IS 諦めた少年 (マーシィー)
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諦めた少年

二次ファン様が閉鎖に伴いこちらに移転してきました。




 突然だが、家に帰りたいです。

 

 

 此処はIS学園、1年1組の教室なのだがハッキリ言ってキツイ。精神的に。なぜ、”男性”である自分がこの”女性”しか動かせないISを学ぶための学園にいるのかと言うと原因は世界初の”男性”適合者、織斑一夏のせいだ。

 

 アイツがISなんて物を動かしたせいで政府のお偉いさん達は他にも動かせる男性が居るのではないか、と男性国民全員を対象とした適正検査をしたのだが、そこで見事動かしてしまったのが、自分と言うわけである。

 

 どう考えても自分はお門違いである。アイツみたいに身内に世界最強だとか知り合いに世界最高の頭脳を持つ人が居るとか美少女の幼馴染がいる、なんて事は無い。さらにアイツみたいに自分は熱血漢でもないしイケメンでもない。物事の飲み込みもアイツとはぜんぜん違うんだ。

 

 子供の頃からそうだった。他の子供たちは皆すぐにいろんな事を覚えていったのに自分は同じ事を何度も何度も繰り返してやっと覚えれるのである。”天才は1を知って10を知る”なんていう事があるが自分は”10回繰り返して1を知る”が基本なのだ。

 

 それなのに周りの人間は「どうして出来ないの?」とか「他の子供はすぐ出来るのに…」とか言ってくる。だから、自分はもう色んな事に対しての情熱など無く、ただ毎日を無意味に過ごしていた。高校も受験なんてしないでさっさと肉体労働系の仕事に就こうとした。幸い体だけは丈夫だったから。

 

 

 

 なのに、なのに!!ISなんていうエリート様が乗るような物の適合者になってしまい自分のこれからの人生は真っ暗になってしまった。

 

 

 

 なぜかって?自分はアイツと違い重要性がかなり低いのだ。アイツは身内と知り合いのおかげで各国のお偉いさんもそうそう手は出せないが自分は違う。身内にこれと言った有名人がいる訳でもなく、アイツのようにISの操縦技量が高い訳ではない。アイツと比べたらどちらが国にとって重要性が高いかなど誰にでも分かる。

 

 IS学園に所属している今はいいが卒業して、外に出ても政府はどうせアイツは守るだろうが自分は守ってくれるかは分からない。むしろ、貴重なサンプルとして他の国と取引の材料にされるかも知れない。そんな未来しか見えてこないうえに、このIS学園内でも自分はアイツの踏み台にしかなっていない。

 

 最初にそれが起きたのは登校初日、クラス紹介の時だ。アイツの後に自己紹介したがどいつもこいつも一夏、一夏、と自分の事とアイツの事を比べて比較する。そしてアイツの方がイイと言う。自分は比較されるためにここにいるんじゃない!!

 

 さらにクラス代表生を決める時、誰もがアイツを推薦し自分は推薦されなかった。これはいい。自分はISなんぞに、興味は無かったしクラス代表もなりたくなんてなかった。

 

 なのに、なぜかクラス代表を決める試合に自分も出る事になっていた。なぜ?と思ったら何のことはない。ただアイツの専用機の「初期化」と「最適化」を済ませる為の時間稼ぎとして戦わされる事になっただけだった。

 

 教師でありアイツの姉である織斑千冬に自分はこの試合には出ないと、言って見たらなんて言ったと思う?「お前も一夏と同じ男ならこれぐらいやってのけろ」だと?ふざけるな!!自分はあんたの弟は違うんだよ!!

 

 それから何度も試合には出たくない、出ても負けると言ってもあのクソ教師、聞きもしやらがらない。終いには出席簿で殴ってきやがった。これをされて自分は理解した。このクソ教師弟の為に自分を踏み台にさせる気だと。

 

 それが切欠なのかそれともずっと前からそうだったのか分からないが、もういろいろな事を諦めるようになった。自分がどう足掻こうとも結局自分は誰かの踏み台にされるのなら、もう足掻く事なんてやめて諦めた方がずっと楽だから。

 

 クラス代表生を決める試合の時、アイツには色んな人が集まっていろいろ声を掛けていたようだが自分にはそんな物は無く、よくて「試合がんばって」とお決まりのようなセリフを何人かに言われただけ。そして、自分と相手であるイギリス代表候補生との試合が始まったが、結果は惨敗。相手のシールドエネルギーを少し削れただけでボロボロにされた。

 

 当たり前である。相手は専用機持ちで起動時間も数百時間を越すようなエリート様で、こっちは量産機で起動時間なんて十時間にも満たないのだ。これで、勝てという方が無理な話である。惨敗して戻ってみたら篠ノ…何とかとか言う奴は「情けない、それでも男か」等と見当違いの言葉を投げかけられクソ教師は「無駄な動きが多すぎだ、ばか者」等と教師として有るまじき言葉を発してきた。

 

 

 殴りかけたのを必死に抑え、一言「…すみません」と言った自分を褒めてやりたかった。

 

 

 その後、自分はさっさと部屋に戻りすぐにベットに入り寝た。いや寝た振りをして泣いた。どうして自分だけこんな目に会うのか、どうして自分の事を分かってくれないのか、どうして自分は出来損ないなのか、とただ声を殺して泣いた。

 

 それから、クラス対抗戦や、転入生などが来たが同でもよかった。ただ、アイツと比較されて踏み台にされるだけの毎日だったから。

 

 

 

 でも、そんな毎日もあっさりと終ってしまった。

 

 

 

 学年別トーナメントで自分はラウラとか言う奴と組む事になったのだがラウラは自分に「貴様は何もせずに離れていろ、邪魔だ」と言われ、その通りにどの試合も開始してすぐ壁際に離れていった。周りの奴らがなにやら煩かったがどうでもいい。どうせ出しゃばっても碌なことにはならないのだから。

 

 で、自分のチームがアイツのチームと対戦する事になった時もラウラは俺に何もするなと言い放ち、一人で戦っていたが専用機持ちとの2対1ではさすがに分が悪かったようで劣勢に追い込まれて後一撃でラウラが負ける、という所で急にラウラのISが急変した。

 

 黒い全身装甲に一振りの刀を持ってアイツ達に襲い掛かった。さっきまでとは違い2対1でも余裕を持って相手にし襲いかかっていた。

 

 自分は壁際でただそれを見ていただけだった。専用機持ち同士で、しかも一人は明らかに暴走していると所に自分が入って言ったってすぐにやられるだけだ。そうこうしている内に二人はやられてしまった。そして暴走したラウラがこっちに向かってきた。

 

 自分は逃げもせず、防御もしないでただ立っていた。逃げても逃げ切れるわけが無いし、防御しても防ぎきれる物ではないのはさっきの戦闘を見ていれば分かる。

 

 

 

 だから、自分は何もせずに凶刃に対して”首に当たるように”動いてやった。

 

 

 

 暴走した機体の凶刃はいとも容易く量産機の絶対防御を貫通し自分の喉を切り裂いた。暴走したこの機体の刀はアイツの専用機の単一仕様能力を劣化してはいるが似た能力を持っていたようで量産機程度の防御力は紙のように引き裂けた。

 

 

 首からの激痛に泣きながらも心は爽快な気分だった。

 

 

 これで、やっと楽になれる。誰かと比較されることは無くなる、と。

 

 

 霞む景色の中、そんな事を思いながら自分は意識を失った。



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IS 諦めた少年 ラウラ編

 「二人目の男性適合者が殺された」

 

 その事は、世界中に衝撃を与えた。

 

 この事件が世界中に広まって、さらに詳しく事件の詳細が分かった事によりさらに世界中に衝撃が走る事となる。

 

 「彼はISに乗っていたのに死に至る致命傷を負って死んだ」

 

 それはISの絶対安全性を覆す事であり、IS至上主義の女性達にとっては信じる事のできない事であった。

 

 ISには「絶対防御」と言う搭乗者の命の危機に対して発動するあらゆる攻撃から身を守る機能が搭載されており、それによって搭乗者は現代兵器を上回る兵器を扱うIS同士の戦いでも命を落とす事無く戦う事が出来るのに、今回の事件でそんな思いは無くなってしまった。

 

 「絶対防御」が発動しても死ぬ事がある。それはISと言う兵器に乗りながらも何処か命の危機に対して甘い考えを持っていたIS搭乗者達には想像もしないほどの衝撃だった。

 

 

 

 だが、彼がもたらした出来事はこれだけではなかった。

 

 

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 

 

 ラウラが彼からもっとも大きな影響を受けた人物だろう。たとえ彼を殺す事となった事に様々な要因や、ISに秘密裏に搭載されていた違法なシステムのせいで意識やISの制御を奪われていたとしても彼を殺した事に変わりは無いのだから……

