Tales of Zero【テイルズオブゼロ 無から始まるRPG】 (フルカラー)
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登場人物
救世主一行(きゅうせいしゅいっこう)


 

【挿絵表示】

(集合絵:ピコラスさん 2017年3月)

(立ち絵:ピコラスさん 2020年5月)

 

 

 

下記のリンクから飛べます。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ゾルク・シュナイダー

  Zolk Schneider

 

 

「マリナ、お願いばかりで悪いんだけど、その、脱出を手伝ってくれないかな……?」

 

 

 主人公。第0話より登場。

 リゾリュート大陸に存在する田舎町バールンで叔父のヘイルと共に暮らす、蒼の軽鎧(けいがい)を纏った金髪蒼眼(きんぱつそうがん)の剣士。

 叔父から教わったという剣技の腕は、中の少し上程度。両手で握った大剣を苦も無く扱い、町の周辺に出没するモンスターを駆除して生計を立てている。

 世界の滅亡を防ぐ救世主としてマリナに見定められ、遥か昔に消滅したと思われていたセリアル大陸へと導かれる。

 年齢相応に元気で正義感もあるが、空回りが目立ち間抜けな部分も多々みられる。ついでに、いびきは公害並みであり仲間を困らせることも。

 

イメージCV金丸淳一(かねまるじゅんいち)さん

石井真(いしいまこと)さん

年齢18歳

性別男性

身長173cm

髪色

眼色

一人称

二人称お前、あんた

あなた、君

三人称あいつ、あの人

クラス剣士

初期称号()(ぎぬ)の剣士

剣進救世(けんしんきゅうせい)

武器両手剣

【大剣ブロードソード】

防具アーマー系

副装備手甲(てっこう)

攻撃属性斬撃

 

【‐ゲーム的戦闘スタイル‐】

 

【挿絵表示】

 

 パワー型の前衛。HPは多め、TPは普通。

 物理攻撃力、物理防御力ともに秀でており、命中も優秀なので安心して敵を攻撃できる。

 強力な物理攻撃を武器として敵陣に突っ込むことはもちろん、いざという時には味方を守る盾にもなれる。

 物理に優れる反面、魔術による攻撃を受けた際は致命傷を覚悟しなければいけない。その代わり魔術攻撃力の低さは、それほど大きな欠点にはならないだろう。

 敏捷も平均値であり、何より主人公キャラなので誰でも操作がしやすいよう調整が施されている。

 

 

【‐通常攻撃‐】

 

 両手剣による斬撃。

 

 

【‐特技‐】

 

裂衝剣(れっしょうけん)(斬・衝)

(両手剣を振り下ろし、斬撃と共に衝撃波を放つ。ダウン起こし効果あり)

 

突連破(とつれんは)(斬・射)

(三度の突きを浴びせる)

 

翔龍斬(しょうりゅうざん)(斬)

(斬り上げと共に飛び上がり、空中でもう一度斬り上げる)

 

弧円陣(こえんじん)(斬)

(その場で横回転斬りを見舞う)

 

重絶掌(じゅうぜっしょう)(斬・衝)

(両手剣を敵に突き出し、圧力を巻き起こして吹き飛ばす)

 

閃空弾(せんくうだん)(光)(斬)

(光に包まれた両手剣で突きを繰り出しつつ突進)

 

蒼海神(そうかいじん)(水)(斬)

(水流を纏わせた両手剣を全力で叩きつける)

 

割砕撃(かっさいげき)(斬・打)

(突きで牽制した後、すぐさま強烈な振り下ろしに繋ぐ。敵の防御を貫通してダウンさせる)

 

擲砲岩(てっぽうがん)(地)(斬・打)

(地面を削るように両手剣を振り上げ、一つの岩石を飛ばす)

 

瘴魔哮(しょうまこう)(闇)

(魔神の雄叫びを纏って、自身の周囲にいる敵を攻撃)

 

虚空衝(こくうしょう)(衝)

(両手剣の腹を強く押し出し、目前に魔力の壁を生み出す。壁はしばらくその場に残る。ダウン起こし効果あり)

 

紅蓮甲(ぐれんこう)(火)(打)

(左腕の手甲(てっこう)に炎を纏わせて敵をぶん殴る)

 

裂界牙(れっかいが)(光)(斬)

(斜め上空に突きを繰り出し、天にも届く光の刃を伸ばす)

 

世断爪(せいだんそう)(斬・衝)

(両手剣を横に払って正面の空間を斬り裂き、その場に横三線の斬撃痕(ざんげきこん)を残す)

 

 

【‐奥義‐】

 

真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)(風)(斬・衝)

(風の属性を付加した衝撃波を、両手剣の振り下ろし、振り上げ、振り下ろしの動きで三回放つ。ダウン起こし効果あり)

 

猛襲連撃(もうしゅうれんげき)(斬・射)

(七回に及ぶ連続突き)

 

炎龍天覇(えんりゅうてんは)(火)(斬)

(燃え盛る両手剣で斬り上げると同時に飛び上がり、空中でもう一度斬り上げる。その後、両手剣から炎を最大限に溢れさせて前方斜め下へ突撃)

 

旋風連牙陣(せんぷうれんがじん)(風)(斬)

(五連続の横回転斬りで敵を斬り裂く)

 

狼吼掌牙(ろうこうしょうが)(斬)

(気合を込めた剣先から、重たい突きを二度喰らわせる)

 

天閃轟雷走(てんせんごうらいそう)(光)

(力を込めたあと両手剣を地に突き刺し、前方直線上に複数の雷を落とす。ダウン起こし効果あり。閃空弾から連携すれば力を込めずに発動できる)

 

斬波絶海(ざんはぜっかい)(水)(斬)

(巨大な水柱(みずばしら)を作り出し、中央から叩き斬って前方と左右を水流で攻撃)

 

滅破攻極(めっぱこうきょく)(斬・打)

(両手剣の腹で敵を押し込むように叩き、強力な横薙ぎの斬撃へと繋ぐ。敵の防御を貫通する。初撃にダウン起こし効果あり)

 

岩鳴崩臥(がんめいほうが)(地)(斬・打)

(地面を斬り裂きながら両手剣を振り上げつつ飛び上がり、敵の足下から岩石を噴き出させて攻撃。そして強烈な斬り下ろしに繋いでダウンさせる)

 

削鋼破塵(さっこうはじん)(斬・衝)

(大地をも(えぐ)る振り下ろしで衝撃の渦を巻き起こし、幾重(いくえ)にも敵を斬り刻む)

 

玄武剛装壁(げんぶごうそうへき)(衝)

(両手剣の腹を強く押し出し、敵の四方を囲う形で魔力の壁を生み出す。壁はすぐに間隔を(せば)めていき、内部の敵を圧殺する。ダウン起こし効果あり)

 

驚天炮烙翔(きょうてんほうらくしょう)(火)(射)

(突き出した両手剣から炎の鳥を生み出して敵を焼く。その後、炎の鳥を発射して敵を吹き飛ばす)

 

武神滅殺剣(ぶしんめっさつけん)(斬)

(両手剣を突き出しながら突進した後、斬り上げで敵の防御を崩し、超威力の斬り下ろしを喰らわせてダウンさせる)

 

裂神斬鋼閃(れっしんざんこうせん)(斬・衝)

(強大な魔力を纏って両手剣の刃を伸ばし、四度の斬撃を喰らわせる。最後に、刃に纏わせた魔力を斬撃波として放つ)

 

 

【‐補助‐】

 

鋼招来(こうしょうらい)

(一定時間、鋼体(こうたい)を得て、敵の攻撃に()()らなくなる)

「突き進む!」

 

天翔来(てんしょうらい)

(一定時間、移動能力が向上する)

「気合だぁっ!」

 

集気法(しゅうきほう)

(自分の体力が25%回復)

「強く念じて……!」

 

粋護陣(すいごじん)

(敵の攻撃によるダメージを90%軽減)

「危ないっ!」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

秘奥義発動台詞

「全開だぁぁぁ!!」

 

【第一秘奥義】一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)(斬)

(三度の斬撃で牽制した後、(つか)に装着されたビットの力で両手剣を巨大化させ、文字通り敵を一刀両断する)

「くらえ! 全てを断ち斬るこの一撃! 一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

→戦闘終了「救世主の力、思い知ったか!」

 

【第二秘奥義】双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)(斬)

(初撃にて敵を宙に浮かし、空中を駆け巡りながら斬撃を加え続け、最後に突貫する)

「力を解き放つ! うおおおお!! 必殺奥義! 双翼(そうよく)飛翔剣(ひしょうけん)!!」

→戦闘終了「俺が世界を救うんだ……!」

 

【派生秘奥義】灼熱裂光斬(しゃくねつれっこうざん)(火)(地)(光)(斬)

(双翼飛翔剣からの派生秘奥義。大地を斬り裂いて灼熱と化した両手剣で、敵を真っ向から叩き斬る)

「まだ終わらない! 灼熱裂光斬(しゃくねつれっこうざん)! こいつでとどめだぁぁぁ!!」

→戦闘終了「俺が世界を救うんだ……!」

 

【第三秘奥義】封魔滅牙斬(ふうまめつがざん)(全属性)(斬)

(自身から聖なる輝きを放ち、これに触れた敵をその場へ拘束。そして天高くに飛翔したあと、両手剣を巨大化させて滅びの光を纏わせ、急降下の勢いと共に振り下ろす。脳天から両断された敵は、両手剣が纏った滅びの光を体の内側から叩きつけられて消滅し、滅びの光は戦場を照らす。秘奥義が終了してから一定時間、敵全体の物理防御力と魔術防御力を50%下降させる)

(いにしえ)の光は新たなる希望の(いしずえ)。今こそ、魔を封じ滅ぼす牙となれ! 究極奥義! 封魔(ふうま)滅牙斬(めつがざん)!!」

→戦闘終了「デウスを倒すその時まで、俺達は走り続ける!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 マリナ・ウィルバートン

  Marina Wilburton

 

 

「……ええい! 寝ぼけていないでさっさと起きろ!! それでも救世主なのか、貴様ぁ!!」

 

 

 ヒロイン。第1話「出会いと始まり」より登場。

 山吹色(やまぶきいろ)のジャケットに袖を通した、黒髪翠眼(こくはつすいがん)武闘銃撃手(ぶとうじゅうげきしゅ)。オートマチック式の二丁拳銃と師範(しはん)に叩き込まれた脚技(きゃくぎ)を駆使する。

 とある事情で、数年間ほど所属していた戦闘組織エグゾアを裏切り、辺境の村キベルナに住む歴史学者フォーティスのところへ転がり込んだ。

 単身でリゾリュート大陸側の世界へと時空転移し、ゾルクに遭遇。彼を救世主として見定め、セリアル大陸側の世界に連れ帰った。

 責任感が強く性格も口調もクールだが、本当は心優しい少女で家庭的な面もある。しかし、ゾルクに対しては厳しく接する場合が多い。

 船がダメであり、乗ると必ずと言っていいほど船酔いしてしまう。

 

イメージCV林原(はやしばら)めぐみさん

年齢17歳

性別女性

身長162cm

髪色

眼色

一人称

二人称お前、あなた

君、貴様

三人称あいつ、奴、あの人

あの方、彼、彼女

クラス武闘銃撃手(ぶとうじゅうげきしゅ)

初期称号謎の銃撃手

戦姫銃脚(せんきじゅうきゃく)

武器オートマチック式二丁拳銃

【無限拳銃デュエラント】

防具ジャケット系

副装備レッグガード

攻撃属性打撃・射撃

 

【‐ゲーム的戦闘スタイル‐】

 

【挿絵表示】

 

 近距離型の中衛。HPは多め、TPは少なめ。

 全体的にバランスのとれた能力値だが、命中の低さが難点か。幸いにもマリナの攻撃動作は隙が少ないので、ヒット&アウェイを念頭に置けば、敵から不意の反撃を受けることなく未然に防げるはずである。

 集中が最も高く、クリティカルヒットによる大ダメージやTP、CCの回復を狙いやすい。次いで物理攻撃力と敏捷にも優れているため、ターゲットを頻繁に変更しながら戦場を駆け回って敵を撹乱する役が適任。

 通常攻撃は、ターゲットとの距離によって自動的に二丁拳銃か脚かに切り替わるため、癖を見極めるべし。ちなみに、マリナの二丁拳銃はソシアの弓矢より射程が短いので、その点も注意してほしい。

 

 

【‐通常攻撃‐】

 

 二丁拳銃による射撃と、蹴りによる打撃。

 敵との距離に合わせて使い分ける。

 

 

【‐特技‐】銃技(じゅうぎ)

 

連牙弾(れんがだん)(風)(射)

(圧縮した空気弾を四連射)

 

爆牙弾(ばくがだん)(火)(射)

(巨大な火炎球を撃ち出す)

 

流蓮弾(りゅうれんだん)(水)(射)

(渦巻く水弾を三連射)

 

散葉塵(ちりはじん)(射)

(正面から上空へと小刻みに連射し、敵を打ち上げる)

 

放墜鐘(ほうついしょう)(射・衝)

(衝撃波を発砲し、敵を斜め上空に吹き飛ばす)

 

秋沙雨(あきさざめ)(射)

(飛距離の短い魔力弾を十連射する)

 

獅子戦吼(ししせんこう)(打・射)

(足払いで怯ませた後、二丁拳銃が咆哮(ほうこう)して獅子の闘気を発射。敵をダウンさせる)

 

襲爪雷弾(しゅうそうらいだん)(光)(打・射)

(上空から斜め下方に向かって複数の雷光弾を浴びせつつ、電撃を纏った急降下蹴りに繋ぐ。ダウン起こし効果あり)

 

 

【‐奥義‐】銃技(じゅうぎ)

 

ペネトレイトカノン(地)(射)

(二丁拳銃の銃身を重ね、貫通能力を備えた地属性の徹甲弾(てっこうだん)を生み出して発射)

 

ガンレイズ(光)(射)

(両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射)

 

トマホークレイン(射)

(上空に発砲し雨のように弾丸を降らす)

 

ハイブリッドダンス(打・射)

(蹴撃、射撃、射撃、蹴撃、射撃、射撃の順で、踊るように六連撃を加える近接銃技)

 

インパクトステージ(射・衝)

(弾丸の代わりに振動の壁を生成、そして発射し、両側の敵を同時に攻撃する)

 

ストリームビート(射)

(バックステップからの牽制(けんせい)射撃の後、前進しつつ華麗な連続射撃を見舞う)

 

サイクロンブラスター(風)(射)

(二丁拳銃の銃身を重ね、横倒れの竜巻を生み出して敵を飲み込む。ダウン起こし効果あり)

 

マグナムバンカー(打・射)

(スライディングで敵を攻撃すると同時に零距離まで近づき、銃口を突きつけ、(くい)で貫くに等しいほど強力な銃弾を発射。敵の防御と鋼体(こうたい)を貫通する。ダウン起こし効果あり)

 

 

【‐補助‐】銃技(じゅうぎ)

 

スナイパーサイト

(一定時間、命中、集中を20%上昇させる)

「狙い撃つ!」

 

銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)

(治癒の魔力によって作られた弾丸を味方一人に放ち、体力が25%回復。自分を回復することは出来ない)

「私が助ける!」

 

 

【‐秘奥義‐】銃技(じゅうぎ)

 

秘奥義発動台詞

「一気に潰す!」

 

【第一秘奥義】ファイナリティライブ(射)

(ビットの力で二丁拳銃を一体化。両腕で抱えられる程度の大砲を生み出し、極太のレーザービームを発射する)

「最大出力でいかせてもらう。目標捕捉……消し飛べ! ファイナリティライブ!!」

→戦闘終了「撃破完了。任務達成」

 

 

【‐特技‐】脚技(きゃくぎ)

 

虎牙連脚(こがれんきゃく)(打)

(右脚で蹴り上げて回転し、また右脚を用いてかかと落としを繰り出す)

 

落殺撃(らくさつげき)(打)

(足払いで敵の体勢を崩し、後方宙返りの動きで敵を上空に蹴り上げる。ダウン起こし効果あり)

 

突破衝(とっぱしょう)(打)

(強烈な横蹴りで敵を大きく吹き飛ばす)

 

爆陣蹴(ばくじんしゅう)(火)(打)

(前方に宙返りしてかかと落としを大地に繰り出し、炎の円陣を生み出して攻撃。ダウン起こし効果あり)

 

裂砕斧(れっさいぶ)(打)

(後ろ回し蹴りを二連続で繰り出す)

 

氷柱降(つららこう)(打)

(敵の頭上から急降下し、氷柱のように鋭い一撃を加える。ダウン起こし効果あり)

 

麗迅走(れいじんそう)(風)(打)

(風と共に敵をすり抜けつつ蹴撃。ダウン起こし効果あり)

 

影紅葉(かげもみじ)(闇)(斬)

(力強く大地を踏みつけ、前方五方向に影の刃を走らせる。ダウン起こし効果あり)

 

 

【‐奥義‐】脚技(きゃくぎ)

 

飛天連塵脚(ひてんれんじんきゃく)(打)

(空中へと向かう高速の五連蹴り)

 

通牙旋墜蹴(つうがせんついしゅう)(打・衝)

(蹴りによる衝撃波を、空中から斜め下方に二回放つ)

 

虎魂血爪裁(ここんけっそうさい)(斬)

(猛獣の爪の如き蹴撃にて、何度も敵を引き裂く。ダウン起こし効果あり)

 

烈火獣吼脚(れっかじゅうこうきゃく)(火)(打)

(三回に及ぶ、火炎を纏ったキック)

 

荒武争乱舞(こうぶそうらんぶ)(打)

(連続蹴撃で敵を浮かせたのち、強烈な後ろ回し蹴りにて大きく吹き飛ばす)

 

熾槍影空破(しそうえいくうは)(打)

(敵の頭上から急降下して蹴りを見舞い、着地と共に足払いで敵の体勢を崩して後方宙返りの動きで上空に蹴り上げる。そして再度、敵の頭上から急降下しつつ蹴撃してとどめ。この一連の動きを素早く繰り出す。ダウン起こし効果あり)

 

刹那之疾風(せつなのはやて)(風)(打)

(風と共に敵をすり抜けつつ蹴撃。その直後に振り向き、風を纏った連続蹴撃で追い討ちながら再び敵をすり抜ける。ダウン起こし効果あり)

 

千禍雷極陣(せんからいごくじん)(光)(闇)(打)

神雷(じんらい)災厄(さいやく)を宿した両脚を振るい、自身周囲の一定範囲内に存在する全ての敵を攻撃する)

 

 

【‐補助‐】脚技(きゃくぎ)

 

錬招来(れんしょうらい)

(一定時間、体力が断続的に3%ずつ回復していき、回避が20%上昇、自らの攻撃による敵の()()り時間を延長させる)

「精神統一……!」

 

粋護陣(すいごじん)

(敵の攻撃によるダメージを90%軽減)

「防いでみせる!」

 

 

【‐秘奥義‐】脚技(きゃくぎ)

 

秘奥義発動台詞

「一気に潰す!」

 

【第二秘奥義】緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)(火)(打)

(緋焔を纏った怒涛の連続脚技にて猛攻。途中で敵を高く蹴り上げ、最後はオーバーヘッドキックで地に叩きつける)

師範直伝(しはんじきでん)のこの奥義、刮目(かつもく)せよ! 舞い乱れるは、受け継がれし闘志の(ほのお)! その名も! 緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)!!」

→戦闘終了「私の勝ちだ」

 

【第三秘奥義】フルアクセルカノン(全属性)(打・射)

(二丁拳銃と自らの両脚を融合させ、脚そのものを武装大砲と化す。砲身側面のフレキシブルスラスターで超加速し飛行。同じく砲身側面より複数のホーミングレーザーを発射して、上空から敵全体を攻撃。鋭角的な軌道で残像を生みながら高速飛行しつつ、強力無比な蹴撃と砲撃を敵に与える。とどめとして、片方の砲口にエネルギーをチャージしながらスラスター全開の急降下蹴りを繰り出し、最大の砲撃を見舞うと同時に敵を蹴り抜ける。秘奥義が終了してから一定時間、敵全体の回避と敏捷を50%下降させる)

「私の切り札、見せてやろう! 届け、トップスピードまで! 戦空(せんくう)疾走(はし)る、銃脚(じゅうきゃく)咆哮(ほうこう)! フルアクセルカノン!!」

→戦闘終了「半端な覚悟では、私に並ぶことなど出来ない」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ソシア・ウォッチ

  Socia Watch

 

 

「ふぅ、終わったわね。あなた方、お怪我はありませんか?」

 

 

 第5話「可憐な狩人(かりゅうど)」より登場。

 盗賊専門の狩人、シーフハンターとして暮らしを営む、桃色のポニーテールと(しゅ)に染められた衣装が特徴的な弓使い。両親はおらず、幼くしてたった一人でマグ平原に住んでいる。

 弓捌(ゆみさば)きは、複数の悪漢(あっかん)に取り囲まれても易々(やすやす)と仕留めるほどで、近隣の盗賊達から恐れられている。

 性格は明るくて礼儀正しく、弓を持たない時はあどけない少女らしさを見せる。そして(まれ)に天然な部分を披露することもある。

 港町ディクス出身のため魚介類に触れる機会は多かったが、軟体生物だけはどうしても苦手なまま育った。

 

イメージCV本多知恵子(ほんだちえこ)さん

南里侑香(なんりゆうか)さん

菱川花菜(ひしかわはな)さん

年齢15歳

性別女性

身長154cm

髪色

眼色鳶色(とびいろ)

一人称

二人称あなた、~さん

三人称あの人、あの方

彼、彼女

クラス狩人

初期称号可憐な狩人

鋭弓純憐(えいきゅうじゅんれん)

武器

【無限弓ウィンディルフ】

防具クローク系

副装備弓籠手(ゆごて)

攻撃属性射撃

 

【‐ゲーム的戦闘スタイル‐】

 

【挿絵表示】

 

 遠距離型の中衛。HPは少なめ、TPは多め。

 命中の高さは他の追随を許さず、ほとんどの敵に安定してダメージを与えられる。集中も高めなのでクリティカルヒットが起こりやすい。

 他の能力値も隙がないが、回避だけはパーティー中最下位。敵の攻撃を完全回避できる確率が著しく低いため、自操作の場合は移動にて華麗に避けよう。

 魔術より発生が早く拳銃より射程の長い弓矢による遠距離攻撃の他、治癒術で味方を回復することができる。

 近づかれないよう心がけて戦えば、無傷で戦闘を終わらせることも可能だろう。

 

 

【‐通常攻撃‐】

 

 弓矢による射撃。

 

 

【‐特技‐】

 

後光(ごこう)(打)

(一瞬だけ敢えて背中を見せることで敵の意表を突くバックキック。敵を大きく吹き飛ばしてダウンさせる。敵に接近された際の緊急対処を目的とした、ソシア唯一の蹴り技)

 

飛炎閃(ひえんせん)(火)(射)

(炎を帯びた矢を放つ。命中した敵を短時間燃やす)

 

渦空閃(かくうせん)(風)(射)

(上空に向けて五本同時に、風の渦を纏った矢を放つ。矢は弧を描いて地上に向かう)

 

瞬氷閃(しゅんひょうせん)(水)(射)

(敵を凍てつかせる矢を、前方に真っ直ぐ放つ)

 

崩震閃(ほうしんせん)(地)(衝)

(自身の真下に矢を放ち、周囲に衝撃波を放つ。ダウン起こし効果あり)

 

閃光閃(せんこうせん)(光)(射)

(光属性の矢を三連続で放つ)

 

呪闇閃(じゅあんせん)(闇)(射)

(命中するまで追い続ける呪いの矢)

 

獣獲閃(じゅうかくせん)(射)

(放った矢を狩猟網(しゅりょうあみ)に変化させて敵を捕える。命中した敵の敏捷を20%低下させる)

 

神槍閃(しんそうせん)(射)

(軌跡を残す神秘の一矢)

 

雷駆閃(らいくせん)(光)(射)

(稲妻のような挙動で駆け巡る矢を放つ)

 

襲装閃(しゅうそうせん)(地)(射)

(前方斜め下に矢を撃ち込んで地雷を仕掛ける。ダウン起こし効果あり)

 

百花閃(ひゃっかせん)(風)(斬・射)

(無数の花弁を風に散らして敵を斬り刻む、華麗なる一矢)

 

転翼閃(てんよくせん)(射)

(軽くジャンプし、回転しながら前後左右に矢を放つ)

 

 

【‐奥義‐】

 

速・超連閃(そく ちょうれんせん)(射)

(矢を前方に七本連続で放つ)

 

翔・無影閃(しょう むえいせん)(射)

(一瞬で上空に飛び上がり、前方斜め下へ強力な矢を放つ。ダウン起こし効果あり)

 

塞・氷牢閃(さい ひょうろうせん)(水)(打・射)

(敵の周囲へ冷気を纏った矢を幾つも放ち、氷の(おり)を作り出して閉じ込める。とどめに、氷の(おり)を射抜いて打ち砕く。ダウン起こし効果あり)

 

散・降雨閃(さん こううせん)(射)

(上空に向けて同時に放った五本の矢を破裂させ、細かな破片を雨のように飛び散らせる)

 

拡・双翼閃(かく そうよくせん)(射)

(横扇状に五本の矢を二度放つ)

 

爆・滅龍閃(ばく めつりゅうせん)(火)(射)

(大爆発する矢を放つ。命中した敵をダウンさせる)

 

壊・流乱閃(かい りゅうらんせん)(水)(衝)

(自らの真下に矢を潜らせて水脈を刺激し、天へと昇る水流を敵の足元から噴き出して攻撃。ダウン起こし効果あり)

 

絶・魔砲閃(ぜつ まほうせん)(射)

(軌跡を残す神秘の矢を一度に複数発射し、目標を包囲する)

 

墜・冥導閃(つい めいどうせん)(闇)(射)

(邪悪な矢を放ち攻撃。命中した後も、呪いにより敵の体力を徐々に減らしていく)

 

炸・連鎖閃(さく れんさせん)(火)(射)

(放物線状に矢を放ち、軌道に沿って連続的に爆発を起こす。敵をダウンさせる)

 

落・葉撃閃(らく ようげきせん)(地)(射)

(地中に十数本の矢を潜り込ませる。矢は敵の真下から出現し、初撃にて敵を宙に浮かせる。後撃によって、舞い散る木の葉を撃ち落とすように敵を貫く。ダウン起こし効果あり)

 

天・断罪閃(てん だんざいせん)(射)

(回転しながら高く飛び上がりつつ、四方八方に矢を飛散させ、強力な一矢を天へ向かって発射して締めくくる。全ての矢に追尾性能あり)

 

 

【‐補助‐】

 

フィルターブレイク

(一定時間、敵の耐性を無視する)

「打ち破ります!」

 

ファーストエイド

(味方一人の体力が20%回復)

「応急処置を……!」

 

ヒール

(味方一人の体力が40%回復)

「今助けます!」

 

ハートレスサークル

(広範囲の味方の体力が30%回復)

「待っていてください。怪我を治します!」

 

フェアリーサークル

(味方一人の体力が30%回復。この術を使用された味方には三体の妖精が纏わりつき、敵の攻撃を三回だけ自動的に防御してもらえる)

(はかな)(とうと)い妖精の恩恵(おんけい)。どうかあなたの元へ……!」

 

リカバー

(味方一人の状態異常が回復)

「病魔よ、消えて!」

 

ディスペル

(一定時間、味方全員を状態異常にかからなくする)

(わざわ)()()けし加護の奇跡。お願い……!」

 

リヴァイヴ

(味方一人に前もって術を使用しておき、戦闘不能に(おちい)った際、体力が50%の状態で自動的に復活させる)

「備えあれば(うれ)い無しです。この祈りよ、天に届いて……!」

 

フォースフィールド

(敵の攻撃によるダメージを90%軽減)

「これでなんとか……!」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

秘奥義発動台詞

「仕留めます!」

 

【第一秘奥義】螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)(風)(射・衝)

(矢を放って巨大な渦を発生させる。大渦は辺りを一掃した後、天へと昇って弾け飛ぶ)

「渦巻く意志が天を()く! 螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

→戦闘終了「私の秘奥義、どうでしたか?」

 

【第二秘奥義】七星烈駆龍(しちせいれっくりゅう)(全属性)(射)

(天に向かって放たれる七本の矢が龍と化し、縦横無尽に駆け巡る。七頭の龍が一斉に敵を貫いてとどめ)

「天空の覇者達よ、我に(つど)いて閃光となれ! これでラスト! 七星烈駆龍(しちせいれっくりゅう)!!」

→戦闘終了「手加減するほど甘くはありません!」

 

【第三秘奥義】破天の荒弓(はてん こうきゅう)(全属性)(射・衝)

(ビットの魔力で弓を聖弓に変化させ、跳躍。聖弓の(つる)(はじ)いて巨大な波動を発射し、上空から戦場全体を攻撃。そして敵を天高くに吹っ飛ばす。着地後、雲をも払う超威力の矢を天に放ち、吹っ飛ばした敵を射貫(いぬ)く。秘奥義が終了してから一定時間、敵全体の魔術攻撃力と集中を50%下降させる)

「ビットの力を最大限に引き出せば! 絶対に負けません! これが、破天の荒弓(はてん こうきゅう)です!!」

→戦闘終了「この力を携えて、私は進みます」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ジーレイ・エルシード

  Gearei Elseed

 

 

「それ以上、小屋に近づくと……火傷するどころか火だるまになりますよ。小さな侵入者さん」

 

 

 第10話「魔術師の住まう森」より登場。

 スラウの森でひっそりと暮らしている、眼鏡をかけ紺のローブを羽織った銀髪の魔術師。

 セリアル大陸の町々へ魔術の知識や技術を提供して成長を助けたことがあり、有名人であることを控えめに自称している。

 いつも微笑を浮かべていて、腹の底で何を考えているのかわからない。配慮の無い発言も多いが、彼の助言は常に的確である。

 戦闘では魔術による不意打ちが得意。卑怯だが効果的であり、意地悪な性格の彼らしいとも言える。……余談だが、実は下戸(げこ)

 

イメージCV田中秀幸(たなかひでゆき)さん

年齢25歳

性別男性

身長182cm

髪色

眼色

一人称

二人称あなた

三人称あちらの方、彼、彼女

クラス魔術師

初期称号偉大なる魔術師

賢魔闇討(けんまあんとう)

武器魔本

【魔術書エリオル】

防具ローブ系

副装備首飾り

攻撃属性衝撃

 

【‐ゲーム的戦闘スタイル‐】

 

【挿絵表示】

 

 攻撃型の後衛。HPは少なめ、TPは多め。

 典型的な魔術師キャラであるため、魔術攻撃力、魔術防御力は非常に高い。そして物理防御力は最悪な値となっている。敏捷も最低値のため操作しづらいが、そこは回避の高さで補ってもらいたい。

 命中も低いのだが一発の魔術の威力が半端ではないため、かえってバランスがとれているのだと考えて心を落ち着かせよう。

 ひたすらに魔術を唱えて攻撃に専念することが、単純だが効果的である。広範囲の敵を一網打尽にする戦闘スタイルは、一度体験すれば病みつきになるだろう。

 意外だが接近戦もこなせる。操作する場合は是非ともお試しあれ。

 

 

【‐通常攻撃‐】

 

 手の平から魔力の波動を放つ。

 

 

【‐特技‐】

 

魔衝波(ましょうは)(衝)

(魔本のページ側を前方に突き出し、衝撃波を放つ)

 

魔衝斬(ましょうざん)(斬)

(魔本のページ側から刃を模した衝撃波を生み出し、敵を斬り裂く)

 

魔衝烈吼(ましょうれっこう)(地)(打・衝)

(魔本のページ側から目前の地面へと衝撃波を放ち、岩石を飛び散らせる。ダウン起こし効果あり)

 

魔衝影陣(ましょうえいじん)(衝)

(敵の攻撃をかわし、魔本のページ側から放たれる衝撃波によって反撃。詠唱中も発動可能)

 

 

【‐奥義‐】

 

魔衝轟裂波(ましょうごうれっぱ)(衝)

(魔本のページ側を前方に突き出し、強力な衝撃波を放つ。敵を吹き飛ばした後、ダウンさせる)

 

魔衝墜刃牙(ましょうついじんが)(闇)(斬)

(敵の足元から複数の闇の剣を突き出して牽制(けんせい)。そして即座に、魔本のページ側から衝撃波による刃を生み出してとどめの斬撃を見舞う。ダウン起こし効果あり)

 

魔衝重撃(ましょうじゅうげき)(地)(衝)

(魔本から超重力場(ちょうじゅうりょくば)を展開し、自身に近寄る敵を()し潰してダウンさせる)

 

魔衝皇弾(ましょうこうだん)(闇)(射・衝)

(魔本のページ側を前方に突き出し、闇の力を凝縮(ぎょうしゅく)した球状の魔力弾を発射する)

 

 

【‐下級魔術‐】

 

フレイムラッシュ(火)

(火炎の玉を三つ発射する)

「燃やしなさい」

 

スラストダッシャー(風)(斬)

(地を走る風の刃で敵を斬り裂く。ダウン起こし効果あり)

「走りなさい」

 

アイスバーン(水)(射)

(敵の真下から複数の氷柱(つらら)を出現させて貫く。ダウン起こし効果あり)

「貫きなさい」

 

スマッシュストーン(地)(打)

(大きな石のつぶてが、敵にぶつかって砕け散る)

「砕けなさい」

 

レイブラスト(光)

(爆発を起こし、光の照射で敵を焼く)

「照らしなさい」

 

シャドウハンマー(闇)(打)

(敵の頭上から闇の大槌(おおづち)を落とす。敵をダウンさせる)

「潰しなさい」

 

 

【‐中級魔術‐】

 

バーニングベール(火)

(自分、もしくは任意の味方に炎を纏わせ、身を護りつつ炎熱を放射する)

紅蓮(ぐれん)(ほう)。宿るは加護の聖炎」

 

エンプティボム(風)

(敵の周囲の空気を圧縮して破裂させる。吹き飛ばし効果あり)

風塊(ふうかい)(はつ)。空虚よ弾け飛べ」

 

ダンシングアクア(水)

(踊り狂う水流を敵の頭上から打ちつけて翻弄。敵をダウンさせる)

輝水(きすい)(えん)愚者(ぐしゃ)よ激流と踊るがいい」

 

アングリーロック(地)(打)

(大地を盛り上げて打撃を与える)

暴岩(ぼうがん)(そう)。怒る大地の鼓動を聴け」

 

フォトンニードル(光)(射)

(洗練された横殴りの雨で敵を蜂の巣にする)

至天(してん)(さい)浄光(じょうこう)をその身に刻め」

 

レストリクション(闇)

(闇の結界を出現させて敵を縛り付ける。命中した敵の敏捷を20%低下させる)

深影(しんえい)(ばく)。今より汝に自由は無い」

 

 

【‐上級魔術‐】

 

クリムゾンヴォルケーノ(火)(衝)

(溶岩の津波を起こして広範囲の敵を飲み込む)

「全てを飲み込む灼熱の流動。熱き飛沫(しぶき)焦土(しょうど)を生み出す」

 

スラッシュハリケーン(風)(斬)

(刃と化した疾風(しっぷう)で嵐を巻き起こす)

「舞え、斬り裂け。破壊の力に染まり、狂い続ける怪風(かいふう)よ」

 

フェンリルブレス(水)

極寒(ごっかん)の吹雪を巻き起こして、戦場全体を凍結させる)

「吹き(すさ)べ、凍狼(とうろう)息吹(いぶき)白銀(はくぎん)の心にて氷界(ひょうかい)()せ」

 

ヴァイオレントクラック(地)(打)

(地割れを起こし、敵を地中に落としながら幾つもの巨岩を上方に発射して攻撃。直後、発射した巨岩を落下させて追撃する。初撃にダウン起こし効果、終撃にダウンさせる効果あり)

「覚醒せし厳核(げんかく)胎動(たいどう)。その片鱗(へんりん)、身を(もっ)て味わえ」

 

ルミナスブレイダー(光)(斬)

(無数の雷を落とし続け、最後に光の剣を召喚する。命中した敵を麻痺させ、動きを制限する)

「剣王の意思ここに来たれり。今世(こんせ)にて悔やみ来世(らいせ)にて改めよ」

 

ダークネスゾーン(闇)

(暗黒の彼方へと続く扉を開き、敵を導く。低確率で敵を即死させる)

「訪れよ、黒の世界。恐怖にまみれ永久(とわ)に怯えるがいい」

 

 

【‐超級魔術‐】

 

イグニクストリガー(火)(射)

(自身の周囲に大砲を象った炎を出現させ、一斉に爆炎を放出する)

業魔(ごうま)の神、灼熱の炎砲(えんほう)となりて今ここに降臨せり。掃射にて我が敵を焼き払う魂、その名は」

 

テンペストアーチェリー(風)(衝)

(竜巻で作られた巨大な矢が大地を貫き、風圧で周囲の敵を地に叩きつけて()し潰しダウンさせる)

龍嵐(りゅうらん)の神、疾風(はやて)迅弓(じんきゅう)となりて今ここに降臨せり。(くう)を斬り裂き地を(えぐ)る魂、その名は」

 

オーシャングリッター(水)

(戦場全体の敵を大海の輝きで照らしてダメージを与え、追撃として水の棺桶に閉じ込める。命中した敵を混乱させ、同士討ちを誘発する。ダウン起こし効果あり)

煌輝(こうき)の神、壮麗(そうれい)たる閃海(せんかい)となりて今ここに降臨せり。静寂と共に全てを包み込む魂、その名は」

 

イレギュラープラント(地)(打)

(荒れ狂う巨大な(つた)(むち)を生み出して広範囲を攻撃)

裂壊(れっかい)の神、荒々しき緑靭(りょくじん)となりて今ここに降臨せり。意の(おもむ)くままに暴れゆく魂、その名は」

 

プラネットノヴァ(光)

(巨大な光球を地にぶつけて大爆発を起こす)

聖天(せいてん)の神、奇跡を呼び起こす超光(ちょうこう)となりて今ここに降臨せり。創世(そうせい)の輝きにて万象(ばんしょう)を塗り替える魂、その名は」

 

ギルティスクリーム(闇)(衝)

(敵の真下に異界への門を開き、そこから放たれる罪人の叫びで攻撃。命中した敵の体力を断続的に5%ずつ減らしていく)

滅裁(めっさい)の神、終焉へと(いざな)獄界(ごくかい)となりて今ここに降臨せり。罪叫(ざいきょう)を響かせ汝を引きずり込む魂、その名は」

 

ギャラクシーフォース

(大いなる宇宙の力を敵全体にぶつける。ダウン起こし効果あり)

「破壊と創造、二対(につい)の輝きは衰えを知らず。願わくば我に、その力の一片をもたらさん」

 

 

【‐補助‐】

 

スペルコンセント

(一定時間、詠唱時間を短縮する)

「速攻はいかがでしょうか」

 

マインドブースター

(一定時間、味方一人の魔術攻撃力を借りて自身に上乗せする。その間、貸した味方は魔術攻撃力が最低値になる)

「しばしの間、拝借いたします」

 

フォースフィールド

(敵の攻撃によるダメージを90%軽減)

「お生憎様(あいにくさま)です」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

秘奥義発動台詞

「お見せしましょう」

 

【第一秘奥義】ドリーム・オブ・カオス(光)

(敵の周囲の空間を歪ませて徐々に削っていき、居場所ごと抹消する)

「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、(ことごと)く朽ち果てよ。……ドリーム・オブ・カオス」

→戦闘終了「やはり耐えられませんでしたか。さようなら」

 

【第二秘奥義】デッドエンド・インフェルノ(闇)

(標的を呪術(じゅじゅつ)によって縛り付けて黒の炎を放ち、闇の世界に突き落とす)

「汝こそは新たなる(しかばね)。奈落の底にて業火に抱かれ、焦塵(しょうじん)と化すがいい。……デッドエンド・インフェルノ」

→戦闘終了「ふぅ……。この術は使わせないでいただきたかった」

 

【第三秘奥義】デヴァステイト・エレメンツ(全属性)

(様々な属性の魔力を右手に集めて融合。次に握り潰して圧縮し、敵の体内に撃ち込む。そして自分を含めた味方全員を防壁の魔術で個別に包んだ後、敵に撃ち込んだ魔力の圧縮を解除。すると戦場に在る全てを破壊する規模の大爆発が何度も発生し、敵を体内から抹殺する。秘奥義が終了してから一定時間、自分を含めた味方全員の物理防御力と魔術防御力を50%上昇させる)

夢怨呪濁(むえんじゅだく)刻終死葬(こくしゅうしそう)万象(ばんしょう)の根源は天星(てんせい)と輝き、幻界(げんかい)の果てに生者必滅(せいじゃひつめつ)を示さん。……デヴァステイト・エレメンツ」

→戦闘終了「僕はもう、立ち止まってはいけないのです」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ミッシェル・フレソウム

  Michelle Fresoum

 

 

「ねえ、みんな。あたしも旅に加えてくれないかしら。……いいえ、この言い方はちょっと違うわね。あたしも旅に加わるわ!」

 

 

 第16話「異彩の創色(そうしょく)」より登場。

 芸術の町バレンテータルに住む画家であり、巨大な筆を操って魔術を(えが)筆術師(ひつじゅつし)。そして真紅の長髪と抜群のスタイルが目を引く、すっごい美人でもある。

 裕福な家の生まれなのだが、三年前に戦闘組織エグゾアによって家族や使用人を惨殺(ざんさつ)された挙句、双子の姉を連れ去られている。

 普段は喜怒哀楽(きどあいらく)()んだムードメーカーで、柔らかな雰囲気を(かも)し出して仲間を和ませている。しかし姉の件が絡むと一転し、強大な敵にも果敢(かかん)に立ち向かうほどの真剣さを見せる。

 白いものを目にすると、それをキャンバスとして捉えてしまい無性に絵を()きたくなる、といった奇妙な癖を持つ。

 

イメージCV坂本真綾(さかもとまあや)さん

年齢22歳

性別女性

身長170cm

髪色

眼色

一人称あたし

二人称あなた

三人称あの人、あの子

クラス筆術師(ひつじゅつし)

初期称号異彩の創色(そうしょく)

双生独創(そうせいどくそう)

武器大筆(たいひつ)

魔筆(まひつ)ディフポース】

防具ペイント系

副装備画材鞄(がざいかばん)

攻撃属性打撃

 

【‐ゲーム的戦闘スタイル‐】

 

【挿絵表示】

 

 支援型の後衛。HPは普通、TPは少なめ。

 魔術防御力はパーティー内で最高。物理防御力もかなりあるので、見た目によらず結構硬い。

 主な役割は、治癒術や支援術による味方の援護である。味方を強化すれば戦闘を有利に進められるので、可能な限り彼女をパーティーインさせることを推奨する。

 実は近接技がジーレイより豊富なのだが、ミッシェル本人の物理攻撃力、集中、敏捷が低いため、よほど上手く扱わなければ前線に立つことは出来ない。それでも命中の高さを活かすことが出来れば、なんとかなるかもしれない。

 

 

【‐通常攻撃‐】

 

 大筆(たいひつ)による打撃。

 

 

【‐特技‐】

 

特攻刺(とっこうし)(打)

(手にした大筆の石突き部分を前方にかざして突撃)

 

魔神線(まじんせん)(打・衝)

(大筆を足元から振り上げ、絵具の波を走らせる。ダウン起こし効果あり)

 

雷神線(らいじんせん)(光)(打)

(大筆の石突き部分を前方にかざして突撃した直後、雷を模した絵具を敵の頭上から落としてダウンさせる)

 

筆方陣(ふでほうじん)(地)(射)

(円を描いたその中心で大筆の石突き部分を地に突き刺し、自身の周りから地属性の(とげ)を突き出す)

 

爆描紙(ばくびょうし)(火)

(爆弾の絵が描かれた画用紙を三枚ばら撒く)

 

旋風景(せんぷうけい)(風)

(自身の頭上で大筆を回転させ、絵具の竜巻を纏う。ダウン起こし効果あり)

 

 

【‐奥義‐】

 

秘虚半紙(ぴこはんし)(打)

(ピコハンが描かれた半紙を……投げる……? 運が良ければ敵を気絶状態にする)

 

筆闘円舞(ひっとうえんぶ)(打)

(大筆を槍のように操って連続攻撃を仕掛ける)

 

倒芯踏破(とうしんとうは)(打)

(巨大な鉛筆を描いて実体化。それを蹴り倒して敵を攻撃し、ダウンさせる)

 

画用手裏剣(がようしゅりけん)(闇)(斬)

(手裏剣が描かれた画用紙を、まさしく手裏剣のように五枚投げる)

 

水彩流転衝(すいさいるてんしょう)(水)(打)

(大筆を振って水属性の絵具を撒き散らしながら回転し、最後にホームランスイング。吹き飛ばし効果あり)

 

鮮界創色陣(せんかいそうしょくじん)(全属性)(打・衝)

(大筆を足元から何度も振り上げ、数々の属性を持った絵具の波を連続で走らせる。ダウン起こし効果あり)

 

 

【‐下級筆術‐】

 

・通常台詞→●

・真剣台詞→★

 

ルビーブレイド

(飛び跳ねる武器を描き、味方一人の武器に付加する。一定時間、対象の物理攻撃力を30%上昇させる)

●「刺激をどうぞ!」

「研ぎ澄ます紅玉(こうぎょく)!」

 

ガーネットアーマー

(飛び跳ねるを描き、味方一人の防具に付加する。一定時間、対象の物理防御力を30%上昇させる)

●「硬ーくしちゃうわ!」

「守り抜く柘榴石(ざくろいし)!」

 

サファイアディバイダー

(飛び跳ねる武器を描き、味方一人の武器に付加する。一定時間、対象の魔術攻撃力、銃技、弓技の威力を30%上昇させる)

●「遠くてもバッチリ!」

「威を飛ばす蒼玉(そうぎょく)!」

 

エメラルドローブ

(飛び跳ねる魔導着を描き、味方一人の防具に付加する。一定時間、対象の魔術防御力を30%上昇させる)

●「術を絶っちゃえ!」

「魔を(さえぎ)翠玉(すいぎょく)!」

 

トルマリンルーペ

(飛び跳ねる虫眼鏡を描き、味方一人に付加する。一定時間、対象の命中を30%上昇させる)

●「よーく見るべし!」

「一点突破の電気石(でんきせき)!」

 

セレナイトスプリング

(飛び跳ねるバネを描き、味方一人に付加する。一定時間、対象の回避を30%上昇させる)

●「弾けるフットワーク!」

「幻惑思想の透石膏(とうせっこう)!」

 

ラピスラズリラッキー

(飛び跳ねる、瑠璃色(るりいろ)星印を描き、味方一人に付加する。一定時間、対象の集中を30%上昇させる)

●「素敵な時間を過ごしてね!」

「幸福もたらす瑠璃(るり)の色!」

 

アメジストウイング

(飛び跳ねる、羽の生えた靴を描き、味方一人に付加する。一定時間、対象の敏捷を30%上昇させる)

●「浮き足立つような感覚!」

「速き翼の紫水晶(むらさきずいしょう)!」

 

 

【‐上級筆術‐】

 

ターコイズグラスパー

魔法陣を描く。一定時間、範囲内の味方は敵の攻撃を一切受け付けなくなる)

●「強行突破にはうってつけよ♪ さあ、突撃開始ー!」

万物(ばんぶつ)遮断(しゃだん)せし、誠実なる土耳古石(とるこいし)!」

 

アラゴナイトドリーム

(味方一人を追尾する小さな魔法陣を描く。時間経過で物理攻撃力と魔術攻撃力が1%ずつ、最大100%まで上昇する。体力も1%ずつ、最大30%まで回復する。敵の攻撃で()()ると効果は消える。攻撃力の上昇が100%に達してから一定時間が経過した際も効果は消える。回復した体力は維持される)

●「塵も積もれば夢いっぱい! なが~い目で見てね♪」

「降り積もる奇跡、それは愛情の霰石(あられいし)!」

 

トパーズエクシード

魔法陣を描く。一定時間、範囲内の味方の術技連携上限を増大させる)

●「超! 攻めまくる余裕をあなたに♪ 遠慮なくいっちゃって!」

「戦意(ほとばし)る者に届け、希望の黄玉(おうぎょく)!」

 

ジャスパーシフト

魔法陣を描く。一定時間、範囲内の味方が受けたダメージを、倍にして敵に反映させる)

●「お裾分(すそわ)けの精神って大事なのよ? 忘れないようにね♪」

「我が意思に応じよ、創造を貫く碧玉(へきぎょく)!」

 

パールライト

魔法陣を描く。輝く雨を降らし、味方全員の状態異常を回復)

●「お清めターイム! シャワーを浴びたらスッキリ爽快♪」

(やく)(あらが)う浄化の雨となれ、無垢(むく)なる真珠(しんじゅ)!」

 

ダイヤモンドワールド

魔法陣を描く。一定時間、範囲内の味方の総能力を20%上昇させる。おまけとして体力も10%回復する)

●「潜在能力、解放しちゃうわよ♪ いつもと違う景色が見えるかも?」

「永遠の絆を望む、不屈の金剛石(こんごうせき)!」

 

オブシディアンカラミティ

魔法陣を描く。一定時間、範囲内の敵の総能力を20%低下させる)

●「疫病神(やくびょうがみ)でも呼んじゃおうかしら。これも勝つためだから、ごめんね♪」

「不思議への扉を開け、災厄(さいやく)たる黒曜石(こくようせき)!」

 

キャストライトマジック

魔法陣を描く。現時点でジーレイが扱える攻撃魔術のうち、どれか一つをランダムで繰り出す。この術技は、ジーレイがパーティーに参入している場合のみ使用可能。彼が戦闘自体に参加しているかどうかは不問。使用回数が増えるとの、どの属性の魔術を放つか選択できるようになる。階級は選べない)

●「気分だけなら大魔術師よ~! 何が出るかはお楽しみ♪」

「聖なる契約を()わしし我が願い、叶えたまえ空晶石(くうしょうせき)!」

 

 

【‐補助‐】

 

マジカルコネクター

(一定時間、術技の連携制限を無視する)

●「自由がなくっちゃ絵は描けなーい♪」

「変幻自在の(こころざし)!」

 

キュア

(飛び跳ねる飲み薬を描く。味方一人の体力が60%回復)

●「おくすり、描くから待っててね!」

(えが)くは癒し。医薬を生み出す!」

 

レストア

(飛び跳ねる救急箱を描く。味方一人の体力が90%回復)

●「救急箱! ポーンと飛び出せ!」

「全快の小箱よ、具現し跳ね飛べ!」

 

ナース

(白衣の妖精を描く。味方全員の体力が50%回復)

●「ラブリーな妖精さん! 看護しまくっちゃって♪」

「優美なる治癒の妖精よ、我らに加護を!」

 

リザレクション

(巨大な魔法陣を描く。広範囲の味方の体力が80%回復)

●「形勢逆転、狙っちゃう? なら、贅沢に癒してみましょっか♪」

窮地(きゅうち)(くつがえ)包容(ほうよう)光陣(こうじん)、我が大筆(たいひつ)にて(つむ)がん!」

 

リカバー

(飛び跳ねる注射器を描く。味方一人の状態異常が回復)

●「健康第一よ!」

「汝、(すこ)やかにあれ!」

 

レイズデッド

(生命を司る天使を描く。戦闘不能に(おちい)った味方一人を、体力が50%の状態で復活させる)

●「まだまだお仕事残ってるわよ? 倒れてないで生き返りなさーい!」

「聖天より来たれ、光翼の女神。復活の(きざ)し、かの者に与えん!」

 

フォースフィールド

(敵の攻撃によるダメージを90%軽減)

●「守りきっちゃった♪」

「守ってみせるわ!」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

秘奥義発動台詞

●「じゃっじゃ~ん♪」

「あたしの本気!」

 

【第一秘奥義】ミッシェル・クオリティ(打)

(背の高い奇妙な人形を描き、格闘戦を繰り広げる)

●「うふふ♪ 『ソルフェグラッフォレーチェ』可愛く描けました~。あとは一気にドーンとやっちゃってね♪」

→戦闘終了「芸術はねぇ、思い切りが大事なのよ♪」

「傑作『ソルフェグラッフォレーチェ』召喚せり。幻惑の魔手(ましゅ)にて暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くせ!」

→戦闘終了「我が傑作の前に、敵は無し!」

 

【第二秘奥義】クリスタル・サンクチュアリ(光)

(まばゆ)い輝きを放つ聖域を描き、全ての敵への攻撃と、全ての味方の完全回復を行う)

●「愛情たっぷりのすんごいヤツいくわよ~! これだけ大きく細かく綺麗に()けば、万事(ばんじ)オッケーでしょ♪」

→戦闘終了「光と希望の国へようこそ! って感じかしら♪」

(えが)き生み出すは鮮やかなる癒しの輝き。我らを導け、慈愛(じあい)満ちる聖域へと。クリスタル・サンクチュアリ!」

→戦闘終了「本気のあたしに勝てるわけないでしょーが」

 

【第三秘奥義】フレソウム・ハイクオリティ(全属性)(斬・打・射・衝)

(人形が超武装する。手榴弾(しゅりゅうだん)を戦場の中心に投げ込み、衝撃波と化した絵具で敵全体を攻撃する。次にミサイルランチャーで戦場を爆撃。そして剣による連続攻撃を見舞い、とどめに渾身のアッパーカットを喰らわせる。秘奥義が終了してから一定時間、敵全体の物理攻撃力と命中を50%下降させる)

●「めちゃくちゃ気合い入れといたからね! しっかりやるのよ『ソルフェグラッフォレーチェ』! いっけ~! ぶった斬れ~! そこでフィニッシュよ!!」

→戦闘終了「この『ソルフェグラッフォレーチェ』は、誰が何と言おうと世界一の作品よ♪」

双極(そうきょく)の力、我が傑作に宿りたまえ! フレソウムが誇る『ソルフェグラッフォレーチェ』は! 一切に! おいて! 無敵なり!!」

→戦闘終了「無敵っていうのが見栄なんかじゃないってこと、思い知ってくれたかしら?」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 蒼蓮(そうれん)まさき

  Masaki Soren

 

 

「たとえ刃を交えようとも、姫の御身(おんみ)はスメラギ武士団がお守り致す……!」

 

 

 第25話「氷色(ひいろ)刀閃(とうせん)」より登場。

 スメラギの里で暮らす、氷の(ごと)く透き通った水色の髪を持つ武士。剣術は免許皆伝(めんきょかいでん)の腕前で、里を守るスメラギ武士団の(おさ)を若くして務めるほどの実力を持つ。

 常に冷静沈着。口数が少なく目付きが鋭いため近寄り(がた)い雰囲気を有しているが、決して恐ろしい人物ではない。穏やかな性格なので、里では誰からも(した)われている。

 里の姫である煌流(こうりゅう)みつねとは同い年の幼馴染で、許婚(いいなずけ)でもある。そしてまさきは彼女にベタ惚れなのだがそんな自分が恥ずかしいので、誰にもバレないよう必死に隠している。……が、周りはそれに気付いており黙って見守っているらしい。

 

イメージCV堀内賢雄(ほりうちけんゆう)さん

年齢19歳

性別男性

身長178cm

髪色薄水

眼色薄水

一人称拙者

二人称お主、貴様

三人称あの者、あやつ

クラス武士

初期称号氷色(ひいろ)刀閃(とうせん)

想刃一徹(そうじんいってつ)

武器

業物(わざもの)桜花(おうか)

防具鎧装束(よろいしょうぞく)

副装備

攻撃属性斬撃

 

【‐ゲーム的戦闘スタイル‐】

 

【挿絵表示】

 

 スピード型の前衛。HPは普通、TPも普通。

 パーティー中最高の敏捷と高い物理攻撃力を駆使する切り込み役。

 移動速度と攻撃速度は実に圧倒的であり、風のような速さで敵を斬り捨てる。命中、回避、集中も平均以上の数値なので頼もしい。

 反対に、物理防御力と魔術防御力は低く、打たれ弱い。『避けて斬る』戦法をとることが大前提と言える。長所と短所がはっきりしたキャラクターだ。

 味方の単体治癒も可能だが、回復量が焼け石に水程度なので回復役として扱うには向かない。しかし、戦闘不能を回復できる点は見逃せないところ。

 

 

【‐通常攻撃‐】

 

 刀による斬撃。

 

 

【‐特技‐】

 

一文刃(いちもんじん)(斬)

(横一閃の斬撃)

 

崩龍刃(ほうりゅうじん)(斬)

(斬り上げから斬り下ろしに繋ぐ)

 

豪炎刃(ごうえんじん)(火)(斬)

(刀に炎を纏わせた×の字斬り)

 

散掃刃(さんそうじん)(斬)

(敵の攻撃を受け流した後、反撃として刀を突き刺す)

 

刀破刃(とうはじん)(射・衝)

(突きと共に衝撃波を放つ。衝撃波は敵一体を貫通する)

 

闇殺刃(あんさつじん)(闇)(斬)

(斬撃の後に左手の平を突き出し、闇の波動を放って追い討つ)

 

月華刃(げっかじん)(斬)

(一瞬で空中へと移動し、高速で縦回転斬りを繰り出しつつ急降下)

 

環耀刃(かんようじん)(光)(斬)

(足下から振り上げた刀の軌跡で光の環を描きつつ、敵を打ち上げる。ダウン起こし効果あり)

 

鎧襲刃(がいしゅうじん)(斬・打)

(大きく飛び上がり、落下の勢いが加わった刀身を思い切り叩きつけてダウンさせる。敵の防御を貫通する)

 

地顎刃(ちがくじん)(地)(打)

(刀を地に突き刺し、目前の大地を(とげ)状に押し上げる。ダウン起こし効果あり)

 

鋭導刃(えいどうじん)(斬)

(魔力を利用した特殊で細やかな斬撃を、外側から内側へ向けて繰り返す。離れた敵を引き寄せられる)

 

流朧刃(るろうじん)(水)

(刀を地に突き刺し、蛇行する水流を生み出して敵を攻撃。ダウン起こし効果あり)

 

無縫刃(むほうじん)(闇)(斬)

(一太刀を見舞い、一瞬だけ敵を縫縛(ほうばく)する)

 

神風刃(しんぷうじん)(風)(斬)

(どれほど離れていようと、一瞬で敵の前まで移動して斬撃を加える)

 

 

【‐奥義‐】

 

砕破十文刃(さいはじゅうもんじん)(斬)

(横一閃の一撃の後、縦一閃の斬撃を見舞う)

 

震天崩龍刃(しんてんほうりゅうじん)(斬)

(龍の闘気を身に纏って敵の防御を崩した後、連続ヒットする斬り上げを見舞いながら天高く飛び上がる。空中で使用すると龍の闘気で敵を怯ませ、連続ヒットする斬り下ろしを繰り出しながら降下する)

 

爆炎滅焼刃(ばくえんめっしょうじん)(火)(斬)

(刀に炎を纏わせて×の字斬りを放った後、刀を突き出すと共に炎を噴射して敵を焼く)

 

氷霧刻閃刃(ひょうむこくせんじん)(水)(斬)

(振り上げる刀を敵の体にかすらせて冷気を帯びせ、凍りつかせた後に斬り刻む。ダウン起こし効果あり)

 

神空豪破刃(しんくうごうはじん)(斬・衝)

(渾身の居合い抜きによって生まれた衝撃波を刃として広範囲の敵を斬りつけ、威力のままに吹き飛ばす)

 

魔王幻双刃(まおうげんそうじん)(闇)(斬)

(分身し、敵を両側から挟み込んで斬撃を見舞う)

 

爪龍円月刃(そうりゅうえんげつじん)(斬)

(前進しながらの連続乱れ斬り)

 

迅雷翔破刃(じんらいしょうはじん)(光)(斬)

(連続突きの後、刀を天に掲げて落雷を受け、その余波を周囲の敵に浴びせる)

 

斬舞天聖刃(ざんぶてんしょうじん)(斬)

(敵と共に空中へと向かう連続攻撃)

 

土龍絶襲刃(どりゅうぜっしゅうじん)(地)(斬・打)

(刀を地に突き刺して目前の大地を棘状に押し上げ、敵を浮かせる。その直後に一瞬で空中へと移動し、高速で縦回転斬りを繰り出しつつ急降下して追撃。そして着地と同時に横一閃の斬撃を喰らわせてとどめ。ダウン起こし効果あり)

 

空牙千裂刃(くうがせんれつじん)(斬・衝)

(連続突きで敵を浮かし、三日月型の斬撃波を三連続で喰らわせる)

 

凍麗流朧刃(とうれいるろうじん)(水)(射)

(目前に水の壁を生み出す。それを刀で突き刺して凍らせ、巨大な氷柱(ひょうちゅう)に変化させて敵を貫く。ダウン起こし効果あり)

 

封縛妖魔刃(ふうばくようまじん)(闇)(斬)

(妖精を召喚して敵を捕縛(ほばく)。そして一刀のもとに斬り伏せてダウンさせる。使用回数が増えると、妖精による捕縛で敵の防御を崩せるようになる)

 

心命抜刀刃(しんめいばっとうじん)(斬)

(自身の体力が限界に近いほど威力が上昇する、諸刃(もろは)の居合い抜き)

 

 

【‐補助‐】

 

斬招来(ざんしょうらい)(斬)

(一定時間、真空の刃を纏い、触れた者にダメージ)

「これぞ鎌鼬(かまいたち)……」

 

幻象来(げんしょうらい)

(一定時間、一人分の分身を生み出す。本体のまさきが攻撃を行わない間のみ、分身が自動で術技を選択して連携攻撃を行う)

「己を(たす)くは己なり……」

 

治癒功(ちゆこう)

(味方一人の体力が25%回復)

「傷を癒すのだ……」

 

回生功(かいせいこう)

(気と念を練り上げ、力尽きた者に活力を分け与える。戦闘不能に(おちい)った味方一人を、体力が10%の状態で復活させる)

「無念、晴らすべし。反撃の意志を(いだ)(よみがえ)りたまえ……」

 

粋護陣(すいごじん)

(敵の攻撃によるダメージを90%軽減)

無益(むえき)なり……」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

秘奥義発動台詞

成敗(せいばい)いたす……!」

 

【第一秘奥義】瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)(光)(斬)

光瞬(ひかりまたた)居合(いあ)い抜き。(はかな)く散るは輝く桜)

「案ずるな、一瞬ぞ。瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)……!!」

→戦闘終了「そして儚く、散ってゆく……」

 

【第二秘奥義】四天・覇王陣(してん はおうじん)(斬)

(四体分の分身を生み出して、翻弄(ほんろう)しながら敵を斬り刻む)

「出でよ我が幻影。破邪(はじゃ)刀閃(とうせん)()しきを(ほふ)る。これぞ、四天覇王(してんはおう)殺陣(たて)……!!」

→戦闘終了「許せ。勝たねばならぬのだ……」

 

【第三秘奥義】修羅・覚醒眼(しゅら かくせいがん)(全属性)(斬)

(閉眼して精神を集中し、味方にも影響を及ぼすほど強大な修羅神(しゅらしん)の闘気を纏う。そして開眼。神速の連続斬撃を敵に刻みつけた後、渾身の一刀にて時空間ごと斬り捨てる。秘奥義が終了してから一定時間、自分を含めた味方全員の物理攻撃力と魔術攻撃力を50%上昇させる)

「真の(まなこ)にて捉えようぞ。己の限りを超え……修羅と化さん! はあぁぁぁっ!! 斬捨御免(きりすてごめん)……!!」

→戦闘終了「これぞ、真眼なり……」

 

 

 

 

 

 

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エグゾア六幹部(ろくかんぶ)総司令(そうしれい)

 

【挿絵表示】

(絵:ピコラスさん 2016年5月)

 

【挿絵表示】

(ラフ:mikeさん 着色:ピコラスさん 2007年11月~2016年5月)

 

 

 

下記のリンクから飛べます。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 キラメイ・エルヴェント

  Killamei Elvent

 

 

「ゾルクというのか。ククク……楽しませろよ、救世主ゾルク!!」

 

 

 エグゾア六幹部の一人、魔剣のキラメイ。第11話「魔剣(まけん)鮮筆(せんひつ)」より登場。

 漆黒の戦闘服を着用し、刃が交差した魔剣を振るう。

 戦いに身を投じることを非常に好んでおり、それ以外の全てを退屈と感じている。

 自分より強い者や、何度でも立ち上がる者に興味を示す。そのため、窮地に陥っても諦めない心を持つゾルクを気に入っている。

 

イメージCV加瀬康之(かせやすゆき)さん

年齢26歳

性別男性

身長181cm

髪色

眼色

一人称

二人称お前

三人称あいつ

クラス魔剣士

通称魔剣(まけん)のキラメイ

武器魔剣

【魔剣ヴェリアル】

攻撃属性斬撃

 

【‐通常攻撃‐】

 

 魔剣による斬撃。

 

 

【‐特技‐】

 

魔神剣(まじんけん)(斬・衝)

(魔剣を振り上げ、斬撃と共に衝撃波を放つ)

 

虎牙破斬(こがはざん)(斬)

(斬り上げで飛び上がり、降下しつつ斬り下ろす)

 

散沙雨(ちりさざめ)(斬・射)

(五連続の素早い突き)

 

爆炎剣(ばくえんけん)(火)(斬)

(魔剣に炎を纏わせた斬撃)

 

漆風閃(しっぷうせん)(風)(斬)

(黒き風を纏って踏み込みながら突きを見舞う)

 

滅殺闇(めっさつえん)(闇)(斬)

(相手の真下に小さな魔法陣を出現させ、闇の波動で捕らえた後に両断する)

 

 

【‐奥義‐】

 

魔神連牙斬(まじんれんがざん)(斬・衝)

(魔剣の振り上げ、振り下ろしの動きで衝撃波を二度放った後、再び魔剣を振り上げて一回り大きな衝撃波を放つ)

 

崩墜空襲撃(ほうついくうしゅうげき)(斬・打)

(上空から蹴りを浴びせ、連続斬り上げのコンボに繋ぐ)

 

猛破激衝陣(もうはげきしょうじん)(斬・衝)

(飛び上がりつつ斬り上げた後に垂直斬りを繰り出し、着地と共に周囲に衝撃波を放つ)

 

凶牙炎龍殺(きょうがえんりゅうさつ)(火)(斬)

(魔剣を振り上げて前方に炎の波を撃ち出し、振り下ろしと共に火柱を走らせて追撃)

 

漆風天翔閃(しっぷうてんしょうせん)(風)(衝)

(黒き翼を広げて周囲を巻き込みつつ上空に飛び上がる)

 

無導残壊剣(むどうざんかいけん)(闇)(斬)

(魔剣に闇を纏わせた五つの斬撃)

 

 

【‐補助‐】

 

戦招来(せんしょうらい)(闇)

(一定時間、物理攻撃力と敏捷を40%上昇させ、魔剣から闇のオーラを伸ばして攻撃範囲を拡大する)

「ククク……本気を見せてやろう」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

皇魔絶影断(こうまぜつえいだん)(闇)(斬)

(巨大化させた魔剣で連続攻撃を見舞う)

「俺に葬られること、光栄に思え! 皇魔絶影断(こうまぜつえいだん)!! ……これが俺の力だ!!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 メリエル・フレソウム

  Merielle Fresoum

 

 

「この私、鮮筆(せんひつ)のメリエルの筆術(ひつじゅつ)を、とくと味わいなさい!」

 

 

 エグゾア六幹部の一人、鮮筆のメリエル。第11話「魔剣と鮮筆」より登場。

 真紅のバトルドレスに身を包み、ビットの装飾が施された大筆(たいひつ)で筆術を(えが)いて戦闘を行う。

 単独で戦っても強いが、他者と連携し後衛に徹することで筆術師(ひつじゅつし)としての真価を発揮する。

 妖しげな空気を漂わせ、常に余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)。与えられた任務は忠実にこなす。

 ミッシェルとは双子の姉妹で、彼女の姉なのだが……。

 

イメージCV長沢美樹(ながさわみき)さん

年齢22歳

性別女性

身長170cm

髪色

眼色

一人称

二人称あなた

三人称あの人、あの方、あの子

クラス筆術師(ひつじゅつし)

通称鮮筆(せんひつ)のメリエル

武器大筆(たいひつ)

魔筆(まひつ)オフェトラス】

攻撃属性打撃

 

【‐通常攻撃‐】

 

 大筆(たいひつ)による打撃。

 

 

【‐特技‐】

 

風神線(ふうじんせん)(風)(打)

(大筆によって瞬速の突きを繰り出す)

 

氷牙線(ひょうがせん)(水)(斬)

(円を描いたその中心で大筆の石突き部分を地に突き刺し、自身の周囲に氷の刃を出現させる)

 

 

【‐奥義‐】

 

旋空特攻筆(せんくうとっこうひつ)(打)

(大筆を回転させ突撃する)

 

烈震轟筆槍(れっしんごうひつそう)(地)(打)

(大筆による渾身の一撃で大地を割る)

 

 

【‐下級筆術‐】

 

レッドアグニス(火)

(「」の文字を描く。長い尾を引く炎を、幾つも生み出す)

「焼かれてしまいなさい」

 

グリーンゲイル(風)

(「」の文字を描く。烈風にて広範囲を攻撃する)

「巻き起こりなさい」

 

ブルーカレント(水)(衝)

(「」の文字を描く。前方に激しい水流を生み出して攻撃する)

「押し流すわ」

 

ブラウンプレス(地)(打)

(「」の文字を描く。相手の上下に魔法陣を出現させ、岩石を撃ち出して圧し潰す)

「挟み撃ちはいかがかしら」

 

ホワイトフラッシュ(光)

(「」の文字を描く。相手を光の柱で包み込む)

「眩しいかもね」

 

ブラックキューブ(闇)(打)

(「」の文字を描く。黒みを帯びた立方体を落下させる)

「潰すわよ」

 

 

【‐上級筆術‐】

 

スカーレットワインダー(火)

(「」の文字を描く。大蛇のような炎を生み出して攻撃)

鮮紅(せんこう)、生けるが如く!」

 

ビリジアンブレード(風)(斬)

(「」の文字を描く。多数の風の剣を飛来させる)

翠風(すいふう)、剣を成せ!」

 

コバルトタイフーン(水)

(「」の文字を描く。水の竜巻を生み出して相手を閉じ込める)

流蒼(りゅうそう)、渦を巻かん!」

 

アンバーウォーリア(地)(打・衝)

(「」の文字を描く。岩石で造られた巨人を召喚して攻撃)

土鎧(どがい)、立ちはだかる!」

 

ネープルスリング(光)(衝)

(「」の文字を描く。自身の周囲に光の輪を生み出してそれを放つ)

光金(こうごん)、導きたまえ!」

 

バイオレットレイン(闇)

(「」の文字を描く。闇属性の雨を降らして攻撃)

紫灰(しばい)驟雨(しゅうう)となりて!」

 

 

【‐補助‐】

 

バーミリオンファング(斬)

(「」の文字を描く。戦場に罠を仕掛ける。発動すると地中から巨大な牙が現れ、相手を噛み砕く)

「牙の餌食(えじき)となりなさい」

 

ウィスタリアミスト

(「」の文字を描く。霧を生み出して広範囲の相手の体力を徐々に奪う)

「霧に(むしば)まれるがいいわ」

 

レインボーアニマライズ

(「」の文字を描く。モンスターを一体召喚し、味方として戦闘に参加させる)

「得意技なの。お相手よろしくね」

 

イービルスケッチ

(「」の文字を描く。敵一人を複写し、味方として戦闘に参加させる)

「ウフフ……私の奥の手、見せてあげる」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

ブラッディ・フルムーン(全属性)

(戦場に(くれない)の満月(えが)いて攻撃)

戦慄(せんりつ)(くれない)よ、かの者達を包み込め。受けなさい! ブラッディ・フルムーン!! ……私に敵うわけがないわ」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ナスター・ラウーダ

  Naster Lawda

 

 

「アナタはどのパーツを提供してくださるのですかぁ? 骨格? 血液? それとも……脳髄(のうずい)?」

 

 

 エグゾア六幹部の一人、狂鋼(きょうこう)のナスター。第16話「異彩の創色(そうしょく)」より登場。

 アムノイドを含む全ての研究の総合責任者。語尾を脱力気味に伸ばすのが癖。

 曲者揃いの六幹部の中ですら群を抜いて狂っており、発言の端々に狂気が感じられる。

 両腕は肩から下が義手になっていて、この義手を多種多様に変形させながら戦闘を行う。

 義手にはビットが埋め込まれているので、魔術も使用できる。

 

イメージCV藤原啓治(ふじわらけいじ)さん

中尾隆聖(なかおりゅうせい)さん

年齢45歳

性別男性

身長175cm

髪色土色

眼色

一人称ボク

二人称アナタ

三人称あの方、彼、彼女

クラス技術研究者

通称狂鋼(きょうこう)のナスター

武器仕込み義手

【カスタムアームズ】

攻撃属性斬撃・打撃・射撃

 

【‐通常攻撃‐】

 

 仕込み義手を瞬時に変形させ、斬撃、打撃、射撃を使い分ける。

 連携のパターンは決まっておらず、状況に合わせて切り替えが可能。

 

 

【‐特技‐】

 

マシンソード(斬)

(機械の腕を刃状に変形させて斬撃)

 

マシンバレット(射)

(機械の腕を銃に変形させて射撃)

 

マシンロケット(打・射)

(肘から下をロケットのように発射する)

 

 

【‐奥義‐】

 

マシンチェーンソー(斬・衝)

(機械の腕を大型チェーンソーに変形させて攻撃)

 

マシンブラスター(光)(射)

(機械の腕を光線銃に変形させてビームを放つ)

 

マシンドリラー(地)(打)

(機械の腕をドリルに変形させ、地中に潜って相手の真下から攻撃する)

 

 

【‐中級魔術‐】

 

バーニングベール(火)

(自分、もしくは任意の味方に炎を纏わせ、身を護りつつ炎熱を放射する)

「身に纏って放射ぁ」

 

エンプティボム(風)

(敵の周囲の空気を圧縮して破裂させる。吹き飛ばし効果あり)

「圧縮、そして破裂ぅ」

 

ダンシングアクア(水)

(踊り狂う水流を敵の頭上から打ちつけて翻弄。敵をダウンさせる)

「上空から遊戯ぃ」

 

アングリーロック(地)(打)

(大地を盛り上げて打撃を与える)

「真下から災厄ぅ」

 

 

【‐上級魔術‐】

 

クリムゾンヴォルケーノ(火)(衝)

(溶岩の津波を起こして広範囲の敵を飲み込む)

「ただの津波ではありませぇん。溶岩ですよぉ、溶岩!」

 

スラッシュハリケーン(風)(斬)

(刃と化した疾風で嵐を巻き起こす)

「耐久テスト開始ぃ。切り傷程度で済めばいいですねぇ」

 

フェンリルブレス(水)

(極寒の吹雪を巻き起こして、戦場全体を凍結させる)

「氷河期到来ぃ! 避難する時間は与えませぇん!」

 

ヴァイオレントクラック(地)(打)

(地割れを起こし、敵を地中に落としながら幾つもの巨岩を上方に発射して攻撃。直後、発射した巨岩を落下させて追撃する。初撃にダウン起こし効果、終撃にダウンさせる効果あり)

「母なる大地に還るのも、一興だとは思いませんかぁ?」

 

 

【‐補助‐】

 

ポイゾニックシリンジ

(毒薬の入った注射器を投げつける。命中した相手の体力を徐々に減らしていく)

「毒薬混入ぅ」

 

パラライズシリンジ

(麻酔の入った注射器を投げつける。命中した相手を麻痺させ、動きを制限する)

「麻酔注入ぅ」

 

ケミカルシリンジ

(化学薬品の入った注射器を投げつける。命中した相手を混乱させ、同士討ちを誘発する)

「薬品処方ぉ」

 

ヴィールスシリンジ

(病原体の入った注射器を投げつける。命中した相手の何らかの能力を30%低下させる)

「病原体投与ぉ」

 

ドーピングシリンジ

(増強剤の入った注射器を投げつける。命中した味方の何らかの能力を30%上昇させる)

「増強剤導入ぅ」

 

ヒール

(味方一人の体力が40%回復)

「遠隔治癒魔術、発動ぅ」

 

ハートレスサークル

(広範囲の味方の体力が30%回復)

「魔法陣を展開。あとは癒すだけぇ」

 

レイズデッド

(戦闘不能に(おちい)った味方一人を、体力が50%の状態で復活させる)

「ご安心ください。すぐに元通りですよぉ」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

メカニクル・オペレーション(斬・打・射・衝)

(機械の両腕を様々な武器に変形させながら連続攻撃を見舞う)

「さぁ、手術を始めましょうかぁ! メカニクル・オペレーション! 個人的には大成功ですよぉ!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 フィアレーヌ・ブライネス

  Fialene Bryness

 

 

「さあみんな、待ちかねたでしょ? うーんと暴れていいからねー♪」

 

 

 エグゾア六幹部の一人、禁霊(きんりょう)のフィアレーヌ。第20話「獄炎の中で」より登場。

 ゴシックロリータなファッションを好む少女。戦闘では死霊魂(しりょうこん)を操る。

 とてもやんちゃでワガママ。若年(じゃくねん)だが、それを更に下回る幼稚さを見せる。

 基本的に誰にも懐いていないが、破闘(はとう)のボルストのことだけは「じいちゃん」呼ばわりする程度に慕っているようだ。

 禁じられた術である霊術(れいじゅつ)を扱っているためか、(まれ)に術を制御できず暴走することも。

 

イメージCV野中藍(のなかあい)さん

年齢14歳

性別女性

身長148cm

髪色藤紫(ふじむらさき)

眼色空色

一人称フィアレ

二人称あんた

三人称あいつ、あの人

あの方、あの子

クラス霊術師(れいじゅつし)

通称禁霊(きんりょう)のフィアレーヌ

武器なし

死霊魂(しりょうこん)

攻撃属性衝撃

 

【‐通常攻撃‐】

 

 指さした方向へ霊魂(れいこん)の波動を発射する。

 

 

【‐下級霊術‐】

 

霊破弾(れいはだん)(闇)(射)

御霊(みたま)の力で生み出した霊圧を発射)

 

霊昇斬(れいしょうざん)(斬)

(戦人の霊が剣を振るう)

 

霊闘拳(れいとうけん)(打)

(武闘家の霊を召喚し、相手に連打を加える)

 

ガーディアンゴースト(闇)(衝)

(自身の周囲に守護霊を漂わせ、近寄る者を迎撃する)

「霊念、守護の陣!」

 

 

【‐中級霊術‐】

 

霊砲鬼火玉(れいほうおにびだま)(火)(射)

(追尾能力を有した炎球を発射)

 

霊刃双連斬(れいじんそうれんざん)(斬)

(双剣士の霊を召喚して攻撃させる)

 

霊拳幽波衝(れいけんゆうはしょう)(打)

(武闘家の霊を召喚し、前方に突撃させる)

 

スピリットプリズン(闇)(衝)

(霊力の(おり)を生み出し、相手を幽閉して()し潰す)

魂魄(こんぱく)牢獄(ろうごく)冷笑(れいしょう)を浮かべ汝を(いだ)く!」

 

 

【‐上級霊術‐】

 

冥・霊砲業魔弾(めい れいほうごうまだん)(火)(射)

(数多の怨念(おんねん)を凝縮し、大爆発する巨大な火炎球として撃ち放つ)

 

冥・霊斬魔光剣(めい れいざんまこうけん)(闇)(斬)

(大剣士の霊を召喚して攻撃させる)

 

冥・霊覇滅闘陣(めい れいはめっとうじん)(衝)

武神(ぶしん)の霊を召喚し、凄まじいほどの闘気を発して攻撃)

 

ランページソウル(闇)(打・衝)

(無数の御霊(みたま)を呼び出し、相手を袋叩きにする)

「名も無き亡霊の旋嵐。理不尽なる所業(しょぎょう)をここに示せ!」

 

 

【‐補助‐】

 

スピリットオーラ

(霊力による障壁を纏う。物理防御力、魔術防御力が20%上昇する)

「友よ、フィアレに取り憑け!」

 

サモンパーティー

(兵士の霊を多数召喚し、味方として戦闘に参加させる)

「呼び声に答え、その力を発揮せよ!」

 

ミラージュソウル

(自らの分身をつくり出す)

「心、魂、写身(うつしみ)に乗せて!」

 

キュア

(味方一人の体力が60%回復)

「漂う霊力、かの者に結集せよ!」

 

ナース

(味方全員の体力が50%回復)

「霊気よ、癒しの道標(みちしるべ)となり降り注げ!」

 

レイズデッド

(戦闘不能に(おちい)った味方一人を、体力が50%の状態で復活させる)

「かの者の魂、ここに(つど)え。再び宿り、死を拒絶せよ!」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

華憐葬導闇(かれんそうどうえん)(闇)(衝)

(霊界へと(いざな)う暗黒を、自身を中心に拡大させていく)

「キャハハハハ♪ この子達の世界に招待してあげる! 華憐葬導闇(かれんそうどうえん)!! アハハッ、たのしぃー♪」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ボルスト・キアグ

  Bolst Kiag

 

 

「では、お主らの決意とわしの信念、どちらがより強固なものであるか比べ合おうぞ。……いざッ!!」

 

 

 エグゾア六幹部の一人、破闘(はとう)のボルスト。第20話「獄炎の中で」より登場。

 戦闘組織エグゾアにおいて最年長だが老いを感じさせず、鍛え上げた(おの)が肉体のみで戦う武人。

 過去、マリナとリフに体術を指南していた。故に二人はボルストを「師範(しはん)」と呼ぶ。

 荒くれ者の多いエグゾアにそぐわず、良識があり人間的な温かさを持ち合わせている。

 しかし総司令の命令には非常に忠実であり、そのためならどんな任務でも躊躇(ちゅうちょ)せず臨む。

 

イメージCV秋元羊介(あきもとようすけ)さん

年齢64歳

性別男性

身長200cm

髪色

眼色

一人称わし

二人称お主

三人称あやつ、あの方

クラス武闘家(ぶとうか)

通称破闘(はとう)のボルスト

武器なし

(おの)が肉体】

攻撃属性打撃

 

【‐通常攻撃‐】

 

 格闘による打撃。

 

 

【‐特技‐】

 

掌底破(しょうていは)(打)

(気合を込めた掌底打ち)

 

翔連脚(しょうれんきゃく)(打)

(空中に向かう二連蹴り)

 

牙連撃(がれんげき)(打)

(左フック、右ストレート、回し蹴りの三連撃)

 

落瀑蹴(らくばくしゅう)(打)

(飛び上がり、前方斜め下に急降下蹴り)

 

 

【‐秘技‐】

 

臥龍空破(がりょうくうは)(打)

(広い範囲に威力をもつアッパー攻撃)

 

八葉連牙(はちようれんが)(打)

(拳による連打の後、相手の背後に回り込んで蹴り上げる)

 

獅子戦吼(ししせんこう)(衝)

(打撃は行わず、獅子の闘気を全身から発して相手を圧倒)

 

守護方陣(しゅごほうじん)(光)(打)

(足払いの動作で攻防一体の魔法陣を描く。自身と周囲にいる味方の体力を10%回復する)

 

 

【‐奥義‐】

 

轟天烈鋼破(ごうてんれっこうは)(地)(打)

(闘気と岩石を拳に集めて相手を殴る。命中と共に岩石は爆散する)

 

紅蓮爆攻弾(ぐれんばっこうだん)(火)(打)

(空中を回転しながら突撃する。着弾地点で爆発を起こす)

 

大輪氷転脚(たいりんひょうてんきゃく)(水)(打)

(冷気を帯びた豪脚で三連続蹴りを見舞う)

 

瞬光割砕拳(しゅんこうかっさいけん)(打)

(光の速さで連続正拳突きを繰り出す)

 

 

【‐補助‐】

 

熱気・錬心(ねっき れんしん)

(一定時間、魔術防御力、命中、集中を20%上昇させる)

「闘気充填……!」

 

覇気・活心(はき かっしん)

(一定時間、物理攻撃力を30%上昇させ、鋼体を得る)

「爆熱解放ぉぉぉ!!」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

鉄降超重落(てっこうちょうじゅうらく)(地)(打・衝)

(おの)が拳で地面を揺るがせ続け、最後は空高くに飛び上がり、蹴りで大地を割る)

「我が蹴拳(しゅうけん)、大地の怒りなりぃぃぃ!! 鉄降(てっこう)超重落(ちょうじゅうらく)ぅぅぅぅぅ!! ……御免(ごめん)ッ!!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 クルネウス・フェルド

  Culneus Feld

 

 

「抵抗か。するがいい。私は、ただ任務を遂行するだけだ」

 

 

 エグゾア六幹部の一人、咆銃(ほうじゅう)のクルネウス。第23話「混沌への突入」より登場。

 フード付きのマントに身を包み、不気味な笑みを浮かべた仮面で素顔を隠した銃撃手。

 六幹部の中でも相当な実力の持ち主であり、総司令に対する忠誠心は一番強いとされている。

 発言は少なく、どんな物事にも動じない精神を有しているが、それは逆に感情が無いかのようでもある。

 

イメージCV小林沙苗(こばやしさなえ)さん

年齢35歳

性別女性

身長165cm

髪色もえぎ色

眼色

一人称

二人称貴様

三人称あいつ、あの方

クラス銃撃手

通称咆銃(ほうじゅう)のクルネウス

武器リボルバー式一丁拳銃

【無限拳銃エクセキューション】

攻撃属性射撃

 

【‐通常攻撃‐】

 

 拳銃による射撃。

 

 

【‐特技‐】

 

ラピッドバスター(射)

(目にも留まらぬ六連速射)

 

スカイパレード(射)

(相手を飛び越えるように跳躍し、すれ違いざまに地へ向けて散弾を放つ)

 

ラウンドシュート(射)

(その場で一回転しつつ全方位に射撃)

 

ステップトリガー(射)

(後方に跳躍しながらの銃撃)

 

ムーブショック(光)(射)

(弾速の遅い電磁弾を発射。命中した敵の敏捷を20%低下させる)

 

フレアグレネード(火)(射)

(小型の擲弾(てきだん)を発射して着弾地点を爆炎で包む。しばらくの間、着弾地点を焼き続ける)

 

ランダムブレイバー(打)

(銃からエネルギー状の鞭を出現させ乱舞)

 

 

【‐奥義‐】

 

バーニングフォース(火)(射)

(炎で構成された極太ビーム)

 

エアブレイド(風)(斬・射)

(縦に長い刃を有する、地を()疾風(しっぷう)

 

アクアスパイラル(水)(射)

(相手の頭上で四散する水弾)

 

ガイアライフル(地)(射)

(必中の弾丸を発射する)

 

レイジレーザー(光)(射)

(何度も屈折するレーザーを放つ)

 

ダークイレイザー(闇)(射)

(自身の周囲に留まる弾丸を放つ。弾丸は、近寄って来る相手に反応して突貫する)

 

ジェノサイドブレイバー(闇)(射)

(一定時間エネルギーを蓄えた後に、巨大な黒いレーザービームを発射)

 

 

【‐補助‐】

 

ヴォリーション

(一定時間、体力が断続的に5%ずつ回復していき、命中、回避、集中が20%上昇。そして戦闘中に一度だけ、戦闘不能に(おちい)った際、体力が50%の状態で自動的に復活できるようになる)

「私は終わらない」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

キリングレイダー(射)

(拳銃の速射による集中砲火にて、目標を蜂の巣にする)

「身の程をわきまえろ。キリングレイダー。……愚か者め」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 デウス・ロスト・シュライカン

  Deus Lost Shraikan

 

 

「ボサボサの金髪に蒼の鎧……そうか、君が救世主なのだね」

 

 

 戦闘組織エグゾアの総司令。第11話「魔剣と鮮筆」より登場。

 彼によって、エンシェントビットは海底遺跡から引き上げられた。

 組織の武力を行使し、セリアル大陸が存在する方の世界を征服しようと企んでいる。

 意外にも会話や説明が好きで、組織のトップらしくない砕けた喋り方が特徴。任務を果たした部下へ労いの言葉をかける優しさも持ち合わせている。

 

イメージCV飛田展男(とびたのぶお)さん

年齢30歳

性別男性

身長183cm

髪色

眼色山吹

一人称

二人称

三人称彼、彼女

クラス魔術剣士

通称総司令

武器魔宝剣(まほうけん)

【宝剣ジオルティア】

攻撃属性斬撃

 

【‐通常攻撃‐】

 

 魔宝剣(まほうけん)による斬撃。

 魔力による遠隔操作で、離れた相手を攻撃することもある。

 

 

【‐奥義‐】

 

魔帝刃(まていじん)(斬・衝)

(強力な衝撃を帯びた、超威力の斬撃)

 

猛虎業魔斬(もうこごうまざん)(火)(斬)

(剣に炎を纏わせ斬り上げ、斬り下ろし、強力な横薙払いへと繋ぐ)

 

闇空裂破(あんくうれっぱ)(闇)(斬)

(横回転斬りと共に闇の波動を周囲に放つ)

 

黒炎焼破(こくえんしょうは)(火)(闇)(斬)

(上空から垂直突きを繰り出す。地に刺さると、周囲から黒い炎が噴き出す)

 

魔光霰(まこうあられ)(闇)

(剣に闇の力を込めたあと上空に放出し、霰のように降らせる)

 

鬼面恐映鏡(きめんきょうえいきょう)(闇)(衝)

(巨大な魔法陣を相手の足下に出現させ、上空へと昇る闇の波動を放つ)

 

 

【‐上級魔術‐】

 

クリムゾンヴォルケーノ(火)(衝)

(溶岩の津波を起こして広範囲の敵を飲み込む)

「全てを飲み込む灼熱の流動。熱き飛沫(しぶき)焦土(しょうど)を生み出す」

 

ダークネスゾーン(闇)

(暗黒の彼方へと続く扉を開き、敵を導く。超低確率で敵を即死させる)

「訪れよ、黒の世界。恐怖にまみれ永久(とわ)に怯えるがいい」

 

エキゾーストドラグーン(火)

(術者から離れて独自に敵を狙う、業火の魔竜を召喚する)

「翼持つ鱗炎(りんえん)の魔竜よ。我が障害を焼き尽くすため、現れ()でよ」

 

エンペラージャベリン(闇)(斬)

(影から生み出した射程無限の槍で前方を攻撃)

「永遠に向かいし絶槍(ぜっそう)。その過程にて、仇なす者を刺し貫け」

 

 

【‐超級魔術‐】

 

イグニクストリガー(火)(射)

(自身の周囲に大砲を象った炎を出現させ、一斉に爆炎を放出する)

「業魔の神、灼熱の炎砲(えんほう)となりて今ここに降臨せり。掃射にて我が敵を焼き払う魂、その名は」

 

ギルティスクリーム(闇)(衝)

(敵の真下に異界への門を開き、そこから放たれる罪人の叫びで攻撃。命中した敵の体力を断続的に5%ずつ減らしていく)

滅裁(めっさい)の神、終焉へと(いざな)獄界(ごくかい)となりて今ここに降臨せり。罪叫(ざいきょう)を響かせ汝を引きずり込む魂、その名は」

 

プロミネンス・イレイズ(火)

(炎の魔力を敵一人に一点集中させて逃げ場を無くし、大爆発を引き起こす)

「汝を待つは、灰燼(かいじん)()す運命のみ。紅蓮の抱擁を受け入れろ」

 

エクセキュート・パニッシャー(闇)(斬)

(闇の大鎌を召喚。大鎌は自身の周囲を回転して、敵の命を刈り取っていく)

「我が目的を(はば)む者よ。無力を認め、我が力の糧となるがいい」

 

 

【‐補助‐】

 

魔滅陣(まめつじん)

(一定時間、火・風・水・地・光・闇属性が付加された術技と魔術による攻撃を一切受け付けなくなる)

「君をいたぶるための術さ」

 

 

【‐特殊‐】

 

無の領域(む りょういき)

(自身を球状のバリアで包み、全ての攻撃を一切受け付けなくなる。効果は無制限に続く)

「我に触れることなど、出来やしない」

 

 

【‐秘奥義‐】

 

真帝・魔神剣(しんてい まじんけん)(斬・衝)

(前方に存在する全てを消し飛ばす、とてつもなく巨大な衝撃波)

「あはははは! これこそ、(ぜん)を圧倒する究極の力さ! 真帝・魔神剣(しんてい まじんけん)……!! 我に刃を向けたこと、後悔したかい?」

 



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世界中の人々

下記のリンクから飛べます。(ドット絵:フルカラー)

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ヘイル・シュナイダー

 

 

 第0話より登場。

 田舎町バールンで暮らす、ゾルクの叔父。

 

【‐武器‐】

片手剣ロングソード

 

【‐術技‐】

突連破(とつれんは)(斬・射)(ゾルクの術技と同じ)

翔龍斬(しょうりゅうざん)(斬)(同上)

猛襲連撃(もうしゅうれんげき)(斬・射)(同上)

炎龍天覇(えんりゅうてんは)(火)(斬)(同上)

蒼破刃(そうはじん)(風)(斬・衝)

閃光衝(せんこうしょう)(光)(斬・衝)

牙連蒼破刃(がれんそうはじん)(風)(斬)

岩斬滅砕陣(がんざんめっさいじん)(地)(斬・打)

 

【‐秘奥義‐】

電光石火斬(でんこうせっかざん)(光)(斬)

(落雷を身に纏い、戦場を光速で駆け抜けながら複数の相手を斬り裂く)

「ゆくぞ! 全てを焼き斬るこの雷撃! 電光石火斬(でんこうせっかざん)!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 フォーティス

 

 

 第2話「もうひとつの世界」より登場。

 辺境の村キベルナに住む歴史学者であり、マリナの保護者。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 グラム

 

 

 第7話「悪に染まりし力」より登場。

 グラム盗賊団のボス。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 グラム盗賊団員

 

 

 第4話「旅立ち」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ロウスン・ウォッチ

 

 

 第7話「悪に染まりし力」より名前のみ登場。

 ソシアの父。

 

 

 

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 レミア・ウォッチ

 

 

 第7話「悪に染まりし力」より名前のみ登場。

 ソシアの母。

 

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 リフ・イアード

 

 

 第13話「船上激震」より登場。

 海賊風のエグゾア構成員。

 17歳。161cm。

 

(絵:葉太さん)

 

【‐武器‐】

片手剣カトラス

 

【‐術技‐】

双牙斬(そうがざん)(斬)

崩襲脚(ほうしゅうきゃく)(打)

穿衝破(せんしょうは)(斬・打)

牙連崩襲顎(がれんほうしゅうがく)(斬・打)

絶破烈氷撃(ぜっぱれっひょうげき)(水)(打)

守護氷槍陣(しゅごひょうそうじん)(水)(射)

ウォータイガー召喚(しょうかん)(水)(斬・打)

下級魔術アイスバーン(水)(射)(ジーレイの術技と同じ)

中級魔術ダンシングアクア(水)(同上)

上級魔術フェンリルブレス(水)(同上)

超級魔術オーシャングリッター(水)(同上)

 

【‐秘奥義‐】

デンジャラスアンカー(水)(斬・打)

(片手剣カトラスに水を纏わせて、鎖付きの巨大な錨を形作り、豪快に振り回して連撃を加える。最後は、質量に物を言わせて振り下ろし、相手を叩き潰す)

「景気よくブン回すよ! デンジャラスアンカー! ブッ潰れなぁー!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 アムノイド

 

 

 第13話「船上激震」より登場。

 人体改造を受けた、戦闘特化のエグゾア構成員。様々なタイプがある。

 

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 アシュトン・アドバーレ

 

 

 第14話「暗き鉄の都市」より登場。

 工業都市ゴウゼルで活動するエグゾア構成員。

 20歳。176cm。

 

(絵:葉太さん)

 

【‐武器‐】

無限長銃ショットライフル

 

【‐術技‐】

バーニングフォース(火)(射)(クルネウスの術技と同じ)

エアブレイド(風)(斬・射)(同上)

アクアスパイラル(水)(射)(同上)

ガイアライフル(地)(射)(同上)

マーダーショット(射)

ブルータルハント(射)

ガトリングイビル(闇)(射)

ブレイクシュート(光)(射・衝)

下級魔術フレイムラッシュ(火)(ジーレイの術技と同じ)

下級魔術スラストダッシャー(風)(斬)(同上)

下級魔術スマッシュストーン(地)(打)(同上)

中級魔術バーニングベール(火)(同上)

中級魔術エンプティボム(風)(同上)

中級魔術アングリーロック(地)(打)(同上)

 

【‐秘奥義‐】

ザルヴァルグ・フルパワー(全属性)(射)

(ソーサラーリングからザルヴァルグを召喚して搭乗。最大出力のビームキャノンを発射する)

「頼むぜ相棒! エネルギー、フルチャージ! あばよ、ターゲットさんよぉ!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 エグゾア戦闘員

 

 

 第14話「暗き鉄の都市」より登場。

 戦闘組織エグゾアにおける一般的な構成員。数が多い。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 オーナー

 

 

 第18話「自分自身」より登場。

 発展途上都市メノレードにある闘技場のオーナー。本名不明。

 

【‐武器‐】

ハルバード

 

【‐術技‐】

雷神招(らいじんしょう)(光)(斬)

霧氷翔(むひょうしょう)(水)

爆灰鐘(ばっかいしょう)(斬・衝)

割破爆走撃(かっぱばくそうげき)(斬・打)

空破特攻弾(くうはとっこうだん)(斬・打)

戦吼爆ッ破(せんこうばっぱ)(打)

ヒール(単体。体力40%回復)

 

【‐秘奥義‐】

ナックル・オブ・ガイア(地)(打)

(ハルバードを大地に突き刺して地殻を刺激。すると拳を象った巨大な岩石が相手の足下から現れ、勢いのまま遥か彼方へと殴り飛ばす)

「ただの闘技場オーナーだと思ったら大間違いだ! ナックル・オブ・ガイアァァァ!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 エイミー

 

 

 第20話「獄炎の中で」より登場。

 医療の町ランテリィネにある医療研究所の所長。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ぜくう

 

 

 第25話「氷色の刀閃」より登場。

 スメラギ武士団の副団長。

 

【‐武器‐】

十文字槍

 

【‐術技‐】

瞬迅槍(しゅんじんそう)(斬・射)

轟破槍(ごうはそう)(地)(打)

滅翔槍(めっしょうそう)(斬・打)

雷神旋風槍(らいじんせんぷうそう)(風)(光)(斬)

墜牙爆炎槍(ついがばくえんそう)(火)(斬)

水塵渦龍槍(すいじんかりゅうそう)(水)

 

【‐秘奥義‐】

迅閃・流転嵐(じんせん るてんあらし)(風)(斬)

(暴風を巻き起こしながら、途切れることのない神速の連続突きを見舞う)

「我が神速の槍さばき、とくとご覧あれ! 迅閃・流転嵐(じんせん るてんあらし)なり!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 煌流(こうりゅう)みつね

 

 

 第26話「緋色の灯閃」より登場。

 スメラギの里の姫であり、まさきの許婚。

 19歳。160cm。

 

(絵:mikeさん)

 

【‐武器‐】

薙刀

 

【‐術技‐】

環耀刃(かんようじん)(光)(斬)(まさきの術技と同じ)

流朧刃(るろうじん)(水)(同上)

爪龍円月刃(そうりゅうえんげつじん)(斬)(同上)

封縛妖魔刃(ふうばくようまじん)(闇)(斬)(同上)

治癒功(ちゆこう)(単体。体力40%回復)

発氣治癒功(はっきちゆこう)(全体。体力30%回復)

錬気治癒功(れんきちゆこう)(単体。体力60%回復)

解毒功(げどくこう)(単体。全状態異常回復)

回生功(かいせいこう)(単体。体力50%の状態で復活)

 

【‐秘奥義‐】

絢閃・桜飛沫(けんせん さくらしぶき)(衝)

(薙刀を足元から二度振り上げ、相手を挟むように桜の花弁の障壁を走らせる。そして逃げ場を失った相手に目掛け、振り下ろしによる本命の一撃、花弁の大波を真正面からお見舞いする)

凄烈(せいれつ)に、されど絢爛(けんらん)に! 絢閃・桜飛沫(けんせん さくらしぶき)にございます!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 煌流(こうりゅう)てんじ

 

 

 第28話「訪れぬ安らぎ」より登場。

 スメラギの里の王であり、みつねの父。

 

【‐武器‐】

妖刀

 

【‐術技‐】

一文刃(いちもんじん)(斬)(まさきの術技と同じ)

豪炎刃(ごうえんじん)(火)(斬)(同上)

刀破刃(とうはじん)(射・衝)(同上)

鎧襲刃(がいしゅうじん)(斬・打)(同上)

砕破十文刃(さいはじゅうもんじん)(斬)(同上)

爆炎滅焼刃(ばくえんめっしょうじん)(火)(斬)(同上)

神空豪破刃(しんくうごうはじん)(斬・衝)(同上)

心命抜刀刃(しんめいばっとうじん)(斬)(同上)

 

【‐秘奥義‐】

爆閃・乱吹雪(ばっせん みだれふぶき)(火)(斬)

(居合い抜きと同時に、妖刀に宿る炎を拡散放射。相手を焼いた後、すかさず渾身の一刀で叩き斬る。その際、炎は剣圧によって派手に散っていく)

「スメラギの王、煌流(こうりゅう)てんじが直々に引導を渡してくれる! 爆閃・乱吹雪(ばっせん みだれふぶき)ぃぃぃ!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 煌流(こうりゅう)さつか

 

 

 第40話「逃飛航」より名前のみ登場。

 てんじの妻であり、みつねの母。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 蒼蓮(そうれん)まきり

 

 

 第30話「反撃の狼煙」より登場。

 スメラギ武士団・魔導からくり部隊の隊長であり、まさきの父。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 スメラギ武士団員

 

 

 第25話「氷色の刀閃」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 スメラギ武士団隠密部隊員

 

 

 第54話「不穏なる国境」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 スサノオ

 

 

 第26話「緋色の灯閃」より登場。

 ミカヅチの領域の王。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 スサノオ兵

 

 

 第25話「氷色の刀閃」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 スサノオ隠密兵

 

 

 第29話「赤と黒の襲来」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ドステロ

 

 

 第35話「平穏へ別れを」より登場。

 火薬の都市ヴィオの、自称しがない商人。

 

 

 

【画像なし】

 ティオ

 エリス

 

 

 第35話「平穏へ別れを」より登場。

 火薬の都市ヴィオで暮らす双子の子供。

 古き友人の創作からのゲスト出演。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ターシュ・マクスウェリジン

 

 

 第37話「命」より登場。

 秘境ルミネオスに身を置く老師。

 

【‐武器‐】

降霊魔導着

 

【‐術技‐】

シルフ(風)

ウンディーネ(水)(攻防一体。全体。体力40%回復)

イフリート(火)

ノーム(地)

セルシウス(水)(地)

ヴォルト(火)(風)

レム(光)

シャドウ(闇)

クロノス(相手の時間を停止)

 

【‐秘奥義‐】

真覇・精霊幻想舞(しんは せいれいげんそうぶ)(全属性)

(全ての精霊を呼び出し、彼らの力を一点に集中して相手を攻撃する)

「地と炎。水と氷。風と雷。光と闇。今、戯れの時。真覇・精霊幻想舞(しんは せいれいげんそうぶ)!」

 

インディグネイト・ビッグバン

(詳細不明)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 リリネイア

 

 

 第38話「光」より登場。

 とても神秘的な女性。

 

 

 

【画像なし】

 リュプレー

 メヌート

 ボレ

 ナデラ

 ノクトランシュ

 レッキム

 ソネタナ

 ララビエール

 サノバ

 

 

 第39話「応えろ」より名前のみ登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ラグラウド・ウレン・ケンヴィクス

 

 

 第44話「蛮握女傑」より登場。

 ケンヴィクス王国の国王。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 アリシエル・ウレン・ケンヴィクス

 

 

 第44話「蛮握女傑」より登場。

 国王ラグラウドの王妃。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ケンヴィクス王国軍兵士

 

 

 第0話より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ケンヴィクス王国軍兵士部隊長

 

 

 第54話「不穏なる国境」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ケンヴィクス王国軍騎士

 

 

 未登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 アーティル・ヴィンガート

 

 

 第44話「蛮握女傑」より登場。

 軍事国クリスミッドの総帥。

 

(絵:ピコラスさん)

 

 

 

【挿絵表示】

 

 コルトナ

 

 

 第45話「揺らぐ緋焔」より登場。

 軍事国クリスミッドの将軍。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ウィナンシワージュ・リゼル・クリスミッド

 

 

 第45話「揺らぐ緋焔」より登場。

 軍事国クリスミッドの正統後継者。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 クリスミッド軍兵士

 

 

 第45話「揺らぐ緋焔」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 クリスミッド軍兵士部隊長

 

 

 第56話「打倒の時、迫る」より登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 クリスミッド軍将軍

 

 

 未登場。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 キャロライン・フレソウム

 

 

 第50話「筆術師が見た夢」より登場。

 ミッシェルとメリエルの母。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 レオナルド・フレソウム

 

 

 第50話「筆術師が見た夢」より登場。

 ミッシェルとメリエルの父。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ステファニー・フレソウム

 

 

 第50話「筆術師が見た夢」より登場。

 ミッシェルとメリエルの祖母。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 ヴィジェン・フレソウム

 

 

 第50話「筆術師が見た夢」より登場。

 ミッシェルとメリエルの祖父。

 



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第一部 救世主誕生!(きゅうせいしゅたんじょう)
第0話


 ――ある晴れた暖かい日の出来事である。

 

 蒼いブーツ、体を守る胸当て、左腕だけに装備する手甲、動きやすさ重視の腰当て。これらは今しがた身に付けたものだ。最後に、自分の身長の半分よりも大きい鋼色の両手剣を、褐色の鞘に収めて背負う。

 ここまで、いつもどおりのこと。……ボサボサになったまま直らない金髪も、前髪からピンと跳ね上がった主張の激しい毛も、いつもどおり。

 よし。出かける準備は全て整った。

 

「ヘイルおじさん。そろそろ行ってくるよ」

 

 くすんだ赤い屋根が特徴的な、木造の古ぼけた小さな家。それが俺の家だ。屋根からは煉瓦造りの煙突が可愛らしく頭を出している。近所には、色こそ違えど似た風貌の家々が、空き地や畑を挟みながら存在する。

 俺は自宅の扉をくぐり、太陽の下へ躍り出ようとしていた。それに気付いたおじさんが返事をくれる。

 

「おお、もうそんな時間か。今日も気を付けてな。お前はどこか間抜けな所があるから」

 

 使い古しの木製テーブルで食後のコーヒーを口にしているのは、俺の叔父であり育ての親でもある、ヘイルおじさん。清潔感のある薄黄色の短髪、ひょろっとした体躯に白いセーター、鼻の上には小さな丸眼鏡、というのが普段の格好である。

 俺の両親は、俺が生まれてすぐに事故で亡くなったという。だから顔も声も覚えていない。だけど寂しくはなかった。俺を引き取ってくれたヘイルおじさんはとても良くしてくれて、まるで本当の子供のように育ててくれた。しかし……。

 

「おじさーん、一言余計だよ!」

 

「ははは、すまんすまん。いってらっしゃい」

 

 たまにこういった風なことを言われる。もちろん心配してくれているのであって、決して嫌み等ではない。ヘイルおじさんとはそういう人だ。

 ……それにしても、「間抜け」という部分を完全に否定することが出来ないのが悔しいところなんだよなぁ……。

 

 一つの世界。

 地図に見立てると左半分は海原で、右半分は大陸だ。

 世界の半分を占める大陸の名は、リゾリュート。

 リゾリュート大陸には幾つもの国が栄えているが、その中にケンヴィクスという名の王国が存在する。

 王国が治める沢山の町の一つ、田舎町バールン。俺が住んでいるのは、なんの変哲もないこの町だ。

 

「っあ~……いい天気だなぁ」

 

 外に出ると日の光に照らされた。両手を真上に突き上げ、身体を伸ばす。……とても気持ちが良い。心が晴れやかな気分になる。

 今日も空は青く、浮かぶ雲は白い。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 

 

 バールンの住民は大多数が農業や牧畜を営んでいる。田舎町と呼ばれるだけあり自然が豊富で、そういう仕事に環境が適しているのだ。

 だが、俺の仕事は農業や牧畜ではない。背負った両手剣や蒼の軽鎧(けいがい)が、それを物語っていることだろう。

 

「今日はどんな依頼が来てるかな。できれば楽なのがいいけど」

 

 俺の職種は剣士業だ。バールンの中央には小さな町役場があるのだが、そこに転がり込む様々な依頼をこなすことで仕事を営んでいる。この町には俺の他にも剣士業を営む人間がいるが、数はそう多くない。

 依頼は様々……とはあまり言えず、大体がモンスターの駆除に絞られる。最近、町の周りに出没するモンスターが増加の傾向にあるので、食べていく分には困っていない。しかし当然、町の人々が襲われたり畑の作物が荒らされたりと被害も増えるわけだが……。

 ごく稀に人間を相手にする依頼が来ることもあるらしいが、それは別の町の話であり、バールンの役場にそんな依頼が舞い込んだことは一度も無い。むしろ、あってほしい依頼でもない。

 剣士業は危険な仕事だが、ヘイルおじさんに叩き込まれた剣技のお陰で危なげなく依頼をこなしている。農業をするよりも単純に人の役に立てて感謝されるという点から、俺は剣士業を気に入っている。剣の腕前そのものも、この仕事のおかげで着々と上がっているように思う。

 ……でもやっぱり手強いモンスターとは戦いたくない、っていうのが本音かな。おじさんからは「まだまだだ」とよく言われるし……。

 

「何にしても、今日も張り切って行くか」

 

 甘い考えを捨てて…………厳密に言うと捨て切れないが、両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。

 そうしている内に、とある場所へ通りかかった。役場の手前に建っている白壁の大きな屋敷である。屋敷の周りは塀で囲われているのだが、その全周は目測では測り切れない。塀の隙間からは屋敷に比例した広大な庭が覗け、整えられた芝生が美しかった。

 この屋敷はバールンの住民のものではなく、都会の金持ちが所有する別荘らしい。よくもまあ、こんな辺鄙な田舎に別荘を建てたものだ。いや、都会の喧騒から離れたかったからこそ田舎に建てたのだろうか。

 

「しっかし、いつ見ても凄い屋敷だな」

 

 歩みを止め、そんなことを考えていた。……しかし後々、俺はこう思うことになる。こんな場所で立ち止まらなければよかった、と。

 

「おわあぁっ!?」

 

 突如として耳に無理やり入り込んできたのは、大気を震わせ轟く爆発音。思わず悲鳴をあげ、反射的に両腕で頭を抱えた。

 腕をゆっくり下ろして目の前を見ると、先ほどまでボーッと眺めていた白壁の屋敷は、もうほとんどが瓦礫の集合体と成り果てていた。緑の芝生も吹き飛び、庭は悲惨な状態と化している。至近距離にいた俺が爆発に巻き込まれなかったのは奇跡に近い。

 

「な、なんだよ今のは! どうして屋敷が爆発したんだ……!?」

 

 誰がこんなことをやらかしたのか。すぐに辺りを見回した。俺以外の人間は誰もいない……と思ったその時。怪しげな風貌の男と目が合った。

 

「ん!? 誰だろう」

 

「あ、やべ……」

 

 一時、俺達は視線を合わせたまま硬直する。

 男の纏う衣服は砂漠色のフード付きマント。火薬の都市ヴィオの民族衣装である。顔は、目から下を灰色のスカーフで隠しており確認できなかった。

 

「さては、お前だな? 屋敷を爆破した犯人は!」

 

「面倒が起きる前に……逃げる!!」

 

 怪しい男は問いかけを無視し、一目散に駆け出した。

 

「あ、こら! 面倒を起こしたのはお前だろうが!」

 

 すぐさま俺も追いかけ始める。しかし、男の足は非常に速い。捕まえるのは至難の業か。

 

「怪しい奴め、止まれー!」

 

 と、そこへ。町の自衛を務める二名の兵士が駆けつけた。鉄の鎧兜と槍を揺らし、ガッチャガッチャと金属音を響かせている。

 なんと丁度いい所に現れてくれたのだろう。俺は兵士にこう伝えた。

 

「あいつだよ! 屋敷を爆破したのは、あいつなんだ! 一緒に追いかけて!」

 

 ……だが。兵士の反応は俺の予想とは違うものだった。

 

「何を言っている? 我々が呼び止めたのは、金髪のお前のことだぞ。大人しくしろ、爆発魔め!」

 

「はあっ!? いや、俺じゃなくって! 犯人はあいつ……」

 

 例の男が駆け抜けた道を必死に指すが、そこには……。

 

「誰もいないじゃないか。そんな姑息な手に引っかかるほど、我々も落ちぶれちゃあいないぞっ」

 

 一瞬、目を離した隙に男は逃げ切ってしまったようだ。予想以上の逃げ足の速さだった。

 

「だーかーらー! 屋敷の爆発は俺のせいじゃないんだってば! 怪しい奴でもないし! 俺はこの町で剣士をやってる、ゾル……」

 

「話なら尋問所で聞いてやる。さあ来い!」

 

 聞く耳を持たないとは、まさしくこのこと。名乗りも出来ない。しかも尋問所に向かっても、まともに話を聞いてくれる保証はない。

 ついでに感じたことだが、こちらの言い分に構わず人違いを犯している点から察するにこの兵士達、やはり相当落ちぶれているに違いない。

 俺は兵士二人に両腕を掴まれて、ずるずると引きずられながら連行される羽目になってしまった。思わず情けない声が漏れる。

 

「そ、そんなぁ……」

 

 斯くして俺は、屋敷爆破の犯人という不名誉な肩書きを背負わされることに。

 

 ……っていうか……。

 

「こんな展開、嘘だろー!?」

 

 ――ある晴れた暖かい日の出来事であった。



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第1話「出会いと始まり」 語り:マリナ

「あぁ……どうやら到着したらしいな」

 

 軽度の目眩に頭を抱えるも、両足はしっかりと地を踏んでいる。症状は徐々に治まっていき、体調に問題は無いと判断した。そして、目の前にそびえる白い石造りの建物が私の目的地らしい。

 移動の最中に装備を紛失していないかを確認――山吹色のジャケットや履き慣れたブーツ、腰に下げた愛用の二丁拳銃や手頃な道具袋など――し、準備を整える。

 

「よし、全部ある」

 

 近くには澄んだ水で満たされた小さな池があった。鏡の代わりにするため覗き込む。そこに映った私は、短い黒の髪に翠色の眼をしていた。どうやら外見の特徴にも異常や変化は起こっていないらしい。ほっと胸を撫で下ろした。

 全てを確認し終えると、ついに目の前の建物へと侵入する。不法であるため、もちろん裏口からだ。その際、建物の職員が利用すると思わしき掲示板に目を通した。この白の建造物は『バールン刑務所』という名称であることがわかった。

 

 

 

 鎧兜と槍を装備した監視兵の目を掻い潜り、目標を探す。しかし一向に見つからない。見渡す限り、だだっ広い廊下と頑丈そうな牢屋ばかりだ。刑務所に華やかさを求めているわけではないが流石に殺風景と言わざるを得ない。

 それにしても、囚人を一人も収容していないというのに巡回する監視兵ばかり多過ぎる。この刑務所が割と広いというのも理由の一つだろうが、度の過ぎた真面目さを持つ職員が多いとも予想できる。

 不毛な考えを巡らせている内に、刑務所の奥深くまで来てしまった。結局、ここに私の標的はいなかったということになる。ならば仕方がない。さっさと脱出することに……。

 

「あのー、すみません。そこの黒髪の女の子……」

 

 ……脱出することにしようとした途端どこからともなく、か細い声が漂ってきた。何気なく振り返り目線を落とすと、牢屋の中に金髪蒼眼の人間が一人。初めて出くわした囚人は、私と歳の近そうな少年だった。

 

「まさか私を呼んでいるのか?」

 

「そうそう、君のこと! どうか助けてください……」

 

「……はぁ?」

 

 静寂が守られている屋内に可能な限り従うかの如く、静かに響いた弱い声。鉄格子を必死に握り締める少年――ゾルク・シュナイダーと私が出会った、運命の瞬間である。

 

「私は急いでいるんだが」

 

「あぁ! 待って待ってぇ!」

 

 適当にあしらって逃げようとしたが、(ひざまず)いて私を見つめる姿のあまりの嘆かわしさに引き止められてしまった。

 

「うえぇぇぇん……お願いじまずぅ……ひっぐ、ひっぐ……話を聞いでぐだざいぃ……ううぅ……えぇぇぇん……!」

 

「この世の終わりみたいに泣くなよ。情けないな……」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第1話「出会いと始まり」

 

 

 

 あまりにしつこく遂には、鉄格子の隙間から伸ばした腕で私のジャケットをがっちりと掴んできた。一向に放そうとしない……。

 こんな状態が続くのは不本意だ。周りを見回して監視兵がいないことを確認してから鍵を壊し、囚人であるこいつを、やむを得ず牢屋から出してしまった。念を押すが、やむを得ずである……。

 

 涙を拭った少年は、ゾルク・シュナイダーと名乗った。金の髪と蒼い眼が特徴的で、指先まで全てを覆った袖の黒いシャツ、青系統のズボンやブーツを身に纏っている。この刑務所が存在する、バールンという田舎町で剣士業を営む十八歳だそうだ。

 話を聞くところによると、どうやら彼は濡れ衣を着せられているらしい。見た目の情けなさからして罪を犯すような人間だとは思えなかったため、話を信じることにした。

 言い分は次のものだ。今から数時間ほど前に原因不明の爆発事件が発生した。その事件現場にたまたま通りかかったところを駆けつけた兵士に無理矢理取り押さえられ、誤解が解けないまま投獄されたとのこと。

 初対面でこのような印象を抱くのは失礼だと思うが、心の中で言わせてもらおう。哀れだ……。

 

「ゾルク、と言ったか。このバールンという町が平和で穏やかなところだということはわかった。しかし、爆発を起こす場所なんてあるのか?」

 

 すぐそこの監視所に押収されていた、水晶の装飾が施された青い胸当てや手甲、腰当てや大きめな両手剣などの装備。それらをゾルクが身につけ終えた頃、私は問いかけた。

 

「話したとおり、バールンにそんな場所は無いよ。都会の貴族が建ててた別荘が、何の前触れも無く吹っ飛んだのさ。あれには本当に驚いたよ」

 

「犯人を目撃しなかったのか?」

 

 次の質問を繰り出した。するとゾルクはいきなり、瞳に憤りを宿したような剣幕で語り始めた。

 

「見た。この目ではっきりと見たんだ! ……顔は見えなかったけど」

 

「お前、肝心なところを見逃すとは……」

 

「そ、それはともかく! ……犯人は別にいるって言ってるのに、あの兵士達ときたら俺のことなんか全く信じてくれなくて。くっそー、思い出すだけで腹が立つ……!!」

 

 彼は歯を食い縛り、力いっぱいに握った拳で壁に正拳突きを食らわせた。

 滅多に問題の起こらない田舎町だからこそ兵士も平和ボケしていて人違いすら簡単に引き起こしてしまう、といったところだろう。なおさら哀れだな、ゾルク。

 

「……はぁ。凄く腹が立つけど、今はとりあえず置いておこう。それで……えっと、ウィルバートンさん、だっけ?」

 

「私のことはマリナでいい。ファミリーネームで呼ばれると、どこかこそばゆいからな」

 

「マリナ、お願いばかりで悪いんだけど、その、脱出を手伝ってくれないかな……?」

 

 金色の髪を右手でくしゃくしゃにかき上げながら、私を頼ってきた。笑顔を振りまいてきたが、冷や汗を垂らし頬も引きつらせた微妙なものだった。無理強いしていることを自覚しているのだろう。

 

「それを言うなら脱獄だ。その前に何故、お前の面倒を見なければならないんだ」

 

「なぜって? それはー、そのー……」

 

 ゾルクの笑顔が歪み、だんだんと目が泳ぎ始めた。心なしか、冷や汗も先ほどより多くなっているように思えた。

 

「牢屋から出してやっただけで充分だろう。私は急いでいるんだと、さっきも……」

 

「あぁ! 頼みます! お願いします! お礼はなんでもしますので!!」

 

 私を逃がすまいと、またジャケットの端を鷲掴みして涙目攻撃を仕掛けてきた。本当に十八歳なのだろうか、こいつは。牢屋の中から掴んできた時と同じように、今度も解放する素振りを見せない。

 

「ああもう、うるさい! ……わかった。脱獄は手伝ってやるから」

 

「脱出」

 

「…………脱出は手伝ってやるから、そんな目で私を見るな」

 

 非常に嫌々ながら、脱出の手引きをするハメになってしまった。厄介な荷物が転がり込んできたためか、だんだん頭が痛くなってきた。

 

「やったぁ……! ありがとうございます!」

 

 喜んだら喜んだで、両手を合わせ拝むように涙を流している。一体なんなんだ。

 

「無事に脱出したその後は私に関わるなよ。いいな?」

 

「あ、でもお礼を……」

 

「要らない。急いでいるんだと、何回言えばわかるんだ」

 

 ゾルクに言い捨てながら後ろを振り向いた。自分がやってきた道を辿り、出口である裏口を目指すためだ。

 

「ほら行くぞ。さっさとついてこい!」

 

「は、はい」

 

 彼の返事は、私に恐れをなしたかのような声で発せられていた。そこまで怒ったつもりもないのだが。

 こうして私の手助けによるゾルクの脱出――本当は脱獄と呼びたい――が始まった。

 

 

 

 なるべく足音を響かせないように廊下を歩く。その後ろを、ゾルクが真似してついてくる。監視兵に見つかると都合が悪い状況は、行きも帰りも変わらない。

 出口まであと半分の距離というところで、不意にゾルクが声をあげた。

 

「……あれ? さっきは必死だったから気が付かなかったけど、マリナはこんなところで何してたんだ? 君みたいな女の子が来るような場所じゃないだろうに」

 

 今更のことだが、彼が疑問に思うのも無理はない。しかし理由を教えるわけにもいかない。そこで私は曖昧にはぐらかすことを選んだ。

 

「無闇に喋るな。巡回中の監視兵に見つかりでもしたら……」

 

 言い終える前に、目の前の曲がり角から何者かが現れた。それは他でもない、巡回中の監視兵。当然だが彼も、鎧兜と槍を装備している。

 

「ん? 誰だお前達は……あ、後ろの奴は屋敷爆破容疑の!」

 

「やばい、見つかった!? っていうか、それは誤解だって言ってるじゃないか!」

 

 慌てふためいたと思えばすぐ弁解に転じるなど、いちいち騒々しい奴だ。だが、今はそんなどうでもいいことを気にしている場合ではない。

 

「ちっ、世話が焼ける」

 

 監視兵の気がゾルクに回っているうちに、すぐさま背後に回り込む。

 

「ぐへっ!?」

 

 そして見舞うは、高く振り上げた右脚による強打の一撃。監視兵の頭部右側を捉えた蹴りは、兜の上からでも意識を一発で持っていった。彼は蹴られた勢いに身を任せ、ガシャンと鎧を鳴らしながら倒れた。

 

「お、お見事」

 

 呆気にとられたゾルクの口から零れたが、欠片も嬉しくない。私は次の発言に程よい怒りを添えた。

 

「見つかる都度に気絶させていてはキリがない。改めて伝える。外に出るまで一切喋るな。わかったな?」

 

「はい、すみません……」

 

 私一人だけだったのなら、こんな失敗などありはしないというのに。

 このような脱出劇を繰り広げる私達。ゾルクの間抜けさを目の当たりにし、裏口からの脱出を諦めた。途中からは通気口に入り、このルートで出口を探すことに。

 案の定、通気口内は埃にまみれており、とてもではないが居心地の良い空間とは呼べない。一刻も早く外に出たいがため、狭い中を匍匐(ほふく)前進で一目散に進んでいった。

 

「ちょ、ちょっと! 置いてかないでくれよ……!」

 

 途中、何か聞こえたような気がしたがそんなものは無視である。というか喋るなと言っただろう。

 そうして刑務所内を移動する中、少し先から光が漏れ始めた。近付くにつれて光は大きくなっていく。この先はもう外だ、という証拠であった。

 

「あれが出口か。やっと刑務所から出られる。こいつのせいで余計に時間を食ってしまった……」

 

 愚痴を零した後、通気口と外気を遮る柵を押し破って下を覗く。このまま飛び降りても問題ない高さだったため、すぐさま通気口から抜け出した。私に続きゾルクも草むらに着地する。これでようやく脱出が完了したのだった。

 刑務所の近辺には、深い緑に覆われた森が待ち受けていた。ゾルクによるとバールンの森と呼ばれる場所であり、町の外れに該当するという。

 

「よし。次はバールンの森を抜けよう。ここを通れば、監視兵が追ってきても()けるだろうし」

 

「そうだな……って、おい待て。私は刑務所を出るまでと約束したんだぞ? 森を抜けるくらい一人で……」

 

「お願いします、お願いします! 一人だと心細くて。だから、この通り!」

 

「…………」

 

 土下座して懇願するゾルクを前に、無言で折れてしまった。呆れたとも言う。思えばこの時、私は考えることに疲れていたのかもしれない。

 

 

 

 バールンの森にはモンスターが存在していた。が、どいつもこいつも弱々しい、歩く植物や小鳥、蛇のモンスターばかりであった。私は二丁拳銃を、ゾルクは両手剣を手に取り、これらを蹴散らしながら森を進んでいった。

 

 ……ここで一つ気になったことがある。相手が弱いとはいえ、ゾルクはそれなりに戦闘をこなしている。私がついていなくともこの程度の腕なら追っ手くらい振り切れるだろう。

 だのに何故こいつは私に助けを求めたのか。もしかすると新手の嫌がらせなのだろうか。渋々とはいえ了承した私にも非はあるが……。

 

 しばらく歩いていると木々の隙間から広大な草原が見えてきた。森の中からですらわかる、まさに見渡す限りの広さである。そこはもうバールンの自治区域外のようだ。

 

「ここまで来れば安心かな」

 

 草原を見つめ、ゾルクは安堵の息を漏らす。対して、私からは溜め息が漏れた。……人に世話をかけていながら、こいつめ……。

 

「追っ手は来なかった上に、モンスターとの戦闘も手慣れたものだった。となると、お前は私の邪魔をするために同行を要請したのか?」

 

「え……ええ!? それは違うよ! 戦闘に慣れてるのは、仕事でよくこの森に来るからだし。本当に心細かったから、マリナにいてほしかったんだよ……!」

 

 首を思い切り左右に振って否定しているが、どうにも信じられない。が、どうせここまでの縁なのだからと思い、気にしないことにした。

 

「まあいい。これでやっと、お前と別れられ……」

 

 ――喋る途中。ゾルクの後ろからこちらへと迫り殺気を放つ、大きな影が目に入る。

 

「……!! ゾルク、下がれ!」

 

 そう叫ぶと同時に彼の黒いシャツの首元を掴み、思い切り手前に引っ張った。

 

「へ? ……うわぁ!?」

 

 状況が飲み込めないままゾルクはひっくり返ってしまったが、おかげで間一髪、彼が爪に引き裂かれることはなかった。

 

「いてて……。マリナ、急にどうして……うわっ! なんだこいつ!?」

 

「というわけだ。少しは感謝してほしいな」

 

 ゾルクが見上げたのは、凶悪な外見の怪物だった。その姿はモンスターの中でも異形で、褐色の毛皮に包まれた巨大な熊をベースに、鹿の角や蛇の尾が融合したかのよう。顔面の小さな双眼からは正気を感じられず、口からはだらしなく唾液を垂らしており呼吸は荒い。

 

「バールンの森には弱いモンスターしか出現しないと思っていたが、強敵も現れるようだな」

 

「確かに弱い奴は多いけど、この熊みたいなモンスターは俺も初めて見たよ。危険だから迂闊には近づけな……って、えええ!?」

 

 ゾルクは怖じ気づいているが、私にとってこんなモンスターを始末することなど朝飯前。彼が体勢を立て直して背の鞘から両手剣を引き抜いた頃には。

 

虎牙連脚(こがれんきゃく)!」

 

 右脚による腹部への強烈な蹴撃、直後に体を回転させてまた右脚を振るい、頭部を砕く勢いのかかと落としを与え。

 

連牙弾(れんがだん)!」

 

 すかさず腰のホルスターから二丁拳銃を引き抜き、連続射撃で追い討ちを仕掛けていた。拳銃から出でるは、圧縮された風の塊。熊の姿をしたモンスターは腹部に幾つもの風穴を開け、為す術もなくその場に倒れこむ。

 

「マリナってホントに強いんだな……。ヤバそうなモンスターが相手でも楽勝だなんて」

 

「ふっ。ざっとこんなものだ」

 

「……あまり怒らせ過ぎたら俺の身が危ないかも」

 

「それはもう手遅れかもしれないぞ」

 

「あ、あははは…………あれ?」

 

 モンスターを背にし、冗談を交わしつつ両手の拳銃をホルスターにしまう。と、同時にゾルクの顔から苦笑が消えた。不可解に思い、どうしたのかと聞こうとした瞬間。

 

「あいつ、まだ生きてる!!」

 

「何!?」

 

 私は振り返ろうとしたが、間に合わず。呆気なくモンスターに捕まってしまった……。どうやら再生能力を持っていたらしく、倒されたふりをしてこちらの隙をうかがっていたようだ。

 奴は私の背後から右腕を伸ばしており、異常発達した太い指でギリギリと首を締めつけている。爪で攻撃されなかったのは不幸中の幸いだった。が、怪力によりこの状態のまま体を持ち上げられてしまう。

 

「う、ぐぅ……」

 

 呼吸もままならない中、必死に拳銃を手にしようとするが体中の力がどんどん抜けていく。腕も、思うように伸びなくなりつつあった……。

 

「マリナ!! ……くそっ、このやろぉぉぉぉぉ!!」

 

 ゾルクは両手剣を構え、叫びながら突進。その間にもモンスターは大きな蛇の尾で攻撃してくる。長く太い尾は俊敏かつしなやかにうねっており、動きを見切るのは難しい。

 

「当たるもんかっ!」

 

 だが臆することなく、強く握った両手剣を渾身の力で振り回し、暴れる尾を弾き返す。そして勢いのままモンスターの懐に飛び込んだ。

 

「放せ! 放せっ! 放せぇっ!!」

 

 力の限りを尽くし、胸から腹にかけて斬りつけ続けた。しかし、モンスターが私を握り潰そうとする力は、弱まるどころか強くなっている。

 

「……こんなところで、私は……」

 

 徐々に感覚が麻痺し始めたのだろう。私の視界はぼやけ始め、耳に入ってくるはずの音も聞こえなくなってきた。

 

「はぁっ、たぁっ、でやぁっ!! ……そんな、まだ倒れないのか!?」

 

 ゾルクの必死の抵抗も虚しいままに終わるのかと、諦めかけていたその時。

 

「モンスターめ、いい加減にしろ!!」

 

 次の一撃で、勝負は決まる。

 

「これならどうだ! 裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 叫ばれた技名。両手剣を振り下ろすと同時に生み出した衝撃波を相手にぶつける剣技だった。

 ゾルクが無我夢中で放ったこの技は、モンスターの頭部を直撃。その瞬間、私を包んでいた圧迫感が一気に消え去り、巨体はその場に崩れ落ちた。

 このモンスターの弱点は頭部だったらしい。そこは既に私が脚技でダメージを与えていた部位だったが、それだけでは致死に至らず。ゾルクが裂衝剣(れっしょうけん)を繰り出したおかげで、ようやくとどめを刺せたというわけだ。その証拠に、モンスターは再生することなく生命活動を停止。巨体は淡い光となって分散し、消えていく。

 

「マリナ、大丈夫か!?」

 

 解放されたと同時にモンスターの右腕から落ちた私を気遣い、ゾルクは手を差し伸べてくれた。その手を掴み、草むらに立ち上がった。

 

「あ、ああ。助かった、感謝する」

 

「無事で良かったよ。……はあ」

 

 そう言うと、今度はゾルクが両手剣を地面に突き刺し、そのままもたれかかるように地面にぺたんと座り込んだ。安心して気が抜けてしまったらしい。

 ……この一件でわかったことがある。ゾルクは決して実力や勇気が無いわけではない。おそらく、自信が無くてなかなか本領を発揮できていないだけなのだろう。

 真に臆病であれば、きっと私を見捨てて逃げ出していたはず。だから、こいつのことを少しだけ見直した。……しかし私が伝える感想は次のようなもの。

 

「私も、まだまだ未熟だな。お前みたいなヘタレに救われるとは」

 

「ヘタレって酷くない?」

 

「刑務所で出会ってから今までを振り返ってみて、多少は良い所もあったが、やはりこれ以外に思い浮かばない」

 

「そ、そんなぁ……!」

 

 いかにも「納得できない」と言いたげな顔をしたが、どうやら途中で気を取り直したらしい。彼は表情を穏やかにして礼を言ってきた。

 

「……んー、まぁいいや。マリナのお陰で外に出られたわけだし。本当にありがとう!」

 

 短い間に色々と悩ませられたが、改めて感謝の言葉を述べられると悪い気はしない。無愛想に「どういたしまして」とだけ返しておいた。

 

「それでさ、やっぱり何かお礼をしないと気が済まないんだ」

 

「お前な……。礼は要らない。何度も言っているだろう」

 

「でも……あ、そうだ! 俺、マリナについていって手助けするよ!」

 

「!!」

 

 ――『これ』が反応を示しただと? 牢屋の前に来た直後には何の反応も見せなかったというのに。間違いではないのか……?

 

「マリナの目的がなんなのかは知らないけどね……って、そんな顔してどうしたんだ?」

 

 不覚にも、驚いた顔を見られてしまった。一瞬は焦ったが、とりあえず他の言葉を返して難を逃れた。

 

「……ついてくるという発言に呆れただけだ。お前、いつまで私に世話を焼かせるつもりなんだ。恩を仇で返す気か?」

 

 そう言いながら右手で拳銃を引き抜き、ゾルクに向けた。本当に撃つ気は無いので引き金に指は置いていないが、脅すには丁度いい。これでこいつも、さっさと諦めてくれるだろう。

 

「うわっ!? 銃は向けないでくれよ! 誠心誠意で努めるから、お願い……!」

 

 また涙目になり簡単に諦める……と思いきや、今度は真面目な眼差しでこちらを見つめている。牢屋の前で出会った時とは、まるで別人。先ほどの戦闘時のように真剣だった。

 『これ』も、まだゾルクに反応している。やはりこいつがそうなのだろうか?

 釈然としないが……仕方がない。『これ』の導きを信じるしか、元より道はないからな。

 

「ふん……わかったよ。お前という名の荷物、背負ってやるさ」

 

「やったあ! これでマリナにお礼が出来る!!」

 

 さらりと口にした皮肉に気付いていない。しょうがない馬鹿なんだな、全く。と、内心で苦笑していると……。

 

「あ、そうだ。マリナがどうしてバールン刑務所にいたのか、まだ理由を聞いてなかったよ」

 

 今更、唐突に掘り返してきた。……しまった。どういう風に伝えればいいか、まだ考えていなかった。今は気付いてくれなければ良かったのにタイミングが悪いぞ……この馬鹿。

 

「それは追々話す。お前こそ真犯人を探さなくていいのか? 今のままでは疑いが晴れないだろう」

 

「それこそ犯人は別の町の人間なんだ。だったら町の外に出て探したほうが見つけやすくなるじゃないか」

 

「だが、私についてくると犯人探しは……」

 

「とりあえずこれからよろしく、マリナ!」

 

 私が言い切る前に、ゾルクはすっくと立ち上がる。そして右手を差し出し、握手を迫った。……私についてくると犯人探しは出来なくなるんだが、今は切り出せないな。これも後で伝えるとしよう。

 

「私の足を引っ張るなよ」

 

「が、頑張る」

 

 気は進まなかったが無下にするわけにもいかず、仕方なくゾルクと握手を交わした。念を押すが仕方なくである。

 他愛の無いこの握手は、私達の旅の全ての始まりを意味していた。ここから、物語は大きく展開していく。

 ……しかし、『これ』の導きを信じるしかないといっても……本当にゾルクが『救世主』なのだろうか……?



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第2話「もうひとつの世界」 語り:ゾルク

「脱獄者はこちらに逃げてきたはずだ。探せ!」

 

「えっ!?」

 

 騒がしく耳に飛び込んできたのは嬉しくない知らせ。バールン刑務所の監視兵が複数名、俺達のすぐそこにまで迫っていた。しかし、ここはまだバールンの森の中。茂った緑が彼らの視線を遮ってくれているおかげで、ギリギリ気付かれていない。

 

「なんだ、やっぱり追っ手をよこされてたのか。とにかく逃げよう! 今ならまだ追いつかれないはず!」

 

 俺は事態に焦り、逃げ道を指差す。その隣では……。

 

「ここで逃げ損なうと、濡れ衣が重くなるな」

 

「それはごめんだ……!」

 

 マリナが冷ややかな冗談を零していた。捕まると危ないのはマリナも同じじゃないのかと問いかけようとしたが、また小言を言われそうな気がしたのでやめておいた。

 

 

 

 監視兵の捜索から逃れ、バールンの森をようやく抜け、小道に出た。道は森の中から一望できた草原へと続いている。草原は広く、とても晴れた空と心地良くそよぐ風のおかげで雄大さが際立っていた。

 休憩のため、丘の上に一本だけそびえ立っている大木の陰に腰を下ろし、俺は背負っていた両手剣を片手で抱え込む。マリナも俺の隣に座り、脚を伸ばした。ここには、先ほどよりも更に気持ちの良い風が吹き抜けている。

 

「でさ、マリナはどうしてバールン刑務所なんかに居たんだ? っていうか忍び込んでたの? 目的とか、他にも色々と知りたいよ」

 

 これまで何度かはぐらかされたが今度こそ聞かせてもらおう。馬鹿だと思われているみたいだけれど、こんな重要なことを忘れるほどの馬鹿ではない。そう思い、すかさず質問してみた。

 

「ああ。そろそろ教えなければならないと思っていたところだ」

 

 マリナは頷き、少しだけ悲しみを滲ませたような目をして空を見上げた。大木に生い茂る葉の隙間から僅かに見える、雲ひとつ無い、青い空を。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第2話「もうひとつの世界」

 

 

 

「最初に、私の正体から教えよう。……先に訊いておくが、今から私が話すことを全て信じることができるか?」

 

 こちらに振り向くと真っ直ぐ俺の目を見つめ、妙なことを尋ねてきた。まるで「今から嘘をつく」と宣言しているような言い方だ。

 

「えっと、内容にもよるかな……。でも、刑務所脱出の恩人が言うことだったら信じられるよ!」

 

「本当か?」

 

「た、多分」

 

 マリナは俺の苦笑いする顔を見て溜め息をついた。そして「無理もないか」と呟くと、続けて本題に入った。

 

「とにかく話そう。私は、お前のいるこの世界とは違う、もうひとつの世界の住人だ」

 

 …………へ?

 

「つまり……こちらの世界では大昔に滅んだとされているセリアル大陸からリゾリュート大陸へと、本来は越えられない時空の壁を越えてきたんだ」

 

 ………………へ?

 

 さすがの俺も、そんなおとぎ話は信じられなかった。セリアル大陸といえば、マリナが今言ったように何千年も前の戦争で大陸ごと消滅している。到底、有り得ることじゃない。

 

「そんなまさか~。マリナって、思い切った冗談も言えるんだな」

 

「念を押したとはいえ、そう簡単に信じてもらえるはずはないだろうな。しかしそれなら、どうすれば信じてもらえるだろうか……」

 

 それっきりマリナは黙り込んでしまった。が、しばらくして方法を思いついたらしく、山吹色のジャケットの内側から何かを取り出した。

 

「そうだ、これを見てくれ」

 

 マリナは俺の手のひらにクリスタルのようなものを差し出した。形は楕円形で透き通った水色をしており、掴んだまま握り拳を作れるほどの大きさをしている。

 

「なんなのこれ。宝石?」

 

「見た目こそ宝石のように美しいけれども、違う。小さなものだが、これは魔力エネルギーの塊だ。セリアル大陸ではこれを『ビット』と呼んでいる。これを用いれば、素養のある人間ならば魔術を操ることも出来る」

 

 魔力エネルギー? それって確か魔術のエネルギー源か何かだったような……。

 あまり正確に覚えていないが、昔、ヘイルおじさんから「魔力エネルギーは存在するが、大気に混ざっていることから肉眼で見ることは出来ないし、それを収集する方法も定かではない」と教わったことがある。

 大昔には魔術師が存在したらしいが、今の時代に魔術を操ることの出来る人間というのは見たことも聞いたこともない。いるとすれば、子供向けの絵本に出てくるエルフくらいなのだ。だというのに、魔力の塊? 現実に魔術を使える? これには流石に疑いしか持てなかった。そんなに貴重で凄い物質など存在するはずがないのだから。

 

「ビット、ねぇ。これがその、セリアル大陸の世界の物だっていう証拠は?」

 

「今から見せる……と言いたいところだが、生憎、私は魔術師ではないからな。魔術を披露することは出来ない」

 

「そんなっ! じゃあ証拠も無しに信じろって言うのかよ!?」

 

 思わずマリナに向かって大声をあげてしまう。だがそんな俺とは対照的に、彼女は冷静だった。

 

「待て、続きがある。……私は魔術を使えないが、証拠は見せられる」

 

「どうやって?」

 

「こうやるんだ」

 

 答えを待ち望む俺の目の前で、マリナはビットをジャケットにしまった。そして、自らの両腰に携帯している銀色の二丁拳銃をおもむろに掴み、正面に向けた。地を踏ん張ることで体勢も整えている。特にモンスターがいるわけでも、邪魔な障害物があるわけでもない。それなのに、これからマリナは何をする気なのだろうか。

 

爆牙弾(ばくがだん)!」

 

 考える間もなく、マリナは行動に及んだ。

 

「うわぁっ!?」

 

 銃身を上下に重ねると共に銃口から火炎を放出し、それを巨大な球状に形作る。そして技名を叫び火炎球を発射した。程なくして火炎球は、大地を焦がしつつ消滅した。あれをモンスターが食らっていれば一瞬で丸焦げになっていたことだろう。

 

「な、なななな……何だよそれ!! 普通の拳銃じゃないのか!?」

 

 拳銃から火の玉。初めて見る……というよりも、まず目にするはずのない事象だ。拳銃の外見も一般的な銀色のオートマチック式のものであり、何か特別な装置が取り付けられているようにも見えない。自分で言うのもなんだが、驚くのも無理はないだろう。

 そんな俺に、マリナは拳銃のグリップ内部に装填されているマガジンを引き抜き、中身を見せてくれた。

 

「私の拳銃には通常の弾丸の代わりに、コンパクトに加工したビットが装填されてある。ビットの魔力を少しずつ消費し、魔力を弾丸に形成して射撃を行うんだ。普通の銃よりも長時間の戦闘が可能になり、ある程度の威力の調節も可能。連射性能もあり、一日中撃ち続けたとしたら一つのビットで三日分は保つだろう」

 

 説明された通りマガジンには、弾丸と同じ大きさに削られたビットが十数個ほど詰め込まれていた。黒く鈍く光る弾丸の代わりに装填された、水晶のように輝くビット。拳銃という武器には不釣り合いであり異質な光景だった。

 

「へ、へぇ~。ってことは、今の火の玉もビットのおかげで?」

 

「そういうことだ」

 

 マガジンを元に戻し拳銃をホルスターに収め、マリナは説明を終えた。と、同時に次のように付け加えた。

 

「……それにしても、私はバールンの森での戦闘でも風属性の銃技を使っていたんだがな。派手さは無いから流石に気付かなかったか」

 

「風属性? 炎の他にもまだ何か出せるの? っていうか、出してたんだ……」

 

「ふむ……いや、やはり剣士業を営んでいるにしては、観察力や注意力が足りないと評するべきか。ゾルク、戦闘中はもっと周りに気を張り巡らせた方がいい」

 

「むぅ……」

 

 何故か俺の戦い方を評価されてしまった。マリナこそ、さっき油断して危ない目に遭っていたくせに偉そうだ。……言い分はもっともだから言い返せないけれど。

 

「ところで証拠は見せたわけだが、これで信用する気になったか?」

 

「う、うん。実感はまだ湧いてこないけど」

 

「セリアル大陸に来れば、嫌でも信じることになるだろう」

 

 嫌でも、か。セリアル大陸のある世界は一体どのような世界なのだろう。マリナを見る限り言語や文化、身体的特徴に違いは無さそうだ。案外、この世界とほとんど同じような世界なのかもしれない。

 

「リゾリュート大陸とは別の大陸……もうひとつの世界、かぁ。俺、なんだか楽しみになってきたよ!」

 

「…………」

 

 未知の世界に思いを馳せていると、マリナは急に口を閉じてしまった。不自然に思い、名を呼ぶ。

 

「マリナ?」

 

「……今のセリアル大陸は、お前が考えているほど平穏な世界じゃない。もし平和だったなら、私がこちらの世界を訪れることは無かっただろう」

 

 そう言われてもすぐに理解できるはずがなく、俺は困惑するしかなかった。詰まりながらも説明を求める。

 

「どういう、ことなんだ?」

 

「私がリゾリュート大陸にやってきた目的を話そう。『救世主』を探しに来たんだ。世界を救うための存在、救世主を。バールン刑務所に潜入したのも、そのためだ」

 

「救世主……?」

 

「世界は今、破滅の危機に瀕している。『エグゾア』という悪の戦闘組織によって」

 

 大した予想があったわけではないが、なんだかスケールが大きい。救世主? 破滅の危機? エグゾアってなに? 全てを把握するには時間が必要になりそうだ。

 

「……いきなり話が大きくなって、頭がついていかないよ。つまり、俺がその救世主ってこと?」

 

「詳しいことはセリアル大陸に渡ってから話す」

 

「えー……? 出来れば今の内に説明してほしいなぁ」

 

 すると、困った様子で返事が来た。

 

「そうしたいのは山々なんだが、リゾリュート大陸に居る限り詳細を話せない事情があるんだ。……言っていることが理不尽なのは私自身でも理解している。もちろん、嫌なら断ってくれていい」

 

「な、何言ってるんだよ。助けてくれたお礼がしたいんだから、説明が後回しになってもついて行くさ。もうひとつの世界ってのも、この目で見てみたいし!」

 

 先ほどから何故か勢いが衰え始めたマリナ。戸惑っているようにも見える。そんな彼女に自分のやる気を伝えて認めさせようとしたが、消極的になった本当の理由は別にあったようだ。

 

「……もうひとつ言っておくことがある。確かな要素も無く想像での話なのだが、もしかしたらお前は……このリゾリュート大陸には二度と戻って来られないかもしれない。それでも、本当について来るか?」

 

 ――二度と戻って来られない――

 

 この一言を耳にして、全身に緊張が走る。故郷に帰れないかもしれないというのは確かに大きな問題だ。

 

「急に押しが弱くなったのは、そういう理由か……。うーん……どうしよう……」

 

「悩んでいい。慎重に決断してくれ」

 

 もちろん悩む。まさに、人生の岐路に立たされているのだから。

 しかし心のどこかで楽観的でもあった。「俺がこの世界に戻れない」と聞いても、現にマリナは「向こうの世界からやってきた、救世主を見つけて元の世界に戻る」と発言しているのだから。

 きっと、両方の世界を行き来する何らかの手段があるはず。その点を問い質してみた。

 

「なあ、マリナはどうやってこっちの世界に来たんだ? 君が使った方法を俺も使えば、帰り道の心配なんてしなくていいんじゃないかな」

 

 すると答えてくれた。深刻な表情を浮かべて。

 

「単刀直入に言うが、私が用いた『手段』はいずれ使えなくなるので当てには出来ない。もし使えたとしても、この『手段』は気まぐれでコントロールが利かないんだ。使用可能になるタイミングは不明で、別世界に飛べても到着地点は選べない。見知らぬ土地というだけならまだしも、海の真ん中や雲の上、最悪の場合は時空の狭間に放り投げられて永遠に彷徨う可能性だってある。無理矢理に使おうとすれば何が起こるか見当もつかない」

 

「ひぇっ……」

 

「『戻れないかもしれない』とは、そういうことだ。私は今、決死の覚悟でリゾリュート大陸に立っている。……本当に力が必要な局面では、『手段』は素直に言うことを聞いてくれるようだがな。今回の時空転移はかなり都合よく行えたので、素直の内に入っていると思いたい。だから私は今だけ、セリアル大陸に戻る希望が持てるんだ」

 

 ぞっとする回答を貰い、楽観視するのはやめた。

 

「どうだ? 答えは」

 

 話を聞いて怖じ気付いたのは事実。しかし、俺の気持ちは――変わらなかった。

 

「……決めたよ。セリアル大陸へ行く。仮に戻れないとして、それでもいい。両親のいない俺を育ててくれたヘイルおじさんに、何も言わずに旅立つのは悪い気がするけど……自分が本気で決めた事なんだ。冒険らしいことも経験して成長したいし。それにさ……」

 

 凛とした翠色の瞳を見つめて、根拠の無い自信を伝える。

 

「マリナと一緒なら、どんなことがあっても大丈夫な気がするんだよ。なんとなく、だけどね」

 

 ――この時。俺の精神は不思議な感覚に満たされていた。本当に何の根拠も無いのに、マリナから奇妙な安心感を受け取れるのだ。先ほどの楽観視とは別の、あたたかさ、と言うか何と言うか……。よくわからないのでこれ以上は表現できない。

 そのほか、リゾリュート大陸へ帰る方法が見つかるという希望を含めて上記の発言をした……のだが、彼女は顔を背けてしまった。伝えない方がよかったのだろうか。

 

「……会って間もない人間に、そこまで言えるのか。私にとって好都合といえば身も蓋もないが……やはりお前は変な奴なんだな。そういえば、濡れ衣を着せた男のことも追いかけたいんだろう? どうするんだ」

 

「この世界に戻ってきてから探すさ。他に心残りもないし」

 

 本当のことを言うと多少の心残りが無いことは無かったのだが、それよりも『もうひとつの大陸と世界』のことが気になっていた。

 それからほんの少しの時間が流れ、丘に気持ちの良い風が吹きぬける。そして風が大木の枝を存分に揺らして去っていった後、マリナが静かに口を開いた。

 

「では、この場からセリアル大陸に向かうぞ」

 

 呟くと共にマリナは立ち上がり、俺にもそうするよう指示を促した。

 

「これに手を触れてくれ。さっき話した『手段』だ」

 

 そう言って、さっきとは違うビットを差し出した。形は丸いが先ほどのものと違い、ハンドボールと同等な大きさをしている。透き通った表面に光が反射し、虹のような色をしているように見えた。そのせいかどこにある宝石などよりも一層、綺麗に思えた。そして俺は、そのビットへ静かに手を添える。

 

「わかった」

 

「力を解き放つと強力な光が出る。目は閉じたままにしておけ。……行くぞ」

 

 準備を終えると、マリナは呪文のようなものを唱え始めた。するとビットが発光し始める。

 

「くっ、確かに凄い眩しさだ……!」

 

 光はすぐに強すぎる輝きを放ち始めたため、目を強く閉じていても眩しさが伝わってきた。

 

「聖なる力よ。我が呼びかけに応え、異界への扉、今ここに開かん!」

 

 急に全身が軽くなった……と思った次の瞬間。どこかへ吸い込まれるかのような感覚に包まれた。先ほどまでそこに立っていた大木の陰から果てしなく遠く、長い距離を移動したかのように、脳が認識を始めていた…………。

 

 

 

 気付いた時には、あの感覚はもう消えていた。同じくして隣からマリナの声が聞こえてくる。

 

「……やはり素直に言うことを聞いてくれたようだ。無事に着いたぞ。もう目を開けても大丈夫だ」

 

「あれ、いつの間に? ……って、うわっ!?」

 

 いつものように二本の足で立っているだけだったのだが、思うようにバランスが取れずぐらついてしまい、ついには大きな尻餅をついた。

 

「時空転移のせいで感覚が麻痺してしまったんだ。私もリゾリュート大陸へ渡った直後に目眩(めまい)を起こしたから、お前の状態がよくわかる。……実は今も、少しだけ気分が悪い。しかし一時的な症状だから心配するな」

 

「いてて……そういうのは時空転移する前に説明してくれよ……。それにしても、ここがセリアル大陸……なの?」

 

 大まかな風景などは俺のいたリゾリュート大陸によく似ており、目線を少し遠くにやれば山も見える。しかしここは雰囲気が……いや、空気が全く違っていた。リゾリュート大陸よりも何か暗くて重い、そんな感じがする。空を見上げてもそこに青い色はなく、雲の濃い灰色で埋め尽くされていた。

 ……え? 本当に? 本当の本当に、別世界に来たの?

 

「ここは、セリアル大陸の中でも辺境に含まれる村、キベルナ。セリアル大陸の町村の中では、まだ平和な村だ」

 

「まだ?」

 

 その部分が引っかかったが、すぐにわかるとマリナに返される。一体、どういう意味なのだろう。

 

「こんな場所では落ち着いて話もできないな。私についてこい」

 

 言われるがまま、彼女の背を追う。意識していなかったが、全身にまとわりついていた麻痺の症状は、気付かぬ内に消え去っていた。

 

 キベルナの村並みは、バールンに似ていた。しかし大きく異なる部分がある。

 この村はバールンよりもいっそう静かで、途中、元気無く俯いている人や気力の欠片も感じられない人を見かけた。まず外に出ている住民の数自体、多いとは言えなかった。商店などにもあまり活気が無く、俺が今までに見てきたケンヴィクス王国のどの町村と比べても暗く感じた。

 

 マリナの案内で到着した場所は、白の煉瓦と石造りの屋根で構成された、古ぼけた大きな屋敷だった。二階建ての様だが横に長く、規模だけで言えばバールンで爆破された貴族の別荘並みである。

 

「ここがマリナの家?」

 

「厳密に言えば違う。今は家とも呼べるかもしれないが……。ひとまず中に入ろう」

 

 なんだろう、今の反応は。もしかして、マリナにも親がいないのだろうか……とかなんとか考えているうちに、マリナは屋敷の扉を手前に引いた。

 

「フォーティス爺さん、居るかい? 私だ、マリナだ。なんとか帰ってこれたよ!」

 

 屋敷の中に入ると、大きな声で誰かを呼び始めた。

 

「お、おお! 無事だったか! どうじゃ、救世主は見つかったか?」

 

 マリナの声に応じ、二階から白髪の老人が顔を出した。暖かそうな赤い毛皮の掛け布で身をくるんでいる。髭もたくわえており、顔の横から飛び出るほど長い。

 いやそれより、この老人からも『救世主』という言葉が出た。俺はそれが気になって仕方がない。

 

「一応、それらしいのは」

 

「後ろの少年か?」

 

 フォーティスと呼ばれた老人は杖をつきながら、入り口から見て右手にある階段をそろりそろりと下り、こちらへと歩み寄ってきた。俺は老人に対し、恐る恐る挨拶をする。

 

「は、初めまして。俺、ゾルク・シュナイダーっていいます」

 

「……本当に彼が、救世主なのか?」

 

 老人は顔をしかめながらそう言った。そして俺はマリナに促す。

 

「救世主について、しっかり教えてくれるんだよな?」

 

「ああ、教えるさ。この世界の現状もな……」



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第3話「救世主」 語り:ゾルク

 兎にも角にも話をするため、俺は一階の広間の中央に位置する大きなテーブルへと案内された。そこで椅子に座らせてもらうと同時に、壁にかかった地図が目に留まった。とても古くボロボロの紙。書かれているであろう文字はかすれて読めなくなっている。

 

「あれ? この地図、リゾリュート大陸のものとは反対に描かれてる」

 

 リゾリュート大陸の地図は、横長の長方形の右側に大きな陸地、左側にはもう一つ同じような陸地がすっぽり収まりそうなほどに広大な海原という構成。壁のほうの古びた地図は、俺が知っている地図とは真逆なのだ。

 俺の向かい側の席にマリナが座り、簡潔に説明してくれた。

 

「それはセリアル大陸の地図だ。お前達リゾリュート大陸の住人が大昔にセリアル大陸が沈んだと思っているのと同じで、セリアル大陸の住人もまた、リゾリュート大陸が沈んだと思い込んでいる」

 

「どうしてそんなことに?」

 

「順に説明していく。それよりも先に現状を知ってもらいたい」

 

「わかった。……で、この世界は何かに侵略されてたりするの?」

 

 この問いに、マリナは深刻な面持ちとなる。

 

「それよりもたちが悪い。セリアル大陸が存在するこの世界は、破滅の危機に晒されている。更に、こちらの世界が崩壊してしまえばリゾリュート大陸の世界にも破滅が反映され……」

 

「両方の世界が、同時に終わるってこと!?」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第3話「救世主」

 

 

 

 俺が驚いていると、フォーティスさんはマリナの隣の席に座り、ゆっくりと口を開いた。

 

「この世界には古い言い伝えがある」

 

 ――太古の昔。リゾリュート大陸とセリアル大陸が一つの世界に収まっていた頃。世界を治めていた魔皇帝は、世界にただ一つしか存在しない『エンシェントビット』という神秘に満ちたビットを持っていた。

 エンシェントビットは魔皇帝が独占し、その力で世界を平和にも破滅にも導けたという。

 しかし、魔皇帝の死の直前のこと。エンシェントビットはリゾリュート大陸とセリアル大陸の狭間に位置する深い海の底に封印され、その後は誰も目にすることはなかった――

 

「……というものじゃ」

 

「セリアル大陸にはそんな伝説が?」

 

「そうじゃ。しかも両大陸が戦争をしていたころに封印されたらしい」

 

「両大陸がねぇ。……あ! さっき聞こうとしてたこと、どうして沈んだはずの大陸が……というか地図を見る限り食い違ってるけど、あれはどういう?」

 

 俺のあたふたした質問に、今度はマリナが冷静に答えた。

 

「あれはエンシェントビットが封印された遺跡を境に、両大陸が分断された証拠だ。エンシェントビットの力が次元を歪めさせ、元は一つだった世界を二つに分断し、それぞれの大陸が別々の次元に移動してしまった。人々はそのことに気付かず大陸が沈んで消滅したと思い込み、そのまま時を過ごしてきたんだ」

 

 それなら地図が違っていることにも納得がいく。

 

「なるほど。じゃあ、なんでビットはセリアル大陸にしか存在しないんだろう? リゾリュート大陸には似たような物質すら無いし」

 

 この問いにはフォーティスさんが答えてくれた。

 

「世界が別々の次元に移動して、物質の存在状況も大きく変わったのじゃろう。魔皇帝はエンシェントビットの力をほんの少しだけ開放し、もっと規模が小さく誰にでも扱いやすい普遍的なビットとして全世界にばら撒いたとされる。セリアル大陸ではそれが形として残っているだけであって、リゾリュート大陸でも何らかの形で残っているはずじゃ」

 

 あまりピンと来なかったが、その言葉を受け止めた。

 

「それで、俺がここに来た理由……救世主っていうのは?」

 

 フォーティスさんは無言で頷き、再び説明を始めた。

 

「魔皇帝が封印したエンシェントビットを狙い、世界征服を企む組織が現れた」

 

 世界征服を企む組織……丘の木陰での会話に出てきた組織のことだろう。まるで英雄の昔話に出てくる敵の軍勢みたいだ。

 

「組織の名は『エグゾア』。かつて私が所属していた戦闘組織だ」

 

 マリナが悪の組織にいた? なんでまたそんな……。大した処理能力の無い俺の頭では、そろそろ収集がつかなくなってきている。

 

「エグゾアにはそれなりの期間、所属していたが……とある理由で裏切ったんだ」

 

「ふ、複雑な事情がありそうだな」

 

 すると、マリナは微かに表情を曇らせて話し始める。少しの変化だが普段の凛とした姿からは想像もつかないため、俺は心の中で少し動揺した。

 

「……私の記憶の中に、両親はいない。物心ついた頃から私は一人だった」

 

「……!」

 

「行くあては勿論、帰る家も無く、知らない場所をさまよってばかりいた。そんな私を拾ってくれたのがエグゾアの全ての構成員をまとめる人物、総司令その人だった」

 

 そこまでを言うと一呼吸おいて区切りをつけた。しん、と静まり返るが、すぐにまた部屋に弱い声が響く。

 

「他の構成員との交流をあまり許されず、エグゾアがどういう組織なのか詳細を知らされないまま数年間、生活の保障と引き換えに、ただひたすら戦闘知識をつぎ込まれる日々を過ごし、育てられていった」

 

 クールで喋りがキツくて少し無愛想だなと思っていたけれど、マリナにはそんな過去があったのか……。

 

「そうして迎えた十六歳のある日。現在から遡(さかのぼ)ると一年前になるか。……私は知ってしまった。幹部が潜水艇を使って、深海の遺跡に封印されていたエンシェントビットを引き上げたことを。そして引き上げ後の場にたまたま居合わせていた私は、総司令の口から出た言葉を聞いて唖然とした」

 

「なんて……言ったんだ?」

 

 あまり表情は変えずに、しかし目を少し細めて、静かに口を開いた。

 

「……『これで世界を我だけのものにできる。世界中の人間の命も、この手のひらの上で操れる。我の思うがままに。その時こそ、エグゾアで育て続けてきた我が戦士達の真価を発揮する時だ』と。つまり世界征服だ。あの時の総司令の、おぞましく狂った表情は今でも忘れられない」

 

 エグゾアにいた頃に最も尊敬していた人物の本性を知ってしまい、ショックを受けたのだろう。それを思い出したせいなのか、マリナは(うつむ)いてしまった。

 

「総司令の真意、エグゾアの存在意義、世界の危機……。総司令に賛同する者ばかりだったが私だけは違い、許すことが出来なかった。その時に思ったが、私には正義感があったから他の構成員との交流を制限され、世界征服の野望や組織の実態を知らされなかったのかもしれない。そして覚悟を決め、監視の目をくぐり抜けてエンシェントビットを奪い、エグゾアから脱走した。しかし総司令が見逃すはずもない。派遣された特殊部隊に追われながらも命からがらキベルナに逃げ込んだ。そして匿ってくれたのが、フォーティス爺さんだったんだ」

 

 屋敷に入る前での会話にあった「今は家とも呼べるかもしれないが」という言葉の裏には、複雑な背景が潜んでいた。そしていつの間にか頭を上げ、また顔が見えるようになってからは、普段の表情に近いマリナがそこにいた。

 

「その後、フォーティス爺さんの世話になりながらエンシェントビットをどうするか考えていた。幸いフォーティス爺さんが歴史学者であり、この屋敷には世界の歴史に関する書物を膨大に貯蔵していたため色々と助けられた。そうやって調べていく中、伝説に関わる古文書を見つけ、とんでもない記述を目にした」

 

「そこに書かれてあったのが、世界の終わりについてのことか……!」

 

 マリナの説明から要点を察した。それを肯定しながら、フォーティスさんが続きを述べる。

 

「そうじゃ。エグゾアの世界征服も大概じゃが、それよりも遥かに危険なんじゃ。早くエンシェントビットを封印されていた場所に戻さなければ、本当にそうなってしまう。古文書には『魔皇帝の呪いが世界を滅ぼす』と記されていた。主にセリアル大陸にしか影響は現れていないが、こちらの大陸の滅亡と同時に何の前触れもなく、リゾリュート大陸も崩壊する」

 

「エンシェントビットを元の場所に戻さないといけない、か。だからマリナは『この手段はいずれ使えなくなる』って教えてくれたんだな。じゃあもしかして、リゾリュート大陸で詳しい事情を説明できなかったのも『魔皇帝の呪い』のせい?」

 

 頷き、マリナが付け加える。

 

「ああ。『呪いの存在を他の世界で口外した者には未知なる災いが降りかかる』という脅し文句が記載されていたんだ」

 

「そりゃあ言えないわけだ……。けどさ、やっぱり呪いなんて無いんじゃないの……?」

 

 すんでのところで信じることが出来ず否定しようとしたが、フォーティスさんの発言がそれを覆した。

 

「いいや、本当にあるんじゃ。この町への影響はまだ薄いほうなんじゃが、他の場所ではあちこちで影響が見られておる。それまで大人しく暮らしていた動物が凶暴化したり、モンスターが前にも増して活性化したり。太陽が大地を照らす時間も、日を追うごとに減っておるしのう……。この一年で随分と変わってしまった」

 

 マリナの『まだ平和』という言葉の意味とは、こういうことだったのか。

 

「呪いを解こうにも、ただ戻すだけではいけない。海底まで潜る方法が無いばかりか、対処法について厄介な事が古文書には記されていたのじゃ」

 

「厄介なこと?」

 

 フォーティスさんは神妙な顔つきのまま、話の続きをマリナに預けた。

 

「別世界より導かれた者……即ち救世主の存在が無ければ、呪いを解くことは不可能だということだ」

 

「なるほど、それで俺が救世主としてセリアル大陸に導かれたのか。でも、どうして俺が救世主なんだろう? そんな確証も自覚も無いし、ぶっちゃけ俺はごく一般の剣士だし」

 

 救世主という称号は、俺が背負うにはとても重そうだ。剣士としての強さで言えば正直、俺より腕の立つ人間はごまんといる。それなのに何故?

 

「確証ならある。エンシェントビットだ」

 

 マリナはそう言うと、時空転移に用いたビットを取り出した。時おり虹色の光を見せて綺麗に輝くこの物体こそが、エンシェントビットだったのか。

 

「エンシェントビットは救世主たる人物を探すことに使えるとも古文書に記されていた。私がセリアル大陸からリゾリュート大陸へと時空転移した際も、出口は自動的にバールン刑務所付近だった。その後、エンシェントビットが震えて反応するのを頼りにお前を探し当てたというわけだ」

 

「なるほどなるほ…………え? 最初、『私は忙しい』とか言って俺を助けるの嫌がってなかったか?」

 

「……あの時は、まだエンシェントビットが反応していなかったんだ。反応を示したのは、熊型の巨大なモンスターを撃退した後だ」

 

「なんか損した気分だ……。それにしても確証ってそれだけ?」

 

 エンシェントビットを見つめ、きょとんとしてマリナに問う。すると申し訳なさそうな返事が来た。

 

「……説得力が足らないのは認める。しかし、すがれるのはエンシェントビットだけなんだ」

 

「頼む、ゾルク君。二つの世界の存亡がかかっておるんじゃ。どうか救世主として、世界を救うために尽力してくれんかのう……」

 

 フォーティスさんからも真剣に頭を下げられてしまった。慌てふためきながら二人に答える。

 

「……え、えーっと、俺なんかが世界を救えるって言うんなら喜んで救世主になるよ! だからフォーティスさん、顔をあげてください」

 

「本当か、ゾルク君!」

 

「思ってたより話が大きいけど、元々マリナの手助けをするって名目でこのセリアル大陸へ来たわけですし。俺、頑張ります!」

 

 顔をあげたフォーティスさんには笑顔があった。自信は無いけれど、頼られているのならやるしかない、と俺は強く思った。

 

「ありがとう、ゾルク。その言葉を待っていた」

 

「マ、マリナまで……!」

 

 不意打ちであった。

 あの毒舌のマリナが素直に「ありがとう」と口にしたのだ。それも、出会ってから一度も見せたことのなかった笑顔と一緒に。

 これまでがこれまでだったため、俺は急に気恥ずかしくなってしまった。マリナにも、こんなに女の子らしく微笑む一面があったなんて……。

 

「おや? どうした、少し顔が赤くなってないか?」

 

「……いや、何でも、ないよ。疲れが出てきた……のかも?」

 

 本当の理由なんて言えるはずもない。鼻頭を掻きながら、とりあえず適当なことを言ってはぐらかす。適当と言っても、疲れているのは嘘でなく事実だが。

 

「ほっほっほ、二人とも疲れておるじゃろうて。もう夕刻じゃし、そろそろ休む支度でもしようかのう」

 

「本当ですか!? やったー! お世話になりま……」

 

 ようやくまともに休息がとれる。俺は声をあげて喜んだが……。

 

「いいや、お前はまだ休めない」

 

 鋭い声でスパッと遮られた。

 

「え?」

 

「覚えてもらいたい事柄が山ほどある。今すぐ私と一緒に書庫へ来るんだ」

 

「えー!? 俺、今日は朝の冤罪から色々とあったから、もうヘトヘトなんだけど」

 

 テーブルの上に顎を乗せ、もう動けないということを全身で強調した。しかしマリナは俺の態度を受け入れるつもりなど一切無いらしい。

 

「お前はこれからセリアル大陸を旅することになる。そのために少しでもこの世界の情報を頭に入れてもらいたい。特に、ビットについての知識は重要だ。リゾリュート大陸とは違い、セリアル大陸ではビットによって色々なものの利便性が増していて……」

 

 今度は俺がマリナの発言を遮った。とてもとても鈍い声で。

 

「それ、明日に回してもいいんじゃないの……?」

 

「時間が惜しいのはさっきの説明でわかっただろう。つべこべ言わずに来い!」

 

「うわあああああいやだあああああ!!」

 

 マリナは俺の服の背を乱暴に掴み、無理矢理に席から遠ざける。逃げられるはずもなく、俺は無様に引き摺られていくのであった。

 

「救世主ゾルク・シュナイダーの誕生、か。どうか世界を救ってくれ。……しかし、あの調子で本当に大丈夫かのう」

 

 フォーティスさんは遠ざかる俺を眺めながら呟くと、次に大きな溜め息をついた。我ながら実に情けない。だが本当に、もう、今日は、疲れたのだから…………勘弁してください。

 

「お願い放してぇぇぇぇぇ!!」

 

「うるさい! 静かにしろ!」

 

 笑顔を見せてくれたけれど、やっぱりマリナはマリナだった……。



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第4話「旅立ち」 語り:マリナ

 フォーティス爺さんの屋敷の二階で。

 小鳥のさえずりが聞こえる中、私はベッドの中で朝を迎えた。意外にも今朝は曇っておらず、窓からは太陽の光が差し込んでいる。実に久しぶりな、気持ちの良い目覚めであった。

 ベッドから降り、両腕を真上に持ち上げて全身を伸ばす。次に、あまり関心のない化粧台の前に立ち、鏡で短い黒髪を軽く整えて翠の眼を確かめた。

 

「問題ない、今日も体調は万全だ。……しかし」

 

 この清々しい目覚めは、隣の部屋から放たれる公害並の騒音によってすぐに打ち消されてしまう。

 

「寝ている間は気付かなかったが、奴のいびきがこれほどうるさいとは思わなかった。早く起こさなければ、頭がどうにかなってしまいそうだ……」

 

 いつもの衣服――山吹色のジャケットやブーツに赤茶色のハーフパンツ、黒のグローブや拳銃を収めたホルスターなど――を素早く身に付け、耳を塞ぎつつ隣の部屋へ近付き扉を開けた。

 いびきの元凶は寝相も悪かったようで、毛布をはねのけ扉の近くまで転がってきていた。つま先で軽く小突きながら声をかける。

 

「ゾルク、起きろ。朝だぞ」

 

「う~ん……食べ物いっぱい……グフフ」

 

 よだれを垂らし、この上なくニヤけた寝顔。幸せな夢を見ているに違いない。端から見れば微笑ましい光景なのだろう。しかし今の私にとっては苛立ちの元でしかない。

 

「今日が何の日かわかっているよな」

 

「んー……盗み食いしても怒られない日……」

 

 辛うじて受け答えは出来るようだが、救世主としての自覚など皆無の的外れな返事。頭が完全に覚醒していない。ついに怒りが爆発してしまった。

 

「……ええい! 寝ぼけていないでさっさと起きろ!! それでも救世主なのか、貴様ぁ!!」

 

「ふぁ、はい! すみません!! 他人のものまでとったりしませんから許してくださいぃ!?」

 

 私の大声に驚き、ゾルクは上半身をがばっと起こした。

 

「あ、あれ? マリナ……? おはよう。……ふぁあ~あぁ」

 

「……おはよう」

 

 ゾルクは大きなあくびをかまして寝ぼけ眼をこすりながら、ようやっと目を覚ましたようだ。挨拶を返すが、私はすっかり呆れてしまう。どれだけ食欲に忠実な夢を見ていたのだろうか。

 今日から救世の旅が始まるというのに、不安しかない……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第4話「旅立ち」

 

 

 

「今日は朝からいびきと罵声の目覚ましとは。ほっほっほ、久々に騒がしい朝になったのう」

 

 一階の大きなテーブルを皆で囲み、朝食の準備をする中。フォーティス爺さんは温かみのある笑みと共にそう言った。

 思えば私が居候し始めた頃も、どことなく嬉しそうな部分があった。長年を一人で過ごしていたためなのか、こういった賑やかさが心地良いのかもしれない。

 

「すみません……」

 

 ゾルクは肩をすくめて謝った。一応、反省はしているらしい。

 

「全くだ。これからも旅先であんな目に遭い続けると思うと、気が滅入る」

 

 そう言いながら私は台所に立った。引き出しから手頃なビットを取り、念じる。次にビットを火起こし台に設置すると、一呼吸おいてから炎が立ち上り始めた。そして油を引いたフライパンを台に乗せて熱し、その上で生卵をいくつか割る。

 

「何を作ってるんだ?」

 

 この作業を見ていたゾルクが話しかけてきた。

 

「ただの目玉焼きだ。リゾリュート大陸との文化の違いは、ビットの有無以外にはほとんどない。昨晩に教えた通りだぞ」

 

「…………」

 

 そう答えると、ゾルクはテーブルに皿を並べ終えて席に着き、もの珍しそうな目でこちらを見つめてきた。あまり良い気分になれる視線ではなかった。

 

「なんだ、その目は」

 

「いやぁ、マリナって料理できるんだー、って感心してるんだよ」

 

「し、失敬な! 目玉焼きくらい誰でも作れるし、これでも私は料理が得意な方なんだぞ。どうせならビットで生み出した炎にでも驚いておけ」

 

 出来上がった目玉焼きの一つをフライパンから皿に移し、ゾルクの目の前にずいっと突きつける。彼は苦笑いを浮かべて受け取った。

 同時に、フォーティス爺さんが焼いてくれたトーストも、ゾルクが並べた皿に乗せられていく。爺さんはミルクポットとカップも準備してくれていた。

 

「それよりも時空転移のほうに驚いたさ。昨日の夜にビットの詳しい話を聞いて、あのエンシェントビットの強大さを思い知らされたよ。歴史書を読む限り、ここは本当にリゾリュート大陸じゃないわけだし」

 

「まだ信じられないか?」

 

「そういうわけじゃないよ。再確認できたって話さ」

 

 こんがりと焼けたトーストを頬張りつつ、ゾルクは私を見返した。彼の目は嘘をついているようには見えなかったので、少し安心した。

 

「それで、まずどこへ向かうんだっけ?」

 

 トーストを半分ほど平らげたところでゾルクが問う。……旅をする「意思」はあるようだが「意志」はまだまだ薄いようだ。目玉焼きを片付け、カップに注いだミルクを飲み干した後、私は返事をした。

 

「また怒鳴られたいのか? ジーレイ・エルシードという魔術師を訪ねるんだ。彼は魔術や伝説など古代の事象に詳しいと聞いているから、力になってくれるかもしれない。……昨日もこう言ったはずなんだがな」

 

「もうかなり眠かったから記憶が曖昧でさ……。確か、ディクスっていう町の北東にある、スラウの森に住んでるんだよな」

 

 ゾルクはまるで、もう私に怒鳴られまいと思っているような顔をして答えていた。

 

「そうだ。それでは今から道を教えるぞ。まずここからディクスへ行くには、マグ平原を北西に真っ直ぐ突っ切るだけでいい。だがその先のスラウの森に辿り着くには、手前にあるスラウの洞窟を通過しなければならない。つまりマグ平原、ディクス、スラウの洞窟、スラウの森という順序で進むことになる」

 

「エンシェントビットの力を使えば一瞬で辿り着けるんじゃないかって思ったけど、それは……やっちゃいけないことなんだよな?」

 

「当然だ。無闇やたらと聖なる力に頼ってはならないし、並の魔術師でも扱いに困るほどの魔力を有するビットがいつでも素直に効力を発揮してくれるとは思えない。私がリゾリュート大陸に時空転移した際も決死の覚悟だったと、向こうで伝えたはず。エンシェントビットは使用しないことが最善なんだ」

 

「よく覚えておくよ。繰り返し説明させてごめん」

 

「いや、いいさ」

 

 ゾルクは申し訳なさそうに声をしぼませたが、即座に許した。これでエンシェントビットの危険性をしっかりと胸に刻んでくれたはず。とても重要な内容なので、説明を繰り返すことは良しとしよう。

 

「とりあえずスラウの森に行くだけなら、別にどうってことなさそうだ」

 

 彼は余裕の表情でカップに口をつけた。しかしフォーティス爺さんが脅すように補足する。

 

「じゃがのう……道中にあるスラウの洞窟について悪い噂を聞いておる。最近、洞窟へ入ったディクスの住人が相次いで行方不明になるという事件が起きているらしい。しかもそのうちの何人かは、モンスターに食いちぎられたと思わしき無残な姿になって発見されたそうじゃ。魔皇帝の呪いが関わっておるのかもしれんのう」

 

「きょ、凶暴化したモンスターが住みついてるってこと……!?」

 

 ゾルクは、さっきまでの余裕などまるで吹き飛んだかのような顔で息を……いや、ミルクを飲んだ。びびっているのか余裕なのか、よくわからん。

 

「しかし、私達はそれくらいの事で立ち止まってはいられない。スラウの森へ向かうついでに害獣駆除と洒落込んでやろう」

 

「へぇ。急いでるって言う割に、町の人たちのことを考えてるんだなー」

 

 そう言って彼は細目で私を見た。どうやら冗談混じりのようだが。

 

「何を他人事のように言っているんだ。世界を救う存在とその仲間として、人々を助けるのは当然ことだろう。というか救世主であるお前が率先して頑張れ」

 

「そこで救世主の肩書きを出すのはズルくない? だけど困ってる人がいるっていうんなら俺だって見過ごせないよ。やってやるさ!」

 

「なら良かった。頼りにしているぞ」

 

 ゾルクはやる気に満ちている。心配する必要は、あまり無いらしい。

 

「……でも怖いから、マリナも頑張ってくれよ?」

 

 笑顔を取り繕いながら搾り出されたのは、雰囲気を台無しにする弱音。……前言を半分だけ撤回しよう。別の意味で心配を欠かせないようだ。

 

 

 

 朝食の皿をさげ、テーブルの上は綺麗に片付いた。そして荷物や装備を整えてゾルクに促す。

 

「そろそろ出発しなければならないな」

 

「わかった。……フォーティスさん。寝床と食事、どうもありがとうございました」

 

「行ってくるよ、爺さん」

 

 私達は感謝の気持ちと決意を込めて、フォーティス爺さんにそれぞれ挨拶をした。

 

「必ず無事で戻ってくるんじゃぞ、二人とも。そして世界を救ってくれ」

 

「私の心配はしなくても大丈夫だよ。……それよりも問題はゾルクだ。ヘタレだから途中で旅を諦めようとするかもしれない。もっとも、私がついている限りそんなことはさせないが」

 

「おいおい、流石に諦めたりしないさ! っていうか、ヘタレって言わないでくれよ!」

 

 軽い冗談――と言いつつ私は本気だった――を交わしながら屋敷の扉をくぐる。そしてフォーティス爺さんの見送りを受け、キベルナの村を後にした。

 

「久々にお目にかかった青空と太陽。救世主の旅立ちの日が晴れになるとは、幸先が良いわい。これからの世界を暗示しておるといいのう」

 

 私達の姿がマグ平原に消えた後、フォーティス爺さんは空を見つめて静かに祈った。

 

 

 

 村を出発して半日以上が経過した。辺りは夕焼けに照らされて、もうすぐ夜になろうとしている。

 マグ平原は薄茶色の硬い土がむき出しになっている箇所が少なく、一面が小さな雑草で埋め尽くされた広くのどかな草原である。昼には暖かな陽気に包まれるため、快適に過ごせる場所として知られている。

 全体の三分の一ほどを進んだところで、私達はモンスターと交戦していた。襲われた理由など知らないが、もっぱら私達を餌にしようとしているのだろう。

 

「逃がさない! 突連破(とつれんは)!」

 

 鋭い爪を光らせ大きな翼で羽ばたき、上空から急降下する荒鷲のモンスター。それに対して両手剣の先端を向け、すぐさま素早い連続突きを繰り出すゾルク。この剣技は荒鷲を何度も突き刺した。そして奴は力尽き、淡い光の粒となって消滅していく。

 

「よしっ! マリナ、そっちに狼が!」

 

 彼の声よりも先に、こちらに向かってくる敵影を認めた後。

 

「わかっている! 連牙弾(れんがだん)!」

 

 風の弾丸を計四発、喰らわせてやった。風と言っても、その密度は岩をも砕くほど。狼のモンスターは胸部、腹部をいとも簡単に貫通され、光となって消えていった。二丁拳銃を操る私の前では、研ぎ澄まされた爪や牙など何の役にも立たない。

 

「残存敵影、無し。こいつで終わりだったようだな」

 

 周辺を見まわして安全を確認し、二丁拳銃を両腰のホルスターへ戻した。それと同時にゾルクが私の元へ駆けてくる。

 

「ビットの力って本当に凄いな! ただ剣にくっつけただけなのに、剣技の威力が今までとはまるで違うよ」

 

 右手で握った両手剣を見つめ、感嘆の声をあげた。柄には、今までに無かった蒼いビットの装飾を施している。キベルナを出てすぐに私が与えたものだ。

 このビットは操る者の意思に呼応するよう設定されている。ゾルクが繰り出す剣技の威力が増しているのは、これのおかげだ。

 

「体感するのが一番解りやすいだろう? その分、扱いが難しくなる場合もあるので注意しなければならないが……もう何度も戦闘をこなしたからな。私が見るに、お前は充分ビットに慣れて勝手が掴めているはず。これ以上は説明しなくても大丈夫だな?」

 

「うん、大丈夫。で、ビットの扱いがもっと上手くなればリゾリュート大陸の常識では編み出せなかった、魔術みたいな技も使えるようになるんだよな?」

 

「そうだ。剣から炎を生み出したり風を操ったりと、お前の発想と鍛練次第で何でも出来る」

 

「よし、俄然やる気が出てきた! 世界を救うついでに俺の剣の腕も上げてみせる!」

 

「その志はいいんだが、折れるなよ?」

 

 最後の言葉は、彼に届かなかった。私を置いて意気揚々と先に進み始めたからだ。やる気がずっと続いてくれれば一番いいのだが、その可能性は極めて低いと予想する。

 

 

 

 完全に夜へと移り変わった頃。予想通り、ゾルクから弱音が飛び出した。

 

「なぁ、マリナ……いくらなんでも疲れたよ。マグ平原がこんなに広いなんて思わなかった……」

 

「確かに広いが、半分に差し掛かったところだ。残り半分進むだけだと思えばいい。それにこれくらいで弱音を吐いてどうする。鍛えが足りないぞ」

 

 夕方のやる気はどこへやら。「バテました」と言いたげな顔のゾルクを見て一喝した。最前線で力を奮う剣士だというのに、なんとだらしのない。

 

「そんなこと言ってもさ……あんまり休憩せずに歩きっぱなしで、モンスターと出くわすばかりだし……。ずいぶん暗くなったんだから、流石にここらへんで休もうよ」

 

「ふむ……」

 

 ゾルクに説得され、私も考え直してみることに。……確かに休んだ方がいいかもしれない。

 思い返せば、救世の旅について私の方が張り切り過ぎていた節もある。使命感が強すぎるのだろうか。だとすれば、少しでいいからゾルクに分けてやりたいものだ。

 

「済まなかった。お前の意見にも一理ある。今日は、あそこの木の下で野宿にしよう。寄りかかるのに丁度よさそうだしな」

 

「やったぁ~……」

 

 私が野宿を決めるや否や、ゾルクはその場にぺたんと座りこんだ。せめて木の下に辿り着いてからにしてほしい。

 こうして野宿の準備に取りかかり、旅の初日をマグ平原の中央で終えることとなった。

 

 

 

「……あいつら、旅人か?」

 

 マグ平原に生い茂る草木に隠れて私達を見守る、三つの怪しい影。頭に迷彩柄のバンダナを巻いて、黒いボロボロのジャケットと裾の長いパンツを身に付けている。皆が皆、その格好で統一している。

 一言目を放った中背の男は、隣の気が強い屈強な男に確認を求めている。すると屈強な男はニヤニヤと笑いながら答えた。

 

「俺達にとっちゃあ絶好の獲物だぜ。今は装備を外して丸腰だからチャンスだな」

 

「でも、なんだか嫌な予感がするんだよなぁ……」

 

 三人目の背丈の低い男は、打って変わって臆病に発言。

 

「なーに弱気なことほざいてるんだ。さっさと盗るもん盗って、今日を生きるための糧にするぞ」

 

「難しそうな言い回ししても、悪事を働くことには変わりないじゃん。大体、もうすぐ今日も終わるし」

 

 屈強な男は、臆病な男の言葉が(かん)(さわ)ったようだ。固く握った右拳を無言で振り上げ、臆病な男の頭頂部を殴って鈍い音を鳴らした。

 

「いてぇ! グーで殴ることねえじゃねぇかよぉ!?」

 

 臆病な男が頭頂部を両手で押さえ悶える中、中背の男が二人を制止する。

 

「しーっ! 声がデカいぞ! ……盗賊のくせに悪事を拒むな! っていうか、それならなんで盗賊やってんだよお前。ったく……ほら、隙を見て行くぞ」

 

「別に拒んでるわけじゃねぇよ! ただちょっと、ちょっとだけ嫌な予感がしただけだ。……俺だって盗賊なんだから、やることやるに決まってらぁ!」

 

 臆病な男は痛みをこらえ、気を持ち直す。中背の男、屈強な男も神経を研ぎ澄ませ、一瞬で黙り込んだ。茂みの奥の三人の男は行動に移ろうとしている。

 この時。私とゾルクは忍び寄る影に気付かず、事もあろうに口論を繰り広げていた。



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第5話「可憐な狩人(かりゅうど)」 語り:ゾルク

 マグ平原の中心で夜を迎えた俺達。話し合った結果、明けるまで野宿して過ごすこととなった。

 マリナの指示で近場の大木へと移動し、荷物や装備をまとめて置く。そして火起こしや夕飯のスープを作る準備を始めた。

 この周辺は小規模な林になっていたので深く入り込もうとはせず、林の外側に根付いている大きな木を選んだ。あまり林の中に踏み込んでしまうと、地の利を得た狼のモンスターが襲ってくるからだ。この常識はセリアル大陸でも通じるらしい。

 

 夕飯も食べ終わり、荷物を置いた大木から少し離れたところで焚き火を囲う。

 

「ふぅ……。私としたことが睡魔に襲われるとは。それもこれも、お前が私に世話をかけるせいだな」

 

 マリナはあくびを手で抑えた後、文句を言い放った。また俺のせいにするのか……。

 

「マリナが何かにつけて怒鳴り過ぎなんだよ。それに眠たいなら先に寝ればいいじゃないか。見張りなら俺がやるからさ」

 

 適当な大きさの枯れ枝を焚き火にくべながら、まぶたの重いマリナに促した。だが、きっぱりと拒否されてしまう。

 

「お前では駄目だ。この辺はマグ平原でも有数の、盗賊が出没する地帯なんだ。警戒を怠ると奴らは容易に近づいてくる」

 

「むっ、言わせておけば。俺だって見張りくらいできるよ! これでも剣士の端くれなんだし」

 

「お前にとってはまだ来たばかりの世界なんだから、土地に慣れるまでは私が見張りの役目を果たす。あまり野営を甘く見るんじゃない」

 

「べ、別に甘く見てなんかないさ! 俺はマリナのためを思って言ってるのに、なんだよその態度……!」

 

 俺の優しさに反してマリナの口調はきつい。だから思ったよりも声を張り上げてしまった。しかし後悔はしていない。むしろ好意を無下にされて眉がつり上がっていた。これに対抗するかのように、静かにだがマリナも声に怒りを含める。

 

「お前こそ融通が利かないな。盗賊ごときのせいで、早々に命を落としてもいいというのか?」

 

「……それ、間接的に俺のことを『無能だ』って言いたいんだろ」

 

「素直に受け入れれば言うのをやめてやってもいいぞ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 見えない火花がバチバチと音を立てる。

 

「だから!! 俺だって見張れるって言ってるじゃないか!!」

 

「今は大人しく私に従えというのが何故わからない!!」

 

 本格的な言い争いに発展してしまった。互いに一歩も譲らず、歯をぎりぎりと噛み合わせて激しく睨み合っている。

 小さく大きなバトルを繰り広げている最中。ふと俺は、荷物や装備をまとめた大木の付近で怪しい影が動いていることに気付いた。

 

「ぐぬぬぬ…………あれっ? マリナ、ちょっと待った! 荷物を置いた木の下で、何か動いたような……」

 

「急に何を言い出すんだ! そんな嘘で誤魔化そうとしても私の怒りは……」

 

 マリナは否定しようとしたが丁度その時、俺が目撃したものとは別の影を捉えたようだ。その正体は紛れもなく、人間の男性。俺の背後から短剣をかざしていた……と思えば、もう喉元に短剣の切っ先を突きつけている。

 

「取り込み中にすまないが、大人しくしてもらおうか」

 

 そいつは背が低く、どこか弱腰な声を放っていた。気弱そうだが、彼が握った短剣は脅威そのもの。俺は下手に動けなくなってしまった……。

 

「あんたらの喧嘩する声がうるさかったからな。誰か来ないうちに早く済ませたい。と言っても、こんな平原のド真ん中に通行人などいるわけないか」

 

 同じタイミングでマリナの後ろにも、短剣を握った屈強な男が回り込んでいた。とっさに反撃しようとも武器が置いてある大木の下までは少し距離がある上、既に中背の男が待ち構えている。最初に俺が見つけた影の正体だ。

 彼ら三人組の容姿は、頭に迷彩柄のバンダナを巻いて、黒いボロボロのジャケットと裾の長いパンツを身に付けているというもの。暗闇の中に紛れ込むことができる隠密仕様だ。

 ……こいつら、どう見ても盗賊である。口論の最中で隙だらけだった俺達は、あっさりと包囲されてしまったのだ。滑稽(こっけい)すぎて笑うしかない。

 

「あ、あはははは……はぁ」

 

「私としたことが、抜かった……」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第5話「可憐な狩人(かりゅうど)

 

 

 

「お前と行動を共にし始めて、本当に調子を狂わされてしまったようだ。この私が、まさかこんなところで盗賊などに捕らえられるとは……一生の恥だ」

 

 手足を縄で縛られて尚、先ほどの続きのように俺を責めてくる。申し訳ないとは思っているが、俺だけが責任を負わされているようで釈然としない。

 しかし、この状況下で喧嘩を続けても仕方ないので、本当は嫌だけれど素直に謝って終わらせることにした。先に折れれば密かに俺の勝ちとなる! ……そんなことを言っている場合ではないけれど。

 

「……すみませんでしたー。でもマリナは体術が得意じゃないか。あれで切り抜けられなかったの?」

 

「私の脚技は二丁拳銃との連携あってこそだ。相手が一人なら問題は無いが、銃を所持していない状態で、武器を持った大人三人を相手にするのは分が悪い。というかお前こそ、いつも両手剣を振り回しているんだから腕力でどうにか……」

 

「お前ら、ごちゃごちゃとうるせぇな。黙らねぇと殺すぞ?」

 

 中背の男が、俺達の荷物を物色しながらイラついている。旅の資金であるガルドの入った袋を掴み取り、中身を覗いていた。

 リゾリュート大陸とセリアル大陸の文化はほぼ同じなので、通貨であるガルドもそのまま使用できるらしいのだが、この状況においてはそれが裏目に出てしまう。……と思いきや。

 

「ちっ、宝らしい宝は全然ねぇしガルドもこれっぽっちかよ。こいつらハズレだな。盗る気も失せちまうぜ」

 

 俺の持ち分はリゾリュート大陸にいた頃からごく僅か、マリナの所持していたガルドも非常に少なかったため、中背の男からは呆れられてしまった。ハズレで悪かったな。だったらそのまま盗る気を失せて退散してくれ。

 貧相な荷物を蹴っ飛ばすほど不機嫌な、中背の男。それを屈強な男がなだめた。

 

「そう文句ばかり言うな。……こういう場合、本当に貴重な物は肌身離さず身につけているもんだ」

 

 そう言うと屈強な男は、マリナが着用している山吹のジャケットの内側に右腕を潜り込ませた。

 

「なっ!? こ、こら、どこに手を入れているんだ! やめ……うっ……やめろ!!」

 

 すると同時にマリナの顔が苦悶に歪む。経緯を知らない者が見れば淫らな行為に及んでいるとしか思えない、目を背けたくなる光景だ。

 

「ちょっと待て、これはわざとじゃねぇよ! お前が無駄な足掻きをするから当たってるんだろうが! ちったぁ大人しくしやがれ!」

 

「ぐぅっ……!?」

 

「マリナ!!」

 

 暴れる彼女の首筋に放たれた、手刀の一撃。気絶こそしなかったが抵抗は止んだ。俺は思わず声をあげてしまうが、心配したところで助けることは出来ない。

 

「ったく、手間かけさせやがって。だが、おかげで確信したぜ。抵抗するのは宝を持ってるからだ」

 

 再びマリナのジャケットに腕を突っ込み、物色を続ける。すると、しばらくしない内に男の表情が歓喜に満ち溢れた。そしてジャケットから腕を抜くと、残りの二人に喜びの元を差し向ける。

 

「……ほら、この通りな」

 

「うおっ、すっげぇ! 俺、こんな綺麗に輝くビットなんて見たことねぇぜ!」

 

「確かに凄いな。かなりの値が付きそうだ」

 

 それは、手の平から少し溢れる程度の大きさをした球状のビット――エンシェントビットだった。盗賊達から笑みが零れるのも納得の輝き。焚き火に照らされているので普段より神秘性を増している。

 

「返せ……! それは売り物でも宝などでもない! 貴様らがそれを持ち去ると、世界は取り返しのつかないことになるんだぞ!」

 

「おいおい、嬢ちゃん。もっとマシな引き留め方はないのかよ?」

 

「世界が取り返しのつかないことになるとか……もう既になってんじゃねぇのか? セリアル大陸は一年ぐらい前から、理由もわからず荒れていくばかりだしよ」

 

「だから俺達みたいな荒くれ者も増えてるんだ。世界がいつ終わってもおかしくないようなご時世に、今更でかいビットの一つや二つ、盗賊にくれてやってもいいとは思わねぇか?」

 

 三人とも、魔皇帝の呪いを受けたセリアル大陸について諦めているようだ。

 ……冷静に考えてみれば、このような人間がいてもおかしくはない。歴史や伝承に通じていない一般人は、魔皇帝の呪いのことなど知る由もないからだ。天変地異だと思って絶望していくのも頷けるところがある。しかしそれでも、盗賊という理不尽な行為を許すわけにはいかない。

 

「そんな考えをしているのは貴様らのような下衆(げす)のみだ! セリアル大陸が荒れていく一方でも、諦めず日々を一生懸命に生きている人間はたくさんいる!」

 

「あぁん? 例えばディクスの連中とかか? っとーに、あんなしょーもない港町でクソ真面目によく暮らしてるよな。反吐が出るぜ」

 

「もう相手にするな。そろそろ引き上げるぞ」

 

 マリナは必死に叫び続けるが、盗賊が聞き入れるはずもない。嘲笑い、この場を立ち去ろうとする。俺もマリナに続き、奴らを止めようとした。

 

「ま、待て! マリナの言ってることは本当なんだ! 早くそれを返してくれよ!」

 

「てめぇまで何言ってんだぁ? 二人そろって頭イカれてんのかよ」

 

「だからいちいち構うこたぁねぇっての。用事は済んだんだ、ずらかろうぜ」

 

「おっと済まねぇ。じゃあな、間抜けな旅人さん達よ。盗っていくのはこのビットだけにしといてやるから、せいぜい達者でな」

 

 ……俺の言葉も信じるはずがなかった。中背の男が最後に吐き捨てると共に、盗賊達は焚き火の明かりの向こうへと遠ざかっていく。その姿はみるみる内に闇に溶け込んでいき、すぐに見えなくなった。

 この場に残されたのは、周辺を明るくする焚き火と物色されて散らかった荷物、そして縄に自由を奪われた俺達だけだった。

 

「くそっ、なんという失態だ! 盗賊に襲われて身動きがとれず、よりにもよってエンシェントビットを奪われるとは……!!」

 

 地べたに這いつくばったまま、マリナは焦りと怒りと後悔を織り交ぜる。俺も気持ちは同じだ。このままでは救世の旅どころではない。

 

「なんとかして縄をほどかないと……ぐぅ~っ!」

 

 試行錯誤して手足を動かすが、縄の結び目は緩まない。流石は盗賊、褒めたくはないが仕事が丁寧だ。

 

「なんてきついんだ、この縄……。ほどける気配が全然ないよ」

 

 四肢に入れていた力を一旦抜き、身体を休める。その間に、俺の背後から意外な言葉を受け取った。

 

「ゾルク。さっきの喧嘩のことだが、謝る。私が悪かった」

 

「え? (やぶ)から棒なんだけど」

 

 このタイミングでの謝罪は違和感しかない。それに俺は既に心の中で謝っている。……いや、もうどうでもいいか。

 とにかく理由が気になった。マリナの方へごろんと転がり、すぐさま聞き返そうとする。しかし実際は、聞き返すまでもなかった。

 

「だから、私の代わりにあいつらの相手をしてほしい」

 

 マリナが見つめる先に居たものを、俺もすぐに捉えた。……狼型のモンスターの群れだ。どうやら、一連の騒ぎのおかげで俺達の方へ近寄ってきたらしい。こうなってしまっては、もう林の中や外など関係ない。

 ちなみにモンスターであるが故に、通常の動物ほど焚き火を怖がらない。そして俺達は自由を奪われている。モンスター達にとって格好の獲物でしかなかった。

 

「……その条件、呑むと思ってる?」

 

「……いいや」

 

 特に唸ることも無く、群れの一匹が淡々と接近し始める。こちらが抵抗出来ないことをちゃんと理解しているのか威嚇はしてこない。モンスターにまで舐められるとは、なんとも情けない……。

 だが、状況はそんな呑気なものではない。これ以上詰め寄られれば喉元にがぶりと噛みつかれて惨い死に方をしてしまう。モンスターが一瞬で襲ってこない分、じっくりと恐怖を味わわされた。

 

「こんな……こんなところで、こんな死に方するなんて……嫌だあーっ!!」

 

 自ずと溢れる涙。盗賊どころか、昼間に何度も倒した狼型のモンスターに命を奪われる瞬間が、まさか来ようとは。

 本当に死んでしまうかもしれない中、マリナは微動だにせず閉眼し、まるで覚悟を決めているかのようだった。俺も彼女のように潔く受け入れられれば気が楽になったのだろうか。そんな思いにまみれながら、静かに目を閉じた……。

 

 

 

「大丈夫。あなた方は私が守ります」

 

 

 

「えっ……!?」

 

 ――この場で初めて耳にする、女性の可憐な声。しかも「守る」との言葉を発した。

 思いもしない展開に困惑しながら、俺もマリナも声の聞こえた方へ顔を向ける。だが焚き火よりも遠いところに居るらしく全貌はよく見えない。それでも状況を把握したいので、暗闇に負けじと目を凝らした。

 声の主は颯爽(さっそう)と狼型のモンスターに攻撃を仕掛ける。

 

渦空閃(かくうせん)!」

 

 その左手には弓を握っていた。しかし右手に矢を持っていない。どころか、矢筒すら装備していなかった。そのはずなのに弓からは確かに五本ほど風の渦を纏った矢が放たれ、群れの上空から雨のように降り注いでいる。全ての矢が命中することはなかったが、二匹は背を貫かれて消滅していった。

 

拡・双翼閃(かく そうよくせん)!」

 

 次に放ったのは、五本の矢をいっぺんに放つという動作を二度繰り返す技。この五本の矢は横へ扇状に広がっていき多数のモンスターをまとめて討ち取った。

 この時、暗闇で光るものがあった。ビットである。声の主が操っている弓の中心には、ビットを使用した細工が施されていた。弓の弦を引く際に上下二つのビットに挟まれた空間から矢を生み出して、それを放つ。この仕組みによって矢を持ち歩く手間を省き、なおかつ円滑な弓捌きや数本の矢を同時に放つ芸当を可能にしていたのだ。

 

「つ、強い……!」

 

 俺は無意識にそう呟いていた。背後にモンスターが回り込んでいるとも知らずに。

 

「うわっ! いつの間にか、こんな近くにまで!?」

 

 気配を感じて振り向いたが、だからといってどうすることも出来ない。しかし声の主に抜け目は無かった。

 

呪闇閃(じゅあんせん)!」

 

 闇の力を帯びた黒の矢を放った。独特の軌跡を描いてモンスターを惑わすように飛来すると、最後には急所を捉え易々と仕留めてみせた。

 

「あなた達、まだ続けたい?」

 

 次の矢を握り、弦を引きつつ堂々と見得を切る声の主に対し、狼型のモンスター達は怖じ気づいた様子で後退りする。そして遂には一匹残らず、文字通り尻尾を巻いて退散していった。

 

「ふぅ、終わったわね。あなた方、お怪我はありませんか?」

 

 声の主は左手に握る弓をようやく下ろすと、俺達の元へ歩み寄り安否を気遣ってくれた。モンスターを射抜いていた時には想像できなかった愛らしく無垢な笑顔が、焚き火によって映えていた。

 この時に確認できたのが、腰の辺りまでの長さの桃色のポニーテール、朱で染められた衣装の胸にある緑色のビットの装飾、腕や足に着用した皮製の弓籠手(ゆごて)とブーツ、という容姿だった。背丈は低く、最初に聞いた可憐な声に(たが)わない少女である。

 

「私達は何ともない。君のお陰だ。危ないところを救ってくれてありがとう」

 

 俺が聞いたことも無いくらい……いや、フォーティスさんと会話している時もこんな風だったか、素直に礼を言うマリナ。この、俺とその他との扱いの差は一体なんなのだろうか。遺憾である。

 ともかく、俺も少女を見上げて感謝の意を述べた。

 

「君は命の恩人だよ。本当にありがとう…………あ……えっと、よかったら名前を教えてほしいな」

 

 喋り始めてから、この可憐な狩人(かりゅうど)の名前を知らないことに気付く。言い直すことも出来ないまま途中で言葉を濁らせてしまい、勢いで名前を問うことに。少女は快く答えてくれた。

 

「私はソシア・ウォッチ。このマグ平原に住んでいて、盗賊を取り締まる狩人……シーフハンターをやっています」

 

「なんと、君があの有名なシーフハンターのソシアだったのか。道理で強いはずだ」

 

 マリナは驚きの声をあげ、一人で納得した。どうやらこのソシアという少女、名前が知れ渡るほどの腕利きらしい。

 ……だが、今はそれよりも対処すべき問題があった。マリナが感心している横で、俺はソシアに頼んだ。

 

「あのさ、一つお願いがあるんだ」

 

「はい。何でもどうぞ」

 

「よかったら、縄をほどいてくれないかな?」

 

「……あああああ!! すみません、私ったらそっちのけで喋ってばかりで……。すぐにほどきますね!」

 

 ソシアは慌てて弓を置き、俺達の手足の拘束を解きにかかった。先ほどまでそこにあった勇敢な姿は、影も形もない。天然混じりの純朴(じゅんぼく)な少女と化していた。



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第6話「奪還せよ」 語り:ゾルク

 俺達の命の恩人である可憐な狩人、ソシア・ウォッチ。

 彼女はシーフハンターの仕事として付近を巡回中、焚き火から立ち上る煙に気付き、マグ平原のド真ん中に人がいるのが珍しいと思って近寄ってきたそうだ。

 盗賊と入れ違いになったことをソシアに伝えると、タイミングが悪くて申し訳ないと言ってきた。別にソシアが悪いわけではないので、謝らないでほしいと返しておいた。そして焚き火を囲い、彼女にこれまでの経緯を話した。

 

「ゾルクさんとマリナさんは、そういった事情で旅をしているんですね。セリアル大陸に起きている異変が、まさか魔皇帝の呪いのせいだったなんて」

 

 救世の旅について信じてもらえるかどうか不安だったが、ソシアは素直に理解を示してくれた。純粋な心を持っていてくれてよかった。

 話が一段落つくとマリナは、すっくと立ち上がり意気込みを見せる。

 

「奪われたエンシェントビットを一刻も早く取り返さなければならない。奴らを追わなければ」

 

 しかし。

 

「……ぐっ!?」

 

 ふらつき、首の後ろを押さえて膝をついてしまう。

 

「マリナ、どうしたんだ!?」

 

「盗賊から首に一撃もらっていたのを忘れていた……。しかし、この程度なら追跡に支障はない」

 

「それはいけません! 念のために私が治癒術をかけます。じっとしてくださいね」

 

 本人は問題ないと言い張るが、声は苦しさを隠し切れていなかった。見かねたソシアはマリナに駆け寄ると、自身の右手をそっと彼女の首にかざした。すると同時に、ソシアの服の胸部にある緑色のビットが柔らかな光を放った。

 

「ファーストエイド! ……ほらやっぱり。首に(あざ)が出来ていましたよ? でも、これで治ったはずです」

 

「……ああ、確かに楽になった。ありがとう、ソシア。君には助けられてばかりだな」

 

 ソシアは治癒の魔術を発動させた。

 ビットを用いた魔術には攻撃魔術だけでなく、補助や治癒に特化したものなども存在すると既にマリナから教わっていた。傷薬や包帯を使用しないのはもちろんのこと、更には時間をかけずに治療を施すのだから便利なことこの上ない。リゾリュート大陸との違いを改めて認識させられた。

 治癒が終わるのを見計らって、俺はマリナを説得する。

 

「焦るのはわかるけどさ、落ち着こうよ。夜も更けてるし、今からじゃあ盗賊には追いつけないって。動くのは明るくなってからがいいと思う」

 

「……済まなかった。お前の言う通り、冷静になるべきだな。そしてエンシェントビットを取り戻す方法についてだが、追跡しなくてもなんとかなるかもしれない」

 

「えっ、どういうこと?」

 

「詳しくは明日に話す。緊張が解けたせいか、疲労も眠気も強くなってきた。流石に休みたい……」

 

 疑問を持つ俺をよそに、力なくその場に座り込むマリナ。いつもの彼女らしからぬ状態だが、盗賊に襲われて休めなかったどころか余計な体力を使わせられたのだから、こうなるのも無理はない。そして、ぐしゃぐしゃにされてしまった寝床で眠るのかと思うと、とてつもなく気が重くなる。

 うなだれる俺達の状況を察したのか、閃いたようにソシアが口を開いた。

 

「あの、それなら私の家に来ませんか? モンスターに襲われた場所で野宿を続けるのは危険だと思うので」

 

「えっ! いいの!?」

 

「はい。迷惑な申し出かもしれませんが……」

 

 即座に歓喜の声をあげる俺に対して、ソシアは何故か申し訳なさそうに返事をした。申し訳ないのはこちらなのに、なんと謙虚なのだろう。

 

「迷惑だなんてとんでもない! そうさせてもらえるなら喜んでお願いするよ。マリナも、それでいいよな?」

 

「ああ。とてもありがたい。よろしく頼むよ、ソシア」

 

「わかりました。では、ご案内しますね」

 

 ソシアは照れ笑いを浮かべながら受け入れてくれた。彼女の生み出す和やかな雰囲気に癒しを感じる。

 救世主としての冒険で迎えた、初日の夜。盗賊にエンシェントビットを奪われるという大失態を引き起こし、無事とは言えずに終わるのであった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第6話「奪還せよ」

 

 

 

「くぅっ、あー! よく寝たなぁ」

 

 天井にある小さな天窓から、石や木材で丁寧に建造された部屋へと光が差し込む。それを受けて俺は半身を起こし、両腕を真上にゆっくりと伸ばした。昨日の疲れはすっかり消し飛んでいた。

 ソシアの住処(すみか)は、マグ平原の中央から東寄りに位置する林の中にある。案内してもらい、驚いた。特に樹木が密集している辺りに地下室をこしらえていたのだ。草木を用いたダミーで出入口を完璧に隠せるようになっており、この住処をソシア以外の者が自力で発見することは実質的に不可能だろう。

 ゆうべ眠りにつく前に、何故ここまでして身を潜めているのかソシアに尋ねてみた。すると、彼女のように盗賊を獲物とした狩人――通称シーフハンターは取り締まった人物の仲間から復讐等を受けかねないため、元々住んでいたディクスという港町を離れて居場所を悟られないように暮らしている、という答えが返ってきた。なるほど、これだけ上手く隠れられれば襲撃されることはないだろうと感心した。

 マリナとソシアは既に起床していたらしく、とっくに寝具を片付けて身支度を始めていた。俺も動く準備をするため、ひとまず借りた毛布を畳んで戻す。そして彼女らに挨拶した。

 

「二人とも、おはよう!」

 

「おはようございます、ゾルクさん」

 

 ソシアは快く笑顔で返してくれた。しかし、マリナは違う。

 

「……おはよう」

 

「なんだよ、そんなにじっと見つめて。俺の顔に何かついてる?」

 

 呆れのような感心のような、微妙な表情を俺に向けていた。マリナの意図が読めないので聞き返してみると、とてもいじわるな答えが戻ってくる。

 

「お前、誰かに起こされなくても自力で起きられるのか。いびきの礼として蹴りを浴びせてやろうと思ったのに、残念だ」

 

「あのなぁ! 一人で起きられないわけないじゃないか! ……いびきのほうは、その、ごめん」

 

「ふっ、もちろん冗談だ。半分だけな」

 

「残りの半分は本気なのかよ!?」

 

 この時、ソシアは俺達のやりとりを見て笑っていた。こんなくだらないことでも楽しかったらしい。俺としては不本意だけど今回だけは、まあいいかな。

 

 個々の準備が整ったところで小さなテーブルを囲い、三人でエンシェントビット奪還についての作戦会議を始めた。ソシアも会議に加わっているのは、俺達の事情を知ったので手伝いたいとの申し出があったのと、シーフハンターとして盗賊を取り締まりたいという理由があるからだ。

 

「マリナ。昨日は聞きそびれたけど、追跡しなくてもなんとかなるのはどうしてなんだ?」

 

「私は、エンシェントビットの現在地を把握できるんだ。エンシェントビットを思い浮かべて意識を集中させれば正確な位置がわかる。……何故こんなことが可能なのか理由は定かではないが、おそらくエンシェントビットと私の相性が良かったんだろうと推測している。とにかく、この能力を利用すればエンシェントビットを見つけ出せて、ついでに盗賊どもの居場所もわかるというわけだ」

 

 俺は疑うことなく話を聞けた。セリアル大陸で起こる魔力関連の出来事には、ほぼ順応できたようだ。

 それにしてもエンシェントビットのように強力な魔力を持つ物質と相性が良いとは、マリナは意外と凄い素質を持った存在なのかもしれない。

 

「なるほど、そういうことか。よし、早速頼むよ!」

 

「ああ」

 

 返事をしたマリナは胸に手を当て、瞑想を開始した。精神を集中する彼女の姿を目の当たりにして、俺もソシアも自ずと口を閉じる。この場が一気に静寂で満たされた。

 そうしてしばらく時間が経過。不意に、マリナがぴくりと眉を動かした。すかさずソシアが聞く。

 

「何か感じたんですか?」

 

「この野蛮で騒がしい感覚……奴らのアジトに違いない。位置もわかった。ここから北の方角だ」

 

「本当ですか!? マグ平原の北はシーフハンター仲間と協力して盗賊を撲滅した区域なんですが、まだアジトが残っていたなんて……。私にとっても好都合です!」

 

 思いがけない情報が手に入ったためか、ソシアは意気込んでいた。

 俺も続いて意志を固める。

 

「昨日はしてやられたからな、きちんと借りを返してやる!」

 

「では出発だな。エンシェントビットの奪還と盗賊の取り締まり、共に成功させよう」

 

 決意は良し。俺達はすぐにソシアの住処を出て、北を目指した。

 

 

 

 向かった先には、マグ平原の終わりを告げる灰色の岩山がそびえていた。都合よく木陰が多いため隠れながら手掛かりを探す。

 すると盗賊らしき男が岩山に近付くのを発見。目を凝らして見てみたら……間違いない。昨晩の奴らと同じ、迷彩柄のバンダナと薄汚れた黒のジャケットを着用していた。

 観察を続けていると岩山の一部が引き戸のように動き、盗賊はその中へと入っていった。岩山をくり抜いて内部をアジトとして使っているようだ。

 

「岩山を改造したアジトなのか。ソシアの家と同じで、誰にも気付かれないようになってるわけだ。侵入も簡単じゃ無さそうだけど……マリナ、どうする?」

 

「元々、殴り込むつもりだからな。あの扉をぶち抜いて正面突破する」

 

「よおし、そうこなくっちゃ!」

 

 俺もマリナもやる気は充分。そこへ、ソシアが忠告をくれる。

 

「盗賊の服装から察するにあのアジトは、悪名高いグラム盗賊団のものだと思います。ボスであるグラムはシーフハンターの誰もが警戒していて、しかも盗賊の間でさえ極悪と呼ばれているほどなので、くれぐれも注意してくださいね」

 

「わかった、全力で戦ってやる!」

 

「良い意気込みだ、ゾルク。手加減なしで攻めるぞ!」

 

「そういう意味でお伝えしたわけじゃないんですが……無理も無いですね」

 

 私怨があるために本来とは違う忠告の受け取り方をした俺達へ、ソシアは苦笑いするしかなかった。

 警戒しつつ誰もいなくなった扉の前まで移動し、俺は押し開いてみようと試みた。だが扉はびくともしない。その堅牢さを認識させられ、ため息をついた。

 

「はぁ……やっぱり普通には開かないか。それに触ってみてわかったんだけどさ、強行突破しようにも並大抵の術技じゃあ、この扉は壊せそうにないよ。マリナはどうやってぶち抜くつもりなんだ?」

 

「心配するな。その方法をこれから披露する。二人とも、私と扉から離れてくれ」

 

 俺達が従った後、促したマリナ自身も岩の扉から少し距離をとった。

 

「……そうだ、ゾルク。良い機会だから教えておこう。ビットを上手く扱えるようになれば、こんな大技も放てるようになるんだ。熟練度が上がらないとなかなか連発できないがな」

 

 ざっとそれだけを伝え、マリナは二丁拳銃を上空に放り投げた。すると二丁拳銃は空中で融合し、両腕で抱えられる程度の手ごろな大砲へと変化。自由落下する大砲を掴み取ったマリナは、即座に岩の扉へと狙いを定めた。

 

「目標捕捉……消し飛べ! ファイナリティライブ!!」

 

 引き金は即座に引かれた。発射されたのは大砲の口径よりも遥かに極太な熱光線。いとも容易く岩の扉を焼き、溶かし、貫き、破壊した。

 光線はそのまま突き抜けていきアジトの内部へ到達。奥からは盗賊の悲鳴や混乱する声が聞こえる。光線を放ち終えると、大砲は元の二丁拳銃へと姿を戻した。

 

「これは、ビットの力を最大限に発揮させた時に放つことのできる大技……即ち『秘奥義』ですね。マリナさんの秘奥義、すごい威力です……!」

 

 ソシア曰く、そういうことだそうだ。どうやらマリナは拳銃のマガジン内のビットの力を極限まで高めて発動したらしい。

 俺も、両手剣の柄に取り付けているビットの扱いに慣れれば、ああいうことが出来るようになるのか。不謹慎かもしれないが少しワクワクした。

 

「あんなに頑丈だった扉が木っ端微塵だ! でも、ちょっとやりすぎじゃないか?」

 

「ゾルク、相手が誰だったか忘れたのか? 私達をコケにした憎き盗賊なんだぞ。この程度、奴らは報いとして黙って受け取るべきだ」

 

「うーん……それもそうか! じゃあ遠慮なく突撃だ!!」

 

 恨みがあるにせよ限度は必要なのではないか、と一瞬は思ったが……マリナの言葉に納得。迷いはさっぱり消え去る。

 一目散に駆けだす俺とマリナの後を、取り繕った笑顔のソシアが追いかけた。

 

「おい! いきなり扉が吹っ飛んだぞ!!」

 

「なんなんだ、お前らは!?」

 

「げぇっ、ソシア・ウォッチがいやがる!!」

 

「何!? シーフハンターにアジトがばれたのか!」

 

 盗賊達はおのおの思ったことを口にした後で、俺達の奇襲によって倒れていった。混乱に乗じての戦闘とはいえ呆気ない。

 気絶した盗賊達は全員、ソシアがシーフハンターとして責任を持って縄で拘束した。後で他のシーフハンターに伝えて連行してもらうそうだ。

 

「盗賊団員が盗んだ品は、どんなものでも必ずボスに献上されます。ボスであるグラムの私室を探しましょう!」

 

 そして彼女から助言を受け、しらみ潰しに部屋を巡った。そのたび盗賊達に出くわしたが叩きのめし、ソシアが手際よく縛って身動きを封じていく。

 駆け抜けていくうちに最奥の部屋まで辿り着いた。他の雑魚部屋とは違う風格のあるドアは、グラムの私室だとこちらへ気付かせるに足りていた。

 マリナはドアを乱暴に蹴り破り、部屋へと突入。

 

「失礼する! 早速で悪いが、私達から奪ったものを取り返しに……」

 

 勇猛果敢に二丁拳銃を構えた彼女だったが、何故か言葉が尻すぼみになっていく。続いて部屋に入った俺は、その意味を理解した。

 

「あー! お前達は、ゆうべの盗賊!!」

 

「げっ、お前ら無事だったのかよ!? ……げぇーっ! ソシア・ウォッチもいる!? なんで!?」

 

 金銀財宝で埋め尽くされた部屋の中心には、グラムが使用しているであろう大きな机が確かにあった。しかしグラムらしき人物は影も形も無い。居たのは、昨晩に俺達を襲った憎き三人組だけ。

 

「本当にあと少しで死ぬところだったんだぞ……! 絶対に許さないからな!!」

 

「これは私達からの礼だ! 遠慮なく受け取れ!!」

 

「ひぃー! ご、ごめんなさ……」

 

 一瞬、俺の脳裏からエンシェントビット奪還の件が消え去り、代わりに「報復」の二文字が浮かんだ。きっとマリナもそうだっただろう。三人組は目に涙を浮かべて詫びたが、激怒する俺達にそんなものが通用するわけがなかった。

 

裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

秋沙雨(あきさざめ)!!」

 

 俺は剣を振るうことによって生じた衝撃波を、マリナは魔力を凝縮した弾丸を連射してぶつけた。三人組は抵抗も諦め、ボコボコにやられていった。

 

「それだけのことをしたんですから、甘んじて受け入れるべきです」

 

 報復が行われる間、ソシアは静かにこの光景を見届けるのであった。

 

 気絶した三人組を、今までのように縄で縛り上げた。と、今度は情報を聞き出すために、頬を叩いて無理矢理に気絶から回復させた。

 

「いってぇ~……。いくらなんでも扱いが酷過ぎるぜ……」

 

「で、お前達みたいな下っ端がグラムの部屋で何してたんだよ」

 

「ふんっ! 教えたところでお前らにゃ何の関係も…………いや、やっぱ言います言います」

 

 目覚めた盗賊は愚痴を零したが、俺の怒りの表情を見るとすぐに引っ込めて質問に答え始める。

 

「誰かが出入り口の扉をぶっ壊したって聞いて、騒ぎに乗じてボスのお宝をくすねてトンズラしようとしてたんだよ。ボスが留守中なのも相まって大漁だったのに全部パーだ。まさかソシア・ウォッチまで来てるなんてな。捕まっちまったし、もう最悪だぜ……」

 

 自らのボスの宝にさえ手を出すほど姑息なのか、と呆れた。しかし聞き捨てならない発言もあり、マリナが怒鳴る。

 

「グラムが留守だと!? どういうことだ!!」

 

「そ、そんなに叫ばなくても聞こえてるっての。……ボスなら、あの綺麗に輝くビットを売り捌くため……かどうかは知らねぇが、ディクスへ行ったぜ。丁度、お前らがアジトに乗り込んでくる前だったか。ただ、なんか今日のボスは様子がおかしかったな」

 

 マリナはすぐに瞑想し、エンシェントビットの現在地を探った。大まかな位置を感じ取るだけだったため時間もかからずに答えは出た。

 

「残念だが、盗賊どもの話は正しいようだ。エンシェントビットはディクスの方へと向かっている」

 

「入れ違いになってしまったんですね……」

 

 マリナの探知能力は常時発揮しているものではなく、意識してエンシェントビットを感じようとした時しか位置を特定できないという。

 今朝の探知からこのアジトに辿り着くまで、それなりの時間が経過している。途中で探知し直していなかったのでグラムと入れ違ったことに気付けなかったのだ。

 

「抜かったな……。ゾルク、グラムを追うぞ! ディクスはここから西の方角だ!」

 

「わかった。急ごう!」

 

「アジト内の盗賊は全員捕縛したので、ここでの仕事は終わりました。私も引き続きお供します!」

 

 このままソシアが協力してくれるのはありがたい。俺達は快く受け入れ、共にグラム盗賊団のアジトを去った。

 

 早急にマグ平原を突っ切って移動する最中。ソシアは、マリナの様子がおかしいことに気付く。

 

「マリナさん、どうしたんですか? 急に慌て始めたように見えるんですが……」

 

「エンシェントビットを探知した時、何かざわめいたものを感じ取ったんだ。嫌な予感がする……!」

 

 歯を食いしばり、冷や汗を垂らしてそう零した。……マリナがこんなことを口にするのは初めてだ。俺は少しばかり不安になってしまう。

 

「おいおい……なんだか不吉だなぁ」

 

「私も、自分の思い過ごしで済むのを祈っているさ」

 

 この先に困難が待ち受けているのだろうか。得体の知れない緊張が俺達を包んだ。



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第7話「悪に染まりし力」 語り:ゾルク

「名前だけはよく耳にするけど、ディクスってどんな町なんだ?」

 

 マグ平原を疾走する中、俺は密かな疑問を口にした。走っていることもあり、マリナは要点をまとめた上で俺に答えた。

 

「セリアル大陸の西の海に面した、活気の溢れる港町だ。漁業や海路での交易が盛んに行われている。……だが、ぼやぼやしているとその港町が大変なことになるかもしれない。下手をすれば壊滅だ」

 

 説明と共に不穏な言葉を吐き出した。次にソシアが口を開く。

 

「どういうことですか?」

 

「フォーティス爺さんの屋敷の古文書には、『悪しき心を持った者、極度に相性の悪い者にエンシェントビットを与えてはいけない。有り余る魔力に呑まれて制御できないまま暴走を引き起こしてしまうだろう』と記されていた」

 

「もし、それが事実だとしたら……!」

 

 ソシアはすぐに理解した。危機が迫っていると。盗賊団のボスに君臨するほど悪い心を持った人間が、強大な魔力を制御できるとは思えない。

 

「エンシェントビットの魔力は測定不能だ。何が起こるかわからない。……ディクスまであともう少しだ。急ぐぞ!」

 

 焦るマリナの言葉を受け、俺達は駆ける速度を更に上げるのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第7話「悪に染まりし力」

 

 

 

 マグ平原に繁茂(はんも)する草原が終わりを告げ、ディクスまでを繋ぐ硬い大地が(あらわ)になった頃。町並みが目視できる程度の距離にまで迫っていたが……急いだ甲斐もあり、なんとか追いつけたようだ。

 

「あそこに見えるのは、まさか!」

 

「はい、ゾルクさん。あれがグラムです!」

 

 ソシアが指を差した先にいる大男。それがグラム盗賊団のボス、グラム本人だった。こちらの声に気付いたのか、彼はぐらりとこちらに振り向いた。

 顔に大きな傷跡が幾つもあるのが特徴的で、猛獣の毛皮を加工してしなやかさを取り入れた簡易的な鎧を装備している。腰の後ろには紅いビットの装飾が施された片刃の戦斧(せんぷ)を携えており、その刃は乾いた血で赤黒く染まっていた。

 飢えた獣のような眼で俺達を視界に捉えると、グラムはドスの効いた低い声を響かせた。

 

「なんだ? お前らは。ソシア・ウォッチが一緒にいるってことは新手のシーフハンターか?」

 

「この方々はシーフハンターではありませんが、あなたを止めるという目的は同じです!」

 

 俺達に対峙するグラムからは、異常なほどの殺気が溢れ出ていた。盗賊達を率いる極悪人ともなると、常人では越える機会のない一線を越えた経験もあるのだろう。

 普段から盗賊に対して果敢に立ち向かう意思を持つソシアでさえも慎重さを保ち、弓を握る手を決して緩めない。一瞬たりとも油断は出来ないという姿勢を見せていた。

 しかしグラムはエンシェントビットの力で暴走している風には見えないため、その点だけは少々安心することが出来た。

 

「貴様、特別な輝きを放つビットを持っているだろう? それは私達の物だ。今すぐ返せ!」

 

「ああ、これのことか? なんか見るからにヤバげな力を持ってそうだよなぁ、このビットは」

 

 マリナに問われ、グラムはおどけつつ鎧の内側から何かを取り出した。無色透明の中に薄らと馴染む虹の色。その手に握られた球状の物体は、間違いなくエンシェントビットだった。

 

「ということは、手下どもの言っていたマヌケな二人組ってのはお前らのことか。はははは! よく生きてたな! そんでわざわざ追いかけて来るたぁ、御苦労なことだぜ」

 

 今度は俺達の失態を馬鹿にし、せせら笑う。あの盗賊三人組は本当に言いたい放題だったようだ。とっちめておいてよかった。

 

「それで、だ。盗賊団のボスであるこの俺様が『返せ』と言われて素直に返すとでも思ってるのか?」

 

 先ほどまでのおどけた雰囲気から一転。グラムは、その低い声に威圧を上塗りして俺達に問う。

 緊迫した空気を一瞬で作りあげた彼に対して怖じ気づいたが、それもほんの僅かな間。マリナの次の一言によって士気を取り戻した。

 

「……期待はしていなかったさ。ならば、力ずくで奪い返す!」

 

「はっはっはっは! おもしれぇ、そうこなくっちゃあなぁ!!」

 

 汚い笑い声をあげて喜ぶや否やグラムはエンシェントビットを懐に収め、腰の後ろに携えていた戦斧を手に取った。こちらもそれぞれの武器を構え、臨戦態勢に入る。

 

「いくぞ、グラム!!」

 

 そして俺は剣を前面に突き立て、先陣を切った。

 

「くらえ! 突連破(とつれんは)!」

 

 素早くグラムへ接近し、連続で突きを繰り出す特技を放った。これほどの巨体なのだから突きによる攻撃が効果的だと考えたのだ。

 

「甘いぜ、ボウズ!!」

 

「なっ……ぐあっ!?」

 

 だが、思うように事は運ばなかった。

 グラムの、大柄な体躯に似合わない俊敏な足捌きのせいで、連続突きは軽々と避けられてしまった。それどころかカウンターとして強烈なラリアットを食らわされ、果てには勢いのまま地面に叩きつけられてしまう。

 

「あーばよぉ!!」

 

 楽しそうに別れを告げるグラム。地に背をつけて無防備な俺へ、乾いた血で汚れた戦斧を振り下ろそうとした。しかし、これは隙でもある。チャンスを逃すまいと、マリナとソシアがグラムを狙った。

 

「ガンレイズ!」

 

閃光閃(せんこうせん)!」

 

 ×の字状の数多の光弾、そして輝く三連続の矢。迫り来るそれらを見たグラムは戦斧を空振りさせた。おかげで俺は体勢を立て直し、奴から遠ざかることに成功した。

 ……ここまでは良かったのだが、次にグラムがとった行動は予想できるものではなかった。

 

「飛び道具なんぞで俺様を止められると思うなよ。……どりゃあぁぁぁ!!」

 

 空振りした戦斧は、グラムと射撃を遮るかの如く大地を抉った。余程の力で大地を掻っ捌いたためか、奴の目前では土砂や岩石が壁のように飛び散り、なんとマリナとソシアの射撃を防いでしまった。皆、目が点になる。

 

「無茶苦茶だろ! そんなのアリかよ!?」

 

「無茶なもんかよ。俺様の怪力と、このビット仕掛けの斧が揃えば不可能はねぇ。で、次はどんな手を使ってくるんだ?」

 

 グラムがかざした戦斧の紅いビットが、まるで悪魔の眼のように俺達を睨んでいた。圧倒的な力の前に思わずたじろいでしまう。

 

「来ないのかぁ? なら、このまま攻めさせてもらうぜ! でぇりゃあぁ!!」

 

 太い腕で軽々と戦斧を振り下ろすと、大地を強引に割り進む衝撃波が幾つも生まれた。そして間髪を入れずこちらへ到達。

 

「うわあああっ!!」

 

 とんでもない威力に成す術も無く、俺達は大地の破片と共に吹き飛ばされてしまった。地面に叩きつけられる前になんとか受け身を取ることはできたが、何度も喰らっている余裕はない。

 先ほどのアジトで盗賊達から恐怖されていたソシアでさえ、この大男には手を焼くしかなかった。

 

「噂以上の強さです。矢も弾丸も通用しないなんて……」

 

 近寄ってもフットワークに翻弄され、遠くからの攻撃も防がれてしまうという現状。このまま有効打を見出せなければ全滅してしまうだろう。

 策が無く苦しむ中、マリナが次のように呟く。

 

「どうにかして土石の防御を攻略できないだろうか」

 

 この何気ない一言によって、ソシアは何かを見出した。

 

「……あ! こうすれば突破口を開けるかもしれません」

 

 それだけを言うとすぐさま弓を構えた。弓の中心に施された二対のビットによる仕掛けから、赤く光る矢を生み出して弦を引く。

 

爆・滅龍閃(ばく めつりゅうせん)!」

 

 矢は、技名を叫ぶと同時に放たれた。突き抜ける先には当然グラムがいる。しかし先ほどと同じように防がれるのではないだろうか。俺とマリナはそう思いつつも、ソシアを信じた。

 

「だぁから、効かねぇっつってんだろがぁ!!」

 

 予想通り、グラムは戦斧で大地に一撃を見舞い、土石を噴き出させて壁を作った。だが、ここからが違う。ソシアの放った赤い矢が、土石にまみれる直前で大爆発を起こしたのだ。

 

「な、なんだとぉっ!?」

 

 爆風を受け、土砂と岩石がグラム自身に跳ね返る。不意な反撃に奴は対処できず、砂塵による目潰しと煙幕効果もあって動きを封じることに成功した。

 同時に、ソシアが高らかに叫ぶ。

 

「今が好機です!」

 

「一気に行くぞ、ゾルク!」

 

「よぉし、反撃だ!」

 

 舞い散る土砂の煙を掻い潜り、未だ立ち尽くすグラムの懐に飛び込んだ。

 

落殺撃(らくさつげき)!」

 

 先に仕掛けたのはマリナだった。体を屈め、右脚で円を描くように素早く足払いを繰り出して転ばせる。次に、空中を無防備に舞うグラムを、後方宙返りの動きで力強く蹴り上げた。

 

翔龍斬(しょうりゅうざん)!」

 

 それに追撃を加えるため、俺は飛び上がりつつ連続で斬り上げる特技を放った。鎧があるとはいえ、立て続けに斬りつけられれば威力は申し分ないだろう。グラムは更に打ち上げられ、反対に俺は着地した。

 

「ぐああああ!?」

 

 グラムの悲鳴が響き渡る。ダメージは確実に入っているようだ。だが気絶には至っていない。俺達は落下を始めるグラムに向け、攻撃を追加する。

 

「こいつも食らえ! 爆牙弾(ばくがだん)!!」

 

「とどめだ! 真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)!!」

 

 マリナは巨大な火炎球を撃ち込み、俺は風属性の衝撃波を三度放った。宙に浮いたままでは防御もままならない。グラムは炎に焼かれ、そして衝撃の風に斬り裂かれて大地に激突した。収まりつつあった砂煙が再度、巻き起こった。

 

「やったか!?」

 

 ここまですればグラムも降参するはずだ。俺は期待を込めてそう言い放った。……が。

 

「おー、いてぇいてぇ。ちったぁやるじゃねぇか。さすがの俺様も危なかったぜ……」

 

「え!? そんな……あれだけの攻撃を受けて、立っていられるわけがありません!」

 

 ソシアが驚愕するのも頷ける。俺とマリナの連携攻撃は確実にグラムを捉え、全て命中していた。だのにグラムはゆっくりと立ち上がったのだ。土埃をさっさと払う姿からして、体力にはまだ余裕が残っていそうだった。

 

「まさか無意識にエンシェントビットの力を解放して、攻撃を防いだとでもいうのか!?」

 

 マリナの予想は正しかったようだ。塵による煙幕が薄れていくにつれて、薄い膜のような何かがグラムを覆っているのが判明した。

 膜は時間の経過とともに、はっきりと目視できるようになっていく。きっと俺達が攻撃している時から発生し、グラムを守っていたのだろう。だからこそ奴は今、多少ふらつきながらではあるが、ああして大地を踏みしめているのだ。

 グラムは、おもむろに懐からエンシェントビットを取り出した。そしてそれを掴んだ左腕ごと天に突き上げた。

 

「へへへ……。ディクスで売り捌く前だったから良かったぜ。おかげでいいことを思いついた。このまま、このビットを利用してやる!」

 

「待て、それだけはしてはいけない!!」

 

「聞く耳なんざ持つわけねぇだろうがよぉ! こいつを手に入れてから何故だか、いつも以上に暴れたくてウズウズしてたんだよなぁ!!」

 

 マリナが制止する声も虚しく、グラムは吼える。するとエンシェントビットは(まばゆ)くも禍々しい紫の光を放ち、奴を包み込んだ。

 段々と光は衰えていき、再び姿が現れる。しかしその全容は盗賊団のボスとしてのものではなく、異形だった。

 

「ははは……! はーっはっはっはっは! こいつぁすげぇや。力がみなぎってきやがるぜ!」

 

「変身した!? こんなことが出来るなんて……!」

 

 俺はグラムの真紅の双眼に釘付けになりつつ、そう零した。

 全身は黒色で、表皮は鎧と融合したのか硬質に変化し、各所には刃のように鋭く長い突起が装備されていた。声の質も変わっており、色々な音程が二重にも三重にもなって耳をつんざく。

 右腕は戦斧と一体化しているらしく、手の平から先は無くなっている。エンシェントビットは胸部の中央に位置し、虹色の輝きを失っていた。

 他の二人も俺と同様、状況把握に時間がかかっている。それを嘲笑うかのように、グラムは攻勢に出た。

 

「なんだ、その顔は。カッコ良すぎて見とれてるってか? だったら見物料をいただくぜ。……お代は命で、ってなぁぁぁ!!」

 

 この戦闘で何度目かの、戦斧で大地を割る攻撃。俺達は我に返り即座に回避行動をとった。当たらなければ問題ない……のだが、この攻撃には今までにない効果が付け加えられていた。

 

「ぐっ……あ……!?」

 

 戦斧を振り下ろした地点を中心に、周囲の重力が強くなったのだ。俺達は回避どころか立つこともできず大地に這いつくばることに。重力は極めて強く、満足に悲鳴を上げる余裕すらない。

 

「さっきまでの勢いはどうしたんだぁ? やり返してみろよぉ!」

 

 この重力攻撃、繰り出したグラム本人に影響はないようだ。ゆっくりと俺達に近づき一人ずつ蹴りつけて、いたぶっていく。打撃を与える度に、グラムからは狂ったような笑い声が溢れ出ていた。

 人間の姿だった時よりも遥かに狂気を増している。この現象にもエンシェントビットが関わっているのだろうか。

 

「だめだ……手も足も……出ないよ……」

 

「ゾルク……諦めるな……!」

 

 見えない圧力に潰される中、弱音を吐く俺をマリナが励ました。しかし実際どうすることも出来ない。

 ふと、グラムはソシアに近寄り頭を踏みつけた。そして何やら語り始める。

 

「よーう、優等生のソシアちゃん。数多の盗賊を取り締まって怯えさせてきた実力派のお前が、その盗賊である俺様にここまでぶちのめされて気分はどうだぁ? 優等生でもひとたびこんなザマになっちまえば、同じく優秀なシーフハンターだったロウスンとレミアが浮かばれねぇなぁ」

 

「えっ!? なんで……私の両親の名前を……知っているの……!?」

 

 ソシアの目の色が変わった。重力に抗って声を絞り出し、グラムを睨みつける。

 

「知ってるも何も、あいつらはずっと俺様を追い回してたんだぜ。そりゃ名前くらい覚えるわな。だけども二年前に盗賊団の総力をあげて、逆に二人とも捕まえてやったわけだが。あいつらマジで強かったからな、そりゃもう手を焼いたぜ」

 

 絶句するソシアに構わず、グラムはべらべらと述べ続ける。

 

「……お前、ひょっとして何も知らないのか? だったらついでに教えてやるよ。あいつらを捕まえたあと……ロウスンは首を斬り落としてやった。手下どもをたくさん痛めつけられたんだから殺されて当然だわな。レミアはどうしたっけか……ああ、大金と引き換えにしてエグゾアに売っぱらったんだった」

 

「殺人に加え……エグゾアを相手に……人身売買していたとは……!」

 

 ショッキングな事実を突きつけられたと思えば、更に予期せぬところでエグゾアの名が飛び出してきた。マリナは非情な現実に怒りを漏らす。だがグラムは、そんな声に構う素振りも見せない。

 

「あいつら最後までお前を案じてたぜ。はははっ、泣かせるよなぁ!」

 

 汚い笑い声をあげるグラムは尚もソシアの頭部を踏みつける。しかし彼女はグラムを睨んだまま視線を揺るがせない。怯むどころか、眼力は強さを増している。

 

「そういやよぉ、ソシアちゃんよぉ。あいつらがいなくなるまではシーフハンターなんかやってなかったよな。やっぱりあれか? 両親のためってやつか?」

 

「……ええ……そうよ……。私がシーフハンターになったのは……行方不明になった両親を……捜すため……」

 

 まだどこか幼さの残るソシアが住み慣れた港町ディクスを離れ、たった一人でマグ平原に住みシーフハンターをしている理由。深く追求するつもりはなかったが思わぬところで知ることとなってしまった。俺とマリナは、ただ黙って聞いているしかなかった。

 

「グラム……まさかあなたが……両親の仇だったなんてっ……!!」

 

「おー! いいねぇ、そのギラギラした鳶色(とびいろ)の眼。燃えに燃えてるって感じだ! ……にしても、いやー悪かったな。別に隠してたわけじゃねぇんだけどよ。俺様がロウスンとレミアにしたこと、とっくに知ってるもんだと思ってたぜ。でもま、よかったじゃねぇか。念願叶って、ついに親の行方を知れたんだからよ。会えねぇけどな! ……いや、死ねば会えるか? ははははは!!」

 

「ふざけるな!!」

 

 この重力下で、ソシアは細い腕にありったけの力を込めて弓を射る。魔力で生み出された黒の矢は重力に歯向かい、グラムの硬い胴体を狙った。

 

「おっとぉ!」

 

 だが、元々身軽だったグラムは変身したことで、尋常ではないほどに素早くなっていた。ソシアの頭から足をどける瞬間すら見えなかった。黒の矢と奴との距離は目と鼻の先だったのに命中するどころか、かすりもせずに避けられてしまう。

 グラムは曇り空に向かって高笑いする。せっかくの攻撃も虚しく、無駄な抵抗に終わってしまった。

 

「ははは!! そんなもん意味ねぇなぁ!」

 

 ――と、誰もが思っていたはず。

 

「…………がああああ!? 眼が!! 眼がいてぇぇぇっ……!!」

 

 突如、グラムの高笑いが絶叫に書き換えられた。よく見ると、奴の左目に黒い矢が刺さっているではないか。グラム自身も何が起きているのか理解できておらず、もがき苦しみ(ひざまず)いた。それとほぼ同時に、強力な重力場が徐々に消え去っていく。

 

「……あれ、身体がだんだん軽くなってく……! 重力が元に戻ったみたいだ!」

 

「グラムが深手を負ったからか。ソシアのおかげだな」

 

 あの黒い矢は、ソシアが狼型のモンスターから俺達を助けてくれた時にも放っていたものだ。確か、命中するまで標的を追い続ける、呪闇閃(じゅあんせん)という一風変わった弓技。彼女がこの技でグラムの不意を突いたおかげで、俺とマリナは戦線に復帰できた。

 

「しかし彼女、冷静さを欠いてしまっている」

 

「目の前にいるのが親の仇だってわかったんだから、取り乱して当然だよ……!」

 

「そうだな……。とにかく、グラム撃破に全力を尽くすぞ!」

 

 武器を構える俺達の目前で、先に立ち上がっていたソシアが何回も弓の弦を引いていた。その度、グラムの装甲に矢が弾かれていく。

 彼女が延々とその行為を続ける間に、グラムは自らの赤い左目に突き刺さる矢を躊躇せず抜き取った。傷口からは一時的におびただしい量の血が流れ出たが、グラムはまるで気にしていない。それどころか、自分の身体から大地へと伝う血を眺めて喜んでいるようにも見えた。

 

「やるじゃねぇか、ソシア……! まだまだ楽しませてくれそうだなぁ!」

 

「うるさい!! あなただけは……お前だけは絶対に許さない!!」

 

 ソシアは激昂し、必要以上に弓を握り締めるのみであった。



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第8話「因縁の対決」 語り:マリナ

 人とも獣とも機械ともとれる不気味な奇声が、ディクス近郊に響き渡る。

 

「はっはっはっは!! 仇と戦えて嬉しいかぁ!?」

 

「黙れ!! 父と母の無念は私が晴らす!!」

 

 鬼のような形相でソシアはグラムを狙う。そして矢の豪雨を降らせるが、疾風の如く移動するグラムにはほとんど命中しない。当たっても、あの硬い装甲と鋭利な突起によって防がれる。私とゾルクも必死に捉えようとするが思い通りにはいかなかった。

 グラムは私達の術技を潜り抜けて隙を突き、右腕と一体化した戦斧(せんぷ)を振り下ろす。また超重力が襲ってくるのか。阻止しようにも奴の動きに追い付けない。成す術も無く、私達はとっさに身構えた。

 

「……ちっ、あの攻撃はもうできねぇのかよ」

 

 グラムの左目を潰したソシアの一撃は、奴の能力発動の中枢にまで影響を与えていたようだ。戦斧が生み出したのは割れた地面のみで、超重力は発生していない。これで圧し潰される心配はなくなった。

 

「でぇもぉ! まだまだこうやっていたぶれるんだから特に問題ないかぁ!?」

 

 だが奴が叫ぶように、依然としてグラムは捕まらない。その間にも戦斧の刃が襲いかかり私達は傷ついていく。これでは重力攻撃の喪失も意味を成さず、時間と共にやられてしまうだろう。

 

「……いや、やっぱ駄目だな。もっと……もっとだ。おい、ビット!! もっと俺様に力を与えろぉ!!」

 

「そんな!? 貴様、本当に身を滅ぼすぞ!」

 

「だからよぉ、嬢ちゃん。忠告するだけ大きなお世話だってんだよぉぉぉぉぉ!!」

 

 現状に飽き足らずグラムは更に力を求める。両腕を突き上げ、唸り声をあげた。それと共に胸のエンシェントビットが光る。

 しかしその輝きは鈍く、やはり神々しさを失っていた。グラムが一度変身した時と同じ、禍々しい(よこしま)の念を含んだ紫色のオーラが発せられた。それはどんどんグラムを包み込んでいき、一度目よりも巨大に膨れ上がる……!

