遊戯絶唱シンフォギアG~歌の苦手な決闘者系オリ主黙示録~ (特撮仮面)
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彼と彼女としないフォギア

 遊吾・アトラスは激怒した。彼の暴虐の王を打ち倒さんと彼が内心怒りに震える。クソガッ、どいつもこいつも何で俺に気持ちよく決闘させないんだ!

 

 

「…どうしたんだよ?」

「い、いや、何でもないッ!」

 

 

 隣を歩くのは、流れる艶やかな銀髪を後ろで二つに縛り、強い意思の籠った瞳を持つ、赤いドレス姿の少女。クリスだ。

 

 対する、黒い針金コートに右腕に巻かれたシルバー。ウニのようなツンツンの黒髪の少年の名は、遊吾・アトラス。

 

 現在二人は、街へと出かけていた。ルナアタック、そう呼ばれる戦いから数日。本来ならば機密保持の関係上外へ出ることは許されないのだが、本部移転などに乗じてこっそりと遊吾がクリスを連れ出したのだ。

 

 恐らく後から大目玉なのは確実。だが、彼はそうしたい理由があった。

 

 フィーネとのコミュニケーションがとれていないのだ。いや、せいかくに言えば、二人とも話そうにも素直に話せない、と言ったところか。フィーネこと了子の場合は後ろめたさから、クリスは素直に感情を表現できないことと、敵であったがゆえにどう接して良いか分からないから。

 

 二人が同じ空間にいたときのあのなんとも言えない雰囲気は嫌いだ。そして、そのあと地味に二人して凹んでいるのを見るのも好きじゃない。

 

 だから彼はよかれと思って彼女を連れ出したのだ。しかし、連れ出したのは良いものの本部移転のための手続きや一部装者の活動などで見知らぬ街に来ているものだから、下手をすれば迷子になりかねないし、何よりも異性と街に出るのは初めてだから、彼自身これからどう動けば良いとか分からなかったりする。

 

 今二人は、アーケード街を歩いているのだが、本当にただ歩いているだけだった。遊吾はこれからどうするよ? と頭を悩ませているし、クリスの場合はこの状況にまだ頭が追い付いていない状態だった。

 

 彼は、元の世界で異性と行く場所と言えばカードショップだった。ちなみに、皆見麗しい女性決闘者ばかりだったのだが、彼に負けず劣らずの決闘脳。もとい決闘馬鹿なため、彼との関係は甘酸っぱい何て事はなく、むしろ相手をノックアウトさせるためだけの痛味な関係。

 

 そのため、今回の行動で参考になる部分は欠片もなかった。というか、どこからともなく「へぇ、デートかよ」といった声が聞こえてくる始末である。

 

 ちなみに、彼らは普通に歩いているつもりなのだが、端から見たら頭を悩ませて歩く少年と、そんな少年をチラチラみればすぐに顔を伏せて、といった行動を繰り返す頬の赤い少女。容姿や格好も相まって凄い目立っていた。

 

 

「あー、このまま歩いてても埒が明かねえな。どっか行くか?」

「え? あ、いや、そうだな……どこ行く?」

「いや、それを俺が聞いてんだけどな?」

 

 

 ぶらぶらと歩いているのも時間が勿体無いのでと彼が聞くのだが、クリスからの返答は質問。質問を質問で返されて苦笑してしまうが、まあお互いこのような状態に慣れていないということだろう。

 

 そうだな…。そう考えて彼が辺りを見渡そうとして、とある建物に気がついた。

 

 扉が開けっぱなしで、大音量が外まで聞こえてくる建物。ゲームセンターだ。これは行くしかねえ! 何故かそう考えた彼は、彼女に提案してみる。

 

 

「あそこ行こう!」

「あそこ――って、あどばんすかーにばる……ゲームセンター?」

「ああ!」

 

 

 ほら、行くぞ! 一度決めたら動きは早い。彼女の手をとって彼はゲームセンターへと突進していくのであった。

 

 

 

『こちらN、ターゲットCとYはポイントbのゲームセンターに入りました』

『座標特定、位置情報を更新し、予測進路を修正します』

『こちら本部。了解した。そのまま監視を続けてくれ』

『了解。N、任務続行します』

「あの、皆さん何してるんですか?」

「…良い大人だって言うのにこの男どもは…」

 

 

 

「ほえー」

 

 

 クリスはその世界に思わずそんな間の抜けた声を出してしまった。

 

 キラキラと輝く照明と筐体。ガンガン流れる様々な機械から流れてくる音は、どれもが空中でぶつかり合い不協和音を奏でるが、その不協和音は不快なものではなく、どちらかと言えばこの空間がどんなものかを全力で主張していた。

 

 物珍しそうに辺りを見回すクリスとは違い、遊吾は迷いない足取りで両替機へ向かい札を小銭に変える。

 

 ちなみに、彼は二課に拾われて初めてこの世界の通貨を手に入れることができた。

 

 それは、月から帰還して数日間、ノイズ狩りしてみたり災害地の救助活動を行っていたことによる報酬金。一部破壊した建物分の金額が引かれたりしているが、その報酬金額は並みのサラリーマンよりもあったりする。

 

 そして、彼は普段一銭もお金を使わないどころか、フラりと何処かへ消えては金を稼いで帰ってくるという行動を何度か繰り返していたため、彼の手持ち金は現在とんでもないことになっていたりする。

 

 

「お前、こういうとこ来たことがあるのか?」

「いや。生まれて初めてだ」

 

 

 彼女の言葉にそう返しながら、彼は数ある筐体を吟味し始める。

 

 事実、決闘しか頭に無かった彼にとってこのゲームセンターが初めてのゲームセンターになるのだが、響や未来から聞いていた話と、デュエルモンスターズという娯楽を生業とする彼の直感が、行動を最適化させていた。

 

 さて、どうしたものか…。そう考えながら様々なゲームを確認していた彼は、そこでクリスが居ないことに気付いた。

 

 視野が狭いとはよく言われるが、さすがにこれは無いぞ!? 少し焦って来た道を戻るが、彼女はすぐに見つかった。

 

 

「おーい、どうした?」

「え? あ、ああ。何でもない」

 

 

 彼女が見ていたのは、UFOキャッチャー。どうやら何か欲しいものがあるらしい。が、彼女は何も言わない。それを見て苦笑する彼。相も変わらず甘えるのが苦手ならしい。

 

 だが、と彼は筐体を見る。UFOキャッチャーと言うものは、アームの力が基本的に弱く設定されているらしい。下手に金を落とすのも何かシャクなんだよなぁ…。そう考えて彼は先々歩いていく彼女の後ろをついていく。

 

 

 さて、そんなこんなで二人して色んなゲームを確認していたのだが、そろそろ何かして遊ばなければなるまい。

 

 しかし、二人がここで別々のゲームを遊んでしまうと態々一緒にゲームセンターに来た意味がない。そういうわけで、二人が選んだゲームは――

 

 

「リロード!」

「任せな!!」

 

 

 ガンシューティングゲームだった。

 

 ストーリーはよくある、エージェントの二人組が謎の組織と戦うというもの。ステージのクリア時間に応じてストーリーと難易度が変化するというそのゲームは、最近リリースされたばかりのゲームだった。

 

 そして、二人はそんなゲームを――

 

 

「はっ、ちょっせえ」

「あめぇっての」

 

 

 最速、公式が掲げ、リリース後数週間経過して尚誰も越えられなかったタイムレコードを遥かに上回るステージクリアタイムで進めていた。

 

 ちなみに、このゲームはクリア時間に応じて難易度が変化するのだが、最速タイムでステージを進めた場合、普通なら詰みかねない、一撃必殺の攻撃を放つ敵の突然の奇襲やステージ移動中の罠と言った、鬼畜どころかプレイヤーにクリアさせる気無いだろと言われるような畜生難易度。

 

 だが、そんなゲームを彼らは汗一つ流さずに攻略していた。

 

 

「横!」

「助かった!」

「借りだ!」

「返す!」

 

 

 既にステージは最後。上下左右、それこそ画面の隅からでもプレイヤーを殺しに来るゲーム。当たれば一撃死。だが、そんな状況を二人という数を活かして平然とクリアする。

 

 魔弓・イチイバルという、元々遠距離からの攻撃に慣れており、尚且つ複数対一の戦闘を得意とするクリスと、決闘者特有の視力と直感により、制作者のクリアさせる気がない思考を読み取り、どの位置から敵が現れるかを予測、画面越しながら敵の出現位置を当て続ける遊吾。

 

 二人の類い希なるコンビネーションによって次々と敵を倒し、ついにラスボスに辿り着く――のだが、そのラスボスの姿に二人が身体を固めた。

 

 黒の竜。それは配色の違うレッド・デーモンズ・ドラゴン。元々彼がノイズとして活動していた際に結構表に出ていたのでその姿を目撃されていてもおかしくは無い。無いのだが、よりによってエージェントのチームのボスがラスボスで更にそれがファンタジー的能力者で、それが変身したラスボスとか、超展開も大概にしろ!! と言いたいのだが、ゲームの中で竜が言った。

 

 

『ふはははは!! 分からぬか!! 我が貴様らの言う司令、その前身であると!!』

 

 

 な、なんだってー!? というか、それマジで俺じゃねえか!? つい最近、自分の前世が強大な力を持つ竜であるということを知った彼からすれば、あまりにもタイムリー、というかこのゲームの製作者俺のこと知ってんじゃないだろうな? 思わず邪推してしまうと同時に、自分の、何よりも父の魂をこんな形で使用されたことに理不尽ながら怒りを覚える。

 

 

「クリス、こいつぶっつぶす!!」

「ああ、よくもこんなチョイ役やらせやがって。身の程を教えてやらぁ!!」

 

 

 クリスも怒っていた。

 

 彼女からすれば、Dゲイザーからの映像でキング、ジャック・アトラスとプリンス、遊吾・アトラスの決闘を見て、このレッド・デーモンズというモンスターがどのような意味を持つのか、また実は結構レッド・デーモンズが好きなこともあって、こんなチョイ役みたいなラスボスに選びやがって、という思いだ。

 

 そこから先は怒涛の展開だった。此処に来てすべてが一撃必殺の攻撃。しかも広範囲。更には、本当にこの製作者俺のこと知ってんだろと言わんばかりの防御破壊攻撃、攻撃名は勿論アブソリュート・パワーフォース。

 

 だが、それでも二人は諦めなかった。弾丸を特定部位に十発当てることで攻撃を中断させられることに気づいた二人は、防御を捨てて集中砲火。銃型コントローラーの引き金を壊さんと引き金を引き続ける。

 

 体力ゲージはあと僅か。黒い竜が苦悶の声を挙げ始めたとき、それは起こった。

 

 遊吾の引き金が滑る。手汗によってほんの少し照準がズレた。一発弾丸が外れる。

 

 このゲームの銃の弾丸の装填数は五発。つまり、一発外してしまった時点で黒い竜の攻撃を中断させることができなくなった。

 

 彼の行動は早い。このゲームは元々二人プレイを前提として作られていることもあり、足元のペダルの踏み方で複数のアクションを起こすことが出来る。彼は迷わず独立した一番左のレバー、仲間を庇うアクションを起こすその板を躊躇うこと無く踏み抜いた。

 

 彼の操作する黒色のエージェントが動く。全体攻撃を一身に受け、崩れ落ちる。だが、その背中には無傷の赤色のエージェント。彼女は黒色のエージェントから彼の銃を受け取り、腰だめにそれを構える。

 

 

『うぉおおおお!!』

 

 

 画面の中と外がリンクする。このゲーム最大の特徴。庇う行動をとった場合、庇ったキャラクターのステータス、そして武器をもう一方のプレイヤーに譲渡するというもの。クリスが、赤色のエージェントが両手に持った銃を連射する。そして――

 

 

『STAGECLEAR!!』

 

 

 黒い竜が大地に墜ちる。全てが終わったのだ。クリスが筐体にコントローラーをしまうと、遊吾が彼女に拳を突き出す。ニヤリと笑ってぶつかり合う拳。その瞬間、二人の周囲から溢れんばかりの歓声が轟いだ。

 

 どうやら目立ちすぎたらしい。まあそれもそうか、難攻不落のゲーム、それを攻略した美少女ともなればこうなるか。

 

 冷静な彼とは裏腹に、彼女は顔を赤くして伏く。と、そんな二人の前でスタッフロールが終わる。

 

 

『私を助けてくれた、あの竜の強さを思って』

 

 

 一言、そんな言葉のあとに名前を入力する画面が現れる。

 

 その前の言葉。なるほど、このゲームの作者は彼が過去に助けた人物のようだ。まあ、とりあえず記念に二人で名前を記録させておこう。

 

 名前を入力した二人は、さっさとその場を立ち去ることにした。

 

 

 その後、二人の姿をみてクリアできると確信した人々が、このゲームへと挑戦するのだが、このゲームが配信終了するその日まで、誰一人として「世界」ランキング一位をとることは出来なかった。

 

 世界ランキング一位の名は、クリス&遊吾。このあとも、度々この名前はゲーム界に現れるのだが、この二人がどのような人物かは、誰も知らなかった。ただ、この名前が刻まれる日は必ず、どこかのゲームセンターに、銀髪と黒髪の男女が現れるという。

 

 

 

 

「さて、これからどうするよ?」

「うーん、そうだなぁ」

 

 

 自分達が伝説となっていることを知らず、二人はゲームセンターの休憩所で休んでいた。

 

 最初の頃の緊張も薄れ、普段のような姿へと戻ったクリスと遊吾。しかし、いつまでもゲームセンターに居るわけにもいかないので、そろそろ出ようかと立ち上がる。と、そんな二人の耳に放送が聞こえてくる。

 

 

『さあ、キングが挑戦を待ってるぜ! ハイスピード・ライダーズへ急げ!!』

「ハイスピード、なに?」

「何かのイベントをやってるみたいだな。行ってみるか?」

 

 

 彼の言葉に彼女が頷く。立ち上がったクリスの手を握り、彼は歩き出した。今度はどんなものが見れるのだろうか。二人とも好奇心で自分達がどんなことをしているかなんて全く気にならないようだ。

 

 

 そんな二人が店員に聞いてやってきたのは、ゲームセンターの一番奥。そこには、大きな画面とバイクが二台、そして人だかりが出来上がっていた。

 

 これはなんだ? 首をかしげる二人に、近くにいた店員が説明してくれる。

 

 ハイスピード・ライダーズ。通称SRZは、世界規模のアーケードレースゲームらしい。

 

 画面の前にあるバイク型コントローラーを操作して行うレースは本物同然。今日は、このゲームの日本代表、ハイスピードキングと名乗る人がイベントで来ているらしく、今はキングに挑戦できる時間らしい。

 

 

「彼氏さんも参加してみませんか?」

「ばっ、だ、誰が彼氏だッ!?」

 

 

 店員の言葉を、顔をリンゴのように真っ赤に染めて否定するクリス。だが、そんなクリスをみて遊吾は笑う。

 

「ああ、こいつ照れ屋だから気にしないでください。ところで――」

「お前、何いってんだよ!?」

 

 

 彼女がぽかぽかと背中を叩くなか、彼は店員にあることを聞くと、一つ頷いて人混みのなかに歩いていく。

 

 

「ちょっ、どこ行くんだよ!?」

「ちょっと王様になってくらぁ」

 

 

 片手をひらひらさせて人混みのなかに消える彼を見送り、彼女は思わずため息を吐いてしまうのであった。

 

 

 

「さて、このキングに挑戦する人はいないかー?」

 

 

 キング、天王子徳明は今ノリにノッていた。挑戦者九人抜き。圧倒的実力を前にして観客は軒並み尻込みしている。

 

 これなら、イベント終わりかな? 予定より早くなっちまった、とニヤリと笑う彼に向かって若い男の声で挑戦状が叩きつけられる。

 

 

「おーい、あんたキングだろ? ちょっと相手してくれよ」

 

 

 無造作に投げ掛けられた声。人混みの中から出てくるコート姿の男。何かのコスプレ――と言うわけではないらしい。不可思議な男をみて会場がざわめくが、天王子はニッコリと笑うと彼を歓迎する。

 

 

「挑戦か。良いけど、ハイスピード・ライダーズをやった経験は?」

「無い」

「え?」

「だから初心者も初心者。ここでやるのが初めてなんだよ」

 

 

 あっけらかんと言い放ち、遊吾はコントローラーの元へ。へぇ、これがコントローラーなのかー、とハンドルや柱を見たりして大体の感覚を理解する。

 

 

「本当にやるのかい?」

「ああ。アンタに勝たなきゃいけない理由があるんでね」

「なるほど…」

 

 

 まあ、折角の挑戦者だしね。天王子が観客を盛り上げていく。

 

 

 コースセレクトは基礎基本となるステージ1-3。1-1や1-2は直線が多く、マシンパワーのみで勝利できるため選択された1-3。このコースは急カーブやスラロームなど、多少複雑化しているがあくまでも基礎基本。ある意味一番実力のわかるステージ。

 

 このイベントでは、このステージをメインとして行っているのだが、まさかのド素人参戦で1-3でなくそうかという話も出たのだが、それは挑戦者遊吾の声でステージはそのままに。

 

 だが、対戦方法が普通ではなかった。

 

 一本勝負、ワンショット・ラン。コース一周、しかも普通とは違いその勝敗でそのまま勝負がつくモードでのキングへの挑戦。

 

 ゲーム画面がレーサーたちの背後のカメラに変わる。シグナルが点灯を始める。

 

 ちなみに、この時点で会場の空気は冷めきっていた。当然だろう。突然しゃしゃり出てきた男が、身の程も知らずにキングに一本勝負を挑んだのだ。しかも選んだバイクがファンからも地雷扱いされる、最高速、加速ともに最高クラスで、唯一ニトロ、加速装置を搭載しているが、欠点としてコーナリング性能が最悪な、曲がらない暴走列車の異名を持つバイク。

 

 素人が直線で勝負しようというつもりなのだろうが、このゲームは多少のゲームらしさを残しながら、リアルに極力近い挙動をするのだ。どうせ事故して終わる。

 

 そんな人々のから外れた場所、柱に身体を預けながらクリスは笑った。あいつの凄さをみて度肝ぬかれちまえ、と。

 

 

『GO!』

 

 

 画面で大きくフォントが砕ける。スタート。先頭を行くのは――遊吾。

 

 会場がざわめく。嘘だろ!? キングが先いかれた!? 天王子もあせる。まさか自分がスタートで出遅れるなんてッ!?

 

 天王子のマシンは、旋回力が高い代わりに加速や最高速度が低いというもの。遊吾が過去に響とやったことのあるレースゲームのスタートダッシュを試してみたに過ぎないのだが、どうやら度肝を抜いてしまったらしい。

 

 だが、そこはキング。コーナーに入る頃には彼のすぐ後ろにくっつき、コーナーを出るときに――抜いた。素晴らしいライディングテクニックに歓声が上がる。しかし、天王子、キングは油断しない。否油断することができない。

 

 喉元にぴったりと刃物を突き付けられているような感覚。素人らしく多少カーブでもたつくものの、それ以外のものはプロ、いやそれ以上のテクニック。コーナリングが苦手なじゃじゃ馬を見事に乗りこなしていた。

 

 当然だ。彼のDホイールは元々普通のDホイールよりも大型且つ大出力。この程度のじゃじゃ馬なんて乗り慣れている。そして、疾走決闘はその性質上あらゆる場所を走れなければならない。ならば、この程度のゲームを乗りこなせずして疾走決闘者を名乗れるだろうか? いや、名乗れるはずがない。

 

 とはいえ、そこはゲーム。その道のプロとの戦いである以上厳しいのも事実。ワンショット・ランである以上、彼はこの一瞬一秒にすべてを費やさなければならない。彼に今できる全開の限界バトル。

 

 

――こいつ、コーナーが怖くないのか!? 馬鹿げてやがる!?

 

 

 コーナーへの侵入速度はおろか、車体の倒しかたといい、頭のネジが一二本吹っ飛んでるのではないかと思わせるような動き。キングの後ろにピッタリと車体を寄せる彼。背後からのプレッシャーに焦る。

 

 普段のキングならばしないだろう。だが、素人という先入観が彼に冷静な判断力を失わせていた。

 

 だが、レースは既に終盤。最終コーナーを飛び出す二台。先行はキング、すぐ後ろを遊吾。

 

 

『ここでキングがブロックに入る! 挑戦者抜けられない!』

 

 

 実況に熱が入る。この1-3は最後の直線が長い。つまり、ここで抑えきれなかったらキングの敗けだ。それを知っているからキングは必死に彼をブロックしようと動く。その焦りが勝敗を分けた。

 

 彼が右へ動く。合わせるようにしてキングが右を塞ごうとして――瞬間、キングの横を風が通り抜ける。

 

 

『ぬいたぁああああ!?』

 

 

 カウンター。キングのブロックを誘発させ、反対を貫く。ニトロ起動。スピードメーターが一気に300を越え――フラッグが振られる。

 

 

『2PWIN!』

 

 

 画面にでかでかと出てくるフォント。コンマ五秒、それが彼とキングの勝敗を分けた。

 

 彼がふぅ、と息を吐くとバイクから降りてキングのもとへ。手を差し出した。

 

 

「ありがとうございました。いいレースでした!」

「あ、ああ。…君は本当に初めてなのか?」

「いや、実物でブイブイ言わせてますんで」

 

 

 握手を交わすと、彼は迷わず側で固まっていた店員に声をかけた。何やら一言二言話すとそのまま何処かへと向かう。

 

 このあと、天王子は更なる飛躍を遂げることとなる。また、この対戦、そしてシューティングゲームを行っている動画がネットの動画サイトで百万再生を達成し、一時期ネット界隈を騒がせることになることを二人は知らない。

 

 ちなみに、彼が使ったマシンは後に「最高のサティスファクションを貴方に」というキャッチコピーで現実でも売り出されることとなるのだが、それはまた別の話。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

「っはー! 楽しんだ楽しんだ!!」

 

 

 夕焼けの空。あれからゲームセンターを出た二人は町をぶらぶらと歩きながら、二課の皆への賄賂と言う名のお土産を買ったり、食べ歩きをしてみたら、クリスが結構食べ方が汚ないことが発覚し、口元拭ったり拭われたりしてみたり、どこかで聞いたことのある声の謎の占い師に占われて、なぜかこれが貴方を助けるわとか言われて、超電磁タートルという、バトルフェイズを強制的に終了させるカードもらったり。

 

 そんな二人が最後に立ち寄ったのは、海の見える公園。

 

 

「どうだったよ、クリスは」

 

 

 なぜ彼が、怒られるどころか下手をすれば懲罰房行きなことをしているのか何となく察していたクリスであったが、楽しげに笑う彼を見て、今言うのはそこじゃないよな、と考え直す。

 

 

「まあまあ、だな。次は、もっと女に受けそうな所行けよ?」

 

 

 次の機会は無いだろうしな。そういうクリスに遊吾は顎に手を当てて考える。

 

 

「なるほど、じゃあ次は海馬ランドみたいなアミューズメント施設に行った方が良いか」

「その、海馬ランドがわかんねえけど、遊園地みたいなところだよ」

「分かった。じゃあ今度行こうぜ?」

「ああ――え?」

「え?」

 

 

 自然に返事を返したのだが、どうやら自分達の間で認識の違いがあるらしい。困惑する両名であったが、遊吾が尋ねた。

 

 

「え? いや、次いくときにそういうとこに行きたいって話じゃないのか?」

「あたしは行きたいなんて一言も言ってねえよ!?」

 

 

 当たり前のように次があると言われて、嬉しいと言う気持ちで溢れる。だが、それを素直に認めるのも何だか癪だったのでわざとツンケンな言い方をしてしまうクリス。

 

 だが、クリスの態度に気を悪くすることなく、彼は笑顔で言う。

 

 

「じゃあ、今度また二人でいこうぜ!」

 

 

 無邪気に笑う遊吾に、クリスもついに折れて、照れ臭そうに、…分かったよ、とぼそりと呟いた。

 

 さて、じゃあそろそろ戻りますか。そういって歩き出そうとした遊吾だったが、なにか思い出したらしくクリスの方へ向き直ると、先ほどから手に持っていたゲームセンターの袋をクリスに手渡した。

 

 

「? 何だこれ」

「開けてみな」

 

 

 そう言われて袋を開けたクリスが中身を見て目を見開いた。

 

 袋の中に入っていたのは、マスコットと言うには少々大きな白兎のぬいぐるみのマスコット。それは、クリスがUFOキャッチャーで欲しかったもの。これ、どうして? UFOキャッチャーをしている暇はなかったはずだ。

 

 

「ああ、あのキングとの勝負に勝ったら景品くれって頼んだら、本当にくれてな」

「…………」

 

 

 紙袋をギュッと握りしめるクリス。嬉しさが溢れ出す、どれだけ意識しても顔が自然と緩む。顔を伏せてしまうクリスに、彼は笑顔で手を差し出した。

 

 

「さ、帰ろうぜ」

「うん………ありがと」

「………あいよ」

 

 

 優しく手を握り合い、二人は本部に向かって歩き出すのであった。

 

 

 

『Nより本部ッ! 遊吾君の優しさに涙が溢れて止まりません!!』

『これが、イケメンと言うやつかッ』

『遊吾君、男だッ!!』

「あのー、師匠たちなにやってるんですか?」

「皆気にしないで。下らないことだから」

 

 

 

「なあ、フィー、じゃなくて、了子……」

「……何かしら?」

「あ、えっと、な、なあっ! 男と一緒に遊びにいくのってどうすれば良いか!?」

「ふえ!?」

 

 

 このあと、クリスとフィーネは何やらよく話す仲となったようだ。ちなみに、どんな会話が行われていたかは、二人だけの秘密である。

 

 ただ、この日からクリスが出掛けるたび、白兎のマスコットが必ずどこかに付いているらしい。




ウコウトノゴイサ二キテジチイガレコクラソオ、メタノソ、デノスマリアロイロイウョシウョシヤンカジノジーャチ。スマリアガンカジノジーャチクラバシ、ニメタルスクゾンマ


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彼と奏でる翼と不穏な気配

 歌。雑音混じりの歌。

 

 本部移転作業はまだ続いており、ルナアタックの関係者への謹慎も解けてはいない。まあ、遊吾・アトラスは何かとこっそり外出しているせいで毎度毎度大目玉を食らっているわけだが。

 

 さて、そんな特異災害対策機動部二課の仮設本部のレクリエーションルームで、一人の女性が歌を歌っていた。赤い髪に、ハツラツとした雰囲気。弾ける姉御のような雰囲気を持つ、天羽奏。日本トップクラスのアーティストコンビであった、ツヴァイウィングの元片翼。

 

 コンサート事件の混乱により行方不明者とされていたが、つい最近生存が発表された人物。しかし、喉の怪我によって二度と歌が歌えなくなってしまった。それが世間の彼女であるが、事実は違う。

 

 シンフォギア装者であったが正規の適合者ではなく、リンカーと呼ばれる特殊な薬剤を投与することで適合率をあげた、俗に時限式装者と呼ばれる存在であった彼女は、二年前のコンサート事件の日、ノイズの襲撃を受けた際に人々を守るために絶唱――つまり、シンフォギア装者への負荷を無視した最大出力の歌により、彼女はノイズもろとも自身の命を散らせるはず――だったのだが、遊吾・アトラスの捨て身の治療により何とか回復、現在も元気に暮らしている。

 

 だが、彼女の生存は喜ぶべき場所だけではなかった。それが特に顕著なのが喉。絶唱の負荷、そして彼の無理矢理の蘇生術のせいなのか声帯が変化し、普通の声を声として発することができなくなってしまったのである。

 

 歌が歌えなければ、アーティストとしても、また装者としても活動ができない。それは、歌うことに人生の全てを賭けていた奏からすれば、自ら命を絶っても何ら不思議のない程の絶望だった。絶望、だったのだが、彼女は見てしまったのだ。過去を。

 

 遊吾・アトラスは、文字通り自分の全てを投げ捨てることで彼女を救った。その際に、彼の魂の一部が彼女に融合したために彼の過去、そして関わってきた伝説に触れた。

 

 そして、それから彼女は決意した。生きる、と。生きることを諦めない、と。それから暫く、意識が戻ったり、目の前が真っ暗になったりとした生活を繰り返したある日、彼女は出会った。

 

 

 

 

「よっ! 何だ不満足してんなぁ」

 

 

 彼の第一声はよく覚えている。

 

 あの破壊されたコンサート会場のステージに立っていた奏にカラカラと笑いながら声をかけてきた男。

 

 なぜ自分はここに立っている? お前は誰だ? 尽きぬ疑問。彼に詰め寄るようにして問う奏に、彼はドードーとまるで暴れ馬を落ち着かせるように彼女を諌めた。

 

 

「恐らく、ここは心の中ってやつなのかもな」

「心の、中?」

 

 

 辺りを見回す。この、壊れたステージがアタシの心だって言うのか? そんな馬鹿なことがあるか!?

 

 

「知らん。そんな事は俺の管轄外だ。…でも、あんたはあの日から目覚めてない。ならあんたの時間が止まっていても仕方ないだろ?」

「…そうか」

 

 

 アタシの時間はここで停まってんのか…。と、そこで彼女は気付いた。

 

 ここが自分の心の中だと言うのならば、目の前にいる男は何なのか? 自分はヘンテコなコートを着たこんな男とは関わったことがない。そんな奴が何でこんなところに…。

 

 と、そこで彼女は気付いた。彼のコート、右腕のシルバーの鎖に妙に見覚えがあることに。

 

 

「あ! あんた、ライブ会場にいた変人!」

「そうそう、へんじ――っておい!?」

 

 

 どうしてそうなった!? 驚く彼に彼女が笑いながら言った。

 

 

「いや、だってさぁ。あんな小さい子と一緒にコート姿で居たら目立つよ?しかも四列目の辺りだったからアタシからよく見えたし」

「お前、どんな視力してんだよ…」

 

 

 まるで訳がわからんぞ、と額に手をあてる彼にクツクツと彼女が笑いながら言う。

 

 

「ま、良いじゃないか。えっと、遊吾・アトラスだよね」

「あ? ああ、そうだけど。お前に名前教えたっけ?」

「え? あ、そんな顔してたからさ」

「そんな顔って……こんな顔か?」

「ッブフ!? はひっ、くっ、あははははは!? な、なにその、ぐふっ、ふふふふ」

 

 

 顎をしゃくる、いや、尖らせて妙なキメ顔――決闘者の間では、AGOなどと呼ばれ、これができるのは歴戦の決闘者のみとされる凄まじく腹筋に来る顔のことである。代表例は、伝説の決闘者の一人、城之内のAGOである――が見事にツボに入ったらしく、腹を抱えて地面を転がる彼女。

 

 そして、それから二人は話し合った。自分のこと、どこで生まれた、何をしていた、家族は? 友人は? そんな他愛もない話を延々としていたように思う。そして、彼が持ち出してきたのは二つの紙束。

 

 デッキ、彼の世界のデュエルモンスターズというものを遊ぶために必要なものだ。

 

 なぜ二つ? 聞いた彼女に彼が言った。

 

 二つないとできないだろ、と、あまりにも当然のように…。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「う、ん、ん?」

 

 

 ふと目が覚める。ずいぶんと懐かしい――懐かしいといっても本当に二年と少し前の話だ――夢を見たものだ。

 

 彼女、天羽奏はンーっと身体を伸ばしながらふと目の前で死んだように机に伏せているウニを見た。

 

 ウニの周りに散らばっているのは、沢山のカード。そうだ。昨日、レクリエーションルームで歌を歌っていたところを、突然「決闘しようぜ!」とか言って乗り込んできた彼と一緒に、部屋に戻って一日中決闘をしていたのだ。

 

 

「あー、そっか…寝落ちしちまったのか…」

 

 

 ポリポリと頭をかきながらどうしてこうなったかを思い出した奏は、どうしたものかねーと考える――と、そこに見計らったように扉を叩く音。ゆっくりと扉を開けて入ってくるのは、現在日本で最高峰、トップレベルのアーティストであり、元奏の相棒、そして、シンフォギア天羽々斬の装者、名を風鳴翼。

 

 普段の響やクリスを前にした大人の雰囲気は何処へやら。普段のSAKIMORI 節に隠れている、どちらかと言えば内気で静かな女の子の雰囲気。

 

 

「かなでー、起きて――」

「静かにッ!」

「ひゃ!?」

 

 

 奏の針のように鋭く静かな叱責に、驚きながらも口元を抑え、そして眠る背中を見つけた。

 

 それが一瞬誰かわからなかったようだが、散乱するカードとウニを見て誰かわかったらしい。ゆっくりと扉を閉める。

 

 

「アトラス?」

「うん。こいつと寝落ちしちゃってね」

 

 

 微笑ましいものでもみるような目で遊吾を見る奏。ふーん、と翼も遊吾を見る。

 

 何時もの大胆不敵で無茶苦茶している男の姿は何処へやら。コートではなく、よくあるTシャツを着て机に伏せた彼は、いつもと違い年相応の表情を見せる。いや、普段のことを思えばどちらかと言うと幼く見えるかもしれない。

 

 

「ん、ふふ。涎が垂れているぞアトラス?」

 

 

 口を開けて小さな寝息をたてる遊吾。口を開けていれば当然唾液は外に出るわけであり、翼はそれを見てまるで手のかかる弟を見るように優しく微笑みながら、ティッシュでそっと口元を拭ってやる。

 

 

「へぇ?」

「な、なに? 奏」

「いやぁ? 珍しいものもあるんだなぁって」

 

 

 あの、風鳴翼がねぇ…と意味深に呟く奏に、翼が慌てながら言う。

 

 

「ち、違う! その、これは、あれだ、そう! 弟を見るような気持ちでだな!?」

「別にアタシはなにも言ってないんだけどねー」

「奏!!」

 

 

 やっぱりからかってて楽しいなぁ、奏が笑う。と、そんな二人のやり取りが聞こえてきたのだろう。彼が唸りながら目を覚ました。

 

 

「あ、アトラス――」

「っせえなぁ、親父。アレか? 俺がピリ辛レッドデーモンズヌードル食ったのまだ怒って――あ?」

「よ、お早うアトラス」

 

 

 片手をヒラヒラと動かして挨拶をする奏と、起こしたのではと少し申し訳なさそうな二人を寝ぼけ眼でじっと見ていたが、何を思ったのかそのまま再度机に伏せて寝ようとした。

 

 

「おおい、美女二人を前にその反応は無いんじゃない?」

 

 

 奏がおいおいと彼を止めるが、彼は眠そうな間延びした声で言った。

 

 

「あー? いや、この世界に来て初めてファンになったツヴァイウィングの二人がおれの部屋にいるってのはなぁ」

「へえ? どんなところに惹かれたんだい?」

 

 

 ちょっと奏!? 慌てる翼。いくらなんでもこんな寝ぼけた相手にそんなことを聞くのは卑怯ではないだろうか? だが、彼女はニヤニヤ笑ってそのまま聞く。彼は暫く悩んでいたが、うー、と唸り声をあげながら言った。

 

 

「あー、路上ライブの日にな……凄い格好よくて、綺麗で、可愛くてなー。なんだろう、ある意味一目惚れみたいな感じかなぁ…」

 

 

 彼の言葉に、へぇ、と笑みを深める奏。と、翼もどうやら興味が湧いてきたらしく心なしか前傾姿勢だ。

 

 

「じゃあ、ツヴァイウィングのどっちが好みなんだい?」

「奏!?」

 

 

 これまた突っ込んだ質問をするものだ。どうやら彼が今一意識をはっきりさせていないここで根掘り葉掘り聞こうと言う算段なのだろう。

 

 

「あー、うー。そう、だなぁ……。強いて言えば――翼?」

「へぇ? その心は?」

「なんと言うか、ほっておけないというか、年上なのに可愛いと言うか、可愛がりたい? あと、面白い」

「なるほどねえ?」

 

 

 チラチラと翼の方に視線を向ける奏に、顔を赤くしながら伏く翼。いくらなんでも真正面から印象を言われると恥ずかしいらしい。

 

 

「でも、奏も捨てがたい。というか選びきれないよなぁ…」

「ん、そう? アタシとしては翼の方が可愛いしありだと思うけど?」

 

 

 彼女の言葉にうーん、と唸る。

 

 

「そりゃあ、翼の方が可愛いけど…。何か、何かなぁ。結局二人とも甘えるの下手というか、奏は自爆するタイプだな。でも奏も十分以上に可愛いぞ? なんと言うか、お姉さんをやってるせいで逆に甘えられないみたいな。だから甘えたらいいのにというか。それに、俺と決闘を――あ!!」

 

 

 決闘、その単語が彼の意識を覚醒させる。シャキンと立つウニ頭。これはまさか…、彼の脳裏に寝ぼけていた時の言葉がいくつか思い出される。

 

 まさか、彼が二人の方を見る。顔を赤くした翼、そして笑う奏――しかし、その手元は忙しなくカードをパチパチと動かし、頬も朱に染まっていた。

 

 

「……………うそ?」

「ほんと」

「………………………Oh」

 

 

 彼が頭から崩れ落ち、ごつんと言うとても痛い音が響いた。

 

 

 

 

「で、翼は何でアタシの部屋に来たんだ?」

 

 

 その後、彼が自身の黒歴史を消し去るためにマインドクラッシュしようとするのを二人がかりで止めたり、その際に彼が翼の太股を鷲掴みにしたり奏の胸にダイブしたりで流れるような空中三回転捻り土下座を極めたりしていたのだが、ようやく彼が冷静になったことで奏が話を進めることに。

 

 

「え? あ、うん。ちょっぴり暇してたから」

「暇って、珍しい」

 

 

 風鳴翼という少女は、幼少期より血の滲むような厳しい鍛練に常に身を晒してきた人物。己もその生き方をよしとしているところもあるため、休みの日と言えど鍛練を休むことなどあり得ないのだが…。表情に出ていたのだろう。翼はクスリと笑うと壁へ向かって決闘を繰り返す彼を見た。

 

 

「何処かの誰かが、休むときに休まないとか満足できねえな、だの、お前を休ませるために決闘だ! とか言ってくるから、ね」

「ああ、なるほど」

 

 

 この少女は何かと一人で解決したがる、と言うよりは解決しなければと考えている節がある。立花響やクリスと出会い、彼女たちが後輩になってからは少しはなりを潜めていたがやはり根本的には直らないらしい。

 

 何か気になることがあったら遠慮なくぶっ込んでいく彼のことだ、簡単に予想できる。それに、意外と強気に出られると弱い翼のことだから、押しきられたに違いない。

 

 

「それで、決闘というものを教えてもらおうと思って…」

「なるほどね」

 

 

 しかし、決闘なら何故その道の男である遊吾でなく自分を選んだのか。首をかしげる奏に、翼が言いにくそうに苦笑する。

 

 

「ちょっと、ね?」

「ははーん。分かったよ。じゃあ教えてあげる」

 

 

 なるほど、自分が決闘をできるようになって彼を驚かせたいわけか。相変わらず見栄っ張りというかなんと言うか。

 

 やはり、年上ということが原因なのだろう。こう言うところで固くなってしまう相棒に、相変わらずだなぁとため息を吐きながらも、彼女は笑う。

 

 

「分かったよ。じゃあ教えてあげる――」

「奏! ありがと――」

「なぁんて、言うと思ったぁ? 鈍いなぁ翼は。こんな単純なようで複雑だけど難しいルールアタシ説明しきれないんだよねぇ!」

「へ?」

「遊吾! 翼が決闘を教えてほしいってさ!」

「奏!?」

 

 

 まさかの裏切りである。舌の根の乾かない内に、全く、欠片も、微塵の迷いもなく彼に伝えた彼女に翼が目をむく。

 

 

「あはは! 御免ね翼。アタシは頭の体操としてループコンボを覚えただけで、決闘とそのルールはからっきしだから!」

「奏、この裏切り者ぉぉおおお!?」

「おい、決闘しろよ」

「貴様は本当にブレないなアトラス!?」

 

 

 意地悪が多くなったとはいえ、相変わらずな相棒と決闘者にツッコミを入れつつ微笑む翼なのであった。

 

 

 

「エクシーズモンスターはランクのため、レベルを持たない」

「なに!? レベルがないとはレベル0という意味ではないのか!?」

 

「時できるはタイミング逃すんだよ。そこで効果が使えるのは、場合できるって書いてある効果か、~するって強制効果だけなんだ」

「ふむふむ。で、その、ちぇーんと言うのは?」

「ああ、さっきもやったようにこれは123って組んでいってだなぁ」

 

「さあ翼、満足させてくれよ?」

「奏、もうやめるんだ!」

「あ、ああ…」

「ワンターンスリートリシューラァ」

「こんなの決闘じゃない! 俺の信じる決闘は、皆を幸せに――」

 

 

 時々あーだこーだと騒ぎながらも、少しずつルールを覚えていった翼。そして、経つこと数時間。

 

 

「切り込み隊長でダイレクトアタック!」

「だあー! 負けた負けた!!」

 

 

 切り込み隊長。遊戯王の中でも古いカードでありながら、未だに根強い人気を誇る、戦士族の代表的なカードの一つ。

 

 結果的に翼が落ち着いたのは、古き良き伝統である切り込みロックを主体とした戦士族ビートデッキ。

 

 ちなみに、切り込みロックとは、切り込み隊長の効果である、相手はこのモンスター以外を攻撃対象にできない、という効果を利用して、二人の切り込み隊長を場に召喚することでどちらにも攻撃できない=バトルを行えないという状態を作ることであり、過去の、モンスター効果などで中々除去できなかった時代で猛威を振るっていたりする。

 

 とはいえ、それは過去の話。いくら切り込みロックと言っても彼のデッキや彼自身のポテンシャルを考えれば勝ちをもぎ取るのは容易い、のだが。

 

 簡単な話だ。どれだけ強くても負ける日はある。

 

 

「決闘とは即ち人生なり、ってか?」

「ん? それはどういう意味だ?」

 

 

 しかし、それを差し引いても翼は強かった。彼の予想を超えるタクティクスを発揮する部分もあった。純粋に完敗だ。楽しげな彼に問う。

 

 

「人生は一度きり、勝つ日もあれば負ける日もある。勝っておごらず、負けてくさらず、レッツエンジョイ! ってな?」

「…中々良い言葉だ」

 

 

 勝ちも、負けすらも楽しむその言葉は、翼の胸に深く刻まれるのであった。

 

 ちなみに、この時彼が翼に決闘を教えたことが、後の世に伝わる伝説の決闘者、エンジョイ防人、その人の誕生の瞬間だったりするのだが、それはまた別の話。

 

 

「しかし、本当に強いな翼。こりゃうかうかしてらんねぇな」

「直ぐに追い抜かしてやるから、覚悟しておくことだなアトラス?」

「はっ、いつでも相手してやるよ素人?」

 

 

 軽口を叩き会う二人を見て、何だかんだで翼も同類だなぁと遠い目をする奏。と、奏の通信端末が震える。彼女たち、ツヴァイウィングの曲が流れはじめ、誰だと画面を確認すると、奏がニヤリと笑う。

 

 

「ああ、おっさん? ……うん、うん、分かったよ直ぐ行く」

 

 

 おっさん、どうやら風鳴司令からの通信らしい。話を終えた彼女はカードをケースに片付け始めた。

 

 

「呼び出し?」

「うん。皆呼び出し。内容は――」

 

 

 翼の問いかけにデーモンの如くニヤリと笑うと、彼女は声をあげた。

 

 

「Dホイールの決闘盤の解析が進んだから、映像データが出てきたんだって。それも沢山」

 

 

 その言葉を聞いた彼の動きは早かった。目にも止まらぬ速さでカードを片付けると流れる川のごとく待避しようとして――

 

 

「させん!」

 

 

 翼に抱き付かれた。防人特有の流れるような動き。蛇のように彼の身体を拘束した。

 

 痛みすら感じさせない見事な拘束、それ故に彼は気付いてしまった。

 

 背中に感じる柔らかさ、つまり防人の胸部装甲に。ちなみに、何かと貧乳だのなんだのとネタにされる翼であるが、胸の大きさだけなら他の装者と何ら変わりないほどの大きさである。

 

 しかし、胸の大きさは別にそれだけで決まるわけではない。例えば、胸の大きさ、トップとアンダーの差がカップ数を作り出す。そしてもう一つ、それが胸の形状だ。胸が離れているか、離れていないかなど。つまり、様々な要因が重なりあい産み出されるのがバスト、胸の大きさなのである。

 

 つまり、風鳴翼の胸は小さいわけではなく、視覚的にそう感じられているだけなのだ。

 

 さらに言えば、実は今の彼女は奏しかいないと思っていたせいで上半身はTシャツ一枚。ラフすぎることと、彼女が実は着痩せするタイプと言う事実が彼に襲い掛かる。

 

 

――そうか、お前が……ドミナント……。

 

 

「おーい、遊吾? だらしない顔晒してるとワンターンスリートリシューラァするよ?」

「いや、だらしない顔してねえよ!?」

「どうだかねぇ…」

 

 

 少し表情を尖らせた奏が言う。そして彼女は立ち上がると彼に向かって死刑宣告を言い渡した。

 

 

「満足同盟時代、教えてもらうからね?」

「やめろぉおおお!?」

「さ、行こう翼?」

「うん!」

「待って!? は な せ!!」

 

 

 こうして彼は、初めてファンになった少女たちに連行されるのであった。

 

 

 

 

 

「あ、翼」

「どうしたんだ? アトラス」

「この間、お前のバイクに音声スターターとオートパイロットモード搭載しといたぞ?」

「なん…だと…」

「ちなみに、起動させる音声は砂浜着地と同時に海から出てくる『来い、マシンサキモリー!!』だ。別バージョンとして『マシンサキモリー、ライジン!!』や腕の蜘蛛のマークのはいったマイクに向かって叫ぶ『サキモリー!』もあるぞ」

「……カムヒア! サキモリー! は無いのか?」

「……ぬかった!?」

「そこはぬかっても良いと思う。というか翼、それはスーパーロボットだからね?」

「と、言うことは――はっ、防人だって日本を守れるんだ! を忘れてた!?」

「守護の刃よ今ここにッ! とか、武神歌姫サキモリー第三十六話とかでも――」

「いっそのことマシンゴー! サキモリーオン! でもいい気が…」

「友情……サキモリークロス!!」

「それだ!!」

「…ダメだこいつら」




キャラ崩壊などお手の物だ。

その変わりに、オデノカラダハボドボドダ。ちょっとヴェルズコッペリアルに癒されてくる。


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彼と過去の満足

注意

今回、オリジナル主人公の過去へと迫る話となっているため、普段よりも濃い遊戯王描写があります。

いつものシンフォギアを期待されている方は、全力でブラウザバック推奨です!!




なに?問題ない? ならば受けろよ、俺の満足を!!


「で、どうしてこうなった…」

 

 

 拷問車輪と言う名前の罠カードがあるのだが、そこに出てくる車輪に拘束された男よりもびっくりな、見事なはりつけである。

 

 あまりにもしつこく逃げようとする彼を、二課の面子が総当たりで止めたのだ。ちなみに勝因はクリスの上目遣い(胸ちら付き)響渾身の抱き付き(胸を押し付けるオプション付き)である。なお、二人とも無意識のため質が悪い。

 

 初めは奏と翼が決闘による鎮圧を狙ったものの、狙いすましたかのようなメタカードにより逆に制圧されてしまったのだ。二課の大人たちでも叶わず導入された最終兵器。ちなみに、この事件の数日後に再開する未来が居れば、笑顔と一言で彼が轟沈することを知るのはまた別の話だ。

 

 

「あの、決闘盤から出てきたデータってどんなものがあるんですか?」

「…見たところサテライト編、ジャック・アトラス編、時空修行編、不満足編、満足同盟編、満足街編、FFCエキシビジョンマッチ編の四種類のファイルがあり、その中でも時空修行編が特に映像数が多いですね」

「いつの間にそんなに貯まってたんだ…。てか、勝手にファイルになってんのかよ…蟹ェ」

 

 

 響の問いかけにオペレーターの藤尭が答える。液晶画面に映し出される膨大な映像データに、所有者である遊吾も驚きを隠せない。

 

 というか、決闘盤に映像を記録できるようにと改造してもらったのは確かだが、まさかここまでの量になっているなんて彼も予想外であったようだ。

 

 

「で、どれを見ますか?」

「…ふむ、遊吾君におすすめを聞くとしよう」

「え? ナニソレコワイ」

 

 

 弦十郎の言葉に本気で顔をしかめる彼。

 

 当然だ。彼からすればこの表示されたデータは彼の全てと言っても良い。なぜ決闘盤を改造していない頃の映像記録があるのかは不明だが、何にせよあまり人に見せてどうこうするものではない。

 

 こうなれば、誰かにこの状況を打開してもらうしかない。奏――は論外だ。ニヤニヤ笑ってるし。翼はなにか期待した目、クリスは決闘者、遊吾・アトラスのファンを語るのでその目は期待に溢れている。というか、あたしは気にしねぇとか言ってる割に無茶苦茶そわそわしてる。

 

 そうなれば――彼が響へと視線を向ける。彼の視線に気づいた栗色の髪の少女は、太陽のような明るい笑顔を彼に向けた。

 

 通じた! これは勝てる! 確信に満ち溢れた彼の前で、響がコンソールに手を置いて言った。

 

 

「じゃあ、サテライト編から見てみましょうよ!」

「ビッキー!?」

 

 

 何故だ!? なぜ裏切った、ビッキー!? 拘束された状態の彼に向かって花咲くような笑顔でいった。

 

 

「だって、気になります!」

「ヒビキタス、お前もか…」

 

 

 はぁ、と大きくため息を吐く彼。まあ、実際のところ彼女たちのことを知ってるのに自分だけなにも教えないのはフェアじゃないか。そう考え直した彼は、再度大きなため息を吐く。

 

 

「わーったわーった。見せる。見せるからとりあえず拘束解いてくれねぇ?」

「逃げないって約束しますか?」

「レクテジンシ、イナゲニ、アア」

「……」

「ごめん、ごめんビッキー嘘です本当に逃げないんで拘束解いてくださいお願いします何でもしますから!」

 

 

 ヴェルズ語。言葉を全て逆さまにしてカタコトを使うのが特徴だ。しかし、冗談で拘束されたまま自分の過去を見るなんて只の拷問でしかないので、慌てて響に乞願する彼。響の反応は、早い。

 

 

「じゃあ、今度一緒に街に行きましょう?」

「お、おう…」

 

 

 彼の耳元に顔を近づけそう囁く響。一瞬の出来事だったが、背筋をはしるゾクリとした感覚と、普段の彼女からは想像できない彼女の表情。

 

 それらは直ぐに見慣れた笑顔に変わるが、一瞬見えた彼女のナニカに少しだけ思う。何かミスった気がする、と。

 

 

「じゃあ、再生します」

 

 

 藤尭の言葉と共に、サテライト編第一話と書かれた動画が再生される。

 

 同時に画面が暗転。暫くすると謎のファンファーレと共に画面に映像が流れ始める。そして――

 

 

『これは、絶対王者ジャック・アトラスの義理の息子である遊吾・アトラス。最強の王子、プリンスと呼ばれる彼の、壮絶な戦いと成長の記録である』

『ロード・オブ・プリンス~始まり、サテライト編~』

 

 

 同時に流れ出す謎のナレーションと題名。カタパルトから射出された戦闘機のごとくコンソールへ迫る彼をクリスがガッチリと受け止める。

 

 

「離せクリス! 俺はそのデータを――」

「止めろ! これからテメェを弄るネタが手に入るかもしれない――あたし達はお前のことを知りたいんだよ!」

「本音駄々漏れじゃねえか!?」

 

 

 ぎゃいぎゃいと騒ぐ二人の間に緒川の仲裁がはいる――いや、彼にだけ影縫いが放たれる。

 

 

「緒川さん酷くないッスか?」

「…モノの数秒で影縫いを突破しないでくださいよ」

「ま、決闘者だからな」

 

 

 しかし、お互いに本気でなかったようで即座に拘束を破壊する彼。ヤレヤレと緒川がため息を吐く、と長いナレーションが終わり、ようやく本編オープニングが始まったらしい。

 

 ちなみに、アニメのようなオープニングのスタッフのなかに、音声監督ラビエル、絵監督ハモン、映像監督ウリア、総監督アーミタイルとか言う名前が書かれていたことは気にしない。

 

 彼の元に暇潰しにやって来る神や、彼を何かと気にかけたりおちょくったりする世界を壊す邪神、悪魔たちの名前が書かれているなんて知らないし、見ていないのだ。声優の名前の欄がほとんどアバターと言う名前だなんて分からない。いやー、全部一人とかすごいなー。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 世界には様々な次元という銀河系が存在し、それらのなかに平行世界という銀河が存在していた。そして、これはそんな次元世界の一つ。数多の次元、時代が融合して出来上がった混沌の次元。

 

 そんな次元世界のとある国にある、近未来型超弩級都市、ネオ・シティ。

 

 上層であり、シティと呼ばれるネオ・シティ中心部と、とある大災害による地殻変動などが原因でシティと分離した巨大な島、サテライト。

 

 二つの街で構成されたこの都市は、かつては差別が横行し、人を人と思わぬシティの人間と、そんな住民に牙を剥くサテライトの住人による血で血を争うような闘争が行われる都市であった。

 

 しかし、そんな時代は二人の若者と、二人に惹き付けられた多くの人々によって変革していった。

 

 伝説の決闘者、不動遊星と、絶対王者、ジャック・アトラスだ。

 

 共にサテライト出身であった二人は、互いに切磋琢磨、思いをぶつけ合い多くの人を魅了した。

 

 絆を束ねて力と変える遊星と、王者の力を用いて敵を圧倒するジャック・アトラス。同じようで正反対の決闘スタイル。

 

 二人の決闘は後にシティとサテライトを繋ぐ架け橋を作るきっかけとなるのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 そんな架け橋が出来上がり、サテライトとシティの両方の交流が始まって数年。今までの争いが冗談であったかのように交わり始めたサテライトとシティであったが、全てが上手くいくわけではなかった。

 

 例えば、相も変わらずサテライト民を差別する人は少なからず居るし、その逆もしかり。また、サテライトは架け橋が出来た地域はまだしも、サテライト中心部などの開発の遅れている地域は過去のサテライトをさらに煮詰めたような絶望の坩堝と化していた。

 

 当然だ。シティと繋がることで治安維持部隊が出入りしているのだ。元々犯罪をしていたサテライトやシティの一部が都市部から離れ、手の届かないサテライト中心部、破棄された街に移っていく。

 

 そして、そんなサテライト中心街の一角で彼は目覚めた。

 

 灰を被り、ボロボロの布切れを羽織る小さな小さな子供。遊吾・アトラスその人だ。

 

 その頃只の遊吾であった彼は、その当時のサテライトでは何も珍しくない孤児であった。それこそその日の御飯に困ってしまうほど。しかし、そんな彼にある日転機が訪れた。

 

 ごみを漁っている時に見つけた決闘盤、そして一枚のカードだ。それが彼の全てを変えた。

 

 彼が持っていたカードを実体化させる能力。それは彼を新たな次元へと引き上げた。壊れて電源の入らない決闘盤。だが、それはあくまでも彼の魂の力を放出するための道具でしかない。だから、カードさえあればそのモンスターを実体化。使役することが出来た。

 

 力を手に入れた彼の行動は早かった。即座に彼の安全を脅かすグループを一つ殲滅した。滅したとは言え、殺しはしていない。まあ、子供の彼に手加減なんてできるわけがないため、偶然死ななかっただけでしかないが。

 

 それから彼の生活は激変した。

 

 

「この、糞餓鬼ッ!?」

「レッグル、直接攻撃」

 

 

 巨大な百足のようなモンスターが人に絡み付き、人を遥かに越える人外の膂力によって締め上げられる。

 

 あまりの力に大人がその身体を弛緩させる。無意識の内に手加減を覚えた彼の、せめてもの情け。

 

 倒れた男の身体から使えそうな物品と金を根こそぎ奪う。衣服もだ。

 

 力を得た彼を捕らえんと、もしくは倒そうとして多くの人間が狙い始めていた。当然だ。十数人規模の大きなグループを高々三、四歳の小さな子供が殲滅したという話は、最早ギャグを通りすぎて恐怖の対象である。

 

 だが、恐怖の対象として襲われるようになった彼の生活は、皮肉にも豊かなものとなっていった。

 

 襲撃者たちから奪った衣服を身にまとい、奪った金銭で買い物をする。いかなサテライト中心部といっても市場は存在しており、法外な値段を支払いながらも彼は最初の頃を考えると、とても豊かに生活していた。

 

 

「あなた、凄いわね?」

「……………?」

 

 

 声。頭上から聞こえる。そちらを見れば、そこに居たのは四人の男女。

 

 その内の青色の髪をした年若い少女が彼に声をかける。警戒。明らかに怪しい四人組に向かって壊れた決闘盤を構える彼。彼の背後に立つレッグルが、主に手を出すことは許さないと言わんばかりに全身を震わせてギチギチという不快な音を響かせる。

 

 それを見た四人の中から声が聞こえてくる。

 

 

「お、おい、あいつ無茶苦茶警戒してんじゃねえか」

「えー、そうかなぁ?」

「桐生、だからもう少し話を――」

「優可は黙っててよ。そんなのだから満足できないんだよ?」

「…どうでも良いだろう。必要ならば決闘でケリをつけるだけだ」

「何でそうなるのかな、ジョン? 彼カード二枚しか持ってないよ? アレじゃ決闘なんてできやしない」

「ぐっ」

 

 

 言い争いに発展している四人。子供心にこいつら今なら撒けるななどと考えた彼は、即座に逃走を選択。レッグルに最初に声をかけてきた、恐らくリーダー格の少女を襲うように指示をだす。

 

 だが、そんな彼の考えを読んでいたかのように青髪の少女が話し出す。

 

 

「それとー、そこの少年。君逃げられないよ?」

「…ッ!? これ、いつ!?」

 

 

 彼の決闘盤に装備された手錠のようなデザインの拘束具。それが延びる先に居るのは、青髪の少女。

 

 一体いつ投げたのか? 慌てて外そうとするが、外そうとすればするほどガッチリと拘束がキツくなっていく。

 

 

「それはデュエルアンカー。決闘で勝たないと外れないんだよねぇ」

「……」

 

 

 少女の言葉に彼が構える。邪魔をするならば容赦はしない。睨み付ける彼を見て、少女が楽しげに笑う。

 

 

「良いねその顔! さあ、私のことを満足させてよォ!!」

 

 

 決闘!! そんな言葉と共に勝敗が決した。

 

 勝者、少女。当然だ。彼の手持ちのカードはレッグルを含めて三枚。山札を四十枚以上にしなければルール違反で敗北してしまう。

 

 まあ、そんなことは分かりきっているため普通は勝負が始まることすら有り得ないのだが、ここはサテライト中心部。勝利のためなら多少の無茶苦茶は許される無法地帯だ。

 

 

「???」

「さーて、じゃあ君には私たちの仲間になってもらおうかな!」

 

 

 状況が飲み込めない彼に、少女が笑いながら手を差し出した。

 

 これが、後に伝説と呼ばれる二代目満足同盟発足の瞬間であると同時に、彼にとってはじめての友が出来た瞬間でもあった。

 

 ここから、遊吾・アトラスの激動の人生が始まったのである!

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 無言。水を打ったかのように静まり返るオペレーションルーム。

 

 第一話でありながら幼い頃の彼の生活が如何なものかを克明に語るアニメーション。シーンのなかには彼が明らかに危ない人に捕まっているところや、地面に倒れ伏せた彼、もしくは彼と同じくらいの歳の子供の姿。

 

 弱肉強食。時代錯誤にも程がある世界で生きてきた彼。第一話終了の時点で、二課のメンバーの胸を襲うのは悲しみ。何と悲しく、力強く育ったのだろうか。

 

 

「…おい、何か言えよマジで。どうしたお前ら皆して!?」

 

 

 遊吾は、静まり返った部屋を見渡す。悲痛な表情を浮かべるもの、目元に涙をためるもの、彼の言葉を聴いて全員が顔を背ける。

 

 

「なあ、響――響?」

「え? あ、はい! 晩御飯はご飯が良いです」

「どうしてそうなった!?」

 

 

 何故だ!? 本気で困惑する彼は、慌てて他の人に目を向ける。

 

 

「クリス!」

「……ぐすっ、あ、あたしはお前の味方だ。ああ、味方だとも」

「クリス!?」

 

 

 クリス号泣。どうやら過去の自分と重ねてしまったらしい。

 

 

「遊吾」

「奏!」

 

 

 眩しい笑顔でこちらを見る奏。お前ならきっと!  期待を込める遊吾の肩にそっと手を置いて彼女は言った。

 

 

「アタシの胸に飛び込んできな!」

「ブルータスお前もかっ!?」

 

 

 慈悲深い目でこちらを見る奏に頭を抱える遊吾、そんな彼の背後から影。

 

 

「安心しろアトラス」

「翼さん!」

 

 

 今度こそ来たかッ!? 期待の眼差しを受けた翼は、優しい微笑みと共に言った。

 

 

「貴様の心を私が守ろう。防人として、何より私という翼に賭けて!」

「格好良い!? でも違う、そうじゃない!!」

 

 

 ダメだッ!? こいつらぶっ壊れてる!! 膝をついて拳を叩きつける彼に、風鳴弦十郎が苦笑しながら声をかけた。

 

 

「あー、満足同盟? はなぜ男女なんだ? あの時、満足同盟拳の時は五人とも男だったはずだが…」

「ああ、それはアレ。俺の居た満足同盟はあくまでも伝説をモチーフにしたチームだからな」

 

 

 彼は語る。桐生恭華をリーダーとした、自分達のチームサティスファクションではない、真の満足同盟、四人の男たちのことを。

 

 そして、彼が語り出すと同時にコンソールが独りでに動きだし、満足同盟編のアニメーションが流れ始めた。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

「やめろぉ!」

 

 

 壊れた決闘盤が地面に転がる。

 

 少年の悲痛な叫びが響く。廃工場のなかで崩れ落ちる少年。彼の目の前では、満足同盟の鉄砲玉ことクロウ・ホーガンが敵に捕らえられてしまっており、まるで少年――遊吾に見せつけるように痛め付けられていた。

 

 サテライトは群雄割拠。あらゆるチームが敵対するチームとぶつかりあい、領土を奪い合う、正しく決闘者戦国時代。

 

 

「ひはは! さあ、満足同盟のアジトを話してもらおうか!」

「い、嫌だ! 教えるもんか!!」

「そうかぁ――それは残念ッだ!」

「グワァァアアア!?」

「クロウ!?」

 

 

 鞭が放たれる。電撃。激痛に叫ぶクロウ。遊吾は叫ぶ。僕はどうなっても良いからクロウにそれ以上酷いことをしないで! と。だが、それを見た敵のチームリーダーはニヤリと口元を歪めると手元の電気鞭を再び振るう。

 

 

「ぐあっ!?」

「クロウ!!」

「俺に、構うな…」

「でもっ」

「ひははは! 美しい友情ですねェ」

 

 

 腹を抱えて笑う敵チームのメンバーたち。だが、それは電気鞭で叩かれていたクロウ、そして悔しがっていた遊吾も同じ。

 

 

「貴様ら! 何がおかしい!?」

 

 

 怒鳴り声と共に鞭を振り上げる男――雷撃をまとい飛来するソレ。遊吾はそれを無造作につかむ。バチンッという炸裂音。極った! 笑みを浮かべる。しかし、鞭を振るった男の表情が一気に凍りつく。

 

 嘲笑う遊吾。受け止めた腕に装備された――鉄腕。

 

 深紅の鉤爪、シンクロモンスター、アームズエイドだ。少年の身体に明らかに不釣り合いなそれを見て初めて、敵チームの男は理解した。

 

 茶番。最初から彼らは捕まっていたのではない。捕まっていたのは――

 

 

「うわぁああ!?」

「どうし――ああ!?」

 

 

 爆発音と共に取り巻きの一人が吹き飛んでくる。慌てて受け止め、彼の飛んできた方を見て全身を硬直させた。

 

 そこに居たのは、三人の男たち。黒い外套を身に纏っているが、鞭の男はその正体を知っている。

 

 

「ち、満足同盟(チームサティスファクション)

「よく耐えてくれた。クロウ、遊吾」

 

 

 ぐっ、と親指を立てる男。普段表情が動くことが少なく、冷血と思われがちだが、その身体には確かな熱い血が流れる、満足同盟が誇る最強のメカニック。名を不動遊星。

 

 同じように親指を立てるクロウと遊吾。まるでここに来ることがわかっていたかのような満足同盟の動きに敵チームのリーダーが吠える。

 

 

「バカなッ!? 貴様らは確かに遠征に出て居たはずッ!?」

「そう、遠征に出ていたさ…さっきまでな」

「キサマァ、鬼柳!!」

 

 

 満足同盟のリーダーで最高の満足をその身に纏い、サテライト制圧という一大作戦を考案した満足同盟の満足フラッグシップ。また、満足同盟の満足ジャケットなど様々な斬新且つ前衛的なデザインの服を針と糸だけで作り上げる満足デザイナー。

 

 そして何よりも、チームリーダーに満足できる圧倒的デュエルタクティクス。

 

 鬼柳京介。満足同盟リーダーである淡い青髪の男が一歩前に出る。

 

 

「あの決闘盤は特別製でな。発信機としての役割だけじゃなく、緊急時に救難信号となり、そして事前にカードをセットしておくことでそれを発動できる仕組みになっているのさ」

「なにぃ!?」

 

 

 敵チームのリーダーが地面に落ちた決闘盤を見る。

 

 そのモンスターゾーンには、アームズエイドのカードが確かに二枚。そして、破損した外装から除く内部機構の中にある――赤い光。

 

 最強は伊達ではなかった。一人一人炙り出して――そんなことを考えるには些か相手が悪かったのだ。チームリーダーが慌てて取り巻きたちと共にその場から逃げ出そうとする――が、それよりも速く彼らが動く。

 

 

「ぐわっ!? な、なんだこれは!?」

 

 

 風が吹く。彼らの腕、決闘盤に巻き付いた紐付きの手錠。満足アンカーだ。

 

 敵チームの人数は丁度五人。予備の決闘盤を持っていたジャックが、クロウに向かってそれを投げる。遊吾も地面に落ちた破損した決闘盤を装備。逃げ惑う相手チームのメンバーに満足アンカーを取り付ける。

 

 

「随分と俺のダチが世話になったらしいな…これは礼をしなければなるまい…」

 

 

 仲間を傷つけられた怒りを闘志へと変換、それを高めるジャック・アトラス。

 

 

「さあ、このアンカーを取りつけられた以上この決闘からは逃げられないぞ」

 

 

 静かに、だがその奥に確かな怒りを込めて遊星が宣言する。

 

 

「さっきは随分とやってくれたな? 借りは倍にして返すぜ!!」

 

 

 鉄砲玉のクロウこと、クロウ・ホーガンが鋭い眼差しで相手を捕らえる。

 

 

「…捻じ伏せる」

 

 

 ただ目の前の障害物を取り除く。唯一の決闘と言う物理手段を持つ化け物が牙を剥く。

 

 

「さあ、これで決闘の準備は整った――」

『決闘!』

 

 

 満足同盟メンバーが一斉に外套を脱ぎ捨て、同時にカードをドローする。戦いの始まりだ。

 

 この日、サテライトで二番目に強力な勢力であったチーム・サンシャインはサテライトから姿を消すのであった。

 

 

 

 場面が切り替わる。それはとある廃屋での一場面。五人の男たちが机を囲んでいた。

 

 その上にあるのは一枚の地図。サテライト全土の地図だ。それらは全てA地区、B地区といった風に区分けされており、その半分以上が満足同盟によって制圧されていた。

 

 いかにサテライトが広大だと言っても、その中で決闘者と呼ばれる者たち、特にサテライトの区画の一部を自分たちの物だと主張するようなデュエルギャングのような者は数が絞られてくる。その為行うことのできる制圧戦。ある種の決闘戦国時代。

 

 

「今にこの地図全てを黒く塗りつぶす」

 

 

 鬼柳京介が両手を振り上げ宣言する。

 

 

「どうやったって俺たちは、このちっぽけなサテライトの地から抜けだすことは出来ない。だったら、ここで満足するしかねえ」

「このサテライトでドデカいことをして満足しようぜ!!」

 

 

 彼の宣言に、四人の男が頷く。

 

 サテライトと言う閉鎖された空間。明日に希望すら持てない、夢も持てない若人たちは、一人の男の満足により底なし沼のような場所から抜けだすことが出来た。

 

 そう、鬼柳京介は満足同盟のリーダーであると同時に、ジャック、クロウ、遊星の先導者でもあったのだ。そして、それは遊吾も同じ。

 

 未熟な彼の新たな指標。王者へと至るためのナニカ。鬼柳からソレを得る為に彼もまたこの世界、この時代へとやってきた。

 

 

 深夜、ほんの少しの街の明かりを背に受けて、外套を纏う五つのシルエットが決闘盤を構える。

 

 決闘盤を装備した左腕を胸元へと持ち上げ、デッキに手をかける。そして、吠えた。

 

 

『デュエッ!!』

 

 

 彼らの満足へと至るための果てしなき戦いはこれからも続くのだろう。

 

 そう、俺たちの満足はこれからだ!!




「………これが、満足同盟」
「そ、これが後に伝説とも呼ばれる満足同盟だ」
((でも、あのジャケットは正直ないわ~))

「遊吾さん!!」
「どうしたビッキー!?」
「満足ジャケット私にくれませんか!?」
『え?』

「アトラス、私にも一着頼む」
「…あ、あたしは別に、まあくれるってんなら貰ってやってもいいぞ?」
「あ、じゃあアタシもお願いねー」
「奏者四人全員分か、材料会ったっけ――ん? これは――俺に満足が舞い降りた!!」
『一番舞い降りちゃいけないものが舞い降りたぞこいつ!?』


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彼と永久の輪廻に捕らわれる漆黒の歴史

 過去、鬼柳京介率いる満足同盟編は、本編三話、一話三十分の映像だったのだが、あまりの内容の濃さに皆疲労してしまったため急遽休憩を挟むこととなった。

 

 

「…はー」

「どうしたんだ? 元気無いぞ、響?」

「あ、奏さん」

 

 

 休憩室でため息を吐く響の目の前に差し出されるお茶。あったかいもの、どうぞと差し出されたそれを、あったかいもの、どうもと受け取り、ソレを差し出した主――奏にペコリと頭を下げる。

 

 いいよ。片手をひらひらさせつつ、隣に座っても良い? と問いかける奏。特別断る理由もないので、少しズレてどうぞと隣を開ける。

 

 

「あんがと。…ねえ、響? 何でため息なんて吐いてたんだい?」

「へ? …いや、遊吾さんにあんな過去があったんだなぁって」

「ああ、サテライト、だっけ?」

「はい」

 

 

 サテライト。とあるエネルギープラントの暴走による大災害、それによって起こった地殻変動により出来た街。元々同じ国、同じ街でありながら全く正反対の進化を遂げたシティとサテライト。

 

 サテライトの暮らし。それは映像越しでありながらも壮絶であった。

 

 元々栄えていたであろう高層ビル。摩天楼は窓ガラスが全て割れ落ち、剥き出しのコンクリートと荒れ果てた大地によってあまりにも簡単に滅びを連想させる。

 

 人々はそれこそ生きることに必死で、日々が奪い合いの生存競争。サテライト沿岸部、シティに近い場所はまだしも、中心部にいけばいくほどその生活は困難となっていく。

 

 そんな中、中心部を独りで生きてきた彼、遊吾はどのような気持ちだったのか。そして、そこに生きる人々の姿を見て、響は少しだけ気落ちしていた。

 

 決闘、デュエルモンスターズ。本来人々を笑顔にするための力が人々を傷つけ、笑顔を奪う。

 

 それはどこか、自分達のシンフォギアに似ているような気がしたのだ。

 

 人々を守るための力であるシンフォギア。しかし、世界情勢に疎い響にも分かってしまうほどには、諸外国はその軍事的利用価値を見出だしていた。

 

 一歩間違えればシンフォギアもあの決闘と同じ道を歩むこととなる。そう考えてしまうと、響の足元にポッカリと穴が開いて、そこに引きずり込まれてしまうような感覚に襲われる。

 

 だが、そんな力を振るって尚、彼は決闘を行う。彼の決闘は何処かぶっ飛んだものではあるが、その分のインパクトなどは他の追随を許さない。なぜあんな生活をしていながら笑顔に出来る決闘を行うことが出来るのか。

 

 

「んー、そういうことが分かってるからじゃない?」

「分かっているから…」

「そう。分かってるからアイツは出来るんじゃない?」

 

 

 極端な話、壊し方を知っているならば、それが壊れないためにはどうすれば良いかなど自然と分かってくる。ならば、人々から笑顔を無くす方法を知っているのならばその逆もまた然り、と言うことだ。

 

 

「まあ、そんなに気負わないこと。それと、折角仲間が居るんだから相談しなよ?」

 

 

 そういうことに詳しい翼だって居るし、クリスやおっさん、それにアタシも居るんだからと笑顔で響の頭を撫でる奏。

 

 確かに、自分独りで悩むよりも誰かに相談した方が良いかもしれない。独りで悩んでいたことで未来を何度傷つけたことがあることか。

 

 

「はい! ありがとうございます!」

「ああ。さ、戻ろうか」

「はい」

 

 

 そうだ。自分は一人ではない。あのときも、今も、これからも、私にはこの場所があるのだ。頼れる大人がいて、男の子が居て、友、親友とも呼べるような人たちがいる。

 

 そう、あの場所とは違うのだ。呪いのように呟くことしかできなかったあの場所とは――。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

「さて、とりあえず満足同盟がどんなものかは理解してもらえたと思う」

 

 

 休憩が終わり、コンソールを前に遊吾が言う。

 

 サテライト、そしてデュエルギャング。中々ハードだった話。それらが作り話であると言う可能性は否定できないが、同時にこの映像が真実であった場合改めて彼の異常性に納得が出来るのも事実だ。

 

 

「遊吾君の居た満足同盟、二つあったようだがこれはどういう意味なんだ?」

 

 

 風鳴弦十郎から質問がとぶ。彼の所属していた満足同盟は二つ。

 

 鬼柳京介率いる満足同盟と、桐生恭華率いる満足同盟。

 

 

「ああ、それは俺が時間跳躍した結果だ」

「時間……タイムスリップということか?」

「ああ! まあ、それはまた今度話す。まずは満足同盟についてだな」

 

 

 遊吾が説明を始める。

 

 桐生恭華の満足同盟は、あくまでも初代満足同盟をリスペクトして生まれたチームに過ぎない。無論、その実力は自分の生きていたサテライトにおいてもトップクラスであったが、最強と言うわけではなかった。当時のサテライトでは珍しく、女性主体のチームだったから直接的な打撃力不足だったこともあるが、若すぎたことと、実力に対して守るものが多すぎた。

 

 守るもの、それは例えば孤児院であったり、自分達の拠点だったりと色々だ。特に恭華は孤児院のことをよく気にかけていたからな。本人の若さも相まってそこにつけこまれてしまった。最後の最後、サテライト統一前に行われた大規模戦闘、結果は敗北。案外あっけなかったものだ。

 

 とはいえ、ただ敗北したわけではなく、チームメイト一名がチームを抜けて行方不明となり、敵チームのリーダー含む半数が行方不明という形での決着だからな。まあ勝ったと言えば勝ったのか。うーん、微妙だな。

 

 

「その後、満足同盟は解散。皆方々に散り散りになったって訳だ」

「そうか…。それは過去の、初代満足同盟のように考え方の違いからか?」

「知らね。あれ以来あいつらと会ったこと無いしなぁ」

 

 

 当時の状況を振り返り、彼が呟くように言う。

 

 桐生恭華は甘い少女だった。そして、他の奴等も。別にそれが悪いとは言わない。むしろあんな世界でよくあんな性格を保てていたものだ。

 

 孤児院の一つや二つ潰されても仕方がないだろうに。まあ、そんなあいつらと居るのが好きだったからとりあえず異次元にぶちこんだり、強制的に退出させたりしてた訳だが。

 

 自分が抜けたからといってアイツらが仲違いをするとは考えにくいし、置き土産もしっかりしておいたから問題はないと思うが、本当に何故解散してしまったのだろう。改めて問われることで、本当に何故解散してしまったんだと首をかしげる彼。

 

 

「あー、何となく理解した。ありがとう」

「そうか? 別になにも話してないんだが…」

 

 

 風鳴弦十郎は彼の話し方から大体の経緯を察したらしく、苦笑しながら引き下がる。

 

 何となくだが、彼の人柄ややりそうなことを考えると自然と分かってしまうのだ。彼がどれだけ無茶をしたかなんてことは。

 

 

「で、この上映会まだまだ続くわけ?」

「…そうだな。遊吾君のことを政府に報告しなければならないからな」

 

 

 恐らく彼が行ってきたこと、出会ってきたこと全てが撮られているであろう映像データ。彼の過去に興味がないわけではないが、それよりも彼がこれから社会で暮らすための手続きをするために、彼の過去を把握する必要がある。

 

 まあ、満足同盟時代ほど酷い話はないだろう。そう高を括っていた二課の面々であったのだが、それが間違いだと教えられた。

 

 

「さて、じゃあ最近のものから遡っていくか…」

 

 

 これから始まるのは、彼の人生に多大な影響を与えた決闘者たちの濃い話のオンパレード。その反応の一部をここに記そうと思う。

 

 

 

※※※※※

 

 

 

「な、友情ごっこだと!? この男は何を言っている!?」

「な、なんて酷い」

「………」

「ちょっ、ショックで固まってる!?」

 

「あれだけ手酷くやられてもまだ信じようとするのか!?」

「…この男もまた犠牲者、と言うことなのか……」

「……」

「ほら、ハンカチハンカチ!」

 

 

 裏切り、策を巡らせ戦った一人の少年と、何度裏切られようと、どれだけ絶望が、未来がなくても明日を信じてかっとび続けた少年の生きざまを見た。

 

 

「絶望…未来は変わらない…」

「何でバイクと合体しないんだ?」

「何で自分が犠牲になることを……」

「彼もまた防人だったと言うことか…」

「……………」

「あー、ほらほら、よしよし」

 

「ちょっ、なんですかこのセルフBGM!? てかキャラ変わりすぎなんじゃ」

「不満足してる!? というか満足するしかないって、それ満足って言いませんよ!?」

「なんだ、この、開拓時代のアメリカを思わせる世界観は……」

「まるで訳がわからんぞ!?」

 

「中々リアルファイト強いですよね、満足さん。いい満足顔です」

「満足してないからね、仕方ないね」

「決闘者の風上にもおけないやつです!」

『俺たちの満足はこれからだ!!』

 

 

 未来に絶望した英雄が託した、絆によって歩んで行く未来を見た。絶望のなかに見出だした希望が起こす奇跡。それは暖かく、力強かった。

 

 一人の男の生き様を見た。贖罪のため、そしてそれは彼の満足へと変化していった。

 

――そして、二課の面子は、はじけた。

 

 

「凄い楽しそうに決闘するんですね」

「頑張れ先生!」

「…あの男の子と俺は同じ空気を身に纏っている気がする」

 

「何でみんな死ぬんだ!」

「そうか、これが愛なんだ…」

「融合…遊吾…ハッ!?」

「一体何を考えた!? 言え!!」

 

 

 無邪気な少年が青年として成長していく様を、そしてそれにつられるようにして変化していった彼らの青春を見た。

 

 

 そして、伝説の決闘王、武藤遊戯の映像を見ている頃には――

 

 

「なぜバイクに乗って決闘をしないんだ?」

「レベル4のモンスターが二体、来るよ翼!」

「それはどうかな? と言える決闘哲学」

「攻撃対象は月、つまりルナアタック!!」

「まるで意味がわからんぞ!?」

 

 

 二課の面子は適合していた。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

「あー、皆ようやく正気に戻ってくれたようだな…」

 

 

 まさか、歴代決闘者がどんな活躍をしていたか紹介していただけなのに精神をすり減らし、ある種の発狂状態のような精神状態となってしまった二課の面々を拳で正気に戻し終えた遊吾が、大きくため息を吐きながら言った。

 

 彼が見た中でも特に濃かった映像を高々数時間ほど連続で見せた程度だったのにこの反応。絶対にありえないが、実際に彼らが自分の世界に来たらどうなってしまうのやら。そんなことを考えて頭を振りながら、彼は言葉を続けた。

 

 

「あー、これで良いっすか?」

 

 

 あ、ああ。そう風鳴弦十郎が言って退室を許可しようとしたところで、ふと気づいた。

 

 これは彼が見てきた風景なだけであって、彼自身の出生や成長などに関係している映像ではないと。だが、同時に弦十郎は理解したからこそ頷くと彼の退室を許可した。

 

 遊吾が一礼して部屋を出ていくのを見送る弦十郎。その背中に、緒川が声をかけた。

 

 

「行かせてもよろしいのですか? まだ彼自身の話は完全に聞いてはいないのですが…」

「…異世界からその身一つで来たんだ。あまり元の世界の話をするのも酷だろう」

 

 

 閉まる扉を見つめながら彼は言う。

 

 遊吾・アトラス。並々ならぬ精神力、自らの命すらも簡単に賭けて勝利をもぎ取るその姿勢は素晴らしい。年齢は響たちと同じくらい、大体十五歳と言っていたが、下手をすればそれよりも若い可能性すらある。それこそ幼稚園や保育所に入る前後の年齢だと思われるころの環境がアレなのだ。正確な年齢は詳しく検査をしなければ分からないだろう。

 

 確かに彼は早熟している。他の同年代の子供と比べて、普通の学力などは劣るだろう。だが、それはあくまでも教育が行き届いていない環境で生きてきたから。その発想力、瞬間的な爆発力やあらゆる危機的状況、状態に対する精神力などは下手をすれば彼の倍生きている大人ですら追いつけないかもしれない程だ。

 

 更に、彼は容赦を知っている。彼は覚悟を知っている。

 

 だが、それは風鳴翼のように特殊な力を持って戦わなければならないという命を持つわけでも無ければ、天羽奏のように復讐のために刃を振るうわけではない。雪音クリスのような夢の為でも無ければ、立花響のような想いを貫く為ではない。

 

 ただ、あったから。ただ、使う必要があったから。彼にとって闘争とは日常であり、それが変化した姿が決闘。そして同時に闘争は彼にとって自分の証明のようなものであったのではないだろうか?

 

 強き者が生き残る。そんな世界が常識であった彼にとって、力となり、己の意志を示す決闘は方法がどうであれ彼にとってとても重要な要素であったと考えられる。ならば、その決闘が失われた世界、つまりこの世界にやってきた彼にとって、決闘が無いということがどういう意味を持つのか。

 

 今回、過去を聞いたのは間違いだったかもしれない、と弦十郎は考える。

 

 ルナアタックから時間が経ったが、その間も彼はフラフラと各地に出かけたり、こっそりとDホイールを弄っている姿が確認された。

 

 これが何を意味するのか。弦十郎は何となく想像がついた。

 

 元の世界に帰りたいのだろう。口では言ってはいないが、そう考えているのは何となく分かる。彼が時々遠くを見ているような姿を何度か見かけたし、彼自身も何度か「今なら親父と戦って勝てる気がする」と言った発言をしていた。

 

 今回の彼の過去の話。もしかしたら彼を知ろうとするどころか、逆に彼の心に少なからず傷を与えてしまったかもしれないな…。仕事とはいえ子供の心に何かしらの悪い影響を与えてしまったのではないかと考えると何ともやるせない気持ちになってしまった弦十郎は、深く息を吐くのであった。

 

 

 

 

「あー、駄目だなぁ…」

 

 

 皮肉なまでに青い空。現在拠点となっている二課仮本部の屋根の上、寝転がった彼が空を見ながらそう言った。

 

 改めて見た過去の映像、自分の故郷と自分の関わってきた多くの決闘者たちの記録。それらは彼にとって確かな血となり肉となっている――のだが、同時に現在の彼にとって他にないほどの枷となっていた。

 

 この世界に居るのは好きだ。おっちゃん、響や未来のような大切な人が出来た。奏と決闘をするのも良いし、翼と話したりバイクを弄るのは楽しい。クリスと出かけたりするのも面白いし、二課の人と色々はなしたりするのも勉強になって好きだ。

 

 だが、ふと気が付くといつも考えていることがある。

 

 親父と戦いたい。誰かと本気で決闘がしたい、と。

 

 この世界には決闘者はいない。彼が世界を飛ぶ目的は、自分が強くなること。強さとは即ち決闘での実力ということでもあるのだが、この世界ではどう足掻いても決闘の腕が上がることは無い。で、あるならばルナアタックが終了した時点で彼は元の世界に帰還しても良いものだが、今の今まで彼の手元のカードたちは彼をこの世界から帰してくれない。

 

 それはきっと何かしらの意味がある、それは分かっている。だが、それでも彼は時々思ってしまうのだ。どうして俺はこんな世界に居るのか、何故俺は戻ることが出来ないのか、と。

 

 

「あー、こういうときあいつらならどうするかねぇ…」

 

 

 今まで関わってきた仲間、そして桐生率いる満足同盟の仲間たち。どうしていただろうか? まあ、リーダーである桐生恭華の言葉なら何となく想像はできる。

 

 

「満足、してないみたいだね」

「ああ? ったりめぇだろ。ろくに決闘もできねえ、好き勝手暴れられねぇ。やりたいことは何にもできねぇくせに枷ばかり増えるんだか――ら?」

 

 

 この世界に彼女はいない。いや、あの時以来彼女とは一回も会っていない。

 

 となると、そこに居るのは彼女と声質が似ていたり、もしくは彼女と同じような言葉を言っただけの別人ということになる――恐る恐る上げた視線の先にあるのは、健康的な肌色の眩しいカモシカのような健脚。そして最近妙に視線の吸い寄せられる胸部と――涙を浮かべ、曇った太陽。

 

 

「び、ひびきぃ!?」

「遊吾さん、やっぱり…」

 

 

 ドンドンと沈んでいく彼女の笑顔に大慌てで起き上がった彼が待ったをかける。

 

 

「い、いやー! たのしーなー!! 二課に居るのって!! うん、たのしーなー!!」

「……」

「…ゴメン」

 

 

 流石に誤魔化せないと分かったのか、バツの悪そうに頭を掻きながら苦笑する遊吾。それを見て少し寂しそうに響も笑う。

 

 

「分かってました。遊吾さんが凄い帰りたがってるって」

 

 

 悲しそうに呟く響。遊吾は人前でそんな素振りを見せたことなど無かったはずなのだが、彼女にはバレバレだったらしい。

 

 普段の振る舞いから、立花響は真っ直ぐで人の迷惑を考えないような子だと考える人は多い。しかし、実際の立花響という少女は、人の心の機微に敏感で、敏い娘である。それに、彼女は彼と互いに見たことが無い場所が無いほどには深い付き合いをしている。その為、彼が何を考えているかを何となくながら感じ取ったのだろう。

 

 

「遊吾さんは、ジャック・アトラス。…お父さんを越えるって目標があるんですもんね。私たちとずっと一緒に居られる訳、無いですよね…」

「……」

 

 

 父、その言葉を発するときだけ一瞬詰まった彼女に彼は表情を顰める。

 

 立花響の父は、現在行方不明なのだ。これは、立花響が被害を受けたあのコンサート事件が原因である。

 

 立花響の父は、親を知らない遊吾から見ても好感の持てる良いお父さんであった。仕事を頑張りながら、妻に、娘に対してサービスを忘れず、また遊吾に対しても「息子が欲しかったんだ!」と彼が家に上がる度に何かと構ってくれた。

 

 少々子煩悩な所があるが、響と同じく真っ直ぐで優しかった父は、あの壮絶なコンサート事件を娘が生き残った事をそれはもう自分のことのように喜び、職場でも生きていたと歓喜の嵐であったらしい。

 

 だが、それが問題であった。その当時の彼の勤めていた会社の取引先の社長、その娘もコンサート事件に巻き込まれていたのだ。しかも、その娘は死亡。この差が彼の命運を分けた。

 

 ワイドショーが面白おかしくコンサート事件の被害者をはやし立て始めたことで、被害者に対するバッシングがスタート。取引先への心象が悪いと彼はドンドンと仕事を外されていき、更に同僚たちからも虐めが始まった。

 

 家に帰ると地域から攻撃を受け、会社へ、社会へ出ていけば言葉の暴力と言う嵐が彼の身体を、心を打ち据える。彼は頑張った。頑張ったが、彼の心は悲鳴を上げ、そして折れた。

 

 仕方がない。会社での虐めなど平気、へっちゃらと乗り越えた。だが、一家の大黒柱として家族を守り抜けないことが、彼の心を酷く傷つけた。日々壊れていく我が家。泣く娘。必死に気丈に振る舞う妻と母。会社に味方は居らず、仕事も禄に出来ない日々。そんな日が何度も続き――彼は逃げた。

 

 遊吾は覚えている。段ボールハウスで寝ていた彼の元に現れ、光の宿らぬ瞳で、やつれた頬を無理矢理笑顔に変えながら「へいき、へっちゃら、のはずなんだけどね。ごめん、ごめん……ごめん……」嗚咽すら漏らさず、ただ静かに暗い瞳から涙を流す彼の姿を。

 

 彼との約束はある。だが、それよりも何よりも彼女が悲しんでいるのを見ていられるほど彼は血が冷たくは無かった。

 

 

「大丈夫だ。まだ帰らねえよ」

「まだ、ってことはいつか――」

「当然だろ? 元の世界が俺の生きる場所なわけだし、親父をボコすのは俺の人生の目標だ」

 

 

 彼の言葉に顔を伏せる響。当然だよね…、そうぽつりと呟く彼女。

 

 

「でも、でもよ?」

「……」

「別にこっちに来れないってわけではないだろうし、それに親父に勝ったらすぐに帰ってくる予定だしな」

「え?」

 

 

 彼の言葉に顔を上げる。目の前にあるのは、太陽のような笑顔。

 

 

「向こうだと決闘ができる。でもさ、お前らと一緒に色んなことをするのは、嫌いじゃねぇ。最悪こっちで決闘を広めりゃいい話なわけだしな!」

「あ…はい!!」

 

 

 彼の言葉の意味を察して、太陽が昇る様に響の表情が笑顔に変わる。ああ、それでいい。彼女の笑顔を見て彼は思った。

 

 やっぱり、立花響は笑顔が似合う、と。

 

 

「さて、俺は満足できてねぇってわかった響にはご褒美をやらないとな?」

「…何か、嫌な予感しかしないんですけど」

「さあ、俺と決闘だ!!」

「やっぱり!?」

 

 

 どこからともなく紙製プレイマットとデッキを取り出した遊吾が、その場に胡坐をかくとテキパキと決闘の準備を始めた。

 

 こうなっては梃でも動かないことを知っている響は、あーもう! と自分も彼の前に座り、デッキを手に取った。

 

 

「さあ、満足させてくれよ?」

 

 

 決闘!!

 

 

 今日は調子が良いらしい。数ターンの内に、流れるように響を劣勢に立たせた彼は、手札とフィールドと交互ににらめっこをしながら、ムムム、と唸る彼女の表情を見て思わず頬を緩め、ふと何を思ったか空を見上げてみた。

 

 

 澄み切った雲一つない青い空。自分にとって決闘とは武器であると同時に、己の全てである、が。たまにはこうして外でのんびり決闘をするのも、悪くないかもしれない。




つまり、彼の黒歴史。

次回の遊戯絶唱シンフォギアGは――

一、未来、二課に立つ
二、爆誕!! 決闘者弦十郎!!
三、未来、友情のガイウスシュート
Ⅳ、未来の後の響コンボ!! 次の次くらいから遊吾、異国へ跳ぶ!?

の三本です。

GXもついに佳境。キャロルの歌もいい感じですね。エルフナインちゃんまじでヒロイン。…ついていようが無かろうが、いいと思うんだよね……。



「遊吾さん! 僕と融合しませんか!?」
「どけ! 貴様は一度行っているだろう!! 融合するのは私だ!!」
『…どくされ鬼畜ロリペド野郎』
「誤解だ!? って、エルフナインもキャロルも変なこと言うんじゃねえ!? 必要だったからお前らと超融合しただけだろ!? あれ疲れるからヤなんだよ!」
「む、ならば私とシンクロだ!! これなら問題あるまい?」
「どうしてそうなった!?」
「なら、僕とオーバーレイネットワークを構築すればいいじゃないですか!!」
「ゼアル!! じゃねえよ!? てかマジでお前ら落ち着け!?」
「あはっ、じゃぁ~? 私が遊吾を食べて出てくればいいんだね?」
「なるほど、リリースしてアドバンス召喚――ってうるさいわ!! というかキャロりん本来の人格出てんぞ!?」


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彼と新たな日常と

 獅子座流星群よりまたしばらくの時間が過ぎた。特殊災害対策機動部二課が仮拠点から、多起動潜水艦へ活動の拠点を写し、活動を開始しはじめた頃――。

 

 遊吾・アトラスが行方不明となった。いつものようにふらりといなくなるのではない。本当に唐突に消えたのだ。

 

 もしや異世界に帰ったのではないか? そう懸念する声も上がったが、それはすぐに否定されることとなる。

 

 Dホイールこそ無くなっていたものの、彼の所持していたデッキの一部が部屋に残されていたのだ。机の上にバラバラにされたカードたちは、モンスター、魔法、罠の三種類のカードに分ける作業の途中であったらしく先程まで此処に居たということが分かる。決闘者の魂であり、命よりも大切なデッキを置いて行くなんて考えられない。しかし、EXデッキと呼ばれる場所に格納するはずのカードが一枚も存在せず、さらに神を束ねるファイルも消失していたことから、カードの力によってどこかに転移させられた可能性が高いという判断が下された。

 

 この異常事態を受けて、風鳴弦十郎は日常の任務以外に遊吾・アトラス少年の捜索を開始。だが、二課の面々は実はそこまで心配していなかった。

 

 きっと彼は帰ってくる。誰もがそう信じていたなか、彼は――

 

 

「マリア、これ」

「ありがとうユーゴ。…また獲ってきたの?」

「当然!」

 

 

 とある年上美女の家の居候として、アメリカの片田舎で生活していた。

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは混乱していた。

 

 当然だ。自分だけの秘密の家の敷地内に突然空から大型バイクと共に人間が降ってきたのだから。

 

 見たことのない形状のバイク――と言っていいのだろうか? 装甲に覆われた厚いタイヤ。エンジン部分は虹色の光が溢れ、マフラーに該当する部分は見当たらない。横転しているが、そんな状態でも確かに感じられる雄々しく、力強い二輪車。

 

 まるでSFの世界から抜け出したかのようなものと共に落ちてきた、黒いコートにフルフェイス――と呼ぶには少々変わった形状をしているヘルメットを被ったコート姿の男。

 

 

「……ん、これ――カード?」

 

 

 目の前にヒラヒラと落ちてきたカードを拾う。枠の白いカード。そこには変な文字と、血のような深紅の悪魔の姿が描かれていた。

 

 よく見てみれば、そのカードと同じようなデザインのカードがいくつも散らばっていた。

 

 恐らく、目の前の男性のものだろう。そう判断したマリアは、自然な様子で地面に落ちたカードを拾い始めた。

 

 

「結構、あるのね…」

 

 

 数にして八十枚ほどだろうか? 白色以外にも、黒色、赤色、紫色、緑色、茶色の枠のカードがあったが、どれも共通したデザインだったので判別は容易であった。

 

 さて、これからどうしようか? マリアは考える。ここで警察を呼ぶのが一番手っ取り早いだろう、と。だが、この場所は彼女と彼女の信頼する者しか知らない特別な場所。その場所を誰かに知られたくはないし、何よりも、この男――少し気になるのだ。何が気になるのか、と言われれば具体的にどうこうとは言えないのだが、なんと言うか気になるのだ。

 

 

「息はしてるし、外傷も一切無い…。どんな身体をしているのかしら…。ん! …お、重い……」

 

 

 もしかしたら、自分が生まれる前に流行ったと言われる未来からやってきた人に化けたロボットと戦うという映画みたいに、未来からやってきたのだろうか? などと下らないことを考えながら、とりあえず家に運ぼうと動き出す。バイクは今は置いておくとして、まずはこの男性の看病をしなければ。

 

 そう判断して彼を抱えようとするのだが、気を失っている人間と言うものはとてつもなく重い。マリアの筋力では持ち上げることがギリギリ出来るか出来ないか程度。ごめんなさい。先にそう謝ると、マリアは彼を引き摺るようにして家にまで運ぶのであった。

 

 

 

 

 次の日。小鳥の囀りで彼は目を醒ました。

 

 目の前にあるのは天井。見慣れたサテライトの廃墟の物でなければ、家や二課の白い天井でもない、暖かみを感じる木の天井。

 

 ふかふかした布団。これはベッドだろうか? むっちゃ柔らかいと言うか良い匂いするしここが天国かやべぇこのまま寝たい。そんな欲望に負けそうになりながらも、何とか周囲を見回す。

 

 とても落ち着く甘い香り。周りを見れば、そこは見たことのない部屋。もしかしたら、誰かの家なのだろうか。

 

 そう考えたところで、視界の隅に穏やかに上下する桜のような淡い色を見つけた。

 

 腹筋をいかしてゆっくりと上半身を起こした彼が見たのは、女性。

 

 響やクリスのような幼い感じではなく、どちらかと言えば翼や奏でなどの年上のお姉さんといった雰囲気。その寝顔はとても可愛らしいもので。起き上がった際に額から落ちたタオルといい、枕元に置いてある洗面器と水といい、どうやらこの女性が自分を助けてくれたらしい。

 

 ありがたいな。と言うか俺は一体どこに落ちたと言うんだ…。何の気なしに懐に手を入れた彼は、思わず目を見開く。

 

 デッキがない!? ヤバイ、そう考えて動き出そうとしたら、その振動で目が覚めたのか、女性が目元を擦りながら大きく欠伸をした。

 

 

「――?」

「……すまねぇ、英語はさっぱりなんだ」

 

 

 強い意思を感じさせる瞳。だが、その光は響のように力強いものでも、翼のようにしなやかな剣を思わせるものでもない、未来のような日溜まりを感じさせるようなとても暖かく、優しい光。

 

 顔立ちは氷の結晶を思わせる鋭く、美しいものだが、その瞳の優しさが、美しさと可愛らしさという相反する美を両立させていた。

 

 その美貌に思わず見惚れそうになった彼であったが、彼女の口から放たれた言葉に反射的にそう返していた。

 

 

「――?」

「あー、そっか。そっちもわかんねえのか…」

 

 

 どうやら相手もこちらの言葉、日本語が分からないらしい。

 

 決闘者には、アメリカ人など海外からやってきた人が居なかったわけではない。だが、遊吾は海外に出たことが無いので本場の発音を聞いたことが無く、また海外からやってきた決闘者たちも、何かと日本語を話したりしていたので、言語で困ることが無かったために彼は英語などの外国の言葉がわからない。

 

 しかし、決闘に関する単語などは大体覚えている。変な話だが、決闘に関する単語及び文章のみ読むことと聞くことができるというわけだ。

 

 

「アー……コン、ニチ、ワ?」

「あ、それは言えるのか。こんにちは」

 

 

 片言ではあるが、日本の挨拶を相手が行ってくれたので、ペコリと頭を下げる。

 

 

「mynameisマリア」

「マリア?」

「Yes」

 

 

 幾らなんでも、それはわかる。自分を指差してマリアと言う女性。どうやらマリアと言う名前らしい。なるほどな。頷いた彼は、同じように自分を指差しながら言った。

 

 

「遊吾。まいねーむいず、ゆうご!」

「ゆーご?」

「そう。遊吾!」

「ユーゴ!」

「イエス!!」

 

 

 少々発音が違うが問題はない。拙いながらも言葉が通じあったことで、気づけば手を取り合って喜びあう二人。

 

 これが人類の相互理解、最初の一歩!! とか何とか上がったテンションのまま喜びを分かち合っていた二人だが、さすがに自分達の状態に気付いたらしく慌てて手を離すとどちらもそっぽを向いてしまう。

 

 と、そこで自分が慌てた理由を思い出して遊吾はマリアに尋ねた。

 

 

「あー、えっと。ホワット、カード、あー、デッキ知らね?」

「……カード…デッキ」

 

 

 カードという単語に聞き覚えがあるらしく、何やら顎に手を当てたかと思えば部屋を出ていったマリア。その際にラフな格好であるがゆえに分かった胸の揺れ具合と扉へ向かう際の腰の動きと腰から足にかけての素晴らしい丸みの確認に、決闘者特有の高い視力と気配察知能力、記憶力を使用してしまい、なにやってんの俺、とこの世界に来てから起こるようになった異性への興味、異性への視線の移動速度。自分の欲深さについつい頭を抱えてしまう。

 

 暫くして帰ってきたマリア。その手には見慣れたカードの束。ホントありがとな! と笑顔で礼を言って彼女からカードの束を受け取り、枚数が足りているか確認しようと捲り始めて――そして驚いた。

 

 全てのカードが種類別に分けられていたのだ。モンスター、魔法、罠だけではなく、枠の色とアイコンで判断したのだろう。カウンター罠や永続罠、速攻魔法。全て種類で分けてある。

 

 普通、所持品を弄られたら怒るところなのだろうが、ここまで綺麗にされたらなにも言うことはできない。まあ何にせよ助けてもらった身であることも考えて、怒るつもりなんて欠片もないわけなのだが。

 

 

「――?」

「ああ、これはデュエルモンスターズって言うんだ。知ってるか?」

「でゅえるもんすたーず?」

「ああ!」

 

 

 マジック、トラップ、モンスター。時々英単語が使われていることもあって、カードの種類を話すのは容易であった。

 

 これらを駆使して戦うのが、デュエルモンスターズなんだ。楽しげに説明する遊吾。その言葉は単語だらけで文法も何もないような無茶苦茶なものであったが、マリアが聡明であったこと、そして日本語を多少なりと学んでいたことで彼の言葉の内容は何となくだが理解していた。

 

 こうして、彼と彼女の奇妙な同居生活がスタートしたのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

「あれからもう一週間、かぁ…」

 

 

 眩しい日差しに思わず手で蔭を作りながら、洗濯もの片手にマリアがそう呟いた。

 

 二週目も既に半分。彼と出会って一週間とちょっとしか経っていない筈なのに、まるでそれ以上の時間が経っているのではないかと思わせる程に濃厚な時間が過ぎていた。一週間もたてば互いに互いの言葉がある程度分かってくるもので、遊吾もマリアも相手の母国語を、堪能とは言えないものの確実に物にしていた。

 

 小さい、と言っても一人暮らしのことを考えれば結構大きな木造の家。そのバルコニーから彼女は視線を落とす。

 

 家の前で、赤色のバイク――彼曰くDホイールと呼ばれる自動二輪車と言う名の決闘盤――のエンジン部分を弄っている彼の姿を見つける。目が覚めた次の日に、Dホイールを取りに行こうとした彼に対し、自分の家のガレージに持ってきたと言ったら土下座されたのを覚えている。どうやら、彼にとってあのDホイールなる物はそれほどまで重要なものであったらしい。

 

 しかし、と彼女は楽しそうにDホイールの装甲板を引っぺがす彼の姿を見て首を傾げる。あんな機械的なバイクなら専用の機材で調整した方が良いのではないだろうか? しかし、彼はこの家にある工具で十分だというし…。

 

 遠目から彼の整備している姿を見ているマリア。しかし、とマリアは思う。ああやって整備している姿を見たら、自分よりも四、五歳は年下だとは思えない。彼が何処から来たのかなどはまだ聞いていないが、一体どんな経験をしたらあれほどの雰囲気を身に纏うことが出来るのだろうか? 彼の動きを見ていたマリアは――彼の手にある物体を見て思わず吹き出した。

 

 彼がDホイールの中から取り出したのは、空き缶。何やらホースと接続されているところを見ると、エネルギーの循環部分か何かだろうか? しかし、何故そんな場所に空き缶が!?

 

 吹き出した音で彼女に気づいたらしい彼が、上を向いて大きく手を振ってくる。とりあえずそれに答えると、マリアは声を張り上げた。

 

 

「何で空き缶なんて入れてるのよ!!」

「おまっ、空き缶だからって馬鹿にスンナよ凄いんだぞ!!」

 

 

 大声であるが、何やらエネルギーゲインがどうとか言っている。どうやら、空き缶を利用することで、エネルギー効率を上げているようだ。まあ、言葉の節々から聞こえてくる、専用のパーツはあるんだけどね! という悲しい彼の声は聞こえないことにしておこう。

 

 さっさと洗濯物を家に取り込むと、階段を下りて彼の元へと向かうマリア。

 

 危険だからと遊吾に言われて、Dホイールをあまり触らせてもらえないが、昨今の女性のことを考えると、案外彼女は機械関係に強い。彼女が日本で言う成人を迎えており、尚且つ車などの免許を既に持っていることが関係しているのだろう。実はこの家のガレージには乗用車もそうだが、バイクや各種工具などが綺麗に保存されていたりする。

 

 彼女が洗濯物を片付け、彼の元へとつく頃には、彼は既に片づけを開始しているところであった。また見逃した。まるで背中に目でもついているのではないかと思うようなタイミングでの作業終了に、彼女が思わずと言った風に地面をける。それを見て、彼が残念でした、と悪戯が成功した子供のような顔で言った。

 

 

「残念でしたーってな。Dホイールの整備見るのはまた今度な?」

「…別に見ても良いじゃない」

 

 

 ぷくっと拗ねた子供のように頬を膨らませていじけるマリア。おいおい、随分と子供っぽいなおい、と相変わらず自分よりも年上の癖に何かと年下の子供のような子供っぽい仕草を見せるマリアを見て思わず苦笑してしまう彼。

 

 

「そんな顔すんな……また近所走ってやるから」

「約束よ!!」

「お、おう…」

 

 

 瞳をキラキラと輝かせながら小躍りするマリアに、少しだけ距離を取りながら彼は苦笑する。こちらの世界に来てから暫く経つが、何故皆してDホイールの後部座席、荷物置きに乗りたがるのだろうか? 確かに自分のDホイールは無理をすれば最大三人は乗せれないことは無いが、態々乗るようなものでもないだろうに…。

 

 今までDホイールを駆ってきても、誰も後ろに乗せてくれなんて言ってこなかったので使用されていなかった無駄機能が今になって急に働くようになり、何故皆乗りたがるのだろうかと本気で思案する遊吾。

 

 

「じゃあ、早速乗りましょう!」

「本当に早速だなおい!? ちょっと待て。どこに行くんだよ」

「近所のスーパーよ?」

「……警察にバレたらヤバいんですけど」

「気にしない!」

「気にするわ!?」

 

 

 お前は一体何を言っているんだ!? とツッコミを入れる遊吾。そんな彼を見て、フフ、と小さく笑うと近くに置いてあった彼のものと同じデザインの黒のフルフェイスヘルメットを被る。彼の世界の品物らしく、自動的にある程度サイズを合わせてくれるらしいそのヘルメットを被ると、さっさとDホイールの後部座席部分に座る。

 

 

「おーい、スカートのせいで綺麗なおみ足が御開帳しているのですがよろしいのですか?」

「大丈夫。見る人なんていないわよ」

「…いや、ここに居るんですけどねぇ…」

 

 

 ユーゴ、早く! と急かすマリアに、やれやれとため息を吐くと、Dホイールに跨る彼。万が一を考えてベルトを巻きつつ、彼女に自分の腰に腕をまわすように指示する。

 

 しっかりと巻きつく腕。同時に押し付けられる彼が出会ってきた中でも上位に入る圧倒的な攻撃力と防御力を持つ神のカードを背中に感じて思わずビクリと身体を跳ねさせてしまう。

 

 どうしたの? ヘルメットに取り付けられた無線越しに問いかけられ、努めて冷静さを保ちながら彼はアクセルを吹かす。

 

 キィンと言う甲高い虫の羽音のような音が響く。モニターチェック。モーメント正常可動。各サスペンション確認。問題なし。エネルギーゲインが少々低下しているか…。どこかで空き缶交換しないとなぁ。そんなことをブツブツと考えながら起動チェック完了。

 

 

「しっかり捕まってろよ!」

「はいはい」

 

 

 何だか癪だったので、初っ端からフルスロットル。ウィリーを決めながら急発進させる。

 

 彼の荒い運転に思わず小さな悲鳴を上げたマリア。それを聞いて、適当な返事をするからだよ、とクツクツと笑いながら彼が言う。無線は切っていたはずなのだが、彼の肩が震えていることで彼が笑っていることに気づいたらしいマリアがヘルメット越しに彼の頭をたたく。

 

 

「――!?」

「…大丈夫か?」

 

 

 流石は最新型のヘルメット。殴られた側より殴った側の方が痛かったらしい。声になら無い悲鳴を上げる彼女に、本格的に笑いを堪えながら彼が尋ねる。

 

 

「……――」

「おい、今なんて言った!? おい!?」

 

 

 小さく英語で呟かれた言葉。微かであったことと、見事な発音だったため彼は思いきり聞き逃してしまった。

 

 この世界の女性は一度拗らせたら面倒くさい。響や未来、ツヴァイウィングの二人にクリスも含めて、この世界の女性は何かと拗らせると大変面倒くさい。メンタルが弱いというか、妙に過去のトラウマが重いとか。彼女、マリア・カデンツァヴナ・イヴも同じように過去が重く、面倒くさいのだ。

 

 そのせいか、あまりからかいすぎると後が面倒くさい。というか色々大変なのだ。

 

 

「それは、晩御飯のお楽しみよ?」

「…マジですいませんでした」

 

 

 晩御飯、という響きに思わず頭を下げる。

 

 一週間前。マリアと出会って三日目だったか。ようやく彼女との生活に慣れ始めた頃に、一度彼女がシャワーを浴びているところに間違って入ってしまったことがある。

 

 言い訳をしていいのであれば、あの日はデッキを弄っていたところ突然邪神から呼び出しをくらって、唐突な闇のゲームを行っていたのだ。女にかまかけて私たちのことを忘れていないか、実力が落ちていないか確かめてあげよう。そんな言葉と共に始まった邪神との決闘。

 

 何とか勝利したモノの、消耗が激しく、彼女がシャワーを浴びていることにまったく気づけなかったのだ。

 

 その時の光景はよく覚えている。

 

 白い湯気の立ちこむシャワールーム。流れる艶やかな淡い色の髪は水分を吸って彼女の身体にピッタリと張り付き、その肢体を浮かび上がらせていた。

 

 日本人ともアメリカ人とも少し違う白い肌と、外国人特有と言っていい綺麗なくびれと安産型の柔らかそうな臀部、そしてそこから足にかけての見事な線。目を瞑り、リラックスしきった表情。どうやら彼女も彼に気づいていなかったらしく、扉を開けっ放しにしていたことによる、シャワールームと部屋の気温差に気づいて扉の方を向いた彼女。

 

 彼女の動きに合わせて揺れる豊満な胸。ただスタイルが良いだけではなく、腹筋を含めて全身の筋肉がうっすらとだが盛り上がっていることが、その肢体が健康的で且つ素晴らしいものかを強調する。

 

 前々から思っていたが、ここで彼は確信した。マリアってやっぱ聖母の生まれ変わりか何かだろう、と。

 

 そこから先は多くは語るまい。ただ、敢えて言うことがあるとすれば、彼の土下座は日本人の精神を表す高潔さと、富士山よりも高く、東京湾よりも深い想いが込められていた、と。

 

 

 

 

 時は過ぎて夜。彼が戦慄していた晩御飯の恐怖は、マリアの機嫌をとることで何とか成功したが、ついにDホイールの整備の際は彼女もいっしょに行うという約束を取り付けられてしまった遊吾。

 

 そんな彼は、今割り当てられた部屋で眠っていた。

 

 深夜零時。そんな時間に、マリアは誰かと電話を行っていた。

 

 

「分かってるわ…。休暇はもうすぐ終わり。終わり次第そっちに戻るから」

 

 

 どこかイライラした様子。いつものマリアとはかけ離れた姿。電話の相手も困惑しているらしい。迎えを寄越そうか? と提案する相手に、マリアがついに声を荒げる。

 

 

「いい! いらない!! …ごめん。ちょっと今日は虫の居所が悪いみたい」

 

 

 一言か二言話すと、彼女は電話を切った。

 

 はぁ、と大きく息を吐くと、彼女はベッドの上に体育座りで蹲る。

 

 自分の役目は分かっている。使命も、これから行わないといけないことも。だが、彼女は知ってしまった。彼と出逢ってしまった。

 

 彼との日常がとても心地よかった。このまま一緒に居たい。だが、そうもいっていられない。これから自分はまた歌姫マリアとしてあの場所に立たなければならないのだ。

 

 歌うことは好きだ。だが、あの場所で歌うのは……。今は嫌いだ。だが、嫌いだからと言って嫌いだと言っていられない。言っていられないのに。言ってはいけないのに。

 

 葛藤。マリアと言う優しい少女が背負うにはあまりにも大きすぎる運命が、彼女を押し潰そうとする。

 

 

「だれか……たすけて――」

 

 

 そうマリアが呟いた瞬間、彼女の部屋の扉がノックされた。

 

 ビクッと肩を震わせると、彼女は目元を拭い、慌てた様子で扉へ向かう。

 

 

「開いてるわ」

「入るぞ、マリア――どうした?」

 

 

 彼女の様子がおかしいことに気づいた彼は、彼女に声をかける。が、マリアは只何でもないと首を振るばかり。しかし、目元には明らかに擦った後と思われる跡が残っており、気付かれないように視線を部屋に巡らせれば、ベッドに置かれた怪しげな通信端末。おそらくアレが原因であろうとあたりをつけるが、今の状態で彼女に事情を聞くわけにもいかない。

 

 だから彼は彼女を安心させるように笑う。

 

 

「なあ、決闘しようぜ!」

「決闘? って、デュエルモンスターズで戦うって、あれ?」

「ああ!」

 

 

 その為の道具を持ってきたんだー、と彼女の返答も待たずに部屋に入る彼。

 

 そんな彼に、しょうがないなと溜息を吐きながらも、自分の苦しいタイミングで事情を聞くことなくただ笑顔で居てくれる彼に思わず頬を緩ませる。

 

 

「どこでやるかね…」

「ベッドでやりましょう。広いし」

「ああ、そうだ――ってデカ!? 俺の知ってるベッドとちげぇ!?」

 

 

 イィィイヤッホォオオオオウとベッドに飛び込む遊吾。子供じゃないんだから、と彼を嗜めながらも、彼女も同じようにベッドに飛び込んだ。

 

 

「ちょ、はずむ――あだっ!?」

「ぷっ、あ、あはははは!!」

 

 

 ベッドのスプリングは、二人分の体重をしっかりと受け止め、それを彼に跳ね返したらしい。着地した位置が悪かった彼は、ベッドの隅からそのまま落下。後頭部を強かに床に打ち付けた。

 

 そんな彼の姿を見て思わず大笑いするマリア。

 

 ベッドサイドから何とか起き上がると、ふふふ、と瞳のハイライトを消した遊吾が、その手にデッキを持って彼女に迫る。

 

 

「さあ、決闘しようぜ…久しぶりにキレちまったよ…」

「え? えっと、ユーゴ? その、ごめんなさい。だから、ね?」

「さあ、決闘だァ!!」

「ユーゴが壊れた!?」

 

 

 ルールが分からないんだけど!? 知らん、そんなものは俺の管轄外だ!! などとやり取りをしながら決闘を開始する二人。

 

 こうして、笑顔に溢れた二人の日常は過ぎていくのであった。




未来、響のデートイベントをスキップしました。

ルートG開始されます。

選択肢が追加されました。

響、未来。

さあ、G編スタートだ!G編でも書きたいことは色々あるから、まずはそこを目指して頑張ってみよう。もしかしたらネタが減ってしまうかもしれない…。

さあ、満足していこうじゃないか!!


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彼とマリアと二人の少女と

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ。極最近にアメリカの音楽会に彗星のごとく現れた天才歌姫。

 

 美しく、ミステリアスな容姿からは考えられないその力強い歌声は、瞬く間に全米を魅了した…。

 

 

「…へぇ、マリアって歌手やってたんだなー」

「ブフッ!? ごほっ、ごほっ。な、何でそれを…」

 

 

 朝食も終わり、小鳥囀ずる穏やかな時間が過ぎていくなか、彼が投下した爆弾に思わず珈琲を吹き出すマリア。噎せる彼女に、服が汚れるだろとティッシュをとってくると彼女の口元や机を拭う彼。

 

 

「あ、ありがとう」

「気を付けろよな? その服綺麗なんだから」

 

 

 珈琲のシミが着いたら勿体無いぞ、と注意する彼に、ごめんなさいとシュンとする彼女であったがすぐにいや、貴方が原因でしょうと彼に言う。

 

 

「と言うか、何で私のことを!?」

「いや、テレビで特集やってたし。雑誌にも載ってたし…」

「うぐっ」

 

 

 しまった。彼女は心のなかで頭を抱える。彼に自分が歌手をやっていることを知られたくなかったと言うのに。

 

 

――あー、もう! 何で特集なんて組んでるのよ!? バカ!!

 

 

 思わず内心で叫ぶ。だが、表面上は冷静でいようと勤めるマリア。

 

 自分が歌手として表舞台に立っていることは、彼に話す気はなかった。なぜなら、変に勘の良い彼のことだから下手をすれば自分がやろうとしている計画がバレかねない――と言うのは建前で、本当は恥ずかしくて堪らないからだ。

 

 歌姫マリアは、大人びた魅力をもつ、ミステリアス且つアダルトな雰囲気を持つ歌の女王。

 

 しかし、本当のマリアは容姿こそ大人びているものの、ミステリアスではなく柔らかな雰囲気を持つ母性的な暖かさを持った女性だ。

 

 狼狽えるな! それは彼女が歌姫マリアに変わるためのキーワードであるが、今の彼女は正しく狼狽えるな、と言うか落ち着け、そう言ってしまいそうになるほどの状態であった。

 

 本人は至って冷静でいるつもりなのだが、実際は手をワタワタと動かしてそれこそ漫画のような表現をするのであれば、目がぐるぐると渦を巻いており尚且つ、えっと、それは、えっと、あわあわ、とどこもかしこも忙しない。

 

 

「なるほど、このマリアが、あの、アメリカ音楽会の新星。女王マリアかー」

「止めて!?」

 

 

 昔、童話のお姫様に憧れていたころにそれをネタにされたような、黒歴史を抉られたような気分だ。あああ!! と頭を抱えてぶんぶんと頭を振るマリア。穴があったら入りたいとはこのことか。机に伏せた彼女は、そのままぶるぶると身体を震わせる。

 

 

「分かってるわよぉ!! 私はそんなキャラじゃないわよお!! でも、しかたないじゃない!! わたしだって、わたしだってぇ」

「だああああ!? 悪かった!? 悪かったから泣きそうになるの止めろ!? すっげぇ罪悪感来るから!? ほら、でも、綺麗だし歌声も綺麗だし、俺一発でファンになったぞ!? だから大丈夫だ!! 気にすんなって!!」

 

 

 あうぅ、と涙目で顔を上げるマリア。そんな彼女を見て慌てて慰めようとする遊吾。適当なことを言っているようであるが、彼は本音しか言っていない。

 

 しかし、そんな彼の言葉も彼女には届かなかったらしく、小さくくしゃみをしてしまう彼女。

 

 

「うわぁあああ!! 世界のどこかで私の悪口がまかなり通っているぅ!!」

 

 

――うわ、面倒くせぇ!?