 

 ラウラが彼を切り伏せた直後に生徒会長を含む専用機持ちで構成された突入部隊がラウラのISを止めに入った。暴走しているとは言え専用機持ち二人を相手にしてから複数の専用機持ちと戦う事はできなかったが、それでも暴走したラウラのISは突入部隊に対して数分の間戦ってみせた。そう、たった数分の間でも戦ってみせてしまったのだ。

 

 実は彼はこの時、まだ助かる見込みがあった。切られた直後にすぐに傷を縫い合わせ、輸血をしていればまだ、命だけは助ける事ができた。だがこれはすぐに助けられた時の場合である。

 

 彼が切られた場所は喉であり、一緒に動脈も切られたのである。そのせいで彼の体からは急速に血液が失われていきたった数分とは言え彼の体から致死量に至るだけの血液を流すには十分であった。

 

 彼を助けに来た生徒会長である更識楯無が彼の所に着いた時、彼の顔は血の気が失せ明らかに手遅れの状態であったが、それでもわずかな可能性にかけて彼を救護室に運びIS学園内の生徒達から彼と同じ血液を持っている人物を探し輸血させたのが、楯無の奮闘も虚しく、彼は死んでしまった。

 

 この事が楯無の心に影を落とす事となる。それは楯無がただの一般人ではなく「更識家」と言う対暗部用暗部という学園を裏から守ってきた組織の一員であると同時に、楯無が就任している期間の間に死人、それも世界で二人しかいない男性適合者の一人を死なせてしまったからである。心に出来た影は彼が残したある遺品によってさらに楯無の心を蝕む事となる。

 

 

 

 突入部隊によってISを停止させられて意識の無いまま救護室に運ばれたラウラだが、意識を覚ました時にラウラに突きつけられた現実はラウラを絶望させるのに十分だった。

 

 ラウラに突きつけられた物、それは専用機の完全解体、ドイツ軍IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の部隊解体、そしてドイツ軍からの除隊命令、さらにラウラ・ボーデヴィッヒの国外追放だった。その事に対して当然抗議したものの事態はラウラが思っていたよりはるかに厳しい物だった。

 

 

 「二人しかいない男性適合者をドイツ軍人が切り殺した」

 

 

 実際にはそれ以外の様々な要因が有ったのだが、世界中の国々は結果だけを指摘し、それに至るまでの過程の事には何も言わなかったのである。

 

 更には、何所からか情報が漏れ、ラウラのISにあらゆる企業・国家での開発が禁止されている違法なシステム「VTシステム」が搭載されていた事が発覚しその事もドイツを追い詰める事の一つとなった。

 

 これに対してドイツ軍はラウラがいた部隊が独自に動き国とは関係ない、と発表した。

 

 つまり、ドイツはラウラのいた部隊に罪を被せて、切り捨てた、という事だった。

 

 ドイツ軍人となるために生み出され、厳しい訓練を耐え抜き一度はどん底に落ちるも特殊部隊の隊長にまでのぼりつめ、ドイツ軍人である事に誇りを持っていたラウラにとって、ドイツから突きつけられた事はラウラの精神を蝕み、壊すには十分であった。

 

 ラウラはこの事で精神が壊れ、一般生活を送る事さえ困難な状態となってしまい、残りの人生を一生病院で送る事となった。

 

 

 

 今でも彼女は虚ろな表情で繰り返し呟く。「私は誇りあるドイツ軍人である」と…… 

 



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IS 諦めた少年 更識楯無編

 更識 楯無

 

 IS学園にて生徒会長を勤め、IS学園生徒の中で最強の名を持ち、それでいて対暗部用暗部「更識家」の現当主でもある。

 

 そんな肩書きを持つ楯無だが、楯無から見た彼の評価は高い物では無かった。見た目や性格面、ISに対する意識が低い事など、もう一人の男性適合者である織斑一夏と比べると見劣りするからである。

 

 無論、表情や態度にはそんな事は出さないで彼ら二人には接していたのだが、それでも彼に対して心の何所かで一夏と比べていたのかもしれない。

 

 

 その思いがもたらした、たった一言が彼のその後を決める物とは思いもせずに……

 

 

 

 それは、学年別トーナメントが近づいて来た時の事。楯無は一夏と彼に対して少しの間特別特訓と称して、ISの機動訓練を見ていてあげた時である。

 

 その時すでに一夏と、彼との間にはかなりの差が出来ていた。同じ時期に入学し同じISに関しては素人であった二人だが一夏は専用機を貰っていたとは言え此処まで差が開いているとは思いもしなかったのである。

 

 それこそ一夏はイグニッション・ブーストを使用した近接格闘戦まで出来るようになっていたに対し彼は未だに高速で飛行する事さえままならなかった。

 

 だから、楯無は言ってしまったのである。彼がどれだけの時間を費やしてきたのも知らず、軽い思いでただ一言

 

 「君はもう少し努力したほうがいいんじゃないかな?」と

 

 それを聞いた彼は急に顔を伏せ、そのまま一言「……気分が悪くなったので先に戻らせてもらいます」といい帰ってしまった。

 

 さすがに無神経だったか、と思いはしたもののその時は追いかけもせず残った一夏との訓練を続ける事にした楯無。

 

 この時すぐに追いかけて、何か一言でも言っておけば彼の未来は変わったのかもしれなかった。

 

 そして迎えた学年別トーナメントの日、楯無は一夏に軽く挨拶を済ましてから彼にも挨拶をしようと彼を見つけて彼にも挨拶をしようとしたら、彼は楯無の顔を見るなり逃げるように走り去ってしまった。その事になぜ?という疑問を思いはし追いかけようとしたがもうすぐに彼の試合が始まる事を思い出しそのせいかと思いその場は諦めて観客席に戻った。

 

 試合が始まり彼の試合を観戦していたが、彼は試合が始まると同時にアリーナ内の壁際に移動して後は試合が終るまで其処にいた。

 

 その事に周りの生徒達がなにやら騒いでいて少しの間だけだが訓練を見ていた楯無も、少しは思う所があり、トーナメントが終ったら少し話をしようと考えていた。

 

 そんな思いも彼らが一夏達と試合を始め、異変が起こった時に吹き飛んでしまった。

 

 ラウラが一夏とシャルロットとの専用機二機と戦っている時も彼はアリーナの端で黙って見ているだけだった。

 

 これまでの戦いとの疲労と専用機二機との戦いでラウラが負ける、と言う時にそれは起こった。

 

 ラウラが急に呻き声を上げたかと思えば、ラウラのISが黒い霧のような物に包まれ黒い霧がなくなった後にはラウラのISは無く黒い全身装甲と一振りの刀を持ったISが居た。

 

 その後の出来事は劇的だった。苦戦していたはずの専用機二機に対して一振りの刀だけで圧倒し始めたのである。

 

 その時点で楯無はアリーナの進入ゲートに急行しその場に居た教師陣と他の専用機持ちを引きつれアリーナ内に突入した。

 

 突入した楯無が最初に見た光景は---

 

              「黒いISに首を切られた彼の姿」

 

                            ---だった。

 

 彼の首から吹き出る血を浴び此方を向く黒いISは死神のように見えた。

 

 だが、そんな姿に怯むもすぐさま周りの仲間に指示を出し黒いISの無力化を始めたのは流石といえた。そして始まった、複数対単機の戦い。

 

 流石に専用機持ち二人と戦った後にさらに複数の専用機持ちと教師陣、さらに生徒会長との戦闘はきつかった様で、数分で無力化に成功した。が、この時複数で突入したのが仇になった。楯無のIS「ミステリアス・レイディ」の能力であるナノマシンを使った攻撃が出来なかったのである。

 

 楯無一人だけで突入したなら、ナノマシンが含まれた水を使用した攻撃で一気に無力化が出来たのだが、この時黒いISの周りには一緒に突入した専用機持ちと教師陣のISが居て、離れるように言ったとしても黒いISの武器は刀だけであり常に誰かの近くに居たため攻撃が出来なかったのである。

 

 ならば誰かが足止めをして彼を助けに行けば、と考えたが彼が居るのは黒いISの後ろであり黒いISはまるで彼を守るかのように突入部隊の前に立ちふさがった。

 

 これにより救出よりも黒いISの無力化を先にする事にしたのである。数分で無力化に成功した後、楯無はすぐさま彼の所に行き彼の容態を確認したのだが、彼の周りの地面は真っ赤に染まり、顔色も青白く体温も下がっていた。

 

 すぐさま彼をアリーナ内から救護室に運び込み輸血のために彼と同じ血液型の生徒を探し輸血させるも治療が始まった時にはすでに手遅れで楯無や医者の奮闘も虚しく、彼は失血死という形で死亡した。

 

 それからが大変だった。

 