 一瞬、全員が呆然としてしまったが、それではいけない。我を取り戻した私達はオーラに向かって剣技、銃技、弓技を放っていく。しかし通用する様子はなく、ただオーラに呑みこまれていくだけだった。

 

「ははは……ハッハッハッハッハ……ギャハハハハハハハハハハ!!」

 

 ――グラムの様子がおかしい。姿こそ見えないが、狂ったような笑い声によってそれを感じさせられる。声域、声質、共に揺らいでおり、まるで安定していない。グラムは力を求める度に理性を失っているようだった。

 元の何倍にも膨張した紫のオーラは、ついに消滅した。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第8話「因縁の対決」

 

 

 

 そこに『グラム』の姿はなかった。あえて言うならば『グラムだったもの』。

 

「グゴアアアアアアアアアア!!」

 

「嫌な予感が現実になってしまったか……!」

 

 私は唇を噛みしめて悔やんだ。この状況を招いてしまったことに。

 今までの黒の装甲と鋭利な突起の装飾はそのままにグラムは巨大化し、額の角、牙や爪、尾を生やした四足獣となっていた。

 巨体に合わせて鈍重にこそなったが、咆哮をあげて大気を振るわせる姿は見る者すべてを怖じ気づかせる魔獣そのものだった。胴体には未だ、エンシェントビットが鈍く輝いている。

 ゾルクは巨体を見上げながら冷や汗を垂らした。

 

「また姿が変わった……! あれじゃ完全にモンスターだよ!」

 

「エンシェントビットの魔力が暴走したんだ。ああなってしまっては、もう元の姿には戻れないだろう」

 

 グラムは唸り声をあげるばかりで人語を話す様子は無い。人の姿どころか、ついに言葉も失ったのだ。過剰に力を求めた者の末路に憐れみさえ覚える。

 

「俺、まだ心のどこかで侮ってたみたいだ。エンシェントビットは危険過ぎる……」

 

「理解できたなら、それでいい」

 

 ゾルクはエンシェントビットの力の重大さを真に認識し切れていなかったようだが、大事(おおごと)にでもならない限り誰でも実感は湧かないものだろう。なので彼に危険意識を芽生えさせることができた点で捉えると、今回の件は怪我の功名だったのかもしれない。

 

「でもあいつ、さっきの姿の時より格段に動きが鈍くなった。これなら俺達にも勝機はある!」

 

 グラムは力を求めた。その結果、願い通りに計り知れぬ力を備えた巨大な四足獣へと変貌した。が、同時に理性を失っているため、その力が有効活用されることはないだろう。

 早速、私は作戦を考え二人に聞かせる。

 

「グラムの胴体からエンシェントビットを切り離すと力の供給が途絶えて弱体化し、切り離した部位が弱点となるはずだ。私とゾルクでエンシェントビットの切り離しと回収を行う。ソシアは、露出した弱点を狙い撃つことに専念してくれ」

 

「わかった!」

 

 ゾルクは気力充分に答えた。対するソシアは。

 

「はい」

 

 感情を抹殺したかのように淡々と返事をした。心が復讐に染まってしまったのか、他のことなど視野に入っていないようだった。激昂したり急に冷静さを取り戻したりと、彼女の精神状態は不安定になっている。

 

「とにかく突っ込む! でやあああ!!」

 

 私からの指示を受け、ゾルクがグラムに突進する。

 

「グオオオオオオ!!」

 

「なっ!? 危ないっ!!」

 

 しかし、巨大な前足による踏みつけが行く手を阻む。頭上に迫る攻撃を、ゾルクは急停止することによって難を逃れた。もし食らっていたら今頃、彼は紙のように平べったく潰されていたことだろう。

 

「か、間一髪だった……」

 

 グラムの持ち前の強大な力が有効活用されることはない……とは言ったものの、懐に飛び込む前に暴れられては接近すら至難の業となる。

 向こうが規格外の力で押してくるとなれば、こちらもそれに対抗し得る力で迎え撃つしかない。そう考えた私は、すぐさまこう言った。

 

「ゾルク、剣に装備されたビットにありったけの精神力を注ぎ込むんだ。ここは秘奥義を使うしかない」

 

「えっ!? 使ったことないのに出来るかな……? どういう技にするかは、考えるだけ考えてるけど……」

 

 私は今までの戦闘を振り返り、ゾルクのビットの扱いは秘奥義発動に足るものになったと判断した。彼は戸惑っているが、やれないわけではなさそうだ。無論、出来ないと言ってもやらせるつもりだったが。

 

「出来る。お前はもうビットに慣れているはずだからな。そしてグラムからエンシェントビットを取り返すには、それしか方法がない」

 

 すると彼は気を引き締め、平常時には見せないような凛々しい表情となり言い放った。

 

「……わかった。ぶっつけ本番でやってみる!」

 

「私がチャンスを作る。その間に奴の懐に飛び込んで、強力な一撃を叩き込んでやれ!」

 

「まずは精神を集中させて……!」

 

 ゾルクが両手剣に付加されたビットに念を込める隣で、私はグラムに対峙した。

 

「目標捕捉……消し飛べ、ファイナリティライブ!!」

 

 二丁拳銃を融合させて両腕で抱えられる程の大砲を生み出し、極太のレーザービームを放った。それはグラムの頭部に命中したが、なんと奴は四つ足で踏ん張って光線を押し返そうとした。

 確かに、巨大な体躯となったグラムの前ではこの秘奥義も霞むかもしれない。それでも諦めず照射を続けた。

 

「私は……負けない!!」

 

「グゴガアアアアアア!?」

 

 踏ん張り続けるグラムの巨体が揺らいだ。後方に仰け反ったため光線は頭部から顎、首、胴体と照射する部位を変え、勢いのままひっくり返すことに成功したのだった。エンシェントビットも、確認しやすい位置に露出した。

 

「ゾルク!!」

 

「うおおおお! 全開だぁぁぁ!!」

 

 私はすぐさま彼の名を叫んだ。ゾルクは、グラムが後方に倒れきったのを確認するや否や、雄叫びをあげながら腹部を目掛けて駆け抜ける。

 

「くらえ! 全てを断ち斬る、この一撃!」

 

 エンシェントビットの付近まで来ると、足腰に力を込めて得物を振り上げる。両手で握られている剣は、柄のビットの力によって巨大化。グラムの巨体に負けず劣らずの巨剣となった。

 

一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 渾身の力で振り下ろされた巨剣は、グラムの胴体を断ち斬るどころか半分ほどを抉るように吹き飛ばした。辛うじて繋がっているが、まさに皮一枚の状態である。

 恐るべき力を見せた巨剣は徐々に萎み、元の大きさへと戻っていく。

 

「グラム! エンシェントビット……返してもらったぞ!」

 

 これほどの威力だとエンシェントビットにまで影響が及ぶのではないかと思ったが、その心配には及ばず。ゾルクの手中にはエンシェントビットが収められていた。

 あとは変わり果てたグラムを倒すのみ。巨体から飛び降りながら、ゾルクはソシアに伝える。

 

「今だ、あいつにとどめを!」

 

 グラムの胴体は自己再生していた。回復量は微々たるものだが、致命傷を確実に治癒している。エンシェントビットにより与えられた能力なのだろうが、取り返してもなおその機能を失わないことに愕然とした。

 そして奴は交戦の意思を失わない。起き上がり、酷く痛々しい咆哮を響かせて怒り狂っている。すぐに勝負を決めないと戦況が逆転する可能性もある。

 

「グラム。これで……これで終わりよ!!」

 

 しかし、これも要らぬ心配だった。ソシアの弓は既に引かれており、右手に握る矢は渦を巻いていた。そして彼女は秘奥義を発動する。

 

「渦巻く意志が天を()く! 螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

 

 ビット仕掛けの弓から、ひときわ魔力の込められた矢が解き放たれた。それは渦を生み出しつつ空を切り、再生中の胴体を貫く。

 

「グオオオオオオオオオオ!?」

 

 グラムは痛みに耐えきれず絶叫する。しかし、これでは終わらない。巨大な渦が矢の軌跡を追いかけるように迫って奴を完全に包み込む。そして渦とグラムは螺旋を描きつつ上昇し、やがて天空へ……そう、雲にまで到達してしまう。昇りきった渦は暗い雲を払い除け、しばしの間、この一帯にのみ陽の光を差し込ませた。

 奴の巨体はというと、巻き上がる渦の中でばらばらに千切られていき、雲が払い除けられる頃には微塵と化していた。落下してくる様子もない。私達は、グラムに勝利したのだった。

 

「倒せた……。俺達、勝ったんだ……!」

 

「ああ。一時はどうなることかと思ったが、こうしてエンシェントビットも取り戻せた」

 

 とんでもない強敵と戦うことになってしまったが、なんとか無事に目的は果たせた。私達に安堵の表情が戻る。……ただ一人を除いて。

 

「うう……うぐっ……」

 

 私は、今まで良く我慢していたと慰めてやりたかった。幼い少女に対して、この現実は過酷すぎるからだ。

 

「うっ……うわあああああ……!!」

 

 左腕は何も掴めなくなり、弓は地面に落とされた。

 

「お父さんも、お母さんも、もういないなんて……嘘だ……そんなの嫌だよ……。それじゃあ私は、なんのために今まで頑張ってきたの……!?」

 

 膝から崩れ落ち、ソシアは両手で顔を覆った。雫が指の隙間から零れる。

 

「たくさん弓の練習をして、いろんな怖い思いをして、いっぱい盗賊を捕まえて……一人で泣いて……。全部、いなくなったお父さんとお母さんを捜すためだったのに……!」

 

 せき止められていたものが決壊し、洪水のように流れ出ていた。

 

「仇なんか討ったところで……帰ってこないっ……!」

 

 声は震え、息も絶え絶え。それでも胸の内を吐き出し続ける。

 

「ううっ……もう会えないなんて……嫌だよぉぉぉぉぉ!!」

 

 悲痛な叫びが辺りに満ちる。必死にすがっていた希望があえなく潰えるその気持ちは、状況こそ違えど私も過去に味わったことがある。勝手に信じていただけと言えばそうなのかもしれないが、それでも総司令に裏切られた時のあの気持ちは今も忘れられない。……いつの間にか、ソシアと自分を重ねていた。

 

「会いたい……会いたいよぉっ……!!」

 

 だからこそ彼女に伝えたい。完全に絶望する前に、まだ足掻きもがけることを。

 

「そのことだが、ソシア。君のお母さん……レミアさんについては、また会えるかもしれない。とは言っても、決して希望の持てるものではないんだが……」

 

「えっ……!?」

 

 目は潤み、頬に涙を伝わせたままのソシア。思いがけないといった表情で私を見上げた。

 

「エグゾアがわざわざレミアさんを買ったということは、何らかの利用価値を見出していたはず。どうでもいい人間にガルドを払うとは思えない」

 

「利用価値……? エグゾアは人を買ってどうするつもりなんだろう」

 

 しばらく黙っていたゾルクが、ここで口を開いた。目は少し充血していたが平静を保っているつもりのよう。野暮な突っ込みはせず、彼の問いに答える。

 

「私は、元はただの戦闘員だからな。実はそっち方面には詳しくないんだ。しかしエグゾアを抜け出す前に調べた情報によると、ビットや魔力に関する研究も盛んにおこなっていた。重要な実験に使えそうな人間を買い集めていた可能性は大いにある。レミアさんがそのために買われたというのなら、無闇に殺したりはしないだろう」

 

「でも、それって……」

 

「ゾルク、察しの通りだ。ビットや魔力に関する研究に人間を使うということ……それは人体実験や人体改造を意味する。そこから発展した『生体兵器』の研究も進められていた。実験に使われた人間はたとえ生きていたとしても元の記憶、人格、感情、容姿のままという保証は無い……」

 

 もしかするとこれはソシアを苦しめる情報かもしれない。しかし死んだままだと思うより、すがれるものがあった方がいい。選択肢を与えたかったのだ。何を選ぶかは、彼女次第。

 話を聞き終えたソシアは僅かの間うつむき、何かを考えていた。少し時間が経った頃。顔を袖で拭って深呼吸し、赤くなった目を擦りつつも凛として立ち上がった。

 

「……私、決めました」

 

 彼女の眼差しに、先の戦闘時のような激情は含まれていなかった。

 

「ゾルクさんとマリナさんの旅に、お供します」

 

 言葉に出す前から、決意が読み取れそうなほどの気迫がソシアを覆っていた。

 

「いいのか? 私達の旅は、ここでシーフハンターを続けるより遥かに危険なものになると思うぞ」

 

「エグゾアと戦い、関わっていくんですよね。確かに危険だと思います。でもそうすることで、お母さんと会える可能性がほんの少しでも生まれるなら……どれだけ危険でもその道を進みます。もちろん、世界を救うためにも尽力します」

 

 意志は固いらしい。ならば最終確認として念を押そう。

 

「酷だと思うが、あえてはっきり伝えておく。……最悪の事実を突き付けられる可能性の方が、圧倒的に高い。それでも本当についてくると言うんだな?」

 

 我ながら損な役回りである。だが避けては通れない問題だ。それはソシアも理解していた。

 

「…………はい、覚悟の上です。お母さんの死を知ることになったとして、それだけでも意味があります。私は安否を……真実を知りたいから……!」

 

 予想通りの……いや、予想以上の返事だった。鳶色(とびいろ)の眼に宿った決意を、私達は信じた。

 

「わかった、君を迎え入れよう。出来る限りの協力はするつもりだ」

 

「俺も歓迎するよ、ソシア」

 

「ありがとうございます! こちらこそ、よろしくお願いしますね!」

 

 ソシアは笑顔を浮かべて元気に振る舞ってくれた。けれども悲しき決意の後のそれは、痩せ我慢や虚勢のようにも見えた。彼女の歩む道にせめてもの光が差すことを、私は胸中で祈るのだった。



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第9話「洞窟を進め」 語り:マリナ

 邪悪な魔獣に成り果てたグラムとの激戦は終わった。

 アジトで捕縛した盗賊達については当初の予定通り、他のシーフハンターの人々に引き継いで処罰を任せた。

 その後。私達はソシアの住処に戻り、また休ませて貰うことに。彼女が私達の旅へ同行することが決まったため、その準備も兼ねていた。

 

 一夜明け、朝早くに出発した。スラウの洞窟へ向かう前にディクスへと立ち寄るためだ。これはソシアの希望であり、どうやら過去に暮らしていた実家に用事があるらしい。

 ディクスはセリアル大陸西方の海に面した港町であるため時折、潮風に乗って海鳥が優雅に羽ばたく。石造りの家屋が立ち並び、新鮮な魚介類や果物、野菜を売る市場が繁盛していた。客寄せの声や荷運びの指示などが飛び交っており活気に満ちている。魔皇帝の呪いによって荒み暗くなった世界にも負けていない。

 この光景はゾルクにも影響を与えたようだ。

 

「盗賊達は何もかも諦めて開き直ってたけど、ディクスの人達は一生懸命に毎日を生きてる。みんなの暮らしのために俺も、もっと頑張らなくちゃいけないな」

 

 市場で働く人々を遠くから見つめ、彼は呟いた。自然に握られた拳には力が込められている。

 

「お前にも、やっと自覚が備わってきたようだな。嬉しい限りだ」

 

「『やっと』って何だよ! 素直に喜べない言い方して。まったく、もう……」

 

「ふふっ」

 

 ゾルクの不貞腐れる姿は見ていてなかなか面白い。意地の悪いことではあるが、たまに虐めたくなってしまう。別にそういう趣味があるわけではないのに何故だろうか。私にそうさせるのは、彼の気質のせいかもしれない。

 

 ディクスの町並みを堪能している内に、ソシアの実家へと辿り着いた。目前にそびえる家は、今までの道のりで目にしてきた家屋と同様に石壁で造られている。

 お邪魔させてもらうと、食器棚や台所、部屋の中央にはテーブルや三人分の椅子などごく普通の家具が揃えられていた。そして清潔さが保たれている。

 ソシアとグラムの会話から察するに、この家は二年前から使われていないはず。おそらく彼女は定期的にこの実家を訪れ、掃除を怠っていないのだろう。

 ふと、テーブルに写真立てがぽつんと置かれていることに気付いた。覗き込んでみると、そこには桃色の髪の幼い少女――ソシアを中心に両親と思わしき人物が写っていた。

 男性は短い茶髪と少々の髭をたくわえており、女性はソシアと同じ桃色の髪を肩まで伸ばしていた。三人とも優しく微笑んでいる。

 私と同じく写真が気になったのか、ゾルクがソシアに尋ねた。

 

「この写真に写ってるのが、ソシアのお父さんとお母さんなの?」

 

「はい。私が十歳の頃に撮ったものです。みんな笑顔で写っていて、とても気に入っている一枚なんですよ」

 

 ソシアの返答で気になる部分があり、続けざまに私も質問する。

 

「気に入っているのなら何故、マグ平原の住処へ持っていかなかったんだ?」

 

「時々、思い出して辛くなることがあるので、あえてこの家に」

 

「そうか……。不用意に聞いてしまって済まない」

 

 ソシアの表情は曇ってしまう。私の失言によるもの……かと思われたが、そうではなかった。彼女は慌てた様子で首を横に振る。

 

「いいえ、ぜんぜん気にしていませんよ! ただ、今日から旅に出るので、しばらく写真を見に来られなくなるのが……ちょっと寂しいんです」

 

 そう口にする横顔を見て、ソシアがここへ立ち寄った理由をようやく把握する。

 

「……お父さん、行ってくるね。お母さんを捜しに」

 

 写真に向かい、それだけを発した。幼くも凛とした瞳の奥には、小さな勇気と大きな不安が潜んでいた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第9話「洞窟を進め」

 

 

 

 ソシアの実家を発ち、マグ平原を通過。スラウの森へと続く洞窟の入り口に辿り着いた。

 ディクスからそれほど遠くない場所であったため、道中のモンスターとの戦闘も最小限に抑えられ、体力に余裕を残せている。けれども平原と森を遮るように構えられた土色の洞窟は、その余裕ごと私達を飲み込もうとするかのように大口を開けている。

 

「ここがスラウの洞窟かぁ。たしか噂の怪物がいるんだっけ……」

 

 ゾルクは目前の暗闇を見つめ、フォーティス爺さんの忠告を思い出していた。

 

「どうした。恐ろしいのか?」

 

「そ、そんなわけないだろ!? モンスターになったグラムだって倒せたんだし、へっちゃらさ! こんな洞窟なんてさっさと抜けてスラウの森へ行こう!」

 

 否定する彼の目は泳いでいる。やはり図星のようだ。グラムに大打撃を与えた際の勇猛果敢な姿はどこへやら。たまにカッコいい面を見せても根はヘタレのままらしい。

 

「ゾルクさん、声が上ずっていますよ?」

 

「そ、そーれーはー、気のせいだよぉ~ソシア! マリナも突っ立ってないでさ、早く進もうよ。俺は先に行くからな!」

 

 早口でこちらを急かすと、彼は洞窟の中へと駆けていった。だが重要な物を忘れている。私はそれを道具袋から取り出し、洞窟に声を響かせた。

 

「ランプは必要ないのか?」

 

「…………要ります」

 

 力無い声と共に、暗闇からゾルクが戻ってきた。恥ずかしそうに顔を伏せながらランプを受け取る。

 痩せ我慢するのはまだ良いとして、そのせいで周りが見えなくなるのは勘弁してもらいたいところだ。

 

「やれやれ」

 

「あはは……」

 

 苦笑するソシアと顔を見合わせ、呆れるしかなかった。

 

 

 

 一寸先は闇。ランプで岩肌を照らしながら、狭い通路を慎重に進んでいく。

 

「これ、調子悪いんじゃないかな? あんまり照らせてないみたいだ」

 

 手にぶら下げたランプに対し、ゾルクは文句を言う。確かに、明かりはだんだん弱まっていた。

 

「そうみたいですね。中のビットを取り替えてみます。貸してください」

 

 ソシアはランプを受け取ると蓋を外し、明かりをフッと吹き消して燃料であるビットを交換する。真っ暗な中で細かな作業を器用にこなす彼女だが、シーフハンターとして夜間にも活動していたので慣れているのだろう。

 

「明かりが消えると本当に何も見えないなぁ。……早く点けてね……」

 

 顔は見えないのに、ゾルクの表情は容易に想像できてしまう。

 

「一瞬のことなんだから我慢しろ」

 

「それはそうだけどさぁ……」

 

 グシャッ

 

 その時。ゾルクの足元で固いものが潰れたような音がした。

 

「ん? 何か踏んだかな」

 

 彼は気になり、その場で足踏みをして確かめてみる。すると地面からまたガシャリ、グシャリと音が聞こえた。

 

「交換が終わりました。点けますね」

 

 ソシアがランプで足元を照らし、私達は音のした方へと視線を向ける。そこで見たものは……。

 

「……うっわあぁ!! ド、ドクロ!? ガガガ、ガイコツ!?」

 

「ちょ、ちょっと! 踏んじゃ駄目ですよゾルクさん!! 罰当たりですって!!」

 

 二人とも、大袈裟に手足をばたつかせて慌てふためいていた。そこまでのリアクションは要らないだろう、と思うほどに。そんな彼らを差し置き、私は冷静に状況を把握する。

 

「まあ待て、落ち着くんだ。そしてここから先へは、もっと気を引き締めて進もう」

 

 すると二人は動きを止め、我に返った。

 

「そ、そうか。こんなところにガイコツが転がってるってことは、例の怪物が近くに潜んでるかもしれないってことだよな」

 

「わかりました。気を付けて進みます……!」

 

 全員が武器を手に取り、いつでも戦闘に対応できる状態となった。

 警戒しながら歩いていると、今までの道の狭さを嘘のように思わせる天然の広間に出た。

 

「スラウの洞窟に、こんなに広い空間があったんですね……!」

 

 ソシアが驚きの声をあげる。私も彼女に同意しようとした瞬間。

 

「……敵か!?」

 

 背後から殺気を感じ取った。咄嗟に二丁拳銃を向けると、二人も引き続いた。しかしそこにいたのは噂の怪物でも、雑魚のモンスターでもない。

 

「なんだ、モンスターじゃなくて人かぁ。脅かさないでくれよ」

 

 怪物ではなく人間の姿を確認したため、安堵の声を漏らすゾルク。両手剣を握ったままでは物騒だと思ったのだろう。彼は警戒を解き、それを背の鞘へと収める。私とソシアも武器を下ろした。

 その人物は血で染まった焦げ茶色の服を着ていた。長い髪が顔を隠しているが服装のセンスから推測するに、おそらく男性だろう。

 

「…………」

 

 黙り込んでいる。口を開く気配は無い。寧ろ存在感や生気すら……。この男、本当に人間なのだろうか。何かがおかしい。

 怪しんでいると、ソシアが男の容態を心配し始めた。

 

「怪我をしているんですか? だったらすぐに治癒術をかけますね」

 

 声をかけて近付こうとした、その時。――正体が露になる。

 

「はっ……! 危ない!!」

 

「え? ……きゃっ!?」

 

 男は突如として殺意を溢れさせ、ぐんと腕を伸ばしてきたのだ。ギリギリのところで予備動作に気付いた私はソシアを抱きかかえるように庇い、地面に伏せた。

 

「ウウウ……食ワセロ……」

 

「こいつは……人間じゃない!? ゾンビだったのか!」

 

 ゾルクは背の鞘に戻していた両手剣を再び引き抜いた。血まみれのゾンビは、まだ起き上がれていない私とソシアを狙い、両腕を突き出す。

 

「でりゃあぁっ!!」

 

 だがそれが届く前に、ゾルクの両手剣が奴の腐った身体を脳天から真っ二つにした。ゾンビは腐敗臭を放ち、肉片と思わしきものをボトボトと落として崩れ去った。

 

「怪我はないか?」

 

「はい……。マリナさん、ありがとうございます」

 

 この隙に私達は立ち上がった。幸いにも傷は負っていないようだ。それを確認してすぐ、彼女にお願いする。

 

「一体のゾンビが現れたということは……不穏だな。ソシア、洞窟の天井に炎の矢を放ってほしい」

 

「わかりました。飛炎閃(ひえんせん)!」

 

 言われるがまま、ソシアは燃え盛る矢を頭上に放った。するとランプの明かりを凌ぐ広い範囲が照らされ、同時に異様な光景が目に入ってきた。

 

「やはり群れを成していたか。既に周りを囲まれている」

 

 それらが確認できた途端、先ほどよりも強烈な異臭が漂い始めた。

 口々に「食ワセロ」や「ヨコセ」と繰り返す、二十数体のゾンビ。群がった光景は極めて不気味だ。朽ち果てた顔面など見続ける気にもならない。

 

「うえぇ、気色悪い……。けど、そうも言ってられないか!」

 

 ゾルクは顔をこわばらせたが、割り切ったらしく一瞬で表情を切り替える。

 

「そういうことだ。二人とも、手早く片付けるぞ!」

 

「はい!」

 

 ゾルクが勢いよく突っ走り、私とソシアは射撃を開始した。

 

裂衝剣(れっしょうけん)!」

 

 両手剣の振り下ろしによって生じた衝撃波を前方に飛ばす、ゾルクお馴染みの剣技。衝撃波は数体のゾンビを仰け反らせるに至ったが、決定打にはならないようだ。

 

爆牙弾(ばくがだん)!」

 

 ならばと、二つの銃身を重ねて巨大な火炎球を撃ち、ゾルクを援護。ゾンビの身体は火炎に丸ごと包まれ、燃え尽きていった。

 

飛炎閃(ひえんせん)!」

 

 ソシアも、先ほど洞窟の天井に突き刺したものと同じ術技でゾンビを焼く。しかし次々に、というわけにはいかない。どれか一体のゾンビを狙おうとすれば別の個体が迫ってくる。考えて動かなければ、すぐに捕まってしまうのである。「手早く片付ける」とは言ったものの実現は難しい。

 ここでゾルクは、逃げ回りながらアドバイスを求めた。また脳天から真っ二つに出来れば早いのだが、あれは隙が大きすぎるので不可能なのだ。

 

「数は多いし、タフそうなゾンビも居る……! 弱点とかないのか!?」

 

「一般的にゾンビの弱点は、火や光の属性だと言われています。そう思って火の弓技で攻めているので、ゾルクさんも弱点攻撃をお願いします!」

 

 ソシアから答えを貰った彼は早速、行動に――

 

「えっと、ごめん。どっちの属性の技も、まだ考えてないや……」

 

 ――移れなかった。二人のやりとりを聞いた私は負い目を感じる。

 

「……私のミスだな。こんな状況も踏まえて、お前が色んな属性の術技を習得できるよう早めに指南するべきだった……」

 

 そして今、一瞬だが敵から視線を逸らしたことによりミスが増えてしまう。

 

「ぐあぁっ!!」

 

 隙を突き、他よりも一回り大きな体躯のゾンビが肩を突き出し、右前方よりタックルを仕掛けてきたのだ。私は成す術なく突き飛ばされ、豪快に砂埃を巻き上げながら地面を転がってしまう。

 

「マリナ!!」

「マリナさん!?」

 

 ゾルクとソシアから飛び出た心配の叫び。だが、それには及ばない。

 

「……大丈夫だ。私の身体は、自分で思うよりも多少なり頑丈らしくてな。軽く膝を擦り剥きはしたが出血も無い」

 

 土や埃を簡単に払いながら、しっかりと立ち上がってみせた。そして次に行うのは無論、『返礼』である。タックルを食らわせてきたゾンビの懐まで一気に踏み込むと。

 

「巨体が相手ならば至近距離からのガンレイズだ!!」

 

 両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射する二丁拳銃の奥義を発動。弱点である光の弾丸を大量に浴びたゾンビはその場で倒れ、形を失っていった。けれども、これで終わったわけではない。

 

「応急処置を……! ファーストエイド!」

 

「ありがとう、ソシア」

 

 僅かな時間で擦り傷に治癒術をかけてもらい、また二丁拳銃を構える。残り約二十体のゾンビを撃退できなければ、この洞窟から出ることなど叶わないのだから。

 

「まだまだ残っていますね……」

 

「さて、どうしたものか。一網打尽に出来ればいいんだがな」

 

 依然として私達を取り囲む腐肉の壁と睨み合いながら、ソシアと共に頭を悩ませる。すると突拍子も無くゾルクが閃いた。

 

「……あっ、そうだ! 弱点を突けなくたって、これができる!」

 

「良い考えなのか?」

 

 半信半疑で問うと、明るい声が返ってきた。

 

「もちろんさ! まず、二人は俺の足元にしゃがんで待機。次に、合図を出したらゾンビ達へ目一杯に炎を放ってくれ!」

 

 単純だが指示は明確である。きちんと中身のある作戦のようだ。

 

「他に策も無いし、乗ってやるしかないか」

 

「私もゾルクさんを信じます」

 

 お互いに視線を交わし合い、皆の意志が一つになると即刻、ゾルクの作戦は始まった。

 

「全開だぁぁぁ!!」

 

 ゾルクが両手剣の柄のビットへ精神力を込めている間、私達は彼の元へ寄っていく。そして身を屈めると。

 

「秘奥義、一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 両手剣が、広間の半径に届くか届かないかのところまで巨大化した。――ここまでくればゾルクが何を企んでいたのか、もうわかる。

 

「……を、振り回す! どりゃあああああ!!」

 

 巨大な両手剣を全力で右回りに振るい、約二十体ものゾンビを剣の腹で(ことごと)く打撃。一ヶ所にまとめてみせるのだった。

 

「力任せな作戦ですね……」

 

「しかし、悪くない」

 

 秘奥義を習得してまだ間もないというのに、ここまでの応用力を見せるとは。ゾルクの潜在能力には目を見張るものがある。

 最後に彼は両手剣を振り抜き、腐肉の連中を洞窟の壁に叩きつけて、こう叫んだ。

 

「今だ、燃やせー!!」

 

 それと共に武器を構えた私達は、鬱憤を晴らすかの如く術技を見舞った。

 

爆牙弾(ばくがだん)!!」

 

飛炎閃(ひえんせん)!!」

 

 ゾンビ達は例外なく火炎に焼かれ、肉とも骨とも判別できない残骸へと変わるのだった。

 

「ふぅ……。なんとか全部倒せたな。俺の作戦勝ちだ!」

 

 元の大きさに戻った両手剣を握り締める彼は、いつになく誇らしげだ。確かに相応の働きだったと、私も思う。

 

「そうだな。今回は素直に褒めるとしよう。よくやってくれた」

 

「へへっ」

 

 戦闘を終えた頃には、天井に刺さった炎の矢が燃え尽きかけていた。炎が消える前にゾンビを倒せて本当に良かった。でなければ今頃、私達は奴らの仲間入りを果たしていたかもしれない。

 

「にしてもさ。ゾンビは群れになってることが多いとはいえ、こんなに大量に現れるなんておかしくないか?」

 

 ただの予想ではあるが、私はゾルクの疑問に答えてやった。

 

「多分だが、元々この洞窟に棲みついていたゾンビが人間を襲って、ゾンビ化させ続けたんだ。ゾンビ化しなかった人間は、そのまま食らい尽くして骨だけにして……。噂の怪物の正体もこいつらで間違いないだろう」

 

「なるほど……。戦い慣れてる俺達でも、ちょっと危うかったし。悔しいけど旅人や商人がやられるのも納得がいくよ。これも魔皇帝の呪いが関係してるのかな?」

 

「可能性としては大いに有り得る」

 

 剣の腹にこびり付いた腐肉片を払い除け、両手剣を鞘へとしまうゾルク。その側でソシアは浮かない顔をしていた。

 

「どうか、安らかに眠ってください……」

 

 そう言うと顔の前で両手を握りしめ、倒したゾンビ達に対して祈りを捧げるのだった。

 ソシアが祈り終えたところを見計らい、ゾルクが口を開いた。

 

「怪物退治も終わったんだし、もう行こうよ。この洞窟、やっぱり怖いからさっさと抜けたい……」

 

「脅威がなくなっても結局は怖がるのか……。だが、先を急ぐ意見には賛成だ。……おや?」

 

 歩き始めようとした途端、焼けたゾンビの残骸に紛れて光る物体を発見した。私はそれが気になりすぐに拾い上げる。大きさや形は通常のビットに近かった。

 

「こんなものを見つけた」

 

 そして二人に差し出した。ソシアはランプで物体を照らし、まじまじと見つめる。

 

「一見するとただの割れたビットにしか見えませんが、言い表せない違和感がありますね。雰囲気が、まるでエンシェントビットみたいです」

 

「ソシアもそう思うか。私も、エンシェントビットに似た輝きを放っているように見えた。調べる必要がありそうだな。ゾルク、道具袋にしまっておいてくれ」

 

「えぇ……? このビットみたいな欠片、持ってくの? ゾンビの中から出てきたのに」

 

 彼は不本意そうな面持ちで物体をつまんだ。確かに通常なら抵抗もあるし、自ら望んで所持したい物でもない。でも正当な理由がある。

 

「だからこそだ。ゾンビは、元はと言えば人間なんだぞ。体内にこんなものがあったとすれば、それは不自然だと思わないか? ジーレイ・エルシードに会うついでに、この物体のことも調べてもらおうと思う」

 

「そういうことか。わかったよ」

 

 ゾンビの群れを打ち倒し、謎の物体を手に入れた私達。洞窟の出口らしき光も見え始めた。スラウの森はすぐそこである。



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第10話「魔術師の住まう森」 語り:マリナ

「うわっ、眩しいなぁ……」

 

「頭がクラクラしますね」

 

 たった今、私達はスラウの洞窟を抜けた。見上げれば相変わらずの曇り空だが、それでも眩しさを感じる。他の二人と同様に手をかざし、無言で目を覆った。

 次に待ち構えているのはスラウの森。洞窟との間には僅かな草原が隙間としてあるのみで、そのまま森に進入する形となっていた。

 

「いよいよスラウの森か。洞窟も真っ暗で怖かったけど、こっちはこっちで陰湿な感じのする森だよなぁ……」

 

 ゾルクは洞窟に入る前と似たような反応を示し、身を震わせている。しかし私は取り合わないことにした。

 

「行こうか、ソシア」

 

「あ、はい……」

 

 彼女は少しだけゾルクを気にする素振りを見せたが、申し訳無さそうに軽くお辞儀をすると、そのまま私についてきた。

 

「……ねえ、ちょっと! あっ、ソシアまで! 待ってくれよー!」

 

 気付き、慌てて私達を追いかける。……ゾルクには勇敢な部分もあるのだが普段は発揮されていない。それさえどうにかなれば頼もしく見えるのに、と惜しい気持ちでいっぱいである。

 

 スラウの森は、生い茂る木々が僅かな陽光さえ遮断してしまっているため、洞窟ほどではないが薄暗い。それに加えて怪鳥の奇妙な鳴き声も響きわたっており雰囲気の異様さを際立てている。

 出現するモンスターも多様だ。機敏に動きまわる枯れた大木や、笑いながら飛び跳ねるキノコ、尋常ではない大きさの怪力昆虫などという風に気色の悪いものが多い。

 

「さっきから不気味なモンスターにばっかり出くわすなぁ……。ゾンビの大群で散々な目に遭ってから間も無いのに、勘弁してほしいよ」

 

「相も変わらず、よくそんなに弱音ばかり吐き出していられるな。少しはソシアを見習え。彼女のほうがよほど救世主らしい器を持っているぞ」

 

 ゾルクは私の言葉に腹を立てたらしく、目を吊り上げて反論する。

 

「そんなこと言われてもさぁ。俺だって俺なりに頑張ってるんだし」

 

「そういう言葉は、態度と行動で示してから口にするべきだ」

 

「なんだとー? 人の気も知らないで!」

 

「お前こそ私の気持ちがわかるのか?」

 

 野営の時に続き二度目になるだろうか。私とゾルクの間に口論が起こってしまった。そんな私達を見かねたのか、戸惑いつつもソシアが仲裁にまわった。

 

「あの、お二人とも……喧嘩はよくありませんよ?」

 

「けどマリナが!」

「だがゾルクが!」

 

 全く同じタイミングで、私達は人差し指を突き出し合った。あまりにも見事に言動が重なり合ったせいか、お互いに硬直して何も言えなくなってしまう。

 

「……ふふっ、なぁんだ。『喧嘩するほど仲が良い』というわけですね。でしたら続きをどうぞ」

 

 ソシアは固まった私達を見守り、小さく笑って冗談を零す。……私とゾルクは顔を伏せたまま、再び歩き始めるのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第10話「魔術師の住まう森」

 

 

 

 森の奥深くまで進むと、草地の広がる空間に出た。その中心には小屋が見える。小屋は丸太で構築されており、言うなればログハウス。一人の人間が普通に暮らすためのものよりかは少々大きめに建てられていた。

 小屋の周囲には木々が全く生えておらず、見上げると曇り空が目に入る。まるでこの場所だけスラウの森から切り取られているかのようだった。

 

「マリナさん。もしかしてここが、魔術師ジーレイ・エルシードのお宅でしょうか?」

 

「きっとそうだろう。この森に住んでいるのはジーレイだけだという話だからな」

 

 ソシアは早速、小屋の扉を叩いた。

 

「ごめんください」

 

 しかし出迎える様子はない。

 

「返事がありませんね……」

 

「なんだ、留守なのか」

 

 と、ゾルクが残念がったその時。彼の周りを、幾つもの小さな炎の玉が包み込んだ。

 

「おあっ!? あああぢあぢ、あぢぃぃぃ!!」

 

 炎の玉は、ものの見事にゾルクの背に火を点けた。わけもわからないまま、のた打ち回って小屋から遠ざかっていく。

 

「いけない! ゾルクさん、いま助けます!」

 

 とっさに対処したのはソシアだった。

 

瞬氷閃(しゅんひょうせん)!」

 

 氷の力を秘めた矢を放ち、ゾルクの背中をかすめる。すると彼を焼いていた炎は冷気に覆われ、見事に鎮火した。

 

「や、火傷しちゃったかな? 死ぬかと思った……。一体なんなんだよ、今のは!?」

 

「これは紛れもなく火の魔術だ。気配を消しているようだが、私達のすぐ近くに誰かがいる」

 

 すると、森の中から人間の姿が躍り出た。左手に古びた本を開いており、右手でページをめくりながら歩んでくる。

 

「それ以上、小屋に近づくと……火傷するどころか火だるまになりますよ。小さな侵入者さん」

 

 微笑を浮かべて警告したのは、銀の短髪に紫の眼の男。シンプルなデザインの洒落た眼鏡をかけており、首には装飾品を下げ、フード付きの紺のローブを着込んでいる。

 

「えっ、侵入者って……それは誤解です! 私達の話を聞いてください!」

 

「失敬。正確には侵入未遂でしたね。人の留守を狙うところから察するに泥棒でしょうか。……走りなさい。スラストダッシャー」

 

「違います! 泥棒でもなくて……きゃっ!?」

 

 ソシアの言葉もまともに聞き入れてくれない。それどころか今度は地を這う風の刃を放ってきた。微笑のままである。

 こうなっては仕方ないと、私は両腰のホルスターから拳銃を抜き取った。

 

「泥棒でもないとすると……なるほど、そういうことですか。剣士に銃撃手に狩人とは、なかなかバラエティに富んでいて戦い甲斐がありそうですね」

 

 最初からずっと穏やかな口調なのだが、私達と戦う気は満々のようだ。銀髪の男は向けられた銃口に臆することなく、左手に開いた魔本を輝かせて術の詠唱を続けている。

 

「頼むから話を聞いてくれよ! あんたが魔術師のジーレイ・エルシードなのか!?」

 

 向かい来る炎の玉を、両手剣で振り払ったり頬を焦がしてあたふたしたりしながら、ゾルクが銀髪の男に近づく。

 

「ええ、その通り。ですが不届き者に用はありませんので。……貫きなさい。アイスバーン」

 

「あ、あぢぢぢ!! ……いや、俺達はあんたに用事があるんだけど……って、うおわ!?」

 

 今度は鋭い氷の針を地面から生やしてくる。ジーレイはゾルクばかりを魔術の標的としていた。接近しないと攻撃を加えることができないゾルクのことを優先して狙っているようだ。

 しかしこれでジーレイの戦い方は把握した。ゾルクの援護に回るため私は引き金を、ソシアは弓の弦を引く。……だが当たらない。

 

「おや、銃と弓を扱っていながらこの程度なのですか?」

 

「そんな馬鹿な!」

 

「信じられません……」

 

 驚くことに、ジーレイは飛び道具による攻撃を見切ることができるらしく、身体をひょいと傾けて易々と避けてみせた。……射撃で牽制できないとは思わなかった。私達を「小さな侵入者」と見下すだけのことはある。

 

「ゾルク、とにかく走り回れ! 止まっていたら的になる!」

 

「わかってるよ! またあんな目に遭うのは嫌だし……!」

 

 私が指示を出すと、ジーレイは再び笑みを浮かべた。

 

「何をしようと無駄なのですがね。次はこれです。……暴岩(ぼうがん)(そう)。怒る大地の鼓動を聴け。アングリーロック」

 

 魔術が発動するとゾルクの四方の地面が盛り上がり、高くそびえる土の壁が囲った。彼から見えるのは、ぽっかりと開いた上部から覗く曇り空だけ。

 私とソシアからはゾルクの姿が見えなくなったが、彼が壁の内側でもがく音は聞こえてきた。地を蹴り飛び上がって脱出を試みているようだが、それを成功させるには壁が高すぎたらしい。失敗して転落する音だけがこちらに届いた。

 

「ちくしょう、なんなんだよこれ!? 出られないじゃないか!」

 

「当然でしょう。あなたの動きを封じるために唱えた魔術ですので」

 

「乗り越えられないなら土の壁を壊して……うっ、思ったよりも硬い!?」

 

 今度はカンッ、カンッという音が響いた。内側から両手剣で突き崩そうとしているのだろう。しかし成果は得られない。

 

「はぁっ、たぁっ、でやぁっ! ……くそっ、ここから出せー!」

 

「そう言われて素直に出すとお思いですか? どうしても出たければ、ご自分の力で脱出してみせなさい」

 

 あの余裕の物言いだ。今、ジーレイを狙えば手傷を負わせられるかもしれない。

 

連牙弾(れんがだん)!」

 

瞬氷閃(しゅんひょうせん)!」

 

 そんな思惑でソシアと共に、彼の背後から冷気を帯びた矢と、風を圧縮した弾丸を発射した。

 

「惜しかったですね」

 

 だが、意図に反してジーレイは難なく宙返りで避けてみせる。着地した後も余裕の笑みのまま。

 死角からの射撃を回避してみせるとは恐ろしい男だ、ジーレイ・エルシード。ローブを着込んだ魔術師のくせにこの身のこなしとは、もはや反則である。

 

「あの剣士から仕留めるつもりでしたが、飛び道具を持つあなた方から先に始末したほうが良さそうですね。別に逃げても構いませんよ。……逃げられれば、の話ですが」

 

 不意にジーレイから笑みが消えた。それと共に彼は一瞬ではあったが、ここまでで感じたことのない気迫を放った。

 

「誤解で倒されるのは不本意なんだがな……」

 

「マリナさん、どうしましょう……?」

 

「まずはジーレイに攻撃を当てなければならない。とにかく撃ちまくる!」

 

 二丁拳銃とビット仕掛けの弓が唸りをあげる。これでもかというくらいに弾丸と矢を放つが……。

 

「無駄ですよ。……紅蓮(ぐれん)(ほう)。宿るは加護の聖炎。バーニングベール」

 

 ジーレイを中心に炎の波動が生みだされ、攻撃を全て防がれてしまった。それどころか炎の波動はこちらに迫り、私達の身を焼いた。

 

「ぐっ……!?」

 

「きゃあああっ!!」

 

 ゾルクを襲った炎の玉など比にならないほどの火力。波動はすぐに身体を通り抜けたが、被害は尋常ではない。

 

「何度でも申し上げましょう。僕に攻撃を加えようとしても、無駄です」

 

「攻防一体の魔術か……なかなかズルいな……!」

 

「このままだと私達……本当に負けてしまいます……」

 

 勝機を見出せないまま時だけが過ぎていく。こちらが悩む間にも、ジーレイは次に繰り出す魔術の詠唱を始めていた。

 

「マリナ! ソシア! くそっ、早く加勢しないと二人が危ない! でも、どうやって脱出すれば……」

 

 ゾルクは土壁に拳を叩きつけ、私達の名を叫ぶ。しかし、そんなことをしてもどうにもならない。当然、彼もわかっていた。そうして焦りだけが募る中。

 

「……あ、そうだ! 一か八か、これで!」

 

 ついに何かを閃いたようだ。行動へ移ることに迷いはなかった。力の限りを以て土壁に両手剣を突き刺す。

 

重絶掌(じゅうぜっしょう)っ!」

 

 硬化した土に食い込んだ両手剣からは圧力が放射され、壁の厚さの半分ほどをえぐり吹き飛ばした。でも、まだ外には出られない。

 

「続けて、真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)!!」

 

 両手剣にまとわりついた土を振り払うと今度は、剣圧による疾風の衝撃波を三度繰り出した。充分な厚さを失い耐久力の下がった土壁を、この奥義によって貫通するのだった。

 

「ふ~、なんとか出られた……」

 

 壁の中から、土煙と共にゾルクの脱出する姿が見えた。その光景を見ていたジーレイは落ち着いたまま静かに呟く。

 

「見たところ、今しがた放ったのは風の属性を持つ技のようですが……なるほど。力を一点集中できる技で壁を脆くし、その後に風属性の衝撃波で地属性の壁を相殺したわけですか」

 

「どうだ、ジーレイ! しぶとさなら負けないぞ!」

 

 両手剣を改めて握り直し、ゾルクは言い放った。が、ジーレイは怯みもしない。魔本のページをめくりつつ、溜め息交じりでゾルクに問いかける。

 

「しぶといのは結構ですが、お仲間は既に満身創痍です。あなた一人で、この状況をどうなさるおつもりですか?」

 

「そ、それは……」

 

 ゾルクは反論出来なかった。実際、ジーレイの言っていることは正しい。飛び道具さえ見切ってしまう彼に対してゾルクが剣撃を命中させることは、ほぼ不可能に近いからだ。

 

「こちらとしてもずっと遊んでいるわけにはいきません。あなた方にはそろそろ退場していただきましょう」

 

「そうはさせない! あんたを倒して、何が何でも話を聞いてもらう!」

 

 武器を振りかざし、ジーレイに狙いを定めて走り出すゾルク。急速に間合いを詰め、剣技を繰り出した。

 

突連破(とつれんは)!」

 

「おっと」

 

 三度の突きを浴びせようとするもジーレイはそれを軽々と避けてみせた。予想出来ていたことだが、すんでのところで回避されるのは、やはりもどかしい。

 間髪を入れずゾルクは、七連続で突く奥義を見舞う。

 

「まだまだ! 猛襲連撃(もうしゅうれんげき)!!」

 

「ですから、あなた一人でこの状況をどう覆すつもりなのです」

 

 突きの動きは(ことごと)く見切られた。剣先が紺のローブに触れることすら叶わない。……だが、これでいい。

 

「一人ではない!」

 

 この時。ジーレイの注意は完全に、ゾルクだけに絞られていた。

 

「む……!?」

 

 彼は背後から急速に接近する私に気付いた。が、もう遅い。

 低く屈んだ姿勢からの足払いでジーレイの動きを奪い、そのまま一回転。すかさず二丁拳銃を胴体に突きつける。

 

獅子戦吼(ししせんこう)!!」

 

 魔力弾を、獅子の頭を象った闘気として発射。咆哮(ほうこう)の如き銃声が辺りに響いた。ジーレイは抗えず吹き飛び、無様に地を転がるのだった。

 

「そんな、まさか……!」

 

 さぞ驚いたことだろう。ジーレイからしてみれば、自らが魔術で与えたダメージがまるで意味を成していないかのようにされていたからだ。

 事実、あの炎の魔術を受けてしまっては今のように俊敏に動くことなど出来はしない。そして、それをまともに食らった私は当然、攻撃など不可能な状態だった。……つい先ほどまでは。

 

「狩人の少女、治癒術を扱えるのですか。僕の詰めが甘かったようですね……」

 

 ソシアの服の胸部に装飾された菱形のビットが、柔らかな翠に発光する。ちょうど今、彼女は自身の傷を癒していた。その光景を目撃し、ジーレイは苦い顔で言葉を零したのだった。

 ジーレイの意識がゾルクに向いている隙に、私はソシアに治癒術をかけてもらっていた。そのおかげで戦線復帰し、やっとの思いでジーレイを攻撃できたのである。

 

「さあ、観念してもらうぞ」

 

 ゾルクは、這いつくばるジーレイから魔本を取り上げた。魔術師にとって詠唱用の魔本は命も同然。これでもう魔術は唱えられない。ジーレイは降参したらしく、ゆっくりと座り込む。抵抗する気配は一切なかった。

 

「ついに、エグゾアに(おく)れを取ってしまいましたか……。これでは僕の名も廃りますね」

 

 ずれた眼鏡を正しつつ悔しさを吐露した。……それはいいのだが、聞き捨てならない言葉を耳にした。すぐさまソシアが否定する。

 

「エグゾア……? ちょっと待ってください。私達はエグゾアではありません!」

 

「なんですって?」

 

 ジーレイは虚を突かれたようだった。

 ここで私は、とにかく一旦落ち着いて話をすることを提案。そして言葉を交わしていくうちに、耳を疑うような事実が判明した。

 

「俺達を、エグゾアの人間だと勘違いしてただって!?」

 

「はい」

 

「なんでだよ!?」

 

「野蛮な戦闘組織へ属している者にしては雰囲気がそぐわない、とは少々思ったのですがね。今までに僕を訪ねてきた人間にはろくな連中がいませんでしたから、今回もその限りだと決めつけてしまっていたのです」

 

 多少悪びれた様子でジーレイは語った。ゾルクに次いで私も質問する。

 

「過去に、エグゾアに襲撃されたことがあるのか?」

 

「幸いにも襲われたことはありません。ですが、これでも僕はセリアル大陸で名の知れた偉大なる魔術師。僕の力や命がエグゾアに狙われていても何らおかしくはありませんので」

 

「自分で自分を偉大と言うのか……」

 

 彼はすらすらと述べた。冗談なのか本気なのかわからない。この男、掴みどころのない人物のようだ。

 

「ジーレイさんが聞く耳を持たなかったのは、そういう理由だったんですね。用心していたからこそ起こった仕方のない出来事です。お二人とも、今回のことは水に流しませんか?」

 

「ソシア、そんな簡単に許していいのか? 正当防衛のつもりだったとしても、こっちはひどい目に遭ったんだぞ!?」

 

 心の広いソシアは許容したようだが、私は憤怒するゾルクと同意見。先ほどの戦いは避けようと思えば避けられたわけだし、よりにもよってエグゾアと間違えられたからだ。

 

「いやはや、本当にお詫び申し上げるほかありません。代償と言ってはなんですが、あなた方に尽力させていただきます。わざわざ僕を訪ねてきたのですから何かお困りなのでは? なんでもおっしゃってください」

 

 そう言ってジーレイは深々と頭を下げた。どうやら本当に誠意を込めて謝罪しているようだ。これにはさすがに怒りも収まり、騒ぐのをやめた。

 

「ああ、立ち話のままではいけませんね。どうぞ、遠慮なく僕の家へお上がりください」

 

 私達は誘われるがまま、小屋に入っていった。

 

 中は、魔術師らしく怪しげな物体が散乱していた。

 ひとりでに輝く水晶、用途不明な黒い鏡、怪しげな杖に装飾だらけの短剣、緑の火を灯したロウソク、骨の首飾りやコウモリの羽を用いたペンダント、謎の液体に浸けられた瓶詰めのトカゲに昆虫、翼の生えた死神の像と意味深に描かれた魔法陣……。枚挙に(いとま)がない。

 特に驚いたのは本の数だ。フォーティス爺さんの屋敷もなかなかの蔵書数を誇るが、それに勝るとも劣らない。棚に入りきらない分は、適当なテーブルを占領して積み重なっている。

 ジーレイによると、これらの殆どが歴史や魔術や伝説に関連する古文書だという。一人で住んでいるのに小屋を大きめにしている理由は、ここにあった。

 

 余談はこれくらいにして、ついに本題を切り出す。

 エグゾアの世界征服、魔皇帝の呪い、世界の崩壊、そして救世主の存在。私はこれまでのことを事細かに話した。

 

「その話は本当なのですか」

 

 全てを聞き終えたジーレイの表情は険しい。

 

「事実だ。現にセリアル大陸は荒れていき、エグゾアも世界征服に向けて力を蓄えて着々と準備を進めている。そしてこれこそが、エグゾアが海底遺跡から引き上げたエンシェントビットだ」

 

 私はジャケットの内側から大事に取り出し、手近なテーブルに置いた。ジーレイは神妙な面持ちでそれを見つめる。

 

「……エンシェントビット。確かにこれは、本物のようですね」

 

 手にした資料と見比べたり魔力を感じ取ったりし、彼は確認を終えたようだ。だが、それでもまだ信用は得られない。

 

「エンシェントビットや海底遺跡、世界が分断されたこと、エグゾアの悪行などは存じています。ですが、魔皇帝の呪いや救世主の存在に関しては初めて耳にしました。僕はこれまでに膨大な量の情報を得てきましたが、そのような内容はどんな伝説や歴史書にも記されていません。……はっきり申し上げると、信じられない話です」

 

 ジーレイはきっぱりと言い切った。それに対しゾルクが口を開く。

 

「俺だって最初は、セリアル大陸の存在を信じられなかったさ。でもビットや魔術とかのおかげで嫌というほど思い知らされたよ。どれもリゾリュート大陸にいた頃には無かったものだし。だからあんたも、新しい情報は素直に信じたほうがいいよ」

 

「リゾリュート大陸にビットは存在しないのですか」

 

「そう言ったじゃないか」

 

 ゾルクの返事を聞くと、ジーレイは何かを考えるように口元を押さえた。暫しの間そうしたかと思うと、今度は私のほうを向いた。

 

「もう一つ、疑問に思っていることがあります。マリナに対しての事柄なのですが、答えていただけますか」

 

 私に対して疑問を? なんの心当たりも無かったため意表を突かれた。不意打ちが得意らしい。

 

「答えられる範囲であるのなら構わない。疑問とはなんだ?」

 

 質問を許可するとジーレイは、鋭利な眼差しとなった。

 

「あなたは何故、エンシェントビットを扱うことが出来るのですか?」

 

「……どういう意味だ?」

 

「本来エンシェントビットは、ごく僅かの限られた人間にしか扱うことが出来ないのです。それなのに、あなたはどうして……」

 

 エンシェントビットは使用者との相性が良ければ通常のビットと同様に念を込めることで使用できる、とフォーティス爺さんの屋敷の古文書には記されていた。なので私にとっては不思議な現象ではない。

 

「たまたま相性が良かったんだろう。思い上がっているわけではないが、現に私はエンシェントビットを正常に使用でき、その証拠としてゾルクをリゾリュート大陸から連れて来ている。それにジーレイの身に付けている知識が全てではないかもしれない。盗賊のグラムも、暴走こそしたがエンシェントビットの力を引き出していたからな」

 

 私の反応を見たジーレイは態度を(ひるがえ)し、当たり障りのない笑みを浮かべた。

 

「……そうですか。すみません。今の質問は忘れてください」

 

「いや、わかってくれればそれでいいんだ」

 

 問い詰めるジーレイの瞳の奥底に、尋常ではないものを感じた。彼の剣幕はなんだったのだろうか。自分の知り得る以外の出来事のせいで混乱している? いや、そんな簡単に取り乱すような人間ではないはず。結局、真相はわからない。

 

「そういえばゾルクさん、ジーレイさんにあれをお見せしないと……」

 

「あ、そうだった。ここに来る途中、スラウの洞窟で妙なものを拾ったんだよ」

 

 ゾルクはソシアの耳打ちを受けて思い出したようだ。自分の道具袋から、手の平に収まる程度の小さな物体を摘まみ出す。そしてジーレイに手渡した。

 彼が物体をじっくりと観察する傍らで、ソシアが問いかける。

 

「この物体がなんなのかわかりますか?」

 

「これは……エンシェントの欠片ですね。エンシェントビットほどではありませんが膨大な魔力を秘めています。これを洞窟のどこで?」

 

「ゾンビの体内に紛れていたのをマリナさんが見つけたんです」

 

 ソシアの言葉を聞いて、ジーレイは不可解だと言いたげな顔をした。

 

「おかしいですね。エンシェントの欠片とは、大昔に栄えた大国が使用した神器の欠片のこと。今となってはとても貴重なものです。そんなものがゾンビやモンスターの体内から現れるなど到底ありえません」

 

 ということは、やはり人為的なものなのだろうか。その線で考えられることといえば……エグゾアの人体実験だ。まさかエグゾアは、スラウの洞窟を実験の場にしていた? 私の予想は尽きない。ゾルクやソシアも同様に頭を抱えている。

 

「ところで、あなた方の当初の目的は果たせたのですか?」

 

 ジーレイのこの言葉で皆、はっと我に返った。エンシェントの欠片について悩んでいる場合ではない。よくよく考えてみれば、私達は八方塞がりの状態だ。

 

「……いいや。どうすれば救世主が魔皇帝の呪いを解いて世界を救えるのか、具体的な内容を知りたかったんだ。頼りにしていたジーレイが何も知らないとなると、お手上げだ」

 

「ではひとまず、エンシェントビットを海底遺跡へ再び封印することを、今後の目的としてみてはいかがでしょうか」

 

「元の場所に戻せば丸く収まるかもしれない、というわけか。単純だが説得力はある」

 

 何もわからない以上ジーレイの言う通り、再封印を目指すしか無いようだ。

 

「二人とも、それでいいか?」

 

「もちろん! 可能性がありそうなら、何でもやってみるべきだよ」

 

「私もそう思います」

 

 ゾルクとソシアは笑顔で頷いてくれた。

 期待していた状況とは違うが、それでも私達は挫けるわけにはいかない。何としてでも世界の崩壊を防がなければ。

 これでジーレイへの用事は終わった。小屋から去るため、私は別れの挨拶を切り出す。

 

「済まなかったな、ジーレイ。色々と迷惑をかけてしまった」

 

「いえいえ、お互い様ですよ。今後は僕がお世話になりますので」

 

「……ん?」

 

 どういうことかさっぱりだったが、すぐにわかった。

 

「あなた方の旅に同行させていただきます」

 

 突然の宣言に一瞬、皆の時間が止まった。

 

「……ええー!? どうしてあんたが俺達の旅に!?」

 

「あなた方と僕とでは情報に食い違いがあります。真実を、僕自身の眼で確かめる必要がありそうですので。それに僕は、あなた方に尽力すると申し上げました。問題ありませんよね」

 

 理由が強引で少々自己中心的である。しかしジーレイの頭脳と魔術は、旅の中できっと活躍するだろう。そう考えると悪い申し出ではなかった。

 

「確かに問題は無いな。ジーレイほどの魔術師が加わってくれれば、こちらとしても心強い。よろしく頼む」

 

「そうですね。頼りにさせてもらいます、ジーレイさん」

 

「ええ、お任せください」

 

 私とソシアは快く受け入れた。それに対して、ゾルクはあまり乗り気ではないらしい。

 

「なんか、半ば無理矢理だよなぁ……」

 

「細かいことを気にしてはいけません。それに僕は必ず、あなた方のお役に立ちますよ?」

 

「わ、わかったよ。それじゃあ、これからよろしく」

 

 余裕と威圧の混ざった不敵な笑みに見つめられて結局、丸めこまれたようだ。そして、ゾルクとジーレイは握手を交わした。

 

「改めまして、偉大なる魔術師のジーレイ・エルシードです。今後とも、どうかよろしくお願い致しますね」

 

 晴れてジーレイが私達の旅に加わることとなった。たまに腹の底が読めなかったりするが、悪人ではないことは確かだ。世界を救うため、共に頑張ってもらいたい。

 

「……ところでさ、ジーレイ。一つ気になることがあるんだ」

 

「どうぞ、おっしゃってください」

 

「エンシェントビットを海底遺跡に封印した後、俺がリゾリュート大陸に戻れる可能性ってあるのかな?」

 

 妙にそわそわしながらゾルクは問いかけた。どうしても聞いておきたかったことらしい。この問いに対し、ジーレイは……。

 

「それは……」

 

 何とも言えない笑みを浮かべたまま口を開き……。

 

「…………」

 

 開けっ放しにしたまま、声を発さなくなった。

 

「何か言ってくれよ!」

 

 たまらず、ゾルクは泣きつくように叫ぶ。それほど希望が無いことを察したようでもあった。

 

「元の世界へ帰還する方法……出来る限り探ってみますが、あまり期待はしないでください」

 

 やっと返事をされたが、願った通りの答えが来ずゾルクは落胆した。そんな彼の姿を見かねたソシアが近寄り、無言で彼の背に手を当て慰める。しかし私は事前に告げておいたはずだ。ここで泣き言を吐き出されても困る。

 

「セリアル大陸へと時空転移する前に、戻れる保証は無いと念を押しただろう? お前はそれを承知でこちらに来たんだ。今さらガタガタ抜かすんじゃない」

 

「た、確かにそうだけどさ……。やっぱり、出来ることなら戻りたいんだよなぁ……うぅ」

 

 改めてゾルクの涙ぐんだ顔を覗くと……さすがに、どうにも可哀想な気持ちになってきた。

 ヘタレなこいつを普段から叱咤(しった)している私だが、心の底から鬼なわけではない。辛く当たるのをやめ、彼の意思を受け入れることにした。

 

「……ゾルクの『帰りたい』と想う気持ち、考えてみれば人間として当然のことだったな。言い過ぎてしまって悪かった。私も、お前が帰還する手段を一緒に探すとしよう」

 

「私もゾルクさんの助けになります。リゾリュート大陸に戻る方法、きっと見つかりますよ!」

 

「マリナ、ソシア……! ありがとう……!」

 

 鼻をぐすぐす言わせ、彼は絞り出すように感謝を述べた。みっともない姿を披露しているが、ゾルクにとってはそれだけ重大な問題だということである。

 今はまだ何の方法も見つかっていないが、いつかゾルクがリゾリュート大陸に戻れることを願っておく。



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第11話「魔剣(まけん)鮮筆(せんひつ)」 語り:ゾルク

「標的が倒されているわ」

 

 スラウの洞窟で声を響かせたのは、真紅の長髪をなびかせ、髪と同じ色のバトルドレスを身に纏った妖艶な女。手には、身の丈に匹敵するほど巨大な筆を掴んでいる。

 

「ナスターの尻拭いというだけで腹が立つ上に、剣も振るえないのか。これは拷問か?」

 

 女の隣には、漆黒に身を染めた短い黒髪の男。退屈そうにぼやきながら、焼けて残骸となったゾンビの山を睨みつけている。

 

「文句はナスターに直接言いなさい。手間が省けたわけだし、さっさと回収して帰還しましょう」

 

 女は巨大な筆を操って地に文字を描く。すると、どこからともなく突風が吹き荒れ、ゾンビだった残骸を粉微塵にした。跡には何も残っていない。

 

「……見当たらないわ」

 

「なに? 燃えカスと一緒に吹き飛ばしたんじゃないのか」

 

「そんな馬鹿みたいなミスはしないわ」

 

 二人は周辺を探し始める。しかし目当ての物は一向に見つからない。

 

「ゾンビ達を倒した何者かが、知ってか知らずか持ち去ったとしか考えられないわね」

 

「ちっ、面倒だな」

 

 どうやら二人にとって思わしくない状況のようだ。特に男のほうは心の底から億劫がっている。

 そこへ、暗闇の奥から人型の腐肉……ゾンビが姿を現した。数は、たったの一体。残骸となっていたゾンビ達の仲間である。腐臭を撒き散らしながら二人に近づいていく。

 

「喰ワセロ……」

 

「どけ」

 

 男は紫の眼を鋭く光らせた。

 左手の平に黒い渦を作り出して内部に右手を突っ込む。渦から何かを引き抜いたかと思えば、いつの間にかゾンビは斬り伏せられていた。右手に握られていたのは∞の字に交差した刃を有する、禍々しいオーラを放つ魔剣。事が終わるとまた左手で渦を生み、魔剣を片付けた。

 一連の出来事を平然と見つめ、女は男に声をかける。

 

「スラウの森へ行きましょう。持ち去った者がいるかもしれないわ」

 

「ああ。ならば俺は、そいつが強者であることを願うとしよう」

 

「あなたは本当に戦うことばかりね。エグゾアらしいと言えばらしいけれど」

 

 女は呆れ気味に呟く。しかし男は本気で発言した模様。瞳は、血に飢えた獣のような獰猛さを秘めていた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第11話「魔剣(まけん)鮮筆(せんひつ)

 

 

 

 あれから俺達はジーレイの小屋に泊めさせてもらい、次の日の朝を迎えた。おどろおどろしい魔術道具に囲まれて眠るのは非常に恐ろしかった。変な呪いにかかっていないことを切に願う。

 出発の支度をし、全員が小屋の外へ出る。それを見計らって、ジーレイがおもむろに口を開いた。

 

「準備はよろしいようですね。では、出発しましょう」

 

「ああ。向かう先は、エグゾアセントラルベースだ」

 

 マリナが発した言葉、エグゾアセントラルベース。話し合った末に決定した、次の目的地だ。その名の通りエグゾアの主要基地であり、過去にマリナが過ごしていた場所でもある。基地の存在は一般には知られていないらしく、エグゾアに属する人間しか出入りできないようだ。

 エンシェントビットを再び封印するためには海底遺跡に辿り着くための手段が必要。もちろん俺達は海の底へ行く手段を持っていないため、どこかから調達しなければならない。そこでマリナが出した案は、エグゾアがエンシェントビットを引き上げる際に用いた潜水艇を奪って利用する、というものだった。

 潜水艇というのは水中に潜れる船のことらしいが、そんなもの見たことも聞いたこともない。しかし潜水艇があるからこそ現在、色々あって俺がセリアル大陸にいるわけなので信じるしかなかった。

 

「エグゾアの本拠地か……。このまま行って平気なのかな?」

 

「敵の真っ只中に飛び込むわけですもんね。とても心配です……」

 

 俺と同じようにソシアも恐れをなしているようだ。マリナは俺達を安心させるためか、優しく語りかけてくれた。

 

「なに、臆することはない。確かに強敵はいるが、それなりの用意をして尚且つ注意を怠らず、隠密を心掛ければ大丈夫だろう。戦闘員と遭遇しても、みんなの腕前ならきっと切り抜けられるはずだ」

 

 ソシアから曇った表情が消え去り、俺も少し気が楽になった。

 ついでに、マリナでもたまにはトゲが取れるものなのかと驚きもした。なんとなく昨夜から俺への対応の仕方が穏やかになった、ような気がする。このままでいてくれればいいのに。でも……。

 

「ずっと優しいマリナ、ってのも気持ち悪いかもなぁー」

 

「ほーう?」

 

「あっ」

 

 心の中で発したつもりが、口が緩み外に出てしまっていた。失態を自覚した瞬間、背筋が凍りつく。恐る恐る目線を横に向けると、そこには額に青筋を立てるマリナの姿が。

 

「私は確かに冷たい態度を見せることが多い。このままではいけないと思い改善しようと密かに考えていたが、どうやらお前にだけは厳しいままでも問題ないようだな……!」

 

「え、えっと、その……ごめんよぉっ!!」

 

「許さん! こら待て、ゾルク!!」

 

 最速で逃走する俺。全力で追走するマリナ。余所から見ればただの喧嘩にしか見えないだろうが、俺は今まさに命の危機にさらされていた。マリナはかんかんに怒っている。トゲがどうこうのレベルではない。額から二本の角を生やした状態だ。捕まれば……死ぬ……!!

 

「二人はいつも、ああなのですか?」

 

「はい。昨日も、ジーレイさんにお会いする直前に喧嘩していました。それほど仲が良いんだと思います」

 

「なるほど。これから僕は、賑やかな旅を体験することになりそうですね」

 

 ソシアとジーレイは楽しげに会話していたようだが、マリナから逃げることに精一杯の俺は、それを気にするどころではなかった。

 

 

 

 小屋を出発して歩む最中。真っ先に気付いたのはソシアだった。

 

「あれ? 森と洞窟の境目に誰かいます」

 

 境目とは、スラウの森の出口とスラウの洞窟の入り口を繋ぐ、隙間の草原のこと。そこに二人分の人影を確認した。

 一人は、夜のような闇色の服に身を包んだ短い黒髪の男。もう一人は、ビットの装飾がなされた巨大な筆を携え、鮮血色のバトルドレスを纏った妖しい雰囲気を漂わせる女。

 

「そんな……!?」

 

 マリナも同じように姿を見たようだが、様子がおかしい。驚愕の表情を浮かべていた。

 

魔剣(まけん)のキラメイに鮮筆(せんひつ)のメリエルだと!? 六幹部の一員がなぜこんなところに……!」

 

「六幹部って?」

 

「エグゾアには、総司令直々の命令で動く六人の実力者が存在する。あそこにいるのはその内の二人、『魔剣のキラメイ』ことキラメイ・エルヴェントと、『鮮筆のメリエル』ことメリエル・フレソウム。先ほど話に出した『強敵』だ」

 

「強敵……! 心の準備も出来てないのに、そんなのが目の前にいるのかよ……!?」

 

 黒い男と紅い女の服の左肩には、物々しさを感じさせるエンブレムが描かれていた。おそらく、エグゾアを象徴する紋章なのだろう。

 メリエルはわかりやすく大きな筆を持っているが、キラメイは『魔剣』の二つ名に反して何も携帯していない。どこかに武器を置いてきたのだろうか。

 そんなことを考えている内に、向こうもこちらに気付いたようだ。俺達との距離をゆっくりと縮める。

 

「誰かと思えば、一年前にエグゾアを抜け出した裏切り者の武闘銃撃手(ぶとうじゅうげきしゅ)、マリナ・ウィルバートンか。何故ここにいる?」

 

「後ろにいるのはもしかして……噂の魔術師、ジーレイ・エルシードかしら? こんなところでお目にかかれるなんてね」

 

 声を発するだけで、ただならぬ威圧感を発する二人。対抗するかの如くマリナは声を張り上げた。

 

「六幹部よ! 総司令がやろうとしていることがどういうことか、わかっているのか!? もはや世界征服どころではない。このままでは二つの世界が崩壊するんだぞ! 魔皇帝の……」

 

「魔皇帝の呪いによって、かしら? ウフフ……総司令は正しいわ。あなたが心配する必要なんて無いの。同行しているところから察してジーレイ・エルシードに助けを乞うたみたいだけれど、そんなことをしても無意味なのよ」

 

 メリエルは冷笑し、マリナの言葉を否定した。この態度にはソシアも我慢ならなかったようであり、必死に訴えかける。

 

「言っていることが盲目的です。もっとよく考え直してみてください!」

 

「ご忠告、どうもありがとう。でもそうする必要性は感じないわ」

 

 しかし真っ向から否定された。何の効果も無かったようだ。

 そして今度は、キラメイが睨みつけてくる。

 

「洞窟のゾンビどもを倒したのはお前達か?」

 

 キラメイのぎらついた眼は俺を圧迫するかのようだった。同時に、何か期待のようなものも感じられる。その眼差しに困惑しつつも負けじと、毅然とした態度でキラメイに言い返してやった。

 

「ああ。俺達が倒したさ。それがなんだって言うんだ」

 

「そこで欠片みたいな物を拾っただろう。こっちに引き渡せ」

 

 欠片みたいな物とは、きっとエンシェントの欠片のことだろう。でも何故エグゾアがそのことを知っているのか。まさか、あのゾンビの群れにはエグゾアが関与していた……?

 強引な物言いのキラメイをものともせず、マリナは堂々と言い切る。

 

「エンシェントの欠片のことか? それなら断る。理由は知らないが、エグゾアが欲しているとなれば渡すわけにはいかない!」

 

「ククク……そうか、そうだよな。なら話は早い。戦え、この俺と!!」

 

 キラメイは(はな)から交渉する気など無かったようだ。邪悪な笑い声をあげると、おもむろに左手の平を自分の前に持っていき、闇の渦を生み出した。渦の中に右手を忍ばせ、ぐっと力を込めて引き抜く。

 その手に握るのは、∞の字に交差した刃を有する禍々しい黒の魔剣。長さは並みだが剣幅は広く、見る者を圧倒するかのようだった。

 常軌を逸する行為を見せつけられ、俺は呆気に取られる。しかしキラメイはお構いなしに魔剣を振りかざした。

 

「突っ立ったままとは、余裕だな!!」

 

「……くっ!?」

 

 間一髪だった。はっと我に返った矢先、目前には黒き刃。ギリギリでバックステップを行い、振り下ろされた魔剣から逃れることができた。……直後、足元がもつれて不格好に尻もちをついてしまったわけだが。

 

「おい、平気か!?」

 

 マリナの心配する声が聞こえる。すぐに立ち上がり、心配ないことを知らせた。それと同じくして背の鞘から剣を引き抜き、両手に握る。

 

「大丈夫、これでも俺は救世主なんだ。強い相手だろうと戦わなきゃいけないんなら、やってやる!」

 

「……ほう。そうか、救世主か。お前が救世主として選ばれた者なのか……!」

 

 俺が救世主であることをしつこく確認するように、キラメイは目を見開いてにやりと笑った。……邪悪な笑みとは、今のキラメイの表情を指すのだろうか。他に形容する言葉が見つからないが、彼の顔はそれで満ちていた。

 キラメイは右手で軽々と魔剣を振るい、切っ先をこちらに向ける。

 

「俺の名はキラメイ・エルヴェント。魔剣のキラメイだ。お前、名はなんという?」

 

「ゾルク・シュナイダーだ!」

 

「ゾルクというのか。ククク……楽しませろよ、救世主ゾルク!!」

 

 そう叫ぶや否や、キラメイは真正面から斬りかかってきた。俺も真っ向から対抗し、魔剣をなんとか受け止めてみせた。しかし押し返すことが出来ず、鍔迫り合いの状態が続く。

 

「キラメイったら、勝手に始めるなんて。でも結局は力ずくで奪うしかないみたいだし、あまり関係は無いわね。……じゃあ、こちらも始めましょうか!」

 

 ついにメリエルも行動を開始した。大筆(たいひつ)を器用に振り回し、緑色に光る線で地に何かを描き始める。その動きはまるで文字をなぞるかのよう。

 ためらいながらもソシアは矢を番える。

 

「戦いたくないけれど、来るのなら……!」

 

「やるしかないな。現時点で六幹部を相手取ることに気掛かりは多いが……」

 

 同意するマリナは懸念を交えていた。その真意をジーレイが見抜く。

 

「戦闘経験値や術技の熟練度が心許ないのですね。特にゾルクの。しかし今更どうにもなりません。気を引き締めて参りましょう」

 

 不安に包まれながら、とうとうエグゾア六幹部の二名との戦いが始まった。

 

「この私、鮮筆のメリエルの筆術を、とくと味わいなさい!」

 

 瞬く間に描かれたそれは、緑色の「風」の文字。完成と共に輝きを放ち、直後に消滅した。……ただそれだけなのか?

 

「巻き起こりなさい。グリーンゲイル!」

 

 と思っていると、突如として俺達の周囲に烈風が巻き起こる。俺は術の発動地点から離れているため影響は少なかったが、他の三人には直撃していた。広範囲に及ぶ烈風から誰も逃れることができず、吹き飛ばされて地に打ちつけられてしまった。

 

「みんな!!」

 

「ご安心を。これしきの事では、やられません」

 

 俺の叫びにジーレイが反応した。致命傷を負った様子はない。しかしメリエルの先制攻撃に面食らったのか、彼は苦い表情を浮かべている。

 

「ジーレイに一撃を見舞うとは……。流石は鮮筆のメリエルと言ったところか」

 

「大筆を振り回してから術の発動までが早過ぎます……」

 

 続いて起き上がったマリナとソシアも、それほどダメージを受けていないようだ。だがジーレイと同じく、二人はメリエルに対して脅威を感じていた。

 

「今のは、ほんの挨拶代わりよ。さあ、かかっていらっしゃい!」

 

 メリエルは余裕を見せつつ大筆を振り回し、再び術を発動する態勢をとっている。

 

「文字を描くあの魔術、相当やばいな……!」

 

「余所見をしている場合か? ……はあっ!!」

 

 鍔迫り合いの最中、一瞬だけ俺の押し返す力が緩んでしまった。キラメイはこの好機を逃さず押し切り、俺の両手剣を強引に振り払う。それだけでなく、斬撃によって生じた衝撃波を放って追い討ちを仕掛けてきた。

 

魔神剣(まじんけん)!!」

 

「させるかぁっ! 裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 いいようにやらせるわけにはいかない。

 魔神剣(まじんけん)と同種の飛び道具系の剣技――裂衝剣(れっしょうけん)を放ち、衝撃波を相殺することに成功する。が、威力は魔神剣(まじんけん)の方が上回っていたようであり、裂衝剣(れっしょうけん)の衝撃波を飲み込む形で打ち消し合った。その様を見て、俺は焦る。明らかな力の差を見せつけられたかのようだった。

 状況は芳しくない。これを打破しようとすべくジーレイが指示を出す。彼の顔に、俺達との交戦時に見せていた余裕の笑みは無い。

 

「ソシアは、ゾルクを援護する形でキラメイの相手をしてください。マリナと僕はメリエルを狙います」

 

「了解だ!」

 

「任せてください!」

 

 各自、即座にペアを組んで二人の幹部に立ち向かっていく。

 ジーレイが魔術の詠唱を開始し、マリナがメリエルへと特攻する。対するメリエルは大筆を振るい、赤色の絵具で「火」を描いていた。

 

「焼かれてしまいなさい。レッドアグニス!」

 

 術名を叫び、発動したのは長く尾を引く幾つもの炎。それらはマリナを取り囲み、進路と退路を奪って段々と収縮していく。あたかも標的を拘束しようとしているかのようだ。しかしマリナは動揺することなく。

 

「見切った!」

 

 幾つもの炎をギリギリまで引き付けたところで真上に飛び上がり対処する。長い炎はそれぞれと衝突し、消滅していった。

 

「続けて、通牙旋墜蹴(つうがせんついしゅう)!」

 

 回避に成功したマリナは、空中に飛び上がったまま反撃に転じた。上体をひねり右脚に全力を込め、下方にいるメリエルへと蹴りを見舞う。もちろん宙に浮いているので蹴撃が届くことはない。

 しかしマリナの思惑は蹴撃そのものを喰らわせるのではなく、蹴りにより生じた衝撃波をぶつけることだった。メリエルは回避せず、大筆を地に突き立てて衝撃波を凌いだ。

 

「この程度、余裕で……何!?」

 

 だが、衝撃波は一発だけではなかった。

 実は一度目の蹴りの後、マリナはさらに体を回転させてもう一度右脚を振るっていたのだ。凌ぎ切ったと誤解したメリエルは大筆による防御を解いていたため、二発目の衝撃波をもろに喰らってしまった。軽く吹き飛ばされるが、受け身を取ることで難なく着地する。

 

「……ふぅん。ただの戦闘員だったくせをして、なかなかやるじゃない」

 

「六幹部を相手に油断する気は無いからな。全力を出すに決まっている」

 

「ウフフ、そうなの? 必死な姿、可愛いわね」

 

 挑発に耳を貸さず、マリナは銃撃を行う。しかしメリエルは軽快なステップで弾丸を避けていく。そして器用にも回避運動を行いつつ「闇」の文字を描き始めた。

 

「潰すわよ。ブラックキューブ!」

 

 ジーレイの頭上に、闇が凝縮されたような黒の立方体が出現した。大人十人程度なら難なく圧し潰せそうなほどの大きさをしていたが、ジーレイは落下地点を予測して見切り、難を逃れた。しかしこれでは魔術の詠唱がままならない。

 

「これはいけませんね。マリナがどうにかしてくだされば助かるのですが」

 

「無茶を言ってくれる。だが、応えるしかないな!」

 

 要請を受け、マリナは意を決してメリエルに突撃する。

 

秋沙雨(あきさざめ)! ガンレイズ!」

 

 至近距離から、まずは魔力弾を十連射。次に両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射した。近くからこれだけの銃技を繰り出せばメリエルも対処しきれない、とマリナは睨んだのだろう。

 現にメリエルは回避を行うも全ては避け切れず、それなりのダメージを負っていた。しかし彼女はエグゾアの幹部。ただでは傷つかない。

 

「不用意に近づき過ぎよ! 風神線(ふうじんせん)!」

 

「ぐうっ!!」

 

 大筆の石突き部分を用いて、瞬速の突きを繰り出した。メリエルの言葉の通り突出し過ぎていたマリナは、腹部に直撃を貰ってしまい突き飛ばされる。

 

「勢いは良かったのに、これでおしまいね」

 

「いいや、まだだ」

 

 余裕綽々なメリエルを前にしても、マリナは冷静なまま。その理由はすぐにわかる。

 

「……至天(してん)(さい)浄光(じょうこう)をその身に刻め」

 

 マリナとメリエル以外の声が割り込んできた。

 

「なっ!? しまった、詠唱阻止を怠るなんて……!」

 

 メリエルは、一時的ではあったがジーレイの存在を失念していた。マリナの攻撃はただの(おとり)。真意は、ジーレイの魔術を確実に発動することにあった。そして彼の詠唱は終了し、思惑通りに事は運ぶ。

 

「フォトンニードル」

 

 ジーレイの目前に大きな円が出現し、瞬く間に複雑な魔法陣が書き込まれていく。完成した魔法陣からは光の針が矢の如く飛び出した。針の数は数えられる程ではなく、横殴りの雨のようにメリエルを襲う。大筆を盾のようにするが防ぎ切れるはずもない。

 

「くっ……小癪(こしゃく)な真似をするわね!」

 

 憤慨するメリエルを余所に、今が好機だと言わんばかりに急接近するマリナ。

 

裂砕斧(れっさいぶ)!!」

 

 よろめくメリエルに喰らわせたのは、左脚を軸とした二連続の後ろ回し蹴り。一度目で彼女の腹部を思い切り蹴り抜き、二度目もまた同じ部位を目掛けて豪脚を見舞った。

 斧を振り回すかのような脚技を受け、メリエルは悲鳴をあげることもできないまま、たまらず膝を屈する。

 

「さて、この辺でお引き取り願えると助かるのですが」

 

 ジーレイは魔本を開きページを光らせている。いつでも魔術を発動できる状態で、にこやかに警告を発した。

 

「……いいでしょう。エンシェントの欠片、今はあなた達に預けておいてあげる。けれど次こそは必ず取り返してみせるわ」

 

 撤退を余儀なくされたメリエルは、大筆を大きく振るって色とりどりの絵具をカーテンのように引き、身を包んだ。間もなく絵具のカーテンは消滅したが、その中にメリエルの姿はなかった。

 

「大人しく撤退していただけたようですね」

 

「だが、メリエルはエグゾアの誇る六幹部の一員だというのに、やけにあっさりとケリがついてしまった。……妙に違和感が残る」

 

 敵を退けたというのに、マリナはこの状況を不可解に思うのだった。しかし今は、ゆっくりと考え事をしている場合ではない。

 

「詮索は後にしましょう。まだキラメイが残っているはずです」

 

「そうだ、ゾルクとソシアは……!」

 

 ジーレイに指摘され、マリナは気付いた。辺りを見回すが、俺とソシアとキラメイの姿は無い。分担して戦っているうちにはぐれてしまったようだ。

 

「スラウの森の奥へと行ってしまったのかもしれません。早急に見つけ出し、加勢しましょう」

 

「ああ!」

 

 即決し、二人は走り出した。

 

 

 

 少しだけ時間を遡る。

 俺とソシアは作戦に従い、キラメイと交戦。……が、はっきり言って悪戦苦闘していた。この黒衣の魔剣士は、俺達二人で戦うには荷が重過ぎる。紛うことなき「強敵」だった。

 

飛炎閃(ひえんせん)!」

 

「甘い、虎牙破斬(こがはざん)! ……俺にそんなものは効かんぞ。舐めているのか?」

 

 ソシアの放った炎の矢でさえ、持ち前の剣技によって叩き落とす。キラメイはさも当然のように振る舞うが、こんな芸当は尋常ではない。俺達は戦慄してしまう。

 

「二人がかりでこの程度のはずがないだろう。もっと力を発揮してみせろ!」

 

 キラメイは俺に対して執拗に剣撃を重ねる。一撃一撃を防御することで精一杯だ。

 そこへソシアが援護として矢を射りキラメイの邪魔をする。矢は斬り払われるが、俺への剣撃を途切れさせるのには有効だった。ソシアがこうしてくれなければ、俺は今頃キラメイに押し切られていたことだろう。

 恐れを感じつつも、両手剣を下段に構えて反撃に移る。

 

「うおおおお! 翔龍斬(しょうりゅうざん)!!」

 

 勢いをつけて飛び上がりながら、二連続の斬り上げを繰り出した。

 

「なんだそれは!」

 

「うわぁ!?」

 

 だが虚しく魔剣に防がれ、返しの一振りで弾き飛ばされてしまう。

 

「……弱い。弱すぎる。救世主とはこんなものなのか?」

 

「まだだ……まだ決着はついちゃいない!」

 

 両手剣を構え直し、キラメイの目前に立つ。しかし俺の体力と精神力は、キラメイの度重なる攻撃と狂気の混じった気迫によって、じわじわと削られていた。

 

「その心意気は褒めてやろう。だが俺には勝てん」

 

 容赦なく宣言するキラメイだが、どこか不服そうな顔をしていた。

 そこへ、上空から五本の矢が飛び込んできた。矢は風を纏い、軌跡は急な弧を描いている。放ったのは、言うまでもないがソシアである。

 

渦空閃(かくうせん)!」

 

 俺がキラメイの気を引く後ろで、ソシアは移動を繰り返しつつ中距離からの射撃を続けていた。だが、この弓技はあまり効き目が無いようだ。矢が迫っているというのに全く動じていない。そして、自身に降りかかる矢を魔剣で強引に振り払うと、つまらなさそうに呟いた。

 

「ちょろちょろとネズミのように小賢しい。先にお前から倒すとしよう」

 

 ゆらりとソシアの姿を捉え、突き刺すような眼差しで睨みつける。キラメイの視線は、この戦闘の中で一度も見せたこともない、異様なほどの殺気を含んでいた。

 

「ソシア、逃げるんだ!」

 

「は、はい!」

 

 俺は危険を知らせ、ソシアをキラメイから遠ざけようとする。しかし。

 

漆風閃(しっぷうせん)!」

 

 逃すまいと、彼は黒き風を纏って踏み込みながらの突きを見舞う。

 咄嗟に繰り出されたこの技に、ソシアは反応しきれていない。彼女は回避を諦めたのか膝をついて弓を体の前へと持っていき、キラメイの剣技を耐えようとした。しかしこんな防御の仕方では焼け石に水だ。きっと、ただでは済まないだろう。

 

「間に合えっ!!」

 

 頭で思ったことだが、同時に口から飛び出していた。

 全力で地を蹴り、ソシアの元へなんとか駆けつけて俺自身が盾となった。両手剣を大地に突き立て、キラメイの剣技を受け止めてみせたのだ。

 

「ゾルクさん!?」

 

「うおおっ……!!」

 

 烈風を伴う強力な突きを真っ向から防ぎ切る。その衝撃は、握った両手剣から俺自身へと伝わり、電撃のように身体を巡った。あまりの威力に、両手剣を突き立てたまま硬直してしまう。

 

「ほう、受け止めるか。ならば……!」

 

 ――キラメイは追撃してくるつもりだ。

 

 俺の後ろにはソシアがいる。避けるなんて出来ない。

 

 でも、再びキラメイの剣技を受け止める力は残っていない。

 

 ソシアに治癒術を唱えてもらう余裕もない。

 

 ここは、なんとしてでも反撃しなければ――

 

 一瞬の内に考え、すぐに答えは出た。だが、硬直した身体は言うことを聞かない。反撃は……不可能なのだ。

 

無導残壊剣(むどうざんかいけん)!!」

 

 体力が尽きかけて動けない俺を、キラメイの魔剣が襲う。

 一つ一つが重い、五つの斬撃。魔剣に闇の属性が備わっているのか、黒きオーラを放っている。衰弱しきった俺の精神を震え上がらせた。既に防御の体勢をとっていたため斬撃自体は両手剣で防ぐことができたが、闇の波動が剣越しに俺の全身を襲った。

 

「く……うぅ……!」

 

 もはや、立つ力など残らなかった。俺は小さくうめき、とうとう崩れ落ちてしまう。

 

「しぶとさに敬意を表して奥義を喰らわせてやったんだ、喜んでおけ。……それにしても救世主と定められた者の力がたったこれほどとは、期待外れだ。ゾルクと名乗ったな。お前は本当に世界を救うつもりなのか? あまりにも非力すぎる」

 

「非力でもなんでも……俺は救世主として選ばれたんだ。リゾリュート大陸とセリアル大陸で暮らしてるたくさんの人を破滅から救えるのは、俺しかいない。だからエグゾアなんかに……お前なんかに負けてたまるか……!」

 

 ――「負けてたまるか」。その気持ちは本物。しかし実際は武器も掴めず地面に這いつくばり、上がらない頭を無理やりに上げて睨みつけながら言い返すしか出来なかった。

 そんな無様な俺を見て何を思ったのか、キラメイは意外な言葉を口にする。

 

「余力など残っていないだろうに、まだ減らず口を叩けるのか。……だが窮地に立たされてなお強がるその態度、気に入ったぞ。この状況で命乞いをしなかったのは、お前が初めてだからな。それに免じて今回は見逃してやろう」

 

「なん、だって……!?」

 

「救世主ゾルク、お前には成長の見込みがある。次に会う時までに腕を上げておけ。でなければ俺は戦いを楽しめず、お前は死ぬ。……この助言、覚えておいたほうが身のためだぞ。ククク……!」

 

 狂気の入り混じった笑みを置き土産に、キラメイは俺達の前から立ち去っていった。

 

 

 

 スラウの森は静けさを取り戻した。マリナとジーレイの安否が気になるが二人を探す前に、俺はソシアに治癒術をかけてもらっていた。

 

「ゾルクさん、本当にごめんなさい。私がもっとしっかりしていれば、こんなことには……」

 

 俺を治癒するソシアの表情は、とても暗い。自分のせいだと思い込んでいるようだ。

 

「違う、ソシアは悪くないよ。俺が……俺が弱いから。キラメイにはああ言ったけど、このままじゃ世界を救うどころか、エグゾアにやられて何もかも終わっちゃうかもしれない」

 

 彼女を慰めるつもりが、逆に自分の気持ちの方が折れてしまった。

 

「そんなことはありません。ゾルクさんは身を呈して私をかばってくれました。実力で差があったとしても、それを補えるほどの強い心を、勇気を持っていると思います」

 

「……そうなのかな。あの時は無我夢中だっただけだし、今はこんなに弱気だし、自信ないよ。本当、俺って駄目な奴だ……」

 

 力の差が有りすぎたとはいえ、ボロボロにやられてこのザマだ。その上、情けをかけられ見逃された。いくらなんでも不甲斐なさ過ぎる。

 救世主であるとかそんなことの前に、一人の剣士として、男として、悔しくてたまらず……気付けば大粒の涙を零していた。ソシアは、何も語らずそっとしてくれた。

 それからしばらくも経たないうちに、誰かが駆け寄ってくる。

 

「ゾルク、ソシア! 無事か!?」

 

 マリナだ。彼女の後方にはジーレイの姿もあった。しかし涙で汚れた顔を見せたくなかったため、俺は二人に背を向けた。既にソシアには見られているので今さらではあったのだが。

 

「マリナさん、ジーレイさん! 私達は……なんとか無事です。メリエルは追い払えたみたいですね」

 

「ソシア達も、キラメイを撤退に追い込めたようだな」

 

 無事を確認し、マリナは胸をなでおろす。しかし俺は水を差すように言葉を返した。

 

「違うよ……。あいつの気まぐれで見逃されたんだ」

 

 俺はマリナに背を向けたまま。ソシアも顔を伏せる。

 

「そうだったのか……。戦闘狂のキラメイが相手をわざと見逃すとは、驚いた」

 

「……ははっ。ほんっと、救世主のくせに負けるなんて、情けないよな」

 

「私も、何も出来なくて……」

 

 しょぼくれる俺達に対し、マリナは次のように述べた。

 

「いや……二人とも、よく生きていてくれた」

 

 叱咤されるのを覚悟していたのだが、マリナから出てきたのは慰めの言葉。俺の予想に反したものだったため、しばし呆気にとられた。

 

「エグゾアは武力に重きを置く戦闘組織。どんな理由があったにせよ、その組織の幹部と戦って命に別条がないんだ。見事だと思う。それに……」

 

 そこまで言いかけると、マリナの口が止まった。ソシアが最後の言葉を繰り返し、彼女に尋ねる。

 

「それに……?」

 

「ゾルクもソシアも、私の大切な仲間だからな。生きていてくれて本当に良かった。ただそれだけだ」

 

「マリナがそんなこと言ってくれるなんて……なんだか照れくさいや。……けどさ、俺は救世主として失格だと思う。強さが足りないんだ……」

 

 唇を噛み締めて、悔しさを告白。これをじっと聞いた彼女は、優しく言葉をかけてくれた。

 

「失格なわけあるものか。『弱いから失格だ』と言うのなら、強くなれるよう努めればいいんだ。それに私は、お前に実力が無いとは思っていない。自信を持って本当の力を発揮できるように、頑張っていこう」

 

「マリナ……」

 

 顔を拭い、思い切ってマリナの方へと振り向く。彼女の表情を見た時、また涙が溢れそうになったが、それはぐっと堪えた。

 

「ありがとう」

 

 振り絞った声は震えていたが、それでもマリナには充分に伝わったようだ。

 

 

 

 

 

「……以上で報告を終了します」

 

 闇よりも深く広がる広間の中心には、玉座にも似た大層な椅子が。そこに鎮座する男に対し、キラメイとメリエルは(ひざまず)いている。彼らが今いる場所はスラウの森でも洞窟でもない。……俺達の目的地、エグゾアセントラルベースである。

 長々とした報告を述べ終えたメリエルと、その隣で沈黙を続けるキラメイ。大層な椅子に腰掛けている男は、二人に対し労いの言葉をかけた。

 

「わざわざご苦労だったね。エンシェントの欠片については問題ない。彼らに預けておくとしよう。ナスターには我からも注意しておくよ。でも収穫はあった。思ったより早く救世主と接触できたとはね。今後も何かあればお願いするつもりだから、その時はよろしく頼むよ」

 

「はい、なんなりと。では、私達はこれで失礼します」

 

 二人が立ち上がり、引き下がろうとした瞬間。男は不意に何かを思い出し、すかさず呼び止める。

 

「……おや? 待ちたまえ。救世主と共にいたという魔術師の名前、聞かせてくれないかい?」

 

 何故そんなことを訊くのか、などという疑問は特に持たずメリエルは淡々と答えた。

 

「ジーレイ・エルシードです」

 

「確か、類い稀なる魔術の知識と才能を活かしてセリアル大陸の発展を促しているという自称・偉大なる魔術師様、だったっけ。噂だけは耳に入っているよ」

 

「はい。近年、聞くようになった名前ですがこれまでエグゾアとの接触はなく、排除対象ではありませんでした。しかし救世主と合流しており我ら六幹部に敵対したのですから、もう野放しには出来ないかと」

 

「ふむ……」

 

 僅かの間だけ考え込んだ後、再びメリエルに問う。

 

「……念のために確認しておこう。ひょっとして彼の特徴は、銀髪に紫眼(しがん)、威圧感のある高い背、ひどく冷静で達観したような佇まい……とかだったりするのかい?」

 

「全て当てはまります」

 

 男は返事を受け取るや否や、度が過ぎるほどに眼を見開き、彼女を追求する。

 

「ほう……! 確かなのだね?」

 

「間違いありません」

 

「そうかい。ふふふ、そうなのかい……!」

 

 確証を得たのか、笑いを含みつつ納得を始めた。キラメイもメリエルも、彼のその様子には一切触れない。そしてメリエルは、ただ聞き返す。

 

「排除しますか?」

 

「あー、いや、別に何もする必要はない。現状維持でお願いするよ。今のところ、これ以上の注文はないね」

 

「承知しました。全ては、総司令の意のままに」

 

 藍色の長髪に、世にも珍しい山吹色の瞳。全身を包む白のマントには三か所、エグゾアを象徴するエンブレムが刻まれている。それがキラメイら六幹部を従える男――エグゾア総司令の容姿だ。

 

「それでは、これで」

 

「ああ。引き止めて悪かったね」

 

 二人が去り、広間には総司令と呼ばれた男ただ一人が残された。席に着いたまま独り言をぶつぶつと呟いている。

 

「偉大なる魔術師ジーレイ・エルシード……か。いやぁ~、まさかそんな手を使うなんて驚きだ! こちら側に居る可能性などゼロだと思っていたし、一本取られたよ。でも、これはいい。楽しみが増えてしまった。ふふふ……あははは……! あははははは……!!」

 

 彼は、闇に覆われた広間を埋め尽くすかの如く……壊れたように高笑いをあげ続けた。



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第12話「海原の彼方に」 語り:ソシア

 スラウの森と洞窟の狭間で偶然に遭遇した、エグゾア六幹部の一員『魔剣のキラメイ』と『鮮筆のメリエル』。私達が所持するエンシェントの欠片を狙い、彼らは戦いを仕掛けてきた。この苦難をどうにか乗り越え、事態は収束。私達は状況を整理することにした。

 まず、ゾルクさんが次のように述べる。

 

「あいつら幹部のくせに、マリナの脱走についてほとんど触れなかったな。脱走直後はエグゾアの本部から追っ手が差し向けられてたんだろ? なのに今は目もくれないなんて変だよ」

 

 続いてマリナさんも、腕を組みつつ口を開く。

 

「思えば、エンシェントビットを要求されなかったのも不自然だ。これほどの魔力の塊、エグゾアにとって未だ有用なはず。用済みになったとは考えにくいが……」

 

 私も自分なりの意見を伝えることにした。

 

「脱走者の処理より優先することがあるのかも……。それに、盗まれたエンシェントビットの回収は諦めて代替品としてエンシェントの欠片を集めている、という線はないでしょうか?」

 

 皆の意見を聞いていたジーレイさんが静かに呟いた。

 

「その可能性も考えられます。が、果たして本当にそれだけでしょうか。何かもっと別の、悪しき企みがあるような気がしてなりません」

 

 エグゾアの行動を理解できず、皆で頭を抱える。けれどもこのまま悩んでいても埒が明かない。そこでマリナさんが、これからの方針を提案した。

 

「奴らの目的はわからないが、エンシェントの欠片の収集は妨害したほうが良さそうだな」

 

「エグゾアより先に俺達が見つければいいんだよな! ……でも、どこにあるんだろう?」

 

 ゾルクさんだけでなく、マリナさんも私も欠片の在処を知るはずがない。どうしようもないと思われたこの問題は、ジーレイさんが解消してくれた。

 

「エンシェントの欠片の在処……それなら一か所だけ心当たりがあります。確かな情報ではありませんがね」

 

「それってどこなんですか?」

 

 私が尋ねると、ジーレイさんは穏やかな口調で答えた。

 

「芸術の町バレンテータルです」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第12話「海原の彼方に」

 

 

 

 大陸から離れ、西部に浮かぶ孤島。そこに存在するバレンテータル。セリアル大陸側の世界に住む人間なら誰でも知っている、芸術家の集う町だ。

 ジーレイさんは、エンシェントの欠片らしきものがバレンテータルのどこかに存在する、という噂を聞いたことがあるらしい。

 

「あくまで噂ですので詳しい場所も知りませんし、エンシェントの欠片が絶対にあるとは保証できません。それでも行きますか?」

 

「行こう! ちょっとでもエグゾアの企みを邪魔できるんなら、絶対にそうしたほうがいいよ!」

 

 ゾルクさんは即決し、マリナさんも静かに頷いて賛成した。もちろん、私も同じ思いだ。

 

「皆、賛成のようですね。ならば向かうことにしましょう。ですが期待はしないでください。いいですね?」

 

「そんなに釘を刺さなくても、わかってるって。それじゃ、バレンテータルに向けて出発だ!」

 

 こうして、エグゾアセントラルベースへ向かう前に、芸術の町バレンテータルを目指すこととなった。

 

 先述したように、バレンテータルは西の海の孤島にある。連絡船を利用しなければならないため、バレンテータルへの便が出ている港町ディクスまでやってきた。

 港で栄える市場は普段と変わらず、曇り空に負けない活気を見せている。そして港には幾隻もの魚船や商船が所狭しと並んでいた。

 連絡船のチケットはジーレイさんが購入してくれるらしい。「乗船口でお待ちください」とだけ言い残し、彼は発券所へ歩いて行く。ジーレイさんの優しさに甘え、私達は一足先に乗船口へ向かうことにした。

 

 私がこの町に別れを告げてから、あまり日は経っていない。もっと長いあいだ帰ってこられないと思っていたので、家に立ち寄らなくても少しだけ嬉しかった。

 

 ――ディクスにいると、どうしても頭に浮かぶ。

 

 この旅の主な目的は、エンシェントビットを海底遺跡に戻して世界の崩壊を防ぐこと。

 

 でも私にとっては、エグゾアに売られたお母さんの安否を知るのも同等以上に重要だ。

 

 絶対に見失わない大事な目的。

 

 けれど、お母さんは人体実験に使われたかもしれないのである。

 

 会えたとして……私を覚えているのだろうか。

 

 私は……お母さんに……

 

 気付けるのかな――

 

 

 

「ソシア、どうしたんだ?」

 

「えっ!?」

 

「すごく真剣な顔してさ」

 

 不意に、ゾルクさんが顔を覗き込んできた。思わず体をびくりと震わせてしまう。

 

「あの、私、そんな表情になっていました……?」

 

「なってたよ。……もしかして、お母さんのこと考えてた?」

 

「はい……」

 

 頭の中にあった不安が、表に出てしまっていたようだ。

 

「やっぱり……どうしても不安になるよね。俺達も、無責任に『大丈夫だよ』なんて励ましてあげられない。でも手伝えることは手伝うし、なんならいつでも話を聞くからさ。一人で抱え込んじゃ駄目だよ?」

 

「……ありがとうございます」

 

 まるで私の心を見透かしているかのような言葉をかけ、優しく接してくれた。そのおかげで少しだけ安心することができた。

 しかし、この流れを見ていたマリナさんは深刻そうに溜め息をつき、こう述べた。

 

「確かに私達はソシアに協力するが……ゾルクの場合、手伝っても足を引っ張るだけのような気がして心配でならない」

 

「いやいやいや、どうしてそうなるんだよ!? そりゃあキラメイに見逃されたし、戦いの面ではまだ頼りないかもしれないけどさ……それ以外については心配する必要なんてないよ!」

 

 ゾルクさんは必死に弁明する。その姿を見つめるマリナさんの眼差しは、どこか厳しい。

 

「空回りして、かえって邪魔をしてしまうのがオチだろうな。意気込みは感じられるが、いかんせん間抜けな部分が目立つ」

 

「うぐっ……。間抜けってこと前から気にしてるんだから、あんまり言わないでくれよ……」

 

「ヘタレよりはマシじゃないか?」

 

「どっちも嫌だよ!」

 

 二人が行う漫才のようなやりとりは見ていて飽きない。マリナさんは一見すると意地悪をしているかのようだが、あれで彼女なりにゾルクさんを見守ろうと努めているのだろう。そんな不器用な優しさを、私は感じ取った。

 

 乗船口へと辿り着いた。連絡船の周りでは、海鳥が潮風に乗って優雅に空を羽ばたいている。ジーレイさんは、まだ来ていない。

 

「セリアル大陸の海も広いなぁ。この前ディクスに来た時はすぐに出発したから、こんなにじっくり眺めるのは久しぶりだよ」

 

 ゾルクさんは海と足場を仕切る手すりに肘をつき、水平線の彼方を眺めていた。

 そんな彼の傍にマリナさんが近寄り、彼と同じような姿勢をとる。そしておもむろに会話を切り出した。

 

「リゾリュート大陸にいた頃にも海を見たことがあるのか?」

 

「幼い頃、育ての親のヘイルおじさんに連れて行ってもらったことがあってね。すっごく広くて青かったのを覚えてる。こっちの世界の海も、ほんっと広いなぁ」

 

「そうだな。そしてこの広い海と、もっと広い『世界』を救うのはお前なんだ。しっかり頼むぞ」

 

「……うん。わかってるさ」

 

 私は彼らから離れていたので何を話しているのかは聞こえなかった。でも喧嘩している様子はなく、むしろ和やかな雰囲気だ。なんだか二人はお似合いだと思ってしまう。姉と弟みたいで。

 やがて、発券所からジーレイさんが戻ってきた。その手には四人分の乗船チケットが握られている。

 

「揃っているようですね。まもなく連絡船が港を発つようです。乗船しましょう」

 

「わかった。ゾルク、行くぞ」

 

 船に乗るようマリナさんは促す。が、彼は手すりから離れようとしない。そして海原に目を差し向けたまま返答した。

 

「もうちょっとだけ、ここから海を眺めてたいんだけどなぁ……」

 

「船の上からでも目に焼き付けることは出来るだろう」

 

「それもそうだけど、わざわざ港から眺めるからこそ良いんじゃないか。まだここに居たいよ」

 

 出港まであまり時間が無いというのに、青い波を視線で追い続けるゾルクさん。マリナさんは痺れを切らした。

 

「……全く。わがままな奴は放って置いて、私達だけで船に乗り込もう」

 

 遠ざかる彼女と仲間に気付かず、同じ方を向いたままゾルクさんは笑い飛ばす。

 

「あっはっは! そんな冗談に騙される俺じゃ……」

 

 ようやっと後ろを振り返ったが、そこに仲間の姿はない。もしやと思って乗るはずの船に目をやる。すると船と波止場を繋ぐ足場が、乗組員によって今まさに片付けられようとしているではないか。甲板には、私達三人の姿がある。

 

「……ああー!? 本当に置いて行くなよ!」

 

 彼は驚くと同時に、乗組員に謝りつつ大急ぎで足場を駆け上がっていった。

 

 私達の乗る連絡船は、書物などでよく目にするような大きな木製の帆船だった。製造から結構な年月が経っているらしく、新しい木材で補修されるなど所々に使い古された跡がある。木材の古いものと新しいものとでは色や質感が違うため補修の跡は見つけやすい。

 海そのものは日常的に見てきたが船に乗るのは初なので、実は少し楽しみにしていた。魔皇帝の呪いのせいで空は一面を雲に覆われているが、それによって気分が削がれることはない。

 甲板に立っていると潮の香りが風に乗って鼻孔をくすぐる。陸地で感じるものより、ずっと濃いみたいだ。私は心地よい海風を受け続けた。

 

 連絡船がディクスの港を出て少し経過した。

 客室でくつろいでいると、ゾルクさんは「風に当たりたい」と言い出し、ジーレイさんを連れて甲板へ向かっていった。ジーレイさんはあまり乗り気ではなかったようだけれど、ゾルクさんが強引に引っ張っていってしまった。

 彼らを見送った私とマリナさんは、そのまま客室で過ごしている。

 

「ゾルクさんって海がとてもお好きなんですね」

 

「全く、はしゃぎ過ぎて船から落ちなければいいんだが…………うっ……!?」

 

 突如、マリナさんは口を押さえてよろめいた。そして力なくその場にしゃがみ込んでしまう。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「なんだこれは……。頭が痛くて、気分が優れないんだ。軽く吐き気もある……。もしかして、これが船酔いというものなのか……?」

 

 彼女の言う通り、この症状は船酔いだろう。すぐさま彼女をベッドまで誘導し、横たわらせた。マリナさんが船酔いするなんて、ちょっと意外。

 

「ソシア、悪いが救護室で酔い止めの薬を貰ってきてくれないか……」

 

「わかりました。待っていてくださいね!」

 

「ありがとう……」

 

 引き受けた私は、半ば小走りで救護室を目指した。

 

 薬を貰った帰り、ゾルクさんとジーレイさんの姿を甲板で発見した。どうやら話し込んでいるようだ。なんだか内容が気になる……。

 いけないこととは思いながらも少しの間だけ、二人の会話を物陰から聞いてみることにした。

 

「強くなりたい、ですか」

 

「キラメイに負けて思い知ったんだ、自分の無力さを。今までも強い相手とは戦ってきたけど、運が良かった部分もあるし命からがらだったりもした……。このままじゃいけないんだ。エグゾア六幹部に対抗できるだけの力をつけなきゃ、世界を救うなんて無理なんだ……!」

 

 ゾルクさんが胸の内を打ち明ける。意味も無くジーレイさんを誘ったわけではなかったようだ。

 

「焦る気持ちは理解できます。しかし、一朝一夕でどうにかなる問題でもありません。今のあなたに出来るのは、その気持ちを忘れずに日々、努力を積み重ねることでしょう」

 

「努力の積み重ね……」

 

 助言を受け止めたゾルクさんは、何かに気付かされた風な表情を浮かべた。ジーレイさんは彼を見守るように見つめ、言葉を続ける。

 

「地道ですが、きっとゾルクの実力に繋がります。(かろ)んじてはいけませんよ」

 

「……思い返せば、俺も昔はがむしゃらに剣を振って、叔父さんに叱られながら鍛練に励んでたっけ。セリアル大陸に来てから救世主として頼られて、心のどこかで調子に乗ってたのかもしれないな……。ジーレイのおかげで初心を思い出せたよ。ありがとう」

 

「お役に立てたのであれば光栄です」

 

「俺は救世主なんだから、もっと責任を持って強くならなくちゃいけないもんな」

 

 意気込みのような、義務感のような。どちらにせよゾルクさんが発した言葉には決意が込められていた。

 しかし水を差すように、それでいて意味深長にジーレイさんは零した。

 

「……それはどうでしょう。『救世主であるのだから無理矢理にでも強くならなければならない』と考えるのは間違いかもしれませんよ。ただひたすらに強さを求め続ける者より、自分自身を確立して『真の強さとは何か』を知った者のほうが、救世主という存在に相応しいかもしれませんからね」

 

「へ……? なんだよ、それ」

 

「特に意味は……ありません。わりとデタラメです」

 

「嘘だ、怪しいぞ。絶対に何かあるな」

 

「ははははは」

 

「笑って誤魔化すなよ!」

 

 最後の最後でジーレイさんは話をはぐらかしてしまった。ゾルクさんが問い詰めても、ひらりとかわし続ける。本当に意味のない発言だったのだろうか?

 ……あ、大変だ。思ったよりも盗み聞きが長引いてしまった。早くマリナさんに薬を届けなければ。二人にばれないよう物陰から抜け出し、急いで客室へと戻った。

 

 マリナさんの容態は、ベッドから出られるほどに回復してきた。時を同じくして男性二人も甲板から客室へ帰ってきた。

 ジーレイさんに変化はないが、ゾルクさんは額に汗をかいていた。疲れた様子は見せていないけれど早速、鍛練に励んでいたのだろう。

 

 船酔いでマリナさんがダウンしたことを二人に伝えた。

 彼女にも弱点があるのだと知ったゾルクさんは「よっしゃ!」と言わんばかりの笑顔を垣間見せた。が、直後にマリナさんから飛んできた鋭い眼光で貫かれる。

 鍛練でかいていた分を押し流す滝のような汗にまみれ、彼は表情を消した。マリナさんがどのような状態にあっても、一生勝てないのかもしれない。

 

 ディクスの港を出発してから、どれくらいが経過しただろう。あとどれほどでバレンテータルに着くのか気になり、ジーレイさんに問いかける。すると、ちょうど半分のところまで来ているとの答えが返ってきた。

 

「うー……お腹が空いたなぁ。食堂にでも行かないか?」

 

 質問を終えるのと同じ頃合いに、お腹に手を当てたゾルクさんがだらしなく呟く。昼食どきに差し掛かっているのだ。

 

「体調はかなり良くなったが、まだ私は遠慮しておく。みんなで行ってきてくれ」

 

 やはりマリナさんは食べないつもり。私は気を遣って、そばに残ることを決めた。

 

「なら私はマリナさんについています。ゾルクさんとジーレイさんは、お先に食べてきてください」

 

「では、ソシアのご厚意に甘えさせていただきます。ゾルク、行きましょう」

 

「それじゃあ二人とも、また後で」

 

 こうして彼らを食堂に行かせ、この客室はまた私とマリナさんだけの空間となった。

 二人してベッドに腰掛けた。何も話さずにいるのもつまらないので話題を探す。そして、先ほど甲板で聞いた話を思い出した。ゾルクさんには悪いと思ったけれど、気になっていた内容だったので打ち明けることに。

 

「強くなりたい、か。キラメイに敗北したことが、よほど悔しかったんだな。それに私が『強くなれるよう努めればいい』と言った影響も、もしかするとあるかもしれない」

 

 言わないほうが気負わせずに済んだのだろうか、とマリナさんは苦笑した。

 

「……実を言うと私もゾルクさんと同じで、不甲斐なさを痛感しているんです。六幹部に引けを取らないくらい力をつけないと、エグゾアにいるお母さんを探すことなんて……」

 

 誰にも言うまいと思っていたが結局、吐露してしまった。

 ……でも、お母さんに会えた時を想像して不安になった件は隠した。言葉にして発することすら怖かったのだ。

 

「ジーレイの話を聞いていたんだろう? だったら簡単なことさ。気に病むことはない。それにスラウの森で言ったと思うが、武力を重視する戦闘組織の六幹部と戦って無事でいられただけでも大したことなんだ。ゾルクにも当てはまるが、これから先、奴らと渡り合えるくらい成長できるはず。だから、そんなに落ち込まなくていい」

 

「……はい。もしかしたら私、誰かに悩みを聞いてもらいたかったのかもしれません。ちょっとすっきりしたので……。本当にありがとうございます。私、頑張りますね!」

 

 半分だけ肩の荷が下りたような気分になり、マリナさんに感謝した。

 ……お母さんについての不安は、心構えが出来たら打ち明けてみるのもいいかもしれない。

 

「礼を言われるほどのことなんてしてないさ。むしろ、上手く励ませなくてすまない。もっとためになる話が出来ればよかったんだがな……」

 

 珍しく、困ったように照れるマリナさん。それを目にして、思わず小さな笑みを零した。つられてマリナさんも微笑む。なんとも言い難いこの空気は、どうしてかとても居心地がよかった。

 

 ――と、次の瞬間。

 船が横に大きく揺れた。その衝撃はあまりにも凄まじく、ベッドに座っていた私達は床に叩きつけられてしまった。

 

「いった~い……」

 

「すぐに収まったが、ひどい揺れだったな……」

 

 私は腰をさすりながらゆっくりと起きあがる。直後、食堂に向かったはずの二人が戻ってきた。一番にドアをくぐったのはゾルクさんだった。

 

「マリナ、ソシア、大丈夫か!?」

 

「驚いたが平気だ。しかし、これは一体なんなんだ……?」

 

 ジーレイさんは即座にこの状況を把握しようとしていた。ぶつぶつと呟きながら整理している。

 

「波が荒いわけでもなし。衝突のような揺れでしたが、岩礁も無い海域で何かにぶつかるなど通常ならありえないことです。考えられるとすれば……」

 

 彼の口から答えが出かかったその時。開けっぱなしのドアから乗組員の叫び声が聞こえ始めた。

 

「た、大変だ! 海賊が襲ってきたぞ! 乗員はみんな、避難するんだ!」

 

 乗組員の声は近づき、そして遠ざかっていった。続いて、慌てふためく乗客の悲鳴や他の乗組員の焦る声が響いてくる。

 

「やはりですか。近頃、ここらの海に海賊が出没し始めた、という噂を耳にしたことがあります。まさか出くわすことになろうとは」

 

 ジーレイさんはそう述べると億劫そうに溜め息をついた。厄介事に巻き込まれて面倒くさがっているのである。非常事態だというのに、彼はある程度リラックスしているようだ。

 

「乗組員の方、逃げるように呼びかけていましたが……避難する場所なんてあるんでしょうか?」

 

 私は乗組員の言葉が信じられず、避難場所など無いと考えていた。マリナさんも同意見らしく次のように述べる。

 

「はっきり言って、この船に安全地帯など無いだろうな。それに誰かが戦わなければ海賊は追い払えない。私達でなんとかしよう。体調も、戦える程度まで回復したところだ」

 

「仕方ありませんね。退路が無いのであれば攻めるほかないわけですし」

 

 そう言うとジーレイさんはどこからともなく魔本を取り出した。言葉とは裏腹に、やる気はあるようだ。

 

「ジーレイ、頼りにしているぞ。人助けも救世主一行の大事な役目だからな。そうだろう? ゾルク、ソシア」

 

「ああ! 船と乗員が危ないんだ! みんな、海賊を倒しに行くぞ!」

 

「はい! 絶対に守り切ってみせます!」

 

 マリナさんに問われ、ゾルクさんも私も燃えたぎり気合を入れた。海賊だろうとなんだろうと必ず撃退してみせる、という熱意と共に。

 全員の意思が一つになったところで、海賊を迎え撃つべく甲板へと急いだ。



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第13話「船上激震」 語り:ソシア

 私達の乗る連絡船の右側面に、異様な存在感を放つ船が接触していた。詳細に述べると、青い海に毒を生むような黒光りする鋼鉄製の帆船。先の衝撃は、この黒い帆船が衝突した際のものだった。

 鋼鉄の船体が連絡船の右側を思い切り潰しており、めり込んでしまっている。だが黒い帆船は、ほぼ無傷。よほどに頑丈なのだろう。

 

「はーっはっはっはっは! ボロ船だからシケてるかと思ったけど、なかなかいいモン揃ってるじゃないか!」

 

 高笑いをあげて連絡船の乗員に物品の献上を強いているのは、橙色で毛先が跳ね返った短髪の少女。年齢はマリナさんと同じくらいのように見える。巻き上げた金品や食糧に囲まれて上機嫌のようだ。

 海賊帽、左目の眼帯、右腰に携えた護拳付きの湾曲刀カトラス。本で見たことのある海賊の絵によく似ていた。しかし、ただの海賊ではないと一目でわかった。海賊帽の中心と海賊風の黒い戦闘服の左肩部分に、エグゾアを象徴するエンブレムが描かれていたのだ。

 少女の背後には十数人の手下らしき人間が。皆、少女よりも濃い黒衣に身を包み、五角形の兜を被って顔を隠している。しかし誰一人として微動だにしない。とても異質な光景だった。

 

「黒服にそのエンブレム……お前、エグゾアだな!? 略奪なんかして許さないぞ!!」

 

 献上を強いられる人々の後ろから、ゾルクさんは大声をあげて怒りを露にした。すると少女は不敵な笑みを浮かべ、返事をする。

 

「そう、アタイはエグゾアの構成員さ。その威勢の良さに敬意を表して名乗ってやるよ。よぉーく聞いときな! アタイの名は……」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第13話「船上激震」

 

 

 

「リフ・イアード! 何故お前が、こんなところで海賊などやっているんだ!?」

 

 絶妙なタイミングで、マリナさんが少女の名前を叫んだ。狙ったわけではないだろうけれど少女の口上にもろ被りだった。すると、リフと呼ばれた少女は大袈裟にずっこける。気を取り直して立ち上がると、ずれた海賊帽を直しつつ怒鳴った。

 

「こら、先に言うんじゃないよ!! ……って、アンタはマリナ!? エグゾアを裏切った後、救世主を見つけて動き始めたとかいう話は本当だったみたいだね」

 

 どうやら二人は面識があるらしい。マリナさんは過去にエグゾアに所属していたのだから、おかしなことではない。

 リフの言葉に、ゾルクさんが応答する。

 

「そうだ! 救世主の俺が、絶対にエグゾアの野望を阻止してみせる!」

 

「ふんっ! エグゾアの世界征服、アンタら如きに阻止できるもんかい! ……って、あれ? アンタが救世主なのかい? アタイはてっきり、そっちのピンク髪の弓使いのことかと思ったよ。アンタ間抜け面だし、救世主って言われてもしっくり来ないねぇ」

 

 目を丸くしたリフ。ゾルクさんを見つめた後、私を指してそう言うのだった。

 

「ひ、人が気にしてることを~……!」

 

 間抜けという言葉を受け、拳を握りしめてわなわなと怒りに震えるゾルクさん。悔しがっているようにも見える。マリナさんに似たようなことを言われていたせいか少々過敏になっているようだ。

 

「ま、そんなことはどーでもいいのさ。アタイの前にノコノコ出てきたってことは戦う気なんだろ? だったら受けて立ってやるよ。でもね、たった三人でアタイ達を倒せると思ったら大間違いだ! お前達、やっちまいな!!」

 

 リフの命令によって、不気味な手下達が五角形の兜を揺らしながら向かってくる。彼女への返事もなく黙々と向かってくるその様は、まるで操り人形。

 これから戦いが起こると聞き、リフに屈服していた乗員達が一斉に逃げ出す。だがリフの手下達はそれに目もくれない。私達しか眼中にないようだ。

 

「ゾルク、ソシア、気を付けろ。こいつらは『アムノイド』だ」

 

「アムノイドってなんですか……?」

 

「薬物投与や身体の機械化、外部から直接行う魔力注入などの肉体改造によって、強大な戦闘能力を引き出した生体兵器のことだ。感情は消失していて、ただ命令のままに動く」

 

「生体兵器……! 確か、前にちらっと言ってたな。人体実験から発展して研究されてたんだっけ。兵器っていうくらいなんだから、きっとやばいんだよな……!?」

 

 ゾルクさんは冷や汗を流してうろたえる。やはり危険な存在のようであり、マリナさんはすぐに肯定した。

 

「その通りだ。戦闘力は並の人間の比ではない。しかし、リフ程度の下っ端が扱えるほど価値の低いものではなかったはずだが……」

 

 さらりと毒を吐くマリナさん。言った本人は特に気にしていないようだが、リフは真っ赤な顔になって叫んだ。

 

「誰が下っ端だい!! 六幹部の命令で、こうやって船を襲いながらアムノイドの戦闘データを採ってるんだよ。アタイは選ばれてるのさ!」

 

「そうか? データ採取など、まさしく下っ端に回されやすい仕事だと思うが」

 

「う、うるさぁぁぁい!! いいからさっさとアムノイドの力を思い知りな! 三人程度、すぐに片が付くからね!!」

 

 うっすらと右目に涙を浮かべたリフは、マリナさんに何も言い返せていなかった。彼女も結局は下っ端の仕事だと認めているらしい。

 

「アムノイド……生体兵器……」

 

 ……一方、アムノイドについての説明を聞いた私は、腕も足も石化したかのように動かせなくなっていた。だって、あの黒ずくめの生体兵器のどれかが…………お母さんなのかもしれない、と思ってしまったから。

 エグゾアに立ち向かう旅をしているのだからこんな状況も覚悟していたはずなのに、いざ現実になろうとすると何も出来なくなってしまった。

 元々、お母さんの無事は絶望的だと念を押された上でついてきたのに。自身の考えの甘さを思い知らされた……。

 

「ソシア、無理しなくてもいい」

 

 マリナさんの心配する声が、思考の混乱を解く。事情を知っている彼女は今の私の状態を察してくれたのだ。ゾルクさんも気掛かりな様子でこちらを見ている。

 

「……大丈夫です。動揺していないと言えば嘘になりますが、やるべきことはわかっていますから。足手まといにはなりません。アムノイドとも……戦います……!」

 

 仲間に心配をかけないため、そして覚悟し直すため、黒ずくめ達を見つめながら宣言した。

 まずは自分が生き残らないと、お母さんを見つけるどころか生死すら知ることが出来なくなる。……気付かない内にお母さんと戦い、傷付け、命を奪うことになったとしても、私は真実を知るために進まなければならないのだ。

 それに、お母さんのアムノイド化が確定しているわけではない。現状は、まだ容易く歩める方である。……自分にそう言い聞かせた。

 

「まどろっこしいのは嫌いでね。お前達、一気に取り囲みな!!」

 

 リフが叫び、アムノイド達は一斉に動く。

 ゾルクさんが背の鞘から剣を引き抜くのに続き、マリナさんも私も武器を構えてアムノイドを迎え撃つ態勢となった。しかし見事に周りを囲まれてしまう。これでは袋叩きにされるのが道理だろう。

 ちなみにリフの言う「三人」とはゾルクさん、マリナさん、私の三名のこと。……そう。一人だけ、まだリフに姿を見せていない。

 

「……輝水(きすい)(えん)愚者(ぐしゃ)よ激流と踊るがいい」

 

 どこからともなく聞こえてくる魔術の詠唱。唱えているのはもちろん、ジーレイさんである。

 

「はぁ!? なんだい、この詠唱は……!」

 

 必死に声の出どころを探すリフ。ようやっと、船の積み荷の陰にいる彼を発見。……しかし見つけるだけに終わってしまう。

 

「ダンシングアクア」

 

 一体のアムノイドの頭上から水流が落ち、水圧で甲板へと叩きつける。それだけでは終わらず、まるで生きているかのように踊り跳ねて弧を描き続け、全てのアムノイドを水浸しにして巻き込んだ。挙句、次々と船外に押し出して海中へと招待していく。

 最後の最後に、水流は一人残ったリフを黒い帆船の方へ押し流した。乗員の持ち物は巻き込まれておらず、そのまま連絡船に残されている。たった一度の魔術によって、ジーレイさんは形勢を逆転させたのだった。

 ……正直、拍子抜けしてしまった。生体兵器などという穏やかではない存在が不意打ちとは言え、こうもあっさりとやっつけられるだなんて。

 

「マリナさん。なんだか、お話よりも弱くありませんか? 私としては無闇に傷付けずに済んでホッとしましたが……」

 

「……おかしいな。本当なら脅威でしかないはずなんだが……。もしかすると、あのアムノイド達はデータ採取実験のために、戦闘力を控え目に設定されていたのかもしれない」

 

 マリナさんが自身の見解を話す傍らで、水浸しになったリフがガバッと起き上がった。水に濡れても跳ね返った毛先はそのままだ。そしてワーワーと喚き出したがマリナさんは取り合おうとせず、リフを横目に話を続ける。

 

「ジーレイの魔術が優秀なことも影響しているとは思うが、あれだけ豪語しておきながら一瞬で追い詰められるとは。リフめ、実に滑稽(こっけい)だ」

 

 馬鹿にされているとは露知らず、彼女は「こっちに来い」と怒号を響かせていた。

 

「何はともあれ僕達に都合の良い状況となりました。彼女もお呼びですし、あちらの船に乗り移りましょう。頑丈な船の方が暴れやすそうですしね」

 

 私達はジーレイさんの意見に賛成。あえてリフの挑発に乗り、黒い船に飛び移る。しかし彼女、たった一人で私達四人と戦えるのだろうか。

 

「仲間を隠して不意打ちとはね。卑怯だけど、アムノイドを一発でのしたことは褒めてやるよ」

 

「卑怯だと? 悪事を働いているお前が言えたことではないだろう」

 

「マリナ! アンタはいちいちうるさいんだよ! ……ここまでコケにされて、おめおめと負けを認められるかってんだ。元々、アムノイドの集団に頼るほど落ちぶれちゃいないしね。アタイの力で全員ブッ潰してやる! 覚悟しな!!」

 

 斯くして、戦いの火蓋は切って落とされた。

 リフは左手でカトラスを引き抜いたかと思うとすぐさま天に掲げ、次のように叫んだ。

 

「出てこい! ウォータイガー!」

 

 その一瞬でカトラスが光を放った。よく見ると、護拳の部分に青色のビットが装飾されている。きっと魔術を使用したのだろう。

 そう考えると同時に、何かが海中から飛び出してきた。リフの正面に躍り出て咆哮し、私達に対峙する。

 ……正体は、体の全てが海の水で構成された一体の虎型のモンスターだった。青く透き通った麗しい姿とは裏腹に鋭い爪や牙、真っ赤な瞳が凶暴さを物語っていた。

 

「げっ、水分からモンスターを作り出せるのかよ! ……でも、なんで虎なんだ?」

 

「そんなの決まってるだろ。強くてカッコイイからさ!」

 

 ゾルクさんの疑問に返ってきた答えは、ただただ単純なものだった。あまりの中身の無さに皆、呆気にとられた。

 私達が静止した理由にリフは気付かない。むしろチャンスだと思ったのだろう。カトラスを振りかざし、こちらに突撃してきた。

 

「ボヤボヤしてんじゃないよ! 双牙斬(そうがざん)!!」

 

「くぅっ!」

 

 彼女が最初に狙ったのはゾルクさんだった。左手に握ったカトラスを上段から振り下ろし、すかさず飛び上がりながら斬り上げる剣技を放つ。ゾルクさんは両手剣を盾にし、なんとか防いでみせた。

 

爆牙弾(ばくがだん)!」

 

閃光閃(せんこうせん)!」

 

 マリナさんはリフに巨大な火炎球を、私は水の虎に光の矢を発射した。が、両方とも難なく避けてしまう。しかもそれだけではない。

 

至天(してん)(さい)浄光(じょうこう)を……」

 

「させないよ! 崩襲脚(ほうしゅうきゃく)!!」

 

 上空から鋭く蹴り抜く脚技を見舞い、ジーレイさんを攻撃。詠唱を中断し防御に移ったため、彼が被ったダメージはそれほどではない様子。だが、詠唱を邪魔されては魔術の発動は不可能。距離をとろうとしても即座に接近してくる。

 更に厄介なのが、リフ以上のスピードで動き回っている水の虎だ。こちらに飛びかかってきたかと思えばそれはフェイントで、死角に回り込んで引き裂こうとする。ギリギリのところで回避したつもりでも微かに引っ掻き傷をつけられていた。綺麗な水の体躯に惑わされていたが、中身は猛獣そのものなのだ。

 

「リフも虎も、どっちも素早い! 剣で防御するのがやっとだよ!」

 

「私がエグゾアにいた頃よりも腕を上げているようだ」

 

「詠唱妨害も見事なものですね。さて、どうしたものか」

 

 三人とも、どうにも出来ず手を焼くが、それでもリフの猛攻は続く。

 

「おらおら! 牙連崩襲顎(がれんほうしゅうがく)!!」

 

 双牙斬(そうがざん)の後に崩襲脚(ほうしゅうきゃく)を組み込んだ奥義が、私を襲う。元の技よりも若干動作が早くなっており、隙の無い攻撃となっていた。

 無限弓でカトラスを弾いたり、出来るだけ体を反らしたりしながら対処する。おかげで直撃には至らなかったものの、そう何度も耐えられるものではない。こんな状態が長引けば確実に負けてしまう。

 

(何か、有効な作戦があれば……)

 

 波に揺られる帆船の上で必死に耐え忍ぶ。頭の中では、どうすればこの状況を覆せるか試行錯誤していた。

 

(船の上……揺れる……震える……。……振動? ……そうだ!)

 

 ふと、一か八かの策が浮かんだ。上手くいくかどうかはわからないけれど他に手が無い以上、やってみる価値はあるはず。そう思った私はすぐ、三人に耳打ちした。

 

「そういうことか。よし、やってみるよ!」

 

「ゾルクさん、お願いします」

 

 リフに聞こえないよう手短に伝えると、全員が動き始めた。作戦の鍵を握るのはゾルクさんであり、残った私達で彼を援護する。

 

「何をコソコソと! 喰らいな! 絶破(ぜっぱ)烈氷撃(れっひょうげき)!!」

 

 あれは、氷塊を右の掌に生み出し、こちらへ突き出して砕け散らせる奥義だ。細かな破片となった氷が広範囲に四散。苦しむ私達の様を、リフは誇らしげに眺めた。

 

「どうだい、アタイの技は!」

 

「くっ、なかなかやる……。だが倒すには至らないぞ。大口を叩くわりに詰めが甘いな」

 

「虎も、いつまでじゃれているつもりなのですか? モンスターが聞いて呆れますね」

 

 マリナさんとジーレイさんが挑発し、リフと虎の注意を引こうとする。

 

「なんだってぇ~……!? なら、今すぐトドメを差してやるよ!!」

 

 思惑通り、一人と一匹は憤慨し、こちらに飛びかかってきた。……今更だがあの虎、馬鹿にされているのを理解できるくらい知能が高いようだ。

 一直線に向かってくるリフと虎を確認し、私はゾルクさんに合図を送った。

 

「今です!」

 

「くらえ! 全てを断ち斬るこの一撃!」

 

 ゾルクさんは両手剣の柄に装飾されているビットへ念を込める。そして両手剣を巨大化させて頭上に構えた。しかし狙いの先は、リフでも虎でもない。

 

「はんっ! どこ狙ってんだい!」

 

 文字通りの的外れな行為を、リフは鼻で笑う。そして彼女らは甲板に着地すると同時に、マリナさんとジーレイさんへ攻撃を加えようとする。二人を襲うカトラスと爪牙(そうが)は喜々としているようだった。

 ……ここまで、全て予定通りのこと。

 

一刀両断(いっとうりょうだん)けぇぇぇん!!」

 

 巨大化な両手剣を振り下ろしたゾルクさん。これでもかと甲板に叩きつけた。すると!

 

「……んなあああああ!?」

 

 黒い船が、まるで地震でも起きたかのような縦の振動に襲われた。頑丈な甲板でさえもゾルクさんの秘奥義の威力には耐えられず、半球状に小さくへこんでしまう。

 この作戦は、ゾルクさんの秘奥義を甲板に叩きつけて船全体を大きく揺らし、リフと虎の動きを封じるのが目的だった。船が頑丈だからこそ出来た荒業だ。普通の船なら、きっと木っ端微塵になっていただろう。

 リフは身動きを取れず大口を開けて奇声を発していた。同様に、マリナさんとジーレイさんも振動のせいで動けなくなってしまう。

 しかし虎だけは、がむしゃらにもがいて再び牙を剥き、跳び上がった。この行動は想定していなかったが、かえって好都合。何故なら、私は元より虎を射抜くつもりだったから。

 

「渦巻く意志が天を()く!」

 

 ゾルクさんが剣を振り下ろすのに合わせ、私はあらかじめ高くジャンプして振動を回避しておいた。そして無限弓に埋め込まれたビットに精神力を込め、魔力を増幅させる。

 いくら俊敏な猛獣と言えど、空中にいては急な方向転換などできない。虎の腹部に狙いを定め、魔力を込めた矢を放つ。

 

螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

 

 無防備な胴体に撃ち込んだ秘奥義。大きな渦を纏う矢が、虎を構成する水分を吹き飛ばしていく。

 復活の兆しはなく、水の虎は悲痛な咆哮を残し、そのまま消滅していった。

 

「ああっ!? アタイのウォータイガーがぁ~!!」

 

 膝をついたリフは、虎の消えていく様を見つめて嘆いた。

 

「虎よりも自分の心配をしたらどうだ?」

 

「あ……」

 

 虎に気を取られていたためだろうか。リフは振動が収まったことと、自身に迫るマリナさんの影に気付かなかったようだ。

 

虎牙連脚(こがれんきゃく)!!」

 

 マリナさんの脚技が炸裂する。右脚でリフの腹部を蹴りつけて打ち上げ、その場で一回転。また右脚を振るい、頭部にかかと落としをくらわせた。もろに受けたリフは力尽きて甲板に背をつけた。

 皆で彼女を取り囲み、私は伝えた。

 

「私達の勝利です。観念してください」

 

「……ク、クッソがあぁぁぁ!! 退却だ!!」

 

「逃げ場なんて無いぞ! もう諦め……」

 

 ゾルクさんが言い切る前、私達のそばを何かが風のように横切った。それと同じくして、リフの姿も目の前から消えた。見回すと、帆の下に一体のアムノイド。両腕でリフを抱えている。どうやら彼女、敗北時の退却用にアムノイドを隠していたようだ。

 間を置かず、帆船がゆっくりと動き始めた。徐々に連絡船から離れていこうとする。船体からは重苦しい駆動音が鳴り響いてきた。この船にはビットを利用した原動機が備わっているようだ。……立派な帆は、ただの飾りだったのか。

 

「まだアムノイドを残していたとはな。となると船を動かしているのもアムノイドか……。このまま同乗するわけにはいかない。連絡船に戻るぞ!」

 

 マリナさんの一声により、全員が連絡船に飛び移った。振り返ると、黒い帆船はみるみるうちに遠ざかっていく。

 

「アンタたち! いつかゼッタイに泣かせてやるからね! よく覚えとくんだよ!!」

 

 激情の込められた捨て台詞と共に、リフは水平線の彼方へと姿を消すのだった。

 

「悪者らしさ全開の台詞だったな……」

 

「そうですね……」

 

 ゾルクさんのぼそっと零した言葉へ、私は静かに同意した。

 

 

 

 リフを退け、連絡船は落ち着きを取り戻した。

 甲板では乗客も乗組員も安堵の表情を浮かべている。船を守るため戦った私達に対し、たくさんの人が称賛を浴びせてくれた。

 黒い髭を蓄えた船長も顔を見せ、深々と頭を下げて礼を言った。

 

「あなた達のおかげで誰も所持品を奪われず、命を守られました。本当にありがとう。お礼の言葉を述べる以上のもてなしが出来ないこと、どうかお許しください」

 

 ゾルクさんは緊張しながら返事をする。

 

「せ、船長さん、顔を上げてください! 俺達は当然のことをしたまでです。バレンテータルへ無事に着ければ、それでいいんですから」

 

「あー……そのことなのですが……」

 

 打って変わって、船長は言葉を濁した。口をつぐんだ後、申し訳なさそうに続きを述べた。

 

「これは後で乗客にも伝える内容なのですが、船体の損傷が激しいため、やむを得ず目的地をバレンテータルからゴウゼルに変更させていただきました。現在、本船は長時間の航行に耐えられない状態でして、一番近い港に向かって早急に修復しなければならないのです。何卒、ご理解ください」

 

 そう伝えると甲板を去っていった。

 私達は船長を見送り、そして悪い知らせに肩を落とす。しかし船長の言い分はもっともであり納得はしていた。木材が裂けて潰れて、ぐしゃぐしゃになった船体右側面。これを見れば、誰もが修復の必要性を感じるだろう。

 

「船がこんな状態では仕方ないからな。バレンテータルへは、ゴウゼルから向かうとしよう」

 

「なあ。その、ゴウゼルってどんなところなんだ?」

 

 ポカンとした顔でゾルクさんが問う。説明はジーレイさんがしてくれた。

 

「セリアル大陸の西端に位置する工業都市、ゴウゼル。この世界のあらゆる機械類の製造を一手に担う大都市です。しかし、ビットを用いた兵器の製造に着手しているという噂が立っていたり、工場から排出される煙や廃水などによる汚染が問題であったりと、穏やかなところとは言い難いですね」

 

「ふーん、工業都市か」

 

 ゾルクさんはあまりピンと来ていないようだ。リゾリュート大陸には、似たような町が存在していなかったのかもしれない。

 

 連絡船を襲った海賊でありエグゾアの一員、リフ・イアード。彼女によって航海は台無しとなったが、アムノイドと対面したことで自分の覚悟を見直せた。そういう意味ではリフに感謝している。

 ……でもゴウゼルに着くまでは頭の整理をしたい。そして「アムノイドとは二度と戦いたくない」というわがままを今だけ、心の中で叫び続けるのであった。



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第14話「暗き(くろがね)の都市」 語り:ゾルク

「うわっ。外から見ると、本当にひどい有様だなー」

 

 連絡船を眺めてドン引きしたのは俺だ。海賊風のエグゾア構成員、リフ・イアードが残していった損傷をまじまじと見つめている。

 

「バレンテータルはおろか、このゴウゼルまでよく来られたものだ」

 

 マリナも同様に、潰された船体右側面へ目を向けて冷や汗をかいていた。続き、ソシアも感想を述べる。

 

「甲板からも見えていましたが、降りてから見ると更に重大さが伝わりますね。こんな状態の船に乗っていたなんて……背筋が凍ります」

 

 思い思いに意見を述べる俺達と違い、ジーレイは溜め息をついた。

 

「船を眺めるのも結構ですが、バレンテータル行きのチケットを取らなくてもよいのですか?」

 

「あ、そうだった。みんな、急ごう!」

 

 促され、発券所へと向かう。そこで話を聞くと……。

 

「バレンテータル行きの船、もう出たの!?」

 

 俺達がゴウゼルに到着した時点で、既に出港していたらしい。しかも次にバレンテータル行きの船が出るのは、明日の正午だという。

 

「ならば仕方ありません。ゴウゼルで休息するとしましょう」

 

「賛成だ。船が出ない以上、どうにも出来ないからな」

 

「うんうん。明日の昼までゆっくりしよう」

 

 ジーレイの提案に、マリナも俺も賛成した。そこにソシアも加わって、新たな案を提示する。

 

「折角ですからゴウゼルを見て回りませんか? どういう町なのか知りたいですし気分転換にもなると思います」

 

「いいね。俺も興味ある。宿屋も探さなきゃいけないし、とりあえず市街地に向けて歩こう」

 

 こうして宿屋を探すついでに、ゴウゼルの町を眺めていくこととなった。

 

 ……しかし、町並みは楽しめるようなものではなかった。

 どこもかしこも、金属の壁で覆われた冷たい雰囲気の建物でいっぱいだ。どれが住居でどれが工場なのか見分けがつきにくいものばかり。

 そして、これだけ広い町であるにもかかわらず、全くと言っていいほど緑地がない。環境へは配慮されていないのだ。自然が多い中で育ってきた俺にとっては、なんだか馴染みづらい。

 内心で退屈していると、ソシアもつまらなさそうに呟いた。

 

「ゴウゼルって、やけに暗いところなんですね……。魔皇帝の呪いで既に空は曇っているのに工場から立ち昇る煙が加わって、いっそう暗く感じます」

 

「気分が落ちているところに水を差すようで悪いが、ゴウゼルは他と比べてエグゾアの勢力が比較的強い町だ。目立つ行動は控えた方がいいだろう」

 

 マリナの忠告はありがたいが、それを聞いてしまっては尚更この町に居たくはなくなる。

 ゴウゼルの実態を突きつけられ、うなだれていると。急にジーレイが口を開いた。

 

「おや、何やら妙な風景ですね」

 

 ジーレイの視線の先にあったのは、屋根や壁が壊れた建造物だった。それも一つや二つではなく、目の前の区域にある建物のほとんどが似たような状態なのだ。町の人々は建物を修理するため忙しそうに駆け回っている。

 

「嵐でも来たんでしょうか?」

 

 ソシアは疑問を口にする。だが、マリナの答えはこうだ。

 

「ゴウゼル周辺の気候は穏やかなはず。災害のせいだとは考えにくい」

 

 では、どうして建物がボロボロになっているのだろうか。ちょっとやそっとの衝撃では傷一つ付かなさそうなほど頑丈な造りに見えるのに。謎は深まるばかりである。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第14話「暗き(くろがね)の都市」

 

 

 

 夕方が近付いてきた。破壊された建物の区域を通り過ぎ、もうすぐ宿屋も見つかるだろうと会話していると。

 

「……ん? あれはなんだろう」

 

 俺の目に、ある光景が飛び込んできた。堅牢な鉄の壁――おそらく民家であろう建物の前で、初老の女性が一人。そして彼女に詰め寄る、黒衣を纏った若い男性が二人。どうやら取り込み中のようだ。

 

「お願いします、見逃してください。これを持っていかれると家族が食べていけなくなるんです……!」

 

「ああ!? てめぇ、俺達の言うことが聞けねぇってのかよ!? もう一度だけ言うぞ。さっさとガルドを渡せ!」

 

「それとも、エグゾアに立てつくとどうなるか思い知りたいのか? だったら二度と表を歩けねぇようにしてやるぜ!」

 

「ひぃっ……!!」

 

 女性は民家の壁際に追い詰められている。黒衣の男性二人が狙っているのは、彼女が抱える皮製の袋。会話から察するに、袋の中に生活費が入っているのだろう。

 男達の黒い服をよく見ると……エグゾアエンブレムが刻まれていた。

 

「あいつら、エグゾアの構成員か! でも、あれじゃただのチンピラにしか見えないな」

 

 言葉にした通り、彼らの行動は小物同然。今まで相手にしてきたエグゾアの人間と比べて、遥かに粗末な所業に及んでいた。エグゾアにも色々な種類の人間がいるということだろう。

 

「とにかく助けに行きましょう!」

 

「そうだな、行こう!」

 

 ソシアが意気込み、俺はそれに同意した。そして間髪を容れず、三人の間に割って入ろうと走った。

 

「お、おい! 目立つような行動は慎めと言っただろう!」

 

 マリナは呼び止めようとしたようだが、間に合わなかった。「遅かった」と零しつつ額に手を当てる。

 

「……しかし気付いてしまった以上、見過ごすわけにもいかないか」

 

 やれやれと言いたげだが表情は晴れている。実はマリナも、俺達のように止めに入りたかったのではないだろうか。……本当にやれやれと言いたかったのは、後ろで全てを見ていたジーレイかもしれない。

 

「何をしているんですか!」

 

「その人から離れろ!」

 

 ソシアと俺は女性を(かば)う形で構成員の前に躍り出た。当然、彼らは俺達を睨みつける。

 

「なんだ、お前らは? 俺達はエグゾアなんだぞ。歯向かおうってのか?」

 

「いい度胸じゃねぇか。思い知らせてやるぜ!」

 

 彼らは短剣を取り出して威嚇する。しかし、こちらも退くわけにはいかない。

 

「そっちがその気なら容赦しないぞ……!」

 

 ソシアは無言で女性のそばにつき、俺は背の鞘から両手剣を引き抜いた。

 

「な、なんだ! 本当に、やろうってのか!?」

 

「こうなったら……!」

 

 場が、一触即発の空気に包まれた……と思いきや。

 

「「覚えとけよ!!」」

 

 彼らは一目散に逃げ出した。見かけ倒しとは、まさにこのこと。俺達は呆気に取られ、彼らの姿を見失った。

 

「思い知らせるんじゃなかったのかよ……。まあ、それはどうでもいいとして」

 

 両手剣を収め、女性のほうへ振り向く。すると既にソシアが対応していた。

 

「お怪我はありませんか?」

 

「はい、おかげ様で何事もありません。ありがとうございます……!」

 

 幸いにも、女性に怪我は無いようだ。彼女は「気持ちが収まらないので、ちゃんとお礼がしたい」と言ってくれたが丁重に断った。気持ちだけ受け取り、見送るのだった。

 時を同じくして、俺達に近づく影が一つ。

 

「エグゾアに怯まず立ち向かおうとするなんて、とても勇敢な方々だ……! あなた方の力を見込んで、是非ともお願いしたいことがあります」

 

 話しかけてきたのは、暗めの短い茶髪と黒い眼をした青年だった。ところどころにオイルなどの汚れが付着した、薄い水色の作業着と帽子を着用している。おそらく工場で働いているのだろう。

 

「お褒めに預かり光栄です。が、得体の知れない方からの頼みは聞き入れたくありませんね」

 

 ジーレイの言うとおり、急にそんなことを言われても戸惑うだけである。……というかジーレイ、あんたは何もしてないのに、どうしてそんなに誇らしげなんだよ。

 青年は「これは失礼しました」と謝り、慌てて自己紹介を始めた。

 

「申し遅れました。俺はアシュトン・アドバーレといいます。この町の工場で勤めている作業員です」

 

「それで、お願いしたいことって?」

 

 俺が尋ねると、すぐに語り始めた。

 

「はい。それが……」

 

 作業員の青年、アシュトンの話は以下のもの。

 二日前の夜中、突如として謎の巨人がゴウゼルに現れた。巨人は民家と同程度の身の丈で、剛腕を振り回しながら暴れて幾つもの建造物を破壊。最後には忽然(こつぜん)と姿を消したという。

 アシュトンを含めた町の人間の力ではどうすることもできず困り果てる中、たまたま俺達を見つけて依頼したとのこと。武器を持ち、エグゾアに対しても怯まなかったので頼りになると思ったらしい。

 

「噂によると、町の外れにある噴水広場が怪しいようなんです。その辺りで巨人の姿を目撃したという情報があって……。ここまではわかっているんですが、非力な俺達では解決できないんです。なんとかしていただけませんか……?」

 

 ゴウゼルはエグゾアの勢力が強い。もしかすると、この事件はエグゾアの仕業かもしれない。丁度、バレンテータル行きの船を逃しているので時間もある。そう思い、アシュトンの依頼を引き受けることにした。

 

「わかった。俺達に任せて! きっとなんとかしてみせるよ!」

 

「本当ですか!? ありがとうございます! これで町のみんなも安心するはずです……!」

 

 そう言ってアシュトンは顔をほころばせた。話は終わり、彼とは別れることに。

 彼を見送りながら、ソシアが微笑む。

 

「アシュトンさん、喜んでいましたね」

 

「うーん、それはいいんだけどさ」

 

 対して、俺は煮え切らない返事をした。問題なく事が運んだように見えるが、実は半信半疑でもあるのだ。

 

「もしかしたらエグゾアが関係してるかもしれないと思って、勢いで引き受けちゃったけど……。謎の巨人って言っても、こんな機械ばっかりの町にそんなのが現れるのかな?」

 

「だが実際に建物は破壊されているし、ゴウゼルの人々が困っているのは事実のようだぞ」

 

 マリナの言うことも、もっともである。やはりアシュトンの情報を信じるべきか……。

 

「引き受けた直後に、とやかくおっしゃらないでください。無責任ではありませんか?」

 

 迷っていると、ジーレイにたしなめられてしまった。彼の言う通りである。俺は素直に反省した。

 

「……そうだな。悪かったよ、ジーレイ」

 

「わかってくだされば構いません。それに迷う、迷わないに関係なく、確かめてみればよいのです。今夜、巨人が出現したと噂される場所で待ち伏せしてみましょう。町外れの噴水広場でしたね」

 

「うん。夜になったら行動開始だな!」

 

 俺は気を取り直し、アシュトンの依頼に対して意気込むのだった。

 

 

 

 深夜。現在地は、市街地から程遠い例の噴水広場である。

 あれから俺達は宿屋を見つけ、すぐに休息をとった。そして今、噴水広場から少し離れた物陰に身を隠し、監視している。

 

「巨人、なかなか現れないな」

 

 痺れを切らし、俺はぼやいた。一応、誰にも気付かれないようにと会話は全て小声でおこなっている。

 

「そうですね。でも待ち伏せは根気が大切です。頑張りましょう」

 

 ソシアは俺に同意しつつ励ましてくれた。シーフハンターである彼女は盗賊を待ち伏せする機会も少なくなかったらしく、今回の監視もそれほど苦ではない様子だ。

 

「その忍耐力、俺にも分けてほしいよ……」

 

 とは言ってみたものの、無いものねだりなどするだけ無駄。大きく息を吐き、また噴水に向かって目を凝らすのであった。

 

 それから一時間ほどが経過。俺は睡魔に襲われていた。頭がふわふわとし、目の前が霞む……。大きなあくびも飛び出した。

 

「ふわぁ~……眠いなぁ」

 

「眠いだと? 宿での仮眠、お前が一番長かったのにか? 呆れたな……」

 

 隣にいるマリナが眉をひそめている。俺の態度に苛々しているらしい。

 

「前もって寝てても眠くなるんだから、しょうがないよ。夜中だし。ふわぁ~……」

 

「緊張感の無い奴だな。……だったら、目を覚まさせてやる」

 

 二度目のあくびの後にすぐ、マリナから鉄拳を喰らってしまった。まだ口を開けていたから、もう少しで舌を噛み切ってしまうところだった……などと考える余裕はなかった。

 鉄拳は脳天に直撃。めっちゃ痛い。マジで痛い。痛すぎる。監視中なので、大声をあげて痛みを和らげる手段は使えない。息を殺し、頭を抱えて転がりながら悶え苦しむ。端から見れば異様な光景だ。ソシアとジーレイは俺を見てくすくすと笑っている。……笑うなよ! 必死で痛みをこらえてるんだから……!

 

「全く。目標がいつ現れるかわからないというのに……おや?」

 

「っくぅ~……涙まで出た……! マリナ、殴るなんてひど……」

 

「しっ。静かに……!」

 

 俺が言い返す間もなく、マリナは噴水を注視。するとソシアとジーレイも反応を示した。

 

「ジーレイさん、まさかあれが……?」

 

「どうやら噂の巨人のようですね。アシュトンの情報は正しかったようです」

 

 三人に続き、遅れてそいつを確認した。……確かに巨人だ。姿が街灯に照らされて、よく見える。凄くデカい。本当に、民家と同じくらいの背の高さだ。

 姿形はゴーレム系のモンスターによく似ている。体はツヤのある赤銅色の鉄板で覆われており、背中のボイラーのような部分からは蒸気が立ち昇っている。ゴツゴツとした頭部には黄色い点が二つ、目を模して光っていた。長い腕や短い足は丸太などより遥かに太い。

 この巨人は、噴水前の煉瓦で敷き詰められた床の下から出現した。実は一定の範囲の煉瓦は偽物で、特大の扉になっていたのだ。巨人はその扉を地下から押し上げ外に出てきた。一体、噴水の地下に何があるというのか。

 それはさておき。巨人は大きな腕を振り回し、家々を破壊し始めた。破壊音と揺れで叩き起こされた住民は巨人を目にして驚き、逃げ惑う。

 住民の中には、鉄製の棍棒や作業用の工具などを持って一矢報いようとする者もいたが、戦い慣れていないのか動きはぎこちない。程なくして地面に繰り出された巨人の拳撃に怖じ気づき、あえなく退散してしまう。

 

「早く巨人を止めないと。行きましょう!」

 

「ああ。被害を抑えなければ!」

 

 無限弓を構えるソシアと、賛同して二丁の無限拳銃を抜くマリナ。もちろん俺とジーレイもそれぞれの武器を手に取り、物陰から飛び出した。退散した住民に代わり、四人で巨人に立ち向かっていく。

 

「これ以上、町は破壊させないぞ!」

 

 握った両手剣の切っ先を巨人に向け、俺は突撃する。普通の剣撃なら鋼鉄に弾かれるだけで終わるだろう。だが、ビットを付加しているおかげで俺の両手剣は魔力を纏っており、鋼鉄をも両断できる。

 狙いを定めたのは、腰部。巨人が短足なおかげで剣技が届くのだ。

 

「くらえ、突連破(とつれんは)!」

 

 勢いのまま三連続の刺突を与えた。……しかし表層を少々突き破った程度で、決定的なダメージには至っていない。予想よりも遥かに硬かった。

 

「こいつはどうだ。秋沙雨(あきさざめ)!」

 

 続いてマリナが至近距離から魔力弾を連射し、銃声と共に浴びせた。が、巨人は関係無く建物を殴り続ける。これも効果が薄いようだ。

 

「だったら、動きだけでも!」

 

 そう言い放つと突然、ソシアの姿が消え失せた……と思えばそれは間違いで、彼女は瞬時に上空へと飛び上がっていた。そして無限弓から矢を生み出して弦を引き、斜め下方――巨人の右足を目掛けて強力な矢を放った。

 

翔・無影閃(しょう むえいせん)!!」

 

 ソシアの今の弓技は奥義に分類される。通常の攻撃や特技よりも一際威力の高いこの一撃を右足に受けてしまっては、流石の巨人もその場に倒れ……。

 

「うそ!? これでも駄目だなんて……!」

 

 ……倒れない。倒れていない。多少はぐらついたものの、巨人は問題なく破壊行動を続ける。

 

「止められないのか……!?」

 

 戸惑う俺をよそに、ジーレイは冷静に分析する。

 

「これだけ頑丈なのです。ただの攻撃魔術では、あまり効果は期待できそうにありませんね。でしたらソシアの考えた通り、せめて動きだけでも止めてみせましょう」

 

「ジーレイ、出来るのか!?」

 

「この魔術なら、おそらく」

 

 俺に返事をしながら彼は魔本を開き、ページを輝かせ、建物の崩れる音の中で魔術の詠唱を始めた。

 

深影(しんえい)(ばく)。今より汝に自由は無い。レストリクション」

 

 巨人の真下に、闇の力を宿した紫色の魔法陣が出現した。魔法陣からは鎖のような影が伸び始め、胴体や四肢に巻きつき結界を作り上げていく。これによって巨人は身動きがとれなくなり、影に引っ張られて倒れ込んだ。

 結界の中、大の字を描いて夜空を仰ぐ巨人。もがいているが脱出は不可能なようだ。

 

「これでもう被害は広がらないでしょう。あの魔術の拘束力は伊達ではありませんので」

 

「ふぅー、良かったぁ……」

 

 俺は両手剣を鞘に収め、額にかいた汗を拭った。しかし休んでいる時間はない。次は、巨人が出てきた噴水の下を調べなければ。

 ソシアは、開きっぱなしになった扉の奥を覗く。

 

「地下通路でしょうか? あからさまに怪しいですね……」

 

 続いて俺達も、地下空間を目の当たりにする。入口付近には、巨人が歩きやすいように緩やかな坂道が作られていた。地下深くに向けて続く下り坂の先は、真っ暗。入口から覗くだけでは何もわからない。

 

「危険だが、探りを入れる必要があるな」

 

「そのようですね。注意しながら潜入しましょう」

 

「ああ。みんな、いくぞ!」

 

 マリナとジーレイの会話が終わると共に、俺達は地下へと突入するのだった。

 

 下り坂の奥は、暗闇ばかりで一筋の光もなかった。一度は明かりを持ち込まなかったことに後悔したが、運良く簡易照明灯を見つけ、順々に点灯させながら通路を進んでいった。

 通路が途切れ、大きな鉄の扉にぶち当たった。特に鍵がかかっているわけでもなかったので、開いて更に奥へと進む。そこに広がっていたのは……煮えたぎる溶鉱炉やベルトコンベア、巨大なプレス機などの、工場の設備そのものの光景。深夜であるにもかかわらず延々と動き続けている。

 ふと、ベルトコンベアの上を流れる物体を確認する。そしてわかった。この施設で製造されているのは、穏やかとは言えないものだった。

 

「噂の新型兵器か……!? こんなところで造っていたとは……!」

 

「しかも大量です……!」

 

 マリナとソシアが驚きの声をあげるのも無理はない。尋常ではない数の銃火器や刀剣類、その他武器が、そこにはあったからだ。それぞれの形状が違う点を見るに種類も豊富である。そして全ての武器には、加工されたビットが装着されていた。

 

「数も数だけど、種類も種類だよな。ビットもくっついてる……」

 

「おそらく、ここで製造されているのは実験を兼ねた試作品なのでしょう。でなければ多種多様な武器を一斉に造るなどという、非効率的な手段には及ばないはずです」

 

 思ったことを口にしたところ、ジーレイが予想を語った。彼が連絡船で話していた「ビットを用いた兵器の製造に着手しているという噂」は事実だったようだ。……武器を製造しているという点が、戦闘組織であるエグゾアと結びつきやすい。この施設はエグゾアのものなのだろうか。

 この部屋はただの製造ラインらしく、これ以上は何も無いようだ。俺達は更なる扉を見つけ、もっと奥へと歩んでいく。

 

 進むにつれ、俺達を妨害するかのように無数の刺客が襲ってきた。機械で出来た背の低い人形や、針を飛ばしてくる小型の戦車、鉄の翼で空を飛ぶ機械鳥など。それらはどこからともなく現れた。こんな風に警備を強化している辺り、ますます怪しい。

 機械兵をなんとか押しのけ、やっとのことで最奥と思わしき真っ暗な空間へと辿り着いた。ここでついに巨人の秘密が明らかになるはず。……と思ったが、それは違った。

 俺とマリナは状況を疑い始める。

 

「広い部屋だけど、何も無い。明かりも点いてないし、ただの行き止まりなのかな? ……いや、待てよ。さっきまで機械があんなにたくさん襲ってきてたのに、その気配すら感じないなんて……やっぱりおかしい……!」

 

「ゾルクの言う通り不自然だ。みんな、気を付けろ……!」

 

 妙だと感じ始めた途端、目の前が眩しくなった。前方に光源装置が設置されており、いきなり点灯したのだ。

 目を守るため腕で光を遮ろうとすると、光源装置の下に人影があることに気付いた。誰が居るのか確認したい。そろそろ光に慣れてきて……ついに見えた。

 そこに居たのは――



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第15話「意志を示して」 語り:ゾルク

「ア……アシュトン!?」

 

 思わず、彼の名を声に出した。

 そこにいたのは、俺達に巨人の件を依頼したアシュトンその人であった。暗めの短い茶髪と黒い眼はそのままに、作業着の代わりとして黒と灰が基調の戦闘服を着ている。そして左肩には、白いエグゾアエンブレムが。

 

「けっ、ここまで辿り着くなんてな。自慢の巨人と、ばら撒いておいたオモチャが片付けてくれると思ってたのによ」

 

 夕方に会った時の穏やかさは無い。変わり果てた彼を前に全員、硬直する。

 状況が飲み込めないまま、俺は話しかけた。

 

「なあ、アシュトン。これは一体どういう……」

 

「ああ? わかんねぇのか? ニブい奴だな。この俺が、お前らを陥れたんだよ!」

 

 彼は光源装置からの光を背に浴び続けながら、荒々しい口調で真相を語り始める。

 

「見ての通り、俺はエグゾアの構成員だ。もう撤収させたが、お前らが助けた住民も、住民を襲っていたエグゾア構成員も、みんな俺の部下なんだ。ガラでもねぇ演技をするのは堅っ苦しかったぜ」

 

 騙されたことを知って絶句する俺達。だがジーレイだけは、アシュトンをじっと見据えて問いかける。

 

「何故、僕達がゴウゼルに来ているとわかったのですか」

 

「リフから連絡があってな。聞けば、救世主一行が海であいつを負かして、このゴウゼルに向かったとかいうじゃねぇか。ちょうど実験を始めたばかりの機械巨人メタルゴーレムの力を試すチャンスだと思って、お前らに接触したのさ。普段は、この秘密施設での試作兵器と警備機械兵の製造が主だが、救世主一行を倒せば六幹部クラスにだって昇り詰められる。こんな地味なポジションから、おさらばできるんだ!」

 

 彼が長々と語ってくれたおかげで全て把握することができた。この秘密施設は、やはりエグゾアのものだった。そしてあの巨人も。

 

「アシュトン・アドバーレ、貴様ぁ! 巨人の実験のためだけに、ゴウゼルの人々の平穏を脅かしていたのか!」

 

 きつく睨みつけると同時に、二丁拳銃の狙いを彼へと定めるマリナ。しかし、アシュトンは焦りもしない。それどころか俺達の背後を人差し指で示す。

 

「おっと。俺を怒鳴りつけるより、後ろにいるそいつをどうにかした方がいいんじゃねぇか?」

 

 振り向くとそこには、外で縛りつけたはずの赤銅色の巨人が立ちはだかっていた。ギラギラと黄色い目を発光させている。背中のボイラーから立ち昇る蒸気は、まるで怒りを表しているかのようだった。

 

「えっ!? どうして巨人がここに!? ジーレイの魔術が効いてるはずじゃあ……!」

 

 あるはずのない光景を前にし、俺は思い切り怯んでしまった。ジーレイは動じず、過程を推測する。

 

「どうやらアシュトンのオモチャ達が、結界を破って巨人を助け出してしまったようですね。あのレストリクションという魔術、外部からの衝撃には弱いのです」

 

 巨人の後ろには、新たな機械兵がぞろぞろと連なっていた。どれだけ倒したところで秘密施設が機能している限り、不足分が補充されるのだろう。

 

「そのメタルゴーレムは、俺が造ってきた機械の中でも特に優れてるんだ! お前ら如きじゃ倒せねぇよ! じゃ、あばよ!」

 

 そう言うや否や、アシュトンは瞬く間に部屋の隅のはしごを使い、上の階へと登っていく。同時に天井は塞がれた。残された俺達は、来た道を機械兵の大群によって封鎖され、完全に閉じ込められてしまうのだった。

 

「この数はちょっと、相手したことがないですね……」

 

 シーフハンターとして一対多の戦闘に慣れているソシアでさえも、この多勢に無勢の状況に冷や汗を流している。

 

「ちくしょう、アシュトンめ!!」

 

 俺は八つ当たりするかのように、迫ってくる機械兵をぶった斬る。しかし先述の通り、この秘密施設自体が機械兵の生産工場なのである。数を減らそうと努めるのは現実的ではない。巨人も、外で見せた怪力を遺憾なく発揮しており迂闊に接近できなかった。

 このままでは全滅も免れない。そんな状況の中、ジーレイは俺達に指示を下す。

 

「まだ手はあります。僕がなんとかしてみせましょう。魔術発動の直前に、あなた方は僕の背後へと後退してください。それまでは援護をお願い致します」

 

 それだけを言うと、ジーレイはすぐに魔術の詠唱を始めた。俺達は彼を信じ、詠唱を阻止されないよう機械兵を牽制する。

 

「覚醒せし厳核(げんかく)胎動(たいどう)。その片鱗(へんりん)、身を(もっ)て味わえ。ヴァイオレントクラック」

 

 甲斐あってジーレイの詠唱は無事に終了。すると床が震え、ジグザグの亀裂が走った。

 亀裂はすぐさま広がって大きな地割れとなり、生き物のように機械兵の大群と巨人を飲み込んでいく。同時に地割れからは幾つもの巨岩が上方に発射され、機械兵の頑強さを物ともせず打撃を与えた。

 魔術の仕上げとして、撃ち出された巨岩達が間髪を容れず地割れの中へ戻っていく。ガシャッ、グシャッ、と機械の潰れる音が響いてきた。

 一部始終を眺めていた俺は、驚嘆する。

 

「す、凄いなジーレイ。たった一回の魔術で、あの大群を片付けるなんて……」

 

「今しがた発動したのは、上級魔術。下位の魔術より精神力が必要なので少々疲れるのが難点ですが、一網打尽にするには最適なのです」

 

 彼のおかげで障害は取り除かれた。……けれど、なんだか周りの様子がおかしい。魔術の効果は終了したのに、少しずつ地響きが聞こえ始めたのだ。震動も伝わってきて徐々に大きくなってくる。

 

「あの……壁にひびが入っていますよね? このままだと私達も生き埋めになっちゃいませんか……?」

 

 ソシアが恐る恐る壁を指差す。それを見たジーレイは腕を組んで納得しつつ答えた。焦りもなく淡々とである。

 

「地下施設内で地属性の上級魔術を扱うのは、やはり無理があったようですね。早く外へ避難しましょう」

 

 ――ほんの一瞬、時が止まった。

 

「ジーレイ、あんた! さっきの術、こうなるとわかってて使ったのかよ!?」

 

「あれが一番効率の良い方法だったので」

 

「いやいや、そうは言ってもさぁ……!」

 

 ツッコミに時間を取られていると。せっかく開いた退路を、今度は瓦礫に塞がれてしまった。それだけではない。ひびは壁を伝い、天井にまで到達。秘密施設は崩壊寸前となる。

 

「どうしましょう!? これでは出られません!」

 

 慌てふためくソシア。俺も同じ心境だ。きっとマリナも焦って……いない。彼女は静かなまま二丁拳銃を融合させ、腕で抱えられる程度の手頃な大砲を生み出した。砲口を真上に向け、いずれ落ちてくるであろう、ひび割れた天井に狙いを定める。

 この一連の流れはマリナが秘奥義を放つ際のもの。つまり……。

 

「騒ぐ必要は無い。天井が落ちてくるのなら、潰される前に消滅させればいいだけの話だ」

 

「え、まさか」

 

 次に何が起こるのか簡単に予想できた。……彼女は叫ぶ。

 

「消し飛べ! ファイナリティライブ!」

 

 大砲から、極めて太い熱光線が派手に放たれた。ひび割れた天井は文字通り消し飛んでいく。マリナのおかげで俺達は生き埋めにならずに済んだのだった。次いで、彼女は壁もこの秘奥義で撃ち抜き、外までの道をも確保してしまう。

 ……結果として助かったが、ジーレイもマリナもやることが滅茶苦茶である。

 

 

 

 一方。

 アシュトンは秘密施設の上階層に設けたアジトで、俺達の始末が終わるのを心待ちにしていた。

 

「今頃あいつらは下で血祭りにあがっているはず。ちょろいもんだな。どうしてリフは負けたんだ? 理解に苦しむぜ」

 

 緊張感の欠片もなく、ソファーに座って大いにくつろぐ。全て終わった、と勝利を確信しているのだ。

 

「この調子でいけば六幹部への抜擢(ばってき)も夢じゃないな……」

 

 と、その時。立位も困難なほどの激しい揺れに見舞われた。たまらずソファーから転げ落ちてしまう。

 

「な、なんだ! 地震か!? ……うおあ!?」

 

 崩れる床に身を任せ、わけもわからないまま下の階に落ちていく。そこは瓦礫の海。上手く着地することもままならず頭を強打し、アシュトンは気を失ってしまった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第15話「意志を示して」

 

 

 

「……身体が、いてぇ…………って、ここはどこだ!?」

 

 意識が回復した時。そこはもう秘密施設ではなかった。アシュトンが寝そべっているのは、清潔感漂うベッドの上なのである。

 上体を起こして驚く彼の耳に、もう聞くはずではなかったであろう声が届く。

 

「お目覚めですか、エグゾア構成員のアシュトン君。ここはゴウゼルの宿屋の一室ですよ」

 

「な、なにぃ!? お前ら、あそこから脱出できたってのか!?」

 

「想定通りに事が運ぶと思ったら大間違いです。あなたが残したご自慢の巨人と機械兵の大群は、僕の魔術で秘密施設ごと葬って差し上げました」

 

 微笑するジーレイを見て、表情を絶望で満たす。

 そしてアシュトンの目前には、額に青筋を浮かべた俺が立ちはだかる。観念したらしく、抵抗しようとはしなかった。

 

「……降参だぜ。上手くいったと思ったんだがな。いや、それよりも……なんで俺は宿屋なんかにいるんだ?」

 

「秘密施設から脱出する際、あなたが気を失って倒れていたのを見つけて、ここまで運び込んだんです。治癒術もかけたので身体は問題ないはずですよ」

 

 ソシアの言葉を聞いた途端、アシュトンは猛反発する。

 

「は? ……はあ!? ふざけんなよ、なんで助けたんだ! そんな義理なんて無えじゃねぇか! さては、俺に対する侮辱か!?」

 

「……それだけ叫ぶ元気があるなら、もうどこへでも行っていいぞ」

 

 俺は、静かにそう零す。するとアシュトンはベッドから立ち上がり、挑発し始めた。

 

「助けた上に見逃すだと? 救世主ってのは、とんだお人好しだな。俺を逃がしたところで、きっとまたお前らを狙うぞ?」

 

「その時は返り討ちにすればいいだけさ」

 

 俺は(うつむ)き、自信なく発した。対してアシュトンは顔をしかめる。

 

「……おい、救世主。何がしたいんだ? 本当にエグゾアから世界を救うつもりなら『返り討ちにすればいい』なんて都合の良いこと、言ってられねぇだろうが。敵を助けるなんざ、頭おかしいとしか思えねぇよ」

 

 ……何も言い返せない。実際に俺は、自分でも何がしたいのかわからないのだ。

 倒れていたアシュトンを見つけた時、救助しようと提案したのは俺だ。しかしマリナと、特にジーレイには強く反対された。しかしそれを押し切って今に至る。

 助けたいという一心に駆られたのは事実だが、その決断が本当に正しかったのかと問われれば自信は無い……。

 中途半端な気持ちが見え透いていたのか、アシュトンは言いたい放題である。

 

「いくらなんでも甘すぎるぜ。そんな覚悟でエグゾアに盾突こうなんて、とんだ大馬鹿野郎だな。その甘い覚悟が救世主の姿だとでも言うのかよ」

 

「それ以上、何も言うんじゃない……!」

 

 俺はアシュトンを睨みつけるなり両手剣を引き抜き、切っ先を向けた。彼は焦って口を閉じたが平静を装い、向けられている刃をどかす。

 

「……ま、まあいいぜ。どう足掻こうと世界は総司令によって征服され、エグゾアのものになるんだ。お前らなんかにゃ止められねぇよ……!」

 

 そう言い残すと、逃げるように宿屋を出ていった。俺は黙って両手剣を背の鞘に戻した。

 直後、マリナとジーレイが厳しい言葉を放つ。

 

「ゾルク。まさかとは思うが、今後も敵を助けるつもりじゃないだろうな? 今回は大目に見るが、いちいち構っていては身がもたない。これっきりにしてもらうぞ」

 

「僕もマリナと同意見です。仲間の反対を押し切ってまで敵を救出しようとする、その姿勢。いつか命を落としますよ。それでも助けたければお好きにどうぞ。しかし僕達を巻き込まないでください。迷惑ですので」

 

「お二人とも、何もそこまで……!」

 

 辛辣(しんらつ)で遠慮は無い。ソシアは(かば)ってくれたが、逆に申し訳なくなってしまう。

 

「いいんだよ、ソシア。実際に馬鹿なことやってるんだから……」

 

「ゾルクさん……」

 

 

 

 ――俺は何がしたいのか。

 

 救世主として世界を救うことが一番の目的である。

 

 しかしそのためなら、戦意を失った敵を見捨てて死なせてもいいのだろうか?

 

 それは……俺の思い描く救世主像とは違う気がする。

 

 生きとし生ける全ての命を救いたい、なんてことは言わない。どう考えてもそれは無理だ。

 

 でも俺の手が届く範囲で救える命があるなら……救いたい。

 

 大した力も持っていないけれど、そんな救世主になりたいのかもしれない。

 

 …………そうか、そうだったのか! 俺は、ようやく自分の気持ちに気付けたのかも。

 

 だったら決断し、実行しなくては。仲間にどう思われようとも、確固たる意志で――

 

 

 

 胸の内で悩むのも束の間。轟音と共に、宿屋が大きく揺さぶられた。

 

「なんだ、この揺れは!?」

 

 突然の出来事にマリナは動揺する。同時に外から悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 

「誰かが襲われているの……!? 外に出てみましょう!」

 

 ソシアに促され、宿屋から飛び出す。現場はそう遠くなかった。そして目にした光景は……。

 

「そんな!? 巨人がいます! それに、捕まっているのは……!」

 

「アシュトン! さっきの悲鳴は、あいつのものだったのか!」

 

 ソシアと俺に続き、後の二人もその姿を確認した。……間違いない。巨岩に潰されたはずの、あの巨人だ。赤銅色の鉄板が所々剥がれ落ち、かなり損傷しているのが証拠である。

 俺達と入れ違いになるように、就寝していたであろう住民が逃げ惑う。が、巨人は目もくれずアシュトンだけを襲っている。彼の両腕を、持ち前の二本の巨腕で握り締め続けた。

 しかし巨人はアシュトンに造られたもの。彼の命令に従順だったはず。それなのにどうして創造主を襲っているのだろうか。

 

「完全に計算外の事態ですね。もしかすると魔術に巻き込まれた際の衝撃で暴走し、規格以上の出力を引き出してしまったのかもしれません。そう考えれば、巨岩を押しのけて地割れの中から這い上がってきたとしても不思議は無いでしょう」

 

 ジーレイが考察する間も、巨人は怪力でアシュトンの両腕を引っ張り、引き千切ろうとしていた。アシュトンの悲痛な叫びが、夜の市民街に響き渡る。

 

「ぐあああああ!!」

 

 ――不思議だ。ひとたび気が付けば、決断にも実行にも迷いは生じなかったのだから。

 

「いっけぇ! 弧円陣(こえんじん)!!」

 

 俺は背の両手剣を抜くなり、遠心力を利用した回転斬りを繰り出した。それは巨人の短い左足に直撃。耐えられずバランスを崩して地面に倒れる。しかし巨腕はアシュトンを放していない。

 突然の俺の行動を目の当たりにし、マリナは激怒する。

 

「お前……! まだアシュトンを助けようとするのか!? こいつのザマは自業自得なんだ! 放っておけ!!」

 

「出来ないよ!!」

 

「なにっ……!?」

 

 心の奥底から放たれた、決意の叫び。マリナはこれに圧倒されたようだった。会話の外にいたソシアとジーレイも同じである。

 

「俺、気付いたんだ。困ってる人や助けを求めてる人、命の危機にさらされてる人を放っておけないっていう気持ちに。たとえ、それが敵だったとしてもだ! ……甘いとか、お人好しとか言われてもしょうがないと思う。でも、それが俺なんだよ。だから自分の気持ちを信じて貫く!」

 

 力の限り伝える。その間も巨人への攻撃の手は休めない。

 

「正しい救世主の姿なんて知らないし、わからない。ただ、世界を救うなら人も救いたいんだ。……甘っちょろい考えだし、実現できても狭い範囲でしか叶わないのは理解してる。みんなは受け入れたくないかもしれない。でも俺は……そんな救世主になるって決めたんだ! 世界を救うまで、嫌でも付き合ってもらうからな!」

 

 ついに俺は言い切った。覚悟を決め、仲間に知らしめた瞬間だった。

 ……それ以降、誰も口を開こうとはしない。巨人を斬りつける金属音とアシュトンの悲鳴だけが辺りに響く。皆、幻滅したのだろうか……。

 

「全く。お前は本当に、度を越した馬鹿だな。目も当てられない」

 

 声を発したのはマリナだった。その声色は重く、厳しい。やはり理解されなかったか。

 ……しかし、次の瞬間。ホルスターから二丁拳銃を引き抜いたかと思うと、なんと彼女は巨人の腕を狙って銃撃を開始したのだ。

 

「だが、それほどまでに強固な意志を示してくるならば逆に清々しい。いいだろう。その甘い理想、どこまで続けられるか見守ってやる。……もしかするとお前は、そういう特別な感性を持っているから救世主として選ばれたのかもしれないな」

 

「マリナ……!」

 

 彼女だけではなかった。巨人の方向へ、地を這う風の刃が向かっていく。……ジーレイの魔術である。

 

「あなたの考えを易々と認めるつもりはありません。ですが……ここはあえて、その決意に騙されてみるとしましょう。もう何を言っても聞かなさそうですしね。いつの日か、僕に認めさせてみなさい」

 

「ジーレイも……!」

 

 続いて、冷気を帯びた矢が巨人の右腕を氷漬けにした。

 

「助けられる命があるなら助けたい……その気持ちはゾルクさんと一緒です。早くアシュトンを救いましょう!」

 

「ソシア……! ああ! 行くぞ、みんな!!」

 

 俺の合図と共に、一斉に攻撃を開始した。

 マリナは二丁拳銃の銃身を重ね、先ほどソシアが氷漬けにした巨人の右腕を狙う。すると重なった銃口の前に、一つの大きな徹甲弾が生み出された。

 

「さすがソシアだ。凍っているおかげで狙いがつけやすい。……貫け、ペネトレイトカノン!」

 

 重厚な発砲音と共に力強く突き進む、地属性の徹甲弾。それは巨人の右腕の肘関節を簡単に突き破る。これによって右腕の握力もなくなった。巨腕がゴトリと落下する音と共に、アシュトンの半身が解放されたのだ。

 

「左腕は僕にお任せを。……砕けなさい。スマッシュストーン」

 

 ジーレイの簡潔な詠唱が終わると、巨人の左腕を目掛けて巨大な岩石が落下。それだけでなく岩石は四散し、胴体や頭部、背部ボイラーへの攻撃も担っていた。これまでのダメージが蓄積されていたため、巨人の左腕は胴体から簡単に分離した。

 晴れてアシュトンは、完全に解放されたのであった。皆の協力のおかげで成し得た救出劇。俺は自ずと気持ちが明るくなる。

 

「よし! みんな、これでもう手加減は必要ないぞ!」

 

「お前に言われなくとも、そのつもりだ」

 

「ジーレイさん。私達が援護しますから、とどめをお願いします!」

 

「わかりました。三度目の正直です。今度こそ僕の魔術で(ほふ)って差し上げましょう」

 

 力無く地べたに伏せるアシュトン。彼は意識が遠のいていく中、俺達の背中を不思議そうに眺めていた。

 

「お前ら……どうかしてるぜ……」

 

 普通の人間なら、自らに敵対する者が危機に陥っていても絶対に助けなどしないだろう。しかしアシュトンは助けられた。二度もである。

 

「まるでおかしな話だ……。これが救世主一行だ、ってのか……? ふっ……馬鹿馬鹿しい…………」

 

 朦朧とする意識の中。彼は人生で初めての感覚に包まれ、そのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 アシュトンが次に目を覚ますと、あの長い夜は終わりを告げ、朝も過ぎ、昼を迎えていた。そして彼が今いる場所は、外ではない。

 

「……ここは……」

 

「おや、ようやく気がついたようだね」

 

 傍には、見慣れない中年の女性がいた。

 アシュトンは現在、宿屋のベッドの上。俺達が彼を秘密施設から助け出した際に使用したものと、全く同じ部屋とベッドを使っている。そして女性は、この宿屋を経営する女将(おかみ)である。

 彼の両腕は包帯とギプスで固定されており、動かそうとすると激痛が走った。

 

「うぅっ……!」

 

「ちょっとちょっと! まだ動かそうとしちゃ駄目だよ。腕の怪我が一番ひどいんだから」

 

 彼は、そういうことは早めに伝えてほしかった、と言いたげな顔をした。

 

「あまりにもひどい怪我だったもんだから、あんたが眠っている内に医者を連れてきて診てもらったよ。命に別状は無いとさ。良かったねぇ」

 

 それを聞き、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「数日前の建物の被害や、ゆうべ起きた機械の巨人の騒ぎ、全部エグゾアの仕業なんだってさ。あんた、それに巻き込まれて怪我したんだろ? 災難だったね。エグゾアって得体が知れない上に、他の町でも活動してるって聞くし……ほんと困ったもんだよ」

 

 気が滅入っている様子の女将だが、目前の青年が騒ぎの首謀者であることを知らない。

 ――アシュトン・アドバーレは思う。救世主を倒すためだったとはいえゴウゼルの建造物を破壊し、住民に危害を加えたのは他でもない、この自分である。だのに、その住民にのうのうと介抱されてしまったのだ。……少し、ほんの少しだが、悪の心が息苦しさを覚えた――

 

「泊めてもらった上に、傷の手当てまでしてくれたのか。……すまないな」

 

「お礼なら、あたしよりも剣士の坊や達に言っとくれ。機械の巨人を倒したのも、あんたをここに連れてきたのも、応急処置をしたのも、あんたの分の宿代を払ったのも、全部あの子達なんだから。……先を急いでるらしくてすぐ出て行っちゃって、ここにはもういないんだけどね」

 

「……そうなのか」

 

「あたしもゴウゼルに住む人間として、ちゃんとお礼を言っておきたかったよ。あんた、アシュトンっていうんだってね。次にあの子達に会ったら、ちゃんとお礼を言っとくんだよ?」

 

 女将は喋り終えると、「具合が良くなるまではここに居な」と言い残し、部屋を出て行った。

 ふと、アシュトンは不可解な点に気付く。自分はエグゾアの戦闘服を着ていたはず。それなのに何故、女将は正体に気付かなかったのか、と。慌てて服を確認する。……すると答えはすぐに見つかった。服の左袖が、肩の部分から丸々なくなっていたのだ。

 

「あいつら、俺のためにこんなことまで……」

 

 エグゾアエンブレムが入った左袖さえ無ければ、後はどうとでも誤魔化せるはず。俺達はそう考え、意図的に破っておいたのだ。

 

「結局、最後の最後まで救世主達の世話になっちまったのか……。どこまでお人好しなんだ。甘すぎるっつーんだよ。ったくよぉ……」

 

 そう言って溜め息をつき、アシュトンは目を閉じる。

 この時。彼は気付いていなかったが少し……ほんの少しだけ、口元から笑みが零れていた。



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第16話「異彩の創色(そうしょく)」 語り:ゾルク

 人間の腕を模したような、機械の長腕。手術も行えるほどに設備の整った作業台。幾つものランプが点滅する用途不明の装置。輝く文字や記号を浮かべる透き通った板。数々の小さなボタンが敷き詰められた操作盤……。

 真っ黒な壁と天井に囲まれた広い研究室の中に、それらは存在している。

 

 奥では何者かが、たった一人で作業に取り組んでいた。土色の癖毛と漆黒の白衣が印象的な、銀の垂れ目の男だ。

 何が楽しいのか常に口元を三日月のように歪め、時おり奇妙な独り言を発しつつ操作盤を指で叩いている。

 

 しばらくして別の誰かが研究室へと入ってきた。ゆっくりと癖毛の男に歩み寄っていく。

 足音に気付いた彼は、指を止めて振り返った。

 

「これはこれは、総司令ではありませんかぁ」

 

 妙に間延びした語尾である……。総司令と呼ばれた人物は、癖毛の男の独特な語尾など気にしていない。

 

「相変わらず研究に没頭しているようだね、ナスター。ゴウゼルの試作兵器製造施設が一つ、救世主達に壊滅させられたようだけれど……特に問題は生じていないよね?」

 

「ああ、その件ですかぁ。ボクの配下であるアシュトン・アドバーレがミスを犯してしまったようで……。ですがご安心を。ゴウゼルに構えた施設の数は百を超えます。一つや二つ潰されたところで支障はありませぇん」

 

「うんうん。君のことだから、その辺に抜かりはないと思っていたよ。それにしても、予想していたよりもやってくれる救世主だ。先が楽しみでたまらない……! ナスター、君もそう思うだろう?」

 

「ええ。ボクも救世主には期待していますよぉ。グフフフフ」

 

 癖毛の男――ナスターは、総司令と共に意味ありげな笑みを浮かべた。何を企んでいるのか知る由はない。

 不意に総司令が尋ねる。

 

「ところでエンシェントの欠片の捜索は進んでいるかい?」

 

「順調でぇす。芸術の町バレンテータルで、新たな欠片の反応がありましたよぉ」

 

 ナスターは軽快に答えた。しかし。

 

「ただ、一つだけ問題がありまぁす」

 

「ほう。なんだい?」

 

「調査によりますと、その欠片は町中とはいえ少々面倒な場所にありましてぇ……。メリエルを同行させなければ回収できない、と思われまぁす」

 

「バレンテータルにメリエルを、ね……」

 

 ナスターの言葉を聞いた総司令は、何か懸念がある様子。が、それも束の間。結論はすぐに出た。

 

「厄介だが、君が彼女のそばについていれば問題は無いだろう。二人で行ってきてくれるかい?」

 

「もちろんでございまぁす。全ては、総司令の意のままにぃ……」

 

「では、よろしく頼むよ」

 

 爽やかな笑顔を残し、総司令は研究室を去っていく。そしてナスターは、すぐさま準備に取りかかるのだった。

 戦闘組織エグゾアがエンシェントの欠片を求める理由、依然として不明のまま……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第16話「異彩の創色(そうしょく)

 

 

 

 正午にはゴウゼル発の連絡船に乗り、数時間を海上で過ごした。そして、やっとバレンテータルに到着。夕刻も終わりなのだが、海に沈む太陽は曇り空に阻まれて拝めない。

 辺りは暗くなり、港も夜の闇に包まれようとしている。しかしマリナの青ざめた顔は、はっきりと認識できた。

 

「マリナさん、大丈夫ですか? まだ具合が悪いんじゃ……」

 

「ああ……。こうも毎回のように船酔いしていては、身が持たないな……。みんな、迷惑をかけて済まない」

 

 マリナにいつもの覇気は無い。心配するソシアが、彼女の歩行の支えとなっている。

 俺も、俺なりの言葉で気遣った。

 

「酔いやすい体質なら仕方ないよ。それに巨人と戦った時の疲れが残ってるかもしれないし。早く宿屋を見つけて休もう」

 

「ジーレイさん、バレンテータルの宿屋の場所はわかりますか?」

 

「港からそう遠くないところにあるはずです。行きましょう」

 

 ジーレイの言った通り、宿屋にはすぐに到着した。

 手続きを済ませ、割り当てられた部屋へと入っていく。ソシアがマリナをベッドに座らせると、ジーレイが次のように提案した。

 

「マリナの体調のこともありますし、今夜はゆっくり休養しましょう。情報収集は明日からでも問題ないでしょうし」

 

 異論はない。皆も彼に賛成した。その後は夕食をとって解散し、個々に過ごすことに。

 部屋に戻った俺は両手剣や軽鎧の手入れ、その他の道具の確認を済ませた。

 やることがなくなると窓際のベッドに潜り込む。すると、すぐに眠気が襲ってきた。マリナだけでなく俺にも疲れが溜まっていたらしい。

 このまま身を任せて深い眠りにつこう。そう思い、目を閉じようとした。――その時だった。

 

「ん……? なんだろう、あの光」

 

 窓の向こうに見える丘の付近で、闇夜を塗り替えるように何かがふわっと発光し、そして一瞬で消えていった。

 規模は小さかったが、町を照らす街灯よりも遥かに目立つ桃色の光だった。しかも一度ではない。何度も何度も光っては消え、光っては消え。光の色も、その都度に赤であったり青であったり黄色であったりと様々。

 普段の俺ならば好奇心に突き動かされて、不思議な光景の正体を突き止めずにはいられないだろう。

 

「まあいいや……寝よっと……」

 

 しかし、現在は眠くてたまらない。ぼーっとした頭で断続的な発光を眺めつつ夢の世界へと向かい、この光景のことはすっかり忘れてしまうのであった。

 

 

 

 いつも通りの曇り空に迎えられた、次の日の朝。

 マリナの体調も万全となったので、早速エンシェントの欠片の情報収集を開始した。

 

 バレンテータルは、セリアル大陸中の芸術家が集う町である。町全体が庭園のようになっており、整えられた草花が壁や道となって悠然たる態度で人々を見守っている。

 次に目を引くのは水路だ。町の至る所に張り巡らされているので、涼しげな水の流れは麗しいだけでなく癒しの効果ももたらしている。

 ……と、ここまで全てジーレイが教えてくれた。

 

 芸術家が集うというだけあり、音楽家や彫刻家、画家などの美術や芸術に精通した人間がごまんといる。草木の道の所々には有名らしき芸術家の作品が展示されていたり、その場で絵を描いたり音楽を演奏したりしている者もいた。

 さながら、町ではなく一つの広大な美術館のよう。マリナ達は強く関心を示していたが、俺は興味が湧かなかった。……芸術ってなんだか難しそうなんだよなぁ。

 それはさておき、肝心の情報収集は。

 

「ビットの魔力を凌駕するほどの力を持った、エンシェントの欠片? 聞いたことがあるような、ないような……あったかな? ……いや、やっぱりないか……」

 

「欠片ねぇ。ただのビットや石っころなら、腐るほど見てきたんだがなぁ。……時に、黒髪の君。彫刻のモデルになってくれないかい? なにかこう、有機的であり無機的であるというか、すごくそそるものを感じるんだ……! なあ、モデルになってくれよ。いいだろう? なあ……!」

 

「うーん、ごめんなさいね。私にはわからないわ。それはそうと演奏を聴いていってくださらない? ほんの二時間でいいから」

 

 ……まるで成果が無かった。

 途中、マリナは彫刻のモデルをやらされそうになっていたが、本人は断固拒否。

 

「あの彫刻家め……私を見る目が尋常ではなかった……! まるで舐めるように……駄目だ、思い出したくない……!」

 

 筆舌し難い恐怖を感じたらしく、自分の肩を抱くようにして身を震わせていた。あのマリナをここまで怯えさせるなんて、芸術家とはなんと恐ろしい生き物なのだろう。

 迷惑を被ったのは彼女だけではない。無理やり音楽を聴かされそうになった時には皆で声を揃えて断り、逃げるように去った。聞き込みをするたび、ろくな目に遭っていない。

 

「あのう、ジーレイさん……。本当にこの町にエンシェントの欠片があるんですか?」

 

「『期待はしないでください』と事前に釘を刺しておいたはずですよ。噂を耳にしただけであり確証は無かったのですから」

 

 ソシアの疑問に対し、ジーレイは仕方なさそうに答えた。バレンテータルを目指すと決めた際、確かに彼は「期待するな」と言っていた。しかし何一つ情報が手に入らないとなると、どうしようもない。

 お手上げ状態となった俺達は、とぼとぼと町を歩く。

 

 そうしていると、パレットと絵筆を持ち、キャンバスに町の風景を描いている一人の画家の姿が目に入った。――真紅の長い髪が麗しい、若い大人の女性である。

 腹部を露出した黒のノースリーブと赤いミニスカートを着用していて、様々な色の染みが付着したカバンを肩にかけていた。背は高く、俺に届くか届かないかというところ。

 体型には女性らしさが存分に現れており、たわわな出っ張りと引き締まったへこみの対比が最高。言うなれば抜群である。

 そして注目すべきは、身の丈以上もある巨大な絵筆を背負っている点だ。……真紅の長髪に巨大な絵筆と言えば、スラウの森での出来事が記憶に新しい……。

 

「ふんふふーんふーん♪」

 

 美しい外見とは裏腹に、陽気に鼻歌を歌いながら活発な子供のように絵筆を走らせている。

 気付かれないように物陰からこっそりキャンバスを覗いてみたが、描かれているものはかなり独創的な色遣いであり、モデルとしている風景とは程遠い。とても抽象的な絵画だった。やはり芸術はよくわからない……。

 女性について、俺は皆に尋ねた。

 

「なあ、みんな。あそこで絵を描いてる赤い髪の人、どう思う? 引っかかる要素がありまくりなんだけど」

 

「やっぱりゾルクさんも気になりますか? 私もあの人を見ていると、鮮筆(せんひつ)のメリエルが思い浮かぶんですよね。あまりにも似過ぎていて……」

 

「確かに瓜二つだが別人だろう。第一、戦闘組織の幹部がこんなところで無邪気に絵を描いているわけがない。戦闘のための筆術ならともかく、メリエルが趣味として絵を嗜むなどエグゾアに所属していた私ですら聞いたことがないからな」

 

「でもさ、ひょっとすると同一人物かもしれないぞ……? あんなに似てる人間、他にいないだろうしさ。今までずっと趣味を隠してた可能性だってあるよ」

 

 メリエルか、はたまた他人の空似か。三人で談義を重ねているとジーレイが口を開いた。

 

「ふむ……。そこまで気になるのであれば直接尋ねてみてはいかがですか? 十中八九メリエルではない、と僕は思いますけれどね」

 

 なるほど。ジーレイの言葉に納得し、すぐに俺は立候補した。

 

「だったら確かめてくるよ。メリエル本人じゃなくても、何か関係があるかもしれないし。みんなはここで待ってて」

 

 特に他意は無かった……のだが、ここでマリナが思いもよらぬ発言をかます。

 

「……お前、やけに積極的だな。あの女性に下心でもあるのか?」

 

 翠の眼を細め、俺をじぃーっと見つめる。呆れと疑いの意が込められているように思えた。

 

「ええっ!? マリナ、なに言い出すんだよ!」

 

「確かに彼女はスタイルも良く美人ですからね。しかし自ら名乗りをあげるとは……いやはや、お若いこと」

 

 続いてジーレイまでもがマリナの側につく。……彼の場合、単に俺で遊んでいるだけのような気もするが。

 

「……そういえばゾルクさん、年頃の男の子でしたもんねぇ」

 

 とどめとして、ソシアまでもが敬遠の意を示す。微妙な笑みを浮かべ、怪しむような声を出していた。

 

「ちょっと待ってよ!! やましいことなんて考えてないから!! みんなひどいぞ……!?」

 

「はいはいわかったわかった。本人の前で鼻の下を伸ばさないように気を付けろよ」

 

「マーリーナー! 下心なんか無いってばー!」

 

 どうしていじられてしまうのだろう。ジーレイなんて二人の背に隠れて意地悪く笑っている。どうにも腹が立つので、ジーレイにだけは後で必ず仕返ししてやる。そう心に決めた。

 ……ともあれ。気を取り直した俺は、仲間を物陰に残して女性に近付いた。

 

「あのー、すみません」

 

「あら、なーに?」

 

「お訊きしたいことがあるんですが、ちょっといいですか?」

 

「はいはーい。どうぞどうぞ♪」

 

 筆を止めた女性は真紅の眼で俺を見つめ、笑顔を返してくれた。この天真爛漫な雰囲気、演技で表現できるものとは思えない。メリエルとは別人だと、もう確信できた。

 

「あなた、見かけない顔ね。旅の剣士さんかしら? 道に迷っちゃったなら、あたしが案内してあげてもいいわよ♪」

 

「いやー、その、迷子じゃなくって……」

 

 間近で見ると尚更美人であるため、急に照れくさくなってしまう。今となってはもう、マリナ達との会話において反論できる自信が無い……。

 動揺しつつも、鮮筆のメリエルとの関係を確かめるため質問する。

 

「え、えっと……メリエルっていう女性を知ってますか?」

 

「……!!」

 

 女性は『メリエル』の名前を耳にした瞬間、真紅の眼を大きく見開いて驚きを露にした。だが、照れくさいあまり女性の顔から視線を逸らしていた俺は、その異変に気付かない。

 

「丁度、あなたが背負っているものと同じくらい大きな筆を……って、え?」

 

 視線を戻し、唖然とした。女性が笑顔を消し去っていたからだ。先ほどまでの柔らかい表情とは打って変わって凄まじい剣幕を見せており、背負っていたはずの大筆(たいひつ)も両の手の中にある。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

 汗を垂らして恐る恐る尋ねた。しかし俺の質問に答える気配はない。

 

「メリエルを……メリエルをさらったのはお前かぁぁぁ!!」

 

「へ!? あの、ちょっと待っ」

 

「メリエルを返せぇぇぇ!!」

 

 大筆を真上に振りかざしたかと思うと、すぐさま俺の頭に叩き込む。……避ける時間は無かった。直撃を受けた俺は鈍い音を響かせ、背中から地面に倒れてしまう。

 

「た、大変です! ゾルクさんが!」

 

「よくわからないが、しくじったようだな」

 

「誤解されたのであれば僕達で解きましょう。ソシアは、ゾルクに治癒術を」

 

 見守っていた皆が物陰から出てくるのを、音だけで感じた。この瞬間からしばらく、俺の意識は途絶えるのだった……。

 

 

 

「う~ん……いててっ、頭が割れそう……割れた……?」

 

 ……痛い。とにかく頭が痛い。背中には柔らかい感触。ここはベッドの上か。

 

「あ、ゾルクさん! 気が付いたんですね。大丈夫、頭なら割れていませんよ」

 

 正確に言うとまだ完全に目覚めたわけではなかったが、ソシアの声がきっかけで目を開き、はっきりと意識を取り戻した。……天井が見える。しかもこれは、昨夜も今朝も見た天井。俺は宿屋に運ばれたようだ。

 ソシアが俺を看てくれていたらしい。部屋にはマリナもジーレイも居る。そして……。

 

「頭、やっぱりまだ痛いわよね……? あたしったら気が動転して、つい勢いのまま叩いちゃって……。ごめんなさい! ホントにごめんなさい!」

 

 真紅の長髪の女性も居た。彼女は俺に接近するや否や、何度も何度も頭を下げてきた。俺は上体を起こし、対応する。

 

「あはは……このくらい平気平気。モンスターと戦うのに比べたら遥かにマシだから」

 

「……ホントに? それなら良かったわぁ……」

 

 彼女は大きくゆっくりと息を吐いた。ひとまず安心してくれたようだ。

 

「その様子だと誤解は解けたみたいだね。気にしないでいいから。……えっと……」

 

 そういえば、この女性の名前を知らない。言い淀んでいると、向こうから名乗ってくれた。……驚くべき内容も含みながら。

 

「あー、自己紹介がまだだったわね。あたしはミッシェル・フレソウム! バレンテータルで一番大きな館に住んでる画家で、筆術師(ひつじゅつし)なの♪」

 

「ミッシェル……フレソウム!? フレソウムっていえば、メリエルと同じ名前じゃ……!」

 

「ゾルクだっけ? 気絶してる間に、あなたの仲間とちょっとだけ話をさせてもらったわ。それでね、あたしとメリエルは双子の姉妹なの。あっちが姉で、あたしが妹ね」

 

「双子ぉ!? どうりでメリエルとそっくりなわけだ……! でもミッシェルはエグゾアの人間じゃあないんだよね? 一体どうなってるんだ……?」

 

 疑問はどんどん湧いてくる。するとミッシェルは全員の顔を見て、次のように述べた。

 

「詳しい事情は、まだマリナ達にも話してなかったわよね? エグゾアに立ち向かってるあなた達には是非とも聞いてもらいたいわ」

 

「ああ。聞かせてくれ」

 

 マリナが返事をし、皆も静かに頷く。ミッシェルは明るさを一切消し去り、真剣な面持ちで語り始めた。

 

「……今から三年前にね、メリエルは連れ去られたの。セリアル大陸で暗躍してる戦闘組織、エグゾアに」

 

 衝撃の事実。エグゾア六幹部のメリエルは、フレソウム家より拉致されていたのだ。

 驚きも止まぬ内にミッシェルは続ける。

 

「フレソウム家は代々、プロの画家や腕の立つ筆術師を何人も輩出してきたの。筆術師っていうのは、ビットの力を備えた大きな魔筆で特殊な魔術を操る、フレソウム家の人間しかなれない魔術師のこと。大筆で何かを描いて術を発動するの。ふふっ、珍しいでしょ?」

 

 彼女は微笑んだが、つらさを誤魔化しているようにも見えた。

 

「あたしとメリエルは画家として腕を磨き、筆術師として修行に励んでた。厳しくもあったけど、とても楽しい毎日だったわ。でも、全部あの日に崩れ去った……」

 

 皆、固唾を呑んで沈黙を破らない。

 

「筆術師の中で一番の実力を誇っていたメリエルは、戦力増強を企むエグゾアに目を付けられてしまったの……。ある日、エグゾアの特殊部隊がうちの館を奇襲した。もちろんメリエルは抵抗して、あたしや家族、使用人達も加わったんだけど……数で攻められて歯が立たなかった。町の人が気付いて加勢に来てくれた頃には、エグゾアはもういなくなってたわ。そして家族や使用人はみんな、息絶えた……」

 

「みんな……ってことは天涯孤独……」

 

 俺の口からは自然と声が漏れてしまっていた。はっと口を塞いだ時にはもう遅かったが、ミッシェルは咎めなかった。

 

「いいのよ、気にしなくても。……うん。最後の最後でみんなに守られて、あたしだけ生き残っちゃった……。今も、思い出の詰まった館に一人で住んでるわ」

 

 ミッシェルの生い立ちは想像を絶するものだった。

 誤解で俺を襲った時の気迫は、この過去に起因していたのだ。そして『メリエル』という名前について過敏になっていたため、直感的に俺をエグゾアの人間だと思い込んでしまったのだろう。

 

「さぞ、無念でしょうね。一人ではエグゾアに喧嘩を売るのも困難ですし」

 

 ジーレイも神妙な面持ちとなっている。そんな彼に対し、ミッシェルは気丈に振る舞った。

 

「その通り、すごく難しいわ。それでも、メリエルを連れ戻したいという想いと覚悟はある。あの日からずっと! ……けど不本意ながら、あたしは未だバレンテータルにいるの。本当はすぐにでも行動したいんだけど、この町を離れられない理由があってねぇ……」

 

「どんな理由なんですか?」

 

 それとなくソシアが質問した。するとミッシェルは、徐々に元の調子を取り戻していく。

 

「館に封印されてる、特殊な魔力の塊を守るという役目。フレソウム家の人間があたししかいなくなっちゃったもんだから、どうしても離れられないのよねぇ。家族の遺言でもあるし」

 

「特殊な魔力の塊……それはもしかするとエンシェントの欠片だろうか?」

 

 マリナの勘は当たったらしい。ミッシェルは目を大きくして答える。

 

「あら、よく知ってるわね。バレンテータルでもフレソウム家の人間しか知らないくらい珍しいものなのに。なんか、悪用されたら困るから~みたいな理由で封印されてるんだけど……今のあたしにとっては正直、悩みの種なのよねぇ。あれさえなければ、メリエルを連れ戻す旅に出られるんだけど……」

 

「ミッシェルさん。もしよかったら、エンシェントの欠片を私達に譲ってもらえませんか?」

 

「そりゃまたどうして?」

 

「実は……」

 

 ソシアの申し出を皮切りに、俺達は旅の目的の全てをミッシェルに話した。聞き終えた彼女の反応は……。

 

「なーるほど。エグゾアに利用させないように、あなた達もエンシェントの欠片を集めて妨害してるってわけね。そういうことならエンシェントの欠片、持ってってくれてオッケーよ♪」

 

 とんでもなく快活に了承してくれた。満面の笑みである。俺達にとっては最高の返事なのだが、本当にこれでいいのだろうか。

 

「え、そんなにあっさりと……」

 

「いーのいーの。あたし一人で欠片を守るより、強そうな人達が持ってた方が安全でしょ?」

 

「う、うーん……それもそうかもだけど」

 

「じゃ! そうと決まったら、あたしのうちに行きましょ。バレンテータルの真ん中の丘に見える、あのでっかい館よ。わかりやすいでしょ♪ 町の人からは『フレソウムの館』って呼ばれることもあるわ。ただの家なんだけど、いつの間にかこの町の名所みたいなものになっちゃったみたい」

 

 俺がはっきりとした返事を伝える前に、ミッシェルが外を指差す。

 宿屋の窓から見えたのは彼女の言う通りの、とても大きな館。加えて、橙に近い朱色で染められた非常に目立つ外観のため、バレンテータルのどこにいても視界に入りそうである。特別な呼称が生まれるのも納得だ。

 そしてこのフレソウムの館の所在地だが、ゆうべ俺が謎の光を目撃した丘の上と一致する。

 

「ほーら、早く行きましょ♪」

 

「そ、そんなに急かさなくてもいいって!」

 

 しかし。ミッシェルによる半ば強引な案内が始まったため、それを思い出すことはなかった。

 

 

 

 宿屋から館へ続く、草花に彩られた歩道を歩く最中。俺はふとした点に気付いた。

 

「エグゾアはさ、メリエルを連れ去って、どうやって言うことを聞かせたんだろう? 素直に協力するはずないと思うんだけど……」

 

「きっと洗脳したのよ」

 

 即答するミッシェル。心なしか声は低くなり、彼女の内側に潜む怒りが感じ取れた。

 

「エグゾアのことを調べる内に、とっても腕の立つ技術研究者がいるっていう話を知ったの。本人がどんなに拒んでいたとしても、その研究者にかかれば簡単に洗脳されて言いなりになっちゃうらしいわ」

 

「ミッシェルの言う通り、エグゾアには気が触れた研究員がいる。自分達にとって有益となり得る人物を拉致し、洗脳を施している可能性が高い。きっとメリエルもその限りだろう」

 

「やっぱりそうなのね……」

 

 マリナは、メリエルの洗脳を裏付けるような発言をした。ミッシェルの表情が曇る。

 

「しかし……エグゾアがそんなことをしていたなど私は知る由も無かった。人体実験やアムノイドの件といい、調べるまで組織の腐った現実に気付けなかったのは恥ずべきことだ……」

 

 反省の意を示し、マリナは落ち込む。更に、疑問も零した。

 

「そしてもうひとつ。ミッシェルは『メリエルが拉致されたのは三年前』だと言ったな。本当に三年前の出来事なんだろうか?」

 

「え? んー……」

 

 言われて、ミッシェルは目を閉じて腕組みするが……。

 

「確かに三年前のことよ」

 

 間違ってはいないようだ。

 今度はジーレイが疑念を抱く。

 

「マリナは何故、拉致された時期が気になるのですか」

 

「食い違っているんだ。私の記憶では……」

 

 途端、マリナの言葉が止まる。何かを察知したかのような、はっとした表情を見せた。かと思えば、次の瞬間には平静に戻る。彼女の心境に何があったのだろうか。

 

「……いや、なんでもない。少し記憶が曖昧になっているだけのようだ。今言ったことは忘れてくれ。ミッシェル、疑うような口を利いて済まなかった」

 

「ううん、だいじょーぶ。全然気にしてないわよ♪」

 

 ミッシェルは寛大な心の持ち主のようだ。文字通り笑って許してくれている。

 僅かの間だったが、普段とは異なる反応を見せたマリナ。そこへ何を思ったのか、ジーレイが追求し始めた。

 

「僕は気になりますね。マリナ、あなたは僕達に隠し事でもしているのでは」

 

「そんなことは万に一つもない」

 

 きっぱりと言い切った。しかしジーレイはまだ勘ぐる。

 

「本当でしょうか」

 

「本当だ。……信じてほしい」

 

 鋭い眼差しでマリナを突き刺す。微かにだが険悪な空気が漂った。……しかし、これを塗り替えるのもまた、ジーレイだった。

 

「……ふふっ、すみません。ちょっとした意地悪をしてしまいました」

 

 ジーレイは先ほどまでの眼光を消し去り、穏やかな微笑を浮かべた。彼の意図がまるで理解できず俺は混乱する。

 

「意地悪って……ジーレイ、なに考えてるんだよ……」

 

「裏切ったとはいえ、マリナがエグゾアに所属していたという事実に変わりはありません。もしかすると正体はスパイであり、僕達を騙した上で始末しようとしている可能性も無いとは言えない。ですから、警戒して損はないと思いまして」

 

 にこやかに語ったが、その内容は気持ちの良いものではなかった。

 

「ジーレイさん! 仲間に向かってそんなこと……!!」

 

「そうよ! いくらなんでも、あんまりじゃない?」

 

 今まで黙っていたソシアとミッシェルが、眉を吊り上げて反論した。けれどもマリナは彼女達をなだめる。

 

「いいんだ、二人とも。どう足掻いても私は元エグゾアの人間で、怪しまれても文句を言えない存在なんだから。それに、いかなる場合でも警戒を怠らない用心深さがジーレイの長所だと、私は思う」

 

「そういうものなんですか……? 釈然としないです……」

 

 俺もソシアと同意見だ。まるで仲間を攻撃するかのような態度、簡単に納得など出来ない。

 ――などと考えていると、ジーレイは今までの発言をひっくり返すような呟きをした。

 

「……というような考えを述べてみましたが、僕達を始末するつもりであれば今までに機会は何度もありましたからね。スパイである可能性は限りなくゼロに近いでしょう」

 

「はぁっ!? じゃあ、なんであんなひどいこと言ったのよ!?」

 

「ですから申し上げたではありませんか。意地悪をしてしまいました、と」

 

「わけわかんな~い!」

 

 困惑するミッシェルの叫びが空に響いた。

 ジーレイの思考は一緒に旅をしている俺達でさえ、よくわからない。他人の意図を掴むことが出来ないのは当然だが、ジーレイの掴みどころの無さは常軌を逸している。今の「意地悪」も、本当は裏があるのではと思ってしまう。疑われるべきはマリナよりジーレイではないだろうか。

 

「え~っと……別のこと話そう!」

 

 こんな話を続けても埒が明かない。今しがた思い出した事柄があるので急遽、俺は話題を切り替えた。

 

「丘の上の館と言えばさ。昨夜、色んな色の光が宿屋から見えたんだ。ポワッと出たり、サッと消えたりしてた。あれってなんだったんだろう?」

 

 身振り手振りを交えて表現する。が、動きで色や光が伝わるはずもなく皆に首を傾げられる。そんな中、ミッシェルだけは理解していた。

 

「それは間違いなく、あたしの筆術ね。ビットの魔力と絵具を混ぜ合わせて使う術だから、すっごく幻想的な光景になるの♪」

 

「そういえばメリエルも、光る文字を描いて術を放ってたっけ。ゆっくり眺める余裕がなかったからうろ覚えだけど、昨夜の光と似てると思う! でも、なんで夜に筆術を……?」

 

 素朴な疑問の答えは、実にわかりやすいものだった。

 

「メリエル救出の旅にいつでも出られるように、毎日欠かさず筆術の修行をしてるの。昨日も庭で、術の精度を上げるために頑張ったわ」

 

「つまり、昼は画家として絵を描いて、夜は筆術師として努力しているんですね。ミッシェルさん、凄いです!」

 

 ソシアが尊敬の意を伝えると、照れながら頬を緩める。

 

「それほどでもないわよ。メリエルを連れ戻すために全力を尽くしてるってだけのこと。……もう二度とエグゾアなんかに負けたくないし、ね」

 

 俺はミッシェルから恐れや憂いを感じなかった。理由はわからない。強いて言えば、彼女の最後の一言が揺るぎなき決心に裏付けられていたから……なのかもしれない。



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第17話「割れた鏡」 語り:ゾルク

「よ~し、到着っと! みんな、あたしのうちへようこそ♪」

 

 丘を登り切ると、フレソウムの館が俺達を出迎えてくれた。

 間近で見る朱色の館は壮観であり、少しばかり圧倒されてしまった。建物に比例して庭も広い。ミッシェルが裕福な環境で育ったことが(うかが)える。

 早速、ミッシェルは扉に手をかける。……と、ジーレイが不意に声を発した。

 

「お待ちください。館の中から気配を感じます」

 

「気配ですか? でも、ここにはミッシェルさんしか住んでいないはずじゃ……」

 

 ソシアの言う通りである。しかしジーレイの表情は真剣。冗談ではなさそうだ。

 不思議に思っていると、ミッシェルの顔色が一変する。

 

「……胸騒ぎがする」

 

 それだけを呟いた直後、彼女は館の扉を慎重に開けた。そして俺達は目撃する。

 

「この有様はどういうことだ!?」

 

 マリナも動揺を隠せないほどの光景。館のエントランスホールは空っぽではなかった。豪勢な装飾や気品ある家具などで満ちているからだと思うかもしれないが、そういう意味ではない。

 ミッシェルしか住んでいない館なのに、狼や怪鳥、突然変異した植物などのモンスターが、このエントランスホールや上階に通ずる階段を悠然と闊歩しているのだ。

 これだけでも異常だが、更に信じ難い事実がある。

 

「そこら中、絵具で出来たモンスターでいっぱいですね……!」

 

 ソシアが述べたままの現象が起きていた。目に映る全てのモンスターは、例外なく絵具で構成されているのだ。

 体色は個によって様々。だが一体につき、たった一種類の色しか持ち合わせていない。そしてドロドロとした絵具特有の質感があった。

 

「この術、嘘でしょ!? ……いいえ、疑いようなんてないわ。やっぱり、そう。きっと、そう……!」

 

 目の前の出来事が信じられないらしく、ミッシェルは目を見開いた。しかし同時に、なんとか状況を理解しようともしている。

 

「心当たりがあるのか?」

 

 マリナに問われた彼女は一旦呼吸を整え、そして教えてくれた。

 

「……これはメリエルが得意な筆術、レインボーアニマライズよ。モンスターの絵を描いて、まるで生きているかのように動かせるの」

 

「ということは現在、メリエルがこの館にいる、と?」

 

 ジーレイの問いに対し、ミッシェルは決然と答える。

 

「ええ、いるわ。エンシェントの欠片を回収しに来たと考えて間違いない。欠片の封印はフレソウム家の人間に反応して解除される仕組みだから、エグゾアがうちの欠片を奪うためには、どうしてもメリエルをここに来させなきゃならないの。……つまり、旅に出る手間が省けたってわけね。今日のあたし、なんだかツイてるみたい」

 

 そう言いながら彼女は絵具のモンスター達を見つめた。その視線は真っ直ぐで、貫けるほど鋭くなっている。朗らかに談笑していた姿はどこにもない。

 

「とりあえずモンスターを倒さないと、欠片を封印してる部屋には行けないわね。……みんな、強いんでしょ? 一緒に戦ってちょうだい。あたしの筆術で全力サポートするから」

 

「勿論です。敵の数は多い。喜んで協力しましょう」

 

 ジーレイは即決し、俺達も静かに頷く。ミッシェルはこちらの意思を確かめた後、付け加えるようにこう言った。

 

「それと、メリエルに会ったら……説得したいの。洗脳が解けるかわからないけど呼びかけたい。わがままばっかりで悪いけど、どうしても手伝ってほしいわ。みんな、お願い……!」

 

 懇願する彼女の願いを、聞き入れないわけが無い。

 

「メリエルが僕達を前にして黙っているとは思えませんが、その時は」

 

「私達が助けになります!」

 

「ミッシェルが説得に専念できるよう最大限、努めると約束する」

 

「これも救世主の役目ってね!」

 

 俺達はミッシェルの支えになることを誓うのであった。

 

「ありがとね、みんな……!」

 

 感激に震えるミッシェルだったが、いつまでも浸ってはいられない。持ち前の切り替えの良さを発揮し、両腕を突き上げた。

 

「それじゃ、張り切っていくわよー!」

 

 この気合いと共に、全員でフレソウムの館の扉をくぐるのであった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第17話「割れた鏡」

 

 

 

「……っとと、その前に」

 

 入ってすぐのエントランスホールを勢いに乗って突っ切るのかと思ったら、ミッシェルはモンスター達の位置や状態を確認し始めた。まだ館に深く入り込んでいないため、モンスターは俺達に気付いていない。しかし、どうするつもりなのだろう。

 

「描く余裕ありまくりね。んじゃゾルク、ちゃーんと受け取ってよ♪」

 

「えっ、何を!?」

 

 突拍子もなく指名されてしまった。受け取る? 何を……?

