機動戦士ガンダム 転生者の介入記 (ニクスキー)
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第一章 自由を求めて
第一話 事故死と転生


 ファンネルの動かし方は自己解釈です。


「あ~もしもし? 俺様。今からセスナに乗って空から見るアマゾン川の景色を楽しむところ。今何やってんの? 狭い日本で?」

 

『うぜえ、こいつうぜえ! 宝くじが当たったからって調子に乗りやがって。今からユニコーン見に行くんで切るぞ!』

 

「マジで! 前にお前が言ってたやつだろ? 久々にガンダムを見ようと思ったんだよな~。来月には日本に帰るから一緒に行こうぜ!」

 

『いや、終ってるから。諦めてブルーレイを買え。それじゃあ時間だからまたな! 土産期待してる。』

 

「了解、過剰に期待しながら待ってろ。」

 

 携帯をポケットに入れると、青いTシャツとズボンにサンダルを履いた現地人ガイドが手を振りながら小走りにやってきた。

 さっきセスナの準備をさせるって言ってたから準備完了かな?

 

「ジュンビデキマシター、ドゾイキマショー!」

 

 この国に入って一週間も一緒にいると、ガイドの片言の日本語にも違和感を感じなくなってきた。

 浅黒い肌にインチキ臭い笑顔のおっさんだがガイドの腕は確かで、毎日楽しませてもらっている。

 今日はオプションでつけた空の旅。これでブラジルの観光は終わりで、明日には次の国に向う。

 

 いやあ、宝くじに当たったおかげで会社を辞めて半年の観光旅行だなんて俺って運がいいなぁ!

 30年も生きてきていいことなんて無いなぁと思っていたが、このために運を貯めてたんだな。

 親にも分けたし、株も買ったし、もうバラ色の人生だ。…まぁ嫁がいないのがあれだが、これから探せばいいか!

 

 

 俺とガイド、パイロットの三人を乗せたセスナが頼りない音を鳴らしながら空へと飛び立つ。

 小さな町を越えると、景色は次第に森の緑に変わり、その圧倒的な緑はセスナの中にまで緑の匂いを感じさせる。

 

-ガクンッ-

 大きな衝撃の後、小刻みな振動が機内を包む。

 森の緑から目を上げると、セスナのプロペラの後ろ…エンジン? から黒い煙が後方に流れていくのが見える。

 パイロットは俺にはわからない言葉で口元のマイクに何かを叫びながら、ボタンや操縦桿を必死に操作している。

 隣を見ると、ガイドはネックレスの十字架を掲げて何かを祈っている。

 

 …オワタ!

 

「嘘だろ! おいガイドさんどうなってんの!? 死にたくねえ! まだ30だぞ!」

 

 ガイドの肩を掴み揺さぶるが祈りを止めやしねえ!

 うそだうそだうそだうそだうそだうそだ

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

 ガンダム見たいガンダム見たいガンダ

 

 

 

 

 

 …気が付くと身動きが取れず、天井だけが目に入る。病院にしては薄暗く、音がうるさい。

 しかも身体の感覚がおかしい。目の見え方や音の聞こえ方、舌に感じる味や感覚。全てに違和感を感じる。

 気持ち悪さに身体を動かすと手が見えた。小さな手が。

 

 …赤ちゃん?

 俺の手…なのか?

 右手を開いたり閉じたりすると、見えている右手が開いたり閉じたりした。

 

(えーーーーー)

「あぎゃーーー。」

 

 出そうとした声とは違う声が俺の口から出る。嘘だろ?

 パタパタと音が聞こえ、栗色の髪の女性が俺の下半身を触る。…オムツ? 俺オムツはいてる!

 確認が終ったのか俺から手を離し、どこかへ歩いていく音が聞こえて暫くしてから哺乳瓶を持って来た。そして俺の口に突っ込んだ。

 …あまり味は感じないが、体が欲しているのがわかる。体が満足するまで吸い続けた。

 

「○○○?」

 

 …英語? おそらく英語だと思われる言葉で話しかけられた。ゆっくりじゃないと聞き取れないよ! ゆっくりでもほとんどわからないけど。

 俺が「あー」と答えると、彼女は満足げな表情で歩いて行った。

 

 これは噂に聞いた転生ってやつか?

 ネットで読んだことはあったけど、まさか自分が体験するとは!

 最後の記憶は飛行機事故の記憶だが、やはり死んだのか。…思い残したこともあるが、今更どうしようもない。

 ならば、この第二の人生を謳歌しようじゃないか! どんな世界かわからないけど楽しもう。

 

 そう思っていた時期がありました。

 

 

 今俺は何歳だろう? 生まれてから何年か過ぎたと思う。

 はっきりしないのは一度も建物の外に出たことが無く、カレンダーもテレビも無いから今が何年かがわからないからだ。

 ここは病院ではなく何かの研究所で、俺たちはモルモットっぽい。毎日投薬や検査が続き、体中に電極を付けられて検査を受け、頭にヘルメット状の機械を付けられたりする。

 自由な時間は眠っている時だけだ。

 

 …俺たち、そうここには俺と同じような子供が全員で20人いて、1stから20thまで番号で呼ばれている。俺は6th(シクス)。

 俺たちは皆金髪で、目の色は違うがどこか似た顔立ちに見える。…兄弟? 歳は同じくらいだと思うのでちがうか。

 

 

 暫くたったある日、いきなり授業が始まった。

 腕輪を付けられ、私語をしたときや答えを間違ったときなどは電気ショックを与えられる。

 本当か嘘かはわからないが、腕輪は勝手に外すと爆発すると言われたのでうかつに外せない。はったりだとは思うが試す気にはならない。

 歴史の授業でついにこの世界が何の世界かがわかった。

 教科書を適当に開いたら『U.C.0058.09.14 ジオン・ズム・ダイクン、サイド3独立宣言』と書いてある。ガンダムワールドだ!

 最後の項目は『0069.08.15 ジオン公国宣言』とあったので、今は69年から一年戦争の79年までの間だろう。

 

 どうなっている?

 子供を生まれてから数年間閉じ込めるような研究所は、俺が見たアニメには登場しなかったはずだ。

 可能性が一番高いのはフラナガン機関だが、08小隊に出てきた子供たちは外見がまちまちだった。ここにいるのは全員金髪…グレミー?

 zzに出てきたグレミー・トトは、ギレン・ザビとニュータイプの女性との人工授精で造られたとどこかで見た記憶がある。

 俺たちはテストケースか、この中の成功例がグレミーになるかするのか?

 

 薄れつつある記憶を思い出すがいいイメージが無い。マザコンだし。

 ん? マザコン? 今から育てられるのか、マインドコントロールで母がいると刷り込まれるのかな?

 どちらにしても碌な話じゃない。特にマインドコントロールなんてごめんだ。

 …隙を見て逃げよう。

 

 フラナガン機関以外にもこういう研究所があるとは思っていなかったが、非人道的な組織は表に出ないしアニメにも描かれないだろう。

 出来れば係わり合いになりたくなかった。

 

 

 それから数年。

 俺は何度か逃げようとしては捕まり、何度も体罰を受けておとなしくなった。外見は。

 最後に捕まったときには換気口の中を通って研究所の外に出ることが出来たが、ここはコロニーだった。船がないと逃げられない。

 ずっと暮らしていると違和感を感じなかったが、一度意識すると地球と違う重力が気になる。

 とりあえずは確実に逃げられるまで優等生のフリをして、捨てられないようにしようと思い、最近はおとなしくしている。

 

 今も研究所の中からは出してもらえず教室と寝室、体操室と研究室の4ヵ所だけの移動の日々だ。

 毎日睡眠、食事、トレーニング、検査以外の時間は全て勉強。

 授業は夕食前に終るが、授業についていけないと電気ショック。予習復習は欠かせない。

 監視カメラがあるので仲間たちにも話しかけることが出来ないので、精神的に厳しい。最初からそう言う暮らしならまだしも、好き勝手生きていた記憶がある分自由が無い生活には参った。

 今の俺を支えているのは、いつかガンダム世界で自由に生きてやろうという夢だけだ。

 年々薄れ行く記憶を必死で繋ぎとめながら生きていく。

 

 仲間たちは少しずつ個性が見え始め、運動神経やテストの点数にも差が表れてきた。

 特に5th(フィフス)。俺と違い普通の子供のはずだが成績は俺より少し下で、運動ではトップ。特に球技が得意だ。記憶を持っているというチートで成績がトップの俺とほぼ互角とかどんだけ!

 麒麟児とか天才児ってのは、こんな子供のことなのだろう。

 …それかニュータイプ。彼は勘が良い。いや、良すぎる。

 キャッチボールをしていて、後ろから飛んできたボールを振り向きもせずにキャッチしたときには驚いたがニュータイプならありえる。

 

 そういえば最近は投薬が無くなった。

 強化人間にされる可能性も考えていたが、違うのだろうか?

 

 

 さらに数年後、俺たちは士官学校の教本を渡されて士官教育を受けることになった。

 まだ身長が140cmにも満たないうちから何を習わせるつもりなのか? 狙いがわからない。

 俺たちのように普通じゃない環境で育てられた人間は士官に向いていないだろう。なら考えられるのは…わからん。

 戦場にでも送り込む気か?

 

 いつも監視がいるのでほとんど私語はしないが、少しは話をすることがある。だが、一人以外は習ったことしか知らないので会話が続かない。

 5thは少し違った。研究者たちの考えていることがなんとなくわかると言い、誰が誰を好きだとかあいつは嫉妬に狂っているなどと教えてくれた。

 もしかしたらニュータイプとしての力が高まっているのかも知れない。

 

 徐々に外見に変化が出始め、金髪がくすんだ色に変わったり、顔立ちにも性格が表れ始めた。

 俺は綺麗な金髪に青い瞳。少し目つきが悪いが美少年と言えるだろう。俺に良く似ているのは5thで、俺よりも目つきが鋭くシャープなイメージだ。

 

 

 士官教育が終ると、モビルスーツの訓練が始まった。

 研究所の地下に大きな格納庫があり、そこから宇宙に出られるようになっている。そこにはザクが4機並んでいて4人ずつ交代で乗り込み訓練するが、教官も同乗するために逃げたり暴れたりは出来ない。

 ある程度操縦を覚えると、摸擬弾での戦闘訓練も始まった。

 

 ここで不思議な出来事があった。後ろから銃口を向けられると、なんとなく感じる。

 タイミング次第では先に腕を後ろに向けてマシンガンを撃ったり、かわしたり出来る。俺もニュータイプなのか?

 5thは最初から出来ていて、次が俺。その後暫く経ってから何人かが出来るようになった。

 

 

 出来なかった12人はある日突然いなくなった。

 そしてそのうち6人は数日後帰ってきたが、前とは違う人間になっていた。

 8thは突然大声で叫び始めて研究員に何かを注射されて連れて行かれ、翌日戻ってくると何も覚えていない。

 11thは誰のことも覚えてなく、研究員の一人に「記憶を返して」と言い続けていた。

 17thは年配の研究員を父と呼び、おとなしく従っていた。など。

 

 彼らは戦闘訓練では今まで以上に強くなったが、良くて俺と互角程度で5thには勝てなかった。

 暫くその状態が続いていたが、彼らはまた突然いなくなってそれ以来会うことは無かった。

 …おそらく処分されたのかと思うが、同情している時間は無い。明日は我が身だ。

 

 

 数ヵ月後、今度はモビルアーマーでの訓練を始めると言われ地下へ向うとそこにはエルメスが待っていた。ナマで見るとデカイ!

 残っている8人で交代しながら操縦訓練をした。

 数日は操縦のみだったが、ついにビットの操作をさせられることになった。

 研究者らしい男が口頭で操縦方法を説明するが、そもそもニュータイプではない人間に説明できるものではないので意味不明だ。

 

 最初は5thから乗り込んだが、パイロットスーツのシールド越しに見えた表情は自信に満ち溢れていた。

 暫くして帰ってきた5thは教官の肩を借りて機体から降りてきたが、俺に向ってサムズアップをしてから運ばれていった。上手く行ったのだろうか?

 5thの次は俺の番。少し怖いが拒否すれば電気ショックか処分。やるしかない。

 

 コロニーから少し離れると教官から指示が出る。

 ビットの使い方にマニュアルは無いので、教官からはやれとしか言われない。

 サイコミュは脳波を読み取る装置なので、強くイメージを作る。

 精神を集中させビットの一つに体から伸ばした何かを接続するイメージを作ると、そのビットが体の一部に、手や足のような感覚を感じる。

 手を前に出すようにイメージをするとビットが動き出す。旋回、加速、急停止。人間では耐えられない急な動作もビットなら可能だ。

 ビームは出ないようにされていたが、射撃をイメージするとランプが点灯して発射したとわかる。

 徐々に動かすビットの数を増やしてみると、ビットが指先のように自在に動かせる。

 調子に乗って同時に何機動かせるかを試したら、6機目で頭がパンクした。

 

 

 目を開くと研究所のベッドの上で、全身に電極が付けられていた。

 何があっ……ああ、ビットか。

 感覚を8機目のビットに繋いだら、全身が化け物になったかのように膨れ上がって頭の中がこんがらがったのが最後の記憶だ。

 おかしなことに、ビットを動かし始めたときからモニターを見た記憶が無い。機体が身体になり、目で全周囲を見て指先を動かすようにビットを動かす感覚。

 

 思い出していると動機が激しくなり、冷や汗が吹き出る。気持ち悪い。

 腕に針の刺さる感触が

 

 

 今度は寝室のベッドで目を覚ました。

 周りのベッドを見回すと皆が眠っているが、自分を入れて4人しかいない。どこへ?

 俺に気が付いたのか、隣で眠っていると思った5thが目を開いて俺を見ていた。

 

「5番目に乗った1stがビットで自爆した。そして残っていた二人はどこかに連れて行かれたよ。あの二人は1stよりも力が弱かったから処分されるようだ。」

 

 なんで知っている? 俺は元の記憶から処分だと考えたが、5thはどうしてそう思った? 研究員が処分って言ったのを聞いたのか?

 

 いきなり5thが俺のベッドに乗ってきた。

 

「いきなりど」

 

「だって研究員がそう考えてたから。それより6thの記憶ってのに興味があるよ。あのモビルアーマーに…へえ、エルメスって言うのか。エルメスに乗ってから今まで以上に心が見えるようになったけど、6thの奥だけは全然見えない。教えてよ、僕に6thのことを。」

 

 完全に覚醒したのか!

 考えるな考えるな考えるな考えるな

 

「そんなに警戒しないでよ。僕はただ6thのことを知りたいだけだよ。」

 

「やめろ! 手を離せ! 顔を近づけるな!」

 

「おいおい、嫌わないでくれよ。僕はお前を知りた…チッ! 邪魔物が!」

 

 5thが俺からは離れてベッドに戻ると、数人の研究員と警備員が室内に入ってきた。

 

「静まれ! 元凶は誰だ! ぬっ、6thお前か。お前は研究室へ行け。」

 

 研究員の言葉に俺が手を上げると、期待通り部屋を移動させられた。正直助かった。

 しかし5thと顔を合わせると心を読まれる可能性が高い。対策を考えないと俺の正体が知られてしまう。

 もしも研究員に知られれば、俺はあらゆる手段を使って調べられるだろう。最悪マインドコントロールか自白剤を使われるかもしれない。

 この研究所がどこの組織に属しているのかわからないが、未来の知識を知られていい組織とは思えない。

 

 どうする?

 5thは俺たちの中で最も強いニュータイプ能力を持ち、戦闘能力、頭脳もトップだ。敵に回したくは無い。

 仲間になってもらえばいいのか?

 全て教えるから逃げるのに協力してくれと言えば手を貸してくれるのでは。5thならいいアイデアを思いつくかもしれない。

 エルメスが完成しているのなら、一年戦争はもうすぐ終るはず。平和になれば逃げるチャンスは減るだろうから、早めに動かなければ。

 心の中で話しかければ誰にも気付かれずに相談できるから、次に会ったときに相談しよう。

 

 思考を止めると、すぐに眠りに落ちた。

 

 



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第二話 慢心と絶望

「乗り込め。」

 

 翌朝、格納庫へ連れて来られた13thと19thと俺の三人は、繋げられたパイプを通ってザンジバル級へ乗せられた。教官や研究者も乗り込んできたので実験だろうか?

 パイプに入る瞬間、格納庫の端に5thと女…スーツ姿で金髪を背中まで伸ばした30代の女が隣に立っているのが見えた。今の女は? 見えた瞬間蛇に飲み込まれるような感覚を覚えた。何者なんだ?

 

 出航後にパイロットスーツに着替えさせられた俺たちは、ザンジバルの格納庫へ連れて来られた。

 格納庫にはエルメスとブラウ・ブロが並んで整備を受けていた。

 ブラウ・ブロは見た感じ問題無さそうだが、エルメスはコクピット付近に爆発の後があり、何人もの整備士が修理していた。

 

「13thと19thはブラウ・ブロ、二人はブラウ・ブロに乗り込み操縦を覚えろ。6thはエルメスに乗ってもらうが、エルメスの修理が終るまでシミュレーターだ。」

 

 教官の指示でシミュレーターに向う。シミュレーターではサイコミュが表現出来ていないので、メガ粒子砲が二門付いただけのモビルアーマーだ。スピードは速いが小回りが利かないので結構難しい。

 

 数日たったが、13thと19thは苦戦しているようだ。

 あの機体は一人が操縦、一人が有線メガ粒子砲塔の操作とコンビネーションが問われる。何年も一緒にいたからといって上手くいくとは限らないのだろう。

 二人ともかなり絞られていたらしく、話しかけても返事すら返してくれない。

 

 …そう言えば5thは話しかけると返してくれたな。

 5thはこの船には乗っていないのだろうか? 出航してからは一度も会ってない。せめて逃げたことを謝りたかった。

 

 

 休憩していると、突然艦内の雰囲気が変わり、格納庫へ集められた。

 

「本日、連邦によるア・バオア・クー攻略作戦が実行された。お前たちはこの戦場で実戦を経験する。各自、教官から作戦内容を聞いておけ。」

 

 …嘘だろ。

 予想はしていたけど、信じたくは無かった。人殺しなんてしたくない。

 今もしっかり腕輪が付いている。こいつを外せば逃げられるだろうか?

 俺が考えていると19thが逃げようとして床を蹴って廊下へ向ったが、途中で悲鳴を上げて壁に激突した。電気ショックからは逃げられない。

 こんな育てられ方をしても、戦場への嫌悪感はあるのだろう。

 

 ミノフスキー粒子の効果で、ある程度艦から距離が離れれば、リモコンでの電気ショックは食らわないはずだ。

 問題は教官が同乗した場合だ。運を天に任せるか。

 

 

 同乗されました。運がねえ。

 エルメスのコクピットは奥行きがあるので、パイロット用のシートの後ろに補助シートを取り付けて、そこに教官が座った。

 ん? …ララァの乗っていたシーンだと、後ろにスペースがあったのはパイロット用のシートが動いてGを吸収するためだったと記憶している。

 邪魔にならなければいいが。

 

 出撃準備はすぐに終わり、通信機からは出撃の許可が下りた。

 いやだ、死にたくない。殺したくない。でも行かなければ俺は処分されるだろう。

 行くしか…無いのか。

 

 一度目の生は事故死、二度目の生では人殺し。

 俺は何でこの世界に生まれてきたんだ? 人殺しになるためか?

 でも、死にたくない。

 やるしかない。やってやる。死ぬくらいなら、殺してでも生きてやる!

 

「エルメス、発進します。」

 

 機体を格納庫から宇宙へ出し、ビットを呼び出す。何とか動かせる4機を機体の周りに漂わせて出撃の準備が整った。整ってしまった。

 レーダーはすでに効果が無いのでモニターに映るア・バオア・クーの影と、戦闘の光を頼りに戦場へとエルメスを進める。

 13thと19thが乗ったブラウ・ブロは有線制御式メガ粒子砲塔が武器なので、遠距離向きではない。俺を追い越してア・バオア・クーへと進んでいく。

 俺は機体を停止させて、精神を集中させる。

 

 ビットと感覚を共有させて戦場へと向わせる。

 ボール3機とジム2機がリック・ドム3機と戦闘に入っている。

 リック・ドムのジャイアント・バズはジムにかわされ、ジムのビームスプレーガンはリック・ドムの装甲を削っていく。

 弾がなくなったのかリック・ドムは前進しながらジャイアント・バズを投げ捨て、背部ラックからヒート・サーベルを取り出したが接近する前に2機が破壊され、残る1機もヒート・サーベルを持つ右腕が破壊された。

 

 その時にやっとビットの攻撃範囲に入った。

 リック・ドムの目の前にいたジムに2機のビットからビームを放つと、狙い通りにコクピットを打ち抜いた。

 リック・ドム小隊全滅と言う勝利を確信していたジムとボールが驚いているうちに、残りの機体をビットで囲み打ち抜かせる。

 

 人を殺した。吐き気がする。

 皆こんなのを耐えて戦場にいるのか?

 逃げたい。だが死にたくない。やるしかないと自分に言い聞かせる。

 

 次は?

 吐き気で集中が途切れがちになるが、意識を集中させて近くの戦場を探す。

 突然、後ろから声をかけられた。

 

「何で戦場に行かんのだ! 黙って見ている気か!」

 

 こいつ! 護衛無しで前線に出る機体じゃねえんだぞ!

 ビットに集中していると機体は殆ど動かせねえのに何を考えてやがる!

 

「ビットに集中すると機体の操作が出来ませんが、それでも良いんですか?」

 

「口答えするな! それぐらい出来るんだろう、ニュータイプなら!」

 

 クソが! 俺がやられればてめえも死ぬとわからねえのか!

 だが、やるしかない。この場で攻撃を続けて生き残っても、こいつの報告次第ではどうなるかわからない。

 エルメスを発進させてア・バオア・クーへと接近させる。

 

 近付けば近付くほど、いやな予感が全身を駆け巡る。

 この戦場にはアムロがいるはずだ。もし気配を感じたら全力で逃げないと殺される。気を付けないと。

 

 戦場に近付くとジムやボールに襲われ、艦砲射撃からも身を守らねばならない。

 ビットを使うと周囲への警戒がおろそかになるので、時々使う程度に抑えてメガ粒子砲で敵機を撃つ。

 戦場にいればいるほど、命を奪えば奪うほど敵の攻撃が見える。いや、感じる。

 殺意を感じたら機体を向け、メガ粒子砲を発射する。それだけで敵が塵になる。ただそれの繰り返し。

 

 

 今の俺は、どんな攻撃もかわせるだろう。

 もしかしたら俺は天才パイロットなのかも知れない。

 

 

 敵機を探しながら移動していると、懐かしい気配を感じた。そこではブラウ・ブロがジム数機に囲まれながらも1機1機確実に破壊していた。

 

 次の瞬間、激しい頭痛と吐き気。

 そして俺に見えたのは、2本のビームがブラウ・ブロを貫通した光景。

 

「何事だ!」

 

 一瞬何があったかわからず呆然としたが、後ろから聞こえた声で我に返りモニターを見る。爆発するブラウ・ブロが目に入り、その奥から近付いてくる白いモビルスーツ。

 

 両足を限界まで踏み込み、エルメスを全速でUターンさせて逃げようとしたが、ビームが掠めてバーニアの一つが破壊されて速度が落ちる。

 とっさにビットを動かして迎撃、いや時間稼ぎをしようとしたがビットに指令を出した瞬間ビームライフルで打ち落とされる。

 

 逃げに徹しているのに徐々に近付いてくるガンダム。

 後ろから追いついてきたガンダムからバルカンが発射され、バーニアがさらに2機破壊され速度が落ちる。

 ガンダムはエルメスの頭上に回りながらビームライフルを俺に向けた。

 

 死んだ。

 二度目の人生は、楽しいことが一つもないまま死ぬのか。

 ずっと研究所の中で育ち、処分の恐怖に怯え、友達との楽しい会話も無く、恋もせず、名も無き人殺しとして死ぬのか。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない

 

「止めてくれ! 死にたくない!」

 

 そう叫びビームが放たれるのを覚悟して目を瞑った。

 

〈子供! 何で子供が! 子供が戦場に出るなーー!〉

 

 頭に声が響き目を開くと、ガンダムの足が目の前に

 

 

「んっ…ここは?」

 

 気絶していたのか?

 頭を軽く振って意識をはっきりさせてモニターで周囲を確認すると、近くには敵も味方もいない。

 今はア・バオア・クーから離れるように飛んでいる、さっきガンダムに蹴り飛ばされた衝撃でだろう。

 

 機体のチェックをするとバーニアは6機中3機が故障し、メガ粒子砲は2門中1門が故障。ビットは途中から忘れていたが1機だけ近くにある。他にも機体がゆがみ速度を上げすぎると分解するとモニターに映し出された。

 どうしたもんか? と言っても、戦闘は無理だ。

 

「損傷が激しいので、戦闘は無理です。どうしますか?」

 

「…」

 

「どうしますか?」

 

 返事が無いので振り返って見ると、補助シートが壊れ教官は後ろの壁に張り付いていた。

 さっき蹴られたからか? シートベルトを外して教官に近付いて見ると、恐怖に目を見開いたままで固まっていた。

 気絶しているのかと思い、肩を揺さぶろうとしたらぐにゃりと嫌な感触。骨が砕けている。

 

 身体を触って見ると、硬いヘルメットで守られた頭部以外の骨が砕けていた。

 …死んでる。

 

「死んでんのか? 死んでんだな! ふっ、ふはっ、はははははっ! いよっしゃあ、ざまあみやがれ!」

 

 これで自由だ! 自由、自由だってよ!

 馬鹿げた研究所から出て自由に生きることが出来る。

 元の世界では当たり前だった自由がこんなにも嬉しいことだとは。

 さてとこれからどこに行こうかな? おっとその前に、研究所の連中に見つからないように戸籍とか手に入れないとな。

 

 まずはどう…し…?

 どうしよう。どうすればいいかわからない!

 

 俺はこの世界の戸籍も金も常識も無い。

 連邦に降伏したら…モルモット? アムロは有名人だから軟禁されたけど、俺は無名だから闇から闇へ消されるかもしれない。

 ジオンへ降伏したら研究所へ戻されるかも知れない。それが最悪パターンだ。

 単独で逃げようにもア・バオア・クーは陥落するし、コロニーの場所はわからない。

 母艦の位置も、勝手に後退しないように死んだ教官しか知らない。

 

 もしかして詰んでる? どうしよう?

 ふと目を上げるとア・バオア・クーの内部から炎と煙が噴出する。

 終るのか、戦争が。

 

 

 ん? 声…か。いや、脳に響く感じ。アムロじゃない、誰だ?

 

〈大佐を助けて上げて、あなたの力で。〉

 

 突然目の前にワンピース姿の少女が現れた。原作で見た覚えがある、ララァだ!

 

〈あなたはララァ?〉

 

〈そうよ。意識を集中して。感じるでしょう? 助けを求める声が。〉

 

〈…聞こえる。これは赤ん坊?〉

 

〈そうよ、大佐もそこにいるわ。〉

 

 そう言って彼女は消えた。

 

 原作だとシャアは生き残るはずだが、助けが欲しい状況なのか? 俺がいたから何か変わったとか?

 疑問は残るが、ララァに出会ったことでシャアに助けてもらえるかもしれない。

 …余計なことを知ったからと消される可能性もあるが。

 

 そう言えば、このタイミングでシャアは何をやっていたんだろう。原作ではシャアはこの後アクシズへ向うはずだが…赤ん坊! ミネバか?

 

 赤ん坊の声が聞こえた方向に意識を集中すると、誰かが戦っている気配を感じる。強い力だ。

 気配のする方向へエルメスを進めつつ、ビットを先行させる。

 もしミネバがここにいるのなら、ここから一緒に逃げるのだろうか? 便乗して乗せてもらえればアクシズへ逃げられる。流石にアクシズに逃げ込めば追っ手も来ないだろう。

 

 気配を近くに感じると、遠くにコムサイが見えてきた。あれか?

 なんだ、違う気配! マゼラン級が狙いをつけようとしている? 間に合うか!

 

 射程範囲外から威嚇射撃をするとビットが機銃で狙われるが、当たるものじゃない。

 威嚇射撃は効果が無かったらしく、マゼラン級の先端部に搭載されている2門の主砲が光る。だが発射される寸前に、ビットのビームが主砲を打ち抜いた。

 一瞬遅れてビームサーベルの刺さったままのジムがマゼラン級の艦橋にぶつかり、マゼラン級を道連れにして爆発した。

 

 姿は見えていないが、ある一点から目が離せない。あそこに誰かいるのだろうか?