 楯無は本家である「更識家」からの彼を死なせてしまった事に対する状況説明に、各国政府に事情説明、IS学園全生徒に対するアフターケアなど、教師陣と一緒に四六時中働きっぱなしでありようやく一息ついた頃に彼の遺品を整理する事となったのだが、彼の遺品の一つが楯無の心に影を落とす事となる。

 

 彼の遺品は驚くほどに少なく、学校から支給されたもの意外は殆ど無く私物も服などの生活用品以外は無く、ただ勉強道具だけが残されていた。

 

 その中に有ったノートを見て楯無は驚いた。ノートの中には隙間無くびっしりとISに関する事が書かれており、何度も何度も読み直されている事が分かった。

 

 ノートの数も30冊は越していてどれも隙間無く書かれておりそれを読むだけで彼がどれだけ努力していたのかか分かった。

 

 それを見た楯無は居た堪れない気持ちになった。楯無は彼の努力を理解もせずに「努力したほうがいいんじゃない?」といってしまったのである。

 

 そんな後悔の気持ちを抑え読んで行ったが、ある時を境に急に空白が目に付くようになり、最後の方は何もかかれていなかった。

 

 前のページを見てみると急にそこで書くのを止めたかのように……

 

 その理由は、彼が残したもう一つの遺品であり彼の心の内を書き出した”日記”に有った。

 

 

 それが後に彼と関わった人間、更には世界をも巻き込む事態になるとは誰も思いもしなかった。

 

 

 日記の日付は彼が入学した日から書かれておりトーナメント前日まで書かれていた。

 

 楯無はその日記を読み始めたのだが、読み進めていくうちに楯無の顔はだんだんと青ざめていき、ページをめくる手は振るえ、自分の呼吸音が酷く耳に残るようになった。

 

 そしてある日の文章で楯無は自分が彼にした事がどれだけ彼を苦しめ傷つけたのかを知る事になった。

 

 彼が残した日記。それには彼が学園に入学してから思ってきた事が書かれていた。其処には一度も楽しかった事など書かれてはおらず、どの日付を見てもどの文章を見ても苦悩と苦痛に彩られていた。

 

 文章自体は短かったが、その日記には見る者の心に重く圧し掛かる様な思いが込められていた。

 

 この日記を読んだ、いや読んでしまった楯無はしばらくの間、いつものような明るい雰囲気は無く、何処か思いつめたような表情を浮かべ仕事ばかりしていた。まるで何かから逃げるかのように。

 

 そして、彼が死んでからしばらくしてから彼の書いた日記が世界中に公表された。

 

 誰が何時彼の日記を公表したのかは分からない。だが彼の書いた日記によって世界は大きく動く事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の日記より一部抜擢

 

 〇月△日 晴れ

 

 今日から、IS学園に入学する事になる。ハッキリ言って嫌だ。あんな所に行きたくは無い。できる事なら逃げたいのだがそんな事が不可能と言う事は分かっている。たとえ嫌でも通わなくてはいけない。ただの一般人が国の命令に逆らえるはずが無いから……

 

 

 〇月◇日 曇り

 

 IS学園に通い始めて、数日がたった。苦痛以外の言葉が見当たらない。何をしてもアイツと比較されそして勝手に批難される。こちらの思いなど関係ないのだろう、彼女達は。こんな生活がずっと続くと思うとなると死にたくなる。まあ思うだけだが。

 

 

 〇月◆日 雨

 

 この学園にまともな教師は居ないようだ。クラス代表を決める戦いに何故か俺も出る事になった。誰にも推薦されていないのに担任が勝手に決めて強制させられた。何度も俺は出たくない、戦っても意味は無い、と言ったのに碌に聞きもせずしまいには出席簿で殴ってきた。理不尽だ。

 

 

 〇月√日 晴れ

 

 書きなぐりの文字と水で滲んで読めない

 

 

 〇月★日 晴れのち曇り

 

 クラスに転校生が二人来た。それだけ。願わくば係わり合いになりませんように。

 

 

 △月〇日 曇り

 

 生徒会長が特別訓練と言って特訓を付けてくれる事となった。あいつと一緒に……。最悪、としか言いようが無かった。あいつは俺と同じ時期にISと関わったのにあいつは専用機を貰い戦い方も素人目の俺でも分かるぐらい上達していたのに、俺はあの時から全く上達などしていなかった。あの時から毎日毎日遅くまで起きて勉強して勉強して、楽しい事も無くただひたすら努力したのに、どうやら俺の努力は天才様には努力とは言わないらしい。

 

 「君はもう少し努力したほうがいいんじゃないかな?」

 

 ハハ、努力すれば報われる?努力は裏切らない?そんな事は成功した奴が言うだけで出来ない奴は結局何をしても出来ないようだ。疲れた。もう色々な事に疲れたな……

 

 

 △月※日 雨のち雷

 

 来週に学年別トーナメントが始まる。どうでもいい事だ。最近は勉強もしていない。努力なんて無駄だって教えられたからな。今日ある所に贈り物をした。それがどう使われるかは分からないが、何か面白い事に使われればいいと思う。これを送って、どうなるかなんて分からない。でも一回ぐらい自由な事をしてもいいだろう。

 

 

 △月+日 晴れ

 

 明日、トーナメントが始まる。最近は何故か知らないが調子がいい。ISが動かせるようになったとかではなく、なんて言うか、こう心が軽くなったというか、上手く言葉に出来ない。ただ、近い内に楽になれる、と言う予感があった。どうしてそう思うのかは分からないけどきっと楽になれる。楽になれたらどうしようかな?今まで勉強ばっかりだったから何か楽しい事がしたいな。新しい服やゲームを買って遊んで見よう。

 

 

 きっと楽しいはずだから……

 

 



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IS 諦めた少年 織斑千冬編

 織斑千冬

 

 彼女の名前を知らない女性は居ないといっていいだろう。彼女の名前はISを生み出した篠ノ之束と同様に世界中の女性、特にISに関わる物ならば憧れといっていいほどの知名度が有る。

 

 世界初のISを使用した大会、モンド・グロッソにおいて優勝し最強の称号「ブリュンヒルデ」を手に入れ、公式のデータでは全ての試合において無敗を誇るまさにIS操縦者として最強と言わしめる実力者である。

 

 

 

 

 だが、彼女が優れているのはIS操縦に対して、である。決して人として優れているのではない。

 

 

 

 

 

 彼女が彼を初めて知ったのは一夏がIS学園に入学してくる頃である。その時、彼女は無意識とは言え彼に対して弟である一夏と同様の期待をしてしまったのである。

 

 

 弟である一夏と他人である彼が同じな訳がある筈が無いと言うのに……

 

 

 彼女が彼と実際に会って見て思った事は、覇気が無いと言うものだった。一夏は周りを女性に囲まれているとは言えシッカリとしていたのに対して彼は何か、諦めた雰囲気を出していたからである。

 

 その後の生活態度を見ても何所か彼は覇気が無かった。いつもいつも何かにおびえているような雰囲気をだし何と言うかいろいろと諦めている様子だった。

 

 私はそれを見て彼をどうにかしないといけないと考え彼に発破をかけることにした。いくら覇気が無いといっても彼も男だ。一夏のように、とは行かないが何か切欠があれば彼も変わるだろうとこの時私は気楽に考えてしまっていた。

 

 この考えが、後に彼を追い詰めていきあの事件を引き起こしてしまうとは思いも知れずに……。

 

 

 私のクラスのクラス代表を決める時、オルコットと一夏が騒ぎを起こしたが彼は自分には関係ないといわんばかりにさめた目つきで騒ぎを見つめていた。確かに代表を決める時彼の名前は挙がることは無かった。だが私はいい機会だと思った。代表候補生と戦える事など滅多な事ではないし、彼に少しでもクラスと関わらせようと思い私の独断で彼も代表を決める戦いに出場させた。

 

 彼は私が出場させるといった時心底不可解な表情を浮かべていた。そしてその後職員室に何度も来て「俺は推薦されて無いし立候補もしていない。だから代表を決める戦いには出たくない」と言ってきた。

 

 私はそのたびに彼に「すでに決まってしまったことだ。覚悟を決めろ」と言った。確かに私の独断でした事だがそれは彼のためであり彼が変わる切欠を与えたかったのだ。

 

 今思えばこの時の私はなんと独断的でそれでどうして生徒の事を考えているなどといえたのだろうか。彼がどれだけ苦しんでいたのかも気がつく事ができなかったのに……。

 

 

 代表を決める戦い当日、一夏の専用機が試合開始直前になってやっと来るというアクシデントが起きてしまい仕方が無く彼を先に戦わせることにした。本当なら先に一夏とオルコットの試合を見せてから戦わせたかったのだがアリーナを使用できる時間は限られており一夏の「初期化」と「最適化」を待っていたらアリーナを使用できなくなってしまうから先に戦わせることにしたのだ。

