【FAIRY TAIL】竜と人の子~雪の滅竜魔導士~ (折式神)
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いつか消える夢だとしても

 火竜(サラマンダー)と呼ばれる魔道士や、その仲間たちが名を馳せるよりもずっと昔の事だった。

 (ドラゴン)と竜が争い、1つの大きな戦争となっていた時代。人を食料……もしくは虫けらとしかおもっていない竜と、人ともに手を取り合って生きる竜との終わりなき戦い。

 竜と竜の激しい争いに、人が介入することはできず、ただ自分たちと手を取り合う竜たちの勝利を願うことしかできなかった。

 

 あるとき、とある竜が人に魔を与えて争いに参加させた。それは圧倒的な力を誇り、竜と人の群の勝利は目の前だった。

 しかし、人は欲に負けた。竜以上の力を手に入れて傲れて、竜を見下すようになったのだ。人は竜を裏切り、裏切られた竜は二度と人と歩む道を選ぶことをやめた。いつしか、竜と人との戦争になっていた。

 しかし、争いの中で竜と人の中に互いに恋に落ちたものがいた。そして、人が竜の子を宿したのだ。だが、許されるはずがなかった。その者たちは互いの種族から追放された。だが、その者たちに後悔は無かった。

 

 ……争いは終わった。竜は世界から消え、人が英知を謳歌する時代になった。最後の勝者は人でありながら竜の王となった。その男の本当の名は長い年月の中で忘れ去られた。いつしか、その存在も語られるだけのものとなった。

 

 戦争の名は竜王祭。

 

 その争いの中にいた裏切り者のことを語る者など、誰もいなかった。

 

 

――

 

 

 大きな翼を持つ竜に見守られながら、今日も空を飛ぶ練習をする。竜と違って翼のない私は、造形魔法で翼を作って飛ぶことを学んでいた。

 

「ヴェアラ! できたよ!」

 

 何度もやって、ようやく飛べるようになった。嬉しくて思わず声を上げていた。

 

「その調子よ」

 

 褒められたことで更に嬉しくなって気を抜いてしまった瞬間、バランスを崩して地面に落ちてしまった。少しだけ痛かった。だけど、褒めて欲しくてすぐに起き上がる。痛みなんて小さなものに思えた。

 

「これで、ヴェアラと一緒に空を飛べる!」

「あらあら、まだ早いわよ。もっと高く飛べるようになってからね」

 

 そう言って、ヴェアラは私の頭を撫でていた。大きな手は覆い隠して真っ暗になるほど立派で、こうされるが大好きだった。

 いつか竜と一緒に大空に羽ばたく。そんな日を夢見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな楽しい日々が遠く感じるようになり、魔法も上手く使えるようになった。それでも、私はいつまでも子供ように洞窟でヴェアラに寄り添って寝ていた。

 

「……ヴェアラ?」

 

 何か大きな音がした気がして、目が覚めると、いつも横にいるはずのヴェアラがいなかった。いつもなら、狩りにでもいっているのだろうともう一度眠りにつこうとするが、その日は嫌な予感がして、ヴェアラを探していた。

 すっかり空も自由に飛べるようになり、探すのは簡単だった。ただ、私が見つけたのはヴェアラの白い姿ではなく、赤い姿の竜。そして、翼と尻尾の生えた人。

 

 ――ヴェアラ。

 

 何故かその人を見て、私はそれがヴェアラだと思った。次の瞬間には、体が勝手に動いていた。

 

「貴様、我の前に立つなら容赦はしないぞ」

 

 赤い竜は唸りながらヴェアラとの間に降り立った私に威嚇をした。私の知らない竜の凶暴さに、思わず足が竦む。

 

「ステラ! 逃げて!」

 

 名前を呼ばれて、その声で確信した。この人はヴェアラだと。そして、その傷を見れば、この赤い竜と争っているのだということも。

 教えられた魔法を使って赤い竜に攻撃を仕掛けた。仕留めることは考えていなかった。ただ足止めして、その間にヴェアラを連れて逃げればいい。

 

「ぬぅ……小癪な!」

 

 怯んだ隙を見逃さず、私はすぐにヴェアラを抱えて空へ飛んだ。いつもと違う肌の感触と温かさ。しかし、今はそんな呑気なことを考えてる場合ではない。

 

「ヴェアラ、私を置いて――」

「馬鹿なこと言わないで!」

 

 思えばこれが初めての我儘だったかもしれない。初めて、ヴェアラの言うことを聞かなかった。

 

「生意気な小娘が! ヴェアラの教え子だろうと、邪魔するなら迷わず殺すぞ!」

 

 地面だけでなく、空すら大きく揺れた。赤い竜が地面を蹴り羽ばたいたのだ。一瞬で私の上空に舞い上がった。

 

「そんな――」

「ヴェアラ!」

 

 刹那、目に写ったのは業火。空が真っ赤に染まるほどの錯覚……竜の業火は、一瞬で私たちを覆い尽くして、逃げ場を失った。

 私が抱えていたはずのヴェアラが翼を広げていた。……それしか、わからなかった。

 

 

 

 

 

 

 真っ暗だった。雪崩に巻き込まれて、一度同じようなことになった。けど、なぜか冷たくない。必死に自分を覆っているものをどかして、急に明るくなった世界に目が眩んだ。

 広がったのは見たことのない世界。黒く焦げた岩肌が剥き出しになり、至るところから火が噴き出し、どろどろとした液体が流れている。いつも過ごしていたはずの白い雪の世界とはあまりにもかけ離れていた。

 足下に残っていた雪。雪だと思っていた。それが雪ではないとわかっても、認めたくなかった。

 

「ヴェアラ……?」

 

 そんなはずはないと、これは夢だと思い込みたかった。

 白い鱗と肌は焼け爛れ、大きな翼も朽ちて無惨な姿となっていた。こんなヴェアラは知らない。こんな弱々しい姿を見たことはない。けど、弱々しくも私を見て微笑むその表情はヴェアラのものだった。

 

「ごめんね……怪我はない?」

「……うん、大丈夫だよ」

 

 声を聞いて少し安心する。けど、冷静になればなるほど、認めたくない現実を突きつけられた。

 話すことすら苦しそうな姿。そこにいつもの力強さを持った面影はなかった。死ぬわけない、絶対に認めたくない。けど、これが夢でないことくらいわかっていた。

 

「よかっ……た、無事で……」

 

 虚ろな瞳。起き上がることも出来ず、必死に何かを探すヴェアラの手を力一杯握った。

 

「ここにいるよ、ここにいるからッ……」

 

 少しだけ、瞳に光が戻っていた気がした。

 

 ずっと握っていた。この手を話したら二度と会えなくなってしまう気がした。もうヴェアラが助からないのは感じ取れていた。それでも、こうしていれば何かが変わると信じるしかなかった。信じて、手を握ることしかできなかった。

 

「あなたは、私と——の、竜と人の子……」

「……なんのこと、ヴェアラ」

 

 あまりにも弱々しい声。何かを伝えようとしていた大事な言葉を聞き逃してしまった。あまりにも突然の告白に、頭が追いつかなかった。

 

「いつか、こうなることはわかっていた。それでも、私は……幸せだった。貴方のお父さんに恋をして、みんなから命を狙われることになっても、私はあの人と一緒に過ごせる日々が幸せだった……」

 

 そして、と言葉を続けたヴェアラの笑顔。そこには別れなど感じさせない強さがあった。

 

「ステラ。あなたが産まれてくれて――」

 

 咳き込んで、ヴェアラの言葉が止まる。一瞬で崩れた表情が、別れという現実に引き戻す。

 

「あなたと、この日々が大切で……私……」

「ヴェアラ、しっかりしてよ! 嫌だよ、こんな――」

 

 ごめん。と呟き、涙を流す。初めてヴェアラが泣いているのを見た。笑顔は消えて、苦しさを露にしていた。

 

 

 

「ステラ……こんな私だけど、一度だけ、ママって呼んでくれる?」

「ヴェアラじゃ……ダメなの?」

 

 

 そんな言葉に母は最期に笑っていた。

 

 

 

 

 

 ——必死に掴んでいた手が、するりと抜けて落ちた。

 

 

 

「……いや、そんな……ヴェアラ!!」

 

 

 

 もう、返事はなかった。必死に体を揺すっても、何も反応してくれない。

 

 

 

「ママ!……呼んだよ、一人にしないでよ……何回でも呼ぶから……ママ! ねぇ、褒めてよ……ちゃんと……呼んだのに……」

 

 

 

 笑顔を作って、必死に呼びかける。けど、もう届かない。あまりにも遅すぎる後悔だった。どうして、すぐにヴェアラの願いを叶えなかったのか。素直に呼ばなかったのか。

 

 

 

「もう一度……撫でてよ……ちゃんと、出来たんだよ?」

 

 

 

 呼びかけても、もう二度とヴェアラの口が開くことはなかった。

 

 

 

「ほら、こうやってさ……あのときみたいに……」

 

 

 

 初めて空を飛べた日。思い浮かべたその光景に縋って、私はヴェアラの手を頭にのせようとした。

 あの日とは違う小さな手。それは、あまりにも簡単に頭から落ちてしまった。

 

 

 

「嫌だ、一人にしないで……」

 

 

 

 作った笑顔は崩れて、ぐしゃぐしゃになる。嗚咽が止まらなかった、ずっと、ずっと、泣いた。

 初めて雨を見た。雪ばかりの山に、雨が降っていた。

 どれだけ泣いても、叫んでも、少しも心は晴れなかった。

 

 

 

 

 

 

 雨は冷たかったけど、ひとりぼっちになった。私と一緒にずっと泣いていた。



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―本編―
第1話 出会い


 方向や感覚すら狂いそうな真っ白な世界。陽の光さえ遮る吹雪の中、忘れようと歩き続ける。一歩、また一歩と踏み出し、帰ろうと何も見えない吹雪の中を進んでいく。

 妙な気配がして、立ち止まる。獣の匂いも少しだけするが、何より血の匂いがした。少し進むと、荷物も何も持たずにたった一人で血だらけの男が立っていた。

 

「なにしてるの?」

 

 声をかけたのは気まぐれだった。無視してもよかった。しかし、この吹雪の中に放置すれば死んでしまうだろう。心のなかに見殺しにしたなんて小さな罪悪感を残すくらいなら、助けたほうがいいと思った。

 

「嬢ちゃんこそ、そんな薄着でこんなところに何の用だ?」

 

 男は夢でも見ているのかと錯覚しているようだった。オレはもうだめかな。なんて雰囲気が漂っている。

 私に気づく前から警戒していたみたいだが、なにかと戦っていたのだろう。しかし、今はこの男をどうにかするのが先だ。

 

「……くそっ、あと1体だったってのによ」

「あと1体? あなた、バルカンの討伐に来たの?」

「……ああ」

 

 そもそも普通の人はこんな雪山には近づかない。夏だというのに、この吹雪。迷うような道もなければ、休める場所もない。極寒の地で、周りから隔離されているのではないかと思うくらい酷い土地なのだ。

 しかし、そんな土地だからなのかバルカンという魔物が生息している。バルカンが食料を求めて、人里に降りて悪さをするたびに……バルカンを討伐しにくる魔道士が来るのだ。

 バルカンには何度か数を増やすなと散々言っているし、実力行使もしている。ここ数年は大人しくしていたと思っていたが、魔道士が来たということは、何かしでかしたのだろう。

 しかし、今はこの男を説得して連れてくことが最優先だ。このままじゃ死ぬ。失血死が先か凍え死ぬのが先か。

 

「そんな傷じゃ無理。バルカンに接収(テイクオーバー)されるか、そのまま死ぬよ」

 

 例えこのまま男が戦ったとしても、バルカンに勝てる見込みはない。接収(テイクオーバー)されて、自身もバルカンになってしまうのが精々だろう。そうなってしまったら、せっかく討伐したのに元も子もない。

 男はしばらく黙り込んでいる。まだ意識ははっきりとしているが、心はここにあらずといった様子だった。

 

「ロメオに……約束したんだ。このまま逃げたら、ロメオに会わす顔がねぇ」

「少し、動かないで」

 

 傷口に手を当て、魔法で凍らせた。とりあえずの応急処置だ。運んでいる途中で死なれてしまっては困る。

 

「冷てえ!?」

「放っておけば失血死するくらい傷が酷い。少し我慢して」

 

 暴れる男を無理矢理に抑えながら止血する。凍傷にはなるが、ここで死ぬよりマシだろう。

 処置が終わってから男の体を起こす。早くしないと本当に死んでしまう。

 

「怪我の手当をしてもらうから、小屋まで案内する」

「ダメだ、ロメオとの約束がまだッ!」

「その約束、あなたの命より大切なこと?」

 

 悔しそうな表情から一転。自嘲気味に男は笑い出した。……寒さで頭がおかしくなったのだろうか。

 

「……その通りだな。すまねぇ、案内してくれ」

 

 結局、強がっていたわりには男の体力は残っていなかったらしく私がほとんど支えながら歩く羽目になった。吹雪で視界も悪い中、迷わずに進む私に男は驚いていた。

 

 

 

 男の息が荒くなって、しばらく経ってようやく小屋についた。扉を開けて「ただいま」と小さく呟く。

 奥から初老の男――エイリアスが驚く様子もなく現れた。

 

「エイリアス、この人のこと頼んでいい?」

「別に構わんが……久しぶりに帰ってきたと思ったら、とんでもないお土産を持ってきたな……」

 

 お願い。とだけ言い残して小屋を出ようとする。エイリアスはそれを止めなかったが、ここまで運ばれてきた男は「嬢ちゃん、待ってくれ」と私を引き止めた。

 嬢ちゃんというのが気に入らなかった私は、少しイライラしながら振り向いて口を開いた。

 

「嬢ちゃんじゃない、ステラだ。ステラ・ヴェルディア」

「……マカオだ、マカオ・コンボルト。あんたのおかげで助かった、本当にありがとう」

 

 なにかに化かされていたのかと男はエイリアスに尋ねていた。その答えを聞く前に、私は小屋の扉を閉めていた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 最近は家に帰っていなかった。その理由はあまりにも子供じみているが、「旅をしたい」とエイリアスに告げたところ。色々と小言を言われ嫌になったたからだ。

 ただ、一番の理由は「復讐なんて考えるな」と一蹴されたからだ。そのときに思わず、言い返してしまって、そのまま出ていったのだ。

 勢いのまま旅に出てしまおうかとも考えた。しかし、7年前に私を拾って育ててくれた恩人に、礼の一つも言わずに別れることはできなかった。結局、中途半端なままに彷徨っていたのだ。

 そんな私にバチが当たったのだろうか。どこからか「助けて」という声が耳に届いた。……1日に2度も人を助けることになるなんて。

 

「……残っていたバルカンかな。まさか、誰かさらわれたのか」

 

 バルカンは人を襲う。見境なく種族を存続させるために、なんでも接収(テイクオーバー)する。

 

「最悪だ……」

 

 気づかなければ放っておいても、私には元々関係のないことだ。しかし、存在を知ってしまった以上は、それを無視して知らん顔ができない。「あのとき助けなかった人はどうなってしまったのだろう?」なんて頭の片隅で考えてモヤモヤするのはすごく嫌なのだ。

 

 

 

 

――

 

 

 

 念願の夢が叶って、ようやく憧れの魔道士ギルド妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入れて嬉しかった気持ちはどこへやら。ルーシィは今の状況に絶望していた。

 

 

(なんでこの猿、こんなにテンション高いのよ!)

 

 

 ずっと「女、女」と言いながらぐるぐると回る。その気持ち悪さに悪寒が走る。もしも寒さ凌ぎのためによんでいた精霊――ホロロギウムの中に避難していなければ、どうなっていたかわからない。だけど、このままでは一向に進展しないとルーシィは悩んでいた。

 

「大丈夫……みたいだね。また魔道士か」

 

 声がした方を見ると、白い髪の少女が立っていた。明らかに自分より年が下で、思わず逃げて! とルーシィは叫んでいた。

 

「お前も女か。オデ、女好き!」

「それをおいて逃げるなら、命までは取らないけど」

「ウホーホー!」

「……仕方ない」

 

 一瞬だった。バルカンが少女に一直線に向かっていこうとしたのと同時に、少女はバルカンの両腕の内側に潜り込んで、腹を殴り、倒れた体を蹴り飛ばした。そのまま後ろの崖に落ちていったのを確認した少女は、もう大丈夫とルーシィに声をかけた。

 

「「凄い……勝っちゃった」と申しております」

 

 明らかに自分が勝つとは思っていなかったという台詞に少女は少し苛ついたようだった。その言葉をそのまま告げる古時計のような精霊にも、同時に同じ怒りを覚えているようだ。

 

「とりあえず出たら? 凄く話しにくいんだけど……」

「「あたし、ルーシィ。あなたは?」と申しております」

「……ステラ」

 

 何だか異様な光景の自己紹介だ。なんて思われてそうだと考えていると、ボフン……と音を立てて精霊が消え去った。

 

「ヤバい……魔力切れちゃった」

 

 言わなくてもわかる。そんな顔をステラはしていた。魔力を使い果たすまで精霊に閉じこもるなんて馬鹿だと思われそうだが、バルカンに襲われている状況では最善の策だったとルーシィは思っている。

 

「それで、こんな雪山に一人で何を?」

「仲間と一緒に来てたんだけど……はぐれちゃったのよね」

「……まさか、マカオって人?」

 

 その名前を聞いて、ルーシィは無事なのかとか何で知ってるのとか、間をあけずにステラに詰め寄った。落ち着いて! と言葉を繰り返すのがステラには精一杯だった。

 

「その人なら無事だよ。じゃあ、あなたも――」

「ナツと一緒に探しに来たんだけど、ナツとはぐれちゃったの」

「……なに。じゃあ、もう一人遭難してるってこと」

「うん」

 

 なんでこんなにややこしいことになるのかと、ステラは大きなため息をつかずにいられなかった。ようするに、ナツとルーシィは仕事に行って帰ってこないマカオを探しに来たということだった。とりあえず、このルーシィという人を小屋まで運ばないといけない……と。こんな薄着でいたら、凍え死ぬのは目に見えていた。

 

「わかった。私が探してくる。それよりもあなたが山を下りないとどうにもならない」

「い、いいよ。自分で探すから、突然会ったばかりで、迷惑かけられないし」

「迷惑って話なら、バルカンに攫われてる時点で変わらないよ」

「う……それは……」

 

 ステラのもっともな言葉に、ルーシィは言葉を詰まらせる。

 魔力が切れている状態で他のモンスターに襲われたりしたら終わりだ。なんて冷酷に告げる。人を食料としかみない奴だっているんだ。なんて思っていたが、それは怖がらせるだけだと思いステラは口にしなかった。 

 

「運が良ければ下山中に会うかもしれないし、会えなかったら私が探すから」

 

 一発でバルカンを倒すような娘だし、まかせても大丈夫だろうとルーシィも考えた。

 

「ありがとう」

 

 寒さで動けないルーシィをステラが背負って山を降り始めた。もう昼か夜かもわからないほどの暗闇になっていて、ステラが舌打ちしていた。

 

「迷惑かけちゃって、ごめん」

「ん……ああ、ごめん。別にルーシィに苛ついてるわけじゃないんだ。ただ、この中で人を背負って下るのは危ないなって」

「そういえば、寒くないの?」

 

 そんな状況なのに、ルーシィは呑気にステラに尋ねた。ルーシィからみたら、ステラの格好も相当寒そうなものだった。上着を着ているが、中は1枚だけ。それに下はスカートで薄い黒のタイツ。どう考えても雪山には薄着すぎる。

 

「……そういう体質だから」

「へ……へぇ……」

 

 こんな雪山で、白い髪の少女。まさかと思ってルーシィは思わず口にしてしまった。

 

「もしかして……雪女とか?」

 

 嫌そうな顔で振り向いてきたステラを見て、やってしまった。とルーシィは思った。

 

「ご、ごめんなさい。……怒らせちゃった?」

「無駄口叩く余裕があるなら、歩かせるけど?」

 

 そういって、ステラはルーシィを降ろして先に歩き始めて。結局、ルーシィは自分で歩くことになった。そのまましばらく会話がなかったが、ステラから話をふってきた。

 

「……そのマフラー、誰から貰ったの?」

「え? あ、これね。ナツから借りたの。大切なものだけど、寒い寒いとうるさいから、特別にって貸してくれた」

「そっか。……じゃあ、ナツって人が持ち主なんだよね?」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

 

 

 

――

 

 

 

 まさか、そんなはずはないと思っていた。だけど、その匂いは、私にあの嫌な思い出を呼び起こさせていた。

 

「大丈夫?」

 

 心配そうにルーシィに声をかけられる。助けているはずの人に心配されるなんて、変な気分だった。

 

「うん? あ……ああ。それなら、探すときに手がかりになるかもしれないから、借りても大丈夫?」

「大丈夫だと思うけど……どうするの?」

「ほらそこ、雪深いから気をつけて」

「え? うわっ!?」

 

 私と同じ場所を通って後ろについていってるのに、ルーシィだけが雪に埋もれた。どこがとは言わないが、私より大きいから重いのだろう。それ以前に、ルーシィのほうが年上のようで身長も高いのだけど。

 

「ほら、だから言ったのに」

 

 そう言って少し馬鹿にしながら笑う。手を差し出して雪からルーシィを引っこ抜いて、再び歩きだす。

 結局……途中で寒さに凍えて歩けなくなったルーシィを何とか背負いながら運んだ。「寝たら死ぬよ」とか「シャレにならないから」と、常に声をかけ続けたおかげか、何とか意識は保っていたようだった。

 

 

 

 ……私の息が少し上がってきた頃に、ようやく小屋にたどり着くことができた。先ほどと同じように扉をあけようとしたら、エイリアスが扉を開けて中に運んでくれた。

 ルーシィの意識が朦朧としてるようだったので、すぐにエイリアスは処置を行っていた。

 

「大丈夫だ、マカオって男も命に別状はないしな」

「……ありがとう、エイリアス」

 

 運んできたときにエイリアスが少し険悪な表情を浮かべていたので2人の容態が悪いのかと不安だったが、単に私に対して言いたいことがあるから、そういう表情(かお)をしていたのだと安心した。

 それにしても、という言葉と同時に煙草を取り出していた。そのまま火をつけて、くわえている。

 

「手のかかる子だ、本当に」

 

 エイリアスは途方にくれていた私を拾い、世話をしてくれていた、恩人だ。

 以前、年齢は聞いたら、もう100年以上は生きているなんて嘘をついた。見た目は魔法で誤魔化して、日々鍛えてる。……とか、本当に馬鹿にしてる。

 相当な歳なのは確かだ。一緒に街へ少しでかけたときは人は私をエイリアスの娘か孫だと思っていたそうだ。もしかしたら、ルーシィやマカオもそう勘違いするかもしれない。

 

「そういえば、あの金髪の娘がしていたマフラー。あの格好にはあまりにも不釣り合いだったが……」

「慌ててマフラーしかしてなかったんじゃない……かな? こっちの気候を知らないって人は多いみたいだし」

 

 ……言えない。言えるわけがない。そのマフラーの本当の持ち主の匂いが、ヴェアラを殺した竜の匂いに似ていること。もしそうならば、その持ち主が仇だったとして、そいつのことなんて助けたくもないなんて、殺してしまいたいなんて、エイリアスには知られたくない。

 

「……何か隠しているな?」

 

 あまりにも鋭い一言のせいで、自分の鼓動が早くなったのがわかった。エイリアスに全て話すべきなのか? しかし、話したとして、どうしたらいいのだろうか。

 仇を取りたいと願っていた。それが目の前にまできているのだ。それなのに、迷っている。そのマフラーの持ち主を殺したら、その仲間たちが悲しむのだろうという想像をして……躊躇している自分がいる。

 

「まずは会って、それから決めたっていいだろう」

 

 そんな迷いを「くだらない」と一蹴するかのように、鼻で笑いながらエイリアスは告げてきた。

 

「……わかるの?」

「お前ほどじゃないが、鼻はいいほうでな。このマフラーからは妙な匂いがした。お前が動揺するような匂いといえば、そういうことだろう」

 

 ……以前、エイリアスに稽古をつけてもらうことがあった。拾われてから、魔法を教えて欲しい、戦い方を教えて欲しいと何度も頼んでいた。しかし、ある日突然、「駄目だ」と言われて、その日から一切、戦いに関することを教えてもらえなくなった。

 最初は、自分が上手く出来てなかったからとか、エイリアスに実力不足だと思われたから見捨てられたのだろう、なんて思っていた。何が駄目だったのとか、どうしてだとか、幼かった私は何度も何度もエイリアスに問いかけた。

 そんなことを繰り返して、ようやくエイリアスが理由(ワケ)を口にしたが、その言葉が「復讐なんて考えるな」だった。

 だから、本心の葛藤を見抜かれたことよりも、私を止めようとしないことに驚いた。エイリアスなら、ここで同じことを言うと思っていたからだ。

 

「ごめん……」

 

 ……エイリアスはタバコをふかしたまま何も言わず、ゆらゆらと天井にのぼる紫煙を眺め続ける。それは、一種の拒絶のようにも思えた。

 謝るくらいならやめておけと言葉をかけてもらえたら、そのほうが楽だったかもしれない。

 それ以上、私は何を言えばいいのかわからず、逃げるように小屋を飛び出していった。

 



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第2話 竜とマフラー

「あと……少しだから」

 

 吹雪が止み、少しだけ視界も良くなっていた。もうすぐ、ヴェアラの仇をとることができる。一緒に過ごす時間を奪い去った竜に、復讐することができるのだ。

 探している人は、意外とすぐに見つかった。 桜髪の青年。彼がナツだろう。私より歳上なのはわかる。それに、横をパタパタと飛ぶ青い猫。私のことを見るなり驚いた様子だった。

 

「そのマフラー、どこで見つけたんだ?」

 

 明らかに殺気を向けながらナツは問いかけてきた。無理もないだろう。仲間に渡したはずのものを私が持っているのだから。

 

「ルーシィって人から預かった。ルーシィは無事だよ。山を下りたところにある小屋で休んでる」

「……ルーシィを助けてくれたのか?」

「マカオって人もね。無事だよ」

「本当か! 道わかんねえし、そこまで案内してくれねぇか? ありが――」

「1つ聞きたいことがある」

 

 ナツの言葉を遮る。お礼より聞きたいことがあったからだ。

 

「このマフラーは誰から貰ったの?」

「それか? イグニールからだ」

「イグニール?」

「俺の父ちゃんだ」

 

 ……安心したような、残念なような。中途半端な気持ちだった。ナツはあの竜と直接関係があるわけじゃなかった。

 しかし、その父に直接会わせてもらってマフラーのことを聞いてみれば、何かわかるかもしれない。マフラーをナツに返して、ルーシィとマカオのいる場所まで案内するからついてきてと告げる。

 

「オレはナツだ。で、こいつは相棒のハッピー」

「あいさー!」

「……ステラよ」

「本当にありがとうな! マカオとルーシィを助けてくれて」

 

 あまりにも真っ直ぐな言葉と瞳。……一瞬でもナツがあのときの竜だと疑った私がバカみたいだった。だけど、聞きたいことは山程ある。そう遠くないところまで、手が届く場所に手がかりがきたのだ。

 

「ナツのお父さんって、今は何を――」

「……いなくなったんだ。7年前に」

 

 ――え?