 ミッシェルは戸惑う俺を置いてきぼりにし、大筆(たいひつ)を両の手で握った。装飾された菱形のビットが輝き、筆先から虹色の絵具が溢れ出る。するとエントランスホールの床をキャンバス代わりに何か描き始めた。

 絵は、瞬く間に姿を現す。……真っ赤な色の剣だ。虹色の絵具で描かれたというのに、真っ赤なのだ。

 神速の筆先が止まり、天を向いた時。ミッシェルは合図のように叫んだ。

 

「刺激をどうぞ!」

 

 絵は呼応するかの如く光り輝いて……。

 

「ルビーブレイド!」

 

 なんと…………平面の体をむくりと起こし、跳ねた。

 

「うええええ!? なんだそれ!!」

 

「うそ……絵が、跳ねるなんて……!!」

 

 俺とソシアはあからさまに仰天した。無言だがマリナとジーレイも目が点になっている。

 剣の絵はぴょんぴょんと弾み、こちらへ寄ってきた。

 

「……ひえっ! 俺の剣にくっついたぁぁぁ!?」

 

 更なる怪異。「失礼しますよ」と言わんばかりの動きで身をくねらせた真っ赤な剣は、俺の両手剣と融合したのだ。両手剣に、赤く輝き始めた以外の変化は無いようだが……とりあえず説明が欲しい。

 

「これがあたしの筆術! ……なんだけど、みんな驚き過ぎじゃない? 特にゾルク」

 

「だって、絵が起き上がって跳ねまわるところなんて初めて見たし……」

 

「まーとにかく! バンバンぶった斬っちゃってー!」

 

「ほんとにこのまま戦っていいの!? ……しょうがないから、もう何も気にしないことにする! いくぞっ!!」

 

 促されるがまま、剣技を放った。

 

裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 振り下ろした両手剣から生まれたのは、衝撃波。地を這い、何も知らないモンスターの群れへと突っ込んでいく。そして一匹の緑色の狼に命中した。

 狼は衝撃波をまともに喰らい、踏ん張れずに怯む。……ここまでは普段と同じ。いつもと違うのは、この先だ。

 通常なら裂衝剣(れっしょうけん)を数回は喰らわせないと、モンスターは倒れないだろう。……ところが緑色の狼は怯んだ後、自身の形を保てなくなり消滅。つまり俺は、たった一度の裂衝剣(れっしょうけん)でモンスターを倒してしまったのだ。

 

「威力が上がってる……!?」

 

 驚かないわけがない。両手剣をまじまじと見つめた。剣身は未だに赤く輝いている。ミッシェルの描いた真っ赤な剣は……もしかすると。

 

「なるほど。ルビーブレイドは物理面の攻撃力を強化するためのものであり、つまりミッシェルは味方を援護する筆術が得意なのか」

 

 ……せっかく気付いたのに、マリナに先を越されてしまった。どうせなら俺が言いたかった。

 

「そう、そのとーり! あたし、前に出て戦うのはちょっと苦手だけど、後ろからみんなをサポートするなら適任だと思うの♪」

 

 ミッシェルが微笑む一方で、ようやっと俺達の存在に気付いた絵具のモンスター達。その群れの中から狼のモンスターが三匹飛び出し、俺達の周囲を取り囲む。素早さでこちらを翻弄しようと企んだようだ。

 

「移動速度を上昇させる術はあるのか?」

 

「もっちのろーん!」

 

 マリナの要望に応え、ミッシェルは再び大筆を操る。虹色の筆先を走らせたが完成した絵は、やはりたったの一色。

 

「浮き足立つような感覚! アメジストウイング!」

 

 紫色に発光する一足のブーツの絵。だが、くるぶしに位置する部分からは鳥のような翼が生えており、ただのブーツではないことを物語っている。

 有翼のブーツは真っ赤な剣の時と同じく小刻みに跳ね、マリナの足にくっついた。その直後から、彼女が求めた通りの異変が起こる。

 

「この速さ……!」

 

 まるでエントランスホールに風が吹くかの如く、マリナはモンスター達の間をすり抜けてみせた。その事実に彼女自身も驚いている。現に俺は、駆けるマリナの姿を捉えられなかった。

 モンスター達も遅れて彼女の位置を把握し、やっと体を向き直していた。

 

「いける!」

 

 確信し、マリナは再びエントランスホールを駆けた。

 

落殺撃(らくさつげき)!」

 

 一気に間合いを詰めたかと思えば、ただ一匹に狙いを定めて足払いを繰り出し、宙を舞わせる。直後に、後方宙返りの動きで高く蹴り上げた。

 

「続けて、放墜鐘(ほうついしょう)!」

 

 宙返りから着地すると同時に、今度は残りの二匹を含めて銃撃。と言っても放たれたのはいつもの魔力弾ではなく、衝撃波だ。それは狼のモンスター三匹を易々と巻き込むほどの攻撃範囲を誇り、まとめて上方へ打ち上げつつ吹き飛ばした。

 連撃はまだ終わらない。それどころか。

 

「とどめだ! 爆陣蹴(ばくじんしゅう)!!」

 

 なんと、吹き飛ばされる三匹を走って追い抜き、あらかじめ落下地点を予測して脚技を繰り出したのだ。

 爆陣蹴(ばくじんしゅう)とは、前方に宙返りしてかかと落としを地にかまし、自身を中心に炎の円陣を生む技。この動作と非常に噛み合ったタイミングで三匹は落下。かかと落としと陣の炎の餌食となって力尽き、消滅していった。こちらを翻弄しようとした絵具の狼達は、逆に翻弄されたのである。

 マリナの攻撃は抑止力となったようだ。絵具のモンスター達は怖じ気づき、俺達に飛びかかってくるような素振りを見せなくなった。

 

「あたしの筆術、どーお? 強くて可愛くて独創的でしょ♪」

 

「可愛い……かどうかは判断しかねるが、素晴らしい効力だ。絵具のモンスターがこちらに恐れをなしている」

 

 マリナは筆術の効果を絶賛した。

 丁度その時、彼女の足に付加された有翼のブーツが紫色の光を失って静かに消えていくのを、俺は目にした。気付けば、両手剣からも赤の輝きが失われている。

 どうやら筆術の効果は永続的なものではなく時間制限があるらしい。ジーレイの攻撃魔術も発動したら永遠に発動しっぱなし……というわけではないのだから当たり前と言えば当たり前である。

 

「エンシェントの欠片の封印は、三階の奥の部屋にあるわ。急ぎましょ!」

 

 敵が動きを見せない今の内にとミッシェルは先を行く。俺達は彼女の背を追いかけた。

 

 

 

 ――三階の奥の部屋に辿り着いた時、ミッシェルは言葉を失った。

 エンシェントの欠片を安置するための台座の付近には、癖毛の男と真紅の女がいた。男は手に何か握っている。……あれこそ、エンシェントの欠片。どうやら遅かったようだ。

 だがミッシェルが絶句した理由は、欠片を奪われたこととは無関係。推測していたとはいえ、真紅の女の正体が彼女にとって衝撃的だったからである。

 

「メリエル……本物の、メリエル……!」

 

「むぅ?」

 

 かすれるような声で、ミッシェルは零す。癖毛の男がそれに気付き、真紅の女と共にゆっくりとこちらへ振り向いた。

 男は、土色の癖毛と漆黒の白衣、銀色の垂れ目が特徴的。初めて見る人間である。

 もう一人は、真紅の長髪をなびかせる、髪と同じ色のバトルドレスを身に纏った妖艶な女。……こちらは初対面ではない。過去に俺達と交戦したエグゾア六幹部の一員、鮮筆(せんひつ)のメリエルだ。両名とも服の左肩部にエグゾアエンブレムの装飾を施している。

 ミッシェルの姿を目撃し、癖毛の男が反応を示した。彼は何やら不可思議に思っていることがあるらしい。

 

「これはどうしたことでしょうかぁ? アナタは日中、絵を描きに外へ出かけ、帰宅するのは夕方以降のはずぅ。まさかこれほど早く帰ってくるとは……。データに頼り過ぎるのも考えものですねぇ。以後、改めるとしましょう」

 

 独特の語尾を交えてのフラフラとした喋り。あまりに奇妙で少したじろいでしまう。そんな俺をよそに、マリナは癖毛の男の名を叫んだ。

 

狂鋼(きょうこう)のナスター! メリエルだけでなく、お前もこの館に来ていたのか!」

 

「それはこちらの台詞ですよぉ。救世主様御一行もバレンテータルにいらしていたのですねぇ。その娘と一緒に現れるとは……運命すら感じます。それに、邪魔者除けとしてメリエルにばら撒かせていた絵具のモンスターをあしらってきたのでしょぉう? なかなかの実力。やりますねぇ!」

 

 狂鋼という二つ名がある点から察して、癖毛の男――ナスターも六幹部の一員のようだ。

 白々しい褒め言葉を無視しながらジーレイが忠告する。

 

「その手に握っているエンシェントの欠片、今すぐ返しなさい。さもなくば痛い目に遭わせますよ」

 

「どうやら我々エグゾアの企みに気付いたようですねぇ。そして、お返しするはずもございませぇん。アナタ方は一足遅かったのですから諦めてくださいなぁ」

 

 しかしナスターは余裕の態度を崩さない。口元を三日月のように尖らせて不気味な笑みを浮かべ、忠告を蹴るのだった。

 一方、ミッシェルは呼びかける。

 

「メリエル! ねえ、メリエルってば!!」

 

「あなた、誰? 気安く呼ばないでくれるかしら」

 

「誰って……あたしはミッシェル・フレソウム! あなたとあたしは双子の姉妹で、あなたはあたしの姉なの! 覚えてないの!?」

 

 メリエルは顔をしかめた後、鼻で笑う。

 

「突然なにを言い出すかと思ったら……私があなたの姉? 私には家族なんて一人もいない。ましてや、あなたのような妹なんて全く知らないわ」

 

「嘘よ! メリエル・フレソウムはあたしの姉よ! 双子だから、あたし達の姿はよく似てる! あなたはエグゾアに拉致されて、いいように操られてるの! いま居るこの館だって、あなたのうちでもあるのよ!? 思い出して!!」

 

 食い下がるように訴え続けた。だが……。

 

「何度言えばわかるのかしら? 家族と呼べる存在はいないわ。それにエグゾアは、なんの身寄りも無い私を拾ってくれた唯一の場所なの。拉致とか操られているとか家がどうのとか、ありえないわ!」

 

「そんな……!」

 

 必死の声も空しく、届かなかった。ミッシェルは全身の力が抜けたかのように座り込んでしまう。

 そんな彼女の様を、メリエルはまじまじと見つめていた。

 

「……あなた、本当に私とそっくりの容姿ね。大筆を持っているところまで同じなんて……どうして? 気味が悪いわ。不愉快だから、この世から消し去ってあげる!」

 

 そして排他的な感情を強め、攻撃に移ろうとする。そうはさせまいと俺達も戦闘態勢となり、隙だらけのミッシェルを庇うため前に出た。

 これから、エグゾア六幹部との戦いが始まる。

 

「……うっ!?」

 

 ――かと思われた。メリエルは急によろけ、自分の体を大筆で支える。その異変をナスターは見逃さなかった。

 

「おやぁ、メリエル?」

 

「う、ううっ……頭痛が……!?」

 

 途端、頭を抑えて苦しみ始めた。その姿は、見ているこちらにも痛みが伝わりそうな程。

 

「メリエル、どうしたの!? 苦しいの!?」

 

「なんなの、あのミッシェルという女……。双子……姉妹……家族……? 違う、私はずっと一人だった……うう……うわぁぁぁぁぁ!!」

 

「しっかりして!! メリエル!!」

 

 両膝を突いて絶叫するメリエル、それを案じるミッシェル……。両者の声は共に悲痛さを帯びている。

 ついにうずくまってしまったメリエルの背後では、ナスターが冷めた目をしていた。

 

「ふむぅ……仕方ありませんねぇ」

 

 そして不意に、彼の左手から電撃が走った。

 

「がっ!?」

 

 手から電撃が出ることにもびっくりしたが、それよりも驚いたのは……標的がメリエルだったこと。ナスターは自分の仲間を攻撃したのだ。彼女は気を失い、倒れてしまう。

 

「メリエル!? メリエルッ!! メリエルーッ!!」

 

 予期せぬ事態。ミッシェルは反射的に何度も叫ぶ。メリエルの元へ駆け寄ろうともした。だが、ナスターがいつまた電撃を放つかわからないため、俺とジーレイで肩や腕を掴み阻止した。……ミッシェルの心境がわかる分、とても苦しかった。

 

「どうして仲間に電撃を……まさか!?」

 

 ソシアが気付く……いや、ソシアだけではない。一連の光景を目の当たりにして全員が確信した。予想通り、メリエルは洗脳されているのだ。

 

「洗脳が解けるのを恐れ、わざと気絶させたか。どこまでも外道な奴め……!」

 

 マリナは激しく睨みつけた。するとナスターは素直に白状する。

 

「隠そうとしても無駄なようですねぇ……。ご想像の通り、メリエルにはボクが洗脳を施し、エグゾアの一員として迎え入れましたぁ。彼女の筆術の才能は本当に素晴らしく、戦闘組織にとって有ぅ用ぉ。その実力の高さから、すぐに六幹部の座に就きましたよぉ」

 

 漆黒の白衣を(ひるがえ)し、メリエルを軽々と肩に担ぎ上げ、ナスターは続ける。

 

「で・す・が、洗脳が解けかけてしまっては使い物になりませんねぇ。肉親の訴えが洗脳をも凌駕するとは……新たな課題を発見しましたぁ。次は、より強力な洗脳を施すことを目標としましょぉう」

 

「……ッ!!」

 

 言葉は無かったが、ミッシェルの激怒は伝わった。それは何故か。俺とジーレイによる拘束を強引に振りほどく程の力を、彼女が発揮したからだ。

 一歩前に踏み出し、唸るような声を押し付ける。

 

「すぐに、おろしなさい」

 

「ん~?」

 

 まともに返事をしないナスターだが、声の調子から拒否の意を感じた。構わずミッシェルは言い放つ。

 

「今ここでメリエルを返してもらうわ。そしてナスター、あなたは……ボッコボコに叩きのめしてあげる!! 覚悟なさい!!」

 

 大筆を握り締め、対峙した。激昂の叫びは俺達の心にまで届こうとする勢いだった。しかし奴は何とも思わないのか、取り合おうとしない。

 

「覚悟してあげられませぇん。今回の任務は達成したのです。これにてオサラバさせていただきますよぉ」

 

 怯みもせず、変わらぬ調子で退散を予告した。ふざけているようにしか見えないため、ミッシェルの怒りは更に増す。

 

「待ちなさい!! 逃げるんじゃないわよ!!」

 

「それでは、ごきげんよぉう」

 

 ミッシェルは床を蹴り、掴みかかろうと腕を伸ばした。だがナスターの足下にはいつの間にか、大人一人分の広さの小さな魔法陣が展開されていた。陣からは光が溢れ出し、漆黒の白衣を照らしていく。

 

「ナスター!!」

 

 あと、ほんの少し……ほんの少しで届くというところで、魔法陣の上のナスターは眩い光に包まれ、まるで幽霊のように姿を消した。担がれていたメリエルも一緒に。最後までナスターは、ミッシェルの怒りを受け止めようとしなかった。

 

「そん……な……。せっかく……会えたのに……」

 

 全身の力が抜けてしまったらしい。大筆は手から滑り落ち、腰はぺたんと床に下りる。声も、生気を失ったかのように、か細いものとなっていた。

 

「小型の転送魔法陣か……。ちぃっ、厄介なものを扱ってくれる」

 

 マリナは悔しさを滲ませた。言葉の通り、あの魔法陣は物体を転移させるためのものらしい。

 事前に情報を集めてミッシェルの留守を狙ったり、確実な逃走手段を用意していたりする辺りナスターは非常に用心深く、隙を見せてくれないことがわかった。

 

「ちくしょう、ナスターめ!!」

 

 俺は拳を握りしめ、天井めがけて奴の名を吐き捨てた。……しかし、やり場のない怒りを誰よりもぶつけたいのは、彼女のはず。

 

「……許さない」

 

 座り込んだまま(うつむ)き、ミッシェルは発した。真紅の長い髪が前に垂れ、彼女の顔を隠している。体と声は震えていた。

 

「ナスター……あたしはあなたを許さない……許さないから……!!」

 

 表情は見えなくとも、彼女の心は確かに見える。俺達は声をかけることなく、この場を保った。

 

 

 

 ミッシェルが普段の調子を取り戻すのに、充分な時間が経過した。

 気付くのが遅くなったが、館からは絵具のモンスター達が消滅していた。おそらく、メリエルが気絶した時点で術が解けたのだろう。先ほどまでは慌ただしい戦場だったのに今は、ひどく静まり返った、ただの立派な館である。

 エントランスホールまで下り、俺達がミッシェルに別れを告げようとした時。彼女は突如、こんなことを言い出した。

 

「ねえ、みんな。あたしも旅に加えてくれないかしら。……いいえ、この言い方はちょっと違うわね。あたしも旅に加わるわ!」

 

 胸を張った、堂々の宣言。意気込みはまだ続く。

 

「エンシェントの欠片は奪われたから守らなくてもよくなっちゃったし、メリエルを追いかけるなら、あなた達と一緒の方が色々と都合が良さそうだし! 断られても受け入れられなくても、何が何でもついていくつもりよ♪」

 

 まるで無邪気な子供のような、この上ない満面の笑みである。どうやら、こちらに選択権は無いらしい。

 俺がミッシェルの強引さに内心で困惑していると、ソシアが口を開いた。

 

「私は賛成です。家族を取り戻したいっていう気持ち、痛いほどわかりますから。それにミッシェルさんが来てくれたら、もっと賑やかな旅になりそうです!」

 

 ミッシェルに負けないくらいの、明るく可憐な笑顔を見せた。

 

「僕も構いませんよ。あなたの事情は把握しましたし、戦力としても申し分ないと思いますので」

 

 ジーレイもすんなりと同意した。こういうことに一番文句を言いそうだと思ったのだが、それは俺の見当違いだったようだ。

 

「私も異存は無い。ゾルク、お前はどうだ?」

 

 マリナも快諾。最後に意見を聞かれたが……そんなの決まっている。

 

「そりゃあもう、喜んで迎えるさ。ミッシェル、これからよろしく!」

 

「ええ。こちらこそよろしくね、みんな♪」

 

 ただならぬ想いを胸中に秘め、双子の姉を救いたいと願う筆術師(ひつじゅつし)ミッシェル・フレソウム。彼女を俺達の新たな仲間として加え、バレンテータルでの出来事は幕を下ろすのであった。



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第18話「自分自身」 語り:マリナ

「んで、これからどうするの?」

 

 フレソウムの館、エントランスホールにて。

 屈託の無い笑顔で問うのは筆術師ミッシェル・フレソウム。たった今、私達の旅への同行が決まったばかりである。

 頼もしい仲間が加わったのはいいのだが、今後の行動については未定。しかし当てがないわけではない。

 

「ナスターを追いかける以外なさそうだな。だからメノレードへ行こうと思う。奴はあそこへ向かったに違いない」

 

 私は率直に提案した。すかさずジーレイが理由を尋ねる。

 

「その根拠は」

 

「あの町にはナスターの拠点がある。ひとまずそこでメリエルを洗脳し直そうとするはずだ」

 

「確かに、再洗脳の可能性は大いにありますね。洗脳が解けかけたまま放置するなど、エグゾアにとって不利益しかない。信用に値する情報です」

 

 するとミッシェルが意気込みを見せる。

 

「それじゃ、行き先はメノレードに決定ね。エンシェントの欠片を取り返して、メリエルも助け出してみせるわ!」

 

 決意あふれる表情と共に、拳が突き上げられた。しかし彼女とは逆に、浮かない顔のソシア。

 

「メノレード……あんまり良い噂を耳にしないので気が進まないです」

 

「ええ……? どういう町なんだ?」

 

 リゾリュート大陸の人間であるゾルクは知らなくて当然だ。私が教えてやろう……と思ったが、先にジーレイが説明を始めた。

 

「通称、発展途上都市メノレード。創りあげられた直後から急成長を遂げ、今なお開発が進むセリアル大陸随一の大都市です。出来れば、関わりを持ちたくない場所でもありますがね」

 

「話を聞くと結構すごそうな町なのに、印象が悪いのはどうして?」

 

 ジーレイより先に、ミッシェルが口を開く。

 

「セリアル大陸には国がないし、『王様』っていう国を治める存在もいないの。そんな中で大都市が生まれても治安は悪くなるだけなのよ。メノレードに住んでる人間は荒っぽいのばっかりだって話だから尚更ね。ずーっと昔には、セリアル大陸にも王様がいたっぽいんだけどねー。現代じゃ、各地の町がそれぞれでなんとか統治してるって感じ」

 

 聞き終えたゾルクは目を丸くした。

 

「へぇ~! ミッシェルって真面目な解説も出来るんだ! びっくりしたよ」

 

「感心したの、そこ!? あたしをなんだと思ってるのよっ!」

 

 予想もしなかったであろう返答を受けた彼女は、頬を膨らませてゾルクを睨むのだった。

 

 

 

 メノレードはセリアル大陸北部に位置する都市。辿り着くには大陸本土へ戻らなければならない。

 そこで経路を考えた結果、船でまた工業都市ゴウゼルへ行き、そのまま通り過ぎて北の橋を渡り、更に北東の荒野を進むこととなった。

 

 

 

 バレンテータルの港から船に乗り、予定通りゴウゼルへと戻ってきた。乗船している間、やはり私は客室で寝込む破目となっていた。この体質、いつかは改善したい……。

 到着するなり、町の縦断を開始。付近の工場からは相変わらず黒い煙が立ち昇っている。

 途中、以前の騒動で機械の巨人に壊された家屋を発見した。まだ完全には修復されておらず、応急処置のためか丈夫な素材の白い布が覆いかぶさっている。この状態の家屋は他に何軒もある。全ての建物が元通りになるには、まだまだ時間が必要らしい。

 町の光景を眺めて歩いている内に、ゾルクはあることを思い出した。

 

「そういえばさ、アシュトンはあれからどうなったんだろ?」

 

「さあな。ずっと宿屋に留まっているはずもない。別の秘密施設で兵器の製造に携わっている、という線が濃厚だろう。そう簡単に改心するタマにも見えなかったからな」

 

「……そっか」

 

「ねーねー、アシュトンって誰?」

 

 力無く返事をするゾルクをよそに、ミッシェルが訊く。ゴウゼルでアシュトンと戦った話は、まだ彼女にしていなかった。

 

「この町で戦った、エグゾア構成員の一人です。実はですね……」

 

 詳細を教えたのはソシアである。出来事を把握したミッシェルは、難しい顔をした。

 

「ふ~ん。そんなことがあったの。なかなかしんどい道を選ぶのね、ゾルク」

 

「しんどくても、アシュトンを助けなきゃ気が済まなかったんだよ。これから先、同じようなことが起こったとして、きっと同じように行動する。『救える可能性がある命は救う』って心に決めたんだ」

 

 アシュトンを助けると宣言した時の、真剣な眼差し。それを以てミッシェルに返事をした。

 

「超熱血って感じね~。勢いばっかり目立っちゃってる。でもあたしは嫌いじゃないわよ、そういうの。なんか救世主っぽいし♪」

 

 彼女は優しく微笑み、ウインクを添えて答えた。

 

「ありがとう、ミッシェル」

 

 ゾルクも笑顔を返したが……その直後。

 

「……そうだよな。あいつ、改心なんてしてないよな……」

 

 心なしか残念そうに呟いた。誰にも聞かれないようにと考えたのか、それはとてもとても小さな声。図らずも私の耳にだけは飛び込んできたのだが、どんな言葉を述べても野暮にしかならないと思い、何も言わなかった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第18話「自分自身」

 

 

 

 ゴウゼルを後にし、北へ。

 セリアル大陸を東西に横切る大河にかかった橋を渡る。その先で私達を出迎えたのは、目一杯に広がる荒野だった。

 薄みのある赤茶色の乾いた地面を、曇り空の彼方から届いた風が撫でる。奥には不規則に尖った岩場も見えており、生命の息吹を感じさせない環境と言える。

 そのせいか周辺に潜むモンスターの姿形も、これまでに多く遭遇してきた動物然としたものとはかけ離れた「異形」が多い。

 黄色い筒状の体から何本もの触手を生やした軟体生物、イエローローパー。頭蓋骨を模したガス状の精神体、エクスガス。意思を宿した岩石、コローン。人間のように二足歩行して古びた剣を振り回すトカゲ、リザードマンなど。ひと癖もふた癖もある。

 ちなみに私達は現在、前述した四体のモンスターと遭遇し、戦闘中だ。

 

「潰しなさい。シャドウハンマー」

 

 エクスガスが、ジーレイの魔術で圧殺された。……「精神体を圧殺」と聞くとおかしく感じるかもしれない。しかし彼が放ったのは、黒の大槌を落下させて敵を叩き潰す闇属性の下級魔術。魔術であるため、実体を持たない精神体にも効果はあるのだ。

 一方で私はイエローローパーを狙い、ソシアはリザードマンの相手をしていた。ミッシェルは己の持ち味を活かすため、後方で援護役に就いている。そしてゾルクはと言うと……。

 

「ミッシェル、助けて! こいつ意外とパワーが凄い……!」

 

 岩石のモンスター、コローンを相手に苦戦していた。歯が立たず後退を余儀なくされている。

 コローンは小柄ではあるが、岩石ゆえにこちらの物理攻撃が通りにくい。加えて重量もあるため、体当たりをまともに喰らってしまうと致命傷も免れないだろう。体力も腕力も持ち合わせているゾルクなら大丈夫かと思って任せたのだが、そう上手く事は運ばなかったらしい。

 

「もー、しょうがないわねぇ」

 

 ゾルクの言葉は、ミッシェルの耳にしっかりと届いた。ぼやきながらも大筆を豪快に振るい、虹色の絵具を周囲に撒き散らしながら、赤茶色の荒野に筆先を押しつける。

 

「刺激をどうぞ! ルビーブレイド!」

 

 フレソウムの館でも見せた独特の魔術――筆術を繰り出した。あの時と同じように真っ赤な剣の絵を描くと、やはり絵はむくりと起きる。それは戦いの場に似つかわしくないほど軽快に弾みながら移動し、ゾルクの両手剣と融合した。

 

「そんでもってー!」

 

 大筆は、まだ休まらない。

 

「硬ーくしちゃうわ! ガーネットアーマー!」

 

 続いて出来上がったのは、黄色みを帯びて光り輝く頑強な鎧の絵。平面の体を起こし、跳ねまわってゾルクの体にピタッとひっつき、融け込んでいった。

 

「よし! 攻撃力も防御力も強化されれば、あいつなんて怖くないぞ!」

 

 ゾルクが言うように、これらは物理攻撃力と物理防御力を上げるための筆術である。彼は両手剣を構え、コローン目掛けて意気揚々と駆けていく。……ところが。

 

「ぶべっ!?」

 

 転倒。間抜けな悲鳴を上げ、顔面を地に強打した。滑る要素など一切無い荒野で何故、彼はこのようなドジを……。

 考察する間も無く、コローンが隙を突いて体当たりを仕掛けてきた。

 

「ゾルクさん、危ない!」

 

 ソシアが身を案じる。それしかできない。援護射撃が間に合わない距離だからだ。私の位置からでも弾丸はすぐに届かない。ミッシェルも止められる位置に居ない。ジーレイの魔術など、詠唱を要するため以ての外だ。

 コローンは全重量を、まだ四つん這いのゾルクへ容赦なくぶつけた。

 

「ぐうぅあっ!!」

 

 横腹に直撃を受け、勢いよく吹っ飛ばされてしまった。尖った小石が散乱した荒野を転がるせいもあり、全身が傷だらけになりかねない。……ミッシェルの筆術が無ければの話だが。

 

「いてて……でも、思ったより効いてないぞ」

 

 筆術ガーネットアーマーのおかげで被害は最小限に抑えられたようだ。ゾルクは自身の無事を確かめるとすぐさま起き上がり、両手剣の切っ先をコローンに向けて走り出す。

 

「お返しだ! 閃空弾(せんくうだん)!!」

 

 両手剣が黄金色に輝いて光に包まれる。その状態で突進する様は、まさに巨大な光の弾丸。コローンは、弾丸の如き突撃を避けられなかった。その身に深く剣身を迎え入れたまま静かに消滅していく。

 その後は特に何事も無く、私とソシアで残りの二体を倒して戦闘終了。直後、ソシアはゾルクに駆け寄り治癒術を唱えた。誰に頼まれるでもない、彼女の優しさからくる行動である。

 

「……はい。これで傷は塞がったはずです」

 

「ありがとう、ソシア。まさか絵具で滑って転ぶなんて、思いもしなかったよ」

 

 ボサボサの金髪を掻きながら失態を振り返った。転倒の原因となったのは絵具だったのだ。蒼いブーツの底にベッタリと付着している。これを荒野に点々と落としたのは……考えるまでもなく、ミッシェルである。

 

「ごっめーん! ちょ~っと撒き散らし過ぎちゃった」

 

 困り顔の前で両の手を合わせ、謝罪する。ゾルクは「ミッシェルらしいよ」と苦笑しながら許すのだった。

 

「筆術とは便利な魔術ですが、このようなデメリットもあるのですね。頭に入れておきましょう」

 

 ジーレイは一歩引いた視点から皆の様子を見守りつつ、自身の知識を増やしていた。こうやって一人黙々と蓄えてきた知識があるからこそ、彼は仲間に的確な助言を与えることが出来るのだ。

 荒くれ者の多いメノレードだろうと、これほど個性的なメンバーが揃っていれば苦もなく切り抜けられるかもしれない。

 

 

 

 赤茶色の荒野を進んでいくと、灰色の巨大な外壁を捉えられるようになってきた。外壁の向こうには塔のような建造物が無数に見える。

 歩みを進めるにつれ、徐々に外壁が視界を埋め尽くしていく。すぐそばにまで迫った頃には灰色一色となっていた。

 

「荒野にそびえる、城壁のように堅牢な囲い。流石は発展途上都市といったところでしょうか」

 

 そう。ジーレイの言う通り、ここが目的地のメノレードなのである。彼もこの町に来るのは初めてだそうで、感情の起伏は小さいながらも珍しく驚きの声をあげていた。

 

「凄いなぁ~! 下手するとケンヴィクス王国の首都よりデカイかも。なあみんな、早く入ろうよ!」

 

 ゾルクは目を輝かせてはしゃいでいる。栄えた都市がよほど楽しみなのだろうか。まるで十歳にも満たない子供のようだ。

 

「おい、事前に解説を受けただろう? メノレードは荒くれ者の巣窟なんだ。過度に期待するんじゃないぞ」

 

「へへんっ。巣窟がなんだっていうのさ。こんなに立派な町が荒くれ者で溢れてるなんて、きっと噂に尾ひれがついただけだよ」

 

 ゾルクは私の忠告をまともに受け取らず、鼻歌混じりに外壁の門をくぐるのだった。

 ……そして意気消沈する。

 

「な、なるほど。よくわかったよ……」

 

 私達が門をくぐり抜けた先には、厳つく目つきの鋭い屈強な男共が蔓延(はびこ)っていた。何層にも積み重なった立派な塔のような建物や小綺麗な店などの町並みは、彼らには勿体無い。

 荒らされた後と思わしき家屋もたまに見かける。「無法地帯」の四文字が頭をよぎった。何度も言うがこの大都市は、どこもかしこも荒くれ者ばかりなのである。

 

「むさ苦しい上、殺気にまみれた町ですね。僕の予想を少し上回っていました」

 

 ジーレイは眉間にしわを寄せて露骨に嫌悪した。対して、町を庇うかのようにソシアが口を開く。

 

「でも、メノレードは最初からこんな風だったわけではないんですよね。昔は本当に立派な大都市だったけれど、余所(よそ)から来た人間に荒らされてこうなってしまった、という話を聞いたことがあります。元々ここに住んでいた人々は余所者(よそもの)に追い出されたとか……」

 

「要するにメノレードは乗っ取られた町ってことか。まるでエグゾアのやり方みたいだ」

 

 腕を組みながら、への字口を作るゾルク。なかなか鋭い発言である。私は彼の感想を補足した。

 

「現に、メノレードからエグゾアに加入した人間は大勢いる。ナスターはメノレード創立当初から秘密裏に拠点を置いていたはずだから、荒くれ者達を勧誘していた可能性もある。とまあ様々な理由があり、外部の人間はメノレードと関わりを持ちたがらないんだ」

 

「見た目以上に危ない町なんだな。でも、どうにかしてナスターの手掛かりを掴まなきゃ。……みんな、俺から離れないでくれよ……?」

 

 ゾルクは用心して行動すると決めたようだ。しかし弱気な台詞から察するに、メノレードの住人に対して恐れをなしているらしい。

 

「全く……そんなに怯えなくてもいいだろう。シャキっとしろ、シャキっと!」

 

「あいてっ!? マリナ、そんなに叩いたら背中が腫れちゃうよ……」

 

 臆病な態度でいると舐められ易くなるが、堂々としていれば無闇に絡まれることもないだろう。ゾルクは決して弱い人間ではないのだから自信を持ち、胸を張っていればいいというのに……勿体無い。

 

 

 

 時間をかけ、メノレードを隅々まで巡った。しかし目当ての情報が見つかる気配はない。

 聞き込み自体も思うようにいかず、無理矢理に因縁をつけられて危うく戦闘になりそうにもなった。町中で暴れるのは本意ではないためその場はなんとか凌いだが、荒くれ者が多い分どうにも苦労が多い。これに比べたら、バレンテータルの住人に振り回されるほうが幾分かマシだった。

 

「手掛かり、見つかりませんね……」

 

「早くしないとメリエルが危ないっていうのに……もどかしいわねぇ」

 

 ソシアは肩を落とし、ミッシェルは焦りを見せる。ナスターの拠点があることはわかりきっているのに、こうも居場所を掴ませないとは。悔しいが、敵ながら見事である。

 困り果てる中、とある大規模な施設の前を通りかかった。施設の入口付近には、幾種類もの武器の彫刻や闘士の像などが飾られていた。

 ゾルクはこの施設が気になったのか看板に目をやる。

 

「……闘技場?」

 

「メノレードのシンボルであり、暴漢の増加に拍車をかけた原因でもある施設です。腕っぷしに自信を持つ者が、セリアル大陸中から集まっているらしいですよ。いわゆる『暇人の集い』ですね」

 

「初めてこの町に来たんだろ? そのくせによく知ってるなぁ」

 

「悪い噂は、スラウの森に引きこもっていても耳まで泳いでくるのですよ」

 

 皮肉気味にジーレイが解説する。どこか呆れており毛嫌いしている風にも見える。それほどまでに、この町が肌に合わないのだろうか。難儀な話である。

 

「お、あんたら旅の人かい。ちょいと良い話があるんだが、聞いてかないかい?」

 

 闘技場を眺めていると、見知らぬ男に声をかけられた。ボロ布を纏ったみすぼらしい外見だが強靭な体躯をしており、ハルバードを背負っている。布の下には防具も見えた。おそらくこの男も戦士なのだろう。

 それでこの男への対応なのだが……どうせ、ろくなことではないだろう。厄介事に巻き込まれないようにと私達は一致団結。男に目もくれず通り過ぎることを決めた。

 

「おいおい、無視しなくてもいいだろ? すんげぇ宝が手に入るチャンスだってのによぉ」

 

「宝ぁ!?」

 

 目を輝かせて威勢よく反応したのはゾルクだった。一人でも受け答えしてしまっては折角の団結が水の泡。四人で溜め息をつく。

 

「へへっ、食いついてきたねぇ~! その宝ってのは、そこらのビットなんか比べモンになんねぇくらいの魔力を蓄えてる物体で、確か……そうそう。『エンシェントの欠片』っていう魔力の塊なんだと」

 

 ……予期せぬ言葉が飛び込んできた。

 

「「「えええっ!?」」」

 

 ゾルク、ソシア、ミッシェルの三人が、揃って素っ頓狂な声をあげた。声に出さないだけで、ジーレイも私も驚いている。ゾルクの軽率な行動が欠片に繋がるとは。世の中、何が起こるかわからないものだ。

 

「そんなにびっくりして、どうしたんだよ?」

 

「う、ううん。なんでもないよ! ……でさ、エンシェントの欠片はどこに行けば手に入るの?」

 

 怪訝な面持ちで見られたが、ゾルクは上手くかわした。

 

「もうすぐ、そこの闘技場で闘技大会が開かれるんだが、優勝賞品がエンシェントの欠片でね。見たところ、あんたらは腕が立ちそうだ。大会が盛り上がるかもと思って誘ったんだが……」

 

「受付どこ!?」

 

「それなら闘技場に入ってすぐのロビーにある」

 

「わかった! ありがとう!」

 

 返事もそこそこに、ゾルクは闘技場へ向けて走り出した。遅れまいと、私達も彼に続く。

 

「え? お、おい! ……もう行っちまいやがった。(せわ)しない奴らだなぁ」

 

 私達が急ぐ理由を、男は知る由もない。呆気にとられたまま首を傾げるのだった。

 

 

 

 闘技場のロビーに入るなり、私達は目撃した。透明なケースの中で厳重に保管されている、エンシェントの欠片を。そばには、ご丁寧に『優勝賞品』と書かれた札が添えられている。

 この場で奪うことができれば大会など参加せずに済むのだが、ケースは堅牢な造りのうえ見張り役も何人かつけられている。余計な真似はせず、素直に大会で優勝して手に入れるのが最善のようだ。

 欠片の周りには、参加受付を済ませたであろう戦士達が群がっていた。売り払えば大金に化けるこの物質を大勢の人間が狙っているのだ。

 

「エンシェントの欠片が飾られてある! 優勝賞品になってるって本当だったんだ……! しかもあれは……」

 

「あたしのうちにあった欠片よ! あの形、間違いないわ!」

 

 ゾルクの言葉に乗っかり、ミッシェルは断言した。

 ……これはどういうことだろうか。フレソウムの館に封印されていたエンシェントの欠片は、ナスターが所持しているはず。しかしこれでは「ナスターが闘技場に欠片を差し出した」ということになる。エグゾアにとっても貴重なはずの物質を簡単に手放すとは、何を企んでいるのだろうか……。

 

「ということは、やっぱりナスターはこの町にいるんですね。でも、どうして欠片を闘技場に置いていったんでしょう……?」

 

 ソシアは頭を悩ませるが、ジーレイがそれを遮る。

 

「考えるのは後にしましょう。どうやら時間が残っていないようなので」

 

 受付から声が流れる。もうすぐ大会への参加受付を締め切るという趣旨のアナウンスだった。

 

「とのことです。ちなみに闘技大会はトーナメント形式で、参加枠はあと一人分しか余っていない模様。早急に参加者を決めなくてはなりません」

 

「じゃあ、出たい人は手を上げることにしよう」

 

 ゾルクが仕切り、皆、その方法に応じる。

 

「せーのっ!」

 

 合図と共に、片腕を真上に伸ばした。

 

「……あれっ、俺だけなの……?」

 

 予想した結果と違うのか、点になった目で私達の顔を見渡す。

 ミッシェルは次のように述べた。

 

「だって、あたしは一人で戦うのに向いてないし~」

 

 ジーレイの言い分は、こう。

 

「汗臭い場所に放り込まれるのは僕の性分ではありません」

 

 ソシアも意思を表に出す。

 

見世物(みせもの)として戦うのは、あまり好きではないので……」

 

 私も不参加の意を示した。

 

「今はそんな気分ではないんだ。意欲のあるお前が適任だろう」

 

「そりゃあ、腕試しもしてみたいから手を上げたけどさ……本当に俺でいいの?」

 

 どういうわけかゾルクはだんだんと小声になり、不安そうな様子を見せる。やはり自信が無いのだろうか。それならばと、私は彼の背を押すことに。

 

「いい。お前で決定だ。どうして不安がっているかは知らないが、お前は旅の中で着実に成長している。だからもっと自信を持て。……わかったら、さっさと受付に行ってこい。時間が無いんだぞ」

 

 ……何故だろう。ゾルクを励ますのが、少しばかり気恥ずかしかった。言い慣れないことを口にしたからだとは思うが。

 

「うん! ありがとう、マリナ。全力を尽くしてくるよ!」

 

 しかし、おかげでゾルクの表情は晴れた。いつもの調子を取り戻し、彼は宣言する。が、その直後。

 

「……それはいいんだけどさ。なんか、みんなから押しつけられた感があるんだよな……」

 

 ()ね気味にボソボソと呟いた。不安になった真の理由は、どうやらこれらしい。皆、そんなつもりではないと思うのだが……。

 

「ゾルク、エンシェントの欠片がかかっているのです。負けたらお仕置きですよ」

 

「そんなこと言うならジーレイが出てくれよー! あんた、めっぽう強いだろ!?」

 

「先ほど申し上げたではありませんか。汗臭い場所は嫌いです、と」

 

「理不尽だー!!」

 

 ……ジーレイだけは確かに、役目を押しつけていたかもしれない。

 

 

 

 ゾルクの参加受付も済み、いよいよ闘技大会が始まろうとしている。

 闘技場の舞台は、巨大な円形の石床の上。天井は設けられておらず野外での戦闘に等しい。今日も魔皇帝の呪いによる曇天のため、天井の有無は戦いに影響しなさそうだ。

 外周は適度な高さの壁で覆われており、壁のてっぺんは観客席となっている。私達は席に座り、今か今かと待ち続けていた。

 観客席はほぼ満席。観戦のために来場した荒くれ者で埋め尽くされており、賑やかを通り越して、ただひたすらにうるさい。中には、誰が勝ち進むか賭けを行う者も。

 

「粗暴な輩ばかりでむさ苦しく、やかましいな。ソシア、平気か?」

 

「……は、はい。我慢できます」

 

「さてはジーレイめ……ここの空気に耐えられないから、ミッシェルに付き添ったんだな」

 

 ジーレイとミッシェルはこの場に居ない。ゾルクが大会に参加している間は暇なので、ミッシェルの意思を尊重してナスターの捜索に向かったのだ。私とソシアは、ゾルクを見守りがてら待機しているというわけだ。

 

「お二人だけで探しに行くなんて、大丈夫でしょうか……」

 

「心配ないさ。ジーレイが付いていれば危険な目に遭うこともないだろう。案外、ミッシェルもトラブルをかわすのは上手かもしれないしな」

 

「それもそうですね。……あ、そろそろ第一回戦が始まるみたいですよ!」

 

 舞台の東と西に構えられた、鉄の門。ゆっくりと引き上げられていき、完全に開いたところで出場者の顔を確認できた。

 それぞれの門の内側から舞台へと、彼らは足を踏み入れる。片方は、巨大な金棒を握った巨漢の戦士。もう一方は金髪蒼眼、蒼の軽鎧を纏った剣士である。

 

「ゾルクさーん!! 頑張ってくださいねー!!」

 

 ソシアは、周りの騒がしさに負けないくらいの声援を送る。ゾルクはそれに気付いたらしく、手を振って答えてみせた。緊張している様子は無く、かといって調子に乗り過ぎているようでもない。極めて良好な状態で試合に臨むようだ。

 ゾルクは背の鞘から両手剣を引き抜き、構える。この瞬間、金棒の戦士との間に睨み合いが生じた。

 

「いよいよですね……!」

 

「ああ」

 

 ソシアが固唾を呑む中、ついに試合開始の合図が下された。ゾルクと戦士は瞬く間に互いの距離を縮め、武器を激しくぶつけ合う。

 同時に、周りの観客の叫び声が格段に増した。賭けのため祈りを込めて応援する者や、どっちも倒れろなどと暴言を発する者もいる。

 

「負けないでー!! ゾルクさーん!!」

 

 やはり周囲に対抗し、ソシアが声を張り上げる。厳つい男達に紛れて応援する少女の図は、極めて異質である。

 そんな中。観客席の奥から何者かがこちらを見つめていることに、私だけが気付いた。目を向けると……。

 

「なんだと……!?」

 

 自分の視覚情報を疑ってしまった。しかし幻ではない。あの三日月口の不気味な笑み、土色の癖毛、漆黒の白衣。視線の先に居たのは紛れも無く、狂鋼(きょうこう)のナスター……! まさか町中ではなく闘技場に姿を現すとは。

 互いに目が合った後、ナスターは後ずさりする。身を隠そうとしているのだ。ここで見失うわけにはいかない。すぐに追いかけなければ。

 

「……え!? マリナさん、どうしたんですか!?」

 

 説明する暇はなかった。……正確に言うと、説明できなかった。何故かと言うとそれは、奴と一対一で話さなければならないことがあるから。

 この機会は逃せない。悪いと思いつつも、呼び止めるソシアを完全に無視。人込みをかき分けながらナスターを追跡するのだった。

 

「速い……もう行っちゃった。なんであんなに慌てていたんだろう……?」

 

 私の突然の行動を理解できず、ソシアは困り果てるしかなかった。

 

 

 

 ナスターは闘技場の外にある倉庫の中に逃げた。だが、そこは人気の無い行き止まり。奴は追い詰められる形となったのだ。

 

「おやおや、たった一人で追いかけてくるとはぁ。いいのですかぁ? お仲間を呼ばなくても」

 

 ……追い詰められたというのに余裕は崩れない。これでは逆に、私がナスターにおびき寄せられたようではないか。

 このまま奴のペースに巻き込まれてはいけない。平常心を保たなければ。

 

「無駄口を叩くな。メリエルをどこにやった! そして、闘技場のエンシェントの欠片……あれはどういうことだ? 何を企んでいる!」

 

 この問いに答えるのは、つまらなさそうだった。

 

「何をおっしゃるかと思えば……。メリエルなら、以前よりも強力な洗脳を施した上でセントラルベースに帰還させましたぁ」

 

 ……手遅れだった。メリエルの再洗脳は、既に完了していたのだ。

 

「次に欠片ですが、それはボクがわざと寄付し、餌にしたのですよぉ。アナタ方をおびき寄せて始末するためにねぇ。バレンテータルでは色々と不都合がありましたがぁ、今回は心置きなく戦えまぁす」

 

 これで、エンシェントの欠片が闘技場の賞品となっている謎が解けた。全てはナスターの罠だったのだ。だが不可解な点もある。

 

「はぁ……? 始末するのが目的ならば、今すぐ私を殺しにかかればいいだろう。何故そうしない」

 

「まあまあ、焦らない焦らない。せっかく闘技場というおあつらえ向きのステージがあるのですから、そこで五人まとめてお相手して差し上げますよぉ。今はお二人ほどいらっしゃらないようなので、頃合いを見て襲撃する所存でぇす」

 

 口角をこれでもかと吊り上げ、自信満々。堂々と抹殺を宣言するとは。奴が六幹部の一員であるとはいえ私達も軽視されたものだ。……いや、今はそれを気にする必要はない。本題は次にある。

 

「……もうひとつ、どうしても貴様に訊いておきたいことがある」

 

「探究心旺盛ですねぇ」

 

 呆れ気味な態度を見せるナスター。私は奴をじっと睨みつけ、ついに切り出した。

 

「ミッシェルの話では、メリエルは今から三年前に誘拐されたという。だが、私の記憶ではそうなっていない。メリエルはそれよりも前の……少なくとも七年前から六幹部の座に就いていた。……この記憶の矛盾、どういうことなんだ。まさか私もメリエルと同じく洗脳され、貴様に記憶を……」

 

 ここで言葉を途切れさせてしまった。これ以上のことを声に出すのが……恐ろしくなったのだ。

 嘘の記憶を植えつけられているのかもしれない。今までの行動や使命は全て偽物なのかもしれない。そう思うと……胸が締め付けられてしまう。頭の中が真っ白になってしまいそうだ。

 

「グフ、グフフフフフ」

 

「な、何がおかしい!」

 

 ナスターは笑いを堪えようとしたらしいが、耐えきれず外に漏らした。何故いきなり笑い始めたのかは不明。当然、私は腹を立てた。だが奴はお構いなし。

 

「なるほどぉ。単身で乗り込んできたのには、そういう理由があったのですねぇ。下手にお仲間に話せば疑いをかけられかねませんものねぇ。勇気を振り絞って打ち明けてくださり、ありがとうございまぁす」

 

 丁寧にお辞儀の仕草をする。それが私の神経を逆撫でしていること、ナスターはわかっているのだろうか。

 

「でもその矛盾、単にアナタが勘違いしているだけではありませんかぁ? まずアナタを洗脳したり記憶の操作をしたりする理由そして利点が、ボクにはありませぇん。洗脳せずとも最初からエグゾアに忠誠を誓っていたわけですしねぇ。というわけでボクは何も存じ上げませんよぉ~」

 

「私は真剣だ!! 真面目に答えろ!!」

 

 自分でも気付かない内に、焦燥の感情が増大していた。この場に冷静な私はいない。ただ必死に、怒鳴り散らすことしか出来なかった。

 

「おお、コワイコワイ。真面目にお答えしたつもりだったのですが。……長話が過ぎましたねぇ。それでは、また後ほどお会いしましょぉう」

 

 言い終えると同時にナスターは駆けた。目指したのは、私の真後ろに位置するこの倉庫の出口である。奴は一瞬で私の横を通り過ぎていく。

 

「しまった!? ナスター、待て!!」

 

 急いで振り向いたが、その先に奴の姿はない。逃走は阻止できなかった。冷静さを欠いていたため、突発的な行動への反応が遅れてしまったのだ。

 

「……くそっ!! 私は……私はっ……!!」

 

 膝から崩れ落ち、唇を噛みしめ、冷たい床に拳を打ちつける。ナスターを逃がした悔しさ故のものだったが同時に、敵の言葉を聞いて少し安心している自分が腹立たしかった。やり場のない気持ちが心の奥で渦を巻いている。

 

 私は、記憶を操作されていない……。

 確証は得られていないが、ナスターの言葉を信じて(すが)り付くしかない。

 自分自身を……今ある記憶を信じるしかないのだ。



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第19話「(クル)(ハガネ)」 語り:マリナ

 しばらくして、熱狂する観客席へと戻ってきた。

 闘技大会は大詰めを迎えており、ゾルクは決勝戦の真っ只中。両刃の大斧(だいふ)を操る戦士と戦っている。彼の実力なら問題ないと思っていたが、いざ勝ち上がっている姿を見ると、やはり嬉しいものがある。

 元居た席に近づく。すると、ジーレイとミッシェルは捜索から帰ってきていた。そして困り顔のソシアが、私を見つけるや否や詰め寄って言い放つ。

 

「おかえりなさい! 急にいなくなったので、心配していたんですよ?」

 

 少々、怒っているようにも見える。当然の態度だ。いち早く反省の意を伝えた。

 

「軽はずみな行動、本当にすまなかった。今後、このようなことは起こさないように心掛ける」

 

「いえ、無事だったならいいんです。でも何があったんですか?」

 

「……実はナスターを発見し、無我夢中で追っていたんだ」

 

 倉庫でのナスターとの会話を皆に打ち明けた。もちろん、記憶の矛盾については除外して。

 

「……そう。メリエルは、あっちに戻っちゃったのね……」

 

 メリエルについての報告を受け取り、ミッシェルは悲しみに暮れる。誰も言葉を発さなくなった。しかし彼女はそれに気付くと、すぐさま表情を切り替えて明るく振る舞った。

 

「もう! みんなが暗い顔してどうするのよ~? あたしだって、簡単に連れ戻せるなんて思ってないわ。でもね、何度洗脳されようと絶対に諦めない。メリエルはあたしの姉。大切な家族なんだから……!」

 

 口ではああ言っているが、笑顔にはどこか不自然さがある。辛さを押し殺しているのが感じて取れた。ミッシェルの気丈に振る舞う姿を見て私達は、静かに強く頷いた。

 

「それにしても『五人が揃った時に襲撃する』、ですか。僕達の居場所を把握しているにもかかわらず奇襲は無し、単独行動中でさえ仕掛けてこないとは。狂鋼(きょうこう)のナスター、いい度胸をしています」

 

 ナスターの挑発的なやり方を褒めるような口振りだが、ジーレイは決して好意的な様子ではない。

 

「その言葉を信用するならば、もうすぐ現れる頃合いですね」

 

 続けて呟くと、静かに魔本を取り出した。いつ戦闘になってもいいように。

 舞台にはゾルク、観客席には私達四人。闘技場に五人全員が揃っている。さて、ナスターはどこから私達に襲い掛かるつもりなのか……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第19話「(クル)(ハガネ)

 

 

 

「ぐあああああ!?」

 

 警戒する中、絶叫が耳をつんざく。舞台の方からだ。ゾルクが相手を倒したのだろうか。いや、それにしては異常なほど苦痛を含んだ叫び声だった。私が舞台に視線を移すと、そこには……。

 

「ナスター!? いつの間に舞台へ……!」

 

 ゆらりと、奴が立っていた。

 絶叫したのは、やはりゾルクの対戦相手である大斧の戦士だった。腹部には大きな斬撃痕がつけられてあり、痛々しく出血している。しかし彼に致命傷を与えたのはゾルクではない。

 

「どうしてお前が闘技場に……!? それに、なんて酷いことするんだよ!! 闘技大会は殺し合いの場じゃないんだぞ!!」

 

「今からこの闘技場は、アナタ方のための処刑場となるのでぇす。部外者は邪魔でしかありませんので消えていただかなくてはぁ」

 

「なんだと……!?」

 

 激怒するゾルク。傷を負った大斧の戦士を庇い、前に出る。ナスターの右腕には血が滴っていた。……いや、よく見ると『腕』ではない。肘から先が『両刃の剣』と化している。

 ナスターの両腕は肩から下が機械の義手となっており、変形機構を備えている。機械義手を多種多様な武器に狂おしいほど変形させ、それを駆使して戦闘を行う。故に、奴の通称は『狂鋼』なのである。……性格に難がある点も意味合いに含まれていそうではあるが。

 私達は観客席から舞台へ飛び降り、ゾルクの元へと駆け寄った。

 

「ソシア! この人の怪我、治してあげて! 俺はなんともないから!」

 

「わかりました! 今助けます……ヒール!」

 

 ソシアは大斧の戦士の腹部に手をかざした。彼女の胸の菱形のビットが淡い緑色に輝く。すると傷口は徐々に塞がっていき、出血も止まった。彼は安らぎ、落ち着きを取り戻したようだ。

 

「お嬢ちゃん、すまねえな……」

 

「ここは私達が引き受けます。動けるようなら、どうか今のうちに逃げてください!」

 

 彼はどうにか自力で歩くことができたため、安全な場所に向け避難していった。

 その間ナスターはというと、左腕を光線銃に変形させ、ずかずかと歩きながら観客席を攻撃していた。観客は光線の照射を必死で避けようと、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。まさしく大混乱である。

 

「さてさて。これで整いましたねぇ」

 

 瞬く間に人っ子一人いなくなった闘技場。その中心でナスターがニヤリと笑い、ゾルクは憤慨する。

 

「どうして関係の無い人達を攻撃したんだ!!」

 

「ボクは人の多い場所が苦手なのでぇす。先ほどもお答えしたでしょう? 部外者には消えていただかなくては、とぉ」

 

 へらへらした態度で答えた。そんな奴の姿を、ジーレイは汚物を見るような目で眺める。

 

「言葉も交わしたくないくらいに程度が低いですね。『狂鋼』とはよく言ったものです」

 

 ナスターは気にすることなく、むしろ喜ぶように武器を構えた。奴の仕草に対し、こちらも応戦の構えをとる。

 

「ではそろそろ始めましょうかぁ。ナスター・ラウーダ……いきまぁす!」

 

 宣言を言い切る前に、突っ込んできた。

 

「マシンソード!」

 

 両刃の剣と化した右腕をぶん回しながら闘技場の舞台を駆け巡る。

 

「こいつ、こんなにすばしっこいのかよ!?」

 

 研究者としての外見に反して素早いため、ゾルクは意表を突かれたようだ。私も、ナスターの戦う姿を見るのは今回が初めて。漆黒の白衣をたなびかせる、辻斬りを伴った高速移動。これを見せつけられては動揺を隠せない。

 皆が怯む中、ナスターは不意にソシア目掛けて急接近を開始。彼女の周囲をぐるぐると走り回り、挑発するかのように口を開いた。

 

「アナタはどのパーツを提供してくださるのですかぁ? 骨格? 血液? それとも……脳髄(のうずい)?」

 

 そしてソシアの耳元まで辿り着くと、次のように囁く。

 

「アナタ特有の臓器にも価値は見出せますよぉ」

 

「ひっ……!!」

 

 ただの一瞬の出来事であった。奴はソシアから即座に距離を取り、また遊撃に戻った。

 ソシアはあの一瞬で多大な恐怖を叩き込まれたらしく、ほんの少しの間だが顔は青ざめ、呆然としていた。

 純粋な心の持ち主である彼女が、狂気に満ちた笑顔を眼前で見せつけられた上、生理的に受け付ける事の出来ない台詞を吐かれたのだ。精神的ショックを受けていてもおかしくはないだろう。これはナスターなりの威圧なのだろうか。何にしても気持ちが悪く不快極まりない。

 ここまで好き勝手されて私が黙っているはずもない。ナスターのでたらめな高速剣撃を止めるべく、二丁拳銃を連射した。

 

「私達を始末した後、実験材料にするつもりか。大した研究者根性だな!」

 

「おだてても何も出ませんよぉ!」

 

 しかし奴は体を器用にひねり、銃撃を軽々とかわしてしまった。この余裕の回避を見て、ジーレイと戦った時を思い出す……。やはり、ナスターはエグゾア六幹部の一員。一筋縄ではいかないことを改めて教えられた。

 

「よくもメリエルを弄んでくれたわね! あたし、あなたのこと大っっっ嫌い! いつまでもふざけた態度とってると、もっと怒るわよ!!」

 

 今度はミッシェルがナスターの足を止めにかかった。大筆の石突き部分を槍に見立て、怒りを込めて突きを繰り出す。

 

「ふざけるも何も、これがボクの素なのですがねぇ」

 

 だが、彼女はあまり近接戦闘に慣れていない。ナスターは攻撃が命中するギリギリで横方向に跳躍。大筆が奴に届くことはなかった。

 ゾルクは奴の動きを追い切れず、私の銃撃とソシアの弓撃はかすりもしない。ジーレイの魔術詠唱やミッシェルの筆術による援護も、高速剣撃に邪魔されてままならない状態だ。

 そんな私達の無様な状況を嘲笑うように、ナスターは口を開いた。

 

「おっとそういえばぁ。スラウの洞窟にいたゾンビの群れ、アナタ方が倒したらしいですねぇ。ボクはアムノイドを研究しているのですが、ゾンビ達は元々、ボクが廃棄したアムノイドの失敗作だったのですよぉ」

 

 突然に明かされる真実。ナスターがアムノイドの研究者だと知ったソシアは、あからさまに眉を寄せた。

 奴の発言の後、剣撃を魔本で器用に防ぎつつジーレイが尋ねる。

 

「では、キラメイとメリエルがエンシェントの欠片を狙ってスラウの森まで来ていたこと、そしてエンシェントの欠片がゾンビの中から出てきたのは、もしや……」

 

「流石は偉大なる魔術師ジーレイ・エルシード。察しが良いですねぇ。ボクが誤って失敗作の中に残してしまったエンシェントの欠片を回収するために、総司令が二人を向かわせたのですよぉ。失敗作がゾンビ化したのは欠片の影響によるものかと思われまぁす」

 

 あの時どうしてスラウの森に六幹部が二人もいたのか、これで合点がいった。

 

「まあ失敗作といえども、結構な数だったアレを既に倒していたと報告を受けたものですから、アナタ方の実力がどれほどのものか期待していたのですが……現状から察するに大したことはなかったようですねぇ。グフフフフ」

 

 安っぽく挑発し、高速剣撃の手を強めるナスター。早く、奴を撃破する算段をつけなければ。

 状況が芳しくない中、ソシアは捻じ込むようにナスターへ尋ねる。先の私のようにどうしても今、訊かなければならないのだ。

 

「レミア・ウォッチという名前に覚えはありますか」

 

「レミア……? 聞いたことがあるような、ないような……」

 

「エグゾアに売られた私の母の名前です」

 

 簡潔に淡々と伝え、剣撃を無限弓でいなしながら答えを待つ。

 

「あぁ~、人身売買経由の個体ですか。それなら確実にボクが取り扱って、アムノイドへの改造実験に使用したはずでぇす。しかし実験体の固有名詞など、いちいち記憶していられませんよぉ」

 

 ――ソシアが微かに抱いていた「母の無事」という希望は……粉々に打ち砕かれてしまった。

 

「…………そうですか」

 

「おおっとぉ!?」

 

 脈絡なく矢を放ち、ナスターへの返答とした。この時のみ、彼女の声色はグラムとの交戦時のように冷たく、感情を消したかのようだった。

 

「今の矢は危なかったですよぉ! でもまぁ当たらなければ、どうということはありませんがねぇ」

 

 奇襲の矢すら、ヘラヘラした態度でかわしてみせるナスター。ふざけたようでありながら六幹部としての実力を物語っている。

 だがソシアは臆さず、連続して無限弓の弦を引く。彼女にとってナスターは不快な思いを味わわせてきたのみならず、レミアさんが無事である確率をゼロにしてしまった張本人。容赦する理由は皆無なのである。

 

「メリエルだけじゃなくて、ソシアのママもナスターの被害者だったのね……」

 

「これっぽっちも覚えておりませんが、どうやらそのようですねぇ。グフフフフ」

 

「……なに笑ってるの? あんまりナメてると承知しないわよ!!」

 

 怒りと共に意を決し、ミッシェルは筆術を発動しようと取り掛かる。ナスターの攻撃が止んだり、奴の隙を(うかが)ったりしたわけではない。辻斬りのような攻撃が続く中、傷つきながらも強引に大筆を振るって術を行使しようとしているのだ。

 

「大サービスで描いちゃうからね!」

 

 言葉の軽快さとは裏腹に、彼女は必死で大筆を操った。筆先から溢れる絵具も、普段と比べて大量に飛び散っている。高速で移動するナスターにも飛び散る絵具が付着していったが、奴は気に留めることもなく剣撃を加え続ける。

 

「守り抜く柘榴石(ざくろいし)! ガーネットアーマー!!」

 

 ミッシェルの眼下の石床には、私達全員分の鎧の絵が描かれていた。仕上げとして術名を叫ぶと黄色く輝く五つの鎧が一斉に飛び出し、平面の体を弾ませて皆の体に向かい、最後には融合した。

 

「こ、これなら、ナスターの攻撃も多少は平気なはずよ。みんな、やっちゃえ!」

 

 ナスターが辻斬りを見舞う中で無理矢理に行動したため、ミッシェルにはダメージが蓄積。息を切らす彼女にこれ以上無理をさせるわけにはいかない上、私達にも余裕はない。ここで一気に決めなくては。

 

「こうなったらヤケクソだ! 弧円陣(こえんじん)!」

 

「私も! 崩震閃(ほうしんせん)!」

 

 ゾルクが運任せに横回転斬りを繰り出した。ソシアも矢を真下に放って、自身の全方位に大地の力を帯びた衝撃波を生み出す。

 二人の攻撃は、どちらも自分の周囲にしか効果の無いもの。だがこの状況では、逆にナスターの方から突っ込んできて勝手に当たってくれる可能性が高い。剣撃の脅威も薄れた今が好機と、二人は賭けに出たのである。

 

「ギィヤッ!?」

 

 思惑通りだ。奴は、ソシアの放った衝撃波に直撃。金属音のような悲鳴を上げて軽く吹き飛び、舞台の石床に背を付けてしまった。

 この隙を逃したくはない。そう思い私は、倒れたナスターに魔力弾の連射を撃ち込もうとした。

 

秋沙雨(あきさざめ)!」

 

「そうはいきませんよぉ!」

 

 ……が。それよりも早く奴は飛び起き、回避してみせた。十発の魔力弾は全て、虚しく石床を削るのみに終わった。

 

「燃やしなさい。フレイムラッシュ」

 

「予測済みでぇす!」

 

 不意打ちの魔術すらかわしてみせた。ジーレイは無駄な攻撃をしない。奴に悟られないよう機会を窺っていたはずだが失敗に終わるとは……。ナスター・ラウーダ、やはり手強い相手である。

 

「面白くなってきましたねぇ。では、これならどうですかぁ?」

 

 ここにきてナスターは、俊足を生かして私達から距離をとった。光線銃による遠距離戦に切り替えるつもりなのだろうか。

 何にしろ、縦横無尽に動き回られるよりマシである。ジーレイを援護して魔術を当てるのが効果的か……そう思い作戦を練ろうとした、次の瞬間。

 

「……上空から遊戯ぃ」

 

「なにっ! 詠唱だと!?」

 

 完全に予想外の行動だった。

 奴の真下で青色の魔法陣が展開した。ナスターが魔術を扱えるなど、知らなかった。しかも詠唱にかける時間が短い。阻止する猶予は無かった。

 

「ダンシングアクアァ!」

 

 踊り狂うように荒れる、水属性の中級魔術。ジーレイも習得している術だ。

 私達の頭上から滝のような水流が襲い来る。それは一瞬で舞台の石床に達し、そこから跳ね返って生きているかのように弧を描き踊る。発生が早い上に攻撃範囲が広いため全員がこの魔術に巻き込まれ、水流の思うまま石床に叩きつけられてしまった。

 先のミッシェルによる筆術は物理攻撃に対しての防御効果しか有していないため、ダンシングアクアの威力は軽減できなかった。

 今更だがナスターを注視すると、機械義手を変形させた武器に緑色の小さなビットが装着されている。……なるほど、魔術を使えるわけだ。観察していれば事前に気付けたかもしれないが、それを怠るとは迂闊だった……。

 

「おやぁ~? まさかこれでおしまいとは言いませんよねぇ? アナタ方を始末するにしても、もう少し張り合っていただかないと楽しめませぇん」

 

 這いつくばる私達を尻目に、奴は挑発する。

 

「……ああ。終わりじゃないさ。それに俺達は、始末されるつもりなんてない!」

 

 力を振り絞って誰よりも早くゾルクは立ち上がり、両手剣を強く握った。そしてナスター目掛けて走り出す。

 

「うおおおお!!」

 

 ナスターは避けようとせず、左腕の光線銃を前方に突き出した。

 

「猪突猛進は悪手ですよぉ。喰らいなさい、マシンブラスター!」

 

 ニタァと笑みを浮かべて銃口から白の閃光を放出。全速力でナスターに直進していたゾルクにとって、これを避けるなど不可能。

 

「しまっ……」

 

 後悔の言葉を言い切ることも出来ず、光線に呑まれた。……と思われた。

 

「あ、危なかったぁぁぁ……!」

 

「ふぅむ……」

 

 ナスターは光線銃を下ろし、静かに残念がった。

 なんとゾルクは、光線に当たらず生き延びていたのだ。命中する直前、豪快に転んだおかげで無事だったのである。そして転倒した原因はというと。

 

「絵具に助けられたようですねぇ。ですがその絵具、本来はボクの動きを止めるのが目的で撒き散らしたのではないですかぁ? 残念ながらボクは、これほど単純なトラップに引っかかるほど間抜けではありませんのでぇ。グフフフフ」

 

「誰が間抜けだっ!」

 

 暗に自分のことを馬鹿にされて憤るゾルク。しかし取り乱している暇はない。この隙に私達は態勢を立て直したが、依然としてナスターに隙は生まれない。

 

「さぁ。笑わせていただいたところで、そろそろ終わりに致しましょぉう。ボクの速攻の魔術でねぇ!」

 

 ついにナスターは終止符を打つつもりだ。奴の短い詠唱を止めるのは至難の業。だがここで止めなければ……。

 

「……おやぁ?」

 

 こちらの勝機はない……と思っていると。ナスターの様子が急変した。

 

「こ、これはぁ! 腕が反応しないぃ!?」

 

 機械の両腕をだらしなくぶらさげたまま慌てふためいている。

 

「まさか絵具がぁ……!?」

 

 奴の機械義手には、絵具がまばらに付着していた。まさにそれが故障の原因。

 ミッシェルが全員分のガーネットアーマーを生み出した際、大量の絵具が辺りに飛び散った。その時、絵具はナスターの機械義手にも付着していた。

 しかし奴はそれを気に留めていなかった。絵具は機械義手の可変部の隙間に入り込んで、徐々に凝固。最終的に機械義手の変形を阻止するどころか、両腕自体の可動すら封じるほどの支障を生じさせたのだ。

 

「床に落ちた絵具に注意してても、腕に付いた絵具は気にしてなかったみたいね。それがあなたの運の尽きよ、ナスター!」

 

 ミッシェルは全てを見通していたかのようにズバリと言い切った。これを計算して大筆を振るっていたとすると、彼女はとんでもない策士なのかもしれない。

 夢にも思わなかったであろう状況に遭い、絶望の表情を浮かべるナスター。奴が動揺している今が、きっと最後のチャンスだ。この機会に全てを賭ける。

 

重絶掌(じゅうぜっしょう)!!」

 

 ゾルクが両手剣で突きを繰り出し、圧力を巻き起こしてナスターを吹き飛ばした。

 

「ヒンギィッ!!」

 

「舞え、斬り裂け。破壊の力に染まり、狂い続ける怪風(かいふう)よ」

 

 奴が奇妙な悲鳴を上げる中、ジーレイは魔本を開きページを輝かせ、上級魔術の詠唱を開始していた。私は彼の詠唱時間を稼ぐべく、吹き飛ぶナスターを拾うかのように追撃を加える。

 

飛天連塵脚(ひてんれんじんきゃく)!!」

 

 地上から空中へと向かう、高速の五連蹴り。両脚を的確に操って奴の胴体に一打一打を確実に決め、共に昇っていく。

 

「ギオッ、ガッ、ゴッフォ!?」

 

 そして最後の一撃は顎に喰らわせ、更に高く蹴り上げた。

 無防備な状態で宙を舞うナスター。すかさず私は合図を出す。

 

「ジーレイ、今だ!」

 

「スラッシュハリケーン」

 

 最高のタイミングだった。落下し始めたナスターを、疾風の刃で構成された大嵐が出迎える。防御も叶わないまま奴は巻き込まれ、見えない刃に全身を切り刻まれていった。

 

「ギャアアアアア!!」

 

 絶叫しているが哀れだとは微塵も思わない。こちらの命を取りにきた以上、倒すのみなのだ。

 嵐が消滅し、ナスターは石床の舞台に全身を強打。そこからピクリとも動かなくなった。漆黒の白衣がボロボロになるほどの斬撃痕も至る所にある。死んでいてもおかしくはないが……。

 

「救世主一行の力、よぉくわかりましたぁ……」

 

「うわっ!? まだ立てるのか!」

 

 ゾルクを驚かし、両腕を使わず器用に立ち上がった。いやにしぶとい奴だ。

 

「この借り、いつか必ずお返しして差し上げますからねぇ……!」

 

 不気味な三日月の笑みを浮かべたまま捨て台詞を吐き捨て、フレソウムの館でも使った小型の転送魔法陣を足下に展開。眩い光に包まれた後、音も無く消え去った。

 

「へへーんだ! いつ来たって返り討ちにしてやる!」

 

 ゾルクは勝ち誇り、いなくなったナスターへ言い返すのだった。

 それにしても私が気になるのは、絵具で勝機を見出したミッシェルだ。あれほどの策をいつの間に展開していたのか非常に興味がある。

 

「ミッシェル、ありがとう。あの戦法をよく思いついたな。おかげでナスターに勝利できた」

 

「思いついたってわけじゃないんだけどね~。実はあたしも、まさか絵具が機械の腕を壊すなんて思わなかったわぁ。運が良かったのね、きっと!」

 

 天真爛漫な笑顔で彼女は答えた。……ただのまぐれだったようだ。策士だとか考えていた自分が恥ずかしい。

 

「あとね、あいつがボッコボコに蹴られるのを見て、ちょっとだけスッキリしたわ。こちらこそありがとね、マリナ♪」

 

 いや、私の考えなどどうでもいい。メリエルは再洗脳されてしまったが、元凶であるナスターに一矢報いることが出来たのだから。この調子でいつかミッシェルがメリエルを連れ戻せるようにと、切に願った。

 続いて、ソシアも礼を伝えてくる。

 

「実は私も、ほんの少しだけ気が晴れました。マリナさん、ありがとうございます」

 

 感謝の言葉は、筆舌しがたい複雑な表情と共にあった。

 

「だが、レミアさんは……」

 

「気にしないでください。覚悟していたことですから。むしろ『死んだ』と聞いていない分、まだ良いほうです」

 

「……強いな。しかし無理はしないでほしい」

 

「…………はい」

 

 懸命に笑顔を取り繕う彼女の心を、密かに称えた。

 

 

 

 私達は受付のあるロビーに戻り、心身を休めていた。事態は収まり、闘技場にも徐々に人が戻ってきている。一件落着かと思われたが。

 

「エンシェントの欠片、もう手に入らないんでしょうか……?」

 

 ソシアのこの一言で、皆が不安に包まれた。闘技大会はもちろん中止だろうし、そうなれば賞品は無かったことになってしまう。再び闘技大会が開催されるのを待たなければならないのか……?

 どうするべきか頭を悩ませていると、ある男が声をかけてきた。

 

「旅の人! よくやってくれた!」

 

 振り向くと、ハルバードを背負った戦士が立っていた。闘技場の前で出会った、あの男だ。何故だか知らないがとても上機嫌である。

 

「僕達を闘技大会に誘ってくださった方ではありませんか。喜悦(きえつ)を禁じ得ないようですが、どうなさったのです」

 

「実は俺、この闘技場のオーナーなんだ」

 

 問いかけるジーレイに対し、男はさらっと答えた。

 まさかの返事である。わざわざ私達を呼び込もうとしていた理由がよくわかった。オーナー自ら客寄せを行うとは、それだけ熱心に運営しているという証拠なので感心した。

 

「物陰からずっと見てたよ! あんたらと戦ってた奴が俺にエンシェントの欠片を譲ってくれたんだが、まさかあいつがエグゾアの幹部だったなんてなぁ。清く正しくがモットーの闘技場なのに、エグゾアの世話になってちゃあ笑いモンだぜ」

 

 苦笑いを浮かべてそう述べた。荒くれ者の多いメノレードではあるが、この闘技場だけは真っ当に運営していきたい、とも言っていた。オーナーという立場に見合った、しっかりした考えを持ち合わせているようだ。

 さらに聞くと、このオーナーはメノレード創立当時からずっと闘技場を運営しており、増加する荒くれ者に対抗するために自身も戦士の格好をするようになったとのこと。おかげでそれなりにハルバードを振り回せるようになったものの、あまり嬉しいことでもないらしい。彼の苦労が窺える。

 しかし悪いことばかりでもなく、オーナーの真剣な姿に心を打たれた悪人が足を洗って闘技場運営に協力するようになった、ということも増えたという。

 

「まあそういうわけで、だ。今回の闘技大会は中止にしたし、この欠片はもう賞品にはできない。俺が持っててもしゃーないし、エグゾアを追い払ってくれたあんたらにやるよ。遠慮なく受け取ってくれ!」

 

 差し出されたエンシェントの欠片を、ゾルクが大事に受け取る。

 

「どうもありがとう!」

 

 フレソウムの館から始まり、ようやく回収できたのであった。

 オーナーが話のわかる男で助かった。そして、清々しい気質の人間がメノレードにもまだ残っていることを、私達は思い知らされた。この町に対する認識を改めるべきかもしれない。

 ……すっかり忘れていたが、闘技場は私達のせいで危険に晒されたようなもの。この点についてはただ謝るしかないのだが……いざ被害額を請求された場合、まともにガルドを支払えるはずもない。ここは黙っておくこととしよう。オーナーよ、本当に申し訳ない。

 

 

 

 メノレードでやるべきことは終わった。では、次の目的地をどこにするのか。私達は相談を始めた。

 

「新たなエンシェントの欠片について、目星はつけられるか?」

 

「残念ながら、もう心当たりはありません」

 

 私はジーレイに尋ねたが、お手上げだと言わんばかりの溜め息が返ってきた。

 

「あたしも、うちで封印してた欠片のことしか知らないわ」

 

 ミッシェルも当てはないらしい。と、ここでソシアが提案する。

 

「では、医療の町ランテリィネへ行ってみませんか? 手掛かりがないのなら、新たな町で情報収集するのが一番だと思います」

 

 一理ある。全員がソシアの意見に同調した。

 

「よぉし! それじゃ、ランテリィネへ向けて出発だ!」

 

 元気よく右腕を突き上げ、ゾルクは叫ぶ。

 

「……で、その町はどこにあるの?」

 

 が、所在を知らないことに気付き、すぐさま勢いを(すぼ)めた。

 

「メノレードから真っ直ぐ南東に進んだ先です。すぐ近くには火山もありますので、迷わず辿り着けるでしょう」

 

 ジーレイから速やかな案内を受けると、また右腕を掲げて新たに号令をかける。

 

「わかった! じゃあ改めて、出発だ!」

 

 私達は灰色の外壁の門をくぐり、赤茶色の荒野に足を踏み出す。医療の町ランテリィネに淡い希望を託し、メノレードを去るのだった。



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第20話「獄炎の中で」 語り:ソシア

「つまんないなー」

 

 適当な黒の椅子に座った、若くあどけない不機嫌な少女。この暗黒の広間にはまるで似つかわしくない幼い声が、闇へ融けるように行き渡る。

 空色の瞳と藤紫色の髪。縦巻きにカールしたツインテール。白と黒を基調としたフリル満載の甘いドレス。声とは逆に、少女の外見は暗黒の広間に違和感を生じさせない。

 

「あ、誰か帰ってきた」

 

 少女の視線の先で、大人一人分の広さの小さな円形の魔法陣が展開した。陣からは光が溢れ始め、徐々に立ち昇っていく。最終的には円柱のようになった。

 光の円柱はすぐに消え去った。魔法陣自体も線をなくしていく。それと引き換えるように一人の人間が現れた。人間の特徴は土色の癖毛と、ズタズタに斬り裂かれた漆黒の白衣。

 

「ナスターじゃん。しかもボロボロ。どーしたの? メノレードの拠点に居たんじゃなかったっけ」

 

「フィアレーヌですか。救世主一行にやられましてねぇ」

 

「キャハハ♪ なーんだ、みっともなーいのー♪」

 

 藤色の髪の少女はフィアレーヌと呼ばれた。指さし、蔑むように笑う。しかしナスターは別段、気にすることなく当たり前のように対応する。

 

「いえいえ、これは妥当な結果ですよぉ。義手は戦闘用ではなく調教用でしたし、命令もありましたしねぇ」

 

「あー、そっか。そういうことなら仕方ないよね」

 

 彼女は合点がいったらしく、指を引っ込めた。

 

「ところで、メリエルはどうしていますかぁ? ボクより先に帰還したはずぅ」

 

「自室に戻ったっぽいよ。『任務は後でこなすから今は休ませて』、だってさー」

 

「ふぅむ。体力を消耗しているようですが……再洗脳自体に問題は無さそうですねぇ。でしたら、総司令はどこにおられますか? 報告したいことがあるのですがぁ」

 

 この問いに答えるのはフィアレーヌではない。年老いた男性の、しかし生気に満ち溢れた声が届く。

 

「総司令なら、クルネウスと共に荘厳(そうごん)の間へと向かわれた」

 

 暗闇の中からゆっくりとナスターに近づき、声の主は姿を現した。

 雄々しく逆立った白髪。立派に蓄えられた髭。赤みを帯びた肌。動きやすさを追求した紺色の衣服。そして、老人と呼ぶには相応しくない体躯(たいく)をしている。

 見上げなければ顔も拝めないほどの高身長に、鍛え抜かれた肉体。衣服越しであるにもかかわらず伝わってくる、その力強さ。特に腕の筋肉については、凄まじい盛り上がり方をしているように錯覚しそうなほど。いや実際、凄まじいのだが。

 

「お答えいただき感謝いたしまぁす。……それはそうとボルスト、救世主一行の相手をなさってみてはいかがですかぁ? 彼ら、なかなか面白みのある連中でしたよぉ。アナタもきっと気に入るはずです。では、ボクはこれにてぇ」

 

 ボルストと呼ばれた白髪の老人は無言のまま、広間から去るナスターを見送った。

 

「救世主一行の相手、か。総司令からも命じられている。ランテリィネ方面へ向かったとの情報も取得済み。そろそろ赴かねばならぬとは思っていたが……」

 

「怖いのか? 自分の弟子と戦うのが。あれはあれで筋のいい戦闘員だったしな」

 

 また一人、広間の暗闇から誰かが躍り出た。黒髪紫眼に黒衣の男……魔剣のキラメイである。煮え切らない態度のボルストに向け、挑発ともとれる発言をした。

 

「まさか。このボルスト・キアグ、恐れるものなどない」

 

「そうかい」

 

 落ち着いた返事に対してキラメイは、どうでもよさげな反応を返すのだった。問いかけたのは彼の方だというのに、なんとふてぶてしい態度だろう。

 

「ボルストじいちゃん、救世主達と戦うのー? だったらフィアレも一緒に行くー♪」

 

 二人のやりとりを見ていたフィアレーヌは元気よく挙手し、そんなことを言い始めた。しかしボルストは一言だけ発する。

 

「ならん」

 

「えー!? どうしてー!?」

 

 眉をひそめ、大声をあげ、不満が爆発した。

 

「現在のお主は調整中の身であろう。任務に連れていくわけにはいかん」

 

「やだやだやだやだー! フィアレも行くのー! 救世主達と遊びたいのー!」

 

 話を聞き入れず、椅子の上で手足をばたつかせて喚く彼女の様に、ボルストは頭を抱える。フィアレーヌの外見は十四、五歳に見えるが、精神年齢はどうやらそれを下回っているらしい。

 

「この幼稚ささえなければ、もっと優秀なのだがな……。キラメイよ、すまぬが相手をしてやってくれ。わしはもう行くとする」

 

「……なんだと?」

 

 突然に指名されたキラメイ。完全に虚を突かれた様子だ。その間にもフィアレーヌが椅子から飛び降り、彼の元へと近寄っていく。

 

「キラメイ、フィアレの相手してくれるの? だったら少しは退屈しのぎになるかも♪」

 

「おい待てボルスト。そんな頼み、俺は……」

 

 文句を言うため振り向いたが、その先に彼はもういない。まんまと押しつけられてしまったのだ。

 

「……ちっ、くだらん。ガキの御守り役なんざ、俺の性分じゃないというのに」

 

 心底うんざりしながら、それとなく視線をフィアレーヌへ移すと……既に臨戦態勢。かかってこい、と手招きしている。

 

「どうせなら救世主と剣を交えたいもんだ」

 

 やる気は無いが、黙っていたぶられる趣味を持っているわけでもない。彼は仕方なく左手に闇の渦を作り出し、刃が∞の字に交差した黒の魔剣を引き抜くのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第20話「獄炎の中で」

 

 

 

 メノレードを発ってから、どれくらい歩いただろうか。途方も無く広がる、草木の生えない荒野。薄みがかった赤茶色の地面を踏みしめ、私達は歩く。道と呼べるものは見当たらない。文字通り、道無き道を進んでいる。

 しかし珍しいことに今日は雲ひとつ無く、久々に出会った太陽が地を照らす。まるで「行く先に希望が待ち構えている」と暗示しているかのようだった。

 途中、緩やかな丘を登ることになった。丘の傾斜はきつくないが、それなりに続いているためなかなかしんどいものがある。そんな中、ゾルクさんがぼそりと呟いた。

 

「ランテリィネにはまだ着かないの……?」

 

 長時間の移動や道中のモンスターとの戦いによる疲労が溜まっているのか、声は弱々しい。

 

「あと少しで到着するはずです。……ほら、御覧なさい。ドルド火山の頂上が顔を出しましたよ」

 

 丘の向こうには、少しぼやけた山の影。ジーレイさんの指さした方向に大きくそびえている。あれがドルド火山だ。ということは、火山のふもとに町が見えるはず。そう思い、私は付近を注視した。すると……見つけた。白い壁で囲まれた四角い建物の集まりを。

 確認のため、私はマリナさんに尋ねる。

 

「ドルド火山のふもとにある白い町……。あれが、医療の町ランテリィネですよね?」

 

「その通り。この丘から町を一望できるのなら、もう目と鼻の先だ。……ゾルク、あと少しだけ辛抱しろよ」

 

「頑張る! 到着したら思う存分、休むぞ……!」

 

 変な意気込みと共に、ゾルクさんは空元気を出すのであった。

 そんな彼の隣で、非常に独特な感想を述べる人物が。

 

「ああ~ん、真っ白~い! イイわねぇ、あの町……♪」

 

 ミッシェルさんはランテリィネを眺めてそう零した。全員、その発言を不思議に思い、一斉に彼女の方を見た。目を星のようにキラキラ輝かせながら口元を緩ませ、恍惚(こうこつ)としている。……正直、よくわからない。ただの町の何が「イイ」のだろう?

 

 

 

「着いたー! ランテリィネだー! やっと休めるー……」

 

 町に踏み込むなりゾルクさんは両腕を突き上げ、大きな声を発した。しかし彼の空元気も限界らしい。大声とは裏腹に足元がおぼつかないようだ。両腕もすぐさま、だらりとぶら下がるのであった。

 

「おいおい。倒れるなら宿屋のベッドにしてくれよ」

 

「わ、わかってるよ……!」

 

 マリナさんから忠告を受け、なんとか気を持ち直すのだった。

 

「それにしても流石は医療の町。建造物が綺麗に整えられていて清潔感の漂う町並みだ。壁の向こうが荒野になっているなんて、まるで思えないな」

 

 まず町の中を見渡し、次に振り返りランテリィネを囲う白い壁を見つめて、マリナさんは感心する。

 

「確かに清潔感はあるけど、慣れるのに時間がかかるかも。建物も敷石も真っ白で、ずっと見てると頭が痛くなりそうだよ」

 

 同様にゾルクさんもランテリィネの感想を述べた。私も、頭に浮かんだことを伝える。

 

「建物がみんな四角くて、間隔もこんなに均等になっているなんて。ランテリィネの人は、みんな几帳面なんでしょうか?」

 

 それぞれが思ったことを口にする中、一人が奇想天外な言葉を発した。

 

「この町、なんだかキャンバスを思い浮かべるわねぇ。無性に絵を描きたくなっちゃう。……壁にも床にも、いーっぱい描きたい。ランテリィネをあたし色に染めたいわ……♪」

 

 その一人とはもちろんミッシェルさんのこと。彼女の趣味……いや、癖と呼ぶべきなのだろうか。うっとりする姿を目の当たりにした私達は、呆気に取られてしまう。

 

「……ちょーっと、そこの手頃な壁から……」

 

 忍び足で歩いていく。……が。

 

「駄目だ」

 

 見逃されるわけもなく。マリナさんが彼女の肩をがっちりと掴む。

 

「や、やぁねぇ~。冗談よ、冗談♪」

 

 不自然な笑顔に冷や汗をかきながら否定する。そんな彼女に対し、マリナさんは呆れながら指摘した。

 

「では、両手の小筆とパレットはなんだ」

 

「え、これは、その……う、うふふふ。あたしってば、なかなか演技が上手でしょ?」

 

 最後まで誤魔化し続けた。マリナさんは諦めるように大きく息を吐く。

 ミッシェルさん、なかなか奇抜な性格をしている。バレンテータルには個性的な人がたくさん居たし、芸術家は総じて変人なのかもしれない、と私は思うのだった。

 ジーレイさんも、ミッシェルさんの気持ちを汲みつつ釘を刺す。

 

「画家の魂が疼くのでしょうかね。わからなくもありませんが……ランテリィネの人々に迷惑をかけては……」

 

 ――何の脈絡もなかった。

 突然ジーレイさんはふらつき、何もない地面につまずいてしまう。傍にいた私が咄嗟に、長身の彼を小さな身体で支えた。

 

「ジーレイさん!? 大丈夫ですか!?」

 

「……すみません、ソシア。僕もゾルクと同様に、疲れが溜まっているのかもしれませんね。お恥ずかしいことです」

 

「いえ、気にしないでください……!」

 

 彼は申し訳なさそうに謝った後、軽い貧血だろうと皆に説明し、苦笑した。顔色は悪いが、あまり大したことはないようなので本当によかった。

 この出来事を受け、ゾルクさんは彼を心配すると共に少し驚いていた。

 

「まさか、俺より先にジーレイが倒れるなんてな……」

 

「なんだかんだ言って、やっぱり皆さんお疲れなんだと思います。早く宿屋に向かいましょう」

 

 私の意見に皆、快く頷く。移動を開始してから宿屋に辿り着くまで、それほど時間はかからなかった。

 

 

 

 無事に部屋を確保し、直ちに休憩。皆が休んでいる間、私はジーレイさんのために濡れたタオルや薬を揃えて持っていった。その甲斐あってか、彼の体調は完全に回復。なので休憩を終えた今は、皆でエンシェントの欠片の情報収集に出向いている。

 白き町を歩く中、ミッシェルさんが私の変化に気付いた。

 

「あら? ソシア、なんだか嬉しそうね」

 

「実を言うと、前からランテリィネには来てみたかったんです」

 

「そうだったの~。でも、どうして?」

 

 知りたげな表情で、彼女は私の目を見つめる。疑問へは素直に答えた。

 

「怪我や病気で困っている人を助ける仕事に興味があるんです。だからランテリィネの人に憧れて、治癒術も頑張って覚えて……。私、シーフハンターをしていなかったら治癒術師になっていたかもしれません」

 

 説明するうち、自分の夢を語っているような感覚に見舞われた。少々、気恥ずかしくなってしまう。しかしジーレイさんは。

 

「ソシアならきっと、素敵な治癒術師になっていたことでしょう。一生懸命に僕を介抱してくれましたし」

 

「え、えっと……そう言われると、なんだか照れちゃいます」

 

 優しく、囁くように褒めてくれた。彼の表情が含みの無い純粋な笑顔だったため、思わず赤面してしまった。……ジーレイさん、不意打ちは良くないです。

 一方で、ゾルクさんは疑問を呟く。

 

「ソシアが憧れるくらいの町って聞いても、綺麗に整備されてるだけで普通の町にしか見えないんだよなぁ。ここってそんなに凄いところなの?」

 

「では、医療研究所へ行ってみるか。お前の疑問も解決するだろうし、エンシェントの欠片の情報も掴めるかもしれない」

 

「研究所があるのか。よし、行ってみよう!」

 

 彼はマリナさんの提案に乗り、私達もそれに続いた。

 

 医療研究所は町の奥に存在した。今までに眺めてきた四角い建物群と同じく、この研究所も清潔感溢れる純白で染められている。研究所自体は大きく、上にも高い。おそらくランテリィネで一番を誇る建造物だろう。

 早速、中にお邪魔させてもらった。三方に分岐した廊下を挟むように、所狭しと数多の扉が並んでいる。つまり、それだけ多くの研究室が存在するということであり、医療技術に関する研究や実験が盛んに行われているに違いない。

 

「すごく立派な施設だなー。……でも思うんだけどさ。この町や研究所は、どうして火山のふもとにあるんだろう」

 

 ゾルクさんは感心すると共に、不思議だと思う点を述べた。それを解消するのはジーレイさんの役目。

 

「火山内部で採取した鉱石の成分を、いち早く調べるためです。ドルド火山で採れる鉱石は多種多様な成分を含んでおり、時間の経過で性質が変わってしまうこともあるそうです。それに対処するため研究施設を火山のすぐ近くに設けた……これがランテリィネの始まりだそうですよ。有用な成分を多く含んだ鉱石は薬品の生成に用いられるため、この立地は非常に重要なのです」

 

「理由はよくわかったよ。でも、もし火山が噴火したら大変じゃないか?」

 

「ドルド火山は活力を失った休火山ですので、その心配はありません」

 

「なるほど、そういうことなのか。噴火しないにしても火山のそばに町を作るなんて大胆だよなぁ」

 

 解説を受け、ゾルクさんは腑に落ちた様子だ。

 

「あの方は……?」

 

 丁度その時。白衣の女性がこちらに気付き、近づいてきた。

 暗い青色のショートヘアと金の縁取りの眼鏡が特徴的。年齢はジーレイさんより少し上に見え、しっかりしたお姉さんという印象を与える。疑うまでもなく、この研究所の職員のようだ。

 

「失礼いたします。もしかしてあなたは、魔術師ジーレイ・エルシードでは?」

 

「ええ」

 

「やはりそうでしたか! 私はこの医療研究所の所長、エイミーです。お噂はかねがね。あなたとお会いできるなんて、とても光栄です!」

 

「あなたが所長でしたか。そこまでおっしゃっていただけるとは恐縮です」

 

 エイミーと名乗った女性の目的はジーレイさんだった。熱く握手を交わし、強く感激している。この光景に、ゾルクさんは怪しみながらも驚く。

 

「えっ……ジーレイってそんなに凄い魔術師だったの?」

 

「心外ですね。これまでに訪れた町は、たまたま僕に所縁(ゆかり)が無かっただけです。ゾルクの知らない他の多くの町では有名人なのですよ?」

 

「自分で有名って言うなよ。胡散臭いぞ……」

 

 どこか誇らしげで冗談混じりの魔術師に対し、ゾルクさんは控えめなツッコミを入れることしか出来なかった。

 そんな彼らのやり取りを尻目に、ミッシェルさんが質問する。

 

「ねー、所長さん。ジーレイは具体的にどんなことをしたの?」

 

「彼は以前、ランテリィネに最新の魔術知識を提供してくれたわ。それが研究の助けになって、医療技術を飛躍的に発展させられる兆しが見えてきたの。とても感謝しているわ」

 

 返事を聞いたミッシェルさんは、意外にも胸を躍らせた。

 

「わーお! なんだかテンションが上がる話ね♪ あたしも筆術で傷を癒したりは出来るから、この町に残って勉強して術を強化するのもイイかも、って思えてきちゃった♪」

 

「とかなんとか言って、本当は町じゅうに落書きしたいだけなんじゃないのか?」

 

 すかさず、マリナさんが鋭い指摘を繰り出す。

 

「そ、そんなわけないじゃな~い」

 

「目が泳いでいるぞ」

 

「ぎくっ……!」

 

 読みは正しかったようだ。ミッシェルさんは図星を突かれ、背中をビクッと震わせていた。

 

「ふふっ、なかなか賑やかね。ところで、あなた達はどうしてこの研究所に?」

 

 ……そうだ、危うく本来の目的を忘れるところだった。エイミーさんに尋ねられ、エンシェントの欠片を見せる。そして研究所へ訪れた理由を話した。

 

「かなり貴重な物質を探しているのね。……でも、心当たりがなくもないわ」

 

 飛びつくようにゾルクさんが叫ぶ。

 

「本当ですか!?」

 

「ええ。本物かどうかはわからないけれど似た物質なら、前にドルド火山の奥で見つけたわ。あなた達が持っているその欠片と同じように、とても不思議な強い魔力を放っていたの。……本当は回収して研究に役立てたかったけれど、ただでさえモンスターが多く棲んでいるのに暑さが一段と厳しい地帯だったから、それ以上は進めなくて諦めちゃった」

 

「貴重な情報をありがとうございます、エイミーさん。準備を整えて向かおうと思います」

 

 マリナさんが感謝を述べると、深刻な表情で忠告された。

 

「……あなた達、本気でドルド火山に入るつもり? 休火山とはいえども内部はとてつもない温度で、居るだけでも大変なのよ。鉱石採取のために暑さに慣れた私達ですら長時間は耐えられないのだから、なるべくやめておいた方がいいと思うけれど……」

 

 心配してくれるのは有り難いことだが、やっと掴んだ手掛かりだ。みすみす逃すわけにはいかない。

 

「ご忠告、どうもありがとうございます。けれど私達は、どうしてもエンシェントの欠片を集めなければならないんです」

 

 私の言葉で、四人が真剣に頷いた。この様子を目にし、エイミーさんは引き止めるのを諦める。

 

「決意は固いのね。なら、くれぐれも注意して進むのよ。溶岩に落ちたら骨も残らないから。そうでなくても暑さが確実に体力を奪っていくけれどね。でも身体を保護できる手段があれば、暑さの中で探し物をする余裕も生まれると思うわ」

 

「対策かぁ。うーむ、どうしよう」

 

 ゾルクさんが腕組みするのを筆頭に、皆で妙案を捻り出そうとする。……が、ミッシェルさんだけはにこやかだった。

 

「みんなして、なんでそんなに難しい顔してるの?」

 

「なんでって……話は聞いてただろ? 火山の暑さに耐える方法を考えてるんだよ」

 

 眉を歪めるゾルクさんを見つめたまま、彼女は笑顔を絶やさない。そして、あっけらかんと言い放った。

 

「それなら悩む必要なんて無いじゃない。あたしの筆術にかかれば、どんな状況下でもへっちゃらよ♪」

 

 これを聞いたジーレイさんは「なるほど」と声をあげた。

 バレンテータルからランテリィネに到着するまでの幾多の戦闘において、ミッシェルさんの筆術には何度も助けられた。しかし高温の火山で筆術がどのように通用するのだろうか。

 不安は残るが、他に手段が見つからない。私達は耐熱耐暑の役割を彼女に託し、熱気に満ちた山へ挑むのであった。

 

 

 

 ドルド火山の中は言うまでもなく灼熱の世界で、ランテリィネの白い町並みから一転、どこを見ても真っ赤っ赤(ま か か)。目が痛くなるほど明るい色である。進入して数分も経過しないうちに、足場のすぐ向こうにある溶岩など見るのも嫌になっていた。

 

「あ、あぢぃー……。予想してたけど、さすがにこれは暑すぎないか? 暑いし熱い。もう駄目かも……」

 

 汗でべっとりとしたシャツの首回りをばたつかせながら、ゾルクさんが弱音を吐く。それを届けられたジーレイさんは呆れた様子。

 

「情けないですね。ほら、ミッシェルを御覧なさい」

 

「へ?」

 

「ふんふふーんふーん♪」

 

 高温にまみれているにもかかわらず鼻歌混じりで、小筆を片手でくるくると器用に回している。要するに、とても元気で快適そうだ。

 

「女性陣より先にへこたれてどうするのですか」

 

「女性陣って言っても、元気なのはミッシェルだけだと思うんだけど……。っていうかジーレイだってバテてたくせに、よく言うよ」

 

「その件は火山と無関係なので、あしからずご容赦ください」

 

「あんたって人は……」

 

 もう突っ込む気力すら無いや、とゾルクさんは諦めた目つきで見返した。

 ……ええ、そうです。ミッシェルさんは例外です。私もマリナさんも、暑さにやられてヘトヘトです……。

 

「この、迫り来る溶岩の熱気……。ミッシェルの筆術で身体をカバーしてもらってなかったら、何回焼け死んでることか。やっぱり筆術って凄いなぁ」

 

 ゾルクさんが褒め言葉を発したついでに解説しておこう。

 ミッシェルさん、実は普段から全身に特殊な筆術をかけているのだが、これがかなりの防御力と防護力を誇っている。目に見えず柔軟性の高い強固な膜が、身体に貼り付いていると考えればいい。彼女が軽装のまま戦闘を行う理由は、この特殊な筆術で説明できる。そしてこれを私達にもかけてもらうことで異様な暑さや熱気から身を守れているのだ。

 ちなみに、この防具代わりの筆術はフレソウム家の人間にしかうまく適応しないらしい。私達にかけても長時間持続せず、僅かな効果しか得られないという。それでも火山を探索する間の持続と必要最低限の防護効果が約束されている。皆、ミッシェルさんに感謝していた。

 

「ね! 凄いでしょぉー? 温度を完全に遮断するのは無理だけど侮れないものなのよ、筆術は♪」

 

「そうだなぁ。……実は直前まで『筆術なんかで本当に耐えられるのか』って思ってたけど」

 

「え……ゾルクったら、ひっどーい!」

 

 ゾルクさんの余計な一言は、彼女の機嫌を損ねてしまう。……それにしても、まだ怒ったり出来る程の余裕が残っているとは。ミッシェルさん、なんと恐ろしい人だろう。

 とにかく私達は大量の汗と歪み始めた視界に阻まれながらも、赤い地面を踏みしめて懸命に歩いた。

 

 

 

「で、いかにも強そうな火の鳥発見」

 

 汗を拭いながらゾルクさんが呟く。

 ドルド火山の奥地にて。エイミーさんが話していた通りの、不思議な光を放つ物質を発見した。しかしそれが安置されているのは、燃え盛る炎を纏った巨大な鳥より、ずっと向こう側。とにかく今は火の鳥に見つからないよう岩の陰に隠れている。

 

「ブレイズフェザーですか。普段は、もっと低く飛んで溶岩のエネルギーを浴びているはず。足場の近くまで上昇しているとは運が悪い」

 

 ジーレイさんが火の鳥について教えてくれたが、表情は浮かない。

 

「どうするの? 戦うの?」

 

「そうするしかないだろうな。無視して突っ切ろうとしても向こうが見逃してくれるはずもないし、そもそも欠片まで遠すぎる」

 

 ミッシェルさんにそう言うと、マリナさんは両腰の無限拳銃を手に取った。同時にゾルクさんも意気込み、背の鞘から両手剣を引き抜く。

 

「んじゃあ早速、あいつの不意を突こう!」

 

 果敢にブレイズフェザーの前へと躍り出ようとするゾルクさん。しかしジーレイさんは彼の腕を掴み、岩陰から飛び出す寸前で止めた。

 

「お待ちなさい。不意を突くのなら、それは僕の役目です」

 

「へ? なんで?」

 

「初手で魔術による大打撃を与えられるのなら、その方がいい。戦闘を展開していきやすくなります」

 

「あ……それもそうだな。暑さのせいで冷静じゃなくなってるのかな? ごめん、先走るところだったよ」

 

「構いません。暑さだけでなく旅の疲れも影響しているでしょうから。お互いにね」

 

「あはは……」

 

 頭を掻きながら照れ笑いした。そして気を取り直し、ジーレイさんの作戦に耳を傾ける。

 

「不意打ちの魔術を発動した直後、全員で総攻撃を仕掛けます。僕とゾルクをブレイズフェザーへの主なダメージ源とするので、女性陣は援護をお願い致します。……では、始めましょう」

 

 伝え終えると気配を消し、魔術が有効に届く距離まで近づいていく。そして思惑通り、ブレイズフェザーに気付かれないまま詠唱が完了したようだ。

 

輝水(きすい)(えん)愚者(ぐしゃ)よ激流と踊るがいい。ダンシングアクア」

 

「ギャッ!! ギィェェァァァァ!?」

 

 ブレイズフェザーは、乱れ跳ねる水流で翼や胴体を何度も打たれて墜落した。灼熱の見た目に反さず、弱点は水属性だったらしい。奇声を発して悶え苦しんでいる。

 

「あら? 見た目は恐ろしいのに案外ちょろそうね」

 

「そりゃあ、弱点がはっきりしてるし」

 

「ミッシェルにゾルク! ぼやぼやしていては、いつまで経ってもここから出られないぞ! ……正直、私は一刻も早く出たい。この隙に畳み掛けてくれ!」

 

「はーいよっ。……うふふっ、余裕ないマリナって珍しいわね」

 

 マリナさんに急かされるも、ミッシェルさんは既に赤い剣の絵を描き始めていた。

 大筆にくっついたビットを輝かせ、筆先から地面に向けて虹色の絵具を放出。そして豪快に線を引く。一見すると滅茶苦茶に大筆を振り回しているだけのようだが、赤の剣はみるみるうちに仕上がっていった。

 

「刺激をどうぞ! ルビーブレイド! ゾルク、受け取って!」

 

 完成した絵はむくっと起き上がり、ぴょんぴょんと跳ね回りながらゾルクさんに近づく。そして最後に勢い良く跳ね上がり、彼の握る両手剣へ融合した。

 

「ありがとう、ミッシェル! ……いくぞ、ブレイズフェザー!」

 

 ゾルクさんは、私とマリナさんが作り出した弾幕を背に、火の鳥めがけて突撃していくのだった。

 

 それからの流れ。

 ブレイズフェザーは程なくして高く舞い上がり、私達の攻撃をなかなか喰らってくれなくなった。加えてジーレイさんに警戒の重きを置き始めたらしく、魔術発動のタイミングを見切って回避するようにもなってしまう。

 しかしそれは逆に、一点に気を取られ過ぎているということ。明確な隙が生じている。これにいち早く気付いた私がすぐさま翼を狙った。

 

「今ならいける! 拡・双翼閃(かく そうよくせん)!」

 

 放ったのは、五本の矢を横扇状に拡散させ、それをもう一度繰り出す奥義。身体の大きなモンスターや多数の敵を相手にする時、多大な効果を発揮する弓技である。

 

「ギィェェァァァァ!!」

 

 燃え盛る両翼に幾つもの風穴を空けられてしまったブレイズフェザー。飛び続けることもままならない。苦痛の混ざった鳴き声を発しながら、赤みを帯びた地に再び落ちた。

 もうすぐ決着だ。前衛の彼に連携を促す。

 

「ゾルクさん、お願いします!」

 

「わかった、これで終わらせる! 蒼海神(そうかいじん)!!」

 

 剣身に水流を纏わせ全力で敵に叩きつける特技、蒼海神(そうかいじん)。つい最近にゾルクさんが編み出した、水属性を有する剣技だ。

 彼は強く地を蹴って突撃し、炎を打ち消しつつ真っ向からブレイズフェザーを両断。本人が宣言した通り、とどめの一撃となった。力尽きた全身から炎が消え去る。次いで身体そのものも、放射状に光を散らしながら消滅していった。

 

「エグゾアの野望を邪魔するためとはいえ……なんていうか、ごめんな」

 

 罪の意識を感じているのか、苦悶の表情を露にするゾルクさん。消えていったブレイズフェザーへ向け、そっと言葉を贈った。

 

「では早速、回収するとしよう」

 

 マリナさんが物質に近付き、ついに手にする。

 

「本物だったらいいんだが……。ジーレイ、どう思う?」

 

 ギザギザで歯車に似た形だった。直接、手で触れても何ら違和感は無いらしい。マリナさんはそれをしばらく凝視した後、すぐジーレイさんに手渡した。

 

「……エンシェントの欠片で間違いありません。とてつもない魔力を感じます」

 

 彼が確認すると、皆は安堵の表情に包まれた。特に、ゾルクさんと私が一番安心している。

 

「良かったぁー! 暑さを我慢した甲斐があったよ」

 

「また少し、エグゾアを妨害できましたね!」

 

 すると突然。喜びを分かち合っているのに、ジーレイさんが冷たく言い放つ。

 

「ですが焼け石に水でしょう。エグゾアは巨大な組織です。エンシェントの欠片捜索のための動員数は、僕達とは比べ物にならないはず。既にかなりの数の欠片を回収している可能性が否定できません」

 

 野望に対しての足止め効果は微々たるもの、というニュアンスだった。無論、これを耳にしたゾルクさんは腹を立てる。

 

「もー! どうしてジーレイは水を差すのさ!?」

 

「意地悪で申し上げているわけではありませんよ。現実を忘れさせず、仲間の気を引き締める。それが僕の役割ですから」

 

「屁理屈だー!」

 

 この後ジーレイさんは、申し訳程度に「すみませんでした」と微笑した。納得できないゾルクさんは膨れっ面が直らない。確かに正論だとは思ったが、気を削ぐ発言であることも明らか。もう少し言い方に気を付けてくれればゾルクさんも怒らなくて済むのに。

 最後に場の雰囲気が乱れてしまったが、エンシェントの欠片は無事に回収できたので、ひとまず良しとする。これで私達の火山探索は終了した。



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第21話「拳魂逸敵(けんこんいってき)」 語り:ミッシェル

 あたし達はエンシェントの欠片を無事に入手し、ドルド火山の探索は終了した。現在は火山の出入り口付近まで戻ってきたところ。

 ブレイズフェザーを撃破したためかどうかはわからないが、微かに火山の熱が弱まり体感温度も下がりつつあった。

 

「ふー……。暑さがマシになったみたいだ。やっと楽になれた気がするよ」

 

 ゾルクは張り巡らせていた緊張の糸を一気に緩ませ、身体をぐっと伸ばした。その隣では。

 

「しかし長居は禁物。ミッシェル以外の人間が干からびてしまいます。早急に外へ出ましょう」

 

「あらぁ、失礼ねぇ。あたしだって暑くて死にそうなのよ?」

 

「えっ……? ミッシェルさんも辛かったんですか……」

 

 意地悪な魔術師があたしをからかい、狩人の彼女が(いぶか)しげな視線を向けてくる。……どっちも失礼極まりないんだけど。

 ふとここで、あたしだけでなくジーレイも終始、涼しげな顔をしていたことに気付いた。他人を弄んでおきながら、実は自分が一番平気なのでは……。

 

 

 

「待てぇい!!」

 

 

 

 ……さて、冒頭の発言を撤回しなければならなくなった。言い直そう。ドルド火山の探索は、まだ終了しない。

 唐突に、どこからともなく放たれた叫び声。とてつもなく気合いの入った男声だった。……どういうことだろう。ここにはあたし達五人以外、誰も踏み入っていないはずなのだが。

 程なくして声の主は岩陰から飛び出し、こちらと火山の出入り口を遮る形で着地した。

 

「先ほどのブレイズフェザーとの戦い、密かに見物させてもらった。実に見事であったぞ。そこでだ。ここは一つ、わしとも手合わせ願えんか?」

 

 口調も雰囲気も暑苦しい男。この場にいる誰よりも背が高く、力強さを感じる……。

 外見の印象は、まさに武闘家。動きやすさを追求したと思われる紺色の衣服は、盛り上がった筋肉にピッシリと張り付いている。

 逆立った白髪と蓄えられた髭、年季の入った声を見聞きする限り、老齢のようだ。

 

「だ、誰なんだ? あんたは」

 

 困惑するゾルクの言葉を耳にし、男はハッと気がつく。

 

「まだ名乗っておらんかったな。ならば聞かせよう。わしの名は……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第21話「拳魂逸敵(けんこんいってき)

 

 

 

「この人の名は、ボルスト・キアグ。エグゾア六幹部の一人、『破闘(はとう)のボルスト』だ。みんな、気を引き締めろ」

 

 口上が終わる前にマリナが告げた。男の衣服の左肩部分をよく見ると、確かにエグゾアエンブレムが赤く刻まれている。

 男が六幹部と知り、あたし達は警戒する。一方、自ら名乗る前に明かされたボルストは不満そうな様子。

 

「む……マリナよ。久々に顔を合わせたというのに無愛想な仕打ちだな」

 

「私が敵の調子に合わせるとでも、お思いですか?」

 

 彼女は丁寧な言葉遣いを用いて、呆れと敵意の混ざった返事を送る。そしてボルストは、鼻の頭を掻きながら名残惜しそうに呟いた。

 

「思ってはいない。だが、わしを師範と慕ってくれておった頃は、もう少し可愛げがあったぞ……」

 

「師範!? このムキムキのおじいちゃん、マリナのお師匠さんなの!?」

 

 先ほどから驚きの連続だ。つい、あたしは声に出してしまった。

 

「ああ。この人が体術を教えて下さったんだ。もっとも私は二丁拳銃を扱うので、重点的に習ったのは脚技だけだったがな」

 

「そしてお主は、わしの教え子の中でも最高に等しい素質を持っておった。お主が現れるまで一番優秀だったリフすら上回るほどのな」

 

 昔を思い返すように目を閉じ、ボルストは腕を組む。ここで『リフ』という聞き慣れない人名が出てきた。この名に、ゾルクが反応を示す。

 

「リフって、俺達が船の上で戦った海賊みたいなエグゾア構成員のことだよな? あいつとマリナは姉妹弟子だったのか」

 

「そうだ。リフは私より先に師範の弟子となっていたが、後から現れた私に立場を脅かされたと思い込み、自ら師範の下を去ってしまったんだ」

 

「なるほど。だからマリナに突っかかり気味だったのか。……なかなかエグいことしたんだなー。リフのこと、下っ端とか言ってたし」

 

「べ、別に私が追い出したわけじゃない! リフの思い込みによる勝手な行動なんだと、いま言ったばかりだろう。それに、あいつが下っ端に位置していたのは事実だ。実力はあるだろうに、慢心しやすい性格が災いして多くの任務に失敗していたから昇進できなかったんだ」

 

 マリナは珍しく焦りを見せ、必死に反論していた。

 あたしが旅に加わるよりも前に、ゾルク達はリフとやらと戦っていたようだ。それにしても本人のいないところで散々な言われようであり、なんだか可哀想である。

 

「……時に、救世主一行よ。ブレイズフェザーを撃破した後、エンシェントの欠片を手に入れていたな。わしに譲る気はないか?」

 

 ゆっくりと目を開け、ボルストは静かに述べた。その声には脅しのような凄みが含まれている。

 

「言語道断です。エグゾアの野望を妨害するのが私達の目的の一つ。お渡しするはずがありません」

 

 臆することなく淡々とマリナは言い放った。これがあたし達の意思なのだ。

 

「……はっはっはっはっは! だろうな。無駄な問答だと思うておったわ」

 

 ボルストは豪快に笑い飛ばすと、今度はマリナの翠眼をじっと見据える。

 

「元より、お主らを潰すため参ったのだ。エンシェントの欠片なぞ、己が武への信念を貫き、力ずくで奪い取ってみせよう……!」

 

 突如ボルストから、物理的に圧迫してくるような何かが放たれた。練り上げられた『気』とでも呼ぶべきか。そして、ゆらりと体術の構えをとった。

 

「こちらには『世界を救う』という決意があります。欠片を奪われるつもりも、倒されるつもりもありません」

 

 返答しつつ、マリナは両腰のホルスターから二丁拳銃を引き抜き戦闘態勢をとる。あたし達も各々の得物を構えた。

 

「では、お主らの決意とわしの信念、どちらがより強固なものであるか比べ合おうぞ。……いざッ!!」

 

 ボルストの掛け声と共に、お互いが行動を開始。戦いの火蓋は切って下ろされた。

 

「相手は一人なんだ。取り囲めば勝てる!」

 

 ゾルクの言葉を受け入れ、皆は散開。あたしとジーレイは後方に下がり、他の三人でボルストを包囲。ソシアが援護として矢を飛ばし、ゾルクとマリナは攪乱(かくらん)しつつボルストに接近していく。これなら対処に悩むはず。

 

「はっはっは! わしも甘く見られたものよ!」

 

 ……悩むはず、だったのだがボルストは余裕綽々。

 

獅子戦吼(ししせんこお)ぉぉぉッ!!」

 

 全身を以て発せられる、巨大な獅子の頭を象った闘気。それは攪乱中のゾルクとマリナを圧倒。目前に迫っていた幾つもの矢ごと吹き飛ばしてみせた。

 地を転がった二人は、いとも簡単に包囲を打ち破ったボルストに驚愕する。

 

「触ってもいないのに吹き飛ばされるなんて!」

 

「流石は師範。衰え知らずだな……!」

 

 この隙を消すために動いたのは、ソシアだった。

 

瞬氷閃(しゅんひょうせん)!」

 

 冷気を帯びた矢を放ってボルストを追い詰める。……だが。

 

「見切った!」

 

 なんと。命中する直前に左手で矢を掴み、止めてみせたのだ。

 それでも矢には氷の魔力が込められている。掴んだ左手は徐々に凍りついていき、肘まで到達。動きを制限――

 

「破ぁッ!!」

 

 ――あれ? 制限……出来ていない。

 ボルストは氷漬けになった左腕の筋肉に力を込め、一気に膨張。内側から氷を砕いてしまったのだ。そして何事も無かったかのように矢を捨てた。こんな芸当、異常と言うしかない。

 

「なにあれ~!? めちゃくちゃじゃない!?」

 

「六幹部の座に就いている時点で、相当めちゃくちゃに決まっています。ミッシェル、この程度で驚いていると身が持ちませんよ。マリナの弾丸すら止めてしまうかもしれませんからね」

 

 あたしは目の前の出来事を否定したかった。しかしジーレイは怯む様子もなく冷静さを保っている。

 当のボルストはというと、ゾルクとの距離を急速に縮めていた。そして炸裂する蹴り技。

 

翔連脚(しょうれんきゃく)ッ!!」

 

「がふっ!?」

 

 軽い身のこなしから放たれた、上空へと向かう二連続の蹴撃。防御が間に合わなかったゾルクは胴体に喰らってしまい、宙を舞ったあと地に打ちつけられた。

 

「おくすり、描くから待っててね!」

 

 先の獅子戦吼(ししせんこう)のダメージもある。ゾルクの体力が危ない。そう判断したあたしは大筆の先から絵具を溢れ出させ、赤い地面をなぞって即座に絵を描く。

 

「キュア!」

 

 生み出したのは、カプセルや錠剤等の細々(こまごま)とした絵。勿論それらは地面から飛び出して陽気に跳ねていく。目指す先は……ぐったりとしたゾルクの、体内だ。

 

「……もがっ!?」

 

 口から強引に押し入っていく医薬たち。凝縮された癒しの力を直接体内に送ることで、身体本来の治癒能力を活性化させて傷を塞ぎ、内側から体力を回復する。キュアという筆術はそういう仕組みなのだ。

 

「あ、ありがとう。……でもまだ慣れないなぁ、この回復の仕方……」

 

 道中での戦闘の際、傷を癒すために何度も使っていた治癒の筆術なのだが、どうも皆は受け入れ難いらしい。現に、回復したはずのゾルクは僅かに放心状態である。……効力は保証してるのに何故なのかしら。

 

暴岩(ぼうがん)(そう)。怒る大地の鼓動を聴け」

 

 今度は、ジーレイが地属性の中級魔術を発動する。

 

「アングリーロック」

 

 術名を述べると共に、ボルストの足下が揺れた。と思いきや次の瞬間には大地が盛り上がり、真下から岩の突起が襲う。突き上げられた彼は、成す術もなく宙を彷徨(さまよ)った。……そこまでは良かったのだ。

 

「大した威力だと褒めておこう。だが、わしに膝を突かせるには、まだ足りん」

 

 くるりと受け身を取り、見事に着地。期待したほどのダメージは入っていない様子である。

 

「まさか。魔術の効果が薄い……?」

 

 冷静だったジーレイも現状を疑うようになる。魔術が効きづらいとなると、私達はボルストに決定打を与えられるのだろうか。雲行きが怪しい。

 

「救世主一行の力とは、たったこの程度のものなのか?」

 

 構え直し、こちらを挑発。

 

「そんなわけないだろ。これから本当の力を見せてやるさ!」

 

 ゾルクはあえて挑発に乗った。両手剣の切っ先を向け、走り始める。

 

狼吼掌牙(ろうこうしょうが)!!」

 

 ボルストの間合いの一歩手前から奥義を繰り出した。強く踏み込み、両腕を突き出す。剣先に気合を込め、重たい突きを浴びせた。

 

「なんのこれしき!」

 

 しかし。渾身の一撃だったにもかかわらず、ボルストは白刃取りで両手剣を止めてしまう。

 

「まだだぁっ!!」

 

 でもゾルクは戸惑わなかった。奥義はまだ途中なのだ。

 反対側の足で踏み込み、両手剣をもう一度突き出した。予想外の追撃に耐えられず、ついにボルストは突き飛ばされる。その先には、赤い地面から生えた大きな岩が。

 

「ぬうおおおお!?」

「きゃあぁぁぁ!?」

 

 ぶつかった衝撃により、岩は粉々に砕け散った。

 

「はっはっは……! うむ。そうこなくては!」

 

 降りかかった砂埃を払いながら、ボルストが起き上がる。岩を砕くほどの衝撃だったというのに、何の問題も無く体術の構えをとった。

 ゾルクは思わず感嘆の声をあげてしまう。

 

「す、凄い……難なく立ち上がった。相当タフなんだな……」

 

 二つの銃口をボルストに向けながら、マリナが解説する。

 

「師範は防具を着用しないが、代わりに『鋼体(こうたい)バリア』というビットの魔力を用いた防護障壁で肉体を守り、俊敏性を保っている。バリアは鋼よりも硬い鎧であり、拳に纏わせれば凶器にもなる上、魔術防御力まで高めてしまうんだ。ちょっとやそっとの攻撃では致命傷など与えられない」

 

 それを聞き、あたしは焦らずにはいられなかった。

 

「まさかフレソウム家の筆術より高性能ってこと!?」

 

「……言われてみれば、ミッシェルが常時かけている特殊な筆術の超強化版、という位置付けがしっくりくるかもしれない」

 

「なにそれ悔しい~っ!!」

 

 無意識に唇を噛んでしまい、大筆を握る手がわなわなと震える。……ほんっと悔しいから、もっと筆術の修行がんばろ。

 

「だから、僕の魔術によるダメージも微々たるものだったのですか。破闘のボルスト、さしずめ『防御の鬼』ですね」

 

 ジーレイは警戒心をより強くした。

 続けて、先ほどから皆が気にしている疑問へ触れる。

 

「ところで」

 

「……ああ。私も気になっていた」

 

「俺も」

 

「あたしもー」

 

「私もです」

 

 代表としてジーレイが訊く。

 

「あなたの背後で見知らぬお嬢さんが倒れているのですが、お知り合いでしょうか」

 

「後ろでのびている、だと……?」

 

 ジーレイは悪意を含ませていなかったが、ボルストにとっては敵の言葉。しかし確かめないわけにもいかない。半信半疑で振り向くと……。

 

「うぅぅ……。せっかく隠れてたのに、まさか岩ぶっ壊すなんて……ひどくなーい?」

 

「なっ……!! フィアレーヌ、何故ここにおるのだ!?」

 

 放たれたのは、心の底からの動揺だった。

 砂埃を被って仰向けに倒れ、今にも涙が溢れそうなほどに両目を潤ませている少女。名は、フィアレーヌというらしい。

 空色の瞳と藤紫色の髪、縦巻きにカールしたツインテール、白と黒を基調としたフリル満載の甘いドレスという、火山においても戦いにおいても場違いな容姿である。服の左肩には、しっかりとエグゾアエンブレムが刻まれていた。

 

「キラメイが途中で飽きて、相手してくれなくなったんだもん。だからフィアレ、やっぱりボルストじいちゃんについて来ちゃった♪」

 

 ボルストの胸の辺りまでしかない小さな身体を起こし、ドレスに付着した砂埃を払いながら笑顔で答える。……何気にこの少女も、吹っ飛ばされてなおピンピンしているのだが……どういう存在なのだろうか。

 

「あやつめ……。理由はわかった。しかし、ここはわしの戦場。お主は邪魔立てするでないぞ」

 

 参戦を断固として拒否されたフィアレーヌ。しかし負けじと反論する。

 

「えええー!? やだやだやだやだー! フィアレも救世主達と遊ぶのー!!」

 

「わしとて、遊んでいるわけではないのだがな……」

 

 両手をばたつかせて駄々をこねる。これにはボルストも戸惑っていた。

 

「ボルストじいちゃんと一緒に戦うの! 戦うって決めたの! ……もう来ちゃったんだし、今さら『戦うな!』とか言えないでしょ?」

 

「……止むを得ん。勝手にするがいい」

 

「やったー♪ じいちゃん大好きー♪」

 

 確固たる態度で接していたボルストが折れた瞬間だった。不本意ながらフィアレーヌの参戦を容認する。彼女は飛び跳ねながら喜んでいた。

 

「な、なんだろ、この何とも言えない空気は……。あのフィアレーヌって子、エグゾアの人間なの?」

 

 二人のやりとりを眺め、呆れていいものか迷うゾルク。マリナに問うが、返事は曖昧だった。

 

「六幹部の一員、フィアレーヌ・ブライネスだ。……しかし私は名前しか知らなかった上、いま初めて姿を目にした。戦闘スタイルどころか、二つ名すら把握していない」

 

「謎が多いんだな……って、こんな小さな女の子が六幹部!?」

 

 あたしも、驚くゾルクと同じ感想を持った。年齢はソシアとそれほど変わらなさそうなのにエグゾア六幹部だというのだから、疑う気持ちを隠せない。

 フィアレーヌはあたし達の胸中に気付いたらしく、眉を吊り上げる。

 

「あー、信じられないって顔してるー。ナメた目でフィアレを見てると、とーっても痛いことしちゃうよ~?」

 

「……ほぇっ!?」

 

 ――幼稚な喋り方とは裏腹に、邪悪な……ドス黒い気配を感じた。それは一瞬であたしの身体を通り抜けていったが……この世のものとは思えない何かだった、ような気がする……。

 

「フィアレーヌよ、ここは火山の内部なのだ。足場を崩さぬよう、くれぐれも加減を忘れるでないぞ。溶岩風呂は遠慮したいからな」

 

「もーっ! ボルストじいちゃん、戦う前からお説教? ちゃーんとわかってるってー。でも救世主達がフィアレをちょーっと怒らせちゃったから、それなりにいかせてもらうね。……みんなも頑張ってくれるみたいだし♪」

 

 一見すると武器になるようなものは所持していないようだが、彼女は交戦する気満々。どのように仕掛けてくるというのだろうか。

 

「あの子、丸腰ですよね。本当に戦うつもりなんでしょうか?」

 

 ソシアもあたしと同様の疑問を持っている。しかし、ジーレイだけは見る目が違った。

 

「この場に満ちた渦巻く憎悪と、自身の周りを囲む負の念の数々。もしや彼女は……」

 

 おふざけ要素など一切なしで分析していた。そこへ、フィアレーヌ本人が会話に割り込んでくる。

 

「へぇ~。魔術師のお兄さん、フィアレの能力がわかっちゃうんだ。凄いって褒めてあげる♪ でも……」

 

 そこまでを言うと、彼女の雰囲気が急変。さっき一瞬だけ感じた、嫌な感覚が広がってきた……。今ならジーレイの言いたいことがわかる気がする。

 

「パーティーは遠慮なく盛り上げちゃうからね♪ 禁霊(きんりょう)のフィアレーヌ、張り切っていくよぉー♪」

 

 無邪気な言葉と同時に、フィアレーヌの真上に球状の何かが現れ、こちらへ降りかかってきた。

 

霊破弾(れいはだん)!」

 

 ぼんやりとした白い光を放っている。弾丸のように迫るそれは、ソシアを狙っていた。しかし彼女は、サイドステップを行うことによってなんとか回避してみせる。

 

「なんて正確な攻撃……。ギリギリでした」

 

「あーもう! なんで避けちゃうのー!」

 

 今の攻撃は紛れもなく、魔術である。しかし詠唱している様子は無かった。本来、魔術には詠唱が必要であるはずなのだが……あたしの操る筆術のように特殊な魔術なのだろうか。

 

「……いいもん、増やすから。みんなー、準備して!」

 

 間を置かずフィアレーヌは、白い光弾を十数個も頭上に浮かべた。この光景を見て、あたしの直感が働く。――こちら五人を一斉に攻撃するつもりだ。

 

「なんて数よ!?」

 

 流石に全ては避け切れないだろう。そこであたしは思い切り大筆を踊らせた。虹色の絵具が、筆先から滲み溢れる。

 

「術を絶っちゃえ! エメラルドローブ!」

 

 線を走らせて描いたもの。それは、ジーレイのような魔術師が着用する魔導着――ローブである。全部で五着仕上がり、緑色に輝いている。

 あたしが術名を叫ぶと、ローブは地面という二次元世界から即座に脱し、跳ね回りながら瞬時に全員の体へと張り付いていく。

 

霊破弾(れいはだん)、連続発射ぁ!」

 

 フィアレーヌの攻撃が始まった。襲い来る光弾の雨に対して回避を試みるものの、やはり全てを避けることは出来なかった。……が、体を護るエメラルドローブのおかげで光弾の威力は激減。ダメージを最小限に抑えられた。

 

「闘技場でもやったけど……五人分を一気に描くのは、やっぱり楽じゃないわねぇ……」

 

 結構な労力を費やしたので、あたしは頭を押さえながら溜め息をつく。その間、フィアレーヌは地団駄を踏んでいた。

 

「恩に着ます、ミッシェル。それにしてもフィアレーヌ……霊術を扱うとは」

 

「ジーレイさん、霊術ってなんなんですか? ……見当はつきますけれど」

 

「ソシアだけでなく、おそらくもう全員が察しているでしょう。……霊術とはその名の通り、この世の者ではない者の力を借りる危険な魔術のことです。詳しい原理などは解明されておらず、現在は禁術扱い。霊術師は存在しないはずなのですが」

 

「あの子は、その禁術を容易く操っていますね。それに禍々しさを感じます……」

 

 なるほど。フィアレーヌの二つ名『禁霊』とはそういう意味だったのか。

 霊が存在する場所は若干、寒くなるという話を聞いたことがある。もしかするとブレイズフェザーを倒した後に感じた温度の低下は、彼女と霊がドルド火山に侵入してきたことが関係しているのかもしれない。

 ジーレイとソシアの会話に反応するかのように、フィアレーヌが口を開く。

 

「フィアレにはね、特別な力があるの。あの世の住人は、みーんなフィアレのお友達。それに禍々しくて全然いいもーん。この子達もフィアレも、禍々しくて物騒なことが、だぁーい好きだから♪」

 

 すると彼女の背後に……。

 

「さあみんな、待ちかねたでしょ? うーんと暴れていいからねー♪」

 

 白い影が、ぼうっと現れた。数にして二十はあるのではないだろうか。人間の大人の上半身を象ったものが群れを成している。素手の者が大半だが、中には片手に剣を握った者もいた。

 フィアレーヌは霊術師。つまりこの白い影すべて、霊なのである。

 

「全員、進め~! キャハハ♪」

 

 霊の大群は掛け声と共に進行を開始する。あたし達との距離をじわじわと縮ませる光景は奇妙だったが、それ故に威圧された。

 

「この勢い、利用させてもらうぞフィアレーヌ! 落瀑蹴(らくばくしゅう)ッ!」

 

 霊に紛れてボルストも仕掛けてきた。

 大群の中から上空へ飛び上がり、前方斜め下にいるあたし達へ急降下蹴りをかます。これを、ゾルクが両手剣の腹を使って受け止めた。右腕は柄を掴んだまま、左腕で剣の切っ先付近を支えている。

 

「ぐおおっ……!!」

 

 全体重の乗った強大な蹴撃。ゾルクは力負けしてしまう……かと思われたが。

 

「負けるかあぁぁぁ!!」

 

「なんとッ!?」

 

 逆に勢いを利用。両手剣の腹にボルストを乗せたまま、後方に投げ飛ばしてみせた。この行動はボルストも予想していなかったらしく、受け身も忘れて背中から地面に叩きつけられてしまうのだった。

 意外と言っては失礼かもしれないが、ゾルクは健闘している。しかし喜んでいる場合ではない。霊の大群もどうにかしなくてはならないからだ。

 

「数には数だ! トマホークレイン!」

 

 最初に対抗したのはマリナだった。二つの銃口を真上に向けて魔力の散弾を放つ。それらは上空で分裂し、更に広範囲に拡散。雨のように降り注いだ。霊の半数は頭のてっぺんから貫かれ、消え去っていく。

 

至天(してん)(さい)浄光(じょうこう)をその身に刻め。フォトンニードル」

 

 ジーレイも、自身の目前に魔法陣を展開。陣の面から光の針を無数に射出する魔術で、残りの霊を掃討する。魔術が終了する頃、霊は全て片付けられていた。

 

「なかなかやるじゃん。……無駄だけどねー! いくらでも呼び出せるから♪」

 

 そう語るや否や、フィアレーヌは両腕を前方へ目一杯に伸ばす。そしてぐるっと一回転させると共に、大量の白い影を背後に再出現させた。こうも簡単に呼び寄せられては、分が悪いと言わざるを得ない。

 

「い、今更だけど……あの白い影、全部が幽霊なんだよな……おっかない……」

 

「ゾルク、怖がっている場合じゃない。召喚された霊には物理的な攻撃が通用する。さっさと斬り倒すんだ。放っておいたら、師範とフィアレーヌに手傷を負わせられないぞ!」

 

「うぅっ……わかってるよぉ!」

 

 マリナの叱咤が彼の尻を叩いた後、二人は敵陣へ突撃した。残ったあたし達は、弓技なり魔術なり筆術なりで二人を援護する。

 霊を瞬く間に消去していき、マリナが一足早くボルストへと辿り着いた。

 

「師範、ご覚悟を! 突破衝(とっぱしょう)!」

 

「討てるものなら討ってみせい! 掌底破(しょうていは)ッ!」

 

 マリナの右脚による強烈な横蹴りと、ボルストの気合いを込めた掌底がぶつかり合う。が、威力は相殺。お互いに吹き飛び大きく離れた。そして、少し遅れてボルストの前に躍り出たゾルクが、運良くその隙を突く。

 

「今だ、翔龍斬(しょうりゅうざん)!」

 

「ぬおおお!?」

 

 斬り上げと共に飛び上がり、空中でもう一度斬り上げる剣技。まだ体勢を立て直せていないボルストを打ち上げる。そして。

 

「燃えろ! 炎龍天覇(えんりゅてんは)!!」

 

 ゾルク自身も高く跳躍し、火口の溶岩とは似て非なる紅蓮の炎を纏う。そして両手剣を突き出してボルストを巻き込み、赤い地面へと急降下した。

 この奥義を喰らったボルストは炎によって鋼体バリアを剥がされ、一時的に防御力を失ってしまう。さらに、落下した反動で身体が弾み、再び宙を舞わされた。

 

「まずいか!?」

 

 危機を察する中、銃脚(じゅうきゃく)戦姫(せんき)がまた現れる。

 

散葉塵(ちりはじん)! 飛天連塵脚(ひてんれんじんきゃく)!」

 

 マリナは正面から上空へと小刻みに二丁拳銃を連射。ボルストの身体を拾うと共に、完全に打ち上げた。

 自らも後を追い、空中で五連続の蹴りを見舞う。そして、瞬時に彼を踏み台にして高く飛び上がり……!

 

「とどめ! 氷柱降(つららこう)!!」

 

 勢いをつけて急速に落下。真上からボルストの腹部を乱暴に蹴りつけ、そのまま地面ごと串刺しにするかの如く、踏み抜いた。

 これでようやくボルストは地へ辿り着くことが出来たのだった。己が背中を派手に叩き付けて、ではあるが。

 

「ごおぉぉぉぉ……!!」

 

 激痛を打ち消そうとするためか、唸り声があがった。

 マリナが魅せた術技の連携は、鋼体バリアを消されているボルストにとってかなりのダメージとなった。その証拠として、体勢を整えようにも片膝を突くので精一杯の様子。

 

「ふふふ……はっはっは……。マリナよ、相見(あいまみ)えぬ間も鍛錬を怠らなかったようだな」

 

 彼女はその発言を無視し、右手に握った無限拳銃の先端をボルストの眉間へと定めた。

 

「あなたにしては呆気なさ過ぎる決着ですが、これで最後に……」

 

 引き金に指をかけ、別れを告げようとした。……その瞬間だった。

 

「キャハハハハ、アハハハハハハ♪ 死ね死ね死ね死ね、みんな死んじゃえぇー!」

 

 目の前で岩が吹き飛び、赤い地面の起伏や火山の内壁が削られ、どんどん地形が変わっていく。

 

「あんた達からブッこ抜いた魂はミキサーにかけて意識ごとゴチャ混ぜにするから、さっさと()られてね! 超たのしみー♪ キャハハハハ!」

 

 フィアレーヌが無差別に攻撃を繰り出し始めたのだ。白の光弾をばら撒き轟音を響かせ、異様な笑い声と異常なまでの殺意を発している。……暴走と呼ぶ他ない。

 不覚にも、マリナはフィアレーヌに気を取られてしまった。ボルストはその隙に身を転がし、距離をとる。そして密かに呟いた。

 

「総司令の命令は忘却の彼方か……!? やはり調整途中で戦わせるべきではなかったな……!」

 

「逝け逝けー、逝っちゃえー♪ 霊砲鬼火玉(れいほうおにびだま)! 霊刃双連斬(れいじんそうれんざん)!」

 

 フィアレーヌは休みなく火の玉を四方八方に撃ち出したり、双剣士の霊を召喚して斬り込ませたりしている。暴走中の割に攻撃対象は判別できているようだが、余波が凄まじいのでボルストは満足に動けないようだ。

 あたし達は法則性の無い理不尽な猛攻を、防御や回避でなんとか持ちこたえている。しかしこのままでは、じきにやられてしまうだろう。もしくは足場が限界を迎え、ボルストが零していた「溶岩風呂」に敵味方もろとも御案内となる。

 ……だったら仕方ない。あたしの奥の手を描かなければ!

 

「なんて子なのよ……。もうっ、お仕置きが必要みたいね!」

 

「ミッシェルさん、なんとか出来るんですか?」

 

「ええ! なんとかしちゃうわ! みんなは避けるのに集中しててオッケーよ!」

 

 ソシアに笑顔を贈り、行動に移った。

 フィアレーヌが破壊した地形の細かな破片は、大筆を回転させて防ぐ。同時に、大筆のビットに精神力を込めて最大限に光り輝かせる。

 

「フレソウム家に代々伝わる秘奥義を受けて、しっかり反省しなさい!」

 

 高温のキャンバスの上で、大筆を縦横無尽に駆け巡らせた。筆先からは普段より多めに虹色の絵具が溢れ出ており、あたしが込めた精神力の多さを物語っている。

 そうして完成したのは、これまでに披露してきた筆術とは一線を画すもの。

 

「出てきて、『ソルフェグラッフォレーチェ』! ターゲットはフィアレーヌよ!」

 

【挿絵表示】

 

 あたしの声に応え、それはゆっくりと起き上がった。

 縦に長い色白の直方体を胴体とし、ひょろっとした細長い脚で支え、鞭のようにしなる極端に長い腕を生やした人形。胴体の上には、真っ黒で大きな瞳と三日月を模した巨大な口を持った、まん丸の頭が乗っかっている。その全高は、巨漢であるボルストよりも高い。

 最高の絵にして最強の人形。巨大な傑作品……なのだが。

 

「な、なんだこれ。人の形に見えないこともないけど……。なんていうか、ふざけたデザインだよなぁ」

 

「待て、ゾルク。確かに見た目はとんでもないが、こう見えて戦闘能力は高いのかもしれない。……信じ難いが」

 

「これはまた独創的な……。理解の範疇(はんちゅう)を超えています。僕も芸術には精通しているつもりでしたが、それは思い上がりだったらしい」

 

「か、可愛い……です、ね。可愛い、ですよ……?」

 

「おっと。ソシア、世辞を述べても得はありません。頬が引きつっている分、大損です」

 

 仲間からの評判は何故か良くなかった。そう、何故か。何故か。何故か……。

 

「うぅっ……あなた達、今すぐ問い詰めて……! って、違う。今はフィアレーヌに仕掛ける最中だったわ……。とにかく行きなさい、『ソルフェグラッフォレーチェ』! 可愛く描けたんだから、あとは一気にドーンとやっちゃってー!」

 

 あたしが人差し指を思い切り突き出すと、人形は細長い脚をバタつかせてダダダダッと猛進していく。

 

「フィ、フィアレはそんな悪趣味な人形なんかにやられたりしないもんね! 絵描きのお姉さん、そいつごと死んでいいよ!」

 

 フィアレーヌへ辿り着くまでに、また霊の大群が湧いて出た。けれども人形は鞭のような両腕を伸ばして回転し、霊達をいとも簡単に薙ぎ払っていった。時間などかかることもなく彼女を追い詰める。

 

「……まだ負けてないもんっ! 霊闘拳(れいとうけん)! 霊闘拳(れいとうけん)! 霊闘(れいとう)けぇぇぇん!!」

 

 半ばヤケクソ気味に、武術の達人と思わしき霊を召喚。人形に格闘戦を強いる。

 けれども鞭のような両腕がここでも活きる。変則的な動きで達人の霊の打撃を(ことごと)く打ち払ってみせた。仕舞いにはキレのいい右ストレートで懐を殴り、貫いてしまう。

 貫通した瞬間、達人の霊は己の負けを認めるかの如く静かに消滅。効果時間を過ぎたため人形も光となり、可愛らしくニコォッと笑って霧散していった。

 

「そ、そんなぁ……。フィアレ、まだ誰も殺してないのに……」

 

「芸術はねぇ、思い切りが大事なのよ♪ 思い切ったから幽霊にも勝てた!」

 

「納得いかない~っ……! こうなったら、あんただけでも死んで! ねえ、死んでよ!! 死んでってば!!」

 

 濁った目をした少女が幼き声で繰り返す暴言。教育上のよろしくなさに、あたしは……。

 

「……あぁーもうっ! 死ねとか殺すとか、うるさいうるさいうるさぁーい!!」

 

「ひゃぇっ!?」

 

 堪忍袋の緒が切れてしまった。

 

「そんな言葉、使っちゃダメでしょ!! まだ使う気ならもっと怒るわよ!!」

 

「えっ……えっ……」

 

「 わ か っ た ! ? 」

 

「……うわぁぁぁぁぁん!! えぅっ、えぅっ……わあぁぁぁぁぁん!!」

 

 全てを出し切ったのに勝てなかったから……プラス、あたしが怒鳴りつけたからであろう。フィアレーヌはその場にぺたんと座り込み、わんわんと大泣きし始めた。もう、霊が出現することもなかった。

 

「暴走は鎮まったか……。さて、今回のところは退くとしよう。エンシェントの欠片、お主らに預けておく」

 

 あたし達から距離をとり様子を(うかが)っていたボルストは、いつの間にかフィアレーヌの傍へと移動していた。号泣する彼女を抱きかかえると、あたし達の立っている広い足場から、溶岩より飛び出している岩の柱へと、軽やかに飛び移った。ゾルクとマリナによって追い詰められていた姿が、まるで嘘のよう。退却のために余力を残していたらしい。

 

「この細い岩の柱までは追って来られまい」

 

「師範、まだ決着はついていません!」

 

「何を言う。わしらの撤退は、お主らにとって好都合ではないか。それでも未練を持つというのであれば、再び相見えた時にこそ決着をつけようぞ。……再びなど、無いだろうがな……」

 

 最後の発言は、声が小さくてよく聞き取れなかった。何か物悲しげな風だったが、なんだったのだろうか……?

 それを気にする暇もなく。ボルストはマリナに言い残した直後、他の岩の柱を経由しながら退却。姿を(くら)ました。

 二人が去ったことで、全員が武器と肩の荷を下ろす。

 

「ふぁ~、疲れたぁ……。とんだ探索になったな。火の鳥と戦って、火山と同じくらい暑苦しい奴が出てきて、幽霊に冷や汗かかされて……」

 

 疲労でついに無気力になったゾルクが、ドルド火山での出来事を振り返る。

 

「でも、ミッシェルさんのお陰で事なきを得られました」

 

 ソシアはあたしの方を仰ぐと、にこやかな表情を浮かべた。また頬が引きつっているように見えたが……多分気のせいだろう。そういうことにしておく。

 

「そうだな。特に、フィアレーヌを追い詰めたあの人形が……」

 

 次いでマリナも口を開いたが。

 

「……印象的だったな」

 

「ちょっとマリナ、どうして変な間があったの!? すっきり言い切っていいところよ!?」

 

「言葉遣いを叱ったのも素晴らしいと思う」

 

「なんで話題逸らすの!? 取って付けたみたいに褒めたわね今!?」

 

 問い詰めるも、彼女は目を泳がせた。

 

「フィアレーヌからも感想を頂戴していましたね。反響が大きいと芸術家冥利(みょうり)に尽きるのでは? ……ちなみに僕は、芸術について出直して参ります。いつかあなたのセンスを理解できる日が来ればよいのですが」

 

「ジーレイ……! なんだかんだ言って解ろうとしてくれてるのね……!」

 

 いつものように穏やかな笑みを眼鏡の奥で浮かべている。……しかし。

 

「やっぱり来ないかもしれません」

 

「諦めるの早っ!! ……もう、知らないっ!!」

 

 期待させておいて、とどめを刺しに来たのだった。その笑み、もはや嘲笑としか思えない。

 最後の最後で皆から面食らったが、あたし達のドルド火山探索は今度こそ本当に終了した。




(絵:フルカラー)


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第22話「声」 語り:ゾルク

「だめだめだめだめ!! 無理です無理です無理です無理ですー!!」

 

 草木や花々が生い茂るここは、アロメダ渓谷。ランテリィネ及びドルド火山から遠く離れた、東の方角に位置する谷である。緩やかな傾斜の山の間を往く麗しき川の流れが、癒しとして素晴らしい。

 しかし空は灰色。先日は運良く晴れていたのだが、魔皇帝の呪いによる曇りの日々が舞い戻ってきている。折角の風景も、太陽の光が届かなければ映えることはない。

 

「ソシア! 戦わなきゃ俺達がやられるんだぞ!?」

 

 ドルド火山からランテリィネに戻った俺達は、エイミーさんから新たな情報を提供してもらった。それは「アロメダ渓谷にエンシェントの欠片らしきものがあるらしい」という内容。彼女の言葉を頼りに俺達は、このアロメダ渓谷へと足を運んだのだ。

 隈なく探索していたところ、ついにエンシェントの欠片と思わしき物質を発見した。早速回収しようとしたが、その直前。淡い黄緑色の空飛ぶ巨大なイカ、ウインディクラーケンと遭遇してしまった。奴は俺達に縄張りを荒らされたと思ったらしく、敵意は剥き出しだった。

 そんなイカと現在交戦中なわけだが、自在に空中を泳いでこちらの攻撃を避けるため苦戦している。イカのくせに飛行するとは随分と生意気だ。しかもジーレイ曰く、どうして飛べるのかは解明されていないらしい。ホントなんなんだこいつ。

 ……ところで、ソシアは泣き喚きながら戦闘を拒否している。何故こんなに取り乱しているのかというと。

 

「わかってます、わかってますよ! ……でも、軟体生物は見るのも嫌なんです~!」

 

 とのことらしい。その場でうずくまり、ずっと怯えている。いつも落ち着いて無限弓を操っているソシアがこのような状態になるなど、誰が想像しただろうか。

 

「ただでさえ苦手なのに、どうしてイカがあんなに大きいのっ? しかも飛んでるし! もう帰りたいよぉ……」

 

 突如、ウインディクラーケンが絶妙な素早さを発揮し、ソシアへ急接近した。

 

「あっ、ソシア! 後ろ!!」

 

「……何これっ!? きゃあああああ!!」

 

 俺の声は間に合わなかった。

 奴は数ある触手の中から一本だけを伸ばし、ソシアを拘束。その直後、上空へと連れ去ってしまう。彼女は背を向けていたし、そもそもうずくまっていたため全く気付いていなかったのだ。

 

「意外なものが弱点なのですね。弄る際のネタが増えました」

 

「助けてーっ! 今すぐ助けてくださいっ! お願いっ! お願いしますー!!」

 

 はしゃぐ子供を眺めるかのように、微笑ましく見守るジーレイ。そんな彼のことなど知る由もないソシアは桃色のポニーテールを風になびかせ、涙を流し助けを乞うている。まるで緊張感が無いが、地上や谷底へと叩きつけられる可能性もある。このままでは命が危ない。

 

「……などと、悠長に述べている場合ではありませんね。ミッシェル、筆術で僕の魔力を高めてください」

 

「いえっさー!」

 

 冗談をやめると、ジーレイは眼鏡のブリッジを二本の指で押し上げ、目つきを鋭いものに変える。そして援護を要請し、魔本のページを光らせた。

 ミッシェルは軽快に了承すると、大筆から虹色の絵具を溢れ出させ、青く輝く本の絵を草原に描いた。

 

「遠くてもバッチリ! サファイアディバイダー!」

 

 術名を叫ぶと、本の絵は平面の体を起こし、勢いよく跳ねながら移動を開始。向かう先はジーレイの持つ魔本である。絵が魔本に飛び付くように融合したところで、魔術が放たれる。

 

「走りなさい。スラストダッシャー」

 

 縦に伸びた、地を走る風の刃。通常なら、この魔術は上空のウインディクラーケンまで届かないだろう。しかし今は魔術攻撃力上昇の筆術を受けている。魔術が大幅に強化され、風の刃は長さを増した。

 こうなってしまえば、空高くにある触手を斬り裂くなど容易いこと。奴は体の一部を斬り取られ、空中に留まったまま気色悪くうねりながら苦しんでいる。

 触手から解放されたソシアは自由落下するのみ。

 

「間に合えーっ!!」

 

 俺はすぐに両手剣を手放し、全速力で落下地点へと走った。

 

「……よっと! ソシア、怪我は無い?」

 

「は、はい。ありがとうございます……。うぅ……生きた心地がしませんでした……」

 

 無事にソシアを受け止めることが出来たのだった。

 間を置かず、マリナの叫び声が飛び込んでくる。

 

「ゾルク! ソシアを連れてすぐに退避してくれ! 私がとどめを刺す!」

 

「頼んだ!」

 

 返事と共にすぐ後退。マリナはそれを確認した後、打って出る。

 

「最大出力でいかせてもらう!」

 

 二丁拳銃内のビットの魔力を解放し、上空に放り投げた。秘奥義発動の前触れである。二丁拳銃は空中で一つに融合し、両腕で抱えられる程度の手頃な大砲へと変化。落下する大砲を掴み取ったマリナは、ウインディクラーケンへと狙いを定める。

 

「目標捕捉……消し飛べ! ファイナリティライブ!!」

 

 大砲の引き金が引かれ、極太の熱光線が発射された。奴は熱光線に耐えられず、淡い黄緑色の巨体に大穴を開けられて悶える。そして徐々に光の粒となりながら谷底に墜落していき、消滅。熱光線を放ち終えた大砲は、元の二丁拳銃へと分離した。

 

「撃破完了。任務達成」

 

 ウインディクラーケンを倒したことにより、アロメダ渓谷は静けさを取り戻した。一番安堵しているのは間違いなくソシアだろう。ぺたりと草原へ座り込み、脱力している。

 

「災難だったな。しかし無事で良かった」

 

「はい、おかげさまで……。もう軟体生物のモンスターとは戦いたくありません。こりごりです……」

 

 マリナに優しく声をかけられたソシアは、未だ涙目のままだった。

 

 

 

 モンスターの脅威がなくなったため、やっとエンシェントの欠片を入手できる。しかし欠片が存在するのは切り立った大岩の頂上。よじ登るしかない。

 そんなこんなで俺が大岩に挑戦することとなり、いま頂上に向けて少しずつ確実に登っている。

 

「……よし、着いた。エンシェントの欠片、回収したよ!」

 

 だが、それももう終わり。腰に下げた道具袋へ欠片を仕舞う。そして今度は、この大岩を恐る恐る降りるのみ。飛び降りるには高過ぎるのだ。

 

「ゾルク、気を付けるんだぞ」

 

「慎重に降りてきてください!」

 

「一区切りついた直後が油断しやすいですからね」

 

「まさかとは思うけど、落っこちたりしないでよー?」

 

 皆、地上で心配してくれている。もちろん俺は細心の注意を払いながら、ゆっくりと大岩の窪みに爪先を引っ掛けていく。

 

「そーっと、そーっと…………うわぁ!?」

 

 ……運が無かった。

 半分まで降りたところで起きた異変。体重を乗せていた箇所が脆かったらしく、崩れたのだ。手だけでは身体を支えられず、そのまま岩肌を転がって一気に草原まで落下してしまった。

 

「ゾルクさん!?」

 

「あらら……本当に落っこちちゃうなんて」

 

「呑気なことを言っている場合じゃない! 二人とも、ゾルクに治癒術を頼む!」

 

 うつ伏せに倒れた俺の元へ女性陣が急ぐ中、ジーレイは苦笑しながら歩んでくる。

 

「今日のゾルクはツイていないようですね。……おや?」

 

 しかしピクリとも動かない俺を目視し、冗談めいた態度を即座に取り払った。

 

「……いけませんね。気絶しているだけならよいのですが」

 

 この時点で俺は、完全に意識が途絶えていた。頭の打ちどころが悪かったのだろうか。『救世主ゾルク、世界を救わずして呆気なく永眠』などと語り継がれるのはごめんである。このままでは死んでも死にきれない……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第22話「声」

 

 

 

 どこもかしこも黒一色の真っ暗闇で、横たわったまま俺は漂っている。水中などとはわけの違う、ひたすら不思議な空間だ。

 

「ここは……どこだ……?」

 

 意識は確かにあるのだが、ぼうっとしたままはっきりしない。身体を動かそうとしても指一本動かせない。だが、それに対する恐怖や不安は一切湧いてこない……。

 わけもわからず漂うだけの状況は、それほど長く続かなかった。ふと、小さな音が耳に届いた。

 

「……では……せん……」

 

 人の声のようだ。しかし途切れ途切れなので、内容はよくわからない。

 

「だ、誰だ?」

 

 声の主の姿は見えない。視線すら動かせないので、探そうにも探せない。

 

「……進んでは……いけません……」

 

 声が、頭の中へ直に響く。音が耳に届いた、というのは錯覚だった。肉体は無く声のみの存在のようだ。

 

「一刻も早く引き返すのです」

 

 今度は、はっきりと聞こえた。凛々しくも上品な女性の声だった。

 

「あんたは……誰なんだ? 引き返せってどういうことだよ」

 

「本当ならば、もっと早くに伝えなければなりませんでした」

 

「……俺の質問は無視なのか」

 

 女性の声は一方的であり、こちらの問いかけには全く応じない。しかしそれでいて真剣に語りかけてくる。

 

「率直に申し上げます。リゾリュート大陸の住人よ、あなたは――」

 

 次の言葉に、我が耳を疑った。

 

「救世主などではありません」

 

「えっ……!?」

 

 俺がセリアル大陸へ訪れた意味を、完全に否定するものだったから。

 

「エグゾアは、デウスは……とてつもなく恐ろしい……ことを……企んでいます……」

 

「お、おい! 俺が救世主じゃないって、どういうことだよ!? それに恐ろしいことって!? 答えてくれよ!!」

 

「もう……時間が……残されて、いません……」

 

 慌てて問い質すが、やはり返答はない。しかも女性の声はだんだん遠のき、聞こえづらくなっていく。そして次の語りかけが、俺が聞く最後の言葉となった。

 

「あなたは……救世主などではありませんが、曲がりなりにも……セリアル大陸へと足を踏み入れた、稀有(けう)な存在……。もし、真に世界を……救うという意志があれば……どうか……」

 

 

 

 …………救っ……て……くだ……さい…………

 

 

 

 女性の声が辺りに響き渡り、その残響が消えた時。

 

「こ、今度はなんだ? ……うわぁぁぁぁぁ!?」

 

 周囲の暗黒は一瞬にして純白に塗り替わる。その光景で目を刺激されたため思わず、叫びながら両腕で視界を遮ってしまった。

 

 

 

 ……あれ? 身体を、動かせた……?

 

 

 

「……急に大声を出すんじゃない。驚いてしまっただろう」

 

「……え?」

 

 俺のすぐそばから、呆れ声が伝わった。

 顔の前から両腕をどかせば、清潔感のある白い壁と天井。この光景には覚えがある。ここは医療の町ランテリィネの宿屋の一室であり、俺はベッドの上に横たわっているとわかった。

 頭を動かすと、部屋に備えられた純白で円形のテーブルや、ベッドの隣で椅子に腰掛けているマリナの姿が目に入った。そばには、俺がいつも身につけている蒼の軽鎧や両手剣、ブーツなども置かれている。

 

「俺、どうして寝てたんだっけ……」

 

 思い出そうとしても……無理だ。見事に記憶が飛んでいる。マリナに尋ねるしかない……と考えていると察したらしく、教えてくれた。

 

「昨日、お前はアロメダ渓谷でエンシェントの欠片を回収した後、大岩を降りる途中で転落してしまったんだ。お前をランテリィネに連れ帰ってすぐエイミーさんに治療してもらえたから、大事には至らなかった。彼女に会ったら礼を言っておくといい」

 

 ……そうだ、そうだった。全部思い出した! 気絶してそのまま眠っていたらしい。

 そして知らない間に、医療研究所の所長エイミーさんのお世話になっていたみたいだ。情報提供といい治療といい、彼女には頭が上がらない。マリナの言う通り、きちんとお礼を言おうと思う。

 

「わかった、そうするよ。……みんなはどうしてる?」

 

「今は宿屋に居ない。必需品を買うため出払っている。みんな心配していたから、帰ってきたらきっと安心するだろう」

 

 それは嬉しくもあり、申し訳なくもあった。俺がどんくさい真似をしなければ皆を困らせることはなかったのだから。

 

「迷惑かけて、ごめん……」

 

 自ずと出たのは、この言葉だった。しょぼくれる俺に向かって、マリナは手厳しい返事を……。

 

「謝らないでくれ。お前だって、好き好んで転落したわけじゃないだろう? 無事に意識を取り戻してくれて良かったと、心から思っている」

 

「……う、うん。ありがとう」

 

 ……送ってくるかと思いきや、そうでもなかった。至って普通に俺の回復を喜んでくれた。いつもなら強い口調でガミガミとうるさく畳み掛けてくるはず。こんな風に対応されるのは珍しいので少し戸惑ってしまった。

 ……いや、待て待て。これが一般的な対応のはずなのにどうして戸惑うんだよ、俺。

 

 しばらくして俺は立ち上がってみることにした。久々に動かす自分の身体は、妙に気だるく重たく感じる。が、そんな違和感もすぐになくなり、徐々に普段の調子を取り戻していった。

 腕や足を伸ばして簡単に体操していると、あることに気付く。

 

「そういや、看病は誰がしてくれてたんだ? もしかしてずっとエイミーさんが……? だとしたら尚更、迷惑かけちゃったなぁ」

 

「いや、違う」

 

 マリナは無表情で否定した。考えてみれば、エイミーさんは医療研究所での仕事で忙しいだろうから、そりゃあそうか。

 

「じゃあ誰が? ……あ、ソシアか。看病とかそういうの得意だもんな」

 

「ソシアでもない」

 

 ソシアでもない……? エイミーさん以外では打ってつけの看病役のはずだが、彼女も違うという。確信を持てる人物がいなくなってしまった。

 

「だったらミッシェルなの? それともジーレイ?」

 

 他に挙げるならこの二人しかいない。さあマリナ、答えはどちらだ!?

 

「……私だ」

 

「へ?」

 

「看病していたのは、私だ」

 

「……えええええ!? マリナが!?」

 

 俺の勘は冴えていないようだ。マリナが看病してくれていたなんて微塵も予想できなかった。驚愕する俺を見て、彼女も狼狽(うろた)える。

 

「な、何故そこまで驚く!? 大体、お前が目覚めた時、隣にいたのは私だ! それだけでも察しはつくだろう!」

 

「だって、たまたまそばに居ただけかもしれないじゃないか! マリナは看病役から程遠い存在なんだし……」

 

 この一言を発した途端、場を覆う空気が一変した。

 

「……そうか。そんなことを言うのか。真面目に看病していた私が馬鹿みたいだな」

 

「マ、マリナ?」

 

 ――とてつもなく嫌な予感がする。ただ事ではないと本能が叫ぶ。そして、手遅れだと悟る。

 

「今一度、ここで再起不能にしてやる! 覚悟しろ、ゾルク!!」

 

 顔を真っ赤にし、烈火の如く怒鳴った。いつの間にか両手には二丁拳銃が。そして二つの銃口は当然、俺に狙いを定める。

 

「ぎゃあああああ!! ごめんなさい!! ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!」

 

「今回ばかりは許さん!! ほとんど付きっ切りだったのに!! 人の気も知らないで!!」

 

 悲鳴と怒声が飛び交う中。病み上がりの俺は、部屋中を逃げ回らざるを得なくなるのだった。

 

 

 

 事態は収拾しないまま、皆が宿へ帰ってきた。

 散らかった部屋、ボサボサの金髪が更に乱れた俺、目が吊り上がったマリナ。皆はそれらを眺め、俺達の言い訳を聞き入れる。そしてジーレイは。

 

「それでゾルクは全身が傷だらけになった、と。目覚めて早々、この騒がしさ。元気が有り余っているようで大変よろしいです」

 

 いつもの微笑を浮かべてそう言った。

 

「全然よくない……」

 

「私だってよくない」

 

 俺はジーレイに向かって呟いたつもりだったが、マリナが横入りして強く吐き捨てた。……追いかけられながらもたくさん謝ったのに許してくれない。未だにムスッと膨れっ面である。どうすりゃいいんだ。

 何も出来ずにいると、ソシアが(なだ)めた。

 

「まぁまぁ。マリナさんの気持ちもよーくわかりますけれど、今はゾルクさんの回復を素直に喜びましょう?」

 

「私は最初からそのつもりだった。無下(むげ)にしたこいつが悪い……!」

 

 しかし効果は無く、腕を組んでそっぽを向いた。見兼ねて、ミッシェルが仲裁に加わる。

 

「んもう。マリナってば頑固なんだから。でも、ゾルクが悪いっていうのはあたしも同感ね。ほら、マリナに謝って!」

 

「ええ~? とっくに何回も謝っ……」

 

「いいからきちんと謝るの!」

 

「は、はい……」

 

 ミッシェルは口を挟ませないほどの迫力を見せた。剣幕に圧倒され、俺はマリナに面と向かう。

 

「マリナ。看病してくれたのに失礼なこと言っちゃって、本当にごめん」

 

「…………」

 

「まだ怒ってる……?」

 

 逃げ回っていた時とは違い正面から、しっかりと反省の意思を伝えた。その後、マリナは無言となったが……それもしばしの間。腕を組んだまま、ゆっくりと口を開いた。

 

「……みんなが揃っていては、もう怒るに怒れない。不本意だが許すとしよう。しかし今後また同じようなことが起きれば、その時こそ絶対に許さないからな。ゾルク、覚えておけよ?」

 

「誓います……」

 

 許してもらえたが、強く釘を刺されてしまった。二度とこんな失態は繰り返さないと決心するのだった。

 なんとか一件落着したところで、ミッシェルが何気なく呟く。

 

「せっかく二人っきりだったのに、どうして喧嘩しちゃうのかしら? 勿体無いことするわね~。もっと楽しめばいいのに」

 

「お、俺達はそんな関係じゃない!」

「わ、私達はそんな関係じゃない!」

 

「あら、息ピッタリ。冗談のつもりだったけど案外悪くないんじゃない?」

 

 もちろん俺は即座に否定した……のだが、言葉が見事にマリナと被ってしまった。これでは、否定が否定にならないではないか。二人で慌てふためく中、当のミッシェルは意地悪く笑うのみであった。

 

「ところで、ゾルク。あなたは眠り続けていましたが、時折ひどくうなされていましたよ。悪い夢でも見ていたのですか?」

 

 話題をぶった切り、ジーレイが発した。そして思い出す。奇怪な夢のことを。

 あの女性の声は一体、なんだったのだろう。話の内容も、形容し難い感覚に包まれた空間に居たことも、鮮明に覚えている。ただの夢ではなさそうだが……。

 

「悪い夢……ひょっとしたらそうなのかも。とにかく変な夢だったよ」

 

 夢の記憶を、懸命に言葉へと変換する。皆は真剣に耳を傾けてくれた。

 最後まで伝えた後、マリナが最初に開口した。

 

「『救世主などではない』と告げた謎の声、か。不可解だな」

 

「デウスというのは、どなたのことなんでしょうか?」

 

「デウス・ロスト・シュライカン。戦闘組織エグゾアを創立した存在、総司令の名前だ。……そういえば、みんなの前で口に出したことは無かったな。エグゾアの構成員は総司令を名前で呼ぶ機会がほとんど無いので、その頃の癖が自覚なく残っていたようだ」

 

 俺もソシアと同様の疑問を抱いていたが、やっと解消された。エグゾアを統べる者の名前だったのだ。

 

「謎の声は、エグゾア総司令の世界征服を止めてほしいのかしら? でも、だったら『引き返せ』だなんて言わないわよねぇ。っていうか、ほっといても世界征服は止めに行くのに」

 

「それに、ゾルクさんが救世主であることを全否定するなんて……どうしてでしょうか」

 

 ミッシェルとソシアも意味が解らず、頭を抱えて唸ることしかできない。

 そんな状況の中、ジーレイが俺に確認する。

 

「夢で聞いた声は、確かに女性のものだったのですね?」

 

「そうだよ。ひょっとして心当たりがあるの?」

 

「……いいえ、ありません。ただ、胸騒ぎがするのです」

 

 そう答える彼の面持ちは、深刻さにまみれていた。

 

「エンシェントの欠片の収集を打ち切り、すぐにでも海底遺跡へ向かいましょう。そしてエンシェントビットを再び封印し、魔皇帝の呪いを解くのです」

 

「ど、どうしたの? ジーレイ、なんか雰囲気がいつもと違うわ」

 

「多少、真剣になっているだけですよ。エグゾアが世界征服以外の計画を企てている可能性も、無きにしも(あら)ず。救世主一行の一員として、放ってはおけませんので」

 

 きつく尖った眼差しのジーレイを前に、ミッシェルは動揺した。彼女だけではない。俺も少なからず驚いている。まるで、身体の奥底で正義感を燃え滾らせているかのよう。眼鏡の奥の紫の瞳から、強い意志が垣間見えた。

 

「エンシェントの欠片の手掛かりも、簡単に見つかるものではないしな。ここはジーレイの言う通り、海底遺跡を目指すとしよう」

 

「だったら潜水艇を奪わなきゃ。いよいよエグゾアセントラルベースへ乗り込むことになるんだな……!」

 

 マリナもジーレイの提案に賛成。俺も想いは同じであり、これからの行動を頭の中で整理した。

 その傍らで、ソシアは。

 

「敵の本拠地……。心構えはしていましたが正直に言うと、やっぱりまだ怖いです……」

 

 胸の前で両手を握り、不安を露呈した。ミッシェルはそんな彼女の手を取り、持ち前の明るさを発揮する。

 

「ソシア、あたし達なら大丈夫よ! 今までだってなんとかなってきたし今度だってきっと上手くいくわ。それにここを乗り越えないと、ソシアのママのことに取り組めないわよ? あたしだってメリエルを助けたいし、エンシェントビットをちゃちゃっと封印して次のステップに進みましょ。ね?」

 

「……はい。励ましてくださってありがとうございます。少し不安が和らぎました」

 

 僅かながら、ソシアの表情から暗さが消えている。ミッシェルの楽天的な性格に救われたのだろう。

 

「エンシェントビットを海底遺跡に封印して世界を救ったら、俺もソシアとミッシェルを手伝うよ!」

 

 前にも伝えたことはあるが、改めて彼女らに宣言した。しかしマリナが水を差す。

 

「私としては、やはりお前が手伝うこと自体に不安を覚えてしまう」

 

「またそれ!? 不安にならないでくれってば! 旅の中でちょっとずつ成長してきたつもりだし、もう間抜けだなんて言わせないぞ!」

 

「どうだか」

 

 先の揉め事のせいか、つれない態度である。いくら懸命になろうとも今のマリナには伝わらないようだ。俺が悪いのは重々承知しているが、さすがに悲しくなってしまった。

 

「さて。そうと決まれば、今日と明日は充分な休養をとることとしましょう。準備を万全に整え、エグゾアセントラルベースに臨むのです。アップルグミやライフボトルなどの回復薬も忘れずに補充しておきましょうね」

 

 ジーレイが話をまとめ、事前の行動も決定した。現在もアイテムの備蓄には余裕があるのだが、わざわざ補充を促すところに彼の用心深さを感じる。皆は彼の言葉を念頭に置いた。

 俺はジーレイに続き、気合い全開で右の拳を突き上げる。

 

「よぉし! 魔皇帝の呪いを解いて、二つの世界の崩壊を絶対に阻止するんだ! あと少し、みんなで頑張ろう!!」

 

「ああ」

「はい!」

「もちろんです」

「ええ♪」

 

 一丸となって呼応。各々の返事は、確かな決意に裏付けされたものだった。

 ここまで辿り着くのに時間はかかったが、旅の終点が見えてきた。この調子で俺は、救世主としての役割である『エンシェントビットの封印』を果たさなければ。

 魔皇帝の呪いを解いてセリアル大陸を覆う暗雲を取り除き、陽の光を必ず取り戻してみせる!

 

 ……それにしても解せないのは、やはり夢のこと。謎の声の言葉がどうしても気になってしまうが……惑わされてはいけない。俺は世界を救う存在、救世主なのだから。

 意志が揺るがぬよう、心から心へと言い聞かせるのであった。



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第23話「混沌への突入」 語り:ソシア

 光を鈍く反射させる、黒く冷たい鋼鉄の壁と床。それらで造られた通路を大勢が慌ただしく駆け抜けていく。その音は、この小さな個室にも伝わってきた。

 

「あー? なんだか騒がしいな」

 

 個室には、エグゾア特有の黒い服を着用した二人の男。組織を構成する戦闘員だ。木製の机を挟む形で椅子に座っている。二人以外、誰も居ない。

 机の上に、白と黒の正方形で敷き詰められた盤。これまた白と黒の色をした、様々な形状の駒を乗せている。どうやらボードゲームを楽しんでいる最中らしい。

 一人が、廊下に通ずる入り口へ顔を向けた。しかし言うほど興味は無い様子。もう一人は盤上を見つめ、次の手を考えている。

 

「このエグゾアセントラルベースに何者かが侵入した模様! 全員、直ちに戦闘配置につけ! 現在は六幹部もおられない! 注意を怠るな!」

 

 足音だけでなく、階級の高いであろう戦闘員からの、けたたましい号令まで響いてきた。

 

「あのマヌケ上官、なに言ってんだ? わざわざ戦闘組織の本部基地に侵入するような馬鹿、いるわけないだろが。きっとなんかの間違いだぜ」

 

「お前の言う通りだな。いたとして、袋叩きにされるのがオチだってーの」

 

 でも彼らは号令を無視。駒の移動に勤しむ。

 

「と思いますよね。けれども本当に侵入されているらしいのですよ。……そうですね。次の手は、こうしてみてはいかがでしょうか」

 

 三人目の男の声。白い駒を操る男のすぐ左から、黒い駒を動かす腕が伸びた。紺の魔導着に袖が通っている。

 

「おい、チェックメイトになるじゃねぇかよ~」

 

「ハハハハッ! 俺はあえて見逃してやってたのにな! お前、なかなか冗談きついぜぇ! ……え?」

 

 笑いながら、眼鏡をかけた銀髪の男性――ジーレイさんの方を振り向いた二人は、ようやく事態に気付いて周囲を見回した。

 いつの間にかこの個室には、彼ら二人を含めて人間が七人。あちらからすると剣士、弓使い、魔術師、筆術師の初めて顔を見る四人と、顔を知っている武闘銃撃手一人が増えたことになる。

 

「お前は、裏切り者のマリナ・ウィルバートン!? まさか侵入者って……ヒィッ!!」

 

 唖然とする中、一人は頭に銃口を突き付けられ、もう一人は喉元に両手剣の刃を向けられる。

 

「騒ぐなよ。他の戦闘員に見つかっては困るからな。抵抗しなければ引き金は引かない」

 

 マリナさんは至って普通に言い放った。対して彼らは、引きつった笑顔で冷や汗をかいている。

 私もマリナさんを真似てクールにお願いしてみた。

 

「どうか気絶してもらえませんか?」

 

 すると彼らは観念したらしい。肩を大きく落としながらゆっくりと頭を下げ、額を机につける。そして同時に零した。

 

「「じょ、冗談、きついぜ……」」

 

 ごもっともです。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第23話「混沌への突入」

 

 

 

 彼らを打撃で気絶させ、身動きが取れないよう縄で縛った。ひとまずはこれで安心。落ち着いたので、状況を整理しようと思う。

 

 セリアル大陸北東端の入り組んだ崖の近くに位置する、エグゾアセントラルベース。一国を支配する城を彷彿させる、真っ黒の巨大な建造物だ。元より人が寄りつかず住まう者も存在しない北東の地に、我がもの顔でそびえ立っている。

 私達は潜水艇を入手するため、このエグゾアセントラルベースに侵入している。マリナさんが立てた計画に従い、外部通気口を利用したのだ。

 

「通気口がこの部屋に通じてて助かったよ」

 

 敵の巣窟への侵入は不安要素ばかりである。そのためゾルクさんは少しでも運が良かったことを喜び、ホッと胸を撫で下ろした。

 

「居たのが雑魚の戦闘員だったからな。ひとまず侵入は出来たが……これほど早く感づかれるとは思わなかった」

 

 ぼやいた後、マリナさんは大きく息を吐いた。

 エグゾアの本部基地へ不当に入り込むのだから、そう簡単にいかないのは当たり前と理解している。だとしてもスムーズに事が運ばないこの現実は、はっきり言って苦しい。

 

「通気口に入る時、ゾルクがモタついてたからバレちゃったのかも?」

 

「や、やっぱりそうなのかな……」

 

 ミッシェルさんの何気ない一言で、ゾルクさんがビクリと体を震わせる。彼女はあくまでただの憶測として述べたようだが、彼は少々責任を感じているようだ。

 

「仮にそうだとしても仕方ありません。ゾルク、悔やむより行動です」

 

 ジーレイさんが励ますとは珍しい。おかげでゾルクさんは立ち直り、いつもの元気な表情を見せる。

 

「……ありがとう、ジーレイ。ごめん、くよくよしてちゃいけないよな」

 

「その通り。……不幸中の幸いか、六幹部は留守の様子。戦闘員の目を掻い潜って進めば、僕達ならなんとでも出来るはず。マリナ、潜水艇が保管されている格納庫へ案内してください」

 

「任せてくれ。部屋を出て慎重に進むぞ」

 

 マリナさんが案内を開始すると皆、静かに追従した。

 

 

 

 隠密、迅速を心掛けて黒く冷たい鋼鉄の通路を移動する。たまに見つかることもあったが、その際は早急に攻撃を仕掛け、気絶させて事なきを得た。この調子で行けば格納庫も遠くはない。

 ……広めの空間を通り過ぎようとした時、それは前触れもなく現れた。

 

「天井から!?」

 

 ゾルクさんが叫んだ通り、天井から何かが飛び降り、私達を取り囲んだのだ。数にして、五体。――五角形の兜を被った黒ずくめの生体兵器、アムノイドである。

 即座にマリナさんが反応する。

 

「ただの戦闘員では止められないと踏み、アムノイドを投入してきたか……! みんな、気を抜くな!」

 

 アムノイドとは薬物投与や身体の機械化、外部から直接行う魔力注入などの肉体改造によって、より強大な戦闘能力を引き出した生体兵器のこと。感情は消失していて、ただ命令のままに動く……。いつか船の上で戦った時のマリナさんの説明を、私は思い出していた。

 よく見ると船の時の個体とは外見が異なっており、腕や脚などの様々な箇所が機械化されている。狂鋼(きょうこう)のナスターに似た異色のものだ。

 そして私には、アムノイドから必ず連想するものがある。……お母さんだ。メノレードの闘技場でナスターは、お母さんを「アムノイドへ改造したかもしれない」と言っていた。おそらく……事実だろう。

 船の時は心配だけで済んだが今度は現実に……目前の黒ずくめ達の中に、お母さんが居るかもしれないのだ。しかし私には見分ける力も、助ける術も無い。だから……。

 

(やるしかない……やるしかないんだ……。アムノイドと戦うこと、たくさん考えて心の準備をしてきたんだから、もう迷っちゃだめ。今こそ本当の本当に、覚悟しなきゃいけないんだ……!)

 

 歯を食いしばり、頭から心に言い聞かせた。すると、ゾルクさんの暗い声が私を包む。

 

「ソシア、俺達はアムノイドと戦うよ。でも君は下がってていいから」

 

 つらい現実から逃げてもいいという、彼の優しさだった。けれど私の返事は。

 

「そんなわけにはいきません。私だって救世主一行の一員です。やるべきことはわかっているって、以前にも言いました。それにここは敵の本拠地なんですから、力を合わせて全力で戦わないと……!」

 

「……そうだったね。ははっ。やっぱりソシアはしっかりしてるなぁ」

 

 苦笑いの後。彼の声は、もう暗くはなかった。

 

「じゃあ遠慮は無しだ。一緒にあいつらを倒そう!」

 

「はい!」

 

 私の覚悟を仲間が信じてくれるなら、芯をぶれさせずに頑張れる。そんな温かい想いで胸を満たし、一切の動揺なく無限弓を握り締めた。

 肝心のアムノイド達は、まだ攻撃の姿勢をとっていない。それに気付いたゾルクさんは、向こうが動くより早く両手剣を引き抜く。

 

「速攻だ! 猛襲連撃(もうしゅうれんげき)!!」

 

 そして繰り出される奥義。両手剣の太い剣先で、七連続の素早い突きを見舞う。一体のアムノイドに対して完璧に決まった。

 

「どうだ! ……えっ!?」

 

 彼は驚いた。決まったと思われた奥義が、それほど意味を成していないことに。故にアムノイドの反撃を防げず。

 

「うわあああああ!?」

 

 機械化された腕に掴まれ、軽々と放り投げられてしまう。ゾルクさんは悲鳴を上げた後、鋼鉄の床に叩きつけられた。

 なんという防御力、なんという怪力。船の上で戦ったデータ採取用の個体とは比べ物にならない。これが、生体兵器として完成された個体の実力なのだ。

 

「ゾルクさん!」

 

「俺のことはいいから、あいつらに気を付けるんだ!」

 

 心配する私の気持ちより、ゾルクさんの忠告が勝る。全員が警戒心を強めた。

 ゾルクさんを投げ飛ばしたのを機に、他のアムノイドも一斉に攻撃を開始。散り散りになり一対一の形で私達を狙う。

 

「これがアムノイドの強さなの!? もう、やんなっちゃう!」

 

 ミッシェルさんが、手の平より火炎を放射する個体から逃げ惑う。

 

「リフ・イアードのアムノイドを水浸しにした時とは訳が違いますね」

 

 ジーレイさんも、脚から刃を展開した個体の回転攻撃を必死で避ける。

 

「でも、なんとか切り抜けないと!」

 

 私は私で、ひたすらに魔術を行使する個体から逃げつつ弓技で応戦していた。マリナさんは私に答え、そして皆を奮起させるように叫ぶ。

 

「その通りだ。私達は世界を救うためにここまで来た! 負けるわけにはいかない!」

 

 アムノイドの攻撃は、奇抜だが強力なものばかり。満足に戦いを進められなかった。だが、どうにか撃退することに成功した。

 

 戦闘後、私とミッシェルさんの治癒術は大いに活躍した。役に立てるのは嬉しいけれど喜べる状況ではない。様々な意味で、もうアムノイドに出てきてほしくはなかった。

 ……しかし、私の願いが叶うはずもない。奥へ奥へと進むたび、アムノイドは何度も湧いて出たのだ。皆の顔に疲労の色が浮かぶ。

 先陣を切り続けていたゾルクさんは特に消耗が激しく、肩で息をしている。彼が戦闘の合間を縫って道具袋から取り出したのは、アップルグミとオレンジグミ。それぞれ一個ずつ。弾力のある、ほのかに透き通った赤と橙を口内へ放り込み、体力と精神力の回復を図ったのだ。

 

「ふぅ……ちょっと楽になったかも。さすが、戦闘組織の本拠地だな。倒しても倒してもキリがない。それにアムノイドって何も喋らないから、なんだか不気味だよ……」

 

「どうやら私がエグゾアに所属していた頃より、アムノイドの絶対数が増えているらしい。量産技術が進歩したんだろう。リフのデータ採取も無駄ではなかったようだな」

 

 物言いだけ抜き取ると感心しているかのようだが、実際のマリナさんは苦い顔をしていた。続き、私もアムノイドに対する感想を語る。

 

「アムノイドは厄介な存在です。でも、改造される前は普通の人間だったんですよね? そう考えると、少し気が引けてしまいます」

 

「普通の人間、か……。アムノイドは本来、自ら志願したエグゾア戦闘員のみが改造されて誕生するんだが、これだけ数が多いとなると志願していない戦闘員や一般人を無理やり改造した可能性もある。……それこそレミアさんの例があるしな」

 

「はい……」

 

「元々、アムノイドにはナスターが絡んでいる。奴の狂気じみた研究根性を考えれば(むし)ろ、本人の意向を無視して改造した説の方が有力かもしれない。志願するような酔狂はともかく、無理に改造された人間には同情できる……」

 

 悲しいが、マリナさんの推測を聞いて納得せざるを得なかった。

 いくら悪の戦闘組織とはいえ、やり方が狂っている。そうまでして戦力を増強し、世界を征服したいだなんて……。お母さんを奪われた私には到底、理解できない。

 

「エグゾアは残酷な行為も平然と行える組織なのだと、また思い知らされた。たとえ総司令の『世界征服』という真意に気付かなかったとしても、どのみち私は抜け出していたかもしれない」

 

「私もそう思います。マリナさんならきっと正しい選択をしていたはずです」

 

「ありがとう、ソシア」

 

 やはりエグゾアは、マリナさんのような人間がいるべき場所ではなかったのだ。そんな想いを胸に、彼女を肯定した。

 

 

 

 敵の目を避け、時にはやむを得ず戦い、多種多様な階層を行き来しながら走り続ける。すると、ついに目的の場所が見えてきた。

 

「あれが格納庫の入口だ」

 

「ホント!? ここまで長かったわぁ……」

 

 マリナさんが指さした方向には、巨大で頑丈そうなスライド式の扉がある。この向こうで潜水艇は保管されているのだ。ミッシェルさんは気を緩めるが、全てが終わるまで本当の安心は訪れない。

 

「格納庫は、潜水艇が役目を終えてからずっと手薄のはずだ。しかし、慎重に突入しよう」

 

 注意を促した後、マリナさんは扉のスイッチを操作した。すると頑丈な扉は中央から分断し、両側にスライドする。そして全員、中へと足を踏み入れた。

 

「これが潜水艇かぁ!」

 

 奥には水を張った空間があり、丸みを帯びた直方体型の白い乗り物が浮いていた。十人程度は乗り込めそうなほどの大きさで、船体前部には多目的ロボットアームがいくつも装備されている。ゾルクさんの言う通り、この白い乗り物こそが潜水艇なのである。

 

「……ふむ、今なら危険は無いようですね。速やかに乗り込みましょう」

 

 戦闘員は誰一人として配置されていなかったため、ジーレイさんは好機と捉えたようだ。彼に続き、マリナさんが伝える。

 

「操縦は私が担当する。さあ、海底遺跡に直行だ!」

 

 いよいよゾルクさんは、救世主としての役割『エンシェントビットの封印』を遂行することになる。

 これまでの道のりは険しいものだった。しかし、これでやっと魔皇帝の呪いが解ける。二つの世界は崩壊を免れ、救われるのだ。

 

 

 

「そうはいかない」

 

 

 

 ――耳を疑った。格納庫には私達以外、誰もいないはずだというのに……六人目の声がするのだ。どこか冷ややかな、女性の声が。

 私達と潜水艇を遮る形で、彼女はどこからともなく躍り出た。またアムノイドなのかと身構えたが、よくよく考えれば声を発していたので、別の存在のようだ。しかしジーレイさんに気配を悟らせなかったため、只者でないことは間違いない。

 彼女は、暗い灰色のマントで胴体から膝下を覆い隠している。マントに派手な装飾は無いが、右側部分にエグゾアエンブレムが大きく描かれていた。そしてマント付属のフードで頭部を覆っており、髪型はおろか顔さえ見えない。

 

「お前は誰だ!?」

 

 咄嗟にゾルクさんが尋ねるも、答えるつもりは無いようだ。代わりにマリナさんが正体について明かす。

 

「奴の名はクルネウス・フェルド。エグゾア六幹部最後の一人で、『咆銃(ほうじゅう)のクルネウス』と呼ばれている」

 

「救世主ゾルク・シュナイダー、マリナ・ウィルバートン、そしてその仲間達よ。ここが旅の終点だ」

 

 ぶっきらぼうに、感情が無いかのように喋った。と同時に、左手で握った黒のリボルバー式無限拳銃をこちらへ向ける。

 この時、フードが少し浮いてクルネウスの顔が見えた。表情は何故か笑顔……いや、違う。不敵な笑みを浮かべた白い仮面を装着していた。仮面には塗装が施されており、右目は赤い涙を、左目は青い涙を流している。なんと特異な風貌だろう。

 

「ちょ……ちょっと待って、どうして六幹部が残ってるのよ!? みんな出払ってるんじゃないの!? 他の戦闘員はそう言って騒いでたのに!」

 

「末端の連中に流したのは虚報だ。私がここに居ることを誰も知らない」

 

 不測の事態に慌てるミッシェルさんへ向け、クルネウスは述べた。だが何故、真実を伝えていないのだろうか。

 組織内で情報を共有せず、あまつさえ虚報を流すなど普通ならありえない。敵が侵入中なら尚のことだ。このことに私は違和感を覚えた。

 

「あと少しで世界を救えるんだ! 邪魔をするなら、お前を倒す!」

 

 背の鞘に収めてあった両手剣を引き抜き、柄を強く握り締めるゾルクさん。それに対しクルネウスは謎の発言をする。

 

「救世主よ。何も知らずにセントラルベースへ侵入するとは、おめでたい。もっとも、そうでなくては困るのだが」

 

「えっ……!? どういうことだよ!」

 

「のちに解ることだ」

 

 やはり無感情だが、嘲笑うかのような態度だけは読み取れた。どういう真意があるのか見当もつかない。

 まるでこちらの混乱や動揺を誘っているかのような、クルネウスの言葉。それを振り払うかの如くゾルクさんが叫んだ。

 

「くそっ、わけのわからないことばかり……! 救世主をなめるなよ! いくぞ、みんな!!」

 

 彼の叫びは合図となり、私達は一斉に武器を構える。……エグゾア六幹部、最後の一人との戦いが始まった。

 

「抵抗か。するがいい。私は、ただ任務を遂行するだけだ」

 

 クルネウスは変わらぬ抑揚で喋りながら、すぐさま攻撃に転じた。

 

「バーニングフォース」

 

 こちらへと真っ直ぐに放たれたのは、円筒のような形状の爆炎。私達との間には充分な距離があったので、すぐに避けることが出来た。行き場を失った爆炎は、私達の背後にある鋼鉄の壁を易々と溶かしている。

 

「クルネウスは一丁の無限拳銃しか使用しないが、過剰なほど魔力を凝縮、増強したビットを回転式弾倉に装填しているため一撃が強力だ。そして奴は六幹部内でも随一の実力者。絶対に油断してはいけない!」

 

「わかったわ。そんじゃ、保険かけとくわね!」

 

 マリナさんの助言を聞き入れ、ミッシェルさんが大筆を華麗に振るう。真紅の長髪も、踊るように(なび)く。

 

「硬ーくしちゃうわ! ガーネットアーマー!」

 

 まずは、黄色く輝く頑強な鎧の絵を複数描く。

 

「術を絶っちゃえ! エメラルドローブ!」

 

 次に、緑色に輝く幾つもの魔導着を描き出し、自分を含めた全員に付加した。ミッシェルさんお得意の、いつも通りの戦術である。

 ――この行動は命取りだった。クルネウスは筆術発動後の隙を逃さず、牙を剥く。

 

「貴様が防御の要か」

 

 邪魔になったのか、被っていたフードを右手で無造作にとり、深緑のショートヘアを晒す。そして銃技を放った。

 

「アクアスパイラル」

 

「きゃっ……!?」

 

 渦を巻く巨大な水球が撃ち出され、ミッシェルさんの真上で破裂。激しい勢いの雨と化して容赦なく降り注ぐ。けれども大筆で防御することにより、なんとか凌いだ。

 だが、クルネウスの攻撃は終了していない。ミッシェルさんの元へと駆け、雨よりも上にジャンプすると。

 

「スカイパレード」

 

 放射状に拡散する、属性の無い数多の魔力弾……すなわち散弾を、追い討ちの豪雨として降らせた。

 

「嘘でしょお!?」

 

 一度に何人分もの筆術を描いた後は相応の疲労も蓄積されるため、隙は予想以上に大きい。だからミッシェルさんは回避に移れなかった。激しい雨に次いで、純粋な魔力弾による雨も大筆で防ごうとするが焼け石に水。

 

「いやぁぁぁっ!!」

 

 二種類の雨が止むと同時にミッシェルさんは……その場で崩れ落ちてしまった。助けに入る余地も無いほどの、凄まじい速度の術技連携だった。

 

「ミッシェル!? ……よくも、よくもやったな!!」

 

 倒れゆく仲間を見てゾルクさんは激怒した。彼だけではない。私も、ジーレイさんも、マリナさんも頭にきている。

 

「クルネウス、ただでは済まさない! ガンレイズ!!」

 

 両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射する、マリナさんの奥義。クルネウスの逃げ道を塞ごうとするかのように拡がるが、彼女は横方向に跳躍し、危なげなく避けてしまう。それどころか悪態すらついてくる。

 

「隙を見せるほうが悪い」

 

「それはあなたも同じこと。……風塊(ふうかい)(はつ)。空虚よ弾け飛べ」

 

 マリナさんの後方では、ジーレイさんが中級魔術の発動を準備していた。手早く詠唱を済ませ、クルネウスの周囲の空気を圧縮する。そして。

 

「エンプティボム」

 

 圧に耐えきれなくなった空気が、一気に破裂。彼女は見えない爆風に吹っ飛ばされ、鋼鉄の床を転がった。

 

「……ジーレイ・エルシード、次は貴様を黙らせる」

 

 やっとクルネウスにダメージを与えられたが、ジーレイさんは怒りを買ってしまったようだ。無限拳銃の狙いが彼へと定まる。

 

「ガイアライフル」

 

 彼女は私達との間合いを大きく開き、一発の魔力弾を放った。蛇のようにうねった軌道でジーレイさんに接近していく。あらかじめ弾をうねらせることによって、標的がどう動いても命中させられるように対応力を高めているのだ。

 

「ほう、追尾弾ですか。しかし対処は容易。迎撃すれば終わりです」

 

 蛇行を繰り返す魔力弾は、最終的に彼の左側から突っ込んできた。

 

魔衝波(ましょうは)

 

 ジーレイさんは左手の平に魔本の背表紙をひっつかせ、ページ部分を前面に向け、そこから紫の光を帯びた衝撃波を発射。それは瞬く間に魔力弾を包み込み、相殺に成功する。

 ……しかしクルネウスは動じない。どころか、いつの間にか彼のすぐ目の前まで移動しているではないか。

 

「詠唱さえ封じれば、魔術師など脅威ではない」

 

「くっ!?」

 

 ジーレイさんは主に詠唱型の攻撃魔術を使用するが、近接戦用の魔術も扱える。今の魔衝波(ましょうは)のような、敵に近付かれた時に有効な魔術のことだ。優秀な彼だからこそ成せる業である。

 だが、クルネウスはあえてジーレイさんの腕前を利用。高威力の詠唱魔術からわざと意識を逸らさせて近接魔術を誘発、その隙に距離を縮めたのだ。

 近付かれては詠唱魔術の発動など非現実的。再び近接魔術を使おうにも敏捷性では彼女に劣っている。……彼にとっての『詰み』である。

 

「迂闊でした……!」

 

「しなれ、ランダムブレイバー」

 

 クルネウスは銃口から魔力エネルギーを放出し、鞭を形成した。そして高速で振るい、ジーレイさんの身体へ何度も打ちつける。

 

「ぐっ、がはぁ……!」

 

 この連打は、物理防御力の低い彼に対して遺憾なく威力を発揮。魔本を握る力すら削ぎ落とした。

 黙って見ていられるわけがなかった。私は無限弓から矢を生み出し、全力で弦を引いた。そして声を荒らげる。

 

「クルネウス、やめなさい!! 速・超連閃(そく ちょうれんせん)!!」

 

 七本の矢を連続で放つ奥義が彼女に迫る。しかし、意味を成さなかった。クルネウスは喋りもせず鞭を操り、器用にも(ことごと)く打ち落としてみせたのだ。矢の叩かれる音だけが、格納庫へ無情に響いた。

 

「近付かなきゃダメか……! ジーレイ、いま助ける!」

 

 両手剣を横にかざし、ゾルクさんが走る。

 

「喰らえ! 弧円(こえん)じ……」

 

 円を描くように回転しながら敵を斬りつける特技、弧円陣(こえんじん)の体勢である。……が、これは強制的に阻止されることとなってしまう。

 

「いいだろう。やってみろ」

 

 クルネウスは、ダメージを受けてよろめくジーレイさんを瞬時に鞭で巻き付けて引き寄せ、自らの盾としたのだ。

 

「なっ!?」

 

 ゾルクさんは慌てて技を中断し、バックステップで二人から遠ざかるしかなかった。

 

「どうした。斬らないのか」

 

「出来るわけないだろ! 卑怯者め!!」

 

「こちらは一人、貴様達は五人。卑怯なのはどちらだというのだ」

 

 皮肉と共に、巻き付けていたジーレイさんを投げ飛ばした。晴れて鞭から解放された彼だが負った傷は酷く、仰向けに倒れたまま動けない。加えて、武器の魔本は既に鋼鉄の床の上。反撃など望めない状態である。そのまま成す術も無く……。

 

「ラピッドバスター」

 

 鞭を収納した無限拳銃から胴体へ、とどめの六連速射を受けてしまう。

 

「ここで……力尽きる、わけには……」

 

 残る力を振り絞り、魔本に手を伸ばす。……けれども、そこまで。

 伸ばした手は段々と力を失い、床につく。そしてまもなく……目を、閉じてしまった。筆術による防御力上昇の効果はまだ残っているはず。致命傷だけは免れていると信じたい……。

 

「ミッシェルさんだけでなく、ジーレイさんまで……」

 

 この時の私には、クルネウスに対する恐怖よりも、仲間を倒された怒りが宿っていた。

 

「……絶対に許しません!! 散・降雨閃(さん こううせん)!!」

 

 私が飛ばした数本の矢が、弧を描く途中で破裂。空間を覆う針の雨となって四散する。マリナさんの二丁拳銃の奥義ガンレイズよりも攻撃範囲は広い。

 

「ちっ……」

 

 流石のクルネウスもこれは回避できず、先ほどのミッシェルさんのように雨に打たれる破目となった。

 

「今だ! 真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)!!」

 

「覚悟しろ! 秋沙雨(あきさざめ)!!」

 

 ここぞとばかりに、ゾルクさんは剣撃による風属性の衝撃波を連発。マリナさんは二丁拳銃での連続射撃でクルネウスを攻める。

 

「……図に乗るな」

 

 が、二人の攻撃はマントにかすりもしなかった。

 

「エアブレイド」

 

 そして返り討ちにされる始末。地を這う烈風が刃と化し、私達三人をまとめて斬りつけた。クルネウスの銃撃は、まだ続く。

 

「レイジレーザー」

 

 何度も屈折しながら突き進む細い光線を、こちらに照射。あまりに癖の強い軌道のため私達には命中しなかった。しかし光線が照射された地点で爆発が起こり、それに巻き込まれてしまう。

 身を焼かれて床に背をつけてしまうが、未だに筆術の効力が残っているらしくギリギリ持ちこたえることは出来た。だがこれ以上、クルネウスの銃技を受けてしまっては危険である。

 次の行動で勝負を決めなくてはならない。私達は決死の覚悟で立ち上がり、各々の武器を構え直す。

 

「まだ続けるつもりか。時間の無駄だ。早く、先の二人のようになれ」

 

 クルネウスはそう言い放つと、戦いを終わらせにかかった。回転式弾倉に込められたビットが輝き、無限拳銃から光が溢れ始めたのだ。――最大の威力を有した攻撃、秘奥義の前触れである。

 

「いけない、奴は秘奥義を発動するつもりだ! なんとしてでも止めるぞ!!」

 

「うおおおおお!!」

 

 多大な焦りを含んだ指示が、マリナさんから飛び出した。阻止すべく、ゾルクさんは雄叫びをあげてクルネウスへと突撃。私とマリナさんも力を振り絞り援護射撃を行う。

 

「虫の息でありながら、まだ刃向かうとは。その気力だけは褒めてやるとしよう。……しかし」

 

 ゾルクさんの刃は間に合わない。矢も弾もクルネウスをかすめただけ。……全ては虚しいものとなり、彼女の秘奥義が放たれる。

 

「実に無意味だ。乱れ飛べ。キリングレイダー」

 

 目にも留まらぬ速さの、速射の嵐。無限拳銃から、それこそ無限と見紛う数の魔力弾が発射された。こちらの飛び道具は全部かき消され、彼女の直線上にいた私達は、無数の魔力弾をまともに喰らってしまう。

 

「私、もう……だめです……」

 

「ここまで、だと……」

 

 秘奥義の余波が格納庫の壁を破壊し、埃の混じった煙幕が発生する。その中で、私とマリナさんはダメージに耐え切れず……意識を失うのだった。

 

「手間だけかかる連中だった」

 

 無限拳銃を握る左手を下ろし、ただそれだけを呟いた。戦闘が終わったと見なしたのだ。

 戦意を取り払うと、倒れた私達を捕縛するためか、揺らめく煙幕へと静かに近付いていく。

 ――刹那。

 

「もらった!!」

 

 煙幕から一つの影が飛び出した。……ゾルクさんである。

 

「何……!?」

 

 彼だけは、クルネウスの秘奥義を耐え抜いていたのだ。予期していなかったであろう事態に、彼女は驚きの声をあげた。

 ゾルクさんは間合いを詰めながら柄のビットに精神力を込め、両手剣を巨大化。全力で振り上げる。一か八か自らも秘奥義を発動し、反撃に出たのだ。避けられればそれまでだが、こんな賭けでもしない限り私達に逆転の二文字は無い。

 無論、クルネウスは無限拳銃を構え直そうとしたが……ゾルクさんの秘奥義の方が僅かに早かった。

 

一刀(いっとう)! 両断(りょうだん)けぇぇぇぇぇん!!」

 

 全ての力を絞り出して振り下ろされた、巨大な両手剣。格納庫に轟音が響く。

 幸いにもこの一撃は、確実にクルネウスを捉えていた。直撃を受けた彼女は鋼鉄の床に背面を強打。あまりの威力に、床そのものも大きくへこむ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……!!」

 

 柄のビットが輝くのをやめると、両手剣は元の大きさへ戻った。ゾルクさんは息も絶え絶えに、それをゆっくりと持ち上げる。

 肝心のクルネウスは……微動だにしない。へこんだ床にはまり込んだままである。

 

「やっと、やっと倒した……! 俺達の、勝ちだ……!」

 

 満身創痍で立ち尽くしたまま、彼は噛み締めた。五人のうち四人も戦闘不能に追い込まれたが、私達はクルネウスに勝利したのだった。

 だが、余韻に浸っている暇は無い。ゾルクさんは両手剣を鞘に収め、クルネウスに背を向ける。気絶した私達の目を覚まさせようと動いたのだ。

 生命力の活性に特化した薬液で満たされた小瓶――ライフボトルを自身の道具袋から、きちんと四本取り出した。皆が回復すれば、あとは潜水艇に乗り込むだけである。

 

 

 

「倒した? いったい誰をだ」

 

 

 

 ――時が止まった。彼の背筋も凍りつく。

 

「…………えっ」

 

 目を大きく見開き、咄嗟に振り向いた先には……クルネウスの姿が。しかし、へこんだ床で寝てはいない。既に、両足でしっかりと立っているのだ。

 

「そ……そんな、バカな……!」

 

 ゾルクさんが浮かべたのは、まさに絶望の表情。それもそのはず。クルネウスが、受けたダメージをものともしていなかったからだ。

 通常の術技による負傷ならば痩せ我慢として無理矢理にでも説明がつけられる。けれども最大の攻撃である秘奥義を直撃させたのに平然と復帰されれば……理解が及ばない。

 彼はまともに思考できず、ただ驚愕するのみ。両手剣を抜くどころか足を動かすことすら叶わなかった。

 

「茶番は終わりだ、救世主」

 

 引き金が引かれ、一発の魔力弾が放たれた。術技でもなんでもない、本当にただの魔力弾だった。でも、消耗しきったゾルクさんへのとどめとしては充分すぎる一発。腹部に命中し、彼は背中から倒れた。

 

「任務完了。……安心しろ。今は殺さない」

 

 どういうわけかクルネウスは手加減して銃撃したらしく、ゾルクさんの腹部から出血は無い。しかし意識が徐々に薄れていく彼にとって、そんなことはもうどうでもよかった。

 

「救世主よ、貴様はつくづく哀れだ。だがそれも総司令の野望のため。全ては、総司令の意のままに」

 

 鋼鉄の床に寝そべるゾルクさんが最後に見たものは、深緑の髪と、二色の涙を流して嘲笑する仮面だけだった。



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第24話「歪んだ想い」 語り:マリナ

 六幹部の一人、咆銃のクルネウスに大敗を喫した私達。

 エグゾアの総司令デウス・ロスト・シュライカンが常在する『荘厳(そうごん)の間』へ連行された。『荘厳』と名付けられた理由はごく一部の者にしか知らされておらず、私にはわからない。

 途中の通路もそうであったがこの広間も薄暗く、壁の燭台に灯る炎が薄気味悪く揺れる。

 また、奥行きが尋常ではない。中央に立てば天井も壁も遥か遠くに感じる。小さな船なら丸々収まるはずだ。そして隅では用途不明の巨大な装置が稼働している。

 

 連行されてすぐ、私達は弱体の魔術が施された檻に入れられた。

 その際エンシェントビットはおろか、所持していたエンシェントの欠片も一つ残らず回収されてしまったが、個人の装備は奪われなかった。この特殊な檻があれば奪う必要が無いのである。実際、全身に力が入らず手元の武器すら満足に握れない……。

 不可解な点もある。ゾルクだけが私達四人とは違う檻に入れられたのだ。檻の仕様はどちらも同じようだが、わざわざ離した意味がわからない。

 そして事もあろうに、この場にはクルネウス以外の六幹部が。荘厳の間の出入り口付近にて、ずらりと無言で立ち尽くしているのである。捕えられた私達を見物しに来たのか、それとも下っ端の戦闘員達に偽の情報を伝えてあったことと関係しているのだろうか。

 何を考えようとも答えは見つからない。

 

「おかえり、クルネウス。ご苦労様」

 

 久々に耳にする総司令の声。

 広大な空間の先には階段があり、彼はその上の随分と物々しい席に腰を落ち着かせている。けれども姿には霧の如き闇が纏わりついておりシルエットしか見えない。

 

「ご命令どおり、かの者達を連れて参りました」

 

「今回の任務も素晴らしい手際だったね。もう楽にしていいよ」

 

「はっ」

 

 報告を済ませたクルネウスは他の幹部と同じ位置まで身を下げる。すると総司令は席を立ち、闇を取り払って姿を現した。

 見た目の若さはジーレイと肩を並べる程度。髪は藍色で肩より下に達するほどの長さ。両肩や胸部を守るプレートアーマーにはエグゾアエンブレムが刻まれている。

 脚先も見えないほどに大きな白いマントで全身を覆い隠しており、周りの空気が一瞬にして塗り替えられていくのが解るほどの威圧感を放っている。そして前髪から覗く、他者の心を見透かすかのような山吹色の眼差し。

 私を拾ってくれたあの日から今日まで、この人の姿は何一つ変わっていない。

 

「あいつがエグゾアの総司令なのか……!」

 

 階段の上から、涼しげにこちらを見下ろす総司令。相対するかのようにゾルクは敵意を剥き出しにし、蒼の瞳で睨みつけた。

 すると総司令は階段を下り、歩み寄ってくる。

 

「ボサボサの金髪に蒼の鎧……そうか、君が救世主なのだね」

 

 小さく零しながら、ゾルクの居る檻の前で立ち止まった。直々に裁きを下すつもりなのだろうか。

 

「初めまして。ようこそ、エグゾアセントラルベースへ。我こそが戦闘組織エグゾアの総司令、デウス・ロスト・シュライカンさ。本当はお茶会でも開いて歓迎したかったのだけれど、酷い目に遭わせる結果になって済まないね。ひとまずゆっくりしていっておくれ」

 

 予想に反して優しく微笑み、丁寧に自己紹介した。

 ゾルクは妙な緩さを感じてしまい、意に反して睨みを弱めてしまう。

 

「え……ええ? ひょっとして俺達を惑わそうとしてるのか……!?」

 

「なにこれ……想像と全然違うわ。総司令ってこんなにノリが軽いの……?」

 

 あのミッシェルでさえギャップを感じて呆気にとられている。総司令が発する威圧感はうやむやになり、場の空気は何とも言い難いものとなった。

 ……しかし魔術師の彼だけは、真剣かつ険しい表情を崩そうとしない。ひたすら強い眼光で総司令を貫いている。

 

「とまあ、挨拶も終わったところで、さっさと用事を済ませよう」

 

 こちらの反応などお構いなしに、総司令は確認を始めた。

 

「ゾルク・シュナイダー。君は海底遺跡にエンシェントビットを封印して二つの世界の崩壊を防ぐために、マリナ・ウィルバートンに導かれ救世主としてセリアル大陸へとやってきた。そうだよね?」

 

「ああ、そうさ。それがなんだっていうんだよ!」

 

「実はね。海底遺跡にエンシェントビットを封印しなくとも、世界なんて崩壊しないのだよ。……魔皇帝の呪いも、世界崩壊の危機も、君が救世主だということも、ぜーんぶ嘘なのだからね」

 

 ――いとも簡単に飛び出した言葉。それは、この上ない冗談にしか聞こえなかった。

 

「……う、嘘だって? 騙されるもんか!」

 

 信じることなど出来るはずもない。ゾルクだけでなく、皆が同じ気持ちだった。が、総司令は覆すかのように述べる。

 

「ま、そういう反応になるよね。いいよ、教えてあげよう。我は喋るのが好きだから丁度いい」

 

 きょとんとする私達を置き去りにし、説明を開始した。

 

「まず、魔皇帝の呪いについて。その正体は、ここにある特別な魔導操作装置さ。これによってセリアル大陸のモンスターを故意に凶暴化させたり、気象を操ったりしていたのだよ。いやあ、この操作装置の製造には骨が折れた。なにせ、セリアル大陸全土をに影響を与えるレベルの魔力を注がなきゃならなかったのだから。二度と同じものは造れないと言ってもいいほどの傑作品さ」

 

 総司令の言う魔導操作装置とは……この荘厳の間の隅で稼働している、怪しげな装置のこと。やけに大掛かりだと思っていたら、モンスターや気象を操るためのものだったとは。

 でも判断するにはまだ早い。これだけの情報ではハッタリの可能性がある。……しかし総司令が嘘をついているようには、どうしても見えなかった。

 

「次に、辺境の村キベルナのフォーティス邸にあった古文書。あれは我自身が手を加えて、事実を改竄(かいざん)したものなのだよ。魔皇帝の呪い、二つの世界の崩壊、救世主の存在は最初に言ったように全部でっちあげさ。偽物の古文書の配置は、脱走したマリナ・ウィルバートンの居場所を知ってから工作員に指示したのだけれど『悟られずに配置するのはなかなか苦労した』と報告を受けたよ。現代には歴史に関する書物がほとんど残っていないから、歴史学者のフォーティスを欺くのも簡単だった。我に都合のいいように事が運んだよ」

 

 ……決定的な情報を与えられてしまった。フォーティス爺さんの屋敷の古文書のことなど、通常なら総司令が知るはずもない。まだ実感は湧かないが、彼が語っていることは真実なのだと突きつけられた。

 

「ちなみに、もうわかっているだろうけれどマリナ・ウィルバートンに対する我の態度も、エンシェントビットを奪わせたことも、向かわせた追手も、ちょっとしたお芝居だったのさ。『正義感の溢れる彼女ならきっとこうするだろう』と考えてね。するとどうだ、思惑どおりとなった! 素晴らしいね!」

 

 次から次へと明かされる真実に、私の中で様々な思いが渦巻いた。

 

(私は、総司令に利用されていたのか……。最初から、ずっと……。信じたくはない……惨めすぎる……騙されていた自分自身が腹立たしい……!)