 

 

 色々と混乱しているせいで、彼女の面倒くさい部分が露出しているらしい。これじゃあマジで面倒くさいマリアじゃねえか。思わず表情を引きつらせて内心思う彼。

 

 だが、流石にこのまま彼女が幼児退行しているのを見ているのも嫌だ。というか、涙目になっている姿を見ていると凄く胸がむかむかするので、彼はそのむかむかを吐き出すように大きなため息を吐きつつ彼女の頬に手を添えて、思いきり引っ張った。

 

 

「ふぇ? いひゃいいひゃい!?」

「うるせ。ちょっとストレス発散させろ馬鹿」

 

 

 ぐにぐにと彼女の頬を弄る遊吾。あ、けっこうすべすべしてて気持ちいいな、などと呑気なことを考えながら彼は言葉を続ける。

 

 

「落ち着け。別にマリアが歌手だかアイドルだからって俺はなにも言わねえよ。てか、マリアのこと知れて嬉しいくらいだ」

「はえ?」

「狼狽えんな、てな? てか、歌歌ってんなら教えてくれりゃ良いのに」

「いや、その…ね?」

「いや、その、じゃ分かんねえからな?」

 

 

 なんとも歯切れの悪い彼女の反応に、何か後ろめたいモノでもあるのか? と首を傾げる遊吾。しかし、歌手デビューで何か悪いことをするなんてそんなこと出来るはずが無いわけで。

 

 仮に歌手デビューして悪さをするのであれば、例えば何か突拍子もないことを宣言して民衆を煽ってみたり、例えば歌に力が宿るこの世界ならば歌に込めたフォニックゲインで世界を壊してみたり、十二次元を融合してみたりとか出来るのだろうが、目の前の女性、というか女の子がそんなことをするとは思えない、いや、ほんの一、二週間しか一緒に居ないが彼女の性格ではそんな残酷なことが出来るはずがない。

 

 

「まあいいさ。恩義があるってのもあるけど、それを差し引いてもマリアは俺の仲間だからな」

「仲間…」

「ああ。って、何で泣いてんの!?」

 

 

 先程までは涙目程度だったのに、今は静かに瞳から涙を流す彼女に気づいて彼が狼狽する。

 

 何故泣くのか。自分は何か悪いことでも言ってしまったのか。困惑する彼を見て、涙を流しながら彼女は微笑む。

 

 

「気にしないで。そんな真正面から仲間って言われたのが初めてだから」

「え? …いやいや、マリアなら結構友達多そうだし、これくらい結構言われてこなかったのか?」

「仲間なんて居なかったもの…」

 

 

 マリアは過去を思う。

 

 東欧の辺境地方で生まれ育ったマリア。両親は早くに死んでしまったが、そんな彼女には半身とも呼べる妹のセレナが居た。

 

 現代でも、人種差別や宗教問題、領土問題などは常日頃から起こっている。日本のような島国はその特性から宗教問題などが起こりづらく、また多文化の受け入れなどが許容されることが多いのだが、他の、特に大陸の国々はそうも言えない。

 

 特に東欧の方面では現在でも民族間での諍いは絶えず、領土問題も多く存在している。

 

 マリアとセレナが生活していた辺境地域は、そのような争いの真っただ中に存在していた。

 

 祖母はいたが、ついには離れ離れになってしまった姉妹。そうなってしまえば彼女たちは戦という大きなうねりの中で小さな身体を寄せ合って生きていくしかない。懸命に、懸命に生き抜いて彼女はようやく平穏を得た。平穏、と言っても一般人と比べると特殊であるが、少なくともその日の宿が無く野宿をすることも無ければ、大人たちの理不尽な暴力に合うことも無い。

 

 だが、生き抜く為には彼女は強くあらねばならなかった。故に、仲間と呼べる者は一人もおらず、居るのは唯一の肉親であるセレナのみ。現在は少し変介しているものの、彼女に明確な仲間、信頼し、己を預けられる存在など今まで存在していなかったのだ。

 

 だが今、彼女はその存在を得ようとしていた。空から降ってきたと言うあまりにも怪しすぎる経歴の持ち主であるが、だが確かに彼は彼女にとって大きな変化を起こしてくれるかもしれないという可能性の人であり、同時にどんな彼女にも真正面から向き合い、ぶつかって来てくれる唯一の男性。

 

 彼女が欲して止まなかった受け入れてくれるかもしれない人。そんな人が自ら彼女の事を仲間と言い、こうして接してくれているのだ。感極まって思わず涙を溢してしまうのも仕方のないことだろう。むしろ、状況が状況なら何もかも脱ぎ捨てて大声で泣きわめいていたかもしれない。それほどまでの喜び。

 

 

「いえ、なんでも、何でもないわ。ありがとう、ユーゴ」

「…何でもないんなら構わないんだけどなぁ」

 

 

 釈然としない様子の彼に、ふふふ、と微笑むと彼女はコーヒーカップを片付け始める。

 

 どうやらこの話はこれで終わりらしい。良い感じにはぐらかされたような気もするが、彼女が構わないというのならそれでいいのかもしれない。彼も自分の分の珈琲を一息で飲み干すと彼女に食器を渡すために立ち上がる。

 

 

「あ、ユーゴ。珈琲苦手なら別の出すわよ?」

「…遅いわ!? ってか、気付いてたのかよ!?」

「ええ。だって貴方、珈琲飲むとき凄い表情するんだから」

「うぐぐ…決闘だ!!」

「はいはい、食器洗い終わってからね」

「…それもそうか。手伝うぞ」

「ありがとう」

 

 

 いつものようなやりとりを行い、シンクの前に並んで食器を洗い始める二人。そんな時、ふと思いだしたようにマリアが遊吾に声をかけた。

 

 

「あ、そうだ。私これから仕事の打ち合わせがあるから」

「ん? 急だな。まあ分かった。俺はこの家で大人しくしてるよ」

「ええ、お願い」

 

 

 洗い物に戻る二人。この時の二人は知らなかった。いや、一人は知っていたがこの二週間ほどの穏やかな時間のせいで完全に頭から抜け落ちていた。

 

 大人しくしている、と言って大人しくしていられるほど彼の人生は平坦ではないということを。

 

 

 

 事が起こったのは、この日の正午。何を思ったのか家の前でドローの練習をしていた彼が、太陽の位置を見てそろそろ昼頃かと当たりをつけて家に入ろうとしたタイミングだった。

 

 

「待つのデス!!」

「待ってください」

「ん?」

 

 

 彼が振り返った先に居たのは、金髪と黒髪の少女二人組。その立ち振る舞いを見た瞬間に、彼は警戒度を一気に跳ね上げた。

 

 なんてことはない。まず、この家は森の深い場所に存在している。一応道が存在しているとはいえ、結構不便な場所にある以上尋ね人は少ないし、まず下手をすれば地図で調べても分からないような場所なのだ。そんな場所にミニスカートみたいな軽装で息一つ乱すこと無くやってきた時点で怪しい。それと、彼女たちの身体の動きがどこか実戦経験を持った者特有の動きに似ていたことが原因であった。

 

 しかし、表面にはそれを出すこと無く彼は笑顔で彼女たちに対応することにした。

 

 

「こんにちは。どうされましたか?」

「怪しい男です! 警察に突き出してやるデス!」

「え? いやいや、ちょっと。突然過ぎませんか? 私は今此処に住まわせてもらっているんですよ?」

 

 

 警察に突き出す。そう言われて内心焦る。

 

 何故なら、彼はパスポートを持っていない。つまり、完全な不法入国者だ。下手をすれば何年も豚小屋の中。それだけは避けなければならない。だが、彼の言葉の選択は彼女たちに更なる不信感を与えるだけだったようだ。

 

 語尾が特徴的な金髪の少女に続いて、黒髪の少女が言う。

 

「おかしいです。今この家には私たちの知り合いの女性が住んでいるはずです」

「ああ、言葉を間違えましたね。現在、居候させていただいているのですよ」

「…貴方、名前は?」

「名前、ですか?」

 

 

 名前と言われて焦る。流石にこれは拙い、下手に言ってしまえば何かされるかもしれない。うーん、どうしようか…。悩んだ彼は、良い名前を思いついた。

 

 

「私の名前はナッシュ。旅行者です」

「旅行者…」

「はい。この地方に興味があったのでやってきたのは良いのですが、手持ちを紛失してしまって…。それでこの家の家主であるマリア・カデンツァヴナ・イヴさんに許しをいただいて居候させていただいているのですよ」

 

 

 完璧なストーリー!! これなら怪しまれることはあるまい。最初から怪しまれていることには目を瞑ってそんなことを考える遊吾。まあ、そんな嘘に騙されるはずもなく、黒髪の少女は致命的な一言を彼に言った。

 

 

「じゃあ、パスポートを見せていただけませんか?」

「なん…だと…」

「ぱすぽーと、ですか?」

「うん。普通の旅行者なら、空港でしっかりとパスポート審査されているはずだもん」

 

 

 詰んだ。彼は思わずうなり声をあげる。彼女たちの言葉から、マリアの知り合いである可能性が高い二人組の少女。これは下手なことをする訳にもいかないか? だが、本当に彼は彼女の許可を得てこうして居候をさせてもらっているわけであって、決して不法侵入者というわけではない。

 

 しかし、それを言っても相手は信じてはくれないだろうし…。どうする? ここで一旦逃げるか? そんなことを考え始めた遊吾であったが、まるでその思考を読んでいるかのように黒髪の少女がその容姿に似合わぬ子供の悪さを叱るお姉さんのような、しょうがない、といった雰囲気の微笑みを浮かべる。

 

 

「だけど、彼にはそれが無いんだろうから見せなくてもいいよ」

「んな!? 何故それを――」

「ええ!? じゃあ本当に悪い人じゃ無いですか!!」

 

 

 やっぱり捕まえるデス! 拳を握り構える金髪の少女。これは逃げるしかないかと彼も走りだそうと体勢を低くするが、そんな二人をやはり黒髪の少女が抑える。

 

 

「切ちゃんも、遊吾さんも落ち着いて。切ちゃん、マリアが信用できない人を家に置くと思う?」

「そ、それは…」

「それと、遊吾さん。事情は分かりませんが、こちらに来てしまったのですよね? 大丈夫です。お手伝いさせてください」

「え? いや、その、え?」

 

 

 困惑する。先程まで自分のことを怪しんでいた少女が、なぜか今ではこちらの事情をしっかりと把握して自分の弁護に回り、あまつさえ自分のこれからをサポートしてくれるという。一体どういうことだ? 突然の掌返しに流石の彼も付いていけない。

 

 

「と、言うわけで。マリアの別荘に入りましょう。お互いに情報を整理する必要があるみたいですから」

「お、おう…」

「は、はい…」

 

 

 気づけば、彼女に先導される形で彼らはマリアの家へと入っていくのであった。

 

 

 

 

「ああもう! あのプロデューサー相変わらず話が長いんだから!!」

 

 

 マリアは焦っていた。時刻は既に夕方を過ぎて夜に近い。本当はもっと早くに帰宅の路につく予定だったのだが、仕事先の社長、自身のプロデューサーなどとの話が思ったよりも長引いてしまい、こんな時間になってしまったのだ。

 

 しかも、通信端末に届いたメールで、切歌と調、彼女の仲間である少女二人が昼頃に自分の家にやってくるというではないか。もしも彼と接触してしまった場合、彼の身に何が起こるか分かったものではない。

 

 走る、走る。子供のころから鍛えられた脚。時限式とは言え奏者としての訓練、そして歌手として鍛えられた身体は彼女の想い描く通りに動き、動きづらいスカートをはいている状態でありながら中々の健脚で彼女は家へと走る。

 

 家が見えた。明かりはついている。争っている形跡は外に無い。だが、彼は無事なのか。それだけを考えて彼女は体当たりをするように扉を勢いよく開け放った。

 

 

「ただいま――」

「クラエオレノカレーライスヲ!!」

「美味しいデース!!」

「…これなら、お肉食べられる、かも」

 

「なぁにこれぇ」

 

 そこはカオスだった。恍惚の表情を浮かべる金髪の少女、切歌。黙々と、しかもなぜかカレーの隠し味とスパイスについて謎のうんちくを披露しながら物凄い速度でカレーを食べる黒髪の少女、調。そしてマリアの黒色のエプロンを身に纏い、顔芸を披露しながら高笑いする少年、遊吾。

 

 彼女が思い描いていた最悪の状況ではないが、こんな良く分からない混沌とした場面を見せつけられて思わず茫然と呟いてしまった彼女を誰が責められるだろうか…。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

「なるほど、切歌と調がね」

「ああ」

「F.I.S.とか、マリアのこととか一杯教えてくれたんだよな」

「そう…争い事が無くて何よりよ」

「おいおい、そんな俺が年がら年中暴れてるみたいな」

「あら、違うの?」

「ちげぇ……と思う」

 

 

 夜。切歌と調は夜遅いからと帰宅。家にはいつものようにマリアと遊吾二人だけ。

 

 現在、風呂上がりでバスローブ姿のマリアの肩を遊吾が揉んでいた。何故こうなったのかは知らない。まあ今朝方に困った時には言ってくれと彼自身が言ったのだ。恐らく肩こりで凄い困っているから自分を呼んだのだろう。そう無理矢理納得しながら彼は彼女の肩を揉む。

 

 整体師の資格は持っていないが、違法ながら様々なことをして生きてきた彼。その中にはこうしたマッサージも入っており、感覚で彼女の身体の状態を感じ取りながらゆっくりと彼女の肩や首のコリを解していく。

 

 あ~、きもちい~。だらしない声を出してぐてーっとどこかのマスコットキャラクターのように力を抜くマリア。なぜか知らないが、今日の朝の騒動からマリアの態度が無防備と言うか、素の、ありのままを晒しているように思える。

 

 

「マリア、何か凄い緩くねぇ?」

「んー、そうかしら?」

「ああ、緩い。ゆるゆるだ」

 

 

 別にそれだけ気を許してもらえてるってことなら悪い気はしないが、と苦笑しながら言う彼。それを聞いてうーん、と首を傾げるマリア。

 

 確かに彼から仲間だと言われてから、どこか身体が軽いというか、すっきりとした感じがあるのは事実ではあるけれど、そこまで気を抜いているつもりはない。今だって、本当に肩が凝っているからマッサージしてくれる? と問いかけたところ問題ないと彼が言ったからやってもらっているだけであって、別に自分はいつものマリア・カデンツァヴナ・イヴのつもりなのだけど…。

 

 

「そんなことは無いわよ。気のせいよ、気のせい」

「そうかぁ? …まあ、良いがッ」

「ぃだだだだ!? 痛い痛い!?」

 

 

 ごりっという音と共に彼女の身体に激痛が奔る。一体何事!? 涙目で振り返るマリア。

 

 

「ああ、ちょっとコリが酷かったんで手品やっただけだ」

「ちょっと。人の身体で遊ばないでよ? これでも歌姫やってるんだから」

「はいはい、女王様女王様」

「や め て」

 

 

 女王と呼ばれるのは好きではない。確かに普段の仕事場での自分は冷静沈着かつ威風堂々とした姿を意識して動いているが、そのせいでやれ女王だの、女帝だの言われるのは少し嫌だ。というか、一度インターネットで自分のことを調べていたら、女王マリアに踏まれたい同士の集まるスレ、なるとんでもない物を見つけてしまってから更に苦手意識が芽生えていた。

 

 ちなみに、余談であるが踏まれたい、だけでなく、罵倒されたい、屈服させたい、弄りたい、などの多種多様な派生スレッドが存在していたこと。そしてこのスレッドの存在する掲示板は全て日本国の大型インターネット掲示板からの発信だったりするが、それは余談である。

 

 

「っと、まあこんなもんで良いだろ。どうだ?」

「うーん、うん。軽い。ありがとね、ユーゴ」

「良いってもんよ」

 

 

 んー、と身体をのばすマリア。マッサージされる前と比べたら肩が驚くほど軽い。家事、Dホイールの整備等々、本当に何でもできる彼。彼に出来ないことは無いのだろうか? などと考えながら彼女は肩を回す。

 

 

「しかし、本当に肩凝ってたな。ゴリゴリだったぞ?」

「んー、最近仕事は入れて無かったのだけど……やっぱり大きくなってるからかしら」

「大きく、って何がだよ?」

「胸。元々大きかったんだけど、最近ブラがキツくて」

 

 

 やっぱりそのせいで肩が凝るのかしら、などと言いながら自分の胸を軽く持ち上げてみるマリア。近々下着を変える必要があるかもしれない、そんなことを考えていたのだが、ふと彼から全くの反応が返ってこないことに気づいた彼女は、どうかしたのか? と彼の方を見る。

 

 そこに居たのは、こちらを見てまるで時が止まっているかのように身体を固まらせている遊吾。なぜ彼がそんな状態になっているのか気づかず、彼女は首を傾げる。

 

 

「どうしたの? ユーゴ」

「…いや、うん、何でもねぇ。それじゃあ、俺は部屋に戻るわ」

「ええ。ありがとう」

「これくらい安いもんだ」

 

 

 これからも遊吾・アトラスマッサージ店を御贔屓に、などと言いながら部屋を出ていく遊吾。

 

 マリアは椅子から立ち上がると、そのままベッドに飛び込んだ。

 

 そっか、ユーゴはアトラスって苗字なんだ。切歌や調とも仲良くなってくれたみたいだし、あの子たちの偏食も何とかなりそう。自分の後輩でもある少女たちが彼と仲良くなれたことを嬉しく思うと同時に、彼のフルネームを知れて嬉しくなるマリア、だがそこで彼女は気づいた。

 

――ユーゴ・アトラス? というか、切歌と調と仲良くなって、F.I.S.とか知ったって

 

 そこまで考えてからのマリアの行動は素早かった。

 

 ベッドのスプリングの反動を利用し最小限の動きで身体を起こし重心を前に倒して一歩を確実に踏み出す。二歩目は少し小さく、扉を開けることを考えた踏み込み。同時に歌姫として活動する中で鍛えられた脚のステップ。扉を開いて部屋から飛び出すまでのタイムロスを減らし、自分の部屋に入ろうとする遊吾の姿を捉える。

 

 

「ユーゴ!!」

「あ? どうしたマリア、そんなにい――いィ!?」

 

 

 チーターも驚きの瞬発力。彼が振り向くのが早いか彼女の身体が彼の身体を捕らえる。サバンナを駆ける肉食獣が獲物を捕らえる瞬間を思わせるチャージ。後頭部を強かに打ち付ける彼。目の前が一瞬真っ黒になるが、腹部に感じる重みと首元を掴まれてる感覚で自分がどういう状態かを把握する。

 

 

「こらマリアおま――えまえまえ!?」

「ユーゴ!! F.I.S.ってどこまで聞いたの!? シンフォギアのこと? セレナのこと? どこまで聞いたの!?」

「待て!? 落ち着け!? お前前むっちゃ開いてるというかそんなに揺らすな揺れるなと言うか落ち着けまずわあああああ!!」

 

 

 ぶんぶんと彼の服の襟首を掴んで揺らすマリア。熱いからと言う理由でローブの帯を緩めていたせいで彼女の姿が煽情的な姿になっているとか色々注意したいことがあったが、とりあえず彼女に落ち着いて貰わないと首が大変なことになると必死に彼女を説得しようとする遊吾。

 

 そんな二人のやりとりは、この後数十分も続いてしまうのであった。

 

 後に、この日のことを振り返った二人はこういった。

 

 

『冷静さって本当に大切だと思う』

 

 

 

 

 

「ところで、シンフォギアのこととか、セレナのことってなんだ?」

「え?」

「いや、俺はF.I.S.ってのが国家所属の特務機関みたいなものってことしか聞いてないんだけど…」

「あ…」

「…マリア。ちょっとお話ししようぜ? 具体的に言えばお前のこと全部とかなぁ」

「えーっと、あ! 明日も仕事があるから早く寝なきゃー」

「さっき明日はオフだからどこか行こう、って言ったのはどこのどいつだろうな?」

「あ、あははは」

「おい、ちょっと来いよ」

「ちょ、まっ!?」




たやマさんは、きっと気を許したりしたらとてもポンコツな子だと思う。


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彼とマリアとF.I.S.と

「そうか、家族を失ってか…」

「…ええ」

 

 

 さすがに夜遅いと言うことで、次の日の朝食後の時間に始まったマリアへの事情聴取。それによって、彼は大体の事情を把握した。

 

 F.I.S.米国連邦聖遺物研究機関(Federal Institutes of Sacrist)即ち、櫻井理論による聖遺物研究の特務機関のようなものである。

 

 米国、と名が着いているが、機関自体は完全に独立しており最早米国政府とは全く別の、独自の指揮系統で活動している研究機関である。

 

 聖遺物を稼働させる。即ちシンフォギアを稼働させることを研究の目的としているF.I.S.であるが、日本の二課と比べるとその技術体系は全くの別物であった。

 

 日本のシンフォギア、聖遺物の研究において重要なのは適合者の選抜、そして適合者のメンタルケアだ。これは、聖遺物の起動のためにはフォニックゲイン、つまり歌が必要でありより良い歌を歌うための処置であるのだが、F.I.S.は違う。

 

 F.I.S.が起動にしようするのは機械。つまり、歌ではなく現代の科学力を用いて聖遺物を運用しようという考え方だ。実際、適合者選抜などの手間を考えればコストの面でも使用者数などでも明らかに歌よりも効率が良い。のだが、機械による制御は困難を極めておりやはり適合者の歌を用いて聖遺物を稼働させる方が稼働率も高く、確実性はある。とは言え、全てが全て稼働の失敗に終わっているわけではないため、アメリカと日本、この二つの国の聖遺物運用は大きく異なっているのだ。

 

 そして、マリアそして先日出会った調と切歌の二人の少女もF.I.S.に所属しており、彼女たちは適合者であると同時にレセプターチルドレンと呼ばれる存在であるらしい。

 

 

「レセプターチルドレン、か…」

 

 

 レセプターチルドレン。彼女たちの存在に思わず歯を食いしばる。

 

 レセプターチルドレンとは、リインカーネイションと呼ばれるフィーネの転生体の器と思われる少年、少女たちの総称である。

 

 フィーネがアメリカ政府と接触を図った際、自身の因子つまりは彼女の転生体の器を探し出すために集められた、因子を持つ子供達。

 

 しかも、フィーネの器としての覚醒をさせるために皆聖遺物の運用に使用されているというではないか。それを聞いて冷静でいられるほど彼は冷静な性格をしていなかった。過去に何度も見た、デュエルエナジー発生装置、実験体となった子供たち。彼はその類い稀なる力を持って捕まることは無かったし、そんな実験を受けることは無かったが、あの頃、ジャックと出会って間もなく、人間らしい感情なんて欠片も分かっていなかった頃の自分でさえ感じた嫌悪感と怒り。

 

 過去のあの子たちとついつい重ね合わせてしまい、怒りを隠せない。握りしめられた拳を、暖かなものが包み込んだ。ハッと顔を上げると、そこには心配そうに目尻を下げたマリアの姿。

 

 

「大丈夫?」

「ああ、わりぃ…ちょっと昔を思い出してな。でも、そこまで非道な実験は行ってないんだろ?」

「ええ。リンカーみたいな制御用の薬物投与はされているけど、ご飯はちゃんと出るしね。研究所から出られないだけで、自由な時間はあるから」

 

 

 リンカーによる聖遺物の制御。聞くところによると、彼女たちF.I.S.のレセプターチルドレンの中で聖遺物に適応し、シンフォギアとしてその身に纏うことが出来るのは三人。

 

 調、切歌、そしてマリアだ。本来ならばここにもう一人少女が要る筈なのだが、その少女はもうこの世に居ない。

 

 その少女の名はセレナ。セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。マリア・カデンツァヴナ・イヴの実妹にして、当時のF.I.S.における唯一の完全な聖遺物適合者。だが、彼女は何年も前に起こったとある聖遺物の実験の際に暴走した聖遺物を止める為に絶唱を放ち、死亡。類い稀なる適合率によって、絶唱の反動を殺すことには成功していたのだが、実験施設の崩壊に巻き込まれて死亡したそうだ。

 

 そこから先のマリアの生活は、なんとなく察しがつく。彼の脳裏に描かれるのは、生甲斐でもあった唯一の肉親を失いながらも気丈に実験に耐え、懸命に生きる少女の姿。自分は肉親を失ったことが無いから彼女の苦しみが完全には理解することは出来ない。だが、義父に託されたもの、決闘者たちによって繋がれた想い、そして何より、大切なモノを失う恐怖と、大切なモノを守り抜けた時のあの素晴らしい感情を知っている。

 

 だから、彼女の感情がなんとなくであるが分かる気がした。生きるということがどれだけ苦しいことか。肉親も居らず、頼れる存在が一人もいない。どれだけ寒くても、どれだけ苦しくても開けるとも知れぬ夜を彷徨い歩き、このまま夜が明けないのではと怯えながら過ごす日々。敵は多く、味方は誰も居ない。そんな中で折れること無く、諦めること無くここまでよく生きてくれた。そんな経験を積みながらも、よくぞここまで人に対して暖かく、優しい女性に育ってくれた。

 

 だから彼は、まだ心配そうに、本当に大丈夫? と問いかけてくるこの優しい少女の手を包み込み、目を瞑って頭を下げる。

 

 

「ありがとう」

「え? ゆ、ユーゴ?」

「ありがとな、マリア」

 

 

 彼が何故こんな場面でありがとうとお礼を言うのか分からない。まあ当然だ。彼の心が読めるわけではないのだから、彼が珍しく長ったらしいことを考えて勝手な結論を出していることなんて分かるはずもない。

 

 頭に疑問符を浮かべて首をかしげるマリアを見て、まあこっちの話だよと笑う遊吾。自分でも感謝の言葉を放った意味が今一分かっていないのだから。

 

 

「まあ、それはそれとしてだ。マリアは本来F.I.S.の関連施設に居なきゃいけないはずなのに、どうしてこんな所に?」

 

 

 レセプターチルドレンの中でも特に器の可能性が高いマリア、切歌、調の三人。本来ならばこの三人は施設で厳重に警護されていなければならない存在のはズなのだが、何故マリアだけはこうして外で暮らせているのか。

 

 彼がここに来て二週間ほどではあるが、その間に監視などの気配は一切感じなかったし、どうなっているのだろうか?

 

 

「ああ、それはね。私の、いや、私たちの夢、だったからかな?」

「夢?」

「ええ。セレナと話してたの。いつかお婆ちゃんの家みたいに、森の中に小さな家を買って二人で暮らしたいって。セレナが死んだ後、私に与えられたのがこの家だったの。場所こそF.I.S.の人にバレているけど、監視の人とかは配置されてないわね」

「…夜逃げとか考えなかったのか?」

「うーん、研究所の人に聞いたのだけれど、皆して、私たちのアイドルの為なら法律だって――いや、女性のプライバシーを侵すのはダメだからね! とか何とか」

「……それで良いのかF.I.S.」

 

 

 どうやら、只のキチガイ外道ドクサレ集団と言うわけではないらしい。むしろ、話の節々からは何やらどこぞの変態研究者のような気の良い変態が多い場所であるようだ。

 

 これからの身の振り方を考える必要がある。本来ならば適当に暮らして日本に帰る手段を探そうとか色々考えていたのだが、どうやら俺を転移させたのは、やはり何かしらの意味があってのことらしい。

 

 ならば、自分がとるべき選択肢はなにか。彼は考える。

 

 

「ねえ、ユーゴ」

「ん、どうした?」

 

 

 表情を曇らせ、少し躊躇うマリア。何となく、言いたいことは分かった。だがここは黙って彼女の言葉を聞くとしよう。

 

 

「その……ユーゴは、帰りたい?」

「帰りたい――って、日本のことか?」

「ええ。…その、私たちのことを知ってしまったから、下手をすればユーゴはこの国に捕らえられるかも知れないし、私はそんな貴方を見たくないの。だから、その……」

「必要なら俺がこの国を出られるように手配する、と?」

 

 

 彼が先を言ってやれば、無言で頷くマリア。

 

 なるほど、それくらいマリアは高い地位にあって、彼女は自分にチャンスをくれているのか。ここで彼女の言葉に頷けば、自分は日本に帰ることができる。日本に帰れば恐らく風鳴のおっさんや響たちが帰国に気づいて迎えに来てくれるかもしれないし、自ら響達のもとへと戻ることもできる。

 

 さあ、どうする? 俺が引くべきカードは何だ?

 

 

「…なあ、ここの電話って外国に繋がる?」

「え? ええ、まあ一応は。どうしたの?」

「いや、ちょっとな」

 

 

 彼は立ち上がると電話へと向かう。

 

 受話器をとり、番号を押す。今の時間に押す番号は――自分に支給された通信端末の番号だ。

 

 一瞬の無言。馴染み深いコール音が耳を打つ――瞬間声が響いた。

 

 

『遊吾さん!? ユーゴさんですよね! かけてきたんですか!? 自力で番号を? ユーゴさん!!』

「俺はユーゴじゃねえ。とりあえず落ち着け、ビッキー」

『落ち着け? ……何言ってるんですか、遊吾さん? 二週間も音沙汰無しだった人が』

 

 

 電話越しにでもわかる怒りに震える声。そんな声の奥からは「遊吾!? てめぇなに連絡ひとつも寄越さないでマジで心配したんだぞ!?」「まったく、アトラスめ。どうせ何処かで油を売っているだけだとは思っていたが…」「あれれ~おっかしーぞー? 誰だったかなぁ? アトラス、一体何処へ行ったんだ…って暫く身が入らなかったのは何処の子かなぁ?」「奏!?」などと言った声が、というかお前ら慌てすぎだろ。怒りに震える響の声から意識をそらしてそんなことを考える彼。

 

 

『…本当に……本当に、心配、したんですから』

「ちょっ、おい!? 待て、泣くな!? ごめん、俺が悪かったから、な?」

『みぐぅー!! ゆうござんいたよぉおお』

『そうだね。ほら、泣き止んで響』

「………あ、あのー、未来さん?」

 

 

 よしよし、と優しい声が聞こえてくる。そう言えば色々二人と約束もしてたし、というか泣かせちまったし! 泣かせたという事実が嫌な汗を噴出させる。

 

 

『遊吾さん?』

「はい!」

 

 

 声は優しいいつもの未来のものだが、思わず背筋をピンッと伸ばす彼。

 

 

『もうこの際何で居なくなったかとか聞きません。それと、連絡をしてきたってことは暫くこっちに戻れないってことですよね?』

「…え? あ、ああ。その、何で分かったんだ?」

『二年以上一緒に居て、分からない方がおかしいです。…とりあえず、元気にしてるってことで良いんですね?』

「ああ。それと、その…」

 

 

 色々と謝らないといけないことがある。彼が言いづらそうにしていると、彼女は苦笑していった。

 

 

『良いんですよ。また今度埋め合わせしてくれれば。あ、弦十郎さんに変われば良いですか?』

 

 

 良い。許しを得てホッと息を吐く彼。風鳴司令に変わった方がいいかと問われて、そのまま変わってほしいと伝えようとして、彼はふと口を止める。

 

 本当にそれで良いのか? 未来に許しを貰っただけで会話を終えてしまって良いのか? 響が泣くような衝撃をきっと未来だって受けているはずだ。それなのに何も言わずに許されて終わり?

 

 

「未来! 響も聞いてくれ! 帰ったら決闘しよう!!」

 

 

 反射的に放った一言。それに対する反応は、大きな大きなため息であった。

 

 

『だろうとは思ってましたけどね。…遊吾さん』

「な、なんだ?」

『一回、砕け散れ』

「何故だ!?」

 

 

 語尾に音符がつきそうな二人の言葉に思わずそう返す彼。それは自分で考えてください、二人は端末を司令に渡したらしい。いつもの力強い男の声が聞こえてきた。

 

 

『遊吾君。体調が悪かったりしてないか?』

「親父かあんたは。…いや、してないから大丈夫だ」

 

 

 開口一言目から所帯染みた言葉を投げ掛けてくる弦十郎に思わず苦笑する遊吾。どうやら特異災害対策機動部二課の面々は相変わらずのようだ。

 

 

『ところで、どうしたんだ? 急に連絡なんて』

「ああ。暫くそっちに戻れないからな。その連絡をさ」

 

 

 気軽に言う遊吾。あり得ないと思うが、万が一危険なことに彼が巻き込まれているのではないかと考えた弦十郎が、その理由を聞いてもいいかと問いかける。

 

 弦十郎の問いかけに、彼は大きく深呼吸をすると電話越しながらも真っ直ぐに弦十郎を見据えていった。

 

 

「俺は今まで、色んな人に支えられてきた。だから、今度は俺が支えようって思ったんだ」

『……そう、か』

 

 

 誰か、恐らく彼がこの二週間ほどで見つけた支えたいと思った人。彼は言った。ずっと支えられてきたのだと。

 

 ここで弦十郎が帰ってこいと言うのは簡単だ。だが、男が決めた道をそう簡単に否定するべきなのか? ならば自分が言う言葉はひとつ。

 

 

『男なら、バシッと決めてこい! その代わり、無事に帰ってくるんだぞ?』

「ああ、分かった。ありがとうな、風鳴のおっさん」

『ああ』

 

 

 さて、後は――

 

 

「なあ、そこに皆居るか?」

『ああ、居るが伝言か?』

「まあな」

 

「クリス! 帰ったら遊園地いこうぜ!」

「翼! こっちにCD売ってたら何とかして買うから頑張れよ!」

「奏は――勉強頑張れよ!」

 

『お、おい、遊吾君!?』

「それじゃまた!」

 

 

 電話を切る遊吾。

 

 覚悟は決めた。後に残す憂いもない。

 

 

「ユーゴ?」

 

 

 長い電話。日本語による会話であった為に全てが全て理解できた訳ではないが、それでも何となく彼がかけていた先は察することができた。

 

 これは覚悟を決めないといけないかな? 唇を噛むマリアに彼は笑いかけた。

 

 

「マリア、今日は何処へいくんだ?」

「へ? え、ええ。今日はちょっと近くの湖に出ようかなって」

「じゃあ早めに出た方がいいな」

 

 

 免許ないから運転任した。そういってお互いに飲み干したコーヒーカップを取って洗い場に。本当に何事も無いかのように動く彼に、さすがに怒りを覚えたマリアが声をあげる。

 

 

「ユーゴ!」

「ん? どうしたんだよ突然」

「その、決めたの? 帰るかどうか」

 

 

 早く決めてもらえないと、自分の決意が揺らいでしまう。だから早く決めてくれ。そんな思いで彼を見つめるマリア。

 

 それを見て、彼が苦笑しながら言った。

 

 

「Dホイールってさ、あれどう思うよ?」

「Dホイール?」

 

 

 何故この話の流れで彼の相棒であるDホイールが出てくるのか。首を傾げる彼女に遊吾がコーヒーカップを洗いながら言った。

 

 

「あれ、どう考えても法律に違反してる物だからさ、輸送しようにも出来ないんだよなぁ。独自に国を越えるか、それともどっかに置いておいて貰えないと」

「え? それって…」

「それにほら、俺ってパスポート無いからどっかで調達したりしないといけないんだろうけど、俺戸籍とか無いからなぁ」

 

 

 さーて、出ようにも出れないんだよなぁ。白々しいにも程があることを言いながら食器を片付ける遊吾。

 

 そんなに言われれば彼が言わんとすることが理解できてしまう。彼は、ここに残ってくれるのだ。帰るという選択肢はあったはずだし、実際電話をしている時の楽しそうな様子を見ていれば、帰りたいという気持ちだってあったに違いない。だが、それでも彼はここに残るという選択をした。それがどういう意味を持つのか、それは分からない。

 

 彼は分かるだろうか? 残ってくれるということが彼女にとってどれだけ嬉しく、喜ばしいことか。彼は分かるだろうか? 彼女がどれだけ彼に助けられているか。

 

 

「ユーゴ」

「ん?」

「…早く準備して行きましょ?」

「ああ!」

 

 

 彼女の笑顔を見て、満足したように笑う彼。

 

 穏やかな時間が流れる、とそんな雰囲気を玄関のチャイムが切り裂いた。

 

 

「ん? こんな早くから誰だ?」

「調と切歌かしら?」

 

 

 もう一度来るデース、などと言って帰っていった二人を思いだしてそう話す二人。遊吾は今洗い物をしているので、出ていくのは自然とマリアとなる。

 

 はーい、と何気なしに玄関を開けるマリア。そこに居たのは、マリアにとってとても馴染み深く、同時に今の彼女が会いたくなかった人物。

 

 

「マリア」

「ま、マム…」

 

 

 マム、そう呼ばれた初老の女性。どこか教会のシスターを思わせる黒い服を身に纏ったその人物は目ざとく彼女の後ろ、水音の響く部屋を見る。

 

 蛇に睨まれた蛙のように身を硬くするマリア。どうする? マムに彼のことがバレてしまえばどうなるか分からない。必死にどうするか考えていると、マムが先に口を開いた。

 

 

「遊吾・アトラスという少年がここに居るそうですね?」

「な、ど、どうして――調と切歌か!?」

「ええ。色々と調べさせていただきましたよ……マリア、件の少年と縁を切りなさい」

「な、どうしてよマム!? ユーゴは悪い人じゃないわ!?」

 

 

 彼のことも知らないで勝手なことを言わないで。睨み付ける彼女を嗜めるようにマム、ナスターシャ教授は言った。

 

 

「彼が、この世界に存在しない人であっても、ですか?」

「え?」

 

 

 凍り付く。存在しない? 誰が? 遊吾・アトラスがこの世に存在しない? 一体何を言っているんだこの人は。だってユーゴは今だって――そこでマリアは気づいた。水音がしていない。慌てて室内に駆け戻るマリア。

 

 そこにあったのは、綺麗に整理された食器。そして開け放たれた窓。

 

 一体彼は何処へ? 慌てるマリアの耳に、聞きなれたモーメントの駆動音。つまり、彼は今家の前でDホイールを起動したということだ。マリアは駆ける。玄関にナスターシャ教授の姿は無い。まさか彼と接触しているのではないか。焦りでドアノブをうまく掴めない。ただ、扉越しにナスターシャ教授と彼が話しているのが分かる。

 

 彼女が扉を開けた――その瞬間、彼女の顔に熱風が叩き付けられた。

 

 

「一体なに――!? ゆう、ご?」

 

 

 彼女の視線の先にはナスターシャ教授と、彼女に向き合うようにしてDホイールの側に立つ極彩色の人型。ノイズ。突然光の輪が彼を包み込み、そのノイズは姿を変える。

 

 

 荒ぶる魂、今此処に顕現す。天地を薙ぐ焔を見るが良い!! 現れろ、俺の魂! 琰魔竜レッド・デーモン!!

 

 

 深紅の炎は悪魔となる。レッド・デーモンズ・ドラゴンが悪魔の竜であるのならば、このレッド・デーモンは竜の悪魔。

 

 巨大な三本の角、鋭い爪。圧倒的力を感じされる鋼の肉体。

 

 

「どーも、ナスターシャ教授さん。遊吾・アトラス。いや、この姿だったらD-noiseと名乗ったほうがいいか」

「D-noise!?」

「D-noiseって、ユーゴが?」

 

 

 あれだけ暖かく、自分と共に居てくれた遊吾がノイズ? 全く状況に着いていけないマリアは膝からその場に崩れ落ちた。どうなっている? 自分はどうすればいい? レッド・デーモンの圧倒的な力の波動に、力無く彼を見上げる彼女。

 

 ナスターシャ教授とにらみ合っていた彼は、そんな彼女を見てとても困ったように頬を掻いた。もしも人間の顔をしていたら苦笑すらも浮かべていそうだ。

 

 

「あー、その、マリア?」

「……」

「マリア!!」

「ひゃ、はい!?」

「今日の昼どうすんの?」

「え? えーっと、どうせなら外でサンドイッチとか…」

「卵サンドと照り焼きサンド頼むわ。あ、マスタード抜きな」

「ええ、それは構わないけど――って、そんな姿で言わないで。色々考えてた私が馬鹿みたいじゃない」

 

 

 まさかあんな姿でお昼ご飯の話をしてくるとは思っていなかった。とは言え、彼女の言う通りあんな姿になっていたとしても彼は彼なのだ。例え悪魔のような見た目をしていても彼女の知っている遊吾・アトラスが死んだわけではない。

 

 彼の我儘に全く、と苦笑しながら彼女は家の中へと戻っていく。彼のためにも美味しいサンドイッチを作ってやろう、と。でも、意趣返しとして一つだけマスタードをたっぷり塗り込んだ奴を食べさせてやる、と。

 

 そんなことを考える彼女の表情は、先程の絶望に染まったモノではなく、明日に希望を持ったとても綺麗で明るい笑顔であった。

 

 

 

「…お昼、ですか」

「あ、ナスターシャ教授さんもどうですか? これからマリアと近くの湖まで行くんですけど」

「サンドイッチですか。お肉は無いのですか?」

「まりあぁあああああああああああ!! 嫌味なほどたっぷり野菜突っ込んだサンドイッチを作れ!! この婆さんに食わせるぞ!!」

「な、誰が婆ですか!? というか、お肉を食べて何が悪い――」

「シャアアアラップ!! うるせえ偏食家婆!! 肉ばっかり喰うから体調崩すんだろうが!! マリア無茶苦茶心配してんだぞ!? セレナだって心配してんのに、アレか? この国は死人に心配させんのがデフォルト仕様なのか?」

「な、何でここでセレナの名前が」

「いずれ分かるさ、いずれな…」

「何のこと!? まるで意味が分からない!?」

「ユーゴ、うるさいわよ!! 昼ご飯をマスタード挟んだサンドイッチだけにしてあげましょうか!!」

「ごめんなさい!!」

「…心配するだけ損だったかもしれませんね。ハァ…」




ち、違うんだ!クリボルトが勝手に!?


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彼とF.I.S.と大地の某

 さて、湖に出かけた三人であったが、その間に遊吾がマリアと決闘をしたり、遊吾とマリアがマムに野菜を食わせようと奮闘したり、遊吾が湖の主を釣り上げてしまい大騒ぎになったりと色々あったピクニックから数時間後。彼はF.I.S.の本拠点、即ち研究所に来ていた。

 

 

「ここがF.I.S.の本拠点か…本当に研究施設なんだな。殺風景だしもっと緑を作るとかフォローだぜ」

「はいはい。どこからともなく植物を取り出さない――というか、何かその植物根っこのところに目がついてない?」

「ああ、グローアップ・バルブって言ってだな…」

「二人とも、変な植物談義は止めて早く来なさい」

『はーい』

「…はぁ」

 

 

 二人の様子に思わず頭が痛いと額に手を当ててため息を吐くナスターシャ。

 

 湖畔での決闘、唐突な水遊びや釣りなど今までのマリアだと考えられない、幼稚な遊びを彼と共に全力で楽しむ姿。それはこうして彼がくだらない冗談を言う度に現れ、ナスターシャはそんな子供っぽくもある二人の姿を見て少し嬉しく思うと同時に、場の空気を全力で掻き乱す二人の、正確に言えば起点となる彼の動きに大きくため息を吐くしかない。

 

 さて、何故彼らがF.I.S.直轄の土地に居るのかと言うと、理由は簡単だ。彼の、D-noiseの能力などの解析などを行う為だ。自分が研究されるというのに彼は全く動じている様子が無い。それが逆にナスターシャに不安を与えるのだが、彼は別に何か考えているわけではない。というか何も考えていない。

 

 まあ、彼のD-noiseとしての能力はシンクロを理解しているか、はたまたフィーネのような決闘と聖遺物に一定の理解がないと使用することはできないし、そこまで問題ではないだろう。

 

 そんなことを呑気に考えていた彼は、ふと視界の端に映る光景に目が止まった。

 

 そこに居たのは白い服を着た少年少女。どうやらこの施設の子供たちが集まる場所らしく、大勢の子供がそこに居た。のだが、その子供たちの表情は暗い。

 

 当然だ。仲間がいても碌な娯楽も無く、実験に実験を重ねる日々。しかもどこもかしこも白白白。確かに白色と言うものは人を明るくさせる。だが、白とは本来人を不安にさせる色なのだ。それが服と言わず壁と言わずどこもかしこもそんな色なのだから、まいってしまっても仕方がない。

 

 ちらりと前を見る。マリアもマムもこちらの様子には気づいていないらしく、何やら二人して真剣に考えながら道を歩いている。

 

 ちょっとくらい抜け出しても良いだろう。そんなことを考えた彼は、即座に施設の外、Dホイールが置いてある場所まで走りだすのであった。

 

 

 

 彼が居ないことに気づいたのは、マリアが最初だった。

 

 ふと彼の気配が無いことに気づいて振り返ると、そこはものの抜け殻。思わず固まってしまった彼女に気づいたのか、ナスターシャも立ち止まると、どうかしましたか? と振り返り、マリアと同じように表情を固まらせた。

 

 …あの男は何処へ行った? 自由奔放すぎる遊吾の行動に度肝を抜かれたナスターシャは困惑を隠せない。なんて自由な奴なのだ。非常識にもほどがある。なまじ頭が良いせいで彼の動きについて行けない彼女とは打って変わって、彼がどういう人物であるか理解しているマリアはため息を吐くとナスターシャに向き直る。

 

 

「マム、ちょっと彼呼び戻してきます」

「何処に行ったか分かるのですか?」

「ええまあ。彼のことだから広場に居るかと」

 

 

 では、と言って駆け出すマリア。背後から聞こえてくるナスターシャの静止の声なんて聞こえないと言わんばかりに加速する。

 

 あの馬鹿流石に自由すぎるわよ!? 内心叫びながら彼女は広場へと走る。

 

 広場を見る――居ない。先程までいた少年少女がみんな居ない。恐らくは彼が連れ出したのだろう。

 

 

「ハーメルンの笛吹か何かなのユーゴは!?」

 

 

 あの人数の子供たちをほんの数分で移動させる彼の手腕に舌を巻きながらマリアが走る。聞こえてくる歓声。それを頼りに彼女は廊下を走り、中庭へと続く扉を勢いよく開いた。

 

 太陽の光に一瞬視界が白に染まる。思わず目を逸らし、そして視界が回復した先で彼女が見たのは、大きな中庭の中で子供たちが誰かを中心に輪になっていること。そしてその中心では――

 

 

「えっと、エクスプロード・ウィング・ドラゴンでダイレクトアタックです!!」

「ぐわぁああああああああああ!?」

 

 

 遊吾・アトラスがボロ負けしていた!!

 

 

「え? なにこれ」

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

「兄ちゃん弱いぞー!!」

「うっせえ!? 今日は引きが悪いんだよ! 引きが!!」

「それさっきもきいたー!」

「いや、本当に手札が悪いだけだかんな!?」

 

 

 誰が魔法の筒にミラフォ、果ては強制脱出装置がピンポイントに伏せられてるなんて考えるか!? 事故ってなけりゃお前らなんてけちょんけちょんなんだぞ! と大人気無く声を上げる彼。キャー怒ったー! と子供たちは笑いながら散り散りに逃げていく。

 

 

「ほう? 鬼ごっこか。…イイだろう」

「ねえ、ユーゴ?」

「ふふふ、サテライトの韋駄天、サテライトの悪魔、サテライトの悪鬼と恐れられた俺の実力を――って、どうしたマリア?」

「えっと、何してるの?」

「鬼ごっこだけど」

 

 

 何を当然のことをと真顔で言う遊吾に、思わず大きくため息を吐くマリア。とりあえず子供たちを止めて彼も止めなければ。そう考えていると彼が笑って言った。

 

 

「安心しろ。五分以内に終わらせるから!」

「え? それってどういう――って、ユーゴ!?」

「おら十秒経ったぞガキンチョ共!!」

 

 

 初速から最大速度。一陣の風の如く駆けだした彼の速さに思わず目を剥くマリア。速いなんてものじゃない。最早人間を辞めているのではないかとさえ錯覚するような加速。決闘者かつリアリストであった時期がある彼からすればこれくらいは出来て当然なわけだが、残念ながらそんなことを知る人物は今この世界にはいない。

 

 彼を見送って一分と三十秒ほど経った。広場には既にほとんどの子供が集められており、子供たちも残すところ後一人。というか、一分三十秒で十何人といる子供たちのほとんどを捕まえるなんて、彼はどんな身体能力をしているんだ。

 

 兄ちゃん卑怯だよなー、地面から出てくるとか絶対おかしいよとか話す子供たちの言葉から彼は一体何をやっているんだと頭を痛めるマリア。と、施設の奥のほうから声が響いてくる。

 

 

「兄ちゃん卑怯だぞ!! 空中でもう一回ジャンプなんて!!」

「HAHAHA!! 勝てばいいんだよ勝てば!!」

「うわ、大人げない!?」

「まだ十五の餓鬼だからなぁ!!」

 

 

 この施設の中でマリアたちシンフォギアを纏う装者を除けば一番年長の少年と何やら言い合いながらこちらへと歩いてくる。どうやら最後の一人も確保できたらしい。

 

 

「ああ、マリア。どうしたんだ?」

「…どうしたって。何で子供たち皆外に出してるのよ…というか、さっきのアレは?」

「あれ? …ああ、仮想立体映像のことか? そりゃ、Dホイールを使ってだなぁ」

 

 

 彼が指さすのは彼の乗ってきたDホイール。

 

 

「……あれって、さっき外の駐輪場に止めたはずよね?」

「壁が低くて助かったぜ」

「壁越えたの!?」

「当然だろ? 疾走決闘者なら」

 

 

 決闘者って万能ね。ああ、決闘者だからな! などと頭の悪い会話を繰り返すマリアと遊吾。と、そんな二人を見て子供たちの中から爆弾が投げ込まれた。

 

 

「ねぇ、マリアお姉ちゃん!」

「どうしたの?」

「お兄ちゃんと恋人なの?」

「へ?」

 

 

 恋人? 誰が? 私が? ユーゴと? そう考えた瞬間に彼女の顔が瞬間湯沸かし器のように急激に顔を赤くする。慌てて否定しようとするマリア。だが、そんなんじゃないと口にしようとするがなぜか口が思うように動かずにえっと、その、と曖昧な言葉ばかりが出てくるだけ。

 

 そんな彼女をみかねて彼が一歩前へと歩み出る。

 

 

「残念ながら、そんな関係じゃないんだよ。俺、今マリアの家に居候させてもらってんだ」

「…お兄ちゃんヒモ?」

「ちげぇよ。てかよくそんな単語知ってんな」

「切歌お姉ちゃんが教えてくれたんだ」

「おーい、耳年増! お前晩飯抜きな」

「酷いデス! とばっちりデス!!」

 

 

 子供たちの中から声が上がるが敢えて無視。マリアの代わりに応えるとしよう。

 

 

「えー」

「子供心ながらに何を期待したんだお前ら…」

 

 

 何もねえよ。大きなため息をはいて首を振る遊吾の姿に子供たちからまたもやブーイング。あーもう、お前らちょっと来い、決闘すんぞ! とそんな子供たちに対して額に青筋を浮かべた彼が言う。

 

 兄ちゃん弱いから受けてやるよー、よし、まずお前からな? などと言いながらDホイールの近くへと向かう遊吾と子供たち。ちなみに、調や切歌もこのなかに居たりするが、それはどうでも良いことである。

 

 仮想立体映像装置が作動。再度決闘の用意が整い、対戦者を募る遊吾と、そんな彼の言葉にわーわー言いながら手を挙げる子供たち。

 

 そんな子供達の様子を見て、マリアが表情を綻ばせる。

 

 子供たちがここまで感情を表に出して大騒ぎするなんて、マリアが居た頃のF.I.S.でも無かったことだ。楽しそうと言う点では、彼女が歌姫としてデビューしてしばらく経った頃に行ったミニコンサートの時は皆楽しそうに歌を聞いてくれたものだが、ここまでテンションが高いと言うのは初めてだ。

 

 この施設に送られてくる子供は皆、天涯孤独であり子供といっても妙に悟い子供が多いのだ。そのためこの施設の、そして自分達の運命を理解しているせいで普段は皆なにかを諦めたような表情ばかり浮かべているのだが。

 

 

「相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、バイス・ドラゴンは手札から特殊召喚できる! この効果で特殊召喚したこのモンスターのステータスは半減する。だが! 俺はチューナーモンスター、ダーク・リゾネーターを召喚!」

「でた! 兄ちゃんのバイスリゾネーターコンボだ!」

 

 

 現れる巨大な竜。起こる歓声にマリアは何かを決意するとたった今決着のついた子供のもとへと歩み寄る。

 

 

「あ、マリアお姉ちゃん」

「十代、その決闘盤私に貸してくれないかな?」

「うん」

 

 

 子供から決闘盤を受けとると、それを右腕に装備するマリア。

 

 装着される腕が変更されたことを感知して決闘盤がモンスターカードゾーンなどの位置を自動で調整する。その間にセットされた山札を抜き取り、新たに自分のデッキをセットする。

 

 

「さあ、子供達の仇は討たせてもらうわよ!」

「俺これが初勝利なんですけどね! …まあ良いだろう。プリンスはいかなる決闘も受けてやるものだ」

 

 

 二人して向き合う。お姉ちゃん頑張れ! と子供たちからの声援に片手で応えるマリア。さあ、決闘だ! 互いに声高に開始を宣言しようとしたところで、彼らに制止の声がかかる。

 

 

「貴様ら! 先程から何をやっている!!」

「ん? …何かどこぞのハリウッドスターもビックリな筋肉達磨が出てきやがったぞ」

「ご、ゴルドウィン所長!?」

「所長――ってことはここのトップってことか」

 

 

 アメリカ人などに多いホリの深い顔。力強い瞳と、お前はサイボーグか何かかと思わせる白衣越しからでもわかる鋼の筋肉。

 

 レックス・ゴルドウィン。F.I.S.最大の研究施設であるこの場所の所長。つまりはトップ。

 

 彼はDホイールと決闘盤に視線を送ったかと思うと、ジロリと遊吾を睨み付けた。思わず身体が反応する。何と言う気迫。風鳴弦十郎と同じかそれ以上の威圧感。

 

 ちらりとマリアを見る。膝こそついていないが、震える足と少し引けている腰。そして蒼白と言って良い表情になにも考えずに自由に動きすぎたと反省する。

 

 いくら子供達の表情が暗いとか色々理由があったとしても、自由に振る舞いすぎたな…。

 

 どうするよ、俺…。内心冷や汗をかく彼に、レックスが静かに訪ねた。

 

 

「D-noise、いや、遊吾・アトラス。貴様か? あの悪魔を召喚し、使役していたのは」

「……だとしたら?」

 

 

 警戒する彼に、レックスがニヤリと悪い笑顔を浮かべて言った。だとしたら? そんなもの、決まっているだろう――

 

 

「私にその術を教えてくれぇええ!!」

「え?」

 

 

 肉体が跳躍する。燕めいた空中回転から繰り出されるのは黄金の富士山。

 

 ジャパニーズ土下座。彼は思わず呟いた。

 

 

 どういう……ことだ……。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

「仮想立体映像、それがレッド・デーモンズ・ドラゴンの正体だ」

「なるほど。しかし、このサイズであのような映像を作り上げるとは…」

「ま、モーメントの出力は並みじゃねえからな」

 

 

 レックス・ゴルドウィン。話していくうちに彼はどうやら悪い人ではないということが分かった。ナスカやエジプトから発掘されたとある聖遺物の研究を行っているという彼は、仮想立体映像を見た瞬間にティンッときたらしい。

 

 彼の研究に仮想立体映像を使用できる、と。

 

 その言葉に納得した遊吾。彼の話から、その発掘されたものが様々な異形が描かれた石板であるということが分かっている。ならば、それは仮想立体映像との繋がりを誰かが考えても仕方のないことだ。

 

 何故なら、彼のデュエルモンスターズも元を辿ればエジプトの遺跡から発見された石碑や壁画などからヒントを受けて作られたカードゲームなのだから。

 

 

「しかし、助かるよ遊吾君」

「助かるって何がだよ?」

 

 

 遊吾の代わりにマリアが彼の決闘盤を用いて決闘を行っていた。

 

 

「現れろ、ブラックレイランサー!!」

「わ!? 騎士だすげえ!?」

 

 

 赤い槍振るう漆黒の戦士が現れる。攻撃宣言と共に槍を振るい機械仕掛けの竜を破壊する。

 

 デュエルモンスターズという外からやってきた全く新しい概念のものに、子供たちは夢中であった。

 

 そんな子供たちを眩しそうに見つめる。

 

 

「私たちは科学者だ。だが、同時に人の子でもあるのだよ…」

「…立場ってやつか」

「いくらF.I.S.が政府から独立していたって、一枚岩じゃない、と言うことだよ」

「やるせねぇなぁ」

「やるせないね」

 

 

 なるほど、レックス・ゴルドウィンはそこまで悪い人間というわけではないらしい。

 

 マリアの話を聞いた限りではF.I.S.という組織は、サイコデュエリスト研究所やデュエルエナジー研究所のように無機質且つどうしようもない組織と考えていたのだが、根底はあくまでも聖遺物の研究施設であって子供達に何か酷いことをしようとか考えている訳ではないようだ。

 

 無論、今話していることがパフォーマンスである可能性は否定できないものの、この男はそういう手負いではないという確信が遊吾にはあった。

 

 

「…まあ、こう考えるようになったのもあの事件があったからなのだけれどもね」

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴの事件か」

「な、何故それを!? ……いや、マリア君が話したのか」

 

 

 ふふふ、まずは地獄の一丁目よ! とかどや顔しながらポーズ決めているマリア。現れるのは大地に縛られし神――っておい!?

 

 

「マリアぁあああ!? なに召喚しちゃってんのぉおおお!?」

「な、なんだあれは…」

「えっと、私のガガガに入れた覚えないのに入ってたの。強そうだから出したのだけれど…駄目だった?」

「いや、確かに地縛神は強いけどよ…何故満足の神Ccapac Apuなんだ…」

 

 

 脳裏に響く、お前のような決闘者系ポンコツ野郎に使われるよりも、薄幸系ポンコツ美女に使われる方が満足するんだよ、などと言ったニュアンスの音声に後であいつボコすと決意しながら、彼は話の途中で悪かったなとレックスに向き直ろうとして――

 

 

「な、な、何でアレが動いているんだい遊吾君!?」

「え? ちょっ、やめっ、アバババ」

 

 

 思いきり肩を掴まれ揺さぶられる。

 

 マリアの揺さぶりなど赤子の所業。その見た目に違わぬ圧倒的膂力により繰り出される殺人的なパワーによって、彼の頭がシェイクされる。何かを言う余裕すらない。

 

 暴れ馬に乗っているように前後に激しく揺れ動く視界の端で、 Ccapac Apuがとてもゆっくりと緩慢な動きで子供の操るモンスターへデコピンを使用している姿を見て、フィールや神特有の現実への干渉、つまり現実のダメージ発生をしっかりと抑え尚且つ子供に影響の無いように威圧感を抑えながら攻撃方法も考えて行動を行う神の姿に、お前はそこまでしてマリアに使われたいのかと苦笑しつつ、また何処かで彼ら神を使わなきゃな、と彼の視界は真っ黒に染まるのであった。

 

 

 

 

 どこまでも続く大地。そこに居るのは、馬に乗り身体に鎖の巻かれた六人の女性と一人の海胆こと遊吾・アトラス。

 

 

「Ccapac Apuが表に出たと聞いて」

「………え? 何? それで態々呼び出したわけ? てかお前ら何で女? そしてこの馬は何だ!?」

「暇だから仕方がない。それと、女の方がそっちも嬉しいでしょ? え、決闘で馬に乗らないの?」

 

 

 地縛神たちのどうしようもなく下らない理由で呼び出された遊吾。しかし、この決闘に拒否権はない。相手は仮にも神なのだ。この空間から生きて脱出するにはこの五人との決闘に勝利しなければならない。

 

 どうしてこうなった。やれやれと首を振りながらも彼は綱を握る。

 

 

「やるしかない、か」

『ライディングデュエル、アクセラレーション!!』

 

 

 

 その頃の地上、もといF.I.S.施設内にて

 

 

「急に気を失うなんてどうしたんだ、遊吾君は…」

「……遊吾・アトラスの脈拍が消えた!?」

「なん……だと……」

「ゆうごぉおおおお!!」




遊吾・アトラス。スタンドプレイ◎チームプレイ◎組織×危機◎
個人、そして個人の個性が強いチーム規模ならば使えるが、個性が強いため組織規模で動く、組織規模の陰謀が発生すると弱い。しかし、世界の危機などには強い。


おかしい。最近遊吾が全然輝いてない。ノイズの頃のお前はもっと輝いていたぞ!!


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彼と新たな仲間たち?

「あー、ったくあいつら無茶苦茶やりやがって…」

 

 

 神六人との決闘は疲れる。邪神と違って地縛神は決闘の途中で精神攻撃とかしてこないからまだマシだが、だからと言って神との疾走決闘六連戦は身体に堪える。

 

 身体ではなく魂から来る疲労にドッと疲れを感じつつ身体を起こす遊吾。

 

 と、そこで彼は自分の居る部屋に気付いた。真っ白いベッドにテーブル、そして壁。どこかの病室らしい。どうやら自分は寝かされているようだが、もしかして地縛神に魂を引っ張られた際に気でも失ったのだろうか?

 

 マリアや子供たちに心配をかけてしまったかもしれない。ベッドから立ち上がり、壁にかけてあった服とコートを手に取る遊吾。さっさと着替えようと素早く服を脱いだのだが、

 

 

「ユーゴ? だいじょ――」

「お、マリア。何か悪かった――マリア?」

 

 

 病室に入ってきたマリアに謝ろうとするが、何やら様子が変なことに気づいて眉をひそめる遊吾。

 

 さて、ここで遊吾の姿を確認してみよう。

 

 早脱ぎの技術によって遊吾は既にレッド・デーモンズ・ドラゴンの描かれたトランクス一丁。後は裸だ。至るところに傷の入った鍛えられた肉体。彼がまだ成長期の子供であると言うこともあって完全な筋肉質と言うわけではないが、世間一般で言う細マッチョと呼ばれる人よりかはゴツく、力強さを感じる筋肉。

 

 しなやかな獣と言うより、力強い竜を思わせる肉体。生まれてこのかた男性の、しかも同世代かつ少なからず信頼を寄せる人の裸なんて見たことのないマリアにとって、遊吾の体は些か刺激が強すぎたらしい。

 

 瞬間湯沸し器のようにドンドンと全身が赤くなっていくマリア。

 

 

「きゃあああ!?」

「マリア!?」

 

 

 悲鳴と同時に反転、しかし慌てすぎていて扉に額からぶつかる。痛みに、はうっ、と涙目になりながらも部屋から飛び出し、扉が物凄い速度で閉まる。

 

 いや、こういう場面は俺が悲鳴を挙げる方だろ…。最近見た漫画で、ヒロインが部屋で着替えをしているところ、急に部屋に入ってきた男がヒロインの下着姿を見てしまうと言うシーンがあったなと、場違いなことを考えながら服を着替える遊吾。

 

 いつものように腰にベルトを巻き、コートを着たところで扉越しにこちらの様子を伺っているマリアを呼んでやる。

 

 

「マリアー、もう大丈夫だぞー」

「…本当ね? ここで扉を開けたらユーゴがバイセプスとかポーシングしてたりとかしないわよね?」

「お前は俺のことを何だと思ってるんだ!?」

 

 

 いくらなんでもそんなことしねえよ! 時々放たれるマリアの意味不明な発言に、アホかお前はと声をあげる遊吾。

 

 そんな彼の言葉を受けて、それはもう、恐る恐る扉を開けて中に入ってくるマリア。その姿は見知らぬ人の家に預けられた猫のようだ。しかし、そうやって恐る恐る部屋に入ってきたマリアは遊吾の顔を見ると慌てて部屋を出ていこうとして――

 

 

「おいこら!? 逃げんじゃねえよ!?」

「はなせ!? 離してユーゴ!?」

 

 

 後ろから抱きつくように彼女を拘束する。バタバタと暴れるマリア。

 

 

「なんで逃げる!?」

「恥ずかしいからよ! わかる? ユーゴの顔を見たらさっきの姿を思い出しちゃってどうすればいいのか分からないのよ!!」

「思春期のガキかお前は!?」

「マトモな思春期を、青春なんてしたことないわよ! 悪い!?」

「あ、すまん…」

 

 

 彼女の青春は妹を守り、妹の影を追うことに費やされてきた。それを聞いて思わず真面目に謝る遊吾。

 

 一瞬静まり返る病室。はぁ、とため息をはくとマリアが身体に回された遊吾の手にそっと触れる。

 

 

「ごめんなさい。ちょっと慌てすぎだったわね」

「あーいや、こっちこそ無遠慮に着替えてたしな」

「いいえ、焦ってノック忘れてた私が悪いのよ」

「マリア君、遊吾君は、起き……」

 

 

 部屋の空気が凍りつく。

 

 部屋に入ってきたのはレックス・ゴルドウィン。このF.I.S.の研究所の所長であり、同時に研究と子供達の間で揺れる大人。

 

 さて、レックスから見て今の二人はどう見えるだろうか?

 

 後ろから抱きつく男と、そんな男の手に優しく手を添える女。明らかに事案である。

 

 

「遊吾君。そうか……」

「ちょっ、何かヤベェぞ!?」

「落ち着いてください所長!?」

 

 

 慌てて弁解しようとする二人であったが、ボルテージが振りきれているレックスにそんな言葉は届かない。そして――

 

 

「ハァアアアア!!」

「服が弾けとんだぁ!?」

「あれは、所長の拘束解除!?」

「拘束解除? 知っているのかマリア!?」

 

 

 一昔前の日本の世紀末格闘漫画の主人公のように盛り上がった筋肉によってレックスの白衣が弾けとぶ。

 

 拘束解除、それはレックス・ゴルドウィンが真の力を発揮するさいに発生する現象のことである。

 

 漫画のように衣服が弾けとび、鋼鉄の肉体がさらけ出される。それは威嚇と同時に相対するものに対する最後の慈悲。拘束解除はあまりにも強力すぎるため、これを行ったあと数秒はレックスは反動で動くことができないのだ。

 

 つまり、この時点で彼から逃げるか、それともその数秒の隙をもって彼を倒すか。

 

 そこまで聞いて遊吾は思った。あれ、俺その数秒を無駄にしていないか、と。

 

 

「遊吾君、ちょっとお話ししようか?」

「どこの超官だよこんちきしょう!」

「ユーゴ、無茶よ!?」

「ほう? 向かってくるか!!」

 

『うおおおお!!』

 

 

 衝撃。レックス・ゴルドウィンと遊吾・アトラスの拳がぶつかり合った!!

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「あはは、ゴメンね遊吾君」

「………いや、もういいけどよ」

 

 

 レックス・ゴルドウィンは昔からカデンツァヴナ・イヴ姉妹やレセプターチルドレンと呼ばれる子供たちを見守ってきた。

 

 無論、実験も行いはするが基本的にそこまで非道なことはしない。何故なら、彼にとって子供たちは子供たちだからだ。彼にとって子供たちは自身の研究と同等かそれ以上の価値を持つ存在。

 

 特にカデンツァヴナ・イヴ姉妹に関してはその気が強く、抱き締めている姿を見て思わずお父さんのような心境になってしまったらしい。

 

 それを聞いて、そんなバカ親的思考で本気の殴り合いをされたらたまったものではないぞと内心文句を言うと同時に、切歌、調、マリアの三人と二、三度風呂に入ってみたりしたことは黙っておかなければならないな、と本気で考えるのであった。というか、もしも夜な夜なマリアの部屋で二人して遊んだりしていることがバレたら命が危ない。

 

 

「どうしたんだい? 少し顔色が悪いみたいだけど」

「い、いや、何でもない!」

 

 

 慌てて取り繕う彼。このまま言及されるのは不味い。彼は慌てて別の話題に逸らそうと考えて、ふと自分がなぜ病室で寝ていたか気になったので聞くことにした。

 

 

「…君、二回心臓が止まったんだよ? 原因不明なんだけど、なにか持病とかあるのかい?」

「い、いや。無いが…」

 

 

 それを聞いて思わず焦る。二回心臓が止まった。二回、それは彼が地縛神のダイレクトアタックを受けた回数だ。一回目はマトモに、二回目はダメージを減少させることで何とか耐えたのだが、どうやら肉体に甚大なダメージを与えてしまっていたらしい。

 

 あちゃー、と額に手を当てる遊吾。これはマリアに謝っとかないと、などと考えてマリアの方を見るが彼女は平然と彼の着ていた入院着を畳んでいた。

 

 意外な反応に驚いていると、そんな彼の視線に気付いたマリアが声をかける。

 

 

「どうしたの? ユーゴ」

「いや、心臓止まったってのにマリアが冷静だなって」

 

 

 取り乱したり、怒ったりしそうなものだが先程からそんな様子が欠片もないことに疑問を感じていたのだが、彼女は、ふふ、と微笑んだ。

 

 

「そりゃ、当然焦ったわ。でも…」

「でも?」

「ユーゴは絶対帰ってきてくれるもの」

 

 

 優しい微笑み。

 

 驚きやら喜びやら照れ臭さやら、思わず視線をそらした彼の視線の先に、ニヤニヤと笑う筋肉達磨。

 

 

「な、なんだよレックス所長」

「いやー、青春だねと」

 

 

 は? 何言ってんのこいつと視線を向ける遊吾。HAHAHAと笑っていたレックスであったが、ふと表情を真面目なものに変えると遊吾に向き直る。

 

 雰囲気が変わった。今までの気のいい男から仕事を行う大人のそれへと表情を変えたレックスに遊吾も姿勢を正す。

 

 

「そうやって青春してる邪魔をして悪いんだけど…今すぐに日本に帰ってもらえないだろうか?」

「なに?」

「所長!?」

 

 

 マリアが立ち上がり声を荒げる。そんな話を自分は聞いていない、と。どうしてそんなことを言うのだ、と。

 

 

「立花響」

「!? なんでビッキーのなま――ってまあ、当然か…」

「やはり、君は日本の奏者と浅くない親交があるみたいだね」

「日本の!?」

「マリア君は知らなかったようだね」

 

 

 遊吾・アトラスという名前はこの世界のどこにも存在していなかった。しかし、立花響や雪音クリス、風鳴翼という奏者の動きを追うと必ずその人物にぶち当たる。

 

 性別も年齢も出身国も不明の完全な異物。これからF.I.S.が行う計画に、そのような不確定要素は出来る限り排除しておきたい。

 

 彼の力はあまりにも未知数だ。だが、この国から遠ざけることで最低限の時間稼ぎは行うことが出来るだろうし、日本が彼の存在を認め、戸籍などを作ってしまえば彼は活動が難しくなるはずだ。ただでさえシンフォギアシステムの件で世界的にバッシングの対象となっている日本。D-noiseと言う下手な核兵器よりも危険な存在である彼をそのまま自由にさせておくはずがない。

 

 

「さて、遊吾君。別に君を拘束しようなどと私たちは考えない。ただ、日本に帰ってほしいだけなんだ。分かってくれるかい?」

「…ユーゴ」

 

 

 マリアが不安そうな表情で彼を伺う。

 

 さて、どうすればマリアの助けになるようになるか…。別に日本に戻ったところで俺に損なんて何もない。だが、自惚れでなければ日本に帰ったらマリアが凄い悲しむような気がする。調にカレーの作り方を教えてないし、切歌との決闘の再戦の約束もはたしていない。

 

 ついでに言えば子供たちに凄い召喚法を見せてやるとか言っておいてそれもやってないし。ここまで約束事が一杯あるのにそれを反故するなんて御免被る。

 

 

――あれ? そういや俺、ビッキーや未来と色々約束してたよな…。や ば い

 

 

「どうしたのユーゴ!? 顔色凄い悪いわよ!?」

「あ、ああ、気にスンナ。ちょっと色々あるんだよ、うん」

 

 

 これは日本に戻ったら迷わず謝罪だなぁ。電話の時もそうだったが、自分のことを考えて何かとフォローしてくれる響や未来。今度本気で何かしないと、そう考えながら彼はレックスに対する回答を考える。

 

 下手なことをすればマリアの迷惑になる可能性もある。だが、ここで日本に戻ってしまえばマリアと会うことは難しくなるだろう。それに、マリアの仲間で居ると言ったのにここで帰ってしまえばどうしようもない。ならばどうするか。答えは一つだ。

 

 

「分かった。じゃあ日本に帰るとするよ」

「ユーゴ、どうして!? 私たちは――」

「仲間だ。けど、仲間だからこそ迷惑をかけるわけにはいかない。だから俺は日本に戻るよ…ごめんな」

「…さて、じゃあ手配をしなければならないな。遊吾君はここでマリア君と最後の言葉を交わしておいてくれ」

 

 

 悔いのないように、そう言い残してレックスは部屋を出ていく。

 

 無音、無言。レックスが帰った後の部屋は水を打ったかのように静まり返っていた。外の広場から聞こえてくる微かな子供たちの声以外、二人の間には全く言葉が無い。

 

 マリアは考える。ここで彼を責めるのは楽だ。仲間だと言ったのに裏切るの!? この裏切り者!! とでも叫べばいい。叫びながら彼を叩いたって良い。だが、それでいいのだろうか? それで自分は満足するのだろうか? 自分にとって、彼はその程度の人間なのか? いや、違う。彼は彼女が生まれて初めて家族以外で見つけた陽だまり、否、彼女を受け止めてくれる海だ。

 

 時に荒れ、時に静まり、その姿は常に変化し続けているがその在り方は変わらない。そんな彼。私にとって彼は大切な存在。ならば自分は彼を笑顔で見送らなければならない。

 

 これは仕方のないことなのだ。自分がどれだけ喚いたところで変わるわけではない。だから、仕方のないことなのだ…。

 

 

「ねえ、ユーゴ」

「―――だから、そこを何とかする必要がある…。トークンを生成? いや、それじゃあ――」

「ユーゴ?」

 

 

 何やら決闘盤に手を当ててブツブツと何かを呟く遊吾。一体何をしているのだろうか? ユーゴ、と彼の顔を下から覗き込むようにして彼の表情を伺ったマリアであったが、彼女が真正面から顔を覗き込んでいるにも関わらず、彼は真剣な表情をして何かをブツブツと呟くばかり。

 

 普段全く見せない彼のあまりにも真剣すぎる表情に、思わず不安になってユーゴ? と弱弱しく声をかける。

 

 

「そうなるとやっぱフォニックゲインの残量がネックだが――どうしたよ? マリア」

「いや、その、何をブツブツ呟いてるのかなって」

「ああ、まあ気にすんな。こっちの話だからよ」

 

 

 彼女が声をかけると、彼はいつものように真面目なのか不真面目なのか良く分からない気の抜けた表情で笑って見せる。どうやら何を真剣に考えていたのかは聞かせてもらえないらしい。

 

 しかし、彼女は不安を覚えることはなかった。彼のその瞳が安心しろと言っているような気がしたから。だから彼女は彼の手をとって笑顔で提案する。

 

 

「ユーゴ、決闘しましょう!!」

「え、ああ構わねえけど。良いのか? マリアってそこまで決闘強くない――」

「言ったわね!? 昨日までの私とは違うってことを教えてあげるわ!」

「言ったな!!」

 

 

 二人して言い合いながら外に出ていく。子供たちはまだ外で遊んでいるはず。ならば子供たちを観客として決闘を行ってみるのも良いかもしれない。前に聞いたのだが、彼はプロデュエリストなる職業に就いているらしい。デュエリスト、決闘者とはデュエルモンスターズを用いて決闘を行う人達のこと、そしてプロとなるとサッカーやボクシングのように多種多様な競技が存在しており、スポンサー契約などが発生する立派な職業だという。

 

 プロの決闘者と言うものがどれほどの実力なのか、最後に知るのも悪くないかもしれない。でも、私だってプロの歌手なのだ。舞台の上で早々無様な所なんてみせるつもりはない。

 

 こうして二人はレックス・ゴルドウィンが呼びに来るその直前まで、白熱した決闘を繰り広げることとなる。

 

 また、この時の二人のプロ顔負けの熱いエンターテインメントデュエルを目にしたことでデュエルモンスターズの才能に目覚め、後にこの世界で再誕したデュエルモンスターズを使って世界を救うことになる少年が居ることを、まだ誰も知らないのであった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

「さて、じゃあ話を続けよう」

 

 

 研究所の所長室、そこで複数の男女が話をしていた。

 

 盗聴、盗撮の対策のとられた部屋、その部屋のスクリーンには一つのデータが映し出されていた。

 

 月の軌道データだ。ルナアタックから暫く時間が経ち、世界に平和が訪れたかのように思われていたのだが、本当は違っていた。

 

 ルナアタック時に破損した月は、ほんの少しずつであるがその軌道を本来の衛星軌道上からズレ始めていたのだ。しかし、その変化は誤差程度の微々たるものであり多くの研究機関は気づいていなかった。しかし、櫻井理論が世界に発表され、最近になって月が先史文明の遺産であることが発覚、そして月が大きく軌道を逸れて地球に向かって落下し始めていることが判明した。

 

 これを知った各国の研究機関は即座に自国政府にこの事実を発表、至急対策を考がえるよう呼びかけたのだが、これに対して各政府はこの発表をもみ消し、無視することを決め込んだのだ。これは、最悪自分たちだけでも地球に月が衝突する前に脱出する術があることを意味していた。

 

 こんな政府の対応に対して研究者たちは憤った。しかし、国と言う敵を前に彼らは対抗する術を持たなかった。だが、このF.I.S.だけは違った。

 

 彼らは多くの聖遺物を用いてこの月を正常な軌道に戻すという作戦を考え出した。しかし、この作戦には自分たちに大きな影響力を作り出し、各国政府と交渉を行う必要があった。しかし、いくら国家機関と言えどもF.I.S.だけでは発言力が足りない。

 

 その為のマリア・カデンツァヴナ・イヴである。彼女の歌の才能と類い稀なる容姿を利用したアイドル育成計画。マリアをデビューから数ヶ月で米国一の歌姫に仕立て上げることで、その話題性を利用しようとしたのだ。この目論見は成功した。

 

 マリアは既に米国の殆どの音楽チャートで一位を所得、このままいけば一カ月もしない内にトップアーティスト、いや、正しく史上最速の女王の誕生だ。

 

 しかし、そこで大きな障害が現れた。

 

 言わずもがな、遊吾・アトラスと言う少年だ。

 

 彼の力は誰も把握していない。しかし、D-noiseとしての活動のデータを見た限りでは、彼の能力は現在のF.I.S.の誰にも勝る。故に彼を遠ざけた、はずなのだが…。

 

 

「このように、これから我々は計画を遂行していくことになる、のだが…」

「どうされました? ゴルドウィン所長」

「い、いや、何でもない」

 

 

 ナスターシャからの言葉に、途切れ途切れで大丈夫だと答えるレックス。

 

 違和感がぬぐえない。彼は確かに送迎の車に乗って空港へ向かったし、飛行機に乗ったという話も受けた。だが、何だこの違和感は。まるで彼がどこかで自分たちを見張っているような…。そんなことを想像して、彼は思わず首を振る。そんなことはありえない。心停止した際に彼の身体を調べたが、彼の身体は健康的で模範的な人間の身体そのものだった。

 

 彼の不可解な行動に困惑するナスターシャに、大丈夫だ、と苦笑しながら彼は説明をつづける。

 

 

「制御システム、メサイアに関してはまだ解析中ですが、あと数日で制御可能になる、と私は考えています」

「神については?」

「駄目だ。アレが一体何なのか分からない。当初の計画通り神は無しで行くつもりです」

 

 

 彼が違和感を感じた理由は他にもある。

 

 マリアの表情だ。彼を見送るときこそ涙ぐんでいたが、会議に出席している彼女の表情はさっぱりとしていて、どこか澄んだ青空のようだ。何故だ? レックスは考える。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴと言う少女は決して意志が強い娘ではない。優しく、甘い、そんな娘だ。決して今みたいにどこか強い意志を孕んだ目をするような娘ではなかった。それに、少しだけ聞いた彼女の話から察するに、彼女は彼にある種の依存のような感情を抱いていたはず。ならばもっと取り乱していても良い筈だ。

 

 しかし、彼女はそんな雰囲気を微塵も見せない。何故だ?

 

 

「つまり、控えている世界的音楽の祭典、QUEENS of MUSICで決起を行い、同時に我々も動く。分かりましたか?」

『はい』

「…マリア」

「………」

「マリア・カデンツァヴナ・イヴ!!」

「は、はい!?」

「どうしたんですか? 返事が無いようですが」

 

 

 レックスの言葉に表情を暗くさせるマリア。やはり、彼が居なくなってショックが大きかったか。

 

 

「やはり、彼が居なくなって悲しいですか?」

「いえ、そうじゃないんです……ただ……」

 

 

 しかし、ここで同情するわけにもいかない。彼女は計画の起点となるのだから頑張ってもらわなければ。レックスが口を開こうとした――その時!

 

 

「話は聞かせてもらった」

「!? だ、誰だ!?」

 

 

 虚空から響き渡る謎の声。若い男の声にその場にいた全員が慌てて辺りを見回す中、マリアだけは大きなため息を吐きながら、しかしその口元に歓喜の笑みを浮かべながら言った。

 

 

「つまり、世界が滅ぶということだ!!」

「絶対皆さんに迷惑かけちゃうなって考えてただけです」

 

 

 虚空から現れたのは、極彩色の人型。ノイズ、否、D-noiseだ。

 

 D-noiseはその場で光に包まれると、その姿を人間へと変化させる。

 

 黒のTシャツにジーンズ。頭に紺色の襤褸布で出来た鉢巻を巻き、裾を破り白いギザギザで加工してある革ジャン、通称満足ジャケットを身に纏った男。

 

 遊吾・アトラスその人がそこに居た。

 

 

「馬鹿な!? 君は確かに――」

「確かに、飛行機に乗って日本に飛び立ったぞ? ちなみに、いくらノイズだからって位相空間使っても空間転位の如く瞬間移動なんて出来ねえからな?」

「な、ならば何故…」

 

 

 何故、大人しくいうことを聞いて帰ったはずなんじゃ!?

 

 

「大人しく言うことを聞いて僕は日本に帰らせていただきまーす――なぁぁんて、そんな大人しく言うこと聞くと思ったぁ?」

 

 

 酷い煽りである。マリアもドン引きの顔芸である。

 

 怒りにゴルドウィン以下研究者たちの表情が引きつる。だが、彼はお構いなしに話を続ける。

 

 

「だってー、そんなことをしたら皆に会えないじゃないですかー。ボクー、そんなことしたくないですしー」

「…な、ならばなぜ抵抗しなかったのですか?」

 

 

 怒りを抑えてゴルドウィンが尋ねる。そんな彼を、馬鹿じゃねーの? と言った表情で、妙に間延びした声で説明する遊吾。

 

 

「だってー、そうしたらマリアたちに迷惑がかかるじゃないですかー」

「しかし、それは現在この場所に居る時点で変わりませ――」

「果たしてそうかな?」

 

 

 急激な変化。突然襲い掛かる重圧に思わず足を退く研究者たち。何だこの圧力は。まるで空間が直接歪み、圧縮されているような、そんな威圧感。ゴルドウィンこそ何とか耐えているが、それ以外の研究者たちは重圧に耐えきれずに膝から崩れ落ち、顔を真っ青にしている。

 

 

「俺が何故此処に居ると思う?」

「そ、それは位相空間を」

「ばっか、さっきそれは否定したろうが」

「ならばなぜ――」

 

 

 分からない。理解できない。そんな様子のゴルドウィンに、大きく顔を歪ませて彼が言う。

 

 

「鈍いなァ!! アレは俺を模したトークン、つまり分身なんだよォ!!」

「分身!? ならば今の君は――」

「どうだろうなァ? 本物かなぁ? 偽物かなぁ? でもー、この施設面白そうなモノ、お前らがメサイアとか神とか言ってるものあるから、もしかしたら本物がそっちに行ってるかもしれないしなぁ? ここ危ないから政府にいいつけちゃってるかもしれないしなー」

「貴様ッ!!」

 

 

 レックスが歯を食いしばる。何という奴だ。まさかここまで捻じ曲がった野郎だとは!!

 

 怒りに震える研究者たちを見て、ひゃぁあああははは!! といっそ清々しいほどに笑う遊吾。そんな彼の後頭部を、マリアが思い切りすっ叩いた。

 

 

「あいたぁ!?」

「ユーゴ、貴方とんでもないことやるとは思ってたけどねぇ……」

「あれ? マリア? ちょっ、何だその手のハリセンは!? 落ち着け!! 俺が悪かった。ちょっと調子こいてたから! だからちょっとまってぇえええええええええ!?」

 

 

 こうして、F.I.S.に住所不定無職の、日本から来た自称一般人、遊吾・アトラスが加わるのであった。

 

 

 

 

 

「ねえユーゴ」

「ん? なんだマリア。正座崩していいのか?」

「駄目。って、そうじゃなくて。何でここに戻ってきたの? 日本に戻るチャンスだったのに」

「…満足同盟」

「へ?」

「満足同盟、決闘者、D-noise、色々呼び方はあるけどさ、その全てにおいて俺自身、遊吾・アトラスと言う奴は仲間が悲しそうだったら絶対見捨てない。例え嫌われようと、迷惑だと、自己中心的過ぎると言われようと絶対にだ」

「ゆーご……ぐすっ」

「ちょっ!? マリア!? 何で泣くんだよ、泣き止めってほら!! えっと、ごらんグレートモスだよ!!」

「うえぇえええええん!!」

「やっぱ昆虫族は駄目か!? くっ、ナッシュこんな時君がいてくれたらッ!! というか助けてくれジャックぅうううう!!」

「わあああ!!」

「おいこら、いや、抱き付くのは良いけどとりあえず泣き止め、な? 何? 抱きしめろって? 別に良いけど――って、更に泣くのか!? そんなに嫌なら言うなよ、って違う!? あああ!! 誰か助けてぇえええ!!」




オリジナル展開を考えると更新時間が滞る罠。

友達が三箱買って一枚もダンテを当てない中、四パックで彼岸の旅人ダンテを当てて「悔しいでしょうねぇ」したら、友人がキレて決闘挑んできました。また、ちょっと体調が悪いですが私は元気です。


GXの最後でアームズエイドを装備したビッキー。そしてキャロルとエルフナインの超融合。これは閃くしかないじゃないか!!


「遊吾さん!! ボクたち気づいたんです!!」
「何に?」
「日本人の貞操感で一夫多妻が駄目なら、僕たちが一つになれば一夫一妻で完璧だって!!」
「その理屈はおかしい」
「そこで見ていろ、遊吾・アトラス。オレと――」
「ボクの――」
『超融合を!!』
「っておいお前らいつの間に俺の超融合のカードを――って馬鹿やめろぉおお!?」



「遊吾さんが腕になったぁ!?」
「響、俺を使ええええ!!」
「はい!!」
『フォニックゲインを力に変えてぇえええええ!!』
「遊吾さんにビッキーがつっこむ…閃いた!!」
「未来君!? どうしたんだみくくぅううううん!?」
「……遊吾さんと、焼肉、食べたかった、な」
「みくくぅううううううん!?」


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彼と日本と故郷のようなもの

 彼がF.I.S.と合流してからしばらく後。今では一定の信用を得た遊吾であったが、数日間は研究者たちに親の敵のように睨まれた。

 

 当然だ。あんな脅迫紛いのことをして信用されるはずがない。が、反対にレセプターチルドレンとして研究所に入れられた子供たちからは大人気であった。それも当然だろう。娯楽のない研究所にデュエルモンスターズや日本の遊びなどを持ち込み、共に遊ぶのだから。

 

 しかし、彼も遊んでいるばかりではない。マリアを現場に送迎したり、マリアの愚痴を聞いたり、調と究極の料理を目指してクッキングデュエルをしたり、切歌と一緒に決闘したりと何だかんだで忙しい日常を送っていた。

 

 さて、そんな日常を送る彼であったが、彼には最近一つの悩みがあった。

 

 偏食、という言葉を知っているだろうか? 好き嫌いが激しく、特定の食品だけを食べることを指す言葉なのだが、この偏食と言うものが厄介であった。

 

 今から数日前のこと。その日彼は、F.I.S.の研究者や計画の関係者との交流を深めるという名目で会食のようなイベントに参加していた――のだが。

 

 菓子ばかり食べる博士、肉ばかり食べる教授、怪しげなエナジー飲料ばかり飲む所長、青虫の如く緑黄色野菜ばかり食べる黒髪、偏食とまでいかなくとも好き嫌いの激しい金髪、そして、特に好き嫌いもなく、嬉々として高級料理を次々、しかしバランスよく食べながら各偏食家たちに嫌いな物を食べさせようとする歌姫。

 

 彼は決意した。

 

 会食から二日後、遊吾はコートを脱ぎ捨て、満足ジャケットに袖を通しながらレックスに声をかけた。

 

 

「日本に帰るから準備してくれないか?」

 

 

 これを聞いたレックスは焦った。と言うかレックスと話をしていたマリアが困惑の内に涙目になっていたと言うか半ば泣きそうだった。

 

 最近マリア涙腺緩くね!? とあやしながら、遊吾は日本に一度戻る目的を説明した。

 

 ようは、食材や機材集めである。アメリカで材料を集めてもいいが、アメリカ慣れしていない自分ではアメリカの材料で美味しい料理を作ることは難しいと考えたのだ。

 

 やはり手に、舌に馴染んだ物を使用したい。そんな思いで彼はレックスに交渉を行う。

 

 

「この広い地球の、小さな研究所。計画遂行のその日まで俺たちはここから出ていくことはできねえ。だからここで満足するしかねぇ」

「だが、食事に関しては別だ。この研究所には立派に満足できる調理場が存在しているのに、なんだあの全く使用されていない綺麗なままの調理場は。聞こえてこないのか? 調理場の不満足な声が…」

「一体何を言っているんだ…」

「そして何よりもお前たちの偏食ッ!! レックス・ゴルドウィンッ!! 何だあの食事はッ!! 食事をなめているのかッッ!!」

「し、食事? あ、ああ、これのことかい?」

 

 

 レックスが机の引き出しから取り出したのは、一日分の栄養素がとれると有名なエナジーバー。そして彼は言った。言ってしまった。

 

 

「これ一本で一日分の栄養素が確保できるんだ。様々な味があるし、私はこれで満足しているんだよ」

「……満足、だと?」

「え? あ、うん」

 

 

 遊吾の気迫に思わず顔をひきつらせながら彼が頷く――満足が、弾けた。

 

 

「その程度で満足されてたまるかッッ!!」

「なっ!?」

 

 

 立ち、腕を振るってレックスの満足を否定するその姿は、誇り高き満足の王子そのもの。

 

 満足の王とは鬼柳京介、満足の神は地縛神コカパクアプを指す。

 

 

「食事とは、人間が満足するための重要な要素の一つだ。わかるか? 睡眠欲、性欲、食欲、この三つの欲求が満たされて初めて人は満足を知るんだ。それから人は更なる満足を求め、時に涙を流し、時に怒りに震え、そして満足した笑顔に辿り着くんだ。つまり、食事とは食欲に通じる人が満足を感じる重要なようその一つであり、食事で満足するということは満足するということなんだッ! そして、食事というものには常に作った人の、満足してほしいというその人の満足が籠っているんだッ!! すなわちッ! 食事とは人が満足するために必要な満足ということなんだよッ!! 満足にご飯が食べられる、それがどれだけ素晴らしく満足できることか考えてみろッ!! お前はそれで良いのかッ! 本当にそれで満足かッ!!」

「え、いや、まあ、でも面倒臭いし…」

「その程度の理由で満足されてたまるかッ!! お前らマリアを見習ったらどうだ! しっかりとバランスよく食べてんだぞ! 切歌だって野菜が嫌いなのに頑張るデス! って頑張ってるんだぞ!! 分かるか? 俺思わず泣いたんだぞ? それなのにお前たちはどうだッ!! 好きなもの、しかも身体が満足しなさそうなものばかり食べやがってッ!! こうなったら俺がF.I.S.の食事事情にレヴォリューショナル・エアレイドを極めて満足するしかねぇッ!!」

「レヴォリューショナル・エアレイドってなんだい!?」

「ああ! それって革命の翼?」

「真面目に答えなさいよユーゴ…」

 

 

 マリアに後頭部を叩かれて、ははは、と笑いながら彼が言う。

 

 

「まあ、兎に角日本に行きたいんだよ。ビッキーたちに会いたいとかじゃなくて」

「…良いよ。メサイアの起動実験を手伝ってもらったこともあるし、許可してあげよう…。でも、」

「でも?」

「マリア、切歌、調を連れていってほしいんだ。監視と、これから君たちにはチームを組んでもらう必要があるからね」

「あー、そうか…ま良いぜ。じゃあそういうことでさっさと行くか!」

「え? ちょっと遊吾!? というか所長も!?」

 

 

 こうして、あれよあれよの内に彼と彼女たちは日本に行くことになったのであった。

 

 

 

 

 そして今、遊吾・アトラスとマリア・カデンツァヴナ・イヴ、暁切歌、調は日本の某都市に来ていた。

 

 その某都市とは、彼が初めてこの世界に降り立った場所。そして何より、大切な彼女たちと出会った場所。

 

 なぜ彼らがこんなところに居るのかというと、流石に三日も同じ土地を観光していたら飽きてしまうのである。

 

 とは言え、リディアン音楽院の方にいけば流石に響達とばったり出会う可能性があるためそっち方面の発展した土地に行くのは避けなければならないので、彼のススメもあってこうして四人はこの地方都市へと来ることとなったのだ。

 

 太陽の光を浴びて輝く穏やかな流れの川、その傍の道をゆっくりと四人は歩く。

 

 

「はぁ、こうしてると月が落ちてきてるなんて思わねえよなぁ」

 

 

 穏やかな陽気に思わずそう呟いた彼の横腹をマリアが思い切りド突く。こんな誰が聞いているとも知れない場所でそんなことを言うなということだろう。わりぃわりぃと苦笑していると、後ろから切歌が彼に声をかけた。

 

 

「あの、これどこに向かってるんデスか?」

「…あー、何も考えてねぇ。とりあえずアーケード街に行く予定だ」

「行き当たりばったりデス!?」

「切ちゃん、遊吾さんは残念な人なんだよ? だから期待しちゃダメ」

「おいこら、誰が残念だこら」

 

 

 切歌の後ろから諭すように言う調に、少しイラッときて少し気炎を上げながら尋ねる遊吾。しかし、そんな彼などどこ吹く風と、いつものように何を考えているか分からない無表情のままに彼女は続ける。

 

 

「だって、無計画です」

「ごふっ!?」

「女の子のエスコートもできないとか、男としてどうかと思います」

「がはっ!?」

「調、もういいわよ!? ユーゴ血を吐いてるから!?」

 

 

 思わず道に膝から崩れ落ちる遊吾。いかに精神がダイヤモンドのようにとてつもなく硬くても、少女の冷たい目とそんな視線と共に放たれる抉り込むような言葉は予想以上のダメージを彼に与えていた。

 

 

「う、うぐぐ。兎に角、アーケード街に行くぞ!」

「お、おー、デス!!」

 

 

 切歌のさりげないフォローに思わず涙を流しそうになりながら彼は立ち上がるとアーケード街に向かって歩き出した。そんな彼を見てふふふ、と笑う調。少し前から、何かと彼をからかうことを楽しみとしているそんな調の様子を見て、色々変わったなぁと、妹とも言える少女の成長? に思わず苦笑しつつ、マリアたちも二人の背中を追って歩き出すのであった。

 

 

 場面は変わり、アーケード街。半円形の屋根に覆われ、スーパーや様々な店が立ち並ぶ風景。数年前まで彼が見慣れていた風景であるが、ノイズになったりアメリカに行ったりと色々やっているとまるで遠い故郷に帰ってきたような気分になる。

 

 マリアたちもこういった風景は珍しいらしく、興味深そうにキョロキョロと辺りを見回していた。

 

 さて、そんな一行であったが現在一つの店舗の前で待ちぼうけをくらっていた。

 

 

「遊吾、遅いのデース」

「まったく、すぐに来るって言ったのに…」

「……」

 

 

 F.I.S.三人娘は、そう愚痴を零しながら自分たちの横にある看板に目を向ける。

 

 『九十九音楽店』そう書かれた看板。ここはどうやら楽器やCDなどジャンルを問わず置いている音楽関係の老舗専門店らしい。看板には小さく創業昭和八年と書かれている。

 

 三人してため息を吐いていると、店の奥から彼の声。どうやら買い物が終わったらしい。ようやく終わったのか、と苦笑しながらマリアが彼を迎える。

 

 

「遅かったじゃない」

「ああ、久しぶりにあったからさ。ついつい話が弾んじまって」

 

 

 これ、九十九のおっちゃんから、と彼女たちに缶ジュースのサイダーを手渡す遊吾。手渡しながら、女の子を店先に置いとくとか、お前は馬鹿だと思いっきり怒られたと苦笑する。そんな彼に、本当デス、とご立腹な切歌と調。

 

 と、マリアは彼が手に下げた紙袋に気づいた。どうやらこの店で何か買っていたらしい。

 

 

「何が入ってるの?」

「ん? ああ、これだよ」

 

 

 彼が紙袋を漁って取り出したのは、二枚のCD。どちらも新作のようだ。

 

 一枚は日本、いや世界で人気爆発中のアーティスト、風鳴翼のもの、もう一つは解散したツヴァイウィングの記念CDのようだ。

 

 いやー、新作残ってて助かったぜ。そう言って笑う遊吾。

 

 なるほど、彼はこのツヴァイウィングの、風鳴翼のファンらしい。マリアが問う、CD幾つ持っているの? と。彼が答える。今まで出てる奴は全部買ってる、と。

 

 

「そう…」

「どうしたマリア、ちょっとむくれてね?」

「そんなことないわ」

「いや、そんなことあるっての。何でそんなに不機嫌になってんだよ」

「知らない!」

「え? ちょ、マリア!?」

 

 

 歩き出そうとするマリア。やっぱ待たせすぎたか!? 兎に角謝って話をしなければ、そう考えて彼がマリアを止めようとしたところ、逆に彼に声がかかった。

 

 

「遊吾くん?」

「…あ、ママさん!?」

 

 

 彼が振り返った先に居たのは、口元に優しげな笑みをたたえた女性。橙色の髪の毛、そして優しく暖かい光を湛える瞳。立花響を大きくしておしとやかにしたらこうなる、と言ったふうな女性。彼女の名前は立花晴香。立花響の実の母であり、彼にとっても馴染み深い人物である。

 

 彼は思った。警戒するのはビッキーたちとの会合だけじゃないじゃん、と。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 懐かしいな。彼は思った。現在彼が立っているのは、この町の住宅街にある立花家。

 

 数年前は死ねだの消えろ殺人者だのとヒドイ張り紙が張られ放題で、何かとゴミや石を投げ込まれていたものだが現在はそんなことは少ししか無くなっているらしく、張り紙が数枚貼られているだけで済んでいるようだ。見たところ玄関や二階などの窓に傷は無いし、壁も塗り替えたのだろう、綺麗なものだ。

 

 ふむ、彼は迷うことなく張り紙を剥がし、その筆跡を確認する。

 

 見たことがない字だ。となると大方どっかから引っ越してきた馬鹿がまたいちゃもんをつけてきているのだろう。これは帰国する前にしっかりと制圧しておかなければいけないな…。張り紙を懐にしまいながら内心物騒なことを考えていると、そんな彼の姿を見た晴香が声をかけた。

 

 

「大丈夫よ。もう何もしてこないから」

「は? いや、これやられてたんじゃ…」

「それワザと剥がさないでいたの」

 

 

 彼女が言う。これは戒めなのだと。

 

 この町で起こった迫害は決して表に出ることは無い。だが、この町に生きる人々は二度と忘れないだろうと。自分たちも忘れないし、彼らも忘れないようにするための処置である、私たちは忘れないし、赦さない、と。

 

 これが貼られたのは数日前のことであったが、貼ったその日のうちに犯人はバレた。最近引っ越してきた若い夫婦だという。その人達も初犯だけでそれ以降は全く何もしてこないらしい。

 

 何やら色々とあったらしいのだが、とりあえず彼がマインドクラッシュしたりした影響はしっかりと出ているらしい。晴香の様子も昔と比べたら健康的なこともあって、とりあえず問題は無いのだろうと納得すると彼はなら良いんですけど、と気を抑える。

 

 

「あ、そうだ。洸さん帰ってきてるのよ?」

「マジで!?」

 

 

 彼女の言葉に驚きで目を見張る遊吾。

 

 立花 洸、立花響の実の父親であり、同時に彼にとっても馴染み深い人物であるが、数年前に失踪して以来行方が分からなくなっていた人物。

 

 彼はどうしたのだろうか? もしかして家に居るのか? 心なしか喜びで弾む遊吾の表情を見てクスクスと笑いながら晴香は残念、という。

 

 

「洸さん、居ないわよ?」

「え? でも今――」

「帰ってきてる、っていってもこの町限定。今どこに居るかも分からないし」

 

 

 え、それってどういうことなんだ? 思わず首を傾げた彼に、晴香は笑いながら言った。

 

 

「その貼り紙が貼られた日の夜にね、お母さんと私の前に、一台のバイクが止まったの」

「そこにパパさん乗ってたって?」

「いいえ。そこに居たのは、ライダースーツを着て、目元をサングラスで隠した男の人。でも、声とかでバレバレなのよ…」

 

 

 心底可笑しいと言わんばかりに笑う晴香。

 

 そっか、パパさん生きてんのか。嬉しくて自分も思わず口元を緩めてしまう遊吾。彼にとって立花 洸と言う男は、おっちゃんこと風鳴響一郎を除けば彼がこの世界で一番関係を持っていた大人だ。段ボールハウスにやってきた彼の凄まじい様子を知っている彼からすれば、自殺することなく今まで生きていることが知れてとても嬉しい。

 

 

「そのバイクの形状ってどんなのだったんだ?」

 

 

 だから彼は、立花 洸ではないかとされる人物の特徴を彼女から聞きだそうとした。

 

 これからしばらくすれば自分はアメリカに戻ってしまうが、どんな出で立ちをしていたかが分かれば彼を探すことも不可能ではないと考えたからである。そんな彼の言葉を聞いて、晴香はうーん、と顎に手を当てて唸り始めるが直ぐに特徴を思いだしたのか、彼に伝える。

 

 

「洸さんの乗ってたバイクは、なんていうんだろう? 修正テープみたいな形状してて、後輪に大きい二本の並列タイヤがあって虹色のエンジンがあるの」

「え? ちょ、え?」

 

 

 彼が思わず困惑する。その形状はなんだ? そんな形状の物を彼は良く知っている。その条件の物がどんなものか彼は容易に想像がついてしまう。

 

 

「あと、何やら妙に声を作って、私のことは謎のDホイーラーAとでも呼んでほしい、とか言ってどっか行っちゃったのよ」

 

 

 ほんと、良い歳してヒーローごっことかどうなのかしらね、と笑う彼女に対して、彼は思わず笑みを引きつらせながら心の中で叫んだ。

 

 

――洸さんあんた何やってんの!?




くっ、何か最近ネタに走れない話が続いている…。プロット通りのはずなのに何かが違う…。くっ、Gに入ってからノイズ単体だけじゃなく人を動かそうとするから大変だぜ。


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彼と彼と食事が満足

「良かったの? あの人のこと」

 

 

 F.I.S.が所有する飛行機に乗った四人は、思い思いにくつろいでいた。

 

 遊吾は広い空間を利用してデッキを弄り、切歌と調は遊び疲れたらしく手を繋いで二人とも眠っていた。そんな二人を見て、微笑みながら薄い毛布をかけてあげたマリアは、罠カードを二つもって悩んでいる彼にそう問いかけた。

 

 彼の立花響自宅訪問の際、三人もお邪魔させてもらっていたのだが、その時から気になっていたことがあるのだ。

 

 彼が回収した張り紙にかかれていた文字、そして二人の言葉。インターネットで軽く検索をかければ、あの立花一家に起こった惨劇は想像するに容易い。それに、彼があの晴香という女性と話しているときの様子はとても嬉しそうに見えた。

 

 それに、あの貼り紙の内容を見るに彼がいた方がいいのではないか。だが、そんな彼女に彼は笑って言った。

 

 

「良いんだよ。俺がいなくても」

 

 

 ママさんは強いし、何よりあの町には謎のDホイーラーが居るからな。笑う彼を見て、彼女は首をかしげるのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

「久しぶりだね、遊吾君」

「やっぱ洸さんだったか」

 

 

 細長い車体と、それを支える一本の巨大な車輪。加速することのみを追求されて作られたDホイール、イーグルシリーズだ。

 

 Dホイールの中でも群を抜いて奇抜なそのデザインは、一部からは修正テープと呼ばれることすらある代物。だが、その実態は修正テープなどと揶揄できるような生易しいものではない。

 

 加速力と最高速度のみを追求した空力デザイン。遊吾のDホイールなど目ではない加速力とじゃじゃ馬っぷり。前輪が無いことでまともな人間ではカーブを曲がることは愚か、まず発進させることすら許されないとんでもマシン。日本が誇る最高峰のDホイールメーカー『如月インダストリアル』が開発した、パーツ全てが職人の手で作られ、一年に一、二台しか開発されないとされる幻のDホイール。

 

 

「遊吾君、君があの遊戯王の世界の住人――いや、主人公とは思ってもみなかったよ」

「遊戯王? 主人公? どういうこった?」

 

 

 突然何の話だ? 思わず首を傾げた遊吾に、洸が語り始める。

 

 

「遊戯王って言うのは、デュエルモンスターズのこっちでの呼び方だよ。俺の爺さん、いや曾爺さんくらいの世代で流行ったトレーディングカードゲームさ。漫画やアニメなんかもあってさ」

「…なるほど、そういうことか」

 

 

 それだけで彼は大体理解した。今は全くそんなことを思わないが、この世界は自分の元居た世界から見たら、戦姫絶唱シンフォギアと言うアニメや漫画と瓜二つの世界であったように、この世界から見て自分たちの世界はアニメや漫画などで描かれていたということだろう。

 

 普通、自分が生きてきた世界が漫画の世界と言われれば驚くようなものだが、遊吾だってこの、シンフォギアと言う名前のアニメの世界みたいなものに来ているし、それよりも、カード一枚から世界が創造されたと言われる世界から、カード一枚で世界が滅ぶことが多々ある世界からやってきたのだ。今更その程度の事態で驚くほど彼は非現実的な状況に慣れていないわけではなかった。

 

 

「…君もお父さんと同じ反応をするんだね」

「おとう――って、ジャックか!? 洸さんジャックに会ったのかよ!?」

「いやぁ、拾ってもらったのがジャックさんなんだよ」

 

 

 彼が語る。

 

 遊吾と別れてから暫く、洸は各地でアルバイトをしながら放浪していたらしい。一か所に留まろうにも他者の視線が気になったから。もしも自分が立花家の人間だとバレたら、何より、もしも自分のことを家族が探していたら。そんなことを考えていつもいつも逃げて逃げて逃げ続ける日々。

 

 そんなことを続けていたある日、突然彼の胸元が熱くなったらしい。何事か、大慌てで熱くなった場所に触ってみれば、そこにあったのは子供のころからずっと学生証入れ――今では運転免許所と共に免許入れに入れている――彼が祖父から貰ったとあるお守りが光り輝いていたのだという。

 

 そして、その光が輝きを増して彼の視界を白で塗り潰したとき、彼は何処とも知れぬ森の中に立っていたらしい。そして彼は出会ったのだ。人型のイルカと。

 

 

「人型のイルカ――って、ネオスペーシアンか!?」

「そう、N・アクアドルフィンだよ」

 

 

 N・アクアドルフィン。青と肌色のコントラストの眩しい、鋼の戦士の如き肉体に、つぶらな瞳のイルカの頭、そして見た目にそぐわぬとても爽やかな声で話す謎の宇宙人。またの名を、ドルフィーナ星人。

 

 デュエルモンスターズにおいて、伝説の決闘者の一人である遊城十代の使用していた、E・HERO、その中でもE・HEROネオスと言うモンスターを中核とした特殊な融合方法、コンタクト融合を駆使して戦うデッキに入って居たとされるカード。

 

 遊吾の時代にはある程度の量産化がされていたが、それでもその奇抜な見た目から、やれキモイルカだのとネタにされるそのモンスター。

 

 一度自分も出会って話すことがあったから良く分かるあのシュールな容姿とそんなシュールな姿から放たれるとても真剣かつ熱い言葉の数々。彼から教えてもらった、ワクワクと言う感情は今でも彼の胸に熱く灯っているが、アレと出会ったと言われてしまうと、思わず表情を引きつらせてしまうしかない。

 

 

「って、ネオスペーシアンからどうやってシティに行ったんだよ…」

 

 

 確か外宇宙だか何だかだろ? 首をかしげていると、サングラス越しでも分かる自慢げな表情で謎のDホイーラーAこと立花洸は答えた。

 

 

「空間を融合してもらったのさ!!」

「…超融合とか言うなよ?」

「違うよ。ネオスペースの空間を君の居たシティに繋げてもらったのさ」

 

 

 ネオスペーシアンたちは独自に宇宙空間を自由に移動する手段を保有しているだけではなく、インスタントネオスペースなど、自分たちの力でネオスペースと別の空間を繋げる能力を持っていることを思い出した彼は、なるほどなと納得する。

 

 大方洸が歩んできた道筋は理解できた。ネオスペースでネオスペーシアンに鍛えてもらった彼は、彼らの協力を得て地球のネオ・シティに向かった。

 

 そして、ネオ・シティで自分に縁のある、というか義理の父親であるジャック・アトラスと出会い、彼にDホイールの手ほどきを受けてこの世界に帰ってきたと言ったところか。だが、そうなると折角帰ってきたのに何で晴香さんたちに会わないんだ? 遊吾が首を傾げながら尋ねると、今までのDホイーラーとしての雰囲気は何処へやら。立花洸の素が出てきてしまったらしく、どこか慌てながら彼は言った。

 

 

「い、いや、その、ちょっと後ろめたいというか何というか……」

「…いや、折角戻ってきたんだから行けよ」

「無理だよ!? 電柱の影から家の様子を伺うだけ精いっぱいさ!!」

「ドルフィーナ星人や親父と会って何を学んで来たんだ洸さんは!?」

「ワクワクを思いだす――はずが無いじゃないか!? 無茶だよ遊吾君!!」

 

 

 今の俺は会いに行けない――などと騒ぐ彼に、遊吾は思わず額に青筋を浮かべる。ここで逃げようとするか…。

 

 彼は迷わずDホイールを呼び出す。何てことはない。疾走決闘者が二人相対しているのだ。ならばやることは一つ。

 

 素早くDホイールに乗り込んだ彼は、慣れた手つきでDホイールを操作。仮想立体映像装置が作動、町を光が覆っていく。

 

 スピードワールドネクスト、セットオン。デュエルモード、マニュアルパイロットモード、スタンバイ。

 

 

「おい、決闘しろよ」

「これじゃあ断るに断れないじゃないか…」

 

 

 空気の読める仮想立体映像。本来三秒のところが、わざわざカウントが十秒からスタートする。

 

 

「俺が勝ったら嫁さんのところに戻るんだな」

「え、マジで? 断りたいんだけど」

 

 

 10、9、8、7……

 

 

「というかこれ俺にメリットが全然ないんだけど…」

「いや、ある」

「嘘だぁ。だって俺が勝っても全然――」

「決闘者辞めてやる」

「え?」

 

 

 3、2、1――

 

 

「ライディングデュエル、アクセラレーション!!」

「ちょっ、遊吾君それはどういう――」

「俺のDホイールに初っ端負けるなんざ、てめぇのアサルトイーグルが泣くぜ!!」

「くっ」

 

 

 アラームと共に猛烈なスタートダッシュを切る遊吾。動揺のせいで出遅れた洸はそのまま先攻を遊吾に渡すこととなる。

 

 圧倒的速度で先を行く遊吾の背中を見ながら、洸は考える。決闘者を辞めるということがどういうことか。そこまでして何になる? 自分のような弱者に彼は何を語ろうとしているんだ? 家族の前にも顔を出せないヘタレで屑の親である自分が、自分に何をさせようというんだ。

 

 彼は気づけない。彼があの世界で語り合ったこの世界に帰ってきた理由が思い出せないから。だから彼のお守りであり切り札であるカードは決して応えない。故に――

 

 

「うわぁあああ!?」

 

 

 決着は早かった。疾走決闘が始まってものの数分。ターンにして六、七ターンほどでの決着。終始遊吾・アトラスが圧倒し、立花洸は只々翻弄されるだけであった。

 

 停車した彼の元に遊吾が近づく。そして言った。約束は無理に果たさなくてもいい、と。

 

 どういうことだ? それじゃあ決闘をした意味が無いじゃないか!? なんて無駄なことを、思わず言った洸に、彼は苦笑しながら言った。

 

 

「決闘にはその人物の全てが表れる。今の洸さんのことは分かったよ。だから、無理に会いに行かなくてもいいさ」

 

 

 でも、どうか親父が、ドルフィーナ星人が語ったことを、何故自分が決闘者になったのかを思い出してほしい。彼はそれだけを言ってDホイールを駆り去っていった。

 

 時間は既に深夜。マリアたちに無断で外出してきているので、急いで帰らなければならなかった。町を歩くので疲れたのか、皆が寝静まるのが早かったのでこっそり抜け出してきたのだが、自分が居ないことが分かったら皆が心配してしまう。

 

 ちらりと後ろを伺えば、茫然と手元を見つめる洸の姿。

 

 彼にとって立花洸という男は決して見捨てて良い人間ではない。彼はある意味二人目の父親のような、そんな存在なのだ。しかし、だからこそ彼と決闘を行って良く分かった。

 

 遊吾・アトラスが異世界に来ても変わらないように、立花洸もまた変わらないのだ。

 

 とは言え、遊吾の場合はレッド・デーモンとの決闘やおっちゃん、響、未来との出会い、そしてツヴァイウィング、風鳴司令、クリス、フィーネと多くの人々と出会ってきたことで少しずつ変化していっている。それは彼の目的が強くなることであると同時に、誰かと共に在ろうとするから。

 

 だが、今の立花洸にはそれが無い。きっと彼が本当に望み、掴んだ理由がある筈なのに、異世界からこちらに戻る、戻ってきたと言う現実と、彼が決闘の時にかけるサングラスが、彼の目をくすませてしまっているのだ。つまり、彼がサングラスを脱ぎ、自らと向き合ったとき初めて、彼は家族と真正面から向き合うことが出来るのだろう。が、それは遊吾が決闘を通して向き合ってもできないことだ。これは彼が彼自身で気づかなければならない。故に彼は約束に逃げ道を用意し、何も言わずに去ることとしたのだ。

 

 彼が家族と向き合う機会がどうか早く訪れてほしい。遊吾はそう願う。

 

 夜遅くまで人助けをして泥だらけになった響と、それに付き合った自分。玄関先でウロウロしていたが、自分たちを見つけて涙を浮かべながら駆け寄り、抱きしめる洸。そして、そんな三人を見て微笑みながらも、自分たちのことを思って叱ってくれる晴香とその母である雅。

 

 今でも思いだせる、ある梅雨時期の出来事。傘を忘れたせいで、雨の中濡れ鼠のようになりながら二人で頑張った。その結果至る所が泥だらけだったが、彼らと同じように、洸もまた全身濡れ鼠、明日も会社があるだろうに、カッターシャツは泥に濡れ、息も絶え絶えだった。

 

 あの熱を覚えている。抱きしめられたときの彼女の泣きそうな顔も、怒られた時の嬉しそうな顔も全部覚えている。

 

 あんな暖かい表情を湧きださせるのは、自分では不可能だ。彼女が心の底から本心を出し、笑うことが出来るのは、未来と、そして家族の前だけ。

 

 

「響が待ってるんだ。早く帰ってやってくれよ、洸さん――」

 

 

 応えないデッキ。逃げることしか出来ない自分。決闘者としての自分、夢を追う自分。夢とは何だ? なぜ自分は――

 

 

「俺は……僕は――ッ!!」

 

 

 そして、彼と同じように彼もまたDホイールを駆る。電灯の微かな明かりの中、彼は薄暗い路地へと消えた。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 そんな謎のDホイーラーとの会合からまた暫く時間が過ぎた。

 

 彼は今、厨房に立っている。彼の隣には――切歌の姿。

 

 

「さあ切歌、準備は良いか!!」

「オーケーデス!!」

 

 

 二人ともテンションが高い。

 

 F.I.S組の中でも比較的常識人な切歌であるが、自然体が比較的テンションが高く、彼女もまた他のF.I.S組と同じく学校に行ったことが無いので結構独特な感覚、自分を持っており、そのせいか元々この世界の人間とは全く波長が違う遊吾と中々に波長があってしまうのだ。

 

 遊吾も遊吾で同じようなフィールを持つ切歌は歓迎すべき存在であり、そんな二人がついつい悪乗りしてしまうせいで、マリアからは「…遊吾は切歌の兄か何かなの?」とか、調からは「切ちゃんはあげませんッ!!」とか言われたりしている。

 

 さて、何で彼らがこんなところに居るのかと言うと、今日の晩御飯づくりのためである。遊吾によるF.I.S食事情革命であったが、これが見事に成功。意図せずして、彼の料理は多くの研究員の胃袋をつかむことになったのである。

 

 食事、つまり兵糧さえ握ってしまえば、あとはこちらの思うがままである。毎日というわけではないが、今では仕事が暇なときはマリアが、そうでないときは調や切歌、時々レックスがこの厨房を利用して料理を作っている。

 

 意外なことに、レックスは料理ができる人間であった。その腕も中々のものではあるのだが、とりあえず鍛え抜かれた肉体を包むひよこのフェルトの張り付けられたピンク色のエプロンは何とかしてほしいものである。

 

 

「さあ、今日は金曜日だ。これがどういう意味か分かるか、切歌!!」

「はいデス! 今日は、カレーの日でーす!!」

「jesus!! と、言うわけでだ。今日は一緒にカレーを作るぞ!!」

「おー!!」

 

 

 装備確認! と彼が言うと、切歌がノリノリで答えていく。

 

 エプロンに三角巾。しっかりと熱湯処理された包丁とまな板など各種調理器具。灰汁抜きを済ませたジャガイモと人参と玉ねぎ。そして引っ張ってきたスパイスと、ルー、鍋。

 

 

「ちなみに、今日はどんなカレーを作るデスか?」

「んー、今日は具がゴロゴロしたカレーを作るぞ!」

「ゴロゴロ、ですか?」

「そう、ゴロゴロだ」

 

 

 決して転がってるわけじゃないぞ? と彼が言えば、べ、別にそんなこと考えてないデス!! と大慌てで否定する切歌。なるほど、考えてやがったか。相変わらずどこか変な所で抜けている少女に思わず笑いながら彼は説明を始める。

 

 

「さて、今回は自家製ルーを作ってカレーを作る!」

「ルーって作れるんデスか!?」

「ああ、結構簡単に出来るぞ? 香辛料何かは近場の店で購入できるしな」

「マジですか!?」

「ああ、で、まあこれからそのルーを作っていくわけだが――」

 

 

 そんなことを言いながら彼が調理台の戸棚から取り出したのは、濃い茶色の四角形の塊。カレールーだ。手作りの物らしく市販の物と比べると些か形がいびつではあるが、ルーを取り出した瞬間から香りだす香辛料の食欲を刺激する香りに、口内に唾液が分泌される。

 

 

「面倒なんで作ってた奴がこれだ」

「料理番組ですかこれは!?」

「いや、煎ったスパイスは寝かせると旨くなるからさ。今からじゃ遅ぇし。というわけで暫く寝かせたスパイスで作ったこのルーを使用する」

 

 

 そう言って彼はテキパキと作業を開始する。ルーは小分けに皿に移し、彼が取り出すのは皮の剥かれた玉ねぎ。

 

 

「さて、ここで玉ねぎの登場だ。今回はみじん切りにするぞ?」

「みじん切り、デス!」

「あ、聖遺物使うの無しな?」

「Zeios igalima――え?」

「え?」

 

 

 いや、確かにイガリマ回転させたら早いけどさ、それ料理に使えると思ってんの!? ハッ、盲点でした!? などとやり取りをしながら玉ねぎを切り始める二人。

 

 手慣れた手つきで玉ねぎを縦に二つ切り。端の硬い根っこの部分などをしっかりと斜めに刃を入れて切り落とし、まずは玉ねぎの流れに沿って刃を入れる。この時、玉ねぎが少し残る様に切っておくと後の作業が楽となる。

 

 切り口を入れたら、あとはそれを次々と切っていくだけだ。するとあら不思議。簡単にみじん切りが出来るじゃあありませんか。

 

 ちゃっちゃとみじん切りを終わらせた遊吾に対して、切歌の手つきはたどたどしい。普段家事などしないのだから当然とも言えるか。基本的に切歌は食べる、味見をする係で、料理の殆どはマリアや調、遊吾がこなしているのだから。

 

 彼女の見ていてハラハラする手つきを見て、彼はため息を吐きながら彼女の後ろに立ち、一声かけて彼女の手をとった。

 

 

「ほら、しっかり握れ。あと、叩き付けるんじゃなくて、包丁を使うときは押すようにして切ること。こっちの方が楽だぞ?」

「わ、本当デス!? まさか、遊吾は天才ですか!?」

「これくらい常識だっつーの」

 

 

 あと、玉ねぎが目に沁みたらいけないからあまり顔近づけんなよー。と注意をしながらゆっくりと玉ねぎを切っていく遊吾。なるほどデース。途中からは切歌が実践していく。ちなみに、カレーの玉ねぎは別にみじん切りにしなくても良かったりするのだが、それは好みの話なのでまた別だ。

 

 そうして玉ねぎを全てみじん切りにしたあとは、それをバターを炒めた鍋に投入。全力で炒めていくのだが、ここで注意するべきは、玉ねぎの色だ。

 

 野菜を焦すなんてことは、カレーを作る際に起こってはいけないことであるが、玉ねぎに関してはそうも言ってられない。玉ねぎをいかに炒めるか、それがカレーの良し悪しを左右する一つの要素だと彼は考えているからだ。

 

 火が通っていなければ不味いし、だからと言って下手に炒めたら焦げてしまう。だから彼は全てをかけて玉ねぎを炒める。

 

 

「切歌! 今のうちに炊飯器のスイッチ入れてくれ。あと、人参とかも炒めるのよろしく!」

「はいです! って、遊吾はその間どうするんですか?」

「玉ねぎを炒める」

「え? いや、だってそんなに時間かからないんじゃ…」

「あめ色に炒めた玉ねぎは、ルーにコクを与える。つまり、これは俺とカレーとの真っ向からの決闘!!」

「なるほど!!」

 

 

 きっとマリアが居たら「そんなわけあるか!!」とハリセンで彼の頭をひっぱたいていたところだろうが、今彼女は来たるライブに向けての最終調整の真っ最中。故に彼女はいない。調も今日は聖遺物に関する話があるらしく遠出しているので、この施設にはいない。

 

 故に、現在この施設は深刻なツッコミ不足だったりする。

 

 

「遊吾、人参切ったデス!」

「よし。よくやった」

「ってあれ? もう炒め終わったんデスか?」

「ああ。よく考えてみたら、切歌が居るのに何十分も玉ねぎ炒めるのも悪いと思ってな…。ちょっと王者の炎で加熱加速させた」

「うわ、凄いあめ色デス!?」

 

 

 凄いデス、ユーゴ!! ははは、そうだろう!! などと言いながら人参を炒め、玉ねぎを入れ、水を入れて煮詰めていく。肉もサッと火を通して投入。灰汁取りはしっかりと。

 

 

「灰汁を逃がすな! 捕まえろ!!」

「これで逃げられないデース!!」

 

 

 ローリエ、愛のターメリックなど、香辛料は様々な種類があるが、今回はあまり香辛料は使わず、ルーと調味のために用意した少々の塩、そしてすりおろしたリンゴで味を整えていく。

 

 特に塩は、様々な料理で活用場面があるため、実はカレーでも時々使用される。塩は味を引き締めるため、料理の自然な甘さを引き出すことが出来るのだ。ポテトサラダなど、味が薄いと感じたらほん少し塩を入れてみよう。そうすれば味がグッと引き出されるはずだ。

 

 そんなこんなで、ローリエって月桂樹って言うんだぞ、とか雑談しながら調理すること数十分。

 

 

「出来た!!」

「出来たデース!!」

 

 

 念願のカレーが完成するのであった。二人でいえーいとハイタッチを行う。

 

 

「皆美味しいって言ってくれますかねー?」

「大丈夫だろ。さっき味見したら美味かったぞ?」

 

 

 そう言って頭を軽く叩いてやれば、えへへ、と顔を緩ませる切歌。事実、炒めたニンジンや、カレーを煮込むところなど、所々焦げが出来てしまっていたが、それはまたご愛嬌。途中から切歌にやらせていたが、中々やるもんだな、と彼が感心していると、ふと視界に入るものがあった。

 

 それは炊飯器。だが、その炊飯器のボタンに――光は無かった。

 

 

「切歌。炊飯器のスイッチ押したか?」

「え? はい。予約ってところ押したですよ?」

 

 

 なるほど。予約を押したから大丈夫だと安心したわけか。初心者がやりやすいミス。自分も一度やったことがあるミスに思わずクスリと笑いながら、彼が説明する。

 

 

「予約ボタンだけじゃ、米は炊けないんだぞ?」

「な、何デスとぉおお!?」

「ま、カレーは再加熱しても良いし。とりあえず炊くか」

 

 

 ご、ごめんなさいデス。先程と打って変わってシュンとする切歌に、気にすんなって。誰でもあるミスだよ、と笑って言ってやる遊吾。

 

 この後、無事お米も炊き終えた二人は、マリアや調、マム達にこのカレーをふるまった。切歌がほとんどしたんだぞ、と自慢げに遊吾が話すと、マリアと調は驚いて彼女の顔を見、そして笑顔で美味しいと言うのであった。そんな反応が嬉しかったのか、照れ臭そうにハニカミながらカレーを頬張る切歌。

 

 毎週金曜日はカレーの日。今日もカレーは好評であった。

 

 

 

「ゆーごー、これ、何デスか?」

「あ? ああ、それナンだよ」

「え? だからこれ何デスか?」

「だからナンだよ」

「いやいや、だからこれがナンなんですかって聞いてるんデス!!」

「だから、これはナンだって言ってんだろ!?」

「いや、だからこれはナン――」

「二人ともいい加減にしなさい」

『はい、ごめんなさい』

 

「遊吾ー」

「ん? どうした切歌」

「今度、美味しいカレーを作ってあげるデス!!」

「へぇ、そりゃ楽しみだな。でも、俺はカレーには煩いぞ?」

「ふふふ、望むところデス。覚悟しとくデスよ!」

「ああ、キチンと胃薬は用意しとくわ」

「そっちの覚悟じゃないです!!」

「ははは、まああれだ。頑張れよ?」

「…はい!!」




今度は蟹入りあんかけ炒飯でも作ってみるか…。


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彼と新たな始まり

G本編が始まるぞ!!


筆者のノリと妄想とその他もろもろが爆発的に増加する!! 筆者の全てをくれてやろう、ついて来れる奴だけ、ついて来い!!


 月読調。彼女はとても不思議な少女である。どれくらい不思議かというと、それはもう大変不思議である。

 

 

「ほーら、良い子ちゃん」

「サイバードラゴンを出してほしいとか言うから、何すんのかと思えば…」

 

 

 唐突に現れたと思えば、サイバードラゴンを出して。なんのことだと首をかしげながら尋ねると、ただ一言触りたい。

 

 そうなってくれば、仮想立体映像ではなく彼自身の能力で召喚した方が早い。そう考えて、中庭でモンスターを実体化させた彼。現れる銀色の、鋼鉄の竜。すると、調はゆっくりとサイバードラゴンに近づいていき――その頭に抱き付いて頬ずりを始めた。

 

 頬ずり、というか最早モフり、といった風だ。もしもサイバードラゴンに毛が生えていたならば、日本のムツ某の如く顔を埋めてその感触を楽しんでいたに違いない、そう思わせる程の傾倒っぷり。夢中でサイバードラゴンを撫でる調に彼が尋ねた。

 

 

「ロボット、好きなのか?」

「当然。この世の中にロボットが嫌いな女の子はいない」

「いや、その理屈はおかしい」

 

 

 真面目に断言する彼女に思わずそう言ってしまうのだが、ふと考えてみると、クリスはアレでいて結構映画やアニメに影響されやすく、二人で何度かロボットアニメを鑑賞した結果彼女のシンフォギアの武装や彼女のファイトスタイルがソレに類似することがあったし、響も結構ロマンチストな気があるが、ジャンク・ウォリアーが好きだったりと何かと男の子が憧れるようなロボットや戦士が好きだったりする。

 

 奏は良く分からないが、翼も結構ロボット好きだ。となると、この世界の女の子、もしくは装者となる人は皆ロボットが好きなのかもしれない。

 

 

「そう、皆ロボットが好き、ロボットが好き…」

「そうだな――って、おいまて、軽く洗脳しようとしてないか?」

「デース」

「切歌の真似すんの禁止」

 

 

 デースで誤魔化されるのはレックスくらいだと調の頭をポカリと叩く。

 

 痛い、と抗議の眼差しを向けてくる調にやれやれとため息をはく。相変わらず良く分からない奴だ。なんと言うか不思議ちゃん?