 

 試合の結果は彼の惨敗だった。本来なら私は教師として、いや人として彼に言うべき言葉は「無駄な動きが多すぎだ、ばか者」などと言う彼の事を貶すような言葉ではなく、むしろ無理やりこの試合に出させてしまった事に対する謝罪をするべきだったのだ。

 

 今思えば私のこの一言が彼があの時とった行動の切欠になったのかもしれない。だかそれを確認する方法はすでにこの世に存在しない……

 

 

 彼はクラス代表戦の後クラスから孤立してしまった。誰からも話されることは無く彼も誰かに話をする事は無かった。私はそれを見て何とか改善しようとしたが私が話しかけても彼の目を見ると私に対して軽蔑、憎悪、悪意など負の感情しか見られなかった。

 

 その後も何とか機会をうかがい話しかけても返ってくる言葉はどれもこれも同じような返事だけで話しかけるたびに彼が私に対して敵意しか持っていないことが分かる反応だった。

 

 私はそこまで来てようやく私がした事が彼にとってプラスになるどころかマイナスにしかなっていないという事がようやく分かった。だがわかった所ですでに時遅く彼の心は硬く閉ざされてしまっていった。

 

 

 そして学年別トーナメントが始り、あの事件が起こってしまった。

 

 

 学年別トーナメントで彼は私の教え子であるラウラと一緒に出場していた。意外な組み合わせだと思ったがただ単にクラスで最後までパートナーを作らなかった者どうしがくっついただけでありそれだけだった。もし彼が別の誰かと組んでいたのならあの事件は起こらなかったのではないかと今でもそう思ってしまう。

 

 試合が始まって彼が取った行動は開始位置から壁際に移動しそこから試合を見ているだけと言うものだった。壁際から援護するわけでもなくただ何もせずにラウラと相手の試合を見ているだけだった。

 

 私はそんな彼を見た私は心底後悔した。彼があんな風に何もしないようにしてしまったのは私のせいではないのかと……。だがそんな後悔は無意味だった。

 

 なぜならこの後起こる事件で私は一生償えない罪を背負う事なりそして今思っている後悔がどれだけ浅いものなのかを思い知らされる事となる。

 

 

 

 

 

 ラウラと彼が一夏とデュノアのペアと試合をした時ついに事件は起こった。

 

 序盤は今までの試合と同じでラウラ一人で一夏とデュノアの二人を相手にとっていたが流石に今までずっと一人で戦っていたラウラが押され遂には一夏の一撃で負けそうになった。その時ラウラのISに異変が起きた。

 

 ラウラのISの装甲が泥のように溶けて形を変えたのだ。そしてその姿はかつて私が使用していた暮桜にそっくりだったのだ。その私のニセモノは二対一にも拘らず一夏とデュノアを倒してしまった。そしてその凶刃を彼に向けたのだ。

 

 

 黒い暮桜はまるで彼から見た私の姿のようにその刃を彼に向け振り上げ……

 

 

「止めろ、その姿で彼に手を出すなああぁぁぁぁ!!!」

 

 

 私が叫んだ後彼の首から真っ赤な血が吹き上げ黒い暮桜を真っ赤に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の事は私はあまりおぼえていない。近くにいた山田先生曰く自我呆然としていたといわれた。

 

 あの事件の後私は顔から表情が消え去れまるで人形のように冷たい表情しか取る事ができなくなっていた。あの黒い暮桜が赤く染め上げられたあの時の事が頭から離れない。

 

 起きている時も眠っている時も私はあの赤く染まった暮桜の姿がちらついていた。そして気を抜けば彼の声が聞こえるようで恐ろしかった。

 

「どうして俺の事をいじめるの」「どうして俺のいう事を聞いてくれないの」

 

「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」「どうして」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 精神的に追い詰められていた時私は生徒会長である更識に呼ばれ生徒会室に行った。

 

「何のようだ更識。私は忙しいんだ。無駄話なら帰らせて「彼の事で話があります」っ!!」

 

「わ、私には彼の事で話すことなど「織斑先生、いや織斑千冬!!私は、私達は彼から逃げてはいけないんです!!彼のためにも」わ、私は逃げてなど……」

 

 更識はそのまま一冊の日記帳を私に見せた。

 

「これを読んでください。少なくとも私と、織斑先生にはこれを読む義務があります」

 

「これは……」

 

「この日記は彼がこのIS学園に来てから書いた日記です」

 

「彼、の日記」

 

 私は震える手を押さえながら少しずつ、少しずつ読んでいった。そして私の心は折れた。

 

「わ、私は、私はそんなつもりでなどでは……」

 

「織斑先生、目を逸らさないでください。これが私達が彼にしてきた事実なのですから」

 

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

 私はこの日この時自分が「ブリュンヒルデ」などと言う最強の存在ではなくただの弱い、弱い人間であると自覚した。

 



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IS 諦めた少年 IF グットエンド

これはもしも彼に理解者がいたら?そんなもしもの話。


分岐点はセシリア戦。あの時山田先生が様子を見に来ていたら?そこから始ります。


このお話はにじファン時代に賛否が分かれたお話なのでまた新しく書き直すかもしれません。


このお話を読む前に他の話を読むことをオススメします。


 あの日、そう彼とオルコットさんがクラス代表を決める試合をした日。あの日から私と彼の関係が始ったのです。

 

 

 

 

 

 

 クラス代表を決める試合が有った日の夕方、私は彼の部屋を訪れていました。何故訪れたのかと言うとオルコットさんとの試合後彼はその後に有った織斑君とオルコットさんの試合を見ずにすぐに出て行ってしまったからです。

 

 試合後に彼は織斑先生と篠ノ之さんに酷い事を言われていました。専用機持ちの代表候補生と量産機で少し前まで一般人だった二人が戦ったらどうなるかなんて誰にでも分かるはずです。

 

 彼は世界で二人目の男性適合者とは言ってもそれだけであり、そんな彼に過度な期待を寄せるのはおかしいと私は思っていました。ですがその事を私は指摘できませんでした。

 

 私はこの時まで、教師としての自分に自信が持てていませんでした。幼い見た目である事、同僚である織斑先生の存在感など、どうしても私は自信が持てませんでした。

 

 そんな私が彼に取ったこの時の行動。それは周りの人達から見たら小さな出来事だったのかもしれません。ですが少なくとも私と彼にとっては、そう世界が一転するほど出来事だったのです。

 

 

 

 

 

 私が彼の部屋に到着してドアをノックした時、何の反応もありませんでした。

 

「すみません、私です。聞こえていますか?」

 

 何度か声をかけながらドアをノックしてみても何の反応も無くただ私の声が虚しく響くだけでした。

 

「まだ、帰ってきていないんですか?」

 

 そう言いながらふとドアノブに手が掛かったら

 

「……開いてる」

 

 彼の部屋のドアにカギが掛かっておらず、少しだけドアが開いたのです。そして少しだけ開いた事により部屋の中の音が聞こえてきました。それは本当小さな音ですぐに閉めていたら聞こえなかったほど小さな音でした。

 

「……ッゥ…ァァ」

 

 その音、いやその声は泣いている声(・・・・・・)でした。

 

「ッ、すみません、入りますよ」

 

 彼が泣いている。声を押し殺して。そう認識してしまった私は彼の返事も待たず彼の部屋に入っていきました。

 

 そこで見たものは荒れた部屋と部屋の隅で毛布を被り蹲りながら泣いている彼の姿でした。

 

「……」

 

 私は彼の姿を見てどうしていいのか分からず部屋に入ってきたのに何もできずに戸惑うだけでした。

 

「……なん、の用ですか」

 

 彼は私が入ってきた事に気がつき顔を伏せたまま声をかけて来ました。ただその声はさっきまで泣いていたせいで微かに震えていおり、擦れるような声でした。

 

「あ、あの私、は……」

 

 彼に何しに来たのかと、問われ私はとっさに答えることができませんでした。

 

「……用が無いなら出てってください」

 

 私が何も答えずに戸惑っていると彼は立ち上がり私を部屋の外に追い出そうとしました。

 

「ま、待ってください。私は貴方に用が……」

 

「用?」

 

 私が彼にそう言った時、彼は不意に立ち止まり顔を伏せました。

 

「……山田先生も、他の人みたいに見比べるんですか」

 

「……え?」

 

 私は彼が何を言っているのか分かりませんでした。

 

「先生も俺と一夏を見比べるんですか」

 

「な、何を言って…」

 

「どいつもこいつも!!何をしても何をやっても皆誰かと俺を見比べて!!俺を見下すんだ!!」

 

「お、落ち着いて「黙れよ!!」ッ」

 