 

 足が止まる。こんな偶然があるだろうか、同じ年に……そうだ、だって私はヴェアラが母だと名乗らなくても、母親のように慕っていた。そしたら……ナツだって……。

 

「お、おい。どうした?」

 

 まさか、ナツの父さんが……。

 

「ナツの父さんって……まさか、(ドラゴン)?」

「イグニールを知ってるのか!?」

「……知ってる」

 

 しばらく何も言えなかった、何を言えばいいのかわからなくなった。だって、目の前にいるのは、私の母を殺した奴の……子供ってことだ。

 

「ナツは……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)?」

「あい、火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なのです」

「イグニールを知ってるなら、教えてくれ!」

 

 横にいた青い猫が確かに言った。火の……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だと。

 そうなれば、ナツの父さんは火の竜でほぼ確定だ。……奴にも子供がいたんだ。それなのに――

 

「それなのに……ヴェアラの命を奪ったのか……」

「奪った? 誰が?」

 

 ――ナツは知らないのか。

 

 怒りで乱れそうになる声を必死に抑えながら、ナツにはっきりと言った。

 

「イグニールって(ドラゴン)は、私の母親を殺したんだ」

 

 一瞬、ナツが後ずさる。私の殺気のせいか、それとも有り得ないと思っていた言葉せいか。

 

「い、イグニールはそんなことしねえ!」

「私の目の前でヴェアラは殺された! 何もかも焼き尽くして、私から……母さんを奪ったんだ!」

 

 悔しくて涙が流れた。どうして自分にも子供がいるのに、親なのに……私から母を奪ったのか。憎くて仕方がない。何も知らないナツが仲間なんて、ふざけてる。そんな憎しみが際限なく湧いて、抑えられなかった。

 

「違う! イグニールじゃない! 他の奴かもしれないじゃねえか!」

「7年前にいなくなったのは、私のお母さんを殺した罪悪感で、お前の前にいるのが恐くなったんだ! そのマフラーの匂い! 忘れるもんか! あのときの竜と同じだ!」

「イグニールはそんな事しない!」

 

 自分の心が苦痛にも似た、憎悪と化していくことがわかった。

 

「そっちが死ねばよかったんだ……」

「……なんだと?」

「いなくなるくらいなら……死ねばよかったんだよ。そしたら、独りにならなくて済んだのに……泣かずに、笑っていられたのに!」

 

 堰を切ったように、言葉が止まらなかった。……頬に涙が流れていた。

 

「ステラも……滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なの?」

 

 ハッピーに聞かれた言葉を無視して俯いた。

 

「もう、いい……」 

 

 ナツは本当に何も知らない。ここで初めて他の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)と会ったのだろう。それは私も同じだ。何も知らないナツにぶつけたところで、何が変わるのか。

 

「よくねぇよ! こうやって初めて同じ滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の奴に会えたんだ! オレも聞きてえことがたくさんある!」

「同じ……私と、ナツが?」

 

 違う。今の私とナツは違う。

 

「……ナツの知りたいことは私も知らない。知ってたら、私はイグニールを殺しにいってる」

 

 ナツは何も知らない。自分の父親が、私の母親を殺したことも、どうしていなくなったのかも。

 そのあとは気まずい空気のまま歩き続けていた。私から話しかけることなんて何もないし、そんな話をされたあとに、ナツが私に対してかける言葉なんてなかった。

 

 

 

――

 

 

 

 

「あそこに居る。道案内はここまでだから」

 

 小屋の光が見えたところで、私はあてもなく去ろうとした。これ以上、ナツといると自分の怒りが抑えられそうになかったからだ。それなのに、ナツとすれ違う瞬間、腕を掴まれた。

 

「……なんのつもり?」

「話はまだ終わってねえ。初めて同じ魔法を使う人にあったんだ。俺だって色々と聞きたいんだ」

「ふざけ――」

「――悪かった」

 

 そう言ってナツが頭を下げた。

 

「……え?」

 

 思わず間の抜けた声を漏らす。まさか、謝るなんて思ってもいなかったのだ。

 

「歩いてる間に考えてたんだ。もし、イグニールが殺されてたらオレはどうするか。……オレも同じことをすると思う……けどな。イグニールは復讐なんて望まないって思ったんだ。だから――」

「――うるさいッ!!」

 

 どいつもこいつも、次には同じことを言う。エイリアスでさえ、同じことを私に言っていた。

 それがなんだ。残されたものにしかわからない気持ちをわかったように語って、まるで私のことを心配してるように気遣って、それを……よりにもよって――

 

 

 

 

 母を殺した竜の子供の、復讐の仇である竜の子であるナツにされるなんて。

 

「ふざけるな! お前に何がッ……そんなことをお前に言われて! それで納得できるわけないだろ!」

 

 次の瞬間、私はナツを殴り飛ばしていた。倒れ込みそうになるナツの上に跨って、何度も――何度も顔を殴り続けた。

 

「よせ、ステラ」

 

 振り向くと振り上げた腕をエイリアスが掴んで抑えていた。……小屋まで行ってハッピーが呼んできたようだろうか。

 

「これがお前の望んでいた"復讐"か?」

 

 大きな鎌で心を抉られるような感覚だった。酷い脱力感の中、私はナツからおろされて、そのまま投げ飛ばされた。

 

「……頭を冷やしてこい」

 

 ……そのあとエイリアスがナツに肩を貸して歩きながら何かを話しているようだった。……無気力な私は、その会話の内容を聞くこともなく、扉が閉まる音が聞こえてからようやく起き上がった。

 今は何も考えたくなかった。とりあえず休める場所まで行こう。それだけを考えるようにして歩き出した。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 ナツが見つかって、ルーシィが喜んでいたのもつかの間。明日、帰る前にステラと勝負をする約束をしたなんて言い出す。

 

「ちょっと、ステラと勝負ってどういうこと!?」

「そこのじいさんに頼まれたんだよ」

「あい、ナツが勝てばギルドに連れていくのです」

 

 納得できないルーシィに呑気なハッピー。それを聞いて、エイリアスは笑っていた。

 

「まあ、そういうことだ。助けてやった礼だと思ってくれ」

「意味分かんないんですけどー!?」

 

 頭を抱えるルーシィの横で「いつものことなのです」とハッピーは言う。

 エイリアスは煙草に火をつけて一服する。しばらくするとその表情が曇った。

 

「まあ、あの子が素直に納得するかわからんけどな。……そのマフラー、イグニールのものだろう」

「イグニールを知ってるのか!?」

「……あの子と出会うよりずっと前さ。戦ったことがある……負けたがな」

「今、どこにいるんだ!?」

「知らん。だが、お前が知りたいステラとイグニールの因縁なら知っている」

 

 エイリアスがつけていた煙草の火を消す。先ずは座れと、ナツたちに椅子を促した。

 

「あの子はヴェアラという竜と、暮らしていた。7年前までな。殺されたんだよ、ヴェアラはイグニールに。

といっても、その瞬間を見ていたわけじゃない。だが、戦ったからわかる。山を丸々焼き尽くして、火を噴く大地に変えることができるような竜はイグニールだけだ」

「……イグニールはそんなことしない」

「それは親としてだろう。しかし、奴も竜だ」

 

 竜は争いを好んだから滅んだ。エイリアスはそう言ってまた煙草に火をつけた。

 

「俺があの子を見つけたとき、既に独りだった。横にいたのは翼と尻尾の生えた人……もう死んでいたけどな。けど、すぐに親子だとわかった。似ていたからな」

 

 一瞬、エイリアスの顔に一筋の涙が流れたが、歳を取ると感傷的になる。なんて言いながら拭っていた。

 

「近づくと獣みたいに威嚇してよ、「触るな」ってな。離れようとしなくて……ずっと泣いてた。背中に大きな火傷を負っていた。助けてやろうとしたら、噛みつかれたよ」

「……けど、それじゃあ殺されたのはヴェアラって竜じゃなくて、ステラの本当の親なんじゃないかしら?」

 

 ルーシィの言う通りだった。殺されたのは翼と尻尾が生えていたとは言っても『人』。しかし、ステラを育てていたのは竜。そう考えるなら殺された人と竜は別と考えるのが普通だ。

 

「声が同じで、自分の名前を知っているから、姿が違ってもヴェアラだとわかったそうだ。それに、死ぬ間際に言ったんだと『私と――の子』だとな。名前は聞こえなかったそうだ。

自分の娘だと隠して育てた理由はわからないが、死んだ者に聞くこともできない」

 

 煙草の灰が落ちる。大半が吸われることなく、そのまま落ちてしまった。思い出したように吸おうとするが、諦めた。

 

「ともかく、ステラは親を殺されて独りになった。幼い頃に目の前で大切な者が殺されたんだ。哀しみ以上の怒りに覆われたはずだ」

「イグニールがステラの親を殺したのは信じたくねえ……。けど、オレがあの子を助けなきゃいけねえんだ。そうじゃなくたって、あんなに悲しい顔をするステラを放っておけないんだよ」

 

 ナツが言うには、無抵抗に殴られていたときにステラが泣いていたそうだが、それを聞いてルーシィは更に話がわからなくなり、頭を抱えていた。

 そんな中、何かの糸が切れたようにエイリアスが笑いだした。ナツもルーシィもびっくりして顔を見合わせる。

 

「全く面白い奴だ。頼んだとはいえ、自分を殴ってきた彼女を放っておけないとは、とんだお人好しだな」

「それより、いいのか?」

 

 ナツの真剣な顔。……ナツが勝てばギルドにステラを連れていく。エイリアスに対してそれでいいのか? という確認。そういう意味だった。

 

「構わないさ。ステラには色々と知ってもらいたいからな。だからこうして頼んでるんだ。アイツが外に出るといえば……いや、やめておこう。それに、それをヴェアラも望むはずだ。

まあ、先ずは勝ってもらわないとな、思ってる以上にステラは強いぞ?どうしてもっていうから、鍛えてやったこともある」

 

 衰えてるがな。なんて笑いながら言う。

 

「帰りたがったら、帰らせてやってくれよ? 墓参りに帰らせることくらいは許してやってくれ」

「墓参りですか?」

「気づかなかったのか? この小屋の近くに十字架……って、この吹雪じゃ埋もれてるか。

もう遅い。そろそろ寝るんだな。地下にもベッドがある、そこで寝てくれ」

 

 そう言ってエイリアスはマカオのいる部屋に行ってしまった。

 エイリアスがいなくなった部屋で、二人と一匹は同じ疑問を浮かべていた。

 

「ルーシィ、あの人そんなに老けてるか?」

「わからないけど……イグニールと戦ったことがあるっていってたし……けど、魔力は感じなかった」

「じっちゃんより、若く見えたけどなぁ」

「あい」

 

 エイリアスがいくつなのか。それをずっと考えながら一夜を過ごすことになった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 あてもなく歩き回り、疲れて嫌になって造形魔法でかまくらをつくり、中で休んでいた。

 寝ようにも、酷く背中の傷が痛む気がした。ヴェアラが死んだあの日に負った火傷。自分からは肩の少ししか見えないが、鏡で見たときに酷かったのは憶えている。エイリアスが治療をしてくれたが、痕は残っている。

 

「……どうしたらいいのかな」

 

 憎悪や怒りが冷めてくると、胸に穴が空いたようで虚しい気がした。ナツを殺しても何も変わらない。そんなことをしたら、悲しむ人がいるだけなのだ。

 

 ――エイリアスは私が死んだら悲しむのかな。

 

 最後に投げ飛ばされたときに見たエイリアスの表情。……見捨てられたような感覚さえ覚えるくらい冷たい眼差しだった。

 

「寒い」

 

 吹雪の中で寝たって死なないのに、ひとりぼっちのかまくらの中が妙に寒く感じた。……どんなに望んでも、ヴェアラと過ごした日々は戻ってこない。何をしても取り戻せない。

 

 ――そんなの、私が一番わかってるよ……。

 

 ……丸く縮こまりながら、泣くことしかできなかった。



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第3話 約束

「おはよう」

 

 頭を何度か叩かれているような気がして、目を開けてみるとエイリアスがいた。思わずびっくりして、気がつくと壁際まで後ずさりしてしまっていた。

 

「そんなに驚くことはないだろう」

 

 いつものエイリアスだ。昨日みた表情は夢だったんじゃないかと思ってしまう。

 

「ナツがお前に話したいことがあるそうだ。とりあえず小屋に――」

「怒って……ないの?」

「ナツか?」

 

 違うという意味で横に首を振る。私が聞きたいのはエイリアスのほうだ。

 

「……ああ」

 

 なぜか、少しだけエイリアスから悲しそうな雰囲気がした。……私がナツの心配をする理由なんてない。だって……。

 

「とにかく帰ってこい。話はそれからだ」

 

 仕方なく縦に首を振る。何日か経ってから帰るつもりだったが、ここで拒否すればエイリアスに本気で捨てられそうな気がする。……今更、ひとりぼっちが怖くなったから。

 

 

 

 

/

 

 

 

 

「それじゃあ、席を外させて貰うぞ」

 

 小屋に帰るなり、同じ部屋にいたルーシィとハッピーも連れてエイリアスは他の部屋にいってしまった。残ったのはナツと私。……私は意地悪く顔をそらしていた。

 

「オレと勝負しろ」

「は?」

 

 あまりにも突拍子もない一言に、驚くしかできなかった。

 

「……なんでよ」

 

 何を馬鹿なことを言ってるんだ。このナツって男。昨日の話の時点で、わかりあえないと理解できていたが、それ以上だった。

 

「オレが勝ったら妖精の尻尾(フェアリーテイル)に連れて行く」

「――ッ! 行くわけないだろ! ヴェアラのことを殺した奴の子だって言うお前がいるギルドなんかに!」

 

 こんなに敵意や殺意を向けてるのに。なんで、そんなに私のことを真っ直ぐに見られるんだ。

 

「お前が勝ったら、オレのことを殺したっていい」

「な……自分が何を言ってるのかわかってる!?」

「絶対にオレは負けないからな」

 

 そう言ってナツは笑っていた。

 

「冗談じゃない。私だって負けるつもりはない」

 

 私には、笑う余裕なんてなかった。

 

「ルーシィとハッピーも一緒にいいか?」

「まさか一人で戦わないってこと?」

「勝負はオレとお前の一対一に決まってるだろ」

 

 またそうやって笑顔を向ける。私は無性にイライラしていた。ナツは私を信じるといった。出会って少し話しただけの私を。

 

「勝手にすれば……」

 

 それを聞いてナツは部屋に入っていった。……エイリアスまでついてくるようだ。

 そこでようやく、ルーシィたちを連れて行く理由を考えた。……まさか、エイリアスがいれば手加減――殺すことないとでも思っているのだろうか。

 

「オレが勝ったら、ギルドにつれていくぞ。

ステラが勝ったら、何でも言うこと聞いてやる」

「何度も言わなくていい」

 

 

 

/

 

 

 

 小屋から少し移動する。ここ最近では珍しく吹雪が止んで晴れていた。

 

「おーい、ルーシィ! 合図を頼む!」

 

 ナツに頼まれたルーシィが妙にオロオロしている。別に合図するくらいでそこまで戸惑うこと……いや、私がナツを殺そうとしていると聞いているなら戸惑うのも無理はないか。あれだけ怒鳴れば聞こえてるだろう。

 戸惑うルーシィの代わりにハッピーが手を上げた。

 

「それじゃあ、いくよー! よーい――」

 

 ――最初から全力だ。

 

「スタート!」

 

 その言葉と同時にナツの懐に飛び込んで足払いをする。しかし、ナツはそれを簡単に飛んでよけた。

 

「雪竜の――」

 

 飛び上がって隙だらけだ。初手から空中によけるなんて、あり得ない。

 

「火竜の咆哮!」

「――ッ!?」

 

 ナツの口から炎が吹き出される。それを紙一重でよけて技を繰り出そうとしたが……ナツはそこにいなかった。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 声のした方へ振り返ると、既に私の体は宙を飛んでいた。

 

 ――この炎、やっぱりお前は!

 

 一撃貰って確信した。この炎、忘れるわけがない。

 泣きも笑いもかき消す。炎以上の憎悪だけが静かに燃焼する。

 

「雪月花一閃!」

 

 造形魔法で刀を作り出して、瞬時に斬りかかった。避けられる瞬間に刀を更に伸ばして攻撃範囲を広げる。

 当たった感触はあった。しかし、流石に真っ二つとまではいかないようだ。

 

「いって〜!?」

 

 ナツの頬から血が垂れる。思っていたよりも全く当たっていない……掠った程度のようだった。

 ふと、手元の造形魔法で作った刀を確認する。伸ばしたぶんだけ、折られていた。咄嗟に伸ばすことを理解して殴って破壊したのか。それとも、肌に触れた瞬間に理解して破壊したのか。

 ……一筋縄ではいきそうにない。

 

「火竜の翼撃!」

 

 ナツが両腕に炎を纏う。まるで竜の翼のようにみえる。薙ぎ払うような攻撃で、避けても腕の動きだけで簡単に追尾してくる。

 

「雪竜の蹴撃!」

 

 向かってくる腕を蹴り飛ばして、そのままナツの顔に一撃いれる。

 

「雪竜の尖爪!」

 

 そのまま追い打ちで竜の爪を模した魔法で削り取ろうとする。今度こそ入ったと思ったが、逆に腕が焦げた。

 普通じゃ考えられないほどの高温。対竜用の魔法が溶かされた。今まで、あの炎の竜を倒すために鍛えてきたのに、その魔法が――

 

「なんで聞かないんだッ――!?」

 

 怒りに任せて殴った腕に、ナツが噛み付いてきた。なんとか振り払って距離を取る。

 

「火竜の牙だ!」

「っ……絶対とっさに思いついた技だ……」

 

 笑って誤魔化すナツに対して、私は悔しくて仕方なかった。

 

 ――遊ばれてる。

 

「……随分と余裕だね、ナツ」

「そんなことないぞ。だけど、こっからは本気だ」

 

 そう言ってナツが頬の血を拭う。ようやくナツの顔から笑顔が消えた。

 

「火竜の咆哮!」

「雪竜の咆哮!」

 

 燃え盛る炎と荒れる吹雪のような2つの攻撃。ぶつかった瞬間に地面が揺れる衝撃が奔る。

 

「溶けねえ!」

「嘗めるな! 私だって滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だッ!!」

 

 一撃に今まで以上の魔力を込めた。しかし、これをずっと続けるとすぐにバテるだろう。うまく騙して、確実に決められる一撃を当てないといけない。

 

「スノーメイク・白狐!」

 

 バンッと勢いよく地面に手を叩きつける。ナツも構えるが、別に何も起きないのをみて笑っていた。

 

 ――狙い通りだ。

 

「ナツー! うしろー!」

 

 ハッピーの声でナツが振り向いた目の前に白い狐がその牙をみせて飛びかかり、ナツの腕に噛みつく。なんとか腕をクロスさせて身を守っていた。

 

「噛み付くってのはこういう……」

「うおおおおお!!!」

 

 腕が噛みつかれたまま、ナツがこっちに突っ込んできた。追加で造形魔法の雪玉を当てるが、意味がないようだった。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 最初の一撃より重く荒い魔法。意識すらふっ飛ばされそうになる。何とか意識を保ちながら二撃目を受け止めるが、腕がしびれる。

 仕返しに殴るが、ナツは笑顔のまま更に殴り返してきた。その笑顔に更に腹が立って、より力を入れて殴り返す。何度か繰り返しているうちに、私が先に膝をついていた。

 

「ナツ! やりすぎよ!」

 

 そんな様子に耐えられなかったのかルーシィが声をあげた。思わずルーシィを睨みつけた。これは私が望んだんだ。そういう意思表示だった。

 

「……まだやれる」

「お前が納得するまでやってやるよ」

 

 互いに構え直す。またナツが笑っている。そんな顔を見るたびに、更に握る拳に力が入った。

 

「一花――」

 

 地面を蹴り飛ばして勢いをつける。

 

「薄氷!」

「ぐっ!?」

 

 懐に飛び込んでナツの顎を下から突き上げる。

 

「二花・氷撃!」

 

 突き上げた右手の次に流れるように肘で一発。

 

「三花・薄氷割り!」

「危ねえ!」

 

 顎に蹴りを入れようとする。だが、とっさにナツも顔を引いて避ける。

 

「四花・霜!」

 

 先ほどのような足払い。顔を引いて無理な体制をとっていたナツは避けられずに後ろに倒れかけた。

 

「五花・霜柱!」

 

 ナツが倒れる前に蹴り上げる。

 

「六花・氷刃!」

 

 造形魔法の刀での一閃。

 

「火竜の翼撃!」

 

 両腕に炎を纏って突撃する技だが、先程と使い方が違った。勢いよく炎を噴出することで、空中で姿勢を変えていた。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 だが、空中にいて上手く動けないことに変わりはないと判断して、全力で咆哮を向けた。

 

「火竜の劍角!」

 

 まさか、その技に直撃しながら突っ込むなんて、思ってもいなかった。しかし、流石に魔法の中を突っ込んでいて、充分に勢いは落ちていた。ここで決める。

 

「雪竜の――」

 

 ――なんで、笑ってるのさ。

 

 これで決めてやるという決意を揺らがせてしまうくらい、普通に楽しんでいる顔だった。 

 

 ――何を迷ってるんだ!? ナツは――コイツはイグニールの子だ。ヴェアラを殺した奴の子なんだ! 忘れるわけがない。あのときと同じ匂いだ。同じ炎だ。殺してやる。コイツも、イグニールも!

 

「――ッ……白刃(びゃくが)!」

 

 何度も同じことを確認して、そうでもしないと決意が揺らぐほど、私の復讐は弱い意志だったのだろうか。……理解(わかっ)ていた。みんなが何を伝えたかったのか。

 言われることのなかった言葉を振り払うように全力で振りかざした。だが、その一瞬の迷いのせいで、ナツの攻撃のほうが先に届いた。何とか私も攻撃を当て、二人とも吹っ飛んでいた。

 

 そのとき、確かに私は負けた。

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 「……私の勝ちだ」

 

 先に立ち上がった。しかし、一瞬の迷いで負けていたのは私だ。戦うからこそわかってしまう。それなのに結果は私の勝ちだった。本当は私の魔法が効いていたということだ。正直、自分が一番驚いている。強がっていたのはナツも同じだったのだ。

 ナツも起き上がるが、座り込んでしまった。初めて悔しそうな表情をみれた。

 

「体中いてえよ、ちくしょう」

「自分から魔法に突っ込むなんてバカをするからだ」

 

 猪突猛進。本当に獣のような奴だ。いや、獣だってもう少しくらい頭を使って戦うだろう。

 

「私が勝ったら好きにしていいって言ったよね?」

「う……」

 

 思わず微笑っていた。そのままナツに近づく。まずいと思ったのか、ナツは笑ってはいなかった。……ただ、私は追い打ちをかけることなく、手を差し出していた。

 

「気が変わった。……ナツは本気だったけど、殺す気は全くなかったみたいだし」

 

 ナツの体を起き上がらせる。ナツを殺したところで気が晴れるわけがない。ヴェアラの仇討ちですらなく、ただの嫉妬と変わらないと気づいたのだ。エイリアスが言った頭を冷やしてこいっていうのは、どうやら無駄ではなかったらしい。

 酷く歪んだ感情を抑え込めないほど、私は幼かった。それなのに、その感情に任せて行動することもできない。結局、今も殺すことを躊躇った。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来る気になったか?」

「……あんなに酷いこと言った私を、どうしてギルドに誘うのさ」

 

 その言葉を聞いてもナツは、前と変わらない笑顔を向けてきた。短い間にこういう奴だってわかった。自分を曲げない真っ直ぐな奴。

 

「だって、いいやつだから」

 

 あまりにも純粋な言葉が空いた胸の奥に刺さるような気がした。こうして接していると、ヴェアラを殺した(ドラゴン)とナツの親の(ドラゴン)は別なんじゃないかとすら思う自分がいる。でも、それはない。魔力も匂いも、一度だって忘れたことはない……それなのに信じたくない自分がいる。

 

「だったらナツ、約束してよ」

 

 だから、私は自分がこうあって欲しいと思う形にするためだけに、ナツにお願いをしようと思う。我儘で、幼稚だけど……せっかく得た機会なのだ。

 

「私をひとりにしないって。なにがあっても、私の味方でいて」

「ああ。約束だ」

 

 ……それは、イグニールが私の敵であってもナツに味方であってほしいと願ったから出た言葉だった。しかし、きっとナツはそこまで考えていないだろう。だから、これは私一人の勝手な願い。

 ナツと小指で指切りをする。私はそのとき、ナツと同じように笑えていたと思う。

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

 

「私、ここを出ようと思う」

 

 ヴェアラの眠る墓の前に座りながら、そこに母がいるかのように話しかける。返事が返ってくるはずもない。それでも、伝えておきたかった。

 

「どうしたらいいのか、ずっとわからなかった。ただ仇を取ろうと躍起になって、何も見ようとしなかった」

 

 ここを離れたくなかったのは母と過ごした雪山と思い出を重ねていたからなのか。ただ恐かったのか。……こんな私を認めてくれる場所があるのか不安だったのか。いくらでも理由は付けられる。けど、それはただの言い訳にしかならないような気がしたのだ。

 

「お母さんのことも私自分のことも何も知らない。何も教えてもらえなかったから……別に、恨んでるわけじゃないけど」

 

 滅竜魔法。自身の体質を竜に変換して竜と戦い、滅する魔法。どうしてヴェアラは自分にその魔法を教えたのか。

 その魔法は呪いのようなものだ。以前にそんな風にエイリアスは言っていた。蝕まれて、いつか身を滅ぼすと。

 無垢な私はただ教えられたことを必死に覚えて、褒められようとしていた。理由なんていらなかった。褒められればそれでよかった。わからない。自分の身を、そして竜であるヴェアラ自らを滅ぼすような魔法を教えた母の気持ちが。だが、それを言葉にして問いかけても、答えが返ってくるはずもない。

 

「いつか、わかる日が来るのかな?」

 

 ……旅立つと決心したのに、こんなに色々と悩む自分が嫌になる。これ以上考えていても仕方ない。母に「行ってきます」だけ告げるつもりが、余計なことまで伝えてしまった。

 

「ごめんね、お母さん」

 

 白い花を造って墓に供える。ここらで花は咲かないから、いつもこうしていた。旅立つというのに、悪いことばかり考えていては後味も悪くなる。答えはいつか自分で決めればいい。今はただ、期待だけを持っていよう。そう思って、頬を両手で叩いて気合いを入れる。

 

「それじゃあ、行ってきます」

 

 誰も見ていない。誰もいない。それでも笑顔を向ける。母もきっと、私のように笑顔を返してくれていると信じて。

 

 

 

 

/

 

 

 

「……世話のかかる奴だよ、全く」

 

 誰もいなくなった墓の前で座っていた。先程までステラがいた場所だ。

 

「まあ、これも一つの運命か」

 

 いつものように白い花が咲いている。小屋に戻らなくても、花だけ造形魔法でつくってしっかり供えていた。それで無事かどうか判断していた頃もあった。

 

「さっさと荷物をまとめて、どことなく楽しそうだった」

 

 こうしてお前に話しかけるのは久しいな。そんなことを思いながら、煙草に火をつけて一服する。立ち昇る煙が嫌でも一人を意識させていた。その煙は、雪と比べると灰色に濁っているようにも思えた。

 

「あの子、最後になんて言ったと思う? 「行ってきます。お父さん」だとよ……全く、あいつは……」

 

 涙を流さないように、煙草の煙を無理矢理に体に入れる。最近は息苦しいという気持ちのほうが強いのに、なかなかやめるわけにもいかなかった。

 

「ふぅー……全く。あんな笑顔じゃ、否定も何も出来やしない」

 

 あの子が今まで何を抱いていたのか。自分のことをどう思っていたのか。それがわかって嬉しい反面、その資格がないと自覚していたから、否定してやりたかった。

 

「なぁに……これが最期の煙草。二度と吸わないんだ。味合わせてくれよ……」

 

 ステラに体に悪いからと煙草を隠されていたことを思い出して笑みがこぼれる。勘違いをして、ステラが吸ったんじゃないかと怒ったこともあった。

 ……煙草一つであそこまで怒っていたら、依存してると思われても仕方ないのか。実際、依存してるわけだから。だが、それは気を紛らわせるための行為。ニコチンが切れてでイライラしているわけではなかった。

 

「あの子なりに気を遣ってくれてたのは知ってるが、こうしないと泣きそうになるからな」

 

 思い出すだけでダメだった。それをステラに悟られるわけにはいかない。あの子の前で泣いてしまっては、私はお前に怒られてしまう。

 

「ヴェアラ。お前の娘はどうするのだろうな……。人か、竜か。それとも別の道を歩むのか。アイツの人生だ。止めやしないがな……」

 

 吸えなくなった煙草を魔法で燃やし尽くす。もう二度と煙草を吸うこともないだろう。あの子がいない以上、泣く理由も、泣いたとしても涙を隠す理由もないのだから。

 

「全く、旨いものじゃないな……」

 

 そう言って立ち上がり、小屋へと戻っていった。

 

 

 

 



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―鉄の森―
第4話 仕事


 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のあるマグノリアの街につく。馬車に揺られている間、ナツはずっと気持ちが悪そうだった。ナツは乗り物に弱いらしい。

 街に着くと、まずはマカオの息子のロメオを探すことになった。元々、仕事に行って1週間も帰ってこなかったマカオを探しにナツが来たらしい。ルーシィはナツについていっただけとのこと。

 ロメオに母親はいないらしくマカオ一人で育てているのだとか。なおさら無茶な仕事を受けるべきではなかったのではないと思った。

 

「あ、いたぞ。おーい、ロメオー!」

 

 ――私より小さい子じゃないか。

 

「父ちゃん、ごめん……おれ」

「今度友達に言ってやれ。てめぇの親父は怪物19匹も倒せるのかってよ」

 

 泣きながら、うん。と返事をしていた。相当、不安だったのだろう。自分が余計なことを言わなければ、自分のお父さんが無茶をすることもなかったとロメオはわかっていたのだ。

 

「……そこの人は?」

「助けてくれたんだよ。この人がいなかったら、本当に死んじまってたかもな」

 

 先ず、普通の人が雪山に何の装備もなしに来ること自体だめなのだが、それは言わないでおこうと決めた。

 

「ありがとう。ステラ。止めてくれなかったら、ロメオは今頃」

「まあ、バルカン19匹も倒したし。息子のためだって思えば……ね?」

 

 そのあとロメオは父ちゃんすげー。とか、ありがとうとか色々と言っていた。

 

「ありがとう。ナツ兄に、ステラ。ルーシィ姉も!」

「あれ、オイラは?」

「……逆になにしたの?」

 

 あはははっ。と皆が笑う。ごめんね、ハッピー。とロメオが言ってもいじけてしまってハッピーは聞く耳を持たなかった。ちょっと可哀想だけど、ハッピーはこういう立場だということか。

 

「そんじゃ行くよ。ステラをギルドに案内しなきゃいけないからな」

「うん。じゃーねー、ナツ兄!」

 

 そう言って姿が見えなくなるまで手を降っていた。ナツ兄にルーシィ姉なんて、随分と慕われてるんだ。

 その後ギルドにつくまで街の中を通っていったが、思っていたよりもマグノリアの街は広かったし活気があった。

 

「着いたぞ、ここがオレたちの(ギルド)だ」

「あいさー!」

 

 やっぱり、街が街だけにギルドも大きかった。ここに沢山の魔道士が集まっているんだ。そう思うと、少し興奮した。

 

「おーっす。ただいまー」

「おお、ナツ帰ったか……って、誰?」

 

 その声に反応して皆がこっちに注目する。……自己紹介するべきなのかな? どうしたらいいのかわからなくて、少し混乱していた。でも、まあ……とりあえずは自己紹介だろう。

 

「えーっと……ステラ、です」

「また新人連れてきたのかナツ」

「羨ましいねぇ」

 

 なんだろう。緊張しているわけではないが、何だか話しにくい。なんか、見るからにおかしな人が沢山いる。絶対口には出さないけど。

 ちょうどカウンターになっているところの机に座っている人がマスターらしい。思っていたよりも、小さい人だった。年齢がじゃなくて、体が。

 

「また新人さんね。私はミラジェーン。気軽にミラって呼んでね?

困ったことがあったら何でも聞いていいから」

「よろしくお願いします」

 

 マスターの横にいた女性が声をかけてきた。カウンターの中にいるのだから、ウエイトレスだろうか? あら、私と同じ髪色なんて呟いている。随分とおっとりしている人だ。

 そういえば、ギルドに入るために何をするのか聞いておくんだった。試験とか、そういうものがあるのか。それとも、契約とか?