 

 だが、総司令の意図が全く見えない。何のためにエンシェントビットを私に奪わせたというのだろうか……。

 利用されていた事実に対する混乱が大きく、それ以上、何も考えられなかった。

 

「六幹部と戦った時も違和感を覚えなかったかい? 『話に聞くよりも手応えがないぞ』と。勿論、これにも理由がある。彼らには事前に指示を出しておいたのだよ。『救世主一行との交戦時、本気を出してはいけない』とね。でなければ君達はとっくの昔に息絶えているはずさ」

 

 六幹部の強さについては、私も前々からおかしいと思っていた。凄まじい実力を持っているはずなのに、クルネウスと出会うまではあっさりと決着のつく戦闘ばかりだった。

 ソシアも同様の疑問を抱いたらしく、声を出す。

 

「どうして力を試すような真似を……」

 

「それは後できちんと教えてあげるよ、ソシア・ウォッチ」

 

 嫌味な笑顔を添えて、勿体ぶるように答えた。

 続いてゾルクが、ハッとした様子で呟く。

 

「もしかして、謎の声の正体も……!」

 

「謎の声……? 知らないね。幻聴でも聞こえたのかい? リゾリュート大陸からここに来るまでの長旅で疲れているのだよ、きっと」

 

 ここまでくると何もかもが総司令の仕業だと思えてしまう。しかし、ゾルクの見た夢には関与していない様子だった。謎の声の正体は結局わからない。

 

「大人しく聞いてれば、出てくるのは意味のわかんない小細工の種明かしばっかり。ほんと、ちっともわかんないわ。つまり、あなたは何がしたいわけ? さっさと白状しなさいよ!」

 

「ふふっ。そうカッカしないでおくれ、ミッシェル・フレソウム。我だって、こんなに地味で退屈で苦労ばかりの工作、施したくはなかったさ。だけども仕方がなかったのだよ。……真の野望のためにはね」

 

「なんだって……!?」

 

 含みを持たせるように付け足された、最後の言葉。ゾルクが過敏に反応した。

 

「我は、世界征服などに興味は無い」

 

 総司令の本当の目的が今、声高らかに明かされる。

 

 

 

「真の野望……それは『二つの世界を一つに戻し破壊、そして新たに創造すること』だ!」

 

 

 

 実に快活な様子で両腕を広げ、世界を包もうとするかのような動きを見せた。

 

「このことは我と六幹部しか知らない。下っ端どもは、この先も知ることはないだろうね。建前で掲げた『世界征服』という名目に、世界が終わるまで振り回されるのさ。エグゾアを設立して以来、馬鹿で愚かで滑稽な連中ばかり増えたけれど、おかげで我の役に立つのだから世の中は面白い。……役に立つと言えば、六幹部不在の虚報を流したのも、下っ端どもを通じて君達を油断させるためだったのだよ。これも効果があったようで何より何より」

 

 なんと総司令は、組織の大多数の人間を騙していた。敵は勿論のこと、自らの配下すら欺くとは……。

 

「組織を作れるくらいのカリスマ性に、とんでもない野望のデカさ……。めちゃくちゃだけど、まるでエンシェントビットを生み出した魔皇帝みたいね」

 

「実は魔皇帝が生きていて、かつて統一した世界を何らかの理由で壊そうとしているとすれば……!」

 

 ミッシェルとソシアが独自に推測する。私も二人と同じことを感じた。

 ゾルクも気付き、総司令に向けて叫ぶ。

 

「デウス、もしかしてお前は……魔皇帝なのか!!」

 

 声の先にいた彼は一瞬で目を丸くし、暫しの間、絶句した。

 

「……ふ、ふふふ……ふふふふふ……」

 

 沈黙の後に漏れ始めたのは、静かな笑い声。徐々に声量を増していく。

 

「ははははは……はははははははは! あーっはっはっはっは! あーっはっはっはっはっは!!」

 

 総司令は顔を右手で覆い隠し、ひどく狂った笑い声をあげた。ひとしきりそれが続いた後、大きく息を吸った。そして次に飛び出したのは。

 

 

 

「そんなわけがないだろう!! 我を『魔皇帝』と、二度と呼ぶな!!」

 

 

 

 ――突然の激昂であった。

 かつてこれほどまでに総司令が怒りの感情を露呈したことがあっただろうか。気迫に呑みこまれ、私達は何も発せなかった。

 

「やはり、と言うべきか。仲間には何も伝えていないようだね、ジーレイ・エルシード」

 

 急にジーレイの方へ視線を向け、名を呼ぶ。……ひどく憎しみを帯びたような声色だった。

 

「いや、真の名で呼ばせていただこうか。魔皇帝ジュレイダル・エスト・グランシードよ!!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第24話「歪んだ想い」

 

 

 

 総司令の邪悪な声が、荘厳の間に響き渡る。彼がジーレイを見つめる目は暗く、計り知れない嫌悪を秘めていた。

 

「あいつ、なに言ってるんだ……?」

 

「デウスじゃなくて、ジーレイさんが魔皇帝……?」

 

「ジーレイがエンシェントビットを創り出した張本人って……いくらなんでも冗談でしょ? ねえ?」

 

 総司令の放った言葉に皆、動揺を隠せない。ざわめく仲間の様子を見て、ここまで一言も喋らなかったジーレイが口を開く。

 

「……そう、僕はかつての魔皇帝。太古の昔……二千年も前の時代より現在に至るまで生き恥を曝し続けている、エンシェントビットの創造主です」

 

「ジ、ジーレイ、あなた……本当に魔皇帝だったの!?」

 

 ミッシェルの方を見ず、黙したまま頷く。

 

「本当なんですね……」

 

 ソシアも納得せざるを得なかった。

 この様子を眺めていた総司令は、自らの推論をジーレイに差し出す。

 

「ジュレイダル。君は、仲間に要らぬ心配をかけたくなかった。だから何も伝えなかったのではないかい?」

 

「その通りです。正体を明かしたところで信じてもらえるはずもなく、混乱を招くだけですので。……話は変わりますが魔皇帝の肩書きはおろか、ジュレイダルの名もとうの昔に()てたのです。呼ぶのをやめなさい」

 

「我にとって最大の好敵手の名だよ? そう簡単に改名されては困るのさ。というわけで、これからも呼び続けさせてもらうよ」

 

「虫唾が走ります」

 

「はははっ。それは気の毒だね、ジュレイダル」

 

 二人の間には、会話の程度とは裏腹に『険悪』という名の巨大な螺旋がうねっていた。きっと尋常ではない程の因縁があるのだろう。

 

「ジーレイ、どういうことか説明してくれないか」

 

 私が問い質すと、彼ではなく総司令が口を開く。

 

「色々と気になるよね? 我が教えてあげるよ、マリナ・ウィルバートン」

 

 総司令は私の翠眼を真っ直ぐに見つめた。……この時、ふと感じた。「あの山吹色の眼からは人間的な何かが欠落している」と。

 

 

 

 ――まず、二千年前の話をしようか。

 

 

 

 リゾリュート大陸とセリアル大陸が、まだ一つの世界に存在していた頃。そこには数多くの国が栄えていた。各国はひたすらに戦争を繰り返し、戦勝国は戦敗国を吸収して自国の勢力を拡大していった。

 当時、我は魔大帝と名乗っていて、治めていた国は『フォルギス』という名だった。そして、魔皇帝ジュレイダル・エスト・グランシードが治めたのは『グリューセル』という国。フォルギスはセリアル大陸のほとんどを、グリューセルはリゾリュート大陸側を統べていた。

 

 そのうち弱小国は消えてなくなり、フォルギスとグリューセルの二国だけが残った。我は胸が躍った。あと一歩で、かねてからの願いである世界の統一を成し遂げられるのだから。

 フォルギスの全兵力をグリューセルにぶつけた。戦況はこちらが圧倒的に有利だった。グリューセルの軍勢を撃退し続け、じわじわと領土を奪い、ついにジュレイダルを追い詰めた。最高の気分だったよ。……あの時までは。

 

 突如としてジュレイダルは反撃を開始した。風前の灯火だったにもかかわらず、たった数日で戦況をひっくり返してみせたのだ。壊滅寸前のグリューセルが、どうして我がフォルギスに抗えるのか。まるで理解できなかった。

 結局、フォルギスはグリューセルに敗北し戦争は終結。魔皇帝が世界を統一することとなった。

 

 それはもう怒り狂ったよ。優勢だった我が国が呆気なく敗走するなど納得いくはずもない。逆転勝利できるほどの重大な要因が必ず存在していると踏み、ジュレイダルの秘密を暴くことにした。

 すると、ある事実が発覚。彼はとんでもないものを創り出していた。それこそが……。

 

 

 

 ――エンシェントビット――

 

 

 

 とてつもなく膨大な魔力に満ち満ちた、前代未聞の物体。調べていくうち、我はエンシェントビットの素晴らしさを知った。

 戦争によって荒れ果てた大地に緑を増やし、汚染された水源を瞬く間に浄化することで資源にも困らない。あらゆる病すら癒し、民衆から絶大な信頼も得ていた。

 理屈から成る魔術とは最早、別物。まさに、おとぎ話の『魔法』と言えるような出来事を起こしていたのだ。

 無論、このエンシェントビットは戦争にも使われていた。数々の強力な兵器の動力源に用いることでね。故に、我がフォルギスは敗れ去ったのだ。

 

 我にはエンシェントビットほどの物体は創り出せなかった。

 妬み、嘆いたよ。何故、我ではなくジュレイダルがあれほどの力を手にすることが出来たのかと。世界を統一するのも本来ならば我だったはず。……エンシェントビットの強奪という手段へ行き着くのは自然な流れだった。

 

 強奪を企てた矢先。我の思惑に気付いたのか、ジュレイダルはある行動に踏み切った。エンシェントビットの力の一部を切り離し、ごく小さな魔力集合体『ビット』として全世界へ無数にばら撒いたのだ。

 その直後、ジュレイダルはエンシェントビットを持ったまま失踪。魔皇帝不在の上にエンシェントビットを失ったグリューセルは、そのまま自壊していった。

 

 ジュレイダルの失踪からそれなりの年月が経過した頃。彼は再び表に出てきた。

 我は今度こそエンシェントビットを奪おうとしたが、ジュレイダルは切羽詰まったように行動し、我に猶予を与えなかった。エンシェントビットの力で世界の中心の海底に神殿を造ったかと思うと、エンシェントビット自体をそこへ封印してしまったのだ。その神殿が、今で言う『海底遺跡』なのさ。

 この時、封印による影響なのか世界が歪み、二つの大陸はそれぞれ別世界として離れ離れになってしまった。

 

 海底の神殿はセリアル大陸側の世界に残った。同じくセリアル大陸に残留した我は、これ幸いとエンシェントビットの回収に考えを巡らせた。……しかし流石の我も海の底へと到達する手段は持ち合わせていなかった。

 おまけに、神殿にかけられた封印の術はかなり強力であり、周辺の海域に近付くことすら出来なかった。もう誰もエンシェントビットに触れられない。最後の最後まで、ジュレイダルは我の邪魔をしたのだ。

 気付けば、彼は再び姿を消していた。怒りのやり場さえ無く途方に暮れるしかなかった。

 

 時代は流れ、国も完全に風化。

 我はジュレイダルが世界を統一したことを心底、快く思わなかった。だから国の風化に乗じて歴史書物をありったけ抹消した。現代にほぼ残っていないのは、こういうわけさ。

 

 

 

 ――長くなったけれど、これで昔話は終わり。そして現代に至るのだよ。

 

 

 

 語り終えた総司令は、すぐ次のように続けた。

 

「その後、我はエンシェントビットと神殿――海底遺跡について執念で調べ上げ、ある重大な事実を突き止めた。それは『海底遺跡の封印が時を経るごとに効力を失っている』ということ。これを知った我は自らに強制休眠魔術をかけ、封印が弱まるのを待った。そして休眠から目覚めた後、来るべき時に備えてエグゾアを設立し、潜水艇を開発。エンシェントビットの引き上げを計画したのだよ」

 

「強制休眠……なるほど。だから自らの魔力を温存できたのですか」

 

 彼の言葉に、ジーレイは密かに納得した。

 だが、おかしな発言である。魔力が人間に宿っているなど私は聞いたことがない。すかさずジーレイに問う。

 

「『自らの魔力』とは、どういう意味だ……?」

 

「大昔の人間にはごく稀に、生まれながらにして魔力を内に秘めた者がいました。ビットが影も形も無かった時代に、魔術を扱うことが出来たのです。中でも、僕とデウスは強大な魔力を有していました」

 

 まさか、そんな人間が実在したとは。最後にジーレイは「定かではないが現代にも、魔力を宿した人間がいるかもしれない」と付け足した。

 

「だけどジュレイダル。君からは全盛期ほどの力を感じないよ? どうやら、自分の魔力を延命にあてていたようだね」

 

「エンシェントビットの封印を見守るためです。しかし、この方法を用いたのは間違いでした。とうの昔にあなたは死んだか、リゾリュート大陸に置き去りになったものだと思い込み、油断していたのです。生きていると知ったのはエグゾアの存在を認識した頃。その時にはもう僕の力だけでは、あなたを止めることは不可能となっていました」

 

「へぇ~。それは迂闊だったねぇ」

 

「そんな中、僕のところへ救世主を名乗る者――ゾルク達が訪ねてきました。彼らの話を聞けば、魔皇帝の呪いや二つの世界の崩壊など、思い当たらぬことばかり。しかし、実際にセリアル大陸で異変が起こっているのも事実。混乱を避けるため自らの正体を隠し、この目で真相を確かめるため、僕はゾルク達の旅に加わったのです」

 

「なるほど。君なりに足掻いていたのだね。我もてっきり、君はリゾリュート大陸に残ったものだと思っていたよ。だから、スラウの森から帰ってきたメリエルに特徴を確認した時は狂喜乱舞したさ。……まさか『ジーレイ・エルシード』なんて安易な偽名を引っ提げ、堂々とセリアル大陸の発展に貢献していたとは夢にも思わなかった。その大胆な策によって最近まで我の目を欺いていたのだから、本当に君は大したものだよ」

 

 ふざけるように手をふらつかせ、総司令は笑う。ジーレイはその動きを、氷の槍で貫くかの如く見つめる。

 

「いつまでも欺ける、などとは流石に思っていませんでしたよ。しかしあの時点で気付いていたのなら、今日を迎えるまでに僕を捕らえも殺しも出来たはず。何故、泳がせていたのですか」

 

「決まっている。絶望を味わわせるためさ」

 

 ジーレイの視線に対抗するかのように総司令は、目つきを鋭く尖らせた。

 

「憎きジュレイダルの存在した世界など、反吐が出る!! 故にゼロから創りかえるのさ!! 我の、我だけの、理想の世界へとね!! だからこそ!! 君の治めていたこの世界が無になる様を見せつけるまで、殺すに殺せない!!」

 

 再びの激昂。威嚇の意も含んでいる。空気を通じ、私達の身体の芯を痺れさせんとばかりに伝わってきた。

 

「……さて、余興もここまでとしよう。ナスター、ボルスト。エンシェントビットと、エンシェントの欠片を用意してくれたまえ」

 

「仰せの通りにぃ」

「仰せの通りに」

 

 落ち着くと同時に、総司令は六幹部の二人に指示を出した。

 師範は広間の奥から、小さな車輪が四隅に付いた巨大な荷車を引っ張ってきた。ナスターはエンシェントビットを大事そうに抱えている。

 荷車には様々な色、輝き、形のエンシェントの欠片が詰め込まれている。ジーレイが予想していた通り、私達が妨害目的で集めた量より遥かに多かった。

 時を同じくして、荘厳の間の中央部から大きな何かが迫り上がり、景色を塗り替えた。これは……台座なのだろうか? 私の目にはそう映った。

 エンシェントの欠片を積んだ荷車は台座の前で停止。それを見計らい、総司令が荷車に手をかざす。すると中身の欠片が丸ごとふわりと浮き上がり、台座の真上へと移動、そして静かに降下した。

 この光景にソシアは驚愕する。

 

「触れてもいないのに、エンシェントの欠片が浮いた……!? しかもあの量をいっぺんに……!」

 

「これは我の魔力による遠隔操作の術さ。近くにある物体を、直接触れずに移動させることが出来る。なかなかに便利だよ」

 

 ナスターからエンシェントビットを受け取りつつ、総司令は微笑んだ。

 今度はゾルクの方へ手をかざす。

 

「ゾルク・シュナイダー、来たまえ」

 

 すると突然。ゾルクを捕えていた檻がグシャグシャになり、破壊された。

 中にいたゾルクは……浮いている。檻の破壊も彼の浮遊も、総司令の魔力が織り成す遠隔操作の術によってのものだった。

 

「身体が動かせない……!? くそっ、放せよ! 俺をどうするつもりなんだ!」

 

「心配しなくとも、すぐにわかるよ」

 

 ゾルクが台座の上まで誘導された直後、広間の天井から淡い光の柱が生まれ、彼だけを覆った。

 総司令は光の照射を確認すると遠隔操作の術を解き、手を下げた。しかしゾルクは台座の上に浮いたまま、大の字に拘束されてしまう。この光の柱には、遠隔操作の術と同様の性質があるようだ。

 

「痛くはないけど、なんなんだよこれ……!」

 

 不安に煽られるゾルクを無視し、総司令は台座に備わった操作盤の正方形――無数のボタンの列を、(せわ)しなく指で叩く。そしてピタッと止めたかと思えば、歓喜の声をあげた。

 

「おお、やはりそうだった!」

 

 あの台座でゾルクの身体を調べていたらしい。操作盤から指を離し、彼に語りかける。

 

「世界が二つに分離した後。エンシェントビットと海底遺跡について調べる中で、我は仮説を立てた」

 

「仮説……?」

 

「エンシェントビットはセリアル大陸側の世界に残った。そのため、リゾリュート大陸に撒かれたビットはエンシェントビットの影響を受けられなくなり形を維持できなくなるのではないか、とね。では実際、エンシェントビットの影響が届かなくなったビットはどうなったのか?」

 

 弁を振るう彼は、勿体ぶるように一呼吸おく。

 

「たった今、結論が出たよ」

 

 隠し切れない笑みからして、考えられることはただ一つ。しかし、まさかそんなことが……。

 

「ビットは! 生物と融合を果たすことで! リゾリュート大陸にもその存在を残していたのだ!」

 

 私の予想は的中した。他の三人も、一連の流れにより察知したようだ。

 

「しかも長い年月をかけて魔力は濃縮、生物に適応、子孫繁栄に応じて共に増えていたようだ。身体を調べさせてもらってよくわかったよ。我の仮説は正しかった! 更に、リゾリュート大陸のビットは生物にあまりにも適応し過ぎたため、エンシェントビットの影響の範囲内に入ってもかつての形には戻らず体内に残るようだ。これも我の推測した通り……! 全てが、全てが、全てが!! 我が野望の追い風となっている!!」

 

 山吹色の眼は、悪魔と化したかと思わせる程に濁り、歪み、狂った想いを滲ませていた。

 

「……そうだ、これはまだ言っていなかったね。マリナ・ウィルバートン、君に問題を出そう。実は、エンシェントビットには我が特別な魔術をかけ、細工してあったのだよ。どんな内容だと思う?」

 

 本人はクイズを楽しむようなテンションである。しかし、私が知るはずもない。返答せずにいると、総司令はすぐに答えを出した。

 

「『エンシェントビットと適合者を惹かれ合うようにする』というものさ。君向けに解り易く言うと『救世主たりえる人物に反応して震える』という特徴のこと。これは我の施した細工だったのだよ。……逆に言えば、こんな細工をすることしか出来なかったのだけれどね」

 

 耳にするや否や、ジーレイがひどく眼を見開いた。

 

「真の野望……エンシェントの欠片に固執する意味……適合者の捜索……! もしや、あなたが仕出かそうとしていることは……!? デウス、やめなさい! やってはいけない!!」

 

 取り乱し、途轍もない剣幕で叫ぶ。旅の中で一度も見たことのない表情だった。

 総司令は一時、怯んだように身を硬直させた。だがすぐ気を取り直し、不気味にほくそ笑む。

 

「今さら手を止めるとでも思うかい? 我にエンシェントビットを扱うことは不可能だったのだ。こうでもしなければ力を得られないのだよ。ふふふ……!!」

 

 まるで、ジーレイが取り乱すのを誘発していたかのようである。

 性根の腐った態度を見せたと思えば、今度はエンシェントビットを宙に浮かせた。そして、光の柱で拘束中のゾルクへ、徐々に近づけていく。

 

「こ、今度は何が起こるんだ!?」

 

 混乱に陥るゾルクをよそに、総司令は嘲笑いながら私達へ言い放つ。

 

「あはははは! 君達は檻の中から手をこまねいて見ているといい。……救世主としておだてられ、ここまでおびき寄せられた愚か者ゾルク・シュナイダーが――」

 

 

 

 哀れなアムノイドとして

 

 生まれ変わる瞬間を!!

 

 

 

「……え?」

 

 私の口から、一言だけ零れた。……いや、一言しか零せなかった。総司令の言葉に激しく頭を揺さぶられたからである。

 行いを許せない気持ち以上に、私が騙されていたことへの責任を強く、強く実感せざるを得なかった。全身が硬直してしまうほどに……。

 

「アムノイドに改造するつもりなの……!? 駄目です! ゾルクさんを解放して!!」

 

「逃げて!! ゾルク、早く逃げてってば!!」

 

 仲間は必死に声を張り上げる。鉄格子を握り、力の限り揺らす。しかし当然ながら状況が変わることはない。

 

「やっぱり……動け、ない……!」

 

 抗うゾルクだったが、大の字の体勢は変わらない。光の柱の拘束が強まっているのか発声すら困難なようだ。

 

「や、やめろ……やめろよ……やめてくれぇっ……!」

 

 必死に声を捻り出して懇願するが、それで総司令が手を止めるはずもなく。

 

「ゾルク・シュナイダー。君は、我が野望の(いしずえ)となるのだ。だから諦めたまえ。拒否権など……」

 

 宙に浮かせたエンシェントビットを、ゾルクの胸の中心に向けて接近させる。

 

「無いのだからね」

 

 そしてついに胸部へと触れ……。

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 悲劇が幕を開けた。

 

 

 

「……うわあああああああああああ!!」

 

 絶叫。

 聞く者の耳を削ぎ落とすかのような、悲痛の音。

 アムノイドへと変わる痛みに耐え切れず、放たれたもの……。

 エンシェントビットは太陽よりも眩しい光を放ち、ゾルクの胸部をえぐり取るように回転を始め、奥へと突き進んでいく。

 不思議と、黒のシャツや蒼の胸当てを裂いてはいない。血液すら噴き出していない。肌と同化して中身と融け合うかのように、彼の胸部へと沈み続けているのだ。

 

「ああああ……うぐっ……ぐあぁ……あああああああ!!」

 

 耳から神経を伝わり、脳へと響く。

 こんな事態を招いてしまった私に罪の意識が押し寄せ、全身の硬直を未だに継続させる……。

 それでもただひたすらに、この悪夢のような時間が終わることを、ゾルクが苦痛から解放されることを――

 

 

 

 ――願っていた――

 

 

 

「諦めてはいけません」

 

 ……急に、ガシャンという音が聞こえた。

 咄嗟にその方を見ると、ジーレイが檻の一部の破壊に成功しているではないか。弱体の檻のせいで自由が利かない中、彼は人知れず無理矢理に魔術を発動させたのだ。その証拠に呼吸は荒く、体力を消耗している様子。

 

「悟られない詠唱に時間がかかりましたが……これで外に出られます。ゾルクを救いましょう……!」

 

 それでもジーレイは私達に抵抗を促し、自らも率先して檻を飛び出していった。

 ……そうだ、今は罪に怯えている場合ではない。私もソシアもミッシェルも彼に続いた。

 

「総司令!」

 

 クルネウスが危険を知らせ、前に出ようとする。

 

「まあ待ちたまえ、我なら大丈夫さ。……ジュレイダル以外の始末のために君たち六幹部を召集したけれど、気が変わった。誰も手を出さなくていいからね」

 

 顔色一つ変えず六幹部に宣言し、向かい来る私達に対面した。エンシェントビットをゾルクに埋め込む作業と同時進行である。

 片手間に、しかもわざわざ集めた六幹部へ待機を命じた上で私達の相手をするだと? ……舐めきった態度である。その余裕、すぐに崩す……!

 

「総司令……いや、もうそんな呼び方はしない。魔大帝デウス・ロスト・シュライカン! 貴様は、ここで仕留める!!」

 

 私は全力で言い放った。そして速攻。筆術で強化された弾丸、矢、魔術が飛んでいく。

 対してあちらは、なんの動きも見せていない。対処する間が無かったのだろう。これならば勝負は決まったも同然。

 ――そう確信した、直後。

 

「なんだい、それは? 痛くも痒くもないね」

 

 私達の攻撃は……命中しなかった。球状のバリアがデウスを包み込んでいたのだ。ただの光の膜のようなそれは弾丸、矢、魔術を完全に遮断した。

 

「全く……通用しない、なんて……」

 

 かすれるような声を出し、ソシアは絶望した。ミッシェルも言葉を失い、ジーレイですら唖然としている。

 出来る限りの、最高の攻撃を喰らわせたつもりだった。しかしデウスには一切通じなかったのだ。……こちらにはもう打つ手が残されていない。

 

「次は我の番だ。……翼持つ鱗炎(りんえん)の魔竜よ。我が障害を焼き尽くすため、現れ()でよ」

 

 デウスは悠然と魔術の詠唱を開始した。阻止か回避を行うべきだが、弱体の魔術の影響で俊敏に動けない。

 

「エキゾーストドラグーン」

 

 二本角の頭をもった翼竜が召喚された。人間など容易に丸飲みしそうなほど巨大で、紅蓮の炎に身を包んでいる。

 出現するや否や、竜は翼を広げて舞い上がり、口から炎を吐き出して私達を焼いた。業火は、いつか訪れた火山など比べものにならない程の熱を有していた。

 火炎放射が止んで翼竜が消え去った頃には皆、全身の至る所に火傷を負ってしまっていた。焦げた身を床に倒し、瀕死の状態に陥る。意識を保つのもやっと。ただの一撃で、私達は壊滅してしまったのだ。

 

「我とて、伊達やお飾りで戦闘組織の総司令の座に就いているわけではないのだよ? 当然ながら六幹部より高い実力を持っている。つまりエグゾアのナンバーワン。君達ごときに負けるはずがないのさ」

 

 言われてみればその通りだ。クルネウスに敗北した私達が、六幹部の上に君臨する総司令デウスを倒すことなど不可能。

 ……わかっていた。それでも私達はゾルクという大切な仲間のため、行動するしかなかったのだ。

 

「おや?」

 

 ふと、デウスが何かに気付く。

 

「君達の攻撃の余波で、魔導操作装置が壊されてしまったみたいだね……。残しておきたかったけれど、まあいい。役目は終えたのだから」

 

 彼の言葉を聞いて装置に目をやる。すると確かに装置は壊れ、黒い煙を噴き出していた。

 偶然だったが、この装置さえ壊れればセリアル大陸の環境は平和なものに戻る。不幸中の幸いであった。

 

「そんなことよりも。エンシェントビットの埋め込みが完了したよ。ふふふ……!」

 

 知らない内に、ゾルクの絶叫は止んでいた。拘束されたまま気を失い、ぐったりとしている。……直視できなかった。

 

「真の野望を成就させるには、神となれるほどの魔力が必要になる。しかし海底遺跡から回収したエンシェントビットは我の言うことを聞かなかったため、役には立たない。そこで、セリアル大陸中に散らばったエンシェントの欠片から魔力を抽出し、我のものにしようと決めたのだよ。エンシェントの欠片は元々、我の国フォルギスが吸収していった数多の弱小国で(まつ)られていた神器。エンシェントビット程ではないにしろ相当な魔力が秘められているのを知っていたからこそ、収集したのさ」

 

 欠片を集めていた理由が明かされた。デウス個人の魔力増強に使用するためだったとは。

 

「エンシェントの欠片から魔力を抽出するにはどうしても、エンシェントビットによる中継が必要だった。しかしそのままの状態で抽出をおこなっても、エンシェントビットから余剰の魔力が溢れてしまい全ての魔力を入手できない。だから我は考え、辿り着いた。魔力密度の高いシールドでエンシェントビットを内包すれば、余剰分が溢れることなく確実に全ての魔力を得られる、と。つまりゾルク・シュナイダーは、シールド用のアムノイドなのだよ……!」

 

 さらに、デウスは続ける。

 

「手加減させた六幹部と戦ってもらったのも、このためさ。それなりに強い心身を持ち合わせていなければ、アムノイドとはなり得ないからね。力を見定め、鍛えるために差し向けていたのさ。ちなみに、機械化を行わずビットを埋め込むことのみで強化したアムノイドは『レア・アムノイド』と呼ぶ。通常のアムノイドよりも強力だが難点も多く……いや、どうでもいいことだったね」

 

 何もかもが芝居。種が明かされる都度に悔恨の情が込み上げてくる。私さえデウスに利用されなければ、こんなことには……。

 床に這いつくばるしかない私達を眼中に入れず、デウスは始めた。魔力の抽出を。

 

「さあ、魔力よ! 我に来たれ!!」

 

 掛け声と共に、台座の上のエンシェントの欠片が光り輝いた。

 複雑な術式が組みこまれた魔法陣がゾルクを囲うように出現。欠片から溢れた光は魔法陣を満たし、彼の胸の中心部に集約。そして、下方にいるデウスへと一気に流れ込んだ。

 魔力を受け取る最中、デウスは無言だった。気を失ったゾルクも時折、身体を痙攣させていた。相当な負荷がかかっているのだろう。

 ……この現実、悪い夢だと思いたい……。

 

「ふふ、ふふふ……!」

 

 魔力の抽出に、時間は長くかからなかったようだ。

 私が次に目を開けた時。ゾルクは光の柱による拘束から解放され、台座の前に横たわっていた。エンシェントの欠片は輝きを失い、真っ黒になっている。

 

「ふふふ、はははは……はははははははは……!!」

 

 敵味方共に誰も言葉を口にしようとはしない。その中で、デウスだけは勝ち誇る。

 

「やった、やったぞ!! 魔力の抽出は成功だ!! 肉体の奥底から溢れんばかりの力を感じる……!! 我の……我の勝利だよ、ジュレイダルッ!!」

 

 私は痛みの走る首を動かし、ゾルクを見た。

 姿は何一つ変わっていない。

 だが指一本、動かす気配は無い……。

 それを受けて、自分の中で何かが切れるのを感じた。

 ……まぶたが熱い。何かが溢れ、溜まり、頬を伝っていく。

 

「ついに我は絶対なる力を手に入れた! 愚か者ゾルク・シュナイダーは、我が野望の救世主となったのだ!! あーっはっはっはっはっは!!」

 

 悪魔は笑っていた。イカレた頭から湧き出た、薄汚くトチ狂った事を、平然と抜かしながら。

 

「この力があれば、今こそ世界を一つに戻せるだろう!!」

 

 台座の盤を操作後、デウスは両腕を掲げる。すると荘厳の間の天井に、魔力抽出の時よりも遥かに巨大な魔法陣を展開した。陣にはデウスの魔力が込められていき、次の瞬間、目の前が白一色に塗り替わった。

 

「……よぉし。二千年の時を経て、世界は再び一つとなった! まさか、世界の波長が手に取るようにわかるとはね。これも膨大な魔力の成せる業か! ……しかし世界を破壊するためには、まだまだ多くの魔力が必要みたいだね。新たな手を考えなければならないけれど……まあいい。それも一興だ」

 

 視界が元の光景を再び捉えた。

 どうやら、リゾリュート大陸とセリアル大陸の世界は一つに戻ったらしい。巨大な魔法陣はそのための術式だったのだ。無論、好転とは言えない。デウスは、壊すために世界を元通りにしたのだから。

 ……私は、これほどまでに危険な人物を総司令と崇め、一年前まで忠誠を誓っていたのか。今思えば愚かでしかない。笑いすら込み上げてきそうだ……。

 

「さて。一段落ついたことだし、予定通りジュレイダル以外の者は殺してしまおう。……再び来たれ。エキゾーストドラグーン」

 

 出会ってきた中で最も許せない存在が、私達に引導を渡そうとしている。

 出来るものなら今すぐにでも抵抗し、あの腐りきった頭を蹴り砕きたい。だが叶わないのが現状。翼竜の火炎を浴びて灰と化す道しか残されていないのである。

 

「まずは君からだ、マリナ・ウィルバートン。……実を言うとね。君を殺すのは、惜しいと言えば惜しい。エンシェントビットを扱える存在はおそらく、この世に君だけだからね」

 

「この世に私だけ……!? どうして……!」

 

 思わず問い質してしまったが、答えが返ってくるわけがない。

 

「けれども、エンシェントビットは必要なくなった。それに我の言うことを聞かない者は生かしてはおけない。だからこれで……」

 

 デウスは言葉を途切らせると、腕を上げて翼竜に合図を出す。紅蓮の翼竜は口を閉じていたが、隙間からは火の粉が溢れ始めた。

 周りの皆は声こそ出せない状態だったが、私を案じて見つめてくれていた。しかし、それは逆につらい。

 ……際限なく思う。最悪な状況に陥った原因は私にある。私がデウスに騙されなければ、このような惨事には至らなかったのだ……。

 

「さようなら、マリナ・ウィルバートン」

 

 翼竜は口を開け、ここぞとばかりに灼熱の炎を放出。容赦なく焼き払うのだった。

 

 

 

 闇のように黒い鋼鉄で出来た、冷たく平らな床を。

 

 

 

「マリナ、大丈夫か?」

 

「ゾルク……!」

 

 燃え尽きるはずだった私は、間一髪の所で駆けつけてくれたゾルクに抱きかかえられ、炎から遠ざかっていた。

 彼は私をしっかりと掴んだまま気遣ってくれた。……自分こそ酷い目に遭ったというのに……。

 

「おや。力尽きたと思っていたのにまだ生きていたのだね。この様子だとシールド用としてだけでなく、戦闘用のアムノイドとしても利用できそうだ!」

 

 嬉しそうに表情を緩ませるデウス。対して、ゾルクが相応に相手をするはずもない。私を優しく下ろしてくれた後、デウス目掛けて走り、殴りかかった。

 

「デウス!! お前はあああああ!!」

 

 だが……。

 

「……うっ!?」

 

 その途中で苦しげな仕草をしたかと思うと胸部を両手で引っ掻き、もがき始めた。

 デウスは冷静であり、研究精神旺盛に観察する。

 

「これは……なるほど。エンシェントビットがゾルク・シュナイダーの身体と完全なる融合を果たそうとしているようだね。興味深い……!」

 

 ゾルクに次なる異変が生じる。エンシェントビットを埋め込まれた辺りから、光が広がり始めたのだ。彼は勿論のこと、私、ソシア、ジーレイ、ミッシェルの五人をすぐに覆ってしまう。

 

「この光……時空転移を行う際のものに酷似している……!」

 

 リゾリュート大陸に転移した時と、ゾルクをセリアル大陸に連れてきた時を思い出し、状況が似ているとはっきり気付いた。これへジーレイが補足する。

 

「ゾルクは体内のエンシェントビットを制御できず、無意識に時空転移を始めてしまったのでしょう。これから僕達がどこに飛ぶのか見当もつきません……」

 

 光が更に輝きを増した。目を閉じても眩しい。腕で両目を守り、耐え凌ぐ。

 ……これは、ゾルクが私達を逃がそうとしてくれているのかもしれない。どういうわけか自然とそう考えていた。「そうであってほしい」という希望も込めて。

 

「仕方ないね。救世主一行の始末は持ち越しだ」

 

「デウス……! まだ訊かなければならないことが残っているというのに……!」

 

「そういえば君は、マリナ・ウィルバートンの真実を知らないのだっけ。我も、エンシェントビットの真実を知らない。次に会ったら情報交換しようではないか。その時までさようならだ、ジュレイダル。……楽しみはまだまだ尽きないね。ふふふ……あーっはっはっはっは!!」

 

 

 

 ジーレイとデウスの会話が聞こえたのは、ここまで。

 

 ついに時空転移が発動。何もわからなくなった。

 

 ただ、私達五人は散り散りになってしまったような……そんな気がした。

 

 

 

 ――薄れゆく意識の中、私は願った。

 

 

 

 ミッシェル、ジーレイ、ソシアの無事を。

 

 

 

 そして……ゾルクの生存を――



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第二部 救世主新生!(きゅうせいしゅしんせい)
第25話「氷色(ひいろ)刀閃(とうせん)」 語り:まさき


 真昼時。

 日の光は灰色の雲に遮られ、大地を照らしてはいない。

 陽光が差し込まなければ拙者の水色の長髪は暗く見え、白と青を基調とした鎧装束(よろいしょうぞく)、左腰の鞘に収まっている刀、身にかけた赤の絆帯(きずなおび)も映えはしない。

 何より、抱いた懸念が膨れ上がってしまう。

 

 現在、リゾリュート大陸北部の地域は『冬』という寒冷の時期を迎えている。これを季節といい、他にも『春』『夏』『秋』など全部で四つの季節――四季が存在する。

 そしてここはスメラギの里の南東に隣接する森林地帯。里も森林地帯もリゾリュート大陸北部に存在しており、山に囲まれている。

 ……『スメラギの里』とは。大陸の大部分を占めるケンヴィクス王国や軍事国クリスミッドのどちらにも属さない、独自の文化を有した国のことである。

 

 森が纏った純白の衣と、見渡す限りに広げられた白銀の敷物。灰色の雲から舞い落ちた、雪である。

 一面に降り積もった雪には幾つもの足跡が。青色の鎧装束を身に纏い、片刃の剣である刀を携えた武士達が辺りを駆けずり回っているのだ。

 彼らはスメラギ武士団という里の防衛団体の一員。拙者は、その武士団を束ねる団長である。

 

「早急に姫様を見つけ出すのだ! 敵は、すぐそこにまで迫っておるのだぞ!!」

 

 近辺では低く(しゃが)れた怒声が飛び交っていた。拙者よりも、その声の主の方が年齢は遥かに上。若き拙者を支える、副団長の地位に就いている。

 かの者の名は、ぜくう。所々に白髪の混じった黒く長い髪と髭、睨むだけで相手を震え上がらせられるほどに年季の入った目つきが特徴的な、勇猛な老兵である。得物の十文字槍を右手に握り締め、老いた身でありながらも他の若い武士団員を圧倒する実力を有している。

 ぜくうは部下に一通りの指示を飛ばした後、こちらへ歩み寄ってくる。すると拙者の前で膝を屈し、(こうべ)を垂れた。

 

「団長、申し訳ありませぬ。姫様の発見には、もうしばらく時間を要するようで……」

 

「ぜくうよ、無理を強いるが迅速に頼む。残りの団員も姫の捜索に向かうよう手配してほしい……」

 

 拙者の言葉に、すぐさま顔を仰ぎ意見する。

 

「なりませぬ! スサノオの軍勢に対する守りが疎かに……!」

 

 もっともだ。もっともであるのだが……今は一刻の猶予も無い。姫の御身(おんみ)が心配なのだ。

 

「いざとなれば拙者一人で食い止めてみせようぞ……」

 

「どうかご自制を。免許皆伝の剣術を以てしても、それは無謀にござります!」

 

 自分自身でも驚く程に、拙者は焦っていた。

 どれほどの強者であろうと、たった一人で五百を超える軍勢を退けられるわけがない。理解に容易いはずなのだが、拙者の口からは冗談のような言葉が吐き出されてしまっていた。

 

「では、どうしろと申すのだ……!!」

 

 ぜくうに浴びせてしまった、憤り。見苦しいまでの動揺。団長として情けない……。思い直し、すぐに謝罪した。

 

「……済まなかった。姫のこととなると、つい熱くなってしまう……」

 

「事態が事態であります故、混乱が訪れても致し方のないこと。平常心を取り戻していただけたのならば何よりにござります」

 

 あちらは至って平静を保っていた。まるで拙者が取り乱すのを予測していたかのように。流石、近年までスメラギ武士団をまとめてきただけのことはある。

 里の方針で新しく武士団の(おさ)となった拙者は、十九歳という若輩(じゃくはい)の身。ぜくうの力を、これからも借りていかなければならないようだ。

 

「平常心は取り戻せても、この状況を打開する策、未だ見出だせぬまま……」

 

 現実を捉え、拙者は静かに零した。ぜくうも口を(つぐ)んだまま何も語ろうとはしない。

 進展もない内に、森の木々の間から敵の姿――スサノオの兵の影が見え隠れし始める。赤の鎧を装着し、(のこぎり)のような刃の刀を振りかざしている者達だ。鬼を模した面を被っているので素顔は見えない。

 

「スサノオの兵め、もうここまで来るとは!」

 

 ぜくうは歯ぎしりと共に冷や汗を流す。されど、先端に鋭利な十字の刃を取り付けた金属製の長棒、十文字槍を果敢に握る。

 彼を筆頭に、拙者も抜刀。捜索へ赴かなかった部下達も腰に携えた刀を抜き、(いくさ)の構えをとる。

 だが、数の差は著しい。包囲され、じわじわと距離を縮められていく。

 

「万事休すか……」

 

 姫の発見も叶わず、迫り来るスサノオの兵の波に呑まれてしまうのが運命。

 拙者だけでなく、皆が心の中でそう思ったに違いない。

 

 

 

 ――あの不可思議な光を目の当たりにするまでは――

 

 

 

「む!? 団長、この光は一体……!?」

 

「わからぬ。何が起こっているのだ……!?」

 

 到底、理解し得ない光景。

 前触れも無く神々しき白の光がこの森に降り注ぎ、一帯を包み込んでしまったのだ。光と共に突風も発生。木々が揺れ、積もった雪もまばらに崩れ落ちる。

 拙者達に害は及ばなかったが、スサノオの兵には異変が見られた。光を浴びて間も無く、もがき苦しみ始めたのだ。まるで光から逃れるかのように奴らは撤退を開始した。

 奇怪な光が消え、辺りが元の静けさを取り戻した頃。スサノオに属する者は一人残らず失せていた。

 が、拙者達の目前では見慣れぬ光景が続く。

 

「おおっ!? な、何ということにござりましょう……!」

 

「まさに奇想天外なり……」

 

 雪の上に倒れていたのだ。二丁の拳銃を両腰に携え、山吹色の異文化国の衣を纏った、短い黒髪の少女が。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第25話「氷色(ひいろ)刀閃(とうせん)

 

 

 

 スメラギ武士団は異文化国の住人と思われる少女を保護。姫を捜索するために木材と厚布でこしらえていた野営所へ急遽、収容した。今は柔らかい毛布の上で眠っている。

 同時進行で、ぜくうの率いる部隊に姫の捜索を任せている。

 

「……ううっ……」

 

 どうやら少女が目を覚ましたようだ。部下のほとんどを出払わせているので拙者自らが対応。左腰の刀を手頃な台に立て掛け、寝床に寄って腰を落ち着ける。

 少女は(まぶた)を半分ほど開き、虚ろな翡翠の瞳を微かに覗かせる。次に、仰向けのまま力無さげに顔だけをこちらへ動かした。

 

「安心するのだ。お主の身の安全は保障されている……」

 

 ひとまずそれだけを伝えた。しかし混乱しているのか警戒しているのか、言葉を発しようとはしない。

 

「拙者は、まさき。蒼蓮(そうれん)まさきと申す者なり。お主の名は……?」

 

 こちらが名乗ると、か細い声で返事がきた。

 

「……マリナ・ウィルバートンだ。マリナ、とでも呼んでほしい」

 

 予想通り、異文化国の住人であった。服装の他、姓と名の順序が拙者達スメラギの民とは逆であるため、そう判断をつけた。

 マリナは名を明かして以降、こちらの質問に答える素振りを一切見せず、寝そべったまま野営所の天井を見つめ続けた。僅かながら涙を浮かべているようにも見えたが、直前まで動乱にでも巻き込まれていたのだろうか。

 不明だが、彼女の精神状態が常軌を逸しているのは明白。拙者は無理に会話を続けようとはせず気の済むまでそうさせた。

 

 それほど時間がかかることもなく、マリナの容態は回復したようだ。立ち上がるにはまだ早いらしいが翡翠の眼にも生気が宿っている。

 上体を起こして救助への感謝を述べると、自身の事情を簡略的に伝えてくれた。

 彼女はこれまで、救世主の少年と他三名の仲間と共に、世界の崩壊を食い止めるため旅をしていたという。

 

「そ、そうだ! ゾルクは、ゾルクはどうなったんだ!?」

 

 何か思い出したらしく、マリナは血相を変えて叫んだ。

 

「ゾルクとは何者だ……?」

 

 けれども拙者の言葉を耳に入れると、すぐ我に返った。

 

「……取り乱して申し訳ない。話に出した救世主のことだ」

 

 落ち着いたようだが、表情からは不安が溢れ出ている。余程、そのゾルクという者の安否が気になるのだろう。

 

「差し支えなければ、更に聞かせてくれぬだろうか……」

 

「……わかった。信じてもらえる話じゃないかもしれないが、それでもよければ話そう」

 

 彼女は旅のことを詳しく教えてくれた。

 声の調子は、話を進めるごとに沈んでいく。内容を聞く限り、そうなるのも仕方ないと感じた。

 

「全てはエグゾア総司令デウスの謀略であり、窮地に追い込まれて命からがら逃れてきた、と。平時では信じ難い話だが、なるほど。これならば百日前にセリアル大陸が現れた件にも合点がいく……」

 

「百日前!? 私達がデウスと接触したのは、ついさっきのはず! それにその言い方だと、ここはリゾリュート大陸なのか……!」

 

 マリナはひどく驚いた。冷静に話を聞いていた拙者は、頭の中で情報を整理しつつ予想を伝える。

 

「救世主ゾルクに埋め込まれた『エンシェントビット』という物体はその時、暴走していたのであろう? 時空転移の行き先は定まらず、加えて何らかの誤差が生じ、百日後の未来へ飛ばされてしまったのではないだろうか……」

 

「暴、走……」

 

 その二文字を耳にした途端、マリナは顔を伏せた。……禁句だったらしい。

 あまり不安な気持ちにさせては、また混乱に陥ってしまうかもしれない。転換の意味も込め、拙者は即座に口を開いた。

 

「ともかく、お主の話は信用に値するものと受け取った。ならば今度は拙者が教える番。セリアル大陸の住人では、ここがどこか見当もつくまい……」

 

「……ああ。頼む」

 

 マリナは気を取り直し、拙者の言葉を待つ。

 

「この地はリゾリュート大陸北部の山奥に位置する、スメラギの里なり。現在地を厳密に申すと、里に隣接する森林地帯にあたる……」

 

「大陸の北か……おおよその位置は把握した。それと私の他に、見慣れない人間は倒れていなかっただろうか?」

 

 あの不可思議な光はおそらく時空転移によるものだろう。それに包まれて現れたのはマリナ一人だけ。あの直後、周辺を調べはしたが彼女以外は誰も見つからなかった。酷だが事実を伝えるしかない。

 

「発見したのは、お主のみであった……」

 

「そうか……。無事でいてくれ、みんな……」

 

 小さな声で願いを発する。事情を知った拙者も心の中で共に祈りを捧げた。

 

「……話を逸らしてしまったな。まさきは、ここで何をしているんだ? この野営所も急ごしらえのようだが」

 

「スメラギの里の姫を捜索している。拙者は里を守る武士団の団長であり、この森林地帯で指揮を執っているのだ。その最中、お主が光と共に出現。迫りくる敵対国の軍勢を撤退に追い込んでくれたのだ……」

 

「敵が時空転移の光を受けて撤退しただと? 因果関係がわからないな……ひとまず保留にしよう。それにしても姫君を捜索中とは非常事態だな。まさか、その敵対国に誘拐されでもしたのか?」

 

 この質問に思わず口籠(くちごも)ってしまう。だが今さら隠す意味も無く、恥を忍んだ。

 

「……いかにも。今朝早く……夜と朝の境目の頃。敵対国『ミカヅチの領域』の王であるスサノオが寄越した隠密部隊によって、城から姫を連れ去られてしまったのだ。この森林地帯で隠密部隊に追いつき撃退するも、突発的な風雪に阻まれ姫は行方不明。未だ雪の森のどこかなのだ……」

 

「気を落とさないでくれ。諦めなければ、姫君はきっと見つかるはずだ」

 

「心遣い、痛み入る……」

 

 いつの間にか立場が逆転し、気遣われる側に。

 姫は冬の寒さにも夏の暑さにも、とことんお強いお方だが、誘拐されて既に半日近く経過している。ぼやぼやしていては流石の姫でも体力が尽きてしまわれるだろう。……この胸中の焦り、拭えるわけがない。

 

「敵国の王スサノオは、どうして姫君の誘拐を企てたんだ?」

 

「無論、理由がある。実は……」

 

 マリナに解説しようとした、その時。

 

「団長! 大事(おおごと)にござります!」

 

 大きな声と共に、拙者の部下である一人の若い武士が野営所に飛び込んできた。ぜくうの部隊の一員として姫の捜索にあたっていた者だ。

 雪に足をとられながら、顔一面に汗をかくほど必死で走ってきたらしい。息を切らしつつ用件を述べる。

 

「突如として、雪狼(せつろう)の群れが出現し……副団長の率いる我が捜索部隊は、交戦状態にあります!」

 

「何!? それは誠か……!」

 

 驚きのあまり、拙者は思わず立ち上がってしまった。ここ最近は鳴りを潜めていたらしく単体で見かけるのみであったが、まさかこのような時に群れと出くわそうとは。

 ――雪狼。それはスメラギの里が冬を迎えた頃から蔓延(はびこ)り始めた、白毛赤眼の狼型の魔物。姿こそ通常の狼と変わらないが、性格は極めて残忍。群れを成して行動し、巨大な熊の魔物をも容易く自らの糧としてしまえるほどの連携能力を持つ。

 猛者であるぜくうが率いているとはいえ、少数編成部隊で雪狼の群れを相手取るのは困難と言える。

 

「皆で退治しておりましたが奴らにやられた仲間も多く、今では副団長ですら手を焼いている状況にござります……。団長、何卒(なにとぞ)ご助力を!」

 

 現に、大きな被害が出ているようだ。よくよく見ると目の前にいる彼の右腕からも血が(したた)り、袖を赤黒く染めていた。

 新しく部隊を編成しようにも、姫の捜索に限界まで人員を割いており、ままならない。こうなれば単身で捜索隊の援護に向かうしかないだろう。

 台に立て掛けてあった愛刀を腰の帯に差し、準備を整える。

 

「承知した。お主はここで傷を癒すのだ……」

 

「しかし自分も戻らねば人員が……! 雪狼に対抗できませぬ! どうか許可を!」

 

 傷を負ってなお、彼は現地へ戻ろうとする。

 仲間を案ずる精神は立派。だが怪我人を連れて行くわけにはいかず、団長として止める他なかった。

 

「その熱き意思、拙者にも伝わるが許可できぬ。よいな……?」

 

「……済みませぬ。我儘(わがまま)の度が過ぎておりました。このような状態では確かに足手まとい。ならばせめて、自分の想いだけでも抱えていってくだされ……!」

 

 そう言って託す彼の顔には悔しさが。その想い、無駄にはしない。

 

「うむ、しかと受け取った。お主は傷を手当てした後、可能ならば姫の捜索にあたってくれ。無理はするでないぞ。拙者は直ちに赴く……」

 

御意(ぎょい)! ……お気を付けて」

 

 部下に見送られ、野営所の出入り口をくぐり外に出た。そして雪原に数歩分の足跡を付けた時。

 

「待ってくれ!」

 

 拙者のすぐ後ろで声が聞こえた。――マリナである。

 

「……私を連れて行ってくれないか。人手不足なんだろう?」

 

 上体を起こすところまでだったはずの彼女が、立ち上がるどころか拙者の背を追いかけるまでに回復していた。奇妙に感じ、問い質す。

 

「お主、もうそこまで動けるのか……?」

 

「あ、ああ……。実は、私自身も驚いている。本当に何ともないんだ」

 

(……理解が追いつかないレベルで回復が早い。デウスから受けた火傷すらも消えている。いったい、どうなっているんだ。百日の経過と何か関係があるのか……?)

 

 マリナ本人ですら疑問に思うほどらしい。現段階では解き明かせない謎が多いようだ。

 

「状況が状況ゆえ、頼ってよいのならば頼りたいが……」

 

「身体は安定している。それに戦闘行動は私の本分だ。気にせず任せてほしい」

 

 落ち着いた返事。声色も、無理をしているようには聞こえない。心配する必要は無いようだ。

 

「承知した。拙者についてきてくれ……」

 

 これで、雪に残される足跡は二人分となった。

 

 

 

 十文字槍を振り回し、ぜくうは部下達と共に雪狼を薙払っていた。

 

「狼風情(ふぜい)が! 調子に乗るでない!!」

 

 が、数はまだ雪狼が上。素早い動きでぜくうの部隊を翻弄し、即座に牙を剥く。

 

「ぐああぁ!?」

 

 また一人、胴体から血を噴き出してその場に崩れ落ちる者が。その光景を視界に入れたぜくうは、倒れた者が食われぬよう雪狼との間に割り込む形で躍り出た。

 

「くっ、雪狼ごときに……!」

 

 間一髪、十文字槍を噛みつかせて目前の雪狼を食い止めた。

 だが、これでは動きを止めるのみで攻撃に転じることは出来ない。雪狼の方も、槍を簡単に離してはくれない。

 すると別の雪狼二匹が、ぜくうの両脇を囲った。察するまでもない。このままでは仕留められてしまう。その焦りからか、ぜくうは無意識に歯を食いしばり小さく唸り声をあげていた。

 そして二匹は容赦なく飛びかかる。白き体毛が(なび)き、真紅の瞳が禍々しく光った。

 

「団長、先に逝って参ります……!」

 

 一匹の雪狼を食い止めた十文字槍を、最後まで手離そうとはせず。彼は己の死を覚悟した。

 

「逝くにはまだ早いぞ、ぜくう……」

 

 しかし、それも徒労に帰す。

 宙へと跳ね上がった二匹は、瞬く間に首を斬り落とされた。

 

崩龍刃(ほうりゅうじん)……!」

 

 拙者が見舞った剣術によって。

 詳細を述べると、斬り上げにて片方を、返しである振り下ろしにてもう片方を(ほふ)ったのだ。

 頭と胴体を綺麗に分断された二匹は、赤黒い血を切断面から勢いよく噴き出し、悶え苦しみながら光の粒となり消滅していった。

 

「おお、団長!! 助かりもうした!! ……しかし後ろの少女は、例の。何故このような危険な場へと?」

 

「彼女の名はマリナ。助っ人である。それよりも、すぐに残りを片付けようぞ……」

 

「確かに、話し込んでいる場合ではありませぬな……!」

 

 ぜくうは返事と共に、握った十文字槍へ更に力を加えた。

 

「はああっ!!」

 

 目一杯に振るい、雪狼を空中に打ち上げる。

 

「でいやあぁぁぁ!!」

 

 無防備になったところへ突きを決め込み、腹部を貫いた。雪狼は力尽き、白く淡い光となって消え去っていく。

 一瞬の間に三匹も仲間を失ったためか雪狼共の連携に曇りが見え始めた。それを拙者達が見逃すはずもなく、一気に畳みかける。

 

爆牙弾(ばくがだん)!」

 

 マリナが二丁拳銃の銃口を重ね、巨大な火炎球を発射。雪狼が一匹、黒焦げになって焼尽した。

 銃火器の存在はかねてより知っていたが、スメラギの里では普及しておらず実物を見るのは珍しい。そして何より、この戦力不足の状況下では非常に頼もしく感じる。スメラギ武士団への導入も検討したいという考えが頭をよぎったほどである。

 などと、ささやかな雑念が訪れる傍らで。

 

一文刃(いちもんじん)……!」

 

 拙者も、両手で握った刀で横一閃に薙ぎ払う剣術を見舞い、最後の一匹を上下に(わか)つ形で両断した。

 こうして雪狼を全て退治。ぜくうの部隊は救われた。

 残る憂いは姫の御身のみ。何処(いずこ)におられるのだろうか。雪狼と遭遇していなければよいのだが……。



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第26話「緋色(ひいろ)灯閃(とうせん)」 語り:みつね

「ひ……光と共に舞い降りた、山吹色の衣の少女だと……?」

 

 吹雪の巻き起こる山の頂上、ミカヅチ城。その天守閣では、眉尻を下げて心底不安そうな表情をした殿方が、赤の鎧を着用した一人の兵に尋ねていました。

 

「はい。光を浴びた我々は、撤退を余儀なくされ……」

 

 兵は弱々しい声で報告を行いました。傷を負ってはいませんが、体力を消耗しているように見受けられます。

 報告を受けた男の隣には、漆黒の衣服を纏った黒髪紫眼の魔剣士が。そのすぐ近くには、逆立った白髪と立派な髭を有する年老いた巨漢の武闘家が立っていました。

 魔剣士は兵の言葉を耳にし、何かを考察し始めます。

 

「五百の兵を一挙に退けた光と、謎の少女か。マリナ・ウィルバートンが時空転移してきたと考えて間違いないな。百日も経った今になって、しかもスメラギの里に現れるとは。……ククク、よかったな。弟子に会えるかもしれんぞ」

 

 そして不敵な笑みを浮かべ、武闘家に視線を移しました。

 武闘家は魔剣士の仕草に気付いていましたが何も反応はせず。

 

「これも因果か」

 

 それだけを呟き、すぐに口を閉じました。

 魔剣士が、不安そうな表情の殿方に対して口を開きます。

 

「さて、スサノオ。スメラギの連中に手こずるのもそろそろやめにして本格的に潰しにかかったらどうなんだ?」

 

「しかし、もしも山吹色の衣の少女がスメラギに味方してしまえば、こちらは手も足も……」

 

 スサノオと呼ばれた殿方は、おどおどした態度で魔剣士に問いました。

 

「安心しろ。その少女の光は一時的なものだ。脅威にはならない。それに兵力ではお前の陣営が(まさ)っている。五百などと出し惜しみせず、五千でも一万でも兵を出陣させればいいだろう。いつまでも手をこまねいていると、手に入るはずの『秘宝』も逃してしまうぞ。今日のようにな」

 

 問われた魔剣士は、半ば苛つきながら返答しました。スサノオの臆病な性格が気に入らない様子。発言を終えた後も、針で刺すように睨みつけています。

 

「うっ……。な、ならば仕方がない。……明日(みょうにち)、本格的な侵攻を開始する。スメラギの里を制圧し、今度こそ『秘宝』を我がものとするのだ!」

 

 魔剣士に追い詰められたと言わざるを得ませんが、ついにスサノオは決心しました。目前にひれ伏していた兵をつかい全軍へと伝達を開始します。

 魔剣士と武闘家は、いつの間にかスサノオの傍から消え去っていました。ミカヅチ城内の別の場所で密かに会話を始めます。

 

「強引に脅したものだな」

 

「根性の無い輩は好かんからな。それに、こんな面白みの無い実験などさっさと終わらせたい。俺は強者との戦い以外に興味は無いんだ」

 

「総司令からの任務をぞんざいに扱うとは。前々から感じておったが、お主は闘争心ばかり前のめり。忠誠心が足らぬぞ」

 

 武闘家は呆れ、腕を組んで溜め息を漏らしました。魔剣士はそれを無視して続けます。

 

「マリナ・ウィルバートンが現れたということは救世主の発見も近そうだ。あいつと再び剣を交えたい。この地に転移してくれれば好都合なんだがな……!」

 

 魔剣士は狂ったような気配と共に(よこしま)な笑みを浮かべました。武闘家は、やれやれと首を横に振るのみ。

 

「……お主の芯は、ぶれることを知らぬな。まあよい。では、そろそろわしらも準備を進めるとしよう」

 

「明日だったか。理由が何であれ、俺は剣を振れればそれでいい。ククク……!」

 

 そして二人は闇に消えました。魔剣士から発せられた狂気だけを残して。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第26話「緋色(ひいろ)灯閃(とうせん)

 

 

 

「はぁ……はぁ……。もう、歩けません……」

 

 わたくしがスサノオの隠密部隊にさらわれてから半日。雪雲のせいで太陽は見えませんが、きっと昼に差し掛かっている頃でしょう。

 一時はスメラギ武士団に救助されるも直後の風雪によって離れ離れに。里の隣の森林地帯と言えど、冬の環境のせいで帰路につくこともままならず寒さに体力を奪われていくのみ。手先も足先もかじかみ、ついには白銀の絨毯(じゅうたん)へ、ばたりと身を埋めてしまいました。

 

「寒暑を耐え抜くのには、自信があったのですが……。やはり、限度というものがありますね……」

 

 雪に身をうずめると、あることに気付きました。普段より全身が熱いのです。極寒の外気に長く晒されたせいで体調を崩し、高熱が出てしまったのでしょう。

 

「道理で……視界が歪み、まともに歩みを進められないわけです……」

 

 伏せたままでの納得。そして緩やかな死を悟るのです。

 

 

 

 ――そう。本来ならここで命を落とすはずでした――

 

 

 

「な、何事ですか……!?」

 

 とても不思議な光と共に何者かが、わたくしの目の前に現れました。大風を巻き起こし、雪の積もった大木を震わせて。そして雪原に倒れ込み、ぴくりとも動かなくなってしまいました。

 不思議な光はわたくしの下にも届き、優しく撫でてくれたかと思えば音も無く消えていきました。その直後、奇妙な出来事が。

 

「身体が軽い……。今の光のおかげで体調が回復したとでもいうのでしょうか……?」

 

 熱はみるみるうちに下がり、体力も確実に戻っています。己の身に起きた超常的な現象に驚く他ありませんでした。

 超常的といえば既に消えた不思議な光と、その中から現れた人物の方が謎です。

 スメラギの里では滅多に目にしない明るい金の髪に、蒼の軽鎧を身に付け、変わった形をした幅広い刃の大きな刀を背負った殿方。もしかすると、スメラギの里と敵対しているスサノオの息のかかった者やも知れません。

 ……と、一寸は思ったのですがスサノオの兵のような邪悪な念を感じません。となればこの殿方は、スサノオに属する者ではない……?

 

「……う……ぐ……」

 

 考えていると殿方は(うめ)き、身を少し震わせ始めました。

 どのみち雰囲気は悪人的ではないと直感。恐る恐るですが近付き、お声掛けしてみることに。

 

「あのう、お怪我はございませんか……?」

 

「……み、みんな……」

 

 みんな……? 殿方と関わっている、お仲間の方々のことでしょうか。

 

「みんな……無事か……」

 

 外傷は見受けられませんが、何やら酷く衰弱しておられるご様子。こういった場合、心配させるような言動をしてはなりません。そこでわたくしは。

 

「はい。お仲間の皆様は無事にございますよ」

 

 と、お伝え致しました。

 この世には『嘘も方便』という言葉がございます。お仲間については存じ上げませぬが安心していただくため、あえて嘘をつきました。

 すると殿方は。

 

「そっか……良かった」

 

 とだけ呟いて、力尽きたかのように、また全ての動きを止めてしまわれました。

 

「あら? このようなはずでは……」

 

 わたくしの予想では安心して元気に回復なさるはずでしたのに。もしや逆効果だったのでしょうか?

 これは困りました。これから先、どう致せば良いのか……。

 

「……いけません。考えるより行動、ですね」

 

 しんしんと雪の降り積もる地に寝そべったままでは、つい先ほどのわたくしのように命を落としかけるやもしれません。まずはこの殿方を、暖のとれる場所へとお連れせねば。

 幸いにも不思議な光のおかげで体調は回復済み。そこでわたくしは黒の衣に覆われた肩を抱き、殿方を担ぐことに致しました。ですが……。

 

「お、重たい……」

 

 わたくしでは力が及びません……。自身の非力さが腹立たしい限りです。

 それでも、どうにかこうにか背負うことに成功。冷えつつあるお身体を雪原から引き離しました。けれども……。

 

「やはり、重たい……」

 

 しかし挫けはしません。救える命を見捨ててしまっては、気高き煌流(こうりゅう)の名に恥じます。

 

「みつねよ、頑張るのです」

 

 己を鼓舞し、弱々しいながらも歩みを進めますが、殿方が安静にお休み出来るような場所は一向に見つかりません。

 それどころか段々と足が動かなくなり、立ち止まってしまう破目に。果てや、背負った殿方の重みに負け、雪の敷物の上に倒れてしまいました。

 

「先ほどよりも、なんと冷ややかな……」

 

 柔な頬に触れたのは、無数に散りばめられた氷の結晶。体調が元に戻ったことや背に受ける殿方の微々たる温もりも相まって、それは一層冷たく感じました。

 あ……。再度申し上げますが、わたくしは武士団とはぐれて帰路もわからぬ身。暖のとれる場所を目指そうにも、目指しようがないと気付いてしまいました。この方を満足にお救いすることも出来ないなんて……。

 加えて今日は陽光の降り注がない日より。昼時を過ぎた今、更に耐え難い寒さがやってくるでしょう。この状態が続けば今度こそ凍えて、生命を絶たねばならなくなってしまいます。

 

「早く起き上がらなければ」

 

 両腕に力を込め、やっとのことで上半身を起こし、再び歩むため立ち上がろうとしました。

 ……が、しかし。わたくしの視界には、直前まで存在していなかった魔物――雪狼(せつろう)の姿が飛び込んで参りました。それも一匹ではありません。十数匹で成された群れのようです。

 雪景色と同化できる白き毛並み、真っ赤な眼、口先からはみ出した鋭くえげつない牙、銀の爪。荒々しい風貌にそぐった凶暴な性格の雪狼に狙われては最早、退路はありません。

 

「ここで命の()を吹き消さなければならないのですか」

 

 ――そうなる運命であったとしても、この殿方の命だけはお守りしたい――

 

 わたくしは身動きがとれるので多少の抵抗は可能ですが、殿方は全くの無防備。己のみ逃げるわけには参りません。

 殿方を雪原に寝かせて立ち上がり、盾になるかの如く大の字に腕を広げ、雪狼の眼前に躍り出ました。

 

「どうしても食らうというのであれば、わたくしのみを食らいなさい」

 

 勇気を振り絞った末の行動でした。

 足は震え、全身は恐怖により硬直しましたが、怯みはせず。精一杯にきつく雪狼達を睨みつけました。

 群れの内の一匹がわたくしへ返答するかのように遠吠えし、徐々に近付き始めました。そして充分な間合いをとった頃。その一匹は強靭なる脚力を以て飛びかかってきたのです。

 残りの雪狼達もそれに続き…………目前は黒みを帯びた(くれない)の幕に包まれ、白銀の絨毯も同じ色で染められるのでした。

 

 

 

「でやあああっ!!」

 

 

 

 死に、再び直面した時。

 聴こえたのは決死の叫び声。

 そして絨毯を染めたのは……雪狼達のほう。

 

「えっ!?」

 

「なんとか間に合った……!」

 

 叫び声の主は、わたくしの後ろで横たわっていたはずの異国の殿方。襲い来る雪狼達から身を挺して守ってくださったのです。

 殿方は、背に収めてあったはずの変わった形の大きな刀を握っていました。回転することによって全方位へと斬撃を行う剣術を繰り出し、見事に雪狼達を斬り飛ばしたのです。

 ……先の瞬間まで、この殿方は衰弱なさっていたはず。だというのに雪狼へ対峙できる程の劇的な回復を見せています。わたくしと同じように……。

 不可解な事象ですが、喜ばしいことに違いはありません。

 

「お気付きになったのですね。よかった……!」

 

「とりあえず、目の前のこいつらをどうにかしなくちゃ。君は木陰に隠れてて!」

 

「は、はい!」

 

 そうおっしゃると殿方は両刃の刀を強く握り直し、雪狼の群れの中へ身を投じるのでした。

 突撃するや否や、両刃の刀を存分に振るって瞬く間に蹴散らしていきます。勇猛で、とても力強い印象をこちらに与えました。

 

「お前で最後だ! 裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 残った一匹も、走る衝撃波を生み出す振り下ろしの剣術にて、今しがた討ち滅ぼしたところ。戦いは終わりました。

 

「数が多かったけど、なんとか倒せて良かったぁ……」

 

 お強くとも、一対多では流石に厳しいものがあります。殿方は両刃の刀を雪原に突き刺し、ご自身も雪の上にお座りになりました。

 少し疲労していらっしゃるだけで心身は共に正常なご様子でした。その姿を拝見し、一安心。

 

「君! もう出てきても大丈夫だよ!」

 

 わたくしは手招きに従い、木の陰から殿方のもとへ参りました。

 

「俺、気を失ってたからよくわからないけど……きっと君が助けてくれたんだよね? さっきまで背負ってくれてたような気がするし。本当にありがとう!」

 

 疲労を感じさせない、にこやかな笑顔でした。

 しかし殿方は誤解なさっています。即座に否定しました。

 

「いいえ。背負いはしましたが、それ以外は何も致しておりません。むしろ、救われたのはわたくしの方にございます」

 

「え、どういうこと?」

 

「実は……」

 

 意識が無かったのですから、わからないのも当然。そこでわたくしは殿方が不思議な光と共に現れたこと、不思議な光によって命を拾ったことをお伝えしました。

 

「そう、だったんだ……」

 

 わたくしの話を聞き終えた途端、殿方のお顔から笑みが失われてしまいました。代わりに混乱とも絶望とも受け取れる、難解な表情が浮かび上がったのです。

 なんとお声掛けすればよいかわからず、わたくしはおろおろするばかり。

 

「……あっ! その、気にしないで! なんでもないよ! うん、なんでもない!」

 

 こちらの心中を察したのか、殿方は気丈に振る舞ってくださいました。

 

「光のことは、なんて説明すればいいのかな……まあー、とにかく! 君の体調が良くなったんなら本当によかったよ! あははは……」

 

 しかし無理を押しているのは明白。わたくしでは察し切れないほどの苦労があったに違いありません。

 暗くなりそうな空気を塗り替えるかのように、殿方は別の話題を切り出されました。というよりも何かに気付かれたご様子。

 

「あれ? 栗色の長い髪に、花の髪飾り、煌びやかな緋色の着物……。言葉遣いだってとても上品だし、君ってまるでスメラギの里のお姫様みたいだね。地元で噂されてた見た目とそっくりだ」

 

「はい、まさしく。わたくしはスメラギの里の王である煌流(こうりゅう)てんじの娘、煌流(こうりゅう)みつねにございます」

 

「へぇー、そうなんだ」

 

 納得され、少々の間を置いた後。

 

「……ん? 本物? …………ええええええええ!? 本物おおおおお!?」

 

 殿方はひどく驚かれました。これはどういうことでしょう。

 

「わたくしの自己紹介に、どこか至らぬ点がございましたか……?」

 

「き、君は! ……じゃない。あなたは本当の本当に、スメラギの里のお姫様なんですか!?」

 

「左様にございますよ」

 

 わたくしは笑顔と共に、姫であることを肯定しました。

 すると殿方は自らの頬をつねり、魂でも抜けたかのような面持ちに。

 

「いだっ……夢じゃない。俺、リゾリュート大陸に飛ばされちゃったのか……! しかもスメラギの里のお姫様と遭遇するなんてぇ……!? 嘘みたいだけど、確かに寒いし周りは雪だらけ。冬が来るのは大陸北部の地域だけだし、ここは里の近くの森なのかな……?」

 

「あのう、いかがなさいましたか?」

 

 独り言を続ける姿が心配になり、声をお掛けするも。

 

「す、すみませんでした!! お姫様だと気付いてなくて馴れ馴れしい態度をとっちゃって……! 言葉遣いもちゃんと出来てませんし! ……もしかして俺、不敬罪で罰せられるんでしょうかぁ……!?」

 

 物凄い焦りの形相のまま、怯えの意を表したのです。

 わたくしは目を丸くし、思わずささやかな笑みを零してしまいました。

 

「まあ。……うふふ、お気になさらないでください。命の恩人に刑罰を科すなど、わたくしには出来ません。言葉遣いも問題ありませんよ」

 

「で、でも……スメラギの里の王てんじ様は、すごく恐ろしい人だって噂がありますし……。お姫様に無礼があったらと思うと……」

 

 殿方はおどおどし、涙目になってしまわれました。

 これはいけません。お父様に対する認識を改めていただかなくては。

 

「確かに、お父様には厳格な面もありますが、普段は優しさに満ち溢れたお方にございますよ。ですので、どうかご安心くださいませ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 ほっとなさったような、まだ不安が募っていらっしゃるような、微妙な表情を浮かべた殿方。それでも一応の納得はしていただけたようです。

 ここでふと、わたくしは大切なことを思い出しました。よって、お尋ねすることに。

 

「あのう、あなた様のお名前をまだ伺っておりませんでした。お聞かせいただけますでしょうか」

 

「す、すみません! 名乗ります! ……俺、ゾルク・シュナイダーって言います。ケンヴィクス王国配下の田舎町バールンの出身です」

 

「ゾルク様とおっしゃるのですね! はるばる遠いところから、ようこそいらっしゃいました。ですが、どうして不思議な光と共に? やはり気になります」

 

 わたくしの質問に、ゾルク様は何とも言えぬ表情を返してくださいました。

 

「えっと……それには、とてつもなく複雑な事情がありまして……」

 

 また、悲しみと苦しみにまみれたお顔になってしまわれました。どうやら、その事情の複雑さたるや並々ならぬもののよう。

 わたくしは放っておけず、お力になりたいと考えました。

 

「ゾルク様さえよろしければ、このみつねにお話しくださいませ。少しでも気が晴れるやもしれません」

 

「それはいいんですが……うーん……」

 

 了承してくださいましたが、何故か切り出せない模様。わたくしは原因にいち早く気付き、行動に移りました。

 

「……あ、そうです! こうしていれば、お話の最中も寒くはありませんよ。どうか心配なさらずにお話しください」

 

 手を引き、木の陰までお連れして、ゾルク様を座らせて隣に移動。そして肩をぴったりと密着させていただきました。

 人肌の温もりを感じていれば寒さも凌げ、不安も取り除けるはず。そう思っての行動でした。

 

「えっと、あのっ! これは……いけないんでは……!?」

 

「え……? なにか問題でもございますか?」

 

 どういうわけかゾルク様は冷や汗を流しておりました。頬がほのかに紅潮しているようにも見受けられましたが……まさか、もう体調を崩されてしまったのでしょうか。

 わたくしが密かに心配する傍らで、ゾルク様は。

 

「い、いえ。やっぱりなんでもないです」

 

 という風におっしゃり、黙り込んでしまわれました。

 一体どうなさったのか気になりましたが、ご本人が「なんでもない」とおっしゃるので、きっと大丈夫なのだと信じることに致しました。

 

(良い香りだなぁ……。本当は、信じてもらえるか心配だっただけなんだけど……。みつね姫は可愛いし、せっかくだからこのままでいさせてもらおう)

 

 何やら幸せそうな雰囲気を醸し出しているようにも(うかが)えましたが、わたくしにはよくわからず。

 兎にも角にもと、ゾルク様は語り始めてくださるのでした。

 

 

 

 徹頭徹尾、お話を聞き終えました。

 

「まあ……そのようなことが……」

 

 救世主、戦闘組織エグゾア、総司令及び魔大帝のデウス、エンシェントビット。まるでおとぎ話であるかのような体験を、ゾルク様はされていたようです。

 それと、最初に不思議な光についてお伝えした時、元気を失った理由がわかりました。計り知れない魔力を有した危険な物体を、ご自身の体内に無理やり埋め込まれるなど……。

 想像を絶する思いをされ、そして現在も不安で押し潰されそうなはず。経緯は違いますが危険な力を抱えるゾルク様の状況は、わたくしと似ているように感じました。

 

「嘘みたいでしょう? ……やっぱり信じられませんよね、こんな話」

 

「いいえ、わたくしは信じます。エンシェントビットとやらの光が身体を癒やしてくださいましたし。それに、大昔に消えて無くなったとされていたセリアル大陸が、百日前にひょっこりと現れたのですから」

 

 理由を以て肯定すると、ゾルク様は急にびっくりなさいました。

 

「ひゃ、百日前!? それ本当ですか!?」

 

「はい。確かに百日前の出来事にございます」

 

「時空転移が上手くいかなくて、行き先が定まらないどころか時間すら飛び越えちゃったんだな……」

 

 自己の中で納得し、完結された模様。わたくしはまだ頭の中で整理しきれなかったので深入りはしませんでした。

 ゾルク様は語り終えると、わたくしへ質問を投げかけました。

 

「今度は、あなたのお話も聞きたいです。どうしてこんな寒い中を、お一人で?」

 

「実は今朝、スサノオという者の手先にさらわれて……」

 

「ん? ……待って!」

 

 話し始めた途端、ゾルク様が何かの気配を察知。わたくし達はすぐに立ち上がり、辺りを注意深く見回しました。すると……。

 

「これは、雪狼……!」

 

 座っていた木の背後から、雪狼の群れがじりじりと這い寄っていました。発見が遅れたため、逃げる余裕はもうありません。

 

「新しい群れが俺達を見つけたっていうのか!? くっ、戦うしかない……!!」

 

 歯を食いしばり、背の鞘から両刃の刀を引き抜くゾルク様。果敢にも、また雪狼に立ち向かう意思を見せています。

 

「みつね姫! さっきみたいに隠れてください!」

 

 しかし、何やら異変が。

 

「……うっ!?」

 

 突然、胸の中心辺りを左手で抑え、苦悶を表に出し始めたのです。

 

「ゾルク様?」

 

「ぐ……あぁっ……!!」

 

 尋ねるも、返事はままならず。只事でないことは一目瞭然でした。

 

「どうなさったのですか!?」

 

「み、みつね姫……! 俺から……離れて……!!」

 

 そうおっしゃった直後。

 あの不思議な光がゾルク様の胸の中心から溢れ、轟音と共に巨大な円柱となって天に伸び、雪雲をも貫いてしまいました。

 

「うわあああああっ!!」

 

 光を発しながら、ただ絶叫するしかない状態。雪狼達も、たちまち怯んでいます。

 

「この現象……ゾルク様に埋め込まれたエンシェントビットが引き起こしているのでしょうか……!?」

 

 絶叫も光の円柱も消えた頃。

 蒼の眼は濁り、明らかに正気ではなく、まるで人の形をした別の存在と化してしまわれたかのよう。

 無力なわたくしは、唖然とする他ありませんでした。



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第27話「交刃」 語り:マリナ

 スメラギの里の住人から雪狼(せつろう)と呼ばれている、白い狼のモンスターを撃退した私達。目前には、雪狼の血液によって赤黒く上塗りされた雪原が広がるのみだった。

 

「片が付きましたな、団長。マリナ殿も助太刀、感謝いたしまする。歴戦の猛者(もさ)の如き銃脚(じゅうきゃく)さばきでしたぞ」

 

「いえ、それほどでもありません」

 

 ぜくうという名の槍使いの老兵が、腕で額の汗を拭いつつ安堵の息を漏らす。しかし、まさきは緊張の糸を解いていない。

 

「残された問題は姫の行方のみか……」

 

 彼は背を向け、雪雲に覆われた空の彼方を見つめる。平静を保っているように見えるが、内心では姫君の安否が余程に心配なのだろう。

 

 心配事なら私にもある。ゾルク、ソシア、ジーレイ、ミッシェルのことだ。

 ゾルクがエンシェントビットを埋め込まれた直後の突発的な時空転移。これのせいで、おそらく皆は散り散りばらばらになってしまったはず。しかも百日分の時間経過というおまけ付きだ。デウス率いるエグゾアが今頃どんな悪さをしているのか、てんで予想がつかない。

 

 ――デウスの名を浮かべたところで、私は思い出した。自分が奴にまんまと利用され、その結果として仲間が傷付き……ゾルクがとても酷い仕打ちを受けてしまったことを。

 悔やんでも悔やみきれない。皆に謝罪しても、しきれない。世界を救うはずだった旅の、そもそものきっかけは自分にある。仲間を巻き込んだ私に、責任の二文字が重くのしかかった。

 記憶の矛盾に気付いた私が自分を見失わないようにと必死にすがりついていた、ナスターの「記憶を操作していない」という主旨の言葉。今にして思えば、奴の言葉も嘘だったに違いない。いや、ナスターの言葉が正しいという保証なんてものは最初から無かったのだ。

 デウスも、ジーレイに意味深長な発言をしていた。「マリナ・ウィルバートンの真実を知らない」と。私自身でも知り得ない秘密が隠されていると裏付ける台詞だった。ジーレイの正体が魔皇帝だったということすら、この衝撃には敵わない。

 

 私の記憶は、エグゾアの都合の良いように操作されている可能性が非常に高い。

 エグゾアに拾われる前のこと。エグゾアに入ってからの生活。つらく厳しかった任務。師範との鍛練の日々……。

 それら全てが、記憶操作による捏造だというのか。

 

 では……私とはいったい何者だ。

 

 私は、どこからどこまでが『私』なのだろうか。

 

 はたして本物の『私』は『マリナ・ウィルバートン』なのか。

 

 

 

 『私』は、『誰』だ。

 

 

 

「――リナ、マリナよ。聞こえているか……」

 

「っ!! ……す、すまない。少しぼうっとしていた」

 

 まさきから呼ばれていることに気付き、はっとする。いつの間にか意識が遠のいていたのだ。状況を整理しようとして、ごく短い時間だったが逆に混乱してしまったのだろう。

 

「やはり、まだ体調が優れぬのではないか……?」

 

「本当に大丈夫だ。何でもない」

 

「ならばよいが……。話を聞いた限り、お主の精神は相当な打撃を受けているはず。あまり痩せ我慢するでないぞ……」

 

 彼に心配をかけてしまった。保護してくれただけでも有り難いことだというのにこれ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。心の整理はつかないが前を向き、凛と立ち振る舞わなければ。

 

 そう思い、顔を上げた瞬間。

 

 爆弾が炸裂したかのように大きな音が突然、耳へと飛び込んだ。この場よりも更に野営所を離れた、森の奥からだった。

 

「何事!? 魔物の仕業か!? ……いや、だとしても思い当たる節がござりませぬ」

 

「まるで落雷のような轟音であったな……」

 

 ぜくうさんに続き、まさきも不審の意を示す。

 

「……行ってみよう」

 

 私は、自然とそう言っていた。何かに引き寄せられるように勘が働いたのだ。このような感覚に見舞われたのは初めてのこと。

 

「よかろう。何が起こったのか、この目で確認せねばならぬしな……」

 

 まさきは私に同意。すると部下達へ視線を移し、落ち着いた抑揚で速やかに指示を下す。

 

「拙者とマリナの二人で、音の正体を確認して参る。ぜくう以下残りの者は、引き続き姫の捜索を命ずる。しかし、怪我人は野営所にて傷の手当てを優先するべし。ぜくうよ、後は任せた……」

 

御意(ぎょい)。得体が知れませぬ故、くれぐれもお気を付けくだされ」

 

 彼らに見送られ、私とまさきは現場へと足を運ぶのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第27話「交刃」

 

 

 

 しんしんと雪の降り積もる森を進む中、音が発せられたと思われる地点へ到着。そこは少し開けた場所だった。

 そして幅広の刃の両手剣を振り回して雪狼を片っ端から討伐している、蒼の軽鎧を身に着けた金髪蒼眼の剣士がいた。……旅を共にした仲間の容姿に、非常によく似ている。

 

「あれは……あいつそのものだ」

 

 また、そこにはスメラギ武士団が総力を挙げて捜していた、栗色の長髪の姫君も居合わせていた。緋色地に花びらをあしらった着物を着ていて、頭と帯には桃色の花飾りが添えられており、いかにも『姫』という雰囲気を漂わせている。

 

「姫! まさかこのような所におられるとは! ご無事ですか……!?」

 

 姫君は剣士の後方の木陰でしゃがんでおり、微かに肩を震えさせている。私達はすぐさま近寄った。

 

「わ、わたくしなら大丈夫です。それよりも、あの殿方の様子が突然に豹変してしまって……!」

 

 そう言って姫君は剣士を指差す。

 

「あの異国の剣士を、ご存じなのですか? ……いや、それよりもこの場は危険にございます。どうか、剣士と雪狼から離れてお待ちください……」

 

「あ……」

 

 促すと同時に、まさきは姫君の手を引いて戦闘の場から遠ざける。安全な場所まで送り届けると、すぐ戻って来た。

 姫君は手を引かれる間なにか伝えたそうな風だったが、私もまさきも、理由は違うが目前の状況に目を疑っている状態。姫君の意思に気付くことはなかった。

 まさきの方の理由だが恐らく、異国の人間と自分達の里の姫君が同じ場所に居たことと、武士団員達が束でかかっても骨の折れた雪狼をいとも簡単に、まるで機械で流れ作業を行うかのように薙ぎ払っていることに驚いているのだろう。

 私はと言えば……雪狼の相手をする金髪蒼眼の剣士に違和感を覚えていた。彼は決して弱くはないが、流石にここまで異常な強さは持ち合わせていなかった。冷静に状況を分析して無駄な動きを省く戦い方など、本来は不得意なはず。

 ……何故、私が剣士について事細かに述べられるのか。それは、彼をずっと前から知っているため。

 剣士が最後の雪狼にとどめを刺したところで、私は背後から声を掛けた。

 

「ゾルク。ゾルクだよな……? お前、無事でいてくれたのか!」

 

 姿形は紛れもなく、私が知っているゾルクそのものだった。

 まさか同じ土地に転移しているとは考えもしなかったため声が震えてしまう。発見できて良かったと、心から思えた。

 

「この者こそが、お主の話に出てきた救世主ゾルクなのか。想像よりも気配が鋭くある……」

 

 まさきの言う通り、いつもの穏やかな雰囲気は無い。

 

「聴こえているんだろう? 返事をしてほしい」

 

 ゾルクは呼びかけに反応した。

 振り向いて距離を詰め、真顔のまま私を直視する。

 おもむろに、握った両手剣を持ち上げた。

 

「ゾル、ク?」

 

 私を斬ろうと……している……?

 

「いかん……!!」

 

 まさきが咄嗟に抜刀。私の前に躍り出る。

 振り下ろされた両手剣に自らの刀のしのぎをぶつけ、僅かに押し戻しながら防御を成功させた。

 

「くっ……! マリナよ、こやつはお主の仲間ではなかったのか……!?」

 

 互いの得物を交差させて対峙する、ゾルクとまさき。不測の事態である。

 現状に追いついた私は、すぐさま声を張り上げた。

 

「な……何をふざけているんだ! ゾルク、剣をどけてくれ!」

 

 返事は無い。どころか、刀から両手剣を退いて間合いを取り、すぐ猛攻に転じた。

 襲い来る斬撃の連続を、まさきは刀で受け流す。

 

「こやつめ、何という力……!」

 

 しかし、ゾルクの剣撃は回数を重ねるごとに勢いを増していき、受け流すことも受け止めることも困難なほどの威力となっていく。それでもまさきは諦めず、刀を器用に操って抗い続けた。

 私はゾルクの表情を注視した。そうして気付いたことがある。いつもの戦闘で垣間見られるはずの元気や闘志が皆無なのだ。

 

 ――ただ無言、ただ無表情、ただ無温。蒼眼に生気の光は宿っていない――

 

「これでは、まるで……」

 

 デウスの発言が脳内で蘇る。……『哀れなアムノイド』と。

 

「……いいや、そんなこと認めるものか!!」

 

 即刻否定し、まさきに援護を乞う。

 

「手伝ってくれ! ゾルクを気絶させる!」

 

「気は確かか!? こやつは理性を失い、拙者達を斬り捨てようとしているのだぞ! 手加減などしていては、こちらがやられてしまう……!」

 

 殺気立つゾルクを必死に押し止めている彼がそう叫ぶのは、至極当然だった。

 

「馬鹿なことだというのはわかっている。だが無理を承知で頼みたい。こいつは、私の大切な仲間なんだ……!」

 

 道理を退かせてでも、なんとしてでも救いたい。私は強く、そう願った。

 

「……そこまで懸命に頼み込まれては、折れるしかあるまい。こやつに罪は無いだろうしな……」

 

 私の真剣な願いを受け止めてくれたらしい。

 まさきはバックステップを行い、大きく間合いを取った。そして刀を、刃が内側に、峰が外側にくるよう握り直す。

 

「多少、手荒ではあるが動きを封じてみせよう。気絶させる役目はお主に任せた。決して、しくじるでないぞ……」

 

「ありがとう、まさき……!」

 

 彼は静かに頷き、突撃。その間にもゾルクは剣技で妨害しようとする。繰り出したのは、両手剣の振り下ろしによって生じた衝撃波を飛ばす特技、裂衝剣(れっしょうけん)だ。

 衝撃波が、まさきの真正面から襲いかかる。しかし彼は臆せず、危険を承知で跳躍。水色の髪と赤の帯をたなびかせ、紙一重でかわしてみせた。

 見事に着地すると、ゾルクの攻撃後の隙を突く。

 

魔王(まおう)

 

 懐に一気に飛び込み、まず一太刀を喰らわせて。

 

幻双刃(げんそうじん)……!」

 

 瞬時にゾルクの身体をすり抜け、反対側へと回り込んだ。しかし元いた場所にもまさきの姿がある。これがなんなのか、すぐにわかった。――分身である。ゾルクの身体をすり抜けた方のまさきは幻影であり、証拠として紫色の(もや)を帯びていた。

 片側のまさきが刀を天に向けると、もう片方のまさきも両腕を振り上げた。幻影は本体と全く同じ動きをとり、ゾルクを挟んで連撃を与える。魔王幻双刃(まおうげんそうじん)とは、分身して相手の前後から攻撃を加える奥義だったのだ。

 大した威力には至っていないが、それはゾルクの動きを封じるために峰打ちを用いているから。本来は、もっと強力な剣術だと推測できる。

 

「さあ行くがよい……!」

 

 あとは私が、あいつの真の意識を――

 

「ああ!」

 

 蹴り起こすのみ!

 

「ゾルク、目を覚ましてくれ!」

 

 慣れない雪原でも構わず駆け抜けると、入れ替わるようにして、まさきが退避。

 同時に私は、蹴撃のため体勢を整える。

 

荒武争乱舞(こうぶそうらんぶ)!!」

 

 そして放つ、蹴りの奥義。

 全ての意識を集中させた右脚によって、ゾルクの腹部を思い切り蹴打。それも一度や二度ではなく連続で、一瞬の内に何発も叩き込む。最後の一発は頭部への後ろ回し蹴り。これでもかというくらいに衝撃を走らせた。

 この奥義を受けたゾルクは無表情のまま吹っ飛び、高く打ち上がった。そして背中から雪原へと落下し……動きを止めた。

 私達は武器を構えたまま、ゾルクへとにじり寄る。目は閉じており、両手剣は手放されていた。

 

「どうやら、うまく気絶してくれたようだ」

 

「しかし正気を取り戻すかどうか定かではない。油断禁物なり……」

 

 などと警戒する中、弱い声が届く。

 

「ううっ……。そこに、いるのは……マリナ……?」

 

 それは紛れもなく、元のゾルクしか持ち合わせていない温かみのある声。蒼眼には生気の光が満ちていた。

 

「ゾルク……!! 私がわかるんだな!」

 

「俺、何してたんだっけ……。身体が、すごく、痛い……」

 

 短い気絶を終えて朦朧(もうろう)とし、雪原に寝そべったまま不調を訴えている。必要だったとはいえ、攻撃を加えてしまったのは心苦しい。

 

「何も覚えていないのか?」

 

「うん……」

 

 弱々しい返事。私の攻撃によるダメージの他に疲労も溜まっているようだ。これ以上、問いかけない方がいいのかもしれない。

 

「姫を発見でき、ゾルクの救出も叶った。直ちに撤収し、出来事を整理するとしようぞ……」

 

「ああ。そうしたい」

 

 まさきが提案し、私は了承。

 そしてゾルクの肩を担ぐため、身体に触れようとした。

 

 ――その時。

 

「ぐ!? ……あ……!!」

 

「どうしたんだ!? ……うっ!?」

 

 ゾルクが急に胸を押さえて苦しみ始めた……と思いきや胸の中心から光が溢れ、轟音と共に巨大な円柱となって天に伸びたのだ。

 この轟音、私やスメラギ武士団が雪狼を退治した直後に聞いたものと全く同じだった。

 

「爆発音の正体はゾルクだったのか……! それにこの突発的な光、エンシェントビットが……暴走している……!?」

 

 ……認めたくなかったが、もう否定のしようが無い。

 先ほどまでのゾルクはエンシェントビットの暴走に引きずられ、自我を失っていたのだ。エグゾアセントラルベースで発動した時空転移も、きっとゾルクの意思ではなく暴走によるものだったのだろう。

 

「このままでは、あいつがまた正気を失ってしまう! どうすれば……どうすればいいんだ!?」

 

 対策など思いつかず、焦りだけが募る。

 

「まさき様! これを!」

 

 すると後方から姫君が駆け寄ってきた。白地に赤で細かく文字が書かれた小さな紙の札を一枚、その手に掴んでいる。

 

「それは『封印護符(ふういんごふ)』! しかし何故……?」

 

「後で説明いたします! 一か八かの賭けとなりますが、一刻も早く封印護符をゾルク様に! エンシェントビットの光が溢れ出ている、胸の中心へと貼り付けてください!」

 

 姫君から封印護符という呼称の札を託されると、まさきは意を決した。

 

「御意……!」

 

 雪原に背をつけたまま、光の柱を作り続けるゾルク。まさきは急ぎ、封印護符ごと右手を光の柱へ突っ込む。そして指定された部位へと貼った。

 

「鎮まりたまえ……!!」

 

 まさきが念を込めると共に、封印護符は胸当てとシャツをすり抜け、皮膚へ直に貼り付く。と同時に光の柱は収縮していき、完全に消え去った。

 それまでの物々しさが嘘のように、ゾルクは静けさを取り戻すのだった。また気絶したが今度は、どこか安らかな表情を浮かべている。

 

「なるほど……。エンシェントビットが魔力の塊だという話が事実ならば、封印護符も効力を発揮する可能性があった、という理屈にございますね……」

 

 まさきの言葉から察するに封印護符とやらは、魔力を抑制するための特別な札のことらしい。

 彼は感心した後、姫君に問う。

 

「しかし、姫。何故(なにゆえ)ゾルクの事情を存じておいでだったのですか……?」

 

「遭難して窮地に陥ったわたくしの前に突如、ゾルク様が不思議な光と共に舞い降りたのです。雪狼から守り守られたり、ゾルク様ご自身のお話を伺ったりもしました。エンシェントビットについても、その時に知ったのです」

 

 私がまさきに旅の話をしたのと同様に、ゾルクも姫君に経緯を伝えていたようだ。

 

「ゾルク様のおかげで、わたくしは二度も命を取り留めました。まさしく命の恩人と呼ぶべき殿方です」

 

 姫君にこうまで言わしめるとは。

 ボロボロのはずだろうに、きっと躊躇(ちゅうちょ)なく姫君をお助けしたのだろう。心優しく正義感の強い性格を考慮すれば、その光景は想像に難くない。

 

「この者が、それほどまでに勇敢な男だったとは……。ですが、お話の続きはスメラギ城に帰還した後で。てんじ様やその他大勢の者が姫の御身(おんみ)を案じております。傷を負った武士団員やゾルクの手当ても行わなければなりませぬ……」

 

「そうですね。大変な苦労をかけてしまい、誠に申し訳ありません。わたくしがさらわれなければ、このようなことには……」

 

「滅相もない! 姫が謝罪する(いわ)れなど、あろうはずがございませぬ。詫びるべきは、スサノオとその配下共ですので……!」

 

 その通りだ。姫君は何も悪くない。まさきの静かな怒りが、冷たい空気を切り裂いてこちらに伝わった。

 相も変わらず森に雪が降り積もる中、姫君とゾルクをどうにか保護できた。激流のような状況も、これで少しは穏やかになってくれればいいのだが。



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第28話「訪れぬ安らぎ」 語り:マリナ

 山地に沈む日輪は見えないが、もう夕方も半ばへ差し掛かろうとしている。

 森林地帯を去り、現在はスメラギの里。私とゾルクにとっては初めて訪れる地である。

 

 スメラギの里には、今までに私が目にしてきた類の建造物が皆無だった。民家や商店は木造の柱や瓦の屋根、土を用いた白い塗り壁といった構成であり外観も他の町のものとは一線を画している。

 全域の統治をおこなっている場所は、里の中心にあるスメラギ城。これまた一風変わった造りの、(みやび)な風情の漂う城である。水を溜めた広い堀に囲まれたスメラギ城は雲へと届くかのように高くそびえ、人々の暮らしを見守っている。

 

 堀にかかった橋を渡り、古びてはいるが頑強さを保った城門をくぐったところで武士団の面々やぜくうさん、姫君と別れる。その後、私達はまさきと共に城内へと入った。

 あれからゾルクは気絶したまま。スメラギ城までずっとゾルクを背負ってくれたのは、まさきである。彼には借りを作りっぱなしで頭が上がらない。

 余談だが、スメラギの里は『里』という呼び名でこそあるが、規模的には他国と大差ない。立派な城も構えているのに何故『里』なのかと、まさきに問うてみたところ。

 

「我が家に代々伝わる古文書によれば、最初期はまさに『里』と呼ぶべき程度の地域だったが時の流れと共に発展し続け、現在の規模となったという。『里』という名称が変更されておらぬのは、古き良き伝統を守るためなのだ……」

 

 という回答が返ってきた。スメラギの里は伝統を重んじており、独自の尊い文化を有しているのだと把握した。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第28話「訪れぬ安らぎ」

 

 

 

 通された客間は(ふすま)に囲まれた(たたみ)部屋で、百人は収容可能なほど広い。

 襖とは、木の骨組みに紙を張って縁や引手を付けた建具のことだという。開き方はスライドタイプのドアと同様だった。畳も見たことのない床材であり、乾燥させた植物を編み込んで作った敷物で芯材をくるんだもの、らしい。どちらについてもピンと来ないが、そういう解説を受けた。

 私は一旦まさきと別れ、布団に寝かせたゾルクの意識が回復するのを待っていた。

 そしてついに、真の再会の時が。

 

「うっ……。あれ? ここは……どこ……?」

 

 彼は頭部を押さえつつ、上半身を起こした。

 

「意識が回復したか! 身体はなんともないか!?」

 

「え、あ、え? ど、どうしたんだよマリナ。身体は……痛いけど……」

 

 飛びつきそうなほど身を乗り出して心配する私に、ゾルクは困惑の表情を見せた。それに気付いた私は咳払いをしつつ、自分を落ち着かせる。

 

「……ゾルク。エグゾアセントラルベースから今までのことを、どれほど覚えている?」

 

「えっと……時空転移が起こって、リゾリュート大陸に飛ばされて、白い狼のモンスターを退治して、みつね姫と話をして……。またモンスターと遭遇したんだけど急に胸が苦しくなって、それから先は何してたか覚えてない。けど……雪の上に寝そべったまま、マリナと喋ってた気がする……」

 

 言葉を繋ぐ毎に彼の顔は暗くなっていく。そして、核心を突いてしまう。

 

「俺、もしかして……マリナに剣を向けてた……?」

 

 瞬間、私は硬直した。こわばった表情のまま聞き返す。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「だんだん、うっすらと……脳裏に浮かんできたんだ。マリナともう一人、水色の髪の武士に向かって剣を振るう光景が。これ、俺の意識が無い間の、実際にあった出来事なんじゃないか……!?」

 

 蒼眼を大きく見開き、私に詰め寄る。彼が多大な恐怖を感じているのが、手に取るように伝わってきた。

 

「……その通りだ。お前は冷酷な面持ちでこちらへ攻撃を加えてきた。そして私達はやむを得ず反撃し、お前を気絶させたんだ。そうなった原因は……エンシェントビットにあるとしか考えられない」

 

「エンシェントビットが暴走したから、俺も自我を失って暴走したってことか……。アムノイドみたいになって、仲間に……剣を…………」

 

 ゾルクは自らの行いに落胆し、絶望する。

 このような反応を示すのはわかっていたが教えないわけにもいかなかった。酷だが、現実を知ってもらわなければならない。……私自身に言い聞かせるためでもある。

 

「俺は、また暴走するかもしれないのか……? このままじゃアムノイドどころか盗賊のグラムみたいに、化け物になっちゃうんじゃ……!」

 

「心配は要らない。水色の髪の武士とスメラギの里の姫君が『封印護符』という札を用いて、エンシェントビットの魔力を抑制してくれている。現に今、お前が暴走していないのが証拠だ。埋め込まれた部分を確認してみるといい」

 

「えっ?」

 

 促された彼は黒のシャツを引っ張り、胸元を覗き込む。

 

「本当だ……。いつの間にか札が貼られてある」

 

「だから悲観せず、安心してほしい」

 

「……うん、わかった」

 

 ひとまずゾルクには落ち着いてもらえた。

 今度は、時空転移した直後のお互いの状況について話し合った。どちらもスメラギの里に住む人間と関わったためか話はスムーズに進んでいき、それぞれ把握に至った。

 そして重大な事実が発覚する。

 

「ソシアもジーレイもミッシェルも、まだ居場所がわからないのか」

 

「残念ながらな……。私とお前が再会できたのは奇跡なのかもしれない。みんな、どこでどうしているんだろうか」

 

 皆が運良くスメラギの里周辺に飛ばされていればと考えたが、同時期に辺りを捜索していたスメラギ武士団の話を聞く限り、可能性は無に近い。

 

「俺、みんなと合流したい。特にジーレイには訊かなきゃいけないことがある。エンシェントビットを創った本人なんだから、俺の身体から取り除く方法を知ってるかもしれない」

 

「そういえば、ジーレイの正体は魔皇帝だったな」

 

「そ、そういえばって……。びっくりしなかったの?」

 

 ゾルクは肩透かしを食らったかのような反応を見せた。

 

「決して印象が薄いわけじゃない。ただ他に、私にとって衝撃的な事実があっただけだ」

 

「あ……そっか、デウスに騙されてたこと……」

 

 察すると、彼の表情は一気に沈んでいく。暗い気分になるのは私も同じ。

 

「騙されていたとはいえ、お前やみんなに大変な思いをさせてしまった。……本当に申し訳ない。謝って許されることではないし、どう償えばいいかわからないが……私に出来ることは何でもしたいと思っている」

 

 深く頭を下げ、私は真剣に宣言した。するとゾルクは。

 

「ちょっと待って! なんでマリナが責任を感じなきゃいけないのさ!? 君だって被害者なんだ。これからのこと、一緒に悩んで解決に向けて頑張ろうよ。……だからさ、顔を上げて」

 

 一瞬、私の時間が止まる。意図せずして両目から零れるものがあった。

 

「えっ……マリナ!? その、泣かないで……!」

 

「……ふふっ、気にしないでくれ。良い意味でお前に泣かされる日が来るとは、夢にも思わなかった」

 

 慌てるゾルクをよそに、私は微笑む。

 

「少し……救われた気がするよ。ありがとう、ゾルク」

 

 それだけを伝えると二人して声を発さなくなり、沈黙に後を任せた。

 

 ゾルクの体調に問題が無いと判明してしばらく。この部屋に何者かが近付く。

 

「失礼いたす。マリナよ、ゾルクの様子は……そうか、目覚めていたか……」

 

 入室してきたのは、まさきだった。私に声をかけつつ、回復したゾルクの姿を瞳に収める。

 

「水色の髪の武士……」

 

 まさきは、ゾルクがまじまじと見つめてくるのに気付き、自己紹介を始めた。

 

「面と向かって話すのは初めてだな。拙者はスメラギの里を守る武士団の(おさ)蒼蓮(そうれん)まさきと申す。ゾルク・シュナイダーよ、お主のことはマリナから聞いている……」

 

「俺とそれほど歳が変わらなさそうなのに武士団の団長やってるの!? 凄い……」

 

 感心しつつもショックを受けた様子。引け目を感じているのだろうか。

 それはともかくとして、まさきは私達に用事があるらしい。

 

「急で済まぬが、てんじ様がお主達に会いたいとおっしゃっている。これより謁見(えっけん)に向かってもらいたいのだが頼めるか……?」

 

 本当に急だが、私達がスメラギの里に現れた経緯を王にきちんと話さなければならない。私は武士団に保護された上、ゾルクなど姫君とまで関わってしまったからだ。

 

「わかった、行こう。『封印護符』とやらの詳細も知りたいしな。ゾルク、体調に異変は無いか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「承知した。では、向かうとしよう……」

 

 こうして私達はまさきに連れられ、城の廊下を歩き始める。

 

 謁見の間へ辿り着いた。

 襖を開けて最初に目に入ったのは広間の奥でどっしりとあぐらをかいている、威厳のある風格の人間。例に漏れずスメラギの里特有の衣装を纏い、姫君と同じ栗色に染まった尖り髪の大男である。右腕には包帯を巻いており、首から吊るしている。よく見れば、頬や足なども処置されていた。

 広間に居るのは大男だけではない。彼のすぐ隣には姫君が。端の方では大男と視線を交差するような向きで、ぜくうさんが座っている。

 大男と対面する位置には座布団と呼ばれる正方形のクッションが二人分、既に用意されており、私とゾルクはそこに腰を下ろす。まさきは、ぜくうさんの隣へと静かに移動した。

 謁見の間に六名が揃ったところで、大男が口を開く。

 

「よくぞ参られた。俺はスメラギの里を治める王、煌流(こうりゅう)てんじである」

 

 疑うまでもなく、この大男こそがスメラギの里の王だった。

 

「ゾルク・シュナイダーにマリナ・ウィルバートン、だったな? お主らのおかげでスサノオの軍勢を退け、愛娘のみつねを無事に発見することが叶ったと報告を受けた。誠に大儀であった。厚く礼を言う」

 

 そう告げると共に、てんじ王は深々と頭を下げた。同じくして、隣のみつね姫も同様の仕草をした。

 

「しかし、お主らは不思議な光の中から突然に現れたと聞く。そのような現象、俺は見たことも聞いたこともない。いったい何者なのだ? どうか正体を明かしてほしい」

 

 てんじ王が懐疑的になるのも無理はない。

 私はゾルクと顔を見合わせた。彼は眼差しで「話そう」と訴えている。

 

「……わかりました。全てをお話し致しましょう。信じてもらえるかどうかはわかりませんが、これから私とゾルクが申し上げることは紛れもなく事実です」

 

 そして、こちらの身の上を語る流れに。

 何を偽ることもなく、私達は今までの経緯を明かした。ゾルクを救世主としてセリアル大陸へと導いたことから……絶望を味わったことまでを。

 

「救世主、戦闘組織エグゾア、エンシェントビット、魔大帝デウスの謀略……。ふむ、まるで違う次元の出来事ぞ。しかし、これ以外に俺が納得できる話も無さそうだ。お主らの言うこと、信じるとしよう」

 

 てんじ王は意外にも、すんなりと私達の話を受け入れてくださった。王となるほどの人物であるが故、器が大きいのだろう。

 

「ところでお主ら。戦闘組織と幾度も交戦したという話を聞くに、腕っ節が立つらしいな。それを見込んでひとつ頼みがある」

 

「頼みとは、なんでしょうか?」

 

 きょとんとしつつ、ゾルクが聞き返す。てんじ王直々の願いとは。

 

「みつねを守るための用心棒となってほしいのだ」

 

「用心棒!? 俺達がですか!?」

 

 内容は、みつね姫のボディガードだった。いきなりの重役である。この短時間でえらく信用されたものだ。これでは逆に、こちらがてんじ王に対して不審を抱いてしまう。

 

「お主ら、現在は行く当ても無いのであろう? 用心棒を務める間、スメラギ城に滞在してくれて構わぬ。褒美もやろう。期間は、お主らの今後の動向が決まるまででよい。とにかく俺達は戦力を欲しておる」

 

「そうまでする理由とは一体……?」

 

 私は自然と疑問を口にしていた。てんじ王はすぐに答えてくださった。

 

「スサノオだ。全てはスサノオが原因なのだ」

 

 その名は確か、私が野営所に収容された際にまさきから聞いた名だった。

 てんじ王の言葉を引き継いで、ぜくうさんが説明を始める。

 

「スサノオとは、スメラギの里と敵対している国『ミカヅチの領域』の王にござります。敵対と言えども、あちらに我が里の脅威となるほどの力はありませんでした。しかしスサノオは、ひと月前辺りから突如として武力を増強し、スメラギの里の『秘宝』を強奪しようと企てたのです。そして今回スサノオ軍の隠密部隊によって、ついに姫を連れ去られてしまいました……。結果として無事に保護することは叶いましたが、我らは不甲斐なさを嘆くばかり。てんじ様に申し訳が立ちませぬ……」

 

 ぜくうさんもまさきも、苦虫を噛み潰したかのような思いを、その顔面に浮かべた。

 

「お前達、己を責めずともよい。王であるこの俺でさえ隠密部隊に深手を負わされ、このざまなのだからな。スサノオには、まんまと一杯食わされたわ……」

 

 てんじ王は二人を慰めるように呟いた。発言の最後に大きな溜め息を添えて。右腕の包帯やその身に受けた傷は、スサノオの隠密部隊が襲来した際のものだったようだ。

 

「スサノオって奴、容赦ないんですね……。ところで気になったんですが、秘宝ってなんなんですか? まるで、みつね姫そのものが秘宝だと言っているように聞こえました。でもまさか、そんなことはないですよね」

 

 ゾルクは相槌を打つように質問した。大切な宝の詳細など、訊いたところで容易に教えてくれるわけがないだろう……と私は思ったのだが。

 

「ご名答。秘宝とは、わたくしのことなのです」

 

「えっ……本当に、みつね姫が……!?」

 

 いとも簡単に明かされた。

 同時に、ゾルクは驚いて言葉を失う。どうしてみつね姫が秘宝なのだろうか。物体ではなく人間を宝と呼ぶ点には疑問しかない。

 

「実は……スメラギの里で生まれた人間には、ごく少数ですが治癒の魔力を宿し、自分や他者の傷を癒す治癒術を行使できる者が存在するのです。わたくしはその中の一人。しかも魔力の強さは群を抜いており、とても制御しきれないほど……。普段は『封印護符』という特殊な魔力抑制の札を素肌に貼り付けて魔力を封印しています。だからこそわたくしは宝を秘めし者――『秘宝』なのです。ちなみに、わたくしがこのような身の上であるからこそ、ゾルク様の体内のエンシェントビットが暴走した際に封印護符の転用を思いつきました。予備に持ち歩いていた札が上手く作用してくれて、なによりです」

 

 みつね姫の説明によって謎は解けた。訊きたかった封印護符の詳細も知ることが出来た。

 それにしても、ビットも無しに治癒術を扱える人間が存在するとは思っていなかった。人体とビットが融合しているリゾリュート大陸の人間だからこそ、そういう能力が発現する可能性があるのだろう。

 

「あの時は、ありがとうございました。でも治癒の魔力だったら害なんて無さそうなのに……。どうして封印しなきゃいけないんですか?」

 

 感謝を述べつつ、ゾルクは再び質問を繰り出す。

 これに対し、みつね姫は丁寧に教えてくださるのだった。

 

「わたくしの治癒の魔力は強力すぎる上、厄介な特性を持っています。治癒術を使おうとすれば、魔力自体がわたくしや付近の人間の生命力を削り取って己が力へと変換し、暴走してしまうのです。これは、どのような傷や病も治す代償に命そのものを奪ってしまう、どうしようもなく理不尽で無意味な恐ろしい力……。故に、間違いが起こらないよう封印しておかなければいけないのです」

 

 みつね姫に内包された魔力は、予想より遥かに危険なものだった。怪我や病気が治っても死に至るのであれば、確かに無意味と言える。

 

「……幼き頃、わたくしはこの魔力の危険性を完全には認識できておりませんでした。重篤な病に伏したお母様を、お救いしようと……したら…………。あのような思いをするのは、もうたくさん……」

 

 両手を胸に押し付け、僅かに俯き、耐えながら声を絞り出していた。……既に悲劇が起きていたからこその封印だったのだ。しかも母親を失っていたとは……想像を絶する。

 場に流れる空気が重さを増している。断ち切るため、私は新たに言葉を紡ぐ。

 

「みつね姫が秘宝である理由、理解いたしました。しかし仮にスサノオがみつね姫を手中に収めたとして、どうするつもりなのでしょう? 封印必至の治癒の魔力は、他に応用が利くとは考えにくいのですが……」

 

「俺達は、スサノオがみつねに何らかの利用価値を見出したと睨んでおる。でなければ、ここまでしてみつねを欲したりはせぬだろう。まあ、どんな目的があるにせよ、スサノオなどにみつねをくれてやるわけにはいかぬがな」

 

 てんじ王の口振りだと、スサノオの目的ははっきりとわかっていないようだ。だが、奇襲や誘拐を行う者の考えだ。きっと、ろくでもないことに違いない。

 

「さて、お主らを欲する理由は以上となる。里のため、みつねのため、用心棒となってくれるか?」

 

 真剣な眼差しで私達を見つめ、てんじ王は結論を求める。

 私はゾルクを見た。彼もこちらに顔を向け、静かに頷く。出した答えは一致しているようだ。

 

「わかりました。私達でよろしければ喜んで引き受けましょう。全力で姫君をお守り致します」

 

「おお、そうか! 実にありがたいぞ。では早速、お主らの部屋を用意させよう。そろそろ日も暮れようとしている。今日はゆっくり休んでくれ」

 

 てんじ王は大層、喜ばれた。みつね姫やぜくうさんも安堵している様子。

 これを以て、謁見は終了した。

 

 私達はまさきに案内され、指定の部屋へと足を運び始める。その途中、不意に彼はこんなことを口にした。

 

「ゾルクにマリナよ。まだ心の整理もついていないだろうに用心棒の任を押しつけてしまった。拙者達も必死であるとはいえ、やはり申し訳ない。それと共に、誠に感謝している……」

 

 礼を言うのはこちらの方である。見ず知らずの、しかも常識の範疇(はんちゅう)を超えた事情を抱える私達を迎え入れてくれたのだから。

 

「気にしないでよ。俺達だって、まさき達には感謝してるんだからさ」

 

「困った時はお互い様だ。用心棒としての務め、しっかり果たすと約束する。指示があれば遠慮なく言ってくれ」

 

「かたじけない……」

 

 まさきは安心してくれたようだ。静かな返事から、それが感じ取れた。

 

 私達がそれぞれの部屋に辿り着き、まさきと別れた頃。外は暗くなっており、よりいっそう冷え込もうとしていた。

 疲労を理由に、ゾルクは用意された部屋へとすぐに入っていく。気持ちはわかる。色々なことがいっぺんに起きた後の、やっと訪れた休息の時間なのだから。

 軽く返事をして見送った後、私も自身の部屋へと足を踏み入れた。

 

 ゾルクは部屋に入るや否や布団へと飛び込み、じっとしたまま動かなくなる。

 

(……この先どうしたらいいんだろう。俺は救世主なんかじゃなかったんだし。デウスに利用されて、エンシェントビットを埋め込まれて、暴走して……。封印護符を貼ってもらえたから助かったけど、そうじゃなかったら身も心もアムノイドになるところだった。俺の身体、一生このままなのかな……。それに世界はどうなるんだろう。こうしてる間にもエグゾアは暗躍してるはず。でも、今さら俺に何が出来るんだ? ……何も出来るわけがないよ……)

 

 出来事を整理し始めたゾルクが抱いたのは、底知れぬ恐怖と不安。私を励ましてくれた時の彼は、そこには居なかった。……この思考こそが本心なのである。

 

 そして気持ちが落ち着かないのは私も同じだった。力なく畳に座り込み、ただ思う。

 

(……デウスに騙され、仲間を傷つけてしまった。この事実は一生、変わらない。ゾルクの言葉で少し救われた気になっていたが、やはり……罪悪感は拭えない。ソシア達の安否は気になるけれども、再会する資格などあるんだろうか。自分自身が『誰』なのかすらわからなくなった、この私に。……頭がおかしくなりそうだ。心を誤魔化し続けなければ、私は……)

 

 それぞれの胸中を、不穏な闇が覆っていく。

 誰にも打ち明けられず奥底に仕舞うしかなかった。

 

 ――尾を引くことになるとも知らずに――



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第29話「赤と黒の襲来」 語り:まさき

 山々の隙間から陽光は差し込まず、雪雲が空を覆う朝。

 スメラギの里の近辺にて、赤き鎧を身に纏った鬼面の集団が佇んでいた。スサノオが寄越した軍勢である。辺り一面が真っ白な雪原に対して、奴らは血を浴びたかのよう。

 

「スサノオ様の命令だ。思う存分にやってしまえ。いいな?」

 

「「「オオーッ!!」」」

 

 隊長らしき人物に呼応し、兵士達は一斉に鋸刃(のこぎりば)の刀を掲げる。

 

「ふん、やっと始まるのか。随分待たされたぞ」

 

 スサノオ軍の兵士が佇む場所とは別の、丘の上。軍勢をちょうど見下ろせる程度のところで、目つきの悪い黒衣の男と老いた巨漢の武闘家が雪に足跡をつけていた。

 

「忘れるでないぞ。わしらの目的はスサノオを手助けすることにある」

 

「だが万が一、救世主を見つけてしまったら……あとはわかるよな? お前はお前で好きにやっておけ」

 

「わしは総司令より下された任務を忠実に遂行するのみぞ。全く、自分本位で動くなど度し難いわ……」

 

 相変わらずの身勝手な願望に武闘家は、ほとほと呆れている。が、もう慣れたことなのだろう。黒衣の男のわがままを受け入れた。

 

「時に、お主。あの金髪蒼眼の剣士をまだ『救世主』と呼ぶのか。その呼称、単なる皮肉に過ぎぬというのに」

 

 武闘家に問われた黒衣の男は口元を歪め、怪しく答えた。

 

「あいつは……ゾルク・シュナイダーは紛れもなく救世主さ。この俺の渇きを癒すための……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第29話「赤と黒の襲来」

 

 

 

 程なくして、スサノオ軍は侵攻を開始。

 里の入り口から堂々と突入すると、そこから続く大通りを我がもの顔で埋め尽くし、城下町を抜けて奥深くにあるスメラギ城を目指そうとした。奴らは大胆にも正面突破を選んだのだ。里中にまんべんなく降り積もった雪には、スサノオの兵士の足形が瞬く間につけられていく。

 

「どけどけぇ! どかねぇ奴はぶっ殺すぞ!」

 

 軍勢の内の誰かが暴言を吐く。早朝の雪かきや仕事を始めるため外に出てきた民を、無惨に斬り捨てながら。

 

「ぎゃあああああ!?」

 

「……誰か、た……助け……!!」

 

 ごく普通に訪れていた、寒空の下の清々しい朝。民はそれを一瞬にして奪い去られた。鮮紅の飛沫にまみれ、浅く積もった雪の上に寝そべっていく。

 

「どいても殺すけどな。ヒャハハハハ!!」

 

 軍勢を避ける者、避けない者を無差別に斬殺していくスサノオの兵士。赤い鬼の面は威圧するのみならず、民を恐怖の底に突き落としていった。

 

「……ハ?」

 

 そんな行き過ぎた行為を、スメラギ武士団が黙って見逃すはずもない。

 

「くたばれ、外道めが!!」

 

 ぜくうが十文字槍で突きを放ち、先頭付近の兵士の胴体を貫いた。

 これを皮切りに、青色の鎧装束(よろいしょうぞく)を着用した武士団員がスサノオ軍に突撃していく。その様はまさに、赤の塊と青の塊が交錯するかのよう。武士と兵士で溢れかえった大通りは騒々しさを増すのであった。

 

「みんな、武士団に続け! 俺達も里を守るんだ!」

 

「これ以上、スメラギの里を荒らされてたまるか!」

 

 自らの住まう地を荒らされた怒りは武士団だけのものではない。城下町の民も(くわ)や鎌などの農具や秘蔵の短刀をかざして、赤い鎧の鬼に立ち向かう。

 

「な、なんだこいつらは!? ええい、道をあけろ!!」

 

 人の壁により道を塞がれ、困惑するスサノオ軍。大通りを逸れて民家の裏に続く路地を通る者もいたが、そこにも城下町の民が複数人駆けつける。そして怒りを露にし、口々に叫んだ。

 

「目的はなんだ!? みつね様か!?」

 

「城には向かわせない!」

 

「早く里から出ていけ!」

 

「俺達の暮らしを邪魔するな!」

 

 だが、その行為は里を守ると同時に、自らの命を危険に晒すことを意味する。

 

「けっ、雑魚のくせにうるさい。引っ込んでいろ!」

 

 とある兵士が一人の若者へと鋸刃の刀を振り下ろした。左肩から左胸部にかけてを斬りつけたのだ。鋸刃は汚い斬り口を生みながら、そのまま体内へと沈んでいく。多量の出血を伴わせて。

 

「あああ……あああああ……」

 

 若者は肉を抉られたため、骨を断たれたため、肺を破られたため、激痛で状況が飲み込めないため、声になるかならないかの微かな悲鳴をあげることしか出来ない。

 兵士は、若者の体内へと食い込ませた鋸の刃を手前に引きずり、更に深手を負わす。完全に引き抜いた頃には、断裂部が腹部にまで達しようとしていた。

 この一撃は心臓を駄目にした。今の今まで二本の足で走り回ってスサノオ軍の行く手を阻んでいた若者は、どさっと音を立てて雪に埋もれ――二度と動かなくなった。

 

「ひ、ひぃぃぃっ!?」

 

 一人の若者の死を目の当たりにし、周囲の民は無意識のうちに後退りする。手にした得物には力がいっそう加わるが、それは恐怖のため。

 

「はははは! 愚民め、引っ込んでいれば死なずに済んだものを。……でりゃぁ!!」

 

 笑う、赤い鬼の面。もう一度振り上げられる鋸刃の刀。また血が流れていく。

 ……しかし今度の流血は、調子に乗っていた兵士からのもの。刀が振り降ろされる直前に武士団の一人がこの場へ到着し、間一髪で兵士の腕を斬り落としたのだ。事なきを得て、民からは歓声があがった。

 このような『いたちごっこ』が里の各所で繰り広げられている。どうにか凌いでいるが、いつまでも続いてほしいものではない。

 

 

 

 外で合戦が繰り広げられる一方。

 スメラギ城内部には既に怪しい影が潜伏していた。数にして、四。正体はスサノオにより派遣された隠密部隊であり、全身はおろか顔すらも闇が覆ったような装束を着ていた。この者達は、スメラギの里とミカヅチの領域に共通する言葉で『忍者』と呼称する。

 

「一度、拉致に成功しているせいか容易に侵入できたな」

 

「スメラギも間が抜けたものよ。敵ながら情けない」

 

「いや、陽動部隊のおかげだろう。大通りの軍勢へとうまく注意が逸れたのだと考えるべきだ」

 

「だから警備も手薄になっているというわけか。こりゃあ、陽動部隊の力を借りて正解だったのかもな」

 

 会話から察するに、スメラギ城へ正面突破を図った軍勢は(おとり)だったらしい。

 忍者達は城内の天井裏や床下、人気のない庭園をくぐり抜け、姫のおられる小規模の広間へと辿り着いた。四人は念入りに周囲を確認し、広間の入り口である(ふすま)の前へと風のように移動する。

 

「再びお迎えにあがりましたよ、みつね姫!」

 

 襖を踏み倒し、四人は一斉に(たたみ)の上へと躍り出た。広間は実に煌びやかであり、規模の小ささを感じさせない。奥の壁際には、緋色地と花弁の装飾が特徴的な着物を纏う姫の姿。首を(うつむ)かせて座っていた。

 標的の存在を確認した四人はそろりそろりと姫に歩み寄り、揚々と腕を伸ばす。――待ち構えられていたとは思わなかっただろう。

 

「ほっ!! 何奴(なにやつ)!?」

 

 まず忍者達に与えられたのは、天井板を突き破って落下した、幅広の剣身を有する両刃両手剣――否。金髪蒼眼、蒼の軽鎧の剣士が繰り出した渾身の振り下ろしであった。四人はこれを避けるため、広間の四方に散開。両手剣を受け止めた畳は粉砕とも切断ともつかぬ状態となり、畳としての機能を完全に失う。

 忍者達はとっさに体勢を立て直し、何処からか鎖鎌や直刀を取り出す。が、奇襲はこれで終わりではない。同じく天井裏より山吹色の衣の少女が出現し、姫の目前に着地する。

 

「ぐっ! もう一人いたのか!?」

 

 少女は、散開した忍者らを二丁拳銃の斉射で威嚇した。魔力の弾丸によって足場は穴だらけとなり、広間は戦場と化すのであった。

 互いに動きを止めて様子を見計らう中。蒼の軽鎧の剣士――ゾルクが姫の盾となる位置で両手剣を構え、言い放つ。

 

「お前達、スサノオ軍の隠密部隊だな? 用心棒の俺達がいる限り、みつね姫には指一本触れさせないぞ!」

 

「今すぐ逃げ帰るか、ここで往生(おうじょう)するか、どちらか選べ!」

 

 山吹色の衣の少女――マリナも、二つの銃口を差し向けたまま忍者へと吼えた。

 

「何が用心棒だ。生意気な小童(こわっぱ)どもめ、消え失せろ!」

 

 頭に血をのぼらせた一人が突っ込んでくる。

 奴は鎖鎌の分銅を巧みに振り回し、頭上で回転。ゾルク目掛けて投げつける。分銅と鎖が両手剣に巻きつき、行動を制限した。

 

「しまった、これじゃあ攻撃も防御も出来ない……!」

 

 動けないが、両手剣を手放す訳にもいかない。ゾルクは焦る。

 

「今だ! 金髪の小童を仕留めろ!」

 

 鎖鎌の忍者から号令を受け、他の二人が直刀を構えた。今まさに飛びかかろうとしている。

 

「ゾルク!」

 

「おっと、行かせんぞ」

 

 助けに入ろうとするマリナと、それを阻む残りの一人。確実に止められるようにと忍者は彼女を注視する。

 しかし、奴の心には油断が存在した。「たかが少女一人、どうとでもなる」という油断が。

 

「邪魔だ、どけ!!」

 

 忍者の余裕は、マリナの怒声と共に打ち砕かれる。

 

落殺撃(らくさつげき)!!」

 

「なんだとっ!?」

 

 山吹色の軌跡。それは、マリナのブーツが映える足払いの動きだった。これにより忍者は体勢を崩され、一瞬の間だけ強制的に宙を舞わされる。更にマリナが続けて放った後方宙返りを伴う蹴り上げによって、奴は天井すれすれのところまで打ち上げられてしまった。彼女を見下していたが故の、相応の報いである。

 

「ガンレイズ!!」

 

 とどめは二丁拳銃による奥義である。両腕を×の字に交差させながら振るい、放射状に無数の光弾を乱射。魔力によって成された光の弾丸は、落下中の忍者の身体に容赦なく命中する。

 

「畜生、鉄砲には対処しきれん!」

 

 泣き言を零しながら、ゾルクの動きを縛っている忍者の方へと吹っ飛ばされる。そして激突。これによりゾルクを抑えていた忍者は手元を滑らせ、鎖を緩ませてしまう。

 がらがらと音をたて、鎖は両手剣を解放した。ゾルクを仕留めるはずだった他の二人は思いもしなかった出来事に直面し、立ち尽くす。

 

「し、しまった!?」

 

「自由になったら、こっちのもんだ!」

 

 ゾルクは両手剣の刃をかざし、体幹を軸に右方向へ回転を加え始める。それは勢いを増し、嵐にも似た烈風が巻き起こった。

 

旋風連牙陣(せんぷうれんがじん)!!」

 

 そして発動したのは、周囲に在る物体を数回に渡り連続で斬り裂く剣技。ゾルクの得意とする特技、弧円陣(こえんじん)から派生した奥義であるという。忍者四名が絶妙な具合で彼の周りに集まっていたので、この奥義は存分に威力を発揮した。

 

「ぐああああ!?」

 

 烈風がおさまった直後。闇色の四人は全身に斬撃痕をつけられ、畳に横たわり動きを止めた。ゾルクとマリナは見事、隠密部隊を討ち滅ぼしたのであった。

 

「よし。問題なく倒せたな!」

 

「いいや、問題ならあっただろう。お前が鎖鎌に捕まった時、私の助けが無ければ……」

 

 ――と、思った矢先。

 

「……みつね姫は頂戴した!!」

 

 ゾルクが完全に打ちのめせていなかったのか、最後の力を振り絞って無我夢中なのか。どちらにせよ、一人の忍者が死力を尽くして姫へと特攻を仕掛けた。

 気を抜いてしまったがためにゾルクとマリナは反応が遅れ、忍者を姫の下へと到達させてしまう。

 

「さあ、参りましょう!」

 

 忍者は「してやった」と言わんばかりに声を張り上げ、終始うつむいたままだった姫の腕を鷲掴みし、乱暴に自分の胸へと引き寄せた。

 

「…………む?」

 

 ――引き寄せたのだが、違和感が生じる。姫の身体がやけに軽く、やけに柔らかく、やけに無機質に感じるのだ。

 不思議に思った忍者は、自分が掴んだ物の正体を即座に確認。……すると。

 

「な、なんだこれは!?」

 

 腕の中に抱いていたのは、姫の姿を模した布製の人形だった。いわゆる替え玉であり即ち、本人ではない。

 

「まさか最初から、みつね姫はこの場に……」

 

「ああ。居なかったさ」

 

 真実に気付くも、時すでに遅し。

 ゾルクに真相を告げられた忍者は両手剣の腹で頭を叩かれ、今度こそのびてしまった。

 

 

 

 スメラギ城の正面から迫り来る軍団は囮だと気付き、隠密部隊が本命だと見抜いていた拙者。

 武士団員の大半を正面に派遣し、用心棒として雇ったゾルクとマリナに本命の足止めを頼み、残った少数の武士団員にて姫を護衛し外にお連れする。スサノオ軍の侵攻が発覚した直後に急遽、拙者が打ち立てた作戦であった。

 現在は、スメラギの里からもミカヅチの領域からも遠ざかるため、スメラギ城の隠し通路を抜けて里の裏側の廃道へと脱出したところ。付け焼き刃の案であったが作戦は順調に進み、追っ手が迫る気配も無い。

 このまま、事なきを得られれば良い。拙者だけでなく姫もその他の者も、こう考えていたに違いない。

 

 ――が、災厄は当然のように訪れた――

 

「本当に現れるとは、お前の読みも馬鹿にならないな。亀の甲というやつか?」

 

「年の功だ。わしを侮るでないわ」

 

 謎の二人が、廃道に立ち塞がっている。

 一人は黒い髪で、夜を飾ったような衣装が特徴的な男。髪の間から覗く紫の眼は、獲物を求めて彷徨(さまよ)う猛獣であるかのよう。

 もう一人は、逆立った白髪と白髭を蓄えた武闘家風の老人。肉体に衰えは見えず、むしろ鍛え抜かれ過ぎているといっても差し支えないほど。加えて、隣に立っている黒衣の男よりも長身である。

 双方とも纏う衣服が独特であり、スメラギやミカヅチに住まう人間でないのは一目瞭然。ゾルクやマリナと同じく、異国よりこの地に足を踏み入れた者と判断して間違いないだろう。

 

「お主達、何者だ……」

 

「スサノオに(くみ)する者、とでも答えれば満足か?」

 

 黒衣の男が、面倒くさがりながら答えた。

 

「廃道で待ち伏せを行うとは、戦術の勘が余程に鋭いと見受けた。厄介なり……」

 

 拙者の策の上をいく読み。昂然(こうぜん)たる態度も相まって、この二人が只者でないことを把握した。

 

「さて、スメラギの武士よ。大人しくこちらへ姫君を引き渡してくれぬか。さもなくば力を行使せねばならなくなる」

 

 堂々たる体躯に似合わず、まるで願いを乞うかのような口調で武闘家は言葉を発した。

 姫の護衛を務める拙者達が真っ向から勝負を挑んではならない。武闘家の声を無視し、一目散に後退を開始しようとした。

 

「おっと、逃がすわけにはいかないな」

 

 しかし黒衣の男が退路を塞いでしまう。

 

「離脱できぬか。ならば……」

 

 そう呟くと同時に、拙者と武士団員は姫を囲う壁となるよう陣を組み、抜刀。やむを得ない状況での、交戦の意思表示である。

 

「たとえ刃を交えようとも、姫の御身(おんみ)はスメラギ武士団がお守り致す……!」

 

「ククク……! ああ、そうだ。そうこなくては面白くない!」

 

 黒衣の男は血気盛んに紫の眼を光らせ、おもむろに差し出した左手の平の上で闇の渦巻きを生成。その中に右腕を突き入れ、刃が∞の字に交差した異形の魔剣を引き抜いた。刃からは禍々しさが滲み出ている。

 己の目を疑う光景だった。この奇怪な抜剣方法を見て取るに、男を魔剣士と呼ぶ他ない。しかし困惑などするものか。拙者率いるスメラギ武士団は精神を研ぎ澄ませた。

 武闘家も体術の構えをとり、対峙。戦いの開始を告げる。

 

「それが答えか。わしらに戦意を見せたこと、悔やんでもらおう。……いざ、参る!!」

 

 まだ昼にも達していない午前の頃。斯くして、スメラギの里を覆う戦の炎は燃え広がるのであった。

 

 

 

 ゾルクは無様に気絶している四人の忍者を尻目に、両手剣を背の鞘へ収めた。

 

「こいつら、最後の最後までしつこかったな」

 

「全くだ。その執念、正しい方に向けていれば報われたかもしれないのに」

 

 奴らの執拗さを目の当たりにしていたマリナは同意。呆れによる溜め息も出ていた。

 忍者達の処遇をスメラギ城の者に任せた後、ゾルクは提案する。

 

「それじゃあ予定通り、まさき達と合流しよう」

 

「城の隠し通路を抜けて里の裏にある廃道を進む、と言っていたな。急いで追いつくぞ」

 

 拙者は二人へ事前に、隠し通路の場所を知らせていた。出会って間もない異国の者に重要機密を教えるなど、平時なら有り得ない。しかし今回は非常事態のため特例として、てんじ様から許可も得ている。そのおかげで迅速な合流を図れるのだ。

 こうして用心棒の二人は廃道を目指すのだった。

 

 スメラギ城の地下へと続く階段。この先にあるものこそ、隠し通路である。

 当たり前だが階段の奥に光は届かない。壁にかけられた蝋燭(ろうそく)()も弱く、通路は薄暗いまま。狭くもあるため、足元に何もない場所でさえも(つまず)きそうになってしまう。

 古びた白石材の壁に手を添えながら、ゾルクとマリナは慎重に歩んでいく。

 

「用心棒になった次の日に襲撃を受けるなんて思わなかったよ。こんな大変な中でも落ち着いて対抗策を考えたまさきって、やっぱり凄いんだな」

 

「奇襲にも動揺せず即座に作戦を立て、逆にスサノオ軍の裏をかいてみせるとは。十九歳という若さで武士団を束ねているだけのことはある」

 

 二人とも、拙者の行いに感心したらしい。もしも拙者が居合わせ二人に言葉を返したならば「武士団長として当然の責務を果たしているだけに過ぎぬ」とでも答えたはずである。

 

「このまま何事もなく、スサノオ軍の目を誤魔化し抜ければいいんだが……」

 

「おいおい、不吉なこと言わないでくれよ。何かあったら洒落にならないじゃないか」

 

 マリナからの予期せぬ台詞に、ゾルクは肝を冷やした。だが彼女は冗談を述べたのではない。内なる心配を声に乗せただけなのだ。

 ――この時。それが既に現実と化しているなどとは想像もつかなかっただろう。

 

 

 

 整備の施されていない雪降る廃道。その上で飛び交う怒りの声。

 

「くそっ……化け物め! 今一度、覚悟せよ!!」

 

「化け物? 煽っているつもりか? もっとも、俺はその呼び方を歓迎するが」

 

「ふざけるでない! 貴様らのせいで同胞は……! 差し違えてでも討ち滅ぼす!!」

 

 激昂する一人の武士団員。彼は白銀の刀を強く握り締め、黒衣の魔剣士に目標を定めて突き進んでいく。

 

「待て! 早まってはならぬ……!」

 

 引き止めるべく、拙者は足を踏み出したが。

 

「余所見などさせんぞ。臥龍空破(がりょうくうは)ッ!!」

 

「ぐぬぅっ……阻むでない……!」

 

 巨漢の老武闘家が立ちはだかり、大気を揺るがすほどの拳の振り上げを以て拙者の行く手を遮る。あの武士団員を止めることは、ままならない。

 

「うおおおお!!」

 

「意気込むのはいいが、それだけでは勝てんぞ」

 

 魔剣士は、自身に迫る殺気を前にして怯みもしない。

 

「安心しておけ。しっかりとあいつらの後を追わせてやる」

 

 どころか、異形の魔剣を雪に突き立て、うごめく影で構成された魔法陣を武士団員の真下に出現させた。小さな魔法陣だが人ひとりを内側に捕らえるには充分であった。

 

「み、身動きが……!」

 

 影の魔法陣からは闇色をした鎖のような波動が生まれ、蛇がうねるかのように脚を伝い武士団員の身体を這っていく。波動が彼の全身を酷く締めつけるまでに、そう時間はかからなかった。

 

「姫様、団長……どうか、ご無事で……」

 

 呼吸すら困難な状態で、辛うじて絞り出した音。彼の最後の言葉となる。

 

滅殺闇(めっさつえん)!!」

 

 魔剣士は剣技の名を叫び、頭上に振り上げた魔剣を一気に下ろす。武士団員はこちらの身を案じたまま……魔法陣ごと脳天から両断された。切断面から血を噴き出して壮絶な最期を迎えたのだ。

 魔剣士と武闘家の圧倒的な力にスメラギ武士団は苦戦する一方。傷を負った者、志半ばで死した者の数が否応なしに増えていく。

 

「いや……いやぁっ……!! どうか……どうか、おやめくださいませ……!!」

 

 非情な行いを止めるべく姫は魔剣士の顔を見据え、訴えた。そして返ってきた言葉は。

 

「なあ、お姫様。お前には『秘宝』が……治癒の魔力があるんだろう? 傷ついた武士どもに治癒術をかけてやればいいじゃないか。周りの生命力を奪い取りながらな。そうすれば、ついでに俺達を殺せるかもしれんぞ? ククク……!」

 

「そ……それは……」

 

 スサノオに関与しているのであれば、姫の『秘宝』のことを知っていてもおかしくはないだろう。

 それより、魔剣士の発言を拙者は許さない。姫は目を見開き、返答も見つからないまま呆然としてしまわれている。ひどく青ざめたお顔で……。

 

「貴様!! よくも姫のお心を傷つけたな……!!」

 

「ふん、俺の知ったことではない。そんなことより、この状況をどうにかしてみたらどうだ。壊滅してしまうぞ?」

 

「ぬうっ……」

 

 姫をお守りしつつの、強敵との戦い。死傷者が続出したスメラギ武士団。絶体絶命とは、まさしくこの事。

 ――だが間も無く転機を迎える。望まない方向へ。

 

「姫……!?」

 

 一歩踏み出し、護衛よりも前に躍り出る緋色の姿。

 

「……もはや、この身を差し出すより他に術はありません。これ以上の抵抗が無意味なのは、わたくしにも理解できます」

 

 姫はゆっくりと歩みを進められる。その間、拙者は必死に呼び止めた。

 

「姫!! なりませぬ……!!」

 

「わたくしのために傷つき、命を散らす者が増えることには……耐えられません。もっと早くに決断していれば救えた命もあったのかもしれないと思うと、わたくしは……。倒れていった者達に差し向ける顔がありません」

 

「それでもなりませぬ、姫っ!!」

 

 声を荒らげても姫のご意志は変わらない。

 

「まさき様、そして倒れていった武士団員達……愚かな姫を恨んでくださいませ。戦えず、治癒の魔力を持ちながら同胞も癒せないわたくしに出来るのは、これだけなのです……」

 

 姫は拙者の方を振り返られた。そのお顔には、無理矢理に作り上げられた笑みが。そして目尻から、一筋の雫の軌跡。

 

「今頃になって観念したようだな。まあ丁度いい。俺も雑魚の相手に飽きてきたところだ。引き上げるとするか」

 

 姫の行動を見た魔剣士は左手に闇の渦を作り出し、異形の魔剣を収納した。次に、脅しを交えつつ冷たく言い放つ。

 

「こっちへ来てもらうぞ。妙な真似をすれば……わかっているよな?」

 

 魔剣士に睨まれたまま、姫は雪の上を歩まれる。武闘家も拙者との対峙をやめ、姫の後に続いた。

 姫が魔剣士の元へ到達するまで、ごく僅か。だが拙者にとっては、とても長い時間であった。

 

「……さあ、連れていきなさい」

 

「勿論。丁重に扱わせて頂こう」

 

 毅然とした態度の姫へ、武闘家は敬意を払うかのように返事をした。拙者達は何も出来ず、その場に立ち尽くしたままやりとりを眺めるのみ。

 三人分の影は次第に拙者達から遠ざかっていく。しばらく経たない内に、平然と降り続ける雪の向こうへと消えていった。

 

 

 

 ゾルクとマリナが拙者達に追いついた頃。

 

「見えた、まさき達だ! ……でも、あれって……」

 

「私の予感が的中してしまったか……」

 

 全てが終わっていた。辺りには斬り傷から血を流す者や、力尽きた者が幾人も転がっており……。惨状とは、この光景を指すのだろう。

 城下町を攻めた軍勢も隠密部隊も囮。本命は、魔剣士と武闘家による姫の奪取だった。スサノオ軍は二重三重に張り巡らせた策を用いて、見事にこちらを陥れてみせたのだ。

 

「己を……許せぬ……!!」

 

 その場に崩れ、拳を雪原に打ちつけ、自らを責めた。武士団員達も力なくへたり込んでいる。

 姫をさらっていった、黒衣の魔剣士と老いた巨漢の武闘家。ゾルクとマリナに伝えると正体が判明した。

 

「間違いない。魔剣のキラメイと破闘(はとう)のボルストだ! まさかエグゾアの六幹部が、リゾリュート大陸にやって来てたなんて」

 

 ゾルクは歯を食いしばり、握った拳を震わせていた。惨たらしい光景を目の当たりにし、魔剣士達に対して怒っているのだろう。無論、拙者もゾルクと同じ心情だ。

 

「私も驚いた。しかし師範達はスサノオに荷担して何をするつもりだ?」

 

「俺やマリナを追ってきたっていうわけでもなさそうだし……。けどそれよりも今は、さらわれたみつね姫が心配だよ」

 

 ゾルクの言う通り、姫の安否が最重要。ここで拙者は――腹を括ることに決めた。

 おもむろに立ち上がった後、閉眼。精神を統一し、また開いた。そして周囲の武士団員達に告げる。

 

「こうなれば、ミカヅチ城に乗り込む。命に代えても姫をお救いしてみせようぞ……」

 

「たとえ一人であろうとも、にござりますか……?」

 

 武士団員の一人が尋ねる。拙者は静かに頷いた。

 

「無謀は承知の上。それでも拙者はやらねばならぬ。己が未熟さ故に姫をさらわれ、団員の尊い命も失ったのだからな……」

 

「団長だけの責任ではござりませぬ。自分も、散っていく仲間をただ見送ることしか出来ず……。自分もお供いたします!」

 

「それを申すならば自分も同様にござります。どうか、姫様救出のお供に!」

 

 武士団員達は次々に名乗りを上げ、最終的に全員が拙者に付き従う意を示す。各々の決意と武士団の結束を見せつけられた拙者は、ある種の感動すら覚えた。

 

「ゾルクにマリナよ。拙者としては、お主達の力も借りたいと考えているが……多大な危険を伴う故、用心棒と言えど無理強いはせぬ……」

 

 この問いに、二人は深く悩み始めた。それもそのはず。スサノオ軍の本拠地に乗り込む上、かつて大敗を喫した戦闘組織エグゾアの人間と交戦する可能性があるためだ。

 そして、二人の返事は。

 

「……俺は行くよ。みつね姫には助けてもらった恩があるから、ちゃんと返したい。エグゾアの六幹部と戦わなきゃいけないかもしれないけど、今までだって無謀なことには何度も出くわしてきたんだ。今回だって、きっとどうにかなるさ」

 

「私もついて行こう。エグゾアとスサノオが結託して何をしようとしているのか、その目的も知りたいしな。とにかく奴らを妨害したい。負けたままでは(しゃく)(さわ)る」

 

 こちらにとって喜ばしいものだった。用心棒の二人が力を貸してくれるのは非常に心強い。

 拙者が心中で安堵していると、マリナはゾルクに向かって言葉を続けた。

 

「何よりゾルクが『行く』と言うのなら、私は是が非でも同行しなければならない。サポートが無ければ、いつまで経っても危なっかしいままだからな」

 

「あ、危なっかしくなんてないってば!」

 

 彼は冷や汗を垂らして反論するも、彼女は頑なに否定。

 

「どうだか。さっきの隠密部隊との戦いで……」

 

「あー! わかった! わかったから! 俺は危なっかしい! だからその話はもういいよ!」

 

 ゾルクが折れて会話が途切れた後。拙者は真剣な面持ちで、改めて二人に問う。

 

「命の保証など無いのだぞ。それでも助太刀してくれるのか……?」

 

「いま言った通りだよ。命の保証なんて、これまでの旅でも無かったしさ。俺達で良いなら手伝うよ」

 

 返答したのはゾルクだった。右手で金髪をくしゃっと掻きながら、しかし真面目に答えてくれた。

 

「承知した。いくら礼をしても、し足らぬな。誠にかたじけない……」

 

 感謝を伝え終えると、微かに口元が緩んだかのような感覚を拙者は覚えた。己の中に言い知れない力が湧いてくる。この波に乗り、武士団員達に命を下す。

 

「皆の者よ、聞いてほしい。これよりスメラギ城へ戻り態勢を立て直す。策を講じ、奇襲の準備を整えるのだ……」

 

「「「御意(ぎょい)!!」」」

 

 全ての武士団員から、とてつもない覇気を感じた。先ほどまで落胆していた姿がまるで嘘のように、彼らは燃えている。

 

(姫、すぐにお迎えに上がります。どうかそれまで、無事でおいでください……!)

 

 雪雲の広がる空を見上げて一人、強く想う。

 気付けば雪はいつの間にか降り止み、陽光が差し込もうとしていた。



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第30話「反撃の狼煙(のろし)」 語り:ゾルク

 キラメイとボルストが、みつね姫を連れ去った直後。城下町のスサノオ軍は撤退していった。

 だが、スメラギの里に平和が戻ったわけではない。荒らされた町、傷付いた住民や武士団員、雪の上に転がった死体……。戦場と化してしまうと、その場所が元の静けさを取り戻すまでには多くの時間が必要となるのだ。

 

 俺とマリナと武士団はスメラギ城に帰還。戻るなり、荒らされた町や城内を修復する作業へと取りかかった。

 皆が(せわ)しなく動き回る中。まさきだけは、スメラギの王である煌流てんじの自室に入っていた。里の被害状況、みつね姫を守り切れなかったこと……その全てを報告するためである。

 

「そうか……。みつねは自らスサノオ軍に身を委ねたか。治癒の魔力のせいで、あいつも歯痒い思いをしていただろうからな……」

 

 てんじ王がそう述べた。普段通りであれば、大気を揺るがすかの如き力強さを有する低い声音。しかし今は弱々しさが感じられる。その理由はきっと、治り切っていない怪我のせいだけではないはず。

 

「姫の御身をスサノオのいいようにさせるわけには参りません。拙者以下スメラギ武士団は、スサノオ軍への早急なる反撃を決意いたしました。ミカヅチ城へ攻め入ります。そして姫の救出を全うした暁には……この蒼蓮(そうれん)まさき、武士団長として覚悟は出来ております……」

 

 平伏(ひれふ)し深く(こうべ)を垂れたまま、まさきは自身の心構えを述べた。

 

「切腹か? よせ。古き悪習に囚われるな。お前は新しき時代を担う若者なのだぞ。それほどの忠義心があるならば、傷を負って動けぬ無様な俺の分まで、みつねの救出に尽力してみせるがいい。生き長らえてスメラギの里に貢献してこそ俺やみつね、逝ってしまった民や団員への償いになると心得よ」

 

「…………!」

 

 栗色の尖り髪と大きな体躯。貫禄を際立たせている顔面の(しわ)も相まって威厳に満ちた姿。そんなてんじ王が優しく慰めている。懐の深さに、まさきは言葉が無かった。

 

「みつねとて、お前やスメラギ武士団を信じた上で、敢えて敵に身を委ねたに違いあるまい。だからこそ……頼んだぞ、まさきよ」

 

御意(ぎょい)。必ずや……!」

 

 顔を上げて王に一礼すると、また深く頭を下げた。――もう失態は晒さない。そして、絶対にみつね姫を救い出すと誓って。

 まさきが決心した後。てんじ王は次のような提案を繰り出した。

 

「そこでだ。まさきよ、『あれ』を使うか?」

 

「魔導からくり部隊が開発した『あれ』にございますか……」

 

「ああ。まきりからの進言もあってな……運用を許可する。異国の技術に、しかもまきりの造った『あれ』に頼るのは(いささ)か不安だが、状況は切羽詰まっておる。致し方あるまい」

 

「ふむ……」

 

 どういうわけか、まさきは渋い顔をする。

 

「ミカヅチ城へ殴り込むに相応しいのは間違いないが……無理に用いずともよいぞ?」

 

「いえ、拙者は……やらねばならぬのです。『あれ』の力、有り難く使わせていただきます……」

 

 そう告げると、まさきは王の自室を去っていった。彼らの言う『あれ』とは何なのか。そして、まきりとは何者なのだろうか。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第30話「反撃の狼煙(のろし)

 

 

 

 スメラギ城の敷地内の地下に位置する、薄暗い兵器庫。強固な黒い鉄の引き戸は、頑丈そうな錠前により封印されていた。解錠し、重たい扉を横に引く。

 兵器庫に足を踏み入れたのは、まさき、ぜくうさん、それに俺とマリナを加えた四名である。ぜくうさんは用意していた独特の照明器具――提灯(ちょうちん)に火を灯し、目の前の物体を照らす。

 

「でっかくて強そうで、なんか凄そう! これが攻城兵器ってやつなのか」

 

 鋼鉄製で重々しく巨大な橙色の塊。俺は目を丸くした。

 卵のような形をしており、申し訳程度に丸い窓が設置されている。それなりの人数が内部に入り込めそうだ。底部には噴射口のようなものが取り付けられてあり、四方には三角の翼のようなものが垂直にひっついていた。

 これがどういう攻城兵器なのかはわからない。すると、ぜくうさんによる解説が始まった。

 

「ケンヴィクス王国配下の『火薬の都市ヴィオ』より伝わった技術を基礎に、スメラギ武士団の魔導からくり部隊が開発そして建造した拠点強襲用浮遊型特攻弾。その名も『逆さ花火』にござります」

 

「「えっ……!?」」

 

 俺とマリナは()しくも同時にギョッとしてしまった。

 

「『逆さ花火』ぃ……? 引っかかる名前だなぁ……」

 

「しかも『特攻弾』だろう? 大体の運用法が予想できてしまった……」

 

「俺も……。だけど……いやいや、そんなまさか。何かの冗談だって。……多分」

 

 ひそひそとやりとりをするこちらに構わず、ぜくうさんは解説を続ける。ここからが重要らしい。

 

「この逆さ花火は火薬による爆発を操作することにより、短時間ですが空を往くことが出来るのです」

 

「そ、そのあとは……?」

 

 予感的中の兆しを感じた俺は引きつった笑みを浮かべるしかない。とどめを刺したのは、まさきだった。

 

「上空から落下する。こうすることによって敵拠点へ容易に到達でき、同時に攻撃ともなるのだ……」

 

(やっぱり落ちるのか……。よくもまあ、こんなものを作り上げたもんだなぁ。考えた人の顔を見てみたいよ……)

 

 呆れと感心半々である。それと共に、魔導からくり部隊の発想はある意味で最強だと認識した。

 まさきとぜくうさんは話を続ける。

 

「数は三十台。一台につき十名まで搭乗可能にござります。団長、作戦はいかが致しましょう?」

 

「拙者は用心棒の二人と共に、ミカヅチ城天守閣の最上部へと降りる。我らが隠密部隊の話によれば、スサノオはそこに常在しているという。とすれば姫もスサノオの目の届く最上部におられる可能性が高い。少数精鋭である理由は、その方がゾルクもマリナも暴れやすいと見越してのこと。二人とも、これでよいか……?」

 

「いいよ」

 

「従おう」

 

 はっきりと、まさきに答えてみせた。それを確認した後、彼はぜくうさんに指示を出す。

 

「ぜくうは他の団員を指揮し、ミカヅチ城の要所へ降下してスサノオの兵を食い止め、奴らの戦力を削ることに尽くしてほしい。この作戦は皆の支度と逆さ花火の用意が終わり次第、開始する。速攻の反撃にてスサノオ軍を翻弄するのだ……」

 

「御意! それでは皆に伝達した後、逆さ花火の起動準備に取りかかります!」

 

 話は纏まり、ぜくうさんは兵器庫を後にする。

 彼を見送った俺は、気が重くなって溜め息を零してしまった。視線の先には、悩みの種の逆さ花火。

 

「はぁ……これに乗らなきゃいけないのか……。作戦自体に文句は無いけど、逆さ花火に乗るのは気が進まないよぉ……」

 

「泣きそうな声を出すんじゃない。……今回ばかりは私も不安だが」

 

 マリナと意見が合った。理由が理由なのだから当然かもしれないが。

 そのすぐ側から、聞きたくなかった台詞が耳に飛び込む。

 

「拙者もなり……」

 

「「……はい?」」

 

 俺達は不信の念を抱きながら同時にまさきを見た。どうやら今日は息がピッタリのようだ。

 無意識の発言だったのだろう。気付けば、まさきは「まずい」と言いたげな顔で明後日の方角を向いている。

 

「おいおいおいおい、ちょっと待ってくれよ! この攻城兵器の安全性って、そんなに信用できないレベルなの!?」

 

「心外でござるな~。逆さ花火は安心安全、バッチリガッチリ設計でござるよ?」

 

 不意に流れてきた、謎の男性の声。

 彼は俺達の後方にある壁に寄りかかっていた。いつの間に武器庫へ入ってきたのだろうか。逆さ花火に気を取られていたので全く気付かなかった……。

 服装は、まさきや武士団員と同じ鎧装束(よろいしょうぞく)。しかし色使いが派手で少々目に痛い。両肩と両腰には工具袋のような装備があり、腹の帯には色とりどりで未知の道具を挟んでいる。その他、橙色の眼鏡が暗い水色の髪にミスマッチで、とにかく主張が激しい。

 

「ど、どちら様?」

 

 俺が恐る恐る尋ねてみたら、謎の男性ではなく、まさきが声を発した。

 

「父上……!」

 

「「父上!?」」

 

 マリナと共に、ただ仰天。髪の色や質感くらいしか、まさきの父親らしい要素が無かったから。

 

「ついさっき、ぜくう殿とすれ違って、まさきが兵器庫に居ると聞いてね。てんじ様から許可が下りたんでござろう? 逆さ花火の開発責任者として使用手順のおさらいでもして進ぜようかと思い、足を運んだわけでござるよ」

 

 話の内容は真っ当なはずなのに、どこか胡散臭(うさんくさ)い……。

 (いぶか)しんでいると、まさきが改めて紹介してくれた。

 

「こちら、魔導からくり部隊の隊長にして拙者の父上……」

 

蒼蓮(そうれん)まきり、と申しまする。お二方がウワサの用心棒、ゾルク殿とマリナ殿ですな? まさきがお世話になっているようで。息子共々、よろしくピピピースでござる~♪」

 

 右手でピースサインを作り、幼子のように元気よく突き出した。ツッコミが追いつかない。

 

「なんか、めちゃくちゃノリが軽くない? スメラギの里の人っぽくないんだけど……」

 

 俺のもっともな疑問に親子で答えてくれた。

 

「以前は口数が少なく真面目なお方だったのだが……」

 

「これこれ、我が息子よ。拙者は今でも変わらず真面目でござるよ~?」

 

「……異国へ出張して新たな文化に触れた際、いたく感銘を受け、現在のような振る舞いになってしまわれたのだ。父上としても魔導からくり部隊の隊長としても偉大なお方であり昔から変わらず尊敬しているが、惑わされる場面は劇的に多くなった……」

 

「まさきは、どちらかと言えばちょっとだけカタブツな性格だからねー。感受性を増した拙者に順応しきれないのも致し方なしでござるよ」

 

 そう言って、まきりさんは哀愁を漂わせるまさきの肩を優しく叩いた。

 

「自分の親が豹変しちゃったら、誰でもそうなるんじゃないかな……」

 

 俺の感想が、まきりさんに届いたかどうかは……謎のままでいいや。

 場をかなり荒らされてしまった。マリナが仕切り直す。

 

「……話を戻しましょう。まきりさん、逆さ花火は本当に安全なんですね?」

 

「勿論でござるよー。実際に運用する機会がこれまでに無かっただけ。ちなみに試験運用もおこなったことは無いけど、理論上はマジのマジで安心安全。いつでもバッチシ攻め込めるでござる!」

 

 ――なんということだろう。途方に暮れた。申し訳なさの欠片も無く発言するまきりさんの態度も相まって、より一層に不信感が募る。

 

「ぶっつけ本番ってこと!? 危険な要素満載じゃないですか!! そりゃあ、まさきだって不安になりますよ!!」

 

「しかし父上に非は無い。重要機密であるが故、試そうにも試せなかったのだ。ひとたび運用すれば注目の的となってしまうのでな……」

 

「だとしても試運転はやっておくべきだったろー!?」

 

 まきりさんに代わって弁解するまさきへ、俺は目を涙ぐませながら大声を浴びせた。

 あまりにもとんでも無さ過ぎる事実の発覚。これにはマリナすらも頭を抱える。

 

「何も知らない方が、まだ気が楽だった……」

 

「済まぬ……。しかし危険を顧みる余地は無い……」

 

 まさきを見ると、俺達に背を向けていた。

 

「執拗に姫を手に入れようとしたスサノオのこと。何をするのか見当もつかぬ。一刻も早く姫をお救いしなければならぬのだ……!」

 

 焦りの声、微かに震える拳。みつね姫に対する想いは相当に強いようだ。

 

「まさき、悪かった。泣き言を吐いている場合じゃなかったな。作戦に従うと改めて誓おう」

 

「うーん……まだ怖い……」

 

 などと呟くと、マリナが冷めた目で見つめてくる。少し本音が漏れただけなので許してほしいところだが。

 

「お前、『無謀なことには何度も出くわしてきた』とか言って息巻いていなかったか?」

 

「うぐっ……。わかったよ、もう何も言わないよ……」

 

 俺は観念し、渋々答えた。往生際が悪いと受け取られたかもしれない。実際悪いが。

 

「いやぁ~……なんか、ごめんでござるよ?」

 

 流石に空気を察したのか、逆さ花火を開発した本人が謝罪の言葉をくれた。でも今更どうしようもない。俺は気持ちを誤魔化すため苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 逆さ花火の件はさておき。

 不意にマリナが思い立つ。山吹色のジャケットの内側から、宝石のような物体を取り出した。それは俺もよく知っているもの。

 

「……そうだ。まさき、これを持つといい。魔力の塊である『ビット』だ。スサノオ軍との戦いできっと役に立つだろう」

 

「話に聞いた、セリアル大陸にだけ存在する魔力集合体とやらか……」

 

 差し出されたビットは紅く角ばった形をしていた。まさきはこれをまじまじと見つめた。そして、まきりさんも。

 

「ほえー、これが魔力の塊でござるか。セリアル大陸に上陸する余裕はまだ無い故、よければ幾つか分けてほしいでござる」

 

「構いません。どうか研究に役立ててください」

 

「おお~! マリナ殿、恩に着るでござる! 貴重なサンプル、ゲットでござるよ~♪ ムフフ♪」

 

 マリナはすんなりと承諾。数個のビットを手に入れたまきりさんは小躍りしている。

 

「あげてよかったの?」

 

「まさきのお父上なら悪用はしない……はず」

 

 俺が訊くと、自信なさげに返事するのだった。

 それはそれとしてマリナは、まさきに説明を始める。

 

「ビットについてだが、内包する魔力はエンシェントビットよりも遥かに少ないので危険性は、ほぼ無い。これさえあれば特殊な属性を持ち合わせた術技を発動できるように……」

 

 途中、ハッと何かに気付く。

 

「……いや、待てよ。暴走したゾルクと交戦した時、まさきは既にそんな術技を使用していたな。分身を生み出す闇属性の剣術だった。あれはどういう仕掛けなんだ?」

 

「拙者が特殊な剣術を扱える理由だが、詳しい原理は不明なり。スメラギの里の中でも、似たような芸当が可能な者は少ないのだ。おそらくデウスという者の話どおり、リゾリュート大陸の人間の体内に融合しているであろうビットの魔力が要因なのかもしれぬ。それと、もう一つ。スメラギの里に古くから存在する秘伝の修行法の成果だという見方も強い……」

 

 なるほどと聞いている内に、俺は興味をそそられた。思わず声に出してしまう。

 

「秘伝の修行法ってなんなの? 気になるなぁ!」

 

「残念だが教えられぬ。何せ『秘伝』なのでな……」

 

「そう言われると、もっと気になる……!」

 

 まさきと同じくリゾリュート大陸の人間である俺も、その修行法を知ればビット無しで凄い術技を放つことが出来るようになるのだろうか。気になるところだ。と、いくら興味を示しても、まさきは微笑するだけで教えてくれそうにない。

 

「あ! まきりさんも知ってるんじゃないですか!? 教えてくださいよ~!」

 

「知ってるでござるが……耳に入れるだけでも死ぬほどしんどくて、想像するだけで吐きそうになるようなメニューでござるよ」

 

「えっ」

 

「それでも知りたいでござるか?」

 

「……あー、いやー、そのー……やっぱりいいです」

 

 仕方なく、この好奇心は仕舞うことにした。

 そんな俺の側では、まさきが頭を下げていた。

 

「マリナよ、有り難く頂戴いたす。丁度、戦いにおいての決定力を模索していた次第。拙者の内なる魔力とビットの魔力、二つ合わさればより凄まじい威力の剣術を披露できよう……」

 

「用心棒として協力は惜しまない。それに大切な姫君を、なんとしてでも助けたいだろう?」

 

 何気なく返事をしたマリナ。すると突然、まさきの様子がガラリと変わる。

 

「い、いきなり何を申すか……!」

 

 痛いところを突かれたかのような表情。一瞬だけ硬直した後、水色の目が泳ぎ始める。

 

「えっ? どうしてうろたえてるんだよ」

 

「あ……なんでもござらぬ……」

 

 俺が尋ねても平静を装おうとするだけ。まるで失言でもしたかのように、首を横に振って取り繕う。

 

「あやしい」

 

 俺は目をじぃっと細めた。まさきは顔を逸らす。……絶対に何か隠している。

 疑う俺へ味方するかのように、マリナが追撃。

 

「私は『里にとって大切な』という意味で言ったつもりだったんだが。もしや、まさきはみつね姫のことが……」

 

「それ以上はならぬ……!!」

 

 焦り、微かに頬を紅潮させての、間髪を容れずの制止。……つまりは図星ということ。

 

「なんだなんだ? 別に隠さなくたっていいじゃないか。っていうか、もうとっくに特別な関係だったりするの?」

 

「…………」

 

 顔を下に向けたまま返事をくれない――などと思っていると。

 

「あぁ、そういえば姫様とまさきは許婚(いいなずけ)でござるよ」

 

「父上!? そこは口を滑らせてはならぬところ……!!」

 

「なんで? 問題ないでござろうに」

 

 まきりさんがポロッと言ってしまった。まさきは照れを無理に抑え込み、父親を睨んでいる。

 

「許婚ー!? ……って何?」

 

 あからさまに驚いてみたものの意味を知らない。そんな俺に呆れつつ、マリナが教えてくれた。

 

「知らないくせに驚いたのか……。許婚とは、幼少時に本人たちの意思にかかわらず双方の親、もしくは親代わりの人間が合意で結婚の約束をすることだ。それにしても、姫君と許婚だったとは」

 

「てんじ様と拙者は幼馴染でね。まー色々あって、同じく幼馴染として育った姫様とまさきで許婚の約を結んだんでござるよ」

 

 まきりさんは掻い摘んで教えてくれた。込み入った事情があるのかもしれない。

 マリナは話題を続ける。

 

「まさきは、みつね姫と許婚であることが不満だから隠したいのか?」

 

「不満など断じて無い! むしろ……」

 

「むしろ?」

 

 勢いよく否定したはいいが、その続きが出てこない。マリナが相槌を打っても時は止まったまま。

 

「…………さて、準備に赴くとしよう。お主達は作戦開始まで城内で待機していてくれ。では、これにて御免……!」

 

「えっ!? ちょっと、おーい!」

 

 そして再び時が動き出したかと思えば、まさきは赤かった顔を無表情にし、作戦準備を口実にそそくさと兵器庫から退散していった。

 俺の声すら振り切るほどの見事な逃走だった。そのおかしさに思わず笑ってしまう。

 

「……あははっ、逃げ足速いなぁ。俺、まさきのこと誤解してたかも。いつも怖い顔してるから性格も怖い感じなのかなって思ってたけど、そうでもないみたいだ」

 

「武士団長として職務に忠実なだけで、可愛い面もあるということだな。しかし許婚の話題は控えたほうがいいのかもしれない。あまり、まさきをからかってやるなよ?」

 

「はいはい」

 

 すると、まきりさんも笑みを浮かべた。

 

「理解を示してくれて嬉しいでござる。あいつ、見た目だけだと『怖い』と思われ易いだろうから。ただひたすら己に厳しいだけで、本当は穏やかな心を持ってる良い息子なんでござるよ」

 

「へぇ~、やっぱりそういうタイプなんですね。なにかエピソードとかあるんですか?」

 

 俺がそれとなく訊くと、彼は頷いてくれた。

 

「折角だし、お二方には少しお話ししようか。姫様のお母上が亡くなられた時のことからでよろしいかな?」

 

「それなら私達がてんじ王に謁見した際、姫君から直接うかがいました」

 

「ならば話が早い。……落ち込んだ姫様のお姿を見て『許婚である己が支えねば』と、まさきは幼いながら心身ともに鍛えることを決心した。死に物狂いで剣術の修行に何年も励み続け、めでたく免許皆伝。その腕前が認められたのと、有望な若者に次代を担わせる里の方針もあって武士団長に就任し……陰になり日向になり姫様を守護する道を選んだんでござる」

 

「そっか。だから、若いのに武士団長を務めてるんですね。立派だなぁ……!」

 

「まさきが努力する姿を里のみんなが何年も見守ってくれてたおかげで、あいつ本来の穏やかな性格は知れ渡り、今や里の中で怖がる者は皆無でござる。だからこそ外部の者と上手く交流できるかわからず心配だったけど……取り越し苦労だったみたいでござるね」

 

 まきりさんはそう述べながら、俺達を見て微笑んだ。親としての心配事が解消できて嬉しいのだろう。

 

「ちなみにお察しの通り、まさきは姫様にベタ惚れでね」

 

 やっぱりか。

 

「本人は恥ずかしがって隠してるんだけど、もう里中のみんなが気付いてて、敢えて黙って見守ってくれてるでござる。出来れば、お二方もそんな感じで温かく見守っててほしいでござるよ」

 

「はい! そりゃもう!」

 

「野暮な真似はしません」

 

 本当のことを言うと、弄りたい気持ちが俺にちょっとだけ芽生えていたが、それは飲み込んだ。

 

「さーて、そろそろ持ち場に戻らねばいかんなー。というわけで、開発責任者として真剣に宣言していくでござるかね」

 

 打って変わって、まきりさんは雰囲気を一変させる。

 

「……この蒼蓮まきり、普段は(たわ)けていようとも里に住まう全ての者の命を想う心は、武士団の一員として誰にも引けを取らぬ所存。逆さ花火はその一心で造った兵器ゆえ何卒(なにとぞ)、信用してほしい」

 

 深々と頭を下げ、まさしく真剣な態度を見せてくれた。ここまで言ってくれれば、信じてもいいかなという気になれる。

 

「最後に一言。……姫様のことも我が息子のことも、どうかよろしく頼むでござる。では、拙者はこれにてバイバイ!」

 

 まきりさんも、俺達を信用するからこその言葉を添えてくれた。「二人とも無事に帰還させる」と、兵器庫を去る彼の背に誓うのだった。

 話題も無くなり静寂が訪れる――と思っていると。

 

「ところで、お前に訊いておきたいことがある」

 

 改まった様子でマリナが話しかけてきた。

 

「なんだよ急に?」

 

「ミカヅチ城には少なくとも二名のエグゾア六幹部がいる。奴らが私達に手加減する理由は、もう無い。本気で殺しにかかってくるだろう。それでも戦う勇気はあるか?」

 

「そりゃあ、あるに決まってるよ。みつね姫を助けるって決めたからには必ずやり通してみせる。キラメイだろうがボルストだろうが、なんでも来いって感じさ!」

 

 ――本音を言うと、自信が無い。とても恐ろしい。勝てる気がしない。

 エグゾアと戦うのはもう嫌だ。特にキラメイとは。スラウの森で苦い思いをさせられたこと、忘れてなどいない。しかも、あの時のキラメイはデウスの指示を受けて手加減していた状態。だのに、俺はボロボロに負けてしまって……。

 思い出すほど、事実を知るほど、自分の無力さに直面して足がすくむ。それでも俺は、がむしゃらに頑張らなければいけない。本心を押し殺してでも戦わなければ……。

 

「……無理だけはするなよ」

 

 ふと、マリナは暗い表情で俺を見つめてきた。翡翠の瞳は微かに潤んでいるようだった。

 

「なに言ってるんだよ。無理なんてしてないさ!」

 

 すぐに返事をしたが、それ以降マリナは口を開かなかった。本音を表に出さないよう必死に隠したつもりだったが、バレたのだろうか。

 真偽を問うことなど出来ず、俺達の会話は終わりを迎えた。

 

 

 

 ミカヅチの領域の内側。

 吹雪という名の防壁に守られたミカヅチ城。配下の集落から少しばかり離れた、断崖絶壁の上に位置している。ひとたびこの城から落下してしまえば、まず命は助からないだろう。

 

「真っ先に謝らなければなりませんね」

 

「いきなり何を言い出す?」

 

 ミカヅチ城の天守閣最上部で、魔剣のキラメイがみつね姫に問う。

 

「迎えが到着した時のことを考えておりました」

 

 みつね姫は、二つある怪しげな装置の内の片方――四方を塞いだ透明な壁、計器類が設置された鉄の土台、配線や鉄の蓋で構成――に入れられ、じっと待っている。

 

「迎えだと? ふんっ、なかなか笑わせてくれるお姫様だ。恐怖に侵されたか」

 

「あの方々は必ずやって参ります」

 

 キラメイは鼻で笑うが、みつね姫の意志は崩れない。

 今度は、城主にしてミカヅチの領域の王であるスサノオが問い掛ける。

 

「へ、兵力差は激しい上、城内の守備は万全。おまけに、猛吹雪によってミカヅチ城そのものが守られているというのに。それでも来るとおっしゃるのですか……!?」

 

「はい」

 

 おどおどするスサノオに対しても凛として肯定の意を示す。

 赤く厳つい鎧と兜、一振りの太刀を身に付けた姿に似合わず、スサノオの声は所どころ裏返っていて心配の色を隠せていない。生まれつき眉尻が下がっているせいか余計に弱々しく見える。天守閣であるにもかかわらず鎧兜を完全装備しているのは、不安の表れなのだろうか。

 

 次の瞬間。いきなり、ミカヅチ城全体に大きな衝撃が伝わった。遠いが、何かが爆発するような音も耳に入った。

 

「ぬぅっ、何事か」

 

 破闘(はとう)のボルストが声を漏らす。それから程なくして、一人の鬼面の兵がこの場まで駆け上がってきた。

 

「申し上げます! スメラギの攻城兵器により、我が城は侵攻を受け始めました!」

 

「な、なにぃぃぃ!! 攻城兵器とな!?」

 

 スサノオが驚くのも束の間。衝撃による揺れは幾度にも渡ってミカヅチ城を襲う。被害報告のため伝令兵が各所から続々とのぼってくる。こんな事態、スサノオが予想していたはずもない。

 

「みつね姫! スメラギの里にそのようなものが存在するとは聞いておりませんぞ!!」

 

 スサノオは即刻、みつね姫へと問い質す。……が。

 

「あらあら。わたくしも存じ上げませんでした」

 

 知らなかったようだ。疑おうにも、嘘をついているような顔はしていない。スサノオは愕然とするしかなかった。たとえ知っていても言わなかったと思うが。

 

「くぅぅ~……! 全軍、直ちにスメラギの侵攻を食い止めよ!!」

 

 集まった伝令兵に泣き声混じりで叫ぶ。

 すると今度は、天守閣の真上から空気の振動する音が伝わってきた。

 

「大気の揺れが大きい。ここに落ちてくるようだな」

 

 ボルストは腕組みをしたまま冷静に分析している。

 キラメイも慌てていない。それどころか、とんでもない言葉を繰り出した。

 

「余興に丁度いい。攻城兵器か何か知らんが撃ち落としてやろう」

 

 言うや否や。左手の平に闇の渦をつくり右腕を突き入れ、刃が∞の字に交差した黒の魔剣を引き抜く。そして下段に構えた。

 

「はああああっ……!!」

 

 気合を込めるにつれ、魔剣からは膨大な量の闇のオーラが溢れ出る。そして全身を覆ってしまうほどに達した時、キラメイは天井の一点をキッと睨みつけ、剣技を放つ。

 

魔神剣(まじんけん)!!」

 

 下段から勢いよく振り上げられた魔剣は衝撃波を生んだ。上部へ向かって突き進み、天井の板や(はり)を易々と突き破って天へと昇る。

 猛吹雪の影響すら受けずに進む衝撃波の先には、卵型をした橙色の攻城兵器が一つ。底部から炎を噴かせて不安定に空中を漂っていた。

 

「ククク、当たったな」

 

 キラメイは天井に開いた穴から攻城兵器を目視し、不敵に笑った。それと共に衝撃波が目標へ命中。攻城兵器は落下予定地点だったであろう天守閣の最上部を逸れ、ミカヅチ城の庭園に墜落した。

 

「キラメイ殿! ミカヅチ城に傷をつけるとは酷いですぞ……!」

 

「ごちゃごちゃうるさいぞ、スサノオ。他の場所にはもう、あの攻城兵器がいくつも落ちているんだろう? 城の天辺に穴が開いただけで、ここの被害は最小限に抑えられた。むしろ喜んでほしいくらいなんだがな」

 

「ぐぬぅっ……」

 

 返す言葉が見つからず、スサノオは口元を歪ませた。

 キラメイの言う通り、剣技を放って攻城兵器――逆さ花火を迎撃していなかったら、今頃この部屋の床に俺達が足を付けていただろう。

 

「よもや本当にみつね姫を迎えに来ようとは。それもミカヅチ城の頭上より降り注ぐ形で……。スメラギの連中め、有り得ない! ふざけている!」

 

 スサノオは身震いしながら憤慨した。極めて不安定な精神状態。激怒と焦燥が混在しているのである。

 そんな彼のすぐそば。自らを閉じ込める装置の内側で、みつね姫は純粋な笑顔を見せて穏やかに呟くのだった。

 

「ほら、申し上げた通りにございましょう?」



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第31話「決戦、ミカヅチ城」 語り:ゾルク

 攻城兵器『逆さ花火』に乗り込んだ俺達。ミカヅチの領域を目指してふわふわと飛行し、スサノオの居場所であるミカヅチ城天守閣の上空まで差しかかった。

 スメラギの里が晴れ始めたのとは対照的に、ミカヅチ城の近辺は猛烈な吹雪に包まれている。バランスを絶妙に保ちながら猛吹雪の中を慎重に進んでいくも、天守閣から不意の攻撃が飛来し、逆さ花火に直撃。俺とマリナとまさきの乗った逆さ花火は、雪で真っ白に塗られた庭園に不時着してしまうのだった。

 

「い、生きてる……!? 生きてるんだな、俺達! 良かったぁ~……!」

 

 命が助かり、涙が出るほど嬉しかった。

 逆さ花火の内装が優れた対衝撃構造だったおかげで、墜落したにもかかわらず無事でいられたようだ。……だが攻撃を受けず予定通り天守閣に突っ込んでいたとしても、結局は墜落と同様の状況だったのではないのか……という思いが頭から離れない。

 

「理論上は安全であると父上から説明があったであろう……」

 

「そんなこと言って! まさきだって不安がってたくせに!」

 

「ゾルク。気持ちはよくわかるが、喧嘩するより外に出るのが先決だ」

 

 どこか誇らしげな態度のまさきに指摘を入れるも、マリナに制止されてしまう。……スメラギ城に帰ったら逆さ花火の感想を、まきりさんにこれでもかとぶつけたい。

 噴射口が潰れ、姿勢制御翼も折れてしまった橙色の鋼鉄の卵。その扉を中からこじ開けて脱出した。

 猛吹雪のため視界は悪いが幸いにも庭園にスサノオ軍の姿は無い。兵が集まってくるより早く行動しなければと、俺は意を決して足を踏み出した。……ところが。

 

「いだぁっ!? ……墜落の衝撃で足を痛めちゃったみたいだ」

 

 右足に生じる違和感。俺だけ、軽い打撲を負ってしまっていた。逆さ花火は衝撃に強いはずなのに、なんと不幸なことか。

 我慢すればどうということはないのだが、万全な状態で戦いに臨めないのはまずい。

 

「拙者に任せるがよい……」

 

 まさきは頼もしく声を発した。

 

「傷を癒すのだ。治癒功(ちゆこう)……!」

 

 痛む箇所に手をかざし、念を込める。すると淡い緑の光が俺の右脚を包んだ。

 この治癒功(ちゆこう)という術技はソシアが得意な治癒術、ファーストエイドによく似たものだった。俺の右脚の痛みは、みるみるうちに消え去っていく。

 

「驚いたよ。まさきも治癒の魔力を持ってるんだな」

 

「しかし拙者に宿るものは微弱なため応急処置程度の治癒術しか扱えぬ。ゾルクよ、あまり無茶をするでないぞ……」

 

「わかった。ありがとう」

 

 感謝すると共に、まさきの言葉を念頭に置くのだった。

 次に、どうしても言いたかったことを遠慮なく吐き出す。

 

「逆さ花火の窓から見えたけど、天守閣から飛んできたのはキラメイの攻撃だったな。剣技で乗り物を撃ち落とすだなんて、デタラメにも限度ってものがあるだろ!」

 

「お互い様だろう。今頃、スサノオ側も逆さ花火のことを『非常識だ』とかなんとか言っているに違いない。それにキラメイや師範はデタラメに強いからこそエグゾア六幹部の座に君臨しているんだ。愚痴を零したところで埒が明かない」

 

 マリナのこの発言には納得させられる要素しかなかった。

 

「とにかく口よりも足を動かせ。天守閣の最上部へ急ぐんだ。キラメイがあそこにいるのなら師範もスサノオも、みつね姫も居ると考えてほぼ間違いないだろう」

 

「確かにそうだな!」

 

「拙者も同意見なり。いざ、猛進せん……!!」

 

 俺達三人は吹雪く庭園を走り抜け、天守閣へと侵入。最上部を目指して、なりふり構わず駆け上がっていくのみである。

 

 

 

 ミカヅチ城天守閣の最上部にて。

 スサノオは冷や汗を流し、配下の兵を怒鳴りつけていた。

 

「装置はいつ動くのだ!?」

 

「も、申し訳ありません! 起動完了には、まだしばらくの時間を要します……」

 

「ぐぬぬぅ~……! ぐずぐずしていると、スメラギの連中がここまで来てしまうではないか……!!」

 

 みつね姫を閉じ込めた謎の装置の前で、こんなやり取りを繰り広げるスサノオ達。キラメイとボルストは特に何も話そうとはせず、みつね姫もじっとしている。

 ――その時だった。

 

「もう手遅れだ! やってきたぞ!」

 

「な、なにぃ~!?」

 

 最上部の出入り口である引き戸を勢いよく蹴り破り、俺は叫んだ。天守閣を全力で突破し、ついに到達したのだ。

 赤く厳つい鎧と兜、一振りの太刀を装備した小柄な男。眉尻を下げて怯えるこいつこそがミカヅチの領域を治める王、スサノオなのだ。大袈裟に驚く顔が滑稽である。こんなに臆病そうな男が王だとは。てんじ王とは正反対の印象だ。

 

「なんなのだ、あの機械は……!!」

 

 まさきは謎の装置に閉じ込められたみつね姫を見つけ、一目散に駆け寄った。透明な壁に隔てられたまま二人は言葉を交わす。

 

「姫、ご無事ですか……!?」

 

「まさき様……! ゾルク様とマリナ様もご一緒なのですね! わたくしはなんともありません。……身勝手な判断でスメラギの里を離れてしまい、誠に申し訳ございませんでした」

 

 みつね姫は喜ぶと同時に、自責の念に駆られた。そんな彼女を、まさきは咎めない。

 

「何をおっしゃるのですか。姫のおかげで救われた者もいるのです。あれが最善だったと言えましょう……。とにかく、すぐにそこからお助け致します……!」

 

 宣言し、彼は左腰の鞘から刀を引き抜こうとする。――だが。

 

「そうはいかん」

 

 突如、まさきとみつね姫の間に割って入った、紺色の衣を纏う巨漢の老武闘家。エグゾア六幹部の一員、破闘(はとう)のボルストである。

 彼は介入と同時に、まさきをしっかりと掴み。

 

「せいやあああああッ!!」

 

 背負い投げを繰り出した。

 ほんの一、二秒の出来事。あまりの速さと身のこなしに、まさきは訳が分からないまま宙を舞った。装置から大きく引き離されて背中を強打してしまう。

 

「まさき様!?」

 

「くっ……接近に気付けぬとは不覚……」

 

 まさきは素早く起き上がるも、不意の一撃に面喰らっていた。そこにボルストが言い放つ。

 

「姫君を助けたくば、わしらを倒してみよ」

 

「どこまでも拙者の邪魔をする気か。ならば……!」

 

 まだ鞘に収まったままの刀へ手をかけ、ボルストに対抗する意思を示した。しかし、マリナが止める。

 

「待ってくれ、私が引き受ける。あの武闘家は私の体術の師で因縁があるんだ。まさきは、みつね姫の救出に専念してほしい」

 

「師弟対決というわけか。マリナよ、臆することなく挑めるのか……?」

 

 彼女は真っ直ぐな眼差しで答えた。

 

「もちろんだ」

 

「……承知した。お主を信じよう。足止めは任せたぞ……」

 

 マリナとまさきが言葉を交わす一方。俺の目前には黒髪紫眼の魔剣士が立ちはだかっていた。

 

「ククク……ハーッハッハッハッハ!! 会いたかった……会いたかったぞ、救世主!!」

 

「キラメイ……!」

 

 高笑いする魔剣のキラメイ。その眼は禍々しく輝いており、俺との再会を心から羨望していたらしい。

 異様さに圧倒されてしまうが……駄目だ、気後れしてはいけない。これから嫌でも戦わなければならないのだから。

 

「キラメイ殿、ボルスト殿! 頼みましたぞ! このスサノオ、お二方の邪魔にならぬよう兵と共に退避しておきますゆえ!」

 

 スサノオは鬼面の兵達と共に、天守閣の片隅へと後退りする。奇想天外の事態に慌てふためいているせいか彼の声は若干ながら裏返っていた。持ち主がこんなでは、せっかく着込んだ赤く厳つい鎧兜も泣いていることだろう。

 気弱なスサノオに返されるのは理不尽な戦意に満ち溢れた声と、年季の入った重々しい声。

 

「ふん。言われるまでもないな……!」

 

「わしらに任せておくがよい」

 

 ボルストは目に見えない『気』を発し、俺達の精神を圧迫。体術の構えをとってマリナを挑発する。対する彼女も二丁の無限拳銃を手に取り、銃口を向けた。

 

「わざわざ氷色(ひいろ)の武士の代役となったようだが……マリナよ、ドルド火山の時と同じ様にはいかぬと思え」

 

「あなたが本気で向かってくるのは百も承知。その上で選んだのです。師範、私の意志を侮らないでいただきたい!」

 

 キラメイも行動を始める。

 左手の平を自分の前に持っていき、闇の渦を生み出した。渦の中に右手を忍ばせ、ぐっと力を込めて引き抜く。その手に握られたものは、∞の字に交差した刃を有する禍々しい黒の魔剣。切っ先は、俺の命を狙い澄ましているかの如く鋭かった。

 

「願えば叶う、なんて言葉は信じていないが、まさか本当に救世主が現れてくれるとはな。今日の俺は運が良いらしい……!!」

 

 邪悪な笑みから発せられる戦意の念が俺の全身を締めつけようとする。でも臆病になることは許されない。手の震えを強引に止めながら鋼色の両手剣を突き出し、対峙する。

 

「お前達は、俺が救世主なんかじゃないって最初から知ってたんだろ!? 『救世主』だなんて呼ぶなよ!!」

 

「ククク……! いいぞ、怒りは闘争心を刺激する。もっと怒れ!」

 

「うるさい、ふざけるな!! 今日こそ俺は、お前に勝つ!!」

 

「そうだ、その意気込みが必要だ! 相手の威勢が強くなければ、戦いは何の面白みも無い。せいぜい俺を楽しませてくれよ、救世主!!」

 

 キラメイとまともに戦うためには怒りに任せて恐怖を忘れるしかない。俺は無我夢中の状態を求め、ただ必死に両手剣を握り締めるのみだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第31話「決戦、ミカヅチ城」

 

 

 

「はあああっ! 虎牙連脚(こがれんきゃく)!!」

 

「どりゃあッ! 翔連脚(しょうれんきゃく)ッ!!」

 

 マリナとボルストは互いに脚技を打ち合い、激しい格闘戦となった。

 そして俺も力の限りでキラメイとの勝負に臨む。

 

真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)!!」

 

 振り下ろし、振り上げ、再びの振り下ろし。連続で両手剣を振るうと同時に風属性の衝撃波を放つ奥義である。

 これに対してキラメイは。

 

魔神連牙斬(まじんれんがざん)!!」

 

 振り上げ、振り下ろし、再度の振り上げという動きで衝撃波を飛ばす、真空裂衝剣(しんくうれっしょうけん)によく似た剣技を披露した。

 それぞれが三度放った地を這う衝撃波は、相手に向かって勢い良く走っていく。が、ぶつかり合った瞬間、相殺した。

 

「ならば! 滅殺闇(めっさつえん)!!」

 

 通用しないと判断したキラメイは、すぐさま戦法を切り替えた。闇属性の魔法陣を俺の足元に出現させ、その場に縛り付けようと図ったのだ。

 

「うわぁっ!?」

 

 キラメイの意図を知らない俺は魔法陣から伸びる影に胴体を縛り付けられ、まんまと捕らえられてしまう。

 

「どうした! 俺に勝つんじゃあなかったのか!!」

 

 間髪容れず、魔剣を持ち上げて俺を両断せんと目論む。

 このままでは真っ二つ。しかし、打つ手が無いわけではない。

 

閃空弾(せんくうだん)!!」

 

 両手剣の刃に光を纏わせて突貫。身体を縛る影を斬り裂き、勢いのままにキラメイへと突き進んだ。

 

「なにっ!?」

 

 予想外の反撃に、キラメイは即座に回避行動をとる。閃空弾そのものは避けられてしまったが、俺もどうにか斬られずに済んだのであった。

 剣技の応酬は終わらない。キラメイの魔剣が猛々しい炎に包まれた。そして遠慮なしに振り下ろされる。

 

爆炎剣(ばくえんけん)!!」

 

蒼海神(そうかいじん)!!」

 

 すかさず、俺は両手剣に水流を纏わせる。燃え盛る魔剣にぶつけて炎を打ち消した。

 相殺の反動で弾かれ、互いに距離を取らざるを得なくなる。だがキラメイはそれを逆手に取り、中距離から仕掛けてきた。

 

「この奥義ではどうだ! 凶牙(きょうが)!」

 

 魔剣を振り上げ、自身の前方に炎の衝撃波を撃ち出した後。

 

炎龍殺(えんりゅうさつ)!!」

 

 即座に刃を床へ叩きつけ、天井へと立ち昇る複数の火柱を走らせて追撃。先ほどの爆炎剣とは比べ物にならないほどの灼炎が、部屋を焼きながら俺に迫る。

 初撃である炎の衝撃波は、慌てず横に跳躍してやり過ごした。けれども追撃の火柱を回避する気は無い。何故ならば。

 

斬波(ざんは)絶海(ぜっかい)!!」

 

 それをも打ち消すことの出来る奥義を習得しているからである。

 足元から真上に両手剣を振るうと、火柱に負けず劣らずの巨大な水の柱が目の前に生まれた。この水柱を中央から叩き斬り、前方と左右に分断。迫りくる幾つもの火柱を三つの水流で受け止め、見事に消し止めてみせた。

 

「これも防ぐか……! だったら、こいつを見舞ってやろう!」

 

 狂喜するキラメイ。魔剣に変化が起こる。黒き剣身から発せられる紫色のオーラが嵐のような勢いで逆巻き始めたのだ。

 彼が今から発動する剣技……それは、これまでとは一線を画すもの。紛れもなく秘奥義である。

 

「俺に葬られること、光栄に思え!」

 

 両手で掲げた魔剣が瞬く間に膨張。元の大きさの何倍にも巨大化。俺は呆然と見上げてしまった。

 キラメイはニヤリと笑う。実に楽しげなその表情を捉えた俺は、やっと我に返った。そして身体が反射的に動き、両手剣の柄に付加された蒼のビットに精神力が込められる。

 

皇魔絶影断(こうまぜつえいだん)!!」

 

 巨大な魔剣が襲い掛かる。しかも一度のみではない。キラメイは幾重にも渡って魔剣を振り回した。魔剣自体に接触せずとも、逆巻く闇のオーラが肌を削るかの如くなぞってくる。

 

「こなくそおおおお!! 一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 すんでのところで俺も秘奥義を発動した。

 得物である両手剣が見る見るうちに大きさを増していく。けれど、この秘奥義は明確な目的を持って放ったわけではない。前述の通り、身体が反射的に動いて繰り出してしまったのだ。

 この無自覚な行動は俺自身を救うこととなる。巨大化した両手剣は暴れる魔剣へとぶつかり盾となり、連続攻撃の全てを受け止めた。その間、俺は全力で踏ん張り両手剣を支え続けた。

 ――そして。無理矢理な形ではあったが、俺の一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)皇魔絶影断(こうまぜつえいだん)を防いでみせたのだった。

 

「や、やり過ごせた! ……って、のわああああ!?」

 

 防御には成功したものの、問題はその直後にあった。

 役目を終えた両手剣は元の大きさへと戻った。しかし、場には闇のオーラの余波が。盾となるものを失って踏ん張れなくなった俺は余波によって吹き飛ばされ、床を転がる破目となったのだ。

 

「秘奥義を攻撃ではなく防御のために使い、被害を最小限に抑えたか。……ククク。先の術技の相殺といい、スラウの森で戦った時よりも成長しているようだな。面白い、面白いぞ救世主!」

 

 いったん魔剣を下ろし、手応えを感じるキラメイ。自らの剣技を何度も防がれたことに憤慨するどころか歓喜しており、純粋に戦いの味を噛み締めている。

 そんな彼に対し、俺は。

 

「うおおおお!!」

 

「……むっ!?」

 

 その隙をチャンスと見て、体勢を立て直しつつ斬りかかる。卑怯だとは微塵も思わなかった。けれどもキラメイはすぐに察知し、バックステップによって避けてみせた。

 

「なんだ、余韻に浸らせてもくれないのか。どうしてそんなに焦っている? 戦いは始まったばかりだぞ。この俺を、より長く楽しませてみせろ!」

 

「黙れ!! お前達エグゾアのせいで俺の身体は……!!」

 

「埋め込まれたエンシェントビットのことか? 怨むなら総司令を怨め。全ては総司令の目的である『世界の破壊と創造』のためなんだからな」

 

 怒りに燃える俺を視界に捉えてもキラメイは怖じ気づくことなく、変わらぬ態度で話を続ける。

 

「……とは言っても、俺は総司令の野望に関心が無い。この魔剣を操り、面白い奴と戦えれば後はどうでもいいからな。だから救世主よ、お前は俺の渇きを癒すため更に実力を発揮しろ。そしてエンシェントビットを埋め込まれた未知数の力を持つアムノイドとして、俺の前に立ちはだかれ!」

 

 ――心の芯が凍り、針で貫かれた――

 

「俺をっ……!! 俺を『救世主』だなんて呼ぶな!! 『アムノイド』だなんて呼ぶな!! 俺は……俺はっ…………うああああ!!」

 

 この感情、隠し通せるわけがなかった。容易く取り乱した俺は何も言い返せなくなり、無様に大声を出しながら両手剣を振りかざす。

 悲しき叫びはマリナにも届いていた。

 

「ゾルク……」

 

 闇雲にキラメイへと走る俺を目の当たりにした後、彼女は急にボルストとの間合いを取った。そして攻撃の手を休め、なんと対話を試みたのだ。

 

「……師範、無駄を承知でお尋ねします。ゾルクからエンシェントビットを取り除く方法を、お教えください。デウスが発した『マリナ・ウィルバートンの真実』という言葉の意味も。そして師範達は、リゾリュート大陸で何をやろうとしているのですか……!?」

 

 マリナは強く訴え続ける。

 

「私が時空転移によってこの地に舞い降りた時、転移の光を受けたスサノオ兵が撤退に追い込まれたと聞きました。当初は理由がさっぱりわかりませんでしたが、師範達エグゾアが関わっているとなれば話は変わってきます。心当たりがあるとすれば、それは『ビット』。もしもビットとスサノオ兵の間に何か関係があるのだとしたら、時空転移の光がスサノオ兵に何らかの影響を及ぼしたとも充分に考えられるはず……!」

 

 空気を読んだのかボルストも体術の構えを一時的に解いた。……解いたのだが、その目付きは鋭いままであり返事は淡々としていた。

 

「エンシェントビットを取り除く方法の有無や、お主の真実を知っているのは、総司令のみ。そして、わしらがどうしてスサノオに加担しているのか、その理由を教える義理など無かろうて。転移の光で兵が退いた件についてもな」

 

「……やはり愚問でしたね。しかし、もう一つお尋ねしたい」

 

 大きく息を吸い、自らを落ち着かせる仕草。その直後、マリナは毅然として開口した。

 

「どうして師範ほどのお方がエグゾアに属し、デウスを助けるのですか? 『世界の破壊と創造』などというめちゃくちゃな野望を、あなたが容認しているのはおかしい!」

 

「これはまた不可解な問いだな」

 

「私は旅の中で記憶の矛盾を発見しました。矛盾の原因はおそらく、エグゾアによって記憶を操作されたことにあるはず。だからこそ、エグゾアからエンシェントビットを持ち去ろうと決意した一年前のあの日まで『世界征服』という偽の建前すらも知らなかったのです。そしてデウスの手の平の上で踊らされて救世主を探し出し、旅を続け……その結果として仲間を窮地に追い込んでしまった……」

 

 これは彼女の憶測ではあるが、実際に騙されていたのだから記憶操作の線も確かに有り得る。

 

「師範も記憶を操作され、デウスから都合のいいように扱われているという可能性を考えたことはありますか? もしも思い当たる節が……記憶の食い違いがあるのであれば、一刻も早くエグゾアを抜けるべきです!」

 

 悔しさを滲ませながら、説得を始めた。

 

「私は今まで一度も自分の記憶を疑ったことがありませんでした。……とは言うものの、自分の記憶が本物か偽物かと悩むなど、きっかけが無ければ誰も考えないようなことですが……。とにかくこれらの理由により、師範のように良識ある人間がエグゾアに属していることも仕組まれたものなのではないか、と思ったのです」

 

 マリナはボルストを『良識ある人間』と称したが、俺はそんな印象を少しも持ってはいない。俺達の邪魔をする『敵』という認識しかないのだ。

 だが彼女にとっては、エグゾアに属していた頃に世話になった体術の師範。俺が知らないだけでボルスト・キアグという人物は、マリナがあれほど熱心に説得するだけの価値を有した人物なのかもしれない。

 

「何かと思えば、そんなこと。わしの記憶は操作されてなどおらぬ。全ての記憶が本物だという確証もある」

 

 ……だが。熱く語るマリナとは対照的に、ボルストは「そんなこと」呼ばわり。

 

「では、どうしてエグゾアに!?」

 

「……恩があるのだ。わしは過去に、総司令によって命を救われたことがある。その時、忠誠を誓ったのだ。『たとえこの先、どのようなことがあろうとも総司令に付き従う』とな」

 

 両目を閉じ、昔を思い返すかのようにゆっくりと呟いた。その声色からは感慨深さすら受け取れる。

 

「恩のためなら世界も人々もどうなってもいい、とおっしゃるのですか!」

 

「いかにも」

 

 キッと目を見開き、威圧的に信念をぶつけるボルスト。彼の気持ちに、揺らぐ隙間など無いらしい。

 ボルストの返答で、マリナは少なからずショックを受けた様子。僅かにうなだれると共に説得を諦めてしまった。

 

「私の考えが……甘かったようです。師範なら私の話を受け入れてくださると、心の片隅で思い込んでいました。ですが、やはりあなたはエグゾアの人間なのですね」

 

「笑止千万! マリナよ、そこまで腑抜けた思考をするようになっていたとは嘆かわしいぞ」

 

 ボルストが己の意思を知らしめた後。マリナはそれまでの熱心さを殺して、次のように零した。

 

「……私の記憶が実際に操作されているとしたら……。頭の中にある師範やリフとの鍛練の日々は、全て捏造されたものなのでしょうか。厳しくも優しく接してくださった師範の背中や、下手を打っても挫けず努力していたリフの姿は、虚像なのでしょうか……。自分の記憶を信じられなくなった私にはもう、わかりません。あなたから真実を聞き出すことすらも本当は……恐ろしいと感じています……」

 

 弱々しく小さな声で大気を泳いだ、彼女の言葉。ボルストはこれを耳にした途端、双眼を点にした。しかし、うなだれたままのマリナがボルストの表情を拝むことはなく、ボルストもすぐに平静を取り戻す。

 ――この時、彼は何を想っていたのだろうか。

 

「……用件は済んだようだな。ならば、続きを始めるとしようぞ!!」

 

 暑苦しき再開の号。逆立った白髪を揺らし、早くも体術を繰り出そうとしている。

 否応なくマリナの耳に飛び込んだこの叫びは、彼女の意識を現実へと即座に引き戻す。

 

「くっ……師範……!」

 

 マリナは顔を上げ、無限拳銃のグリップを握り締める。そして僅かに滲んだ翠眼で師を睨み、再び激戦に身を投じるのであった。



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第32話「鬼と桜」 語り:ゾルク

 戦場と化した天守閣の片隅でスサノオは縮こまっている。腰に下げた太刀も飾りに成り下がっていた。

 

「戦闘組織エグゾアの幹部達よ、早く戦いを終わらせてくれぇ……! このスサノオ、実戦はからっきしなのだ……!」

 

「ならば、貴様を地獄へ導くのは容易いな……」

 

 彼の前に立ち塞がっていたのは、まさき。両手で握った刀の切っ先をスサノオに向ける。

 

「ひぃっ!? お、お前はスメラギ武士団の若き(おさ)……! 何故こんな近くに居る!? 数多の兵が、このスサノオを囲んで守っていたはず……!」

 

「怯えるあまり気付かなかったのか? 全員、拙者が斬り伏せた。残るは貴様のみ……」

 

 スサノオは慌てて周囲を見回す。すると確かに、鬼面の兵達は一人残らず床に寝そべっていた。

 

「あ、あわわ……」

 

 ようやく現状を把握して、スサノオの全身から多量の汗が噴き出した。絶体絶命なのだから当然の生理現象である。

 

「姫を閉じ込めている、あの妙な機械……斬れぬほどに頑丈であった。故に直接、貴様へ命ずる。姫を解放せよ。大人しく従えば、命は取らぬと約束しよう……」

 

 そう告げ、透明な壁で覆われた装置を視線で示す。既に破壊を試みていたのだ。

 スサノオは返答せず、固まるのみ。

 

「伝わらぬならば言い換えて進ぜよう。即刻、姫を解放しなければ貴様を斬首(ざんしゅ)する……!!」

 

 刃を首元に突きつけ、脅しをかけた。……いや、脅しではない。まさきの目は本気。いつでも斬り落としてやる、という気迫に満ちている。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第32話「鬼と桜」

 

 

 

「……そうはいかぬ! いかぬのだ!!」

 

 しかしスサノオは従わなかった。それどころか反抗する始末。赤い鎧の隙間から白い煙を噴き出し、まさきの顔面を襲ったのだ。

 

「くっ、視界が……!? 煙幕とは姑息な……!」

 

 たまらず、まさきは刀をどけてしまう。そしてスサノオは溢れる煙に紛れた。

 

「い、今の内……! これだけ時間が経過したのだ、装置の起動も完了しているはず……!」

 

 煙幕は俺達の方には届かず、まさきの周囲だけを包んでいる。けれども俺とマリナはそれぞれの戦いに集中しており、この事態に気付いていなかった。

 姿を隠したスサノオは、とある場所へと逃げ込んでいた。そこは、みつね姫を閉じ込めた装置に隣接した、もう一つの装置の中。みつね姫側のものと同じ仕様だ。二つの装置は鉄の蓋から伸びた数本の配線で接続されている。

 

「スサノオめ、どこへ消えた……!」

 

 まさきを包む煙幕は徐々に薄れてきたが、未だに視界は悪いまま。

 スサノオは煙幕が完全に晴れる前にと、装置の内側で急ぎ何かを操作していた。すると低く鈍い機械音と共に装置が動き始める。

 

「な、何を……なさるのですか……!?」

 

 恐る恐る放たれた、みつね姫の不安。それはとても小さな声。誰の耳に入ることも無かった。

 

「ようやっと秘宝が……『治癒の魔力』が手に入る! このスサノオの悲願が叶う瞬間である……! お、お前達! しかと目に焼き付けるがよい!」

 

 スサノオから吐き出された、悪意と欲望の詰まった文言。それがまさきに届いた頃には煙幕が晴れ、天守閣の全体を視界に捉えられるようになった。

 ……そう、よく見えるようになってしまったのだ。

 

「あああああああ!?」

 

 不気味な機械音を放ちながら稼動する装置と、悲鳴を発するみつね姫の姿を。

 

「姫っ!? 姫っ……!!」

 

 装置の影響なのだろうか。着物を幽霊のようにすり抜け、みつね姫の胸元から封印護符が浮かび上がる。そして息つく間も無く木端微塵に。彼女に眠る治癒の魔力の解放を意味していた。

 この光景を目の当たりにしたまさきは放心しかけるも、辛うじてみつね姫を案じることは出来た。しかし彼女は応答可能な状態ではない。

 みつね姫とスサノオをそれぞれ内包した二つの装置。透明の壁の内部は次第に淡い紫の光で満たされていく。最終的に中の様子は確認できなくなった。

 

「ぎゃああああ!? こ、これで不死身だ! このスサノオは不死身になるのだぁぁぁ!! ぎょうおおオオオオ……!!」

 

 望んで装置に入った当人も痛みに耐えられていない。しかし不死身とは……?

 異常な事態が起きていることに、俺とマリナはようやく気付いた。キラメイ、ボルスト両名からの攻撃をいなしながら装置の方を見る。

 

「ウオオオオオ!!」

 

「なんだ!? あんなモンスター、さっきまで居なかったのに! ……もしかしてスサノオなのか!?」

 

 俺が見たものは……消えていく紫の光。透明な壁の中で横たわるみつね姫。そしてモンスターと化し、自身を内包していた装置を内側から破壊して雄叫びを上げるスサノオの姿だった。

 真っ赤に変色すると共に巨大化した身体は、纏っていた鎧兜や太刀を弾き飛ばしていた。眉尻のつり上がった金色に光る眼、見るからに凶悪な豪腕と爪。額の左右からは上方に向かって二本の角が飛び出している。口からは鋭い牙が生え、その姿形はまさにオーガタイプのモンスター。

 

「鬼の魔物に変化(へんげ)するとは……! スサノオよ、姫に何をした……!!」

 

 まさきは血相を変えて尋ねたが、スサノオが返答する様子は無い。モンスター化したのが原因で自我を失ってしまったのだろうか。

 丁度この時。壊れた装置を眺めながら、マリナはある予想を立てていた。そして考えが纏まったところでボルストに問う。

 

「まさかとは思いますが……あの奇妙な装置を使って、みつね姫に宿る治癒の魔力を奪い取ったというのですか!?」

 

「……お主は察しが良いな。その鋭さを称え、少し教えてやるとしよう」

 

 どういう風の吹き回しだろうか。意外にもボルストは答える姿勢を見せた。

 

「まず一つ。先ほど尋ねてきたスサノオの兵のことだが、お主の考えた通りだ。スサノオの願いを成就(じょうじゅ)させるための一因として、兵にはビットによる強化改造を施していた。アムノイドとならない程度のささやかな改造をな。だが時空転移の光との関連性については、わしも知らぬ」

 

 マリナの予想は的中。やはりビットが関わっていたようだ。

 

「そしてもう一つ。わしらは、とある任務のため実験体を探していた。その中でリゾリュート大陸に赴きスサノオと出会ったのだ。心身の貧弱なこやつは不死身の肉体を夢見ており同時に、スメラギの里の秘宝である姫君にも興味を示していた。そこへわしらエグゾアが付け入ったのだ。『スメラギの秘宝を手に入れれば不死身になれる』と(ささや)いてな」

 

「だからスサノオはみつね姫を……! しかし本当に不死身になったのですか? 身の丈に合わない魔力を吸収したせいで、ただモンスターに変貌してしまっただけのように見えますが」

 

「お主の見解通り。不死身になど、なれるわけがなかろう。スサノオはわしらに騙されたのだ。欲に目が眩み自我を喪失した哀れな実験体よ。おかげで、わしらは任務を達成できたのだがな」

 

 ボルストはスサノオを蔑むと同時に、任務の完了を喜んでいた。

 それにしても得体の知れない任務である。俺は不気味に思いながら訊いた。

 

「実験体が必要な任務だなんて、お前達は何をしようとしてるんだ!?」

 

「教えてやるわけにはいかないな。……そんなことよりスサノオを放っておいていいのか? 今のあいつは、そこらのモンスターなど目じゃないほどの力を持っているぞ」

 

 ……確かに、キラメイが二言目に付け加えた通りである。

 変わり果てたスサノオからは外見の迫力どおりの、尋常ではない程の力を感じた。しかも、みつね姫の治癒の魔力を奪ったということは受けた傷を治す能力を持っている可能性が高い。想像以上に厄介な敵が誕生したかもしれないのだ。

 

「はあぁ……あぁ……ぁ……」

 

 治癒の魔力を強引に抜き取られ、衰弱したみつね姫。装置の中で倒れたまま金色の眼に捕捉されてしまう。

 スサノオは並々ならぬ筋肉で盛り上がった右腕を掲げた。

 

「はっ!? ならぬ、スサノオ……!!」

 

 次なる行動に気付き、まさきは食い止めようと足を踏み出す。

 

「姫に……みつねに近づくでない……!!」

 

 しかし間に合わず。

 右腕は当たり前のように振り下ろされ、指先の鋭利な爪にて透明の壁ごと――

 

 

 

 緋色を切り裂いた。

 

 

 

「みつね……みつねぇぇぇぇぇ!!」

 

 まさきの絶叫が響く。天守閣の隅々に。

 みつね姫は悲鳴をあげない。代わりとして、傷口から血の飛沫。鮮やかな緋の着物を地獄の(あか)で染めていく。

 

「みつね……!! みつね!! みつね!!」

 

 装置に捨てられた身体を抱き寄せ、まさきは何度も名を叫ぶ。……彼女の目は閉じたまま。

 

「スサノオ……この外道めが……!!」

 

 当のスサノオはみつね姫を裂いた直後、無差別な破壊活動に転じていた。

 ――そう、無差別。大切に扱っていたミカヅチ城を躊躇(ちゅうちょ)なく壊している。無論、敵味方の区別も無い。俺やマリナはおろか、頼りにしていたはずのキラメイやボルストに対してもその爪を光らせ、額の二本角で威嚇し、豪腕を振り回していた。

 そして予想通り、治癒の魔力は発動した。斬撃や魔力弾で迎え撃っても、スサノオの赤い肌に生じた傷は恐ろしい早さで治っていく。

 

「とてつもない再生力だ……! まさき、束になって攻撃を!」

 

 ところが、マリナの提案はすぐに蹴られてしまう。

 

「手出し無用なり。スサノオは拙者の手で、この世から抹消してくれる……!!」

 

 まさきは頭に血を上らせており、外野の意見を聞く耳など持てない様子。

 腕の中のみつね姫を床に優しく寝かせ、ゆらりと立ち上がった。

 

「はあああ……!!」

 

 そしてスサノオ目掛けて風よりも速く駆け抜ける。

 

闇殺刃(あんさつじん)……!」

 

「オオオオオ!?」

 

 上方から下方に向け、牽制の意味も込められた一太刀をスサノオに。その直後、左手の平を突き出して黒い闇の波動を放ち追い討つ。

 大した威力ではないようだが、それで充分。怯み、大きな隙が生じている。

 

氷霧刻閃刃(ひょうむこくせんじん)……!!」

 

 勿論まさきは、その隙を突く。

 刀を振り上げて赤い表皮にかすらせると同時にスサノオの全身へと冷気を浴びせた。すると足元から氷結が始まり、あっという間に氷塊と化した。まさきはこれを神速の太刀捌きで斬り刻み、氷の欠片を辺りに撒き散らす。鬼気迫る表情で巨体の肉を削り取っていったのだ。

 ……ここまでしてもスサノオは倒れない。大ダメージを負わせたのは確実なのだが、やはり治癒の魔力が邪魔をしている。

 

「ウウ、オ、オオオ」

 

「しぶとい。ならば奥の手なり……!」

 

 途切れ途切れの(うめ)き声をあげるスサノオを睨み、まさきは懐から何かを取り出した。――事前にマリナが手渡していた『ビット』だった。

 

「成敗いたす……!」

 

 上空に放り投げて即、真っ二つに。するとビットは山吹色の光となり刀身へ吸い込まれていく。そして一旦、刀は左腰の鞘に収められる。鯉口(こいぐち)からは山吹色の眩い光が漏れ始めた。

 

瞬閃(しゅんせん)

 

 床が抜ける寸前まで踏み込み、右手で握った刀を神速の如く引き抜く。鞘から現れた刀身は輝きを放ち、一瞬だが、まさき以外の全ての者の視界を純白とも黄金とも言い難い一色に塗り替えた。

 

桜吹雪(さくらふぶき)……!!」

 

 ――元の景色ではスサノオが立ち尽くしていた。三日月を模した光る斬撃の軌跡で胴体を貫かれて。声は無く、巨体は小刻みに揺れ、その場を一歩も動こうとしない……いや、もう動けないのだ。

 渾身の踏み込みを決めていたまさきは、いつの間にかスサノオを通り過ぎ、刀を振り切った状態で立ち止まっている。

 

「その命、桜と共に散らすがよい……!!」

 

【挿絵表示】

 

 刀を素早く左右に払い、納刀(のうとう)切羽(せっぱ)が鯉口に触れた時、スサノオを貫いた斬光の軌跡は細かく飛散し、まるで桜の花弁が吹雪(ふぶ)くかのように激しく宙を踊る。そしてスサノオは貫かれた胴体から(おびただ)しい量の出血を伴いながら、その場に崩れた。……血は赤色のままだった。

 スサノオを倒したことで、まさきは少しだけ冷静さを取り戻せたらしい。即座にみつね姫の元へと戻り、傷口に手をかざす。

 

治癒功(ちゆこう)……! ……よし、まだ息はある……!!」

 

 みつね姫は生きている。しかし呼吸は荒い。まさきの治癒術では焼け石に水なのだ。早急に本格的な治療を施さなければ助からないだろう。

 状況を見極めたまさきは、みつね姫を抱きかかえて号令を出した。

 

「ゾルクにマリナよ。姫の容態は一刻を争うため、これよりミカヅチ城を脱出する! エグゾアとの因縁に水を差すが、どうか許したまえ……」

 

「構わない。元々、みつね姫を救出しに来たんだからな」

 

 すぐに反応したのはマリナだった。戦闘態勢を解き、ボルストからの逃走を図る。

 

「師範。失礼ながらこの勝負、預けさせて頂きます」

 

「このわしが、すんなり見逃すと思うておるのか?」

 

「いいえ。……トマホークレイン!」

 

 マリナは二丁の無限拳銃を真上に伸ばし、魔力の散弾を発砲。天守閣の天井を突き抜けて上空へ到達した。そして散弾は分裂し更に広範囲に拡散。再び天井を破って雨のように降り注ぐ。

 

「ぬぅっ、弾幕を張るとは!」

 

 このトマホークレインは攻撃目的ではなく、足止め用に放たれたもの。魔力弾が分裂していく銃技のため威力も分散してしまうが、こうも無造作に降り注がれては流石のボルストでも避け切れない上に、鋼体バリアも効力を一時的に失ってしまう。彼は、やむを得ず両腕で防御して散弾の雨を凌ぐしかなかった。そしてマリナは無事にボルストの間合いから逃げることが出来たのだ。

 

「よし、俺も!」

 

「おっと、簡単には逃がさんぞ。お前と剣を交えられる絶好の機会、まだまだ楽しみたいからな!」

 

 マリナに続こうとしたが、キラメイに行く手を塞がれて鍔迫り合いに持ち込まれてしまう。

 いま背を見せれば追い討ちをかけられるだろう。かと言って他の二人に助けてもらっても、その間にボルストが動けるようになり誰も逃げられなくなってしまうかもしれない。

 

「くそっ! 戦ってる場合じゃないってのに……!」

 

 時間が無い上に逃走も困難。追い詰められる中……また一つ問題が生じてしまった。

 俺の後方を見てキラメイが笑う。誰よりも早く『問題』に気付いたのだ。

 

「……ククク。人気者だな、救世主」

 

「なんだ? 急に暗くなって……違う、これは影!?」

 

 異変を察知した俺は、どうにかキラメイの魔剣を押し退けて振り向く。そこには、つい先ほどまさきに討たれたはずの、二本角を生やした赤い巨体のモンスターが。

 

「オオオ……オオオ……」

 

 息も絶え絶えに血まみれの状態で立っていた。金色の眼も朦朧(もうろう)としているかのように淀んでいる。

 

「スサノオ!? まさきがやっつけたはずなのに!」

 

「拙者の渾身の秘奥義を受けて、なお動けるとは。正真正銘の化け物か……!」

 

 立っていられるのは、みつね姫から奪った治癒の魔力のおかげなのだろう。だが、まさきが見舞った怒濤の術技連携によって魔力は底をついたらしい。傷がそのまま残っており再生する様子も無いのが証拠だ。

 ……みつね姫をひどく悩ませたほど強大だった魔力が意外にも簡単に尽きてしまった、という点は少々引っかかるが……何にせよ不幸中の幸いである。

 

「ウオオオオ……!」

 

「何するんだ!? 放せ! 放せよ!!」

 

 驚くのも束の間。赤い巨体に残った力を全て使い、太い両腕で瞬時に俺を掴むと天守閣の壁へ突撃を始めた。

 

「これって、もしかして……!?」

 

 スサノオの、最後の足掻きである。

 記憶が正しければ、このミカヅチ城は断崖絶壁に位置している。そんな城の最上部から飛び降りてしまえば……。

 

「放せ!! 放せってば!! 道連れなんか嫌だ!!」

 

 豪腕の中でじたばたするが解放してくれるわけがない。

 マリナとまさきは助けようと考えてくれたが……。

 

「……駄目だ!」

 

「間に合わぬ……!」

 

 俺達と壁は近すぎた。無限拳銃の狙いを定める時間も、一度みつね姫を下ろす時間も無かった。

 そしてスサノオは体当たりをかまし……見事に壁を突き破ってしまう。

 

「うわあああぁぁぁ!?」

 

 俺は捕まったまま落下。驚愕と恐怖で絶叫するが、城外で吹き荒れる猛吹雪に虚しく掻き消された。

 壁に大きく開いた穴から吹雪が入り込む。それでも構わずマリナは外に向かって叫んだ。

 

「ゾルク!! ゾルクーッ!!」

 

 凍えるほど激しい雪と風は、まるで哀れんでいるかのように鳴くのだった。




(絵:まるくとさん)


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第33話「重なる軌跡」 語り:マリナ

 雪と風が吹き荒ぶ中、スサノオとゾルクは落下する。しかし道連れを図った当人は天守閣の壁を突き破った時点で事切れたので、徐々に光の粒となって消滅していった。そのためゾルクは解放されたのだが……状況が変わるわけではない。

 

(死にたくない! しかもエンシェントビットを埋め込まれたまま死ぬなんて、まっぴらだ! 俺は生きて、普通の身体に戻りたい。こんな終わり方は嫌だっ……!!)