 

 

「不思議ちゃんは失礼」

「なぜばれたし」

「顔に出てる」

 

 

 何故この世界の女性は自分の考えていることが分かるんだ? 俺ってそんなに分かりやすい? と問いかければ、彼女は顎に手を当てて考えると渾身のドヤ顔をしながら言った。

 

 

「愛だよ」

「何故そこで愛?」

 

 

 自分が分かりやすいことと愛は一体どんな関係があるというのだ。訳がわからず疑問符を浮かべて首をかしげれば、クスクスと調が笑う。

 

 

「いずれ分かるよ、いずれ」

「えー、そこは答えてくれよ調」

「それは私じゃ答えられな――」

 

 

 唐突に言葉を途切らせる調。と、唐突に、それをだのと呟き始めたかと思うと表情を改めて彼に尋ねる。

 

 

「遊吾。遊吾は立花響のことをどう思う?」

「は? なんで急にビッキーの話が出てくるんだよ?」

「良いから答えて」

「あー、ビッキー、響のことか…」

 

 

 なぜ彼女がそんなことを聞いてくるかは分からないが、とりあえず改めて考えてみよう。

 

 立花響、十五歳。栗色の髪にバツの髪留め、そして輝く笑顔が特徴的な少女。誕生日は九月十三日、趣味は人助け、好きなモノは御飯&御飯。そう言えばスリーサイズを教えてもらうという約束だったが未だ聞いていなかったな。

 

 使用するシンフォギアはガングニール。数年前のライブ事件の際に天羽奏のシンフォギアであったガングニールが砕け、その破片が彼女の胸を貫通、その際心臓付近に食い込んだ聖遺物の破片は彼女の肉体と完全に融合し、その結果彼女はシンフォギアの融合体となり、適合者でないにも関わらずシンフォギアを纏い戦うことができるようになってしまった。

 

 彼女のシンフォギア、ガングニールの特徴は繋ぐ力。戦うための力ではなく、人と人とを繋ぎ、誰かを助けたいという彼女の想いにシンフォギアが答えたことで出来た能力だ。この性質故にガングニールは伝説の槍でありながら武装を一切持たず、戦闘スタイルは徒手空拳に固定されている。

 

 そして、彼女は彼にとって大切な人である。

 

 大切な人、というのも、彼がこの世界――彼の辿って来た異世界との交流から、自分たちの居た次元世界を決闘次元とし、便宜上シンフォギア次元と呼ぶことにする――に来て初めて強い関係をもった異性が彼女であったのだ。遊吾の元居た決闘次元とは違い、このシンフォギア次元には決闘と言う文化が存在していなかった。

 

 決闘が全てと言っても過言ではなかった彼は、この次元世界に来てそれを失った。異世界ということもあって彼の常識は通用しないし、身寄りも全くない。そんな中で彼が出会ったのが、彼女だ。

 

 その頃、公園でよくたい焼きの移動式屋台を開いていたおっちゃん、風鳴響一郎という男の元でアルバイトと言う形で匿ってもらっていた彼は、彼女と出会うことで自分と言うものを取り戻し、本来の自分として生きていくことができるようになった。

 

 彼にとって立花響という女の子は、彼が憧れた主人公、ではなく、真正面からぶつかって本当に尊敬し、憧れる異性であり、同時に彼にとってこの世界で見つけたかけがえのない存在である。

 

 そんな彼女と同列の存在として、小日向未来が存在する。

 

 彼女は立花響と違い、普通の女子高生であるが、響を青空で燦々と輝く太陽であるならば、彼女は人を優しく包み込む暖かな陽だまりと言ったところか。黒髪といい正しく大和撫子、母性に、優しさに溢れた少女。しかし、それだけではなく己の意志を貫き通す鉄の意志と鋼の強さを持った少女。しかし、時々ネタに走りだしたり、大真面目にネタをぶち込んでくるというおちゃめな一面もある。

 

 彼女もまた、彼に優しさを与えてくれた人物であり、彼にとってかけがえのない存在である。

 

 そうして考えていけば、彼にとって日本で活動しているシンフォギア奏者とその関係者は彼にとって少なくない影響を与え、彼を導き、支えてくれた人ばかり。とても良い縁を結んでいることを改めて実感すると同時に、彼がこれから彼らに弓を引かねばならないということに少なからず後悔を思わせる。

 

 

「かけがえのない、大切な人、か?」

「小日向未来」

「時々お茶目、俺のことを信じて待っていてくれる。本当にあれだけ信頼してもらうってのも中々ないというか、世話になりっぱなしなんだよなぁ…。かけがえのない大切な人だな」

「天羽奏」

「俺と繋がってたこともあって理解のある人。同じ決闘者として尊敬するし、ツヴァイウィング時代からファンだし、結構こっち来るまでに世話になったし…大切な人だな」

「風鳴翼」

「決闘を教えた先導者として、今後に期待だな。相変わらず凄い歌唱力だし、どんどん魅力的になっていってるからもう、ファンとして凄い嬉しいよな。この間歌ってくれた時は凄い良かったし。大切な人で、ある意味ビッキーと同じく憧れが無いわけでもない」

「雪音クリス」

「天使。近年お目にかかれないほど純粋にいい子だよな。穢れを知って尚真っ直ぐ進んでいくなんて中々できねぇよ。ビッキーもそうだけど。あと、一緒に出かけると面白いし、何だかんだで世話焼きだし、素直じゃなくて隠しているつもりなんだろうけど可愛いもの大好きだし。何あれいじらしい」

「だよね!!」

「お、おう。って調お前しって――」

「…つまり、一言で言うと?」

「おい、キャラ戻すな。…あー、大切な人だな」

 

 

 彼にとって例に挙げた全ての人は大切な人である。区別が全くないことに思わず苦笑した調は、やれやれと言った風に言う。

 

 

「今はそれでいいのかもしれない、けど」

「けど?」

「いつか大変なことになる。大変な選択をしなければいけない時が来るよ」

「…マジ?」

「マジ」

 

 

 そう言って頷くと、また虚空を見る調。何度か頷くと、再度彼を見ていった。

 

 

「精々頑張りなさい」

「……なあ、調?」

「なに?」

「名も無きファラオとか宿ってないよなお前?」

「???」

「いや、気にすんな」

 

 

 それは無いか、と首を振る彼。

 

 彼女の様子が、もう一人の自分や自分に憑依している人格に語り掛けている姿とよく似て居た為そう思ったのだが、それは無かったらしい。

 

 調がレセプターチルドレンの一人であることから、フィーネが宿っている可能性は零ではないが、フィーネ自身が言っていたように、彼女が目覚めれば既存の月読調という少女の人格は消滅するだろうし、そもそも彼女が消滅するとき、

 

 

「いつかの時代のどこかの場所で。私は貴方達を語り継ぐとしましょうか」

 

 

 などと格好良く去っていった彼女が、消滅してから一、二カ月で復活するとか、何というか残念な感じが凄い。まあ結構フィーネこと櫻井了子は残念なところがいくらかあったので正直復活していても不思議ではないが、調の人格が消滅していたりしていないことからその線は薄いだろう。

 

 その後、彼と調は夜遅くまでサイバードラゴンを愛でてみたり、サイバードラゴンの融合体、エクシーズ体などの様々な進化体を使って遊び惚けるのであった。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 夜。久しぶりにマリアの家へと帰宅した彼は、割り当てられていた部屋で明日に向けて最終調整へと入っていた。

 

 正確には数日後に始まる世界的音楽の祭典QUEENS of MUSICへ向け、明日から現地入りするため、その為の最終調整である。

 

 サクリストS、そしてネフィリムと、自分たちの切り札の一つであるメサイア、救世竜。自分に出来ることは全て行った。あとは――

 

 彼は腰のベルトに厳重に固定してあるカードケースを取り外す。それは彼の思い出、彼の決闘者としての始まりである拾い集めた寄せ集めのスクラップデッキ。そしてそのデッキケースには一枚の写真――日本でプリント倶楽部、通称プリクラと呼ばれるゲームセンターなどに置いてある写真撮影の機械によってとられた小さな写真を見る。

 

 そこに居るのは、一人の少年と四人の少女。皆笑顔だ。まさか四人同時に撮るとは思っていなかったせいで結構大変だったし、この後も個別に撮ったりしていたからとても疲れたのを覚えている。

 

 この世界で初めて、否、恐らく自分が生きてきた中で自分の想いで繋いできた魂の絆。だが自分はこれからその絆に牙を剥かなければならない。今の自分に出来るのだろうか? 昔ならば慈悲も躊躇もなしにやっていただろうが、今の自分で出来るのか。

 

 そう考えていると、扉がノックされる。この家に居るのは現在自分を含めて二人しかいない。どうぞ、と扉を見ずに声をかければ、部屋に入ってくるのは予想通り、この家の主であるマリア。寝間着姿のマリアはお邪魔します、と部屋に入ってきた。

 

 

「おいおい、ここはお前の家だろ?」

「でもほら、今は貴方の部屋だから」

「なるほどな」

 

 

 カードケースをベルトにかけ直しながら彼が振り返る。どうした? 問い掛けるが返答はない。こう言うとき遠慮はいらないって言ったはずなんだがなぁ。頭を掻きながら自分の横をポンポンと叩く。

 

 

「ほら、何かあるんだろ? 突っ立ってねえで座れよ」

「ええ。邪魔するわね」

 

 

 彼女が慣れた風に彼の隣に腰かける。が、それ以降彼女に動きはない。恐らくは何か葛藤したりしているのだろうが、このまま無言でいるのも時間の無駄。折角の二人の夜なのだ。これから始まる日々を考えれば、ゆっくりできるのは事が全て終わってから。

 

 となれば、やることは一つだ。

 

 

「よし、卓上――じゃねえが、ベッド上決闘だ。デッキはあるか?」

「え? いや、部屋だけど」

「ったく、決闘者としての自覚が足りねえなぁ」

「私は決闘者になった覚えはないのだけど」

 

 

 そんなことを言いながらも、態々部屋からデッキをとってくる時点でマリアも大概毒されている。とは言えそれを指摘してくれる人は一人もいない。

 

 そうして始まった決闘。頭をつき合わせながらマリアが尋ねた。

 

 

「ねえ、遊吾?」

「うん?」

「…本当に戦うの?」

 

 

 ドドドウォリアーでダイレクトね。墓地から効果が使えないだと、インチキ効果も大概にしやがれ! などとやりとりをしながら彼は考える。

 

 

「…確かに、あいつらと戦うのは気が引けない訳じゃねえ。二度と修復不可能な傷を与えちまうかも知れねえ」

「なら!」

「だからこそ満足――いや、違うか…」

 

 

 満足、それは彼に刻まれた最初の言葉である。桐生京華と出会い、初めて人に教えてもらった言葉であり、彼が出会った満足同盟、そのリーダーである鬼柳京介の個性でもあるその言葉。満ち足りる。そこには様々な意味が含まれており、一言の満足には百通りの意味がある。

 

 だが、この場面で満足していいのか。誰かとの大切な絆を壊さないといけないかもしれないという状況で自分は満足するのか。それは本当に満足と言えるのか。違う。満足と言う言葉は何かを壊すために使うんじゃない。何かを築き上げる為に使うものだ。

 

 多くの人に繋げられ、多くの人と繋がり続けた魂。それが自分だ。だが、そんな繋ぎ続けたモノと自分はこれから戦わなければならない。それは自分にとってとても大きな障害となるだろう。サテライトを生きていた自分ならまだしも、今の自分でどれだけ出来るか…。だからこそ彼は改めて決意する。自分は彼女たちと戦うと。この戦い、どんな形でもマリアたちの仲間で居ると。

 

 

「俺は、それでもお前たちと共に在る。繋げられるのではなく、初めて繋げたお前たちと一緒に居る」

 

 

 それに――

 

 

「俺、あいつらに言ったからな。支えようと思った、支えたい奴が居るって。心配かけてるのに、それでも自分を信じてくれるあいつらなんだ。ここでその言葉を反故にして帰ったら、絶対こっ酷く叱られる」

 

 

 てか、格好悪くてあいつらの前に立てねえよ。笑う遊吾。

 

 

「…なんでそこまでするの?」

「そこまでってーと?」

「私たちはそれこそ数ヶ月程度の付き合いでしかないわ。なのに、何でそれほどまでに信じあえる人たちよりも付き合いの浅い私たちをとるの?」

 

 

 私たちの境遇に対する同情? それとも、拾ってもらったことに対する恩義? それとも――

 

 

「そうすればあわよくば――なんて下心でもあるのかしら?」

「………」

「え? …え?」

 

 

 世界という途方もなく強大な敵を相手にすることがどれだけ至難の業であるか。世界という巨大な海から見れば、自分たちはその海を漂流する一枚の木の板のようなもの。それほどまでに強大なものを相手にすることは、彼女の心にに大きな不安の影をおとしていた。その為、普段は言わないようなことを彼に尋ねたのだが――下心と言われてそっと目を逸らした彼に、思わず目を剥くマリア。

 

 当然だ。風呂覗き事件やF.I.S暴露事件、混浴と言う名のおっきい子供(金髪と海胆)のお世話など、彼とは色々な身体的接触が発生したりしていたものだが、そんなことがあったにも関わらず彼が彼女と関わるスタイルは全く変化が無かったし、基本的に決闘馬鹿な彼と下心と言うものが彼女の中で全く噛み合わない。

 

 本当? と信じられないようなものを見る目でじーっと彼を見ていると、視線に耐えられなくなったらしい彼はベッドから立ち上がるとそのままカーテンのされた本棚へ向かい、その中からプラスチックケースを取り出してくる。

 

 それは良く雑貨屋などで置かれている安物のCDケース。彼がそれを開けて取り出すのは――

 

 

「私のCD?」

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴが今までリリースしてきたアルバムの数々。態々買い揃えたのか、少し前に発売された最新のものから、どこから取り寄せたのか現在入手困難でプレミアがついている彼女のデビューシングルまでそろえてある徹底っぷり。一体どうしたというのだ!? 驚くマリアをよそに、遊吾はプルプルと震えながら言った。

 

 

「そう、聴き惚れましたよ。持ってかれましたよ畜生! あれだよ、ツヴァイウィングや翼、ビッキーやクリスの歌以来の大ヒットだよ!! ええ、持っていかれましたとも。デビューシングル買取で壮絶な争いがありましたよ。最新盤に至ってはショップで他のファンとの熱い多々買いが行われましたよ!! 悪いか!?」

「い、いや、というか、え? ユーゴはツヴァイウィングのファンなんじゃ…」

「好きな歌手が二人以上居て悪いか!? それになぁ――」

 

「明らかに怪しい男を看病してくれて、カードも大切にしてくれるような、そんな優しくて家庭的で胸も大きくて安産型な良い感じの臀部してて母性的なその癖メンタル結構弱いし実は美味しい物に目がないし負けず嫌いで素直じゃない所もあって結構子供っぽいところが結構ある年上の美女なんて、いくら女に興味が無いとか、只の決闘馬鹿とか言われてる俺でもクルもんがあるっての!! すいませんね、美人と仲良くなれたなんて下心抱いてて!!」

 

 

 俺はこれでターンエンドだ! 顔を真っ赤にしながら叫んだ彼。はあはあと大きく息を荒げている。

 

 まったく、本当に、本当に――

 

 

「私のターン。ドドドウィッチを召喚して、効果でドドドドライバーを特殊召喚。二体のモンスターでエクシーズ召喚、エクスカリバーね。何かある?」

「あ」

「エクスカリバーの効果、オーバーレイユニットを二つ取り除いて、攻撃力を2000の二倍の4000に。バトルフェイズでダイレクトアタック」

「しまったぁああ!?」

 

 

 馬鹿なんだから。

 

 何故何もせずターンエンドなんてしたんだ俺ェ!? と頭を抱える彼を見て、思わず笑ってしまう彼女であった。

 

 

 

「マリア、もう一戦!! もう一戦!!」

「良いわよ。相手してあげる」

 

 

~~二十分後~~

 

 

「ユーゴ、もう一戦!! 今度こそ勝つわ!!」

「えー、どうしよっかなー」

「ユーゴ!!」

「はいはい、じゃあやるか!!」

 

 

 

「――ふぅ、もう遅いし寝ることにするか」

「あ、ほんと。…名残惜しいけど今日はここまでね」

「じゃあ寝るか」

「ええ――ええ!? いや、ユーゴ!?」

「ン? どうしたよ」

「何か自然な感じで布団に入っちゃったんだけど私!?」

「気にすんなって!!」

「気にしなくていいの?」

「ああ!」

「じゃあいっか。おやすみ、ユーゴ」

「ああ、おやすみ」

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 青空の下、世界最高峰の音楽の祭典を目前に控えたスタッフたちが慌ただしく動き回っている。その顔は皆素晴らしい仕事にありつけた充実感と誇りに溢れていた。

 

 そんな人々を観客席から眺める一人の女性――マリアだ。

 

 観客席でありながら、足を組み作業をする人々を見る姿は、女王の名に恥じぬ気品と確かなカリスマを感じさせていた。が、彼女の内心は大いに大荒れであった。

 

 当然だ。大掛かりなライブは数回こなしているものの、世界規模となれば話は別。女王マリアとしての威厳を損なわないように振る舞いつつ、自分たちの台頭を声高らかに叫ばなければならないのだ。

 

 実際、先程まで居た楽屋では電話越しに――

 

 

「無理無理、あの観客席が満席になる中で宣言とか私には絶対無理!!」

『マリア、とりあえず落ち着いて、練習しようぜ!! ほら、ライブの一曲目、不死鳥のフランメが終わったところから!!』

「え? ええっと……ん、んん!! う、うろたえるな! わたしたちの名は――フィーにゅッ!!」

『…ふぃーにゅ?』

「…うわぁあああ!! 駄目よ!! もう終わりよ!! さっき挨拶してきた風鳴翼だって私の姿を見て鼻で笑っていたに違いないわ!! というか何よあのSAKIMORIとNINJA!? ちょっと情報見たけど馬鹿じゃないの!? 何で人間が分身したり影に相手縫い付けたり水の上走ったり壁を平然と駆け上がるの!? 馬鹿なの、死ぬの!? 助けてセレナぁああああ!!」

『マリア姉さん、いくらなんでも無理だよ…』

『可愛いから大丈夫だ!!』

「本当?」

『可愛いから大丈夫だ!!』

 

 

 などと言ったやりとりが繰り広げられていたりした。とりあえず歌でも歌って落ち着こう。そう考えて昔から妹のセレナとよく歌っていた、祖母に教えてもらった歌を小さく口ずさんでいたマリア。そんな彼女の懐で携帯電話が鳴り始める。

 

 即座に取り出して番号を確認。表情を改めたマリアは、通話ボタンを押した。

 

 

『こちらの準備は完了。サクリストS、そしてメサイアが到着次第作戦を始められる手筈です』

 

 

 ついに来た。目を瞑り大きく息を吸いこむマリア。

 

 大丈夫。かっとビングよ、マリア。勇気をもって一歩踏み出す。彼から教えてもらった魔法の言葉を心の中で呟きながら、彼女は立ち上がる。

 

 

「OKマム。世界最後のステージの幕を上げましょう」

 

 

 少女は決意した。これより世界は震撼し、激動する。世界には変革という嵐が訪れ、そして――

 

 

『ああ、彼からの伝言です』

「ユーゴから?」

『今日の晩御飯は奮発しようと思うけど、何かリクエストある? だそうですよ』

「まったく、こんな状況でも変わりないのね、彼」

『…それが、彼の強さなのかもしれませんよ? マリア』

「知ってる。…そうね、ケータリングで美味しそうなものは確保してるけど、ちょっと野菜が多いから――ハンバーグにでもしましょうか?」

『分かりました。そう伝えておきます』

「ええ、お願い」

 

「やった、今日の晩御飯はハンバーグー!」

 

 

 少女の晩御飯のハンバーグの上に、チーズが乗った。




次回のネタバレ

「てめぇ、卑怯だぞ!!」
「何とでも言え、私とて世界を救わねばならん」


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彼とF.I.Sととっきぶつ

 ライブの熱気は凄まじい。ここに立っているというだけで心地が良い。これだけの人が希望を持ち、生きている。これほどに熱い命の迸りがこの世界にはあるのだ。それを失わせるなんて、そんなことをさせるわけにはいかない。何よりも、自分たちに力を貸してくれている所長たち研究所の人々や、帰りを待つ子供たち、そしてなにより、彼のためにも、ここに宣言しよう。

 

 あ、でもそうなると風鳴翼ともう一回ライブ出来なくなるわね…うーん、悩ましい。

 

 一回のデュエットであるが、それだけでも風鳴翼の実力は理解できた。彼がファンになるのも頷ける。儚い歌姫のような容姿から放たれる、鋭く力強い歌声。隣で歌っている自分ですら思わず聞きほれそうになった。これは今度彼からCDを借りなければいけないかもしれない。そんなことを考えつつ、マリアは次の台詞を思いだす。

 

 ノイズの出現に慌ただしく逃げようとする民衆に放った言葉、狼狽えるな。それは歌姫としてのマリアの圧倒的な雰囲気によって瞬く間に浸透し、今観客たちは微動たりともしていない。風鳴翼が動くよりも先に、まずはこのインパクトに重ねるように新たな衝撃をぶつけることにしよう。

 

 マリアは西洋の直剣をモチーフにしたマイクを大きく頭上に向かって投擲、同時に声高らかに歌を紡ぐ。

 

――Granzizel bilfen gungnir zizzl

 

 それは聖詠。聖遺物――シンフォギアを起動させるための聖なる詩。

 

 同時に展開されるシンフォギア。漆黒の鎧と闇夜のようなマント。黒と朱の耳当て。それはどこか立花響や天羽奏の身に纏うシンフォギア、ガングニールに類似した特徴を持っている――否、ガングニールそのものだ。

 

 何故マリアがガングニールを!? 親友と大切な後輩の身に纏うモノと全く同じモノを見に纏う彼女に、風鳴翼が言葉を失う。

 

 シンフォギアを纏ったマリアは、上から降ってくるマイクを見ることなく見事に掴み取り、くるりとバトンを回すように一回転させて口元へともっていく。ちなみに、内心はドヤ顔ガッツポーズである。あとでユーゴに自慢してやろうと考えつつ、マリアは世界に宣戦布告した。

 

 

「私は――いえ、私たちはフィーネ!! 終わりの名を持つ者!!」

 

 

 彼女は宣言した。これでもう後には退けない。

 

 F.I.Sの研究施設は爆破した。施設に居た研究員、子供たち全員で協力しての壮大な花火大会。その際に調と彼がノリノリで鋼鉄の竜を駆り、レヴォリューション・レザルト・バースト、ゴレンダァ!! などと叫んだせいで被害は倍々になってしまったりするが、まあ兎に角もう彼女たちに帰る場所は無い。保存された研究データ以外は全て物理的に吹き飛んでしまったし、レセプターチルドレンである子供たちもレックスたちの力で今頃政府が手を出せないようになっているはずだ。

 

 しかし、あとは何を言えばよかったか。そう言えば残りはアドリブで何とかしろとか言っていたような…。そうなると何か欲しいもの――そうだ。

 

 

「私たち武装集団フィーネは、各国政府に要求する――差し当たってはそうだな。国土の割譲を求めようか!」

 

 

 うーん、どうせなら悪っぽく世界を要求した方が良かった? いや、突き詰めれば世界なんて必要じゃないし、私が欲しいのは、子供たちが安全に暮らせる場所と、もう一度皆で笑顔で暮らせる場所。現在この世界に損な場所は存在しない。であるならば、自分たちが穏やかに暮らすための場所が欲しい。

 

 

「馬鹿な…」

 

 

 茫然と声を上げる翼。当然だ。二十四時間以内に要求を飲めない場合は各国の首都にノイズを送り、その機能を完全に停止させるという手段は正しく本物。だが、その要求はあまりにも幼稚だ。

 

 そんなもの通るはずがない。

 

 

「どこまでが本気なのだ…」

 

 

 彼女が底知れない。歌姫マリア、その本質が見えてこない。

 

 先程まで共に歌い、絆したはずの歌姫がこうして世界に仇成す者となっていることに、まだ思考が戦士のソレへと変化しきれていない翼はついていけない。そんな彼女に、マリアが語る。

 

 

「私が王道を敷き、私たちが住まうための楽土だ。素晴らしいと思わないか」

 

 

 その姿、正しく女王、否、戦乱の時代を生き、戦で各地を制圧する冷血たる女帝。翼は戦慄する。本気だ。この女の目は本気の目だ。本気で世界を獲りに来ている。これだけの圧力、このままでは会場の観客が彼女たちの使役するノイズによって攻撃されるのも時間の問題。

 

 だが、それでも彼女はシンフォギアを纏うことが許されなかった。

 

 風鳴翼。現在の彼女は日本国防衛の要たる防人の一族の末裔、風鳴翼ではなく、日本が誇るトップアーティストである風鳴翼だ。三か月前のルナアタック、月の落下を阻止したことでシンフォギアの情報と聖遺物の解析、櫻井理論の提示こそ行われたが、その奏者の情報はトップシークレット。日本は決して奏者のことで口を開くことは無かった。

 

 その為、カメラによる世界中継が行われているなかで彼女がシンフォギアを身に纏うことはできないのだ。

 

 しかし、このままではじり貧。自慢の後輩たちがこちらに向かってきてはいるものの、到着までに事を起こされたら全て終わりだ。

 

 翼が大きく息を吸う。紡ぎ出される聖詠――が、それを彼女の耳につけられたインカムから響く声が静止する。風鳴の一族に近しい忍の家系である緒川家の嫡男であり、風鳴翼のマネージャーである緒川慎次の声。彼は言う、風鳴翼の歌は決して戦うための歌だけではない、と。彼女の歌には人々を癒し、勇気づける力があるのだ、と。

 

 それを聞いて聖詠を止める翼。

 

 そうだ。ここでシンフォギアを展開して彼女と戦うのは容易い。だが、観客の命、そして自分の歌女としての人生はそこで終わってしまう。しかし、このままで居られるはずもない。

 

 そんな彼女の葛藤を知ってか知らずか、マリアが彼女に向かって声をかける。

 

 

「あら、纏わないのね。まあそうよね。貴女だって自分の身は大切でしょうし――」

 

 

 でも、

 

 

「その程度の覚悟でステージに立つなんて、高が知れるわね。それとも、侮っているのかしら、防人さん?」

 

 

 こちらが動けないことを分かっているかのように、嘲笑うように言う。

 

 

「何と卑劣な…」

「何とでも言いなさい。私たちとて世界を救わなければならないの」

「何?」

 

 

 眉を顰める翼。だが、マリアはあくまでも不敵な姿を崩さない。

 

 防人。古くから日本防衛にその命を捧げてきた武家の一族。しかし、今の彼女は只のアーティストの風鳴翼。日本を守るための剣たる風鳴一族の風鳴翼ではない。彼女はそこを突くように話を続ける。

 

 

「ねえ風鳴翼? 今の貴方、くすんでるわ」

「くすんでいる?」

「いえ、くすんでいる何てモノじゃない。今の貴方は防人ですら、いいえ、歌女ですら無いわ!」

「っ、何を!!」

「そうでしょう? 現に貴方は動くことも、歌うこともできない」

 

 

 歯噛みする。彼女のいうことは正しい。守るべき人を人質にとられ、自分はその力を振るうことすら許されない。

 

 だがしかし、と彼女は直剣型のマイクを構える。シンフォギアを纏えずとも、風鳴翼は歌女であり防人だ。自分を信じて駆ける人が居る。自分を助ける為に急ぐ仲間が居る、それに――

 

 

「防人と歌女、どちらでもファンだと言う者も居るのでな…」

「? どういうことかしら」

「この程度で私が鞘走ることを躊躇うと思ってか、ということだ」

 

 

 彼女の瞳に宿るのは闘志。剣のように鋭く、巨鳥の羽ばたきめいて力強いそれを見たマリアは、フッと笑みを溢すとマイクを持ち直し会場中に響き渡る様に言った。

 

 

「よろしい。ならば先程から立ちっぱなしのオーディエンス諸君にはここで退室してもらおう!!」

「な、どういうことだ!?」

 

 

 ここで人質である観客を退場させる。要求すら通っていない現状でそんなことをするということは、単純にこの場で彼女たちフィーネが持つアドバンテージの殆どを失うということに他ならない。

 

 何故だ。何故そんなことをする。彼女の意図が全く掴めずに混乱する。だが、宣言の後に翼の方へ向き直るマリアの表情を、その内側に宿るモノを見て、翼は納得した。

 

 彼女の瞳の奥にあるのは、熱く燃える炎。成し遂げるという鉄の意志と鋼の強さ。そしてその奥に見える、自分と似た雰囲気。なるほど、そういうことか。言葉では言い表せないが、彼女は今確かにマリア・カデンツァヴナ・イヴと言う女性がどういった存在であるかを理解した。

 

 

「なるほど、ガングニールを纏えるだけの武士ということか」

「さっきまでガングニールであるものか、などと言ってくれてたけどどういう心境の変化かしら?」

「貴女にも貫くモノが在るのだと、そう感じただけさ」

「…ふふ、お墨付きどうも」

 

 

 微笑むマリアと翼。互いににらみ合っている状況であるにも関わらず、その瞬間だけはとても穏やかな雰囲気が流れる――と、マリアのヘッドセットに通信。声の主はナスターシャ教授だ。人質を解放したことに関して何か言われるだろうな、などと考えながら通信に応じるマリア。

 

 

『人質を解放した以上、政府に対する脅迫は効果を失います。最善が無くなった以上、作戦目的をネフィリムの起動に変更。これが失敗したらハンバーグ抜きにします』

「…え?」

『どうしました、マリア』

「え、その、ハンバーグは勘弁してほしいけど――ってそうじゃない。怒らないの? マム」

 

 

 自分は当初の作戦とは全く別の行動をしてしまった。観客を傷つけると言う行為を恐れ、また風鳴翼との勝負、否、日本のシンフォギア奏者との対決を望み、行動した自分を糾弾しないのか。尋ねるマリアに、ナスターシャははぁ、と溜息を吐きながら説明した。

 

 

『彼のプランMの通りですからね…』

「プランM?」

 

 

 何だそれは、聞いたことが無い作戦に、マリアが首を傾げる。

 

 

『作戦プランマリア。マリアの行動を予め想定した作戦です。今回の作戦はプランA、BにMを加えた三種類の作戦で構成されています。…彼の予測通りの行動をしていて、私は驚くばかりです』

「…そうなると、これからの動きは?」

『切歌と調が既にそちらに待機しています。また、彼も待機している――のですが』

「ですが?」

『メサイアをこちらに持ってきた後すぐに「マリアと翼のデュエットなんて一生に一度あるかどうか、ちょっとライブ見てくる!!」とか言って会場に行きましたから、恐らく観客席に居ると思いますよ?』

 

 

 マムの言葉に思わず観客席の方を向く――居た。

 

 観客席の最上部。そこでぶんぶん振られる輝く白のサイリウム。ガングニールによって強化された視覚の中に、サイリウムをぶんぶん振り回す明らかに怪しい黒ずくめの存在がぼんやりとだが見える。この状況でサイリウムを振り回しているものだから、あの周囲だけ観客ともども奇妙な雰囲気になってしまっている。思わず頭を抱えそうになるのを何とか抑える。まあ、何にしても良いと言われたのなら、やれるところまでやってやろう。

 

 

「さて、私たちの舞台は整ったわ…」

 

 

 ライブ事件、そしてリディアン音楽院襲撃事件を経て、日本のノイズ発生時の避難対策は世界でも類を見ないレベルの物となっていた。

 

 それに加えて、今回はマリア・カデンツァヴナ・イヴと言うカリスマによって観客が恐慌状態に陥ることが無かったことによる迅速な避難。十数分で避難を完了した会場には、現在風鳴翼とマリア・カデンツァヴナ・イヴの二人のみ。先程まで観客席でサイリウムをぶん回していた遊吾・アトラスも何処かへと消えていた。

 

 

「風鳴翼、一つ聞きたいのだけれど」

「…何だ?」

「踊りは好きかしらッ!!」

 

 

 言葉を放つのが早いか、マリアが翼に向かって直剣の切っ先を突き出した!!

 

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 

「探している子は見つかりました?」

「申し訳ない…」

 

 

 マリアが翼と剣戟を交わしている頃、観客席に居た遊吾はと言うと――小日向未来と行動を共にしていた。

 

 マリアと翼。自称彼女たちの一番のファンである彼にとって、そのデュエットは聞き逃す訳にはいかず、どうせならこの機会にとライブ会場へ潜入。ちゃっかり二人のグッズなんかも買い込みつつライブを楽しんでいた。

 

 プランの通り、マリアの宣戦布告の言葉と共にノイズが出現。流れはこちらに傾いていたのだが、やはり彼の予想通りにマリアは観客を開放した。こうなってくると観客席に居るのは拙い。どうせ後で合流する手筈なので問題はなかったのだが、一斉に観客が動いたこともあって合流する予定の切歌と調と合流することが叶わず、仕方なく彼はこっそりと観客席に残ることを選択。既に人が居なくなっているであろう特別な招待客のみが入れるVIPルームの方へと向かったのだが、そこで小日向未来とその友人三人とばったり鉢合わせしてしまったのだ。

 

 全身黒ずくめかつ、顔をターバンのような布で覆い隠し、さらにサングラスで目元を、フードで頭を隠す男なんて不審者を通り越して変態も良い所なのだが、そんな不審者である彼の、知り合いの女の子二人とはぐれてしまって探しているんだ。という言葉を未来は真摯に聞いてくれ、なんと自分も一緒に探してくれると申し出てくれたのだ。

 

 無論、不審人物と二人の時点で危ないし、もしも待機しているノイズが動いたら大変なことになる。更に言えば切歌と調の二人と合流してそのまま移動する手筈なのに、そこに彼女が居たら色々と都合が悪い。そう考えて最初は彼女の申し出を断ろうとしたのだが、彼女から感じた想いを汲んで、彼は彼女と一緒に二人を探すこととしたのだ。

 

 

「早く見つけないと!」

「大丈夫です。二人とも強い子ですから」

 

 

 未来の表情には焦りが見える。だから彼は、焦って怪我をされたら私や彼女たちが悲しみます、と落ち着かせるように彼女の頭を撫でてやる。

 

 未来の焦り、その原因は分かり切っている。立花響、そして遊吾・アトラスが巻き込まれたあのライブ事件。あの日彼女は家庭の事情によって約束のライブにどうしても行くことが出来なかった。その為彼女はライブ事件に巻き込まれることは無かったのだが、その代わりに響は入院生活を余儀なくされ、遊吾はノイズとなって姿をくらませなければならなくなった。

 

 何故あの時自分はライブ会場に居なかったのか。その思いは彼女の心に暗く深い傷を残し、結果、彼女は響のことを過剰に守ろうとするようになった。立花響に対しての、ある種盲目とも呼べる献身的な姿勢はそれが原因だ。これは立花響にも言えることであり、二人は共依存のような関係となりつつ今まで生きてきたのだ。ちなみに、遊吾・アトラスにも二人のこの姿勢は向けられている。

 

 そういった原因で彼女は焦っているのだろう。過去のライブ事件のようなことが起こってしまうのではないか。響と同じような目にあう人が出てくるのではないか。

 

 

「え? あ、あのー」

「おっと、申し訳ありません。探している二人も貴女くらいの歳なものでして…」

 

 

 癖でこうしてしまうのですよ、と苦笑して――とは言え顔が全く分からない黒ずくめ姿なので当然相手には見えないのだが――見せれば、彼女はいえいえと首を振る。

 

 

「探している子は、貴方の妹さんなんですか?」

「そうですね……血こそ繋がっていませんが、そうであれば、と考えています」

 

 

 それは事実だ。サテライト時代から出会う人物の殆どが年上であった彼からすれば、同世代か一歳程度違う切歌と調は妹のようなものである。彼に妹という存在がいたことが無いため具体的に兄妹出来ているかと言えば微妙であるが、それでも彼はF.I.Sを一個の家族と捉え、二人の兄であれたらと思っていた。

 

 そんな彼の様子を見て、未来は自分の直感が間違えていなかったことを確信する。

 

 流石の未来と言えども初めて見た時はこの黒ずくめの男は何と怪しいものかと思ったものだが、その後の丁寧な対応、そして静かな口調の中に感じる確かな焦りなどから彼が決して悪い人間でないのではないかと考えていたのだが、今の彼の優しい口調にやはり優しい人だと確信を深めていた。

 

 そんな二人に向かって、大きな声。二人が立ち止まって声の方を向けば、廊下を走ってこちらに駆け寄ってくる金髪の少女の姿と、その少女に手を引かれる黒髪の少女の姿。

 

 

「ゆー! 迷子になったら迷子センターに行けとあれほど言ったじゃないデスか!!」

「迷子、ダメ、絶対」

「…お前らの中じゃ俺が迷子になってんのかよ……」

 

 

 駆け寄ってきた金髪の少女、切歌の頭に手刀を喰らわせつつ、彼は未来へと向き直る。

 

 

「小日向未来さん。探していた二人が見つかりました。ここまでありがとうございました」

「あ、いえいえ。良いんですよ私は別に何も…」

「いや、違うデス! 家の不審者がとってもお世話になったデス!」

「変質者の監視、ありがとう」

「お前らなぁ…」

 

 

 いやまあ俺の格好大概不審者だけど酷くね? 顔に手を当ててやれやれと首を振りながら、彼は二人に声をかける。

 

 

「さあ二人とも行きますよ」

「全く、ユーが迷子のせいで約束に遅れちゃったデス」

「減らず口を叩くのはこの口か? このデスデス娘!!」

「止めてユー。切ちゃんは語尾にデスを付けないとキャラが薄くて大変なんだよ」

「調!? ちょっと酷いで――いひゃいいひゃい!?」

 

 

 騒ぎながら去っていく三人をの背中を、嵐のような人達だなぁと見送った未来。自分も急いで避難しなきゃ、と歩き出そうとするのだがそこで自分の手に、達筆で小日向未来様と書かれた白い封筒が握られていることに気づき思わず立ち止まる。

 

 さっきまで手ぶらだったのに…。いつの間にか握っていた封筒を怪しみつつ開封する未来。そこから出てきたのは、一枚の便箋と一枚の黒いカード。

 

 

『今日は本当にありがとうございました。お礼と言っては何なのですが、私の国に伝わる伝説の、願いを叶えるカードをお受け取りください』

 

 

 そう書かれた便箋。願いが叶うカードとはこの黒いカードのことだろうか? 表も裏も黒曜石めいて透き通った黒い色のカード。願いを叶えるなんてそんな凄い代物には見えないが、お礼、ということだしお守りにでもしておこう。カードをポケットに仕舞い込むと、彼女は改めて避難のために歩き出すのであった。

 

 この時渡された黒いカードが後に更なる波乱を巻き起こすことになることを、まだ誰も知らないでいた…。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

「聞けッ!! 防人の歌をッッ!!」

 

 ステージ上で二人の歌女が舞いを舞っていた。

 

 白と蒼の剣が煌めき、黒の衣が優雅に舞う。壊れた月をスポットライトとして、シンフォギア奏者が鎬を削りあっていた。

 

 世界中に放送されていたライブ中継が遮断されたのだ。これによって翼はシンフォギアを纏うことが許され、マリアと真っ向から対決しているのだ。

 

 黒のガングニール、マリアと、白と蒼の天羽々切、翼。戦況は多彩に技を放ち、相手を防戦一方とさせている翼に分があると思われていたが、実際はそうではない。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 翼の天羽々切のアームドギアが展開、形状を刀から片刃の大剣へと変形させる。撃ち放たれるのは数多くの敵を打ち払ってきた一撃。彼女が最も得意とする技、蒼ノ一閃。稲妻のような蒼い斬撃がマリアに向かって迫る。

 

 が、それは漆黒の外套によって包み込まれ、あらぬ方向へと受け流されていく。

 

 ならば、と彼女がアームドギアを剣と変えて近接戦闘へと持ち込む。だが、これもまた彼女の体捌きと繰り出される伸縮自在の外套によって見事にいなされ、距離を引き離される。

 

 

「どうしたのかしら? 防人の刃とはその程度なの?」

「くっ、この程度でなめてくれるな!!」

 

 

 再度彼女が刃を携えマリアに迫る。がしかし、如何なシンフォギア、無双の剣たる天羽々切であっても――

 

 

「刃が届かなければ意味は無いし――」

「また!?」

「刃が立たなければどうということは無いッ!!」

 

 

 その切っ先が標的に届かなければ切ることは叶わないし、仮に刃が届いたとしても、その刃筋が対象物を捕らえていなければ切断することは出来ない。

 

 アームドギアが外套に時に柔らかく、時に硬質化されて受け止められる。

 

 全ての物体は、分子、原子の集合体である。刃物を用いて物体を切断する場合、それらの繋がりの間に的確に刃を通す必要がある。実際のところはそんな細かいことを考えなくても物体は切断できるものなのだが、ガングニールの外套は主の意志を反映し、それを行わせない。

 

 簡単な話だ。空中をヒラヒラ舞う木の葉を刃物で切ろうとすれば、大抵切ることは出来ずに押すだけになってしまうし、硬い物を刃物で切ろうとしても、刃を入れるときに角度が斜めではそのまま表面を滑って行ってしまう。

 

 

「まったく、そんなことじゃあ歌女失格ね」

「私は歌で勝負している。それに、自慢ではないが盆踊りとやっさいもっさいくらいしか踊ったことが無いのだッ!!」

 

 

 歌を高める。こうなれば一撃必殺を狙うまで。腰のスリットが展開され、内部から二本の剣が撃ち出される。翼はそれを掴み、柄の尻を組み合わせる。その姿は宛ら両刃の槍。

 

 

「何!?」

「推して参るッ!!」

 

 

 高速回転する両刃の刃。脚部スラスターが展開、ホバークラフトのように地表を飛翔する。

 

 同時に翼が片手で印を結ぶ――燃え上がる刃。スラスターが爆発的加速を生み出し、火炎の苛烈さと疾風の如き速さを合わせた必殺の一撃がマリアを襲う。

 

 風輪火斬!!

 

 

「ぐぅ!?」

「話はベッドで聞かせてもらおう!!」

 

 

 勢いをそのままに反転。返す刃が再度マリアを襲う――ッ!!

 

 

「悪いけど――」

 

 

 同時に響く歌。瞬間、翼は彼女が歌を歌っていないことに気がついた。シンフォギアを展開する聖詠以外、先の攻防からマリアは一切歌を歌っていない。シンフォギアの力たるフォニックゲインを発生させるための歌を。

 

――Kort el fes Gungnir

 

 

「私のベッドは先約が居るのよッ!!」

 

 

 外套が高速展開。翼の刃と激突する――が、それも一瞬。外套はものの見事に炎によって引き裂かれるが、振りぬいた先にマリアの姿は無い。

 

 ゾクリ、背筋から凍えるような感覚。翼の視界の端、袈裟に振りぬかれた刃の反対側に彼女は居た。しゃがみ込むような姿勢と腰に引き絞られた右の拳。次に来る衝撃は彼女も良く知る一撃。

 

 烈ッ!!

 

 踏み込み、腰の捻り、全てを込めた右ストレートが翼の無防備な腹に突き刺さる。そのまま押し込み、吹き飛ばす。

 

 

「がはっ!?」

「てめぇええ!!」

「翼さん!!」

 

 

 同時に上空から響く声。ヘリから降下してくる赤と橙色の光。

 

 雪音クリスと立花響だ。雪音クリスは迷いなく魔弓・イチイバルのアームドギアを展開。ガトリングが高速回転を開始する。

 

 コンマ数秒の後に弾丸の雨がマリアに向かって降り注ぐだろう。だが、マリアには確信があった。そんな雨は届かない、という確信が。

 

 

「ぐぅ!?」

「クリスちゃん!? うわ!?」

 

 

 突如として飛来した座席が上空のクリスを撃ち落とす。そして響もどこからともなく飛んできた円盤に防御を余儀なくされた。

 

 着地。防御態勢をとりながら即座に翼の元へと向かう二人。

 

 

「翼さん、大丈夫ですか!?」

「ああ、何とか…だが、気を付けろ二人とも。マリア・カデンツァヴナ・イヴは――」

 

 

 強い。それまでの戦況が分からないが、翼がステージの端で膝をついていた時点で何となく察しはつく。

 

 クリスはその言葉を聞いて油断なくガトリングを構える――が、それに反して響はどこか躊躇しながら拳を構えた。

 

 相手は奏者、ルナアタックを止めた英雄である三人。だが、マリアは余裕を崩さない。

 

「そちらは仲間が増えたみたいね。けど、残念ながら貴女たちのバトルフェイズは終了しているわ」

「どういうことだそりゃ!!」

 

 

 クリスが吠える。同時にステージに降り立つ新たな影。

 

 一人は赤色の、機械仕掛けの少女。もう一人は、緑色の、死神少女。そして――

 

 

「ふはは、特異災害対策機動部二課よ! ここからが本当の勝負!!」

 

 

 両手両足を振り上げた見事なフォームで、観客席から飛び出してきた黒ずくめの変質者。

 

 四人が並び立ち、中心のマリアが一歩前に出て堂々と宣言する。

 

 

「ここからは、私の――いえ、私たちのターンよ!!」

 

 




次回予告

「フィーネ決起の最終章の幕開けだ!! F.I.Sの本当の力を見るが良い!!」
「なんだと!?」


ねんがんのしんふぉぎあらいぶDVDをてにいれたぞ!!


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彼と装者たちの戦い

「何者だテメェ…」

 

 

 野生の猫のように警戒心を露にしてガトリングを遊吾に向けるクリス。

 

 後ろで響が何か言っているがそんなことは気にしていられない。こいつはヤバいと彼女の本能が警鐘を鳴らし続けているのだ。

 

 全身黒ずくめの――体型からして恐らくは男。シンフォギア奏者たちの中にあるその存在は、あまりにも異質で異常な存在であった。

 

 

「そんなに睨まないで下さい。恐ろしくてたまりません」

「ハッ、観客席をあたしらにぶん投げた野郎が良く言うぜ」

 

 

 座席が飛んできた際、イチイバルはその性質上、他のシンフォギアよりも視野が広くなっている。そのため、彼女は捉えていた。観客席の通路、そこでいくつかの座席を大きく振りかぶる黒ずくめの姿を。

 

 座席をぶん投げるなんてどんな力をしてやがる。背格好もあいまって彼の事を警戒せざるを得ない。F.I.Sの三人の前にたつ黒ずくめの男、遊吾。

 

 こちらを警戒する三人を見て、ふと懐かしいという感覚にとらわれた。

 

 そういえば、最初自分は三人と敵対関係にあったな、と。ノイズとなり生き抜いた二年。そして響が覚醒して始まった激動の数ヵ月。あれを越えて、今三人は共に戦う仲間となり、自分は再度敵として立ち塞がっている。

 

 

「何が可笑しい!」

「おっと、申し訳ありません。少し、ね」

 

 

 思わずクスリと笑ったのが聞こえたのだろう、翼の鋭い言葉に両手をあげて謝罪する。そしてそのまま彼は手を腰に当て、執事のように恭しく三人に向かって一礼。

 

 

「申し遅れました。私の名は、ユー・トイルイ・テッシ。長たらしい名前ですから、親しみを込めてユーと呼んでください」

 

 

 あまりにも分かりやすい偽名。だが、それで良い。これでやりたいことは出来る。この言葉をしかるべき人が聞いていればこれから自分が行う行動をある程度予想して行動してくれるはずだ。

 

 名乗りで更に胡散臭くなる。これで三人は先ず戦う相手が遊吾・アトラスとは考えない。俺が仕掛ける罠にはソレが必要だ。幸い、彼女たちの知る知識、俺の過去の映像でも見せていない部分は多々ある。自分の歩みこそ見せたが、どんな存在が、どうやって戦っていたか、などは見せていないのだから。

 

 だが、アレを起動するのは中盤戦から。シンフォギアに対して圧倒的とも呼べる絶望を用いるのはもう少し待つ必要がある。

 

 

『マリア、切歌、調。ジェットストリー――じゃなかった。各個撃破狙うぞ』

『手はず通り、切歌と調はツーマンセルで動いてくれ』

『はーい、デス!』

『分かった』

 

 

 さて、これで後は三人への割り振りだが――。

 

 

「やめようよ、こんな戦い!! 今日であった私たちが争う理由なんてないよ!」

 

 

 

 響が叫ぶ。それを聞いて彼は、ある種の安心感を覚えた。彼女ならばそうする、と言う予想通りの行動だったからだ。

 

 立花響は力を恐れている。それは、過去に自分が命の危険にさらされ、さらには数の暴力という迫害を経験しているからだ。だから彼女は力を恐れ、傷つけると言うことを恐れる。

 

 だが、この場においてその考えは異端。その考えはあまりにも甘すぎる。

 

 

「傷ついたことも無い――そんな綺麗事をッ!!」

「なっ」

 

 

 調が珍しく表情を露にする。憎々しい、忌々しいと言わんばかりの、歯を食いしばり、響を見下す彼女の目。そこには計り知れない怒りが宿っていた。

 

 

「綺麗事で戦う奴の言葉なんか信じられるものかデス!」

「そんな!? 話し合えば分かり合えるよ!! 戦う必要なんか――ッ」

「偽善者…」

「え?」

 

 

 彼女たちは幼少期から現在に至るまで、レセプターチルドレンとして施設の中で育ってきた。彼女たちは国が利用価値の無くなった自分たちを消そうとしていたことを知っている。それをさせないための今回の作戦であることも。だが、そのせいで彼女たちは帰る場所を、帰る家を失った。マリアだって、隠された森の中の家はあるが、帰ることは許されない。

 

 

「この世界には、貴女のような偽善者が多すぎるッ!!」

 

 

 彼女たちは安らぎを捨ててこの場に居る。そんな彼女たちからすれば、甘っちょろい理想を語る響が気に食わなかったのだろう。敵対心むき出しで次の瞬間には飛び出しそうな二人に対し、彼がそっと手を挙げる。

 

 止めろ。彼の思いを汲んで渋々といった風に武器を下げる切歌と調。

 

 

「…話し合い、ですか?」

「はい。話し合えば分かりあえると思うんです! だから!!」

「なるほど。では、話し合いに応じましょう」

「本当ですか!?」

「ええ」

 

 

 この場での話し合いには応じよう。まあ、応じるつもりはないのでとりあえず精神を潰す。

 

 立花響の一番の強みは、ガングニールによる一点突破の性能の高さではない。フォニックゲインを束ねるという能力もあるが、そこも違う。

 

 彼女の人間性によって起こる、士気の上昇。それが立花響の一番厄介な部分だ。太陽が昇るように、彼女が調子をあげればあげるほど、仲間たちは士気を上げていく。これは、歌が戦闘能力に直結するシンフォギア装者にとってとても効果がある。

 

 奏者の気持ちの入りようでシンフォギアはいくらでも強くなる。故に、彼女は先に潰しておく必要があるのだ。しかし、彼女自体の戦闘能力は高い。ならばどうするか。簡単な話だ。

 

 

「ですが、何を話し合うというのです?」

「え? それは、何で私たちが争わなきゃいけないのか、とか」

「争う理由? 私たちがテロリスト、悪であり、貴方方が政府の側――つまり、世間一般で言う正義である。これが理由ではありませんか?」

 

 

 そうだ。争う理由なんてそんなものだ。信仰している神が違う、好きなモノが違う。争いの理由なんてそんな傍から見たら下らないようなもの。

 

 

「それに、立花響さん? 貴女はここに降下する際に何をしようとしていましたか?」

「え? 何って、それは――」

「そう、貴女は風鳴翼の援護をするために拳を振るおうとした。つまり、この時点で貴女は私たちを叩きのめそうとする意思があった。そんなことをしておきながら貴女は話し合いを、という。随分とおかしなことをおっしゃりますね」

「でもそれは――」

「風鳴翼を助けるためであった…。ならばこちらも、仲間を助け、事を為す為に貴女方に刃を振りかざします。さて、他に何か言うことはありますか?」

「あ、う…」

 

 

 彼女の支えを粉々に砕いてしまえばいい。幸いなことに彼女の脆い面に、先程の調と切歌の言葉が突き刺さっている。振り切れた時の響ほど怖いものは無いが、逆にメンタルをボロボロにしてしまえば彼女は立ち直るのにとても時間を有する。

 

 振り子のようにグラグラと揺れる心。屁理屈を押し付けて、状況に追いつかれる前に、そのまま押し潰す。

 

 

「話し合いなんて、均衡していて初めて成立するものです。ですが、私たちと貴女方では力が違う。だから私たちはこうして武力を用いて世界に訴えているのですよ。だから、貴女の言葉なんて――」

 

「私たちには届きません」

 

 

 真正面から言ってやる。明らかに揺れた。彼女の身体がグラつく。これで良い。瞳の光が弱まっていることを確認する。こうなったら最早使い物にはならないはずだ。

 

 

「ですが――」

 

 

 彼が動く。野獣のように大地スレスレまで身体を縮めてからの加速。縮地、そう呼ばれる技法とよく似た、瞬間的に身体をトップスピードへと跳ね上げる技術。

 

 彼女の懐に潜りこんだ彼は、そのまま彼女の首を掴んで思い切り持ち上げる。細い、細い首。身体は重いが軽く、筋肉がついているとはいえ若い女性らしい華奢な身体。俺が傷つくなんてのは錯覚だし、仮に傷ついたとして、それは違う。そうだ。俺は自ら捨てるという選択をしたのだ。それなのにこんなことを考えるなんて、どうかしてる。

 

 

「その理想は尊いもの。その想いを貫けるのであればあるいは、と言ったところでしょうか」

「立花!!」

「っこの腐れ外道がッ!!」

 

 

 クリスの射線に彼女の身体を置く。これだけで彼女は撃つことができなくなった。自分の身体が翼に晒されるが、首を鷲掴みにしている以上翼も動くことは出来ない。

 

 苦しみ、もがく響。苦悶する表情にどこかクルものを感じつつ、彼は言葉をつづける。

 

 

「その想いを貫きたければ、拳を振るいなさい。貴女のハートを最短で、一直線に伝える為にはソレしか手段はありませんよ」

「あぐっ!?」

 

 

 そうだ。もう元へは戻れない。振り出しへは戻れない。だが、やろう。決めたのだ。たとえ何があってもマリアたちを見捨てない、と。この世界で繋いだ絆全てを失っても俺は成し遂げる。異世界人というこの世界に存在しない者であるということを利用した計画。ノイズ襲撃から行われている圧倒的なマッチポンプを。

 

 

「さあ――」

 

 

 覚悟を決めろ!!

 

 吠える。太陽の光も、陽だまりも、翼の羽ばたきの奏も安らぐ雪の音も、何も要らない。それらをコストとして自分は為す。自分に出来る最高の友情ごっこを。

 

 響を翼に向かって投擲。同時にクリスに向かって駆け出す遊吾。

 

 

『調と切歌は翼を! マリアは響を任せる!!』

『了解デス!!』

『分かった…』

 

 

 彼の無線に応えて響を抱える翼に斬りかかる二人。だが、マリアからの返答は無い。

 

 

「くそっ、近いんだよ!!」

「それはすまないね。近づかないと攻撃できないもので」

「こなくそッ!!」

『ねえユーゴ』

『どうした?』

『…いえ、何でもないわ。ハンバーグよろしくね!』

『もう仕込みは済ませているから安心しろ!!』

 

 

 クリスは接近戦闘が苦手だ。風鳴司令や翼から何度か指導を受けているところを目撃しているものの、結果的に彼女のシンフォギアの性質上近接戦闘はやはり難しいということで結論が出てしまった。アームドギアを小型拳銃型にすることで弱点を補おうということになったのだが、彼の速度と打撃力が、彼女がアームドギアを展開することを許さない。

 

 抉り込むようなボディブロー。堪らずたたらを踏むクリス。その隙は逃さない。引き絞られた弩の如く打ち出されるストレート。吹き飛ばされたクリスはそのままスピーカーに激突して停止。

 

 

「くそっ、好き勝手やりやがってッ!」

「フンッ」

 

 

 追撃の振り下ろし。横っ飛びに回避したクリスはそのままアームドギアを変形させる。ガトリングでは隙が大きいことを考えての弩の形態。赤いフォニックゲインの矢が形成される。

 

 よくもやりやがったな! 彼女が狙いを定める――が、そこにはスピーカーに拳をめり込ませたまま腕を振りかぶる黒ずくめの男の姿。

 

 

「馬鹿力かテメェ!?」

「おおおお!!」

 

 

 打ち出されるスピーカー。空中機動が不可能である以上撃ち落とすしかない。

 

 連射。雨霰と降り注ぐフォニックゲインの矢によってスピーカーは空中で鉄屑と成り果てる。クリスが急いで彼のいた場所を確認するが、そこに彼の姿はない。

 

 

「どこ――上!?」

「ハァッ!!」

 

 

 月が陰る。上を向けば、そこには拳を振りかざす彼の姿。スピーカーと共に空へと跳んだ彼は、投げた勢いを利用して更に上へと飛び上がったのだ。

 

 防ぐしかない。腕を交差させると同時に打ち出される拳。まるでトラックにでもぶつかったような衝撃と共に彼女の身体が地面に叩き付けられる。

 

 

「ガッ!?」

 

 

 衝撃で肺の中の空気が全て抜ける。チカチカと明暗する視界。目の前が暗くなりそうになるのを、なんとか気合いで持ち直す。

 

 全身に力を込めて立ち上がる。大きく息を吸い、歌を歌い直す。身体の調子を確認。痛む部分は多いがまだまだ戦える。しかし、と彼女は考える。

 

 黒ずくめの男は強い。強いのだが、これは強いだけではない。こいつは自分の、いや、自分達の動きを全て把握している。自分の行った攻撃、そして回避行動が全て失敗していることから、この襲撃のために恐ろしいほどに自分達のスタイルを研究したに違いない。

 

 そして同時に考える。

 

 

「さて、まだまだ戦えますよね? 英雄さん?」

「ちぃっ」

 

 

 彼の戦闘能力なら自分に止めをさしていてもおかしくはないはずだ。事実、先程地面に叩きつけられた時など絶好の攻撃のチャンス。それなのに攻撃しなかったのは何故だ。

 

 そこには何か作戦があるのか、それともこの男が自分に手加減するような理由があるのか。一筋縄では行きそうにもない相手に、彼女は額から流れる汗もそのままに、どうやって相手をするか考え始めるのであった。

 

 

 

「ハァ!」

「くっ!? 届かせないかッ!」

 

 

 大鎌を弾き、剣を振るう。だが、それは届かない。

 

 最適な距離の取り方だ。鎌と剣、リーチの差を活かして翼の攻撃を届かせない。それどころか、鎌という実戦に向かない武器でよくここまで戦えるものだ。

 

 翼は切歌の動きを的確に捌く。彼女と切歌の単純な実力は、明らかに翼の方が上。現に遊吾の強襲以降彼女は目立ったダメージを負っていない。

 

 しかし、同時に彼女も二人にダメージを与えていないのだ。

 

 

「これで――ッ!? またッ!?」

「遅いッ!」

「その隙もらったデス!!」

 

 

 彼女が距離をとる。切歌の背後には誰もいない。アームドギアを展開しようとするが、それは彼女に向かって撃ち出された無数の円盤――高速回転する丸ノコが襲い掛かる。

 

 あんなものを喰らったらひとたまりもない。急いで飛び退くが、そこに飛び込んでくる緑色の螺旋――切歌の鎌を何とか受け止める。が、不安定な体勢で受け止めてしまったために彼女の身体がぐらつく。

 

 今ッ! 切歌の肩部装甲、そこに不自然に開けられた穴から炎があがる。間接各所に備えられた噴射機構が点火、彼女を緑色の竜巻へと変える。

 

 

「ぐぁ!?」

「調!!」

「もうやってる」

 

 

 弾き飛ばされる翼。切歌が名前を呼ぶよりも早く調は動いていた。

 

 撃ち放たれる二枚の大きな丸ノコ。人間の身体なんて瞬く間に切断するであろうその一撃を翼は受け止めることができない。

 

 激しい直撃音。金属を削る不快な音が響く。受け身すらとることが許されず、そのままステージの大型モニターに叩き付けられる翼。そこへ一枚目から数秒遅れて二枚目の鋸が襲い掛かる。

 

 

「ぐわぁあああ!?」

 

 

 モニターから落ちる翼。そんな彼女を見て、切歌は思わず顔を背けたくなった。

 

 この戦闘が始まる前、遊吾は言った。切歌と調のコンビネーションは、二課のどの奏者も上回る、と。

 

 彼女のシンフォギア、イガリマと、調のシンフォギア、シュルシャガナは対となるシンフォギア。中、近距離で力を発揮するイガリマと、中、遠距離の戦いを得意とするシュルシャガナ。火力と手数を互いに補い合うその組み合わせは、ずっと共にあった切歌と調という二人が使用することでより強力に作用する。

 

 さらに、切歌も調も小柄な女の子だが、リーチの問題は補われ、ついでに相手の射程外から攻撃が加えれるのだ。

 

 だが、それだけで勝てるほど二課の装者は甘くない。故に彼は彼女たちに位置取りを教えたのだ。

 

 切歌と調は無意識的に互いを補う動きを行える。ならば、連携について口出しすることはない。むしろ口出しをすれば彼女たちの動きは悪くなってしまうだろう。だから彼は二人に、戦闘の際は極力敵を背後に置けと教えた。基本としてシンフォギアの一撃はデカい。だからこそ敢えて回避行動をとった場合に仲間を誤射するような位置取りをし続けることで、装者の技を放ちづらくする。

 

 現に翼はその技のほとんどを封殺されてしまっていた。蒼ノ一閃は撃ち出しが早いものの、放った刃は物体に当たるかフォニックゲインが減少しきるまで消えることは無い。そのため、狭い戦場では誤射の危険性が上がる。彼女の新技、風輪火斬は発動までのタイムラグがあるため、二人の連携によって放つことを許されない。彼女が覚えている忍術もまた、二人が高速で動き回り、片方の動きが止まればもう片方が迎撃すると言った具合に対処されるせいで使い物にならない。

 

 立ち上がる翼。闘志は萎えていないようだが、ダメージは無視できないようだ。苦しそうな彼女の表情を見て少しだけ気が引けてしまう切歌であったが、自分たちのやるべきことを思い出して気合を入れなおす。

 

 

「調、ドンドン行くデス!!」

「うん!!」

 

 

 戦の神が振るいし、赤と緑の刃が、羽ばたく翼に牙を剥く。

 

 

 

 

「ぐっ、このッ!!」

「そんな腰の入ってない拳でッッ!!」

「ぐぁあ!?」

 

 

 響の拳が外套によって弾かれ、無防備な胴体に彼女のヒールが突き刺さる。

 

 弾き飛ばされる響。それに追随するように鋼鉄の刃の如き切れ味の外套が襲い掛かる。

 

 

「くぅっ!?」

 

 

 脚部アンカーを射出。空を弾いて体勢を立て直す響。だが、空中でアンカーを射出することは現在の形態では身体に負荷がかかり過ぎる。脚部に奔る痛みを無視して何とか外套を避けることに成功する――が、着地した彼女の目の前には、既に拳を構えて待ち構えるマリアの姿。

 

 

「ハァッ!!」

「あぁあ!?」

 

 

 拳を上げて防ぐ。何とか防御に成功するが、足元がおぼつかない。精神的なショックがそのまま身体へ、そしてシンフォギアへフィードバックされているのだ。現在の彼女は、時限式であるマリアよりも弱く、脆い。そんな彼女の姿に思わずマリアは吠えた。

 

 

「たかがその程度!? その程度で貴女はそのガングニールを、想いを貫く無双の刃を振るうというの!!」

「く、う…私は、誰かを、助けたくてッ!!」

 

 

 そう。マリアは顔を伏せる。響の構えは異常に不格好であった。日ごろの鍛錬の成果なのだろう。表面的に見ればその構えは美しく、力強い。

 

 だが、その中に力は無かった。心の篭らぬ拳。いくら想いを貫く為のガングニールであっても、彼女の悲痛な叫びを力へと変えることは出来ない。マリアが両手を合わせて握り締める。彼女の手甲が撃ち出され、それは槍となって彼女の腕の中に納まる。

 

 アームドギア、ガングニール。その名に相応しい無双の槍。彼女が歌を高める。同時に槍の穂先がドリルのように高速回転を始める。

 

 高速回転は空気を巻き込み小さな竜巻へと変化する。そして、その回転が最大限に高まった時、彼女は駆けだした。

 

 

「その程度で、その程度で彼の支えだなんて――笑わせるなッ!!」

「あっ――」

 

 ♰Spiral Spear Strike♰

 

 

 響が再度防御を固める。だが、それを身体の回転と共に撃ち出した外套が跳ね上げ、その勢いのままマリアがガングニールを叩き付ける。

 

 烈風の如き一撃。響は悲鳴を上げることすら許されず、紙屑のように吹き飛ばされる。

 

 彼女がどうなるか何て、気にする必要も無い。この程度で折れるのならば、その程度の器だっただけの話。思わず熱くなってしまった自分を諌めながら、彼女は調たちの援護に回ろうと動き出すが、その前にF.I.Sのメンバー全員に無線通信。通信の送り主はナスターシャだ。

 

 

『残念ですが、最終手段を用いります』

『…やっぱ集まらなかったか』

『はい。遊吾の持つ、フォニックゲインを回収する能力を利用しても起動に必要なフォニックゲインの62%しか確保できませんでした。それ無しでは34%。少々やりすぎたみたいですね』

『34は出来る女の数字なんだが、仕方がないか。というわけだお前ら。増殖ノイズ君をぶっ飛ばし次第撤収!!』

 

 

 会場の中央から、緑色の光が溢れ出す。

 

 そこから現れるのは、緑色の大型ノイズ。増殖分裂型だ。マリアがノイズの能力起動のために、アームドギアから光線を発射。ノイズを炸裂させると同時にわき目も触れずに退却を始める。

 

 増殖分裂型ノイズ。それは一気に殲滅しなければ、幾らでも分身を形成、その存在を増やし続ける特殊なノイズのことだ。ソロモンの杖の研究によって発覚したその存在は、攻撃を受けた場合にそれをエネルギーに変換し、新たに自分の分身を作り続けるという特殊な性質を持つ。その為、これを消滅させるには許容容量を遥かに上回る力で無理やり轢き殺すしかない。

 

 単純計算、絶唱一発分。果たして彼女たちはどうするか。原作のようにあの技で粉砕するのか。作戦プランの変更に、これからを想いつつ、彼は考える。

 

 今回の作戦。戦闘の面で言えばこちらの圧勝であるが、その内容は正直褒められたものではない。徹底的に彼女たちの戦闘スタイルを計算しつくして、メタにメタを張って叩き潰しただけである。F.I.Sの装者三人は皆適合率の低いリンカー投与の時限式奏者であることを考えれば、それでもいい戦績だが、これがいつまで続くか分からない。それほどまで正規装者と時限式装者には力の差がある。

 

 これからどうしていこうか…。そんなことを考えながら、彼は暗闇を駆けるのであった。

 

 

 

「うわー、何ですかアレ」

「あれじゃね? オーロラオーロラ」

「綺麗」

「あんな化け物と戦わないといけないわけ…」

「マリア。響は化け物じゃないぞ? 日本にはもっと化け物がいるからな」

「え? マジ?」

「マジ。融合症例で、NINJAやりつつOTONAやってシンフォギア奏者やってるおっさんも居るし。NINJA居るし、垂直跳びでビルの屋上に一っ跳び。コンクリでノイズ撃退して更にラスボス素手でボコすOTONA居るし」

「…日本って何なの?」

「…修羅の国?」

『ああ…』

 

 

 

「…ああ、俺だ俺だ。プランDを発動した。これから無茶苦茶していくが、そちらの首尾はどうだ?」

「なるほど、今のところ順調ってわけか。頼んだぜ。関係各所にはこっちから連絡入れとくから」

「…そうだな。でも、これが俺にできる最善だ。最後に勝ち逃げさせてもらうさ」




次回予告

「アンチリンカー? どうせならシンフォギア纏わせなくしようぜ」
「…外道だね、君」
「ばっか、俺の半分は優しさで出来てんのよ。てか、博士にゃ言われたくねえよ」


 遊吾、お前マジで修復不能なレベルで絆ぶち壊しに行ってるなおい…。どうすんのよ、コレ。


GX最終話、そしてラジオから思いついたネタ

「マリアさんのシンフォギアから盆踊りが流れ始めるんだよー」
「本当ですか!?」
「でたらめを言うんじゃない!? というか、それは翼のシンフォギアの役割でしょ?」
『あ、そうか』
「お前たち……」
「あ、でもあたしのイチイバルはやっさいもっさい流れるぞ?」
『マジで!?』
「ああ。大分前に、遊吾とやっさいもっさいの踊りの練習してるときに、なんとなく心の中で歌ったらシンフォギアからやっさいもっさい流れだした」
『ジーッ』
「な、わ、私はやらないぞ!?」
「――話は聞かせてもらったァッ!!」
「奏さん!?」
「今年の忘年会の出し物は、奏者絶唱、カラオケフォギアだ!!」
「先輩のから恋の桶狭間が流れ始めるのか…胸熱だな」
「クリス!?」

「遊吾・アトラスさんかぁ…ボク、あってみたかったなぁ」


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彼と彼女たちと新たな、力?

「さぁて、これからどう動こうかねぇ…」

 

 

 フィーネの拠点となる大型輸送ヘリ内部にて、遊吾はいつものコート姿で、マル秘ノートなるノートにペンで何かを書き込んでいた。

 

 そこに書かれているのは、彼が覚えている限りのシンフォギアG、つまり現在の自分達が置かれているアニメのシナリオと、そこから考えられる世界の動き。未来予知とも言えるそこに、自分達の目的とこれから行う作戦を当て嵌めていき、更に裏の筋から得た情報を元に敵対勢力の動きを考え、予測を書き込んでいく。

 

 コンサートでのフィーネ決起から早数日。次の作戦を行いつつ、自分の目的を完遂するために彼は自分の言動すらも予定として書き込んでいた。

 

 そうしなければいけなかった。彼自身は意識していなかったが、コンサートでの戦闘後の消耗した様子はマリアだけでなく、切歌と調にもわかってしまうほどのものだった。やはり、覚悟を決めたとは言え大切なものに刃を向けるというのは相当堪えているようだ。

 

 

「さて、ここまでは予定通り。これからは二課の逆襲とネフィリムの覚醒、そしてビッキーのシンフォギアとの融合とイベントには事欠かないな」

 

 

 彼は手元の携帯端末に手を伸ばすと、手慣れた手つきで番号を押す。それは彼の本来の携帯端末の番号だ。

 

 数回のコール音と共に繋がる。はい、もしもし。そんな言葉を発しているのは天羽奏だ。

 

 

「おう、俺だ」

『俺ってやつは知らないね』

「遊吾・アトラスだ。って、分かってやってるだろ」

 

 

 まあね。クスクスと笑う奏。どうやら自分がユーと言う名であの場に立っていることは、自分が計画のために協力を求めた相手以外にはまだバレていないらしい。

 

 これは好都合だ。彼はさも何も知らないといった風に彼女に訪ねる。

 

 

「なんか、フィーネだかが出てきて大変みたいだが、ビッキーたちは無事か?」

『……ああ、大丈夫――と言いたいところだけど、皆重症だね』

「…そこまでか?」

『ああ。傷はそこまでじゃないんだけど…』

 

 

 特に響が酷い。翼は戦闘で完全に遅れをとってしまったことを悔やみ、再度鍛え直すと司令と色々やっているし、クリスもまた、遊吾との戦闘で改めて弱点を理解したらしく、それを解消するための技術を学んでいるらしい。が、クリスの場合はその特訓がオーバーワーク気味になっているらしい。

 

 その理由は、ソロモンの杖。彼女がフィーネ、櫻井了子の元で起動させた完全聖遺物が現在武装組織フィーネで使用されていることに関する責任感や罪悪感。そしてそこから来る焦り。

 

 さらに、彼女は何かと自分の責任として自分を罰しようとする癖があるため、それと焦りが重なっているのだろう。

 

 立花響は一番酷い。他の二人はまだ戦闘面と言う目に見えるものがあるから、そちらに打ち込めば精神を均衡させられるが、響の場合はそうもいかない。精神的なもの、覚悟や彼女なりの戦う理由を真正面から壊されたのだから。

 

 それによって彼女は心が折れかかっているらしい。必死に得意のカラ元気で誤魔化しているらしいが、流石にこれだけ付き合いが長ければ未来だけでなく、二課の面子だって皆分かってしまう。だが、彼女に掛ける言葉が思いつかないためにどうしようも無いのだという。

 

 なるほど、彼は頷くととりあえず三人を呼ぶように奏に言う。奏はやれやれと言った風に言いつつ、待っててと言ってどこかへ向かった。暫く待っていると、ばたばたと言う足音と共にパシュッ、という扉の開く音が聞こえてきた。

 

 

『おい馬鹿お前どこに居やがんだ!!』

「おま、随分な挨拶だなクリス!?」

 

 

 突然の罵倒に思わずビクリとしながら彼が言う。どうやら大分お冠らしい。

 

 

『あの馬鹿も皆大変だってのに――』

「すまんすまん。ニュースで見たぜ。フィーネって名乗ってる連中が暴れたんだろ?」

『…そうだよ』

 

 

 なるほどな。ならば奏の言葉もあるし、彼女の悩みは一発で看破できる。

 

 

「あれだ。戦闘スタイルに関しては風鳴司令の戦術マニュアルを見ろ。で、お前のオーバーワークに関してだが、お前はアホか」

『なっ、誰が阿呆だ!? 肝心なときに居ねぇ奴に言われたくねえよ!!』

「ざっくり切りやがって!? 俺だって好きで離れてるわけじゃねえっての!! ったく、聞け。フィーネとの関係もあって、ソロモンの杖に責任感じたりするのは少しだが分かる。けどよ、それで倒れちゃ元も子もないだろ?」

『けどよ…あたしは我慢できねぇよ。あたしが不甲斐無いせいで先輩にも、響にも迷惑かけちまったし…』

 

 

 あー、やっぱ気にしてんのか。彼はバリバリと頭を掻く。

 

 彼の予想通り、彼女は自分が戦闘で役に立てていなかったことを悩んでいたらしい。

 

 確かに、遠距離攻撃によって後方支援ができるシンフォギアは調を除けばクリスの魔弓・イチイバルのみ。そのスタイルと自身の戦闘時の役割を考えるのであれば、先日の戦闘において、黒ずくめの中でノイズ化した遊吾によって封殺された彼女が、十分に役割を果たせなかったことを悔やむのは良く分かる。だが、これは明らかに過剰である。相も変わらずこの少女は何かと責任を感じることが好きらしい。

 

 

「…お前はマゾヒストか何かか?」

『はっ? 今あたしは真面目な話をだなぁ』

「してるっての。そんな高々一回戦闘で上手く立ち回れなかったくらいで私のせいだ私のせいだと、何? 自分を傷つけて喜んじゃうような変態なのかお前。…俺からすると少しご褒美だが」

『…おい、何か凄いヒドイ言葉が聞こえた気がするんだけど』

「気にすんなって! 兎に角、そうやって一々悩んでる暇があったら、衝動インスパイアしてガトリングとかミサイルとかぶっ放してろよ。お前の歌は、親父とお袋みたいに平和にするための歌なんだろ?」

 

 

 苦しいだろうし、仲間がやられて悲しいだろうけど、それくらいで凹んでくれるな。雪音クリスは不敵に笑ってトリガー引いてる方が似合ってる。笑ってそう告げれば、暫く無言の間が続き――そして、彼女の大きな笑い声が聞こえてきた。

 

 

『…ぷっ、く、あはは!! なんだよそれ。平和にするって言ってんのにミサイルぶっ放すのか、あたしは』

「ついでに殺人的な胸も揺らしてるな」

『そんなに胸が好きなら、お前を挟んだ後に絶唱かましてやろうか?』

「いや、まだ死ぬ気ねえから全力でお断りするわ」

 

 

 まったく、前のお前なら胸の話題で顔真っ赤にしてたろうに。何回もやられたら慣れるわ。というか、あたしがランニングしてるときにちらちら見るな。…いや、視線が、ね。吸い寄せられるんですよ、はい。今度見物料取るからな? マジで!? なんてあくどい商売なんだ!? などと久しぶりの心地の良いやりとりを行っていたが、彼女が何かに気づいたらしく、彼に向かってああ、風鳴翼が来たから替わるぞ、という。

 

 

「なんだ、先輩って呼ばねえのか?」

『……恥ずかしいじゃねえか』

「うわ、何この可愛いらしい生き物」

『うるせぇ!!』

 

 

 茶化すように言った遊吾に対し、恐らく反射的に端末を投げようとしたのだろう。やめろ雪音!! という翼の叫びと共に、離せ! あたしはぁああ!! とかいうやり取りが聞こえてくる。

 

 ぎゃいぎゃいと暫く騒いでいたが、どうやら沈静化したらしく、ふんっ、と鼻を鳴らして遠ざかっていくクリス。そんな彼女を見送ったらしく、苦笑交じりに彼女――翼が彼に言う。

 

 

『あまりからかわないでやってくれ。あれでも堪えているんだ』

「だろうな。で、お前はどうなんだよ翼」

『私は――どうだろう? 不覚をとってしまったから、そこを磨き直しているところだ』

「そうか」

 

 

 どうやら、彼女は彼女なりに折り合いをつけて何かしているらしい。まあ、装者の中で最年長なのだ。戦場での実戦経験も豊富だし、どうか他の装者たちをフォローしてほしい。とはいえそのせいで自身をうつろにしてもらっては困るので、そこらへんは要相談だ。

 

 それから、最新のCD購入報告や、歌の感想何かを話し合っているうちに、翼が思いだしたように彼に尋ねた。

 

 

『――ああそうだ。よかったら秋桜祭りに来てみないか?』

「あき――なんだって?」

『秋桜祭り。学園祭というやつだ。アトラスは学園祭、見たこと無いのだろう?』

「ああ。生まれこのかた学校にすら行ったことねえからな」

『なら、そちらが一段落したら来てみないか? 皆喜ぶ』

「…そうだな。暇ができたら行くとするわ」

『ああ。来れたら来てくれ。皆で案内してやろう』

「はは、そいつは楽しみだ」

 

 

 正直、これからウェル博士の行動と自分の餌を使った独自の作戦を展開していくことを考えればそんな時間は無いのだが、それでも学園祭、しかも皆で一緒に回るとなればそれがどれだけ楽しいことか。だが、今の自分にはそれが許されない。

 

 楽しみだ、と言いつつも無意識に混ざった少し悲しげな響きを感じ取ったのか、翼が暇があったらで良いぞと気を遣って言った。と、そんな話をしていたら彼女の背後から今度はドタバタと慌ただしい足音。今度は何だ? 彼が首を傾げていると、お、来た来たと翼の楽しそうな声。そして――壁か扉に頭をぶつけたのだろう。あいたぁ!? という間の抜けた悲鳴が彼の耳に聞こえてくる。

 

 どうやら、彼女の到着らしい。それでは、また、と言う言葉と共にコトンと机の上に端末が置かれる。遠くの方であきれたような声と、たはは、と笑う声が聞こえてくる。暫く待っていればガサゴソという音が聞こえ、そして彼の耳に彼女の声が――今、最も聞きたくて同時に聞きたくなかった立花響の声が聞こえてきた。

 

 

『遊吾さん、久しぶり!』

「久しぶりって、まだそんなに時間経ってなくないか?」

『もう一カ月は話してませんよ!!』

「マジで!?」

『マジです』

 

 

 確かに、彼が支えたい人が居ると彼女たちに連絡してから既に二、三ヶ月は経過している。F.I.Sの決起準備と計画を練ることに必死で気づいていなかったが、そんなに長い間会話をしていなかったのか。そう考えると少し申し訳ない気持ちになってしまう彼。

 

 

「悪かった。色々忙しくてな」

『良いんですよ。元気でいてくれれば』

 

 

 それだけで私も元気になれます! 拳を握っている響を想像しながら、彼は改めて感じた。こいつやっぱ空元気していると。

 

 響は空元気だと反応が少し遅かったり、声のトーンが少し高かったりするのだ。ちなみに、反応が遅いのは軽傷、声のトーンが高いのは本当に重症のときである。

 

 

「なんだ、何かされたか?」

『………いって』

 

 

 ボソリと呟かれた言葉は微かに涙ぐんでいた。

 

 

『偽善だって、傷ついたことのない奴の言葉なんて、お前の想いなんて誰にも届かないって』

「…響」

 

 

 改めて思う。立花響は戦闘に向いた性格ではない、と。ただ正義感が強く、人の痛みを想うことが出来る優しい少女なだけなのだと。だが、彼女はこれからもこの世界に必要なのだ。彼女のような真っ直ぐに想いを貫くことができる人が。だから彼女は苦しくても戦わなければならない。その手に握った想いを貫く槍で。

 

 

「なあ、響」

『…何ですか?』

 

 

 大きく息を吐く。こうやって響を傷つけた張本人が響を励まそうとするなんて滑稽というか、本当に外道だなぁ…。胸に溜まっていくどす黒く重いモノを無理矢理消化しつつ彼は極めて普段通りを装って響に言った。

 

 

「だから、どうした?」

『へ?』

 

 

 泣かせた原因が言うのもふざけた話だが、彼女に涙は似合わない。どころか、彼女には笑っていてほしい。

 

 

「そんな響がどんな人生を歩んできたか知らねえ奴の言葉なんか捨て置け。立花響は一回会っただけで全部わかっちまうような安い女か?」

『それは……私だって一杯傷ついて、それでも私は誰かを助けたい。奏さんや翼さんみたいに格好良くて、クリスちゃんみたいに皆を守れて、未来みたいに暖かく誰かを優しく包み込めるような、そんな人になりたい』

「…なんだよ、その完璧超人。そんな奴が居たら迷わず求婚するね」

『マジですか!?』

「そりゃな……その、ここだけの話俺って結構チョロいからな」

『…マジですか!?』

 

 

 響の思いを聞いて思わず笑ってしまう遊吾。

 

 求婚と言う言葉に食いついてきた響に、彼は苦笑しながら教える。事実、遊吾は女性に弱い。義理の父親であるジャック・アトラスの教育のせいか基本的に女性に優しく接しろだの、紳士的に接しろだの言われていたせいでついつい甘くなってしまうところがあるし、生活環境のせいで実は女性に対して免疫が無い。自分で行動したり、相手をからかうために色々やる分は良いのだが、不意を打たれたり、彼のからかいに対して反撃をしてこられる、素で返されると言った反応をされると対処に困ってしまう。

 

 それに、元々母親と言うものを知らないこともあり、子供の頃の経験もあってか優しくされたり、母性的な人や年上に基本的にとても弱い。特にマリアのように優しい母親のような人に対しては本当に弱い。

 

 

「優しくされると、結構な……」

『あー、確かにお母さんと話すとき柄にもなく緊張してましたもんね、遊吾さん』

「そ。普段のテンションならまだしも、真面目にやられるとなぁ…」

 

 

 本当にダメなんだよ、俺。そう笑いつつ、彼は言う。

 

 

「てなわけでビッキー。俺と戦ったときみたいにやれば良いんじゃね?」

『俺と――えっと、あの海で戦ったときですよね?』

「ああ」

 

 

 彼がD-noiseとして活動していた頃、一度だけ響と真正面から全力全開で殴り合ったことがあった。

 

 あの時は二人とも本当に自分のことしか考えていなかった。いや、お互いにお互いのことしか考えていなかった。

 

 主人公と言う運命によって持たされた槍、それに翻弄される少女を少しでも助けたいと全力で戦った彼と、彼に対して只々強い想いを持って戦った彼女。

 

 

『あれ、私の顔面全力で殴ってましたよね、遊吾さん』

「馬鹿言え。そっちこそ俺の腹全力で殴った癖に」

『うわ、酷い! 女の子の傷は一生ものなんですよ!?』

「だったらあの時の戦いでどれだけ一生ものの傷つけてんだよ俺。でも、痕残ってないだろ?」

『…実は、/バスターにつけられた傷が…』

「マジか!? ちょっと待て、それ大丈夫なのか!?」

『心に傷が…およよ、これは責任を取ってもらわないと』

「…切るぞ」

『わあああ!? ごめんなさい調子乗ってました!!』

 

 

 あの戦いは今でも鮮明に思いだせる。それほどまでに苛烈で、鮮烈で、楽しい決闘だった。

 

 

「だからさ、あんな感じで良いんじゃね?」

『へ?』

「偽善だか何だか知らないけどさ。ビッキーはビッキーらしく、私はこういう想いで戦ってるんだ!! って、最短で、一直線に、さ」

『最短で、一直線に…』

「俺とかあのときハートをぶち抜かれそうになったしな」

『うう、その話は止めてくださいよ…』

 

 

 からかうように笑う彼に、彼女が少し涙声で言う。どうやら、あの時のやりとりは彼女にとって忘れたい過去、俗に言う黒歴史のようなものになっているらしい。

 

 どうせまたやるだろ。それでも恥ずかしいんですよ! と彼女をからかっていると、何かを思いついたらしく彼女がふふふと不穏な笑い声を出し始めた。

 

 

『遊吾さん。ちょーっと聞きたいことがあるんですけど…』

「なんだ?」

『歌姫とアブナイ関係、銀髪巨乳ツンデレ娘二十四時、幼馴染とのいけない放課後、って何ですか?』

「ゴフッ!? が、あが、づぉおお!? い、っだだだ!?」

 

 

 まさかの三つのとある題名に思わず言葉を発しようとしてむせ、その反動でキャスター付きの椅子が倒れて床に放り出された遊吾はその勢いのまま机に脛をぶつけて悶絶する。その反応を聞いて彼女は内容に確信をもったのだろう。へぇ、と口元を歪めながら言った。

 

 

『男の人って、こういうデータとか、スケベ本とか好きだよねぇ。遊吾さんも例外じゃ無かったかぁ』

「ばっ、ち、違ッ!? 俺のじゃねえよ、それあられだから藤尭の奴だからな!?」

『あれれ~、藤尭さんから、遊吾くんに渡してほしいデータがあるんだって言われてもらったやつなんだけどなぁ』

「ふじたかぁああああああああああああ!?」

 

 

 まさかのオペレーターの裏切りに思わず叫ぶ。実際は彼に渡したいデータがあるから、預かっていてくれないかと言われた響が装者皆でこっそりとプロテクトを解除して覗いた結果だったりするのだが、そのことをまだ遊吾は知らない。

 

 

「と、兎に角、ビッキー、そう言うわけだからな!?」

『ふふ、分かりました。…ありがとうございます。遊吾さん』

「…ああ」

 

 

 あ、奏さんが話したいって言ってるんで奏さんに変わりますね。そう言って電話の主が奏へと変わる。響は用事があるらしく部屋から出ていったようだ。

 

 

『随分と仲が良さそうだねぇ、ユー・トイルイ・テッシ』

「…バレてたか」

『アタシの元に、ユーを名乗る人物から洒落たペンダントが送られてきたし、何よりもあなたの知っている人、なんて名前、分かるにきまってるだろ?』

「ま、それもそうか」

 

 

 ユー・トイルイ・テッシ。ユーをYOUにして、残りを逆から読むと、知っているいと、いとのいをひに変えれば、YOUしっているひと。あまりにも安直であるが、安直であるが故に敵として堂々と名乗ってしまえば相手は分からない。

 

 ここでバレるのも予想通り。というかこれは彼がわざと教えた結果だ。やっぱ分かったか、と彼が笑うと、彼女はやれやれとため息を吐きながら彼に尋ねた。

 

 

『で、アタシに何をさせたいんだ?』

「…聞かないのか?」

『何が?』

「何で裏切ったのか、とか、色々」

 

 

 後輩を大切に思っている奏のことだから、激昂して怒鳴ってきてもおかしくないかもしれないと考えていたのに、予想外の反応すぎて思わず拍子抜けしてしまう遊吾。責められたいとは思わないが、今回ばかりはどれだけ罵倒されても仕方がないことだと思っていたのだが、彼女はそんなことは一切せずにため息を吐くばかり。

 

 

『マリア・カデンツァヴナ・イヴ。遊吾が支えたいって思った人は彼女なんだろ?』

「…なんでそこまで分かるんだよ」

『テレビで見た感じだけど、翼と同じ感じだったからね』

「マリアは汚部屋製造機じゃねえぞ?」

『つ、翼はほら、戦場で片付けしてるから』

「上手くねえよ!?」

 

 

 はぁ、とため息を吐く遊吾。この女性は本当に分かっているのだろうか? もしも――

 

 

「友情――」

『友情ごっこなわけないよ。皆で頑張って戦って、シンクロして、遊んで、決闘して。一緒に絆を繋げてきたあんたが友情ごっこなんて器用なマネが出来るはずないって、みんな知ってるよ』

「……お前らは何でそんなに優しいんだよ」

 

 

 思わず泣きそうになる。同時に押し寄せる後悔の波。だが、そんなことを考えている暇はない。彼は即座に思考を切り替えると彼女に自分の計画について簡単に説明する。

 

 それを聞いた彼女の反応は、いたって普通。分かったよ、という返答だけであった。

 

 

『あ、でも遊吾。アタシとおっさん以外は皆知らないみたいだけど――知った時、覚悟しといてよ?』

「分かってる。殺されようが恨み節なんて言わねえよ」

 

 

 それだけのことを仕出かすのだ。覚悟は出来ていると彼が言うと、その反応が予想通りだったのか、面白そうに彼女は笑いながら言った。

 

 

『ま、そうだね。確かに墓場には行くだろうね、人数分の』

「…なんだよ、その意味深な発言は…」

『それは後のお楽しみだよ』

 

 

 頑張りな、異世界からやってきた決闘者さん、と言い残して通話が終了する。

 

 一体何だったんだ。怪訝な表情をしていたが、すぐに今まで抑えていた感情が彼の心に押し寄せてくる。

 

 後悔、そして自己嫌悪。調の言葉が思いだされる。傷ついたことも無い偽善者。本当の偽善者は果たしてどちらなのだろうか? 幼少の頃より傷つけることしか知らず、それ以外も全て決闘と言う戦いを用いて勝利をもぎ取り続けてきた、力ずくで奪い、傷つけることしかしてこなかった男と、傷つきながらも前を向いて真っ直ぐ立ち向かう少女たち。

 

 平然と嘘を吐き、良かれと思って自分のためにそんな少女たちを利用する。偽物も甚だしい。本当に――とそこまで考えたところで突然建物全体を揺らす振動、同時に鳴り響く警報。どうやら覚醒したばかりのネフィリムが暴れ出したらしい。

 

 まったく、感傷にも浸らせてくれねえか! コートを脱ぎ、黒い布を巻く。武装集団フィーネに属する、ユーとして部屋を出ていく遊吾。

 

 

 だが、この時の彼は知らなかった。この電話一本で二課全体の雰囲気、メンタルが変化し、奏者たちが強敵どころか絶大なる壁として立ちはだかることになろうとは…。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 朝日が昇る。逆境の中海上に浮かぶ槍と、その上に立つ女性――マリア。

 

 

「武装集団フィーネ、だが、その名は個人の名でもある――そう、彼女は新生した新たなるフィーネ!!」

 

 武装集団フィーネの拠点と思わしき日本の沿岸部にある破棄された都市の廃病院を訪れた二課の装者三人を待ち構えていた、ソロモンの杖と、科学者ウェル博士の罠。それを掻い潜り何とか彼らの本命と思わしき物体、ネフィリムを確保しようとした瞬間に現れた彼女の姿に、ウェル博士を確保したクリスと響、そして海上から二課の仮説本部である潜水艦の上に着地した翼の目がマリアに向けられる。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴが転生したフィーネ。その事実は、彼女のことを良く知る三人――特にクリスに対して途轍もない衝撃を与えた、はずだった。

 

 

「フィーネさん、ですか」

「そう!! 彼女がフィー」

「そんなことはどうでも良いです」

 

 

 クリスちゃん、ウェル博士をお願いね、そう言い残した響が会場に飛び出す。おい馬鹿何やってんだ!? クリスが思わず止めようとするが、瞬間に訪れた光景に思わず言葉を失った。

 

――Balwisyall Nescell gungnir tron

 

 シンフォギアを纏いながらの聖詠。そして、その詩が終わると同時に――彼女の身体を輪が取り囲む。

 

 緑色の輪は、彼女のガングニールを再度フォニックゲインへ変換し、新たな装甲としてその姿を変形させる。

 

 関節部に新たに追加された橙色の装甲。耳当ては朱に染まり、彼女の装甲はより厚く、より堅牢に、彼女の想いを表すように進化した。

 

 腰部の噴射機構はより鋭利に、腰には華のような装甲が追加。その姿は、戦場にありながら可憐な舞踏会のドレスを思わせる、バトルドレス。

 

 

「これがッ! 私のシンクロッ!! ガングニール・ウォリアースタイルッッ!!」

 

 

 噴射機構と脚部のバンカーを用いて本部の上に着地した彼女は、翼にウェル博士の元に行ってほしいと頭を下げた。

 

 そんな彼女の想い、ウォリアーと言う自分たちも見たことが無い新たなガングニールの姿を見せた彼女の意志を察した翼は、無理だけはするな、と彼女に忠告をすると、ウェルの元へ向かって飛翔した。

 

 海上のマリアに向き直る響。その瞳を見て、マリアは思わず背筋を凍らせた。

 

 

「御託はいりません。いえ、細かいことなんてどうでもいい――」

 

 

 私と、私とデュエルしろぉおおおおおおッッッ!!

 

 シンフォギアによって増幅されたフォニックゲインが、灼熱となって空を舐める。何という覇気、何という覚悟。太陽を幻視させる圧倒的なオーラに、思わず気圧されそうになるマリア。

 

 

『いかん、そいつには手を出すな!!』

『…分かってるわ、遊吾。でも――』

 

 

 彼の言わんことは分かる。今の彼女には、弾丸の如き速さも、刃の如き鋭さも、鉄の意志も鋼の強さも、全て備わっている。見ているだけで分かる。今の彼女は強い。迸るほどに、強い。そんな彼女を前に、時限式である自分が果たして勝てるのか。無理だ。だが、ここまで本気で向かれては、否、ここまで真正面から真っ直ぐに言われれば、応えるしかないじゃないか。

 

 

『ここで退くなんて一決闘者の端くれとしてのプライドが許さないし、何よりも、私の想いが負けている、なんて思いたくないッ!!』

『マリア!?』

 

「良いだろう、その決闘、受けてあげるッ!! どちらの想いが上か――勝負よッ!!」

 

 

 海上から跳躍し、本部の上に立つマリア。

 

 二人が向き合い、構える。互いに互いの眼を見つめ、そこにある想いを計る。そして――

 

 

「はぁあああッッ!!」

「てぇえええええッ!!」

 

 

 海面を魚が跳ねる、ぴちゃんっ、という音と共に槍と拳がぶつかり合った。

 

 

 

「悪いけど、私の想いの方がッ、重いわよッ!!」

「馬鹿言わないでくださいッ!! 私の方が重いですッ!!」

「重い女なんて嫌われるわよッ!!」

「それはこっちの台詞ッ!!」

『お前らは何の戦いをしているんだ!?』

 

 

「……がう」

「んん? どうしたんだい、雪音クリス」

「違う」

「だろうねぇ、だって君はフィーネの――」

「あんなカリスマ溢れる奴がフィーネなわけないだろうが!! 本当のフィーネは、一人の男に買ってもらった物を五分おきに見てはニヤニヤ笑って、果ては、げんじゅうろうくんハート、なんて勢いでしちゃったことがあるくらい残念美女なんだぞ!!」

『…え?』

『何を言ってるんだクリス君!?』

「こら雪音!! お前だって兎を見て時々ニヤニヤしてるじゃないかッ!!」

「ばっ、ちげぇし! そんなことしてねえし!!」

『えぇ……』

 

 

「ああああああ!?」

「ちょっ、どうしたんですか調ッ!?」

「私から、私から黒歴史が逆流するッ!! ほわぁああああああああ!?」

「しらべぇえええええええええ!?」

「…なぁにこれぇ」




次回予告

最強のガングニール使い決定戦ッ!!(半ギレ)


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彼と超進化型二課

こんなのシンフォギアじゃないわ!ただのシンフォギアの形をしたナニカよ!!(某シュワちゃん主演の映画風に)


「はぁあああッ!!」

「でぇえええええいッ!!」

 

 

 海上で二人の戦乙女がぶつかり合う。一人は漆黒の衣を纏い、もう一人は山吹色の気を纏う。黒と山吹色が交差し、火花を散らす。

 

 目にも止まらぬ高速戦闘。撃唱、爆音と共に山吹色がベイパーコーンめいた白い雲を突き抜けてその拳を撃ち放つ。相対する烈唱。伸縮自在の外套を翻し、拳を下から掬い上げるようにして攻撃を逸らす――だが、それこそが拳の主、立花響の狙い。

 

 持ち上げられた拳はそのままに、脚部アンカーが空を打つ。爆音と共に文字通り空間を蹴った響の身体が高速回転。そこに腰、そして肩甲骨部に新たに備わった噴射機構が連動して最大噴射。響の身体は上に逸れるのではなく、逸らされた力をそのままにきりもみ回転することで高度を下げ、更に前進する。

 

 外套で彼女の攻撃を打ち払ったマリア。だが、その代償は大きい。

 

 響の規格外の攻撃力は、外套越しでありながらも彼女の身体に多大な衝撃を与えていた。それによって彼女の身体は硬直。無防備となった彼女の右頬に、響のつま先が突き刺さる。

 

 

「これでェッ!!」

 

 

 悲鳴すら上げることが許されない一撃。アームドギアを持たない響の攻撃は一見派手さも無く、攻撃力が低く見られがちであるが、それは間違いだ。彼女のガングニールの特性である、誰かと手を繋ぐという性質は、自分自身にも作用する。融合症例であるせいか、常人よりも強いフォニックゲインの放出を行うことが出来る彼女の拳は、その性質も相まって通常の一撃であっても一般的な装者のアームドギアと同等かそれ以上の力を発揮。腕部のパイルバンカーと言ったフォニックゲインの収束機構を使用した場合の彼女の一撃は、常に絶唱級の一撃となる。

 

 そして、現在の彼女が纏っているシンフォギア。ガングニール・ウォリアー。それは、装者の身の安全を考えぬ最大出力ならばエクスドライブと名付けられたシンフォギアの最終形態、それに匹敵すると予測されるほどの、通常のシンフォギアの一歩先を行く形態。そんな形態の、しかも遠心力と元々拳で打ち込もうとしていた力のこもった蹴りだ。人間の脚力は腕力の約三倍と言われているが、その通りならばマリアの右頬に叩き込まれた空中回転蹴りの威力は、並の奏者の攻撃の倍の威力×超高速回転による加速度+遠心力×響の拳の三倍の威力。一般人が受ければそれこそ頭どころか上半身が無理矢理引きちぎられてしまうのではないかとすら想像してしまう、壮絶な一撃。

 

 だがそれをマリアは――

 

 

「あ、ぐ……はぁ、はぁ……はぁ」

 

 

 耐え切った。バラバラになりそうな衝撃、そして天地すらも分からなくなってしまいそうな激痛の中でアームドギアを潜水艦の装甲に無理矢理突き刺し、腰部噴射機構を最大で出力し無理矢理停止させた。

 

 思わず膝を着きそうになりながらも、笑う脚を気丈に奮い立たせてそれに耐えるマリア。現在ある最新鋭の技術と一部の異端技術、そして異世界の技術によって作り上げられた二課の仮設本部である潜水艦、その耐圧殻に深々と刻まれた引き裂かれた跡と、そのすぐ傍に出来た、鉄の焼ける匂いのする二つの黒い線。

 

 それらが物語る圧倒的な破壊力。グラグラと揺れる視界、だがマリアは一歩足を踏み出すと再度手のアームドギアを構えた。

 

 戦況は絶望的。何をしてくれたのかは分からないが、自分たちがフロンティアの視察に出ている間にアジトが二課にバレ、そしてウェル博士が捕まった。適合率が低い自分がシンフォギアを纏うためには、リンカーと呼ばれるいかにも身体に悪そうな薬剤を投与し、尚且つ身に纏うには時間制限がかかる。だが、今回の場合制限時間内でありながらも、今まででは考えられないシンフォギアの過剰稼働によって、制限時間内でありながらもシンフォギアからのバックファイア、適合率が低いことによる装者への反動が彼女の身体を痛めつける。

 

 強い、なんてものではない。最早巨大な壁だ。ライブの時には全く感じられなかった戦士としての矜持、そして何よりもガングニールを身に纏うに相応しい、太陽のように熱く燃える意志が彼女の瞳には宿っていた。

 

 元より戦力の差は絶望的であったが、これはそんな段階の話ではない。蹂躙、圧倒的戦闘能力の差による蹂躙だ。だが、ライブ事件より一週間前後。たったそれだけの期間で彼女のような若い少女が戦場における覚悟を決め直し、こうして自分たちも知らない新たな姿を発現させるなんて普通ではありえない。

 

 しかし、マリアには一つ心当たりがあった。なぜこのように迅速に彼女が意志を貫くことができるようになったか。

 

 自分たちがフロンティアに旅立つ前、マリアは遊吾の部屋へと向かっていた。そこで聞こえてきたのは、とても楽しそうな彼の声。

 

 通話の主は分かっている。特異災害対策機動部二課の装者だろう。恐らくは装者三人。

 

 遊吾が精神的に無理をしていたのは、彼女もよく知っていた。彼女たちの戦闘に関する情報を開示し、響たちの心を折るような言葉を考えていた彼。ナスターシャやウェルは分かっていなかったようだが、作戦立案の時点で彼はとても無理をしていたのだ。

 

 しかし、それを彼は誰にも話さなかった。マリアは普段と様子が違うことに気付いていたので、何とか元気になってもらいたいと彼と一緒に寝たり、日本のことを調べた際に出てきた、男が元気になる方法らしい背中を流すといったこともしていたが、やはり根本的な解決にはなっていなかった。

 

 だが、あのときの電話の彼の楽しそうな声と、その後の落ち着いた雰囲気は明らかに違っていた。

 

 別にそれが悪いとは言わない。何だかんだで格好つけたがる彼のことだから、自分に責任を感じさせたくないとか色々考えていたのだろう。だが、今の状態では自分は彼に頼っているだけだ。そこには、対等な関係なんてない。自分は彼に支えてもらっているだけで、彼を支えられない。

 

 それが、堪らなく悔しかった。切歌と調も薄々勘づいていたらしく、三人で頭を悩ませたこともあった。でもそんな自分達よりも彼女たちの方が彼の支えとなっている。嗚呼、それは何と――

 

 

「悔しいじゃないッ」

「…マリアさん」

 

 

 響が構える。彼女がどんな思いを持って此処に立っているかは分からない。だが、彼女とのぶつかり合いで感じた、この熱く滾るフィール。それは悪人が身に纏うような、放つような邪悪なフィールではない。誰かを守りたいと思う、誰かの支えになりたいという、優しいフィール。それはどこか自分や、彼とぶつかり合ったときに感じたあのフィールと同じ感覚。

 

 彼女がそこまで悪い人間ではない。それが分かっただけでももうけものだ。心苦しいが、ここで彼女を打ち倒す。そうして彼女と話す――そこまで考えたところで、響は気づく。

 

 マリアは笑っていたのだ。口元から血を流しながら。

 

 

「勝った、そう思ったわね?」

「え?」

 

 

 彼女の言葉に首を傾げる。確かに、今もう彼女は戦闘が出来る状態ではないと考えた。

 

 

「決闘は、ライフが零になるまで何が起こるか分からない。だから、最後の最後、ドローする瞬間まで、希望を、捨てない。諦めないッ!!」

「!? 何か来る!!」

 

 

 勝利するという執念が、奇跡すらも必然に変えるッ!!

 

 雄叫びと同時に彼女の身体からフォニックゲインが放出する。荒れ狂う暴風のようなそれに思わず顔を覆う響。漆黒の風、それは装甲を、シンフォギアを全て脱ぎ捨てた彼女を中心に渦を巻きはじめ――その渦が、銀河のように光り輝きだす。

 

――Granzizel bilfen gungnir zizzl

 

 聖詠。だが、これは彼女が歌っているのでない。彼女の周囲の渦が、シンフォギアが、主の想いに応え、高らかに、誇り高く謳っているのだ。

 

――ガングニール自身で、オーバーレイネットワークを再構築ッ!! エクシーズを超え、私はその先へ行くッ!! ランクアップ・カオスエクシーズ・チェンジッッ!!

 

 マリアが吠える。同時に、彼女を中心として渦巻いていた銀河が爆発。その内部から新たな姿へとランクアップした彼女が現れる。

 

 漆黒の外套は翼の如き意匠へと変化。右腕には軽い装甲しか無く、左腕にはまるで牙のように鋭い手甲が装備される。右の胸には装甲があるが、逆に左の胸には簡素な装甲しかない。腰部の装甲は刃のように鋭く、華のように煌びやかに。脚部装甲は鋭いブーツのような形状に変形。

 

 左右非対称、本来ならば歪んでいるようなデザインでありながら、それをマリアが身に纏うことでその非対称がアクセントとなり彼女の雰囲気を増す。黒と朱、そこに交じる白。恐ろしくありながらも美しい。

 

 立花響を太陽に向かって真っ直ぐ伸びる花だとすれば、マリアは宛ら月明かりの中ひっそりと、しかし確かに存在する華。

 

 その誇り高き姿は、F.I.Sの象徴。彼女の新たな答え。それは彼女の新たな希望。

 

 ホープ・ザ・ガングニール。ガングニールの新たな可能性。シンフォギアの新たな境地。

 

 

「エクシーズッ!?」

「そう、これが――」

 

 

 惑星のように彼女の周りを廻り光り輝く二つの光。手をグー、パーと握り離し、感触を確かめながら彼女が真っ直ぐに響を見据える。

 

 真っ直ぐ立つその姿に妹を幻視する。絶唱を謳い、建物の崩落に巻き込まれた妹。死んでいるのか、いないのか。生死不明、行方不明の妹であるが、今思うとこの目の前の立花響という少女とよく似ていたように思う。

 

 正義感が強く、心優しい。そのくせ好奇心旺盛で、太陽のような笑顔を持った少女。また、彼女のシンフォギアと同じく妹――セレナのシンフォギアは誰かと繋がる、また誰かを守るという性質を持っており、その性質故に戦闘能力を一切持たず、武器であるシンフォギアでありながら、傷つけるという機能を一切排した特殊なシンフォギアであった。

 

 容姿は勿論似ているはずが無い。だが、こちらの姿を見て凄くワクワクと瞳を輝かせる響は、昔マリアがセレナに誕生日プレゼントを渡したときの、あの箱の中から何が出てくるのか凄い楽しみにしている表情によく似ている。そんなことを考えて思わずふふふ、と笑みを溢す。

 

 どうやら、大分相手に毒されてしまっているらしい。でも、こういうのもたまには悪くないかもしれない。フィーネ、歌姫、全部投げ捨てて、一人のマリア・カデンツァヴナ・イヴとして目の前の少女に向き合う。

 

 

「さて、さっきは散々やってくれたわね。顔面に蹴り入れてくるなんて彼以来よ、まったく」

「決闘にしても、戦闘にしても、彼は容赦無いですもん」

 

 

 私なんてクレーター作る勢いでぶん殴られたんですよ。二人して笑う。

 

 彼。それが誰を指しているなんて言わなくても分かる。そして二人は――

 

 

「Myターン! 今度はこっちからやらせてもらうわよッ!!」

「はい! 私は姑息な罠なんてまどろっこしいことなんてしませんから――真正面から掛かって来いッ!!」

 

 

 戦場に似つかない笑顔で再度ぶつかり合うのであった。

 

 

 

※※※※※※

 

 

 

 海上、仮設本部上でのマリアと響の戦闘が新たなステージに進んでいる頃、地上でウェル博士を確保していた翼とクリスも戦闘に入っていた。

 

 翼に相対するのは、切歌と調。クリスと相対するのは、ユーこと遊吾・アトラス。

 

 対戦者のみを見るならばライブ会場事件と同じ――はずだったが、戦闘は全くの別ものであった。

 

 

「確か、切歌、調、と言ったか」

「…だとしたらどうなんデスか」

「いや、確認したかっただけだ」

 

 

 翼は大きく息を吸い、手に持ったアームドギアを横に、相手を拝むように手を開き、縦に構えて深く御辞儀する。

 

 

「どうも、切歌さん、調さん。風鳴翼です」

「ふぇ? ど、どーもデス」

「どうも」

 

 

 切歌と調が頭を下げる。それを確認した翼は、フッと一瞬だけ笑みを浮かべると、大きく腰を落とした。

 

 それを見た調と切歌が表情を変える。背筋を通る冷や汗。首筋に感じる殺気。ライブ会場とは全く違う彼女の雰囲気に、思わず気圧されそうになる二人。

 

 彼女がお辞儀を止めた――瞬間に体勢を低く、脚部スラスターを点火。一気に加速する。

 

 突然の彼女の行動に驚きながらも、二人が同時に迎撃のために動き出す。だが、そんなものは翼の眼中になかった。

 

 彼女の中にあるのは、過去の記憶。遊吾・アトラスとシンクロしたあの一瞬。あの、永遠とも言える刹那。彼女の想いは正しくシンフォギアに反映される。天羽々斬。天に羽ばたき、切り裂く翼。彼女の剣は只の剣ではない。歌女としての彼女と防人としての彼女の境界であり、人々を守る盾であり、敵を切り裂く剣。そして何よりも、その剣は歌女として、防人として人々を守り、未来に向かって羽ばたくための翼。

 

 瞬間、彼女の視界がクリアとなる。視界が拡がる。三百六十度全てが何処までも続く地平線。感じる鼓動、感じる想い。

 

 

「消えたッ!?」

「何処にッ!?」

 

 

 二人の目の前で、まるでそこに元々居なかったように姿を消した翼。攻撃対象を失った鋸と鎌があらぬ方向へと飛んでいく。

 

 一体何処へ。必死に辺りを見回す二人の頬を、微風が撫でる――瞬間、二人の身体に衝撃。

 

 

「あぐぁ!?」

「うぐっ!?」

 

 

 吹き飛ばされるが何とか体勢を立て直して地面に着地する二人。

 

 二人の目の前にいるのは――風鳴翼。だが、その身に纏うシンフォギアの形状は、大きく変形していた。

 

 膝を着き、刃を右に振り抜いた残身。脚部スラスターは肥大化し、宛ら翼のような力強い刃となる。関節各所に取り付けられた装甲、だがその面積は狭く、薄く、鋭い。

 

 ゆっくりと立ち上がる翼。全容が見える。

 

 翼のような意匠の入った耳当て。アームドギアはより鋭く、太くなり、あらゆる物体を一太刀で切り裂く業物のような煌めきを放つ。

 

 手の甲に向かって少しだけ太くなる手甲。全体的に装甲が増えているような印象を受けるが、それは彼女の今までのシンフォギアと比べて鈍重になっているなんて言わせない雰囲気を放っていた。

 

 今までの翼のシンフォギアが鋭い刃であるとするならば、今の翼は宛ら力強くも美しい名刀、天へと羽ばたく美しいくも力強い鶴の翼といったところか。

 

 天羽々斬・絶。アクセルシンクロ、進化の可能性たるシンクロを取り込んだ彼女の歌が、力強く響き渡る。

 

 

「いざ――推して参るッ!!」

 

 

 宣言と共に加速。二人の間を飛翔する。

 

 二対一。数で劣り、連携で劣るのならば、こちらはそれとは別の要素で上を行く。つまりは速さ。速さはあらゆる事象を超越する。

 

 当たらない、当たらせない。連携もさせる気はない。幾百と見間違えてしまうほどの怒濤の連続攻撃、それは宛ら鬼神の連撃。

 

 分身しているようにすら感じる連撃を前に防戦一方の切歌。だが、そこで彼女は気がついた。

 

 分身しているように感じるのではない

 

 

「くっ、一体何をしたッ!?」

「分身――流石は防人と言ったところね」

 

 

 実際に、翼が二人に増えているのだ。

 

 調が冷静に解析しながら対処する。分身の術。アニメや漫画でもよく出てくるこの術であるが、それを行うのは並大抵のことではない。

 

 何故なら、虚空に己と同じ存在を作り出すのだ。しかもそれを実体があるものとして本体と寸分狂いもなく動かすなんて凄まじいなどという段階の話ではない。

 

 恐らくは、彼女が本来持ち得ていた技術を、フォニックゲインを利用してより精密に反映させているのだろう。だが、分身させていると言うことはつまり、分身体の制御にリソースを割り振っていると言うこと。一つの脳で出来ることなんて高が知れている。

 

 

「切ちゃん、挟撃でまとめて仕留めるッ」

「分かりました――身体がッ!? どうなってるデスか!?」

 

 

 加速力などはこちらが不利だが、まだ総合的な機動力ならば調の方が上。切歌をフォローしつつ戦況を変えようとするが、自分の弱点を翼は知っていた。

 

 切歌が突然のことに驚き、焦る。シンフォギアの不調ではない。突然、彼女の身体が何かに捕まったように動かなくなる。

 

 調は見た。朝日によって生まれた切歌の影、そこに突き刺さる棒手裏剣、俗にクナイと呼ばれる白い刃。

 

 驚愕に思わず身体が硬直する。それを見逃す翼ではない。

 

 二人の翼が同時に加速する。壮絶に高まる歌。羽ばたきにより起こる一陣の風が――

 

 疾風刃雷!

 

 二人の少女を一刀の元に斬り伏せた。

 

 

 

「エクシーズ…。マリアめやってくれたな」

 

 

 この時点で二課側の戦力が増強されたことは予定外。しかもその強化の方向がえげつないと来たものだ。これは不味いと思っていた矢先にマリアのランクアップ。

 

 怒濤の展開に驚きを隠せない彼は、戦闘中でありながらも潜水艦の方を見る。

 

 

「おいおい、他の女を見るのは頂けねえ、なッ!」

「華に惹かれてしまうのは男の性ですよ」

 

 

 打ち出される矢を避ける。慣れた仕事だ。とは言え、連射速度が上がっているせいで中々射程に入らせてもらえない。

 

 避けて策を考える、ついでに響のシンクロとマリアのエクシーズに関して考える。

 

 響のシンクロ自体は驚きはない。あの時フィーネがしていたことと同じだし、何よりもシンフォギア自体が元々フォニックゲインの波長をシンクロさせることで発現するのだ。それをより強力にしたのが響のシンクロと見て間違いはないだろう。

 

 問題はマリアのエクシーズ。

 

 エクシーズ自体は、彼自身も何度かエクシーズモンスターとして活動していたし、フィーネこと櫻井了子の協力によってシンフォギアでも発生することが確認されていた。

 

 フォニックゲインの波長をシンクロさせることでその力を解放するシンフォギア。

 

 だが、これにはレベル――つまりフォニックゲインの波長を合わせる、または調整できる才能が必要となる。この能力の有無が、装者と非装者、または正規装者と時限式装者の差だ。

 

 しかし、エクシーズはシンクロとは違う。

 

 シンクロのようにエクシーズもレベルを使用するが、シンクロのように波長を合わせる必要はないのだ。ただ、フォニックゲインの波長を重ね合わせ、そこで発生する奏者とシンフォギアの波長のズレ、カオスと命名された未知のエネルギーを用いてシンフォギアを起動する。

 

 しかし、これも中々できることではない。何故なら、前提としてレベルを合わせなければシンフォギアは起動しないのだから。

 

 このエクシーズ。理論こそ了子が確立していたのだが、二課の装者は現在まで誰も使用できていなかった。

 

 特例である響こそエクシーズの起動寸前までたどり着けていたものの、それ以外の二人は毛頭行えなかった。

 

 当然だ。正規装者は意識、無意識問わずシンフォギアとシンクロできる。つまり、シンクロに特化しているのだから。

 

 そうなれば、エクシーズが使用できるのは必然的に時限式装者となる訳だが――

 

 

――まさか、ランクアップまでするとか予想外にも程があるぞ…。

 

 

 理屈を越えてきたマリア、響、翼。

 

 それを見ていると思わずワクワクしてしまう。新たな召喚法、新たなモンスター、戦術。それらを前にして思わず疼いてしまうのは、決闘者の性である。

 

 

「余所見は、いけねえな!」

「ま、余裕だからなッ!!」

 

 

 クリスの絶え間ない連射。円を描くように動いていた遊吾の動きが劇的に変化する。

 

 敵の周囲をグルグルと回ることによって戦闘を行う戦闘機動、サテライト。緩く緩急をつけながら同じ方向へ動き続けることで被弾を少なし、さらに相手の動きを制限する。そして、相手が慣れてきたところで――一気に動きを変化させる。

 

 次も横に移動すると考えてしまえば、無意識的に相手の動きを先読みしてアームドギアを動かしてしまうのは当然のこと。そのタイミングで動きを線から点へ、つまり、横移動から一気に縦、相手の懐に飛び込む機動へと変更してしまえば、相手はこちらの動きに対処できない。

 

 

「距離がッ!?」

「この距離ならばッ!!」

 

 

 彼の加速。漆黒の風となってクリスに迫る――が、それを牽制、何とか彼をギリギリまで引き寄せないが、すでに流れは彼のもの。このまま拳を叩き込まれるのも時間の問題――と思われたその瞬間、

 

 

「獲ったァ!」

「持ってけ――バンカァアアア!!」

 

 

 背後に飛び込んでの一撃。その瞬間に背筋を駆け抜けた稲妻に彼がその場から飛び退いた。

 

 爆音。着地してそちらを向けば、クリスの右腕には弩は無く、前腕部には大きな白い円筒形の物体。

 

 弾けとんだコンクリートに深々と突き刺さっているのは――赤く、とてつもなく太く大きい釘。

 

 それを見て彼は思わず顔をひきつらせた。戦術マニュアルを見ろとは言ったが、誰が男のロマンを搭載しろと言った。

 

 

「り、リボルビングバンカー……」

「ああ。あたしはあの馬鹿みたいにシンクロができる訳じゃねえし、先輩みたいに器用な真似ができるわけじゃねえ」

 

 

 けれど、と彼女は右腕を腰だめに構える。

 

 

「火力ならば誰にも負けねぇッ!」

「……あのー、俺生身の人間なんですけどー」

 

 

 思わず素で返す遊吾。あんなの食らったらいくら決闘者でも死んでしまう。

 

 そんな彼の言葉に彼女はそれはもう壮絶なまでにキレイな笑顔で言った。

 

 

「当たらなきゃいいんだよ」

「うわぁ…」

 

 

 その表情に、思わず顔真っ赤にしてモジモジするMっ気のあるクリスをイジメるのも良いけど、案外クリスに責められるのも悪くないかもしれないと現実逃避しながら考える。

 

 と、そこで思った。この子達今、アンチリンカーの効果で適合係数下がってるから出力低下とバックファイアで大変なことになってるはずだよね、と。

 

 

「反動なんて、気合いで何とかなるんだよ」

「うわぁ、何か二課の脳筋化が止まらねぇ…」

「誰かさんが励ましてくれるから、嬉しくなってなぁッ!!」

 

 

 ニヤリと笑うクリス。同時にイチイバルの腰部装甲が展開――そこにあるのはミサイル、ではなく大きな箱。

 

 ヤバイッ!? 彼がそう思うよりも先に、箱の蓋が開く。

 

 その内部に装填されているのは、冷たく光る弾、弾、弾、弾。

 

 

「もってけ――クレイモアァ!!」

「角ついたら古鉄だなくそがァ!?」

 

 

 彼が立っていたコンクリート道路が、鋼鉄の雨によって消滅した。




二課の強化が止まらない。これ、GXのこと考えてなさすぎるな。どうすんのよこれ。

次回予告

「歌っていただきましょう!」
「待ってください! クリスちゃんに挑戦するのは――この人です!!」
「……エ? …なぜだッ!? なぜ俺を推薦したびっきぃいいいい!?」

 次回、歌の苦手な決闘者!


ふと思い付いた話。無駄にデレてるキャロルが遊吾をお持ち帰りした状態。


「なぜオレと町に出ない。ファラたちとは出ているのに」
「…この世にはロリコンと言う言葉があってだなぁ」
「…なるほど」
琴ドーン
「…ふむ、これならば不足あるまい」
「なぜ胸を揉んだッ! 言えェ!?」
「これなら満足させられるだろう。さあ、街にある宿にでも行こうか」
「ナニカがおかしいぞキャロリン!? 君、そんなキャラじゃないよねえ!?」
「五月蝿いぞ! 貴様があの女どもの元へ戻れないようにするためだ!!」
「誰か助けてぇええ!?」


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彼女と彼女の槍と決闘

 撃唱、烈唱。二つの歌がぶつかり合う。

 

 震脚、練り上げられた力が拳を伝い、敵を打ち砕く拳となる。だが、それは鋭い鉤爪によって逸らされ滑らかな装甲の表面を滑りゆく。

 

 衝撃。受け流された拳がインパクトした瞬間に海面が弾け飛ぶ。一撃は常に重い。だが、人間である以上強い一撃を放ったあとは確実に身体が硬直、隙が生まれる。がら空きの腹に突き刺さる肘鉄。堪らず後退、距離が離れたことで更にすらりとした長い脚が跳ね上げられる。痛みに曲がった上体を無理矢理反らして、猛禽類の嘴を思わせる爪先を避ける。

 

 勢いのままバク転。距離を取り直し再度構える――そこへ容赦なく突き出される槍。手甲と穂先が火花を散らす。

 

 

「流石は英雄…。一筋縄ではいかないわね」

「えへへ。でも、マリアさんも凄いです!」

「ふふ、どーも」

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴと立花響の決闘は、苛烈を極めていた。

 

 当初こそ、響の身に纏うシンフォギア、シンクロによる強化型ガングニール、ガングニール・ウォリアーとマリアのガングニールでは、マリアの適合率のことも相まって、子供と大人ほどの戦闘能力の差があったものの、マリアがガングニールをエクシーズ化、ホープ・ザ・ガングニールへと進化させることでその差が縮まり、もはやどちらが先に倒れてもおかしくない状況となっていた。

 

 理由としては、マリアのガングニールの出力が安定し、響と並んだのが大きいだろう。

 

 元々時限式と正規装者の間には、それだけ出せる出力に差があるのだ。適合率が低いと言うことはつまり、発揮されるフォニックゲインの総出力も低下していることを意味する。シンフォギアの全機能は、フォニックゲインによって行われていると言っても過言ではない。故に、起動するだけでも反動が凄まじい時限式奏者は適合率ゆえに出力を安定させることすら難しいのだ。

 

 だが、極端な話、適合率を上げることは可能。それが、時限式装者の接種するリンカーと呼ばれる薬品だ。これには装者の適合率を一時的に上げると言う機能があるのだが、その代わり薬品の副作用が強いし、効果が持続するのも、どう頑張って無理して長くしても一時間や二時間ほど。基本的に三十分かそこいらが限界だ。歌い続ける限りシンフォギアを扱える正規装者とはそれほどまでに差が出てしまう。

 

 だが、エクシーズは違う。起動したシンフォギアの動力に、エクシーズエネルギー、即ちカオスと呼ばれるシンフォギアと奏者のフォニックゲインの間に生まれる不協和音――重ねられた際に発生するズレのエネルギーをフォニックゲインを補う動力として使用することにより、時限式でありながらも出力を安定させ、展開時間を倍以上に、それこそ正規装者と同じように展開し続けることも可能である。

 

 しかし、このエクシーズにも欠点が存在する。それがオーバーレイユニット、ORUの存在だ。

 

 エクシーズに使用されるカオス、その一部を一時的に固定化しているのがこのORUであり、エクシーズはORUを使用して初めて出力をあげることが出来るようになるのだ。

 

 つまり、ORUが無いエクシーズは只々出力が安定しているだけのシンフォギアでしかなくなってしまうのだ。これが正規装者との一番の違いである。

 

 個体差こそあれど、正規装者は独自に出力を安定させ、更に出力をあげることすらも自由にできる。しかし、エクシーズを纏った装者はそれが出来ない。

 

 故に、時限式はどこまでも時限式。だが、回数制限というハンデを背負ってなお、マリアは響と対等に渡り合っていた。

 

 これは、彼女の戦闘スタイルが響のスタイルと噛み合っていることに起因する。

 

 

「これならッ!」

「甘いッ!」

「ぐうっ!?」

 

 

 立花響は対人戦闘経験が無い。喧嘩も基本避けるし、人を殴るのは、鍛練で風鳴弦十郎と組手をするくらいなものだ。

 

 それに対し、マリアは幼少期より過酷な環境を生き抜いた経験がある。それに、F.I.Sでも戦闘訓練はあるし、時限式という部分を補うために彼と共に何度も考察し、研磨した彼女のスタイル、カウンター。

 

 

「少しは当たってくださいよ!」

「いやよそんな重たい拳」

 

 

 とはいえ、響には他にはないタフネスがある。いくら捌いて打ち込んでも彼女は止まらない。

 

 どうしても火力で劣る以上、当たるのは時間の問題。だが、現在の彼女のORUは二つ。さあ、どうする地上の方がどうなっているかは分からないが、そちらから聞こえてくる爆音などから察するにこちらが劣勢であることは間違いない。そうなれば援護は見込めない――

 

 

「ならばッ!!」

「くっ、上がってきた!?」

 

 

 金色の輝きが一つ彼女の身体に吸い込まれていく。カオス――エクシーズエネルギーがシンフォギアの出力を一時的に跳ね上げる。各装甲が展開され、彼女の力をより鋭く変化させる。

 

 突然マリアの力が上がったことに驚きつつも、身体は冷静に、腰だめにした拳を放つ響。その威力は先程の倍。マリアの力に合わせて力を強く込めたのだ。

 

 だが、それこそがマリアの狙い。突き出された拳、その内側に潜り込んだ彼女の左腕が拳を後方に受け流す――同時にその勢いで彼女の身体が独楽のように回転。回転に乗せて放たれた肘鉄が再度響の身体に突き刺さる。

 

 

「あぐっ!?」

「まだァッ!!」

 

 

 続けて腕を受け流した左の肘。かち上げるように打ち出されたそれが顎を抉る。跳ね上がる身体、その身体に絡み付く黒い腕。同時に膝が胴体を穿つ。

 

 肘や膝と言う部分は攻撃に向かないように思われがちだが、決してそんなことはない。確かに拳や脚と比べると威力は落ちてしまうが、重要なのは火力ではなく速さ。

 

 拳や脚を使った戦いは確かに破壊力がある。だが、極近距離での戦闘ではその威力が半減してしまうし、何よりも小回りが利かないせいで攻撃もしづらくなる。

 

 しかし、肘や膝での打撃を与えると速度はそのままだし、むしろ適切な打撃を行える分こちらの方が有利となる。

 

 

「くぅ、こんのっ!」

「Myターン、続けていくわよ!」

 

 

 響がマリアを引き剥がそうと噴射機構を展開、全力で後退するが、そこはまだマリアの距離だ。

 

 距離を取られた瞬間には彼女が手を合わせて再度アームドギアを展開。まるで竜の牙を思わせる漆黒の槍が牙を剥く。穂先が展開され、その中にあるのは赤いガラスのような収束器。歌が高まると同時に、そこからカオスと共に収束された膨大なフォニックゲインが撃ち放たれる。赤と黄金の混じった螺旋の一撃は、容易く響きの小さな体を包み込んだ。爆発。フォニックゲインのぶつかり合いによって発生した巨大な爆炎が海を焼く。

 

 エネルギーの放出が終了し、各部装甲から余剰熱量が放出される。プシューッという音と共に熱量によって発生した水蒸気が彼女を包み込む。収束砲撃にフォニックゲインを集中したのだろう、既にORUによるフォニックゲインのブーストは終了しており、変形した装甲も元の形に戻っていた。

 

 カオスとフォニックゲインによる一撃。いかな装者であってもダメージは通る筈。だが、それでも相手は英雄、あの程度で沈むなんて考えられない以上、油断はしていられない。油断なく煙の先を見据えるマリア。

 

 

「私の決闘は、一歩先を行きます!」

「へぇ?」

 

 

 背後から響く歌声。翼のような外套が広がり、拳とぶつかり火花を散らす。反転し槍を構えて迎撃の体勢へと入るマリア。確かに現在の立花響の速度は速いが、自分が気づけないほど素早く背後に回るなんて考えられない。なぜ彼女が背後に居たのか。それは、彼女の姿を確認することで察することが出来た。

 

 先程まで施されていた装甲は全て剥げ落ち、競泳水着のようなシンフォギアのインナーと、スリムになった手甲と脚甲。

 

 

「なるほど、アーマーパージね」

「はい。丁度参考になる人が居ましたから」

 

 

 響が行ったことは、遊吾・アトラスがレッド・デーモンズ・ドラゴン/バスターへと変身した際に使用したサクリファイス・エスケープと呼ばれる、わざと技の使用を誘い込むことでこちらのアドバンテージへと変換させる技術の一つ。

 

 マリアの放った砲撃を受ける際、ウォリアーの装甲を全て解除したのだ。この際にわざとフォニックゲインを大量に残しておくことで過剰爆発を起こし、その煙に紛れ込む。更にまき散らされる残留フォニックゲインによって、一時的にフォニックゲインの減少した響の動きを相手は探知しづらくなるのだ。

 

 

「今度はこっちの番ですッ!」

「来なさいッ!!」

 

 

 軽やかなステップからの稲妻のごとき踏み込み。飛び散る火花とぶつかり合う槍。

 

 ウォリアー、そしてホープ。彼女たちは気づいていないが、現在の彼女たちの戦闘はあまりにも異常であった。

 

 現在、櫻井理論により世界各国で聖遺物の研究、そしてシンフォギアの開発が行われているが、独自にシンフォギア、FG式回天特機装束と呼ばれるそれを開発した国は無い。唯一、アメリカのF.I.Sが開発したと言えばそうだが、それもフィーネの協力があったから。

 

 つまり、シンフォギアは全てフィーネが企画した物であり、それ以上のものはないのだ。その為、シンフォギアは装者によって性質を変化させるものの、その実使用されている技術などは全て統一された規格。

 

 だが、響とマリアのガングニールは現在その範疇に無い。装者によって性質を変えると言う変化が急激すぎて最早シンフォギアでありながらシンフォギアとはまた違う存在へと変質している。

 

 例えば響のアーマーパージ。本来アーマーパージ、つまりシンフォギアの装甲を破棄した場合、装者は全裸になる。

 

 これはシンフォギアを身に纏っている際のインナースーツもフォニックゲインによって編み上げられた装甲だからである。故に、シンフォギアの装甲部分以外のあの水着のようなスーツは、一見とても脆そうに見えて実際はとても強靭である。

 

 シンフォギアを起動した場合、装者が事前に身に纏っていた衣服は全てギア内部にフォニックゲインへ変換されて格納される。シンフォギア装者はギアを纏う際全裸になっているように見えることがあるが、アレは実際に一度産まれたままの姿になっているのである。

 

 だが、響のアーマーパージはインナーに最小限の装甲を残した状態で行われた。これは、シンクロによって新たに追加された装甲を剥がしただけとも考えられるが、恐らくは彼女が意識していない内に、最低限の装甲を残すように調整したのだろう。でなければ彼女は今頃全裸で朝の海の中だ。

 

 マリアはまだ響ほど一般的なシンフォギアからかけ離れた機能を発揮してはいないものの、エクシーズと言う未だ理論化されていない方法でシンフォギアを更なる高みへと進化させた。

 

 この二人のシンフォギアは、本来のシンフォギアに備わっていない機能を使用したモノ。

 

 これが後にどのような影響を及ぼすのか、それは誰にも分からなかった。

 

 

「くっ、速いッ!?」

「ま、だァッ!!」

 

 

 装甲が減ったということは、防御力が無くなった、つまり先程でもお互いにダメージを受ければどちらかが沈むような戦いだったのに、此処に来て響はそのアドバンテージを丸ごと失ってしまったということ。攻撃力も防御力も現在ではマリアの方が上。そうなれば普通、攻めることを躊躇う筈だ。だが、彼女は違った。

 

 装甲を失って尚、真正面から一直線に拳を打ち込んでくる。何故だ? 彼女は攻撃が当たることが怖くないのか? 装甲が無いことを気にしていないのか?