 

「じゃあ、ギルドマークつけるから、好きな場所教えて?」

「え? なんか手続きとかいらないんですか?」

「必要ないわよ。強いて言うなら、ギルドマークを入れるくらいだけど」

 

 無いならそのほうが楽でいいか。ギルドマーク……ナツと同じ場所……は止めよう。

 

「それじゃあ、左腕のところにお願いします」

 

 上着を脱いで腕を出すと、スタンプみたいなものでポンッとつけてもらうだけだった。本当に簡単だ。

 

「つーか、ナツ。お前随分とボロボロじゃねぇか。バルカンにやられたか?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「ステラと勝負して負けたんだよねー。ナツー」

 

 ギルドの誰が言ったのかわからないが、あるいは全員が言ったのか。「はい?」なんて間の抜けた声が広がった。

 いつの間にかまた私に視線が集まっていくのに気づいてはいたが、ミラジェーンに色々と訪ねているので気づいていないフリをした。

 

「情けねえなナツ! 年下の女の子に負けたってのか!」

 

 そういって誰かがナツの頭をポンポンと叩いた。見ると、上半身裸の黒髪のナツと同じくらいの青年だった。

 

「なんだとタレ目野郎!」

「やんのか吊り目野郎!」

 

 そのまま取っ組み合いの喧嘩になってしまった。

 

「……ルーシィ、あの人は?」

「グレイっていうの。なぜかナツと仲が悪いのよね」

 

 子供の罵倒より幼稚な言い合いも混ざった何とも言えない喧嘩だ。こういう人が多いギルドなのだろうか。

 

「よさんか貴様らぁ!」

「ぷぎゅ!」

 

 マスターが大きな巨人になって、二人を押しつぶした。初めて見る魔法だ。それにしても、戯れ程度の喧嘩とはいえ、ナツと互角に戦うグレイの2人をすぐに止められるマスターは相当強いのだろう。

 

「ねえ、あたしの家に来ない?」

「ルーシィの家に?」

 

 そんな2人のことは放っておいて、私はルーシィに家のことで相談したところ、しばらくは泊めてあげると言ってくれた。宿を探すのは大変だろうし、お言葉に甘えることにした。

 

「それじゃあ、よろしく。ルーシィ」

 

 

 

――

 

 

 

「どう? いいところでしょ」

 

 街の中のとある建物の一室、そこに住むルーシィの家にお邪魔させてもらうと、ご機嫌な様子だった。

 

「7万にしては間取りも広いし収納スペース多いし、真っ白な壁、木の香り、ちょっとレトロな暖炉までついてる! そして何より1番素敵なのは……」

 

 ……随分と荷物が少ない。それに、まだ封も取れてない荷物もある。まだ引っ越してから日が浅いのだろうか。

 

「ねえ、聞いてる?」

「ん……ああ。すごく素敵だよ」

 

 考え事をしようと黙っていた私を覗き込むルーシィ。少し不機嫌そうなのは、私の空返事のせいか、話を聞いていないせいか。

 とりあえず、今日はギルドで歓迎会だなんだと騒がれたせいで疲れている。あれだけ騒がしいギルドだと思わなかった。ミラジェーンに寮も勧められたが、遠慮することにしよう。

 

「……眠い」

「お風呂に入れてあげる」

「え、いや……自分で……」

「いいから、いいから〜」

「ちょっ……」

 

 有無を言わさず脱がされる。一瞬、ルーシィの手が止まった。振り向くと、背中の火傷痕を見つめていた。

 

「その……ごめん」

「……別に気にしてないよ」

 

 その哀れみを含んだ目で見られるから嫌なんだ。とは言えなかった。それを言えばルーシィを傷つけてしまうから。

 

「それで……脱がせた状態で放置しないでお風呂まで案内してよ」

 

 それを聞いて慌ててルーシィが脱ぎ始めた。……先に風呂に案内してくれればいいのに、焦っているのだろう。本心を告げなくて良かった。

 

 

 

/

 

 

 

 眠そうにしている私の頭や体を甲斐甲斐しく洗ってきた。自分でやると言っても拒否できなかったのは先程と同じだ。体くらい自分で拭けると先に上がり、ソファーに寝転んでいた。

 

「ベッドで一緒に寝ようと思ってたのに」

 

 目を閉じている私を既に寝ていると勘違いしているらしい。起きてました。とは言いづらく、そのまま狸寝入りをする。

 丁寧に布団をかけて、部屋の明かりもすぐに消してくれた。しかし、少しだけ明かりが残っているのが不思議で少し目を開けると、机に向かってルーシィが何かを書いているのが見えた。なんか、楽しそうなのが伝わってくる。

 多分日記だろうと思い。そういうのはこれ以上詮索したら失礼な気がして、さっさと眠ることにした。

 

 

 

 

/

 

 

 

 

「そうですよ。おいて行かれたんです」

 

 まわりから見ても不機嫌そうにカウンターに頭を突っ伏す私。そんな様子をニコニコしながら見下ろすミラジェーン。

 

「仕方ないわね。ルーシィの初仕事だってはりきっていたし」

「初仕事? ルーシィは前からギルドにいたんじゃないんですか?」

「少し前にナツが連れてきたのよ。聞いてなかった?」

 

 ルーシィの家に封のされている荷物が多かったのはそういうことだったのか。昼過ぎまで寝過ごした自分のせいだが、起こしてくれれば良かったのに。

 

 

「これでも飲んで元気出して?」

 

 顔を上げると、白い液体の下に赤い液体の飲み物がおいてあった。牛乳? 赤いのは何だろうとじーっと見ていると「いちごよ」とミラジェーンが言った。

 

「混ぜて飲むのよ?」

 

 言われたとおりにストローでかき混ぜる。少しピンク色っぽくなったけど、果肉は赤く残っている。……甘くて、いちごのツブツブがくせになりそうだ。

 

「飲んだわね?」

「……へ?」

 

 笑顔を崩さずに変なことをいうミラジェーンに思わず間の抜けた声を出してしまった。

 

「お金、ないわよね?」

 

 ……ああ、やられた。

 

「グレイー! この娘も連れてってあげて」

 

 ミラが大声で入り口の方の人を呼ぶ。ちょうどそこに、ナツと喧嘩していた上裸の人がいた。

 

「えぇー! なんで俺が!」

「この娘も造形魔法を使うのよ。同じ魔法同士なら、気が合うと思って」

 

 ……あれ? 私が造形魔法使うって、どこで聞いたのミラさん。

 

「……俺はグレイだ。よろしくな」

「ど、どうも」

 

 正直、この黒髪の人は苦手な感じがした。なんというか、しつこく絡んできそうなというか、先日ナツにしつこく絡んでいて見ていて引いた。

 

「オレは氷の造形魔法だが、お前は?」

「雪です」

「へえ、珍しいな。中途半端――」

「は?」

「いや、悪い! そういうつもりじゃ――」

 

 はっきり言って、そんな酷いことを言われて第一印象は最悪だった。

 ナツと仲が悪いのも、二人が同レベル……まさか火と氷だからという単純過ぎるものじゃないだろうか。まあ、それは置いといてまずは服を着てほしい。なぜ下も脱ぎ始める。……突っ込んだほうがいいのか。

 

「グレイ。服」

「うおっ!? すまん、つい癖で!」

 

 ミラさんに突っ込まれて気づいたらしい。ナツに変態呼ばわりされるわけだ。しかも癖ってなんだ。癖って。

 

「捕まったほうがいい」

「あら、グレイは何度か捕まってるわよ」

 

 うん。なんか、わかってた。

 

 

 

/

 

 

 

 仕事の内容は村を襲った盗賊団を退治してくれ。というものだ。遠いので、汽車で近くの街まで行って、そこから歩くそうだ。

 

「なんだ、お前は乗り物平気なのか」

「え?」

「いや、ナツの野郎は乗り物に弱くて、すぐに酔っちまうんだ。だから、滅竜魔道士は乗り物に弱かったりするのかなって」

「ああ……そういえば馬車で気持ち悪そうにしてたっけ」

「やっぱアイツの根性が足りねえのかな。情けねえ」

 

 ナツのアレは見ていると同情したくなるくらい酷かった。……というか、もし私が乗り物に弱かったらどうしていたのだろう。馬鹿にされていたのだろうか。

 

「そういえばよ。ナツに勝ったんだって? ……なんだよ。その『うわ、来たよ』みたいな顔」

 

 思わず顔に出てしまっていたらしい。

 

「だって、グレイとナツって仲悪そうで、そういうの面倒になりそうで……」

「ナツとは事あるごとに喧嘩してて……まあ、オレが言うのも何だが互角なんだよ。だから、ナツを打ち負かしたっていうお前に興味があってな」

「……運が良かっただけです」

「……なんか、オレが思っている以上に深い訳がありそうだな。聞かれたくねえなら、これ以上はやめとくよ」

 

 小さく首を縦に振る。意外と物分りの良い人らしく、私が話に乗る気じゃないのも察知してくれたようだった。正直、第一印象とはだいぶ違って、意外と話しやすい人なのかも知れないと思いつつあった。

 ……機会があれば、話してもいいかな。なんて少し考えていた。

 

 

 

/

 

 

 

 列車から降りて、村までは歩いて何時間もかかる。だが、村はすでに盗賊団に占領されている。だから、依頼主は駅のあるこの街にいるそうだ。そんな辺境だからこそ狙われてしまったのだろう。

 まずは依頼主から話を聞くことにした。とりあえず、待ち合わせ場所の酒場に行くそうだ。

 

 酒場だからか、日が暮れる前からいる客は少なかった。グレイはすぐに依頼主を見つけて話を聞く。20代くらいの若い男が、今回の依頼主だった。顔には包帯が巻いてあり、いかにも争ったあとのようだ。

 

「あなた達が、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士ですか」

「ああ、それで、今回の依頼だが――」

「殺してください」

「は?」

 

 その男の言葉を聞いて、グレイと顔を見合わせる。盗賊団を退治してくれという依頼だと聞いていたから私は尚更驚いた。いや、そうでなくても「殺してくれ」なんて聞けば誰でも驚く。

 

「そういう依頼なら、他をあたってくれ。悪いがオレ達は――」

「村の者が何名も、そいつらに殺されたんです」

 

 グレイも思わず言葉を詰まらせる。だが、だからといって、そういう依頼を受けるわけにもいかない。

 

「そう言われてもよ。こっちにだって規則があるんだ。他の奴らにまで迷惑がかかっちまう。その筋の奴等に話をするべきだ」

「ただの盗賊団だと思っていた奴等は、闇ギルドだったんです。そのせいで、だいたいの者は怯えて断っちまうんです」

「……グレイ。闇ギルドって?」

「評議会から認められてない。もしくは追放されたギルドさ。オレ達と違って、法律なんて関係なく悪事にも手を染める。人殺しだって平気でしやがる奴等だ」

 

 悪人の集まり。ということだろうか。それなら、なおさら放っておくわけにはいかないはずだ。

 

「お前の言いたいことはわかってる。だがな、闇ギルドといえど、ギルド同士の戦争や喧嘩ってのは評議会から禁止されているんだ」

 

 私の考えは表情(かお)に出てしまっていたらしい。何かを言う前にグレイから切り返されてしまった。

 

「そういうわけだ。悪いがこの話は無しにしてもう」

「私の妻のお腹には子供がいたんです……だから、逃げ遅れてしまった。私は他の街に出稼ぎに行っていたものですから、帰ろうと村の近くまで行って、そこで逃げのびた人から話を――」

「ちょっと待ってくれ。ステラ、外で待ってろ」

 

 男の話を遮って、グレイが私にそう言った。

 

「でも……」

「いいから外に行け、早くしろ」

 

 グレイの剣幕におされて、外に出る。……私も馬鹿じゃない。男の声が段々と震えていたこと気づいていた。だから、その先の話もある程度は予想がついた。

 きっと、その女の人は殺されている。男の依頼は言ってみれば復讐だ。だが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士である以上、ギルドの規則は守らなければいけない。そういった依頼は受けてはいけないのだ。正直、私がギルドに所属していなければ、この話を受け入れていた。その気持ちが、少しでもわかるからだ。

 何分くらい経っただろうか。グレイが浮かない顔をして出てきた。

 

「待たせたな……。ダメだな。全く聞き入れやしない」

 

 わかってはいた。今回の依頼は受けられないと。それでも、このまま放っておけない。放っておくわけにはいかない。

 

「どうするんですか、村やあの人は」

「軍隊に相談もしたそうだが、相手は魔道士だ。返り討ちにあったらしい。それから軍隊は見てみぬふりだ。

退治だけならやると言ったんだが、あくまで殺しを望んでいる。って、断られちまった」

「けど、相手は何人も殺してる。それなのに、軍隊が動かなかったら、誰がその村を救うの?」

 

 そうだ。その男は復讐を望んでいるとしても、全員が殺しを望んでいるわけじゃないはずだ。ただ村に戻りたい人もいるだろうし、そうした人たちを含めて放っておくことはできない。

 

「……まあ、相手が闇ギルドだからビビってるわけでもねぇし。

だけどよ、相手はギルド1つだ。流石に二人で勝てるかわからねぇぞ?」

「グレイはいいの?」

 

 規則に違反するのだ。バレれば怒られるだろう。それ相応の罰も受ける。仲間にも迷惑がかかるが……それでも、グレイは、いいのだろうか。そういう意味の確認だった。

 

「新人のお前だけ危険な目にあわせるわけにもいかないだろ。それに、お前の初仕事だ。見届けてやるよ。どうせ他のことで評議会から怒られるだろうしな」

 

 そう言いながらグレイは笑っていた。規則を破ろうとと何であろうと、目の前で起きていることから目を逸らすような人たちじゃない。それがわかって嬉しかった。

 

「ありがとう、グレイ」

「それじゃあ、村に行こうぜ。奇襲して一気にカタをつけてやろう。

相手はギルドだ。ヤバくなったら無理せず逃げろよ?」

「わかってるよ。負ける気は無いけど」

 

 

 

/

 

 

 

「ったく、結局歩くはめになるのかよ……」

「仕方ないよ。闇ギルドに襲われた村に近寄りたいと思う人はいないだろうし」

 

 見事に誰からも断わられて、村までは歩いていくことにした。と言っても、村までは遠い。それなら――

 

「空から行こうよ。私、飛べるから」

「まじか! じゃあ、頼むぜ!」

 

 造形魔法で翼を作って、そのままグレイを掴んで空へ上がった。村のだいたいの方角はわかっているから、灯りですぐにみつかるだろう。流石に、暗い道を森まで突っ切って村に行くには危険だし。

 

「器用だな。造形魔法で飛べる奴なんてなかなかいないぞ」

「最初は浮くので精一杯だったよ。今は自由に飛べるけど」

 

 簡単そうに見えて、意外と難しいのだ。元々、造形魔法はあくまで形を与える魔法。一度つくった魔法の形から動かすのは、センスも必要なのだ。

 

「グレイは、動かない造形なの?」

「まあな。オレには向いてないらしいから、動かすことはさっさと諦めちまったよ」

 

 グレイは剣とか槍といった。動かない造形がメインの魔道士なのだろう。でも、別におかしくはない。動かない。と言っても、飛ばしたり、凍らせる範囲は自由だし、遠距離でも近距離でも、動かせる造形とは対して差がないのだ。

 

「頼りにしてるからね、先輩」

「なんだよ、その呼び方。からかってるのか?」

 

 

 

/

 

 

 

「結構な数じゃねーか。こりゃ骨が折れそうだな」

 

 茂みの中から村の様子を確認する。全員敵で間違いないとすれば結構な数だ。100人位はいるだろうか。正面から突っ込むのは無謀だろう。相手は軍隊を退けるくらいなのだから。

 

「あいつら、紋章がバラバラだ」

「数だけの奴らってことかな」

「大方、ギルドマスターに当たる奴が逮捕されて壊滅しかけた奴らの集まりってところだろ。軍隊も情けねえな。そんな奴らに負けるなんてよ」

 

 そこは魔法を使える者と使えない者の差なのだろう。まあ、憶測なのだが。

 

「オレたちが代わりにやってやるか」

「正面からやるの?」

「ああ、やってやろうじゃねぇか!」

 

 心配は無用だったらしい。グレイは元から正面突破するつもり。それ相応の実力を持っていると期待していいはずだ。

 

氷欠泉(アイスゲイザー)!」

 

 敵の真下から、氷が勢い良く噴き出した。何十人という人がいとも簡単にふっ飛ばされていった。

 

「スノーメイク・白狐!」

 

 呆気に取られている奴らを倒すのは簡単だった。統率も取れていない攻撃。ただ、一人ずつ向かってくる敵を蹴ったり、殴ったりするだけでよかった。逃げようとする奴等は白狐に任せていた。

 意外なことに魔法を使える者も一部だけのようだった。たまに飛んでくる魔法に少し驚くが、避けられない攻撃じゃない。闇ギルドなんて、建前だけのハッタリのように思えた。

 

「正規ギルドが! なめやがって!」

 

 換装という魔法だろうか。剣を構えていた男がいつのまにか槍で突撃してきた。しかし、その程度でしかない。

 

「なめてるのは貴様らのほうだ」

 

 ……もし妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入っていなければ、私はこいつらを殺していたかもしれない。だが、それは駄目だ。

 私の気持ちを汲んで、この村を救う決断をしたグレイを裏切ることになる。

 

「……本当に寄せ集めって感じだな」

 

 それにしても、全く張り合いのない戦いだ。グレイの愚痴は最もだと私も思う。連携もなければ、互いに足を引っ張っている始末。烏合の衆とはこのことだろう。

 そのおかげで、思っていたよりも遥かに簡単に殲滅は終了した。

 

 

 

/

 

 

 

 結局、闇ギルドの奴らを全員倒したあと、あとの始末は軍隊に任せることにした。一応、村はもうすぐ安全になると最初の依頼者に伝えようと、グレイと街に戻ってきた。

 しかし酒場に戻ると、既に男はいなかった。かすかに残っていた匂いをつけて、たどり着いた場所は街の宿だった。とりあえず話を聞こうと宿の人に男を呼んでくれと頼んだ。もしかしたら、断られる可能性もあった。少なくとも依頼を断ったのだから。

 

「先程はすみませんでした」

 

 男の第一声。……私にとっては意外だった。話を聞くと、妻は逃げ遅れたのではなく、既に村にいなかったそうだ。陣痛が起きたので、村が襲われる前にこの街の病院にいたそうで、それに気づいたのは私たちとわかれてから、逃げた村人としっかり話をしたときだったそうだ。

 

「村の他の犠牲者には申し訳ないが、妻が無事で安心したんです。詫びの意味でも、後日改めて依頼をギルドに送ろうとしたのですが……」

「もう大丈夫なはずだ。残りがいる可能性もあるが、いたとしても軍隊でも対処できる」

「これは報酬です。受け取ってください」

 

 差し出されたお金は、ギルドで見た下手な討伐系の仕事よりも多かった。

 

「いいのか? オレたちは依頼を受けてないんだぞ」

「いいんです。これは村を救ってくれたお礼ですから」

 

 数えると50万J(ジュエル)はあった。二人でわけて25万J。初仕事にしては上々のような気がした。相場がわからないが、グレイの反応から悪くはなさそうだ。

 男は立ち去る私たちに何度もお礼を言っていた。最初に依頼の話をしたときとは別人のようにすら感じるほどの優しい表情だった。

 そしてグレイは気づけば既に脱いでいる。しまった。なんて言っているけど夜中に街中で裸って……また捕まるんじゃないだろうか。そもそも、どうやったらそんな癖がつくのか。

 

「初仕事は成功……かな?」

「いいんじゃねーの? ま、あとでマスターに怒られるかもしれねーけどな」

 

 とにかく、私の初仕事は無事に終わった。これでマグノリアで家を探すお金もできたし、上々だろう。

 初仕事がナツと一緒じゃなかったのは少し残念ではあったが、グレイがそんなに悪い人じゃないと知れたし、同じ造形魔道士としてグレイとも仲良くやっていけそうな気がしていた。

 

「……脱ぎ癖さえなければ」

 

 なぜか今さっき着た服を脱ぎはじめたグレイをみて、ため息混じりにそう呟いた。

 

 



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第5話 一難去ってまた一難

 初仕事が終わりマグノリアに戻ったその日のうちに家を探すことにした。ミラが探してくれていたらしく、ルーシィの家よりは高いが、気に入ったのでそこに住むことにした。

 

「欲を言えば……一部屋じゃなくて、この広さを2等分くらいがよかったな」

 

 一人で呟きながら、クローゼットをあける。同じような服ばかりだが、オシャレに興味がないわけでもない。けど、面倒という気持ちが大きい。持ってきた服もとりあえずの物ばかり。今まで買う場所もなかったし、別にいいだろう。

 

 

/

 

 

 ギルドに行くとルーシィとナツがもめていた。「チームは解消」とか「金髪なら誰でもよかった」とか……前に行った仕事のことで揉めたのだろうか。というか、ナツとルーシィ。それとハッピーでチーム組んでたのか。どうせなら、私も誘って欲しかった。

 

「あら、ステラじゃない。家は気に入った?」

「いい感じですよ。私一人だと少し大きいかもしれませんが」

 

 ミラに声をかけられてカウンターのほうへ向かう。いつの間にかナツとグレイが喧嘩して、ルーシィが男に口説かれている。

 

「気に入ってもらえてよかったわ」

「初仕事が上々でしたから。必要なもの揃えて、あとは貯金してます」

「いいなーステラ。あたしなんて初仕事がタダ働きだったのよ。嫌になっちゃうわ」

 

 いつの間にか隣にルーシィが座っていた。

 

「ナツってば酷いのよ。そもそも今回の依頼も金髪なら誰でも良かったようなもので、報酬は貰わないとかいいだしてさ」

「……なんか、聞かなくても悲惨なのがわかる気がする」

 

 なら次はルーシィと一緒に仕事をしてみようかな。そう決めて声をかけようとした瞬間。さっきルーシィを口説こうとした男が戻ってきた。とても慌てているが、何かあったのだろうか?

 

「あら、どうしたのロキ?」

「え……エルザが帰ってきた!」

「「……何ッ!?」」

 

 そのロキの言葉を聞いて、ギルドが一斉にざわついた。何者なのだろう。エルザって。そしてすぐに、ズシン……ズシンという妙な足音が聴こえてきた。

 ギルドの入り口には大きな角を担いだ女性がいた。自分の何十倍もある角を軽々と担いでいる。

「マスターはおられるか?」

「今は定例会よ」

「そうか」

 

 緋色の髪に鎧。だけど、皆がざわつくほど見た目がゴツいとか恐いといった印象はない。むしろモデルもできそうなくらい美人でスタイルもいい。逆にそんな体型であの角を持ってきたことが恐いとは思う。

 

「お前たち、また問題を起こしているそうだな。マスターが許しても、私が許さんぞ」

 

 皆が一瞬ビクッとした。次の瞬間にはマシンガンのような勢いで皆に言葉が飛んでいた。「カナ……なんて格好で飲んでいる」「ビジター、踊りなら外でやれ」「ワカバ、吸い殻が落ちているぞ」「ナブ……相変わらず依頼板(リクエストボード)の前で仕事もせずにうろうろしているのか」と、バシバシと注意していく。それだけ言って「今日ところは何も言わないでおいてやる」と言ったのだ。あれだけ散々言ったあとに……だ。

 

「ところで、ナツとグレイはいるか?」

「あいさー」

 

 視線の先にいたナツとグレイはガッチリと肩を組んでいた。汗だくになりながら。ミラ曰く、ナツはエルザに喧嘩を挑んでボコボコに。グレイは裸で歩いていてボコボコに。そして、ロキも口説こうとして半殺しにされたらしい。それだけで、エルザがとんでもない人だということはよくわかった。

 

「グレイ……闇ギルドを相手にしたそうじゃないか……」

「……なんで知ってるんだよ」

 

 グレイの顔が見るからに青くなっていく。マスターのときはそんな顔しなかった。というか、マスターは怒らなかった。まあ、依頼書に盗賊団と書かれていたから仕方ないということにしてくれたのだ。

 

「待ってください」

 

 そのことを説明しようと話に割って入る。グレイがこっちを見ながら全力で首を横に振っている。だけど、こっちに視線がきてしまった以上は続けるしかない。

 

「現地についてから敵が闇ギルドだと知ったんです」

「……ギルドの掟は知っているんだろうな」

「ギルド同士の抗争が禁止されているのは聞いていました。それでも必要なことだったんです」

 

 間違ったことだろうと、困っている人を放っておくことはできなかった。それで怒られて済むなら仕方のないことだ。

 

「エルザ、もうマスターからお叱りを受けてるからそのへんにしてあげて」

「……仕方ないな」

 

 ミラさんの言葉のおかげで助かった。終始ずっとガタガタと震えているナツとグレイを見ていると、自分の身に何が起きるところだったのか少しゾッとする。

 

「仕事先で妙な話を聞いてな。明日出発するがナツとグレイ、ステラにもきてもらいたい」

「え?」

 

 またギルドがざわつく。エルザが人を誘うことは珍しいらしい。と周りが戸惑っていると、グレイが私に向かって全力で首を上下させている。了解しろ。という意図だろう。

 

「わかりました。私でよければ……」

「ナツとグレイもいいな?」

「あ、ああ……」

「あいさー……」

 

 この流れでわかったこと。エルザには絶対服従ということだ。詳しい説明は明日の移動中にするとのこと。必然的に仕事には行けなくなってしまう。

 エルザがギルドを出ると、皆、緊張の紐がとけて一斉にぐったりしていた。

 

「ヘビに睨まれたカエルのみたいね……というか、さっきのナツの返事。ハッピーみたいで笑いそうになったんだけど……」

 

 全く関心の向かなかったルーシィがそんなことを言うので笑いそうになる。とにかく、今日は帰ろう。こんなことなら、今日はギルドに来るんじゃなかったかな。

 

 

 

/

 

 

 

「くそっ……よりにもよって何でこんな面子なんだ……」

「嫌なら来るな。あとでエルザにボコられちまえ」

 

 次の日の朝。駅では既にナツとグレイが睨み合いをしていた。……ルーシィもいる。

 

「あれ、ルーシィも行くの?」

「ミラさんに頼まれたのよ。あの二人が心配だってね」

 

 もちろんルーシィが指を指した先にいた二人とはナツとグレイだ。

 「またせたか」という声がした。振り向くとエルザが半端ない量の荷物を運んでいる。よこでルーシィが突っ込んでるし。

 

「ん……君は……」

「初めまして、新人のルーシィといいます。ミラさんに頼まれて一緒に同行することになりました」

「今回は危険な橋を渡ることになりそうだが、君の活躍ぶりなら大丈夫だろう」

 

 あー……ナツとグレイが一緒だから危険だろうとは思っていたけど。

 

「エルザ、今回はついていってやるが条件がある。帰ったらオレと勝負しろ」

 

 ナツのその発言に、一瞬で場が凍りつく。グレイの焦り方が尋常じゃない。エルザは「なんなら、グレイ。お前も勝負するか?」なんて言っている。もちろん横に首を振るグレイ。

 

「君はどうだ?」

「……へ? 私?」

 

 私の方にエルザの視線がぶつかる。いや、確かにどれくらい強いのか知りたいとは思ったけど、まさか顔に出ていた? そんな馬鹿な。

 

「遠慮しておきます」

 

 グレイの焦り方からやめておくことにした。ナツは無鉄砲だから、あてにしてはいけないだろうし。 

 

 

 

/

 

 

 

「気持ち悪い……」

「ナツ、大丈夫? 寝てたら?」

 

 列車の席は4人組が左右に2つずつで向かい合うような造りだったので私の横にハッピー。そして前にナツ。隣の席にグレイたちが座っている。

 

「仕方ないな。ナツ、私の横に来い」

 

 エルザが自分の横にナツを呼ぶ。隣に座っていたルーシィはそそくさとグレイの隣に移動した。

 「ふんっ」という声とともにエルザのパンチがナツの腹に直撃し、出しちゃいけないような音が響き渡る。

 これで楽になるだろう。と、気絶したナツを放置していた。荒療治にもほどがある。ほら、ルーシィとグレイも唖然としてる。

 

「さて、そろそろ本題に入ろうか」

 

 気絶したナツをよそに、ようやく今回の目的が話されることになった。

 

「帰りによった酒場で、少々気になる連中がいてな――」

 

 

/

 

 

「……簡潔にすると、ララバイという封印された魔法を、闇ギルドの鉄の森(アイゼンヴァルト)が狙っている。大事(おおごと)になる前にそこに乗り込むってこと?」

「そういうことだ。だから、まずはこの町で情報を集めるんだ」

「面白そうじゃねえか」

 

 キョロキョロと周りを見渡すルーシィ。しばらくして、「あ!」と声をもらした。

 

「ナツがいない!」

 

 話に夢中で、一番置いてきてはいけない人を置いてきてしまった。

 

 

/

 

 

 色々とおかしかった。ステラ以外のみんながいない。ステラはステラで、なぜか自分の膝の上に頭を置いてすやすやと寝ているし。だけど、気持ち悪すぎて、ナツには起こす元気もなかった。

 そんなとき、いきなり顔面に蹴りを食らった。妖精(ハエ)だの何だの、妖精の尻尾(フェアリーテイル)をバカにすることばかり言っている。

 殴ってやろうとしたが、気持ち悪くて魔法もまともに使えず、かえって殴られてしまった。

 

「ナツに何するんだ!」

 

 そのタイミングでステラの意識が戻った。いきなり目の前でナツが殴られていたから、反射的に相手を殴り返していた。

 

「わっ!?」

 

 列車が急停止したので、バランスを崩してステラはナツに倒れててしまった。そのときの二人の目の前に、妙な笛が転がってきていた。

 

「「ん?」」

 

 気持ち悪い笛だと二人は思った。ドクロがついていて、なんだか禍々しい。相手はそれを見られて相当焦っている。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 しかし、そんなことはお構いなしに、ナツがそいつを殴り飛ばす。酔ってなければ、どうってことない相手なのだ。

 

「き、貴様らッ!」

「先に手をだしたのはそっちだ。誰だか知らないけど――ナツ?」

「気持ち悪っ……」

 

 どれだけ乗り物酔いに敏感なんだと突っ込みたくなるくらいに、少し動き始めただけで、ナツが酔い始めていた。

 

鉄の森(アイゼンヴァルト)に手を出してタダで済むと思うなよ!」

「うるさい! 次に会うときは必ず仕返しさせてもらうからな!」

 

 ナツを掴んで窓から飛び降りる。翼を造って、ふっ飛ばされないようにバランスを保つ。

 

「大丈夫、ナツ?」

「あの野郎、さんざん妖精の尻尾(フェアリーテイル)をバカにしやがって! 次あったらただじゃおかねえ!」

 

 そういえば、みんなどこに行ったのだろう。と、周りを見渡していると、なんか乗り物に乗ってみんな来た。

 

「酷えよ! みんなして置いていくなんてよ!」

「ごめんねー、ナツー」

 

 そういえば、何で私は寝ていたのか。……ハッピーに貰った飲み物を飲んでから……

 

「……ハッピー?」

「違うよ! おいらナツの為に酔い止めの薬と睡眠薬を間違えて貰ったんだ」

「それを私に飲ませてる時点でおかしいから! 違う薬ってわかってる時点で確信犯だな貴様!」

 