 

 歯を食いしばるも、吹雪に抱かれて凍えながら無力に宙を舞うしかない。切実な思いだけが膨らみ心を取り巻いていた。

 ――程なくして。願いが届いたのか、ゾルクに希望の光が差す。

 

「なんだ、あれ……」

 

 遠方より何かが飛来してくるのに気付く。ミカヅチ城……いや、彼が落下する空域へ向かって一直線に。それはみるみるうちに大きさを増していき、やがて雪の色に似た白銀の実体を捉えられる程となった。

 

「鳥……?」

 

 当初、ゾルクはそう思った。だが、ただの鳥と認めるにはあまりにも巨大。翼を広げたその姿は、とてもではないがミカヅチ城には収まりきらないほど。それに動物やモンスター特有の生気も感じられない。

 角張った胴体の左右から生えた立派な翼。真っ直ぐ前方に伸びた首や、三方向に長い尾羽。前に三本と後ろに一本、計四本の爪を持った二つの足。これらの特徴から、鳥類以外の何ものでもないはずなのだが。

 巨鳥は、吹雪に弄ばれるゾルクの下方を目掛けて急接近……するや否や、彼の落下に合わせて絶妙に速度を落とし、なんと接触。吹雪を物ともせず段々と空中停止するという離れ業を披露し、白銀の背中をクッションと化して見事にゾルクを受け止めてみせた。

 

「……おっとぉ!?」

 

 また吹雪に飛ばされるのはごめんだ。その一心で力を振り絞り、かじかんだ手で巨鳥の背中にしがみついた。

 

「た、助かった……のか? っていうかこの鳥、機械だ……!」

 

 密着している今なら判別できる。やはり生物ではなかった。強固な金属で建造された人工物である。

 それによく見ると翼の付け根には二対の可変板が設置されており、間から青白い光を物凄い勢いで放出している。もしや光の噴射によって飛行しているのでは、とゾルクは推測するのだった。

 しがみついていると巨鳥から声が響いてきた。拡声器を介し、吹雪に負けない音量となっていたので聞くのに支障は無かった。

 

「ったく、どうして崖から落っこちてんだよ? 相変わらず無茶やってるらしいな、救世主」

 

 ――いつかどこかで耳にしたことがある青年の声。ゾルクはその正体に、すぐ気付いた。

 

「あ!? もしかして、お前は……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第33話「重なる軌跡」

 

 

 

「スサノオめ、まさか俺の獲物を横取りするとは……最期までいけ好かない奴だった。流石の救世主も今度ばかりは生きていないだろうな」

 

 壁に開いた大穴を眺め、不機嫌となったキラメイが愚痴を零す。スサノオの道連れ行為は予想外だったのだ。

 過ぎたことは仕方がないと考えたのか、戦意の矛先を私達に変更した。

 

「あとはお前達か。救世主ほど楽しませてくれるかどうかは知らんが、せいぜい健闘してくれよ」

 

「くっ……! これではゾルクの心配はおろか、私達が脱出できるかどうかも危うい……!」

 

 つまらなさそうに魔剣を構えるキラメイへと、二つの銃口を向ける。そして師範の状態を確認すると……私の銃技による足止めは効果を失い、自由に動けるようになっていた。

 まさきはみつね姫を庇いながら戦わなくてはならず、私も彼をフォローするしかない。圧倒的に不利である。せめて、ぜくうさん以下スメラギ武士団の面々がこの場に到着してくれればありがたいのだが、残念ながら現れる気配は無い。

 

「俺を満足させられなくとも、あの世では救世主が待っている。安心して後を追え」

 

 師範は無言だが、キラメイは挑発的な言葉を私達に浴びせる。本気で殺そうとしているのだ。その証拠に、彼が発する殺気はとどまる所を知らなかった。

 ついに六幹部の二人が距離を詰めようと一歩踏み出した、その刹那――矢のように勢い良く飛んでくるものがあった。

 

「勝手に殺すなっ!」

 

 先ほどもこの天守閣に轟いていた、あいつの声である。

 私は表情を晴れさせ、名を叫んだ。

 

「ゾルク!」

 

「何っ!?」

 

 キラメイは動揺して足を止める。そして次に見るのは、紅蓮。

 

炎龍天覇(えんりゅうてんは)ぁぁぁ!!」

 

 激戦によって穴だらけになった天井から、ゾルクが登場。爆炎を纏わせた両手剣を突き出し、炎を広げながら上空から師範とキラメイ目掛けて突撃。二人は回避せざるを得ず、早急に横方向へ跳躍した。

 私達の盾となりつつ戻ってきたゾルク。彼の背中は、いつになく頼もしかった。

 

「ゾルクよ、無事であったか……!」

 

「幽霊じゃないだろうな?」

 

「生きてるってば! ……諦める直前だったけどね」

 

 驚きを隠せないまさきと私に対し、ゾルクも冷や汗を拭いながら胸の内を明かす。

 一方で、無事を喜ぶ人間がもう一人。

 

「……ククク。救世主、お前はつくづく楽しませてくれるな。だがスサノオと共に落下したはずが、どうやってここまで戻ってこれた? しかもミカヅチ城の真上からとは。翼でも生えたのか?」

 

 キラメイの言う通り、ゾルクの帰還には謎が多い。この疑問について彼は、よくぞ訊いてくれたと言いたげに口元を緩め、自らが降ってきた天を指差して叫んだ。

 

「あれを見ろ! 六幹部のお前達なら知ってるはずだ!」

 

 天守閣にあいた大穴から覗くもの。それは、雪風が乱暴に巡る寒空を素知らぬ顔で飛行する白銀色の巨鳥であった。

 しかし悪天候の中を安定して飛べる鳥など常識的に考えれば存在するはずがない。とすれば、あの巨鳥はなんだというのか。

 正体にいち早く気付いたのは師範だった。

 

大翼機(たいよくき)ザルヴァルグだと!? まだ運用されておらぬはず。何故このような所に……!」

 

 目を丸くする師範が放った『大翼機ザルヴァルグ』という呼称。聞き慣れない名前だが師範の口振りから察するに、あれはエグゾアの所有物らしい。

 ザルヴァルグは高度を下げ、天守閣の屋根を二つの足で掴み半壊させつつ強引な着陸に及んだ。もちろんミカヅチ城に影響はあり全体が大きく揺さぶられる。が、城そのものの強度は充分だったらしく倒壊には至らなかった。

 次に、ザルヴァルグの首元辺りに設置されたスロープが下がり、奥から何者かが現れて私達を見下ろす。――黒と灰を基調とするパイロットスーツを着用した、暗めの短い茶髪と黒い眼を有する青年であった。首に緑色のスカーフを巻いており、頭にはゴーグルを着けている。

 

「エグゾアの重要機密が、どうしてリゾリュート大陸の空を飛んでるのかって? 知りたいんなら答えてやってもいいですよ、六幹部のお二人さん」

 

 不良じみた顔付きと粗野な雰囲気の口調。この青年には覚えがあった。

 

「お前は確か、アシュトン・アドバーレ!」

 

 正体に気付いた私の隣で、まさきが訊く。

 

「知り合いか……?」

 

「以前、交戦したことのあるエグゾアの構成員だ。しかし、どうしてミカヅチ城に……」

 

 アシュトンの出現は六幹部の二人にとっても寝耳に水のようだ。眉をひそめたキラメイは見上げながら問う。

 

「ただの下っ端が、どういうつもりだ?」

 

 キラメイの声色は穏やかではなく、まるで脅しているかのよう。だがアシュトンは気にすることなく堂々と述べる。

 

「ゴウゼルで秘密裏に建造されてた試作機を、ちょいと掻っ払っただけですよ。んで、リゾリュート大陸までお空の散歩と洒落込みたくなっちまいまして。こいつの整備員として働いてる内に魔が差した、ってところですかね。とにかくザルヴァルグは俺の所有物になってます。……あー、そうだ。念のため言っときますけど返しませんぜ。お二人が土下座して頼み込んだとしてもね」

 

「御託が多いぞ。つまりお前はエグゾアを裏切ったんだな? なかなか大胆なことをする……!」

 

 何故かキラメイはニヤリと笑った。組織の非常事態ですら、彼にとっては娯楽の一種なのだろう。

 

「そのような反逆行為の後、よくもおめおめとわしらの前に出てこられたものだ。お主、覚悟は出来ておろうな」

 

 師範はじろりと睨みつけ、両の拳を体術の構えの位置に持って行く。

 しかしアシュトンは狼狽(うろた)えない。それどころか悠然たる態度で立ち尽くしたままである。彼の余裕の源とは。

 

「ええ、俺は覚悟できてますよ。でも……」

 

 そこまでを伝えると、私達とも六幹部とも違う新たな人物に言葉を渡す。

 

「そちらの覚悟はよろしいですか?」

 

 引き継いだのは意外な……とても意外な人物だった。

 

「……何っ!? この声は、もしや!!」

 

 途端、焦り始める師範。穏やかでありながら深みのあるその声は、私にとって久々に耳にするもの。

 

「同時に攻め立てましょう。二人とも、よろしいですね?」

 

 ザルヴァルグの奥から現れた、眼鏡をかけた銀髪の男性。フード付きの紺のローブに袖を通し、ビットの装飾が施された魔本を左手に抱えている。

 

「わかりました!」

 

「りょーかいよ!」

 

 更に彼の両脇には二人の女性の姿が。一人は、朱の衣を纏い桃色のポニーテールをなびかせる可憐な弓使い。もう一人は麗しい真紅の長髪を持ち、身の丈以上もある巨大な絵筆を携えた異彩の画家であった。

 ……この三人の正体、知らないわけがない。

 

風塊(ふうかい)(はつ)。空虚よ弾け飛べ」

 

「当たって!」

 

「いっけー!」

 

 各々、狙いを定める。

 

「エンプティボム」

 

雷駆閃(らいくせん)!」

 

魔神線(まじんせん)ー!」

 

 空気を極限まで圧縮して炸裂させる風属性の魔術、雷のようにジグザグな軌跡で駆ける矢を放つ弓技、絵具の波を飛ばして遠距離から攻撃する筆術を繰り出した。

 師範とキラメイは動揺を隠せず回避行動が遅れてしまう。

 

「まさか、お主らまで同乗しておるとは……! 集中攻撃を受けてしまっては、わしの鋼体バリアも役に立たぬ」

 

「何が『お空の散歩』だ。アシュトンめ、とんだ土産を乗せてきたもんだ」

 

 奇襲は成功。師範達に確かな手傷を負わせることが出来た。

 

「ソシア、ジーレイ、ミッシェル……!」

 

 大切な仲間との再会。喜ぶ心を抑えきれず無意識に三人の名前を呼んでいた。

 ――しかし直後に気付く。喜ぶ資格があるのだろうか、と。私は皆を傷つけてしまったのだ。今さら顔向けなど……。

 

「マリナさん、お久しぶりです」

 

「見ない間に随分変わっちゃって! ……って、ゾルクと同じで何も変わってないわね」

 

 意に反し、笑顔で迎えてくれた。以前と同じ態度で接してくれるソシアとミッシェル。私を怨んでいないのか、それとも心の奥底でぐっとこらえているのだろうか。

 

「世間話は後で。おおよその事情はゾルクから聞きました。ザルヴァルグに乗り、速やかに脱出しましょう」

 

 ……ジーレイの指示が割り込み、私の思考は途切れた。

 確かに立ち話をしている状況ではない。余計な考えは振り払おう。まさきの腕の中では、みつね姫が生死の境を彷徨(さまよ)っているのだから。

 ザルヴァルグのスロープから鎖の梯子(はしご)が下ろされた。すぐに近付こうとしたが。

 

「そうはいかぬ! ザルヴァルグを、お主らの手に渡ったままにはさせておけぬのでな!」

 

「まだ戦い足りないぞ! せっかく戻ってきたんだ、俺と戦え救世主!!」

 

 師範とキラメイは傷付いても尚、行く手を阻む。私達を梯子に到達させまいと迫った。

 

「こっちに来るなよ! くそっ、しつこい奴らだな……!」

 

 やむを得ずゾルクは両手剣を握り直した。が、何もせず終わることになる。

 

「……六幹部が相手では、力を出し惜しみするわけにはいきませんね。とっておきを披露して差し上げましょう」

 

 ジーレイは左手に持った魔本を開き、本の外装に装飾されているビットを輝かせた。そして魔本のページに右手を添えて魔術の詠唱を開始する。

 彼の足元で、いつになく複雑に書き込まれた魔法陣が展開。神々しさと禍々しさ、相反する要素を含んだ純白の光が発せられる。

 

「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、(ことごと)く朽ち果てよ」

 

 光と共に、おどろおどろしい気配がジーレイを包み込む。彼の魔術詠唱時にこのような気配を感じたことなど、私は今までに一度も無い。まるで絶対的な意思が働き、世界からジーレイ以外の物体・物質を完全消去しようとしているかのようであった。

 

「ドリーム・オブ・カオス」

 

 考えを巡らせている内に、ジーレイは魔術を発動した。その威力は凄まじいの一言。

 周囲の空間がどこからともなく歪み、渦を巻くように音も無く捻れる。ミカヅチ城の内装が円形に……いや、球形に切り取られて湾曲していく景色が目の前に広がったのだ。

 球形の捻れは無数に生じ、師範とキラメイを少しずつ取り囲んでいく。果てには一つの巨大な半球を成そうとし始めた。

 

「なんと……歪ませた空間ごと万物を抹消しておるだと!? これが、かつての魔皇帝の本気だというのか!」

 

 あの師範が本気で焦燥している。球形の捻れの変化をよく見ると、その理由が理解できた。

 丸く削り取られた城の一部が渦巻く捻れの中心に吸い込まれ、綺麗に消えていっている。捻れ続ける空間自体も、その中心に引き寄せられているように見える。まさに師範の言葉通り、この魔術は空間ごと全てのものを抹消しているのだ。

 あともう少しで師範とキラメイは逃げ場を失い、静かなる半球状の抹消行為に巻き込まれる。そうはいくまいと二人は無数の捻れを掻い潜り、巨大な半球からの脱出を試みた。

 

「ちっ、分が悪いな。本意じゃないが退くしかないか」

 

 辛くも魔術の範囲外へ逃げ切った二人。彼らには、もう戦う意思は無かった。負傷した今の状態ではジーレイに勝てず、ザルヴァルグの奪還もままならないと判断したのだろう。

 無数の捻れは最終的に隙間の無い半球を形作り、更に大きく渦巻いて捻れると共に内部の物体を跡形もなく抹消。これで魔術は終わりを迎え、空間の捻れもゆっくりと元に戻っていった。後に残されたのは、ところどころ不自然に丸く削られた壁や柱、天井のみである。

 六幹部の二人は、いつの間にか姿を消していた。隙を狙って襲い来るような気配も無い。完全に撤退したようだ。

 恐るべき威力を有した静寂の魔術。その一部始終を目の当たりにしたゾルクは呆然としている。

 

「凄いとしか言えない……。ジーレイ、こんな魔術が使えたなんて」

 

「これが僕の秘奥義です。……いいえ、そんなことよりも早くザルヴァルグへ」

 

「わ、わかった!」

 

 ゾルクはすぐさま鎖の梯子を登る。私とまさきも続きザルヴァルグへと乗り込んだ。

 するとそこへ慌ただしくやってくる集団が。

 

「団長! ようやっと参りました! 下の階は全て制圧完了にござります!」

 

 ぜくうさん以下のスメラギ武士団が天守閣の最上階に到着したのだ。けれども、壊れた装置や白銀の巨鳥、ボロボロになったこの部屋をぽかんと眺めるしかなかった。

 

「……これはどういった状況で?」

 

 ザルヴァルグのスロープから、まさきが応答する。

 

「時間が無いため掻い摘んで伝える。スサノオは死に、野望を阻止したのだが姫のお命が危険にさらされている……」

 

「なんと、姫様のお命が!?」

 

「拙者は直ちに、この機体でスメラギ城を目指す。ぜくうよ、済まぬが後を頼む……」

 

「わからぬことも多いですが、御意(ぎょい)! 後始末はお任せ下され! 事が済み次第、我らも逆さ花火にてスメラギ城へ帰還いたします!」

 

 ぜくうさんは動揺を残しつつも、まさきの指示を受け入れた。切り替えの早さは、さすが副団長と言うべきである。

 

「もういいか? んじゃ、とっとと行くぜ」

 

 操縦者であるアシュトンの言葉と共に、下がっていたスロープがゆっくりと戻る。そしてザルヴァルグは青白い光を噴射し、ミカヅチ城を発つのだった。

 

 

 

 白銀の翼で吹雪を切り裂き、巨鳥は空を往く。

 この空飛ぶ乗り物は先端部が操縦席となっており、アシュトンは四角い操縦桿を握って飛行を安定させている。操縦席周辺には、外を広く見渡せる特殊なモニターや多くの計器類も設置されていた。

 後部は通常の座席スペースとなっている。機体の外観から予想するよりも広く、私達八人を余裕で収容。さらに数十人乗せても問題なさそうな程だった。

 

「うっ……うぅ……」

 

 座席を倒して用意した即興の寝床に寝かせられている、みつね姫。意識を取り戻したようだ。

 

「姫! お気付きになりましたか……!」

 

「まさ、き、様……?」

 

 自らの傍らで膝を突くまさきを目にし、みつね姫は半身を起こそうとした。が、それが叶うほど体力は戻っておらず寝そべったままの形に。そして一度、大きく深呼吸して感謝を述べた。

 

「……わたくしは、生きているのですね。ありがとうございます」

 

 しかし、まさきの表情は暗い。

 

「拙者が不甲斐ないばかりに、大怪我を負わせてしまいました……」

 

「まさき様のせいではありません。それよりもあなたが、ご無事で……何より……」

 

「……姫!? 姫……!!」

 

 そこまでを言うと、みつね姫は静かに(まぶた)を閉じた。まさきは慌てるが、容態を確認した私は彼に伝える。

 

「大丈夫、眠っただけだ。きっと安心したんだろう」

 

「……そう、か。ならば良かった……」

 

 一瞬の内に流れ出た大量の汗を拭い、まさきは平静に戻った。彼にとってみつね姫は、様々な意味で特別な存在。心配も大きくなって当然である。

 

「ほーら! あたしのレストアっていう筆術、バッチリ効果あったでしょ♪」

 

 まさきの背中をバシッと叩き、ミッシェルは誇らしげに笑った。対して彼は、微かに口元を引きつらせながらも深々と頭を下げる。

 

「描いた救急箱を姫に投げつけた時は肝を冷やしたが、確かに回復した。ミッシェルと言ったか。心より感謝申し上げる……」

 

「どういたしまして♪ でも、お城に着いたらお医者さんに診てもらってね。変な装置が身体にどう影響したかは、きちんと診察しないとわからないから」

 

「承知した……」

 

 ……それはそれとして。初見の者にとって、やはり救急箱投げは抵抗の塊なのだと改めて認識した。私も未だに慣れない。

 みつね姫の容態が安定したところで、ついにゾルクが切り出す。

 

「なあ、みんな。今までどこで何をしてたんだ?」

 

「僕達については、この件が解決した後でお話し致します。目的地にも間も無く到着するのでしょう? 話し始めると長くなりますし、姫様の体調を優先するべきです」

 

「……そうだな。わかったよ」

 

 質問はジーレイにかわされた。

 私とゾルクが百日を飛び越えている間のこと、非常に気になるが状況は理解している。(はや)る気持ちを抑えるしかなかった。

 

「見えた。あれこそがスメラギの里なり……」

 

 窓から外を見て、まさきが伝える。もう上空まで帰ってきたのだ。

 ザルヴァルグは里の近辺の雪原へと着陸し、私達は降機した。

 

「全員降りたな? じゃあ片付けるとするか」

 

 アシュトンは右手で握り拳を作る。よく見ると中指に、赤い宝石の指輪をはめていた。そして拳をザルヴァルグに向けて突き出すと……見ていたゾルクが大声を出して驚いた。何故ならば。

 

「えええええ!? あんなにでっかい機体が指輪に吸い込まれた!?」

 

 実況してくれた通りザルヴァルグが巨体を縮め、みるみる内に指輪へ……正確に言うと赤い宝石部分へ収まったからだ。

 あんぐりと口を開いたゾルクを尻目に、アシュトンは語る。

 

「こいつはソーサラーリング。大翼機ザルヴァルグ専用に開発された超小型の格納器だ。指輪の中は限定的な異次元空間になってて……っと、無駄話はいけねぇな。早いとこ、お姫さんを城に連れて行こうぜ」

 

 解説を途中で打ち切り、先に里へと入っていったまさき達に続く。

 ……自然に溶け込んでいて忘れていたが、アシュトンはエグゾアの構成員だった男。どういった経緯でジーレイ達と行動を共にし始めたのだろうか。第一、皆がミカヅチ城に現れた理由も不明。全てが落ち着いた後で、しっかり聞かせてもらわなければ。

 

 

 

 スメラギ城に到着し、みつね姫は医者の診察を受けた。同じ頃に武士団も帰還して慌ただしかったため詳細は聞きそびれたが、日常生活を送ってもよいと診断されたそうだ。目覚めた彼女は普段どおり和やかに振る舞っている。

 そして、早く父親に無事な姿を見せて安心させたいという意思を尊重。今回の件に関わった主要人物は謁見(えっけん)の間に集まり、てんじ王への報告が始まった。

 

「それが事の顛末(てんまつ)か……」

 

 王は全てを聞き終え、神妙な面持ちとなる。エグゾアに騙されていたスサノオを憐れんでいるようにも見えた。

 

「何はともあれ。よくぞ、みつねを救い出してくれた。皆の者、褒めて遣わす。用心棒の二人も、これにて任を(しま)いとしよう」

 

 救出作戦に参加した全員を厚く労ってくださった。

 その後。王の前に一歩踏み出して(ひざまず)く者が。――まさきである。

 

「てんじ様、それに父上。折り入ってお願いがございます……」

 

「うむ。なんでも申すがよい」

 

「……ん? まさき、どうして拙者にも(かしこ)まってるでござるか?」

 

 この疑問は次の一言によって解決する。

 

「拙者、ゾルク達の旅に同行したい所存……!」

 

 そして全員が仰天した。王とまきりさんの二名は特に。

 

「や、(やぶ)から棒に何を言い出すのだ!?」

 

「ええー……? 流石の拙者もビックリドッキリ。とりあえず説明よろしくでござる」

 

 尖り髪はいっそう尖り、派手な鎧装束(よろいしょうぞく)はズルッと乱れた。

 ざわつく皆をなだめるかのように、みつね姫が語り始める。

 

「皆様、お聞きください。これにはゾルク様に貼り付けた封印護符が関係しております。あれは魔導からくり部隊の技術と努力の結晶であり、スメラギの里の者の魔力に反応して初めて効力を発揮するのです。もしも剥がれてしまうようなことがあれば再び里の者が貼り付けねばなりません。ゾルク様が再び暴走することなどあってはなりませんので、わたくしからまさき様にお願いしたのです」

 

 確かにと、まきりさんは頷いた。

 まさきがいなければゾルクの暴走は止められないという事実。歯痒いがエンシェントビットを抑える方法が他に無い以上、頼るしかない。

 今度は、まさきがてんじ王を見据えて口を開く。

 

「理由はそれだけにございません。拙者の意思でもあるのです。全ての元凶は戦闘組織エグゾア。ゾルク達と行動を共にしていれば、(かしら)であるデウスという者と相見(あいまみ)えることになるはず。里の平穏を脅かした存在を、この手で成敗する所存にございます……!」

 

「それが同行を願う本当の理由……ではないな。みつねが傷を負ったことを自らの責任と受け取り、けじめをつけようとしているのだろう。真に許せぬのはエグゾアではなく、己なのではないか?」

 

 てんじ王の言葉に、まさきは思わず目を閉じる。

 

「……見抜かれておりましたか……」

 

「がはははっ! 当たり前だ。お前のことを、いくつの頃から知っていると思っているのだ? もはや父親も同然よ」

 

 豪快に笑うと、まさきの頭を大きな手で鷲掴み、ワシャワシャと撫でた。親子そろっての幼馴染であるが故の対応だろう。

 ところが苦笑いを浮かべる人物がいた。……まきりさんである。

 

「実の父の前でその台詞とは、てんじ様も人が悪い。拙者の立つ瀬が無いではござりませぬか~」

 

「嘆くのであれば、常に厳格だったあの頃を少しは取り戻してみせろ。お前が変わり果てたから、まさきのため俺もこうならざるを得ぬのだ」

 

「しかし、魅力溢れる他文化のスタイルに触れてしまった拙者は……やめられない止まらない、でござりまする。致し方なし是非もなし……」

 

 王から、大きな溜め息が聞こえる。

 

「……これで有能なのだから、たちが悪い」

 

「えっ!?」

 

「目を輝かせるな。褒めてはおらぬ」

 

 まさに旧知の仲だからこそのやりとり。……まさきとみつね姫は、どんな心境で眺めていたのだろうか。

 

「……皆の者、すまぬ。見苦しかっただろう……。して、まさきよ。どうしても行くと言うのだな?」

 

 何も語らず、水色の双眼にただ決意を込めて頷いた。

 

「ならば俺は止めぬ。お前がそのような眼をする時は何を言っても折れぬからな。行って参れ。お前が不在の間、武士団の指揮はぜくうに執らせよう。どうせ、まきりも居るしな」

 

「『どうせ』は余計でござりまするよ」

 

「そんなことより、お前の意見はどうなのだ? 真面目に伝えるのだぞ」

 

 促され、父は子に面と向かう。

 

「……まさき。此度(こたび)の願い、父として、武士団の一員として、お主の成長を感じる。誠に嬉しい……が、本心を言えば引き止めたい。武士団長を務めるほどの力量があるとはいえ、やはり子は子。ただでさえセリアル大陸の出現や戦闘組織の暗躍の件がある中、里を出て拙者の目が届かぬようになるのは心配でたまらぬ」

 

 許可は下りないのかと、まさきは浮かない顔をした。……が。

 

「しかし、経験こそ全ての糧。武士団長として、男として、人間として大きくなるには世界を知る他ない。よって拙者は……背を押すのみ。更なる成長を遂げ、ついでに悪を成敗して参れ」

 

 これが、まきりさんの真剣な返事だった。

 

「感謝いたします。てんじ様、そして父上……!」

 

 まさきは正座の姿勢から両手を片方ずつ畳につけ、額もつきそうなほど深く頭を下げた。そして次に上げた時には。

 

「まあ『可愛い子供は対価を払ってでも谷底に突き落とせ』って言うし、行っといで行っといで~って感じでござるよ」

 

「言わぬわ、この(たわ)けめっ! 折角の雰囲気を台無しにしおって!」

 

 ふざけた調子のまきりさんが王に怒鳴られていた。

 ……もしかすると、あの態度は一種の照れ隠しなのかもしれない。謁見の間も笑いで満ちた。

 

 

 

 ――その直後。異変が起きる――

 

 

 

「うっ!? ……ぐ……あ……!!」

 

「ゾルク!? どうしたんだ!?」

 

 隣に座っていた私は、すぐに身を案じた。

 この場の全員が彼を見る。急に胸の中心を押さえてうずくまり、呼吸を荒くし始めたのだ。胸と手の隙間からは僅かに淡い光が漏れ出ている。

 

「はぁっ……はぁっ……。おかしいな、いきなり苦しくなるなんて……。でも、すぐに治まったよ。ありがとう、マリナ」

 

「これが話に聞いた暴走の予兆……。融合が進んでいるようですね。それも、僕の予想より早く」

 

 苦渋の表情を浮かべたジーレイが言葉を零す。ゾルクは背筋を凍らせた。

 

「えっ……。エンシェントビットは封印護符で抑えてるから大丈夫なはずだろ?」

 

「現状から推測するに、残念ながら封印護符はあくまで一時しのぎにしかならないようです。エンシェントビットとあなたの融合が進行して魔力効率が上がってしまえば、封印護符で抑えられる魔力の上限を超えることも考えられます。つまり、悠長に構えている暇は無いのです」

 

「そんな……! これでゾルク様も安心なさると思っておりましたのに……」

 

 衝撃を受け、思わず両手で口を押さえるみつね姫。ずっとゾルクを心配してくれていたため予期せぬ事実を知り悲しんでいる。

 まきりさんも頭を抱え、(うつむ)いてしまう。

 

「どうしたものか……。これ以上に強力な封印護符は無いでござるよ」

 

「このままじゃ、また暴走してみんなを襲うことになるかもしれない……!! どうすればいいんだよ!?」

 

 非情な現実を突きつけられたゾルクは誰に向けるでもなく、大声を出して取り乱した。……無理もない。やっとの思いでエンシェントビットを封じることが叶ったというのに、それにも限界があると告げられてしまったのだから。

 

「落ち着いてください。対策のしようが無いわけではありません。問題解決に努めるため、とある場所を目指そうと思っています」

 

 恐る恐るソシアが尋ねる。

 

「ジーレイさん、それってどこなんですか……?」

 

「ルミネオスという名の秘境です」

 

 聞いたことのない地名である。セリアル大陸ではなく、リゾリュート大陸に存在する場所なのかもしれない。

 

「そこに行けば俺の身体からエンシェントビットを取り除けるのか!?」

 

「断言できませんが可能性はあります」

 

「ほんの少しでも可能性があるんだったら、行こう! 何が何でも行こう!!」

 

 ゾルクは必死で目の前の希望にすがりつく。元の体に戻りたいと切に願っているのだ。ソシアもミッシェルも真剣な目で同意する。

 

「まさき。申し訳ありませんがそういう事情ですので、すぐに出発の用意をお願い致します」

 

「急を要するならば仕方あるまい……」

 

「封印護符の代わりとなる手段が見つかるまでの間、あなたには苦労をかけることになるかもしれません」

 

「気にせずともよい。それを承知の上での同行なり……」

 

 ジーレイに返事をすると、まさきはてんじ王達の方に向き直る。

 

「それでは、これより拙者は旅立ちます……」

 

「お前はスメラギの未来に必要な男だ。必ず戻って来るのだぞ。俺も世界の混乱に流されぬよう、王としてスメラギの里を守るからな。……時間さえあれば、せめて大々的に見送ってやりたかった」

 

「このぜくう、いやスメラギ武士団一同、団長ならばご意志を全う出来ると信じております! あとのことはお任せくだされ!」

 

「我が愛する息子よ、暫しの別れなり。……旅の途中、何度でも帰ってきていいでござるからね。風邪引くなよ~でござる!」

 

 三人から激励を受け、微かに照れ臭そうな様子である。

 そしてもう一人、まさきに声をかける人物が。

 

「どうか……どうかお気をつけて。みつねは、あなた様の無事を祈っております」

 

「拙者も姫を…………みつねを常に案じている……」

 

 あえて名を呼び、まるで誓いを立てるかのように宣言。

 

「……はい」

 

 みつね姫は、目一杯の笑顔でまさきを送り出すのだった。

 

 

 

 見送りも終わり、ザルヴァルグが寒空を飛び始めた頃。

 謁見の間にはてんじ王、まきりさんを残して誰もいなくなった。

 

「てんじ様」

 

「今は二人だ。崩してよいぞ」

 

「じゃあ、お言葉に甘えて…………てんちゃん。まさきを旅立たせて本当によかったでござるか?」

 

「不敬にて打首獄門(うちくびごくもん)に処す」

 

「理不尽!! 殺生(せっしょう)でござるよ~!!」

 

「冗談に決まっておるではないか。そして返答だが……よいのだ。武士団長と言えど、まさきは二十にも満たぬ若さ。旅をして外界を知ることも必要であろう。セリアル大陸が出現し、エグゾアが世界を乱す今の時勢なら尚更な」

 

「その内容は拙者が既に述べてるでござるよ」

 

「揚げ足を取るでない! 思いは同じということだ! ……それに、あの者達が一緒ならば不思議と不安ではない。大きな問題を抱え、これからも危険に直面していく一行のはずなのに、何故だろうな」

 

「縁のようなものなら拙者も感じたでござる。こういうのは口では言い表せないでござるからね」

 

「そして、止めなかった最大の理由。それは……」

 

「それは?」

 

「まさきのみつねに対する愛情は、俺と同等かそれ以上だからな。けじめをつけたいと言うのであれば野暮に引き止められぬわ。がはははは!」

 

「はっはっは! 左様でござる。あいつの姫様愛は筋金入りでござるからなぁ!」

 

 二人の明るい笑い声は天にまで届き、まるで雪雲を払うかのように広がっていった。



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第34話「静かに崩れる」 語り:マリナ

「キラメイ、ボルスト。わざわざリゾリュート大陸まで出向いてくれて御苦労様。報告書には目を通させてもらったよ」

 

 エグゾアセントラルベース内に設けられた荘厳の間。常に薄暗いこの空間で、ミカヅチ城から帰還した二人を労っているのは総司令デウスである。

 師範とキラメイは、物々しく大層な席に座るデウスの前で(ひざまず)いたまま耳を傾けている。

 

「実験が成功してくれて本当によかった! おまけに、ジュレイダルの生存も確認できた。素晴らしい収穫だよ」

 

 デウスは上機嫌であり、いつになく表情が柔らかい。そんな彼へ師範が、ごく事務的に問いかける。

 

「奪われた大翼機(たいよくき)ザルヴァルグについては、いかが致しましょう」

 

「どうせ不完全な試作型なのだから、この際くれてやろう。正式運用する量産型のザルヴァルグ……ああ、そういえば量産型の名称は『ギルムルグ』に決定したのだったね。こちらの方も、ソーサラーリングと一緒にナスターが最終調整中さ。特に問題はない」

 

 幸福の真っ只中にいるためか、なんとも気前のいい返事が飛んできた。だが裏を返せば、私達が所有するザルヴァルグは無価値も同然ということ。飛行機械を量産し、何を始めるつもりなのだろうか。

 

「ところで、ゾルク・シュナイダーと交戦したらしいじゃないか。彼が正気を保っていたというのは本当かい?」

 

 この質問に対し、報告の場では珍しくキラメイが口を開く。

 

「間違いない。暴走状態だとはとても思えなかった。……俺としては惜しかったところだ。エンシェントビットを暴走させた状態の救世主となら、さぞかし楽しめる戦いになっただろうからな。ククク……!」

 

 嬉々として紫の眼を輝かせるキラメイ。その喋りは、デウスを敬っている風には聞こえない。しかしデウスの方も扱いに慣れているのか、無礼に関して何も言わなかった。

 

「エンシェントビットとゾルク・シュナイダーの融合は間違いなく進行していた。彼らが時空転移に巻き込まれる直前、我はこの目ではっきりと見たのだからね。あの時の様子だと一日も経たずしてレア・アムノイド化を果たすはず……。それがどうして、百日以上も経過した今ですら平然としていられるのか」

 

 キラメイから確認がとれた時点で、デウスは頭の回転を速めて答えを求める。けれども、そう易々と見つかるものではない。結局、やれやれと首を横に振って諦めてしまう。

 

「この我に把握できない現象が存在するとは歯痒いが、まあいい。次の工程に移るとしよう。……ではボルスト。彼女達に『ギルムルグの最終調整が終わり次第、任務を開始せよ』と伝えておくれ」

 

「はっ。全ては、総司令の意のままに!」

 

 伝令を任された師範は力強い返事を残し、キラメイと共に荘厳の間を去っていく。

 彼らの退室を見届けた後、デウスは山吹色の瞳で野望の先を見つめ、こう零すのだった。

 

「そう、我の意のままにならなければいけないのだよ。世界の命運もゾルク・シュナイダーの末路も、全てね……!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第34話「静かに崩れる」

 

 

 

 スメラギの里の人々に別れを告げ、快晴となった大空に飛び立ってすぐ。機内の窓辺には、遠ざかっていく故郷を名残惜しそうに見下ろす、まさきの姿があった。

 感傷に浸っていたようだが、私とゾルクを視界に入れた途端に何か思い出したらしく、こちらへ近寄ってきた。

 

「お主達に伝えねばならぬことがある。時間さえあれば姫が直接、述べられるはずだったのだが……」

 

 時間さえあれば、との言葉を耳にした途端ゾルクは、顔向け出来ないと言いたげに目線を逸らしてしまう。

 

「ごめん。俺が急かしたから……」

 

「何を申すのだ。こちら側が伝える機会を逃していたせいでもある。それに姫も拙者も気にしてなどおらぬ。お主の抱える問題は、何よりも優先して解決せねばならぬからな……」

 

 申し訳なさそうなゾルクとは裏腹に、まさきは充分な理解を示してくれていた。

 

「……ありがとう」

 

 感謝の言葉を発する彼の声は弱く、どこか気力が失せたもの。必要以上に自分を責めているのではないだろうか。

 少々重たい空気が流れたが、気を取り直してまさきが話を続ける。

 

「内容だが、それは姫のお身体について。医者に診てもらい判明したのだが、スサノオに治癒の魔力を奪われた姫は、そのおかげで御身(おんみ)から魔力を失われた。つまり、ごく普通の人間の身体となられたのだ……」

 

 その事実を聞かされた際のみつね姫は、あまりの嬉しさに涙されたという。こちらにとっても非常に喜ばしいことだ。

 次にまさきの口から飛び出したのは、スサノオについてのこと。

 

「そしてこれは余談となるが……スメラギの里では古来より『人間と魔力の間には相性が存在する』と伝わっている。スサノオは姫の治癒の魔力との相性が悪く、得た再生能力が不完全なものであったため、予想より容易く息の根を止めることが叶った可能性が高い……」

 

「ということは、魔力の相性が良かったなら倒せなかったかもしれないのか。恐ろしい話だ……」

 

 完璧な再生能力を持ったスサノオを想像し、私は柄にもなく身震いしてしまう。同時に、最悪の事態にならずに済んで心底安心するのだった。

 

「しかしスサノオの蛮行が、姫にとっての怪我の功名となったのもまた事実。世の中、何がどう転ぶかわからぬものなり……」

 

「そうだな。何はともあれ、みつね姫が治癒の魔力から解放されて本当によかった」

 

「…………羨ましいな。俺はこんな身体のままなのに」

 

 まさきと私の言葉の影に隠れるように、ゾルクが何かを呟いた。……呟いたと言っても、それはまるで息を吐いただけのような微かな音。

 

「ゾルク、何か言ったか?」

 

「いや、なんでもないよ」

 

 私はすかさず聞き返したが、彼の返答はこの通り。そして話をはぐらかす。

 

「あ! みつね姫と言えば、てんじ王から褒美を受け取るの忘れちゃったなぁ。まさき、今度スメラギの里へ寄ったら話をつけてよ!」

 

「無論なり……」

 

「やったー! 一体どんなものが貰えるんだろう? 楽しみだなぁ~!」

 

 まさきは軽く頷き了承した。ゾルクの方は、先ほどの落ち込み様から一転して無邪気に騒いでいる。

 ――やはり様子がおかしい。情緒不安定なのである。原因があるとすれば、ただ一つ。体内に埋め込まれたエンシェントビット以外にありえない。

 融合が進行していると知ったゾルクは焦っている。だから無理に明るさを振り撒いて自分を落ち着かせようとしているのだ。……それは悲痛な訴えとも言える。私はゾルクにかける言葉を探したが……見つけられず無力を思い知るしかなかった。

 

 次の目的地である秘境ルミネオスに到着するまで、まだ時間がかかるらしい。そこで、後回しになっていた用事を済ませることに。

 新しく仲間が増えたので、まずは自己紹介から。

 

「改めて挨拶せねばな。拙者の名は、蒼蓮(そうれん)まさき。スメラギの里にて武士団の(おさ)を務める者なり。これからの道中、よろしく頼み申す……」

 

「ソシア・ウォッチといいます。こちらこそよろしくお願いしますね、まさきさん」

 

「ジーレイ・エルシードです。腕の立つ武士だと伺いました。頼りにしています」

 

「ミッシェル・フレソウムよ。ゾルクとマリナの面倒を見てくれて本当にありがとね♪」

 

 三人が、まさきへ穏やかに挨拶を返す。しかし操縦席に座ったままのアシュトンは。

 

「……アシュトン・アドバーレだ。俺がザルヴァルグを操縦してる間は話しかけないでくれよ。ま、今は自動操縦だから何しててもいいんだけどな」

 

 無愛想な態度を示すのだった。

 エグゾアを裏切り私達の味方になったとはいえ、角が取れたわけではないらしい。そもそも彼が何故こちら側に付いたのか知らされていないが、焦らずともそれは間も無く明らかとなる。

 

「自己紹介も終わったところで、お待ちかねの本題だ。まずは私達の方から詳しく話そう」

 

 早速、私はお互いの状況を報告し合おうと切り出した。

 ミカヅチ城でゾルクが簡単に伝えてくれていたおかげで、話はスムーズに終わった。

 

「以上だ。次はそっちのことを教えてくれ」

 

「はい、お伝えします。こちらの百日間を」

 

 ジーレイはゆっくりと語り始めた。

 

「ゾルクから発せられた時空転移の光に飲み込まれた後、僕達は工業都市ゴウゼルに飛ばされました。ですが二人のように百日もの時間を飛び越えたわけではなく、転移からほとんど時間は経過していませんでした。しかしデウスから受けた火傷は、そちらと同じく完治していました。この現象もエンシェントビットによるものだと推測する他ありません」

 

「そんで、こいつらと運悪く鉢合わせちまったのが俺ってわけだ」

 

 操縦席から立ち上がりつつ、アシュトンも加わる。

 

「なんせ時空転移とかいうもんの出口が、よりによってエグゾアの秘密工場の中でよぉ。いきなり変な光の中から現れやがって。心臓が止まるかと思ったし、また色々ブッ壊しに来たのかとヒヤヒヤしちまったぜ」

 

 ジーレイ達を見据えながら、迷惑したと言わんばかりに眉をひそめた。

 そんな彼の発言にソシアが反応する。

 

「でも事情を話す前に(かくま)ってくれましたよね。アシュトンさんが居てくれなかったら、私達はエグゾアに捕まって酷い目に遭わされていたはずです。本当に感謝しています」

 

「……お前らには命を救われた借りがある。だから助けてやったんだ。嫌々ながらな」

 

 借りというのは、以前ゴウゼルで機械仕掛けの巨人の暴走から助けた時のこと。しかめっ面でソシアに返事をしたアシュトンだったが、なんだかんだ言いつつ律儀なところがあるようだ。

 

「『借り』じゃなくて『恩』でしょ? それに、嫌そうな風には全然見えなかったわ。意地張ってないで素直になればいいのに」

 

「う、うるせーよ!! 嫌々だったっつってんだろ!!」

 

「やーいアシュトン照れてるー♪」

 

 図星を突かれたらしく、取り乱しながら否定するアシュトン。冷やかしたミッシェルは悪い笑顔を浮かべるのだった。

 

「とまあ、このようにミッシェルが居てくれたおかげもあり、アシュトンとは早期に打ち解けることが出来ました。そしてデウスの真意を知らせたところ、こちらに寝返ってくれたのです」

 

 二人を見守りつつ、ジーレイは話を元に戻す。

 ミッシェルの突き抜けた明るさが意外な場面で活躍したようだ。彼女はアシュトンと敵対した経験が無いため、抵抗を感じずに接することが出来たのだろう。

 

「まさか総司令の(うた)う世界征服が大嘘で、世界の破壊と創造が真の目的だったなんてな。そんなもんに巻き込まれて死ぬなんざ、俺はまっぴらごめんだからな。必然的にお前らの方へ寝返るしかなかった。ただそれだけだ」

 

 あくまで根本から協力しているわけではない、とアシュトンは主張する。……しかし。

 

「そうは言っても、あたし達を信じてくれたからこそ味方になったのよね? でしょでしょ?」

 

 ミッシェルは真紅の瞳を輝かせてニヤついた。

 

「だぁーっ!! すっこんでろ、デカいガキめ!!」

 

「え~? どこ見てデカいって言ってるの~? やらしぃー!」

 

「し、身長だ、身長!!」

 

「わーい、また照れたー! 可愛い~♪」

 

「もうやだこいつ」

 

 怒鳴り声を浴びながら、ミッシェルは茶化し続ける。どうやらアシュトンは都合の良いオモチャと化しているようだ。あまりにもよく出来た構図のため、私は暫し呆気にとられてしまう。

 その代わりというわけでもないが次は、まさきが発言する。

 

「アシュトンという男が信用に値するのは把握した。して、お主達は工業都市ゴウゼルとやらにずっと潜伏していたのか……?」

 

「いいえ。私達は一旦アシュトンさんとお別れしました。そしてゾルクさんとマリナさんを見つけるために、エグゾアの目を掻い潜りながらセリアル大陸各地を巡ったんです。私達の転移先がセリアル大陸だったので、きっとお二人も同じ大陸にいるはずだと思って。けれど、いくら探しても手掛かりが見つからなくて、とても不安でした……」

 

「だから、あとちょっとでリゾリュート大陸も旅し始めるところだったわ。まあ結局、来ちゃったんだけど。でもね、悪い話ばかりじゃないわよ。旅のおかげっていうかなんていうか、あたし達パワーアップしちゃったわ♪ 新しい技を思いついたり、ランテリィネへ寄った時は治癒術を強化したりもしたわね!」

 

 不安になるほど心配してくれていたソシアと、前向きに進んでいたミッシェル。どちらの言葉も嬉しく感じた。……私に、嬉しがる資格があるかどうかはわからないが。

 彼女達に続き、ジーレイが喋る。

 

「旅の中、人々の動揺する様子も目の当たりにしてきました。リゾリュート大陸とセリアル大陸がいきなり一つの世界として統合されたのですから、混乱するのも当然。ですが百日も経過すればそれも多少なり沈静化し、今に至るというわけです。現時点で大きな争いが起きていない点も救いの一つですね。エグゾアまでもが静かだったのは不気味でしたが、まさかリゾリュート大陸で悪事を働いていたとは思いも寄りませんでした」

 

 やはり一時期は世界中で混乱が起きていたようだ。世界が一つになった原因を知らない人々にとっては天変地異としか思えないのだから仕方ない。

 

「俺とマリナの居場所、どうやって突き止めたんだ?」

 

「つい先日、僕がエンシェントビットの魔力を感知したのです。そしてアシュトンと協力して秘密工場からザルヴァルグを奪取。感知した地点であるリゾリュート大陸の北部へ飛んでいき、魔力の軌跡を辿った先がミカヅチ城だった、というわけです」

 

「……そう、だったんだ……」

 

 ジーレイからの返答を聞いたゾルクは、胸を刺されたかのように硬直し、意気消沈。

 それもそのはず。もしもゾルクが暴走せずエンシェントビットの光が溢れ出なかったならば、ジーレイが感知することもなく皆との再会は果たせなかったかもしれないからだ。ゾルクも私も、手放しでは喜べなかった。

 そして私は気が沈んだまま、ずっと引っかかっていた質問を繰り出す。

 

「一つ、みんなに訊きたいことがある。私を……恨んでいるだろうか」

 

 勇気を振り絞り、喉から外に溢れさせた音。皆は、しんとしたままである。

 

「理由はどうあれ、私はデウスに加担する形となっていた。そのせいで、みんなを危険な目に遭わせてしまって……」

 

「マリナさん、何をおっしゃるんですか! 恨むはずありませんよ。悪いのはデウスであって、マリナさんではありませんから」

 

 身を乗り出して言葉を遮ったソシア。桃色のポニーテールが大きく揺れた。

 

「あたしも、マリナは悪くないと思ってるわ。だって騙されてたんだから、どうしようもないじゃない。あなたは責任感が強過ぎるのよ。それが良いところでもあるけど、さすがに背負い込み過ぎね。もっとリラックスしなきゃ、ドツボにはまっちゃうわよ?」

 

 ミッシェルも優しく声をかけてくれた。彼女の言うように、私は思い詰めているのだろうか。

 最後にジーレイも口を開く。

 

「二人のおっしゃる通りです。それに非難されるべきは、本来なら僕のはず。エンシェントビットをこの世に生み出した張本人でありながら、決着をつけられず……多くの人々に迷惑を…………」

 

 ――それは突然のこと。

 彼は喋りの途中、前触れもなく膝から崩れ落ちてしまったのだ。すかさずゾルクが抱きかかえる。

 

「ジーレイ、どうしたんだ!? 大丈夫か!?」

 

「すみません……。ミカヅチ城で魔力を……使い過ぎて、しまいました。僕はもうすぐ、意識を……」

 

 言い終えられず、深い眠りへと落ちるように紫の眼を閉じてしまった。

 するとソシアが慌てて指示を出す。

 

「いけない……! ゾルクさん、ジーレイさんをこちらに寝かせてください!」

 

「わ、わかった!」

 

 そして彼女を筆頭に。

 

「アシュトンさん、ザルヴァルグの進路を変更してください! ここから一番近い町へ向かって、ジーレイさんを休ませないと……!」

 

「ちぃっ、しょうがねぇな。手のかかる魔皇帝様だぜ」

 

「あたしは筆術でジーレイを癒すわ。ソシアも手伝ってちょうだい!」

 

「拙者も微力ながら治癒を行える。何やらわからぬが助太刀いたす……!」

 

 迅速に操縦席に戻ったり、倒れたジーレイを介抱したりと、それぞれのやり方で対応している。私とゾルクは、皆が尽力する姿を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 リゾリュート大陸中央部から見て北東に位置する、火薬の都市ヴィオ。急遽、この町へと降り立った。

 赤い煉瓦造りの煙突付き家屋や工場が建ち並ぶ、火気厳禁の物騒な町。屋内は勿論、屋外に出てさえも火薬の匂いが存在を主張する。自然はゴウゼルほど少ないわけではなく、ほどよい間隔で街路樹が植えられてあり用水路も整っている。

 ヴィオでは火薬の原料が量も種類も豊富に採れ、そこから製造される火薬を用いてケンヴィクス王国軍の武器や革新的な乗り物、式典用・娯楽用花火などの研究開発をおこなっているという。だが、そんなこと今はどうでもいい。

 大きな宿屋を見つけたので大至急、部屋をとる。そして白いシーツのかかった木製ベッドにジーレイを寝かせ、やっと一段落ついた。彼が愛用している眼鏡は外させてもらい、大事に畳んで傍の台に置いた。

 

「ソシアよ。ジーレイはどのような状態にあるのだ? 治癒術を無我夢中でかけ続けた意味も知りたい……」

 

 まさきが尋ねると、暗い声が返ってきた。

 

「……実はジーレイさん、ご自身の魔力が尽きかけているみたいなんです。そのせいで体調を崩してしまっていて……。だから治癒術をたくさんかけて、術から魔力を与えていたんです。ゾルクさんとマリナさんを探す旅の途中にも何度かこういうことがあったので、対応には慣れてしまいました。……こんな慣れ、全く喜べないですけれどね。しかもジーレイさんがおっしゃるには、いくら治癒術をかけても魔力を完全に吸収できるわけじゃないので、一時しのぎにしかならないそうです……」

 

 ソシアは表情をくしゃくしゃにさせ、歯を食いしばって必死に悲しみを堪えている。私は気遣おうとも思ったが、耐える彼女にもプライドがある。ここは見て見ぬふりをし、会話を続けた。

 

「ジーレイは自分の魔力を延命にあてて二千年も生き延びてきたんだったな。まずそれが奇想天外だが、そんな型破りな方法をとっていて今まで限界が訪れなかったことにも驚いてしまう」

 

「それね、実際は本人の魔力だけで生きてきたわけじゃないみたいなの」

 

 ミッシェルから不意の一言が飛んできた。ジーレイは確かに、デウスに向かってそう言っていたはずだが……ここは大人しく話を聞くべきである。

 

「ジーレイは自分自身に不老の魔術をかけて生きてきたんだけど、さすがに自分の魔力だけじゃ二千年も持たないと判断したから、辺りで拾ったビットの魔力を不老の魔術に使い続けてきた、って教えてくれたわ。ちなみにその不老の魔術、独自に考えた高度で危険な魔術だからジーレイにしか使えないし、不死身になるわけじゃないんだって。あと、普通の魔術を使う時は魔力を持たない人間と同じように、いつも持ってる魔本のビットに頼ってるらしいわ。そんな風に工夫して魔力の消費を抑えてきたのよ」

 

 ミッシェルの説明のおかげで理解できた。魔力そのものを生命エネルギーに変換していたわけではなく、特殊な魔術にあてていたことを。そして、彼の魔力にも限界があるということも……。

 

「でも秘奥義レベルの強力な魔術を放つ時はビットの魔力だけじゃ足りないから、自分の魔力も一緒に使うって言ってたわね。あたし達もジーレイの秘奥義を見たのはミカヅチ城が初めてだったわ。あのキラメイとボルストを一撃で撤退に追い込むなんて、ほんと凄まじい威力よねぇ」

 

 思い出しつつミッシェルは感嘆した。

 確かに、ジーレイが秘奥義を使うところはあの時まで見たことがなかった。彼にとっては諸刃の剣で、安易には使えなかったのだ。

 

「私、ミカヅチ城でジーレイさんが六幹部を追い返した時点で、また倒れるんじゃないかってハラハラしていました。けれど平然としていたので一度は安心したんです。……いま思えばそれは、私達に心配をかけないよう無理をしていただけに違いありません。だって秘奥義を使わなくても、百日の旅の中で何度も倒れていたんですから。もしかしたらジーレイさん、もうすぐ魔力が尽きてしまうかもしれません……。それに今だって……このまま目を覚まさない可能性も……無いわけじゃ…………うぅっ……」

 

 徐々に震えていく声。ソシアは堪え切れず両手で顔を押さえてしまう。彼女の言葉はこちらの胸に、痛烈に響いた。

 無力を嘆く音が部屋を満たしていく。その折に。

 

「……まあその、なんだ。安心しろよ。とんでもない方法で二千年も生き延びてきた魔皇帝様なんだろ? 今更こんなところでくたばるタマだとは、俺には思えねぇぜ。泣くより、せいぜい回復を祈って待っててやればいいんじゃねぇか?」

 

 茶髪をガリガリと掻きながら不器用に声をかけるアシュトン。するとソシアはきょとんとし、乱雑に涙を拭った。

 

「……そう、ですね。泣いたところで……解決しませんもんね。慰めてくださってありがとうございます」

 

「おう。……ん!? い、いや、違う、慰めたわけじゃねぇからな! ただ泣き声が鬱陶しかっただけだ! それだけだ!! 本当だぞ!?」

 

 笑顔をつくったソシアに向けて素直に返事をした……と思ったら両腕を組み、突っぱねるような態度で否定した。どうしてそこまで真意を隠したがるのかわからないが、その姿は滑稽(こっけい)だったため周囲も意図せず笑い始める。

 中でも、ゾルクは飛び抜けて笑い声をあげていた。

 

「あはははは! アシュトン、なんだよそれ! 変なところで強がったって良いこと無いぞー!」

 

「わ、笑うんじゃねぇよ救世主!! お前にだけは笑われたくねぇ!! 特に理由はねぇけどすげぇムカつく!!」

 

「は、はあっ!? なんだと、こいつ!! あと『救世主』じゃなくて名前で呼べよバーカ!!」

 

「ああ!? 誰が名前で呼んでやるかよ!! ダサいアホ毛のヘタレでマヌケな救世主が!!」

 

「ああああああああ!! よくも『ヘタレ』って言ったな!! せっかく忘れてたのに!! 他の悪口だってもちろん許さないけど『ヘタレ』は特に許さないぞ!!」

 

「なんだよそれ!! お前だってわけわかんねぇところに、こだわりがあるんじゃねぇか!!」

 

 金髪頭と茶髪頭が罵声を浴びせて睨み合う。皆はこの光景を眺め、やれやれと思いながらも気分が明るくなるのだった。

 意外にも気遣う心を見せたアシュトン。敵対していた頃からは想像もつかない変化だ。いや、ひょっとするとこれがアシュトンの素顔なのかもしれない。そう考えると彼の強がる姿は微笑ましいものになった。

 ……ここでふと私は、ベッドで眠るジーレイに視線を向けた。部屋が非常にうるさくなったというのに、起きるどころか眉ひとつ動かす気配が無い。呼吸や脈拍などの生命活動は確認済みだが、やはり意識は戻っていないようだ。アシュトンが言ったように祈りながら回復を待つしかない。

 

 言い争いが落ち着いた頃。ゾルクは質問を思い出したらしい。

 

「そうだ、みんな。エンシェントビットについてジーレイから何か聞いてないか? 例えば、どうやって創られたか、とか」

 

 この言葉に、ミッシェルが首を横に振る。

 

「それ、あたし達も訊いたんだけど『全員が揃った時にお話しします』の一点張り。ためらってるようにも見えたわ。そんなに話したくないのかしら? でも一緒にここまでやってきた仲間なんだから、ためらわずに話してほしいわよねぇ」

 

 なんと、百日も経過した現在でさえ隠し通しているという。真実を明かすのを頑なに拒んでいるとは思わなかった。不老の魔術のことを話せて、何故エンシェントビットについては話せないのか。謎は深まるばかりである。

 

「そんな……やっと聞けると思ったのに、おあずけだなんて……」

 

 落胆するゾルク。ベッドの傍まで力無く歩き、床に両膝を突く。そしてジーレイにだけ届くような弱々しい声で呟いた。

 

「なあジーレイ、頼むから目を覚ましてくれよ……! 俺はすぐにでも秘境ルミネオスへ行って、この身体からエンシェントビットを取り除きたいんだ……! これがどういうビットなのかってことも早く知りたい。不安でたまらないから、不安で押し潰されそうだから、不安を無くしたいから……! 怖くて頭がおかしくなりそうなんだよ……!!」

 

 まるで神に祈るかのように、顔の前で左右の手を組む。同じ空間に仲間が居ることも忘れて、ただ一心に。

 そして心優しい彼ならばジーレイの容態を気遣えるはずだろうに、それも無い。先ほどのアシュトンとの言い争いも不安を紛らわせるためのもの。……精神状態が限界に近いのだ。

 

 ゾルクの心境を少なからず察することが出来る。私も、自分が何者なのか知りたいからだ。しかしこれについてはジーレイも知らない様子だった。『私が誰なのか』を知るためにはデウスから直接、聞き出さなくてはならないのだろうか。

 記憶の真偽をはっきりさせて『マリナ・ウィルバートン』の正体を知りたい……その願いは変わらない。だが同時に、真実を知ることに対して恐怖している。私も不安と戦っているのだ。

 彼のあんな姿を見てしまうと尚更、押し潰されそうになる。だから私は仲間に明かさず声も上げず、ただ唇のみを動かして、もがくしかなかった。

 

 ――ゾルク、私も怖いよ――



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第35話「平穏へ別れを」 語り:ソシア

 火薬の都市ヴィオの、煉瓦造りの宿屋の一室から窓の向こうを見た。昨日までとは違い、空は灰色の雲に覆われている。そのうち雨でも降りそうだ。

 

 ジーレイさんは依然として意識を失ったままであり、二日が経過した。生命活動が停止する兆しは無いが、目覚める気配も一向に無い。定期的に治癒術をかけて魔力を与えてはいるのだが……これをいつまで続ければいいのだろうか。

 二日も目を覚まさないのは今回が初めて。脳内に浮かぶ『最悪の結末』を必死に消去しながら、皆で看病を続けていた。

 

「ジーレイは、俺達を混乱させないために魔皇帝だったことを隠してた、って言ってたけどさ……やっぱり寂しいよな」

 

「ああ……。それにもし事前に真実を知らせてくれていたら、事態も好転していたかもしれない」

 

 ゾルクさんとマリナさんは揃って肩を落とした。仲間でありながら正体を明かしてもらえなかった……つまり信用されていなかったと同義だからだ。

 いつか私も二人と同じ意見を抱いていた。しかし今は違う。そこでミッシェルさんと共に、ジーレイさんの気持ちを伝えようとした。

 

「あたし達もね、それを本人にビシッと言ったことがあるのよ。そしたらジーレイ、『申し訳ありません』って何度も頭下げてきて。謝られるこっちが逆に申し訳なくなっちゃったわ」

 

「あの時のジーレイさん、すごく心を痛めていました。私達を信頼しきっていなかったのを悔やんでいたんです。だからこそ『自分の不始末に決着をつけるため、今度こそ皆と協力してデウスの野望を阻止する』と決心していました」

 

「そんなやりとりがあったのか……。だったら私はこれ以上、何も言わない」

 

 マリナさんは理解を示してくれたようだ。ゾルクさんも静かに頷くが、どこか神妙な面持ちとなった。そして小声で言葉を漏らす。

 

「みんなと協力……か」

 

 すると続けて、こんな質問を繰り出した。

 

「みんなはさ、ジーレイみたいにこれからもエグゾアと戦っていくつもりなのか?」

 

「もちろんよ! メリエルを助けるのが、あたしの一番の目的だし!」

 

「拙者も戦う所存。姫を傷つけた元凶を成敗するため、お主達との旅を願ったのだからな……」

 

 開口一番に肯定したのはミッシェルさん。まさきさんも意思を述べた。その後に、私とアシュトンさんとマリナさんが続く。

 

「アムノイドにされたお母さんが実際にどうなってしまったのか、安否を完全に把握できていません……。それを確かめたいので、私はエグゾアに立ち向かっていくつもりです」

 

「俺だって、世界の破壊に巻き込まれるのはごめんだからな。出来ることをしながら抗ってやるぜ」

 

「私も自分が何者なのか知るために戦う必要がある」

 

 答える各々の眼には、確かな覚悟や想いが宿っていた。

 そんな私達を前にしたゾルクさんは。

 

「そっか」

 

 無表情のまま小さく呟き、後の言葉に繋ぐ。

 

「俺さ、一つ決めたことがあるんだ。みんなには悪いけど……もうエグゾアとは戦いたくない」

 

「えっ……!?」

 

 私は思わず息を呑んだ。

 

「元の身体に戻れたら、戦いから遠ざかる。バールンに戻って静かに暮らすんだ。後はみんなに任せるよ」

 

 いつも活発に突き進むゾルクさんが、まさかこんなことを言い出すなんて。皆も絶句している。

 

「この前は、スメラギの里の人達に助けて貰ったから恩返しだと思って頑張ったけど……ミカヅチ城でキラメイやボルストと戦った時、正直すごく恐ろしかった。自分を誤魔化しながらヤケクソで剣を振ったんだ。もうあんな思いはしたくない。暴走する可能性だって抱えてるし、みんなみたいに気を強く持って戦うなんて……俺には出来ないよ」

 

 覇気のない抑揚で喋り切ると、最後に力無く笑った。

 今までどんな困難にも果敢に立ち向かっていたゾルクさんの姿は、そこには無い。旅を通して彼のことを理解したつもりでいたが、それは大きな間違いだった。彼も普通の人間。超人などではない。常に前を向いて生きるなど無理なのだ。

 しかもゾルクさんだけはエグゾアに大敗を喫しただけでなく、身体にエンシェントビットを埋め込まれている。いつまた暴走するかもわからない不安定な状態と、エンシェントビットとの融合が進みレア・アムノイドと化す可能性。そこから募る恐怖は、私には想像できない……。

 皆は口を(つぐ)み、部屋が静まり返る。でも誰かが返事をしなければならない。そう考えていると。

 

「それがお前の本心なんだな?」

 

 翡翠の瞳で真っ直ぐ見つめ、マリナさんが問う。対するゾルクさんも、嘘偽りの無い眼差しを返した。

 

「うん。それに俺、救世主じゃなかったし。何の力も目的も無い、ただの被害者さ」

 

 マリナさんは少しの間、(うつむ)いて視線を逸らす。そして再び彼を見ると。

 

「……わかった。私は止めない」

 

 意思を受け入れた。

 

「マリナさん!?」

 

「引き止めなくていいの!?」

 

 思わず、私とミッシェルさんは口を挟んでしまう。しかしマリナさんだって、理由も無しに受け入れたわけではない。

 

「いいんだ。ゾルクが苦しみ悩む姿を近くで見てきたからわかる。『戦いたくない』と本気で言っているんだ。これ以上、無理強いしたくはない」

 

「そ、それは……」

 

「確かに、そうかも……しれないわね……」

 

 説得力のある言葉。そして私達もゾルクさんの状態を知っている。……反論の余地は無かった。

 答えるマリナさんの表情は穏やかでありつつ、暗いものだった。一番長くゾルクさんの傍にいた分、彼の抱える痛みが伝わってくるのだろう。だからこそ苦しみから解放される道を彼が選んだことに喜び、微かに安堵しているのかもしれない。

 

「ゾルク……私は、お前を情けないとも臆病だとも思わない。デウスから受けた仕打ちを考えれば、その選択は当然とも言える。……巻き込んでしまって、本当にすまない」

 

 面と向かい、深く頭を下げた。突然の行為にゾルクさんは慌てふためく。

 

「待って待って、頭を上げてよ! マリナのせいじゃないんだってば! ……俺を責めてこないなんて、なんだか調子狂うなぁ。あはははは……」

 

 ゾルクさんは苦笑して空気を和ませようと努める。その陰で、マリナさんが伏し目で何か呟いた。

 

「…………責められるわけがないだろう。お前は私のせいで苦しんでいるんだから」

 

 苦笑に紛れていたため聞き取れなかったが、おそらくまだ責任を感じているのでは……。

 

「あー暗い暗い! お前らが陰気だと俺まで影響受けちまいそうだ」

 

 突然、アシュトンさんが大きな声をあげた。首に巻いた緑色のスカーフをばたつかせながら、ゾルクさんを視線で刺す。

 

「ったく、救世主! お前のせいで空気がじめじめしてきやがったんだからな?」

 

「うっ……。はいはい、どうせ俺は暗い話題しか出せないよ」

 

 そんなにきつく言わなくてもいいのでは、などと思いながらやりとりを眺めていると。

 

「ジーレイには俺が付いといてやる。……だからお前ら、外の火薬臭い空気でも吸って気分を入れ替えてこい。いいな?」

 

 無愛想に提案した。アシュトンさんの妙な言動は私達への気遣いだったようだ。

 不器用な優しさに、ゾルクさんは感謝する。

 

「……わかったよ。ありがとな、アシュトン」

 

「うるせえ。さっさと行きやがれ」

 

 アシュトンさんが素直に受け取るはずもなく。それでも皆、彼の厚意を嬉しく思っている。そして提案通り五人で、ヴィオの町中へと歩き出すのだった。

 

 私達が宿屋を出た直後。アシュトンさんはおもむろに椅子に座り、目覚めないジーレイさんに声をかける。

 

「救世主の奴、相当まいってるみたいだぜ? なあ、そろそろ起きてやったらどうなんだ、魔皇帝のジーレイ様よぉ。早く色々教えて、ちっとでも安心させてやれってんだ。俺を助けてくれた時の無鉄砲な元気さも、どっかに置いてきちまってるくらいなんだからよ」

 

 喋る内に、工業都市ゴウゼルでの出来事を思い出していた。

 

「……あの時の救世主は本気で世界を救うつもりだった。『自分の気持ちを信じて貫く』だの『世界を救うなら人も救いたい』だの、くっせぇ台詞も大真面目に叫んでたっけな。だってのに、ひでえ現実に負けてあのザマだ。可哀想ったらありゃしねぇ……。あんたもそう思うだろ?」

 

 まるでジーレイさんを起こそうとするかのように語りかけたが、変化は見られない。それを確認すると大きな溜め息をつき、天井を見上げるのだった。

 

「……ったく。総司令もやることがえげつねぇんだよ。命の恩人のシケた(つら)は、見れたもんじゃねぇぜ」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第35話「平穏へ別れを」

 

 

 

 曇り空の下、商店街の散策を開始。

 道行く人々は決まって、フード付きのマントのような衣服を着用していた。全身をすっぽり包み隠せるほどの大きさである。

 ゾルクさんによると、これは火薬の都市ヴィオに古くから伝わる民族衣装なのだという。火薬の爆発事故から身を護るために作られたのがこの民族衣装の起源であるため、耐火性及び耐衝撃性に優れているのだとか。形状は共通だが色や柄などには個人の好みが表現されている。

 そして、この町には火薬に関する研究施設や古びた製造工場しかないだろうと思っていたが、そうでもない。普通の町のように飲食店や雑貨屋、新鮮な食材の市場まである。都市と呼ばれるくらい大きな町なので、商店が一通り揃っていても何ら不思議は無いのだが。

 様々な店を見て回りながら、ゾルクさんとマリナさんが会話する。

 

「いつか俺が夢で聞いた『謎の声』……あれもエンシェントビットに関係してるのかな?」

 

「アロメダ渓谷で気を失った時のか。どうだろうな……。やはりジーレイが意識を取り戻してくれなければ、何もわからない」

 

「だよな……。いま思えば『謎の声』が言ってたことは正しかったんだ。『今すぐ引き返せ』とか『あなたは救世主ではない』とか。デウスの本当の目的も知ってたみたいだったし」

 

 今までに起きた謎の現象についての考察。気持ちが落ち着いて少し前向きになれたのだろうか。……そう思ったが、すぐ後に。

 

「『謎の声』を信じて引き返しておけばよかったなぁ……なんて、今更こんなこと言ってもしょうがないけどさ。やっぱ……後悔しちゃうよ」

 

「ゾルク……」

 

 切なさを表に出し、ゾルクさんは無味な笑いを浮かべた。マリナさんも、かける言葉が無い様子。

 気分を入れ替えるため外出したというのに、これでは一新できない。何とかならないか模索していたところ……何者かが近寄ってきた。

 

「ちょいとちょいと、そこの方々」

 

「あたし達に何か用かしら?」

 

「ええ、そうですそうです、麗しいお嬢さん」

 

「あら、麗しいだなんて……♪」

 

 今時、誰も使わないような簡単なお世辞に引っ掛かり、ミッシェルさんは一瞬で上機嫌になってしまう。……確かに麗しいですけれど、それでいいんですかミッシェルさん。

 ――私達に接触してきたのは、マリナさんと同じか少し低いくらいの背丈の中年男性。砂漠色の民族衣装に身を包みフードを被っている。顔付きは、いかにも悪事を働いていそうな、あくどい印象を与えるものだった。

 首元には、くしゃくしゃになった灰色のスカーフを巻いている。顔を隠す頻度が高いので整える暇も無いのだろう。シーフハンターとして盗賊を取り締まっていた頃、似たような格好の連中をよく目にしていたため察しがついた。

 人を見かけで判断してはいけない……のだが、あまりにも胡散臭過ぎるので疑う気持ちを捨てられずにいる。

 

「わたしはドステロと申します。しがない商人です。あ、決して怪しい者ではありませんよ」

 

 何を言うか。とても怪しい。

 

「お見受けしたところ、旅をしていらっしゃるようですね。そんなあなた方にうってつけの商品がありまして」

 

「聞くだけ聞こう」

 

 マリナさんもドステロを信用していないらしく、きつくはないが彼を睨んでいる。それでも最初から突き放さず話だけは聞いてあげようとするあたり彼女は寛大だ。

 もちろんドステロはそれに甘え、どこからか黒い物体――商品を取り出した。

 

「これですこれ。この火薬の都市ヴィオで開発された、最新型の携帯爆弾! コンパクトな見た目に反して威力は絶大! 戦闘中、敵陣に放り込むもよし。時限装置付きなので嫌いなアイツの荷物に忍ばせるもよし。覚悟を決めた自爆特攻の際にも遺憾なく効果を発揮します!」

 

 自信満々、意気揚々と携帯爆弾をアピールする……が、釣られるわけがない。私は大きく首を横に振った。

 

「だめですだめです! 涼しい顔で物騒なものを押しつけてこないでください! この町ではこんな商品が当たり前のように売られているんですか……!?」

 

「とんでもない! あなた方を見込んで、特別にお売りしようとしているのですよ~。…………あのー、ほら。ここだけの話、この商品は一般には出回らないタイプの……ね? スペシャルなやつですから。ね?」

 

 急に声を小さくし、通行人に聞こえないようこっそりと教えてきた。……この男、第一印象の通り真っ黒である。俗に言う『裏のルート』から仕入れた危険な商品を売り捌く、闇の商人だったのだ。

 

「さあさあ、欲しくなってきたでしょう? この最新型携帯爆弾ひとつ、今ならたったの十万ガルド! お買い得ですよ!」

 

「見込み違いぞ。拙者達には無用の長物なり……」

 

「百歩譲って必要だったとしても、十万ガルドじゃ買う気にならないわねぇ。高すぎでしょ」

 

「いやいや、きっとお役に立つ日が来ますって! 十万ガルド分の価値もありますって!」

 

 すっぱり斬り捨てるまさきさんとミッシェルさんであったが、ドステロに諦める気配は無い。粘り強く食い下がるその姿勢、さすが商人と褒めるべきか。

 面倒な人間に絡まれたものだ。どうやってこの場を逃れようか頭を悩ませていると、ドステロを黙って見つめていたゾルクさんが――

 

「ああああああああ!! お前は!!」

 

 ――破裂するかの如く絶叫した。思い切り指を差し、震えている。

 

「ドステロって名前だったのか!! その砂漠色の民族衣装と灰色のスカーフ、どうりで見たことあると思ったわけだ……!!」

 

「えっ……金髪のお兄さん、どうしたんです? わたしとどこかでお会いしましたっけ?」

 

「会ったさ! バールンでな!! お前、金持ちの屋敷を爆破した犯人だろ!?」

 

「へあっ!? な、何故それを……!?」

 

 図星を指されたらしく、ゾルクさんを凝視しながら過去を振り返った。すると、どんどん顔が青ざめていく。

 

「金髪と蒼い鎧と大剣……もっ、もしかしてっ! あの時の間抜けそうな剣士!?」

 

「間抜けって言うなーっ!! ……じゃなくて、お前のせいで俺は濡れ衣を着せられて刑務所に放り込まれたんだぞ!? この場でとっちめてやるからな!!」

 

「おれの代わりに捕まったと風の噂で聞いたけど、もう出所してたなんて!」

 

「そ、その辺は事情があるんだけど……とにかく! 真犯人め、おとなしく捕まれ!!」

 

 まさに一触即発。ゾルクさんがじりじりと詰め寄る。余裕を無くしたドステロは一人称が「わたし」から「おれ」に変わり、ゆっくりと後退りする。

 

「こういう場合はもちろん…………逃げる!!」

 

「あっ、こら!!」

 

 意を決したドステロ。振り返って全力逃走を開始。しかしゾルクさんも真犯人を逃がしたくはない。血眼になって砂漠色の民族衣装を追いかけていく。

 ぽかんと見ていた私達は、そのまま見送ってしまった。が、流石に放置は出来ない。

 

「……とりあえず、ゾルクさん達を追いかけましょうか」

 

 見えなくなりつつある背を追跡し始めた。

 

 

 

 二人は、人生を賭すかの如く風を切っている。

 

「ドステロー!! 待てー!! 逃がすもんかぁぁぁ!!」

 

 商店街を駆け抜け。

 

「ひぃー!! あの剣士、間抜けそうなのに意外と足が速い……!!」

 

 工場区域も通過し。

 

「また間抜けって言ったなぁぁぁ!!」

 

 住宅地までやってきた。

 

「しかも地獄耳ぃぃぃ!?」

 

 ここまでで距離はかなり縮まったのだが、あと少し届かない。

 

「はぁ、はぁ……! くっそー、やっぱりあいつ逃げるのが上手いな。でも絶対に捕まえなきゃ……!」

 

 汗だくになりながらもゾルクさんは諦めない。……そして。

 

「そうだ! これならどうだ!」

 

 ピンと閃いた。立ち止まらず、背の鞘から器用に両手剣を引き抜き、全力で振り下ろす。

 

裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

 斬撃と共に衝撃波を飛ばす剣技、裂衝剣(れっしょうけん)が炸裂。衝撃波は何よりも速く突き進みドステロの背中を捉える。

 

「どわあああ!?」

 

 とにかく走って逃げることのみを念頭に置いていたドステロ。背後からの攻撃を避けるなど不可能。衝撃波に当たってバランスを崩し、派手に転んでしまう。そしてゾルクさんは追い付き……。

 

「よっしゃぁぁぁ!! 捕まえたぁぁぁぁぁ!!」

 

 勝利の雄叫びを上げるのだった。

 

 

 

 私達が現場に到着すると、ドステロは観念していた。逃げようとする素振りも無い。

 

「なあ、ドステロ。どうして金持ちの屋敷を爆破したんだ?」

 

 ゾルクさんが動機を尋ねると、曇り空を眺めながら語り始めた。

 

「……おれは昔、爆弾屋の店長として真面目に働いてたんだけど、あの金持ちが経営してる会社に客を奪われて店が潰れてな。その腹いせに、バールンに建ってた別荘を爆破してやったんだ! 建物が吹っ飛ぶ光景を見れて気分は最高だった……!」

 

「同情できなくもないけど、やっぱり爆破は駄目だろ……」

 

「何とでも言えよ! おれは満足したからそれでいいんだ! ……そう。満足したから、もう逃げも隠れもしない。捕まる日が来る予感もしてたしな」

 

 しょぼくれつつもドステロは覚悟を決めた。罪を犯した自覚はあったのだ。

 

「迷惑かけて悪かったな、剣士さん。王国軍に突き出してくれ」

 

「心置きなくそうさせてもらうよ。この町の詰め所に行くぞ」

 

 ドステロはゾルクさんに従い、一歩踏み出した。

 ――その時だった。突風と共に、駆動機械から発せられるような高音が響く。

 

「なんの音でしょうか? それにどこから……?」

 

 ここは住宅地。工場区域でもないのに機械音が鮮明に聞こえるのは解せない。

 私が不審に思っていると、まさきさんが音の正体に気付いた。

 

「空を見よ……!」

 

 雲に覆われた空を全員が見上げる。すると……。

 

「巨大なカラスのモンスター? ……いや、違う! 黒いザルヴァルグだ!? しかも一機だけじゃない……!!」

 

 ゾルクさんが言った通り、漆黒に染め上げられたザルヴァルグが五機も、空中で停止していたのだ。

 ……それだけではない。黒いザルヴァルグは信じ難い光景を私達に叩きつける。

 

「な……なんなのよ、あの光は……」

 

「町の人々を……誘拐しているのか!?」

 

 ミッシェルさんとマリナさんは戦慄した。空中停止した黒いザルヴァルグの腹部から円錐(えんすい)型の光が降り注ぎ、逃げ惑うヴィオの住民を捕らえて機内へと取り込んでいるのだから。

 

「うわあああ!? なんなんだよこれ!! でかい鳥に食われる……!? だ、誰か! 誰かぁぁぁ!!」

 

「なんで!? どうして身体が浮いていくの……!? やめて、やめてよ!! いやあぁぁぁ!!」

 

 円錐型の光に触れた住民はゆっくりと上昇し、どんなに足掻こうとも意味を成さず発狂しながら、黒いザルヴァルグに取り込まれていく。それも一人や二人ではない。一機につき二百人以上は確実で、そこからまだ数を増やしている。

 しかしザルヴァルグは多くても五十名程度しか収容できないはずだが、何故あそこまで取り込めるのだろうか。仕組みがどうであれ、見るに堪えない現象だ。

 理解し難い要素ばかりだが、これは現実に起きていること。しかも間違いなくエグゾアの仕業である。誘拐を阻止しなければ。

 ……意気込んでみたものの、冷静に考えてみれば私達も円錐型の光に捕まる危険性がある。どうするべきか。

 

「む、黒の巨鳥がこちらに!? 回避すべし……!!」

 

 案じている内に、もう危機が訪れた。けれどもまさきさんの合図のおかげで、私達は建物の陰に隠れる。これで難を逃れた……と思いきや。

 

「あっ、ドステロが!?」

 

「ひ、ひえぇ~! 皆さん、助けて……!」

 

 自由を奪われ徐々に昇っていくドステロを、ゾルクさんが指差す。更に、円錐型の光に捕まったのは彼だけではなかった。

 

「おかあさーん!!」

 

「こわいよぉーっ!!」

 

 お揃いの黄緑色の民族衣装を着た……双子だろうか。澄んだ水色の髪も顔の形も瓜二つの男児と女児が泣きじゃくっている。

 

「ティオッ!! エリスーッ!!」

 

 円錐型の光の外には、双子と同じく澄んだ水色の髪をした母親らしき女性。必死に子の名前を叫んでいた。

 ぼうっと眺めている場合ではない。すぐに手を打たなければ。そこで私は提案する。

 

「マリナさん! 黒いザルヴァルグのお腹……光の発振源を攻撃してみるのはどうでしょうか?」

 

「やってみる価値はありそうだな。同時に撃つぞ、ソシア!」

 

「はい!」

 

 素早く武器を構えると、光の円錐の頂点部分に狙いを定める。

 

「ペネトレイトカノン!」

 

呪闇閃(じゅあんせん)!」

 

 マリナさんが強力な徹甲弾を、私が闇属性の矢をそれぞれ発射した。そして狙いの一点へ同時に命中。思惑通り、円錐型の光は消失した。

 

「キャッチはあたしに任せて!」

 

 落ちていく、双子とドステロ。ミッシェルさんは三人を筆術で受け止めるべく大筆を走らせた。描いたのは、道いっぱいに広がる巨大なクッションの絵。説明するまでも無いが、筆術であるため絵は瞬く間に立体化する。

 三人は描かれたクッションの上に落ちると何度か弾んで勢いを和らげ、うまく着地した。

 

「双子ちゃん、怪我は無い?」

 

「う、うん……!」

 

「おねえちゃん、ありがとう!」

 

 ミッシェルさんは笑顔を浮かべて双子の頭を優しく撫でた後、母親の元へ帰した。親子は泣きながら抱擁し、無事を喜ぶ。

 

「ティオ、エリス……本当に良かった……! どこのどなたか存じませんが、助けてくださりありがとうございます……!」

 

「いいのいいの。それより早く逃げてちょうだい! ……元気でね、双子ちゃん」

 

 母親はミッシェルさんの言葉に従い、双子を連れてこの場を離れていく。見えなくなる直前、私達の身を案じるかのように一礼するのだった。

 

「何してるんだよ、ドステロ! お前も逃げるんだ!」

 

「でも剣士さんは? 一緒に逃げないんですか……?」

 

 ゾルクさんが避難を促しているが、ドステロは困惑しておりなかなか動こうとしない。すると砂漠色の背中を突き飛ばしながら、次のように宣言する。

 

「逃げ遅れてる人がいないか確認しなきゃいけないからな。……とにかく逃げろ! お前が無事じゃないと王国軍に突き出せなくなるじゃないか!」

 

「……す、すみませんっ!」

 

 ドステロは罪悪感に苛まれながらも、逃げ惑う人々の流れに飛び込んでいくのだった。

 一方、腹部を破壊された黒いザルヴァルグは未だ空中に位置している。飛行に支障は無いらしい。なんという頑丈さだ。

 そして私達以外にも地上から破損箇所を眺めている者が。逃げ遅れたヴィオの住民だろうか。そう思い、目を凝らして見てみると……。

 

「あーあ。トラクタービーム発振器、壊されちゃったみたい。でもギルムルグはまだ四機のこってるし、別にいいよね?」

 

「ええ。それに今の時点でもかなりの量が確保できたわ。総司令もきっとお喜びになるはずよ」

 

 一人は空色の瞳と藤紫色の髪、縦巻きにカールしたツインテール、白と黒を基調としたフリル満載の甘いドレスが特徴的な少女。

 もう一人は真紅の長髪をなびかせ、髪と同じ色のバトルドレスを身に纏った妖艶な女性。手には身の丈に匹敵するほど巨大な筆を掴んでいる。

 どちらも服の左肩にエグゾアエンブレムを刻んでいた。

 

「あの二人は……!」

 

 私が捉えた姿。それは、フィアレーヌ・ブライネスとメリエル・フレソウムであった。



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第36話「音を立てて壊れゆく」 語り:ソシア

鮮筆(せんひつ)のメリエルに禁霊(きんりょう)のフィアレーヌ! なんでお前達がヴィオに!?」

 

 鋭い目付きで警戒するゾルクさん。黒いザルヴァルグを引き連れてきたのは彼女達だった。

 

「なんでって、任務に決まってるじゃん。っていうか、それはフィアレの台詞だしー。救世主達がこの町に来てるなんて思ってなかったもん。……あれ? 魔皇帝の姿が見えないね。どっか行っちゃったの? それか死んだ?」

 

 ジーレイさんの不在にフィアレーヌが気付いてしまう。意識不明の重体である、などと正直に明かせるわけがない。そこでゾルクさんは嘘を教えた。

 

「急用があって別行動してるんだ!」

 

 しかし、あまりにも下手。すぐばれるのではないかとハラハラしてしまった。……けれども。

 

「そっかぁ急用かー。霊術と魔術で本気の対決ができると思ったのになー。仕方ないから、あんた達で我慢してあげる。最近、戦って遊べる任務が無かったから退屈してたんだよね、フィアレもこの子達も♪ なんか強そうな武士さんが増えてるし、楽しみー♪」

 

「フィアレーヌったら、あんな見え透いた嘘を信じるなんて……。でもいいわ。ジーレイ・エルシードにさして興味は無いし」

 

 流石にメリエルには通用しなかったが真実は隠し通せたので、ほっと胸を撫で下ろした。

 だが、危機が去ったわけではない。フィアレーヌは小柄な身体を覆い尽くすかのように白や紫の死霊魂(しりょうこん)の玉を浮かび上がらせ、私達と交戦する意思を明確に表示している。

 

「逃げたいけど、そうも言ってられないか」

 

「ゾルクよ、お主の心情は察するが今は耐えるのだ。こやつらを倒し黒の巨鳥を止め、人々を救わねばならぬ……!」

 

「うん、わかってる……!」

 

 怯える気持ちを無理矢理に抑えると、ゾルクさんは両手剣を背の鞘から引き抜いた。……その腕は微かに震えている。

 彼を支えるかのように、まさきさんも抜刀。メリエルとフィアレーヌへ対峙する。

 

「ひっさびさの戦いだー! 殺したいからウズウズしてきた~♪ メリエルも頑張ってね!」

 

「勝手に話を進めないでくれるかしら。……でも総司令からは『ジーレイ・エルシード以外なら殺しても構わない』と仰せつかっているから、問題ないわね」

 

 嬉しそうに踊る藤紫色のツインテールを尻目に、メリエルは溜め息混じりで呟く。けれども大筆を構えた。文句を言いつつも、私達を始末する気はあるようだ。

 ちなみにフィアレーヌだが「殺したい」と軽々しく発言しているあたり、ドルド火山でのミッシェルさんのお説教は効果が無かったらしい。

 ――以前のエグゾア六幹部はデウスの命令により、わざと実力を発揮せずにいた。だからこそ私達はどうにか勝利できていたのだ。しかし、もう手加減は存在しない。気後れしていると簡単に仕留められてしまうだろう。

 尋常ではないほどに緊迫する状況。マリナさんはメリエルを威嚇するかのように声を荒らげた。

 

「あの黒いザルヴァルグはなんだ!? ヴィオの人々を誘拐してどうするつもりなのか答えろ!」

 

「怒鳴らなくても、少しなら教えてあげるわ。あれは量産型のザルヴァルグで、怪翼機(かいよくき)ギルムルグと呼ぶの。そしてこの町のリゾリュート人は……」

 

 勿体振るように言葉の間隔を空けた後、悠々と続きを語った。

 

「ギルムルグに取り込まれた時点で体内から魔力を抽出され、体組織も余すことなく魔力に変換されたわ。人としての形を失い、機内の貯蔵タンクに蓄えられたの。つまり、もう生きてはいないということよ」

 

 定員を超えてもなおヴィオの住民を収容できる理由は、とてつもなくおぞましいものだった。けれどもメリエルとフィアレーヌは平然としており、憐れむ様子は微塵も無い。

 

「まさか、師範とキラメイがスサノオに加担し、みつね姫から魔力を抜きとらせていたのは……!」

 

「そう。あれは今回の任務に必要なデータを採るための、魔力抽出実験だったの」

 

 微笑するメリエルを、私は激怒の眼差しで刺した。

 

「なんて非道な行いなの……!? 許せません! なんのために魔力を集めているんですか!!」

 

「ウフフ、それは教えないわ。せいぜい考えてちょうだい」

 

 私達をみくびり余裕綽々な態度を見せている。

 

「上等だ……! そしてお前達をここで倒し、被害を食い止めてみせる!」

 

 マリナさんは負けじと両腰のホルスターから拳銃を引き抜き、二つの銃口をメリエルに向けるのだった。

 続いて、ミッシェルさんが決然とした面持ちとなり口を開いた。

 

「メリエル、久しぶりね」

 

「あなたはバレンテータルで私を惑わした……ミッシェル・フレソウムね。同じ名前に同じ容姿、本当に不愉快。あの時の分も含めて、たっぷりといたぶってあげるわ!」

 

 眉間にしわを寄せて露骨に不快感を示すメリエル。敵対心が剥き出しだ。私はその迫力を自分に対するもののように受け取ってしまい、怖じ気付く。けれども当のミッシェルさんは。

 

「すごい闘気……前みたいに意識を揺るがす隙も無いじゃない。洗脳が強力になったっていうのは本当みたいね。でも、いいわ。何度戦うことになっても絶対に目を覚まさせてあげるんだから! 来なさい、メリエル!」

 

 落ち着いて姉を見据え、大筆を大胆に振り回し、覚悟を決める。ここぞという場面で冷静になれるのはミッシェルさんの素晴らしい長所。私も彼女を見習い、心を落ち着かせて無限弓を構えるのだった。

 ――曇り空の下。火薬の都市ヴィオの住宅地で、エグゾア六幹部との戦いの火蓋が切られる。

 

「あれっ? メリエル、ちょっと待って」

 

 ……張り詰めた空気をぶち壊す、フィアレーヌの一言。メリエルは決まりが悪そうに返事する。

 

「これからっていう時にどうしたの?」

 

「救世主から何か感じるの。しかもたくさん」

 

 ツインテールを揺らし、不思議そうに首を傾げている。

 

「お、俺から?」

 

「どういうことなんでしょうか?」

 

 予想だにしない発言に、ゾルクさんも私もわけがわからない。

 

「え~? なんでなんだろ……こんなの初めて。でも面白そうだし、試してみよっかな」

 

 フィアレーヌは悩む。けれどもその時間は短かった。

 にぱっと無垢な笑顔を浮かべた後、明るい掛け声と共に両手の平をゾルクさんへと突き出し――

 

「それー♪」

 

 

 

 

 

 鬼 畜 の 如 き

 

 所 業 を 始 め た

 

 

 

 

 

「うぐっ!? ……う……ああ……!」

 

 両手剣が、カランと街路を跳ねた。

 ゾルクさんは胸の中心――エンシェントビットが埋め込まれた部位を押さえて(うずくま)り、苦しみ悶え始める……。

 

「まずい! フィアレーヌを止めるんだ!!」

 

 焦るマリナさんが号令を発した。私達はそれぞれの方法でフィアレーヌを狙う。しかしメリエルが黙って見ているはずがない。

 

「させないわ」

 

 まさきさんがいち早く突撃したのだが、刀身は大筆で受け止められてしまう。

 

「邪魔立てするでない……!」

 

「邪魔なのはあなたの方よ。せっかくフィアレーヌが面白そうなことを始めたのだから、おとなしく待っていて……ちょうだいっ!」

 

「ぬあっ……!?」

 

 大筆で強引に押し込み、まさきさんを大きく突き飛ばした。だが、これはチャンスでもある。

 

「皆の者、今ぞ……!」

 

 彼は体勢を立て直すより先に合図を送る。メリエルの注意が偏っている今こそ、フィアレーヌを攻撃する絶好のタイミング。私達は即座に従った。

 

雷駆閃(らいくせん)!」

 

流蓮弾(りゅうれんだん)!」

 

魔神線(まじんせん)!」

 

 稲妻のような挙動の矢、三連続の渦巻く水弾、地を走る絵具の波を一斉に放つ。

 フィアレーヌはゾルクさんに意識を集中したまま。攻撃に対処する動きは見せない。これなら確実に阻止できる。私達は揃って確信した。

 

氷牙線(ひょうがせん)!!」

 

 ……だが、その確信は一瞬で打ち砕かれる。

 とてつもない瞬発力でフィアレーヌの前に躍り出たメリエルが、ギリギリで私達の攻撃を――

 

「全て防御してしまうなんて……」

 

 円を描き、その中心で大筆の石突きを地に突き刺す。すると彼女とフィアレーヌの周囲から幾つもの氷の刃が突き出し、全方位を守護する壁のように形作った。おそらく攻撃のための技だろうに、盾として見事に転用したのだった。

 氷刃の壁が崩れ去ると同時に、フィアレーヌを阻止する唯一の機会を失った。次の手を打とうにもメリエルが目を光らせている上、もう時間が……。

 

「おとなしく待ってくれるはずがなかったわね。フィアレーヌ、早く終わらせてくれないかしら」

 

「はいはい、もうすぐおしまいだから。えーいっ!」

 

 気怠(けだる)げに急かされたフィアレーヌは追い込みをかける。両手の平を更に突き出した。それに応じてゾルクさんの悲鳴は、より凄惨なものとなっていく。

 

「ぐ……あああ……うわああああああ!!」

 

 四人で攻撃を続けるが、やはりメリエルの大筆捌きが全てを防いでしまう。

 ――この時、ゾルクさんはフィアレーヌの謎の行動へ抗うのに限界を感じていた。彼女が「おしまい」と宣言した通り、もう耐えられないのだ。この先に待つのは暴走かもしれない。だからこそ、壮絶の渦中にあるというのに彼は……。

 

「み、みんな……逃げ、ろ……」

 

 私達を心配し、声を絞り出すのだった。そしてこの言葉を最後に、彼は全身の力を失い……地に伏せてしまう。

 フィアレーヌは謎の行動を完遂してしまった。突き出していた両手も自由になっている。だがマリナさんはそんな彼女に目もくれない。

 

「ゾルク!! しっかりしろ、ゾルクッ!! 返事をしてくれ!!」

 

 駆け寄り、抱き起こして必死に呼びかけるも目は閉じたまま。それどころか、まだ不測の事態が。

 

「邪魔だなー。みんな、これ取っちゃって」

 

 フィアレーヌの不満そうな声と共にゾルクさんの胸部から、赤の文字で祈りの言葉が刻まれた白き紙――封印護符が、蒼い胸当ての表面に浮き上がる。見えない存在、死霊によって剥がされたのだ。そのまま細かく刻まれていき……。

 

「有り得ぬ……。魔に耐性を有する封印護符が、いとも容易く破られるなど……!」

 

 ついには霧散。まさきさんはひどく動揺した。

 そして衝撃は走り続ける。

 

「……くぅっ!?」

 

 なんということか。不意に目を覚ましたゾルクさんが、マリナさんを乱暴に突き飛ばしたのだ。彼女は勢いのまま座り込んでしまう。

 

「やはり暴走なのか……? しかし……」

 

 戸惑う彼女をよそに、ゾルクさんは無言で両手剣を拾う。そして握り締めると。

 

「いかん!! マリナよ……!!」

 

 有無を言わせず斬りかかってきたのだ。

 

「はっ……!?」

 

 辛くも、まさきさんの咄嗟の叫びは間に合った。

 

「ありがとう、まさき。助かった。これで二度目だな」

 

「二度も三度もあってはならぬ。拙者の声が遅ければ死んでいた! 集中を切らすでないぞ……!」

 

「……ああ。すまなかった」

 

 マリナさんが元いた場所にあるのは振り下ろされた両手剣と、その一撃によって抉られた街路。まさきさんが喝を入れるかのように(たしな)めるのも頷ける。

 無言のゾルクさんは背を六幹部の二人に、持ち上げた両手剣の切っ先を私達に向ける。蒼眼からは光が失われており、正気でないのは明白だった。

 ……けれど不可解な点がある。暴走と呼ぼうにも彼の挙動は乱れておらず、攻撃の狙いも安定しているのだ。話に聞いたエンシェントビットの光の放出現象も起こっていない。

 

「ねえマリナ。あれが暴走ってやつなのね……?」

 

「いや、何かがおかしい。前に暴走した時と違って、ある種の理性を感じるんだ……!」

 

 恐る恐る尋ねるミッシェルさんへ、マリナさんも違和感を打ち明ける。そこへ慎みもなく飛び込んできたのは、フィアレーヌの喜ぶ様だった。

 

「わーい! 思った通りに動いてくれてる! ほんとに霊操(れいそう)できちゃったー! それじゃ、しっかり働いてね。フィアレ達の救世主♪」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第36話「音を立てて壊れゆく」

 

 

 

 無邪気に明かされた、豹変の真実。ゾルクさんは暴走しているのではなく、フィアレーヌに操られているのだ。……しかし。

 

霊操(れいそう)……霊を操るだと? ふざけたことを抜かすな! ゾルクは生きているんだぞ!! 貴様が霊術師としてどれだけ優秀だろうと、生きた人間を操るなど出来はしない!!」

 

 マリナさんの反論は当然のもの。……なのだが。

 

「フィアレもそう思うけどさぁ、実際に操れちゃったわけだし。ピリピリするより現実を見なよ、マリナ・ウィルバートン」

 

 その言い分も、もっともなのである。現にゾルクさんは操り人形と化しているのだから。

 

「フィアレーヌ、戦うのならさっさと始めましょう」

 

「そだね。んじゃ、遊んじゃうよー♪」

 

 いよいよ仕掛けてくる。ゾルクさんと戦いたくはないが、それでも弓を引かなければ……。

 

「お友達召喚♪ 突撃しちゃえー!」

 

 上機嫌のフィアレーヌは、ドルド火山で交戦した時のように白い影――死霊の軍団を出現させた。

 私達に攻撃干渉できるよう具現化された死霊は耐久力が無く、一体ずつであれば大した脅威にはならない。問題は、その数にある。大群で押し寄せてくる死霊を各個撃破していては処理が追いつかないのだ。

 

「フィアレーヌ……いい加減にしろっ……!!」

 

 人っ子一人いない、随分と広い街路。ここを簡単に埋め尽くす死霊軍団を前にし、マリナさんは怒りに震える。そして流れるように二丁拳銃を融合させ、両腕で抱えられる小型の大砲として装備。内蔵されたビットを最大限に活性化させ、死霊軍団の真っ只中に照準を合わせると。

 

「返せ!! ゾルクを返せえええええ!!」

 

 絶叫と共に極太のレーザービームを発射した。それは彼女の秘奥義、ファイナリティライブ。光線が死霊軍団の大半を掻き消していくが、同時にヴィオの町へも被害が及んだ。一連の騒動によって既に住民が避難していて幸いだった。そして肝心のターゲットは光線を避けてしまう。

 

「ちぃっ、外したか!!」

 

 いくら街路が広いと言っても町中で巨大な光線を発射すれば、家屋は少なからず損壊する。普段のマリナさんであれば、このように周りを顧みない行動は決してとらなかっただろう。しかし今は怒り狂い、適切な判断を下せなくなっている。ゾルクさんに対する想いは、それほどまでに強いのだ。

 

「ならばもう一撃だ!! 消し飛べ、ファイナリティライブ!!」

 

 そしてなんと秘奥義を連発。一射目を免れていた死霊達も、二射目に呑まれていった。

 巨大な光線は死霊軍団を消滅させた後、フィアレーヌに向かって猛進していく。けれども彼女は取り乱さず、ゾルクさんに命令する。

 

「しつこいなー。救世主、フィアレ達を守って♪」

 

「はい」

 

 従順な態度で無機質に返事をし、光線に立ちはだかる。そして発動したのは。

 

「秘奥義。一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)

 

 彼が得意としている大技、一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)であった。

 柄に付加された蒼いビットを輝かせて両手剣を巨大化させるという、お馴染みの動作。しかし発声はごく静か、冷徹なまでの鋭い気迫が備わっているなど、もはや別人と言えるほどの変化を伴っている。

 巨大な両手剣は振り下ろされ、真っ向から光線を……その名の通り一刀両断した。

 

「うわはぁー! すっごいすっごーい! レーザービームがフィアレ達を避けてくよー♪ やるじゃん救世主♪」

 

「ゾルク・シュナイダーったら、それなりに実力があるのね。キラメイを夢中にさせる理由が、ほんの少しわかったわ」

 

 二つに断ち斬られた光線はゾルクさん達の両側に軌道を逸らされた。挙句、家屋に到達。幾つもの建造物を破壊していくのだった。

 崩れるヴィオの町並みを気にも留めず、マリナさんは激昂する。

 

「ただでさえゾルクはエンシェントビットに苦しめられているというのに、まだこんな目に遭わせるのか!!」

 

「はぁ~? 救世主がどんだけ苦しもうが知ったこっちゃないもーん。普通に戦って遊ぶより、救世主を霊操して遊ぶほうが何倍も面白いしー!」

 

「貴様ぁぁぁっ……!!」

 

「仲間同士で殺し合ってグッチャグチャになるところ、早くフィアレに見せてね♪ あとで霊操を解いた時、救世主がどんな顔するか楽しみ~! いーっぱい絶望してほしい♪」

 

「……ふざけるなああああああああ!!」

 

 響き渡る咆哮。マリナさんは怒り狂う。無邪気に笑うフィアレーヌの邪悪な態度に耐えろと言うほうが無理だ。

 彼女が再び引き金を引かぬよう皆で取り押さえると、ミッシェルさんが説得する。

 

「マリナ、頭を冷やして! さっきはフィアレーヌの命令のおかげで無事だったけど、こんなこと繰り返してたらゾルクにも当たっちゃうわよ!! そもそも被害を食い止めるんじゃなかったの!? あなたが町を壊してどうするのよ!!」

 

「……くっ……!」

 

 抑えきれない怒りのせいでまだ呼吸は荒いが、マリナさんは動きを止めた。間髪を容れず、まさきさんも声をかける。

 

「あの霊能娘、純真なる外道と見受けた。故に、お主が憤激するのも致し方なし。しかし、だからといって闇雲に動いてしまえば救えるものも救えぬぞ。普段のお主を取り戻すのだ……!」

 

 二人の言葉を黙して聞き入れ、険しさを取り除いていく。

 

「……完全に、頭に血がのぼっていた。みんな、迷惑をかけて申し訳ない」

 

 マリナさんは反省し、謝罪を述べた。

 けれども、おかげで死霊軍団はいなくなったので動き易くなっている。また召喚される前に打って出なくては。

 

「そんなところで固まっていたら、いい(まと)にしかならないわよ」

 

 容赦なく割り込んできたのはメリエルの声。密集した私達を一度に葬るべく、大筆を振るい緑色の線で地に文字を描いていた。

 

翠風(すいふう)、剣を成せ!」

 

 その文字とは「斬」。描かれた「斬」は完成を機に薄れていく。文字そのものが完全消滅した直後に放たれるのが、メリエルの筆術の特徴なのだ。

 

「いい(まと)ですって? 大きなお世話ね。なんのためにあたしが居ると思ってるのよ!」

 

 メリエルの嫌味に反発し、ミッシェルさんも大筆を巧みに操る。足元では、澄んだ海色の小さな魔法陣が完成しようとしていた。

 

「ビリジアンブレード!」

 

 その間に「斬」の文字が消え去り、メリエルの筆術が襲いかかってきた。遥か上空から降り注ぐ、疾風を纏った無数の緑剣(りょくけん)である。

 一方で海色の小さな魔法陣は拡大し、私達四人を覆って余りある大きさとなる。仕上げに、ミッシェルさんは大筆の石突きを魔法陣の中心へ突き刺した。

 迫り来る剣の雨。しかし私は臆することなくミッシェルさんの傍にいる。

 

万物(ばんぶつ)遮断(しゃだん)せし、誠実なる土耳古石(とるこいし)!」

 

 何故ならば、彼女がこれから発動するのが。

 

「ターコイズグラスパー!!」

 

 堅牢堅固(けんろうけんご)を誇る筆術だから。

 

「ビリジアンブレードが防がれた……!?」

 

 メリエルは目を見開き、現状を信じられずにいた。

 ミッシェルさんが発動した上級筆術ターコイズグラスパー。魔法陣全体を半球状の澄んだ海色の光で包み込んで外部からの攻撃を一切無効化する、非常に有用な防御の筆術である。無数の緑剣は先端を海色の光に触れさせた途端、例外なく全て跳ね返され消えていった。

 私は百日の旅の中で、この筆術に何度も助けられた。だから、ミッシェルさんが済んだ海色の線を走らせた時点で安心していたのだ。

 

「どうかしら? これがあたしの、絶対無敵の作品よ!」

 

「……へえ、やるじゃない」

 

「筆術がぶつかり合うの、修行を思い出さない? ついでにあたしのことも思い出してくれたら嬉しいんだけど」

 

 自信満々で誇らしげなミッシェルさんとは対照的に、メリエルは余裕の態度をどこかへ追いやり、低く唸るような声を出す。そして思い出話は無視された。

 呼びかけには応じてもらえなかったが仕方ないと割り切り、ミッシェルさんは次の行動に移るつもりだ。

 

「さ! 今の内にみんなを強化してあげなきゃね!」

 

 ターコイズグラスパーを解くため魔法陣から大筆を引き抜こうとする……が。

 

土鎧(どがい)、立ちはだかる!」

 

「え?」

 

 既にメリエルは、土色に光る線で新たな文字「鎧」を描いていた。仕上がった「鎧」は消えていき術名が叫ばれる。

 

「アンバーウォーリア!」

 

 地属性の魔力が集まり、瞬く間に人型のシルエットを成していく。召喚されたのは、岩石で造られた猛々しき巨人だった。ミッシェルさんの『ソルフェグラッフォレーチェ』を余裕で超えるくらいの長身である。

 早速、岩石の巨人は二本の剛腕を振るって半球状の海色の光を殴り始めた。ズシン、ズシンと重い音が何度も轟く。

 

「ちょ、ちょっと! なにすんの!? 術を解けないじゃないの!」

 

「一回で決められないのなら隙間なく連続で攻めさせてもらうだけよ。その絶対無敵とやら、どのくらい保てるのかしら?」

 

 いまターコイズグラスパーを解除すれば、その瞬間に岩石の巨人から致命傷を貰ってしまう。それに絶対無敵の防御も永遠ではない。早くメリエルを攻撃してアンバーウォーリアを中断させなければ、どのみちミッシェルさんは倒されてしまうのだ。

 

「ひいぃ~!! これはさすがに想定してなかったわぁ~!!」

 

 メリエルのしたり顔を前に、涙目で慌てふためくミッシェルさん。防御が決まった時は最高にカッコよかったのに……などと嘆く余裕も無い。

 筆術師同士の対決に気を取られていると、前進してくる人影が。

 

「ゾルクさんがやってきます!」

 

 私が最初に気付き、皆に知らせた。フィアレーヌから命令を受けたのだろう。しかも新たに召喚された死霊軍団のおまけ付きである。

 

「拙者が相手を務めるしかあるまい。マリナとソシアは向こうの二人を攻めるのだ……!」

 

 伝えるや否や、まさきさんは単身で海色の光の外へ飛び出した。愛刀を鞘に収め、死霊軍団へと駆け抜ける。どうして納刀したのか……その理由は。

 

神空豪破刃(しんくうごうはじん)……!!」

 

 渾身の居合い抜きによって生まれた衝撃波を刃とし、広範囲の敵を斬りつけ、威力のままに吹き飛ばす奥義。これを見舞うためだった。

 この一撃で死霊を(ことごと)く抹消。加えて、余波でゾルクさんの足止めに成功する。そして息つく暇も無く、両手剣へ自らの刀を打ちつけた。フィアレーヌが居る限り、たとえ封印護符を貼り直そうとも無意味。力ずくで動きを制限するしかないのだ。

 

「これほど短い間隔で再び刃を交えることになろうとは。味方に刀を向けるこの感覚、やはり慣れぬ。一刻も早く支配から逃れるのだ、ゾルクよ……!」

 

 ……応じる様子は無い。それどころか両手剣を強引に振り切って鍔迫り合いを中断し、抵抗する始末。

 

「発動。瘴魔哮(しょうまこう)

 

 ゾルクさんの全方位を包むように、足元から闇色の瘴気が噴き出した。雄々しき魔神の如き絶叫音を伴っている。

 

「ぬうっ、手強い……!」

 

 術技を喰らってまで足止めを続けるわけにはいかない。まさきさんは後方に跳躍して難を逃れるのだった。

 剣士と武士が一進一退する中、私もマリナさんと共にターコイズグラスパーの外へ出て六幹部の二人を狙っていた。

 まずは私から。無限弓の中央部にある上下二つのビットに挟まれた空間から矢を五本生み出し、弦を引く。そして技の名を叫んだ。

 

散・降雨閃(さん こううせん)!!」

 

 上空に向けて同時に放った五本の矢を破裂させ、細かな破片を針のような雨として飛び散らせる奥義である。

 

「かすり傷にしかならないけれど小癪(こしゃく)ね……!」

 

「あーもう! うっとーしいー!」

 

 二人の集中力が揺らいだ。今こそ好機。

 

氷柱降(つららこう)!!」

 

 破片の雨に紛れて飛び上がったマリナさんが、氷柱のように鋭い急降下蹴撃を叩き込む。

 

「ぐうっ!? ……しまった、アンバーウォーリアが!」

 

 見事、メリエルの背中へ直撃。海色の光を延々と殴っていた岩巨人は、みるみるうちに消滅していった。

 やっと自由になれたミッシェルさんは名誉挽回に向けて意気込む。

 

「ありがと、助かったわ! この調子でフィアレーヌをやっつけましょ! ゾルクを助けたらメリエルもお願いね♪」

 

「……そうしたいのは山々だが、簡単ではないな」

 

 深刻に零すマリナさん。その理由を私も見つめる。

 

「ゾルクさんを盾に……!」

 

 まさきさんとの攻防を打ち切り、フィアレーヌを守護するため舞い戻っていた。秘奥義ファイナリティライブを両断した時と同様である。

 

「なーんで今さら戸惑ってんの? さっきだって派手に光線を撃ってきてたじゃん。気にしないで、もっともぉーっと撃ってきて良いんだよー。ぜんぶ救世主がなんとかしちゃうから♪」

 

「なんと純真な卑劣さか……!」

 

 悪びれる様子が全く見られない、フィアレーヌの言動。まさきさんは、根本から捻じ曲がった彼女の心を理解した上で「卑劣」と呼ぶのであった。

 ゾルクさんを霊操から解放しようにも、彼自身を盾にされてはフィアレーヌに攻撃が届かない。そればかりか彼女はたった今、三度目となる死霊軍団の召喚をおこなった。そしてもう一人の実力者メリエルの存在も忘れてはならない。

 この多勢に無勢の状況でゾルクさんを救出するのは困難を極める。

 

「フィアレーヌを直接倒すのは無理か。…………こうなったら」

 

 一人、マリナさんは何かを決意した。

 

「みんな、ゾルクの救出は私に任せてほしい」

 

「えっ! なんとか出来るの!?」

 

 驚くミッシェルさんへ、落ち着いた様子で答える。

 

「策を思いついたんだ。頑張って、あいつを連れ戻してくる」

 

 我を忘れていた時とは違い、確かな意志を持っての宣言。これならきっと大丈夫だろう。私達は安心した。

 

 

 

 ――しかし後悔することになる。ここでマリナさんを止めていれば、と――

 

 

 

「でしたら善は急げです。行ってください! メリエルとフィアレーヌは引き受けます!」

 

「ああ!」

 

 返事と共に走り始めるマリナさん。私達は彼女の往く道を切り開くため、死霊軍団を瞬く間に蹴散らした。

 次にミッシェルさんとまさきさんがメリエルを、私がフィアレーヌの動きを牽制しにかかる。

 

「懲りずにフィアレ達の邪魔をするなんて。どーしても救世主を取り返すつもりなの? そんなのムリムリ! 霊操はフィアレにしか解けないんだから♪」

 

「マリナさんは仲間想いですから、きっとどうにかしてくれます! ゾルクさんだって、あなたの霊操に屈し続けるような人ではないんですからね!」

 

 信頼を以て強く反論した。だがフィアレーヌはそれが気に食わなかったらしい。

 

「むっ、生意気ー。あんたなんか燃えて死んじゃえ!」

 

 右手の平を突き出し、炎を帯びた霊力を練り上げる。するとフィアレーヌの小柄な体躯をすっぽり包み隠すほど巨大な火炎球が出来上がった。

 

霊砲鬼火玉(れいほうおにびだま)ぁー!」

 

 撃ち放たれた火炎球。速度はそれほどでもない。これなら簡単に見切れる……はずだった。

 

「きゃああああっ!?」

 

 きちんと回避運動をとったつもりであったが直撃を受けてしまう。……実はこの火炎球、追尾能力を有していた。一度避けて油断した私を、背後から容赦なく包み込んできたのだ。

 

「ソシア!!」

 

「無事か……!?」

 

「だ……大丈夫です。こんなもの、あまり効きませんから……!」

 

 ミッシェルさんとまさきさんが咄嗟に心配してくれた。私は気丈に振る舞ったが……実のところは痩せ我慢。たったの一撃で全身を焼かれ、限界を迎えている。

 

「こ、こんなもの!? 効きませんってなに!? 焦げ焦げになってるくせにぃ~っ!!」

 

 フィアレーヌが憤慨している隙に治癒術ヒールを発動し、私は命の危機を乗り越えた。まだ火傷は多少残っているけれど、それは戦闘が終わった後で癒せばいい。

 

「あんた、ほんっと生意気ね! フィアレ超ムカついたー!! ……ねえ救世主! 早くマリナ・ウィルバートンを殺して、こっちに来なさいよ!!」

 

「はい」

 

 怒るフィアレーヌがゾルクさんを急かす。無機質に応答した彼は虚ろな蒼眼でマリナさんを捉えると、両手剣の切っ先を向けた。そして力強く足を踏み出し、刺し殺すつもりで駆け始める。

 真正面からの特攻に対してマリナさんは……何故か棒立ちのまま。避けようとしていない。それどころか二丁の無限拳銃を……両腰のホルスターに収めてしまった……!

 

「フィアレーヌ。その命令は、かえって都合がいい」

 

 ゆっくりと両手を広げて呟いた。

 

「……えっ、まさか!? マリナさん、駄目です!!」

 

 彼女の思惑に気付いた時には、もう――

 

 

 

 ――ぐさり、と刃の根元に達するまで貫く両手剣。

 

 永久に記憶してしまいそうな、生々しくて短い音。

 

 マリナさんは分厚い刃で……

 

 胴体を串刺しにされた――

 

 

 

 私達は言葉を失った。

 反対に、フィアレーヌとメリエルは歓声をあげている。

 

「やったー! これでマリナ・ウィルバートンは殺せたも同然だね♪」

 

「あなた達もすぐに後を追わせてあげる。観念なさい」

 

 二人が攻撃の手を休めることはない。マリナさん達のところへ一歩も近付けなかった。

 マリナさんは激痛を必死でこらえる。けれど表情は優しさに満ちていた。

 

「ゾルク、救いに来た」

 

 震える両手で、彼の身体をぎゅっと抱き締める。

 

「頭が固い、と笑ってくれ。やはり私は自分に責任があるとしか思えない。だから、お前の身に何かあれば命を懸けてでも救いたいと考えていた」

 

 ゾルクさんは虚ろな蒼眼を見開いたまま、両手剣を突き刺したまま、ぴくりとも動こうとしない。

 

「もう戦わなくていいんだ。エンシェントビットなんかに振り回されてはいけないんだ。お前をエグゾアの思い通りになど……させてたまるものか」

 

 霊操されているのに、まるでマリナさんの優しさを受け入れているかのよう。

 

「暴走するなら止めてみせる。操られるなら解放する。お前を救うと決めた。そして今が、救うべき時だったんだ」

 

 よりいっそう強く彼を抱擁し、小さく笑う。

 

「だが、こんな無茶をしたから……お前は怒るかもしれないな。あとで謝りたい。それに、みんなも……心配している……。だから……」

 

 段々とマリナさんの声量が弱まっていく。そして最後の力を振り絞った。

 

 

 

「お願いだ……。本当の、お前を……取り戻してくれ……ゾルク…………」

 

 

 

 抱き締めていた両腕がぶら下がる。マリナさんは彼にもたれかかる形で……翡翠の眼を閉じてしまった。

 時を同じくして、天から水滴がぽつりぽつりと。すぐに勢いを増していく。

 

「マリナさん!!」

「マリナ!!」

「マリナ……!!」

 

 降りしきる雨の中、一斉に叫ばれる彼女の名。しかし返事は来ない。そしてフィアレーヌは献身を嘲笑う。

 

「キャハハ♪ なーに無意味なことやってんだか。あんなので霊操が解けるわけないじゃん!」

 

 けれども嘲笑はすぐに止んだ。

 

「う……わ……なんだよ……なんだよこれ……!?」

 

 ゾルクさんが正気に戻ったからである。

 しかし彼は惨状に直面して混乱に陥った。思わず柄を手放し、後退りしてしまう。当然マリナさんは、その身に刺さった両手剣と共に濡れた街路へ倒れた。

 許容できない現実。逃げ出したいほどの恐怖。これらが一挙に押し寄せる。

 

「なんで……マリナに、剣が刺さって……俺がやったのか……? そんな……そんなっ…………うわああああああああ!!」

 

 何も飲み込めないまま、ただ絶叫。その末に彼は気を失い、膝から崩れ落ちてしまった。

 一連の光景に最も動揺したのは、私達ではなくフィアレーヌだった。

 

「え……なんで解けちゃったの!? フィアレの霊操は完璧なのに……」

 

 能力に対する自信を失っているのだろうか。これはチャンスである。

 

「覚悟せよ、フィアレーヌ……!!」

 

 まさきさんは怒りを込めて名を呼んだ。刀をかざし急接近する。

 

「ひぅっ……! どうしてそんな怖い顔するの!? フィアレなんにも悪いことしてないよ! 遊んでただけじゃん!!」

 

「理解できぬとは哀れなり……!」

 

 最早、貸す耳は無かった。

 

爪龍円月刃(そうりゅうえんげつじん)……!!」

 

 乱れた太刀筋で刀を振るい、一歩ずつ踏み込んでいく。前進しながらの連続斬撃である。その剣速たるや、刃に触れた雨粒が目に見えるくらい激しく破裂するほど。

 

「ぎぃっ!?」

 

 最後の一太刀がフィアレーヌを通り過ぎた。彼女に刻まれた斬撃痕からは、赤い血が雨に流され痛々しく(したた)っている。だが致命傷と呼ぶには至っていない。

 

「こ、こっち来ないでぇー!!」

 

「仕留め損なうとは……不覚……!」

 

 慌てて後退するフィアレーヌを見て、詰めの甘さを恥じた。

 確実に斬撃を与えたはずが、どうしてまだ動けるのか。彼女の身体から離れていく白い(もや)から察するに、霊術によって防御力を上昇させていたのだろう。まさきさんは華奢な見た目に騙され、力の加減を間違えてしまったのだ。

 

「ううっ……あああ……いたい、いたいよぉ……。メリエル、いたいよぉぉぉ……!!」

 

 やっとの思いでメリエルの元に辿り着き、すがりついた。自身から流れる血を見て痛みを実感する。戦意喪失し、雨に負けない大粒の涙を流した。

 

「戦闘続行は不可能ね。リゾリュート人の回収も切り上げていい頃合いだし、退却するわよ」

 

 メリエルは速やかに撤退を決定。すると泣き喚くフィアレーヌを抱え、一機のギルムルグを呼び寄せる。

 

「……あなた達、命拾いしたわね。マリナ・ウィルバートンはどうか知らないけれど」

 

 そして捨て台詞を置いて迅速に飛び移り、残りの四機を従えて雨空に消えていった。今はゾルクさんとマリナさんを介抱するのが先決。六幹部の撤退は有り難かった。

 ゾルクさんの方は再び封印護符を貼り付ける必要があるため、まさきさんに手当てしてもらうことに。私とミッシェルさんは、重傷を負ったマリナさんにつく。

 

「早く治癒術をかけましょう!」

 

「ええ。剣をちょっとずつ抜きながら迅速に、出血を最小限に抑えながらね! 雨でけっこう流されてるはずだから…………」

 

 ――ここで私達は、やっと気付いた――

 

「…………えっ!? どういう、ことなんでしょうか……!?」

 

「あ、あら? おかしいわね……。あたし達、夢でも見てるのかしら……」

 

 貫通した両手剣でせき止められているかもしれないと思い、引き抜きながら傷口を確認する。しかし見れば見るほど、その可能性は無いと知らされた。

 私達が愕然とした事実、それは。

 

「マリナさんから……血が……」

 

 ただの一滴も零れていなかったのだ。



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第37話「命」 語り:ジーレイ

 ほのかに漂う火薬の香りに誘われるかのように、ゆっくりと目を開けた時。視認した景色はレンズ越しのものではなかった。

 どこかの町の宿屋、木製のベッドの上。僕はそこに横たわっている。ベッドの傍の小さな台には、自分の眼鏡が畳まれて安置されていた。そして窓には垂れ落ちる数多の雫。天気は雨らしい。

 部屋に居たのは、黒と灰を基調とするパイロットスーツを着用した、暗めの短い茶髪と黒い眼を有する青年――アシュトンだけ。どうしてか、彼はひどく慌てている。けれども僕の目覚めに気付いた途端、喜んでくれた。

 

「……あっ!? やっと目ぇ覚ましやがったか! あんた、ザルヴァルグの機内で倒れてから二日も寝てたんだぜ? これであいつらも安心するだろうよ」

 

「ここは……どこなのですか」

 

 上体を起こし、眼鏡をかけながらアシュトンに尋ねる。

 

「火薬の都市ヴィオって町の、それなりの宿屋だ。あんたを休ませるために滞在してんだよ。……んで、それだけでも緊急事態だってのに今は、もぉっとヤバイことが起きちまってる」

 

「詳細を教えてください」

 

 まだ意識のはっきりしない頭で話を聞く。

 

「空の向こうから黒いザルヴァルグが五機もやってきて、変な光を出して町の人間を誘拐してやがるんだ。んな状況なもんだから、出掛けたままの救世主達を探しにも行けねえ。でもま、あいつらだったら捕まるようなヘマなんざしないだろうし、ほとぼりが冷めるまでここで避難してるってわけだ」

 

「エグゾアの仕業ですか……。人々を誘拐するとは、アムノイドを増やそうとしているのでしょうか」

 

「わかんねぇけど、とにかくあれを見てみろよ。不気味ったらありゃしねぇぜ」

 

 アシュトンと共に窓の外を見ると確かに、複数の黒いザルヴァルグが雨空を飛行している。しかし、何やら遠ざかっているようにも見える。

 

「お? ……しめた! あいつら撤退してくみたいだぜ。これなら大丈夫そうだな」

 

 言うや否や、彼は部屋を出ようとする。

 

「俺は救世主達を探しに行く。あんたはどうする? ……つっても本調子じゃねぇだろうし、やめといたほうがいいか。まだ寝てていいぜ」

 

 体調を考慮してくれたが、僕はベッドから降りて支度を整えた。

 

「いいえ、僕も同行しましょう。何やら胸騒ぎがしますので」

 

「そうかい。雨も降ってるし、無理すんじゃねぇぞ」

 

 自身の奥底から湧き上がる、悪い予感。これがただの気苦労であることを願いつつ、雨降るヴィオの町を歩き始めるのだった。

 

 

 

 捜索するうちに住宅地までやってきた。

 どういうわけか倒壊寸前の家屋が目立つ。通路にも抉れた部分があり、ところどころに小さな水溜まりが出来ている。……先ほどまで戦闘が行われていた証拠だ。ゾルク達がエグゾアの人間と交戦していた可能性がある。

 更に奥へ進んでいくと、屋根の陰で雨を凌ぐ皆を発見した。

 

 ――胸騒ぎは最悪の形で的中してしまう――

 

 意識がないまま街路に横たわるゾルクとマリナ。しかもマリナの胴体には……大きな穴が開いているではないか。付近にはゾルクの愛用する両手剣が鞘にも収められず落ちていたが、きっとそういうことなのだろう……。

 マリナを手当てするソシア、ミッシェル、まさきの三名は、とある事実を知ったせいで何も言葉を発せられずにいる。ただ、傷口を塞ごうと必死で治癒術をかけ続けていた。

 僕とアシュトンが到着したことへ、皆はすぐに気付いた。

 

「ジーレイさん……。目が覚めたんですね……」

 

 ソシアが力無く僕の名を呼んだ。残りの二人も治癒の手を止めないまま重い口を開く。

 

「喜びたいんだけど、ちょっと待って……。マリナの容態が普通じゃないの……」

 

「これだけの大怪我を負ったというのに、血を流しておらぬのだ……。しかも傷口が不思議な光に覆われている……」

 

 ……ソシア達が知った事実。それは、マリナが人間であることを否定するかのような現象だった。

 傷口の不思議な光は集まった魔力による淡い輝き。しかも僕が感じ取ったところによると、エンシェントビットと同質の魔力である。更に、傷口からは魔力が流出していた。流出現象は目視できないため皆は気付いていない。マリナにとって『魔力の流出』が『出血』なのだと仮定すると……手を打たなければ命が危ない。

 目覚めたばかりで不調なはずの僕の頭脳は、嫌というほどに覚醒させられた。胸が締め付けられるのを耐え、アシュトンに依頼する。

 

「申し訳ありませんが、早急にザルヴァルグを飛ばしてください。秘境ルミネオスへ直行しなければなりません」

 

「……おう」

 

 彼は何も聞き返すことなく、ただ応じてくれた。他の三人にも伝えて宿屋から旅の荷物を回収すると、混乱の残った雨降る火薬の都市を発つのであった。

 

 ――大翼機(たいよくき)ザルヴァルグの中で皆から事の顛末(てんまつ)を聞いた。そして先の惨状を見せつけられ、マリナの正体に見当がついてしまった。同時に、否が応でも『君』や『家臣達』を思い出す。この時の僕の表情は、皆の目にどのように映っていたのだろうか――

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第37話「命」

 

 

 

 秘境ルミネオスは、リゾリュート大陸から離れた東の海に浮かぶ最東端の島に存在する。夕暮れが近づく中、ザルヴァルグは無事に着陸した。

 ここは、かつて僕がグリューセル国を治めていた頃に立ち上げた魔術研究の拠点であり、有事の際の隠れ家でもあった。巨木が数多く生い茂っているが木漏れ日のおかげで適度に明るく暖かい。

 ちょっとした集落のような規模を誇っているが、点在する平たい建物の外観は植物の(つた)(こけ)にまみれており、まさに廃墟も同然である。

 この島の周囲は潮流が激しいので海からの上陸は困難。たとえ上空からであろうと建物は巨木に隠れており誰にも見つからない。そうして二千年の間に忘れられたため廃墟になった……と思うだろう。だが違う。ルミネオスの外観は年月を経た結果ではない。潮流も巨木も含め、全て人為的に造られたものなのだ。

 廃墟を造った理由は単純。フォルギス国を統べていた当時のデウスを欺くため。ルミネオスはフォルギス国に対抗するべく立ち上げたのだから擬装するのは当然である。

 

 ルミネオスには見えない壁のような結界が張られているため、このままでは内部に入れない。そこで僕はザルヴァルグの機内に皆を待機させ一人で、とある一画へと向かった。

 

「さすがに雑草が生え放題ですね。これでは仮ではなく本物の廃墟のようです」

 

 移動中、変わり果てたルミネオスを結界の外から眺め、呟いてしまった。人の手が入っていないのだから当たり前だ。むしろ二千年も経っているのを考慮すると、たったそれだけの変化で済んでいることに驚ける。

 思い(ふけ)るうち、とある人物が封印された特別な場所に着いた。大きな石碑が建てられている。僕はそれに手をかざして微弱な魔力を流し、強く念じた。

 

「今この時を以て、あなたの封印を解除します」

 

 光り始める石碑。その中から、老人がゆっくりとした動作で出現した。腰は曲がり杖を突いている。

 光は消え、老人と対面。とても懐かしい気持ちで満たされた。落ち着きのある深緑色のローブ、垂れ下がるほどに長く伸びた太く白き眉、同じく蓄えられた細長い白髭。この老人こそが秘境ルミネオスの守護者であり、僕の魔術の師なのである。

 

「この老いぼれを解放できる人物はただ一人……。その声、そのお顔……まさしく魔皇帝ジュレイダル・エスト・グランシード様でございますね……!」

 

 太く長い白眉をぴくりと動かし、ターシュは僕を見上げた。

 

「ええ。老師ターシュ・マクスウェリジンよ、二千年ぶりですね」

 

「よもや再びお会い出来る日が来ようとは。感激しております! ……しかし、喜んでばかりもいられませんな。あなた様がルミネオスへいらしたということは、エンシェントビットにまつわる問題が浮上したということ」

 

 ターシュは喜び、そして憂えた。本来なら再会してはいけなかったのだから。僕は情けない姿を晒して頷くしかなかった。

 

「……お察しの通りです。起こしたばかりで悪いのですが即刻、ルミネオスの機能の回復をお願いしたい」

 

「仰せのままに。この老いぼれはどれほどの時が経とうとも、あなた様の忠実なる家臣でございます」

 

 僕がエンシェントビットを海底遺跡に封印し、自らの魔力をすり減らして見守っていく道を選択した後のこと。老師ターシュは、己をルミネオスに封印してほしいと申し出た。「不測の事態が起きた際、時を超えてあなた様をお助けするため」と、当時の彼は熱弁していた。その真摯さを受け止め、僕は彼に封印魔術を施して備えたのだ。何も起こらぬことを願いながら。

 

「ありがとう。そして申し訳ありません……」

 

 だが現実は容赦ない。結局、ターシュにすがりつく破目となっている。

 老体に鞭打つような真似をしなければならないくらいに追い詰められた、無力な自分。デウスの野望も、旅の仲間が受けている苦痛も、僕が始末をつけていれば……エンシェントビットを封印せず破壊できていれば有り得なかった。

 そもそもの元凶は僕なのだ。快く従ってくれたターシュを見つめ、自らを恥じ続けた。

 

 ルミネオスを覆う結界は、ターシュが考案した魔術によるもの。大きな石碑は封印や結界、施設機能の制御を担う神器である。封印については僕にしか操作を行えず、結界と施設機能はルミネオスの守護者であるターシュの魔力に反応するよう設定されている。

 僕がターシュの封印を解除した時と同じく、彼も石碑に手をかざす。すると結界は解かれて施設機能も回復。それを確認した僕は皆を呼び、共に内部へ進んだ。

 

 我が物顔で生い茂る背の高い雑草を掻き分け、目当てである『主要魔術研究所』の扉をくぐる。

 装った廃屋の内部は整理整頓されていた。器具も備品も、二千年前と全く同じと言っても過言ではないほど理想的な状態である。建物の実際の老朽化も想定より進んでいない。これならば僕の目的は問題なく果たせそうだ。

 早速、研究所の一室をいいように作りかえて寝床を用意し、気を失ったままのゾルクとマリナを隣同士で寝かせる。ゾルクは大した怪我も負っていないため(じき)に回復するだろうが、マリナには特別な治療が必要。けれどもソシア達三人が治癒術をかけてくれたおかげで傷そのものは治っている。これ以上、魔力が漏れる心配は無さそうだ。

 治療を始める前に、僕は仲間へ声をかける。伝えるべき重大な内容があるのだ。

 

「皆、落ち着いて聞いてください」

 

 誰も何も言わず耳を傾けてくれた。

 

「マリナの肉体は、純粋な人間のものではありません。エンシェントビットと同質の魔力の集合体に、心が宿っている状態です」

 

 ――息を呑む無音を聴いた。直後、驚愕を抑えながらソシアが口を開く。

 

「血が流れなかったり傷口が光ったり、人間離れしているとは思いましたが……まさか魔力の集合体だったなんて……」

 

「揺るぎの無い事実です。傷口から魔力が流出するのを感じ取りましたので」

 

「そういえばマリナさん、『身体が頑丈だから擦り剥いても出血は無い』と言っていたこともありました」

 

「実際に、多少の怪我では魔力が漏れないほど頑丈なのでしょう。おそらく本人も自分の血を見たことがないはず」

 

 今回の大怪我が無ければ、この真実は明らかにならなかったかも知れない。

 

「しかし彼女がどういう意味を持った存在なのか僕にもわかりません。デウスの企みによって誕生したのか、エンシェントビットがなんらかの形で独自に生み出したのか……。デウスは何かを知っている風でしたが当てにならない。どうあれ、エンシェントビットが関わっていることだけは間違いありません」

 

 僕がそう告げると、ミッシェルは過去の出来事を思い出す。

 

「あっ……! ジーレイもしかして、勘付いてたからバレンテータルでマリナを疑ってたのね?」

 

「無礼とはわかっていましたが、どうしても追求したかったのです」

 

 ミッシェルの言う通り、僕はマリナを疑っていた。……もっと言えば、スラウの森で出会った時から怪しんでいた。エンシェントビットを扱える人間など、魔皇帝――過去の僕をおいて他に存在しないはずだったから。

 

「あの時のマリナ、記憶が曖昧になってるような口振りだったっけ。マリナがどうして生まれたか明らかになれば、曖昧だった理由もわかるかもしれないのよね?」

 

「はい。彼女の真実を知るためにも、失われた魔力を補充しなければなりません。ターシュ、魔力充填器を二つ用意してください。片方はマリナに、もう片方は僕に」

 

「仰せのままに」

 

 僕の指示に従うと、杖で床を二回突いた。すると、どこからともなく黄金色の機械的な腕輪――魔力充填器が二つ出現。ターシュはそれらを手に取り、一通り眺めた後でこちらに差し出した。

 

「確認したところ非常に良好な状態であり、不備も見当たりませんでした。どうか安心してお使いくだされ」

 

 ひとつは僕が受け取り、もうひとつはマリナの右手首に装着された。

 

「この腕輪で、本当に魔力を充填できるんですか?」

 

 ソシアは疑っているようである。

 

「ええ。通常なら、外部から体内に魔力を吸収するのは不可能ですが、ルミネオスの特殊な魔力環境と充填器があれば可能となります。この研究所は周囲に漂う魔力を引き寄せ、集めた魔力を保存する役割を果たしているのです。しばらくここに留まれば、僕の魔力は回復するでしょう」

 

「本当ですか!? よかった……よかったです……!!」

 

 説明すると納得し、うっすらと涙を浮かべて喜んでくれた。どうやら僕は、いつの間にか多大な心配をかけてしまっていたらしい。

 ソシアの涙を見たアシュトンが、僕を睨む。

 

「ったく……ここで魔力を回復できるって知ってたんなら、ザルヴァルグを奪ってすぐに来りゃあよかったじゃねぇか。なんでそうしなかったんだ?」

 

「あの時はまだ、ゾルクとマリナの所在がわからないままでした。そのような状況で僕だけ助かっても夢見が悪く、早く二人を発見したかったのです」

 

「……やれやれ。あんたも律儀っつーか、馬鹿正直っつーか」

 

 返事を聞いた彼は、大した奴だと言わんばかりに呆れてみせた。

 

「ともあれ。これでマリナもお主と同様、助かるのであろう……?」

 

 まさきが尋ねる。しかし僕の答えは。

 

「それが……確実とは言えません」

 

「なに? どういうことなのだ……?」

 

「先述した通り、マリナの肉体を形成している魔力はエンシェントビットと同質の高密度、高純度のもの。ただの魔力を充填するだけでは本来の機能がうまく働かず、彼女が再び目を開けるとは……考えにくいのです」

 

 見解を打ち明けると皆の顔は曇り、ミッシェルが慌てた。

 

「じゃあマリナに着けた腕輪は気休めにしかならないの!?」

 

「いいえ、そうでもありません。マリナの隣に寝かせたゾルク……彼が鍵です」

 

 ミッシェルを落ち着かせるように知らせる傍ら、まさきが僕の意図に気付く。

 

「……そうか。エンシェントビットを内包するゾルクが近くに居れば、充填器がその魔力を拾ってマリナに与えるかもしれぬのだな……」

 

「ええ。上手くいくかどうかはわかりませんが、こうするしかありません。あとは祈るのみです」

 

 現時点でマリナに施せる処置はここまでである。

 そして僕が次に行うべきこと、それは。

 

「ではジーレイさん、そろそろ聞かせてください。……エンシェントビットについての話を」

 

 ソシアを筆頭に、仲間から真剣な眼差しを受け取った。

 ……そう、僕はエンシェントビットの真相を皆に明かす義務がある。もう逃げてはいけない。

 

「わかりました。こちらについて来てください。その間ターシュは、ゾルクとエンシェントビットについて精密な検査をお願い致します」

 

「お任せくだされ」

 

 ターシュと別れ、移動を開始する。エンシェントビットが誕生してしまった、あの忌まわしき場所へ向けて……。

 

 

 

 同じ主要魔術研究所内の、光が差し込まない広い一室。床一面には難解かつ高度な術式で構築された大規模な魔法陣が、丁寧に刻みつけられている。

 二千年前から何一つ変わっていない光景。ここへ立つためには、とてつもない勇気が必要だった。

 

 

 

 エンシェントビットがどのような方法で、どういった経緯で創り出されたのかをありのまま伝えた。

 しばらくの間、誰も何も発さなかった。そしてようやく、アシュトンが沈黙を破る。

 

「なんだよ……。思ったより随分、重い話じゃあねぇか……」

 

 声からは威勢が失われていた。

 まさきとミッシェルも、やりきれない気持ちを露にする。

 

「エンシェントビットを破壊できなかったのにも、お主なりの理由があったのだな……」

 

「あたし達に伝えづらかった訳が、ようやくわかったわ……」

 

 ソシアに至っては。

 

「この場所で、そんな出来事が……。あまりにも……悲しすぎます……」

 

 両手で顔を覆い、溢れ出る涙を懸命に止めようとしていた。戸惑う皆へどんな反応を返せばいいのかわからず、黙って見ていることしか出来ない。

 そこへ扉をノックする音が響く。入ってきたのはターシュであった。

 

「ジュレイダル様、ゾルク君が目を覚ましました」

 

「わかりました。戻ります。……検査の結果はどうでしたか」

 

 ターシュは神妙な面持ちとなり、耳打ちをした。

 

「ゾルク君とエンシェントビットの融合は――」

 

「――そうですか」

 

 スメラギの里でゾルクの症状を見た時から薄々、そうなのではないかと感じていた。これを伝えなければならないなど……なぜ運命はこうも残酷なのだろう。僕は平静を装うのに精一杯だった。

 

 魔法陣の部屋を出て、元の研究室まで戻ってきた。

 マリナの隣の寝床には、上半身を起こしているゾルク。未だに眠り続ける彼女を見つめ、暗く苦い表情を浮かべていた。フィアレーヌに操られていたとはいえマリナを傷つけてしまい、悔いているのだ。けれど僕達が帰ってきたことに気付くと、いつものように明るく振舞う。勿論それは痩せ我慢だったのだが。

 まず、ゾルクが気を失っていた間のことを説明しようとしたが、彼はそれを待たず本題へ入るのを要求してきた。ゾルクのかねてからの願いであるエンシェントビット摘出についての事柄なのだから、焦るのも無理はない。

 

「どうなんだ、ジーレイ。エンシェントビットは、ちゃんと俺の身体から出ていくんだよな……?」

 

 祈るように見つめてくる。しかし僕の返答は、彼の求めるものではない……。

 

「単刀直入に申し上げます。あなたの身体からエンシェントビットを取り除くのは…………残念ながら不可能だと判明しました」

 

「……っ!!」

 

 ゾルクにとっての最後の希望が潰えた瞬間であった。

 

「取り除けない、だって? どういうことだよ」

 

「あなたとエンシェントビットの融合は、元の形に分離できないところまで進行していました。無理に摘出しようとすれば死に直結します。なので取り除くのは諦めてください。……本当に、申し訳ありま――」

 

 

 

「諦められるかあああああ!!」

 

 

 

 言葉を遮ったのは、ゾルクの怒号。募った感情を爆発させてベッドから飛び出し、僕の胸倉を乱暴に掴んだ。

 

「ゾルクよ、落ち着くのだ……」

 

「お願いだから手を放して。ね?」

 

 まさきとミッシェルが止めようとしたが。

 

「みんなは黙っててくれ!!」

 

 剣幕に押され、何も出来なかった。

 

「なあ、ジーレイ! 俺がどんな思いでここまで来たか、わかるか!? 世界を切り離したり、時空転移したり出来るくらい危険な物体を身体に埋め込まれた怖さが、あんたにわかるっていうのかよ!? ……いいや、絶対にわからないだろうな。だから『諦めてください』なんて言えるんだ。でも俺はなあ……! 簡単に諦められないんだよ!! どうしても元の身体に戻りたいんだよ!!」

 

 蒼の瞳に憤りの炎を灯し、勢いのまま怒鳴り散らす。

 

「あんたが……魔皇帝のあんたがエンシェントビットなんてものを創り出さなきゃ!! 俺はこんな目に遭わずに済んだんだ!!」

 

 返せる言葉は何一つ無い。胸倉を掴まれたまま、沈黙を貫いたまま、彼の主張を受け入れる。

 

「封印だなんて中途半端な方法をとったのも悪い……! 危険な物体だってわかってたんだから、壊せばよかっただろ!? そうすれば、デウスはエンシェントビットを利用しようなんて企まなかった! 俺も……マリナを突き刺さなかった!! 何もかも、徹底的にやろうとしなかったジーレイのせいだ!!」

 

「待ってください!!」

 

 いきなり割り込むソシア。精一杯の力で、ゾルクと僕を引き離す。

 

「違うんです、ゾルクさん……違うんですよ……! ジーレイさんは…………ジーレイさんがエンシェントビットを……壊せなかったのは……!!」

 

 そこまで言い、言葉を詰まらせた。

 

「何が違うっていうんだ!! なんでジーレイを庇うんだよ!? こいつは全ての元凶なのに!!」

 

 ゾルクは反発するも、彼女の頬に薄っすらと伝う涙が目に留まってしまう。

 

「……なんで、泣いてるんだよ。泣きたいのは……俺の方なんだぞ……!」

 

 やり場の無くなった怒り。拳は小刻みに震えていた。

 これ以上、ゾルクに不安を覚えさせたくはない。その一心で僕は深く頭を下げ、次のように述べた。

 

「……ゾルク。おっしゃる通り、僕は全ての元凶。重い責任があります。必ず他の手段を見つけ出しますので、どうか気を静めてください」

 

「なんだよ偉そうに……。もういいから一人にしてくれ。しばらく誰の話も聞きたくない」

 

 僕達に背を向け、彼はこの研究室から出ていく。そして一人きりになったところで、非情な現実に落胆するのだった……。

 

 

 

 次の日の朝を迎えた。朝日が差し込む清々しい晴れの天気と相反するかのように、研究室には険悪な空気が満ちている。

 僕の魔力はそれなりに回復した。これなら戦闘も支障なくこなせるだろう。マリナは、呼吸はあれども覚醒する様子はない。ゾルクが彼女の傍に戻ってきてくれれば、まだ望みはあるのだが。

 僕はターシュと共に研究所内の資料を一晩中漁り、エンシェントビットを安定させる方法を死に物狂いで練っていた。そして幸いなことに見出せた。皆に伝え、協力を仰ぐ。目的達成には、ルミネオスの外に出る必要があるからだ。

 ソシア、ミッシェル、まさき、アシュトンの了承は得た。最後はゾルクに知らせるのみだが……受け答えに応じてくれるだろうか。彼は空き部屋に閉じ籠ったきり誰とも顔を合わせていない。

 四人に見守られながら、僕は部屋の扉を静かに叩いた。

 

「ゾルク。これから僕達はネアフェル神殿という場所へ向かい、エンシェントビットを制御するために必要な神器を回収するつもりです。あなたは……どうなさいますか?」

 

「本当にエンシェントビットが制御できるっていうのか? ……俺は行かない。そんな話、今さら信じられるわけないだろ。第一、俺の身体から取り除けないなら何をしたって無駄なんだ。対策したところで、どうせまた暴走したり操られたりするに決まってる」

 

 扉越しに返ってきたのは、棘のある言葉。やはり彼との間に出来た溝は深かった。

 

「わかりました。……本当に、申し訳ありません」

 

 彼から信用を得ることは二度と無いだろう……。強く、そう感じた。

 僕とゾルクの会話が終わると、今度はミッシェルが優しく声を発した。

 

「ねえ、ゾルク。あたし達についてこないなら、代わりにひとつお願いを聞いてちょうだい。……出来るだけマリナの傍に居てあげて」

 

「なんでさ。合わせる顔が無いのに」

 

 ぶっきらぼうに訊き返す。ミッシェルは優しい声色のまま返事をした。

 

「マリナの身体は特殊な魔力の塊なんだけど、今はその魔力が足りてなくて。補うためには、あの子のすぐ近くにエンシェントビットがないといけないの」

 

「えっ……!! そんな話、聞いてないぞ!?」

 

「だって昨日のあなた、誰の話も聞こうとしなかったじゃない」

 

「あ……」

 

 ミッシェルに指摘され、黙り込む。そこへソシアも加わった。

 

「私からもお願いします。そしてどうか、マリナさんの手を握ってあげてください。離れているより接している方が、効果があると思うんです。……いいえ、きっと効果があります!」

 

 はっきりとした声で強く訴えた。しかし扉の向こうの彼は何も喋らなかった。

 少しだけ沈黙が続いたが、このまま立ち尽くすわけにもいかない。そう思ったのか、アシュトンがこの場を終わらせにかかった。

 

「まあ、そういうわけだ。俺達が出払ってる間、お前はお前のやれることをちゃんとやっとけよ」

 

「では、拙者達は赴く。老師ターシュ共々、マリナを頼んだぞ……」

 

 まさきが締めくくり、僕達はネアフェル神殿へと出発するのだった。

 

「……ははは。どうしようもない馬鹿だな。俺って」

 

 その後、ゾルクが自らを無気力に嘲笑したことは、誰も知らない。

 

 

 

 幸運なことにネアフェル神殿は、ルミネオスのすぐ隣の島に存在している。ザルヴァルグで難なく上陸した。

 尖った三角屋根が幾つも連なった、白塗りの高貴な建造物。訪れるのは今回が初めてだが、この神殿もルミネオスと同じく二千年前から存在する太古の遺産である。朽ち果てた外観をしているが、ルミネオスのように結界や擬装を施しているわけではなく本物の廃屋と化している。

 目当ての神器は神殿の奥深くに眠っている。僕達は意を決して足を踏み出し、ところどころ崩れた石壁や床に気を付けながら進んだ。

 

 用心していたが特に複雑な罠も無く、最深部である祭壇の間まで順調に到達。求めている神器――暖かな光のみで構成された接触可の立方体――も祭壇の上に安置されていた。

 だが、最後の最後で仕掛けが起動してしまう。

 

「ジーレイさん、あれは!?」

 

 ソシアは、それに視線を奪われた。

 僕達の目前から迫る、実体を持たない青白の影。辛うじて人型の上体を形作っているようにも見える。青白の影は変幻自在であり、神器の眠る祭壇へ僕達を近づけさせないようにするかの如く広がっていく。

 

「差し詰め、ネアフェル神殿に封印されし魂、とでも言いましょうか。フィアレーヌの霊術によく似た類いの精神体ですね。ここにきて侵入者対策が発動するとは運がありません」

 

「何も無いと思わせといて実は、ってパターンのトラップだったのね!」

 

 ミッシェルが大筆を構える。僕とソシアも戦闘態勢に移行した。

 

「精神体が相手か。興が乗る。フィアレーヌと相対した時と同様、無形(むぎょう)すら斬り伏せてこそスメラギ武士団の(おさ)が務まるというもの……!」

 

 まさきも鞘から刀を引き抜き、闘志を高めている。だがアシュトンだけは違い、及び腰である。

 

「し、しっかり頑張れよ、お前ら!」

 

 彼は戦闘要員ではないため、物陰に潜んで戦闘が終わるのを待つのだった。

 

 四人で奮戦するも精神体であるため物理的な攻撃はあまり意味が無く、大きな効果があるのは魔術のように属性が付加された術技のみらしい。それだけでも厄介なのだが、青白の影は分身して僕達を取り囲み惑わそうとしてきた。

 ならばこちらにも考えがある。僕は皆に頼み、上級魔術の詠唱時間を稼がせてもらった。

 

「吹き(すさ)べ、凍狼(とうろう)息吹(いぶき)白銀(はくぎん)の心にて氷界(ひょうかい)()せ」

 

 左手に開いた魔本のページを光らせ、本の表紙に備わったビットから魔力を得ながら唱える。その間、僕に近寄る青白の影は全て、他の三人が食い止めてくれた。おかげで確実に魔術を繰り出せる。

 

「フェンリルブレス」

 

 術の名を呼ぶと、祭壇の間に極寒の吹雪が巻き起こる。吹雪の規模はとてつもなく、仲間以外の全てを凍結させてみせた。

 当然、無数の青白の影も凍りついている。が、間も無く分身と思わしき氷像が次々に自壊を始めた。そして最後まで残った、あの氷像こそが本体である。僕の作戦は成功。皆に無理を言った甲斐があった。

 

「まさき、とどめをお願い致します」

 

「承知……!」

 

 僕から最後の一撃を託されると、凍った床を器用に駆けつつ、ビットを放り投げて真っ二つに斬り裂いた。

 

「案ずるな、一瞬ぞ……」

 

 ビットは山吹色の光となって刀身に吸い込まれていく。そして刀を一旦鞘に収めると、氷ごと床を強く踏み込んだ。

 

瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)……!!」

 

 抜刀と共に、一瞬だけ黄金色へと塗り替わる視界。まさきはいつの間にか敵を通り過ぎていた。氷像には三日月型の光る斬撃の軌跡が貫通している。

 

「そして儚く、散ってゆく……」

 

 刀を左右に払い、納刀。それに呼応してか、氷像に突き刺さった斬光の軌跡は風に吹かれた桜の花弁のように散る。同時に氷像も祭壇の間の氷も細かく砕けていき、夜空に広がる無数の星に限りなく近い、点々とした輝きを放って消えていった。

 後に残る物は皆無。青白の影――封印されし魂を完全に撃破した。

 

「よーし。よくやったぞ、お前ら!」

 

 物陰から顔を出したアシュトンが労う。

 

「あなたは何もしてないんだから、いばるんじゃないのっ!」

 

 ミッシェルからきつい一言を受け取っても知らぬ顔だった。

 それはともかくとして、ついに目的の神器を入手できる。早く持ち帰りゾルクを救わなければ。

 

「……おや?」

 

 ――祭壇の神器に触れようとした、その時。広間に異変が生じる。神殿の、壁に面する空間が歪み始めたのだ。

 常に動じない精神力を持つ、まさきでさえ狼狽(うろた)える。

 

「なんなのだ、これは……。ジーレイよ、新たな罠か……?」

 

「神殿の罠ではないようです。この魔力の感覚は……!」

 

 空間移動のための門が開く現象だと察した。そしてついに何者かが姿を現す。

 

「あ、あれは……!!」

 

「嘘でしょ……なんでここに!?」

 

 容姿を捉えた瞬間、ソシアとミッシェルは戦慄した。

 藍色の長い髪。エグゾアエンブレムが刻まれたプレートアーマー。脚先も見えないほどに大きな白いマント。そして威圧感を放つ山吹色の瞳……。悠々と現れたのは最凶最悪の相手――エグゾア総司令にして魔大帝、デウス・ロスト・シュライカンだったのだ。

 余裕を秘めた妖しげな笑みを浮かべ、開口する。

 

「やあ、諸君。ご機嫌麗しゅう」



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第38話「光」 語り:ゾルク

 ジーレイ達がネアフェル神殿へ出発して、すぐ後。俺はマリナが眠る一室の前まで来た。部屋から部屋へは目と鼻の先しかないのに、果てしなく遠かった。

 勇気を振り絞って扉をノックし、恐る恐る部屋へと踏み入る。するとマリナの傍には老師、ターシュさんが。付きっきりで看てくれていたらしい。俺が目を覚ました時と同様の献身的な姿である。

 

「おや、ゾルク君かい。おはよう」

 

 俺に気付いて挨拶してくれた。太く長い白眉や蓄えられた白髭に隠されて表情はよく見えないが、きっと笑顔だったに違いない。そう思わせるくらい優しい声で迎えてくれた。

 

「おはようございます……」

 

 対して俺の返した挨拶は、暗く落ち込んでいた。そして声色もそのままに問う。

 

「……あの、ターシュさん。マリナの身体が魔力の塊だっていう話……」

 

「信じられんかもしれんが……事実じゃよ。それもただの魔力ではなくエンシェントビットのような魔力での。体内の臓器や骨格などは普通の人間と同じように存在するんじゃが、それらは全て魔力で形成されておる。そして血液は流れておらん。代わりに魔力が循環しているとでもいうべきか……。とても不思議な身体構造なんじゃ」

 

「そうなんですか……」

 

 冗談のような内容だが、ターシュさんは真剣そのもの。信じる以外に無い。

 

「ソシアさん達のおかげで怪我自体は治っておるが、魔力が多く流れ出てしまったせいで意識が戻らん。ほれ、右手を見てみい。この魔力充填器を使い、エンシェントビットの魔力を吸収せねばならん状態じゃ」

 

 語るターシュさんは溜め息を混じらせていた。確かに、マリナの右の手首には金色の機械的な腕輪が装着されている。

 

「マリナさんの生命活動は問題なく続いておるが、目覚めるには君の存在が必要不可欠。さあさ、どうか傍へ」

 

「……はい」

 

 言われるがまま、俺はマリナに一番近い椅子へと座る。反対にターシュさんは立ち上がった。

 

「さて、老いぼれはそろそろ休憩したい。席を外すとしよう。ゾルク君、後を頼むでな」

 

 きっと、今の今まで休みなく看病してくれていたのだろう。腰を軽く叩きながら出口へと歩き始める。

 

「わかりました。ゆっくり休んでください」

 

 俺の言葉を受け取ると黙って頷き、退室していった。

 元々は研究室だったという、それなりに広い部屋。その片隅に俺とマリナの二人だけとなった。……ただ居るだけではなんだか気まずく感じてしまうので声をかけてみる。内容は、マリナに伝えておきたかったこと。

 

「俺さ、自分の身体からエンシェントビットを取り除けないって知ったショックで、周りが見えなくなってた。マリナのことも心配できてなかったよ。本当にごめん。それと……救ってくれてありがとう。君が命を懸けてくれたから俺は今こうして、ここに居られるんだ」

 

 穏やかな寝顔を見つめながら気持ちを明かしたが……なんだか顔面が熱い。心臓は、ドキドキしているのが嫌でもわかるくらい強く鼓動する。恥ずかしくなってしまったのだ。首を横に大きく振って誤魔化す。

 ……いやいや、どうして誤魔化しているのだろうか。誰も見ていないのに。わけがわからない。

 深呼吸の後、気持ちを整えて再びマリナに話しかける。

 

「眠ってる間に言ってもしょうがないか。ちゃんとお礼を言いたいし、早く良くなってくれよ。……俺がついてるからさ」

 

 さて、これからやるべきことがある。いざ意識すると言い知れない緊張が始まったが、皆に頼まれたからには遂行するしかない。そう思い……マリナの右手をしっかりと握った。

 

「……うわっ!?」

 

 その時である。

 とても強い刺激の光に照らされ、景色は……虹色に染まった。どこから始まった光なのかわからないまま反射的に目を瞑った――

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第38話「光」

 

 

 

 ――刺激が薄れ、目が慣れた頃合い。俺はもう魔術研究所の一室には居ないらしい。その証拠に、浮いて漂う感覚に見舞われている。

 

「この光、この空間……。いつか『謎の声』を聞いた時と似てる」

 

 だが、前と違って身体は自由に動かせるし、暗黒に包まれているわけでもない。虹色の輝きは温かく居心地がいい。妙な安心感があるのだ。

 異変はこれだけではない。辺りを見回そうと思って視線を左に向けると、そこには……。

 

「えっ! マリナも一緒!?」

 

 なんと眠ったまま俺のすぐ隣で、同様に虹色の輝きの中を漂っているのだ。そして間も無く意識を取り戻す。

 

「ううっ……」

 

「あ……! 気がついた!」

 

「ゾル……ク……?」

 

 うっすらと開けた目で俺の顔を捉え、名を呼ぶ。それからほんの少しの間だけ、ぼうっとしていた。けれども目の前に俺が居ることを認識した途端、翠色の眼は大きく見開かれた。

 

「ゾルク……!! 本物の、普段のお前なんだな!?」

 

「そうだよ、いつも通りの……おわっ!?」

 

 目覚めたばかりだというのにマリナは勢いよく飛びついてきた。……予期せぬ行動である。俺は硬直し、何も反応できない。

 

「よかった……フィアレーヌの霊操(れいそう)が解けて本当によかった……!」

 

 俺の背中へ両手を回し、黒髪を胸に当て、強く抱き締めてきた。嬉し恥ずかしの状況だが、彼女の力は少々過剰であった。

 

「ちょ、ちょっと、マリナ……ぐるじい……」

 

「あぁっ……わ、悪かった。私としたことが、柄にもない行動を……」

 

 声にならない声を受け取ると、申し訳なさそうに解放してくれた。そんな彼女に笑顔で返事をする。

 

「……えへへっ。こうして息苦しくなれるのは君が救ってくれたからだよ。あのままフィアレーヌに操られてたらきっと、二度とこんな気持ちは味わえなかっただろうし。マリナ、本当にありがとう」

 

 面と向かい、きちんと感謝を伝えることが出来た。ところがマリナは顔を伏せてしまう。

 

「私は……そんな身体になってしまったお前に対して、未だに責任を感じている。だから身を挺してでも救うべきだと考えていただけのこと。礼を言われるような立場ではないさ……」

 

 彼女の姿は、まるで怯えているかのよう。罪悪感に(さいな)まれ、俺に合わせる顔が無いと感じているのだろう。

 ……違う。マリナがそんな思いを抱く必要はない。

 

「あーもー! 悪いのはデウスだろ! マリナも被害者なんだ、ってスメラギ城で話したのに忘れちゃったのか? 一緒に悩みながら頑張っていこうって言ったのも覚えてない?」

 

 そう伝えると、マリナは顔を伏せたまま心情を明かし始める。

 

「……自分自身が何者なのかという謎と、増大する責任感が()い交ぜになって……ずっと整理がつかず、どうすればいいかわからなくなり、お前から貰った言葉も失念してしまっていた。それに、エンシェントビットを埋め込まれてもがき苦しむお前の姿を隣で見ていたから、どのみち冷静さは保てなかった」

 

「あっ……」

 

 言われて初めて自覚した。俺は無意識に苛立(いらだ)ちや不安を見せていたらしい。これでは気にしないでいるほうが無理である。

 

「そっか。俺の弱い部分、隠し通せてなかったんだな……。ごめん……」

 

 迷惑をかけていたと知り、落ち込んでしまう。しかしマリナは慌てて否定した。

 

「待て、お前こそ謝る必要は無い! 原因は私に……」

 

 途中まで言いかけ、ハッと何かに気付いて仕切り直す。

 

「……いや、こんな風に堂々巡りしているからいけないんだ」

 

 すると気持ちを整えるように瞑想した。

 何秒か過ぎて再び目を開けた時、マリナは何かが違っていた。

 

「深く考えたり過度に気負ったりしたところで(ろく)な結果にならないことを、身を以て知ったからな。流石に、悩むのをきっぱりやめる決心がついた。もう気にしないでおく」

 

 反省も含め、しがらみをなんとか吹っ切ったようだ。柔らかな表情を浮かべている。

 

「……うん! そっちのほうがマリナらしいや」

 

 彼女の顔を見て俺の不安も和らいだ。この話題は、これで終わり。

 

「ところで、この不思議な空間は一体なんなんだ? エンシェントビットの光によく似た景色だが……。それに、私が眠っている間に何があったのかも教えてほしい」

 

 マリナはこの空間へ疑問を抱き、更に現状報告を求めてきた。伝えるべき内容は多々ある。しかし彼女の正体については話すべきか迷うところ。

 

「俺にもよくわからない部分があるけど、知ってる限り教えるよ。……ショックを受けるかもしれないような話もあるんだけど、それも含めて聞きたい?」

 

 事の重大さを察するよう仕向け、本人に判断を委ねた。そして返事は。

 

「……頼む」

 

「本当にいいんだな?」

 

「私はもう惑わされないと、さっきも誓った。だから聞かせてくれ。どんな内容だろうと受け止めてみせよう」

 

 確かな意思の(こも)った言葉。怯えを完全に払拭(ふっしょく)している。そんなマリナを、俺は信じた。

 

「わかった。じゃあ、話すよ」

 

 ――秘境ルミネオスに訪れてからのこと。この空間が、俺が『謎の声』を聞いた時のものと似ていること。そして……マリナの身体が魔力で形成されているということ。全てを伝えた――

 

 その後のマリナは何とも言い難い感情に包まれているようであった。無表情のまま静かに呟く。

 

「私は……普通の存在ではなかったのか」

 

「……こんなこと知らされても、やっぱり複雑だよな」

 

 マリナの反応を見て少し後悔してしまった。いくら彼女が願ったとはいえ、あまりにも衝撃的な真実である。心に傷を負ってもおかしくないだろう。……けれど当の本人は。

 

「複雑、か。そう言われればそうでもある。自分の正体が魔力の集合体だと考えたことなど、あるわけが無いからな。……だが真実を知ったところで違和感は生まれない。むしろ妙に納得できてしまう。私は自分の身体のことを潜在的に自覚していた、あるいは過去に記憶していたからこそ、生身で攻撃を受け止めるという無謀に至ったのかもしれないな」

 

 想像より遥かに落ち着き、真実を受け止めていた。

 マリナの決意が伊達ではないことを再確認させられた。一瞬でも後悔してしまった自分が情けない。

 しかしマリナに関する謎は深まるばかり。なぜ彼女は魔力集合体なのか。どうして記憶に曖昧な部分があるのか。これらの理由を教えてくれる人物など、どこにもいない……。

 

 

 

「――ゾルク・シュナイダー、マリナ・ウィルバートン。私の声が聞こえますか?」

 

 

 

 肩を落としていた、まさにその瞬間。

 どこからともなく優しげな女性の声が響いてきた。咄嗟に色んな方向を見るも、やはりこの空間には俺とマリナだけ。

 

「何だ、この声は……!?」

 

 マリナは警戒するが、俺は違っていた。不意を突かれて驚きこそしたものの、慌てる必要は無いとわかったから。

 

「マリナ、これが『謎の声』だよ!」

 

 そしてすかさず声の主へ返事をする。

 

「……ああ、聞こえてるさ。いるんだったら出てきてくれよ」

 

「今、姿をお見せします」

 

 声の主は素直に応じてくれた。すると俺達の目の前に白い光の粒が集結し始め、人の形を成していく。

 ――全体的に緩く波打った暗灰色(あんかいしょく)の長い髪に、マリナとよく似た翡翠(ひすい)の双眼。全身を包んでいるのはドレスのようなローブのような、足の先端まですっぽりと覆い隠すほど裾の長いスカートが目を引く純白の衣装。それが声の主の容姿であった。

 俺はあまりの美しさに緊張してしまったが、辛うじて声は出せた。

 

「あなたが『謎の声』の正体……?」

 

「はい。グリューセル国と魔皇帝に全てを捧げた皇后(こうごう)、リリネイア・エスト・グランシード。それが私の名です」

 

「こ、皇后!? つまり、ジーレイの奥さんなのか……!」

 

 謎の声の主――リリネイアさんは無言で頷き、俺達が漂う不思議な空間について述べる。

 

「この空間はエンシェントビットの意識の中であり、現在あなた方の意識だけをこの場に連れてこさせてもらっています。エンシェントビット自体が不安定なため、以前ゾルクに接触した時は声を届けることしか出来ませんでした。けれども今は秘境ルミネオスの特殊な魔力環境があります。だからこそ、より鮮明に意思の疎通(そつう)を図ることが叶いました。そしてエンシェントビットに宿る者達を代表して、このリリネイアがあなた方に語りかけています」

 

 宿る者達……? ということはリリネイアさん以外にも誰かいるのだろうか。そもそもエンシェントビットに人間が宿っている理由がわからない。

 

「ゾルク、あなたには……謝罪の言葉をいくら並べたところで足りません。そしてマリナ。あなたは自分の正体について悩み、苦しんでいましたね。私はエンシェントビットの内側から、あなた方を見守ることしか出来ませんでした。本当に申し訳ございません……」

 

 彼女の声色は、後悔に打ちひしがれているかのようにか細いものであった。それでいて俺達の心を慰めるように包んでいく。

 これまでの出来事をリリネイアさんは全部見ていたようだ。それなら話が早い。ジーレイの胸倉を掴んだ時と同様、怒りをぶつける。

 

「ま、まったくだよ。俺がどれだけ迷惑してると思ってるんだ……!」

 

 ……ぶつけてはみたものの、本当はわかっていた。当たり散らしたところで何も解決しないことを。それにジーレイやリリネイアさんだって、実は苦しんでいるかもしれない……。

 

「せめてもの罪滅ぼし……とするのもおこがましいですが、エンシェントビットにまつわる全ての真実をお伝えしたいのです。この空間へあなた方をお招きしたのもそれが理由。どうか今だけでも耳を傾けてください」

 

 悲しい表情で懇願するリリネイアさんの翠の眼は、僅かに潤んでいるように見える。そのせいで、というわけではないが……冷たい態度をとってしまったことは流石に反省した。けれども言葉にして謝るには、まだ引っ掛かるものがある。そこで俺は渋々了承するような、ずるい返事をするのだった。

 

「……そこまで言うんなら」

 

 次にリリネイアさんは、マリナにも確認をとる。

 

「マリナ。あなたがどうやって、どのような意味を持って誕生したのか。それもお教えします」

 

「勿論だ。それを知ることが私の悲願だからな」

 

 曇り無き眼差しでの返事だった。

 そして、ついにリリネイアさんによる語りが始まる。

 

「では……長くなりますが、お付き合いください」

 

 

 

 ――今から二千年前。世界統一を懸けた最終戦争が二大国によって繰り広げられていました。

 

 

 

 当時の戦況についてですが……エグゾアセントラルベースでデウスが語っていた内容を覚えていますでしょうか。グリューセル国はフォルギス国の武力により、あと一歩のところまで追いつめられていました。

 絶望的なまでの戦力差を覆し、グリューセル国に勝利をもたらすためにはどうするべきか。ジュレイダル様は不眠不休でその方法を探し続け、やっとの思いでとある術式を編み出されました。それこそが「絶対的な力を有した神器を創り出すための術式」だったのです。

 ですが、完成なさった術式は非人道的な所業を必要とする、いわゆる禁術。我に返ったジュレイダル様は、ご自身の血迷った行いを恥じられ術式を封印なさり、他の方法を模索し始めました。……そのようなものなど無いことをご存じの上で。

 

 自国の存亡がかかっているのにどのような行動も意味を成さず、ジュレイダル様は苦悩なさるばかり。私や家臣達は、あの方のそのような姿を見続けることに耐えられませんでした。

 そこで覚悟を決めました。ジュレイダル様がお創りになった術式の封印を独断で解除し、秘境ルミネオスの一室にて神器創造の儀式をおこなったのです。……「自らの命を生贄として捧げる術式」であることは承知の上で。愛するジュレイダル様やグリューセル国の民の未来の為ならば、命など惜しくはありませんでした。

 

 ジュレイダル様ほどではないにしろ、私も家臣達も生まれながらにしてかなりの魔力を身に宿していました。そのおかげか、儀式によって誕生した神器『エンシェントビット』は、この世の全てを掌握できると言っても過言ではない程の力を秘めていたのです。

 私達の想いを知りエンシェントビットを手中に収められたジュレイダル様は、フォルギス国の大部隊をいとも簡単に一掃。破竹の快進撃で戦況をひっくり返し、デウスを追い詰めて戦争に勝利。念願の世界統一を果たし、グリューセルを豊かな大国へと導いていかれました。……ですが……。

 

 エンシェントビットが誕生したあの日からずっと、ジュレイダル様はご自身を酷く責め続けていらっしゃいました。「あのような気の狂った術式を創らなければ、妻や家臣達は命を落とさずに済んだというのに。もっと自分に力が備わっていれば、このような悲劇は起こるはずもなかったというのに」と……。

 禁術によって肉体を失った私達は、不思議なことに魂だけの存在としてそのままエンシェントビットに残留。故に、あの方が悔やまれる様子を間近で見続けていました。見兼ねて声をおかけしようとしたこともありましたが、所詮こちらは神器。いくらお呼びしようとも、あの方のお耳に届くことはありませんでした。……それによって初めて、私達の心にも後悔が芽生えたのです。

 グリューセルはこれ以上なく豊かで恵まれた国となりましたが、ジュレイダル様をここまで悲しませてしまうことになろうとは。エンシェントビットの魔力をどのように活用しようとも、禁術によってエンシェントビットそのものと化した私達が元の姿に戻ることなど叶うはずがありません。馬鹿げた覚悟を掲げ、愚かな決断を下したあの時の私を、深く、深く憎みました。

 

 その後のこと。

 ジュレイダル様はエンシェントビットが内包する過剰なまでの魔力を危険視し、そして悪用されるのを恐れたため、破壊することでこの世から抹消しようとなさいました。現にこの時、デウスはエンシェントビットの強奪を企てていたのですから。

 ……ですがエンシェントビットは、ただの一度も傷付くことはありませんでした。破壊することが出来なかったのです。この時、ジュレイダル様は次のようにおっしゃっていました。「心から大切に想っている人間を二度も手にかけることは出来ない」と、大粒の涙を零されながら……。

 

 破壊できないのならばせめて少しでも魔力を弱めようとお考えになったジュレイダル様は、エンシェントビットの力の一部を切り離し、ごく小さな魔力の塊『ビット』として世界中に放出なさいました。しかしそうまでしても、エンシェントビットの魔力は莫大なままだったのです。

 問題を解決するべくジュレイダル様は、グリューセル国から姿を消してデウスから身を隠しつつ、世界を歩き回って方法を探られました。しかし何一つとして有力な情報は得られないまま。

 その間に、他の者に任せっきりにしていたグリューセル国は内部崩壊を起こしてしまいました。ジュレイダル様のため国のためにと思ってとった行動が、グリューセル滅亡という最悪の結果を招いてしまったのです。本当に私達は愚かでしかありません。

 

 これ以上、魔力を切り離しビットとして世界中にばら撒いても、そのビットをかき集めて悪事を働く輩が現れるかもしれない。そう懸念したジュレイダル様が最後の手段としてとられたのが、深海の底への封印でした。誰の手も届くことのない海底にエンシェントビットの力で封印の神殿……後に海底遺跡と呼ばれる場所を造り、エンシェントビットそのものを納めたのです。

 封印に用いた魔力はあまりにも強過ぎたため、世界に影響を及ぼしてしまいました。それがリゾリュート大陸世界とセリアル大陸世界への分断だったのです。

 そして同時に、ジュレイダル様はエンシェントビットを操る権限を捨て去りました。明確に権限というものがあるわけではありませんが、心に傷を負ってしまわれたジュレイダル様にはもう扱う意志が残っていなかったのです。

 

 

 

 ――これで事実上、エンシェントビットを操れる人間はこの世に存在しなくなりました。

 

 

 

「ジュレイダル様はご自身の魔力を生命力に変換しながら永い時を生き、封印の神殿を見守る道を選ばれました。そして、機を見計らっていたデウスが封印の神殿からエンシェントビットを持ち出してしまい……それから先は、あなた方がご存じの通り」

 

 リリネイアさんは静かに語り終えた。俺は、混乱する頭で必死に理解しようとする。

 

「ジーレイとエンシェントビットに……そんな過去があったなんて……」

 

 受けた衝撃は、大きいなどという言葉で済む程度のものではなかった。

 人間の命と魔力を素材に、禁術を用いて創り出されたエンシェントビット。中でも一番心に焼き付いたのは、ジーレイがエンシェントビットを破壊できなかった理由だ。俺は昨日、知らなかったとはいえ彼に心無い言動をとってしまった。きっと傷付いたに違いない。やはり俺は、どこまでも情けない馬鹿者でしかなかった……。

 

「そして次にお伝えするのは、マリナの正体について」

 

 息を呑むマリナ。リリネイアさんは言葉を進める。

 

「あなたは、私達が生み出した特別な命。デウスに対する切り札となるはずだった存在です」

 

「私が切り札となる……はずだった……!?」

 

 

 

 ――封印の神殿……海底遺跡にデウスが到達したところからお話しします。

 

 

 

 デウスは海底からエンシェントビットを引き上げた直後、すぐさま力を行使しようとしました。ですがエンシェントビットは意思を宿した特殊な神器。彼の邪悪な願いを私達は聞き入れませんでした。それでもデウスは諦めず、自身の魔力をエンシェントビット内に忍ばせて一時的に一体化し、無理矢理に使役しようという荒業を使ってきたのです。

 魔力の大きさそのものは圧倒的にエンシェントビットの方が上であり、通常ならばデウスの魔力では使役することなど不可能。ですが彼には邪悪なりにも、自身の野望を叶えようとする確固たる信念がありました。彼の尋常ではない精神力に押されつつも、私達は必死に抵抗しました。

 

 攻防は苛烈を極め、双方とも限界に達しようとする中。私達は、とある手段を思いつきました。それは、この場で切り札となる存在を生み出しエンシェントビットの主と定め、デウスを倒してもらおうというもの。

 本来、神器とは「誰かに扱われる」ことによってのみ、その力を発揮するもの。言わばただの道具であり意思など宿っていません。ですがエンシェントビットには私達が宿っており、更にその時は曲がりなりにも「デウスが扱おうとしている」状況。エンシェントビットが力を発揮する条件自体は揃っていたのです。それを逆手に取り、デウスによる使役を妨害しながらこちらの意思を密かに介入させることによって、私達の都合でエンシェントビットを使用しました。

 

 結果、誕生した存在こそが『マリナ・ウィルバートン』なのです。……しかし思い通りに事は運びませんでした。

 実はジュレイダル様が世界中にビットをばら撒かれた時点でエンシェントビットの魔力は完全ではなくなり、不安定な状態に陥っていたのです。そこへデウスによる強制使役が駄目押しとなって、『マリナ・ウィルバートン』は私達が考えていた切り札とは違う存在として生まれました。

 本来であればジュレイダル様やデウス、エンシェントビットなどの全ての真実を記憶した、揺るぎ無き正義の心を持つ屈強なる戦士が誕生するはずでした。それはデウスを倒した後の世界の統治や、エンシェントビットの破壊もしくは再封印などの願いを込めてのこと。……けれども私達とデウスの前に現れたのは、過去の真実の代わりに意図しない朧気(おぼろげ)な記憶を持ち合わせた、戦士と呼ぶには程遠い未熟な少女だったのです。

 

 こちらの事情など知る由も無いデウスは『マリナ・ウィルバートン』の誕生を以て、自分ではエンシェントビットを扱えないと悟りました。

 その代わり、偶然の産物である『マリナ・ウィルバートン』に利用価値を見出そうとしました。『人間の形をした空虚な魔力集合体ゼロノイド』と秘密裏に称して。そして記憶が曖昧な彼女に付け込んで嘘の過去を吹き込み、戦闘員として育てていったのです。

 私達の抵抗は失敗に終わったかに見えました。しかし『マリナ・ウィルバートン』にはしっかりと、エンシェントビットを扱うために必要な真っ直ぐな意思、そして悪を許さない正しき心が備わっていたのです。私達は彼女を信じることにしました。

 けれどもこの二つの点は『マリナ・ウィルバートン』がエグゾアで生活する一年の間にデウスも把握してしまいました。故に彼は、自分の野望のために彼女を利用しようと考えついたのです。

 

 

 

 ――以上が、マリナの正体に関する全容です。

 

 

 

「私の知っている過去は創造時の不具合と嘘によるもので、エグゾアでの数年間も実際は一年だったのか。おそらく元々誕生する予定だった戦士の戦闘知識が嘘と混ざり合い、戦闘組織であるエグゾアへ長く属したように錯覚してしまったんだろうな……」

 

 マリナは呟いた後、無言になる。そして整理がついたところで再び口を開いた。

 

「謎が解けてよかった。この曖昧な記憶そのものが、私が私である確かな証拠だったとは。そして、ついに自分の正体を知ることが出来た。……だが」

 

 不穏な接続詞を挟み、彼女は続ける。

 

「マリナ・ウィルバートンは、あなた達が望んだ『デウスへの切り札』として生まれることは出来なかった。私にとってはどうにもならない事実であり、だからといって負い目には感じていない。ただ……皇后リリネイア、あなたに問いたい。不完全な私は、あなた達にとって無意味であり不要な存在なのだろうか……?」

 

 尋ねるマリナの声は、かつてない程の不安に満ちていた。全てを知って、自分はこの世界に居ていい存在なのかという疑問が新たに生じてしまったのだ。

 この問いに、リリネイアさんは毅然として答えてみせる。

 

「そのようなことは決してありません。どんな生まれ方をしても、あなたはこの世界に誕生したかけがえのない命。正体が魔力集合体であろうと、温かな心を持ち自分だけの思考を有する一人の人間なのです。仲間と共に進む姿をエンシェントビットの内側からずっと見守ってきたからこそ、あなたを誕生させて良かったとはっきり言えます。それに……」

 

 過去を振り返るかのように閉眼する。次にリリネイアさんが目を開けた時。愛に溢れ、慈しむような笑みを浮かべた。

 

「『マリナ』という名前は、私が子を授かった際に付けてみたかった大切な名前。つまりあなたは私の娘も同然なのです。多少、思い通りにならなかったところで、あなたを想う気持ちに変わりはありません。自らの命を粗末にしてしまった私達の分まで、どうかこれからも生き抜いてほしいと切に願っています」

 

 返答を受け取るにつれ、マリナの両目は潤んでいった。

 

「……ありがとう……」

 

 全て聞き終える頃には顔を両手で覆い隠し、震える声で最後にそっと呟くのだった。

 

 

 

 リリネイアさんは、エンシェントビットが関わった数々の現象についても説明してくれた。

 デウスが施した「適合者へ反応を示す」という細工を取り除くのは、彼女達には不可能だった。そしてマリナ自身が「エンシェントビットを扱う力」を持っていたため、彼女がセリアル大陸からリゾリュート大陸へ時空転移するのを阻止できなかったという。

 過去に、ソシアの宿敵である盗賊のグラムがモンスター化したことがあった。あの時のエンシェントビットは、魔力が極端に不安定になる周期が訪れていたため不覚をとり、グラムの意思に負けて強引に力を発揮させられたという。最後に時空転移をおこなってから日が浅かったのも関係しているらしい。

 火薬の都市ヴィオで俺がフィアレーヌに操られたのは、エンシェントビットに宿るリリネイアさん達が霊操されてしまったことが原因。どの件についても、リリネイアさんは誠意を込めて謝罪するのだった。

 

 けれど、エンシェントビットに救われたことも多々ある。

 エグゾアセントラルベースでデウスに追い詰められた時、俺の「みんなを逃がしたい」という咄嗟の願いを聞き入れてくれた。半ば無理やりに時空転移を発動してその通りにし、皆が負った傷まで癒してくれたのだ。リリネイアさんは転移先の時間や空間を完璧に定められず俺達を離れ離れにしてしまったことを悔やんでいたが、誰も文句は言わないはずだと返事をしておいた。

 続いてマリナもスメラギの里に転移した直後の、迫り来るスサノオの軍勢を退けてくれたことへ感謝していた。リリネイアさんから告げられたのは「改造されたスサノオ兵の体内のビットを限定的に操り、体調を崩させて撤退に追い込んだ」という真相だった。時空転移の光に意思を紛れ込ませての行為ゆえに、ここでもかなり無理をしたらしい。

 

 ふと俺は、アロメダ渓谷で気を失った時のことを思い出す。あの時リリネイアさんは俺を止めるために声を届けてくれた。そして俺は声を信じずに進んだからこそ酷い目に遭ったのではないかと気付く。判断材料が少なかったとはいえ、誤った道を選んだのは自分。エンシェントビットを一方的に憎むのは間違いだった。

 もうひとつ認識を改めよう。俺をこんな身体にした元凶はジーレイでもエンシェントビットでもない。世界の破壊と創造を企む、魔大帝デウス・ロスト・シュライカンである。

 ようやく自暴自棄から立ち直れたようだ。同時に、俺の中で何かが沸々と湧き上がり始める。

 

「……ねえ、リリネイアさん。俺、本物の救世主になれるかな?」

 

 この言葉に、二人とも耳を疑う。

 

「あなたは全てに絶望し、エグゾアと戦う気力も失ってしまったはず。無理をする必要は無いのですよ」

 

「その通りだ。みんなもお前の気持ちを受け入れてくれたんだから心配しなくていい。それに私は、エグゾアと戦い続ける決心が改めてついた。お前の分も戦うと誓おう。後のことは任せていいんだぞ」

 

 二人は気遣うように、諭すようにそう言ってくれた。けれど俺は錯乱しているわけではない。

 

「別に無理なんかしてないよ。ただリリネイアさんの話を聞いて、こんなところで(つまず)いてる場合じゃないって感じたんだ。……そりゃあ一度は何もかも諦めちゃったけど、やっぱりデウスの野望は止めなきゃいけない。だから俺も戦いたいんだ! 世界の破壊なんて許してたまるもんか! 俺は絶対にデウスを倒す!!」

 

 どこかに置き去りにしていた、本来の熱意と明るさ。それが心身の外へと溢れ出ていた。

 そんな俺を見て考えが変わったのか、リリネイアさんは次のような提案を持ち出した。

 

「……以前、私はあなたに『どうか世界を救ってほしい』とお願いしたことがありましたね。もし、真の救世主としてデウスと戦う覚悟があるならば、私達はあなたに従い力を貸すと誓います」

 

「それってつまり、エンシェントビットを俺が使っていいってこと……!?」

 

「はい。世界の平和のために役立てられるのであれば構いません」

 

 まさかの申し出だった。確かに、それが出来れば怖いものなど無くなるが……不可能だ。

 今の俺は封印護符を貼っていなければ暴走してしまう身体。そしていつか封印護符が効かなくなるほどにエンシェントビットと融合する未来が待っている。こんな不安定な身体で使えるわけがない。

 俺の内心を見抜いてか、リリネイアさんは更に述べる。

 

「あなたの身体とエンシェントビットの融合は、相性の良い魔力同士が勝手に引き合ってしまうために進行しています。私達ですら止められません……。ですが、これは逆に希望の光でもあるのです。あなたに強い意志があれば、あなた自身の魔力を通じてエンシェントビットを支配、そして使役できる……魔力同士が引き合っているからこそ可能な芸当です。これならば暴走を防ぐことができ、そしてきっとデウスの愚行に終止符を打てます」

 

「俺とエンシェントビットが……希望の光に……」

 

 なれるのだろうか。不安は残る。

 けれど心の奥では……確かに火が灯った。その火は静かに勢いを増していくのだった。

 ――するとここで、虹色の景色が揺らぎ始めた。色もどんどん失われ、白から灰色に、灰色から黒へと変わっていく。

 

「……意思疎通の限界が訪れてしまいました。ここまでのようです」

 

 リリネイアさんは最後の言葉を述べる。

 

「マリナ、あなたとお話しできて本当に嬉しかった。そしてゾルク、覚悟を決めたらエンシェントビットにありったけの想いを込めるのです。それと――」

 

 俺達も返事をしたかったが、その時間は残されていなかった。

 

「――『私達はジュレイダル様をいつまでもお慕いしております』と、どうか伝えてください。……では、さようなら」

 

 真っ暗になった空間がひび割れるように崩壊していき、俺達の意識は薄れていくのだった……。



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第39話「応えろ」 語り:ゾルク

「……あれ? ここは…………そっか、戻ってきたんだ」

 

 気付くと、俺達は元の部屋に居た。

 あの空間の中でマリナは目覚めていたが、今は寝床に横たわっており手も繋いだまま。現実で完全に回復するためには、まだエンシェントビットの魔力が足りないらしい。だから変わりなく彼女の手を握り続けることにした。

 その間、俺はリリネイアさんの話を思い出して次のような考えに至る。

 

「ジーレイ達が帰ってきたら、きちんと謝らなきゃな。今だって俺のために出かけてるわけだし」

 

 まずはこれだ。昨日のことについて頭を下げたい。その後で、皆と共にエグゾアへ立ち向かうことを伝える。決意した俺の心には、もう陰鬱な気持ちは残っていなかった。

 そんな折、この部屋の扉が乱暴に開かれた。

 

「ゾルク君!! 大変じゃ!!」

 

 飛び込んできたのは、大汗をかいたターシュさんであった。

 

「そんなに慌てて何かあったんですか?」

 

 俺が尋ねると、ターシュさんの後ろからアシュトンが出てきた。彼はジーレイ達と一緒にネアフェル神殿へ向かったはず。それが何故、戻ってきているのか。しかも全身が傷だらけで、黒と灰が基調のパイロットスーツには血が滲んでいた。

 

「アシュトン!? どうしたんだよ、その怪我は!」

 

「どうもこうもねぇよ……! ネアフェル神殿に総司令デウスが現れやがった!!」

 

「なんだって!?」

 

 思いもよらない返事だった。

 

「他のみんなはどうしたんだ? 一緒じゃないのか!?」

 

「あいつら、自分達を盾にして俺だけ逃がしたんだ。『ルミネオスの三人をザルヴァルグに乗せて逃げろ』って言ってな……」

 

「じゃあ、みんなはまだ戦ってるっていうのかよ……!!」

 

 ジーレイ達からの指示を伝えるアシュトンの姿は、自身の非力さとデウスの理不尽さに嘆いているかのよう。

 悔やむ彼を見た俺が次の行動を決定するのに、一秒もかからなかった。

 

「……アシュトン。俺をみんなのところに連れて行ってくれ」

 

「お前、正気か!? あんな化け物に敵うわけがねぇ! どんな攻撃も通用しねぇんだぞ!?」

 

「前に見た、あの強力なバリアのせいか……」

 

 デウスには堅牢な防御障壁――バリアを張る能力がある。前にエグゾアセントラルベースで皆が交戦した時、これのせいで攻撃は全く通らず一瞬で捻り潰されてしまった。

 バリアが健在では、俺が加勢したところでどうにもならないかもしれない。……しかし意見は変わらなかった。

 

「確かに、俺が行ってデウスを退けられる保証なんて無い。それでもどうにかして、何が何でもみんなを助けるんだ! ……ここで逃げたら死ぬより後悔する。アシュトンだって本当は、みんなを助けたいって思ってるんだろ?」

 

 アシュトンの目をじっと捉えて述べる。やがて彼は大きな溜め息をついた。

 

「…………はぁー。なんだよ、そのギラギラしたむさ苦しい眼は。いつの間に復活しやがったんだ? 救世主さんよ」

 

 俺を信じてくれた上で安堵したようだ。この時点で彼の答えがわかった。それが嬉しくて冗談交じりに返す。

 

「聞きたいか? だったら、みんなを助けた後で聞かせてやるよ」

 

「はんっ。得意気なお前を見せつけられるなんざ、まっぴらゴメンだぜ。……んなことより、さっさと飛ぶぜ救世主! 乗り遅れんなよ!」

 

「わかってるさ! ……ターシュさん。マリナのこと、よろしくお願いします!」

 

 返事を待たず、俺達は外へと駆けていった。ターシュさんも引き止めようとはしなかった。

 その後。ターシュさんは、ふとマリナの顔を覗く。

 

「おや? マリナさんの表情が……」

 

 変化が現れていることに気付いた。それについてターシュさんは思わず笑みを零すのだった。

 

「ほっほっほ。この老いぼれが看ていた時、こんなに穏やかな顔をしておったかのう?」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第39話「応えろ」

 

 

 

「エグゾア総司令、デウス・ロスト・シュライカン……。これほどまでに不条理な強さを誇っているとは……!」

 

「ふぅむ。こんなものなのかい? 百日以上経っても、やはり君達は他愛無いね。新顔の武士君も大したことはないようだ」

 

 全身を流血で染めて床に膝を突くまさきを、デウスはつまらなさそうに眺める。

 エグゾア総司令であり太古の魔大帝でもあるデウスとの戦いは激しいものだった。ネアフェル神殿の上部はまるごと消し飛び、青空が彼らを覗いている。

 立っているのはデウスただ一人。しかも無傷。俺の仲間達はボロボロで床に這いつくばっている。奴は己の魔術に加え、自由自在に浮遊させる金色の宝剣と自身を守る絶対防御の障壁を武器として、皆を蹂躙(じゅうりん)してみせたのだった。

 残る力を振り絞り、ミッシェルはデウスを見上げる。

 

「どうして……ここに来たのよ……!? あたし達の居場所なんてわかるはずないのに……!」

 

「我とて、ただ席に座ってふんぞり返っているだけではないさ。時にはこうして出向き、不安な要素を確実に除去するのだよ。それでこそ仕事の出来る総司令というもの……なんてね。どこかでジュレイダルの魔力を回復していたようだけれど、そのおかげで我の魔力探知に引っ掛かり、君達の現在地を突き止めることが出来たというわけさ。ジュレイダルの魔力の波長は、嫌でもよく知っているからね」

 

 余裕の態度で答えた。この様子だと、秘境ルミネオスの存在は辛うじて気付かれなかったようだ。魔力探知をあと少しでも早く発動されていたらと思うと、ぞっとする。

 デウスの意味深長な言葉の内容を、ソシアが言い当てる。

 

「不安な要素というのは……エンシェントビットですね」

 

「その通り! 火薬の都市ヴィオから戻ってきたメリエルとフィアレーヌの報告を受けて我は驚き、エンシェントビットの正体に気付くことが出来た。まさか人間の命を犠牲にして創り上げたものだったとはね。誰からも慕われるほど心優しかったという魔皇帝がそんな非道に手を染めていたなど思いもしなかったよ」

 

 そう述べつつジーレイの方を向き、卑しい笑みを浮かべた。対するジーレイは嫌悪の感情で口を歪めるのだった。

 だが次の瞬間、デウスは気持ちを沈ませる。

 

「しかし解せない点がある……。魔力を秘めた人間を元にして絶大な力を持つ神器を創るというのは、とうに我も試みた方法だった。けれど、どれもこれも(ことごと)く失敗したよ。何十、何百、何千もの命を投入したというのに。……ジュレイダル! 君はどれほど膨大な犠牲を払ってエンシェントビットを創り出したのだい……!?」

 

 追究してくるデウスに視線を合わせることなく、ジーレイは答える。

 

「十人ですよ」

 

「たったの…………十人だって?」

 

 デウスは呆気に取られ、それ以上の反応を返さなかった。予想に反した数字だったのだ。

 置き去りにし、ジーレイは言葉を続ける。

 

「二千年の間、片時も忘れたことはありません。……リュプレー、メヌート、ボレ、ナデラ、ノクトランシュ、レッキム、ソネタナ、ララビエール、サノバ、そして……リリネイア。皆、僕のためグリューセル国のために命を(なげう)ったのです。僕が生み出した禁忌の術式は命や魔力の他に、当人の『想い』までも生贄にして力を得る仕組み。彼女達の強い想いがエンシェントビットを創り上げました」

 

「想い……? そんな不確かで曖昧で信用性の無いものが、エンシェントビットほどの神器を生んだ要因になっただと……!? 馬鹿馬鹿しい!! 有り得ない!!」

 

 ジーレイの答えた内容は、どうやらデウスの思想とはかけ離れたものだったようだ。納得いかず声を荒らげたが、即座に冷静さを取り戻す。

 

「……まあいい。事実であるなら受け入れるしかないからね。それに今にして思えば不確かな要素の塊だからこそ、マリナ・ウィルバートンのような『ゼロノイド』が誕生したのだろう」

 

「ゼロノイド……? それが魔力集合体としての呼称ですか」

 

「なんだ、我が明かさずとも正体に気付いたのかい。……人間の形をした空虚な魔力集合体ゼロノイド。エンシェントビットを使おうとして失敗した時の、偶然の産物だよ。我の意思で生み出したわけではない。利用価値はあったわけだけれどね」

 

 図らずもジーレイ達が知ることとなった、マリナの正体。心を宿しているのに空虚と呼ぶのは間違っている。デウスは真理に辿り着いていない。

 

「支配下にない事象というものは歯痒く腹立たしい。しかし今回の我の目的は、憤慨することではないのだよ」

 

「では、なんだとおっしゃるのですか」

 

「ははは。ジュレイダル、それを訊くかい?」

 

 小さく笑うと瞳に邪悪な光を灯し、高らかに叫ぶ。

 

「我が! 君達へ! 直々に絶望を贈り届ける! それが目的に決まっているではないか!!」

 

 そして浮遊する宝剣を操り、祭壇へ容赦なく突き立てた。威力に耐え切れず、土埃を舞わせて崩れていく。

 

「そんな……神器が……!!」

 

 祭壇ごと粉砕された神器を見て、ソシアは嘆いた。

 神器を砕いた本人は恍惚(こうこつ)の境地に達し、ジーレイをいたぶるように語る。

 

「君の事だ。どうせこの神器を用いて、ゾルク・シュナイダーに埋め込まれたエンシェントビットを制御しようとでも考えていたのだろうけれど……それはもう叶わない。一抹(いちまつ)の希望は消滅! 我は目的の一つを達成した! あはははは! なんと愉快なことだろう!」

 

 その瞬間、確かに皆の心から希望が消え去った。デウスの不愉快な笑い声を遮る気力さえ無くなっていた。

 

「さて。君達にとどめを刺した後で、もう一つの目的……ゾルク・シュナイダーを探すとしよう。ああ勿論、ジュレイダルだけは死なない程度にいたぶるよ。この世界が無になる日まで生きてもらわなければならないからね」

 

 デウスは自由自在の宝剣を手元に戻し、体力も気力も尽きて逃げられない皆のところへ歩み寄っていく。

 迫る凶悪を前に各々、死を覚悟した。

 

「そこまでだ!!」

 

 ――その時。

 デウスの行動を阻止するため、俺は全力で叫んだ。そして皆の盾となる形で割って入り鋼色の両手剣を力強く構える。ギリギリだが、なんとか間に合ったようだ。

 

「おお! なかなか際どいタイミングで来てくれたね。会いたかったのだよ、君に!」

 

「ゾルク、どうしてここへ……!? 僕はアシュトンに『逃げろ』と伝えさせたはず……!」

 

 歓喜するデウスとは対照的に驚愕するジーレイ。俺は照れ臭くなりながら返事をした。

 

「大切な仲間を置いて逃げられるわけないじゃないか。外で待ってるアシュトンも、すごく心配してるぞ。……それに俺、まだみんなに謝ってないし」

 

 けれども、皆は必死で俺を説得する。

 

「あなたの気持ちはすごく嬉しいけど、もう駄目なのよ! 早く逃げて!」

 

「回収するはずだった神器はデウスに壊されてしまいました。もう、ここに居る意味は無いんです……」

 

「だから今すぐこの場を離れるのだ。どの道、拙者達はもう動けぬ……。お主達だけでもデウスから逃げ(おお)せたまえ……!」

 

 ミッシェルもソシアもまさきも満身創痍だというのに、こちらの身を案じてくれた。そんな仲間の想いが俺を勇気づける。両手剣を握る力も、より一層強くなる。

 

「それでも俺は……絶対に逃げない。誰ひとり見捨てないからな!」

 

「仲間同士の絆というやつかい? 無意味でしかないね。そんなものは簡単に壊せる」

 

 そう言うとデウスは左手をこちらに突き出し、力を込めた。すると身体が苦しくなり……エンシェントビットを埋め込まれた部分が熱くなる。

 

「ぐあああっ!?」

 

「ゾルクさん!!」

 

 ヴィオでフィアレーヌから霊操(れいそう)を受けた時と、全く同じ状態に陥った。

 両手剣を落とすまいと腕に力を込め、倒れないよう必死で踏ん張るが、ソシアの叫びは遠ざかって聞こえた。早くも危険な状態に差し掛かっているのだ。

 

「フィアレーヌに霊術を叩き込んだのは誰だと思う? ……他の誰でもない。この我さ! つまり、こんな風に霊操も出来るというわけだよ!」

 

 やはり霊操であった。そして迂闊だった。まさかデウスが霊術を扱えるとは……。

 

「エンシェントビットに宿る魂どもは今まで存在を悟られないようにしていたみたいだけれど、ゾルク・シュナイダーとの融合が進んだせいで明るみに出易くなってしまったようだね。このことを発見したフィアレーヌは本当にお手柄だったよ!」

 

 凶行は無慈悲に続く。最後の砦である封印護符も……俺の体から離れ、霧散。

 

「封印護符が剥がされてしまった……! このままではヴィオの二の舞ぞ……!」

 

 まさきが焦る。完全に霊操されてしまったら、もう二度と元には戻れないからだ。絶体絶命の状況である。

 

「さあ、霊操はもうすぐ完了だ! ゾルク・シュナイダー共々エンシェントビットを我が支配下に置いてくれる! これが、君達に贈る最大の絶望だよ!! あははははは!!」

 

 ――苦しさのせいで、どんどん意識が遠くなる。辛うじて立ってはいるけれどデウスが何を喋っているのか、もう聞き取れなくなった。

 

 

 

 俺はこのまま操り人形となるのか。

 

 また仲間に剣を向けるつもりなのか。

 

 それで構わないと思っているのか。

 

 

 

 ……いいはずがない。もう屈してはいけないのだ。

 

「負けて……たまるか……」

 

 真の救世主となってデウスに引導を渡したい。世界を救いたい。

 

「俺に……」

 

 平和を願うリリネイアさん達のため。

 

「俺に……!」

 

 こんな俺を助けようとしてくれた仲間のため。……そして。

 

「俺にっ!!」

 

 命を懸けて救ってくれたマリナのために。全身全霊を捧げ、ありったけの想いを込める――

 

 

 

 

 

「俺に応えろ!! エンシェントビットォォォォォ!!」

 

 

 

 

 

 激しい苦痛を振り切り、鋼色の両手剣を力強く天に掲げた。すると俺の中から、虹色の温かな光がとてつもない勢いで溢れ、両手剣ごと全身を包み込んだ。

 

「霊操が跳ね返された!?」

 

 デウスは信じられないと言いたげな表情を浮かべていた。俺の仲間も何が起こったのか理解できていない。

 ――虹色の光が消え、再び俺の姿が現れた時。握る両手剣は形を変えていた。数多のビットが埋め込まれた、淡い光を放つ白銀の剣身。(つば)には神々しいまでの装飾が施されており、あたかも聖剣であるかのような威厳を備えていた。

 この異様な変化についてデウスはただ問う。

 

「その剣は、一体なんだというのだい……」

 

「俺とエンシェントビットの誓いの証、『無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバー』だ」

 

 剣の先端を奴に向け、最低限のことを述べた。

 

「無創剣……虚無と創造を司る剣、とでも言うのかい? ……あはははは! 大層な剣だね! まったく子供騙しもいいところだよ。ナイスなネーミングセンスではないか!」

 

「へっ。今の内に馬鹿にしてればいいさ。お前は後悔することになるんだからな」

 

 煽ったつもりだろうが俺には通用しない。当てつけとして鼻で笑ってやった。

 

「……(かん)(さわ)る態度だね。霊操も効かないようだし…………ならば決めた! その誓いの証とやら、へし折ってあげるとしよう!!」

 

 挑発されたデウスは殺意を一気に迸らせ、例の球状のバリアに身を包む。

 ついに奴と戦う瞬間がやってきた。絶対に負けられないし、負けるつもりはない。胸の中心のエンシェントビットへ意識を集中。そして願いと気合を込め、魔力を解放した。

 

「全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!!」

 

 エンシェントビットの魔力に飲み込まれないよう叫んで自我を保つ。そして自分の意思で魔力を操作し、背の二か所へ対になるように集結させた。魔力は光となり可視できる状態で勢いよく直下に噴き出し、それに伴って身体は物凄い勢いで上昇する。

 

「うおおおお!!」

 

 ――成功だ。俺は今、飛んでいる!

 しかもただの飛行ではない。デウスが宝剣を操るスピードよりも遥かに速いと実感できる。更に、軌道も俺の考えた通りに……難しい物理法則や慣性などを無視して、縦横無尽に飛ぶ事が出来るのだ。

 これを見たミッシェルは目を輝かせる。

 

「翼!? ゾルクの背中から光の翼が生えてる……! しかもなんなの、あのジグザグ飛行。めっちゃデタラメに飛んでるわ!」

 

「いいえ、あれは翼ではなく魔力の放出現象です。背中から魔力を大量に噴射した反動で推進力を得て、あれほどの超高速飛行を可能にしているのでしょう。ザルヴァルグの魔力エンジンと同じ理屈です」

 

「カッコいいんだから理屈なんてどうでもいいの!」

 

「どうでもいい……」

 

「それよりほら、応援しましょ! ゾルクーッ!! 頑張ってー!!」

 

 ジーレイの解説を一蹴し、彼女は期待してくれた。

 凄まじい速さを活かしたジグザグの軌道は、デウスを少しでも攪乱(かくらん)するためのもの。奴に勝ちさえすればいい……ただそれだけを考え、まさしくザルヴァルグからヒントを得て編み出したのだ。

 まずスピードに任せてバリアに剣撃を叩き込みデウスを空中へ……天井のなくなったネアフェル神殿の、更に上空へと打ち上げる。

 

「ほう。ゾルク・シュナイダーめ、少しは楽しませてくれるではないか」

 

 続いてデウスを取り囲むように飛び回り、上下左右前後ほか不特定多数の方向に駆け抜けながら、見切れるはずの無い超速の斬撃を喰らわせていく。宝剣による攻撃も弾き続けてみせた。

 ……しかしデウスは涼しい顔をしている。それもそのはず。俺の連続攻撃は、まるで届いていないのだ。

 

「でも愚かだね。我には、全てを遮る卑怯なバリアがあるのだよ。忘れてしまったのかい?」

 

 ――忘れるわけがないだろう。そのバリアを破るため、俺は『次の一撃に命を懸ける』のだ。

 

「いっけええええええ!!」

 

 エンシェントキャリバーの切っ先を真っ直ぐとデウスに向けると、魔力を最大出力にして下方から突撃する。

 

「あはははは! だから無意味だと……」

 

 剣の先がバリアに触れ、一瞬だけ留まる。デウスは、どうせ弾かれるだろうと(たか)(くく)っていた。

 

「……何っ!?」

 

 その判断は間違いだった。留まっていたエンシェントキャリバーがバリアを貫き、そして抹消してしまったのだから。

 

「ぐっ……!!」

 

 貫いた勢いのまま、剣の切っ先はデウスの頬を掠める。傷口からは僅かながら出血が。――俺の知る限りで、奴が初めてダメージを負った瞬間であった。

 デウスは今の一撃でもっと上空へと吹き飛ばされつつも、状況を分析するために平静を保とうとする。

 

「……ふ、ふふふ……なるほど。エンシェントビットの力でバリアを斬り裂き無効化したというわけか。だが何度でも展開すればいいだけのこと! 今度は無効化される前に君を貫いてあげるよ!!」

 

 もう声を聞く必要は無い。奴がどう足掻こうとも次に何が起こるか解りきっている。

 俺はデウスの真上から地へ向けて、先ほどと同じ体勢で突撃を仕掛けた。俺の新たなる秘奥義の、最後の一撃である……!