 

 いや、違う。彼女は確かに恐れている。こちらの攻撃が霞める度に、ほんの少しだけ瞳が揺れている。

 

 そういえば、とマリアは遊吾が言っていた言葉を思いだす。それは、一回だけ、日本の装者について質問したときの話だ。

 

 同じガングニール使いということもあり、彼女は立花響のことを特に気にしていた。装者の話をしている中、彼が特に信頼を寄せていることが分かったから。

 

 

「ああ、ビッキー、立花響のことか。うーん、そうだなぁ。正直、戦闘に関してはマリアの方が圧倒的に上だ。融合症例ってことで特殊な存在って点じゃそうなんだが、あいつはどこまでも普通の女の子なんだよ。誰かを傷つけるのが嫌で、傷ついた、傷つく誰かを助けたいって全力で頑張るだけの、そんな正義感が強い普通の女の子、それが立花響だ」

 

 

 でも、と彼は付け加えた。

 

 彼女が一番凄い点は、意志を、想いを貫くことだ、と。本気でコレと覚悟を決めた時の響は凄まじい。例えどんな障害が立ちはだかってもそれに真正面から立ち向かって、打ち砕く、と。でも、その分メンタル弱いから、一度拗らせると面倒くさいし、性格が悪い人なんかに良く目をつけられちゃうのが玉に瑕だけどなと笑っていた。

 

 なるほど、これは確かに凄まじい。

 

 恐怖を感じながらも、それでもなお一歩前へ足を踏み出す意志。それは並の人間では行えないこと。己の意志を貫き通す覚悟、そして勇気。英雄と呼ばれるに相応しい精神の持ち主だ。とは言え、先のライブ会場での一戦の時の状況から察するに、この子は英雄なんて向いてないかもしれないが。

 

 

「考え事している暇、ありますかッ!!」

「さて、ねッ!!」

 

 

 槍と拳がぶつかり合う。一瞬の均衡、マリアのアームドギアが響の拳を打ち上げる。

 

 打撃力が上がっている。先程まではマリアの方が勝っていたのに、少しずつマリアが力で押され始めていた。ギアの出力は歌によるフォニックゲインの放出により強化されていくが、少々その時間が早い。それは彼女の持つ才能か、はたまた融合症例と言う特殊な存在だからか。

 

 どちらにしても、そこまで時間は無い。ナスターシャ教授からの報告で、戦闘続行は難しく、ヘリで一気に全員を回収するという作戦が伝えられた。どうやら風鳴翼、雪音クリス両名も先の戦いから更なる力を得たようで、苦戦を強いられているらしかった。

 

 マリアが外套を翻す。翼のような外套は、まるで蛇のように虚空を蠢き、響へ迫る。

 

 速い。外套が鞭のようにしなり彼女の身体を打ち据える――その瞬間、彼女が動いた。

 

 踏み込みと同時に左から迫る外套を打ち落とす。膝を曲げ、腰を落とし、打ち落としによって生まれたエネルギーを横へ、腰の回転と同時に踏み込む。潜水艦へ振動。耐圧殻が少し凹む。震脚により生み出されたエネルギーは風鳴弦一郎という最高の師から受け継いだ技術を完璧に再現してみせる。

 

 裏拳。彼女が拳を横に振りぬくと同時に突風が巻き起こる。直撃を受けた外套がまるで風船のように炸裂、引きちぎられる。

 

 マリアが動く。腰を低く、低く。耐圧殻スレスレに咢を構える。ORUが飛翔。彼女の胸に吸い込まれ、シンフォギアが変形。彼女の意志を最大限に再現する。

 

 外套は太く、太く、まるで竜の尾のように厚く。左右非対称の鎧は全てがその棘々しさを増し、まるで己のみそのものが槍であると宣言するかのような形状へ。アームドギアが高速回転。周囲の風を巻き込み雷を起こす。

 

 彼女の瞳が真っ直ぐ響を貫く。

 

 そこにあるのは意志。穏やかな、優しい光の中に熱く燃え上がるブレイズ。

 

 響が動く。彼女の胸、心臓の上の傷跡が光る。まるで音楽記号のフォルテを思わせる形状のその傷から暖かな光が漏れはじめ、彼女はそれを両手でギュッと包み込むようにして――握り締めた。

 

 同時に前腕部の装甲が展開。装甲がスライドされ、内部機構がむき出しになる。

 

 閃光、稲妻のような光。フォニックゲインがチャージされる。同時にモーターが回転。ギア同士が噛み合い、シリンダーが稼働。まるで羽虫の羽音のような甲高い音が響きはじめ、前腕部が紫電を散らす。フォニックゲインが増幅され、余剰エネルギーが装甲の排熱板から熱量として放出され、空気を焼く。

 

 両足を耐圧殻に叩き付ける、と同時に響は気づいた。そういえば今ヒール無いじゃん。

 

 風鳴弦十郎を師とし、新たに戦う術を覚えた初めての実戦で、響はギアのブーツのような脚甲の踵部分を地面に叩き付けて破壊した。これは、彼女の扱う拳法のスタイルが重心の移動や震脚を重視する関係で、踵が高くなっていると凄く邪魔だから行った行動であるが、それ以来彼女は戦闘時に必ず一度は踵を地面に叩き付けてヒールを壊しているのだ。彼女なりの儀式、と言ったところなのだろう。

 

 ゆっくりと響が左腕を引き絞る。彼女が身体を引き絞ると同時に脚部バンカーが作動、主の想いを最短で、一直線に届ける為に、破損する覚悟でその身を限界まで引き延ばす。

 

 沈黙。静かに歌い、己のフォニックゲインを高める。これが恐らく最後の一撃。この攻撃でこの戦いが終わる。指示したわけではないが、互いに同じガングニールの担い手として、一人の人間として、尊重し、尊敬し、そして全力で貫く為に。

 

 

――最短で、一直線に――

――私たちの夢――

 

『わあああああああああああああああああああああああああ!!!』

 

 

 雄叫び。勝鬨。歌ではない。歌ではない歌。魂より湧き上がる、絶叫、絶唱。

 

 尾がしなり、空を打つ。腰部噴射機構が点火。爆音を奏でながら飛翔。漆黒の烈風となりて牙を剥く。

 

 轟ぐバンカー。腰部噴射機構と共に轟音を奏で、稲妻を掴み、稲妻が走る。

 

 激突と同時に轟音。両者の踏み込みについに耐え切れなくなった本部の耐圧殻が凹み、海面がまるで時化のように震え、荒れる。拳に走る激痛。アームドギアがまるで採掘機のように響の左拳を抉り飛ばさんとその回転を強める。歯を食いしばり、ギアを高速回転させる。ギアが故障しても構わない。主の意志を反映し、内部機構が限界を超えて可動。紫電をまき散らすモーターが、ジェットエンジンのような甲高い悲鳴を上げる。アームドギアから伝わる衝撃。弾け飛びそうになる衝撃を耐える。

 

 アームドギアと拳。永遠に続くかと思われた均衡は、唐突に破られた。

 

 ガラスが割れるような音と共に、アームドギアが砕け散る。内部を伝導していたフォニックゲインが行き場を無くし四方八方にその力を放出する。

 

 爆発。だが、煙を切り裂いて稲妻が奔る。

 

 響だ。左腕の装甲は全損。左の耳当ても壊れている。

 

 バンカーが轟音を立てて耐圧殻を穿つ。彼女の右。最大にして最強の、彼女の槍。

 

 アームドギアは一つ。このアームドギアを失えば、マリアに反撃の手段はない。そう踏んだ響が放つ、全力全開、彼女に出来る最大で最高の一撃。

 

 あの衝撃ならば、マリアは動けない。煙で視界が効かないが、シンフォギアがそこにある存在を教えてくれる。

 

 左腕を犠牲にした響の作戦。だが、何の偶然か、運命か、

 

 

『ッ!?』

 

 

 煙の中、マリアの姿が見える。右腕の装甲は全壊、胸の装甲も剥げ落ちているし、耳当ても破損している。

 

 だが、その瞳は死んではいない。握りしめられた左の拳。装甲が展開され、そこに充填された白銀の光――エクシーズエネルギーとフォニックゲインの収束体。

 

 彼女もまた同じことを考えていたのだ。互いに目があう。どちらとなく苦笑。なるほど、どうやらガングニールに選ばれる人間と言うものは何かと似ているらしい。

 

 

『とどけぇええええええええええええええええええッッッ!!』

 

 

 叫び。喉が壊れても構わないと言わんばかりのシャウト。

 

 同時に拳が振りぬかれる。

 

 インパクトと同時に装甲がスライド。内部で限界まで圧縮されたフォニックゲインが同時に叩き込まれた。

 

 

「く、クロス、カウンター……」

 

 

 誰かが茫然と呟く。

 

 太陽の光が逆光となり、二人の姿を影に落とす。その影は互いに寸分違わぬ姿でお互いの腕が交差し、顔に拳が伸びていた。

 

 クロスカウンター。ボクシングにおける高等技術の一つで、相手の右、もしくは左のストレートに合わせて、それと逆のフックを外側から叩き込むという技。相手の打撃力を加えた一撃は、更なる威力を発揮し、相手に防御反応を行わせない。

 

 

 二人が潜水艦の上に倒れこむ。ドウッ、という衝撃音。

 

 あまりにも強すぎる頭部への衝撃で、意識が飛んでいるのだろう、二人とも数秒ほどピクリとも動かなかったのだが、ハッとした様子で目を覚ますと、大の字に寝ころんだまま、どちらとも言わずに笑いだした。

 

 静寂の海に、笑い声が響く。年相応の楽しそうな笑い声。

 

 

「あはははは!! …はぁ。ねえ、マリアさん」

「どうしたの? 立花響」

「響、で良いですよ」

「そう…じゃあ響、なに?」

 

 

 大きく息を吸って、響が尋ねる。

 

 

「遊吾さん、迷惑かけてませんか?」

「んー、むしろこっちが迷惑をかけてるというか、そんな感じよ?」

「え!? …嘘だぁ。だって遊吾さんですよ?」

「ユーゴだからよ」

「んー、それもそうですね…」

 

 

 遊吾・アトラス。彼が今何をやっているかは分からないが、どうやらこのマリア・カデンツァヴナ・イヴという女性が、彼が支えたいと思った人だということを察した。

 

 確かに――と、響が首を曲げて、大の字となったマリアを見る。

 

 女王マリアと呼ばれるだけあって、そのプロポーションは正しく女王。日本人とは違う、スラリと長い美脚。そしてボンッ、キュッ、ボンッという擬音を想像させる、荒く息をするごとに揺れる胸と、女性らしい丸みを帯びた臀部。

 

 容姿も良いし、彼女から感じたフィール、そして今話している彼女の雰囲気から、彼女が彼の弱点であるお姉さん、母を思わせる年上かつ母性的な優しい女性であると確信する。

 

 

「ど、どうしたの? 凄い顔してるわよ?」

「いえ、気にしないでください」

「気にするわよ…」

 

 

 まるで親の仇を見るような目で見られて困惑するマリア。だが、その視線の意味を察したらしく、彼女も響を見る。

 

 鍛えられた肉体は、女性的な柔らかさの中に確かな鋼を持っている。日本人らしい童顔は、どこか陽だまりを思わせる。スタイルも決して悪いわけではない。大きさこそ自分が勝っているようだが、まだ彼女は十代、それに出るところは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる姿は、黄金を思わせる調和。彼の言うように穏やかな春の陽気を思わせる少女。

 

 謎の視殺戦を繰り広げる二人の間に、突然風が巻き起こる。

 

 虚空から溶け出すように彼女たち武装集団フィーネの移動拠点である輸送ヘリが現れた。

 

 

「まったく、クロスカウンターなんて漫画みたいなことをして…」

 

 

 地上から潜水艦に走ってきたユーが、マリアをお姫様だっこの要領で抱える。

 

 どうやら、ウェル博士、そしてソロモンの杖の回収は成功したらしい。また、ネフィリムも既に回収済みらしく、後はマリアを回収するだけ。

 

 

「立花響」

「は、はい!」

 

 

 マリアを抱えたユーに声をかけられ、思わず返事をしてしまう響。

 

 何を言われるのかと内心身構えていると、彼の雰囲気が厳しいものからまるで微笑みかけるようなモノへと変化した。

 

 

「決して折れぬように。違わぬように。それが貴女の強さ、それが貴女なのだから」

「え?」

 

 

 では、と一礼したユーが跳びあがり、そのままヘリへ飛び乗った。

 

 二人を回収したヘリが去っていくのを茫然と見送る響。ライブ会場で話した時とは全く違う彼の反応に困惑しながらも、どこか暖かい気持ちになる響。

 

 遠くから、罵倒するような声。そして、近くから師匠の声。皆に随分と心配をかけてしまったなぁ。陽だまりのような暖かさに心地いいものを感じながら、彼女はそっと意識を沈めるのであった。

 

 

 

 

「…マァリィアァ」

「え、えぇっと、ゆ、ユーゴ?」

「あのさ、俺言ったよね。クロスカウンターはしっかり相手の動きを見て当てるものであって、相打ち覚悟で打ち込むモノじゃないって」

「そ、その。熱くなっちゃって。それに、あの子の想いに応えたかったの」

「そうだな。決闘者として応えたいよな――しゃぁああああああああラップッ!!」

「ひゃっ!?」

「ま、まあまあユー。落ち着くデスよ!」

「そうだよ。ユー君。彼女たちのおかげで――」

「だぁってろ糞めがねぇええええッ!!」

「ゴファ!?」

「ああ、遊吾の腹パンでウェルの顔面が悲惨なことになってるデス!?」

「マリアの健闘を祝って、今日の晩御飯はお赤飯を作る」

「調!? お赤飯を炊くのはそう言う意味じゃないデスよ!?」

「マリア、今日はお前を寝かさねえから」

「ユーゴ…」

「治療と説教フルコース。愛の熱血指導マニュアル付きだ☆」

「ちょっ!? まっ、それだけは勘弁してユーゴ!?」

「ああああ!? ツッコミが追いつかないデェエエエス!!」

「…はぁ。仕方ないですね、私が代わりに晩御飯を」

『あんたは大人しくしといてマム!!』

「…はい」

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

「これが――学園祭ッ!! よし! 全力で楽しむぜぇぇええ!!」

「あ、その、これは違うんです!? 初めての学校ってことでテンションが上がっちゃって!? ごめんなさい!! あの、俺、じゃなくて僕はこの学校に通っている学生と友達でして――え? コート着た海胆頭なんて信用ならない? てめなめてんじゃ――あ、はい。あの、立花響さん、小日向未来さん、風鳴翼さん、天羽奏さん、雪音クリスさん、誰か呼んでいただけませんか? お願いします!!」

 

 

 その日、私立リディアン音楽院高等科の校門で、海胆が警備員に捕獲された。




ビッキーとマリアの戦い、Gでやりたかったことの一つが出来て満足満足。

嘘次回予告

「奴をデュエルで拘束せよ!!」
「どうしてこうなった!?」


ふと思いついたGX

「私に地味は似合わない――」
「はっ、よく言うぜ――」
「ギガスギガスグスタフマックスオラァ」
「…………」

「私の武装は剣を――」
「これが剣と見えるかッ!! モンケッソクケッソクカゲキカゲムシャシエンシハンキザンキザンキザンヨンフセターンエンド」
「………」

「貴様にもあるだろう、父より授かりし命題が」
「お父さんから――ガタガタガタ」
「お、おい、どうした?」
バッケン
「コアキデビルガリスバードマンガリスバードマンガリスバードマンガリスバードマンガリスバードマン……」
「うわぁあああ!?」

そして最終決戦

「貴様が遊吾・アトラス。ふん、オレは奇跡を殺す!!」
「初手エクゾ良いっすか?」
「ゑ?」
「ショテエクゾイイッスカ?」
「うわぁあああん!!」
「ああ、キャロル、落ち着いて!」
「うわああん、エルフナインん!!」
「よしよし。こら、遊吾さん。イジメちゃメっですよ!」
「はーい」


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唐突な電波的番外編~奏者と装者~

この話は、無印もGもGXも全く関係の無い、アンソロジーみたいな話です。本編とは全く、欠片も関係ないので、本来死んでしまった人物なんかも出てきたリしていますが、まあ気にしないでください。


「なぁビッキー」

「んー、何ですかゆうごさん」

「シンフォギアのそうしゃって、奏者なのか? それとも、装者なのか?」

 

 日曜日の昼下がり。寮の部屋で脚を投げ出してくつろいでいた遊吾・アトラスが、唐突にシンフォギアを身に纏う少女――立花響に問い掛けた。

 

 彼の太股の上に頭を乗せて微睡んでいた響は彼の唐突な問い掛けに、んー、と首をかしげる。

 

 

「ねえ未来、どう思う?」

「んー、やっぱり装備してるんだから、装者? でも、私たちの歌は誰かを助けるためのものだから、やっぱり奏者?」

「そこで悩むよなぁ。…ところで二人とも」

「どうしました、遊吾さん」

「どうしました?」

 

 

 二人――立花響と小日向未来が上目遣いに彼を見上げる。本人たちは自覚無いようだが、響も未来もどちらも平均以上の容姿な上、憎からず思っている。そんな二人が自分の太腿の上に頭を置き、またこちらを見上げるというこの状況に少しだけざわつく心。こちらに戻ってきてから奏者誰かとコミュニケーションを取るたびに起こってしまうその現象に、自分の心ながらどうして動揺のような揺れが起こるんだと内心で首を傾げる。

 

 

「っと、そうじゃない。あのよ、そろそろ離れてくんね? かれこれ一時間はこうして脚貸してんだけど」

『約束…』

「ごふっ」

 

 

 約束と言われたら何も言い返せない。遊ぶ約束を破ってF.I.Sとして活動してたし、その前も遊ぼうと言って結局ノイズ化。無事に帰ってきてと約束すれば一か月後。最近の出来事で言えば、無茶はしないと約束したのにオートスコアラーとの三連戦したり、海から出てきた妹さんと熱い大怪獣決戦したり、自分の魂が消滅することを覚悟で超融合したり、絶唱状態のイガリマに突き刺さったり、本気の風鳴司令とぶつかり合ったり、緒川さんの超変化の術を何とかしたり、というか元の世界に戻るなら一言言えと約束してたのに結局何も言うこと無く去ったし、それからまた数ヶ月でこっちに戻ってみたり、そしたらまた新しい事件が起こってそれに巻き込まれて時限爆弾の爆発に巻き込まれたり。オートスコアラーに記憶抜き取られそうになったり、エルフナインと遊園地行ったり、キャロルと散歩したり、何故か拉致されてそのまま融合の技術を提供したり、ガリィを腹パンしたり、ファラを皆で弄ったり、ミカと鍛造したり、レイアとドヤ顔対決したり、妹さんと鉄人ごっこしたり、鉱山で強制労働させられたり、逃げ出したらダイナマイトで発破されて坑道で生き埋めになったり。崖に落ちたり。全部無傷で切り抜けたらビッキーに殴られたり、未来にビーム撃たれたり、奏に刺されたり翼に斬られたりクリスに蜂の巣にされたり切歌に魂持ってかれそうになったり調にガイガンごっこさせられそうになったりマリアに膝詰めの説教――あれ? これ、キャロリン姉妹と何よりマリアが一番優しくね?

 

 てか俺、こいつらと約束するたびに破って――いや、約束する度に想定外の敵が出てきたりして約束が果たせないだけだから。俺のせいじゃねえから…。

 

 とにもかくにも、そんなことがあったりなかったりするせいで彼は奏者たちから放たれる約束と言う言葉に弱い。奏者以外のものが口にしようものならば『なあ、お前決闘したいんだよな?したいから来たんだなぁ、なあ決闘しろよ、てかお前ら決闘しろよ』とか言いながら反逆し始めたりするものだが。

 

 

「うーん、私たちは歌うことで色々できるから、奏者の方が良いかな。それに、奏者ってほうが優しい響きだから」

「なるほどな。…よし! じゃあこれから――」

『出ていくの駄目ですから』

「あ、はい」

 

 

 その後、二人と一緒に大エンタメ決闘大会を開いたり、最近増え始めた決闘者たちに戦いを挑んだり、二人と川の字に寝て昔のことを話したりと穏やかな日を過ごすのであった。

 

 

風鳴翼と天羽奏の場合

 

 

「なあ翼。シンフォギアのそうしゃって奏者と装者どっちなんだ?」

「唐突だな……ふむ、シンフォギアという鎧を纏い人々を守る。防人としては後者――と言いたいが、やはり歌を纏い、防人としてだけではなく、歌女としても誰かを守護する。そう考えると奏者だな」

「奏者じゃない? ほら、アタシたちの歌には血が通ってるわけだし」

「なるほどねー」

 

 

 風鳴翼。現在世界に羽ばたき、世界レベルの歌姫となり世間で騒がれているトップアーティスト。そんな彼女の久方ぶりの日本ライブ、その楽屋に迷いなく潜入した彼が、休憩中の二人に疑問を投げ掛けた。

 

 やはり、シンフォギアを歌と見るか兵器と見るかで大分変わっているらしい。

 

 

「てか、何で奏がここに? お前寮どうしたんだよ」

「外壁塗り替えでねー。暇だったから翼の手伝い」

「それで良いのか管理人…」

「いやー、オートスコアラーって言うの? あの子達が代わりに見とくって言うからさ」

「あいつら……後悔するぞ」

「大丈夫大丈夫! エルフナインやキャロルも居るんだしさ!」

「…奏、知ってるか? あいつら、キャロルいても自重しないんだぜ?」

「マジ?」

「マジ」

 

 

 魔法少女事件の際、錬金術師マジカルキャロリンこと、キャロル・マールス・ディーンハイムに連れ去られた遊吾。と後に彼と同じように連れ去られてきた謎のDホイーラーA。

 

 連れ去られた原因は彼らの使う融合という召喚法。その召喚法のせいで目をつけられてしまった二人であったが、遊吾は元々のスタンスから。Aは、ネオスペーシアン、そして数多の決闘者に鍛えられ、立花響の父親らしい、へいき、へっちゃら精神による鉄の意思と鋼の強さを発揮。

 

 敵の思想を決闘という手段を用いり変革。と言うか、半ば決闘者精神を叩き込むことによる洗脳と言う名の絆パワーで皆を絆す。

 

 そんなことをしてしまったせいで、現在キャロル・マールス・ディーンハイムとその一味は二課、現S.O.N.Gと協力関係となり、穏やかな日常を送っている――のだが、オートスコアラーたちは別。

 

 

「特にレイアなんか、シルバー気に入っちまってるからなぁ」

「それ、あんたのせいだろ遊吾!?」

「まさかあそこまでハマるとは……」

 

 

 日頃から何かとシルバーを巻こうとするレイア。何かとカオスに陥れようとするファラ。何かとモウヤンのカレーをねだるミカ。虎視眈々と彼の隙を狙うも毎回腹パンされるガリィ。そして、そんな四人のなかで唯一常識人な妹さん。この五人が一度に勢揃いしているのだ。何かが起こらないなんてありえなかった。

 

 

「ごめん翼。アタシ寮に戻るわ!!」

「走れ奏、世界を救えるのは君だけだッ!」

「五月蝿いぞそこ!」

 

 

 慌ただしく楽屋を出ていく奏。

 

 その背中を見送る二人。と、そこで彼が翼の服装に気がついた。

 

 

「お、今回のステージ衣装か。…何か随分と可愛らしいな」

「うっ、い、いや、これはその、なんと言うかな」

 

 

 歌女としての風鳴翼。それは勿論防人としての風鳴翼と同じく、キリリとした格好いい女性。

 

 そのイメージのせいか、基本彼女のステージでの姿は、可愛いではなく、どちらかと言えば格好いい、綺麗といった雰囲気のものが多い。

 

 だが、今回は少し違っていた。衣装の至るところに見えるふんわりとしたフリル。そしていつもの濃い藍色などの冷たく大人びた色ではなく、もっと薄い、淡い暖かな色合い。

 

 

「その、前にチャリティーライブあっただろう?」

「ああ、マリアと翼のデュエット。…そろそろ、新ツヴァイウィングとして売り出さねぇ?」

「魅力的だが、それは私と奏の名だ。て、そうじゃない。そのチャリティーライブの衣装から、今回は大胆なイメージチェンジを狙ったらしい」

「なるほど」

 

 

 むしろ、可愛い翼はプライベートで結構見ているため彼は全く違和感を持たないのだが、仕事の場面を見ているだけでは確かに彼女を可愛いらしくするという企みは、十分ギャップを狙えるだろう。

 

 

「似合ってるな。いつもと雰囲気が違うってのも中々乙なもんだ」

「そうか、ありがとう」

 

 

 頬を染めながら微笑む翼に、少し照れ臭くなって頬をかく遊吾。と、その時遠くから廊下を走る音。マネージャーである緒川の足音ではない。となると侵入に気付いた警備員か、はたまたスタッフか。

 

 どちらにしても関係者じゃない以上ここに居るとマズイ。

 

 

「人が来るみたいだから、そろそろ行くわ。ありがとな、翼」

「どういたしまして――ところで、ライブは見ていかないのか?」

「……抽選番号外したんだよッッ」

「ああ…」

 

 

 今回のライブは皆に歌を聞いてほしいという翼のライブにしては珍しく、抽選によるもの。今回のライブに関してはゴタゴタがあったりしたらしく、何やら色々と大変らしい。

 

 

「またカラオケでも行こうぜ? あ、それと緒川さんにもよろしく伝えといてくれ」

「ああ――って、どうせまた会いに来るだろうに」

「当たり前だろ? 決闘者なら」

 

 

 そんなことを言いながら楽屋を出ていく遊吾。

 

 相変わらず慌ただしい奴だ、と苦笑して彼を見送る翼。と、そんな彼女の視界の端に見覚えのない物体がひとつ。

 

 紙袋。中にはビニールに包まれたケーキがいくつか。見た目が明らかに市販ではないチーズケーキ。その上には小さな手紙。

 

 

『疲れてる時には甘いものが一番らしいから、マリアに手伝ってもらって焼いてみた。緒川さんと一緒に、今度直接感想聞かせてくれ』

「…まったく」

 

 

 仕事で忙しいのに直接とは、中々難しいことを言ってくれるなと微笑む翼。だが、同時に気持ちも軽くなる。

 

 彼も言っていることだが、絆とは良いものだ。そんなことを思いつつ、スタッフの出番準備をお願いします! という声に答え、ステージに向かって歩き出すのであった。

 

 

 

雪音クリスの場合

 

 

 

「奏者と装者?」

「ああ。クリスに聞きたくてな」

「んー、そーだなぁ」

 

 

 クリス宅。高級マンションの一室で、二人で大きなソファに並んで座って話をしていた。

 

 んー、と首を捻る彼女の服装は、完全な部屋着。純白の下着のような、ドレスのような、そんなヒラヒラした服一枚だけ。思わずその凶悪な身体の至るところに吸い込まれそうになりながらも意識を保つ。

 

 

「んー、どうした――ああ」

「おいクリス、なにを納得ゥ――!? ちょっ、おまっ!?」

「なんだよ、いいじゃねえか抱きつくぐらい」

 

 

 それはもう満更ではないが、そうじゃない。頬を赤く染めながら引き離そうとする遊吾と、顔を真っ赤にしながらも彼から離れようとしないクリス。

 

 はぁ、とため息をはくと彼は離そうとするのを止めた。

 

 

「マジで何があった。お前、基本人に身体触れさせたりするのダメだったろ?」

「そりゃまあ…今でもそうだけどよ。お前は違うんだよ」

「違う? ってなにが」

「うー……その、遊吾は、えっと、馬鹿、だからさ」

「それは誉められてんのか?」

「銀髪巨乳猫娘と甘々学園生活」

「すみませんでした。何でもするんで許してください」

 

 

 オペレーター藤尭とのやりとりは誰にもバレていない筈なのに、何故こいつらは時々俺が仕入れるスケベゲーやスケベ本を知ってるんだッ!! 先程までとはうってかわって借りてきた猫のように大人しくなる遊吾。

 

 

「確かに、あんな物を見てるって分かったときはどうしようかと思ったけどよ…」

「……この間、妙に俺を避けてたのはソレか……」

 

 

 少し前、クリスが自分を避けるようにしていたのは気のせいではなかったらしい。確かに、自分のことをそういう目で見ていると考えられるようなものを知ってしまえば対応に困るはずだ。

 

 特に装者たちは異性との接触が少ない環境で育っている人がほとんど。しかもクリスは幼い頃に両親を亡くし、さらにフィーネに拾われるまでは紛争地域で大変な生活を送ってきているのは想像するに容易い。

 

 あれ? 俺って大変なことしてるくね? 今更彼は思った。

 

 クリスと出会ったのは戦場。あの頃はまだ今よりももっと未熟だったせいで、相手の隙を誘い、冷静さを欠けさせる意味で、oppaaaiだのなんだのとセクハラも真っ青なとんでもないことを叫んでいた気がする。

 

 二課に入ってからも、少し下ネタ使ってからかったりしていた。自分の行動を思い出して百面相する遊吾を見て、クリスが面白そうに笑いながら、彼の額を小突いた。

 

 

「いて!?」

「ばーか。なに百面相してんだ」

「い、いや、思うと大変なことを…」

「今更すぎだろ。てか、お前がそういう馬鹿だってことはノイズの頃から知ってるからな」

「そ、それは誉められてんのか?」

「ああ。つまり、テメェは凄い分かりやすいってことだ」

「誉められてる気がしねぇ…」

 

 

 というか貶してるだろ、と苦笑する遊吾。クリスが楽しそうに笑う。

 

 

「ばーか。良いことに決まってんだろ。フィーネの時もキャロルの時も分かりやすくて助かったぜ」

「…うわぁ、ボコボコにされた挙句、俺よりも下手な演技で二課を裏切った奴の台詞とは思えねぇなぁ」

「だ、誰が下手な演技だ!!」

「はっ、裏切るタイミングが急すぎだし、脳漿ぶちまけやしないってのに頭部撃ちとか、分かりやすすぎて思わず笑いそうになってたんだぜ?」

「お、お、お前が言うなぁああ!!」

 

 

 翼を撃ち、二課を裏切ったのは彼女にとって触れられたくない過去らしい。うがぁああと歯を向いて彼に跳びかかるクリス。はっはっはとまるでじゃれつく猫を相手にするようにあしらっていたが、クリスに身体でぶつかられて流石に体勢が崩れてしまい、そのままソファーに押し倒される。

 

 

「お前だって急だったろうが!!」

「ばっか。俺の場合は行方不明になるとか、しっかり仕込み済ませてっから良いんだよ。お前みたく行き当たりばったりってわけじゃねえんだし」

「あ、あたしだってしっかり考えたッつーの!!」

 

 

 肩を掴まれぶんぶんと前後にフラれるが、彼は気にせず笑う。

 

 

「はっはっは。…ところでクリス」

「なんだよ」

「このソファーって幾らだった? すっげえ柔らかいんだけど」

「んー、なんぼだろうな。ここに最初から置いてあったし」

 

 

 と、そこでクリスは気付いた。今の自分の体勢が端から見たらどんな風に見えるのか。

 

 誰もいない部屋。大きなソファーの上に男女が二人。片方はコートを着ているが、もう片方は薄着一枚で、しかも相手をソファーの上に押し倒し、上から抑えつけるようにしている。

 

 どう考えても事前です。しかも女が男を襲っている類いの。

 

 

「どうしたんだ、クリス。顔真っ赤だぞ」

「だっ、誰のせいだと思ってんだ!!」

「いや、どう考えても自分のせいだろう」

「う、五月蝿い! そういうテメェはどうなんだよ!? ピクリとも表情動かさねえとか!!」

 

 

 彼女の言葉にピクリと眉毛を動かした遊吾。彼ははぁ、と息を吐くと彼女の腕をがっちりと掴む。

 

 

「うひゃあ!?」

「俺が鉄の意思と鋼の強さを発揮してるだけであって、分かるか? 先の銀髪巨乳猫娘の例の通り、今の俺は多少なりと異性に興味があるわけだ。この姿勢だとよ、見えるわけだ。来たときから思ってたけど露出激しすぎなんだよお前まあ全裸のフィーネに比べたらまだマシだけどさあお前自分の容姿分かってるか? 今でもどれだけ胸見ないようにしてると思ってんだそれにお前が風呂上がりなせいで凄い甘い香りしてるしさぁ可愛い子にこんなに近付かれてなにも思わないはず無いだろ!?」

 

 

 荒い息を吐きながら一息に言い切る遊吾。流石は決闘者。カードの効果とながったらしいチェーン処理を相手にわかるように言い切るだけあって、物凄い早口でも内容がしっかり伝わってきた。

 

 こいつ、ニュースキャスターとかしてもいいかもな、とふと思いついたクリス。クスクスと笑うと彼女は身体の力を抜く。

 

 

「ぬあ!? ク、クリスッティーヌお前様はなにをやらかしていらっしゃるのですかこのやろう!?」

「誰がティーヌだ。と言うか落ち着けよ」

「これが落ち着けるか!?」

 

 

 彼女が身体の力を抜いてしまえば、倒れこむのは当然彼の身体の上。身長差のせいで彼の胸に顔を落とした彼女は、上目遣いで彼の様子を観察する。

 

 我慢していたというのは本当らしい。今の彼は耳まで真っ赤にしながらあわあわと大慌てしていた。倒れこむ際に彼女を掴んでいた腕は今では彼の頭の上。数多の敵を打ち倒し、勝利を呼び込んできた歴戦の決闘者の腕も、少女を前にすると形無しのようだ。

 

 普段と比べると明らかに違う彼の姿。そういえば、未来やマリア、先輩たちが言っていたが、遊吾は無意識的に自分達の前では、キングの息子、一人の決闘者として居ようとしているらしい。

 

 なるほど、これが彼の素なのだとしたら、普段の怖いもの知らずの決闘馬鹿は確かに格好つけようとしているのかもしれない。

 

 

「ったく、格好つけしいめ」

「…仕方ねえだろ。いつも周りは年上ばっかだし。それに、こっちじゃ実戦闘できる男は俺だけなんだし」

 

 

 彼女から視線をそらした彼が、不貞腐れたようにボソリと呟く。なるほど、確かに彼の過去を見ても、彼の周囲は同世代よりも年上の方が多かった。

 

 少しでも周囲に追い付くため、少しでも年上に思われるために色々頑張ったのだろう。そう考えると微笑ましく思えてくる。

 

 彼の胸に顔を擦り付ける。おい馬鹿! 彼の動揺が手に取るようにわかる。先程から耳元で心臓がドクンドクンと五月蝿い。

 

 どれだけドキドキしてんだよと笑う。

 

 

「てか、そろそろ離れてマジで。もう本当にあぶねえから」

「やなこった」

 

 

 ぐっ、と顔を押し付ける。

 

 

「テメェは、遊吾は、あたしが本当に嫌がることはしない。傷付けない。違うか?」

「そりゃ、男の俺が傷つけるとかあっちゃいけない話だし。…クリスの親父とお袋にも約束したからさ」

 

 

 彼の身体がもぞりと動く。彼の視線の先は分かる。いかにも高級マンションの一室である洗礼されたデザインの家具が並ぶこの部屋で唯一クリスが持ち込んだ私物。初めて手にいれた給料で買った、自分の見た限りで一番格好いい、仏壇。遺骨も写真も何もないが、そこに刻まれた名前は、そこに彼女の父と母が眠ることを確かに示していた。

 

 彼が仏壇に手を合わせて二人に挨拶をしてくれたのを覚えている。その時に二人に約束した言葉も。

 

 

「なあ、さっきの質問なんだけどよ」

「あー、奏者と装者か?」

「うん。…あたしは、奏者が良いかな。歌で誰かを笑顔にできる。歌で平和を作る。歌女であるあたしたちにしか出来ないことだと思うから」

「…ガトリングやミサイルぶっぱなす奴の台詞とは思えねぇほどロマンチストだな」

「ロマンチストは嫌いか?」

「………」

 

 

 いたずらっぽく微笑めば、彼は無言で彼女の頭を掴んで髪をかき乱す。だが、その時に聞こえた嫌いじゃないという呟き。

 

 まったく、素直じゃねえなぁと内心苦笑しながら彼女はソファーから立ち上がると椅子にかけられたエプロンを手に取りながら振り返る。

 

 

「飯、食ってくだろ?」

「なに? ビッキーと同じくクリスも料理ができないのではないのか!?」

「テメェ何気に酷いこと言ってんな」

 

 

 てか、そこまで酷いのかよ。んー、まあ調味ミスったり火加減間違えたりする程度はまだいいんだが、包丁の扱いが相変わらず危なっかしいし、てかなまじ料理の上手い未来が居るせいでどうしてもなー。

 

 苦笑する彼を見て、クリスは決めた。あたしの料理で度肝を抜いてやる、と。

 

 

 ちなみに、料理をしているクリスを見た彼の何気ない発言で料理が一部焦げたりすることになるのだが、それは完全な余談である。

 

 また、この後集まってきた装者たちに対して彼がふるまった、専用の小型冷蔵庫から出してきたプリンが美味しすぎて一悶着あったりするが、それもまた余談である。

 

 

マリア・カデンツァヴナ・イヴとセレナ・カデンツァヴナ・イヴの場合

 

 

「っと、こっちじゃ靴のままで良かったんだっけな」

「あらユーゴ。おかえりなさい」

「あ、ユーゴさん!」

「ああ、ただいま――って、ここは俺の家かい」

「少なくとも、私はそう思ってるわよ?」

「俺、居候してただけなんだけどなぁ」

「ふふ、帰る家があるって言うのは良いことよ」

「まあな。…これで何件めになるのやら」

 

 

 森の中の一軒家。それが、マリアとセレナの家だ。

 

 慣れた手つきで玄関を開けて家に入る遊吾。台所仕事をしていたのだろう。淡い色のエプロンをし、手を拭いながら部屋から出てきたマリアは、まるで仕事帰りの夫にするように彼からコートを受け取り部屋へと付き添う。

 

 部屋で何やら書き物をしていたらしいセレナ。マリアとは違い薄手の動きやすそうなシャツ姿の彼女が、彼の姿を確認するとまるで犬が飼い主に近付いていくように、笑顔で彼へ近付く。なにが求められているかは分かりきっている。彼女の頭を撫でてやれば、えへへと笑うセレナ。

 

 武装集団フィーネの決起。その際にマリアたちは世界に牙を剥いた。剥いたのだが、その結果マリアは特に監視もなく生活することとなった。

 

 これには、遊吾・アトラスとレックス・ゴルドウィン、そして日本政府のお話し合いによるもの。

 

 そんなわけで現在マリアは、妹と二人穏やかに、時折歌の仕事をしながら暮らしていた。

 

 そんな二人のもとに訪れた遊吾。慣れた様子でソファに座って身体をのばしていると、マリアがお茶を入れて持ってきて、彼の隣に座った。

 

 

「どうしたの? 態々アメリカまで。みたところDホイールで来たみたいだけど」

「ああ。それはなぁ」

 

 

 彼は他の面子にもそうしたように、シンフォギアのそうしゃってどっちなんだと彼女に問いかける――と、それを聞いた貴方ねぇと額に手を置く。

 

 

「それを聞くためだけに此処に来たの?」

「ああ!」

「そこで自慢げに胸を張るな…」

 

 

 Dホイールでこちらに来た、ということは恐らくアクセルシンクロか何かを使ってこちらに来たということだ。

 

 移動のためだけに態々特別な力を使用する馬鹿がどこにいるんだ…。会いに来てくれるのは嬉しいが、相変わらず行動が破天荒な彼に思わずため息をはいてしまう。

 

 

「まあ、良いわ。…そうね、セレナはどう思う?」

「わたし? うーん、やっぱり奏者かな。響が優しいし、なにより歌で色々できちゃうもん」

「…ビッキーと同じこと言ってらぁ」

 

 

 似た者同士だなぁと笑う。マリアもそう思ったのだろう、クスリと微笑む。

 

 そんな姿を見て、結構無茶やってよかったと思う。当初はそれはもう関係各所が大激怒。怒られに怒られたし、拘束されたし。だが、それだけのことをする価値があったものだ。二人の穏やかな様子に満足そうに頷く。

 

 

「私もセレナと同じかしら」

「へぇ、意外だな」

 

 

 シンフォギアの力をより強く理解しているマリアなら装者と言うと思っていた遊吾が言う。

 

 

「そう? まあ、シンフォギアは武器として使用したことがあるから。…でも、だからこそ、とも言えるのよ?」

「そうなのか?」

「ええ。あの事があったからこそ、私は思うわ。歌で世界を変えられる。歌に想いを乗せられるのが装者なんだって」

「とんだロマンチストだな」

「あら、ロマンチストはお嫌いかしら?」

 

 

 いや、嫌いじゃないさと二人で笑っていると、彼の服の裾を引っ張る感覚。

 

 そちらを見れば、頬を膨らませたセレナがこちらをじっと見つめていた。

 

 

「ユーゴさん、カレー作ってください」

「カレー? あー、まあ構わねえけどスパイスとかこっちに置いてないし」

「道具なら一通りあるわよ?」

「マジで!?」

「…研究所を文字通り跡形もなく消し飛ばす前、この家に沢山もって帰ってきてたじゃない」

「…あ」

 

 

 忘れてたのね。額に手を当てるマリアに苦笑するしかない。

 

 遊吾がこの家で暮らしている際、いくつかの自作調味料をこの家に保管していたのだ。それに、いつかここで再度料理をすることも考えて研究所から調理道具を一通りもらって帰ったこともある。

 

 そういやあったな、とようやく思い出した遊吾。

 

 

「なあマリア」

「良いわよ。まだ今晩なに食べるかも決めてなかったし。私も久しぶりにユーゴの料理を食べたいしね」

 

 

 そこまで期待されては応えるしかない。

 

 料理決闘検定初段。かの有名な料理決闘者モコミチから手解きを受けて、新たな段階に進化した俺の料理を見せてやるッ!!

 

 この後、セレナの我が儘によって仲良し家族のごとく一緒にお風呂、川の字で睡眠とまるで家族サービスのごとき怒濤の展開が彼を待ち受けているとは、意気揚々と調理をする彼が知るよしもないのであった。

 

 また、この日遊吾印のカレーverオリーブオイルという料理が完成し、新たな味の地平が切り開かれるようになったのはまた別の話。

 

 

「ふふふ、今回は逃がしませんよユーゴさん」

「どうしたのセレナ?」

「ううん、何でもないよ。夜が楽しみだね、マリア姉さん」

「ええ。久しぶりにぐっすり眠れそうよ」

「そうだねー。今日は一番良い抱き枕があるもんねー」

「こらセレナ!?」

「あはははは!」

「…なんか楽しそうだなぁ」

 

 

暁切歌と月読調の場合

 

 

 

「遊吾、そんなことより私と決闘デース!」

「いや、そんなことってなぁ…構わねえけど」

 

 

 やったー! 久しぶりに遊べるデースとくるくる回る切歌。そこまで嬉しがられれば悪い気はしない。はしゃぐ切歌を見て口元を緩めつつ彼は注意を促す。

 

 

「はしゃぐのは良いが、気を付けろよー。小指ぶつけても知らねえからな?」

「大丈夫で――!?」

「言わんこっちゃない」

 

 

 大丈夫といった瞬間に足の小指を机の足にぶつける切歌。だから言わんこっちゃないと額に手を当ててやれやれと首を振る。

 

 

「大丈夫。切ちゃんは一日に一度はこうなる」

「…大丈夫なのかよそれ」

「慣れた」

 

 

 嫌な慣れだなぁ。笑う遊吾は、出されたコップに手をつけるとそれを迷いなく口に含み――固まった。

 

 

「調、こいつぁ」

「コーヒー。これなら遊吾でも飲めるよね?」

「あ、ああ。てか、美味いな…」

 

 

 この世界に来てから、珈琲と言えば基本的に自動販売機やインスタントなど、もはや飲み物とは呼べない苦味を持つものと言うイメージが彼の中には植え付けられていた。

 

 事実、彼が飲んだことのある珈琲と言うのは、彼が元居た世界で父親であるジャック・アトラスが愛飲していた、ブルーアイズ・マウンテンと呼ばれる特別なコーヒー豆を使用した珈琲であり、それは店で頼めば一杯三千円はくだらないというとんでもない代物であった。

 

 キングと言う義父がいることで、何だかんだで一部嗜好品が高級品ばかりだった彼は、各時代を旅している間に色々な飲み物が苦手となっていったわけなのだが、今調が入れてくれた珈琲は今まで飲んできたものとは全く違う。

 

 一口口に含んだ瞬間から香る珈琲の独特の香り。下に程よい温度で喉を通る液体は、珈琲特有の苦みの中に、確かな旨味をギュっと濃縮しており、それは舌を通る度に宇宙のビックバンの如く彼の味覚を刺激する。

 

 これは一体何なんだ…。困惑しながらも素直に美味しいといえる珈琲に手が止まらない遊吾。その様子を見て満足したらしく、調が嬉しそうにお盆を抱えながら彼に言った。

 

 

「それは、最近発見されたスカーレッド・コクーンと言う特殊な、真っ赤な色の珈琲豆を一定温度でじっくり焙煎することで出来る、至高の一杯。名前を、レッド・デーモンズ・マウンテン。お店で頼めば一杯三千円は下らない」

「ッ!? ――!! ――!!」

 

 

 一杯三千円オーバー。思わず珈琲を気管に入れてしまい思い切りむせそうになるが、三千円越えの超高級珈琲、しかも調が丁寧に入れてくれた品を噴き出すのは勿体無い、というか失礼だ。むせそうになるのを懸命に堪え、何とか口の中の珈琲を飲み干す遊吾。吹き出さなくてよかった。大きく息を吐く。

 

 

「驚いた?」

「驚くわ!? てか、何でそんな高級なモノを家に置いてんだよ!? さっきから気になってたけど本格的なあれ、珈琲入れるやつあるしさ!?」

 

 

 お前らあまり珈琲飲まないだろ? 先程見えた、明らかに職人の手で作られた珈琲を作る機械と言い、この豆と言い、飲まないにしては過剰じゃないかと彼が問いかけると、二人して照れ臭そうに頬を染めながら言った。

 

 

「そ、その、デスね」

「遊吾が珈琲とか苦手っていうから、克服させたいなって。それに、遊吾が遊びに来てくれないと私も切ちゃんも寂しいから」

「し、調!?」

「違うの?」

「い、いや、違わないデスけど…」

 

 

 まったくこいつらは。妹のような、そんな存在が態々自分のために色々してくれたと言われて嬉しく無いわけがなく、彼は思わず二人を抱きしめて礼を言う。

 

 

「ありがとな。切歌、調!!」

「あう。…はいデス」

「うん」

「…あ、でもこんなの飲んでたら俺他の珈琲飲めなくなる気がするぞ…」

 

 

 これほどの上物を飲んでしまえば、今まで飲んできた珈琲が全部泥水か何かのような気さえしてくる。

 

 こんなものを飲んで、果たして自分は市販のインスタントコーヒーや缶コーヒーを飲むことが出来るのだろうか。思わず頭を抱えてしまう遊吾に、調が珍しくにっこりと笑って言った。

 

 

「飲みに来れば良い」

「え? いや、流石にお前ら学校もあるし、てか茶店代わりに使うのはちょっと――」

「飲みに、来ればいい」

「あ、はい」

 

 

 謎の威圧感に思わず押し負けてしまう遊吾。気づけば彼の手にはこの部屋の合鍵が。どうやらいなければ勝手に上がってもいいということらしい。

 

 押し付けられた鍵を手の中でもてあそびながら、彼は立ち上がる。時間的にそろそろ出た方が良いだろうという判断だったのだが、そんな彼に切歌が抱き付く。

 

 

「今日は帰るの駄目デス!」

「…いや、そうは言うがお前らにも予定があるだろ?」

「遊吾。今日のご飯は冷蔵庫の余りを全部使ったシチュー。だから食べていって」

「分かった。なら食べたら帰る――」

「駄目デス! 明日は特売日なのデス!!」

「明日は近所のスーパーがおひとりさま限りで安い。遊吾にも手伝ってほしい」

「…あー、分かった分かった」

 

 

 まあ、時にはこういうのも悪くないだろう。彼が了承すれば、二人でハイタッチをする調と切歌。そうやって喜んでもらえるなら多少は構わないかと苦笑しつつ、彼は椅子に座るのであった。

 

 後日、三人でスーパーの特売セールに向かった際、彼はとんでもない光景を目にするのであった。

 

 

「…なあ、調――ってフィーネ、お前何で表に出てきてんの?」

「…調の代わりに私が表に出ると、身体が成長するじゃない?」

「ああ、フォニックゲインの作用でそうしてるんだっけ」

 

 

 スーパーの買い物袋を手に持った、黒髪の女性。やわらかな表情と暖かな光を放つ瞳は、調を大人にして各部位を大きくしたような、そんな女性。

 

 彼女の名前はフィーネ。現在調の中で魂だけで生活している、魂だけの存在、処遇中の人だ。

 

 そんな彼女が人格として表に出てくる際、発生するフォニックゲインによって彼女の身体は一時的に成長する。副作用は無いらしいが、調の身体で両手を地面に着いて崩れ落ちられると少々困る。

 

 

「そしたらね。姉か親と間違われるから、セールの商品が一品追加で買えるって…。何で私がスーパーの特売の為だけに頑張らなきゃいけないのよぉおおおおお!!」

「フィーネ……」

「デース……」

 

 

 スーパーの特売品を購入するためだけに召喚される、人類最高峰の天才にして超古代の巫女。元々ラスボスはるほどの人物であった、そんな彼女のある意味憐れとも言える姿に、思わず涙を隠しきれない二人であった。




結論

ロマンチストは奏者。リアリストは装者である。とは言え、正規の呼び方は装者なので気をつけるように。


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突然湧いてきた電波的番外編~ハロウィン編(その一?)~

本編を進めることもあるが、ふと頭に湧き出てきたネタを書き殴る。

この話は、本編にまったく関係ない、混沌遊戯絶唱次元のお話です。GもGXもごちゃ混ぜ。正しくこの小説を混沌に叩き落してやると言わんばかりの話となっています。

う○い棒のど真ん中をぶち抜くような気分でお読みください。


 ふと目が覚めた。夢見が悪かったわけでもないし、何か気になることがあったから眠りが浅かったわけでも無い。ただ、何か、何かが自分に危険を囁いたのだ。

 

 彼が目を覚ましたのは、特異災害対策機動部二課、現在、S.O.N.Gと名乗っている国連所属のとある機関の管理する一軒家の一室――ではなく、街から離れた寂れた破棄都市区域にある、比較的損傷の少ない家の一室。

 

 現在の彼にはしっかりとした家があるのだが、一人きりで大きな一軒家に住むというのは、元々サテライトで孤児として一人で生きてきた彼にとってあまり居心地がいいものではなかったし、何よりも何かと寂しい。この世界に着てこのかた孤独と言うものと基本無縁なこともあって、一人で居るということに対する耐性が落ちてきているようだ。

 

 その為、彼は時折こうして元々拠点にしていた寂れた場所に、身を隠すようにしてひっそりと訪れる。だが、これに関してはまだ誰にも話していないはずなのだが…。

 

 廃ビルの二階部分。その一室で目を覚ました彼は、部屋に近づいてくる奇妙な気配を察知して布団から起き上がると静かに扉の近くへと移動した。

 

 腰を落として構える。相手は一人。ゆっくりと部屋に近づいてくることから、明らかに自分がこの部屋に居ることがバレていると見て間違いは無い。しかも、この気配は装者たちの気配ではない。つまり、自分に怨みを持った連中か、はたまた某国からの刺客か。

 

 少しずつ気配が近づいてくる。心の中でカウント。五、四、三、二、一――

 

 今っ!! 彼が部屋から飛び出すと同時に拳を相手に向かって突き出す――だが、それは一瞬の抵抗の後呆気なく相手の身体を突き抜けた。

 

 人肌程度の温もりを感じさせる液体――水だ。無色透明なそれが廊下にぶちまけられる。こんなことをするやつなんて彼が知る女性の中で一人しかいない。

 

 

「トリックオアぁ」

 

 反射だった。気配も何も感じていないが、彼は己の決闘者の本能に従って撃ち放った拳を引き絞り、廃ビルを揺るがす震脚と共に後方に向かって撃ち放った!!

 

 

「とりぃいいい――」

「満足裏拳ッ!!」

「ィグゥッ!?」

 

 

 腹に突き刺さる裏拳。みっともない声と表情をしながら身体をくの字に曲げてその場に崩れ落ちる青色の少女。

 

 

「って、なんだ。ガリィか」

「――は、腹パンしてから気づくとか、この鬼畜め…これが装者だったらどうしてんのよ…」

「ばっか。あいつらの気配を間違えるはずねえだろうが」

「う、ぐぐぐ」

 

 

 お腹を抱えて苦悶の表情をしつつも彼を睨み付ける少女。

 

 病的なまでに白い肌。濃い藍色の髪に蒼色の瞳。全身が水のような青色で統一され、メイド服のようなドレスを身に纏い、身体の関節、その至る所に人間には無い亀裂の入った少女。名前はガリィ・トゥーマーン。魔法少女事変と呼ばれた事件の首謀者に仕える、オートスコアラーと言われる自立する人形の一人である少女。

 

 そんな彼女は、彼と初めて出会ったときの屈辱――と彼女は考えているが、実際はただの黒歴史である――を果たすために、彼に対して何かとちょっかいをかけてくる。

 

 そのことごとくを彼は腹パンで回避してきたわけなのだが、どうやら今回もその例に漏れないらしい。

 

 

「こんなにポンポン腹殴りやがってぇ…子供ができなくなったらどうすんの!!」

「そんときゃ、どういう形であれ責任取るさ」

「はへ?」

「てか、お前人形なんだから子供なんて産めないだろ」

「…うわ!? こいつ種族差別しやがりましたよ!? というかオートスコアラーは皆人形だっての!! 何? ガリィと他の奴らと何が違うッての!?」

「もうちょい胸と尻成長させてから来い」

「ミカはどうなんのさ!? マスターやエルフナインだって大概じゃないのよッ!!」

「ミカは可愛いから大丈夫だ!! キャロリンもエルフナインも可愛いから大丈夫だ!!」

「…ほらぁ、ガリィだって可愛いですよー?」

 

 

 回復し立ち上がると、その場で一回転。スカートをヒラヒラと風に揺らし、停止と同時に止めと言わんばかりに頬に人差し指を当ててあはっ、と可愛らしい笑顔。

 

 

「はっ」

「鼻で笑ったなてめぇえええ!!」

 

 

 いかに性根が腐っていると言われるガリィであっても、これには本気で怒った。掴みかかってくるガリィの額に手を置いて攻撃できないようにしつつ、彼は尋ねた。

 

 いくらオートスコアラーが暇であっても、態々自分のところに来る必要なんてないだろうに、と。

 

 

「そ、それは~、その~」

「ん? …なんかさっきトリックだか何だかって言ってなかったか?」

「ギクッ!」

「…悪戯なんてお前、毎回してるだろうに。何言ってんだか」

「い、いやー、それはですねー」

 

 

 彼女がここに来た理由。それは今日が世間一般では、ハロウィンと呼ばれる日であることが関係している。

 

 ガリィと遊吾は、こうやって顔を突き合せれば言い争ったり、腹パン合戦をしたりする仲であるが、実際のところは仲が悪いというわけではなく、むしろ良い方である。

 

 というのも、丸くなったとは言え遊吾は元々手段を選ばない上に多少ゲスな行為なら躊躇なく行うことが出来る男である。甘々な所は多々あるが、それでもやれるところは顔芸をしながらもしっかりとこなす遊吾のことをガリィはしっかりと評価しており、毎回毎回突っかかるのも彼女が人とのコミュニケーションを行うのがあまり得意ではないからである。

 

 

「ま、まあ今日はこのくらいで勘弁してあげますけど」

「はいはいっと、トリック……あ、そういや」

 

 

 そんな彼女にとって、ここに来たのがハロウィンを誰よりも早く遊吾と楽しみたかったなどという自分の心はそう口に出せる訳でもなく。そんな捨て台詞とともに彼女は転移しようと懐に手を入れた。

 

 そんな彼女のことを放って彼は何やら部屋にある棚のなかを漁っていたが、目当てのものを見つけたのだろう。あったあったとそこから袋を取り出して――ガリィに放った。

 

 

「っと! …なんですかこれ?」

「今日はハロウィンってのやるんだろ? だから菓子」

 

 

 ガリィが受け取ったのは、掌サイズの小さな袋に入っているのは小さなクッキー。と、そこでガリィは気付いた。

 

 一口サイズより少し大きい程度のそのクッキーの表面にはなにかが刻まれている。一体何なのかと目を凝らせば、そこに描いてあるものがなにかわかった。

 

 紋章だ。オートスコアラーたちは、それぞれに属性、対応する紋章が存在する。ガリィの場合は聖杯。彼女の紋章が刻まれているのだ。

 

 こんなものが市販の物のはずがない。驚いてガリィが彼を見る。が、彼は既に玄関に向かっているところだ。

 

 

「どうせ二課に行くんだろ? ほら、行くぞ」

 

 

 彼女を見ずに歩き出す彼。だが、そこで彼女は見た。彼の耳が微かに赤色に染まっていることに。

 

 確かに最近は寒い日が続いている。だが、この部屋はしっかり対策されているせいで暖かい。ならば、あの耳の赤らみはどうかんがえても寒さから来るものではない。

 

 なぁるほどぉ。彼女が表情を変化させる。転移する予定だったが変更だ。

 

 

「あれれ~、どうしたんですか~? 顔が真っ赤ですよぉ?」

「……」

「あ、ちょっと!? 扉閉めないでくれます!? まだガリィが居ますよ!! 何? 光の護封剣? ちょっと本当に何やってんだこのドクサレ決闘者ッ!!」

「だぁあああ!! うっせえまな板ブルーッ!!」

「誰がまな板だッ!! 残念ですけど、風鳴翼の方が小さいですからねッ!!」

「おまっ!? 翼最近マジで悩んでんだから言ってやんなよ!?」

「ならば早く開けろ!!」

「ったく、しゃーねーなぁ」

「しゃーねーじゃねえよムッツリプリンス!!」

「誰がムッツリプリンスだこの性根腐った青色馬鹿!!」

 

 

 子供のような言い争いをしながらビルを後にする二人。

 

 だが、気付いているだろうか? 遊吾もガリィも本気で罵倒している割にはその表情がとても楽しそうな、幸せそうなものであるということに。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

「…ここはコスプレ会場か何かか?」

 

 

 ガリィと共にS.O.N.Gのハロウィンパーティー会場にたどり着いた彼の第一声は、それであった。

 

 どこを見ても、仮装した人、人、人。その誰もがどこかで見たことのある顔ぶれだった。

 

 

「お、来たか遊吾!」

「ああ、おっさんも――お前誰だよ!?」

 

 

 やって来たのは風鳴響一郎――のはずなのだが、何故全身鎧。しかもつり上がった眼、そして特徴的な紺と白のマスク。その姿を彼は良く知っている。

 

 バスターブレイダー。しかも彼が元の世界で実験調整用にとある会社から借りていて現在も借りたままになっている最新版融合モンスター、竜破壊の剣士―バスターブレイダーその人の姿。

 

 なまじ鍛え抜かれた肉体があるせいで似合っているどころか、カードの精霊じゃないかと疑ってしまうほどの圧倒的存在感である。

 

 

「どうだ? にあってるか?」

「似合うなんてもんじゃねえよ…あんたやっぱモンスターの生まれ変わりなんじゃねえの?」

「はっはっは。馬鹿を言え。そんな存在がどこに居るってんだ」

 

 

 そんな存在――目の前に琰魔竜レッド・デーモンの生まれ変わりが居たりするが、それは割愛する。

 

 そんな二人のやり取りに気づいたらしく、複数人の人物が彼に近寄ってきた。

 

 

「ああ、遊吾君じゃありませんか」

「れっく――レックス!? おまっ、どこの神官だよテメェ!?」

「石板に描かれていた神官を模してみたのですが、にあっていませんか?」

「似合っているから困ってんだよ…」

 

 

 一人は、上半身丸出しで、胸から腹、背中に何やら細長い円、竜の紋章が描かれている。

 

 彼の名前はレックス・ゴルドウィン。そしてその仮装は彼は知らないことだが、彼と同じような名前のレクス・ゴドウィンと呼ばれる人物が行っていた戦闘形態、通称超官モードだったりするのだが、これまた無駄に鍛え上げられた肉体と、二メートルを超える巨体が忠実を良く再現している。

 

 

「……やあ」

「ガチネフィリムじゃねえか!?」

「ごふぁ!?」

 

 

 次に現れた人物の姿を見た瞬間に彼は動いていた。拳を握りしめ、震脚と共に敵を討ちあげる。

 

 昇竜。顎に直撃したそれによって完全に意識を狩られたウェル博士は、そのまま床に叩き付けられるとどこからともなく現れた救護班に搬送されていった。

 

 はぁ、はぁ、と肩で息をする遊吾。なんだこの混沌とした空間は。一体何が起こっている? 混乱している彼の肩に手を置く人物。

 

 今度は誰だよ…。疲れたように振り返る彼――

 

 

「ワクワクを思いだすんだ!!」

「…ふぅ、疲れてんだな」

 

 

 イルカ。イルカである。青いイルカ。筋肉ムキムキマッチョマンのイルカである。顔を正面に戻し、俺、疲れてんのかなぁと目元を擦り、再度振り返る。

 

 

「ワクワクを、思い出すんだ!!」

「…洸さん、なにやってんすか」

「遊吾君――僕だ!!」

「洸さん、あんただった――ってぇえええ!? いや、このドルフィーナ星人誰…って、まさか――」

「そう、そのまさか。次元を超えてきてもらったんだ!!」

「こんな下らないことのためにネオスペースから呼び出してんじゃねえよ!?」

 

 

 ヘルメットに黒のサングラス。そしてライダースーツ。いつもの謎のDホイーラーAの格好をした立花洸が、ドルフィーナ星人にお礼を言う。

 

 君もようやくワクワクを思い出せたようで安心したよ。ドルフィーナ星人は彼にそう言い残して自分の宇宙へと帰っていった。

 

 

「ああ、遊吾君。来てくれたのか」

「…良かったッ!!」

「ど、どうしたんだい?」

 

 

 後からやってきた風鳴弦十郎の衣装を見て思わず泣きながら地面に崩れ落ちる遊吾。

 

 彼の装いは、簡単に言えばジャック・オ・ランタン。頭にかぼちゃがのっているのは些かシュールであるが、悪くは無い。

 

 ようやくまともな見た目の人が出てきたことに彼が安堵していると、目の前でなにやらこしょこしょと話し始める弦十郎と洸。

 

 話がまとまったのだろう。二人は頷くと、眩い笑顔で彼の肩をつかんだ。

 

 

「遊吾君。ちょっときたまえ」

「はっ? …いや、なんか嫌な予感しかしないからやです」

「まあまあ、そう言わずに」

「え? なんなのこの人たち怖い!? ちょっ、まっ、イヤァアアアア!?」

 

 

 お前もコスプレをするんだ! 断る! 大丈夫、元からコスプレみたいなものでしょ? ああ? テメェ俺のコート馬鹿にするなよ!! あ、すいません。マジで調子乗ってましただからまってええ!?

 

 遊吾はそのまま二人に何処かへと連行されるのであった。

 

 

 

 

「………ああ、くそ。どうしてこうなった」

 

 

 嘆く。そこに居るのは一人の学生。

 

 いつものツンツン海胆頭はどこへやら。しっかりと流した黒髪。わざと着崩された赤色のブレザーにネクタイ。黒のカッターシャツ。デュエルアカデミア・ネオシティ中央校高等部の制服。

 

 簡単に言えば、只の格好良い学生だった。仮にもあらゆる戦場を経験し、己を研鑽してきた男。元々高い身長も相まって、イケメンと言うよりかはワイルド、男臭い格好よさを身に纏っていた。

 

 一体どこから入手してきたのかは知らないが、自分な好みでほんの少し制服を大きくしている無駄なこだわりよう。

 

 仮装と言えば仮装だが、なにか違わないか。そんなことを考えながら彼はボーッと壁際でパーティを眺めていた。

 

 学生服、というのが些か恥ずかしいこともあるのだろう。気配を絶つようにして自分を壁と一体化させる遊吾であったが、そんな彼にかかる声。

 

 

「遊吾さん、ですよね?」

「なんだ、ビッキー――お、おまっ、なんつう格好を!?」

「え? えっと、狼男のコスプレですよ?」

 

 

 そこにいたのは、栗色の犬。いや、本人が言うには狼らしい。

 

 頭頂部につけられた髪と同じ色の耳。シンフォギアのヘッドギアめいたデザインのそれ。最近伸ばしているらしい髪がさらさらと流れる。

 

 チューブトップと言うのか、胸回りは栗色の毛で覆われ、腰から下も栗色の毛で覆われている。手足は前腕と膝から下にかけて犬の手足のようなものがとりつけられており、腰からは尻尾がのびる。

 

 なんというか、エロかった。身長差のせいで谷間が見えるし、くびれすごいし、二の腕凄いし太股眩しいしというか格好が明らかにこの時期にそぐわない水着擬き。彼女の健康的な鍛え抜かれた、それでいて確かな若さを感じさせる肢体。それをこれでもかと見せ付けてくる露出度の高い衣装に思わず動揺を隠せない遊吾。

 

 

「どうかしましたか? 遊吾さん」

「い、いや。なんでも」

 

 

 小首をかしげる姿が異様に可愛らしい。

 

 なんだよこの生物兵器。新手の聖遺物か何かか? 思わず目を逸らす。それを見た響は似合ってませんかと肩を落とした。心なしか尻尾と耳も下がっているように見える。

 

 

「違う! 似合いすぎてて目のやり場に困るんだよ! てかこんな寒い時期にそんな格好してんな。ほら、これ貸すから」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 とりあえず、目に毒だしいくら暖房がきいているからと行っても肩や臍丸出しなのは頂けない。というか不特定多数にこれを見せるのは腹が立つ。響にブレザーをかけてやると、胸元を手で引き寄せつつはにかむ。

 

 その笑顔にお、おうと目をそらす遊吾。と、そこで響が声をあげた。

 

 

「あ、そうだ遊吾さん!」

「なんだ?」

「トリックオアトリート! お菓子をくれないと悪戯しちゃいますよ?」

 

 

 正直なところ、狼の姿で悪戯何て言われれば、悪戯とはどんなものか少し気になる。

 

 とはいえ、悪戯なんてされる気は毛頭ないので彼は足元においていたバックパックの中から一つの小袋を取り出すと彼女に差し出した。

 

 

「お手」

「わん! って、何やらせてんですか!?」

「いやー、ビッキーならやってくれると信じてました」

「もう…これは?」

「ああ、菓子菓子。悪戯はされたくないからな」

「んー……これ、手作りですか?」

「さーてな」

 

 

 どうやら二課装者御一行の到着らしい。が、その格好を見た瞬間彼は即座に移動すべきと判断し動き出そうとする――が、それを響が止める。

 

 

「ほら、皆来たんですから」

「おい、手を離せよ。いや、離してくださいほんとお願いしますからッ!」

「というかなんで逃げるんですか」

「格好が恥ずかしいってのはもちろんだけど、コート無いと不安なんだよ。とりあえずデッキと決闘盤はあるけどよ…」

「あ、その二つはあるんですね」

「まあ、決闘者だからな」

 

 

 とりあえず行かせて? いやです。と押し問答を繰り返していれば、彼女たちが気付いて声をかけてきた。

 

 

「まったくもー。響、早すぎだよ」

「えへへ、ごめんごめん」

「…遊吾さん?」

「あ、ああ」

「すごい格好良いですよ!」

「そ、そうか?」

「はい」

 

 

 そう真正面から誉められて悪い気はしない。

 

 頬を掻きつつ、彼は声をかけてきた少女――小日向未来の服装を見る。

 

 雪。夜空のような藍色の着物だ。花――というよりは氷の結晶のような紋様が藍色の中に綺麗に散りばめられており、まるで夜空から雪が降っているように見える。

 

 

「雪女?」

「はい。…どうですか?」

「どうって…」

 

 

 結い上げられた黒髪。響のものとは違い、肌の露出がとても少ないので、チラリと覗く白いうなじがなめかしく、また着物のせいか今の彼女が歳上の大和撫子に見えてくる。

 

 結論。響に負けず劣らずエロい。というかこっちは響にはないエロスがある。ボッキンパラダイス的なエロさは響に部があるが、大人の色気はこちらの方が上か。

 

 

――って、なんでさっきからエロだのと考えてるんだよ俺…。

 

 

 内心ため息をはくが、事実色気が、艶やかな雰囲気があるのだから仕方がない。

 

 

「似合ってる」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 

 微笑みだけで悩殺されそうだ。余裕のある雰囲気に、何故かどんどんと追い込まれている気がしてならない遊吾。と、彼女の背後から何やら言い争う声が聞こえる。

 

 

「まあまあ、二人とも折角コスプレしたんだしさぁ?」

「こ、これはさすがに恥ずかしいわよ奏!?」

「翼、あんたの座右の銘は?」

「常在戦場」

「よし。これは戦なんだ。分かるね? さ、今こそ戦場に立つんだ!」

「なるほど…よし!」

「や め ろいやホント。いくなら先輩だけにしてくれよあたしは――」

「雪音よ、共に戦場を駆けようぞ!」

「やけくそになってねえか先輩!?」

 

 

 現れたのは三人の女性――だが、その服装が問題だった。思わず顔を背ける遊吾。

 

 似合ってなさすぎたのか? いや、違う。見た目が面白かった? それも違う。

 

 これまた前の二人とは違う意味で似合いすぎていたからだ。

 

 天羽奏は、西洋のドレス。こぼれ落ちそうな胸元。肩口が絞られてふわりと膨らみ、スカートが花のように膨らむ。少し子供っぽいデザインだが、それが彼女の持つ快活な雰囲気と合わさり、明るい大人の女性を演出していた。

 

 風鳴翼。これもドレスなのだが、こちらは魔女――なのだろうか?

 

 というのも、大きく開いた胸元に、刃のように鋭い黒地の下から広がる、白いスカートに、黒の手袋。スカートの白地が少ないため、彼女の長い脚がチラチラと見えてすごい気になる。

 

 戦乙女のような服装であるが、頭に明らかな三角帽子と手に箒。恐らくは魔女のはずだ。背中に翼があれば、ヴァルキリーとか、堕天使だったかもしれない。一瞬脳裏にマキシマという単語が浮かび上がったが、気のせいだろう。

 

 そして雪音クリス。何てことはない。夢魔である。淫魔である。サキュバスである。

 

 とはいえ、そんなRが付く本やゲームほど露出が激しいと言うわけではない。服装も赤色のドレス。それはまだS.O.N.Gの前、フィーネの仲間として彼女が戦っていた頃の赤色のドレスに良く似ていた。

 

 とはいえ、そこは夢魔の仮装らしく結構過激だ。大きく開いた胸元にへそ出しルック。バニーガールコスチュームをより過激にしたデザインと言えばいいのか。側頭部から伸びる羊の角に、腰から伸びる尻尾。とりあえず翼や奏ではまだいいとして、何でクリスはこんな服になってしまったんだ。

 

 頬を染めるクリスに、少しだけ呆れを含んだ視線を送ると、彼女が狼狽えながら応える。

 

 

「し、仕方ないだろ。こういう奴しか残ってなかったんだよ!!」

「どういうチョイスしてんだよ主催者ァ!? 正直ありがとうございます!!」

「お前はどっちなんだよ!?」

「仕方ねえだろ、男なんだから!!」

「うっせぇこの変態ッ!!」

「露出魔に言われたかねえわ!!」

「ばっ、だ、誰が露出魔だこの!!」

「落ち着け雪音。アトラスは恥ずかしがっているだけだ」

「ばっ、ちげぇよ!! 別に動揺もしてなけりゃ、恥ずかしくもねえよ!?」

『ああ…』

「違うッての!?」

 

 

 装者たちの何かを察したような頷き。別に照れてなんかいないと彼が言うが、誰も聞く耳を持たない。それどころか、響やクリスに至ってはわざと彼に身体を絡めようとしてくる。

 

 壁際で待機していたことが裏目に出てしまった。背後が壁である以上前か横に逃げるしかないのだが、前は翼と奏、横は未来、クリス、響。四面楚歌とはこのことか。どうすればいいッ!? 急いで逃亡するための策を考え、彼は気づいた。ノイズになってしまえばいいと。

 

 そこに至った彼の動きは速かった。速かったが、それよりも響の動きの方が速い。

 

 武装組織フィーネの決起事件の後、マリア・カデンツァヴナ・イヴと言う新たな先輩を得た響は彼女から受けと投げ、固めなどの講義を受けていた。彼女の徒手空拳をより強力にするための訓練だったのだが、今回その訓練の成果がこんなところで発揮されてしまった。

 

 

「貰いましたよ、遊吾さんッ!!」

「しまったッ!?」

 

 

 彼女が彼の背後を取る――同時に拘束される身体。力を入れて無理矢理振りほどこうとするが、力を入れれば入れるほどむしろ彼女の身体が彼を締め上げる。力を入れた瞬間を見切り、その方向に身体を沿わせることで力の運用を完全に停止させる。

 

 いかな決闘者である彼と言えど、そんな技を完全に極められてしまえば逃げることは叶わず。気づけば響とクリスに両側から挟み込まれていた。

 

 

「まあまあ、別に良いじゃないですか」

「そうそう。照れてんなら照れてるって言や良いじゃねえか」

「だぁああ!? 離せ!? はっなっせ!!」

「ほらほらぁ、お菓子くれないといたずらしちゃいますよ~?」

「おまっ、今金平糖やったばっかだろうが!?」

「じゃあ、あたしは悪戯しても良いな」

「ばっ、ちげぇよ!? 落ち着けクリス! とりあえず菓子やるから、な? てか、未来たちもそこで見てないで助けて!?」

「ひびきー、それ終わったら今度は私たちだよー」

「うん、分かってるー」

「未ッ来!? ちょっと未来ちゃーん!?」

 

 

 まさかの未来の裏切りに目を剥く遊吾。翼もふふふと微笑むだけで助けてくれそうにないし、奏にいたってはカメラでこちらのことを激写している――

 

 

「ってこら!? 何やってんだ早く消せぇ!?」

「HAHAHA。断る」

「くそがぁあああ!?」

 

 

 色々と拙い。両側から感じる大小様々な柔らかさとか、甘い香りとか。兎に角いろんなものが削られて行っていることに内心で焦る遊吾。なんとかして、なんとかして脱出しなければ。

 

 急いで決闘盤を起動させ、そのカードゾーンに強制脱出装置をセットする。セットから発動まではタイムラグがあるが、こうなれば力押しでも逃げ出すしかない。

 

 彼がそう決心してこっそりと決闘盤にカードを差し込もうとした――そんなところで、彼にかかる声。

 

 

「大分派手にやってるようだね、遊吾。助けてやろうか?」

「流石レイアの姐さん――ってお前誰だよ!?」

 

 

 そこに居たのはレイア・ダラーヒム。その方には小型端末である、妹ちゃんが乗っている――のだが、彼女の服装は妹さんとよく似た包帯――ではなく、銀色の鎖で全身を覆った女性。そのあまりにも派手すぎる姿に、一瞬だが誰だか分からなかった彼が吠えた。

 

 

「ミイラ男だよ」

「ミイラがシルバー巻いて堪るかァ!?」

 

 

 こうして、更にハロウィンパーティーは混沌へと落ちていくのであった。

 

 

 

 

「ほら、マリア姉さん早く!!」

「え、ええ!? い、いやセレナ。本当にこんな格好で行くの!?」

「当たり前でしょ!! 遊吾さんを悩殺するためだよ!!」

「ここに来たのはそんな理由じゃないから!? 落ち着いてセレナ!?」

「…うわぁ、皆混沌としているというか…濃いデスねぇしら――調ェ!?」

「インパクトが足りないからって、シュルシャガナをネフシュタンの鎧っぽくしなくてもいいじゃない調!?」

『フィーネ、分かってない。こういうのは、いかに突き抜けるかどうかが問題』

「そ、そうなの?」

「そんな訳ないデスよぉぉおおお!?」

 

 

「ごめんなさい。態々呼び出しちゃって…」

「構わん。それに、あいつがどんな絆を紡いできたのか、少々興味があったからな」

「ああ、洸さん」

「あ、風鳴司令官」

「ん? そちらの方は…」

「ああ、えっとこの人は――」

「俺は――ジャック。ジャック・アトラスだ。遊吾・アトラスの義理の父親をやらせてもらっている」




ハロウィン忙しくて大変だったけど、一箱で通告スーパーシークレット出て大満足だったよハルトォオオオオオ!!


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果てなく広がる希望の番外編~ンヒィハロウィン編第二部~

注意

キャラ崩壊どころか、何かがおかしいことになっています。具体的に言えば、脳筋EMが、現在環境トップに躍り出ているEMemにデッキが書き換わったレベル。作者のノリと勢いと満足とネタが合わさり混沌に見える。


それでも、俺は、お前を信じる!!とかっとビングできる方はどうぞ!





「はぁ、助かったぜ姐さん」

「構わない。派手すぎるのも似合わないからな」

「……」

「おお、妹ちゃんもありがとな」

 

 

 彼の肩に乗り、ペシペシと頬を叩く妹ちゃん。姉であるレイアの手によって二人の装者の拘束から脱出することに成功した遊吾は、二課の装者たち一時別れて現在は彼女たちオートスコアラーがいる方へと向かっていた。

 

 

「ああ、そういえばF.I.Sの装者たちももうすぐ来るそうだ」

「そか。一体どんな仮装で来るんだろうなぁ」

「…恐らく、S.O.N.Gの装者を越えてくる」

「…やめて。軽く想像できるから」

 

 

 F.I.Sの装者。マリア・カデンツァヴナ・イヴ、暁切歌、月読調。この三人は元の生活環境故か、ストッパーがいないと非常に大変なことをやらかしてくる。

 

 二課の面子は事の大きさを分かっていながらやらかすので、それはそれで質が悪いのだが、F.I.S組は夢自覚にやらかす――病院で療養中のマムへのお見舞いが徳用醤油だったりするなど――ので、これもまた質が悪い。

 

 二課の面子があんな色んな意味で凄まじいコスプレをしてきたのだ。F.I.S組が自重したコスプレをしてくるはずがない。

 

 何となくそんな気がしてならず、頭が痛いといわんばかりに額に手をあてる遊吾。先程から頬を叩く妹ちゃんの優しさが涙腺に響く。

 

 

「ああマスター。遊吾を連れてきたぞ」

「良くやったレイア。…久しぶりだな、兄よ」

「おう、久しぶりキャロリン。…背、のびた?」

「親戚のおじさんみたいなこと言うな。伸びとらんわ」

「ボクたちはホムンクルスだから成長速度が遅いんですよ」

「なるほどな」

 

 

 奥から現れる二人の少女。

 

 共に金髪。片方は意思の強い釣り目、もう片方は優しそうに目尻が下がった、瓜二つの少女。

 

 二人の違いは、目元に泣き黒子があるかどうか。

 

 泣き黒子をもっているのが、キャロル・マールス・ディーンハイム。ないのが、エルフナイン・マールス・ディーンハイム。

 

 本来はエルフナインに名字は存在しないのだが、彼の計らいでこうして姉妹として二人は暮らしている。

 

 キャロル・マールス・ディーンハイムは、数ヵ月前に発生した魔法少女事変の首謀者であり、世界を分解しようとした、古き時代より生きる錬金術師であり、エルフナインはそんな彼女が作ったホムンクルス、人造生命体。だったのだが、色々とあった。

 

 過去に実はエルフナインが存在していたとか、キャロルの恩人に決闘者がいて、そいつが彼女に融合を託したとか。

 

 まあ、本当に色々あって、現在キャロルは融合を使いこなす遊吾を兄と慕い、世界を分解しようとしていたことが嘘のように平和に暮らしていた。

 

 

「ところで兄よ」

「どうしたマイシスターズ」

「トリックオアトリートです!」

「お菓子をくれなければ悪戯をするぞ!」

「ばっちこい! ってのは冗談だ。だからひかないでお願い」

 

 

 軽い決闘者ジョークなのに、本気にとられたらしく、キャロルがエルフナインを庇うようにして半歩下がる。

 

 

「ああ、分かっていたからな。効くだろう?」

「…ほほう。キャロルはよほどお菓子がほしくないと見えるなぁ」

「なっ、それは酷いぞ兄!?」

「ははは。ほら、エルフナインお菓子をやろう」

「わ、ありがとうございます!」

「こら、エルフナインも素直に受けとるんじゃない!?」

「でも、ボクなにもしてませんし」

「む、ぐぐぐ」

 

 

 出会った当初のエルフナインでは考えられない口撃。これが出会った頃であればきっと申し訳なさそうに眉尻を落としてわたわたと慌てていただろうに。

 

 良くも悪くも二課やF.I.S組の影響を受けているらしいエルフナインの姿を見て、あの頃は純粋だったなぁなどと考える遊吾。

 

 

「…遊吾さん」

「ん? どうした」

「ボクがこうなってるの、遊吾さんの責任ですからね? 責任とってくださいね」

「え? いや、おう」

 

 

 自分の責任と言われても全くピンと来ない。が、ふと彼女に言った言葉を思い出した。

 

 

「おどおどするくらいなら、やるだけやってからしようぜ?」

「はい。まだ完全って訳じゃないですけど」

 

 

 少しでも言いたいことがあれば、ズバズバ言っていくようにしてるんです! と胸の前で両手を握るエルフナイン。

 

 

「こ、こら兄よ! オレには無いのかオレには!?」

「そんな泣きそうな顔すんな。キチンと用意してんよ」

「まったく、ならば先に渡せば良いものを」

「悪い子はいらないみたいだなぁ」

「う、うそだ! 冗談だぞ兄よ!!」

 

 

 両手を振り、大慌てで弁明するキャロル。

 

 本来ならば彼の数倍は大人であるはずの彼女の、そんな微笑ましい様子に思わず口元を緩める。

 

 

「ほら、これ」

「おお……ん? 兄よ、これはもしかして」

「ああ、キャロルってヨーロッパ出身なんだよな? マカロンって言うのか? 何か伝統菓子らしいから」

「なるほど…これはオレたちに対応しているのか?」

「お、良く分かったな。ちなみに、金粉塗してあるのの、黄と青がエルフナイン。黄と赤がキャロルだ」

 

 

 製作期間一週間。合成着色料を使わずに色を出すのがとても難しく、仮に色が出来てもあまりにも味を落とすようなモノではいけないため、試行錯誤を繰り返し続け、睡眠時間を削りに削っての一週間であった。

 

 ちなみに、オートスコアラー全員にあるクッキーであるが、これも彼手作り。態々金型を風鳴の人脈を使って作りに行く徹底っぷりである。ちなみに、金型作成からの期間を含めると、製作期間は三週間である。

 

 遊吾・アトラス。基本妥協するということを知らない彼は、そうやって今日のハロウィンという日を楽しみにしていたのであった。まあ、彼にとってハロウィンという行事はなじみのないものであるが、贈り物をすると聞けばそれがどんなものであれ妥協したくなかったのだろう。

 

 

「遊吾さん、凄いです!!」

「まあ、上出来じゃないか」

 

 

 彼の説明を聞いて瞳を輝かせるエルフナインと、照れ臭いのだろう、帽子の鍔を手で押さえながらボソリと呟くキャロル。それだけで全力で作った苦労が報われるというものだ。

 

 

「と、ところで兄よ。気になったことがあるのだが…」

「なんだキャロル」

「…なぜ、オレとエルフナインで扱いが違うのだ?」

「A.キャラが違います」

「どういう……ことだ……」

 

 

 キャラクター、つまり性格の違いである。彼はエルフナインの頭を撫でながら言う

 

 

「ほら、エルフナインは天使だけどキャロルは違うだろ?」

「む、それは聞き捨てならないというかエルフナインもなぜ撫でられている!」

「えっと、そのー」

「HAHAHA、エルフナインは可愛いなぁ」

「はわわ」

「うがああ! 何故だ兄!!」

「キャラクターが違います」

「キャラクターが違うとはどういう意味だ!?」

「キャラクターが違うということです」

「にゃああああ!!」

「遊吾さん、そろそろやめてくださいよ。キャロル泣きそうじゃないですか」

 

 

 ううう、と恨めしそうに睨み付けてくるキャロル。確かにやり過ぎかもしれないと、彼はエルフナインから離れ、帽子をとってキャロルの頭を撫でる。

 

 

「悪かった。キャロルも可愛いけど、ほら、なんというかいじめたくなる可愛さだからさ」

「…なんだ、その餓鬼が好きな子供をいじめるみたいな理屈は」

「いやー、反応が良いからつい、な」

「ふん、そんなことを繰り返していれば愛想つかされるぞ」

 

 

 どうやら弄り過ぎたらしい。ふん、とそっぽを向くキャロルに苦笑し悪かったよと謝る遊吾。

 

 

「許さん」

「ほんとごめん。何でもするから許して」

「ん? 今何でもすると言ったか?」

「え? ああ、言ったけど」

 

 

 何でも、と聞いてキャロルの表情が、目が光る。

 

 

「ほほう? …ならば、オレに愛の言葉を囁くがよい」

「愛の言葉?」

「そうだ。例えば、愛しているとかな」

「愛してる」

「にゃっ!?」

「俺は、キャロル・マールス・ディーンハイムのことが好きで、同時に愛している」

「お、お、」

「お?」

「臆面もなく恥ずかしい言葉を吐くんじゃない!?」

 

 

 ムズ痒いを通り越して寒気すら覚えるわ! 顔を真っ赤にしながら怒鳴るキャロル。一体自分は何を間違えたのか。首をかしげる遊吾に、息を整えたキャロルが問いかける。

 

 

「…その言葉に嘘偽りは無いのだな?」

「当たり前だろ?」

 

 

 至極当然なことと本気で思っているらしい彼に、キャロルは帽子をひったくって被り直しつつ溜め息を吐く。

 

 遊吾・アトラスの言葉には嘘偽りがない。実際に彼は自分のことを好きで、愛しているのだろう。それは彼の言動を見ていれば明らかだった。だが、そこには家族愛や親愛、恋愛などの区別は一切なかった。

 

 人の感情を力任せにこじ開け、どんな相手にも真っ向から向き合って素直な感情を叩きつける。身内には甘過ぎるくらいに甘いが、一旦完全な敵と認定した場合、それがどんな相手であれ彼はありとあらゆる手段を用いて排除にかかる。その癖、妙なところで妥協点や折衷案などを切り出すような部分も持つ。

 

 単純な話、彼は大きな子供なのだ。故に彼の好きや愛の言葉には差がなく、嘘偽りもない。だが、同時に大人でもあるから、そこには確かに下心や性欲などが存在している。

 

 彼の幼少期とその後の生活を聞けば、この歪みも仕方のないこと。そして、この歪みは最早変えようのない彼の個性、核となっているのだから変えようがない。

 

 しかし、この歪みは質の悪いことに人を引き寄せる。良くも悪くも派手なことを仕出かすから注目を集め、そして自分達や装者の視界に映る。

 

 そうなれば、自分達は誘蛾灯に群がる蛾のように引き寄せられてしまう。

 

 それは、彼が許容するからだ。その歪みゆえに彼はあらゆる物を許容し、受け入れる。それは、どのような形であれ他者と違う部分を持つ者にとって余りにも心地の良い場所になってしまうのだ。

 

 と、そこまで考えたところでキャロルはふっと微笑んだ。

 

 

「どうしたんだよキャロリン」

「いや」

 

 

 こまけぇこたぁいいんだよ。頭が悪いと自称する彼の談だ。まあ、今のような無礼講の場であれこれ考えたところで意味はないし、こんな考察をしたところでどうこうする話でもない。

 

 錬金術師故かキャロルは何かと考え込む癖があった。未知があれば探求し、分析する。錬金術師の職業病みたいなもの。

 

 だが、世の中には考えても仕方のないことだってある。バカになれとは彼の言葉だが、確かに一々考える必要などない。

 

 

「なあ、兄よ」

「どうした?」

 

 

 オレは、私は、

 

 

「愛しているぞ」

「……ああ」

 

 

 遊吾・アトラスを愛している。それで充分だ。

 

 

「む…」

「ど、どうしたエルフナイン?」

「二人ともなに通じあっているんですか! ズルいですよ!」

「ふ、ふ、ふ。オレと兄は両想いだからなぁ!」

「それはキャロルが言わせたからでしょう!?」

「ふははは、知らんなぁ」

 

 わーわーと言い合う二人を見て、本当に姉妹みたいだなと微笑む遊吾。と、そこで彼は気づいた。キャロルもエルフナインも仮装をしていないということに。不思議に思った彼が、二人に尋ねる。

 

 

「なあ、お前らは仮装しないのか?」

「えっと、それは――」

「ユーゴー!! お菓子くれないといたずらするゾォ!!」

「この声は――そぉい!!」

 

 

 背後からかかる声。そして放たれる朱色の結晶。

 

 声が掛けられた時点で誰かは分かっている。ならば対処は容易い。

 

 彼が身体を反転させれば、そこには眩い笑顔を浮かべた赤色の少女の姿。彼女の鉤爪のような手が開かれ、その中心部から朱色に光る輝き。炎を纏い突き出される刃。いかなオートスコアラーであれど、本気でない上に跳びかかってきているのならば、それを見てしまえば避けるのは簡単だ。

 

 高速で飛来する腕を脇から放つ裏拳で払いつつ肘を曲げ、身体ごと後退。ミカの腕を後方に流しながら、返す腕で彼女の頭を掴み取る。

 

 

「あだ!? あだだだだだ!?」

「ったく、菓子やる前に死んだらどうすんだよミカ」

「えへぇ」

「……」

「わあああ!? 無言で力込めるの止めて痛い痛い!?」

 

 

 赤い髪に赤い服。赤を基調とした色合いの少女。彼女の名は、ミカ・ジャウカーン。オートスコアラーの一人であり、またオートスコアラーの中で一番の戦闘能力を誇る少女である。ちなみに、現在の格好はコスプレらしい犬耳と服。響のものとは違いれっきとした服であるが、良く見れば狼女か犬女の格好らしい。

 

 

「ったく、菓子やらねえぞ?」

「わわ、それは勘弁だゾ!?」

「なら大人しくしとけ」

「はーい」

 

 

 無邪気な声に手を離せば、その場で綺麗に着地してズイッと両手を差し出してくるミカ。

 

 まったく、現金なやつだなぁと苦笑しながら彼は彼女の手にクッキーの入った袋を置く。

 

 

「ほら、菓子だ。ボロボロ溢さないように食べろよ?」

「分かったゾ!」

 

 

 そのまま走って会場の中央に向かうミカ。そこには仮装しているガリィとファラの姿。

 

 ガリィは――あれは恐らく吸血鬼なのだろう。ドレスにマント。所々に描かれたコウモリのプリントからそう察することができる。吸血と言う訳ではないが、思い出などをエネルギーとして吸収できるガリィには良く似合っている。

 

 だが、ファラが問題であった。彼女の服は青と白を基調とした男物の民族衣装のようなものだ。

 

 

「…風が…吹いた」

「カードがちげえよ!?」

 

 

 なぜかは知らないが、それ以上言わせてはいけないような気がしたので彼が慌てて彼女を止める。

 

 

「あら遊吾」

「…フ、ファラ。これ、クッキー。トリートだ、うん」

「あら、ありがと」

 

 

 ファラが微笑む。

 

 彼女は何かと真面目な顔をしてやらかしてくれる。レイアと同じく翼のような面白いオートスコアラーなのだが、時折このような色々ヤバイものをやってくれるのが…。

 

 ファラ、何か面白いことやってほしいゾ。…風が――止んだ! だのとやり取りをしている二人を見て思わずため息を吐く遊吾。

 

 

「まったく騒がしい。そう思わんか? 兄よ」

「そうだなきゃろ――キャロリン!? いつの間に背後をというかいつの間に大人モードに!?」

 

 

 彼の身体を背後から抱きしめてしなだれかかる金髪の女性――キャロルだ。

 

 先程までの子供の姿とは打って変わっての、妖艶な美女。

 

 スラリと伸びた四肢。その腕は蛇のようにしなやかに人を絡めとり、その足はカモシカのようにしなやかに、そして力強く拘束する。猛禽のように鋭い顔立ち、そして獲物は逃さぬと光輝く鋭い瞳。だが、威圧感を与えるであろうそんな鋭い顔立ちも、目元にある泣き黒子でその鋭さはなりを潜め、代わりに色気、万物を惑わせるような色香を湧き起こさせる。

 

 身体付きも大きく変化している。確かに美しい娘であったが、そこは年相応の子供らしく寸胴のような身体だったそれは、今では豊満な胸とキュッとくびれた腰、そして桃のような尻。大きく裂かれた脇の部分から覗く浮かび上がった肋骨が、その姿をより淫らに演出していた。

 

 キャロル・マールス・ディーンハイム。錬金術師である彼女は現在、ダウルダブラの竪琴と言う聖遺物を用いて歌を運用することで、シンフォギア以上の戦闘能力を誇るプロテクターを展開することが出来るようになっている。

 

 そのシステムの一環として彼女の大人モードが存在しているのだが、良く見てみればプロテクターのデザインが所々ハロウィン仕様になっている。つまり、事前にこういう風になる様に準備していたことになる。

 

 一体お前は何をしているんだ!? 現在の状況も含めて吠える遊吾。そんな彼の耳にふぅ、と息を吹きかけるキャロル。

 

 

「ひぃ!? ちょちょちょキャロルィン!? おまナニやってんでおられますか!?」

「落ち着け兄よ。言葉遣いが無茶苦茶だぞ」

「落ち着けるかこんな状況でェエエエ!?」

 

 

 ただでさえ二課面子との会話で精神が削られているところで行われているこの、妖艶な肉体をフル活用しての拷問にも等しいいたずら。

 

 彼は、痛みには慣れている。決闘者としてダイナマイトの爆発に巻き込まれたり、拳銃で撃たれたりした回数も数知れず。何度も拳で殴られ、時にDホイールに轢かれながらも彼は今までほぼ無傷で生きてきた。故に彼は痛みや怪我と言うものに凄まじいほどに慣れている。

 

 だが、その分彼には弱点が多い。例えば甘いものとか美味しい物に弱く、胃袋を掴まれやすいし、本人も過去に何度か語っているように、母性的な女性や年上の女性、また、人に優しくされることにとてつもなく弱い。

 

 キャロルが行っていることも、彼が苦手とする部分の一つだ。

 

 痛みが全くなく、あるのは背中越しに確かに感じる暖かさと柔らかさ。女性特有の肌の感触と、甘い香り。そして耳元でささやかれる蕩けそうな声色と、生温かな吐息。

 

 キャロルと言う存在全てが、現在彼を追い詰めていた。

 

 

「助けてお巡りさん!! 痴女が、痴女が此処にィ!?」

「誰が痴女だ! …本気でいたずらするぞ?」

「ヘルプ! 誰かヘルプミー!!」

 

 

 本気で逃れようとする遊吾。だが、キャロルの展開した竪琴の弦が彼の身体に絡みついて離れることが出来ない。彼が近接格闘術を習い、多少の拘束なら抜け出せるようなレベルになっていたとしても、相手は複雑に絡み合う弦。力の流れが複雑すぎて拘束を解くことが出来ない。

 

 

「ぐ、ぐぅ。このままじゃ…」

「あ、あの!」

「……へ?」

 

 

 本気でノイズ化を考え始めた頃、彼にかかる声。聞き覚えがあるが少し低くなった声に驚いてそちらを見る。

 

 そこに居たのは、キャロルと同じような魔女のような黒衣に身を包んだ女性。頬を赤く染め、もじもじとこちらの様子を伺う姿は、確かな女性でありながら少女のような。薄くも柔らかそうな胸。ほんのりと柔らかい円を描く腰から足にかけての曲線。顔立ちは幼く、垂れた目じりは彼女の人となりを表しているようだ。

 

 

「一万年と二千年前から愛してました」

「ふぇ!? ゆ、遊吾さん!?」

「ゆ、遊吾お前何を言っている!?」

「……はっ!? か、身体が勝手に…」

 

 

 気づけば彼は拘束を脱し、彼女の前に立っていた。

 

 エルフナイン大人モード。その姿は遊吾・アトラスの理想とする女性像に見事にマッチしていた。無論、胸は無いよりもあった方が良い派の彼であるが、これとそれとは全くの別物であった。というか、そんな次元の話ではない。これは文字通りレベルが、否、ランクが違う。胸が小さいとか大きいとか、身長が大きいとか小さいとかそういうものではない。もっと根本的なモノ。

 

 彼は本能的に理解した。これが、彼の通っていたカードショップの一つで、女性型モンスターのフィギュアをプレゼントすればカードのパックを安くしてくれていた店長の言っていた――萌え。

 

 山の木々が青々と萌え得る。そんな風景を見ているような、心躍り、心が安らぐこの感覚。キャロルとは違い、性別が無い、それ故に起こる不可思議な色気を身に纏いながらも、少し自信が無さそうな、恥じているような表情でこちらを見る、初心で純粋な生娘のような反応。その落差、ギャップ。

 

 

「なるほど……これが萌え――」

「どうしたんですか遊吾さん!? 魂が天に昇ってますよ!?」

「こら遊吾、戻って来い!?」

 

 

 何かを悟った表情で後光が差している遊吾を揺さぶる二人。

 

 

「はっ……今、俺なにやってた?」

「…覚えてないんですか?」

「…キャロルに拘束されて、エルフナインを見たところまでは記憶にあるんだけど…」

 

 

 どうやら、彼にとってエルフナインの大人化というのはそれほどまでに衝撃的だったらしい。

 

 というか、何でエルフナインまで大人の姿をしてるんだよ!? 今更驚く遊吾に、キャロルがドヤと表情を自慢げに変えていった。

 

 

「オレのダウルダブラは、錬金術を用いたシンフォギアのようなもの、それは分かるか?」

「まあな。で、今はそれに歌の力を合わせる。本式のシンフォギアの理論と錬金術を融合させることによって、より安定したエネルギーの運用をしてるんだろ?」

 

 

 元々、ダウルダブラは歌ではなく、装備者の記憶をエネルギーとして燃焼することで、絶唱にも勝る攻撃力を発現させるように改造された聖遺物だ。

 

 だが、遊吾との出会いによって彼女はダウルダブラを錬金術の新たなステップへと昇華させた。それが、現在のダウルダブラの竪琴。櫻井理論と錬金術の融合による、新たなる異端技術の結晶なのだ。

 

 

「歌は安定しない。が、記憶という有限のエネルギーを消耗するよりも遥かに効率が良い。記憶の燃焼は安定こそするが、どうしても限りがある。だから今のダウルダブラは歌と錬金術を融合させ、新たにエネルギー機関を設置したわけだが、これが少々厄介でな」

「厄介? 仮にも世界最高峰の錬金術師が言うって、そこまでか」

「ああ。今まで考えられなかった、融合召喚の概念を利用した、全く違う理論の融合。あまりにも未知過ぎて中々上手くいかないのだ」

 

 

 最近は特に行き詰っていてなぁとため息を吐くキャロル。確かに、彼女の言う通り今までやったことも見たこともないモノを作りだそうとしているのだから、それは苦労をするはずだ。だが、それとエルフナインの大人化が一体どんな関係があるのだろうか? 首を傾げる遊吾に、まるで頭の悪い生徒に教える先生のようにキャロルが説明する。

 

 

「現在のダウルダブラを起動する際、膨大な余剰エネルギーが発生している。つまり、無駄というやつだな。今のところこの無駄なエネルギーを無くす手段が無いから仕方なく放出させっぱなしにしている。ここまでは良いか?」

「ああ、まあ何となくは」

「では、オレとエルフナインの身体はどう違う?」

「…性別が無いということ以外は基本的に同規格。というか容姿や性別以外のスペックは基本キャロルと同じのはず――ってまさか!?」

 

 

 彼は何となく彼女の言いたいことを察した。

 

 ようは、ダウルダブラの余剰エネルギーを活用したのである。彼の想像が正解であるとキャロルが笑う。

 

 

「その通りだ! オレとエルフナインの規格はほぼ同じ。ならばダウルダブラの余剰エネルギーをエルフナインに合わせて調整してしまえば、オレと同じくこの姿がとれると考えたのだ!!」

「な、なんだってぇええ!?」

「そして、その目論見は無事成功したのだ!! …ところで兄よ」

「…なんだ、妹よ」

 

 

 キャロルがエルフナインに身体を絡め、そして竪琴の弦で彼の身体を絡めとる。

 

 浮かび上がる身体。状況に頭がついていけていない。そんな遊吾に、キャロルが語り掛ける。

 

 

「この日本という国には、親子丼というものと姉妹丼という文化があるそうだな?」

「え? …え? いや、え?」

「え、キャロルやるんですか?」

「ああ、今がチャンスだ! かの有名な戦国武将、武田信玄で言う風林火山。今は火の如く攻めるべきだ!」

「……なるほど」

「あ、あのー、二人とも?」

 

 

 少しずつ近づいていく距離。そして二人が彼を歓迎するように手を開いた。

 

 

『姉妹丼、食べてみませんか?』

「ひっ!?」

 

 

 妖艶な魔女による誘い。彼はその時初めて恐怖を感じた。今まで感じたことのない類いの恐怖だ。

 

 闇のゲームによる死の恐怖ではない。決闘で負けるあの悔しさを含んだ恐怖ではない。サイバー流やブンボーグ流を相手にした時のオバロパワボリミ解オラァや005006ペンデュラム002002002効果003効果001003効果リミ解オラァのような、攻撃力一万を越える攻撃を仮想立体映像で体感するあの、あ、これ終わったわという悟りを開いたような恐怖感ではない。

 

 もっと根本的なモノ。そう、喰われる。この手に捕まったが最後、蟲惑魔の如く骨の髄までドロドロに溶かされて啜られる。何故か知らないがそう言う確信が持てた彼は、必死で抗う。

 

 だが、何の力が働いているのか彼はノイズになることができず、力技で切り抜けようにも弦は切れない。カードを取り出そうにも腕が拘束されていて動かすことが出来ない。

 

 少しずつ距離が縮まっていく。もうすぐ腕が彼の身体に触れる――そんな瞬間、両者の間を銀色の風が突き抜けた。

 

 ふわりと浮かび上がる感覚。同時に人の温もりと、心地よい暖かさ。思わず目をつむっていた彼が目を開く。そこに居たのは、銀色の耳当てをした、一人の戦乙女。

 

 

「あ、あ」

「随分と大変な悪戯をされていたわね、ユーゴ?」

「ま、まりあぁあああああ!?」

 

 

 大丈夫? と微笑むマリアの胸に思わず飛び込む遊吾であった。

 

 

 

「む、失敗したな」

「だから言ったんですよ? 行事のテンションで陥落するほど遊吾さんは甘くないって」

「うーん、やはりエルフナインの言う通り、日常の触れ合いから行っていった方が良いのか?」

「はい。遊吾さんって、響さんたちとは良くボディタッチをしますけど、ボクたちにはしないんですよ?」

「…信用が無いということか?」

「いえ、ただ、慣れていないだけです」

「なるほど…飼いならしてしまえばいいということか」

「はい。凶暴な野獣なら、少しずつ、確実に、ね」

 

 

「くふふふ、ふははは!? くっ、くくくく」

「ジャックさん!? 何もそこまで笑わなくてもいいじゃないですか!?」

「ふくく、そうは言うが洸。あの遊吾が。あの、あいつの三大欲求は睡眠欲、食欲、決闘欲だとか、鈍感を通り越して最早決闘仙人だとか言われていた、あの遊吾が女相手に振り回し、振り回されをしているのだぞ? これを笑わずしていつ笑うというのだ。く、くくく」

「…呼びだしたの、ちょっと早かったかなぁ」

 

 

「ねえ切ちゃん。ちょっと言いたいことがあるんだけど良いかな?」

「…調。多分それは私も言いたいことデス」

『それ、ポジション逆じゃない?』




二話で終わらせる予定だったんだ。だが、終わらなかった、何故だ!!(ザビ家演説風に)


あ、総合評価が1000ポイント超えたみたいです。感想も200を超えた、のかな?まさかここまで評価がもらえて、続くなんて思っても居ませんでした。これも楽しいと読んでくださる皆様のおかげです。ありがとうございます。


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なんとでもいえ、私とて番外編を更新せねばならん~君こそが主人公だろう?ハロウィン編完結~

 あのあと、マリアの手で双子の蟲惑魔から助け出された遊吾は、会場のメインフロアに戻ってきていた。

 

 

「まったく、世話が焼けるわね」

「ごめん」

 

 銀腕・アガートラーム。セレナから受け継いだマリアの新たなシンフォギア。右腕に展開していた蛇腹剣を左腕の籠手に格納し、マリア・カデンツァヴナ・イヴが遊吾の頭を撫でる。

 

 

「ふう、わりぃ取り乱した」

「別にこれくらいなら構わないわよ」

 

 

 それに、珍しいものも見れたしと笑うマリア。自分でもあんな名前を呼びながら抱きつくなんて真似はできたものではない。顔を赤く染めながら慌てて彼女から離れる遊吾。

 

 確かに、基本的に遊吾・アトラスは他者を振り回すこところそあれど、自分が振り回されたり、狼狽えたりすることはない 。

 

 

「俺だって好きでこんなことになってる訳じゃねえよ…」

「あら、そのわりには満更でもなさそうだったけれど?」

「ま、まあ悪い気は――ってなに言わせてんだよ!?」

 

 

 遊吾も男だ。見目麗しい美女に迫られて悪い気はしない。だが、それを自分で口にするのは恥ずかしく、ああもう、と頭を掻く遊吾。

 

 彼に珍しいそ?な取り乱した姿に思わずクスリと笑いながら、彼女はアガートラームを解除した。

 

 

「マリア……その格好」

「あ! …似合ってないでしょ?」

 

 

 アガートラームを解除した彼女の姿は、耳長の妖精。エルフと言えば良いのだろうか?

 

 春の芽吹きを思わせる薄い緑の衣を身に纏い、髪を背中に流している。いつ見ても惚れ惚れするその男の欲望を刺激しながらもただそれだけでは終わらない威厳を感じさせる肢体。

 

 最早コスプレではない。世界に通じる美しさは、エルフと言う神秘を纏うことで、伝説に違わぬ存在になりきっていた。

 

 

「……」

「ユーゴ?」

「あ、いや、えーっとだな」

 

 

 思わず言葉につまる。先ほどまでならば似合っているだのなんだのと平然といってのけられただろうが、今の彼は度重なる精神攻撃によって完全に殻が破れた状態。つまり、今の彼は言うならばただの遊吾・アトラス。人とのコミュニケーションがあまり得意ではなく、女性に対する免疫もほとんどない年相応の少年。

 

 

「ユーゴ? どうしたの?」

「いや、何でもねえよ」

「何でもないなら目を合わせられるでしょう。本当にどうしたの?」

 

 

 顔を近付けるマリア。顔を赤くしながら目を逸らす遊吾だったが、内心は大慌てである。

 

 じっと彼を見つめるマリア。そこで彼女も彼が照れていると言うことに気がついたらしく、ふふ、と笑みを溢すとズイッと身体ごと彼に近づく。

 

 

「ねえ、ユーゴ? どうして目を逸らすの?」

「いや、その、近いって」

「んー、何がかしら?」

「だから、その、顔がだな。というか身体が、その、当たってるというか」

「あら、ごめんなさい」

「って、そこで近づくか!? ちょっとマジで待てよ!?」

 

 

 そっと触れるか触れないかの距離まで身を寄せるマリア。いっそくっついてくれればいいのに、敢えてほんの少し、本当に絶妙な距離を開けることで逆に彼に身体を意識させる。ほのかに感じる体温。ここで慌てて離れれば彼女を傷つけてしまうのではないかと考えると、離れることもできない。だからと言ってこのままずっとこの状態だと自分が先に参ってしまいそうだ。

 

 う、うぅ、と耳まで赤くして黙り込む遊吾を見て、マリアは我慢できずに吹き出してしまった。

 

 

「く、くふふふ。あははは!!」

「んな!? ちょ、え?」

「ふふふ、まさか、ユーゴがこんな、ふふふふふ」

「か、からかってたのかテメェ!?」

 

 

 うがぁ! と吠える遊吾。彼女からすればいつもからかわれたりしているのだから多少の意趣返しのつもりだったのだが、これは面白い。

 

 

「大丈夫。からかってなんかないわよ? で、似合ってるかしら?」

「あーはいにあってますにあってます」

「ちゃんとこっち見る!」

「あだっ!?」

 

 

 ぺシ、と頭を叩かれて嫌々彼女の方を向く。

 

 改めて見ても綺麗だと思う。ステージの上の女王とは違う。母のような、姉のような――実際妹がいるが――年上らしい暖かく包み込むような雰囲気。先程飛び込んだので良く分かる、暖かく柔らかくどこまでも深い胸。最近は自主トレやS.O.N.Gへの協力以外に仕事をあまり入れていないためか少し肉付きが良くなり始めたが、むしろそれが鍛えられた彼女の肢体をより女性らしくしていた。

 

 

「…胸と太股でがっちり視線が固定されているわよ」

「…い、いや、そんなことないぞ?」

 

 

 チラチラと太股をスカートから覗かせればそこに視線がいくし、胸元も少し開いているので、ちょっとでも揺らしてみればそこに視線がいく。

 

 その癖自分は見ていないと意地をはるのだから見ていて、からかっていてこれほど面白い存在もいない。

 

 

「で、感想は?」

「……絶対に言わねえといけねえ?」

「当たり前じゃない」

「………あー、うー、あー」

 

 

 顔を真っ赤にして狼狽える遊吾。普段とは全く違う様子に背筋にゾクゾクとしたものを感じながら彼に迫る。

 

 ねぇ、どうなの? 身を寄せられればついに呻くことも出来なくなってしまう。このまま無言でいれば諦めるだろうか? いや、それよりも自分が倒れるのが先だ。

 

 

「……れいだ」

「んー、良く聞こえなかったわよユーゴ」

「……その、綺麗だ……本当に妖精かなんかじゃないかって思うくらいは……」

「そ、そう…」

 

 

 目をそらし、たどたどしくも紡がれる言葉は、普段はない照れをより強く感じさせるからこそ彼の気持ちが良く分かる。彼の言葉に思わず照れで顔を逸らすマリア。

 

 両者の間に沈黙が訪れる――

 

 

「まったく、そこで押せないのが優しいと言うかヘタレと言うか」

『うわぁ!?』

 

 

 二人の間から放たれた言葉に思わず飛び上がる二人。

 

 そこにいたのは、マリアと同じエルフの服装をした女性。だが、その色合いは雲ひとつない空を思わせる蒼色。

 

 

「セレナ!? なんで…」

「なんでもなにも、姉さんがさっさと行くから探しに来たんだよ? まったく、遊吾さんに見せたいのは分かるけどさぁ」

「こ、こら、セレナ!?」

「え? 違うの?」

「い、いや、その……うぅ」

 

 

 マリアとセレナ。同じ血筋の姉妹であっても、その性格は真逆だ。

 

 母性的で優しいマリアと違い、セレナは攻撃こそ防御と言わんばかりの攻めの性格をしている。無論、マリアと同じく優しい心は持っているし、猪突猛進と言うよりは、立花響と同じく強かな女性。

 

 マリアの若干のヘタレ具合などをしっかりと理解しているため、時と場合によってはセレナの方が姉に見えてくるのが不思議である。

 

 

「ねえ、遊吾さん」

「な、なんだセレナ?」

「私はどう?」

 

 

 にっこりと笑うセレナ。って、

 

 

「近い近い!?」

「えー、そうかなぁ?」

「ちけぇよ!?」

 

 

 自然に彼のパーソナルスペースに入り込んできたので全く分からなかったのだが、気づけば彼女の距離は零どころかマイナスだった。

 

 セレナ・カデンツァヴナ・イヴ。一言で言うならアメリカ版ビッキーと言ったところか。

 

 マリアとセレナの関係を見ていれば、響と未来の関係とよく似ていることが分かる。正義感が強く、何かとやらかすセレナと、それを諌め、見守るマリア。セレナの笑顔は、小日向式立花響検定一級を持つ遊吾をしてもっても響と被らせてしまうほどよく似ている。それは、容姿とか、そういう表面的なものではない。もっと根本的な所が彼女とよく似ているのだ。

 

 現在の彼女はシンフォギアを纏うことが出来ない――適合する聖遺物が存在していないこともあるが、何よりまだ彼女はリハビリ途中の患者だったりする。こうして元気な姿を見ていれば信じられないが――ため、響ほど無茶はしていないものの、先の事件ではオートスコアラー相手に大立ち回りを演じると言ったとんでもないことをやらかしているのだ。

 

 ある意味、変に度胸があるという点では響よりも質が悪いかもしれない。響がブレーキの壊れた暴走トラックならば、セレナはブレーキのいかれた特急新幹線である。

 

 そんな彼女は、人と距離を詰めるのが上手い。遊吾だって別に油断していたつもりは無いのだが、それでも距離を詰めてくるその技術、才能は天性のものか。実際、あの忍者でおなじみ、翼のマネージャーである緒川の背後を何度もとっているセレナ。

 

 

「で、どうですか? 似合ってます?」

「似合ってる! 似合ってるからとりあえず離れろ!?」

「えー、姉さんに比べて褒め方雑じゃないですか?」

「くっつかれてそれどころじゃないんだよ、察してくれ!!」

 

 

 あ、それはごめんなさーい、とクスクス笑いながら身体を離すセレナ。だが、それでもパーソナルスペースギリギリを割って入っているのは無意識かはたまた計算づくか。

 

 ただでさえ彼が苦手とするタイプである二人。正直な話、マリアとセレナに先のディーンハイム姉妹と同じことをされたら一秒もたたずに陥落する確信がある。

 

 その場面を想像してしまい、背筋を奔った寒気に思わず身を震わせる遊吾。

 

 

「で、どうだった? マリア姉さん」

「どう、って何が?」

「またまたぁ、誤魔化さなくてもいいのに」

「だから何がよ!?」

「今日までマリア姉さん、ハロウィンなんてやる歳じゃないーとか言ってコスプレするの拒否してたのに、随分とご機嫌だから」

「そ、それは…」

「それはぁ?」

「もう、セレナ!!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 

 だが、和やか――というには些か騒がしいが、それでも笑い合っている二人を見れば別に捕らわれても構わないかなと思えてくる。どうせ直ぐに離してくれるだろうし、仮に離してくれなくても自分でどうとでも出来るし。

 

 などと考えていると、彼の背中に衝撃。思わずつんのめりながらも、その威力と腹に回された腕でそれが誰か確信する。

 

 

「切歌か」

「トリックオアトリートデース!」

「お菓子をくれないと悪戯――するわよ、調が」

「…ああ、何というか、その、家の娘がすまん」

「ふふふ、良いわよ別に。こうして居られるのって今まで生きてきてありえないことだからこっちも楽しんでるわ」

 

 

 楽しんでいる、という割には煤けたような様子の女性。

 

 腰に抱き付いてきたのは、暁切歌。彼女の格好は死神か。元々イガリマのデザインが死神をイメージしたモノであることもあってか、彼女に良く似合っているというか、今まで見てきたコスプレの中で一番しっくりきた。というか一番常識的かもしれない。

 

 対してフィーネ――

 

 

「何でネフシュタンの鎧なんだよ。やめろよ、貫かれた胸が痛くなるだろうが」

「貫いたのは本当にごめんなさい。それと、これに関しては知らないわよ。調が『私には魅力のステータスが足りない。周りが色物で攻めるのならば、それを越えなくては勝利は無いッ』とか何とかで」

「いや、確かに色物揃いだがそれはどうなんだ?」

 

 

 シンフォギアの形状は装者の心象風景などを参考に形成される。というか、色違いのネフシュタンと言われても何の違和感もないレベルの完成度のそのシンフォギアを纏うフィーネ。彼女の身体は月読調の身体を使用しているが、彼女が現界する際は、膨大なフォニックゲインによって調の身体を一時的に成長させる。

 

 成長させると不都合が出るものかと思われるが、これはあくまでもフィーネと言う存在が現れるのに必要な外装であり、身体には何ら影響はないらしい。

 

 

「そのー、遊吾?」

「どうした切歌、そんな言いにくそうに」

「いやーそのですねー」

 

 

 もじもじと指を擦りあわせる切歌。そんな彼女の様子に首をかしげるばかりの遊吾に、調ことフィーネが言う。

 

 

「貴方に似合ってるかどうか聞きたいのよ」

「そ、それもそうなのデスけど…」

 

 

 けど、どうした? 首をかしげる遊吾に、意を決したように大きく息を吸った切歌が叫ぶように言う。

 

 

「今日誰が一番似合ってたデスか!?」

「今日一番――ってーとあれか? ビッキーとかマリアとかそこらへんの」

「はい、そうデス」

 

 

 しん、と静まり返った会場の中、唯一それに意思気が向かず気づけていない遊吾は、ふむ、と顎に手を当てる。

 

 一番似合っているのが誰か、難しい質問だった。

 

 極端な話、皆似合っていたのだ。花がそれぞれで意味も在り方も違うように、彼女たちもまたそれぞれで個性があり、誰が一番かと言われれば頭を悩ませずには居られなかった。

 

 だからといってここで皆、とか答えたら大変なことになるだろう。何となくだが、そう感じた彼はやはり決めることができずにうぅと唸る。

 

 だが、目の前で不安そうに瞳を揺らしている切歌を見ているとそうも言っていられない。と、そこで彼は思った。

 

 似合っているとは、どういう意味か、と。

 

 普段より綺麗、普段よりエロい。表現はいくらでもある。だが、これはそういう話ではないはずだ。純粋に違和感がなく馴染んでいる者。

 

 

「切歌」

「え? えーっと、え?」

「だから、切歌。一番似合ってる、というか一番しっくり来た。流石は自称常識人だ!」

「うひゃぁ!?」

 

 

 勝者切歌! と彼が切歌を抱き上げる。

 

 

「どうして抱き上げるんデスか!?」

「HAHAHA、ノリだ、気にすんな!!」

「ちょっ!? 回転は拙いデスよ!? 聞いてるんデスか遊吾!? わああああ!?」

 

 

 古代の機械の巨人に振り回される機械の鳥の如く、あっはっは、と奇妙なテンションになって切歌を振り回す遊吾。

 

 これが三回転捻りだ!! などと言いながらグワングワンと身体ごと回転する遊吾。最初は困惑していた切歌だったが、途中から吹っ切れたらしく、

 

 

「もっと早く回転するデース!! そして最高に高めたわたしのフィールで、最強の遊吾をドローしてやるデス!!」

「最強の俺って何だよ切歌ァ!!」

「今の遊吾でーす!!」

「よっしゃあ!! 喰らえよ俺のフィールをぉおお!!」

「いぃやっほぉおおおおお!!」

 

 

 緑と黒の竜巻。グルグルとハイテンションに回り続ける二人を見つつ、フィーネは辺りを見渡した。

 

 会場の大人たちは皆、仲の良い兄妹のような二人の暴走を微笑ましものを見る目で見ていたが、装者たちは皆打ちひしがれていた。耳をすませば、まさか切歌ちゃんという伏兵が居ただなんて…、あの二人はあんなに回転していて大丈夫なのか? とか、うーん、結構常識的なコスプレだと思うんだけどなぁ、未来、ちょっと未亡人ぽいから――あ、ごめんなさいわざとじゃないんですちょっとした出来心だったんですいたたたた!? などという声が聞こえてくる。

 

 かく言うフィーネの内部でも――

 

 

『みんなに遊吾が追い詰められることを見越しての衣装――きりちゃん、恐ろしい子ッ!!』

「…調、随分変わったわよね」

『そう? 私は変わらないと思う』

「……よく考えてみたら、おさんどんとか歌ってる時点であまり変わらないわ」

 

 

 今回の宿主――というより、遊吾・アトラスという人物と関わった者はどうやらその在り方や性格に多大な影響を受けてしまうらしい。

 

 いつか、彼ら決闘者について正確な研究を行って、決闘者が与える非決闘者への影響という論文でも書いてやろうかなどと考えるフィーネ。

 

 

「…う、ぉおお。これがあくせるしんくろのきょうちか……」

「せ、せかいが……おわるでぇす」

 

 

 奇妙なことを呟きながら消耗しきった様子で身体を重ね合わせて地面に崩れ落ちる二人。

 

 いくら三半規管が鍛えられていると言っても、あれだけの意味不明な高速回転と複雑な機動を数分とは言え継続させたのだ。フラフラするのも当然だろう。やれやれ世話が焼ける、とフィーネが二人に近づこうとしたとき、会場の照明が全ておちた。

 

 

「レディースエーンドジェントルメーン!!」

「何やってるの弦十郎くん…」

 

 

 会場ステージに現れたのは、頭にトマトの被り物を乗せた風鳴弦十郎。

 

 相変わらずこういうイベント事に、全力投球で挑むその姿勢に思わずため息を吐くフィーネ。どうせなら彼と共にこの会場で盛り上がりたいという気持ちがあるが、残念ながら今の自分は彼と触れ合うことが出来ない存在。それに、あの時しっかりと別れを告げたのにここでのこのこと戻るのはどうにも締まらないし、未練がましいではないか。

 

 

『…フィーネ』

「どうしたのよ、調」

『覚悟しておいたほうがいいよ?』

「何が!? え? 私は何をされるのよ!?」

 

 

 不穏な呟きを残す調に困惑するフィーネ。

 

 

「さて、今日はS.O.N.G主催のハロウィンパーティーに良く参加してくれた。皆、ありがとう!」

 

 

 頭を下げる弦十郎に、皆が拍手を送る。特に娯楽の経験が全くと言っていいほど無かった元F.I.Sの職員とキャロル組からは謎の発光やサイリウムを振り回すと言った、全力で楽しんでますアピール付きだ。

 

 

「ありがとう。…さて、こういう催し物には出し物と言うものがつきものだ、が――今日の出し物は普段とは一味も二味も違うぞぉ!!」

 

 

 あの、あの風鳴弦十郎が言うほどの催し物。そう言われれば誰もが期待するのも当然であり、それを聞いた会場が否が応にも盛り上がりを見せる。

 

 

「さあまずは特別ゲストの紹介だァ!! 数多くの決闘者たちの戦いをその身で、その声で人々に送り続けてきた、執念の実況者!! MC宮内ィ!!」

「どうも!! 皆さん絶対知らないと思うけどMC宮内ダァ!!」

 

 

 拳を突き上げて舞台袖から現れたのは、真っ赤なスーツに蝶ネクタイ、漫画のような長く太いリーゼントをした男――MC宮内。

 

 え? だれ? 誰もが言葉を失う中、その男のことを良くしる人物の行動は早かった。

 

 

「現れろォ!! 邪神ドレッドルートぉおおおお!!」

「え!? ちょっと遊吾さん何してるんですか!?」

「離せ!! 離せビッキー!! 俺はあいつを抹殺しなくちゃいけねぇ!!」

 

 

 決闘盤を起動し、迷いなく神――正確に言えば神に匹敵するレプリカカードではあるが――のカードを使用しようとする遊吾。その狂行を響が全力で止めに入る。響だけはMC宮内という男がどんな存在であるかを即座に察したからである。

 

 と、続いて未来とクリスも彼の正体に気づいた。

 

 

「MC宮内――って、あの決闘を実況してる奴の名前だよな?」

「う、うん。エキシビジョンマッチこと、アトラス親子ガチンコバトルの実況の人」

「おお! 知っている人が居たか!! 良かったよかった!! ――おお、遊吾じゃないか!! なんだ、美人に抱き付かれて足腰きかないってかァ? この、童貞さんメ」

「よしお前喧嘩売ってんだよなぁ!! ちょっとそこ動くな!! テメェを壁のシミにしてやらぁ!!」

 

 

 こうなればヤリザ狂戦士の魂であいつをハチの巣にしてやる!! 落ち着いてください遊吾さん!! 後で胸揉ませてあげますから!! これで落ち着けるかァ!! それとビッキー、身体は大切にしなさいってお母さん言ったでしょ!? 何でお母さんなんですか!? お母さんはこの衣装を作ってくれたんですよ!! 悩殺するようにって!! 何やってんだよビッキーマザー!?