 まあ、無事でよかった。と、エルザは言っているが全然よくなかった。何が狙いだこの(悪魔)。今すぐに凍りつかせてやろうか。

 

「列車で変なのに絡まれるしよォ……なんだっけ、アイツ」

「えーっと……アイゼン……バルト?」

「ああ、そんな感じだった」

 

 ん? アイゼンバルト? あれ、どっかで聞いたような……あ。

 

「って、そいつらの事を探すって話だったんだよナツ!」

「知らねえよ! そんなの初めて聞いたぞ!」

 

 バカものぉ! という声とともにナツがエルザに叩き飛ばされた。「なぜ私の話を聞かなかったのだ!」と怒っている。……あれ? 元を辿ると、エルザがナツを気絶させてたような。

 

「まあ、いい。とにかく追うぞ。そいつの特徴は?」

「なんか地味な奴だったなぁ……」

「そういえば、なんか気持ち悪い笛を持ってなかった? ほら、ドクロで、なんか禍々しい感じの」

 

 あの笛を見た時、妙に引っかかるものを感じた。心の奥底から、何かが湧き出るような――

 

「――それが呪歌(ララバイ)よ。"死"の魔法」

「呪歌? なんだよそれ」

「禁止されている魔法の1つに、呪殺があるでしょ?」

「ああ、その対象を"死"に至らせる魔法か」

呪歌(ララバイ)はもっと恐ろしいの」

 

 ルーシィも本でしか読んだことがないそうだが、その魔法は聴いた者のすべてを死に至らせる"集団呪殺魔法"だと。そんなものが闇ギルドである鉄の森(アイゼンヴァルト)に渡ってしまったのだ。とにかく、いそいで列車を追いかけることにした。

 

 

/

 

 

 

 次の駅で、大勢の人と軍隊がごった返していた。だが、列車は既に駅にはない。

 

「……あいつら、列車を占拠したのか」

「ってことは、目的地は駅がある場所ということ?」

 

 列車なら、線路の上しか走れないが、その分スピードはある。急ぐ必要があるのか、それとも、これから起こす事件の火種ということか。

 

「とにかく飛ばすぞ。しっかり捕まっておけ」

 

 「落としてくれぇ……」と嘆くナツの背中をさすってあげる。ほんと、見ていて可哀想になる。もうこれ戦力外だよ。休ませてあげたほうがいいって。

 

 

 

/

 

 

 

 オシバナ駅。どうもここに奴らはいるようだ。脱線事故により立ち入り禁止と言っているが、嘘だ。というのは野次馬の中でもわかっている人がいるようだ。

 それにしても人が邪魔だ。この中を突っ切るのは時間がかかる。

 

「私、先に行って様子を見てきます」

「頼んだぞ」

 

 人の上を飛んで駅の中へと入る。駅員に止まるよう言われたが、そんな悠長なことはしていられない。

 中を進んでいると、突入したであろう軍隊が倒れている。魔道士相手に軍隊では、何であれ歯が立たないらしい。纏まっていない闇ギルドの連中にすら負けていたから、期待はしていない。ホームに出ると列車でナツに絡んでいた男も含めて大勢いた。鉄の森だろう。

 

妖精(ハエ)はお前だけか」

「だったら何? お前らの目的は……いいや、ここで止めれば終わるんだし」

「まあ、待てよ。せっかくだ、クイズでもしよう」

 

 一人の男が「駅にはなにがある?」と聞きながら宙に浮く。列車……いや、既にこいつらがおさえている。それなら、他にあるもの? わからない。

 「残念、答えはコイツだ」と、コンコンッとスピーカーを叩いている。こいつらは呪歌を放送するつもりらしい。だが、何のために……いや、まさか……

 

「ここに集まっている人を殺す気か!? そんなことして、何になる!」

「報復さ! 権利を奪われた者から、何も知らずに平和に暮らして権利を振りかざすバカどもにな!」

「自分たちで勝手に権利を捨てたんだろ、何を今更」

「そうさ!  俺達が欲するのは権力! 権力があれば過去を清算して未来を作ることもできる!」

 

 ズドン、と背中に衝撃がはしって飛ばされる。……話に熱くなりすぎて、不意打ちに気づけなかった。敵の一人に拘束されて動けない。

 自分の甘さに反吐が出そうだ。話をするだけ無駄だとわかっているなら、さっさと片付ければよかった。

 笑いながら笛を持った男は飛び去っていった。

 

「ぐ……くそっ!」

「なかなか、可愛い娘じゃないか。売っぱらっちまえばいい金に――」

「「邪魔だ! どけッ!」」

 

 横槍を入れるような形でナツとグレイが突っ込んできた。私を拘束していた男がふっ飛ばされて、さらに多くの人をふっ飛ばしていた。

 

「大丈夫?」

「ごめん、助かったよ」

 

 ルーシィが手を貸してくれた。お礼を言いつつ立ち上がる。少し痛むが支障はない。

 

「笛を持った男に逃げられた。こいつらの目的は呪歌を放送して、集まった人々を殺すつもりみたい」

「すまない、一人で任せた私の過信だ。ナツ! グレイ!  エリゴールを追え!」

「「何でオレたちが!」」

「行くんだ」

「「あいさー!」」

 

 威圧でエルザは二人を説得した。

 

「ち、あいつには借りがある!」

「エリゴールさんのとこには行かせねぇよ!」

 

 その後を追うように鉄の森からも強そうな二人が魔法で姿を消して行った。

 

「こっちのほうが楽しそうなのに真面目だねぇ……」

「女三人とはナメられたな」

「脱がせちまおう」

「妖精の脱衣ショーか! たまんねぇな!」

 

 さっきから好き放題言われている。不意打ちで私もキレてるが、ここまで嘗められて余計に腹が立つ。

 

「貴様ら、それ以上妖精の尻尾(フェアリーテイル)を侮辱してみろ。明日は無いぞ」

 

 エルザも相当お怒りだ。どこからともなく剣を取り出して構えている。ハッピー曰く「換装」という魔法らしい。

 どうせなら、と。私も刀を造る。……既にエルザは敵陣に斬り込んでいた。私も敵陣に突っ込むが、エルザが処理するスピードには追いつけそうもない。いつの間にか双剣に……もう斧になってる。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 懲りずに後ろに回り込んできた敵をふっ飛ばす。そもそも、冷静に戦えばこんな奴ら敵じゃない。初仕事の敵より魔法が使える奴こそ多いが、当たっても怪我を負うようなものでもなかった。

 

「やるじゃないか、ステラ」

「いえ、エルザさんには負けます」

「エルザでいい、敬語も無しだ」

 

 まあ、こうして話す余裕もあるのだが、数が多い。一向に減る気配がない。

 

「面倒だ。一掃する」

 

 エルザのその声とともに鎧がはがれていく。これは離れたほうがいいかと思い、ルーシィとハッピーがいる位置にまで後退する。あれは「騎士(ザ・ナイト)」といい。普通は武器だけを換えて戦うところを、エルザは自身の能力を上げる鎧にも換えて戦うそうだ。

 そんなハッピーの解説を聞いている間に、剣が舞って次々と敵を倒していく。「コイツ、妖精女王(ティターニア)だ!」と一人の男が怯えて逃げ出す。

 

「逃がすな、白狐!」

 

 逃げた男に噛みつく寸前で、壁の中に潜ってしまった。魔法を解いて、残った敵の殲滅に切り替える。

 あっという間に片付いた。しかし、逃げた敵を追わないと。エリゴールは特に。

 

「二人は逃げた男を探してくれエリゴールのところに向かう可能性もある」

「エルザは?」

「私はこいつらに色々と聞いてみるさ」

 

 そう言って、エルザは気絶していた鉄の森の奴を叩き起こして威圧していた。まあ、私やルーシィが凄むより、圧倒的にエルザのほうが怖いから効果的だろう。

 

 



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第6話 罠

 結局、エリゴールは見つからなかった。

 外に逃げたのだろうと様子を見に行くと、駅は謎の風による魔法で出ることすらできなくなっていた。

 他の奴らは私たちを足止めするための囮。あのエリゴールにとって仲間は道具に過ぎないのだろう。

 エルザの尋問で、本当の目的は大量殺人ではなくギルドマスターの暗殺であり、定例会の会場であるクローバーへの交通手段はこの駅しかなく、それを遮断するのが最初から目標だということがわかった。

 唯一の突破口の呪歌の封印を解除したであろうカゲという男も、仲間に刺されてしまう。とても解除できるような状態じゃない。八方塞がりだった。

 

「……滅竜魔法も効かないなんて」

 

 どうにかできないかと、ナツと私で色々とやっているが、ナツの炎は消えるし、私の雪も吹き飛ばされた。

 試しに造形魔法を壁に当ててみたら、粉々になってしまった。手が傷だらけになってしまい、見かねたルーシィに止められた。突っ込もうとしたナツも。

 

「ルーシィ! 精霊界だ!」

「え、なによ……」

「あれだよ! エバルーの屋敷のときの!」

 

 急に何かをナツが思いついたらしい。聞いてみると、過去に一度、精霊界を通って移動したらしい。しかし、ルーシィによると精霊界を通ると息ができなくて普通は死ぬ。まず人が入ることが契約違反で、あのときは自分のじゃないから良かったらしい。

 それを聞いて「あー!」と大声を出すハッピー。荷物から鍵を取り出した。

 

「ちょっと、それエバルーの鍵じゃない!」

「おいらの家に訪ねてきたんだ」

 

 どうも前にナツとハッピーで行った仕事で争った人の鍵らしい。逮捕されて契約が解除されたので、ハッピーの家に訪ねてきたらしい。なんでハッピーの家をそいつが知ってるのか不思議だ。

 

「だけど、今はそれどころじゃないでしょ!」

「でも」

「うっさい! 猫はニャーニャー鳴いてなさい!」

「ルーシィ、落ち着いて。ハッピーだって考えがあるんでしょ?」

 

 ハッピーのほっぺをルーシィが引っ張ったところで、ちょっとそれは可哀想だ。と思って止めに入る。その後で、自分がされたことを思い出して止めなければよかったと後悔する。

 

「バルゴなら地面に穴掘って、外に出られると思ったんだ」

「「おお!」」

 

 その精霊は穴を掘るのが得意だそうだ。確かに、地面の中なら関係ない。そうと決まれば、とルーシィはハッピーから鍵を受け取った。

 

「開け! 処女宮の扉! バルゴ!」

 

 メイド服をきた、いかにも使用人っぽい人が召喚された。どうも前にあったときとは別人の姿らしい。バルゴ曰く「ご主人の望む姿」らしい。ルーシィが望んだ姿ということになる。「ご主人はやめて」というルーシィ。バルゴはルーシィの鞭をみて「では、女王様と」、「論外!」とルーシィは返す。結局、姫で落ち着いたらしい。それどころじゃないけど。

 

「ルーシィか……流石だな」

 

 これで先程戦ってないことと、逃げた男を捕まえられなかったことはチャラになったと考えたい。捕まえられなかったのは私も同じだが。

 

 

――

 

 

「ハッピー、行くぞ!」

「私も飛べるからついてくよ」

 

 外に出ると乗ってきた魔導四輪は壊されていたので、代わりを探してくるそうだ。だったら、その間に行ける人はエリゴールを追ったほうがいいだろう。

 びっくりしたのはハッピーが速かったことだ。もうそれだけのスピードで飛べるなら、ナツを列車に乗せずにハッピーが運んであげればいいんじゃないかと思うくらい。

 

「これがハッピーの、MAXスピードだぁ!」

 

 あっという間にエリゴールに追いつく。ナツがそのまま蹴り込んで一発決めた。フラフラと落ちるハッピーを私がキャッチする。

 

「オレ一人で充分だからな!」

「そういうわけにもいかないでしょ。一刻も早く笛を取らないと、吹かれたら私たちも危ないんだからさ」

 

 ハッピーを抱えたまま、一旦距離を取る。ナツが負けることもないだろうけど、相手は笛を持ってる。聴いただけで死ぬのはごめんだ。

 

「なんで貴様らがここに……」

「そりゃあ、お前の仲間を倒して、魔法も突破したからだろ」

 

 線路の上で、ちょうどエリゴールを挟む形で構える。私は飛べるけど、ナツは飛べないから、落ちたら谷底にまでまっしぐらだ。

 もしもってときは私が掴んでやればいいんだけど。

 

「火竜の――/雪竜の――」

「まさか、口から魔法を!?」

 

 二人の口がぷくぅ……と膨れるのをみて、エリゴールが焦る。どこにそんな焦る要素があるのか、私にはさっぱりだ。

 

「咆哮!」

 

 ナツと同時に全力で息吹(ブレス)を放つ。ぶつかったところがちょうど、エリゴールがいた場所だ。空に飛んで避けるだろうと次の攻撃のために構えるが、来ない。

 

「……あれ?」

 

 避けなかったのか、避けられなかったのか。エリゴールは倒れていた。……いかにもボスって感じだったのに、とんだ期待はずれだ。

 

「呆気ねえな。これなら一人でよかったぞ」

「んー……まあ、笛を使われたら死んでたし、いいんじゃない?」

 

 これでナツはエルザと戦えるんだから。とつけ足す。魔法を全く使わなかったあたり、魔風壁で魔力を使い果たしていたのか? だとしたら、一撃で終わった理由も説明がつく。

 

「っと、笛はどこだろう……」

 

 肝心の呪歌(ララバイ)を回収しないと、なくしました。なんてもっと大騒ぎになる。……いつの間にかハッピーが持っていた。

 

 

――

 

 

「エリゴールを一発とは、おみそれしたよ滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)さん」

「はいはい、お世辞はいいから服着て、服」

 

 相変わらず何で脱ぐ。エルザも注意しないのかな。

 なぜか魔導四輪にカゲって呼ばれてる男も乗っていた。ナツが死なれたら後味悪いからって助けるつもりらしい。

 私からしたら、そんな奴は死んでもいいなんて思ってる。だって、自業自得じゃないか。

 

「うおっ!? あぶねーな! 動かすなら――」

「バカめ……笛は……呪歌(ララバイ)はここだ!」

 

 ハッピーから笛を奪って、魔導四輪に乗ってカゲが逃走した。ほら、助けてやろうとしても結局は悪人ということだ。……いや、何してるのみんな!?

 

「あの野郎ォ!」

「あ、ヤバい! ハッピーが落ちた!」

「先に行ってて! 私がハッピー助けるから」

 

 線路から谷底に飛び降りる。下が見えないくらい深いのだ。飛べない状態のハッピーが落ちたらひとたまりもない。とにかくハッピーを掴まえようと手をのばす。

 

「掴んだ!」

 

 そのまま片手で造形魔法を行って、翼を造って減速する。

 

「ステラ、後ろ!」

「コイツ! まだ動けたのか!」

 

 ハッピーに言われて振り向くと大きな鎌を構えたエリゴールが、すぐ後ろにまで迫っていた。振り下ろされる鎌。今の状態じゃ避けきれない。ハッピーを持っていない腕で無理矢理に止めた。

 

妖精(ハエ)が! 落ちて死ねえ!」

 

 風圧に押されてバランスを崩す。とっさに近くの岩にしがみつく。足もつけて、なんとか落ちずに済んだ。だが、エリゴールは突っ込んできた。

 

「スノーメイク・雪だるま(スノーマン)!」

 

 そのエリゴールの頭上の位置に大きな雪だるまを放つ。なんなく避けられるが、想定内だ。雪だるまに気を取られている隙に、岩を思いっきり蹴って目の前にまで移動した。

 

「雪竜の劍角!」

 

 頭突きをしたあと、そのまま下に蹴り落としてやる。それでも浮いてくるようなら、雪崩でも造ってやろうと思った。

 しかし、そのままエリゴールは落ちていった。

 

「……そのまま帰ってくるな」

 

 そんな悪態をついて、その場をあとにした。

 

 

 

――

 

 

 

「いた! あそこだ!」

 

 定例会の行われているすぐ近くにカゲはいた。もう一人誰かいる。駆け寄ろうとして、「ダメよ、いいところなんだから」と止められる。敵かと思って身構えたが、他のギルド〈青い天馬(ブルーペガサス)〉のマスターのボブらしく。ナツとグレイが気に入られてしまったようだ。

 

「なんで止めるんですか! あの笛の音色を聴いただけで死ぬんですよ!?」

「お前たちのマスターはそんなのに引っかかるほどマヌケじゃねえよ」

 

 後ろから他の男の声がする。この人もギルドマスターなのだろう。見守ってやれ。と言うが、見てるこっちは気が気じゃない。

 

「それより、ほら。よく聞いてみろよ」

 

 聞いてみろ? 見ていろ。ではなく、聞いていろとはどういうことだろうか。とりあえず、マスターの会話へ耳を傾けてみた。心配なのは、既にカゲが笛に口をつけていることだ。

 

「……何もかわらんよ。弱い人間はいつまでたっても弱いまま。

しかし、弱さの全てが悪ではない。もともと人間なんて弱い生き物じゃ。

一人が不安だからギルドがある。仲間がいる。強く生きる為に寄り添いあって歩いていく。

不器用な者は人より多くの壁にぶつかるし、遠回りをするかもしれん。

しかし、明日を信じて踏み出せば、おのずと勇気は湧いてくる。強く生きようと笑っていける。

 

――そんな笛に頼らんでも……な」

 

 カラン……と笛が落ちる。膝をつき、しばらくして……「参りました」の一言が聞こえた。

 みんなが一斉にマスターの方へ近寄る中、私はそこに入らなかった。

 

「あら、どうしたのかしら?」

「……なんでもないですよ」

 

 青い天馬(ブルーペガサス)のマスターが少し不審に思ったらしい。なんでもないわけじゃないが、本心を語るわけにはいかない。

 マスターの言葉を聞いて、納得できない自分がいた。仲間が欲しくて、一人が嫌で、ナツと同じように笑っていたいと思ってギルドに入った。けど、強くなりたいという思いは……相変わらず復讐の為にあるのだから。

 鉄の森のカゲに対しても、私はあいつが弱いのが、信じる奴を間違えた自業自得だと思っていた。

 私は、間違ってるのだろうか。

 

「大丈夫よ。もっと自分を信じてみなさい」

 

 何かを察したのか青い天馬(ブルーペガサス)のマスターは励ましてくれた。しかし、気分は晴れない。

 

「笛が喋ったぞ!」

「なんだあれ、煙がでかい化け物になった!」

 

 みんなの動揺と目の前に現れた化け物。声の正体、あのララバイという笛の正体だ。

 

「ゼレフ書の悪魔。何百年も前の負の遺産が、今になって出てくるなんてね」

「ゼレフ書の……悪魔?」

 

 その言葉の響きとともに、ドクンという心臓の鼓動も大きくなる。――ゼレフ?

 

「……違う、私は」

 

 息が荒くなる。あのときのような、酷く嫌な感覚――怖い。

 

「ッ……」

 

 酷い頭痛だ。それに、身体が熱い。――独りにしないで。

 

「ステラ!? しっかりして!」

「あ……あぁ――」

 

 ――助けてよ、――。

 

「あああぁぁぁーーー!!」

 

 

 

――

 

 

 

 みんながマスターの言葉に感動していた。ナツはマスターのことペシペシと叩いているけど。

 

「あれ? ステラ?」

 

 ふと、ステラだけ近くにいないことにルーシィが気づいた。なんだか、落ち込んでいるようにみえる。青い天馬(ブルーペガサス)のマスター、ボブが近くにいるけど、ステラは何だか浮かない表情(かお)をしてる。

 呼ぼうと思って声をかけたが、突然笛から化け物が出てきてそれどころじゃなくなってしまった。

 

「みんな、一旦下がれ!」

 

 エルザのその声に反応して、ギルドマスターたちも退く。だが、ステラだけその場に座り込んでしまった。

 誰の目から見ても明らかに様子がおかしい。ぶつぶつと何かをつぶやいている。

 

「何をしている! ステラ!」

 

 怒鳴るようなエルザの声にも全く反応しない。なんだか辛そうだと気づいたルーシィが駆け寄った。

 

「ステラ!? しっかりして!」

「あ……あぁ――」

 

 まるで何かに怯えるように頭を抱えて塞ぎ込むステラ。ルーシィが顔を覗き込んで目を見ても、焦点があうことがなかった。

 

「あああぁぁぁーーー!!」

 

 ルーシィが飛ばされた。黒い瘴気とともに溢れてくる魔力。その魔力はゼレフ書の悪魔より気味が悪いものだった。

 マスターたちもゼレフ書の悪魔にばかり気を取られていたが、流石にその魔力に気づいた。

 ステラは嗤いながら、ララバイの方へと歩み始める。

 

「なんだ貴様、お前から魂を喰われたいのか?」

「ちょっとステラ!? 逃げなさいって!」

 

 ――なんだ、この娘は。その瞳は。

 

 自分を前にして、怯えもせず、驚きもせずにいること自体が、悪魔にとっては気に食わなかった。それに、その生意気な目つき。

 

「いいだろう、貴様の魂から――」

 

 突然、視界がぐるりと回転した。……ララバイの首から上がズシンと音を立てて落ちた。悪魔に意識は残っていた。首が取れても生きていた。

 何をしたのか、誰にもわからなかった。ただ、ゆっくりと首の方に近づくステラに〈恐怖〉という念を抱くものが増えていた。

 

「おのれ! 潰してやろう!」

「ステラ! 避けて!」

 

 大きな拳がステラに向かって飛んでいく。避ける素振りを全く見せないステラに、ルーシィが声を上げる。

 

「消え去れ、亡霊」

 

 その言葉と同時に拳が当たる前に止まる。凍りついた。そのまま落ちた首に向かってステラは魔法を放つ。……粉々に砕けて、身体も一緒に消え去っていた。

 

「ゼレフ書の悪魔を簡単に倒しやがった」

「何百年もの間、封印されていた悪魔を倒すことなんて造作もないことだよ」

 

 他のギルドマスターの言葉に、くすくすと笑いながら答えるステラ。様子がおかしいことに、ナツたちは気づいていた。

 

「お前……誰だ!?」

「変なこと言うのね。私はステラでしょ?」

 

 瞳が紅い。それに、妙に平然としている。それが一層、ステラの不気味さを増していた。

 

「違う! お前は……」

「お前は……何? ほんの少しくらい一緒にいて、話をしたくらいで、私の何がわかるの?」

「な、何言ってるんだよステラ! テメェ、悪い冗談ならよ止しやがれ!」

 

 グレイが大声で訴える。それを聞いて、ステラはお腹を抱えて笑いだした。

 

「私のこと、何もわからないくせに」

 

 その言葉を聞いて絶望するナツの顔を見て、ステラはまた笑い始めた。今度は嘲笑うかのように。

 

「仲間だとか、友達だとか……壊れるものなんて作って、くだらない……」

 

 ナツを押し倒すステラがみんなの目に映った。

 

「そう思わない?」

 

 振り上げられた拳に、黒い魔力が纏われている。それは、その場にいたものが一度だって見たことも、感じたこともない魔力。

 だが、そんな様子をマカロフも含めた者たちが黙ってみているはずもなかった。ステラをマカロフが吹き飛ばして、エルザが剣を向ける。他のギルドマスターたちもステラに敵意を向けていた。

 

「ステラ! 貴様、何をしようとした!」

「……なにって、見てわかるでしょ」

 

 声を荒らげるエルザにそう切り返すステラ。敵意を向ける集団に突き出された腕に、さっきと同じ黒い魔力が集まり始める。 

 

 ――そんなの、望んでない!

 

「ぐッ――!?」

 

 突如、頭を抱え独り言を放ち苦しみだしたステラ。そのまま膝をついて、叫び声を上げる。だが、誰も駆け寄らなかった。周りはステラに恐怖を抱いていたから。

 叫び声が止んでも、周りは構えることをやめなかった。それを眺めるステラは、もう笑ってはいなかった。

 

「……違う、私は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、ああ……ごめんなさい、ごめんなさいっ……」

 

 そう言って、自分に対して造形魔法で造った刀を突き刺した。「ステラ!」と叫んでナツたちが駆け寄ろうとするが、マスターたちに止められた。

 しばらく、膠着していた。顔を上げたステラの瞳は青かった。さきほどのような異質な魔力も感じなかった。

 

「なくしたくない、壊したくない、なのに……なんで、なんでよ……」

 

 ポタポタと流れ落ちる血。ステラの服も紅くなっていく。そんな中で、何かをうわ言のように小さな声で呟いている。明らかに錯乱していた。

 

「私が……弱いから? は、ははは……」

「しっかりしろ! どうしちまったんだよ!」

 

 マスターたちの拘束を振り払って、ナツが駆け寄る。しかし、ナツの声も届いている様子はなかった。何かに怯えるような瞳。聞き取れないくらいの小さな声で、また何かを呟き始めた。

 仲間たちや周りの人も、行動と言葉の矛盾に混乱した。

 ぷつりと糸が切れるように、ステラの意識は意識を失ってナツに倒れ込んでいた。

 

「おい、ステラ! しっかりするんだ!」

 

 次々とステラに駆け寄り、傷の手当てがされることになった。

 幸いだったのは、ステラが他のギルドマスターに直接手を出していなかったことだろう。もし、手を出していたら、大問題に発展していた。

 

「……マスター、あれは一体」

「あの異質な魔力。ゼレフ書の悪魔にあてられてしまったのかもしれんな」

「何かに怯えている様子だったわね、この娘。感受性が高くて、ゼレフ書の悪魔の精神汚染でも受けてしまったのかもしれないわ」

 

 マカロフの考察に、青い天馬(ブルーペガサス)のマスターが、周りを納得させようと理由をつけたす。

 

「ともかく、その娘の治療を早くしてあげなさい。こっちの問題は、こっちで片付けちゃうわよ」

 

 そう言って、青い天馬(ブルーペガサス)のマスターはナツたちにウィンクをした。

 マスターたちの命を狙われたこととは別に、大きな問題を抱えたまま、定例会がまた再開されることになった。



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第7話 抱えた闇

「ステラ……だよな?」

「そう、だけど。あれ……いつの間に寝てたのか、私」

「覚えてないのか?」

「……なにを?」

 

 意識を取り戻して真っ先に妙なことをナツに聞かれた。そもそも、ここはどこだろう。

 

「いっ……」

 

 ズキリとお腹の辺りが痛む。よく見ると少し血が滲んでいる。

 

「いつのまに、傷なんて――」

 

 思い出そうとして、急にふと湧いた感情。目の前にいるナツに、どす黒い怒りが――

 

「あ……いや……ひっ……

 

 

 

 

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい――」

 

 殺そうとした。ナツを……どうして? 憎いから? 殺して、どうするつもりだった?

 ナツが何かを言っている。怖くて、聞きたくなくて、私は謝る声で掻き消すことしかできなかった。

 

 

 

/

 

 

 

 

 川に小石を投げて、揺れる水面をずっと見ていた。

 

「……何やってるんだろ、私」

 

 目が覚めた途端、ポーリュシカから「怪我も治ったんだから出ていきな!」と追い出された。

 逃げ去るように出ていって、私の服の中にルーシィからの手紙が入っていることに気づいた。

 内容は、私がしでかした事はナツやマスターのおかげで不問となったこと。ナツが頭まで下げていたという話。私はどうしようもなく情けなくなった。

 

「ナツ……」

 

 何故か、ナツのことを考えると、黒い感情がふつふつと蘇る。殺してやりたかった。……そんな感情を思い出すと、ギルドに行く勇気もなくしていた。

 

「最低だ……」

 

 自分に向けてそう呟いて、大きめの石を川に投げる。二度も助けてくれたナツに、どうしてこんな感情を抱いてしまってるのだろう。

 

「あれ、ステラ姉だ」

 

 名前を呼ばれて振り向いたら一人の男の子がいた。ロメオだ。というか、なぜ私に姉とつけるのだろう。そこまで君より大きくはないし……いや、自分より年上の人にはつけるようにしてるのだろうか。

 

「どうしたんだよ、ギルドにきてないみたいだけど」

 

 私のことは聞いていないのだろうか。

 

「ああ……ちょっと、ね」

 

 いい言い訳も見つからず、言葉を濁す。……言えるわけがない。言って何になる。私はナツを殺そうとした。二度も。

 

「そういえば、俺の父ちゃんがナツを捕まえたやつ、父ちゃんが化けてたトカゲだったんだよ。オレ、父ちゃん捕まえて喜んでたんだって。もう恥ずかしくてさ」

「……捕まえた?」

「そっか。ギルドに来てなかったから知らないのか。エルザ姉が逮捕されたんだけど、ナツ兄が納得できねぇって評議会に殴り込みそうだったのを捕まえたんだ。けど――って、ステラ姉!?」

「ごめん、また今度聞くから!」

 

 ロメオの話を最後まで聞かずに走り出した。エルザが逮捕されるようなことはしていない。それなら、なぜ。まさか、私のせいだろうか。

 

 

 

――

 

 

 

「あっ……すみません」

 

 ギルドの入り口で人とぶつかってしまった。悪いのは駆け込もうとした私だったので、とっさに謝った。それより、急いでいたので顔も見ずに去ろうとしたら、「あ」とも何とも取れないような声が相手から漏れた。

 

「初め……まして?」

 

 そう言いながら、思わず振り向いた。こんな人、ギルドにいたかな? と考えていると、次はギルドの中から「勝負しろミストガン!」なんて大きな声が聞こえたので振り返ると、ナツがいた。ミストガン? この人が――っていない!?

 飛び出してきたナツの勢いが、私を見るなり衰えていった。

 やっぱり、来るべきじゃなかったんだ。

 

「えっと……ごめん! 私、帰るから!」

「待てステラ! 話もせずに帰るなんて、私が許さんぞ」

 

 ……あれ? 逮捕されたはずのエルザが目の前にいる?