 エルメスをその一点へと進めると、赤いゲルググが黙って浮いている。おや? なぜか動く気配が無い。手招きしているのが見えたので機体を近づけると、ゲルググは手をエルメスに触れさせた。

 

『動かしているのは誰だ? …いや、話は後にするか。バーニアが故障した、あそこに見えるグワジン級まで連れて行ってくれ。』

 

「了解しました。」

 

 エルメスのツノにゲルググが掴まったのを確認して、グワジン級へと向う。

 格納庫の扉が開き、ジオン兵の誘導にしたがって格納庫へ入るとワイヤーが飛んできてエルメスを床に固定した。

 モニターで見てみると、付いてきたビットとゲルググも同じように固定されていた。

 

 やっと、戦場から離れられる。

 大きく息を吐くと、緊張の糸が切れる。もう休みたい。

 



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第三話 決断

「ろ! …きろ!」

 

「へっ? ここは?」

 

「おお、起きたか。すごいうなされ方だったが大丈夫か?」

 

 目が覚めたら見知らぬおっさんにびんたをされていた。

 どうしてこうなった? 。…グワジンの格納庫に固定、そこで記憶が終ってる。

 周りを見渡そうとしたら体が固定されていて首から上しか動かない。ベッドの上で太いバンドで胸と腹、ついでに膝の辺りが押さえつけられている。

 白いカーテンで仕切られているので周りの状況がわからない。かすかに聞こえる音と振動はザンジバルよりも小さいが、おそらく戦艦の中だろう。

 

 ベッドの横には茶色い髪をオールバックにした50歳くらいの男性が立っている。白衣姿なので研究所に戻されたのかと思ったらデザインが違う、医者?

 それにあの研究所にいた研究員とは目つきが違い、俺を人として見ているようだ。

 何年ぶりだろうかモルモットじゃなく人間扱いされるのは。…そう言えば、俺はこの世界でも人間だったな。

 

「ここはグワジン級アサルムの医務室、私は艦医のアンガスだ。君は?」

 

 なるほど、今はグワジンの中か。

 名前はどうするか。6thと答えれば普通じゃない名前ゆえに詳しく聞かれそうだし、このなりで日本人名もどうか。

 それよりも、今俺が頼れる唯一の人物シャアに会うべきか。ララァの名前を出せば助けてくれるかもしれない。…ララァにはシャアを助けてと言われたので立場が逆だが、今は形振り構っている時じゃない。

 

「名乗る前に、シャア・アズナブル大佐はこの艦に乗っていますか? いるのならお話したいことがあるのですが。『彼女に会った』と伝えてもらえれば助かります。」

 

「む、訳有りか? わかった、伝えよう。」

 

 そう言うと、アンガス先生はカーテンの外へと出て行って、書類をまとめるような音が聞こえてからドアの開く音が聞こえた。部屋の外に出たのだろう。

 

 そう言えば、シャアと会えたとしてもどう説明すればいいだろう?

 エルメスに乗っていたから俺がニュータイプだとは信じてくれるはずなので、ララァと会ったと言う話も受け入れてくれると思う。

 シャアは原作を見た限り、例の組織とは付き合いはないだろうから話してもいいと思う。

 フラナガン機関が人体実験をしていたことを知っているかどうかはわからないが、そういったことに嫌悪感を持つのなら調べるのに協力してくれるかも知れない。

 組織に興味を持って俺を売る可能性も有るが、ララァ効果でそれは無いと信じよう。

 

 記憶ではシャアはこれからアクシズへ行き、ハマーンとけんかして出て行き、クワトロとしてエゥーゴ結成を手伝う。

 一緒に行けばアクシズ行きだが、あそこには俺的要注意人物のグレミーがいる可能性が高い。アクシズに例の組織がいることも考えられるので行きたくない気もするが、シャアが味方になってくれれば何とかなるかもしれない。

 

 …そう言えばシャアが俺に味方する理由が無い! ララァの名前を出しただけでそこまでしてくれるかは疑問だ。

 俺には価値はあるのだろうか? 多分ニュータイプのパイロット、謎の組織の生き証人、ララァと会った。…前世の記憶以外だとこんなもんか。

 微妙だな。アニメだとニュータイプは貴重だったがどうなんだろう? 高く買い取ってくれればいいけど。場合によっては記憶を少し話すのも手かな。

 

 そんなこんな考えながら待っているとドアの開く音が聞こえた。

 

「失礼する。」

 

 アンガス先生とは違う声だな~と思ったら、サングラスで目を隠した人物が入ってきた。

 シャア! アニメで見た赤い軍服と大佐のケープ姿のシャアが目の前に立っている。額には治りかけの傷があり、少し痛々しい。

 俺がシャアをじっと見ているのと同じく、シャアも俺をじっと見ている。いや、少し違う。シャアは眉をひそめ、かすかに震えているようにも見える。

 

「どうかしましたか?」

 

「っ! いや、なんでもない。それよりもマゼラン級への砲撃に感謝する、危なくコムサイを危険にさらすところだった。」

 

「いえ、私はララァに導かれただけです。」

 

「なんだとっ! 彼女に会ったのか!」

 

 シャアは急に声を荒げ、掴みかかるように身を乗り出した。ここまで彼女のことを思っているのか?

 俺は前の人生でも本気の恋愛をした経験がないからわからないが、愛とはこういったものなのだろうか。

 

 シャアにア・バオア・クーでの出来事を話したが、俺が最初からララァの名前を知っていたのは隠して、彼女が現れたときに自然とわかったと説明した。

 話を聞いたシャアは腕を組み、おそらく目を閉じて何かを考えているようだ。少し待っていると表情がかすかに緩むのが見えた。

 

「彼女に私を助けるように言われ今ここにいるということは、私を助けてくれると受け取ってもいいのかね?」

 

「はい、そのつもりです。ただ、特殊な生い立ちですので私が助けてもらうこともあるかも知れません。」

 

「特殊な? そう言えば君はエルメスに乗っていたな。あの機体はフラナガン機関で作られた物で、私の聞いた限りでは3機作られて全て破壊されたはずだ。そのあたりも聞かせてくれるのかね?」

 

 少し長くなると前置きをし、俺は自分の過去を話した。

 途中何度か聞きなおされたりもしながら今までの生活について話し終えた。

 聞きなおされたのは、外見の似た子供たち、士官教育、モビルスーツやモビルアーマーの訓練、マインドコントロールされた子供たち、目覚めた5th、白い悪魔、そしてララァ。

 特に後半の4つについては詳細に聞かれた。

 

「フラナガン機関が私に知られないように何かを研究していると噂では聞いていたが、もしかしたらマインドコントロールによるニュータイプへの覚醒についてだったのかも知れんな。…不快だな。私達を調べたデータを使い子供たちの心を操り、挙句の果てには処分とは。…もしや、ララァはこれを私に教えるために? そう言われれば思い当たることも…」

 

 シャアは途中から自問自答へ入ってしまった。

 今の口ぶりからすると、強化人間には否定的のようだ。逆シャアではギュネイを使っていたから、どこかで切っ掛けでもあるのだろうか?

 俺としては仲間たちも見てきたし、原作で出てきた強化人間たちの末路も知っているので強化人間は作らせたくない。今のシャアなら説得できないだろうか?

 

「シャア大佐、マインドコントロールのような手段でニュータイプを作る方法は禁止できないでしょうか? もう誰も仲間たちのような目には遭って欲しくありません。」

 

「そうだな、考えておこう。それと君についてだが、これからどうするつもりだ? この艦は今サイド3へ向っている、君が望むのなら安全な隠れ家を用意させるが。」

 

 強化人間を否定してくれるのなら、アクシズへ一緒に向って組織の人間を探すのも手だな。隠れ家に行ってもそのうち捕まるかもしれない。ならば虎穴に入るのも悪くない。

 …サイド3? そう言えば今は何日だろう? 確か1月1日にはジオン公国が降伏していたと思ったが、ア・バオア・クーは12月31日。終戦後だとジオン本国のサイド3はマズイのでは?

 原作通りなら問題なくアクシズへ向うのだろうが、俺の存在で何かが変わっていたらどうなるかわからない。リスクは減らすべきだ。

 指摘すれば何で知っていると突っ込まれそうだが、ニュータイプには予知能力がある人がいるとどこかで見た記憶があるから大丈夫だろう。

 

「そう言えば今は何日ですか?」

 

「1月2日だが、どうしたのかね?」

 

「ジオン公国がすでに降伏している光景が見えた気がします。ア・バオア・クーの戦闘後に。」

 

「むっ! それが本当ならサイド3へ向うのは危険だな。居場所がばれないように通信は控えていたが、確認する必要があるな。また後で話をしよう。」

 

 シャアは急ぎ足で医務室から出て行った。

 少し間を置いてアンガス先生が入ってきて拘束を外してくれた。

 

「シャア大佐が許可を出してくれた。暫く待たせておくように言われたから、大人しくしてるようにな。」

 

「はい。」

 

 ずっと拘束されていたので、体が少し痛い。首や腕からゆっくりと動かして、調子を確かめてみるが特に問題は無い。

 …あれ、手首が軽い? 手首を見ると、あの忌々しい腕輪が無い。

 

「先生、腕輪は! 腕輪はどうしました! 爆発しませんでしたか!」

 

「あれは電気ショックを与えるだけの物だったぞ。身体検査の前にスキャンして危険物か確認済みだ。…と言うか君のような子供に、あんなものをそう言って付けていたのか!。」

 

 俺の言葉にアンガス先生は怒りをあらわにし、顔を赤くしながらこぶしを握り締めた。なんて良い人なんだ。でも、アンガス先生は身長が高く筋肉質なので正直怖い。

 腕輪を含め、俺の身に付けていた物は全て保管されているらしいので調べてもらえないだろうか? もしかしたら組織について何かわかるかもしれない。後でシャアに頼んで見よう。

 この後、艦内についてなどを聞いているとドアの開く音が聞こえた。

 

「失礼します、先生いますか? シャア大佐の指示で例の子供を艦長室へ連れて行きます。」

 

「わかった、今連れて行くから少し待ってくれ。立ち上がれるかね?」

 

 先生の手を貸りてベッドの横に立ち上がると、体が重い。さっき今日は2日と言っていたので、2日間くらい眠っていたのだろう。だるくてもしょうがない。

 

 白い病衣に靴と不思議な格好だが、医務室や居住エリア以外は無重力なのでスリッパでは脱げてしまう。

 カーテンから出ると、中尉の軍服を着た体格のいい男性が立っていた。黒い短髪と太い眉毛が特徴的だ。

 

「お前がそうか?」

 

「はい、私がその子供です。案内よろしくお願いします。」

 

 その中尉の案内で艦長室を目指す。

 グワジンは大型艦なので移動に時間がかかる。その間特に会話もないので周りを見渡していると結構な数の軍人を見かけるが、皆落ち着いている。士気が高いのか、訓練が行き届いているのかだろう。

 元々グワジン級はザビ家に近しい軍人にしか与えられない艦のはずなので、それも影響しているのかもしれない。

 

 途中で無重力エリアに入る。壁についているレバーを掴むと、レバーが動いて身体を運んでくれるので楽チンだ。

 軍艦だけに少し複雑な通路を移動して、立ち止まった中尉が操作盤に到着を告げるとドアが開いた。

 靴の底を床に押し付けるようにすると軽く床にくっつくので、注意しながら歩いて部屋に入る。

 

 そこにはシャアともう一人、濃いクリーム色の軍服を着た軍人が椅子に座っていた。

 細面で軽くパーマが当てられた紫がかった黒髪は一度見たら忘れられない。…マ・クベ? 生きていたのか!

 アムロと一騎打ちして戦死した記憶があるのだが、この世界は少し違うのか? それだと俺の記憶が当てにならないのでまずい。

 

「マ・クベ大佐、シャア大佐、例の子供をお連れしました。」

 

 中尉が敬礼をしながらそう言ったので、俺も敬礼をした。

 

「ふむ、見た目はただの子供だが…シャア、間違いないのだな?」

 

「はっ、ジオン公国の降伏を予知しました。君、他には何か見ていないか? 参考程度でもいいのだが。」

 

 マ・クベが俺を観察しながらシャアに聞くと、今度は俺にも質問が来た。

 そっちは記憶の通りなのか? もしかしたら原作でもマ・クベは生きていて、この先フェードアウトか死亡するのだろうか。

 

 とりあえず他に話すことは? 次の大きな動きはデラーズだ。デラーズ紛争中にはコロニー落しも行われ、紛争後にはコロニーに対する弾圧が強まり、ティターンズが結成される。

 死者が多すぎる。それにティターンズは強化人間を作る、これは阻止したい。

 

 デラーズの蜂起を教えれば、二人はどう動くのだろう? シャアとマ・クベが戦闘継続を望むのなら、デラーズと合流すると思う。しないのならけん制に動くのだろうか?

 …そうか、この場合はどちらでも利がある。

 合流すれば勝てるかもしれない。虐殺上等のティターンズよりも、ジオンの統治のほうがまだマシだろう。どちらかといえば腐敗して無いとも思うし。

 それに、シャアが偉くなれば俺も発言権を得られる可能性がある。

 二人がけん制に動けば、核やコロニー落しが無くなり死者が減る可能性がある。

 よし、少しぼやかして話そう。細かく予知が出来ると思われると、危険人物として消される可能性がある。この二人はそれが出来る人たちだ。

 

「スキンヘッドにヒゲの軍人が蜂起し、敗北し、弾圧が強まるのが見えた気がします。ぼんやりでしたが。」

 

「…エギーユ・デラーズ、やつならやりかねんな。」

 

「知っておられるのですか?」

 

「うむ、ギレン総帥直属の親衛隊長だ。忠誠心の塊のような軍人でギレン総帥が死亡なされた今、総帥の遺志を継ごうとするのは想像に難くない。」

 

 マ・クベは知っていたようだが、シャアは知らなかったようだ。中央に近かったか遠かったかの差だろうか。

 マ・クベは顎に手をあて考え込みはじめ、シャアはそんなマ・クベの出方を伺っているようだ。二人とも大佐だが、先任のマ・クベが偉いのだろう。

 

「シャア、この少年はどうするつもりだ? 貴様が使わないのなら私が引き取ってもいい。」

 

「いえ、私には副官がおりませんので育てようかと思っていました。」

 

「そうか。さっき聞いた話だと研究所にいたのだろう? 軍服と部屋を与えてはどうだ? なんならウラガンに艦内の案内をさせてもいい。」

 

「それは助かります。ウラガン中尉、彼には少尉の軍服を与えてくれ。それと名前はどうするか…」

 

 急にマ・クベが俺を見て話を振ってきたので驚いたが、シャアが引き取ってくれることになったようだ。マ・クベと共に行くのも少し興味があるが、利用されまくりそうなのでこれでいい。

 今の話だと俺は研究所にいたことになっているらしいが、おそらくシャアが出入りしていたのでフラナガン機関関連だと言ったのであろう。

 いきなり少尉なのは、原作でララァも少尉だったので研究所上がりは少尉なのかな?

 

 名前はなんと言うべきか? 考えついたのは6繋がりでゼクス(ドイツ語で6)。Wのゼクス・マーキスとかぶるが、俺は6thなので見逃してもらおう。違う世界だし。

 

「ゼクスと呼んでください。」

 

「わかった。それではゼクス、ウラガン中尉に艦内の案内をしてもらいたまえ。」

 

 敬礼をして部屋の外に出ると、ウラガンが先導して更衣室に向った。

 顔までは記憶にないが、ウラガンはマ・クベの副官で壷を預けられたりしていたひとだったかな。彼も生き残っていたとは思わなかった。

 あまり子供の扱いは得意ではないらしく、時々振り返りはするが話しかけてはこない。

 

 更衣室で少尉の軍服に着換えてから艦内の案内をしてもらうが、軍艦なので複雑な構造になっていて覚えるのが大変だ。

 俺が何もわからないと伝えると、トイレやシャワーの使い方や食堂の使い方などを細かく教えてくれた。

 

 食堂の使い方を習うついでに、コーヒーを用意して椅子に座り一休みすることにした。

 さっき副官とか言われたが、副官の仕事がわからないので聞いてみようかな?

 

「ウラガン中尉、副官はどのようなことをするのですか?」

 

「副官か。一口には難しいが、俺の場合はマ・クベ大佐の雑務だな。大佐は作戦や戦略の立案をし、それを俺が各所に伝える。諜報部や各所からの連絡をまとめたり、大佐に繋ぐのも担当しているな。」

 

「なるほど、多岐にわたるのですね。私の場合はシャア大佐の補佐、責任重大ですね。」

 

「まあ、そんなに難しく考えることもないだろう。暫くは怒鳴られるのも仕事の内と思い、徐々に覚えていけばいいさ。」

 

「はい。」

 

 色々教わりながら移動していると、広い格納庫に出た。

 そこには赤いゲルググを始め、ゲルググ、リックドム、ザク、ギャン、エルメスなどが並んでいて、作業員が整備作業中だ。

 …ギャン? ギャンだ! 足元から見上げると結構かっこいい。ゲルググよりもスマートで動きがよさそう。それに接近戦は男のロマンだ。

 

「これはマ・クベ大佐のギャンだ。気に入ったのか?」

 

「ええ、かっこいいですし強そうですよね。」

 

 ウラガンは微妙にげんなりした表情になった。もしかしてマ・クベに何度も言われて聞き飽きてるのか?

 次にエルメスの前に来ると、片側のメガ粒子砲付近が凹んでいて足跡がついているのが見える。よく見ると全体の形もゆがんで見えるのでかなりの衝撃だったのだろう。

 …よく生きてたな俺。

 エルメスを見上げていると、整備兵の一人が駆け寄ってきた。ジオン軍のとは違うノーマルスーツを着た10代後半の女性で、ヘルメットから少し見える髪は明るい茶色、可愛い感じの女性だ。

 

「エルメスのパイロットの方ですか?」

 

「ええ、そうです。」

 

「シャア大佐から手を触れないように言われていますので核融合炉のチェックしかしていませんが、整備や修理はどうしますか?」

 

 どうすればいいんだろう? 使う機会があるかわからない上、ビットが1機しかないから役に立たない気がする。ばらして部品取りにでも回してもらおうかな?

 …何か忘れているような? そう言えば教官ってどうなった! まだ中にいるのか? 教官を調べれば組織に繋がる何かがあるかもしれない、シャアに言ってみよう。ならまだ手をつけないでもらいたいな。

 

「シャア大佐に確認しますので、もう少し待ってください。」

 

「そうですか、わかりました。」

 

 そう言うと、彼女は軽く会釈して違う機体の整備に向った。

 

「あのノーマルスーツはジオニック社の物だな。ア・バオア・クーから逃げる時に乗り込んだのか。」

 

「この艦の乗員ではないのですか?」

 

「ああ、元からの乗員以外にも乗り込んだ者も多い。元々の乗員は350人だが今は500人くらいだと言う事だ。」

 

 流石は大型戦艦。ウラガンの話だと、その人数でも1年以上の航行が出来る物資が搭載されているらしい。

 それだけの人数が乗り込んでも統制が取れるのか気になるが、マ・クベもシャアも並以上の軍人だから何とかするのだろう。

 

 格納庫の端では30人ほどのパイロットスーツやノーマルスーツを着た集団が、2台のシミュレーターを囲んで騒いでいた。

 覗きこんでみると、外に付けられたモニターではリックドムとゲルググがジャイアント・バズとビームライフルでの打ち合いをしていた。

 リックドムのパイロットのほうが腕が良いらしく、性能差を物ともせず互角に戦っているが徐々に間合いを詰めている。ある程度距離が近くなったところでリックドムはジャイアント・バズを投げ捨てながらビームをかわしてヒートサーベルを抜いた。

 あわててゲルググもビームナギナタを抜いて刀身を形成させるが、形成し終わる前にリックドムが投げつけたヒートサーベルがゲルググのコクピットを貫いた。

 ヒートサーベルはビームサーベルと違い手を離しても刀身があるから出来る芸当だ。少し角度が悪ければ折れてしまうので、熟練のパイロットだろうか?

 

「よっしゃ! デザートいただき!」

「俺のザクのワックスがけ頼んだぞ。」

「嘘だろ! くっそートイレ掃除かよ。」

 

 どうやら賭けをしていたらしく周りから歓声と悲鳴が聞こえた。

 そんな声の中シミュレーターから降りてきたのは、観衆の前でガッツポーズを決める男性と、悔しそうな女性。二人とも20代半ばに見える。

 

「まあ、部隊長として当然の結果だよな。」

 

「ちっ!」

 

 雰囲気的にいつもこんな感じの二人なのかもしれない。

 もうちょっと見ていたかったが、ウラガンに肩を叩かれたので次へ行くことにした。

 

 最後に案内されたのは俺用の部屋だ。一応士官なので小さいながらも個室だった。

 3畳程度の室内にはベッドとチェストがあり、壁には小さなクローゼットがある。トイレやシャワーは共用なのでいたってシンプルだ。

 このままアクシズへ向うことも考えると、数ヶ月はここで暮らすことになるだろう。私物がないので殺風景なのも我慢するしかない。

 

 

 艦内を回り始めて数時間、やっと見終わり艦長室へ戻った。

 話し合っていた二人の大佐は、いつも通りのポーカーフェイスで感情が読めない。どんな話をしたのだろう?

 俺たちが敬礼をすると、マ・クベが軽く手を上げて休んで良しと合図して立ち上がった。

 

「それではシャア、ミネバ様を頼むぞ。ウラガン、私たちはコムサイでグラナダへ向う。私はゼナ様に挨拶をしてくる、貴様は準備を。」

 

「はっ!」

 

「マ・クベ大佐もお気を付けて。」

 

 そう言うとマ・クベはウラガンを連れて退室した。

 二人を敬礼して見送った後、シャアに勧められて椅子に座った。

 

「マ・クベ大佐はグラナダで資源と戦力をまとめ、私はアクシズでミネバ様を守る。今後の連邦の動き次第では蜂起もありえるが、ザビ家が万全の準備をしてもジオンは敗北したのだ。軍事以外の道を模索することになるだろう。」

 

 良かった、平和的独立を目指すことにするんだな。

 …これってシャアの父、ジオン・ズム・ダイクンが目指していた方針だ。もしかしてシャアがマ・クベを誘導したのか?

 ちらりとシャアを見ると、かすかにニヤリとしたように見える。策士?

 

「君には副官になり私の補佐をしてもらおうと思っている。暫くは私も忙しいので、艦内で自由にしていてかまわない。時間を見て色々と教えよう。」

 

「はい、ありがとうございます。っとそう言えばエルメスについてですが。」

 

 教官についての話をすると、すでに遺体は運び出しているとのことだったが、調べるように指示を出してくれるらしい。

 機体そのものは分解して、部品取りやサイコミュ装置の研究に使うことにした。サイコミュ関係で呼び出されるかもしれないらしいが、それくらいならかまわない。

 そう言えばキュベレイが出来るのはまだまだ先のはずだが、エルメスのサイコミュを持って行けば開発が早まったりしないかな?

 

「今日は疲れただろう? もう休んでかまわない。」

 

「はっ! 失礼します。」

 

 流石に色々ありすぎて疲れたので部屋に戻って休もう。

 まっすぐ部屋に向って軍服を脱いでベッドにもぐりこむ。

 

 横になって腕を見る。そこには腕が見える、腕輪の無い。

 自由、今まで渇望していた自由が手に入った。アクシズへ向う艦の中ではあるが、シャアの副官と少尉の地位、そこそこ自由に動ける立場。まさに望んでいたものを手に入れた。

 

 アクシズへ着いたらグレミー関連をはじめやることが一杯あるが、それも全て自分の意思。自分で選んだ道を自分で歩む、元の世界では当たり前だったものを手に入れるのがこんなにも難しいことだとは。

 この世界に生まれて何年かわからないが、やっと手に入れたこの自由。もう手放さない。どうやっても!

 

 そう考えた瞬間、俺が撃ったジムとボールが見えた。

 

 ギリギリでトイレに間に合い、胃の中のものを全て戻した。

 

 今朝うなされていたのはこれか!

 そうか、俺は人殺しだ。自分が生き残りたいために人を殺した。しかも途中からは生きるためにではなく自分の能力に酔っていた。

 

 目にチラつくジムやボールから悲鳴が聞こえる。

 

 俺は何をやっている! この戦争で狂った世界でなら人を殺しても許されるとでも思っていたのか?

 戦闘に出るまでの俺は人殺しも辞さずと考えていた。どうしてそう思った?

 モルモット扱いされた腹いせか! 生きるためならしょうがないと言う諦めか?

 

 …最悪の気分だ。気付かない内にこの世界の人間になっていたのか俺は? 戦争なら何をやっても良いなんてことがあるはずないのに。

 俺は平和な日本で生まれ育ち人を傷つけてはいけないと習ってきたのに、その半分の時間も生きていないこの世界に染められたのか。

 何で俺は記憶を持って生まれてきたんだ。記憶が無ければ何とも思わなかっただろうに。

 

 

 …何とも?

 何も思わなければどうなっていた? 記憶の無い俺はあの時アムロに殺され、研究所のことは誰にも知られなかっただろう。

 おそらく原作通りにグリプス戦役やネオ・ジオン抗争で大量の死者が出て、それでも世界は変わらない。

 F91やVガンダムの時代になっても戦争は終らない。

 

 俺に記憶があることに意味があるのなら、未来を知っていることに意味があるのなら、

 

 未来を変える。

 

 記憶を使って未来を変えることが俺の存在意義なのか?

 なんで俺なんだ? 元はただの一般市民だぞ! 軍人でもなければ学者でもない。政治家でもないし団体や組織のトップに立ったことも無い。

 俺には荷が重過ぎる。何で俺が、何で俺じゃなきゃいけないんだ!

 

 

 …でも今の俺には戦う力がある。それを利用できる記憶がある。

 今、全てを捨てて逃げたら一生逃げ続けることになる。

 逃げ続ける人生に意味があるのか! そんなのごめんだ。

 人を殺すのはイヤだ。だが逃げたくは無い。

 

 

 もうこの手は血に汚れてる。人殺しの手だ。

 どれだけ洗っても血は落ちない。なら、汚れても良い。

 どれだけ汚れても同じだ。

 

 俺が介入することで血に汚れる人が減るのなら血にまみれよう。

 助けられる命があるのなら助けよう。

 俺のような人生を背負わされた子供たちを助けよう。

 

 俺に出来るあらゆる手段で未来を変えてやる!