 

「必殺奥義!! 双翼(そうよく)飛翔(ひしょう)けぇぇぇぇぇん!!」

 

 エンシェントキャリバーはデウスの胴体を……確実に捉えた。

 

「……がはぁっ!?」

 

 そして貫いたまま急降下。ネアフェル神殿内の破壊された祭壇へと突き刺すように叩きつけ、腹を抉りながら剣を引き抜いた。

 

「ぐああああああ!!」

 

 全身を走る激痛に耐えられず、絶叫。身に纏う白のマントは破れ、内側に着込んでいた服は元の色がわからないくらいに鮮血で染まっている。俺はデウスに、正真正銘の致命傷を与えることが出来たのだ。

 

「何故だ……何故、バリアを展開できない……!?」

 

 瓦礫の中で苦悶の表情を浮かべ血を吐きながら、デウスは動揺。そして一つの結論へと辿り着いた。

 

「……なんということだ!? あの一撃は、無効化ではなく世界の(ことわり)そのものを書き換えるための……!!」

 

「よくわかったな。だけど、それを知ったところでお前にはどうすることも出来ない。今ここでとどめを刺して、ぜんぶ終わりに…………」

 

 ――いや、出来ない。エンシェントビットの力を使用した反動なのか、俺の体力は限界に達していた。とどめを刺すという意思に反して、剣を地に突き刺し膝を突いてしまう。

 この隙をデウスは見逃さなかった。しかし攻撃する力が残っているわけではない。選んだのは……。

 

「まさか我が、撤退に追い込まれるとはね……無様な事この上ない。今回の屈辱は、いつか必ず晴らさせてもらうとしよう……。覚えておきたまえ、ゾルク・シュナイダー!!」

 

 デウスの周囲の空間が歪み、門が開くかのような現象が起こる。……空間移動だ。逃走を阻止できる者はおらず、惜しくも逃がしてしまうのだった。

 

 

 

 戦いは終わり、秘境ルミネオスへと戻った。

 皆の手当ても一段落ついた頃。俺は頭を下げ、誠意を見せようと必死になっていた。

 

「みんな! 酷い態度をとってごめんなさい! 本当に悪かったよ……」

 

 皆は、そんな俺を微笑ましく見守る。

 

「もう、ゾルクさん! 謝らないでくださいって言っているじゃないですか!」

 

「そーよ。助けに来てくれたし、デウスに最高の一発をぶちかましてくれたし! チャラになった上にボーナスが貰えるくらいの活躍だったわ♪」

 

 ソシアとミッシェルは笑顔で許してくれた。

 

「お主の勇気、いつの日までも称えたいほどであったぞ……」

 

 まさきも感心してくれている。だが称え続けるのは恥ずかしいのでやめてほしいところだ。

 皆のノリに便乗したかったのか、アシュトンは鼻を高くしている。

 

「お前ら、俺にも少しくらい感謝してくれたっていいんだぜ?」

 

「だからあなたは何もしてないでしょ」

 

「きゅ、救世主を運んだし!」

 

「その言い訳は苦しいっ!」

 

「そりゃないぜ……」

 

「……ふふっ、ウソウソ。アシュトンもありがとね♪」

 

 ミッシェルにより漫才となるも、オチではきちんと感謝されていた。

 

「ほっほっほ。君達、本当はこんなに賑やかな面子だったんじゃな。若い頃によく騒いでおったのを思い出したよ」

 

 ターシュさんも場の雰囲気に馴染んで楽しんでいる。

 ……こうして皆が無事に笑っていられるのも、俺が復活できたのも、全てはリリネイアさんのおかげ。それを思い出した俺は、とある行動に出た。

 

「……ジーレイ、ちょっといいかな」

 

 指名し、誰も居ない部屋へと連れて行く。他の皆には内緒である。

 

「急に僕だけを呼ぶとは。……怒りが収まらないのですね。わかりました。潔く受け止めます」

 

「……えっ!? いや、待って待って! 違うよ! 実は色々あって……エンシェントビットに宿るリリネイアさんに会ったんだ」

 

「リリネイアに……!?」

 

 名前を出した途端、ジーレイは大きな声をあげた。これほどわかりやすく動揺する姿は見たことがない。それくらい、彼にとってはありえないことだったのだ。

 驚かせたままにしておくつもりはない。すぐに事情を説明した。エンシェントビットについてのことや、マリナが誕生した詳しい経緯、俺が今後も戦っていく決心をしたことなど。後で皆にも話す内容でもある。では何故ジーレイをわざわざ連れ出したのか。その理由は……。

 

「何も知らなかったから、なんて言い訳はしない。改めて謝るよ。傷つけるようなこと言って、本当にごめんなさい」

 

「ゾルク、いいのです。やはり僕は、世界を混乱に陥れた元凶に変わりありません。あなたの言葉は戒めとして心に刻ませていただきます」

 

 俺は深く頭を下げたが、穏やかな声がそれを許した。

 

「……わかった。あと、それとさ……」

 

「まだ何かあるのですか?」

 

 最も重要なことを伝える。

 

「リリネイアさん達、ジーレイのことをとても心配してた。『いつまでもお慕いしております』って言ってたよ」

 

「…………そう……ですか」

 

 伝言を受け取った後、彼は背を向けた。その理由を問おうとは思わなかった。

 

「僕はてっきり、恨まれているものだとばかり思っていました。まさか皆が……未だに僕のことを……!」

 

 震える背中をただ見守る。

 

「ゾルク……。伝えてくださり本当に……本当にありがとうございます……」

 

「うん」

 

 ジーレイに返事をした後、静かに部屋から去るのだった。

 

 

 

 次の日の朝がやってきた。

 今後どうするかを皆で話し合う。集まったのはマリナの眠る部屋。その理由は勿論、俺がマリナの近くに居る必要があるからである。

 本題に入る前に、まさきが質問する。

 

「ゾルクよ。今一度確認するが、封印護符を貼らずとも暴走せぬという話は誠なのだな……?」

 

「そうさ。この『無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバー』があればね!」

 

 答えると共に、皆の前に剣を差し出した。ミッシェルが興味津々に見つめる。

 

「いつの間にか鞘も豪華に装飾されて、デザインまで変わっちゃってるわね。不思議だわ~」

 

「剣そのものからエンシェントビットの魔力を感じますね。暴走しない仕組みについて説明をお願い致します」

 

 ジーレイも知りたいらしいので快く了承した。

 

「バッチリ教えるよ! エンシェントキャリバーは、埋め込まれたエンシェントビットと俺に元々宿ってたビットの魔力をそれぞれ半分に切り離したあと、ずっと使ってきた両手剣に融合させて創り出したんだ。そのおかげで俺の考えがエンシェントビットに伝わりやすくなって今までよりかは安定するようになったのさ」

 

「剣の形をした『制御装置』というわけですか。それに全ての魔力を一箇所で管理するより、分けて管理したほうがリスクも多少は下がる、と。体内に残ったもう半分については、どのようになさっているのですか」

 

「エンシェントキャリバーで制御しながら自分の魔力で包んで、あとは気合で抑え込んでる。リリネイアさんも『強い意志があればエンシェントビットを支配できる』って言ってたし、この先もなんとか抑えてみせるよ!」

 

「説明を聞いても(いささ)か不安は残る……」

 

 安心してほしくて説明を頑張ったのだが、まさきは感想として(うれ)いを述べた。

 

「しかしエンシェントビットに宿る者が申すのであれば、きっと心配無用なのだろう……」

 

 それでも納得はしてもらえたようなので、これでよしとしよう。

 ……と思っていたら、ソシアがふとした疑問を口にする。

 

「でもゾルクさん、ご自身の魔力を半分切り離しただなんて……体調に影響が出るかもしれませんよ。それに世界の理を書き換えてデウスのバリアを張れなくさせて……いくらなんでも無茶をし過ぎだと思います。本当に大丈夫なんですか?」

 

 彼女の疑問は、皆も思っていることのようだ。全員が心配そうな目で俺を見つめてくる。それを受け、申し訳なく思いつつ明かした。

 

「えっと、そのー…………実は、めちゃくちゃ無理してる。世界の法則や原理を一旦ゼロに戻して俺個人の都合の良いように創りかえるわけだからね。エンシェントキャリバーのおかげで制御できてるって言っても、やっぱりエンシェントビットは不安定だから理の書き換えは凄く大変で。実際にどうなってるかはわからないけど……寿命が削られていくような感覚もあったんだ」

 

「ええええええええ!?」

 

 皆は、声を揃えて吃驚した。その直後にアシュトンが文句を放つ。

 

「おい!! なに勝手に命を削ってやがるんだよ!! そんなことして新しい問題が出てきたらどうするつもりだ!? またウジウジして何もかもほっぽり出す気かよ!!」

 

「世界の理を書き換えるのは危険だしコントロールも難しいから、滅多にしないさ! それにもし、その時が来たら……ほら! みんなが俺を助けてくれるって信じてるから! だよね? みんな!」

 

 我ながらどうしようもない台詞だ。しかもこれを聞いたミッシェルが即刻、否定してきた。

 

「あたし達は都合の良い何でも屋さんじゃないわよ!」

 

「えー? ミッシェルこそ何でも屋さんみたいなものじゃないか。筆術のおかげで」

 

「ちがーう!! あたしは何でも屋さんなんかじゃなーい!! ってゆーか、それを言うならゾルクの方が何でも屋さんに一番近くなっちゃってるでしょーが!!」

 

「ご、ごめん! ごめんって! ……いだいっ! 悪かったってばぁぁぁ!!」

 

 この後、眉の吊り上がったミッシェルによって成す術も無くボコボコにされてしまう。けれども皆と馬鹿騒ぎ出来るような関係に戻れて、内心とても嬉しかった。

 

 結局、今後の動向は決まらなかったが今はそれでよいとし、回復を待つことにした。――そう。賑やかな仲間の輪には一人分の余裕がある。俺は、この輪に戻ってきてほしいと強く願いながら、確かな温かみのあるマリナの手をしっかりと握るのだった。

 

 

 

 

 

 エグゾアセントラルベース、荘厳の間。

 暗黒の広間に戻り総司令席に着いたデウスは、仮面を被ったエグゾア六幹部――咆銃(ほうじゅう)のクルネウスを呼び出した。彼女はデウスの無惨な姿を見るなり冷静に対処しようとする。

 

「総司令、お身体が……。至急、医療班へ伝達します」

 

「クルネウス、怪我に構うな! ……それよりも軍事国クリスミッドの総帥アーティルに連絡しておくれ。『天空魔導砲ラグリシャの建造を急げ』という趣旨でね」

 

 自らの手当てより優先するもの、それはなんなのか。また良からぬ企みを進めているようだ。

 

「……はっ。全ては、総司令の意のままに。しかし医療班への伝達は行います」

 

 怒号を浴びせられたクルネウスは何事も無かったかのように承知し、荘厳の間から姿を消す。

 

「ジュレイダルどもがエンシェントビットを操る手段を手に入れたとしても、所詮は付け焼き刃。あの様子では、まだ操り切れていない。我に勝機は残されている! ゾルク・シュナイダーが完全な脅威となる前に完遂してみせよう。世界の破壊と創造を……! ふふふふ……あはははははは!!」

 

 広い空間に最後まで残響するのは、やはり総司令デウスの不敵な笑い声であった。



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第40話「逃飛航(とうひこう)」 語り:みつね

「はあっ、はあっ……! 絶対に捕まりたくない……!!」

 

 光を鈍く反射させるだけの黒く冷たい鋼鉄の廊下。そこを無我夢中で疾走しているのは、橙色で毛先の跳ね返った短髪が目立つ、海賊服を着た十代後半ほどの少女です。

 エグゾアエンブレムがでかでかと描かれた海賊帽、左目の眼帯、右腰に携えた護拳付きの湾曲刀カトラス。護拳には青色のビットが装飾されています。どれをとっても相手に威圧感を与えられるほど印象的。ですが物々しい姿とは裏腹に、少女は必死で逃げ惑っていました。

 

「お待ちなさぁい。観念するのでぇす」

 

 多量の汗を流して息を切らす少女を、何者かが追っています。――それはエグゾア六幹部の一人、狂鋼(きょうこう)のナスター。土色の癖毛を揺らして漆黒の白衣をなびかせ、気味が悪いほどの素早さを発揮し、嘆く少女を捕らえようとしていました。

 

「どうしてアタイがこんな目に遭わなきゃならないのさ……!?」

 

「アナタは成績不振でエグゾアに貢献できていないようですからねぇ。だからこそアムノイドへの改造が決定したのですよぉ。これでやっと総司令のお役に立てるのですから喜びましょぉう」

 

 ナスターから返ってきたのは嘆きについての理由。けれども少女はそれを聞きたかったわけではありません。ナスターに気持ちを掻き乱され、さらに余裕を失ってしまいます。

 

「嫌だよ! あんな『人形』になるなんて、まっぴらゴメンだね!!」

 

「その『人形』を従えて海賊の船長を気取っていたアナタが、よく言えますねぇ。ほとんどのアムノイドは無理矢理に改造された元人間なのですよぉ? こき使った分、こき使われる側に回ってもバチは当たらないと思いますがぁ」

 

 この時、疾走する少女の眉がぴくりと動き、今までの情けない姿から一転。怒りのこもった力強い声を放ちます。

 

「はあ!? 無理矢理ってのが、そもそもおかしいだろう!! それにアタイはアムノイド達をこき使った覚えはないからね。データ採取用でそりゃあ弱っちかったけど、可愛い子分として接してたさ! ……データが採れて用済みになった途端、子分達を強制処分したアンタなんかとは……全然違うんだよ!!」

 

 叫ぶと同時に振り返る少女。ぎらついた眼でナスターを睨みつけ、左手でカトラスを引き抜きます。護拳の青いビットを輝かせて目前に水塊を生み出しました。そして水塊は、とある四足獣の形となります。

 

「行きな! ウォータイガー!」

 

 尖った爪と牙を持つ獰猛(どうもう)な赤眼の水虎(すいこ)。少女のすぐ後ろにまで迫っていたナスターへと果敢に飛びかかりました。……けれども。

 

「無駄な足掻きですねぇ。ボクは『門』を開く準備と『ラグリシャ』の建造補佐で忙しいのですから手間を取らせないでいただきたぁい」

 

 ナスターは機械の両腕を剣状に変形させ、滅多刺し。向かい来る水虎をあっという間に穴だらけにし、消滅させてしまいました。

 ですが少女は狼狽(うろた)えず。それどころか姿を隠してしまいました。

 

「ふぅむ。今の攻撃は目眩ましというわけですかぁ」

 

 少女は逆上したように見せかけ、召喚した水虎を(おとり)にしたのです。

 そしてまもなくナスターは少女の現在地を知ります。鋼鉄に囲まれた空間に響く、とてつもない振動と轟音によって。

 

「この爆音……まさかギルムルグのエンジン? ……なるほど。追いかけっこに付き合わされる内に、格納庫の近くにまで来てしまっていたのですねぇ」

 

 ぼやきながら、その格納庫に足を踏み入れるナスター。彼の垂れ目が捉えたのは、空高くに向けて遠ざかっていく漆黒の怪翼機(かいよくき)ギルムルグの姿でした。備品の収納台に空きが出来ているのにも気付きます。

 ここでナスターはようやく、少女が囮を差し向けた意味を理解したのです。

 

「一本とられてしまいましたかぁ。逃げるためにギルムルグを奪うとは大胆ですねぇ。格納用のソーサラーリングも、ちゃっかり持ち去って。しかしその機体、まだ整備の途中でしたよぉ? 何事も無く飛べるといいですねぇ。グフフフフ」

 

 少女の耳に届くわけがないとわかっていて皮肉を述べるのでした。

 戦闘組織エグゾアの技術的拠点である『エグゾアテクノロジーベース』を飛び立った、海賊服の少女。不穏な翼で逃亡した彼女の行く先とは。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第40話「逃飛航(とうひこう)

 

 

 

 雲ひとつない空の下、清らかな朝を迎えたスメラギの里。素直な太陽が冬の厳しい寒さを和らげてくれています。

 

「はあっ! とうっ! せやっ!」

 

 スメラギ城の中庭で木霊(こだま)する、熱の入った掛け声。それは煌びやかな着物を脱ぎ去り、緋の戦装束(いくさしょうぞく)に身を包んだ煌流(こうりゅう)みつね――わたくしによるもの。普段は下ろしている栗色の長い髪を頭の後ろで纏め、母から受け継いだ大切な薙刀(なぎなた)を操り、動作の一つ一つに意を込めながら汗を流しています。

 縁側では、わたくしのお父様である煌流てんじとスメラギ武士団の副団長ぜくうが腰を落ち着けており、温かい目でわたくしを見守っていました。

 

「姫様の薙刀術、めきめきと上達しておられますな。亡き母さつか様の薙刀もよく似合っていらっしゃる。てんじ様もそう思いますでしょう?」

 

「ああ。流石は俺とさつかの娘、流石はスメラギの里の姫である。俺の怪我が完治した暁には、たっぷりと稽古をつけてやりたい」

 

 ぜくうが自前の黒髭を撫でながらそう言うと、お父様は白い歯を見せて同意なさるのでした。けれどもこの笑顔……次の瞬間には、ぎこちないものにすり替わってしまうのです。

 

「一意専心で参ります。……環耀刃(かんようじん)!」

 

 いま披露したのは古来より里に伝わるスメラギ式武術の一つ、環耀刃(かんようじん)。スメラギ武士団の団長である、まさき様も得意とする技です。

 足下から振り上げた薙刀の軌跡で光の環を描きつつ、対峙しているであろう目前の相手を天に打ち上げる……。事前に想像した通りの動きをとることが出来ました。

 わたくしが城の蔵から書物を引っ張り出して武術を勉強し始めたのは、つい最近。短期間で技を習得するまでに至れたことへ喜びを感じております。ですが、わたくしの技を目の当たりにした縁側の二人は。

 

「……しかし、姫様が薙刀術を始められてまだ二週間にも足りませぬ。それなのにこの上達ぶりは(いささ)か不可思議では?」

 

「言われてみれば……既に薙刀の基本を網羅しており、技を習得するまでの期間が短すぎるな。いくら俺の娘とはいえ末恐ろしい。もしや俺の稽古も不要なのか……?」

 

 揃って冷や汗をかき、苦笑いを浮かべるのでした。

 ――誰にも申し上げていないことがあります。実は、魔導からくり部隊長のまきり様から……。

 

「研究用にとマリナ殿から戴いていたビットの、お裾分けでござりまする。きっと退屈しのぎになりましょう。……しかし他言無用で。特に、てんじ様には!」

 

 との言葉と共に、密かにビットを受け取っておりました。これの助けもあって、短期間で技を習得できたのだと思います。

 口止めされているため、お父様とぜくうは当然このことを(つゆ)も知らないわけで。

 

「このぜくう、武への自信を失ってしまいそうにござります……」

 

「そう嘆くでない。おそらく治癒の魔力を失った喜びで活力がみなぎり、元気を持て余しているのだろう。それに、かつてスメラギの里で最強を誇ったさつかの血を濃く受け継いだという線もある。……だがみつねよ。後者が真実だとすると、父は少々寂しいぞ……」

 

 二人は普段の勇猛さを微塵も感じさせぬくらいの弱い声で、溜め息混じりに嘆くのでした。

 と、ここまでならただの平和な一日として過ごせるはず。しかし物語は進んでいくのです。

 

「……な、何事ぞ!!」

 

 突如として響き渡った、城を揺るがすほどの轟音。ぜくうは縁側から転げ落ちそうになりました。

 程なくして伝達の者が、お父様の下へ駆け込んできます。

 

「里の外れに何かが墜落したようでござります! 至急、偵察部隊を向かわせます!」

 

 これは一大事。また良からぬことが起きるのではないかと、お父様の心中は穏やかではありません。それ故か、自ら確認に向かう意思を示されました。

 

「この眼でしかと見てみたい。俺も直々に出向こう」

 

 そしてお父様は、戦装束のままのわたくしや、ぜくうを含めた偵察部隊を引き連れて墜落地点へ急がれたのです。

 

 

 

 雪原に墜落していた『それ』を捉えたわたくしの第一印象は『とてつもなく巨大な漆黒の鳥』でした。しかし既視感があり、すぐその正体に気付きます。

 

「色は正反対ですが、ゾルク様達がエグゾアから奪取なさった飛行機械にとてもよく似ておりますね。だとすれば、この機体の所属は……!」

 

 誰かが、息を呑みました。この場の全員が察したことでしょう。漆黒の鳥が戦闘組織エグゾアに属するものだということを。

 お父様はぜくう以下偵察部隊の者に、搭乗者を探すよう命じました。皆は漆黒の鳥の首元にある搭乗口をこじ開け、機内を探索。するとまもなく一人の少女を発見するのでした。

 ぜくうが、お父様へ報告します。

 

「搭乗者は、海賊服を着た橙色の髪の少女が一名のみ。墜落の衝撃によるものでしょうか、意識はありませぬ」

 

 確かに気を失ってはいるものの、命に別条は無い模様。漆黒の鳥はとても頑丈らしく墜落した割に目立った損傷はありません。憶測ではありますが、だからこそ少女も無事であったのでしょう。

 報告を続けるぜくうは、とある部分に視線を向けて次のように言いました。

 

「そして、やはりと申しましょうか。海賊帽に描かれた紋章、これは……」

 

 ……わたくしがミカヅチ城で囚われの身となった際に目にした、恐怖の象徴。見間違うはずがありませんでした。スサノオをそそのかした黒衣の魔剣士と巨漢の武闘家の左肩に、おぞましく刻まれていた紋章なのですから。

 

「エグゾアの……!」

 

 ほぼ答えは出ていたのですが、いざ正体が明らかになると動揺を隠せません。驚きのあまり声をあげてしまいました。口を塞ぐように添えた両手も意味を成していません。

 わたくしの様子を眺めていらしたお父様は心底痛ましく感じたらしく、とても悲しげな表情を浮かべておられました。しかしその直後、目を吊り上げるのです。

 

「予想通り、戦闘組織エグゾアに属する者のようだな。であれば、ただでは置けん! この少女を捕らえるのだ! 目覚め次第、尋問にかける。よいな!」

 

「「「御意(ぎょい)!」」」

 

 お父様の怒りに同調するかの如く、ぜくう達の返事が雪原に轟きます。こうして少女は身柄を拘束、連行されるのでした。

 

 

 

 スメラギ城、謁見の間にて。

 意識が回復した海賊服の少女は名乗りました。――「リフ・イアード」と。

 わたくし達は、この地にゾルク様達がいらしたことやエグゾアが何をしていったか等のことを開示しました。そして今度はリフ・イアードの話を聞いています。

 

「だーかーらー!! アタイはエグゾアを抜けてテクノロジーベースから逃げてきたんだってば!! あの黒い鳥、ギルムルグを奪って!! 確かにエグゾアには所属してたけど、今はもう無関係なんだよ!!」

 

 彼女は現在、両手を後ろに回して縄で縛られています。じたばたともがいてエグゾアとの繋がりを否定しましたが、眉間にしわを寄せたぜくうが一蹴します。

 

「そのような戯言(ざれごと)に誰が聞く耳を持つか! 今一度物申すが、我らがスメラギの里の姫様はエグゾアの策略によって大層な目に遭われたのだぞ!? きっと貴様も我らを欺き、何か企んでおるに違いないわ!!」

 

 彼の剣幕にリフ・イアードは怖じ気付いてしまいます。が、それでも彼女は。

 

「そ、それは……六幹部達が迷惑かけて悪かったよ。代わりに謝る。けど、アタイがこの辺に墜落したのは本当に偶然なんだよ! アンタらを騙してなんかないし、迷惑かけるつもりもなかったんだってば!!」

 

 悪びれる様子を見せ、その上でさらに自身の潔白を訴え続けました。わたくしの目に映る彼女の必死な姿は、決して演技ではありませんでした。

 

「リフ・イアードよ。何故だ?」

 

「へ?」

 

「お主は何故、エグゾアを抜けたのだ? 理由を聞かせてもらおうか」

 

 お父様の貫くような眼差しを受けたリフ・イアードは、それに応えるかの如く真面目な表情で語り始めました。

 

「……アタイの周りには、頼れる大人なんていなかった。どんなに頑張っても貧しいままのクソみたいな現実しかなかったよ。そんなつまらない世の中に嫌気がさしたから、エグゾアに入って世界征服に加担してたのさ。組織の方針に(のっと)って好き勝手に悪さして、自分の力で面白おかしく生きてきたつもりだった。……けど、エグゾアに入った後も思い通りに過ごせた自覚なんて、ホントは無くてね。情けない話だけど自分に危害が及ぼうとしたところで、やっと目が覚めた。だからアタイはエグゾアを抜けたのさ」

 

 話を聞く限り、彼女の生い立ちは良いものではありませんでした。しかしそんな彼女の心の奥底には善なる意思も眠っていたようです。

 

「おまけにエグゾアの目的だった世界征服が嘘っぱちで、本当は総司令のせいで世界が壊されそうになってるって聞いたら、社会のゴミであるアタイでも黙っちゃいられないよ! ……この真実を知れただけでも、ここに墜落して良かったと思ってるよ。情報源が救世主やマリナ達からってのは、ちょっとシャクだけどね」

 

 何やらゾルク様達と因縁があるようで小さく歯ぎしりをしていましたが、それはさておき。

 エグゾア構成員のほとんどが総司令デウスの真の目的を知らされていない、という話は誠であったようです。ある意味、彼女も被害者なのかもしれません。

 一通りの話を聞き終え、お父様は再びリフ・イアードに質問なさいます。

 

「罪を償う意志はあるのか?」

 

「あ、あるさ! ……悪さしちまった事実は変えられないけど、その分アタイは、これから真っ当に生きてやるんだ!」

 

 鋭い眼光に貫かれ緊張しながらも、彼女は声高らかに……凛とした態度で宣言してみせたのでした。

 

「みつねよ、どう思う」

 

「わたくしにはどうしても、この方が嘘を述べているとは思えません。眼も、とても澄んでいて……邪気を感じないのです」

 

「信用に値する、と言うのだな?」

 

「はい。そう考えております」

 

「ううっ……お姫ちゃん……アンタって人は……!」

 

 わたくしの返答を聞いたリフ・イアードは感極まったのか涙ぐんでいました。とても感受性が強いようです。

 お父様はというと暫しの間だけ目を閉じられ、何か思案なさっているご様子。次に目を開かれたと思えば、とある提案をなさいました。

 

「ではリフ・イアードよ、こうしよう。ミカヅチの領域で問題を起こしているスサノオ軍の残党を討伐して参れ。さすれば、みつねに免じてお主を信用そして解放し、身の安全を保証してやろうぞ」

 

「ほ、本当かい!? アタイを信じてくれるんなら、どんなことだってやってやるよ!」

 

 文字通り飛びつくような勢いで背筋を伸ばし、彼女は提案を受け入れたのでした。

 

「討伐部隊兼目付け役として、スメラギ武士団副団長のぜくうと十数名の武士団員を同行させよう。異論は無いな?」

 

「もちろんさ! ……そもそも、アタイはここらの地理を全く知らないしね」

 

 話が滞りなくまとまってきたところで、わたくしはお父様に進言いたしました。

 

「では、わたくしも参ります」

 

「……な、なに!? どうしてだ、みつねよ! お前がミカヅチの領域に向かう必要は無いではないか!」

 

 当然のことながら、お父様は動揺なさいました。しかしこの申し出には、きちんとした意図があるのです。

 

「リフ・イアードを最初に信用したのはわたくしです。つまりわたくしには、この方の動向を見届ける義務があるも同然」

 

「そ、それはそうかもしれんが……しかし……!」

 

「お父様、どうかお許しをいただきたく存じます。現地では決して出しゃばらず無理をしないと約束いたしますので」

 

「むう……!」

 

 眉を歪め、苦悶の表情を浮かべ、まだお認めにならないお父様。わたくしの身を大切に想ってくださっていて、それと同列にわたくしの意思も尊重しておられるのです。

 これほどまでに案じてくださっているお父様には申し訳ありませんが、こちらとて引くわけには参りません。深々と(こうべ)を垂れ、自らの本気を示しました。

 

「どうか、どうかお許しを」

 

 歯を食いしばり悩みに悩んだ、お父様の返事は。

 

「…………ぐうぅぅぅっ…………わかった、許可してやろう! だから(おもて)を上げよ!」

 

「ありがとうございます、お父様!」

 

「お前がそこまで(かたく)なになり、責務を果たそうとするとはな。どうも近頃、頑固なところがまさきに似てきたように感じるぞ。…………父離れが進んでいるとでもいうのだろうか」

 

 ついに、お父様を折らせることに成功いたしました。最後に小声で何かを付け加えられたようですが、生憎(あいにく)とわたくしの耳には届きませんでした。

 

「お姫ちゃんも大変なんだねぇ……」

 

 一部始終を眺めていたリフ・イアードも苦笑して何か呟いていたのですが、これも聞こえることはありませんでした。

 

 

 

 スメラギの里から東に位置する元敵国、ミカヅチの領域。スメラギと同様に雪の降り積もっているこの地は、今やスメラギの領土となっています。

 実はスサノオの死後すぐ、ミカヅチの民が降伏しました。いたずらに兵力を用いてわたくしを狙っていたスサノオ軍とは違い、民達は平和と共存を望んでいたのです。

 内情を知ったお父様はミカヅチをスメラギに吸収することを条件に、ミカヅチの民全てをスメラギの民に等しく面倒見るという寛大な措置を取り、ミカヅチの現代表との間に和平を結んだのでした。

 これだけで終われば丸く収まるのですが、そうはいかないのが現実。新たな政治体制が満足に整っていない現在、スサノオ軍の残党は己の誇りを捨て切れないらしくミカヅチの民を逆恨みして未だ戦い続けています。

 こういった事情がありミカヅチの民を守るべく、スメラギからは定期的に残党討伐部隊が派遣されているのです。

 

 ミカヅチの領域に到着して早速。

 雪原と化した農耕地の外れ――農具を収納する小屋の前で、スサノオ軍の残党を発見しました。赤鎧に鬼面の物言わぬ十数人の眼前には、雪に倒れこみ逃亡もままならない老婆の姿が。

 

「ひえぇっ……い、命だけは……!」

 

 一人の残党がおもむろに振り上げた鋸刃(のこぎりば)の刀。それが老婆に到達する、一歩手前で。

 

「ええい、ならぬ!!」

 

 誰よりも早くぜくうが割り込み、得物である十文字槍で残党の凶行を食い止めてみせました。そして勢いのまま薙ぎ払い、その他数名の残党を巻き込みつつ弾き飛ばしたのです。

 

「スメラギの武士様、ありがとうございます……!」

 

「礼などよい。安全な場所へ避難するのだ!」

 

 ぜくうは速やかに老婆をこの場から遠ざけるのでした。その見事な手際にリフ・イアードが感嘆します。

 

「ヒューッ! おっさん、偉そうにしてるだけあるじゃないか!」

 

「たわけ、小娘が! 減らず口を叩く暇があるならば行動せんか! 我らはミカヅチの民を守るべく訪れておるのだぞ!! ……姫様は農具小屋の陰へ。小娘は我らと共に前へ出るのだ!」

 

 褒めたつもりが怒鳴られる始末。リフ・イアードは、ばつが悪そうに返事をします。

 

「へいへい、これから働いてやるっての。あと『小娘』って呼ぶのはやめな!」

 

 そして右腰に携えた護拳付きの湾曲刀を引き抜き、瞬く間に残党へと接近。雪原につく足跡がどんどん増えていきます。

 

「とっとと、おねんねしな! 双牙斬(そうがざん)!!」

 

 湾曲刀を振り下ろし、即座に飛び上がりながら斬り上げる剣技を披露しました。上空に打ち上げられた残党は受身も取れず背中から雪に落ちます。

 

「さーて、もっともっと斬りまくってくよ! 覚悟するこったね!!」

 

 流石は元戦闘組織の一員。左手に握った湾曲刀を自在に振るい、次々と残党を斬り伏せていきます。

 

「あの小娘め、非常に生意気だが腕はあるな」

 

 軽快な彼女の姿を、ぜくうは横目に眺めていました。不服だが認めざるを得ないという風な、小さな笑みを浮かべながら。

 そこへ突然、リフ・イアードが叫びます。

 

「……あ!? おっさん、上!!」

 

 言われて、ぜくうが見上げた先。農具小屋の屋根に残党の姿が。

 

「しまった!? あんなところに……!!」

 

 残党は武器を振り下ろしつつ屋根から飛び降りました。……気付くのが遅すぎたようです。回避は間に合いません。

 ――ですが、ぜくうが傷つくことはありませんでした。

 

「小娘、貴様……!?」

 

 リフ・イアードが咄嗟に彼を突き飛ばし、逃がしてみせたのです。その代わり、雪原に這いつくばった彼女の背中には酷く乱れた斬撃痕が。

 

「っつぅ~……こ、これくらい屁でもないさ……!」

 

 心配させまいと気丈に振る舞っていますが、それはやはり強がり。鋸刃による傷は激痛をもたらし、彼女の本心を表情へ浮き彫りにさせていました。

 助けられたぜくうは雪の上を転がりつつも即座に体勢を立て直し、反撃します。

 

瞬迅槍(しゅんじんそう)!!」

 

 雪の絨毯(じゅうたん)を大きく踏み抜き、自分を襲った残党を一撃で突き伏せました。

 

「すまぬ小娘よ……おかげで助かった。しかしその傷、どうすれば……!」

 

 感謝を述べることは出来ても、ぜくうは傷を癒す手段を持ち合わせていません。治癒が可能な武士団員も交戦中のため手が離せない状況です。

 ……となれば、ここはわたくしの出番。そう思い農具小屋の陰から飛び出しました。

 

「お見せください」

 

「お姫ちゃん……?」

 

 リフ・イアードの傍に近寄り、背中の傷へ手をかざします。そして懐に忍ばせているビットへ念を集中しました。

 

治癒功(ちゆこう)……!」

 

 密かに鍛練を積んでいた甲斐もあり、治癒の術技は正しく発動。リフ・イアードの傷は温かな淡い光に包まれ、みるみるうちに塞がっていきました。

 

「傷が治ってく……もう痛くない! お姫ちゃん、ありがとう! ……さぁて。それじゃあ、もうひと暴れしてやろうかね!! 武士団員達ぃー! アタイと一緒に気張りなぁー!!」

 

 喜び勇んで立ち上がり、周りを鼓舞しながら再び残党へと突撃するリフ・イアード。対照的に、ぜくうは狼狽(うろた)えます。

 

「ひ、姫様! なにゆえ治癒の術技を!? もしや、まだお身体に魔力が残っておいでなのでは……!」

 

「ご安心なさい。これはわたくしの魔力ではなく、巡り巡ってマリナ様から戴いたビットの魔力によるものです。誰の命も蝕むことはありません」

 

「なんと、そうでありましたか。ならば心強い限りにござります!」

 

 ぜくうは、わたくしの説明を聞いて安堵しました。けれど薙刀を構えるわたくしの姿を目にするや否や、また不安げな顔となります。

 

「まさか加勢されるおつもりで? 戦いの規模が小さいとはいえ、いくらなんでもそれは……」

 

 彼の懸念は重々承知。実のところ、わたくしはとても恐ろしい気持ちでいっぱいでした。しかしそれでも前に進みたい理由があります。

 

「わたくしは、いつまでも弱いままの姫でいたくありません。スサノオの一件を経て、そう願うようになりました。それにスメラギとミカヅチの未来に少しでも貢献するため、この討伐戦を初陣としたいのです。多少の怪我は覚悟の上ですし、治癒で皆の役に立つこともできます。無論、命を落とすつもりもございません!」

 

「姫様……」

 

 喉を震わせ、ぜくうの目を見据え、強く強く言い放ちました。わたくしは本気なのです。

 

「わがままだとはわかっていますが、お願いします。どうか無理を通させてください」

 

 お父様に進言した時と同様、しつこく食い下がりました。すると。

 

「……出発前もそうでしたが、姫様がここまでおっしゃるのは非常に稀なこと。ただならぬ決意がおありなのですな。ならば、姫様の御成長を見守るのも我らスメラギ武士団の務め。全力でお助け致しましょう」

 

 とうとう、説き伏せることが叶いました。

 

「ぜくう……ありがとうございます!」

 

「ですが、くれぐれもお気を付けくだされ。姫様の御身(おんみ)に何かあれば、てんじ様や団長が黙ってはいないでしょうからな!」

 

「はい!」

 

 湧き上がる緊張をほぐしつつ、しかし気を引き締めて討伐戦に身を投じるのでした。

 

 

 

 しばらく時間が経過した頃。残党の討伐は終わりを迎えました。

 あれ以来、誰も大きな怪我をすることはなく、わたくしも一人を討ち取ることが出来ました。初陣にしては大した立ち回りであったと、ぜくうは称賛してくれました。

 ……けれども喜んでばかりはいられません。現実を突き付けられたわたくしは複数の屍を尻目に感想を述べます。

 

「スサノオ軍の残党が同胞に刃を向ける様を間近で目にするのは……想像より遥かに心が痛みました……」

 

「このぜくう、何度か討伐に訪れておりますが奴らには一向に変化が見えませぬ。全く、いつまで血迷っている気なのやら。こちらとて好きで討伐などしているわけではないというのに……。今は仲間なのだぞ……!?」

 

 ぜくうにも葛藤があったようです。握った拳を震わせ、感情を表に出していました。

 この会話にリフ・イアードも加わります。

 

「スサノオ軍の兵士はみんな、ビットによる改造を受けてたんだろ? アムノイドにならない程度の改造だって言ってたらしいけど、それも本当なのか怪しいね。……ひょっとすると、逆恨みで人々を襲ってるってのは間違いなんじゃないかい? 実はアムノイド化が進んでて、もう自分の意思が残ってないのかもしれないよ。だから最初のばあちゃんの時も、自分達の仲間だって理解できないまま襲ってたのかも」

 

 彼女は、過去にアムノイドについての情報採取をしていたとのこと。その彼女による推測なのですから、おそらく正しいのでしょう。

 

「それが事実だとすると、何ともやりきれませんね……」

 

「全くだよ……。エグゾアのやってることって言葉で聞く以上に残酷で外道極まりなかったんだね。深く考えないまま、あんな組織に居た自分がバカだったよ……。抜けることが出来てホントによかった」

 

 リフ・イアードは雪原の彼方を見つめてそう語ると、自身の衣服のとある部分に気付きました。

 

「……そうだ。こんなもの、いつまでもくっつけてられないね」

 

 その部分とは、海賊帽の中心と服の左肩。どちらもエグゾアの紋章が刻まれている場所でした。どうやら紋章の部分だけ布が別になっていたらしく、彼女は二か所とも勢いよく剥ぎ取りました。そして目一杯に細かくちぎったのです。

 

「これでアタイはホントのホントに、エグゾアなんかとはおさらばさ」

 

 細切れになった紋章は彼女の手から離れ、寒風に吹かれて雪原の彼方へ散っていきました。リフ・イアードは、心の底からエグゾアと決別したのです。

 

 

 

 

 

 リフがお父様に認められて何日も過ぎた、ある日の午前。

 彼女は里外れの雪原にて、黒き鳥ギルムルグを懸命に修理していました。翼に乗って基部を調整していたようですが、その作業もようやっと終わったようです。

 

「……よーし、これでなんとか飛べそうだ。意外と早く直ってくれたね」

 

 工具を片付ける彼女の後姿を見つけたわたくしは、機体の下から声をかけます。

 

「リフ! いらっしゃいますか!」

 

「おっ、みつねちゃん。こんなところまで来たのかい」

 

 リフは翼から飛び降り、会話のしやすいところまで近づいてくれました。そしてわたくしは尋ねます。

 

「どうしても出発してしまうのですか?」

 

「あー……うん。残党討伐の帰りに伝えた通りだよ。エグゾア六幹部の一人が妙なこと言ってたのを思い出してね。南に向けて飛んでったっていう救世主達に知らせたいんだ。ひとまずこれが真っ当な人生の第一歩ってところさ。てんじ王とも罪滅ぼしの約束をしたしね」

 

 照れ臭そうに答えてくれました。

 リフの新たな目標は、悪事を働いていた彼女にとってむず痒さの残るものなのでしょう。そのような感情に屈せず精進してほしいところです。

 ……ここは、彼女の出発を素直に喜ぶべき場面なのでしょう。しかし、わたくしは……。

 

「実はですね、胸の内を明かすと……リフがいなくなるのはとても寂しいのです……」

 

「アタイも名残惜しいよ。せっかく、みつねちゃんと友達になれたのにね……」

 

 わたくしが視線を落とすと同時に、リフも目を伏せてしまいました。お互い、別れるのがつらい。そこで、わたくしは彼女に話を持ちかけました。

 

「…………リフ、あのですね」

 

「どうしたんだい? 急に改まって。……や、なんとなく言いたい事がわかった。怖い、怖いよ」

 

 察したリフは冷や汗を流し始めました。そして少しの間が空いた後。

 

「わたくしも連れて行っ……」

 

「わぁぁぁー!! やっぱりかい!! ダメダメ!! みつねちゃんを連れて行ったらアタイ、誘拐の罪で処刑されちまうよ!! てんじ王はアンタのこと『超』が付くほど溺愛してるから!!」

 

 こちらが言い終える前に両手を激しく振り、大慌てで拒否しました。けれども、わたくしとて折れるわけには参りません。

 

「でもわたくしは一国の姫として、どうしてもこの眼で世界を見て、知って、感じたいのです。残党討伐に参加して以来、その気持ちが強くなってしまって……仕方がないのです!」

 

「そ、そう言われてもねぇ……」

 

 この気持ちは本物なのですが、まだ押しが足りないようです。そこで理由を付け加えました。

 

「リフと、もっと仲良くなりたいとも考えております。歳の近い女子という存在は、わたくしにとって貴重なのです」

 

「そりゃアタイだってそうだけどさ……!」

 

 これでも駄目であれば、更に押すべし。役に立てると主張します。

 

「たとえ戦いに巻き込まれようとも決して足は引っ張りません。このような事態もあろうかと思い、今日まで鍛錬に励んできたのですから。リフ、お願い致します……!」

 

 真剣に、心を込め、顔を真っ直ぐと見据えました。するとリフはたじろぎます。

 

「ぐぅっ……! アタイは……アンタのその眼差しに……とっても弱いっ……!」

 

「お願い致します……!!」

 

「……~~ッ! …………~~~~ッッッ!!」

 

 そして、ついに。

 

「……………………わかったよ」

 

「本当ですか! リフ、ありがとうございます!」

 

 許しを得ることが叶いました。思わず、わたくしは満面の笑みを浮かべてリフに抱きついてしまいます。

 

(ああ……これで処刑されるの確定なのかな……。アタイってば、どう転んでも真っ当な人生は歩めないのかもしれないね……)

 

 この時、リフは無気力となって打ちひしがれていた様子。しかし抱きついたままのわたくしが、彼女の呆然とした表情に気付くことは無いのでした。

 

 

 

 スメラギ城の中庭、午後のこと。

 王としての仕事をそつなくこなしたお父様は、休憩がてら縁側でお茶をすすっておられました。

 

「てんじ様!! てんじ様ぁー!! 一大事にござります!!」

 

 そこへ飛び込んできたのは、ぜくうの大声。まもなく本人もやってきました。手には何かを握っています。

 

「ぜくうよ、何をそんなに取り乱しておるのだ。まさか、みつねがリフ・イアードと共に旅立った、とでも言うのではあるまいな? がっはっはっは!」

 

「そのまさかにござります!!」

 

 お父様は冗談のつもりで笑っていらしたのですが、ぜくうの返事はまさしく「まさか」のもの。時を奪われたかのように硬直なさった後、素っ頓狂な声をあげられます。

 

「…………なんだとおおおっ!?」

 

「姫様の筆跡による置き手紙を発見いたしました。どうか、ご一読を……!」

 

 何も伝えずに里を出るのは、いくらなんでもまずいこと。せめて心配なさらぬようにと、わたくしは事前に、旅立つ理由やわがままへのお詫び等を手紙に残していたのです。

 読み終えられたお父様のお背中は、わなわなと震えていました。そして手紙はくしゃくしゃに。

 

「……みつねは治癒の魔力を失った反動で、お転婆になってしまったのか……。俺の可愛いみつねが、お転婆に……」

 

 次の瞬間。(せき)を切ったように激怒してしまわれました。

 

「何が……何が怪我の功名か!! やはりスサノオは要らぬことしかせんかった!! おのれスサノオめ!! この俺が直々に引導を渡してくれるわ!!」

 

 いつの間にか、お父様の手には愛刀が。しかし抜かせるわけには参りません。ぜくうや騒ぎを聞きつけた城の者ら数名がかりで、錯乱なさったお父様を止めに入ります。

 

「てんじ様、お気を確かに! スサノオは、もうこの世におりませぬぞ!」

 

「ならばリフ・イアードだ!! みつねをたぶらかしたのは奴に違いない!! 即刻、ひっ捕らえよ!! 打首獄門(うちくびごくもん)に処してくれるわぁぁぁっ!!」

 

「それもなりませぬ!」

 

「うおおおおお!! みつねええええええええ!!」

 

 ぜくう達は、怒り狂ってしまわれたお父様の気を鎮めるのに大層、苦労したそうです。

 そしてわたくしを連れ戻すために隠密部隊が派遣され、手配書も貼り出されたとか、出されなかったとか。

 結局、まきり様もビットの譲渡が明るみに出てお父様からこてんぱんにやられたそうですが、それはまた別のお話で。

 

 

 

【挿絵表示】

 




(絵:ピコラスさん)


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第41話「再起」 語り:ミッシェル

 デウスとの戦いから数日後。

 主要魔術研究所で眠り続けていたマリナがついに、その翠の眼を再び開いた。あたしとソシアは涙を浮かべてマリナに飛びつく。ジーレイ、まさき、アシュトン、老師ターシュは静かに喜んだ。

 もちろんゾルクも笑顔を向けた。彼は多くを語らず、ただ一言「おはよう」と声をかけただけであり、マリナも頷くのみ。まるで二人の間だけにある特別な絆で、固く結ばれているかのようだった。

 

 マリナが眠っていた間に起こったことを、皆で事細かに教えていた。その途中、彼女は血相を変える。

 

無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを創り出しただと……!?」

 

「そうさ。この剣を創ったおかげで、デウスに一矢報(いっしむく)いて……」

 

 淡い光を放つ白銀の聖剣を差し出し、話を続けようとするゾルク。だがマリナは怒声を放ち遮ってしまう。

 

「ゾルクッ!! どうして……!! 結局、戦う道を選んでしまうとは……それも身を削ってまで……!」

 

 彼の悩む姿をずっと見続けてきたマリナだからこその反応である。

 

「リリネイアさんの話に同情して、場の雰囲気に流されたわけではないだろうな? 中途半端な覚悟では、エンシェントビットを操れるようになっても意味が無いんだぞ……!?」

 

「違うよ! きちんと考えて決めたんだ!」

 

 ゾルクは面と向かって断言する。

 

「俺と同じように利用されたマリナが逃げずにエグゾアと戦おうとしてる姿を見て、教えられたよ。このまま泣き寝入りするのは悔しい、っていう感情を。だから偽物じゃなく本物の救世主として、デウスの野望を食い止めたいんだ。その決意の表れがエンシェントキャリバーなんだよ! ……前にゴウゼルで宣言したことがあったよね。『正しい救世主の姿はわからないけど世界も人も救いたい』って。でも正しい姿なんて、この際どうでもいいんだ。俺は、俺なりの『救世主』になる! もう二度と折れたりなんかしない!」

 

 そう語る彼の姿は、誰の目にも勇ましく凛々しく映っていた。

 見せつけられたマリナは、どうやら納得したらしい。大きく息を吐いて高ぶった気持ちを抑えると、ゾルクに穏やかな表情を向けた。

 

「……そうか。そこまで言うんだったら、お前を信じる。ただし無茶はするんじゃないぞ。エンシェントビットの力を乱用して命をすり減らすなど、以ての外だ」

 

「わかってるさ。みんなからも、たくさん釘を刺されまくったし」

 

 金の髪を撫でながら苦笑した。するとマリナが右手を差し出す。

 

「では、ゾルク。引き続き、これからもよろしく頼む」

 

 しっかりと握り返した彼は、太陽のように眩しく希望の溢れる笑顔を添えるのだった。

 

「……ああ! こちらこそ、よろしく!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第41話「再起」

 

 

 

「いや~、おアツいわねぇ」

 

「何が?」

 

 二人のやりとりを眺めていたあたしは、無意識ながらに発してしまった。ゾルクが怪訝そうに尋ねてくるも、取り繕った笑顔でなんとか誤魔化す。

 

「ん~? それより、これからどうするか決めましょ」

 

「なんか(かわ)された感あるけど……確かに大事なことだな。この前の話し合いはエンシェントキャリバーの話題でうやむやになったから、マリナの回復を待って改めて、ってなったわけだし」

 

 誤魔化したのではあるが、提示した話題自体はとても重要なもの。直ちに解決しなければならない大問題が目の前に無い以上、これからどう動くかを皆で相談するしかない。ゾルクも納得した。

 眉をひそめながらソシアが切り出す。

 

「ゾルクさんがデウスに対抗しうる力を手に入れたわけですが、またすぐ襲ってきたりしないでしょうか? もしも畳み掛けてこられたら不利だと思うんです……」

 

 微かに震える手を胸に添えていた。この不安にジーレイが答える。

 

「むしろデウスは今まで以上に慎重になり、簡単には攻めてこないはず。あの用意周到な性格を考慮すると、現時点で(うれ)える必要は無いと申し上げて差し支えありません。それにあれほどの傷を負ったのですから療養にも時間を要するでしょう。しかしデウスが動かない分、エグゾア六幹部の動向には気を配らなければなりません」

 

 これを聞いたソシアは、ひとまず安堵した。

 彼女だけでなく、あたしも密かに安心していた。次元の違う強さでこちらを圧倒してくるデウスと頻繁に戦っていては命が幾つあっても足りないからだ。六幹部という脅威は相変わらず残っているが、それでもデウスよりはマシだと思える。

 次に、まさきが喋り始める。彼の面持ちは険しかった。

 

「エグゾアは何故(なにゆえ)、魔力を集めているのであろうか? スメラギの里も標的になるのかと思うと気掛かりでならぬ……」

 

「まさかエンシェントビットみたいな神器を創る気なのかしら」

 

 直感のまま、あたしはそう零した。けれどもこの意見はマリナによって否定される。

 

「プライドの高いデウスが、今さらジーレイの真似をして創り出そうとするだろうか? しかも二千年前の時点で既に失敗しているらしいじゃないか。それにエンシェントビットの真相に気付くより先に、火薬の都市ヴィオで人々を誘拐していた。神器創造の線は薄いと考えるべきだ」

 

 だがそうなると、リゾリュート人を集める理由がますますわからない。デウスが良からぬことを企てている、という現実は変わらないままに。

 その後、ゾルクから「いっそのことエンシェントビットの力を使ってデウスの存在そのものを抹消してはどうか」という案が出された……のであるが、ジーレイによってすぐに却下された。

 

「世界の(ことわり)を書き換える力を行使しても、とてつもなく強大な執念を秘めた、しかも二千年の歴史を持つデウスの『存在』をゼロにするのは容易ではありません。加えてこの方法が成功する保証は無い上に、成功しようがしまいが力を行使した反動で寿命が一気にすり減り、あなたは間違いなく命を落とすでしょう。前例が無いためはっきりとは申し上げられませんが『世界の理を書き換える』には、それほどの代償を背負わなければならないと考えるのが妥当です」

 

 初めて力を使った後にゾルクは「寿命が削られていくような感覚があった」と言っていた。ジーレイの仮説が正しいとすると、これは比喩でもなんでもなく実際に寿命を削った可能性が非常に高いのだ。そしてゾルクは身震いしながら「やめておく」と零すのだった。

 これ以降、有意義な行動目的やエグゾアへの対策案などは挙がらず、皆で頭を抱えるしかなかった。

 

「はぁ……考えてもわからないな。ひとまず置いておこう」

 

 溜め息と共にゾルクが話を終わらせた。

 いったん区切りがついた。ここでマリナが申し出る。

 

「わがままを言うようで悪いが、他に目的地が無ければセリアル大陸の辺境の村……キベルナまで飛んでほしい」

 

「フォーティスさんに顔を見せたいの?」

 

「その通りだ。お前と旅を始めて以来、一度も帰っていないからな……安心させたいんだ。それに、あの時と比べたら色々な事情が変わってしまったし、その報告もしたい」

 

 ゾルクと顔を見合わせ、そう言った。

 辺境の村キベルナというのは、エグゾアを抜けたマリナを保護してくれた歴史学者フォーティスさんの住むところ……だそうだ。実際に訪れたことがあるのはゾルクとマリナだけなので、それ以上のことはわからない。

 しかし感じ取れることもある。フォーティスさんとマリナは家族も同然の親しい間柄なのかもしれない、と。彼女の優しげな声が、あたしにそう思わせるのだった。

 

「アシュトン、頼めるか?」

 

「いいぜ。特にやることねーしな。自由に動ける内に片付けといた方がいいだろうよ」

 

「助かる」

 

 ふてぶてしく腕を組んだアシュトン。視線をマリナに向けることはなかった。しかし返事は刺々しさを含んではいない。相変わらずぶっきらぼうな態度だが、要求自体はすんなりと飲み込んでいる。あたし達に馴染んできている証拠なのかもしれない。

 

 

 

 ルミネオスを発つ準備が整った。主要魔術研究所の外では、ソーサラーリングからザルヴァルグを召喚したアシュトンが機内で待機している。

 あたし達もザルヴァルグに乗り込むのだが、その前に老師ターシュへ別れの挨拶をする。

 

「ターシュ。あなたには何から何まで世話になってしまいました。本当に感謝しています」

 

「何をおっしゃるのですか。当然の責務を果たしたまででございます。この老いぼれの力が必要となった際は、またいつでもルミネオスにお越しくだされ」

 

「心強い限りです」

 

 ジーレイの、心の底からの礼である。老師ターシュは長い白眉に重なった糸目を緩ませ、微笑んだ。

 

「それと、ゾルク君」

 

 まさか自分が呼ばれるとは思わなかった、と言わんばかりの顔。だが次の言葉で一転、気を引き締めることとなる。

 

「わしがわざわざ伝えるまでもないとは思うが……エンシェントビットとその中に宿る魂達と共に、この世界を救ってほしい。無論、君なりの『救世主』としてな」

 

「……任せてください!」

 

 決意が込められた返事を受け取った老師ターシュ。ゾルクを見つめたまま、ただ一度、深く頷くのだった。

 

「では、僕達は出発いたします」

 

「皆さん、どうかお気を付けて。……そしてジュレイダル様。魔力が回復したとはいえ決して無理をなさってはいけません。どうかお忘れなく」

 

「……ええ。肝に銘じます」

 

 挨拶の後、老師ターシュは懸念を付け加えた。対するジーレイの表情は微かに儚さを含んでいるように感じた。

 彼らの会話を最後に、秘境ルミネオスでの出来事は締めくくられた。

 

 

 

 広い海を大翼機(たいよくき)ザルヴァルグで飛び越えた先――セリアル大陸南部に位置する辺境の村、キベルナに到着。少数の住民が暮らす、のどかで穏やかな村だ。

 マリナによれば、旅を始める前に比べて活気が戻ってきているという。すれ違う人々の表情は明るく商店も賑わっているのだが、以前はそうではなかったようだ。魔皇帝の呪い――実際はデウスの魔導操作装置による工作――が解けたことによりセリアル大陸の空が晴れ、凶暴化させられていたモンスターが大人しくなったおかげなのだろう。

 しかし、それは上辺だけの平和に過ぎない。デウスの野望は依然として進み続けているのだから。

 

 歩みを進め、白の煉瓦と石造りの屋根で構成された、古くも立派な二階建ての屋敷に訪れた。ここが、マリナの理解者であり保護者である歴史学者フォーティスさんの家だという。

 

「フォーティス爺さん……ただいま。帰ってきたよ」

 

 扉を手前に引き、マリナが帰宅を告げる。とても感慨深そうだった。

 

「マリナ……! ゾルク君も! 無事でいてくれたのか! 本当によかった!!」

 

 赤い毛皮の掛け布で身を包んでいる、杖をついた白髪と白髭の老人。この人がフォーティスさんらしい。

 彼は広間中央の大きなテーブルで本を読んでいたようだが、マリナを見つけるや否や椅子から立ち上がり入口まで矢のように飛んできた。

 

「リゾリュート大陸が現れた時は、あまりにいきなりのことで驚いたがセリアル大陸から暗雲が取り除かれたことで確信したよ。救世主によって世界は救われたのだと! キベルナの皆も、もう不安がってはおらん。……しかし帰りが遅いので、とても心配しておったんじゃ……!」

 

 フォーティスさんは再会に感激。ゾルクとマリナを両腕で一度に抱き締める。

 

「二人とも……いや、きっと後ろの皆さんも一緒に旅をしてくださったのだろうね。世界を救ってくれてありがとう……!」

 

 あたし達ひとり一人の顔を眺め、キベルナの住民を代表するかのように感謝を述べた。

 ここでようやくフォーティスさんの言葉が途切れた。意外と力強い彼の腕から抜け出しつつ、マリナが口を開く。

 

「お、落ち着いてよ爺さん! ……大事な話があるんだ」

 

「大事な話?」

 

 

 

 広間のテーブルを皆で囲み、フォーティスさんに真実を語った。彼の理解は早く、その表情はみるみる内に深刻なものへと塗り変わっていった。

 

「――なんということだろう。わしの知っておる歴史には誤りがあり、救世主について書かれた古文書も総司令デウスによって仕組まれたものだったとは……思いもせんかった。果ては、そこにおられる魔術師ジーレイ・エルシードが魔皇帝その人だったとはのう……」

 

 全てを聞き終え、何とも言えない表情でジーレイを見る。同時に、わなわなと肩を震わせていた。もしや恐れているのだろうか。

 様子に気付いたジーレイが優しく伝える。

 

「魔皇帝であったことなど遠い昔の話です。現在は一介の魔術師ですので、お気になさらないでください」

 

「いえいえ、特に気にしてはおらんですよ。それよりも、本当の歴史についてあなたに語ってもらいたいと思いましてのう。ああ、歴史学者としての血が騒ぐ……!」

 

「……畏怖(いふ)していたわけではないのですね」

 

 どこか安心したような、しかし残念そうな風にジーレイは呟く。彼の眼鏡は光を反射させて両目を隠し、表情を遮断してしまうのだった。

 小さく溜め息をつきながら、マリナが(たしな)める。

 

「爺さん、血の騒ぎは抑えて。語ってもらうのはまた今度に」

 

「おっと、すまんすまん。それで……マリナよ。自分の正体が人間ではなく、ゼロノイドと呼ばれる魔力集合体だと言ったな。その事実が心の負担になったり、ヤケになっておったりはせんか? ここに留まり休んでもいいんじゃよ」

 

 フォーティスさんは鋭くはっきりとした口調で、しかし慈しみの込められた声色で尋ねた。対する彼女は、毅然とした態度で翠の眼を見開く。

 

「ありがとう。でも心配しないで。気持ちには、きちんと整理がついている。これまで通り、みんなと一緒に世界を救う旅を続けるよ」

 

 返事を聞いたフォーティスさんは、ほっと安心できたのか顔をほころばせる。

 

「そうか……それなら良かった。……あとのう。疲れたら遠慮せず、どんな時でも帰ってくるといい。この屋敷は『一人の人間』であるお前を保護したあの日から、いつまでも『お前の家』なんじゃからのう」

 

「……うん」

 

 マリナは、フォーティスさんの深い愛情を全身で受け止め、閉じた翠の眼を密かに潤ませるのだった。

 

 

 

 あれから屋敷に泊めさせてもらい、キベルナにて一夜を明かした。

 大勢で食事をするのはとても久々だと、昨夜も今朝もフォーティスさんは喜んでいた。彼の目の前に座っていたマリナも時折、旅では見せたことがないような、あどけない笑顔を浮かべていた。普段のクールで厳格な振る舞いからは想像できなかったが、あれがマリナ本来の姿なのかもしれない。

 まだ今後の目的が定まっていないこともあり、昨日と同じくマリナが皆に希望を伝える。どうやら戦闘訓練……つまりトレーニングを行いたいらしい。そんなわけで武器を持ち、皆でキベルナの外に繰り出した。

 

「ずっと眠っていたせいで体がなまっているし、みんなとは百日分の差が開いてしまっているからな。肩慣らしも兼ねて手合わせを願いたい」

 

 軽い準備運動を終えて、マリナが言った。彼女の人選は。

 

「ソシア、相手をしてくれないか? 手合わせのついでに、いざという時のため新しく治癒の技を覚えたいんだ。コツを教えてほしい」

 

「ちょうど私も、マリナさんに脚技を習いたいと思っていました。敵に近付かれた時でも、焦らず対応できるようになりたくて……!」

 

「では決まりだな。お手柔らかに頼む」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 お互いに思うところがあったようで、すぐに話がついた。

 その傍らでは、剣を有する二人が意気投合していた。

 

「よーし! まさき、俺達も始めよう!」

 

「承知した。鍛練は拙者も好んでいるのでな。……時に、まともな状態のお主と初めて剣を交えることになるのか。奇妙な感慨深さすらあるぞ……」

 

「うっ……。そ、その節は大変お世話になりました……」

 

 まさきの何気ない言葉が痛いところを突いてしまったようだ。威勢を崩され冷や汗を流している。締まらないのは、なんともゾルクらしい。

 ジーレイはジーレイで。

 

「魔術の精度を高めてきます」

 

 とだけ言い残し、一人離れて静かな草原の方に向かってしまった。

 さて、あたしはどうしようかと迷っていると。

 

「お前らみんな熱血すぎるぜ……と言いたいところだが、俺も訓練するか」

 

 アシュトンが小さく呟いた。呆れたようで呆れていない謎のテンションであるが、その手でライフルをしっかりと握り、肩に担いでいる。

 ライフルの形式は、実弾の代わりに加工したビットが装填された、いわゆる無限長銃であった。マリナの無限拳銃と同じく、ほぼ無尽蔵に魔力弾を放てるのである。

 彼が戦闘に関してここまで意欲的な態度を示すのは、実に意外。なのであたしは尋ねてみた。

 

「あら、珍しい。どういう風の吹き回し? っていうか武器持ってたのね」

 

「総司令に襲われた時、戦えねぇ俺は逃げるしか出来なかっただろ? この先も足を引っ張るのは流石に格好つかねぇと思ってな。ずっとサボってたライフルの訓練を再開することにしたのさ。めちゃくちゃめんどくせぇけど」

 

 デウスとの戦いは、アシュトンの心境にも変化を与えていた。億劫そうに口を尖らせるが、やるべきことをやろうと真剣に向き合っているのだ。

 

「いい心掛けじゃないの♪ それじゃ、これからアシュトンにはどんどん働いて貰わなきゃね!」

 

 あたしは彼の考えを理解したつもりで、微笑んでみせたのだが。

 

「おい、勘違いするなよ? これは自分を守るための最低限の訓練だ。俺はあくまでパイロットだからな。今まで通り、戦闘は全部お前らに押し付けてやる」

 

 ……そう甘くはなかった。いかにも真面目腐った理由を述べて、アシュトンは意地悪そうに笑う。今度は、あたしが口を尖らせる破目に。

 

「ちぇーっ。助けてくれたっていいじゃないの、ケチ~!」

 

「うるっせぇ、デカいガキめ! 俺はもう行くからな! お前も愚痴る暇があるなら、とっとと鍛えに行きやがれ!」

 

 いつもの調子で悪態をつくと、向こうの丘まで足早に移動してしまった。

 残されたあたしは一人黙々と絵を描くことに決め、大筆を振り回して筆術の練度を上げまくるのだった。

 

 

 

 結局、各自の特訓で一日が終わった。けれどもこれでよかったのだと思う。いつ訪れるともわからないエグゾア六幹部との戦いに向けて、確かな力をつけられたのだから。

 皆でフォーティスさんの屋敷に戻る途中、突然ゾルクがこんなことを言い出した。

 

「なあ、みんな。今度は、リゾリュート大陸の田舎町バールンに行ってほしい。俺の故郷なんだけど、用事があるから帰りたいんだ」

 

「お主も里帰りか……?」

 

 まさきが尋ねる。するとゾルクは、どういうわけか段々と声量を落としていく。

 

「実は俺、一緒に暮らしてる叔父さんに何も言わず旅に出ちゃったから、そろそろ顔を見せないとヤバイんだ。っていうか、もうとっくにヤバイ……確実に手遅れ。……どうしよう、帰りたくなくなってきた……」

 

「どっちなのよ」

 

 あたしは意図せずツッコミを入れてしまった。しかし、しょうがない。そうしたくなるほど優柔不断なのだから。

 

「帰りたいんだけど、怒られるのが怖いんだよぉ……! 雷が落ちる……すっごく大きいやつが……絶対に落ちる……。でも帰らなきゃ……」

 

 震える声。虚ろな蒼眼。大袈裟に脱力した肩。とても十八歳とは思えないほどの情けない姿を晒しているが、優しくもソシアは心配してくれている。

 

「大丈夫ですか? 顔色がどんどん悪くなっていますよ」

 

「へ、平気、平気……」

 

 いいや、まるで平気ではない。顔は地を向き、もはや声に勢いは無く、答える口元もあからさまに引きつっている。痩せ我慢もままならない状態なのだ。

 アシュトンですら心の底から呆れている。

 

「救世主め、復活しても情けねぇなぁ……。まあとりあえず、次の目的地はバールンって町に決まりだな」

 

「はぁぁぁ……」

 

 ゾルクは長く大きな溜め息をつき、返事の代わりとした。彼がこれほどまで恐れる『叔父さん』とは、どのような人物なのだろうか。



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第42話「新たな危機」 語り:ミッシェル

 現在、大翼機(たいよくき)ザルヴァルグでキベルナから移動中である。その機内で、不意にゾルクが疑問を発した。

 

「あの屋敷、またエグゾアに利用されたらどうしよう? フォーティスさんの身に何かあったら大変だし」

 

「それについては話がついている。もうエグゾアが屋敷に工作する理由は存在しない上に、結局、私達が帰ってくるまで村にも屋敷にも異変は無かったので、心配ないそうだ。それにデウスは(したた)かだ。次に仕掛けてくるとしたら、もっと別の何かを利用するだろう。念のため、ジーレイに頼んで屋敷に対人用の警備魔術をかけてもらい、対策も万全だ。……お前も話の場に居たはずだが、聞いていなかったのか?」

 

 マリナは、少々呆れながら答えるのだった。

 二人の会話を聞いていたあたしは、ゾルクをフォローするつもりで首を突っ込んでみる。

 

「ホントに聞いてなかったとしても無理ないわよ。例の叔父さんに怒られるのが怖くて、ずっと気が気じゃないのよね?」

 

「……えっと、はい……そうです……」

 

「あらら、超テンション低くなっちゃった。こりゃ、よっぽどねぇ」

 

 ゾルクはバールン行きが決定して以降、ずっと様子が変。機内でもそわそわしていた。だから胸中を言い当てるのは、とても簡単だった。

 

「はぁ……どうして何も言わずに旅に出ちゃったんだろう……。そりゃあ場の流れというか勢いのせいもあったけどさ……せめて一声かけてから出発すればよかった。あの時の俺を恨むよ……」

 

 それにしても、怒られてもいない内からひどく落ち込むのは流石にどうかと思う。マリナに続いて、あたしも呆れの溜め息をつきそうになってしまうのだった。

 

 

 

 リゾリュート大陸中央付近に位置する、バールン。ケンヴィクス王国配下の田舎町であり、知っての通りゾルクの希望でここまでやってきた。本人は既に意気消沈しているが。

 ひとつ前に訪れていた辺境の村、キベルナに通ずる雰囲気を漂わせている。農業や牧畜が盛んらしく至る所に農地が広がっており、まさに『平和』という印象を与えられた。

 

「た……ただい、ま……」

 

 あたし達の目の前には、くすんだ赤い屋根と煉瓦造りの煙突が特徴的な、木造の古ぼけた小さな家。ゾルクの自宅である。しかし彼は自分の家にもかかわらず極度に緊張しており、扉を恐る恐る開けながら、絞り出すように声を発した。

 肝心の叔父は在宅しており、簡素な木製のテーブルで静かにコーヒーを飲んでいた。ゾルクの弱々しい挨拶は確かに届く。すると叔父は……コーヒーカップを尋常ではない速さで下ろし、けたたましい音を立てるのだった。

 

「……ゾルク……!? ゾルクなのか!?」

 

 清潔感のある薄黄色の短髪、ゾルクより少し高い身長に白いセーター、鼻の上には小さな丸眼鏡。この四十代頃の男性が、ゾルクの叔父であり育ての親、ヘイル・シュナイダーなのだ。

 まだ家の入口に立ったままのゾルク。驚きを隠せない叔父に対し、頭を下げようとする。

 

「ヘイルおじさん……ずっと留守にして、ごめ……」

 

 ――その瞬間。ヘイルさんは乱暴に椅子を下げて立ち上がった……かと思うと、ゾルクの傍までずかずかと近寄ってきたのだ。

 

「お前という奴は!! 今まで何をしていた!!」

 

「ひいっ!?」

 

 穏やかそうな風貌からは想像できないほどの、凄まじい声量。あっという間に家の中を満たすと、出入り口を通じて隣近所、ついには空にまで響いていった。

 あたしの鼓膜も、その怒声によってひどく震えさせられてしまった。反射的に耳を塞いだがまるで意味を成していない。

 

「わたしがどれだけ心配したと思っているんだ!! 大昔のセリアル大陸が突然あらわれたと思ったら、今度は火薬の都市ヴィオで謎の誘拐事件も起きた!! 世界の混乱に、お前も巻き込まれたんじゃあないかと……本当に心配したんだぞ!!」

 

 鬼のような形相のヘイルさん。怒られていないあたし達の方にすら、落ちる雷の迫力は及ぶ。

 家族としての思いやり故だろうけれど……正直言って、めちゃくちゃ怖い。あたしまで「ごめんなさい」と発してしまいそうである。ゾルクが恐れていた理由、身に沁みてわかった。……さっきは呆れそうになって悪かったわ……。

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「『ごめん』で済むなら!!」

 

「お、王国軍は要らない……。でも、本当にごめんなさい! どうか許して……!」

 

「簡単に許せるわけがないだろう!! それにな、お偉いさんの別荘の爆破や脱獄などについて、バールン刑務所から連絡もあったんだぞ!? ……お前がそんなことをやったとは信じていないが、長い間うちに居なかったのも事実! 納得できる説明をしてもらうからな!!」

 

「う……うぅっ……!」

 

 畳み掛けられるように怒鳴られ、ゾルクは平静を失った。涙目であり、まともに説明できる状態ではない。代わりとしてマリナが丁寧に頭を下げた。

 

「ヘイルさん、初めまして。ご迷惑をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません」

 

「ん……!? 君達は一体……?」

 

 ここでようやくヘイルさんは、マリナと、ゾルクの後ろに立つあたし達の存在に気付いた。すると彼の声量は抑えられていき、激昂が鎮まっていく。これなら冷静に話し合えそうだ。

 

「私の名前はマリナ・ウィルバートン。ゾルクが何をしていたかについては、私から説明させていただきます」

 

 ヘイルさんはそれを受け入れ、ひとまず皆を家の中に招き入れるのだった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第42話「新たな危機」

 

 

 

「ゾルクが救世主に……。まさか、そんな大冒険をしていたとはな……。本当に身体は平気なのか……?」

 

 セリアル大陸出現の影響もあってか、ヘイルさんはすんなりと信じてくれた。そして、ゾルクの体内にエンシェントビットが埋め込まれたと知り、身を案じている。

 

「うん、説明した通りだよ。心配しないで」

 

 ゾルクは朗らかに返事をした。苦しみや辛さは微塵も含まれていない。

 

「そうか……。だったらいいんだが、旅を続けると言ったな? 構わないけれども、これ以上は無茶をするんじゃないぞ。それと言いそびれていたが……ゾルク、おかえり」

 

「……ただいま!」

 

 ゾルク帰宅直後の激昂は、もはや影も形も無い。今は心を落ち着かせ、本来の姿であろう優しい叔父として振る舞っている。どうやらこれで一件落着のようだ。

 

「ところで」

 

 ――と思ったのだが。何やら雲行きが怪しい。

 ヘイルさんは真剣にゾルクを見つめている。せっかく優しげになったと思ったのに、また緊張感を漂わせてきた。

 

「濡れ衣だったとはいえ、お前が脱獄したというのは事実なんだな?」

 

「えっ、あれは脱出……」

 

「脱獄したというのは事実なんだな?」

 

「…………は、はい。そうです」

 

 ひとつだけ大きな溜め息をつき、肩を落とすヘイルさん。ずれた丸眼鏡の位置をクイッと直し、次に放った言葉は。

 

「一緒にバールン刑務所へ行くぞ」

 

「ええええええええ!!」

 

 それはゾルクだけでなく、あたし達全員を驚かせる発言であった。

 

「なんで刑務所に行かなきゃいけないの!?」

 

「冤罪だと確認してもらう前に、勝手な判断で脱獄してしまったわけだからな。その点はケジメをつけなければならんだろう。わたしからも職員の兵士に説明してみるし、真犯人のドステロという者がもし自首していれば、もっと話が通じやすくなるはず。だから一緒に行くぞ」

 

「ううっ……わかったよ……」

 

 ヘイルさんの言葉、もっともである。これにゾルクは渋々と同意するのだった。

 すると今度はマリナが質問した。後味が悪そうに目を伏せている。

 

「脱獄を手伝ってしまった私も、やはり罪に問われるのでしょうか」

 

「本当なら問われるところだろうけれど、わたしが刑務所側から聞いた話では、ゾルク一人で脱獄したことになっているみたいだからね。君はゾルクのわがままで無理やり手伝わされたそうだし、知らぬふりを通せばいいよ。わたしも黙っておこう」

 

「ありがとうございます。助かります」

 

 礼をするマリナの表情は晴れやかであった。

 

「あれ!? ケジメは!? 俺との扱いの差は何!? ひどい! ひどいよおじさん!!」

 

「いいから行くぞ」

 

 嘆くゾルクを、ヘイルさんは淡々とあしらうのであった。そしてなんだかんだで全員が同行することに。

 

 田舎町バールン北側の人気の無い土地に、白い石造りの刑務所は建てられていた。刑務所のそのまた向こうには、モンスターの生息する森も見える。どちらの場所も、ゾルクとマリナが初めて会った時に足を踏み入れたと話していた。

 ヘイルさんが刑務所の職員に経緯を説明。すると、所長と話ができることになり、あたし達はすぐに執務室へ通された。

 所長は、中肉中背で灰色の髪をした温和そうな男性であった。

 

「確かにドステロという男が自首し、バールンの屋敷爆破の罪を認めて自ら刑務所に入りました。この件について、あなたは無実です」

 

「やったあ! ドステロがけっこう義理がたい奴で助かった……!」

 

 所長に告げられ、ゾルクは気分を明るくさせた。が。

 

「けれども名誉騎士長殿(めいよきしちょうどの)のおっしゃる通り、脱獄は脱獄。そして脱獄は大罪。正式な処理が必要となります。そこでゾルク・シュナイダー君には、ケンヴィクス王国首都オークヌスへの出頭を命じます。こちらから兵士を出し、連行させていただきますね」

 

「そ……そんなぁ……」

 

 まさに一喜一憂。ゾルクの表情が瞬く間に曇る。

 

「名誉騎士長殿も、どうか御一緒に。冤罪だったと説明するにあたり、あなたがいらっしゃれば話が早いでしょう」

 

「もちろん、そのつもりだ」

 

 あたし達の次の目的地が強制的に決定した。なんと情けない展開だろうか……。ゾルクの締まらなさは、あたしの想像を遥かに超えているようだ。

 

「先ほどからヘイル殿が『名誉騎士長』と呼ばれているが、それはもしやケンヴィクス王国軍の……?」

 

 予想を交え、まさきが問う。ゾルクは素直に頷いた。

 

「そうだよ。ヘイルおじさんは元ケンヴィクス王国軍の騎士長でね。王様直属の護衛騎士だって務めたこともあるんだ。退役した後、功績を称えられて王様から『名誉騎士長』の称号を賜わった。それだけの地位があるから俺のことも解決しやすいのさ」

 

「なんと。ヘイル殿はとてつもない猛者であったか! 是非とも手合わせ願いたく存じ上げる……!」

 

 解説を聞いたまさきは、珍しく心を躍らせている。どうやらこの手の事柄を好いているようだ。

 

「ははは。退役してなお、スメラギ武士団の若き団長から熱烈な申し出を受けるとは光栄の極みだね。こちらこそ機会さえあればお願いしたい」

 

 ヘイルさんもまさきを認めており満更でもない様子。二人は握手し「いつか必ず」と約束を交わすのだった。

 ちなみに、あたしも何となくゾルクの解説を聞いていたのだが「だったら脱獄しないで大人しくヘイルさんを待ってればよかったのに」と思わずにはいられなかった。しかし逆に言えば、当時の彼は先のことを考えられないほど焦燥していたのかもしれない。

 

 その後、刑務所内で事務的な処理を済ませ、ケンヴィクス王国の首都へ向けて出発することに。

 所長の話どおり、刑務所側から兵士が寄越された。頭には兜、全身を鉄の鎧で包んでおり、ゾルクによるとこれはケンヴィクス王国軍の一般的な装備だそうだ。

 同行する兵士は二人。少ないように思えるが、名誉騎士長のヘイルさんがそれだけ信用されているのだろう。

 一応は脱獄罪での連行であるため、首都までの道程は徒歩で行うこととされた。ザルヴァルグに乗れないと知ったアシュトンはすごく面倒くさそうな態度をとりながら、刑務所を離れる皆に続くのだった。

 

 

 

 首都オークヌスへの道のり。田舎町バールンから何日もかかる、ひたすら南を目指しての移動だ。

 全身で浴びるに丁度良い日差しが、平野に広がる草花を照らして青々と輝かせている。そのおかげか、あたし達が歩む乾いた土の街道も景色のアクセントとして一層映えるのだった。道の脇にはところどころ木々が生い茂っており、少し遠くでは雲がかかるほど大きな緑の山もそびえている。まるで絵に描いたように出来あがった風景だ。

 たまにモンスターに出くわしたりもしたが、あたし達の脅威となるレベルではないため軽くひねってやった。他に問題もなく非常にのどかな旅路であり、さながらピクニック気分で街道を進んだ。……ただ一人、ゾルクを除いて。彼にとっては単なる連行でしかないので、その足取りは重かった。

 それはそうと、同行しているヘイルさんもモンスター相手に剣を振る機会があったのだが、彼の戦いぶりは生半可なものではなかった。

 右手に握った量産品の両刃片手剣をかざし、稲光(いなびかり)にも似た軌跡を描き、襲い来るモンスターをいとも簡単に薙ぎ払っていた。しかも、籠手(こて)を着用してはいるものの、ほぼ普段着そのままの格好である。鎧を着用し破壊力重視の両手剣を扱う甥のゾルクとは正反対で、軽装による身軽さを利用した速攻型の剣術を得意としているのだ。

 モンスターが弱いという事実を踏まえても、対峙から撃破に至るまでの手際の良さは、あたし達を含めた全員の中ですら群を抜いていた。どの斬撃も的確に急所を捉えており、現役で武士団長を務めるまさきが尊敬の眼差しを贈るほど。国王が直々に授けたという『名誉騎士長』の称号がお飾りでないことを、あたし達は存分に思い知らされたのであった。

 余談だが、旅の途中でヘイルさんにビットを分け与えたので、これから剣技にもどんどん磨きがかかっていくことだろう。喜ばしいことのように思えるが、ゾルクだけは「これ以上強くなられると、手合わせで一切勝てなくなりそうだ」と嘆いていた。

 

 もうじきゾルク連行の旅が終わる。目的地の首都オークヌスが視界に入ってきたからだ。しかし最初に見えたのは町並みではない。薄く黄色みのかかった直方体の石材が規則正しく積み重なって出来た、堅固な外壁であった。

 さながら、セリアル大陸の発展途上都市メノレードを彷彿とさせる。あの都市の外壁も大したものだが、こちらはケンヴィクス王国首都であり中央部には城も存在するため、外壁の耐久力ではオークヌスのほうが勝っているはずだ、とゾルクが語ってくれた。

 首都に入るため、現在の街道から一番近くにある北門まで近づいていく。

 ――その途中、事件は起きた。

 

「妙な音が聞こえる。なにかこう、ゴォーッというような」

 

 ゾルクの傍に居る兵士が振り返り、空を見上げた。

 

「あの群れはなんだろうな。カラスか? コウモリか? 音もあの方向からのようだ」

 

 もう一人の兵士も雲の隙間を見つめる。

 

「おっ、本当だ。黒い何かが、オークヌスにどんどん近付いてきてるな。……いや待て! あの黒いの、鳥にしては大きすぎるぞ! 一体なんなんだ!?」

 

 更に接近を続け、間も無くあたし達の遥か頭上を轟音と共に通り過ぎる、巨大な黒の群れ。異常な事態だと、ここにいる全員が悟る。

 鳥のような黒を個々に数えると、十となった。それらは首都の上空で留まるかのように、ゆったりと不気味に旋回を始める。そのおかげでしっかりと目視できるようになったため、ついに群れの正体がわかった。真っ先にゾルクが叫ぶ。

 

「あれは……怪翼機(かいよくき)ギルムルグ!! エグゾアめ、今度はオークヌスの人達をさらうつもりなのか!?」

 

「でしょうね。ヴィオの時みたいに……! みんなの命が危ないわ!」

 

 あたしは強い怒りを声に乗せた。人々が無力に吸い込まれていくあの惨劇が繰り返されると思うと、平常心ではいられなかった。

 隣では、ヘイルさんがギルムルグの群れを細い目で見つめている。

 

「あれはエグゾアによる襲撃なのか……。空襲としては過去に例が無いほどの規模だ。しかもあの黒い鳥はモンスターではなく君達のザルヴァルグとかいうのと同じ、飛行機械なんだろう? ケンヴィクス王国軍にも対空迎撃装備はあるが、モンスター用のものしか備わっていない。黒い鳥の装甲は見た目にも頑丈そうだし、太刀打ち出来るかどうか怪しいな……」

 

 残念ながら、王国軍の力ではギルムルグを追い返せないらしい。かつてそこに所属していたヘイルさんだからこそ、ああいった脅威への対抗手段が手に取るようにわかり、それ故に悲観しているのだ。

 

「だったら俺達で止めないと! エグゾアとの、本物の救世主として最初の戦いだ!」

 

 息巻いて拳を突き上げ、正義感に燃えるゾルク。だが、ジーレイが冷ややかに問う。

 

「意気込むのは結構ですが、どうやって止めるつもりなのですか」

 

「飛ぶのさ! こっちにはザルヴァルグのビームキャノンがあるし、エンシェントビットのおかげで俺も飛べる!」

 

「ザルヴァルグは良しとしましょう。有効な戦力となりえますからね。しかしあなたが飛行したところで、多数の飛行機械を相手にうまく立ち回れるのですか」

 

「ジーレイの魔術でダメージを与えて脆くなった装甲に、渾身の一撃を叩き込む!」

 

 よく考えているのか、いないのか。無謀な提案を聞き、ジーレイは呆れて首を横に振る。

 

「非現実的ですね。魔術の射程にも限界があります。遥か上空の敵機を地上から狙うのは、ほぼ不可能。そのような状況で生身の人間一人が飛行できても、意味がありません」

 

 その言葉でゾルクは目を丸くし、何かに気付いた。

 

「……同じ高さにいて、みんな一緒に戦えるなら対抗できるかな?」

 

「ええ。その条件さえ満たされれば、どうにかなるのかもしれません。……おや? ゾルク、あなたは何を考えているのですか」

 

 意見を認めた直後、ジーレイは怪訝に思った。そしてゾルクは、これまでにないくらいハチャメチャなことを言い始める。

 

「ミッシェル、頼みたい事があるんだ。俺がエンシェントビットを使って君に力を与える。そのあと、筆術を使ってみんなを飛べるようにしてほしいんだ!」

 

 自分しか飛べないなら、他の皆も飛べるようにして対抗すればいい――本当に、そんな単純な考えでいいと思っているのだろうか。仮定とはいえ「どうにかなる」と答えてしまったジーレイにも責任はあると思うけれど。

 ともかく、彼の破天荒な提案にあたし達は、ほとほと呆れ果てるのだった。

 

「そんな無茶苦茶なこと、簡単に言ってくれちゃって……!」

 

「俺とミッシェルなら出来るよ!」

 

 呆れるあたしとは裏腹に、ゾルクは自信満々である。……そう。彼の「出来る」という意思には、きちんとした裏付けがあるのだ。

 

「……確かにエンシェントビットの助けがあったら、筆術で飛ばせられるかもしれない。けど、あなたに力を使わせるわけにはいかないわ。実際にギルムルグと渡り合えるかどうかもわからないのに!」

 

「どのみち俺が力を使わなきゃ何の可能性も生まれないよ! それに世界の(ことわり)を書き換えるんじゃなくて、ミッシェルの潜在能力を一時的に解放するだけだから、俺の負担も小さくて済むさ。っていうか、早くしないとギルムルグがオークヌスの人達をさらい始めるよ!?」

 

「だとしてもねぇ……!」

 

「あー、もういい!」

 

 口論の途中だったがゾルクは突然、背の鞘から無創剣エンシェントキャリバーを引き抜き、天に掲げた。

 

「エンシェントビットよ! 俺に応えろ!!」

 

 皆、彼の行動をやめさせようと急いで手を伸ばした……のだが、全く間に合わなかった。

 数多のビットが埋め込まれた白銀の剣身は、眩い白の光を放つことで持ち主に呼応してみせた。ゾルクの体内に宿るエンシェントビットの力は、彼の意思通りに引き出されたのだ。

 同時にあたしの内側から、何かが(みなぎ)ってくる。魔力や体力などとは違う、自信というべきか確信のようなもの……勇気や闘志、情熱にも近い感覚だった。あやふやで定まらないが、不思議と安心できる。

 今のあたしなら、これまでに成しえなかった凄い作品を描けそうな気がする。そう感じずにはいられない。『潜在能力の解放』とはこういうことなのかと、感動すらしていた。

 

「ほら、使っちゃった。やるしかなくなったよ」

 

 僅かな汗を額に流し、無創剣を鞘に戻しながら、ゾルクはあたしを見て小さく笑う。そんな彼の頭へ飛んでいくのは。

 

「『使うな』とあれほど言っただろうが! この大馬鹿者め!!」

 

 マリナの鉄拳だった。声を荒らげ、ゾルクの腕を掴んで引き寄せて身長差を補い、脳天に……。

 

「いでっ!?」

 

 ドぎつい一発。こちらの心配を余所に独断でエンシェントビットを使用してしまったのだから、当然の報いである。

 けれどあたしは、ゾルクの行いを咎めたい一方で肯定したくもあった。それはジーレイも同じだったようだ。

 

「しかし、こうでもしなければ対抗手段が無いのは事実。ゾルクを叱るのはギルムルグを撃退してからにしましょう」

 

「あっ、結局あとで叱られるのか……」

 

「当たり前だ!!」

 

 間髪容れず、ゾルクのことを一番心配しているであろうマリナが怒鳴るのであった。

 一連の光景を、ヘイルさんも眺めていた。

 

「今の光が、お前と、エンシェントビットとやらの力なのか。とても神々しく、そして物々しくもある」

 

「ヘイルおじさん、俺は……」

 

 後ろめたい気持ちで一杯のゾルクは目を背け、口籠ってしまう。しかしヘイルさんは。

 

「お前はお前で覚悟を決めて、救世主として行動しているんだろう? だったら、わたしは止めはせん。存分に世界を救ってこい! ただし、生きて戻ってくるんだぞ」

 

「おじさん……ありがとう! 約束するよ!」

 

 理解を示し、激励してくれた。まだどこか硬さの残る笑顔を見るに、本当はゾルクのことが心配なのだろうけれど、それを退けての言葉であった。ゾルクもヘイルさんの心配を感じ取り、元気に返事をするのだった。

 何も言わず一度頷くと、ヘイルさんは二人の兵士の方へ振り向き、(おごそ)かな態度で次のように述べる。

 

「緊急事態だ。話によると、あの黒い鳥はリゾリュート人を容赦なく連れ去り命を脅かす存在だという。そこで君達には、わたしと共に首都住民の避難活動にあたってもらいたい。連行は事態を収拾してから再開する。……ゾルク達が信用に値することを、連行の旅を通して既に知ってくれていると仮定しての進言だが、よいかな?」

 

「もちろん! 名誉騎士長の指揮下に入ります!」

 

「自分もであります!」

 

「感謝する。……よし、では行こう! 首都の兵士との連携も怠るな!」

 

 話は首尾よく進み、兵士達は敬礼をビシッと決めて答える。そして、三人は首都内部を目指して外壁へと走っていった。

 見送りもそこそこに、こちらも行動を開始する。

 

「俺達も行くぞ! ミッシェル、頼んだ!」

 

「はーいよっ!」

 

 ゾルクに言われるより早く、あたしは大筆を構えていた。

 大筆に装飾されている菱形のビットに念を込め、描くべきもののイメージを膨らませる。毛先には、輝きを放つ虹色の絵具。街道の土へ思い切り押しつけると、そのまま線を引いて作品を創り上げていく。

 

「浮き足立つような感覚! 速き翼の紫水晶(むらさきずいしょう)! もっともっと重ね塗り~!!」

 

 虹色の毛先から生まれるのは、紫色の光る線。元の絵具と色が違うため、よく不思議と言われるが、これが筆術の常なのだ。そして何度も丁寧に、それでいて迅速に塗り上げたのは、鳥の翼を生やしたブーツの絵である。

 対象の移動速度を高める筆術であり、過去にも描いたことはある。が、今回の作品は今までと異なり、大変に特別な効果を有するもの。

 

「スペシャルクオリティのアメジストウイング、出来上がりよ!」

 

 ブーツのくるぶし部分から生える翼は、これまでにないほど巨大に描いた。ゾルクの要望である『飛行』に応えるためである。

 地面に描かれた大翼のブーツは、平面からその身をゆっくりと起こし、四つに分身。その後、通常の筆術と同様に跳ね回って皆の脚を目指し、無事に付加した。これで皆のシルエットには、足先から生える大きな翼が追加されたのだった。

 

「はぁ、はぁ……あー、疲れた……。めっちゃ頑張ったけど、さすがに四人分が限界だったわ……。でも効力は問題なしよ。みんな、あたしの分まで自由自在に飛んでね……!」

 

 息も絶え絶えに、あたしは伝える。

 潜在能力を解放してもらっているとは言え、通常ではありえない効果を持つ筆術を描いたので、体力も集中力もかなり消耗してしまった。皆と一緒に前線には立てない。だが、そこまで全力を尽くしたからこそあたしは、自信満々に皆を送り出せるのだ。

 

「本当に飛べている……! 自分の意思で思い通りに、しかも空中に留まることも出来る。地に足を着けている時と、全く同じような感覚もある!」

 

「すごい! すごいですミッシェルさん!」

 

 マリナとソシアは実際に宙に浮いてみせ、顔をほころばせた。

 彼女らに続きジーレイも、自由に浮遊できることを確認する。

 

「エンシェントビットの助けがあるとしても、軽々と常軌を逸するとは。さすがの僕も驚きました。あなたは天才に違いありませんね」

 

「おかげで機動力は確保できた。あとは手筈通りに動くのみぞ……」

 

 そしてまさきが、首都上空で未だ旋回を続けるギルムルグの群れを、キッと睨みつけるのだった。

 

「あいつら、まだこっちに気付いてないみたいだ。ジーレイ、お得意の不意打ちで先制攻撃してやろうよ!」

 

「お任せあれ」

 

 ゾルクの案へ、ジーレイは丁寧に賛同する。他の皆も既に武器を構えており、戦意は充分のようだ。

 次々に空へと躍り出す仲間達。最後にゾルクも、握った両拳を左右へと力強く突き出す。

 

「気合だぁっ! 天翔来(てんしょうらい)!!」

 

 光る二対の翼が、彼の背中から出現した。

 以前にデウスを追い詰めた秘奥義、双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)の時のような魔力の噴射ではなく、確かな翼の形をしていて、スピードが速くない分だけ精密な飛行がしやすい術技――それが天翔来(てんしょうらい)である。この翼は羽ばたくことなく、背に備わっているだけでゾルクに飛行能力を与えるのだ。……ただし。天翔来(てんしょうらい)を使用している間、ゾルクはエンシェントビットの制御に集中しなければいけないため、長時間の連続使用は禁物である。

 ここまでの流れを傍観していたアシュトン。彼も重い腰を上げる。

 

「んじゃ、めんどいけど俺も手伝ってやるとするか。……おい、お前も乗ってくだろ? まだまだやれそうな顔してるしな」

 

「当たり前よ! 疲れてても、ザルヴァルグの中からみんなを援護するくらいは出来るわ!」

 

 当然のように誘われたあたしは、同じく当然のように答える。するとアシュトンは、フッと不敵な笑みを浮かべた後、ソーサラーリングからザルヴァルグを召喚。あたしと共に乗り込んだ。

 こうして、総力を挙げた空中戦が幕を開けるのであった。



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第43話「首都上空に舞え」 語り:ミッシェル

 ケンヴィクス王国首都オークヌスの頭上を一つの大きな輪となって旋回する、怪翼機(かいよくき)ギルムルグ。数にして十。各機内では、何人ものエグゾア構成員が操縦や計器類の調整などに追われていたが、それもようやく終わった。

 とある一機には、作戦指揮を任せられた六幹部の一人が乗り込んでいる。丁度、部下から報告を受けていた。

 

「トラクタービーム発振器の出力設定、完了しました!」

 

「長くかかったな。人口の多い首都を標的としたんだから、時間を食って当然ではあるが」

 

 操縦席の後ろ、指揮官席に座って退屈そうにぼやく、黒髪紫眼に黒服の男――魔剣のキラメイである。

 

「さて、とっとと始め……」

 

 彼が作戦開始を告げようとした、その時。

 ギルムルグの群れへ、幾重にも束ねられた爆炎の放射が浴びせられた。どこからともなくである。横殴りに襲い掛かる爆炎は、回避できなかった機体を容赦なく焼き、漆黒の表面装甲をみるみるうちに熔解。機体の骨格や内部空間を露出させてしまう。

 

「おい……これはどうしたことだ。状況を伝えろ!」

 

「わ、わかりませんが、何者かによる攻撃の模様!」

 

 不測の事態を受けてキラメイが声を荒らげる。報告した部下は、うろたえるのみだ。

 時を同じくして、別の機体から通信が入る。キラメイと共に作戦の指揮を任されている六幹部――咆銃(ほうじゅう)のクルネウスからだ。指揮官席の通信モニターに、不気味な笑顔の仮面が映っている。

 

「部隊が火の魔術による攻撃を受けた。私の指示がもう少し早ければ全機が回避できたのだが、そう都合良くはいかなかった。大規模な魔術であることから察するに、ジーレイ・エルシードの仕業で間違いない。救世主達が、すぐ近くにいる」

 

 聞くと同時にキラメイは、機体の窓から外を見渡す。――そして見つけた。白き大翼機と、その周囲を飛行する五人の姿を。

 

「……ほう。どうやって飛んでいるかは知らんが、仲間と共に多数のギルムルグの相手をしようという寸法か。無謀だな。しかし度胸は気に入った」

 

 ニヤリと怪しく笑うと彼は立ち上がり、指揮官席を離れようとした。しかしクルネウスがモニター越しに引き止める。

 

「どこへ行く」

 

「知れたこと。救世主がいるなら、俺は戦う。ザルヴァルグに飛び移りでもすれば、あいつらの方から向かってきてくれるだろうからな……!」

 

「駄目だ」

 

 戦意を昂らせるキラメイに吐き捨てられたのは、無機質に冷たい否定の言葉だった。

 

「私達は魔力確保の任務でこの地に来ている。ギルムルグを降りるということは、指揮を放棄し任務を拒否するのと同じ。総司令の命令に背くなど、私が許さない」

 

「チッ……」

 

 キラメイは言葉をすぐに返そうとせず、わざわざモニターを覗き込んでクルネウスを睨みつけた。彼女の意見を、この上なく不服に感じているのだ。

 

「だったら降りずに指揮してさえいれば、戦っても文句は無いだろう」

 

「本気で言っているのか? 闘争本能の塊とはいえ、貴様はつくづく呆れた存在だ」

 

「そう、俺は闘争本能そのもの。気に入った奴と戦えればそれでいいんだ。……じゃあな」

 

 キラメイは返事も聞かず、即座に通信を遮断する。対してクルネウスは無言、無反応。そして通信モニターから窓の外へゆっくりと視線を移し、淡白に呟いた。

 

「奴らも奴らだ。よくもまあ、生身でギルムルグに攻撃を仕掛けようなどと決心したものだ。全く、ここには馬鹿しかいないのか」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第43話「首都上空に舞え」

 

 

 

 あたしの筆術の効果で皆が自由に飛べると言っても当然、風や天気の影響は受けることになる。だが幸いなことに首都オークヌス上空の天候は穏やかだった。おかげで難なくギルムルグとの距離を縮められている。

 

「悟られずに接近するのは、ここまでが限界ですね。では始めましょうか」

 

 誰よりも早く、ジーレイが敵機を射程内に捉えた。そして向こうがこちらに気付かない内に魔術の詠唱を開始する。

 その場でふわふわと浮かぶ彼の足元には、複雑な術式が綿密に書き込まれた赤色の魔法陣が現れた。唇からは猛々しさを宿した旋律の如き詠唱文が飛び出し、(おごそ)かに大気を揺らす。

 

「……業魔(ごうま)の神、灼熱の炎砲(えんほう)となりて今ここに降臨せり。掃射にて我が敵を焼き払う魂、その名は」

 

 最後に魔術の名を添えて、詠唱を締めくくった。

 

「――イグニクストリガー」

 

 熱く燃え盛る炎で形を成した、五つの大砲。これらがジーレイの頭上と左右を囲うように出現し、一斉に爆炎を放出した。爆炎は瞬く間に拡散し、首都上空で旋回する十機のギルムルグをまとめて包み込まんとする。

 あまりの規模の大きさに、ゾルクは仰天。

 

「なんだその凄い術!? 初めて見た……!」

 

「上級魔術よりも更に位の高い、超級魔術です。秘境ルミネオスで僕自身の魔力を回復できたおかげで、久方ぶりに使えるようになりました。詠唱時間が長いうえ膨大な魔力を必要としますが、どれほど強固な装甲であろうと熔かしてしまえます。ほら、御覧なさい」

 

 そう言ってジーレイは爆炎の行く先に視線を移す。すると炎の中から、装甲を熔解させられた数機のギルムルグが逃げるように飛び出してきた。損傷箇所からは黒い煙が尾を引くように(なび)いている。

 

「さすがジーレイ! それじゃあ俺は、この隙に突撃する!」

 

 宣言と共に、ゾルクは一機のギルムルグに狙いを定めて空を駆け抜け、熔けた装甲の隙間からギルムルグ内部に飛び込んだ。そして黒煙を吸い込まないうちにと、得物である無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーに念を込め有無を言わさず巨大化させる。

 

「全開だぁぁぁ!! 秘奥義! 一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 ギルムルグの背は、内側から簡単に貫かれた。外側がどれだけ頑丈でも内部からの攻撃には弱かったのだ。それだけでは終わらず、バキバキと無骨な音を轟かせながら、頭部から尾翼にかけてを無惨にも両断されてしまう。真っ二つになったギルムルグは、颯爽(さっそう)と飛び去るゾルクを憎さげに見送るほかなかった。

 同時に、このギルムルグからは乗組員が死に物狂いで脱出していた。緊急時のためにあらかじめパラシュートを身に着けていたらしく、機体が煙を噴きあげている上にゾルクまで突入してきた時点で皆、全てを諦め逃げ出すことを決心したようだった。

 無人となったギルムルグの残骸は空中分解していき、首都オークヌスを離れ平野へと墜落。ゾルクはその様子を眺めながら揚々と仲間の元へ舞い戻った。

 

「どうだ、一機撃墜! この調子ならいけるな!」

 

「……いいえ。状況は(かんば)しくありません」

 

 どうしてか、ジーレイの表情は硬い。

 

「えっ、なんで?」

 

「今にわかりますよ」

 

 ゾルクの疑問は、ジーレイの言う通りすぐに解けた。

 

「あっ……ギルムルグが、バラバラに飛び始めた!?」

 

 彼が目撃した通り、ギルムルグは不規則に乱れながらの飛行を開始した。あたし達を惑わそうとしているのだ。

 警戒しつつ、マリナが状況を説明する。

 

「図体がでかくとも、あれは高性能な飛行機械だ。私達の存在に気付いた以上、攪乱(かくらん)を行うのは当然のこと。初手の不意打ちで一機しか撃墜できなかったのは、私達にとって思った以上に手痛いハンデとなるだろうな」

 

「僕の存在に気付き、紙一重で回避した機体もありましたからね。相当優秀な指揮官が就いているようです」

 

 乱雑でありながら統率のとれた、いやに器用な編隊飛行だと思ったが、なるほど。ジーレイの推測通りであるならば、難しい飛行を可能にしている点にも納得がいく。その冷静な判断力と観察眼から察するに、指揮官は咆銃のクルネウスだろうか……などと不穏な予想が脳裏をよぎってしまう。

 順調に事は運ぶと当初は思っていた。が、そう易々とはいかないようだ。現に今も。

 

「きゃあああっ!!」

 

 とある一機が、あたし達を狙って突撃してきた。全員、避けようと散開したのだがソシアだけ逃げ遅れる。彼女は、突撃によって生まれた衝撃波で吹き飛ばされ、体の芯が酷く揺さぶられるほどの強いショックを受けてしまう。この状態では空中で受身を取ろうにも体を動かせない。

 

「私が助ける!」

 

 ソシアの一番近くに居合わせたのはマリナだった。皆が「あっ!」と驚くよりも前に、マリナはソシアを狙って魔力弾を撃ち込む。

 

銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)!」

 

 これは、ただの魔力弾を発射しているわけではない。治癒の力が込められた弾丸であり、ソシアから治癒術のコツを学んでいたマリナがつい先日に習得したばかりの術技なのだ。

 マリナは今まで自分のことを「魔術の素質を持たないただの人間」だと称していた。しかし「自分の身体がエンシェントビットの魔力で構成されている」のを知り自覚したことで、彼女の中に新たな可能性が生まれた。この事実が「仲間を撃ち抜いて癒す」という、詠唱を必要としない独自の治癒術を編み出すまでに至ったのである。まだ魔力の扱いに完全には慣れていないためマリナ自身を癒すことは出来ないのが玉に(きず)だが、それでも彼女にとって非常に有用な力となった。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 治癒の弾丸を受けたソシアは即座に回復。あたしの筆術の力を再び発揮させ、足場も何もない空中にスタッと着地してみせるのだった。

 なんとか事なきを得たが、マリナは冷や汗を流す。

 

「機体に(かす)められただけでもダメージは大きい……。わかっていたことだが、ギルムルグの攻撃をまともに喰らってしまえば命は無いな」

 

「って言ってるそばから、また来るぞ!?」

 

 別方向から、他のギルムルグが突撃を開始。ゾルクの慌てる声が皆の耳に届くが……。

 

「駄目だ、避けきれない……!!」

 

 ギルムルグのほうが圧倒的に速い。皆は回避できず先ほどのソシア同様に、機体から発せられた衝撃波をまともに受けて散り散りにされてしまう。衝撃波による空気の乱れは、彼らの悲鳴すら掻き消した。

 間を置かず、次のギルムルグが狙いを定める。一瞬で訪れたピンチ。誰もが死を覚悟した。――そこへ割って入ったのは。

 

「お前ら何やってんだ!? さっさと動け! じゃねえと死んじまうぞ!!」

 

「アシュトン! ごめん、助かったよ!」

 

 彼の駆る白きボディの大翼機(たいよくき)、ザルヴァルグであった。機首に備わったビームキャノンを発射してギルムルグの進路を遮り、うまい具合にゾルク達から狙いを逸らさせたのだ。

 だが、これでは一時を凌いだだけに過ぎず、まさきは(うれ)える。

 

「今の一撃で全員が負傷してしまった……。一刻も早く治癒術をかけてもらいたいところであるが、敵が乱れ舞うこの空域で全員を癒すのは、マリナの銃技でも難儀ぞ……」

 

 彼の構える刀は、心なしか乱れが生じているように見えた。……まさきだけではない。皆も肩で息をしている。

 この危険な状況、どうすれば覆せるのか? ――答えは決まっている。

 

「その問題をクリアしちゃうのが、このあたし!」

 

「ミッシェルさん!?」

 

 突然、ソシアが驚愕する。……ザルヴァルグの背部に立ち、真紅の長髪を靡かせるあたしの姿を、視界に捉えたからだ。

 

「そんなところに立っていたら危ないです! 吹き飛ばされますよ!」

 

「そうは言ってもね……みんながピンチなのにあたしだけ指をくわえて見てるっていうのは、耐えられないのよねぇー!」

 

 あたしはソシアの勧告を聞き入れず、大筆を構えた。そして先端に装飾された菱形のビットに念を集中。するとビットは輝き始め、筆術の発動に必要な魔力を驚異的なスピードで増幅させる。魔力は短時間で膨大な量となり、虹色に輝く絵具と化して大筆の毛先に現れた。

 構想は以前からあったが、形になったのはこの一週間でのこと。……これから描くのは、何度も練習した新しい秘奥義である。今こそ使う時なのだ。

 

「じゃっじゃ~ん♪ 愛情たっぷりのすんごいヤツいくわよ~!」

 

 陽気に、けれども動作は真面目に。相棒である大筆を操り、ザルヴァルグの真っ白で広大な背中をキャンバスにする。

 虹色の毛先で、水晶のように白く透き通った輝く線を引いていく。筆術は色が美しいほど効力を増すが、同時に線が脆く崩れやすくなるため術式構築の難易度が高くなる。いま術式として描いているのは魔法陣であり、場所は遥か上空。穏やかと言えども多少は気流が乱れるこの場で、繊細な描き込みが必要とされる魔法陣を描こうとするのは、はっきり言って馬鹿げているのだ。――でも、やり遂げてみせる。あたしだって、救世主の仲間なんだから!

 

「これだけ大きく細かく綺麗に()けば、万事(ばんじ)オッケーでしょ♪」

 

 軽く言い放つが、集中は極限。描ききったのは水晶色の魔法陣である。それは自ずと拡大し、更に、楽園とも見紛うほどの聖域を幻影として立体的に映した。果てには、あたしの潜在能力が引き出されているおかげか聖域自らが意思を持つかのように浮遊し、傷付いた仲間達を包み込むのだった。

 聖域は中の人間を癒すだけでなく、外部からの攻撃を一切封じる。これにより空中に居ながらも安全に回復することが出来るのだ。現にギルムルグの体当たりやビームキャノンを、そよ風の如く弾いている。まさに秘奥義と銘打つに相応しい効力だ。

 

「題して『クリスタル・サンクチュアリ』! せっかくの新作を、空の上でお披露目することになっちゃうなんてね!」

 

 ザルヴァルグの背から聖域を見下ろす。皆、あたしの想定通りに全快していた。

 

「ミッシェル、あなたはここぞという場面で本当に頼りになりますね」

 

「うふふふふ! もっと褒めてくれていいわよ~♪」

 

 賛辞を贈るジーレイへ、鼻高々に返答する。……しかし、ゾルクからこんな一言が。

 

「浮遊する聖域の魔法陣だなんて……そんなのアリか?」

 

 感心と驚きがごちゃ混ぜになった感想を貰い、あたしは呆れた。あなたのおかげだというのに早くも忘れてしまったのだろうか。

 

「だ・れ・か・さ・ん、が無茶してくれちゃったおかげで、浮遊させるのもアリに出来たのよっ、もうっ! ……ともかく、後は任せたわ~。あたし、今の秘奥義で完全に力尽きちゃった~……」

 

 ……そう。皆を飛行させた時点で相当に消耗していたので、これで本当に全力を使い果たしてしまったのだ。そして達成感のせいか急激に脱力し、へろへろとザルヴァルグの中に身を潜めていく。ここから先は仲間に委ねるしかない。そしてあたしは強制的に眠りへとついてしまうのだった。

 水晶色の聖域が効力を失い、消滅。皆は再び青空へと躍り出た。それを待ち構えていたギルムルグ達が一斉に襲い掛かってくるが、流石にその手は読めている。ある程度、軌道を予測して切り抜けてみせた。でもギルムルグに対する決定打が、未だに無い。

 

「長引けば長引くだけ、拙者達が不利になる。先ほどはミッシェルが回復してくれたが、もう頼れぬ。短時間で一気に数を減らす方法があればよいのだが……」

 

 歯を食いしばり、まさきが悩む。全員が彼と胸中を同じにしていた。……そこへ。

 

「私がやります。私なら、きっとやれます!」

 

 ソシアが決然と答えた。急な決意に、まさきは戸惑いを見せる。

 

「魔術ですら不意打ちを狙うのが精一杯であったというのに、やれるのか……?」

 

「ミッシェルさんは、力を振り絞って私達を飛ばせてくれました。さっきだって無理を押してまで癒してくれて……。私は、その頑張りに応えたいんです! 皆さんが助けてくだされば、絶対に出来ます!」

 

 彼女の目には一点の曇りもない。意気を知らされたまさきは、どこか安心したように頷く。

 

「……ならば信じよう。お主に懸ける。して、拙者達はどのように動けばよいのだ……?」

 

「なんとかしてギルムルグの装甲に穴を開けてください。どんなに小さくても構いません、それだけで突破口になりますから。そして出来れば七機分、お願いします」

 

 皆、彼女の作戦を受け入れた。各々が別々のギルムルグに狙いを定める。

 

「どんなに小さな穴でもいい、か。それなら秘奥義みたいな大技を使わなくても開けられそうだ。……よーし、いっくぞー!!」

 

 やる気全開で一番に飛び出したのはゾルクだった。なるべく装甲の薄い場所や、可動箇所の隙間などを探している。

 彼に続いてマリナも動いた。だが迫り来るギルムルグの前方に自ら躍り出てしまっている。勿論、ソシアは注意を促した。

 

「マリナさん! 避けないとぶつかっちゃいます!」

 

「いや、このままでいい。体を張ったミッシェルに、私も応えたいからな!」

 

 そう言い放ち、迫るギルムルグをきつく睨む。そしてマリナは絶好の間合いを見切った。

 

烈火獣吼脚(れっかじゅうこうきゃく)!!」

 

 ギルムルグ機首の操縦席を目掛けて、両脚に炎を纏わせた連続蹴撃を発動。ギルムルグの突進を逆に利用して勢いのまま、フロントガラスを見事に蹴り破った。マリナは機内へ突入後も炎脚(えんきゃく)で暴れ回り、敵を散々に蹴散らした後でようやく機体から飛び出してくるのだった。

 

「マリナって、たまに俺以上に危なっかしいことするよなぁ……」

 

 と、ゾルクが小さく呟くと。

 

鎧襲刃(がいしゅうじん)……!」

 

 向こうでも、まさきがギルムルグを迎え撃っていた。ほぼマリナと同様に、突撃するギルムルグの真正面から過剰に速度の乗った刀身をフロントガラスに思い切り叩きつけ、そのまま機内に侵入した。一見するとただ刀を乱暴に扱っているだけのように思えるが、そこはまさきの剣術スキルの成せる業か、刀身自体にダメージは蓄積されていない様子。戦いの途中で刀が折れる心配はなさそうだ。……問題があるとすれば、やはり戦法そのものだろうか。

 

「まさきもか……」

 

 一歩でも間違えれば大怪我では済まないというのに。ゾルクは、マリナとまさきを尻目に溜め息をつくしかなかった。

 その間、ジーレイは魔術で淡々とギルムルグ達に攻撃を与え、アシュトンもザルヴァルグのビームキャノンを有効に活用。皆の頑張りが功を奏し、七機のギルムルグは瞬く間に傷をつけられた。

 

「私だって、強くなっているんだから……!」

 

 目標の七機に到達した時点で、ソシアは眉を吊り上げ、自身を奮い立たせる。これから彼女の大仕事が始まるのだ。

 

「必ず……仕留めます!」

 

 エグゾアセントラルベースでデウスに負けて以来、ソシアはより一層、弓矢の鍛錬に励んだ。しかしそれでもネアフェル神殿での再戦時には全く歯が立たなかった。実力差という名の厚く高い壁が彼女を嘲笑い、見下ろした。

 

「天空の覇者達よ、我に(つど)いて閃光となれ!」

 

 だが壁を見上げるソシアの眼に、絶望や諦念の文字は宿らなかった。血が滲むほど弓を引き、矢を放ち続け、その先で遂に獲得したもの。

 

「これでラスト!」

 

 それこそが彼女の、二つ目の秘奥義なのである。

 

七星烈駆龍(しちせいれっくりゅう)!!」

 

 弓の中央部に埋め込まれた二つのビットが輝き、色とりどりの七本の矢が生まれ天空に解き放たれる。更にその一本一本が、荒々しき龍の姿を成していった。七頭の龍と化した矢はギルムルグ以上の速度で縦横無尽に空を切り裂き、強靭な(あぎと)でそれぞれがギルムルグの損傷箇所に喰らいついていく。

 ――バキバキと、物理的に噛み砕く粗野な音が天に響いた。七頭の龍は咀嚼(そしゃく)を終えると同時に消滅。残ったのは、空中で炎上崩壊する七機のギルムルグだけだった。

 

「すっげー! 本当に、一度に七機も撃墜した! ソシア、すごいよ!!」

 

「実戦で使うのは初めてだったので、ちょっと心配でしたけれど……修業した甲斐がありました」

 

 飛び跳ねるように喜ぶゾルクへ、ソシアは笑顔で返した。これできっと、彼女は自信がついたに違いない。

 

「残るは二機か」

 

 油断せず、マリナが残存敵機を確認する。ここまでくれば、もう守りきったも同然……の、はずだった。

 

「ギルムルグの背に誰かが立っている……!?」

 

 マリナの冷静な声が、焦りに変わる。それを聞いてジーレイが目を凝らした。すると。

 

「あれは……魔剣のキラメイと、咆銃のクルネウスですね。やはり幹部が搭乗していましたか。道理で、僕の不意打ちを避けられたわけです」

 

 あたしの予想は最悪な形で的中してしまった……。二機のギルムルグの背に、それぞれ一人ずつ。空の上という不慣れな戦場で幹部と相まみえることになるとは、運が無い。

 二機は急速に間合いを詰め、こちらが逃げられないよう包囲してきた。こうなればもう、覚悟を決めて戦うしかない。

 

「お主がクルネウスか。わざわざ姿を見せたということは、機体の装備を用いて戦うのではなく、自らの手で確実に抹殺するつもりなのだな。なんと度し難い……」

 

「生身で空を飛んでいる常識外れな武士に、言われる筋合いはない」

 

 まさきの挑発を受けたクルネウスは仮面の下から、抑揚のない独特の口調で返す。左手でリボルバー式拳銃を構えるその姿は、冷静そのもの。挑発など、まるで意味を成していなかった。

 エグゾア六幹部の危険性は以前から知っている。そこで、マリナが声を張り上げた。

 

「奴らを相手に真っ向から戦っていては埒が明かない。優先するべきは、ギルムルグにダメージを与えて首都から撤退させることだ!」

 

 聞き終える前に、双翼を広げたゾルクが速力を上げてキラメイの元へ飛んでいく。武器を取り出す暇を与えまいと、先手を打ったのだ。

 

「キラメイ!!」

 

「久々に会って早々、無粋な真似をする。救世主よ、お前はそんなにつまらん奴だったか?」

 

 しかし、魂胆は見え見えだったらしい。キラメイは左手を前方に突き出すと、闇の渦を生み出した。いつも彼が魔剣を引き抜く際に生み出す、あの正体不明の渦だ。

 

「うわっ!! しまった……!!」

 

「少し頭を冷やせ」

 

 キラメイの予想外の動作に、ゾルクは対応できなかった。減速しきれず、闇の渦の中に頭を突っ込んでしまう。――そこで彼が見たものとは。

 

「はっ!? なんだ……これ……」

 

 真っ暗闇の奥で、何かが(うごめ)いている。空間そのものが、ゆらゆらと揺れているようにも見える。紫にも灰色にも感じる、身の毛もよだつ霧もかかっている……。ずっと眺めていればそれだけで身体も魂も渦の中に吸い込まれていきそうな、喪失感にも似た感覚を覚えた。

 

「ふんっ」

 

 気が付けば、ゾルクは背の双翼を失い、キラメイに蹴り飛ばされていた。ギルムルグの背の上を無様に転がる。彼の頭はその際に闇の渦から抜けたが、特になんの影響もなく無事のようだ。

 ゾルクは蹴り飛ばされたにもかかわらず、少しの悲鳴も上げなかった。……いや、悲鳴を上げるどころではなかったのだ。よろけながらも立ち上がる彼には、怖じ気づき動揺する様子がみられる。

 

「あ……あの闇の渦の中、生きた心地がしなかった……。どこに通じてるっていうんだ……!?」

 

「知る必要は無い。そんなことより、俺と戦え!」

 

 キラメイは渦の中に右腕を突っ込み、∞の字に交差した刃を有する、禍々しい黒の魔剣を引き抜いた。そしてゾルクを気遣うはずもなく、己が戦意の昂るままに斬りかかる。

 ――しかし、そう簡単に斬られるゾルクでもない。目前に迫る魔剣の刃を、両手で握り締めた無創剣で受け止める。そのまま自然と、鍔迫り合いの形となった。

 

「……なんだよ、結局こうなるのかよっ……!」

 

 口ではぼやいているが、ゾルクは決して力負けなどしていない。

 ほぼ互角だという現実を知ったキラメイは、狂った笑みを浮かべて歓喜した。

 

「やはり俺の目に狂いは無かった。幾度も剣を交えてきたが、その度に、お前が強くなっているのを実感する! 俺は嬉しいぞ、救世主!!」

 

「黙れ! 俺の成長は、世界を救うためのものなんだ。お前の相手をするためなんかじゃない!!」

 

 叫びと共に魔剣を押し返し、遂に薙ぎ払ってみせた。斬撃そのものはキラメイに避けられてしまったが、それでも勢いではゾルクが(まさ)っている。

 

「……ほう、大した物言いだな。だが大口を叩くなら尚更、俺を倒してみろ。倒せなければ、折角の成長も無意味になるんだからな!!」

 

 お返しと言わんばかりに、キラメイが連撃を繰り出した。その猛攻ぶりに、ゾルクは防御を強いられる。

 

「くっ……! キラメイめ、やっぱり戦闘狂なだけはあるな。……でも、俺は前とは違うんだ!!」

 

 歯を食いしばって連撃を耐え抜いたが、キラメイの猛攻は終わらない。

 

無導残壊剣(むどうざんかいけん)!!」

 

 魔剣に黒きオーラを纏わせた、五つの重たい斬撃。無創剣の腹を突き出して再び防御姿勢をとるゾルクを、無慈悲に襲う。――襲うのだが。

 

「防ぎきっただと……!?」

 

滅破(めっぱ)攻極(こうきょく)!!」

 

 明らかな動揺が、キラメイの顔に浮かび上がった。自らの得意とする奥義を、堂々と防御されてしまったからだ。その隙にゾルクは、剣の腹を更に押し込んでキラメイを叩き、強力な横薙ぎの斬撃へと繋いだ。晴れてこの斬撃は、キラメイを負傷させる一撃となったのだ。

 

「ククク……! それでこそ……それでこそだ、救世主!!」

 

 キラメイは腹部を斬りつけられ、黒衣に血を滲ませる。だというのに心底楽しげな表情をしていた。この男の戦闘狂は筋金入りである。

 

 ゾルクがキラメイを押さえてくれている一方で。

 六幹部の中で最も危険な仮面の女性――咆銃のクルネウスを残りの皆で食い止めている。今の内に両方のギルムルグを撤退させたいところだが、飛び回る機体を捉えるのは至難の業。その上、クルネウスは正確無比な射撃能力の持ち主だ。

 

「舞え、斬り裂け。破壊の力に染まり…………ふむ、この距離で詠唱を止めるとは」

 

「当たり前だ。させはしない」

 

 遠距離射撃でジーレイの魔術詠唱を阻止したり。

 

「くらえ! 流蓮弾(りゅうれんだん)!」

 

「当たって! 閃光閃(せんこうせん)!」

 

「どちらも見切れる」

 

 速射でマリナとソシアの飛び道具を撃ち落としたり。

 

砕破十文(さいはじゅうもん)じ……ぬぅっ……!?」

 

「その程度か」

 

 あえて至近距離から発砲することで、まさきの斬撃のタイミングをずらしたりと見事にこちらを妨害してくる。ギルムルグを攻撃するチャンスは、なかなか生まれない。

 戦いの最中。突如クルネウスが無機質な口調はそのままに、弓を引くソシアへ語りかける。

 

「意外だったぞ。最も非力そうな貴様が複数のギルムルグを一挙に撃墜するとは。小娘ながら見事なものだ」

 

「侮らないでください! 私は救世主ではないけれど、世界を救いたいという意志はゾルクさんと一緒なんですから!」

 

「ほざくな。セントラルベースで私に手も足も出なかったことを忘れたのか」

 

「あなたこそ忘れていますよ。そんなピンチを何度も乗り切ってきたからこそ私達はここにいる、という事実を!」

 

 口論に紛れ、魔力で構成された矢と弾丸がすれ違っていく。その一瞬で、クルネウスは想う。

 

(違和感が、ある。この身に覚えのない感覚、これはなんだ)

 

 それは、彼女が理解できない感情。何が要因となって芽生えた感情なのか探そうとしたが……クルネウスには見つけ出せなかった。

 別方向からギルムルグにビームが(はし)る。思考を巡らせていたクルネウスは不覚をとり、回避したものの機体にビームを掠らせてしまう。

 

「裏切り者よ、いい加減にしろ。目障りだ」

 

 ビームの発射元――ザルヴァルグを仮面で睨みつけると、拳銃の回転式弾倉に収められたビットに念を込め、魔力を増幅。すぐに一定量をチャージすると、銃口をザルヴァルグへ向けた。

 

「ジェノサイドブレイバー」

 

 引き金が引かれ、巨大な漆黒の光線が発射された。ザルヴァルグやギルムルグのビームキャノンにも決して劣らない、拳銃としては遥かに規格外の銃技であった。

 

「んなもん持ってんのかよ!?」

 

 まさかの反撃に、アシュトンは目が点になる。そのせいで僅かの間だが操縦を疎かにしてしまった。そして漆黒の光線は、回避運動も速度調節もままならぬザルヴァルグの、白き左翼を飲み込むのだった。

 

「ちきしょう、ザルヴァルグがぁぁぁー!!」

 

 アシュトンの悲痛な叫びが轟き、ザルヴァルグはバランスを失って墜ちていく。先に墜落していたギルムルグと似たように、平野へ不時着してしまった。しかし、これが転機となる。

 

「よくやってくれた、アシュトン。おかげで時間が稼げた!」

 

 機を(うかが)っていたのは、マリナだった。クルネウスが大技を放った隙に、マリナも秘奥義を準備していたのだ。加えて、彼女の現在地はクルネウスの死角……ギルムルグの腹部に張り付いている。こうなってしまえばクルネウスは、気付いたところで手の打ちようが無い。

 

「その声は。まさか裏側にっ」

 

「消し飛べ! ファイナリティライブ!!」

 

 マリナは有無を言わさず、二丁拳銃が融合した大砲から、極太のレーザービームを発射。胴体のド真ん中をぶち抜いた。

 破片を撒き散らし、炎を立ち昇らせるギルムルグ。流石に乗り続けるわけにはいかず、クルネウスはキラメイとゾルクの戦う機体へと飛び移った。

 

「キラメイ、撤退だ。従え」

 

「ちっ、俺の楽しみが……!! ……救世主、勝負はお預けだ」

 

 実に不機嫌そうな声を放ち、キラメイは渋々ながらも撤退を受け入れた。その不満をぶつけるかのように、ゾルクをギルムルグから蹴り落とす。

 

「おわっ!? ……て、天翔来(てんしょうらい)!」

 

 ゾルクはすかさず飛翔の翼を発現させるが、幹部二人の乗るギルムルグに足を着けることはなかった。

 

「どうやら私に慢心があったようだな。今回ばかりは負けを認めてやろう。だが、最低限の責務は果たした」

 

 クルネウスの無機質な捨て台詞を最後に、ギルムルグは遥か彼方へと飛び立っていく。首都オークヌスの上空には、飛行する五人だけが残されたのであった。

 

「やったぁ! 無事に首都を守りきったぞ! 俺達みんなの勝利だ!」

 

「やれやれ。どうなることかと思いましたが本当になんとかしてみせた辺り、あなたは立派な救世主ですね」

 

 無創剣を掲げて勝利を喜ぶゾルク。彼へ、ジーレイが苦笑交じりの褒め言葉を言い渡した。

 ……それはいいのだが、最後の最後で新たな問題が浮上してしまった。

 

「だが、クルネウスの残した台詞が気になる。エグゾアめ、まだ何か隠しているやも知れぬぞ……」

 

 まさきが怪しむ通りならば、気を抜くのはまだ早いのかもしれない。「最低限の責務」とは一体、何を指しているのだろうか。



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第44話「蛮握女傑(ばんあくじょけつ)」 語り:ジーレイ

怪翼機(かいよくき)ギルムルグ、か。乗り心地は悪くなかったな。ゆくゆくは、あれも吾輩の手中に収めるとしよう」

 

 ギルムルグの出現により混乱を極めるケンヴィクス城の敷地内で、落ち着いて青空を見上げる女性が一人。僕達と戦闘組織エグゾアの空中戦を見物していた。人目を(はばか)りたいのか石造りの塔の陰に潜んでおり、さらに頭部から脚部までをフード付きの灰色のローブで包んでいるため容姿は不明である。

 

「エグゾアは……総司令デウスは、自らの世界征服のためクリスミッドを利用しているつもりだろうが、そんな見え透いた魂胆に大人しく乗じてやるはずがない。逆に我が国が天空魔導砲ラグリシャを独占し、利用してやるのだ」

 

 大層な野望と自信に満ちた声を、自分だけが聞こえる程度に溢れさせる。この女性の正体はわからないが、彼女の目的が良からぬものであることは間違いないだろう。

 するとそこへ、誰かが通りかかる。城内を巡回中の、銀の鎧兜や槍を装備した二名の兵士であった。

 

「……む? 不審な人物がいるぞ!」

 

「そこで何をしている!? さては、襲来した巨鳥の関係者か!」

 

 二人は女性を見逃さなかった。建物の壁へ追い詰めるように、槍を突きつける。

 

「いくらなんでも隠れるのに手を抜き過ぎたか。まあいい、軽く実戦が欲しかったところだ」

 

 危機的状況だというのに、女性は焦る様子を微塵も見せない。そして申しわけ程度の反省を呟くと、おもむろに両腕を伸ばし、それぞれの兵士へ向けた。――すると。

 

「っ!! ……うっ、ぐぅっ……!?」

 

「く、苦し……い…………」

 

 どうしたことだろう。突然、二人の兵士が苦しみ始めたのだ。……呼吸が、ままならないらしい。あたかも首を掴まれているかの如く、槍を捨てて自分の手を使い、必死に振り解こうとする。だが実際は、彼らの首には何も接触していないのだ。見えない何かによって首を絞められている、とでも言うべきか。外野の人間からすれば理解し難い光景となっている。

 更に二人は、見えない何かに首を絞められたまま低く宙に浮かされてしまう。――それから間を置かず、片方の兵士が白目を剥き……事切れた。全身に入っていた力は急激に抜け、手足がだらりと揺れる。直後、まるでゴミであるかのように石の床へと捨てられた。その姿を見せつけられ、残された方の兵士は戦慄してしまう。

 

「そうだ、冥土の土産に吾輩の正体を教えてやろう。先に逝ったそいつにも、後で知らせてやるがいい」

 

 一人が力尽きたと同時に、女性の片腕が自由になった。そして被っていたフードを取る。……彼女の正体を知った兵士は、目を血走らせて唸り声をあげた。

 

「ぐぅおおお!? き、貴様はぁっ……!! その顔、その髪……軍事国クリスミッド総帥の……!!」

 

「吾輩に遭遇するとはツイてなかったな、凡愚(ぼんぐ)どもよ。己が運の無さを、あの世で嘆け」

 

 兵士へと突き出した腕に、女性が力を加える。そのまま何もない空間を握り潰した。すると兵士は恐怖と激怒を顔に浮かべたまま意識を失い……先の兵士と同様に、石の床へ落下した。もう呼吸はしていない。

 

「……だいぶ『力』が馴染んできたようだ。まさか吾輩に、これほど有用な才が秘められていたとはな。つくづく自分で自分が恐ろしくなる。ふふ……!」

 

 女性はフードを被り直し、得意気に実感する。『力』というのは、兵士を死に至らしめた恐ろしい現象を指しているようだ。

 他の誰にも気付かれない内に、まだ温もりの残る亡骸を適当な物陰に隠し、発見を遅らせようと図る。そして獲物を狙う狼のように、鋭く野蛮な目付きで行動を開始するのであった。

 

「さあ。お目当ての王妃は、どこにおいでかな?」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第44話「蛮握女傑(ばんあくじょけつ)

 

 

 

 僕達は魔剣のキラメイと咆銃のクルネウス両名を撤退に追い込み、ケンヴィクス王国首都オークヌスを守り抜いた。誰一人として、ギルムルグに連れ去られた住民はいない。

 地上に降り立つと、飛行の筆術は自然に消滅していった。しかしその現象を気にする間もなく、不時着したザルヴァルグへとマリナが駆け寄り、機首付近の開閉ハッチをこじ開ける。

 

「アシュトン、ミッシェル! 大丈夫か!?」

 

「なんだ、もう降りてこれたのか。怪我はねーぜ」

 

「さっきまで寝てたのに叩き起こされたから、あたしはフラフラ~……」

 

 そこには疲労困憊のミッシェルと、彼女を支えて立つアシュトンの姿が。ちょうど彼らも外に出ようとしていたところらしい。

 二人が無事なのは幸いだったが、残念な知らせもある。

 

「ただ、ザルヴァルグが使い物にならなくなっちまった……」

 

 外に出たアシュトンは、被弾した箇所を眺めて肩を落とした。クルネウスの銃技によって熔かされた左翼は、外部装甲一枚でようやく本体と繋がっている状態。大々的な修理を施さなければ飛行が叶わないことは、明白である。現時点ではザルヴァルグを修理できる環境が確保できていないため、頭を抱えるしかなかった。

 

 ひとまずザルヴァルグをアシュトンのソーサラーリングに戻してもらい、僕達は首都オークヌスへ入ろうとする。その途中で、住民の避難にあたっていたヘイル・シュナイダー氏と兵士達が首都から出てきたため合流した。

 

「ヘイルおじさん! 俺達、やったよ!」

 

「約束通り、ちゃんと生きて戻ってきたな。そして君達も、ゾルクと一緒に戦ってくれてありがとう。おかげでオークヌスに被害は出なかったよ」

 

 ヘイル氏は穏やかな表情を浮かべ、ゾルクの金髪頭をわしゃわしゃと撫でながら感謝を述べた。

 

「いえ! お役に立てて良かったです!」

 

「拙者達は当然のことを為したまで……」

 

 答えるソシアとまさきの顔は、どこか照れているようで、晴れやかなものだった。

 そしてヘイル氏は直後に、次の提案をする。

 

「では、今すぐ国王陛下に謁見しよう。元々、ゾルクの冤罪の件で取り次いであったし、今回のエグゾア襲撃の件も我々がお伝えすれば速やかに理解していただけるからな」

 

 皆、ヘイル氏に賛同。クルネウスの「最低限の責務は果たした」という発言が気掛かりであるため、済ませられる用件を先に済ませ、早く警戒にあたりたいのである。足早にケンヴィクス城を目指した。

 

 

 

 ケンヴィクス王国首都オークヌスの中心で、人々を見守るように構えられた立派な城――それがケンヴィクス城だ。白塗りの城壁に囲まれ、幾つもの塔が並ぶ中で、細く尖った青の屋根が現代的な美しさを演出している。けれども、城の構造は歴史を感じさせる古風なものであり、ケンヴィクス王国の由緒(ゆいしょ)の正しさを証明していた。

 

 僕達は、気品ある豪華な装飾が至る所に施された謁見の間へ通された。上にも奥にもただただ広く、陽の光を取り込むためか、壁には大きな窓がいくつも取り付けられていて解放感がある。

 入口と玉座を繋ぐ赤い絨毯(じゅうたん)の上を静かに進んだ。その周りには、十名ほどの兵士が程良い間隔を開けて整列している。

 玉座に腰を下ろしているのは、落ち着いた茶色の髪と威厳ある髭を生やし、深紅のマントや豪華な王冠を身に着けた男。彼の名は、ラグラウド・ウレン・ケンヴィクス。ヘイル氏が教えてくれた。当然ながら、ケンヴィクス王国の現国王である。

 国王の隣の玉座には、王妃アリシエル・ウレン・ケンヴィクスが。宝石が散りばめられたサークレットを薄桃色のショートヘアの上から被っており、控えめな輝きを放つ銀のドレスに身を包んだ姿が、実に上品で麗しい。

 

 皆が揃ったところで、謁見が始まった。

 

「余が、ケンヴィクス王国の国王である。ゾルク・シュナイダー、そして冒険者たちよ。先刻は戦闘組織エグゾアの襲撃から首都オークヌスを、よくぞ守り抜いてくれた。シュナイダー名誉騎士長も、民の避難に尽力してくれたそうだな。感謝の意を示そう」

 

「身に余るお言葉、恐縮です。……ところで陛下。その口振りですとエグゾアを御存じのようですが、なぜ?」

 

 ヘイル氏が尋ねる。僕達もそこが気になったため、静かに耳を傾けた。

 

「以前、エグゾアの総司令を名乗る男から、ケンヴィクス王国へ協力要請があったのだ。『組織の研究に協力すれば、世界を牛耳(ぎゅうじ)ることが叶う』という(ささや)きの下にな」

 

「それで、陛下はどうなさったのですか?」

 

「無論、断ってやった。余の願いは世界の統一ではなく、民の安寧を守り続けることだからな。そもそも未知であるセリアル大陸所属の、しかも戦闘組織の総司令を自称する如何(いかが)わしい輩からの提案など、すんなり受け入れるはずもない。まさかセリアル大陸の人間すべてがこの調子なのではないかと疑いたくなってしまったぞ」

 

 国王は賢明な判断を下していたようだ。けれども、エグゾアのせいでセリアル大陸に不信感を抱いてしまっている。要らぬ争いを今後起こさないためにも、この場で払拭(ふっしょく)しなければ。

 

「国王陛下。恐れながら、それは誤解です。エグゾアは我々やセリアル大陸に住む普通の人々にとって、敵と呼ぶべき存在なのです」

 

「ほう……?」

 

 僕の言葉を受け、国王の眉がぴくりと動く。そこへすかさずヘイル氏が後押ししてくれた。

 

「彼らの話を、どうかお聞きいただきたく存じます。そうすれば陛下もきっと、ご納得なさるはず」

 

「よろしい。では、話してみよ」

 

 こうして僕達は、これまでの旅のことやデウスの真の目的を国王にお伝えした。時間のかかる説明となったが、国王は真剣な態度を崩さず聞いてくださった。

 

「……ただの冒険者ではないと思っていたが、お前達もセリアル大陸の者であったか。どうやら、セリアル大陸で悪事を働いているのは戦闘組織エグゾアだけと見て間違いないらしい」

 

 やはりセリアル大陸出現のおかげかヘイル氏の時と同様に、僕達の話は信じてもらえたようだ。更に、嬉しい申し出も。

 

「それにしても、救世主となった少年がシュナイダー名誉騎士長の甥であるとはな……奇縁もいいところだ。もしも余の力が必要となったならば、いつでも訪ねてくるがよい。今回の件で我がケンヴィクス王国は、戦闘組織エグゾアを改めて敵と認識したからな。奴らと戦う救世主一行への協力は、惜しまぬと約束しよう」

 

「ありがとうございます、陛下!」

 

 図らずも、国王ラグラウドという強力な後ろ盾を得てしまった。喜んで返事をするゾルクを筆頭に、全員が言い知れぬ安心感に包まれる。これからの旅に対する希望が少しだけ見えたような気がした。

 

 ――そんな折だった。事件が起きたのは。

 

「ふははははは!!」

 

 謁見の間の、国王と王妃に一番近い大きな窓が割れ、高笑いと共に何者かが飛び込んできたのだ。正体を隠すためか灰色のフード付きローブを纏っているが、声は女性のものだった。

 

「謁見中に失礼する!」

 

「きゃあっ!?」

 

 彼女は飛び込んだ勢いのまま、玉座に座る王妃の下へ辿り着いた。同時に、王妃を乱暴に自分の傍へ引き寄せ、盾のように扱ったのだ。

 この異常事態に、国王は声を(あら)らげる。

 

「何者だ!?」

 

「吾輩さ。国王ラグラウドよ!」

 

 返答すると同時に女性はローブを脱ぎ捨て、高らかに宣言した。

 

「軍事国クリスミッドが総帥アーティル・ヴィンガート、ここに参上! 吾輩が直々に、王妃アリシエルを頂戴していく!!」

 

 若草色の細長いポニーテールと、左目にかけたモノクルが見る者の目を引く。紺色が基調の軍服と左側だけに纏った白いマントも、総帥という肩書きに相応しい威厳を感じさせる。それが彼女、アーティル・ヴィンガートと名乗る者の容姿であった。

 

 ――軍事国クリスミッドについては、連行の道中でゾルク、まさき、ヘイル氏から話を聞いていた。リゾリュート大陸の南側を領土とする、その名の通り軍力に優れた国家のことだ。ある一帯には砂漠が広がっているが、良質な鉱石が豊富な鉱山地帯もあるため、兵器や軍事設備などが発展していったのだという。長年、ケンヴィクス王国とは対立関係にあるが戦争には発展せず、膠着(こうちゃく)状態を続けていたらしいが――

 

 彼女の正体を知った途端、国王は血相を変えた。

 

「アーティル、貴様!! どうやってこの城に!?」

 

「エグゾアの協力のおかげで、優雅に空から舞い降りたのさ。ギルムルグが現れて混乱する城内への侵入は、あくびが出るほど容易かったぞ!」

 

 この発言で、とんでもない事態が判明した。エグゾアは軍事国クリスミッドをも勧誘し、加担していたのだ。そして。

 

「まさか、ギルムルグの群れは陽動も兼ねていただと!? クルネウスが言っていたのは、このことだったのか……!」

 

 悔しげにマリナが零す。結局、僕達は敵の思い通りにさせてしまったのだ。

 だが後悔していても始まらない。今は王妃の救出が第一だ。皆、密かに武器を手に取ろうとする。……が。

 

「妙な気は起こすなよ。王妃を傷つけられたくなければな!」

 

 挙動をアーティルに見抜かれ、こちらの動きを制限されてしまう。しかし諦めてはいけない。機を見計らうのだ。

 どうにか時間を稼ぐため苦し紛れながらも、ゾルクがアーティルに問う。

 

「一体、何の目的で王妃様を……!?」

 

「魔力資源の確保のためだ。エグゾアから賜わった最新鋭の魔力探知器のおかげで、リゾリュート大陸に住む人間の、特に王族の体内には、膨大な量の魔力が溜め込まれていることがわかったからな。その中でも、王妃アリシエルが最も魔力資源に相応しいことが判明したのさ。計測された魔力量が未知数に近いため、じっくり時間をかけて魔力に変換するしかないがな。……こんな話、教えたところで愚図なお前達が信じるわけがないか」

 

 その発言で皆は凍りついた。まさかデウスが、リゾリュート人に秘められた秘密までクリスミッド側に伝えていたとは。そもそも、リゾリュート人であるはずのアーティルが何のために魔力を集めているのか……謎は深まる。

 

「それだけは……それだけは絶対にさせない!!」

 

 アーティルの目的を知った途端、ゾルクが一瞬の隙を突き、意を決して走り出した。魔力確保のために捕らえられた人間は肉体の全てを魔力に強制変換され、必ず死を迎えてしまう。王妃がその運命を辿ることを阻止しなければならない。

 ゾルクがアーティルから王妃を引き離してくれれば、後は一斉に攻撃して彼女を捕らえることが出来る。僕達は淡い希望を彼に託した。

 

「ぐ、ぎぎ……がはっ……!?」

 

「おいおい……。『妙な気は起こすな』と忠告したばかりだが?」

 

 ……けれどもそれは、不可思議な現象と共に呆気なく潰える。王妃に辿り着く直前でゾルクは宙に浮かび、首を押さえて苦しみ始めたのだ。彼の目前ではアーティルが右腕を伸ばして、何もないただの空間を握りしめている。

 少し驚いたが、僕にはこの現象の正体がすぐにわかった。デウスが得意とする遠隔操作魔術の応用である。遠隔操作魔術は任意の対象に干渉してこちらの意思で物体を動かす高等魔術なのだが、アーティルはそれを人体に用い、対象を変形させることで攻撃術として使用している。簡単に言えば、離れたところから他人の首を絞めることが出来てしまうのだ。

 あのデウスでさえ対象を変形させるという高度な技術は持ち合わせていないはず。それ以前に、リゾリュート人であるアーティルが魔術を使用している時点で既におかしい。もしや彼女はビットを体内に埋め込むことのみで強化を図った形態、レア・アムノイドと化してしまったのではないだろうか。そうだと仮定すれば魔術を扱えることに説明がつく。とっくにエグゾアと接触しているのだから可能性は高いだろう。

 ゾルクを襲う傍らでアーティルは、僕達が何者か気付いたようだ。

 

「おっと、もしやお前達は魔力の使い道に察しがついているのか? ……よく見てみれば、先ほどギルムルグと生身で渡り合っていた、でたらめな連中ではないか。だとすればお前達が、エグゾアが噂していた救世主一行か。これは吾輩も、迂闊に口を滑らせてしまったらしい」

 

 そう言うと彼女は攻撃の手を緩める。するとゾルクは赤い絨毯の上に、どさりと落とされた。

 

「げほっ、ごほっ……!!」

 

「ゾルク、大丈夫か!?」

 

「な、なんとか……」

 

 マリナが駆け寄り、苦笑いするゾルクの身を案じる。命に別条はないようだ。しかしこれで、アーティルを取り逃すことが決定的になってしまう。

 

「これ以上の長居は無用だな。では、さらばだ!」

 

「へ、陛下!!」

 

「アリシエル……アリシエルよ!!」

 

 大人一人か二人分の広さの小さな円形の魔法陣が、アーティルと王妃の直下で展開される。いつか狂鋼(きょうこう)のナスターが使用していたものと同じものだ。陣は瞬く間に輝きを増して、国王へと手を伸ばす王妃を無惨にも引き離すかのように、発動。次の瞬間には、アーティルと王妃の姿はどこにもなくなっていた。

 

「転送魔法陣ですか……。エグゾアめ、このような技術までクリスミッドに譲渡していたとは……!」

 

 僕は憤りを覚えたが、何を思っても後の祭りである。アーティルの王妃誘拐は、まんまと成功してしまったのだから。

 

 その後。

 城の一画で兵士二人の遺体が発見されたとの報せが入ってきた。死因が窒息であることから、アーティルの仕業であることは明白であった。

 何故、一国家の総帥がこのような暴挙に出ているのか。その答えを国王が語られる。

 

「一ヶ月ほど前、軍事国クリスミッド内でクーデターが発生した。首謀者はもちろん、アーティル・ヴィンガートだ。一介の軍部統率者に過ぎなかったあの女はクリスミッド前総帥や血縁者を皆殺しにし、まだ幼き正統後継者であるウィナンシワージュ・リゼル・クリスミッドすらも行方不明に追いやり、現総帥として太太(ふてぶて)しく君臨したのだ。アーティルの企てたクーデターは、おそらく戦闘組織エグゾアにそそのかされたが故のものだろう。……前総帥との間でようやく和平条約を締結できそうだったというのに、なんたることか……」

 

 長年に渡る国家間の溝があと僅かで埋まろうというところで、その瞬間を無慈悲に奪われていたとは……。国王の表情は、口惜しさを悲痛なまでに物語っている。かつてグリューセル国を治めていた僕にも、彼の気持ちが少なからず伝わってくるのだった。

 

「その皆殺しって、もしかして魔力に変換したという意味でしょうか……?」

 

「きっとそうでしょうね……。あんなに楽しそうに誘拐していくような人間だもの、正気じゃ出来ないことを平然とやってのけるに決まってるわ」

 

 ソシアとミッシェルが小声で会話する。彼女達も当然、アーティルを非難するのだった。

 次に国王は、決然と表情を引き締めて僕達にこう述べられた。

 

「これ以上、偽物の総帥アーティルの思い通りにさせてはならん。そう思い、クリスミッドの動向には目を光らせ情報を収集していた。しかし我が王国軍が下手に動けば望まぬ戦争に発展してしまう。クリスミッドとの戦力差は圧倒的であるし何より、人命を失うことは避けたいのだ。……そこで救世主ゾルクとその仲間達に、王妃アリシエルの救出とアーティルの打倒を頼みたい。お前達ほどの適任者は他におらん。数多の障害を乗り越えてきた精鋭と見受けての頼みだが、聞き入れてくれるだろうか?」

 

 その眼差しに、ゾルクが熱く燃え滾って返事をする。

 

「もちろんです! 人も国も救ってこそ、救世主ですから!」

 

「よくぞ言ってくれた。無論、全力で支援させてもらう。リゾリュート大陸に、どうか平和をもたらしてくれ!」

 

 国王の表情に安堵が戻った。幸いにも「王妃の魔力変換には時間がかかる」とアーティルが零したため、これで少しは希望を持ってもらえそうだ。あとは僕達がクリスミッドに乗り込み、救出と打倒に努めるのみ。

 

「あのー、ところで陛下」

 

「どうした?」

 

「俺の冤罪については……」

 

「…………いかん、忘れておった」

 

「うぉーい! 陛下ぁー!!」

 

 事件が起きたため、ゾルクの冤罪の件は皆の頭から完全に忘れ去られていた。だがこのあと無事に処理され、彼は正式に自由の身となるのだった。

 

 

 

 出発の時が近づいてきた。

 僕達が目指す先は軍事国クリスミッドの首都、リグコードラ。リゾリュート大陸最南端の島を丸ごと利用した要塞都市だそうだ。首都は島の上だが、厳重な警備のため海からの侵入はほぼ不可能。けれども島と大陸を繋ぐ超規模の橋、エルデモア大鉄橋のおかげで陸路で到達することが可能らしい。

 ……しかし問題もある。実はエルデモア大鉄橋そのものが首都リグコードラの要塞設備の一部であり、周りが敵だらけの中を強行突破しなければならないというのだ。少人数で潜入するのであれば通過もまだ現実的であるため、僕達がうってつけなのだという説明を受けたが……やはり心許(こころもと)ない。貴重な戦力であるヘイル氏にも同行を願いたかったが、彼は彼で別の用事を国王から託されたらしく既にこの場には居ない。これは思っていた以上に過酷な道のりになりそうだ。

 

 オークヌスの南側で、いざ外壁をくぐろうかという頃。ゾルクは、見送りに来てくれたアシュトンへ確認をとる。

 

「本当にオークヌスへ残るのか?」

 

「ザルヴァルグが使えない以上、俺がお前らについて行く意味がねぇからな。機体の完全修復は無理にしろ、ひとまず城の人と一緒に応急修理をやれるだけやっとくぜ」

 

「わかったよ。じゃあ、留守は任せたからな!」

 

「おう。途中でへばるんじゃねぇぞ、救世主!」

 

 普段は喧嘩ばかりのこの二人も、今はお互いを信じて激励し合っている。理想的な仲間の関係に近づいているようだ。

 外壁門の陰では、まさきが何者かとやりとりをしていた。他に類を見ない独特な装束(しょうぞく)から推測すると、まさきが束ねるスメラギ武士団の人間だろう。彼が武士団員と別れてこちらに戻ってきたところで、マリナが尋ねる。

 

「さっきのは武士団員のようだが、何をやっていたんだ?」

 

「軍事国クリスミッドの首都リグコードラを目指すのならば、否が応でも国境城壁リゾルベルリを通ることになる。そこで、リゾルベルリが現在どのような状況であるかを知るため、スメラギ武士団による先遣部隊(せんけんぶたい)の派遣の手続きをしていた。ちなみに説明するが、リゾリュート大陸各地に武士団員を点在させているため、このような事態にも早急に対応できるのだ……」

 

 流石、若くして武士団の(おさ)を担う者だと褒めるべきか。まさきは先を見越して手を打っていたのだ。

 

此度(こたび)の件で、アーティルに拙者達の顔が割れてしまったからな。クリスミッド軍がリゾルベルリでこちらを待ち構えている可能性も考慮しなければならぬ。だからこその先遣部隊ぞ……」

 

「そっか……。これから敵国の領土に侵入することになるんだよな。慎重に進まなきゃ……!」

 

 ゾルクや他の皆に、程良い緊張が走る。まさきのおかげで皆の意志が強く固まるのだった。

 王妃を救出し総帥アーティルを討ち倒すため、僕達はいま足を踏み出した。



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第45話「()らぐ緋焔(ひえん)」 語り:ボルスト

 わしが自分の存在について初めて自覚したのは、ミカヅチ城でマリナと交戦した後からだった。

 

 あの時、マリナは自身の記憶の矛盾に苦しんでいた。そしてあろうことか、わしの身を案じるが故、わしの記憶すら疑い始めた。だからわしは堂々と言ってやった。「記憶を操作されてなどおらぬ。全ての記憶が本物だという確証もある」と。……だが、それからなのだ。わしが不安に苛まれ始めたのは。

 総司令によって命を救われた恩がある。だからわしはあの方に忠誠を誓い、服従している――はずだった。

 ……思い出せぬ。何度、振り返ろうとも。まるで元々なんの出来事も無かったかのように、過去の記憶が真っ黒なのである。

 ここでわしは初めて、自分が何者であるかを疑った。……何が「確証もある」だ。わしは、『ボルスト・キアグ』は、自分を全く把握できていなかったではないか。このような重大な問題に今まで気付かなかったなど、大いに恥ずべきだ。

 

 ミカヅチ城からエグゾアセントラルベースへ帰還後、わしはすぐに自分の情報を探った。しかし、どこにも見当たらない。組織内のデータベースを隈なく調べたが、『ボルスト・キアグ』という人物の情報は存在しなかったのだ。

 不審に思ったわしは、ナスター・ラウーダの研究室へ忍び込むことを決めた。エグゾア六幹部の一員であり技術研究者である奴ならば、ありとあらゆる情報を持ち合わせているだろうと踏んだのだ。

 ナスターの留守を狙い、様々な機器が揃えられた研究室へ足を踏み入れた。薄暗い中、極秘データベースと繋がったモニターが怪しく点滅している。あれこそが目当てのものだ。

 操作盤を操り、データベースを検索していく。――わしはそこで、とんでもないものを発見してしまう。

 

「なんだ、これは……」

 

 目に留まったのは、とある人物の情報。そこに記されていたのは。

 

「『レア・アムノイド被験者ザンゴート・シグレス』だと……? だが、写真に映っているこの顔は……」

 

 雄々しく逆立った白髪に、立派に蓄えられた髭や、赤みを帯びた肌。紛れもなく、わしだったのだ。

 『ボルスト・キアグ』は存在しないが、自分と全く同じ顔を持つ『ザンゴート・シグレス』は存在していた。そして『レア・アムノイド被験者』という表記。理解が追いつかなかった。……いや、そこで得た情報を、何ひとつ理解したくはなかったのだ。

 その日は結局、核心に迫れなかった。

 

 

 

 胸中が穏やかでないまま数日が経過した。

 偶然、わしがナスターの研究室の前を通りがかると扉に少し隙間があり、中から話し声が聞こえてきた。声の主は、ナスターと総司令。……またと無い機会だ。重要な情報を、わし自身の真実を知れるかもしれぬ……。そう思い、研究室の扉を挟んで静かに聞き耳を立てた。

 

「ところでナスター。最近、ボルストの様子はどうだね。変わったことはないかな?」

 

「そうですねぇ……。任務も特に問題なくこなしているようですし、部下からの信頼の厚い存在であり続けていると思いますよぉ」

 

「体調面はどうかな?」

 

「その点も特には。彼は丈夫さも取り柄のうちに入っていますからねぇ」

 

「はっはっは。エグゾア随一の武人を心配するのは、逆に失礼かもしれないね」

 

 他愛のない雑談である。今回も収穫が無いままでは、焦りと不安が余計に募ってしまう。

 ……いいや、二人の会話がこれで終わるはずがなかった。わしを崖から突き落とすかのように、ナスターによる次の台詞が飛び込んでくる。

 

「あ。そう言えば、彼に施している洗脳が弱まってきているように思いまぁす」

 

「やはりかい……。先日ボルストと会話していた時、彼の体内のビットから妙な波動を感じた気がしたのだけれど、気のせいではなかったようだ」

 

 ……洗脳……だと……?

 

「ボクの洗脳が揺らぐなど、まず有り得ないのですがぁ……。百歩譲ってメリエルには双子の妹という不安定要素が存在しますが、ボルストに家族は居ませんでしたし。任務の最中に何かあったのでしょうかねぇ」

 

「彼は、まだ利用価値を見出せる手駒だ。しかもレア・アムノイドの中で彼だけは、我に対しての忠誠心を暗示として埋め込むことができ、揺るぎのない信念を抱いた屈強なる戦士となれる。ボルストと化す前の……ザンゴートだったか。今では、あれを捕まえてきた直後とは比べ物にならないほどの戦力だよ。レア・アムノイド化の貴重な成功例なのだから、今後も我の役に立ってもらいたい」

 

「では今度、ボルストを適当な理由で呼びつけ、洗脳し直すとしましょぉう。全ては、総司令の意のままにぃ」

 

 ――レア・アムノイド。それは、通常のアムノイドと違って機械化や薬物投与を行わず魔力の塊であるビットを埋め込むことのみで強化を図った、戦闘特化改造人間のことを指す。人間が本来持っている潜在能力に全てを委ねる改造方法のため、レア・アムノイド化に成功すれば通常のアムノイドよりも高い戦闘能力を得られる。だがビットの魔力と人体との適合率の問題で個体は少なく、だから総司令は貴重だと述べたのだ。

 更にレア・アムノイド化は人格や感情、記憶が改造前のままである保証が無いほど危険な改造でもある。つまりわしは、レア・アムノイド化によって『ザンゴート・シグレス』を失い……『ボルスト・キアグ』という別人へと生まれ変わらされていたのだ。

 

 わしは今まで、有りもしない恩義から忠誠心を故意に持たされ、総司令に服従していたというのか……。正常であるならば簡単に気付けたはずの異常や矛盾も、洗脳によって気付けぬように仕向けられていたようだ。ならば、わしの頭の中でひしめいている記憶達も、どれが本物で偽物なのかわかったものではない。ただでさえレア・アムノイド化を果たしているというのに洗脳までされていたとあっては、全ての記憶を疑わざるを得なかった……。

 これまでの任務の中で、弱者を一方的に虐げなければならぬことや容赦なく命を奪わなければならぬこともあったが、恩義のためと思い必死で良心を押し殺していた。そんなわしの心情も、虚しいだけのものだったらしい。『ボルスト・キアグ』は総司令の手の平で踊らされて己が拳を数多の人間の血で汚し続けた、愚かな大罪人なのだ……。

 

「おやぁ? 廊下のほうで影が動いたような……。どなたかいらっしゃるのですかぁ?」

 

(!! しくじった……!)

 

 不意に、ナスターが扉へ近づいてくる。わしは衝撃を受けるあまり警戒を怠ってしまったのだ。即座に研究室から遠ざかり廊下の角へ身を隠したが……間に合わず、後ろ姿だけは見られてしまった。

 

「あれは、もしやボルスト? ……総司令。今の会話、ボルストに聞かれていたかもしれませぇん」

 

「我としたことが、これは大きな失態だね。……だが、仮に今の会話を全て聞かれていたとしても支障は無いさ。この先の計画で真に必要となる存在は、キラメイとフィアレーヌ。ボルストは純粋な戦闘要員でしかないため最悪、居なくともいい。それに彼がエグゾアから離反したところで、敵となって我らの前に立ちはだかる可能性は万に一つも無いのだよ」

 

「と、おっしゃいますとぉ?」

 

「ふふふ、そのうちわかるよ。それに賢く冷静な彼のことだ。乱心したまま無計画に反旗を(ひるがえ)すとは思えない。まずは現状を維持するだろう。とりあえず、再洗脳するとなればボルスト捕縛のために大々的な準備が必要となるし、後回しだ。ボルストには、予定通り次の任務に就くよう我が直接伝えるよ。……彼にとって最後の任務にならないことを祈りながら、ね」

 

 二人の会話が、わしの耳に届くことはなかった。しかし、わしは自身の行く末をこの時点でもう……悟っていた。

 全てを失ったかのような感覚。『ザンゴート・シグレス』も、『ボルスト・キアグ』に変貌する直前にこんな気持ちを味わったのだろうか。無意味な想像と真っ黒な過去の記憶だけが、脳を満たしていく……。

 

 ――けれど、失意の中で希望にも出会う。

 

「…………ッ! ……なんだ、わしにもあったではないか。温かな記憶が」

 

 過去を振り返り続けて、洗脳に汚されていないと確実に言い切れる、とある記憶の存在にやっと気付けたのだ。

 

「ザンゴート・シグレスはもういない。わしは造られた存在、エグゾア六幹部のボルスト・キアグ……。だが真実を知った今なら大罪人のわしにも出来ることがある。これからのわしの行動原理など、もはやそれだけで構わん」

 

 不安や動揺を払拭(ふっしょく)し、為すべき目的を心の中で大きく掲げた。

 

「無様でもいい。この大切な記憶にすがらせてもらう。これがあるだけで、わしが存在する理由はゼロにならないのだからな……」

 

 レア・アムノイド『ボルスト・キアグ』にとっての、かけがえのない本物の記憶。それは――

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第45話「()らぐ緋焔(ひえん)

 

 

 

 救世主一行が首都オークヌスを発ってから、何日が経過しただろうか。ようやく彼らは、国境城壁リゾルベルリに到着した。

 ――国境城壁リゾルベルリとは。リゾリュート大陸の中央部に位置し、西端から東端まで真っ直ぐ長大に伸びた、ケンヴィクス王国と軍事国クリスミッドを隔てる分厚い建造物のことだ。壁はもちろんのこと、内部を覆い隠すかのように天井まできっちりと造られている。

 大陸中央の城壁内部は検問所や環境管理施設となっており、違法入国や城壁破壊などが起こらぬよう監視している。そして大勢の人が往来し、輸出入の要となる場所でもある。そのため国を繋ぐ門の付近は物流が盛んで市場や露店が広がっており、天井付きの城壁という閉ざされた空間の中でさえ、一つの町を形作っているかの如く栄えていた。

 

 一行は現在、旅人を迎える休憩施設で足を休めている。リゾルベルリ内部の検問所を通過する前に、最終確認をおこなっていた。国王から事前に渡されていた通行証も、なくさず全員分揃っている。

 あとはクリスミッド軍の動向についてだが、リゾルベルリへ辿り着く手前で既にスメラギ武士団の先遣部隊(せんけんぶたい)から情報を得ていた。けれども念には念をということで、蒼蓮(そうれん)まさきが再び皆に告げる。

 

「今一度、伝えよう。先遣部隊の報告によると国境の門を出てすぐのところに、やはりクリスミッド兵が配置されているそうだ。しかし幸いながら数は多くない。これならば奴らの目を掻い潜って国境を抜けることが叶う……」

 

 これを聞いて何かを思いついたのは、ミッシェル・フレソウムであった。

 

「目立たないようにしとけば、色んな情報を集める余裕がありそうじゃない? 怪しまれないように、あたしの筆術で隠密性のあるマントを描くから、それ着てみんなで聞き込みしましょ。気配が消せる凄~い代物(しろもの)よ♪」

 

「賛成です。クリスミッド領内の自然環境や危険地帯を知り、最適な道を割り出す必要がありますからね」

 

 彼女の提案にジーレイ・エルシードが乗っかる。これで情報収集に出向くことが決定した。

 ミッシェルの隣では、ソシア・ウォッチが密かな疑問を抱いていた。

 

「ところで……隠密性のあるマントって具体的にはどういう仕組みなんですか?」

 

「あらソシア、そこ気になっちゃう?」

 

「はい!」

 

「それはねぇ……」

 

「それは……?」

 

「乙女の秘密♪」

 

「……えー」

 

 勿体ぶっておきながら、この答えである。ミッシェルはウインクを返したが、ソシアがそれで納得できるはずもなく、苦笑して首を傾げるのみだった。

 それは兎も角として。まさきが改めて話を始める。

 

「この国境城壁リゾルベルリが、どちらの国にも属さない中立的な立場にあるというのはわかったであろう? だからこそケンヴィクス軍兵士はもちろんのこと、クリスミッド軍兵士がすぐそこを歩いていても不思議ではない。本来ならば、二国の間で既に『国境城壁保安条約』が結ばれているため両軍ともここで戦闘行為に至ることはできぬ。しかし……」

 

 一呼吸おいた後、険しい表情で注意を促す。

 

謀反(むほん)を企てたアーティル・ヴィンガートがクリスミッドの現総帥である以上、軍が何をしでかすか、わかったものではない。情報収集は周囲に気を配りながら行い、もしもクリスミッド軍兵士を見かけたならば絶対に近寄ってはならぬ。あやつらの姿についてだが、通信機器を内蔵した独特の兜と、規律性を漂わせた防御性能重視の軍服を纏っている。一般兵が緑色、将軍級が夜空色ぞ。よいな……?」

 

「うん、覚えておくよ。それじゃあ、しばらく経ったらこの場所で合流しよう。みんな、また後で!」

 

 ゾルク・シュナイダーが締めくくり、皆は行動を開始。それぞれ、ミッシェルが筆術で描いた隠密マントを受け取って解散するのだった。

 

 

 

 救世主一行が情報収集を始めたのと、ほぼ同時刻のこと。

 わしも、国境城壁リゾルベルリに訪れていた。総司令の(めい)によりクリスミッド軍へ一時的に加わることとなったため、この地で具体的な指示を受けるのだ。

 国境城壁内の、物資や最低限の灯りしかない倉庫の一画で、人目を避けるようにして使者を待つ。やがて、軍服を着た数名の者がやってきた。

 

「逆立った白髪に、老体とは思えぬほど鍛え抜かれた肉体。そして左肩のエグゾアエンブレム……。貴公が破闘(はとう)のボルストだな?」

 

「いかにも。では、お主がクリスミッド軍のコルトナ将軍か」

 

 夜空色をした厚手の軍服を着て、左側頭部の兵士間通信用アンテナが目を引くヘルメットを被った、強面の男。彼がクリスミッド総帥アーティル直属の部下であり、この度の使者――コルトナ将軍である。歴戦の証だろうか、ヘルメット前面のモンスターが引っ掻いたかのような大きな傷が印象的だ。

 将軍の背後には、落ち着いた緑の軍服とアンテナ付きのヘルメットを装備したクリスミッド軍の一般兵が数名。彼らは将軍と違って、ヘルメットのバイザーを下げて目線を隠しており表情を見せない。軍人らしく、ただ無言で待機していた。

 ……しかし、わしらにとって不測の出来事が。実は、この場を密かに目撃してしまった第三者がいる。

 

「師範が何故、リゾルベルリに……!? それに相手の特徴的な軍服……あれが話に聞いた、クリスミッド軍の兵士か。ご丁寧に将軍クラスまでいるとは」

 

 情報収集のため出歩いていた、マリナであった。彼女は筆術製の隠密マントのおかげもあり、こちらに存在を悟られていない。物資の陰から、わしらのやりとりを見物することにしたようだ。

 時間が惜しいと感じたのか早速、コルトナ将軍は口を開く。

 

「行方不明のウィナンシワージュが、このリゾルベルリで目撃されたという。あいつはもう魔力の絞りカスだ、利用価値は無い」

 

「ウィナンシワージュ・リゼル・クリスミッド……。まだ年端も行かぬ子供だと聞いている。して、わしにその子をどうしろと?」

 

「見つけ次第、殺せ。軍事国クリスミッドの正統後継者であるウィナンシワージュが生きていては、総帥の掲げる『ケンヴィクス王国侵略計画』の妨げになるからな。確実に息の根を止め、必死の脱走が無意味だったことを思い知らせろ」

 

 特に表情を変えることなく、将軍は残酷な言葉を放った。そして話を続ける。

 

「未だに情報は無いが、ケンヴィクス王国からの刺客にも気を配れ。総帥の読み通りだとすれば貴公らエグゾアの宿敵、救世主一行が刺客として送られ、必ずここを通る。そして特に何も起こらなければ、あのクルネウスとかいう女と合流し、エルデモア大鉄橋の守備に就け。……今のところ、クリスミッド軍からの指示はこれだけだ」

 

「あいわかった。任務遂行に努めよう」

 

「では、自分達は持ち場に戻る。期待しているぞ、エグゾアの武人よ」

 

 将軍は無味乾燥に告げると、部下と共に足早に倉庫を去るのだった。

 そして入れ替わるようにして、わしの前へと新たな影が躍り出る。

 

「師範、お久しぶりです」

 

「! お主は……!」

 

 黒のショートヘアに翠の眼を持つ、マントを纏った少女。言わずもがな、マリナである。

 不思議と、驚くことはなかった。むしろ彼女と遭遇することを待ち望んでいた。

 

「……リゾルベルリへ来たか。総帥アーティルの読み通りとなったな」

 

 マリナは、わしと将軍との会話を終始、聞いていたらしい。マントの下で二丁の無限拳銃を掴むと、両方の銃口をこちらへ向けた。敵同士であるのだから当然の対応だ。

 

「早速ですが、ご覚悟を。エグゾアとクリスミッドの思惑通りにさせるつもりはありませんので……!」

 

「待て。わしは、この場で争うつもりはないのだ。……それに少し、お主と真剣に話がしたい。わしの勘で今日よりも以前から、お主がここへ来るような気がしていたからな。お主の姿が見えるまでリゾルベルリに滞在するつもりでもあった」

 

「そんな安い台詞で信用されるとでも、お思いですか? 今まさにクリスミッドの将軍と繋がっておきながら!」

 

 確かにマリナの言う通り、クリスミッド軍から指示を受けた直後のわしが、このようなことを言っても信用されるはずがない。けれども、それをわかっている上で出来る限りの真摯な態度とり、彼女に願った。

 

「思ってはいない。だが、してほしい」

 

「断ります。そして、今ここであなたを倒す!!」

 

 マリナは一秒も迷うことなく返事をして――片方の拳銃の引き金を引いた。

 

「ぐぬっ……!!」

 

 放たれたのは魔力で構成された弾丸。いとも簡単に、わしの右肩を穿った。銃創からは血が流れる。思わず呻いてしまったが、大事に至ったわけではない。

 これに動揺したのは、撃ったマリナのほうだった。

 

「直撃した……!? 鋼体バリアを張っていないのですか!? どうして……!」

 

 わしは返事をせず、ただ立ち尽くして傷口を押さえるのみ。

 鋼体バリアとは。わしが戦闘中にのみ纏う、目に見えぬ魔力の鎧のこと。それを今ここで使用しなかった理由が……マリナに届いたようだ。

 

「……師範、戦う意思が無いというのは本当なのですね」

 

 苦い顔でそう呟くと、わしのもとに駆け寄ってくる。

 

「じっとしていてください。お詫びに、治癒の弾丸を撃ち込みます……」

 

 拳銃を出血箇所に近づけ、また引き金を引いた。銃口からは優しい光が溢れ、わしの傷を見る見るうちに治していく。その正体は、銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)という術技。これのおかげで、やがて出血も止まった。傷が完全に塞がると、マリナはホッと一息つくのだった。

 

「癒しの銃技か。よい技を習得したな」

 

「仲間がいてくれたおかげです」

 

 答えるマリナに、先ほどまでの荒々しい戦意は感じられない。むしろ柔らかに口元を緩めている。そんな彼女の頭を、わしは静かに撫でるのだった。

 ――今この時だけは、むかし築いた師弟の関係に戻れていた。

 

 わしらは暫しの間、ほのかな灯りしかないこの倉庫へ留まることに。そして、ゆっくりと語り合い始めた。その中でマリナは、自身の正体が人間ではなく、エンシェントビットが創り出した魔力集合体『ゼロノイド』であることを打ち明けてくれた。それはやはり、わしの知らぬ真実であった……。

 だが、衝撃を喰らっている場合ではない。話を聞くうち、確かめたかった真実へ触れることになるのだから。

 

「ミカヅチ城でお主は、自身に宿る記憶について悩んでおったな」

 

「……はい。私は自分の正体を知ることは出来ましたが、記憶については未だ、本物と偽物の判別が出来ずにいます。エグゾアで生活していた一年間は何だったんだろう、と……。ただ、洗脳されていなかったことだけは唯一の救いです」

 

 弱く、心苦しげな表情で、マリナは零した。

 ……洗脳を受けていない、彼女の一年間の記憶。それこそが、わしが確かめたかったもの。すかさずマリナに問う。

 

「フェンビーストを覚えておるか?」

 

「……え?」

 

「わしとお主とリフの三人で、修行がてら北の氷結洞まで赴いた日があったであろう? あの時に戦った人狼型のモンスターのことだ」

 

 突然の昔話に、マリナはきょとんとした。けれどすぐに答え始める。

 

「は、はい、覚えています。確か、リフがフェンビーストに捕まってしまいましたね。そして私があいつを救出し、その隙に師範が『緋焔(ひえん)の脚技』でフェンビーストの撃破を行い、事なきを得ました」

 

「その後、撃破して油断したわしら二人の身を、リフが助けてくれたな」

 

「不覚にも、フェンビーストがもう一匹潜んでいたことを察知できませんでした。あの時、リフが咄嗟に剣を突き刺してくれていなければ、きっと全滅、もしくは大怪我を負っていたでしょうね」

 

 マリナより先に弟子となっていたリフ・イアードの存在を交えつつ、昔を懐かしむ。普段は口に出さないが、わしにとってリフも大切な存在なのだ。

 

「リフはお主の腕前に嫉妬して、わしのもとを去ってしまったが、あれもエグゾアにはそぐわぬ真っ直ぐで善き心を持っておった」

 

「ええ。たとえ失敗が多くても、仲間のことを想える良い奴でしたよ、リフは。でも調子に乗りやすい性格のためか、本当にドジが多かったです。先走ってヴォルガジョーズの巣に迷い込んだこともありましたし」

 

「プテラブロンクに捕まり餌にされかけたこともあったな。リフに怪我をさせず撃墜するのは、少々苦労したぞ」

 

「ふふふ……!」

 

「はっはっは……!」

 

 リフについての話題は、どれもこれも締まりのないもの。マリナからも、わしからも、思わず笑みが零れてしまう。そしてマリナがリフのことを良く思っていないわけではないことを知り、心のどこかで安心した。これならば二人は、いつか仲直りできることだろう。

 ひとしきり語り合ったところで、わしはマリナに告げる。

 

「マリナよ。お主の脳裏に刻まれている鍛錬に励んだ日々の記憶は、偽物ではない」

 

「あ……!」

 

「あの温かく楽しかった日々は、本物であるぞ。このわしが保証しよう」

 

 記憶について悩んでいた彼女はようやく、わしが心配していたことに気付く。そして晴れやかな様子で感謝した。

 

「……はい。ありがとうございます、師範!」

 

(礼を言うのはわしのほうだ。お主が居てくれたおかげで、わしにも本物の記憶があると裏付けることが出来たのだからな……)

 

 声に出さず瞑想し、己の内で深くそう感じた。

 次にわしは託すべきものを託すため、マリナを誘導する。

 

「ついてこい。お主に授けたいものがある」

 

 言われるがまま、マリナはわしの後に続いた。

 

 誘導した先は、リゾルベルリ内の多目的スペース。武道大会を開催できそうな程の広さを誇っている。

 連れてこられた意味を理解できず、マリナが尋ねる。

 

「師範、いったい何をなさるおつもりなのですか……?」

 

「伝授である。これより披露する動きを、その目にしかと焼き付けるのだ」

 

 そう告げた後、わしは呼吸を整えた。次に、膝を曲げながら右脚を上げ、始点となる構えをとる。そして両脚に魔力を集中させ、(ほのお)を宿した。

 

「……ゆくぞ! はああああっ!!」

 

 気合と共に右脚で強く踏み込み、地を蹴って加速。そこから仮想の敵に対して、燃え盛る怒濤の連続蹴撃。様々な動きを織り混ぜた蹴りは、敵を惑わせて反撃の隙を与えないようにするためのもの。更に足払い、蹴りによる打ち上げ、自身の真上への跳躍に繋ぐ。締めくくりは、宙を舞う敵を地に叩き落とす、熱き渾身の一撃。そして這いつくばる敵を背に、堂々と着地する。

 全てを見終えたマリナは、すぐに思い出した。

 

「あ……あの日の『緋焔の脚技』!?」

 

「――これぞ秘奥義、緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)。お主に授ける、最後の体術ぞ」

 

緋焔(ひえん)煉獄殺(れんごくさつ)……!」

 

 マリナは目を見張り、復唱した。そんな彼女のほうを向き、わしは改めて解説を入れる。

 

「わしがこれまでに極めてきた数ある体術のうち、脚技を駆使するお主に最も相応しい秘奥義である。お主の得意な動きと共通する部分が多いため、習得にもそれほど時間はかからぬだろうぞ。どうか受け取ってくれ」

 

「……師範は何故、ここまでしてくださるのですか? もしや、エグゾアを……」

 

 静かに聞いていたマリナであったが、やはり不自然だと思ったらしい。しかしわしは、そこから先を言わせるわけにはいかなかった。彼女の言葉を途切れさせるため、あえて食い気味に次の発言へと移る。

 

「マリナよ。もうひとつ、託したいものがあってな。リゾルベルリの宿屋の鍵を渡しておく」

 

 半ば押しつける形で、ありふれた見た目の鍵を手渡した。

 

「わしと別れた後、その鍵と同じ番号の部屋へ向かうがよい」

 

「その部屋に、何が……?」

 

「行けばわかる。無論、罠ではない、と言い切っておこう」

 

 明かせぬことばかりで申し訳なく思うが、もしもクリスミッド軍が付近にいたらと考えると最低限のことしか口に出せない。わしは目で訴えることのみで、マリナに信じてもらうしかなかった。

 これで全ての用向きを伝え終わった。無駄に長居も出来ぬため、この場を離れなければならない。

 

「さて、休戦は今回限りぞ。わしはクルネウスと共にエルデモア大鉄橋にて待つ。全身全霊を懸け、救世主一行を叩き潰すと宣言しよう」

 

「お待ちください! ……やはり変です。どうして師範は、私を手助けするような真似をなさったのですか? その上でまだ敵対するなど……私にはあなたの意図が読めません!」

 

 呼びかけるマリナへ、ゆっくりと背を向けた。――彼女の真っ直ぐな目に応じる勇気が無かったのだ。

 

「……大罪人のわしにできるのは、ここまでだ。お主と話ができて本当に、心より嬉しかったぞ」

 

 わしはそれだけを静かに言い残し、マリナをおいて倉庫から立ち去った。

 残されたマリナは現状分析を余儀なくされる。

 

「一語一句どれをとっても、嘘をついているようには感じられなかった。エルデモア大鉄橋でクルネウスと共に襲いかかってくるのは決定的だろう。その時までに、伝授された秘奥義を完璧に習得しなければ……!」

 

 戦意を固める一方で、慈悲深き一面も見せる。

 

「気掛かりなのは、師範が何かを決心していた点だ。それがなんなのかはわからないが……去り際に自分の事を『大罪人』と称していた。もしも何らかの理由で、以前の私のように罪の意識に(さいな)まれているのだとすれば、私はそれを救いたい」

 

 わしの行動は意味不明と受け取られても、何らおかしくはないものだった。それなのにマリナはこちらの事情を察しようと努め、あまつさえ救いたいと願ったのである。……これほどまでに想ってくれる弟子を持ったわしは、余程に幸せ者なのかもしれぬ……。

 

 そのあと、すぐにマリナは教えられた宿屋へ向かった。

 リゾルベルリ内の宿屋は近隣の施設と同様、空の見えない城壁の中にある。そのため他の町の宿屋に比べて華やかさや高級感は無いが外観に気を使わなくともいい分、内装の清潔さに力を入れており宿泊施設としては充分に機能していた。そして人の出入りが激しいリゾルベルリであるからこそ部屋数が多い。――部屋の多さは、わしにとって好都合な特長であった。

 

 鍵と同じ番号の部屋まで来た。マリナの右手には、無限拳銃が握り締められている。

 

「罠ではないと言っていたが油断はできない。鬼が出るか、(じゃ)が出るか……!」

 

 覚悟を決め、左手で鍵を回した。勢いよく扉を開けて即座に拳銃を構える。するとそこには――

 

「……幼い男の子……?」

 

 ベッドの上で寝息を立てる男児の姿があった。

 風格のある茶色の短い髪。歳の割にはどこか気品のある衣装……。マリナが正体を悟るのに、長くはかからなかった。

 

「この子は……まさかとは思うが、例の正統後継者なのか!? だとすれば師範はクリスミッドを欺き、この子を保護して匿っていたことになる。……確かに、部屋の多いこの宿屋なら子供を隠すくらい簡単だな。そして師範自身はクリスミッドに協力せざるを得ないから、私に託したというのか……」

 

 彼女に根拠は無かったのだが、直感が強く訴えていた。

 

「……むにゃ……う~ん……おじいさん、帰ってきたの……?」

 

 声や物音に反応し、男児が寝ぼけて問いかける。彼の言う「おじいさん」とは当然、わしのこと。マリナもそれを察して話を合わせる。

 

「……おじいさんというのは、逆立った白髪の屈強な武闘家のことだろう?」

 

「うん。とっても強そうなおじいさんだよ……」

 

「その人には別の用事ができてしまってね。その代わり、私がおじいさんに頼まれて君を迎えに来たんだ」

 

「お姉さんが? ……そっか。おじいさんが言ってた通りになったね。『そのうち、わしの代わりに黒髪の少女が迎えに来る。年寄りの勘は当たりやすいから覚えておけ』って言ってたもん」

 

「師範はそこまで見越していたのか。全く、あの人の先見眼には恐れ入るな……」

 

 マリナは小さく笑って、呆れながらに感心する。わしが手を打っていたおかげで、男児が彼女に対して怯えることはないのであった。

 そうしているうちに、寝ぼけていた男児もすっかり目が覚めたようだ。冷静に名を尋ねる。

 

「お姉さん、お名前は?」

 

「マリナ・ウィルバートンだ。君は、ウィナンシワージュ・リゼル・クリスミッドだね?」

 

「うん」

 

「君の周りで起きた出来事は大体、知っている。安全な場所まで逃がすことを約束しよう」

 

「あの、待って! ぼく、逃げたいわけじゃないんだ。……行きたいところがあるの」

 

 予想していなかった返事にマリナは驚く。そして彼に訊いた。

 

「どこへ?」

 

「軍事国クリスミッドの首都、リグコードラに。通行証もちゃんと持ってるよ」

 

 ……更に予想できるわけのない答えが返ってきてしまった。

 

 マリナは、ウィナンシワージュ――以下ワージュに隠密マントを着せ、仲間のもとに連れ戻った。皆がマリナとわしの遭遇を知り、ワージュのことを知り、大層おどろいたのは言うまでもない。そして、わしがマリナの前に現れた理由は、当然だが誰にもわからないままであった。

 

 ワージュはこれまでの経緯を一行に話した。首都リグコードラのクリスミッド城で他の王族と共に魔力変換されていたところ、変換終了の間際に機械トラブルが起こり、まだ意識が残っていた彼だけが隙をみて逃げ出したのだ。しかし、子供の足では軍から逃げ切ることは出来ぬ。誰かの助けがあったからこそワージュは逃げ切れたのだ。

 その誰かとは――このわしである。わしが視察のためクリスミッド城に訪れていた際、幼い子供にむごい仕打ちを強いる現実を見兼ね、秘密裏に手を貸してしまったのだ。……とは言えど、この時わしは既に自身の真実を知った後。最早エグゾアとクリスミッドの研究など、どうでもよくなっていた。だからわしはワージュを助けたのかもしれぬ。そして首都リグコードラを脱したワージュは、わしの手引きでリゾルベルリの宿屋に身を潜め、心身を癒していたのだ。

 

 ワージュの要望である『首都リグコードラへの帰還』は、クリスミッド城に幽閉された彼の側近達を救いたい気持ちからのものだった。ワージュの側近の魔力変換は、強い権力を有する他の王族よりも後に回されるため、まだ時間に猶予があるのだという。今のうちに側近を救い出せば、総帥アーティルにより暴走するクリスミッドを内側から崩し、再建できるかもしれない……ワージュはそう考えたのだ。

 

「俺は、ウィナンシワージュ殿下が同行してもいいと思う。殿下がクリスミッドを立て直してくれれば今度こそ和平条約を結んで国を平和にしてくれそうだし、俺達で助けられるなら助けてあげたいよ」

 

「本当に!? ありがとう、ゾルクさん! あと『ワージュ』って呼び捨ててくれていいよ? ぼく、堅苦しい呼び方はそれほど好きじゃないから……」

 

 ゾルクの意見に、ワージュは笑顔で感謝を述べた。これに難色を示したのは、やはりジーレイである。

 

「僕としては、申し訳ありませんがご遠慮願いたいですね。ただでさえ厳しい道のりとなることが確定しているのに、子供を守りながら進むのは……」

 

「でも、もうボルストはマリナに押し付けちゃったのよ? ワージュを守ってくれる人が誰もいなくなったんだから、あたし達で守ってあげたほうが手っ取り早くない? これから他の誰かに預けようにも時間がないし、預けたところで、きっとワージュは自分一人でも行動し始めるわ」

 

 ミッシェルが食い気味にフォローを入れた。ワージュは不思議そうに問う。

 

「ミッシェルさん、どうしてそう思うの?」

 

「十歳にしては考え方がしっかりしてると思ってねぇ。それに、クリスミッドが大好きだから未来を明るくするために頑張りたいんでしょ? 顔に描いてあるわ」

 

「えへへ……当たり!」

 

 はにかみながら元気に肯定してみせた。

 まだ難しい顔のままのジーレイを、今度はソシアが説得する。

 

「ジーレイさん。自分の国を想う気持ち、あなたなら人一倍、共感できるんじゃないですか?」

 

 ほんの少しだけ意地悪そうな彼女の顔を見て、ジーレイはついに観念する。

 

「……そこを突かれてしまっては、ぐうの音も出ませんね……。では、皆でワージュを守ることとしましょう。マリナとまさきも、それで構いませんか?」

 

「ああ」

 

「従おうぞ……」

 

 こうして、救世主一行に小さな仲間が加わったのであった。

 

 

 

 カダシオ砂漠。国境城壁リゾルベルリから南に広がる中規模の砂漠地帯である。首都リグコードラへ行くには、このカダシオ砂漠を縦断しなければならない。幼き正統後継者を加えた救世主一行は、太陽が過剰に照らす砂の大地をじわじわと進んでいた。

 

「暑ぅぅぅい……。ドルド火山とは、また違った暑さだ。もうモンスターと戦う気力も無い……」

 

「スメラギの里の夏でさえも、ここまでは暑くならぬぞ……。すぐにでも帰郷したくなってしまう……」

 

「今はまだ冬だもんな……。あの寒さが恋しくなってきたよ。雪に埋もれたい……」

 

「同じく……」

 

 ゾルクとまさきは苦しみを分かち合い、だらしなく意気投合していた。そこへ幼き鼓舞の声が転がってくる。

 

「みんな、もう少し頑張って! オアシスが見えてきたよ!」

 

「ワージュ君、目が良いんですね。おかげでちょっと元気が湧いてきました」

 

 既にへとへとなソシアも、ワージュの声を聞いて足取りを軽くした。

 ……その一方で。

 

「ふんふふ~んふ~ん♪」

 

 ミッシェルだけは暑がる皆をよそに、鼻歌交じりで砂を踏みしめていた。これを不可解に思ったまさきが、未だ涼しそうな魔術師に問いかける。

 

「……ジーレイよ、あれはどういうことなのだ……?」

 

「彼女は特殊な体質のようなので」

 

 汗だくのまさきは急にやるせない気持ちになり、考えるのをやめた。

 

 ワージュが見つけたオアシスには泉があるだけでなく草花が生い茂っており、二本の立派な果樹もあった。この猛暑の中で水分のみならず果実も摂れるとは、この上ない天国に違いない。

 ゾルクが、一目散に泉へ駆け寄る。この辺りは地面がしっかりしているため足を取られることもない。

 

「水ぅー! 水だぁぁぁ!! よかった~!!」

 

 生き返ると言わんばかりに補給する彼に続いて、ミッシェルも。

 

「もう少しで干からびるところだったわぁ~」

 

 更に続いたまさきが思わずツッコミを入れてしまう。

 

「お主も暑さを感じていたのか……」

 

「あらぁ、失礼ねぇ。あたしだって暑くて死にそうだったのよ? ……あれ、なんか前にもこんなこと言ったような気が」

 

 何かデジャヴを感じたようだが、彼女が思い出すことはなかった。

 オアシスで迎えた束の間の休息。それは……簡単に壊されてしまう。

 

「おや? ……樹が動いている!?」

 

 最初に発見したのはマリナだった。彼女の声を受け、皆は一斉に果樹を見る。……すると確かに片方の果樹だけ、樹皮をざわざわと(うごめ)かせているではないか。そしてその果樹は体積を膨張、どんどん見た目を変えていき、細長い腕を生やした口裂け顔のモンスターと化してしまった。枝に実らせた果実も毒々しい紫に変色している。

 

「まさか、ディアブロッサム……!? 果実の樹に擬態して旅人を襲うモンスターがいるって聞いたことはあったけど、見るのは初めてだよ。まさか砂漠のオアシスにいるなんて……!」

 

 驚くワージュとは対照的に、ジーレイとソシアが冷静に武器を構える。

 

「ゆっくり水分補給も出来ないとは。クリスミッドでは軍だけでなく、環境やモンスターすらも僕達に厳しい仕打ちを強いるようですね」

 

「ワージュ君は下がっていてください。あとは私達にお任せを!」

 

「う、うん!」

 

 指示を受け、ワージュは本物の果樹の陰に隠れる。残りの皆も武器を手に取り、戦いが始まった。

 各自が思い思いに攻撃していると、早くもジーレイがディアブロッサムの特徴に気付く。

 

「よく見ると、樹皮が乾燥してボロボロのようですね。これなら燃やすことで一気に勝負を決められるかもしれません」

 

「でも砂漠で火属性の術技なんて使いたくないなぁ……」

 

「四の五の言うでない。豪炎刃(ごうえんじん)……!」

 

 ぼやくゾルクを尻目に、まさきがディアブロッサムへ炎の×の字斬りを浴びせる。……効果がある。炎は確実に樹皮を燃やしており、ディアブロッサムは慌てて回転して消火しようとしている。ジーレイの予想通り、弱点だったようだ。

 

「火の技か……。だったら丁度いい、試してみるか」

 

 精神を統一し、マリナが打って出ようとする。――わしが授けた、例の秘奥義を使うつもりなのだ。

 

「我が身に宿るこの(ほのお)刮目(かつもく)せよ!」

 

 二丁拳銃をホルスターに仕舞うと、膝を曲げながら右脚を上げて始動の構えをとる。そして両脚に、二丁拳銃内のビットからの魔力を集中させ、焔を宿した。

 

「舞い乱れるは、凄烈(せいれつ)なる爆熱の撃!」

 

 上げていた右脚で強く踏み込み、しっかりとした地面を蹴って加速。そこから燃え盛る連続蹴撃を見舞って、ディアブロッサムの樹皮を焼いていく。更に、蹴り上げで巨体を出来る限り浮かせた後、自身の真上への跳躍に繋いだ。締めくくりは、ディアブロッサムの上部に叩き込む、熱き渾身の一撃。

 

「その名も! 緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)!!」

 

 マリナの思い描く全ての攻撃がディアブロッサムに入り、音を立てて巨体が倒れた。着地と共に、彼女は標的の状態を確かめる。……そして愕然とした。

 

「そんな……これでは足りないというのかっ!?」

 

 ディアブロッサムは、いとも簡単に体勢を立て直してみせたのだ。そしてお返しと言わんばかりに、実らせた紫の果実をもぎ取りマリナ目掛けて投げ飛ばす。

 

「マリナ、危ないわ!!」

 

 ミッシェルの注意が間に合うことはなかった。紫の果実はマリナに命中し、潰れる。そして中身の果汁が彼女の全身に降りかかった。すると間を置かずマリナは冷や汗を流し始め、その場に(うずくま)ってしまう。

 

「ぐ……うっ……!」

 

「あの果実、毒性があるみたいです……!」

 

 苦しむマリナを見てソシアは気付くが、目前のディアブロッサムを倒さぬ限り、おちおち回復行動にも移れない。

 

「弱点がどうのこうの、と気にしている場合ではありませんね」

 

 状況を一番わかっていたのはジーレイだった。彼は淡々と、ミカヅチ城でわしとキラメイを撤退に追い込んだ、あの秘奥義の詠唱を開始する。足元には、複雑に書き込まれた白に輝く魔法陣が展開されていた。

 

「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、(ことごと)く朽ち果てよ」

 

 空間がどこからともなく歪み、渦を巻くように捻れ始める。そして幾つもの球形の捻れとなってディアブロッサムの周囲の空間をくり抜き、中心へ追い詰めていく。あの巨体では、無数となった球形の捻れを掻い潜って逃げ延びるなど、不可能。

 

「ドリーム・オブ・カオス」

 

 ディアブロッサムは無数の球形の捻れによって空間ごと全身をえぐり取られていき、最終的には塵一つ残さず無音で消滅するのであった。

 危険が去ってすぐに、ミッシェルが筆術を発動する。

 

「お清めターイム! シャワーを浴びたらスッキリ爽快♪ パールライト!」

 

 大筆を振るい真珠色の魔法陣を描いたかと思うと、オアシス全体に輝く雨を降らせた。この雨には浄化の力が込められており、マリナの毒もきれいに消え去るのだった。

 

「ミッシェル、助かった。ありがとう」

 

「どういたしまして♪ ……でもさっきのは、あなたらしくなかったわね。普段から情け容赦なくモンスターを倒してるマリナが、秘奥義を当てたのに倒せなかったなんて。まだどこか調子悪いの? それともディアブロッサムが強過ぎたのかしら」

 

「……私の実力不足のせいだ」

 

 心配するミッシェルに、マリナはそう答えた。自信を失い、気力も削がれたような声で。

 

「私が放った緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)は、師範が披露してくれたものに比べてパワーもスピードも手数も足りなかった。秘奥義なんだから、そう簡単に習得できるとは思っていなかったが……いざ失敗してみるとショックはかなり大きい。エルデモア大鉄橋へ辿り着くまでに、完璧に習得できるんだろうか……」

 

 胸中を打ち明けるマリナの姿は、実に弱々しいものだった。しかし、この苦難を乗り越えねば緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)の習得は成し得ない。わしは救世主一行から遠く離れたエルデモア大鉄橋の上で、弟子の成長を静かに祈るのみであった。



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第46話「()ゆる緋焔(ひえん)」 語り:マリナ

 カダシオ砂漠を抜けて何日かが経過した。時は、昼過ぎを回った頃。空が青く透き通っている。

 

 ……私は、師範から伝授された秘奥義『緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)』を完璧に習得できないまま、エルデモア大鉄橋へと辿り着いてしまった……。

 ここへ来るまでに、秘奥義を放つ機会は何度もあった。しかし、その全てが失敗に終わったのだ。師範の動きを忠実に再現しても威力が伴わない。私なりに動作の改善を試みても、まるで上手くいかないのだ。目前の敵を倒すことに全神経を集中させているのに、どうして駄目なのか。師範は「習得に時間はかからない」と声をかけてくれたが、やはり私の実力では習得など叶わなかったのかもしれない……。いざ大鉄橋を攻略しようと意気込む仲間達を横目に捉えながら、自らの心に芽生えた焦燥を必死で隠していた。

 

 リゾリュート大陸の最南端から東に長く長く伸びる、とてつもなく巨大な鉄橋、エルデモア。軍事国クリスミッドの首都である、リグコードラが所在する島へ直通している。大鉄橋は鋼色の超巨大な直方体のようであり等間隔に監視塔のようなものも建てられている。橋というよりも、まさに要塞設備の一部と捉えるのが相応しい。

 私達が監視の厳しい橋の上を堂々と進めるはずもなく、脇の非常口から大鉄橋の内部に潜入した。金網と鉄骨ばかりの重々しい通路を、規則正しく設置された天井灯が白く厳しく照らしており、こちらに窮屈さを与える。

 居心地の悪い内装もさることながら、それに相応しい厳重な警備と防衛機能で固められている。しかし実は、幼くもクリスミッドの正当後継者であるワージュが居るおかげで、要人専用の非常用通路を利用できたため思ったよりも苦労していない。

 ……けれどパスワード付きの扉や多重にセンサーが設置された部屋などの厄介な仕掛けは素通りできないため、地道に解除しながら慎重に進まなければならなかった。

 ――だがそれも、もうじき終わろうとしている。

 

 ワージュが目前の階段を指し、皆に伝える。

 

「ここを上がると外に出られるよ。ぼくたちが通れそうなところは、もうここしか無いんだ」

 

 首都リグコードラへと繋がる他の通路は、クリスミッド軍兵士によって占拠されていた。だから危険を冒してでも一旦は外に出なければならない。……そしてこれは、敵側の誘導でもあると察した。

 

「私達が外に出ることは向こうも想定しているはず。この先に必ず、師範とクルネウスが待ち構えているだろう」

 

「でもボルストはマリナやワージュを助けてくれたんだし、クルネウスを裏切って味方になってくれるんじゃないかな?」

 

 私の予想を聞いたゾルクが楽観的な考えを示す。しかしこれを、きっぱりと否定した。

 

「それは有り得ない。師範は宣言どおり全力で襲い掛かってくる。……あの人の言葉は、本物だった」

 

「そ、そっか。なんだかごめん……」

 

 ゾルクは苦い顔で言い放つ私を見て、言葉を続けられなくなってしまった。

 ……私だって師範のことを味方だと思いたい。でも、その感情は戦いにおいて甘さとなり、最悪の場合は死に繋がりかねない。師範が鬼となり私達に対峙するというのであれば私もそうせざるを得ないのである。戦いの中で私は、思い悩んでいるであろう師範を救えるだろうか……?

 

 

 

 階段の先、外と繋がる最後の鉄扉を開けた。数時間ぶりに拝んだ太陽はこれから海に沈もうとしており、私達を眩しく照らしている。

 改めて橋の上に立ったことで、わかったことがある。やはり、このエルデモア大鉄橋は要塞だ。橋と呼ぶにしては幅員が非常に大きい。更に、後ろを振り返ればリゾリュート大陸の南端が見えるはずなのだが、遠すぎるのではっきりと目視できない。目前の首都リグコードラへ通じる巨大な鉄門は、嫌というほど目に入るのに。

 ――そして私達を出迎えるのは、不気味な笑みの仮面から発せられる無感情な声である。当然と言うべきか、私達は待ち伏せられていたのだ。

 

「救世主一行よ、待ちくたびれたぞ」

 

 鉄門の前に立ちはだかっていたのは、マントのフードを深く被った咆銃(ほうじゅう)のクルネウス。左手には既にリボルバー式の無限拳銃が握られており、暗い灰色のマントから物々しくはみ出ている。それを確認すると同時に私達も武器を手に取り、臨戦態勢となった。

 彼女の脇には紺の武闘着を纏った師範と、銃剣を肩に担いだコルトナ将軍の二名も。

 

「総帥の読み通り、王妃アリシエルの救出に来たようだな。そして……」

 

 コルトナ将軍は私達に確認をとるかのように振舞うと、わざとらしい口調でワージュを見やる。

 

「これはこれは、ウィナンシワージュ殿下ではございませんか。まさか、この者達と行動を共にしていたとは……所在が不明となるわけだ。丁度いい。あなたには、この場で亡き者となっていただきます」

 

 視線を受けたワージュは怯え、ジーレイが纏う紺色のローブの陰に隠れてしまう。だが彼の幼き眼差しはコルトナ将軍に対して抵抗の意を示しており、鋭く突き刺すかのようなものとなっていた。

 師範も、その重い口を開く。

 

「もはや言葉など飾りにしかならぬ。さあ、始めようぞ」

 

 短く言い終えると体術の構えをとり、じりじりと闘志を燃やし始める。ただそれだけのことなのに、今の師範には寸分の隙も見受けられない。……やはり本気である。本気で私達を……倒そうとしているのだ。

 

 そして戦いは静かに始まった。

 

 敵味方ともに、自らの得意とする間合いにつく。橋が巨大なおかげで位置取りに融通が利くのだ。

 

熱気・錬心(ねっき れんしん)……!」

 

 師範の口にした技名が私の耳に、(おごそ)かに届く。これは、精神を統一して集中力を高める補助の体術だ。両拳に力を(みなぎ)らせ、胴体を守るように交差している。

 

覇気・活心(はき かっしん)ッッッ!!」

 

 その直後。交差した腕を大きく広げ、鼓膜が痛くなるほどに叫んだ。こちらも補助の体術であり、師範が猛攻を決心した時のみ使用する切り札のようなもの。この体術を使用した師範が繰り出す技は、どれもこれも必殺の威力を有してしまう……。

 かつてない気迫を感じ、ゾルクは冷や汗を流す。

 

「ボルスト、ただならない雰囲気だな」

 

「私達も用心してかからなきゃいけませんね」

 

 ソシアも師範から漂う空気を読み取り、胸部のビットに手を添えて詠唱を始める。

 

「備えあれば(うれ)い無しです。この祈りよ、天に届いて……!」

 

 しかし、この大きな隙を師範が捉えてしまった。

 

轟天(ごうてん)……ッ」

 

 右の拳に地属性の闘気を集めて巨大な岩石と成し、ソシアの目前へ躍り出る。その踏み込みの速度たるや、回避力に秀でたジーレイや速攻が得意なまさきの反応が、あと一歩のところで追いつかないほど。今さら詠唱を止めてもソシアは避けられない。

 

「ソシア、危ない!!」

 

 彼女に一番近かったゾルクが、なんとか間に割って入れた。無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを盾代わりに防御の体勢をとる。

 

「リヴァイヴ!」

 

 ソシアの胸のビットがきらりと輝く。術が、邪魔されることなく発動した証拠だ。――だが。

 

烈鋼破(れっこうは)ぁッッッ!!」

 

 師範の奥義、轟天烈鋼破(ごうてんれっこうは)が二人に襲い掛かった。突き出された右腕もとい巨大な岩石が、ゾルクの無創剣の腹に命中。轟音と共に岩石は派手に爆散し、(つぶて)となって砂煙を巻き起こす。礫の飛び散る範囲は広く、私達も咄嗟に防御した。

 同時に、砂煙を突き破るものがあった。――人間が二人分、重なったものである。私達の遥か後方へ……大鉄橋を後戻りするような形で吹っ飛び、遠くへ落下。吹き飛ばされた勢いはまだ死なず、しばらくのあいだ床を転がりながら全身を擦る。完全に止まった頃、二人は傷だらけの姿となり……動かなくなってしまっていた。

 

「ゾルクさん!! ソシアさん!!」

 

 慌ててワージュが二人に駆け寄る。息はしているようだが目を覚ます気配は無い……。ワージュには、このまま二人の側に居てもらうことに。

 

「あ、悪夢だわ……。ゾルクとソシアが、たったの一撃で……こんなにあっさりやられちゃうなんて……」

 

 事態の重さを、ミッシェルは「悪夢」と称した。大筆を握った両手が震えている。しかしこれは現実である。気を抜けば、次にああなるのは私達なのだ。

 

「自分が残る必要は無さそうだな。この戦い、貴公らに預ける」

 

「任せておけ」

 

 コルトナ将軍は師範の一撃を見守り、そう判断したようだ。クルネウスから無機質な返事を受け取ると、専用の通路を使ってこの場から姿を消した。

 敵の戦力が減ったのはありがたい……と言いたいところだが、言っていられる状況ではない。本気を出した幹部を前に絶望しか感じないからだ。皆、言葉を発せずにいる。普段から余裕の態度を崩さないジーレイでさえ、開いた魔本を光らせたまま射るような眼差しをしていた。

 一触即発の戦場が、師範の口上で満たされる。

 

「改めて名乗らせてもらおう。わしこそは戦闘組織エグゾア六幹部が一人、破闘(はとう)のボルスト。……生半可な覚悟でわしと渡り合おうなどと、思い上がるでないぞ!!」

 

 遠くの海に沈みかけた夕日を光輪のように気高く背負う、老武闘家の姿。まさしくそれは、猛々しく燃ゆる緋焔の体現であった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第46話「()ゆる緋焔(ひえん)

 

 

 

 戦いは再開された。

 まさきが斬り込み、私が二丁拳銃で牽制。ジーレイも、魔術で決定打を与えるため詠唱を始める。その間、ミッシェルは紅い長髪を踊らせながら大筆を振るい、ゾルクとソシアを戦線に復帰させようとした。

 

「聖天より来たれ、光翼の女神。復活の……」

 

 大鉄橋に描かれようとしているのは、生命を司る天使のような絵。これはレイズデッドと呼ばれる筆術であり、力尽きた者に活力を与えて再び戦闘を行えるようにできるのだ。

 

「バーニングフォース」

 

 しかし、エグゾアの幹部がレイズデッドの発動を大人しく見ているはずがない。クルネウスは炎で構成された巨大なビームを発射し、筆術の中断を図る。それは思惑通りとなり、ミッシェルは描くのをやめ、炎のビームを回避する道を選ばされてしまった。

 

「やっぱ、レイズデッドを描くのは時間がかかって難しいわね。そんじゃ、力で対抗させてもらうわよ!」

 

 ミッシェルは現在地点よりも後方へと下がり、より確実に次の筆術を発動できるよう構える。

 

「神々しい絵よりも、荒々しい絵のほうが描きやすいのよねー!」

 

 そう零しながら、大筆に埋め込まれたビットを輝かせる。秘奥義の前触れだ。

 筆先から虹色の絵具が溢れ、大鉄橋を彩っていく。完成したのは、白い直方体の胴体から細長い手足を伸ばし、三日月型の口と虚空を見つめる目をした丸い頭の人形だった。

 

「傑作『ソルフェグラッフォレーチェ』召喚せり。幻惑の魔手(ましゅ)にて暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くせ!」

 

 ミッシェルの命令の下、人形は絵から立体へと変化。細長い手足をバタつかせながら慌しく師範へと迫る。相変わらず不気味な挙動だ。

 

「ふんッ!!」

 

 人形の両手に指はない。四角形の面となっている。師範はそれを鷲掴み、両腕の力で人形と競り合う形となった。力比べは互角らしく、両者とも大きな動きを見せない……と思いきや、徐々に師範が押され始める。人形は、極めて背の高い師範すら見下ろせるほどの巨体であり、加えて充分なパワーを発揮している。競り勝つことも夢ではないだろう。

 私と同じくミッシェルも「勝てる」と確信したようであり、人形に声援を送る。

 

「そのままボルストをやっつけちゃってね、『ソルフェグラッフォレーチェ』!」

 

「笑止! お主の秘奥義を滅することなぞ……」

 

 ――そんな私達の見通しは、甘かった。

 

「赤子の手を捻るに等しいわッ!!」

 

 声を張り上げると共に、師範の両腕の筋肉が一瞬にして膨張。握った人形の手を、いとも容易く握りつぶしてしまった。ダメージは両手から全身へと亀裂を生じさせ、ついには粉々に砕いてしまう。その際の人形の、苦痛に震えた奇怪な表情が脳裏に焼きつく。そして残ったのは、夕日に映える鬼神の如き立ち姿のみ。

 

「ひえぇぇぇ!! うそでしょぉっ!? 『ソルフェグラッフォレーチェ』までやられちゃうなんてぇ~……!!」

 

「無茶は禁物だ! やはり、逃げ回りながら援護に徹してくれ!」

 

「そ、そーするー!」

 

 自信作が文字通り木っ端微塵にされたためショックを受けるミッシェル。すぐさま私は、紅い目を潤ませる彼女へ指示を出し、敵の的になるのを防いだ。それに続いて彼女に頼みごとをする。

 

「ミッシェル。身体強化の筆術をありったけ、私にかけてくれ。意地でも一人で師範を食い止めてみせる。みんなはクルネウスの撃破に専念してほしい」

 

 これを耳にしたまさきが即刻、言葉で制止する。師範の拳撃を刀身でどうにか捌きながら、である。

 

「待て。こやつはゾルクとソシアを一撃で破り、ミッシェルの秘奥義すら捻じ伏せた男。一対一の勝負はあまりにも無謀ぞ……!」

 

「……そうかもしれない。だが、私は師範と戦いたい……戦うべきなんだ。弟子として、秘奥義を受け継いだ者として。それに私の身体は魔力で構成されているから、攻撃を食らっても多少は無理が利くかもしれない。だからみんな、頼む……!」

 

 ここで、懇願する私に対して無慈悲に迫る弾丸があった。クルネウスからの無言の凶撃である。はっと気付くも、もはや私が止めることは不可能だった。――しかし弾丸は到達することなく、上空から落下する闇の大槌によって潰された。代わりに届いたのは、今しがた魔術を発動したジーレイの声。

 

「賭けましょう、マリナの可能性に。迷っている時間も勿体無いですしね」

 

 他の二人も彼に続く。

 

「あたしだってサポートしまくる気満々よ!」

 

「ならば拙者も文句は無い。マリナよ、ゆくがいい……!」

 

「ありがとう、みんな……!」

 

 皆の意思が一つとなった瞬間である。私の無理難題を聞き入れてくれる仲間に対して、感謝の念しかない。

 

「そうと決まれば、大盤振る舞い!」

 

 ミッシェルが張り切り、大筆を振り回す。虹色の絵具が辺りに飛び散っていく。これに即座に反応したのは、やはりクルネウスであった。

 

「私が見逃すと思っているのか?」

 

 不気味な笑みの仮面がミッシェルに接近する。至近距離からの銃撃で筆術を確実に阻止するつもりだ。――しかし。

 

「ははは。ありえませんね」

 

 不敵な笑みを浮かべ、ジーレイが否定した。

 

紅蓮(ぐれん)(ほう)。宿るは加護の聖炎。……バーニングベール」

 

 そして彼が発動するは、攻防一体の中級魔術。任意の対象者に炎を纏わせて身を護りつつ、炎熱の波動を放射する術である。ジーレイはミッシェルを術の対象に選び、炎熱の波動によってクルネウスの接近および銃撃を阻止してみせたのであった。

 

「ジーレイ・エルシードめ、小癪(こしゃく)な真似をする……」

 

 クルネウスが静かに腹を立てる一方、ミッシェルが炎熱の中で虹色と踊る。

 

「ルビーブレイド! ガーネットアーマー! サファイアディバイダー! エメラルドローブ! トルマリンルーペ! セレナイトスプリング! ラピスラズリラッキー! アメジストウイング! 超豪華、全部乗せ~!!」

 

 レッグガード、鎧、銃、魔導着、虫眼鏡、バネ、星印、羽の生えた靴……。これらが早口で、速筆で描かれていく。色とりどりであり見る者を楽しませるかのよう。こんな状況でもミッシェルの芸術家ぶりが遺憾なく発揮されている。

 八つの絵はすぐに体を起こし、数回飛び跳ねた後、一斉に私へとくっついた。――全身の感覚が研ぎ澄まされ、言い知れぬものが奥底から湧き出てくる。あとは私自身が確固たる意志を保ち続けるのみ……!

 

「マリナ! クルネウスはあたし達に任せといて! 思いっきりやっちゃえー!!」

 

 ミッシェルの声に後押しされつつ準備は整った。それを確認したまさきは無言で頷き、師範の前から退いた。そして遂に私は、師範と対峙する。

 

「仲間の力を借りねば、わしとまともに戦うことすら出来ぬか。この未熟者めが!」

 

 ――リゾルベルリで師範の傷を癒した際、私は「仲間がいてくれたおかげ」だと零し、師範は優しく聞き入れてくれた。その時とは正反対の、仲間を否定するかのような思想……。やはり、師範の真意がわからない。

 

「……確かに私は未熟です。しかし仲間が居てくれたおかげで私は以前よりも強くなり、たくさんの真実を知ることが出来ました。旅の中で育んできた仲間との絆は、私にとって大切な……かけがえのない力なのです。あなたとの決戦で仲間の力を借りることは恥だと思いません。むしろ、未熟な私を支えてくれる仲間の存在に、勇気すら感じています! ……あなたの存在も、同様です」

 

 真意がわからずとも、私は自分の本心を伝えるのみ。この気持ちは師範に届いただろうか。

 

「……マリナよ……」

 

 彼は目を伏せた。だが、それは一瞬のこと。再び鬼の形相をこちらに向ける。

 

「……ほざきおるわ! ならば、馬鹿弟子に教えてやろう。所詮、未熟者は未熟、仲間と信ずる者は他人。絆など何の意味も持たぬということをな!!」

 

 問答は、ここまでだ。

 

「はああああ!!」

 

「ぬおおおお!!」

 

 互いに雄叫びをあげ、夕日に劣らず燃え上がり、闘志と気迫に満ちたまま衝突する。

 

麗迅走(れいじんそう)!!」

 

 まずはこちらから一撃。風と共に師範をすり抜けつつ蹴撃を加えた。しかし彼には魔力の鎧――鋼体バリアがある。この程度では仰け反らせるに至らない。それどころか。

 

八葉連牙(はちようれんが)ッ!!」

 

 師範から手痛い反撃が。拳による連打の後、私の背後に素早く回り込んで蹴り上げに繋いだのだ。

 

「ぐはぁっ!? ……まだです!」

 

 宙に蹴り上げられながらも、私は痛みに耐える。攻撃を止めるつもりはない。師範も油断などしていなかった。

 

氷柱降(つららこう)!!」

 

臥龍空破(がりょうくうは)ッ!!」

 

 空中に飛ばされたのを逆手に取り、師範の頭上から急降下して氷柱のように鋭い一撃を加えようとする。この技を迎え撃ったのは、広範囲に影響を及ぼすアッパー攻撃。ぶつかり合った二つの技は、威力を相殺し合う。

 

「ならば、これはどうだ!!」

 

 着地した私を更に狙う。今度は、見覚えのある蹴り技の構えをとっている。それなら私も、対応する技をぶつけるまで。

 

大輪氷転脚(たいりんひょうてんきゃく)ッ!!」

 

烈火獣吼脚(れっかじゅうこうきゃく)!!」

 

 冷気を帯びた師範の豪脚が三連続で襲い掛かる。触れれば凍りついてしまうこと必至だが、私の技は三回に及ぶ火炎の連続蹴撃。凍ることなく師範の蹴りに食らいついてみせた。

 

獅子戦吼(ししせんこお)ぉぉぉッ!!」

 

 絶え間なく、師範は絶叫と共に次の技を放った。獅子の闘気を全身から発して相手を圧倒する打撃なき体術。これに対抗するのは。

 

虎魂血爪裁(ここんけっそうさい)!!」

 

 猛獣の爪の如き蹴りにて何度も引き裂く奥義である。極限まで研ぎ澄ませた意識を脚に乗せて振るうことで、脚に触れる大気を真空の刃へと変化させ、纏ったまま蹴撃できるのだ。

 

「ぬおぉっ……!?」

 

「師範が揺らいだ……! 鋼体バリアが途切れたか!」

 

 私の奥義は獅子戦吼(ししせんこう)を斬り裂き、そのまま師範へダメージを与えた。状況は優勢か。

 

「ふんッ! ただそれだけのことよ!! こんなもので、わしがくたばるわけがなかろう!!」

 

 ……その通りだ。まだ倒れるはずがない。

 

「目に物見せてくれるわ!!」

 

 師範の最強の体術が――秘奥義が、来る。

 

「我が蹴拳(しゅうけん)、大地の怒りなりぃぃぃ!!」

 

 全力の拳で何度も、何度も鋼鉄の床を殴り、大鉄橋を揺るがす。地震と間違ってもおかしくないほどの揺れであり、まともに立っていられない上、拳撃による衝撃波が幾重にも渡って襲い来る。そして師範は次の瞬間、空高くに飛び上がり……。

 

鉄降(てっこう)超重落(ちょうじゅうらく)ぅぅぅぅぅ!!」

 

 落下の勢いを加えた一点集中の蹴りを、脆くなった鋼鉄の床へ遠慮なく叩き込んだ。

 

「……御免(ごめん)ッ!!」

 

 師範の着地と共に、大鉄橋は音を立てて半壊。地形の崩れは広範囲に渡り、私達は鋼鉄のぶつかり合いに漏れなく巻き込まれ、多大な被害を受けてしまう。……気を失っているゾルクとソシアが既に遠くへ吹き飛ばされていたことは、不幸中の幸いだった。ワージュも二人を繋ぎ止めるよう必死にしがみついて、揺れを耐え抜く。

 ……先ほどまで整えられていたはずの大鉄橋は、瓦礫が隆起および陥没した、足場の悪いガタガタの戦闘地帯へと変貌してしまった。

 

「破闘のボルスト……やってくれますね……」

 

 鋼鉄の瓦礫の上でゆっくりと立ち上がりながら、ジーレイが眼鏡の位置を正す。同じくミッシェルとまさきも、傷だらけだがすぐに起き上がった。私を含めた全員、無事とは言えないが動けるようだ。

 クルネウスは師範の秘奥義が襲い来るギリギリのところで、持ち前の身のこなしを活用して範囲外まで後退していた。……前線に舞い戻ってきた彼女の声色は、怪訝(けげん)さにまみれている。

 

「このエルデモア大鉄橋は首都リグコードラの要塞の一部なんだぞ。わざわざ被害を及ぼすとは、どういうつもりだ。仮にもクリスミッド軍へ加入している身だというのに」

 

 師範は口を閉ざしたまま、クルネウスに顔も向けない。

 

「そして先ほどの秘奥義、明らかに私を巻き込もうとしていた。……ボルスト、やはり貴様は総司令のおっしゃっていた通り……」

 

「隙あり! 刀破刃(とうはじん)……!」

 

魔神線(まじんせん)ー!」

 

 問いかけを続けるクルネウスへ無作法にも、まさきとミッシェルが襲い掛かる。刀の突き出しによる衝撃波と、絵具の波を飛ばす技だ。

 

「ちっ、鬱陶しい」

 

 彼女はギリギリのところで身を反らし、どちらの攻撃も避けてしまった。が、畳み掛けるようにしてジーレイが魔本のページを光らせる。

 

「剣王の意思ここに来たれり。今世(こんせ)にて……」

 

「私の前で詠唱するとは学習能力が無いらしいな。セントラルベースで自らがどうなったか、覚えていないのか?」

 

 不運なことに、ジーレイとクルネウスとの距離は近すぎた。彼女は挑発と共に、銃口から魔力エネルギーを放出して鞭のように形成。暴れる大蛇を彷彿させる動きで、ジーレイへ叩きつけようとした。

 

「しなれ、ランダムブレイバー」

 

「――かかりましたね」

 

 その刹那。ジーレイが眼鏡の奥で、あくどく笑う。

 

魔衝影陣(ましょうえいじん)

 

 なんと彼は、それまでに唱えていた魔術を破棄し、即座に近接用の術を発動した。クルネウスの振るう鞭をその身に受けたと思いきや、それは術による幻。ジーレイ本人は彼女の背後に回り込み、魔本から紫の衝撃波を放って反撃したのだ。

 

「っ! 当て身の魔術だと……?」

 

 クルネウスにとって完全に予想外の展開。ジーレイは、そんな彼女に追い討ちをかける。

 

「そして、魔衝重撃(ましょうじゅうげき)

 

 魔本から地属性の超重力場を展開し、自身に近寄る敵を圧し潰して平伏させる近接魔術。効果範囲がそれほど広いわけではないため、使い道が限られる術ではあるのだが、今に至ってはこの上なく有効な束縛術となる。

 

「身動きが……とれない……」

 

 大鉄橋の瓦礫の上で()(つくば)るクルネウス。彼女を見下ろしながら、ジーレイは大人気なくも得意気に、冗談のような挑発を送り返す。

 

「浅はかですね。偉大なる魔術師であるこの僕が、セントラルベースでの教訓を活かさないとでも思いましたか?」

 

 次の言葉は打って変わって、ひどく冷たく言い放たれた。

 

「……まさき、彼女にとどめを」

 

「承知。成敗いたす……!」

 

 答えるまさきの眼光には、息の根を止めるという明らかな意志が潜んでいた。

 ビットを一つだけ軽く真上に放り、自身の目線ほどに落ちてきたところで真っ二つに叩き斬る。するとビットは魔力の光となり、刀身に吸い込まれていく……。これは、まさきが秘奥義を放つ際の動作である。

 

「なるものか」

 

 クルネウスは無我夢中でもがき続け、ついに超重力場を脱出してしまった。まさきから一気に距離を取ろうとする。

 

「逃しはせぬ……!」

 

 しかし、まさきの眼光は鈍ることを知らず。水色の髪と赤の絆帯(きずなおび)を風に揺らし、彼女を追いかける。

 

「出でよ我が幻影……」

 

 ビットの魔力を用いて、自らの影を分裂させるかのように四体分の分身を生み出した。色や姿かたちは本体であるまさきと全く同じである。分身は、まさきを護衛する形で四方に分散。その直後、それぞれが個々の意思を持つかのように走ってクルネウスの退路を遮る。

 

破邪(はじゃ)刀閃(とうせん)()しきを(ほふ)る……!」

 

 計五体のまさきが、入り乱れながらクルネウスに襲いかかる。ある者は跳躍して上空から斬撃し、ある者はすれ違いざまに斬りつけ、ある者は連続突きを放ち……翻弄しながら着実に追い詰めていく。

 危機を迎えたクルネウスだが、諦めてはいなかった。拳銃によって応戦し、段々と分身を抹消していく。最中、真正面から彼女を目掛けて突撃する、まさきの姿が。他にはもう見当たらない。

 

「貴様が本体か」

 

 このタイミングで勝負をつけに来たか、と彼女は悟る。そして真っ向から突き進んでくるまさきを、得意の速射で撃ち抜いた。

 

「!」

 

 ――正面のまさきは音も無く消滅。クルネウスは自らのミスに気付いたが、手遅れである。

 

「それも分身なり……」

 

「背後、だと?」

 

 本物のまさきは、クルネウスに悟られないよう気配を隠していたのだ。そして彼による真後ろからの一突き。灰色のマント越しにクルネウスの胴体を、刀の根元まで深く貫いた。それだけでなく、刀を捻って彼女の内部を抉った後、力を込めて引き抜いた。クルネウスの傷口はズタズタになり多量の出血を伴わせる。

 

「これぞ、四天覇王(してんはおう)殺陣(たて)……!!」

 

 ――瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)に続くまさきの第二の秘奥義、四天・覇王陣(してん はおうじん)。実直なまさきに似合わない騙し討ちを含めた、必殺の剣術である。

 さすがのクルネウスもこれほどの致命傷を受けてしまっては、身体が言う事を聞くはずも無い。血溜まりの中、うつ伏せに倒れ込む。

 

「き、貴様らごときに……私が……敗れた……?」

 

「許せ。勝たねばならぬのだ……」

 

 そして彼女は無機質に呟いた後、動くのをやめた。まさきの言葉を、仮面の奥で受け取ったかどうかは定かではない。

 エグゾア六幹部の中でも最も恐るべき脅威として私達の前に立ちはだかり続けた、咆銃のクルネウスの終わりの瞬間であった。

 陽は、もうじき沈む。



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第47話「()えぬ緋焔(ひえん)」 語り:マリナ

 

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 夕日が刻々と海に沈んでいく。同時に、このエルデモア大鉄橋も暗くなっていく。

 ジーレイ、ミッシェル、まさきとクルネウスが攻防を繰り広げる一方、こちらの激闘は終盤に差し掛かろうとしていた。

 

「師範! 次で決着をつけさせてもらいます!!」

 

「応ッ!!」

 

 師範の秘奥義を見せ付けられて、多少は怖じ気づいてしまった。けれど、そんなことで勝負を捨てるつもりなどさらさら無い。私は……必ず勝つ。忌まわしきエグゾアに属する師範を倒す。私の勝利が、師範にとっての救いになることを信じて。そのために、ここに立っているんだ!

 

「ハイブリッドダンス!!」

 

 蹴撃、射撃、射撃、蹴撃、射撃、射撃の順で、踊るように六連撃を加える近接銃技を放つ。攻撃はすんなり通った……かに見えた。

 

瞬光割砕拳(しゅんこうかっさいけん)ッ!!」

 

 師範は、あえて防御行動をとらず私の攻撃を受け止めてしまった。蹴撃はおろか、銃創すら物ともしていない。更にカウンターとして、光速の如き連続正拳突きを繰り出した。一発一発が必殺の威力を持っている。

 

「ぐぁっ……がはっ……!」

 

 間合いを詰めすぎていた私は、全ての拳を身体中に喰らってしまう。……ミッシェルの筆術のおかげで何とか持ちこたえるも、力尽きる一歩手前の状態だ。たまらず膝を突いてしまうが、師範は左の豪腕で私の頭を乱暴に掴み、即座に持ち上げた。右手は握り拳を作っている。私に最後の一撃を打ち込むつもりのようだ。

 

「わしを倒すには、まだ届かぬわ。己が修行不足を恨むがよい!」

 

 ……もうすぐ師範の右拳が私に触れる。

 

 触れた瞬間、私の敗北が決定する。

 

 ――だが私は自分に課したはずだ。

 

 勝負を捨てない、と。絶対に諦めない、と。

 

 必ず師範に勝利する、と!

 

 その想いが私を導いた。

 

「……とりましたよ、零距離……!」

 

 残る力を振り絞り、左手に握った無限拳銃を師範の胸に押し当てた。拳銃には既に、術技発動の魔力を増幅し、充填している。

 

「む!? しまっ……」

 

 師範の驚く声は、途中で途切れた。

 

「マグナムバンカー!!」

 

 突きつけた銃口から、鋼鉄の杭で貫くに等しいほど強力な魔力弾を発射。私の有する銃技の中で最も破壊力のある技である。直撃を受けた師範は私を解放せざるを得ず、胸に穴を開けて血を流す。……だが彼の顔は、どこか安らいだもの。

 

「わしの……負けか……」

 

 師範の大いなる背中が、散らばる瓦礫についた瞬間であった。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第47話「()えぬ緋焔(ひえん)

 

 

 

 海に沈みかけていた夕日が完全に去り、半壊した大鉄橋上で生き残っている照明灯や、崩れた監視塔に備わっていた灯りが次々にともっていく。月が顔を見せない、夜の時間がやってきた。

 

「……勝った。師範に……勝てた……!!」

 

 瓦礫の床に落とされた私は(しば)しの間、呆然としたまま少しずつ勝利を実感していた。そこへ、虫の息となった師範が声をかける。死にかけているはずなのに、とても穏やかな表情だ……。

 

「よくやった。それでこそ、我が弟子よ……」

 

「あ……! 今、お怪我を治します!」

 

 師範からはもう、当初のような敵意は感じられなかった。それに気付いた私は我に返り、胸の穴へ治癒の銃技――銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)を連発し、どうにか塞いでいく。……出血はすぐに止まり、傷も癒えたようだ。

 

「リゾルベルリの時から様子がおかしいと思っていましたが、わざと敵対していたのですね? 何故こんなことを……!」

 

「弟子の確実な成長を促すためには、互いに本気でぶつかり合わねばならん。予定調和と知っていては無意識に安心してしまい、本当の成長に繋がらなくなってしまうからな。だからわしは心を鬼にして、お主ら救世主一行と相まみえたのだ。……ゾルク・シュナイダーとソシア・ウォッチへの攻撃も手加減したものであり、命に別状はないはず。そのうち目を覚ますであろう」

 

 暗い天を仰いだまま、どこか照れ臭そうだった。

 

「……それでもあなたは、不器用すぎます」

 

「ふははは。全くよのう……」

 

 私は少し呆れてしまったが、それでも彼の真っ直ぐな気持ちは伝わってきた。やはり師範はかつてと同じ、優しき師範だったのだ。

 今なら、ずっと訊きたかったあのことを訊けるはず。

 

「改めてお尋ねします。師範はエグゾアを裏切ったのですか?」

 

「……いかにも。わしもお主と同じく己の真実を知ってしまったのでな……。だからこそ、お主のために行動する決心もついたのだ」

 

 彼はおもむろに上体を起こし、話を続ける。

 いつの間にか、皆もこちらへ集まってきていた。どうやら、クルネウスを倒すことに成功したらしい。

 

「わしは……ナスターによって改造された、レア・アムノイドだ。以前のわしは『ザンゴート・シグレス』という名だったらしい。しかし改造された時点で元の人格を失い完全な別人となってしまったため、昔のことは何一つ覚えておらぬ。そして総司令に忠誠心を植え付けられ手駒として扱われる中、奪わなくて済んだはずの数多の命をこの手で……奪ってきてしまった。『ボルスト・キアグ』は大罪人であり、殺戮(さつりく)の化け物なのだ……」

 

 師範の苦しみを、やっと知ることができた。デウスとナスターに人生を弄ばれ、利用され続けていたとは……。心境を思うと自然に視界がぼやけてしまう。

 

「そんなことはありません! 化け物などでもない! 師範は……師範は悪くないのです……」

 

「……わしのために、涙してくれるのか」

 

 気の利いた言葉など思い浮かばなかった。ただ感情だけが声となって飛び出していく。師範は、そんな私の頭に優しく手を添えてくださった。彼もまた、目を潤ませながら。

 

「誰かのために温かな涙を流せるのは、善き人間である証拠ぞ。……マリナよ、ありがとう」

 

 何も発さず、私はただ深く頷くのだった。

 かつての師弟関係が今ここに復活した。一切の壁が取り除かれた、元通りの師弟である。

 

「よがっだわね、マリナ……。ほんどによがっだわぁ……!」

 

 ミッシェルが、ぐすぐすと鼻を鳴らしながら泣いている。傍目に見ればみっともないかもしれないが、それほど親身になって喜んでくれているのだ。ジーレイ、まさきも穏やかに見守ってくれていた。

 

「善き仲間を持ったな……」

 

「はい。誇れる仲間です!」

 

 私は胸を張って言い切った。すると師範は真剣な面持ちとなり、次のような願いを口にする。

 

「……恥を忍んで頼みがある。わしも、お主らと共に行かせてはくれぬだろうか? 救世主一行との旅を通してゼロからやり直し、罪を償いたいのだ……」

 

 少々驚いたが、すぐに師範の想いを理解した。皆は黙って私を見つめる。返事を私に委ねてくれたのだ。ならば答えは一つしかない。

 

「ええ。喜んで」

 

 師範という味方を得て、これほど嬉しく頼もしいことはない。王妃アリシエルの救出や、これからの旅への大きな力となるだろう。

 エルデモア大鉄橋での激闘は、これでようやく終わりを迎えたのだ。そうだ、早くゾルクとソシアを回復してあげなければ。いつまでもあのままにしておいては二人が可哀想だ。

 

 

 

「……私は終わらない。ヴォリーション、発動」

 

 

 

 ――そう考えていた矢先。

 暗い中、瓦礫の上で何かが動く。目の良いワージュはそれを見逃さなかった。幼き喉を震わせて、必死に知らせる。

 

「みんな、後ろ! 仮面の人がまだ生きてる!!」

 

「なんだと!? あの傷で動けるはずが……!!」

 

 一番動揺したのは、まさきだった。自身の秘奥義で確かにとどめを刺したはず。それなのに……確かに立ち上がって、リボルバー式の無限拳銃を構えているからだ。

 

「身の程をわきまえろ。キリングレイダー」

 

 彼女はマントのフードを下ろし、深緑のショートヘアを晒す。そして皆が呆気に取られる一瞬で、魔力弾の神業的速射による秘奥義を披露した。既に戦闘は終わったものとして気を抜いていた皆は、回避も防御もままならないまま銃撃の嵐に飲み込まれてしまう。ばたばたと、その場で崩れ落ちた。

 ……だが、私が傷つくことはなかった。

 

「みんな!! 師範まで……!!」

 

 なんと師範は、身を(てい)して私を庇ってくれたのだ。大きな背中には無数の銃創が痛々しく刻みつけられている……。

 

「ボルスト……貴様、やはりか。幹部ともあろう者が総司令を裏切るとは、失望したぞ」

 

「虚偽の忠誠を植え付けられていたと知ってなお付き従うほど、間抜けではないわ……!!」

 

 痛みに耐えながら、毅然とした態度でクルネウスに歯向かう。しかしこれは、クルネウスの怒りを増長させてしまったらしい。

 

「この愚か者め……」

 

 満身創痍の師範へ、追撃の一発が命中。

 

「ぐっ……おぉぉぉ……あああああ……!?」

 

「これで貴様は、もう終わった」

 

 ただの一発のはずだが、苦しみ様が尋常ではない。それほどに師範は限界を迎えているのだろう……。

 クルネウスは続けて行動する。マントの内側から小さなスイッチを取り出し、次のように述べた。

 

「使うつもりはなかったが、仕方ない。事前にコルトナ将軍から預かっていたプレゼントだ。遠慮なく受け取れ」

 

 スイッチが押された。――すると、首都リグコードラへと通じる鉄門の向こう側から何かが発射され、夜空を切りながらこちらへ飛来する。それが私達の付近に着地した際の振動は、師範の秘奥義にも引けを取らない。無数の瓦礫が低く飛び跳ねた。

 それは、巨大なゴーレム系のモンスターのような体型に鋼鉄のボディ、二つの目が付いた頭部や背中から伸びたパイプから立ち昇る蒸気、などといった特徴を持っている。

 

「工業都市ゴウゼルで戦った、機械仕掛けの巨人か……!?」

 

「少し違う。ゴウゼル製のメタルゴーレムにクリスミッドの軍事技術を搭載した、試作改良型だ。一体しか居ないが、疲弊した貴様らを始末するには充分すぎる」

 

 クルネウスがぶっきらぼうな説明を終えると同時に、巨人は短い足で瓦礫を難なく踏みながらゆっくりと、倒れて動けない皆のもとへ歩みを進める。あの太い鋼鉄の腕で頭でも殴られれば、もしくは踏み潰されでもすれば、死は免れない。

 

「血肉を汚く飛散させ、惨たらしく死ね」

 

 仮面の奥からの冷酷な発言は皆を震え上がらせた。

 

 巨人に立ち向かえる者など一人もいない。

 

 ここまでか、と誰もが息を呑んだ。

 

 ――その時。

 

「ちょいと待ちな!!」

 

 空気を読まず暗闇の中を明るく突き抜ける、少女の元気な声。私達の後方――ゾルクとソシアとワージュが居る地点よりも、更に後ろからだ。

 同じ方向から、巨人の足元へ光線が走る。光線は鋼鉄の瓦礫を吹き飛ばし、巨人の足に覆い被せ、そのまま行動を制限してしまった。……今のは無限銃による術技のように見えたが……?

 正体不明の来訪者に、クルネウスも多少なり困惑している様子。

 

「……この期に及んで新手だと? 何者だ」

 

「知りたいかい? だったら教えてやろうじゃないか」

 

 その言葉を待っていたと言わんばかりに、少女は意気揚々と答える。

 目を凝らしてよく見ると、声のするほうには三人分の人影があった。最低限の照明灯が灯っているおかげで、段々とその姿が見えるようになる。

 するといきなり、謎の来訪者達の口上が始まった。

 

「激震の海に斬り込み!」

 

 一人目は、黒の海賊帽と海賊服を着た、橙色の跳ねっ髪の眼帯少女。高く掲げた左手で掴むのは、護拳付きの湾曲刀カトラス。

 

「暗黒の空を撃ち抜き!」

 

 二人目は、灰色のパイロットスーツに袖を通し、緑色のスカーフを首に巻いた不機嫌そうな青年。頭にはゴーグルを着けている。肩に担ぐのは、ビットを装備した無限式ライフル。

 

「混沌の地へ咲き誇る!」

 

 三人目は、桜色の独特な戦装束(いくさしょうぞく)に身を纏い栗色の長髪を後ろでまとめた、花飾りの高貴な少女。両手で大切に握っているのは、古びているがどこか風格のある薙刀。

 そして三人で声を揃えて轟かせ……。

 

「「「我ら、『漆黒の翼』なり!!」」」

 

 最後に、海賊服の少女が締めくくる。

 

「お呼びであろうがなかろうが、ここに見参!!」

 

 彼女の表情は、この上なく素晴らしいほどに「やりきった」という感情を滲ませていた。

 ――私はここまでの流れを、クルネウス共々ぽかんと眺めていた。予想だにしない展開のせいで混乱しているのだ。……そこに立っているのが、エグゾアの海賊風構成員リフ・イアード、首都オークヌスで待っているはずのアシュトン・アドバーレ、そしてスメラギの里の姫である煌流(こうりゅう)みつねだから。

 三人は私達を通り過ぎると、盾となるかのようにして巨人に相対した。

 

「リフ……リフなのか!?」

 

「相変わらず無茶苦茶やってるみたいだね、マリナ! ったく、顔もあんまり見たくなかったよ! ……師範も、お久しぶりです」

 

 私に悪態をつくも師範に対しては、こと真摯な態度を示す。弟子をやめた今でも想いがそこに残っているかのようだった。

 

「傍に居るのはアシュトンと……みつね姫だと……!? 一体、何がどうなっているんだ……! まさかエグゾアに誘拐されて、こき使われて……!?」

 

「それは無いよ、安心しな。アタイはとっくにエグゾアを抜けてる。今は『漆黒の翼』のリーダーさ。救世主達の味方だよ!」

 

「『漆黒の翼』……?」

 

 戸惑う私に向けて、リフは冷静にそう述べた。

 彼女は何故、エグゾアを抜けたのか。『漆黒の翼』とはなんなのか。アシュトンとみつね姫はどうしてそれに荷担しているのか……。疑問は尽きないが、とりあえず私の口から出たのは次の言葉だった。

 

「そもそも、どうやってエルデモア大鉄橋に?」

 

「アンタ達にどうしても伝えなきゃいけないことがあって、ギルムルグで飛んできたんだよ。途中で立ち寄った首都オークヌスで偶然アシュトンを捕まえて、居場所を聞いたのさ。にしても、機体にはステルス機能が備わってたんだけど、こんなところで役に立つとはね。おかげで闇に紛れてここまで来れたよ」

 

 夜の真っ暗な中、クルネウスにもクリスミッド軍にも気付かれない高度な隠密飛行によって、撃ち落されず無事にここまでやってきたという。肝心の怪翼機(かいよくき)ギルムルグがどこにもないが、おそらくリフが専用のソーサラーリングを持っており、そこに格納されているのだろう。

 

「……なーんて、余裕こいて喋ってる場合じゃないね」

 

 巨人が足の瓦礫を腕で振り払い、再び活動しようとしていた。クルネウスも、ゆっくりと距離を詰めてきている。

 

「空から見てたから、状況は大体わかってる。師範がクルネウスを裏切ったあと、不意打ち喰らって大ピンチなんだろ? ひとまずここはアタイらに任せときな!」

 

 ニヤリと笑い自信満々に答えたリフは、両隣の二人へ指示を下した。

 

「アシュトンはアタイと一緒にメタルゴーレムをブッ壊すよ! みつねちゃんは倒れてる奴らの回復をお願い!」

 

「おい、俺に命令すんじゃねーよ!」

 

「承知いたしました、リフ!」

 

「よーし。『漆黒の翼』、気張っていくよー!!」

 

「聞けよ俺の話!! ……ったく」

 

 リフがカトラスを振りかざして突撃すると、みつね姫がそれを見送りつつ後方に下がる。何やらアシュトンだけは不服な様子であるが、文句を零しつつも両手でしっかりとライフルを構えていた。

 

「今度は瓦礫を飛ばすだけじゃ済まさねぇ。ド真ん中にブチ当ててやるぜ! ブレイクシュート!!」

 

 大出力の白き閃光が夜の一部を塗り潰す。そして宣言どおり、胴体の中心へ照射。堅牢な装甲の表層を、僅かだが確実に熔かしている。巨人への最初の一撃は、アシュトンのこの銃技だったようだ。

 

「過去に自分が造って操ってたメタルゴーレムを今は敵として、この手でブッ壊そうとしてるなんてな。人生ってのは、わからねぇもんだぜ……」

 

 少々の間だけ昔を思い返していると。

 

「感傷に浸ってないでバンバン撃ちまくりな!」

 

「だから俺に指図すんじゃねーよバカリフ!!」

 

 リーダーから怒鳴り声が響いてくるのだった。……それにしても、指図されるのが嫌ならどうして『漆黒の翼』という集まりの一員となっているのだろうか。リフに弱みでも握られてしまったのか?

 一方。倒れた皆の周辺では、みつね姫が薙刀を杖のように構えて祈りを捧げていた。

 

「皆様、そしてまさき様……。今度はわたくしがお救いする番です。……回生功(かいせいこう)にございます!」

 

 治癒の術技で皆の傷を癒し、活力をくれている。

 ……どうしてみつね姫が治癒の術技を使用できるのか、と一瞬は思ったがおそらく、まきりさんがこっそりビットを分け与えたのだろうと察した。

 

「ボルスト、薙刀の娘、そしてマリナ・ウィルバートン。命を失う覚悟を決めろ」

 

 しかし、クルネウスがそれを大人しく待ってくれるわけがない。そして皆の回復に時間がかかることは明白。ただ一人、辛うじて動ける私が攻撃に入らなければ……!

 

「ならばマリナよ、今こそ放つ時である」

 

「えっ……!?」

 

 心情を見透かすかのような、背後からの師範の一言。私は驚き、思わず振り返ってしまう。

 

緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)だ。わしからの伝授、忘れたとは言わせぬぞ。回避を得意とするあやつを倒すならば、確実な打撃を叩き込むこの秘奥義しかない」

 

 それは……わかっている。わかっているのだが……。

 

「しかし、私には…………無理です……」

 

「その威勢の弱さを見る限り、物にできておらぬようだな」

 

 悔しさが顔へ浮かびそうになり、師範から目を背けてしまった。だが、何も語らなくても筒抜けらしい。全てを理解した素振りを見せている。

 この間にも向かってくる、不気味な笑みの仮面。迷い続けていても埒が明かない。わかっているのだが……足が(すく)む。緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)を放つには実績も勇気も足りない。無闇に放って失敗し、全滅してしまうことを考えれば、一層のこと使わないほうがいい。もっと別の策を捻り出すべきだろう……。そんな考えが私の脳裏をよぎっていた。

 

「これが最後の手解きである……」

 

 ――その時だった。不意に師範が腰を上げ、事もあろうにクルネウスを目指して堂々と歩み始めたではないか。……鋼体バリアを張る余力など、もう残っていないというのに。

 

「ボルストめ、気でも狂ったか」

 

 もちろんクルネウスは師範に銃撃を行う。……これではまるで師範が壁のようではないか。私を護る、鉄壁の壁だ。私が師範を救うはずだったのに結局、私が救われる立場となってしまっている……。

 

「駄目です! そのお身体では……! せめて私の銃技で傷を癒してください!」

 

「聞け、マリナよ」

 

 銃創だらけの背へ懸命に呼びかけたが、師範は振り返らない。それでもなお私は叫ぶ。傷を増やし続ける彼を止めるために。

 

「師範、退いてください! 師範!!」

 

 

 

 

 

「ええい黙れ!! この馬鹿弟子がッ!!!

 

 そして聞けぇいッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 空気、人、巨人、大鉄橋、海――周りにある何もかもを揺るがす怒号。私はおろか、一時の間だがクルネウスの銃撃すら止ませてしまった。

 その直後、師範は穏やかに語りかける。

 

「……マリナよ、思い出せ。あの日の氷結洞で、わしがどうしてフェンビーストに秘奥義を放ったのかを」

 

 あの日を、思い出す……。

 

「弟子の前で大技を披露し、格好をつけたかったからか?」

 

 違う。

 

「修行として己を高めるためか?」

 

 違う……!

 

「撃破することこそが真の目的であったからか?」

 

 違う!!

 

「……うむ。違うであろう」

 

「大切な仲間を……護るため!!」

 

 瞬間、私の中でひしめき渦巻いていた何かが消えてなくなっていく。代わりに、メラメラと燃え上がるものが心に宿った。これこそ私が師範から感じた魂……緋焔だ……!!

 

「その通りだ。敵を倒すためではなく、仲間を想って発動するのだ。それさえ理解できれば最早、お主の妨げになるものなど、ありはせぬ」

 

 師範は深く頷いて、私を後押ししてくださった。――その時。

 

「三文芝居もそこまでにしろ。ガイアライフル」

 

 苛立ったクルネウスが、私を狙って追尾弾を発射した。弾は師範を器用に避け、放物線を描くような軌道で私の腹部に命中。

 

「ぐああっ!?」

 

「マリナッ……!!」

 

 焦り、師範が振り向く。私はもう地に伏せていた。

 既に残りの体力が僅かとなっていた私にとって、クルネウスの銃技は確実な終止符となるのであった……。

 

 

 

「……私は……負けない……!」

 

 

 

 仲間が、私を事前に助けてくれていなければ、の話だが。

 

「負ける気がしない!!」

 

「なんだと……」

 

 クルネウスにとって有り得ない事象が起こった。倒れたはずの私が瞬く間に起き上がり、再び戦意を迸らせたのだ。

 ――戦いが始まった直後、ソシアはリヴァイヴを詠唱し、発動していた。リヴァイヴの効果は、味方一人に前もって術をかけておき戦闘不能に陥った際、自動的に復活させるというもの。ソシアがこの術を真っ先に私へかけてくれていたのは、私が師範と激戦を繰り広げるのを見越してのことだったのかもしれない。実際は発動するタイミングが異なったが……それでも彼女の厚意に感謝していることに変わりはない。おかげで最大の秘奥義を――敵味方を超えた私達の絆の力を、クルネウスにぶつけられるのだから。

 

師範直伝(しはんじきでん)のこの奥義、刮目(かつもく)せよ!」

 

 今の私に、迷いや恐れなど微塵も無い。

 二丁拳銃を腰のホルスターへ収めると、膝を曲げながら右脚を振り上げて始動の構えをとる。両脚に、二丁拳銃内のビットからの魔力を集中。そして内なる魂も込め、夜の闇を払うかの如く猛る(ほのお)を宿した。

 振り上げた右の烈脚で力強く踏み込み、不安定な瓦礫を物ともせず、揺れ動く前に素早く蹴って加速。さながら短距離を飛行しているかのようである。スピードに乗ったこの初撃は、復活に驚くクルネウスを見事に捉えた。

 

「舞い乱れるは、受け継がれし闘志の(ほのお)!」

 

 それを起点に繰り出されるのは、燃え盛る連続蹴撃。様々な方向から何度も、何発も、何回も緋焔の烈脚を喰らわせ燃やしていく。さすがのクルネウスも、この怒涛の連撃を前にして為す術がない。加えて、一度まさきに倒された時の傷がそのまま残っているため、無理に身体を動かすことも銃を撃つことも出来ないようだ。

 火だるまとなったクルネウスに足払いをしかけ、宙に転ばせる。そして蹴り上げによる上空への追放から、自身の真上への跳躍に繋ぐ。彼女の、終わりの時が来た。

 

 ――存分に味わうがいい。

 

 私が、

 

 仲間が、

 

 そして我が師が!

 

 命を燃やして紡ぎ出す、

 

 魂心(こんしん)の秘奥義を――

 

 

 

「その名も!!」

 

 

 

    ()

 

    (えん)

 

    (れん)

 

    (ごく)

 

    (さつ)

 

 

 

 より一層に激しい緋焔を纏った烈脚で、宙を舞うクルネウスの腹に爆熱のオーバーヘッドキックを叩き込む。大鉄橋の瓦礫に向けて一直線に蹴り落とされる彼女は、まさしく夜を照らす火の玉と化していた。

 熱き渾身の一撃の末。彼女の身体は鋭利に尖った大鉄橋の残骸へ、背面から深々と突き刺さってしまう。奇しくも、まさきが致命傷を与えた箇所を更に大きく抉り広げる形となっていた。手や足がどこにも届かなくなるほどの、あの刺さり様では……もう自力で抜くことなど叶わないだろう。

 

「ぎいぃぃぃぃぃっ…………ああああああああああ!!」

 

 ……響く、クルネウスの悲鳴。私が今まで生きてきた中で耳にしたことの無い、地獄に落ちていくかのような絶叫であった。

 そんな彼女の惨く哀れな姿を背景にして、私は荘重(そうちょう)に着地する。

 

「クルネウス、私の勝ちだ……!」

 

 瓦礫に身を突き刺したまま、不気味な笑みの仮面で夜空を仰ぎ、だらんと手足を垂らした。もう、私の声は聞こえていないようだ。左手から無限拳銃が落ちる。今度こそエグゾア六幹部の一員、咆銃(ほうじゅう)のクルネウスを撃破したのだ。

 

 巨人と『漆黒の翼』の戦闘も、終わりに近づいていた。

 

「マーダーショット!」

 

 アシュトンが巨人の短い足に衝撃弾を撃ち込む。すると巨人は、音を立ててうつ伏せに倒れることを余儀なくされる。

 

「ぶちかませ、リフ!」

 

「任せときな!」

 

 リフはアシュトンから引き継ぎ、倒れた巨人の頭部まで走る。そして頭部をカトラスで上から串刺しにし、ビットの魔力を解放。

 

守護氷槍陣(しゅごひょうそうじん)!!」

 

 すると、突き立てたカトラスを中心に氷の力が広がっていき、リフの足場周辺が氷漬けに。更に、凍った足場から尖った氷柱が一斉に生えたのだ。直下から生えた氷柱によって巨人の頭部も内部から貫かれることとなり、完全に機能を停止した。どうやらそこが弱点だったようだ。

 

「一丁あがり! へへっ。アタイらにかかれば、こんなもんさ!」

 

 氷漬けの頭部から、カトラスを悠々と引き抜いたリフ。その顔は勝利の余韻に満ちていた。……それは良かったのだが。

 

「おわぁっ!? こ、今度はなんだい!?」

 

 緊急事態である。

 地響きのような恐ろしい音と共に、大鉄橋のところどころの亀裂が大きくなり、割れ始めたのだ。

 

「からくりの巨人が倒れた衝撃で、半壊した大鉄橋がいよいよ崩壊しようとしているのではないでしょうか……?」

 

 みつね姫は落ち着いて分析するが、その通り。そもそも師範が大鉄橋を半壊させた時点で、ここに留まるのは危険だったのだ。

 

「だったら迷ってる暇は無ぇな。さっさと飛ぶぜ! リフ、ソーサラーリングからギルムルグを出せ!」

 

「あいよ!」

 

 アシュトンの声に、リフが行動で応じる。左拳を突き出し、中指の指輪から漆黒の機体ギルムルグを召喚した。アシュトンが操縦席へ着き、即座に頭部付近のスロープを下ろす。

 

「まだ完全に回復しきれていませんが、歩く程度ならば可能なはず。さあ皆様、ギルムルグへ乗り込んでください!」

 

「ぼ、ぼくも手伝います!」

 

 みつね姫とワージュの指示の下、まだ意識が(おぼろ)げな皆を誘導する。おかげで師範を含めた全員、何とか無事に乗り込めた。それを確認した直後、アシュトンはギルムルグ両翼のエンジンを吹かせて早急に夜空へと飛び立つ。

 同時に、既にボロボロだったエルデモア大鉄橋は完全に崩れて海に消えていく。……残骸へ突き刺さったままのクルネウスも、運命を共にするのであった。

 

 

 

 エルデモア大鉄橋および首都リグコードラから離れた、夜の北の空。

 怪翼機ギルムルグの機内では、みつね姫による治癒が再開されていた。その甲斐あり、皆はもうほとんど全快している。

 意識を取り戻したゾルクとソシアは開口一番、重傷の師範が同乗していることに驚いたが、私が簡潔に事情を説明すると納得していた。特にゾルクは、戦闘が始まる前から師範の寝返る可能性を考えていたので、あまり違和感が無かったのだろう。

 心苦しくなるやりとりもあった。復活して早々、絶対に居るはずのない存在であるみつね姫を目の前にしたまさきは、理解が追い付かないという風に目を丸くしたまま、しばらく硬直してしまう。みつね姫にどういう事情があるのかはまだわからない。けれども一国の姫君が、リフやアシュトンのような不良な素性の輩と行動を共にしているのだから、スメラギの里の全てを守る武士団長、蒼蓮(そうれん)まさきの気苦労は計り知れない。

 

 治癒を受けるべき人間で残ったのは、無数の傷を身体に残した師範のみとなった。現在はギルムルグ後部の座席で身を休めている。

 

「ぐぬっ……。ちぃとばかり無理をし過ぎたようだ。さすがのわしも、痛みに耐え続けることは難しいか……」

 

「師範、ご安心ください。幸いにもこの場には、治癒術を扱える人間が揃っていますから」

 

「そうですよ、師範! さあ今度こそあなたの番です! 早く早く!」

 

「……うむ」

 

 師範は苦悶の表情を浮かべて……いや、それ以上に難しい顔をして、私とリフの言葉を受け入れた。

 ――本来ならば師範こそ最優先で治癒術を受けなければならなかったのだが、彼は「お主の仲間が先である」と述べながら断固として拒否していた。自分よりも皆を優先してくださったのだから、絶対に回復してもらわなければ困る。その想いは、私もリフも同様であった。

 みつね姫を筆頭に、治癒術を持つ者全員で師範の回復を行う。……しかし、事は上手く運ばなかった。

 

「傷が癒せない……!? 治ったかと思ったら、またすぐ傷だらけに戻ってしまいます……」

 

「あたしのキュアもレイズデッドも効かないわ! どうなってるのよ~!?」

 

 ソシアとミッシェルだけではない。この場の皆が、有り得ない事象に動揺した。

 

「やはり、そうか……」

 

 だが、師範だけは全てを悟ったかのような風であり、静かに語り始める。

 

「わしはもう手遅れである。治すことは出来ぬ……。クルネウスの秘奥義からマリナを庇った後、魔力崩壊を引き起こす特殊な弾丸を喰らってしまい、わし自身を構築する核のビットが損傷してしまった。あやつは総司令から独自に命令を受けていたらしく、初めからわしを始末する気だったようだ……」

 

 これを聞き、ジーレイはハッとした様子で見解を述べる。

 

「レア・アムノイドは、ビットのみを用いた身体改造被験者の成功体のことを指していましたね。だとすればゾルクのようにビットと肉体が融合しているはず。そのような状態で核となるビットが傷ついてしまえば、生命活動にも支障が出ると考えられます。そしてビットは人体ではなく、ただの魔力の塊。魔力そのものに治癒術をかけても意味がありません。核のビットが壊れてしまえば……再生する手段は無いのです」

 

「ジーレイ・エルシードよ、その通りだ……」

 

 師範は目を閉じ、ジーレイを肯定した。そのことに薄々気付いていたから、自らの治癒を後回しにしていたのか。……まさかあの時のクルネウスの一発に、それほど重大な意味が隠されていたなんて……。

 

「命を落とすとわかっていても、まだお主達を助けることは出来る」

 

 意気消沈する私達とは反対に、師範は希望を胸に抱いていた。その希望とは、こちらが欲していたもの。

 

「ミッシェル・フレソウムよ。エグゾアテクノロジーベースへ行け」

 

「え……?」

 

 突如、指名されて驚くミッシェル。師範はそのまま続ける。

 

「メリエルは、お主の双子の姉なのであろう? テクノロジーベースに向かえば、姉を取り戻すきっかけが見つかるはずだ。あそこは、ナスターの根城とも言える研究施設だからな」

 

「ナスターの……!! わかった、行ってみるわ!」

 

 姉を奪われたミッシェルにとっての宿敵、ナスター・ラウーダ。彼の名を聞いた瞬間から、ミッシェルの目に烈火が点るのであった。

 

「そして救世主ゾルク・シュナイダーよ。総司令は総帥アーティルをそそのかし、クリスミッドにとあるものを造らせている」

 

「とあるもの、って……?」

 

「その名を『天空魔導砲ラグリシャ』という。エグゾアがギルムルグを使ってリゾリュート大陸各地の人間を誘拐しているのは、ラグリシャの動力源とするためなのだ」

 

「なんだって!?」

 

 ついに私達は、デウスの目的を知る。魔力を宿したリゾリュート人は、そのまま天空魔導砲のエネルギーにされようとしているのだ。……デウスめ、相変わらず手段を選ばない外道だ。

 

「じゃあデウスは、そのラグリシャっていうのを使って世界を滅ぼそうとしてるのか……!」

 

「……すまぬ。重要機密をどうにか探り当てた末の情報であるため、用途までは把握できなんだ……。けれども『魔導砲』の名を聞くに、兵器であるのは間違いない。……救世主よ、果てるわしに代わり、どうか総司令の企みを潰してくれ……!」

 

「ああ。約束する! 約束するよ、ボルスト!!」

 

 もう力を込めることが出来ない師範の逞しき手を、ゾルクはしっかりと握って誓うのだった。

 

「スメラギの姫君と武士よ。お主達や里そのものに対しても、取り返しのつかぬことをしてしまった。詫びて済む問題でないことは承知しておる。せめてわしが地獄に落ちるよう、呪ってくれ……」

 

 師範の懺悔を聞き、まさきとみつね姫はどう思ったのか。

 

「呪っても、どうにもならぬ。お主が地獄に落ちたところで、死んだ者が蘇るわけでもなし。そのようなこと、拙者が申さずとも重々承知していると思うが? ……お主が死なぬのであれば、その贖罪(しょくざい)の行方、見届けるつもりであったぞ。だからこそ拙者は、お主の同行を認めたのだ……」

 

「わたくしも、あなたを恨んでいないわけではありません。ですが事情を知ってしまうと、情状酌量の余地があるのではないかと考えてしまいます……。これほどに複雑な感情を持ったことは、今までにありません」

 

 許しはできないが償いを認めるという意見。師範にとって、これ以上ない言葉だった。

 

「スメラギの民は、胸が苦しくなるほどに寛大なのだな……。尚のこと、生きて償いたかった」

 

 そう呟く師範の身体から、何かが煙のように湧き出てくる。――魔力の崩壊である。水が蒸発するかのように、ゆっくりと身体が消滅していっているのだ……。

 

「……あと少しでいい、弟子と話をさせてくれ。図体ばかりでかいのだから、せめてしぶとくなければ格好がつかぬ」

 

 何かへ祈るように、けれど小さく冗談を交じらせると、彼は最後の語りを始める。

 まずはリフに対してだ。察したのか、リフも脱帽して構えた。

 

「リフよ、見違えるほど面構えが良くなったな。先ほども助けてくれて、礼を言う。わしの下におった頃とは、まるで別人のようであるぞ。知らぬ内にお主も成長していたということか。……何もしてやれず、師として恥ずかしいわ……」

 

 彼の言葉には明らかに後悔の念があった。これを聞いた途端、リフは目を潤ませて答える。

 

「ア、アタイのほうこそ、つまんない意地張って勝手に飛び出して、師範を裏切る形になっちまって……! 本当は、ずっと悔やんでたんです……ごめんなさい、師範……!」

 

「ならば、マリナと仲直りできるな? 先ほどのように『顔も見たくなかった』などと言うでない。マリナはお主に対して、悪い感情など抱いておらぬのだぞ」

 

「…………わかってた。わかってたよぉ……。全部アタイの意地のせいなんだよぉ……!!」

 

 (せき)を切ったように、リフは涙を流す。そんな彼女の橙色の頭に、師範は慈愛を以て手を添えた。

 次は私の番だ。師範に面と向かい、傾聴する。

 

「マリナよ。お主の運命はエグゾアとの決着に……いや、総司令との決着へ続いていることだろう。苦難の道であることは必至。しかし臆するな。お主の言葉にあったように、これまでの旅で培ってきた仲間との絆……それこそが最大の武器になる。忘れず心に持ち続けるのだぞ」

 

「はい!」

 

 もちろん、そのつもりだ。この先もずっと私は忘れないだろう。

 

「そして言いそびれていたが、まさにあれこそわしの託した……いや、わしの託した以上の緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)であった。この秘奥義に対してのみ言えば、わしを超えてしまったぞ」

 

「お気持ちは嬉しいのですが、流石にそれは言い過ぎです」

 

「ははは! 最後くらいは良いのだ! それにリフの水や氷の技、あれもよく磨き上げられていたぞ。海賊に憧れているだけのことはある!」

 

「い、今さら褒めたって、何も出やしませんよ!」

 

「出ずとも良い。ただ本心を述べたまでだからな! ふはははは!」

 

 褒めてくださる師範の朗らかな姿。もう二度と来ないと思っていた時間が訪れたせいか……リフと同じく、私も涙を堪え切れなくなっていた。

 

 

 

 ――師範、何度も泣かせないでください。

 

 別れが一層つらくなってしまう。

 

 あなたのお身体は、魔力の小さな粒となって消え始めているのですよ。

 

 せめてそれらしく悲しんでください。

 

 気丈に振る舞われるほど、私達は――

 

 

 

「マリナ、リフ。それぞれが築いてきた仲間との絆、これからも大切にするのだぞ。お主達同士の絆も、同様にな」

 

「「はい、師範!!」」

 

 リフと揃い、震えた声で返事をした。

 そして次が師範の……最期の言葉となる。

 

 

 

「ボルスト・キアグとしての人生も案外、捨てたものではなかったようだ……。お主達の旅、遥か彼方から……見守って……おるぞ……――」

 

 

 

 全身が魔力の粒と化し、ついに霧散した。

 元居た座席を凝視しても、座席のまま。師範が、この世から完全に居なくなった瞬間であった。周りからもすすり泣きが聞こえる。

 結局、あの人は悲しむ姿を見せなかった。それほどに満足して逝けたということなのだろうか。そうだとしたら……それでよかったのかもしれない。

 

 私達が成し遂げるべき最終目標は、戦闘組織エグゾア総司令――魔大帝デウス・ロスト・シュライカンの企みを潰えさせること。それは最初から今までずっと変わらない。しかし今日また、なお強く、決心を固くするのであった。

 

 

 

 師範が消えるとも、緋焔は消えない。

 

 受け継がれ、絶えずここに在る。

 

 彼を記憶した私達がいる限り、在り続けるのだ。

 

 

 

【挿絵表示】

 




(絵:まるくとさん、ピコラスさん)


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第48話「らしからぬ義賊」 語り:まさき

「やってくれたなぁ、コルトナよ」

 

 総帥アーティル・ヴィンガートの穏やかなる怒りの声が、クリスミッド城の一室に満ちる。

 この部屋は、言うなれば手術室だろうか。天井からは大きな複合照明が吊り下げられていて、四角い処置台には細かな器具が揃い、付近では手術機器も稼動している。――そして何より手術台の上には、身体を大の字に固定され、怯えているコルトナ将軍の姿。

 

「…………!」

 

 夜空色の軍服は既に脱がされ、白の手術着を着せられている。それに加えて目や口は拘束され、唸り声すらあげられないようだ。

 

「我が軍事国クリスミッドにおける最重要設備、エルデモア大鉄橋が崩壊した。わかるか? 事の大きさが。大失態を犯したお前でも流石に理解できるよなぁ? 勝手に見切りをつけて撤退したりしなければ、最小限の被害で済み、救世主一行も撃退できたかもしれないのだぞ? クリスミッド存亡の危機……とまでは言わないが、他国に攻め入れられでもすれば、今までより手こずることは確実だろう」

 

 アーティルは医師や手術技師を幾人も(はべ)らせ、返答できないコルトナ将軍を、凍えさせるように責め立てる。

 

「エグゾア六幹部二名の戦死もデリケートな問題だ。戦死そのものはどうでもいいが、総司令殿の機嫌を損なうこととなれば、吾輩の野望が成就しないかもしれぬではないか。……だが、侵攻の用意が予定より早く整ったのは幸いか。まもなく開始するぞ。お前に名誉挽回の機会をくれてやる。指揮を執れ」

 

 左目の片眼鏡を光らせ、次の言葉を付け足した。

 

「なぁに。いざという時が来れば、これからお前の身体に施す『策』が発動し、難を逃れられるだろうよ。だから次こそは、将軍の肩書きに相応しい働きをしろ」

 

 すると、医師や手術技師の集団が、手術台のコルトナ将軍を取り囲む。――これから何が起こるのかは、言わずもがな。

 

「……!? っ……ッ……!!」

 

「ははは! 身悶えるほど嬉しいか。よほど吾輩のために働きたいと見える。そんなお前の献身的な態度に、涙が出そうだぞ。……それに安心しろ。セリアル人と違い、リゾリュート人はレア・アムノイド化しても人格、感情、記憶の消失はほとんど見られないそうだ。吾輩のように成功すれば、の話だがな!」

 

 コルトナ将軍は聴覚で地獄の開始を知ってしまった。抗う術は無い……。

 アーティルは彼を嫌味に笑うと、手術室を後にする。

 

「天空魔導砲ラグリシャの完成は間近だ。これを使い、戦闘組織エグゾアもケンヴィクス王国も、必ず吾輩が支配してみせる。その日はすぐだ。そして、ゆくゆくは世界を……!」

 

 デウスの手の平で踊らされているとも知らず、彼女は、自らの望む明日を見据え続けた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第48話「らしからぬ義賊」

 

 

 

 崩壊したエルデモア大鉄橋から離れ、北へ北へと夜空を飛行する黒き翼――怪翼機ギルムルグ。これに搭乗している拙者達は、咆銃(ほうじゅう)のクルネウスとの死闘、破闘(はとう)のボルストとの和解と消滅を乗り越え、気概を取り戻しつつあった。

 ……ギルムルグで拙者達に助太刀してくれた『漆黒の翼』。しかし……何がどうしたことか、スメラギの里の姫である煌流みつね様が構成員として含まれておられるではないか。どうやら、黒の海賊帽と海賊服を着た橙色の跳ね髪の眼帯少女――リフ・イアードが、原因として絡んでいるようである。彼女は、理由あってスメラギの里に滞在していたと手短に教えてくれたが、それも何かの策略なのではないだろうか、と疑ってしまう。

 姫のお姿は、普段のお召し物から一転。桜色の戦装束を身に纏い、栗色の長髪を後ろでまとめ、母君の形見である伝統の薙刀を握っておられる。まさしく、戦いに身を投じること前提のお姿である。リフに強要されてしまったのだろうか? スメラギ武士団長として、そして許婚(いいなずけ)として、拙者の胸中は穏やかと言えずにあった……。

 

「大鉄橋が壊れて、クリスミッドは大打撃を受けたな。これで総帥アーティルも少しは懲りるだろうよ」

 

 操縦席で自動操縦を見守りながら、首に巻いた緑色のスカーフを弄ぶアシュトン。彼は軽やかに言い放ったが、ジーレイは常時の警戒を続ける。

 

「だといいのですが。彼女の、あの見るからに厄介そうな性格……簡単にへこたれるとは思えません。『天空魔導砲ラグリシャ』という、正体不明の秘密兵器も隠し持っているわけですし」

 

「ラグリシャは、まだ造ってる途中なのよね? ……あ、でもそろそろ完成しちゃう可能性だってフツーにあるか……」

 

「私達に残された時間は少ないですね」

 

 ミッシェルとソシアも、現状についての余裕の無さを痛感していた。気持ちが焦りそうになる場面だが、マリナは冷静に述べる。

 

「だからと言って、無策にアーティルのところへ乗り込むわけにもいかない。休息を取りながら、次の行動を考えよう。……幽閉された側近達のことは心配だが、ワージュもそれでいいか?」

 

「もちろん。クリスミッドも混乱して、立て直す時間が必要だと思うから、きっとまだ大丈夫だよ。慎重に行こう」

 

 ウィナンシワージュ殿下を含めて全員、マリナの意見に納得するのであった。

 

「……ところでだ。リフ」

 

 打って変わり、マリナは海賊服の少女リフへと視線を向けた。

 

「ああ。アタイもアンタに言いたいことがある」

 

 どうやらお互いに用件があるらしい。先に伝え始めたのは、マリナだった。

 

「今になってやっと、お前のことを軽視していた自分に気付いた。知らず知らずのうちに働いた無礼を詫びたい。そして救援に駆けつけてくれたこと、本当に感謝している。リフ、ありがとう」

 

「そんな堅っ苦しい礼なんて要らないさ」

 

 面と向かい、しっかりとした口調で頭を下げるマリナ。これを受けたリフは、困ったような、面倒くさそうな、ただの照れ隠しのような……そんな態度で返事をした。

 次にリフが、複雑な表情で胸の内を明かす。

 

「……後から師範の弟子になったくせに、アタイより可愛がられるアンタに嫉妬して、ずっとムシャクシャしてた。それが理由で何度も突っかかった……けど、実際は違った。師範は、アタイを見てくれてないわけじゃなかった。なのにアタイは早とちりして、逃げ出しちまって……。師範が死ぬ直前になるまで真実を知れなかったなんて、アタイってば、どんだけバカなんだろうね……」

 

 ――何もしてやれず、師として恥ずかしい――。ボルストが遺した言葉である。リフが去ったことで自責の念にかられていたからこそ、出てきた言葉なのだろう。同時に、リフ自身も後悔にまみれていたのだ。

 落ち込むリフを慰めるかのように、マリナが語る。

 

「だが師範の下を飛び出しても、お前はお前なりに成長していた。師範が仰っていたじゃないか。あの時の師範、嬉しい誤算だと言わんばかりに優しい声だったぞ。それに、今まで道を間違えていたとしても……」

 

 右手を、彼女へと差し出した。

 

「これから、やり直すんだろう?」

 

 リフは目を丸くし、言葉を失う。けれども、すぐさま熱く鋭い眼差しとなり。

 

「……はんっ! アンタに言われるまでもないさ」

 

 不敵に笑うと、マリナの右手を勢いよく掴むのだった。

 

「アタイはアタイなりに真っ当な道を行く。『漆黒の翼』としてね!」

 

 固く交わされた握手。二人を隔てていた壁が、完全に取り除かれた瞬間であった。

 

「……さて! 仲直りもできたみたいだし、質問してもいい?」

 

 新たに仕切り、声を発したのはゾルクだった。

 

「みんな気になってると思うんだけどさ……『漆黒の翼』って何なの?」

 

 彼の問いを耳に入れた途端、リフは目を輝かせ、唐突に声を張り上げる。

 

「よくぞ訊いてくれたね、救世主! ……やるよ、二人とも!!」

 

「はい!」

 

「ここでかよ!?」

 

 急な呼びかけに颯爽と対応する姫と、慌てるアシュトン。そして、それは始まった。

 

「激震の海に斬り込み!」

 

「暗黒の空を撃ち抜き!」

 

「混沌の地へ咲き誇る!」

 

「「「我ら、『漆黒の翼』なり!!」」」

 

「お呼びであろうがなかろうが、ここに見参!!」

 

 ギルムルグ機内で反響する、三名の口上。最後の台詞はリフが締めくくった。だが、求めているものはそれではない。

 

「いやいやいやいや、ちょっと待って。名乗り上げるんじゃなくて説明が欲しいんだよ、俺達は。っていうか、どうしてアシュトンとみつね姫がメンバーに入ってるの? みつね姫はノリノリだけど、アシュトンは嫌がってるみたいだし、すんごく謎」

 

 ゾルクが指摘すると、中身のある話がようやく始まった。

 

「『漆黒の翼』ってのは、誰にも縛られることのない自由奔放な義賊集団のことで、アタイが興したのさ。エグゾアを抜けて、スメラギの里で助けられて、色々考えて……その末に、義賊ならアタイでもどうにかやれそうだと思ったから、新しく立ち上げたんだ。これが、アタイなりの真っ当な道ってワケさ」

 

 拙者の目には、姫に無礼を働く不埒者と映っていたが、それは誤解とする。先のマリナとの和睦も含め、こやつの言動は真剣そのもの。心意気は信用に足るようだ。……しかし、義賊が真っ当とは解せぬ。海賊かぶれであったとも聞くし、こやつは常に何かを勘違いして生きているのではないだろうか。

 

「それにさ。弱者を助け、巨悪を挫く、時代の裏で暗躍する黒き翼……! あぁ~……なんてカッコイイんだろうねぇ……♪」

 

 ……やはりだ。こやつは、憧れで義賊に先走った愚か者に違いない。このような能天気な者と姫が行動を共にするなど、断じてあってはならぬ……!