 

「逮捕されたんじゃ……」

「ああ、それは形だけだ。このバカが暴れたせいで一日だけ牢に入れられたがな」

「あ……え?」

「その様子だと、やはり覚えてないのか。まあ、追って話すさ」

 

 どうにも、逮捕というのは形だけで、罪にはならないらしい。今回の件で評議会も取り締まる姿勢を見せなければいけないという。だから、逮捕されたといっても大げさなことではなく、ナツが殴り込まなければ、その日のうちに帰ってこれたはずらしい。

 

「ステラ、お前は何度か意識を取り戻していたんだが……錯乱していてポーリュシカに診てもらっていたんだ。どうにも、自傷した――」

「おいおい、そいつがステラか? ゼレフ書の悪魔を倒したっていうが、随分とガキっぽいな」

 

 全員が声のした二階を見る。「珍しい」とか「帰ってたのか」という声が周りから飛ぶ。

 

「ラクサス、オレと勝負しろォ!」

「そこのステラって奴に殺されかけてるようじゃあ……無理だな」

 

 周りがざわざわとし始める。「ゼレフ書の悪魔を?」「ナツが殺されかけた?」というような声があちこちから聞こえてくる。

 

「ラクサス、てめぇ!!!」

 

 ナツがラクサスに殴りかかろうと二階への階段を登ろうとして、マスターに止められる。

 

「二階には上がってはならん……まだな」

「ははっ! 怒られてやんの!」

「よさんか、ラクサス」

 

 マスターも顔をしかめる。二階には上がってはいけないとか、わからないことが増えたけど今は――

 

「なんで知ってるんだ? って顔だな」

 

 ラクサスにそう指摘されて、血の気が引く。次に何を言われるのか怖くて、周りからの視線が冷たくなるような気がしてならなかった。

 

「知ってるんだぜ。お前が復讐のために妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ったことも、ナツを殺そうとしてるって事も……な」

「ち、違う! 私は――」

 

 ――ナツを殺そうとしたじゃないか。

 

 否定できない。だって、実際に行動したじゃないか。

 心臓の鼓動がやけに大きい。怖い。私はどうすれば、こんな形で失いたくないのに。

 

「止めないかラクサス! 貴様は関係ないだろう!」

「エルザが味方で良かったな新人。だけど、それを知って周りはお前を――「ラクサス!」」

 

 ラクサスの言葉を遮るように、マスターが名を呼んだ。「ちっ」と舌打ちして、ラクサスは奥の方へと行った。だが、淀んだ雰囲気は変わらなかった。

 小さな声で、周りは先ほど聞いたステラの話をしていた。本人に聞こえないようにと小さな声で話していても、自分のことだとわかっている以上。すぐに逃げ出したくなった。

 そんな奴がギルドにいていいのか。確かにその言葉を誰かが言った。

 思い出してしまった。何度も目覚めたとき、私は受け入れたくなくて、受け止めきれなくて忘れようとしたのに、自分の傷が、嫌でも自分の犯した罪を自覚させていたのだと、

 これ以上、聞きたくなかった。ここにいるのが辛かった。呼び止める声を無視して、がむしゃらに走っていた。

 

 

 

 

/

 

 

 

「あいつはそんな奴じゃねえよ! 確かに勝負はしたけどよ! 俺が負けたから悔しくて連れてきたんだ!」

「へぇ、ナツは負けたのか。それは初耳だった」

 

 ナツとグレイの二人の会話で周りも少しずつ警戒心をといていった。そもそも、殺されそうになったならナツが連れてくることもないと納得した。

 ステラがいなくなったあと、マスターが「ワシが行く」と言ってギルドから出ていった。ナツはステラが立ち去った原因となる一言を言った者に対して怒りをあらわにしていたが「よさないか」とエルザがなだめていた。

 

「ステラ……」

「大丈夫よ、ルーシィ。ステラがそんな()じゃないことくらい、みんなわかってるわよ。同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間なんだから」

 

 心配するルーシィをミラが励ます。ステラの事を知らないから、みんな怖がってしまったけど、すぐにわかってくれるとミラジェーンは信じていた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 走っていた。どこに向かうあてもなく、ただ逃げるように動いていた。みんなが私を睨むような、恐怖とか怒りとかが混ざった眼差し。忘れようとしても、忘れられない。足を止めようにも、その光景を思い出すたびに逃げたくて、走ってしまっていた。

 

「あっ……」

 

 そんな間の抜けた声を出しながら、空中に投げ出された。盛大に転んで、ようやく止まった。

 転んだ衝撃で傷口が開いてしまったのか、走ろうとしても痛くて無理だった。

 あたりを見渡すと、そこはマグノリアの街ではなかった。ほっとしていた。ここならギルドの人も来ないから。

 

 ――私が弱いからいけないんだ。

 

 そう思いながら、また歩き始めた。マスターや他のギルドマスターの見解では、私の異常はゼレフ書の悪魔の精神的な汚染が原因だとされた。しかし、それなら他の人はどうして大丈夫ったのか。

 私は、私も知らない何かを抱えている。そんな奴が、ギルドに入るなんて無理だったんだ。独りのほうが性にあってる。

 今までそうやって過ごしていたのだから。今更、ナツたちのように笑って助け合うなんて無理だったんだって。

 復讐のためにギルドに入った。ナツを殺そうとした。そう言われて、それを否定できなかった。……現に、ナツを殺そうとした(ステラ)がいたのだから。仲間を殺そうとした人を誰が助けてくれるというのだろう。

 家に帰ろうとは思わなかった。元々、ミラの紹介で買ったものだしギルドの人もすぐに見つけられる。もし、誰か来ていたらと考えてしまい、帰る気にはなれなかった。

 歩き疲れて、近くの木に寄りかかるように座った。何もせずに、ただ休むだけ。そんな最中でも、あの言葉が重くのしかかっていた。思わず、顔を伏せる。だが、目を瞑ると嫌でもあの光景が浮かぶのだ。トラウマになっていた。

 どれくらい経ったのだろう。このままここにいても仕方ないと移動しようとしたときだった。

 

「こんなところにおったのか」

「マスター……ですか」

 

 顔は上げなかった。どんな顔をしているのか見るのが怖かった。きっと怒っているだろう。ナツを……仲間を殺そうとしたような(ステラ)だ。

 

「……お主が気に病むことはない。誰にだって心の闇はある。……話したくないことの一つや二つ、あって当然じゃ」

「話したくないわけじゃないです。……でも、殺された親の仇討ちって聞いて、歓迎してくれるとは思ってません」

「確かにそれが"復讐"という、お主の闇だろう。復讐なんてものは厄介だ。誰構わず牙をむけてしまう。自身にさえもな。

だが、それだけではないはずだ。ギルドに入ろうと思った理由は他にあるのだろう?」

「でも、それが本心だったのか、わからないんです」

 

 ナツが羨ましかった。あんな笑顔で過ごせる場所(ギルド)に私も行きたいと願ったはずなのき。

 

「……今までそうやって生きてこなかったのに、仲間を望んだのが悪かったんです」

「一人を好む者は多い。だが、孤独に耐えられる人などおらん。お主に何があったかまで聞くような真似はせん。

しかし、家族(ギルド)を危険に晒すようなこともできないのだ」

 

 マスターの口からハッキリ言ってもらえれば、私もすっきりする。考えることもあった。それだけのことを私はしたのだから。いつ仲間を危険に晒すかわからない存在をマスターとして認めるわけにはいかないだろうって。

 

「……そう、ですよね。妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいるべきじゃ――」

「そんなんじゃないわい。しばらくはエルザと一緒に行動してくれって話」

「……え?」

 

 思ってもいなかった返事に、顔を上げてしまった。マスターの表情は、普段とかわらなかった。

 

「エルザが面倒を見るって煩くての。新人にはキツイかもしれんが、我慢をしてくれんか?」

「ち、ちょっと待ってください!? 私は仲間を殺そうとしたんですよ!?」

「それが本当ならナツと初めて出会ったときに済んでる話だしの。ナツも否定しておったし。

ラクサスの言ったことは気にするな。あやつはいつからか、あんな性格になってしまっての」

「私は……妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいてもいいんですか?」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名前の由来を知っているかの?」

 

 唐突な質問に、首を横にふる。ギルドの名前の由来なんて、耳にすることは一度もなかった。聞く機会もあまりなかった。

 

「妖精に尻尾があるのかないのか。まず、妖精が本当にいるのか。故に永遠の冒険。永遠の謎。そんな想いが込められておる。

お主がいつか答えを得たとき、それでもその先に道は残っておる。怖がらずに進めい。それが善でも悪でも、間違っているなら家族(ギルド)が止めてくれる。信じた道を突き進むがよい」

 

 永遠の冒険。永遠の謎。――それが妖精の尻尾(フェアリーテイル)

 

「ギルドというのは、誰の解釈でも変わるものだ。身寄りの無い者には帰る家になるし、仕事の仲介所であり、仲間の集まる場所にもなる。

人それぞれの想いがあっていい。信頼と絆によってギルドってものは成り立つ」

「私を……信頼してくれるでしょうか?」

「それはお主次第だ。自分から怖がっていても仕方なかろう?」

 

 少なくとも、マスターは私を信頼してくれている。エルザだって、してくれているのだろう。なら、それに応えるべきなんじゃないか。

 

「頑張ります」

 

 それを言葉にしたら、涙が止まらなくなっていた。捨てられると不安だった。マスターの言葉で安心して、嬉しくて、泣いていた。私はギルドにいてもいいっていう、一つの答えを得られたのだから。

 私がみんなを信頼して、信じて、初めてギルドの一員になるんだ。……心の何処かで、みんなを信じきれない(ステラ)もいた。だから道化だった。一方的な感情を押し付けていたのだ。

 私の思うギルドはわからない。それでも、いつかわかる日が来るって信じよう。



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―悪魔の島―
第8話 掟破り


「よし、今回も無事に終わったな」

 

 魔物の牙を担ぎ、満足そうに歩くエルザ。相変わらず怪力だ。

 今回の依頼は魔物の討伐。山を荒らして、他の動物にも迷惑をかける。下手したら人里に降りて悪さをするということで、退治ではなく討伐だった。

 エルザと一緒に仕事をしてから、大体討伐系の仕事だった。おかげで生活に困る事はない。危険だが報酬がとてもよかった。

 

「それにしても、あれだけ大きな魔物を蹴り飛ばすとは流石だな。おかげで潰されずに済んだよ」

「蹴り飛ばすより早く、魔物の牙を折ったじゃないですか。しかも素手で……」

「フフ……そうだったかな?」

 

 おどろいたのは、エルザは素で強いということだった。剣術や槍術、武器の扱いに長けているが、それを支えるだけの肉体の強靭さがあった。

 魔法無しでも充分に強い。そりゃあ、魔法に頼り切っているナツや私が勝てない訳だ。

 

「そろそろギルドに戻ってもいいかもしれないな」

「ラクサスはいないんです……よね?」

「まだ気にしてるのか」

 

 ラクサスに色々と言われて、飛び出してからギルドに数回戻ったが、私のことを悪く言う人はいなかった。ナツやグレイ、ルーシィと談笑していたおかげかもしれない。

 私のことを特に邪険にしてないことはわかっている。しかし、彼は私自身も知らない何かをしっていそうで、怖いのだ。

 

「彼、マスターとは正反対な性格な気がするんです」

 

 ギルドに数人しかいないS級魔導士の一人。実力はマスターの孫という名に恥じないものだが、歪んだ性格から慕うものは少ないらしい。

 

「昔はああじゃなかったんだがな。あいつも苦労してるんだろう」

 

 そう言われても昔を知らない私は怖いという印象しかない。

 

「それにしても、獣や魔物の類と随分戦い馴れていないか?」

「元々、山で住んでいましたし。狼やら熊なんて肉食動物と食うか食われるかなんてやってましたから」

「そ、そうなのか。意外だな」

 

 私の年齢からそんなとこしているのが意外だったのか。それとも、山に住んでいたことなのか。何が意外だったのかあまりわからないが、少しだけ引かれた。

 

 

 

――

 

 

 

「お久しぶりです、ミラさん」

「ただいま戻りました。……何かあったのか?」

 

 ギルドに戻ると、何だかみんな落ち着きがなかった。何かを心配している素振り、中には呆れるような人もいた。

 

「エルザ、ちょっと話があるの」

 

 いつもニコニコしているミラさんからは想像できないくらい真面目な表情だった。そのせいか、エルザの顔も気が引き締まったような感じだ。そういえば、何だか静かな気がする。ああ、そうか。ナツとルーシィ、グレイにハッピーもいない。それだけでこんなに静かになるのは不思議なものだ。

 ナツとルーシィにハッピーはなんだかんだでチームのようになっていた。最初の仕事のあとに色々と嘆いていたのに、結局チームを組むのが、少し羨ましい。

 

「……帰って早々すまないが、仕事だ」

 

 険しい表情でエルザが戻ってきた。そろそろナツたちと仕事に行きたい。なんて言い出せるような雰囲気ではない。それだけ重要な依頼なのだろうか。

 

「いや、仕事というのは違うな。マスターからの命令だ。ギルドの掟を破った者を捕らえに行く」

「掟を? それならエルザだけで行くほうが」

「破ったのはナツとルーシィにハッピーだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 

 

 

――

 

 

 

「あの島に近づく船はいないよ。海賊だって避けて通るんだ」

 

 港町についてから、何度その言葉を聞いただろうか。ガルナ島は悪魔の島や、呪われた島とも言われていて、誰も気味悪がって近づかないらしいのだ。しかし、港町にナツたちの姿はない。

 

「まさか、泳いでいったのか」

「いくらナツでも、さすがに。ルーシィも一緒ですし、それは無いと思いますけど……」

 

 それにしても、グレイはどうしたのだろうか。聞いたところによると、ナツたちを止めに向かったということだったけど。港町にいないということは、ガルナ島に向かったということだろうか。

 グレイも向かったにしては一向にガルナ島に行く手段が見つからない。どうしたものかと考えていると「仕方ない」なんてエルザが呟いた。……それを諦めの言葉と一瞬でも捉えた私がバカだったとすぐに思い知らされる。

 

「船を奪うぞ」

「えっ?」

 

 そういって、エルザが指をさす先には海賊船があった。これから船を奪われる海賊たちに対して、少し同情する。

 

 

 

――

 

 

 

 あっと言う間に海賊たちをなぎ倒し、エルザは船長に舵を取らせた。言っておくが、私は何もしていない。たった一人でエルザがなぎ倒していったのだ。エルザは相当怒っている。動きに無駄がない。

 ナツたちが行ったS級クエストは本来、マスターに認められた一部の人だけが受けられる危険な仕事。S級魔道士のみがいける仕事。同伴もいいらしいが、その仕事に勝手に行ってしまったのだ。

 ギルドの掟を破るこのはマスターを裏切ること。そう考えるエルザは、ナツたちに決して容赦はしないだろう。

 

「ナツたちを見つけ次第、ギルドに連れて帰る。掟を破った罰はその後だ」

「罰って、なにをするんですか?」

「なにって、最悪の場合は破門だろう」

 

 思わず言葉に詰まる。

 そんなのあんまりだと思った。しかし、ナツたちが招いたことだ。新人の私が庇う事なんて出来ない。

 

「……約束したのに」

 

 ポツリと嘆いた。それは、一緒にいてくれるといった、あの日の約束のこと。考えてみれば、ギルドに入ってからナツと一緒に仕事に行ったことがない。いつもルーシィとばかりで、私の事を誘ってくれたこともなかった。

 今回だって、ルーシィを連れて行っている。私は……ナツにとって何なんだろう。本当は厄介物でしかないのかな。

 

 

 

――

 

 

 

「エルザ――

 

 

 

――さん?」

 

 巨大なネズミに襲われているところをエルザが助けた瞬間、ルーシィの顔は明るいものだった。

 しかし、エルザがルーシィに怒りを顕にした顔を向けた瞬間、「さん」と付け足したのだ。それくらい、今のエルザは恐い。

 

「ルーシィー、無事だっ――!?」

 

 パタパタと呑気に飛んで来たハッピー。しかし、エルザを見るなり、脱兎の如く逃げ出した。……が、すぐに捕まり、尻尾を掴まれて逆さ吊りとなった。

 

「無事みたいだね」

 

 私の一言目はそれだった。どうして、なぜ。そんな言葉を押し殺した。

 

「……勝手にS級に行ったことはダメだってわかってる! でも、今この島は大変なことになってるの! 氷漬けの悪魔を復活させようとしてる奴らがいて、そいつらのせいで、村の人が悪魔にされて――」

「――興味がないな」

 

 エルザが来た理由がわかったルーシィは弁明しようとした。しかし、エルザの一言によって止められた。

 

「せ、せめて最後まで仕事を」

「仕事? 違うぞルーシィ」

 

 手に持っていた剣を、ルーシィの首元に向ける。それ以上、喋るな。ということだろう。

 

「貴様らはマスターを裏切ったんだ。ただで済むと思うなよ」

 

 エルザはすぐにルーシィの腕、そしてハッピーを縛っていた。……どっちも、抵抗なんてしなかった。

 

「……ナツはどこだ?」

「多分、村のあった場所で他の魔道士と戦ってると思います」

「村のあった? 今はないの?」

 

 あった? その過去形に疑問を持ってしまう。今は無いからそう答えたのだろうが、どうして無くなったのか気になって、ルーシィに尋ねた。

 

「ステラ、余計なことはしなくていい。私たちはナツたちを連れ戻しに来ただけだ。この仕事のことは、正式に受理されたギルドに任せればいい」

「そ……それだと遅いの! 今にもデリオラって悪魔が復活しそうで!」

 

 びくびくしながらも、ルーシィは言葉を続けた。エルザが、もう一度ルーシィに剣を向けようとして――ステラが「待って!」と、間に入った。

 

「なんのつもりだ……」

「ギルドの掟を破ったことは許されません。けど、何が起きているか把握くらいするべきじゃないですか?」

「関係ないな。私たちの仕事じゃない」

「でも……」

 

 ルーシィが必死に話そうとしているのに、それを遮って知らぬ存ぜぬはあまりにも酷だ。

 

「グレイはやられて……デリオラを復活させようとしている零帝とかいう魔導士がいて、早くしないとこの島の人たちも――」

「余計なことを話すなと――」

「待って!」

 

 エルザの剣幕が、私に向いた。いや、正確には私がルーシィとエルザの間に割って入った。

 グレイがやられたなんて、信じられなかった。でも、それなら尚更放っておけない。

 

「今の貴様に、そんなことをいう資格はない」

「それは……わかってます。けど、グレイを倒すような危険な魔導士が復活させようとする悪魔なんて放置するなんて」

「S級クエストとはそういうものだ。だから正式に受理されたギルドに任せるべきなんだ」

「それで間に合わなくなったら、誰が責任を取るんですか」

「その責任をこいつらが取るんだ。だから、最悪は破門なんだ」

「――っ! 見損ないました。それなら、私は今ここでギルドを辞めます!」

「……なんだと?」

 

 そんなのギルド内部の問題だ。この島の人たち、助けを求めている人たちがそれで納得してくれるはずがない。

 それで取り返しがつかなくなったら、ナツたちを破門にして済む問題じゃなくなる。

 

「私は残ります」

「ふざけるな! ステラ!」

「連れ戻せと命令されたのは私ではありません」

「……貴様もマスターを裏切るつもりか?」

「これが私の信じる道だ。それでギルドを抜けることになっても、後悔はしない」

 

 自分勝手なのはわかっている。せっかく居場所を作ってくれたのに、自分から離れるなんてのも馬鹿だと思う。

 ギルドに属する人間としてはエルザが正しいのかもしれない。でも、それで良いと私は思えない。

 

「貴様には失望したぞ」

 

 それでいい。そう言おうとした瞬間に体に鈍い痛みが響いた。

 揺らぐ視界の中で、エルザが私に攻撃をしたのだということだけはわかった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

「赤い雪?」

 

 グレイが目覚めると自分の手のひらに、赤い雪の結晶を見つけて少し驚いた。自分が氷の魔導士だから溶けずに残っているわけではない。

 変な雪だと気になったが、仲間が待っていることを聞き、村人に告げられた場所に向かった。

 縛られているルーシィとハッピー。そして、機嫌の悪そうなエルザ。ステラも縛られていた。

 

「お前はナツたちを止める立場ではなかったのか?」

「おいおい……どういう状況だよ」

「それはこっちが聞きたいな。ナツは何処だ?」

「む、村に戻ってもいなかったの。敵の魔道士が二人倒れていたけど……」

 

 グレイが聞きたいのはそうじゃなかった。マスターからエルザとステラが暫く一緒に行動することは聞いていた。それなら、ステラもナツたちを連れ戻しに来た立場のはずだ。なぜ縛られているのか。

 

「ふむ、それならナツはここがわからなくて迷子になっているということか。あとはナツだけだ。さっさと見つけて帰るぞ、グレイ」

「帰るって……ルーシィから聞いてないのか?」

 

 涙目になりながら、ルーシィは横に首を振った。話しても駄目だった。そう訴えていた。

 

「大体読めたぞ。エルザ、ステラはルーシィの話を聞いて、反抗したんだろ」

「……知らないな。もう妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士じゃない」

「なんだって?」

「こいつが決めたことだ」

「まさかとは思うが、ギルドを辞めてまで――なんて言っちまったのか、こいつ」

 

 エルザの言い方。そして、ルーシィの様子。自分の放った言葉に更に険悪な表情になったエルザの様子を見て、グレイはため息をついた。 

 

「見損なったぞ、エルザ」

「何?」

「この島の話を聞いたはずだ。それでも、何も思わないのか?」

「興味がない。ただ、掟を破った者を連れ戻しに来た。それだけだ」

「ステラも納得しなかったんだろ。オレも同じ立場なら、反抗するぞ」

「……貴様まで、マスターを裏切るというのか」

「そっちの言い分はわからなくもねぇ。けどよ、これはオレが選んだ道だ」

 

 エルザはグレイに剣を向ける。しかし、グレイは臆するどころか素手で剣を握り払い除けた。そして自分の意思をハッキリと伝えたのだ。

 

「……最後までやらせてもらう。斬りたきゃ斬れよ」

 

 そのまま立ち去るグレイをエルザは斬らなかった。だけど、そこまで言われて黙っているエルザにと同じように、場は凍りついている。

 

「え、エルザ……おおお、落ち着いてよ」

「そ、そうだよ。グレイは昔の友達にやられて気が立ってるだけなんだよ」

 

 ルーシィとハッピーが、エルザの怒りを抑えようと弁明する。ルーシィの方が落ち着いていない。とは口にはしなかった。

 

「……話にならない」

 

 そういってエルザは剣を振り下ろした。ルーシィたちを縛っていたロープだけを切るために。

 

「まずは仕事を片付けてからだ」

 

 エルザの顔から険しさは消えていた。

 

「勘違いするなよ。罰は受けてもらうぞ」

 

 釘を指すようなエルザの言葉に、一人と一匹は「あい」と悲しげに返事をした。

 

 

 

――

 

 

 

「……それにしても、気絶させることはねーだろ」

 

 あとを追いかけて来たエルザに今は仕事を優先すると言われて、自分の覚悟が伝わったのだとグレイは安堵した。

 しかし、エルザがステラのことを気絶させてたのはやりすぎだと感じていた。今も、ルーシィやハッピーは連れてきたのに、ステラだけは起こしていないことに違和感があった。

 

「デリオラもゼレフ書の悪魔だろう。彼女がまた暴走するかもしれん」

「だったら連れてこなきゃよかったんじゃねぇか?」

「まさかゼレフ書の悪魔が関わっているとは思っていなかったからな。彼女には悪いが、事が片付いたら説明するさ」

 

 それを抜きにしても気絶させたことは謝るべきだとグレイは思ったが、流石にそれを今言うべきじゃないと言葉を飲み込んだ。

 

 

 

――

 

 

 

 誰かの気配を感じてゆっくりと目を開ける。すると、一人の女性が立っていた。

 

「誰、ですか?」

「……何者だ。私の声が聴こえただけでなく、この氷の中に意識を移すなんて」

「意識を移す? なんのことですか」

「無自覚でやっているのか。君は不思議な娘だな」

 

 敵ではなさそうだ。でも、私はエルザに殴られたか何かで意識を失ったはずだ。それなら、これは夢だろうか。

 

「その紋章、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か。それなら、敵じゃないな。失礼した」

「いえ……それより、あなたは誰でここは何なんです?」

「私の名はウル。この島に運ばれた悪魔を封じた魔導士で、グレイの師だよ。君が私の意識の中に入り込んでいるんだけど、まあ別に構わないさ」

 

 とりあえずここが夢のようで夢じゃないことはわかった。しかし、色々と疑問ばかりででくる。

 

「君に頼みがある。私がデリオラを倒すまでの時間を稼いで欲しいんだ」

「突然言われても……私も色々とあって、デリオラの復活は阻止するつもりですけど」

「……大丈夫だ。君の仲間も、グレイが説得したみたいだからな」

 

 グレイが説得したということは、エルザのことだろう。彼女も協力してくれるなら大丈夫だろう。私の言葉ではなびくことはなかったのが不満だけど。

 

「色々と説明したいが時間がない。すまない、あとは頼んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第9話 島の悪魔

 物置小屋のような場所で目が覚めた。拘束されてないことから、ウルの言ったとおり、グレイがエルザを説得したことが事実だと納得した。

 行かなければいけない場所は、不思議と頭の中に浮かんでくる。遺跡の地下、早く向かってあげないと。

 

 

 

/

 

 

 

「これがデリオラ……」

 

 厭な衝動を思い出す。いや、今ですら、この氷を砕いて私がこの悪魔を壊してやろういう衝動が襲っている。

 気を抜いたら意識を取られてしまう。だから、敵の接近に気づけないなんていう失態を犯した。

 

「ほっほっほっ……こんなところにまだ侵入者がいたとは」

「とりあえず、お前は敵ってことでよさそうだね」

 

 仮面をかぶった年老いた男。しかし、妙な匂いがする。

 

「悪趣味だな」

 

 明らかに女性の香水の匂い。いや、違う。こいつ、変装している。

 

「そんな変装までしてるのに、香水はつけてるなんて爪が甘い。それで、わざわざそこまでして目的は何なの?」

「なかなか面白い娘だ。少し遊んでやろう」

 

 いつの間にか、いくつかの水晶が宙を舞っていた。嫌な予感がして距離を取る。

 

「遅い!」

 

 男の声とともに一斉に水晶玉が向かってきた。翼を作って空に飛ぶが、その飛んだ先にも水晶が現れた。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 邪魔な水晶を一気に吹き飛ばした――筈だった。

 

「――なっ!? がはッ!!!」

 

 一瞬だけ消えた水晶玉が、また私の方に飛んできて直撃した。それも、相当な数だ。

 

「ふむ、期待はずれですな」

 

 地面に叩きつけられる。体がずぶ濡れに――

 

「なっ……溶け始めてる……」

 

 見上げると、デリオラの氷が溶けてどんどんと水が流れ出している。

 光にあたった部分から溶けている。この光は――

 

「この儀式の元は――上か!」

「そのとおり。ここに来たのは失敗でしたな」

「なら、ここでお前を片付けて、儀式を止めるだけだ!」

 

 構えて造形魔法を飛ばす。先手必勝と繰り出した狼が、全て消えた。

 

「な……」

「造形魔法では私には勝てませんよ?」

 

 そうだ。さっき造形魔法で作った翼は壊されたんじゃない。こいつの魔法で消されたのか。

 

「とりあえず燃えとけ!」

「愉快な売り言葉ですの!」

「ナツ!」

 

 突っ込んできたナツ。それをひょいとよける仮面の男。着地したナツが私の方に気づく。

 

「……なんでステラがここにいるんだ?」

「いや、話せば長くなるから……まずはこいつを片付けてから!」

「うわ!? 溶け始めてるじゃねえか! どうするんだよこれ!」

「ほっほっほっ……騒がしいことですの。火竜(サラマンダー)くんならまだしも、そこのお嬢さんは私と相性が悪い」

 

 どこからともなく飛んできた水晶玉にナツと揃って吹っ飛ばされた。そのままナツは突っ込んだが、ステラは援護する形で造形魔法を放った。しかし、あっさりと消え去った。

 

「どうしたんだよステラ!」

「……造形魔法が効かない。こいつの魔法だ」

「その通りですよ。私の魔法は失われた魔法(ロストマジック)の一種……時間を操れるのですから」

 

 時間を操る。聞いたことのない魔法だ。

 

「それで私の魔法の時間を操った……」

「その通りです。造形魔導士であるあなたには相性が悪いでしょうね」

 

 私だって造形魔法だけが使えるわけじゃない。いくらでも戦いようはある。

 

「ほう、これは――」

 

 ナツの口がふくらむ。ブレスをはくつもりだろう。それに合わせて私も息を吸う。

 

「火竜の――」

「雪竜の――」

 

「「咆哮!」」

 

 それと同時に飛び掛かる。逃げ場は――私の方じゃない。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 咆哮は完全な囮。それに気づかなかった男は避けた方向にいたナツの拳をまともに食らった。「きゃあああ」という見た目に合わない叫び声を上げて、吹っ飛んでいく。

 

「ナイス! さすがは火竜(サラマンダー)!」

 

 そうやって喜んだのも束の間。一際大きな雄叫びがデリオラからあがった。

 

「やべえ!?」

「ナツは儀式を止めに行って! 私はこれ以上溶けないように魔力を注ぐなり何でもしてみるから!」

 

 氷に手をつけて魔力を注いだ。時間を稼いでと頼んだからには、彼女には何か策がある。私ができることなら何でもする。この悪魔は復活させたらダメだ。

 私の意識を明け渡すわけにはいかない。ここで氷が溶けきったら、私は――

 

 

 

/

 

 

 

「しっかりするんだ」

 

 意識が飛んだ錯覚。また私は、ウルと出会っていた。

 どうしようもない衝動。ゼレフ書の悪魔に対しての異様な固執。

 私の知らない私。どうしてこんなにも、コイツラが憎い。

 

「止めないと……また私は――」

「大丈夫だ。私が何とかする」

 

 そう言って、ウルは私の手を握っていた。彼女の魔力、記憶、感情。そんな何もかもが、私の中に流れ込んでくる。

 

「少しだけ、君の体を借りるよ」

 

 

/

 

 

 

「今なら全力で戦える。あのときのようにはいかないからな」

 

 間に合わなかった。デリオラは復活した。()が完全に溶けて、流れていく。けど、散々氷の中で命を削った。馴れない体でも戦えるはずだ。ここで全ての決着をつける。

 

「スノーメイク・桜吹雪!」

 

 魔法が当たって始めてデリオラがこっちに気づいた。振り下ろされる拳をよける。体が小さいからか動きにくい。

 

「借りるぞ、ステラ……」

 

 あとは砕くだけ。それには造形魔法では不向きだ。

 

「雪竜の翼撃!」

 

 衝撃を受けた腕から音を立てて崩れるデリオラ。動きは止まり、既に命は尽きていた。ふぅ……とため息をつく。全く世話のかかる弟子たちだ。

 