 顔を上げた彼の顔は涙で濡れ何度も目を擦ったのか目元は赤く腫れあがっていました。

 

「どうせあんただってもっとがんばりましょうとか言いに来ただけだろ!!」

 

 怒鳴り声のような悲鳴のような声を出す彼。

 

「俺は!!何度も何度も渡された教科書を読んで何度も何度も勉強して!!寝る時間も遊ぶ時間も減らして頑張ったのに、何が「無駄な動きが多すぎだ、ばか者」だ!!俺がどれだけ頑張ったのかもしらないで、俺が、どれだけ悔しかったのかも、しらないで……」

 

 握り締めた彼の拳からは血が流れ落ち床に染みを作り上げていました。

 

「……もう出てってくださいよ。それで俺に関わらないでください。もう誰かに見下されるのは嫌なんです」

 

 私は何も言えませんでした。彼がここまで思いつめていた事。彼がここまで追い詰められていた事に。

 

「私は……」

 

「もう何も聞きたくないです。出てってください」

 

 彼はそう言って私を部屋から押し出そうとしました。もしここで私が彼に負けて押し出されていたら彼も私も変われることなく今まで通り、いや今まで以下になっていたかもれません。

 

 私は今でも思います。この時こそが私の教師として本当の自信を持てたときだと。

 

「待って、待ってください。私はそんな事を言いに来たんじゃありません」

 

 私を部屋から押し出そうとする彼を止めながら彼の顔を真っ直ぐと見ながらそう言いました。

 

「……」

 

「私は貴方が心配ななって来たんです」

 

「…嘘だ」

 

「嘘じゃありません」

 

「嘘だ、そう言って本当は俺の事を見下して笑うんだ」

 

「笑いません。私は貴方の事で笑う気なんてありません」

 

「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!俺にそんな事する人なんて、居るわけが!?」

 

 私は彼の言葉をさえぎり彼を優しく抱きしめました。

 

「今ままで貴方がどんな目に会ってきたのかは私には分かりません。でも、ね。私は教師で貴方は私の生徒なんです。生徒が苦しんでいる時に助けるのが教師の、私の仕事です」

 

 私は言った通り彼が今まで感じてきた事は分かりません。ですがそれがとても辛く苦しい事だったという事は彼の表情を見れば分かります。

 

「せ、んせいは、俺の事笑わないの?」

 

「努力している生徒を笑う事なんて私はしません」

 

「お、俺と誰かを見比べない?」

 

「貴方と同じ人なんてこの世に居ないんです。だから見比べる事なんてしません」

 

「……先生を、信じてもいいんですか」

 

「はい。信じてください。私は貴方の教師なんだから」

 

 私の言葉を最後に彼は張り詰めていた糸が切れるように泣き出しました。今まで溜め込んでいたもの全てを吐き出すように。

 

「ウウゥワアアァァァァーーーーーン!!もう嫌だ!!怒られるのも見比べられるのも嫌なんだ!!」

 

「大丈夫。これからは先生が貴方を助けますから」

 

 それからしばらくな間私は泣きじゃくる彼を優しく抱きしめながら彼の頭を撫で続けました。

 

 

 

 

 泣きつかれた彼をベットの上に運び寝かした時に見た彼の表情は私が見てきた中で一番穏やかな表情をしていました。

 

 こうして私と彼の関係が始ったのです……教師と生徒と言う意味ですよ?

 

 

 

 次の日から私達はできる限り一緒に勉強をする事にしました。一応学園側には「情緒不安定な彼の為にできる限りサポートする」と言う事にして彼と一緒に居れるようにしました。

 

 そして私が彼と勉強する事になって私は彼がとても努力家なのを知りました。彼はまだISに関わって日が浅いのにもうノートを5冊以上埋め尽くしているのです。それも隙間なくびっしりと。

 

 彼が言うには「俺は何度も何度も書かないと覚えれないから」といいましたがそれでもこれだけの量をこなすのは相当な努力が要るはずです。その事を褒めたら彼は泣き出してしまいました。私が慌ててどうしたのかと聞くと、今まで努力してきた事を褒められたのは初めてだといいそれが嬉しくて泣いてしまったと聞きました。

 

 そんなうれし泣きする彼を私は手のかかる弟のように思いながら彼が泣き止むまで頭を撫でていました。

 

 彼が泣き止んでから再び始めた勉強では彼に覚え方のコツを教えながらゆっくりと進めていきました。そうして彼と勉強して思った事は彼は決して物覚えが悪いわけではないという物でした。

 

 確かに彼は何度も書かないと覚えれないようでしたが、一度覚え方のコツとノートの書き方を教えた所彼は見る見る内に色んな事を覚えていきました。たぶん幼少の頃に周りと比較されてしまった事が原因で無意識の内に自分自身で物覚えが悪いと思い込んでしまったのでしょう。

 

 今では彼は他のクラスメイトと同じぐらい、もしくは少し先の内容まで覚えていました。そのおかげか彼はクラス内で自分の居場所を少しずつ見つけていき今ではクラスの皆に混ざって会話ができるぐらいに自信がついたようです。

 

 彼に自信がついたように私にも教師としての自信がついていきました。私が教える事に笑顔で応え、そしてゆっくりですがしっかりと覚えていく彼。そんな彼の姿を見て私も自然と自信がついていきました。そしてその自信は私自身を変えていきました。

 

 彼と勉強し始めてから他の生徒や先生方に「雰囲気が変わった」と言われるようになりました。そのおかげか数人ですが私に勉強を教えて欲しいと言ってくる生徒がきました。何故、と聞いて見たら「今の山田先生は何か、頼れる気がするから」と言われ、年甲斐もなくはしゃぎそうになってしまったのを覚えています。

 

 そうして少しずつけれども確実に実力をつけていった彼。少しづつ少しづつ、一歩一歩ゆっくりでもしっかりと前に向かっていくその姿は私にとって掛け買いのないものでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからこそ私は、この年になっても(・・・・・・・・)彼を待ち続けているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月が替わりクラスに転入生が二人来てそれぞれがトラブルを起こしながらも月日は進み学年別トーナメントが開催される日になりました。

 

 彼はこのトーナメントで転入生の一人ボーデヴィッヒさんと組む事となりました。以外な組み合わせと私は思い彼に聞いて見ると彼は頬を掻きちょっと照れくさそうにしながらこう言いました。「俺も先生みたいに誰かを導ける人になりたいから」と。

 

 彼はクラスで孤立しているボーデヴィッヒさんを見て私が彼にしたように彼もボーデヴィッヒさんを導く、いえクラスに溶け込めるようにしてあげたいと言ったのです。それを聞いた私はとても恥ずかしく、そしてとても嬉しかったです。感極まって彼に抱きついてしまったのは私と彼の二人だけの秘密です。

 

 

 そして彼とボーデヴィッヒさんが織斑君とデュノア君と試合をした時、私達の時間は終わりを迎える事となったのです。

 

 

 

 

 

 彼がボーデヴィッヒさんと過ごして時間は短かったですがそれでもとりあえずのチームワークを取れるぐらいにはなっていましたが所々粗が目立ち織斑君たちに押されていきました。そして織斑君たちは量産機に乗った彼よりも専用機に乗ったボーデヴィッヒさんを先に倒すようにしたようで二人掛りで一気に攻め込んでいきました。

 

 彼も必死になって戦いましたが状況は悪く彼とボーデヴィッヒさんは押されていき遂にボーデヴィッヒさんが撃墜されそうになった時異変は起きました。ボーデヴィッヒさんのISの装甲が泥のように溶け出し姿かたちを変えて彼たちに襲い掛かりました。

 

 彼と織斑君たちは突然の出来事に動作が止まってしまいました。その隙を突いて変異したISは彼らに襲い掛かりホンの少しの時間で織斑君とデュノア君を撃墜してしまいました。

 

 私はすぐにアリーナに居る彼に避難するように言いました。ですが彼は私のいう事を聞かずその場にとどまり変異したISと戦ったのです。彼は言いました。「ここで逃げたら俺は前に進めなくなる。それに今逃げたら誰がボーデヴィッヒを助けるんだ!!」と。

 

 そして彼と変異したISの戦いが始りました。変異したISは容赦なく彼に襲い掛かり彼のシールドエネルギーを削り取って行きました。ですが彼も私が教えた事を忠実にこなし変異したISにダメージを与えていきました。そして彼はギリギリ、本当にギリギリの差で変異したISに勝つ事ができたのです。途中で動けないながらも援護射撃をしたデュノア君とデュノア君から射撃武器を借りた織斑君の援護もあり本当に、ギリギリで彼は勝ったのです。そう、ギリギリ(・・・・)で。

 

 

「はっはっ、勝った……勝ったんだ。俺、勝てたんだ」

 