 

 ぎゃいぎゃいと大騒ぎする二人をよそに、MC宮内は慣れた様子で弦十郎からマイクを受け取る。

 

 

「さあ! ハロウィンパーティーには、私MC宮内以外に、ある男が特別ゲストとして呼ばれています!! 皆さん、それが誰か分かるでしょうか!!」

 

 

 会場に問いかけるが、誰も答えることは出来ない。当然だ。MC宮内自体が皆にとって未知の人物なのに、その人物よりも更に分からない人なんて当てようがない。

 

 

「……まさか」

「どうしたんだ雪音? 心当たりがあるのか?」

「い、いや…どう思う? 未来」

「クリスも思った? …私もそう思った」

「MC宮内――それに関係する――なるほど、全て謎は解けたってね」

「ええ!? 奏まで分かったの!? ……私だけ仲間外れか」

「あ、えっと、せ、先輩! ほら、ちょっと耳を貸せ!!」

 

 

 ゴニョゴニョと耳元で、限りなく正解に近いであろうモノを翼に教えるクリス。

 

 彼の魂の一部を持っている奏、彼の決闘の記録を見ているクリスと未来。MC宮内という実況者がこの場にいるというのなら、当然、彼が実況すべき人物が現れるはず。

 

 この、関係者のみのパーティーに全く関係の無い人物をゲストで呼ぶことなどありえるはずがない。ならば、この場に関係者が居る人物で、同時に特別且つ会場を盛り上げてくれる存在。ならば、答えは一つ。

 

 

「おっと、そちらの女性方は誰が来るか分かったようだ――が、何やらあそこの二人は痴話喧嘩をしてるから放っておこう」

 

 

 何でこの格好が駄目なんですか!? ダメとは言ってねぇ!! ただ、色々持たないからやめてと言っているだけだ!! 何で持たせる必要があるんですか!! お前学生だろ!! 学生じゃなかったら良いんですか!? いや、学生でも良い!! そう言う趣味あるんですね遊吾さん!! 少しな!! 最早何の話をしているのか分からなくなっており、お互いの事以外の話を全く聞いていない響と遊吾を見て、女とああやって大騒ぎしている遊吾を初めてみたな、などと感慨深い気持ちで眺めつつ、MC宮内は声を張り上げた。

 

 

「さぁ!! じゃあ早速入場してもらおう!!」

「常勝無敗の絶対王者! ネオシティ、そして世界最強の名は伊達じゃない!! 我らが英雄、我らが王!! 決闘王!! ジャァアアックッ!! アトラァアアアアスッッ!!」

 

 

 彼の雄叫びと共にステージの端に設置してあった噴射器が白い煙を噴き出す。

 

 壮大なBGMと共に煙の中から姿を現すのは――男。

 

 見上げる誰もに威圧感を与える長身。金髪に、鋭い目つき。そして特徴的な、風にたなびく白いコート。

 

 彼の黒とは対照的な白。彼の名前はジャック・アトラス。ネオシティが誇る最強の決闘王にして、遊吾・アトラスの義理の父親。

 

 

「ふん、随分と楽しそうじゃないか。遊吾」

「…お、親父!?」

『親父!?』

 

 

 誰もが驚く。元二課の面子は、彼が異世界出身者であり、また、彼には肉親が居らず義理の父親のみがいるということを知っているが、F.I.S組やキャロルたちは異世界人であることこそ知っているが、彼の家庭やどのような生活をしてきたかなどは知らなかったため、全く似ていない親子に思わず声を上げた。

 

 

「随分と、楽しそうだな」

「そりゃ、楽しいからな。で、どうして親父がこんなとこに居んだよ」

「旅行だ」

「そうか、旅行か。で、どうよ別次元の世界ってのは」

「決闘が無い以外は悪くない」

「だな」

 

 

 響に離れていろと言って、壇上のジャックと向き合った遊吾。

 

 二人ともにこやかに話しているように見えるが、会場の誰もが感じていた。二人の間でぶつかり合うフィールに。

 

 

「まあ、旅行は二の次だ。ここに来た目的は遊吾、お前だ」

「俺? …何でだよ」

「お前がどう成長しているか見に来た――が、それも無駄足だったようだな?」

 

 

 ジャックが装者、そしてキャロルたちに視線を送る。

 

 事前の説明もあったが、直接顔を合わせて改めて感じた、彼女たちと彼の厚い信頼関係。互いを信じあっているその姿は、常に決闘者としての自分を鍛え上げることしか考えず、兎に角決闘しかしなかった遊吾・アトラスという子供を知っている自分からすれば、とても眩しく、そして尊く見えた。

 

 ジャック・アトラスはお世辞にも良い親ではない。それは自分でも自覚していることだ。

 

 彼もまた、遊吾と同じくサテライト出身で、親というものを知らずに生きてきた。後に満足同盟に入り仲間を知り、不動遊星という好敵手を見つけるまでの彼は孤独だった。

 

 満足同盟解散後も、彼は王者を目指して王道を突き進んできた。故に、彼もまた人生の大半を決闘を行って生きてきたため、同じ境遇でありながら、自分よりも過酷な環境で決闘と言う牙で糧を得る、野獣のような生き方をしてきた遊吾を育てるのは、一苦労だった。

 

 ジャック・アトラスはお世辞にも器用と言える男ではない。だから彼は、息子に声をかけるときに必ず、彼を煽る。

 

 

「どういう意味だよ?」

「そのままの意味だ。そんなどこの馬の骨とも知れぬ男に媚を売るような下らん女どもに現を抜かし、良い気になってハーレムを気取るような男が決闘王など片腹痛い」

 

 

 ジャックがそう言った瞬間、会場を暴風が吹き抜けた。

 

 嵐を、地獄の業火を思わせる荒ぶるフィール。その発生源は遊吾・アトラス。

 

 会場中が凍り付く。それほどまでに熱く、恐ろしいフィール。今まで誰も見たことが無いような怒気を身に纏わせて、遊吾は腕に決闘盤を装着した。

 

 

「親父は、本心からそういうことを言う奴じゃねえ…。それは分かってる。分かってる…。けどよぉ」

「けど、なんだ?」

 

 

 荒れ狂うフィールを受けて尚、平然と涼しい表情を崩さないジャック。だが、内心彼は歓喜していた。

 

 今まで感じたことのないフィールもそうだが、その闘気は彼の元々身に纏っていた野獣の如きものではなく、人の、戦士のソレ。そして何より、他者という自分とは違う存在を守るために立ち上がる精神。

 

 今まで大切なモノというものを築いたことのない彼が気づき上げた、初めての大切な宝物。彼が初めて自分で繋げた絆。

 

 以前感じたモノよりもよりはっきりと感じる彼の意志に、その成長に彼は歓喜する。だから彼は言う。

 

 

「こいつらを侮辱するのは許さねえ。絶対にだッ!!」

「ふん、ならばどうする」

「俺と、俺と決闘だッ!!」

 

 

 二人の決闘盤が起動する。同時に会場に設置された仮想立体映像装置が起動し、決闘の準備が整う。

 

 

「さあ、ジャック・アトラスVS遊吾・アトラス。時間無制限一本勝負!! 公式大会のレギュレーションにより、先攻ドロー無し、ライフポイントは4000! 両者同意とみてよろしいかッ!!」

「応ッ!!」

「構わん。決闘開始の宣言をしろ、宮内ッ!!」

「決闘開始ィ!!」

『デュエルッ!!』

 

 

 互いに決闘者。故に決闘でしか素直に語ることが出来ない親子による、一対一のガチンコ勝負。

 

 王者と王子、互いの想いを乗せた決闘が幕を開けた――。

 

 

 

 

 

 その戦いは、時間にして十数分。時に三十分以上かかる決闘の中では比較的短い時間の決着となったが、その戦いの内容は、恐ろしく濃く、濃密だった。

 

 お互いにお互いのことを知りつくしている、故に行われる攻防。巨竜が咆哮を上げれば、それを奈落より現れた鬼が奈落に引き摺り落とし、深紅の剣士が刃を振るえば、それを光の盾が弾き返す。

 

 目まぐるしく変わる攻防。お互いに何の躊躇も無くリソースをつぎ込み続け、一瞬の静寂の後にまた互いに食い合う炎の如き戦いが再開される。

 

 荒ぶる魂が全てを砕き、繋がりし魂がその力を持って全てを封じ、撃滅する。

 

 荒ぶる魂と、繋がりし魂がぶつかり合い、世界を砕かんと言わんばかりの業火が全てを薙ぎ払う。

 

 互いにライフポイントが100以下、普通の決闘ではそうそう有り得ない、互いの首に刃を突きつけるような限界ギリギリまで魂を削り合う決闘。その勝者は――

 

 

「……あ、川の向こうで黒髪のイケメンが俺呼んでるわ…何? 一緒に旅しないか? 行くか」

「遊吾君!? 戻って来い!! それは渡っちゃいけない川だ!!」

「僕に任せてください!!」

「ごヴぁ!?」

「ああ、遊吾君の顔が見せられないようなことになってる!?」

 

 

 遊吾・アトラスだったのだが、彼は全力の決闘によって力尽き、その身体を床に沈めていた。

 

 そんな彼を必死に大人たちが蘇生する中、ぎりぎりのところで敗北したジャックは、装者たちの元に向かい、頭を下げた。

 

 

「先程は不快にさせる発言をしてしまい、本当にすまなかった」

「あ、いいえ、良いんですよ!? ジャックさんがそういうこと言う人じゃないって知ってますから!!」

「…? 遊吾が何か言っていたのか?」

 

 

 響がわたわたと両手を振る。自分のことを知っているという彼女の言葉に首をかしげれば、響たちは顔を合わせて苦笑する。

 

 

「糞親父とか何とか言ってるけどねー未来?」

「何かとジャックさんの決闘の映像を私たちに見せてきたし」

「そうそう、そんで自慢げにここが凄いだのここが上手いだのって言ってくるんだよな?」

「そう言えば、あそこまで人を熱く、笑顔に出来る決闘ができる決闘者になりたい、と前に話していたな」

「それと、今使ってるデッキ、あれも親父を超えて、そんで親父のカードで更なる高みに行くんだ! とかで組んでるらしいし」

 

 

 そんなことを言っていたのか? 同じく装者であるマリアたちに尋ねるが、彼女たちはそこまで把握してはいなかった。が、マリアが思いだしたように手を叩いた。

 

 

「そういえば、前に家族の話になったとき、あんな格好良い人になるのが夢だなって楽しそうに言ってたわね」

「ああ! 親父は格好良いんだぞ、とか結構武勇伝聞かせてもらったデス!!」

 

 

 少し思いだしてみれば、出るわ出るわ。本人を前に言えない、彼なりの義理の父親に対する愛情、憧れ。

 

 赤裸々に語られる遊吾の言葉の数々に、少し照れ臭くなって目を逸らして髪をかく。

 

 その仕草が彼にダブって見え、彼女たちは思わず笑みを溢した。素直じゃないところといい、どこまでも似ている親子だ。

 

 

「あんな不出来な息子ですまないが、これからもあいつのことを、遊吾のことを頼む」

 

 

 そんな彼の言葉に対する反応は皆違う。ある者はハッとするような笑顔ではい! と元気よく答え、またあるものはやれやれと言った風に答える。

 

 だが、彼女たちの想いは一つ。そんな彼女たちの想いを感じ取り、ジャックは思った。

 

 この子たちになら彼を任せられる、と。彼女たちと一緒なら彼はきっともっと高みに行くことが出来るだろう、と。

 

 王子。揶揄でつけられた二つ名を誇らしげに放つ彼の姿。きっと自分たちと関わるだけでは決してなかったであろう成長を思い出して、息子の可能性に顔を綻ばせるジャック。

 

 こうして、第一回ハロウィンパーティーは大盛況で閉幕するのであった。

 

 

 

 

「ところでジャックさん」

「たしか、立花響だったか。どうした?」

「遊吾さんってどんな子供だったんですか?」

「ふむ、そうだな――」

 

「――ということもあった」

「なるほど…ふふふ」

「あ、あの、アトラスさん」

「お前は――マリア・カデンツァヴナ・イヴか。何だ?」

「ユーゴの、その、趣味というか、好きなモノとか…」

「あいつの好きなモノ――か。……ふむ、そうだなぁ。あいつの部屋の本棚、下段右から三番目に、ムッチリプリンという本が――」

「親父ぃいい!? テメェ一体何話してぇ――」

「緒川君、素晴らしい当身だ」

「当然です。普段苦労させられていますから、ここらへんで弱点を知らないと、ね…」

 

 

 

 こうして、彼の恥ずかしい過去から果ては彼の性的趣向まで、家族ゆえに語ることが出来る彼のプライバシーの殆どを語り終えたジャック・アトラス。

 

 後日、それを知った遊吾・アトラスによる邪神、三幻魔などの神のカードを用いた記憶消去のための闇のゲームという、未曽有の大災害が発生し、S.O.N.Gが機能停止しかけるというとんでもない事件が発生したりしなかったりするのだが、それはまた別の話だ。




この作品のジャックは、息子に対して素直になれない決闘親馬鹿となっております。
実際のジャックとはあらゆる部分が崩壊している点があるので、注意してください。

予想以上に続いてしまったハロウィン編。

最近、忙しくて満足できねぇぜ…。(EMemにフルボッコにされながら)


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彼と学校と彼女たちと

「テメェ、マジで何やってんだよ…」

「すんません。マジすんませんでした…」

「まあまあ、アトラスはこうして学校に来るのは初めてなんだ。勝手が分からなくても仕方がないだろう?」

「そうそう、遊吾さんの初めてですもん」

「遊吾さんの、初めて…」

「おーいビッキー。ツッコミ待ちか? ツッコミ待ちなのか?」

「え? あ!! …あ、あはははは~」

「…………」

「あ、止めて!? 無言のアイアンクローは止めて!? 痛い痛いいたたたたたた!?!?」

 

 

 私立リディアン音楽院高等科。

 

 この学校は現在秋桜祭りと呼ばれる学園祭が開催されている。この学園祭は、地域の人との交流も目的とされている為、学生以外にもちらほらと地域住民が見える。だが、そんな中で彼女たちは異常なまでに目立っていた。

 

 先頭を歩くのは、銀髪の眩しい豊満な胸をした少女。名を雪音クリス。時季外れの転校生ということもあって、結構学校で有名な人物だ。

 

 そしてその隣で騒ぐ後輩たちに対し、まあまあと楽しそうに笑いながら対応するのは、スラリとした長身の、抜き身の刀のような容姿の少女。名を風鳴翼。日本を代表するトップアーティストであり、彼女に憧れてこの学校に入ったという生徒が数多く存在する、この学校のある種のカリスマやマドンナと呼ばれるような存在。

 

 その後ろを歩くのは、栗色の髪の毛と、太陽のような笑顔が特徴的で、現在男に顔面を鷲掴みにされてジタバタと暴れている少女。名前を立花響。この子も、正義感が強く、一直線。木の上に引っかかっていた風船を子供のために一っ跳びで取ってあげた。車に轢かれそうになった野良猫を救った。迷子になった犬を抱えて町内を走り回った。川で溺れた子供を助ける為に目にも止まらぬ早脱ぎを行い川に飛び込み、見事に子供を救ってみせた。等々、様々な逸話が存在する。ある種の有名人。

 

 そして、そんな二人を見てクスクスと母性的であり、楽しそうに笑っている黒髪の少女。彼女の名前は小日向未来。彼女には前者のような逸話は存在していないものの、トラブルメイカーである響の良きストッパーとして名をはせていた。

 

 そして問題なのが、響をアイアンクローしている男。ツンツンとした海胆頭。なぜか常に尾がたなびいており、襟がまるで鋭利な刃物のようになっている黒色のロングコートを着、右腕にはシルバーの鎖。黒いボトムスに黒いブーツ。色合いは地味だが全く地味ではない男。名前を遊吾・アトラス。

 

 女四人に男一人、尚且つ有名人が何人もいるというその集団は端から見ても目立ちすぎていた。

 

 

「…気のせいか、皆こっち見てねぇ?」

「そうですか? …あ、たい焼き屋ありますよ!」

「マジか!? 至急現場へ急行するぞ!!」

「はい!」

「こらお前ら走るな! 急がなくてもたい焼き屋はどこも行かねえよ!?」

 

 

 元々祭りなどの催し物というものが好きな彼にとって、学園祭は初めての経験ということもあり先程からあっちへいったりこっちへいったり。本当に童心に帰ったようなはしゃぎっぷりである。

 

 響も久しぶりに遊吾と触れ合えるのが嬉しいのか彼に釣られてテンションが上がりっぱなし。そんな二人を姉のように甲斐甲斐しく世話するクリス。

 

 

「楽しそうですね、二人とも」

「ああ。まるで無垢な童子のようだ」

 

 

 大はしゃぎする二人と、それに振り回されるクリスを遠くから見て微笑む未来と翼。

 

 

「って、おっちゃんじゃねえか!?」

「あ、おじさん!」

「お、久しぶりだな遊吾に響ちゃん」

「相変わらずビッキーたちはちゃん呼びなんだな」

「お前みたいな小生意気な餓鬼よか、響ちゃんや未来ちゃんみたいな可愛い子と話す方が有意義だからな」

「…よし、警察に電話を――」

「お前はなにやっとるか!?」

「良い年こいた大人がセクハラみたいなこと言うんじゃねえよ!」

「どこがだ!? …はは~ん?」

「な、なんだよ…」

 

 

 ムキムキマッチョの屋台の大将。風鳴響一郎がニヤニヤと笑いながら彼の肩を掴むとグイッと引き寄せて耳元で囁く。

 

 

「お前のあの計画には協力してやってもいい。正直、ばかげているにも程があるけどな」

「本当か?」

「ああ。でも、だ。これはよくねぇなぁ」

「な、何がだよ…」

 

 

 確かに、敵対しているのにこうやって仲良くしようとしているのは良くないことかもしれない。バツの悪そうに顔を顰める彼に、響一郎は若いなぁとニヤニヤ笑いながら言う。

 

 

「束縛、だよ」

「は?? そくばく? …束縛って、アレだよな。縛りつける意味の」

「ああ。確かに響ちゃん達は皆美人だ。けど、こうして侍らせてまで男を警戒するのもなぁ…」

「は、はぁ!? お前何言ってんだよ!?」

 

 

 途中まで真面目な話かと思ったら、全く関係の無い。しかも良く分からない話をされれば気が動転してしまうのも無理はなく。わけわかんねぇよと大声を出す彼に、響たちが何事かと近づこうとするが、それを手で制しつつ、響一郎は言葉をつづける。

 

 

「まあ聞けよ。…何にせよ、あれくらいで怒るんじゃあこの先やってけねえぞ? あの子たちが他の男に触られんのが嫌なんだろうけどよ。いや、お前の生活環境を考えたら、女の扱いなんて分からないだろうから子供っぽくて上手くできねえのは当然か」

「だっから、訳分かんねえこと言ってんじゃねえッつってんだよ!!」

 

 

 響一郎の結構本気の拘束。力の流れを感じ取り、それを正すように相手の腕に触れ撫でるように動かす。うぉ!? 力を入れているのに力が抜けるという感覚に驚きの声を上げると同時に彼がその場から大きく飛び退く。

 

 側転、バク転、空中回転。地面を削りながら回転を停止させ、彼が左腕を前に構える。

 

 同時に展開される、四角と円のくっついたような独特な形状の決闘盤が展開。モンスターカードゾーンがガシャガシャと音を立てて展開される。決闘者の戦闘形態、つまるところ、決闘を行う前段階だ。

 

 

「おい、決闘しろよ」

「おいおい、ここでかよ」

「あのー、二人とも?」

 

 

 屋台から出てくる響一郎。その左手には――決闘盤。円盤型のタイプだ。恐らくはこの世界で開発されたものだろう。彼が記憶しているどの時代の決闘盤とも一致しない、液晶画面があり、カップ焼きそばの容器を一回り大きくしたような大きさのソレ。

 

 取り出し口には既にデッキが備え付けてあった。ならば、やることは一つ。

 

 

『でゅえ――』

「響一郎さん、遊吾?」

『…は、はい!! 何でしょうか未来さん!!』

 

 

 反応は速かった。流れるように空中で交差。着地と同時に近くまでやって来ていた未来の真正面に綺麗に並んで正座。短時間の激しい動きで汗――いや、これは冷や汗。滝のように溢れる冷や汗だ。未来から感じる凄まじいフィールによって決闘者としての本能が無意識の内に、逃げろ、逃げろと彼に警告をしているのだ。

 

 何だこの威圧感は――今まで相手にしてきたどの決闘者よりも深く、熱く、激しい。何だこのフィールは!? 三邪神、三幻魔。俗に悪と呼ばれるような存在とも何度も戦ったが、これはそんなレベルじゃない!! もっと恐ろしいナニカだ!!

 

 手が震える。心なしか、自分のデッキのカードたち――モンスターたちも震えているような気すらしてくる。

 

 そんな二人に対し、花咲くようなにこやかな笑顔の未来が近づいていく。

 

 

「響一郎さん?」

「は、はい!!」

 

 

 ビクッと身体が跳ねる。大の大人を腕を組んで見下ろす女学生。シュールを超えて最早ギャグである。

 

 

「何で、こんなところで屋台開いてるんですか? 許可はとりました?」

「はい! この学院の理事長と私は旧知の仲でして、それで今回店舗開店を許可されました! 地域との交流のためとのことで、学生の方は無料で食べることができます! でも、しっかりと模擬店舗への配慮はしてあります!!」

 

 

 びしっと敬礼するように姿勢を正す。

 

 というか学生が主役の学園祭で、どれだけ人気が無いたい焼き屋であってもプロが店を開くのはどうなんだ? というツッコミは無しだ。

 

 

「遊吾さん?」

「はい! 何でしょうか未来様!!」

「…未来様は止めてください」

「はっ!!」

 

 

 最早キャラが下っ端になっている遊吾。逆らったら拙い。一体何を言われるのかと内心冷や冷やしていると、彼女はふぅ、とため息を吐きながら口を開いた。

 

 

「話の内容は分からないけど、また警備員を呼ばれる何てことは止めてよ? 遊吾さんだけじゃなくて、私たちだって今日を楽しみにしてたんだから…」

「誠に申し訳ございませんでした!!」

 

 

 未来が表情を曇らせる。今日を楽しみにしていたのは自分だけではない。そう言われて初めて、自分だけがはしゃいでいるような状況を恥、そして何より楽しむべき日なのに彼女にそんな表情をさせてしまったことを彼は全力で後悔して頭を下げる。

 

 少しは自重しねぇと。確かに彼女の言う通り、あのまま決闘なんて始めてしまったら、自分たちは愚か、周囲に居た学生にまで迷惑がかかっていただろう。決闘者が決闘をする際は、周囲を巻き込んでもいいが、あまりにも迷惑な行為はNG。ルールを守って楽しくデュエル。これは彼の決闘王武藤遊戯の言葉でもあり、全ての決闘者の共通言語だ。

 

 彼は、頭を下げつつ己の行いを反省している為気づいていないが、未来は既に表情を明るい笑顔に変え、三人に向かって親指を立てており、それを見た皆は少し苦笑気味だ。流石と言うべきか、彼の弱点をしっかりと抑えている未来らしい注意の方法であった。

 

 

「ほら、遊吾さん。まだまだ行く場所沢山あるんですから!」

「うぇ!? お、おお。分かった!」

 

 

 未来が彼の手を取って立ち上がらせる。そしてそのまま校舎に向かって歩き出した。

 

 だが、そこで響は見た。未来がこちらを見てドヤ顔をしているのを。

 

 

――はっ!? 未来、まさか――

 

 

 そこで響は気が付いた。先程までの位置関係は、響が常に遊吾の隣をおさえていたが、今彼の隣に居るのは未来。

 

 視線が交わる。

 

 

――私だって、遊吾さんの隣に居たいよ

――OK、交代だね

 

 

 アイコンタクト。

 

 確かに自分達もそうだが、未来も遊吾が来るのを楽しみにしていたのだ。それに、戦場を含めて色々と交流する機会がある自分達とは違い、未来は一般人である以上中々会えないことがある。

 

 それを考えると、自分が隣を独占し続けるのもまた違うだろう。

 

 だが――

 

 

「ほら、早く早く!」

「いやちょっ、あだっ!? 未来さんちょっと止まってえええ!?」

「未来!? 先々行き過ぎと言うか、遊吾さん引き摺られてるよ!?」

 

 

 ちょっとストロングし過ぎじゃないかな未来!?

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

 そんな感じで彼が二課の面子と久々の触れ合いを全力で楽しんでいる頃、F.I.Sのマリアはと言うと――

 

 

「うーん、やっぱりゼンマイン立てたいしクレーンは入れとこうかしら?」

 

 

 拠点である輸送ヘリの一室でカードを広げて頭を捻っていた。

 

 遊吾も切歌も調も居ないこともあって、暇で暇でしょうがない。そのため、遊吾に勝つためのデッキ作りをしているのだが中々上手くいかない。

 

 

「マリア」

「んー、どうしたのマム」

 

 

 そんなマリアに、車イスに乗った妙齢の女性ナスターシャが声をかける。

 

 

「なぜ、あのようなことを提案したのですか?」

「あのようなことって?」

 

 

 カードから目を離さずに聞くマリア。

 

 ナスターシャは言う。

 

 先の戦いの後、ウェル博士の単独行動によって発生した被害は甚大であった。さらに、敵である二課の装者たちの進化。一気に劣性となった自分達。

 

 ネフィリムの餌となる聖遺物の欠片も数は少ない。元々不利な状況に関わらず、更なる不確定要素によって厳しい状況になってしまった自分達フィーネ。

 

 ウェル博士の提案により、二課の装者のシンフォギアを奪い、それをネフィリムの餌にすると言う計画が立案されたのだが、ここでマリアがその作戦の実行者を選別した。

 

 それが、切歌、調、ユーこと遊吾の三人である。

 

 

「なぜあの三人なのですか? しかも、任務ではなく休日だとまで言って」

 

 

 三人には休暇を与えるわ。任務をこなすもよし、休日を謳歌するもよし、好きにしなさい。優しい微笑みと共にマリアが三人に言った言葉だ。

 

 

「んー、そうね。やっぱりデビリアンソング入れてみましょうか」

「マリア!」

 

 

 惚けたようにそんなことを言いつつカードを弄るマリアに、ナスターシャが少し声を荒くする。

 

 それを聞いて手を止めたマリアは、ふぅと息を吐くとナスターシャと向き合った。

 

 

「それはね、マム。あの子達には未来があるからよ。遊吾には遊吾の仲間が居るの」

「…それはどういう意味ですか?」

 

 

 マリアは語る。

 

 切歌と調はF.I.Sの施設内でしか教育を受けたことがない。だから、学校と言うものを知ってほしいし、やはりこの戦いが終わったら彼女たちを自由にしてあげたい。それに、こんな自分のために一生懸命に頑張ってくれているのだから、これくらいは安いものだろう。

 

 遊吾も、本当は嫌なのに彼女たちと敵対してくれている。彼に無理をさせるのはあまり好きじゃない。それに、彼もまた凄い頑張って物資関係で関係各所と交渉したりと、陰で色々働いてくれている。だからこれは御褒美だ。

 

 

「私があの子達に出来るのは、これくらいだもの」

「…マリア」

 

 

 気丈に微笑むマリアの姿を見て思わず胸を痛めるナスターシャ。

 

 本当にこれでいいのか? こんな優しい娘にこんなに無理をさせていて本当に良いのか? 揺らぐ心。ゆっくりと息を吸い、彼女になにかを告げようとして――

 

 

「警報――侵入者!?」

「…アメリカの追っ手が来たようですね」

 

 

 何故バレた? 確かに本国の諜報機関の腕前は世界レベルだ――が、聖遺物による異端技術を使用しているにもかかわらずそれを見切るなどとは到底考えられない。一体どこから情報が漏れたというのだ。

 

 驚くマリアと違い、ナスターシャの動きは早い。即座に各所のカメラを起動。

 

 現在自分たちが隠れ家としている倉庫は五番倉庫。少々入り組んだ場所にあるためにそう簡単には入り込むことは出来ない。が、悠長に構えている時間は無い。現在敵が侵入しているのは一番、二番倉庫。外周を調べるために設置していたカメラには特に敵影は感知できない。恐らくはこのカメラに映っているのが本国のエージェント全てだろう。

 

 そうなれば対策はとりやすい。

 

 

「マリア」

「…何かしら、マム」

 

 

 彼女の声は固い。何故かなんて分かり切っている。自分がこれから下されるであろう命令が分かっているからだ。

 

 ガングニールを用いて敵を撃滅して来い。それはシンフォギアを用いれば簡単に出来る。ガングニールが近接武器であり、本式の戦闘兵器――例えば実用段階に近い強化服などと比べればシンフォギアは些か軽装に見える、が、その装甲は戦車砲すらも無効にできる。人間の使用できるような口径の銃では到底ダメージを与えるには至らない。それに、シンフォギアの機動力ならば如何なエージェントとて捉えることは容易ではない。

 

 

「彼は貴女の手を血で汚さないようにと気を使っているようですが……貴女はそれでいいのですか?」

「…どういう意味?」

「切歌も調も戦っています。彼もまた同じ。…貴女は彼らに甘えていていいのですか?」

 

 

 フィーネと言う偶像のままでも良いのか。貴女はそれで満足なのか?

 

 そう言われて彼女は思わず目を見開いた。まさか、マムが――ナスターシャがそのようなことを言うなんて考えられなかったからだ。

 

 ナスターシャは良くも悪くもリアリストだ。聖遺物の研究をしている為に多少ロマンチストの気はあるが、それでも彼女は誰に対しても一歩下がった冷静な態度で接していた。そんな彼女が、マリアを正面から見据えて満足かどうかなんてありえない。

 

 

「あら、私がこんなことを言うのは可笑しいですか?」

「あ、いや、その…」

「いいのですよ。私もおかしいと思っています。ですが、そうですね――」

 

 

 私も、彼に毒されてしまったようです。苦笑するナスターシャ。

 

 正直な所誰かを傷つけるなんてしたくない。この力は誰かを守るための力であって、誰かを傷つける為の力ではない。自分たちがこうしているのも人類を守るためであり、同時に私たちの家族を守るための行動だ。

 

 だから、この力を使って、この力を武器にして血を流させるようなことは決してしたくない――ッ!?

 

 

「ドクターッ!?」

「何をしているのです、ドクターウェル!!」

 

 

 爆発音。驚いて画面を見た二人。画面に映るのは、炎の中でソロモンの杖を片手にエージェントの前に姿を現すウェル博士と――彼によって召喚されたノイズたち。

 

 止めろ。愉悦に浸るウェルが言う。本拠地がバレた以上殲滅しなければならない、と。止めろ。身体が震える。ウェルが嗤い、ノイズが牙を剥く。やめろ。身体が熱に犯されたようにがくがくと震える。銃声が響く。彼らの選択はまちがっていない。ノイズから人間が逃げることは基本不可能。ならば、戦うしかない。だが、それは同時に間違いだ。止めてくれ。断末魔を上げることすらできずに炭となる兵士。それを見て笑うウェル。炎の中で笑う彼の姿は――悪魔だ。何故笑う? なぜそこまで楽しそうに表情を歪められるのだッ!!

 

 もう嫌だ。見たくない。滲み始めた視界を画面から逸らそうとして――彼女の脳裏に彼が出かける前に言った言葉が浮かび上がった。

 

 

「もし万が一があったら、周囲の住人が被害にあわないように逃げてくれ」

「ここらへんには人は居ないわよ? 遊吾」

「実はこの辺りって、近所の子供が遊び場にしてたりって感じで何かと人通りがあるんだよ。その為に外周カメラ設置したわけだしな。だから――」

 

 

 もし万が一があったら外周カメラしっかり見といてくれ。

 

 彼の言葉。そしてウェル博士の暴走。彼女は急いで外周を映す画面を確認する――居た。白い服に帽子。草野球のチームなのか、野球道具を持った少年三人が倉庫の方を伺っていた。恐らくは音に気づいたに違いない。

 

 

「どうしたんですかマリア!?」

 

 

 突然部屋を飛び出したマリアに焦るナスターシャ。

 

 だが、そんな彼女の言葉はマリアには聞こえていなかった。今のウェル博士の状態は彼女が良く知る大人の状態だ。

 

 優越感に浸り、己が世界の支配者だと言わんばかりに弱者を蹂躙する。そんな彼にもしもあの少年たちが接触したらどうなるか――想像は容易い。

 

 早く。速く!! はやくッ!!! 躊躇もせずにガングニールを身に纏う。

 

 いくら時限式装者と言えど、常時リンカーを摂取しているわけではない。自分たちにはどこまでも物資が足りていないのだ。リンカーとて貴重。故に彼女の身体をガングニールが虐める。適合率が低いことによる反動――激痛。だが、彼女はそんなことは関係ないと言わんばかりに腰の噴射機構を点火、脚部バンカー――立花響との戦闘によって新たに追加されたシンフォギアの脚部パーツが大地を抉る。

 

 飛翔。少年たちが倉庫に近づくよりも先に彼らの目の前に大地を抉りながら着地。気迫を持って彼らに接する。

 

 

「貴様ら、何故こんな場所に居る」

「うわぁ!? な、なんだよあんた!?」

 

 

 驚きその場に尻もちをつく少年たち。そのうちの一人の胸倉をつかんで持ち上げる。少年には申し訳ないが、多少荒っぽく脅させてもらう。急がなければあのドクサレ変態科学者がこちらへ来る。

 

 

「何故此処に居ると言っている。質問が分からないのか? 豚」

「ぼ、僕たちは野球部の帰りで――」

 

 

 そこで少年たちの一人が気づいて声を上げた。テロリストのマリア・カデンツァヴナ・イヴだ!! と。

 

 

「ふん、知っているのならば話は早い。今すぐここからいなくなれ。そうすれば命は取らない」

「え? いや、そんなこと言われても…」

「このまま貴様の首をへし折ってやってもいいのだが?」

 

 

 渾身の想いを込めて胸倉をつかんだ少年を睨み付ける。頼むから早くいなくなってくれ。お願い!!

 

 そんな彼女の想いが通じたのか、少年の一人がおい、いう通りにして大人しく帰ろうぜと二人に言った。

 

 

「わ、分かった。分かりました!! だから雄太君を離して!!」

「ほら。…二度とここには近づくなよ」

 

 

 マリアが掴んでいた雄太という少年を二人に放り投げる。

 

 うわぁ!? 驚きながらも何とか受け止めた二人。彼らは大慌てで来た道を引き返していくのであった。

 

 そんな彼らの背中を見送って、ふぅ、と大きく息を吐く。上手く逃がすことに成功したらしい。

 

 しかし、あの雄太という少年は大丈夫なのだろうか? 睨み付けたあたりから顔が真っ赤でさらに息が凄く荒かった。結構きつくしていたから、そのせいだろう。少しだけ罪悪感を覚えるマリア。

 

 ちなみにどうでも良いことなのだが、雄太君は真性の洋モノ大好き男子である。更に言えば巨乳好きでMっ気が強い。シンフォギアの展開が不完全だったため、マリアが身に纏っていたのは腕部と脚部の装甲を除けば水着のようなスーツのみ。

 

 他の二人は彼女の雰囲気に飲み込まれていたが、雄太君だけはマリアの凶悪なスタイルに釘付けであり、美女である彼女に顔を近づけられ、睨み付けられ、彼女の必死のボキャブラリーから捻りだされた少しの罵倒はとても耳に心地よく、思わず興奮していただけである。

 

 更にこの雄太君は後にマリア様に踏まれたい会日本本部の本部長になったりするが、これもまたどうでも良い話である。

 

 

「逃がしたのですか? マリア」

「…ドクターウェル」

 

 

 背後から声をかけてきたウェル博士。彼女は振り返り一瞥すると、興味ないと言わんばかりにそのまま横を通り過ぎていくのであった。

 

 そんな彼女の反応が、彼にはとても気に食わなかった。だが、と彼は直ぐに気持ちを入れ替える。

 

 彼女たちはきっと絶望するだろう。彼女たちが仲間だと思っている彼と計画しているあの計画――盛大な茶番で彼女たちの表情が絶望に染まる。それを想像して彼は溜飲を下げる。

 

 あの少年たちを仕留められなかったのは残念だが、まあいいさ。僕には次の手があるのだから――。

 

 ウェルが口元を三日月のように曲げる。彼の言う計画――それがもたらす結末がどのようなものになるのか、それは遊吾・アトラスと彼を良く知る人物以外誰も知らないことであった。

 

 全ては掌の上。

 

 

 

 

 そして、そんな件の彼はと言うと――

 

 

「さあ、初の男性挑戦者だ!! チャンピオンを超えることが出来るのか期待が高まります!!」

 

 

 人生最大のピンチに陥っていた。

 

 

「では歌っていただきましょう――!!」

 

 

 だから彼は歌った。彼に出来る全力で。教えて貰った、感情、思い出、その全てを込めて、魂で彼は歌った。

 

 そして、世界が震えた――。

 

 

 彼が歌うことになる前にあった出来事

 

 

「新チャンピオン、か」

「クリスちゃん凄い!!」

「うん! 凄いよクリス!!」

「流石だな、雪音」

「さて、チャンピオンへの挑戦者はまだまだ募集していますよー!!」

「は――」

「はーい!!」

「おっと、そこの元気の良い人!!」

 

 

 スポットライトが起立して手を挙げた立花響を照らし――掲げられた彼女の手の動きに合わせてその隣、響と未来に挟まれる形でパンフレットを開いていた遊吾を照らす。

 

 

「彼が――歌います!! 絶唱します!!」

「なん…だと…どういう意味だ!? まるで意味がわからんぞ!?」

「大丈夫です!! 歌が苦手でもいけますって!!」

「いや、無理無理無理!? 無理だよ俺!?」

「大丈夫ですよ、遊吾さん。結構上手いですし、いけますよ!」

「大丈夫だぞ、アトラス。私たちと一緒にトレーニングしていたじゃないか」

「い、いや、俺苦手だし――」

「おい、そこの男!!」

 

 

 司会者からマイクを奪ったクリスが彼に向かって手を向け――くいくいと動かす。明らかな挑発。

 

 

「来いよ遊吾。苦手とか、恥ずかしいとか、外面なんて捨てて掛かって来い。それとも――怖いのか?」

「…へっ、歌が苦手とかそんなのは関係ねえや…。推薦なんざ必要ねぇ…。誰がてめえなんか、テメェなんかこわくねえ!! 野郎ぶっ殺してやるぁあああ!!」




嘘次回予告。
次回――

「これが――イチイバル」
「そうだな、それイチイバルだな――って、それあたしのシンフォギアじゃねえか!?」
『あれぇええ!?』

 遊吾、シンフォギアを身に纏う!!


「仕方がない…決闘開始の宣言をしろ!! ウェル!!」
「決闘開始ィいい!!」
『決闘!!』
「ところで、何で俺簀巻きなんですかねぇ?」
『景品』
「誰か助けてぇええ!?」


 F.I.SVS二課、ガチンコ三本勝負!!


「き、君は一体――」
「私の名前はDホイーラーA。洸と呼んでくれ!!」


 二課に接触する謎の男!!

 の三本です!! デュエルスタンバイ!!


ふとGXを見ていて思いついた話――


「ほら、有名人なんだからこれかけていきなさい?」
「これエコバックな。あと、小遣い。おつりはお前たちに上げるから好きなモノ買ってきな。あ、でもあまり買いすぎたら晩飯食べられなくなるからそこんとこ考えろよ?」
『あんたら親か!?』
「なるほど…どう思うよ、マイハニー?」
「ふふ、良いんじゃないかしらマイダーリン?」

「…久しぶりにキレちまったよ…。マリアさん、バレー、しましょ?」
「へぇ…私に勝てるとでも?」

 そして始まる超次元絶唱バレー!! 斬撃と刺突、拳と胸と水着が弾ける凄まじいファンタスティックスポーツ!!


「はぁあああ!!」
「甘い!! 砕けチレェ!!」

「あ、ガリィぢゃん。何やってんの?」
「…あ、いやー……」
「ああ、襲撃しに来たのに出れないわけか」
「はい。…というかあの二人人間ですか? 何ですかアレ」
「知らん。…お前らは水着とかもってねえの?」
「あれぇ? 何ですかぁ? そんなに気になるんですかァ?」
「いやまあ…多少はな」
「……ちょっと待っててください」
「え? ちょ、ガリィちゅわぁ~ん? …行っちまった」
~数分後~
「ど、どうですか?」
「……予想以上になんだろう、その、うん」
「ほほぅ?」
「おら! 泳ぐぞ!! そんでもってついでに飯食ってけ!!」
「はい!!」


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彼女と彼と歌と用事

 学園祭。それは彼にとって驚きの連続であった。

 

 本当にアニメや漫画に出てくるような学園祭のように、模擬店舗と呼ばれるものが並び、部活動毎の出し物や、クラスによる出し物が沢山あった。

 

 内容は、地域の歴史やリディアンの歴史などの真面目なものから、占い、漫才研究会とやらの漫才など、よくわからないものまであった。

 

 彼が一番気に入ったのは、三年生の焼きそばの屋台と写真部の展示販売だ。焼きそば屋の屋台に関しては、最早いうことはない。さっと炒め食感を残した野菜に、しっかりと麺に絡んだソース。少し濃い目のソースを使用しているらしく、少々辛目の味だったため米が欲しくなる――そこで、焼きそばにおにぎりを付けるという素晴らしい配慮。採算が取れているかちょっと不安になったが、あの屋台は良いものだった。

 

 ちなみに、彼らは行く先来る先で学生たちに衝撃を与え続けていた。例えば――

 

 

「どうしたんですか、難しい顔をして?」

「この焼きそば――良いソースを使っている」

「ほら、アトラス。ソースがはねているぞ」

「あ、わりぃ翼」

 

 

 などと言うやりとりで、風鳴翼が男の口元を拭っているという衝撃的な場面があったり、

 

 

「これ、この紙に番号書いたら購入できるのか?」

「はい――って、え?」

「とりあえずこれで」

「えーっと……これ、全部ですか?」

「ああ、全部」

 

 

 響、未来、翼、クリス。四人が微かにでも映っている写真を含めて、写真購入の用紙十枚以上を写真部に提出して写真部部員たちを困惑させたり。

 

 ちなみに枚数にして百枚ちょっととなっていた写真購入だが、四人の説得によってなんとか五十枚前後に収まった。学校生活という、自分の見たことのない彼女たちの姿を出来るだけ思い出として取っておきたかった遊吾は物凄く不満気だったが、幾らなんでも学園祭の展示販売で万単位でお金を出す男というのは変態とか危ない人とかそんなランクを遥かに通り越して、ヤバい。だが、彼の思いも尤もなのでお互いに妥協して五十枚前後ですませることとなった。

 

 クリスや翼はそれこそ一人一、二枚で良いだろうという考えだったのだが、何だかんだ遊吾に甘い響と未来が見事に彼に説得されてしまったために五十枚となってしまった。

 

 この時、彼の相手をしていたカウンター係の写真部部員は後にこう語る。

 

 

「夫婦喧嘩は犬でも食わない、などとはよく言ったモノですよね…」

 

 

 尚、遊吾・アトラスが私立リディアン音楽院高等科に来たのは今回が初めてなのだが、彼を取り巻く面子の濃さによって彼の情報は瞬く間に私立リディアン高等科の学生たちに伝わり、学園祭でハーレムを築く男と言う何とも言えない呼び名が浸透したりするのだが、それはまた別の話だ。

 

 

「よし。これでめぼしいものは一通りまわったか」

「んー、そうですねぇ…。どうします? もう一周します?」

「あー、どうすっか」

「…まさか、本当に全部の出し物をまわるとは思っていなかったぞ」

「子守りは疲れるぜ、まったく」

「ふふ、ご苦労さまです」

 

 

 校舎裏の廊下を歩く六人。先頭で頭を突き合せて、たくさんのチェックの入ったパンフレットを眺めつつこれからの予定を考える遊吾と響。

 

 そして、そんなまだまだ楽しむ気でいる暴走超特急たちの体力にほんの少しだが疲れを見せる翼と、全体的に二人に振り回されながらもそれを楽しんでいるクリス。そんな皆の様子を見て、最近様子がおかしかったりいなくなったりしていた皆が笑顔で日常を楽しんでいることにほっと息を吐く未来。

 

 そんな集団を、遠くから眺める影があった。

 

 

「あ、あわわわ。遊吾が女に囲まれてるデース!?」

「あれが、世に言うハーレム…」

 

 

 切歌と調。休暇と言う名の任務を言い渡されていた二人は、彼と一緒に日本に飛び立ったのだが、彼はなにやら用事があるとかで彼女たちとは別行動をしていたのである。

 

 そして、再開したかと思えばこれだ。六人の様子に思わず近くにあった木の後ろに隠れて様子を伺う二人。

 

 

「どうするデスか!? あれ、結構面倒くさいことになってるデスよ!?」

「ペンダント奪取は難しい。だから――」

 

 

 敵戦力の偵察に移行する。

 

 調がドヤ顔で提案するが、その瞳からその言葉の意味が良く分かる。

 

 

「…調」

「なに? 切ちゃん」

「それ、出歯亀とか、ストーキングって意味デスよね?」

「…違う、これは立派な敵情視察。女性と関わることが苦手な遊吾が、どうやって二課の装者を落としたのか、そのテクニックを観察する」

「いや、提案している名前と内容が明らかにかけ離れてるデスよ!?」

 

 

 好奇心と、彼を弄るネタが増えると雄弁に語る輝く瞳。駄目だこいつ、早く何とかしないと――ッ!! 調が日本のサスペンスドラマのように陰から彼らを観察している、そのうきうき加減に思わず額に手を当てつつ、まあ確かに彼女たちがどのような生活をしているのか知るのも、今後の戦闘で役に立つかもしれないと無理矢理自分を納得させて、自分もこっそりと彼らを伺う。

 

 現在の彼らは、次に何処へ向かうか決めかねているらしい――と、そんな彼らに向かって駆け寄る影が三つ。

 

 

「あ、居た!! 雪音さん!!」

「げぇ!?」

 

 

 三人の姿を見て、女性あるまじき声を上げるクリス。彼女は急いでその場を離れようとする――が、そんな彼女の前に壁が立ちふさがった。

 

 

「カバディ!」

「邪魔だ退け!!」

 

 

 遊吾・アトラス。両手を広げ、彼女の進行を防ごうとする彼の脇を全力ですり抜けようとするクリス。だが、そんな彼女の目の前に新たな壁。急ブレーキをかけて慌てて後ろ跳び。

 

 彼の背中から現れたのは、響。

 

 

「よし、ビッキー! このまま三人でストリーム・アタックを仕掛ける!!」

「ラジャー!」

 

 

 ジリジリと近づいてくる遊吾と響。

 

 クリスは焦る。このまま後退してしまえば、クラスメイトと嫌でも話さなければならなくなる。というか、アレに出場しなければならなくなる!! それだけは絶対に避けなければならない。

 

 だが、近接戦闘随一の響に、謎身体能力で風鳴司令とも殴り合える遊吾。この二人のコンビがそう易々と自分を取り逃がしてくれるはずが無い。

 

 それに、と彼女は二人の動きを観察する。大柄な遊吾を一番前にすることで、小柄な響の姿が隠れる。更に、コートなどにより存在感が物凄い遊吾が前に居ることで、響がどのような動きをするか全く予想がつかない。

 

 先程のように脇を抜けようとすれば、どうあがいてもどちらかに捕まってしまう。だからといって後退することは出来ないし、横に逃げようものなら包囲されてしまうだろう。

 

 考えろ、雪音クリス!! 今、この絶望的な状況を打破する策を――ッ!!

 

 周囲を確認する。

 

 後方には、クラスメイト三人と、翼。前方には、遊吾と響。後方に逃げることは出来ないし、だからといって前、横方向は二人によって突破は困難。

 

 どうする? どうすれば――じりじりと距離が縮まる。このままでは捕まるのも時間の問題だ――遊吾が動いた。動物には必ず存在するはずの、初動の遅さを全く感じさせない加速。クリスに迫る両腕。考えろ、どうすればこの状況を打破することが――。

 

 彼女の脳裏に稲妻が奔る。このシーン、この状況、どこかで見たことがある――ッ!!

 

 彼女の記憶が走馬灯のようによみがえる。そうだ。これはおっさんの戦術マニュアルの一つ。近接戦闘時の火力を底上げするために参考にしたロボットアニメのワンシーン!!

 

 前後左右。四方向のみで考えたのがいけないのだ。四方向でダメなら、五つ目の選択肢を作ってしまえばいい!!

 

 視界が白黒に染まる。ゆっくりとスローモーション映像のように迫る遊吾。クリスは迷うことなく両足に力を込めて――跳躍した。

 

 

「俺を踏み台にしたぁ!?」

 

 

 遊吾が声を上げる。まさかの攻略。遊吾の背中を蹴って更に跳躍しようとするクリスを見て、響が慌てて跳びかかる。が、それよりもクリスの方が速い!

 

 

「このぉおおお!!」

「ちょっせぇ!!」

 

 

 響の腕が触れる――寸前、彼女が身体を回転させ見事にそれを避ける。空中回転から見事に着地。これは決まった!! クリスが思わず内心でガッツポーズをとる。

 

 

「ははは!! じゃあな馬鹿二代!!」

 

 

 勝った! 第二部完!! 振り向いて突破した二人を指さして勝ち誇るクリス。

 

 だが、クリスの方を見る遊吾と響の表情は――笑顔。何故だ? 驚愕の表情や、悔しがった表情をしていても良いだろうに、彼女たちはまるでこうなることを見越していたかのように笑っている。

 

 何故だ? クリスが思わず眉をひそめる。

 

 

「希望を与えられ、それを奪われる。その時人は最も美しい表情をする――!!」

 

 

 遊吾の顔が歪む。彼迫真の顔芸。愉悦! と言わんばかりの表情に、彼女の脳裏で警鐘がかき鳴らされる。

 

 何故彼はこんなことを言った。希望を与えられる――つまり、現在の自分が逃走出来るという希望を抱いているということだ。では、それを奪われるとはどういう意味か。

 

 そこで彼女は気づいた。今、この場に居るのは何人だ?

 

 クラスメイトの三人を除けば――翼、響、遊吾。自分たちは元々翼、響、遊吾、未来の三人で動いていたはずだ。そこで彼女は気づいた。

 

 未来は何処だ? 何処に行った?

 

 同時に彼女の横から衝撃。柔らかい感触と共に、楽しそうな声。

 

 

「クリス確保!」

「流石未来!!」

「作戦勝ちだな!!」

 

 

 いえーいと手を挙げて喜ぶ三人。なるほど、さっき三人で仕掛けるなどと言っていたのはこのことか。

 

 次は無いからな! と本気で悔しがっているらしいクリス。

 

 

「え、ええっと…」

「ああ、すまないな。クラスとは大違いだろう?」

「は、はい。あんなにアグレッシブというか、感情を出してる雪音さん、初めてみました」

 

 

 世界を平和にする歌姫が、今ではクラスメイトから逃走しようとするヘタレちゃん。随分と差がついてしまいました。悔しいでしょうねぇ? テメェ!! おやおや、暴力はいけませんよ? ぐぬぬぬ…。

 

 そんなやりとりを見て苦笑する翼。クラスメイトの少女たちは、バーカバーカと今時子供でもやらないような喧嘩を始めたクリスと遊吾の姿を見て、ああ、やっぱりそうなんだと何となく察した。

 

 時季外れの転校生。しかも銀髪美少女となれば、男子校ではないリディアンでも話題になるのは当然だった。だが、クラスでの彼女はいつも不機嫌そうな表情を浮かべており、また誰かに話しかけられても睨み付けるような視線と、不愛想な返事をしてしまうせいで自然と人が離れていった。

 

 そんなコミュニケーション能力が低めで牽制されがちなクリスであったものの、クラスメイトは皆彼女と共に生活していく中で少しずつ彼女の性格を把握し、また彼女の魅力にはまりだしていった。

 

 例えば、何かと不愛想なクリスであるが結構可愛いモノ好きらしく、いつも鞄に取り付けられた白いウサギのストラップを眺めてはニヤニヤと口元を緩め、しかもそれをクラスメイトにバレないように一々周囲を確認して表情を改めつつ、暫くするとニヤニヤしだすの繰り返し。

 

 普段はムスッとした表情なのだが、音楽の授業――特に合唱の授業になるとクラスの誰よりも上手く、楽しそうに歌うのだ。この時ばかりはムスッとした表情から一転。まるで初めての絵本を読む童子のように歌詞カードを開き、それはもう心の底から楽しんでいると言わんばかりに表情を輝かせて歌うのだ。

 

 この、平常時と音楽の授業のクリスの落差が、クラスメイトのハートを射止めた。

 

 クラス内部では既に雪音クリスを見守る会が発足し、クラス内での彼女の行動は逐一クラスメイト達に観察されており、彼女の行動は全て構成員たちの心をより高みへとランクアップさせる。何というか、野良猫を拾ってきた感じと言えばいいのだろうか。兎に角雪音クリスと言う少女は、本人の知らぬ間にクラスのマスコットキャラクターとしての地位を確立し、クラスのアイドルになってしまっていたのである。

 

 

「あれが、ゆうご、なんですね」

「アトラスを知っているのか?」

 

 

 ポニーテールのクラスメイトの呟きに、翼が驚いて尋ねる。

 

 遊吾・アトラスはこの学校となんの関わりも無い筈だ。それに、クリスの性格からして彼のことを好き好んで話すわけでも無いだろう。

 

 

「えっと、雪音さんって時々空眺めたり、机に伏せて寝てるときにゆうごって呟いてたから…」

「なるほど…」

「まさか、あの雪音さんが男の人と知り合いだったなんてねー」

 

 

 だが、これで彼女の行動も納得がいく。

 

 あのウサギのストラップは恐らく彼から譲ってもらった物なのだろう。そして、彼女にとって彼は気の置ける存在。人間誰しも機嫌が良い日と悪い日があるが、クリスの場合ブレ幅が大きい。機嫌の悪い日はずっとムスッとしているが、機嫌が良い日は基本的にクラスメイトに質問されれば返答してくれる。

 

 返答する日は大体、彼だのあの馬鹿だのと言った単語が出てくることから、恐らくああやってあの遊吾・アトラスと言う男性とスキンシップをとった日は特に機嫌がいいということ。

 

 これは、後で尋問ですね…。うふふ、と眼鏡を光らせるクラスメイトに、皆思わず表情を引きつらせる。

 

 

「さてっと、お疲れ様です巡査ぁ! エロリストを連れてきましたぁ!」

「誰がエロリストだッ!!」

「おぐぅぉぉぉ……」

 

 

 クリスの手をとってクラスメイト達の前まで連れてきた遊吾だったが、不用心な発言によってクリスに思い切り足を踏みつけられた。突き刺さる踵。ヒールは、あかん…。悲鳴すらあげることができず、苦悶の表情をしながら崩れ落ちる遊吾。

 

 現在のクリスの靴は、西洋人形が履いているような、可愛らしいブーツ。靴底が厚く、ピンヒールほどではないがヒールがあるタイプのものであり、そのヒールが彼の足の甲に突き刺さったのだ。めり込み方からして結構本気で足を振り下ろしたのだろう。若干涙を流しながら悶え苦しむ遊吾にため息を吐きながら、クリスはクラスメイトと向き合った。

 

 

「で、ええっと…」

「雪音さん! よかったら勝ち抜きステージで歌ってくれませんか!!」

 

 

 勝ち抜きステージ。現在講堂で行われているイベントの一つで、生徒や一般人まで参加できるカラオケ大会のようなものである。ここでチャンピオンになることが出来た人には、願い事を叶える、豪華賞品がもらえるなど様々な特典があるらしい。

 

 

「どうしてあたしが出なきゃいけないんだよ…」

 

 

 だが、クリスはそんなものには全く興味が無い。態々出る必要なんて無いし、そんな特別親しくもないようなクラスメイトに言われて出る意味もない。

 

 思わず冷たくつっぱねるクリスに、クラスメイトの一人が言った。

 

 

「その、雪音さんってとても楽しそうに歌うから――」

 

 

 彼女が大好きな歌。だが、同時にシンフォギアの装者である以上は戦うための歌。

 

 日常という、今までの自分とは全く縁の無かった世界。ソロモンの杖を起動させたこと、町でノイズを暴れさせたこと、彼女が直接的な原因ではないとはいえ、間接的にそれら日常を脅かす事件に関与していたからこそ感じる疎外感。自分は彼女たちとは違うのだという、ある種の劣等感に似た感情。

 

 だが、彼女たちはそんな自分をしっかりと前から見つめ、歌ってほしいと言ったのだ。

 

 胸元で手を重ねる。苦しい。胸が熱くなる。だが、それは決して苦悶ではない、喜び。

 

 しかし、素直でない自分の口はその感情を声に出すことができない。思わずまた冷たい言葉を放ちそうになり――

 

 

「なあ、その勝ち抜きステージってのはどこでやってるんだ?」

「うひゃあ!?」

 

 

 浮遊感と同時に、柔らかくも堅い感触。

 

 横抱き、俗に言うお姫様だっこだ。大概素直ではない彼女にしびれを切らした遊吾が彼女を抱き上げたのだ。

 

 

「ばっ、ば、お、おまぁ!」

「ったく、お前は素直じゃねえんだから歌って伝えろ」

 

 

 顔を真っ赤にして狼狽えるクリスに、歌は人間の相互理解の第一歩なんだぞと遊吾が笑う。

 

 彼の行動に度肝を抜かれたクラスメイトの三人であったが、借りてきた猫のように顔を真っ赤にして縮こまるクリスの様子から勝ち抜きステージに出ることは吝かではないようだと判断。こっちですと二人を案内する。

 

 

「相変わらず強引ですねー」

「まあ、それが良いところなんだけどね?」

「…今回はどうなんだか…まあ良い。私たちも行こう」

 

 

 こうして、雪音クリスの勝ち抜きステージ参戦が決定したのであった。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 勝ち抜きステージ。舞台の上に立つ――天使。

 

 雪音クリスが歌う。緊張でガチガチの身体。だが、それは次第にリズムをとりはじめ全身が動き出す。

 

 教室モノクローム。彼女の日常に対する想い、その全てを込めた歌。私立リディアン音楽院高等科二年、雪音クリスの歌。

 

 一人孤独に戦場で戦ってきた、日常に馴染めない自分。だが、そんな彼女の目の前に現れた、大人たち、先輩、一直線の馬鹿、はじめての友達、そして――ヘンテコな異世界人。

 

 皆に出会って、世界が変わった。そして今、自分は新しい世界へ踏み出そうとしている。

 

 ステージ袖で彼女を応援するクラスメイト。こっちは名前も覚えていないのに、突き放すような言葉しか話していないのに、それでも自分を信じてくれた、友達。

 

 万感の想いを込めて、彼女が歌う。

 

 スポットライトの光を浴びた彼女を、どう表現すれば良いのだろうか? 天使? 女神? いや、そんなちゃちな表現ではない。もっと輝いているものだ。言葉で言い表すことなどできない。そんな――

 

 雪音クリス。

 

 ステージに、歌に、頬を染め、魂から歌い上げる。そこには雪音クリスという少女がいた。

 

 歌が終わる。しん、と静まり返る会場。

 

 爆発の前には一瞬音が止むというが、正にその通りだった。

 

 爆発。拍手と歓声が轟ぎ渡る。

 

 

「勝ち抜きステージ新チャンピオン誕生!!」

 

 

 え? え? と困惑するクリスをよそに、司会の少女が吠えた。

 

 わあ! 沸き立つ会場。

 

 

「……………ねえ、遊吾さん」

「…………………なんだ? 響」

 

 

 瞳を揺らす響と、どこから取り出したのか、Dゲイザーの録画モードを使用しながら、天を仰ぐ遊吾。目元を抑えているのは溢れんばかりの涙を堪えているからだ。

 

 

「みぐぅううう!!」

「はいはい。クリスちゃん、すごかったね」

「うん、うん!!」

 

 

 涙腺崩壊。感動で未来に泣きつく響。

 

 

「大丈夫か? アトラス」

「ああ。…クリスの親父さん、お袋さん、見てますか? 彼女はここまで成長しましたよ……」

「なんか悟ってる!? しっかりしろアトラス!? 両親に後を任され、子供たちの成長を見ながら逝く老人のようなことになってるぞ!?」

 

 

 気を保つんだ!! がくがくと揺さぶられ、なんとか正気を取り戻す遊吾。だが、彼の胸に宿った感情は彼が今まで感じたことがないもので、思わずもてあましてしまう。

 

 

「何だろう、その……えーっとだなぁ……」

 

 

 言葉にできない感情。それを察した翼は、ふふ、と微笑む。

 

 

「ならば、それを歌にしたらどうだ?」

「歌?」

「ああ。私たちは胸の歌を力に変える。アトラスもやってみたらどうだ」

「いや、俺歌苦手だから良いさ…」

 

 

 しかもあの歌の後だしなぁ…。苦笑する遊吾。

 

 

「さあ、次なる挑戦者は居ませんかぁ! 飛び入り参加も良いですよ!!」

 

 

 司会の言葉に、三つの手が上がる。

 

 一つは響のもの、二つは――切歌と調のものだ。

 

 

「って切歌と調!?」

「チャンピオンに――」

「挑戦デース」

 

 

 啖呵を切る二人。たいして、響は大きく息を吸って――

 

 

「私は歌いません!」

『えええ!?』

 

 

 ならなんで立候補したんだよ!? 会場中が内心のツッコミでざわつく中、彼女は掲げていた腕をピッと横に伸ばし指を指す。

 

 彼女が指差した方向に居るのは――遊吾。

 

 

「って、え?」

「ここにいる、遊吾・アトラスが歌います!!」

「ちょっ!? ちょっと待てよ!? マジでいってんのか!?」

「マジです!」

「大マジか!?」

「大マジです!!」

 

 

 まさかの他者推薦。だが、そこら辺は特に制約もないので問題はなかった。

 

 あえて問題があるとすれば、推薦された遊吾があまり歌が好きじゃないと言う点である。いや、歌が好きではないと言うのは語弊があるか。

 

 

「俺が歌苦手なの知ってるだろ…」

「ふっふっふ、私は知ってますよ? 翼さんと奏さんと歌の練習したり、クリスちゃんと歌ってるってこと…ッ!」

 

 

 妬ま――羨ましい! もはやあまり意味が変わっていないことを力強く言い切る響。

 

 

「なるほど、遊吾が歌うデスか…」

「未知数。マリアが結構上手いと言っていた…」

「二人ともハードル上げていくなおい!?」

 

 

 なにやらわくわくしている二人組にツッコミをいれる――と、そんな彼の肩を叩く存在。誰だ? 振り返るとそこにはにっこり笑顔の翼の姿。

 

 

「私との特訓の日々を思い出せ、アトラス」

「マジっすか」

「大丈夫。遊吾さんなら下手でも問題ないです!」

「未来はさらりと酷いこと言うな!?」

「おいテメェ、まさかあたしにあれだけ偉そうに言っておいて、自分の番になったらやだとか言わねえよなぁ?」

「援護射撃をするんじゃないクリスティーヌ!! お前根に持ってやがんな!?」

 

 

 遊吾・アトラス完全包囲網である。

 

 壇上からの援護射撃に、翼との特訓。トップアーティスト風鳴翼の知り合いかつ一緒に歌う仲と聞いてざわつく会場。どうやらもう逃げられない段階らしい。

 

 仕方がない。腹を括ろう。

 

 後で皆には御褒美でも良いから何かしてもらわないと割りに合わねえぞこんちくしょうと額に手を当てながらもステージに向かう遊吾。

 

 

「さて、何やら色々面白そうな人物が歌うようです! …ところで、何を歌うんですか?」

「あー……自前の曲ってありですか?」

 

 

 コートの中からプレイヤーを出して聞く。

 

 別に構いませんよ。笑顔で答える司会者に、プレイヤーと曲名を言い渡す遊吾。

 

 係りの生徒が走っていくのを横目に、彼は改めてステージ上から観客席を見る。

 

 全席埋まった講堂。光の関係でどこに誰がいるとか全くわからないが、圧巻と言うものである。これだけの観客を相手にするのは、元居た世界以来だろうか?

 

 大きく深呼吸をする遊吾。天高く腕を突き上げ、宣言した。

 

 

「プリンスは一人、この俺だ! 二歩先を行く決闘を見せてやろう!!」

 

 

 何いってんだあいつ。観客が突然の言葉に言葉を失う中、彼を知る響たちは驚いた。

 

 彼がそれを言うということは、最早この場は彼にとって決闘の場。つまり、本気だ。今の彼にできる全てを用いて――チャンピオンの座を獲りに来る。

 

 

「おおっと、何の儀式だろうか? 期待が高まります!」

 

 

 基礎基本を思いだそう。彼は奏や翼に聞いた、歌うコツを思い出す。

 

 特に、奏の言葉、そして先の翼の言葉とクリスの姿。それが今彼が目指す歌だ。

 

 腹の、魂の底から声を出す。それで、それだけで良いと彼女は言った。

 

 そうだ。自信を持て。貴方の歌が好き。そう言ってくれたのは、日本が誇るトップアーティストの風鳴翼と天羽奏、そしてアメリカのトップアーティストであるマリア。

 

 彼女たちのお墨付きなんだ。何を恐れる必要がある? それに――

 

 

「さあ、歌っていただきましょう!」

 

 

 彼女達が見ている前で、格好悪いところなんて見せるわけにはいかないじゃないか!

 

 そして、前奏が始まった。

 

 

「遊吾さん、大丈夫かな…」

「なんだ立花、今さら不安なのか?」

「えっと、はい」

 

 

 遊吾さん、カラオケとか行きたがらなかったから。基本娯楽に関して関わらないと言う選択肢を取らない遊吾だが、カラオケだけは拒否していた。

 

 

「そうなのか? 一度二課のカラオケマシーンってーの動かしたときは歌ってたけどな」

 

 

 クリスが笑う。結構音を外してたりしてたぞ、と。

 

 遊吾・アトラスは歌が苦手。それはどうやら本当らしい。だが、風鳴翼はニヤリと笑う。

 

 

「果たしてそうかな?」

「え? それって――」

 

 

 どういう意味ですか? 響が翼に尋ねようとして――音が彼女に叩き付けられた。

 

 驚きと共にステージを見る。そこに居るのは遊吾。普段では見られない真剣な表情。

 

 その姿が先程のクリスと被る。コートを翻し、全身全霊全てを賭けて歌い抜く、その姿勢、歌に籠った熱量は正に絶唱。

 

 歌と共に叩き付けられるのは、純粋な彼の想い。目が離せない、離させない。

 

 揺れる講堂。余裕が出てきたのだろうか、真剣そのものだった表情は、心の底から楽しんでいると言わんばかりの笑顔に変わり、観客に向けて手を掲げると言ったライブのようなことまでやってのける。

 

 遊吾・アトラス。プロアマとはいえ、決闘者として観客の前に立つことも多かった遊吾。つまり、この勝ち抜きステージにおいてほぼ唯一の客の前で何かをすると言う経験を持ったプロなのだ。

 

 その経験が今の状態を生み出していた。

 

 曲が終わる。

 

 大喝采。クリスの時に負けず劣らずの大歓声である。

 

 

「遊吾さん、凄い…」

「そうだろう」

 

 

 まるで己のことのように胸を張って喜ぶ翼。

 

 遊吾・アトラスは歌が苦手なだけであって、下手なわけではない。これは奏、翼両方の認識だ。

 

 ハーモニカなどが異常に上手いこともあってか、音程の取り方はピカイチ。だが、彼にはいくつか欠点があった。

 

 それが、彼の声質の関係上、打ち込みの電子音との噛み合わせが悪かったり、ノイズとして生活していた時期があったことで、音楽をレベルやフォニックゲインで捉えてしまい、そのせいで上手く歌えないこと。そして、歌を知らないタイプだと言うことだ。

 

 サテライトに音楽と言う文化は勿論あったが、彼には無縁の産物であり、そのせいで歌うと言うことに抵抗があったのだ。

 

 歌と言うものはどうしても他者に評価されることであるし、何より、絶対に音をはずしてはいけない、あまり音痴であるのも…。未知の物に対する抵抗など、無意識の抵抗が彼の本来のポテンシャルを落とし、苦手意識を持たせていたのだ。

 

 だが、その抵抗さえ外してしまえば彼の元々持っている性質と凄まじい噛み合わせを起こし、結果を生みだすのだ。

 

 奏は言った。

 

 彼は、常人とは違う形で音を捉えるある種の才能を持っているのだ。これを延ばしていけば面白いことになる、と。

 

 現に、雪音クリスの歌の影響もあり、彼の歌は面白いことを起こした。

 

 

「す、凄まじい歌でした。ええと、それでは判定――」

「…マジか? 分かった、すぐに戻る」

 

 

 壇上で彼が携帯端末でなにか連絡を受け取ると、結果も受けずにさっさと降りていく。

 

 

「あ、ちょっと!?」

「申し訳無い! 緊急の用件が入っちまったんだ!」

 

 

 ほんとごめんなさい! 片手をあげて走り出す遊吾。

 

 突然の事態に会場がざわめく。と、翼が動いた。

 

 

「あの二人もいない」

「…分かりました」

 

 

 切歌と調の二人もすでに会場から姿を消していた。となると、やはり遊吾とあの二人にはなにか関係があると見て間違いはない。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ、暁切歌、月読調、そして、遊吾・アトラス。この四人の関係を聞き出すべく二課装者三人も行動を開始するのであった。




嘘次回予告(昭和の特撮風に)

ドクターウェルのはった巧妙な罠によって、ネフィリムが驚異の力を発揮する!危うし、響。頑張れ、僕らの立花響!

立花響死す。デュエルスタンバイ!!


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始まる戦い

 遊吾・アトラスの裏切り。

 

 ただ、彼が助けたい人々が彼女たちの敵であったというだけだ。だが、改めて彼がF.I.Sと共に居ることを知った彼女たち。予想されていたことである為まだ衝撃は少ないが、それでも痛いことには変わりはなかった。

 

 だが、遊吾・アトラスがF.I.Sに協力しているということは同時に二課の面々に新たなF.I.Sへの見解が生まれた。

 

 遊吾・アトラスは多少人よりもゲスな部分があるものの本質は善人だ。さらに、彼が協力すると言うことは即ち彼が自ら手助けしようとしているということであり、これはF.I.S、フィーネという組織がただ国欲しさに決起した武装集団ではないことを意味していた。

 

 また、彼の様子から少なくともマリア、調、切歌の三人はそれだけの人間であるということが予想された。

 

 恐らく、フィーネという組織は一枚岩ではなく、利用しようとする者と、それを利用してなにかを起こそうとしている者、そして純粋に事を成し遂げようとしている者。恐らくはこの三者に分けられる。

 

 遊吾・アトラスを含める装者たち四名は皆何かしらの重要事項を成し遂げることに集中していると推測されるが、ユー・トイルイ・テッシとウェル博士、この二人がフィーネを利用して何かを行おうとしていると見て間違いはないだろう。

 

 方針としては、ソロモンの杖の確保と装者たちの確保。そして、ウェル博士及びユーと名乗る男の逮捕。

 

 その機会はすぐに訪れた。

 

 F.I.Sの暁切歌、そして月読調の提示した決闘。

 

 その狼煙たる反応が現れたのだ。場所は東京番外地・特別指定封鎖区域。

 

 私立リディアン音楽院高等科及び特殊災害対策機動部二課跡地。フィーネとの決戦、彼と彼女達が命を懸けて戦い抜いた思い出の地。

 

 

「ここが戦場になるとはな…」

 

 

 装者たちによる決闘を約束していたが、現実は違う。

 

 彼の目の前で繰り広げられている壮絶なる戦。

 

 漆黒の異形。ずんぐりむっくりとした図体。顔の半分程ある巨大な口と、楕円形の頭。

 

 空より落ちし巨人。完全聖遺物、ネフィリムの起動とそれを用いた二課装者の――彼女たちの身に纏うシンフォギアの補食。それが決闘という形で呼び出された彼女たちへの、ウェル博士の策だったのだが…。

 

 

「おうおう、ボコボコじゃねえか…」

 

 

 咆哮、激震。震脚により大地が砕け、練り上げられた力は脚から腰に、腰が回転により増幅された力は肩を伝い、拳に込められその力を遺憾なく発揮。衝撃が身体を突き抜け、背後の空気がはぜる。

 

 身体を貫かんとする衝撃に浮かび上がる巨体。叩き込まれるまるで狙い済ましたかのような弾丸の雨。

 

 獣の唸り声めいた駆動音と共に弾丸が次々と吐き出される。着弾と同時に爆発。弾丸内部にフォニックゲインを仕込むことで、徹甲弾の如く装甲を突き破り内部で炸裂するという悪魔のような弾丸が、巨体を問答無用で抉り飛ばす。

 

 だめ押しとばかりにミサイルのバーゲンセール。季節外れの花火が大地を照らす。

 

 巨体が墜ちる。そこに間髪入れず吹き込む風。疾風怒濤。幾千幾億の刃が一刃のもとに打ち込まれる。

 

 巨体がピンボールめいて弾け飛ぶ。が、流石は完全聖遺物。あれだけの攻撃を受けて尚その形状を保っている。だが、ネフィリムは完全に逃げ腰。それどころかもう装者を見ている眼が凄い。完全に涙目。圧倒的捕食者を前にした兎のように恐怖にかられている。

 

 ウェル博士発狂。まあ、仕方がない。完全無欠の生物兵器たるネフィリムがただのシンフォギアに目を背けたくなるようなレベルの蹂躙を受けているのだから。

 

 

「侮るなって、言ったんだけどなぁ…」

 

 

 腹芸が得意ではない以上、なにかと裏の仕事をこなせるウェル博士に本命を知られる訳にもいかず、今回の決闘に関してはノータッチにならざるを得なかった訳だが…これは参戦するしかないだろう。

 

 しかし、起動してまもないとは言え仮にも完全聖遺物たるネフィリムをここまで追い込むとは…。衝撃的だからよく覚えている、戦姫絶唱シンフォギアGの決闘の話と現在の状況を比べて思わず額に手を当てる。

 

 手加減する訳にもいかなくなっていたが、これはどちらにしても全力でいかなければ勝てないだろう。

 

 

――さあ、絶望を始めよう。

 

 

 ここから、俺の全身全霊を賭けた戦いが始まるのだ。

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 それは、唐突に現れた。

 

 

「なんだよ、あれ?」

 

 

 クリスが油断なくガトリングを構える。

 

 視線の先、ネフィリムとウェル博士を守るように浮遊する楕円形の機械。

 

 ウェル博士たちを守るような配置。恐らくは護衛のマシンか。だが、護衛なら何故ネフィリムが危機に陥っている段階になって現れるのだ。

 

 見たところなんの力もないただの球体――のはずだが、その存在が放つ威圧感は目の前のネフィリムのそれを上回る。

 

 

『些か無謀だったようですね』

「お、お前はユー!? それは一体!? それに、無謀だと!?」

 

 

 ウェル博士。動揺が隠せない。彼も知らされていない謎の兵器。

 

 ネフィリム。虎の子であるそれを難なく撃破され、プライドがボロボロとなったところに現れた存在。一体何が起こるというのだ。

 

 彼の様子から、その球体が只の球体では無いことを改めて確信し気を引き締める装者たち。

 

 

『そうです、無謀です。確かにネフィリムは強い。強いが――その程度です』

「その程度だと!? この、僕のネフィリムが!!」

『ええ、その程度です。そのネフィリムはまだ何の力もありませんからね…』

 

 

 ネフィリム。ありとあらゆるエネルギーを吸収することでドンドンと強くなる、成長する兵器。だが、その性質上”何かを取り込まなければ強くなれないのだ”ならば、起動して間もなく、聖遺物の欠片を捕食することで起動形態を保ち続けていただけでしかないネフィリムは一体何か?

 

 完全聖遺物ゆえに、壊れにくいだけのただの案山子。

 

 

『いやぁ、作戦前には随分と言ってくれましたが、少女たちを相手にしたお人形遊びすら禄に出来ず、あまつさえ逆に弄ばれ、更には大口叩いて説教をした者に救われる。作戦前と今で随分と差がついてしまいました――悔しいでしょうねぇ』

「貴様ァ!!」

 

 

 怒り狂うウェル。だが、事実だ。

 

 ユーの正体を知り、二課の装者たちと並々ならぬ関係であることを知ったウェル。彼はユーに言った。

 

 本当に彼女たちを倒せるのか。むしろ手加減してわざと負けたり、こちらの情報を流したりしているのではないか? 事実、倉庫の一件からして本国の動きが早すぎるとF.I.S側で少々悶着があったのだ。そのタイミングでの糾弾。

 

 そんなことをした後に、そんな存在に庇うように前に立たれるなど、屈辱以外の何物でもない。

 

 

『さて――貴女方にはこれから絶望を味わってもらいましょう』

「絶望だって? そんな球一つ、あたしのイチイバルでぶっとばしてやるよ!!」

『ふふ、随分と威勢が良いこと…私にもそんな時期がありましたよ』

 

 

 では、お見せしましょう。現れろ、機皇帝グランエル∞、グランエルT、グランエルA、グランエルG、グランエルC!!

 

 空間が歪む。グランエル∞――グランエルコアの周囲に展開された装甲が組み合わさり、一つの巨大な球体となる。

 

 グランエルT、A、G――魚のような形状の機械たちが空間より飛び出し、そして最後にグランエルC、貝のような形状の巨大な円盤が姿を現した。

 

 

『合体せよ、グランエル∞!!』

 

 

 グランエル∞の全面、銀色の装甲に縁どられた、まるで目を瞑った人を思わせる装甲部分が展開され、内部よりグランエルコアから放たれる緑色のエネルギーが光を放つ。装甲後部に格納されていた巨大な二枚の装甲が展開。球体の横に固定されると、蟹の爪のように組み合わさっていた装甲が解放され、接続部分がむき出しとなる。

 

 グランエルG、魚のような形状のそれは、各部位で装甲が展開され、盾を持った腕のように変形。グランエルA、尻尾の部分が回転、全身を伸ばし、キャノン砲を思わせる形状へと変形。

 

 そして、二つのパーツはグランエル∞との間で紫電を散らしながら――合体する。

 

 展開されていた装甲が閉じ、空気を排出。ブッピガンと言う金属音と共にパーツの固定が完了する。

 

 グランエルC、頂点の球体と、左右で分解。球体の底部分が展開され、無限軌道が内部より競り上がり、頂点の球体が杖のような胴体部となり、脚部となる二つの巨大な装甲と合体。そして、既に合体済みのグランエル∞と稲妻を走らせ合体する。

 

 上空より飛来する剣、グランエルT。グランエル∞に突き刺さるように金属音を響かせ合体。

 

 グランエルTが展開。内部より深紅の一つ瞳が光を放つ。

 

 

『これが最強の機皇帝――機皇帝グランエル∞!!』

 

 

 両腕を振り上げ、下ろす。排熱――プシュッという音と共に各関節部より蒸気がたちあがる。

 

 

『か、かっこいい!!』

「――ハッ!? こ、こら、立花、雪音!! 見惚れている場合ではないぞ!! 凄く格好いいけれども!!」

『ハッ!?』

「そ、そうですね!! クリスちゃん、しっかり!! すっごく格好良くてもあれ敵だからね!!」

「そ、そうだな!! 各パーツごとに変形が違いながら、統一された機能的なデザイン。敵ロボでモノアイってテンプレながら独特の形状と合体時の効果音で物凄い心躍る変形合体ロボットだけど敵だからな!! 油断するなよ! 胸からビームとかあるかもしれないぞ!!」

『随分と男心の分かる女の子たちで助かりました』

 

 

 彼女たちの反応に思わず苦笑してしまうユー。

 

 元々映画や漫画、ゲームなどなど様々なことに影響されやすいクリス。多趣味かつそういう文化にも理解のある響。実は結構格好良いモノなどが大好きな翼。どうせならファンサービスの一環として他の機皇帝も見せてやりたいところだが――まあそれはまたいつか、そういう日が来ればみせるとしよう。

 

 

『さて、まずは警告をしておきましょう』

「警告?」

 

 

 翼が眉をひそめる。確かにあのグランエル∞というロボットからは並々ならぬ威圧感を感じるが、そんな存在が一体何を警告するというのだ?

 

 

『グランエル∞の力は、単純な話神にも勝ります。一撃でも受ければ、いくらシンフォギアでも耐え切れないでしょう。それでも、戦いますか?』

 

 

 グランエル∞の攻撃力は、自身のライフポイントの半分となる――が、これはあくまでもデュエルモンスターズで使用するために調整されたもの。本物のグランエル∞は、攻撃力をライフポイントと同じ数値とし、あらゆる攻撃、効果を防ぎ、敵を殲滅する絶望の象徴。現在の彼のライフポイントは全くの無傷であり、4000。

 

 この機皇帝グランエル∞は、イリアステルの一人、ホセの使用したものとほぼ同一の物を再現している。故にその攻撃力はライフポイントと同等である4000。

 

 デュエルモンスターズにおいて、4000と言う数値は三幻神――俗に神のカードと呼ばれる存在と同じ攻撃力を持つということになる。

 

 攻撃力3000のレッド・デーモンズ・ドラゴンすらこの世界では類を見ないほどの破壊の化身となるのだ。ならば、神と同等の力を持つグランエルの一撃を受ければどうなるか――そんなもの想像に容易い。

 

 

「そんなの、決まってんじゃねえかよ!!」

『…なるほど』

 

 

 ガトリングを構えるクリス。

 

 最早言葉は不要だった。息を吸い、吐き出す。ならば、絶望を与えることにしよう。ネフィリムなど敵ではないレベルの絶望を。

 

 

『ならば、砕け散りなさい』

 

 

 視界が赤く染まり、スコープが表示される。距離測定。十字の中心に立花響。有効範囲にクリスと翼。あとは――引き金を引けば良い。

 

 

――グランド・スローター・キャノン

 

 

 ゾクリ、背筋を奔る寒気に急いで後輩二人へと飛ぶ翼。ブースターを全力噴射。二人が潰れたカエルのような声を出すがそんなものは構いはしない。そのまま身を投げ出した。

 

 静寂。撃ち放たれた光の奔流は対象を失って彼女たちの後方へと飛んでいった。

 

 

「何すん――」

「あぶな――」

 

 

 翼に文句を言おうとした二人――連鎖する爆発。まるで時間がまき戻るかのように着弾地点から次々と噴火のような爆発が起こり、文字通り大地が弾け飛んだ。

 

 爆風によって木の葉のように舞い上がる少女たち。何とか体勢を立て直して地面に着地するが、自分達が元居た場所を振り返り、言葉を失った。

 

 破壊。フィーネの合体した赤き竜かそれ以上の力を誇る一撃。

 

 大地はUの字に抉りとられ、それがどこまでも続いていた。幸い、番外地は街から離れた場所にあることもあって市街地に被害は出ていないようだが…。

 

 

『余所見をしていてもよろしいのですか?』

「しまったッ!?」

 

 

 砲身が轟ぐ。チャージ時間を短縮し、単発で撃ち出されたエネルギー。

 

 翼が全力で待避する。威力が落としてあるとは言え、大地を抉る威力。なんと凄まじいパワーか。

 

 余波で体勢を崩す。その隙を見逃すグランエルではないが、そんな彼にミサイルが殺到する。

 

 

「やらせるかッ!」

 

 

 イチイバルの連謝。だが、グランエルはその図体に似合わぬ機敏な動きでそれを悉く避けていく。

 

 今はイチイバルやガングニールを狙うときではない。どちらも強力なシンフォギアだが、同じ土俵で戦う関係でグランエルの方が圧倒的優位に立つことができる。だが、戦闘経験が豊富であり、グランエルを振り切る機動性能を持つ天羽々斬相手であれば少々部が悪い。

 

 

『故に!』

「でぇえええい!!」

 

 

 イチイバルへの砲撃。ズレた場所へ弾着。爆風によって体勢を崩す。狙いを即座に天羽々斬へ――飛び込んでくるガングニール。だが、そんなものなんの問題もない。

 

 右腕を前に――グランエルGが緑色の粒子を放ち、ガングニールの拳を受け止める。

 

 

「うそぉ!?」

 

 

 激痛。グランエルGは破壊されるかわりにグランエルに装備されているシンクロモンスターを破壊するという効果を持つ。

 

 元々ガングニールの攻撃とグランエルの攻撃力を比べた場合、破壊なんてされるはずがないのだが、あえてシンクロ状態の自分にダメージを通すことで完全にダメージを殺す。

 

 

『砕け散れ!』

「あ――ッ!?」

 

 

 グランエルGがエネルギーを放出。弾き飛ばされるガングニール――同時にグランエルが前方へ急速加速。振りかぶった右腕を叩き付ける。

 

 ホームランボールめいて吹き飛ぶガングニール。少女の身体の数倍はある腕に殴られたのだ。しかも神の拳に等しい威力のそれに。

 

 衝撃、沈黙。

 

 天羽々斬が吼える。激情を歌に。瞬間シンフォギアの出力が跳ね上がり、天羽々斬の形態が変化。神速の剣技をもってグランエルに迫る――が、それを彼は待っていた。

 

 

「出力が!?」

 

 

 ガソリンが尽きた車のように空中で謎の減速。シンフォギアの形態も通常のものへと戻り、更に適合率が低下していることで白から灰へとその色を変色させる。

 

 一体何が!? 突然のシンフォギアの不調に目を見開く翼――彼女の目の前で重低音。同時にエネルギーチャージの際に発生する風と甲高い虫の羽音のような音が響く。

 

 彼女が顔をあげた先にあるのは、漆黒の闇とその奥で微かに輝く炎。その炎は徐々に身を荒ぶらせていき――

 

 グランド・スローター・キャノン。

 

 グランエル必殺の一撃が彼女の身体を呑み込んだ。

 

 

「つばささぁあああん!?」

「てめぇえええ!!」

 

 

 怒りに燃える瞳。二人の装者が叫ぶ。

 

 

「ぎ、ああああ!?」

「翼さん!?」

 

 

 悲痛な叫び。

 

 グランド・スローター・キャノンを零距離で受けながらも何とか生きていた翼。だが、そんな彼女の身体には今、グランエルの胸、グランドコアから放たれる光の糸によって全身を貫かれていた。

 

 意識を失っていた身体が激痛で覚醒する。全身の皮を無理矢理引き離されるような痛み。彼女のシンフォギアが解除され、生まれたままの姿で地面にゆっくりと寝かせられる。

 

 機皇帝とは、絶望の名。

 

 かつてあった連なる未来。その時代に人類が滅亡の危機に瀕した原因のひとつであり、シンクロ召喚を滅ぼすために開発されたモンスター。

 

 天、地、人。三体の機皇帝の中で最強を誇る地の機皇帝グランエル。その真価が今発揮されたのだ。

 

 シンクロモンスターの効果を無効化する能力と、シンクロモンスターを吸収する能力。

 

 シンフォギアはシンクロと同じくレベルを組み合わせて発現する。ならば、その扱いはシンクロモンスターとそう比はない。故に、天羽々斬を吸収したのだ。

 

 

「そいつから離れろぉおおお!!」

 

 

 突貫。天羽々斬の装者を守るために彼女がガトリングをミサイルをありったけの数連射しながらグランエルへ立ち向かう。

 

 ガングニールは急ぎ装者の元へ。グランエルの攻撃を生身で受ければどうなってしまうか分からない。

 

 ――だからこそ、彼はそこを狙う。

 

 

『ふむ、煩わしいですね…』

 

 

 イチイバルの攻撃を全て右腕で防ぎ、左腕――砲身たるグランエルAを裸の装者へと向ける。

 

 チャージ。光が砲口に収束される。そんなタイミングで装者の元に飛び込んできた少女。視界に映るガングニール、その恐怖に歪んだ表情。構わない。

 

 Lockon。必中の一撃が放たれる。

 

 

『グランド・スローター・キャノン!』

 

 

 衝撃。視界に影。

 

 グランエルのセンサーに反応。なるほど、砲撃のなかに飛び込んできたか。

 

 二人を守るように立ち塞がるイチイバル。その前方には数多の光。イチイバルの――現在存在するシンフォギアの中で最大の防御障壁。月を砕くために放たれた、彼のカ・ディンギルの砲撃を防いだフォニックゲインの輝きだ。

 

 だが、そんな光は彼になんの感情も抱かせない。あれは俗にファンネルなどと呼ばれることもあるビット兵器が無数に集まることでできる障壁だ。

 

 そんな石ころがいくら束になったところで――

 

 

「ッ!? っそだろ…」

 

 

 徐々に障壁が溶け始める。

 

 当然だ。現在のグランエルの攻撃力は、元々の数値に吸収した天羽々斬の力を加えたもの。その力は既に神を葬る段階にまで来ているのだ。

 

 そんなものを真正面から受け止めて、無事でいられるはずがなかった。

 

 ビットの輝きはそれを上回る光に呑み込まれ、連鎖的な爆発を引き起こす。

 

 衝撃でイチイバルの身体が浮き上がる――同時にその身体を光が貫いた。

 

 

「ぎぃ!? や、あ、アアア!?」

「クリスちゃん!!」

 

 

 地面に転がる装者。イチイバルが光となりグランエルの胸に吸収される。

 

 これで、準備は整った。あとは彼処のガングニールを始末するだけだ…。

 

 ゆっくりと視線を向ける。

 

 少女の目には、絶望。先輩が、仲間がなすすべもなく打ち倒され、更に自分にまで牙を剥く。

 

 数十倍もある無慈悲な冷たい兵器。

 

 無機質な瞳が彼女を捉え、砲身が光を放ち始め――

 

 

「やらせないよッ!!」

 

 

 衝撃と共にグランエルの体勢が崩れる。

 

 援軍!? 砲撃が放たれた地点に居たのは、二人の男女。

 

 赤い髪を風に揺らし、その手に槍を持つ女性。そしてその隣には身の丈ほどもある巨大な剣を握り締める男性。

 

 どちらも、これ以上無いほどの憤怒の表情でグランエルを睨み付ける。そこにあるのは、怒りと悲しみ。こんなことをする必要があるのか。何故ここまでできる。

 

 男性――風鳴響一郎が、グランエルに、否、その内部にいる少年に向かって、吼えた。

 

 

「戯れも大概にしやがれよ、ユーッ!! いや、遊吾・アトラァァァスッッ!!」

 

 

 大地を揺らす咆哮。それに彼はいたって冷静に返す。

 

 

『戯れ? 馬鹿を言うな。これは遊びだ。ハンティングゲームと言う名のなァ?』

 

 

 直後、グランエルの腕が吹き飛んだ。



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彼と選択の結末

「……」

「響?」

「……はぁ」

「響! ……ひーびーきー!!」

「わあ!? …ど、どうしたの未来」

 

 

 驚いて顔をあげれば、そこには呆れ顔の少女。

 

 

「どうしたのじゃないよ。折角のデートなのに暗い顔してるから。はっ、もしかして私とデートするの嫌なの? …そうなんだ……」

「違う、違うよ!? 未来とデートしたかったよ!! その、えっと、兎に角違う!!」

「うん、知ってた」

「未来ぅうう!?」

「あはは、ごめんごめん」

 

 

 まったくもう。未来の行動に苦笑してしまうが、彼女のお陰で少しだけ気持ちが楽になった。

 

 あの戦い――東京番外地での戦闘から早数日。彼女、立花響は今でもあの場所での戦闘が現実のものでは無いような気がしてならなかった。

 

 だが、現実だ。

 

 彼は、遊吾は敵になった。

 

 ノイズの頃の、共に高めあう敵と言うわけではない。打倒すべき本当の敵として彼が立ちふさがった。

 

 それがどれだけ自分に衝撃を与えているか、彼は理解しているだろうか?

 

 立花響の人生において、遊吾・アトラスという男が残したモノはとてつもなく多い。

 

 初めて出会ったとき、彼女は彼のことを不審者だと思った。学校で不審者が出たと話題になっていたこともあるし、しかもそこで出た特徴と彼の背格好が完全に一致していたからだ。

 

 だから彼女は彼を避けようとした。当然だ。誰も好き好んで不審者に近寄りたくはない。

 

 だが、そんな時に彼が呟いたのだ。何を呟いたのかはよく聞こえなかったが、その寂しそうな響きが彼女を彼の元に向かわせた。

 

 こんにちは。自分の声に振り向いた彼。そこには光がなかった。暗い、暗い闇。泣き疲れて最早泣く気力すらないような、見知らぬ土地で一人迷子になった子供のような不安や絶望に染め上げられた瞳。

 

 駄目だ。彼女は思った。このままこの人を放っておいたらいけない。

 

 それから、彼女が彼の元に通う生活が始まった。

 

 初めは全く会話が続かなかった。こちらが話しかけても返ってくるのは、ああ、やそう、などといった無気力な声ばかり。

 

 何故なのだろうか? 話の内容が悪いのだろうか? あれやこれや考えているうちに、ふと思った。もしやお腹が空いているのではないのか、と。今思うとなに考えているんだ、といった感じだがこの時は本気でそう考えたのだ。

 

 それから、彼の元に通う際にお弁当を持っていくようになった。最初の頃は自分のお昼の弁当の残りを彼に持っていっていたのだが、

 

 

「…無理してるならいらない」

 

 

 彼が食べているのを見てお腹が鳴ってしまい、それを聞いた彼に弁当を押し返されてしまったため、母に頼んで弁当を二つ作ってもらうようになった。今でも思い出すと恥ずかしい黒歴史の一つだ。

 

 その内、美味しそうに弁当を食べる彼を見て自分も弁当を作りたい、彼に食べてほしいなと思い始め、気づけば彼への弁当は自分で作るようになっていた。

 

 だがしかし、自分で言うのも何だが自分は料理が下手だ。今でこそ多少はマシになっているものの、最初なんてもう壊滅的であった。

 

 ぐちゃぐちゃの卵焼きに焦げたウィンナー。救いがあるのは母が準備しておいたご飯で作ったおむすび――これも見事に形が不格好だったが。

 

 勿論、そんな酷い出来のものを出すのは気が引けたし、自分で食べるつもりであったのだけれど、

 

 

「手料理、絶対なッ」

 

 

 あれだけ熱の籠った言葉を聞いてしまえばそんなことも出来るはずもなく、何を言われてもいいやとやけくそ気味に彼に渡した初めての手料理。

 

 彼は卵焼きを口に入れ、暫く咀嚼した後に言った。

 

 

「不味いなぁ」

 

 

 そのとおりだ。自分だってそう言う。分かっていたがやはりショックで項垂れてしまった自分。だが、彼はそんな自分を気にすることなく次々と弁当に手をつけていく。

 

 嗚呼、不味い。でもうめぇ。泣きながら、みっともないぐしゃぐしゃな顔で笑う彼。

 

 初めて見た笑顔だった。

 

 そしてその時初めて、自分は彼という人間を見た。それまでは心のどこかで捨て猫をこっそり育てているように思っていたが、その時思った。

 

 もっとこの人の笑顔を見たい。この人の色んな表情を見たい。

 

 弁当を食べ終えた彼が言った。味が濃すぎる。形も不恰好だ。もう少しまともに出来なかったのか。今思うと、それまで相槌しか打たなかった彼の初めて喋った台詞なのだが、それがこれとは如何なものか。

 

 それを聞いて思わず怒った。

 

 そんなことを言うんなら次から作って持ってこない! と。それを聞いた彼はまるで鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして暫く固まっていたが、何でもするから許してほしい。すぐに掌を返すように必死に謝り始めた。

 

 別に本気で怒ったわけではない。だが、そんなことを言い始めるものだからこれは利用しない手は無いと彼女は内心ニヤリと笑って言った。

 

 

「今、何でもするって言いましたよね?」

「え? あ、ああ。勿論、俺にできる範囲のこと限定だが…」

 

 

 じゃあ、自己紹介してください。そう言うと、はっ?? こいつ何言ってんだと言わんばかりの表情をする彼。一体どんな無理難題を押し付けられると思っていたのだろうか? そんなに酷い人だと思ってたんですかと咎めるように言えば、目を逸らして表情を引きつらせる。

 

 空気を変える為だろう、ごほんごほんとわざとらしく咳払いをした彼は、大きく深呼吸をして言った。

 

 

「遊吾・アトラス。年齢は――数えて十三? だかそこらへん。趣味、というか好きな事はデュエルで、プロデュエリストとして活躍してたんだ」

「…ぷろでゅえりすと?」

 

 

 決闘者。そして彼らの行う決闘。それを知ったのがこの時だ。

 

 それから、少しづつ彼が自分と話すようになってきて、嗤ったり、時々怒ったり、困った顔をしたり。色んな表情を見せてくれるようになった。

 

 

「どうしたの、響?」

「ううん、何でもない」

 

 

 この頃だったか。自分が彼の元に結構遅い時間まで入り浸ることが増えたせいでお父さんお母さんが心配して、その話を聞いた未来が、自分たちの元にやって来たのは。

 

 今を考えると、この時の未来は凄い遊吾のことを警戒していた。

 

 親友に近づく不審者。そう考えていたからだろう。実際、彼と話すときの彼女は棘を隠そうともしなかった。…無論これには段ボールハウス生活を行っていた彼にも非があるが。

 

 そんな彼と彼女が仲良くなったのは何が原因だったか。確か――そうだ。轢かれそうになった近所のおばあちゃんを助けて、逃げた犯人を捕まえた時だったか。

 

 デュエルアンカーを車の後部バンパーに引っかけそのまま力勝負。普通乗用車を身体一つで引き留める彼は一体どんな身体能力をしているのだろうか? 怪力とか、そんなちゃちなものではないような気がする。あの時は攻撃力を上げる魔法カードを使用したとか言っていたけど、それにしてもだ。実は彼自身攻撃力が1800以上あるんじゃないだろうか。

 

 あの時の怒り狂った様子が、未来の遊吾・アトラスという少年の形にピッタリと嵌まり込んだらしく、あれから少しずつ棘が少なくなっていった。

 

 こう思い返してみると、彼との思い出は何かとハチャメチャだ。

 

 喧嘩しているところに飛び込んできてそのまま相手を制圧したり、街で絡まれているところに突然現れて、絡んできた大人をボコボコにした後に警察のお兄さんたちにこってり絞られたり、自分たちが不審者と色々しているという悪口を言った同級生の話を聞き、君のファンになったんだとファンサービスという名のマインドクラッシュを行い、未来のお父さんと熱い口論を繰り広げたり、お父さんとお母さんに家に来ないかと言われて大泣きしたり――この時、婿養子に来ないかとおばあちゃんに言われて凄い焦っていたり。

 

 自分のような者に立花さんのような女の子はつり合いがとれていないというか、俺が役不足と言うか、ええっと、兎に角無理です! だったっけ。流石にそこまで言われると私でも傷つく。思わずおばあちゃんたちの援護射撃を行った私は悪くない。

 

 

「どうしたの? ニヤニヤしちゃって」

「うぇ!? あ、いや、ちょっと…」

「遊吾さんのこと?」

「うぐっ」

 

 

 やっぱり未来には敵わない。自分の考えていることを当てられてしまい、苦笑する。

 

 

「うん。ここ、遊吾さんと来たなぁって」

 

 

 彼女たちが居るのは水族館。今日は立花響が久しぶりの休暇ということで、未来と二人きりで街へと遊びに出ていた。

 

 が、これは異例の処置である。

 

 武装組織フィーネが台頭し暗躍している以上、ガングニールの装者であり同時に装者の中でも随一のポテンシャルを持つ響は特異災害対策機動部二課で待機していなければならない身。だが、現在彼女は無期限の長期休暇を言い渡されていた。

 

 彼女の身体に起こっている変化が原因だ。

 

 現在の立花響は、装者として覚醒して以来の度重なる激戦によって、体内に存在するシンフォギア、ガングニールの欠片が増殖、彼女の体内の至る所に融合している。ガングニールの大本である心臓部は愚か、末梢血管、果ては末梢神経にまで融合していると考えられている聖遺物の欠片。

 

 これが、彼女の身体を限りなくシンフォギアを稼働させるのに適した身体に変化させていると同時に、彼女の身体を蝕んでいるのだ。

 

 無論、これに関して対策を怠っていたわけではない。二課にフィーネが居る頃に融合係数を低下させる試みが行われ、侵食率を低下させることに成功していたのだが、S2CA――複数の装者の絶唱及び、自身及び空間からフォニックゲインを収束することによって撃ち放たれる立花響の必殺技。この技術の度重なる使用と、彼女がガングニールを進化させた形態、ガングニール・ウォリアーの運用によって融合係数が跳ね上がり、結果的に彼女の肉体の侵食率はレッドゾーンへと突入してしまったのである。

 

 つまり、彼女がこれ以上ガングニールを纏って戦闘を行えば、最悪死亡。運が良くてもその存在を聖遺物の塊へと変化させるか、聖遺物と生物の融合体と言う物に変異してしまう可能性が非常に高かった。

 

 だが、融合係数を低下――正確に言うならば融合を妨げることで彼女の身体の侵食を遅らせるだけなのだが――させる方法は存在しているが、それも気休め程度しかない。彼女は未だ若く、未来が待っている。故に二課司令官、風鳴弦十郎が言い渡したのが、無期限の長期休暇。

 

 戦闘さえ行わなければ侵食は起こらない。何故なら、侵食が発生するのはあくまでも立花響がガングニールを身に纏うことで、ガングニールが彼女の身体をより適した肉体に変化させているからだ。

 

 体組織と完全に融合していることで、外科的手術によって摘出することも叶わない以上、戦闘から遠ざけるしか侵食を防ぐ方法が無かった。しかし、これは同時に現在の彼女の存在意義の否定にも繋がってしまっていた。

 

 

「ああ、中学校のゴールデンウィークの時だったっけ? 響のお母さんたちと一緒に此処に来たの」

「うん。遊吾さんがさ『あ、遊星さんが居る! あっちには遊戯さんとアテムさんも!!』とか言って蟹とかヒトデの水槽から離れなかったよね」

「ああ、髪形が蟹やヒトデに似てるんだっけ?」

「そうそう。…決闘者って髪型が奇抜な人がなる職業なのかな?」

「…どうなんだろ」

 

 

 立花響は人一倍正義感の強い少女であり、一度決めたら一直線。決して折れない心を持つ強い女の子である。が、それに比例するように彼女はとても打たれ弱い少女でもあった。

 

 そこには恐らく中学校時代の、あのライブ事件後の生活が起因となっている。

 

 ライブ事件の後、立花響はリハビリを終え社会生活、日常生活へ復帰した。

 

 年若い少女にとって、歩くことすらままならない状態がどれだけ辛かったことだろう。だが、必死の思いでリハビリを終えた彼女を待っていたのは、暖かい歓迎などではなかった。

 

 特異災害法により、ライブ事件の生存者に払われる補償金。ライブ会場での死傷者の大半は将棋倒しなどの人的被害によるもの。そういった要因をワイドショーなどで大きく取り上げ、謂れのない言論の暴力が彼女たちライブ事件の生存者を襲った。

 

 当時響の通っていた学校でも犠牲者が出ていた。これを受けて心無い学生たちが、何故あの人が死んでなんの取り柄もないあんたが生きているんだ。この税金泥棒。

 

 心が折れそうになりながらも必死にリハビリをして帰ってきた結果がこれだ。多感な思春期の少女にとって世間の悪意はあまりにも醜く、残酷だった。

 

 だが、幸いなことに彼女はその後も真っ直ぐに成長した。歪み、荒れても仕方がない環境で尚太陽を目指す向日葵のように真っ直ぐに。

 

 だが、真っ直ぐに成長する代わりに彼女は大切な親友と大切な男性に依存した。心の支えを家族以外の場所に定めることで精神の安定を図ったのだ。

 

 これは他の面々、未来や遊吾にも言えることだ。未来はライブに行かずに傷つけてしまったトラウマから、遊吾はこの世界に転移して彼女たちと出会ったその日から、二人は響を支え、支えられる関係となっていた。

 

 そして現在、そんな彼女の心は崩れかけていた。

 

 

「でも、遊吾さんの髪型はまともだよね」

「…とげとげ頭がまともかと言われれば――どうなんだろう」

『うーん…』

 

 

 聖遺物に身体を侵食され、死ぬ間際だからと言うわけではない。シンフォギアを纏えないからだ。

 

 中学生時代に己の存在を完全に否定された彼女は、誰かに頼られること、誰かを守ることに固執していた。それは、頼られることで自分を肯定してもらうため、自分がここに存在している意味を見出だす為だ。

 

 そんな彼女にとって、目に見えて意味を見出だすことの出来るシンフォギアは画期的であった。

 

 誰かを助けられる、自分達にしかない特別な力。

 

 それが奪われてしまうと、彼女は自分の存在意義を認識できなくなってしまう。自分は何故生きているのか、それすらも。

 

 そしてもう一つ、遊吾・アトラスの敵対だ。

 

 D-noise の時のようなものではない。完全な打倒すべき敵として彼が立ち塞がったのだ。

 

 しかも、相手は情けも容赦もなく彼女の心を抉り攻撃を行う。慈悲も何もない、今までの関係を否定するような執念にまみれた攻撃は、彼女の精神に甚大な被害を与えていた。

 

 響、未来、遊吾の三人は、三人が揃って完璧なのだ。無論、過去と比べれば互いへの依存はマシになっているし、未来や遊吾に関しては元々自分を持っているため依存度は少しは低い。

 

 だが、支えてもらって何とか立っていた響にとって、支えの一つが失われている状態はあまりにも酷だ。

 

 

「…あ、未来! 遊吾さんが居る!」

「本当!? …って、海胆じゃない」

「海胆だよ、海胆!!」

「……ぶふっ、な、なるほど、確かに海胆」

「海胆! あははは!」

 

 

 だから、立花響は笑うのだ。

 

 折れそうな心を必死に覆い隠すように。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

「遊吾ォオオオオ!!」

『人間風情が機皇帝を越えられると思ったか、馬鹿がッ!! グランドスローターキャノンッッ!!』

 

 

 大地が抉れ、空が悲鳴をあげる。

 

 シンフォギア、草那藝之大刀。聖遺物の欠片であるシンフォギアの中で最も完全な聖遺物に近く、同時に風鳴響一郎の身体に融合している、特異且つ特殊なシンフォギア。

 

 その爆発力は、ガングニールを身に纏う立花響の遥か上を行く。だが、今のグランエルは天羽々斬、魔弓・イチイバルを吸収しており、その出力は草那藝之大刀を遥かに上回る。

 

 大剣型のアームドギアの纏う光が、グランエルの砲撃とぶつかり合う。純粋な破壊力同士の鍔迫り合い。だが、押されているのは響一郎だ。

 

 

「ぐっ、ぐぉおおお!?」

『ふん、今更歌った程度で俺を止められるとでも思ったか?』

 

 

 響一郎の会得している技術のなかには気功と呼ばれるモノがある。

 

 これは、あらゆる物質に存在する力の流れを制御するというものであり、風鳴弦十郎の発勁に通ずる技術の一つだ。

 

 この技術があるがゆえに、近接戦闘では弦十郎を越えるとすら言われる響一郎。だが、その響一郎と彼の纏うシンフォギアをもってしても現在のグランエルの砲撃を受け止めるので精一杯であった。

 

 あまりにも出力が高すぎるのだ。

 

 響一郎は生身で濁流程度ならば生身ですべて受けきれる自信があるし、それだけの技術を持っている。だが、グランド・スローター・キャノンは濁流ではなく大海から襲い来る大津波。いかな気功の技術をもってしても踏ん張るのが限界だった。

 

 アームドギアを握る手が衝撃で外れそうになる。いかな草那藝之大刀であっても、これを食らえばひとたまりもない。

 

 歯を食い縛り、吼えるように、鼓舞するように歌を歌う。気休め程度ではあるが、歌を止めなければまだ勝機はあるのだ。

 

 

『ふん、耳障りな…』

 

 

 グランエルがその機能を、シンクロキラーとしての機能を起動させようとしたところで、突然彼の身体に衝撃。思わず体勢を崩してしまう。

 

 逸れる砲撃。その隙を逃す響一郎ではない。

 

 

「タァアアアッッ!!」

『機皇帝を甘く見るなとッ!!』

 

 

 跳躍、そのまま胴体を凪ぎ払おうとした響一郎の脳裏に稲妻。攻撃を中断。大剣を無理矢理引き戻す。筋肉がブチブチと音をたて、身体中が悲鳴をあげるが気にしていられない。

 

 軽い衝撃。大剣を蹴り大地に降りる響一郎。そんな彼の目の前で、アームドギアがグランエルの胸から放たれた光の帯に拘束され、呑み込まれていくのが見える。

 

 あのまま剣を振るっていれば、呑み込まれていたのは自分だ。遊吾の防御すら捨てた躊躇のない動きに戦慄する。

 

 

『…それを与えるのは早すぎたか? 奏』

「二度と戦場に立つ予定は無かったんだけどね、アタシは」

『それはすまないことをした』

「本気で謝ってる?」

『…無論、だ』

 

 

 合成音声ではない、生の声。

 

 天羽奏。ガングニールと類似した装甲を身に纏う槍の使い手。

 

 彼女が身に纏うのは、トリシューラ。F.I.Sにて解析されていた特殊な聖遺物を、所長であるレックス・ゴルドウィンの協力のもと彼が天羽奏へと速達便で送り付けたシンフォギアだ。

 

 起動のためのフォニックゲインの波形、アウフヴァッヘン波形が特異すぎたのだ。故に起動できる装者が居なかったのだが、そこに天羽奏の存在。肉声をフォニックゲインへと変化させてしまった女性。

 

 彼女の声、彼女の歌は見事トリシューラのアウフヴァッヘン波形と合致。

 

 万が一のことがあった場合、申し訳ないが彼女にも動いてもらう必要があったため、彼は彼女にトリシューラを送ったのだ。

 

 

「なんでそれをこの子達の前で出来ないかね」

『…まあ、色々とな』

「とりあえず久しぶりに怒ってるんだからねアタシ。何か言うことは?」

『…なまじ希望があるから絶望するのだ。ならば、絶望をくれてやる』

 

 

 そして、彼女が飛翔した――

 

 

 

「マリア、またその戦闘映像ですか?」

「…マム」

 

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴは暗い表情を隠すことなくナスターシャへと顔を向けた。

 

 流れている戦闘映像は、あまりにも過激且つ苛烈。彼女が昔目にした砲弾の飛び交う戦場のような光景。あの戦いのあと、東京番外地の地形が見事に変形してしまったのだから、その凄まじさがうかがえる。

 

 あの戦闘でフィーネ側が受けた損害は少ない。

 

 ウェル博士の不在、ネフィリムの破壊、遊吾・アトラスの負傷。

 

 ウェル博士の不在は、もうすでに保護できているから問題ではないし、ネフィリムの損傷に関しても心臓部は無傷なので問題なし。

 

 問題なのは、彼の傷だった。

 

 

「右腕――ですか」

「……ええ」

 

 

 彼の右腕は、あの戦闘でボロボロになっていた。

 

 グランエルG、装備されたシンクロモンスターを破壊することで自身の破壊を免れるという効果を持つそれを過剰なまでに使用したからである。

 

 大小様々な攻撃に対し、右腕を生け贄に捧げ続けた結果彼の右腕はその機能を一時的とは言え失いかけた。

 

 幸い、神経系や血管系に被害がなかったため本当に危険な状態にはならなかったものの、彼が生身で振るうには少々やりづらくなってしまった。

 

 安静に、しっかりと治療とリハビリを行えば完治する傷。だが、そんな暇はないと彼は右腕の傷を粗末な治療を行っただけで行使していた。

 

 

「ネフィリムの誤射、あのトリシューラのこと。色々問いたいことはあります…が」

「………」

「理由は不明ですが、彼が自らの右腕を犠牲にしたこと、それが問題だと考えるのですね」

「うん…」

 

 

 決闘者にとって腕は命に等しい。

 

 特に利き腕はそうだ。決闘者としてその右腕に想いを乗せ、数多の奇跡を起こしてきた彼。そんな彼にとって右腕という存在はどれだけ大切なものか。

 

 だが、そんな右腕を彼は平然と犠牲にした。あの決闘以降、人が変わったように行動を始めた彼。

 

 明らかに異常だ。

 

 戦意喪失しかけていた立花響を襲ったネフィリムを迷わず射撃した姿は、やはり彼だと安心させるものであったが、それ以降は最早悲惨としか言いようがない。

 

 恩人、大切なものに、己が絶望だと言わんばかりに襲い掛かり、暴力の限りを尽くして殲滅する。その姿はマリアたちから見ても正常ではなかった。

 

 だから彼女は、マムに相談し一つの行動に移った。

 

 それが、本国との交渉。ナスターシャが秘密裏に動いていたそれを察知したマリアが、共に行くと宣言した。

 

 彼がこれ以上何かをする前にこの戦いを終わらせなければならない。そう考えたからだ。

 

 世界の平和など、様々な思惑こそあれど、マリアや切歌、調の願いはあくまでも家族の幸せである。ならば、遊吾が無茶をするのを止めるのもまた、彼女たちの願いだった。

 

 

「ナスターシャ教授」

「…さあ、交渉を始めましょうか」

 

 

 用事とやらで彼が居らず、またウェル博士も居ない今がチャンスだ。

 

 こうして、日本某所に存在する日本が誇る最大の塔の一室で戦いが始まるのだった。

 

 だが――

 

 

「わぁ、すっごい高い!」

「うわっ、未来、あそこ学校だよ!」

「…あ、ホントだ! すっごい小さいね」

「凄いなぁ。最近ヘリとかよく乗るようになったけど、こうして景色見る機会無かったしなぁ」

 

 

「レックス、首尾はどうなってる?」

「遊吾君――どうしたんだい、その右腕は!?」

「ちょっとドジっただけだ。で、メサイアの制御システムとあの子は?」

「問題ないよ。制御システムにはしっかりと仕掛けを施しておいたし、装置も準備できてる。あの子も安定しているから、目を覚ますのももうすぐかな?」

「こっちの準備は出来ている。急いでくれよ? 本国に茶々入れられたら餓鬼共も大変なんだから」

「分かってるよ……君は本当に――」

「どうした?」

「いや、何でもないよ」

 

 

 寄しくもこの日、この塔に集まったことが事件を加速させることになるとは、この時誰も予想していないのであった。




ネフィリム「遊吾ォ! だれをうってるぅうう!?」遊吾「いやー、ついつい。ごめんね☆」

 みたいな。

次回予告

 各地で暗躍するF.I.S!だが、その時突如としてノイズが襲来!行方不明の未来!崩れる響!マリアの決意と遊吾の馬鹿。

 そして、一人の少女が立ち上がる!


「ウィル博士、でいいんですよね?」
「な、なんだい?」
「私と適合させてください!」
「マジで?」

 ついに生まれる愛の戦士!

「な、あ、あれは!?」
「友の心、彼の心、大切な愛を守る女――」

 ミクダーマン!テーテッテーテテテッテテッテテーテケテン

「響と遊吾を傷つけるネフィリム、そしてウェル博士、許せん! シェンショウジーン! チェンジ、レオパルドン!!」
『ええ!?』
「ソードビッカー流星!」
「ギャアアア!?」
「粉砕、玉砕、大喝采! フハハハ!」

 次回、爆誕!正義の味方ミクダーマン!


 ……いったいどんな電波を受信してんだ……


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彼と彼女

「遊吾君」

「なんだ、レックス」

 

 

 日本某所某タワーの一室にて、二人の男が向き合っていた。

 

 片方は海胆のようなツンツン頭に黒色の、刃のような襟と座っていて尚たなびく尾を持つコート。そして腕にシルバーの鎖を巻いた少年。だが、その右腕は包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 

 もう片方は、筋肉ムキムキ。全身これ筋肉といった風貌。だが、鎧と見間違うような肉体を白衣で覆ったあまりにも不自然かつ違和感が凄まじい格好をした男性。

 

 少年の名は遊吾・アトラス。男性の名はレックス・ゴルドウィン。

 

 

「右腕、そこまで傷つける必要があったのかい?」

「…何の話だ?」

 

 

 首をかしげて惚ける遊吾。だが、そんなもので誤魔化されるほどレックスは優しくない。

 

 彼からあの計画を聞いたときは、本当にそのようなことが可能なのかと疑問がわいたものだがことが運ばれるにつれて現実味がおびてきた。だが同時にこの少年への負担が見えてきた。

 

 

「大切なものと敵対したからこその傷、違うかい?」

 

 

 返答は無言。だが、それが何よりもの答えだ。

 

 

「大切な者を傷つけた、その事への負い目。犠牲にする必要があるからこそ、自己を傷つけることで罪悪感を紛らわせている」

「…何が、言いたい」

 

 

 熱に浮かされているように震える身体。怒りに震える声。怒鳴り散らさないのはせめてもの意地か。

 

 

「何が言いたいか、か…そうだね……」

 

 

 随分と独り善がり。とんだ偽善だね。

 

 

「――ッ!! ……いや、確かにそうだ。レックスの言う通り、俺が右腕を傷つけたところであいつらを傷つけた罪が償えるわけでもなんでもない」

「でも、やらざるを得なかった、かい?」

 

 

 弱々しく、掠れるような声で、その通りだと返答。

 

 

「せめて、な。俺には決闘しかねえから…」

 

 

 彼にとって二課の装者たちがどのような存在かはわからないが、決闘者の命である右腕を傷付けてまで罪悪感を紛らわそうとするとは、それだけ大切な存在のようだ。

 

 だが、とレックスは考える。

 

 それほどまでに大切なものを失ってまで、マリアたちに入れ込む理由が無い。彼の境遇を考えるならば、確かに恩人としてマリアを助けようとするのは分かるが、それほどまでに大切なものを投げ捨てる必要はないはずだ。

 

 彼の計画は、レセプターチルドレンの今後の生活の保証と、セレナの蘇生。レセプターチルドレンの生活に関してはもう既に九割方完了しているし、セレナの蘇生も、こちらの予測が正しいのであれば間もなく完了する。

 

 だが、これだけならばここまで彼が傷ついて行動する必要はない。

 

 

「遊吾君、君が目指すものはなんなんだい?」

「…あー、頭の悪いハッピーエンド。まあ、現実そこまで上手くいくとは考えられねえけどさ。できるだけ未来が明るく、自由であったら良いよな」

 

 

 でも、だからこそ実現したいよな。

 

 右腕を掲げて苦笑する少年。何となくであるが、彼のやりたいことが見えてきた。

 

 いや、考えてみれば簡単な話だ。顔も分からぬ謎の人物に、敵味方を励ますことで互いの戦力を均衡させてどちらか片方が完全につぶれないようにする。

 

 その上で、それを遥かに上回る戦力を投入することで第三勢力染みた存在を印象付けさせる。そして、裏では自分達のようにある程度裏の事情に詳しく、また裏で融通の利かせられる存在に話を通すことで後々の行動を確立させる。

 

 なるほど、これらの行動から導き出される答えは―――近年希に見るような頭の悪いハッピーエンドだ。明るい未来へレディゴー! というやつだ。

 

 だがしかし、それは本当にハッピーエンドなのか。いや、きっと彼はそこに気付いていないからこそこのような行動をとっているのだろう。彼の見据えているエンディングを考えれば簡単に想像がつく。

 

 

「なるほど。……だからそれが独り善がりだと」

「さっきから独り善がりとうるせぇ――」

 

 

 爆発音、そして振動。

 

 火災報知器がけたたましい爆音を奏で、遠くから人々の悲鳴が聞こえてくる。

 

 何事だ!? 二人が慌ててカーテンを開ける。

 

 そこに居るのは、空の青に身体を溶け込ませた不格好な凧のような形状の――ノイズ。

 

 見れば、タワー各所にノイズが飛来、身体をドリルのように変形させて次々とタワーの内部に侵入しているではないか。

 

 それを見た彼の行動は早い。

 

 

「遊吾君、どこへ――」

「救助に決まってんだろうが!! 今日は祝日なんだぞ!!」

 

 

 祝日の観光名所でのノイズ出現。どれだけの被害が出るかなんて考えたくもなかった。

 

 ノイズは自然発生する。だが、このノイズ襲来が自然発生したものとは考えにくい。何故なら、ノイズの自然発生はどれだけ規模が大きくても一ヶ所に留まることがないからだ。

 

 ノイズは人のみを殺す、知性を持たない兵器。故に多くの人を殺すために必ず拡散する。だが、この襲撃がタワーのみを狙っているのは明らかだ。

 

 そうなれば、これを引き起こしている犯人はノイズを操作できる技術を持っているということになる。現時点でノイズの制御を行う方法は只一つ。ソロモンの杖を使用するしかない。ならば今ソロモンの杖を所持している人物は誰か――

 

 

「只でさえ無駄な犠牲が出てるってのに、これ以上巻き込んでたまるかッ!!」

 

 

 目の前に飛び出してきたノイズを殴り飛ばす。

 

 どれだけの人間が避難できているのか。何が目的でノイズの襲撃が起こったのか。それは今全くもって分からないが、今やるべき事は一つ。

 

 恐らく一番人が多かったであろう展望フロアに向かい、逃げ遅れた人がいないか探索を行うこと。それと出来ることならばノイズの殲滅。

 

 しかし、何故ここにノイズが? 自分とレックスの会合は誰にも話していないし察知されるような情報はどこにも漏れていないはずだ。となると何かしらこの場所を襲撃する理由があるはずなのだが…。

 

 と、そんなことを考えている暇はない。急がなければ犠牲者が増えるだけだ。

 

 壁、床を問わず染み出てくるノイズたち。レッド・デーモンズなどの大型モンスターにはシンクロ出来ないが、この程度ならばノイズの姿で十分対処可能だ。

 

 左腕を握りしめて、彼はノイズの群れのなかに飛び込んでいくのであった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 自分の手は何のためにあるのだろうか? ふとそう考えることがある。

 

 大切な親友は、その手で誰かを助けてきた。想いを握り締めた拳で、誰かを助けるためにその拳で月すらも砕いてみせた。

 

 大切な人は、その手で奇跡を起こした。たった一枚のカードから数多の異形が生まれ、あらゆる敵を倒してきた。どれだけ劣勢でも決して諦めずカードを引き、希望を生み出してみせた。

 

 そんな大切な二人と一緒にいる自分の手は、一体何を起こしただろう、何を掴んだだろう? いや、何もない。起こすどころかいつもいつも二人に掴んでもらってばかりだ。

 

 だから、だからせめて今だけは掴みたかった。助けたかった。

 

 大切な親友は今、命の危機に瀕していた。戦うことで命を失うかもしれない。それを聞いて目の前が真っ暗になった。

 

 あの時も、ライブの時も自分が見ていないところで親友も大切な人も命を喪いそうになっていた。今回だって、自分の知らない戦場で親友は命を落としそうになった。だが、今回は今までとは違う。今までは見ているだけしかできなかったけれども、今回は自分が守ることができる。彼女が生きるのには自分の力が必要なのだ。

 

 それがどれだけ嬉しかったことか。守るだけではない。頼るだけではない。ようやく対等になれるのだ。ようやく二人と共にいられるようになるのだ。

 

 だが、そんな思いは全て目の前で無くなってしまった。

 

 爆発とノイズの襲撃。壊れた床、落ちる親友。

 

 必死だった。繋いだこの手を離さない。離すくらいなら自分も一緒に落ちてやる。だが、自分を見る親友の目は何処までも澄みきっていて、悟ったような笑顔で言うのだ。

 

 自分は大丈夫だ、と。

 

 そうだ。彼女には力がある。その力を使えば確かにタワーから落下しても大丈夫だろう。だが、その力を使えば命が失われる。そのための私、それをさせないための私だったのに、私の腕は耐えきれずに彼女を離し、彼女は力を使ってしまった。

 

 あの光。暖かくも力強い光。だが、否、だからこそ私はあの光が嫌いだ。何よりそんな光をみて少しだけでもほっとする私が嫌い。

 

 私から親友を奪う光。私から大切なものを奪う光。大切なものを奪う私。

 

 嗚呼、何で私には力がないのだろう。私に力があれば、あんな笑顔にさせないのに。あんな光消してしまうのに。

 

 

「落ち着いたか、未来?」

「遊吾さん…」

 

 

 ほら、あったかいもの、どうぞ。

 

 コンテナに布を被せただけの簡易ベッドに座り、右手をジッと見つめる少女――小日向未来。彼女の隣に座り100円均一の店でよく売っているけばけばしい色のプラスチックのカップを差し出す遊吾。

 

 タワー襲撃から数時間。フィーネの仮拠点に帰還した彼は保護した未来を自分の部屋に案内していた。

 

 彼が展望フロアにたどり着いたとき、展望フロアは壊滅状態だった。割れた窓ガラス。崩れた壁に燃える床。幸いなことは、窓ガラスで切ったであろう微かな血痕などは見られるが、瓦礫の下敷きになった人はいないし、炭の量からしてノイズとの接触によって炭化した人も居ないようだということ。

 

 だが、油断はしてはいけない。そんな時に聞こえた悲鳴。その声と意味を理解するよりも早く彼の身体は走り出していた。

 

 大きく崩れた展望フロア。憎たらしいほどに綺麗な青空のなかに浮かぶ黒い影――床に座り込む小日向未来の姿。

 

 それを見た瞬間、彼は彼女がどのような状態か悟った。急ぎ彼女のもとへと向かい、同時に下層部から閃光と共に飛び出してきた、ガングニールを纏うマリアと彼女に担がれたマムと共にタワーから脱出したのである。

 

 

「…あ、美味しい。これ、遊吾さんが?」

「まあな」

 

 

 俺は珈琲好きじゃねえんだけど、頑張ったんだよ。ミルクと砂糖によって珈琲から珈琲牛乳に変化してしまったカップの中身を見せながら苦笑する。

 

 それを見て、遊吾は変わらず遊吾なんだなと少し安心して胸を撫で下ろす未来。

 

 しばらくゆっくりと珈琲を飲む音だけが響いていたが、一息吐いた未来が口を開いた。

 

 

「遊吾さん」

「…ん?」

「響と、敵対してたんですね」

 

 

 名前を偽ってまで。彼女の言葉に、どうしようもないなと諦めたように笑う。

 

 

「ああ。ユーは俺だよ」

「切歌ちゃんや調ちゃんは――」

「マリアの仲間、あいつらも装者だ」

 

 

 あの時ライブ会場で出会った二人の少女もそうだったのか。

 

 これで、響たちの様子がおかしかったのにも説明がつく。

 

 響があんな状態なのに彼が現れなかったのも。

 

 

「…遊吾さん、その、右腕は?」

 

 

 彼は手を大切にしていた。それは、彼にとって腕は武器であり誇りだからだ。決闘をするために必要なのは、デッキではなく、なによりも腕。そんな彼が右腕を包帯でぐるぐる巻きにしているというのが不思議だった。

 

 一体何があったのか。

 

 

「ああ、おっさんとビッキーにやられた――いや、攻撃防いだらこうなっちまったよ」

 

 

 プラプラと右腕を振る遊吾。彼のそのなげやりな態度もそうだが、何よりも彼が響と、あんな状態の響と戦っていたのがショックだった。

 

 

「……響の状態は知ってたんですか?」

「…ああ。櫻井了子と話して、響がガングニールと融合しはじめてンのは分かってた」

「ならなんで!!」

 

 

 何故戦ったのか。怒りで彼の胸ぐらを掴む。

 

 怒りに燃える彼女とは違い、彼は何処までも冷静で、その姿は落ちる前の彼女と被って見えた。

 

 

「了子さんと一緒に、侵食を押さえるように薬品を利用したりしてな。融合は押さえられたし、侵食も災害救助で使用されるくらいなら起こりにくいし、仮に起こったとしても許容範囲だった」

「それなら――」

「戦闘。いや、戦闘というよりはある技と変態か」

 

 

 彼が懐からリモコンを取りだし、ボタンを押す。

 

 すると、机の上の投影機が虚空にとある映像を写し出した。

 

 それは、女性の写真。立花響の裸の写真と、レントゲン、何かよくわからないグラフ。次々と表れる映像を見て、彼女は思わず呟いた。

 

 

「遊吾さん、いくら響が好きでも裸どころか内蔵までおかずにするのはちょっと――」

「未来って結構ポンコツになるよなッ!」

「いたっ!?」

 

 

 時々思い付いたように意味不明な発言をしたりボケを行う未来。昔あった焼き肉の歌もそうだが、なにもこんなタイミングでポンコツ未来にならなくても良いだろうに…。額に手を当てながらため息を吐く。

 

 

「これが、過去数ヵ月の間に撮影した響の身体だ」

 

 

 写し出されるのは、シンフォギアを纏って間もないころと、ルナアタック直後、またそこから一ヶ月頃のの響の裸体と体内のガングニールの状態。

 

 

「…なるほど。筋肉がついて柔らかさと力強さの両立により、更に綺麗になってますね」

「え? いや、まあ…。バキバキとまではいかなくても、少しは筋肉ある方が健康的だからな」

「それに、ルナアタック前後を比べての胸の成長具合。私も確認しましたけど、中々いい感じですよね。大きさとか。腰から脚にかけてのラインも中々」

「あの、掌から余るけど大きすぎる訳じゃない揉み心地の良さそうな見事な――って、だからそういう話じゃないだろ!?」

「ちなみに、私も負けてませんよ?」

「…………いや、そうじゃないだろ」

「欲望に忠実というか、相変わらず変態ですねぇ」

「お前が言うかこのすっとこどっこい!?」

「馬鹿言わないでください。私と響の関係はレズとか百合とか、そんな低俗なものじゃないです」

「なら何だよ」

「愛です」

「何故そこで愛!?」

「それが愛だからです」

「愛って?」

「ああ! それって愛ってこと? ちなみに、私の愛はキャッシュカードの代わりにもなります」

「便利だな愛!? というかそろそろなんの話してたか分からなくなってきたぞ!? 俺、何の話してたっけ!?」

「響の身体のことですよ。なんで忘れてるんですか」

「唐突に真面目になるの止めろよ!?」

 

 

 ぜぇ、ぜぇと息を整えようとする遊吾。おかしい、真面目な話をしていたはずなのになんだこれは…。

 

 

「…そして、これが恐らく現在の響だ」

 

 

 新たに表示される全身。そこにはグランエルでシンフォギアを吸収しようとした際に確認できた響の肉体の状態が克明に記されていた。

 

 

「恐らく――知らなかったんですね」

「…複数名の絶唱を収束し打ち出すS2CA、そしてシンクロにより一時的に全性能を跳ね上げるウォリアー。考えてみればそれだけ強力な力を使うのに、人間の身体が耐えられるはずがねぇ」

 

 

 分かっていたはずだろうに。あまりにも見通しが甘すぎた。

 

 己のもつある種の未来予知的知識があるのは良い。それを利用しなければならなかったのだから。だが、アニメとよく似ているからと言って確実にそうなるはずはない。それはよく分かっているはずだった。

 

 だが、現に彼女は侵食されていた。決闘の段階では、暴走しなければ侵食率は――などと甘いことを考えてしまっていた。馬鹿げている。あまりにも馬鹿げている。それに加え、自分は彼女を暴走させた。

 

 当然だ。吸収を中断すればいいものを、なにを考えたのかそのまま全身の探索へと変更したのだから。

 

 一、二分も体内に異物を突っ込まれて更にその異物で全身をまさぐられるなど拷問以外の何物でもない。生体が、シンフォギアが生命の危機を感じて暴走状態、装者を守るための最終防衛形態になるのは必然であった。

 

 ほんと、頭を抱える遊吾。

 

 

「ままならねえなぁ……これなら、下手に連絡して発破かけるようなこといわなけりゃ――」

「遊吾さん」

「なんだよみ――」

 

 

 く、と言うよりも早く彼が飛んだ。

 

 床に叩きつけられる。ひんやりとした鉄の冷たさに比例するように頬が熱い。叩かれた? 殴られた? 誰に? 目を白黒させる遊吾が顔を上げる。

 

 

「………ざけないで」

「み、く?」

 

 

 ギュッと握り締められた拳。全身を震わせ、絞り出すような声で未来が言う。

 

 

「ふざけないでください。自分が言わなければ? …響は誰かに言われたから何かする、みたいな子じゃないです。響は遊吾さんだからって何でもする人じゃない。右腕といい本当に自意識過剰すぎ、あまりにも私たちを嘗めすぎです。私は…私は」

 

 

 そんな遊吾さんなんて嫌いです。

 

 ごちそうさまでした。嫌味すら感じないほどに綺麗にお辞儀をして部屋を出ていく未来。

 

 暫く床に転がって冷たさを堪能した遊吾。ゆっくりと立ち上がると、唯一のまともな家具である机に向かい、棚の中から一冊の本を取り出す。

 

 計画書。今回の戦いのお話をもとに自分の考えた恐らくはじめての策略。

 

 ふと右腕をみる。

 

 白い包帯で巻かれた右腕。完治すれば自由に動くだろう。今は少しだけ動きが鈍いそれ。だが、本当にこんなものが必要なのだろうか。そう考えた瞬間、彼は本を右腕に持ち変えもろともに机に叩きつけようとして――止まった。

 

 振り下ろしたくても振り下ろせない。これを振り下ろしてしまえば、決闘者として終わってしまう気がしたから。これを振り下ろせばこの計画で犠牲になった無関係の人々まで無駄になってしまうから。

 

 今の自分に明日は無いのだ。今さら絆を壊し、敵となったことを後悔し始める。覚悟していたはずなのに、いざ大切な人を犠牲にし嫌われると自分がなにをしているのかと考えてしまう。下手なことをせずに日本に帰ってしまっていれば――

 

 

「糞がッ!!」

 

 

 振るえる腕で本を本棚に戻しながらも、せめてと言わんばかりに彼は吐き捨てた。

 

 

 

「…あの、ウェル、博士で良いんですよね?」

「…この私になにかようかな?」

「あの――」

 

 

 私を、シンフォギア装者にしてください!!

 

 

「…レックス。俺だ。機材の準備を急いでくれ」

「急? …まあ少々事情があってな。計画が早まることはないが、確実にものにしておかなきゃ俺が此処でごっこ遊びをしていた意味がなくなっちまう」

 

 

 ってなわけで、そろそろ本気で行くとしよう。とりあえず、そちらと合流して目的通り国とお話すんぞ。データ開示の準備をしておいてくれ。

 

 

「…響君の様子はどうだ?」

「…消耗しきっています。ルーチンワークのように二課には来ていますが、私たちの話にも全く耳を傾けてくれなくて」

「あいつ、このままじゃ――」

 

 

 水を打ったように沈黙が訪れる中、オペレーターの藤尭が叫んだ。

 

 

「響ちゃんの部屋に反応――D-noiseです!?」

「なに!? D-noiseだと!?」

 

 

 遊吾君、これ以上どんな無茶をするつもりだ――ッ!?

 

 

 終息に向けてあらゆる人が動き出す。

 

 決戦の日は近い。




ふと思い付いたGX本編的何か

「只のノイズごとき今更ァ!! だが、アトラスの例もある、油断はせん!! オーバートップックリアマインドッッリミットオーバーアクセルシンクロォオオオ!!」
「シンフォギアが無いとでも!! 私自身で、オーバーレイ!!ハイパーランクアップ・エクシーズ・チェンジ!!」
「もってけダブルだァ!! 荒ぶる魂、デルタアクセルッ!!」
「調、いくです!!」「おっけー、切ちゃん!!」『私と切歌で、オーバーレイ!!そして超融合!!』
「キャロルちゃん――わかった。いくよ!! これが私のダブルチューニングッ!!」
「響――私も、シンクロ!!」

全員究極進化

『あるぇー?』

果たしてキャロルたちは生き残れるのか!?


「あ、あれ? あの、ダインスレイフ…」
「エルフナインー、目閉じてた方がいいぞー」
「あわわ!?」
「っと、大丈夫か? やっぱシャンプーハットいるか?」
「大丈夫です。…その、すいません。髪、それにお風呂まで」
「構わねえよ。困ったときはお互い様。それにエルフナインみたいな可愛い子を野宿させるなんてとんでもないしな」
「あ、ありがとうございます…」

はふぅ…。風呂はいいだろ?はい!…そうだ。……ごらんエルフナイン、これが不謹慎ってことで販売後二日で販売中止になったお風呂でノイズシリーズだよ。わ、ほんとにノイズです!なんかバナナとか居ますよ!…あれ?これ人の形してますね。それ、シークレットの俺。ノイズだったんですか!? ああ!