 拙者が密かに震える隣で、ミッシェルは同調していた。

 

「あたし、そのカッコ良さわかるかも……!」

 

「わかってくれるかい!? アンタ、センスあるね……!」

 

「でっしょ~♪」

 

 意気投合する様子を、ウィナンシワージュ殿下とマリナが多少呆れながら見守る。

 

「ミッシェルさんとリフさん、波長が合うんだね」

 

「私より友人関係が似合うかもしれない」

 

 拙者も二人に(なら)い、見過ごそうとした……のだが、怒りにより我慢し通せず。

 

「つかぬ事を伺うが……義賊としての目的のためならば一国の姫を誘拐してもよい、などとは考えているまいな……?」

 

 ぎろりと、リフを睨み抜いた。すると彼女は、狼狽(うろた)えつつも弁明する。

 

「ゆ、誘拐だなんてとんでもない! みつねちゃんが無理矢理アタイに付いてきたのさ! 絶対にダメだって断ったんだけど…………断ったんだけどっ! アタイの言葉を聞いてくれなかったから、仕方なく連れて来ちまったんだ! ……そういやアンタ、若いけどスメラギ武士団の団長なんだってね。どこに行ってもスメラギのお偉いさんが怖い顔してくるなんて……アタイに安息の地は無いのかねぇ……」

 

 姫が自ら同行を願い出た……? まさかの答えを受けた拙者はリフの嘆きを無視し、姫に問い質す。

 

「誠にございますか……?」

 

「ええと……はい」

 

 ばつの悪そうな笑顔を浮かべ、肯定なさった。

 姫の、一度言い出したら絶対に折れない性格……。拙者も幼き頃より無理難題を押し付けられてきたため、言い訳としては筋が通っている。

 

「しかしどうせ、己のかざす義賊の正義で姫を振り回し、止むを得ないなどとほざいて悪事に加担させているのだろう? リフよ、拙者は断じて許さぬぞ……!!」

 

「人様に迷惑をかけることなんてしてないさ! ただでさえ、エグゾア時代に悪いことしまくってきたんだから、もう悪さしないよ。アシュトンはともかく、みつねちゃんに悪いことなんてさせられないし!」

 

「俺はいいんかい。というか、悪事を働かない義賊ってなんなんだよ。中途半端だな」

 

 アシュトンを無視し、拙者の目を真っ直ぐと見つめたリフ。彼女の返事に、揺らぎはなかった。

 

「姫、これも誠にございますか……?」

 

「はい。リフはわたくしにとって、心からの信頼に値する友人でございますから、その辺りの心配は無用。誘拐などされておらず、悪事も皆無にございます」

 

「みづねぢゃぁん……!」

 

 姫の言葉を受け、感涙するリフ。……どちらからも、嘘偽りは感じられなかった。

 

「姫のご意思による行動であり、悪事にも荷担していないことは信じましょう。しかし、これ以上の旅は認められませぬ……」

 

「そんな……! わたくしは一国の姫として、どうしてもこの目で世界を見て回りたいのです! 術技を習得し、戦えるようにもなりましたよ!」

 

「いつの間にやら術技を習得なさっているのは、どうせ父上からビットを受け取ったのが要因でしょう……」

 

「そ、そのようなところまでお見通しなのですね……」

 

「お気持ちは察しますが、付け焼き刃の術技で戦うのは危険です。そしてどうか御身の立場をお考えください。てんじ様やぜくう、スメラギ武士団の者が血眼(ちまなこ)になって探しているはず。そのご様子だと、皆に何も知らせず飛び出してこられたのでは……?」

 

「はい……。けれども手紙は残して参りましたよ?」

 

「そういう問題ではございませぬ……」

 

 なぜ姫が斯様(かよう)な、お転婆と化してしまわれたのだろうか。拙者は姫のこれまでを幼少期より存じ上げているが、ここまで無闇で活発になられたことはない。スメラギの里にリフが滞在したことで、異変が起きたのやもしれぬ。おのれ、リフ・イアード……。

 拙者と姫が押し問答を繰り返すのを余所に、ミッシェルが口を開いた。

 

「で、アシュトンはなんで『漆黒の翼』としてこき使われてるの? リフの言うこと聞かないと爆発しちゃうの?」

 

「するかよ」

 

「じゃあなんで?」

 

「う……それは……」

 

 アシュトンは、彼女の追究にたじろいだ。そこへ、リフが助け舟を出すかのように口を挟む。

 

「アタイとみつねちゃんが首都オークヌスで休憩してた時、ザルヴァルグを修理してるコイツをたまたま見つけてね。丁度よかったから『漆黒の翼』の頭数に加えて、ここまで付いてきてもらったのさ」

 

「そう、そういうこと、ただそれだけのことだ。……あとリフ、コイツ呼びはやめろ。年上だぞ俺」

 

 少々、棒読みに感じられたが、実のところはどうなのだろう。ソシアも怪しんでいる。

 

「なるほど。でも本当にそれだけなんですか? アシュトンさんを強制的に働かせる理由にはならないと思うんですが……」

 

「待て待てソシアよぉ。世の中には、(あば)かない方がいい事だってあるんだぜ?」

 

「つまり、知られたくない理由があるわけですね」

 

 突如、割って入ってきたジーレイに図星を突かれ、暫しの間アシュトンは硬直。……ジーレイが言わずとも、誰もが察したわけであるが。

 直後のアシュトンの行動は、急激な方向転換であった。苦し紛れとも言う。

 

「んなことよりもよぉ! ……まさきと同じで俺も、お姫さんの同行には反対だ。そりゃあ居てくれて助かる場面もあったが、やっぱ旅ってのは危険だからな。今の内にスメラギの里へ帰ったほうが身のためだぜ」

 

「アタイも、みつねちゃんを送り届けたい。寂しくなるけど、やっぱりこのままじゃいけないってのはわかってるしさ」

 

 なんだかんだと騒ぎつつ、二人は常識的な考えも持ち合わせていたようだ。姫は、両者の真面目さを目の当たりにされ、ついに折れる。

 

「……わかりました。まさき様、スメラギの里に帰る決心がつきました」

 

「ご理解いただき、何よりでございます……」

 

「わがままを申し上げていたことは、重々承知しておりました。けれど、異国の方々と触れ合い、治癒の魔力という重荷が消えたことで、外の世界への好奇心が抑えられなくなっていたのです。……皆様。此度は多大なご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございませんでした。里の皆にも、わたくしの自省の念を伝えます」

 

 お言葉と共に、深々と頭を下げられた。お心よりの反省が見られ、これで拙者も安堵が叶う。

 

「丸く収まったようだね! 後はみつねちゃんをスメラギの里に送るだけ……なんだけど、アタイは今ごろ誘拐の罪を着せられてるだろうし、てんじ王に処刑されるかもしれないんだよね。次に会ったら……ホントに命が無いかも……」

 

 リフは冤罪で処されることを恐れ、背筋を凍らせていた。そこにジーレイが、奇抜な案を提示する。

 

「では、いっそうのこと、スメラギの里に帰化してみてはいかがでしょうか。姫君を無事に里へ送り届け真実を伝えれば、誘拐疑惑も不問にしてもらえるやもしれませんよ。そして王に今度こそと忠誠を誓い、媚を売るのです」

 

「媚を売るって……アンタ、偉い魔術師なのに卑しいこと言うんだね……。っていうか帰化するにしてもさ、スメラギの里へのメリットが無いと見向きもされないんじゃないかい? そんな都合のいいモン持ってないよ」

 

「いいえ、持っています。あなたが帰化することでスメラギの里が得られるメリット、それは」

 

 ジーレイの言葉を引き継ぎ、拙者は口を開く。利点と言えば、あれしかない。

 

「……ギルムルグか。隠密性能を有するギルムルグが手に入れば、スメラギ武士団の戦力が強化される可能性も大有り。ならば拙者がてんじ様に掛け合えば、不問にもできよう。後のことは、お主の努力次第ぞ……」

 

「勿論わたくしも、リフのためにお父様を説得いたします。絶対に罰など与えさせません」

 

「そういうことなら、帰化するのも案外いいかもね!」

 

 先ほどまでの落ち込みが嘘のように、明るい笑顔となった。その楽観的な様は、ゾルクを困惑させる。

 

「い、いいんだ? 気楽だなぁ……」

 

 しかしリフは、すぐに無念を表情に映した。

 

「けど、どう転んでも『漆黒の翼』は解散だね。惜しいし、ある意味悔しいけど、この三人組がしっくりきすぎてて、新しいメンバーを加えるなんて考えられないよ……」

 

「リフ……本当に申し訳ありません」

 

「気にしないで。みつねちゃんはお姫様なんだから仕方ないよ。元々、アタイに付いてきちゃいけなかったわけだし、『漆黒の翼』のメンバーとして心で認めちまった時点で、アタイの負けだったのさ。……でもなんだかんだ言って、付いてきてくれてすごく嬉しかったし、楽しかったよ。今までありがとうね」

 

 小恥ずかしさを交えた素直な本心が、リフから零れる。姫も感極まってしまわれたのか、瞬間、リフの身体に飛びつかれた。

 

「その言葉、とても感激いたしました! わたくしも、この尊い経験は一生忘れないと誓います……!」

 

「みづねぢゃぁん……!!」

 

 涙を浮かべ、強く、熱く、抱擁を交わす二人。彼女らの世界が始まった。

 

「お前ら、ホント俺のことガン無視で話を進めてくよな。いや、解散で一向に構わねぇんだけども」

 

 その光景を、冷めた目で見つめるアシュトンであった。もう説明の必要は無いと思うが、他の大勢も、二人が生み出した世界から取り残されていた。

 

 ――新たに立てた目標の第一歩が潰えることになろうとも、友である姫を想うリフ――

 

 ――元はエグゾアの者だと知りながらもリフを庇い、信頼を貫き、行動を共にした姫――

 

 もはや疑う余地は無い。二人の友情は本物なのだ。ならば拙者も、リフ・イアードを認めざるを得んようだ。

 

 ……などと考えていた、その時である。

 耳を(つんざ)くような警告音が鳴り響き、機体が大きく傾いた。皆、付近の座席や取っ手に掴まって凌ごうとした。……この機体、急激に降下しているように思える……。

 

「どうなってるんだ……!? アシュトン、何とかしてくれ!」

 

「わかってらぁ!」

 

 慌てるゾルクの要請を受けると同時に、彼はすぐさま操縦席に戻り、自動操縦を解除する。そして操縦桿を握るが……。

 

「……おいおいおいおい、ギルムルグが言うこと聞かねぇぞ!? リフ、何か思い当たることはねーか!?」

 

 彼女は、この場の誰からも目を背けながら、恐ろしい答えを言い放つ。

 

「実は、スメラギの里に墜落した時、応急修理しかできなくてね……。そのせいかも……」

 

「ああああああ!? そういう大事なことは先に言っとけよ!! そんなのでよく今まで飛べてたなオイ!!」

 

 今更リフを責めたところで、解決にはならない。しかしこの状況、どうしたものか。流石のマリナも顔面蒼白となっている。

 

「国家を左右する要人が二名も搭乗しているのに、墜落とは……笑えないな……」

 

「墜落してたまるかよ! このアシュトン・アドバーレ様の名にかけて、不時着させてみせらぁ!! 全員、しっかり掴まってろ!!」

 

 アシュトンは半ば躍起になっているが、この状況ではそれも勇気付けられる一因となった。

 ……ミカヅチ城攻略の際、攻城兵器『逆さ花火』で事実上の墜落を味わったことがある。しかし、まさか人生で二度も墜落を経験しようとは、夢にも思わなかった。



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第49話「献身(けんしん)」 語り:まさき

 いつの間にか、あの長かった夜は明けていた。

 結局、国境城壁リゾルベルリの近辺へ不時着。そこは、クリスミッド側の砂漠地帯の始まり付近だったため、無関係な人々への被害は皆無であった。不時着の衝撃も、運良く砂が吸収してくれたらしく、負傷者も出なかった。不幸中の幸いと言えよう。

 アシュトンはひとしきりリフを叱った後、砂地に倒れたギルムルグを確認。すると、現時点では完全修復が不可能なザルヴァルグと、似た状態だということがわかった。

 

「ザルヴァルグとギルムルグの修理には、神器みたいに特殊な魔力集合体が必要になるんだ。フレキシブルウイング各部の作動流体としてもってこいだし、漏れて足りなくなった半永久複合燃料の代わりにもなるからな。センサー媒体としても優秀で、ビームキャノンの出力だって向上する! 至れり尽くせりってやつだ!」

 

 早朝の砂地にて、アシュトンの解説は興奮気味に行われた。どうやら、彼に機械を語らせると熱くなるらしい。

 魔力集合体が機械の部品になるとは、奇々怪々な話である。その思いのまま拙者は、確認のため彼に問う。

 

「実感は湧かぬが、それがあれば二機とも直せるのだな……?」

 

「そういうことだ。ただ、簡単に手に入らないからこそ、修理が難しくなってるんだぜ。ある程度の量も必要だしな。リゾリュート大陸には魔力集合体なんてほとんど存在しねぇって聞いたし、ネアフェル神殿みたいに都合良く神器を置いてる場所も、そうそう無いだろ? はぁー、まったく、どうしようもねーな」

 

 溜め息をつく彼。そこへ、ひょんなところから朗報が転がり込む。

 

「不思議な魔力の塊なら、ぼく知ってるよ」

 

 ウィナンシワージュ殿下であった。するとアシュトンは、背丈の低い殿下に目線を合わせ、両肩を鷲掴んだ。

 

「本当か!? 教えろワージュ! それさえあれば俺の愛機が復活する!!」

 

 その両目は、まるで幼子のように輝いている。この時のみ、(よわい)が十であるはずの殿下のほうが、大人びているように見えた。

 

「クリスミッド領内の、トローク坑道に行けば……」

 

「行けば手に入るのか!? なんだ、だったら楽勝じゃねぇか!」

 

「えっと……ジオギドラっていう恐ろしいモンスターから採れるんだよ」

 

「……ちっ、お約束のパターンだったか」

 

 魔力集合体の出所が魔物だと知ったアシュトンは、一気にやる気をなくした。殿下は苦笑いを浮かべるしかない。

 

「救世主、パス。詳細を聞いといてくれ。戦闘もよろしくな。俺の専門外だから」

 

「丸投げかよ!? あんなに食いついてたくせに! お前も協力しろよ!」

 

「うるせーな。機体はバッチリ修理するから別にいいだろ」

 

 ゾルクの言い分に聞く耳を持たず。アシュトンはギルムルグの中に入り、勝手に休憩し始めるのであった。「しょうがない奴だな」と愚痴を零し、ゾルクは話の続きを聞く。

 

「ワージュ、そいつはどんなモンスターなの?」

 

「希少な鉱石を好んで食べる、地属性の大蛇だよ。頭が八つ、尻尾も八つのバケモノ。食べた鉱石を、体内で特殊な魔力物質へと変換して蓄積するんだ。それはものすごい価値がつくほど綺麗な、宝石のような塊で、狙う大人が後を絶たないんだけど……ジオギドラが強すぎるせいで、手に入るどころか、帰ってきた人すらほとんどいないんだって」

 

 この説明に、ジーレイが疑問を投げる。

 

「リゾリュート大陸では魔力技術が発達していないというのに、それにしては詳しいですね」

 

「えへへ……。退屈なときは、城を歩き回ってこういう報告書をこっそり読んで、冒険気分を味わってたんだ。それで色々と覚えたんだよ」

 

 確かに、セリアル大陸に比べ、リゾリュート大陸での魔力技術は周知のものではなく、進んでもいない。しかしクリスミッドの上層部は魔力を信じ、研究し、その途中で魔力を形作る魔物に辿り着いていたのだろう。きっとケンヴィクスも、独自に魔力研究を進めているはず。ならばスメラギも負けてはいけない、と静かに感じるのであった。

 ところで、このジオギドラという魔物の特徴、初めて聞くものではない。

 

「頭も尾も八つの大蛇と言えば、まるでスメラギの里に伝わる(いにしえ)の魔物、ヤマタノオロチそのものぞ。姫も、そうは思われませぬか……?」

 

「はい。もしかすると、クリスミッドの領土にしか生息していないが故、明確な情報が少なく、里の誰も見たことがなかったのかもしれませんね」

 

 まさか異国にて、伝承の魔物の所在を知れようとは。これも旅の奇怪さの一つなのだろう。

 さて。ウィナンシワージュ殿下の話には、まだ続きがあるらしい。

 

「ここからが重要なんだけど、ジオギドラは普段、人目につかないところに潜んでて、おびき出すためには生贄が必要になるんだ」

 

「いけにえ……?」

 

 怪訝な表情で、ソシアが繰り返した。

 

「ジオギドラは用心深い性格だけど、若い女性には目が無くて、捧げたら飛び出してくるらしいよ。それくらい大好物なんだってさ」

 

「おとぎ話でよく見るような習性だな。でも生贄なんて……どうする?」

 

 ゾルクは皆に問いかける。しかし、悩む時間は微塵も存在しなかった。その理由は――

 

「そのお役目、わたくしが引き受けます。戦いに最も不慣れなわたくしが生贄となるのが、最上の策となるでしょう」

 

 ――姫が、颯爽(さっそう)と挙手なさったからである。当然ながら、拙者がそれを受け入れられるはずはなかった。

 

「なりませぬ……!」

 

「決して足手まといになるつもりはございません。リフと共にスメラギの里を発ったのも、相応の覚悟を持ってのことでしたから。与えられた役割は必ずこなします。たとえそれが、生贄の役だとしても」

 

「役割をこなせ、という話ではございませぬ! 命に関わる作戦へ、御身を差し向けられるわけがない……!!」

 

「問題ありません。戦い慣れておられる、まさき様や皆様を信じておりますから」

 

 また始まってしまわれた。姫の悪い癖が。流石の拙者も苛立ってしまい、少し声を荒げてしまった。……けれども、スメラギの里への帰還をご決意してくださったのだから、ここは機嫌をとって同行を認めるべきか。さもなくば、また「帰らない」と仰るかもしれない。

 

「……ならば、姫。このようなことは、これっきりだとお約束ください……」

 

 やはり、拙者はまだまだ未熟だ。この旅が終わった暁には、己の甘さを捨て去る修行に入りたい。このままではスメラギ武士団長として、許婚(いいなずけ)として、相応しい存在ではなくなってしまうことだろう。

 

「はい、約束いたします。……それに、どうかご安心ください。わたくしとて、ただ黙って生贄の役を演じるわけではございませんよ」

 

 こうしてトローク坑道への、姫の同行が決定してしまった。皆も「仕方なし」という空気を流している。

 気になるのは、姫のお言葉の最後の一文。密かに、何かに燃えておられるような気配があった。この場はあえて追究せず、聞いて聞かぬふりをした。何も起きなければよいのであるが……おそらく杞憂で終わることはないだろう。胃の辺りに違和感が生じ始めた……。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第49話「献身(けんしん)

 

 

 

 ジオギドラ討伐の準備を、国境城壁リゾルベルリにて整えた拙者達。カダシオ砂漠を南西に進んだ先――草原の始まりとも言える地点に、トローク坑道は存在した。あの異常に暑い砂の大地をまた横断する羽目となり、到着する前に心底まいってしまった。トローク坑道の入り口付近は気候が穏やかとなっていたため、それが救いだった。

 坑道内は一定の間隔で木材の枠が打ち付けられてあり、落盤を防ぐ補強が成されていた。そして当たり前だが中は薄暗く、木枠の上部から吊り下がっている古びた照明だけが、道標となっている。照らすのは坑道だけでなく、舞い漂う無数の塵もよく見える。しかしそれは環境が悪い証拠でもあり、長居する気を失せさせるのだった。

 目当てのジオギドラだが、トローク坑道最深部の立入禁止区域に出没するらしいので、拙者達は敏速に黙々と奥へ進んでいた。

 

「あー!! 重要なこと忘れてた!!」

 

 ……黙々と進んでいたところ、リフの吃驚が皆の耳を刺激。表情が苦痛に歪んだ。ソシアと殿下に至っては、揃って両耳を押さえている。リフの最も近くに居たためだろう。

 即刻、アシュトンが文句を叩きつける。

 

「急に大声出すなよ! 硬い鉱石が多いせいで、すげー響くんだぞ……。まだ何か厄介事があるのか?」

 

「違うよ。救世主達に伝えなきゃいけないことがあるんだよ!」

 

「俺達に?」

 

 そのまま、リフは伝達を始める。

 

「アタイがテクノロジーベースから脱出する時、狂鋼のナスターが妙なこと言ってたんだ。『門を開く準備とラグリシャの建造補佐で忙しい』ってね。『ラグリシャ』は天空魔導砲のことだとして……『門』ってなんだい?」

 

 かなり重要な、初出の情報である。狂鋼のナスターとやらが言う『門』について理解できれば、デウスの野望阻止に繋がる一手を発見できるかもしれない。

 しかし、このままでは流石に情報が少なすぎる。そこでマリナは、頼みの綱であるジーレイに問う。

 

「『門』について何か知らないか? ジーレイなら、きっと心当たりがあるはず」

 

 彼はしばらく考え込んだ後、重い口を開いた。

 

「……古き時代には『インディグネイション』と呼ばれた位の高い魔術があり、詠唱呪文には『黄泉の門』といった語句が含まれていました。しかしあれは特殊効果など無い、ただの攻撃魔術。長期に渡る準備など必要ありません。ナスターの指す『門』とは、デウスが独自に構築した魔術である可能性がありますね。……僕の心当たりは、これだけです。面目ありません」

 

 残念なことに、あのジーレイでさえ見当がつかないらしい。折角リフが持ち込んでくれた情報も、これではあまり意味を成さない。

 

(黄泉の門……まさか、ね。しかし、だとすれば何のために…………対抗しうる手段は…………)

 

 ジーレイはその後も『門』の謎を解き明かそうと、一心に思考を巡らすのだった。

 

 ようやく、トローク坑道の最深部に辿り着けそうだ。目前の『立入禁止区域』と記された木の立て札と、申し訳程度の鎖の仕切りが証拠である。これらを尻目に通過し、細くなった坑道を更に進むと……。

 

「ひらけた空間に出たね。これだけの広さがあれば、ジオギドラも出てこれそうだよ!」

 

 ウィナンシワージュ殿下のお言葉そのままである。どれだけの大物がのた打ち回ったとしても、坑道が崩れる心配など無用なほど、縦にも横にも余裕がある。それによく見渡せば、ジオギドラの通り道らしき大穴もちらほらと。ならば、後は待ち構えるのみ。

 

「では皆様、手筈通りに」

 

 広間の中央にて。姫が薙刀を地に置いて(ひざまず)き、目を閉じ、両手を胸に当て、祈りを始められた。拙者達は下がり、固唾を呑んで姫を見守る。

 

 しばらく、遠くで風が吹き抜ける音だけが空気を伝わった。

 

「……!」

 

 その時は突然である。

 拙者を皮切りに、無言のまま皆で捉えた。――静かにゆっくりと大穴から這い出てくる、巨大なジオギドラの姿を。意外にも豪勢な黄金色の鱗で全身を覆っており、暗い坑道内でも圧倒的な存在感を放つ。八つの頭はそれぞれ鋭い牙を持ち、八つの尾の先端は刀剣かと見紛うほど美しく鋭利な銀色となっている。その姿から漂うのは、強敵の気迫。並大抵の冒険家がジオギドラの宝石を狙ったところで、歯が立たないわけである。

 

「見えてきましたね。予想より少し大きいですが、全員で一斉に攻撃すれば問題なさそうです。ジーレイさんを見習って不意打ちしましょう」

 

 (たくま)しくも、ソシアはジオギドラを目の当たりにして怖気付いてなどいなかった。それどころか、一番有効な奇襲戦法を冷静に提案している。勿論、賛成だ。

 祈りを終えられた姫が徐々に後退し、ジオギドラを誘導。その隙に、拙者達が奴の後ろへ回り込む。安全のため、殿下もこちら側だ。

 ジオギドラの視野が暴力的に広いため、一時は困難を極めると思ったが、八つ全ての首が姫へ注目していたため、難は無かった。強大な力を持つと言えど、所詮は魔物。習性には逆らえないのである。

 位置取りに成功した後は、作戦の決行あるのみ。アシュトンが先陣を切った。

 

「オラオラァ! 袋叩きだぜ!!」

 

 地属性のジオギドラが苦手とするのは、風属性。豪風をその身に受ければ、たちまち朽ちて崩れてしまうのだ。

 弱点については事前に解っていたことなので、各々、ジオギドラの背後から風属性の術技を放ち、黄金色の鱗は飛散。あっという間に巨体を地に伏せさせてしまった。不意打ちのため尾の刃による反撃が無かった点も、事を有利に運べた要因である。

 

「こんなに上手くいくなんて拍子抜けだよ。……というかアシュトン、戦闘しないって言ってたくせに結局、戦ってたじゃないか。しかも真っ先に」

 

「うるせぇ」

 

 早々と無創剣を背の鞘に収めたゾルクが、意地の悪い笑顔でアシュトンを弄る。それほどの余裕がある程度に、他愛の無い戦闘であったのだ。後は、ジオギドラ体内の魔力集合体を取り出し、入手するのみ。――そう思っていた、矢先。

 

「……あー!!」

 

 不意に、ミッシェルが甲高い大声をあげた。

 

「死んだフリだったの!? しかもバラバラになったわ!」

 

 彼女が指差す先には……なんと巨体を起こし、うねる身を八つに分けたジオギドラの姿が。首と尾が一対で備わっていることには、大いに意味があったのだ。

 身を分けても巨体に相違は無いため、ある意味、合体時よりも厄介である。しかし、流石に体力は不完全な様子。死んだふりと言うよりも、死に物狂いで足掻いていると言ったほうが正確だろう。

 

「今なら間に合う!」

 

 誰よりも早く、とどめを刺そうとマリナが跳んだ。降りた先は、四匹と四匹の間。

 

「インパクトステージ!!」

 

 叫ぶ彼女は両腕を交差して左右に発砲し、振動の壁を生成。すぐさま両腕を伸ばすと、二度目の発砲で壁を撃ち出した。この術技は、魔力弾の代わりに振動の壁を発射して、左右もしくは前後の敵を同時に攻撃する奥義なのである。

 振動の壁は大きく、そして遠くまで届き、位置取りさえ間違わなければ多くの敵を巻き込めるため、分離したジオギドラに対しても存分に効果を発揮する……のだが。

 

「ちぃっ、往生際の悪いヘビめ……!」

 

 マリナから舌打ちが聞こえた。六匹は確かに討ち取ったのだが、奥義から遠かった端の二匹が、紙一重のところで避けてしまったのだ。手負いとなったおかげで本能が余計に剥き出しとなり、俊敏さを増しているのである。

 状況は、更に悪化する。

 

「みつねちゃんの方へ向かってる!? ちっくしょう、待てー!!」

 

 リフは焦り、全速力でジオギドラを追いかける。

 

「残った頭で、せめて生贄を喰らってやろうとしてるのかい!? 意地汚いヤツだね!!」

 

 しかし速さは段違い。追い付ける見込みは無かった。

 次いで、ゾルクも歯を食いしばって走ったが、やはり同じことであった。

 

「やらせはせぬ……!」

 

 足に自信がある拙者は、リフとゾルクを瞬く間に抜き去ってジオギドラを追うが……それでも間に合いそうにない。

 マリナ、ソシア、ジーレイ、アシュトンが遠隔攻撃で足止めを狙うも、野生の勘を発揮しているのか、巨体にも拘らず二匹とも易々と回避してしまう。このままでは一大事だ。

 

「ああ、なんと恐ろしい……! 足が(すく)んで動けません……」

 

 手負いのジオギドラが迫り来るのを捉えた姫は、その場にぺたんと座り込み、怯えてしまわれた。その姿を見た二匹は、歓喜するかの如く飛び跳ねた後、素早く地を這い、円を描くようにして姫を取り囲んだ。まるで、勝利を確信したと言わんばかりの様である。

 

「姫!! お逃げください、姫!!」

 

 不甲斐なき拙者は、あと少しのところで姫の元に辿り着けず、声を張り上げるほかなかった。

 

 ――脳裏に浮かぶのは、ミカヅチ城で姫がスサノオに切り裂かれた時のこと。

 

 あの時、拙者は何も出来ず、姫が傷付く姿を目に焼き付けることとなってしまった。

 

 そして今もジオギドラに手を焼き、姫に手が届かず、過ちを繰り返そうとしている。

 

 このような体たらくで、何が武士団長か。何がけじめの旅か。拙者に成長は無いというのか。

 

 姫を……みつねを護れぬ己自身が、ひたすら情けない――

 

 

 

「愚かしや、ジオギドラ」

 

 拙者の内に生まれていた、己を恨む一瞬が、決然とした声によって消し飛ばされる。声の主は……いつの間にか立ち上がり薙刀を構えられた、姫であった。

 

「虎穴に入らずんば虎児を得ず」

 

 姫は奮起するかの如く呟かれると、未だに円を描くジオギドラへ狙いを定める。拙者は言葉を紡ごうとしたが、そのための隙間は、姫から発せられる気迫により抹消された。

 

環耀刃(かんようじん)!」

 

 そして披露なさるは、足下から振り上げた薙刀の軌跡で光の環を描き、敵を高くに打ち上げる技。しかし、分離しても巨大で重量のあるジオギドラは打ち上がることなく、そのまま光の環で胴体を前後に切断。激しい痙攣(けいれん)の後、尾も頭も動かなくなり、光の粒と化して霧散していった。

 

「続いて、封縛(ふうばく)――」

 

 息つく暇なし。姫は紫電色で羽を生やした妖精を、薙刀の切っ先から召喚。妖精はジオギドラの速さに追随し、奴の長い体に紫電色の帯を巻きつけて捕縛。あとは、地を這えなくなったジオギドラを……。

 

妖魔刃(ようまじん)にございます!」

 

 一刀のもとに斬り伏せるのみ。

 紫電色の帯と共に、最後のジオギドラは消滅するのだった。……宝石のように輝く白銀の魔力集合体を、しっかりと遺して。

 

「秘めし覚悟……それは身を捧ぐほど。しかし本当に捧げてはなりません。成し遂げなければならない目的のためには、(ずる)く、賢く、(したた)かであるべきです。たとえ相手が人間であろうとも、魔物であろうとも。……さらばです、ジオギドラ」

 

 手向けの言葉が添えられたところで、ジオギドラとの戦闘は終息した。

 ……それは良いのだが、拙者を含め、全員が口を開けて唖然としている。それもそのはず。つい先日まで薙刀など振るっておられなかったあの姫が、異様なまでの強さを発揮なさっていたのだから。直接に姫と関わったことのあるゾルクとマリナは特に、受け入れ難く感じていることだろう。

 拙者の混乱は治まらぬが、思い当たる節はある。姫には、かつてスメラギの里で最強の称号をほしいままにされていたという母君、煌流さつか様の血が流れており、何らかの要因で武の才能が覚醒してしまわれたのだろう。お転婆化の原因は、これかもしれない……。

 拙者は眉を吊り上げ、姫の眼前まで歩んだ。肩肘も異常なまでに力んでしまっているが、もう抑えることなどできない。

 

「姫……!!」

 

「は、はい」

 

「初めからこうなさるおつもりでしたね……!?」

 

 頭から湯気を立てる拙者に、姫は気圧されている。

 

「何故、そのように激怒されているのですか……? 生贄役は当然として、緊急時のジオギドラ討伐への参加も、わたくしなりの献身でしたのに……」

 

「演技などなさらず、お逃げくださればよろしかったのです! 一歩間違えば、取り返しのつかぬ事態へと発展していたのですよ……! 拙者が里へ戻った暁には、みっちりとお話させていただく所存! どうかご覚悟を……!!」

 

「そ、そんな……」

 

 やはり姫は、ご自身の立場を完全に理解しておられなかった様子。肝心の魔力集合体は手に入ったのだから、即刻、スメラギの里へお送りせねばならない。

 

「アシュトンよ! 機体の修理を始めてほしい! リフのギルムルグから先に頼み申す……!!」

 

「え? ああ、わかってる」

 

「任せたぞ。早急にだ……!!」

 

「お、おう……。でも、とりあえず坑道を出てからな? だから落ち着けって。な?」

 

 アシュトンはたじろぎながらも、鬼気迫る拙者をなだめ、外まで誘導するのであった。

 

 

 

 トローク坑道前の草原にて。

 ギルムルグとザルヴァルグの修理が完了し、姫はリフと共にスメラギの里へと発った。別れの際の際まで、姫はどこか不服そうな表情をされていたが、拙者がその気持ちに答えることはなかった。

 ソシアとゾルクは、どんどん小さくなっていくギルムルグに手を振り続けている。

 

「ついに帰っちゃいましたね」

 

「やけに慌ただしかったけど、いなくなると少し寂しいかもなぁ」

 

 ……いいや、それでよいのである。居残られたところで姫の御身には危険が付き纏うのみであり、加えて、拙者の精神疲労が最大に達してしまいそうだったから。おかげで現在は、少し心が休まった。

 

「アシュトンよ、先ほどは取り乱して済まなかった。拙者、よほど気を張り詰めていたらしい……」

 

「まあ、気にすんなって。お前の立場を考えたら、同情の余地なんていくらでもあるしよ……」

 

「心遣い、痛み入る……」

 

 一段落ついたところで、今度はミッシェルが提案する。

 

「ザルヴァルグも直ったことだし、次はエグゾアテクノロジーベースを目指してほしいわ。みんな、いいかしら?」

 

「そういえば、そこに行けばメリエル救出のきっかけが見つかる、と師範が仰っていたな。私は構わない」

 

 マリナが賛同し、アシュトンも話に続く。

 

「テクノロジーベースには、いつでも安全に乗り込めるぜ。出発する前に、リフからイイもの貰っといたからな」

 

「イイものって?」

 

「その時が来たら教えてやるよ」

 

 ゾルクは尋ねるが、はぐらかされてしまった。拙者も気になるが、時を待つとしよう。

 ジーレイは、もう一つの可能性を示唆している。

 

「あえてクリスミッドの首都リグコードラに乗り込むという道もありますが、そちらはいかがでしょうか。上空から攻め入れば、攻略も幾分か容易となるかもしれません」

 

 これに対し、ウィナンシワージュ殿下が返答なさった。

 

「エルデモア大鉄橋は落ちたけど、クリスミッド城の迎撃設備はまだ生きてると思うから、うかつに飛んでいけないよ。陸海空、あらゆる方向からの侵入を防ぐように造られてるんだ」

 

「なるほど。流石は軍事国、隙が無い。対策を講じる必要がありますね。となると……」

 

 そう述べ、ジーレイはミッシェルに視線を合わせた。彼なりの、同意の合図である。

 

「テクノロジーベースで決定ね♪ 大変だと思うけど、みんなよろしく~!」

 

 ――ミッシェルは以前、エグゾア六幹部として洗脳された双子の姉、メリエル・フレソウムを救出するためゾルク達の旅に参入したと、拙者に教えてくれた。

 今、彼女は普段と変わらず明るく振舞っているように見えるが、提案する直前から、真紅の目に覚悟を灯らせている。これまで以上に多大であろう危険へ身を投じることも厭わない、確かな覚悟である。

 テクノロジーベースに乗り込むことは、ミッシェルにとっての正念場となるだろう。仲間である拙者達が支えとなってやらねば。

 

「でも、まずはリゾルベルリで一休みさせてくれ。突貫で修理したから流石に疲れちまった……。そんで、テクノロジーベースまでに寄りたい場所があるなら今の内に教えろよ。準備とか必要だしな」

 

 仲間と言えば、拙者達の翼である彼も労いたい。

 

 

 

 スメラギの里を目指す漆黒の怪翼機、ギルムルグ。これの自動運転を操縦席について見守りながら、リフがおもむろに呟く。

 

「まさきもさー、何もあんなに怒ることないよね。結局、最後までムスッとしてたし。あれが自国のお姫様を見送る態度かねぇ?」

 

 気に食わなさそうな様子で、後ろの座席におられる姫を見やった。すると姫は。

 

「スメラギ武士団の(おさ)として、許婚として、わたくしの身を案じているからこその振る舞いなのです。不敬にはあたりません。……そもそも、全てにおいて気持ちを抑えられず身勝手に行動していた、わたくしに非があるのです。まさき様は悪くありません。あの真剣さこそが平常であり、あの方の良さなので、むしろわたくしは安心しております。あれでこそ、まさき様なのです」

 

「うーん……みつねちゃんが納得してるんなら、いいんだけどさ」

 

 姫の本心を知っても、まだどこか異論があるようだ。そしてすぐに何かを閃く。

 

「そうだ! スメラギの里に戻ったら、武術のトレーニングを手伝ってあげるよ! 今のままでもなんか妙に強いけど、まさきに心配させないくらい強くなって、見返してやろうじゃないか!」

 

「ええ……? わたくし、そのようなつもりは……」

 

「いいからいいから、遠慮しないで! アタイ、これでもボルスト師範の元弟子だからね。少しくらいは戦闘について教えられるよ」

 

「でも……」

 

 リフの思いつきに、姫は乗り気でないご様子。……しかし、リフが次に何気なく放った言葉が、運命を変えるのであった。

 

「みつねちゃんは筋が良さそうだから、自分なりの秘奥義だってすぐに習得できるかもよ? ……アタイもこれから習得したいし」

 

「……秘奥義……!!」

 

 姫の血相が、大きく変わってしまわれた。重大な事実に気付いた、もしくは内なる何かが目覚めた……それを物語るかのような表情の変化である。

 

「ん? どうかしたのかい?」

 

「なんだかよくわかりませんが……『秘奥義』という言葉を耳にした途端、興味が湧いたというか、『 血 が 騒 い だ 』というか……兎にも角にも。わたくし、リフと共に修行したくなって参りました……!」

 

「アタイもなんだかよくわかんないけど、それってきっとイイことだよ! よーし、これから一緒に頑張ろうね!」

 

「はい。よろしくお願い致します!」

 

 姫は自覚がなくとも本能で理解し、張り切っておられるご様子。リフも状況が飲み込めていなかったが、とりあえず喜んでいた。

 

「ところでさ。アタイはホントに、てんじ王に処刑されずに済むんだろうかねぇ……」

 

「ご心配なく。わたくしの説得と、まさき様の記した書状があれば問題ありません」

 

「書状かぁ。いつの間に書いてくれたんだろ。武士団長様は仕事が早いねぇ」

 

 姫から説明を今一度受け、リフは顔を緩ませた。非常に安心しきっている。

 ――だが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「…………あらあら」

 

 リフとの会話により、姫は何かを思い出された。微笑を浮かべてはいるが、本当の意味では笑っておられない。

 ……凍った時の中で、リフは全てを察した。

 

「訊きたくない。もう先の展開がわかっちゃったから訊きたくない」

 

 しかし、ご自身の内に浮かんだ言葉を容赦なく伝達なさるのが、姫の性格である。

 

「書状作成の依頼、すっかり忘れておりました」

 

 ギルムルグ機内に存在しないどころか、この世にすら存在しないのである。……拙者も「てんじ様に掛け合う」と提案したはずだが、失念していた。済まぬ、リフよ……。

 

「もおおおお!! どうして最重要のモノを忘れちゃうのさぁぁぁぁぁ!?」

 

「ご心配なく! わたくしの説得のみでリフをお守り致します」

 

「ホントに大丈夫なのかい!?」

 

 涙目のリフを前にして、姫は微笑のままで固まってしまう。数秒後、ようやく発言なさった。

 

「……おそらく」

 

「そこは自信持って言い切ってほしかったよ、みづねぢゃぁん……」

 

 リフの前途は、多難に満ち溢れているのであった。



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第50話「筆術師(ひつじゅつし)が見た夢」 語り:ミッシェル

 セリアル大陸西部の孤島に存在するただひとつの町、バレンテータル。芸術家が多く集うこの地には、町を一望できるくらい高い丘がある。今の時刻に見渡せば、海に沈む夕日が幻想的に迎えてくれることだろう。そんな特別な場所に建っている立派な朱色の館が、あたしたちの家なのだ。

 バレンテータルの人間からは『フレソウムの館』と呼称され、町の名所的な扱いを受けることもある。一応言っておくが、ジョークも混じった好意的な扱いであるため、トラブルなどは起きた試しがない。

 父曰く『芸術家には変人が非常に多く、フレソウム家の人間も漏れなく変人。変人同士で気が合うため、この町は平和なんだ』とか。

 

 

 

「って、ちょっと。勝手にあたしを変人にしないでくれる? 父さまったら失礼しちゃうわね。……でもま、そんなことはどうでもいいの。今日は、待ちに待った特別な日なんだから♪」

 

 

 

 一階食堂の、奥に長い高価な食卓に敷かれた、真っ白なテーブルクロス。この見慣れた白には何の衝動も湧かないが、あたしは自席についたまま鼻歌を披露している。食卓の下では、宙ぶらりんの足を躍らせていた。

 

「ハッピーバースデー、メリエル。ミッシェル。今日で八歳になりましたね。今晩の料理は、使用人ではなく私が腕を振るいました。あなた達の大好きな、ダイナミックベリーケーキも用意しましたよ」

 

「お母様、ありがとう!」

 

「わーい! さっすが母さま! お腹がはちきれるくらい食べちゃう~♪」

 

 暗い紅の長髪を後頭部で纏め、美しい夜の湖を思わせる蒼いドレスで身を飾った、威厳ある母――キャロライン・フレソウム。彼女から贈られた、数々のご馳走と優しき祝いの言葉。双子の姉妹であるメリエルとあたしの、八歳の誕生日なのだ。

 今日のための服装でおめかししたあたしたち。頬は、嬉しさによってみるみるうちに紅潮していく。それはもう、真紅の眼と短い髪へ混ざりそうなほどに。

 そして、祝ってくれているのは母だけではない。

 

「……二人とも、誕生日おめでとう」

 

 いつも無口で落ち着いているけれど、冗談を言うのが大好き。髪はスイートポテトの皮みたいな色。クリムゾンカラーのメガネをかけた父――レオナルド・フレソウム。

 

「これからも元気に育ってね。二人はあたし達の宝よ」

 

 柔らかな笑みが素敵で、まるで天使のよう。落ち着いたベージュのワンピースと白いポンチョを纏った、明るい紅髪のお(しと)やかな祖母――ステファニー・フレソウム。

 

「もう八歳か! ついこの間まで、砂の粒くらい小さかったのにな! まだ小さいと言えば小さいけれども。……ガハハハハ!」

 

 タフで豪快で面白く、あたしの悪巧みの相棒。首にかけた濃紅のストールとシックなスーツがダンディ。モンブランに似た髪色の祖父――ヴィジェン・フレソウム。

 身の回りの世話をしてくれる使用人たちも含め、みんな笑顔であたしたちを囲んでくれた。これほど優しい家族が見守ってくれるのだから、毎年、誕生日は楽しみで仕方ない。今年だって、言うまでもないが最高の日となった。

 

 特製の料理とケーキを平らげ、誕生会は終わり全て片付けられた。その後、メリエルだけが家族に呼ばれ、あたしはもう寝るように言われた。しかし詳しい理由は告げられなかったので、どうして別々にされたのか気になってしまう。それが子供心というものだ。

 みんなは再び食堂に集まったようだ。バレないように扉の隙間から、こっそり覗いてみる。

 

「大切な話です。メリエル、よくお聞きなさい」

 

「……はい」

 

 メリエルは怖じ気づいている。母キャロラインが、とっても怖い雰囲気を出しているからだ。けれど叱る時とは別の、真面目な感じでもある。そしてその面持ちのまま、本題が切り出された。

 

「あなたは長女として生まれました。フレソウム家を継ぐため、立派な筆術師(ひつじゅつし)と画家になれるよう励みなさい。それが、あなたに定められた運命なのです」

 

 それは、メリエルの将来を決定づけるための発言だった。

 ――『筆術(ひつじゅつ)』とは。大筆(たいひつ)を用いた魔術のことであり、通常の魔術とは違って詠唱を必要としない。ビットの装飾が施された大筆を使い、文字や絵を描くことによって発動する。この術はフレソウム家が編み出した独自の魔術であり、これを駆使する者を『筆術師』と呼ぶのである。

 ちなみに、フレソウムの名を持つ人間しか筆術を扱ってはいけない――そういう掟となっている。理由は、発想力次第では戦うことにおいて多大な効果を発揮する場合もあるため、争いを好まなかった先祖が筆術師の無闇な増加を防ごうとしたからだ。ビットが世界中にばら撒かれた時代に基本的な術の仕組みが確立され、特に問題も起こらず代々伝わって今に至るのだから、歴代の当主はさぞ真面目な人間ばかりだったことだろう。

 ……とまあ、このように意外と歴史の長いフレソウム家だが、それを継げと言われたメリエルの反応は。

 

「え……!? わたし、筆術師にも画家にもなりたくないわ……!」

 

 先祖が肩を落としそうなものだった。

 

「まぁー、待ちなって」

 

「なんで勝手に決めようとするの!? わたしの将来なのに!」

 

 すぐに反発するメリエルを祖父ヴィジェンがなだめるが、効果は無いようだ。

 

「拒否はできません。これは、フレソウム家の掟なのですから。長女のあなたがフレソウム家の次期当主なのです。この館に封印されている『エンシェントの欠片』については、前々から話をしてきましたね。あれを悪用されないよう守っていく役目も、あなたが……」

 

「嫌よ! 押し付けられた将来なんて冗談じゃないわ! わたしはわたしの夢を叶えるの!」

 

 母の言葉を、精一杯の怒鳴り声で遮った。同時に、席を立って走り出す。食堂の扉を勢いのまま強引に開けると、自室までの階段を全力で駆け上がっていく。あたしはすぐに身を隠したため、彼女には気付かれなかった。

 

「ああ! 待って、メリエル!」

 

 すぐに祖母が追いかけようとする。しかし。

 

「やめとけ、ステファニー。今はそっとしといてやったほうがいい」

 

 メリエルの気持ちを察した祖父が引き止めた。祖母だって、気持ちがわからないわけではない。何も言わず応じるのだった。

 隣では、父が母に物申していた。

 

「……キャロライン、あんな言い方をすれば反発されても仕方ない。メリエルの話も聞いてあげるべきだった」

 

「わかっています。しかしそれでもフレソウム家の現当主として、面と向かって伝えなければならなかったのです。八歳の誕生日に伝えるのも仕来りの一つ。家を継ぐことは伝統を守ることであり、筆術と平和を守ること。とても大切なことなのですから」

 

「……君は真面目すぎる。そこが良いところでもあるんだけどね。とにかく、メリエルには日を改めて話をすることにしよう」

 

 フレソウム家の行く末を案じた内容。確かに重大なことだとは思うが、八歳になったばかりのあたしにとっては、母の真意を理解するのが難しかった。それはメリエルも同じで、やはりこの話をするのは早すぎたのかもしれない。

 ――そんなことを考えていると。

 

「……おや?」

 

 父に見つかった。いつの間にか、扉の陰からはみ出てしまっていたようだ。

 

「え、えへへ……。なんか眠れなくって。トイレ行くのに通りかかっただけだから~」

 

 頭を不自然に掻きながら、バレバレの嘘をついた。すると母は溜息をつき、次のように言う。

 

「……全く、盗み聞きするような子に育てた覚えはありませんよ。心配しなくても、あなたにも話をするつもりだったのに」

 

 

 

 次の日の朝は、文句のつけようが無いほどの快晴だった。そんな気持ちの良い日だというのに、メリエルは二階の自室に閉じ篭ったままであり、朝食には下りて来なかった。昨日のことがよっぽどショックだったのだろう。

 そこであたしは、メリエルの部屋の扉をノックした。家族の誰かに頼まれたわけではない。ただ彼女が心配だから、自分の意思でノックしたのだ。

 

「メリエル、おはよーう」

 

 返事はない。

 

「入ってもいい?」

 

 まだ返事はない。

 

「お腹空いてない? 朝ごはん食べなくていいの?」

 

 これでも返事はない。

 

「じゃあ……うーんとね……」

 

 少し悩み、次の言葉に決めた。

 

「とりあえず、一緒に遊ぶ?」

 

「一緒に? ……いいわよ」

 

 扉の向こうから、振り絞った声が聞こえた。

 

「それじゃ、東の森に行きましょ。準備してねー!」

 

 どうにかメリエルを説得できた。「一緒に」という言葉が気になったらしい。たった一晩だけれど、ムシャクシャした気持ちのまま部屋に閉じ篭っていたのだから、心細かったのかもしれない。

 

 

 

 二人して、問題なく動きやすい服――と言ってもワンピースだが――に着替え、つばが広いお揃いの帽子を被り、バレンテータルの東に位置する森までやってきた。この森は規模が小さく、子供だけで遊んでも危険はほとんど無いのだ。例外はあるのだが。

 早速、あたしはその辺の木によじ登ってカッコイイ虫を探し始める。すると、センスに引っかかるヤツを、もう捕まえた。嬉しくなり、下で待っているメリエルに見せつける。

 

「ねーねー、メリエルー! グレイトフル・シビレニッカド・オオクワガタ捕まえちゃった! こぉーんなにおっきくてカッコイイの!」

 

「その虫、『電気を溜め込んでいて危ないから見つけても触ってはいけない』って、お母様たちから言いつけられていなかった? 早く逃がさないと――」

 

「あ ば ば ば ば ば」

 

 メリエルからの返事の途中でもう既に、電撃を全身に浴びていた。たまらず、ズリズリと木から滑り落ちる。虫はというと、余裕の飛行であたしの手から脱出していった。

 

「……ほらね」

 

 ただ呆れるだけのメリエル。こんな無茶なことをするのがしょっちゅうだから、あたしの扱いに慣れているのだ。

 

「あ、あんがい、たい、した、こと、なかっ、たわ……! うふ、うふふふ……」

 

「その変なたくましさ、誰に似たのかわからないわ……」

 

 まだ痺れの残るあたしを横目に、改めて呆れた。

 

「あーっ!! あの木にとまってるのはトムキャット・クリムゾン・ビートル!! 火傷するかもだけど超捕まえたい!!」

 

「やめておきなさいってば」

 

 あたしは目移りも激しいので、ここぞという時は彼女がきちんと止めてくれる。そんな冷静で優しいメリエルが、大好きである。

 

 

 

「うふふ♪ いっぱい虫が捕れて大満足ー♪」

 

 さっきまでカッコイイ虫でいっぱいだった帽子を被り直す。適当な木を背もたれに選び、よいしょと座って休憩だ。

 

「ミッシェルはいいわよね。毎日が楽しそうで」

 

「え? うん、楽しいー!」

 

 隣に座っているメリエルが、ふと言い放つ。あたしは何の含みもなく普通に答えた。

 

「……わたしも、ミッシェルみたいに自由奔放になりたい。余計なことなんて考えたくない」

 

 彼女の方は、思いつめた様子だった。原因は昨夜のことだろう。ちらっと盗み聞きしてしまったことは遊んでいる途中で謝ったし、この際だから訊いてみようと思う。

 

「筆術師になるのも、画家になるのも嫌なの?」

 

「嫌よ。わたしが決めたことじゃないもの。全部、大人が勝手に決めて『長女だから』と言って押し付けてきた道よ」

 

 不本意を表情に浮かべ、怒りを声に出した。

 自分のやりたいことじゃないから嫌……それは誰にだって有り得る想い。あたしも、専属教師による学習の時間が嫌だ。おかげでそれなりの書物が読める程度には勉強できたわけだが、自分に興味の無いことばかり習わされるから、たまったものではない。メリエルの抱えた問題と比べればレベルが低いとは思うが、それでも彼女に共感するには充分だった。

 

「メリエルに話があった後、あたしも母さまから話をされたんだけどね、『あなたは次女だから何でも好きなものを目指しなさい』って言われたわ。……よくよく考えてみたら、それはそれで母さまからどうでもよく思われてる気がして、なんかイライラするわね……!」

 

 話した直後は特に何も思わなかったが、今頃になって腹が立ってきた。母はキッパリサッパリし過ぎている。

 情けなく眉を吊り上げていると、メリエルが小さく呟いた。

 

「……わたしね、ドレスのデザイナーになりたいの」

 

 少し恥ずかしいのだろうか。顔を、抱えた両膝に埋めていた。

 

「それが、叶えたい夢ってやつ?」

 

「ええ。わたしなりのお洋服やドレスを創って、世界中の人を幸せにしてみたいの」

 

 少しだけ顔をあげた彼女。つば広の帽子の奥では、今日初めての、小さな笑顔を浮かべていた。その変化につられたせいか、あたしも自ずと明るくなる。

 

「すごい! すごいわ、メリエル! とっても素敵な夢よ!」

 

「ヴィジェンお爺様に憧れたっていうのもあるけれどね。おどけているから普段は忘れがちだけど、実は素晴らしくて別の町でも有名なデザイナーだし。いつか連れて行ってもらったお爺様の展示会では、お洋服にずっとうっとりしていたわ。一番のお気に入りはリボンの伸び縮みが自由自在なドレスで、持ち帰りたかったくらいだもの!」

 

 楽しそうに思い出を語るメリエルの姿は、遊んでいた時よりもっと生き生きとしていた。

 

「メリエルって、筆術そのものはどう思ってるの?」

 

「好きよ。筆術師としてのお母様たちのことだって、尊敬しているもの」

 

「やっぱそうよね! 前に母さまや父さまの筆術を見せてもらった時のメリエル、超たのしそうだったもん! 動物の絵が動き始めたところで、特に目が輝いてたわ!」

 

 あたしの言葉に、すごく頷いてくれた。しかし、全てが全て好きなわけではないようだ。

 

「でも、『ソルフェグラッフォレーチェ』だけは駄目。わたしのセンスにそぐわないの。落描きする気も起きないわ」

 

「母さまのお話によく出てくる、白いノッポな人形のことね。『フレソウム家が代々受け継いできた聖なる偶像』っていうくらいだから、あたしたちも描けたほうがいいんじゃない? あたしは、あの人形のデザイン可愛いと思うし。それに、ケチつけてると母さまが『聖なる偶像を侮辱しましたね!? 今すぐ撤回なさい!』とか言ってプンプン怒りそう。そうなるとメンドクサイわよ~?」

 

 メリエルは一瞬だけ考え、すぐに深く頷く。

 

「……そうね、絶対にメンドクサイわね」

 

「でしょでしょ」

 

「人形のこともそうだけれど、お母様は口を開けば『フレソウム家、フレソウム家』って、家のことばかり……。ミッシェルもさっき文句を言っていたし、こっちの気持ちなんてどうでもいいと思っているに違いないわ。……やっぱり筆術師になって家を継ぐなんて嫌! わたしにデザイナーの夢がなかったとしても、わたしのことを見てくれないのなら、継ぎたくないわ!」

 

 固い意志で、感情を吐き出した。話を聞いてあげればメリエルも楽になるかな、と思っていたが、そんな簡単に解消されるものではなかった。

 ……だったら、あたし自身の話もしてみよう。そうすれば、楽になる糸口が見つかるかもしれない。

 

「……あたし、実はね。夢なんて持ってないの。だからメリエルのこと、ホントにスゴイと思ってる」

 

「えっ、そうなの?」

 

 嘘でしょ、と言いたげな表情であたしの方に振り向いた。

 

「ミッシェルは、やりたいことやなりたいものが山ほどありそうなのに」

 

「なんかねー、『これ一つに決めたい!』っていうのが無くて、やる気が色んな方向に広がっちゃってる感じ。だから、夢になりそうなものが見つからないの」

 

「そうだったのね……」

 

 メリエルは真剣に受け止めてくれたらしく、深刻そうな声を出した。嬉しいが、そこまで難しく考える必要は無い。それを次の言葉で伝えた。

 

「でも、だからこそ『何にでもなれる。何でも叶えられる』と思ってる。あたし的にはこれでいいんだけど、テキトーに考えすぎかしら?」

 

「いいえ、ミッシェルらしくて羨ましいわ。不安な気持ちも吹き飛んじゃいそう」

 

「母さまに言われたのと似たような考えになってるのは、ちょっとだけムカつくけどね……」

 

 なんだかんだ言って、本質を母に見抜かれているのかも。そう思うと、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 その後は、メリエルのため母や家族を説得できないか、あーでもないこーでもないと話し合った。すると、いきなり何かがピンとくる。

 

「……ねえ、メリエル。いいこと思いついちゃった」

 

「なに?」

 

「いっそのこと、全部なっちゃえばいいのよ。デザイナーも、画家も、筆術師も! そうすれば、母さまだって文句は言えないと思うわ!」

 

 逆転の発想だった。片方を選択するのではなく、全部を選ぼうというのだ。慎重なメリエルも、これにはさすがに。

 

「そんなムチャクチャな……と思ったけれど、いつまでもウジウジしていられないわよね。夢があるなら、頑張ってやってみるしかないかぁ。他に良い手も思いつかないし」

 

「でしょでしょ!」

 

「ミッシェルの柔軟さには敵わないわね。少し大胆でもあるけれど」

 

 やれやれ、といった感じであたしの案に乗っかってくれるのだった。そして、思いついたのはこれだけではない。

 

「あとね、あたしもメリエルの夢を応援する! 手伝っちゃうわ!」

 

「えっ? 嬉しいけれど、どういうこと?」

 

「あたしだって、そこまで筆術師になりたいわけじゃないけど、メリエルと一緒なら頑張れそう! だからとりあえず、母さま、父さま、婆さま、爺さまを追い越すくらいの筆術師を目指してみましょ! 二人でね!」

 

 メリエルはキョトンとした後、ちょっと照れた様子で呟く。

 

「……確かにミッシェルとなら、少しは頑張れそう……かも」

 

「ホント!? じゃあ一緒に修行しましょ! 母さまを黙らせながらデザイナーを目指すには、それしかないわ!」

 

 あたしは胸を張り、自信満々に言い放った。もちろん、家族全員を追い越すなど根拠も途方も無い提案である。けれど、メリエルが安心できそうならそれでいい。心の感じるままに動いていたのだ。

 

「ついでにね。あたしも、あたしの夢を思いついたの」

 

「ついででいいの……?」

 

 メリエルからのツッコミを気にも留めず、すっくと立ち上がる。そして大きく深呼吸し、空を真っ直ぐ指差して叫んだ。

 

「みんなを笑顔にする、最高の筆術師になること!」

 

 宣言のあと、目線をチラッとメリエルに動かす。

 

「どうせ目指すなら高いトコがいい、ってね。どう?」

 

「ミッシェル……それ、とってもあなたらしいアイディアね! ドキドキするけど、ワクワクもあるわ!」

 

 まるで自分のことのように喜んでくれるメリエル。満面の笑みで答えてくれた彼女に向けて、同じくらいの笑みを返す。

 

「にっひ~ん♪ メリエルの夢と、目標がちょっと似ちゃったけどね」

 

「似てるのも双子らしくていいんじゃない? わたしは、悪い気はしないわよ」

 

「……んー、それもそうね!」

 

 顔を見合わせてクスクスと笑った後、メリエルの腕を優しく引っ張り上げる。

 

「んじゃ、二人で母さまのところに行きましょ。これから色々と頑張るんだって、伝えなくちゃ!」

 

「ええ!」

 

 晴れて、メリエルの決心はついた。彼女の憂いが解決に向かっていて心底、嬉しい。

 あたし自身の夢も急に決めてしまったが、大好きなメリエルと一緒であるならば、大変な道を進むことになっても楽しさに塗り替えていけそうだ。

 ……もしかすると、適当に考えているように受け取られてしまうかもしれないが、これでもあたしは大真面目なのだ。

 

 

 

 館に帰りつくなり、家族を集めた。みんな、あたしたちの話をしっかりと聞いてくれた。肝心の母は……。

 

「メリエルだけでなく、ミッシェルもこんなに真剣だなんて。それだけ強い情熱を秘めた瞳で見つめられては敵いませんね。……では、こうしましょう。『デザイナーになるという夢』を叶えた後で、フレソウム家を継いでください。この条件を呑むのであれば許します。筆術師や画家になることも、きちんと約束してください」

 

 と言い、ひとまずメリエルの将来の夢を認めてくれることとなった。それならば……と、メリエルもあたしも承諾するのだった。

 しかし、母は声色を変えて……。

 

「夢に挫折したら、いつでも私の手中に引きずり込んで、次期当主として染め上げて差し上げますからね」

 

 とも、メリエルに告げていた。その手のモンスターか、と胸の内でツッコミを入れた。母ながら大人気なくはないだろうか。

 

 

 

 それからというもの、メリエルとあたしは筆術師になるため、ついでに画家としての技術を磨くため、修行に励んだ。それはやっぱり大変だったのだが、おかげでたくさんの思い出も生まれた。

 

 例えば、十歳の時。

 

「メリエル、『ソルフェグラッフォレーチェ』が上手く描けないの?」

 

「ええ。お婆様からも教わったのだけれど、苦手意識が強いせいなのか、コツがわからなくて」

 

「なら、あたしがコツを教えてあげる。いま描くからよーく見ててね!」

 

「お願い」

 

「例えば足なら、こんな風にヌボーっと線を引っ張って」

 

「あっ」

 

「角をグワッと力強く曲げる」

 

「うん……」

 

「あとはデロデローンと塗り潰すの。これでどう? コツ掴めた!?」

 

「……ミッシェル、あなたの描く『ソルフェグラッフォレーチェ』はとても上手よ。そして、思い知らされたわ」

 

「えっ、なにを?」

 

「やっぱりわたしには、この人形を描くことはできない……。だって……可愛くないもの! 可愛くないものは描けないわ!! でもこのままじゃお婆様に申し訳ないし、お母様に叱られる!! わたしはどうしたらいいの!?」

 

「……まー、えっと……とりあえず、また今度チャレンジしてみましょ。あたしも協力するし。だから……泣かないで。ね?」

 

「…………うん。ありがとう、ミッシェル……!」

 

 メリエルが泣き出すことなんて滅多に無かったから、この時はかなりびっくりした。そして必死の練習が始まり、本人がとりあえず納得できるレベルまで、すぐに達していった。何事に対しても、メリエルは努力を怠らないのだ。

 

 次は、十二歳の時の話。

 

「フレソウム家に代々伝わる大筆のうち、この二本をお前達に託す。メリエルは『魔筆(まひつ)オフェトラス』、ミッシェルは『魔筆(まひつ)ディフポース』だ」

 

「あたしたち専用の筆ってこと?」

 

「そうだ。筆術は大筆でしか描けないし、発動できない。それはお前達も知ってるだろう? これから先、ずーっと使っていくものだからな。自分の手足も同然に扱えるよう、今の内から大筆に慣れておくんだぞ。それがフレソウム家の仕来りでもあるからな!」

 

「魔筆オフェトラス……赤いビットが綺麗ね。気に入ったわ、お爺様。大切にする!」

 

「よろしくね、ディフポース! ……でもちょっと大きすぎて持ちづらーい」

 

「ははは! まだまだ背が足りないから、そんなもんだ」

 

「むぅーっ、これから大きくなるもん! この大筆を軽々と振り回せるくらいに! 家族みんな背が高いんだから、あたしだって余裕で伸びてやるんだからー!」

 

「おう! 元気に術を操ってる姿、期待してるからな! すくすく育てよー!」

 

 そうそう。初めて自分の大筆を手にした時は、体格が全然合わなくて苦労したのだ。現在は、不要なほど身長が伸びてしまったけれど。

 それはともかく、十二歳の少女に身の丈を軽々と超える筆を授けるなど、フレソウム家の仕来りは妙なものばかりだと改めて思い知らされた。

 

 十五歳の時には、こんな出来事が。

 

「メリエルー! 今日からセリアル大陸本土へ旅に出るわよ! ヤツを探しに!」

 

「ヤツって……まさか、お父様が話していた『カミェーシの心臓』、信じているの……?」

 

「もっちのろーん! 食べるだけで、もの凄く画力が上がるんでしょ!? 筆術を磨くなら、食べないわけにはいかないじゃない! 青くて小さな鳥だって聞くから捕獲も簡単そうなのに、なんでみんな狙わないのかしら? 不思議よねぇ~」

 

「だってそれ、お父様お得意のホラ話……」

 

「さ、メリエル。旅の支度をしましょ!」

 

「えっ!? 私は行かな……」

 

「さらば、芸術の町バレンテータル! しばしのお別れ! 画力の根源『カミェーシの心臓』を求めて! いざ、しゅっぱーつ!!」

 

「ちょっと、ミッシェル! 聞いているのー!?」

 

 父の魅力的な話を信じきり、メリエルを無理やり引き連れて、短期間だがセリアル大陸を旅したのだ。当然、そんな都合の良い鳥など存在するはずがなかった。

 けれども旅のおかげで様々な景色や知識に出会えたので、バレンテータルからほとんど出たことのないあたし達にとっては、素晴らしい刺激となった。こればかりは、父のおかげと言っていい。騙されたのではあるが。

 

 十八歳を迎えた頃には、お互いに真紅の髪を長く伸ばし、心も身体も大人のものとなりつつあった。

 

「私もとうとう、メリエルに追い抜かれてしまいましたね。まさかこれほどの早さで成長するなんて……前例がありません。歴代で最も有力な筆術師と言っても差し支えないでしょう」

 

「あたしもそう思う! メリエルの力強いタッチと繊細な色使いは、とてもじゃないけど真似できないわね。筆術が発動するたび感動するし、単純に画家として相当な逸材だと思うもの。月並みな言葉だけど、これこそまさに芸術よ、芸術!」

 

「お母様もミッシェルも大袈裟よ。私は、ただ夢に向かって頑張っているだけ。筆術師も画家も通過点。ドレスデザイナーの勉強はまだまだだから、余裕なんて見せていられないわ」

 

「……ミッシェルも筆術師としてかなり育ってきたと思う。それに独創性が強烈だから、アーティストとしてもやっていけるんじゃないだろうか……?」

 

「父さま、それ本心で言ってる?」

 

「……さすがにこんな冗談は言わない」

 

「なら信じてあげる! 双子の姉妹で、デザイナーとアーティストか……。それも悪くないかも♪」

 

「ねぇ、メリエル。どうしても筆術師として……フレソウム家の次期当主として歩んでいく気は無いのですか? 通過点で済ませるにはとても惜しい実力なのです」

 

「お母様、いい加減しつこいわ。跡継ぎの話は私の夢を叶えてから、という条件だったでしょう?」

 

「メリエルはずーっと本気で頑張ってきたんだから、もう母さまもわかってあげなきゃ」

 

「そうだぞ、キャロライン」

 

「それは……頭では理解しているのですが……踏ん切りがつかなくて……よよよ……」

 

「「「泣き方が古い」」」

 

 両親から賛辞を受けるくらい、あたし達は成長を遂げていた。短いようで長い年月を、苦しみ、楽しみながら過ごしてきた成果である。反発から始まった二人の夢は、意外と着実に現実へ近づいているのだ。

 堅物だった母もすっかり丸くなり、あたし達の一番の理解者となっていた。……もしかすると母は素直になれなかっただけで、本当は最初から……とも考えた。が、確かめようがなく、真相はもうわからない。

 

 

 

 ――そう。真相は『もうわからない』のだ。

 

 

 

 十九歳になってしばらく経過した、晴れの日のこと。

 今日は特別に催すものがある。館のエントランスホールに、使用人も含めてみんな集まっていた。そこには、圧倒的な存在感を放つ真っ白で巨大なキャンバスが、二枚も立て掛けられている。人間の背など優に超えているので、どうやって館の中に持ち込んだのか不思議だったが誰も気にしておらず、この気持ちはすぐに消えた。

 

「わぁー! こんな大きなキャンバス、なかなかお目にかかれないわ。婆さまが用意したの?」

 

「ええ。今日のために取り寄せておいたの」

 

 驚きの声をあげるあたしへ、祖母は微笑みを返した。それを眺めていた祖父が両手を腰に当て、濃紅のストールを揺らしながらガハハと笑う。

 

「なんたって、メリエルとミッシェルが正式に筆術師になった日だからな。俺もステファニーもキャロラインもレオナルドも、異論なく一人前と認めたぞ!」

 

 正式な筆術師になったことと、二枚の巨大なキャンバス。これの関係について、父が語る。

 

「……筆術師は代々、一人前になった証として巨大なキャンバスに作品を描き、現段階での実力を残す。言わば、戒めの儀式だ……」

 

「お父様ったら、何が儀式よ。そんなもの無いでしょう……。みんなして大袈裟なのが好きよね。ただのお祝い会なのに」

 

 お茶目をしたかっただけの父。メリエルから冷ややかに指摘されると、クリムゾンカラーのメガネをクイッと直し、何も語らなかった。代わりに母が返事をする。

 

「そう言われてしまっては身も蓋もありませんが、とにかく、めでたいことには変わりありません。二人の全力を発揮して、それぞれのキャンバスに作品を描いてくださいね」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「張り切っちゃうわー!」

 

 その優しき声を受けて、メリエルもあたしも意気揚々とキャンバスに向かう。みんなが見守る中、いざ描くぞと絵筆を手に取った。……その時。

 

「あら?」

 

 あたしの背後で、ゴトッという物音がした。エントランスの扉の方向である。

 

「何あれ……」

 

 あたしだけでなく、みんなが振り返る。すると、扉はいつもの様相ではなかった。いや、扉ではない『何か』に上書きされていたのだ。『何か』は人間が通れる大きさの円形であり、表面は濁った虹色。しかもうごめいており常に模様が変化している。明らかな、異常であった。

 詳しく調べるため、父がゆっくりと『何か』に近づく。そして中を覗こうとした瞬間。

 

「っ!! みんな逃げろ!!」

 

 館中に行き渡るほどの大声を発した。その直後、『何か』から黒ずくめの人間が数人飛び出した。手にはライフルを抱えている。

 

「牽制しろ」

 

 何者かが言い放つ。そしてあたし達に向けてライフルを構え、発砲。大筆を持ったまま、反射的に頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。

 ……牽制の言葉どおり誰にも命中しなかったが、他人の家に勝手に上がり込んだ挙句、銃撃を行うなんて。この不届き者達は一体なんなんだ。

 理解が追い付かない中、家族はこの黒ずくめの正体を知っていた。祖父と祖母が怒りに燃える。

 

「エグゾアめ!! 戦力増強のために有用な人材を集めているという噂、本当だったか!」

 

「だとしたら狙いは……メリエルね!」

 

 エグゾア……確か、戦闘組織エグゾアのことだ。いつからか設立され、圧倒的な武力と技術力を用いて世界征服を目指し暗躍しているという話を、町で耳にしたことがある。目の前にいる黒ずくめの奴らが、その戦闘員らしい。ということは、あの『何か』はエグゾアの技術力で造り出された転送空間なのかもしれない。

 

「このような時に限って、大筆が手元に無いなど……!」

 

 母は悔やんだ。今、大筆を握っていて筆術を発動できるのは、新米のメリエルとあたしだけ。しかも、戦闘員が行う足元への正確な銃撃によって行動範囲を制限されており、家族が大筆を取りに戻ることなど不可能。その間、転送空間からエグゾアの戦闘員がどんどん出現してしまう。

 もう打つ手は無いのだろうか……。あたしはただ怯えていた。しかし、傍らでは。

 

「私だけでも、みんなを守るしかない……!」

 

 額から冷や汗を流しながら、メリエルが覚悟を決めていた。彼女は、大筆に備わったビットを輝かせると、筆先に黄色の絵具を満ちさせ。

 

「ホワイトフラッシュ!!」

 

 素早く『光』の文字を床に描き、筆術を発動。三名の戦闘員の足元から白き光の柱を立ち上らせ、そのまま包み込んでダメージを与えた。痺れたのか、床に倒れて痙攣(けいれん)を起こしている。

 

流蒼(りゅうそう)、渦を巻かん! コバルトタイフーン!!」

 

 やっつけた戦闘員には目もくれず、メリエルは即座に次の筆術を放った。蒼い絵具で『渦』の文字を描いて、水の竜巻を生成。先ほどよりも級が上の筆術であるため、更にたくさんの戦闘員を竜巻の中に閉じ込めて、溺れさせた。エントランスホールの半分が水浸しになり、壁や階段に破損箇所も多く出たが、そんなことを気にしている余裕などあるはずがなかった。

 順調に戦えているように見えるが、倒しても倒しても、玄関に造られた転送空間から戦闘員が無数に湧いて出てくる。一人分の筆術では対処が追い付かない。

 

「いくらなんでも数が多すぎるわ……!」

 

 筆術を攻撃だけでなく防御にも使用したが、戦闘員達はじわじわと距離を詰めてくる。そしてついに……。

 

「こ、来ないで! ……きゃっ!?」

 

 一人の戦闘員が、筆術を掻い潜ってメリエルの腕を掴んでしまった。こうなってしまってはもう、筆術は発動できない。だが、これで全てが終わったわけではなかった。

 

「メリエルから離れなさい!!」

 

「お婆様!?」

 

 祖母がメリエルと戦闘員の間に割り込み、なんとか引き離そうとしたのだ。しかし、戦闘員の腕を剥がすには、祖母の力では全く足りなかった。

 

「邪魔だ」

 

 別の戦闘員が鬱陶しげな様子を見せつつ、祖母の側頭部に銃口を突きつける。そして。

 

「あ」

 

 引き金は、いとも簡単に引かれた。祖母は何が起こったかわからないまま……横から頭を撃ち抜かれたのだ。

 

「お婆様ぁぁぁっ!!」

 

 メリエルの眼前に広がった惨劇。

 

 あたし達の白いキャンバスを、絵具ではなく……祖母の血飛沫(ちしぶき)脳漿(のうしょう)が塗った。

 

 祖母は撃たれた衝撃のまま背中から床に倒れる。

 

 その場に広がる血は、彼女のお気に入りだった白いポンチョにも染み込んでいく。

 

 ……誰の目にも即死と映った。

 

 みんな、何も喋れなかった。

 

「うっ!?」

 

 動揺は隙を生む。メリエルは腹部に殴打を喰らい、気絶させられてしまう。彼女を運ぶための戦闘員も増え、連れ去られるのは時間の問題だった。

 

「ちょっと、なにこれ、もう、なんなの、ホントに……」

 

 あたしは、呆然としたまま何もできない。立っているのに、大筆を握っているのに、手足が震えて動けない。現在の状況をわかってはいるが、わかってはいるが、わかってはいるのだが、わからないのだ。

 

「ステファニー!? メリエル!? ……エグゾアァァァ!! 貴様らあああああ!!」

 

 混乱する中、祖父の激昂が館を揺らした。果敢にもメリエルの元へ飛び込み、戦闘員達を殴りつける。だが、やはり他の戦闘員から複数回の銃撃を受け、重傷を負ってしまう。……シックなスーツが否応無く血で滲む。

 

「ちくしょう……ちくしょうっ……!!」

 

 激痛に震えて床に這いつくばっても、まだ戦闘員を睨み付ける祖父。そこまで状況が悪化したところでやっと、あたしは我を取り戻した。

 

「なにやってんのよ、あたし……!! 戦うのよ、ミッシェル!!」

 

 無理矢理にでも己を奮起させ、治癒の筆術であるレストアを発動しようとする。祖父を救うのだ。

 

「全快の小箱よ、具現し跳ね飛べ!」

 

 輝く絵具で筆先を満たし、レストア発動のため床に救急箱を描き始める。しかし、そのスピードはメリエルに到底及ばない。襲ってくれと言っているようなものである。現に一番近くの戦闘員が、ライフルの狙いをあたしに定めていた。

 

「ミッシェル!!」

 

 それを察知した祖父が、全ての体力を使って起き上がる。多量の血を吐いても構うことなく、あたしを突き飛ばした。

 

「爺さま!?」

 

 おかげであたしは助かった。……無論、代償は大きい。再び床に転がった祖父が、あたしの顔を穏やかに見つめる。

 

「怪我……無いな……。よかった……――」

 

「そんな……爺さま!! 爺さまぁーっ!!」

 

 あたしの身代わりとなって受けた銃弾が、とどめとなってしまった。祖父はゆっくりと目を閉じ、息を引き取った。

 いつの間にか、母や父、使用人達も戦闘員に立ち向かっていた。みんな、煮え滾る憎しみを押さえ、どうにか冷静に対処しようとしているように見えた。が、空しくも適当にあしらわれるか、反撃の銃弾を受けるだけ。ほとんど意味を成していなかった。

 運ばれていくメリエルは……たった今、転送空間を通り抜けてしまった。祖母と祖父に続き、メリエルまでも失ってしまったのである。

 

 ――どの戦闘員が連れて行った?

 

 ――どんな顔をしていた……!?

 

 ――メリエルをさらったのは、どいつだ!?

 

 今さら夢中になって何を思おうとも、手遅れだ。後悔と虚無感が、あたしや家族達をまとめて飲み込んでいく……。

 こちらの失意を余所に、戦闘員同士で会話が始まる。

 

「標的の身柄確保は完了した。あとはどうする?」

 

「特に命令されていない。いつも通りでいいということだ」

 

「では……」

 

「構えろ」

 

 奴らから、躊躇など微塵も見受けられなかった。全ての戦闘員が、ライフルをあたし達に向けたのだ。

 

「!!」

 

 迫る死。緊張で時流が凍てつく。

 戦闘員から発砲の合図が出るまでの一瞬で、各々が咄嗟に行動した。

 あたしは大筆を手放し、また頭を抱えてしゃがみ込むことしか出来なかった。……こんな情けない死に方をするなんて、夢にも思わなかった。

 

「撃て」

 

 執拗なまでに長い銃撃。銃声も尋常ではない。必死に耳を塞いだ。

 ……だが不思議と、痛みは感じなかった。怖いが、目を開けてみる。

 

「え……うそ……なんで……? どうしてなの……!?」

 

 よく見ると、両親も使用人も全員が……あたしを覆い隠すような形で盾となっているではないか。

 

「しっ……」

 

 あたしに面と向かっている母が「喋るな」と合図を出した。でも、後ろでは……悲鳴を押し殺した声や、呻き声、ばたばたと倒れていく音が聞こえる……。流血も、この位置から見えるくらいに広がって……。

 

 

 

 何故みんな、あたしを守るのか。

 

 どうせなら、ここで一緒に死なせてほしい。

 

 たとえあたし一人が生き残ったところで、意味など……。

 

 

 

「攻撃、やめ!」

 

 銃声が止む。命令を出した戦闘員は、先ほどまで人間だった塊を作業的に見つめた後、次の指示を出した。

 

「最早、誰も生きてはいないだろう。各員、撤収せよ」

 

 虐殺を完了した戦闘員達は、足早に転送空間へ入っていく。最後の一人が入ると転送空間は音も無く閉じ、上書きも解消されて元のエントランスの扉が現れた。

 ホールは何事も無かったかのように静まり返る。全て、終わったのだ。……あたしは無傷のままだった。

 

「父さま……みんな……」

 

 クリムゾンカラーのメガネが、冷たい床をカツンと鳴らす。

 まだ温もりの残る、血塗れた亡骸達。彼らを抱き、悲嘆と憎悪の涙を流した。

 

「エグゾア……絶対に許さない……。絶対に復讐してやるっ……!!」

 

「……おやめなさい、ミッシェル」

 

 ――まだ、母だけは息がある。しかし、憎しみにまみれたあたしに喜ぶ余裕など無かった。

 

「やめろですって? 母さま、なにバカなこと言ってるの! みんな死んじゃったのよ!? あいつらに復讐しなくてどうするのよ!!」

 

「確かに無念だけれど……もっと大事なことが……あるじゃない……」

 

 頭部を筆頭に、全身の銃創から体外へ流れていく母の血液。美しき夜の湖のようだったドレスは、もはや真紅の海。取り返しはつかなくなっていた。母の凄惨な姿を目の当たりにしてようやく、あたしは激怒の中に冷静さを甦らせることができた。

 

「エンシェントの欠片を……悪用されないよう、これからも守ること。そして何よりも……」

 

 優しき笑顔を見せる母の、最期の願いを聴く。

 

「メリエルを……助けてあげて。もうあなたしか……残っていないのだから……」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第50話「筆術師(ひつじゅつし)が見た夢」

 

 

 

 ――絶望の中。母やみんなは最後の希望としてあたしを守り、未来を託したのだった。

 

「かあ……さま……」

 

 溢れる涙が、後頭部まで届こうとしている。

 ここはフレソウムの館であり、あたしの自室だ。しかし、先刻まで見ていた館とは決定的に違う点がある。――ここは、『現実の』フレソウムの館だ。

 次の目的地であるエグゾアテクノロジーベースを目指す途中、休息と準備を兼ねて、芸術の町バレンテータルのフレソウムの館……つまりあたしの家に、皆で泊まっているのだ。さすがにあたしだけは自分の部屋を使い、皆には客室を使ってもらっている。

 

「……久々に見ちゃったわね。懐かしくて、優しくて、心の底から幸せで……最低最悪な、忘れられないあの夢」

 

 涙を拭い、上体を起こす。窓からは清々しく朝日が差し込んでいるが、気分はベリーバッドだった。

 

「久しぶりに家に帰ってきたから、思い出しちゃったのかしらねぇ。ほんっと最悪……」

 

 片手で額を押さえ、うなだれるしかなかった。

 

 ――あのあと、異変に気付いた町の人達が館まで駆けつけてくれた。その時に知ったのだが、エントランスの扉の外側に奇妙な装置が取り付けられていた。それが、大規模な転送空間を生み出すための装置だったのだろう。おそらく、あの日の作戦のため事前に設置していたのだ。もっと早く気付けていればと、悔しくてたまらなかった。

 他にも後悔していることがある。エグゾアと満足に戦うことが出来なかった自分に対しても、不甲斐なさでいっぱいだった。この時から、よりいっそう筆術の修行に熱を入れ始めたのだ。それこそ、最高の筆術師であるメリエルを目標にして。

 惨劇の現場であるこの館を、手放すべきかと考えたこともあったが、すぐに撤回した。やはり、かけがえの無い思い出の詰まったこの場所を手放すことなんて、あたしには無理だった。だから、たまに辛いことを思い出しても、現在まで頑張って来られたのだ。

 

「そういえば、あの時から始まったんだっけ。白いものを見たら絵を描きたくなっちゃう癖は。……早く白を塗り潰さないと、記憶が勝手に甦ってしまいそうで、不安になるのよね。『血で塗られる前に、あたしの筆で色を塗ってあげなきゃ』って……」

 

 祖母が射殺されたことによって脳裏に刻まれた、血塗られたキャンバス。自分でも知らない内に、心的な外傷……いわゆるトラウマとなってこびりついていた。このことに気付いたのは、ゾルク達と出会う少し前のことだった。

 ゾルク、と言えば。初めて会った日も、絵の練習と称して真っ白なキャンバス――トラウマと向き合っていた。結局、無意識に絵を描き始めていたのだが。こんな変な癖は、メリエル救出を機にして乗り越えたい。

 ……同時に、失敗も思い出す。初対面であるはずのゾルクの口から「メリエル」という名前が出てきて、気が動転して大筆で頭をぶん殴ったこともあった。あれは今でも申し訳ないと思っている……。

 

「おーい、ミッシェル。おはよう。もう朝だぞ」

 

「ひえっ!? ご、ごめんなさい!!」

 

「え? 何が?」

 

 自室の扉の外から聞こえた、ゾルクの声。思いふけっていたあたしにとって、それは不意打ちでしかなかった。

 怪訝そうな返事をする彼に対し、慌てて言葉を選ぶ。

 

「え、えーと、その……ほら! 寝坊しちゃったからよ! 寝ぼすけさんのゾルクが起きてるってことは、他のみんなももう起きてるのよね!?」

 

「さらっとヒドイこと言わないでくれよな。……その通りなんだけど」

 

 ゾルクは小声でちょっとだけ不貞腐れた後、気を取り直して返事をした。

 

「みんな起きてるよ。でもミッシェルにとっては久しぶりの実家なんだから、ゆっくりしたかっただろうし寝坊するのも仕方ないって、みんなわかってくれるさ。食堂で待ってるから、準備ができたら来てね!」

 

「わかったわ!」

 

 彼の元気な声を浴び、いつも通りのテンションは取り戻せたつもりだ。さあ、あたしの今日が始まるぞ。

 

 ――あたしの名前はミッシェル・フレソウム。日々を必死に生きてきて、二十二歳となっている。

 母の最期の言葉が無ければ、きっとあたしは、何も顧みることの無い復讐鬼と化していた。あそこでみんなが守ってくれなければ、救世主として戦闘組織エグゾアに挑んでいるゾルク達と出会い、共にここまで到達することなど無かっただろう。

 だからあたしは一生、みんなに感謝し続ける。そしてみんなの分も生き抜いて、『昔からの夢』と『今のあたしの夢』を叶えるのだ――

 

 身支度を終えると、最後に相棒の大筆『魔筆ディフポース』を握り締め、改めて決意する。

 

「絶対に助け出すから、あと少しだけ待っててね。メリエル……!」



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第51話「憤る筆先」 語り:ミッシェル

 芸術の町バレンテータルを飛び立ち、現在は空の上。目下には、ひたすら海原が広がっている。このまま真っ直ぐに北上していくと、次の目的地であるエグゾアテクノロジーベースへ辿り着けるのだ。

 風を切る大翼機(たいよくき)ザルヴァルグの機内では、まさきがワージュに目線を合わせ、何かを伝達しようとしていた。

 

「時に、殿下。念のためクリスミッドの首都リグコードラに、スメラギ武士団の隠密部隊を送り込みました。万が一の危険が迫れば、この通信機によってすぐに連絡が参ります……」

 

「まさきさん、ありがとう! これで少し気が楽になるよ」

 

 ワージュを安心させたのは、まさきの手のひらに収まるサイズの薄い直方体。色は黒で枠組みは赤く、ボタンがいくつか張り付いただけのシンプルな見た目だ。あとは、音声をやりとりするために網目状の小さな穴が開いているくらいか。

 

「隠密部隊に恵んでやったヤツは、俺が何個か作った貴重な通信機の中でも、とぉ~っても高性能なヤツなんだぜ。これなら、どんだけ遠くても連絡できるってわけさ。感謝しとけよ~?」

 

 操縦席からアシュトンの恩着せがましさが、ぬるりと流れ込んできた。どんな顔をしているのか見なくてもわかってしまう。

 誰も彼に感謝する気配のないまま、ソシアがまさきに訊く。

 

「いつ送り込んだんですか?」

 

「姫が里へ戻られた後、国境城壁リゾルベルリに立ち寄ったであろう? そこで姫を捜索していた隠密部隊と邂逅(かいこう)し、事情を伝えて新たな令を下していたのだ。あそこで邂逅しなかったとすれば、彼らは姫とすれ違ったことに気付かず、砂漠へ足を踏み入れていたことであろう……」

 

「隠密部隊の皆さん、不憫なことにならなくて良かったですね」

 

 無駄足になるとも知らずあの暑い砂漠を渡っていたらと考えると、相当かわいそうである。回避できて幸いだ。……が、ソシアは気付く。

 

「でもクリスミッドに送り込んだということは、どのみち砂漠を渡ったんじゃ……」

 

「皆まで言うな……」

 

 彼らに対して申し訳ないのだろう、まさきは目を伏せた。結局どっちに転ぼうとも、砂漠の酷暑を体感する羽目になっていたようだ。過酷な運命である。

 まさき達の会話にオチがつく傍らで、あたしは緊張していた。今一度、全員に伝えたいことがあるからだ。

 

「みんな、ちょっといいかしら。お願いがあるの。……もしテクノロジーベースにメリエルが居たら、助けるのを優先させて」

 

 すると皆は「何を今更」と言わんばかりに、表情を緩ませた。

 

「そりゃあもちろん! でも洗脳を解くには、特殊な装置を動かさなきゃいけないんだよな? 俺達に出来るのか心配だよ……。それに、ボルストは『メリエルを取り戻すきっかけが見つかるはずだ』って言ってたけど、見つからないかもしれないし」

 

 そう。ゾルクが悩むとおりの問題がある。そしてジーレイが補足とダメ押しを入れる。

 

「ボルストの言葉は『テクノロジーベースに行き、助ける方法を自分達で見つけ出せ』という意味合いが強いです。洗脳装置については、あのナスターの手製でしょうからね。操作方法は不明であり、そもそも本人しか操作できないよう仕掛けが施されていると考えるのが妥当です」

 

 あたしも彼らと同じところまで考えていた。装置の使用を前提としていてはメリエルを助けられない。ならばボルストの真意に沿い、自分なりのやり方で進むのみ。

 

「でもあたしは諦めないわ。装置が使えなくても、方法が全く無いわけじゃないもの。ちょーっと危険な賭けになっちゃうかもだけど、もうジーレイにはサポートお願いしてるし、なんとかなるはず!」

 

「……やれやれ。やはりあの手でいくのですね。僕がサポートしたところで分の悪い賭けであることに変わりありませんが、ミッシェルがそれでいいと言うのならただ従うのみです」

 

 気が進まない、と表情を曇らせるジーレイ。不明確な物事を嫌う彼にとったら、気が進まなくて当然ではある。

 

「どういう方法で救うんだ?」

 

 ゾルクの問いへ、明るく振る舞いながら答える。

 

「ジーレイの魔術でメリエルの動きを止めてもらって、あとはただひたすら説得するの。ストレートに真正面からね! 初めてメリエルと再会した時、あたしの呼びかけで洗脳が揺らいでたから効果は確実にあるわ」

 

「なんだそりゃ。どんな方法かと思えば、運任せじゃねぇか。可能性は恐ろしく低いだろうに。呆れたぜ……」

 

 胸を張るあたしとは対照的に、アシュトンは大きな溜め息をついていた。しかし、あたしは本気である。

 

「ナスターが警戒してメリエルの洗脳を強化してるのはわかってるし、火薬の都市ヴィオで戦った時は説得する余裕すら無かったけど、呼びかければ絶対に想いは通じる。あたしとメリエルは双子で、姉妹で、たった二人の家族なんだから……!」

 

 成功への根拠は無い。しかし自信はある。この気持ちは無茶や無謀の類かもしれないが、あたしとしては、悲観して何もしないほうが嫌だ。可能性が低かろうと、だから説得の道を選んだのである。

 

「それと同時進行でね、ソシアのママの情報も調べたいと思ってるの。みんな、そっちも協力してね」

 

 不意の申し出に、彼女は驚いた。

 

「ミッシェルさん、いいんですか? 調べる内容が増えればその分、テクノロジーベースに居続けるのも大変になるのに……」

 

「もっちのろんよ♪ ソシアだって自分の目的、果たしたいでしょ?」

 

「……はい! じゃあ、お言葉に甘えたいと思います。皆さん、どうかよろしくお願いします……!」

 

 頭を下げるソシアへ、すぐに皆は快諾の声を届けてくれた。この絆があれば、きっとどうにかなるだろう。

 

「しかし、ミッシェル。メリエルがテクノロジーベースに居ること前提で話を進めているが、その保証は無い。だから、現時点ではあまり気負い過ぎないほうがいいぞ。使命の重みで潰れてはいけないからな」

 

 マリナが、彼女なりの言葉であたしを気遣ってくれている。けれど心配は無用だ。

 

「だいじょーぶ、わかってるわ。でも居ること前提で考えておくのが重要なの。心構えみたいなものよ。……それに、メリエルは必ず居るわ」

 

「何故、わかるんだ?」

 

 不思議そうに尋ねるマリナへ、微笑を返す。

 

「女の勘――いいえ、双子の直感ってヤツかしら」

 

 

 

「エグゾアテクノロジーベースが、そろそろ肉眼で見えてくるはず。……ほら、あそこだぜ」

 

 目を凝らしていたアシュトンが、フロントウインドウの先……目的地を指差す。海から太い角柱が直接生えている感じの外観だが、規模が桁違いだ。接近するにつれ、テクノロジーベースがどんどん巨大化しているかのように錯覚する。

 この壮観を目の当たりにした後、ゾルクがつまらなさそうに呟く。

 

「どうせ侵入防止の迎撃機能とか、あるんだろ? どうやって侵入しようか」

 

「ふっふっふ、心配には及ばんぜ……! この前、『安全に乗り込める』って言っただろ?」

 

 アシュトンによる、本日二度目のしたり顔が披露された。本人が操縦席についたままなので直接顔を見たわけではないが、やはり見えなくても声だけでわかってしまう。そんな彼が、中心に穴の開いたデータディスクを右手に摘んで、前を向いたまま見せびらかしてきた。

 

「テクノロジーベース進入・発着用のガイドデータだ。これさえあれば、素通りどころか堂々と着陸もできる。迎撃とは無縁で殴り込めるってわけさ」

 

「『リフから貰ったイイもの』って、それのことだったのか! そういや、リフのギルムルグはテクノロジーベースで奪ったんだもんな。ガイドデータもあって当然ってわけか」

 

「そういうこった」

 

 ゾルクは合点がいった様子である。なるほど、ありがたい話だ。が、あたしはここでひとつ疑問が湧いたので、ボソッと零した。

 

「でもアシュトンが威張ったってしょうがなくない? リフのお手柄よね、これって」

 

「『皆まで言うな……』」

 

「拙者の真似はよせ……」

 

 アシュトンによる物真似からの、まさきの静かなる指摘の早さ。皆、おかしくてたまらず吹き出してしまった。敵地へ乗り込む直前だというのに、なんという気の緩み方だろうか。……いいや、これでよかったのかもしれない。おかげで変な力が抜けて、身体の芯からリラックスできた。

 エグゾアテクノロジーベースは、もう目と鼻の先。そして空を埋め尽くす雲は、いつの間にか不機嫌そうに黒く染まり、電光を帯びていた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第51話「憤る筆先」

 

 

 

 大翼機ザルヴァルグはガイドデータによって識別信号を発信し、エグゾアテクノロジーベースの迎撃機能は作動せず。外部隔壁も自動で開き、航空機専用の発着場へ容易く侵入できた。周りには、待機中のギルムルグが何機も並んでいる。他に格納庫もあるらしく、改めて基地の規模の大きさに驚いてしまう。

 アシュトンの話だと、この基地の侵入者対策は全て対物センサーや簡易人工知能などで機械的に構築されており、人間による周辺監視はほとんど行われないのだという。海上に位置しているし、戦闘組織エグゾアの悪名高さのおかげで侵入者など元々皆無だからである。それだけ武力と技術力に自信があるが故なのか、仮想敵を舐め腐った体制だが、おかげで危な気なく事が運べた。

 しかし、いざ侵入してしまえば流石に気付かれるだろう。エグゾア構成員が異変を察知する前にと、あたし達いつもの六人が急いで発着場に降り立つ。

 

「じゃあ予定通り、俺とワージュはこのまま飛び去るぜ。脱出したくなったら、マリナに渡した通信機で連絡してこい」

 

「みんな、くれぐれも気を付けてね」

 

 ザルヴァルグから見送る二人。危険な探索になることと脱出手段確保のため、彼らとは別行動をとることにしたのだ。

 

「ありがとう、ワージュ! アシュトン、撃ち落されないように上手く飛んでてくれよな」

 

「へっ。お前こそ、下手に飛び回ってドジ踏むんじゃねーぞ。じゃあな!」

 

 ゾルクとアシュトンの悪態を最後に、あたし達の探索が始まった。メリエル救出のヒントを必ず見つけ出す――その決意を胸に。

 

 発着場や格納庫付近は音の響く黒い鋼鉄の通路だったが、研究室の多い内部へ近づいていくと、清潔さと静音性を有した真っ白な通路へと模様が変わる。

 その他、消毒液や得体の知れない薬品の臭い、青みを帯びた妙な霧などが頻繁に漂ってきた。医療の町ランテリィネの施設と近い印象を受けるが、決して同種のものではない。明らかに毒々しく、攻撃的に感じる。研究過程で生じた毒物なのだろうか。出来る限り吸引しないよう、慎重に進んだ。

 ちなみに、国境城壁リゾルベルリであたしが描いた隠密マントだが、敵との戦闘が前提である今回の侵入作戦では使用していない。あれは身に着けた者の気配を消す効果を有した代物であり、森の中に木を隠すような使い方を想定している。町中、特に人の密集している場所での効果は絶大だが、周りに敵しかいない環境だと気配に関係なく見つかってしまい、隠密マントは役割を保てないのである。

 

 エグゾア構成員を可能な限り避け、時には戦闘を行い、入れる部屋や研究室、実験室をしらみ潰しに調べた。しかし、メリエル救出のヒントやソシアの母親の情報は一向に見つからない。

 タイムリミットが近付く。ボヤボヤしていると、敵があたし達の位置を把握して取り囲んできても不思議ではないのだ。

 

「……ミッシェルさん。これ以上、長居したら危ないと思います。お互いに手掛かりは見つかっていませんが、私はもう……構いません。あとは、ミッシェルさんに委ねます」

 

 ソシアは見切りを付けたらしく、あたしに判断を仰いだ。おそらく皆も同じ思いだろう。

 ……答えは決まっている。ここまで協力してくれた皆を、更なる危険に晒すわけにはいかない。

 

「あたしも割り切るわ。次の部屋で最後にしましょ」

 

 そう言って歩みを進めた直後。目前に、探索した中で一番大きいオートスライドドアが現れた。この物々しさ、かなり奥へとやってきた証拠だろう。ここを調べて何も無ければ、あたし達は潔く退散する。

 

「では、入るぞ」

 

 マリナがスイッチを押すと、ドアはスライドした。その内部は……。

 

「ここもやけに白い。実験室か……?」

 

 光景を見て、まさきは一瞬そう呟いたがすぐに訂正した。

 

「否、そう呼ぶには不釣り合いな広間であるな……」

 

 このスライドドアからは細い通路が長く延びており、遠く向こうのスライドドアに真っ直ぐ通じている……のだが、通路の中央には白く広大な円形の足場が存在している。そして通路の脇や広い足場の外周は、全て奈落。手摺りなど存在せず、落下すれば一溜まりもない。覗き込むことすらためらった。

 壁に設置された無数の蛍光照明も相まって、さながらデスマッチの舞台のようである。それを飾るかのように、ここにも青みを帯びた妙な霧がかかっていた。

 

「……あたし的には『大当たり』って感じね。通路が狭いし、中央まで進みましょ」

 

「戻ろうにも、ドアは動かないしな」

 

 スイッチを押しても反応なし。この部屋に閉じ込められたことをマリナが確認し――空気は即座に張り詰めた。足元や周囲に注意して中央を目指しながら、それぞれゆっくりと武器を構える。

 

 ……間違いない。これはお膳立てだ。

 

 発展途上都市メノレードでも、奴はわざわざ闘技場を選んで襲ってきた。そういう趣向でもあるのだろう。

 

 つまり、ここを訪れるまで大した危機に遭わず探索できていたのは偶然ではない。

 

 最初からこの部屋に誘導されていたのだ。

 

 奴が、

 

 あたし達を、

 

 その手で始末するために――

 

戦慄(せんりつ)(くれない)よ、かの者達を包み込め」

 

 とてもよく聞き慣れた声が、尖った敵意となって耳に辿り着く。……事前に直感が働いていた通り、それはメリエルのものだった!

 

「どこだ!!」

 

 叫び、ゾルクは辺りを見回したが、あたし達以外には誰もいない。声の出所も不明である。

 見えず戸惑う中、更に動揺する事象が。

 

「受けなさい!」

 

「目の前!?」

 

 ソシアが驚くと同時に、皆が『それ』を目の当たりにした。

 ――真紅の長髪をなびかせ、髪と同じ色のバトルドレスを身に纏った妖艶な姿。音も無く、メリエルが急に出現したのだ。身の丈に匹敵するほど巨大な筆を操りながら。

 紅く輝く何かを真下に描いていた様子だが、位置は大胆にも至近距離。通常ならば、筆術(ひつじゅつ)の詠唱中に敵との間合いが詰まるなど、あってはならないこと。しかし今回は意味のある接近だった。何故なら、このタイミングを以て……。

 

「ブラッディ・フルムーン!!」

 

 自身の大技、秘奥義を描き終えたからである。筆術の名を言い放つメリエルは、大筆(たいひつ)の石突き部分を堂々と床に突き立てた。

 彼女が描き上げたのは、紅の光を放つ妖しき満月。広大な足場の大半を覆う、十分過ぎる効果範囲を有している。避けることなど出来るはずもなく、全員が紅い光に包まれてしまった。肉体に浸透して神経に達するかのような鋭い痛みが何度も襲い、容赦なく体力を奪う。

 ……この、突然の秘奥義を皮切りにして、戦いは開幕したのだった。

 

「私に敵うわけがないわ」

 

 メリエルの秘奥義が効果を発揮し終えた頃には、あたし達も床に伏せて息絶えることに。

 

「……あら」

 

 なるかもしれなかった。

 

「まだ立っているの? ……全く、さすが救世主一行ね。しぶとさだけは褒めてあげる」

 

 不愉快そうに、メリエルは賛辞を送った。

 

「リザレクション、ギリギリセーフだったみたいね……! ま、死ぬほど痛かったことには変わりないんだけど」

 

「死ななきゃ安いさ。ありがとう、ミッシェル……!」

 

 ゾルクを筆頭に皆、肩で息をしているが、戦闘不能にはなっていない。メリエルが秘奥義を放つ直前で、あたしが全体回復の筆術リザレクションを描いていたからだ。リザレクション発動のために描いた魔法陣は紅い満月に上手く隠れ、おかげでメリエルに悟られることなく、ある程度は体力を回復できた。

 アドリブでここまで対応できたことに、自分でも驚きである。それだけ力量が上がっているのだとしたら……湧いてくる。メリエルを救う自信が。

 

「また転送魔法陣か! フレソウムの館といい、闘技場といい、ケンヴィクス城といい……毎度これに邪魔されているな。(はらわた)が煮えくり返りそうだ」

 

 不意を突かれたせいですぐに答えを出せなかったが、メリエルが突然に現れたカラクリは転送魔法陣以外では説明できない。この技術、はっきり言って小賢し過ぎる。マリナが歯噛みするのも大いに頷ける。

 

「ごめんなさいね。でも便利なものがあれば誰だって使うでしょう? 少なくとも……」

 

 メリエルは、戯れの言葉と共に。

 

「私は使ったわ」

 

 大筆を操って筆術を行使する。青の線で「水」の文字を描く術、ブルーカレントだ。激流を生み出して前方を攻撃する単純な下級筆術だが、奈落に落ちたら即死となる今の状況では、ひたすら脅威でしかない。呑まれたら終わりだ。皆、防御や反撃よりも激流の回避を優先した。

 ……畳み掛けるように、新たな声が聞こえる。

 

「現代技術の限界により、連続使用は出来ませんがねぇ。奇襲や撤退行動へ用いる分には、何一つ問題ありませぇん。ボクが生んだ最高傑作のひとつですよぉ」

 

 直後、天井が左右に割れていき、帯電する黒雲の空が広間いっぱいに露出した。ここはテクノロジーベースの最上階だったのだ。空は暗いが、蛍光照明のおかげで視界に問題は無い。

 そして頭上から、あたしが最も……最も憎んでいる六幹部の男が、ひらりと落ちてきた。

 

「あらかじめ……お伝えしておきますが、アナタ方の目的はお察ししています。残念ですが、メリエルは解放しませんよぉ? こんな基地に乗り込むとしたら、それくらいの理由しかありませんからねぇ」

 

 ねっとりとした、耳障りな喋りが続く。

 

「ボクは洗脳技術に絶対の自信がございまぁす。先ほどもメリエルに最新の洗脳を施したばかり。こうして大っぴらに洗脳を話題に出していますが、彼女には何の影響もないでしょぉう? あとは所縁(ゆかり)のある者との接触による試験のみ。家族や縁者(えんじゃ)の影響で洗脳が揺らぐ……というジンクスは本日限りで払拭させていただきまぁす」

 

 語尾を妙に間延びさせた独特な口調、土色の癖毛、漆黒の白衣、銀色の垂れ目、三日月型の口。極めつけは、肩から先が機械義手と化している両腕。こんな人物、あたしは一人しか知らない。

 そして洗脳については大方、当初の予想通り。性懲りもなくメリエルを手駒として戦闘に参加させるその姿勢、ひたすら嫌悪感を抱く。あたしの説得で、必ず奴の洗脳を上回ってやる。

 

「僕達を侮った上での不敵な解説、非常にありがたい。それでは返礼いたしましょう。……貫きなさい、アイスバーン」

 

 魔本を輝かせたジーレイが男の着地点を狙い、床から鋭利な氷柱を幾つも生やす。しかし男はギリギリで飛び上がり、貫通を免れてしまった。

 

「おぉっと、この不意打ちには焦りましたぁ! 相当ご立腹のようですね、魔皇帝殿。奇襲されて悔しかったのですかぁ?」

 

 焦ったと口では言いつつ、三日月口の笑顔は絶やさない。本当は煽っているだけである。だがジーレイは平静な素振りで返答した。

 

「それだけならば、他者の情に振り回されない分まだマシなのですが。……この気持ち、ついに僕もゾルク達に感化されてしまったらしい。実に僕らしくない……しかし」

 

 次の魔術を準備する傍らで。

 

「仲間の家族を取り戻す時くらいは、このような心情になるのも悪くありませんね」

 

 眼鏡の奥から覗く形相は、憤激するオーガかドラゴンの如き気迫を纏っていた。

 

「あのジーレイさんが、燃えている……」

 

 意外も意外。異様なジーレイの様子を受けて、ソシアは目を丸くした。平静なのは素振りだけだったようだ。普段は冷徹気味なジーレイがそう言ってくれたことに、あたしとしても面食らい……勇気を貰った。

 

旋空特攻筆(せんくうとっこうひつ)!!」

 

虚空衝(こくうしょう)!!」

 

 向こうでは。大筆を前面で風車のように回転させながらの突撃と、両手剣の腹を押し出すことにより生成された魔力壁が、激しくぶつかる。メリエルとゾルクが競り合っているのだ。こちらも遅れを取らないよう、気合いを入れなければ。まずは大きく息を吸い……。

 

「ナスタァァァァァッ!!」

 

「ひぅっ!?」

 

 腹の底からひねり出した絶叫は、奴を始めとして全員の行動を中断させた。

 そんなことなどお構いなしに、続けて怒鳴りつける。

 

「こんなにでっかくて真っ白いキャンバス、用意してくれてありがとね!! お礼に全部あたし色で染め上げて、メリエルを取り返しちゃうんだから!! 逃げ出すんじゃないわよ!!」

 

 トラウマからの脱却、ナスターへの報復、そして何よりメリエルの救出。全ての想いは、握った大筆に改めて込め直した。

 

「何をおっしゃるかと思えば、部屋への感謝ですか? どうでもいいのですが……。まあ、ご心配なくぅ。今回、ボクは転送魔法陣に頼るつもりなどありませんので。いたぶって、いたぶって、いたぶり抜いた上で、実験材料にして差し上げますよぉ! アナタ方、全員ね!!」

 

 両の義手を大きく広げ、ナスターがあたしに迫る。相変わらずの、技術研究者らしからぬ異様なスピードで急接近。喰らいつくかのように義手を伸ばしてきた。それを大筆で薙ぎ払うと、わざと高圧的な態度を見せつける。

 

「なんでもかんでも実験材料にしちゃうの? ホント、目的のためなら何だってするのね! メリエルを誘拐して家族を皆殺しにした部隊を思い出して、反吐が出るわ。どうせあの部隊も、あなたが差し向けたんじゃないの?」

 

 これを聞いたナスターは、嬉々として返答。

 

「おお、よく気付きましたねぇ! 思えばあの日、部隊にエンシェントの欠片も回収させておけば二度手間にならなかったのですが……。当時はまだ不要でしたし、正確な解除方法を調べていなかったので仕方ありませんでしたぁ。まあ当初の目的通り、最高の人材である筆術師(ひつじゅつし)メリエルを入手できたので、問題は一切なかったのですがねぇ。いやぁ……思い出しますよぉ、入手したあの日の興奮を!」

 

「……やっぱりね。どうせそうだろうと勘付いてたわよ、このひとでなし!! あと、聞いてないことまでベラベラ答えなくていいから! 喋りが早口だし、気持ち悪いのよ!!」

 

 故意かと思ってしまうくらい、奴は神経を逆撫でしてくる。温厚なあたしに口汚く罵らせるとは、やってくれるではないか。……でも落ち着け。今はまだ平常心を保つのだ。でなければ、メリエルを救出するタイミングが来た時に集中できないから。

 がむしゃらに大筆と義手をぶつけ合って気を紛らわせようとするが、ナスターの早口は止まらない。

 

「アナタの生存を知ったのは後日調査の際でしたが、脅威として見ていなかったのでわざと放置していましたぁ。が、まさかテクノロジーベースまでボクの邪魔をしに来る存在になるとは、想像もしませんでしたよぉ」

 

「少しは『復讐されるかも』とか頭に浮かばないわけ? 脳みそが研究に偏り過ぎなんじゃないの!?」

 

「ボクを褒めても、攻撃以外は出ませんよぉ?」

 

「誰が褒めるか! ほんっとムカつく! そのヘンテコな義手、また絵具まみれにして壊してあげるから!!」

 

「あぁ、闘技場でのことですか? あの時は総司令の命令によって手加減しなければならなかったので、メリエル調教用の義手でお相手していたのです。故障など想定内だったのですよぉ。今回は実戦用の義手を装備しているので、悪しからずぅ。ついでに、あの時の借りは返させていただきまぁす」

 

「…………ああもうっ!! ほんっっっとムカつく!!」

 

 ……いけない、これでは奴のペースだ。戦いながら無益な会話を続けるなど、頭がどうかしていた。

 あたしは我に返り、ナスターから離れようとする。けれどもこの男は執拗に攻撃を繰り返す。ふざけた態度で誤魔化しているが、あたしがメリエルに近づくことを恐れているのかもしれない。

 膠着(こうちゃく)状態が続く中、割って入る人物が。

 

「話には聞いていたが、狂鋼(きょうこう)のナスター……既に度し難い……」

 

 まさきである。握った刀で一閃、義手を弾く。大きな隙が生じ、あたしはやっと逃げることができた。

 

「おやぁ? そういえば、お初にお目にかかりますねぇ。スメラギ武士団のトップ、蒼蓮まさき! 報告書によって多少は把握していますが、やはり実物を拝まなければ詳細はわからないものです。もちろん、データ採取後は身柄を確保いたしますよぉ。アナタはどのパーツを提供してくださるのですかぁ? 心臓? 眼球? それとも」

 

「もうよい……」

 

 ただそれだけを述べ、まさきは斬りかかった。早口で捲くし立てるナスターに辟易(へきえき)したらしい。

 

「いけずですねぇ」

 

 それを物ともせず、側転でかわす余裕と実力がある。性格同様、一筋縄ではいかない。

 

「でしたら、ターゲットを変更しましょうかぁ!」

 

 奴が振り返った先には、メリエル足止めのために弓を構えるソシアの姿が。彼女を捉えた途端、また俊足を披露する。

 

「!! 間合いが詰まる……!」

 

 ソシアは視線を左に移し、ナスターの接近を確認。しかし回避行動を取らない。あまつさえ奴に背を向けてしまった。それを「しめた」と思ったのか、刃状に変形した右の義手が揚々と彼女に届こうとする。

 

「マシンソー……」

 

 だが、右義手の刃は何も斬り裂かなかった。

 

「来ないで!!」

 

「へぐっ!?」

 

 ソシアが繰り出したのは、左足を軸にして右足を突き出すバックキックだった。あえて一瞬だけ背中を見せることで意表を突き、刃を避けて見事にナスターの腹部へ命中。蹴り飛ばすことに成功した。

 背を床につけたナスターへ、すかさず弓技を見舞う。

 

百花閃(ひゃっかせん)!」

 

 放たれた矢は、風を纏って無数の花弁を散らしている。それは花吹雪となってナスターを巻き込み、華麗に斬り刻んだ。

 

「マリナさんから教わった脚技、後光(ごこう)のお味はいかがでしたか? 以前みたいに耳元で気色悪い発言ができるとは思わないでください。それと私もミッシェルさんと同じで、あなたが大嫌いです。早く消えて」

 

「まったく……。アナタにそこまで嫌われる覚えなどありませんがねぇ。ボクはいつだって真剣で、自分に正直なだけですよぉ?」

 

 ひどく冷め切ったソシアに対して怪訝な表情を浮かべながら、簡単に起き上がるナスター。それほどのダメージにはならなかったらしい。

 

「飽くなき研究と実験のためにねぇ! マシンチェーンソー!!」

 

 今度は、両の義手を大型チェーンソーに変形させた。鎖鋸(くさりのこ)が、エンジンから動力を得て荒々しく回転している。まともに受ければ身体など簡単に切断されるだろう。ソシアはバックステップを挟み、己の間合いで矢を放つ。それに乗じて、まさきもナスターへ駆けるのだった。

 ……それにしても明らかに無理のある変形をしたように見えたが、一体どういう仕組みになっているのか、その義手は。やはりヘンテコである。

 

 ソシアとまさきがナスターを相手取る間に、あたしは筆術を描いて仲間の身体能力を強化した。さあ行くぞと、皆でメリエルを取り囲もうとする。

 

「当たったら、ちょーっと熱いかもだけど我慢してね!」

 

 肩にかけた画材鞄からあたしが取り出したのは、事前に画用紙へ描いていた爆弾の絵。

 

爆描紙(ばくびょうし)!」

 

 三枚、放物線を描くようにして多方向へ一度にばら撒いた。これも筆術の一種で、画用紙に描いた爆弾は本物のように爆発する。けれど、別に直撃は望んでいない。爆発の余波でメリエルが怯んでくれさえすればいいのだ。

 

「それが敵にかける言葉? 笑わせないで」

 

 ……駄目だ。直撃どころか余波も届かない。メリエルは画用紙の落下地点を一瞬で三箇所とも見切り、軽く避けてしまった。なびく長髪とバトルドレスが恨めしい。

 でも、まだ仲間の連携がある。

 

風塊(ふうかい)(はつ)。空虚よ弾け飛べ。……エンプティボム」

 

 ジーレイが風属性の魔術を放つ。相手の周囲の空気を圧縮し、破裂させる術だ。

 

「トマホークレイン!」

 

 マリナは、上空に発砲して弾丸を雨のように降らした。この二段構えなら、多少なりとも動きを……。

 

紫灰(しばい)驟雨(しゅうう)となりて! バイオレットレイン!!」

 

 好転を期待した瞬間。メリエルが目下に描いたのは、紫色の「墜」の文字だった。「墜」はマリナのトマホークレインを防ぐ傘となりながら上昇し、霧散。そして闇属性の雨が降り始めた。闇の雨は短時間だが猛烈な勢いで広範囲に降り注ぎ、エンプティボムの破裂の衝撃をも緩和してしまった。

 

閃空弾(せんくうだん)! いっけぇぇぇ!!」

 

 降り止みかけた闇の豪雨を、ゾルクが突進で貫通する。光に包んだ無創剣(むそうけん)で突きを繰り出しているからこそ可能な荒技であり、豪雨による視界の悪さを逆手に取った不意打ちである。――が。

 

「まだまだね。風神線(ふうじんせん)!」

 

 大筆による疾風の突きは、無創剣の先端を見失わなかった。武器に攻撃を当てられたゾルクはバランスを崩し、尻餅をついてしまう。そして闇の豪雨は止み、視界が元に戻る。

 

「これでも駄目なのかよ……!」

 

「幹部の目の前で無防備になるな!!」

 

 ゾルクの頭上スレスレを、マリナの牽制射撃が通過した。

 

「うわっ!? ご、ごめん……」

 

 彼女が言った通り、油断は死に繋がる。現に、この牽制射撃がなければゾルクは大筆の石突きで胴体を貫かれていたはずだ。回避を余儀なくされたメリエルの、不服そうな顔が物語っている。

 近接技や得意の筆術を巧みに操るメリエルは、予想以上の強さ。思うように消耗させられない。ジーレイの魔術で動きを止めるにしても、もっとメリエルの体力を奪わなければ成功しないだろう。だからあたしは、めげずに立ち向かった。

 

「あなたは敵じゃないわ! あたしの家族なの! 双子の姉妹なの! だからあたし達は、そっくりな姿をしてるの! 思い出してよ! メリエル!!」

 

「この期に及んでまだそんな妄想を……! 前にも言ったでしょう!? 私はエグゾア六幹部の一人、鮮筆(せんひつ)のメリエル! ただでさえ、出来の悪い鏡を見ている気がして不愉快な気分になるのに……! いい加減、鬱陶しいのよ!! ミッシェル・フレソウム!!」

 

 最新の洗脳を施されたと言っても、どうやらあたしのことはしっかり覚えているようだ。そして呼びかけに相当いらついたのか、メリエルは怒号を返してきた。――だがそれは、先ほどまでの余裕を失ったということ。微かでも彼女の中で何かが揺らいだ証拠だ。やはり、救う希望はあるのだ。

 ここが正念場と、また自分の画材鞄に手を突っ込む。取り出したのは、スメラギの里に伝わる十文字の小型投擲武器「手裏剣」が描かれた画用紙だ。余暇でまさきから里の話を聞かせてもらった際に「面白そうだから」と描いて投げてみたら意外と実用的だったため、術技として採用したのである。その名もわかりやすく――

 

画用手裏剣(がようしゅりけん)!!」

 

 主要武器の大筆をいったん背負うと、左手の平に乗せた五枚の画用紙を右手で滑らせ、前方に連続発射した。すると画用紙は闇のオーラを帯びて回転し、高速で飛んでいく。余裕のないメリエルは、これにどう対処するのか。

 

烈震轟筆槍(れっしんごうひつそう)!!」

 

 ……渾身の力で瞬時に大筆を振るい、思い切り床を割った。あまりの威力に飛び散る破片。手裏剣の画用紙はそれに阻まれ、敢え無くふわふわと自由落下する。見たところ、もうメリエルは激怒していない。余裕を失ったのは一瞬だけだったようだ。

 

「あーもう、さすがメリエルね……。揺らいだと思っても、次の瞬間には冷静に反撃してくる。どうしようかしら」

 

「相手は二人、俺達は六人。数ではこっちが上なんだから、根気よく続ければ必ずチャンスは見つかるよ」

 

 頭を抱えたあたしを、ゾルクが慰める。……ただそれだけのことが、状況を悪化させる引き金となった。

 

「二人、ねぇ……。さて、本当に二人だけかしら?」

 

「へっ?」

 

 メリエルの不穏な一言を受け、呆けた声を出すゾルク。向こうは確かに二人だけのはずだが、転送魔法陣でまだ誰かやってくるというのだろうか。

 

「ウフフ……私の奥の手、見せてあげる」

 

 自信に満ちた「奥の手」という台詞。……聞いてすぐに思い出した。彼女の秘奥義以上の奥の手と言えば、あれしかない。

 

「いけない! みんな、メリエルを止めて!!」

 

 咄嗟の叫びに呼応し、マリナが二丁拳銃の速射を、ジーレイが速攻の下級魔術を発動した。

 

「イービルスケッチ!」

 

 が、無意味。

 二人の攻撃が到達する前に、メリエルは筆術を描き上げてしまった。思わず、あたしの口から落胆の声が零れる。

 

「間に合わなかった……!」

 

 メリエルの筆術詠唱スピードは尋常ではない。どんな上級術も、あっと言う間に描き上げてしまう。どれだけ早く気付いたところで、阻止できるはずがなかったのだ。

 神速で彼女が描いたのは「体」の文字。床で薄黒い紫に輝くそれは、どんどん立体を成していく。最終的には、緩やかな輪郭で五体をかたどった人形となり、射撃と魔術からメリエルを護る盾の役割を果たした。

 ……けれども、メリエルは単なる身代わり人形を生み出したわけではない。この筆術の真価は別にある。ここから更に変形していくのだ。

 

「あれは、もしや拙者か……!?」

 

 細部の見栄えが徐々に良くなっていく人形を見て、まさきは冷や汗を流した。……背丈に始まり、水色の長髪、白と青を基調とした鎧装束、鞘に収まった左腰の刀、肩から垂れ下がる赤の絆帯。どこをどう見ても、自分自身の姿だったからだ。違う点があるとすれば、顔面が黒く塗り潰されているところか。

 まさきの姿を完全に模した人形は抜刀し、風となった。

 

「ぐっ!? ……速い!」

 

 ゾルクは防御の構えを取ろうとしたが、腰の入った横一線の斬撃は圧倒的に速く、蒼の軽鎧に守られていない腹部を斬りつけられてしまった。この動作は、まさきが得意とする剣術、一文刃にそっくり。あたしの筆術で身体を強化していなければ、きっと致命傷になっていただろう。

 

「身体能力も術技も、本人と同等なのか……!」

 

 二丁拳銃の連射で人形を追うマリナだったが、命中する気配はまるで無い。普段は頼りになるまさきのスピードが、このような形で脅威となってしまうとは。

 ――フレソウム家が代々受け継いできた聖なる偶像『ソルフェグラッフォレーチェ』を描くのが苦手だったメリエルは、その代わりなのか、実在の人物や動植物を人形として複写し自在に操る才能にズバ抜けて秀でていた。それを極限まで練習して洗練した筆術がメリエルの奥の手、イービルスケッチなのだ。

 フレソウムの館で初めてあたしがメリエルと再会した日、館中が絵具のモンスターで溢れていたが、あれもこの筆術によるものだったのだ。……あたしが知っている限り、昔は『イービルスケッチ』などという呼称ではなかったはずだが、これもナスターに洗脳された影響なのだろうか。

 

「速攻の武士団長が敵に回ってしまうとは、恐ろしいことこの上ありません。どうせ増えるのなら、味方になっていただきたかった」

 

 冗談めいて発言するジーレイだが、表情は険しい。その発言のせいか否か、次に人形が狙ったのは彼だった。

 冷たい刃が迫り来る。――しかし数秒後にジーレイが捉えたのは、飛散する自分の血では無かった。

 

「まさき……!」

 

 水色の長い後ろ髪が、ジーレイの視界を包むように広がる。幾度となく仲間のピンチに駆けつける白き背中の、なんと頼もしいことか。

 人形と鍔迫り合いながら、まさきは伝える。

 

「拙者の足に匹敵しうるは、拙者のみ。ならば、こやつは拙者が討とう。お主達は幹部を狙うのだ。複製を増やされれば敗北必至ぞ……」

 

「おっしゃる通りですね。そちらはお任せ致します。どうかご武運を」

 

「心得た……!」

 

 ()くして、まさきは自身のイービルスケッチに。ゾルクとマリナがナスターに。あたしとジーレイとソシアがメリエルに相対する図式が出来上がるのだった。

 戦いは激化していくが、あたしは決して諦めない。必ず、必ずメリエルを……!



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第52話「ねえ、メリエル」 語り:ミッシェル

 ――それぞれが分かれて、すぐのこと。

 

「マシンバレット!」

 

 ナスターが義手を銃に変形させ、こちらに連射を浴びせてきた。けれどもゾルクは怖気づくことなく、落ち着いて無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを盾にする。

 

「メリエルのことはもちろんだけど、天空魔導砲ラグリシャだって俺達が必ず止めてみせるからな!!」

 

「救世主がラグリシャを知っている? どこから情報を……と思ったら、そうでした、ボルストが離反しましたっけ。それなら隠しても仕方ありませんねぇ。僕がラグリシャの建造補佐です。主任は総帥アーティル殿ですよぉ」

 

 どこまでもベラベラと情報を追加してくる。ここであたし達を始末するのが目的なら、数々の余計な会話は冥土の土産のつもりなのだろうか。

 

「そうだ、アーティル殿と言えば。マリナ・ウィルバートン……いや、そこの『ゼロノイド』が必死に倒したはずのクルネウスは、エルデモア大鉄橋から回収して修復中です。まだ死んではいないのですよぉ」

 

 わざわざ「ゼロノイド」と言い直すあたり、これは挑発である。さすがのマリナも眉をひそめてしまう。奴は攪乱の天才か。こちらのメンタルを引っ掻き回す作戦か。

 ……信じ難いのは、咆銃のクルネウスが生きているということ。彼女は、マリナによる緋焔の一撃を受けてエルデモア大鉄橋の残骸へ突き刺さり、力尽きたはず……。「修復中」という言い回しにも違和感があるが、ナスターが自信満々に知らせたからには、事実なのだろう。

 ナスターへ対抗するように、マリナが叫ぶ。

 

「メノレードでは私の記憶の事情について『何も知らない』などとほざいて、よくも騙してくれたな。その借りを、今日この場で返す!」

 

「騙してなどいませんよぉ。ゼロノイドについては全て総司令がなさったことですからね。ボクは真実をお伝えしなかっただけぇ。あの時期は救世主をおびき寄せるために口止めされていましたし。あ、ちなみに六幹部でゼロノイドの件を知っていたのはボクとクルネウスだけでぇす」

 

「……ゼロノイド、ゼロノイドとうるさいぞ! 口を慎め!!」

 

 マリナは「自分の正体が人間ではなく魔力集合体」という事実を、素直に受け止めていると語っていた。しかし、こうも無闇に指摘されては腹が立つのも当然。彼女は奴を睨んで、二丁拳銃を向けた。

 

「ストリームビート!」

 

 最初に銃口を向けて相手を身構えさせ、その隙にバックステップで間合いを広げて牽制射撃を行い、一歩ずつ不規則に前進しながら更に連続射撃を見舞う銃技である。長所は、射撃の間隔をわざとずらすことで回避するタイミングを相手に与えない所。すばしっこいナスターにも命中させることができた。

 

「なんですかぁ、そのへっぽこな銃撃は? 出来損ないで空っぽ人形のゼロノイドなどに、脅かされるボクではありませぇん」

 

「私が空っぽの人形だと……!?」

 

 それなりの手傷を負わせたと思ったが、構わず奴は減らず口を叩いた。その上、まだマリナを煽ってくる。どこまでも救えない男だ。

 だが、ナスターの嫌味な発言は、ゾルクがストレートにぶった斬った。

 

「マリナは空っぽじゃない。人形じゃない。ゼロなんかじゃない! 身体が魔力で出来ていても、確かな心を持った人間なんだ! そんなこともわからないお前に、俺達は負けない!!」

 

 武器を構えたまま、まるで自分のことのように激怒するゾルク。仲間を想ってここまで怒れるからこそ、あたし達は彼を信頼するのだ。

 

「ゾルク……! ああ、その通りだ!」

 

 マリナの戦意が、更に燃え上がった。この勢いに乗って、ゾルクが勝負を決めようと動く。

 

「全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!!」

 

 胸に秘めたエンシェントビットの魔力を解放し、背の二か所から翼を生やすかのように魔力を放出。推進力を得た彼はすぐに上空へと舞い上がり、遥か下方のナスターへ狙いを定めた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第52話「ねえ、メリエル」

 

 

 

「必殺奥義! 双翼(そうよく)飛翔剣(ひしょうけん)!!」

 

 無創剣の切っ先を突き出して、最大推力で直進する。――けれども奴は、三日月の口を一段とニヤつかせていた。

 

「ほぉら、こちらですよぉ」

 

 小声で何か呟きながら後ずさる。まるで、どこかへ(いざな)っているかのような……。

 

「……まさか!? やめろ、これは罠だ!!」

 

 察したマリナが制止しようとしたが、遅かった。

 ナスターの身体へ突貫しようとした瞬間、奴の目の前――ゾルクから見て真下の床から、巨大な猛獣の顎のような鮮血色の物体が出現したのだ。顎の内部には、獲物を噛み砕くため数多の牙が。飛来したゾルクの胴体を左右からキャッチする形で、乱暴に噛み付いた。

 

「ぐああああああ!?」

 

 背の魔力放出は止まり、無創剣が両手から滑り落ちる。そのまま胴体を咀嚼(そしゃく)され、牙が自然消滅するまでゾルクは悶え苦しみ……蒼の軽鎧ごと血まみれになって、その場に這いつくばった。

 悲惨な光景を目の当たりにし、マリナが激昂する。

 

「貴様ぁ、よくも!!」

 

「あらかじめ仕掛けるようメリエルに命じておいた設置型のトラップ筆術、バーミリオンファングでぇす。高速飛行する秘奥義の存在は総司令から伺っておりましたから、対策済みだったのですよぉ! グフフフフフ」

 

 得意げに語るナスターは義手を光線銃に変形させ、エネルギーをチャージ。瀕死のゾルクにとどめを刺そうとする。無論、マリナはそうさせまいと銃撃を行い、光線銃の狙いを逸らさせるのだった。

 

銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)!」

 

 すかさず、治癒の銃技による魔力弾をゾルクの負傷部位へ撃ち込んだ。しかし回復量は少なく、応急処置にしかならない。ゾルクは依然として満足に動ける状態ではなかった。それでも彼は無創剣を拾い、必死に体を起こそうとする。

 

「ちっ……くしょうっ……!」

 

「すまない、ゾルク……。私が迂闊だった。もっと奴の動向に注意していれば……」

 

 責任を感じるマリナに、彼は痩せ我慢の笑顔を見せた。

 

「アシュトンの悪口が、本当になっちゃったよ……。後で文句……言ってやらないと……」

 

「今は喋るな……!」

 

 唇を噛み締めても、後の祭りである。

 負傷したゾルクと、彼を守りながら戦わなければならないマリナ。彼女だけでは、ナスターと戦闘を続けるには荷が重い。このままでは負けてしまう。

 ――絶体絶命の危機に、何かが迫る。

 

「ごはぁっ!?」

 

 それはナスターの意識外から飛び込み、為す術なく自身の左横腹に激突。右方向へ派手に吹っ飛んだ。横たわったまま視線の先を見ると、自分にぶつかったそれの正体がわかった。

 

「これは……先ほどメリエルが描いたイービルスケッチ!」

 

 まさきと対峙していたはずの人形は、鎧装束(よろいしょうぞく)ごと四肢を切断されて見るも無惨な塊となっており、まもなく消滅した。

 遅れて、人形を斬り伏せた本人がやってくる。

 

「『己の敵は己』とは、よく言ったものだ。少々、骨が折れたぞ。秘奥義までは真似できぬと見抜けなければ危うかった……」

 

 人形には連続で斬り刻まれた痕跡があった。秘奥義、四天・覇王陣(してん はおうじん)で分身して決着をつけたのだろう。

 まさきは肩で息をしており、やはり激闘だったことが(うかが)える。人形の顔が塗り潰されていたとはいえ、自分で自分の身体を斬ったようなものなのだから、それによる精神的ダメージも含まれているのかもしれない。

 

「お主達も無事とは言い難いようだな……」

 

「残念ながら、な」

 

「二人とも、ごめん……」

 

 いくら疲弊しようと、四の五の言っていられない。ナスターは、もう立ち上がってゆっくりと歩んできている。ゾルクを守るため、二人は奴の前に立ちはだかるのだった。

 

「あっちはゾルクがヤバイみたい……。あたし達もこれ以上は時間をかけてられないわね」

 

 向こうの戦況を知って、あたしの焦りは加速する。おもむろに汗を拭っていると……不意にソシアが発した。

 

「……こうなったら、やるしかありません」

 

「何か秘策が?」

 

 ジーレイが短く訊いた。

 

「私が秘奥義を発動して、メリエルを一点に留めます。その間にジーレイさんが魔術で捕らえてください。……もしも距離の調整に失敗して秘奥義が彼女に直撃したらと考えてしまって、今まで提案できませんでした……」

 

 不安そうな声だったが、内容を教えてくれた。そんな彼女へ、あたしは次のように優しく伝える。

 

「大丈夫よ。メリエルは嫌と言うほどあたし達の攻撃を避けまくってるし。それにギルムルグだって宣言通りバッチリ撃墜したことあるじゃない。ソシアなら出来るわ。自分を信じて!」

 

「……ミッシェルさん、ありがとうございます!」

 

 自信を取り戻したのか、ソシアの目から憂いが消えた。ジーレイも静かに頷く。――ならば決行するのみ。

 

「今頃になって、こそこそと作戦会議? もう諦めたほうが身の為よ」

 

 未だ余力を残すメリエルが忠告する。下級筆術のレッドアグニスを発動しながらである。「火」の文字を描いて長い尾を引く炎を幾つも生み出すと、あたし達を追いかけさせた。

 

「生憎と、どれほど困難な状況に陥ろうと最後まで抗うのが、うちの救世主の方針でしてね。……現在も、ボロボロな身体で戦っているのが目に映っているでしょう? 彼のそういったやり方は好きではありませんが、嫌いでもないのですよ」

 

 それを、ジーレイが全てしっかりと相殺する。踊り狂う水流を上空から打ちつけ、何度も地を跳ねる中級魔術、ダンシングアクアを使ったのだ。

 この隙にソシアは秘奥義へ集中していた。新緑色の弓に備わった二つのビットが、一段と輝きを増す。

 

「天空の覇者達よ、我に(つど)いて閃光となれ!」

 

 ビットから生まれた色彩豊かな七矢が、ぽっかりと開いた天井を通過して黒雲の空へと、ソシアの手により放たれる。黒雲を突き抜けた矢が再び姿を現した時、七本とも荒々しき龍に変化していた。

 

七星烈駆龍(しちせいれっくりゅう)!!」

 

 秘奥義の名を叫ぶソシアに呼応し、七頭の龍は大口を開けて全方位からメリエルを取り囲んだ。内へ外へと物凄い速度で入り乱れながら、範囲を狭めていく。

 そんな空間の中で、思惑通りメリエルは回避に専念していた。

 

「ウフフ。そんな大味な技、かすりも……」

 

 しないのなら安心した。傷付けるためではないのだから。

 メリエルの言葉で包囲成功を確認したソシアが、ジーレイに目配せする。そして彼は最高のタイミングで、開いた魔本のページを輝かせた。

 

深影(しんえい)(ばく)。今より汝に自由は無い」

 

「なにっ!? それは……!!」

 

 メリエルは詠唱を耳にして初めて、自らの足元に展開している紫色の魔法陣に気付いた。次に聞こえたのは、締めくくりの術名。

 

「レストリクション」

 

 闇の力を宿した魔法陣から、鎖のような影が素早く伸びる。逃がれようにも、七頭の龍によって遮られている。八方塞がりとは、まさにこのことだった。

 

「まんまと引っかかるなんて、私も堕ちたものね……」

 

 全てを諦めたメリエルは、四肢や胴体や大筆(たいひつ)を鎖のような影に巻きつかれる。影は、メリエルを封じる結界を作り上げた後、動きを止めた。これでもう彼女は、結界に外部からの衝撃が加わらない限り、指先すら動かせなくなったのである。それを見届けるようにして、七頭の龍も光の粒となって消えていった。

 

「それで、どうやって息の根を止めるの? 私の心臓を貫く? それとも首を飛ばすのかしら」

 

 早く殺せ、という意味を内包した台詞を、無理に作った笑みで述べた。あたしは、困った笑顔をして溜め息をつく。

 

「そんなこと、するもんですか」

 

 大筆を構えるのをやめ、結界のすぐ近くまで近寄ると、今度は精一杯の満面の笑みで彼女を見つめた。

 

「ねえ、メリエル。あたし達しか知らない話、しましょっか」

 

 この言葉に、いち早く反応を示したのは……。

 

「う、嘘でしょう!? まさか本当に説得する気なのですかぁ!? やめなさい、ミッシェル・フレソウム!! やめなさい!!」

 

 ナスターだった。三日月型の口が波打って崩れるほどの、とてつもない様子でうろたえている。どうやらマリナとまさきと、満身創痍のゾルクにすら阻まれて、こちらに来られないらしい。

 ……何が「縁者の影響で洗脳が揺らぐジンクスを払拭する」だ。やはり詭弁だったのだ。奴は、あたしを本気で恐れている。つまりこれから行うことは分の悪い賭けにはならない。完全に確信へと変わった。「懸命に話をすれば、絶対にメリエルを取り戻せる」と!

 

「みんな、後はよろしくね」

 

 振り返らずに奴のことを任せ、ついに……説得の時を迎えた。もう戦闘の様子など頭に入ってこない。あるのは、目の前に居る大切な家族のことだけ。

 

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「夢の話、覚えてる? あたし達が筆術師(ひつじゅつし)を目指すようになったきっかけ。あなた最初は筆術師になるのを、めちゃくちゃ嫌がってたのよ」

 

「何を急に、そんな話……。私が知っているはずないでしょう」

 

 不遜な態度で否定したが、構わず続ける。

 

「確かあの日は、東の森へ行ったっけ。前の日はあたし達の八歳の誕生日だったんだけど、母さまから『筆術師と画家になりなさい』って強制されたメリエルは反発して、不機嫌になっちゃって。それで気晴らしにと思って、こっちから遊びに誘ったの。あたしが木に登って危ない虫を採ってる時、あなたはちゃんと注意してくれたわ。……それでも構わず採ったんだけどね」

 

「……馬鹿じゃないの?」

 

 その呆れたジト目、注意してくれた時にそっくりだ。

 

「遊び疲れたあと、お互いの将来の夢の話をしたの。メリエルは、自分が何になりたいって言ったか覚えてる?」

 

「だから、覚えているとかそういう問題じゃなくて、私は最初から何も知らな――」

 

「『ドレスのデザイナーになりたい』って教えてくれたのよ」

 

「…………デザイ、ナー? ドレスの……?」

 

 紅い目を、大きく見開いた。今までとは明らかに反応が違う。彼女の深層意識に届いたのだろうか。

 

「おいたが過ぎますよぉ、ミッシェル・フレソウム!!」

 

 ……突如。声をあげてナスターが急接近する。小癪(こしゃく)にも、仲間の包囲網を掻い潜ってきたらしい。だが、あたしは焦らなかった。

 

裂衝剣(れっしょうけん)!!」

 

「なんとぉっ!?」

 

 ナスターに向かって飛んできたのは、無創剣の振り下ろしで作り出した衝撃波。ゾルクが得意とする飛び道具系の術技であり、奴に命中して足止めの役割を果たした。ソシア達の治癒術のおかげで満身創痍を脱し、戦える程度まで体力を回復できたようだ。

 

「間違うなよ。お前の相手は俺達だ。ミッシェルにもメリエルにも、手は出させない……!」

 

 ……戦える程度とは言っても、完全ではない。顔からは不自然な汗が流れており、呼吸も荒かった。傷が癒えても、溜まった疲労はすぐに解消できないのだ。ゾルクの後ろでは、ソシアが不安そうな顔をしていた。きっと、彼を止めたが聞かなかったのだろう。

 

「どいつもこいつもボクの邪魔ばかり……!!」

 

 こちらはこちらで、滝のように冷や汗を流している。そしてナスターは再び皆に包囲された。

 あたしはメリエルに向き直り、説得を続ける。

 

「しかもただのドレスデザイナーじゃなくて、世界中の人を幸せにするドレスデザイナーっていう、素敵な夢よ? ちょっと恥ずかしそうに言ってたけど、胸を張れる立派な夢だと思ったわ」

 

「ドレスデザイナーになる夢…………うっ!? ……どうして急に、頭痛が……」

 

 ――始まった! それを待っていたのだ。

 以前、フレソウムの館であたしが説得した際も、メリエルは頭痛に見舞われた。直後にナスターは、電撃を浴びせて彼女を気絶させた。その理由はただ一つ。洗脳が解けるのを回避するため。つまりあの頭痛は、洗脳が解けようとしているサインなのだ。つらいとは思うが、どうか耐えてほしい……。

 

「ちなみにね、あたしの夢は『みんなを笑顔にする最高の筆術師になる』こと! 昔から変わってないわよ」

 

「別にあなたのことなんか……尋ねて、ないし……!」

 

「でもこの夢は、メリエルの夢を応援するための副産物みたいなものなのよね。『ドレスデザイナーも画家も筆術師も、全部なっちゃえば母さまは文句言わないだろうから』ってあたしが言い始めて。それを応援するために、あたしはメリエルと一緒に筆術師になるって決めたの。あの時『ミッシェルと一緒なら頑張れそうだ』って言ってくれたこと、本当に嬉しかったわ」

 

「一緒に……筆術師……」

 

 言葉は響いている。水底に深く沈んだ彼女の心へと、手が届こうとしている。

 

「十二歳の頃には、爺さまから大筆を託されたわね。あたしの大筆の名前は『魔筆(まひつ)ディフポース』で、あなたのが『魔筆(まひつ)オフェトラス』。合ってるでしょ?」

 

「何故か……合って、いる……」

 

「二人で旅に出たのは十五歳の時だったわ。父さまの嘘に釣られたあたしが、あなたを強引に連れて行ったの。あの時はゴメンね? でも旅から帰ってきたあなたは『なんだかんだ楽しかった』って(ささや)いて、あたしに笑顔を見せてくれたわ」

 

「なんでこんなに、苦しくて……懐かしいの……?」

 

「あ! 『ソルフェグラッフォレーチェ』は納得できるクオリティで描けるようになった? 昔から『私のセンスにそぐわないから苦手』って、よく愚痴ってたじゃない。でもずっと婆さまに習ってたんだから、絶対に成果はあるはずよ。よかったら、後で描いてみせてね」

 

「うっ……ぐぁっ……! 頭が、割れそう……!!」

 

 着実に進展を見せている……のだが、ここであたしは失態を犯してしまう。

 

「……なんか、いざ話そうと思ったら、考えがなかなか纏まらないわね。話したいこと、もっといっぱい用意してたはずなのに。もしかしてあたし、嬉しすぎて舞い上がってるのかしら? 落ち着いて、改めて話をしたいわね」

 

 ここぞというところで頭の中が真っ白になってしまった……。真っ白なのはキャンバスだけでいいのに。

 けれど大丈夫。話題を続けられなくても、この「気持ち」はずっと昔から続いているのだから。

 

「とにかく! あたしが一番伝えたいのは……」

 

「痛い、痛いから……もう喋らないでぇっ……!!」

 

 彼女の顔をじっと見据えて。

 

「せっかく素晴らしい夢を持ったんだから、叶えたいでしょ? 少なくともあたしは、あなたと叶えたい。きっと母さまも……応援してくれてる。だから……!」

 

「やめて……!! 何かが、来るっ……!!」

 

 あたしの全てを――声に乗せた。

 

 

 

「一緒に家へ帰りましょう、メリエル……!!」

 

 

 

「あああ……ああああ!! ああああああ!!」

 

 結界の中から飛び出した絶叫が、皆の鼓膜を激しく震わせる。彼女がこれほどまで苦しむ姿を、あたしは見たことがない。すぐにでも目を逸らしたくなった。……だが見届ける。これなら、これならメリエルはきっと――

 

「ナスターキィィィック!!」

 

 ……不覚をとった。ナスターがまた仲間の網をすり抜け、レストリクションの結界に飛び蹴りをかましたのだ。その衝撃で術は解除され、メリエルは気絶して床に伏せてしまう。

 

「ちょっと、ナスター!! なんてことを……」

 

「ふざけるなメリエル!! 揺らぐんじゃあない!!」

 

 怒るあたしを完全に無視し、奴は気絶したメリエルへ怒鳴りつけた。しかも、様子がおかしい。

 

「何度も、何度も! 何度も何度も何度も何度も!! 細心の注意を払って調整したというのに、どうして洗脳が解けかかるんだ!? そんな他愛もない語りかけごときで……!!」

 

 尋常ではない憤慨の仕方だ。地団太を踏み、土色の癖毛をクシャクシャに掻きむしっている。

 

「これ以上ない!! ボクの洗脳は完璧なんだぞ!! メリエルといいボルストといい、ボクの技術力を嘲笑(あざわら)っているのか……!!」

 

 早口に変わりは無かったが、周りをイラつかせるような気だるい口調は消え去っていた。頭から湯気を立てる現在の姿こそが、ナスターの本性なのだろう。

 

「そう、最も不可解なのはボルストだ!! メリエルはともかく、ボルストには家族など居なかったのにどうして洗脳が揺らいでいたんだ!? ……あああああ理解不能だ!!」

 

 黒雲に向かった叫びを聞いて、小さく笑みを零したのはマリナだった。

 

「ふふっ……感謝するぞ、ナスター。それを聞いて活力が湧いてきた」

 

「どうしてだ!? 教えろ!!」

 

「やめておく。教えたところで、貴様には理解不能だろうからな」

 

「グヌヌヌヌ……!!」

 

 マリナとボルストには師弟としての信頼、絆があったのだ。それも、血の繋がった肉親に迫るほど厚く。あたしの説得を「他愛もない語りかけ」として受け取ったナスターには確かに理解できないだろうと、大いに納得した。

 唸り声をあげている内に、どうやら奴は頭が冷えてきたようだ。次の瞬間には、いつもの調子を取り戻していた。

 

「……ボクとしたことが、見苦しいところをお見せしてしまいましたぁ。お詫びと言ってはなんですが、ボクもメリエルにならって奥の手を披露いたしましょぉう」

 

「まだ私達と戦う気なんですか? さっきまであんなに取り乱していたのに。メリエルが気絶した今、あなたに勝ち目なんてありませんよ」

 

 弓を引き絞ったソシアが淡々と忠告した。

 

「これじゃあ『狂鋼(きょうこう)』のナスターじゃなくて、『強行(きょうこう)』のナスターだな」

 

「上手いことをおっしゃったつもりですか。状態がよろしくないのに、くだらない発言で体力を消耗させないでください」

 

 戦意の失せないナスターを、ゾルクがからかう。ジーレイは隣で呆れていた。

 ――その通り、ふざけている場合ではない。よく見ると奴の目は据わっていた。だから訂正する。いつもの調子を、単純に取り戻したわけではないらしい。

 

「そろそろ顕著(けんちょ)になる頃ですねぇ」

 

 なに? 奴はまた企んで…………と考えるまでもなく、すぐに体感した。

 

「身体中が……だんだん痛くなってきた……!? さっきの怪我は治してもらったはずなのに……疲労のせいかな……」

 

「いいえ……疲労などという安いものではないようです。ほとんどダメージを受けていない僕でさえ……激痛が……」

 

「くぅっ……! 私の治癒術が効いていなかった……? そんなはずは……!」

 

 ゾルクを皮切りにジーレイ、ソシア、以下全員が身体の痛みを訴え始めたのだ。

 ――あたしがメリエルを説得している間、ソシアは仲間の陰に隠れて満遍なく回復を行い、万全を期していた。それなのに身体の芯から痛みがどんどん浮上し、大きくなっていく。どうやら治った傷とは別の由来の痛みのようだが、一体どういうことなのか。

 ナスターは、今がチャンスだと言わんばかりに懐から注射器を取り出して……針を自分の腹部に刺した。

 

「増強剤導入ぅ。ドーピングシリンジ!」

 

 謎の液体を自らに注入した後、更にたくさんの注射器を取り出し、両手に掴んだ。そして勢いよく足を踏み出す。

 

「てぇぇぇい!!」

 

 すると、あたし達の視線の先に居たはずのナスターは……全員を通り過ぎて後方に立っていた。一呼吸も、まばたきも終わらない内に。元から異常な俊足だったが、まさきには及んでいなかった。しかしこの瞬間だけは、まさきすら抜き去ると言っても過言ではないほどの速さで駆け抜けていったのだ。

 あたし達の身体には、突き刺さった複数の注射器が。中身は注入され、既に空となっている。感知できぬ間に奴が投げつけたようだ。気付いたそばから、どれもこれもすぐに抜き捨てていく。

 

「ふぅぅぅ……。ドーピングの効果は一瞬で消えましたが、十分でしたねぇ。だってアナタ方はもう……」

 

 脱力し、皆の足元に散らかった空の注射器を見つめたまま、奴は憎たらしく笑った。

 

「動けなぁい」

 

 ……なんだ、これは。頭痛、目眩(めまい)嘔気(おうき)麻痺(まひ)、重圧感、倦怠感(けんたいかん)……様々な症状が一挙に身体を蝕んできた。悔しいがナスターの言う通り、動ける状態ではない。声を出すのもしんどいくらいだ。

 

「気になると思うので種明かし致しましょぉう。まず一つ目。ここを訪れるまでに、青い霧を見かけませんでしたかぁ?」

 

 青みを帯びた妙な霧……心当たりはある。基地の至る所で目にした。この広間にも霧はかかっていた。

 

「それが激痛の原因ですよぉ。肉体を徐々に蝕んでいく霧を生み出す罠の筆術、ウィスタリアミスト。霧は、対象者が触れた時点で魔力微粒子となり、ずっと肉体へ纏わり付きます。たとえ無傷であろうとも、いくら回復しようとも、魔力微粒子となった霧の効果で勝手にダメージが蓄積していくのですよぉ。これも事前に、メリエルに命じてテクノロジーベース中に撒き散らしておいたのでぇす」

 

 まさか、あれも筆術だったとは。戦う前から既に、術中に(はま)っていたのか。そしてウィスタリアミストは、あたしが知らない筆術である。メリエルが六幹部の一員として洗脳された後に創り出した筆術なのだろう。

 

「そして二つ目。今しがた打ち込ませていただいたのは、毒薬混入のポイゾニックシリンジ、麻酔注入のパラライズシリンジ、薬品処方のケミカルシリンジ、病原体投与のヴィールスシリンジ……。数々の状態異常物質です。最高の気分でしょぉう?」

 

 ふざけるな。最低最悪に決まっている……!

 

「未検証のままゼロノイドにこれを打ち込むのは本意ではありませんでしたが、アナタにとってもこの手の状態異常は通用するのですね。これで一安心でぇす」

 

「何が一安心だ。私達は、まだ、戦えるぞ……!」

 

 膝を突くも、無理やり両腕を持ち上げて二つの銃口を向けるマリナ。どこまでも気丈である。

 

「いえいえ、安心しましたよ。一網打尽にできるのでねぇ」

 

 そんな彼女に対し、ナスターは絶望を贈るように悪笑を見せる。そして……。

 

「マシンロケット!!」

 

 仰天の攻撃を繰り出した。奴は両義手の肘から下を、砲弾のように発射したのだ。備わったビットから魔力燃料が供給され、その噴射でパワフルに突き進む左右の義手。これらは、異常をきたして動けない皆をひとまとめに挟み込むと、休む間もなくある方向へ押し始める。

 

「これって、まさか……!?」

 

 行く先を見て、ソシアが息を呑んだ。

 

「多少、身体が飛び散っても使えるパーツがあれば研究は可能。ひとまず奈落へご招待でぇす!」

 

 背筋も凍るほどの恐怖が全員に訪れる。身体が言うことを聞かないまま、足場のギリギリまで迫り…………いや、もう駄目だ。

 

南無三(なむさん)……!!」

 

 小石を蹴飛ばすように呆気なく、突き落とされてしまった。

 まさきは目を閉じ、祈るように声を上げた。それに応えるかの如く、ゾルクが決死の行動に出る。

 

「みんなを助ける……! 天翔来(てんしょうらい)!!」

 

 僅かに残された体力で気合いを込め、胸のエンシェントビットに意識を向ける。自由飛行できる補助の術技を使おうとしたのだ。……しかし、奴に打ち込まれた混沌がゾルクの体内を掻き乱す。

 

「駄目だ、集中できない……!?」

 

 光る二対の翼が彼の背に現れることはなく……皆は、奈落の闇に消えていくのだった。




(絵:まるくとさん)


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第53話「異彩の双極」 語り:ミッシェル

「冗談じゃないわ……!」

 

 あたしだけは義手に捕まらず、足場に残っていた。いや、「残された」と言うべきか。

 痺れる手足に意識を集中し、最低限の感覚を取り戻す。そして場外に飛び出したナスターの両義手が戻ってくる前にと、筆術(ひつじゅつ)の発動を即決した。描いたのは、真珠色の魔法陣。

 

(やく)(あらが)う浄化の雨となれ、無垢(むく)なる真珠(しんじゅ)! パールライト!」

 

 魔法陣から光が立ち昇った後、輝く雨が自分を中心に広く降り注ぐ。――皆が落ちていった奈落にも。あたし自身の状態異常の回復はもちろんのことだが、浄化の雨が仲間に届くことを願って、一か八かで発動したのだ。ウィスタリアミストの効果も洗い流せたらしく、これでようやっと体調が正常に戻った。

 

「グフ、グフフフフフ……! 計画通り、計画通りぃ……!!」

 

 隠しきれない喜びがナスターから漏れ出る。

 ……直後、天から広間へと雷鳴が轟いた。すっかり忘れていたが天井は開いており、上空は雷雲に覆われていたのだった。あの雷鳴、奴の心中――喜びの爆発を現しているようで、気分が悪くなってしまう。

 そしてナスターは唐突に自分語りを始めた。歓喜から一転、困り果てた表情となって。

 

「……正直に申し上げますと、救世主が行使すると噂の『エンシェントビットによる世界の理の書き換え』や『自由に飛行する能力』を、ボクは大変警戒していました。絶大な力を持つ総司令が致命傷を負ってしまわれたレベルですからねぇ。業界ではチートプレイと呼称されるような、非常に遺憾な行為なのですよぉ」

 

 更に一回転して、気味の悪く明るい笑顔が戻ってきた。

 

「しかぁし! ある日とつぜん手に入った未知なる特殊能力など、ただの剣士がそう簡単に扱えるようになるはずがありませぇん。この類の能力は、集中を途切れさせるだけで発動を防げると踏みましたぁ。バーミリオンファングによるダメージも加わったおかげか想定通りに飛行能力の発動を防ぎ、奈落の底に落とせたので御の字でぇす!」

 

 さっきは、ゾルクへの対策も兼ねた上で状態異常攻撃を仕掛けたというわけか。双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)の際に状態異常を用いなかったのは、奈落を利用し皆をまとめて始末することを考えて秘匿したかったからだろう。恐ろしいほどの用意周到さである。

 

「仮に史上最強を(うた)う戦士がいたとしても、不治(ふじ)(やまい)には勝てず死、あるのみぃ。肉体の内側から蝕み、全てを破壊していく状態異常の美学。いつの日も素晴らしすぎて身体の震えが止まりませぇん! ボクの技術力って、どうです! すごいでしょぉう!!」

 

「はいはい、すごいすごい」

 

 自己陶酔し、拍手喝采を浴びているかのように両手を広げている。おめでたい奴だ。感情の無い相槌で流してやった。

 

「……そんなことよりもね。あたし、びっくりしてるの。一人になっちゃうなんて思わなかったわ。でもこれって、わざとなんでしょ?」

 

 ナスターは無垢な子供のような目をしながら回答し、戦う意思を見せた。

 

「ご名答! 散々邪魔をしてくださったアナタだけは、ボクがこの手で直接! 心臓を抉り出して差し上げまぁす!!」

 

「ノーサンキューよ!!」

 

 楽しさすら含んだ狂気に気圧されることなく、自分の大筆(たいひつ)をしっかりと握り締めた。

 ……落下した仲間を救うために出来ることは、パールライト発動が最初で最後だった。後はもう、生きていることを願うのみ。ここからの戦闘は、たった一人でもやるしかない……!

 

「あたしの本気!」

 

 白の足場という巨大なキャンバスの上で、ビットの煌く大筆を縦横無尽に駆け巡らせた。筆先からは虹色の絵具が多量に溢れ出ており、込められた魔力や気力、そして想いの大きさを物語っている。

 

「傑作『ソルフェグラッフォレーチェ』召喚せり」

 

 描き上げたのは、フレソウム家の象徴と言っても過言ではない壮大な作品。あたしの引き締まった声が、平面に描かれたそれを立体へと叩き起こした。

 ――縦に長い直方体型の純白の胴体を、ひょろっとした細長い脚で支え、極端に長く鞭のようにしなる腕を持った人形。胴体の上には真っ黒で大きな瞳と、ナスター以上に自己主張の強い三日月型の口を有した、まん丸の頭が乗っかっている。それが、この場の誰よりも背の高い傑作人形『ソルフェグラッフォレーチェ』なのである。

 

「幻惑の魔手(ましゅ)にて暴虐(ぼうぎゃく)の限りを尽くせ!」

 

 傑作はあたしの指示に従って、巨体をグルンとくねらせてナスターに対面し、捻じ伏せようとする。

 

「アナタの秘奥義、初見ですが解析済みなのです! 報告は受けていたのでねぇ!」

 

 奴は物怖じせず、純白の巨体を大胆にも正面から……と思いきや。漆黒の白衣を(ひるがえ)し、持ち前の俊足で背後に回り込む。

 

「マシンブラスター!!」

 

 呆気なかった。光線銃に変形した左の義手は、白く太い閃光を放出。傑作は胴体に大きな空洞をこしらえて床にへばりつく。その様は、大木が倒れるかの如く騒々しかった。そして消滅するかしないかの狭間となり、停止してしまう。

 

「研ぎ澄ます紅玉(こうぎょく)! 守り抜く柘榴石(ざくろいし)!」

 

 大筆は、まだ走る。

 

「ルビーブレイド! ガーネットアーマー!」

 

 傷付けられる傑作に目もくれず、物理面の攻守を強化する筆術を描いた。剣と鎧の絵があたしに飛びつくと同時に、ナスターは傑作の真の役目に気付く。

 

「なるほど、秘奥義を囮にして能力強化ですか。考えましたねぇ。で・す・が、発動後は隙だらけぇ! 強化など無意味ですよぉ!」

 

 隙がどうした。次なる秘奥義の線を引くのみ。あなたが近寄ってこようと関係ない。それが今のあたしに可能な、全身全霊をかけた戦い方なのだから。

 

「あたしの! もっと本気!!」

 

 筆先の絵具は、まだ輝きを保っている。そして集中力は一瞬にして極限へ。

 

(えが)き生み出すは鮮やかなる癒しの輝き。我らを導け、慈愛満ちる聖域へと」

 

 虹色の筆先で、白く透き通った水晶色の魔法陣を繊細に描き込んでいく。ガーネットアーマーで物理防御力が上昇しているので、奴から射撃を受けても踏ん張れており怯みはしない。

 完成した魔法陣は自ずと拡大し、楽園とも見紛うほどの聖域を幻影として立体的に映した。

 

「クリスタル・サンクチュアリ!」

 

 聖域が放つは、攻防一体の水晶色の光。発動者や味方を包み込んで傷を癒しつつ、外部からの攻撃を完全防御。そして敵を光で照らして焼き焦がすのである。

 

「その秘奥義の情報も取得済みぃ! この際、多少のダメージなど問題ではありませぇん! マシンソード!!」

 

 奴は身を焼き焦がす光などそっちのけで、聖域へ侵入。内側に入り込んでしまえば遮られず直接攻撃できると判断したのだろう。義手を剣状に変形させ、中心に居るあたしの命を今まさに奪おうとした。

 

 確かに、内部からの直接攻撃は通る。正しい判断だと褒めてあげよう。

 

 ――しかし奴は、ここまでの流れこそが、あたしの作戦だったとは知らない。

 

特攻刺(とっこうし)っ!!」

 

「ぎゃあああああっ!?」

 

 ナスターが刃の義手を振り下ろすよりも早く踏み込み、大筆の石突きを突出させた。

 ……先日、トローク坑道でみつね姫が披露したジオギドラに対する騙し討ち。それを参考にして、一癖も二癖もあるナスターの裏をかいたのだ。

 ルビーブレイドで強化された石突きに腹部を深く貫かれ、さぞ後悔したことだろう。おびただしい流血が白の足場を染めた。この致命傷によって気絶してくれれば、あたしの勝利となる。

 

「まっ……まだっ、まだまだまだまだぁ……!! やられるわけにはいきませぇん!!」

 

 ……はずだった。

 本命の特攻刺(とっこうし)でナスターを撃破できなかったのだ。至る所から脂汗を流しつつもギリギリで意識を保っている。そして奴は反撃のため、右の義手を振りかざした。

 由々しき事態である。あたしがとったのは捨て身の戦法。大筆を突き刺しているこの状態だと筆術を描けない。作戦が失敗したとなれば、自身に返ってくる代償も半端ではないのだ。

 

「マシンチェーンソー!! 心臓を目指して一直線に切り裂いてあげましょぉう!!」

 

 右の義手は大型チェーンソーに形を変えた。大筆に貫かれたまま攻撃に転ずるというあまりの執念に圧倒され、次にとるべき行動が即座に浮かばなかった。

 

「ぎっ……!? ううっ……わああああああああっ!!」

 

 激痛は、当然のように絶叫と涙を生んだ。

 エンジンからの動力を受けて回転する鎖鋸(くさりのこ)が、否応無しに振り下ろされた。黒の衣服ごとあたしの左肩をズタズタに切断していく。激しい振動を伴っているため皮や血肉が飛び散り、骨も容易く砕けた。ガーネットアーマーを使用していなければ、もっと酷い有様だったことだろう。

 明らかに再起不能レベルの重傷なのだが、鎖鋸が心臓に到達することも、身体が分断されることもない。その秘密は――クリスタル・サンクチュアリにある。未だ残る水晶色の聖域が、傷付く身体を超常的な回復力で治癒し続けており、治ったそばからチェーンソーを押し戻しているのだ。

 ……命が助かっても、これは永遠の地獄と言って差し支えない。あまりの痛みに、脳が何もかも遮断してしまいそうである。

 

「痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……!! 痛いぃぃぃっ……!!」

 

 少しでも声に出して激痛を和らげようとするが、無駄な抵抗である。涙が止まらず、頭は朦朧(もうろう)としてきた。

 

「でしたらその手を離せばいいでしょう! アナタは意味なく持ちこたえているだけぇ!」

 

「離さ、ない……!!」

 

 ナスターは、鬼気迫る表情で睨みつけられてしまう。あたしと目が合った途端、柄にも無くたじろいだ。そのせいか鎖鋸の威力も少し弱まった。

 

「な、なんなのですかアナタ……もう諦めなさい! いくらなんでも非常識なのではぁ!?」

 

「非常識……ですって!? それ、あなたは絶対しちゃいけない指摘よ……!!」

 

 体力とは裏腹に、あたしの炎は衰えを覚えない。

 

「だいたいね! あたしには、ここまでする筋合いがあるわ! 落とされた仲間を助けに行くためにも、家族達の仇を討つためにも、メリエルを連れて帰るためにも! あなたを倒さなきゃならないの! 諦めるわけ……ないじゃない!!」

 

「ぎゃあっ!? 筆を……捻っては、いけませぇん……!」

 

 大筆で奴の身体をどうにか抉ってみせたのだが、倒すにはまだ足りなかった。

 クリスタル・サンクチュアリも、いつかは効果を終えて消滅する。そうなればあたしは、ボロ切れのように裂かれて死んでしまうだろう。

 

 ――最後の希望があるとするなら、それはメリエルと『ソルフェグラッフォレーチェ』である。

 

 傑作は不思議なことに、伏せて消えかかったまま停止した状態を未だに保っていた。メリエルがあれを重ね塗りしてくれれば、後はあたしの意思で再び動かすことが出来る。

 

「メリエル!! お願い、起きて!! あなたの力が必要なの!!」

 

 気付けば、無我夢中で声を張り上げていた。あたし達から離れたまま気絶している彼女へ届くように。しかし反応は返ってこない……。

 

「『ソルフェグラッフォレーチェ』を重ね塗りして!! 秘奥義の上描きなんて、あなたにしかできない!! だから目を覚ましてよ、メリエルーッ!!」

 

 懸命に呼びかけるが、やはり動きはなかった。

 その様子を、あたしの眼前でナスターが気弱く見守っていた。奴の傷も深く、右義手の大型チェーンソーを支えるのに精一杯。呼びかけの阻止や、傑作を抹消する手段がないのだ。

 

「い、いいのですかぁ? 洗脳は解けてなどいませんよぉ……?」

 

「……強がるのやめたら? あたしの説得は、とっくに通じてるの。だからこうして呼んでるのよ」

 

「何を根拠に……!!」

 

「根拠ですって? 決まってるじゃない」

 

 誰かさんのように嫌味ったらしく、不敵な笑顔を浮かべる。

 

「メリエルが……あたしの双子の姉で! たった二人だけの!! 家族だからよ!!」

 

「こ、根拠って、そんなことぉ? やはり非常識ですよ、アナタはぁ……!」

 

 あたしが発する異様な気迫と自信は、ナスターの身を僅かに仰け反らせた。隠しきれない焦燥が、奴の体中から滲み出ている。

 

 ――と、その時。どぎつい発光が視界を掌握し、爆音が轟いた。

 

「きゃあああっ!!」

「ぎょへあっ!?」

 

 落雷である。ずっと上空で蠢いていた黒雲が、まさかのタイミングで戯れたのだ。壁の一部の蛍光照明が破損し焼け焦げている。どうやらそこに落ちたようだ。

 同時に、雷は衝撃波をもたらした。あたしとナスターと気絶中のメリエルは波をまともに受けてしまう。大筆は奴の腹部から抜け、あたしの左肩はチェーンソーから解放された。そして三人とも無力に床を転がらざるを得なかった。

 

「ぐはぁぁぁっ……雷に助けられましたか……。しかし、いくらボクでもこの状況は、マズいですねぇ……。ミッシェル・フレソウムめ……!」

 

「はぁっ、はぁっ……。あいつ、まだやられてないの……!? もうあたし、リミット超えてるのに……。ムカつくったら……ありゃしない……!!」

 

 離れた場所で互いに起き上がれないまま、血溜まりと恨み言を生んだ。

 あたしの左肩から流血は続いているが、幸いなことに怪我自体は最低限のところまで治癒できていた。しかし頼みの綱のクリスタル・サンクチュアリは落雷の衝撃波で完全に消滅してしまった。もう捨て身の攻撃は望めないし、疲弊を極めているため勝負をつけられるかすら怪しい。それはナスターも同じことだった。大筆で開けられた腹部の風穴のせいで、攻勢に転ずることができずにいる。

 ……とは言ったものの、分があるとすれば向こうの方だ。奴はエグゾア六幹部の一人、狂鋼(きょうこう)のナスター。あたし達六人を全滅寸前まで追い詰めた、紛れもない強敵である。動けないふりをして、次の瞬間には飛び道具を放ってくるかもしれない。形勢逆転するような奇策だって隠し持っているかもしれないのだ。

 絶対に諦めたくはないのだが……あたしに講じられる手立ては残されていなかった。

 

「なんなの? さっきの音は……」

 

 あたし達の間へふらりと割って入ったのは、紅のバトルドレスを揺らめかせた人影。立位はとれているが、覚醒しきっていないような、ぼーっとした声を出している。

 

「メリエル! 良かった、気が付いたのね……!」

 

 喜び見上げると、その手には彼女の大筆がしっかりと握られている。あたしの声は届いていたのか。

 

「……ナスター? 私、長い悪夢を見ていたみたい」

 

 話しかけた相手は、あたしではなかった。すぐに、奴の勝ち誇った台詞が飛び込んでくる。

 

「ほぉぉぉら、ご覧なさい! ボクの洗脳は完璧でした!! ミッシェル・フレソウム、アナタの負けですよぉ!!」

 

「メ、メリエル……」

 

 彼女の眼差しには、冷徹さがしっかりと残っていた。

 

 

 

 ――まさしく「絶望」だった。

 

 助けるためにいくら行動しても。

 

 洗脳を解くと本気で信じていても。

 

 このような現実が訪れてしまったのなら……心は折れるしかなかった。

 

 メリエルが誘拐された、あの日から三年。

 

 取り戻せる日が来るのを待ち望み、努力してきたのに。

 

 救い出せず幕が下りるなんて……最悪で、悔しくて、己を嫌悪した。

 

 ……ダメだ。視界が滲んで、何も見えない。

 

 全て終わってしまった――

 

 

 

「さぁ! とどめを刺しなさぁい!」

 

 這いつくばったまま、いつになく嬉しそうに命令を下した。するとメリエルは、ナスターに次のような返事をする。

 

「とどめ……ね。もちろんだけれど、先に言っておかなければいけないことがあるわ」

 

「ボクも限界なので、手短にお願い致しまぁす」

 

 そして神速で大筆を操った。

 

「私の……家族をっ!!」

 

 ――憎悪を真紅の瞳に宿し、限りない怒声を叩きつけながら。

 

「……え?」

 

 目が点になるナスター。舞い踊るバトルドレスと筆先の動きに合わせ、消えかかっていた傑作は虹色に包まれていき、虚ろだった眼を光らせる。

 

「泣かせるなぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第53話「異彩の双極」

 

 

 

 三秒と経たなかった。『ソルフェグラッフォレーチェ』は全身から虹色の輝きを放ち、見事に再臨したのである。

 直前まで感じていたものとは正反対の現実になり戸惑ったが、すぐに理解した。後は、あたしが傑作に意思を込めるのみ。

 

「せ、洗脳が」

 

 ナスターが言えたのは、そこまでだった。

 高く跳躍した傑作は奴の胴体の風穴を目掛けて落下し、まず一撃。極端に長い右腕で潰すように殴りつけた。次は両腕を使い、床ごとぶち抜いても構わないつもりでマシンガンのような連打を浴びせる。奴の下に溜まった血は、重い殴打音を伴奏にして跳ね続けている。

 最後は細長い脚に最大の力を込め……万感の思いで踏みつけた。そして役割を果たした傑作は、光る砂のように揺れて消えていった。

 拡大した血溜まりの上で、ナスターは悲鳴も上げられないまま気を失った。それを確認したメリエルはこちらに歩み寄り、倒れているあたしを覗き込む。……エグゾア六幹部としての闇は一切、真紅の瞳から消え去っていた。

 

「やっぱり何度描いても苦手よ。『ソルフェグラッフォレーチェ』なんて」

 

「でもね、思った通り。前よりも立派に描けてたわ」

 

 お互い、泣き出しそうに笑った。そしてメリエルは膝を突き、横たわったあたしを抱き起こす。

 ――それじゃあ、お迎えの言葉を贈ってあげましょっか。

 

「……とっても、とーっても長い、お出かけだったわね」

 

「帰りが遅くなってしまって……本当にごめんなさい」

 

「おかえり、メリエル」

 

「ただいま、ミッシェル」

 

 四つの紅い源泉は決壊した。

 強く、強く、強く、三年分の想いごと抱擁する。

 二度と離れ離れになるまいと、約束を交わすように――

 

 

 

「ボ…………」

 

 二人して、咄嗟に身構えた。先ほど気を失ったはずのナスターが、もう口を開けたからである。『ソルフェグラッフォレーチェ』による怒りの猛攻を受けたというのに、なんという生命力だろうか。

 

「ボクは本気で戦ったのに……負けたぁ? ありえません、ありえませんよ、このようなことぉ……」

 

 だが、身体は血溜まりで黒雲を仰いだまま、頭だけをこちらに向けるのみ。さすがに反撃の意思も体力もないようであり、今にも消え入りそうな声だった。

 それが判ると、気持ちはすぐに落ち着いた。そしてあたしがキツく言い放つ。

 

「ありのままを受け入れなさいよ。あなたは負けたの。あたしとメリエルの『想いの力』の前に」

 

「『想いの力』ぁ……? そんなもの有り得ませぇん……。相手を想うことなどにエネルギーは生じない。ただの空虚。ゼロでしかないはずぅ……」

 

「ゼロなんかじゃないわ。あたし達にとってはエネルギーそのものよ。『愛』って言えばわかりやすいかしら」

 

 と、ここまで述べてから思い出した。マリナとボルストの絆を理解できていなかったことに。

 

「……いいえ、教えるだけ無駄だったわね。あなたには一生わからないし、あなたが求めてるものじゃないってことは間違いないわ」

 

 メリエルの腕の中から、ひどく憐れんでやった。

 

双極(ふたご)の愛に敗れたなど……信じられ……ませぇん……。理解不能……解析不能…………」

 

 そしてナスターは不信を抱いてブツブツと呟くと、今度こそ完全に気を失うのだった。

 ――すぐ後で。メリエル救出、ナスター撃破に続き、心配事の答えが文字通り飛行してきた。

 

「ミッシェル!! 大丈夫か!?」

 

「ゾルク……!」

 

 金髪蒼眼の彼が、天翔来(てんしょうらい)によって光る二対の翼を背に携え、奈落の底から舞い戻ってきたのだ。翼を消して着地し、疲れを押して駆け寄ってくる。

 

「ボロボロになっちゃったけど大丈夫! ナスターはコテンパンにやっつけといた!! メリエルも、この通り!」

 

 傷付いたあたしを優しく抱き締めているメリエルを見て、目を丸くした。

 

「ああっ!?」

 

 そして彼らしく、自分のことのように喜んでくれた。

 

「……そっか、ついに助け出せたんだ。ミッシェル、やったな!」

 

「にっひーん♪ あたし、やる時はやる女なんだから!」

 

 右手でピースサインを作り、得意げに突き出した。大勝利の証明である。

 今度は、皆のことについて恐る恐る尋ねた。

 

「そっちはどうだったの? みんな、ちゃんと生きてる……?」

 

「無事だよ! ミッシェルが身体を浄化してくれたから底に着くギリギリで飛べて、みんなを拾えたんだ。そのあと戦闘員に囲まれちゃったから、なかなか上がって来られなかったんだけど……力を合わせて何とか倒した。そろそろ、みんな戻って来るはずさ」

 

 奈落へ降らせたパールライトは届いていた。これでやっと胸を撫で下ろせる。

 しかし、ゾルクのように飛べない皆は、どうやって戻るつもりなのだろうか。……その答えも、すぐにわかった。

 

「上手くいったようですね。解析が容易に済んで助かりました。さて、戦況のほどは」

 

「どうやら終わっているようだ。……それも、良い結果で」

 

 青白く四角い陣――転送魔法陣が、瞬く間に現れたのだ。その上には武器を構えた残りの四人の姿が。確かに別状ない様子で立っていた。……後で聞いた話だが、戦闘員が奈落の底での奇襲用に使っていた転送魔法陣の術式をジーレイが解析し、逆に利用したという。自分にとって未知の術式を解析するのは楽ではないだろうに、流石は偉大なる魔術師様だと感服した。

 ジーレイとマリナの会話のあと、皆は武器を仕舞う。そして魔法陣が消え切るのを待たず、ソシアがポニーテールを揺らして走り出した。

 

「ミッシェルさん、成し遂げたんですね……! おめでとうございます……! メリエル……さんも、おかえりなさい……!」

 

 あたしとメリエルに飛びつくと、涙声で祝福してくれた。ソシアはエグゾアに母親を奪われた身。あたしと似た立場であるからこそ、この感情が痛いほどわかるのだろう。

 

「ありがとね、ソシア」

 

 だからあたしは彼女も抱き締め、震える頭をそっと撫でた。

 仲間が帰ってきてから一言も喋らなかったメリエル。ようやく、静かに口を開く。

 

「私、洗脳されていた間の記憶も、まばらだけど残っているの。あなた達を傷付けたことも覚えているから……その……」

 

 後ろめたい、と言いたいのだろう。だが、ここにはメリエルを責める人間など、一人として居ない。

 

「あー、気にしなくていいって! 全員、全部わかってて救出に協力してくれたんだから。みんな、本当にありがとね! ほら、メリエルも!」

 

「……ええ。助けてくれて、ありがとう……!」

 

 メリエルの緊張は解れ切っていなかったが、皆の温かな表情を認めると、心からの感謝を述べた。その返事は、ゾルクが代表して送った。

 

「どういたしまして。救世主として当然の行いだからね!」

 

 しかしどういうわけか、ボサボサの金髪を照れ臭そうに掻いている。

 ……もしかして、本来のメリエルの美貌にあてられちゃった? でもあなたにはマリナがいるでしょ、まったくもう。

 

 一段落つき、身体を癒した後。改めて、あたしとメリエルでナスターを倒したことを知らせる。当のナスターは依然として血溜まりの上。念のためソシアが弓を手にしながら接近し、状態を確認する。

 

「まだ呼吸があるようですね。出血量はとんでもないのに、おかしなくらいタフです……」

 

 彼女が気味悪そうに伝えると、まさきが判断を下した。

 

「こやつが存命だと危険極まりない。生かしたところで、拙者達に協力などせぬことは明白。故に斬首(ざんしゅ)を薦める。執行は拙者に任せるがよい……」

 

「賛成です。では早速、お願い致します」

 

 ジーレイが促し、彼は左腰の刀を抜いて奴に近づこうとした。――その瞬間。

 

「あ」

 

 ゾルクの発した一文字だけが響いた。

 ナスターは一言も発さず起き上がると全力疾走で奈落へ突き進み、そのまま落ちていった。乱心して身投げしたのか、はたまた脱出経路がそこにあったのか、知る由は無い。

 

「物凄い逃げ足だったな……。でも、あの怪我でどうして動けたんだろう?」

 

 皆、ゾルクと同じ疑問を持った。だが、ソシアはすぐに見破る。

 

「あの光、治癒術の……! ナスターは治癒術も使えたんですね」

 

 ソシアの視線の先には例の血溜まりがあったのだが、よく見るとその上には淡い光の軌跡が残っていた。あたしも凝視したが、確かに治癒術を発動した時に生じる光だった。

 

「気絶は演技であり、逃走可能になるまで体力を回復していたのか。最後の最後まで奥の手を隠していたとは、敵ながら天晴(あっぱ)れなり……」

 

 まさきは、やむなく刀を鞘に収め、肩を落とした。取り逃がしてしまったことに責任を感じているらしいが、もう仕方のないことだ。次に出くわす機会があれば、その時に叩きのめすまで。

 ――直後、ピピピピと機械音が鳴り始めた。通信機の着信音である。マリナは山吹色のジャケットの内側からそれを取り出し、ボタンを押した。通信相手はアシュトンである。

 

『おい、マリナ! 聞こえるか!?』

 

「タイミングが良いな。丁度、迎えを頼もうとしていたところだ。予定通り、私達の居場所は通信機の発信地点で合っている。ビームキャノンで道をこじ開けてくれ」

 

『だったら話が早ぇな。すぐに次の目的地へ飛ぶぜ!』

 

 明らかに、アシュトンの様子がいつもと違う。とても焦っているようだ。

 

「何かあったのか?」

 

 マリナが問うと、彼は急いで教えてくれた。

 

『スメラギの隠密部隊から連絡があったんだ! コルトナ将軍率いるクリスミッド軍が、まもなくケンヴィクス王国へ侵攻を開始するってよ!!』

 

 ……このエグゾアテクノロジーベースで激闘を繰り広げたあたし達だが、安息の時間はまだ訪れないらしい。



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第54話「不穏なる国境」 語り:ゾルク

「おいおい、疲れ切ってるじゃねぇか。よっぽど大変だったらしいな」

 

 俺達を大翼機(たいよくき)ザルヴァルグに収容したアシュトンの第一声が、これだった。それぞれ、やっとの思いで機内の座席へ腰を落ち着けた。

 

「しかし、その甲斐はあった。ナスターを懲らしめることができたし、何よりメリエルを救い出せたんだ。今回の侵入作戦は大成功と言っていいだろう」

 

 操縦席へ向けて報告したマリナの声にも、隠し切れない疲労が乗っかっている。

 もちろん俺も似たような調子なのだが、それを押してでも奴に言いたいことがあった。

 

「俺がボロボロになった原因はアシュトンにもあるんだぞ? 謝ってくれよなっ!」

 

「なんで俺のせいになるんだよ……。八つ当たりか? こっちだって、テクノロジーベースからの砲撃を避けながら飛び続けなきゃならなかったんだぜ。苦労はお互い様ってこった。そういうのはやめろ」

 

 いまいちピンと来ていない様子だ。こうなったら、はっきり言ってやるしかない。

 

「アシュトンの悪口が本当になったんだよ。『下手に飛び回ってドジ踏むな』ってやつ!」

 

 眉間にシワを寄せて睨んだのだが、奴ときたら。

 

「はんっ。そりゃあ、やっぱりお前が悪いだろうが。下手に飛び回ったのはお前なんだからよ」

 

「なにを~っ!?」

 

 鼻で笑い、全く悪びれなかった。俺は座席から飛び出し、ボサボサの金髪を全て逆立たせる勢いで操縦席のアシュトンに迫る。

 

「はいはい、そこまで」

 

 が、見兼ねたであろうミッシェルに制されてしまった。

 

「あなた、大怪我してたんだから大人しくしてなきゃダメよ? 術で傷を癒せても、削がれた体力とか精神的疲労はすぐに戻らないんだから」

 

「それはミッシェルだって同じだろ?」

 

「あたしは騒いでないし~」

 

「うぐっ……」

 

 ――正論である。俺は怒りのやり場を無くしてしまい、すごすごと座席に戻るのであった。

 一方でマリナはこのいざこざを完全に聞き流し、次にどう動くか皆で相談していた。

 

「現状のままクリスミッド軍と鉢合わせるのは流石に危険だ。リゾルベルリに降りて小休止したい。それくらいの時間は、まだ残されているはずだ。ジーレイ、どう思う?」

 

「軍隊をどう相手取るか対策も考えたいですし、その案に賛成いたします。ワージュ、よろしいでしょうか」

 

「うん。リゾルベルリに行こう。ぼくも焦る気持ちはあるけれど、だからこそ落ち着いて行動しなきゃいけないと思う」

 

 彼の返事に迷いはなかった。まさきはそれを聞くや否や、四角い黒の通信機を手に取って述べた。

 

「ならば隠密部隊に通信連絡し、首都リグコードラよりの撤退も兼ねてリゾルベルリでの合流の指示を出そう。新たな報せがあるやもしれぬ……」

 

「というわけです、アシュトンさん」

 

「へいへい。クリスミッド軍に見つからねぇように、念のためリゾルベルリよりも北へ迂回してから南下するぜ」

 

 話はまとまった。ソシアに促されると、アシュトンは操縦桿を傾けるのだった。

 行動が決まったところで、ジーレイはメリエルの名を呼ぶ。伝えたいことがあるらしい。

 

「メリエル。これから僕達は軍隊を丸ごと相手にしなければなりません。場合によっては、あなたにも加勢していただきます。どのような作戦を立てるにしろ、人手が多いに越したことはありませんからね」

 

「え、ええ……」

 

 同意してくれたようだが、歯切れが悪い。そして心なしかミッシェルの陰に隠れようとしている……? 何やら妙である。

 

「いかがなさいましたか? 警戒などしておりませんよ」

 

「そういうことではないの。ええっと……」

 

 メリエルはそこで言葉を終え、顔を伏せてしまった。まだジーレイは失礼な発言をしていないはずだが……彼女に何が起こったのだろう?

 不思議に感じていると、ハッと思い出したようにミッシェルが説明を始める。

 

「あー……実はね、メリエルは小さい頃から人見知りなの。慣れない人を目の前にしたら、あがっちゃうみたい」

 

「……ごめんなさい」

 

 メリエルは視線を誰にも合わせないまま、小さく頭を下げた。怯えるようにも見える彼女を、ミッシェルは優しくフォローしようとする。

 

「ねぇメリエル、あんまり気にしすぎちゃダメよ? それに他のみんなならともかく、ジーレイが相手だったら誰だって人見知りするわ。雰囲気からして取っ付きにくいし、言うこともあんまり優しくないし。でも、さっきはあなたを助けるためにメラメラ燃えてくれてたから、根は良いのよ。根はね」

 

「僕を冷やかすと火傷しますよ」

 

 顔こそにこやかだが、決して穏やかではないジーレイの声。これを耳にした途端、彼女はメリエルの腕をぐいっと引っ張った。

 

「おお、こわっ。退散退散! メリエル、あっちで話しましょ。あたし服やぶれちゃってるから着替えたいし」

 

 そして返事を待たないまま、機内に備わった更衣室へ連れ込むのであった。

 二人だけの、水入らずの空間。ミッシェルはこの状況を故意に作ろうとしていたのか、いないのか。それはわからないが、とにかく先ほどよりもメリエルにとって心を落ち着けやすくなったのには違いない。その証拠として、彼女は自然に口を開いた。

 

「……良い仲間ができたのね」

 

 ミッシェルは、ナスターに引き裂かれたノースリーブを着替えながら受け答える。

 

「ええ! すっごく頼もしくて優しい仲間達よ。メリエルを助けるために全力を尽くしてくれたくらいにはね♪」

 

「うん。とても伝わってきたわ。ミッシェルがムードメーカーになっていることもね」

 

「褒め言葉として受け取っとくわ」

 

 そして二人で笑い合い、奪われていた時間を取り戻すかのように会話を続けた。

 エグゾアがメリエルを誘拐した直後、そのまま家族や館の使用人を皆殺しにしてしまったこと。メリエルを救う旅に出るためミッシェル一人で筆術の修行をずっと続けていたこと。俺達と出会ってメリエルと再会した時のこと。そして遂にバレンテータルから旅立ったこと……。お互い、喜怒哀楽の激浪にまみれながらも、ミッシェルは懸命に伝えた。

 メリエルは、あまり自分のことを話さなかった。エグゾアに誘拐されてからのほとんどの記憶が、本来の自分としてのものではないから。彼女にあるのは、鮮筆のメリエルとしてエグゾアに貢献していたこと、任務の中で大勢の人を傷付け命も奪ってきたこと、自分の妹や俺達と戦ってしまったことなど、自己嫌悪に苛まれそうになる記憶ばかり。それをミッシェルは理解しているため、話せと強要はしなかった。

 会話が落ち着いてきたところで、ミッシェルは新たな話を切り出す。

 

「実はね、初めて再会した時からずっと思ってたことがあるの」

 

「なに?」

 

「そのドレス、一目見た時は素敵かもって思ったんだけど、洗脳されたあなたがエグゾア六幹部として生きるために仕立てたんだって考えたら、やっぱり忌々しく感じるの」

 

「……私もよ。このバトルドレスには、二度と袖を通さないわ。でも代わりの衣装なんて用意していないし事態も緊迫しているから、しばらくは嫌でも着続けなければいけない……」

 

 二人して真紅のドレスを眺め、エグゾアへの憎しみを込める。するとメリエルはミッシェルを見つめ、こう言った。

 

「せめて左肩のエグゾアエンブレムは、あなたに塗り潰してほしいの。お願いできる?」

 

「もちろん!」

 

 ミッシェルにためらう理由など無かった。快諾すると大筆を取り出し、ドレスの左肩をさっと撫でる。それはただの上塗りではなく、想いの込められた筆術。エンブレムは綺麗に塗り潰され、跡形もなくなった。もう二度と浮き上がることはないだろう。

 

「それにしても見れば見るほど、メリエルらしくないセクシーなドレスよねぇ。まさに『悪の女幹部』って感じだもん。胸とか脚とかの露出が」

 

 このふとした発言でメリエルは、むっとした顔でミッシェルを睨む。

 

「こらっ。からかわないで」

 

「ひーん厳しい~! ……でもこういうの、なんだか懐かしい~」

 

「それは……そうかもしれないけれど」

 

 子供の頃と同じような他愛ないやりとりをしていることに気付くと、メリエルは少しだけ怒りを引っ込めた。が、ミッシェルからは煽るような発言が続く。

 

「あっ、そうだ! あたしの服を着れば、すぐにそのドレス脱げるわよ」

 

「着ないから。私の趣味じゃない。あなたの服こそ露出するものが多いでしょう」

 

「え~? たまにはいいじゃないの~」

 

「……私で遊ぼうとしているわね……?」

 

 瞬間、メリエルの紅い眼がギラリと光を放つ。

 

「い、いえいえいえいえ、そんなまさかですわ~メリエル姉さまぁ~」

 

「わかりやす過ぎるわよ、ミッシェルッ!!」

 

「ひーんっ! でも楽しい~……!」

 

 メリエルの緊張を完全に解したかったのか、久しぶりに昔のように遊びたかっただけなのか……。やはりミッシェルの意図は定かではないが何にせよ、二人が家族として姉妹として、元通りになれたことは確かである。

 ところで彼女達の騒がしさは、声は聞こえないにしろ更衣室の外まで伝わっており、俺の気を滅入らせていた。

 

「なんだよ、結局ミッシェルだってドタバタやってるじゃないか……。俺、リゾルベルリに着くまで個室で少しでも寝とくよ」

 

「わかりました。ゆっくり休んでください」

 

 ソシアに見送られた俺は、窮屈な個室に入り扉を閉じる。席へ座ると背もたれを倒し、気絶するかのようにすぐ眠りについた。

 しばらくして、アシュトンが溜め息をつきながら次のように零す。

 

「……デカいガキもそうだが、救世主が特につらそうだな。強がってるけど隠し切れてねえ、って感じがするぜ」

 

「二人とも、大怪我を負いながら戦っていましたもんね。本当はもっと休ませてあげたいところなんですが……」

 

 俺と喧嘩していながら、なんだかんだで案じてくれているらしい。やはりこいつは素直じゃない。容態については、ソシアも心配の意を表に出していた。

 ――と、ここで。窓から地上を眺めていたマリナが、何かを発見する。

 

「なんだ? あの軍勢は……。もしかしてケンヴィクス王国軍か?」

 

 その言葉を受け、皆が窓へ近付く。すると彼女の言うとおり、灰銀色の鎧を纏った大勢の兵士達が、南へと行軍しているではないか。大砲らしき兵器のようなものを輸送している風にも見える。彼らがこのまま進めば、国境城壁リゾルベルリへと辿り着く。そしてクリスミッド軍と接触すれば……否が応でも戦争が始まるのである。

 

「当然だが、王国軍もクリスミッドの動向を掴んでいたか。遅かれ早かれこうなることは予見していたが、やはり一刻の猶予も無いのやも知れぬ……」

 

「こんな事態なのに、何もできない自分が腹立たしいよ……」

 

 物々しい光景を目の当たりにして、まさきの表情は曇る。ワージュも悔しさで顔を歪めた。

 

「僕達でゾルクとミッシェルを支えたいと考えていますが、状況的にどうしても不安が募りますね。二人には、次も無理を強いてしまうかもしれません」

 

 ジーレイさえも心苦しさを露にし、切迫した現状を恨んでいた。

 クリスミッド軍さえ追い返すことができれば、ケンヴィクス王国軍も無闇に手出しはしないはずだが、そんなに上手く事が運ぶとは思っていない。そもそも、たった数人の俺達に打てる手など限られている。

 

 ――なんとかする可能性があるとすれば、それは俺の内に宿るエンシェントビットかもしれない。また命を削って、あの力に頼らなければならなくなるのだろうか。使わずに済むのが一番だが、俺に出来る最良の手段がエンシェントビットだというのならば……使う覚悟はしている。それが、本物の救世主として生きる覚悟でもあるのだ。しかし死ぬつもりなんてさらさら無い。たとえ命を削ったとしても必ず生き抜いてみせる。振り絞った勇気で恐怖を(はら)い、前を向いた思考で進み続けるのである――

 

 眠りについた後も、俺は夢の中でそんな考えを巡らせていた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第54話「不穏なる国境」

 

 

 

 まだ日が高い頃。国境城壁リゾルベルリに到着したが、その周辺は閑散としていた。

 前に訪れた際は、物流が盛んな証拠として市場や露店の活気が凄まじかったのだが、現在は見る影もない。代わりに、リゾルベルリ常駐のケンヴィクス王国軍兵士達が外に集合しており、本隊の到着を待っていた。

 城壁の入り口へ近付くと、一人の王国軍兵士がこちらへ駆け寄ってきた。灰銀の鎧兜に一本角が備わっているので、隊長格のようだ。

 

「白の巨鳥から降りてきた、蒼の軽鎧を纏う金髪蒼眼の剣士……! あなた方が、救世主御一行で間違いないようですね」

 

「そうですけど、あなたは?」

 

 俺が問うと、彼は姿勢を正して次のように語った。

 

「自分は、ケンヴィクス王国軍リゾルベルリ常駐部隊の隊長を勤めております。そして、国王陛下よりあなた方の事情は伺っております。王妃アリシエル様の救出に向かわれたと耳にしておりましたが、此度は我々の助けになるためいらっしゃったのですか!?」

 

 肩に力の入った声で少し戸惑ったが、きちんと彼に答える。

 

「王妃様のことは、エルデモア大鉄橋が落ちたから足止めされちゃって……。いま迫ってるクリスミッド軍をなんとかしてからもう一度、別の方法で救いに行くつもりです」

 

「状況はわかりました。それで、クリスミッド軍に対する秘策がおありなのでしょうか!?」

 

「作戦を練るのはこれからなんです。実は俺達、さっきまでエグゾアの幹部と戦ってたから休憩もロクに取れてなくて……。力になれなかったら、ごめんなさい」

 

「そうでしたか……。無礼な発言をお許しください。自分は引き続き外で本隊の到着を待ちますので、何か良い策が出来上がりましたら報告をよろしくお願い致します」

 

 言い残し、彼は待機中の兵士達の元へ帰っていく。彼の重い足取りを見て、マリナが呟いた。

 

「かなり焦っているように見えたな」

 

「そりゃあそうだよ。誰だって、戦争なんか起きてほしくないし。マリナだってそうだろ?」

 

「もちろんだ。私達で止められればいいんだが……。早く休んで、対応策を考えるとしよう」

 

 彼女の言葉に皆、頷いた。

 城壁内部に入ると、もう中立を保てていないことを現実として突きつけられた。有り合わせの木材で張られたバリケードが、国境を線引くように可視化していたのだ。これならクリスミッド軍の兵士と接触することはないだろうけれども、万が一、見つかればトラブルは避けられない。念のため、前に使用したミッシェルによる筆術製の隠密マントを羽織るのであった。

 

 旅人もほとんどいなくなった休憩施設を利用し、ある程度は体を休めることが出来た。万全ではないにしろ、十分に戦うことはできる。

 後は、肝心の作戦を立てるだけ。全員で知恵を絞りあった。しかし、そう簡単に良い案が出るはずもなく……。貴重な時間が、無情に削られていくだけだった。

 

「武士団長、ただいま帰還いたしました」

 

 作戦会議の途中、濃紺色の忍び装束で顔ごと全身を包む者――スメラギ武士団隠密部隊所属の、忍者がやってきた。まさきの傍に(ひざまず)いて出現したのだが、音も無いまま文字通りいきなり現れたため、俺は身体をビクッと震わせてしまう。心臓に悪いので、もう少し普通に登場してほしかった……。

 

「御苦労であった。新たな報せはあるか……?」

 

「はい。クリスミッド軍の進軍状況についてですが、エルデモア大鉄橋が落ちているため、首都リグコードラから船で北へ進みリゾリュート大陸南部に上陸する模様。しかし、もう今頃は上陸を終え、カダシオ砂漠手前の南部草原地帯を北上中と予想されます」

 

「目と鼻の先にいると言っても過言ではないな。他には……?」

 

「クリスミッド軍の所有する武器や兵器に、ビットが装備されております。セリアル大陸の工業都市ゴウゼルにてエグゾアが製造した、最新鋭のものを提供されたとのこと。……情報は以上にござります」

 

「ゴウゼル製の兵器か……。耳が痛ぇな」

 

 そう呟いて明後日の方向を向いたのは、アシュトンだった。過去にゴウゼルの秘密施設で試作兵器製造を担当していたから、胸が痛むのだろう。

 

 ――ところが、この事実こそが光明を生むのである。

 

 ふと疑問を抱き、忍者に尋ねた。

 

「ビットは、クリスミッド軍の全ての武器にくっ付いてるの?」

 

「相違ない。コルトナ将軍が直々に武器の管理を行っていたらしくてな。あの武力バカめ……出陣前、兵士に嬉々として語って士気を高めようとしていた。『全ての武装をエグゾア製のもので固めた。ビットによる圧倒的なパワーでケンヴィクス王国を蹂躙する』とな」

 

 忍者は、将軍の言動に呆れていたようだ。しかし俺はその話を真剣に受け取り、とある方法を思いつく。

 

「……みんな、ちょっといいかな」

 

「駄目だ」

 

 間髪を容れずマリナが阻止してきた。その声は、怒りに似た感情を含むかのように低いものとなっている。

 

「まだ何も言ってないじゃないか!」

 

「言わなくてもわかる。エンシェントビットの力を使う気だろう」

 

「……うっ」

 

 考えは光の速さでバレていた。

 

「お前と私がスメラギの里に飛ばされた時、エンシェントビットは……いや、リリネイアさん達は、改造されたスサノオ兵の体内のビットに影響を与えて行動不能に追い込み、助けてくれた。今度はお前自身が、クリスミッド軍の武装に対してそれをやろうとしている。……違うか?」

 

「違いません。合ってます……」

 

 マリナと視線を合わせられないまま、しおれて返事をした。彼女の説教は続く。

 

「エンシェントビットそのものであるリリネイアさん達でさえ影響を及ぼすために無理をしていたというのに、お前が何千何万ものビットに干渉しようとすれば…………肉体と精神にかかる負担は想像を絶する。本当に命を落とすかもしれない。クリスミッド軍を無力化できたとしても、死んでしまっては元も子もないんだぞ」

 

「わかってるさ。でも俺は絶対に戦争なんて起きてほしくないし、誰にも傷ついてほしくない。それを叶えられるとしたら、エンシェントビットしかないんだ。案だって他に何も浮かばなかっただろ?」

 

 今度は真っ直ぐにマリナの翠の眼を見て、俺の純粋な気持ちを答えた。すると彼女は、それまでの勢いを潜めてしまう。

 

「……その通りだ。しかし私は……」

 

 言葉を区切り、俺を除く皆を見渡した。皆の想いは、マリナと同じだったようだ。

 

「私達は、お前に無茶をさせたくないんだ。国や世界を救うことより、自分の命を優先してくれ」

 

 皆は、懸念の二文字を顔に深く刻んで俺を見つめる。申し訳なさと共に、良き仲間に囲まれたものだ、と嬉しささえ感じた。そして皆に、改めて真摯な態度を示す。

 

「……心配してくれてありがとう。でも、そこらへんのことは本当に理解してるし、ちゃんと考えた上での決断だから安心して。死にたくてエンシェントビットを使おうとしてるわけじゃないし、無闇に使おうとしてるわけでもない。つまり何が言いたいかというと……とにかく俺とエンシェントビットを信じてほしいんだ。みんな、お願い」

 

 精一杯に伝えた後、ソシアがゆっくりと口を開いた。

 

「ゾルクさんって、たまに強情になりますよね。ゴウゼルでアシュトンさんを助けた時も、そんな風でした」

 

「ソシア、だめかな?」

 

「……いいえ。命を削るとわかっていながら背中を押すのは、やっぱり心が晴れませんけれど……。ゾルクさんが真剣に考慮した結果なんですから、私はあなたを信じます。救世主の仲間として」

 

 すると彼女に続き、まさきが。

 

「拙者も信じよう。これは気休めにしかならぬが、お主なら無事に成就させられるような気がするのだ……」

 

「あら。まさきも、たまには曖昧なこと言うのね」

 

「異様か……?」

 

「ぜーんぜん。そのくらいの気持ちで応援してあげたほうが、ゾルクのストレスにならないと思うわ。んでもって、あたしも応援するからね♪ 気合入れて頑張るのよ、ゾルク!」

 

 ミッシェルも、俺の考えを好意的に受け取ってくれたようだ。

 

「うん。みんな、ありがとう!」

 

 するとマリナも、とうとう折れる。

 

「前々から釘を刺していたつもりだったが、浅かったようだな……仕方ない。お前がそこまでやる気なら、もう止めはしないさ。私も、お前の無事を信じてやる。死んだら許さないからな?」

 

「こ、怖いよマリナ……。みんなの想いを裏切らないように頑張るよ」

 

 納得した……という空気は醸し出していないが一応、信用だけはしてくれているらしい。

 次いで、アシュトンやメリエル、ワージュも俺の意思を尊重してくれた。しかしジーレイだけは終始、否定も肯定もせずその光景を眺めるのみだった……。

 

 エンシェントビットの使用を主軸に、作戦は着々と練られていった。その過程でメリエルにも協力を仰ぎ、重要なポジションに就いてもらうこととなった。「自信は無い」と言っていたが、そこはミッシェルがサポートするという。優れた筆術師の姉妹が組むのだから、きっと上手くやってくれるはずだ。他の役割もどんどん決まっていき、作戦会議はすんなりと終了するのであった。

 約束通り、作戦内容はリゾルベルリの部隊長へ教えた。これで、じきに到着するであろう本隊にも伝わるはずである。俺達のために交戦をギリギリまで待ってくれることになったが、作戦が失敗したその瞬間、ケンヴィクス王国軍はクリスミッド軍と戦争を開始する……。こればかりは、何をどうしようとも曲げられない。

 イメージトレーニングのみのぶっつけ本番で、クリスミッド軍の無力化という大仕事をこなさなくてはならない。皆にのしかかる責任と重圧は相当なものなのだが、それぞれ「今さら思い詰めていられるか」という旨の言葉を発し、良い意味で開き直っていた。全員で緊張感を吹っ飛ばして奮起するところが、俺達っぽくて安心する。これを『団結力』と呼ぶのだろう。ひしひしと実感し、胸の内側が温かくなった。

 

 時限が刻々と近付く中。アシュトンが作戦に向けてザルヴァルグを整備するというので、その間だけ余裕が生まれた。作戦前に少し会話したい人物がいた俺にとって、この短い休憩は好都合である。

 目的の人物は、国境城壁の屋上で人知れず立っていた。クリスミッド軍が目視できるようになるのを待つかの如く遥か遠く南を見つめ、短い銀髪を風に揺らしている。一人の時間を邪魔するのは申し訳ないと思うが、それでも俺は声をかけた。

 

「ジーレイ、ここに居たんだ」

 

「……いかがなさいましたか。わざわざこのようなところまで」

 

「ちょっとあんたに用事があってね。探してたのさ」

 

 そう返して彼の隣に立ち、同じく南の先を眺めながら話を始める。

 

「いつか、船の上でジーレイに相談したことがあっただろ? あの時、あんたは俺に『自分自身を確立できてて真の強さを知っている者こそ、救世主に相応しい』って言ってくれた。あんたが適当に笑って誤魔化してた時の台詞だけど、覚えてるか?」

 

「ええ」

 

「あれは、救世主なんて存在が嘘っぱちだって知ってたから出てきた言葉だったんだよな?」

 

「……ええ。すみません」

 

 ばつが悪いことを聞かれたのだろう、目を伏せてしまった。けれど俺は、責めるつもりで尋ねたわけではない。

 

「いや、いいんだ。おかげで、本当は救世主じゃない俺が今後どうするべきなのか、考えることができたから。あの言葉に、今は救われてるよ。ありがとう」

 

「……そうだったのですか」

 

 俺から感謝を受け取って、大声こそ上げないが珍しいくらいに目を丸くする。

 

「ちょっと驚き過ぎじゃないか? って、このことを話すのは初めてだから、驚いてもおかしくないか。……あと、照れ臭すぎて他の誰にも話すつもりはないから、絶対に言うなよ? 絶対だからな!? 特にアシュトンには!!」

 

「約束いたしましょう」

 

 口元をごく僅かに緩ませ、口外しないと誓ってくれた。……言わないとは思うけど、バラしたらただじゃおかないぞ、本当に。

 

「それとさ、今まで深く考える余裕がなかったから気付かなかったんだけど……。エグゾアとは別に、セリアル大陸の荒くれ者がビットの力でリゾリュート大陸を侵略してくる可能性って、あるのかな?」

 

 打って変わって、真面目な質問を繰り出した。ジーレイからは速やかに回答が返ってくる。

 

「いつ現実となってもおかしくないほど、可能性は高いでしょう。むしろ、現在まで保っていることのほうが異常。もしくは既に侵略が始まっており、表沙汰になっていないだけかもしれません。首都から遠い村などは発覚が遅れるため、格好の餌食となりますし」

 

「だったら、迷うことは無いな」

 

「……始まったようですね。あなたの悪い癖が」

 

 俺の決心を察したのか、憂いを含んでそう呟いた。

 

「クリスミッド軍の無力化に成功したら、リゾリュート大陸全域のビットにも干渉して無力化できる可能性だって高くなるだろ? それが出来たら、ビットを使ってこの大陸を侵略しようとする奴らを止められるかもしれないんだ。やってみる価値はあるよ」

 

「仮にこの作戦が成功して実績を得たとしても……クリスミッド軍の武装を超える規模のビットに干渉しようとすれば、あなたがどうなるか想像も…………いえ、おそらくは…………」

 

 その先は言わなかった。言葉に出したくないのだろう。眼鏡の奥が物語っている。代わりに、俺が口を開いた。

 

「エンシェントキャリバーを創り出した時、俺は本当の意味で救世主になるって決意したんだ。世界も人も、全力で救いたい。それに、干渉するのは心配いらないと思うよ」

 

「何故ですか」

 

「干渉だけなら、世界の(ことわり)を書き換えるほど大変なことじゃないし。……それに、俺とエンシェントビットの融合が、前よりもっと進んでる気がするんだ。上手く言えないけど、無事にエンシェントビットの力を操る自信が湧いてくるんだよ。もしかしたら、リリネイアさん達が上手く調整してくれてるのかも」

 

「あなたという方は……」

 

 ジーレイを包む憂いが、更に濃さを増した。言い方を間違えてしまったかもしれない。慌てて彼の方を向き、発言を補足する。

 

「あ! 違う、嫌味を言いたいわけじゃないんだ! ……気に障ったなら、ごめん」

 

「そうではありません。マリナと同じことを申し上げる形になりますが、僕はあなたに、あなた自身を顧みてほしいのです……」

 

「別に、自暴自棄にはなってないよ。埋め込まれてすぐの頃は、確かにエンシェントビットがすごく怖かった……でも今は違う。世界を救うために必要だと思えるようになったからね。……そういえば伝えそびれてたけど、リリネイアさんも『あなたとエンシェントビットの相性の良さは希望の光だ』って言ってくれたよ」

 

「希望の光、ですか……。エンシェントビットをそのような風に思ったことは、ただの一度もありませんでした。僕にとっては絶望の塊でしかなかったから……。それにエンシェントビットが希望の光を放つためには相性の良さだけでなく、ゾルクの純粋な心が共になければならないのだと思います」

 

「へへっ……。ジーレイからそう言ってもらえると、なんだか一段と照れ臭いや」

 

 自らの想いを吐露しつつ、いつになく俺を評価してくれている。どちらについても調子が狂いそうになるが、悪い気は全くしない。それだけ俺も信用されたという証だ。

 

「ですが、世界の理の書き換えであろうと事象への単なる一部干渉であろうと、エンシェントビットの力を使えば成否を問わずあなたの寿命は削られてしまうはず」

 

「うん。感覚だけの話だけど、たぶん本当に削られてると思う」

 

「僕の口からは、とてもではありませんが『使ってくれ』などとは申し上げられません」

 

 むしろ、叶うならば俺を止めたい。ジーレイの表情は、そんな切なさを帯びていた。

 ……気持ちを無下にするようで彼には悪いが、それでも俺は止まれない。既に作戦に組み込まれていることもあるし、「本物の救世主の使命として人を救いたい」と強く思っているから。

 

「反動で寿命が減るんだとしても、この力は使うべきところで使わなくちゃ意味が無いよ。それに俺は、素直に死ぬつもりなんてない。デメリットも覆すくらいの気持ちで世界を救って、絶対に生き抜くんだ! ジーレイには、これからも俺とエンシェントビットの生き様を見守っててほしい。よろしく頼むよ」

 

「ゾルク……」

 

「俺の用事は、これで終わり。言っておきたかったことを言えたから、なんだかすっきりしたよ。じゃあ、また後でな!」

 

 ジーレイはもう何も言わず、引き止めもしなかった。俺の意思を拒絶しているわけでもなかった。ただ無言のまま、城壁の屋上から去る俺の背を見つめていた。

 

「何が『あなた自身を顧みてほしい』だろうか……。僕が声に出しても、まるで説得力の無い言葉ではないか。自嘲すらしてしまう。僕の決意もまた、ゾルクと同類のものかもしれないというのに。……だが、自分を棚に上げてでもそう伝えたかったのは、彼に対して敬意を表している証拠でもある。いつの間にか、僕はゾルクを認めていたらしい。これを今まで自覚できなかったとは、恥ずべきだ……」

 

 たった一人、魂へ刻み込むように言い聞かせる。そして今、全てを(なげう)つ精神がこの男に宿ろうとしていた。

 

「やはり僕は、諦めてはいけない。目を背けずに成し遂げる義務がある」

 

 ――静かなる覚悟を、誰にも知らせることはない。これは彼だけのもの――



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第55話「身命を賭してでも」 語り:ゾルク

 通信用アンテナが生えたヘルメットを装着した集団――コルトナ将軍が率いるクリスミッドの部隊は、未だ進軍中だ。現在地は、南部草原地帯の最北端。いよいよカダシオ砂漠へ突入しようとしている。

 

「お前達は砂漠や悪地で鍛えられた紛れもない精鋭だが、人間だ。暑さで消耗する者も出てくるだろう。決して無理はせず、しかし速やかに歩め。リゾルベルリに到着するまでの辛抱だ」

 

 夜空色の軍服を纏ったコルトナは、自ら先陣を切っている。彼の鼓舞する姿は、後に続く緑服の兵士達を勇気付けるに足りていた。誰も無言だが、足取りは出発時と変わっていない。コルトナへの絶対的な忠誠と信頼の表れだ。

 ……愚直に行動する彼らの元へ、ヘルメットの音声通信機能を介して思いもよらぬ報告が飛び込んでくる。

 

『こちら索敵班(さくてきはん)! 所属不明飛行物体が、高速で我が軍に接近中!』

 

 それは十秒も経たないうちに、両目に映るようになった。見上げ、飛来する脅威について確認した。

 

「白いギルムルグ……? 違う、情報にあったザルヴァルグだな!? だとすれば、あれに搭乗しているのは……!」

 

 コルトナの言葉の続きは、真っ直ぐに伸びる白の光線と、緑や土石を噴き上げる破壊音に掻き消された。

 

「うわあああああ!?」

 

「なんだこりゃあぁ……!!」

 

 土煙にまみれ、叫び惑う兵士達。ザルヴァルグの機首に備わったビームキャノンが、草の生い茂る大地を一直線に焼き払ったのである。けれどもこの攻撃は、クリスミッド軍の誰も傷つけることは無かった。コルトナはそれをすぐさま把握し、兵士達に呼びかける。

 

「うろたえるな! こちらに被害は無い! 対空迎撃を急げ! 奴らの狙いは甘いぞ!」

 

「で、ですが将軍! 今の一撃で進路を遮られてしまいました!」

 

「……!!」

 

 兵士の言葉と、後に広がる光景によってコルトナは気付かされる。

 土煙が晴れると、目前には運河のように深く幅員のある溝が残されていた。ビームキャノンは草原を焼き払っただけでなく、大きく(えぐ)り取ったのだ。

 

「まさか奴らの狙いは殲滅ではなく、足止めだというのか? 誇り高きクリスミッド軍を相手に? ……救世主一行め、我らを侮辱しているのか!!」

 

 憤怒の叫びが、遥か上空にいる俺達に直接届くことは無い。そしてこのビームキャノンによって、こちらの作戦の火蓋は切られた。

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第55話「身命を賭してでも」

 

 

 

 混乱するクリスミッド軍をザルヴァルグの操縦席から見下ろして、アシュトンが次へ託す。

 

「大雑把に撃ってみたが、まあこんなもんだろ。ボヤボヤしてたら対空砲火が飛んでくるだろうし、俺は操縦に専念する。お二人さん、出番だぜ」

 

 バトンを受け継いだのは、紅い双子の筆術師だった。ザルヴァルグ背部のハッチが開き、二人を乗せた昇降台がせり上がる。轟々と唸り乱れる気流の中、真っ赤な長髪を踊らせながらクリスミッド軍を眼下に捉えた。

 

「メリエル、張り切っていきましょ!」

 

「ええ。サポートしっかりね、ミッシェル」

 

 大軍が相手なのだ。作戦前は開き直れていたが、いざ直面すると嫌でも緊張してしまい二人とも心臓の鼓動が早まっていた。しかし顔を見合わせ、短く言葉を交わし、互いに信頼し合うことで不安を取り除く。この過程を踏んだ双子は激しい気流にも負けず果敢に大筆を操り、作戦の失敗など予感させなかった。

 

「素敵な時間を過ごしてね! ラピスラズリラッキー!」

 

 ザルヴァルグの純白なる背中が、最高のキャンバスと化す。

 ミッシェルが気流を物ともせずに描いたのは、瑠璃色の星印。これを付加された者は集中力を増し、術技の威力や効力、精度が増すのだ。星印はすぐにその身を起こし、飛び跳ねてメリエルへとくっついた。

 

「そんでもって~」

 

 彼女は続けてもう一つ筆術を繰り出すようだ。黄玉(おうぎょく)色の魔法陣を足元に描き、元気に叫ぶ。

 

「超攻めまくる余裕をあなたに♪ 遠慮なくいっちゃって! トパーズエクシード!」

 

 魔法陣はザルヴァルグの背を一杯に覆うように拡大していき、効力を発揮した。これは一定時間、範囲内の味方に活力を与え続けて術技連携上限を増大させる、上級筆術。活力の分、普段よりも増して術技を繰り出すことができ、猛攻が容易となるのだ。ミッシェルはこの筆術を解かず、継続する姿勢を見せた。

 術技連発の恩恵を得たメリエルが、ついに動く。

 

「これでも私の得意技なの。クリスミッド軍の皆さん、お相手よろしくね」

 

 優しい詠唱台詞とは裏腹に大筆は激しく振り回され、備わった赤のビットが美しく光り軌跡を残している。そうしてメリエルが描いたのは、七色に輝く「獣」の文字であった。

 

「レインボーアニマライズ!」

 

 術の名を言い放つと「獣」の文字は蠢き、立体的に形を成していく。出来上がったのは赤い絵具の体を持った、大鷲(おおわし)型のモンスターであった。それは、けたたましい奇声をあげた途端、翼を畳んで地上へ急降下していく。そして一人の兵士に狙いを定めると翼を大きく広げ、両足の鋭い爪を光らせた。

 

「絵具のモンスターを生み出す奇術か? そんなものが通用するとでも思ったか!」

 

 確かにモンスターと言えども、たった一体ではどうにもならない。兵士達は、先端に短剣を装着したクリスミッド式のライフルを一斉に構えた。モンスターは翼を広げたまま、標的へ辿り着く前に何度も銃撃を受け、ただのドロドロの絵具に戻っていく。

 

「……違う、これは小手調べに過ぎない。全軍、あの機体に照準を合わせろ!!」

 

 コルトナは冷静だった。そして彼が下した命令は正しい。何故なら次にまばたきした時、高く飛ぶザルヴァルグの背中から……。

 

「げえっ! 冗談だろ!?」

 

「これ夢じゃないのか……」

 

 目を凝らした兵士達は、口々に弱音を零した。無理もない。数え切れないほどのモンスターが、豪雨のように降り注いできたのだから。種類は多様であり、狼、獅子、魚人、猿人、トカゲ、カマキリ、コウモリ、花、枯れ草、岩石などがモチーフ。色も多彩なこれらのモンスターがクリスミッド軍を襲った。混乱のため、ザルヴァルグそのものへの対空迎撃準備も遅れてしまう。

 

「くっ! 数の把握など不可能だな……! ええい、邪魔をするな!!」

 

 絵具で出来ていても非力ではない。どう見積もっても、一般的に生息するモンスターと同等の能力を持っている。そしてビームキャノンによる地形破壊は進路妨害だけでなく、モンスターからの逃げ道を塞ぐのにも影響している。コルトナは特注のクリスミッド式二連装ライフルで果敢に立ち向かうが、歴戦の猛者である彼であっても物量で攻められては苦戦するしかなかった。

 

 一方、紅い双子の筆術師はザルヴァルグ機内へと戻っていた。……否、戻らざるを得なかったのである。

 

「メリエル、大丈夫なの!? いくらあなたでも、あたしのサポートを超えるペースで筆術を描き続けてたら、身体へ負担がかかるに決まってるじゃない! どうしてこんなこと……!」

 

 肩を貸しながらミッシェルが身を案じる。するとメリエルは、血色の悪い顔で困るように笑った。

 

「ウフフ……私、馬鹿な女だから……」

 

「……わざと、なのね」

 

 返事を聞き、ミッシェルの面持ちも複雑なものとなる。メリエルはよろめきながら座席に着くと、言い訳するように口を開いた。

 

「ここでモンスターを大量に召喚しておかないと、後に響くでしょう? だから私は……」

 

「いいえ。エグゾアに加担してたことへの罪悪感が強いのよ」

 

 毅然(きぜん)とした態度で声を放ち、メリエルの言葉をわざと遮った。

 

「やっぱり、お見通しなのね……」

 

「……罪滅ぼししたい、っていう気持ちもわかるわ。あなたは真面目で優しいもの。でも悪いのはエグゾアなのよ? 変に頑張られたら、あたしは悲しい。無茶はこれっきりにしてね」

 

 姉を案じる気持ちは変わらず、表情で語っている。妹の思いを受け取ると、メリエルはもう誤魔化さなかった。

 

「心配かけて、ごめんなさい……。でも無理した甲斐はあったはずよ。ソシアさん、地上はどうなっているかしら?」

 

「はい。想定通りに……いえ、想定を上回る成果です! クリスミッド軍を一定の範囲内に留めたうえで上手く攪乱(かくらん)できていますね。迂回しようとする兵士も見当たりません。メリエルさん、素晴らしい実力です!」

 

 地上を監視しているソシアは、彼女を褒め称えた。そして作戦は次の段階へ移行する。

 

「ジーレイさん、ゾルクさん。今が絶好のタイミングですよ!」

 

「そのようですね。では、メリエルの頑張りに応えるとしましょうか」

 

「いよいよだな。必ず成功させよう」

 

 静かに気分が高揚する中、祈る視線がメリエルから向けられる。

 

「託したわよ、救世主」

 

「……ああ。任せて!」

 

 宣言したあと俺達は昇降台を使い、共にザルヴァルグの背へ立つ。先に行動したのはジーレイだった。強風にローブを泳がせ、左手に掴む魔本のページがバラバラと暴れる中、淡々と魔術を詠唱する。

 

龍嵐(りゅうらん)の神、疾風(はやて)迅弓(じんきゅう)となりて今ここに降臨せり。(くう)を斬り裂き地を(えぐ)る魂、その名は」

 

 魔本の表紙に装飾されたビットが、一際強い輝きを放つ。これは、多大な魔力や精神力などを引き換えに繰り出される、秘奥義に匹敵すると言っても過言ではない程の大技――

 

「テンペストアーチェリー」

 

 ――風の超級魔術である。術名が告げられると、クリスミッド軍の頭上に竜巻で形を成した巨大な矢が出現。意思を持つかのように草原を貫き、術の届く所にいる兵士達を風が飲み込んでいく。そして上方へと巻き上げられた彼らは突発的な風圧で真下に叩きつけられ、受け止め切れないレベルの圧力を全身にかけられた。竜巻の矢は程なくして消え去ったが、術を受けた兵士達は身体が大地にめり込み、身動きがとれない状態に陥ってしまった。

 ジーレイは彼らの惨状を見届けながら、俺に伝える。

 

「ゾルク。すぐにあの地点へ降りれば安全に、最小限の効果範囲で全ての武装を包み込めます。……あなたなら、必ず出来る」

 

「ありがとう、ジーレイ。……全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!」

 

 勇気を貰った後、胸の中心に埋まったエンシェントビットへ意識を集中し、魔力を解放。背に二対の、大量の魔力噴射による推進力……俗に言う光の翼を発現させて単身、空へと飛び立った。鳥の(くちばし)のように無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーの切っ先を突き出し、超高速で地上を目指す。

 

「うおおおお!! 双翼(そうよく)飛翔剣(ひしょうけん)!!」

 

 あっという間に辿り着いた。勢いのままエンシェントキャリバーを草原に突き刺し、その衝撃を利用して周囲に残っていた兵士達を、散らかっている土石ごと吹き飛ばす。

 

「お前は……例の救世主か!? 何をする気だ!」

 

 這いつくばる兵士の問いかけを完全に無視し、エンシェントキャリバーを素早く引き抜いた。そして両手で天に掲げ、全てを懸けて叫ぶ。

 

「俺に応えろ! エンシェントビットォォォ!!」

 

 極めて細かいビットを無数に秘めた白銀の剣身が、清く眩い光を放った。体内のエンシェントビットがエンシェントキャリバーを通じて、俺の意志に応えてくれた証拠である。

 

「これなら、いける!」

 

 確信し、クリスミッド軍の全ての武装のビットに対して干渉を試みた。すると掲げたエンシェントキャリバーを中心に、青白い光の膜が一気に広がっていき、瞬く間に軍隊を包囲していく。そして彼らの武装に付加されたビットは、突発的に稲光のような赤い光を放ったかと思うと、輝きを失った。ただの黒い石ころ同然となってしまう。

 

「我らの武器が!? 攻城兵器にも異常発生!」

 

「これでは想定していた戦闘が行えん……!」

 

 無数の絵具のモンスターへの対応、ジーレイの魔術による被害、突然の武装無力化……。混乱に混乱を重ね、兵士達は慌てふためく。

 力を使った反動による急な疲労に襲われ、エンシェントキャリバーを杖代わりにしながらも、俺はその光景を目の当たりにして安堵した。

 

「はぁ……はぁ……! やった、成功した……!」

 

 それはいいのだが、呼吸を荒くするほどの疲れがいっぺんに押し寄せているため、すぐにこの場を去ることは出来ない。兵士から逆襲されてもおかしくない状況である。……けれど、これも対策済み。

 

「今だ、ゾルクを守るぞ!」

 

 マリナの声が聞こえると共に、彼女を含むいつもの五人が武器を構えて俺の側へ現れた。対空迎撃の心配が無くなったためザルヴァルグが安全に低空飛行できるようになり、仲間が降りてきてくれたのだ。そして皆で火の粉を払いながらクリスミッド軍を突っ切り、広い場所でザルヴァルグに回収してもらいこの場から去る……ここまでが、今回の作戦の全容だ。そう、後はもう逃げるだけなのである。

 

「身体はどうだ!?」

 

「……大丈夫。思った通り、世界の(ことわり)を書き換えた時ほどは辛くないよ。これならどうにか、戦いながら逃げられる」

 

 心配するマリナにそう答えると、ソシアが怒りながら割り込んできた。

 

「いいえ、だめです! ゾルクさんは逃げるのに専念してください!」

 

 しかし……ソシアの気遣いは意味の無いものとなってしまう。

 

「そうは問屋が卸さぬらしい……」

 

 呟いたまさきは、とある方へ誰よりも早く刀の先端を向けた。未だ混乱の続く兵士の波の中、そこには俺達の壁となるかのように一人だけ立ちはだかっている。傷の残ったヘルメットと夜空色の軍服を纏った男だ。

 

「エルデモア大鉄橋で顔を合わせて以来か。救世主一行よ、改めて名乗らせてもらう。自分はクリスミッドの将軍、コルトナだ。……あれだけの兵器を有していながら我が軍に直撃させないなどと、よくも侮辱してくれたな」

 

 言わずもがな、彼の声は激情に震えており、茂る雑草を踏みにじっている。

 

「あたし達的には、犠牲が出なかったことを喜んでほしいんだけど」

 

「黙れ!! 貴公らはクリスミッドの誇りに傷を付けた!! その命で償ってもらう!!」

 

「お願いです、撤退してください! あなた方に武装は残されていないはず。それとも、素手で戦うつもりなんですか?」

 

「……もう失敗は許されない。自分に退路は無いのだ。総帥のため、クリスミッドのため、この『策』を用いて任務を完遂してみせよう……!」

 

 ミッシェルとソシアの言葉にも聞く耳を持たない。それどころか声を張り上げ、新たな命令を下すのだった。

 

「全軍に告ぐ!! 『エマージェンシー・ブリッツ』発令!! これより自分は、全身全霊を捧げ救世主一行を排除する!! 侵攻再開は排除完了後とする!!」

 

 すると緑服の兵士達は、まだ絵具のモンスターが残っているにも拘わらずその場に武装を捨て、一目散に戦域から離脱を開始する。……悲鳴こそ上げていないが、その様はまるで、これより出現する恐怖の存在から必死に逃亡するかのように奇妙なものだった。

 

「何を企んでいるんだ」

 

 マリナを始め、誰もがクリスミッド軍の行動を不可解に思っていると……雄叫びが耳を(つんざ)いた。

 

「ウオオオオオッ!!」

 

 同時にコルトナの身体が発光して崩れていき、バチバチとした電撃そのものと化してしまう。

 

「な、なんだそれ!?」

 

 予想だにしない出来事に、俺は変な声を出すしかなかった。

 変貌したコルトナには近づきようがないが、各所に残されたクリスミッド軍の武装だけは、磁力で引き寄せられるかのように彼の元へすっ飛んでいく。数多の武装は一ヶ所へ集まり、電撃と化したコルトナは瞬く間にそれを覆い尽くしてしまった。そして光の塊となり、どんどん巨大化していく。最終的に成したのは、体を電撃で形作った光る狼のモンスターであった。

 

「これこそ、総帥より(たまわ)った気高き姿! 名は、ブリッツヴォルフ!!」

 

 呆然と見上げる俺達に対し、威風堂々と名乗りを上げた。狼の頭部を模した光がこちらを睨みつけているため、あれにそのままコルトナの意識が宿っていると認識して間違いないようだ。

 巨体からはギザギザの電撃針を体毛のように逆立て、威嚇するかのように何度も放電。残っていた絵具のモンスター達を捉え、一瞬で全滅させてしまった……。これでは俺達も気軽に接近できない。

 何故、コルトナは巨大なモンスターへと変貌してしまったのか。それについては察しがついており、マリナが言い当てる。

 

「貴様、ビットによる人体改造を受けていたのか……!」

 

「その通り。自分の身体にはビットが埋め込まれている。麻酔も効かず激痛に耐えるしかない手術を受けさせられて奇妙な存在、レア・アムノイドとなってしまったが、価値はあった。セリアル人を改造した際に生じると言われる人格、感情、記憶の消失等のリスクは無い上、意識を残したままのモンスター化という、強力な切り札を得ることが出来たのだからな!」

 

「で、でもさ! ビットなら俺が干渉して無力化したはずなのに!」

 

 動揺を隠せずにいると、まさきが語り始めた。

 

「お主の元々の干渉目標は『クリスミッド軍の武装に備わったビット』のみ。だからこそ拙者達の所持するビットは干渉を受けず、奴にもそれが当てはまったのだろう。更に言えば、潜在的にビットの魔力を秘めるリゾリュート人と後付けのビットが相性良く融合していた場合、人体側の意思が後付けのビットを強く支配でき、外部からの干渉を受け付けなくなるのやもしれぬ。まさしく、お主とエンシェントビットのようにな……」

 

 彼の推測は説得力を秘めていた。厄介だけれども、それが正解なのだろう。この世界で俺だけが都合よくビットと相性が良い、なんていうのは現実的ではない。

 レア・アムノイド化した際のセリアル人とリゾリュート人の違いについても、俺達リゾリュート人の体内にある魔力が関係しているのかもしれない。

 

「納得できたか? ならばあの世へ送ってやろう!!」

 

 いよいよコルトナが攻めてくるようだ。巨大な電気の狼の姿で、どのような戦法を取るのだろうか。

 

「そうはさせるかよ!」

 

 ……出方を慎重に(うかが)っていたのだが、ザルヴァルグを駆るアシュトンが威勢よく躍り出た。わざわざ外部スピーカーを起動しているので、乱暴な口調が草原地帯によく行き渡っている。

 

「デカブツめ、ビームキャノンを味わいやがれ!!」

 

 上空からの速攻。機首に装備された砲口より白き光線を発射。これなら大打撃間違いなしだ。……しかしコルトナはただ一言、光る狼の口角を上げて次のように呟く。

 

「ああ。喰らってやろう」

 

 狼の顔面の周りから(たてがみ)のような形状の電気網を伸ばし、ビームを受け止めてしまった……待て、少し違う。受け止めて終わったのではない……!