 彼は動かなくなった敵を見て地面に膝を付きました。練習で何度も乗ってなれたとは言え彼はホンの少し前まで彼は素人でありたった10分にも満たない戦闘でも彼には途轍もない疲労が起こっていた。

 

「勝てたんだね僕達」

 

「デュノア、大丈夫か?織斑も」

 

「ああ、何とか俺は大丈夫だ」

 

 彼が二人の方を向き立ち上がった時、彼の胸部から刃が()飛びだした。

 

「え?……ガ、フッ、な、んで……」

 

 振り向いた彼が見たものは半壊しボロボロになりながらも彼に刃を付きたてた敵の姿だった。

 

「い、いやあああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 デュノア君の悲鳴がアリーナに響き渡りました……

 

 

 

 後にわかった事ですがあの変異したISの刃には織斑君のISの単一仕様と同じ能力があったらしいのです。ただしその力はオリジナルと比べると一割にも届かない力しかなくたとえこの能力で切られたとしてもシールドエネルギーを突破する事は不可能でした。本来なら。

 

 あの時の彼のISのシールドエネルギーは本当にギリギリしか残っておらず後ほんの少し、ほんの少しだけシールドエネルギーが多ければあの刃が貫通する事はなかったのです。

 

 

 

 

 

 あの戦闘の後彼はすぐさま治療室に運ばれ治療を受けました。治療を受けている間私は治療室の前でただ待つだけしかできませんでした。何時間がたったでしょうが。私はただひたすら彼の安否を祈っていました。そして治療室から医師の方が出てきた時私はすぐさま駆け寄り彼の安否を聞こうとしたのですがそれよりも先に医師の方に彼に会うように言われました。どうやら彼が私を呼んでいるとの事で私はすぐさま彼の元に向かいました。

 

 彼は治療室のベットの上青白い顔で呼吸器をつけており私はすぐさま彼に駆け寄り声をかけました。

 

「私の声が聞こえますか!?」

 

「……やま、だ先生?」

 

「そうです、先生です」

 

 目を虚ろにして手を伸ばす彼。その手を私は掴みました。

 

「先生、俺……」

 

「静かに、今は休みましょう」

 

 握った手は冷たく彼が出す声はかすれて小さな声になっていきました。

 

「俺、がんばったよ。先生に、褒めて欲しくて、認めて欲しくて……」

 

「ええ、貴方はがんばりました。私が認めます」

 

 彼の手から力がだんだんと抜けていく。

 

「うれ、しいな……先生に、褒められたや……」

 

「何度だって、何度だって褒めてあげます!!だから!!」

 

 もう彼の手からぬくもりは感じられず、冷たく、硬くなり。

 

「せ、ん……お、れ……」

 

 虚ろな瞳で私を見る。

 

「もっと……いっしょ……いた、か……」

 

 彼の手が私の手の中から離れる。

 

「い、いや、いや、いやああぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が意識を失ってから十年の月日がたちました。

 

 彼はあの後意識を失ったもののギリギリで命を保ちゆっくりとですが回復に向かっていきました。ただ彼の意識だけは戻らずに。

 

 私はそんな彼の世話をあの時から教師の仕事を続けながらずっと見てきました。顔には皺が増え肌は艶が消えていきましたが私は沢山の生徒達を育てていきました。彼に尊敬される先生であるために。

 

 

「今日はいい天気でしたね~」

 

 今日も仕事が終わり彼の世話をしにきました。

 

「……アレからもう十年もたってしまいましたね」

 

 あの時から変わらず眠り続ける彼。

 

「私は、貴方に尊敬される先生になれましたか?」

 

 彼の手を握りながらそう声をかける。

 

「貴方が早く起きないと私おばあちゃんになってしまいますよ?」

 

 眠り続ける彼とそれを見続ける私。

 

「……また一緒に勉強しましょう。私あの時よりも教え方が上手くなったんですよ」

 

 開けていた窓から風が吹き、外の空気が入り込む。

 

「早く起きないと、先生怒っちゃいますよ?」

 

 彼の手を握る力が強くなる。

 

「私は、何時までも待ってますよ。だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……せん、せい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……先生を待たせる悪い子は補習ですよ、  君」

 

 涙をこぼしながらも私は笑顔で彼に抱きついた。

 

 




ストックが切れました。

次回はこのお話の書き直しか、別の人の視点だと思います。


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IS 諦めた少年 織斑一夏編

原作主人公視点のお話。

この話を含めて後三話でこの作品は終了予定です。


 織斑一夏

 

 

 女性しか乗る事のできないISを世界で始めて動かした“男性”でありIS乗りとして世界最強の称号である「ブリュンヒルデ」を持つ織斑千冬の弟でありISを作り上げ現在の世界を作り上げた天災篠ノ之束の数少ないお気に入りの一人である。

 

 まるで「主人公」のような生い立ちを持つ一夏。そんな彼の次に見つかった二番目の“男性”IS適合者である彼は一夏とは変わり目だった生い立ちのないごく普通の少年だった。

 

 

 だがその“ごく普通”であった彼の死は人を、国を、世界をも巻き込むほどの影響を齎したのである。

 

 

 

 初めて彼を見た一夏の印象は「暗い奴」だった。周りが自分と彼以外全員女性という事もあり居心地が悪いのは分かっていたが一夏には何か違う意味で暗いと感じていた。とは言えこのIS学園にてたった二人しかいない男性という事も有り話しかけたのだが、返ってくるのはどれも気の抜けた返事ばかりでありさらに彼の目には一夏の事をどこか敵視しているように見えた。

 

 初めて会う男性から向けられる敵意。この時の一夏には何故彼が自分を敵視するのか分からなかった。もしもこの時何故彼が自分を敵視しているのかを少しでも理解できたのなら、彼と一夏の人生は変わっていたのかもしれない……。

 

 

 一夏が彼と出会ってしばらくしたある日、クラス代表を決める事となった。その際一夏の名前は出る物の彼の名前は一度も出る事はなかった。この時一夏は彼の名前を言おうとしたのだがその前にクラスメイトであるセシリア・オルコットの侮辱発言に怒り口喧嘩を始めてしまった。

 結局クラス代表は一夏とセシリア、そして何故か名前が上がらなかった彼との試合で決める事となってしまった。

 

 名前が上がらなかった彼が何故代表決定戦に出るのか、不思議に思いつつも二人しかいない男性と戦えるのなら、とこの時一夏は気楽に考えていた。

 

 一夏は気が付かない。どれだけ自分が恵まれているのかを。優秀な姉に綺麗な幼馴染。世界で始めての男性適合者と言う称号に初心者にも拘らずに与えられた専用機。それ以外にも様々な事に恵まれているのにそのことに気が付かない。そしてそのことが当たり前だと、それが普通だと、思ってしまっていた。それが彼にどの様に写っていたのか、彼がどれだけ欲しがっていた物なのかを分からないまま……。

 

 試合当日、本来ならば一夏とセシリアが先に戦うはずだったのだが、一夏の専用機の搬入が遅れてしまい、先に彼がセシリアと戦う事となった。

 

 彼とセシリアの戦いは十分と持たずに終ってしまった。BT兵器であるブルーティアーズに終始翻弄され彼は殆ど何も出来ないまま倒されてしまったのである。

 

 試合が終って彼が戻ってきた時、一夏は声をかけようとしたが先の試合を見て如何声をかけようかと迷っているうちに自身の姉と幼馴染が彼に声をかけた。その声を聞いた一夏は(厳しい事言うなあ、二人とも……)と普段の二人を知っているため二人が言った言葉に対してそこまで深く考える事はなかった。

 

 だがら一夏は気が付かなかった。二人の性格も普段の態度も知らない彼にとって二人が言った言葉がどれだけ辛く厳しく、そして屈辱的に聞こえていたのかなど……

 

 

 クラス代表戦後、彼と一夏との間には溝が出来てしまっていた。いや一夏だけではないクラス全体と彼との間には溝が出来てしまっていた。クラス内で彼は浮いた存在になってしまい誰が話しかけても殆どが空返事で特に一夏が話しかけようとすると決まってどこかに行ってしまう。

 最初こそ一夏は何度となく話しかけたがそのほとんどを無視同然に返されてしまい結局事件が起きる時まで彼と一夏がまともに話す事は無かった。

 

 そしてクラス全体と溝が出来たまま月日は過ぎていき遂にあの事件が起きてしまう。 

 

 

 

「ア、アァ……」

 

「な、何だ!?」

 

 タッグトーナメント戦で一夏とシャルロットがラウラと戦いそれも終わりに近づいた時、それは起こった。ラウラのISの装甲が突如として変異しラウラを覆っていく。

 

「何が起こっているの!?」

 

「分からん。でもあれが異常なのは分かる」

 