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第四話 アクシズへ

 アクシズ到着まではかなり端折らせていただきます。

 2月1日 モニカの名前をカルラに変更しました。
 2月15日 マレーネの髪の色をピンクからライトブラウンに変更しました。


 空腹で目が覚めた。覚悟を決めた翌日にこれは締まらない。

 時計を見ると、少し寝過ごしてしまったらしく遅い時間になってしまった。

 

 シャワーを浴びて食堂へ向うと、人が少ない割にやけに騒がしい。とりあえずトレーに食事を受け取り席に適当な席に座った。

 近くの席から聞こえる会話は、アクシズへ向うことを告げられた件だ。各部署毎に話があったようだが、そんなに問題は起きて無さそうだ。

 おそらく、ミネバ様の生存と行き先を知られないようにどこにも寄らないのだろう。軍人以外は降ろせと言い出しそうだが、そこはシャアが上手く説得するのだろう。

 

 今日のメニューはクラッカーとマーマレード、ローストビーフ数切れと暖かいスープ、野菜数品とコーヒー。俺はパイロットとしても登録してあるので大盛りだ。

 見た目は給食っぽいが、かなり美味。

 元の世界の味を思い出せなくなって何年経つだろう? 食事ってこんなに美味しかったんだな。そう言えばこの世界では一度も美味しいと思って食事をしたことがなかった。

 

「おう、坊主。俺達と同じ量ってことはパイロットか? 俺は、ってお前なんで泣いてんだよ!」

 

 肩を軽く叩かれて振り向くと、中尉の軍服を着た兵士がトレーを持ったまま驚いた顔をしていた。

 ……美味過ぎて涙を浮かべていたようだ。指で拭ってから改めて見ると、昨日シミュレーターから降りてきたパイロット。

 

「あまりに美味しかったもので。」

 

「いや、確かにグワジン級は他の艦よりも良いもん食ってるが泣くほどか?」

 

「おいマーク、子供を泣かすな。相変わらずパイロットの腕以外は最低だな。」

 

「ちょ、おま!」

 

 女性にしては低めの声が聞こえ、マークと呼ばれた兵士の後ろからトレーを持って現れたのは昨日の女性パイロット。

 改めて見ると、マークはダークブラウンの髪を無造作に伸ばしたイタリア系の彫の深い顔立ちで、190cm近い身長に均整の取れた体つき。

 後ろから来た女性はダークブラウンの髪を背中あたりまで伸ばしていて、少しきつめの目をした美人さんで、少し冷たい印象を感じさせる。身長は170cm強でスラリとしたモデル体系だ。

 どこか似た雰囲気を感じる二人だ。付き合いが長いのかもしれない。

 

 二人は軽口を叩きながらマークが俺の正面に、女性が俺の隣に座った。

 どういう状況? さっき言いかけたのは自己紹介っぽかったので、見かけないパイロットの俺と話そうとしたのだろう。

 俺としても出来るだけ多くの人と仲良くなりたいので望むところだ。シミュレーターの相手にもなってもらいたいし、その先も仲良くしていきたい。

 

「始めまして、私はゼクスと言います。シャア大佐の副官見習いとして勉強中ですので、よろしくお願いします。」

 

 俺が二人に頭を下げると、予想外の内容が混じっていたらしく驚いた表情をした。……まあ、シャアの副官って言うのは驚かれるよな。

 

「聞きたい事だらけだが、まず自己紹介だな。俺はマーク・マスカーニ、このアサルムのモビルスーツ隊隊長で中尉だ。よろしく頼む。」

 

 マークが手を差し出したので握手をする。20代半ばに見えるがこの歳で部隊長ならかなりの出世なのでは? もしかしたらエースかも知れない。

 手を離すと隣から軽く咳払いが聞こえたので身体を横に向ける。

 

「私はカルラ・マスカーニ、副隊長で中尉だ。このマークとは残念なことに双子でな、いつも苦労させられている。ゼクス、コイツの言うことは話半分に聞いてあまり関わらないことだ。」

 

「ちょっと待て! いつも苦労してんのは俺だろう? 告ってきたやつらをちぎっては投げちぎっては投げ、何人に俺が愚痴られたり八つ当たりされたと!」

 

「そうか? その点私は楽だったな。お前は告白されたことがないからな。プッ、ククク。」

 

「うっさいわい!」

 

 肩をすくめるカルラと、オーバーリアクションなマーク。二人の掛け合いに思わず吹き出してしまうと二人は表情を緩めた。

 どうやら気を使わせてしまったようだ。人前で涙を浮かべるのは利用出来る時だけにしないと。まあ、今回は二人の性格と関係が少し掴めたからよしとしよう。

 そう言えば軽口を聞くのもいつ以来だろう? 元の世界の友人らは元気でいんのかな。ユニコーン一緒に見たかったなぁ。

 

「なあゼクス、パイロットも兼任するなら腕を見せてくれよ。時間が有るならシミュレーターに付き合わないか?」

 

「はい、喜んで。艦に馴れるまでは自由に行動して良いと言われていますので、お付き合いさせていただきます。」

 

 言い出そうと思っていたことを言われたので運がいい。

 この艦で一番……はシャアだろうから、二番目くらいに強い人とどれだけ戦えるか興味がある。

 俺は研究所の仲間たちとの訓練とエルメスでの実戦しか知らないので、自分がどの程度の腕かを確かめてみたい。研究所では5thにしか負けなかったからそこそこの腕はあると思うが。

 

 

 格納庫に入り周りを見渡すと、シャア専用ゲルググ、ギャン、ゲルググ2機、リックドム2機が並んでいる。

 昨日2機有ったザクが無くなり、ギャンが残っていた。何でギャンが? マ・クベは持っていかなかったのか?

 俺がギャンを見上げていると、マークが俺の肩を掴んでシミュレーターの方へと押した。

 

「ギャンはマ・クベ大佐が置いてったぞ。何でも目立つから置いてった、って話だ。」

 

 確かにギャンを知っている人が見れば一発でマ・クベだって気付くか。

 しかし、キシリアに貰った機体を置いていくとは思わなかった。心境の変化でも有ったのかな? 後でシャアに聞いてみよう。いや、下手に聞くと何で知ってるって突っ込まれるか。

 

 

 シミュレーターで二人と対戦すると、話をしていた時の印象と逆のスタイルだった。

 マークは相手の動きから癖を読み、次の手を予想して攻撃する。詰め将棋のように相手を追い込んでくる。

 カルラは勘で攻撃をしてくるので予想しにくい。機動もランダムなので攻撃も当たりにくい。

 思い出してみると昨日見た二人の戦闘で、マークはカルラの動きを止めるように砲撃していた。あれはカルラ攻略法だったのだろう。

 試してみたら勝てたが、カルラに睨まれた。

 

 だんだん楽しくなってきて、気が付いたら昼になっていた。

 勝率はマークには2勝7敗、カルラには5勝6敗。カルラには勝ち越していたが、途中から連戦を挑まれて連敗した。

 それを見てマークが「大人げねえ。」と言って睨まれていた。

 

 シミュレーターではニュータイプ能力が効かないので、純粋なパイロットとしての能力でこの結果だ。

 艦内のパイロットではこの二人がトップらしいので、俺は今のところ2位タイ。シャアは間違いなく1位だろうから、入れれば一つ下がるだろう。

 アクシズへ着くまで訓練を重ねて1位を目指そう。今後戦場に出るならそれくらいの覚悟で訓練をしないとすぐに戦死するだろう。

 

 

 昼食も三人で席について食べることになった。

 さっきまでのシミュレーターの話をし始めると、二人に俺が異常だと突っ込まれた。

 

「お前の反応速度は異常だな!」

 

「私もそう思った。外で見ていると、相手の動きを見てから反応するまでのタイムラグがほぼ無かった。反射と言ってもいいような速度だったな。」

 

「そうですか? 自分ではよくわかりません。」

 

 考えたことはなかったがどうなのだろうか。

 子供だからか、小さいころから訓練させられていたからだろう。

 その後、シミュレーターでの戦い方の助言をもらいながら食事をした。

 

 午後はモビルスーツのパイロットたちに紹介してもらい、訓練に参加させてもらった。

 パイロットはマークたちを入れて8人。カルラ以外は男で、20歳前後と若いが実戦経験があるらしい。

 機体の数が少ないのは、故障や損壊でア・バオア・クーに戻りこの艦に乗り込んだパイロットもいるからだ。

 彼らに混じりトレーニングルームでランニングや筋トレ、格闘訓練などに汗を流す。

 自室以外は無重力の場所が多いので、トレーニングをサボると筋力が落ちてしまう。それも踏まえ、かなりハードなトレーニングを行う。

 

 約3時間休み無く身体を動かしていると流石に疲れる。数人はへたり込んでいるのでかなりハードだったのだろう。

 そこまで疲れていない俺を見てマークが呆れ顔で近付いてきた。

 

「すげえな、いつもよりも厳しくしたんだが効いてねえのか。どんな訓練をしてきたんだよ?」

 

「そんなに変わりませんよ。毎日続けていたら馴れただけです。」

 

「これを毎日は無理だろ。」

 

 マークは信じられないと言いたげな表情を見せるが、強制的にやらされていたのでしょうがない。

 今まで比べる相手が仲間たちしかいなかったので気付かなかったが、俺の身体には何かあるのか? 実は俺がいたコロニーは重力が倍だったとか。

 それか、小さいころに飲まされていた薬に何か関係があるのだろうか。

 今は情報が少ないので答えが出ない、調べてもらっている教官やエルメスから何か情報が出ればいいが。

 

 

 夜、シャアに呼び出されたので艦長室へ向った。

 シャアは手に持った書類に目を落としていたが、前に立つとその中の一枚を俺に差し出した。

 そこには教官の写真や身体的特徴、血液などのデータが載っていた。

 

「例の男だが、身体的特徴からスペースノイドであるのは間違いないが、ジオン公国の人間ではない。」

 

 シャアの説明では、グワジンには公国民の戸籍データが存在するがその中には見当たらなかったらしい。なので公国以外のコロニーか月の人間だと思われる。

 とはいえサイド3のマハルのように戸籍の無い貧困層コロニーも存在するのでなんとも言えない。

 

 エルメスの中に有ったデータについても調べられて資料に書かれていた。

 こっちにも所属に関するデータは無く、この機体が実験中の暴走で爆破されたはずの1号機であるとわかっただけだった。

 そこまでの期待はしていなかったが、何の情報も無しとは。これでアクシズに到着するまでに組織について調べられることはなくなってしまった。

 しょうがないので、今はあまり考えずにスキルアップを目指そう。

 

 エルメスは分解し、サイコミュなどの装置や素材などは研究や資材として使われることになった。

 機動、操縦データや映像も吸い上げられた。研究、解析に使う予定だったがおかしな点が発見されたらしい。

 

「このデータを見てくれ。ガンダムに蹴られた瞬間のGは普通の人間には耐えられないものだ。」

 

 資料を読むと確かに凄いことになっている。

 耐G能力は個人差があるが、人間の限界以上のGがかかっていた。気絶だけで済む問題ではなかったらしい。

 

「次はこれを。君が気絶している間に行われた検査の結果だ。」

 

 次に渡された資料はCTスキャンなどの検査結果について。俺が気絶していたときに検査をしていたらしい。

 分かりやすくまとめられた資料には俺の身体の異常さについて書かれていた。

 肉体強度が高められ、心臓の機能を補佐すると思われる器官が存在し、神経にも異常が見られる。

 デザイナーベビーの可能性が高く、精密検査が必要と書かれている。

 

 ……いや、少しは予想していたがここまでとは。

 ここまでいじられても人間と呼べるのか? いや、強化人間か。

 確かプルたちも同じような状態だったような記憶がある。身体を勝手にいじられ、刷り込みで心まで自由を奪われる運命なんて許せない。

 アクシズに到着したら最優先で探そう。発見したら関係者をみなご……いや、シャアに頼んで保護してもらおう。

 

 それにしても便利な身体だ。

 今のところ不自由は感じていないから、パイロットとして使う分には戦力になりそうだ。大量生産すれば脅威的だろう。

 いや、何でされていないんだ? プルツーがもう少し大きくなれば兵士として使えると思うのだが。

 ……デメリットが有るのか? 製造コストか? 資料には特に書かれていない。

 

「シャア大佐、デメリットや欠陥が書かれていませんが無かったのですか?」

 

「私も気になって聞いてみたが、先生はわからないと言っていた。前例の有無は不明だが、このような非人道的な行いは記録に残されていない。この先身体にどのような影響があるのかも不明、病気などへの対応も不明だそうだ。」

 

 それがわからないほどに人間離れしているのか。

 生み出すのにも育てるのにもコストや時間が必要で、かつ先も予想出来ないとなれば大量に作られないのも理解できる。

 ばれれば人道上の問題もあるだろうし。

 

 そう考えると俺たちを作ったのはやはりギレンか?

 どこかで見たグレミーがギレンの(ニュータイプの女性の遺伝子を使った人工授精での)子と言う説の信憑性が高くなった。

 なら5thがグレミーになるのか? 性格も顔立ちも違ったが、それはマインドコントロールや整形でなんとでもなる。

 5thとはアクシズで会えるのかもしれない。願わくばマインドコントロール前であることを祈る。

 

 次に渡された資料には、エルメスのデータから解析した戦果についてだった。

 ジム8機、ボール10機。

 俺が18人の人間を殺したという記録だ。昨日の夜の吐き気に襲われるが、歯を食いしばり耐える。もう迷わないと決めた以上、なんとか乗り越えなければならない。

 

「初陣後はそんなものだ。乗り越えられなければ、次は自分が死ぬぞ。」

 

「はっ、心します。」

 

 どうやら顔に出ていたらしい。

 馴れたくは無いが、何時かなんとも思わなくなるのだろうか? それも怖い。

 

 この後、前歴を聞かれたらどうするかについて話した。

 キシリア管轄のニュータイプ研究所で育てられていて、ア・バオア・クーでシャアの部下として初の実戦に出たということにした。

 フラナガン機関の名前はメジャーではないのでこれでいいだろう。エルメスの開発もフラナガン機関なので、知っている人でも違和感を感じないはずだ。

 

 アニメでは自分でニュータイプと名乗っているパイロットはいなかったと思うが、俺は公表して行こうかな?

 シャアの庇護下にいれば下手に手を出せる人間はいないだろうし、ニュータイプの名はジオン軍では腕のいいパイロットの代名詞。実力をつければ成り上がるのに利用できるだろう。

 

 

 

 

 数日後

 

 整備班から呼び出され、パイロットスーツを着て格納庫へ向った。

 格納庫の中ではエルメスの外装が外され、分解されたパーツが綺麗に並べられていた。

 近くに寄って見ると、パーツには番号が振られて写真やメモもある。機械をばらす時の基本だが、さすがプロの仕事だけあってわかりやすい。

 俺がパーツを眺めていると、ファイルを持った整備士がこちらに歩いてきた。前に話しかけてきた女性だ。

 

「ゼクス少尉、私はティナといいます。今日の実験で補佐をさせていただきますので、よろしくお願いします。」

 

 そう言うと俺をコクピットへ案内した。前に使った入り口は分解中なので、外装を外した場所から潜り込むように中に入った。

 俺を誘導するために先に潜り込んだティナの後ろから機械の間を潜り抜けていく。……どうでもいいが、女性用のノーマルスーツは身体のラインが出すぎなのでは?

 

 彼女の説明では、今は外装を主に分解中で、核融合炉やサイコミュシステムはそのままらしい。

 今日はビットを操作するとどういう原理で動くのかを調べるために、俺が呼ばれたとのこと。サイコミュシステムはあまり知られていないので、整備士たちも興味津々だそうだ。

 俺がシートに座り、彼女はシートの脇に立った。

 

「まずモニターを起動して、通信機を外部と繋いでください。」

 

 言われた通りに操作するとティナが何かをせっせとメモり始めた。まだ何もしていないのだが。聞いてみると、俺の操作を全て記録するように言われているらしい。

 エルメスはジオニック社やツィマッド社の物と操作方法が違い、誰にも動かせなかったので研究資料になると言われた。

 

「次は私の言った通りに機動させて下さい。操作系とバーニアの動きの確認をします。推進剤は抜いてあります。」

 

 右へ左へ、上へ下へとゆっくりとレバーとペダルを操作する。

 モニターで見る機体の周りでは、整備士たちが走り回り何人かが記録を取っている。何人かはティナのようにジオン軍以外のノーマルスーツなので、彼女以外にも軍人以外の人がいるようだ。

 この研究が上手く行けば、サイコミュが進歩してアクシズの技術力が上がるだろう。ついでにモビルアーマーの研究も進めばノイエジールがさらに強くなるかもしれない。

 

 ……だめじゃん。デラーズ・フリートが強くなったら不都合だらけだ! いや待てよ、シャアもマ・クベも反戦派だからデラーズ・フリートには武器は渡らないはずだ。

 でも原作では渡っていた。アクシズ内に誰か協力者がいるのか? デラーズ・フリートの協力者探しにプルシリーズ探し。到着したら大忙しだな。

 

 それから暫く操作を続けていると、昼食の時間になった。

 一人で食べるのも味気ないので、ティナを誘い着換えて食堂へ向った。

 軍服に着換えたティナは、ライトブラウンの髪をショートにしていて、幼さを残した顔立ちも合わせて子供っぽく見える。結構胸が大きいので部分的には大人だ。

 

 

「なるほど、モビルスーツ好きが高じてメカニックに。」

 

「と言っても研修中にア・バオア・クーに送られたので、お手伝いくらいしか出来ませんけどね。」

 

 ティナは少し照れながら、この艦に乗ることになった経緯を話してくれた。

 父がジオニック社に勤めていた影響でモビルスーツが好きになり、入社直後に研修も終らぬうちに前線送りになり、ア・バオア・クー内のドックでモビルスーツの整備をしていたそうだ。

 ガンダムの接近で持ち場から逃げ出すことになり、近くにあったのがこの艦だったらしい。逃げ切れたのは運が良かったのかも知れない。

 

「その時に出撃したパイロットの方が、私のために命を懸けさせて欲しいと言って出撃して……それっきり。」

 

 余計なことを聞いてしまったらしく、ティナは今にも泣きそうな表情だ。

 ガンダムの前に出てしまったのならおそらく助からなかっただろう。しかし俺のようなことも……無いか。

 

「すいません、余計なことを聞いてしまいましたね。しかし、そのパイロットは勇敢ですね。私は対面した瞬間恐怖で我を失いかけました。」

 

「そうだったんですか! よく無事でしたね。」

 

「いや見逃されました。ビットとバーニアを破壊され、最後は蹴り飛ばされました。」

 

「ええっ、本当ですか! あ、あの私これで失礼します。急いで知らせないと!」

 

 そう言い、大慌てで食事を終えて走っていった。そして躓いてトレーをぶん投げて謝っている。

 一体何が? 出来れば逃げたことは人に話さないで欲しいのだが。敵前逃亡で処罰されるかもしれないし。

 

 食事を終え再び着換えて格納庫へ入ると、大勢の整備士たちがエルメスの装甲に張り付いて何かをしていた。

 近付いて見ると、ペンチを使ったりハンマーとタガネで表面を削ったりしていた。

 ティナを発見したので聞いてみると、

 

「エルメスの外装に金属が付着しているのはわかっていたんですけど、解析に時間がかかりそうなので後回しにしていたんです。でもガンダムのものなら話は別です。すぐに解析に取り掛かり、あの装甲の強さの秘密を調べます!」

 

 彼女は興奮した様子で一気にしゃべり、再び作業に戻ってしまった。

 ……俺はどうすれば? 何人かの作業員に声をかけたが、後でと言われ相手にしてもらえなかった。

 しょうがないので格納庫から出て艦内の探索をすることにした。

 これでガンダムの装甲の解析が進むと思えば、無視されたのも気にすることではないだろう。

 そうだ気にすることじゃない。

 

 

 

 

 ア・バオア・クーを出発して約1ヶ月。

 艦内の仕事も徐々に覚え、ブリッジ内の仕事も一通り出来るようになり、機銃など武装の使い方や格納庫の操作も大体覚えた。

 最近ではシャアも手が空くようになってきたので、指揮官についても習い始めた。

 

「……なるほど、こうして話を聞くと教本とは全く違いますね。」

 

「それはそうだ。私は教本通りに作戦を実行したことなどほとんど無い。基本は覚えておくべきだが、敵もまた覚えている。裏をかくことだ。」

 

「はっ!」

 

 今日の講習を終えコーヒーを飲みながら一息ついていると、シャアが何かを思いついたように顎に手を当てた。

 

「そう言えば、ゼクスはまだミネバ様とゼナ様にお目通りしていなかったな。紹介しておくか。」

 

 これから挨拶に行く予定だったらしく、ついでに副官として紹介してくれるそうだ。

 彼女たちは居住区の一角で侍女に囲まれて暮らしていて、外に出てくることはめったに無い。

 詳しい話は殆ど聞こえてこないが、ゼナは夫ドズル・ザビの戦死後臥せっているらしい。体調が心配だが、時間が解決してくれるのを待つしかないだろう。

 

 ザビ家唯一の生き残りミネバが生まれたばかりなので、産んだ彼女の発言力は大きい。

 彼女がシャアとマ・クベの勢力下にいる以上、この二人に逆らうのはザビ家への反逆行為。ミネバがシャアと共にいることを公表すれば手っ取り早い。

 だが公表すれば連邦に捕まり処刑……とまでは行かなくとも、軟禁くらいはされるかもしれない。

 この辺は戦後交渉次第だ。詳しい内容は覚えていないが、ミネバは追われなかったと思うので、そうなれば公表できるだろう。そうなればこっちのものだ。

 

 戦艦の中にしては豪華に飾られた廊下、そして扉。この艦がザビ家とその取り巻きにしか与えられていないのは伊達じゃないようだ。

 扉の前は兵士が数人で警備していて、シャアに気付くと道を開け敬礼した。

 

「シャア・アズナブル、ご挨拶に来ました。」

 

 扉の前でシャアが名乗ると、ゆっくりも扉が開き、一人の侍女が出てきた。

 金髪をアップにした女性で、どこかで見覚えがある気がする。

 

「シャア大佐、こちらの少年は?」

 

「私の副官になったゼクス少尉だ、ゼナ様に紹介しようと思ってな。」

 

「そうでしたか。それではどうぞ。」

 

 シャアは何度も会っているからか親しげだ。

 部屋の中はロビーのようになっていて、侍女が数人で出迎えた。

 彼女たちは皆、落ち着いた色合いで露出の殆ど無いドレスに身を包んでいる。侍女服とでも言うのだろうか?

 最初に出てきた侍女の案内で奥の扉の前まで行くと、彼女だけ中に入り少し待つように言われた。おそらくシャアが来たことを伝えているのだろう。

 

 案内されて中へと入ると、落ち着いた調度品の並んだ部屋だった。

 部屋の真ん中にはテーブルがあって、その周りに椅子が4脚並び、横向きの椅子に少しやつれた女性が座っている。その女性は金髪を後ろでまとめ、ゆったりとしたドレスを身にまとっている。彼女がゼナか?

 脇にはベビーベッドがあり、赤ん坊が眠っている。この子がミネバだろう。

 一歩後ろに侍女が一人立っている。その女性は人懐っこい笑顔を見せていて、ライトブラウンの長い髪を後ろで結っている。着ている服は他の侍女よりもいい生地を使っているように見える。

 

 シャアはゼナの元に向かい、軽く頭を下げる。

 

「ご機嫌は如何でしょうかゼナ様?」

 

「あなた方のおかげで不自由無く過ごさせてもらっていますわ、シャア大佐。」

 

 ゼナは笑顔を見せるが、その笑顔は弱々しい。アクシズまで持つのだろうか? 俺の記憶にはアクシズの情報がほとんどないので当てにすることが出来ない。

 

「ゼクス、こちらへ。」

 

「はっ!」

 

 声をかけられ、シャアの隣に行き頭を下げる。

 

「ゼナ様、この者は私の副官として教育中のゼクス少尉です。私が所用で来られない時には代理を頼むこともあると思います。」

 

「ゼクスと申します。お目にかかれて光栄です。まだまだ勉強中の身ではありますが、よろしくお願いします。」

 

 急にシャアに視線を送られたので驚いたが、可もなく不可もない挨拶が出来た。

 頭を上げるとゼナは俺の顔をじっと見つめている。なにか問題でもあったのだろうか?

 

「シャア大佐、ゼクス少尉は大佐に似ていませんか?」

 

「そうでしょうか? 気が付きませんでした。」

 

 そうなのだろうか? 自分では似ているとは思わなかったが。

 

「それにしても若いですね。……マレーネ、あなたの妹と同じくらいではないですか?」

 

「はい、そう見えますね。ゼクス少尉、私はゼナ様の侍女のマレーネと言います。あなたの歳を聞いてもいいかしら?」

 

 どうしたもんか? 正直に年齢不明と答えるのも正規の軍人としてどうかと思う。

 困ったのでちらりとシャアに目配せをすると、かすかに頷いた。

 

「ゼクスは施設で育ち私が引き取ったので、年齢がはっきりとしません。今は軍に所属していますので15歳と登録していますが、それ以下かも知れません。」

 

「「まあ!」」

 

 二人は手を口に当てて驚いた。

 新しい設定に驚いたが、俺まで驚いたらおかしいので表情を変えるのは耐えた。

 しかし急に考えたにしては上手い。引き取られた後研究所にいた事にすれば、俺の経歴におかしいところがない。

 

「私の上の妹が13歳、下の妹が9歳なので近いですね。妹たちはアクシズに向っているので、着いたら仲良くしてあげてくださいね。」

 

「はっ、必ず。」

 

「ハマーンもセラーナもきっと喜ぶわ。」

 

「良かったわねマレーネ。」

 

「はい。」

 

 うん? 今なんて? ハマーンとか聞こえたような気がする。アクシズには同じ名前の人が何人かいるのかな?

 

「ゼクス少尉。マレーネ様はアクシズの責任者、マハラジャ・カーン提督の長女だ。会う機会もあるだろう。」

 

 ……へー、ハマーンって姉妹がいたんだー。

 予想外すぎて言葉が出ない。ハマーンもいるとは思っていたが、姉と知り合えるとは思っていなかった。

 運がいいのかもしれない。ハマーンはシャアとのあれこれで原作に出てくる性格になったらしいから、何とか介入して平和主義者に持っていければ! ……全然想像できないのは何故だ?

 そんなことを考えていると、ゼナが手を2度打ちさっきの侍女を呼んだ。

 

「ラミア、お茶の準備をお願い。」

 

「かしこまりました。」

 

 ラミアと呼ばれた侍女は一礼をして出て行った。名前を聞いて思い出したが、Zガンダムで出てきたミネバ御付の侍女だったような。

 ゼナに勧められ、シャアとマレーネ、ついでに俺も席に着いた。左にシャア、右がマレーネ、正面にゼナ。少し緊張する。

 会話は主にマレーネが話を振り、他3名が答え相槌を打つ流れだ。

 

「……それで二人は父のいるアクシズへ向いました。その時いつも笑顔を見せてくれていたハマーンが、ずっと俯いていたのが気になって。」

 

「そうですか、フラナガン機関に。私が博士に会いに行く前にアクシズへ向かったのですね。」

 

「シャア大佐も行った事があったのですか。ハマーンの様子がおかしかったのにお心当たりはありませんか?」

 

「いえ、残念ながら。私の知り合いは楽しんでいました。」

 

「そうですか。」

 

 ハマーンとセラーナがアクシズへ向うまでの話を聞いていると、聞いたことのある名前が出てきた。あそこにいたのか。

 シャアはキシリアに拾われてからフラナガン機関に行ったので、タイミングが合わなかったのだろう。知り合いはおそらくララァ、彼女は楽しんでいたのか? 意外だ。

 10歳くらいの少女が研究所で元気をなくすとなれば……やはりモルモット扱いだったのだろうか? 俺たちのような扱いではなかっただろうが、いいとこのお嬢ちゃんが朝から晩まで実験につき合わされたら精神的に参るだろう。

 ……これもハマーンがハマーン様に成長する一因だったりして。

 アクシズで会ったらもうハマーン様化してたりとか? まあ、それ以外のハマーンは想像できないが。

 

 気が付くとかなりの時間が経っていた。

 

「ミネバ様、ゼナ様、マレーネ様。また挨拶に来ますが、何かあればいつでも連絡してください。」

 

「ありがとうシャア大佐。ゼクス少尉もまた来て下さいね。」

 

「はっ、よろしくお願いします。」

 

 マレーネとラミアが外まで送ってくれ、マレーネは手を振りながら見送ってくれた。

 彼女はアニメで見たハマーンとは全く似てなく、場を穏やかに出来る人だ。彼女なら気落ちしたゼナを元気付けることが出来そうだ。

 廊下を歩いていると、周りに人のいないところでシャアが俺の耳に顔を近づけてきた。

 

「マレーネ様は侍女ではあるが、ドズル閣下の側室でもある。迂闊なことは言わんようにな。」

 

 シャアはそう言って平然と歩いて行った。

 嘘だろ。全然そうは見えなかった。二人とも親しげだったから、ドズルが上手くやってたのだろうか? それとも俺が気付かなかっただけで、表面だけ取り繕っていたのか?

 いや、それならシャアが部屋を分けるかするか。なら変なことを言ってひびを入れるなということだろう。

 

 

 こうして徐々に艦内の仕事を受け持つようになっていった。



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第五話 アクシズへ2

 7月中旬、アクシズまで約半分の位置にまで来た。

 

 俺はシャアの教育を受け、艦長としての指揮や戦術なども習っている。なぜか俺に対して色々教えてくれるのでありがたいが、何でそこまでしてくれるのだろう?