本編で、いつものノリが……書きたいです。
シリアスって書くの大変だ。


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彼と彼女と最後の日

 あの日、何故私は彼女を守ることができなかったのだろう。何故私はあの時彼を止めることができなかったのだろう。

 

 どうして私はいつもこうなのだろう。いつも未来に、遊吾に助けて貰ってばかりで何も返すことができない。返すことができないものがドンドンと蓄積されていって、それだけで溺れそうになる。

 

 自分では幾ら頑張ったつもりでも、いつも失敗ばかり。なんで私はこうなんだろう。

 

 

「立花」

「…はぁ」

「立花!」

「あ、はい! …翼さん? どうしたんですか?」

 

 

 顔をあげれば、そこには翼さん。どうしたのだろうか? 今の私は戦うことが出来ないというのに態々声をかけてくるなんて。

 

 

「あ、その…体調はどうだ?」

「へ? ああ、バリバリ元気ですよ!! 今日も朝ご飯を三杯食べましたから!!」

「そうか、なら良いのだが…」

 

 

 はい! 大丈夫です! 笑顔で言う。

 

 実際はご飯なんて食べていない。そんなことが出来るような状態ではない。大好きなものを前にしても食欲なんて湧いてこないし例え口に入れたとしても砂を噛んでいるように味も何も感じない。ただジャリジャリとしたナニカを食べているような気分になってしまい途中で吐き出してしまうくらいだ。

 

 だが、心配をかけるわけにはいかない。シンフォギアが無い、価値の無い自分が憧れの人である風鳴翼に心配をかけてもらっているだけでもいけないことなのに。これ以上心配をかけるわけにはいかない。こんなもの、リハビリの頃と比べればなんてことはない。そうだ。こんなもの、へいき、へっちゃらだ。

 

 

「無理はしないようにな」

「はい!」

 

 

 少しだけ寂しそうに部屋を出ていく翼。その背中を見送り、再度机に顔を伏せる響。

 

 涙は流れない。だって、もしかしたら次の瞬間には二人が部屋に入ってきてドッキリとか言い出すかもしれないじゃないか。

 

 だけど、それまで自分は一人ぼっちだ。あの時と同じように、誰にも必要とされず、皆がバラバラになったように。今も私が頑張ったから皆がバラバラになって私から離れていく。

 

 まず、クラスの友達が離れていった。次に先生が、地域の人が、そして、お父さんが。

 

 私は皆と一緒に、私の大切な人と一緒に居たいだけなのに、なんでこうなってしまうの? なんで私の大切なものはこうも指の間からすり抜けてしまうの? 

 

 なんで、どうして。考えても考えても分からない。あの時こうしていれば、ああしていれば。そんなとりとめもない考えばかりが浮かんでは消え浮かんでは消え。

 

 身体が沈みこむ。まるで鉛でも流し込まれたように重くなる。いや、実際に今の私の身体には鉛に勝る聖遺物が流れているのだから間違いではない。もしかしたら体重が重くなっているかもしれない。

 

 

「あはは…はは……」

 

 

 私にどうしろと言うのだ。

 

 そんな時、形容しがたい音が聞こえた。なにか潰すような、電子音のような音。それはよく聞く音。そう、ノイズの足音。

 

 何故ノイズが。こんな場所にノイズが現れることなんて無い。気のせいだろうと判断するも、扉の前からは気配。その気配は何やらこそこそと動いているもののこの部屋の前から動くことはない。

 

 一体誰が…そこでふと脳裏に浮かぶ名前。

 

 

「ゆ、う……ご?」

 

 

 心の底から漏れだした声は自分でも驚くほどに震え、霞んでいた。

 

 びくりと気配が動く。同時に扉が開き、バツのわるそうに部屋にゆっくりと入ってくる男。

 

 ツンツンの海胆頭。相変わらず剃刀のような襟と風邪がないのにたなびいている尾の黒いコート。右腕にはシルバーの鎖。

 

 自分よりも高い身長。誰よりも会いたくて、誰よりも会いたくなかった大切な彼がそこにいた。

 

 

「ゆうご?」

「…ずいぶんと酷い面してんな?」

 

 

 皮肉げに笑う。貴方がそんな表情が出来るなんて思わなかった。いつも自信満々に笑う彼には似つかない表情。

 

 

「酷いって…こんな美少女に対して」

「実はそれ聖遺物のおかげ」

「ま、まさか、ガングニールには美容効果が!?」

「使用者に聞きました――私、ガングニールでこんなに綺麗になりました!」

「通販!?」

「今なら装者もお付けして、三百九十八円!!」

「さんきゅっぱ!? というか安い!?」

「今から三十分以内にお電話いただいた方に限り、俺もついてくるバリューパックを――」

「買います!」

「即答!?」

 

 

 まさかの答えに驚きを隠せない遊吾。そんな彼にゆっくりと近付きながら、彼女は笑みをこぼす。

 

 

「まったく、駄目じゃないですか遊吾さん。こんなところに来ちゃ」

「いや、近状報告も兼ねて色々言おうと思ってな」

「未来が居なくなって、遊吾さんも敵になってるのに……」

「……響?」

 

 

 まるで夢遊病者のようにふらりふらりと身体を揺らしながら彼に近づいていく響。その瞳からは――涙。ポタ、ポタ、と少しずつ彼女の大きな瞳から漏れだしたそれは、

 

 

「ゆうごぉおお!!」

「うおぉ!? ど、どうした!?」

「ゆうご、ゆ、ご――ッ!!」

「ああ、居るぞ。俺は此処に居る。だからそんなに慌てなくてもいい。大丈夫だ」

 

 

 ダムの決壊を思わせる涙の大洪水。今まで張りつめていた糸が解きほぐされたように、彼女は子供のようにわんわんと泣いた。それは今までの全てを清算するような、そんな涙だった。

 

 

 

 それから時間にして数分ほど。案外早く立ち直った響だったが、そこでふと気づいた。

 

 

「…うわぁ、遊吾さんの服凄いことになってますよ?」

「誰のせいかとッ!!」

「あいたぁ!?」

 

 

 頭を叩かれ涙目になる響。そんな彼女の目の前には、胸元を涙とか鼻水とか涎とか、ありとあらゆる液体でカピカピにした少年の姿。そんな彼の表情は笑顔。彼女が今まで見てきた中でも一番の輝きを放っている。

 

 …そういえば前にテレビで、笑顔は獣が牙を剥く際の動作が元となっていて、元々は攻撃的な意味を含むとか何とか言ってたっけなぁ。

 

 

「ふんッ!」

「あた!? 二度もぶちました!?」

「何だ? 殴って悪いか! とでも続けてほしいか?」

「…え?」

「え?」

 

 

 あれ、そういうんじゃないの? え、遊吾さん一体何を言っているんですか? え? え? …国民的アニメって洸さん言ってたんだけどなぁ。…ああ、お父さんアニメとか好きでしたもんね。

 

 ちなみに、遊吾が言っているのは国民的ロボットアニメの有名な会話の一部分。ちなみに、正確な流れを言うなら、な、殴ったね…。殴ってなぜ悪いか! である。だが、国民的ロボットアニメと言っても放映されていたのは彼らの世代の遥か前。響の父親である洸の子供時代か、それよりも前に放映されていたのだ。いくら有名だからと言って現役の女子高生である響が知っているはずもない。

 

 男性と女性、こうしたところで若干話が噛み合わないのが、洸が遊吾のことを気に入っていた理由の一つなのかもしれない。

 

 

「…まあ、もうこうなっちまったのはしようがない。諦めて洗濯するさ」

「…服、どうするんですか」

「そりゃ、ウニシロとかで買った分があるし何とかするさ」

「え?」

「…え? 何その反応」

 

 

 響が思わず硬直する。

 

 彼は今何と言った? 買った服がある? どこで? あの庶民の味方たるウニシロ製の服? どういう…ことだ…。

 

 

「なに!? 遊吾さんなら服はコートしかないのではないのか!?」

「おいこらそりゃどういう意味だテメェ!?」

「え、だ、だって、あの遊吾さんですよ!? 春夏秋冬、雨の日も風の日も雪の日も針金コート着てた遊吾・アトラスですよ!? まともな服持ってるわけないじゃないですか!?」

「お前の中の俺はどうなってんだよ!? 俺も少しは一般的な服着るぞ!!」

 

 

 心外だ。ふんっ、と鼻を鳴らす遊吾。

 

 果たしてそんな日があったか? 眉間に皺を寄せてううん、と悩む響。過去を思い出しても出てくる彼の服装は黒い服に黒いコート。黒い服に黒いコート。濃紺色の服に黒いコート。白い服に黒いコート。白い服に黒いコート…あれ? とそこで気が付いた。よく考えてみれば、確かに季節毎に時々コートの下の服が変わっていたように思う。それに、ボトムスだけでなく、ジーパンだったり、カーゴパンツだったりしたことも…。

 

 思わずその場に崩れ落ちる響。遊吾検定一級でありながら、そのような微弱な変化を見逃していた自分。というか、そんな服をどこで――

 

 

「ま、まあほら、そんなことは良いんだよ。とりあえず今日は色々言いたいというか――そうだなぁ」

 

 

 未来は生きてるってことと、あと、俺とデートしようぜ?

 

 

「へ? ……えーっと、未来は生きてるんですか?」

「当たり前だろ。俺の目が黒いうちは死なせねえよ」

 

 

 敵だからアレだけどさ。からからと笑う彼。

 

 つまりアレか。私は生きてる人を死んだと勘違いしてあんなに沈んでいたのか。翼さんたちにも酷いことしてるし――

 

 

「うわぁあああ!!」

「ど、どうしたビッキー!?」

 

 

 突然頭を抱え込んだかと思えば、あばばばばと床を高速回転し始める響。

 

 気づけば彼女の身体の一部から熱量が放出され、残像ができるほどに右に左に高速回転。ほわぁあああ、あちょぉおお、と珍妙な奇声を発していた彼女であったが、これまた唐突にピタリと動きを止めると。回転の反動を利用してブレイクダンスのように高速回転しながら伸びあがる反動を利用して跳躍。スタッと見事な着地を決めれば、ほんの少し身を引いている遊吾へずいっと近づいて。

 

 

「遊吾さん! マインドクラッシュ!!」

「唐突に何だ!?」

「私にマインドクラッシュはよ!! ハリーハァルィイイ!!」

「落ち着け、何か顔が顔芸してるぞ!?」

「これが落ち着いていられますかァ!? 未来が無事ならこんなにならなくてすんだじゃないですかヤダー! というかこれ全部遊吾さんのせいですよねどうしてくれるんですか本当に私がシンフォギアに侵食されてるのもそれ加速させたの遊吾さんですよねこれどう責任取ってくれるんですか!!」

「え? いや、それは――」

「ええ、ええ。グランエルとやらで私の身体を隅から隅まで舐め回してくれましたもんねぇ! それはもう、執念深く! 執拗に! ねっとりとッ! ぬる――」

「それ以上言わせねえよ!? というか人聞きの悪いこと言ってんじゃねえよ!? 仕方ねえだろビッキーの身体の進行がこんなに早いなんて予想してなかったんだよ! だから思わず全身検査したわけであってだなぁいや謝って済む問題じゃないですけど本当にごめんなさい!!」

「謝ってくれたんでこの件は一旦許します!! よく考えると遊吾さんに全身まさぐられるとか良い気がしてきたじゃないですか!! てか、デートっていつ行くんですか!!」

「三日後ぐらいを予定してる場所はいつも通り駅前な! そしてそれは俺の責任じゃねえよ!? …あれ? そうなると俺もビッキーの身体を合法的にまさぐるという――」

『お前たちは一体何を話しとるかァーッ!!』

 

 

 人が心配して見守っていれば、彼らの話はまるで二課に居た頃のように気心知れた者同士だからこそ出来るマシンガントーク。相変わらず息があっているのは素晴らしいことであるが、流石に話の流れが全く訳の分からない状態になってきたので慌てて放送で止めに入る二課の面々。

 

 二課に居る大人たちは皆、安堵や相変わらずの二人への苦笑ばかりであるが――

 

 

「フフフ……私に黙って奏にシンフォギアを渡したり、実はお父様と色々話たり立花とイチャイチャしたり私にファンレター送ってきたリと随分と楽しんでいるじゃぁないかアトラスゥ…」

「……Gatrandis babel ziggurat edenal――」

「クリス君、ハイライトが消えてるぞ!? 落ち着けェ!!」

 

 

 若干二名は本気で怒りを覚えていた。

 

 ここにグランエルの状態で大暴れした際に戦った天羽奏や風鳴響一郎が居たらもっと混沌とした場になっていたのは間違いではないだろう。

 

 二人は、グランエルの吸収を使用されたことで現在検査入院中だったりする。響一郎に関しては融合症例として響の助けになればとそれと並行して研究を行っている。

 

 

『で、遊吾君。…帰ってきたのか?』

「…まあ、その、アレですよ。最後の休暇ですから…最後、はせめてこの世界で世話になった皆さんの元で――と」

『…なるほど。ということはフィーネも、そして計画も最終段階ということか』

「そうなる。この休暇が終了すると同時に計画は最終段階に移行される。両陣営にとってこの数日が最後の休暇になりますね」

 

 

 隠しても仕方のないことだ。それに、こちらの動きはウェルによって各所に漏れているし、F.I.S.も既に行動を開始。フィーネこそ動きは少ないが、今頃神獣鏡の起動準備に入っているはずだ。

 

 未来がこちらの陣営に居るのは些か不安だが、二課とは交戦せざるを得ない。そのタイミングで引き渡してしまえばいいだろう。未来は割り当てられた部屋で大人しくしていたし、神獣鏡の起動や制御はナスカから発掘された聖遺物やメサイアの一部システムを利用すれば態々シンフォギアとして稼働させずともフロンティアの起動を行えることは数値上証明されているし、最悪自分がそこに手を加えて無理矢理でも封印を吹き飛ばせばいい話。

 

 とりあえず残る懸念材料は響のメンタルだが、一時的とはいえ持ち直してくれてよかった。未来をそのまま連れてきても良かったのだが、何やらマリアたちと話があるとかでこちらに連れてこれなかった。一体何を考えているのかと思うが、マリアや調、切歌も歳の近い同性とコミュニケーションをとれば少しはメンタルケアにつながると考えることもできるので、まあ結果として良いかもしれない。

 

 これがこの世界最後となる大切なモノたちとの日々になる。

 

 

「と、いうわけでほんの数日ですが、F.I.Sのユー・トイルイ・テッシ改め遊吾・アトラスです。よろしく」

『…はぁ。どうしても、そうなるわけか。よし、遊吾君。君の部屋は変わらずだ。数日だが、好きに使ってもらっても構わないぞ』

「ありがとうございます!!」

 

 

 こうして、遊吾の長い休みが始まった。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 その後の生活は大変だった。

 

 弦十郎の話ではベッドなどの整頓はしておいたとの話だったが、明らかに誰かが使った形跡がありまくりなため部屋に置いてあったものが無くなっていないかの確認をしてみたり、怒れるクリスと翼に全力で土下座したり、調査により未来の生存が可能性として出てきたことで更に元気を取り戻し始めた響を筆頭に、身体を動かそうと弦十郎と共に彼の絶唱をバックにハリウッド映画も真っ青な特訓を行ってみたり、ついでに皆でドローの特訓をしたり、その途中でツキノワグマに襲われて遊吾が熊を一頭伏せてターンエンドしたり、遊吾がドローの練習で滝を切ったり、響が太陽をバックにハーモニカを吹く遊吾の真似をして二課の腹筋を崩壊させたり、翼が全トレーニングを平然とこなした挙句、壁蹴りだけで崖を昇ったり、最高速度のバイクから地面へ飛び降り、再度バイクに乗ったりと言ったとんでもない身体能力を披露して皆に驚かれたり、クリスがヘロヘロになって遊吾に抱えられたり、転んだクリスを遊吾が支えた結果その見事なお胸様を揉んでしまったため涙目になったクリスを見て、弦十郎パパンとの唐突な一騎打ちとなり、格闘ゲームも真っ青な無限コンボの後にオゾンより上に吹き飛ばされたり。

 

 騒々しいが楽しい日々はそうやって過ぎていき、今日は最終日。

 

 最終日、つまり今日は響が三か月前に彼と約束していたおでかけの日である。

 

 

「う、うう…いざとなったら……」

 

 

 彼の言ういつもの駅前。それはルナアタック後に何かと出かけていたリディアン音楽院高等科にもアクセスが近い場所。駅を中心に発展したせいか、この近辺は大型量販店や娯楽施設、アーケードなどが立ち並ぶスポットとなっていた。

 

 そんな駅の入り口にある柱に響は寄りかかって額に手を当てて何やらブツブツと呟いていた。

 

 そんな彼女の奇行を見てか彼女の周囲何メートルかで空間が出来上がっているが、そんなことを気にする余裕が今の彼女にはない。

 

 立花響は焦っていた。始めてシンフォギアを纏ったとき以上の焦りだ。

 

 立花響の男性経験は、無いに等しい。幼い頃からやさしさと正義感に溢れる少女であったが、小中と共学の学校ながら基本女子の友人としか話さなかったし、遊ぶのは基本的に親友である未来か、後から来た遊吾のみ。中学校生活はライブ事件もあって後半はもうどうしようもない感じであったし、今通っている私立リディアン音楽院高等科は女子高。一部教師を除いて生徒は皆女性であり、同世代の男性は全く居ない。

 

 遊吾・アトラス。異世界からやってきた自分と同じか、少し年下。いつも剃刀のような襟と風がなくても自然にたなびく尾を持ったコートを羽織り、腕にシルバーの鎖を巻いた全身黒づくめと、ツンツンとたった海胆のような、本人曰く癖っ毛が特徴的な少年。

 

 自分に素直であるが故に、何かとデリカシーがないところがあったり、毒舌、ゲスな部分もあるものの基本的に響と同じように最短で一直線に突き進む。何かと気楽に話せる上に、色々な経験を積んでいるせいか時々凄く頼りになるこの少年のことを、響は少なからず好意的に見ている。

 

 そんな彼とは、中学校時代から何かと出かけたりすることはあったのだが、今回のように明確にデート、としかも相手から言われることなんて今まで一度も無かった。

 

 憎からず想っている相手にそんなことを言われれば焦ってしまうのも仕方ない。響はあまりファッション誌などを読むことは無いほか、物持ちが良いこともあって一品買ったらそれを大切に使い続ける為に、最近の女子高生! みたいな衣服とは全くの無縁。そんな中で唐突に言われたのだ。

 

 師匠である弦十郎、そしてクリスと翼、ついでに遊吾と共にハードな特訓を終えたのが昨日の朝。一服して、次の日が遊吾とのデートの日だと気づいたのがその日の夕方。困った時の未来さんが居ない以上、響は自力で服を選んだりするしかなく、結局夜遅くまで箪笥をひっくり返して――未来とお出かけした際の服装に落ち着いてしまった。

 

 せ、セーターが悪いんだ。私は、私は悪くないッ!!

 

 

「お、響――…何してんの?」

「うひゃい!? え、い、は、はい?」

 

 

 頭を抱えていた響にかかる声。素っ頓狂な声をあげてその声の方へと向いて思わず身体を固まらせた。

 

 そこに居たのは、黒のタートルネックに茶色のコートにジーンズ。最近寒さが強くなってきたこともあり選んだのだろう、そんなどこにでもいるような少年。響、というからには自分の知り合いなのだろうか?

 

 

「まあ、いいや。しっかし早いなおい。三十分前に来たってのに俺よりも早いんだから」

 

 

 待ち合わせ? そう言えば彼の髪は整えられているが相変わらずの海胆頭――って、

 

 

「遊吾さん!?」

「…今まで気づいてなかったのかよ」

 

 

 不機嫌そうに眉を顰める遊吾に、あわあわと慌てて両手を振る。

 

 まさか、遊吾が本当に普通の格好をしてくるとは思わなかったのだ。それに、普段は彼の持っている雰囲気とあの独特な格好から来る威圧感が合わさって身長が普段よりも大きく見えることがよくある。今でも十分大きいのだが、それでもあのインパクトのある遊吾・アトラスのイメージが強く、こういった本当に自分たちと同じくらいの歳の少年である遊吾・アトラスなんてイメージ出来なかったのだ。

 

 

「ほ、ほら! 私は一時間前にきましたし!!」

「はあ!? おまっ、何してんだよ!? その間ずっと此処に居たのか!?」

「い、いやー。一人でおしゃれなカフェに入るわけにもいかず。だからと言って駅を離れて待ち合わせ時間過ぎたらとか考えちゃったら…」

 

 

 あははー、と笑う響に、やれやれと大きくため息を吐く遊吾。

 

 彼女は言っていないが、実はあまり眠れてもいなかったりする。

 

 

「あー、そうか。悪いことしたな。起きてたんだからさっさと来りゃよかった」

「起きて?」

「あー、そのー、なんだ? ちょっと寝付けなくてなぁ…」

「へぇ? そんなに今日が楽しみだったんですか」

「ち、違うぞ!!」

 

 

 ニヤニヤと笑い、からかうように言われて思わず強く否定する遊吾。

 

 なるほど、と内心で頷くと響は瞬時に表情を悲しそうなものへと変化させ、まるで彼が来る前のような声で言う。

 

 

「…そうですか……無理にくるんなら――」

「ああそうですよ!! 服とか分かんねえから色々聞きましたとも!! ついでに響と街に出るのが久しぶりでとてもワクワクして眠れませんでした!!」

 

 

 やけくそ気味に叫ぶ遊吾。

 

 顔を赤くしながら言うそんな彼を見て、あははは!! と耐え切れずに笑いだしてしまう響。お、お前なぁと表情を引きつらせる彼の手をとると、彼女は彼の手を引き歩き出した。

 

 

「ちょっ、おい!?」

「私も楽しみでしょうがなかったんです!!」

「は? それってどういう――ってかお前手冷てぇ!?」

「さあ、レッツゴー!!」

「おいこら、今日どこ行くか――というかちょっと待て響!?」

「ほらほら、行きますよーッ!!」

 

 

 かじかんだ手は氷のようで。でも、彼の体温は氷を解かすには十分すぎるほどでむしろこちらの体温まで上がってしまう。

 

 二度掴めなかった彼の手。彼が何を思い、何を考えて此処に居て、何をしたくてあの場所に居るのかは分からない。だから知りたい。だから感じたい――とか考えるのは止めだ。細かいことなんて後から考えれば良い。今はただ、この人と手を繋いでいたい。繋いだこの手を離したくない。それで良いんだ。

 

 

「遊吾さん、ところでどこ行きます?」

「十分も人を引っ張ってそれか!?」

「いやー、あはは…」

「…ま、良いさ。そうだなぁ…あ、この道の路地抜けた場所に、面白い店があったんだよ。そこ行こうぜ? きっと響も気に入るぞ」

「ホントですか? じゃあ行きましょう!」

「…手、繋いだままなのな」

「嫌、ですか?」

「いや、別に嫌ってわけじゃねえけど…あーもう! そんな悲しそうな顔すんな! 分かった、繋いどくから!!」

「よし、ガンガン行きますよぉ!!」

「今日のお前テンション高すぎねえか!? というか命大事に!! さっきから俺塀とかあたって――痛ッ!?」

 

 

 

「……響君、そして遊吾君がエスコートできるかとか色々心配で気づけば二課全員が出っ張ってしまったわけだが……」

『これ、自分たち要らないんじゃないか?』

「司令、なんだか俺空しくなってきました…」

「まあまあ、響さんも元気になったようですし」

「そうそう、響ちゃん元気になってよかったじゃない」

「…何だろう、この、釈然としない感じ」

「安心しろ雪音、私もその感覚を味わっている…」

「…よし!! 折角だ、今日は俺のおごりでカラオケに行くぞぉおおおお!!」

『いぇーい!!』

 

 

 

「…響、上手くやるんだぞ」

「ちょっとすいません、そこの人」

「…は、俺ですか?」

「あのですね、さっき交番に『電柱の影に隠れてこそこそしてるライダースーツ着てヘルメットとグラサンした変態が居る』という通報を受けてですねぇ…」

「あ、俺これで失礼します!!」

「ちょっと待ちなさい!!」




ここから日常パート。最近話が暗かった分、ネタと明るさに塗れた話になる予定。

今回の嘘次回予告は無しです。

というか12月6日に遊戯王ARC-Vが放送されないとはどういうことだ!!答えろ、答えてみろルドガー!!


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彼と彼女の響

 街を行く少年と少女。

 

 先程まで引っ張られるだけであった少年も、今は少女の隣に並び歩いていた。だが、その表情はどこかぎこちない。おそらく彼の右手が彼女に握られているからだろう。

 

 こうしたスキンシップは少し前までも結構行っていたものだが、それは遊んでいるなかで自然発生するものであり、デートだのと言ってしまった以上年頃の少年と言うこともあり意識せずにはいられないようだ。

 

 少女の方も、少年を振り回しているのは良いが、その表情は寒さとはまた違った朱に染まっていた。へいき、へっちゃらです、と言うような雰囲気を全身から醸し出しているものの、実際のところ振り回していないと色々と限界ギリギリなのだろう。

 

 そんな二人の雰囲気は端から見たら初々しいカップルそのものであり、近くを通る人々はそんな二人を見て微笑ましいものを見るような者、生暖かい視線を送る者と様々であった。

 

 

「っと、響ここだここ」

「え? …ここ、ですか?」

 

 

 遊吾が立ち止まる。響もつられて立ち止まり、彼が指差す方を向く。

 

 そこにあるのは、ホビーショップ遊戯と言う色褪せた看板が掲げられた店。

 

 どれだけ前から存在しているのだろうか。響が子供の頃に流行ったゲームなどのポスターや、最近発売されたおもちゃのポスターなどが乱雑に貼られ、日当たりのせいで薄暗くなってしまっている店の入り口がどうにも入ることを躊躇わせてしまう。

 

 そんないかにもな店に前に彼は何の躊躇もなく進んでいく。彼が進めば手を繋いでいる彼女も自然と行かざるを得なくなるわけで、ちょっと待ってください、という彼女の言葉が届くよりも早く、彼は店の扉を開いた。

 

 

「わあ…!」

「どうだ? 凄いだろ」

 

 

 得意気に笑う彼に、瞳を輝かせた響がぶんぶんと首を縦に振って同意する。

 

 そこはさながら玩具の王国と言ったところか。ビニール袋に入ったもの、少し色褪せた箱に入ったものと種類は様々であったがどれも照明の光を浴びてキラキラと光輝いているように見えた。

 

 響がキョロキョロと視線をあちこちへ送っているのを見て歩む速度を落としつつ、遊吾は真っ直ぐカウンターへと向かう。

 

 

「よっす、じいさん」

「おお、遊吾かの……そちらの娘は――これかの?」

「ばっか。俺にゃ勿体無さ過ぎる」

 

 

 白い髭を蓄えた、優しそうなおじいさん。しかし、響を見た瞬間に遊吾に小指を立てて笑う姿はどこか悪戯小僧のような雰囲気すらある。

 

 そんな不思議なおじいさんの、小指をたてるという行動に思わず顔を真っ赤にしてふいてしまう響。日本において相手との関係を訪ねる際に小指をたてるというのは、その人が恋人かと尋ねているわけである。

 

 恋人かと問われて顔を真っ赤にする響に対して、遊吾は苦笑しながら否定。自分を低く見積もりつつ即答する遊吾にムッと表情を変える響であったが、彼はそんな彼女に気づくことなくおじいさんに、カード見せてくれないかと尋ねた。

 

 すぐに店の奥に引っ込むおじいさん。カード? 彼はこちらでもTCGをしているのだろうか? 首をかしげる響。

 

 

「あー、あの人は武藤双六さん。この店の店主でな。昔はゲームの大会なんかで優勝してた有名人なんだってさ」

「へぇ、凄い人なんだ…。……ところで、カードって?」

「ああ。まあ待ってろ」

 

 

 おじいさん――双六が一冊の大きなファイルを持って帰ってくる。

 

 ファイルを広げて見る二人。あそこに件のカードが入っているのか。響は何の気なしにファイルを覗き混んで、

 

 

「で、デュエルモンスターズ!?」

「驚いたか?」

 

 

 驚きで思わず声をあげる響。

 

 悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべる遊吾が持っているのは、濃い緑色の枠のカード――魔法カードだ。色合いやデザインの一部が違うが、確かにそれは彼女もよく知るデュエルモンスターズのもの。

 

 これどうして!? 尋ねようとした響に、ホッホッホと笑いながら双六が話始めた。

 

 

「これは遊戯王OCG、オフィシャルカードゲームと呼ばれるものでな。わしが若い頃にやっていた、遊戯王というアニメや漫画のカードなんじゃ」

「そ。これはデュエルモンスターズじゃなくてOCG、全くの別物なわけだ」

 

 

 とはいえ、これ決闘盤で機能したりするんだが…。などとぼそりと呟きつつ、彼はファイルを捲る。

 

 OCG? 遊戯王? 分からないことだらけだが、とりあえず一つ分かることは彼は何処までも決闘馬鹿であり、彼が関わる出来事はすべて決闘に関することなるということ。

 

 自分もカードをファイルを覗いてみる。中にあるのは、武者甲冑のような形をした虫だったり、角のある芋虫だったり、斧を持った牛の戦士だったり、異様に露出の激しい巫女だったり、赤色のドロドロした人のようなスライムのような何かだったり。彼女の知っているデュエルモンスターズと比べれば言葉で形容し難い格好のモンスターばかり。名前も、どこか言葉遊びのような、毛頭可笑しい名前。

 

 ステータスもお世辞にも優秀と呼べるものは少ない。効果も訳が分からないし、フレーバーテキストも不思議なものばかり。

 

 

「あの、遊吾さん」

「どうした?」

「戦い凄い強いのに、戦ったところ見たことがないって…」

「そりゃ、強すぎるから戦う前に勝負が決まってんだろ」

「え? いや、それっておかしくないですか?」

「あれだよ。強いから戦いが普通の人には見えねえんだよ。もしくはほら、裏で戦ってるやつ」

「えー…」

 

 

 な、なんで召喚したら破壊するんですか!? これ絶対使えませんよね。馬鹿、この世に使えないカードはないんだよ。例えばほら、補給部隊とか使えるし。な、なるほど…。

 

 フレーバーテキストにツッコミをいれ、時に意味不明なカードの使用方法に二人で頭を悩ませていると――唐突に彼の身体が固まった。

 

 一体何事だ。慌てて彼の身体を揺さぶるが、彼の身体は石にでもなったかのように動かない。その視線の先――そこにあったのは、一枚のカード。

 

 

「……ハーピィの羽根箒?」

 

 

 濃い緑色の枠に、一枚の羽が何か――おそらくカードを掃いている絵。

 

 ハーピィの羽根箒。魔法カード。相手フィールドの魔法・罠ゾーンのカードを全て破壊する。

 

 凄く強い。凄く強いが、彼がここまで驚いている理由がわからない。

 

 

「な、なぁ、じいさん。羽根箒、これ何円だ?」

「お、良い物に目をつけたの…。ふむ、これでどうじゃ?」

 

 

 双六が両手を広げる。つまり、このカードの値段は――

 

 

「十万か…」

「うぇえ!? 遊吾さん、どうしたらそんな値段になるんですか!?」

「十万でも安いほうか…。なあ響。俺のいた世界は決闘が職業になるのは知ってるよな?」

「え? あ、はい」

 

 

 それは何度も聞いているし、遊吾もプロデュエリストという職業に就いていることも知っている。

 

 遊吾は語る。

 

 彼らの世界には、カードの使用制限、つまり、レギュレーションというものが存在している。

 

 そのような、このカードは使っても良い、このカードは使用してはいけないといった、リミットレギュレーションとも呼ばれるカードの使用制限は、年に数回ある、制限改定と呼ばれる企業での話し合いによって変化していく。

 

 ハーピィの羽根箒は、デュエルモンスターズ初期に登場した汎用性の高い完全除去カードだ。たったの一枚で複数枚以上のアドバンテージを稼ぐことのできるデュエルモンスターズでも上位のパワーカード。

 

 しかし、このカードはあまりのカードパワーにデュエルモンスターズが稼働してしばらくすると使用禁止カードとなってしまったのだ。

 

 ハーピィの羽根箒が禁止カードとなってから、何十年という月日が経過した。

 

 その間に、融合、シンクロ、エクシーズという新たな召喚方法が確立し、禁止カードたちはそのパワー故にもう二度と使用できないとさえ言われていた――のだが、

 

 

「俺がプロに入って間もない頃に、このハーピィの羽根箒が制限――デッキのなかに一枚だけ入れれるカードとして戻ってきたんだ」

「へえ…」

 

 

 戻ってきたのなら良いことじゃないか。それが何故何十万というお金の話になるのかと首をかしげる響。

 

 彼は続けた。

 

 制限に復帰したハーピィの羽根箒。このカードとよく似た効果、調整されたカードとして、全ての決闘者の魔法・罠ゾーンを破壊する、大嵐という名前のカードが存在しているが、遊吾・アトラスはこのカードがあまり得意ではなかった。

 

 遊吾の得意とする決闘のスタイルは、コンバットトリックなどと呼ばれる相手の行動に反応し、カウンターのように相手の動きを停止させたり、反撃でダメージを与えるものがほとんどだ。

 

 そういった戦術を得意とする関係上、それを行うためのカードを事前にセットしておく必要があるのだが、大嵐は全ての決闘者――つまり、自分も巻き込んで発動してしまうので、彼のスタイルと相性がすこぶる悪いのだ。

 

 だが、ハーピィの羽根箒は相手フィールドのみに影響を与えるカード。彼と相性がすこぶる良い。良いのだが、その希少価値が問題であった。

 

 ハーピィの羽根箒はデュエルモンスターズ初期に登場したカード。その為現在では製造、販売がされておらず、コレクターアイテムとして売買されていただけであった。

 

 そんなカードが突然使用可能となったのだ。希少価値に対して必要とする決闘者の数が圧倒的に上回ってしまい、改定直後は羽根箒一枚が億、兆単位で取引されていたとさえ言われているレベルの大混乱が起こった。

 

 今でこそ混乱は落ち着き、羽根箒が無くとも問題ないと多くの決闘者が考えているものの、未だにハーピィの羽根箒は一枚数百万円の値打ちがあるのだ。

 

 

「…それ、企業は増産とかしなかったんですか?」

「したらしいんだが、工場の生産が間に合わなかったとか、工場でトラブルが相次いだとかで結局世に出た新しい羽根箒は数百枚程度。逆に値段がつり上がったし、偽造カードまで出回るレベルの大混乱だ」

 

 

 そう言った理由により、羽根箒を買うことを諦めていた遊吾。だが、そんな羽根箒が十万程度で購入することができる。これは腹を括って買うしかないだろう。

 

 

「十円じゃよ」

「は?」

「そんな、万なんてとれりゃせんよ。これはもう終わってしもうたカードたち。じゃけれど、お前さんは終わったこいつに再度息を吹き込んでくれようとしとる。じゃから十円でええぞ?」

 

 

 十円。元の世界ではうん百万のところをたったのワンコイン。彼は震える手で懐を漁り、なんとか財布を出そうとする。

 

 これは、きた。熱にうかされたように震える手を必死におさえて財布をとりだし彼が小銭を取り出す――よりも早く、彼女が動いた。

 

 

「おじいさん。これください」

「ほっほっほ。十円じゃな」

「はい」

「あい、確かに」

 

 

 思わず固まる彼。そんな彼を見て微笑む彼女。彼女の手には――羽根箒。

 

 

「残念じゃったな」

「残念でしたね」

「お、おまっ、おまぁ!?」

 

 

 悪戯小悪魔といったところか。二人でにししと笑う。

 

 折角の羽根箒。ファイルを見たところ一枚しか無いらしい。遊吾の脳裏に、過去に一度だけであった男の台詞が思い出された。

 

 

「これが絶望か……」

 

 

 思わず地面に膝を着く。これは終わった…。目の前が真っ暗になったような感覚。遠くの方で響がありがとうございましたおじいさん! と挨拶して俺の腕を手に取り引っ張っていくのが分かる。だが、俺はそれに反応することができずただただ引っ張られるだけ。

 

 店先に出た二人。

 

 

「さて、と。遊吾さ――遊吾さん!?」

「う、うらぎりものぉ」

 

 

 どれだけショックだったのか。涙目を通り越して半泣きの遊吾。普段の姿からは考えられない子供のような姿に不覚にも心を撃ち抜かれる響。

 

 

「これ、欲しいですか?」

 

 

 彼女がカードを掲げれば、キラキラと瞳を輝かせて頷く遊吾。

 

 そこまで欲しいのか。元々彼にプレゼントするつもりだったのだが、予想以上に効果があったらしい。

 

 

「分かりました。…じゃあ、約束してください」

「…約束?」

「はい。この、私との証であるハーピィの羽根箒、これを絶対デッキにいれること。活躍させること。あと、私との約束を破らないこと。良いですか?」

「…さ、最後は善処します」

 

 

 今の彼はあくまでも彼女たちの敵であり、彼の目的を果たすためには下手な約束をすることはできない。

 

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、彼女は笑いながら彼にカードを手渡した。

 

 

「それじゃ、約束ですよ?」

「…お、おう! 安心しろ、絶対大切にすっから!」

 

 

 パァッと太陽のような笑顔。約束ですよ、と二人で指きり。

 

 

「うっそついたら絶唱千回うーたう! ゆびきった!」

「なにそれ怖い!?」

 

 

 こうして、彼のデッキに彼女との絆の証であるハーピィの羽根箒というカードが入るのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

「――……ですよねー」

「うわぁ…六十点」

 

 

 これはヒドイ。そんな言葉がどちらとともなく漏れる。

 

 彼らが次に訪れたのは、カラオケボックスだ。これは響きっての希望であり、実は響は遊吾とカラオケに一度しか行ったことがないことに起因している。

 

 しかし、最初こそ盛り上がっていたカラオケであったが、その雰囲気も即座に崩れてしまった。彼らの目の前に置かれた画面に映し出されているのは、六十三点と言う、昨今の、どんなに下手でもとりあえず七十点は出るカラオケにしては珍しすぎる七十点未満の文字。

 

 遊吾・アトラスは致命的に歌が苦手であった。

 

 学園祭ではあれだけの歌を歌えたのだが、奏の分析通り打ち込みの音源であるカラオケは致命的に下手である。普通に聞くことが出来る歌声ながら、器用にリズムと音を外していくという、悪い意味で器用な技を披露し続ける遊吾。音楽学校に通い、シンフォギアを纏い歌を歌う関係か、歌い始めから九十点以上をたたき出し続ける響が居る為尚更際立っていた。

 

 

「うーん、歌は上手なんですけどね遊吾さん」

「そうか? カラオケって歌が上手いとかあるんだろ?」

 

 

 カラオケは歌が上手い人が点数を取るものだと考えている遊吾。だが、響はそんな彼の言葉に首を振る。

 

 

「カラオケって、点数を取るのにコツがあるんですよ。だから、歌が上手い人とカラオケが上手い人って違うんですよ?」

「へぇ…そうなのか」

 

 

 カラオケの点数は、基本的に音程があっているかどうかにビブラートやしゃくれなどと言った小手先の技術点数が加点されるような形で採点される。

 

 極端な話、音程が合っていてビブラートが全部かかったら百点が取れるのである。まあ、実際はそう上手くいくものではないし、音楽的センスなどが多少結果を左右するモノなのだが。

 

 

「…そうだ! 遊吾さん、歌いましょうよ!!」

「あー、次は響の番だし大人しくしてるわ」

「いいから、歌いましょう!」

 

 

 良いこと思いついた! と彼女が彼にマイクを手渡す。

 

 一体何が始まるんだ…。首をかしげる遊吾に、響が笑いながら歌い始める。

 

 鼻唄であるが、それは彼もよく知る曲。逆行のフリューゲルだ。

 

 カラオケの機械を使わないのか!? 驚く遊吾に、イントロが終わりそうになった響が、せーの! と声をあげる。

 

 

「え、あ、きこえますか――」

 

 

 戸惑いながらも歌い始める遊吾。どうやら彼が天羽奏、響が風鳴翼のパートを歌うらしい。

 

 カラオケを使用しない歌。伴奏はなく、二人ともあまり細かいことを気にすることなく歌う。それがどうにも気持ちが良い。

 

 しっかりと最後まで歌った二人。どこかすっきりした感覚を覚えて息を吐く。

 

 

「よし! ドンドン歌っていきますよぉ!!」

「ノリノリだな。…って、何で聖詠歌ってるんですかねぇ?」

「ふっふっふ…。シンフォギアはマイクであると同時にスピーカーでもあるんですよ?」

「なん……だと……」

 

 

 確かにシンフォギアには、起動する際に発する聖詠を感知、増幅させるマイク機能と歌とフォニックゲインを放出させるためのスピーカー機能が搭載されている。搭載されている――が、誰が人類の牙たるシンフォギアをカラオケ機の代わりに使用しようとするだろうか? というか、響の身に纏っているものはあくまでもシンフォギアの欠片より構築されたものでありそれらの機能が搭載されたシンフォギアのペンダントとは違う。

 

 

「てか、こんなところで身に纏って――ぐぉおおお!?」

「大丈夫、へいきへっちゃら――遊吾さん?」

「目がっ、目がぁあああ!?」

 

 

 響がシンフォギアを身に纏った瞬間、閃光が彼の目を焼く。目をおさえて悶え苦しむ遊吾を見て響が、てへっ、と笑って舌を出す。

 

 

「やっちゃいました」

「やっちゃいました! じゃねえよ……いってぇ……」

「だって、シンフォギア纏う時裸になるじゃないですか!」

「だからって目を焼く馬鹿がいるか!?」

 

 

 シンフォギアを身に纏う際、それ以前に着ていた服はシンフォギア内部に格納される。そのせいで瞬間的とはいえ装者は全裸となる。とは言え装者の周りにはフォニックゲインが保護フィールドとして展開されるので危害が加えられるわけではないし、しっかり守る部分は守っている。

 

 その機能を閃光に変更したらしい響。何とか視力を回復させた彼の前には、シンフォギアを装備した響の姿。

 

 

「…いくら身に纏う程度なら侵食しないようにしてるっつっても限度があるぞ」

「いやーほら、やっぱ楽しみたいじゃないですか」

 

 

 戦闘稼働ではなく、あくまでも装備するだけ。確かにそれなら薬で十分対応可能ではある、あるのだが、彼女の身体は現在フィーネと想定していたレベルを遥かに越えている。だからあまり展開はしてほしくないのだが…。

 

 

「それに、侵食するにせよしないにせよ、もうガングニールを纏う回数なんてあと少ししかないんですし」

 

 

 誰かのために振るう、これもシンフォギアの平和利用ですよ。などと言う響。

 

 

「なるほどな」

「さ、がんがん歌っていきますよ! まずはこの曲です!」

 

 

 シンフォギアから流れてくる音楽。それは響の歌。フィーネとの決戦から更に成長した彼女が歌う、拳に乗せた彼女の歌。戦場で数回しか聞いていないが、シンフォギアの歌はよく覚えている。

 

 

――なんといっても、俺はこいつらのファンだからな…。

 

 

「…遊吾さん、私の歌によく付いてこれますよね」

 

 

 この歌、私しか知らないはずなんですけど…。その通り。装者の歌は、彼女たちの心象風景を歌へと変換したものであり他者が歌えるようなものではない。

 

 

「あれだ、決闘者だからな」

「便利ですね、決闘者」

「まあな」

 

 

 それから暫く、二人で装者の歌を歌いつづけた。

 

 どうやら響が覚えている限りの歌をシンフォギアは再現してくれているらしい。クリスの歌を歌い、やっぱクリスちゃんってクリスちゃんですよね。そうだな、クリスだよなぁ、と二人して納得してみたり、翼の歌を歌っては、これ聞かされる相手ってどんな気持ちなんですかね? …そりゃ、結構怖い。というか怖すぎ。こっちもヤル気はあるけどさ? 何だよ念仏は唱え終わったかって。露骨過ぎる上にあの強さだから怖ェ、と翼と何度か戦ったことがあるからこその感想を述べてみたり。

 

 そうやって歌っていると、ふと彼は気づいた。彼らの隣の部屋からどこかで聞いたことのある声が聞こえてくることに。

 

 

「……なあ響。隣の部屋からつい最近聞いた、大丈夫か分からないポリスなストーリーの歌が聞こえてくるんだけど…」

「……あ、恋の桶狭間始まりましたね」

「…………よし! ガンガン歌うぞぉ!!」

「パワーをフォニックゲインに!」

「いいですとも!」

 

 

 隣の部屋から響く歌に負けぬように歌い始めた二人。

 

 その日、カラオケ店でツヴァイウィングの二人が部屋越しに持ち歌対決をしていたという噂がささやかれはじめ、 このカラオケ店が繁盛し出したのはまた別の話。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

「いやー、今日は楽しみましたね!!」

「…そうだな」

 

 

 あの後、カラオケ店の近くのUFOキャッチャーで、キェエエエ! 少女、これが絶望だ。ほぉおおお!! という奇声を放ちながら連コインし続けたりした二人。

 

 そんな二人は今、少し遠くの高台へとやって来ていた。そこは彼女たちが出逢った、あの高台にある不便な公園。町が一望できる場所で二人並んで夕焼けに赤く萌える町並みを見つめていた。

 

 

「どうしたんですか?」

「ん? ああ。今日が終わればもうお前らとの楽しい時間が終わるからさ」

 

 

 もう少し今日が続きゃ良いんだけどな、残念だ。寂しそうに笑う遊吾。

 

 

「…何で帰したくないようなこと言うんですか………」

「どうしたよ響?」

 

 

 首をかしげる。

 

 全くこの人はどこまで自分の心を掻き乱せば良いのか。いっそここで持ち帰ってやろうかなどと考えつつ響は笑う。

 

 

「何でもないですよ…。でも、私も同じです」

「今日が終わったら遊吾さんは敵に戻るんですよね?」

「…まあ、な。それが俺の最後の戦いだからよ」

 

 

 二人して笑う。その笑みは果たしてどのような笑みか。うまく笑えているだろうか? 上手く言葉を紡げているだろうか?

 

 

「今日は一杯貰いましたね」

「こっちも貰ったな」

 

 

 二人して千円以上かけて手に入れたUFOキャッチャーの景品。どこか響に似た茶色い子犬のマスコットと、彼女から目元が良く似ていると言われた黒い子犬のマスコット。

 

 互いに交換したそれが腰のケースに当たり、首につけられた鈴が鳴る。

 

 

「…ねえ、遊吾さん」

「どうしたよ響」

「ずっと考えてたことがあるんです」

 

 

 響の声に振り返る。そこには何かを決意したような、そんな強い光を放つ瞳。夕焼けよりも輝く笑顔。

 

 何となく察していた。自分と同じく、彼女もまた覚悟を決めたのだろう。彼女に残された時間、それを燃やし尽くすことを。

 

 

「私って、シンフォギアを纏って戦闘を行えばどうなるか分からないわけじゃないですか」

「ああ。だから風鳴司令たちがお前にシンフォギアを纏わせまいとこっ酷く言ったわけだしな」

「私、思ってたんです。シンフォギアを纏えない私に価値はあるのかって…」

 

 

 でも、そんな考えはこの数日で吹き飛んじゃいました。響が笑う。

 

 響は思った。誰かを守ることが出来ない自分に果たして価値はあるのか。だが、その考えは根本的に間違えていたのだ。翼に迷惑をかけた。クリスに迷惑をかけた。弦十郎に、奏に、未来に。多くの人に迷惑をかけ、そして皆の表情は何処か焦っているような、悲しそうな表情ばかりであった。しかし、迷惑をかけた人々は、この数日遊吾と大騒ぎしてみたり、司令達と特訓を行っている内にドンドンとその表情を暗いものから明るい物に変化させていった。

 

 何故なんだろうか? 皆の雰囲気が変わった理由を弦十郎に尋ねたところ、彼はこう言った。

 

 響君は太陽なんだ。日が昇って嬉しくない奴は居ないだろう? と。遊吾の言葉を思いだす。お前の笑顔は誰かを笑顔に出来る。そう。自分の価値はきっとソレなのだ。自分が笑顔で居ることで誰かが元気になってくれる。きっと自分は誰かを笑顔にするために、誰かの笑顔を守るために此処に居るのだ。

 

 ならば、自分が笑顔にしたい人は誰か。私が笑顔にしたい人――

 

 

「遊吾さん――ううん、遊吾。私は、貴方に笑顔で居てほしい」

「…響」

「だって、私の笑顔が誰かの元気になるように。私にとって遊吾の笑顔は未来と同じくらい、いや、それよりも元気になれるから」

 

 

 だから私はシンフォギアを纏います。貴方を止めて、マリアさんたちも止めて。絶対に月も外国も全部、全部何とかしてみます。

 

 

「けど、お前はシンフォギアを纏って戦えば今度こそ死ぬぞ?」

「そんなもの、へいき、へっちゃらです――って、言いたいところですけど、まあアレです。策はありますよ」

 

 

 それに、私がガングニールになれば聖遺物になっちゃいますよね? 彼に尋ねる。

 

 確かに、彼女がガングニールに侵食された場合どうなるかは分からない。聖遺物の塊になってしまうかもしれないし、死んでしまうかもしれない。もしかしたら聖遺物と生命体の融合体と言う人類とはまったく別種の存在になってしまう可能性もある。

 

 

「そりゃまあ、なる可能性はあるな」

「なら、絶対に聖遺物、シンフォギアになる! そして遊吾に纏ってもらう!! 駄目なら聖遺物として遊吾に装備してもらう!!」

「はっ!?」

 

 

 突然の発言に思わず目を見開く遊吾。お前は一体何を言っているんだ!? 発言の意味が分からず困惑する。

 

 

「だって、そうしたらもう二度と遊吾と離れることは無いし、遊吾のことずっと見てられるし」

「……お、お前なぁ。自分で何言ってんのか分かってんのか?」

「当然」

 

 

 どうやら本気でそう考えているらしい。拗らせたら面倒くさい。それは彼女たちの性質であるが、それにしてもこれは予想外である。彼女の覚悟は本物らしいし、これは梃でも動かせそうにない。

 

 

「ったく、面倒くさいなぁこの野郎」

「遊吾には言われたくないです。というか、遊吾が言ったんじゃないですか。私たちは一度拗らせると面倒くさいって」

「…それもそうか」

 

 

 ははは、と二人で笑い合う。

 

 ここまで本気なら仕方がない。彼が公園の柵に立つ。

 

 

「調、切歌!」

「な、なんで分かったデスか!?」

「…流石」

 

 

 公園の木の陰から出てくる金髪と黒髪。調と切歌。どうやら休暇で街に出てきていたらしい。まあ敵と一緒に居るのだからある程度警戒しても仕方がないのだが、何故二人とも顔が真っ赤なのだろうか? 二人の表情に眉を顰めるが、まあ良い。

 

 ついでと言わんばかりに、気配を殺している残りの面子に声をかける――特にベンチの後ろに隠れつつ、尻尾丸出しなアンパン娘にはしっかり言っておこう。

 

 

「クリスー。お前尻尾でてんぞー」

「なぁ!?」

「頭隠さず尻隠さず。アンパンに牛乳スタイルは立派だが、おっちょこちょいなクリスにゃ張り込みは出来そうにないな」

「う、うるせえよこのすっとこどっこい!!」

 

 

 顔を真っ赤にして怒るクリス。そして、上空から降ってくる弦十郎、何もない空間から突如として現れる響一郎、どこからともなく集合した複数人が集まり現れる緒川、木から出てくるようにぬるりと現れる翼、地面から音もなく出てくる奏、段ボールから出てくる藤尭、普通に草むらから出てくる友里。

 

 

「……一体いつから二課は忍者戦隊になったんですかねぇ…。藤尭さんと友里さんはまともで居てくれてありがとうマジで」

 

 

 とりあえずお前らツッコミが追いつかねえんだよ。相も変わらず個性の強い突起物たちに思わずため息を吐きつつ、笑う。

 

 案外、自分があれこれ悩まずともこの面子なら自分よりももっと良い未来が描けたかもしれない。だがそれはあくまでも、もしも、の話。ここまで来たら最後まで突っ走るだけだ。俺の、俺だけの道を。

 

 

――俺は、レベル1の木と、レベル2の地面にレベル5の俺自身をチューニング!!

 

 漆黒の闇を裂き、太陽となりて未来を照らせ!! 今顕現せよ我が魂!! 琰魔竜レッド・デーモン!!

 

 爆炎。少年の身体を光の輪が包み込み、赤き悪魔がその姿を現す。巨大な角。まるでこの世の全ての物を抉り取らんとする分厚く鋭い爪。何処か人を思わせる造形、芸術品を思わせるような完成された肉体。レッド・デーモンズ・ドラゴン。竜の悪魔とは違う、悪魔の竜。

 

 

「乗れ、調、切歌」

「はいデス!」

「うん」

 

 

 二人が差し出されたレッド・デーモンズの掌に乗る。彼女たちの手にあるのはスーパーのビニール袋。チラリと見えた中身はパン粉と卵、そして特売シールの貼られた肉。

 

 

「…まさかお前たち――」

「勝ち取ってきたデス!!」

「タイムセール…主婦、強敵だった。でも、頑張ったッ!」

 

 

 どうだ! と言わんばかりに得意げな顔をする二人の頭を無骨な腕で軽く撫でてやる。どうやら今日の晩御飯は縁起物ということでカツ丼らしい。

 

 

「さて、特異災害対策機動部二課の面々よ。楽しかったぞ、貴様らとの友情ごっこ」

 

 

 これで名実共に貴様らは俺の敵だ。

 

 そう静かに語るレッド・デーモンの赤い瞳。その瞳に容赦の文字は無い。もしもここで戦闘を開始しようものなら街丸ごと焼き払ってでも二課の面々を滅ぼしにかかるだろう。そう思わせる程の殺気。その威圧感は正しく万物を睥睨せし絶対王者。

 

 その場にいる全員がその威圧感に戦慄し、無意識に戦闘態勢をとってしまう中、響だけは口元に笑みをたたえて言う。

 

 

「遊吾が敵でも構いません。私はこの想いを貫くまで」

 

 

 最短で、一直線に。

 

 拳を突き出す響。その先にあるのは彼の胸の中心。レッド・デーモンが表情を歪ませ、その鋭い牙をギラリと光らせる。だが、そんな恐怖を覚えるような表情に彼女は彼の笑顔を見た。

 

 互いに語る言葉は無い。笑顔でお別れ、それは出会った日からやっていることだから。立場が変わってもやることは変わらないのだ。

 

 レッド・デーモンがその背の巨大な翼を羽ばたかせる。嵐のような熱風が二課の面々を襲う。思わず目を背け、次に皆がレッド・デーモンの居た場所を見ればそこは既に何も残っておらず、真っ赤な夕焼けの中に溶ける巨竜の姿のみ。

 

 

「さ、皆!! 気合入れて頑張りますよ!!」

 

 

 響が笑顔で皆の方へ振り返る。決戦の時だ。覚悟を決めた彼女の言葉に、皆が応! と答える。

 

 

――覚悟しておいてくださいよ、遊吾?

 

 

 笑う響に応じるように、巨竜の咆哮が響き渡った。

 

 

 

 

「…調、私はウェル博士――ううん、遊吾の側につくデス」

「切ちゃん!? でも、それは――」

「兄を――家族を支えるのは、私の役割デスッ」

 

 

「こふっ!? …か、カレーが、足りない――」

「マムっ!? 身体が――」

「おら、これでも食らえェい!!」

「もがっ!?」

「ちょっ!? ユーゴ!?」

「モウヤンのカレーだ。美味かろう」

「…ウマイ! もう一杯!」

「マムっ!?」

 

 

「――未来」

「…響」

 

 

 見せてあげる。私の歌――私の決闘をッ!!

 

 

「私は、神獣鏡をチューニングし、オーバーレイネットワークを構築ッ!!」

「シンクロをエクシーズにするッ!?」

 

 

 未来を中心とした緑色の輪が、新たな銀河を作りだす。白と黒。二つが混じり合い、新たな光が生み出される。

 

 

――これが私のシンフォギアッ!! 真鏡―神獣鏡ッ!!

 

 

「なっ!? 神獣鏡にそんなシステムは搭載してい無い筈――」

「これが私の愛の力ですッ!!」

『何故そこで愛ッ!?』

「…な、何で未来が神獣鏡を纏ってんだ。俺、神獣鏡を纏わせないように頑張ったはずなのに…。どうしてこうなったッ!?」

 

 

「遊吾さんの為、響の為。さあ響――」

 

 

 私と、決闘しよう?

 

 

「決闘の開始を宣言してくださいッ!! 翼さん!!」

「では――ごほん。デュエル開始ぃぃいいいいいい!!」

「響ぃぃいいいいいいいッ!!」

「未ィ来ゥぅううううッッ!!」

 

 

 命を燃料の如く消費することで太陽の如き光を放つ槍を纏う少女と、その光を浴びて輝く鏡を纏う少女が今――交差した。




焼肉に行ってオニックゲインと、カラオケに行ってフォニックゲインを高めてました。

さあ、次は未来(白黒軸)VS響(ウォリアーワンキル)によるガチガチのキャットファイト。果たして勝つのはどっちだ!?


唐突に湧き出たネタ


「…ふははは!! 仕方がない。こうなればこれで街をカオスに陥れてくれるッ!!」
「なっ、あれは――!?」
空を行く母艦型ノイズから予備のキャロルが一斉に解き放たれる。
「あ、あれはキャロルちゃんッ!? ――キャロルちゃんのお母さんとお父さんハッスルしすぎだよ!?」
「何をどうしたらそんな思考に行きつくのだ貴様ぁああああ!?」
「馬鹿響ッ! そんなデリケートな話題を子供に話すんじゃねえッ!! 子供はキャベツ畑で拾われるか、コウノトリが運んでくるって信じてるかもしれないだろうがッ!!」
「ハッ!? ご、ごめんキャロルちゃんッ!!」
「それぐらい知っとるわぁああ!!」
「キャロルッ! 子供がそんな破廉恥な知識を自慢するべきではないぞッ!!」
「アホか!? アホなのか貴様らはッ!?」
「――子供ってコウノトリに運んでもらうんじゃねえのか」
「まさかのッ!? 雪音クリスッ貴様その年でまだ知らんのかッ!?」
「馬鹿野郎ッ! クリスはあれでもお嬢様なんだぞッ!! ヒャッハーとかスーパー懺悔タイムとか歌ってるけどッ!!」
「そうですよッ! クリスちゃんは純粋ないい子なんですよッ!! ネフシュタン纏って生き恥アングルとかバァンとか野良猫とか色々やってますけどッ!!」
「てめぇら先に始末されてぇようだなぁッッ!!」\バッケンバッケンバッケン/
『アッー!?』
「な、何が起こっているんだ…」
「キャロル、理解できたようだなッ! これが私たちS.O.N.Gの結束の力だッ!!」
「噂通り、とっきぶつ怖い!?」
「…流石に、派手すぎだ」
「レイアッ!? ――え? 今確かに………もう帰ろっかな…」

 キャロルたちよりもS.O.N.Gの面子の方がカオスだったと言う話。


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未来に響く歌

 閃光。収束されたフォニックゲインが光となって海面を焼き払う。膨大な熱量に海面が膨張し、小規模の水蒸気爆発を発生させる。

 

 飛翔。脚部が空を轟かせ、肩部噴射機構が咆哮を上げる。後方より迫る閃光、だがそれは彼女の身体を捉えることなく海へと消える。

 

 米国の空母、戦艦。フロンティア浮上を目指す武装組織フィーネを抹消するために米国政府が送り込んだ刺客。だがそれらはユー・トイルイ・テッシによる電子攻撃によりその機能の大半を停止させており、現在戦闘を行っているのは、ユーと交戦しているクリスと翼。そしてほんの些細なことで分裂しそうになっている調と切歌。

 

 つまり、今の二人を邪魔するものは誰も居ない。

 

 

「未来! 私には時間がないんだよ!! 三分だよ三分!! カップ麺作れて光の巨人だよ!!」

「なら今すぐ戦うのやめてよ!! せーのっで!!」

「せーの? それ、せーのののでやめるの? それとものっでやめるの!?」

「私に合わせてくれれば良いよ!!」

 

 

 いくよっ!!

 

 未来の周囲を周回していたORUが胸に吸い込まれていく。背中の装甲が扇めいて展開され、更に鏡を割るような音とともに脚部装甲が展開、内部に格納される部品が翼めいて展開。無数の羽が中へと舞い上がる。

 

 

 せぇー――

 

 

 右前腕部の装甲をスライド。バシュッという音とともに内部機構が作動。羽虫の羽ばたきめいた甲高い音が放たれ、宙に放出されているフォニックゲインを収束、響自身のフォニックゲインと共にその威力を増幅させる。

 

 

――のぉッッ!!

 

 

 流星――未来の背部の扇のような装甲、展開された一枚一枚が砲台であり、それらがエネルギーを一点に集中させることで未来の身体を遥かに上回るエネルギーが、宇宙を駆ける箒星めいて響に迫る。

 

 一撃――最短で一直線に。圧倒的破壊力の奔流を前に、響は恐れることなく肩部噴射機構を点火。脚部バンカーが空を穿ち、彼女の咆哮がガングニールを更に輝かせる。

 

 星に負けぬ太陽の輝き。山吹色の槍が流星に真っ正面から衝突する。一瞬の拮抗、しかし流星の煌めきは太陽の輝きに呑み込まれてその光を四散させていく。

 

 

「届けェェえええッッ!!」

 

 

 振り抜いた右腕。即座に左腕の装甲がチャージを開始。流星を打ち破ったことで、未来の身体は目の前だ。拳を握り締める。響の拳の破壊力は、あらゆる対象を一撃で戦闘不能に追い込む。この一撃を受けてしまえば、いかなシンフォギアであっても耐えきることはできないだろう。

 

 

――これで、終わりッ!!

 

 

 当たれば、だが。

 

 

「あぐッ!?」

 

 

 背中に激痛。シンフォギアが瞬間機能を停止、強制的に装甲が剥ぎ取られる。

 

 突然の出来事に慌てて回避行動を行おうとする響。だが、それよりも早くソレが襲い掛かる。

 

 

「貴女の輝きは綺麗だよね――」

「こ、これ――」

「ねえ響、あの時みたいだって、思わない?」

 

 

 可愛らしく小首をかしげる未来だが、彼女が行っていることは限り無くえげつない。

 

 鏡は本来、呪術や儀式などに用いられる道具であった。また、鏡は異界に続く扉としても活用されてきた。前者は日本史で習う邪馬台国、後者はあわせ鏡などが有名であろうか。

 

 今でこそ鏡は自分の身だしなみを整えるための道具程度であるが、本来の鏡は神の意を知り、魔を祓う役割を持っていた。

 

 ならば、元々儀式の道具として職人により造り上げられ、数多の魔を祓ってきた神獣鏡はどのような力を持っているのか――

 

 

「ぐゥッ!?」

 

 

 響が避ける、だが、避けた先には閃光。シンフォギアがエラーを起こし、その装甲が介助されそうになる。

 

 獅子万華鏡。まるで星空がまるごと降ってきたような閃光。神獣鏡より放たれた光が、万華鏡の名の通り何百何千と形を変え襲い来る。響が四散させた流星は、事前にばら蒔かれていた無数の鏡によってそのエネルギーを減衰させること無く反射。四方八方、人間の知覚範囲を遥かに上回る全方位攻撃。

 

 シンフォギアとしての神獣鏡の性能は、全シンフォギアの中でもトップクラスの低さを誇る。他のシンフォギアと違い、単独飛行が可能と言った特性こそあるが、それ以外の攻撃力、防御力、機動力は全てあらゆるシンフォギアを下回る。

 

 確かに、今の神獣鏡は未来が行った、シンクロによる進化とエクシーズによる出力の安定化によって通常稼働形態と比べればその性能は段違いであるが、現在の響――融合、侵食を無視した百パーセントの完全稼働状態のガングニールと比べればその戦闘能力の差は歴然。横綱と赤子、三輪車とF1カーだ。

 

 無論、装者の技量の差もあってその差は更に広がっている。だが、そんな神獣鏡を纏う未来に何故響が苦戦を強いられているのか。

 

 それは、先程からシンフォギアに発生している機能不全が原因だ。

 

 ヘリの光学迷彩などに活用されていたが、神獣鏡の持つ本来の力は魔を祓う、破魔とも言える力。

 

 魔、と言われれば、悪魔や妖怪など悪い存在を想像するだろうが、この場合の魔はそれらの怪異だけではなく、もっと純粋な神秘――超常的な力に作用する。

 

 機械という科学の産物が一部使用されているが、シンフォギアの大本となる技術は異端技術。現在の科学では再現できない、ある種の魔法のような技術により作り上げられた物だ。

 

 つまり、神獣鏡にとって、シンフォギア及び異端技術とは即ち異常な存在であり、祓うべき魔なのである。

 

 また、その装者たる小日向未来にとって、異端技術とは敵。日常を脅かし、大切なものを傷付ける魔物。ノイズ、そしてガングニール。響を助けたのは異端技術であるが、響を傷付けるのもまた異端技術。故に未来はそれを祓う。

 

 シンフォギアは、歌を、想いを力と変える。ならば、二つの思いが重なってしまえばどうなるか。それは想像するに容易い。

 

 

「こ、んのぉおお!!」

 

 

 響が雄叫びと共に未来に向かって突撃。全方位攻撃は避けることができない。仮に全てを避けきったとしても彼女の身体は制限時間付きだ。未来を止める前に自分の時間がつきてしまう。故に彼女は自分のシンフォギアを信じる。

 

 

「けどっ!!」

 

 

 未来が動く。反射された流星が一ヶ所に集まり再度巨大な星となって響に迫る。いくら反射によってエネルギーが減衰しているといってもその一撃をまともに受ければ無事ではすまない――はずだった。

 

 

「いッッけぇええええ!!」

 

 

 空中旋回。遠心力と歌による支援を受けた左の拳が流星に突き刺さる。

 

 爆発――爆炎の中から光が溢れる。煙を纏って飛び出してくるのは、無傷の響。

 

 

「未来っ!!」

「く、のぉおお!!」

 

 

 がっしりと彼女の身体を拘束しようとする響。腕に捕まれれば神獣鏡の出力では逃れることができない。故に彼女がとった行動は、

 

 

「いぎッ!?」

「このままァ!!」

「みっ、くぅううう!!」

 

 

 ヘッドバットだ。響に掴まれた瞬間、未来が放った、鍛えられた体幹の筋肉と陸上選手特有の身体のバネ利用した全力の頭部降り下ろし、否、降り落とし。

 

 ゴツンッ、という思わず顔を背けてしまいそうになる鈍い音が響き渡る。互いの額が割れ、赤い鮮血が飛ぶ。

 

 突然の頭部への衝撃に仰け反る響。だが、ここで逃したらもう未来を捕まえる場面は無い。意地、響最大の武器である精神力、ガッツが未来の身体を離さない。

 

 

「こ、のっ! 何で戦うのッ!! 響も、遊吾さんもッ!! 私は二人を止めたいだけなのにッ!!」

「私が遊吾を止める。大丈夫だよ未来」

 

 

 ガッツリと掴み合う。空中での力比べは部が悪い。自然と高度を落とし、甲板に着陸する二人。瞬間甲板がクレーターのように凹む。パワーファイターである響に力で均衡する未来。それはシンフォギアの力か、それとも未来の本来持つ底力か。

 

 ゼロに近い距離で安心してと笑う。馬鹿を言え、その笑顔をどれだけ見たと思っているんだ。そうやって自分の運命を悟ったような表情。響も、遊吾もッ!!

 

 

「なんで、なんでそんな顔をするのッ!?」

「未来?」

「そうやって何でも悟った顔をしてッ!! 響も、遊吾もッ! 二人とも居なくなるッ!! 嫌いだよッ、響も、遊吾も、そうやってッ!! 嫌なのッ!! 離ればなれになるのがッ!! そうやって私の知らないところで二人が傷付くのがッ!!」

 

 

 何度も思うことがある。ライブ事件の日に、もし自分が用事を無視してライブに一緒に向かっていれば。ルナアタックの時、もし私にシンフォギアがあったなら、二人が居なくなることはなかったのではないか。

 

 厳密に言えば二人とも死んだわけではないし、しっかりと帰ってきている。だが、それでも二人が帰ってこなかった時の喪失感、絶望感は未来に確かな傷跡を残している。

 

 自分達を守るためだということは分かっている。響の思いはよくわかる。遊吾の計画だって、マリアたちフィーネの人間たちの性格を見れば一発でわかる。

 

 二人とも、守る為に戦っている。手段は違うが、それが二人の根本にある想いだ。だが、二人ともわかっていない。二人が傷つくことで悲しむ人がいることに、二人が居なくなることで何もできなくなる人が居ることに。

 

 

「だから今度は私が護るんだッ!! 二人をッ!! この、神獣鏡でェッ!!」

「さっせるかぁぁあああ!!」

 

 

 砲台が再度展開、零距離での砲撃。察知した響は掴んだ腕を利用してその場で跳躍。ドロップキックの要領で未来の腹に両足を叩き込む。

 

 これをまともに受けてしまう未来。まるでダンプカーに轢かれたかのような衝撃。だが、終わらない。終わらせてたまるものかッ!!

 

 歯を食い縛る。シンフォギアが装者を守るためにその保護機能を最大限に起動させて痛みを噛み殺す。そして閃光が響の身体を呑み込み――

 

 爆炎が空を染めた。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 

「こりゃまた面倒な状況になりやがったな…」

 

 

 戦艦上部。そこでユーこと遊吾がボソリと呟いた。彼の背後には黄色と黒のストライプの装甲の機械の獣。表面に刻まれた数字は34。

 

 アメリカの艦は、このNo.34電算機獣テラ・バイトの力によりその半分以上の機能を停止。フィーネの行動に一切の干渉を行えない状態となっていた。更に、シンフォギア装者との戦いでは、月読調の裏切りという予想通りの展開こそあったものの、基本的にフィーネ側が押している状態。

 

 だが、問題はフロンティアの起動であった。

 

 小日向未来が身に纏うシンフォギア神獣鏡。聖遺物由来の力を無効化することが出来るその輝きを用いることによって封印を解くことを考えていた。だが、神獣鏡は現在未来が完全に制御している状態であり、更にその攻撃は全て立花響に向かっている。これではフロンティアの封印を解くことが難しいだろう。

 

 

――まあ、そこらへんは恐らくウェルの野郎が何とかするだろう。駄目なら最悪俺が何とかするしかない。

 

 

 さて、どうしたものか。上空の苛烈極まる戦いを眺めながらのんびりと考える遊吾。

 

 

「余所見してんじゃねぇえええッ!!」

 

 

 咆哮と共にミサイルが迫る。何てことは無い。雪音クリスの攻撃だ。

 

 暁切歌は現在、風鳴翼によって身動きができない状態。月読調は戦意喪失。ウェル博士の考えでは弱い者を守ることは出来ない。そう言って戦うことを拒否した。

 

 切歌はそれを覚悟していたようで、そこまでの混乱はなかった。とりあえず足止めをしてもらっているが、流石に翼の相手は分が悪い。とはいえ二人がかりで掛かってくることを考えれば少しは楽だ。切歌はよくやってくれている。

 

 

「トラップオープン、くず鉄のかかし」

 

 

 彼の目の前に鋼鉄のかかしが現れる。くず鉄の名の通りバケツや襤褸布などお世辞にもよいと言えない素材で組み上げられた不格好な案山子にミサイルも弾丸も吸い込まれていく。だが、どれだけ撃たれようと爆発しようと案山子が壊れることは無い。

 

 全ての攻撃が止んだことで、案山子は再度空に溶けていく。罠カード、くず鉄のかかし。一ターンに一度あらゆる攻撃を無効化する罠カードであり、またこのカードは発動後再度場にセットされるため何度でも使用することが出来るというデュエルモンスターズの中でも類を見ない防御カードの一つだ。

 

 

「くっ、何度も何度も!!」

 

 

 思わず歯噛みするクリス。彼女の攻撃は全て案山子によって防がれてしまい、響たちの援護に行こうにも彼が召喚するモンスターたちによってそれも行えない。

 

 

「てめぇ、ふざけんなよ!? 決闘を武器にしやがってッ!!」

 

 

 決闘盤によって呼び出される数多のモンスターたち。そして、それらを支援する魔法と罠。

 

 決闘は人を悲しませるための武器ではない。彼の試合と、彼との交流によって決闘がどのようなものかを知った。そして、決闘を誰かの笑顔のために、誰かを楽しませるためにと使う者たちを知った。遊吾もその一人であったはずだ。

 

 だが、今の彼は決闘を武器として利用し誰かを傷つけようとしている。それは違うだろう! だが、そんな彼女に向ける彼の視線はとても冷たい。

 

 

「何を馬鹿なことを…。決闘が武器でなくてなんと言うのだ?」

「なっ!? てめぇは確かに言ってたじゃねえか。決闘は誰かを笑顔にするためのものだって」

「…ふっ、随分と愉快な思考をしているらしいなぁ」

「っんだと!?」

 

 

 だってそうだろう。彼が歪に笑う。

 

 

「決闘は元より戦の道具に過ぎん! 神すらも使役し、邪魔するものを排除する。それが決闘の本質だ。それとも何か? 俺の言葉を完全に信じきっていたのか?」

「ば、馬鹿を言うんじゃねえよ…」

 

 

 お前がそんな事を言うはずがないだろ。唇を震わせる。怒れ。彼は考える。今の自分の状況は限りなく悪い。現状を知られず、尚且つ作戦を成功させるにはこちらに釘付けにし続ける必要がある。故に彼は黒い布の中で表情を歪める。

 

 

「やれやれ…まだわからんと見える。じゃあ雪音クリス。お前に問おう。その武器は何だ?」

「…武器?」

「確か、お前は言っていたな? 歌で平和を――と。ならばその手にあるガトリングはなんだ? 腰のミサイルは?」

「そ、それは――」

「それらは確かに殺意の象徴。戦いの象徴だ。歌を用いて世界を平和にするというのに、何故そんなものが必要なのだ?」

「…勝ち取らなきゃいけねぇからだ」

 

 

 いっそ大げさに身振り手振りを加えながら彼がオペラのようにうたう。平和と戦争のための武器。平和を得る為には闘わなければならないという矛盾を。

 

 

「そう。それが無ければ平和は勝ち取れない。そうだ!! その通りだとも!! 正義など所詮は偽ィ善ッ!! 平和とは虚ォ構ッ!! 戦わなければ勝ち取ることは出来ない!!」

「何が言いたいんだよ――ッ!!」

「鈍いなァ?」

 

 

 こういうことだよォ!! 俺のターン、ドロー!!

 

 手札に引き当てられたのは、ライトニングボルテックス。手札一枚をコストとして支払うことで相手フィールド上のモンスターを全て破壊する魔法カード。

 

 それを見て思わず顔を顰める。

 

 やはり、だ。このデッキ、闘うことを完全に拒否している。本来のこのデッキはランク3エクシーズモンスターを召喚するようなデッキではなく、大型シンクロモンスターを次々に召喚し、圧倒するデッキである。だが、と彼はちらりと手札を確認する。

 

 手札にあるのは軒並み高レベルモンスター。電算機獣の力により戦艦などの行動を無力化している以上は通常召喚する術はなく、手札で腐り続ける。使えるものは先に引いたレベル3のモンスターとくず鉄のかかしのみ。

 

 簡単に言えば手札事故である。だが、このカードでとりあえずは何とかならないことは無い。彼は決闘盤に今引いたカードを差し込み、宣言する。

 

 

「俺は手札からライトニングボルテックスを発動!! 手札一枚をコストに――相手フィールド上のモンスターを全て破壊するッ!!」

 

 

 天上より、雷が装者たちに襲い掛かった。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

「翼さん!? クリス!?」

「他の子を見てる暇あるのッ!!」

 

 

 空を切り裂く雷に思わずそちらを向いてしまう響。その隙を逃す未来ではない。神獣鏡がチャージを開始。時間を置かず流星が響に迫る。

 

 だが、響とて幾度となく戦場を駆け抜けてきた兵。真正面から流星を左腕で殴りつける。装甲が自動で稼働。フォニックゲインを衝撃に変換することで、パイルバンカーの如く流星を打ち砕く。

 

 

「――響、その腕!?」

「あらら、バレちゃった?」

 

 

 悪戯がバレた子供のように響が舌を出して笑う。

 

 彼女の左腕は装甲がより厚く、拳はより鋭くなっており、更に彼女の身体の至る所には突起物――彼女の身に纏うフォニックゲインと同じ山吹色の結晶が生えていた。

 

 それは、彼女のシンフォギアとの融合が進行しているという証拠。融合が進行することによりフォニックゲインの放出量が限界を越えることで、彼女の身体は熱暴走を起こす。身体を侵食する遺物がどれだけ苦しいだろう。だが、彼女は笑っていた。

 

 なんでそんな状態で尚笑っていられるんだ。理解ができない未来は神獣鏡に指令を送る。あの光を放つ原因、彼女の身を侵食する聖遺物を排除せよと。神獣鏡は装者の願いを反映する。

 

 距離をとる未来。

 

 

「ねえ、未来?」

 

 

 先程と同じく空に鏡が展開され、それは神獣鏡の光を浴びて雪のように輝きながら舞う。穏やかでありながら苛烈。優しさの中に確かな厳しさをもった未来らしい光。

 

 ガングニールからの警告。あれを受ければ只ではすまない。耳元から響く藤尭たちオペレーターの声。自分の身体は危険域に突入しているらしい。何となくわかる。先程の砲撃を受け止めた際に装甲を追加するなどの負荷を加えたことで侵食が早まっているらしい。

 

 

「私、自分に価値ってないと思ってるんだ」

「っ!? そんなこと――」

「あるんだよ。ねえ未来、私がリハビリから帰ってきて最初に言われたことが何か知ってる?」

 

 

 言葉に詰まる。直接は知らないが、何を言われたかは風の噂で聞いたから。

 

 

「なんで貴女なんかが! だよ? 私だって必死だったのにさ…」

 

 

 遊吾、そして二課の人々との関わりにより己の価値を見直すことができた。

 

 だが、今でも思い出すことができる。友人だと思っていた人が、悪意をもって接してくるあの感覚。怒りよりも悲しみよりも、虚しさが溢れる。

 

 

「でも、シンフォギアに出会ってから全部変わったんだ」

 

 

 あの日、シンフォギアを身に纏った日、彼女はなんの躊躇もなく二課に協力使用と思ったわけではない。

 

 いくら正義感が強いからといって、それまでただの一般人でしかなかった響。そんな彼女が二課所属の装者となったのにはしっかりとした理由があった。

 

 それは、護ること。彼女はいつも守られてきた。未来に、遊吾に。だからこそ彼女は二人の助けになればと思った。特異災害であるノイズは何時発生するかも分からない。しかも、発生してしまえばノイズたちの活動限界時間まで逃げ続けるくらいしか人間には対処する術がない。遊吾は不思議な力で何とかしていることもあったけれども、それでもノイズに触れられたら炭に変わってしまう。それこそ、未来は不思議な力を欠片も持ち合わせていないのだから尚更だ。

 

 だからこそ彼女は二課に所属することを決めたのだ。何時も無茶してばかりの自分を見守り、助けてくれる未来と遊吾。二人を守るためには最前線且つノイズに対するノウハウのある二課に所属していたほうが何かと都合がいいし、シンフォギアという力を制御するのに立花響という少女一人の知恵では到底制御しきれると思っていなかったから。ふって湧いたシンフォギア装者という立場に、大切なものを守れる自分というモノを見出したからこその選択。

 

 あれから色々とあった。D-noiseとの初めての遭遇。翼とのぶつかり合い。クリスとの戦闘。D-noiseが遊吾・アトラスであるということを知ったからこその彼との初めての決闘。フィーネとの戦いで見つけたシンフォギアの、自分の力の振るい方。

 

 自分の生き方、自分の道。今まで漠然としかしていなかった己の未来。それらは全てシンフォギアと、ガングニールと出会って始まったのだ。

 

 

「私はいつも未来に、遊吾に助けられてばかりで。だからガングニールを使えるって知った時は凄く嬉しかったんだ」

「…でも、そのせいで響は苦しんでるんだよ? 遊吾さんだって無理してる」

 

 

 誰かを護りたい。その思いは響も未来も同じだった。だが、未来は滅茶苦茶になりそうな二人との繋がりを、危険なことをしている二人を止める為にもここで戦わなければならない。響は遊吾を止める為にもここでガングニールを失うわけにはいかないし、未来をこのまま放置しておくわけにもいかない。切歌たちの驚きようから恐らく神獣鏡をシンクロさせたのはあちらの計算違い。となれば、未来に神獣鏡を渡す際に何か細工をしているとも限らない。だから神獣鏡を止める必要がある。

 

 

「未来、道だよ」

「道?」

「そう、それが戦いの、栄光の道。それが私の選んだ道だから」

 

 

 だから見せるよ。私の道、その先を――ッ!!

 

 響が構えを解き、大きく息を吸いこむ。絶唱? もしくは更なる秘策? 何にしてもここで潰しておいて損は無い。だが未来はあえてその選択はすること無く、その目に彼女の光を焼き付ける。

 

 シンフォギアを稼働させるのに重要なのは歌とイメージだ。シンフォギアは装者の心象風景を歌やアームドギアに変換する。

 

 制限時間なんて関係ない。今此処で限界を突き破らないで何がシンフォギアか。ここで想いを貫けないで何がガングニールかッ!!

 

 現在の響のガングニールは二つの状態に分かれている。シンフォギアとして稼働している外部装甲や武装であるガングニールと、彼女の身体を保護、強化している聖遺物であるガングニールの二つ。

 

 これらは全て一つであるように見えるが、実際は心臓に存在する核となる部分を司令塔とした全く別の存在なのである。シンフォギアを纏う際に聖遺物を全て装甲などに変換してしまえば彼女の身体は内部から崩壊してしまうため、当然と言えば当然である。

 

 ならば、この分かれている二つの機能を完全に一つにすればどうなるか。自分の生命維持、強化のための聖遺物と外装たるシンフォギアの二つを同調させれば、今よりもより強力な力へと変化するはずだ。

 

 故に彼女は想う。より強い力を。誰よりも強く、誇り高い王者の姿を。

 

 彼女の胸に刻まれた、音楽記号のフォルテを思わせる傷跡が光り輝く。響はその光をそっと掴み、力強く握りしめた。

 

 全身から光が溢れ、それは金色の輝きとなって彼女を包み込む。静寂にして苛烈。光は巨大な輪となって彼女を包み、金色の輝きは彼女の身体を太陽の輝きすらも凌駕する黄金となって彼女の身体を染め上げる。

 

 解除されたフォニックゲインが星の光となり彼女の身体に次々と吸い込まれ、海上が歌に包み込まれた。

 

 

「これが私の生きる道ッ!! これが私の――私たちのッ!! 撃槍・ガングニールだぁあああああ!!」

 

 

 雄叫び。暴力的なフォニックゲインが荒れ狂う風となって海面を焼き、甲板で戦う者たちを、空を行く武装ヘリを揺らす。

 

 脚甲はより太く、鋭く。マフラーは翼を思わせる荒々しいものへと変化。腕部装甲は丸太めいてごつく、分厚く、巨大剣のように鋭く分厚い拳。身体からはみ出ていた聖遺物は整形され透き通った結晶に、まるで元からその形であったかのように彼女の身体から溢れ出すフォニックゲインを放出させる。

 

 異物、異形でありながら、彼女を思わせ、彼女であるとはっきりと分かる姿。太陽がそのまま人の形をとったような姿。

 

 

「綺麗…」

 

 

 言葉がこぼれる。それは心の底から湧き出た言葉。先程まで嫌悪、破壊しなければならないと考えていたガングニールの輝きだが、今はそんな感情は微塵も湧き起らず、あるのは彼女の眩しい笑顔と、太陽を、気高い王者の鼓動を思わせる光を放つガングニールをただただ美しいとしか感じられない。

 

 

『――ちゃん!! 未来ちゃん!!』

「マリアさん?」

 

 

 未来の耳に届くマリアの声。戦闘に夢中で全く気づいていなかったが、どうやら何度も呼びかけてくれていたらしい。

 

 

『援護するわ。…と言っても、ちょっと邪魔しちゃうかもしれないけど』

「…あ、ごめんなさい。無断でこんなことしちゃって」

 

 

 彼女の言葉に思わず謝ってしまう。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ。彼女と話して初めて感じたことは、響のような人、であった。身長やスタイルなどではなく、その在り方。誰かを助けたいという姿と、何だかんだでお節介焼きで誰かのために笑顔になれる、だけど精神的に脆い。

 

 どこか響に似た女性であるマリアと未来が仲良くなるのにそう時間はかからず、ほんの数日だけであったがそれだけでテレビ、そしてライブ会場で見たマリアはあくまでも一つの側面でしかないと理解した未来。未来が神獣鏡を纏うためにリンカーによる調整を受ける際も、こちらの気持ちを汲みながらも他に方法はないのかと問い続けてくれた優しい人。

 

 出撃する前の段階で、神獣鏡の力によってフロンティアの封印を解くと聞いていたがそれをすっかり忘れていた。

 

 申し訳なさそうに謝る未来にマリアは無線越しにクスクスと笑う。

 

 

『いいわよ。私はそういうの好きだしね』

「マリアさん…」

 

 

 冗談めかして言うマリアに、口元を綻ばせて未来が言った。

 

 

「分かりました。あの響ちょっと倒すの大変そうだから、力貸してください!」

『ええ、任せて。…これって日本で言う初めての共同作業ってやつなのかしらね』

「それ意味違います――いや、あってるのかな?」

 

 

 武装ヘリが動く。同時にヘリから射出される円筒形の物体――プロペラによって飛行する鏡。神獣鏡の砲撃を収束し、指定ポイントへ照射するための装置だ。

 

 それを確認した未来が、響へと向き直る。

 

 互いに言葉は無い。だが、構えた拳が、交差する視線が全てを物語る。

 

 先に動いたのは未来だ。空中を浮遊していた最後のORUが彼女の胸に吸い込まれる。同時に展開されていた鏡、自立稼働型の砲台でもあるそれが一斉に未来の前面に展開され、一斉に咆哮を上げる。

 

 雨あられのように降り注ぐ閃光。響が放出したフォニックゲインを吸収したことによってより威力の増した砲撃の雨を前に、響が選択したのは――

 

 

「いっけぇえええええッッ!!」

「ッ!? 突撃!?」

 

 

 黄金の輝きが、雨の中を突き抜ける。その光景はさながら空を駆けのぼる流星。

 

 いかな装甲であっても、聖遺物由来の力を無効化する効果の前には無意味。だが、今の彼女は他のシンフォギアの追随を許さないレベルの強固なシンフォギアと身体の結合。己をシンフォギアとせんとするシンフォギアと聖遺物の多重同調によって、今の彼女が纏うシンフォギアは彼女の身体そのものと言っても過言ではない。

 

 つまり、今の彼女はシンフォギアを纏っているのではなく、シンフォギアが彼女という状態。ならば、その力の由来はシンフォギアではなく彼女自身。故にその影響を極限まで減らしているのだ。

 

 

「突っ込んでくるとか流石に脳筋過ぎない!?」

 

 

 脳筋、ごり押しにも程がある。避けるという選択肢が元々無かったと言わんばかりの想いきりの良さに、砲撃で牽制しながら未来が吠える。

 

 

「私だって、翼さんみたいにスタイリッシュに避けたかったよ!? でも、横に避けたら色々当たるじゃん!!」

 

 

 横に避ける――つまり、胴体をそらすことによって最小限の動きでの回避。

 

 響の言葉に未来は思わず彼女の身体を見る。

 

 今でこそ装甲などでゴテゴテしているモノの、響の身体はインナーマッスルが鍛えられ結構なプロポーションを誇る。本人は自分はあまり、と言っているが、その鍛えられた肉体は健康的な色気を放ち、結構な量食べているはずなのにその身体はダイエット知らずだ。最近ちょっとお腹のお肉を気にし始めた未来に対し、彼女はその倍ほど食べながらも身体はスラリと野獣めいた美しさを保っている。

 

 そして次に見るのは、最近自分よりも大きくなったらしい胸。大きさの秘訣は想いの強さらしいが、想いの深さでは自分だって負けてい無い筈だ。

 

 ん? そこで未来は引っかかる。身体を横に、最小限に避けるということはつまり、身体の前面スレスレを攻撃が通るということ。ならば、自然と出っ張っているモノが無い方が――

 

 

「響!? なんて、何てことを!?」

「いや、だって本当じゃん!! クリスちゃんだってこれやりにくそうにしてたし!!」

「凹凸がないことを気にしてる人もいるんだよ!?」

 

 

 時折放たれる強力な一撃を拳で打ち落としながら彼女が叫ぶ。

 

 甲板の上の面々が話の流れでクリスを見る。横に避ける、凹凸。そこまで考えたところで、遊吾の視線がクリスの胸に。そしてその視線は流れるように翼の胸へと――

 

 

「ああ、そういう…」

「た、立花ぁああああ!?」

 

 

 翼が叫ぶ。自分たちが心配している中、張本人は自分の気にしている身体的特徴を使っての暴言である。私だって、私だってなぁ。ぐぎぎと奥歯を噛み締め悔しそうに拳を握りしめる翼。

 

 そんな彼女のことを不憫に思ったらしく、切歌がフォローするように言う。

 

 

「だ、大丈夫デスよ。まだ成長の余地は――」

 

 

 その言葉を聞いた翼が切歌を見――すわった眼をして彼女の首筋に刃を突きつける。

 

 ヒィ!? その尋常ならざる雰囲気に思わず悲鳴を上げる切歌。すると、そんな彼女に調が声をかけた。

 

 

「切ちゃん」

「し、調!? ヘルプミーデス!!」

「…ギルティ」

「調!?」

 

 

 風鳴翼、私も手伝う。怒りに震える調。何故同調しているのか全く分からない切歌の、デ~ス!? という悲鳴が海上に響き渡り、

 

 

「なるほど…削ぎ落されかねない、と」

「…いやらしい目でこっち見てんじゃねェエエエ!!」

「しまった!? くず鉄――ぐわぁあああ!?」

 

 

 効果宣言を行えず爆散する男の悲鳴が海面を揺らすのであった。




年末で忙しいのと、書きたいことが多くて話が進まないよハルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!


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彼女と彼女たちと新天地と

「ぐ、ぐぐぐ。まさか胸を利用してまで此方に攻撃を仕掛けるとは…なんと姑息なッ」

「…前から思ってたけどよ、お前ら三人時々物凄い馬鹿だよな」

 

 

 なんと、なんと姑息なッ! と忌々しげに言う遊吾へクリスが冷たい視線を送りながら言う。

 

 立花響、小日向未来、遊吾・アトラス。この三人は誰の影響か――いや、どこぞの遊吾某の影響で時々凄く頭が悪くなる。

 

 例として挙げるのならば、D-noise時代の遊吾のopaaaiという雄叫びや、今さっきの響の巨乳突撃発言など。

 

 別にそれが悪いとは言わない。頭が悪いがそれを行うことは利に叶っているし、馬鹿が言えるということはつまりそれだけ思考に余裕があるということである。

 

 

「酷いな。まあ、否定はしないさ」

 

 

 そう言いながら遊吾は決闘盤からカードを外し、デッキを腰のポーチにしまいはじめる。

 

 

「なんでしまってんだ」

「俺の仕事は終わり。もうこれ以上モンスターを維持する必要はないし――」

 

 

 何より、あの戦いの結末を見届けなきゃいけねぇよ。静かに空を見上げる遊吾。視線の先にはぶつかり合う二つの光。

 

 その静かすぎる眼差しに何処か不穏な空気を感じつつ、クリスも銃を下ろす。

 

 

「ああ、そうだクリス」

「なんだよ?」

 

 

 空の戦いから目を逸らさないまま遊吾はクリスに声をかけた。

 

 

『うちに来ないか?』

「…唐突だな」

『少し手伝ってもらいたいことがあってな』

 

 

 念話。突然脳内に響き渡った彼の声に驚くが表面上はなんとか平静を装いながら、彼に尋ねる。

 

 

「手伝ってほしいこと?」

『ああ。内容は――』

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

「まだッ、まだァ!!」

「こんのぉ!」

 

 

 閃光、流星。膨大な量のフォニックゲインを指向性エネルギーへ変換し撃ち放つ。シューティングゲームの弾幕のような連射。雨霰のように小型のビームが降り注ぎ、その上に重ねるように極太の砲撃が襲い掛かる。

 

 しかも、それらの砲撃は対象に当たらなくとも空中を飛び回る無数の反射装置によりそのエネルギーを減衰させることなく反射、再び対象に襲い掛かる。

 

 指定ポイントへの砲撃を準備しながらもしっかりと未来の援護を行うその手腕は見事なものだ。

 

 

『いい加減沈んだらどうなのよ!?』

「響って一度始まると凄いしつこいですからねッ!!」

『何となく察したわッ!!』

「大丈夫ですか?」

『大丈夫よ。』

 

 

 空を染め上げる赤紫。最早隙間すら見当たらない光の檻。だが、その光は更なる光によって塗り潰される。

 

 

「そろそろ三分過ぎてるよ響!!」

「大丈夫! 私の三分は世界の三分とは違うから!!」

「訳がわからないよ!?」

「フィーリングだよ、未来!!」

 

 

 爆音と共に光の檻が突き破られる。

 

 灼熱のフォニックゲインが大気をなめる。少女の歌は燃える血潮となって世界を揺らす。

 

 琰槍・ガングニール。限界を突き破り、最短で一直線に貫く想い。彼女の持つ誰かと繋がるという性質を最大限に活かす為に選ばれた、全てを掴み取る絶対王者の拳。

 

 翼のようなマフラーが風を切り裂き、彼女の右腕にフォニックゲインが充填される。右腕に生まれる小太陽。灼熱を纏いながら打ち放たれるのは始まりにして至高の一撃。

 

 

「アブソリュート・パワーフォースッッ!!」

 

 

 アイアンクローの如く未来の頭に叩き込まれる一撃。そのあまりの破壊力にバイザーが砕け散り、ヘッドギアが弾け飛ぶ。

 

 弾かれたように後方に吹き飛ぶ未来――だが、その身体は不自然に空中で停止する。

 

 

「ぐっ!? なんで帯が――ッ!?」

 

 

 右腕に激痛。慌てて腕を見ると、前腕部に百足のように絡み付く漆黒の帯――神獣鏡の持つ、攻防一体の近接戦闘武器の一つだ。

 

 驚き目を見開く響の目の前に、強い光。

 

 硬直した一瞬の隙をついて未来が響の身体を引っ張り、その反動で己も跳んだのだ。

 

 バイザーの破片のせいで、額や頬から血を流す未来。だがその瞳にあるのは痛みによる恐怖などではなく、燃え上がるような闘志。彼女の歌に力が籠る。

 

 だが、この距離は私の距離でもあるッ!! 臆することなく拳を振り上げる響。そんな彼女の豊満な胸にそっと突き入れられる白い剣。確かにそこは彼女の距離であるが――

 

 

「このッ距離ならッ!!」

「ギィッァアア!?」

 

 

 閃光。零距離から放たれた聖遺物を喰らう輝きが彼女の身体に牙を突き立てる。

 

 確かに今の彼女は彼女自身がシンフォギアに近く、その為多少の攻撃ならばびくともしない。だが、効いていないわけではなかった。そのダメージは確かに蓄積されて彼女の体力を削っており、そこに来て零距離の砲撃。

 

 いくら装甲が厚くても零距離から撃ち込まれればひとたまりもない。

 

 カァォッ! 巨鳥の嘶きのような甲高い砲撃音が断続的に響く。その度響の身体が陸に打ち上げられた鮪のようにビクンビクンと跳ねる。

 

 数にして十発。司令塔でもある心臓部のガングニール目掛けての零距離砲撃により響の身体の装甲は完全に剥げ落ち、赤く染まった素肌を晒す。フォニックゲインの輝きは完全に消滅し、その瞳に光は無い。

 

 勝った…。未来が剣を下ろし、マリアへ通信を送ろうとする。こちらも限界だ。これ以上シンフォギアを維持することは厳しい。

 

 未来が響から視線をはずす。その瞬間、響の瞳に光が宿る。

 

 赤。血よりも赤いその色は暴走の証。彼女の身体を先程とは真逆の常夜を思わせる漆黒が染め上げ、その拳がギュッと握り締められる。

 

 シンフォギアにおける暴走とは、厳密に言えば暴走ではない。

 

 装者の生命が極限状態に陥り、その活動に支障が生じた場合にシンフォギア側が本来持ち得る全能力を開放して装者の生命維持、そして生命を害する外敵の排除を行う行為。装者の意志によって行われる絶唱ではない、ある意味シンフォギア自身の意志、絶唱とも言える最終防衛機能。

 

 だが今のガングニールは只のガングニールではない。そこには確かに彼女の、立花響が居て、立花響の想いがそこには宿っている。

 

 

「――ァ……ァァアアアアアアアアアア!!」

「クッ!? まだ動けェグッ!?」

 

 

 漆黒を突き破る黄金の輝き。侵食すらも利用した多重同調であったが、その制御すらも離れた聖遺物が彼女の身体を突き破る。

 

 みるみる増殖していく結晶に未来が叫ぶ。

 

 

「離してッ!? 離してよぉッ!!」

「嫌だッ!!」

 

 

 力強い言葉。気づけば涙を流し叫んでいた未来は、涙に濡れる瞳で胸元を見た。

 

 力強く抱き付いた身体。同世代よりもガッチリしてきたが、それでもやはりそのむき出しの肌と体格は自分と同じくらいで、とても細い。

 

 だが、その腕に篭った力は、その瞳に宿った熱量は、幾千の時を経て尚立つ大木のように力強く、幾星霜の時を経て尚光り輝く太陽のように熱い。

 

 その笑顔には不思議な魅力があった。ただ格好良いだけではない。凄く格好いいのだ。彼女の口癖である、へいき、へっちゃら。それを体現したような、本当に何でも出来るような気分にさせてくれる、そんな笑顔。

 

 その笑顔を見て、ふと未来は思った。

 

 私が護りたかった笑顔はこの笑顔だから。私が助けたい光はこの光だから。なのにその輝きを消そうなんて考えていたのだ。前提としての意志が矛盾しているのに、勝てるはずが無い。

 

 

「絶対に――」

 

 

 響が再度未来に組みつき、その腋から空を見る。

 

 そこにあるのは反射装置によって円錐状に展開された未来の砲撃。円錐の先端からは膨大なエネルギーが確認できる。

 

 あれがフロンティアの封印を解く鍵なのだろう。ならば、自分が行うことは一つ。

 

 響は考えた。師匠である風鳴弦十郎には、可能性を数字で語れるかよッ!! と啖呵を切った手前確実に極めないと怒られる。

 

 だから彼女は考えた。未来を止め、遊吾を止め、ガングニールを止め、ついでにフィーネの企みを止める術。

 

 あの光、未来のシンフォギアには聖遺物由来の力を消滅させる力があるとオペレーターである藤尭が言っていた。あの光を利用してフロンティアと呼ばれるナニカを起動しようとしていることは明白。そして、それは同時に遊吾が考えているナニカを行う為に必要不可欠なものだ。更に、響自身を悩ませているガングニール、これは聖遺物由来の代物。

 

 で、あるならば。その光の中に自分が飛び込めばどうなるか。

 

 簡単な話だ。聖遺物であるガングニールは機能を停止。未来の神獣鏡もまた聖遺物であるためその機能を停止するだろう。更にあの光を自分達が遮ることでその効力まで失えば万々歳だ。

 

 

――離すもんかッ! 離れるもんかッ!

 

 

 一度離して後悔した。助けたいと思って助けられなかった。

 

 欲しかった言葉、欲しかった光、守りたかった温もり。だからもう二度と離さない。もう二度と――

 

 

「絶対にぃぃいいい!!」

 

 

 封印を解くための膨大な光の中に二人の少女が呑み込まれる。あまりにも強力すぎる光のなかで少女たちはそのシルエットを崩していき、そして――

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

「ぁ、ぅ……あ?」

 

 

 目の前に広がる真っ白い世界。

 

 ぼんやりと輪郭が薄れたその世界に、微かに音が響く。まるで水中で沈んでいるかのようにぼやけた視界と、反響する音。

 

 だが、それらは意識がハッキリと、自分の身体を認識していくごとに徐々に清明になっていく。

 

 

「――くっ!? 未来ッ!!」

「あ………ひび、き?」

「………よかったぁ」

 

 

 声の方向を向けば、そこには力が抜けて床に崩れ落ちる響の姿。

 

 それを見て周囲を確認する。

 

 身体の至るところに取り付けられたコード。それが繋がれたよくわからない機械。どうやらここは病室らしい。普通の病院にしては近未来的過ぎる機械たちからして、恐らくは響の所属している特異災害対策機動部二課の施設だろう。

 

 と、そこで慌てて未来が起き上がろうとする。状況はどうなったのか。響の身体はどうなったのか。

 

 

「って、あいぃ!?」

「大丈夫未来!?」

「あ、い、か、からだ、が……」

 

 

 ミシィッという鳴ってはいけない音と共に彼女の身体に激痛がはしりそのままベッドに倒れこむ。

 

 

「当然です。響ちゃんの攻撃をあそこまでまともに受けたんですから」

 

 

 骨が折れたりしていないだけまだマシです。そう言って大きくため息を吐く友里。

 

 確かに、あれだけ過激な戦いをしていたというのに未来の身体は表面的な傷こそ多いが、内蔵や骨と言った内部へのダメージはほとんど見られなかった。

 

 

「ご、ごめんなさい」

「いいのよ。二人とも無事で」

 

 

 二人とも無茶しかしないんだから、と苦笑を浮かべる。

 

 そんな暖かい言葉に少し涙ぐみながら、はい、と頭を下げる。と、病室の扉が開き、風鳴翼と弦十郎の二人が部屋に入ってきた。

 

 

「起きたか、小日向」

「未来君、身体の調子はどうだね?」

「あ、はい。身体中痛いですけど、それ以外は特に」

 

 

 それは良かった、と笑いながら弦十郎が手に持ったリモコンを操作する。

 

 未来の目の前、モニターに新たに表示されるレントゲン写真。その正体を彼女はよく知っている。

 

 二種類の写真。片方は心臓から全身に葉脈のように伸びた黒い影が恐ろしい。それは響の戦闘前のレントゲン写真。聖遺物に犯され、命を失いかけていた状態。

 

 もう一枚も同じようなレントゲン写真なのだが、

 

 

「…これが今の響君の写真だ」

「……聖遺物、取り除けなかったんですね」

 

 

 顔を伏せる未来。響の身体を侵食していた聖遺物は、彼女の身体に未だ残っている。

 

 自分が戦った意味は何だったのか。悔しさで布団を握り締める未来の手を、暖かな手が包み込んだ。

 

 

「大丈夫」

「でも……」

 

 

 聖遺物が体内に残っているということは、響の生命の危機は未だ続いているということだ。

 

 自分の行ったことは無意味だったのだろうか。伏し目となってしまう未来。

 

 

「確かに、聖遺物が体内に残っているということは問題になっただろう――今までは、だが」

「……それ、どういうことですか?」

 

 

 今まで、それはつまり聖遺物の摘出方法などが見つかり対処することができるようになったということか。

 

 何にしても、今まで、という言葉の中には沢山の希望が詰まっていた。それに弦十郎が態々悪いことをこんな明るい風に言うはずがない。

 

 

「ふふふ、友里君!」

「はいはい。…現在の響ちゃんの身体は、聖遺物との融合状態にあります。ですが、それ以上は何も変化がありません。それどころか未来ちゃんとの戦闘後の方が数値が安定しているんです」

 

 

 画面に映し出される折れ線グラフや線グラフ。それらは戦闘前と戦闘後の数値を表しているらしく、戦闘前が山脈のように振れ幅がとても大きいのに対して戦闘後はとても穏やかな曲線を描いていた。また、レントゲンもよく見てみれば只々無闇矢鱈と無造作に延びていた聖遺物の欠片はその形を整え、その身体を保護するように変化していた。

 

 

「響ちゃんの先の変身、体内の侵食すらも利用したシンクロ。それによって一度は完全に響ちゃんの身体は侵食し尽くされ、完全に聖遺物と一体化していました。そんなことをすれば響ちゃんの身体は耐えきれない、その筈でしたが――」

 

 

 新たに表示されるグラフ。これは響がガングニールと多重同調を行った後の観測データであるが、その数値は全て高い位置で綺麗に揃っていた。今の響のデータの出力をまるまる上げた状態と言えばいいだろうか。

 

 

「我々の予想とは違い、聖遺物は限界に近い響君の身体を安定させたのだ」

「安定…」

 

 

 弦十郎の言葉に眉をひそめる。

 

 どういうことなのか。シンフォギアは確かに響の身体を侵食して、彼女を苦しめていたはずなのに。

 

 

「これは仮説なのだけれど、恐らく響ちゃんの身体を侵食していたのは不完全な融合だったからじゃないかと考えられるの」

「不完全?」

 

 

 立花響がガングニールを手に入れることとなった理由は、ライブ会場におけるノイズ襲撃、その際に奏の纏っていたシンフォギアが破損しその破片が彼女の身体を貫いて心臓部に残留してしまったのがそもそもの始まりだ。

 

 この時、本来ならば響の体内に入り込んだ聖遺物はその力を発揮することなくただ彼女の身体を傷つけるだけだった。だが、侵入した聖遺物の欠片は戦闘中で未だ機動状態であったこと、そして天羽奏がその身を呈して守ろうと言う強い意思を持っていたこと。

 

 これらが合わさり、聖遺物の欠片は立花響を生存させるように機能したのだ。

 

 その後、響がシンフォギアとしてガングニールを起動できるようになっても、体内の聖遺物の欠片は依然として立花響を生存させることのみに機能していた。

 

 いくら戦闘でダメージを受けるとしても、それ以上の速度で回復し続ければその回復力は飽和状態となってしまう。コップから水が溢れるように、制御しきれない生命維持機能が働いた結果が、あの響の身体の侵食なのではないか。

 

 

「そして、響ちゃんは侵食すらも利用してシンフォギアとシンクロ。これによりガングニールの完全な制御権を得たことで、死亡しなかったのだと考えられるわ」

「…………」

「……てい!」

「あいたぁ!?」

 

 

 自分の身体のことであるが、専門用語と目が痛くなるようなグラフの連続に船をこいでいた響。そんな彼女の額に、翼も、ほぅ、と感心してしまうような鋭い手刀を叩き込みつつ未来が手を挙げる。

 

 

「あの」

「はい、未来ちゃん」

「はい。…その、響が無事な理由は何となくわかったんですけど、神獣鏡の光を浴びた時に響の身体から結晶が…」

 

 

 未来が思い出すのは、光に飛び込む直前、動く度に彼女の身体を突き破って現れていた数多の結晶体。

 

 友里の説明だけでは、響が無事な理由がわからない。

 

 

「神獣鏡の力だ」

「翼さん?」

「調べてみたのだが、どうやら神獣鏡は魔を祓う力を持つらしい。残念ながら、あの攻撃によってフロンティアが浮上してしまったが小日向の力によって立花の危機は去ったと見て良い」

 

 

 だが、と翼が表情を曇らせて言う。

 

 

「立花はこれで戦う力を失ってしまった」

「戦う、力?」

「それはこちらが説明しよう」

 

 

 翼に替わって弦十郎が響の現状を話し始める。

 

 響の体内に残っている聖遺物は彼女の身体と完全な融合を果たしてしまっている。これは先の戦闘の弊害であるが、この聖遺物は既に己の役割を――立花響の生命の維持――はたしているため、これ以上の侵食は行われない。また、心臓に食い込んでいた聖遺物の欠片、これが体内の聖遺物の司令塔のような役割を果たしていたのだが、この機能の一部が神獣鏡の攻撃によって破損。生命維持などの保守的機能のみを残してそれ以外の部分は完全に沈黙、もしくは消滅してしまっている。

 

 これにより、立花響はこれ以上聖遺物に身体が侵食される心配は無くなった。だが同時に、彼女はガングニールを展開する術を失ってしまったため、現状彼女が戦場に出ることは不可能である。

 

 と、そこで未来は気が付いた。クリスが居ない。

 

 この手の話題になった時に不敵に笑う彼女の姿が一向に見えないことが不思議でならず、彼女は翼にクリスは何処に行ったのか? と尋ねた。

 

 そんな彼女に返ってきた答えは――

 

 

「雪音? …ああ、裏切ったよ」

「裏切っ!? …あの、翼さん?」

「どうした? 小日向」

「その……その手の刃物は――」

「…何やらアトラスと怪しいと思った次の瞬間にヘッドショットだ。アトラスが言うように腹パンで済ませればいいだろうに。まったく、誰に似たのか本当に私の後輩は容赦がない……ふふふ、握った刃、どうしましょう?」

「何処から取り出したんですか研石!? ていうか誰か止めません!?」

 

 

 その場で、ふふふ、と妖しく笑いながら手に持った小刀をシャッシャッと研ぎ始める翼。

 

 その周辺だけまるで照明が落ちているかのように暗くなっている姿を見て、未来が助けを求めるように周囲に視線を向ける。

 

 友里は露骨にカルテを確認しはじめ、弦十郎はクリス君ッ、と態々オーバーアクションで悔しがる。

 

 

「未来」

「響!!」

 

 

 こんな状況でもやはり私の親友は私を助けてくれる――そんな淡い期待を抱いて笑顔で振り向いた未来に、響が親指を立てつつペロッと舌を出して笑う。

 

 

「諦メロン」

「ふんッ!!」

「ぐぁぁ…」

 

 

 彼女の腹に未来の閃光の如き鋭い拳が突き刺さる。瞬間、響の顔が無残にも崩れる。

 

 ど、どうして…苦しそうに腹を抑える響に、未来が笑顔で言った。

 

 

「空気、読もっか?」

「え!? だって今の流れは私もボケないと――ハッ!?」

「…響、覚悟は良い?」

「未来、待って未来!? ほ、ほら、今身体悪いんだしあまり無茶はしないほうがいいんじゃないかなぁ~、なんて」

「ふふ、やっぱり響は優しいね…」

 

 

 そう言って顔を一瞬だけ伏せた未来。あげられた顔に張り付いた表情は笑顔。響も大好きな陽だまりのような笑顔。だが、その瞳だけは漆黒の暗闇めいて鈍く輝いていた。

 

 

「だから、私に負担がかからないようにすぐに終わらせよう、ね?」

「あ、あは、あははははは……助けてくれゆうごぉおおおおお!?」

 

 

 少女の悲痛な叫びが医務室に響き渡った。

 

 その数分後、いくら事情を話すためと言っても帰ってこない弦十郎たちのことが気になった奏と響一郎が医務室に向かうと、そこにはベッドに背を預けてニコニコと笑う未来と、そんな彼女の前で一塊になる様に縮こまって正座する大人と装者の姿があったという。

 

 

 

 

「へぇ、ここがあの女のハウスか」

「…ハウスというか、いや、ハウスなのか?」

 

 

 武装ヘリに帰還した遊吾と、彼の提案に乗り、風鳴翼のヘッドショットというアピールで無事フィーネの仲間入りを果たしたクリス。二人は気の抜けるような雑談をしながらヘリ内部のブリーフィングルームに足を運んでいた。

 

 

「お前ら、帰ったぞー」

「お帰りデス、遊吾!」

「お帰りなさい、ユー――」

 

 

 ブリーフィングルームに居たのは、先に帰還していた切歌とヘリの操縦をしていたマリアの二人。

 

 突然絶望的な表情をしながら皿――メイドインチャイナ、プラスチック製。お値段412円(税込み)――を床に落とす。

 

 ど、どうしたんだ? 突然の事態に付いていけない遊吾に、マリアが近づきながら言った。

 

 

「あなた!! また知らない女を引きこむのね!!」

「は!? いや、え!?」

 

 

 詰め寄られて思わず身を引く遊吾。だが、ここは狭いヘリの中。いくらスペースがあるブリーフィングルームと言っても壁は直ぐであり、気づけば胸倉をつかまれかねない位置まで追い詰められていた。

 

 何やら捲し立てるマリアと、マリアの言葉に、いや、クリスは仲間だし、だの、響はほら、大切な恩人だから、だのと焦りながら言い募る遊吾。二人の姿はマリア迫真の演技も相まって、宛ら浮気性の旦那に散々苦しめられている若妻と、そんな彼女に必死に言い訳と愛の言葉を囁く優柔不断な優夫の図。

 

 

「…あれは、なんだ?」

「んー、何だか共感できる部分があったからちょっと文句言うとか何とかだそうデス」

「共感ん?」

「はい。共感デス」

 

 

 そんな二人の寸劇を見て、いつもこうなのか? と若干引きながら思わず漏らすクリス。そんなクリスの問いに二人を見て笑いながら答える切歌。

 

 共感。共感とは何なのだろうか? 状況に付いていけないクリスに追い打ちをかけるように扉が開き、かすかな駆動音と共に一人の女性が部屋へと入ってきて――

 

 

「だからそこの男の手綱はしっかり握っておけとあれほど」

「お母様!?」

『お母様!?』

 

 

 まさかのナスターシャの登場、そして何だかんだノリノリで楽しんでるらしい様子に思わず叫んでしまう遊吾、そして新たな存在にこちらも叫んでしまうクリス。

 

 

「てか、手綱って何だ手綱とは!?」

「あら、あちこちで女を引っかけてくる種馬でしょう?」

「何か凄いこと言われてるぞ俺!?」

「で、ユーゴ。あの娘とはどんな関係なの!?」

「これ、いつまで続くんだよぉおお!?」

 

 

 二人に責め立てられて流石に辛くなってきた遊吾は、急いで切歌とクリスに視線を送る。

 

 この状況を思いっきり楽しんでいる切歌は駄目だ。絶対に火に油しか注がないだろう。そうなればこの場を何とかしてくれるかもしれないのは、何だかんだで常識人なクリスしかいない!!

 

 彼の必死の視線に、そろそろ真面目な話がしたいしとため息を吐きながらクリスがマリアに近づいていく。

 

 

「なあ、とりあえずそこまでで――」

「黙りなさい! この、泥棒猫ッ!!」

「どろ――ッ!?」

 

 

 キッと睨み付けるようにして放たれた言葉に思わず言葉を失うクリス。

 

 

「へぇ? 男一人繋いでおけねぇ奴がよく言うぜ?」

「なっ!? …面白いことを言うわね」

 

 

 ふふふ、あはは、と紫電をまき散らしながらにらみ合う二人。

 

 何で唐突に修羅場ってんだよ!? 最早何が何だか分からなくなっている遊吾と、そんな彼に、貴方がだらしないからですと辛辣なコメントを送るナスターシャ。

 

 そんな四人の姿を見ながら、切歌は天井を見ながら頭の中でつぶやいた。

 

 私が守りたいのは、こんな日常なんデスよ、調――。

 

 こんな騒がしくも楽しい日常。きっと調の選択は正しい。だが、それでも自分はこの暖かい空間を、マリアと遊吾、そしてナスターシャが居る空間を守りたい。だから自分は――。

 

 でもまあ、とりあえずのところは

 

 

「そんなことよりお腹がすいたデス!」

 




ショックルーラーが逝った。ヒグルミが、ジャグラーが逝った。

だが、制限、準制限が全くのノータッチだと!?どういうことだ、こたえろ、答えてみろベクタぁあああああああああああああ!!

サンタおじさん…シンフォギアのCDが欲しいデス…


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彼女たちは新天地に集う

「で、あたしはどう動けばいいんだ?」

「…私達が警戒すべきは二課の装者。恐らくは真正面から乗り込んでくるはずですからね。あなたには切歌と共に風鳴翼への対応をお願いします」

 

 

 唐突な修羅場から数分ほど。フロンティアと呼ばれる大地に降り立ったフィーネメンバーたち。

 

 フロンティア、それは巨大な古代遺跡とその周辺の大地のことを言い、現存する聖遺物の中で最大の聖遺物のことだ。発見させてから今まで強力な封印によって触れることすら許されなかった禁断の大地。

 

 近くの小さな島国にはこのフロンティアと思われる大地に関する伝承が残っており、曰く、この世とは思えない緑に溢れた肥沃な大地があり、神殿から天に伸びる光はあらゆる災厄からこの地を守る、と。

 

 だが、長い年月の封印のせいか現在のフロンティアは岩盤がむき出しになった荒廃した土地であった。

 

 

「ウェル博士、メサイアとネフィリムの同調は?」

「ああ、うまくいっているよ。むしろ順調すぎてね」

「ナスターシャ教授、メサイアの調整は?」

 

 

 博士二人の言葉にうなずく。

 

 救世主と名付けられた存在。今回の作戦はフロンティア、そしてネフィリムのシステムの一部にメサイアを同調させることでそのシステムを制御することが前提となる。

 

 本当のところはメサイア無しでも十分に稼働させることができるのだが、二人はそのことに気付いていない――否、気付いているとしてもメサイアを活用した方が制御が容易となるのだからそれを使わない手はない。特に一人はメサイアの絶対的な力に気づいているのだから。

 

 さて、と彼は最後尾で考える。

 

 現在フィーネのメンバーが居るのは巨大な洞窟。元は通路か何かであったであろう場所だ。この先へいけばフロンティアの心臓部へと到達する。

 

 このまま順当にいけば、自分の作戦は成功すると見て間違いないだろう。それは直感であったが確かな確信。

 

 彼の思惑に気づいている者は此処には居ない。知っている面子は、弦十郎、奏、そしてレックスの三人だが、前者は敵、後者は米国と交渉、そして蘇生作業で此処には居ない。

 

 ちらりと背後を確認する。

 

 そこにあるのは、自走式滑車に搭載された真っ黒の筒と、それに取り付けられたおびただしい数のコードと箱の数々。メサイアの制御装置であり、同時に彼にとっての切り札兼鋼鉄の棺桶。冷たく光るその円筒形の装置は、洞窟の暗さとあいまって不気味に見える。

 

 あとは適当に。クリスがソロモンの杖を確保し、調と切歌が戦闘を始めれば良い。

 

 そうすればタイミングを見計らってさっさとあの映像を流すことが出来るし、自分は装置を使えばいいのだから。

 

 とは言え、果たして本当に成功するのだろうか? 情報化はそれだけでリスクが大きいし、情報量を減らすだけでも文字通りの命懸け。一度のミスも許されない。

 

 それに、ウェルにもナスターシャにも、ましてマリアにバレてはいけないし、あの映像も果たしてどれほどの効果があるか。更に言うなら、仮に成功したとして本当にその後が上手くいくのか。逆に更なる負担になることを考えると、今からでも止めたくなってくる。

 

 

――気弱になるな。やるといったらやり抜け!

 

 

 そうは思うが、でも少しだけ悔いがあるのも事実。なまじ考える余裕があるせいで頭のなかで葛藤する遊吾に、マリアから声がかかる。

 

 

「…ユーゴ?」

「どうしました? マリア。ちなみに、今の私はユーゴではなくユーです。お忘れなく」

「ごめんなさい。…やっぱり良いわ」

 

 

 そういって前を向くマリア。

 

 なんだったんだ? 首をかしげる遊吾であったが、彼は気付いていない。黒ずくめ、顔を隠した姿でありながらも、表情、そして瞳の光が苦しそうに揺れていたことに。

 

 だが、幸いなことにこの事に気付いたのはふとした拍子に振り返ったマリアしか知らない。いや逆にこの中で彼ともっとも関わりの深いマリアだからこそ気付いたのかもしれない。なぜなら今の彼はユー・トイルイ・テッシに完全になりきっているのだから。

 

 マリアは考える。何故彼がそんな表情をしているのか。だが、心が読めるわけではないマリアに遊吾の考えなどわかるはずもなく。漠然とした不安を抱きながら彼らは最新部に向けて歩くのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

「――と、いうのが私と遊吾たちのこれまで」

「なるほど…」

 

 

 フィーネ所属の装者、月読調。シンフォギア・シュルシャガナを操る、心優しき少女。

 

 今彼女は、二課本部の一室に居る。本来ならば拘束し牢屋に入れておくのだが、彼女は境遇が境遇であるしシンフォギアを二課が預かっている以上彼女に二課内部でどうこうするといった力は無い。

 

 フロンティア浮上の際、翼のプロデューサーである緒川によって救助された調はこうして自分の知りうる限りの情報を話していた。

 

 とは言え、彼女が知っている情報は少ない。

 

 レックスの方針でフィーネの装者が知り得る情報は制限されており、知っているのは精々、フロンティアが月の落下を止めるのに必要であること、ネフィリムの危険性、メサイアという聖遺物を使用することでそれらの制御を行うということだけ。

 

 具体的にどのようにして策を為すのか、メサイアの詳細情報、遊吾・アトラスの暗躍など、特に重要な情報は全く説明されていない。

 

 これは、より利用されている状態をアピールする為の策であるがそれを知る人は此処には居ない。

 

 

「遊吾君はとても楽しんでいたんですね」

「…はい。遊吾は、私――ううん、私たちに楽しさを思い出させてくれたから」

 

 

 彼を初めて見た時、月読調が感じたのは限りない不信感だ。

 

 当然だろう。誰だって大切な人の家の前で左腕を胸の前で横にして、人差し指と中指をくっつけた紙を摘まむような格好の右手をそっと左手の手首に添え、ドローッ! という雄叫びと共に勢い良く右に振り抜く。そして時々、脇が甘い、腰が入ってないなどとブツブツ自己分析しながらフォームを調整する、そんな奇行を行っている人物を見たら全力で通報する。

 

 だが、彼の姿を知っている彼女の言葉で不審者ではないと何とか押さえ込みつつ彼と会話をすれば、不思議と不審者ではないことがわかった。それどころか、奇行こそ見られるが、誰かのためにと全力で行動する姿はとても好ましく思えた。

 

 F.I.Sに彼が来てからはより強く思うようになっていた。

 

 レセプターチルドレン。フィーネの因子を持つ子供たち。

 

 親に捨てられた子供、戦争に巻き込まれて親を失った子供、境遇こそ様々であるがどの子供にも共通していることがあった。

 

 笑顔、である。彼ら、彼女らの笑顔はどれだけ笑っていても、どこか諦めたような、疲れたような陰を落とす。

 

 そんな子供たちを管理するF.I.Sの長、研究所の所長であるレックス・ゴルドウィンは真っ当な大人であった。

 

 無論、世間一般の真っ当な大人と比べればやはり研究者気質ゆえに情けも容赦もないような部分がいくらか見られたが、噂に聞く他の研究施設での扱いを考えると、研究所内だけだとしても多少なりと自由が保証され、衣食住、数は少ないが娯楽まで用意されている自分達はどれだけ恵まれていることだろう。

 

 だが、それはあくまでも研究所として見た場合の話。やはり親が居ない、愛情が無いということはそれだけでも大変な負荷となり、日々研究が繰り返される子供たちの精神に影響を及ぼす。

 

 その点、シンフォギアを身に纏うことができるマリア、調、切歌は特別であった。特にマリアは妹セレナの事故のこともあって、外に出ることのできる唯一の存在。

 

 切歌や調もマリアほどではないとはいえ、装者のメンタルケアなどの名目で外に出ることが許されていた。

 

 レセプターチルドレンは粒揃い。最年少はそれこそ修学前の子供から、最年長はマリアだが、マリアを除けば切歌や調と同じような十四、五歳ほどの子供まで。

 

 自由に動ける自分達は、そんな年齢も性別もバラバラな子供たちの為に色々考えたりしたものだ。食事も時々自分達で作ったりして、少しでも心が満たされるように。

 

 だが、どれだけ頑張っても子供たちの顔に本当の笑顔が生まれることはなかった。マリアも調も切歌も、その原因はわかっていた。

 

 だが、ある日からマリアに変化があった。今まであまり乗り気でなく、どこか否定的であったシミュレーターの訓練や、歌姫マリアとしての活動に精力的に参加するようになったのだ。

 

 それだけではなく、仕事が終われば、そこからが本番だと言わんばかりに気合い十分に物凄い早さで支度を済ませて家へと帰る。そんな彼女の姿に、警備員や一部研究員から、マリアに男ができた等といった噂が流れ始め、その頃になると調や切歌もマリアの変化が気になり始める。

 

 そんな折に身辺調査の話が持ち上がり――彼と出会ったのだ。

 

 彼が研究所に通い始めてからの変化は凄まじいものがあった。

 

 常に全力投球の彼に比較的ノリの良い子供たちは直ぐになついた。寡黙な子や警戒心の強い子は最初こそ警戒していたが、その殻は彼の拳、彼の持ち込んだ決闘という娯楽を行う彼の姿によって取り払われた。

 

 手のかかる子供であり、また後輩を導く年長者である彼の登場に、気づけば調たちも気負うことなく子供たちと共に暮らすようになっていた。

 

 食生活も変化した。

 

 馴染みの無い日本式の食事が多くなったこともあるが、まるで栄養素をそのまま食べているような、そんなお手本のような味気の無い食事から、温かな食事に変化した。何度か、この野菜入れるだの、値段上がってるから別で代用するかだの、一部の研究員と白熱した議論を交わしていたのを覚えている。…そのあともう一度覗いてみたら、脚が良いだろ馬鹿野郎うなじに決まってんだろふっ巨乳なんて所詮は偶像よ…ほざけ柔らかくもなんともないただの胸筋風情が、というどこぞの政治もびっくりな取っ組み合いの大論争に変わっていたが。

 

 良くも悪くも賑やかになった。隙あらばばか騒ぎをして怒られる。そんなごく当たり前の日常が皆にとって新鮮で楽しかった。今まで寒い冬のような陰鬱な雰囲気が漂い続けて澱んでいた研究所は、彼と言う外界からの嵐によって掻き乱され、暖かな春へと変化したのだ。

 

 だからこそ、そんな彼があんなことを言うなんて信じられなかったし、今でも信じられない。

 

 

「ウェル博士に賛同する…支配から脱するためには力が無ければならない。他者を圧倒する絶対的な力。力無き者に明日はない」

「…そう言ったんですか?」

「それに、弱者は支配がどうとかって」

「おかしいですね…」

 

 

 本当にそれは遊吾・アトラスなのか。緒川は思わず首をかしげる。

 

 緒川真次。飛騨、風鳴の一族に古来から仕える忍の一族の嫡男であり、風鳴翼のマネージャーを勤める実力者である。

 

 そんな彼から見て、遊吾・アトラスという少年が、そういう考えを口にすることは無いと考えられた。

 

 サテライト。飲み食いすらも難しいそんな場所で生まれ育った遊吾の根底には、弱肉強食などの考えがあるのは事実。

 

 だが彼はそれを表に出してどうこうすることは少ない。何故なら彼自身が世の中は弱肉強食だけではないということを知っているからだ。サテライトという環境を生き抜いたからこそ、彼は平和な世界を尊ぶし、一決闘者として誰かを笑顔にと考える。そんなロマンチストだ。

 

 身内に甘く、何だかんだ理想を語る彼が、身内である調にそのような事を言うなんて信じられない。むしろ二課に居た頃ならばウェル博士を殴り飛ばしているだろう。

 

 これは少し探りを入れてみる必要がありますね…。

 

 

「分かりました。では司令に報告をしてきます。申し訳ありませんが暫くこの部屋で待っていてください」

「はい…」

 

 

 緒川が部屋を出ていく。

 

 あとに残った調は表情を曇らせるとベッドに身を投げ出すのであった。

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 それからどれだけ時間が経過しただろうか。気づけば微睡みそうになっていた調はふと目を醒ますとベッドから起き上がった。

 

 沈黙。外で何が起こっているかは分からないが、それにしても静かだ。今も誰かが、遊吾たちは戦っているのだろうか?