 変異が終った時そこにいたのはラウラのISではなく一夏が憧れ誇りに思っている姉の専用機「暮桜」を黒く塗りつぶしたような機体だった。

 

「な!?」

 

 強く憧れていた姉への思いを穢すような機体に一夏はキレた。

 

「ふざけるなああぁぁぁぁーーーー!!」

 

「い、一夏!?」

 

 周りの事を考えもせずにただがむしゃらに切りかかる。それを見慣れた姉の動きでかわし、逸らし、防ぐ。それを見るたびに一夏には姉を穢されるような思いがあった。

 

「お前が!!千冬姉の!!動きをするなああぁぁぁーーーー!!!」

 

「一夏、落ち着いてよ!!」

 

 シャルロットの呼び声も虚しく一夏は止まらない。シャルロットが援護しようとしても二機は至近距離で斬り合いかつ高速で移動をしているために下手に攻撃する事もできなかった。そして元々試合が終りかけていた事もあり少なくなっていたシールドエネルギーは一夏の無理な動きと、零落白夜の使用によりゼロになってしまった。

 

「白式!?」

 

 突如として動かなくなった自分の愛機に驚き隙を見せてしまった一夏。そこに強烈な蹴りを入れてくる黒い暮桜。

 

「う、があぁぁ!!」

 

「一夏!!」

 

 蹴り飛ばされた一夏に気を取られ気が付いた時には黒い暮桜に懐に入り込まれ黒く染まった刀で何度も切りつけられシールドエネルギーをゼロにされ、一夏と同じく蹴り飛ばされるシャルロット。

 

「きゃあぁぁぁ!!」

 

「シャル!!」

 

 二人を倒した黒い暮桜は一度二人を見た後、背を向け壁際に向かっていった。向かった先には立ちすくむ彼の姿があった。

 

「止めろ、止めてくれ」

 

 そして一夏に見せ付けるかのように黒く染まった刀を振り上げ

 

「やめろおおおぉぉぉぉーーーーーーー!!」

 

 振り下ろした直後、彼の首からおびただしい量の血が吹き出て黒い暮桜を赤く染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑、貴様の専用機に制限が掛かる事が決まった」

 

 彼の死から数日がたったある日一夏は姉である織斑千冬から突然そう告げられた。

 

「制限、ってなんでですか」

 

「……先日の事件を受けてIS委員会の上層部が決めた事だ。貴様の専用機の単一機能は無期限で封印される事となった」

 

「な、なんでだよ!!千冬姉!!」

 

「……先日の事件で彼が何故死んだのか。それを考えれば分かるだろう」

 

「ッ!」

 

 彼が死んだのはあの暴走したISに一夏の専用機である白式が使用できる単一機能「零落白夜」の劣化版が仕込まれていた事が一番の原因だった。

 劣化版とは言えシールドエネルギーを無効化する機能によって彼が乗っていた量産機のシールドエネルギーを無効化し彼を死に至らしめたのだ。

 劣化版でさえこの成果を出せるのである。これが正規版である「零落白夜」ならばどの様な事になるのかは想像がついてしまう。

 

「分かっただろう。貴様の単一機能は相手を“殺す”事ができる力なのだ」

 

 そう告げられた一夏の表情は絶望という言葉以外に表現ができない物だった。

 

「……一夏、すまない。私にはどうする事もできなかった」

 

 告げられた事に呆然とする一夏に千冬は顔を伏せそう呟きながらその場を後にした。

 

 

 

 自身の得た“人を守る力”と信じたものが“人を殺す力”として周りの人たちから見られてしまった事に絶望する一夏。だが彼に襲い掛かる事実はこれだけではなかった。

 

 

 

 

 「零落白夜」の使用禁止を受けてからしばらくの間一夏の顔から普段の明るい表情は無くなり暗く沈んだ表情しかなかった。周りのクラスメイト達も一夏を元気つけようとしたのだがことが事にどう声をかけていいのか分から無かった。そのことでクラス全体が沈んだ雰囲気になっていた。

 そして彼が死んでからはじめてのISを使用した授業で一夏は更なる絶望をえる事となる。

 

「では授業の最後に模擬戦をしてもらう……。一夏、出来るか?」

 

「……はい。出来ます」

 

 何所か沈んだ表情の一夏。

 

「無理はしなくていいぞ」

 

「いや……やらせてください」

 

「……無理はするなよ」

 

 そして始る模擬戦。一夏の対戦相手はシャルロットだった。

 

「一夏本当に大丈夫なの?顔色が悪いよ」

 

「大丈夫だ、シャル……大丈夫だから」

 

「一夏……」

 

 何所か無理をしながら浮かべる笑顔にシャルは不安を覚えるも武器を構え模擬戦を始める。その不安は的中する事ととなる。

 模擬戦が始りシャルは弾幕を張る。一夏はそんなシャルに対して弾幕が途切れる一瞬の隙を突いて瞬時加速(イグニッションブースト)で一気に接近し雪片弐式を振りかぶり

 

「ウッ……ゴハッ!!」

 

 嘔吐した。

 

「一夏!?」

 

 攻撃を中断して駆け寄るシャルが見たのは不自然な呼吸を繰り返し青ざめた表情の一夏だった。

 

「一夏!!しっかりして一夏!!」

 

 

 

「ウゥ……ハッ!!」

 

「目が覚めたか一夏」

 

 一夏が目を覚ました時最初に見たのは千冬の顔だった。

 

「ち、ふゆ姉?……俺は」

 

「一夏、お前は何所まで思えている」

 

「お、れは……確かシャルと模擬戦をして隙を見て攻撃しようとして、それで……ウゥ」

 

 一夏の脳裏に彼の死にぎわがフラッシュバックする。

 

「大丈夫か、一夏」

 

 傍により一夏の背中をさする千冬。

 

「千冬姉……俺」

 

「一夏何があったんだ」

 

 一夏は背中をさすられながら自身の両手を見る。その両手は震えていた。

 

「雪片弐式で攻撃しようとした時……あの時の事が頭に浮かんだんだ」

 

「あの時?」

 

「アイツが死んだ時の事が」

 

「ッ!!」

 

 震える両手で顔を隠し俯く一夏。

 

「あの時俺は何も出来なかった。アイツが、千冬姉のニセモノに殺された時俺は何も出来なかったんだ」

 

「一夏」

 

「ISが有れば、白式が有れば皆を守れるって思ってたのに」

 

「一夏」

 

「なのに、俺は、俺は「一夏!!」ッ!!」

 

 一夏の声をさえぎり千冬は一夏を強く抱きしめる。

 

「すまない、すまない一夏。私が、私がもっと彼の事を考えていればあんな事は起こらなかった。それにお前を苦しめる事も無かった」

 

「千冬姉……」

 

 二人はお互いに抱き合い涙を流す。だが二人がどれだけ彼に謝ろうとしても彼はもういない。ゆえに二人は彼に謝る事もできず、許される事もされずただ彼に対して罪の意識を持ち続ける事となる。

 

 

 そして彼が残した日記を見て一夏は自分がどれだけ彼に怨まれていたのかを理解する……




単一機能封印。
ISに対するトラウマ勃発。
守れると思っていた力は実は殺す力だったという事実。

原作主人公三重苦に悩まされるお話でした。

この話を書き上げるのに半年以上掛かってしまった。もっと早く書けるようになりたい……


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IS 諦めた少年 篠ノ之束編

一年以上たってからの更新。

それでもなお更新を待っていただけるという作者は幸せ者。

そして今回のお話から最終回に向けて突っ走ります。あと束さんの扱いが酷いのはご了承ください。


 篠ノ之束

 

 

 

 彼女の名前は世界中の人間が知っているといって過言ではないほどの有名人物である。そんな束から見る世界は二つに分かれていた。

 

 

 

 数個の宝石とそれ以外の石ころ

 

 

 

 束にとって大多数の人間は道端に転がっている大小様々な石でしかなく、数人しかいない束が人として認識できる宝石で束の世界は作られていた。

 

 そんな宝石を万華鏡のようにクルクル回しながら見続ける。無限に変化するその輝きのみ見続けてきた束にとって()という存在は大した価値もない存在だった。せいぜいが他の石と比べたら少し大きい程度であり、そんな存在に気にかけることなどしなかった。

 

 だが、限られた世界(まんげきょう)だけを覗き込み、周りを見ずに歩き続けた束の足元には彼と言う石がありもし束がそれに気がついたならば束の世界は今だ変わることはなかっただろう。

 

 しかし、束はその足元の(意思)に気がつくことができなかった。故に束は躓いてしまう。束にとっては取るに足らない存在によって。そして人と言う存在はただ道を歩き躓いただけでも死んでしまうことがある。大切にしていた物が壊れてしまうことがある。束はそんな些細な事に気が付くことが出来なかった。

 

 