 パイロットとしてもマークといい勝負が出来るようになり、艦の作業も大分覚えてきた。

 寝る時間を削って勉強につぎ込んだ甲斐があった。

 

 

 アクシズ到着にはまだ時間がかかるので、緊張感や士気の低下は避けなければならない。

 一度士気が下がれば、高めるのは難しいだろう。適度に気分転換や緊張を与えて維持しなければならない。

 乗員が暇を持て余さないように、自由参加の勉強会や研修なども開かれる。

 シャアの指示で行われるものもあるが、許可を得れば誰でも開くことが出来る。

 料理教室(材料の関係で、失敗作は自分の食事になる。)、裁縫教室、柔道教室、エアロビクス、他。

 

 時々シャアも勉強会を開くが、毎回すぐに満員になる。

 パイロット向けのシミュレーター、士官向けの戦術や指揮、学徒動員で集められた新兵たちへの士官教育。

 そのユーモアを交えて飽きさせない技術も勉強になる。

 こうして部下をしていると、シャアは上官として理想的な人物だ。原作のように立場を何度も変える姿を知らなければ、一生付いて行きたいと思うだろう。

 

 

 

 最近はシャアが勉強会を頼まれることも多いので、ゼナたちのところに顔を出す機会が増えた。

 

「……それで見習い士官の同期で連邦軍の兵営を襲撃したの。私は同期のシャア大佐とガルマ様に頼まれて、当時士官学校の校長だったドズル様を足止めすることになったのよ。」

 

「見習い士官だけで連邦軍の兵営を襲撃ですか! その当時からお二人やゼナ様は勇敢だったのですね。」

 

「いえ、私はドズル様とお話をしていただけよ。でもそれがドズル様と結婚する切っ掛けになるとは思わなかったわ。」

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、その少し後にプロポーズされたの。呼び出されて『俺の子を産んではくれまいか。』って。」

 

 なんか……こう、アニメで見たドズルのイメージに合っていると言うか、合っていないと言うか。

 それにしてもゼナがガルマとシャアと同期だったとは思わなかった。ゼナの話では二人は士官学校時代に同室で、親友かつライバルだったらしい。

 ……将来のザビ家討伐のために、ガルマと親友になったのだろうか?

 

 でもこうしてドズルの話をしてくれるようになって良かった。最近は少しずつだが笑顔も見せてくれるようになり、顔色も良くなってきた。話すことで心の整理をつけているのだろう。

 周りの侍女やシャアには話しにくいことも、子供相手だと少しは話しやすいらしく、顔を出すとこうして話し相手になることが多い。

 

 

 

 格納庫では整備士や整備兵の中でも解析や開発が得意な者が、艦内で出来る範囲で作業を進めていた。

 ガンダムの物と思われる素材は、ジオン公国で使われている素材とは違う合金だと解った。

 名前がないと不便なので、俺がガンダリウム合金ではどうかと提案し、採用された。どうせ今後こう呼ばれるはずなので問題ないだろう。

 艦内の設備では新合金の作製は出来ないので、成分や作製方法の研究が進められている。

 

 

 サイコミュの解析は難航したが、脳波を読み取るシステムの解析が徐々に進んでいる。

 整備士たちは、システムユニットとビットの小型化を研究したいと言ってきた。

 しかし、俺はア・バオア・クーでの戦闘を思い出した。ビットに命令を出した瞬間、アムロに打ち落とされてことを。

 あれは俺の出した命令を、アムロが読み取って打ち落としたのだろう。ならばビットではなく、Zガンダムのように操縦の補助にした方が良いのでは?

 

 シャアと整備士にその話をして、補助装置としての研究を進めることにしてもらった。

 今の環境と技術では難しいかもしれないが、エルメスのサイコミュは俺の脳波に設定してあるので、俺用にセッティングするのなら上手く行くかもしれない。

 外部のビットを動かすのではなく、機体の動きを脳波とレバー操作で動かす。

 現在は目で見て脳で考え、手足で操作し、機体の各部に信号を送り、機体を動かしている。それが目で見て、脳で考え、機体が動く。そうなれば格段に動きが良くなる。

 アクシズに着くまでに完成するとは思えないが、今後の技術力アップと時間つぶしになるだろう。

 それに整備班には複数の会社の整備士がいるので、新たな発想が生まれるかもしれない。

 

 

 整備班との話の後、ティナと食事を共にしていた。

 

「ガンダムのパイロットは、ゼクス少尉よりも強いニュータイプだったのですか?」

 

「う~ん……一言で言うと桁違いでしたよ。その上パイロットとしても勝ち目無し。」

 

「はあ、なんと言うか言葉が出ませんね。」

 

 話を振られて少し思い出しただけでも、身体が震える。正直な話、ガンダムについてはあまり思い出したくない。

 気落ちした俺に気が付いたらしく、ティナは少し申し訳無さそうな表情になってしまった。これはいかん。

 

「しかしシャア大佐は互角の勝負をしてきたそうですので、教えを請い何時かは超えたいと思っています。機体の性能も重要ですので、ティナさんも力を貸してくださいね。」

 

「え! は、はい。私なんかでよければ!」

 

「仕事ぶりを見ていればなんかなんていえません。誰よりも努力して実力を付けていると噂を聞いていますよ。」

 

「そんなこと無いですよ! わ、私なんてまだまだです。」

 

 ティナは両手を顔の前でパタパタと振りながら、恥ずかしそうに顔を赤くした。

 その可愛らしさにドキドキしたが、今の俺の立場を考えると友人以上になるわけにはいかないだろう。流石に副官見習いが整備士を口説いているなんて噂は困る。

 笑顔になったティナと話を続けていると、マークとカルラがトレーを持ってやって来た。

 

「隣良いか? いいよなっと。何の話をしてたんだ? 俺も混ぜてくれよ。」

 

「おい、マーク。お前の辞書に空気を読むという言葉は載っていないのか? 今はゼクスがティナを口説いているところだぞ。」

 

「へ!? いやいやいや、そんなことはないですよ!」

 

 いつものように、二人が軽口混じりに現れた。ティナは整備士なのでパイロットの二人とは話しをする機会がよくあるが、いつもからかわれているらしい。主にカルラに。

 真っ赤になって否定するティナを見ると、気持ちはわかる。なんかこう、忘れてしまった純真さを思い出せるような。

 

「ティナさん、その反応はカルラ中尉の大好物です。ですが、ずっとそのままのティナさんでいて下さい。」

 

「どういうことですか? もしかしてからかわれてる?」

 

「いや、ティナは可愛いなってことだ。なあゼクス。」

 

「意味がわかんないです!」

 

 俺の言葉にピンと来ないティナを見ながらカルラがフォローらしきことを言う、ニヤつきながら。

 ちなみに俺はいじられてもあまり乗らないので、カルラからはからかいがいが無くてつまらんと言われている。

 マークが静かだったので見ると、真面目な顔で何かを考えていた。

 

「なあゼクス、午後のシミュレ-ターでの訓練には、シャア大佐が久々に参加するだろ。どうすりゃ勝てると思う? カルラと違って俺たちはゲルググ対ザクのハンデ戦なら勝てるが、リックドムならごくまれでゲルググなら話にならん。」

 

「おいマーク、ドサクサ紛れに私をけなすな。私だって時々は勝てるぞ!」

 

「やはり経験を基にした先読みでしょう。パイロットの心理、反射、反応。それらを理解しているとしか考えられません。ならば予想できない動きをするしかないかと。」

 

「やはりそうか。今考えているのは……」

 

 マークは対シャア戦用の話を始めた。

 シミュレ-ターではニュータイプ能力は効かないので、シャアは純粋にパイロットとして並外れてた力を持っている。

 常に最前線に立ち戦い、最強のパイロットアムロと何度も戦ったからこそ得た力だろう。

 

 横から「無視するな」と声が聞こえたが、マークと対シャア戦用の戦法を話し合った。

 

 

 長距離から放たれるビームを回避し打ち返そうとすると、回避した場所にはすでにビームが放たれている。

 回避に専念してゲルググを視界から外すと、一気に移動して居場所がわからなくなる。次の瞬間には背後や真下からの攻撃を受ける。

 俺の逃げたい場所にビームが来るのなら! ビームが機体をかすめ装甲が削られるが、無理やり逆にかわす。

 そして俺の動きを予想して動くゲルググの居場所を予想してビームライフルを撃つ!

 ビームが何かを破壊し、小さな光が生まれる。

 そこで一瞬気を抜いてしまい、次の瞬間横にビームナギナタの光が見えて画面が暗くなった。

 

 また負けた。今回も同じ機体では傷一つ付けられなかった。

 

 シミュレ-ターから出ると、シャアも軽く笑顔を見せながら出てきた。周りで見ていた兵士たちが歓声で出迎えるが、殆どがシャアへの賞賛だ。

 操作をしていたカルラが、録画していた映像を最初からモニターに映す。

 シャア目線のモニターを見ていると、攻撃は全て俺を誘導するように計算ずくなのがわかる。

 最後の小さな光は、俺の攻撃場所にビームライフルを捨て、その隙にビームナギナタを抜きながら接近していた。

 

「私が逆にかわすのを予想していたのですか?」

 

「いや、どちらのパターンも対応を考えていた。経験を積めばこれ位は出来るようになるだろう。」

 

 経験か。実戦経験が一度だけの俺には圧倒的に足りていない。

 出来ることなら経験したくないが、何時かまた実戦に出ることがあるだろう。強くならなければ。

 次はシャアとカルラがシミュレ-ターに入り、訓練を開始していた。

 ザク対ゲルググ。これでも勝負になるのがシャアだ。シャアの動きを見て、次こそ勝てるように戦い方を覚えよう。

 

 

 

 

 目の前に現れる銃を持った連邦の兵士を、手に持った拳銃で撃つと血を流しながら倒れる。

 何人も何人も目の前に現れ、そのたびに撃ち殺す。

 返り血で自分も赤く染まり、飛び散った兵士の赤と赤くなった自分の境目がわからなくなる。

 気が付くと銃は自分を向き、自分自身に銃弾が穴を開ける。

 

「うわっ!」

 

 跳ね起きて穴の開いた場所を触り、異常がないことを確認する。手も赤くない。

 いつも通りの自分だと認識してから、大きく息をついて額の汗を拭う。

 

 こうやって悪夢を見るのは何度目だろう?

 悪夢はシミュレ-ターでの訓練の翌日に見ることが多い。モビルスーツの操縦が切っ掛けになるのかもしれない。

 これからも何度も悩まされるかと思うとげんなりするが、逃げるつもりは無い。

 争いの無い世界の実現のために、今日も勉強と仲間作りに励む。

 

 

 

 シャアと共にゼナとミネバを訪ねると、ミネバが最近できるようになった伝い歩きで出迎えてくれた。

 お茶を飲みながらミネバを見つめるシャアは、もうザビ家への復讐は考えていないように見える。どこかに逃がして幸せになってもらいたいと考えているのかもしれない。

 手馴れた様子でミネバと遊んでいるマレーネを見ていたシャアが、何か気になったように考え込む。

 

「マレーネ様、前回挨拶に来たときよりも顔色が悪いようですが?」

 

「そうですか? いつもと変わりありませんよ。」

 

 マレーネは首をかしげる。

 ゼナもマレーネの顔を見つめたが、わからなかったようだ。俺もわからなかったが、シャアは一度診てもらうことを勧めた。

 ミネバのお守りで疲労が溜まっているのだろうか。

 

「シャア大佐がそう言うのなら一度診てもらったほうがいいわね。今日中に医務室に行くこと、いいわね。」

 

「そこまで言われるのでしたら。」

 

 マレーネは不承不承といった感じで頷いた。

 そんな話をしたので、俺たちはいつもよりも早めに退室した。

 

 廊下に出て、誰もいない場所でシャアに聞いてみた。

 

「見てすぐにわかりましたか?」

 

「ん? マレーネ様のことかね? ミネバ様を抱き上げるときに、何度かふらついたのが見えたのでな。注意して見たら気が付いた。」

 

 凄い洞察力だ。と言うか気になっているのか? そう言えばシャアは母性の強い女性が好みだった記憶がある。……考えすぎか。

 俺の記憶にハマーンの姉妹は登場しない。もしかして重い病気だったら……いや、考えすぎか。

 

 

 翌日、艦長室でシャアと書類を整理していると、アンガス先生が尋ねてきた。書類を手に持ち、表情を暗くしているので悪い話だろうか?

 

「マレーネ様の診断書です。」

 

「どれ…これはっ!」

 

 先生に手渡された診断書を読んだシャアが驚きの声を上げた。

 半年以上一緒にいて、これほど驚いたシャアを見るのは初めてだ。気にはなるが、俺が聞いてもいいものだろうか?

 

「艦の医療器材では……アクシズ到着予定の3月までは持たせられないかと。」

 

「しかし、今以上に速度を上げることは出来ない。何か方法は?」

 

「進行を遅らせるくらいしか。全力は尽くします。」

 

 軽く頭を下げて先生は退室した。

 わずかな沈黙の後、溜息を付いたシャアが診断書を俺に渡した。そこには内蔵の移植が必要と書かれていた。

 この世界でもクローンは禁止されているが、治療目的の身体の一部や内蔵などの再生は認められている。しかし艦の医療器材ではそこまでは出来ないので、アクシズへ到着してから出ないと治療が出来ない。

 

 ……今までは長期間移動の不便さはあまり感じなかったが、ここに来て問題が起きてしまった。

 一番近い病院、と言うか人の住んでいる場所はアクシズ。そこまではまだ半年以上かかる。

 今以上に速度を上げると大きなデブリをかわせなくなるし、燃料の消費も激しい。

 こうなると、マレーネの生命力に頼るしかないだろう。

 

 

 マレーネには先生が全てを話したらしい。先生の話では、暴れたり大声を出したりせずに受け入れたそうだ。強い女性だ。

 それ以降は安静にするように言われたはずだが、ゼナの部屋を訪ねるとミネバの相手をしていることが多い。安静にするように強く言うべきかどうか迷うが、俺からは言えなかった。

 ゼナには病気だと伝えられている。最近は少し元気になってきていたが、マレーネと仲の良い彼女はまた気落ちしてしまったようだ。

 今の俺に出来ることは、時々顔を出して話し相手になることくらいだ。少しは気晴らしになっていればいいが。

 

 

「こんにちは。ミネバ様、ゼクス少尉が来ましたよ。」

 

「でー。」

 

 ミネバの手を取り軽く振りながら出迎えてくれたマレーネは、9月に入り目に見えて痩せてきた。

 まだ寝たきりにはなっていないが、その日も遠くないだろう。

 

「マレーネ、ミネバのお世話は他の侍女に任せてお茶にしましょう。」

 

「はい、ゼナ様。」

 

 以前なら大丈夫だと言うところだが、最近は断らない。やはり体力が落ちてきているのだろう。

 先生の話ではアクシズ到着までギリギリ間に合うかどうからしい。せめて家族と会えるまでは持ってくれれば良いが。

 

 

 

 ブリッジに呼ばれてシャアと共に行くと、レーダーの範囲内に別の艦の反応が有ったとの報告だった。

 ザンジバル級と思われるその艦は、アサルムと速度を合わせるように減速を始めているのが確認できる。

 

「ザンジバル級のレーダーはグワジン級よりも範囲が狭いので、偶然かレーダーが高性能なものと交換されているかかと思われます。」

 

「レーザー回線で通信入りました。『こちらザンジバル級ドミニカ。マ・クベ少将の命でアサルムと合流したく接近しました。少将から「こちらは予定通り。」との伝言を預かりました。』とのことです。」

 

 レーダー士と通信士の報告を聞き、シャアは表情を変えずに指示を出した。

 

「了解した。合流を待つと伝えてくれ。」

 

「はっ!」

 

 やけにあっさりと合流を決め、疑いもしない。マ・クベと何か取り決めでもしていたのか? おそらくは予定通りってのが合言葉だったのだと思うが。

 それにマ・クベ少将? 前は大佐だったと記憶しているが、いったいなにがどうなってんだろう。わからん。

 その後、シャアから明日味方の艦と合流することと、警戒は不要と艦内に伝えられた。

 

 その日の夜、俺はシャアの指示で乗員の名簿をまとめていた。

 理由は聞かなかったが、おそらくはザンジバル級と関係があるのだろう。グワジン級よりも足が速いので、名簿を預ければアクシズから地球圏へ通信を送り安否確認が出来る。

 足が速い……それなら、マレーネをドミニカに乗せれば治療が間に合うのでは?

 

 まとめた名簿を持ち艦長室に向うと、シャアは部屋の片づけをしていた。

 

「終ったか? なら自分の部屋を片付けておけ。私たちはドミニカに乗り換えアクシズへ向う。」

 

 ……どうなってんの? まあ、マ・クベと何らかの話し合いをしていたのだろうが。

 

「ミネバ様やゼナ様、マレーネ様もご一緒にですか?」

 

「そうだ、先ほど説明してきた。マ・クベ大佐……いや、少将とは話していたが、上手く合流出来るかは運次第だった。これならマレーネ様も間に合うかもしれん。」

 

 用意周到だ。予定進路や速度などのデータは渡していたらしいが、この広い大宇宙で出会えるのは運がいい。

 すでにマレーネを移すのが可能かどうかを、アンガス先生に確認してきたらしい。

 それと、なれない長期間の移動で精神的にまいっている乗員も移す予定とのこと。

 その日の夜は、部屋の片付けをしていて殆ど眠れなかった。

 

 

 翌日、シャアの指示で連結した通路に繋がる隔壁前で待機していた。

 通路内に空気が入り人が通れるようになると、ランプが点灯して隔壁が開く。

 ドミニカ側からアサルムへ乗り込んできたのは少佐と中尉の軍服の軍人。先頭に立つ少佐が艦長なのだろう。少佐は40歳くらいで短い赤茶色の髪に柔和な顔立ちをした小太りの男だ。

 敬礼をしてから艦長室へ案内する。

 艦長室ではシャアが椅子に座っていて、俺は斜め後ろに立った。少佐が向いに、中尉がその斜め後ろに立った。

 

「お会いできて光栄ですシャア大佐。私はドミニカ艦長のマック少佐です。こちらがマ・クベ少将から預かった手紙です。」

 

 マックが胸ポケットから封筒を取り出してシャアに渡した。

 手紙を読み終えたシャアは、手紙を封筒に戻して自分のポケットに入れた。

 

「マック少佐、今回の件はどこまで聞いている?」

 

「はっ、予定進路を通りアサルムの予測地点付近で減速、レーダーの反応があれば合流せよとの命を受けました。合流後はシャア大佐の指示に従えと言われております。状況によってはミネバ様を始め、乗員の乗り換えもありえるとも聞いております。」

 

「そうか。ドミニカのアクシズ到着予定はいつになる?」

 

「はっ、今から再加速すれば12月中には到着する予定です。」

 

「ミネバ様、ゼナ様と侍女全員、それと精神的に半年持たない者をドミニカへ。艦長と副艦長も交代する。いいかね?」

 

「了解しました。」

 

 ……話の展開が速い。

 ミネバやゼナたちと一部の乗員、それとシャアと俺が乗り換えってことか。

 それにしてもアサルムよりも3ヶ月も早いとは。

 

 ドミニカが地球圏を出発したのは3月。その時にはすでに連邦とジオンの間にグラナダ条約が締結されていたそうだ。

 その内容は、ジオンは共和国として存続、軍備の制限、戦争責任の放棄。

 これによりジオン共和国は以前のように連邦に組み込まれ、軍備は連邦に見張られる。しかし、賠償金は殆ど請求されない。本国に被害が無かったジオンの経済を混乱させるのは得策ではないと考えたらしい。

 コロニー落しやソーラレイなどの大量破壊兵器の責任は問われそうだが、ミネバやゼナは政治的に影響力が無いので不問にして欲しいと交渉中とのこと。アクシズの扱いもまだ交渉中だが見逃される公算が高い。

 思ったよりも軽いのは、レビルを失った連邦に対し、マ・クベやシャアが生存していて本国やグラナダに戦力の残っているジオンを刺激したくないからだろう。

 それに交渉の裏でマ・クベが動いているのだろう。

 

 

 シャアに言われマックに艦内の案内と説明をする。案内の後、ブリーフィングルームで各班の班長との顔合わせの予定だ。

 

「私はグワジン級に初めて乗るが、やはり装備がいいな。ザンジバル級も悪くないがこちらのほうが快適そうだ。これで足が速ければ申し分ないんだが。」

 

「私は長距離航行は初めてなのでわからないのですが、ザンジバル級ではどれくらいなのですか?」

 

「そうだな……今回使っている長距離用のブースターを使えば、最短で半年くらいだな。今回は途中で減速したから9ヶ月ってところだ。」

 

 アサルムは1月に出発して次の年の3月に到着予定だから14ヶ月。半分以下で到着するのか。まあ、半年でも充分長いが。

 マック少佐は戦前、戦中とアクシズへの定期便の艦長をしていたベテランで、今回もその経験を買われて抜擢されたらしい。

 今回のように途中で艦長が乗り換えるのは初めてとのことだが、それも踏まえての人選らしいので何とかできるのだろう。

 

 ブリーフィングも多少の不満は出ながらも無事終わり、乗員の移動が始まった。

 最初の予定のほかに、整備班から今まで解析した技術などをアクシズへ持っていくために、数人乗り込むことになった。

 人選はわからないがティナはどうなんだろうか?

 パイロットたちは全員残ることになったので、マークたちに挨拶に向った。

 

「アクシズでお会いしましょう。」

 

「おう、次に会った時に腕が落ちてないようにな!」

 

「また会おう。先に行って可愛い女の子に唾をつけながら待っていてくれ。」

 

「それはありません。」

 

 いつも通りの二人と握手をして、暫しの別れを告げる。

 

 3人と別れ、自分の荷物の移動を始める。

 ザンジバル級の個室はグワジン級よりも狭いが、寝るのには問題ない。私物は軍服と洗顔用具くらいなので数分で片付け、人や物の移動の手伝いに戻る。

 ミネバたちの使う一角は、現在掃除中なので最後に移動する予定だ。

 医務室もマレーネを連れてこられるように機材の準備が始まっている。

 

 時間が空いたので、許可を貰い艦内を見て回る。

 大きさがグワジン級と大差ないので回るのに時間がかかる。思ったよりも構造が違うので覚えるのに苦戦しそうだ。

 ザンジバル級に乗るのは二度目だが、前は自由に動くことが出来なかったので少し楽しみだ。

 

 格納庫に入ると見慣れないモビルスーツが3機並んでいた。

 ザクっぽいの、リック・ドムっぽいの、ゲルググっぽいの。

 なんだこれ? 少なくとも俺の記憶には無い。

 すぐ近くで整備していた整備士を捕まえて聞いてみることにした。

 

「これらはペズンで開発していたモビルスーツです。マ・クベ少将の指示で、連邦に接収される前に回収できたので、見つからないようにアクシズへ輸送中でした。」

 

 ペズン計画? どこかで聴いた記憶があるがなんだったかな、ゲーム?

 ザクっぽい機体はアクト・ザク。マグネットコーティングを施され、ビームライフルの装備も可能。

 リック・ドムっぽい機体がペズン・ドワッジ。リック・ドムの発展型で重装甲、重火器。

 ゲルググっぽいのはガルバルディ。ギャンにゲルググ分を足した機体で、ビームライフルが装備できる。

 どれも性能は高いが、量産される前に終戦を迎えてしまった機体ばかりだ。

 

 格納庫にモビルスーツはその3機だけで、他のスペースには大量のコンテナが並んでいた。加速と減速以外は無重力なので、床から天井にまで固定されている。

 近寄って貼ってある伝票を見ると、食料や水、生活必需品が多い。アクシズは小惑星で太陽からも遠いので、食料の自給は難しい。

 アクシズは木星圏への中継基地兼、資源調達衛星兼、要塞。生活必需品を作ることも難しいのだろう。

 

 ミネバたちの移動も問題なく終わり、物資の移動などが終れば分離する。

 最後にファイルを見ながら名簿や荷物の確認をしてチェックを入れていく。名簿にはアンガス先生とティナの名前もある。先生はマレーネの容態に詳しいのでドミニカの艦医と交代するらしい。

 ティナは整備班の一人として乗り込む。

 

 

 

 

 ドミニカに乗り換えて数日、艦内も落ち着いてきたころにシャアに呼ばれて艦長室に入った。

 向かいの椅子に座った俺に、マ・クベからの手紙を差し出した。

 

 それにはマ・クベがキシリア派を中心としてジオン軍を纏め、その功績で少将に任じられて共和国軍のトップに立ったと書かれていた。

 ジオン軍の生き残りで兵をまとめられそうなのはシャア、マ・クベ、デラーズ。マ・クベがシャアと手を組み共和国に協調すれば、共和国側も頼りにするのは当然だろう。

 もちろん裏側でも手を回したと思うが。

 

 マ・クベは共和国軍に参加しない旧ジオン軍人はテロリストとして逮捕すると情報を流し、ミネバたちがの罪が不問になり次第生存を公表し、参加を促す予定だ。

 おそらくデラーズは参加しないだろうが、そうなれば共和国軍が鎮圧しマ・クベの発言力が高まるだろう。そういった事情なら、軍備の制限もうやむやに出来そうだ。

 

 次に書かれていたのはアクシズの現状。

 ドミニカ出航時にはアクシズの内部は、戦争継続での独立を望む急進派と共和国に恭順し武力以外での独立を目指す穏健派に分かれている。

 提督のマハラジャ・カーン少将が穏健派のトップ、兵力総括顧問のエンツォ・ベルニーニ大佐が急進派のトップ。

 アクシズには一年戦争未参加の兵も多く、モビルスーツの力を過信している軍人が多い。なので急進派が多く、マハラジャは刺激しないように話し合いで収めたいらしいが聞く耳を持たないようだ。

 なので共和国はマハラジャと共に急進派を抑えるために、シャアを副提督に任じたと書かれている。

 

 ここまで読んで俺が顔を上げると、シャアはいつの間に取り出したのかもう一枚の手紙を俺に差し出す。

 それはシャアを准将に昇進、アクシズ副提督に任ずると書かれた任命書だった。

 ……これでマ・クベがシャアを傘下に収めた形になるだろう。この二人のコンビはどうなんだ? 前に話していたときはそんなに悪く無さそうだったが。

 知のマ・クベ、武のシャア。噛み合えば上手く行きそうな気がする。

 問題はキシリアを殺したのがシャアだと知られた場合だ。そうなればマ・クベはシャアを抹殺しようとするはずだ。

 

 任命書をシャアに返し、手紙の続きに戻る。今度はアクシズに逃亡中の戦犯の引渡しについて。

 戦場での罪は裁かれないことになってはいるが、大量破壊兵器の使用は流石に見逃されない。

 一人目の海兵上陸部隊指令アサクラ大佐はソーラ・レイやコロニーへの毒ガス注入にかかわり、その罪を部下に擦り付けてアクシズへ向っているらしい。

 彼を含め、アクシズへ向っている戦争犯罪者の名前が数人載っていて、逮捕し本国へ送るようにと書かれていた。

 ……アニメではマ・クベが水爆を発射し、ガンダムに阻止されていた記憶があるのだが。あれはただの爆弾だったと言い張ったのだろうか?