「ウル……なのか?」

 

 いつの間にか近くにいたリオンとグレイ。馬鹿な弟子だが、私のことに気づいたようだ。

 

「全く、いつまで経っても喧嘩ばかり……相変わらずだな」

 

 ナツという少年は口を開けてポカンとしていた。

 

この娘(ステラ)の体を貸してもらってる。だから、あまり長くは話せないんだ」

 

 だから、私から話せることは、少しだけだ。

 

「リオン。お前のやったことを恨むつもりはない。……お前なりの正義があった。そこには、優しさもあったからな」

 

 全て見ていた。もちろん罵倒も聴こえたぞ。と付け足す。

 

「グレイ。強くなったな。それに、いい仲間に出会えたじゃないか。……大切にするんだぞ」

 

 ウルは、こっちに来い。と二人の弟子を手招きする。そして、二人の手を握った。その手は温かい。

 

「私は生き続ける。溶けてしまって、水になってしまってもな。ずっと、永遠に、お前たちを見守り続ける」

 

 ――海となって、ずっと。

 

「お前たちは二人とも、私の愛する弟子だ。

 

 

 

ありがとう。リオン、グレイ――」

 

 眠るようにステラが倒れた。それを二人で抱えた……もう、そこに師匠の面影が映ることはなかった。

 

「十年間……ウルの中で命を削られて、その最期の瞬間を、俺たちは見せられたっていうのか……」

 

 かなわない。俺にウルは越えられない。涙を流しながら、悔しそうに言うリオンだが、表情はどこか晴れていた。

 

「すげーな。お前らの師匠!」

 

 そう興奮するナツの横で、グレイも涙を流していた。それは嬉し泣きか、悲し泣きなのか、わからなかった。

 

「ありがとうございます……師匠(ウル)……」

 

 ――お前の闇は私が封じよう。

 

 その言葉は、深く、グレイの胸に刻まれていた。

 

 

 

 

/

 

 

 

「君の体で無茶をした。すまない」

「えっと……別にそれはいいんですけど、弟子たちに言葉を伝えるの、凄く恥ずかしかったんですけど」

 

 妙な感覚だった。確かにウルとしての感覚もあったけど、私の意識もあった。

 不思議と、ララバイと対峙したときのような恐怖は感じなかった。そのおかげか、私は衝動を抑えられた。

 

「世話になったお礼に、少しおまじないをしておいた。いつか、君の役に立つ日が来るはずだ。君ともっと話をしてみたいが、お別れだ」

 

 そう言い残して、彼女は消えてしまった。どうしてウルと意識を交わせたのか、彼女に体を貸せたのか。色々と知りたいことが残ってしまった。

 しかし、今はとにかく眠かった。今までにないくらい凄く。きっと、慣れないことをしたせいだと、深く考えずに寝ることにした。



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―幽鬼の支配者―
第10話 無鉄砲


 ゼレフ書の悪魔。偉大な黒魔道士、ゼレフが生み出した凶悪な怪物たち。それを、二度も壊した。

 魔法評議会会場のERA(エラ)に帰ったウルティアは、ジークレインにガルナ島での一件を報告していた。

 

「二回目はオマエの母の力だが、偶然とはいえ、二度も悪魔を壊してしまうとは……な」

 

 聖十魔道であり、評議員の一人であるジークレインは、その立場からステラのことも耳にしていた。

 

「ごめんなさいね。ジークレイン様。まさか、あの女の力がこれほどまでとは」

「そういうことを言うもんじゃないぞ。ウルの()――ウルティアよ。

オレはオマエの母を尊敬している。生きていれば間違いなく聖十魔道の一人となっていただろう」

「かいかぶりすぎよ。母は魔の道にとりつかれすぎて、父に捨てられた惨めな女」

「失うものが大きければ大きいほど、得られる力は強くなるものだ。お前の母や、ステラのようにな」

「私は(ウル)の中でも小さな存在よ」

「どうかな。幼い弟子を育てたのも、あの娘に力を貸したのも、おまえへの未練にも――」

 

 それ以上はダメ。というばかりに、ウルティアがジークレインの口元を指で抑える。

 

「てか……おまえ……」

 

 ぷっくりと、ウルティアの頬が膨らむ。それも両方。ちょうど、ナツとステラにそれぞれ殴られた場所だった。

 

「きゃあああ! 何よコレぇ!」

「あっははははっ! 今頃はれてきやがったのか!」

 

 滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)に本気で殴られても、その程度で済んでいた。

 

「それで、どうだった?」

「この子たち、強くなるわよ。半分も力を出してなかったとはいえ、一瞬だったもの」

「どっちのほうが強い?」

「……戦闘での頭の回転の早さと力はナツね。あの娘は精神が不安定すぎるのよ。強くても、冷静さに欠けるわ」

 

 だが、ウルティアの頬で、大きくはれているのはステラに殴られたほうだった。

 

「あのイグニールの子だ。しかし、アイツも使えるさ。

 

 

オレの理想(ユメ)のために……燃え続けろ」

 

 

 

――

 

 

 

 

 前と変わらないマグノリアの街並み。まあ、変わっていても困るか。それにしてもよく寝たなぁ。と、大きな欠伸をしながら思う。

 S級クエストの本来の依頼は、村の人たちを元に戻すこと。そういうのはエルザが全部解決してくれたのだ。

 そのあと、散々叱られたのは言うまでもない。しかし、私も悪かったとエルザから謝られたのだ。ゼレフ書の悪魔が関わっていると判明した時点で私を関わらせたくなかった……まあ、以前のことがあるから仕方なかった。

 

「しっかし、あれだけ苦労して鍵一個とはなぁ……」

「正式な依頼ではなかったのだ。これくらいがちょうどいい」

「そうそう。文句言わないの!」

 

 知らない人に嬉しそうなのは誰と聞けば、絶対にルーシィを指差すだろう。

 今回の依頼の報酬は鍵一個。しかも、精霊魔道士の為の鍵なのだから、得をしたのはルーシィだけなのだ。もらった鍵は人馬宮のサジタリウス。王道十二門の鍵と言われる世界に12個しかないものらしい。

 ナツがルーシィをこのS級に誘ったのは、この鍵を餌にすれば必ず来ると踏んだという中々に非道なものだった。ずる賢い。

 

「あの牛や、メイドが?」

「あたしが修行したら、アンタなんかより絶対強くなるんだから!」

「……へぇ。精霊の強さって、召喚者に応じて変わるんだ」

 

 ルーシィの魔力が弱いから星霊も弱いんだろうかと考えてしまった。いや、戦ったことはないけど、あんまり強そうには思えない。

 

「さて……さっそくだが、ギルドに帰って、おまえたちの処分を決定する」

「うお!!」

「忘れかけてた!!」

「私は今回の件について概ね海容してもいいと思っている。

しかし判断を下すのはマスターだ。私は弁護するつもりはない。それなりの罰は覚悟しておけ」

 

 「「うわぁ……」」とエルザ以外の全員が嘆かずにいられなかった。

 

「まさかアレをやられるんじゃ!?」

「ちょっと待て! アレだけはもう二度とやりたくねえ!」

「アレって何ーー!?」

 

 ハッピーがアレのことを思い出したせいで、アレを知っている者は恐怖していた。

 

「気にすんな「よくやった」って、ほめてくれるさ、じっちゃんなら」

「すこぶるポジティブね」

 

 平気平気、と言わんばかりに笑顔のナツ。それを砕いたのはエルザだった。

 

「いや……アレはほぼ決定だろう。

 

 

ふふ……腕が鳴るな」

 

 ナツの顔から笑顔が消えて、ダラダラと汗が流れて震え始めた。

 

「いやだぁーー! アレだけはいやだーー!」

「だからアレって何ーー!?」

「さあ行くぞ」

 

 みんなが慌てふためく様子をみて、思わず笑っていたが、よくよく考えたら自分もそれを受けなければいけないんだと思った瞬間。足取りが重くなっていた。

 

「なんだ、あいつら知らねぇのか」

「可哀想にな……あんなんになっちまって」

 

 そこでようやく、自分たちに対して、ひそひそと街の人たちが何かを言ってることに気づく。

 すぐに、その意味はわかった。

 

「なんだよ……これ」

 

 無惨に刺さる鉄柱。それも一本じゃない。壁は抉られて、天井は落ちて……見るに耐えない妖精の尻尾(私たちのギルド)がそこにあった。

 

「誰が……こんなこと……」

「ファントムよ」

 

 その疑問に答えたのは、ミラジェーンだった。

 

「悔しいけど……やられちゃったの……」

 

 

 

――

 

 

 

 ギルドに地下があることを、初めて知った。ミラに促されるまま来たが、いつもワイワイと騒いでるような雰囲気ではなく、怒りでピリピリしていた。

 

「よっ。おかえり」

 

 だけど、マスターはいつもと変わらなかった。

 

「酒なんか飲んでる場合じゃねえだろ! じっちゃん!」

「おー、そうじゃった。おまえたち! 勝手にS級クエストなんかに行きおってからにー!」

 

 そういって、驚く私たちをよそに、エルザ以外の頭を、そして、ルーシィのお尻を下心まる出しで叩いていた。

 

「マスター! どんな事態かわかっているんですか!」

「ギルドが壊されたんだぞ!!」

 

 とりあえず、罰は免れたらしい。しかし、大きな問題があるだろうと、エルザとナツがマスターに抗議していた。

 

「まあまあ、そんな目くじらを立てるほどのことでもなかろう」

 

 マスターの話を聞いてみると、襲われたのは誰もいない夜中だったということ。それに、ギルド間の武力抗争は禁止されている。やり返せばそれこそ評議会が黙っていない。

 悔しいのはマスターも同じみたいだが、どうしようもない。ナツもエルザも、渋々納得するしかなかった。

 

 

 

――

 

 

 

 すっかり暗くなった夜道をいつもと変わらずに家を目指していた。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)ね……」

 

 ファントムがどんなギルドなのか知らないが、あんな酷いことをするギルドがまともなはずない。

 昔っから小競り合いはあったらしいけど、ここまでやるのは初めてらしい。

 マスターは優しすぎる。と思わないこともなかった。それこそ、評議会に抗議することもできるはずだ。何か理由があるのかもしれないが、そこまで聞ける立場じゃない。

 ダメだ。今日は帰ったら寝よう。私が悩んだって解決するような事件でもないし。と、気づいたら考えに耽って道を間違えたらしい。……戻ろうと振り返ろうとした時、それは耳に入った。

 何かを打ち付けるような、金属と金属が当たる音。そんな聴き慣れない音を探るうちに、広場にたどり着いた。

 

「何やってるんだ!! お前!!」

 

 名前はわからなかった。けど、妖精の尻尾(フェアリーテイル)で、ルーシィと楽しそうに話しているのを見たことがあったから。――違う。

 ソイツが敵なのはわかる。だって、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーを、木に打ち付けていたんだから。

 

「……ギヒッ!」

 

 妙な笑い声を上げながら、ソイツは攻撃してきた。それを見たことがあった。ギルドに刺さっていた鉄柱と、同じものだった。

 

「お前がギルドを!?」

「よく避けたな。見たことねえ(ツラ)だが、その肩の紋章。お前もコイツらの仲間ってわけか? でも、金髪じゃ……ねえよな」

「金髪?」

 

 髪色を気にするなんて変なやつだ。

 

「こんなことして、何が目的だ!」

「答える必要はねえよ!」

 

 先ほどと同じように、腕が鉄柱になった。それを地面に殴りつける。その鉄柱の上を走って近づき、ソイツの顔を蹴り上げた。

 だが、そんなことお構いなしに、足を鷲掴まれて、そのまま地面に叩きつけられた。背中から地面にめり込むほどの勢い。衝撃で、肺から空気が出て、「ガハっ」と咳込んだ。

 

「口ほどにもねえガキだ。コイツらのほうが、まだマシだったぜ」

「そうか。だったら、離すなよ!」

 

 息を吸い込む。

 

「雪竜の咆哮!」

「ぐあっ!?」

 

 効いたかどうかは別として、吹っ飛んだ。起き上がって、破れてしまった上着を脱ぎ捨てる。

 

「離すなって、言ったのに」

「そうか、テメェが新人の滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)か」

「だったら何だ……」

 

 ギヒヒッ! と、嫌な笑い方をする。それを見た街の人が事情も知らずに首を突っ込んできた。

 

「また妖精の尻尾(フェアリーテイル)か! こんな夜に喧嘩なんかしおって!」

「――逃げてっ!?」

 

 目の前の敵に気を取られていて、街の人が近くまで来ているのに気づかなかった。目の前の敵が、その人目掛けて攻撃した。

 

「なっ!?」

 

 まさか、自分に攻撃が向くとは思ってもいなかった。その黒い鉄柱を目の前に、何とも情けない声を上げることしかできなかった。

 そのまま、蹴り飛ばされた。何枚か壁を突き破るほどの威力。防御も取れずにまともに食らったせいで、体を動かせなかった。

 

「くそっ……ぐっ……」

 

 遅れて痛みが襲いかかる。声を出すこともできなかった。ギヒヒッ! という、嫌な笑い声が近づいてくるのだけはわかった。でも、動けない。動こうとして、口から血を吐いた。

 

「ギヒヒヒッ! まだ生きてんじゃねえか!」

 

 踏みつけられて、重い嫌な音が耳に響いた。確実に折れた。呼吸が苦しくて、痛い。

 

「こ、こども相手に! なんてこと!」

「うるせえ、黙って――」

 

 言葉を挟んだ住人に拳を振り上げていた。これ以上、こいつに好き勝手させてたまるか。

 

「まだ意識があるのかよ」

「――ッ、ヤメ……ろ……」

 

『こっちです! 早く来てください!!』

 

 騒ぎを聞きつけたのか、野次馬も多くなっていた。

 

「……チッ。命拾いしたな」

 

 誰かがギルドの人を呼んでくれたのだろう。助かったと思った。

 だから、追い打ちをかけてくるなんて思わなくて、また無防備な状態で蹴り飛ばされた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 顔を横に向けると、眠そうに、というか眠っている。ルーシィがいた。

 ここはどこだろう。なんて考えていたら、ガクンっと首を落として、ルーシィが椅子から落ちた。「いたたた……」と、顔をおさえている。

 

「あ……おはよう。ルーシィ」

「あ、おはよう……ッステラ!」

 

 ぎゅうっと抱きしめられた。体のどこかがピキッと変な音を立てた気がする。ルーシィは「よかった」なんて言ってるけど、よくない。ものすごく痛い。苦しそうにもがく私をよそに、さらに力を入れるのだから。

 ペシペシとルーシィの頭を叩くことで、ようやくそれに気づいてくれたみたいだった。

 

「ご、ごめん……」

「こ、殺す気かっ!? いててっ……」

 

 ここは、ギルドの近くの病院だった。病院が近くにあることを知らなかった。

 少し動いたくらいで痛む……情けない。そういえば、街の人はどうなったのだろうか。

 

「他の人は大丈夫だった?」

「レビィちゃんと、ジェットとドロイ。それと、ステラ以外は襲われてないみたい」

「……そっか」

 

 あいつは逃げ出したのか。それにしても、相当な強い。それ以上に、容赦がない。

 

「あたしだけ置いていってさ、みんな酷いよね」

 

 他のギルドメンバーは、幽鬼の支配者(ファントムロード)に殴り込みにいったらしい。その話をしているルーシィは何だか不機嫌だった。

 

「ありがと」

「えっ!?」

「だって、ルーシィは残って看病してくれたから。お礼を言うのは当然でしょ?」

 

 気づいていた。抱きついたときに、ルーシィが涙を流していたことに。

 私は、自分の思っている以上に大切にされてるんだと、実感する。不謹慎だけど、嬉しかった。

 

「こうならないようにみんなでお泊り会だって、ステラの家に行ってたのにね」

「え……初耳なんだけど」

「ミラさんから聞いてない?」

「全く。というか何で鍵は?」

「ミラさんがくれた」

「……それ、不法侵入だと思う」

「私だって勝手に入られてたんだから……お互い様ってことで」

「はいはい。今度勝手に上がらせてもらいます。お菓子とか置いといてよ?」

「鍵替えようかしら……」

「それは私の台詞だよ」

 

 そうやって冗談を言って笑おうとして、鈍い痛みが体を貫いた。思わず顔を伏せてしまう。

 

「……大丈夫? 無理はしないでね。……そうだ! ステラの家から必要な物を取ってきてあげよっか? まだ鍵持ってるんだ〜」

「あー……自分で行くから、その鍵渡してくれない?」

「ダーメ。まだ安静にしてないと」

 

 自分が持ってる鍵とは別に、ルーシィが鍵をくるくると回している。何で持ってるのか問いただす元気もなかったので、素直に「お願いするよ」とだけ言った。

 妙に上機嫌なルーシィを見送って、私はもう一度眠ろうと寝転んだ。

 ……寝ようとするたびに、ギヒッっという嫌な笑い声が頭に響いて、気分は最悪だった。あんなにも簡単にやられた自分が惨めで、イライラせずにはいられなかった。

 

「――そういえば、あいつ……妙なことを」

 

 

 襲ってきた奴との会話を思い出して、ベッドから飛び起きた。

 金髪。私が知ってる中で妖精の尻尾(フェアリーテイル)でその髪の色の人物はルーシィしかいない。

 そんなの偶然かもしれない。他の人もいたかもしれない。でも、妙な胸騒ぎがした。

 外に出ると雨が降り始めていた。余計に胸騒ぎが酷くなる。そんな予感が当たらないようにと願いながら、私は全力で走っていた。

 

 

 

――

 

 

 

 昨晩。ルーシィは襲われたレビィたちや、ステラを見たとき、悪い夢だと思った。

 ステラは意識がないどころか、呼吸もしてないと大騒ぎで、少し前まで元気だった筈の仲間が酷い状態にされて、みんな怒っていた。

 でも、まさかそのステラが真っ先に目覚めるなんて、さすがは滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)なんて、ルーシィは考えていた。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)に対しては、怒りしかなかった。ギルドを壊し、レビィたちや、ステラを襲ったような奴らを、許せるわけがなかった。

 

「やだ……天気雨?」

 

 ステラの家に直接行くつもりだったが、雨が降ってきたので傘でも取ってこようと、ルーシィは自分の家に向かうことにした。どんどんと強くなる雨に「最悪〜」と嘆かずにはいられなかった。

 

「しんしん……と。そう、ジュビアは雨女」

 

 その突然の雨を予期していたか、傘をさす女性が向かいからやってきた。

 

「あなたは何女?」

「えっと……どちら様で?」

「しんしん……と、楽しかったわ。ごきげんよう」

「え!? 何なの!?」

 

 思わずいつものノリで突っ込むしかなかったルーシィ。頭が混乱している中、さらに混乱させる出来事が起きた。

 三三七拍子のように、「ノンノンノン」と言う変な男が、地面から出てきたのだ。

 

「ジュビア様。ダメですなぁ仕事放棄は」

「ムッシュ・ソル……」

「私の眼鏡がささやいておりますぞ。そのお嬢さん(マドモアゼル)が愛しの標的(シブル)だとね〜え」

「あら……この()だったの?」

 

 自分が標的。それを聞いて、ルーシィは思わず「え?」と言葉をもらす。

 

「申し遅れました。私の名はソル。ムッシュ・ソルとお呼びください。

偉大なる幽鬼の支配者(ファントムロード)よりお迎えにあがりました」

「ジュビアはエレメント4(フォー)の一人にして雨女」

 

「スノーメイク・(イーグル)!」

 

 突然の攻撃。ムッシュ・ソルは地面へと潜り込んで避けた。だが、当たったはずのジュビアには、なんのダメージもなかった。

 敵とルーシィの間に割って入るように、ステラは現れた。

 

「ステラ!? なんで――」

「嫌な予感が的中だ。幽鬼の支配者(ファントムロード)の狙いはルーシィらしい。だから、逃げて」

「だったら、あたしも!」

 

 鍵を取ろうと構えた瞬間。ステラとルーシィは水に沈んでいた。

 

「ジュビアの水流拘束(ウォーターロック)は決して破られない」

 

 ――スノーメイク・(ウィング)

 

 もがくルーシィを掴んで、そのまま脱出するステラ。だが、怪我は全く癒えておらず、飛び続ける体力は残っていなかった。

 

「あ、ありがとう。ステラ」

「いいから……逃げて……」

 

 そこでルーシィが、ステラの顔が赤いのに気づく。まさかと思いおでこを触ると、すごい熱だった。熱のせいで意識が曖昧になり始めたステラをおぶって逃げ出す。

 

「そんな体で、無茶するから――」

「ノンノンノン。逃しませんよ」

 

 逃げようとした先にソルが現れる。それを知ってか、ルーシィに「降ろせ」とステラは言う。だけど――と言葉を続けるルーシィに、「大丈夫」と言うのだ。

 

「さっきから、うるさいんだ。私一人でやってやるさ……」

「ステラ?……」

 

 誰と話しているのか。少なくとも自分に対しての言葉じゃないことはルーシィにもわかった。

 ふらつく足取り。とてもじゃないけど戦える様子には見えなかった。

 

「さっさと来い! この幽霊ども!」

 

 ステラの挑発に突っ込んでくる敵。逃げろといったのに逃げないルーシィをステラは突き飛ばして、少しでも離れさせた。

 

滅竜奥義(めつりゅうおうぎ)――極零氷雪(ゼロフィルブリザード)!」

 

 街に降る天気雨は一瞬で吹雪へと変わった。ソルとジュビアの両方を吹き飛ばし、そのままジュビアに追い打ちをかけるために、地面を蹴って近づく。そのまま首を掴み、力を込める。

 

「かっ――!」

「この気温じゃ……水は凍るはずだ……」

 

 ステラは気づいていた。ジュビアという女自体が水であるのだと。だったら、水になれないように凍らせてやればいいと。

 

「近づくなよムッシュ・ソル。近づいたらコイツの首をへし折るぞ」

「の、ノンノンノン……三つのNO(ノン)で誤解を解きたい。ギルドを壊し、あなたたちを襲ったのはガジル様であることを」

「ガジル……ね、覚えておくよ。でも、だから見逃してなんて甘いこと言わないよね」

 

 そう言って、ステラはジュビアの体を更に凍らせた。

 

「ステラ!? そこまでしなくても!」

「うるさい! さっさと逃げろ!」

 

 朦朧とする意識の中で、何とか戦っているステラの意識がそれを心配して止めようとするルーシィの方へ向いた。それを見て、ムッシュ・ソルの口元がつり上がった。

 

「悲しい……」

「ステラっ!?」

 

 不意に現れた男。いつから、そこにいたのかルーシィとステラにはわからなかった。とっさに造形魔法を放とうとするステラより早く、何かの魔法でステラを突き飛ばした。

 

「大丈夫ですかな。ジュビア様」

「え、ええ……油断したわ……」

「……だから、早く逃げろって言ったんだ」

「仲間をおいて、逃げられるわけないでしょ!」

「この、バカ……」

 

 ルーシィの肩を借りながら立ち上がるステラ。もう自力では立ち上がれないほど消耗していた。

 そんなステラが、またルーシィを突き飛ばした。けど、そうするしかなかったのだ。

 

「あああぁぁぁぁッッッッ――――!!」

 

 聞いたこともないような叫び声をあげるステラ。目の前にいる男は「悲しい……」と呟くだけだ。

 

「や、やめて! あんたたちの狙いはあたしでしょ! ついていくから、ステラは離して!」

「――ダメ……だ! ルーシィ……ッ!?」

 

 ステラは諦めていなかった。ナツたちが帰ってくるまで、持ちこたえれば何とかなるかもしれないから。

 

「悲しい……この悲しみは、竜が墜ちる故か……」

「あ――」

 

 解放されたステラの体は、水溜りに墜ちた。彼女の体は、指一つとして、動かなかった。

 

「大丈夫ですよ。死んではいません。アリア様の魔法を食らっては、魔力は空っぽでしょうが。

――もっとも、ルーシィ様次第ですよ。このお嬢さんの命は」

「――わかった。ついていく、だから」

 

 ルーシィの体が水に沈む。そのままもがくこともなく。ルーシィは気を失った。

 

「捕獲完了」

「ん〜〜。勝利(ビクトワ〜ル)!」

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)の人間は、その場から立ち去る。

 言葉も発せず、ただその様子を眺めることしか、ステラにはできなかった。



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第11話 未熟な竜

 マスターがやられた。それが、目が覚めた私に真っ先に伝えられた情報だった。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)は撤退をすることになった。ジョゼのいるであろう最上階で何があったのかはわからない。しかし、大きな失態だった。仮に自分がついていけば、何かしらできたかもしれないと、エルザは悔やんでいた。

 それだけではない。その間にルーシィが奴らに攫われていたのだ。それに気づいたナツが本部まで行きルーシィを連れ戻せたから良かったが、ナツが気づかなければ全てが幽鬼の支配者(ファントムロード)の思惑通りになっていた。

 

「ごめん……あたしのせいで……」

 

 ルーシィは自分を責めていた。自分の身勝手な行動、家出という些細なことから始まっていたから。幽鬼の支配者(ファントムロード)に依頼したのはルーシィの父親だという。ルーシィ・ハートフィリアを連れ戻してほしいという依頼。そのせいで、皆に迷惑をかけてしまっている。だが、それを責める人が妖精の尻尾にいるはずがなかった。

 

「自分の居たい場所にいて、何が悪いんだ? 妖精の尻尾(ここ)がルーシィの居場所だ」

「けど……」

「ナツの言うとおりよ、ルーシィ。誰もあなたのせいなんて思ってないわ」

「ごめん……ごめんね……」

 

 こんな状況になっても、いつものように笑顔で話してくれるミラさんや、ナツの言葉が嬉しくて、ルーシィは泣いた。

 

 

 

――

 

 

 

「マカロフも枯渇(ドレイン)を喰らったんだね。それに、この娘(ステラ)より酷いもんさ。もっとも、怪我を含めなければの話だけどね」

「……何とかならないんですか?」

「無理だね。放出されて漂う魔力を回収できたなら、この娘(ステラ)みたいに動けるけど、これは長引くよ」

「そうですか。皆に伝えておきます」

「なんだい! あんたら二人まだいたのかい!」

「ええ!? だって、聞いてくれみたいな雰囲気だ――」

「さっさと帰んな! 人間くさくてかなわん!」

「ひえー! し、失礼しました!」

 

 ポーリュシカに怒鳴られて、慌てて二人が飛び出していった。

 ミストガンという人が、私をポーリュシカの所へ運んでくれたそうだった。前にギルドの前でぶつかった人だろうが、顔を隠していてどんな人なのかはさっぱりだった。なぜ、私を助けたのか問いたかったが、目が覚めた頃にはおらず、マスターが運ばれてきて慌ただしくなっていた。

 マスターを運んできた二人は、たった今、追い出されたわけだが。

 

「私を追い出さないんですか?」

 

 あんたは怪我人だ。動くんじゃないよ。と怒られる。そう言われても、私はギルドにいくつもりだった。

 

「争うことでしか物語を紡げないから、人間は嫌いなんだ」

「……それが何かを守るためだとしてもですか?」

「ああ、嫌いだね。あんたもそうなら出ていきな」

「ごめんなさい、マスターを宜しくお願いします」

「……怒りは悲劇を生み出していることを忘れさせてしまう。止めたところで、納得なんてしないだろうさ。

きっと、あんたもそうなんだろうね……」

 

 マカロフを見るポーリュシカは、どこか悲しげだった。

 私は何も返さずに、ポーリュシカの家を出た。

 

 

 

――

 

 

「……まるでミイラだ」

 

 自分の体を見て、思わずそう呟いた。包帯だらけで、動きにくくて仕方なかったので、必要なさそうな所は勝手に取ってしまった。本当は必要だけど。

 枯渇(ドレイン)という魔法を喰らったせいで、ほとんど魔力が空っぽだ。滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)は、自分と同じ属性の物質なんかを食べれば回復したり、パワーアップできるが……あいにく、この時期に雪なんて積もってない。

 なにより、思うように動かない。歩く度に体が悲鳴をあげている。すぐにでも倒れてしまいたいくらいだ。

 正直、魔力に関してはお腹が空いたという認識程度しか無い。本来であれば死にかけているのだろう。マスターがあそこまで苦しんでしまう魔法なのだ。

 喰らった瞬間は辛かったし、二度と喰らいたくない。

 ルーシィは無事だと聞かされていなければ、冷静ではいられなかっただろう。マスターをポーリュシカの所に容態が悪くなる一方だから運んできたそうだが、その時にルーシィを連れたナツとハッピーが帰ってきたらしい。

 

「……マスターがやられた」

 

 妖精の尻尾が負けることなんてないと思っていた。それは、ナツやエルザ、グレイたちの強さ以上に、マスターという存在が大きなものだった。

 そのマスターがやられたのだ。そんなにも重大なことを今自覚して、ギルドまで急いだ。傷の痛みなんて、今は些細なことだ。

 

 

 

――

 

 

 

 ギルドにあるシャワー室で、今後どうするのかエルザは考えていた。

 

「マスターは戦闘不能……ミストガンやラクサスもいない……」

 

 マスターと同じく聖十大魔道の称号を持つジョゼ。奴を倒せる者が今の妖精の尻尾にはいない。ジョゼを倒せなければ、妖精の尻尾に勝利はない。

 

「くそっ! あのとき、私がついていけば!」

 

 自分の無力さを悔やんで、壁を殴っていた。マスターを一人にしなければ、自分も行けば何か違ったかもしれない。そう思うと悔やみきれなかった。

 

「……なんだ、この揺れ」

 

 シャワーを止める。……気のせいではなく、確かに揺れている。しかも、少しずつ揺れが大きくなってくる。様子を見てこようと思い、シャワー室から出て、タオルで体を覆う。その最中にも揺れは大きく――近づいてくる。

 揺れの正体を知るために、エルザを含めたギルドのメンバーが外に出る。外の様子を見て、皆が唖然とした。

 

「想定外だ……こんな形で攻めてくるとは……」

 

 妖精の尻尾、ギルドの後ろにある湖に、幽鬼の支配者のギルドが六足歩行で歩いていた。そして、ある程度の距離で歩みを止めると、そこに最初からあったかのように陣取った。

 

「全員、ふせろっ!」

 

 いち早く何かに気づいたエルザが、そう指示をする。だが、エルザ自身はふせることなく、金剛の鎧――防御力を誇る鎧に換装して、全員の前に出る。直後、幽鬼の支配者のギルドから魔導収束砲より、ジュピターが発射された。