 

 

『戦ってるでしょうね。あの子たちは私が見てきた中で一番子供だから』

「…大人だよ、皆」

 

 

 きっと不可能を可能にするために頑張っているはずだ。調が彼女を通して見た二課は、夢物語のような出来事を何度も現実に変えてきた。

 

 夢を見る子供と夢を叶える大人。この組み合わせは恐らくこの世で一番強い。

 

 彼女たちならフィーネの陰謀を阻止することができるだろう。

 

 自分だってその戦いに参加したい。マリアを、切歌を止め、遊吾に真意を問いたださなければならない。

 

 だが今の自分は囚われの身。シンフォギアは二課に提出してしまったため、今の自分に力はない。

 

 このままこの部屋で大人しく、時が過ぎるのを待たなければならないのだろうか。私にできることは本当に無いのだろうか。

 

 

「し、らっべちゃーん! あっそびっましょー!」

「…はっ?」

 

 

 うーん、と頭を悩ませる調の心境などなんのその。この部屋の扉は自動ドアの筈なのに、手で無理矢理勢い良く抉じ開けた少女――響が頭の悪そうなことを言いながら部屋に入ってきた。

 

 真剣に考えていたところに放たれた今時の小学生もしないような誘い文句に、思わず表情を固まらせる調。

 

 そんな調を知ってか知らずか。腕組みして妙に芝居がかった仕草で、いやー、やっぱり遊ぶんなら外が良いよねー外が。子供は風の子、外で遊んでなんぼだよねー。いやー、フロンティアって知らない土地とかワクワクするよねー、今日は天気も良いしビバッピクニック日和だしねー、などと言い放つ。

 

 一瞬こいつは馬鹿なのか? と彼女の頭を疑ってしまった調だが、彼女の意図に気づくと尚更信じられなくて、

 

 

「…貴方、馬鹿?」

「何が? 私は調ちゃんと仲良くするためにちょーっと遠出しようとしてるだけだよ?」

 

 

 ニヤリと何処か得意気な響。

 

 その表情に面影を見て、調は思わず顔を綻ばせた。

 

 

「…まったく、相変わらず無茶苦茶なんだから」

「ふぇ? 調ちゃん?」

「ううん。でも遠出するのに足がないけど?」

 

 

 そうだ。いくら小島とはいえど、フロンティアの広さは下手な島国と同じくらいの広大な大地。その中心部たる遺跡郡に近付くには人間の足では遅すぎる。

 

 だが、その言葉を待っていたと言わんばかりに響はドヤァとその手の中にある赤いペンダントを彼女に差し出した。

 

 それはシンフォギアの待機形態。二課が保有するシンフォギアではなく、それは調が身に纏うシュルシャガナ。

 

 確かそれは緒川真次に提出したはずだ。どうしてそれを、と調が彼女の顔を見上げれば、得意満面彼女は言った。

 

 

「いやー、棚の上に落ちてたから。落し物は持ち主の元へと返さないとね」

「そう…」

 

 

 さ、行こう。笑いながら右手を差し伸べる響。そんな彼女に少しだけ手を出すのを躊躇してしまう。

 

 何故なら、調は一度彼女のことを真っ向から否定してしまったから。彼女の想いを偽善と切り捨ててしまった。

 

 あのとき思ったことは本当だった。傷付いたこともなく、紛争の話題を見て、テレビの前でかわいそうだねー、ですませるような、そんな生温い存在であると思った。

 

 だが、それは間違いだった。

 

 遊吾と戦う彼女の表情、そしてマリアとの一騎討ち、未来との戦いを見ればわかる。彼女はそんな存在ではないと。

 

 知ってしまってから後悔した。彼女は決して偽善で済むような人間ではなかった。だからこそ、こうして笑顔で手を差し伸べられると果たしてその手を掴んで良いものかと腰が引けてしまう。

 

 そんな彼女の表情を見て、フッと笑みを優しいものへと変化させた響は調の手をグッと握り締めて力強く引っ張り上げた。

 

「わっ!?」

「おっと…。さ、行こう?」

 

 

 予想以上に強い力に身体を引っ張られた調はそのまま響の胸の中に。むにゅっとした柔らかい感触と暖かな体温、少しだけ香る消毒液独特のアルコールの匂い。抱きしめられていることに気づいて顔を赤くしつつ響の顔を見上げれば、彼女はニコリと微笑んで再度問いかける。

 

 

「うん。皆を止める、だから手伝って」

「もちろん!」

 

 

 手を繋ぎ少女たちが走りだす。

 

 目指すは敵本陣、フロンティア遺跡群その中枢部にある制御室。人間の足では間に合わないかもしれないが、調のもつシンフォギア、シュルシャガナは武器である鋸を自分の周囲に展開することで車輪として利用することが出来る。そこまで派手な加速は出来ないが、二課本部から中枢まではそう時間はかからないだろう。

 

 外へ飛び出した調がシンフォギアを纏い刃を展開。そこに響が飛び乗る――のだが、

 

 

「痛い痛い!? 肩が外れるッ!? 何でそんな体勢!?」

「え!? いやだって師匠の戦術マニュアルだと、車とかヘリとかの横に飛び乗ったらこうして片手に銃持って――」

「それ映画の話!! 私の後ろに乗ってッ!! じゃないとガイガンみたいにするからッ!!」

「それは勘弁!?」

 

 

 秘密の出撃だというのにわいわいぎゃーぎゃーと言い合いながら飛び出す二人を司令部から確認した弦十郎たちは、お前ら何やっているんだと額に手を当ててしまうのであった。

 

 

 

「わりぃけど、あたしは自分より胸の小さい奴に負けたことねえから」

「ふっ、安心しろ。私も自分より胸の大きな奴に負けたことは無いッ」

「…あたし自分よりも大きい身長の奴に負けたことないし」

「私は自分より小さい者に負けたことはないのでな」

「……」

「……」

「雪音ぇええええええ!!」

「この野郎ぉおおおおおお!!」

 

 

「調…」

「切ちゃん…」

「……デュエルかい――」

『そこ、ふざけない!!』

「はい…」

 

 

 フロンティア各所で、己の全てを賭けた最終決戦が今、始まった。

 

 そして――

 

 

「クリスは上手くやっているようだな…。切歌と調は戦闘開始。ナスターシャの離脱――は今か。なら次はマリアだな。…ピースは全て揃った。さあ、最後の仕掛けといこうじゃないか」

 

 

 俺のために精々頑張ってくれよぉ? マリア…。

 

 闇の中で漆黒が一人笑う。




新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

そんなこんなで最終局面に差し掛かったこの作品。完走目指して頑張っていきます!これからも遊吾たちをよろしくお願いします!!(お年玉として感想を投げ込んでもええのよ?)


小話~響と調が出ていくまで~

「…で、どうやって二課から出るの?」
「ふっふーん、これを使うんだよ!!」
「…愛媛みかん?」
「うん。おっきいでしょ」

 響が取りだしたのは、大人が二人は入れるような超巨大ダンボール。一体どこから取り出したのか、などと突っ込みたいことは山々であったが、とりあえず調はそれをどうやって使うのか尋ねる。

「もちろん、これを二人で被ってね――」
「いや、無理だから」
「え? 大丈夫だよ。ゲームでも出来たし」
「ゲームと現実は違う!!」
「いいからいいからぁ」
「ちょっ、何でダンボールを広げながらこっちに来る!? 来るな、来るなぁああ!?」

『うわぁ、調ちゃん肌ぷにぷにしてる』
『何処触って――んぁ!?』

――見なかったことにしよう…。

ほれほれ~、という親父臭い声と共に悩ましい声を出しながらごそごそと動き回るダンボールを見て、二課の職員たちは思わず目を逸らしてしまったという。


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彼の策略

「だからフロンティアにそんな豆鉄砲が通用するはずがないだろうに…」

 

 

 動力炉に通ずるフロアで、フロンティア各施設から送られてくる映像データを確認する。

 

 先程、ウェル博士が月に対してフロンティアから砲撃――アンカーを撃ち出すことでフロンティアを完全に浮上させることに成功。これによって島のように浮かび上がっていたフロンティアは上空へと飛翔。現在、海面の数百メートル上空を滞空している。

 

 そんなフロンティアに対し、追撃の米国海軍は砲撃を開始。だが、高々戦艦の砲撃程度で巨大な島であり、聖遺物であるフロンティアに傷を付けることができるわけはなく。逆にフロンティアから放たれる姿勢制御用の重力波によってその形状を鉄くずへと変形させるばかり。

 

 それを見て大人しく逃げてくれればいいのによ、と他人事のように呟きながら彼はメサイアの最終チェックを終える。

 

 

「メサイア起動。フロンティア制御室を経由して、フロンティア及びネフィリムの制御補助を開始」

 

 

 円筒形の鉄の棺桶。メサイアの制御システムが起動する。

 

 現在のフロンティアの状態とネフィリムの状態が棒グラフや数値で表示される。

 

 現在のネフィリム及びフロンティアの制御率は73%恐らくこれからより制御率は上がると考えられる。流石はウェル博士。ナスターシャとは全く違う分野からの聖遺物へのアプローチ。ネフィリムの体組織からネフィリムを制御するためのLiNKERを作り出し、それを自分に投与するという正気を疑うような行動。

 

 やはり博士と名の付く奴等はどこかイカれてやがる。改めて確信しつつ遊吾はメサイアによるフロンティア及びネフィリムへの介入を行う。

 

 メサイアの目的はあくまでも各聖遺物の出力増強と制御の安定性を高めるもの。故に過度な介入は怪しまれる可能性が高いが、重要なのはメサイアのシステムを一部でも食い込ませるということ。それ以降は自分の力で何とかできる。

 

 メサイアによる出力制御を行っている途中、突然通信回線が開く。

 

 そこに居るのは、目元に慈愛と悲壮を宿す女性。

 

 ナスターシャ・セルゲイヴナ・トルスタヤ。フルネームで呼ぶと呼びづらいし噛む、といった関係各所からの要望によって、ナスターシャ教授やマムと呼ばれている女性。

 

 マリアと同じように、不器用であるが優しさに溢れる女性は少し悲しそうに言った。

 

 

『調と切歌が戦闘を開始しました』

「…てことはクリスも戦闘中か」

『ええ。…遊吾、今だからこそ聞きたいことがあります』

「なんだよマム。藪から棒に」

 

 

 ネフィリムとのシンクロ率は12%ウェルとの融合状態にこれだけ介入できれば十分だろう。フロンティアは30とちょっとか…。まあマシか。

 

 コンソールをガタガタ鳴らしながら操作を続ける。こういうところで手先が器用なやつに憧れるよな、などとどうでも良いことを考えていると、ナスターシャがゆっくりと彼に尋ねた。

 

 

『貴方は何を知っているんです?』

「何を、ってーと?」

『貴方の行動は作為的なものすら感じれるほど、的確です』

 

 

 確実すぎるほどに二課と我々の動きを読み、策を考える。しかも、その策は全て態々何かを起こしてほしい――いや、何かが起こることを前提とした一部穴のある策ばかり。

 

 

『貴方には何が見えているのです? 遊吾』

「俺基準でマリアたちが幸せになれるような未来」

『なるほど』

 

 

 彼の言葉にナスターシャが顔を綻ばせる。

 

 彼女の私生活で行われていた行動と、彼女の乗る車椅子に仕掛けられた仕掛け。そして彼がこれまで行ってきた行動。

 

 その全てがナスターシャの頭のなかで組み合わさっていく。まるで見てきたような彼の的確な指示、動きは元々ある程度描かれた脚本から生み出されたもの。彼が良く話していたレックスの性格と、数時間前に残ったF.I.S職員からの通信の内容『事は成された』という言葉。

 

 不可解であり、同時に不審であった彼の行動の数々の意味がようやく見えてきた。

 

 

『ですが、そんな絵空事のような未来を作り出すことが可能なのでしょうか?』

 

 

 彼の望む未来は、言葉にするなら簡単だ。だが本当にそれは可能なのだろうか?

 

 世界というものは優しく、美しいと共にどこまでも冷たく、醜い。彼はそのことを理解しているはずである。

 

 しかし彼はそのことすらもしっかり勘定に入れているらしく、ニヤリと悪戯を思い付いた悪餓鬼の表情で言った。

 

 

「これから、関係各所とメサイアの力を借りて全世界に電波ジャックを仕掛ける、かもしれねえ」

『はっ?』

「まあ、そこら辺はウェルやらマリアやらが勝手にやりだすかもしれねぇけど。その時はそこにちょちょっと手を加えてだなぁ――」

『ちょっと、ちょっと待ちなさい』

「なんだよマム?」

『一体何をするつもりなのですか!?』

「何ってそりゃ」

 

 

 笑みを深めて彼は言う。

 

 

「世界の善意ってやつに呼びかけんだよ」

 

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 

「なんだ、後輩が皆居なくなって泣いてるかと思ったのに、よっ!」

「そちらこそ、人恋しくて泣いていると思ったのだがなっ!」

 

 

 銃と剣。遠距離と近距離。相反する武装を持つ二人の歌姫が舞い踊る。

 

 蒼い風が舞い、銀色の軌跡が空を斬る。鋭い気迫の乗った刃、動きこそ基本的な剣の振り方であるがそこには長い鍛練の末に生み出された美しい殺意が籠る。

 

 当たれば確実に仕留められるであろう一撃を、限界スレスレ、紙一重で避け続けながら赤い花がステップを踏む。

 

 大型銃器などを主軸としていたアームドギアであったが、近接戦闘での取り回しの悪さから、小回りの利く自動小銃の形状へ変化させ、踊るように弾丸を放つ。

 

 一撃もらえば仕留められると言うことはクリスも知っている。故に彼女は距離を詰めさせない。彼女の剣が届くということは同時にこちらの射程圏内でもあり、互いに手の内を知っているからこその、付かず離れず、まるで出来の良い演舞でも観ているような、そんな戦闘が続く。

 

 

「で、あの馬鹿は何やってんだ?」

「さてな! 私が出る前に何やらダンボールを用意していたのは見た!」

「それどう考えても馬鹿やるじゃねえか!?」

「違いない!!」

 

 

 至近距離で放たれる弾丸を超人的な反射でいなす。返す刃で彼女の首を狙えば危なげなく後退して再度弾丸を吐き出す。

 

 互いに互いを一撃で打ち倒すことのできる大技を持っている。持っている、がそれを使うということは即ち隙を晒すと言うことだ。

 

 シンフォギアの性質上、どうしても大技を使うには歌を高める必要があるし、アームドギアを使用するのなら変形の時間も視野に入れなければならない。

 

 互いに互いの技を知り、良くも悪くも技術が拮抗している現状でそんなタイミング丸わかりな技を使えばどうなるかなんてわかりきっている。だから彼女たちは基本的な立ち回りと純粋な技術をもって相手を打ち倒さんと動く。

 

 

「で、そちらの馬鹿はどうだった!」

「あいつ、また女引っかけてやがった。こっちが純粋に心配してたってのに」

「なんだ雪音? あんなに『あの馬鹿心配するだけ無駄だー』とか言ってたのに心配してたのか?」

「ばっ、言葉の綾だっての!?」

 

 

 頬を染めながら吠えるクリス。

 

 リズムが崩れた。神速の剣技が彼女の胴を薙ぐ。

 

 

「あぶなっ!?」

 

 

 上半身を反らして何とか身体を捉えることだけは避ける。だが、上体を反らしたことで狙いがそれた刃は彼女の下乳の装甲を切り裂いた。

 

 バックステップで距離をとったクリスは、若干軽くなった己の胸をちらりと見て言った。

 

 

「何かさっきから胸ばっかり狙ってねえか!?」

「なんのことだ? 私は何も知らないな」

「絶対さっき胸小さいとか言ってること気にしてるだろ!?」

「知らん。…ちっ」

「今小さく舌打ちした!?」

 

 

 てか、何であたしらこんな会話してんだよ!? 一旦距離を離したことで余裕が生まれ、クリスが言う。

 

 

「雪音が敵対するからだろう。そんな首輪まで着けられて」

「あ、この首輪? あの馬鹿曰く、裏切ったら電流流れるらしい」

「何だと!?」

「ついでに会話は全部筒抜け。少しでも言動がおかしかったらスイッチ一つでビリビリだそうだ」

 

 

 本当なら、爆弾の方もあったんだけどな。選べる二タイプってことで、あたしはあの馬鹿特製のこっちにした。何の気なしに彼女が言う。

 

 何と卑劣な。思わず歯噛みする。音声だけ、というわけではないだろう。恐らくはどこか安全な所からこちらの戦闘を確認しているはず。あの首輪がどれほどの物かは分からないが、いかな防人とて妙にクリスのシンフォギアと調和しているお洒落な首輪だけを切り落とすことは不可能に近い。

 

 

「って、選んだ?」

「ああ。ドクター・ウェルの作った無骨な爆弾タイプと、遊吾の作ったお洒落電撃タイプ。人食い鮫もイチコロな電流が流れるらしい」

「何故そんなものを嬉々として選ぶかッ!?」

「いやな? フィーネと契約すると、もれなく俺のブロマイド付きで首輪も着くとか言われたらつい…」

「悪徳商法に騙されているぞ!?」

 

 

 少しでも裏切った理由を真面目に考えた私が悪いのか!? クリスのあまりにも頭の悪すぎる回答に思わず頭が痛いと額を抑える翼。

 

 

「ま、それは冗談として。そろそろあたしのとっておきで決着つけさせてもらうぜ? 先輩」

「――ッ!? …ふっ、それは面白い」

 

 

 初めて先輩と呼ばれて、内心狂喜乱舞しながらも、何とかそれを表面に出さずに冷静に返す翼。

 

 雪音クリスは責任感が強い。いや、強いなどと言う話ではない。強すぎてネガティブになってしまうほどに強い。

 

 だからか、彼女は気にしなくても良いことを気にして、自ら壁を作り出す癖がある。彼女が二課の面子の名前をお前やてめぇ、馬鹿などで済ませるのはそのためだ。

 

 だからこそ彼女が先輩と言ったことはそれだけの意味がある。それは彼女なりの信頼。ならば先輩として彼女の思いに答えなければならない。

 

 さあ、どこからでもかかってこい! そう気合いを入れて構える翼を見て笑いながら、クリスはとっておきを展開した。

 

 歌と共に新たに展開される装甲。腕や足に新たに装甲が追加され、胸部装甲が厚みを増す。

 

 腰部に新たなスカートが増設、肩に大型コンテナ、両腕にはガトリング、そして前腕部には明らかに打ち出す気満々のバンカー。

 

 可愛らしいヒールの脚部装甲は少し大人っぽく尖ったものへと変形、太股の側面装甲が新たに追加された。

 

 響や翼のシンクロとも、マリアや未来のエクシーズとも違う、純粋なシンフォギアのアームドギア形成の技術を応用した、スタンダードな強化形態。

 

 唐突なクリスの変身。全身これ兵器。敵対者絶対ボコすという彼女の意思を完璧に反映した馬火力シンフォギアの登場に思わず叫んだ。

 

 

「そんなとっておき予定に無いぞ雪音!?」

「そりゃ、言ってないからなぁ!!」

「あ、もしかしてさっきからかったの気にしてるな!?」

「気にしてねえよ!! それにさっきも言ったけど別に心配なんてしてねえしっ!!」

「絶対気にしてる!?」

 

 

 コンテナ、ミサイルポット、ガトリング全ての武装が大地を揺らすほどの咆哮を挙げ、次の瞬間フロンティアに盛大な花火がうち上がるのであった。

 

 

 

 

 同時刻、フロンティア遺跡前でも戦闘が行われていた。

 

 月読調、暁切歌。ほんの少しだけ違う考えを持ったがために敵対してしまった少女たち。彼女たちは仲違いをしたわけではなく、ただ考え方がほんの少しだけ違っていた。その為に敵対せざるを得なくなってしまっただけであって決して本心から敵対しているわけではない。

 

 だが、それでもぶつかり合わなければならない時がある。

 

 

「なんで分かってくれないデスか!! 世界を救うには、大切な人を守るにはウェル博士の方法しか無いデス!!」

「そんなことない!! 遊吾だって言ってたよ、世界を救うのは何も強大な力だけじゃないって!!」

「なら、何で遊吾はウェル博士に賛同したんですか!? おかしいデスッ!!」

「それは――」

 

 

 言葉に詰まる。確かに彼女の言う通り、なぜ彼がウェル博士の言葉に賛同し、フロンティアの力を用いた統治などということを言い始めたのかは分からない。

 

 彼がそんな話をし始める少し前に、力だけが全てではないなどと言っていたのだから尚更だ。

 

 矛盾。彼が何を思い行動しているのかが全く分からない。だが、一つだけ分かることがあるとすれば、彼が態々ウェル博士に賛同する理由がないということだ。今まで関わってきた彼の性格を考えれば、自然とそう思える。仮にこの仮定が間違っているのならば、それは彼が自分達を騙していたということ。

 

 もしもウェル博士の思想に賛同して動くというのならば、それはきっと――

 

 

「私達を守るためだよッ!!」

「どういうことデスかッ!?」

 

 

 何故彼の行動が自分達を守ることに繋がるのだ。ふざけたことをぬかすんなら、その首かっ捌くデスッ、と苛立ちを込めて鎌を構える切歌。

 

 彼の行動が何故自分達を守ることに繋がるのか。咄嗟に出てきた言葉。考えろ。何故そう考えた。

 

 ここで答えなければ、彼女は今度こそ本気で切りに来るだろう。額から汗が伝う。考えろ、考えろ。

 

 

――まったく、そんなに気張ってちゃ分かるものも分からないわよ?

 

「――フィーネ!? な、なんでフィーネが…」

 

 

 心の奥底から呼び掛ける声。彼女の魂に宿るもう一人の女性。

 

 同時に彼女の隣に気配が生まれる。それは他の誰にも見えない、彼女にだけ見える人。

 

 

『貴女が呼んだんじゃない。手を貸してって』

「言ってた?」

『ええ。無意識でしょうけど心のなかでね。ああ、そう言えば助けてゆう――』

「わぁあああ!?」

「ど、どうしたデスか調!?」

 

 

 無意識に心で思っていたことを話されるほど恥ずかしいことはない。大慌てで叫んだ調を見て、一体どうしたんだと切歌が慌てる。

 

 その声にハッと調が現在の状況を客観的に理解する。

 

 突然、何もないところに向かって手を振りながら奇声をあげる少女。うん、ヤバイ。とてつもなくヤバイ。

 

 もしかして、リンカーに何か仕込まれて――などと神妙な顔をして呟く切歌に大慌てで叫ぶ。

 

 

「何でもない!! 何でもないよ切ちゃんッ!! 本当に何でもないからッ!!」

「そ、そうなんデスか?」

「そうなんですッ!! だからちょっと待って!!」

 

 

 ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をする調を見て、クスクスと笑う。

 

 

「誰のせいでこんなことになってると思ってるの?」

『聞かせる貴女が悪いわ。私はただ寝てただけなのに』

 

 

 ねぇ? ニヤニヤと笑うフィーネに、思わずギリッと歯を食いしばる調。

 

 おかしい。自分達が聞いたフィーネとこのフィーネはあまりにもイメージがかけ離れている。これではただの神秘的な衣を纏った近所の悪戯好きなお姉さんではないか。

 

 

『あら、ありがとう』

「…勝手に心を読まないで」

『そう言われても、勝手に聞こえてくるからねぇ。私にはどうしようもできないわよ?』

 

 

 だから仕方ないと笑うフィーネに、はぁ、と思い切り溜め息を吐く。なんで私の中に宿ってるんだろう、この人。私のキャラと違いすぎる。

 

 

『そりゃ、ボケとツッコミ、みたいな』

「私たちは漫才師ではない」

『はたしてそうかしら。…で、なんであの子が貴女たちを守ろうとしていると思った理由、分かったかしら?』

 

 

 どうやら、自分を落ち着けるためにこうして出てきてくれたらしい。…正直、ある意味でこちらの方が落ち着かないが、彼女のお陰でリラックスは出来た。

 

 煮詰まっていた感情が吐き出され、頭がスッキリとしている。何故彼が自分達を守ろうとしているか。それは――

 

 

「女の勘だよ切ちゃんッ!!」

「一番しちゃいけない答えが返ってきたデスッ!?」

 

 

 それマジで言ってるデスか!? と叫ぶ切歌に調が笑いながらいう。

 

 

「うん、マジだよ。…だって、私たちの常識をぶち壊す遊吾なんだよ? 普通に考えて分かるはずない」

「………確かに」

『……遊吾、貴方この子たちに何やらかしたのよ』

 

 

 フィーネは覚醒を繰り返していたから覚えていないだろうが、研究所の検問を突破するために巨大な外壁をDホイールで飛び越え、F.I.Sの食事事情に革命をおこして皆の胃袋を握り、裏の支配者と呼ばれ、F.I.Sが初めて分裂した、性癖の乱を引き起こした張本人。

 

 楽しかった。もちろん、毎回巻き込まれたり、怒ったりするのは大変だけれど、それが何よりも面白くて、楽しくて。

 

 

「真面目に考えるなら、遊吾が何も言わないのがその理由、だと思う」

「……それは、遊吾がなにか悪いことを企んでるってことデスか?」

 

 首を振る。悪いことをしても、彼に何のメリットもないのだ。ウェル博士は力を使って何かをしようとする意思があった。ナスターシャや自分達にだって、フロンティアの力で落下する月を止めると言う確固たる目的があった。

 

 だが、遊吾にはそれらがない。あえて言うのならば、ナスターシャたちのように月の落下を阻止すると言う目的なら作ることができるが、態々フロンティアの力を使って悪さをするなんてことをする必要なんてないのだ。

 

 何故なら、彼は元から力を持っているからだ。決闘に準じた力ではあるが、全てを流す濁流を発生させ、人ではどうしようもない巨大なモンスターを使役し、己はノイズとなって人を滅ぼすことも可能。彼単体で力が完結しているのだ。それなのに一々F.I.Sに近づき、フロンティアを使い、などとまどろっこしいまねをする必要があるだろうか? いや、無い。

 

 ならば何故彼はウェル博士に同調したのだろうか? これは恐らくという予想でしかないが、一つ思い当たる節がある。

 

 

「切ちゃん。もしも、もしもだよ? 遊吾がそのポジションを欲しているのだとしたら?」

「ポジション?」

「うん。悪い人の立場じゃないと出来ないこととかがあるとしたら。もし、その立場なら大切なものを守れるかもしれない、とか考えたりしたら?」

「…いくらなんでも突拍子もないデスよ」

「もう一度言うよ、切ちゃん。会って間もない私たちの為に国に喧嘩を売る人が、無茶苦茶なことしないと思う?」

「…もしかして、デスが、遊吾の目的って月とか関係ない?」

「うん。フロンティアとか月の落下とか毛頭頭に無いよ。あっても当面の目標なだけ」

 

 

 なら、遊吾・アトラスが態々ウェル博士の考えに賛同してまで行おうとしていることとは、

 

 

「遊吾が行おうとしていること、それは――」

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 

「私は、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。武装組織フィーネのリーダーだ。どうか、私の話を聞いてほしい」

 

 

 ウェル博士の暴挙。フロンティアの浮上と共にアンカーを用いて月の落下を加速させる。それは彼女たちの誰もが想像できなかった狂気。英雄になる、たったそれだけのために彼は全世界を混乱に叩き落とそうとしていた。

 

 現在のウェル博士はネフィリムの力を有し、その力を用いてフロンティアとネフィリムを制御している。ネフィリムと一体化している以上、フロンティアの制御を彼から奪うことはできない。

 

 仮にできるのだとすれば、それは爆発的なエネルギーを持つ聖遺物であるメサイアのみ。しかしそのメサイアは現在ユーが制御しており、何故か電波ジャック後に彼とは一切の連絡がとれない状態にある。

 

 何かあったのか、なにかをしようとしているようだが、いったい何をしようとしているのかはわからない。

 

 どちらにしても、ウェル博士に頼んでも月を押し戻すことはできないだろう。ならば自分達が何とかするしかない。

 

 その作戦が、この全世界への放送である。

 

 フロンティアの大本の制御はマリアの居るブリッジで行っているが、だからといって全てのシステムを制御しているわけではない。それ自体が巨大な聖遺物であるフロンティアは、幾つかの制御室から制御されているのだ。

 

 その一つがナスターシャの居る制御室だ。主としてフロンティア各所の環境システムなどの末端の細かい部分を制御する部屋であるその場所からフロンティアブリッジの映像を出力。世界規模の電波ジャックを行ったのだ。

 

 彼女たちの狙いは一つ。マリアの歌を世界に流し、放送を見ている世界中の人間からフォニックゲインを抽出すること。現在の地球の総人口は約七十億。その大半は聖遺物を起動するだけの力を持っていないだろう。だが、聖遺物が起動できないからといってフォニックゲインを放出できないなどということはない。

 

 フォニックゲインとは、端的に言って感情の爆発、思いをエネルギーとして表出させているのだ。

 それがどれだけ微弱であっても、それが世界人口の半分だとしても、その総数は三十億を超える。それだけの出力があれば月を押し返すことも可能ではないか。

 

 成功確率などどれだけあるか分からない。失敗するかもしれない。だが、こんなところで諦めたくない。嘘で塗り固められた自分でも、いや、嘘をつくことしか出来ないからこそ諦めたくない。最後まで何が起こるか分からないのだから、なら私は自分の喉がつぶれても諦めない。彼なら、いや、彼だってそうするだろう。

 

 ここで終わりたくない。終わらせたくない。だから――

 

 

――力を貸してッ! ユーゴ、セレナッ!!

 

 

 エクシーズ。希望を背負う覚悟の槍を纏い、女王が歌う。

 

 力強い歌声はカメラを通して世界へと広がって行く。力強さのなかに籠った彼女の確かな思いが少しずつ人々に伝播していく。

 

 足りない。少しずつ放たれ始めるフォニックゲインだか、これだけでは月を押し返すことは不可能だ。

 

 それを何より感覚で理解したマリアが、歌う。何度も、何度も、何度も。

 

 だが、足りない。どれだけ声をからすように全力で歌おうが、届かない。

 

 それは武装組織フィーネへの反感であったり、テレビを通してという状況のせいもある。それに、歌で世界が救えるなどと言われて誰が真面目にそれを受け取るだろう。

 

 それでもマリアは歌おうとする。絶対に届くと信じて。嘘をついて。

 

 荒っぽい足音。歌い出そうとしたマリアの元へ、疲労困憊のウェル博士が現れる。

 

 

「ドクター!?」

「ぐっ、この僕をここまでこけにしやがってッ!!」

 

 

 鬼気迫る表情。擦りきれ、砂まみれになった白衣。

 

 雪音クリスの反逆と、風鳴翼の逆襲。最早手駒でしかないと考えていた少女たちによってソロモンの杖を失ったウェル博士は必死の思いで逃亡しブリッジまでたどり着いたのだ。

 

 今の彼にマリアたちは見えていない。彼の頭にあるのは、自分を傷つけた少女たちへの復讐のみ。

 

 

『お願いですウェル博士。世界中のフォニックゲインをフロンティアに収束するのです。そうすれば月の落下は――』

 

 

 ウェルがフロンティアの操作を開始。ナスターシャがとうか自分の声を聞いてほしいと彼に頼み込む。

 

 制御室ではなく制御中枢であるブリッジならば、そう考えて、そしてウェル博士の中の人間性を信じての願い。

 

 だが、その願いは彼の怒りにガソリンをぶちまけただけだった。普段ならなにも言わないでいれただろうに、それに気付けないほどに、ナスターシャもまた焦っていたのだ。

 

 

「ならッ!! お前がッ!! 月をどうにかしにいけば良いだろうッ!!」

『いったいなにを――きゃあ!?』

「マムッ!?」

 

 

 ウェルの叫びと共に、短い悲鳴。

 

 フロンティアの一部、ナスターシャの居る制御室がフロンティアから切り離され打ち上げられる。

 

 あまりの出来事にマリアが必死に通信を飛ばす。しかし帰ってくるのはノイズばかり。

 

 

「は、ははは。なんだ? 僕に何か言うことがあるのか?」

「ドクターッ――」

 

 

 親の仇。灼熱のごとき視線でウェルを射抜く。が、彼女は怒りをそのままに立ち上がり、再度歌を歌おうと息を吐く。

 

 ここで怒りのままに暴れるのは簡単だ。たが、自分にはやらなければならないことがある。マムの、ナスターシャの想いを無駄にするわけにはいかないのだ。

 

 だが、いや、だからこそ、生まれかけた希望を絶やすために彼が動いた。

 

 

『おや、大変なことになっていますねぇ?』

「ユー・トイルイ・テッシがッ!? お前、なにをやってくれているんだッ!!」

『おや? 何かミスでもしましたかな?』

「あの首輪だッ!! なんだあれは、欠片も機能しないじゃないかッ!!」

『おかしいですね――ああ、そういえば破損信号が出ていましたが…なるほど』

 

 

 彼は頷く。恐らく風鳴翼の剣によって首輪が機能しなくなったのだろう。首輪という一歩間違えれば大惨事の場所、そこを戦闘中に的確に斬るのだから、流石は防人といったところ。

 

 

「なにを呑気に言っている! 僕は死にそうになったんだぞ!!」

『いえ、こちらも首輪を斬るなんて想定していませんでしたから。これは申し訳ないことをした』

 

 

 いっそ清々しいほどの謝罪。忌々しそうに舌打ちすると、ウェル博士は言う。

 

 

「まあ、いい。で、邪魔者は始末したけど、これで本当に大丈夫なんだろうな?」

『はい。ナスターシャの乗った制御室は単独飛行など出来ませんから。恐らく今ごろ宇宙の塵となっているでしょう』

 

 

 塵? 彼は一体何を言っているんだ? 状況が理解できない。なぜ彼はあそこまで愉快そうに笑えるのだ? 何故彼は、マムのことをそのように言えるのだ?

 

 

「ゆ、ユー――」

『おやマリア。お歌の時間は終わったのですか? 私はもう少し聞きたかったのですがねぇ』

 

 

 黒装束の下で彼が笑う。それはマリアが欲していた笑みではない。それは彼女が過去に何度も見てきた笑顔。相手を蔑み、侮辱するための笑み。

 

 

『所詮は偽りでしか無い貴女では、フロンティアは動かせない。それを分かっていて尚必死に歌う貴女は、何と愚かで、美しかったでしょうか』

 

 

 とても楽しいと言わんばかりの声色。彼が愉悦と笑う。

 

 言葉が出ない。口を開こうとしても、どれだけ声をあげようとしても声帯を震わせるのは微かな吐息。脚が、腕が震える。何故、どうして。心の奥からドンドンと言葉が溢れ出し、それが彼女の頭を掻き乱す。

 

 

「な、なんで……」

 

 

 必死の思いで捻りだした言葉は、単純な問いかけ。

 

 彼女の言葉に、彼がいっそ憎たらしいほど優しい声音で、まるで子供を相手にするように彼女に言う。

 

 

『なんで、ですか。それはナスターシャ教授を塵と言ったことですか? それとも、こうしてウェル博士と協力していること? はたまた――いえ、そうですね。簡単に、分かりやすく言うならば裏切りでしょうか? いいえ、裏切りですらありません』

 

 

 彼の眼が細くなる。

 

 やめろ。彼女の身体が熱にうかされたように激しく震えだす。やめろ。言うな。彼が言おうとしていること、それは自分の破滅につながる。理性ではなく本能が彼の言わんとする言葉を察してしまい、彼の言葉が聞こえないようにしようとする。

 

 

「やめろ…」

『何故裏切りではないか? 簡単なことです』

 

 

 人はその身が危険に晒された際、身体を丸くすることによってその危険を回避しようとする。これは人間の防御反応であるとされる説もあるが、身体を丸くするという行動は、人間が最も安心する姿勢であるからとする説もある。何故なら、その姿勢は人間が生まれる前からしている姿勢であり、その間は母体によって身体が保護されているからである。

 

 

「やめて――」

『元々裏切ってなどいませんよ? 当然でしょう。だって私たちは――』

「やめてぇええええええええええええええええええええ!!!!」

 

『仲間ではないからです』

 

 

 無意識の内に抑えていた耳当て。どれだけ耳を抑えようとも、通信機を通して彼の声が聞こえてくる。どれだけ身を屈めようと、丸くしようと、どれだけ逃げようとしても彼の声が彼女を離さない。

 

 叫び声を上げる。いや、それは叫びを超えた絶叫。何も聞きたくない。そんなの嘘に決まっている。だが、どれだけ否定しようとも、彼の言葉は荒波のように彼女の心を呑み込み、白いキャンバスにぶちまけられた黒色のインクのように彼女の心を犯す。

 

 

『楽しかったですよ。貴方達との仲間――いいえ、家族ごっこは』

 

 

 まさか、女王マリアなる者がただの生娘だったことは驚きでしたが。まあ、何ですか? 仲間だと錯覚させてしまったことは本当に申し訳ありませんでした。安心してください。もう騙されることは二度とありませんから。

 

 侮辱、屈辱、怒り、悲しみ。だが、それよりも何よりも、彼女の心を穿つ、虚無。彼の優しい笑顔。切歌や調に弄られる彼の姿。かけてくれた言葉、仕草、表情。

 

 彼女から大切なナニカが抜け落ちてしまった。心が折れた、なんて生易しいものではない。文字通りの消失。文字通りの虚無だ。

 

 強い光を放っていた瞳からは光が完全に消え去り、静かに涙が頬を伝う。その口元はひくついて奇妙な笑みを浮かべ、その口からは意味を持たない笑い声のような息が漏れるだけ。力なく崩れ落ちた肢体はまるで打ち捨てられた人形のようだった。

 

 

「や…やりすぎじゃあないか?」

 

 

 いくら英雄になるという強欲を持つウェルからしても、マリアの姿は見るに堪えなかったのだろう。引きつった表情でユーに問いかける。だが、ユーの言葉は無慈悲なモノで、

 

 

『これくらいも耐えられませんか。所詮は偽りの人形。彼女は森の中でひっそり生きるのが丁度いい』

 

 

 本当にこいつは人間なのか? 自分の論理感が破綻していることを加味しても、この男のやることは異常すぎる。ウェル博士は内心でとんでもない男を味方につけてしまったと彼を恐れた。

 

 いくら非常な人間でも、こんなことはしない。彼の言葉に嘘はまったく感じられない。ならば彼は本当に今までの間で彼女たちとごっこ遊びを演じてきたのだろう。何と恐ろしく、おぞましい。英雄願望の強い自分とは違う、完全な悪の姿に最早言葉が出ない。

 

 

『さあ、ウェル博士。続きを――』

「ちょぉっと待ったァッ!!」

 

 

 全力疾走。マリアの前に飛び出す影。

 

 

『立花響、ですか』

 

 

 私立リディアン音楽院高等科の制服を着てブリッジに飛び込んできた少女――立花響は、ウェルやユーのことなど完全に無視し、さっさとマリアの元へと歩き出した。

 

 一体何をするんだ? 突然現れた少女の行動に誰もが動きを止める中、彼女はマリアの眼前へと歩いていき――

 

 

「マリアさんッ!!」

 

 

 感極まったように彼女を全力で抱きしめた。

 

 これには誰もが驚く。彼女とマリアとの間には何の接点も無い筈。あっても敵として出会ったことくらいで、彼女がそんなことをする理由は無い。リアクションこそとれなかったが、マリアもそんな気持ちだった。だが、彼女の胸に抱かれていると、何故か凄く懐かしい感覚が蘇ってくる。

 

 力の入らない瞳。動かすことすらできない身体。だが、その感覚を心が求める。暖かい、温もりを。

 

 

「マリアさん。私、大切な人が居るんです」

 

 

 唐突に響が語り始めた。ゆっくりと彼女の瞳を見つめ、優しい笑みを浮かべながら。

 

 

「その人は、いつも無茶苦茶する人で、そのせいで私も未来も、皆心配して。でも、その無茶苦茶でいつもみんな助けられて。その人の笑顔が私は好きで、その人のためなら何でもできる、何でもしてあげるって、そう思っちゃうんです」

 

 

 壊れ、軋む世界に、暖かな声が聞こえてくる。彼女の視界に映る笑顔、それは彼女がとても良く知るモノと類似していた。いや、そのまんまと言っても良いかもしれない。

 

 

「でも、私は今すっごく怒ってます。その人の無茶のせいで物凄い傷つく人が居るから。だから私、これからその人を全力で殴りに行くんです。だから――」

 

 

 ふと、彼の言葉を思いだす。確かあれは日本のことを聞いたときの話だ。

 

 日本での生活の中で彼と親交の深かった少女。彼は言っていた。彼女と自分は似ていないが、なぜか良く似ていると言われることがある、と。なるほど、確かにそうかもしれない。

 

 

「一緒に、殴りに行きませんか?」

 

 

 こんな悪戯っ子のような笑顔、全力で無茶苦茶をする馬鹿じゃないと浮かべられないから。

 

 彼女と彼の笑顔が重なる。

 

 

 Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 少女たちが紡ぐ歌。シンフォギアの最終兵器にして装者の命を燃やす絶唱。

 

 Emustolronzen fine el baral zizzl

 

 カメラを通して歌が世界に響き渡る。その美しくも力強い二つの歌声に、誰もが目を奪われる。 

 

 Gatrandis babel ziggurat edenal

 

 拳に、脚に力が宿る。ゆっくりと立ち上がる二人。それはまるで互いに翼を預け飛ぶ鳥のように。

 

 Emustolronzen fine el zizzl――

 

 歌が静かに終わりを迎え、静寂が世界を包み込む。瞬間、二人を中心に黄金の粒子が溢れ出す。

 

 

「な、何が起こっているッ!?」

『馬鹿なッ!? 生身でありながら絶唱を紡ぐ――いや、シンフォギアを纏うというのかッ!?』

 

 

 立花響にシンフォギアは無い。だが、彼女の身体には融合した聖遺物がある。

 

 聖遺物とは本来一個の物。だが、彼女たちが身に纏うシンフォギアはその元々一つであったものが分離して出来た欠片から作られている。

 

 ならば、破片同士が呼び合い、くっつくことくらいどうということないではないか。元々一つの物であったのだから。

 

 

『一体何をしたッ!? マリアの心は完全に折れていた。何をもってそれを立ち上がらせるッ!?』

 

 

 エクシーズ化したマリアのシンフォギアのアウフヴァッヘン波形は、通常の物とは完全に異なる形状となっている。その為、通常の手段のシンクロ、聖詠では身に纏うことは出来ない。

 

 故に響はガングニールを纏うために絶唱を用いた。

 

 絶唱は恐ろしくリスクの高いものであるが、シンフォギア毎に取り付けられている共通の機能だ。彼女はこの共通という部分に目を付けたのだ。

 

 いくらエクシーズ化しているとしても、絶唱の際には本来のガングニールと同様の波形のフォニックゲインを放出する必要がある。ならば、あとはランク化したアウフヴァッヘン波形にフォニックゲインを重ね、それと己を同調させてしまえばいい。

 

 彼女の体内の聖遺物とガングニールが同調し、新たな波形を作りだす。

 

 

『…いや、そうか。それがお前らの――』

 

 

 膨大なフォニックゲインによって世界が白に染め上げられる。

 

 瞬間、マリアの耳に微かに聞こえた声。それが何を言っているのかは分からなかったが、何が言いたいかは理解できた。

 

 相変わらず破天荒な妹だ。でも、その言葉に今は賛成しよう。愛する妹の遺したこの、シンフォギアで――

 

 

『これが、私の――私たちのッ!!』

「激槍――」

「銀腕――」

「ガングニール――」

「アガートラーム――」

『ッだぁああああああああああああああああああ!!』

 

 

 黄金の右腕と白銀の左腕。繋ぎ、束ねる力が今、フロンティアに降り立った。

 

 手をぎゅっと握り絞め、彼女たちは声をそろえて世界に――いや、たった一人の男に向かって宣言する。

 

 

『とりあえず、ぶん殴るッ!!』

 

 

 気炎をまき散らす二人の姿に、彼は安心したような、ホッとしたような笑みを浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 

 黒い異形。同調もできぬ融合体。無理矢理引き出された、強力無比にして理不尽。絶対的な力。

 

 そんな強大過ぎる力を前に、彼はボロボロの肉体で無謀にも挑み、そして――

 

 

「ああああああ!? ……ゆ、夢?」

 

 

 何だか分からないが、とても危険な夢を見ていた気がする。それこそ己の命が燃え尽きるような、

 

 

「どうした遊吾!?」

「あ、親父…。いや、何でもねぇ。すっげぇ悪い夢見た気がしただけだ…」

 

 

 ネオ・シティの一角。アトラス家の自室で彼は――遊吾・アトラスは目を覚ました。




遊吾君まさかゲス化+帰還。一体何が起こったというんだ…。


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彼の居た場所

注意!!


 今回の話には、非常に高い遊戯王要素。にわか決闘者特有のガバガバデュエルシーン。シンフォギアどうしたんだよ、おい? といった要素が多大に含まれています。

 これらが苦手な方は即座にブラウザバックを推奨しています。


 一向に構わんッ!! とエルフナインちゃんの前で漢脱ぎ出来る方はそのままスクロール。


「まったく、何事かと思ったぞ」

「わ、わりぃ…その、ちょっと夢見がさ」

 

 

 朝食のパンを頬張りつつ、今朝方大声をあげてしまったことにポリポリと頭をかきながら頭を下げる海胆頭の少年、遊吾・アトラス。そんな彼に対し、子供か貴様はとあきれた風に笑いながら珈琲を飲む男。

 

 金髪に鋭い眼光。そして白い普段着に包まれたガッチリとした鋼のような肉体。

 

 ジャック・アトラス。世界に名を轟かせる決闘王であり、遊吾・アトラスの義理の父親。彼は遊吾の変化に目敏く気が付いていた。

 

 

「ところで、随分と雰囲気が変わったが何かあったか?」

「雰囲気? …そうか? 俺、いつも通りだと思うんだけど」

 

 

 雰囲気と言われても分からない。首を傾げる遊吾に、ふむ、とジャックが顎に手を当てて彼を見る。

 

 見た目こそ今までの遊吾と変わりはないが、持っている雰囲気が明らかに違っている。

 

 遊吾・アトラスの生まれはサテライト。あの、地獄のような世界で生き抜いてきたこともあり、彼は平常時でも常に尖った雰囲気を放っていた。彼がジャック・アトラスの義理の息子としてもなめられないようにしようという考えもあってのことで、彼は家の中でも刃のような闘気を隠しもしなかった。

 

 だが、今の彼は違う。雰囲気はとても穏やかなものとなっているし、前と違ってコロコロと表情を変えるようになっている。彼のことを心配して放った先程の言葉であるが、これがもしも前の遊吾であったならば、部屋に入った時点で、何でもねえよ、などと顔を顰めながら突っぱねていたことだろう。しかし、今の彼はそんなことをせずに心配させてしまったことに対し少し申し訳なさそうにしながらもどこか嬉しそうに笑っていた。

 

 一体何があったのか。この馬鹿息子が行方不明になるのは日常茶飯事であるが、ここまで変化して戻ってきたことは一度も無かった。

 

 

「どうした親父? 手が止まってんぞ」

「…ああ、少し考え事をな」

 

 

 気にするなと首を振る。

 

 彼がどこに居て、何をしてきたか分からない。だが、一つ。たった一つだけ分かることがあった。だからジャックは残る珈琲を一息に煽ると立ち上がり、部屋を出ようとする。

 

 

「今日、何か仕事?」

「いや。少し出てくる」

 

 

 遊吾の言葉に首を振り、壁に掛けてあったコートを身に纏い、ジャックは家を後にする。今日の彼に仕事は無い。だが、どうやら考えていたことを先にする必要があるようだ。彼はDホイールに跨るとアクセルをふかしてガレージから飛び出した。

 

 目指すはネオ・シティ中心部にある、ネオ・シティ管理局。通称セキュリティだ。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「――あー、とりあえず暇だから出てきたけど、間が悪いなぁ…」

 

 

 ジャックも居らず、いつものようにデッキを弄る気にもなれなかった遊吾は久しぶりにネオ・シティ中心街へと出かけることにした。エキシビジョンマッチ選考会までそう日が無い。だが、なぜか全くその気になれない遊吾は、当てもなくぶらぶらと街を散策することにしたのだった。

 

 まず彼が最初に訪れたのはCDショップ。しかし、彼の部屋にプレイヤー、コンポ類は置いておらず、あるとすれば父親の部屋のみ。それに彼は音楽にあまり興味がなく、最近の人気アーティストは? などと聞かれても答えられないだろう。

 

 そんな彼が何故CDショップに訪れたのか、それはある種の無意識的な行為。彼は迷わずアーティストコーナーへ。調べ探すは日本とアメリカの女性アーティスト。

 

 …どうやら、彼女たちのアルバムは置いてないらしい。

 

 

「……? 俺、誰か贔屓にしてる奴って居たっけ?」

 

 

 自分の思考に思わず首をかしげる。

 

 自分に好きなアーティストなんて居なかったはずだ。何故そんなことを考えたのか。自分のことでありながら何がなんだか分からない彼は、少し奇妙な気持ちになりながらCDショップを出た。

 

 気晴らしにもなりはしない。やれやれと首を振りながら彼はDホイールに跨がるとそのまま道路に出ていこうとする。

 

 

「――遊吾!? 貴方、遊吾でしょっ!?」

「誰だッ!? ――お前…」

 

 

 彼の背中に投げ掛けられる声。彼が振り返った先にいたのは、赤色のブレザーを着た少女。彼は彼女の名前を知っていた。

 

 

「桐生…桐生恭華か?」

「そっ、満足同盟リーダー桐生恭華っ!! ……久しぶり、遊吾。元気にしてた?」

 

 

 ヒーロー番組のヒーローめいたポーズをとりつつ、懐かしむように笑う。

 

 彼女の名前は桐生恭華。遊吾が過ごした子供時代のサテライトで、若手ながら多くの人間を率いて戦っていたチームのリーダーを勤めていた少女だった。

 

 

 

 

「焼き払え、レッド・デーモンッ!! 炎掌撃!!」

「きゃあいっ!?」

 

 

 爆炎を纏う竜の掌底が悪魔の身体を抉り飛ばす。同時にブザーが鳴り響き、仮想立体映像が解除される。勝者は遊吾。爆発の衝撃で地面に転がっているのは恭華だ。

 

 

「おい、スカートスカート!」

「はへ? わっ!? …見た?」

「何も」

「ホントに?」

「ああ。白のレースとか大胆だなぁとか思ってないぞ」

「わぁあああ!? 見てるじゃんっ!?」

「決闘者はパンツ見えないもんなんだけどなぁ」

 

 

 さすがにバツが悪いらしく、ポリポリとそっぽを向く遊吾。

 

 

「でも、変わったな桐生」

「何が?」

「昔はパンツ見えようが気にしてなかったろ? てか、あの頃は下着どころか微かな膨らみさえも――」

「何言ってんの!? それはセクハラ!! セキュリティ呼ぶよ!!」

「いや、事実だし」

「う、いや、確かに……」

 

 

 昔の桐生恭華の服装は、軽装を通り越して露出狂染みていた。

 

 まあ、あの頃のサテライト中心部だとまともな服がある方がおかしいことだったのだが、それにしても腰まで縦に切り裂かれたスカートにダメージ加工というには破れすぎなシャツ。とりあえずパンツは履いていたが、ブラジャーなんて無いこともあって剥き出しだった胸部は臍から半分見えているような状態。

 

 今思えば大概な服装をしているものである。

 

 

「そ、それを言うなら遊吾も大概じゃないのよ!!」

「へ?」

「ぼろ布一枚!! あれどうなのっ!?」

「いや、俺って服ってもの自体知らなかったし」

 

 

 事実、彼が略奪していたのは金目のものや食料、武器、カードだ。服には一切目を向けていなかったし、服を手に入れてもサイズが合わないし専ら布団の代わりだった。

 

 何にしても、そんなサテライト時代とは比べ物にならないくらい豊かになった。あの頃は想像できなかった生活をしているのだ。

 

 

「互いに変わったってことかしらね」

「そうだな……ところで、その服ってもしかして――」

「そ、デュエルアカデミアの制服。私、中央の高等科に通ってるから」

「中央か!? すげぇな。…そっか、学校か…」

「そういう貴方は学校とか行ってないの? 史上最年少でプロ入りを果たした無敗の王子、遊吾・アトラス選手?」

「おいこら、分かってんじゃねえかよ」

 

 

 くすくすと笑う恭華。

 

 ジャック・アトラスに拾われた数年後、史上最年少のプロ入り。これでも公式戦無敗(一部例外あり)の決闘王子。プロの決闘者として認知されている彼は、ジャック・アトラスの息子ということもあって何かと仕事を依頼されることがあり結構多忙だったりする。とは言え、最近は彼自身がシティを離れることが多いこともあって最近はめっきりプロ活動は止まってしまっているが。

 

 

「ねぇ、デュエルアカデミアに来ない?」

「はぁ?」

「優可だって居るし、ジョンも」

「…皆居るのか」

「ええ。だから、どう? もう一回、満足してみない?」

 

 

 彼女が笑って手を差し出してくる。その姿が、過去に自分を勧誘してきた彼女とだぶる。確かに学校にいくのは楽しいだろう。彼女たちがいる学校生活、考えただけでも楽しそうだった。

 

 

「…わりぃ。今は無理だ」

「…そっか」

「俺には未だ果たさなきゃいけねえ約束が沢山あるし、それに――」

「それに?」

 

 

 そこで端と気がついた。自分は一体何を言っているんだ? 約束とは何だ? そんな重要なことを俺は誰と約束した?

 

 視界が霞む。ノイズ混じりの光景。罵詈雑言の書かれた壁。伏く少女たち。彼女の笑顔。彼女たちの歌。月。翼。餡パン。アメリカの研究者。子供たちの笑顔と、彼女たちの優しい表情。

 

 

『遊吾さん!!』

『ユーゴ!!』

 

 

 特に彼の耳に響く、太陽のような日溜まりの少女と、少し発音のおかしい優しい女性の声。

 

 

「遊吾!? どうしたの!?」

「あ? ……あ、俺、どうしてた?」

「急に顔が真っ白になるから何事かと思ったじゃない」

「ああ、悪い。少し調子悪くてな…。すまん、帰る」

「え、ええ。それじゃあまた」

 

 

 フラフラとその場を去っていく遊吾。顔面蒼白。まるでゾンビのようにフラフラとしながらDホイールに跨がり走り出す。

 

 

 

 

 宛もなく走り出した遊吾。彼は行く。ライヴ会場を、街を、海沿いの道を、街を見渡す高台を。そのどれでも彼は走馬灯のようなものに襲われた。

 

 あれは一体何なんだ。俺は一体何を忘れているんだ。頭がおかしくなった訳ではない。アレは幻なんかじゃない。そう確信しつつ彼は走り続け――

 

 

「…ここに来ちまったか」

 

 

 最後にたどり着いたのは、メインスタジアム。ネオ・シティの中心部に存在し、日々様々な決闘大会が行われているネオ・シティ在住の、いや、世界中の決闘者が一度は立ちたい舞台の一つだ。

 

 なぜこの場所に来たのか。彼がスタジアムの卵のような屋根を見ながら物思いに更けているとそんな彼に背後から声がかかる。こんなところで誰だとそちらを向けば、そこにはジャック・アトラスの姿。だが、その雰囲気はいつもの父親としてのジャックではない。

 

 

「どうしたんだよ親父」

「来い」

 

 

 たった一言言うと、彼はそのままスタジアムに入っていく。

 

 どうしたというのだろうか? 今スタジアムはエキジビションマッチに向けて会場設置などで立ち入りは禁じられているはずだ。

 

 何をするって言うんだ。決闘王ジャック・アトラスとして立つ彼に困惑しながらも遊吾はその背中についていくのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 エキジビションマッチでのライディングコースは通常の周回コースとは違い、ダウンヒルやS字、U字などライディングテクニックも試されることとなる。

 

 コース変更のためメインスタジアムは使用できないため、二人が訪れたのは地下にあるサブアリーナの一つ。エキジビションマッチ選考会で使用される周回コースだ。

 

 

「で、なんだよ親父態々こんなところへ呼び出して」

 

 

 彼の言葉に対する返答はない。流石の遊吾もこれには腹をたてた。只でさえ今日は意味不明な出来事ばかりで気分が悪いというのに、ここに来ての義父の意味不明な行動。

 

 俺、帰るぞ。苛立ちを隠そうともせずにDホイールのアクセルをふかす。

 

 

「何故決闘している?」

「は?」

 

 

 義父からの突然の言葉に思わず手を止めて振り返る。

 

 

「何言って――」

「お前は何のために決闘をしているのだと聞いている」

 

 

 鋭い眼光。圧倒的存在感に押し負ける。硬直する身体。絶対王者の眼光を前に思わず跪きそうになる。

 

 しかし、何のために? それは昔から話しているだろうに。

 

 

「俺は親父みたいな決闘者になるためにこうして腕をだな――」

「親父みたい? 本当にそうか?」

「…どういう意味だよ」

 

 

 一体何が言いたい。眉をひそめる遊吾をジャックの鋭い言葉が貫く。

 

 

「お前では俺にはなれん」

「なっ!? …そいつはどういう意味だよ。俺は決闘王にはなれねぇってか?」

「さっきからそう言っているだろうが」

 

 

 決闘王になれない。それは聞き捨てならない話だった。遊吾の目付きが変わる。それを見てジャックが更に煽る。

 

 

「まあ、今の貴様では俺はおろか他のどんな決闘者にも負けるだろうが」

「んだと? 俺がそこら辺の木っ端決闘者に負けるだと? 言ってくれんじゃねえかッ!!」

 

 

 怒りを通り越して殺意すら放ちはじめる。認めてほしい、越えたい人物にそんなことを言われて冷静さを欠いた彼。彼の放つ気迫は並の者なら気圧され、息すら出来なくなってしまうほどに濃く、重い。

 

 巨竜のごとき気迫。だがそれを真っ向から受け止めて尚、ジャックの表情に変化はない。冷や汗一つかかず冷めた目でこちらを見るジャックに、遊吾の感情がみるみる膨れ上がる。

 

 

「ふん、弱い者ほど良く吠える。まあいい、今の貴様など一ターンで十分だ。むしろ釣りが返ってくる」

「ッッッテメェッ!!」

 

 

 竜の咆哮、火山の噴火を思わせる感情の爆発。

 

 ジャックの挑発。それが何を意味するのかは分からない。だが、ここまで言われて黙っていられる訳がない。

 

 デュエルモードオン。スピードワールドネクスト、ライディングデュエルスタンバイ。

 

 仮想立体映像が展開され、虚空にカウントダウンが表示される。

 

「何のつもりかわかんねぇけどよ…なめんのも大概にしやがれよッ」

「………」

 

 

 3…2…1……

 

 

『ライディングデュエル、アクセラレーションッ!!』

 

 

 叫び声と共にDホイールのタイヤが激しく空転。甲高い悲鳴を上げながら一気に最高速となりスタートラインを飛び出した。

 

 先頭は遊吾。疾走決闘のルール上、第一コーナーを先に曲がった決闘者が先攻を得る。これで遊吾の先攻が決定した。遊吾はDホイールのデッキに手を掛けて宣言する。

 

 

「俺のターン!! 俺は手札からレッド・リゾネーターを通常召喚し、効果発動! このカードが召喚に成功したとき、手札からレベル4以下のモンスター一体を特殊召喚する! 現れろ、古代の機械騎士!!」

 

 

 炎を纏った小さな悪魔が、その手に持った音叉を鳴らす。すると空間に大きな穴が開き、そこからボロボロの鎧を纏った機械仕掛けの騎士が飛び出した。

 

 これでフィールド上に二体のモンスターが揃った。レッド・リゾネーターはチューナーモンスター、そして古代の機械騎士は普通の効果モンスター。ならばやることは一つ。

 

 

「俺はレベル4の古代の機械騎士に、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング!! 紅蓮の翼翻し、天空を焼け!! シンクロ召喚、紅の流星! レッド・ワイバーン!!」

 

 

 悪魔と騎士が星となり、新たな光が生み出される。

 

 レッド・ワイバーン。赤い炎を全身から迸らせる深紅の飛竜。レッド・デーモンズなどと比べると小柄なれどそのポテンシャルは並のモンスターの上を行く。

 

 

「俺はカードを二枚伏せてターンエンドだッ!!」

 

 

 カードを裏向きで決闘盤に叩き付けるように挿入して宣言する。これで自分のターンは終了。次は後攻、ジャックのターンだ。

 

 彼は言った。一ターンで十分だと。上等だ。ならやってみやがれってんだ。

 

 自分がセットしたのは永続罠カード、デモンズ・チェーン。そしてもう一枚は罠カード、リジェクト・リボーン。デモンズ・チェーンは相手モンスターの効果を封じたうえで攻撃も封じる効果を持ち、リジェクト・リボーンは墓地のシンクロモンスターとチューナーモンスターを場に特殊召喚しながらバトルフェイズを強制終了させる効果を持つ。それに、レッド・ワイバーンはこいつ以上の攻撃力を持つモンスターを破壊できる効果がある。

 

 これだけの布陣。いくらジャックでも突破は困難だ。仮に越えるのならば、大量の除去カードを使用せねばならず、一ターンキルは成立しない。

 

 

「俺のターン! …遊吾、一つ教えておいてやる」

「何だよ?」

「これがキングの決闘だ!! 良く見ておくんだな!!」

 

 

 ジャックがそう叫ぶと同時に彼のDホイール――一本の巨大なタイヤに乗っかるような独特なデザインのDホイール。ホイール・オブ・フォーチュンのスラスターが蟲の羽音のような音を一瞬放ち、急激に加速する。

 

 加速用のブースターだ。一気に抜き去られる。先攻と後攻が入れ替わる様に、彼らの位置が変動する。遊吾を抜き去りトップに躍り出たジャックが決闘盤にカードを差し込む。

 

 

「相手フィールド上にモンスターが存在するとき、手札からバイス・ドラゴンを特殊召喚できる! 現れろ、バイス・ドラゴン!!」

 

 

 紫色の甲殻を持つ竜がフィールドに現れる。巨大な翼を羽ばたかせるバイス・ドラゴンであったが、その図体に反して威圧感がみるみる減っていく。デメリット効果である、自身の効果で特殊召喚されたこのモンスターの攻撃力、守備力が半分となる効果が発動したのだ。

 

 更に流れるようにジャックがカードを叩き付ける。

 

 

「俺は手札からダーク・リゾネーターを通常召喚!!」

 

 

 丸い球のような黒い悪魔。先程遊吾が召喚した、レッド・リゾネーターと瓜二つの悪魔が姿を現す。

 

 

「俺は、レベル5のバイス・ドラゴンにレベル3のダーク・リゾネーターをチューニング!! 王者の咆哮、今天地を揺るがす。唯一無二なる覇者の力をその身に刻むがいい!!」

 

 

 悪魔が音叉を鳴らし、その身体を光の輪へと変化させる。巨竜は輪の中にその身を投じ、身体が五つの光となって新たな力へと昇華する。

 

 五つの星と三つの輪が一つとなり、膨大な熱量が大地を揺らす。

 

 巨竜の咆哮。紅の悪魔、絶対王者が己の存在を示すかのように天に咆哮する。

 

 

「シンクロ召喚! 荒ぶる魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライト!!」

 

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴンスカーライト。

 

 片角が折れ、右腕が義手となり、全身の至る所に傷を負いながらもその力を、風格を更に高めたレッド・デーモンズの新たな姿であり、ジャックの新たな魂ともいうべきシンクロモンスターが遊吾に牙を剥く。

 

 だが、その程度で慌てる遊吾ではない。レッド・デーモンズの気迫は恐ろしいが、処理自体は簡単なモンスターだ。

 

 

「レッド・ワイバーンの効果発動! このモンスターの攻撃力を上回る攻撃力を持つモンスター一体を破壊する!!」

 

 

 彼の宣言と共にレッド・ワイバーンがその口から膨大な熱量の炎を吹きだそうとするが――突如としてその熱量が収まっていく。一体何が起こったんだ。驚きに目を見開く遊吾。

 

 

「速攻魔法、禁じられた聖杯を使わせてもらった。レッド・ワイバーンの効果は無効だ」

「くっ!?」

 

 

 禁じられた聖杯。攻撃力を400ポイントアップさせる代わりに、モンスターの効果を失う速攻魔法。

 

 だが、攻撃力が400上がったところで今のジャックには全く関係が無いのだ。これには流石の彼も焦る。急いでセットしてあるデモンズ・チェーンの効果を発動する。

 

 

「なら、セットカードオープンッ!! デモンズ・チェーン!! これでレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトの効果を無効に――」

 

 

 虚空より現れた漆黒の鎖が絶対王者を拘束する。

 

 あらゆるモンスターを封じ込める力を持つ鎖を前に、いかな王者と言えどその力を封じられるだろう。事実、デモンズ・チェーンはスカーライトを雁字搦めに絡めとり、その力を完全に無力化した――だが、次の瞬間。スカーライトの右腕から膨大な熱風が放たれ、デモンズ・チェーンが融解、圧倒的膂力を持って引きちぎられてしまう。

 

 

「何だと!?」

「魔法カード、ハーピィの羽根箒を発動。貴様の魔法、罠ゾーンのカード全てを破壊させてもらった」

 

 

 ハーピィの羽根箒。一時期禁止カードに指定されていたカードで。その効果は単純明快。相手の魔法・罠ゾーンのカードを破壊するというもの。

 

 たったの一枚、デメリットすら無い効果であるがゆえに使用禁止となったこともある大量除去カード。まさかここで引き込んでくるとはッ。思わず歯噛みする遊吾。

 

 永続魔法や永続罠は一度発動してしまえばその効力を最後まで使用できるが、逆に場に無ければその効果は終了してしまう。この場合、スカーライトを封じたものの、クリムゾン・ヘル・セキュアの効果でデモンズ・チェーンが破壊された為、その効果が途切れてしまったのである。

 

 こうなれば、彼を縛る物はもう何もない。鎖などと言う煩わしい物で拘束しようとした敵を睨み付け、スカーライトが怒りの咆哮を上げる。

 

 

「レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトの効果発動! このモンスターの攻撃力以下の攻撃力を持つモンスターを全て破壊し、その数×500ポイントのダメージを相手プレイヤーに与える!!」

 

 

 アブソリュート・パワー・フレイム! ジャックの宣言と共にスカーライトが右腕を振りかぶる。

 

 次の瞬間、収束された灼熱の炎がレッド・ワイバーンを捕らえその身体を粉微塵に吹き飛ばした。爆風に遊吾の身体が揺れる。仮想立体映像でありながらも感じてしまう膨大な熱量。チリチリと頬を焼くスカーライトの気迫に思わず目を背けそうになる。だが、あのモンスターの攻撃力は3000。公式レギュレーションによってライフポイントは4000となっているが、500減っても3500。仮にスカーライトの直接攻撃をくらってもライフポイントは500残る。

 

 まだいけるッそう考える遊吾だったが、そんな彼の考えが読めているかのように、ジャックが言った。

 

 

「まだ生き残れる。次のターンで逆転すればいい、そう考えているな?」

「――ッ!?」

「キングたるこの俺が、そのようなことをすると思っているのかッ!! キングの決闘は三歩先を行くッ! 俺は手札から、クリエイト・リゾネーターを特殊召喚!! 更に、シンクローン・リゾネーターを特殊召喚!!」

 

 

 扇風機のような青いプロペラを背負った悪魔と、巨大な音符を背負った悪魔が姿を現す。

 

 どちらも単体では最弱モンスター。だが、彼のライフポイントは削り切ることが出来る。

 

 だが、ジャックの狙いはそこではない。彼は決闘者の本能で理解した。彼は、ジャックはここで折るつもりだ。彼の心を。しかし、並大抵のことでは彼の心は折れないだろう。ならばどうすればいいか。簡単な話だ。

 

 

「荒ぶる魂――バーニング・ソウルッ!!」

「俺は、レベル8のレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトに、レベル3のクリエイト・リゾネーターとレベル1のシンクローンリゾネーターを――」

 

 

 ダブル・チューニングッッ!!

 

 

 スカーライトを中心に悪魔が炎の輪となり、その身体を包み込む。高速回転する炎の輪はやがて一つの巨大な球体となり、その内側より紅蓮の炎が生誕する。

 

 

「王者と悪魔、今此処に交わる!! 荒ぶる魂よ、天地創造の叫びを上げよッ!!」

 

 

 折れた角が生え変わり、義手が新たな腕となる。

 

 巨大な角、そして全てを踏み砕かんとする脚、万物を砕くその拳。なにより、天を掴まんと広げられた巨大な双翼。その姿正しく紅蓮の悪魔。

 

 

「スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンッ!!」

「スカーレッド……」

 

 

 その力強く、雄々しい姿に彼は茫然と言葉を漏らすしかない。

 

 そのスカーレッドは、一般に販売されているモノとは違った。それはジャック・アトラスが手に入れた、特別な力を持つカード。本当のスカーレッド・ノヴァ・ドラゴン。

 

 即ち、彼が使用するようなスカーレッドではなく、真のスカーレッド。その力は、仮想立体映像でありながら観客席を、コースを焼くことから察することが出来る。

 

 

「さあ、遊吾・アトラス。覚悟は出来ているか」

 

 

 ジャックの言葉と共にスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンが飛翔する。

 

 スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンは自分墓地のチューナーモンスターの数×500ポイント攻撃力を上げる能力を持つ。今ジャックの墓地に存在するチューナーモンスターの数は三体。

 

 

「攻撃力、5000ッ…」

「バトルだッ!! スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンで直接攻撃ッ!!」

 

 

 バーニングッ・ソウルッ!!

 

 紅蓮の炎を纏ったスカーレッドが遊吾へと飛翔する。その姿は正しく紅の流星。彼が召喚口上として使用したような生温いものではない。それは流星、紅蓮の炎を纏い降り注ぐ隕石だ。

 

 攻撃力5000。ライフポイントを遥かに上回る衝撃にDホイールが耐え切れずに弾き飛ばされ、その衝撃で遊吾も宙へと投げ出される。

 

 スカーレッドの勝利の咆哮を耳にしながら彼は宙を舞い――恐ろしいほどの衝撃と共にコースへ落ちた。

 

 地面を数回転がり、そのまま倒れる。

 

 この程度の痛みには慣れている。だからすぐに立ち上がることだってできる。彼は自分にそう言い聞かせて立ち上がろうとする。だが、身体は彼の言うことを聞かずピクリとも動かない。

 

 

「…立ち上がれないか。ふんっ、貴様如きそうして地面に這い蹲っているのが御似合いだ」

 

 

 Dホイールが遠ざかっていく。

 

 後に残るのは微かな風の音。先程までの騒音が嘘のような静けさに思わず目頭を厚くしそうになりながら、彼は痛む身体を引きずってその場から去っていくのであった。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 盛大にフッ飛ばされたこともあって少し時間をかけて帰宅した遊吾は、暗いリビングを通りすぎ、自分の部屋へ。

 

 ジャックの今回の行動の意味を考えるが、なんとなく察していた。

 

 遊吾・アトラスには決闘の才能が無い。いや、正確に言えば並よりも才能はあるがジャックたちのような特別な才能を持っていないのだ。故にどうあがいても二番手。王に届かない王子で止まっているのだ。

 

 アレはきっと警告なのだろう。このまま決闘者として戦い続けても自分たちには決して届かないという。だがここで決闘者を辞めて何になる。俺から決闘を無くしたら俺は何をしていけばいいんだ…。ベッドに腰かけて頭を抱える。

 

 だがまあ、当然の報いなのかもしれない。目的すら果たせず、こうして無様に此処に帰ってきた自分への。

 

 

「ああああ!! ……はぁ。気晴らしに何か見るか」

 

 

 何にしても悩んだところでどうしようも無い。

 

 部屋に置いてある小さなブラウン管テレビを点ける遊吾。だが、どこもかしこもやっている話題は次のエキシビションマッチ選考会とFFC――future friend cupの話題ばかり。だからと言ってドラマなどには欠片も興味が無いので、彼はCDラックをあさり始める。

 

 しばらく何種類かDVDやVHSを発掘するも、どれもこれも何度も見てしまったものばかり。さて、どうしようか。本格的に暇つぶしのできる物が無くなってきた時、それが目に入った。

 

 

「戦姫絶唱シンフォギアGか…。久しぶりに見ようか」

 

 

 彼が取りだしたのは、戦姫絶唱シンフォギアGと題名の打たれた、DVDのパッケージ。パッケージの表紙には、響とマリアを中心に、翼、クリス、切歌、調が描かれている。

 

 今でも戦っているのか。それとも自分の目論見は達成できたのか。そんなことを考えながら彼はDVDプレイヤーにディスクを挿入し、再生ボタンを押す。

 

 それから数分。再生ボタンを押したり、早送りしたりと色々してみるが一向に映像が流れない。ディスクを取り出そうとしてもボタンに本体が反応しない。もしかして本体の故障だろうか? そう考えて大きくため息を吐いた。

 

 

「!? …はっ? い、いや、どういう状況だよ、こりゃあ…」

 

 

 突然流れ始めた映像。その内容に思わずそう呟いてしまう。

 

 彼の視線の先、画面の中では、響たち装者が地面に崩れ落ち、それを前にして咆哮をあげる黒く醜い竜の姿があった。

 

 彼は知っている。その竜の名前が救世竜と呼ばれていることを。それが聖遺物ネフィリムと融合したことで生み出された存在だということを。

 

 そして思い出す。

 

 彼が、その竜の息吹をもって敗北したということを…。




状況説明

色々やらかしながらフロンティアのシステムとかネフィリムのシステムと戦う→無様にも遊吾敗北的な何か→遊吾作戦失敗のせいでネフィリムが超強化→皆がヤバい。

結論。遊吾のせいで世界がヤバい。

オリ主介入によって原作の状況が更に悪くなるという稀有な例、かもしれない。

果たして遊吾はこれからどうするのか。


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彼女たちと彼

 状況は限り無く最悪だった。フィーネとの戦闘だって、初めての戦闘の時だってこんなことは思わなかった。それほどまでに凶悪で、醜悪。

 

 巨竜が吠える。醜く歪んだ顔と、剥き出しの牙、無数の眼。

 

 メサイアと呼ばれる謎の聖遺物とネフィリムが融合した姿だ。そして、その力は想像を絶するものであった。

 

 

「くそっ!? また増えやがったぞ!?」

 

 

 ガトリングを乱射しながらクリスが叫ぶ。

 

 まるでアメーバが増殖するかのようにネフィリムの身体から黒い塊が離れ、同じような形状のトークンが生成される。

 

 しかも、ただ増えるだけではない。分離した本体であるネフィリムと同等の能力を持った状態で分離しているのだ。簡単な話、ネフィリムが二体に増えたと言っていい。

 

 

『これが救世竜の力――素晴らしィ』

 

 

 無線越しにウェル博士が恍惚の表情を浮かべ呟く。

 

 それほどにまでネフィリムは――救世竜ネフィリムは凄まじい力を有していた。

 

 

「くぅッ、ならもう一回トライバーストでッ!!」

「止めろ立花ッ!! どれだけやってもこちらが消耗するだけだッ!!」

「で、でも――うわぁ!?」

「くっ、ハアッ!!」

 

 

 閃光。ネフィリムトークンより放たれた光線が響たちを襲う。

 

 幸い、狙いが甘かったお陰で被害はないが、爆風によって響と翼の身体は打ち上げられた。

 

 上空で体勢を立て直し、回転を利用して翼が斬撃を放つ。

 

 蒼ノ一閃。数多の敵を切り裂いてきた稲妻の剣、だがそれはネフィリムトークンの表面に小さな焦げ目を作るだけで全く傷を与えられていない。

 

 

「やはり駄目かッ!?」

『無駄無駄ァ。さっき言わなかったっけ? 僕のネフィリムは君達全員の力を吸収してるんだって』

 

 

 救世竜ネフィリム。ネフィリム本来の力である聖遺物の補食能力が強化され、場に存在する者の力を全て吸収し、それを己の力にする。そのうえ、その時持っているステータスを全てコピーした分身、トークンを産み出すのだ。

 

 現在ネフィリムと戦っている装者は八人。つまり、こちらは常に八人分の力と戦わなければならないのだ。

 

 とは言え、戦う方法は存在する。

 

 

「ォオオオオッッ!!」

 

 

 雄叫びと共にフォニックゲインが爆発的に増幅され、肥大化した刃が文字通りネフィリムを薙ぐ。草を薙ぐと吟われる通り、巨大な光の刃となった剣が敵を切り裂いた。

 

 激痛に悲鳴を上げるネフィリムトークン。だが、消滅には至っていない。激昂し吠えるトークン。その口蓋部に槍がその穂先を向ける。

 

 

「こいつは、どうよッ!!」

 

 

 トリシューラのアームドギアが高速回転。バシュッという些か気の抜けるような音と共にドリルのように回転する穂先がトークンの口を抉り、後頭部にかけて巨大な孔を穿つ。

 

 虚空に巨竜が消えていく。

 

 ネフィリムの産み出す分身はあくまでも分身。自己再生能力も何も持っていない。つまり、それ以上の力で押し潰すか、相手の体力を削りきれば勝利することができる。

 

 だが、それはあくまでもトークンの場合のみ。本体はこちらが力を使えば使うほど強力になるのだ。どうしようもない。

 

 

「調、今ですッ!!」

「これならっ!!」

「雪音! 合わせろッ!!」

「任せとけっ!!」

 

 

 彼女たちはトークンを処理する。突破口が開けない以上は無制限に増えていくトークンを少しでも減らして耐えるしかない。

 

 それは終わりの見えない戦い。だが、それでも彼女たちはその瞳に闘志を湛えて立ち向かう。何処かに必ず突破口があると信じて。

 

 突破口、恐らくそれは一人の少年。先程全世界に悪として認識された放送を行った、今此処に居ない人物。

 

 

「遊吾…ッ!!」

「――しまった!?」

「危ない、立花ぁああ!!」

 

 

 トークンの片割れと対峙していた響が唐突に陰る。

 

 え? と声を漏らし上を向く。そこにあるのは赤。トークンが雪音たちの攻撃から逃げたのだ。

 

 開かれた口。真っ赤な口腔とギロチンのようにギラつく牙。その圧倒的な死の気配に頭が真っ白になる。

 

 いくら戦場を経験しても慣れることの無い、いや、生物全てが逃れることの出来ない根源的な恐怖に一瞬反応が遅くなる。一瞬の硬直から身体が抜け出したときには既に口が閉じられ始めており、脱出は不可能――

 

 

「セレナァァァアアアッッ!!」

「うぇえ!?」

 

 

 絶叫。真っ赤な空が一瞬で吹き飛び、銀色の流星に身体が引っ張られる。

 

 天地が反転し、物凄い勢いで地面に叩きつけられる。いたっ!? と悲鳴をあげる響。

 

 

「ふぅ、間に合った…」

「マリア!? ちょっ、何してるデスか!?」

 

 

 一仕事終えたと言わんばかりに額を拭うマリアに切歌が叫んだ。

 

 マリアが行ったのは簡単なことだ。

 

 響を襲うトークンを飛び蹴りで吹き飛ばし、アガートラームのアームドギアである蛇腹剣で響を絡めとることで響の相対していたもう一体のトークンの追撃を逃れる。

 

 

「何って、助けただけよ?」

「雑過ぎじゃないデスか!?」

 

 

 響地面に叩きつけられたデスよ!? とツッコミを入れる切歌にマリアが諭すように言う。

 

 

「切歌? これは世に言うコラテラルダメージというやつなの。命が助かったのだから、多少の傷は致し方ない犠牲というやつなの」

「その理屈はおかしいデス!?」

「それに、こんなことになってるのは全部遊吾のせいなんだから、責任は遊吾にとってもらえば良いわけだし」

「デース…」

 

 

 流石に遊吾のせいと言われたら何も言えない。それに、マリアの言うことも尤もだ。切歌は思った。

 

 

――マリアがさっきから脳筋になってるのもっ、皆遊吾が悪いデスッ!!

 

 

「あのー、マリアさん?」

「どうしたの、ひび――き?」

「この拘束解いてくれませんか? その、こういうのは遊吾限定で」

「色々言いたいけどとりあえず、どうしてそうなったの!?」

 

 

 小さく声を挙げる響。その姿を見たマリアが叫んだ。

 

 彼女の身体に巻き付いた蛇腹剣は、どうしたらそうなったのか。響の胸の真ん中をはしり、さらに乳房二つを上下から挟み込むことで胸がだらしなく飛び出ており、それは股間をハイレグ水着のように通るのだが、どんな物理法則が働いたのか股間から尻にかけて刃の部分が縦となり谷という谷を強調し、その後腕を後ろ手で拘束していた。

 

 なんというか、エロ漫画にありそうな縛り方である。

 

 

「いや、アームドギアが来る前に私も回避行動とってましたし、さっき地面転がったから…」

「それでもその縛られ方はおかしいでしょう!?」

「知りませんよッ!? ――ハッ!? まさかマリアさんはそんな趣味が――」

「無いわよッ!?」

「でも、マリアさん女王って…」

「そういう意味じゃ無いわよッッ!!」

 

 

 お前らふざけるのもいい加減にしろ、と言うかのように口から光線を放つネフィリム。それを軽く跳躍することで避ける。

 

 何もただ遊んでいたわけではない。策を練る、もしくは心を落ち着ける時間だ。

 

 だがしかし、どれだけ考えてもネフィリムに対する有効打は思い付かない。そうなればやはり――

 

 

「マリアさん!」

「 ええ、行くわよ響!!」

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 思い出した。総て、全てだ。

 

 響、マリア。俺は一体何をやってるんだ。こんなところで燻ってる場合じゃない。そう 考えて急いで立ち上がると部屋を出ていこうとする。そんな彼の前に立ちはだかる影。

 

 

「…親父」

「それがお前の変わった理由か」

 

 

 テレビ画面に映し出されている映像を一瞥しジャックが言う。その通りだ。彼女たちがいたから自分は決闘だけの世界を抜け出せた。彼女たちが居なければ自分は今でもどうしようもない決闘者だっただろう。

 

 だから今すぐ戻らなければならない。ネフィリムが異形と化しているのは明らかに自分が原因だ。何とかしなければ。

 

 

「今行って何になる。敗けたからここに戻ってきたのだろう?」

「そ、それは…」

 

 

 ジャックの言う通りだ。敗けた。此処一番の大勝負に負けてしまったのだ。だから彼女たちが苦しんでいる。

 

 だからこそ自分が何とか――

 

 

「そうやってまた負けて、あの娘たちに迷惑をかけるというのか?」

「ぐっ…」

 

 

 そうだ。確かにジャックの言う通りだ。

 

 手札が悪かった。相手の理不尽なカードが悪かった。言い訳をしようとすれば幾らでも出来る。

 

 だが、敗けたのだ。負けてはならない戦いで敗北した。それは覆しようのない事実。

 

 

『きゃあああ!?』

「響ッ!? マリアッ!?」

 

 

 悲鳴。画面では丁度響とマリアがネフィリムの体当たりを受けて地面に弾き飛ばされる姿。

 

 状況は更に悪くなるばかりだ。ネフィリムのトークン生成速度が上がり、二対一で成り立っていた戦いが成り立たなくなる。

 

 

『マズイッ!? 奏ちゃんは翼ちゃんたちの援護ッ!! 俺はこいつら纏めて相手するからよッ!!』

『それじゃあおっちゃんは――』

『大丈夫だ。こんな奴等屁でもないッ!!』

 

 

 巨大剣を構え、巨竜と対峙する姿は伝説に出てくる英雄のようだ。だが、数が違う。成人男性の中でも背が高い分類の響一郎であっても人形のような大きさにしか見えない巨大なる竜。それが三体同時に彼に襲いかかる。

 

 戦闘により出来た高い丘に上がり、トークンの咢を弾き、いなし、返す刃で首を切る。だが、その程度では足りやしない。トークンの一体が響一郎を背後から急襲。牙にひっかけられて宙に舞い上げられる。こうなってはどうしようもない。基本的にシンフォギアには飛行能力は搭載されていない。いくら草薙が強力無比な聖遺物であってもそれを振るうのは人間。水が無ければ魚は跳ねることしか出来ないように、翼が無ければ鳥は地面を這うことしか出来ないように、大地が無ければ人間は立ち上がることも、踏ん張ることも出来ないのだ。

 

 

『がぁッ!?』

 

 

 再度牙が捉える。今度は引っかけるような生温いものではない。噛み千切るための牙だ。

 

 それを空中でまともに受ける。だが、響一郎はアームドギアを盾にして何とか耐える。が、それを見越していたのかトークンは首を大きく反らすと勢いよく響一郎を吐きだした。

 

 ロケットのように口から吐きだされた響一郎が地面に突き刺さる。大地が揺れ、小さなクレーターの中に沈む彼を見て誰もが悲鳴を上げて彼の名前を叫んだ。それに応じるように腕がピクリと動く。だが、衝撃が強すぎるせいで動けないようだ。

 

 一番近かった切歌と調が動く。

 

 切歌が鎌を振り被り、その刃を射出。回転鋸めいた鎌の刃は肉を貫く鈍い音と共にトークンに突き刺さる。

 

 痛覚があるのか、それとも己の身体を傷つけた事に対する怒りか。トークンが咆哮を上げ切歌を睨み付ける。一体の意識が逸れた。調が即座に行動を開始。脚部に搭載されたローラーを最大出力で回転させ、スピードスケートのように大地を滑り響一郎の元へと急ぐ。

 

 残る二体のトークンが調に躍りかかる。宙返りと同時に急降下。猛禽類を思わせるパワーダイブにより、調の小さな身体をトークンの牙が捕えようとする。

 

 爆発。トークンに襲い掛かる大量のミサイル。一体が堪らず後退するが、もう一体は諦めが悪いようで多少身体が傷つくのは無視して獲物を捕らえんとさらに加速する。が、それも届かない。

 

 雨あられのように天より降り注ぐ無数の刃と蒼い稲妻。そして嵐のようにトークンに叩き付けられる竜巻。勢いのついた身体は衝撃によって進路をずらされて地面に墜落。轟音と共に顔を地面に埋めたトークンがもがくその隣を調が走る。

 

 

『大丈夫?』

『づぅぁ…ッカァ、格好つかねえぜまったく』

 

 

 一回り年下の少女の手をかりて響一郎が立ち上がる。おじさん格好悪いなと笑っているが、その表情は硬い。

 

 現状、二体一でようやく勝利を収めている状態なのだ。誰か一人でも脱落すると拙い。だが限界が近づいていた。

 

 表面上は取り繕っているが、響一郎は今の衝撃で身体を痛めた。切歌や調は時限式であるが故に制限時間が迫っている。翼やクリスはダメージこそ少ないものの体力を削られて消耗が隠せていない。響とマリアだけは未だ問題なく動いているが、どちらの眼にも微かに焦りが見える。

 

 

『まだ足掻きますか…』

 

 

 ウェルが装者たちに声をかける。

 

 

『最早ネフィリムに勝つ手段など存在しないというのに』

『…そんなことは、無いッ』

 

 

 それは誰の反論だったのか。全員が歯を食いしばってネフィリムを、その先に居るウェル博士を睨み付ける。ウェルはそんな彼女たちを見てやれやれと大きく肩を竦めながら言った。

 

 

『なら、現実を見せる必要があるようですねぇ?』

『ドクターウェルッ!!』

『おや、風鳴弦十郎と緒川慎次……丁度良い』

 

 

 拳を握りしめた弦十郎と、拳銃を構えた緒川を前にして尚ウェルはニヤニヤと余裕の笑みを崩さない。

 

 

『今すぐネフィリムを、フロンティアを止めるんだッ! ドクターッ!!』

『まあまあ、そう怒らないでくださいよぉ? これから面白いモノを見せてあげますから』

『面白い、もの?』

 

 

 眉を寄せる弦十郎。一体何をしようというのだ。緒川が弦十郎の方を見る。発砲するか、しないか。弦十郎はウェルの姿を確認する。

 

 聖遺物と化した腕。それは常に制御端末の上にある。彼の話が本当ならば、今のウェルはこのフロンティア、そしてネフィリムと一体となっていると言っても過言ではない。下手なことをすればそれこそ取り返しのつかないことになる。

 

 緒川を視線で制したのを確認し、ウェルが楽しそうに端末を動かす。

 

 ウェルたちの間に突如として大きな穴が開き、その中からエレベーターに運ばれるように何かがブリッジへと上がってくる。

 

 構えをとる二人であったが、上がってきた物体を見て怪訝な表情をする。

 

 穴の中から出てきたのは、大きな機械。大小様々なコードと計測器が繋げられた円筒形の物体。これは一体なんだ? 眉をひそめる二人に対し、ウェルがこれ以上ないと言うほど愉快に笑う。

 

 

『これが救世主、メサイアの制御装置だよぉ? 凄いよなぁ、こんなもの一つでネフィリムとフロンティアがこれほど強化されるんだから』

『何が言いたい?』

 

 

 怪訝な表情をする弦十郎に対し、ウェルがニヤニヤと笑いながら言う。

 

 

『そうだなぁ、これを作った内の一人とご対面させてあげるだけさ』

『対面、だと?』

 

 

 プシュ、という空気の抜ける音と共に円筒形の物体が回転。乗り組み口と思われる壁がせり上がり内蔵機構を外部に晒す。

 

 円筒形の物体の中身は、簡素なベッドのようであり、成人男性一人が寝られる程度のスペースに、沢山のコンソールとコード。内部は赤いライトに照らされ、ベッド部分は黒く染まっていた。

 

 

『一体、何だと言うんだ…』

 

 

 弦十郎がウェルの意図を計りかねてそう呟く。

 

 

『…そ、』

『どうしたの、切歌、調?』

 

 

 その様子は外の装者たちにも映像として放送されていた。そして、その映像を見た瞬間、切歌と調の様子が激変する。

 

 熱に浮かされたように身体を震わせ、顔を真っ白にしながらうわ言のように何かを呟く二人。その尋常ではない様子にマリアが声をかける。

 

 

『あ、ああ……う、嘘、デス……嘘ッ!!』

『切歌ッ!?』

『アハハハハッ!! ご対面と言ったじゃないですか。この、メサイアシステムの開発協力者、遊吾・アトラスとのねェ?』

『遊吾――まさかッ!!』

 

 

 対面とは、人が互いに向き合うなどといった行為を言う。ならば、この場合の対面とは、この状態で人を表す者とは。

 

 使用された痕跡の残る制御装置内部のコード。警告音を放つコンソールと、赤い室内灯に照らされた黒色のベッド。

 

 

『まさか、まさか――』

『僕も予想外でしたよ。まさか自分に致命傷を与えてまで身体を情報化するなんて』

 

 

 ベッドは元々黒色だったのではなく、後から夥しい量の黒色に染められたのだ。明らかに致命傷。赤い室内灯によって浮かび上がる黒色の元々の色は、赤。

 

 

『身体を情報化、だと?』

『ええ。身体状況全てをデータにすることで、こちらのシステムに介入しようとしたのでしょう。実際さっきまでシステム内で異常な数値を観測していましたが…』

 

 

 でも、もうその反応はありません。にこやかにウェルが嗤う。

 

 

『つまり、貴方達の希望である遊吾・アトラスは死んだのですよッ!!』

「遊吾ッ!? お前――」

 

 

 テレビ越しに語られる言葉を聞いたジャックが遊吾に詰め寄る。

 

 ウェル博士の言う通りである。

 

 マリアたちを操る外道としての自分をトークンを利用することで演じた彼は、同時刻に切歌と調の戦闘に介入した。

 

 介入した、と言ってもそこまで大げさなことをしたわけではない。元々ちょっとしたボタンの掛け違いで戦っていただけの二人を説得しただけだ。そして、マリアたちのことを頼み自分は切歌のイガリマの絶唱を受けた。

 

 無茶な作戦だということは重々承知だった。メサイアやネフィリムのシステムの一部は万が一の時のことを考えて決闘が採用されている。だが、ウェルがネフィリムと一体化した場合表からセキュリティシステムに介入しても効果が無い可能性があり、事実介入は不可能だった。

 

 だが、システム自体に内部介入したらどうだろう? 内部からならば抵抗は激しいが介入は可能だと考えたのだ。幸い、メサイアの制御装置の演算能力は理論上人間を数値化することすら可能であった。

 

 しかし、遊吾の身体はnoise、魂はレッド・デーモンという特殊な存在であったため情報化することが大変困難であり、データ化してもその容量は莫大なものであった。だから彼はイガリマの絶唱、魂を切る鎌の力を借りたのだ。

 

 致命傷こそ受けてしまったものの、実験は成功。魂が削れ、生命力も低下したことで彼の身体はデータ化されシステムに入り込むことに成功した。

 

 だが、その結果が敗北。ネフィリムとメサイアの膨大な情報を前に恐らく自分の身体は呆気なく呑み込まれてしまったのだろう。

 

 

「ウェルの言ってることは本当だ。データ化した身体と魂。恐らく俺はもう居ない。死んでる、というか消滅してると思う」

「なら今のお前は――」

「分かんねぇ。でも、そうか…」

 

 

 死んだのか。だが、妙な気分だ。

 

 元の世界に戻っているということもあるのだろう。自分の死が未だに理解できていないこともあるのだろう。死んだと言われてもまったく現実味は無い。

 

 

「死んだのか。…でも、俺」

「遊吾、よく――」

『死にませんよ』

 

 

 良く通る声だった。それは信じ頼っている声だった。

 

 

『約束、破りません。遊吾は確かに馬鹿だし、今みたいに嘘ついたりすることはあるけど、約束は破ったこと無いです』

『何が言いたいんですか? 立花響』

『決闘者は決闘以外じゃ死なないし、決闘で遊吾は負けません』

 

 

 ギュッと拳を握り締め、響が立つ。その姿のなんと力強いことだろうか。

 

 

『だが、反応は――』

『人を助けるために平然と命投げ捨てたあげく行方不明になったと思ったらnoiseになって帰ってきて、今なんて何をとち狂ったのか家族みたいと自分も楽しんでた日々を態々悪く言うような、と言うか前提として異世界人で決闘馬鹿に常識が通用すると思うなッ!!』

「…散々な言われようだな、遊吾」

「……………ああ」

 

 

 彼女は本気だ。本気で信じているのだ。遊吾・アトラスは負けないと、絶対帰ってくると。

 

 その信頼を裏切ったのは自分。だが、ここまで言われて燻っている場合じゃないはずだ。俺はどうすれば良い。兎に角元の世界に戻ることが絶対に必要だ。

 

 

『それに、遊吾に一発かまさないと気が済まないッ!!』

『は?』

『マリアさん泣かせるし、切歌ちゃんと調ちゃん今泣かせてるし、私たちは遊吾さんの作った物で迷惑してるしっ』

 

 

 戻らなければならない。ケジメもあるが、何よりも、

 

 

「親父」

「なんだ?」

「俺、戻るわ」

「負けたのにか?」

 

 

 腰に下げたデッキケース。その中にあるのは自分の魂。

 

 ジャックの言うとおり、自分には決闘の才能は無いのかもしれない。もしかしたらまた負けるかもしれない。けれども、それを理由に此処で逃げて暮らすなんて許せない。どうせ負けるなら彼女たちに負けたいし、それに自分は未だ約束も何も出来ちゃいない。

 

 最後まで戦う。戦い抜かなきゃいけないんだ。

 

 

「負けたから、というかまだ負けてねぇ。あれだあれ、マッチ戦だ。二回目から全部勝ちもぎ取りゃ良いんだよ」

「…やれやれ」

 

 

 ジャックが大きなため息を吐く。彼はコートのポケットに手を入れると、そこから何かを取り出して遊吾の胸に押し付ける。

 

 

「なんだよ――ッ!? これ、」

「…お前は俺にはなれん。孤高の王者には。お前は周りに誰かが居ないと駄目な甘ちゃんだからな」

「親父…」

「選考会は二日後。しっかりケリをつけてそれを返しに来い」

 

 

 渡されたのはレッド・デーモンズ・ドラゴンと数枚のカード。驚き顔を上げる遊吾。笑うジャックの顔を見、一瞬表情をくしゃりと歪めた遊吾はカードを大切そうに握り締めると大きく深呼吸して言う。

 

 

「今年こそ、あんたを越えてやるよ」

「ふっ、いつ越えるんだろうな」

 

 

 今年だよ今年。だからそれは去年も聞いたぞ。馬鹿を言え今年の俺は違うんだよ。拳をぶつけ、笑い合う二人。

 

 そして、彼は光に包まれた。

 

 

「…行ったか」

 

 

 無事に帰ってこい。馬鹿息子。

 

 

 

 

 

――きて……

 

――起きてって…言ってるでしょうがぁあああ!!

 

 

「ぶへらっ!?」

 

 

 衝撃。首から上が吹き飛んでしまうのではないかというほどの衝撃によって彼の身体が宙を舞う。

 

 奇妙な声をあげて地面に倒れる遊吾。一体何が起こったんだと慌てて起き上がってみれば、彼の前に銀色の妖精の姿。

 

 その顔には見覚えがあった。

 

 彼が彼女を見たのは三回。一回目はアニメで。二回目は写真、三回目は死んだように眠る横顔。

 

 

「セレナ・カデンツァヴナ・イヴ…」

「意識無くさないでよもう…お姉ちゃんたち大変なことになってるし」

「分かってるよ」

 

 

 立ち上がり、決闘盤を確認する。そこに書かれている文字は効果処理。未だ効果処理が残っているので戦闘は行われておらず、俺は死んだわけではなかったらしい。

 

 辺りを見回せば、そこは緋色の世界。濁流のような情報が絶え間無く流れ続ける世界。そんな世界に、彼と彼女は立っていた。

 

 眼前のネフィリムがさっさと効果処理をしろと睨み付けてくる。どうやらネフィリムの気迫に負けたせいで危うく取り込まれるところだったらしい。

 

 

「ありがとな」

「まったく、姉さんと同じで世話が焼ける」

 

 

 妹の苦労を考えてよね。

 

 やれやれといった風に首を振るセレナ。そんな彼女に悪かったと笑い。彼は表情を変えてネフィリムを睨む。

 

 システムに侵入した時には、その巨大さに飲み込まれそうになったものだが今ではまったくそんな事は感じない。それだけ一人で勝手に考えて、勝手に焦っていたらしい。

 

 こんな穏やかな気持ちで決闘をするのは何時ぶりだろうか? 今まではこれからのことなど考えていたせいでどうにも決闘に集中していられなかったものだが、今は違う。ここまで透き通った心で決闘をするのは恐らく子供の頃、ジャックの元で生活し始めた頃の最初の一戦以来だろう。

 

 

「待たせて悪かったな、ネフィリム。効果を説明するとだな。この通常罠カード、裁きの天秤は、相手フィールドと自分の手札・フィールドの数を参照する罠カードだ。お前のフィールドと俺の手札・フィールドのカードの枚数の差分ドローする」

「お前のフィールドには救世竜ネフィリムと、ネフィリムトークンが四体。セットカードが四枚。対して俺の手札は零。フィールドには裁きの天秤一枚」

 

 

 よって、合計枚数九枚との差分、八枚カードをドローするッ!!

 

 デッキに手をかける。一緒に戦ってきた仲間たち。父親を目指し、父親を真似て作ったデッキ。だがただ真似ただけではない。このデッキには今まで戦ってきた決闘者たちの魂が宿っているのだ。

 

 いや、決闘者たちだけではない。このデッキには自分自身の、共に戦った大切な者たちの魂も宿っているのだ。

 

 決闘盤は盾、カードは剣。左手に魂を、右手に誇りを。

 

 

「こいつが俺の――ドローッ!!」

 

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 状況は好転せず、むしろ悪くなるばかりだ。

 

 どうしても本体を撃破できない以上耐えるしか出来ない。そうすれば必然的に消耗戦に変化する。

 

 

「くっ、こいつはキツいなぁ…」

「へばったかい?」

「何のッ!」

「ああもう! 未だデスかっ!? 自爆スイッチ押すデスよ!?」

「落ち着いて、切ちゃん!?」

 

 

 互いに励まし立っているが、時限式の適合者である切歌たちの消耗は特に激しく、何とか耐えているが戦線崩れるのは時間の問題だろう。

 

 

「届けぇええええッッ!!」

 

 

 咆哮一打。虚空を踏み締め右腕がカタパルトから射出されたような勢いで打ち放たれる。轟音と共にトークンが崩壊。

 

 

「ちょっせぇ!!」

「今だッマリアァッ!!」

「そこォッ!!」

 

 

 マリアの雄叫びと共に刃が舞う。クリスと翼によって動きを止められていたトークンに無数の刃が絡まりそのままトークンを削り取る。

 

 響たちにも疲労が見え始めていた。先程まで小手先の技と絡めることで消耗を抑えていたのに、今では一撃の重い大技でトークンを仕留めようとしているのがその証拠だ。

 

 

『いやー、良く頑張る。流石は英雄といったところでしょうかね?』

「さっきからピーチクパーチクうるせぇ!!」

「だが、言う通りだ。このままでは何れ押し負ける」

『そうそう。僕は寛大だからね。今なら土下座くらいで許してやらないこともない』

 

 

 怒るクリスに対し、翼が冷静に諭す。

 

 このままでは本当に戦線が崩れかねない。ウェルの言葉の通り、こちらの発するエネルギーと同等の力を得続けるネフィリム本体を叩くのは難しい。だが一斉に絶唱級の技を叩き込めばあるいは…。

 

 いざとなればこの身を剣として捧げよう。その時を覚悟する翼であったが、そんな彼女など知ったことかと金と銀が吠える。

 

 

「煩い眼鏡ッ! そっちこそ決着つけれてないじゃないですかッ!!」

「と、いうかドクターにジャパニーズ土下座をするくらいならライヴ会場で裸踊りした方が百倍マシよッ!!」

『……』

 

 

 とんだ言い種である。

 

 端から見たら何言ってんだお前ら、といったところであるが、そんな彼女たちの言葉にふっと笑みを溢す翼。

 

 全身を襲うシンフォギアのバックファイアによって膝をつきそうになっていた調たちも立ち上がり、まだまだ戦えると瞳に強い光を灯していた。

 

 立花響とマリア・カデンツァヴナ・イヴ。タイプこそ違えど、誰かと繋がり、束ねるという天性の才能についてはどちらも同じらしい。ネフィリムという強大な悪意を前に力強く立ちはだかる二つの背中は、まるで太陽のようにそれを見る人々を奮い立たせる。

 

 

『こ、こ、この、この――』

 

 

 それが不快で堪らなかったのだろう。ウェルは表情をひきつらせると全身を震わせてコンソールを全力で叩いた。

 

 今までほとんど動きを見せていなかったネフィリムが動き出す。それは敵を殺す為の動き。不快な敵を根絶やしにせんとネフィリムの口が装者たちを狙う。来るかッ!? いつでも飛び出せるように構える装者たちであったが、そこで突然ネフィリムに異変が起こった。

 

 

『あぐっ、がぁ?! な、何が起こっているッ!?』

 

 

 同時にウェルの苦しそうな声が聞こえてくる。

 

 一体何が起こっているのだ。そう誰もが訝しんだ瞬間、ネフィリムの身体が突如として巨大な炎に包まれる。

 

 金切り音。ネフィリムの絶叫が空気を揺らす。焼けた大地に投げ出された蚯蚓のように大地に身を落とし狂ったようにのたうち回るネフィリム。ネフィリムが暴れる度に身体の各所から炎が噴き出し、そしてウェルも苦しみ悶える。

 

 変化はそれだけではない。フロンティアの砲身にフォニックゲインが収束され、それが月に向かって照射されたのだ。

 

 それはウェルが先に行ったアンカーによって月を引き寄せようとするものではない。それは月に、月の遺跡に力を与え、再度浮上させようとするフィーネが掲げる目的のために放たれたもの。

 

 

『――にあったようですね…』

『マムッ!?』

 

 

 マリアたちが聞こえてきた声に目を見開く。

 

 宇宙に打ち上げられたはずのナスターシャからの通信。つまり、先の砲撃はナスターシャが行ったモノということになる。

 

 

『何故だっ!? 確かに打ち上げたはずっ、それにフロンティアの制御は――まさか!?』

 

 

 そんな馬鹿なことがあっていいはずが無い。ウェルが叫ぶが、それをナスターシャは微笑みで返す。

 

 

『そのまさかです。彼が、やってくれましたよ』

『馬鹿なッ!? 確かにシステムの反応は消失していた!?』

『ですが、彼はやりました。それが現実です』

 

 

 ウェルがコンソールに手を伸ばす。ならば再度システムを捜査しあの男を屠ってしまおうと。だが、彼がコンソールに触れると同時にコンソールから炎が吹き上がる。

 

 ひぃい!? と情けない悲鳴を上げながら腰を抜かすウェル。そんな彼の耳に声が聞こえてくる。

 

 

――俺には全部足りてなかった。それに、それにだ。覚悟って言葉を盾に俺はずっと逃げてたんだと思う。けど、これからは無しだ。後からの反省は良いが、決して後悔しない。それが決闘者だ。

 

「な、何なんだ……何なんだよお前はぁあああ!?」

 

 

 半狂乱になって叫ぶ。

 

 己の命を投げ捨て、生命をデータ化するという机上の空論を成し遂げ立ちはだかる。どれだけ絶望的な状況でも真っ直ぐ正面を向いて、上を向いて立ち上がる。どうして立ち上がる。一体何がそうさせるのだ。何故折れない。何故そこまで信じられる。何故、何故――。

 

 俺? ああ、俺は――そんな言葉が聞こえてきた瞬間、ネフィリムから一際巨大な炎が吹き上がる。

 

 それは瞬間四つ腕の竜の姿を形取り、巨大な火の玉となると地面へとゆっくりと降りてくる。

 

 

――俺は、決闘王者、ジャック・アトラスの息子ッ!

 

「遊吾・アトラスだッッ!!」

 

 

 火の玉が爆ぜ、中から人が飛び出す。

 

 風に揺れる鋭利な黒いコート。刺々しい海胆のような硬い髪質の髪に、力強い意志の光を放つ瞳。左腕に決闘盤。右腕には銀色の鎖。

 

 そこには誰もが知る、遊吾・アトラスの姿があった。

 

 そして彼は天を指さし叫ぶ。俺は此処に居る。俺は、生きているのだと。遠く離れた父に、こんな自分を信じてくれた絆に、彼女たちに伝えるように。

 

 

「王子は一人ッ、この俺だッ!!」

 

 

 

 

 

 そして、

 

 

「ぐぉぁあああ!?」

 

 

 彼は爆発した。

 

 

 

「おらぁああああ!!」

「こいつを喰らいなッ!!」

「ごふぁッ!? ちょっ、何で草薙が飛んでくるぉおおお!? ちょっ、まっ、トリシューラはあかんてぇえええ!?」

「持ってけダブルだぁああああッッ!!!!」

「クリスちょっと洒落になってな――アッー!?」

「アトラス――ふんッッ!!」

「影縫い術からスラスターによる加速疾風怒涛の勢いで繰り出される正に神速の正拳突きグワーッ!?」

 

 

 地面を襤褸雑巾のように転がる遊吾。そんな彼にゆっくりと近づいていく影。

 

 

「……あ、ひ、響」

「……」

 

 

 崩れた前髪のせいで表情が読めない。恐る恐る彼女の名前を呼ぶ彼に対し、彼女はハッとするような笑顔で言った。

 

 

「その――」

「言いたいこと、一杯あります。けど、私よりも言いたい人が、言わなきゃいけない人が居るんじゃないですか?」

「――……ありがとう」

 

 

 彼女に見送られ、彼は立ち上るとゆっくりと歩き出す。

 

 彼の目指す場所に居るのは、抱き合った二人の少女と、口元に手を当て表情を歪める女性。

 

 

「おう、久しぶり。調、切歌。キツい仕事任せて、ごめん。本当に、ありがとう」

「何処ほっつき歩いてたデスか馬鹿ッ!!」

「絶対、許さない…」

 

「あっ…」

 

 

 声を上げるが何を話していいか分からない。伸ばされた手は空を切る。

 

 傷つけたのは自分。だから、迷子の子供のように表情を歪める彼女に、言わなければならない。

 

 

「ただいま、マリア」

「――まったく…お帰りなさい。ユーゴ」



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彼の結末

『馬鹿な…』

「何がだ?」

 

 

 そんなことはあり得ないと呟く。だが、目の前に居る存在は現実だ。

 

 だが、そんなことはあり得ないのだ。いや、あってはならないのだ。

 

 身体の、魂と言う未だ存在が証明されていない存在の情報化というだけでも理論こそあれどそれはあくまでも机上の空論。科学的に証明された技術ではない。異端技術を使っているのだから、既存の理論が通用しない? それこそ詭弁だ。

 

 確かに異端技術は現在の科学技術を遥かに上回る。だがその理論は科学的に証明可能。それは奇跡の力などではなく、あくまでも、どれだけ奇跡的なものであってもそれは奇跡などではなく理論的な、理屈的な証明が可能なのだ。

 

 だが、 彼は、彼だけは違う。彼だけはどれだけ考えてもソレを奇跡という以外に言葉がない。

 

 己を情報化しただけではなく、理論上突破不可能な存在を破壊し、あまつさえ情報化した身体を新たに造り出したのだから。もはやそれは生命を造り出したに等しい、神のみに許された行為だ。

 

 

『そんなことがあってたまるものかッ!!』

「とは言うけれど、これが事実だ」

 

 

 何で生きてるのかとか、色々理屈で説明できないところはあるんだけどな。そう言って笑ってみせる遊吾に最早我慢の限界だとウェルがコンソールを操作する。

 

 制御室のセキュリティは弄れないし、メサイアのシステムは完全に沈黙してしまっているため操作したところで何の意味もない。

 

 ならば、自分に残された手段はひとつ。ネフィリムで彼女らを制圧すること。それ以外に自分が英雄となる方法はない。

 

 

『ネフィリムゥウウッ!!』

 

 

 半身たる主の声に応えるようにネフィリムが動き出す。

 

 先程までの戦闘は全てセイヴァー・ドラゴンの力によるもの。現在は切り離されているが、その代わりに今までの戦闘による消耗はネフィリムには存在していない。

 

 

「遊吾! 時間稼げますか!!」

「唐突だなビッキー!」

「とっておきがあるのは、何もあっちだけじゃないんですよ!!」

「大体理解したが…別に倒してしまっても構わないよなぁ!!」

 

 

 ネフィリムが動き出したことで、装者たちも動き出す。

 

 響達は体勢を整える為に一旦後退。彼女のとっておき――彼の想像が正しいのならばXDモードの使用をする、その隙を埋める為に彼に露払いを頼んだのだろう。

 

 二つ返事で彼女の言葉を聞き入れた遊吾は、迷うことなくネフィリムと向き合い叫ぶ。

 

 

「来やがれよ! レッド・デーモンッ!!」

 

 

 彼がモンスターゾーンにカードを叩き付けると同時に召喚される、琰魔竜レッド・デーモン。だが、いくら彼の魂のモンスターと言えども現在の、フロンティアとほぼ一体となっているネフィリムを倒すことは難しい。更に、ネフィリムには聖遺物由来のエネルギーを喰らい、自身の力にするという能力を持つのだが、これは何も聖遺物のみに通用するものではなく、通常のエネルギーに対しても同様の力を発揮する。

 

 その為、ただ純粋に殴り合いをしただけではこちらが押し負けてしまうのが現実。だがウェル博士が幾つか秘策を残していたように、彼にもまた秘策が存在している。

 

 それは彼が己を見つめ直し、新たに決意をすることで手に入れた力。ただ憧れ、使用するのではなく、己をその憧れに近づけ、一歩前へ進む為の力。

 

 

「俺は、レベル8琰魔竜レッド・デーモンに、レベル1の俺自身をチューニング!!」

 

 

 彼が高らかに叫び、それに応じるようにレッド・デーモンが天へと吠える。

 

 彼の身体が光の輪となり、レッド・デーモンの身体を包み込む。八つの星となったレッド・デーモンはその輪の中で更なる姿に進化する。

 

――深淵の焔を浴び、新たな力へ昇華せよ!! 我が魂よッ!!

 

 その角はより太く。胸には悪魔の顔を思わせる角と棘が生え、その四肢は樹齢千年を越える杉の大木のようにより力強く太くなり、その両腕には新たに処刑人の斧を思わせる巨大で無骨な刃が生え揃う。

 

 琰魔竜レッド・デーモン・アビス。レッド・デーモンの新たな進化形態。

 

 

『ふん、進化だか何だか知らないが、姿が変わった程度で何になるッ!!』

 

 

 雄叫びを上げながらネフィリムがアビスに迫る。アビスもまたネフィリムと同じく翼を折りたたむと、陸上選手を思わせるスタートを切りネフィリムに肉薄。思い切り右腕を薙ぎ払うように振りぬいた。

 

 アビスの腕に生えた刃が火花を散らしてネフィリムの胴体を薙ぐ。その衝撃、身体を傷つけられたという怒りに叫び声を上げながらも思わずたたらを踏むネフィリム。

 

 その隙を逃すアビスではない。雄叫びを上げながらネフィリムに近づいたアビスは、大きく踏み込むと右の拳をネフィリムの顔面に叩き付けた。

 

 大質量から繰り出される全力の拳に後退するネフィリム。ふらつき、後退するネフィリムに向かって、アビスが右、左と次々と拳を打ち放つ。その巨躯に似合わぬ素早い連続攻撃に堪らず後退を始めるネフィリムだったが、ついに足元の小さな穴に足を取られてしまいそのまま後方に転倒。このまま押し切ってやる! アビスがネフィリムに馬乗りになろうと跳びかかった時、彼の身体を衝撃が襲う。

 

 地面に叩き付けられてしまうアビス。再度迫る気配に地面を転がる。彼の頭のあった場所に何かが勢いよくぶつかり地面を揺らした。

 

 アビスが膝立ちとなり振り下ろされた物を確認する。それは長方形の腕。ネフィリムの腕がまるで鞭のように伸びて彼を打ち据えようとしたのだ。先程跳びかかった時の衝撃はアレのせいだろう。

 

 今度はこちらの番だ。ネフィリムが咆哮し、片腕を鞭のようにしならせながらゆっくりと近づいてくる。

 

 相対するアビスは拳を構え、どっしりと腰を落とす。

 

 互いにゆっくりと円を描くように動きながら、じりじりと距離を詰める。腕が伸びる分、ネフィリムの方がリーチが長い。これはアビスにとって不利な状況であるが、逆に言えばその腕さえ何とかすることができればアビスにも勝機は十分あるということでもある。

 

 先に動いたのはネフィリムだ。ネフィリムはその腕を鞭のようにしならせてアビスに向かって放つ。アビスはそれを右腕の刃を使って切り裂いてしまおうと考え、ネフィリムの腕を半身で避けて手刀の要領で腕を振り下ろした。だが、彼の思惑とは違いネフィリムの腕は逆に彼の腕に絡みついてしまう。

 

 驚き目を見張るアビス。ネフィリムの腕は弾力性に富んでおり、彼の腕の刃では切り裂けなかったのだ。驚きで身を固めてしまったのが大きな間違いであった。

 

 ネフィリムが腕を引き戻しながら大きく身を捩じらせる。その勢いによってアビスの身体が大きく持ち上がり、半円を描きながら物凄い勢いで地面に叩き付けられた。

 

 衝撃で地面が陥没し、大きな土埃が舞う。だが、これだけでは終わらない。ネフィリムは二度、三度とアビスの巨体を振り回し、地面に叩き付けた。

 

 何度も何度もネフィリムは執拗なまでにアビスを地面に叩き付けていたが、一頻りやり終えて満足したのだろう、これで止めと言うかのように大きく口を開くと、巨大な火球を作りだしてそれを地面に倒れるアビスに向かって発射した。

 

 轟音と共に粉塵がまき上がる。幾度となく天地を行き来させられたアビスが、今度こそ土煙の中に消える。

 

 勝利の咆哮を上げるネフィリム。ウェルもまた、大きく口を開けて上機嫌に高笑いをしていた。

 

 

「何かあそこだけ世界観が違うデスよ!?」

「…えっと、切歌って言ったか?」

「なんデスか?」

「お前もいずれ慣れる」

「どういうことデスか!?」

 

 

 日本の怪獣映画を彷彿とさせる大怪獣決戦に、上空で準備を進めていた切歌が思わずと言った風に呟いた。そんな彼女の肩に手を置いたクリスが、何やら悟りを開いたかのような表情で切歌に言う。彼女のキレイな笑顔に、どういうことなんだと困惑する切歌に対し、他の面々はその言葉の意味を理解したようで、まあ、そうだよね、と顔を合わせて苦笑し合っていた。

 

 

『何故そんなに笑っていられるッ!!』

 

 

 どこまでも癪に障るッ! ウェルがネフィリムに装者たちを狙うように指示し、それに従ったネフィリムが装者たちの方へと向き直る。

 

 その瞬間、ネフィリムの身体が衝撃で吹き飛んだ。

 

 土煙を貫く紅蓮の炎。巨体が宙を舞い、地面に墜落する。

 

 強大な風に土煙が払われ、中から現れるのは土埃こそ多少被っているものの、それ以外は何の傷も負っていないアビスの姿。

 

 再度立ち塞がる敵を認識し、ネフィリムが狙いをアビスへと変更。だが、先程までの戦闘状況からネフィリムはアビスに近づくことなく攻撃を開始する。

 

 ネフィリムの腕、長方形の方針のような形状のソレから放たれる、フロンティアのエネルギーを利用した赤色光線だ。

 

 アビスとの戦闘能力の差は理解した。距離が開いていることで、ネフィリムが攻勢に出る。いくらアビスの攻撃力が高く、火炎の息吹などを放つことが出来るとしても、一番の強みはその鍛え抜かれた肉体より放たれる重い一撃。遠距離攻撃が得意と言うわけではないアビスにとって、赤色光線を矢継ぎ早に放って来るネフィリムは相性が悪い。

 

 それはネフィリムにも言えることであり、ネフィリムの場合はその身体の構造上近接攻撃を苦手とするモノの、逆にフロンティアのエネルギーを利用した赤色光線や火球はその威力を無尽蔵に高め、また赤色光線ならばどれだけ連続発射してもエネルギー切れになる心配はない。だが、その代わり近接戦闘に持ち込まれた場合の対処法が全くと言っていいほど存在していないのだ。

 

 ネフィリムはそのことをウェルを通して理解しているが故に、次々と赤色光線を連射する。炎を操る竜でもあるアビスにとって、赤色光線による熱などどうということは無いのだが、その破壊力は身体を傷つけるに十分な威力がある。故に下手に受け続けるわけにもいかず、その雄々しい翼を翻して宙へと舞い上がる。

 

 次々と繰り出される閃光を、時に避け、時に迎撃しながらアビスは飛び掛かる機会を伺う。狙うのは一瞬。その瞬間に全霊をかけて相手を殴る。

 

 その瞬間は直ぐに訪れた。

 

 八つの閃光が天へと舞い上がる。膨大なフォニックゲインが放出され、それがネフィリムとアビスに力を与える。

 

 天に舞い上がる光。それは膨大なまでのフォニックゲインを含んだ彼女たちの姿。

 

 XDモード。膨大なフォニックゲインを使用することで、シンフォギアに備わる機能を完全稼働させるシステム。だが、起動に必要なフォニックゲインは個人で発するそれを遥かに凌駕する。

 

 ならばどうやって彼女たちはXDモードを起動したのか。その原因は地球にあった。

 

 

『星が…音楽となった…』

 

 

 地球と月を観測していたナスターシャが思わずといった風に呟く。

 

 彼女の目の前に広がるのは、青い地球の周りを覆う黄金の輝き。

 

 彼女たちの戦いを見た、地球上の人々の祈り。七十億という人々の歌。

 

 月、バラルの呪詛を再起動させるというその目的を完遂させて尚有り余る生命の息吹。

 

 それを、響とマリアが力へと変えたのだ。

 

 響のガングニールの持つ、誰かと繋がると言う性質と、マリアのアガートラームの持つ、束ねる性質。世界中から放たれるフォニックゲインを繋ぎ、一つに束ねることで膨大なフォニックゲインを必要とするXDモードを可能としたのだ。

 

 彼女たちの姿に、その膨大な量のフォニックゲインにネフィリムの意識が吸い寄せられる。先程までの激しい砲撃が止んだ。

 

 今こそ勝機。雄叫びをあげながらアビスがネフィリムに飛翔する。左の掌に炎を集め、それをネフィリムの顔面に叩き付けた。

 

 

『その時を待っていたんですよォッ!!』

 

 

 苦悶の声をあげるアビス。

 

 見れば、アビスの炎を纏った掌は、ネフィリムの巨大な口に呑み込まれているではないか。

 

 牙を突き立てられ、傷口から炎を撒き散らすもののその程度でネフィリムが止まるはずがない。その力をもってアビスの全てを吸い付くしてやろうと吸収を始めるのだが――そこでネフィリムの動きが止まってしまう。

 

 

『どうしたネフィリム!! なぜだ!! 早く食い尽くせ!!』

 

 

 ウェルが何度もネフィリムに指示を出すが、ネフィリムは全くその指示を聞くことがない。

 

 何故だ!? 焦り、コンソールを操作するウェルの前でネフィリムが苦悶の声をあげた。

 

 ネフィリムの頭が掴まれる。まるで獲物に食らいついた鰐のように五指を食い込ませ、アビスがネフィリムを持ち上げる。

 

 あまりの痛みに叫び声をあげながら食いついていた左手を離してしまうネフィリム。その瞬間、アビスは左手をグッと握り締め、ネフィリムの胴体に思いきり叩き付ける。

 

 一発、二発、三発。ドゴォッ! という大砲でも撃っているかのような音と共にネフィリムの身体がくの字に曲がり跳ねる。だが、情けも容赦もなしにアビスはネフィリムの頭を掴んだまま、次々と腹に拳を叩き込む。

 

 そして、思う存分殴り付けたアビスはその左腕に炎を纏わせ、ネフィリムの頭を離すと同時に落ちてきた頭に向かって拳を振り上げた。

 

 お手本のように綺麗に極ったアッパーカット。アビスの体重ののった一撃にネフィリムの身体が面白いほどに身体を浮かせ、頭から地面に叩き付けられた。

 

 アビスが翼を広げて後方へと跳躍しながら口腔内に構成した炎をネフィリムに向かって放射する。それ自体に大した威力は無いが、体勢を崩したネフィリムはその衝撃と、猛烈な炎の勢いに視界を遮られてしまい上手く立ち上がることが出来ない。

 

 ゆっくりと確実に起き上がるネフィリム。その身体を包み込むのは怒り。自我と呼ばれるものが存在しないとされるネフィリムだが、ウェルを通して暴食と畏れられた己をコケにする存在に激昂していた。立ち上がった時が最後だ。と、唐突に炎が途絶えネフィリムの視界がクリアになる。

 

 ネフィリムの目の前、距離こそ離れているがそこには彼が喰らうべき敵の姿。それは既にこちらを見ておらず、只々太陽を見るように目を細めて天を仰いでいた。

 

 一体何をしているのだ。貴様の相手はこの俺だ、と言うかのようにネフィリムが吠える――そして、それを見た。

 

 それは光。あまりにも苛烈で、あまりにも美しすぎる、正しく光そのもの。

 

 流星となった八つの光が繋がり合って一つの巨大な力となる。閃光がネフィリムを貫き、その膨大な量のフォニックゲインに呑み込まれ、ネフィリムはその身体を光へと崩壊させた。

 

 それを見たアビスが炎を巻き上げ勝利の雄叫びを上げる。

 

 

「別に倒して――なんでしたっけ?」

『おい止めろ』

 

 

 ニヤニヤと笑いながらXDモードとなったガングニールの翼を動かして響が近づいてくる。そして、右腕を大きく振りかぶり、同じように右腕を掲げていたアビスの掌に思い切り叩き付けた。

 

 ハイタッチ。互いに健闘を称え合い、笑う。

 

 

『あ、ああ……』

 

 

 それを見て、ウェルは膝から崩れ落ちた。

 

 完全敗北。何故、どうして。そんな 考えが浮かんでは消え。だが、錯乱することなくただただ現実を受け入れるしかない。ネフィリムは消滅。彼女たちは健在。

 

 しかし、そんな彼の内側にとある感情が芽生えた。それは彼の英雄になりたいという欲望と重なり、増幅される。

 

 彼らを叩き潰す。英雄となれない世界を壊す。喰らい尽くす。その内側より溢れる声に従い、彼は立ち上がりコンソールを操作しようとした。

 

 だが、その右腕が突如として停止する。まるで虚空に縫い付けられたようだ。一体何が起こっている!?

 

 

「俺たちを忘れてはいないか? ウェル博士」

 

 

 声の方を見る。

 

 拳を鳴らす風鳴弦十郎と、拳銃を構える緒川慎次。

 

 何故ウェルの腕が動かなくなったのか、それはウェルの腕の影にある。彼の腕の影に撃ち込まれた弾丸。風鳴翼の使用する、影縫い。それは遥か昔から風鳴の家に遣える忍の家系である緒川家に伝わる忍術のひとつ。

 

 術による拘束。並みの者では決して、まして戦闘職ではないウェルには防ぐことの出来ない絶対の拘束だ。こうなればウェルに抵抗する術は一切無い。

 

 だが、人とは時として自分でも想像できないような力を発揮することがある。火事場の馬鹿力などと呼ばれるものだ。この時ウェルは正しくその状態であった。

 

 状況は最悪。自身の望みを達成できないばかりか、このままでは自分は只一人の犯罪者として捕らわれてしまう。それだけは嫌だ。それだけは我慢できない。彼の妄執、恐ろしいまでの英雄への執着が、彼の身体を突き動かした。

 

 

「う、ぉあああああああああああ!!」

「なに!?」

 

 

 腕、顔面問わず血を吹き出しながらウェルの腕がコンソールに叩き付けられた。

 

 まさか影縫いを自力で脱するなど夢にも思わない弦十郎たちは動きが遅れてしまう。これにより、機関部にとりつけられたネフィリムが鼓動し、何かを起こそうとする。

 

 こんな世界、自分が英雄になれない世界なんて壊れてしまえ!! ウェルが大声で高笑いをする――瞬間、彼の頭上に影。

 

 

「ぉおらあッ!!」

「ヒィ!?」

 

 

 弦十郎の拳がコンソールを土塊へと変える。目と鼻の先で放たれた、そのあまりにも強力無比な一撃に思わず腰を抜かしてしまうウェル。当然だ。コンソールの硬さを考えれば、それが人間に放たれた場合なんて想像するにたやすい。

 

 コンソールを破壊したのは良いものの、機関部に接続されたネフィリムの鼓動は止まらない。

 

 

「やはり壊すだけではだめか」

『すまない。ネフィリムを止めることは出来そうにない…』

『大丈夫ですって。そこらへん予想通りなんで』

『…君は未来予知でも出来るのか?』

『そりゃ、ご想像にお任せします』

 

 

 軽口をたたき合いつつ、弦十郎はウェルを抱えて脱出を図る。あのネフィリムの鼓動は恐らく大変危険な状態を示しているだろうが、聖遺物を持たない自分では対処のしようがないのが現実。しかし、彼女たちならば仮にどのような存在が出てこようときっと帰ってきてくれるだろう。そう信じて、弦十郎と緒川はウェルを連れて機関部を脱出するのであった。

 

 

 

※※※※※※※

 

 

 

 

 それは、あまりにも巨大であった。

 

 フロンティア機関部を突き破って現れた真っ赤な球体。数秒おきに鼓動するその姿は、まさに心臓そのもの。それこそがウェルの最後の切り札。ウェルという最後の制御装置の手から離れたネフィリムが行うのはたった一つ。

 

 捕食。聖遺物を喰らい、全てを喰らう。最後に与えられた、滅ぼせと言う言葉を忠実に実行しようとする。

 

 

『…なあビッキー。アレを見てどう思う?』

「…凄く……おっきいです」

『ごふっ!?』

「言わせてる場合かァ!!」

『ゴファッ!?』

 

 

 響の言葉に思わず吹き出した遊吾に向かってクリスが蹴りを放つ。

 

 冗談交じりにそんなやり取りを行っているものの、その内心は焦りと恐怖で一杯だ。

 

 フロンティアの力を吸収したネフィリムは、まさに暴食の巨人。マグマのような赤い身体は、背後に地球があるからこそその巨大さが伺える。あんなものが地球に降り立ってしまえばどうなるか、そんなものは分かり切っているが、あれだけの力を内包しているネフィリムを止める術は――遊吾がそこまで思考した時、少し距離をとって様子を伺っていた響一郎が叫んだ。

 

 

「避けろ、遊吾ッ!!」

『ぐっ!?』

 

 

 絡みつく赤。それはネフィリムの身体から伸びてきた触手。

 

 急いで切り離そうとするが、アビスの力を持ってしても触手を切り裂くことは出来ない。能力を開放。吸収能力の無効化を試みるが、それすらもネフィリムは受け付けない。

 

 

「遊吾ッ!!」

 

 

 響が触手を外そうと拳を叩き付けるが、それでどうにかなるほど軟ではない。逆にその強度によってガングニールの籠手に罅が入ってしまうほどだ。

 

 

「切ちゃんッ!!」

「このッ!! 遊吾を離すデスッ!!」

 

 

 切歌と調が前に出る。

 

 調のシンフォギアが展開され、女性のような形状の巨大な人型ロボットへと変形する。切歌もまた、その鎌を野獣の爪のように鋭く巨大化させ、全霊の一撃をネフィリムに放つ。

 

 ネフィリムと二人が交差する――

 

 

「ああッ!?」

「くっあッ!?」

 

 

 だが、ダメージを受けたのは二人。鎌はひび割れ、ロボットの装甲が剥げ落ちる。

 

 二人の身体からフォニックゲインが吸収されている。現在のネフィリム――ネフィリムの最終形態たるネフィリム・ノヴァは近づく聖遺物のエネルギーすらも捕食するのだ。それによって二人の攻撃は全くの効果を見せなかった。

 

 

「なら――ソロモンの杖、最大出力だッ!!」

 

 

 接近することは難しく、このままではネフィリムは地球へと落下してしまう。

 

 それを防ぐ手段は一つ。ネフィリムを別空間へと格納すること。クリスは手に持つソロモンの杖を起動させ、それをXDモードの馬鹿力で無理やり機能拡張を行う。それによって発生するのは、バビロニアの宝物庫からノイズを召喚するのではなく、逆にバビロニアの宝物庫への通り道を作りだすこと。

 

 ソロモンの杖。遥か昔に人類が同じ人類を殺す為に開発した聖遺物。だが、果たしてそれが本当にソロモンの杖の在り方だったのか。純粋な力、それは誰かを殺す為にしか存在出来ないのか。

 

 

「人を殺すだけじゃないって――証明してみせろッソロモンッ!!」

 

 

 力は、ただ誰かを傷つけるだけじゃない。クリスの想いに応えるように、ソロモンが光を放ち、バビロニアの宝物庫への入り口を固定化する。

 

 だが、そこにネフィリムの触手が迫る。バビロニアの宝物庫がどのようなものか分かっていないだろうが、それが己の邪魔になると理解しているネフィリムが、その元凶を排除しにかかる。だが、それよりも早くアビスが動いた。

 

 

『おッぉおおおおおおおおおおお!!』

 

 

 アビスが咆哮を上げて突進する。翼が折れることすら構わず無理矢理炎を推進剤としてネフィリムに向かって加速する。

 

 ネフィリムの位置がズレたことでクリスへの攻撃は回避され、ネフィリムはバビロニアの宝物庫へと吸い込まれていく。

 

 

『――あっ、やべっ』

 

 

 遊吾が思わず呟いた。仮に拘束されたアビスから抜けたしたとしても、ネフィリムに拘束されるだけだと。

 

 とりあえず反射的に行動してしまったのだが、それが今回は仇になったようだ。どうしようかね、思わず頭を悩ませる彼の頭上から、叩き付けるような声が飛んだ。

 

 

「跳びなさいッ、ユーゴッ!!」

 

 

 声に従い、アビスの身体を捨てた遊吾はD-noiseの姿となってネフィリムの拘束から抜け出す。だが、それを目敏く確認したネフィリムが、何十と言う束の触手を彼に向かって放つ。が、その触手は銀色の閃光によって阻まれた。

 

 

「ねぇユーゴ。ちょっと聞きたいのだけれど…」

「な、なんだ?」

「馬鹿なの? ねぇ、馬鹿なの? いいえ、馬鹿だわ貴方」

「断言されたッ!?」

 

 

 前までのマリアならここで心配してくれるだろうに、まさかの罵倒に目を開く遊吾。どうやら、ほんの少し会わない間に彼女の中で何か大きな変化があったらしい。

 

 

「事実でしょう? この後どうするつもりだったのよ」

「…あー、その」

「一人で無茶をして、それで何が変わるの?」

「いや、助けてくれるって信じてたから、その、な?」

 

 

 何も考えていなかった。いや、実際のところ考えてはいたのだ。

 

 ネフィリム・ノヴァを処理する方法はある。だが、それを実行するためには多少なりと無茶をしなければならない。

 

 

「遊吾が無茶をするのは、そのタイミングじゃないよね?」

「響」

 

 

 彼の元に響が舞い降りる。その表情は全てを悟っている顔だった。

 

 彼の作戦。その締めとなるフィナーレ。その為にはどうしてもとあることをしなければならない。それはある意味一人で行うからこそ意味のある行動だった。

 

 

「…人を守る。凄く難しくて、辛くて。私にも、皆にも、一人でそれをするってきっと出来ないことなんです」

 

 

 そっと目を閉じて響が囁く。

 

 

「でも、私たちは一人じゃない」 

 

 

 響が静かに宣言する。

 

 一人ではない。人は一人では生きていけない。そこには必ず誰かとの繋がりがあって、そうやって人は生きている。

 

 響の言葉に大きく息を吐き、遊吾は考える。

 

 このままネフィリムをバビロニアの宝物庫に封じ込めるという策はある。だが、バビロニアの宝物庫とはそれ自体がノイズの精製プラントであり、聖遺物。もしネフィリムがこれを全て喰らった場合、一体どのようなことが起こるかなんて分かったモノではない。ならば、自分たちがするべきことは一つ。

 

 このままバビロニアの宝物庫に突入し、ネフィリムを撃破する。

 

 

――遊吾君ッ!!