 

 最後まで読み終わりシャアに手紙を返す。

 

「この短期間でここまでとは。やはりマ・クベ少将が裏側でも動いたのでしょうか?」

 

「だろうな。おそらくサイド3やグラナダの非戦派や、ザビ家と連座するのを嫌った者たちを味方につけたのだろう。」

 

「なるほど。それと、アクシズは一筋縄では行かないようですね。エンツォ大佐は本国からの命令で解任出来ないほどの影響力がありそうですし。」

 

「兵たちもあの戦争の結果に納得が出来ていないのだろう。自分がいればと思っているのかもしれんな。」

 

 シャアはそう言って軽く頭を振った。今後を考えると頭が痛いのかも知れない。

 アクシズの内部で力を持った急進派を抑えなければならないのだ。失敗すれば急進派が蜂起し、アクシズどころかジオン共和国まで連邦に潰される可能性がある。

 そうなればスペースノイドの自治権など夢のまた夢だ。

 そう言えばシャアはどうしようと考えているのだろう? コロニーの自治権を得たいのか、地球から人を追い出したいのか。

 

「シャア准将は今後どうなさるおつもりですか。アクシズでミネバ様をお守りするのですか? それともスペースノイドの自治権を得るために動くのですか?」

 

「難しい質問だな……君はジオニズムというものを知っているか? 人は宇宙に出て革新するという思想だ。私はそれがニュータイプのことだと考えていて、人類がニュータイプに目覚めるのを見たいと考えている。」

 

 見たい……だけなのか。逆シャアの時には地球を汚染して強制的に宇宙に出そうとしていたが、今は見守りたいと考えている。

 シャアは周りから期待をかけられすぎると逃げる傾向にあるので、やりたいことをしてもらい、サポートしつつ上手く誘導できればいいが。

 とりあえずはアクシズの急進派を何とかしてからだな。

 ……ニュータイプを見たい。だから俺を気にかけてくれるのだろうか? こうやって色々話してくれるのはそれが理由と考えれば納得できる。

 

「シャア准将が私に良くしてくれるのは、私がニュータイプだからですか?」

 

「それもある。だが、初めて会ったときに何かを感じた。直感と言ってもいいだろう。」

 

 そう言えば初めて会ったときに俺の顔を見つめて固まっていた。だからだったのか。

 話してはくれなかったが、俺がララァに会ったと話したことも大きいのだろう。そう考えないとここまで話してくれるのが納得できない。

 話が終って部屋を出るときに、到着までは大佐と呼べと言われた。まだ馴れないからではなく、正式に任命されるのは到着後に提督から任命されてからだとのことだ。

 

 

 

 

 ドミニカに乗り換えて約1ヶ月。

 

 艦内は特に問題も無く順調にアクシズへ近付いている。

 予定では後二ヶ月くらいの予定だ。

 唯一の心配事はマレーネの容態。もうそろそろ寝たきりになるだろうとアンガス先生は言っていた。

 ゼナもマレーネが心配らしく、良く見舞いに行っているらしい。マレーネがミネバを可愛がっていた姿も思い出すと、ドズルが上手くやっていたのだろうと思う。

 

 

 やっと自由時間も取れるようになったので、格納庫へ向う。

 搭載されている3機のモビルスーツの説明書を読むと、アクト・ザクに面白い記述を見つけた。

 『機動性と反応速度が人間には耐えらず、使いこなせないのでリミッターで抑えてある。』

 ……俺ならどうだ? 普通の人間じゃない俺なら使えるかもしれない。

 

 シャアに許可を貰い、アクト・ザクの整備士にパイロット側で簡単にリミッターを外せるように設定してもらった。

 アクシズ到着の1ヶ月前から減速に入るので、ある程度減速すれば外で試せるだろう。

 

 

 久々にティナと食事を共にする。

 俺はザンジバル級の機体の勉強やシャアとの勉強会、ティナはドミニカに乗っていた整備士たちとの勉強会で忙しかったからだ。

 

「どうですかティナさん、もう馴れました?」

 

「はい、皆さん優しくしてくれています。乗っている整備士の皆さんも、私の知らない技術を知っているので刺激になります。」

 

 興奮から少し高揚して握った手を振るティナ。……皆が優しいのは下心では? と思ったが口にはしなかった。

 なぜなら、ティナの後ろに座っている兵士たちの視線が怖いからだ。アイドルか!

 思い出すと、ドミニカには女性が少ない。偶然かとは思うが。

 

「どうしたんですかゼクス少尉? 汗をかいてますけど。今拭きますね。」

 

「いや、大丈夫です! ハンカチを持ってますから。」

 

 ティナが身を乗り出すと、周囲から殺気を感じた。そのまま汗を拭いてもらっていたら、後で袋にされそうな気がする。

 早くアクシズに到着してくれ。

 

 

 

 アクシズまで後一ヶ月を切り、ドミニカは減速に入った。

 

 マレーネの容態はゆっくりとではあるが悪化している。アンガス先生の話では、このままならアクシズまでは持つだろうとのことだ。

 問題はアクシズの医療技術だが、アクシズは基地として作られているのである程度以上の医療レベルのはずだ。

 通信はもっと近くまで行かないと入らないので、治療の準備を頼めないのが痛い。

 

 

 アクシズが近くなるにつれ、シャアは無口になっていった。

 ブリッジの艦長席でも、艦長室でも手を顎に当てたまま何かを考えている。

 

「シャア大佐、何かありましたか?」

 

「いや、なんでもない。」

 

 何度か聞いたがそっけない返事。

 おそらく今後どうするかを考えているのだろう。

 ミネバやザビ家との関係、ニュータイプという存在との関係、ジオン共和国との関係、アクシズでの動き。

 考えることは山盛りだろう。

 

 俺もいくつか考えることがあるが、まずはグレミー関係と自分の発言力を強めるために出世することだ。

 乗員たちにシャア大佐は何か有ったのかと聞かれては、なんでもないと答えるのを繰り返しながらシャアが話してくれるのを待つ。

 

 

 アクシズまで近くなると速度も落ちてモビルスーツで外に出る許可が下りた。

 整備士たちが見守る中、アクト・ザクに乗り込み整備士の説明を受ける。

 

「ここの裏側のスイッチを切り替えるとリミッターが切れます。危険なので注意してください。」

 

「了解。ハッチ閉めますので離れててください。」

 

 ハッチを閉め、モニターには外の景色が映る。まだ全天周囲モニターではないので、視界は狭い。注意してハッチへ向う。

 久しぶりにモビルスーツで宇宙空間に出ると、不思議な安心感を感じる。前は気にする余裕が無かったが、こうして自分の意思で宇宙に出るのは気持ち良い。

 いつの間にか、精神的にもスペースノイドになったのだろうか?

 

 マグネットコーティングの効果か、今までに動かした機体のどれよりもレスポンスがいい。バーニアの推力も高く、思った通りに動かせる。

 暫くそのまま動かしていると、徐々に物足りなく感じてきた。……やってみるか。

 

 スイッチを切り替えて、少し動かしてみる。

 レスポンスが良すぎて使いにくい! だが、動かしているとだんだん馴染んでくるのがわかる。

 特に全開で加速すると全身がシートに沈みこむ感覚がいい。いかにも加速している感じ。

 そのまま旋回をさせようとした瞬間、身体に激痛が走り、レバーを戻す。……今のは?

 

 胸や腹の中を針で深く刺したような激痛を感じた。

 いくらGに強い身体でも限度があるということだろうか?

 少し控えめに操縦を続け戻ってからチェックしてみたら、高いGがかかっていた。これが原因だろうか?

 このデータが知られると俺が普通じゃないとばれるので、整備士には口止めをしてデータは回収した。

 ある程度なら個人差でGに強い体質だと言い張れるが、それにも限界がある。

 

 降りた後の点検では機体が予想以上に疲労していて、どんな機動をしたのか質問された。リミッターを解除したと答えたが、それくらいでここまで疲労するかな? と頭を捻っていた。

 実戦で機体に過度の負担をかけて故障でもしたら危険なので気を付けなければならないだろう。まあ、実戦が無ければその心配も無いが。

 

 痛みの原因が気になったので、アンガス先生に診てもらうためにデータを渡して診察を受けた。

 診察を終えた先生は呆れ顔で俺の前に座った。

 

「高Gで心臓と心臓補助器官に負担がかかり過ぎたのだろう。死にたくなければ痛みを感じない程度で止めるように。」

 

 ……やりすぎた。いくら強化された身体でも無茶は出来ないか。

 まあ、そこまで身体を酷使することもないだろう。相手がアムロだったりすれば別だが、その時にはその前にやられる気がする。

 

 

 

 ついにアクシズと通信が繋がった。

 ミネバの存在はすでに連絡が入っていたらしく、歓迎の準備を進めているらしい。到着予定についてなどを伝えていると、通信士が交代した。

 新たに映像に映ったのは茶色い髪をオールバックにし、口と顎に髭を蓄えた50代の細身の男性。ジオンの軍服も将官のものなので、この人がマハラジャ・カーンなのだろう。

 シャアも気付いたのか通信を自分に回させた。

 

「マハラジャ提督ですね? 私はシャア・アズナブルです。ミネバ様とゼナ様をお連れしました。」

 

「うむ、マ・クベ中将から聞いている。詳しくは到着後にするとして、お二人の様子はどうかね?」

 

「ドズル将軍の件もあるのでゼナ様はお気を落とされておりますが、ミネバ様は元気に育っています。ですがマレーネ様が。」

 

「なにっ! マレーネがどうかしたのかね?」

 

 それまで冷静だったマハラジャ提督が、シートから身を乗り出した。

 シャアが説明をするとショックを受けたらしく、険しい表情で黙って話を聞いていた。

 アクシズの医者を呼びアンガス先生と治療について話し合うことにして通信を切った。

 

 どんな人かと思っていたが、家族を大事にする善良な人物なのかもしれない。

 派閥も穏健派なので温厚な人なのだろう。温厚すぎるのか急進派にアクシズを乗っ取られそうなのはどうかと思うが。

 まあシャアが穏健派に加われば勢力図は変わるだろう。

 

 

 ブリッジのモニターにアクシズが見え、約一年の長旅が終わりを告げる。

 



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第二章 アクシズ
第六話 アクシズの現状と今後


U.C.0080,12,28 ザンジバル級ドミニカ アクシズへ到着

 

 ドミニカがドックに着艦するとすぐに病人の搬送が始まる。

 今頃アンガス先生を始めとした医療班がアクシズの医師たちと共に、用意されている救急用タンカに患者を乗せて艦から降ろしているはずだ。

 ドックは無重力なので、救急車ではなく専用のタンカで病院の近くに繋がっているエレベーターで運ばれるらしい。何でもモウサと呼ばれる場所らしいが、どんな場所なんだろうか?

 

 到着前に到着後はマハラジャ提督がゼナに挨拶に来ると通信が入ったが、それを聞いたゼナがまずはマレーネに会うようにと提督を説得した。

 最初は断ったが搬送前に少しだけ会うことになったので、マレーネ以外の病人が全員搬送され次第病室に向う予定だ。

 それまでは艦長室で待機することになっているので、出迎えるためにシャアと艦外に向っていた。

 

「マハラジャ提督とはお会いになったことはあるのですか?」

 

「いや、初めてだ。提督は元々文官で、私が士官学校在学中にアクシズに向ったのでな。以前はデギン公と共にジオン・ダイクンの補佐をしていたが、ジオン・ダイクンの死後はギレン総帥に睨まれていたそうだ。それでドズル将軍がキシリア様と共にアクシズへ赴任させたと聞いている。」

 

 なるほど。ギレンに睨まれたからサイド3の外に出されたのか。ドズルはマレーネのことがあったから守るために手を打ったのだろう。

 しかし、ジオン・ダイクンの補佐をしていたのなら子供時代のシャアと会っているのでは? 提督がザビ派ならまずいと思うのだが。

 いや、それよりダイクン派ならもっとまずいだろう。ダイクン派の旗として祭り上げられるかもしれないが、シャアはそういうのは嫌いなはずだ。

 俺の記憶では、提督の死後にハマーンが後を次いでシャアが出て行く。切れたシャアが暗殺とか? それは無いと思いたいが……全くないとも言い切れない。その場合は何かしらの手を打つことも考えておこう。

 

 艦の外に出ると、ドックの奥の通路から通信で何度か見た提督と、女性の中佐が歩いてきた。少し遅れて女性兵士たちの姿も見える。

 30代前半に見えるその中佐は、背が高く茶色の長い髪を首の後ろで結んでいる。目つきが鋭く、歩き方もいかにも軍人といった雰囲気だ。見覚えが無い人だが、護衛だろうか?

 

「マハラジャ提督、こうして会うのは初めてになりますね。シャア・アズナブルです。こちらは副官のゼクス少尉。」

 

 シャアと握手をした提督が俺に目を向けると、少し驚いた顔を見せた。俺は敬礼をしていたがどこかおかしかったのだろうか?

 

「提督、そちらの方は?」

 

「あ、ああ。こちらはイリーナ・レスコ中佐、ミネバ様とゼナ様の警護部隊の隊長だ。今日からお二人の警護に付いてもらうので、顔合わせに来てもらった。」

 

「イリーナ・レスコです。お会いできて光栄ですシャア大佐。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。」

 

 イリーナ中佐はシャアと握手をしてから、俺に軽く敬礼をした。視線や表情を見ると、どうやら俺を見た目で判断せず軍人として扱うように見える。

 

「提督、マレーネ様のお見舞いの準備が出来るまで、艦長室でお待ちいただけますか?」

 

「かまわんよ。だが、先にイリーナ中佐たちをお二人の元へ案内してくれないかね。警護と移動について説明してもらいたい。」

 

「わかりました。ゼクス少尉、イリーナ中佐たちをお二人の部屋へ案内してくれ。」

 

「了解しました。戻る途中に医務室の様子を聞いて来ます。」

 

 船長室へ向う二人と別れ、兵を連れたイリーナ中佐と重力ブロックへ向う。

 二人きりになれば子供が副官をしていることを聞いてくるかと予想していたが、無言で後ろをついてくる。何か話しかければいいのだろうか?

 

「イリーナ中佐はアクシズに来て長いのですか?」

 

「いえ、私が到着したのは7月です。私はハマーン様とセラーナ様の護衛としてここに来ました。」

 

「そうだったのですか。それでは到着してから護衛隊に?」

 

「そうです、到着してから提督に任じられました。私がハマーン様たちの警護をしてきて部下が女性ばかりだったので、丁度良かったのでしょう。」

 

 ハマーン達は去年の3月に出発したと聞いたので、ずいぶんと長くかかったようだ。マレーネが出発前に会った時には元気が無かったと言っていたが、どうだったんだろうか?

 聞いてみようかと思ったが、その前に到着してしまった。

 

 いつものように侍女に声をかけると中へと通されるが、兵士たちは部屋の外で待機することになった。

 

「ゼナ様、アクシズでお二人をお守りする警護部隊の隊長、イリーナ中佐をお連れいたしました。」

 

「お久しぶりですゼナ様。まさかアクシズでお会いできるとは思いませんでした。」

 

「そうですねイリーナ中佐。私たちの結婚式以来でしょうか。」

 

 初対面じゃないのか! ドズルとゼナの結婚式に出席ってことは、中佐は名家の出身とかなのだろうか? 一年戦争にあまり参戦せずに中佐にまで出世するのは、ただの軍人には難しいだろう。それに、ミネバの警護をさせるのなら信用できる軍人を使うはずだ。ザビ家に近い家の出自なのも考えられる。

 あまり聞いているのも失礼なので、二人の話が一段落付いたところで退室した。

 

 次に向ったのは医務室。病人の搬送はどこまで進んだのだろうか?

 医務室に入ると見覚えの無い看護師たちがドミニカの看護師たちと共に、アンガス先生の指示でカルテの入った箱を運んでいた。見覚えの無い看護師はアクシズの人たちだろう。

 奥の病室の様子は見えないが、箱の搬出が始まっているので病人の搬送は終っているのだろう。マレーネ以外は。

 俺に気付いた先生が手招きで呼んだので、近くに行くと耳元に顔を寄せてきた。

 

「今、ハマーン様とセラーナ様がお見舞いに来ている。提督には内緒にして欲しいと頼まれているから、黙っていてくれよ。」

 

 小声でそう言われ、肩をポンと叩かれた。

 もしかして、お見舞いは病院に着いてからとか言われてたのか? まあ、姉に早く会いたいと思うのは当たり前なので別にいいだろう。

 それより、『あの』ハマーンがここにいるのか。前にマレーネから聞いた話だと、元気を無くしていたらしいが、今はもう元気になっているのか? 流石にこの年で人を俗物呼ばわりはしないだろうが、片鱗は見えているのだろうか? 気になるような怖いような。

 

 そう考えていると、突然病室から何かが伝わる。重圧? 爆発か!

 あわてて病室への扉を開けると、小柄な人影が目の前に飛び出してきた。危ないので軽く抱き、一回転しながら速度を落とす。

 体つきから予想すると少女か? 長い赤っぽいピンク色の髪をツインテールにしていて、回転にあわせて宙を舞う。

 

「手を離します、立てますか? 走ると危ないですよ。」

 

 俺が手を離すと、少女は一瞬ふらついたものの自分で立った。そして俺の顔を見て、驚いたような何かを恐れるような表情になった。

 その少女は10代前半くらいで、白いブラウスに紫色のジャケット、黒いミニスカートと紫色のニーソックス。この美少女はもしかしてハマーン……いや、ちがうか。あのハマーンとは印象が違いすぎる。

 

「あ、あなたは……シャア大佐? いえ、違う。」

 

「私はゼクス。シャア大佐の副官です。あな「お姉ちゃん! どうしたの、急に?」」

 

 次に病室から出てきたのは目の前の少女よりも年下の少女で、心配げな表情をしている。

 もう一人の少女と同じような色の髪を背中までストレートに伸ばし、前髪は眉の辺りで切りそろえている。青いワンピースを着ていて、大人しそうな雰囲気を感じさせる。

 

「なんでもないわ。」

 

 そう言ってツインテールの少女は再び走りだし、医務室から出て行った。

 

「ハマーン様、走ると危な……行ってしまったか。」

 

 先生が走り去る少女に声をかけたが、彼女には届かなかったようだ。

 彼女がハマーンなのか。俺の知るハマーンとは違うが、Zより6年以上前の姿だから違って当たり前……どころか、片鱗も見えねえ。別人か?

 会話をする間もなく行ってしまったが、性格はどうなのだろう。

 

「あの、兵士さん?」

 

 気が付いたらもう一人の少女が俺の顔を覗き込んでいた。さっきハマーンをお姉ちゃんと呼んでいたので、おそらくセラーナだろう。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「私はセラーナ・カーンと言います。もしかしてゼクス少尉ですか? 」

 

「そうです。もしかしてマレーネ様にお聞きになったのですか?」

 

「はい。金色の髪に青い瞳、お姉ちゃんと同じくらいの年だって聞いたので、そうじゃないかなって。」

 

 そう言いながら、セラーナは軽く首をかしげる。

 もちろん計算はしていないのだろうが、可愛らしい顔立ちでそれをされると見とれてしまいそうだ。いや、ロリコンではないので純粋に可愛いものを愛でる気持ちだ。

 

「私はお姉ちゃんを追うので、また今度話を聞かせてください。アンガス先生、お姉さまをお願いします。」

 

「はい、喜んで。」

 

「わかりました。全力を尽くします。」

 

 セラーナは俺と先生に頭を下げて医務室から出て行った。

 落ち着いた話し方をして、礼儀正しい。いかにもお嬢様といった感じだ。ハマーンとは話せなかったが、セラーナと話を出来たのは収穫だ。提督の家族とは仲良くしたいものだ。

 そう言えば、なにか忘れているような……マレーネ! さっき感じた衝撃で何か問題は無かったのか?

 あわてて病室に入りマレーネのベッドへ向うと、彼女は落ち込んだ表情で俺を見つめた。笑顔以外の表情を殆ど見せなかった彼女が、こんな表情をしているのは始めて見た。さっきハマーンが飛び出したのに関係が有るのだろうか?

 

「マレーネ様、大丈夫でしたか?」

 

「ええ、大丈夫よ。ただ……ハマーンには嫌われてしまったかも。ねえゼクス少尉、あの子の相談相手になってくれないかしら? 色々あって悩んでいるみたいだから、誰かに話せれば楽になると思うの。」

 

 マレーネはベッドから痩せて骨ばった手を出して、俺の手を強く握った。彼女は真剣な目で俺を見つめていて、ハマーンのことを強く思っていることが伝わってくる。

 ここ一年でマレーネとは仲良くなり、元々ハマーンとは話をしたいと思っていたので断る理由は無い。

 それに、目標とする平和な世界を作るためにも彼女との接触は避けられない。今後アクシズがネオジオンとして戦争を起こさない方向へ持って行ければ良いが。

 

「どこまで出来るかはわかりませんが、私でよければ話してみようと思います。」

 

「ありがとう。」

 

「マレーネ様、そろそろ提督を呼んでもよろしいでしょうか?」

 

 急に後ろから先生に声をかけられて驚いたが、先生が様子を見に来るのは当然か。

 俺は医務室から出て、艦長室へ向った。

 

 歩きながらさっき感じた重圧を思い出す。

 あの重圧を皆が感じたのなら、先生がすぐに病室に向うはずだ。だが先生が動いたのは、俺がドアを開けてから暫く時間が経っていたと思う。なら、感じたのは俺だけか?

 重圧の感触を思い出してみると、気圧の上下とは違う感覚だった気がする。全身に感じる重みではなく、頭の中……いや、精神に感じたのか。アムロから感じた殺気とは違ったが、物理的ではない力。

 

 あれがニュータイプの力……なのか? 飛び出してきたハマーンの様子から考えると、感情の大きな変化があったのだろうか? それで力が近くにいた俺に伝わったということなのか。

 不思議な感覚だった。ア・バオア・クーでは死の恐怖だけを感じたが、さっきはただ力だけを感じた。俺に向けた力ではなかったからかもしれない。これは興味深い。

 

 

 艦長室に入ると、シャアと提督は顔を見合わせて話し合っていた。二人とも深刻な表情をしていることから、あまり良い話ではなかったのだろう。

 

「マレーネ様のお見舞いの準備が出来たそうです。」

 

「そうか。提督、それでは医務室にご案内いたします。」

 

「うむ、頼む。」

 

 

 医務室では提督のみが病室へ入り、俺達は医務室で待機していた。

 シャアたちが何の話をしていたのか気になるが、それを聞くのは調子に乗りすぎだと思われるだろうか? それに今は先生も室内にいるので聞いても話してくれないだろう。提督が出てくるまで黙って待つことにするか。

 

 10分以上経ってから提督が出てきたが、入る前よりも憔悴したように見える。

 

「アンガス先生、娘を頼みます。」

 

 先生にかける声も力なく聞こえ、歩く姿も元気が無い。一体病室で何があったのだろう? シャアも気が付いたようだが、そのことは口に出さなかった。

 今度はゼナとミネバの部屋に向うために廊下に出た。

 提督は医務室を出たときには肩を落としていたが、ゼナたちの部屋が見えてくるころには元に戻ったように見える。

 ゼナとミネバの部屋に入ると、ベッドに寝かされたミネバと椅子に座ったゼナの前で深々と頭を下げた。

 

「マハラジャ提督、おやめください。私達がお世話になろうというのですから。」

 

「いえ、そう言うわけには参りません。アクシズでは不自由もあるかと思いますが、何でもおっしゃってください。」

 

 提督は意外にも落ち着いている。自分の娘を側室にした男の正妻に対し、思うところがあるのではないかと考えていたが、考えすぎだったようだ。

 もしかしたらドズルに庇ってもらったから、マレーネのことはなんとも思っていないとか? いや、それにしてはマレーネが病気だと知ったときの反応が大きすぎた。もしかしたらさっきマレーネに何か言われたのかもしれない。

 

 提督はゼナに現状と今後について説明を始めた。

 すでに公国は無くなり、ジオン共和国によって公王家は廃止された。それによってミネバとゼナは罪に問われず、財産も全てではないが2人に返される。

 ミネバを利用しようとする者が現れないように、シャアを准将に昇進させ、副提督に任命してアクシズの治安を守らせる。

 モウサ内に屋敷が用意してあるので、そこで生活する。

 

 ゼナは不安そうに話を聞いていたが、シャアも護衛に就くと聞き安心したようだ。

 不自由な暮らしになるだろうが命には変えられないだろう。平和な世の中になれば利用される恐れも無くなり、護衛なしでも生活が出来る。少しでも早く実現したいものだ。

 

「お二人を利用しようとする者達がいなくなるまでご辛抱ください。」

 

「わかりました。提督、それとシャア大佐、ミネバのことをお願いします。」

 

「はっ。」

 

 シャアも表情を引き締めて返事を返した。

 

 提督の説明には知らないこともあったが、シャアは平然としているのですでに聞いていたのだろう。後で詳しく教えてもらえるだろうか。

 この後二人と提督はイリーナ中佐が警護しながら屋敷に向い、俺とシャアはアクシズの案内と説明を受けるためにアクシズ内の会議室へ向かうことになった。

 

 

 イリーナ中佐の部下の案内で会議室へ向う。会議室はアクシズ内の重力ブロックに在るので、途中からは歩く。

 無重力に慣れると歩くのが少し億劫だ。無重力ならレバーを掴むと勝手に動いてくれるので楽なのに……なんて考えが浮かぶ辺り、俺もこの世界に慣れたものだ。

 

 案内された会議室で待っていると、書類を抱えた男性の軍人が入ってきた。

 少佐の軍服を着ていて濃いめの金髪をオールバックにし、細身ながら引き締まった体つきで30代半ばぐらいに見える。

 上官なので俺が立ち上がり敬礼をすると、少佐は書類を机の上に置き敬礼をした。

 

「私はマハラジャ提督の補佐をしていますハインツ・ヴェーベルンです。これよりアクシズについて説明させていただきますので、よろしくお願いします。」

 

 少佐はそう言い、IDカードと書類を俺たちに手渡した。書類にはアクシズの地図や生活について書かれている。

 アクシズに到着した人は2週間の休養を与えられ、その後に配属される。これは一緒に来た整備班も同じだ。説明には無かったが、シャアが准将と副提督に任じられるのはその時になるのだろう。

 シャアのIDカードは提督のものと同じクラスで、俺は副提督の副官なので佐官クラスのものが用意された。シャアはほぼ全ての軍施設に、俺も大半の軍施設に出入りが出来る。

 給料も共和国軍と同額支給されるので、アクシズ内のストアとモウサに作っているマーケットで買い物が出来る。

 

 地図を見るとアクシズ本体に丸い小惑星が繋がれていて、これがモウサ。

 アクシズには軍事施設や工場と軍人の居住区、モウサには軍人の家族や軍人以外の居住区があり、メディカルセンターやゼナたちの屋敷もある。

 アクシズの内部はいたるところに通路が作られ、休養の2週間にはアクシズの構造を覚える期間とも言えそうだ。覚えきれるかわからないが。

 

 昼食後に道案内と、用意された部屋へ案内してもらうことになった。食堂は士官用と下士官以下とで分けられているので、士官以上の食堂へ向った。

 食堂ではIDカードを提示し、用意されたトレーを受け取るシステムになっていた。受け取って席に戻って見ると、3人とも同じメニューなので少佐もパイロットなのだろう。

 どれもアサルムで食べていた物と同じかそれよりも美味い。アクシズは太陽の光も弱く、食料はあまり良くないと思っていたが予想外だ。シャアも同じことを考えたのか、少佐に質問した。

 

「食糧事情が良くなったのはここ最近です。共和国からの輸送艦が今までの倍近くに増えたので、食料や生活用品に困らなくなりました。表向きは共和国の指示らしいですが、マ・クベ長官の指示だと噂されています。」

 

「マ・クベ長官が……ですか?」

 

「はい。アクシズの状況を聞き、長官になると同時に指示を出したと。それとミネバ様とゼナ様が大佐と共にアクシズへ向っていることと、公王家の廃止が発表されてからは、悪いようにはしないと周囲に伝えていると聞いています。」

 

 なるほど。食料でアクシズの内部を懐柔し、急進派よりも自分たちに付けと言っているのか。現長官であるマ・クベがアクシズを重要視していることを、食料という目に見える形で伝え、心の拠り所であるザビ家のことも悪いようにはしないと伝える。これでアクシズ内の急進派の多くはマ・クベに付くだろう。

 そしてミネバを連れてきたシャアが副提督に就任し、マ・クベと共に提督に協力することを公表すれば急進派は手を出しにくくなるだろう。下手にクーデターを起こすと、共和国を敵に回すことになるのでリスクが高い。

 アクシズだけを制圧しても、本国からの輸送が途絶えれば干上がる。それに一度良い生活を味わうと、昔には戻れないのは人としてしょうがない部分だ。

 全て計算ずくか? 流石にそこまでは……考えているのだろう。

 

 なんかもう急進派は詰んでいるのでは?

 アクシズでのマ・クベの支持率がどれくらいかを調べる必要はあるが、食料を握っているのはデカい。2週間後にシャアが副提督に就任し、マ・クベと共に提督に協力すると公表すれば急進派は勢いを無くすだろう。

 これは勝ったな。思わず笑みが浮かびそうになるのを堪えたが、シャアは難しい表情を見せていた。何か問題があったのだろうか?