 

「エルザー!」

「よせ、ナツ! ここはエルザを信じるしかねえんだ!」

 

 そんなエルザを止めようとしたナツをグレイが止める。あんなものを喰らえば、ギルドどころか街も被害を被る。避けるわけにはいかなかった。

 

「ギルドはやらせんぞ!」

 

 それを止められると信じていた人は、どれほどいただろうか。あのエルザなら止められる。そう思う一方で、あんなものを止めるのは無理だと、両方考える人もいただろう。

 そこにエルザは立っていなかった。しかし、ギルドに被害はなかった。遥か後方まで飛ばされたエルザは、戦えるような状態ではなく。ナツたちが急いで駆け寄った。そんな中、拡声器のスイッチが入った。

 

『マカロフ……そしてエルザも戦闘不能。

ルーシィ・ハートフィリアを渡せ。今すぐに』

 

「仲間を売るくらいなら死んだほうがマシだ!」

 

 傷だらけになりながら、最後の力を振り絞ってのエルザの言葉。それは、妖精の尻尾の勢いを上げていった。

 

「オレたちの答えは変わらねえ! お前らをぶっ潰してやる!」

『ほう……ならば再装填までの15分間! 恐怖の中で足掻くがいい!』

 

 続々と幽鬼の支配者のギルドから兵が溢れ出てきた。その数は明らかに妖精の尻尾よりも多い。

 

「お、おい。ジュピターを撃つんじゃなかったのか?」

「あれは幽兵(シェイド)だ。ジョゼの魔法で、人じゃないのさ」

 

『貴様らに残された道は2つのみ……我が兵に殺されるか、ジュピターを喰らうかだ』

 

「15分もあれば十分だ! いくぞハッピー!」

「あいさー」

 

 攻めと守り。乗り込んでジュピターを壊すと名乗りを上げたのはナツ。ギルドを守るために、ロキとカナが中心となり、残るメンバーで幽兵に立ち向かうことになった。

 

「全然壊せない! ビクともしねえ!」

「やっぱり中から攻撃しないとダメだよナツ!」

 

 ジュピターの砲台に着いたが何度殴っても壊れる気配はなかった。あれだけの威力を誇ったのだ。頑丈で、強固に造られていた。

 こうなったら、内側から壊そうと、中に潜ったところで、呼ばれた気がして、狭い中で振り向いた。

 

「ステラ!?」

「ごめん……私、ルーシィを守れなくて……」

「怪我は大丈夫なのか?」

「……話は他の人から聞いてきた。私は動力源探すから」

 

 それだけ言い残して、ステラは立ち去ろうとした。それを「待て」とナツが引き止める。

 

「無茶すんなよ」

 

 そのまま黙りっぱなしのステラ。聞かなくても、痣や血の滲む包帯を見れば、わかりきっていることだ。

 

「だったら、何もせずに指を咥えてろとでもいうの? 私はそんなの御免だ」

 

 ステラはナツの意地悪。と思いながら、答えないでその場から飛び去った。

 

「いいの、ナツ?」

「今はこっちが先だからな」

 

 ギルドを守りたい。それはナツもステラも同じだ。けど、ナツにはステラが焦って無茶をしているようで不安だった。

 

「いくぞ、ハッピー! さっさとコイツを壊そうぜ!」

 

 それに気づかせてやれないのが、歯痒かった。

 

 

 

――

 

 

 

「畜生――こいつら中にもいたのか!」

 

 中に潜入したが、そこら中に外と同じ幽兵がいて、見つかってしまった。今の状態では、戦えず、逃げ回るしかなかった。

 

「――若き娘よ。なぜ、死に急ぐのだ」

 

 不意に聴こえた声。聴き覚えのある――そこまで考えた瞬間に、ステラは床にたたきつけられていた。

 

「なッ!?」

 

 間をおかずに、幽兵がステラを押しつぶすように飛びかかってくる。

 

「――ッ邪魔だ!」

 

 幸いにも翼が消えてなかったので、それで虫を落とすかのように払っていった。そのまま、空中に飛び上がる。しかし、奴がいない。

 

「あのとき、ルーシィを攫った奴の一人か!? 隠れてないで出てこい!」

「まだ動けるとは意外だ。マカロフと同じ苦しみを味わっておきながら、まだ墜ちないと?」

「――滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)をなめるな!」

 

 後ろに回し蹴りを繰り出すと、見事に顔に当たった。「卑怯な奴」と言葉を吐きながら、そのまま力を込めて飛ばした。大きな巨体が壁にめり込む……だが、大したダメージになってはいない。

 

「卑怯者か……訂正するために、まず名乗らせてもらおう。

エレメント4の頂点。大空のアリア……竜狩りに推参いたした」

「お前の名前なんてどうでもいい。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の敵――それで充分だ」

「それだけの怪我と傷を負いながら、その威勢――いや、虚勢か。……悲しい。もう一度地の底まで堕ちて地獄を知るがいい。幼き竜よ」

 

 虚勢なのは自分が一番よくわかっていた。だけど、屈しない。仲間を傷つけたこいつらに、負けるのも許せない。

 

「――極零氷雪(ゼロフィルブリザード)!」

 

 威力は最悪だ、出来の悪さに自分に舌打ちしていた。だが、まずは目の前の一人に集中するために周りの雑魚を一掃する。黒い幽兵を、白い世界にかき消していく。

 

「ほう、あのときの荒れた天候は、貴様の魔法だったか。枯渇を喰らってその魔力。さすがは竜の子か」

 

 相手に呑まれないようするのが、私には精一杯だ。強い。そんなことはわかっている。それだけじゃない。この男の余裕は――何か隠している。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 急いで避けるわけでもなく、霧のように消えるアリア。全く手応えがない。しかし、何とか気配は察知できていた。

 

「薄氷!」

 

 現れたアリアの顎に、一発。しかし、全く微動だにしない。慌てて、次の技を出そうとして、隙が生まれてしまった。

 

「つあっ!」

「――がはっ!?」

 

 魔法でも何でもない。力を込めたパンチ。たが、飛ばされることなく。その衝撃が体に響くことになった。殴られたその位置で倒れ込んでしまった。

 

「あ――ぐうっ……」

 

 傷が開き、積もった雪を赤く染めていった。

 

 ――後ろに壁なんてなかった。

 

 殴られる瞬間に後ろに飛んで衝撃を逃がそうとした。だが、そこにあるはずのない何かに阻まれた。結果、逃げることのない力は、全て体に受け止められた。

 

「空域。それが私の魔法だ」

「がっ!?」

 

 触れていないのに、飛ばされた。しかも、相当な威力だった。受け身も取れず、引きずるように体を起こす。

 

「見えない魔法に、敵う術はあるまい」

「……さっきの壁は、その魔法ってこと」

「いかにも。しかし……わかったとしても、どうしようもないだろう」

 

 正体がわかったところで、見えないのでは……そう考えていたところで、ある予測を立てた。

 

「違う。見る必要なんてないんだ」

 

 現にアリアは目を覆い隠している。見ようとしてはいけない。視覚以外の五感を研ぎ澄ませるんだ。ゆっくりと目を閉じて、呼吸を整える。自分が作り出したこの場所(吹雪)、自然と落ち着くのは簡単だった。

 

「空域"剛"」

 

 ――ここだ!

 

 直感で屈み込む。そのまま床を蹴り、アリアの懐へと潜り込んだ。そのまま、勢いを殺すことなく。

 

「六花・氷刃!」

 

 一閃により斬られたアリアから、花が咲くように血しぶきを上げる。確実に手応えがあった。しかし、それと同時に床が揺れて、バランスを崩して私も倒れた。

 

「――ふふ……あれを使うのか」

 

 不敵に笑うアリア。しばらく続いた揺れ。そして、また何回か大きく揺れて止まった。

 

「なんだ、今の――」

「では、そろそろ本気を出すとしよう」

 

 アリアが目を覆い隠していた布を外す――さっきまでとは、比べ物にならない魔力だった。

 

「死の空域"零"発動。この魔法は全ての命を喰らい尽くす」

「――そんな」

 

 魔法がかき消され、痛みが全身を襲った。

 体に纏わりつくような、気持ちが悪い風だった。

 

「――あああァァァ!?」

「悲しい……地に堕ちる竜はトカゲとかわらない」

 

 ――何がトカゲだ。こんな奴に……仲間を傷つけて、ギルドを壊して、ルーシィを泣かせたような奴らなんかに、負けてたまるか!

 

「ほう、まだ抗うか」

「私は絶対に……負けられないんだッ!」

 

 すべてを出し切ってやる。もう、後先を考えないで、お前だけでも。そう考えたステラは魔力を全て使い果たす気でいた。……ふと、体から痛みが消えた。まだいけると、確信した。

 

「――え……」

 

 だが、出たのはそんな間の抜けた声だった。思いとは裏腹に……体が全く、動いてくれなかった。

 

「言ったでしょう。この魔法は命を喰らう……と」

「そんな……こんな、簡単に……」

 

 ――死ぬ……? そんな、そんなの……

 

 

 

/

 

 

 

 風が止んだあと、立っていたのはアリアだった。

 目を閉じ、涙を流しながら……ステラは倒れていた。アリアは「悲しい」と、ずっと言い続けている。

 

「魔法は簡単に人の命を奪えるのです。それを知らないほど、貴方は幼かった」

 

 目を覆い直し、そう言い残してアリアは消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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第12話 お前のせいだ

「大変だー! ギルドが巨人になって、魔法を唱えてて! 完成したら大聖堂まで消えちゃうって!」

 

 空から帰ってきたハッピーが、慌てて三人に報告する。ナツとグレイ、そしてエルフマン。エレメント4の一人を倒して、ジュピターも破壊した矢先のことだった。

 

「急いで動力源を探すぞ!」

「次から次へと問題を起こすなよなぁ!」

 

 手分けして探そうとバラバラになる。早くしないとギルドどころか街が消し飛ぶのだから、さっきのジュピターより大問題だ。

 

「……なあ、ハッピー。この戦争、ジョゼを倒せばすべて終わるんじゃねえのか?」

「無理だよ! ジョゼはマスターと同じ"聖十大魔道"の称号を持ってるんだよ! ナツに勝てるわけないよ!」

「じゃあ、どうすんだよ! じっちゃんは――」

「――ナツのバカ!」

 

 マスターもいない。エルザもやられた。……ジョゼを倒さなければ、どうあがいても最後にやられてしまう。それを考えないようにしていたのに。と、ハッピーはしょぼくれてしまった。

 ナツはそんなハッピーをみて、頭にぽん。と手を置いた。

 

「オレがいるじゃねーか」

「……あいさー!」

 

 頼もしかった。力で勝てなくても、ナツにはみんなが期待する何かがあった。

 それにしても、広い。いっこうに敵には会わないし、おかげで現在地も聞けそうにないなんてハッピーが考えていると、遠くに何か落ちているのが見えた。

 

「……誰か倒れてるよ、ナツ」

「ちょうどいいや、このギルドの動力源――」

 

 それが自分の仲間だと、彼女だとは信じられなかった。

 

「――ステラ!」

 

 ナツは力強く床を蹴って、急いで駆け寄った。少し前に会ったときより、傷だらけで、血で汚れていた。倒れている体を仰向けにして、声をかける。

 

「しっかりしろ! 何があったんだ!」

 

 全く反応がなかった。揺すっても、手を握っても、全くだった。しかし、傷は酷いが、血はそんなに出ていない。

 

「しっかりしろ! こんなところで寝てるんじゃねえよ!」

「ナツ……」

 

 本当に寝ているようだった。でも、今にでも消えてしまいそうな灯火。

 

「まだ、今からギルドに――」

「――だめだよナツ!」

 

 ステラを背負って運ぼうとしたナツをハッピーが止めた。

 

「早くしないと、みんな消えちゃうんだよ! ステラも頑張って止めようとしたんだ! だから、ナツは――」

「だめ……だ」

「「ステラ!」」

 

 息をすることすら辛そうだが、ステラは意識を取り戻した。……目の焦点も合わず、今にも消えてしまいそうな声で「ごめん」とだけ呟いた。

 

「悲しい。二匹目の竜も堕ちるときがきたか」

 

 ハッピーの声を遮って、ナツの真後ろに何かが現れた。……気配がなかった。

 

「空域"滅"。その魔力は空となる」

「がっ!?――」

「な、ナツー!」

 

 現れたアリアに、一瞬で追い詰められたナツ。ステラを気にかけすぎて、不意をくらってしまった。

 

「お前が……ステラを!」

 

 現れた男は確かに「二匹目の竜」と言った。それは滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)のことだろう。そうなれば、ステラをやったのはコイツになる。

 

「いかにも、火竜(サラマンダー)。この娘は、我が空域によって敗れたのだ」

「ぐあぁぁぁ!」

「ナツー!」

 

 これ以上、幽鬼の支配者(コイツら)家族(ギルド)を傷つけられてたまるかと力を込めた。

 

「オレたちは……負けられないんだ!」

「無駄なこと――」

 

 男の顔に、蹴りが入る。気を取られたのか、ナツにかけられていた魔法が解かれた。……ステラが立っていた。

 

「に、逃げろ! 本当に死んじまうぞ!」

 

 その姿はあまりにも惨めで、傷だらけで、ナツにすら「逃げろ」と言わせたのだ。

 

「……ほう、まだ立ち上がるの――」

 

 言葉を遮るように蹴りがまた入る。緋色の髪――エルザだった。

 

「コイツが……マスターを……」

 

 エルザは怒っている。それは、誰が見ても明らかだった。

 その横でふらふらしながら構えるステラ。その虚ろな目にはアリアしか映っていなかった。

 

「うっ……ぐっ……」

「……もう大丈夫だ。私に任せろ」

 

 そう言って、エルザはステラの前に立った。

 

「エレメント4の頂点。大空のアリア。妖精女王(ティターニア)火竜(サラマンダー)の命まで……空域"零"発動。この魔法は全ての命を喰らい尽くす」

「貴様らは何故そんなにも簡単に人の命を奪えるんだ!」

 

 魔法をものともせず、エルザはアリアへと近づいていく。空域を避け、斬り込んでいく。「え?」と呆気に取られているアリアの目の前に、既にエルザは踏み込んでいた。

 既に換装をしたエルザ。そして、その後ろにはナツが殴る構えを取っている。

 

「天輪――循環の剣(サークルソード)!」

「火竜の――」

 

「咆哮!」

 

 アリアの体が宙を舞ってから大きな音を立てて地面に落ちた。アリアに近づいて、すかさずエルザは剣を向けていた。

 

「マスターが貴様ごときにやられるはずがない。今すぐ己の武勇伝から抹消しておくがいい。――貴様ら全員、助かる保証などないと思え」

 

 その威圧のせいか、アリアは白目を向いて意識を失った。

 力を使い果たしたエルザが倒れかけて、ナツが受け止める。既に倒れるように座り込んでいるステラのことは、ハッピーが何とか支えていた。

 そんなとき、スピーカーの電源が入る。声の主はジョゼ、ファントムのマスターだった。

 

『みなさん、我々はルーシィを確保しました』

 

 その言葉のあとに、鈍い音と「きゃあああ」という叫び声――ルーシィのものだった。

 

『当初の目的は果たしました――あとは貴様らの皆殺しだ。クソガキども』

 

 

 

 

――

 

 

 

 気づくと、ナツもエルザも消えていた。おかしいなと思いつつ、一つの結論に至った。

 

「……夢?」

 

 自分は何をしていたのだっけ。仕事? 昼寝? ……思い出せない。

 何もない。誰もいない。……急に不安になってきた。それに、なんだか寒い。

 

「あら、意外と早かったわね」

 

 不意に声をかけられて振り返る。そこにいたのは、私だった。――違う。

 氷の壁の向こう側。さっきまで、そんな壁はなかったはずだ。

 

「これを退けてくれない?」

「あ……」

 

 一つ思い出した。それが怖くて、足に力が入らなくなった。……ララバイのとき、私の意識を奪ったのはコイツだ。

 

「どうして……」

「情けない。滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)にも負けて、ただの魔導士にすら負けて。……情けないよね」

 

 反論はしなかった。それよりもまた意識を奪われるんじゃないかと身構えていたからだ。

 

「――そう身構えないでよ。ウルのおかげでどうにもできないのさ」

 

 そう言ってコンコンと氷の壁を叩く。デリオラとの一件のとき、私はウルに体を託した。そのときにウルがやったのだろうか。

 

「ここから出してくれるなら、幽鬼の支配者との戦争に手を貸してあげる。あなたの甘さには反吐が出そうだったし」

「……ナツを殺そうとするから、あなたには頼らない」

「は、滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)が竜を倒さないなんて聞いて呆れる」

「ナツは仲間だ」

「……なら、幽鬼の支配者の滅竜魔道士は?」

「そうまでして、私を堕としたいの?」

「そういうことじゃない。まあ、いいや……幽鬼の支配者のマスターはどうするの?」

 

 マカロフがいない今。どう転んでも最後に残るのは幽鬼の支配者のマスターだ。そうなれば妖精の尻尾の負け。誰一人として助からない。マスターがいないということを考えていたけど、相手のマスターをどうするかなんて考えなかった。

 

「誰も助けられずに、またひとりぼっちだ」

「うるさい! 私は二度とお前には頼らない!」

 

 殴った。目の前の自分に向かって。氷が砕けてステラが飛んでいった。

 

「……後悔するよ」

「私の選んだ道だ。文句があるなら今すぐ――」

 

 泣いていた。さっきまで私を挑発してきたのに。

 

「せいぜい頑張りなよ」

 

 その涙に動揺して、私は強く言い返せなかった。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 ふらふらと立ち上がる少女。自分が来る前から既に倒れていて、気にも止めなかった。それなのに、この状況を邪魔されるのは、ジョゼにとって楽しみを削がれるようなものだった。

 ジョゼの魔法によって拘束されているエルザも、立ち上がる少女に気づく。エルザは逃げろと思わず叫んだ。

 ジョゼには1つだけ思い当たる人物がいた。ガジルが潰したという滅竜魔道士だ。

 

火竜(サラマンダー)以外の滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)か。気に入りませんねえ……つくづく妖精の尻尾にはイライラさせられる」

「うっ……ぐ」

「立ち上がるのが精一杯のようですね。黙ってみているなら見逃してあげましょうか」

「っ! スノーメイク――」

 

 エルザへの拘束を解いて、ステラに矛先を向ける。先に生意気な小娘を始末しようと。床をえぐりながら、衝撃波がステラに近づく。亡霊が地を這うような、気味の悪い魔法だった。

 全く避ける動作もできずに、ステラに直撃した。飛ばされて、そのまま地面に落ちた。

 

「全く、こんな小娘ごときに興を削がれるとは――今更どう足掻いたところで、私がいる限り貴様らに勝利は無い。最終的に財産も、人材も手に入れるのは幽鬼の支配者だ!」

「ふざ……けるな……」

「もういい! 立ち上がるなステラ!」

 

 ゆっくりと近づいたジョゼ、立ち上がろうとするステラの首を持ち上げる。

 ステラの首が締められる。その目はいつの間にか赤くなっているた。ステラじゃない。エルザにはわかった。ララバイのときに見たものが、目の前にいる。

 

「殺してやる……殺してやる……お前は絶対に私が……」

「フフ……威勢だけは一人前だ」

 

 嘲笑いながら告げる。落ちていたエルザの剣をステラに突き立てて、そのまま貫いた。

 

「貴様ァァァ!!!」

 

 エルザが叫ぶ。それを聞いてジョゼの顔に醜い笑みが戻る。

 

「これじゃあ、ガジルさんの足下にも及びませんねえ……

 

 

 

……さて、話の続きでもしましょうか」

 

 ピクリとも動かなくなったステラに興味も無くなり、エルザのほうへとジョゼは近づいていった。

 

「いつしか幽鬼の支配者に並ぶギルドと、妖精の尻尾は賞賛されるようになった。ミストガンやラクサス、エルザの名は我々の街にも響き渡っていた。元々ちっさなギルドが、幽鬼の支配者と並んでナンバーワンだと? 笑わせるな!」

「そんなくだらん妬みが……原因だと!?」

「妬み? 違うな」

 

 そう言ってジョゼは倒れているエルザの手を踏みつけた。

 

「きっかけは些細なものですよ。とある財閥の娘を連れ戻してほしい……とね」

「っ……ルーシィのことか」

「貴様らがハートフィリア家の財産を使えるとなれば、更に大きくなっていく、それだけは許して置けんのだ!」

 

 足を振り上げて、ジョゼはもう片方の手も踏みつけた。だが、エルザは痛みに耐えて、叫び声を上げなかった。

 

「貴様ら情報収集力の無さにも……呆れるな……。

ルーシィは家出してきたのだ。家の金など使わず、家賃7万の家に住み、私たちと仕事をしている。

 

……花が咲くところを選べないように、子も生まれるところを選ぶことはできない。貴様らに、ルーシィの何がわかる!」

「……これから知っていくさ。タダで返すと思うか? 金が無くなるまで飼い続けてやるのさ」

「貴様、どこまで外道なんだ!」

 

 エルザが吠えた途端、ジョゼが飛んだ。正確には飛ばされた。赤黒い狼が――ステラの造形魔法。様子が明らかにおかしい。

 立っているはずがない。なんで、立ち上がるんだステラ。もうやめてくれ。

 

「心の何処かで、殺さないでって、ダメだって抑えてた。けど、お前がいたら妖精の尻尾(仲間)は泣き続ける。ルーシィも、エルザも、ナツもグレイも、みんな傷ついていく!

だから、お前だけは……貴様だけは絶対に殺してやる! ――――ッ!?」

 

 軋むような音。ぬらりと、どこからともなく尻尾が現れて、背中を突き破って赤黒い何かが生えてきた。苦しみ悶えながら生まれたソレは、酷く歪で、まだ不完全なものだった。

 

「あっがッ!!! ――――!」

 

 雄叫びとも、叫び声とも取れる大きな音。それに気づき、倒れていた者が目を覚ましていった。グレイ、エルフマン、ミラジェーンは、ステラのその姿を見て後ずさりした。

 

「な、なんだよこの音!?」

「あれは……ステラ!」

「な、なんだよアレ!?」

 

 刹那。ソレはジョゼを掴み、そのまま投げ飛ばしていた。徐々に整う翼と、白い尻尾。竜にもなれず、人と呼べないものが、立っていた。

 

「ステラ……だよな?」

 

 恐る恐る尋ねるグレイに、特に何の反応も示さずにただ見つめるだけ。

 翼を広げて、ジョゼを飛ばした方へと飛んでいく。何が起きたのか、グレイたちにはさっぱり分からなかった。

 

「エルザ、なんだよアレ!?」

「……わからない。だが、明らかに超えてはいけない一線を超えたんだ」

「あいつ、もう戦える体じゃなかっただろ!」

「それも含めてだ。あの姿になる前に、ララバイのときと同じ症状が出ていた」

「くそっ! 追うにしても、飛んでいかれたら追いつけねえ!」

 

 あのときのステラの魔力。いや、魔力というものを全く感じなかった。純粋に、力だけでジョゼを投げ飛ばしていることになる。

 ステラにまかせていいのか、直前まで不安定だった彼女に。

 そうでなくても、相手は聖十大魔道士の一人。逆立ちしたって、ステラがかなうような相手ではないはずだ。

 

「……どうすればいいんだ」

 

 この戦争さえなければ、こんなにも捻じれなかったのだろう。

 

 

 



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13話 取り戻したかったもの

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の負けだ。その場にいた誰もが思った。

 幽兵(シェイド)に崩されるギルド。どんなに抵抗しても、戦える者が減っていく一方……殲滅されていく中で、戦う気力すら失っていった。

 長年。妖精の尻尾を支えていたギルド。みんなの帰る場所で、夢をみていた場所。それが、守ろうとしていたものが遂に崩れてしまった。

 崩れた幽鬼の支配者(ファントムロード)のギルドから、その様子をみていたステラの表情は全く変わらなかった。

 

「全く。小賢しい小娘だ」

 

 埃を払いながら、何事もなかったかのようにジョゼは歩いてきた。ただ、あの場から遠ざけるために投げ飛ばしたのだから、ダメージになるなんてステラも思っていない。

 

「ギルドは崩れた。マカロフが戦えない今、これ以上続けても貴様らの負けだ。それでも続けるつもりか?」

 

「私がやることは変わらない」

 

 ステラが構えるのを見て、「話すだけ無駄か」と吐き捨てるジョゼ。どす黒い魔力。対峙するだけで悪寒が走るような魔力を前にして、ステラの口元が歪んだ。

 ジョゼとは違い、悪寒が走るような魔力では無かった。しかし、ステラの魔力も何かがおかしかった。何か不安にさせるような。奥底に隠れているものが見え隠れしていた。

 翼を大きく広げたと思った瞬間、それはジョゼの目の前に現れていた。「何ッ!?」と焦るジョゼに対して、ステラの細い腕が、体を貫いた。

 ステラ貫いた感触で罠だと気づいた。ヘドロのように変化したそれが、貫いた腕にまとわりついて動きを止める。笑い声が背後から聞こえて。黒い光がステラの翼を貫いていた。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 振り向いた先に、既にジョゼはいなかった。ステラがそれに気づいたのは魔法を繰り出したあとだった。今度はこちらの番だと言わん限りの魔法で、吹き飛ばされた。咄嗟に翼で体を護るが、瓦礫や壁を何枚も貫いて、ようやく地面に墜落した。

 そこは、妖精の尻尾のメンバーが今も幽兵(シェイド)と戦っている戦場のど真ん中だった。

 

「な……なんだよ、あれ……」

 

 立ち上がったステラに対して浴びせられたのは仲間からの冷たい視線。そして、驚いて発した言葉は彼女の理性を繋いでいた心に傷をつけるには充分過ぎるものだった。

 今すぐにでも殺してやりたいと焦ったせいだと彼女は反省する。翼の傷なんてどうでもいい。そんなもの造形魔法で補える。そんな強がりで周りの言葉を聞かないようにした。

 

「どんな手段を使ったのかは知らないが、所詮死にかけていた小娘に今更何もできやしない」

 

 幽兵(シェイド)の一人がステラの前に立ってそう告げた。ジョゼの魔法だろう。意識を移しているとかそういった類の魔法だ。

 

「黙れ。さっさと姿を現せ」

「……噂ではゼレフ書の悪魔を殺したと聞いていましたが――」

 

 そこまで聞いて、幽兵の顔を消し飛ばした。冷静に話されてるのが癪に障った。

 それと同時に何体かの幽兵が飛びかかってきた。だが、それは全部空中で止まった。――戦っていた全ての幽兵が停止していた。

 戦いに夢中になっていたメンバーも、それによってステラに気づいた。そして、幽兵は全て粉々に砕けて雪となった。

 

 ――私は(ステラ)ほど馬鹿じゃない。

 

 傷ついた翼を造形魔法で修復しながら、ジョゼの近くまで飛んでいった。

 

「お前だけは殺すって、(ステラ)が言っていただろう?」

 

「貴様……何者だ」

 

滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)さ。今はお前を滅ぼすもの、かな」

 

「舐めるなよ、小娘が! デッドウェイブ!」

 

 地面を抉る衝撃波を素手で受け止める。これでもかと大きく口をあけて笑った。所詮この程度、最初からこうすればよかったんだ。こうすれば、ナツにも負けなかった!

 

「小娘ごときが……図に乗るなよ! 私は聖十大魔道士の一人だ! 貴様らのマスターと同格。いや、非情になれるぶん私のほうが優位だ!」

 

 ようやく本性を表したジョゼを嘲笑うかのように、ステラは攻撃を全て避けていた。そして、近づいて手数が多くなると、避けるだけでなく自らの魔法で相殺もした。

 

「妬み、恨み、嫉み。そんな下らない感情から始まった戦争が、多くの人を傷つけた。お前のせいで流れなくていい涙が流れた。そして――」

 

 ジョゼの魔法を相殺して散った雪から、2匹の狼が作り出されて足に噛み付いた。

 

「お前は……()という化物を目覚めさせたんだ」

 

 逃げれなくなったジョゼを何回も殴った。それだけで彼女の気が済むはずがない。魔法も使わずに、ただ殴っていた。

 だが、妙な気配はしっかりと感じていた。その正体にも気づいていた。

 

「二度も同じ手を食らうと思ったか?」

 

 間を開けずに、感じた気配の主を襲った。エレメント4のアリア。

 倒れるまで蹴って殴って、倒れたアリアの顔をステラは踏むつけた。こいつには一度やられてることを思い出したせいか、思いっきり力を入れていた。動かなくなったことを確認して、ステラはジョゼの方を見る。

 

「……どうやら、本当に潰されたいらしいですね」

「いつまでも気取ってないで、本気を出してよ。まだ私は満足してないんだ」

 

 ようやく、ジョゼから殺気を感じた。それに満足してステラの口元がつり上がる。

 

 ――もう少しくらい楽しませろ。

 

 大気が震えて、地面が揺れる。ジョゼとステラの魔力がぶつかり始めた。ステラは一瞬で見える世界を雪景色に変えて、吹雪を起こした。刹那――ステラの周りの雪が赤く染まる。ジョゼは魔法で空気を切った。ステラに直撃したそれは、肉を深く裂いた。

 

「この私に、勝てると思ったか!」

 

 ジョゼが地面に両腕を突き刺すと、衝撃波がステラの元に走った。

 

「雪竜の翼撃!」

 

 そんな衝撃波をものともせず弾いて、そのまま突っ込むステラ。傷は既に魔法で凍らされていた。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 打ち上げたジョゼに追い打ちのブレスで更に吹き飛ばす。……ジョゼの体の一部が凍りはじめていた。

 

「私に逆らうこの世の全て命を刈り取れ! 死神の大鎌(デスサイズ)!」

 

 大きな鎌を持った幽兵(シェイド)。だが、その魔力も大きさも、普通のやつとは違っていた。追い打ちをかけようと飛んだステラの翼を一瞬で削いだ。そのまま上に乗り、首に鎌をかけた。

 

「くっ……凍りつけ! 氷雪(ブリザード)!」

 

 間一髪で凍りつかせる。すぐに造形魔法で翼を補って、幽兵を振り払う。落ちた幽兵は地面と衝突して粉々に砕け散った。――ジョゼがニヤリと笑う。

 剣や槍。先程の幽兵ほど強力なものでないが、それらが一斉にステラに襲いかかり、体を貫いた。

 

「――ッ!?」

「まさか、1匹だけだと思ったのか?」

 

 最初のやつは(フェイク)だった。強力なやつに意識を向けさせて、それに気を取られている間に一斉に遅いかかる。

 そのままステラは墜落した。ジョゼは平然と着地をする。

 

「全く。本気になれというから本気を出したらこのザマだ」

 

 ゆっくりとジョゼが歩いてくる。幽兵はそれに合わせてステラを起こした。

 

「これなら、妖精女王(ティターニア)の方が楽しめたな」

「――甘いよ、私はまだ生きてる」

「貴様……! 急所を避けたのか!」

「極寒の息吹よ。白きせかいに埋めつくせ――」

 

 驚いたジョゼが幽兵に殺せと指示を出す。しかし、遅かった。

 

「――極零氷雪(ゼロフィルブリザード)

 

 ステラを中心として、周りは完全に白い光(ホワイトアウト)に包まれた。

 そこに残ったのは、白くなったジョゼだけだった。

 何も言わなくなったジョゼの横に立つ。そして、ジョゼの顔を指でなぞって、完全に凍っていることを確認する。

 

「――何が聖十大魔道士だ、何が大陸一のギルドのマスターだ!