 

 

『っ!?』

 

 

 突如として響き渡る男性の声に誰もが周囲を見まわす。

 

 

「良いタイミングだ、洸さん」

「あきら――」

 

 

 遊吾の呟きに、響がまさかと上を見る。

 

 虚空に突如として極彩色の光が現れ、その中から一台のDホイールが飛び出してくる。

 

 黒いヘルメットにサングラス。だが、それが誰か響には分かった。分かってしまった。

 

 

「お、とう、さん?」

「立花の父親? まさか――」

 

 

 一体どういう原理か分からないが、宇宙空間に停車したDホイールは、背後に連結してきたらしい遊吾のDホイールのロックを解除しながら言う。

 

 

「遊吾君。これで良いのかい?」

「ああ、十分だ。あとは頼むわ」

 

 

 突然の事態に追いつけない面々を放置して、遊吾はDホイールに跨るとヘルメットを装着。Dホイールのシステムを立ち上げる。

 

 モーメントが虹色の光を放ち、Dホイールのモニターにバトルロイヤルの文字。彼は手札を引き、淀みない手つきでカードを叩き付ける。

 

 

「バイス・ドラゴンを特殊召喚ッ! そして手札からダーク・リゾネーターを通常召喚ッ!!」

「おい、何馬鹿やってんだ!?」

 

 

 いくらなんでもこのタイミングで決闘をしようなんて非常識すぎる。どのような意図があるにせよ、止めなければ――クリスが一歩前へ出ようとするが、目の前に立ちふさがるDホイール。

 

 

「手前」

「すまないが、待ってくれないか…。これが彼の最後の疾走決闘なんだ」

「…最後?」

 

 

 誰もが首を傾げると同時に、巨竜が咆哮を上げる。

 

 レッド・デーモンズ・ドラゴン。彼の始まりであり、目標である義父の魂のカード。彼はこのカードの導きでこの世界へとやって来た。

 

 

「遊吾君。分かっているのかい?」

 

 

 謎のDホイーラー――立花洸、現在は旧姓である守崎洸と名乗る、響の父が彼に言う。

 

 これは彼の最後の作戦であり、今まで彼が練ってきたG計画の最終段階。ユー・トイルイ・テッシという全てが謎に包まれた極悪人が、その正体を明かすことなくこの世から消えると言うシナリオ。

 

 

「分かってる。…だからこそ、だよ。全部一からやり直しだ。その為にも、俺は行くんだよ…」

 

 

 アクセルを開く。大出力のエンジンが瞬く間にDホイールを加速させ、閉じつつあるバビロニアの宝物庫へと突き進む。

 

 

「おい、ちょっと――なんだ!?」

 

 

 クリスの手の中のソロモンの杖が光となって彼に追従する。それを目で追って――そこで気が付いた。彼の頭上を飛翔する物体に。

 

 

「あれは――メサイア!?」

「知ってるんですか、マリアさん!?」

 

 

 メサイア――真の名は、救世竜セイヴァー・ドラゴン。

 

 異界への扉を開く鍵であるソロモンの杖。そして、救世の奇跡を起こすセイヴァー・ドラゴン。そして、魂の炎を燃やすレッド・デーモンズ・ドラゴン。

 

 それら三つが彼のDホイールと一つとなり――

 

 

――研磨されし孤高の魂ッ!! 今一つとなりて大地を照らすッ!! 光り輝けェッッ!!

 

 

 それはあまりにも雄々しく、あまりにも美しい。

 

 紅い竜が、バビロニアの宝物庫の宝物庫の扉を閉じた。

 









遅くなって本当に申し訳ありませんでしたァッ!!

あまりにも難産過ぎて、ずっと悩みに悩んで出した結論がコレ。正直、読み返してみてとんでもないくらい打ち切りEND臭が半端ないという。どうしてこうなった。

実質的にこれが最終回。これ以降は蛇足的なエピローグになりますので、ここで終わりの挨拶を。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!!途中色々ありましたが、何とか最終回までこぎつけることが出来ました。これもひとえに応援してくれる皆様の御蔭であります。本当にありがとうございます。

シンフォギアG。登場人物が増えたということもあって、物凄い話を書くのが難しかったです。深い心理を掘り下げたりとか、もう、ほとんど出来てないような気すらしています。低評価もいただきましたし、後半に行くにつれて感想が来なくなることも。途中からキャラクターが舞台装置になったり、遊吾が只のテンプレ説教オリ主になったりと、上手くいかないことの連続。至らず、反省する点が凄くあります。

今回の作品に、自分なりにテーマを作ってみました。それは、人を守る難しさ、一人が何かを為そうとすることがどれだけ難しく、また自分がどれだけ人と手を取り合って生きているのか。

遊吾は、今まで人を守るということをしてきませんでした。シンフォギアで初めて心の底から大切な人が出来て、その人を守ろうとしました。結果的に上手くいきはしましたが、それはあくまでも弦十郎たちの手があってこそ。

Gの遊吾は外国で一人、という状況で護りたい人が出来ました。ですが、果たして彼女を守る結果につながったのでしょうか?待遇の改善、研究所の子供たちとの交流。これが後にどう影響を及ぼすのか、ユー・トイルイ・テッシという人物が与えた各国への影響などもはかり知れません。
もし出来たとして、彼に出来たのは、多少なり突破口を開くことや、風穴を広げること程度。

幸い、この影響で原作とはほんの少し違った未来が彼女たちを待っています。ですが、これは同時に彼女たちの未来をより暗い物にするかもしれないと言う博打でもあった。

ネフィリムを倒し、彼は元の遊戯王の世界へと帰還しました。ですが、この世界で自分の力と弱さを思い知った彼は、これからどうするのか。


遊戯絶唱シンフォギアG、これにて終幕となります。沢山の感想、評価ありがとうございました!!

特撮仮面の次回作にご期待ください。


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簡単なその後と蛇足的キャラクター紹介

 武装組織フィーネの決起より早数ヶ月。あわや未曽有の大参事となりかけたその事件は、世間ではあくまでもある武装組織主導によるテロの一つとして処理され、インターネットの世界では、聖遺物やそれを使用したシンフォギアという存在が都市伝説的に語られるようになった。

 

 そんなある日。変わらぬ登校風景がそこにはあった。

 

 

「おっはよー!」

「はぁ…また煩いのが来やがった」

「開口一番酷い!?」

 

 

 校門を入って直ぐの場所で何やら言い合いをする二人組を発見して、響は全速力で駆け寄ると二人組――風鳴翼と雪音クリスに声をかけた。

 

 

「ああ、御早う立花」

「おはようございます、翼さん」

 

 

 にこりと微笑む翼。

 

 フィーネの事件以来、翼はよく笑うようになったと聞いた。確かに、剣のような冷たい表情しか浮かべていなかった頃と比べれば、随分と表情豊かになったように思う。

 

 

「ところで、聞いてくれ立花。あの日以来、雪音が先輩と呼んでくれないんだ」

「あららー…と、言いますか、おやおや、せ、ん、ぱ、い、とか呼んでたんだぁ?」

「ふんっ!!」

「あいたぁ!?」

 

 

 ニヤニヤと笑って言えば、クリスが見事な手刀を響の額に命中させる。

 

 

「何で!?」

「お前らみたいな馬鹿は打撃が一番良いって分かったからなぁ」

「酷い!? 本格的に酷いよクリスちゃん!?」

「うるせぇ!! 元はと言えば年上をからかうお前が悪いんだ!」

『えっ?』

「え? ってなんだよ!?」

「いや、とし、うえ?」

「当たり前だろ」

『えっ?』

「えっ?」

『えっ?』

「そこ、皆で首傾げあわないの。せめて端でやろ?」

 

 

 クリスの年上発言に驚きを隠せずに困惑してしまう翼と響。

 

 彼女の言う通り、学年が下ではあるが、年齢だけを言うならば実はクリスは響の一個上の先輩なのだ。ある意味、大人びている部分があるが、実はピカピカの一年生みたいな遊吾と同じ感覚かもしれない。

 

 仲良く首を傾げ合う三人を見て、後からゆっくりと歩いてきた未来がため息を吐きながら漫才のようなやり取りを繰り返す三人に注意を促す。

 

 新たな日常の始まり。あの戦いが終わってからよく見るようになった四人のやりとりに、誰もが『またあいつらか』と苦笑して歩いていく。

 

 

「ねえ、響? あれから身体大丈夫なの?」

「勿論! …と、言いたいんだけど」

 

 

 そこで表情を暗くする響。まさか、何か問題でも起こったのか、と皆が心配するなかで、彼女は静かに言った。

 

 

「身体に残ってるガングニール分、体重が増えてるんだ…」

「アホかァッ!!」

「あたっ!?」

 

 

 何十㎏と体重が増えているわけではなく、大体五、六㎏ほど体重が増加しているだけなのだが、花の女子高生としてはその五㎏の誤差は重要である。

 

 だが、彼女の身体を心配する身としてはたまったものではない。

 

 

「おまっ、そんな下らないことで。心配して損したわッ!!」

「酷いよクリスちゃん!? って、今心配って、心配って言ったよね!」

「ばっ、べ、別に心配とかしてねーし!」

「いいや、言ったね! いやー、やっぱクリスちゃんはツンデレさんだったかぁ」

「誰がツンデレだァ!!」

「平和だなぁ」

「平和、ですねぇ」

 

 

 ギャイギャイと取っ組み合いになりつつあるクリスと響のやりとりを見て、翼と未来が笑う。

 

 これが、自分達が守り抜いた日常なのだ。非日常に身を置くからこそわかる暖かさを噛み締める。

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

 そんな彼女たちにかかる声。

 

 もうすぐHRが始まる時間だ。周囲に生徒たちは居ない。それでも声がかかると言うことは――

 

 

「あ」

「おはよう! 切歌ちゃん、調ちゃん!!」

 

 

 響の元気の良い挨拶に、同じくらい元気に、おはようデスッ! と返す切歌と、小さく、おはようございます、と照れ臭そうに言う調。

 

 彼女たちの服装は、制服。つまりそれは彼女たちが今日からこの、私立リディアン音楽院高等科の学生となるという証。

 

 

「よぉし! じゃあこれから皆で二人を案内しよう!!」

「響、もうすぐHR始まるよ!?」

「良いの良いの! ほら、レッツゴー!!」

 

 

 腕を引っ張られて目を白黒させる二人。ずんずんと歩いていく響を見て、やれやれとため息を吐きながらも、三人は仕方なさそうに彼女たちの背中を追いかけるのであった。

 

 

 尚、当然のことながら響は担任の先生にこっぴどく叱られるのであるが、それはまた別の話だ。

 

 

 

・立花響

 

 武装組織フィーネの決起事件終結後、リディアン音楽院高等科で変わらぬ学校生活を送る。今回の事件を受けて、特異災害対策機動部二課は解体、新たな組織が組織されるが相変わらずの、最短に一直線、まっすぐに誰かと手を繋ぎあっている。

 

 身体に聖遺物が残っているが、予後は安定。侵食の心配は無いとされているが、それによる体重増加が最近の悩みである。

 

 尚、最近誰かさんによく似ていると言われている。どうしてこうなった。

 

 

・風鳴翼

 

 武装組織フィーネの決起事件終結後も、以前と変わらず歌姫としての活動と学業を両立する忙しい毎日を送っている。新たに組織される部署に関しては協力するつもり満々と言ったようで、良き先輩としての背中を見せていければと考えている。

 

 最近、親子問題を乗り越えようとしている響を見て父親に少し歩み寄ってみようかなどと考え始めている。

 

 

・雪音クリス

 

 

 武装組織フィーネの決起事件終結後も、相変わらずの日常を送っている。クラスメイトとの距離が縮まったお陰で、中々愉快な学校生活を送っているようだ。こちらも新たな組織には協力的で、自分の力がどこまで活かせるか、後輩たちに先輩らしくできるかと、相変わらず悩みも多いようだ。

 

 また、雪音クリスファンクラブなる組織が出来上がっていることや、装者たちが我が家に入り浸ることが最近の悩みである。

 

 

・暁切歌

 

 

 武装組織フィーネの決起事件終結後、二課にその身を拘束されていたが、司法取引、また彼女が自己責任能力の少ない、未だ未成年の少女であるということもあり、監察ありの日常生活を送ることとなった。また、新たな組織に装者として配属予定である。

 

 最近、メキメキと(カレー)料理の腕を上げつつあり、史上最強のカレーを作り上げることが将来の夢となっている。どうしてこうなった。

 

 

・月読調

 

 武装組織フィーネの決起事件終結後、二課にその身柄を拘束されていたが、切歌と同じくなんやかんやで監察処分となった。

 

 現在はリディアン音楽院一年生として学校に通う毎日を送っている。

 

 彼女の中には未だフィーネが居座っているが、フィーネとして覚醒する様子は欠片も見られずまるで姉妹のようにコミュニケーションを取り合っている。

 

 

・マリア・カデンツァヴナ・イヴ

 

 武装組織フィーネの決起事件終結後、身柄を拘束。主犯格として様々な処置が考えられたものの、洗脳などの痕跡が確認されたこと、真犯人としてユー・トイルイ・テッシの存在があること、またレックス・ゴルドウィンたちの尽力により殆ど罪状は無く、彼女の境遇もあって軽い監視のみとなった。

 

 現在は、妹のセレナのリハビリを手伝いながら、各地でのコンサート、聖遺物研究の協力など、自分にできることで少しずつ償いを行っているようだ。

 

 尚、最近の悩みは生活に少し満足感がないところである。

 

 

・セレナ・カデンツァヴナ・イヴ

 

 マリアの妹であり、アガートラームの元装者。歴史上類を見ないほどの適合者であったが、アガートラームが絶唱により機能不全となったところで落下してきた瓦礫の下敷きとなるのだが、意識不明の状態で回収される。意識の無い、植物状態のような状態ながら身体は成長を続け、身体機能は正常に回復。意識のみが戻らない状態が続いていたが、遊吾のセイヴァー・ドラゴン研究の際に、彼女の意識、魂とされるものと思われる情報が、アガートラームの内部に格納、保護されていることを確認。

 

 七十億の絶唱と、真のセイヴァー・ドラゴンの発現によりサルベージに成功。完全に意識を取り戻した。

 

 現在はリハビリを行い日常生活への復帰を目指す他、私立リディアン音楽院への編入も視野に入れているそうだ。

 

 

・天羽奏

 

 元ツヴァイウィングの片割れ。特殊なアウルヴァッヘン波形を必要とする、トリシューラのシンフォギアを与えられ、戦線に一時復帰。トリシューラの正規適合者となるが、現在は災害救助の傍ら音楽の楽しさ、歌の力を後世に伝えていくべく、また翼の活動を応援するために音楽関係の資格の勉強中である。

 

 翼が悲しんでいるので、とある海胆野郎は全力で殴る予定である。

 

 

・風鳴響一郎

 

 たい焼き屋の店主であり、風鳴家の長男。とは言え破門兼家出中である。

 

 弦十郎との関係は変わらず良好。新組織樹立にあたり第一線に完全復帰。唯一の戦場に立つことができる大人として今日も大災害を相手に剣を薙いでいる。

 

 相変わらずたい焼き屋は繁盛していないようである。

 

 

・風鳴弦十郎

 

 相変わらずの大人っぷりで師匠をやってる。ノイズ災害が減った代わりに何かとオカルト染みた事件が発生することが多くなっており、時折彼が直接出っ張ることもある。

 

 最近、シャイニングドローを覚えた。

 

 

・緒川慎次

 

 風鳴翼のマネージャーであり、忍者。

 

 翼の夢を支援しつつ、装者のことを支援しつつと忙しい毎日を送っている。

 

 最近、藤木戸健二という少し変わった友人が出来た他、フィールで空を駆けられるようになった。

 

 

・藤尭朔也

 

 オペレーター。最近影が薄いことを悩んでいるが、そういうときは満足している。

 

 最近、謎のDホイーラーAと仲が良くなり、今では一端のDホイーラーである。また遊吾のファンが一人増えた。

 

 

・友里あおい

 

 オペレーターの人。ついに拳銃で超長距離射撃を成し遂げるというとんでもない人になった。彼女の持つカードは鋼鉄を切り裂く。

 

 装者たちの良き姉のようなポジションに収まりつつあり、マリアや翼などの年長組と仲が良い。

 

 最近、デルタ・アクセル・シンクロが使えるようになった。

 

 

・立花洸

 

 謎のDホイーラーAこそ立花響の父親。

 

 異星人と王者のおかげで少し変化した。あと、少しOTONA化しかけている。

 

 現在、妻と響に許しを得るために日夜頑張っている。

 

 

・小日向未来

 

 最近、ツッコミとオカンのポジションを確立しつつある。

 

 聖遺物、神獣鏡は決闘盤を介することで使用可能となることがわかり、現在は装者としての訓練中である。

 

 戦闘面こそあまりだが、聖遺物関係の事件では彼女は大活躍。今後、聖遺物の未来と呼ばれる日も近いかもしれない。

 

 

・野球少年たち

 

 後にプロ野球、そして世界で結果を残す、将来有望視されている少年たち。最強のバッテリーと守備打撃なんでもござれのミラクルマン。

 

 ただ、ミラクルマンはとある人物のせいでエロ方面にも特化してしまった。

 

 尚、名前はピッチャー、碇進司と、キャッチャー春羽風郎、バッター藤井一郎である。

 

 

そして――

 

 

 

『さあ、次に現れるのは自称初出場! ここからが俺の真の始まりだ!!』

『サテライトから来た男ォ!! 遊吾ォオオオッ! アトラァァアアスッッ!!』

 

 

・遊吾・アトラス

 

 エキシビションマッチに参加すること無く、FFCに一般枠として滑り込み参加。

 

 今まで、ずっと一人だと思っていた。だが、自分はどんな時でも一人ではなかったのだとは、試合後の彼の言葉だ。それにどのような意味があるのかは分からないが、彼なりに思うことがあるようだ。

 

 FFCの後、彼は誰に言うこと無く行方を眩ませた。己を鍛え直す旅をしているということである。







今後の予定について活動報告に書き込ませていただきました。よろしければ確認してみてください。


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彼のエピローグ

「……」

 

 

 机の上に置かれたカードの束。一枚一枚は只の絵札でしかなく、恐らく何も知らない人がそれを見ても何も分からないだろう。それに、誰も信じないだろう。

 

 こんな掌に収まるくらいのカード一枚一枚が未来を変える可能性を持ち、世界を破滅させるような力があるなんて。

 

 トレーディングカード。様々な絵柄を集めることを目的としたそれに、遊びとしてのルールと戦略性を追加した遊び、トレーディングカードゲーム、TCG。

 

 現在、世界中でこのカードゲームが流行の兆しを見せていた。

 

 それが、遊戯王デュエルモンスターズ。元は日本のとある会社が開発していたカードゲームだが、数十年前に販売を終了させていた。しかし、アメリカの聖遺物研究機関であるF.I.S.の子供たちが、見たこともないカードを使って遊んでいる姿を見つけたとあるアメリカのゲーム会社の社長がその子供たちの話とエジプトの古代遺跡の石板からデザインを考え、日本の企業と協力して新たに誕生したのが、現在の遊戯王デュエルモンスターズである。

 

 アドバンス、融合、儀式、シンクロ、エクシーズなど様々なシステムが考案され、発売から数ヵ月で世界中の注目の的である。

 

 無論、この流行には一つの原因があった。それがネフィリム内での――

 

 

「響?」

「…あ、未来」

「どうしたの?」

「遊吾、どうしてるかなーって」

 

 

 同室の小日向未来が、デッキを前にして動かない少女――立花響を見かねて声をかける。

 

 顔を上げた響が、キチンとしてるかなぁと笑う。だが、未来にはわかる。その表情がまるで飼い主に棄てられた子犬のような哀しみに濡れていることに。

 

 ベッドから降り、未来は響を抱き締めた。

 

 

「うぇ!? 未来!?」

「寂しいなら寂しいって言ってよ。ね?」

「未来…」

 

 

 困ったように眉をハの字にして笑う響。

 

 確かに、未来の言うように彼が、遊吾が居なくなったことはとても寂しい。彼のことだから何かと理由があるということは何となく理解できる。だが、納得できるかと言われればそれは違う。自分が全ての罪を持っていくなんて都合が良すぎるし、あまりにも独りよがりだ。と言うか、彼は遺された人のことを考えたことがあるのだろうか? いや、無い。断言しよう。ありえない。

 

 

 今回、特に関わりの多かった切歌や調、そして何よりマリアはいつも遊吾のことを気に掛けている。彼が異世界人だということは知っていたが、まさか本当でしかもあんなに唐突にいなくなるとは思っていなかったのだろう。いつも心配そうだ。

 

 クリスは居なくなって清々する、などと言っているが、その癖一人きりになると、約束破りやがって、などと寂しそうに吐き捨てている姿を良く見るようになった。翼は表面上こそ変わりないが、ファンが一人減ってしまったなと苦笑していた。

 

 弦十郎たちも、あまりにも突飛の無い彼の行動に少し思うところがあるのか、鍛え直しだと色々しているようだ。

 

 彼は確かに異世界人で、この世界には存在しない人なのだろう。だが、それでも彼はこの世界に存在していて、自分たちは彼と心を通わせ、交流していた。だが、

 

 

「結局、遊吾にとって私たちってその程度だったのかなぁって考えちゃって」

「響…」

 

 

 悲しそうな響の言葉に、未来は決意する。

 

 あの野郎、帰ってきたら一発殴る、と。

 

 

「あ、あの、未来?」

「ん? どうしたの響?」

「ちょっと背中痛いというか笑顔が怖い!」

「あ、ごめん」

 

 

 どうやら少し熱くなってしまったらしい。慌てて響を離す未来。

 

 

「ふぅ…でも、遊吾にとって私たちが大切な存在だったって言うのは分かるよ? でも、ね…」

「響――よし!!」

 

 

 それでも、と笑う響に、未来は決意した。

 

 彼女の眉にハの字は似合わない。彼女を元気にするには、その原因を取り除くのが一番手っ取り早い。ならば、その原因とは何か? それは、遊吾・アトラスが元の世界に戻ったということ。ならば、遊吾が居なくなって寂しいのであれば、こちらからあちらの世界に行ってしまえばいい!!

 

 

「洸さんのところに行こう?」

「お父さんのところ?」

「うん」

 

 

 事件終結後、簡単に響の父親――立花洸が自分のことを語っていたが、彼には何やらネオスペースなる異空間を通ることで様々な世界を行き来する力を持っているらしい。

 

 ならば、その力を借りて彼の世界に行くことが出来るのではないだろうか? そう考えた未来の提案であったが、彼女の提案を首を振って否定する。

 

 

「それは駄目だよ、未来」

「どうして!?」

 

 

 何故駄目なんだ。詰め寄る未来に、響がとても言いにくそうに言った。

 

 

「今、実家で叔父さんとかおじいちゃんとかと大喧嘩中だから」

「あっ…」

 

 

 そう。立花洸――旧姓守崎洸は、現在妻と復縁するために奮闘中、なのだが、彼の実家である守崎家の人々が、あまりにも不甲斐無い洸が今更戻ってきたことに憤慨し、復縁をするならば、俺たちを倒してからにしろ!! 状態なのだ。

 

 立花家としては、三顧の礼や響との大喧嘩で、しっかりと誠意を見せてもらえている為まあ歩み寄ってもいいかなと考えているものの、守崎家の人々が、喝を入れなければ気が済まんということらしく、現在洸は実家へ戻り、何やら大エンタメデュエル大会やら、格闘ゲームもビックリな実践的な拳と拳の語り合いをしている真っ最中らしい。

 

 

「…響のお父さんの実家って、何なの?」

「えーっと…確か、元は妖怪とか幽霊を相手にする退魔師、とか陰陽師の一族だったんだって。あと、大昔には薩摩の方に本家があって、戦乱に乗じてこっちに来たとかなんとか。凄いよね、おじいちゃんもう九十歳になるのに、まだムキムキマッチョマンなんだよ?」

「なるほど…血筋、だったんだ…」

「それどういう意味!?」

 

 

 立花響のルーツは、どうやらそこにあったらしい。なるほど、と悟る未来に掴みかかる響。

 

 と、彼女の視界の端、机の上に置かれた液晶デジタル時計を見て悲鳴をあげると物凄い速さでベッドの中へと飛び込んだ。

 

 

「ほら、早く未来も寝ないと! 明日早いんだよ!」

「え? ちょっ、響!?」

 

 

 おやすみ! と言うだけ言って布団を頭から被る親友に思わず声をあげるが、すぐに聞こえてきた寝息にやれやれと首を振る。

 

 確かに言う通りだ。未来は、おやすみ、と響に小さく呟いて自分のベッドへと戻る。

 

 

「――りがとう」

 

 

 小さい声。一瞬立ち止まるが、ふふっ、と笑みを浮かべると未来は布団に潜り込む。

 

 布団の暖かさに包まれ、ゆっくりと身体が沈んでいく。

 

 明日は、マリアと翼が日本で仕事をする日であり、久しぶりに装者一同が揃う日なのだ。

 

 

 

 

「マリアさぁあああん!!」

「あら、響。久しぶりね」

「格好よかったですよ!!」

「ふふっ、ありがとう」

 

 

 ライブ終了後、新本部パーティ会場に現れたマリアの胸に響が飛び込んだ。それを受け止め微笑むマリア。それは人種こそ違えど何処か姉妹のように見えた。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴと立花響。元々はF.I.S.そして武装組織フィーネのリーダーと、特異災害対策機動部二課の装者という敵対する仲であったが、互いに全てをぶつけ合う決闘や、互いにガングニールのシンフォギアを身に纏うという共通点、そして何より、遊吾・アトラスの関係者という部分が彼女たちを強く惹き付けた。

 

 一人っ子である響にとって、年上の女性は先輩や母親といった関係の人物しかおらず、姉のような母のようなマリアの存在は新鮮で、またマリアも妹のセレナが居り、セレナはマリアと違い響に近い性質であるためか、新しく出来た妹のように可愛がっている。

 

 

「あー! 狡いデスよ!」

 

 

 私だってまだあまりしてもらったことないのにー! とマリアに飛び込むのは、金髪の少女――暁切歌だ。

 

 

「切歌ちゃん! 久しぶり!」

「いや、今朝一緒にライブに行ってたデ――いたいいたい!?」

「…今日の立花はどうしたんだ?」

 

 

 切歌の身体を力一杯抱き締める響。現在の彼女の筋力は並み以上。そうなれば切歌が悲鳴をあげるのも仕方のないことで。

 

 そんな騒ぎを見て、グラスを持った風鳴翼が思わずといった風に呟いた。

 

 元々身体を使ったスキンシップなどが多目だったが、今日は一段と激しいように見える。

 

 

「その、遊吾さんのこと思い出しちゃったみたいで…」

「ああ、なるほど…」

 

 

 遊吾・アトラスと立花響。この二人の関係を言い表すとどのようなものになるか。恋人ではないし、家族ではない。だが、大切な存在。

 

 一つ言えることがあれば、二人は互いに支えあっていたということ。そんな支えの片割れが居なくなったのだ。どのような理由があるとしても、多少不安定になってしまうのは仕方がない。

 

 故に人恋しいのだろう。

 

 

「あんな調子で大丈夫かよ、あの馬鹿」

「ほう? 雪音、そんなことを言っても良いのか?」

「な、何がだよ」

 

 

 吐き捨てるように言うのは、口元にソースを付けた雪音クリス。そんな彼女に対し、なぜかニヤリと笑う翼。それを見て身を引くクリス。

 

 

「この間、勉強を教える為にお前の部屋にいったとき、キーホルダーを見つめて――」

「わぁああああああああああああ!? あああああああああ!! あああああああああああああああ!!」

「煩いぞ!」

「う、ばっ、お前、お前なぁ!? お前なあ!!」

 

 

 瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にし、翼の胸をガッチリつかみながら魚のようにパクパクと口を開けるクリス。

 

 痛いぞ、と平静を装う翼だが、その表情と目には隠しきれない愉悦の感情が浮かび上がっている。

 

 

「分かってるだろテメェ!!」

「うん? 何のことだ? あー、誰かが先輩と呼んでくれたらなー」

「ぐ、ぐぬぬぬ…」

 

 

 この野郎ッ、私は野郎ではないぞ? などとやり取りをしつつ、クリスは考える。

 

 このまま翼を掴んで詰め寄っているのは簡単だ。だが、自分には彼女をどうこうできるような力は無い。もし何かの拍子にアレを言われれば、終わる。それを理解しているからこそ翼はわざと引き延ばししているのだろう。

 

 そういう風に、あーだこーだと言い合いをしている装者たち。そんな彼女たちを見て、お互い大変だねと苦笑しあう、調と未来。

 

 

「レディースエーンドジェントルメーン!!」

「はぁ? なんだ――って、オッサン!?」

「響一郎さんも――あの、隣にいる筋肉ムキムキマッチョメンの変態は」

「レックス所長!? 馬鹿な、今日は仕事で来られないと――」

「トリックだよ」

 

 

 突如として会場の照明が落ちたかと思えば、ステージに降り立つ筋骨粒々のむさ苦しい大人たち。

 

 弦十郎がシルクハットを被っているのは良いとして、何故か日本神話の男性のような格好をしてアームドギアを展開して構える響一郎と、上半身裸で何やら刺青を入れているレックスはどういうことなのか。

 

 まるで意味がわからんぞ、と装者たちが困惑する中、弦十郎がマイクスタンドをクルリと回して言った。

 

 

「今日は集まってくれてありがとう! これから、サヨナラ二課! こんにちはS.O.N.G.! を開始する!!」

『ウォオオオオ!!』

 

 

 男、女、職員の皆が盛大に叫ぶ。中には、きゃー司令素敵ーだの、司令! 俺だ! 発剄してくれェ! といった声まで聞こえてくる。一体この二課で何があったのだろうか?

 

 

「皆、飲食しながらで構わない――まずは、アメリカからのビデオレターだ。これは、現在アメリカで生活復帰を目指しているセレナ・カデンツァヴナ・イヴさんから預かってきたものだ」

 

 

 盛り上がってきたところで、弦十郎がスクリーンに映像を映し出す。

 

 そこに居るのは、淡い髪色の少女。優しそうな、だが強い意思を放つ蒼い瞳。

 

 マリアの実の妹であるセレナの姿だ。

 

 

『マム、これ撮ってるの? ちょっと緊張して肩が凝る――え、もう撮ってる!? 先に言ってよ! もう。えっと、特異災害対策機動部二課の皆様、はじめまして。セレナ・カデンツァヴナ・イヴって言います。マリア姉さんが何時もお世話になっています。迷惑かけてませんか? 姉さん何かとおっちょこちょいだし、怖がりだし、ヘタレるし、物凄い子供っぽいんですけど』

「なに言ってるの、セレナ!?」

「落ち着いてくださいマリアさん!」

「離して響!!」

 

 

 マリアがギャーギャーと騒いだところでビデオが止まるはずもなく、画面の中のセレナはニコニコ笑いながら話を続ける。

 

 

『―て感じで、姉さんはもう…。あ、これ以上言ったら姉さんに怒られちゃうんでもうやめときます。てへっ』

「ちょっとアメリカ行ってくる!」

「落ち着いてくださいマリアさん! 大丈夫ですよ!」

「響?」

「マリアさんがそういう人だって言うことは、皆理解してますからッ!!」

 

 

 目映い笑顔と共に親指をたてる響。そんな響を見て数秒固まっていたマリアは――泣いた。

 

 泣いた、というか哭いた。うわぁーん! と顔を覆って泣くマリアに、なにか間違えたか!? と慌てて慰めようとする響。しかし、泣き出した理由が分かっていないのに慰めようとすれば、傷口に塩を塗るどころか、塩を捻り混む勢いで彼女の心を抉ることになってしまい――

 

 

「うわぁぁー!!」

「あれー!?」

 

 

 マリアは走った。彼の無自覚に暴虐の限りを尽くす響から逃げるために。

 

 

「ど、どうしたんですかね…?」

「…今のは立花が悪い」

「ええ!?」

「うん。今のは響が悪いよ」

「未来まで!?」

 

 

 周囲の反応に、ええ、なんで!? と驚く響。

 

 そんな装者たちを放っておいて、映像は最後の場面に移る。

 

 

『と、言うことなので皆さん頑張ってください! 応援しています! そして装者の皆さん、不出来な姉ですがどうかよろしくお願いします』

「大丈夫だよ、セレナちゃん」

『それと――お姉ちゃん、大好きだよ』

「私もよセレナッ!!」

『帰ってきた!?』

 

 

 皆が感動しているところに、突如として舞い降りてきた妹魂――シスターコンプレックスことマリア。

 

 

「セレナの言葉を聞き逃すはずないじゃない」

「え? じゃあ何処から――」

 

 

 マリアが無言で天井を指差す。

 

 天井? 皆が上を見れば、そこには大人一人が通れるくらいの通気孔。よく見てみれば、その蓋は完全に外されているのが確認できる。

 

 

「どこの忍者だよ!?」

「失礼ね。美人潜入員とでも呼んでほしいわ。私のアガートラームの装備が忍者みたい、ってセレナに言われてね…」

「どんだけシスコンだよ!?」

「妹が好きで何が悪い!」

「お前、馬鹿だろ!」

「スーパーロボット見て武装考える奴に言われたくないっ!」

「なっ、言ったな!!」

 

 

 唐突に始まるクリスとマリアのキャットファイト。こそこそと戦線から離脱してきた響は、悩ましそうに額に手を当てる翼の姿を見て、どうしたのかと駆け寄った。

 

 

「どうしたんですか、翼さん?」

「ああ…そう言えばこの前、緒川さんに会わせてくれない? とかマリアが言ってたのを思い出してな…」

 

 

 まさかこの事だったとは…。やれやれと首を振る翼に、響も思わず乾いた笑みを浮かべるばかりだ。

 

 緒川慎次。彼は自分のことを只のマネージャーですと言っているし、自分達がどれだけ忍者じゃないのかと聞いてもはぐらかすばかりなのに、なぜこんなところで忍者だとバラしていくのか。

 

 もしかして、戦隊ヒーローの名乗り上げみたいにとりあえず忍者と言うことは隠しておかないといけないみたいな約束でもあるのだろうか?

 

 

「…どうする?」

 

 

 周囲を見ながら翼が言う。

 

 マリアとクリスのキャットファイトを起点として、今会場内は混沌としていた。

 

 壇上を見れば、いつの間にか黄色と黒の不気味なお面を被った弦十郎が、何やらサイバーな鎧を着た響一郎とレックスをくねくねと不可解過ぎる動きで翻弄し一方的にボコボコにしているし、その近くではハーモニカを吹きながら手札と場をグルグルしている藤尭と、それを相手にする未来の姿。

 

 その近くでは、緒川と見知らぬ男性が互いに御辞儀をしたかと思えば、身体を全く動かすこと無く謎のスライド移動をしている。更に奥では、友里が調と切歌と共に美味しいねなどとほのぼのと料理を楽しんでいた。また、それらの隣の方でこそこそと動いている奏とライダースーツの男――

 

 

「お父さん!? なんでお父さんが此処に!? 帰ってきたの!? 自力で実家からッ!? お父さんッ!!」

「違う――俺の名前は、アキラノミー!!」

「普通に再会は出来んのか…」

 

 

 少し演技の入った二人の動きに思わずため息を吐く翼。しかし、確かに響の言う通り、響の父親である立花洸は今実家に居るはずだ。なのに何故この場に居るのだろうか?

 

 

「響、遊吾君がどうしてるか分かったんだ!!」

「…え? ……ホント?」

「ああ! これを見てくれ!!」

 

 

 ライダー姿の洸が響に見せるのは、古臭いVHS。

 

 VHS――ビデオテープなどと呼ばれていた、アナログの記録媒体だ。デジタル、それもよりコンパクトにデータとして纏められるようになった現代人の響たちからすれば、馴染みのない代物だ。そんな古臭いものでどうして遊吾のことが分かると言うのだろうか?

 

 首を傾げる二人だが、そこで翼は気が付いた。そのビデオテープに張り付けられた文字。

 

 

「遊戯王、デュエルモンスターズ?」

「そう、デュエルモンスターズ。響たちは聞き覚えあるはずだ」

 

 

 デュエルモンスターズ。それは遊吾・アトラスがプロとして活動し、また彼女たちにも新たな世界の一つとしてなじみの深いモノ。それが古いビデオテープに収録されているというのは一体どういうことなのだろうか。

 

 

「僕たちの世界がアニメや漫画の出来事のように、彼らの世界もまた同じなんだ」

「どういう、こと?」

「これから分かるよ」

 

 

 弦十郎さん、構いませんか? そう問う洸に頷く。

 

 これから始まるのは、一人の決闘者の新たな始まりの記録――

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 

『さぁッ! やってまいりました、フューチャー・フレンド・カップ決勝戦ッ!! この戦いを制した者が、新たな王者となるッ!! さあ、新たな王者の誕生を目にする覚悟は出来てるかぁあああ!!』

 

 

 うおぉおおおおッ!! ドーム、街中に溢れる人々が一斉に声を上げる。

 

 FFC。この、ネオ・シティ最大にして最高の決闘の祭典。世界中が注目する、決闘者憧れの舞台だ。

 

 

『この、MC宮内が会場の、いや、世界中の人々に熱いデュエルの様子をお届けするぜぇ!!』

『さあ、まず最初に入場するのは――この男ォ!!』

 

 

 画面が切り替わり、会場に一人の男が映し出される。

 

 海胆のようにツンツンした頭。風にたなびくロングコートに、腕に巻かれた銀色の鎖。それは決闘王者の義理の息子にして、並々ならぬ実力を見せつけ予選からここまでノンストップで駆けあがってきた若き決闘者。

 

 エキシビションという大舞台を自ら棄権してまで数多の決闘者を薙ぎ払ってきた男。

 

 

『長い沈黙を破り、この街に帰ってきたッ!! 彼は言う、これが俺の新たな姿だとッ!! 刻め、これが彼の王の息子ッ!! 遊吾ぉぉおおおッアトラァアアアアアアアスッ!!』

 

 

 登場門が爆発し、そこから一台の赤いDホイールが姿を現す。

 

 大型にして重装甲。加速のみに特化させた暴れ馬。それはスタートラインの前に横滑りで着地すると、搭乗員である男が右腕を天に掲げて叫んだ。

 

 

「ああ、文句もある。言いたいことだってある。言われたこともある。だから言おう。これが俺だと、これこそが俺なんだとッ!! 王子は一人ッ、このッ、俺だァッ!!」

 

 

 高らかに宣言するその姿に、会場中が湧き上がる。今までほとんどしてこなかった彼の本気の宣言は、観客たちの期待を否が応にも高めていく。

 

 

『さぁ、皆さんお待ちかねの、王者の登場だッ!! 絶対無敵の王者、ネオ・シティの王者、世界の、我らの王者――ジャァアアック・アトラァアアアアアアアスッッ!!』

 

 

 再度の爆発。その中から一台のDホイールが飛び出す。白色にして特異なフォルム。それは王者にのみ許された究極のマシン。

 

 そのマシンを駆る男は、遊吾の隣に停車する。鳴り響くキングコールを収めるように右腕を天高く掲げ、叫んだ。

 

 

「キングは一人、この俺だッ!!」

 

 

 割れんばかりの叫び声。スタジアムが揺れ、歓声が轟く。

 

 

『実況席すらも揺らすこの歓声、この熱気!! 皆に届いてるだろうか!! さあさあ、ここまで盛り上がってんならもういうことは無いッ!! 皆行くぞ――』

「――っと、ちょっと待ってくれねえか!!」

 

 

 MCの声を遮る様に、遊吾が声を上げる。

 

 一体何が始まるんだ? 興奮覚め止まぬ観客席からは不満の声が上がる。当然だ、これから折角王者の決闘が開始されると言うのに、その始まりをこんな風に遮られてしまえば誰だって不満を持つ。

 

 だが、彼の声にとりあえず会場の声は全て収まった。彼は大きく息を吸って会場中に響き渡るように話し始めた。

 

 

「俺はサテライトから来た。これは皆知っていると思う。昔のサテライトは、それはもう、悲惨だった。楽しい筈の決闘を、おぞましい手段として用いていた。けど、それは親父に――ジャック・アトラスに出会ってから変わった」

「ジャックの決闘はスゲェ。皆も分かるだろ? 凄く格好良くて、凄く熱くて、俺はそれに憧れて決闘者になった。多分皆もこういった憧れとかで決闘者になった人は多いと思う」

 

 

 でも、と彼は続ける。

 

 

「この頂に立つのは、あまりにも厳しい。強者は常に孤独だ。この場所に立てるのはただ一人だけ。最強は一人にしか許されない称号だから。だから一人で居なければならない、そう思っていた。一人で全て出来なければいけないと。実際、一人でも自分は何とか出来るって思っていたし、一人で無茶苦茶してきた」

「けれど、それは違う。孤高と孤独は違うんだ。孤高とは、独り頂に立つことだけれど、その頂に行きつくまでに多くの人々との繋がりがあったんだ。俺はそれを理解していなかった。俺がここまで来れたのは、俺と戦ってくれた多くの決闘者、俺を支えてくれた人たちが居たから。でも、俺はそれを理解していなかったから、孤独だと思い込み、孤独だと信じて戦ってきた」

「決闘をすれば理解し合える。決闘を通して分かることがある。この言葉は本当だと、そう思っている。俺たちは、決闘者だ。だけど、決闘者は決闘者だけで決闘者じゃない。相手が居て、カードが居て、自分が居る。そして周りに人が居る。そうして初めて決闘者は決闘者なんだ」

 

 

 それは誰に伝える為の言葉なのか。もしかしたら、自分に言い聞かせているのかもしれない。誰もが分かり切っていること。だからこそ、彼は言う。自分に決闘を教えてくれた、鍛えてくれた。助け、支え合った。そして、共に分かち合った人々に届くように。

 

 

「だから見ていてほしい。こんな当たり前なことすら分かってなかった俺を導いてくれた、こんな俺と手を繋いでくれた人たちに。俺の始まり。俺の決闘を」

 

 

 ずっと言いたかったんだと笑い、彼はDホイールを前進させる。

 

 スタートラインに二人の決闘者が並び立つ。彼らの間に言葉は無い。

 

 静まり返った会場に、無機質なカウントダウンが鳴り響く。

 

 

『ライディングデュエル・アクセラレーションッ!!』

 

 

 開幕を告げるブザーと共に、二台のDホイールが飛び出した。

 

 




次回、まさかの決闘編。シンフォギア要素が薄れすぎててヤバい…。

何故だ!?答えろ、答えてみろ読者ァッ!!

この間のアンケートに答えてくれた皆さま、本当にありがとうございました! エピローグ編終了次第、アンケートのエピソードを書いていく予定です。


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遊戯絶唱

 疾走決闘――ライディングデュエルにおいて、先攻後攻は第一コーナーを制したものによって決まる。つまり、先攻を取るためには対戦相手よりも先にコーナーへと侵入する必要があるのだ。

 

 ジャックのDホイール、ホイールオブフォーチュンは、あらゆる性能を高水準にまとめたスーパーマシン。正しくキングにのみ許されたDホイールだ。しかし、それに対して遊吾のDホイールは彼が手伝ってもらいながら独自に改造したもの。そのスペックの差は明らかだ。

 

 だが、前へ出たのは、遊吾。

 

 

『おおっと、先を行くのは遊吾だ!! ホイールオブフォーチュンの加速をもろともしないぞぉ!!』

 

 

 ホイールオブフォーチュンの前に出る。そこからはジャックを前に出させないためにブロックだ。ジャックの動きに合わせて、右、左と車体を寄せることで前へ行かせない。

 

 

『間も無く第一コーナーだァッ!! キング、このまま先攻を譲ってしまうのかぁ!?』

「ふんっ」

 

 

 MCの言葉を鼻で笑い、ジャックがハンドルのボタンを押した。

 

 いかなDホイールであっても、加減速は重要だ。疾走決闘は走り続ける限り決闘は続くが、事故を起こした場合は基本走れない。

 

 第一コーナーはそこまで急ではないが、現在の加速ではコースアウトの可能性が高い。遊吾がコース手前でブレーキングするのに対し、ジャックは加速した。

 

 ホイールオブフォーチュンの後部がスライドし、そこから加速用のブースターがむき出しになる。甲高い吸引音を一瞬奏で、青白い光を吐き出しながらホイールオブフォーチュンは加速する。

 

 

「馬鹿なッ!? 死ぬ気か!?」

 

 

 隣を正しく風のように駆け抜けていったジャックに声を荒げる。あの速度で侵入すればコースアウト待ったなしのはずだ。

 

 だが、キングは彼の、そして悲鳴をあげる観客たちの予想を越える。

 

 疾走決闘の行われるレーンは基本的にガードレールが存在せず、代わりに湾曲した壁が設置されている。これはフィールなどを用いたアクションなどを行う曲芸師のような疾走決闘者が居るからなのだが、ホイールオブフォーチュンは正しくそれだった。

 

 超加速、彼は迷うこと無く壁へと走り、コースに沿った壁へと乗り上げ、駆け抜ける。そして――

 

 

『飛んだァァアアア!! ジャック・アトラス、コースの壁を利用して第一コーナーを制しましたッ!! 先攻はキング、ジャック・アトラスだぁ!!』

 

 

 割れんばかりの大喝采。あわや大惨事のところを、ライディングテクニックで見せ場へと変えたジャックの背中を見て、自分の目指す背中がいかに遠いかを実感する。だが、その程度で止まるつもりはない。

 

 アクセルをふかし、負けじと食らい付く。

 

 

「ふん、あれほどほざいたのだから簡単にやられてくれるなよ? 俺のターンッ!!」

 

 

 ジャックが雄叫びと共にカードを叩き付ける。

 

 

「俺は手札から、レッド・スプリンターを召喚ッ! そしてレッド・スプリンターの効果発動! 手札から、レッド・リゾネーターを特殊召喚する!」

 

 

 赤い炎を纏う獣のような悪魔が駆け、その咆哮に応じるように音を操る悪魔が現れる。

 

 場に存在するのは、効果モンスターとチューナーモンスター。

 

 

「来るかッ」

「俺は、レベル4のレッド・スプリンターに、レベル2のレッド・リゾネーターをチューニング! 赤き魂、ここに一つとなる。王者の咆哮に震撼せよ! シンクロ召喚、現れろ! レッド・ワイバーン!!」

 

 

 レッド・ワイバーン。炎を纏う赤い火竜が光を貫き天高く舞い上がる。

 

 一回のみだが、敵を除去する効果を持つ厄介なモンスターだ。攻撃力2400は手札から通常召喚できるモンスターでは突破が困難。序盤に出すモンスターとしては最適解の一つと言えるだろう。

 

 

「俺はカードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

 ジャックと遊吾の視線が交差する。

 

 彼の言葉、彼のモンスターが放つフィールに、彼は全霊の想いを込めて右腕を振りかぶる。

 

 

「俺のターン、ドローッ!! …よし! 俺は手札から、トライデント・ウォリアーを召喚! こいつの効果は知ってるよな?」

『おおっと、遊吾が出したのはトライデント・ウォリアー! 手札からレベル3モンスターを特殊召喚できるモンスターだ! 相変わらず珍しいカードを使っていく!』

「俺はインフルーエンス・ドラゴンを特殊召喚!」

 

 

 青い翼に針金のような身体。人型の竜が現れる。だが、隣に並ぶ屈強な戦士と共に居てもその威圧感はレッド・ワイバーンの比ではない。

 

 彼は高らかに叫んだ。

 

 

「俺は、インフルーエンス・ドラゴンの効果発動、 トライデント・ウォリアーの種族をドラゴン族へと変更する!」

「そして、レベル4のトライデント・ウォリアーに、レベル3のインフルーエンス・ドラゴンをチューニング!!」

 

 

 王者の魂、今大いなる翼羽ばたかせ、勝利の咆哮を上げよ! シンクロ召喚、現れろ、エクスプロード・ウィング・ドラゴン!!

 

 燃え上がる炎。巨岩のような身体に、屈強な手足。だが、その腕と脚は極端に細い。異形の竜が、頭頂部の王冠のような襟を広げ、咆哮する。

 

 フィールが大地を揺らし、ジャックに襲い掛かる。だが、その程度で揺らぐキングではない。

 

 

『おおっと、現れたのはエクスプロード・ウィング・ドラゴンだ! 攻撃力2400の大型モンスター! だが、これではレッド・ワイバーンの餌食になるばかり――?』

「レッド・ワイバーンは確かに強力なモンスターだ。だが、どんなモンスターにも弱点はある!」

 

 

 レッド・ワイバーンはフィールド上に自分よりも攻撃力の高いモンスターが存在するときに効果を発動できる。だが、エクスプロード・ウィング・ドラゴンの攻撃力はレッド・ワイバーンと同じ2400。つまり、効果を発動できない。

 

 

「バトルだッ! エクスプロード・ウィング・ドラゴンで、レッド・ワイバーンを攻撃!」

『だが、攻撃力は同じ! これでは相討ちだッ! ここでプレイミスかぁ!?』

「俺がプレイミス? とんだロマンチストだな!! エクスプロード・ウィング・ドラゴンの効果発動! このモンスターの攻撃力以下の攻撃力を持つモンスターと戦闘を行う場合、ダメージ計算を行わずにそのモンスターを破壊し、相手にそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを与える!」

 

 

 吹き荒べ、キング・ストーム!!

 

 エクスプロード・ウィング・ドラゴンの口部より放たれる炎の竜巻。破壊力の塊であるその竜巻に飲み込まれ、レッド・ワイバーンは無惨にも爆散してしまう。

 

 

「ぐぅっ!?」

『キング、大ダメージだッ!! ライフポイントは残り1600! 遊吾、今までとは何かが違うぞォ!!』

 

 

 2400という巨大なダメージ、そして叩き付けられる遊吾のフィールに、流石のジャックも少し揺らぐ。

 

 

「俺はカードを二枚セットし、ターンエンドだ」

 

 

 先程までの過激さが嘘のように、彼は静かにターンエンドを宣言する。

 

 自分達に言葉は要らない。俺たちは決闘で十分だ。

 

 だから――

 

 

「来い、親父ッ!!」

 

 

 

――遊戯王の新たな――

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「おっといけない」

 

 

 ビデオデッキを操作する。最終回でもコマーシャルを忘れない。なんと商魂逞しいことだろうか。

 

 

「ちょっと待ってて。すぐに本編いくからね」

 

 

 その言葉に誰もがガヤガヤとざわめきだす。息も詰まるような決闘。たったの二ターンだけなのに、あの親子が放つ気迫はあまりにも激しく、見るものを魅了する。

 

 挙動の一つ一つが視線を惹く。聞きなれた声。笑顔。

 

 

「――き! 響!!」

「うひゃあ!? み、未来? どど、どうしたの?」

「…顔、真っ赤だよ?」

「……未来こそ」

 

 

 ぽーっとしていた響の姿はまるで乙女だった。

 

 仕方のないことではある。焦がれていた相手が晴れ舞台で大活躍。しかも、彼の挙動や言葉には常に彼女たちへの想いが確かにあるのだから。

 

 

「お前ら、初だなぁ?」

「クリスちゃんが言っていい言葉じゃないと思う」

「にゃにおう!?」

「だって、口元凄い緩んでるよ? 弛いよ? ゆるゆるだよ?」

「う、うるせぇ!」

 

 

 こうして言葉を発していなければ叫びそうだ。と言うか、決闘開始からここまで何度か頑張れと叫びそうになってしまった。

 

 

「皆、楽しんでるようでなによりだね」

「あ、奏さん!」

 

 

 奏と翼が響たちに合流する。二人とも、遊吾の元気な姿が見れて嬉しそうだ。

 

 

「ふふ、皆楽しそうだな」

「ところで、自分の名前が召喚口上に入っていた翼さん、何か?」

「わ、私!? え、あ、いや、戦ったことがあるから、感慨深いと言うか…」

「またまたァ、エクスプロード出た瞬間にそれはもう、胸キュンッみたいな表情してたくせにィ?」

「か、奏!!」

 

 

 実際のところは、ただとても嬉しかっただけなのだが、心の何処かで嬉しいと言う気持ちが無かったわけでもないので、大慌てで奏の口を塞ぎにかかる翼。

 

 

「へえ、ふーん、そうですかー」

「なるほどなー」

「へー」

「な、なんだ皆して!?」

「ねえ未来? ファンとの恋愛ってどうなの?」

「うーん、どうだろうねぇ?」

「ば、馬鹿を言うなッ! アトラスは信頼できる男ではあるが私は決して――」

『っほーん?』

「アアア!!」

 

 

 私をころせぇ、と顔を覆ってしゃがみこむ翼。からかいすぎちゃった、と舌を出す奏と、それを見て苦笑する面々。と、スクリーンの方で洸が再開するぞと声を上げる。

 

 これからどうなるのか、期待と不安の眼差しがスクリーンを見上げた。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「ふん、中々やるではないか。だが――俺のターンッ!!」

『さあ、遊吾の攻撃に対してキングはどう答えるのか!! 注目のターンだ!!』

「相手フィールド上にのみモンスターが存在するとき、バイス・ドラゴンは特殊召喚できる!!」

 

 

 飛翔する青紫の竜。大型モンスターでありながら特殊召喚を行うことのできる特殊なモンスターの一体だが、無論無条件で特殊召喚できるというわけではない。この効果によって特殊召喚されたバイス・ドラゴンは自身の効果で攻撃力と守備力を半減してしまうのだ。

 

 

「俺は、ダーク・リゾネーターを通常召喚!!」

『おおっと――これは、バイス・リゾネーターだァ!! 合計レベルは8!! さあ、会場も叫べ!!』

「俺は、レベル5のバイス・ドラゴンにレベル3のダーク・リゾネーターをチューニング!!」

『王者の咆哮、今天地を揺るがす! 唯一無二なる覇者の力、その身に刻むが良いッ!! シンクロ召喚、荒ぶる魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトォッ!!』

 

 

 爆炎を巻き上げ巨竜が飛翔する。半ばから折れた角、傷だらけの右腕。数多の傷を受けながらも巨竜は気高く、誇り高く飛翔する。それは数多の戦場を切り抜けて尚無敗の王者ゆえに。その姿、その在り方こそが王者。

 

 

「レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトの効果発動!! このモンスターの攻撃力以下の攻撃力を持つ、特殊召喚されたモンスターを全て破壊し、その数×500ポイントのダメージを与える!! アブソリュート・パワー・フレイム!!」

 

 

 スカーライトが右腕を地面に叩き付ける。瞬間、右腕に燃え滾っていた炎が大地へと伝わり、コースを粉砕し永ら全方位に破壊力を伝播する。

 

 その威力は凄まじく、エクスプロード・ウィング・ドラゴンはその力の奔流に呑み込まれて砕かれ、遊吾もまたあまりの破壊力にDホイールを宙に投げ出されてしまう。

 

 舌打ちをしながらもDホイールを操作。コースの壁を利用して見事コース上に復帰する。だが、その表情に余裕はない。

 

 

「ったく、なんつうフィールだ…。前よりも強くなってやがる…」

 

 

 あれが、キング。相手の大きさに圧倒されるが、同時に闘志を燃やす。これほどの相手が今までいただろうか? いや、居ない。壁は大きければ大きいほど越え甲斐があるというものだ。故に彼は笑う。

 

 

「おら、掛かって来いよ親父!!」

「どこまで耐えられるか!! 俺は、レッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトでダイレクトアタック!! 灼熱の、クリムゾン・ヘル・バーニングッ!!」

 

 

 遊吾に迫る極炎。防ぐ術はない。炎に煽られDホイールが傾くが、危なげなく体勢を立て直す。

 

 

『さあ、遊吾のライフは一気に500に。どちらのデッキも強力なシンクロモンスターを使用するデッキ。さあ、どうなる!!』

「ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!!」

 

 

 弾かれるように右腕を跳ね上げる。引いたのは――

 

 

「さて、やられたらやり返すってな。相手フィールド上にのみモンスターが存在するとき、バイス・ドラゴンは特殊召喚できる! 来やがれ、バイス・ドラゴン!! そして、ダーク・リゾネーターを通常召喚!!」

 

 

 現れる、二体のモンスター。その構図は先ほどのレッド・デーモンズ・ドラゴン・スカーライトと同じ。

 

 

「見せてやる親父!! 俺の新しい、俺の、俺自身の魂をッ!! 俺はレベル5のバイス・ドラゴンにレベル3のダーク・リゾネーターをチューニング!!」

 

 

 王者の鼓動、今此処に呼応する!! 天地を焼き払う絶対なる力、その身に刻めッ!! シンクロ召喚、俺の魂、琰魔竜レッド・デーモン!!

 

 ソレは、スカーライトとも似つかぬ巨竜。より筋肉質な肉体は、その名の通り閻魔を彷彿とさせる。

 

 

『ああっと、アレは何だ!? 我々も目にしたことのないドラゴンが現れたぞォ!!』

「琰魔竜レッド・デーモンの効果発動!! 攻撃表示のモンスター全てを破壊する!! 深紅の地獄炎!!」

 

 

 琰魔竜から放たれる深紅の炎がスカーライトを滅ぼさんと迫る。が、その炎は急激に勢いを失ってしまう。

 

 琰魔竜に絡みつく漆黒の鎖。

 

 

「永続罠、デモンズ・チェーンだ。貴様のモンスターはこれで動けん」

「姑息な手を――なんていうと思ってか!! 俺のフィールドのシンクロモンスターが存在することで、シンクローン・リゾネーターを特殊召喚する!!」

 

 

 新たに現れる悪魔。小柄ながら、その効果は強力だ。

 

 鎖で縛られた王が悪魔により解き放たれる。光は炎となり、新たな竜が呼び起こされる。

 

 

「王者の咆哮、今天地を揺るがす!! 王者の魂よ、更なる高みへ舞い上がれ!! 現れろ、琰魔竜レッド・デーモン・アビス!!」

 

 

 両腕に刃が生える。デモンズ・チェーンの拘束から逃れた王は、縛り付けんとした者を睨み、咆哮をあげる。

 

 レッド・デーモンの進化体の登場に、ジャックも驚いているようだ。

 

 

「バトルだッ!! 俺はアビスでスカーライトを攻撃!! 眼下の敵を打ち払え!! 怒却拳!!」

『レッド・デーモン・アビスの攻撃力は3200!! これではスカーライトを破壊されてしまうぞ!!』

「くっ…」

 

 

 王と王がぶつかり合う。全身を炎と変えてスカーライトがアビスを打ち据える。だが、アビスはそれをもろともせずにスカーライトの身体をガッチリと掴み、コース上へと叩き付けた。

 

 大質量の激突とあまりにも激しいフィールのぶつかり合いによってコースが爆発。さらにアビスが地面から起き上がろうとするスカーライトの顔面に爆炎纏いし拳を叩き付ける。

 

 スカーライトが完全に沈黙する。勝利の咆哮を上げるアビスの隣に、シンクローン・リゾネーターが並び立つ。

 

 

「レッド・デーモン・アビスは相手に戦闘ダメージを与えることで、墓地のチューナーモンスターを守備表示で特殊召喚できる!」

『おお! アビスの隣に更なるチューナーが現れた! これは次のターンに決めると言うことなのでしょうか!!』

「否!! このターンで決める!! 俺は緊急同調を発動!! この効果により、俺はバトルフェイズ中にシンクロ召喚を行うことが出来る!!」

 

 

 アビスが悪魔の呼び声に応え、新たな姿に進化する。

 

 アビスが筋骨隆々と、完全に破壊者のそれであったのに対し、それはレッド・デーモンのように圧倒的強者の雰囲気を出しながらも、どこか王者としての品格を残した姿。

 

 王者の魂、今此処に木魂する!! 天地鳴動、天地を揺るがす我が魂を見よ!! シンクロ召喚、琰魔竜レッド・デーモン・べリアル!!

 

 

『ああっと!? バトルフェイズ中のシンクロ召喚だぁあ!! これならば追撃が可能!! キングのライフは1000!! それに対してべリアルの攻撃力は3500!! このまま決まってしまうのかァ!!』

「イケェ!! レッド・デーモン・べリアル!! 割山激怒撃!!」

 

 

 べリアルの拳がむき出しのジャックを捉える。巨大な拳による一撃によってコースは完全につぶれ、ジャックの姿は土煙の中に消える。

 

 だが、確実に決まったであろう場面になっても遊吾は試合をつづける。

 

 

「ターンエンドだ」

「――俺の、タァアアアアアン!!」

 

 

 土煙を尾に引きジャックが飛び出してくる。そのフィールド上にはレッド・スプリンターとレッド・リゾネーターの姿。そして、ジャックのライフポイントは1000から、4500となっていた。

 

 

『おお!! アレは――リジェクト・リボーンだ!! バトルフェイズを強制終了させ、シンクロモンスターとチューナーモンスターを特殊召喚できるそのカードで、ジャックはあの窮地を潜り抜けるどころか、レッド・リゾネーターの効果でべリアルの攻撃力分ライフポイントを回復してみせたァ!!』

「俺は、レベル6のレッド・ワイバーンにレベル2のレッド・リゾネーターをチューニング!! 王者の鼓動、今此処に列を為す!! 天地鳴動の力を見るが良い!! シンクロ召喚、我が魂、レッド・デーモンズ・ドラゴン!!」

『出たぁ!! ジャック・アトラスの魂のカード、レッド・デーモンズ・ドラゴンだァ!!』

「来やがったか…」

 

 

 自分を導いてくれたシンクロモンスター。ある意味、ジャックと同じく自分の親や兄のようなモノであるレッド・デーモンズが自分の目の前に立っている。それが嬉しくもあり、少し寂しくもあり。だが一つ言えることがあるとすれば、彼らのおかげで今自分は自分だけの魂を手にこの場に立っているということ。

 

 

「行くぞ遊吾ッ!! 俺は手札からチェーン・リゾネーターを通常召喚!! チェーン・リゾネーターは自分フィールド上にシンクロモンスターが存在するとき、デッキからリゾネーターモンスターを特殊召喚できる!! 現れろ、ダーク・リゾネーター!!」

「チューナーモンスターが二体――」

『チューナーモンスターが二体並んだァ!! 来るぞ!! キングの、キングたる所以がッ!!』

「荒ぶる魂――バーニングッソウルッッ!!」

 

 

 ジャックが真っ赤な炎と燃え上がる。それは魂の輝き。それは太陽の如く燃え上がり、王者を更なる領域へと昇華する。

 

 

「王者と悪魔、今此処に交わる! 荒ぶる魂よ、天地創造の叫びを上げよ!! シンクロ召喚、荒ぶる魂、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン!!」

 

 

 深紅の竜。決闘王者、ジャック・アトラスの真の切り札。その圧倒的存在感、そしてその圧倒的強さはあらゆるモンスターを前にしても絶対的な強さを誇る。しかもあれは――

 

 

「本物、か」

「ああ。レプリカではない。これは俺の、俺の魂そのものだ」

 

 

 一般の市場に出回っているスカーレッドではなく、ジャックが己の、己の紡いだ絆によって手にした真に世界に一つしかない、本物のスカーレッド・ノヴァ・ドラゴン。

 

 仮想立体映像でありながら、その雄々しき姿は誰もが頭を垂れてしまうほどの迫力があった。

 

 

「スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの攻撃力は、墓地のチューナーモンスターの数×500ポイントアップする!!」

『現在のジャックのチューナーモンスターは、四体!! つまり、攻撃力は5500!!』

「これで終わりだ――荒ぶる魂、バーニング・ソウルッ!!」

『さあ、べリアルの攻撃力は3500。これを受ければ遊吾の負けは確定してしまうぞォ!!』

「やらせるかよ!! 永続罠、デモンズ・チェーン!! スカーレッドの攻撃及び効果を無効化させてもらう!!」

『首の皮一枚つながったァ!!』

「中々しぶとい、が…俺は手札から魔法カード、マジック・プランターを発動!! 俺のフィールドの永続罠、デモンズ・チェーンを墓地へ送り、カードを二枚ドロー!! 俺は速攻魔法、サイクロンを発動! 貴様のデモンズ・チェーンを破壊する!!」

『これでスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンを拘束する物は何もない!! 絶体絶命のピンチ、挑戦者はどう越えるのかァ!!』

「俺はカードをセット。ターンエンドだ」

 

 

 頼みの綱の一つであるデモンズ・チェーンが破壊された。

 

 自分の手札はシンクローン・リゾネーターの効果で墓地から手札に加えた、ダーク・リゾネーターのみ。セットカードは二枚。内一枚は現状博打でしかない。

 

 さあ、どうする――と言っても、悩んだところで仕方がないことだ。こういうときは、ドローして考えるッ!!

 

 

「俺のターン、ドロー!! ――!! 俺は魔法カード、闇の誘惑を発動!! カードを二枚ドローし、手札の闇属性モンスターを除外する!! 俺が除外するのは、ダーク・リゾネーター!!」

 

 

 あと一枚。デッキの上、引いたカードは彼女に受け取ったカード。急激に頭が冴えていく。あと一枚、あのカードを引くことができればこの状況を越えることが出来る。

 

 

「続けていくぞッ! 俺は続けて強欲で貪欲な壺を発動ッ!! デッキ十枚を裏側で除外することで、カードを二枚ドローする!!」

『続けてドローカードを引く!! この男の運命はここで終わるなと叫んでいるようだァ!!』

 

 

 落ち着け。慌てたところで結果は変わらない。ここで引ければ俺の勝ちは決まる。外せば――それまでだ。考えるな。感じろ。繋げ。皆が繋いでくれたソレを、今度は自分がカードを通して繋ぐんだ。

 

 

「こいつが俺の――ドロォオオオオオオオオオオ!! ッ!! きったぁああああああああああッッ!!」

「ほう?」

「俺は手札から魔法カード、ハーピィの羽根箒を発動!! 相手フィールド上の魔法、罠カードを全て破壊する!!」

『此処に来ての大量除去カード!! 凄まじい引きだァ!!』

「くっ、やってくれる…」

「さりげなく二枚目仕込みやがって…。まあ良い、これでとりあえず憂いは無い! 見せてやるよジャック!! 俺の、いや、俺たちの力を!!」

 

 

 アクセル全開。コースなんて関係ない。胸を借りる。。絶対王者、彼を、彼女たちとの約束、俺の夢。これが――

 

 

「俺は、琰魔竜レッド・デーモン・べリアルの効果発動!! 自身をリリースし、墓地の琰魔竜レッド・デーモン・アビスを特殊召喚する!! そして俺は手札から、レッド・リゾネーターを召喚!!」

「態々攻撃力を下げていくか!!」

「馬鹿言うな!! 戦術だ戦術!! タクティクスってやつだ!! 俺はレッド・デーモン・アビスでスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンを――」

「スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの効果発動!! このモンスターを除外することで、バトルを無効にする!!」

「させるかァッ!! レッド・デーモン・アビスの効果発動!! 相手モンスターの効果を無効にする!! 怒縛眼!!」

「ちぃ――だが、まだ攻撃力はスカーレッドの方が上――!?」

「こいつが俺の、魂の一撃ッ!! ライフポイントを半分支払い、ライフポイント4000との差分、攻撃力をアップする!!」

『これでアビスの攻撃力は――6950!! 効果が無効となったスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンの攻撃力を遥かに上回る!!』

 

 

 魂の一撃の効果を得たアビスの姿は、太陽そのもの。その身を炎で焼きながらも、気高き王を打ち倒さんと躍りかかる。

 

 スカーレッドも、アビスの力によって力を封じられながらも一歩も引くこと無くぶつかり合う。互いに掌を合わせ取っ組み合い、角で、牙で、眼前の敵を打ち倒さんとぶつかり合う。だが、僅差――互いに繰り出した拳。クロスカウンターの形で互いの顔面に打ち放たれた拳は、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴンをギリギリのところで打ち倒した。

 

 

「だが、俺のライフは尽きていないぞ!!」

「それはどうかな?」

「なんだと!? ――まさか」

 

 

 遊吾の不敵な笑みと同時に、彼のフィールドに墓地の悪魔が現れる。

 

 これで、彼の場にはレベル2と1の悪魔、そしてレベル9の竜。チューナーモンスターは二体。そして、合計レベルは――

 

 

「12。だが、貴様はもうシンクロを行うことは」

「果たしてそうかな?」

「――そのカードは!?」

 

 

 遊吾が翳したカード。速攻魔法――

 

 

「約束通り、あんたに返すぜッ!! 速攻魔法発動!! バトル・チューニングッ!!」

「バトル・チューニングだとぉ!?」

『バトル・チューニングだァ!! 公式大会でしか配布されていない超激レア速攻魔法!! その効果は単純にして明快!! バトルフェイズにシンクロ召喚を行うことが出来るッ!!』

「そういうことだッ!! レベル9の琰魔竜レッド・デーモン・アビスに、レベル2のレッド・リゾネーターとレベル1のシンクローン・リゾネーターを――ダブル・チューニング!!」

『って、おいこらお前馬鹿!? これ以上加速すれば壁に追突――』

 

 

 MCの言う通り、このまま進めば彼はカーブを曲がり切れず壁を乗り上げてしまう。だが、彼の言葉を聞いて尚遊吾は加速を止めるどころか、さらにDホイールを加速させる。

 

 

――最速、最短で、一直線にッ!!――

 

 

『飛んだぁああああああああああああ!?!? って、何処へ消えた!?』

 

 

 遊吾の姿が搔き消える。一体どこへ消えたのか。壁を越え、天高く舞い上がったかと思えば突然姿を消した遊吾に誰もが動揺を隠せない。そんな中、対戦相手であるジャック・アトラスだけは冷静に状況を理解していた。

 

 

「――来るかッ!!」

 

 

――こいつが俺の、銀河創造!! 俺の過去、現在、全てを繋ぎ、総てを束ね――

 

 

 黒は赤に、赤は青に、青は銀に、銀は白銀に。彼の身体から溢れる炎は、巨竜を、彼のDホイールを、彼の身体を白銀へと変える。

 

 

「未来へ響けッ! 我が魂ッッ!!」

 

 

 琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティッ!!

 

 

 スタジアムの上空から白銀の光が降り注ぎ、そこから四つ腕の竜が現れる。

 

 血潮の深紅角、血よりも深く、炎より熱い紅い瞳。その脚は大地を掴む大樹の如く、その腕は天を繋ぐ大空の如く。孤高でありながら、全てを繋ぎ、掴み取る腕を持つ者。

 

 その姿は、正しく絶対王者。彼の魂の体現、琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティ。

 

 

「くっ、ふ、くふふふ――ははははは!! 女に現を抜かすか貴様ッ!!」

「うるせぇ!! 好いだろうが、というかそろそろ俺に母親を作ってくれませんかねぇ!!」

「ふん、俺に釣り合う女が居ないのだ。それに俺の戦いのロードに女はいらん! 貴様こそ随分と良い身分ではないか?」

「おまっ、分かるか? あいつら皆、親父よりも格好良くて、誰よりも綺麗で可愛くて強いんだぞ!! 俺がどれだけ気が引けて肩身狭い思いしてると思ってんだ!!」

「お前がそんな繊細な玉かッ!!」

「それもそうだなッ!!」

 

 

 彼は宣言する。この決闘を終幕にするための言葉を。

 

 

「俺は、琰魔竜王レッド・デーモン・カラミティでダイレクトアタック!!」

「響き、轟け俺の絶唱ッ!! 深紅の絶対破壊ッ!!」

「ぐぉおおお!?」

 

 

 ジャックのフィールを上回る圧倒的破壊力の奔流。それは会場中を揺るがし、その衝撃はコースを完全に大破させた。

 

 水を打ったように静まり返る会場に、試合終了のブザーが鳴り響く。

 

 虚空に表示される映像は、WIN。勝利の栄光を手にしたのは――

 

 

『き、き、きまったぁあああああああああああ!! FFC決勝戦、勝利したのは、新たな王者に君臨したのは――ゆうごぉおおおおおおおおおおおおおおおおおあとらぁああああああああすッッ!!』

「――ぃいいいよっしゃぁあああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 カラミティと遊吾の声が、天高く、どこまでも響き渡った。

 

 届けと、どこまでも、どこまでも…。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「遊吾さん…よかった……」

 

 

 会場中が静まり返り、時折鼻を啜る音が響く。

 

 遊吾・アトラスの疾走決闘。そこに込められた魂は、確かに共に戦った皆の心に届いていた。

 

 

「これで、遊吾君のことはおしまいだね。この後、彼が何処に行ったのかとかは分からないよ…」

「そう、ですか…」

 

 

 彼がどうしているのか分からない。もしかしたら、今も決闘王者として戦っているのかもしれないし、己を鍛え直すと言って旅に出ているのかもしれない。

 

 だが、一つだけ分かったことがある。

 

 それは、彼の想い。彼が願い、望んだ、そして掴み取った夢。きっとこれから彼には今までにないほど輝きに満ちた未来が待っているのだろう。そこに自分たちは居なくても良い。でも、だからこそ彼女は思った。

 

 どうか、彼の良く道が笑顔で溢れますように。

 

 

「さようなら、ゆう――」

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

『うわぁああああああ!?』

 

 

 会場中を貫く悲鳴。

 

 突如として壇が爆発。一体何事か!? と会場中が騒然となる中、響は動いた。

 

 何故動いたのか分からない。だが、確かな確信があった。爆発音に交じった男の声。それは彼女が最もよく耳にして、夢の中でも思い描いていた声。

 

 ゆっくりと煙が晴れていく。

 

 そこにあるのは、横転した一台のDホイールと、一人の少年。

 

 

「いってぇ…ここ、どこだ――」

「ゆう、ご?」

「ん? ……響?」

「ゆうごぉおおおおおお!!」

「うおぉお!? ちょっ、泣くな響!? え? 何で皆そんな泣いてるの!? え? ちょ待てマリアお前泣き崩れんな翼も一緒にって未来もほら泣きや――切歌調とりあえず落ち着けてかいつの間に背後に回ったクリスぅうう!? 奏お前笑ってんじゃというかお前まで抱き付くんかい!? 何このカオス!? 痛い痛い痛い!?」

 

 

 

 

 遊吾・アトラス。

 

 FFC決勝戦終了後、約束を破ったから謝りに行ってくると書置きを残して行方不明に。大昔のヨーロッパを経由して響達の居る現代日本に帰還。帰還後沢山の折檻や愛の鞭を受けながらも、約束を果たすべく行動。この世界でもデュエルモンスターズが流行っているということを聞いて、布教活動をしつつ、装者たちの活動を支援している。

 

 元の世界に戻りそうになる時は多いが、帰還しようとすると色々と大変なことになってしまうので、最悪この世界に骨を埋める覚悟をしつつある。

 

 最近の願いは、いっそのことこの世界と自分の元居た世界が融合してしまえばいいのに。




やってみたかったタイトル回収。

アニメテイストのデュエルなので、タイミングなど結構雑ですがどうかご了承ください。

とりあえず、これにて遊戯絶唱シンフォギアGは完全に終了しました。残りはネタが感性次第番外編を書きつつ、気が向いたらGXを書く、みたいな感じで。

皆さん、永い間応援本当にありがとうございました!!


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嘘予告~GX~

 それは初めての出来事だった。

 

 空を飛ぶのは鳥か、紙で作った鳥しか居ない。そうだと思っていた。だけど、それは違った。

 

 

「う、ぉぉぉおお……」

 

 

 空から、真っ赤な鉄と共に男の人が降ってきたのだから。

 

 

「…誰?」

「ぉ、ぉぉぉ……え?」

 

 

 それが、彼との出会い。

 

 

「君は…」

「えっと…俺は遊吾・アトラスって言います。…ここ、何処ですか?」

 

 

 ヘンテコな服を着た男、遊吾・アトラス。彼は今から遥か未来の異世界からやってきたと言う。最初は何を言っているのか分からなかった。だけど、彼が使うとある物がそれを証明してくれた。

 

 

「シンクロ召喚ッ! 現れろ、琰魔竜レッド・デーモン!!」

「す、すごい…」

「ぁ……」

 

 

 絶対王者たる炎の竜。私はそれに魅せられた。力強く、雄々しいその背中に、その姿に。そして何よりも、黒、赤、白、錬金術において最も重要な意味を持つ色を放つことのできるその竜に、私たちは魅せられた。

 

 それから、彼と私たちの生活が始まった。服と鋼鉄の馬――Dホイールを倉庫に隠して彼は生活を始めたのだ。

 

 

「いや、本当にすいませんイザークさん」

「ははっ、良いんだよ。子供がもう一人出来たみたいで嬉しいからね」

 

 

 父は、男の子も欲しかったと言っていたし、私も近所に住む兄弟の居る家庭を見てうらやましく思っていたから、彼がこの家に住んでくれて凄く嬉しかった。

 

 

「すっげぇ! どうやったんだこれ!?」

「錬金術だよ、知らないかい?」

「錬金術? 知識じゃ知ってますけど。……あ! そうだ。実は俺も錬金術出来るんだよ!」

「うっそだー」

「へっ、そう言ってられるのも今のうちだぞ、キャロリン!!」

「こらこら、何をするにしてもまずは片付けなさい」

『はーい』

 

 

 彼が見せた錬金術――それは、融合。

 

 

「俺は、ミラクル・シンクロ・フュージョンを発動!! レッド・デーモンとガイアナイトを融合!! 現れろ、波動竜騎士ドラゴエクィテス!!」

 

 

 融合。特定条件を満たしたモンスターを合成することにより、それらの要素を併せ持つ新たな存在を生み出す召喚法。だが、それを行うには、種族、属性、あらゆる要素を知識として取り入れ、活用しなければならなかった。

 

 そして、融合は一つではない。様々な状況によって数多くの手段が存在し、また、融合解除と言う物を使用することで、融合した物体を分解するということすらも可能であった。

 

 融合の理論は、錬金術に通じていた。

 

 錬金術の基礎となる行程、大雑把に分ければ、それは万物の分解、性質の取り出し、そして結合。これを融合に当てはめるのであれば、融合モンスターの選択、素材となるモンスターの選択、そして融合召喚。ここに、融合解除なども含まれることで、更なる飛躍が可能となる。

 

 エクシーズ、というものは理解できないが、彼の魂というドラゴンを召喚した、シンクロ召喚という技術も、根底は錬金術に似ている。

 

 彼曰く、自分は融合は得意ではないとのことであったが、父からすれば、錬金術を様々な用途で活用しているだけでも十分だったのだろう。その日から遊吾は父の弟子となった。

 

 

「アムナエル、ここでこの材料をだね――」

「…何か凄い煙でてんですけど――ぁ」

「お兄ちゃん、お父さん、大丈夫!?」

「はっはっはっ、また失敗だ」

「笑い事かッ!! てか、どうやったら野菜を煮込むだけで爆発させれんだよ!!」

 

 

 やっぱあんた発破師になったほうがいいんじゃねえの? ほら、火薬要らずだし。…最近、僕もそう思うことがあるんだ。などというやりとりはもはや挨拶のようなもの。だからこそ、私は笑顔で怒る。

 

 

「工房掃除するの誰だと思ってるのッ!!」

『まことに申し訳ありませんでした!!』

 

 

 楽しかった。

 

 

「お兄ちゃん、名前、良かったの?」

「ん? ああ、いいに決まってる。ただでさえ変な奴なのに、住まわせてもらえるんだから多少の偽名くらい。それに、俺のことを知ってくれる人がここにはいるからな」

「…そっか」

 

「おおお!! すっげぇえ!! 山デケェ!!」

「もう、はしゃぎすぎだよ」

「キャロルも初めてきたときはああだったじゃないか?」

「お父さん!」

「はっはっはっ」

 

 

 楽しかった。アムナエルと共に暮らす生活が。私よりも年上なのに子供っぽい彼と一緒に居るのが、凄く楽しくて。

 

 

「あー! また負けた!!」

「伊達や酔狂でプロやってんじゃねえってな?」

「もう一回!!」

「はいはい、もう夜遅いからまた明日な?」

「えー! もう一回!!」

「それに俺、師匠の手伝いしなきゃいけねえし」

「むー…明日、絶対だよ?」

「ああ、絶対だ」

「約束破ったら鍋一杯の水銀飲ませるから!!」

「おい馬鹿止めろ。聞いてます? おい、キャロリンッ!? キャロリィイイイン!!」

 

 

 父も彼と共に居ることをとても楽しんでいたと思う。

 

 彼の使う召喚法は融合に似ている。そして、彼の住んでいた世界では、そうした召喚法を用いて人々に笑顔を届けていたという。

 

 錬金術を誰かを助ける為に使っている父にとって、それとよく似たものを誰かを笑顔にするために使っているというのはとても嬉しいことだったのだろう。遊吾――アムナエル自身も、錬金術を悪いことに使用するのではなく、誰かのためになるようにと学ぼうとしていたのだから。

 

 父にとって息子のような弟子。私にとって兄のような大好きな人。

 

 

「あら、アムナエル」

「ああ、シオニーか」

「この間は鍋、ありがとう。凄い助かったわ」

「キチンと使えたか?」

「ええ。今までの鍋が何だったのかってくらい使いやすいわ。この調子ならイザークさんを越える日も近いかもしれないわね?」

「師匠を? 無理無理。俺はまだまだだよ」

「そう謙遜しない。…ところで、これからどうかしら?」

「わりぃ、俺まだやらなきゃいけないこと多いんだよ」

 

 

 最初は不審がられていたが、イザーク・マールス・ディーンハイムの愛弟子であるアムナエルとして活動していく内に、街の人とも打ち解けていった。今ではイザークと並ぶ街の人気者だ。

 

 兵士のお姉さんとか、近所のお姉さんとか、近所の小さい女の子に結構人気なのは結構複雑だけれど。

 

 

「………」

「…oh」

「どうだい? 二人とも…」

「…まるで歯の強度限界に挑むかのような歯ごたえ。鼻腔を貫く芳醇な焦げた匂いと、舌を貫くガチ苦く、エグイ、炭の味ッ!! これはッ、そうッッ!!」

『不味い』

「やっぱり…」

 

 

 いつもの食事風景。ただ、一つだけ違うのは、今日料理を作ったのはアムナエルや私ではなく、父が作ったということ。

 

 

「これでもレシピ通りに作っているんだけどねぇ…」

「あれですね。適量とか少々とか分かんないやつですね分かります」

「そうそう、焦げ目がついたら――とか、それこそその人のさじ加減じゃないか」

「お父さん、それ料理ができない人特有のやつだよ」

「ぐはっ!?」

 

 

 師匠!? アムナエル――いや、遊吾くん…。あとは、まか、せ…。ししょぉおおおおおおおおおお!! などとふざけている男二人を放置して、私は立ち上がりスプーンを翳して言う。

 

 

「やっぱり、料理は私がやらなきゃね!」

「俺も居るぞ!!」

「アムナエルはヘンテコな料理作ることがあるから駄目ッ!」

「はーい」

 

 

 父がよっこらしょと起き上がり、椅子に座り直しながら言った。

 

 

「でも、キャロルは本当に料理が上手いよ。お母さん譲りなのかな?」

「ふふん、私にはどんな料理もおいしくできる魔法の調味料があるから」

「ええ!? お父さんそんなの知らないよ!」

「錬金術師なんだから、しっかり考えてね? ヒントは、お父さんだって知ってるモノ、だよ?」

 

 

 困惑する父。先に答えに行きついたらしく、微笑ましそうに笑みを浮かべるアムナエルを見て、シーッと口元にスプーンを持っていくことで黙っているように伝える。苦笑したのは、了解と言う意味だろう。ええ? 塩? うーん、と頭を悩ませている父を見兼ねて、アムナエルは席を立ちあがると奥の部屋に歩いていき、その手に箱を抱えて戻ってきた。

 

 

「頭を使うのは糖分を一杯使うから、甘いものでも食いながらゆっくり考えれば良いと思うんで――」

 

 

 彼が箱から出したのは、甘酸っぱいリンゴの香り溢れる大きなパンのようなもの。

 

 

「それは?」

「アップルパイってやつです。この間一杯貰ったリンゴを砂糖漬けにしてたんで。パイ生地に突っ込んで錬金しました」

「…料理じゃないの?」

「錬金術は全てに通ずるって言ったのはどこの誰だっけ? キャロル先生?」

「あうっ」

「まあまあ…。さ、折角だからいただくとしよう」

 

 

 切り分けられたそれ――アップルパイというらしい。確かに、生地の中には黄金に輝くリンゴの砂糖漬け。香りからして美味しいということは分かり切っている。だからこそ思いっきり齧り付いた。

 

 砂糖の甘みにリンゴの酸味が混じり合い、より深い甘みを引き出す。単体では主張の強すぎるそれを、パイ生地のほんのりとした甘みが中和することで後味をさっぱりとさせる。

 

 

「これが――錬金術」

「何を悟ったのキャロル!?」

「そう、それがフィールだ!!」

「アムナエルも何を言ってるのかな!?」

 

 

 夢中になって食べ進める私。

 

 彼の料理は少々金がかかってしまうらしく、何かと父と話し合っていたのは聞いていたが、これはお金をかけただけの価値がある。これならいくらでも食べれるかもしれない。

 

 少々行儀が悪いけれど、バクバクとアップルパイを食べていた私に唐突にかかる声。どうしたのだろうと顔を上げると顔に手が迫り、口元を拭われる。

 

 

「ったく、弁当ついてるぞ?」

 

 

 そう言いながら私の口元についていたらしいアップルパイの欠片をそのまま口に放り込むアムナエル。

 

 サッと頬が熱くなるのが分かる。子供っぽいところを見られてしまったという羞恥。それに――

 

 

「アムナエル――いや、遊吾くん。娘が欲しければ、僕を越えてからにしてくれないか」

「え?! 何でマジトーンで言ってんすか!? ちょっ、師匠!?」

 

 

 恥ずかしくて、でも嬉しくて。こんな顔を見られたくないから伏せた顔。多分、ゆるゆるだ。

 

 頭上で何やら、ならば手動で――デュエルッ!! などという声が聞こえてくる。一体父とアムナエルは何をしているのか…。

 

 こんな日常がずっと続けばいい。私はそう思っていた。

 

 

 

 

「お父さんッ!! お父さんッッ!!」

 

 

 人混みをかき分けて何とか父の見える場所に行きつく。

 

 黒い布に包まれ、はりつけにされた父。柱に括りつけられ、その柱の下には――大量の薪。

 

 魔女狩り。錬金術師である父は、流行り病を治すための研究をしていたのだが、そんなある日に彼らはやってきた。

 

 教会の審問官を名乗る者たちに連れていかれた父。アムナエルは父の言いつけで遠くの街に材料の調達に出たばかりで、私だけしかいなかったからどうしようも出来なかった。

 

 そして今、父は火炙りの刑に処されようとしている。

 

 父が何をしたというのだ。私たちはただ幸せに、平穏に暮らしていただけなのに。何故それをどことも知れぬ者が荒らすのだ。ふざけるな。何故父が、あの優しい父が魔女として処罰されなければならないのだ。

 

 どれだけ叫んでも誰も聞いてくれない。いや、この街に住む人は理解しているのだ。だが、どうしようもなかった。父を助けるということは即ち、国に、教会に、たてつくということ。彼らにも生活がある。守るべき家族がいる。だからこそ、護りたくても、助けたくても助けることが出来ない。それをすれば処罰されるのは自分たちだから。

 

 だが、そんなものは関係ない。何故誰も助けてくれない。私では届かない。誰か、だれか――

 

 

「――おとう、さ」

「キャロル……せかいを――」

「世辞の句言おうとしてんじゃねえぞォオオオオオ!! 俺のッ、タァアアアアアアアアンッ!!」

 

 

 俺は、レベル8の琰魔竜レッド・デーモンに、レベル1のチェーン・リゾネーターとレベル3のダーク・リゾネーターをダブルチューニングッ!!

 

 白銀の光が世界を包み込み、そして――

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

 目が覚める。そこは暖かい笑顔の溢れる場所ではなく、無機質な城の中。

 

 

「……アムナエル」

 

 

 その名を口にするだけで胸に温もりが生まれる。大切な兄であり、大好きな人である彼。私は彼と出逢うためにここまで来た。ようやくだ。ようやく彼と会える。

 

 思いだすのは、世界中に放送されていた、一人の男の決闘。その男の背中を忘れることは無い。

 

 少女は――キャロル・マールス・ディーンハイムは立ち上がり、そして言った。

 

 

「そうだ。日本に行こう」

 

 

 

 そして始まる新たな戦い。装者、そして決闘者を巻き込んだ大騒動の幕開けだ。

 

 

「ところで主ィ? そのアムナエル――遊吾という男を捕らえてこいとの命令でしたけど」

「どうしたガリィ?」

「別に、思い出を奪ってしまっても構いませんよねぇ?」

「構わん。奪えるなら、だが」

 

 

 ライヴを起点に現れる刺客。

 

 

「大丈夫かマリア――」

「なっ、分身…だと…」

「燃え尽きなさい、忍法超変化ッ!!」

「なに!? くっ――え?」

「くらえぇええええええええッ!!」

「何あの馬鹿でかい刃――」

 

 

 轟音、爆発。巨大化したアームドギアを縮小しつつ、翼がマリアの隣に降り立つ。

 

 

「無事か、マリア」

「…やりすぎじゃないの?」

「奴は人間ではない」

「あんたたちの方が人間じゃないわよッ!!」

「人間じゃない? 何を言う。その程度ではアクセルシンクロの境地にたどり着けないぞ!!」

「なんなの!? 事前情報と違いすぎよッ!!」

「で、あんたどこ中なのよ?」

「この女性たち怖いッ!?」

 

 

 緑の女性、レイアが叫ぶ。

 

 そして同時刻――

 

 

「へっ、アタシのイチイバルと削り合うなんてな…」

「派手なのは嫌いじゃない…。でも、この場は勝たせてもらう」

 

 

 コインと弾丸。雨あられのような撃ち合いは襲撃者の勝利の終わる。だが――

 

 

「なに?」

「この距離なら弾幕は張れないなッ!!」

「ぐああああああ!?」

 

 

 そして海上にて

 

 

「いくよ、切ちゃんッ!! イガリマをパワーにッ!!」

「いいデスともッ!!」

 

 

 二つのシンフォギアが合体し、一つの巨大な人型となる。

 

 

「炎となった私たちは――」

「無敵デースッ!!」

『アアアアアアアッ!!』

 

 

 巨大ロボット同士の熱いぶつかり合い。また日本某所では――

 

 

「ふんっ、どうだ参ったか」

「くっ…」

 

 

 キャロルと響。二人の一騎打ちが勃発していた。

 

 

「これで懲りたら大人しく遊吾を私に――」

「ふふふ、ふふふふふ、あはははは!!」

「気が触れたか…」

「ふふふ……ああ、ゴメン。おかしくってはらいたくてさぁ。高々その程度でそんなこと抜かすんだ?」

「なに?」

「悪いけど、私は遊吾のぶっといのをぶち込まれたし、壊れるくらいの衝撃で私に刻み付けたし。もちろん、責任はしっかりとるって言われてるんだよね。高々数ヶ月程度の絆がなんだと?」

「貴様ァッッ!!」

「ふふふ、悔しいでしょうねぇ?」

 

 

 キャロルと響。並々ならぬ因縁が生まれた瞬間である。その頃、遊吾はというと――

 

 

「へぇ? キャロルの妹か…。可愛い奴めッ!!」

「わわわ!? 髪が乱れちゃいますよぉ」

「はははは!! 愛しい奴め、ほれほれぇ?」

 

「…はぁ、やっぱ風呂は良いわ」

「あ、あの、その…えと…」

「ああ、来たかエルフない……ん…」

「あ、あの…そ、そんなに見ないでください…」

「ああああああああああ!!」

「ええ!? 何で頭打ち付けて!? 落ち着いてくださいッ!?」

「ちらりとみえぇええええええあああああ!?」

 

「…ひどい目にあった……」

「あ、あの…これ、サイズがあってないんですけど……」

 

 

 エルフナインin裸ワイシャツ+上目遣い+頬染め

 

 

「ふっ…」

「え? え? 遊吾さん!? 遊吾さぁあああああああああああん!?」

 

 

 そして戦闘は激化する。

 

 

 

「ふん、子供に何ができる?」

「ほう? ならば――」

 

 

 ダウルダブラの力により大人となるキャロル。キャロルは胸を一揉みしていった。

 

 

「ふむ…この程度なら構わんだろう?」

「何のつもりのあてこすりぃいいいいいいいい!!」

「落ち着け翼ッ!! 惑わされるなッ!! それはキャロリンの罠だッ!!」

「くっ、分かった…」

「ところでアムナエル…。この姿、どうだ?」

 

 

 ポーズをとりながら彼に問いかける。

 

 大人らしく強調された豊満な胸。キュッとくびれた腰に、安産型の桃尻。スラリと伸びる四肢。刃のように鋭い目つき、だが目元にある黒子と合わさり、それは蠱惑的な雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな彼女をじっくり数秒見つめる。そして遊吾は言った。

 

 

「とても、いいと思いますッ!!」

「お前が惑わされてんじゃねえかッ!?」

「はっ!? しまったぁ!?」

 

 

 そして続く日、彼の者は現れる――

 

 

「僕だッ!!」

「あ、貴方はッ!? 師匠!?」

「違うッ! 僕の名前は――イザーク・マールス・ディーンハイム!!」

 

 

 

 遊戯絶唱しないフォギアGX 20XX年放映開始ッ!!

 

 君は、男の涙を見る…。




結論。

Gで響たちを強化しすぎたんで、ギャグに走るしかない。

今後の予定など、活動報告に書いてます。


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GX番外編~オペレーションB~

Gが終わり、GXに行く間のお話


「今日はよく集まってくれた」

 

 ブラインドによって日光が遮られ、蛍光灯の無機質な光が降り注ぐ薄暗い会議室。その中心にある円卓の下座に座った一人の男がその場に集まった面々を見て言った。

 

 円卓を囲む一同は、老若男女、性別も年齢もバラバラであり、そこに共通点を見出すことは出来ない。

 

「当たり前じゃないですか。今回は長年計画していた、アレの最終確認の為の集いなんですから」

 

 彼の右隣に座りつつ、彼の言葉にニヤリ、と笑みを浮かべる少女。

 

 そう、今回彼らが集まったのは他でもない。彼の者に対するある作戦を発動するための最終確認。計画決起の為の集いだ。

 

「集まるのは当然のことだよ、ね?」

 

 左隣の席を確保していたもう一人の少女が、円卓より物を取り分けながら言う。

 

「けどよぉ、本当に成功んのか?」

 

 計画に関して少し不安を感じているらしく、また別の少女が眉をよせて呟く。

 

「なに? ここまで入念に計画しているんだぞ。今のところ標的が気づいたという報告は来ていない」

「だからこそだよ。あの人の直感が鋭いことは分かってんだろ?」

 

 この計画では全員が一斉に動くことになる。場所の確保は出来ているし、大まかな作業工程は全て済んでいる。この計画を知らないのは、現在仕事の関係で一時的に海外で活動中の彼女のみ。

 しかし、彼女は自身の座右の銘のように、常に刃の如く神経を尖らせている存在。ならばこちらが少しでも怪しい行動をすれば勘付かれる可能性は高い。否、可能性どころではなく、この計画には確信を得てしまうような大きな欠点が存在していた。

 

「他でもない、お前が居るってのが問題なんだよ」

 

 彼の存在、それは大きなアドバンテージとなると同時に凶悪なまでのディスアドバンテージを生んでしまう。

 

 彼と言う存在は全くのイレギュラー。その奇抜な発想や馬鹿みたいな行動力は目を見張るモノが在り、自分たちは何度も彼のそういう性質に助けられてきた。

 だからこそ、彼が行動するということは同時に対象に対して『何か企んでいるのではないか?』という不審を抱かせる可能性が大いにあるのだ。

 

「はたしてそうかしら?」

「なに? …どういうことだよ」

 

 クスクスと笑う女性。

 

 彼女は訝し気な視線を送ってくる少女に対して人差し指を立てて言った。

 

「甘いわね。サモサモキャットベルンベルンを相手に手札誘発カードを引いてないくらい甘いわね」

「なっ!? …ガイウスぶつけんぞ!!」

 

 チッチッチッ、と流し目で言われてしまえば、思わずカッとなってしまう少女。

 

「確かに、私たちの計画に勘付く可能性は大いにあるわ。それは認める」

「だろ! だから――」

「でも、その程度織り込み積みよ? 彼が計画した時点でその程度の弱点くらい対策出来ているわ」

「対策ゥ?」

 

 何のことだ、と首を傾げる少女に対し、女性は側に控える少女に、説明してあげて、と目配せする。

 

「この計画のスタート時、彼には対象に接触してもらう」

「なっ!? 馬鹿じゃねえか!? これはバレちまったら――」

「そう、バレでしまったらいっかんの終わり。彼は確かにこういう状況では爆弾となりうる存在。だからそれを利用する」

 

 少女の言葉に追従するように、先程まで円卓から物を自分の元に引き込んでいた少女が続ける。

 

「仮に彼一人が居なくてって話なら、確かにヤバいって感じるかもデスが、あえて彼が一緒に居ることで、対象に対して、こいつは何も企んでいないんだなって錯覚させることが出来るデス」

「もう一人の私も言っているけど、この中で彼は一番私たちと近い存在。その行動原理に沿った行動をすれば、彼女は日常の中での判断しか出来ない」

「つまり、信頼を利用するの」

 

 対象は世間知らずで天然な一面もあるが、基本的に勘が鋭く頼れる先輩だ。だが、そうであるが故に、彼や都市の近い女性との間での彼女は完全に気が抜けている――つまり、オフの精神であることの方が多い。

 

 人間誰しも、どれだけ完璧とされる人間であっても、必ず無防備な状態となる時は来る。そういう無防備な状態と言うのは、すべからく自分のテリトリーであったり、信頼できる者と共に居るとき。

 つまり、一定以上の信頼を得、オフの思考でいることが出来る間柄である彼を対象に接触させることで、こちらの行動に勘付くその思考能力、直観力自体を封じてしまおうと言う計画なのである。

 

「安心しなさい。この計画、絶対に成功させて見せるから」

「そこまでいうんなら、まあ大丈夫か…」

 

 にっこりと微笑まれ、それ以上言葉を発すること無く引き下がる少女。

 

 少女たちの話し合いが終了したことを確認して、少年が上座の男性に声をかける。

 

「このようになりましたが、構いませんか?」

「うむ…こちらも既に準備は整っている」

「おうよ。その日はあの頑固者にもしっかり休暇をとらせてるからな」

 

 二人の男性の了承も得た。

 

 これで最早恐れるものは何もない。彼は満足そうに頷くと、再度円卓に集まった者たちの顔を見渡す。

 

「諸君、このオペレーションは絶対に失敗してはならない。皆の活躍に期待している。以上だ!」

『応ッ!!』

 

「あのー、大盛餡かけ炒飯注文――」

「あ、俺です!」

 

 部屋に入ってきたチャイナ服をイメージした制服を着た女性に手を挙げる少年。

 

 中華飯店『炎の料理人』での一幕である。

 

 そして、この時点をもって『オペレーションBirthday』が始動したのであった。

 

 

 

※※※※※※※※※

 

 

 

 すっかりと日の暮れた夜の街。帰宅するスーツ姿のサラリーマンの間を縫うようにして駅から出てきた一人の女性が大きなため息を吐いた。

 

「ようやく帰ってこれたのだが、もう夜か…」

 

 蒼色のシャツにジーンズ、そして黒色のリムレスフレームの眼鏡。ちょっとした旅行帰りといった風のラフな服装の長身の女性。

 

 彼女の名前は、風鳴翼。日本が誇るアーティストコンビであった『ツヴァイ・ウィング』の元片翼であり、現在はソロとして活動している、世界中でも注目されているトップアーティストだ。

 

 現在の日本で知らない人は居ないとすら言われている彼女。普通、そんな彼女がこんな人通りの多い駅に現れれば野次馬が湧いて大変なことになってしまう筈なのだが、今の彼女は長身の物凄いスタイルの良い美人として目を向けられているものの、彼女に視線を送っている人間は誰も彼女が風鳴翼であるとは思っていないようであった。

 

 それも当然と言えるだろう。

 今の彼女は普段髪飾りで整えている髪を解き、首元のあたりでシュシュを使って軽く縛っている。それに加えて伊達眼鏡やラフな格好。

 人間と言う生き物は、どうしても第一印象と言うものを物事の判断基準としてしまいがちである。人々にとって、歌姫風鳴翼とは即ち、格好良くてクールな女性である。人々は、そうした特有の雰囲気や髪形というものを人を識別する判断基準の大半としているため、髪形を変え、想像しづらいラフな格好をしている彼女に気づくことが出来ないのだ。

 

 とはいえ、どれだけ格好を変えていようが、彼女は優美な日本刀を思わせるスラリとした長身の女性。容姿の良さで人の眼を惹いてしまうのは確実であり、あまり同じ場所に居るのは得策ではない。

 

「これから人を呼ぶのも悪いだろうし…仕方がないか」

 

 歩いて自分のマンションに帰ると言う方法はあるが、海外の仕事を終えてようやく帰ってこれたのだ。多少割高になってもいいから今日はタクシーで帰ることにしよう。

 そう考えてタクシー乗り場に向けて歩き出す彼女であったが、彼女の視界にふと止まるものがあった。

 

「あ、そうか…」

 

 それは駅構内にあるコンビニエンスストアの入り口に貼られたチラシ。

 

 それを見て、ふと今日はその日だったなと思いだす。

 とても大切な日だと言うのに、仕事が忙しかったり、鍛錬などですっかりと忘れていたことに気が付いて思わず苦笑してしまう。

 

 折角だし、何か買って帰ろうか。そう考えて自然と脚がコンビニに向かおうとするのだが、そんな彼女の耳に甲高い音が響く。

 

 それは、蟲の羽音と言うにはあまりにも低く美しい音色。それはとある乗り物に搭載された機関で無ければ発することのない音であり、その音が鳴る乗り物に乗っている人間なんて、世界広しどこの日本に一人だけだろう。

 

「丁度だったみたいだな。お帰り、翼」

「アトラスか。迎えに来てくれたのか?」

 

 彼女の丁度真横にDホイールをつけた黒いコート姿の男性――遊吾・アトラスが、ゴーグルを引き上げて彼女に声をかける。彼の笑顔を見て、毎度毎度のことながら彼女は思わず彼に問いかけてしまう。

 

 何故か分からないが、彼女が仕事で遠出をしたり、一人で帰宅するときに限って彼は必ず彼女を迎えに来るのだ。彼曰く、暇だから、とか、一ファンとして送迎できるとかご褒美だから、とか色々理由をつけてくれるのだが、毎回毎回送迎してもらっていれば、流石に申し訳なくも思ってしまう。

 

「すまないな、いつもいつも」

「何のことやら。今日は暇だから来ただけだ」

 

 乗るんだろ? 背中を指さす彼に頷きそうになるが、翼は気が付いた。

 

 今の自分の荷物には、スーツケースが存在している。

 Dホイールとは、この世界のどんな乗り物よりも万能な乗り物のようなモノであるが、その形状はあくまでも大型バイクに類似した代物。一応のところは大型自動二輪車ということで処理されているため、なんとか公道を走ることを許されているが、その為大型自動二輪車としての制約を受けなければならなくなっている。

 

 二人乗りこそ出来るものの、そこにスーツケースが乗るとなると話は別だ。

 

「だが、今の私にはスーツケースがあるから」

「ふっ、俺がその程度で送迎を止めるとでも?」

「しかし、道路交通法の関係では――」

「まあまあ、こっち見てみろって」

 

 手招きする遊吾に従って、彼女はDホイールに近づいていく。

 外見は全く変化の無い、彼女の知るDホイールのまんまだ。何か対策がされているということであるが、これのどこが対策されているのであろうか。首を傾げる彼女であったが、そんな彼女の視界に不可解なものが映り込んだ。

 それは車体だ。先程述べたように、遊吾・アトラスのDホイールの形状は大型バイク。普通、バイクの側面に車体などあるはずが無いのだ。

 

「なん…だと…」

 

 彼女の眼に飛び込んできたのは、サイドカー。Dホイールと同じ赤色の車体を持つ側車である。

 

 何故だ、彼女は思わず彼の顔を見た。彼女が最後にDホイールを確認した数日前には、このようなサイドカーは取り付けられてい無かったはずだ。よくよく見てみれば、サイドカーとしっかり連結するために新たにフレームが増設されていたり、見たことのないパーツが取り付けられている。

 

「どうよ、これなら乗せられるだろう?」

「いや、乗せられるだろうがこれはどうしたのだ」

「作ったに決ってんだろ」

「いや、それは分かるが本当に大丈夫――」

「車検だってしっかり通してるっての!」

 

 対策はバッチリなんだよねぇ! 渾身のキメ顔を披露してくる遊吾に苦笑してしまう。

 

 行きの時はそれこそスーツケースを増設した格納スペースに無理矢理押し込んでいたものだが、まさかその対策にサイドカーを増設してくるとは。流石の私でも予想外だ。

 

「仕方がない。ここまでしてもらったのだから折角なんで乗せてもらうとしよう」

 

 荷物をサイドカーに乗せ、翼は後部シートヘルメットを受け取るとしっかりと彼の腰に手を回す。

 

「よし、じゃあ――転んでも文句はなしな」

「待て、それはどういう意味だあとら――きゃぁっ!?」

 

 急制動。跳ね上がる車体に悲鳴を上げギュッと腕の力を強める翼。そんな彼女に大笑いしながら彼は家に向かって走り出すのであった。

 

 それから暫く無言の時間が続く。Dホイーラーのヘルメットには無線機が取り付けられている為、フルフェイスヘルメットを被る翼の耳には、ご機嫌な彼の鼻唄が聞こえてくる。

 彼の歌は彼女のニューシングルのものだ。音が低いのは性別ゆえに仕方のないことだろう。

 

「アトラス、皆はどうしたんだ?」

「ん? ああ、響と未来は何か重要なやつとかなんとか。クリスも何かあるらしいぞ」

 

 調と切歌もやることあるんだと、と少しつまらなさそうに言う彼。

 

 珍しいこともあるものだ。

 

 基本的に彼と彼女らは一セット。課題などがあっても、さっさと終わらせて彼と共に遊ぶことを優先するような彼女たちが課題に追われていると言うのは珍しい。

 

 しかし、それも仕方のないことかもしれない、と翼は考えた。

 

 自分達三年生が卒業し、響と未来は三年生、つまり今後の身の振りを考えなければならなくなる年となるし、クリスたち二年生は今後の進路を考えて動き始めるものが出てきてもおかしくない。そうなれば彼と共に居る時間は必然的に少なくなってくるだろう。

 それに、遊吾自身、彼女たちと一緒に居ることが好きであるが、それ以上に彼女たちの為にならないのであれば自ら距離を離すことに躊躇することは無い。

 

「そうか、なら今夜は私が独占できるということだな」

「何でそんなに男らしく言いきれるんですかねぇ」

 

 ニヤリと笑って言えば、遊吾はため息交じりに、相変わらず防人してんなぁと笑う。

 

 しかし、それは困ったな、と心の中で呟いた。

 

 もし彼女たちに用事が無いのであれば家に呼ぼうかなどと考えていたものの、そういう理由があるのなら呼ぶのは忍びない。

 だからと言って、自分が言ったように遊吾を独占すると言う考えは無い。むしろ進路などの話をするのであれば、家族以外で身近な存在である彼と共に考えると言うのも一つの手だろう。話題に出すということはつまり彼なりに彼女たちのことを心配している証拠であるし、ならば下手にこちらの都合に突き合せるのは悪い。

 

 信号が赤に変わりDホイールが停車する。すると彼が振り返って彼女に尋ねた。

 

「なあ、さっきから俺の腹が鯖折りになりそうでヤバいんだけど」

「へ? ……ああ! す、すまないアトラス」

 

 どうやら無意識の内に力を入れ過ぎていたらしい。慌てて手を組み直す翼を見て苦笑してしまう遊吾。

 

 彼は少し悩んだようなそぶりをすると、彼女に向かっていった。

 

「なあ翼。お前飯食ってる?」

「どうした突然。…まあ、食べてはいないが」

 

 唐突だな、と首を傾げる彼女に対し、彼は笑いながら言う。

 

「飯食いに行かねぇ?」

「…私は構わないが、アトラスは良いのか?」

「良いんだよ」

 

 じゃあそうするか。信号が青に変わり、彼がアクセルを開ける。流れる景色を横目に彼女が問う。

 

「ところで、どこに食べに行くんだ?」

「んー、そりゃあれだ。着いてからのお楽しみってやつ」

 

 ニヤリ、と何度も見たことがある悪戯小僧のような笑みを見て、翼は思った。

 

 あ、こいつ何か企んでるわ、と。しかし、止める術は無いので彼のやりたいようにやらせることにする。それに、仮に何か企んでいたとしてもそこまで悪いことにはならないだろう。ある種の確信を抱きつつ、彼女は再度手を組み直すのであった。

 

 

 

「よし、着いたぞ」

「………」

「おい、どうした翼」

 

 着いた、と言われて見上げた建物を見て翼は思わず絶句した。

 

 彼が大きな道を逸れていき、妙に見覚えのある小さな道を走りだした段階で何となく察するべきだったのだ。否、察していたが、あえてそれを考えないようにしていただけだ。

 

 彼女の目の前にあるのは、数百はあるかもしれない巨大な石造りの階段と、その頂上に控える巨大な門。

 

 その門の先に何があるかなんて良く知っている。その先にあるのは屋敷と、巨大な要石。

 

 日本守護の要。旧い時代から現代に至るまで常にこの日本国の守護を務めてきた防人の一族、風鳴家の屋敷。つまるところ風鳴翼の実家である。

 

「アトラス…どういうことだ?」

「どういうって、何が」

 

 本気で何とも思っていないらしい遊吾に対し、お前は、と語気を強めて言う。

 

「お前は人の実家を何だと思っているんだ!!」

「いや、だって…」

「だってもらっきょうもあるかッ! 正直、実家に戻りたくないとか色々あるけどそれはこの際どうでもいい。何をどうしたら私の実家を食事処のように扱えるんだッ!?」

「司令に、今晩一緒に飯食わないかとか言われたからさ」

「…まったく、あの人は」

 

 遊吾とはまた違った破天荒さのある自分の叔父が笑っている姿を幻視してしまい、頭が痛いと言わんばかりにため息を吐く翼。

 

 まったく、と彼女はDホイールから降りると当てつけるように彼にヘルメットを押し付けながら言った。

 

「アトラス、はやく駐車場にしまって来い」

「お? なんだ案外乗り気だな」

 

 からかうように言う遊吾に対し、腕を組んで仁王立ちするように彼女は言った。

 

「馬鹿を言うな。私は叔父様たちに少し文句を言いたいだけだ」

「そいつぁ何より」

 

 それじゃあ俺、置いてくるからとDホイールを走らせる遊吾。

 

 その背中を見送り、一つ息を吐くと翼は階段を登り始めた。

 

 しかし、その足取りはまるで亀のように遅く鈍い。いつもの風鳴翼と比べると有り得ないほどに彼女の心はこの家を恐れ、遠ざかろうとしていた。

 

 風鳴翼にとって実家とは、彼女の人生の転機となった場所であるとともに、彼女にとってあまりいい思い出の無い場所でもある。故に彼女は必要が無いときは実家に一切近づかなかったし、実家も翼に一切の接触を行うことは無かった。

 

「まさかこんなタイミングで里帰りをするハメになるとは…」

 

 予想外の帰宅は二度目。一度目は遊吾の戸籍問題で、二度目は今日。そのどれもが遊吾・アトラスが関係している事柄であり、思わず心の中で、怨むぞ遊吾、と恨み節など呟いてしまう。

 

 そうして時間をかけつつも何とか頂上まで登り切った彼女であったが、そんな彼女の目の前に現れる人影が一つ。

 

「…翼か」

「――ッ!? …お父様」

 

 苦々しく、心の底から捻りだすようにしてその人影を認識する翼。

 

 彼女の瞳にあるのは、明らかな畏れと拒絶。

 

 鋭い瞳は鋼鉄の如き理性の光を放ち、身に纏う雰囲気は静かではあるが何物をも威圧し、恐れを抱かせる。正しく冷たい刃の如き男性。彼の名前は風鳴八紘。風鳴翼の父親となっている男性であり、同時に日本国の内閣情報官である。

 

 風鳴翼にとって、八紘という人物は恐怖の対象の一人であった。否、恐怖、と言うよりは怖い人、と言ったほうが正しいか。

 

 鋼鉄のような人である、というのが彼女から見た八紘という人物だ。常に冷静沈着であり、情と言うものを見せることなく常に最善の行動を行うある種のロボット染みた冷たさすら感じる人。そして、その冷たさは幼い頃の翼にとっては恐怖以外の何物でも無かったのだ。

 

 防人の家系と言う、普通の家庭とは違う過程であるということは幼い頃であっても何となく察していたし、八紘のことが昔から嫌いだったわけではない。

 昔の八紘は、本当に時々であるが、とても暖かい眼を向けてくれることがあった。幼い頃から防人としての教えを教え込まれてきた翼にとって、叔父である風鳴弦十郎や父である八紘、そして時々家に訪れる緒川慎次との交流。ほんの少しでも与えられる暖かさは何よりも大切なものであったのだ。

 

 だが、そんな彼女を八紘は拒絶した。

 

 ある種の狂気染みた鋼鉄の理性をもって翼を遠ざけたのだ。

 

 どれだけ呼びかけようと、どれだけ近づこうと決して触れさせてももらえない冷たい鋼。幼い翼にとってその冷たい鋼鉄は何物をも上回る刃であり、その刃は無慈悲に彼女の心を切り裂いた。

 

 そうした背景も影響して、彼女は歌手となるべくこの家を飛び出し、現在に至るのである。

 

「…何故此処に居る」

「その…アトラスが、夕餉を、と」

「そうか…」

 

 それだけ言って彼は彼女の横を通り過ぎていく。

 

 下駄が石を蹴る音が通り過ぎる。

 

「お父様ッ!!」

 

 反射的に声を挙げる翼。

 

 彼女の声を聞いて立ち止まる八紘であったが、その背中はあまりにも大きく、そして冷たかった。

 

 振り返ることなく、どうした、と声をかけられてしまえば、彼女は思わず口を噤んでしまう。

 

「いえ、その…なんでもありません」

「…そうか」

 

 カラン、カラン、と下駄の音が遠ざかる。唇を噛み締め、顔を伏く彼女の頭に、温もり。ハッとして顔をあげれば、いつの間に隣に居たのか、遊吾が彼女の頭に手を置いていた。

 

「ほら、湿気臭い顔してないでさっさと行こうぜ」

「あ、ああ…」

 

 身体が鉛のように重かったのだが、彼に腕を掴まれて強引に引っ張られてしまえば動かないわけにはいかず。結局なし崩しに実家への帰省を果たしてしまう翼。

 

 そんなに回数この家に来ていない筈なのに、迷うことなく屋敷を進む遊吾。そんな彼の背中を眺め、そして掴まれた己の腕を見る。

 

 力強く、だが痛くないように加減されて掴まれた腕。しかし、それでも掴まれた部分が少し白いのは彼の手加減が下手くそなせいだろう。女性とは違う、そして同時に叔父のようなものとも違う、男の掌。

 恋人や仲の良い友人同士がするような手を繋ぐ、というものとは違った、まるで荷物でも引っ張るような手首をつかむという行為。それが少しだけもやもやするようで、でもこうして引っ張られるということが嬉しいようで。

 

 そうしてジッと見つめていたからだろう。彼が急に立ち止まったせいで思い切り顔を彼の背中にぶつけてしまう。

 

「あうっ」

「おいおい、大丈夫かよ」

 

 額を丁度コートの肩――このコートは疾走決闘用のライディングスーツでもあるため、肩にパッドが入っている――に打ち付けて思わず呻いてしまう翼。急に立ち止まったの俺だけどさ、と心配する遊吾に大丈夫だと手を挙げつつ彼女は目の前の扉を見る。

 

「ここ…風の間ではないか」

 

 風の間、それは主に宴会であったり、重要な会合でしようするような大きな畳張りの座敷部屋というものである。

 

 まさか、高々数人の為だけにこんな場所を使用するのか、相変わらずやること為すことスケールが大きいのか小さいのか分からない男どもに頭が痛いと言わんばかりに息を吐く翼。

 

 そんな翼の反応を見て、彼は笑みを浮かべて言う。

 

「まあいいじゃねえか。今日は宴なんだしよ」

「人の家で宴とは、随分と良い身分じゃないか」

「そう言うなって。今日はお前の為に色々――」

「私の為?」

 

 あっ、ヤベッ! 口を滑らせたことに気が付いた彼が大慌てで扉を開いた。

 

 待て、どういうことだアトラス! そう放とうとした口は、響き渡る爆音によって硬直した。

 

「お帰り、翼くん!!」

「お帰りなさい翼さん!!」

「お帰りなさい」

「お帰り、先輩」

「お帰り」

「お帰りなさいデース!!」

「お帰りなさい、遅かったわね」

 

 口々に彼女の帰宅を祝う言葉を放つ装者と、二課の人々。

 

 皆の手にはクラッカー。奥の方では挨拶もそこそこに巨大なクラッカーの後始末に奔走する弦十郎と慎次の姿が見える。

 そして、彼女の視線の先、丁度扉の真正面には一つの横断幕が掲げられていた。

 

 書いた人間の性格が滲み出ているような、非常にかっちりとした達筆で書かれた横断幕。そこに書かれていた文字は――

 

『風鳴翼! 海外のお仕事お疲れ様! そして、誕生日おめでとう!!』

 

「これは――」

「あれだ、サプライズバースデー、とか、バースデーサプライズって言われてるやつ」

 

 どうよ、と渾身の笑みを浮かべる遊吾を見て、翼は目頭が熱くなるのを感じた。

 

 これまで何度も誕生日と言うものはあった。だが、幼い頃はまだしも、家を出た後では誕生日と言うものはあくまでもそういう日でしかなく、祝うなどと言うことはここ数年忙しさなどにかまかけて全く行っていなかったように思う。

 

 だが、ここで泣いてしまってはいけない。グッとこぼれそうになるものを我慢して、皆に礼を言おうとした彼女の背後で、パンッという小さな音が響いた。

 

 その音に驚いて振り返ってみれば、そこに居たのは、着物姿の男性と、白のポロシャツ姿の男性の姿。

 

「お父様…それに、響一郎さんも」

「おう、久しぶりだな翼ちゃん! 誕生日おめでとう!」

 

 軽く片手を挙げて祝い言葉を投げかける響一郎。そんな彼の隣では、クラッカーを片手に視線を何処かに彷徨わせつつ何やらブツブツと呟く八紘の姿が。

 

 これはどういうことなんだ。驚愕で固まる翼を他所に、八紘と響一郎は何やらあーだこーだと言い争っている。

 

 お前、父親なら父親らしくしっかり祝えよ。馬鹿を言え! 俺はもう大人なんだぞ。それに今更どの面で祝えるかッ! おいおい、男のツンデレなんて誰得だよ。とっとと祝えってんだこのすっとこどっこい。うるせぇこの愚兄ッ!! 元はと言えばお前がなぁ…。ああ? やるか八つ橋ィ? 激おこだぞこっちは。俺は八紘だっつってんだろうッ!!

 

 一触即発といった空気になりつつある二人のやり取りを茫然と眺めていた翼の背中に、バンッという鈍い衝撃。思わず前に一歩踏み出してしまい、振り返ればそこには何やら楽しそうに笑う遊吾の姿。

 彼の言いたいことが分かった彼女は、本当に強引だな、と微笑みを浮かべて彼に、八紘に声をかける。

 

「あの、お父様」

「なんだ! ……ごほんっ、なんだ翼」

 

 咳払いをして誤魔化そうとしているが、誤魔化しきれていないのは明らかで、思わずクスリと笑ってしまった翼を見て、不機嫌そうに眉を寄せる八紘。

 

「ああ! えっと、その、これは――」

「構わない」

 

 そんな彼の表情を見て必死に言い訳を考えてしまう翼。そんな彼女を手で制すと、八紘は静かに目を閉じた。

 

 一体何を言われるのだろう。先程までの雰囲気とは違う、いつもの冷たい雰囲気を纏い始めた八紘に背筋が凍るような、心が冷えていく感覚を覚える。

 

 何分とも、何十分ともとれる長い沈黙を経て、八紘は大きく息を吸った。その音で思わず首を竦めて身構えてしまう翼。

 

「おめでとう」

「………え? あの」

 

 今、この人は何と言った。目を見開く翼に、八紘は目を逸らしつつ、だが確かに口元に笑みをたたえて言った。

 

「誕生日おめでとう、翼」

「あっ」

 

 それだけ言ってさっさと退散しようとする八紘であったが、彼の腕に絡まる腕――響一郎がニヤニヤと笑いながら彼に告げる。

 

「まあまあ、待てよ弟よ。折角の娘の誕生日なのにさっさと帰る奴が居るか? んん?」

「…俺には明日も仕事が――」

「そういうと思って、許可、とっといたで?」

 

 懐から書類を取り出し八紘に渡す響一郎。

 

 その書類を最初は涼しい顔で見ていたのだが、読み進めていく内に徐々にその額には青筋が浮かびはじめ、読み終わる頃には歯をこれでもかと食いしばり、書類を握りつぶさんと言わんばかりに筋肉は膨張し、書類はくしゃくしゃとなっていた。

 

「ちなみに、それ許可とるように進言したの、弦十郎な」

「げェエエエエンッ!!」

「うおぉ!? なんでそんなに怒っているんだ!?」

 

 貴様ぁッ! こんなことで休暇を取らせおって!! でも、翼くんの誕生日を祝いたいと言っていたのはそっちだろう!! あれはっ、あれは酒の席での戯言でしかないわッ!! またまたぁ、俺知ってんだぜ? お前が必死で翼ちゃんの好きな歌手のCD探してたの。いつの話をしているんだ愚兄ッ!!

 

 風鳴兄弟が人智を越えた喧嘩を始めた音を聞きつつ、遊吾は側の翼を見て言った。

 

「どうだ? 言った通りだろ」

「…ふふ、なるほど。重要なこと、ね。確かにそうだな」

 

 常日頃から、誕生日などの祝い事は絶対にするべきだ、と宣言して止まない彼のことだ。むしろやらないはずが無かった。

 

 誕生日を祝ってもらって嬉しい、なんて子供じゃないのに、少しでも残念に思っていたからこそ嬉しくてたまらない。

 

 ドンドンと派手になっていく座敷の音を聞き、このままここでこうしているのもいけないな、とゴシゴシと目を擦ると彼女は大きく深呼吸して一歩踏み出した。

 

「ああ、そうだ」

 

 彼女の背中に投げかけられる声。どうかしたのだろうか、振り返って尋ねれば、何やら言い辛そうに、あー、だの、うー、だの唸る彼の姿。

 だが、覚悟を決めたのだろう、頬を掻きながら彼は笑って言う。

 

「誕生日おめでとう、翼」

 

 先程まであれだけ色々やっていたのに、肝心な時になると照れくさくなって上手く動けない彼に、思わず笑みがこぼれてしまう。

 

 彼女は楽しそうに笑った。

 

「ありがとう、遊吾」

 

 さっと会場の方に向き直り、会場に歩き出す翼。

 

 背後から聞こえてくる、うぉぉぉぉ、という獣のような呻き声に笑みを深めつつ、既に混沌と化しつつある会場を見回して一喝した。

 

「こら、お前たちッ! 主役を差し置いて盛り上がるとは何事かッ!!」

 

 

 この日、風鳴翼はまた一つ大人となったのである。

 

 

 

 

 

「あ、そうだ翼、誕生日プレゼントなんか要る?」

「む? …そうだな。遊吾、来週のこの日は空いているか?」

「ああ、空いてるけど」

「ならツーリングに行かないか? 丁度良い温泉を見つけてな」

「マジでッ!? よし、じゃあ行こうぜ!!」

「ああ。楽しみにしているぞ、遊吾」

 

「…ねえ、クリスちゃん」

「どうしたんだ」

「翼さんって遊吾のこと名前で呼び捨てにしてたっけ?」

「さあ?」

「うーん、私の気のせい?」




一日遅れで誕生日を祝っていくスタイル。

翼さん、誕生日おめでとうございます!!


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