 

 

 アクシズの内部は基地として作られたからか複雑で、入り組んでいる。せめて廊下に特徴があれば覚えやすいが、同じ形の廊下なので身体で覚えるしか無さそうだ。

 案内は主要な施設には入らず、食堂やストア、図書室にトレーニングルームなど。格納庫や指令所などは案内されない。

 何故かを聞くと、そういった場所に出入りし始めると休めなくなるからだそうだ。急ぎの仕事が無ければ、2週間は仕事を最低限に抑えて休養を優先する。

 

 自室は士官用のブロックにあり、少尉の俺と大佐のシャアは、広さの違う部屋なので離れた場所だ。俺の部屋は10畳くらいのワンルームで、トイレとシャワーが付いている。シャアの部屋は2LDKで、設備も良い。家族がいれば、モウサに家族用の家も用意されるそうだ。

 俺の部屋にはテレビやベッド、小さな冷蔵庫や湯沸かし器などが備え付けられていた。キッチンは無く、食べ物は休憩所の自販機か、ストアで買ってこなければならない。アクシズでは……いや、地球以外では空気は大事なので、火災予防だろう。

 

 今まで自分の部屋が無い生活だったので嬉しい。ポスターでも貼ろうかな? 買い物もこの世界に来て初めて自由に出来そうなので楽しみだ。休養中に時間があれば、ティナを誘ってモウサに買い物に行くのも良いかもしれない。予定が合えば良いが。

 

 

 一通り案内が終わると、提督の執務室へ向った。

 シャアだけかと思ったが俺も一緒でいいと言われたので、今後の予定でも話すのだろう。

 

 執務室で提督と少佐、シャアと俺の4人がソファーに座り話し合いが始まった。

 話はドミニカの艦長室でシャアに話した内容だとのことだ。俺と少佐が増えたので改めて説明してくれるそうだ。

 

 まずはアクシズの現状。マ・クベからの手紙にあったように急進派と穏健派に分かれているが、最近は勢力が拮抗している。これはマ・クベの働きかけが強いようだ。しかし、軍部には急進派が多く、戦力では急進派が有利。

 共和国からの輸送艦は資源を持ち帰るので、アクシズの資源採取工場はフル稼働状態。一部の兵士たちは退役し、作業員として働いている。実はそのほうが給料が良く、危険も無いので人気らしい。この話はサイド3にも届き、作業員が出稼ぎに来るのも時間の問題だそうだ。

 

 共和国からは今のところ公王家の廃止意外は何も言われてないらしい……表向きは。

 提督から少佐に渡され、次に俺に回ってきた手紙にマ・クベからの指示があった。これは5月にサイド3を出発して、つい先日到着した輸送艦で届いた手紙だ。通信なら1日程度で届くが、傍受される恐れがあるので手紙を使ったようだ。

 手紙には、シャアが到着し副提督に任命された後に、共和国から正式に指示を出すと書かれていた。

 

『軍はシャアが組織する護衛隊を残し、アクシズから撤兵・モビルスーツ生産の中止・旧式モビルスーツの解体・アクシズは資源衛星へ。』

 

 これによりアクシズのモビルスーツや軍艦は、シャアが中心となり組織する護衛隊のみが所持することになる。護衛隊は連邦から許可を得ているので、制限内の機数で組織する。

 許可された共和国の総機数を考えると、ゲルググ以外はほぼ解体されることになりそうだ。

 それと、連邦との条約で新兵器の開発が禁止されているので、アクシズの開発部門は存続させ、連邦の監査が入るときには隠す。これは関係者のみに伝えられる予定だ。

 

 

「なるほど、急進派が動くのなら私の副提督任命直後になりそうですね。」

 

「そうなるだろう。出来れば大人しく撤兵を受け入れて欲しいのだが。」

 

 シャアが確認するように聞くと、提督は眉間に皺を寄せて目を瞑った。提督は文官だったらしいので、争いを好まないのかもしれない。

 この手紙の内容を考えると、タイムリミットは2週間だ。

 それまでに穏健派が多数派になれば、急進派は動けなくなるだろう。それが争いの無いベストパターン。そうすればなんの問題も無くアクシズは平和になる。

 逆に、急進派がある程度以上の戦力を確保した場合は、内乱が発生する可能性が高い。もし穏健派が負ければ、共和国か連邦が攻め込んでくるだろう。共和国だけならまだマシだが、連邦が来ればアクシズごと消されそうだ。運が悪ければ共和国が責任を取らされ、罰金や監視の強化に繋がる可能性がある。

 のんびり休む時間は無さそうだ。

 

 

 今度はシャアがマ・クベからの手紙を提督に渡した。前に見せてもらった物だ。

 提督と少佐が読むと、二人の表情が曇った。戦犯の名簿に心当たりでもあるのだろうか? 言いにくそうな提督に代わり、少佐が口を開いた。

 

「シャア大佐、一覧に乗っている軍人の大半が、すでにアクシズに到着しています。ですが全員エンツォ大佐の指揮下にありますので、今逮捕するのは危険かもしれません。」

 

 厄介なことだ。急進派との派閥争いと同時に、戦犯が逃げないように見張りもしなければならない。人手は足りるのだろうか? 俺は見た目が目立つから見張りには不向きなので、提督か少佐の部下で使える人がいればいいが。

 その辺りの人選は少佐に心当たりがあるそうなので、明日にでも声をかけてみるそうだ。

 

 シャアは休養期間中に穏健派や中間派の面子と会い、穏健派の強化に動くことになった。場合によっては急進派とも会い、切り崩しを狙う。

 俺は必要なときは手伝い、それ以外は自由に動いていいと言われた。シャアは俺にそれとなく期待をしているようだが、提督と少佐は心配げだ。変な動きをして気付かれたり、篭絡されたりするのでは? と思っているのだろう。

 シャアは何も言わないので、何か考えがあるのかもしれない。俺が自由に動けるようにという親(?)心だろうか? いや、そんなに甘い人ではないので成果を出せるように働こう。そのために自由にしたのだろうから。

 

 

 今日の話はこれで終え、明日から行動を開始することになった。

 解散の前に提督は、シャアに見せたいものがあると言い格納庫へ連れ出した。途中で少佐が仕事があると言い分かれたので、3人で格納庫へ入る。

 

 特殊な格納庫なのか、広い空間に改造中のリックドムが1機有るのみだ。いや違う、隣にどこかで見覚えのあるようなモビルアーマーが置いてある……ノイエ・ジール?

 提督に続き近くに行ってよく見ると、ノイエ・ジールよりもデザインが古く見える。もしかしたらノイエ・ジールのベースか先代なのか?

 乗ったら楽しそうだなと考えていたら、通路の奥から歩いてくる人影が見えた。

 提督より少し明るいブラウンの髪を73分けにした、堀の深い顔立ちの40代の大佐だ。

 

「シャア大佐、アクシズ兵力総括顧問のエンツォ・ベルニーニ大佐だ。私は軍事には疎いので補佐してもらっている。」

 

「エンツォ・ベルニーニです。シャア大佐のご活躍は聞いていましたので、お会いできて光栄です。」

 

「シャア・アズナブルです、よろしく頼みます。こちらは私の副官のゼクス少尉です。」

 

 エンツォは一瞬鋭い目でシャアを見た後、敬礼する俺を興味深いものを見るように観察する。まあ、よくあることだ。

 それにしてもこんなところで敵と遭うとは……考えられるか。そう言えば軍事のトップだと言っていたので、格納庫にいるのは不思議じゃない。それにここは特殊な格納庫っぽいから連絡が入ったのだろう。

 

 三人はこのモビルアーマーについて話していた。

 この機体はゼロ・ジ・アール。

 ドズルがシャアのために作らせていたが、ガルマの一件で中止していて試験のみが行われていた。拠点防衛用の機体で、完成時には多数の火器を搭載して艦隊編成並みの戦力。大きいがIフィールドを装備しているのでビームは無効化出来る。

 

「せっかくですので大佐ご自信で最終調整をしてはいただけませんか?」

 

「私はモビルスーツ乗りですので、モビルアーマーはあまり気が進まないのですが。」

 

「ドズル閣下のお気持ちでもありますので。」

 

 エンツォだけでなく、提督までシャアを乗せたいようだ。提督はドズルの遺志を尊重したいようだが、エンツォはアクシズの戦力として考えているのだろう。艦隊編成並みの戦力を遊ばせておくのは惜しいので、完成させて先頭に押し出したいと考えていると見た。

 大型のモビルアーマーか……シャアが乗らないのなら俺に乗らせてくれないかな? チラッとシャアを見ると、手を顎に当てて考えてから口を開いた。

 

「大佐、ゼクスはモビルアーマーで実戦経験があります。私よりも調整に向いていると思いますので、よろしければゼクスに任せて見ませんか?」

 

「ほう、それはそれは。よろしいかねゼクス少尉?」

 

「はっ、お任せください。」

 

 この後、休養期間中でも時々なら作業してもいいと提督から許可をもらった。これで格納庫内での情報収集も可能になり、ゼロ・ジ・アールの完成時期もある程度決められる。有事の際はアクト・ザクを使えばいいだけなので、急進派をどうにかしてから完成するようにしよう。

 ノイエ・ジールに繋がるかもしれないので、調整は手を抜かずにやるとしよう。性能が良くなればデラーズには渡ったときマズイが、その時は手を打てばいいだけだ。俺の力では無理でも、シャアに頼めば何とかなるだろう。

 

 話が終わり、俺とシャアは部屋に戻る。流石に到着した当日に色々ありすぎたので、さっさと飯を食って休みたい。

 途中でシャアが行きたいところがあると言い別れ、俺は一人で食堂に向った。



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第七話 準備開始

 ちょうど夕食時間だったので人が多く、そんなところに子供が入ったので食堂が静かになり視線が集まった。もう慣れたことなのでパイロット用のトレーを手に取り空いている席に座った。

 

 テーブルごとにグループ分けされているらしく、いくつかのグループは俺をチラチラ見ながら頭を寄せて何かを話している。なんとなく何を話しているか予想が出来るのでなんとも思わないが、気分がいいものではない。

 一人で食事中の人がいれば話しかけようかと思ったが、見た感じいなそうだ。誰も話しかけてこないのならさっさと食べてよそに行こうかな? そう考えていると、早歩きで食堂に入ってきた少佐が俺を見て歩いてきた。

 背が高く、軍服の上からでもわかる筋肉質な身体をしていて、短い黒髪に角ばった顔、そしてデカイ鼻。一度見たら忘れられない外見をしている。30代だと思うが、年齢が読みづらい顔立ちだ。

 

「貴様がゼクス少尉か?」

 

 やはり俺が目的だったか。上官らしい態度なので席を立ち敬礼して肯定した。

 その少佐は持っていたファイルを差し出したので受け取って表紙を見ると、ゼロ・ジ・アールの説明書と書いてある。

 

「俺はマルコ・ベッキオだ。エンツォ大佐からこれを渡すように言われたが…子供にモビルアーマーの操縦なんて本当に出来るのか?」

 

 俺をじろじろ見ながらのストレートな発言に驚かされ、周りも静まり返った。俺がパイロットなのは食事を見ればわかるだろうが、モビルアーマーと言ってしまっていいのか? ゼロ・ジ・アールは特殊っぽい格納庫に置いてあったのに、みんな知っているか他にもモビルアーマーがあるかするのだろうか?

 話しぶりではマルコはエンツォの部下っぽいから、適当なことは言わないほうがよさそうだ。シャアに不信感を持たれないように、適度に仲良くしておくべきか。

 

「お任せください。ア・バオア・クーで生き残ったのは、運だけではありませんので。」

 

「ほう、それは楽しみだ。調整に入るときには格納庫の作業員に俺か大佐に伝えるように言え。休養に入るとは聞いているが、早めでもいいぞ。」

 

 マルコはガハハと笑いながら俺の肩を何度か叩き、食堂から出て行った。食事くらいはゆっくり取りたかったが、収穫もあったのでよしとするか。食事の続きを取りながらファイルを開いて見ようとすると、数人の尉官が俺の周りの席に座った。全員20代の男性だ。

 

「隣失礼するよ。俺はダニエル、俺たちはマルコ少佐の部隊のパイロットだ。よければア・バオア・クーの話を聞かせてくれないか? 俺たちは9月に地球圏を出発したから詳しく知らないんでね。」

 

 彼らの中でも年長者、と言っても20代後半のラテン系のパイロットが話しかけてきた。黒っぽい髪を無造作に伸ばし、ヒゲを軽く伸ばした喧嘩の強そうな大尉だ。表情にも声にも含むところは感じないので、純粋に知りたいだけなのだろう。

 アクシズにはどう伝わっているか聞くと、優勢だったがギレンが戦死した後の混乱で敗戦したと聞いているそうだ。どうやら連邦のモビルスーツの強さや戦い方に興味があるらしい。

 

「ジムとボールの小隊に、リック・ドムの小隊がほぼ一方的にやられていました。ジムが前衛でシールドを構えながらビームライフルを撃ち、ボールが後衛で援護射撃。ジャイアント・バズよりもビームライフルの命中率が高いようでした。」

 

 俺がそう言うと、パイロットたちの数人が顔を寄せ何かを話していた。周りの兵たちも聞き耳を立てているらしく、食堂は静まりかえっている。

 ここで俺が言いすぎると反連邦意識が強まり、言わな過ぎると連邦に勝てると思われてしまう。考えながら話さなければならない。

 

「他のパイロットの話を聞くと、ビグロなどのモビルアーマーや、ベテランパイロットの乗ったモビルスーツは有利に戦っていたそうです。ア・バオア・クーでは学徒兵が多かったと聞いていますので、それも大きかったのでしょう。」

 

「なるほど。適正がなければパイロットになれないから、ア・バオア・クーでは人数が足りなくなったのか。なら俺たちが残っていればどうだったろうな。なあ、みんな?」

 

「勝ってたさ!」

「俺もエースになってたぜ!」

「圧勝じゃね?」

「モテモテのウハウハだったさ。」

 

 ダニエルの隊だけではなく、食堂にいた兵たちの3割くらいが腕を振り上げながら立ち上がる。こんな話だけでそこまでテンションが上がるのか!

 これは不味い。こういった声の高まりが国を動かすことは良くあることだ。止めたいがどうすればいいのか? そう考えていると30代半ばの大尉が立ち上がった。

 

「騒がしいぞ! 戦争が終わり平和になったと言うのにまた戦争の話か。血の気が抑えきれないのなら残党狩りにでも志願しろ!」

 

 その大尉が大きな声でそう言うと、パイロットたちは顔を赤くし怒りをあらわにした。全員立ち上がり拳を握り締め、今にも飛び掛りそうだ……が、よく見るとダニエルは腕を組み座ったままだ。まるで状況を楽しんでいるようにも、何かを見極めているようにも見える。

 

「本気で言っているのか大尉! 同胞に銃を向けられるものか!」

 

「本気だとも! 奴らが市民や連邦軍に対しテロを行えば行うほど、コロニーへの弾圧と増税に繋がるのがわからんのか! 奴らの行為は全スペースノイドへのテロ行為と同じだ!」

 

「言わせておけば!」

 

「止めろ。」

 

 パイロットの一人が一歩踏み出した瞬間、ダニエルが軽く右手を上げながらそう言った。大きな声ではなかったが、一瞬にして食堂が静まり返った。

 さっきまでとは違い、ダニエルからは威圧感を感じる。全方位にばら撒いているのか? 戦場のそれとは違う気はするが、殺気のようにも感じる。

 ダニエルは立ち上がり、大尉の前にゆっくりと歩いて行き頭を下げた。

 

「大尉殿、私の部下が失礼しました。私の顔に免じてお許し願えませんか?」

 

「あ、ああ。そこまで言うのなら。」

 

「お前たち、行くぞ。」

 

「はっ!」

 

 大尉が許すと手を軽く前に振って、部下たちを連れて食堂から出て行った。姿が見えなくなる瞬間に一瞬だけ俺を見た気がするが、どんな意思が込められているかまでは読み取れなかった。

 ダニエルたちが出て行ってから数秒、いや数十秒経ってから食堂はにぎやかさを取り戻した。だが、さっきよりもグループごとの集まりが密集し、声が小さくなった。

 

 パイロットたちを煽ったのはダニエル、そして制止したのもそうだ。何のために? 食堂の動きを見ていたのか? 誰が急進派で誰が穏健派かを。それとも……俺か? 俺がどんな反応をするかを見ていたのか。俺はどんな表情をしていた? 気付かれていなければいいが。

 黙っていてもしょうがないので夕食の残りを食べようと思ったら、俺は拳を握り締めて汗をかいていた。おそらくダニエルの殺気を感じたからだろう。もし俺個人に向けられていたのなら……殴りかかったかもしれない。もし敵になれば手ごわそうだ。

 

 食事を終え、トレーを戻してから食堂を出た。

 まだ部屋に戻るには早いので、どこかで時間でも潰そうか。このゼロ・ジ・アールの説明書をコクピットの中で読むのも一興かもしれない。

 

 ファイルを持ち格納庫へ入ると、すでに作業が終った時間らしく薄暗い。

 道順は覚えていたので歩いていくと、改造中のリックドムの前で手すりに腰をかけた女性の姿が見えた。近付くと徐々にはっきりと見えてきたのは、特徴的な髪の色のツインテールなのでハマーンだろう。

 

「ハマーン様、どうかしましたか?」

 

「えっ、きゃっ!」

 

 俺に気が付いていなかったらしく、慌てたハマーンは手すりから身体を離してしまいゆっくりと空中に投げ出された。無重力なので壁に近付くまでの数分間は何も出来ないだろう。慌てているハマーンは、アンバックで姿勢を変えることも出来ずお尻が丸見えになっている……ピンクか。

 流石に見ているのも失礼なので、手すりを乗り越え手すりを軽く蹴る。ハマーンよりも少し速い速度で跳んだのですぐに追いついた。

 

「ハマーン様、お手を。」

 

「は、はい。」

 

 差し出された手を握り軽く身体を支えながら壁に足をつくと、ハマーンはゆっくりと俺から離れた。少し顔が赤くなっているようにも見えるが、薄暗いのでよくわからない。

 

「驚かせてしまい申し訳ありません。格納庫を見に来たらハマーン様の姿が見えたもので。」

 

「いえ、いいわ。あなたは医務室で会ったシャア大佐の副官? 確かゼクス……「少尉です。」少尉。あなたも……やっぱりニュータイプね? 会ったときにそんな気がしたの。」

 

 ハマーンは俺と目を合わせ、意識を集中するように目を細めた。ハマーンからオーラのようなものが湧き出すのが見え、俺からは僅かにだけ見える。これは力の差か?

 俺の力の弱さと、ハマーンの強さに軽くショックを受ける。フラナガン機関で何かをされた可能性もあるが、素質の差なのだろうか。

 

「そう思っていましたが……ここまで力の差があると、私がそう名乗るのは気が引けます。」

 

「そんなことはないわ、こうして人の力を感じたのは初めて。あなたもシャア大佐のように戦場に?」

 

「ええ、と言っても一度だけですが。ア・バオア・クーにエルメスで参戦しました。」

 

「エルメスで! そのデータを見せてもらうことは出来な、きゃっ!」

 

 急にテンションが上がり、俺に近付くように踏み出したハマーンは踏み込みすぎたせいで浮かびそうになった。軽く手を掴んで床に降ろすとそんな自分が少し照れくさかったのか、うつむきながら小さな声で「あ、ありがとう。」とお礼を口にした。

 医務室やさっきの姿は何か悩んでいたように見えたが、少しは元気になったようだ。エルメスに興味があるのだろうか? それかニュータイプ専用機に? 先のことを踏まえると、操縦の訓練でもしているのかもしれない。

 エルメスのデータを管理をしている整備班が休養中なので、おそらく2週間後になると言うと残念そうな表情を見せた。

 

「休養明けには見られるように頼んでおきましょうか?」

 

「いいの? ありがとう。」

 

 俺の言葉に満面の笑みを見せるハマーン。年相応の、いや少し幼くも見える無邪気な笑顔に見とれそうになるが、ふと不味いことに気が付いた。早い段階でエルメスやペズン計画の情報を持ってきていることを急進派に知られるのはよろしくない。そういった情報を新型機の開発に繋げ、アクシズの戦力増強を図るとか言い出されても面倒だ。

 

「ハマーン様、整備班の休養が明けるまでで良いので、エルメスの話は秘密にしてはいただけませんか? 彼らの休養が短縮されてしまうと怒られてしまいます。」

 

「ええ、わかったわ。でも時々話を聞かせてもらっても良いかしら? ここにはニュータイプについて話せる人があまりいないの。」

 

「喜んで。私も一応休養期間なので、何時でも声をかけてください。」

 

 変更しなければ部屋番号がそのまま内線番号なので、それを伝えた。まあ、相手が相手なので無用心とはならないだろう。。

 そう言えば、ハマーンは何でこんなところにいたのだろう? ここには改造中のリック・ドムとゼロ・ジ・アールがあるだけだ。リック・ドムの前にいたので、この機体はハマーンのものなのだろうか?

 

「私はそろそろ部屋に戻るわ。また話しましょう。」

 

 俺が疑問を口にする前に、床を蹴り通路の手すりに跳んで行った。短いスカートで跳ぶのはお勧めしないが、それを指摘するのはセクハラだと言われる危険を感じる。誰かに伝えて言ってもらうべきだろうか?

 このままここにいるのもなんなので、部屋に戻ることにした。ファイルには部屋で目を通すことにしよう。

 

 

 部屋に戻ると、電話のランプが点いている。留守電か? 聞いてみるとシャアからのメッセージで、部屋に来るようにと言う内容だった。

 なんだろう? 特にヘマはしていないはずなので、確認か今後についてだろう。俺も話したいことがいくつかあるのでちょうどいい。

 

 向かい合ってソファーに座ると、珍しくサングラスを外したシャアがリラックスしている。やはり艦長としての責任を背負っているうちは、気を張っていたのだろう。こうしてみると2週間の休養期間は必要だと感じる。

 

「先ほど提督に会ったので、君の事をフラナガン機関出身だと伝えておいた。今後は今日のように軽んじられることはないだろう。」

 

 自分の副官が軽く見られるのは、気分が悪かったのかもしれない。副官に任じた自分を軽んじられるのも同然と受け取ったのか? 提督とハインツ少佐はそこまで考えずに、ただ子供だからだと思うが。

 明日は提督に呼ばれているので、迎えに来るように言われた。俺も連れてくるように言われたそうなので、フラナガン関係の話でもあるのだろう。突っ込まれたときにはシャアがフォローしてくれるそうだ。

 シャアからの話しが終わり、今度は俺から何かないかと聞かれた。

 

 俺は食堂の一件を話し、提督には話さないように言って医務室で二人と会ったことと、格納庫でハマーンに会ったことを話した。特に彼女がニュータイプとして強い力を持っていると話したときに、興味を引かれたようだ。

 俺とハマーンの身体からオーラのようなものが見えたと伝えたときには、具体的にどうだったのかを詳しく説明させられた。やはりニュータイプを深く知りたいと思っているのだろう。

 ハマーンと会ってみるか聞いてみると、流石に上官の娘と勝手に会うのは気が引けると言い辞退した。言われてみれば確かにそうか、口説いているとか噂されれば問題になりそうだ。

 

 それと手元に戦力を残すために、ドミニカのモビルスーツは出撃準備をさせておくことを提案した。アクト・ザク、ガルバルディ、ペズン・ドワッジ。この3機はゲルググよりも性能が高いので心強い。問題はアクト・ザク以外のパイロットがいない点だ。

 急進派の息がかかっていない、それも腕のいいパイロットが都合よく見つかるものか? しかも統合整備計画以降の物なので操縦方法がそれまでと違う。タイムリミットが2週間ならすぐ訓練を始めないと間に合わないだろう。

 アクシズで腕のいいパイロットか……マシュマーやキャラ、イリアはまだ子供だから無理だろうし。他には……アポリーとロベルト! 確かアクシズでシャアと合流したとどこかで見た気がする。彼らなら腕もいいし、シャアを裏切らないはずだ。

 

「アクシズの名簿を閲覧できないでしょうか? エンツォ大佐の息のかかっていないパイロットで、シャア大佐と戦列を共にした人がいれば仲間に引き込めるのでは? それと研究所で見た人物がいないか確認したいです。」

 

「ふむ……誰がいるのかにもよるが、不可能ではないだろう。よし、明日にでも提督に頼んでみよう。」

 

 一年戦争でシャアと同じ部隊に所属し、エンツォとは組んだことのない人物を上手く探せればいいが。

 とりあえず今はこんなものだろう。明日、シャアを迎えに行く時間を聞いて退室した。

 いまの時間は夜の8時くらいなので、ドミニカへ顔を出してみるか。ストアに寄って酒とつまみを購入してドミニカへ向う。正規の軍人に成年も未成年も関係ないとはいえ、店員には怪訝そうな目で見られてしまった。

 

 ドミニカの乗員には居住区に部屋が用意されているが、次の配属先が決まるまでは残ることが出来るらしく、結構な人数が残っている。ペズンから来た技術者も残っているので、その中の主任の部屋に向った。モビルスーツの準備を頼んでおこう。

 

「おう、ゼクス少尉。い~ところにきたな~。ほれ、駆けつけ3杯!」

 

「まあまあ、ゼクス少尉はおこちゃまなので1杯で勘弁しまちょうね~。」

 

「ゼクス少尉の、ちょっといいとこ見てみたい!」

 

 そこでは何本ものボトルを空けた、技術者集団と整備士たちが出来上がっていた。

 失敗した! 酔っ払いの集団の中にシラフで飛び込むには無謀だ。逃げねば! 強化されたこの身体もリミッターの外れた酔っ払いには敵わず、足をつかまれて輪の中に引きずりこまれる。そして目の前に差し出されるコップ。

 そう言えば、最後に酒を飲んだのは何年前だったろう。久々に飲むのもいいか。

 

「そもそもなんでここで飲み会を開いているのですか? モウサには飲み屋もあると聞いていますが。」

 

「わかってない、わかってないぞ! 何ヶ月も苦楽を共にしてきたこのドミニカでお疲れさま会を開くから良いんじゃないか!」

 

「おい、さっきは「ねーちゃんのいる店には疲れを取った明日行こうぜ」って言ってただろうが!」

 

「だまらっしゃい! 明日は明日の風が吹くんじゃい!」

 

 すでに意味がわからん。酔っ払いに質問したのが間違いだった。おそらく明日聞けばこの会話も覚えていないだろう。

 明日は寝過ごすと不味いので、セーブしながら酒を飲みつつ会話を楽しむ。こうやって軍人や上下を気にせずに話しをするのはやはり楽しく、時間を忘れて大騒ぎをした。

 

 生き残った数人でダウンしてしまった人たちを各部屋のベッドに連れて行ってから、シラフのままの主任と二人きりになった。主任は俺が話をするために来たのに気が付いていたようだ。

 主任に事情を話すと、複雑な表情を見せた。

 

「連邦を倒すために開発したモビルスーツを、味方相手に使うことになるとは。使われないよりも使われたほうが技術者冥利に尽きるとも思うが……複雑だな。」

 

「私としても、使わずに済めばそれに越したことはありません。あくまで保険です。」

 

「わかった。整備士たちには休養中だから隠れて実験をしていると伝えておくよ。研究者たちは研究が出来れば文句を言わないしな。」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 

 溜息混じりの主任だったが、いざやると決めたらいつもの調子で協力を約束してくれた。これで後はパイロットの問題だ。他にも情報収集要員も欲しいし、可能なら急進派の内部にも協力者が欲しい。

 今は情報集めを急ぐことを優先し、その後に人集めだな。

 

 途中でドミニカの自室に置きっぱなしだった荷物を持って、アクシズの自室に向かった。

 結構な量の酒を飲まされたが、足取りはしっかりしたままだ。体感的にも酔っている感じはしない。もしかしたら身体の抵抗力も強化されているのだろうか? ただ単にアルコールに強い体質なだけかもしれないが。酔えないのはそれはそれでつまらないものだが、酔って失敗するよりもマシか。

 

 

 部屋に戻りファイルに目を通すと、ゼロ・ジ・アールの操縦方法はエルメスとは共通点が殆ど無い。操縦はオートパイロットに任せ、パイロットは攻撃に専念できるように作られているようだ。

 一応マニュアルでの操縦も出来るようだが、武装が多いので忙しくて使いこなせないかもしれない。おそらく設計段階で「複雑だけどオートパイロットにすれば何とかなるんじゃね?」とか言って見直しもせずに作ったのでは?