 

「吸収しやがっただとぉ!?」

 

 これまでほぼ無敵を誇っていたザルヴァルグのビームキャノンが容易く処理される様を、まじまじと見せ付けられた。アシュトンのみならず、皆に衝撃が走る。

 

「そのビームについてはデータを取得済みだ。ジェネレーターへの馳走(ちそう)とさせてもらった。エネルギー供給、感謝するぞ!」

 

「ナスターみたいなこと言っちゃって! 腹立つ!」

 

「ジェネレーターを搭載している……? まさか、先ほど掻き集めていた武装は……!」

 

 既に勝ち誇った様子のコルトナに、ミッシェルは憤慨した。だがジーレイだけは不安を感じ取っており……それもすぐに現実化してしまう。光る狼は大口を開き、より一層、巨体を帯電させている。体内で急速発電が行われているようだ。

 何にせよ、もう全員が危険を察知して身構えた。止める術は無く、コルトナの気力に満ちた咆哮が聞こえる。

 

荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)、発射!!」

 

 見る者の視力を奪いかねないほど刺激の強い、ひたすら真っ直ぐな閃光が狼の大口から飛び出した。四つ足が反動で少し土に沈み、僅かながら巨体は後退する。それは草も土も岩をも溶かし、空気すら歪めて焼き焦がしかねない熱量を誇っていた。最初にアシュトンがクリスミッド軍の進路を塞いだ時のように、草原も大きく削り取られている。

 しかし、俺達への直撃は免れた。発射の反動で狼の頭が仰け反り、僅かに左側を向いたからである。おかげで助かったのだが……生きた心地は全くしない。

 

「ザルヴァルグのビームキャノンよりも段違いにヤバイ……!!」

 

「なるほど、味方であるはずの兵士ですら慌てて逃げ出すわけだ。巻き添えを食ったら塵ひとつ残らないからな」

 

 俺とマリナは荷電粒子砲とやらの威力を認めざるを得ず、冷や汗を流す。そこへ追い討ちをかけるかのように、最悪な事態が。

 

「次は外さん!!」

 

 なんと、先ほどよりも速いペースで発電が始まったのだ。狼は発光を強め、規模を増した帯電はそれだけでバリアのようになっている。

 

「アシュトンが出しゃばってしまった分、二発目も間を置かず撃てるというわけですか……!」

 

「マジで済まん……」

 

 向こうが待ってくれるはずもなし。ジーレイでさえ喋りから余裕が消え失せている。意気消沈した操縦士は細い声で謝罪。荷電粒子砲で撃ち落とされないよう、やむを得ず戦域から離脱していった。

 一発目が、足場である草原を抉り取ったせいで俺達の行動範囲は狭まり、走っても奴の狙いからは逃げられない。皮肉にも、こちらの初手を丸ごと返されるような形となってしまった。絶体絶命である。

 焦燥感に駆られた俺は、絶望の輝きを放つ巨大な狼を見つめながら考えていた。

 

(もう一度、俺がエンシェントビットを使えばいいんじゃないか? 世界の理を書き換えてコルトナから変身能力を奪えば、みんな助かるはず。疲れた身体でそれをやったら、どれだけ大きな反動があるかわからないけど……。成功する保証だって無い。でもみんなを助けられるなら、俺は……!)

 

「ゾルク!!」

 

 ――マリナの叫びが俺を振り向かせる。しかし怒りは感じられなかった。

 

「言ったはずだ。お前に無茶をさせたくない、と。……私達を頼れ。仲間なんだぞ」

 

 まるで俺の思考を読み取ったかのような言葉だった。思い詰めているのが顔に出てしまっていたのだろうか。……何でもいい。その思いやりで俺は反省でき、救われた。

 

「……ごめん、そうだった。じゃあ頼んだよ、みんな!」

 

 皆と顔を見合わせ、全てを託した。マリナだって、何の考えも無しに「頼れ」とは言わないはず。俺はそれを信じたのだ。

 

「無謀だろうとやるしかない。ミッシェル、防御の筆術を!」

 

「万物を遮断せし、誠実なる土耳古石(とるこいし)!」

 

 もう時間が無い。マリナは腹を括り、ミッシェルに協力を求めた。返事する間が惜しいとばかりに彼女は絵具を走らせて、上級筆術の詠唱を即行する。

 

「ターコイズグラスパー!」

 

 草原に、澄んだ海色の小さな魔法陣が描かれ拡大していく。ミッシェルが大筆の石突きを魔法陣の中心に突き刺すと、同じく海色の光が半球状に陣を包み込んだ。これの内側に居れば、敵の攻撃を一切受け付けなくなる。ミッシェル曰く、絶対無敵の作品である。ひとまず全員がこの中に入り、安全を確保した。

 マリナも魔法陣に入ると、マガジン内のビットの力を極限まで高めて二丁拳銃を上空に放り投げる。すると両腕で抱えられる程度の手頃な大砲へと、空中で融合変化した。彼女は落下するそれをすぐに掴み、目標を捕捉する。

 

「救世主一行よ、消え去れぇ!!」

 

 ――ギリギリで間に合った。まさに今、狼の口から荷電粒子砲が発射されたところだ。

 

「秘奥義、ファイナリティライブ!!」

 

 絶対無敵の内側から、マリナは引き金を引いた。大砲の口径よりも遥かに極太な熱光線が飛び出し、荷電粒子砲と正面衝突する。

 

「ふんっ、まるで比較にならんぞ!!」

 

 ……勝敗はあっさりと決した。マリナの放った熱光線はいとも簡単に、荷電粒子砲の閃光に呑まれてしまったのである。そして閃光は衰えないまま、俺達を内包した海色の半球に直撃。物凄い衝撃と轟音、光の量が身体を襲った。

 ――程なくして閃光は終わった。傷こそ負わなかったが、心身を疲弊させるには充分過ぎるほどの恐ろしい時間だった。役目を終えて元に戻った二丁拳銃を構え直すマリナだが、彼女ですら気概を失いかけている。

 

「相殺は無理か。やはり出力が違いすぎる……」

 

「次もアレを防げって言われたら、さすがに自信ないわ……。これはちょーっと大ピンチかも……!?」

 

 ずっと防御の筆術を発動し続けていたミッシェルも集中力を切らし、涙目になった。魔法陣の線はグニャグニャと揺らいでおり、海色の半球も消えかかっている。エグゾアテクノロジーベースでの戦闘や、作戦の最初でメリエルの手助けをした分の疲れが溜まっており、ミッシェルはとっくに限界を超えているのだ。

 

「まだ手は残されているはず。最後まで決して諦めるでないぞ……」

 

 まさきは皆を励ましたが、三発目の荷電粒子砲が既に準備され始めている。狼が発電する様を、指を咥えて見ることしか出来ない。そう思っていると、次にまさきは魔術師の方を向いた。

 

「ジーレイよ、お主なら既に活路を見出せているのではないか……?」

 

 問われた彼は、ずっと何かを考えていたようだ。そして、まさきの言葉が後押しとなったらしく、決心する。

 

「ふむ……。一か八かは僕の性分ではありませんが、四の五の言っていられませんね。試してみましょう」

 

 左手に魔本を開き、表紙のビットと騒ぐページを輝かせる。そこへソシアの警告が飛び込んだ。

 

「三発目が来ます!」

 

「訪れよ、黒の世界。恐怖にまみれ永久(とわ)に怯えるがいい」

 

 しかと聞き入れつつ迅速に、闇の魔術の詠唱を行う。同時に、忌々しい閃光がこちらへ突き進んできた。

 

「ダークネスゾーン」

 

 閃光が俺達へ辿り着く前、光る狼に勝るとも劣らない大きさの、闇の扉が開いた。内部はおどろおどろしく渦巻いており、先の見えない暗黒の彼方へ閃光を導いていく。

 

「ならば出力を上げ、闇をかき消して…………いや、まずい! これは……!!」

 

 ……闇の扉は、ただ導くだけではなかった。意図して閃光を過剰に取り込んでいるのだ。ジーレイは相手の攻撃を通じて、荷電粒子砲に必要なエネルギーを本体から吸い上げるのが目的だったのである。思惑は成功。狼は閃光放出を強制終了され、口を閉じてしまう。

 

「そうきたか……!!」

 

 焦りつつも、コルトナは驚嘆した。まさか荷電粒子砲を攻略されるとは、思ってもみなかっただろう。

 

「あなただけが吸収可能というのも、いささか不公平に感じましたので。しかし、この術で実際に吸収できるかどうかは未知数でした。最終的には己の勘に従ってみましたが、まだ冴えていると判り安心いたしました」

 

 賭けに勝ったジーレイは、ほっと胸を撫で下ろす。しかし次の瞬間には、光る狼を眼光鋭く見上げるのだった。

 

「……ではクリスミッドの将軍よ、礼を受け取りなさい。皆、準備はよろしいですね?」

 

 勿論である。皆は頷き、俺もエンシェントキャリバーを強く握った。

 

「よおし、反撃だ!!」

 

「しかし、お前とミッシェルは後方に下がってくれ。私達が主体となる」

 

「……わ、わかった」

 

 マリナに出鼻を挫かれたが、これは配慮してくれてのこと。素直に従った。

 

「侮るなよ。荷電粒子砲だけがブリッツヴォルフの本領ではない!!」

 

 そう叫んだコルトナは狼の足先から電撃の爪を伸ばし、格闘戦に対応した。負けじと、マリナも効果的な術技を指定する。

 

「闇属性の術技を中心に攻めるぞ! ブリッツヴォルフを構成する電気は光属性だから、弱点となるはずだ!」

 

 反撃はソシアの弓技でスタートした。不用意に狼の懐へ突っ込めば放電で貫かれるし、帯電した体に触れて痺れると、接近戦どころではなくなるからだ。

 ――おさらいだが、彼女の得物は無限弓と呼ばれるものであり、中心部にはビットを使用した細工が施されている。弦を引く際に、上下二つのビットに挟まれた空間から矢を生み出して、それを放つ仕組み。ビットからほぼ無限に矢を生み出せることから、無限弓の名が付いたのだ。

 魔力によって生み出された矢は普通のものと比べて空気抵抗が少なく、マリナの無限拳銃から放たれる魔力弾よりも飛距離が長い。つまりソシアは、遠距離からの連続射撃が得意。人命尊重のシーフハンターでもあるため、狙いも正確である。そして敵である光る狼は巨体で、素早く動くこともない。このことから導き出されるのは……。

 

墜・冥導閃(つい めいどうせん)! 連発です!」

 

 容赦皆無、必中の矢の洪水である。邪悪な力が秘められた矢を放つ奥義を、息つく暇もなく繰り出し続けた。コルトナも、全ては防げないと割り切りながら応戦し、電撃の爪で矢を切り払う。

 

「たかが弓矢に後れを取る自分では……むっ!? 力が入らない、だと……!?」

 

 彼の自信はすぐに消えた。光る狼の巨体を支える四本の足もぐらついている。

 墜・冥導閃(つい めいどうせん)という奥義、邪悪な矢そのものも強力なのだが、命中後も呪いによって敵の体力を徐々に減らしていく効果を有している。コルトナはこれを幾重にも撃ち込まれたのだから、無事でいられるはずがなかった。

 この流れに乗り、ジーレイが狼の四つ足を崩しにかかる。

 

深影(しんえい)(ばく)。今より汝に自由は無い。レストリクション」

 

 光る狼の真下に、闇の力を宿した紫色の魔法陣が出現。そこから鎖のような影が伸び始め、狼の胴体や四本の足に巻きついて結界を形成。自由を奪われた狼は、影の鎖に引っ張られて草原に縛り付けられた。ついでに影の鎖は、帯電や放電も解消してくれた。一時ではあるが、これで前衛も活躍できる。

 ここぞとばかりに、マリナとまさきが草原を駆け抜けた。

 

「走れ、影紅葉(かげもみじ)!」

 

 まずはマリナが躍り出て、草原の地を力強く踏みつける。その場所から前方五方向に影の刃が出現し、広がりながら疾走。狼に五つの斬撃痕を残した。

 コルトナの悲鳴が上がる前に、まさきが続く。闇属性の剣術を多く持つ彼が本命なのだ。

 

無縫刃(むほうじん)……!」

 

 外部から衝撃を与えたことで、ジーレイの魔術による捕縛効果は既に失われている。しかしコルトナは再び束縛された。まさきが見舞った今の剣術は、一瞬だけ敵をその場へ縫い付けるように縛る一太刀だったのである。

 この一瞬の拘束から彼の連携が始まった。

 

闇殺刃(あんさつじん)! 封縛(ふうばく)妖魔刃(ようまじん)……!!」

 

 斬撃の後に左手の平を突き出し、闇の波動を放って追い討ち。そして羽を生やした紫電色の妖精を召喚し、それが伸ばした帯を巻きつけて敵を更に捕縛。一刀のもとに斬り伏せる。

 

魔王(まおう)幻双刃(げんそうじん)……!!」

 

 連携の最後、紫色の(もや)を帯びた分身を生み、まさき本人と同じ動作で二倍の斬撃を与えた。

 皆が一丸となったことで、ここまで全て闇属性の術技で攻撃できている。相当なダメージを与えられたはずだ。

 

「まだだ! まだ終わらんぞ!!」

 

 四つ足に力を振り絞り、ゆっくりと巨体を起こす。……と思っていると凄まじい瞬発力を見せた。大きく跳躍し、マリナたち四人の頭上を飛び越えてしまったのだ。

 

「しまった、後ろの二人が狙われたか!」

 

 光る狼はミッシェルの目前へと着地。凶悪な牙で噛み付こうとした。

 

「ミッシェル、危ない!!」

 

 俺は彼女をわざと突き飛ばし、無我夢中で奥義を発動する。

 

玄武剛装壁(げんぶごうそうへき)!!」

 

 剣の腹を強く押し出し、敵の四方を囲う形で魔力の壁を生み出す剣技である。本来なら、壁はすぐに間隔を狭めていき内部の敵を圧殺するのだが、今回はそれをせずそのまま壁として存在させ続け、狼の口を塞いでみせた。

 

「脆いぞ!!」

 

 ――しかし魔力の壁はすぐに潰えた。人間が変身しているとはいえ、やはりモンスターはモンスターである。顎の力はとんでもないものだった。

 

「のわあぁあぁあ!?」

 

 壁を砕いた顎は、すぐに俺へと噛み付いた。これによって俺はミッシェルの視界から消えてしまうことに。

 

「うわーん! ゾルクが食べられちゃったぁ~!!」

 

 自分の身代わりになったと思い、彼女は悲観する。……が。

 

「ま、まだ無事だから……!」

 

 エンシェントキャリバーをつっかえ棒として扱い、九死に一生を得た。

 口腔内には生物的な舌や口蓋、粘液等が存在しておらず、変身する際に集めていたゴウゼル製の武装の部品が剥き出しである。触れても感電しない造りになっていたので幸いだった。しかし、このままでは剣での攻撃は不可能。何か手を打たないと、いずれ俺は強靭な顎で噛み砕かれてしまうだろうし、俺がここに居る限り仲間も大技を放てない。

 ――だが、こんな状況に陥ったおかげで光る狼への対策を思いついた。奴は電撃を体の表面にしか纏っていないので、これが突破口になると踏んだのだ。そのためにも何とか脱出したい……。こうなればなるようになれ、チャンスを作るためだと思い、俺は対話を試みた。

 

「コルトナ! もうやめろよ、こんなこと! アーティルはエグゾアのいいように操られてるんだぞ!?」

 

「敵の言葉など信用できるか! それにケンヴィクス王国侵攻にはエグゾアなど関係ない! 総帥がクーデターを起こす以前からの悲願だったのだからな!」

 

「和平条約を結ぼうとしてくれてた前総帥を殺しておいて、何が悲願だ!!」

 

「ひとつの国としてリゾリュート大陸を統一するのが総帥の、我らの最終目標なのだ! 和平条約では意味が無い!」

 

「他にも大勢を殺して、まだ幼いワージュも苦しめて、勝手なことを……!!」

 

 対話など無理だった。私利私欲のために乱暴狼藉を働いたアーティル一派に対して、沸々と怒りが湧き上がる。

 

「何とでも罵るがいい! 自分は総帥アーティルに絶対の忠誠を誓っている! 身命を賭してでも果たすべき使命なのだ!!」

 

「命懸けなのは俺だって同じだ! ……いや、俺だけじゃない。俺達みんなが命を懸けてるんだよ!!」

 

 息を荒げながらも思いの丈をぶつけた。そして俺は怒りを爆発させ、全力で叫ぶ。

 

瘴魔哮(しょうまこお)ぉぉぉ!!」

 

 俺の全身が闇色の瘴気に包まれ、同時に地の底から魔神の雄叫びのようなものが響いた。雄叫びは瘴気と同化し、狼を口腔内から蝕んでいく。

 

「ぬああああっ!? 救世主め、そのような技を隠し持っていたのか……!!」

 

 瘴魔哮(しょうまこう)とは、フィアレーヌに霊操(れいそう)されたことをきっかけに使えるようになった、俺にとって唯一の闇属性の術技である。……経緯が経緯なものだからあまり使いたくはなかったのだが、怒りで吹っ切れたらしい。今はもう抵抗など感じなくなっていた。

 狼は文字通り、俺を吐き捨てることで難を逃れた。しかし内側からの奇襲は奴への確実な致命傷となっていて、先ほどの瞬発力も発揮できずにいる。このまま畳み掛けるしかない!

 

「ソシア!! 渦の矢をあいつの口に撃ち込んで!!」

 

 草原に倒れながら、思いつくままに叫んだ。彼女は俺の意図を瞬時に察してくれたらしく、無限弓に備わった二対のビットを一段と輝かせる。

 

「必ず射抜きます! 渦巻く意志が天を()く!」

 

 一本の矢を生み出し、ソシアは魔力を込め続ける。そして満を持して放った矢は。

 

螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)!!」

 

 巨大な渦を発生させながら、我が物顔で猛進。光る狼へと届いた。

 対するコルトナは根性を発揮する。狼の口を固く食いしばることで渦の矢を牙にぶつけたまま、その場に留めてみせた。

 

「何かは知らんが受けるわけにはいかん……!!」

 

「私、言いましたよね。必ず射抜きます、って」

 

 ソシアは無慈悲に呟き、彼の根性を無意味とする。矢が纏う渦は激しさを増していき……挙句には光る狼の口を荒々しくこじ開けてしまったのだ。そのまま渦の矢は体内を駆け巡り、驚くべき現象を引き起こす。

 

「ぐっ……おおおおお……!! ブリッツヴォルフの電撃を……風で発散させただと……!?」

 

 傷付き、慌てふためくコルトナ。当然だ、狼の纏う電撃が弾け飛ぶように散っていったのだから。――電撃を体の表面にしか纏っていないのなら、内部から強烈な風圧をかければ一気に吹き飛ばして無効化できる――俺が狙っていたのはこの結果だ。ソシアがすぐに理解してくれて、本当によかった。

 そして狼の真の姿が露になり、ミッシェルが真紅の眼をキラキラさせる。

 

「やっと全貌が見えたわね! 寄せ集めた武装で造った骨組み、悔しいけどカッコいいじゃないの……! さっきのよりこっちのがあたし好みかも」

 

 趣味嗜好全開の感想はともかくとして。まさきとマリナが、奴にとどめを刺すため態勢を整えた。

 

「これぞまさに、化けの皮が剥がれたというもの。今からでは、邪魔な電撃の再発電も間に合わぬだろう。絶好の機会なり……」

 

「ああ。得意な間合いに持ち込める。まさき、同時に仕掛けるぞ! ……一気に潰す!」

 

「承知した。成敗いたす……!」

 

 マリナは二丁拳銃を腰のホルスターへ収めると、膝を曲げながら右脚を振り上げて秘奥義始動の構えをとる。そして両脚に二丁拳銃内のビットからの魔力を集中させ、猛る(ほのお)を宿した。

 まさきもビットを一つだけ軽く真上に放り上げ、自身の目線ほどに落ちてきたところで真っ二つに叩き斬った。するとビットは魔力光となり刀身に吸い込まれていく。

 

師範直伝(しはんじきでん)のこの奥義、刮目(かつもく)せよ! 舞い乱れるは、受け継がれし闘志の(ほのお)!」

 

 先にマリナが行く。振り上げた右脚で力強く踏み込み、素早く蹴って加速。狼の悪あがきによる頭突きをかわして懐に飛び込むと、燃え盛る連続蹴撃を喰らわせ、機械の体を徐々に打ち溶かしていく。

 

「出でよ我が幻影。破邪(はじゃ)刀閃(とうせん)()しきを(ほふ)る……!」

 

 続くまさきは、自らの影を分裂させるかのようにして四体分の分身を生み出した。色や姿かたちは、本体であるまさきと全く同じ。縦横無尽、予測不能の動きで狼の意識を翻弄し、連続突きや斬撃を多方面から浴びせる。奴は苦し紛れに前足を振るったり噛み付きを行ったりしたが、まさきの速さについていけず、本体にも分身にも当たる要素がなかった。

 

「その名も!」

 

「これぞ……」

 

 怒涛の攻勢は終わりを迎える。

 

緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)!!」

 

四天覇王(してんはおう)殺陣(たて)……!!」

 

 狼の腹部は緋焔を灯した渾身の蹴り上げで貫かれ、背面と口腔内には多数の鋭き刃が突き刺さり、機械の中身を無秩序に蹂躙された。

 

「そんな……馬鹿なぁぁぁ!!」

 

 コルトナの断末魔が辺りを満たすと、狼の体はボロボロと自壊していき、ガラクタの山と成り果てる。

 

「ブリッツヴォルフが……将軍が倒された……!?」

 

「俺達にはもう武器が無い……」

 

「さ、作戦の続行は不能! 退却だ!!」

 

 戦域の外から戦況を見守っていた緑服の兵士達は、絶対の信頼を置いていた自軍の将が敗れるのを目の当たりにし、完全に戦意喪失。各々の意思で、この草原地帯から姿を消していった。

 その直後、僅かな電気の塊が草原に落ちてくる。それはコルトナ本人であり、程なくして夜空色の軍服姿へと戻っていった。しかし彼の命は風前(ふうぜん)(ともしび)となっていて、仰向けに横たわったまま、もう起き上がることは無かった。

 

「ブリッツヴォルフを行使したというのに敗北を喫するとは……何の言い訳も無い。完敗だ。しかし……これでいい」

 

 俺達を見つめ、勝利の笑みを浮かべる。

 

「時間はたっぷり稼げた。総帥に栄光あれ……!!」

 

 言い捨てた直後、コルトナは事切れた。レア・アムノイドとなったが故の(さが)なのか、生命活動の終了と共に肉体も白く消滅していった……。

 彼の遺言を受けてソシアや俺は勿論のこと、まさきでさえ愕然とする。

 

「時間稼ぎ……!? まさか天空魔導砲ラグリシャが完成していて、もう稼動し始めているんでしょうか……!?」

 

「じゃあ、こいつらの本当の任務はケンヴィクス王国への侵攻じゃなくて、俺達の足止めだったってことか!」

 

「大規模な陽動作戦、敵ながら見事なり。まんまと一杯食わされたな……」

 

 真実を知ったところで、時間は巻き戻らない。ジーレイは冷静に、次の行動を提案した。

 

「クリスミッドの首都、リグコードラを目指しましょう。ここで僕達を足止めしたかったのですから、あの周辺に何かあると考えて間違いないはず。同時に、アリシエル王妃やワージュの側近達も救いたいところです」

 

「迷う余地は無いな。ザルヴァルグで直行するぞ」

 

 即決し、マリナは通信機でアシュトンを呼び戻した。

 

 ザルヴァルグに乗り込んですぐのこと。アシュトンに事の顛末を伝えると、ひとまず、ワージュと共に安堵の表情を見せてくれた。あれからメリエルは気を失ったらしく、今は個室で休んでいるという。彼女を乗せたままクリスミッド軍の本拠地へ赴くのは忍びないが、ミッシェルは「メリエルならきっとわかってくれる」と言い、それに甘えさせてもらった。

 

 飛行するザルヴァルグ機内で、二人にこれからの行動の旨を伝えたのだが、何やらワージュから思慮を感じる。

 

「ついにリグコードラに行ってくれるんだね。……でもみんな、激しい戦いが続いてるから無理してるんじゃない……?」

 

「もうっ、気にしちゃダメよ! ワージュは側近の人達を助けてクリスミッドを立て直すのが目的なんでしょ? そのことにちゃんと集中してね。気持ちがしっかりしてないと、助けられるものも助けられないわ」

 

 親しい者の救出について、ミッシェルが述べると重みが違う。続いて俺も、ワージュに気持ちを伝えた。

 

「アーティルを止めるためにもリグコードラへはすぐに行かなきゃならないんだから、どのみち一緒さ。それに俺達は、ワージュを手伝いたいから手伝ってるんだ。今さら気遣いなんて要らないよ」

 

「……うん、わかった! ありがとう、救世主のみんな!」

 

 嬉しさのあまり笑顔を浮かべ、俺以外の皆も含めて救世主と呼んでくれた。ソシア達は素直に受け取って礼を返していたが、マリナとジーレイは気恥ずかしかったのか、ちょっとだけ顔を背ける様子を見せる。

 けれども一番わかりやすく動揺していたのは、やはりあいつだった。

 

「お、俺なんかも救世主扱いしてくれるのか? ちぃっとだけ、照れるじゃねぇか……」

 

 操縦席のアシュトンは首に巻いた緑色のスカーフをばたつかせ、気持ちを取り繕っている。そこで俺は良い機会だと思い、茶化してやった。

 

「照れるなよ。戦犯のくせに」

 

「せ、戦犯って呼ぶんじゃねぇ!! ……悪かったって、マジで……」

 

「ごめんごめん。誰もアシュトンを恨んじゃいないよ」

 

 本当にこれから敵地へ殴り込みに行くのか、と疑問が生じそうなほど、機内は笑いに包まれた。けれどもこれが俺達のペースなのだから、よしとする。

 

 ――コルトナ将軍は倒すべき敵だったが、命まで奪いたくはなかった。しかし彼は「身命を賭してでも」と言った通り全力を尽くし、逃げもせず限界まで俺達と戦い、散っていった。まるで最初から、あの草原地帯を死地に決めていたかのようだった。助ける余地など無かったのかもしれない。……それを理解していても、やり切れない気持ちが拭えなかった。

 彼が命を捧げてまで忠誠を誓った総帥アーティルとの直接対決の時が、刻一刻と迫っている。果たして俺達は、彼女の目論見を阻止できるのだろうか。



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第56話「打倒の時、迫る」 語り:マリナ

 コルトナ将軍を倒した私達は、軍事国クリスミッドの首都リグコードラを目指して飛行中である。

 しかし、このまま首都まで素直に飛んでいってもクリスミッド城の迎撃設備が敵機を、即ち私達の搭乗する大翼機(たいよくき)ザルヴァルグを撃墜しようとするだろう。だからと言い対岸の陸地に降りたところで、首都へ繋がるエルデモア大鉄橋は以前の戦いで沈んでおり、船も無い。海を渡れないのだ。

 私達にとって手も足も出ない問題。それを解決できるのは……彼ら四人のみ。

 

「たった今、団長からの新たな信号を受信いたしました。こちらへ向かって接近中の模様にござります」

 

 クリスミッド城の南東部、迎撃システムを制御する銀色の管制塔の目前にて。濃紺色の忍び装束(しょうぞく)で顔ごと全身を包む者――スメラギ武士団隠密部隊所属の忍者が三名おり、その中の一人が、忍者ではないとある男性へ動向を伝えている。

 

「おお、ついに来たのですな。では皆さん、管制塔を一気に制圧しましょう。決して少なくない数を相手にしながら上ることになりますが、よろしくお願いします」

 

 男性は清潔感の漂う薄黄色の短髪であり、小さな丸眼鏡をかけている。物腰は柔らかだが「制圧する」という発言に相応しく程よい緊張感を放っていた。けれども彼の防具は充分な強度があると言えど両腕の籠手(こて)のみであり、左腰に携えた両刃片手剣も一般流通の安価な量産品。あとは戦闘から程遠い服装なのだが、制圧に向けて支障は無いのだろうか。

 忍者達は、なんと男性の姿について一切不安を感じていなかった。それどころか信頼を置いているらしく、尊敬の念を抱きながら返事をしている。

 

「とんでもない、こちらこそ。手際よく参りましょうぞ」

 

「ええ。今ごろ彼らは空を移動しながら『城からの迎撃をどう攻略すればいいのか』と悩んでいるに違いありませんから」

 

 そう言いながら男性は鼻の上の丸眼鏡の位置を正した後、右手で片手剣を引き抜いた。すると、先ほどまでの適度な緊張感が見る見るうちに膨れ上がっていく。そして雷雲のように刺激と非情さの込められた気迫を込め、忍者達と共に管制塔を上り始めるのであった。

 

 彼らの奇襲に無駄は一つも無かった。

 管制塔を守るクリスミッド兵を圧倒し、次々に気絶させていく。この時、主に狙っていたのはヘルメット左側に備わった通信機ユニット。これを率先して破壊することで、他の兵士との連絡を妨害しようと図ったのだ。その丁寧さが功を奏したのか、最上階の兵士を無力化して縄で縛った後も増援の影は見えなかった。

 

 管制塔を封鎖し、制圧はスムーズに完了。四人それぞれがコントロールパネルを操り、目的を達成する。最終確認した後、丸眼鏡の男性が再びパネルを操作し、誰かへ通信を繋げた。その相手とは一体……。

 

「こちら、ヘイル・シュナイダー。聞こえていたら応答してほしい」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第56話「打倒の時、迫る」

 

 

 

 今、まさに私の隣の座席についているのは水色の長髪の武士、蒼蓮(そうれん)まさき。彼は、ピピピピと着信音の鳴り響く通信機を懐から取り出して受話したのだが、次の発言に驚かされた。

 

「お待ちしておりました、ヘイル殿……」

 

 なんと通信機の向こうに居るのはゾルクの叔父のヘイルさんであり、しかもまさきは「待っていた」と言う。ヘイルさんとはケンヴィクス王国の首都オークヌスで別れたきり。更に、私達は現在のようにザルヴァルグで各地を飛び回っていたので接触の機会など一切なかったはずだが、まるで打ち合わせしていたかのような口振りだ。

 

「えっ、ヘイルおじさん!? なんで!? どういうこと!?」

 

 無論、ゾルクも何も知らない様子。後ろの席から身を乗り出し、通信機に向かって大声で疑問をぶつけた。

 

『おお、ゾルク。無事のようだな。理由なら落ち合ってから話す』

 

 声は向こうに届いていたが、答えは先延ばしにされてしまう。

 

『まさき君。手筈(てはず)通り、首都と城の迎撃システムを一部解除することに成功した。南東からクリスミッド城を目指して真っ直ぐ突っ切ってくれればいい。わたし達は、その地点にある管制塔で待っている。それと、ウィナンシワージュ殿下にもご同行をお願いしたい。危険は承知だが、殿下がいらっしゃらなければ皆を救えないんだ』

 

「殿下も……? 承知しました……」

 

『では、通信を終了する』

 

 まさきは通信機を懐に仕舞うと、操縦者であるアシュトンに航路を指示した。予期せずして悩みの種を取り除けたが、どうしてヘイルさんがワージュの存在を知っているのだろうか。裏で何が起きているのか見当がつかなかった。

 

 

 

 当然だがクリスミッド城には、ザルヴァルグのような航空機専用の発着場など存在しない。よって、ある程度は強引な方法を用いて城へ辿り着かなければならないが、無闇に攻撃を仕掛けたくないためビームキャノンでの整地は行わない。そこでアシュトンがとらざるを得なかった行動は……。

 

「準備は出来たな!? 突っ込むぜ!!」

 

 石造りの城壁に対して最低限の推力で激突を実行し、乗降口となっている機首を城内に捻じ込む、というものだった。ワージュによればクリスミッド城は壁の鋼鉄化を進めているらしいのだが、目的地点は着工に至っておらず石壁のままであり構造的に他より脆いので、突破口を開くならこれしかないという。その脆さと、ザルヴァルグが頑丈だからこそ可能な、掟破りの荒業なのである。

 ……しかし最低限だろうと激突は激突。城壁の崩壊音と機体の摩擦音が耳をつんざく。地震のような揺れが起こり、悲鳴が飛び交った。ワージュはゾルクにしがみつき、ミッシェルは気絶しているメリエルを必死に庇い、ジーレイも格好つけずに眼鏡を死守している。座席に座って身体をしっかり固定していても、再起不能になるかと思ってしまった。

 

「ミカヅチ城へ進攻した時の経験が生きたな……」

 

「ちっとも喜べない……。というか、これっぽっちも生かされてないだろ」

 

 全ての音と揺れが止んだ頃。肝を冷やすまさきへ、ぐったりしながらもゾルクが指摘を深く突き刺していた。まさしく『逆さ花火』の再体験だった。あんな悲劇をまた味わうことになろうとは……私も無念である。

 

「えぇぇぇ……。ゾルクさんたち、前にもこんなことしたの? カダシオ砂漠に不時着したのとは別件で……? 今回は仕方ないから協力したけど、命がいくつあっても足りないよ……」

 

「待ってワージュ。お願い、ドン引きしないで。あの時だって、城に突っ込みたくて突っ込んだわけじゃないから」

 

「突っ込んだんだ……」

 

 未だゾルクにしがみつくワージュ。青ざめた顔は、なかなか元の色に戻らなかった。

 

 

 

 ようやく、クリスミッド城へ乗り込めた。ザルヴァルグは気絶中のメリエルを乗せているためソーサラーリングには収納できない。そのためアシュトンとはここで一旦別れ、テクノロジーベースの時のように安全な空域まで退避してもらった。

 私達はワージュを含めた七人で行動。城内庭園と通路を抜けた先にある、銀色の管制塔へ近づく。するとすぐに、塔の前に立つ彼らの姿が見えてきた。

 

「よく来てくれた。派手な到着だったから、少し心配したぞ。……そしてウィナンシワージュ殿下、お初にお目にかかります。わたしの名はヘイル・シュナイダー。危険を顧みず、よくぞおいでくださいました。心より感謝を申し上げます」

 

「団長、久方振りにござります。よくぞ御無事で」

 

 ヘイルさんと、スメラギの忍者が三人。こちらへ労いの言葉をかけてくれた。まさきは頷きながら「よく果たしてくれた」と忍者達に返した。

 

「おじさんも忍者の人達もありがとう! クリスミッド城の迎撃設備をどうするか困ってたんだ。でもなんでここに? 天空魔導砲ラグリシャを止めにきてくれたの?」

 

 ゾルクの問いに、ヘイルさんは首を傾げる。

 

「天空、魔導砲……ラグリシャ? なんだそれは。空には何も浮かんでいないが……。城内なら一通り調べているが、そんな兵器など影も形も無い」

 

「でしたら、海中で建造しているとしか考えられませんね。完成と共に浮上させるつもりなのでしょう」

 

 ジーレイの予想は、私の考えと同一のもの。上空から首都リグコードラの市街地を眺めた時も相応な建造スペースは見当たらなかったので、もうそれしかないだろう。

 今度はソシアが口を開く。

 

「海の中で大掛かりな兵器を造るなんて、可能なんでしょうか?」

 

「とてつもない建造技術が必要となるはずですが、ナスターが建造補佐として絡んでいるので、どうとでも説明がつけられます。酔狂でも腕だけは確かな技術研究者ですからね。例えば、実は海流を遮断して内部空間を生成する技術を開発しており案外、手間取らずに建造できているのかもしれませんよ」

 

「無理のありそうな例え話なのに、すんなりと納得できるのが悔しいです……」

 

 彼女は複雑な表情を浮かべながら、ジーレイからの答えを受け取っていた。

 ゾルクは、もう一度ヘイルさんに尋ねる。

 

「ラグリシャが目的じゃないなら、王妃様救出のほう?」

 

「正解だ。ケンヴィクス国王から直々にお達しがあってな。お前達が救出の本隊で、わたしが別働隊という位置付けになる」

 

「なんで俺達に内緒だったの?」

 

「万が一にもクリスミッド軍に知られてはいけなかったからな、無用の接触を避けていたんだ。それに皆さんはともかく、ゾルクには昔からどこか間抜けなところがある。敵の前で口を滑らせるかもしれないから、この瞬間まで何も伝えない方が良いと判断したんだ」

 

「故に拙者も、何者にも口外しなかったのだ。悪く思うでないぞ……」

 

 ヘイルさんとまさきの暗躍は、用心に用心を重ねてのことだったらしい。だが真実を知った彼はいじけてしまう。

 

「理由はわかったけどさ、久々に間抜けって言われた……。ちょっと懐かしい気もするけど、ひどいよおじさん……。俺だって頑張ってるんだから」

 

「……すまん、悪かった。どうやら心配するあまり、昔のお前のイメージが再燃してしまったようだ。旅を経て(たくま)しくなっているというのにな……。今後は、お前の成長をもっと意識して確かめることにするよ」

 

「頼むよ、ほんとに」

 

 ムスッとしたゾルクが軽く睨む。ヘイルさんは薄黄色の短髪を不自然に撫でながら、ぎこちない笑顔でその場をやり過ごすのであった。

 

「話を戻そう。……わたしが首都リグコードラに潜入できたのは、つい最近だ。エルデモア大鉄橋が陥落しても守りが堅かったため、非常に苦労したよ。やっとの思いでクリスミッド城の牢屋まで辿り着き、王妃様のご無事を確認した。殿下の側近と思わしき方々もいらっしゃった。しかし事情があり、わたしだけでは救出できなかった。そんな状況の中、残留していたスメラギの隠密部隊と出会い、ウィナンシワージュ殿下が救世主一行に同行されているとの話を伺った。そしてゾルク達が来るのを待っていたというわけだ」

 

 これを聞いたミッシェルは違和感を抱いたようだ。

 

「あら? ねえ、まさき。隠密部隊はみんなリグコードラから撤退して、リゾルベルリで合流したんじゃなかったっけ?」

 

「実は部隊に通信連絡した際、念のために精鋭を数名のみ残していた。『もしもクリスミッド領内でヘイル・シュナイダー殿と邂逅(かいこう)したならば必ず助力せよ』と命じてな。そして邂逅が現実に叶ったのだ……」

 

「うそ~ん? 何もかも知ってなきゃ出来ないレベルの命令でしょ、それ」

 

「そうでもない。『ヘイル殿が国王から特命を受けた』との報せをこの耳に入れたのは、拙者達がケンヴィクス城を発ったのとほぼ同時期。あの時点で、もしやと思っていたのでな……」

 

「すっご……。あたし、舌巻いちゃったわ」

 

 ほとんど最初からヘイルさんの動向を察していたとは。「見事」の二文字が相応しい。

 

「まさき君が抜け目ないお陰で、忍者の皆さんの力を借りることが出来た。さすがスメラギ武士団の団長だ、と感心したよ」

 

「勿体無きお言葉にございます。……しかし、あなたが王妃アリシエル様救出の別働隊を本当に務めていると知った際は、一驚(いっきょう)しました……」

 

「別働隊と言っても、隊員はわたし一人だがね。ははは」

 

「その点に驚いたのです……」

 

 他愛ないことのように笑い飛ばすが、まさきは真剣に(おのの)いている。……私もてっきり、合流していないだけでまだ他にケンヴィクス王国軍兵士を連れているものだと思い込んでいた。大人数が潜入に適さないのは解るが、一名のみで行うにはクリスミッド軍は強大すぎる。私がバールン刑務所に忍び込んだ時とは、比較にならないほど危険なのである。

 甥のゾルクでさえ、自らの叔父がここまで規格外だったとは把握していなかったらしい。

 

「……おじさんの凄さ、なんかもう次元が違うかも。俺の知ってるヘイルおじさんじゃない。退役してるなんて嘘だと思っちゃうよ……」

 

「それはさて置き」

 

「置いちゃうんだ……」

 

「ウィナンシワージュ殿下。事は一刻を争います。王妃様と殿下の側近の救出には、殿下のお力が必要なのです」

 

「ぼくが必要というのは、なぜ?」

 

 通信でも聞いた、救出の条件。どうしてワージュが関わっているのだろうか。それをヘイルさんが説明しようとした、まさにその瞬間。

 

「管制塔前にて、城壁を突き破ったとされる侵入者を発見!」

 

「貴様ら、例の救世主一行か!? コルトナ将軍の仇をとらせてもらう!!」

 

「ウィナンシワージュもいるぞ! 身柄を拘束しろ!」

 

 塔の前の広がりに、ヘルメットを被った大勢の緑色の兵士が駆けつけてしまった。先端に短剣を装着したクリスミッド式のライフルを携えており、一斉に銃口をこちらへと向ける。

 

「……少し、話し込み過ぎたか。まずはこの場をどうにかしなければならんな」

 

 逃げ道は兵士達の向こうにしか無い。ヘイルさんが片手剣を引き抜くと同時に、私達も武器を手に取った。

 一触即発の空気が漂う中、クリスミッド兵のベテランらしき男がヘイルさんを見て何かに気付く。

 

「む? 貴様の顔、どこかで……」

 

 そして彼は思い出した。クリスミッド軍にとって身の毛もよだつ事実に。

 

「……ひえぇっ!! せ、聖雷(せいらい)だ!! あの丸眼鏡の男、『ケンヴィクスの聖雷(せいらい)』だぞぉっ!!」

 

「聖雷だと!? 伝説の化け物がどうしてクリスミッド城に……!?」

 

「き、聞いたことがある。昔、とある戦いにおいて個人の武力で我が軍を圧倒したケンヴィクス兵がいる、と。そのあまりにも人外じみた強さに戦慄を覚えた同胞達は、あえて蔑称(べっしょう)を用いず聖雷と呼んで崇め敬い、戦場で二度と出くわさないことを震えて祈ったという……」

 

「すげぇ……。俺、軍に入って初めて見た……」

 

 どうやらヘイルさんは現役時代、『ケンヴィクスの聖雷』という異名を付けられるほどの恐怖的存在としてクリスミッド軍に認知されていたらしい。兵士達の心に尋常ではないほどの動揺が走り、ライフルを握る手にも震えが生じ始めた。

 強行突破するなら今しかない。私とまさきで目配せを交わし、共に先陣を切ろう……と考えていたら。

 

「その名を覚えてくれていたとはね。わたしは退役しても有名だったようだな。ならば敬意に応え、一瞬で決めさせてもらうとしよう!」

 

 以前に渡していたビットをどこからか取り出し、短時間で精神力を集中するヘイルさん。輝くビットから全身へ落雷のような激しさの魔力を受けた後、片手剣をゆらりと構える。

 

「ゆくぞ! 全てを焼き斬るこの雷撃!」

 

「いかん、撃て!!」

 

 ベテランの兵士が叫んだが、どのライフルの引き金も引かれはしなかった。そして私達の目に映ったのは、ヘイルさんが消える様と光の線のみ。

 

「ディバイン成敗(せいばい)!!」

 

 剣技の名称を叫ぶ彼の姿は、包囲網を抜けた先にあった。そして兵士は全員、物言うことなくバタバタと倒れていく。おそらくだがヘイルさんは、雷の魔力で全身の筋肉を刺激して運動能力を高め、まさしく光速で駆け抜けながら剣を振るったのだろう。そして雷の魔力だけを兵士達に浴びせることにより、斬り裂くことなく気絶させたのだ。

 通常時から、稲光(いなびかり)にも似た軌跡を描くほどの速さで戦闘を行えることは、既に知っている。彼にとって基本的な、その稲光のスピードを極限まで上げた堅実的な必殺の剣技、という印象を強く受けた。

 

「いつの間にか秘奥義を編み出してたなんて。ますますおじさんの強さに追いつけなくなる……。っていうか、強過ぎるせいで異名を付けられてたことも知らなかったし」

 

 ゾルクが落ち込むのも無理はない。私がゾルクの立場だったとしても「あの強さをどうやって超えればいいんだ」と絶望したはずである。

 

「せっかくクリスミッド軍がくれた聖雷の名だからな。技の動作もそれになぞらえてみた」

 

「でもさ、『ディバイン成敗(せいばい)』は駄目だよ。ダジャレみたいだし。例えば……そうだなぁ……『電光石火斬(でんこうせっかざん)』なんてどう?」

 

「ほほう……! 気に入った、それに変更しよう。ゾルクの名付け感覚はしっくりくるな。いつも感服させられる」

 

 二人の会話を聞いた皆は、言い知れぬ倦怠感(けんたいかん)に襲われた。微妙な空気が流れ始める。

 

「安直気味なネーミングセンスは血筋によるものだったのか……」

 

「ん? マリナ、なんか言った?」

 

「いや別に何も」

 

 思わず、小声ではあったが心の内を零してしまったようだ。私としたことが……。

 ――この会話で妙に冷静にさせられた直後。私の眼に映ったゾルクは、自らをそこはかとなく奮い立たせているように感じた。まさか、冗談めいたことでも口に出していないと疲労で押し潰されそうなのだろうか。……そうであっても不思議は無い。激戦続きであり、エンシェントビットの力を使ってから時間もそれほど経過していないのだから。アーティルの顔を見る前に倒れてしまうのではないかと、内心では気が気でなかった。

 

 

 

 王妃アリシエルとワージュの側近達が囚われているのは、城の地下牢だという。クリスミッド兵を蹴散らしつつ急行しながら、ヘイルさんから詳細を聞いた。

 

「殿下の存在が必要不可欠な理由、それは地下牢の仕掛けにある。ただでさえ破壊不能なほど堅牢なのに特殊な識別装置が組み込まれていて、クリスミッドの重要人物にしか解錠できないようになっていた。だからゾルク達の到着を待つしかなかったんだ」

 

「城の地下にそんな仕組みの牢屋があったなんて、ぜんぜん知らなかったよ……。きっとアーティルが極秘に設置していたんだと思う」

 

 ワージュの幼い瞳に怒りが籠もった。途端、ジーレイの表情も険しくなる。

 

「それは僕がグリューセル国を治めていた頃に考案された、個人の魔力の波長に反応して開閉を行う施錠技術……。なぜ大昔の仕掛けがクリスミッド城内で使われているのでしょうか。魔力を使用する技術全般は国の滅亡と共に失われたはずなので、現代のリゾリュート大陸に残存しているのはおかしい」

 

「これもデウスの入れ知恵なのでは?」

 

「……かもしれませんね」

 

 私の言葉で納得したかと思われたが、心の晴れた声色ではなかった。

 

 

 

 暗い地下階層の奥。半透明で巨大な一枚の壁に遮断された、無機質で無菌的な空間。そこが、王妃や側近達を閉じ込めた牢屋であった。

 ワージュが壁へ一番に駆け寄り、声をかける。

 

「みんな、助けに来たよ! 遅くなってごめんなさい」

 

「お……おお……!? 殿下であらせられますか!? 幻覚ではなく、本物の……!?」

 

「アーティルの魔の手より逃げ延びられたのですね……! ずっと案じておりました……よくぞ、よくぞ御無事で……!!」

 

「優しいおじいさんが逃がしてくれたんだ」

 

 あちこちが傷んだ、元は規律の正しさに満ちていたであろう衣装に身を包んだ彼らが、ワージュの側近である。お互いの無事を確かめ合い、感極まっていた。

 

「殿下、こちらへ」

 

「……はい!」

 

 ワージュはヘイルさんの誘導に従い、牢屋前に備わった認証盤へ手の平を乗せた。すると半透明の壁はスゥッと消えていき、遮るものは何も無くなった。

 側近達が一目散にワージュの元へ向かう。その後ろではヘイルさんが、座り込んだままの女性へ近付き、(ひざまず)いた。

 

「王妃様、お迎えに参りました」

 

「シュナイダー名誉騎士長……! ありがとうございます。よく戻ってきてくれました」

 

 所々が汚れてしまっている銀のドレスに身を包んだ、薄桃色のショートヘアの女性――王妃アリシエル・ウレン・ケンヴィクス。過酷な環境下にあったが、今日この瞬間まで何とか生き延びてくれていたのである。ヘイルさんの補助ありきだが、立ち上がることも出来ていた。

 

「力及ばず一度は退き、救出に時間をかけてしまったこと……どうかお許しください」

 

「とんでもありません……! わたくしもウィナンシワージュ殿下の側近の方々も、あなたが一度ここへ訪れてくれたからこそ、希望を捨てずに耐え忍ぼうと思えたのですよ」

 

 おもむろにワージュの側近達が近付いてくる。

 

「その通り。あなたを良き意味で聖雷と思える日が来ようとは。心地の良い心境です」

 

「まさに、クリスミッドとケンヴィクスを繋ぐ英雄。この御恩、一生忘れは致しません」

 

「過分なお言葉、既に退役している身としては恐れ多い……。勇気を振り絞りここまでいらっしゃった殿下のほうが、英雄とお呼びするに相応しいでしょう」

 

「ぼ、ぼくはみんなを助けたくて必死だっただけで、英雄だなんてそんな……!」

 

 王妃のみならず側近達からも謝辞を述べられ、少々照れ臭そうなヘイルさん。そのこそばゆい気持ちは、ワージュにも飛び火するのだった。

 ジーレイとソシアは牢屋前の認証盤を調べていたのだが、ここでも不思議な事実が。

 

「どうやらこの牢屋そのものが、魔力計測と変換を兼ねていたようですね」

 

「えっ!? 皆さん、ずっとここに入っていたんですよね? 王妃様の変換には時間がかかるとは聞いていましたけれど、それにしたって……。どうして魔力に変換されずに済んだんでしょうか……?」

 

「ヘイル氏の存在が皆の心の支えとなり絶望しなかったおかげで耐えることが出来たのかも、としか。これ以上の推測は僕でも不可能です」

 

 賢明な彼に推測不能と言わしめたヘイルさんは、やはり英雄の器なのかもしれない。

 

「奥の牢屋にも大勢、収容されているようだ。特殊性のない普通の牢屋に見える」

 

 私が気付くとゾルクが恐る恐る覗き込む。牢屋に入っていたのは、緑の軍服を着た男達。

 

「クリスミッドの兵士がこんなにたくさん……! なんで囚われてるんだ?」

 

 するとこの場へワージュの側近の一人が来て、次のように述べる。

 

「できれば、あの兵士達の解放もお願い致します。彼らに敵意はありませんから」

 

 その台詞で私は全てを察した。

 

「いわゆる、ワージュ派の兵士か。それだけではない。本心からアーティルの思想に賛同し付いて行った者がいれば、あの遠隔操作魔術で脅され付いて行かざるを得なかった者がいてもおかしくないからな」

 

「そして総帥に反抗した者は容赦されず、牢屋行きになったのだ……」

 

 一番手前で座り込んでいた兵士が、私の言葉へ付け足した。彼の軍服は、ひしめく緑の中で目立つ赤色。隊長格のような風貌だが……。

 

「あなたは?」

 

「間違いの多い、無様な部隊長さ」

 

 自虐的な彼は力なく笑っていた。

 

 仲間と協議し、牢屋の錠前を破壊。囚われていたクリスミッド兵の全員を解放した。ワージュより「クーデター以前から信用に値していた兵士の姿が何名も見えた」との証言があり、それも考慮した上での解放である。

 牢屋を出た彼らに武器を隠し持っている様子はなく、私達を騙すような素振りも全く見せなかった。むしろ衰弱した兵士がちらほらいて、互いに助け合っている状況だった。こちらで治癒術をかけると、涙を流して感謝する兵士もいたほどに。

 先ほどの部隊長も深々と頭を下げ、誠意的な態度をとってくれた。そしてこちらの事情を掻い摘んで伝えると、部隊長は重い空気を漂わせながら次のように言った。

 

「救世主一行よ、総帥が駆使するあの異様な術はグラップルキネシスという……。総帥自身の『欲するがまま掴み取る』という野心に影響されて発現したかのような、とてつもない能力だ。防ぐ方法が無いうえ一方的に対象を蹂躙(じゅうりん)できる、まさに無敵の術。それでも君達は立ち向かうのか?」

 

「当たり前さ。今さら引き下がるつもりなんてないよ」

 

 ゾルクの真っ直ぐな返事に、何か希望のようなものを見たのかもしれない。だからなのか、部隊長の言葉の続きはほんの少しだけ、こちらに未来を託すかのような想いが込められているように感じた。

 

「だったら急いだ方がいい。もうすぐ総帥はラグリシャを南西の海から浮上させ、攻撃準備に入るつもりだ」

 

 予想通り、ラグリシャは海中で造られていたようだ。しかし彼は牢屋に囚われていたはず。どうして浮上のタイミングがわかるのだろうか。裏を取るため、私は追究した。

 

「確かな情報なのか?」

 

「ラグリシャによる作戦の開始日が今日なんだ。そしてオレは、総帥に中止を直接提言して牢屋にぶち込まれたばかり。王妃達の魔力変換が終了予定日を大幅に過ぎても終わらなかったこともあり、総帥の虫の居所は最悪。激情しやすい性格だから、間違いなく実行するだろう」

 

「……わかった。信用する」

 

 ならば、海中へ潜る手段をすぐに見つけなければ……と考えている途中。部隊長は改まった様子で願いを発した。

 

「オレは一度、総帥に賛同した身。頼み事を言える立場ではないが、恥を忍んで頼みたい。……どうか総帥を止めてくれ。やはり、大勢の犠牲を払った上でケンヴィクス王国を侵略するなんて、いくら軍事国だとしても……あってはならない。前総帥は正しかったんだ」

 

 その願いは、ゾルクがしっかりと受け止めていた。

 

「ああ。絶対にアーティルを止めてみせるよ。……みんな、急いで外に出よう!」

 

「道中、オレ達が援護しよう。れっきとした軍事国の兵士なんだ、丸腰でも心得はある。……動ける者はオレに続け!」

 

 こうして一時的に大所帯となった私達は、執拗(しつよう)に迫る敵方のクリスミッド兵を撃退しながら、一気に階段を駆け上がっていくのであった。

 

 

 

 日の当たる場所――城内庭園まで全員が出てこられたのと時を同じくして。突如、大きな揺れが起こった。ザルヴァルグで城壁に突撃した際と同程度の、激しい揺れである。

 

「おおおおおお!? なんだなんだ!?」

 

 ゾルクが慌てているのを尻目に南西の海を見てみると……海面からどんどんせり上がってくるではないか。天使と悪魔を模したような羽が四方に一対ずつ生え、下部に頂点を向けた三角錐(さんかくすい)型の純白で超巨大な建造物が。

 完全に空中へと浮かんだそれは、順調に高度を上げていく。揺れは収まったが建造物のあまりの貫禄に圧倒され、私達の足は無意識の内に止まっていた。

 

「あれが、天空魔導砲ラグリシャなんですね……!!」

 

「テクノロジーベースに匹敵しうる大きさと見受けられる。しかし砲身も砲口も見当たらぬぞ。兵器などより空中要塞と呼んだほうが、まだ合点がいく……」

 

 ソシアもまさきも見上げながら冷や汗を流し、そう零していた。しかし、ミッシェルとジーレイは怖じ気付いておらず。

 

「デザインからなんとなく悪趣味な香りが漂ってるんだけど、デウスとナスター、どっちの趣向かしらねぇ?」

 

「案外、アーティルかも知れませんよ。厄介な性格をしていますし」

 

 大人の余裕……のようなものを見せていた。私としては、もう少し緊張感を持ってもらいたいのだが……。強いるものでもないしリラックス出来ている証拠でもあるから、あえて何も言わないことにする。

 

「海に潜る手間が省けたな。ザルヴァルグで殴り込もう。すぐにアシュトンを呼ぶ」

 

「航空機を呼ぶのか? だったら、この城内庭園を着陸地点とすればいい。広さは問題ないはず。襲い掛かってくる兵士はオレ達で食い止め、乗り込む際の隙を埋めてみせよう」

 

「助かる」

 

 部隊長達の助力を受け入れた後、私はジャケットの内側から通信機を手に取った。

 一方で、ゾルクはミッシェルに何かを尋ねていた。

 

「ラグリシャってあんなに真っ白だけど、塗りたくならないの?」

 

「……もうならないわ。そんなことよりも真面目にいきましょ! 王妃様達は救出できたけど、ここからもあたし達にとってのメインイベントなんだから!」

 

「ちぇっ! 自分だってさっき関係ないこと言ってたくせに~!」

 

 ――やはり、なんとなくだがゾルクが空回りしているように見える。冗談を言うことは今までにも何度となくあったが、年長者二人と違って、こんな状況で自ら積極的に言うような奴ではない、と私は思っている。ただの考え過ぎならいいのだが……。彼の疲労がピークに達していないことを祈るばかりであった。

 

「ゾルク。あのデカブツのところへ行くんだな? 聞き飽きたかもしれんが、無茶はするなよ。命を大切にするんだ」

 

「……うん。ありがとう、おじさん」

 

 ヘイルさんも私と同じく、彼から低迷した雰囲気を感じ取っているのだろうか。いつにも増して、強くゾルクの身を案じているようだった。

 

「皆さんも、どうかお気を付けて。わたしは隠密部隊と共に王妃様や側近の方々を護衛し、リグコードラからの脱出を図る。さあ、殿下もこちらへ」

 

「えっ、でも……」

 

 名を呼ばれたワージュは困惑した。事の決着を自らの目で見届けたいのだろう。しかしラグリシャには更なる危険が待ち構えている。残念だが、ワージュを守りながら戦うのは非現実的だ。そのことを諭すように、ヘイルさんは語った。

 

「ここから先、ゾルク達への同行は決してなりません。あなたはクリスミッドの未来を担うことができる、唯一の正統後継者。アーティルに見つかれば即刻、命を奪われてしまうでしょう。ですので、殿下の使命は『無事に生還し、新たな総帥となってクリスミッドを導くこと』。……わたしが言わずとも、おわかり頂けているはず」

 

「……はい」

 

 肩を落とす彼へ、ゾルクが優しく伝える。

 

「心配しないで。俺達、必ずアーティルを止めてみせるからさ」

 

「そのこともだけど、ぼくはゾルクさん達が心配で……そばで見守りたかった。だけどヘイルさんのおっしゃるとおりだよ。……ぼく、待ってる。みんなが無事に帰ってくるの、待ってるから……!」

 

 幼き眼を僅かに潤ませながらの宣言。ゾルクの返事は、笑顔と共に。

 

「約束するよ、ワージュ」

 

 丁度、こちらへ接近するザルヴァルグの姿が目視できるようになってきた。いよいよ、あの仰々(ぎょうぎょう)しい風貌の天空魔導砲へ殴り込むのである。

 様々な想いを背負って、いざ、総帥アーティル・ヴィンガートの元へ……!



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第57話「総握女傑(そうあくじょけつ)」 語り:マリナ

 部隊長達のお陰で敵の兵士から邪魔されることなく、無事にザルヴァルグへ搭乗。即座に城内庭園を後にし、夕暮れ間近の大空を飛んだ。

 

 それからはもう、無我夢中だった。

 今度はザルヴァルグのビームキャノンをフル活用し、ラグリシャの外壁へ手当たり次第に砲撃。しかしバリアを張っているらしく、大穴は開かなかった。それでも諦めずビームキャノンを撃ち続けていると、ラグリシャの底面に相当する三角錐(さんかくすい)の下部の頂点付近だけ、バリアが弱いことが発覚。そこを破壊後に六人で侵入し、アシュトンには離脱してもらった。

 

 事前にまさきが感想として漏らした通り、ラグリシャ内部は兵器というより要塞や基地のようになっていた。

 当然ながらクリスミッド兵は波のように押し寄せるほか、エグゾア所属の黒ずくめの生体兵器アムノイドや、数種類の小型戦闘マシンまでもが投入されており、地上と空中の両方から迎え撃たれてしまう。だが、大人しく倒される私達ではない。あちらを凌ぐほどの猛攻を与え、勢力を増しながら突破。懸命にアーティルの居場所を探した。

 

 

 

 ――そして、ついに。

 

 

 

「偽物の総帥、アーティル・ヴィンガート! やっと見つけたぞ!!」

 

 天空魔導砲の中心部、全体指揮や射撃統制などを行う重要制御室にて、ゾルクの叫び声が響き渡る。ラグリシャを制御している兵士も大勢いるが、叫びに対して何の反応も示さず黙々と作業を続けているため、構うことは無かった。

 

「幽閉していた造反の兵士達を勝手に解放し、ラグリシャを外から中から散々傷つけてくれた挙句、(わきま)えのない物の言い(よう)……。随分ではないか、救世主一行よ」

 

 若草色の細長いポニーテール、左目にかけたモノクル、紺色が基調の軍服と左側だけに纏った白いマント……。それが軍事国クリスミッドの現総帥、アーティル・ヴィンガートの容姿だ。一番奥の席で偉そうに足を組み、ふてぶてしく制御台に乗せている。

 私はそんな彼女を睨みつけ、二丁の無限拳銃を両腰のホルスターから引き抜いた。

 

「大勢の人間を傷付け、操り、命を犠牲にしてきた貴様が! 言えた事か!!」

 

 続き、まさきが刀を、ソシアが無限弓を構える。

 

「手段を選ばぬ者が最上位に君臨しようとも、国は良くならぬ……」

 

「ワージュ君にクリスミッドを立て直してもらうためにも、あなたを倒します!」

 

 大筆を突き出したミッシェルも、台詞とは裏腹に表情が真剣そのもの。

 

「あたし、生き別れの姉を取り戻したばっかりだから、さっさと終わらせて一緒にゆっくりしたいのよねぇ~!」

 

「というわけですので、どうか速やかにご覚悟を」

 

 ジーレイも魔本を開き、いつでも詠唱を始められる態勢となる。

 やる気充分の私達を目の当たりにしたアーティルだが、こちらのテンションとは正反対につまらなさそうな溜め息をついた。

 

「邪魔をしないでもらいたいなぁ……。これから天空魔導砲ラグリシャを使い、ケンヴィクス王国を支配しようという重大な局面なのだから」

 

 気だるげに立ち上がり、話を続ける。

 

「お前達が、ブリッツヴォルフとなったコルトナを撃破したのは聞いている。ならば荷電粒子砲は見ているだろう? ラグリシャは、あれの比にならないほど高い威力を有しているのだ。まさしく国ひとつを簡単に滅ぼせるほどの、な。これを行使すれば、リゾリュート大陸の統一など最終目標として適切ではない。だから吾輩は目標をもう一段階、上げることにしたのさ」

 

「欲張り者め、世界征服すら目論むか……! その過程でいずれスメラギの里をも侵略するというのならば尚更、ここで食い止めるのみぞ……!!」

 

 まさきの、刀を握る力がより一層、強くなる。デウスが嘘の目標として掲げていた、世界征服の野望。奇しくも、アーティルも同じ野望を抱いていたのだ。

 ゾルクは突き刺すような視線を向け、彼女へ訊く。

 

「ラグリシャの動力源はリゾリュート大陸の人々だよな……! 同じ大陸の住人をたくさん手にかけて、なんとも思ってないのか!?」

 

「思っているさ。良質な資源となってくれたことに感謝しているよ」

 

 その平坦な返事に、感情を抑え切れず。

 

「お前は間違ってる!!」

 

 頂点に達した怒りが喉から飛び出し、無創剣(むそうけん)エンシェントキャリバーを引き抜いた。

 

「……教えなきゃいけないことがある。デウスは、自分が使うためにラグリシャをクリスミッドに造らせたんだ」

 

「ほう」

 

「エグゾアは善意で誰かに協力するような組織なんかじゃない。リゾリュートの人達を(さら)ったのもクリスミッドに協力してたんじゃなくて、あくまでデウスの野望のため。利用されてるんだ、この国は! あいつはお前を騙してるんだよ!!」

 

「万が一、総司令殿がラグリシャを横取りしようと企んでも、既に制御システムは吾輩が掌握している。不備はないさ」

 

「そんなの当てにならない! デウスが何のためにラグリシャを使おうとしてるのか、俺達にだってわからないんだ! 最悪の事態になる前に、いい加減、目を覚ませよ!!」

 

 ゾルクの訴えは、アーティルに…………届くはずがなかった。

 

「大人しく聞いていれば『覚悟しろ』だの、『食い止める』だの、『目を覚ませ』だの……。本気でほざいているのか?」

 

 ――背筋が凍った。

 あたかも、彼女の瞳の奥底に眠る闇が突如として溢れ出し、呑み込もうとしてくるような感覚。それは間違いなどではなかった。

 

凡愚(ぼんぐ)戯言(ざれごと)には、ほとほとうんざりさせられる。……もういい、始末してやろう。計画に支障が出た分の()さも晴らしたかったところだしな」

 

 前触れも無くアーティルの身体が、掴みどころの無い霧状の闇に変質していく。そしてコルトナ将軍がモンスターと化した時と同様に、新たな姿を形作っていった。

 

「お前も変身できるのか……!!」

 

 蒼の眼で『それ』を捉えたゾルクはエンシェントキャリバーを握り直し、警戒心を強めた。

 アーティルは、ブリッツヴォルフのようなわかりやすい獣ではなく、地に突き立てた剣と人間を掛け合わせたかのような、浮遊する異形のモンスターに変貌した。全高は人間時より一回り大きい程度。深い緑色で脚部は無く、三本角の頭部と左右の巨大な拳は剣状の本体から紫の光で接続されていた。手の甲と本体の中心には赤く発光する部分も備わっているが、恐らく体内のビットが露出したのだろう。

 

「醜くも美しいこの姿の名は、サイコヴァニッシャー。救世主一行の最期を看取(みと)る死神として、この上ないフォルムだろう?」

 

 三本角の頭部から横線状の赤い光を漏らすと、彼女は心躍る様子でこう告げた。

 

「では、処刑を始めようか」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第57話「総握女傑(そうあくじょけつ)

 

 

 

 ――まさしく瞬間。私達全員の見る景色が、重要制御室ではないものへと塗り変わった。

 床は鉄壁並みに硬い素材。強い風が身体に当たり、四方に天使と悪魔の羽が見える。どうやら屋外のようだ。

 おまけに、ラグリシャ攻略中には気付かなかった事実が。辺りは暗く天には星が煌めいており、時間の経過を物語っていた。床に最低限に備わった照明装置のおかげで、敵味方の位置を把握できるのは救いだった。

 

「これは瞬間移動……違う、転送か!?」

 

「そうだ。現在地はラグリシャの天辺(てっぺん)さ。吾輩はエグゾアの転送魔法陣の術式も取り込んでいるのでな、連れて来てやった。思う存分やるのなら広い戦場が適切……これは万国に通ずる礼儀であり真理だからな」

 

 ゾルクの問いへ謎の美学を絡めながら答えた。

 その一方で、すかさず行動する者が一人。

 

「我が意思に応じよ、創造を貫く碧玉(へきぎょく)!」

 

 ミッシェルである。大筆を目一杯に振り回して赤褐色の魔法陣を床に描くと、夜に映えるドーム状の光が生まれて私達全員を包み込んだ。大筆の石突き部分を陣の中心に打ちつけ、詠唱は完了。

 

「ジャスパーシフト!」

 

 …………特に何も起こらなかった。私達も初めて見る筆術なので、よくわからない。

 サイコヴァニッシャーも、これに対応するような姿勢は見せなかった。無反撃という名の挑発なのだろうか。ならば私もと、挑発を返すつもりで彼女に尋ねてみる。

 

「数で(まさ)っている私達に有利な地形まで与えてしまって、本当にいいんだな?」

 

「構わん。お前達が存分に戦えるとは、(はな)から……」

 

 本体から独立して動く巨大な両手が開き、内側をこちらへ向ける。そして――

 

「思っていないからな!!」

 

 大気を震わせながら、念じるかの如く力を込めた。同時に私達の身体の自由は……いとも簡単に奪われてしまう。

 ……遠隔操作魔術グラップルキネシスが来ることは予測できていた。だから私達はサイコヴァニッシャーの前に立つことを極力避け、間合いを開き、何か動きを見せれば回避行動をとるよう心掛けていた。そして今もその通り動いた……のだが、まるで意味を成さないとは。

 

「そんな……対策していたはずなのに……!」

 

「しかも一挙に、六人も狙えるとは……」

 

「せいぜい二人までだと思っていましたが、変身によりグラップルキネシスも強化されたようですね……」

 

 回避行動後の膝を突いた状態で、ソシア、まさき、ジーレイはその場に固められた。分析しても後の祭りである。

 

「ゾルク、どうするの!? ワージュにカッコつけてた割に、大ピンチじゃないの……!」

 

「こんな時におじさんが居てくれたらなぁ……。残ってもらえばよかった」

 

「弱音を吐くな、みっともない……! アーティルに啖呵(たんか)を切っていた姿も幻だったか……」

 

 こちら三名も当然動けず、グラップルキネシスへの対処のしようが無かった。そして、サイコヴァニッシャーから上機嫌な高笑いが図々しく飛び出す。

 

「ふははははは! どうだ? 歯痒いか? この先、心臓から伸びる血管を繊細に一本ずつ引き千切り、じわじわと(なぶ)り殺しにしてやってもいい」

 

 こちらの被害は、身体の自由を奪われたことのみに留まっており、ダメージは無い。まだ油断が潜んでいるのだろうか。状況を好転させるなら、今しか……!

 

「が」

 

 ……私の思惑は、敢え無く潰える。

 

「吾輩は手を抜くつもりなどない。救世主一行よ! 慙愧(ざんき)にまみれて捻じ切れてしまえ!!」

 

 彼女に油断など皆無であった。

 念じる力を最大にしたのか、大きく開いた両手が段々と閉じようとしている。その動きに合わせて、私達の全身は捉えようの無い力に圧迫され、みしみしと悲鳴を発し始めた。……先の言葉の通り、とどめを刺しにかかっているのだ。本気のグラップルキネシスは、能力そのものが秘奥義に匹敵する脅威と言って差し支えないだろう。

 形容し難い苦痛に襲われて、発声も呼吸もままならない。仲間の身を案じる余裕も無い。このまま続けば捻じ切れる前に身体をぐちゃぐちゃにされ、絶命してしまう……。恐怖が、私の内側を支配した。

 

「お……れ……に……」

 

 全ての望みを失った、その時。無創剣エンシェントキャリバーを構えたまま動けないはずのゾルクが根性を見せ、微かに声を振り絞った。

 

「応え、ろ……!」

 

 それは、彼が自らを犠牲にする際の文言だった……。

 他に手の打ちようが無い時や、皆の命が懸かっている時、ゾルクは迷わず力を使う。そこに打算や強迫観念などはない。彼自身が「使うべき場面で使う」と、確固たる決意をしているのだから。育ての親であるヘイルさんが贈った「命を大切に」という懸念の言葉でさえ、影響を及ぼしていない様子。それくらい決意は本物なのだ。

 

 ――やめろ、その力を使うな。お前の命を優先しろ――

 

 私は頭の中で、そう叫ぶ。

 ……実際に喉から出ることはなかった。身体が思うように動かせないから、という理由は勿論ある。しかし、それより何より……。

 

 この期に及んで私は、自分の命が惜しくなっていたのだ。

 

 ゾルクにあの力を使わせないよう助けると決心しても、肝心な時にそれを守れず、逆に頼ってしまうとは……何という情けなさだろうか。仮にこの心境をゾルクに打ち明けたとしても「それでいいんだ」と言って笑ってくれるのだろう。しかし私は、彼の決意に甘えてしまった自分が不甲斐なく、どうしても許せなかった。

 

「エンシェント……ビットッ……!!」

 

 ――クリスミッドの軍勢を無力化した時と同じく、聖なる剣身が清らかな光を放つ。ゾルクに内包されたエンシェントビットが発動したのだ。そして、私達への見えない拘束は……。

 

「……むっ!?」

 

 強制終了を迎えた。

 

「まさか、能力を抹消できるのか? やってくれるな……!!」

 

 突然、グラップルキネシスの手応えを失ったサイコヴァニッシャー。頭部の赤光で巨大な両手の平をまじまじと見つめており、静かに憤慨しているのが窺える。原理はわからずとも、何が起きたのかは理解できているようだ。

 そして、戦況は徐々に覆っていく。

 

「さーて、そろそろかしらね……!」

 

 ミッシェルがニヤリと笑うと……サイコヴァニッシャーの動きが鈍くなった。苦悶の声も聞こえ始める。

 

「ぐっ……! 吾輩は無傷のはず……なぜ急に体力を削られた……!?」

 

「ジャスパーシフトは、魔法陣の中の味方が受けたダメージとか疲れとかなんやかんやを、倍にして敵に反映させる筆術なの。あなたとまともに戦ったらヤバそうだと直感して初っ端に描いたんだけど、良い感じに決まったみたいね!」

 

「類い稀なる戦闘センスか、はたまた、ただの豪運か。筆術師め、どちらにせよ小賢しい……!!」

 

 そういうカラクリだったとは。ピンチをチャンスに変える、ミッシェルらしい筆術だ。

 これを機に、他の仲間も反撃を開始した。しかしダメージは残っているため、ミッシェルは治癒の筆術を描きにかかるのだった。

 

「ミッシェル、さすが……だね……」

 

 褒め言葉を呟きながらのこと。無創剣を床に落とし、ゾルクは無抵抗によろける。武器も握れなくなるほど、体力の限界へと達したのだ。

 

「危ない!」

 

 限界を予見していた私は彼の身体を受け止め、治癒の弾丸である銃氣治癒功(じゅうきちゆこう)を何度も撃ち込んだ。負傷へは効くが、エンシェントビット使用の疲労に対しては気休めにしかならない。だが何もしないよりかはマシなのだ。

 

「世界の(ことわり)を書き換えて、グラップルキネシスを消去してくれたんだな……」

 

「本当は、アーティルから変身能力そのものを消すつもりだったんだけど、体力も集中力も限界みたいでさ……グラップルキネシスを消すのがやっとだったよ。……実を言うと、この戦いまでの道のりも結構しんどかったんだ」

 

「やはり自分を誤魔化していたのか。クリスミッド城でも、様子がおかしいと思っていた」

 

「……バレてた? マリナには敵わないなぁ……」

 

「しかし、そんな体調でよくエンシェントビットを使ってくれた。おかげでみんな生きている」

 

 無創剣を拾い、彼に手渡す。そして勇気を持って、心情を吐露した。

 

「…………ゾルク、ヘタレは私の方だ。これまでの発言を撤回する。申し訳ない」

 

「え? 急に何を……」

 

「エンシェントビットを使わせないようこちらで助ける、という私の考え方は間違っていた。お前を止める覚悟が無かったんだ……。ならば全てを懸けて、エンシェントビットを使うお前をサポートしよう。……命を削っていくゾルクに対して私は、それくらいのことしか出来ない。許してくれ……」

 

「謝らなくていいよ……! そう言ってくれるだけで、とっても心強いんだから。これまでもこれからもマリナのこと、頼りにしてるよ。もちろん、みんなのこともね」

 

 なんとか作り上げた笑顔と共に、ゾルクは答えてくれた。……私のもどかしさは残ったまま。胸が締め付けられるような思いは解消されなかった。

 

「殺し合いの最中に(むつ)み合うとは、どういう了見だ? 救世主殿は意外と破廉恥(はれんち)なのだな」

 

 私達の様子を見たサイコヴァニッシャーが、まさきの連続斬撃を捌きながら煽りを飛ばした。彼はこれへ冷静に言い返す。

 

「お主とて厚顔無恥であろう……」

 

「ふはははは! かも……しれないな!!」

 

 巨大な左手による掌底打ちが魔術や弓矢を掻い潜り、まさきの不意を突いた。

 

「ぬうっ……!!」

 

「まさきさん、回復を!」

 

 吹き飛ばされて床を転がる姿を、ソシアが案じる。まさきは、まだ治癒術を受けていない。戦闘不能の境界線を越える時が近いのだ。

 

「心配無用……!」

 

 それでも治癒術を受け付ける素振りは無く、剣術を繰り出そうとした。

 

「この有り様、起死回生となりうるか。まさに博打……!」

 

 脚部に神経を集中し、所持したビットの魔力を用いて風を纏う。そして意を決し。

 

神風刃(しんぷうじん)……!」

 

 遠く吹き飛ばされていたにもかかわらず、瞬間移動さながらのスピードを発揮。水色の長髪で軌跡を描きサイコヴァニッシャーの目前へと躍り出たと思えば、意識を向けられる前に深緑色の本体を斬り裂いた。しかもそれだけではない。奥義へと連携したのだ。

 一度、納刀を行い、理性と本能の狭間で感覚を研ぎ澄ませ、相手の急所を見定める所作。

 

心命(しんめい)

 

 これは、自身の体力が限界に近いほど威力が上昇する、諸刃の居合い抜き。

 

抜刀刃(ばっとうじん)……!!」

 

 再び鞘から引き抜かれた刀身はサイコヴァニッシャーの本体部を斬り上げ、縦に大きな斬撃痕をつくりあげた。

 

「がっ……ぐあああああ!!」

 

 痛々しい悲鳴が三本角の頭部から漏れた。まさきの一連の行動は賭けだったのだ。己の身を削り、見事に一矢報いる。

 

「……変身した吾輩に、有効な一撃を見舞うとはな。ラグリシャまで乗り込んできただけのことはある。……しかし!」

 

 その後の彼は……大きな右手に呆気なく捕まり、容赦なく床へ叩きつけられてしまった。体力が残り少な過ぎるせいで攻撃に徹するしかなく、防御や回避を完全に捨てていたのだ。

 

「皆よ……託したぞ……」

 

 想いを残し、まさきは気絶してしまった。

 

「グラップルキネシスを失おうとも、吾輩の実力は健在。完膚なきまでに叩きのめしてやろう……!!」

 

 自信に満ち溢れた宣言。それは誇張でも何でもなく、紛れもない事実である。

 サイコヴァニッシャーは見た目の通り、巨大な両手に物理的なパワーを秘めている。加えて射撃などの遠隔攻撃に耐性があるようで、魔術的な防御力も並大抵ではなかった。

 ジーレイは拘束解除後から攻撃魔術を絶え間なく発動しているのだが、奴にとってはどこ吹く風。無効とまではいかないが、大した効果を得られていないのだ。それでもジーレイは自らのペースを崩したくないためか、からかいのような言葉をサイコヴァニッシャーへかける。

 

「元の容姿はせっかく端麗なのですから、別の道を選択なさった方が幸福だったのでは」

 

「女としての生き様ということか? どこかの誰かが世界を手中に収めたまま今なお健在だったならば、詮術(せんすべ)の一つとして考えていたかもしれないな」

 

「なるほど。侵略や世界征服以外は眼中にない、と」

 

「理解が早くて助かる」

 

 ……すると何故か、彼女は攻撃の手を止めた。そして会話を続ける。

 

「ついでだ、ひとつ告白しておこう。ジーレイ・エルシード……かつての魔皇帝よ。吾輩はあなたに憧れていた。リゾリュート大陸を治めた後、歴史上ただひとり世界統一を成し遂げた、あなたに」

 

「……その事実をご存知とは。デウスのお喋りは、誰が相手でも変わらないようですね」

 

「いいや。吾輩はエグゾアと関係を持つ以前から……セリアル大陸出現よりも昔から、他の誰も知りえない世界の真実を知っていた」

 

「どういうこと!?」

 

 ミッシェルの驚く声に続き、サイコヴァニッシャーは答えた。

 

「ヴィンガート家には、古くから伝わる書物があってな。暗号化された文章を誰も解読できなかったが、現存する唯一の古代書ということで家宝となっていた。……幼き日の吾輩はそれを、なんの知識も読解法も身に付けないまま読み解いてしまった。そして世界と魔皇帝の魅力に取り憑かれ、世界の真実を誰にも話さず野望と憧れを抱き、ここまでやってきたというわけさ」

 

「それは、魔力暗号術式が施された代物ですね……。アーティルの秘めた潜在的魔力の波長が、本来鍵となる魔力の波長とたまたま一致してしまったために偶然、読むことができたのでしょう」

 

 ジーレイの説明を聞いて、ソシアが尋ねる。

 

「牢屋の特殊な仕掛けも、古代書に書いてあったから再現できたんでしょうか?」

 

「おそらくは。……デウスめ。全世界の古代歴史書物を処分した、などとのたまっていたくせに。全く、余計なところで詰めが甘い。最悪です」

 

 思いも寄らなかった真実が明かされた末、結局ジーレイは調子を崩されてしまったようだ。

 

「お喋りはここまでだ。お前達の始末を続行しよう。かつての魔皇帝をこの手で葬れること、光栄に思っているよ」

 

 束の間の休息が終わった。

 サイコヴァニッシャーは浮遊移動で堂々とこちらへ近付き、その豪腕を振るってくる。剣状の本体と両拳を繋ぐ紫の光は、自由自在に伸縮するため間合いも軌道も読めない。このためミッシェルも隙の小さい治癒術しか発動できておらず、全員の体力は満足に回復していない。復活の筆術レイズデッドは詠唱時間が長く、まさきの戦線復帰など狙えるはずがなかった。

 

「どうすりゃいいのよ! 追い詰められるのを待つしかないわけ……!?」

 

「……俺に考えがある」

 

 ミッシェルをなだめるかのように、ゾルクが述べる。

 

「射撃や魔術の効きは今一つみたいだけど、まさきの斬撃はしっかり通用してた。だとしたら多分、俺じゃないとアーティルを倒せない。だから……」

 

 続く言葉を私が引き継いだ。

 

「『俺に任せてほしい』、と?」

 

「うん」

 

「……頼んだ。全力で行け」

 

「うん……! まさきの分もエンシェントキャリバーに乗せて、ぶった斬ってやる!」

 

 激励の意味を込めてゾルクの背中を叩き、私は前に出た。そしてジーレイが作戦内容を告げる。

 

「ぐずぐずしていられませんね。……僕が作戦を立てましょう。魔術と射撃による弾幕は継続。マリナは攪乱(かくらん)もお願い致します。ミッシェルは人形を描いて、ゾルクの手当てをさせてください」

 

「人形を……?」

 

 ミッシェルは少し考えた後、皆の目配せに気付く。更に、ジーレイの悪い顔を目の当たりにして、この作戦の意図を察した様子。不本意そうに息を吐くが、しっかり承諾するのだった。

 

「……わかったわ! 出番よ、『ソルフェグラッフォレーチェ』!」

 

 彼女の第一秘奥義、ミッシェル・クオリティ。大筆の先から虹色の絵具が多量に迸っており、白い長身人形をあっという間に描き上げた。三日月を模した巨大な口はいつも通り。相変わらず不気味な笑顔である。そして人形は手当てという名目に従い、否応なくゾルクへ覆い被さるのだった。

 こちらの様子を眺めていたサイコヴァニッシャー。どうやら呆れているらしい。

 

「敵前での作戦立案……素人か? 内容が筒抜けだ」

 

「だったらどうした。私達は、いつもこうだぞ」

 

 まさきの俊敏な距離の詰め方に(なら)うようにして、目標へ急接近。そして私が繰り出したのは。

 

影紅葉(かげもみじ)!!」

 

 力強く地を踏みつけ、前方五方向に影の刃を走らせる脚技である。サイコヴァニッシャーは真下からの刃を避けられず、切り傷をつくった。

 

百花閃(ひゃっかせん)!!」

 

 私の攻撃の隙をソシアがカバーしてくれた。無数の花弁を風に散らして敵を斬り刻む華麗なる矢が、何本も舞う。この弓技も奴にダメージを与えていた。

 

「剣王の意思ここに来たれり。今世(こんせ)にて悔やみ来世(らいせ)にて改めよ」

 

 続いて、ジーレイが詠唱を完了した。発動するのは、光属性の上級魔術。

 

「ルミナスブレイダー」

 

 瞬く間に生まれた黒雲から無数の雷を轟音と共に落とし続け、最後に光の大聖剣を召喚。深緑色の本体を真上から貫いた。

 

「剣を持たずとも斬りつけ、弱点を突いてくるか。しかし、大傷と呼ぶには程遠い!」

 

 自由な両拳で光の剣をガラスのように殴り砕くと、ゾルクを除いた四名を左手で薙ぎ払った。そして、ゾルクに覆い被さったままの『ソルフェグラッフォレーチェ』の背に向かって紫の光が伸び、右手が迫る。薙ぎ払われた私達では、今から体勢を立て直しても止めるのに間に合わない。

 

「回復は終わらなかったようだな! 救世主一行の命運、これで尽きたぞ!!」

 

 

 

 ――さあ、それはどうだろうか。

 

 

 

「全開だぁぁぁ!! 力を解き放つ!!」

 

 人形『ソルフェグラッフォレーチェ』の背から、ゾルクが飛び出した。背中からの二対の魔力噴射による推進力のまま人形の腹を無創剣で突き破り、突貫したのである。その後は、サイコヴァニッシャー目掛けて一直線。

 

「死角から!?」

 

双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)!!」

 

 彼女は想定外の攻撃に焦り、たまらず左手の平を差し出して防御した。だが無創剣が突き刺さり、突進の威力も重なって粉々に破壊されてしまう。

 

「ああああああっ……!!」

 

 押し殺せなかった痛みが叫びに表れている。しかし彼女、実は意図して致命傷を避けていた。ゾルクの本来の狙いは巨大な手ではなく、剣状の本体。サイコヴァニッシャーは左手を犠牲にし、ゾルクの軌道をずらすことに成功していたのだ。

 

「回復は虚言(きょげん)で、隠れたまま頃合いを見計らっていたわけか……!」

 

 その通り。この作戦、発案者のジーレイお得意の不意打ちである……いや、今回は騙し討ちと言ったほうが正確か。サイコヴァニッシャーから放たれるアーティルの声に、もう余裕は含まれていなかった。

 ちなみに、ミッシェルの広い心のお陰で成り立った作戦でもある。

 

「『ソルフェグラッフォレーチェ』を傷付けていいの、今回だけだからね!」

 

 立ち上がりながら、未だ飛行中のゾルクに釘を刺していた。……勿論である。この不気味な人形も、私達の立派な仲間なのだから。

 

「だが、右手は残っているぞ!!」

 

 奴は最後まで勝負を諦めないつもりだ。しかしそれは、こちらも同じ。

 

「まだ……終わらない!!」

 

「何っ!?」

 

 無創剣が、ひときわ眩い輝きを放つ。

 高速飛行を続けるゾルクは床すれすれまで高度を下げた。そして無創剣の切っ先を床にぶつけ、スピードを落とさずにラグリシャの長い外周を斬り裂き始める。これにより生じた摩擦は剣身を灼熱と化させ、夜の闇を燃やし、照らし、瓦解させるかのような炎と光と地のエネルギーを生んだ。――双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)から派生した、ゾルクの更なる秘奥義である。

 

灼熱裂光斬(しゃくねつれっこうざん)!!」

 

 名称を咆哮の如く放つと、揺るぎない気迫を帯びた蒼眼でサイコヴァニッシャーを正面から捕捉した。

 

 推力は最大を維持。互いの距離は見る見るうちに縮まっていく。

 

 あとはもう、叩き斬るのみ。

 

 

 

「こいつでとどめだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 三種の属性を纏った無創剣が振り上がり、床との摩擦から解放された瞬間。

 

 防御のため突き出された巨大な右手、深緑色の本体、三本角の頭部。

 

 そのサイコヴァニッシャーの全てを、まさきが刻みつけた斬撃痕をなぞるようにして。

 

 

 

 真っ向から……両断したのだった。

 

 

 

「うわあああああ!! ……ぐうっ……ああああああああ!!」

 

 身を裂かれ、焼かれた断末魔の絶叫が、ラグリシャの天辺と夜空を震えさせた。そしてサイコヴァニッシャーは変貌前と同様に、掴みどころの無い霧状の闇に変質。元のアーティルの姿を形成していった。

 

「変身が……保てなくなったか……」

 

 横たわったアーティルが力なく呟いた。……戦いに終止符が打たれた瞬間である。

 

「やった……アーティルを倒した……!! これでラグリシャも動かせないはず……!」

 

 息も絶え絶え、無創剣で身体を支えて膝を突きながら勝利を噛み締めるゾルク。彼の後方では、安全を確認したミッシェルがまさきに復活の筆術をかけていた。

 

「聖天より来たれ、光翼の女神。復活の(きざ)し、かの者に与えん! レイズデッド!」

 

 床に描かれたのは、生命を司る天使のような神々しい絵。天使はすぐに飛翔し、意識を失ったまさきへ重なっていく。すると程なくして、彼は水色の眼を開くのであった。

 それにしても「女神」という詠唱に対してなぜ「天使」の絵を描くのか、理由は芸術家であるミッシェルのみぞ知る。

 

「気がついた?」

 

「これは……そうか。勝ったのだな……」

 

 まさきは上体を起こし、倒れたアーティルを発見。状況を把握した。そしてミッシェルの手を取り立ち上がる。

 

「そういうこと♪ ありがとね! まさきが無茶してくれたおかげで、突破口が開けたの」

 

「なんの……。拙者は、成せることを成したまで……」

 

 私達も彼の側へ行き、互いに労いの言葉をかけ合うのであった。

 

 

 

 ――全員が満身創痍となり戦闘不能者まで出した激闘を、チームワークで制した。

 

 エンシェントビットという不安要素は残るものの。

 

 この六人ならいつか戦闘組織エグゾアを壊滅させ……デウスの野望を阻止できる。

 

 そのような希望を持たずにはいられなかった。

 

 私達はこれからも、未来を諦めない。

 

 魔大帝デウス・ロスト・シュライカンと雌雄を決する、その日まで。

 

 険しき道を越え、走り続けるのだ――



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第58話「門」 語り:マリナ

「ふっ」

 

 突然。夜空を見上げたままのアーティルが噴き出した。

 

「ふふふ……ふはははは……!」

 

 脈絡なく愉快げな、異様な笑い声を上げている。

 

「な、何がおかしいんですか!?」

 

「何も知らず呑気に談笑しているのが、だ」

 

 狼狽(うろた)えるソシアの問いに口角を上げたまま答えた。

 そしてよろめきながらも立ち上がり、衝撃の事実を明かす。

 

「この天空魔導砲ラグリシャはなぁ、とうの昔に起動を済ませているんだ。操作権限は吾輩の意思に直結していて、いつでも発射できる。お前達がどんな風に足掻こうとも関係の無い、吾輩の悲願が必ず成就するシナリオだったのさ……!!」

 

「なん……だと……!?」

 

 驚愕する私を置き去りにし、ラグリシャは本格的に稼動し始めた。各部を発光させ、巨大なタービンが回るような重々しい音が響く。……今からアーティルを抹殺しようとも阻止できない段階に入ってしまったのだ。

 魔導砲の四方に備わった天使と悪魔の羽。その先端に、青い光となった魔力エネルギーが球形に集まっていく。そして四つの青い光球は、魔導砲の上部に新たな三角錐(さんかくすい)の頂点を設けるかの如く、光線を夜空に放出。頂点に青の魔力エネルギーが集中する。

 

「今こそ、新たなる時代の幕開けだ! 軍事国クリスミッドに栄光あれ!!」

 

 天を、世界を掴むかのように両手を振り上げ、アーティルは歓喜の声を上げた。

 

「最大出力! 発射ぁ!!」

 

 ラグリシャの新たな頂点から、青く巨大な魔力光線が突き進んだ。……その進路は北西。ケンヴィクス王国の首都オークヌスを狙っているのは明らかだった。

 

「何もかも、終わりなのかよ……!」

 

 未だ膝を突くゾルクの諦念が、皆の耳まで泳いだ時。――異変が起きる。

 

「…………はあ!? なんの冗談だ……!?」

 

 魔力光線を見守っていたアーティルが血相を変えた。進路が、段々と上へ逸れているのだ。彼女はどうにか制御しようと、脳内でラグリシャの操作に集中するが意味を成さない様子。魔力光線はそのままぐるりと円を描き……なんと、私達のいる天辺(てっぺん)へ向かってくるではないか。

 唖然としたまま何も出来ない。この場の誰もが、頭上から降りかかろうとしている青の魔力光線を見つめ、息を呑むしかなかった……。

 

 

 

 

 

 奴 が

 

 現 れ る ま で は

 

 

 

 

 

「やあやあ諸君! 本日もご機嫌麗しゅう!」

 

 空間が歪み、門のようにくぐる人影あり。

 藍色の長い髪。エグゾアエンブレムが刻まれたプレートアーマー。脚先も見えないほどに大きな白いマント。そして、威圧的な山吹色の瞳。戦闘組織エグゾア総司令であり太古の魔大帝、デウス・ロスト・シュライカン、突然の出現である。

 しかしその地点は上空……魔力光線を発射する頂点の、さらに上だ。そしてその光線が、今まさに直撃しようと――

 

「あははははは! 最高の瞬間だね!」

 

 ――直撃した。というよりも、巨大な光線がどんどん細くなりデウスの身体に吸い込まれている……!?

 

「何が……どうなっているんだ……?」

 

 呆気にとられたアーティルの疑問は、この場の全員の疑問でもあった。

 魔力光線を放出しなくなった頂点は音も無く消えていく。信じられないことに、デウスはラグリシャの魔力エネルギーをほぼ全て吸い尽くしてしまったのである。そして奴はゆっくりと降下。着地すると、二人分の空間の歪みを作った。

 

「さあ、おいで」

 

 誘われて歪みから転移してきた存在。それは、夜に混ざる闇色の服に身を包んだ短い黒髪の男と、フリル満載の甘いドレスを召した空色の瞳と藤紫色のツインテールの少女。

 

「……ふん」

 

「やっほー♪ 救世主達、おっひさ~♪」

 

 魔剣のキラメイに、禁霊(きんりょう)のフィアレーヌである。

 二人の到着後、奴はショックを受けるアーティルへ皮肉を贈った。

 

「ご苦労だったね、総帥アーティル。本当にありがとう! 君に取り入った甲斐があったよ」

 

 彼女は、目の前の異常に対して返す言葉が見つからなかった。代わりというわけではないが、まさきが口を開く。

 

「幹部を二人も引き連れてのお出ましとは、これまた豪勢なり……」

 

「本来ならナスターも連れて来るはずだったのだけれど、セントラルベースへ戻ってきた彼は心身ともにズタボロになってしまっていたからね。代理も立てられないから仕方なく彼抜きでの登場となったよ。……あのさぁ、君達。レベル上げ過ぎではないかな? メンバーも減ったし『六幹部』と言い張れなくなってしまったよ」

 

 困った風な手振りと共に喋る。私は鼻で笑ってやった。

 

「戦闘組織の幹部が戦いに敗れて泣き寝入りか。お笑い(ぐさ)だな」

 

「全く以てその通り。甘んじて受け入れるよ。メリエルを奪い返された件についても、とやかく言わないさ」

 

「とやかく言われる筋合いなんて、元々ないっての……!」

 

 ミッシェルは怒れる眼差しを向け続けた。

 視線が厳しくなっているのは、ジーレイも同じ。

 

「これはまた、ややこしい場面で出て来ましたね。嫌がらせの達人よ」

 

「脅威が消えたからさ。アーティルのグラップルキネシスは、我の遠隔操作魔術の上位互換となる希有な能力。非常に邪魔だった。だから手っ取り早く無効化させたくて、わざとゾルク・シュナイダーをぶつけたのさ。きっと世界の(ことわり)を書き換えてくれると信じていたからね。その後は、アーティルがラグリシャに魔力光線を撃たせるのと同じタイミングで時空転移し、登場するだけ。我の優れた魔力探知能力があればこその芸当だよ」

 

 アーティルだけでなく、ゾルクをも利用していただと……!?

 奴の真意を知り、私に宿る憤怒の炎は激しさを増した。

 

「さてと、お待ちかね。気になっているだろうから、天空魔導砲ラグリシャの正体を教えてあげよう。……実はこれ、破壊兵器などではないんだ。我に膨大な魔力を注ぎ込むための、超巨大魔力充填装置だったのだよ!!」

 

 大袈裟な口調による種明かし。その後は静寂だった。

 

「ここ、拍手とか驚嘆の声が欲しいところなのだけれど。寂しいねぇ」

 

 デウスのふざけた呟きの後、アーティルがやっと声を上げた。

 

「……馬鹿を言うな。ラグリシャは紛れもなく破壊兵器だ。建造段階で吾輩に見落としは無かった。試験運用でも対象物の破壊を確認している。だのに、光線が直撃したお前が無事でいるのは度し難い。人間をやめているのか?」

 

「失礼だね。君に悟られないよう細工していたのだよ。このラグリシャは、我の魔力の波長と同調するように調整されている。援軍として前もって送り込んでいたアムノイド達によってね。だから我は直撃しても平気であり、我以外を対象に発射した場合は文字通り魔導砲となる。しかし追尾機能付きだから我にしか命中しないという、ね。何とも言えない仕様なのさ」

 

「だが、少しでも調整が狂っていたらお前は消し飛んでいたのだろう? ……酒でも飲みながら計画したらしいな。しかも実行するとは相当イカレている。それか、やはり人間ではない」

 

「我とて、野望のためなら本気になれるのでね。リスクくらい背負うさ」

 

 種明かしが進行する中、ミッシェルが睨む。

 

「んで? 無茶して手に入れた魔力を使って、あたし達を亡き者にしようっての?」

 

 そして私達は武器を向けた。万全ではないが、来るのであれば戦うしかない。

 

「と、思うだろう? 違うのだよ」

 

 ……違う、だと? まだ他に目的があるというのか。デウスの未知なる行動に対し、私達は身構えるしか出来なかった。

 ところが。寝耳に水なのは、こちらだけではないらしい。

 

「え……? 総司令、何しようとしてるの? なんか最初に言ってたことと違くない……? 弱った救世主達をやっつけるのがフィアレとキラメイの仕事だ、って言ってたじゃん。ボルストじいちゃんとメリエルとクルネウスの敵討ち、しなくていいの?」

 

 どういうわけか戸惑うフィアレーヌ。キラメイが微動だにしていないことから、本当の理由を告げられていないのは彼女だけのようだ。

 

「すまないね、フィアレーヌ。本当は別の用事があるのさ」

 

「別の用事って…………ひぅっ!? ……えっ、それ……嘘でしょ……?」

 

 話の途中、彼女の身体がびくりと痙攣(けいれん)した。周りを漂う霊が危険を察知し、彼女に伝えているようだが。

 聞こえない会話の後、フィアレーヌは恐る恐る尋ねた。

 

「ねー、総司令。今、お友達が教えてくれたんだけど……さっきの魔力を全部、フィアレの身体に……入れようとしてたり、なんて……しないよね……?」

 

「全部とは言わない。必要な量だけさ」

 

 デウスの笑顔は純真無垢であった。少女の顔が青ざめる。

 

「……む、無理。ムリムリムリムリ! どう考えても無理だって! 魔力の中にはリゾリュート人の魂だっていっぱい混ざってるんだから、フィアレに入ってきたら頭おかしくなっちゃう! っていうか、半分も入るわけないし……!!」

 

「そうだね。君ほど霊術による感応力(かんのうりょく)が高ければ、我のように平常ではいられないはず。多少なり霊術を扱えて、君に霊術を授けた我だからこそ、どうなるか予想できる」

 

「ね!? そーでしょ!? じゃあこの話はナシナシ! 無かったことに……」

 

「まさか。予定通り実行するよ?」

 

 変わらぬ笑顔で話は続く。

 

「いい機会だし、発狂する前に教えてあげよう。君は元々、レア・アムノイド研究のための実験体だった。ところが、なんと霊術への適性が非常に高いことがわかった。そこで我が霊術を叩き込み、純粋な人間のまま稀有(けう)な霊術師として育て上げたのさ」

 

 エグゾア六幹部の一員『禁霊のフィアレーヌ』は、偶然の産物だったようだ。私の誕生も予期せぬものだったことから、どこか近しいものを感じてしまう。

 

「ただ、それは我の興味本位での行為。しばらくの間、君が何の役に立つ道具なのかわからなかった。しかし今日を迎えるにあたって、フィアレーヌの能力が必要不可欠な状況となったのだよ。使い所が出来て喜ばしいね! 霊術を身に付けた影響で精神不安定だった君への、度重なる調整、そして記憶の改竄(かいざん)……。なかなかに手を焼いたのだよ? 今日は、君の霊術の才能が戦闘以外で役に立つ、二度とやってこない日。道具なら道具らしく、黙って我に報いてほしい。いいね?」

 

 ……なんという言い草だろうか。呼吸の如く自然に道具扱いを受けたフィアレーヌは、空色の眼を見開き絶句している。火薬の都市ヴィオでゾルクが霊操(れいそう)されて以来、私は彼女を密かに恨んでいたのだが……それでも少し同情してしまう。

 

「……照らしなさい。レイブラスト」

 

神槍閃(しんそうせん)!」

 

 空気を読まず……いや、むしろ読んだ方か。ジーレイの魔術とソシアの弓技が繰り出された。わけがわからなくとも、ここでデウスを止めなければいけないのは確かなのだ。

 

「おっと。君達に攻撃を許すとでも?」

 

 しかし、デウスも抜かりは無い。いつの間にかラグリシャの様々な箇所から、黒ずくめの生体兵器アムノイドを無数に呼び寄せており、爆発による光の照射と軌跡を残す神秘の矢を防ぐ盾として扱った。

 ……そう、無数なのだ。とてもではないが数え切れない。エグゾアセントラルベースで戦った時よりも更に、アムノイドは量産されていた。ラグリシャ内部を攻略中にも無尽蔵に湧いて出ていたが、まさかまだこんなに隠れていたとは予想していなかった。下手に手を出せば物量で反撃され、捻じ伏せられてしまうだろう。疲弊している私達はこれ以上、攻撃することが出来なかった。

 そして、デウスがアムノイドへ明確な攻撃指示を出さないのは……これから起こる出来事を私達に見せ付けるためだろう。奴が悪趣味であることを考えれば、不思議ではなかった。

 

「ではキラメイ、よろしく」

 

「始めるぞ」

 

 デウスとキラメイが、茫然自失(ぼうぜんじしつ)のフィアレーヌを挟む形で位置取った。そして二人が同時に、彼女へ左手をかざす。デウスからはラグリシャと同様の青い魔力光線が、キラメイからは紫色の闇が伸びた。その両方がフィアレーヌの身体へ触れた時……。

 

「……ぎゃああああああ!! やめて総司令!! やめてキラメイ!!」

 

 この一帯は、激痛と地獄の悲鳴で満ちた。

 

「やめてってば!! マジでヤバイって!! フィアレに入れないでよ!! 他の命令なら何でも聞くからぁ!! ホントにやめてっ!! ねえっ!! お願いだからあああああ!!」

 

 様相とは裏腹に、フィアレーヌの身体は静かに宙へ浮いていき、一定の高度で固定される。ゾルクがエンシェントビットを埋め込まれた際に受けたものと同じ、デウスの遠隔操作魔術によるものだ。逃げる術の無い彼女の必死の叫びは、誰にも届かない。しかしゾルクだけは経験があるためか、胸の辺りで右拳を握り、固唾を呑んでいた……。

 間を置かずフィアレーヌの頭上に、夜の黒さとはまた別の色をした、闇の渦が生まれた。キラメイが漆黒の魔剣を取り出す時に作る、あの渦に酷似している。それはゆっくりと拡大し、中身が見えるようになった。

 暗闇の奥で(うごめ)く何か。空間そのものが、ゆらゆらと揺れる。紫にも灰色にも感じる、身の毛もよだつ霧。眺めるだけで吸い込まれそうな、得体の知れない喪失感……。異質を極めていた。

 

「あれは……空の上でキラメイと戦った時に覗いた闇の渦と、全く同じだ……。やっぱり、いつ見ても生きた心地がしないよ……」

 

 ゾルクの声には、言い知れぬ恐怖が乗せられていた。どうやらキラメイの作る闇の渦は、フィアレーヌを介することによって強化されているようだ。

 

「つまらん。そこに救世主がいるというのに、剣を交えられないんだからな」

 

 当の本人は心底、不機嫌な様子であった。

 魔力注入を続けながら、デウスが問いを投げる。

 

「ジュレイダル、君に一つ出題するよ。わざわざ生きた人間を魔力に変換してラグリシャの動力源とした理由、なんだと思う?」

 

「リゾリュート大陸の人間がビットと融合し、密度の高い魔力を秘めていたからでしょう」

 

「半分は正解だね。では、残りの半分を明かそう」

 

 奴は、山吹色の瞳に欲望を滲ませつつ言い放った。

 

「魔力の元となった『命』が、『鍵』として反応するからさ! これから開く『ガヴィディンの門』のね!!」

 

 

 

 ‐Tales of Zero‐

 

 第58話「門」

 

 

 

 門の名を聞いたジーレイは最大限の憎しみを眼差しに込め、憤りに身を震わせる。

 

「リフがもたらした『門』という情報、無数の命と高等な霊術師の必要性、そして『ガヴィディン』の名……! 全てわかりました。どうしてあなたはいつもいつも、最悪な道を全速力で駆け抜けるのでしょうか……!」

 

「愚問も愚問。我にとって最高の道だからに決まっているではないか。おまけに芸術性もある。フィアレーヌの霊術師としての才能と感応力、キラメイの門を開く力、そして我の膨大な魔力。この三つが噛み合った美しい計画なのだよ、これは……!」

 

 二人の間でしか成立していない会話の後すかさず、まさきが訊いた。

 

「ジーレイよ、説明を願う……」

 

「ガヴィディンとは、僕の生きた時代よりも更に大昔に存在した、霊術を含めた禁術の生みの親である大魔術師の名です。門をくぐった先の詳細はデウスにしかわかりませんが、僕の予想では『生と死を司る空間』に通じているはず……!」

 

 突然の物騒な発言で、皆に戦慄が走る。

 

「そういうことは、我の口から説明したいのだけれどねぇ。楽しみを奪わないでおくれ」

 

「ひぐっ!? ぎぎゃああああああああああ!! 痛い痛い痛い痛い!! 身体がやぶれるっ!! やぶれるってばああああああ!!」

 

 残念がるデウスの横では、涙を垂れ流すフィアレーヌの苦しみが最高潮を迎えていた。

 

「おや、こっちもクライマックスかな?」

 

「いいいいいいいいっ!! ……ひぎぃっ!?」

 

 以降、彼女は何も発さなくなった……。それを確認したキラメイは、どうでもよさげに零す。

 

「失神したか。静かになって丁度いい」

 

「魔力も、かなり注げたようだ。唱えるとしよう。――天光満つるところ、汝あり。黄泉の門開くところ、我はあり。具現し繋げろ。終焉のその先へ!」

 

 次に、デウスが呪文を詠唱した。見た目にはわからないが、いよいよガヴィディンの門が開通しようとしているのだろう。

 

「胸がざわつく……エンシェントビットが教えてくれてる……! 『ガヴィディンの門を開いちゃいけない』って……!!」

 

 気力もほとんど残っていないだろうに、ゾルクは使命感のまま無創剣(むそうけん)を天に突き上げる。……だが、それは。

 

「いけません!!」

 

 ジーレイが、らしくもない大声で制止した。おまけにゾルクの腕を鷲掴みしている。

 

「なんで止めるんだよ!?」

 

「わからないのですか!!」

 

 眼鏡の奥の形相には、普段の冷静沈着さなど皆無であった。その余りの勢いに、無創剣が下ろされる。

 

「ご、ごめん……」

 

「……声を荒らげてすみません。度重なる激戦とエンシェントビットの多用による疲労は、あなたを極限まで追い詰めています。そのような状態で世界の理を書き換えようとしても、必ず失敗するでしょう。それに以前にも申し上げた通り、デウスの所有魔力と野望達成の意志、二千年越しの執念は強大過ぎます。万全な状態であったとしても、デウスに関連する書き換えは自殺行為にしかなりません」

 

 もっともな意見である。しかし残念だが、他に状況を変える方法が無い。……そう思っていると。

 

「ですので、この場は僕が無理を通します」

 

 魔術師は自身の秘奥義を詠唱し始めた。足元には、神々しさと禍々しさの光を放つ純白の魔法陣が展開する。

 

「虚無の絶望はここにあり。夢、希望、幻、(ことごと)く朽ち果てよ。……ドリーム・オブ・カオス」

 

 標的の周囲の空間を歪ませ、無数の球形を作って徐々に削っていき、居場所ごと抹消する大技である。

 この秘奥義はアムノイドの大群を、文字通り無慈悲に削り取っていく。ジーレイはどうにかしてデウスへと続く道を切り開こうとしたのだ。……しかし。

 

「ジーレイさん!!」

 

 床を転がる魔術師。すぐさま駆け寄るソシア。

 満足に戦闘を行えない状態は継続している上、敵の数があまりにも多すぎる。殲滅力の高い秘奥義を行使しても、数多のアムノイドが発動後の隙を狙って襲い掛かるのだ。たとえ全員で秘奥義を繰り出しても、同様の結果となるだろう。万策尽き、ジーレイは無念を吐き出した。

 

「……僕は、無理も通せないほどに落ちぶれていたのですね。嘆かわしいこと、この上ない……」

 

 すると、鳴りを潜めていたアーティルが怪訝な面持ちを見せる。

 

「ジーレイ・エルシードよ。ずっと疑問だったんだが……どうして『オルナシグ』を使わない? あれさえ使えば人命はおろか、グラップルキネシスを駆使する吾輩を含め、ラグリシャなど造作もなく無に帰したというのに」

 

「な、何故あなたが……それを……!?」

 

「……いや、使わないのではなく使えないのか。使えていたら、こんな事態にはならなかっただろうからな」

 

 混沌の情勢にて、新たな固有名詞が表に出てきた。ジーレイは不意を突かれた表情を浮かべているが、私達には一切心当たりの無い言葉である。

 詳細を知らないのは、デウスも同じだった。

 

「オルナシグ……? なんだい、それは……」

 

「おやおや……! エンシェントビットに異常な執着を見せていながら、ご存知でない? ふははは……! 頓馬(とんま)な総司令も居たものですなぁ」

 

 左目のモノクルを光らせ、嫌味満載に述べたアーティル。デウスは反論こそしなかったが、先ほどまでの上機嫌が消し飛んでいるのは確かだった。

 

「もしや、アーティルの読んだ古代書にはオルナシグの記述もあったというのでしょうか……!? 失態にも程がある……!」

 

「まだ隠し事があったのか、ジーレイ」

 

「……責任を持ち、わざと隠していたのです。この世の誰にも、あれの存在を明かすつもりはありませんでした」

 

 唇を噛むジーレイは、渋りながら私にそう答えた。仲間にも明かすはずのなかったものの正体とは、一体なんなのだろうか。状況が状況だけに今はそれ以上、尋ねなかった。

 

「あのねえ、君達……。ここぞというところで不確定要素を増やさないでくれるかな? 我は計画を滞りなく進めたいのだよ。本当に使えないのであれば、さして問題は無いけれどね」

 

 デウスは眉間にしわを寄せながら述べた。

 

「円滑に事を運びたい、その気持ち。吾輩にも痛いほどよくわかるぞ。だからこそ……」

 

 これに同調するアーティルだったが。

 

「妨害したくなる!!」

 

 行動は反していた。自身に残る魔力を振り絞ったのだろう。右手だけが霧状の闇に変質し、サイコヴァニッシャー時のものと化した。しかし世界の理が書き換えられているので、紫の光で接続して浮遊させる、などの現象は起こらない。腕の先から直接、巨大な手が生えているのだ。

 

「醜い姿だね。最期の抵抗ってことかい? やめておけばいいものを」

 

「お気遣い感謝するが、構わないのさ。身体の限界も近いしな。何より、やられっぱなしは……」

 

 アーティルは、その大きな右手でアムノイドを一体だけ掴むと、左側の白いマントと若草色のポニーテールを乱れに乱れさせる。

 

(しょう)に合わん!!」

 

 何の工夫もなく、ひたすらに力を込めて、デウスを狙って投げつけたのだ。ただそれだけの攻撃は、防壁となったアムノイド達を傍若無人に弾き飛ばして容易く到達。藍色の後ろ髪をかすめ、左頬に横線状の切り傷をつくるに至った。傷口から微量の血が垂れるのを見逃さなかった彼女は、ほくそ笑んだ。……そして同時に、デウスの逆鱗に触れることになる。

 

「…………()れ」

 

 おどけていた姿はどこへ行ったのか。デウスは左手からの魔力注入をやめないまま、山吹色の双眼に憤激を閉じ込めながら、アムノイドへ静かに命令を下した。

 ――あっという間だった。アーティルに群がる漆黒の生体兵器達は各々に装備された複数種類の武装を効率よく用いて、見るも無残な姿へと変えていく……。先の一撃で力を使い果たしたため彼女の右手は元に戻っており、武と数の暴力に抗えるはずがなかった。

 ラグリシャの天辺に生まれた紅い海。その上に横たわるアーティルの紺の軍服は、原形を留めていない。そしてもう無い眼でデウスを見つめ、失った腕を伸ばし、辛うじて口を開ける。

 

「吾輩の野望が、叶わないのは……遺憾(いかん)だが……いけ好かなかったお前の顔を……最期に歪められたのだから……まあ、良しとしよう」

 

 そして呪詛(じゅそ)を置き土産に、彼女は白い光の粒となっていく。

 

「地獄での再会、心から待ち望んでいるぞ……太古の亡霊達よ……! ふふふ……ふははははは……!!」

 

 光の粒は風に乗り、紅い海だけが残された。

 

「頓馬は君の方だ、アーティル・ヴィンガート。この世界に、天国も地獄も無い」

 

 デウスは逝く光景を冷たく見流すと右手で血を拭い、魔力注入に再び意識を向けた。

 

「……気を取り直そう。改めて明かすよ、ジュレイダル。君の予想通りだ」

 

 段々と奴の声色が歓喜に満ちていく。

 

「今まさに開かんとしている、ガヴィディンの門の先に広がっているもの。それは、この世界の裏側とも言うべき死後誕前(しごたんぜん)の空間……!」

 

 そして、高らかに名が告げられた。

 

 

 

「『零の混留(ゼロ こんりゅう)』さ!!」

 

 

 

 その後も話は続く。

 

「我はそこへ行き、死した人間の魂から魔力を手に入れる。死霊魂は魔力を有しているだけでなく、時が流れた分だけ数も無限に近いからね。取り込んでいけば、我の魔力を無限にすることも不可能ではないのだよ……!」

 

 周知の事実だが、やはりこいつには倫理観など無い。わかっているのに、私は強く訴えざるを得なかった。

 

「貴様……死した者すら利用する気なのか……!? 度を越すのも大概にしろ!!」

 

「前にも言ったけれど、我の最終目標は『世界の破壊と創造』だ。そのためには、どれほど小さな魔力であろうと必要になる。使えるものは使わなければ勿体無いではないか。エコの精神、君達にもあるよね?」

 

「エゴの間違いだろう! この腐れド外道が!!」

 

 怒りの咆哮を全く意に介さず、ついにデウスは告げる。

 

(たわむ)れも終わりだよ。……ほぉら、完全に繋がった」

 

 言葉と同時に、空気の震えか小さな波動のようなものがフィアレーヌの頭上の闇の渦――ガヴィディンの門から出でて、私達の身体を包んで過ぎ去っていく。そして生贄の役目を終えたフィアレーヌは魔力注入と遠隔操作魔術を解除され、白目を剥いたまま自由落下。硬い床に全身を打ちつけられても、意識を取り戻すことはなかった……。

 キラメイが左手で開き続けるこの門は、ラグリシャが通り抜けられそうなほどに広がっていた。おぞましく蠢く空間が、はっきりと視認できる。おそらく、揺らめく紫や灰色の霧は死霊魂によるものなのだろう。

 

「あれが零の混留……。いわゆる、あの世ってことだよな。ガヴィディンの門から出てきた波みたいなもの、なんだったんだろう……。もしかして、あの中の魂が叫んでた!? ……でも恨みとか悔やみとか、そんなのだけじゃなかったような気がする……」

 

「私も、怖くて冷たい感覚はありました……。けれど、温かさまで感じたのはなんで……?」

 

 怯えるゾルクとソシアに対し、デウスは感心する。

 

「二人とも鋭いね。零の混留は、消滅や転生を待つ死霊魂が集まる場所さ。多種多様な魂がそれぞれ持つ記憶の断片によって、曖昧ながら存在を成している。生命を終えた者や、これから誕生しようとする者の魂が集まる、ゼロとして終わり、ゼロから始まる場所……。つまり全ての魂が一度、ゼロに戻って混ざり留まるから『零の混留』なのさ。正負(せいふ)の感情を半々に感じたのは、始まろうとしている希望の魂にも触れたから……なのかもしれないね」

 

 聞けば聞くほど、生きている人間にとって禁忌であることが理解できる。それへ簡単に触れようとしているデウスを、許してはおけない……!

 

「では、種明かしもほとんど終わったことだし……」

 

 私は使命感に燃えるが、置かれている状況は最悪中の最悪。

 

「君達も、我が魔力の一部となってくれたまえ」

 

 ……やはりそう来るか。気の済むまで喋った後、こちらを消そうとするだろうと思っていた。

 デウスの台詞により、アムノイドの大群がにじり寄って来る。この場所には退路が無いので、急がなくても充分なのだ。

 ジーレイが秘奥義を発動してもどうにもならなかったことを考えると……勝算は皆無。刃向う、刃向かわないに関係なく、アーティルのように凄惨(せいさん)な末路が待っているに違いない。心臓の鼓動が早くなるばかりで、どうすることも出来なかった……。

 

「んなもん、黙って見過ごすわけがねえだろうがよぉ!!」

 

 ――騒がしい青年の声が拡声器を通じて轟き、ビームキャノンが夜空を切り裂く。迫っていたアムノイドは、不意のビーム砲撃を受けて塵一つ残らず消滅。残ったアムノイド達は一時的に命令続行不能と判断したのか、声なく混乱する様子が見られた。

 

「……ちっ。我としたことが、ザルヴァルグの存在を忘れていた」

 

 デウスの舌打ちと共に、大翼機(たいよくき)ザルヴァルグが飛来。アシュトンが助けに来てくれたのである。

 

「ラグリシャが撃たれても音沙汰無ぇから近くに来てみりゃ、とんだ一大事じゃねぇか!! 死にたくねぇんならさっさと連絡してきやがれ、バカヤロウどもが!!」

 

 心配による罵倒も飛来するが、今回ばかりは致し方ない。連絡のタイミングを逃していた私の責任である。自ら動いてくれたアシュトンには感謝しかなかった。

 私達に光明が見えたが、デウスは落ち着き払っている様子。

 

「ま、大きな機体だから小回りは利かない。魔術で簡単に狙い撃てるけれど……」

 

 しかし、それは油断に他ならなかった。

 

「――泰然(たいぜん)(くれない)が、あなた達を包み込む」

 

「その声は!?」

 

 流石のデウスも予想しなかっただろう。真紅のバトルドレスを纏った、あの筆術師の出現を。大筆が走り、紅き長髪が(なび)く。

 

「秘奥義! メリエレッド・フルムーン!!」

 

 ザルヴァルグ登場の混乱に乗じて、復帰したメリエルも救援のためこの場に降り立ってくれたのだ。

 紅の光をこの夜に相応しいほど放つ、壮麗たる満月。ガヴィディンの門にも匹敵する大きさのそれは、ラグリシャ上の全てのエグゾア陣営を紅い光で包んだ。この秘奥義は、肉体に浸透して神経に達するかのような鋭い痛みを何度も与え、奴らの体力を否応なしに奪っていく。私達も満月の上に居るが、現在のメリエルは味方なのでダメージは無い。名称こそ変更されているけれども、私達が戦った時と変わらず強力な秘奥義である。

 

「走って!!」

 

 彼女は秘奥義を発動し続けながら叫び、とある方向を指差した。……皆、すぐに意図を察し、言われた通り駆け出す。

 

「洗脳が解けても実力に差は無し、と。やはり手放すのは惜しかったかもしれないね」

 

「ククク……! それでいい。運を引き寄せ、かつての敵の手も借り、何としてでも生き延びろ。お前が死ぬ時は、俺が倒す時なんだからな。必ず決着をつけるぞ、救世主……!!」

 

 アムノイドはおろか、デウスさえも追い討ちが困難な状態となっていた。キラメイも漏れなく秘奥義を受けたのだが、左手を天に掲げたまま問題なくガヴィディンの門を支え続けている。なんという強靭な精神力だろうか。

 この隙に私達六人とメリエルは、ラグリシャと夜空の境界へと達し……意を決して飛び降りた。

 

「あぁ、そういうことか」

 

 デウスが見たのは、落下した私達を大きな白き背中で受け止めて上昇する機体、ザルヴァルグの姿だった。これで完全に逃げられたと判断したのか、追撃は諦めた様子である。

 

「別にいいさ。メインの計画は無事に終了したのだから。これからは、君達を持て成す計画も検討するとしよう」

 

 あとはこの空域から離脱するだけ。……そう思っていると。

 

「マリナ……ジーレイ……!?」

 

 

 

 不穏の兆候が始まった。

 

 

 

 ゾルクの慌てる声の後、ジーレイを見た。すると彼の身体が……。

 

「消えかかっている……!?」

 

 急ぎ、私自身の両手、胴体、両足を視界に入れる。……身体がうっすらと透け、向こう側となるザルヴァルグの白い背が見えてしまった。

 

 ――どうしてだ。触覚はあるのに透けるなんて。私とジーレイ以外は何ともないのに――

 

 理解できず戸惑っていると、同じ症状の人間をラグリシャの上にも発見した。

 

「デウスも、なのか……!?」

 

「ははは……あはははは……! もしかして、そういうことなのかい……!? なるほどねぇ。よく出来ているではないか、世界よ!」

 

 透けた私達と自分の腕を見て何かを悟ったのか、余計におかしくなったのか。デウスは笑い、世界の仕組みを褒め称えていた。

 ……まもなく、奴の透けた身体が元に戻っていく。私とジーレイも同様で、しっかりと実体を取り戻していた。

 

「最後の最後に面白いものを見せてくれてありがとう……! また会おう、ジュレイダル! また会おう、救世主一行よ!!」

 

 うるさく言い残した後、デウスは天空魔導砲ラグリシャをガヴィディンの門へ仕舞い込むかのように、天へと動かし始めた。何らかの方法でアーティルを出し抜き、奴もまたラグリシャの操作権限を持っていたのだろう。

 

 私達がザルヴァルグの背から見守る中。ラグリシャの全容が内側に収まり、門は縮小を始める。そして紫の光の点となった直後、静かに消えていった……。

 

 

 

 あれの天辺にはデウス以外にも、キラメイとフィアレーヌ、アムノイドの大群が。そして内部にはクリスミッド兵が大勢いたはず。生きた人間が零の混留に入ったあと、どうなるのか……想像の余地は無い。

 

 身体が消えかかる現象は、ガヴィディンの門が開いたことと関係があるのだろうか。現時点では何もかもが不明で、私は新たな不安を胸に抱えてしまった。

 

 しかし、総帥アーティル・ヴィンガートの打倒は成した。ケンヴィクス王国、そしてリゾリュート大陸が救われたのは事実なのだ。

 

 今はとにかく疲れを癒し、喜びを仲間と共に分かち合い、労いたい。柄ではないが、そういった気持ちが前に出ていた。

 

 ――いつか訪れるかもしれない絶望のことなど、考えたくはなかったから――



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【リゾリュート大陸】

 

 

 世界地図の東側に位置する大陸のこと。

 本来、西側にはセリアル大陸があるはずなのだが、大昔に封印されたエンシェントビットの影響で世界が分断されてしまい、現在は大海原となっている。

 大陸中央にはケンヴィクス王国、大陸南には軍事国クリスミッドと、大きく分けて二つの国が存在する。大陸の北には、どちらの国にも所属しない独自の文化を持った国……スメラギの里、ミカヅチの領域などが繁栄している。

 ケンヴィクス王国の気候は暖かで草木や花が溢れている。軍事国クリスミッドの辺りは日差しが強く砂漠も存在するが、鉱石が豊富。北の地には春夏秋冬という四つの季節があり、温・暑・涼・寒が一定の期間で順番に巡る。

 

(絵:フルカラー)

 

 

 

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【セリアル大陸】

 

 

 世界地図の西側に位置する大陸のこと。

 本来、東側にはリゾリュート大陸があるはずなのだが、大昔に封印されたエンシェントビットの影響で世界が分断されてしまい、現在は大海原となっている。

 国は存在せず、大陸を統治する者もいない。そのため、各地の町自体が治安維持に尽力している。

 元はリゾリュート大陸と似たような住み心地の良い気候だったが、魔皇帝の呪いにより環境が一変。天候は殆どの日が曇りであり、モンスターは凶暴化、人々からは活力が薄れている。エグゾアが暗躍していることも、平穏から遠い理由に含まれるだろう。

 セリアル大陸から東の海――世界地図の中央部には、エンシェントビットが封印されていた海底遺跡の位置が記されている。

 

(絵:フルカラー)

 

 

 

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【戦闘組織エグゾア】

 

 

 世界征服を企む戦闘組織。過去にマリナが所属していた。その多くは戦闘員で構成されている。セリアル大陸の北東に本部を構え、得体の知れない研究を主とした支部も北西の海上に存在する。

 地位と実力を兼ね備えた六名『エグゾア六幹部』もおり、総司令の命を受けて、世界征服の障害となるゾルクら救世主一行に幾度も襲いかかる。

 

(絵:フルカラー)

 

 

 

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【海底遺跡】

 

 

 セリアル大陸の東の海の底に位置する遺跡。リゾリュート大陸には存在しない。

 大昔、魔皇帝はこの場所にエンシェントビットを封印した。その際に、リゾリュート大陸の世界とセリアル大陸の世界が分断されてしまったとされているが、どういう原理で分断されたかは未だに解明されていない。

 

(絵:フルカラー)

 

 

 

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【ビット】

 

 

 内側に魔力を凝縮した石のような物体。透き通っており色は個によって様々。大きさは拳で握れるほどで、セリアル大陸にしか存在していない。

 人々の日常生活や戦闘に利用されるだけでなく、無害な動物を魔力によってモンスターに変貌させることもある。

 使用方法は実に簡単。火を起こしたければ火を想像して念じればいいし、風を吹かせたければ風を想像して念を込めればいい。これを応用することで魔術を扱ったり、剣技や銃技などに属性を付加した攻撃が可能になったりする。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

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【エンシェントビット】

 

 

 計り知れない魔力を内に秘めた、虹の輝きを放つビット。両手の平でやっと覆えるほどの大きさである。

 海底遺跡にエンシェントビットを封印する際に、リゾリュート大陸の世界とセリアル大陸の世界が分断されてしまったとされている。封印が解けても世界は分断されたままだがエンシェントビットの力は健在であり、なんと時空転移で二つの世界を飛び越えることが出来てしまう。

 エグゾアによって海底遺跡から引き上げられてしまったため、セリアル大陸に魔皇帝の呪いが降りかかることになる。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

魔皇帝(まこうてい)(のろ)い】

 

 

 エンシェントビットを海底遺跡に封印した太古の人物、魔皇帝による呪い。エグゾアがエンシェントビットを回収してしまったが為に降りかかった。

 呪いは陽の光を大地から遠ざけ、モンスターを凶暴化させ、人々を不安に陥れた。

 実害はセリアル大陸にしか及んでいないが、セリアル大陸が崩壊すると何の前触れもなく、リゾリュート大陸も同時に滅んでしまう。

 そしてこの呪いを解く方法は『選ばれた救世主の手によってエンシェントビットを海底遺跡に戻す』しかないという……。

 

 

 

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【救世主】

 

 

 マリナとエンシェントビットによってセリアル大陸へと導かれた金髪蒼眼の剣士、ゾルク・シュナイダーのこと。

 世界征服を企む戦闘組織エグゾア。この組織を裏切ったマリナが歴史学者フォーティスの協力を得て、魔皇帝の呪いから世界を救うべく見つけ出した存在である。

 いきなりエンシェントビットに選ばれて救世主となったゾルクだが、果たして彼は世界を救えるだろうか?

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

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無限拳銃(むげんけんじゅう)

 

 

 マリナが装備している、ビットを利用した拳銃。

 弾丸の代わりに程良い大きさへ加工したビットをいくつも装填しており、そこから得た魔力で弾丸を形成して撃つ。排莢や再装填の手間も要らず威力の調節も可能。一つのビットで通常の弾丸の何百、何千倍の数に相当するためコストパフォーマンスが信じられないくらいに良く、継戦能力が非常に高い。それこそ無限に戦い続けられる。

 オートマチック式やリボルバー式など、拳銃自体は普遍的に見られる従来の姿のまま。それでいて、形状に似合わない超連射や高威力の術技を繰り出すことができる。

 ただし、魔力の弾丸は通常の弾丸に比べて空気抵抗に弱い。そのため無限拳銃は一部の術技を除いて基本的に射程が短く、この点は無限弓に劣る。

 

(絵:かすてららさん)

 

 

 

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無限弓(むげんきゅう)

 

 

 ソシアが操るビット仕掛けの弓。

 持ち手の上下部分に埋め込まれた二つのビットの間を掴み、空虚から矢を生み出して使用する。矢筒から矢を補充することなく弦を引けるため便利であるが、扱う際には相当な集中力とセンスが必要とされる。

 ソシアの無限弓に使用されているビットは極めて上質なものであり、一生使い続けることが出来るようだ。

 ビットから生み出した矢は空気抵抗に強いため、無限弓は無限拳銃よりも射程が長い。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

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【魔術】

 

 

 魔術とは、ビットを用いて発動する魔法のこと。

 任意の対象を攻撃する攻撃術や、傷ついた体を癒す治癒術、能力向上の効果を持つ補助術などの種類がある。それぞれに向き不向きがあり、魔術を扱う人間は大体どれか一つの分野に特化している。

 ビットを所持し、念じることでビット内の魔力を高め、詠唱によって術式を形作り、最後に術名を言い放って発動する。所持するビットはどんな形態でもよい(ビットが本に付加されていたり、大筆などの武器にくっついていたりなど)。

 術者の想像力によってある程度自由に魔術を作り出せるが大体は、火・風・水・地・光・闇の六属性が付加されることになる。稀に、無属性の魔術も存在する。

 魔術の効果対象の識別も術者の思い通りにすることができ、誤って味方を攻撃したり敵を回復したり、などということは有り得ない。

 魔術は戦闘において非常に強力だが、素質のある者でないと扱えない。

 ちなみにジーレイは熟練の魔術師であるため、本気を出せば詠唱時間の短縮も可能。

 

(絵:まるくとさん)

 

 

 

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【魔本】

 

 

 ジーレイが愛用している、ビットの装飾が施された本のこと。

 古びた表紙の中央に位置するビットは、まるで魔本が秘めた力を物語っているかのよう……なのだが、魔術の発動に必要なのはビットの魔力のみであり実は、本自体には何の意味も効果もない。

 セリアル大陸には古くから「魔術師は魔本に記された呪文を詠唱して魔術を発動する」という概念があった。実際はビットさえあればどうとでもなるのだが、ジーレイはあえて様式美を楽しんでいるのである。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

【エンシェントの欠片】

 

 

 膨大な魔力を秘めた謎の物体。大昔に栄えた大国が使用した、神器の欠片のこと。

 大きさは通常のビットと同程度であり、皿を割った時の破片に酷似している。エンシェントビットには遠く及ばないものの、それでも通常のビットより遥かに強大な魔力を有する。

 理由は不明だが、エグゾアはエンシェントの欠片を収集しているようだ。救世主一行はそれを妨害すべく行動する。

 

 

 

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【魔剣】

 

 

 エグゾア六幹部の一人『魔剣(まけん)のキラメイ』が操る、刃が交差した特殊な剣。闇の力が込められている。

 キラメイ専用の魔剣であり、一説によると総司令が直々に生み出してキラメイに与えたとされているが真偽は不明。異形であり扱いにくい印象だが、切れ味は鋭く破壊力は非常に高い。

 普段は異空間に収納されており、必要になると左掌に闇の渦を作り出し、そこに右手を入れて魔剣を引き抜く。収納の原理は公になっていない。魔剣に秘められた魔力が作用していると推測されるが、やはり真偽は不明。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

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筆術、大筆(ひつじゅつ たいひつ)

 

 

 ミッシェルと鮮筆(せんひつ)のメリエルが駆使する不思議な術、及び武器のこと。

 要するに大筆を用いた魔術のことなのだが、通常の魔術とは違って詠唱を必要としない。ビットの装飾が施された大筆で何かを描くことによって、筆術が発動する(ミッシェルは絵、メリエルは文字を描く。ゲーム的には、描くまでの動作が詠唱扱いとなる)。

 ミッシェルの場合、描いた絵を実体化させて装備と融合し能力強化を図ったり、傷の治癒をおこなったりと、補助の術を主とする。

 メリエルは、文字の輝きによって超常現象を引き起こして敵を攻撃したり、罠を仕掛けたりと、攻撃の分野を得意としている。

 防御のための特殊な筆術も存在しており、彼女らはそれを常時自らにかけることで、軽装のまま戦闘を行うという離れ業を披露している。

 とても奇抜なこの筆術は、フレソウム家が編み出した独自の魔術である。使用者は、現在ではミッシェルとメリエルの二名のみ。三年前の、とある事件が起きた日から……。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

【アムノイド】

 

 

 エグゾアの技術力によって生み出された、戦闘特化改造人間のことを指す。

 体内に魔力を直接注入して魔術の使用を容易にする他、魔力を動力エネルギーに変換して出力の増強や長時間の作戦行動を可能としている。薬物投与や人工骨格、人工筋肉の移植などで、基礎的な身体能力も強化している。

 アムノイドとなるためには、上記のような改造手術を受ける必要がある。その際、魔力や薬物投与の影響で、人間としての感情や人格や記憶などを失ってしまう。この副作用を有するが故に、自ら進んでアムノイドとなった人間はあまりいないという……。

 非常に強力な戦闘要員となりうるが実験の域を出ておらず、安定して本領を発揮できる個体は多くない。……現在のところは。

 そして極めて数は少ないが、さらに能力の高い上位の『レア・アムノイド』も存在する。

 

 

 

【海賊船エグゼンティア号】

 

 

 エグゾアの構成員である海賊的な少女リフ・イアードが、組織から支給された船を自分好みに改造したもの。名付け親は、もちろんリフである。

 元は、ビットの魔力で動く鋼色の一般的な船だった。そこへ、不要なのにわざわざ帆を取り付け、船体を黒で塗装し、海賊風の装飾もいたるところに取り入れた。雰囲気作りのためだけに、そこまでしてしまったのだ。

 ちなみにリフは、データ採取実験用のアムノイド達に対し「お前達は自分の手下である」と認識させ、キャプテン気分を味わっていた。よほど海賊に憧れていたようだ。

 

 

 

【闘技場】

 

 

 発展途上都市メノレードを代表する、武闘施設のこと。

 十数年前のメノレード創立と同時期に運営開始されており、腕に覚えのある者達の格好の披露の場となっている。

 セリアル大陸には他に類似施設も存在しないため、非常に繁盛している。が、そのおかげで荒くれ者が増加し、メノレードの治安悪化に大きな影響を与えているため、闘技場のオーナーは大層苦労しているという。

 闘技内容は、トーナメント形式の対人闘技大会や、決められた数のモンスターをひたすら倒しまくるサバイバル戦、実力者同士による次元を超えたスペシャルクロスオーバーバトルなど。どの闘技内容でも、優勝すれば豪華な賞品を手に入れることができる。

 

 

 

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【仕込み義手】

 

 

 エグゾア六幹部の一人『狂鋼(きょうこう)のナスター』の両腕を構成している、機械義手のこと。

 彼に生身の両腕は無く、肩から下を補うかたちで機械の義手を装着している。義手は変形機構を搭載しており、肘から先を剣や銃、ドリルなどの様々な武器に変え、敵を翻弄するように戦うことが可能。

 緑色に輝くビットも両義手に装備されており、魔術を唱えられる。日常的に義手を腕として扱う際、ビットは隠れているが、武器に変形させると露出し視認することができる。

 ちなみに義手の数だが、ナスターが普段から装備している一組だけではない。予備の他に、仕様の違う何組もの義手が用意されており、バリエーション豊富。ナスターは目的に応じて義手を付け替えるのだ。

 

(絵:ピコラスさん)

 

 

 

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霊術(れいじゅつ)

 

 

 エグゾア六幹部の一人『禁霊(きんりょう)のフィアレーヌ』が行使する特別な魔術……いや、禁じられた魔術のこと。

 この世の者ではないもの――死霊魂(しりょうこん)を召喚し、力を借りることができる。死霊魂の生前の技能を、術者の技として使用することも可能。

 死霊魂は術者に召喚された際に物質として具現化するため、魔術での攻撃はもちろん、物理的な攻撃も喰らってしまう。しかも、弱い死霊魂は少し攻撃を加えただけですぐに消えてしまったりもする。

 術者の能力が高ければ高いほど、召喚できる死霊魂の数も増える。そのため、術者によってはたった一人で大軍を(よう)することも可能。

 ……しかし、霊術は大昔から禁術として扱われている。現在は術者が存在しないはずなので、まだ若いフィアレーヌがこの術を使えるのは、実は不自然。誰かが彼女に霊術を授けたとも考えられるが……?

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

鋼体(こうたい)バリア】

 

 

 エグゾア六幹部の一人『破闘(はとう)のボルスト』が身に纏う、ビットの魔力を用いた防御術のこと。

 全身にビットの魔力を帯びさせ、見えない鎧のように纏う。その防御力は凄まじく、マリナ曰く「鋼より硬い」。動きを制限することもなく、魔術にすら抵抗力を持ち、硬さを活かして凶器ともなり得るのだ。

 しかしこのバリアは内側に相当な圧力がかかっており、並大抵の肉体ではとても耐えられない。極限まで鍛え上げられた肉体を持つボルストだからこそ纏える、究極の防御術だと言える。

 一見すると無敵のようだが、短時間に集中攻撃を浴びると、鋼体バリアの効果は一時的に途切れてしまい、無防備な状態に陥る。そのため、このバリアを身に纏っていても、敵の密集している場所には近付かないほうが身のためである。

 

 

 

【挿絵表示】

 

【『ソルフェグラッフォレーチェ』】

 

 

 ミッシェルが秘奥義の際に描き生み出す、非常に悪趣味な……いや、独創的センス全開な人形のこと。

 縦に長い直方体型の色白の胴体。ひょろっとした細長い脚。極端に長く鞭のようにしなる腕。胴体の上には真っ黒で大きな瞳と、三日月を模した巨大な口を持った、まん丸の頭が乗っかっている。全高は大きく、三メートルはあろうかというほど。

 奇抜な見た目に反してか反さずか、戦闘能力は非常に高い。鞭のような腕を活かした格闘戦や、様々な武器を操るほどの技量を持つ。術者の意思に応じたり、独自に動いたりと、臨機応変さも兼ね備えている。

 ミッシェル曰く「あたしが思い描く最高の絵にして最強の人形。巨大な傑作品」だそうだが、仲間からの評判は悪い。描いた本人は、そのことがどうしても納得いかないという。芸術って難しい。

 

(絵:フルカラー)

 

 

 

潜水艇(せんすいてい)

 

 

 戦闘組織エグゾアが保有する、深海調査を目的とした潜水型海洋探索機のこと。

 丸みを帯びた白い直方体型をしており、十人程度が乗り込めそうなほどの大きさ。船体前部には多目的用のロボットアームも備わっている。

 普段は、セリアル大陸北東端に位置するエグゾアセントラルベースの格納庫に保管されている。格納庫は北東の海と直結しているため、わざわざ海まで移動する手間がなく、直接発進することが可能。

 エグゾアはこの潜水艇を使って海底遺跡に到達し、エンシェントビットを地上に引き上げてしまった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

【クルネウスの仮面】

 

 

 エグゾア六幹部の一人『咆銃(ほうじゅう)のクルネウス』が常に身につけている、不気味な仮面のこと。

 全体が真っ白であり、表情は微笑。右目から赤い涙を、左目から青い涙を流しているかのようなペイントが施されている。

 仮面の下の素顔を知る者は、エグゾアの内部でもごく一部に限られている。中には、興味本位で彼女の素顔を知りたがる者もいるが、クルネウス本人の異様な雰囲気に圧倒され、誰も真相に迫れないようだ……。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

荘厳(そうごん)()

 

 

 エグゾアセントラルベース内部に存在する、特別な広間のこと。

 薄暗く、壁の燭台に灯る炎がなんとも不気味。広さも尋常ではなく、広間の中央に立てば天井も壁も遠くにあるように感じ、小型船なら丸々収まりそうなほど。部屋の隅では、用途不明の怪しげで巨大な装置が稼働している。

 広大な空間の先に階段があり、その上には、エグゾア総司令のデウスが腰を落ち着かせる『総司令席』が存在する。この席の周りは、総司令デウスの趣向によって常に不思議な闇に覆われている。こうすることで、総司令としての威厳を醸し出しているらしい。

 

 

 

【レア・アムノイド】

 

 

 機械化や薬物投与を行わず、ビットを埋め込むことのみで強化を図った戦闘特化改造人間のことを指す。

 人間が本来持っている潜在能力に全てを委ねる改造方法のため、レア・アムノイド化に成功すれば通常のアムノイドよりも高い戦闘能力を得られる。だが、人格や感情や記憶が薄れる副作用は健在。それでも薬物投与を行わないため、通常のアムノイドよりも症状はマシである。稀に、魔力の影響で外見に異常をきたす者も。

 元々、アムノイド自体の数はそれほど多くはない。その中でもレア・アムノイドはビットの魔力と人体との適合率の問題で、さらに個体が少ない。

 

 

 

【挿絵表示】

 

絆帯(きずなおび)

 

 

 まさきがその身にかけている真っ赤な帯のこと。

 スメラギ武士団の団長就任時にみつね姫から祝いの品として賜わったものであり、まさきの宝物。そのため彼は常時着用している。

 一品物のため……いや、愛するみつね姫からの贈り物であるため、毎日の手入れを欠かしたことは無いそうだ。

 

(絵:mikeさん)

 

 

 

【スメラギ武士団】

 

 

 スメラギの里を守護する誇り高き武芸集団。

 規模は小さいが個人の実力は相当高く、言うなれば少数精鋭である。これまでに他国の侵攻から幾度も里を守り抜いてきたため、住民からの信頼は厚い。

 近年までは、ぜくうという名の老漢が団長を務めていたが、非凡な剣術の実力を有する若者、蒼蓮(そうれん)まさきに席を譲った。

 

 

 

封印護符(ふういんごふ)

 

 

 人間の体内に宿る魔力を抑制するために使用される、聖なるお札。白地の紙に、赤の文字で祈りの言葉が刻まれている。

 みつね姫はこれを胸部の肌へ直に貼り付け、その身に宿る強大な治癒の魔力を抑えつけている。

 

 

 

【治癒の魔力】

 

 

 スメラギの里の人間に宿ることのある、特別な魔力のこと。

 スメラギの里で生まれた人間には、ごく少数だが治癒の魔力を宿し、自分や他者の傷を癒す治癒術を行使できる者が存在する。まさきやみつね姫もその内の一人。

 中でもみつね姫の魔力の強さは群を抜いており、本人は制御しきれていない。更に彼女の治癒の魔力には厄介な特性があり、治癒術を使おうとすれば魔力自体が宿主や周囲の人間の生命力を削り取って己が力へと変換し、暴走してしまう。

 この魔力のせいで母親を亡くした経験のあるみつね姫は「どのような傷や病も治す代償に命そのものを奪ってしまう、どうしようもなく理不尽で無意味な恐ろしい力」と称した。

 

 

 

【逆さ花火】

 

 

 正式名称『拠点強襲用浮遊型特攻弾・逆さ花火』。スメラギ武士団・魔導からくり部隊が火薬の都市ヴィオの技術を用いて開発した、攻城兵器のこと。

 見た目は鋼鉄製の巨大な橙色(だいだいいろ)の塊で、搭乗可能人数は十名。卵のような形をしており、表面には丸い窓。底部には推進器が、四方には三角の垂直翼が取り付けられている。

 火薬による爆発を操作することで、短時間ながら空を往くことが出来る。そして強襲地点上空に到達した後は、自由落下に身を任せるのみ。到着と同時に攻撃も可能なのだ。

 しかし運用方法が上記のようなもののため、この攻城兵器の使用を拒絶する声が多い。当然である。

 

 

 

【挿絵表示】

 

瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)

 

 

 本編参照。

 

(絵:まるくとさん)

 

 

 

【挿絵表示】

 

大翼機(たいよくき)ザルヴァルグ】

 

 

 エグゾアの最新技術を駆使して工業都市ゴウゼルで建造された、白銀色の巨鳥型高速巡航機。試作機である。

 角張った胴体の左右から生えた立派な翼。真っ直ぐ前方に伸びた首や、三方向に長い羽のような尾。前に三本、後ろに一本、計四本の爪を持った二つの足。といった、まさに『巨鳥』と呼べるフォルムが特徴。

 動力源はビットの魔力。それぞれの翼の付け根には魔力エンジンが搭載されており、青白い光――魔力を噴射して推進力を得ている。機首にはビームキャノンが装備されており、障害物の破壊や空中戦も可能。

 下手な建造物よりも巨大な機体であるため、五十名は搭乗可能である。

 

(写真:フルカラー アソブロック使用)

 

 

 

【ソーサラーリング】

 

 

 大翼機ザルヴァルグ、怪翼機ギルムルグのために作られた、エグゾア製の超小型の格納器のこと。機体の数だけ専用のリングが存在する。

 格納器といっても外見上は、赤く光る宝石が特徴的なただの指輪である。しかし宝石の中身は限定的な異次元空間になっており、指輪が機体を宝石内に吸い込むことによって格納を行う。

 格納した機体の重量はソーサラーリングの装着者に影響しない。そのため革命的な格納法と言える。

 常軌を逸する技術が盛り込まれたこの格納器だが、開発者の意向により原理は明かされていない。

 ちなみに残念ながら、火を放ったり、様々な能力でダンジョンの攻略をサポートしたりするような機能は無い。

 

 

 

【ヴィオの民族衣装】

 

 

 火薬の都市ヴィオに古くから伝わる民族衣装。

 フード付きのマントのような衣服であり、マント部分は体をすっぽり包み隠すことも可能なほどの大きさ。衣服の形状は住民間でほぼ共通だが、色や柄などには個人の趣味が表れやすい。

 火薬による炎上や爆発事故から身を護るために作られたことがこの民族衣装の起源であるため、耐火性能及び耐衝撃性能に、非常に優れている。だからと高を(くく)ってあまり注意深く火薬を扱わない住民が多いためか、ヴィオでは爆発事故が絶えない。本末転倒。

 

 

 

【挿絵表示】

 

怪翼機(かいよくき)ギルムルグ】

 

 

 エグゾアの最新技術を駆使して建造された、漆黒色の巨鳥型高速巡航機。試作機である大翼機ザルヴァルグから得られたデータを元に開発された、正式採用量産機である。

 細部のデザインが異なる以外は、基本的にザルヴァルグと同等のスペックを持つ。だがこの機体には、ザルヴァルグには無い恐るべき機能『トラクタービーム発振器』が搭載されているという……。

 

(写真:フルカラー アソブロック使用)

 

 

 

【魔力充填器】

 

 

 秘境ルミネオスの施設内で保管されていた、黄金色の機械的な腕輪のこと。見た目どおり、腕に装着して使用する。

 通常、外部から己の体内に魔力を吸収することは不可能なのだが、ルミネオスの特殊な環境と魔力充填器があれば可能となるらしい。ルミネオスの建造物そのものが大気中の魔力を引き寄せる役目を担っており、集めた魔力の保存もしてくれている。そして、その魔力は充填器によって体内に吸収されるのだ。

 この充填器は失った魔力を補填するためのもので、身体の許容量を超えた魔力吸収は出来ないようだ。

 

 

 

【ゼロノイド】

 

 

 本編参照。

 

 

 

【挿絵表示】

 

【???】

 

 

 本編参照。

 

(絵:ピコラスさん)

 

 

 

隠密(おんみつ)マント】

 

 

 ミッシェルが筆術で(えが)き生み出した、隠密性のあるマント。身に纏うだけで気配を消せる凄~い代物。具体的にどういう仕組みかというと……そこは「乙女の秘密♪」だという。

 

 

 

【『漆黒の翼(しっこく つばさ)』】

 

 

「ちょいと待ちな!!」

 

 何者だ!?

 

「知りたいかい? だったら教えてやろうじゃないか」

 

「激震の海に斬り込み!」

 

「暗黒の空を撃ち抜き!」

 

「混沌の地へ咲き誇る!」

 

「「「我ら、『漆黒の翼』なり!!」」」

 

「お呼びであろうがなかろうが、ここに見参!!」

 

 ……結局、何者なんだ!?

 

(『漆黒の翼』とは誰にも縛られることのない自由奔放な義賊集団で、現在は三名で構成されている……とのこと)

 

 

 

【挿絵表示】

 

緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)

 

 

 本編参照。

 

(絵:まるくとさん)

 

 

 

荷電粒子砲(かでんりゅうしほう)

 

 

 本編参照。

 

 

 

【グラップルキネシス】

 

 

 本編参照。

 

 

 

天空魔導砲(てんくうまどうほう)ラグリシャ】

 

 

 本編参照。

 

 

 

【ガヴィディンの門】

 

 

 本編参照。

 

 

 

零の混留(ゼロ こんりゅう)

 

 

 本編参照。

 



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戦闘開始・戦闘中台詞

」は、上記の台詞からの派生を意味しています。

下記のリンクから飛べます。

 

 

 

 

 ゾルク・シュナイダー

 

 

【戦闘開始】

「救世主の力、見せてやる!」

 ミッシェル「どんなの? すごい力なの? 見たい見たい!」

 ゾルク「……えっと、これ、ただの意気込みだから」

 

「さあ行くぞっ!」

 マリナ「油断するなよ」

 ゾルク「わかってるって!」

 

「うわっ、敵が出てきた!」

 マリナ「怯むな。奴らは待ってくれないぞ」

 

「ヘタレだなんて言わせない!」

 マリナ「……まだ気にしていたのか」

 

「数で攻めるのは卑怯だろ~っ!?」

 まさき「ならば力攻めで対抗すべし……」

 

「あ、弱そう」

 ジーレイ「敵を侮るとは、いただけませんね」

 ゾルク「ジーレイに言われたくない」

 

「なんだか強敵っぽいな……!」

 ソシア「注意して挑みましょう!」

 

「いきなり来るのはズルいって!」

 ミッシェル「ま、なんとかなるでしょ!」

 

【通常攻撃】

「たぁっ!」

「おりゃっ!」

「でやぁ!」

 

【被ダメージ】

「ぐわっ!?」

「いてっ!」

「うわあああ!?」

 

【弱点属性で攻撃】

「お、効いてるみたいだ!」

 

【耐性属性で攻撃】

「これは駄目なのか」

 

【術技使いすぎ・注意】

「術技ばっかりでいいのか?」

 

【術技使いすぎ・言い訳】

「うへー、バテたかも……」

 

【同じ術技を連発・注意】

「その術技、好きなの?」

 

【同じ術技を連発・言い訳】

「得意技だから、つい……」

 

【敵を撃破】

「よし、倒した!」

 

【敵を撃破した味方を褒める】

「俺も張り切らなきゃ!」

 

【ガード、マジックガード成功】

「させない!」

 

【ガードブレイク】

「しまったっ!?」

 

【アイテム使用】

「使うしかない!」

 

【アイテム使用却下された】

「えっ、駄目なの!?」

 

【アイテム投げ渡し】

「これを使うんだ!」

 

【アイテム受け取り】

「助かったよ」

 

【アイテム使いすぎ・注意】

「たくさん使って大丈夫か?」

 

【アイテム使いすぎ・言い訳】

「で、でもおかげで助かったし!」

 

【詠唱フォロー・受諾】

「わかった! 今行く!」

 

【アピール】

「おーい。かかってこないのかー?」

「あんまり俺を舐めるなよ!」

 

【術技習得】

「この新技でっ!」

 

【リミッツブラスター発動】

「いい加減にしろ!!」

 

【逃走】

「ここは逃げよう!」

 

【状態異常】

「うわっ、変なの喰らった……」

 

【瀕死】

「そろそろまずいって……!」

 

【戦闘不能】

「救世主だってのに……!」

 

【復活】

「よくもやってくれたなぁ!!」

 

 

 

 マリナ・ウィルバートン

 

 

【戦闘開始】

「敵影発見。排除させてもらう!」

 まさき「情け無用なり……!」

 

「仕掛けてくるならば!」

 ソシア「後悔させるだけです!」

 

「言っておくが、容赦はしない」

 ゾルク「俺の失敗は容赦してほしいな」

 マリナ「駄目だ」

 ゾルク「駄目かぁ……」

 

「蹴りと弾丸、どっちが欲しいんだ?」

 ジーレイ「どちらも遠慮したいでしょうに」

 

「大群でも問題ない。つくる銃創が増えるだけだ」

 ゾルク「おっかないなぁ」

 

「これはすぐに片が付くな」

 ミッシェル「さっさと終わらせちゃいましょ♪」

 

「ほう、手応えがありそうだ」

 まさき「心して行かん……!」

 

「陣形が崩壊したか……!」

 ソシア「すぐに立て直しましょう!」

 

【通常攻撃】

「はっ!」

「とう!」

「そこだ!」

 

【被ダメージ】

「ちぃっ」

「馬鹿なっ」

「やってくれる……!」

 

【弱点属性で攻撃】

「なるほど、これが弱点か」

 

【耐性属性で攻撃】

「ちっ、いまひとつか」

 

【術技使いすぎ・注意】

「すぐに限界が来てしまうぞ?」

 

【術技使いすぎ・言い訳】

「熱くなってしまった……」

 

【同じ術技を連発・注意】

「ワンパターンだな」

 

【同じ術技を連発・言い訳】

「あえて、そうしているんだ」

 

【敵を撃破】

「次の目標に移る!」

 

【敵を撃破した味方を褒める】

「絶好調のようだな」

 

【ガード、マジックガード成功】

「甘い!」

 

【ガードブレイク】

「抜かった……!」

 

【アイテム使用】

「使わせてもらう」

 

【アイテム使用却下された】

「却下か……」

 

【アイテム投げ渡し】

「受け取ってくれ!」

 

【アイテム受け取り】

「良いタイミングだ」

 

【アイテム使いすぎ・注意】

「アイテムの使用頻度が高いぞ」

 

【アイテム使いすぎ・言い訳】

「どうしても必要だったんだ」

 

【詠唱フォロー・受諾】

「了解だ。援護する!」

 

【アピール】

「蹴りも弾丸も勿体ないくらいだ」

「貴様に明日は無い」

 

【術技習得】

「試してみるか!」

 

【リミッツブラスター発動】

「スパートをかける!」

 

【逃走】

「やむを得ない。撤退だ」

 

【状態異常】

「コンディションを崩されたか……」

 

【瀕死】

「一刻の猶予もないな……」

 

【戦闘不能】

「私の実力も、こんなものか……」

 

【復活】

「私を怒らせたようだな……!」

 

 

 

 ソシア・ウォッチ

 

 

【戦闘開始】

「敵が来ました!」

 まさき「ならば切り込む……」

 ソシア「援護は任せてください!」

 

「皆さん、頑張りましょう!」

 ミッシェル「オッケー、頑張っちゃう!」

 

「迎え撃ちます!」

 マリナ「射撃の真髄を見せてやろう!」

 

「戦いたくないけれど、来るのなら……!」

 ゾルク「やるしかないさ! 行くぞ!」

 

「たとえ、数で負けていても……!」

 マリナ「ああ。私達なら蹴散らせる!」

 

「余裕を持って対処できそうです」

 ジーレイ「では、全てお任せしますね」

 ソシア「え!? あ、あの、それはちょっと……」

 

「手強そうですね……」

 まさき「己を信じるのだ。さすれば必ず勝てようぞ……」

 ソシア「……はい!」

 

「こんな逆境こそ!」

 ジーレイ「腕の見せ所、ですね」

 

【通常攻撃】

「それっ!」

「やっ!」

「当てます!」

 

【被ダメージ】

「きゃっ!?」

「ああっ!」

「そんなっ!!」

 

【弱点属性で攻撃】

「これに弱いんですね」

 

【耐性属性で攻撃】

「効き目が薄いみたいです」

 

【術技使いすぎ・注意】

「もっと力を抜いたほうが……」

 

【術技使いすぎ・言い訳】

「ちょっと疲れちゃいました……」

 

【同じ術技を連発・注意】

「さっきから連発していますね」

 

【同じ術技を連発・言い訳】

「私、そんなに使っています……?」

 

【敵を撃破】

「確実に数を減らします」

 

【敵を撃破した味方を褒める】

「すごいです!」

 

【ガード、マジックガード成功】

「やらせません!」

 

【ガードブレイク】

「破られるなんて……」

 

【アイテム使用】

「使います!」

 

【アイテム使用却下された】

「わかりました……」

 

【アイテム投げ渡し】

「どうか、これを!」

 

【アイテム受け取り】

「ありがとうございます!」

 

【アイテム使いすぎ・注意】

「けっこう減っちゃいましたよ?」

 

【アイテム使いすぎ・言い訳】

「……今、気付きました」

 

【詠唱フォロー・要請】

「詠唱を助けてください!」

 

【詠唱フォロー・受諾】

「すぐにお助けします!」

 

【アピール】

「えっと、逃げるなら今の内ですよ……?」

「私があなたを倒します!」

 

【術技習得】

「編み出しました!」

 

【リミッツブラスター発動】

「許しませんからね!」

 

【逃走】

「振り切りましょう!」

 

【状態異常】

「この感じ、気持ち悪い……」

 

【瀕死】

「ここで踏ん張らないと……!」

 

【戦闘不能】

「私、もう、だめです……」

 

【復活】

「ご迷惑をおかけした分、頑張ります!」

 

 

 

 ジーレイ・エルシード

 

 

【戦闘開始】

「初めまして。討たせていただきます」

 ソシア「複雑な挨拶ですね……」

 

「一瞬で済ませたいところです」

 ソシア「一秒以下なんて難しすぎますよ!?」

 マリナ「もう五秒経ったぞ」

 ジーレイ「……あなた方ときたら」

 

「不躾な方々ですね」

 まさき「矯正して進ぜよう……」

 

「僕の魔術を味わいにいらしたので?」

 ミッシェル「美味しいのかしら」

 まさき「やめておくのだ……」

 

「団体様のご到着ですね」

 ミッシェル「予約なんて受け付けてないのに~!」

 

「弱者が相手ですと、心が痛みます」

 ゾルク「それ、本気で言ってないだろ」

 

「気を引き締めて参りましょう」

 マリナ「ジーレイに警戒させるとは。相当な実力者のようだな」

 

「奇襲とは、いやはや」

 ゾルク「呆れるより集中してくれよ!」

 

【通常攻撃】

「ふっ」

「はっ」

「惑え」

 

【被ダメージ】

「くぅっ」

「ぬぁっ」

「そうきますか……!」

 

【弱点属性で攻撃】

「やはり弱点でしたか」

 

【耐性属性で攻撃】

「抵抗力があるようですね」

 

【術技使いすぎ・注意】

「もう少しお考えになってみては?」

 

【術技使いすぎ・言い訳】

「遅かったようです……面目ない」

 

【同じ術技を連発・注意】

「単調になっていますよ」

 

【同じ術技を連発・言い訳】

「効率を求めた結果です」

 

【敵を撃破】

「それでは」

 

【敵を撃破した味方を褒める】

「素晴らしい腕前ですね」

 

【ガード、マジックガード成功】

「残念でしたね」

 

【ガードブレイク】

「耐えられませんか……」

 

【アイテム使用】

「使わせていただきます」

 

【アイテム使用却下された】

「節約もほどほどに」

 

【アイテム投げ渡し】

「差し上げましょう」

 

【アイテム受け取り】

「助けられてしまいましたね」

 

【アイテム使いすぎ・注意】

「少々、度を超してはいませんか?」

 

【アイテム使いすぎ・言い訳】

「その分、働きますので」

 

【詠唱フォロー・要請】

「詠唱時間の確保をお願い致します」

 

【詠唱フォロー・受諾】

「お任せあれ」

 

【アピール】

「時間の無駄ですね」

「それほどまでに死を迎えたいのですか」

 

【術技習得】

「このような術もあるのです」

 

【リミッツブラスター発動】

「辞世の句を詠みなさい」

 

【逃走】

「これ以上は、お相手いたしかねます」

 

【状態異常】

「意表を突いてきましたか……」

 

【瀕死】

「危機的状況に陥るとは……」

 

【戦闘不能】

「示しがつきませんね……」

 

【復活】

「さて。手厚くお返しして差し上げなければ」

 

 

 

 ミッシェル・フレソウム

 

 

【戦闘開始】

「あら、来ちゃった? いらっしゃ~い♪」

 マリナ「持て成してやるとしよう」

 

「ちゃちゃっと描いて終わらせましょ♪」

 ゾルク「ちゃちゃっと描けるの、すごいよなー」

 

「あの敵、次回作のモデルにピッタリかも~♪」

 ジーレイ「趣味の悪さは天下一品ですね」

 ミッシェル「……やっぱりあなたにしようかしら」

 ジーレイ「ははは、光栄です」

 

「サービス全開でいくわよ♪」

 ジーレイ「具体的にはどのような?」

 ミッシェル「えっと……まだ決めてない♪」

 

「なにこれ、ウジャウジャいる!?」

 まさき「片っ端から斬り捨てるのみ……」

 

「雰囲気的に楽勝っぽそうね!」

 ゾルク「だな。気楽にいこう!」

 

「なーんか危険な香りがするわね」

 ソシア「すんすん……何も香りませんよ?」

 マリナ「ソシア、あれは例えだ」

 

「え~っと……こういうのなんて言うんだっけ?」

 まさき「寝耳に水の入る如し……」

 ミッシェル「あ、それそれ」

 ソシア「落ちついている場合じゃないですよ!」

 

【通常攻撃】

「えい!」

「やぁ!」

「とーう!」

 

【被ダメージ】

「きゃあっ!」

「いやぁっ!」

「キョーレツね……」

 

【弱点属性で攻撃】

「ふふーん♪ これが弱点なのね~?」

 

【耐性属性で攻撃】

「ぶー。効かないみたいね……」

 

【術技使いすぎ・注意】

「ちょっと派手すぎない?」

 

【術技使いすぎ・言い訳】

「張り切りすぎちゃったー……」

 

【同じ術技を連発・注意】

「飽きないわねぇ」

 

【同じ術技を連発・言い訳】

「これ、結構好きなのよね~♪」

 

【敵を撃破】

「倒しちゃった!」

 

【敵を撃破した味方を褒める】

「さーっすが~♪」

 

【ガード、マジックガード成功】

「焦っちゃだーめっ」

 

【ガードブレイク】

「強引すぎるのは嫌いよっ!!」

 

【アイテム使用】

「使っちゃうわよー」

 

【アイテム使用却下された】

「もー! ケチー!」

 

【アイテム投げ渡し】

「これ使ってー!」

 

【アイテム受け取り】

「サーンキュ♪」

 

【アイテム使いすぎ・注意】

「アイテム使いまくってるわねぇ」

 

【アイテム使いすぎ・言い訳】

「ゴメーン! うっかりしてたわ……」

 

【詠唱フォロー・要請】

「絵を描く余裕が欲しいの~……」

 

【詠唱フォロー・受諾】

「オッケー! 助けちゃう!」

 

【アピール】

「あっ! いいアイディアが閃いちゃった~♪」

「絵具まみれにしてあげちゃうから!」

 

【術技習得】

「新作発表~♪」

 

【リミッツブラスター発動】

「アーティスティックタ~イム♪」

 

【逃走】

「また会う日まで~♪」

 

【状態異常】

「芸術家は狂ってからが勝負よ……!」

 

【瀕死】

「え!? ちょ、ヤバイヤバイ……!」

 

【戦闘不能】

「あたし、ここでリタイア~……」

 

【復活】

「あたしを攻撃した奴、前に出てこーいっ!!」

 

 

 

 蒼蓮(そうれん)まさき

 

 

【戦闘開始】

「敵襲なり……」

 ミッシェル「出合えい、出合え~い!」

 

「寄らば斬る……」

 ゾルク「寄らなくても?」

 まさき「斬る……」

 

「いざ、参る……」

 ゾルク「控えおろ~う!」

 ミッシェル「こちらにおわすお方は武士団長にあらせられるぞ~!」

 ゾルク「頭が高~い!」

 まさき「やりづらい……」

 

「その意気や良し……」

 マリナ「返り討ちにしてくれる!」

 

「多勢に無勢か……」

 ジーレイ「僕達なら容易に切り抜けられるでしょう」

 

「死に急ぐでない……」

 ソシア「そうです、命は大事にしてください!」

 マリナ「ゾルクもな」

 ゾルク「このタイミングで釘刺すの!?」

 

「手練と見受けたり……」

 ミッシェル「って、誰?」

 ソシア「……ツ、ツッコミが難しいです」

 

「隙を突かれたか……」

 マリナ「なに、ハンデには丁度いい」

 

【通常攻撃】

「せいっ」

「はっ」

「斬……!」

 

【被ダメージ】

「ぐっ」

「がっ」

「ぐあああっ……!」

 

【弱点属性で攻撃】

「効果覿面なり……」

 

【耐性属性で攻撃】

「遮られているか……」

 

【術技使いすぎ・注意】

「余力は残すべきぞ……」

 

【術技使いすぎ・言い訳】

「力み過ぎたか……」

 

【同じ術技を連発・注意】

「何故、その術技ばかりを……?」

 

【同じ術技を連発・言い訳】

「使い込んでいる最中(さなか)なり……」

 

【敵を撃破】

「勝負あり……」

 

【敵を撃破した味方を褒める】

「見事なり……」

 

【ガード、マジックガード成功】

「見切った……」

 

【ガードブレイク】

「不覚……!」

 

【アイテム使用】

「これに頼る……」

 

【アイテム使用却下された】

「使えぬのか……」

 

【アイテム投げ渡し】

「今こそこれを……」

 

【アイテム受け取り】

「かたじけない……」

 

【アイテム使いすぎ・注意】

「過剰使用ではないか……?」

 

【アイテム使いすぎ・言い訳】

「時にはこういうこともある……」

 

【詠唱フォロー・受諾】

「承知した……」

 

【アピール】

「予言しよう。お主では拙者に勝てぬ……」

「刀の錆にしてくれる……」

 

【術技習得】

「披露いたす……」

 

【リミッツブラスター発動】

「一心不乱……!」

 

【逃走】

「今はこれが得策……」

 

【状態異常】

「小賢しい真似を……!」

 

【瀕死】

「拙者ともあろう者が……」

 

【戦闘不能】

「姫……すみませぬ……」

 

【復活】

「この汚名、必ず返上いたす……」

 



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戦闘勝利台詞(個人&掛け合い)

下記のリンクから飛べます。

 

 

 掛け合い

 

 

 ゾルクの剣技で終了 その1

 ゾルクの剣技で終了 その2

 マリナの銃技で終了 その1

 マリナの銃技で終了 その2

 マリナの脚技で終了 その1

 マリナの脚技で終了 その2

 ソシアの弓技で終了 その1

 ソシアの弓技で終了 その2

 ジーレイの魔術で終了 その1

 ジーレイの魔術で終了 その2

 ミッシェルの物理攻撃で終了 その1

 ミッシェルの物理攻撃で終了 その2

 ミッシェルが戦闘中に筆術を使用して終了 その1

 ミッシェルが戦闘中に筆術を使用して終了 その2

 ミッシェルの第一秘奥義、または第三秘奥義で終了

 まさきの剣術で終了 その1

 まさきの剣術で終了 その2

 まさきが分身する術技、または秘奥義で終了 その1

 まさきが分身する術技、または秘奥義で終了 その2

 

 普通に終了 その1

 普通に終了 その2

 普通に終了 その3

 普通に終了 その4

 普通に終了 その5

 短時間で終了 その1

 短時間で終了 その2

 短時間で終了 その3

 ゾルクの体力が残り少ない状態で終了 その1

 ゾルクの体力が残り少ない状態で終了 その2

 苦戦して終了 その1

 苦戦して終了 その2

 エグゾア戦闘員を倒して終了 その1

 エグゾア戦闘員を倒して終了 その2

 エグゾア戦闘員を倒して終了 その3

 俺達は負けない! その1

 俺達は負けない! その2

 俺達は負けない! その3

 俺達は負けない! その4

 俺達は負けない! その5

 俺達の武器は! その1

 俺達の武器は! その2

 

 

 

 

 

 ゾルク・シュナイダー

 

 

「楽勝、楽勝ってね!」

「案外余裕だったな」

「何度やっても同じだと思うよ」

「へへっ、俺達の勝ちだ!」

「よし、なんとかなった!」

「俺のこと、甘く見てただろ?」

「はぁ……今の敵、手強かったな……」

「あとちょっとで……死ぬところだった……!」

 

 ↓秘奥義「一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)」で戦闘終了

「救世主の力、思い知ったか!」

 ↓秘奥義「双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)」か「灼熱裂光斬(しゃくねつれっこうざん)」で戦闘終了

「俺が世界を救うんだ……!」

 ↓秘奥義「封魔滅牙斬(ふうまめつがざん)」で戦闘終了

「デウスを倒すその時まで、俺達は走り続ける!」

 

 

 

 マリナ・ウィルバートン

 

 

「手応えが無さ過ぎる」

「力量の差とはこういうことだ」

「まあ、運動にはなっただろう」

「まずまず、と言ったところか」

「敵影無し。戦闘終了」

「全て倒したな。先を急ごう」

「スリルが欲しいわけではなかったんだがな……」

「侮れない力だった……」

 

 ↓秘奥義「ファイナリティライブ」で戦闘終了

「撃破完了。任務達成」

 ↓秘奥義「緋焔煉獄殺(ひえんれんごくさつ)」で戦闘終了

「私の勝ちだ」

 ↓秘奥義「フルアクセルカノン」で戦闘終了

「半端な覚悟では、私に並ぶことなど出来ない」

 

 

 

 ソシア・ウォッチ

 

 

「これで懲りてくださいね」

「皆さん、お疲れ様でした」

「なんだか呆気ないですね」

「私達の勝利です!」

「ハンティングなら得意ですから」

「敵はもういませんよね?」

「痛っ……予想外の被害です」

「皆さん、大丈夫ですか……?」

 

 ↓秘奥義「螺旋轟天衝(らせんごうてんしょう)」で戦闘終了

「私の秘奥義、どうでしたか?」

 ↓秘奥義「七星烈駆龍(しちせいれっくりゅう)」で戦闘終了

「手加減するほど甘くはありません!」

 ↓秘奥義「破天の荒弓(はてん こうきゅう)」で戦闘終了

「この力を携えて、私は進みます」

 

 

 

 ジーレイ・エルシード

 

 

「当然の結果ですね」

「雑魚に倒される僕達ではありません」

「もう少し早く終わらせることも出来たのでは?」

「あなた方もご苦労なことですね」

「これで満足しましたか?」

「この程度の戦いぶりが常識的でしょうか」

「かなりの使い手でしたね」

「辛勝、ですか……」

 

 ↓秘奥義「ドリーム・オブ・カオス」で戦闘終了

「やはり耐えられませんでしたか。さようなら」

 ↓秘奥義「デッドエンド・インフェルノ」で戦闘終了

「ふぅ……。この術は使わせないでいただきたかった」

 ↓秘奥義「デヴァステイト・エレメンツ」で戦闘終了

「僕はもう、立ち止まってはいけないのです」

 

 

 

 ミッシェル・フレソウム

 

 

「あら? あっさりしてるわねぇ」

「ウフフ、バイバーイ♪」

「絵を描くまでもなかったかしら」

「おねえさんに見とれちゃった? ……って、柄じゃないのよねぇ」

「あたしの筆術、ナメてもらっちゃ困るわよ?」

「あたし達のかーち♪」

「もう……あいつらやり過ぎよ……」

「あちゃー、超ギリギリ……急いで救急箱でも描かないと……」

 

 ↓秘奥義「ミッシェル・クオリティ」で戦闘終了

「芸術はねぇ、思い切りが大事なのよ♪」

「我が傑作の前に、敵は無し!」

 ↓秘奥義「クリスタル・サンクチュアリ」で戦闘終了

「光と希望の国へようこそ! って感じかしら♪」

「本気のあたしに勝てるわけないでしょーが」

 ↓秘奥義「フレソウム・ハイクオリティ」で戦闘終了

「この『ソルフェグラッフォレーチェ』は、誰が何と言おうと世界一の作品よ♪」

「無敵っていうのが見栄なんかじゃないってこと、思い知ってくれたかしら?」

 

 

 

 蒼蓮(そうれん)まさき

 

 

「圧勝か……」

「この太刀さばき、その程度では見切れまい……」

「拙者を見くびっていたのか……?」

「これにて幕を閉じる……」

「最早、この場に用は無い……」

「武士団長の肩書き、伊達ではないのだ……」

「腕の立つ相手であった……」

「拙者達が押されるとは……」

 

 ↓秘奥義「瞬閃・桜吹雪(しゅんせん さくらふぶき)」で戦闘終了

「そして儚く、散ってゆく……」

 ↓秘奥義「四天・覇王陣(してん はおうじん)」で戦闘終了

「許せ。勝たねばならぬのだ……」

 ↓秘奥義「修羅・覚醒眼(しゅら かくせいがん)」で戦闘終了

「これぞ、真眼なり……」

 

 

 

 ゾルクの剣技で終了 その1

 

 

 ゾルク

「俺だって、一端の剣士なんだからな!」

 

 マリナ

「そうだな。牢屋で泣いていた時とは大違いだ」

 

 ゾルク

「……その話はもうやめてぇ」

 

 

 

 ゾルクの剣技で終了 その2

 

 

 ゾルク

「見たか、俺の戦いを!」

 

 まさき

「見ていた。余計な動作が多く、相手に隙を与えている。尻拭いをする拙者達のことも考慮するべし……」

 

 ゾルク

「…………」(無言で落胆)

 

 

 

 マリナの銃技で終了 その1

 

 

 ゾルク

「飛び道具っていいよなー。今度、俺にも使わせてくれよ」

 

 マリナ

「断る。お前なら誤って味方を撃ちかねないからな」

 

 ゾルク

「俺、そんなに信用されてないの……?」

 

 

 

 マリナの銃技で終了 その2

 

 

 まさき

「やはり銃火器類は珍しい。試射させてはくれぬだろうか……?」

 

 マリナ

「ああ。構わない」

 

 ゾルク

「なんでまさきには撃たせるのさ!? 俺だってカッコ良く撃ちまくってみたいのに!」

 

 マリナ

「そうやってはしゃぐからだ」

 

 

 

 マリナの脚技で終了 その1

 

 

 マリナ

「何が来ようと全て蹴散らしてみせる!」

 

 ソシア

「さすがマリナさん!」

 

 ゾルク

「おーい、終わったのにどうして張り切ってるんだ? それってもしかして決めポーズ?」

 

 マリナ

「……お前も蹴散らしてみせる!」

 

 ゾルク

「えっ!? ちょっと、なんで!? のわーっ!!」

 

 ソシア

「照れ隠し……?」

 

 

 

 マリナの脚技で終了 その2

 

 

 ゾルク

「マリナって硬い敵でも重い敵でも関係なく蹴りまくってるよな。脚、痛くならないの?」

 

 マリナ

「当然だ。鍛錬を怠っていないからな」

 

 ジーレイ

「一見して華奢な脚かと思いきや、その実は強靭であり、おまけに敵の油断も誘えるのですね」

 

 マリナ

「なるほど、副次的効果に期待できるとは気付かなかった。……しかし敵に侮られるのは釈然としないな。やはりもっと鍛えるべきか……?」

 

 ゾルク

「あーあ。考え込んじゃった」

 

 ジーレイ

「褒めただけのつもりなのですが……言葉とは斯くも難しい」

 

 

 

 ソシアの弓技で終了 その1

 

 

 ゾルク

「援護してくれて助かったよ」

 

 ソシア

「それなら良かったです。いつでもお任せくださいね!」

 

 

 

 ソシアの弓技で終了 その2

 

 

 ミッシェル

「カッコ良かったわぁ~! 今度、その姿を描かせてね♪」

 

 ソシア

「カッコ良いって言われても……複雑です」

 

 ミッシェル

「じゃあ、男前?」

 

 まさき

「悪化させてどうするのだ……」

 

 

 

 ジーレイの魔術で終了 その1

 

 

 ジーレイ

「僕の魔術、いかがでしたか」

 

 マリナ

「申し分ない威力だ。頼りにしている」

 

 

 

 ジーレイの魔術で終了 その2

 

 

 ジーレイ

「最終秘伝! スーパーウルトラデラックスハイパーアルティメットフラーッシュ!!」

 

 ミッシェル

「今の術、そんなにカッコいい名前だったの!?」

 

 ジーレイ

「いえ、冗談です」

 

 ミッシェル

「えー!? もう、がっかりしちゃったじゃない!!」

 

 ソシア

「ミッシェルさんの感性って、どうなっているんでしょうか?」

 

 まさき

「発端であるジーレイも相当のものなのでは……」

 

 ジーレイ&ミッシェル

「聞こえていますよ」

「聞こえているわよ!」

 

 

 

 ミッシェルの物理攻撃で終了 その1

 

 

 ゾルク

「やるなぁ、ミッシェル。頼もしいよ!」

 

 ミッシェル

「この勢いで前衛もこなしちゃおうかしら?」

 

 ゾルク

「俺の出番が減るから、やっぱり大人しくしてて……!」

 

 

 

 ミッシェルの物理攻撃で終了 その2

 

 

 ミッシェル

「おバカと天才は紙一重ってね♪」

 

 ジーレイ

「ご自分でおっしゃるところに、才能を感じざるを得ません」

 

 

 

 ミッシェルが戦闘中に筆術を使用して終了 その1

 

 

 ソシア

「ミッシェルさんの絵のおかげで、私達は大助かりです!」

 

 ミッシェル

「でしょでしょー? これからも助けまくっちゃうから、期待しててね♪」

 

 

 

 ミッシェルが戦闘中に筆術を使用して終了 その2

 

 

 まさき

「む、まだ魔物が残っていたか……」

 

 ミッシェル

「ちがーう! それはあたしの可愛い作品よっ!」

 

 マリナ

「間違われても仕方ないだろう」

 

 ミッシェル

「どうしてよーっ!?」

 

 

 

 ミッシェルの第一秘奥義、または第三秘奥義で終了

 

 

 ジーレイ

「あんなもの、よく描くことが出来ますね」

 

 ミッシェル

「あんなものとは失礼なっ! 『ソルフェグラッフォレーチェ』は傑作品よ?」

 

 ソシア

「芸術って難しいですよね」

 

 ゾルク

「うんうん」

 

 ミッシェル

「こら、そこっ!!」

 

 

 

 まさきの剣術で終了 その1

 

 

 マリナ

「さすがだな。無駄のない動きだった」

 

 まさき

「この程度、造作もない……」

 

 マリナ

「誰かにも見習ってほしいくらいだな」

 

 ゾルク

「ふぇ?」

 

 

 

 まさきの剣術で終了 その2

 

 

 ミッシェル

「『この太刀さばき、姫をお守りするためにあり……!』」

 

 まさき

「拙者の真似をするのは勘弁してくれぬだろうか……」

 

 ミッシェル

「えー? カッコ良いのに~。あ、もしかして恥ずかしがってるの? 可愛いー♪」

 

 まさき

「は、恥ずかしがってなどおらぬ……!」

 

 

 

 まさきが分身する術技、または秘奥義で終了 その1

 

 

 まさき

「これぞ、分身殺法なり……」

 

 ミッシェル

「カッコ良いー♪ もっかいできる?」

 

 まさき

「「お安い御用ぞ……」」

 

 ミッシェル

「二人になっちゃった! やっぱり凄い凄~い! ……あ、でも分身されると、食いぶちが増えちゃうわねぇ」

 

 まさき

「「いや待て。ずっとこのままなわけがなかろう……」」

 

 ジーレイ

「おお、二倍ツッコミ」

 

 

 

 まさきが分身する術技、または秘奥義で終了 その2

 

 

 ソシア

「分身できるなんて、すごいです!」

 

 まさき

「忍の心得を、少々だが持ち合わせているのでな……」

 

 ソシア

「私も分身してみたいです。まさきさん、忍の心得を教えてください!」

 

 まさき

「ソシアよ、突然何を……」

 

 ソシア

「忍者ですか! 忍者を目指せばいいんですね! 私、頑張って忍者になります!」

 

 まさき

「女性の場合は『くのいち』になるのだが……いや、そういう問題ではないな。どうしたものか……」

 

 

 

 普通に終了 その1

 

 

 ゾルク

「斬って!」

 

 ジーレイ

「滅ぼして」

 

 まさき

「微塵に刻む……!」

 

 

 

 普通に終了 その2

 

 

 ゾルク

「全力で叩き斬って!」

 

 ジーレイ

「その魂を蝕んで」

 

 まさき

「二度と朝日は拝ませぬ……!」

 

 ゾルク

「うーん、なんかしっくりこないなぁ。リズム感が無いというか……」

 

 ソシア

「こういう掛け合いは最初が肝心だそうですよ」

 

 ゾルク

「だとすると……俺ってリズム感が無かったのかー!!」

 

 

 

 普通に終了 その3

 

 

 マリナ

「蹴って!」

 

 ソシア

「射って!」

 

 ミッシェル

「描きまくるわよ!」

 

 

 

 普通に終了 その4

 

 

 マリナ

「撃って!」

 

 ソシア

「撃って!」

 

 ミッシェル

「打ちまくり!」

 

 まさき

「最後のみ文字が違っているぞ……」

 

 ミッシェル

「あら、やっぱり打撃はダメ?」

 

 

 

 普通に終了 その5

 

 

 ゾルク

「救世主一行、大勝利ー!!」

 

 ミッシェル

「ねえ、ちょっと! それじゃあ『救世主ゾルクと愉快な仲間達』みたいなニュアンスじゃないの! あたし達を省略するの禁止ー!!」

 

 ソシア

「そうですよ! ゾルクさんだけ目立っててズルいです!」

 

 ゾルク

「そうかなぁ……? んじゃあ、どうすりゃいいのさ」

 

 ミッシェル

「ここはひとつ、『天才画家とお供の大勝利ー♪』って感じで」

 

 ゾルク&ソシア

「「却下!!」」

 

 マリナ

「どうでもいい問題なのでは?」

 

 ゾルク&ソシア&ミッシェル

「「「どうでもよくない!!」」」

 

 マリナ

「す、すまない……」

 

 

 

 短時間で終了 その1

 

 

 ソシア

「ちょろいです!」

 

 マリナ

「甘いな!」

 

 ミッシェル

「つまり、ちょろ甘ね♪」

 

 

 

 短時間で終了 その2

 

 

 ゾルク

「ちょろいぜ!」

 

 ジーレイ

「甘いです」

 

 まさき

「即ち、ちょろ甘なり……」

 

 

 

 短時間で終了 その3

 

 

 まさき

「弱過ぎる……」

 

 ゾルク

「だな。みつね姫に言い寄られた時のまさきと同じくらい弱かったよ」

 

 まさき

「……お主を斬る……!!」

 

 ゾルク

「わあああ!? 冗談だってば!」

 

 

 

 ゾルクの体力が残り少ない状態で終了 その1

 

 

 ゾルク

「ちょ、ちょっとしんどいかも……休ませて……」

 

 マリナ

「そんな調子では先が思いやられる」

 

 ゾルク

「手厳しいなぁ……」

 

 

 

 ゾルクの体力が残り少ない状態で終了 その2

 

 

 ゾルク

「くっ、かなり手こずったな……」

 

 ジーレイ

「おや、そうですか?」

 

 マリナ

「お前だけだろう」

 

 まさき

「精進が足らぬ……」

 

 ゾルク

「…………」(無言で三角座り)

 

 

 

 苦戦して終了 その1

 

 

 ミッシェル

「すんごく時間かかったわねぇ……」

 

 ゾルク

「そりゃあ、相手が手強かったから……」

 

 ジーレイ

「僕達らしからぬ体たらくですね……」

 

 

 

 苦戦して終了 その2

 

 

 ソシア

「やっと終わりましたね……」

 

 まさき

「撃破に難儀するとは、不覚なり……」

 

 マリナ

「それほど強敵だったということだな……」

 

 

 

 エグゾア戦闘員を倒して終了 その1

 

 

 ゾルク

「エグゾアだろうがなんだろうが、俺達の邪魔はさせない!」

 

 マリナ

「救世主が板についてきたな、ゾルク」

 

 ゾルク

「えへへ。そ、そうかなぁ~?」

 

 マリナ

「……そのニヤケ顔で台無しになった」

 

 

 

 エグゾア戦闘員を倒して終了 その2

 

 

 ソシア

「戦闘組織が相手でも、私達は負けません!」

 

 ジーレイ

「そうですね。こちらには優秀な狩人がいるのですから」

 

 

 

 エグゾア戦闘員を倒して終了 その3

 

 

 まさき

「エグゾア、恐るるに足らず……」

 

 ミッシェル

「あたし達に仕掛けても無駄なのよーっだ!」

 

 

 

 俺達は負けない! その1

 

 

 ゾルク

「よーし。打ち合わせ通りに頼むよ」

 

 マリナ

「……本当にやるのか?」

 

 ゾルク

「俺達は!」

 

 マリナ

「ま……負け、ない……」

 

 ゾルク

「どうしたんだ? ノリきれてないじゃないか」

 

 マリナ

「実は、こういうノリは苦手なんだ……」

 

 

 

 俺達は負けない! その2

 

 

 ゾルク

「俺達は!」

 

 ソシア&ジーレイ

「「負けません!!」」

 

 ゾルク

「じーっ……」

 

 マリナ

「な、なんだその視線は」

 

 ゾルク

「ほらマリナも」

 

 マリナ

「やらないからな!」

 

 

 

 俺達は負けない! その3

 

 

 ゾルク

「俺達は!」

 

 ミッシェル

「負っけなーい!!」

 

 まさき

「…………」

 

 ゾルク

「なあ、まさきもやろうよ。これは絆を深める儀式だから」

 

 まさき

「なんと、儀式だったのか。ならばお供しよう……」

 

 マリナ

「まさき、騙されているぞ」

 

 ゾルク

「いいからほら、マリナも一緒に」

 

 マリナ

「どさくさに紛れて誘うな!」

 

 

 

 俺達は負けない! その4

 

 

 ゾルク

「俺達は!」

 

 六人全員

「「「「「「負けない!!」」」」」」

 

 

 

 俺達は負けない! その5

 

 

 ゾルク

「俺達は!」

 

 六人全員

「「「「「「負けない!!」」」」」」

 

 ミッシェル

「いつの間にか、マリナも『負けない!!』って言うようになったわね」

 

 ジーレイ

「とうとう寂しくなってきたのでしょう」

 

 マリナ

「ち、違う! 空気を読んで渋々参加しているだけだ」

 

 まさき

「しかし、気概の溢れた叫び声であったぞ……?」

 

 マリナ

「え、ええと、それはだな……その……」

 

 ゾルク

「今さら照れなくてもいいよ。なんだかんだ言って楽しかっただろ? というわけで次も……」

 

 マリナ

「う、うるさーい!!」

 

 ゾルク

「ぐぼへぁっ!?」

 

 ソシア

「マリナさんの照れ隠し、恐るべし……」

 

 

 

 俺達の武器は! その1

 

 

 ゾルク

「俺達の武器は! 結束と!」

 

 マリナ

「勇気と!」

 

 ソシア

「優しさと!」

 

 ジーレイ

「知性と」

 

 ミッシェル

「愛嬌と♪」

 

 まさき

「不屈の心なり……!」

 

 ゾルク

「よし、決まった!」

 

 

 

 俺達の武器は! その2

 

 

 ゾルク

「俺達の武器は! 結束と!」

 

 マリナ

「ゆう、きと……駄目だ、やはり小っ恥ずかしい……」

 

 ソシア

「マリナさん、そこをなんとか……!」

 

 ジーレイ

「ゾルクの顔を立てると思って頑張ってください」

 

 ミッシェル

「あら? やらないみたいね。絵でも描きにいっちゃおうかしら」

 

 まさき

「拙者、台詞を失念してしまった……」

 

 ゾルク

「……結束なんて無かった」

 



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協力秘奥義

 

【挿絵表示】

(絵:ピコラスさん)

 

 

 

下記のリンクから飛べます。

 

 

 

 

 インディグネイト・ブレイカー

 (光)(斬)

 ゾルク&マリナ

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 マリナ

天光(てんこう)()つる(ところ)に我はあり」

(二丁拳銃に光の魔力を込め、ゾルク目掛けて発射)

 

 ゾルク

黄泉(よみ)の門開く(ところ)に汝あり」

(光の魔力を両手剣で吸収し、敵に突撃して数回の斬撃)

 

 マリナ

「出でよ、神雷(じんらい)の刃!」

(光弾を連射して敵を攻撃。同時に、ゾルクは両手剣を突き上げ、吸収した光の魔力を天に放出)

 

 ゾルク

「これで……終わらせてやる!」

(光の魔力は凄絶な稲妻となって両手剣に落ち、天に届くほど長大な光の剣が誕生)

 

 ゾルク&マリナ

「「インディグネイト・ブレイカー!!」」

(光の剣を振り下ろし、大地ごと敵を両断して消滅させる)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 マリナ

「これが、私達の!」

 

 ゾルク

「世界を救うための!」

 

 ゾルク&マリナ

「「力だ!!」」

 

 

 

 灘濤激浪波(だんとうげきろうは)

 (水)(打)

 ゾルク&ソシア

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 ゾルク

「やるぞ、ソシア!」

(両手剣の腹を敵に叩きつけて弾き飛ばす)

 

 ソシア

(たけ)る海原の力、今ここに!」

(水の魔力を込めた矢を大量に放って大波を形作り、やがて本物の荒波を生み出して敵を攻撃)

 

 ゾルク

「荒波に呑まれて飛沫(しぶき)と消えろ!」

(荒波を渦潮状にして両手剣に纏わせて振り回し、水圧と水流で敵を殴打)

 

 ゾルク&ソシア

「「秘奥義! 灘濤激浪波(だんとうげきろうは)!!」」

(両手剣に纏った荒波を拡大させながら振り下ろし、敵を戦場ごと巻き込んでとどめ)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ゾルク

「荒れ狂う海の力、凄いだろ!」

 

 ソシア

「頭を冷やすには打って付けでしょう?」

 

 

 

 魔神絶討牙(まじんぜっとうが)

 (闇)(打)

 ゾルク&ジーレイ

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 ジーレイ

「あなたに全てを託します」

(ゾルクに闇の魔力を与える)

 

 ゾルク

「この闇からは逃さない! でやあああああ!!」

(両手剣を手放し、魔神の腕を(かたど)った闇を両腕に纏う。直後、突撃して敵を殴りまくる)

 

 ジーレイ

「神も悪魔も」

(ゾルクへ、闇の魔力を更に与える)

 

 ゾルク

「打ち砕く!!」

(右腕に闇の魔力を集中させながら、高く跳躍する)

 

 ゾルク&ジーレイ

「「魔神(まじん)絶討牙(ぜっとうが)!!」」

(ゾルクが真上から、大地が割れるほどの威力で敵を殴る。そして割れた大地から闇の魔力が溢れ、敵を追い討つ)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ゾルク

「闇の魔力、とんでもなかった……」

 

 ジーレイ

「けれどもあなたは制御できていました。大したものですよ」

 

 ゾルク

「へへっ、ありがとう」

 

 

 

 牙炎紅破人(がえんこうはじん)

 (火)(衝)

 ゾルク&ミッシェル

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 ミッシェル

「力作、いくわよー!」

(大筆でゾルクに絵具を塗りたくる)

 

 ゾルク

「……って、俺に何するんだよ!?」

(絵具が生み出した炎に全身が包まれていく)

 

 ミッシェル

「タイトルは『爆炎人間ゾルク』!」

(ゾルクが炎の鎧を身に纏い、両手剣も燃え盛る)

 

 ゾルク

「あーもう! このままやってやる!」

(燃える両手剣を振り回し、斬撃の代わりに炎で敵を焼きまくる)

 

 ミッシェル

「そーれ、必殺!」

(ゾルクの両手剣に、さらに強大な炎の魔力を込める)

 

 ゾルク&ミッシェル

「「牙炎紅破人(がえんこうはじん)!!」」

(下段から両手剣を振り上げ、広範囲の敵に爆炎を浴びせる)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ゾルク

「もう、ミッシェル! びっくりしたじゃないか!!」

 

 ミッシェル

「ごっめーん♪ でも倒せたから結果オーライでしょ? ね♪」

 

 ゾルク

「どうせなら敵に火を点けてもらいたかったなぁ……」

 

 

 

 鳳真炎凰剣(ほうしんえんおうけん)

 (火)(斬)

 ゾルク&まさき

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 ゾルク

「しくじるなよ!」

(両手剣を、まさきの刀と交差させる)

 

 まさき

「ふっ。それは拙者の台詞ぞ……」

(ビットの魔力を用いて、自分とゾルクの武器に爆炎を宿す)

 

 ゾルク

「鳳凰の怒りで!」

(突撃して連続で斬撃)

 

 まさき

「燃え尽きよ……!」

(こちらも突撃して連続で斬撃)

 

 ゾルク&まさき

「「鳳真炎凰剣(ほうしんえんおうけん)!!」」

(両側から敵を串刺しにし、刃から炎を放出しながら二人で斬り上げる)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ゾルク

「決まったな! やっぱりまさきは頼りになるよ」

 

 まさき

「なんの。お主との連携あってこそなり……」

 

 ゾルク

「じゃあ、二人の勝利ってことで!」

 

 

 

 グングニル・ドライバー

 (射)

 マリナ&ソシア

 

【挿絵表示】

 

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 マリナ

「ソシア、協力してくれ!」

(二丁拳銃による連射で敵を攻撃しつつ、その場に拘束)

 

 ソシア

「挟み撃ちですね。やりましょう!」

(敵を挟んでマリナに向き合うよう移動しながら、束ねた矢を連射)

 

 マリナ

「ありったけを喰らえ!」

(ソシアと共に射撃しまくる)

 

 ソシア

「次が本命です!」

(双方、いったん射撃を止め、武器内のビットを活性化させて魔力を込める)

 

 マリナ&ソシア

「「グングニル・ドライバー!!」」

(両側から、槍の如く鋭い光線を敵に発射)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 マリナ

「私達に出会った時点で、貴様の運は尽きていた」

 

 ソシア

「申し訳ありませんが、そういうことです!」

 

 

・戦闘勝利台詞(特殊)

 

 ソシア

「やりましたね、マリナさん! 勝利の決めポーズをお願いします!」

 

 マリナ

「何!? それは打ち合わせていないぞ……!?」

 

 ソシア

「さあ、マリナさん」

 

 マリナ

「ど……どうしたソシア。目が本気だな。冗談じゃないのか……!?」

 

 ソシア

「早く決めポーズを。さあ、さあ!」

 

 マリナ

「い、嫌だ。私は決めポーズなどとらない……や、やめてくれ、手とり足とりは反則だろう!?」

 

 ゾルク

「ソシア、どうしちゃったんだ?」

 

 ジーレイ

「決めポーズをとるマリナの姿を、どうしても拝見したいそうです」

 

 ゾルク

「……あの子、たまに変なスイッチ入るよなぁ……」

 

 

 

 エクストリーム・バースト

 (風)(衝)

 マリナ&ジーレイ

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 マリナ

「ジーレイ、風の魔力を私に!」

(二丁拳銃をホルスターに収める)

 

 ジーレイ

「では思う存分どうぞ。期待していますよ」

(風の魔力で出来た巨大なボールを生み出し、打ち上げる)

 

 マリナ

「任せておけ。……決めてやる!」

(風のボールを追うように高く飛び上がり、狙いを定める)

 

 マリナ&ジーレイ

「「エクストリーム・バースト!!」」

(渾身の力で風のボールを蹴り、下方の敵へ直撃。風のボールは破裂して多数の敵を巻き込む)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ジーレイ

「お任せして正解でしたね」

 

 マリナ

「期待されたからには全力で応えるしかないだろう?」

 

 ジーレイ

「実に頼もしい。これからも当てにさせていただきます」

 

 

 

 ソルフェクラッシュレーチェ

 (地)(打)

 マリナ&ミッシェル

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 マリナ

「ミッシェル、連携攻撃だ!」

(突撃し、敵に脚技を見舞う)

 

 ミッシェル

「やるのは『ソルフェグラッフォレーチェ』なんだけどねぇ」

(何やら奇妙な人形を描く)

 

 マリナ

「なんでも構わないさ。……はああああっ!」

(マリナは脚技を用いて、人形は幾つもの岩石を投げて敵を追い詰める)

 

 ミッシェル

「とどめはキックよ!」

(マリナが人形の右腕に乗る)

 

 マリナ&ミッシェル

「「ソルフェクラッシュレーチェ!!」」

(人形が大地の力を込めてマリナを投げ飛ばし、敵に強力なキックを浴びせる)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 マリナ

「戦力としては折り紙つきだが、やはり不気味な人形だな……」

 

 ミッシェル

「そんなことないわよ~。ほら、口元とかチャーミングだと思わない?」

 

 マリナ

「……全く」

 

 ミッシェル

「えぇー!? こんなに可愛いのにぃ~……」

 

 

・戦闘勝利台詞(特殊)

 

 マリナ

「人形の名が『ソルフェグラッフォレーチェ』で、技名がソルフェクラッシュレーチェ……。ややこしくないか?」

 

 ミッシェル

「そーお? 優雅さと激情の違いだから、かなりわかりやすいと思うんだけど」

 

 マリナ

「名に込められた意味で判別しているのか……。言葉の意味を感じることは大切だと思うが、戦闘時に主張するのは控えてもらいたかったな」

 

 ミッシェル

「そう言われちゃったら……仕方ないわねぇ」

 

 マリナ

「技名を変更してくれるのか!」

 

 ミッシェル

「次の作品で、もっと大衆性を見出してみせるわ! 期待しててね♪」

 

 マリナ

「…………ああ。応援している」

 

 

 

 獣王霧迅撃(じゅうおうむじんげき)

 (斬・打・射・衝)

 マリナ&まさき

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 マリナ

「まさき、あれをやるぞ」

(二丁拳銃から発煙弾を発射)

 

 まさき

「あれというと、あれか。心得た……」

(発煙弾が生み出す霧に身を隠し、双方とも眼光鋭く突撃)

 

 マリナ

「貴様に見舞うは!」

(姿を隠したまま、全方位から銃撃と蹴撃を繰り出す)

 

 まさき

獣王霧迅(じゅうおうむじん)の……!」

(こちらも全方位から、直接の斬撃や衝撃波を連続で放つ)

 

 マリナ&まさき

「「一撃(いちげき)!!」」

(ついに姿を現わす。とどめとして渾身の蹴撃と斬撃を、左右から同時に見舞いつつ特攻。その威力によって一気に霧を晴らす)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 まさき

「万物を打ち砕く、迅速の撃……」

 

 マリナ

「誰にも見切れはしない!」

 

 

 

 ガイアストライカー

 (地)(射)

 ソシア&ジーレイ

 

【挿絵表示】

 

【挿絵表示】

 

 

 ソシア

「ジーレイさん、援護を頼みます!」

(矢を束ねて連射)

 

 ジーレイ

「そうおっしゃると思い、もう始めています」

(敵の真下の大地を棘状に盛り上げて攻撃)

 

 ソシア

「さすが、用意周到ですね」

(複数の矢を自身の真下に発射し、地中を走らせる)

 

 ジーレイ

「今が好機です」

(大地から植物の(つた)を伸ばし、敵に巻きつかせて拘束)

 

 ソシア

「はい!」

(地中を走る複数の矢が、大地の魔力を纏って敵を取り囲む)

 

 ソシア&ジーレイ

「「ガイアストライカー!!」」

(大地の魔力を纏った複数の矢が、連続で敵を貫く)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ソシア

「ありがとうございます、ジーレイさん!」

 

 ジーレイ

「僕は手をお貸ししただけに過ぎません」

 

 ソシア

「それでもやっぱり、ありがとうございます」

 

 

 

 トルネードブリンガー

 (風)(打・射)

 ソシア&ミッシェル

 

【挿絵表示】

 

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 ミッシェル

「知ってるかしら。女の子を怒らせるとコワ~イのよ?」

(巨大な魔法陣を描き、竜巻を発生させる)

 

 ソシア

「今さら泣いても許しません!」

(大量に矢を放って竜巻に巻き込ませる)

 

 ミッシェル

「なんでもかんでも、ぶつけちゃえー!」

(矢のほか、瓦礫などの様々な異物を取り込ませた竜巻を敵にぶつけて、空に巻き上げながらダメージを与える)

 

 ソシア

「これが私達の!」

(竜巻と異物が消え去る。空中にいる敵の全方位を、大量の矢が包囲する)

 

 ソシア&ミッシェル

「「トルネードブリンガー!!」」

(包囲の中心にいる敵へ全ての矢が直進し、葬る)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ミッシェル

「乙女の怒り、ヤバかったでしょ」

 

 ソシア

「甘く見てると痛い目に遭うんですよ」

 

 

 

 アブソリュート・(ざん)

 (水)(斬)

 ソシア&まさき

 

【挿絵表示】

 

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 ソシア

「彼の者に来たれ、極寒の吹雪よ!」

(冷気を帯びた矢を天に放って雪雲を作り、吹雪を巻き起こす)

 

 まさき

「凍てつく抱擁(ほうよう)を贈り、永遠の別れを告げん……!」

(吹雪に紛れて敵を斬り刻む)

 

 ソシア

「まさきさん、お願いします!」

(冷気を帯びた矢を複数本放ち、敵を氷漬けに)

 

 まさき

「これぞ秘奥義……!」

(ビットの魔力によって、敵を更に巨大な氷塊の中へ閉じ込めて圧力をかける)

 

 ソシア&まさき

「「アブソリュート・(ざん)!」」

(まさきが縦に一刀両断し、その威力のまま敵を氷塊ごと木っ端微塵にする)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 まさき

雪花(せっか)、散りゆくかの如く……」

 

 ソシア

「かっこいい決め台詞……! 今度、決め台詞の極意を教えてください!」

 

 まさき

「す……すまぬが、そのようなものは存在せぬ……」

 

 

 

 ウィザード・オブ・ジェノサイド

 (衝)

 ジーレイ&ミッシェル

 

【挿絵表示】

 

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 ジーレイ

数多(あまた)凶霊(きょうれい)よ、我らが元にその力を示せ」

(無数の霊を周囲に召喚)

 

 ミッシェル

「禁じられし術、いま行使せん」

(巨大な魔法陣を描き、霊を配置)

 

 ジーレイ

呪念(じゅねん)、終局へと(いざな)う戒めとなり」

(波動を放ち、敵を魔法陣の外から中心へと引き寄せる)

 

 ミッシェル

「殺戮を広げ、嘆きを生み出せ」

(霊が白く燃え始め、敵に集結)

 

 ジーレイ

「汝に待つのは、ただ滅亡のみ」

(霊の炎で構成された巨大な柱が魔法陣を覆う)

 

 ジーレイ&ミッシェル

「「せめて、安息の地に眠れ」」

(柱が収縮し、敵を抹消する)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ジーレイ

「普段とは打って変わって、真面目に発動してくださりましたね」

 

 ミッシェル

「当たり前でしょ? これでも一流の筆術師だもの♪」

 

 ジーレイ

「ふふ。それでは次回も、プロの仕事をお願い致しますよ」

 

 

・戦闘勝利台詞(特殊)

 

 ジーレイ

「素晴らしく真剣に詠唱してくださりましたね」

 

 ミッシェル

「まーね。気を引き締めなきゃ何か持ってかれそうなくらい、ヤバい術だし」

 

 ジーレイ

「日頃から引き締まっていれば、なお素晴らしいのですが」

 

 ミッシェル

「あたしにはね、息抜きが必要なのよ~」

 

 マリナ

「戦闘中に息抜きを求めるな!」

 

 ミッシェル

「……てへっ♪」

 

 

 

 斬塵斬衝斬(ざんじんざんしょうざん)

 (闇)(斬・衝)

 ジーレイ&まさき

 

【挿絵表示】

 

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 まさき

「天を割る。助太刀願えるか……?」

(刀を鞘に収め、闇の魔力を込める)

 

 ジーレイ

「出来ますとも」

(魔法陣によって敵を拘束)

 

 まさき

「心強い……」

(二体の分身を生み出し、三方に散開する)

 

 ジーレイ

「お褒めに(あずか)り光栄です」

(魔法陣と共に敵を浮かせて上空に固定)

 

 ジーレイ&まさき

「「(ざん)……!!」」

(まさきが分身と共に三方から居合い抜きを繰り出し、闇の斬撃波を飛ばす。天に時空の裂け目が生じるほどの威力で、敵を魔法陣ごと斬り裂く)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ジーレイ

「お見事です、まさき」

 

 まさき

「お主がおらねば成しえなかった。礼を申す……」

 

 ジーレイ

「その言葉、そっくりそのままお返し致します」

 

 

 

 無限雷電召(むげんらいでんしょう)

 (光)(射)

 ミッシェル&まさき

 

【挿絵表示】

 

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 ミッシェル

「さぁて、張り切って描いちゃうわよ~!」

(無数の雷を描き、天から射撃するかの如く周囲を攻撃)

 

 まさき

「稲妻地獄を味わうがいい……」

(雷をひとつ刀身で受け止め、帯電状態となる)

 

 ミッシェル

「仕上げはよろしく♪」

(複数の雷で敵を貫き、その場に拘束)

 

 まさき

「承知……!」

(姿を消し、上空に再出現)

 

 ミッシェル&まさき

「「無限雷電召(むげんらいでんしょう)!!」」

(雷と共に急降下し、垂直斬りで敵を脳天から串刺しにする)

 

 

・戦闘勝利台詞

 

 ミッシェル

「ビリビリ昇天シビレちゃうーぅ! 最高の出来になったわね♪」

 

 まさき

「奇想天外なお主だからこそ成せる業。芸術とやらが、僅かにだが理解できたかもしれぬ……」

 

 ミッシェル

「もー、嬉しいこと言ってくれちゃって♪」

 

 

・戦闘勝利台詞(特殊)

 

 ミッシェル

「勝利勝利、大勝利ー♪ ほら、まさきもこうやって腕を突きあげて!」

 

 まさき

「こ、こうか……?」

 

 ミッシェル

「……はっ!? なにこれ、めっちゃいい構図……! 今から描かなきゃ! まさき、五時間くらいじっとしててね♪」

 

 まさき

「微動だにせず五時間……!? 修行に匹敵する苦行……乗り越えられるであろうか……!」

 

 ゾルク

「いや、断れよ」

 

 

 

 

 

 

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おまけ
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 INFINITY(インフィニティ)  Tales of Zero(テイルズオブゼロ)」主題歌

 

 

 制作期間2017/12/3~2018/6/12

 初公開日2018/6/14

 

 

 【YouTubeで聴く】

 

 

 【ニコニコ動画で聴く】

 

 

 

 ≪歌手≫

 JKさん

 【Twitter】

 

 ≪作詞、作曲、編曲≫

 フルカラー(To零の作者)

 【Twitter】

 

 ≪ギター≫

 スエヒロユウタさん

 【Twitter】 【OGS岡山ギタースタジオ】

 

 ≪ミックス≫

 Kawさん

 【Twitter】

 

 ≪絵≫

 ピコラスさん

 

 

 【0番】

 (きみ)勇姿(ゆうし)を (わす)れはしない

 

 【1番】

 明日(あした)()わる その(まえ)

 (あらが)うのさ (ちから)(かぎ)りで

 (やみ)(わら)う (あく)()まりし(もの)

 ()けはしない 絶対(ぜったい)

 

 (ねが)いを(たく)され この(そら)()らす

 (けわ)しき(みち)()えて (はし)(つづ)けるんだ

 

 「一刀両断剣(いっとうりょうだんけん)!!」

 

 (おれ)勇気(ゆうき)で 世界(せかい)(すく)

 (つるぎ) 銃脚(じゅうきゃく) 弓矢(ゆみや) 今構(いまかま)えて

 (おそ)れなどない 気高(けだか)(さけ)

 (たましい) (きずな) (あつ)く ()められない

 INFINITY(インフィニティ)

 

 【2番】

 ()()けられた 現実(げんじつ)

 (こころ) 身体(からだ) (むしば)(こわ)していく

 (よわ)さ (かく)(とお)せるわけがないよ

 (なに)も ()えなくなったんだ

 

 それでも()げない (きみ)(おし)えてくれた

 まやかし (いつわ)りでも 未来(みらい)可能性(かのうせい)

 

 「双翼飛翔剣(そうよくひしょうけん)!!」

 

 (おれ)決意(けつい)で ゼロにさせない

 魔術(まじゅつ) 絵筆(えふで) (やいば) 今操(いまあやつ)

 希望(きぼう)(ひかり) (むね)()めて

 邪悪(じゃあく) 狂気(きょうき) 野望(やぼう) ()(くだ)くのさ

 INFINITY(インフィニティ)

 

 【3番】

 (おれ)覚悟(かくご)と (きみ)覚悟(かくご)

 この世界(せかい)()らす (かがや)きとなる

 (きみ)勇姿(ゆうし)を (わす)れるものか

 さあ決着(けっちゃく)(とき)だ ゼロになれ

 INFINITY(インフィニティ)

 INFINITY(インフィニティ)

 

 

 

 



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