 

 だから万華鏡から宝石が零れてしまい、直す事も元に戻すこともできなかったのである。

 

 

 

 束が彼の存在に気がついたのは織斑一夏がISを動かしてからしばらくたってからのことだった。束にとっては無駄とも言えた世界中で行われた男性のIS適合者検査。その検査で発見された二人目の男性適合者。それが彼であり、束が彼の事を知った時であった。

 

 束は2人目の適合者である彼の事をすぐさま徹底的に調べ上げた。生まれから今に至るまでのありとあらゆる出来事全てを。

 その結果は、彼は束にとって何の価値も見出せない周りにあるただの石と同じだという事であった。

 

「な~んだ。いっくんと同じかと思ったけど、何の意味もない石じゃないか。まったく束さんの時間を無駄に扱わせるなんて石ころの癖に生意気だなぁ」

 

 束にとって彼はその程度の認識しかなくそれ以上彼の事を調べようともせずに放置する事となった。なぜならば束が調べた彼の情報と彼が乗ったISから送られて来る情報を見て、彼が束の思い描く未来に何の影響も与えることは無いと判断したからだ。

 

 確かに束が調べた情報を見れば彼が束が描く未来に影響を与えることはなかっただろう。だがそれはあくまでも束のみで判断した場合であって実際に彼と接している織斑一夏達の事は含まれていなかった。

 

 ここが束にとって大きな分岐点となった。

 

 もしここで束が彼に何かしらの行動を取っていれば未来は大きく変わったかもしれない。だが、それを確かめることはもうできない。なぜならば過去に戻る事などできもしないのだから。

 

 

 

 

 束が次に彼を意識したのはIS学園で行なわれたタッグトーナメントであった。それまではIS学園の監視カメラ越しに一夏たちの生活を覗いていたが彼が映ったとしても全く覚えてなどいなかった。

 束はタッグトーナメントでちょっかいを出そうかどうか迷っていた。前回一夏と何処かの国の石ころが試合している時に無人機をけしかけた時、千冬に釘を刺されていたのである。だから今回は見逃して他の機会にまたちょっかいを出そうと考えていた。だから今回のタッグトーナメントは気にせず次にちょっかいを出すときの準備をしていてタッグトーナメントの事はほぼ無視していた。

 

 その結果が彼の死であり、ISが持つ絶対防御を否定する事実だった。

 

 束にとって彼の死はどうでも良かったが、ISの絶対防御が破られた事に怒り狂った。束は自分が作ったものに対しては異常なほどのプライドを持っていてそれを覆したVTシステムはシステムは一切残らず根絶やしにし、それを作り搭載させた研究所もすぐさま見つけ出し、跡形もなく消滅させた。後に千冬から連絡が来たがその時は人的被害はないと、伝えたが実際は研究施設ごと関係あるなしに其処にいた全ての人間を殺していた(・・・・・)

 

 束にとって人を殺すという事は道端の石を蹴り飛ばすと同じような事であり束の宝石が大丈夫ならたとえ万の人間を殺したとしても心が動く事などなかった。だから彼の死もどうでもいいことであり彼の死という事実が齎す影響など考えもしていなかった。

 

 

 

 彼が死んでからしばらくして千冬から束に連絡が来た。

 

「……束、聞きたい事がある」

 

「なになに、ちーちゃんから束さんに聞きたい事って珍しい事があるもんだね?何が聞きたいのかな」

 

 電話越しに聞こえてくる千冬の声は普段聞くような凜とした声ではなく何所か沈んだ声であった。

 

「彼の事だ」

 

「彼?彼って誰の事かな?束さんには分からないよ」

 

「……先日死んだ私の教え子の事だ。知らんとはいわせんぞ」

 

「あ、ああ!!思い出したよ」

 

「そうだ、あの試合で死んだ彼の事だ」

 

それが(・・・)どうしたの?ちーちゃん」

 

 束にとって彼という存在は記憶するに値するほどのものではなくただ2人目の男性適合者で先日の試合で死んだ、としか記憶していなかった。

 

「それが、だと……人が1人死んだんだぞ」

 

「うん、そうだね。でも問題ないじゃない。これでいっくんが世界で唯一の男性適合者になれたんだから」

 

 束が答えた言葉。それは本心からの言葉であり束にとって彼の存在などその程度でしかなかったのだ。ただそれは束にとってであり束以外の人間にとって彼の死が齎した影響、それは束の想像以上であった。

 

「……それ、は、本気で言っているのか」

 

「うん?どうしたのちーちゃん、なんか恐いよ」

 

「束!!それは本気で言っているのかと聞いている!!」

 

「ッ、本気もなにも束さんはいつも真面目だよ」

 

「……束」

 

「なにちーちゃん」

 

「私は……私はお前が限られた人間しか人と認識できないとは知っていた。だが、それでも私はお前が認識できない人も最低限、人として扱っていると思っていた……だが、それは誤りだったようだ」

 

「ちーちゃん何を……」

 

「束……私は白騎士事件の事実を公開する」

 

「な!?何言ってるのちーちゃん!!そんな事したらちーちゃんの立場が「私は!!」ッ!?」

 

「私は……織斑千冬は周りが想像しているような人間じゃないんだ。たった一人の生徒も救えないただの弱い人間なんだ」

 

「な、なんで!?なんでそんな事言うの、ちーちゃんは束さんが認めるすごい人なんだよ!!他の人間なんかよりもすごい、すっごい人なんだよ」

 

「ちがう!!私はそんなすごい人間なんかじゃない!!ただ、周りからそういわれて勝手に勘違いして調子に乗っていた子供だったんだ」

 

 電話越しに聞こえてくる千冬の声は震えていた。

 

「だが、私はもう子供ではいられない。彼を、人一人の人生を終らすきっかけを作ってしまったんだ。いや、彼1人ではない。女尊男卑となった今の世界を作ってしまった責任を取らなくてはいけないんだ」

 

 束には理解ができなかった。親友である千冬が束にとってどうでもいいはずの人間のために責任を負うなどという事を。

 

「束、お前の責任も全部私が被ろう……だから私とお前の付き合いもここまでだ」

 

「まって、まってよちーちゃん!!まって!?」

 

 千冬が束の分の責任を背負うと言ったのは束の事を思っての事だった。束の性格を知っていれば束がまともに責任を負うとは思えないし、逆に千冬が想像つかない事を仕出かすかも知れなかった。だからこそ千冬は自分が束を唆して白騎士事件を起こしたとして、女尊男卑となるきっかけを作った責任を負う事にしたのだ。

 それは彼を追い詰めてしまった事に対しての罪と罰を自分に与えたかったという考えもあった。彼が死んでしまった以上この行為自体が自己満足であるという事は分かっていたが、それでも今の千冬はそうでもしないと罪悪感で潰れそうになってしまっていた。

 

 だから、千冬は束に対する対応を間違えたのだ。一方的に突き放すのではなく、たとえ束が予想外の事をしても隣でそれを止めて一緒に責任を負わせるべきだったのだ。彼に対する罪悪感と自分を罰せなければという意識に加え、彼が残した日記。それが千冬の判断を鈍らせたのだ。

 

「な、んで……なんで、なんでちーちゃんがそんな事言うの」

 

 通話が途切れた画面を見つめ呆然とする束。束は信じたくなかった。千冬が、一番の親友が一方的に関係を切った上に一緒に起した白騎士事件の責任を1人で負うなどと。

 そんな事をしたら千冬がどういう扱いを受けるか。束は想像すらしたくなかった。千冬が短くはない人生の中で一番の親友が、何の価値もない道端の石ころ程度の価値しかない物に攻め立てられたった一人で責任を負い残りの人生を潰していく。

 

 束には耐えられなかった。そんな千冬の人生も、千冬と話す事も会う事もできない人生など。

 

「あ、はは……ちーちゃん、ちーちゃん。大丈夫そんな事しなくても大丈夫だよ。ちーちゃんが何の価値も無いやつらのために人生を台無しにする事なんてないんだよ。そうそんな必要なんてないんだから……」

 

 束は立ち上がり、フラフラと歩き出す。ぶつぶつと何かを呟きその瞳には暗い影がさしていた。

 

 

 壊れて宝石が零れた万華鏡が映すのは、何も変わらない変わる事のない鏡面。零れ落ちた宝石を拾い集めても壊れた万華鏡は元に戻る事などないのに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼が死んでから1ヶ月が過ぎたある日、世界で二つの事件が起きる。

 

 片方だけならば、まだ何とかなったかもしれない。まだ取り返しがついたかもしれない。

 

 だが二つの事件という火種は女尊男卑に隠れた歪みを糧に瞬くまでに業火とかした。

 

 彼が死んでから半年と経たずに世界は急変していく事となる。




今回は篠ノ之束編でした。


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