 戦場ではほんの1秒差で死につながるので、操縦方法の複雑な機体は欠陥機体だろう。設計者が実戦経験者だとは思えないので詰め込みすぎたのか? それかシャアなら出来ると思ったのか。

 

 とりあえずマニュアルでの操作方法も載っていたので目を通して、ファイルを閉じた。

 すでに日付が変わっていたが、このまま眠るのも惜しい気がするのでシャワーを浴びて部屋を出た。夜の警備体制を確認し、昼とはどの程度違うかや人のいる場所といない場所を見ておきたい。

 通路を歩いていてもあまりすれ違うことが無い。所々にある休憩所や食堂も人影が無く、基地の中と言うよりも夜の工場のような雰囲気だ。

 

 予想よりも人の姿は少ないが、防犯用のカメラはかなりの数が設置されている。警備の詰め所で確認しているとは思うが、管理はどの派閥が行っているのだろう? 無派閥や中間派なら問題ないが、急進派の人間が監視をしているのなら危険だ。今はシャアが派閥の公表前なので特別マークをされていないだろうが、穏健派だとバレると見張られるだろう。

 

 暫く歩き回り、警備の人数や配置を覚えてから部屋に戻る。

 今から寝れば充分疲れは取れるだろう。目覚ましをセットしてベッドに入り、今後について考えているといつしか眠りに引き込まれた。



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第八話 情報収集と息抜き

 会話間の改行をなくしてみました。


 目覚ましの音で目を覚まし、運動をする準備をしてトレーニングルームへ。昨日はサボってしまったので、確実に時間の取れる朝に身体を動かそう。

 朝早い時間なので数人しかいない。この時間にに来るのは鍛えるのが趣味なアスリートばかりらしく、俺を気にもせずに黙々とトレーニングを続けている。俺も彼らに混ざり柔軟、ランニング、ウェイトトレーニングなどをみっちり2時間ほど続ける。まだ物足りないが、格闘訓練をする相手がいないので切り上げよう。

 

 シャワーで汗を流しゼロ・ジ・アールの説明書を読みながら、約束の時間まで部屋で待機することにした。テレビがあるのを思い出したので電源を入れると、ニュース番組が流れている。元の世界と同じような作りで、現場のレポーターと中継を繋いでスタジオで解説をしていた。

 アクシズの拡張工事の状況や資源工場の業績などを放送しているが、ミネバやゼナ、シャアが到着したことには触れられていない。おそらく休養が明けるまでは公表されないのだろう。紳士協定や暗黙の了解的な?

 このニュースを見る限り、アクシズは資源衛星化が進んでいて経済的にも好調のようだ。アクシズだけで考えれば絶好調だろうが、地球圏はどうなっているのだろう。マ・クベが上手く交渉をしているとは思うが、サイド3は連邦に弾圧されていないだろうか?

 

 シャアを迎えに行き、食堂へ移動した。

 数人の士官がシャアをチラチラ見ながら何かのタイミングを図っているのは、シャアに挨拶をするためだろうか? シャアは何の反応も見せていないので、気にしていないか予想通りだと思っているかだろう。

 提督やハインツ少佐が穏健派に伝えたのかもしれないが、シャアが穏健派なのはまだ公開しない予定なので穏健派ではないだろう。エンツォが急進派の部下にシャアを取り込むように指示したか、シャアの存在をどこかで知った無派閥の士官が探ろうとしているのかもしれない。

 

 シャアは食事を終えるとすぐに席を立ち、食堂を出ようとした。おそらく話しかけられないようにだろう。俺は同じタイミングで食べ終わるように注意していたので、すぐ後に続いて席を立つ。何人かの士官が立ち上がろうとしたがタイミングを合わせることが出来ず、椅子の上で微妙に姿勢が崩れたのが視界に入った。

 そんな食堂を出て提督の執務室に向う途中で、人気が無くなったのを見計らってシャアの隣に並び声をかけた。

 

「有名人は大変ですね。」

「言ってくれるなよ。それに、これからは君もマークされるだろうから他人事ではないぞ。」

「それは厄介ですね。何も聞いていないフリをさせてもらいます。」

 

 俺の冷やかしに軽く肩をすくめたシャアだが、声は笑っていない。副官の俺からシャアの動向を探ろうとするのが想像できるので、その対応も必要だ。とりあえずは、何も聞いていないフリをさせてもらう。俺がそうすると伝えていれば、シャアもそれを踏まえた対応をしてくれるだろう。俺は暫く派閥争いの外側にいて、情報集めに専念するつもりだ。特に急進派の。

 

 

 執務室に入って俺とシャアが並んで座り、向かいに提督が座った。

 

「シャア大佐、早速で悪いが今日から顔合わせをお願いしてもいいかね? 宣伝したわけではないが、アクシズではすでに君の名が広まっているらしくてな。君と面会したいとの声が私のところにまで来ているのだよ。」

「私はかまいませんが、提督にまでですか? 私にそこまでの影響力はないと思いますが。」

「私にまで言ってくるのは急進派の息のかかった者たちだ。赤い彗星と呼ばれた君が急進派に参加すれば、急進派の勢いは盛り返すだろう。特に先の戦争に参加した兵たちがな。」

 

 提督はシャアにそう答えながら、頭の痛い問題だと言わんばかりに軽く頭を振った。

 急進派に疑われないように各派閥の人数を調整して顔合わせが行われるらしく、提督は自分の仕事よりも面倒だとぼやいた。提督の仕事か? と思ったが、下手に他の人に任せれば誰が受け持つかで小競り合いになりかねないのだろう。

 アクシズという小惑星一つでも派閥争いが起きる。数十億の人間が住む地球圏が平和になるなんてことは夢物語なのだろうか? いや、弱気になっている場合ではない。一歩ずつでも進まなければ。

 

 次はマレーネとゼナについて。

 マレーネは来月3日に手術の予定で、手術前に面会できるのは肉親のみだそうだ。一度はお見舞いに行きたいと思っていたが、手術後に行くことにしよう。

 ゼナとミネバにも挨拶に向いたいところだが、ゼナは疲れからか体調を崩しているそうだ。長旅だったので仕方がないだろうが、このまま良くならないなんてことが無ければ良いが。原作を考えると心配になるが、回復してくれるのを祈るしかない。

 

 ここまで話してから提督は俺に顔を向けた。もしやハマーンと話をしていたのを聞いて、娘と何の話をしていたのかと追求されたりして? 一瞬そう考えたが、睨むような目つきではないので違うようだ。

 

「ゼクス少尉、シャア大佐から君の事を聞かせてもらったが、君はニュータイプらしいな? マレーネからハマーンのことを聞いていると思うが、まだ何かに悩んでいるようであまり話そうとしない。機会があれば話してみてくれないか? 私達には理解出来ないこともあるだろう。」

 

 昨日俺と話したことは知らないのだろうか? 一緒に暮らしていないか、話をしない関係なのか? まあ、提督が忙しくてそんな暇が無かっただけかもしれない。すでに会って話をしたことは伝えるか迷うが、黙っていて後で知られるのはよろしくないだろう。ないとは思うが子煩悩なら不味いことになる。

 

「提督、ハマーン様とは昨日会い、少し話をしました。私がニュータイプだと気付き、興味を持ったようです。」

「おお、そうだったのか。これからも話し相手になってくれ。」

「はい、私でよければ。」

 

 提督からの話はひとまず終わったので、シャアが名簿閲覧の許可を求めた。提督は少し考えたが、今後の動きに対応するためだと説明し許可をもらった。反応を見ると、提督は急進派が強硬手段に出る確率が低いと考えているようだ。

 確かにシャアが穏健派だと発表すれば急進派は不利だろうが、だからこそ強硬手段に出る確率が高い。もしかして提督は甘い人なのか? 政敵に甘い顔を見せるのは付け上がらせるだけだと、理解していないとは思えないのだが。

 

 

 シャアは提督と共に顔合わせに向かい、俺は資料室へ向った。カードキーを渡され、暗証番号を教わったので一人で充分だろう。

 

 専用の端末でまずは軍人の名簿の確認を始める。

 数千人の名前と写真、経歴を確認するのは時間がかかる。特にパイロットはどの戦場に出撃したのかも確認し、仲間に引き込めそうかも調べる。パイロットも100人以上登録されているので一苦労だ。

 

 知っている名前を発見! 記念すべき初の原作キャラは……ラカン・ダカラン少尉。よりによって何を考えているかわからない人か。ZZで一般人を虐殺していた記憶しかないし、途中でハマーンを裏切るしでいいとこがなかったはずだ。とりあえず保留だな。

 ダニエル・アンドルーズ大尉とモニカ・バルトロメオ大尉。モニカはエンツォのモビルスーツ部隊の隊長で、ダニエルは中隊長か。流石にこの二人は急進派だろうから、考えるまでもないな。

 アンディ中尉とリカルド中尉。写真がZに出てくるアポリーとロベルトに似ていて、名前も微妙に似てる。本人たちに見えるが……どうだろうか? 経歴を見る限りエンツォとの接点は無さそうなので、この二人はシャアに確認してもらおう。

 

 パイロット全員を確認した結果、エンツォと接点が無さそうなのが10人ほど。予想よりも少なくて驚くが、アクシズに元々いたパイロットは殆どがエンツォの部下なのでこうなるのも仕方がないだろう。何とか切り崩すことが出来ればいいが……どうだろう?

 とりあえず彼らの名簿をプリントアウトして、パイロット探しは終了だな。

 

 次は残りの軍人の確認。このデータだけでは派閥や性格はわからないが、配属先や経歴を覚えておけば使えるだろう。流石に数千人の軍人全ては覚えられないが、階級が高い人や特殊な配属先の人は覚えておきたい。

 

 原作に出ていた人も発見。

 ユーリー・ハスラー大佐。今はアクシズで製作中の新型艦の開発に携わっている。デラーズ紛争では戦闘に参加していなかったので、もしかしたら穏健派かもしれない。

 ゴットン・ゴー伍長。この人物も懐かしい。苦労人のイメージもあるが、卑怯な手も使っていたような気がする。派閥が予想できないので今は関わらなくてもいいだろう。

 

 エンツォと一緒に来たり、近くに配属されている軍人は……マルコ少佐とダリオ少佐が直属の艦長で、MS隊の隊長がモニカ大尉。こいつらが急進派の中枢だろう。上手く近付いて情報を引き出せれば話が早いが、そう上手くは行かないだろう。

 例の戦犯たちも登録されている。配属先が軍部の戦略室や参謀などのエンツォの直属なので、彼らを捕らえようとするとエンツォがしゃしゃり出てくるだろう。彼らかエンツォを軍部から切り離さねば逮捕は難しそうだ。

 軍人の中にZZ勢はゴットンしかいなかった。ZZ勢は年齢的に学生の可能性があるので民間にいるのだろうか?

 

 昼食を販売機で買ったハンバーガーで手早く済ませて再び端末に向う。今度は軍属と一般人の名簿を呼び出して見る。アクシズの人口は数万人なので、名前と職業と写真を確認するだけでも徹夜も覚悟しなければならないだろう。

 

 マシュマーとキャラ発見。二人とも両親がアクシズで軍に所属しているので、一緒にアクシズに来たようだ。イリアは見つからないので、まだ来ていないのだろう。将来有望なので早めにスカウトしたいが、二人とも学生なのでまだ早い。一応住所と連絡先をメモしておくか。グレミーとプルたちの名前もない。トト家の名前が見えないのでまだ来ていないようだ。

 俺が育てられた研究所の人間は見当たらなかった。ここに来ていると予想していたのだが外れたようだ。ならどこに……もしかして連邦か? 連邦は育成に時間のかかるデザイナーベビーには興味を示さないイメージがあるがどうだろう。いや、考えすぎか。判断材料が少ないので考えても答えは出ないだろう。

 

 他に知っている名前は見当たらなかったが、気になる人物を発見した。名前はマガニーで苗字は登録されてなく、職業はアクシズニュータイプ研究所所長。怪しい。所属しているのは……20人程度なのでプリントアウトしておくか。

 マガニーを含め数人はフラナガン機関に所属していたらしいが、大半が学者や医者からスカウトされたようだ。一人一人眼を通すと気になる女性がいた。スミレ・ホンゴウ、16歳? やけに若い研究者がいるが何者なんだ。学生だったがスカウトされて研究所に入ったと載っているが、特殊な研究をしているのだろうか。

 

 ここの資料では研究内容などがわからないが、この研究所は軍部が運営しているので下手に調べられない。その割に所属している研究者は軍属ではないのは何故だろう? 訳有りか、それとも何か理由があるのかはわからないが、調べてみる必要があるだろう。問題はアクシズの軍施設の奥に研究所があるので俺のパスで入れるかどうかと、俺がここを調べていると軍部にバレることだ。俺がニュータイプだと知らせると連れて行かれるかもしれないが、何をされるかわからないので最後の手段にしよう。

 

 こうやって調べると、軍事や兵器開発部などの大半が軍部に握られている。おそらく戦中から戦後にかけての軍部の拡大に、提督のチェックが追いつかなかったのだろう。せめて開発部と研究所が提督の管轄なら、すぐに出来ることややりたいことがあるが、今更言ってもしょうがないか。

 全員の名簿を確認し終わり時間を見ると、思ったよりも早い時間なのに気が付いた。夕食には遅い時間になっていたが、食後では遅くなりすぎてしまうので、シャアの部屋に電話をして資料を渡しに行こう。幸いシャアは部屋に戻っていたのですぐに向った。

 徹夜も覚悟していたのだが、これも強化の効果か? 今はこれが当たり前になっているので元の自分との比較は出来ないが、どこまで改造されているのかを一度調べるべきか。自分の能力の把握は重要だろう。

 

 

 パイロットの候補を纏めたファイルを手渡すと、シャアはゆっくりと目を通した。途中何度か何かを思い出すような表情をして、ファイルから二枚の紙を抜いた。渡された書類を見ると、アンディ中尉とリカルド中尉だ。

 

「この二人は私の指揮下に入ったことがある。腕も確かなので、私から言っておこう。そう言えば例の研究所の者は見つかったのか?」

 

 やはりZに出てきた二人っぽいな。あの二人なら安心してガルバルディとペズン・ドワッジを任せられるだろう。

 研究所の人間は見つからなかったが、アクシズニュータイプ研究所と言う謎の研究所があることを伝えてプリントアウトした資料を手渡した。シャアは全てに目を通すと、少し考えてから顔を上げた。

 

「この中には私が会ったことのある者はいないようだ。フラナガン機関は研究員の出入りが少なくないと聞いているので、私が行く前に出て行った者たちだろう。」

 

 ここにいる研究者たちがどんな研究をしていたのか知りたかったが、会ったことがないのなら聞けないか。やはり、タイミングを見て潜入するしか無さそうだ。そう言えば俺はシャアに連れられてフラナガン機関にいた設定なので、シャアと同時期に所属していたら面倒だったので好都合とも言えるか。

 シャアは明日も面会の予定が入っているので、俺は自由に行動していいと言われた。時間のあるうちに、モウサを見に行くことにするかな? 町並みや様子を調べておくのもいいだろう。

 

 モウサに行くことを告げ、他に確認することがないか考えて見た。他に? 何か聞き忘れていることは……そう言えば、計画のベストパターンの急進派を地球圏に追い出したパターンでは、急進派のメンバーがどうなるかを聞いていなかった。首になるのだろうか?

 

「ああ、そう言えば話していなかったな。急進派は左遷させられる。兵の指揮権を奪われ、監視の目が届くところにな。穏健派は中央に近い部署や栄転が約束されているので、それが中間派説得の口説き文句でもある。本国では軍人が不足しているらしく、使える軍人が欲しいそうだ。」

 

 シャアはかすかに悪い笑みを浮かべながらそう説明してくれた。なんて平和的かつ大人的解決! 急進派がおかしな動きをせずにこうなってくれれば、アクシズも本国も平和になってくれるだろう。このベストパターンに持っていけるように、情報収集を頑張ることにしよう。

 話が終ったので、また明日顔を出すと言い、退室した。手に書類を持ったままなので一度部屋に置いてから食堂へ向うことにしよう。

 

 部屋に入ると電話ランプが点灯している。受話器を手に取りボタンを押すと、何日かぶりの声が聞こえてきた。

 

「……あ、あのっ! 私、ティナです。主任に番号を教えてもらって、ご迷惑だったでしょうか? ホントは主任から確認してもらって聞けばよかったんでしょうけど、なかなか繋がらなくて……あっ、そうじゃな。」

「ごめんなさい、時間がなくなってしまって。あっ、また時間が! 私、明日から時間が空いているので、時間があるときにでも誘ってください。失礼します!」

 

 話している途中で留守電の時間切れとは……相変わらずだなティナは。確認すると受信は30分くらい前なので、今なら電話しても問題ないだろう。明日のモウサ行きは誰かと会う予定もないので誘ってみるか? 町の様子を見るのに女性目線での意見も必要だろうし、可愛い女の子と町を歩くのも時にはいいだろう。

 ティナが自分の電話番号を言い忘れていたので、ドミニカへ一度繋ぎ長官に聞いてから彼女の部屋に電話をかけた。なかなか電話に出ず、留守番電話になるかと思った時に受話器を取る音が聞こえた。

 

「はっ、はい。ティナ・レモンドです。」

「こんばんわ、ゼクスです。今いいですか?」

「えっ! あ、はいっ! いえ、ちょっと待ってください。きゃっ、シャツは……」

 

 受話器をどこかに置いて、パタパタとスリッパで歩き回るような音が聞こえる。シャツ? もしかして、シャワーにでも入っていたのだろうか? それなら悪いことをしてしまった。風を引かないように、早めに話を終えるようにしよう。

 再び足音がして、受話器を手に取った音が聞こえた。

 

「お待たせしました、もう大丈夫です。なんでしょうか?」

「明日、モウサの見学に向う予定なのですが、もし空いていれば一緒に行きませんか?」

「はい、喜んで!」

 

 待ち合わせの場所と時間を伝えて電話を切る。そう言えば高官用の電話回線は映像も見られると聞いたので、この電話もそうならティナの姿が見れたかもしれない。残念だがそれならそもそも電話に出ないか。

 明日の準備をしようかと思ったら、服が軍服しかないので必要ない。ヒゲも生えてきていないので、気をつけるのは寝癖くらいかな。そう考えながら鏡を覗き込んでいると、腹が大きな音を立ててなった。そう言えば夕食がまだだったので、食堂へ行き夕食にしよう。

 

 夕食中は色々な派閥の佐官が何人か話しかけてきて、数人は直接シャアの動向を訪ねてきた。予定通り自分は何も聞いていないと言うと、興味をなくしたようにそそくさと離れていく。

 分かりやすい反応に笑いを我慢しつつ、愛想笑いで対応するのはなかなか面倒だ。俺が派閥争いに関係していないことを広めてくれるのを期待するしかないが、暫くこれが続くと考えると億劫になる。慣れるしかないだろうな。

 

 

 

 朝のトレーニングを終えて朝食を取り、身だしなみを整えて待ち合わせ場所に向った。少し早めだったがティナはすでに待っていて、俺に気が付いたのか手を振って合図をしてくれた。回りに人がいるので少し恥ずかしい。

 ティナも買い物に行く時間がなかったのか、緑色の作業服を腕まくりして着ている。俺は軍服なので、はたから見ると仕事中にしか見えないだろう。まずは洋服店に向かい着換えを買うのがよさそうだ。

 挨拶を交わして早速モウサへ向おうと歩き出すと、ティナは不思議そうな表情を見せた。

 

「あの、他の人は待たなくて良いんですか?」

 

 うん? もしかして何人かで行くと思っていたのか? そう言えば二人だとは言わなかったか。

 

「ええ、二人ですので。とりあえず洋服店を探して着換えましょうか? ずっと軍服や作業服のままでは息抜きも出来ません。」

「ふ、二人ですか! それって、まさか! あ、待ってください。」

 

 顔を赤くして一瞬立ち止まったティナだが、俺がそのまま歩き出したので慌てて付いてきた。そういえば、女性を誘って二人で買い物ならデートか? 何で思いつかなかったのだろう。長い監視生活で枯れたのか俺? 違うと思いたいが。

 

 アクシズの重力ブロックから一度無重力ブロックに入り、モウサへと繋がるトンネルをゴンドラのようなもので移動する。モウサの出入り口にはターミナルが有り、バスの発着場やレンタカーなどもすぐ目の前だ。

 見て回るのならレンタカーだが、俺はエレカが運転できない。ティナはどうだろう?

 

「サイド3では学校で全員習うので私も運転出来ます。こう見えても運転は得意なんですよ!」

 

 ティナは腰に手を当て、大きな胸を張りながら笑顔でそう言った。特に免許などはなく、学校で運転を習うと各自のカードに登録されてレンタル出来るそうだ。試しに駐車場のレンタカーに近付いて、脇にあるパーキングメーターのような物に自分のカードを差込んでみた。文字盤に受付完了の文字が出て、すんなりレンタルすることが出来た。そうだろうとは思ったが、軍人なら当たり前なのだろう。

 確認のためにカードを差込んでしまったが、エレカはどうしよう? 時間でレンタル料金が取られてしまうので、ついでなんでティナに運転を習うか。

 

「ティナさん、私に運転を教えてはいただけませんか? 実は運転を習う機会がなかった物で。」

「いいですよ、お姉さんに任せなさい!」

 

 ティナは再び胸を張り、軽く胸を叩きながら威張るように言ってエレカに乗り込んだ。俺は助手席に乗り込み、ティナの解説を受けつつマーケットに向った。アクシズに着いた時に渡された資料の地図を持って来たので、それを見ながらナビをする。

 マーケットはターミナルから近く、すぐに到着。まだ建設中の店も多くて開いている店は多くはないが、あまり気取っていない若者向けの洋服店を見つけてエレカを駐車した。

 

 この世界での相場がわからないのでティナに聞くと、少し高いがサイド3からの輸送費を考えると相場くらいだそうだ。高級店などはわからないが、若者向けの店っぽいので高くは出来ないのかもしれない。

 お互いに試着しては見てもらい、数着の服をかごに入れてから店員に確認を取り、二人とも購入した服に着換えてから店を後にした。

 俺は紺のロングTシャツの上に白のTシャツ、ジーンズにスニーカー。ティナは、水色のTシャツに青いパーカー、白いハーフパンツにスニーカー姿だ。元々年齢よりも若く見えるティナだが、作業服から着換えたら高校生くらいにしか見えない。なんだかデートをしている気分になってきて、仕事を忘れてしまいそうだ。

 

 荷物をエレカに置き、近くにあるほかの店にも入ってみたり、オープンカフェでコーヒーとケーキ楽しんだりした。

 町を歩く人たちも小奇麗な格好で、顔も笑顔の人が多い。一年間の戦争で失われた資源を地球圏に送り出すアクシズの好景気が、市民にまで恩恵を与えているのだろう。この好景気は中継しているサイド3にも及んでいるはずなので、ジオン共和国は戦争を起こす前よりも景気が良くなっているのでは? 手は打っているだろうが、これが連邦との火種にならなければ良いが。

 

「どうしました、ゼクス少尉? 何か見えますか?」

 

 二人で歩きながらも、思わず頭が仕事用になってしまった。そぶりを見せずに考える技術を身につけないと、今後ミスをしてしまいそうだ。今回は誤魔化すか。

 

「すみません、気になったことがあって。今は軍服ではないので、少尉はつけなくていいです。敬語も必要ありませんよ。」

 

「へ? そ、そう言われても……いきなりは。でも……じゃあゼクス君……とか?」

 

 一年近く少尉と呼んでいたので緊張したのか、顔を赤くして徐々に小声になりながら君付けで俺を呼んだ。年下とは言え、男を呼び捨てで呼ぶのは抵抗があるのかもしれない。

 目に付いた店を回ってから洒落たイタリアンの店で昼食を取り、エレカで町外れに向った。

 モウサの内部はコロニーのように外壁を一周することが出来るので、地図には何も書いていない地域を通ってターミナルに出るはずだ。今日はターミナルから町に出たが、反対側には居住地があるのでドライブがてら見学をさせてもらおう。

 

 途中でエレカの運転を教えてもらった。昔試乗車で乗った電気自動車と同じような感じだが、色々な安全装置がついているので機能をカットしなければ事故はまず起きないだろう。標識も複雑な物はなく、交通ルールも面倒な物は無いのですぐに覚えられそうだ。コロニーはどこも共通らしいが、地球がどうかはティナも知らないらしい。ガソリン車が残っていたりはするのだろうか?

 

 町を抜けると、壁が見える辺りまで地面や床が丸見えになっている。町では空を映していた天井も、金属がむき出しの場所があって余計に殺風景に見える。徐々に開発されるのだろうが、この風景を見続けるのは精神衛生上良くないと思う。

 ゆっくりと走っていると、通行止めの看板が目に入った。工事中でも無さそうだがなんだろう? 地図には何も書いていない。ティナを見ると不思議そうな顔をしているので、彼女にもわからないようだ。

 考えられるのは……高級住宅地か? そう言えば、ゼナたちの屋敷がモウサのどこにあるのかを聞いてないのでありえる。隠しカメラで見られているかもしれないので、あんまりウロウロしないで引き返すべきだろう。

 

「ティナさん、引き返しましょう。工事中だったりすると危ないかもしれません。」

「はい、そうで……そうだね。もしかするとターミナルにお知らせかなにか有ったのかもね。」

「そうかもしれませんね。まあ、ドライブをしたと思いましょう。」

 

 エレカをUターンさせて来た道を引き返し始めると、町の方から走ってきた黒塗りの大型セダンとすれ違った。いかにも高級車っぽいのでお偉方が乗っていたのだろうか? 提督が乗っていたのかもしれない。

 町を抜けてターミナルを突っ切り、そこから居住地まで足を伸ばした。新築と思われるマンションやアパートが何棟も並び、町と同じように明るい表情をした人々の姿が見える。流石に話しかけてアクシズでの暮らしはどうかと聞くのは抵抗があるが、様子を見る限りは問題無さそうだ。

 

「綺麗な町並みだね。こうして見ていると、ここにずっと暮らすのもよさそう。父と母も呼ぼうかな?」

「それはいいかも知れませんね。今はどちらに?」

「引っ越していなければ、故郷の11バンチに。でも……父は整備士としてソロモンに行ったので……。」

 

 そう言ってティナは悲しそうな表情を浮かべた。家族のことを話題にするのは避けていたが、つい聞いてしまった。父親がソロモンに行ったのは知らなかったが、無事だったのだろうか? アクシズに到着した後に、本国へ名簿が送られているはずなので連絡があるだろう。

 こんな時、下手に慰めの言葉を言うのはあまり良くないだろう。タイミング良くアイスクリームの屋台を見つけたので、エレカを止めて買いティナに手渡した。女性には甘い物、というのが数少ない恋愛経験で得た知恵だ。

 うっすらと涙を浮かべていたティナだが、食べ始めると徐々に表情が明るくなってきた。俺も自分の分を買って食べて見たがこれは思ったより美味く、俺も表情が緩む。おそらく牛乳ではなくそれっぽい物が材料なのだろうが、美味いので気にすることはないか。

 

 

 夕食を共にしてからアクシズへと戻る。二人分の荷物を持ち、女性用の居住地の入り口までティナを送ることにした。私服で軍の施設の中を歩くことになるが、工場区画では民間人も働いているので、軍人以外立ち入り禁止の区画以外では問題はない。

 とは言え、男女が一緒に歩いていると目に付くのは当たり前で、すれ違う人たちにジロジロ見られるのは居心地が悪い。知り合いに見られると冷やかされそうだが、運良く誰にも見付からずに到着した。

 女性用の居住地は住民の許可を得ないと男性は入れないので、荷物はここで渡そうか? 俺がそう言おうと思ったら、ティナが先に口を開いた。

 

「こんなに楽しかったのは何年ぶりだったかな? 今日は誘ってくれてありがとう。また誘ってね。」

 

 ティナは俺から荷物を受け取り、手を振りながら居住区へ入って行った。彼女が角で曲がって見えなくなるまで手を振り、部屋に戻る道を歩き出す。一度部屋に戻り、着換えてからシャアへ報告に行くことにしよう。

 

 

 シャアへ町の様子を報告すると、納得したように頷くのが見えた。

 

「提督にアクシズの市民は現状で満足していると言われていたが、どうやらそのようだな。民意を得られないのでは、クーデターを成功させるのは難しいだろう。それを理解できる急進派の者は説得も可能だろうな。」

 

 シャアは顎に手を当て、俺に聞かせると言うよりは考えを纏めるようにつぶやいた。軽く息を吐いてから、明日の予定を話し出す。

 昼は自由でいいが、夜は提督主催の年越しパーティーがあるので一緒に出席するように言われた。スーツを買ってこなかったので冷や汗をかいたが、軍服でいいと言われたので一安心した。特に準備する物などもないので、時間にだけ気をつければいい。

 それ以外は自由でいいと言われたので、ゼロ・ジ・アールの調整作業に向うことにした。回りはエンツォ派の人間ばかりの可能性があるので気が抜けないが、久々のモビルアーマーなので楽しみでもある。

 急に動こうとしても勘ぐられてしまうので、まずは場の雰囲気を掴むところからかな。



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第九話 ゼロ・ジ・アールに乗って

 格納庫脇の更衣室でパイロットスーツに着替え、格納庫に入りゼロ・ジ・アールの元へ向う。数日前に見たリックドムが塗装中なのが目に入り、良く見てみると全身が白でモノアイの縁取りだけが赤く塗装されている。女性的な色合いなので、やはりハマーンの専用機なのだろうか?

 あまりキョロキョロしていて変に勘ぐられるのも面倒なので、早めに声をかけてエンツォ達を呼んでもらうか。ゼロ・ジ・アールの周りで作業しているメカニックに声をかけ、エンツォかマルコに連絡して欲しいと頼むと、話を聞いていたと言いながら近くの電話機に駆け寄り、すぐに戻ってきた。

 

「ゼクス少尉、私はユベール軍曹です。ゼロ・ジ・アールの調整を担当してますので、よろしくお願いします。今大佐が来られるのでもう少しお待ちください。」

 

 ユベールは20代半ばで短髪のさわやかな軍人で、少し面長なのが印象的だ。

 待っている間話を聞くと、何人かの腕利きパイロットが調整に参加していたが、扱いきれずに最終調整の途中で止まっているそうだ。どうやらドズルから送られたシャアの操縦データを元にして開発したら反応が敏感過ぎて扱いにくく、その上加速のGに耐えられるパイロットが少ないらしい。

 さらに、大型の機体なので操縦も複雑で、操縦をしていると大量に取り付ける予定の武装にまで手が回らない。武装を減らすと大型の機体の意味がないので、オートパイロットのプログラムを製作中だそうだ。

 今から始める最終調整は、ある程度以上のGがかかる機動でのバーニアの調整と、オートパイロットの煮詰めの作業を行う。まずは格納庫内で操縦の練習をして、問題なく動かせそうになったら宇宙空間に出て調整を開始する。

 ここまで説明して、ユベールは心配げな表情で俺を見た。

 

「エンツォ大佐からモビルアーマーの搭乗経験があるとは聞いていますが、本当に大丈夫ですか? かなり身体へ負担がかかると思いますが。」

 

 Gに強い身体とは言えないので馴れていると答え、ゼロ・ジ・アールのことを質問して下手なことを聞かれないように誤魔化す。下手に聞かれてエルメスに乗っていたことをしられると、ニュータイプだとばれてしまうだろう。例のニュータイプ研究所の存在が不気味なので、どんな物かを調べてからでも遅くないし、なんなら急進派の力を削いでから調べてもいい。

 ゼロ・ジ・アールについての話を聞いていると、エンツォが格納庫の奥から歩いてくるのが見えた。ユベールと共に敬礼で出迎ると、エンツォは軽く敬礼で返してから楽にするように合図をした。

 

「良く来てくれたなゼクス少尉。ゼロ・ジ・アール完成はアクシズにとっても重要な意義を持っている。君の経験を生かし、この機体を仕上げてくれたまえ。」

 

 エンツォは俺の肩に手を乗せてそう言い、また後で見に来ると言って戻って行った。もしかして一声かけるために来たのだろうか? 暇だとは思えないが……これはシャアに気を使っているというポーズか。『あなたの副官の出迎えにわざわざ自分が出ますよ。私はあなたを重要視していますよ』と見せているようにも取れる。いや、考えすぎか。

 

 とりあえずコクピットに乗り込み、ユベールと通信しながら操縦訓練を行う。前に渡された説明書を読んでいたため、最近の変更点を教わるだけで問題なく進んだ。実際に宇宙空間での挙動がどうなるかはわからないが、いきなりアクシズに激突したりはしないだろう。

 各部の点検後に宇宙に出ることになったので、点検の間に休憩を取ることになった。ユベールと共に休憩所に行きドリンクを飲みながら、宇宙空間での注意点を聞いていた。ある程度は調整が終っているので大丈夫そうだなと考えていると、二人の女性が休憩所に入ってきた。一人はハマーンで、もう一人は見覚えの無い中尉だ。

 その女性はオレンジがかった金髪をオールバックにしていて、おそらくは20歳前だとは思うが引き締めた表情で大人っぽく見える。この若さで中尉とは……そう言えば名簿で見たような気がするが、思い出せない。

 二人を見たユベールが立ち上がって敬礼をしたので、俺も慌てて立ち上がり敬礼をした。

 

「ナタリー中尉、それにハマーン様も。こちらがゼロ・ジ・アールのパイロットを務めるゼクス少尉です。ゼクス少尉、こちらはマハラジャ提督のお嬢様のハマーン様と、ゼロ・ジ・アールの操縦プログラムを担当しているナタリー中尉です。」

「よろしくお願いしますゼクス少尉。あなたのことはハマーンから聞いているわ。ゼロ・ジ・アールの操縦も期待してるわよ。」

 

 ナタリーは気さくなお姉さんといった感じでそう言い、俺の前に来て握手をした。近くで見て思い出したが、名簿には優秀なコンピューター技術者だと書いてあった。重要な仕事を任されているからこその中尉だろう。

 手を離すとハマーンが所在なさげにしているのが目に入った。そう言えば何でここに? ナタリーと一緒に来たので、仲が良いか仕事上の付き合いがあるとかなのだと思うが。俺のことを話したと言っていたので仕事だけの関係では無く、色々なことを相談するような間柄なのか?

 俺がハマーンを見たのに気が付いたのか、ナタリーが説明してくれた。

 アクシズでもニュータイプ専用機の研究をしていて、その試作機があのリックドム。ニュータイプであるハマーンがテストパイロットを務める予定で、セッティングをナタリーが担当している。今までその作業をしていたので、見学のためにナタリーに付いて来たのだそうだ。

 

 格納庫内に警報とノーマルスーツ着用の放送が鳴り響く。俺はコクピットで準備をするが、武装がないのですぐに終わりモニターで周囲を眺めていた。この機体を動かすほどバーニアを噴かすと外壁が破損するので、機体を固定しているアームで隔壁の外まで運ばれる。

 この格納庫は宇宙空間に繋がっている格納庫の奥にあるので、一度ゲルググが並ぶ格納庫を経由する。連絡済だったのかゲルググが隅に寄せられ、パイロットスーツやノーマルスーツを着た兵士たちが興味深そうに眺めていた。知る限りではアクシズで唯一のモビルアーマーなので興味深いのだろう。

 

 

 まずは自由に動かして操縦に慣れるところから始める。機体の重さか大きさゆえの鈍さかで、レバーの操作に一瞬遅れて急加速や急減速するが慣れると気にならない。30分もかからずに調整を始めることになった。

 通信の入る距離でナタリーの指示に従って動かし、違和感がないかや反応などを確認し、調整が必要な時にはアクシズの外壁に接触させて調整を受ける。好き勝手動かすのと違いストレスは溜まるが、変な癖をつけないように指示通りに操縦する。

 通信ではモニターにナタリーの顔が映るが、時々後ろから覗き込むハマーンの顔も見える。地味な作業だが見ていて飽きないのだろうか? それか、リックドムの調整の参考にするための勉強かもしれない。参考になればいいが。

 

 2時間ほど動かしてから休憩を取ることになった。昼近くだったので、ナタリーに誘われハマーンも入れて三人で近くの食堂へ向う。早めの時間だったので混んでなく、すぐに席に座ることが出来た。

 席に座り食事を始めると、ハマーンがチラチラと俺を見てナタリーがそれに気が付いたのか質問してきた。

 

「ゼクス少尉は今夜のパーティーには来るのかしら?」

「ええ、シャア大佐のお供をする予定です。お二人もご出席なさ「良かったわねハマーン。ついに憧れのシャア大佐と会えるわね。」」

「もう……ナタリー中尉ったら。」

 

 ナタリーが軽くひじで突っつきながらハマーンを茶化すと、ハマーンは顔を赤くしてうつむいた。これは……まだ会ったことは無いらしいので恋ではなく憧れに近い感情か? アクシズでもシャアの名前は有名なので、知っていてもおかしくは無い。自分と同じニュータイプで華々しい活躍をしていたシャアに憧れるのは理解できる。

 それからは二人にシャアのことを根掘り葉掘り聞かれ、余計なことを言わないように気を使いながら答えた。二人の話しぶりを聞いていると、ハマーンだけでなくナタリーもシャアに憧れているようだ。

 二人が特別なのか、大多数がそうなのかはわからないがシャアは人気者だな。ふと昔どこかで見たニコポナデポとか思い出したが、シャアはそれらを超えるチートを持っているのだろうか? いや、流石に違うか。

 食事が終るとハマーンは今夜のパーティーの準備があると言い、モウサに帰った。主催者が提督なので、手伝いをするのだろう。

 

 午後はアクシズから離れ、各方位に設置された監視レーダーを利用した高速機動の調整を行う。調整中でリミッターが外されているので、やり過ぎないギリギリの速度で加速して機体の様子を確認し、調整が必要ならアクシズに戻る予定だ。

 シートに座り点検を始めようとすると、格納庫から外に出す前に調整したい部分があるらしくナタリーがコクピットに入ってきた。小型端末のケーブルを繋いで猛スピードでキーボードを打ち込んでいるが、涼しい表情なのでいつもこれくらいのスピードなのだろう。点検をしながら視界の片隅で彼女を見ていると、彼女も何度か俺をチラチラ見ているのに気付いた。

 

「何か顔についてますか?」

「い、いえ。ずいぶんハマーンと仲がいいなって。私は彼女と会ってから何ヶ月もかかって仲良くなったのに……やっぱりニュータイプ同士だからかしら?」

 

 ん~と……何で知ってんだ? ハマーンが話したとしか考えられないが……そう言えばエルメスについては言わないで欲しいと頼んだが、ニュータイプについては何も言わなかったか。まあ知られたら仕方が無い。

 

「そうでしょうか。それよりも、私の上官がシャア大佐だからではないですか? ナタリー中尉も興味がありそうでしたし。」

「えっ! そ、そんなことないわよ。私は別に……」

 

 話しながら顔を端末で隠し、徐々に声が小さくなっているので説得力が無い。

 復活したナタリーがハマーンと出会ってからを話してくれた。歳が近いので話し相手になってほしいと提督に頼まれたのが切っ掛けで、たまたまテレビでみたシャアの話で盛り上がり、シャアについて調べるうちにパイロットの訓練を始めたらしい。

 戦争でニュータイプと呼ばれるパイロットたちの華々しい活躍がアクシズに伝わり、特にシャアの名前は知らぬ者はいないほど有名だ。ニュータイプに生まれたがゆえに苦しんだハマーンも、その話を聞いてパイロットを目指すのは不思議ではない。シャアに憧れるのもそうだろう。

 

 ナタリーがモニタールームに戻り、機体の準備が終ると早速外へ機体を出す。

 午後の調整を始めてから度目かの調整中に、半分ほどに減った推進剤の補給を受けていると通信が入った。さっきまで中心に映っていたナタリーの顔が脇に追いやられ、むさいおっさんが映っていた。いつの間にかエンツォが見に来ていようだ。

 

「ゼクス少尉、何人かのパイロットが君の腕とゼロ・ジ・アールの性能が見たいそうだ。少し付き合ってやってくれないかね?」

「かまいません。しかしこの機体には武装がありませんが?」

 

 説明書やユベールの解説では未武装だったはずだが。そう思ったら、一方的に攻撃を避けろと言われた。仮想ビームなので安心なのだそうだ。ちなみにゼロ・ジ・アールにはIフィールドが搭載されているのでビームライフルを使っても大丈夫だ、とか言われたがお断りした。説明書にこの機体はIフィールドが自動で張られると書いてあったが、自分が実験台になるのは怖い。出来れば無人で試してほしい物だ。

 それはともかく、操縦には大分慣れてきたのでこういった訓練もいいだろう。アクシズのパイロットの腕も見れるし、自分がどの程度できるかもわかるので一石二鳥だ。

 

 ナタリーにゼロ・ジ・アールの設定を変えてもらい、仮想ビームをモニターで見えるようにしてから宇宙に出る。すぐ近くで4機のゲルググが待っていて、その中の1機が手招きをしてから背中を向けてアクシズから遠ざかる方向へ動き出した。戦闘中と違いミノフスキー粒子が薄いので、通信可能な距離なのだがあえてだろうか? とりあえず後ろに付いていくとアクシズから大分離れた場所で止まり、先頭のゲルググが手を振ると3機が散開し残りの1機も背中を向けて飛び去った。

 数秒後、モニターに三角のマーカーが現れ後ろからの接近を知らせる。ゲルググのビームライフルの銃口が光った瞬間に機体をスライドさせて回避させると、今度は後方と下方からモビルスーツが接近してくる。

 反応が遅い! オートパイロットでは追いつかないので、マニュアルに切り替えて攻撃のタイミングを予想して機体を揺らして回避する。

 

 仮想ビーム相手にはニュータイプ能力は効かないらしく、モニターと経験からの予測で回避させるがかなりキツイ。なぜか3機しか攻撃してこないのと連携が上手くないので回避しきれるが、4機ならすぐに当てられるだろう。

 過度なGがかかると不味いが、今のままなら何とかなりそうなのでいい訓練になりそうだ。そう思った瞬間、背後から殺気を感じて機体を急上昇させると軽い衝撃が伝わってくる。モニターにはIフィールドに当たり円形に弾かれるビームの光跡が見えたので、仮想ビームではなく本物を撃たれたようだ。

 これは……殺す気か! 武器はないのか? 無いな。内蔵のメガ粒子砲もまだ調整中で、外付けのビーム砲はまだ取り付けられていない。強いて言えば両手くらいか。一機くらいならまだしも4機は無理だな。逃げるか。ペダルを踏み込もうとした瞬間通信が入った。

 

『スマン、設定をミスった。』

「そうでしたか。Iフィールドに助けられました。」

 

 モニターの中で片手を上げて謝ってきたのはダニエルだ。殺気を感じたので、設定ミスは嘘だとしか考えられない。わざとか何か裏があるのかはわからないが、今文句を言っても答えないだろう。

 それに、下手なことを言って4人がかりで攻撃されたら撃墜されるかもしれない。今は我慢してアクシズまで戻らないと。後でデータを確認すれば何があったかわかるはずなので、何らかの処罰は受けるだろう。もしIフィールドが無ければ撃墜はされなくとも掠るくらいはしたと思うので、お咎め無しとは考えられない。

 

 流石に続けるわけにもいかないのでアクシズに戻り、点検と調整をしているとエンツォを連れてダニエルがやってきた。エンツォの表情には軽い焦りが見えるのでダニエルから話は聞いているのだろう。だが、ダニエルは特に焦るでもなく興味深そうにゼロ・ジ・アールを眺めながら歩いてくる。

 点検の区切りがいいところでコクピットから降りて二人を出迎えると、エンツォが俺に近付いた。

 

「ダニエル大尉から話は聞いた。今回の演習は私の指揮下で行われたので、全責任は私にある。大尉には私から罰則を与え、シャア大佐にも私から謝罪をしておこう。すまなかったな。」

 

 小声でそう言ったエンツォは神妙な表情をしているので、この一件は予想外だったのだろう。視界に入ったダニエルも反省しているようだ。おそらく顔だけなのだろうが。

 二人が戻っていったので再び点検に戻りデータを確認していると、回避するための急加速時に高いGがかかっていた。データの間違いだと言って誤魔化せるとは思えないので、むち打ち症になったことにでもするか。それと元々Gに強い体質だと追加して話せば追及はされないだろう。

 

 データを受け取りにきたナタリーに、なにかあったのか聞かれた。どうせデータを見ればわかることなので、ダニエルとの一件を話すとナタリーは表情を曇らせた。

 さっきエンツォから通信が入る前に暫くの間ダニエルもモニターを見ていて、ゼロ・ジ・アールと戦って見たいとアピールしたらしい。ナタリーはまだ調整中だからと止めようとしたらしいが、上官であるダニエルには逆らえなかったそうだ。

 ダニエルは元々強そうなパイロットに演習を挑むのが趣味で、アクシズでも殆どのパイロットと戦っている。1対1では殆ど負けないが戦闘指揮は苦手で、部下も似たような性格の兵士ばかりが集められているらしい。

 それを聞くとあの3機の連携が取れていなかった理由が分かる。しかし、連携の取れていない部隊は戦場ではどうなんだ? そう言えば、エンツォの部下はジムの完成前にアクシズに出発したのでモビルスーツ戦は未経験だったはずだ。戦場を甘く見ているとは思えないが、自信を持ちすぎているのだろうか?

 

 作業終了後、ナタリーに首が痛いアピールをしてから格納庫を後にした。部屋に戻る途中で湿布を買わねば。

 

 

 

 

「その首はどうしたのかね?」

 

 夕方、シャアの部屋に入ると開口一番そう聞かれた。あまり目立たない湿布を選んで貼ったのだが、すぐに気が付かれるとは思わなかった。注意力が優れているのだろう。

 今日あったことを説明するとシャアは渋い顔を向けた。

 

「ダニエル大尉か……聞いたことの無い名だが、注意すべきかもしれんな。そういった人間は何をするか予想できんからな。」

 

 同感ですと答えてモウサにあるホテルへ向う。今夜のパーティーは軍人を初め、民間企業の幹部や本国から来ている事務方も参加するので、モウサで一番大きなホテルで開催される。前にモウサを見に行った時には近くに行かなかったが、ターミナルの隣に天井まで届くように建っているホテルの最上階で行われる。

 

 会場は数百人は入れるであろう大きさで、大勢のスタッフが出迎えていた。受付で名札を胸につけ、ワインの入ったグラスを受け取ってから中に入る。すでにパッと見で百人近くの参加者が駆け引きを繰り広げているようだ。

 シャアと共に数人の背広組と会話をしている提督の元へ挨拶に向うと、順番を変わるように場所が空き、また違う場所に輪が出来る。

 

「良く来てくれたなシャア大佐、ゼクス少尉。是非今夜は仕事を忘れて楽しんでくれたまえ。」

「はい、お言葉に甘えさせていただきます。」

 

 シャアに続いて挨拶をすると、すぐに次の参加者が後ろに見えたので場を譲る。慌しいがこういった場ではこうすると、以前アサルム内で受けたマナー講座で習った。受けてて良かった。

 高官の出席するようなパーティーは人生初なので、シャアに恥をかかせない様に注意しないといけないだろう。その上で俺の顔も売り込まなければならないので、精神的疲労が溜まりそうだ。

 怪訝な目でサングラスをかけたシャアを見た参加者達が、シャアの名札を見て慌てて名刺入れを胸ポケットから取り出しながら近付き挨拶をする。シャアはいかにも手慣れた対応し、次々挨拶に来る何人もの相手をこなしていく。こういったシャアの姿を見ると、やはり世が世なら政治家の子で、今でもその気になればその世界に入れる存在だと改めて思う。

 その姿を見ながら対応の仕方や、挨拶に来る人々の名前や顔を覚えさせてもらおう。今後必要になるだろうし、必要な場に出られるように売り込まなければ目標の達成は出来ないだろう。

 

 暫くの間シャアに挨拶に来る人達と当たり障りの無い会話をしていると、会場の奥から歓声が上がる。提督を始めとした高官や、おそらく企業の幹部達が着飾った女性達をエスコートしながら階段をゆっくりと下りてくる。

 提督はハマーンとセラーナを左右に連れ、エンツォは綺麗な若い女性を連れていた。奥さんにしては若い気もするが、娘には見えないのでやはり妻か? 離れているのではっきりとは見えないが、薄いピンク色のドレスを着たハマーンはぎこちない笑顔を、ハマーンよりも少し濃いピンク色のドレスを着たセラーナは愛らしい笑顔を見せている。

 階段から降りてきた高官に人々が群がり、女性をおだてて高官に自分を売り込むのに懸命だ。俺達もそうするべきなのだろうが、シャアは動かない。今動いても人波で身動きが取れなくなりそうなので、タイミングを待っているのだろう。

 

 一息つくためにボーイに合図をして水を受け取り喉を潤していると、シャアが目で合図をよこした。シャアは人の流れを見て、今ならスムーズに提督の元に近付けると見たのだろう。

 離れないようについていくと、シャアは人の流れを上手く読み殆ど話しかけられもせずに提督達の下へたどり着いた。

 セラーナはこういった場に慣れているらしく、人懐っこい笑顔を見せつつ大人達とも上手く会話をしてた。彼女のこの笑顔は効果的に働き、笑顔を向けられた年配者はまるで孫を見るように相好を崩している。まあ、気持ちはわかる。

 ハマーンはぎこちない表情でたどたどしく返事を返している。明らかに場慣れしていない上、緊張しているのが見て取れる。ここに来るまで何年か研究所に入っていたので、こうやって人前に出るのには馴れていないのだろう。ナタリーから人見知りだと聞いたので、それでなのかもしれない。

 そう言えばナタリーはいないのだろうか? 周りを見渡すと、ハマーンの後ろに軍服姿のナタリーがいた。時々ハマーンに何かささやいているので、サポートをしているのだろう。

 

 提督と話していた客が動いたので、シャアが提督の前に進み会話を始めた。両隣にいたハマーンとセラーナは、自然な動作で現れこの大勢の人の中でも緊張も表さずに声をかけるシャアに目を奪われた。

 

「ハマーン様、セラーナ様。お初にお目にかかります、シャア・アズナブルと申します。」

「セラーナ・カーンです。話し相手になっていただき長旅も苦ではなかった、とマレーネお姉さまからお話は伺っています。」

 

 提督との会話を終えたシャアは、セラーナとハマーンに軽く頭を下げながら自己紹介をした。セラーナはスカートを摘み優雅にお辞儀を返したが、ハマーンは笑顔を見せるシャアに目を奪われて固まってしまったようだ。こういった場所ではちょっとしたことが誇張されて噂になるので、何とか正気に戻さないと。

 何か話しかけようかと思ったが、ナタリーが小声でハマーンの名を呼ぶと気が付いてお辞儀をした。ハマーンは耳まで赤くし、小声になりながら返事をしてお辞儀を返した。

 

「シャア大佐、私のことはハマーンと呼んでください。」

「わかった。ハマーン、これからよろしく頼む。」

「は、はい。」

 

 見つめ合う二人が何かを感じているのがわかる。俺はハマーンから力の強さしか読み取れなかったが、何人ものニュータイプと出会ってきたシャアは何を感じ取っているのだろうか? そしてハマーンは憧れの人シャアに何を見ているのだろうか?

 二人の共感はほんの数秒だったが、お互いに何かを得た表情をしている。二人にしかわからない何かを得たのだろう。

 

 後ろに立つナタリーもシャアに自己紹介をし、やはり憧れのまなざしでシャアを見つめる。ハマーンのように数秒も目を合わせることは無かったが、充分満足そうな表情を浮かべている。

 その間にハマーンとセラーナのドレス姿を褒め、パーティーを楽しんでいることを伝えた。俺はシャアの副官という立場上二人と人前で親しくするのは避けるのが無難だと思うので、あまり長く話さずに順番を譲るべきだろう。

 それから、当たり障りの無い会話をいくつか交わして次の人に順番を代わった。

 

 

 年越しパーティーとは言っても午前0時まで開かれることは無く、日が変わる前にはアクシズに戻った。話があると言われシャアの部屋に入ると、さっきのハマーンとの間に感じたものについての話を切り出された。

 

「彼女から感じた力は、まるでララァ・スンを思わせるものだった。君もララァに出会ったと聞いたがどう思った?」

「私が出会ったときには精神、と言うか魂のような存在だったのでなんとも言えませんが……改めて考えるとそうかもしれません。」

「私は、人は戦争でニュータイプに覚醒すると先の戦争で知った。だが、ハマーン・カーンは違う。彼女は戦争を経験せずにニュータイプとして目覚めている。何故だ!」

 

 サングラスを外し眉間に皺を寄せたシャアは、普段の姿とは違い声を荒げ手を握り締めてそう言った。もしや、ララァを戦場に出したことを後悔しているのだろうか。戦場に出さずに目覚めさせることが出来ていたのではないかと。

 もしかしてシャアはハマーンが研究所で何をされたかを聞き、ニュータイプの素質を持つ子供達に実践しようとか言い出すのでは? ハマーンの様子を見る限り、決して良い物だとは思わないのだが。

 

「そう言えば、ララァがフラナガン機関で訓練を受けたと聞いたことがある。ニュータイプ能力を高める訓練を。ハマーンもそうなのだろうか?」

「訓練……ですか? 私は聞いた記憶がありませんし、受けた記憶もありません。そういったものがあるのですか?」

「詳しく聞きはしなかったが、確かにそう言っていた。フラナガン機関は連邦に接収されたと聞いているので、今となっては知るすべはないがな。」

 

 訓練? 聞いたことが無い。俺は受けた記憶がないし、原作でも見た記憶が無い。ララァが受けていたのなら非人道的なものではないだろうが、本人にも知らせずに何かをすることも不可能ではないだろう。

 この件は、それとなくハマーンから聞いてみることにした。研究所で何をされたかをストレートに聞くのは、ハマーンの様子を見る限り得策ではないだろう。最悪の場合、トラウマを刺激してしまう可能性もある。

 

「そう言えばアクシズにもニュータイプ研究所があると言っていたな。調べて見る必要があるな。」

 

 シャアは俺を見ながらそう言った。おそらく調べろという意味なのだろうが、後回しにするつもりなので期待されても困る。と言ってもハマーンとナタリーから俺がニュータイプだと気付かれる可能性があるので、こちらから何もしなくても接触が有るだろう。急進派が強いうちは俺の情報を急進派に流されそうで気が進まないが。

 

 話を終えると部屋に戻っていいと言われたので、年中無休のストアで酒とつまみを購入してドミニカへ向った。ドミニクでアクシズに来たメンバーが飲み会をすると聞いていたので、この時間ならまだ終わっていないだろう。

 

 歩きながらふと思い出したが、今のハマーンが原作のハマーン様になるとは思えない。何かを切っ掛けに野望を持てばシャアと仲違いをし、シャアがアクシズから出て行く原作の流れになるだろう。しかし、どこでそうなるのか?

 原因はわからないが、あのハマーン様になる切っ掛けを防ぐことが出来れば、シャアはアクシズに残るだろう。そうなるとグリプス戦役がどうなるかわからないが、マ・クベがティターンズを見過ごすとは思えないので何とかするはずだ。なんなら俺も地球圏に戻り、記憶を利用して介入してもいい。

 エゥーゴを支援してスペースノイドの地位を高めれば、アースノイドと対等の関係に立てる可能性もある。これだ! 平和への道筋が見えた気がする。

 

 

「それでは、13番ジャーニー行きます! マック艦長の真似「しょうがないな、報告書は明日でもいいぞ。その代わり今度のプリンは……わかっているだろうな。」」

「怒られるぞー!」「似てる!」「そこはゼリーじゃないのかー!」

 

 ドミニカの食堂はすでにカオスだった。笑い声も多く聞こえているので似ているのだろうが、マック艦長とは少し話しただけなので伝わらない。

 30人以上集まり、酔っ払い特有の声の大きさで騒いでいる。食堂の隅にはかなりの数の空き瓶が並んでいるので、すでに後半に入っているのかもしれない。幹事に買ってきた酒を渡し、メカニックが集まっているテーブルにティナと主任を見つけたのでそこの席に座ることにした。

 

「あ、ゼクス少尉もきたんですね! さあ駆けつけ3杯!」

 

 酒をコップからあふれんばかりに、いやあふれてる! ティナの顔を見るとすでに赤く染まっていて、すでに出来上がっているようだ。横を見ると主任を始めとしたメカニックたちも盛り上がっていて、そろそろ裸踊りが始まりそうな勢い……他のテーブルでは上半身裸の恰幅のいい軍人達が相撲的なスポーツを始めている。

 女性も何人かいるが「もっとやれ」や「ズボンも脱げ!」など囃し立て、火に油を注ぐ。

 

 やはりさっきまで出席していたパーティーよりも、こういった飲み会のほうが落ち着く。精神的にも疲れたので、パーッと飲むのもいいか。



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