あとは砕くだけでお前は死ぬ。壊れるんだよ!」

 

 ああ、最後に本性を見れて清々した。なんて言葉を意識があるかわからないジョゼに浴びせながら、化物(ステラ)は口を吊り上げながら、愉しそうに笑っていた。

 

「じゃあな、幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター。せいぜい、あの世で後悔するといいさ」

 

 腕を上げて、ジョゼの頭目掛けて振り下ろす。たったそれだけで終わるのに「待て」と声をかけられて――邪魔が入った。自分より小さい姿……妖精の尻尾のマスター。マカロフだった。

 

「何故止めるんです? まさか、敵に情けでもかけるつもりですか? マスター」

「情けではない。しかし、命まで取る必要はなかろう。戦争は終わりじゃ」

「終わり? このまま見逃して、次の戦争でも引き起こしたいんですか?」

「そんな事はさせんよ。ここまで派手にしては評議会が黙っておらん。ワシも責任を負う。少なくともそこにいる男もな」

 

 くだらない。責任? そんな一言で済む話なわけがない。……わからない。ギルドを傷つけられて、何故だとステラは首を傾げた。

 

「この男を殺したいとは思わないんですか? ギルドを壊されて、仲間を傷つけられて、マスター自身もやられて、それなのに許せると?

「……殺して終わりではないことはお主が一番よくわかっているはずじゃ。それによって生まれてしまう復讐もある」

「見逃したのがいけないんだ。あいつが、私を殺していれば終わっていた。だから、私は――」

「もうやめて、ステラ!」

 

 

 

/

 

 

 次は誰だ。もう――

 

「ルーシィ……?」

 

 ナツが助け出したのか? ……でもハッピーがいるのにナツがいない。まさか、やられた? 恐る恐る、私は訊いていた。

 

「な、ナツは……」

「ファントムの滅竜魔道士と話があるって……」

「ナツは勝ったよ! でも、幽鬼の支配者のマスター……が……」

 

 ……調子狂うな。ハッピーだけだよ、多分理解できてないの。ああ、私に怯えてるのか。さっきもみんな怯えていたな。……ルーシィも怯えてる。

 人とも呼べず、竜とも呼べず。中途半端な化け物が立っているんだ。怯えないほうが異常だろう。でも、なんで悲しいと思うんだろう。そんな目で見られると、逃げ出したくなるのは何故だ。

 

「そんな目で、私を見るなぁッ!!!」

 

 自分で選んだというのに、思わず叫んでいた。

 マスターがため息をつく。それは本気で呆れられたものなのか、感嘆によってついたものかわからなかった。

 

「楽しい事も悲しい事も全てとまではいかないが、ある程度は共有できる。それがギルドじゃ。一人の幸せはみんなの幸せ。一人の怒りはみんなの怒り。そして一人の涙はみんなの涙。もうお主だけの人生ではない。妖精の尻尾の一員なんだから」

「……これは私が選んだ道です」

「もっと気楽に考えんかい。辛いときは辛いと素直に言っていい。一人で背負って解決することのほうが少ないんじゃ」

 

 何を今更。ずっと一人で生きてきたんだ。あの目。憐れむような。そして恐怖を感じているような。そんな目で見られて、そんな人にどうして――なら、どうしてそんな人のためにこいつを殺すのだろう。

 どうでもいいと思っているはずだ。私のこの姿を見て、ルーシィやハッピーが怯えている。それなのに、その人のために人を殺そうとしている。

 

「あ……れ? だって、私はルーシィのため……に……」

 

 私は何がしたかったのだ。復讐のはずだ。こんな戦争を引き金を引いた奴に対して。そして、妖精の尻尾を守るために。でも、守る必要があったのか? だって、私は……

 

「ごめん……私のせいで……ごめんね、ステラ……」

 

 ルーシィが泣いていた。泣いてほしくないから、笑顔でいてほしいから戦った。それなのに、泣いていた。

 

「私は……どうすればよかったんだ」

 

 笑ってほしかった。笑顔が見たかった。そうすれば、私も一緒にあの時のように笑えると思って。

 あの笑顔を取り戻そうとして、結局取り戻せなかった。私のせいだ。

 

「気に病むことはない。戦争とは不幸しか生まない。それを知れた。だから君はそれでいいんだ」

 

 聞き覚えのない声だった。だけど、会ったことのある。ギルドの前でぶつかった顔も知らない人。ミストガンに頭を撫でられた。

 

「……え?」

 

 思わず間の抜けた声を出してしまった。マスターも驚いた様子だった。なにより不思議だったのは、頭を撫でられたのに嫌な気はしなかったことだ。

 

「これ以上は考えなくていい。君のおかげで仲間は救われたんだ。それでもういいじゃないか」

 

 私はこの人を知らない。だけど、この人は私を知っている。そんな気がした。だって、妙に馴れ馴れしいのだ。

 

「でも……私は――」

 

 

 

/

 

 

 倒れ込むようにステラが眠った。それをミストガンが受け止める。……気づけばルーシィとハッピーも眠っていた。

 

「相変わらず強力な魔法じゃの……」

 

 そういうマカロフも少し呆けている。ミストガンの魔法はそれほど強力ということだろう。

 

「あとはお願いします」

「……お主、この娘と知り合いなのか?」

 

 立ち去ろうとするミストガンを止めるようにマカロフが訊いた。「いいえ」と一言返して姿を消した。

 

「相変わらず、ディスコミュニケーションの鏡じゃの……」

 

 マカロフは小さくため息をついて、ステラのほうを見た。気づけば翼も尻尾も消えて、普通の娘がそこですやすやと寝息をたてていた。

 

「竜と人の子……」

 

 聖十大魔道士であるジョゼをも倒す力。それだけの力。評議会がこれを知れば大問題になる。そして、この娘も狙われることになってしまう。隠すのが一番なのかもしれない。

 

「運命とは皮肉なもの……か」

 

 ナツと同じ滅竜魔道士。だが、それは魔法だけの話。ナツの育ての親がステラの親を殺した。それが真実であるかは別として、彼女はそのせいで歪んでしまった。

 

「まずは、この戦争の後始末か」

 

 ゆっくりとジョゼに近づく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幽鬼の支配者は負けた。最後に何があったのか全てを知っている者はいない。ただ、最終的に圧倒的な魔法の前に、ジョゼはたったの一撃でマカロフに敗北した。

 

 



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14話 責任

 自分の部屋。まだ見慣れない家だが、いつもと違う。ここが夢の中だと理解したのは、もう一人の私が座っているからだ。

 

「命を食らう魔法? あんなのハッタリよ。結局のところ、相手の魔力を食らう魔法。それがアレの正体」

 

 ベッドに座って足をパタパタさせながら、特に重大なことでもない軽い話のように扱う目の前の私。

 

「……でも、魔道士にとって魔力は命じゃないの?」

 

「私の魔力まで食らい尽くされてないんだから、死ぬことは無かったのよ」

 

 意味がわからない。私の魔力は無くなった。魔道士にとって魔力は命に等しい。それが無くなったら、私は死ぬはずだ。それなら、アリアの言っていることは正しいはず。

 

「……あのね、人と竜の混血なの。私が竜で、そっちが人。あれだけ怪我をしてバカみたいに動けるのは竜の力のおかげってわけ」

 

「結局、あなたは私の味方なの?」

 

 正直、怖い。そもそも、ララバイのときに暴走したのも、ナツを殺そうとしたのも、目の前にいる(ステラ)だ。

 

「滅竜魔道士が竜を滅ぼさなくて、どうするのさ。それに、ヴェアラの仇だってナツを殺そうとしたのはあなたが先でしょ?」

 

「それは……」

 

 確かにそうだけど、私がギルドに入ったのはナツを狙うためじゃない。……ナツはもう、大切な仲間なんだ。

 

「まあ、いいわ。他に何かある?」

 

「……どうしてゼレフ書の悪魔にまで」

 

 滅竜魔道士なら、竜を残らず狩れ。そういうことだろう。だとしても、そもそも暴走した発端はゼレフ書の悪魔だ。どこに竜と関係があるのか。

 

「ヴェアラが恨んでいたもの」

 

「……母さんが?」

 

「ゼレフ書の悪魔は魔道士が……人が生み出した悪魔だから」

 

 あれをつくったのはゼレフという魔道士だ。それなら、ヴェアラとゼレフの間に何かあったってことなのか。

 

「――あなたが幼くて理解できなかっただけよ。とりあえず、これからは私とも折り合いをつけることね。嫌でも理解してもらう。それが運命(さだめ)だから」

 

「ま、待って。最後に1つだけ」

 

「……どうして力を貸したのかって? だって、私はステラよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきと同じ家。でも、夢じゃない。ここに私しかいないから。それにしても、自分は竜で私を人と言ったくせに、最後には同じステラだ。なんて、わけがわからない。

 それにしても、まだ眠い。たぶん、馬鹿みたいに魔力を使ったせいだろう。幽鬼の支配者との戦争から、もう1週間以上も経つというのに。私が目覚めたのはつい先日。実はルーシィが家に帰って大変だったとか、評議員に拘束されて取り調べを受けていたとか。眠っている間も大変だったようだ。

 

「……そういえば、今日から仕事再開だっけ」

 

 今日から仮ギルドで仕事を受け付けるとミラさんが言っていたのを思い出す。

 まだ一度もギルドに顔を出してないし、丁度いいと思った。まあ、他にも色々と考えることはあるが……いつまでも寝ていても仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、ステラ。怪我は大丈夫なのか?」

 

 ギルドに入って……といっても建設中の横に野ざらしにされた仮ギルドのところに相変わらず裸のグレイがいて、声をかけてきた。

 一瞬だけ、ラクサスと目があった。何だか嫌な予感がしてすぐに目を逸らす。

 

「おかげさまで。それより服着たら?」

 

 別に周りも指摘しないから上裸はグレイにとって普通なのだろう。「元気そうだな」なんて気にせずに言葉を返してくるし、今度から指摘するのはやめとこう。

 

「……おはよ、ルーシィ」

 

 カウンターの横でミラと話しているルーシィに声をかける。一瞬迷ったけど、もう終わった戦争のことをとやかくいうような人じゃないから。

 

「おはよ。あれ、ナツは一緒じゃないの?」

 

「ん? 一緒ってどういうこと?」

 

「ようやく起きたのに、昨日はギルドにこなかったでしょ? 話したいことがあるから迎えに行くってナツが言ってたんだけど」

 

 いつも通りの明るいルーシィだった。ミラも相変わらずニコニコしている。……何人かが私に気づいて、ヒソヒソと何か話してる。

 無理もない。しかし、そういうのは覚悟の上で選んだ行動だ。今更後悔はない。

 それにしても、ナツの話したいことって何だろう。まあ、それなら暫く待ってることにしよう。

 

「すれ違ったのかな。……って、ナツって私の家知ってたっけ?」

 

「私が教えたのよ?」

 

「……あー、そういえば前にルーシィがお泊り会とか言ってたのは、そういう」

 

 悪びれることもなくニコニコしてるミラジェーン。別に家がバレたからどうとかいう話はないけど。

 最近、ナツとはまともに話してないから、きっかけがあるなら嬉しかった。

 

「幽鬼の支配者のガジルって奴のことかな。イグニールのことで何かわかったのかも」

 

「そういえば、戦いのあと二人で何か話してたってハッピーが言ってたわね。ほんとナツって、本能のまま生きてるって感じよね」

 

「そういうところが可愛いのよ、ね?」

 

 ミラがこっちにウィンクしながらそんなことを言った。

 

「……「ね?」って、私に同意を求めないでください。本能なら、グレイの脱ぎ癖も似たようなものでしょ」

 

「そう考えると、似たもの同士なのかしら」

 

 グレイとナツ。確かに色々と似ていると思う。些細なことで喧嘩が成立している時点で同レベルだ。

 

「――もういっぺん言ってみろ!」

 

 エルザの怒鳴り声が聞こえて、いつものように騒いでいたギルドがピタッと静かになり、みんな同じ方向を見ていた。

 

「この際だ。ハッキリと言ってやるよ。弱ェ奴はこのギルドには必要ねぇ」

 

「貴様ッ!」

 

 ラクサス。妖精の尻尾、最強の一人。……ラクサスに会ったあの日。私がナツを殺そうとした話をしたせいで、私は少し居心地が悪くなった。だから、ラクサスに対してあまり良い印象は持っていない。

 

「元はといえばテメェらが幽鬼の支配者(ファントム)の奴にやられたせいだったか? 情けねぇな、オイ!」

 

 私ともう3人、レビィとジェットにドロイ。確かに、私たちがやられたせいで本格的に戦争に発展した。でも、私に対してではなく、3人に対してだけ言っている様子だった。

 

「そんな、酷い!」

 

 私の横にいたルーシィが怒りを顕にしていた。ラクサスの耳にも届いたらしい。

 

「これはこれは、更に元凶の星霊魔道士のお嬢様じゃねぇか」

 

 ラクサスは更に煽ってきた。これ以上、この男に引っ掻き回されるのは御免だ。

 

「それはきっかけでしょ。あいつは遅かれ早かれ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に手を出してたさ」

 

「言うじゃねぇか、まだギルドに居たとは驚きだ」

 

「辞めさせたいなら、力づくでやってみたら?」

 

 仮にルーシィやレビィたちが責任を感じてギルドを辞めると言ってもマスターや他の仲間たちが止めるはずだ。

 

「……私も嫌われてるけど、あなたも似たようなものでしょ」

 

 皮肉と、どこか自虐混じりの嘲笑。周りの反応からして、ラクサスがよく思われていないのはわかった。周りの目つきや態度は私に向けられているものより酷いかもしれない。理由はわからないけど。

 一触即発の空気の中で、ラクサスが大声で笑った。身構えていたエルザは、それを見て驚いていた。

 

「ジジイに何を吹き込まれたのか知らねぇが、随分と反応が違うじゃねぇか。前はあんなに怯えてた奴が、まるで別人だぜ?」

 

 近くにいたミラが思いっきり机を叩いたて、会話を止めた。

 

「ラクサス! もう終わったのよ。誰が悪かったとか、何のせいとかそういうのはなかったの。戦争に参加しなかったラクサスにもお咎めなし、マスターはそう言ってるのよ」

 

「そりゃあそうだろ。ジジイが始めた戦争の尻拭いをどうしてオレがしなきゃならねぇんだ。

ま、オレがいたら、こんな無様にはならなかっただろうがな」

 

「ラクサス、テメェ!」

 

 いつの間にかナツがラクサスに殴りかかっていた。だけど、ラクサスが一瞬で消えて、気づけばナツの後ろに現れていた。

 

「勝負しろ! この野郎!」

 

「オレを捉えられねぇ奴がどう勝負になるってんだよ」

 

 ナツはやる気だが、それに全く興味がないといった様子だ。ナツの不意打ちも軽くよけていたし。

 

「オレがギルドを継いだら、弱ェ奴は削除する! 歯向かうやつもだ!」

 

 そう言い残して、ラクサスは消えた。

 ラクサスに殴り掛かるなんて、バカげたことなんだろう。でも、ナツは仲間を馬鹿にされたからやったんだ。周りもナツの真意をわかっているから止めなかった。

 

「何継ぐとかぶっ飛んだこと言ってんのよ……」

 

 ラクサスがいなくなって早速、ルーシィが愚痴を漏らす。イラついているナツをエルザがなだめてるし、他の人も同じような思いなんだろう。

 

「それがそうでもないのよ。ラクサスはマカロフの実の孫だからね」

 

「そうなんですか!? ……でも、私は嫌だな。仲間をあんなふうに思っている人がマスターになるなんて」

 

 まあ、ないだろう。マスターはラクサスよりエルザとかにギルドを継がせるような感じがする。そういう人だ。

 

「あくまでも噂よ。そんなこと、マスターは一度も漏らしたことないし」

 

 ラクサスの考え方はみんなの考えと明らかに違う。その上、マスターの孫なのにあの性格とで期待を裏切っているのだろう。

 

「なんだよ、ギルドに来てんじゃねーか」

 

 ナツはようやく私の存在に気づいたらしい。ラクサスがいたとはいえ、そんなに私って影薄いだろうか。

 

「来ないなんて言ってません。それより、話って?」

 

「幽鬼の支配者のガジルって滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤ)と話したんだけどよ。やっぱり(ドラゴン)がいなくなったのは7年前で、日にちも同じらしいんだ。でも、イグニールやヴェアラってのは知らないってよ」

 

「そのガジルって人の竜の名前は?」

 

「えっと……たしか、メタリカーナってやつだ」

 

 わかってはいたけど、聞いたことのない名前だ。それに、向こうもお互いの竜のことを知らない。

 向こうもメタリカーナって竜を探しているらしいし、あんまり進展なし……か。

 唯一の繋がりがあるイグニールとヴェアラ。でも、ヴェアラはイグニールに殺された。――どうして、イグニールだけがヴェアラを殺しに来たんだ?

 

「どうして、イグニールだったんだろう」

 

「え?」

 

「……なんでもない」

 

 もしも、ヴェアラを殺した竜が、幽鬼の支配者のガジルって奴の竜だったなら、私はガジルを躊躇わずに殺していたんだろう。もしそうなら、私はナツに勝負なんて挑まなかったのだろうか。いや、そんなの考えたって仕方ない。

 

「……気分転換に仕事に行かないか? 何かと一緒にいることが多かったからな。ナツにグレイ、ルーシィとステラ、それとハッピーで」

 

 エルザの申し出に、周りがざわつく。最強チームだとか、恐ろしいとか。相変わらず喧嘩を始めそうなナツとグレイに「不服か?」とエルザが一言。すると、嫌でも仲良しを演じる2人を見て、思わず笑ってしまう。

 

「家賃もピンチだから、報酬のいい仕事がいいのよねー」

 

 なんだかんだで、周りもいつも通り言い合ったり、笑ったり、喧嘩を始めたりしていた。

 いつもと変わらない形を私はちゃんと守れたんだ。



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―楽園の塔―
15話 戻らない歪み


「暴れ足りねぇぞ、この野郎!」

 

「ナツ、ストップ。この前みたいにやりすぎたら報酬半減するから」

 

 倒れている盗賊たちに追い撃ちをかけようとするナツをなだめる。ナツが一緒に仕事に行くと物を破壊するから報酬が減る。ルーシィの家賃がピンチな理由がナツだったとは。前の仕事なんて報酬無しだった。下手したら賠償金からの借金だ。

 

「ひぃ!」

 

「逃がすか!」

 

 倒れていた男が立ち上がって逃げ出した。余計な仕事を増やすんじゃない。数だけ多い奴らなんかに、いちいち手間取るなんてごめんだ。

 

「スノーメイク・(ウルフ)

 

「ぎゃあ!?」

 

 なんとも情けない声を上げながら最後の一人もやられた。そもそも、逃げ出すような輩の時点で情けないんだけど。それにしても、魔法を使える者もまともにいない。盗賊ギルドと言っても魔道士自体はいないらしい。

 

「どうせなら、近くの村に寄っていかない? 温泉が有名らしくて、気分転換になると思うんだけど」

 

「それもそうだな。気分転換といいつつ、戦いばかりでは飽きてしまうしな」

 

 仕事以外の余計なことするなんてルーシィの提案に、ナツやグレイが一瞬ひやひやしていた。エルザは真面目だから提案を蹴るかと思ったが、意外と乗る気だった。

 

「実は宿も取ってあるしな」

 

 最初からそのつもりだったらしい。仕事よりもこっちが気分転換のメインだったのかも。それなら遠慮なくゆっくりしよう。

 

 

 

――

 

 

 

 鳳仙花村、もともと観光名所として有名で、ここに最近よく出没していた盗賊の退治が今回の仕事だった。温泉が有名で、和風な町並みが売りらしい。

 温泉。そういえば、最初に仕事に行った村はどうなっただろう。いつかこの村のようになってくれてるといいけど。

 

「ステラ、その背中の傷はどうしたの?」

「え?」

 

 脱衣所で服を脱いでいるときに、見に覚えのないことを言われた。ルーシィが言うには、2つの大きな傷痕が背中にあるとのこと。丁度、左右対称。背中なんて見ないから気づくことがなかった。

 思い当たるのは、あのときだ。ジョゼと戦ったときに私は何が何でも奴を倒そうとした。その結果、竜になりかけた。いや、なったのだろう。

 

「……さあ?」

 

 わざとらしく恍ける。戦争は終わった。妖精の尻尾の仲間たちを守れた。それで終わったんだ。そんな傷痕を気にするなんて、まるで後悔してるようじゃないか。

 水面に映った私は無理矢理笑っていて、どこか冷めていた私も映った。

 

 

 

――

 

 

 

「ナツ、お前はどう思ってる。やっぱり無理してると思うか?」

「誰が?」

「ステラだよ。お前も聞いただろ。ジョゼを倒したのはステラだってこと」

 

 温泉に浸かりながら、あの村のことを思い出す。あの時のステラは無邪気に笑っていた。けど、あれからステラは変わった。成長した……とは違う。

 

「オレはどうしたらいいのかわからねぇ……」

「ったく、お前が連れてきた子だろ……」

 

 もともとステラはナツが連れてきた子だ。たまたま雪山で出会って戦うことになった。聞いた話じゃ、ナツの探してるイグニールって竜に、ステラの育て親の竜は殺されたらしい。

 ラクサスの言ってた復讐のためにギルドに入ったって話は信じていないが、あの話のせいでステラのことをよく思わない仲間が増えたことは確かだ。

 

「……それに、あのときの姿」

 

 翼に鱗。まるで竜そのものだった。ナツがあんな姿になったことはない。ジョゼ以上に気味が悪かった。姿じゃなくて、魔力が異質だった。

 

「あいつ、明らかに無理してんだよな」

 

 なぜだかグレイは、少し昔の嫌なことを思い出していた。エルザがギルドに入ったとき独りで泣いていた。ステラが同じようにならないように手を伸ばしても、届かない。実感がまるでないんだ。

 

「まあ、いつも通りに接してやるのが一番かもしれねぇな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、あいつら人間なのかしら」

 

 部屋に入るなり枕投げ。質のいい枕は抑えたとドヤ顔のエルザ。ナツの全力投球で火がついたグレイ。その三人が投げた枕に当たって全力で吹っ飛んだ私。誰かに踏まれてステラがブチ切れて参戦。このままいたら命が危ないと感じて逃げてきた。

 

「プーン……」

 

「ハッピーは猫か。プルーは犬だもんねー」

 

「へー……このちっこいのが犬なんだ」

 

「そうよー……って、ステラ!?」

 

 いつの間にかついてきていたステラがプルーの横にしゃがみ込んでほっぺをつんつんしていた。そのまま持ち上げて引っ張って、ぶんぶんと上下に振り回したり。初めて見る生物に興味津々らしい。

 

「ププーン……やめるプーン、オイラは勇者なんだプーン」

 

「「は?」」

 

 ステラがさらにプルーをぶんぶん振り回す。流石に止めに入る。が、プルーが勇者って……

 

「あんた喋れるの!?」

 

「そうだプーン、オイラは聖なる石を持つ勇者の使いプーン」

 

 驚く私をよそに、ステラが近くの岩まで歩いていく。こっちに戻ってきたときに首根っこ掴んでハッピーを連れてきた。

 

「なにしてんのさ。変なところから声が聴こえるからバレバレだったよ」

 

「ちぇ、ルーシィの頭の悪さなら一週間は騙し通せると思ったのに、ついてないや。ステラも一緒だなんて」

 

「随分ありがたい計算ね。そういえば、ステラはなんでここに?」

 

「そりゃあ、あんなとこにいたら寝れないから」

 

 至極当然の答えが帰ってきて、頷くルーシィだった。

 

「へーい、彼女メーン」

 

 変な男二人に声をかけられた。首をカクカクさせながら近づいてきて妙に気味が悪い。そのまま近づいてきて、肩に手を回してきた。

 

「俺らと一緒にあそばない? 君も一緒にメーン」

 

「ファンキーな夜を過ごそうぜ」

 

「ちょっと、やめ――」

 

 振りほどこうと力を入れようとしてもピクリともうごかなかった。まずい、こいつら魔道士だとルーシィが気づいたときには、何かの魔法で力を入らなくなっていた。

 焦っていた次の瞬間、男の一人がステラに蹴り飛ばされた。ステラは掴まれる前に問答無用で蹴り飛ばしたのだ。

 

「ルーシィを離せ。お前もこうなりたいのか」

 

 助かった。と思ったら、男がナイフを首に突きつけられた。流石にステラの顔が曇った。

 

「う、動くなメーン! 少しでも動いたらッばらぁ!」

 

 ナイフを突きつけてきた男も情けない声を上げながら吹っ飛んでいった。ステラじゃない。

 

「怪我はない?」

 

「ロキ!」

 

「ごめんなさい」

 

 反射的に名前を呼んだだけなのに、ものすごいスピードで木の後ろに隠れてしまった。

 

「なんでよ!?」

 

 ロキいわく、この二人は女を食い物にしてるゴロツキで、こいつらを捕まえるのが仕事だったみたい。そのまま二人を連れて行こうとするロキを呼び止めた。

 

「助けてくれてありがと。それに、鍵のお礼も言ってなかったから」

 

「いいんだよ。ステラもありがとね。じゃあ、これで……」

 

「このあと、つきあってよ」

 

「この展開はー!」

 

「ププーン!」

 

 そんなつもりはないのに、ハッピーが囃し立ててくる。プルーものってるし。そうだ。それなら、ステラもつれていけばいいじゃん私。誘われるなんて思ってなかったみたいで、ロキも驚いているし。ステラがいたほうがいい。

 

「ステラも一緒に――」

 

「ついていったら寝れなさそうだから遠慮する」

 

 恋の邪魔しちゃ悪いから。なんて大きなあくびをしながら言い残してステラはそのまま帰ってしまった。ステラまでそういうことを言うなんて、なんか驚いてしまった。

 さっきのプルーのときもだけど、意外と可愛いところあるのよね。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 なんだよ、あの変な二人組。あいつらのせいで、また嫌なことを思い出した。

 戻って寝るなんて嘘だ。どうせ、枕投げに巻き込まれて寝れないだろう。

 

「疲れてるのに……」

 

 ルーシィを人質に取られたときに、なんで躊躇ったんだ。あんなの、すぐに止められたはずだ。なんで、一瞬でもルーシィが――殺される想像をするなんて。

 小さなこと一つ一つから、嫌な連想をしてしまう。私は守れたんだ。ヴェアラを失った悲しみを二度と繰り返さないように、私は戦ったんだ。

 

 ――あなたじゃ誰も守れない。

 

 うるさい……うるさい、うるさい、うるさい! 私だって戦える。私は――

 

『私がいなかったら、みんな失ってたのに?』

 

 



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16話 わがまま

 妖精の尻尾と幽鬼の支配者の戦争。幽鬼の支配者は解散命令にジョゼの聖十大魔道の称号剥奪。一方、妖精の尻尾にはお咎めなしだった。向こうが仕掛けた戦争だとしても、こんなことは異例だ。

 ただ、評議員が出した提案を受けるという条件があった。たった1つ。私が目覚めたら評議会に顔を出すという条件。以前から話はあったらしい。定例会での私の暴走は、とっくに評議会にも届いていたのだ。

 

「この娘が、滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)で、ゼレフ書の悪魔を壊した?」

「……信じられんな」

「こんな娘のどこにそんな力が……」

 

 特に罪状があったわけではない。逮捕や刑を受けることもない。ただ、危険因子を確認しておくためのもの。ただ呼ばれて、さらし者にされているようなものだ。

 ほとんどが年寄りの中で、二人だけ異質だった。一人は青い髪の青年、その横にいる黒髪の女性の匂い、気のせいじゃない。あの匂い、デリオラと戦った時にいた妙な奴と同じ匂いだ。

 

「なにか不満でも?」

「……いえ、なにもありません」

 

 顔に出ていたのだろう。この呼び出しに不満があると捉えられたりでもしたら、妖精の尻尾に迷惑がかかってしまう。

 

「出身も不明、あのギルドはまるでならず者の集まりだな」

「よさないか。その彼らのおかげであの件は大事にならずに済んだのだぞ」

「あれのどこが大事になってないのだ。駅一つ潰れ、街に混乱を招き、軍にも損害が出たのだぞ。果てにはギルド同士の抗争ときた!」

「こんな(むスゥめ)の前でスゥる話スィではないだろう」

 

 会話から察するに、妖精の尻尾の立場は危ういみたいだ。あの独特な話し方をする爺さん、あれがマスターの言っていた議員だろう。彼が弁護しなければ、妖精の尻尾も相応の刑を受けていたらしい。

 何のために私を呼んだのか。結局、私なんてお構い無しで怒鳴り合いにまで発展していた。本当にこの人たちが偉い人とは思えない。

 目をつけられたことに変わりはない。余計な問題を起こせば、私だけじゃなく妖精の尻尾にまで繋げてくるだろう。気をつけないといけないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません。待ちましたよね?」

「いや、元々は始末書の提出だけだったのに、いきなり向こうが条件をつけてきたからの……謝るのはこっちのほうじゃ」

「いえ、気にしないで下さい」

 

 相当な量の始末書だった。それだけでも大変なのに、突然私を連れてこいと言われたのだから。少しでも手助けになっているならいいけど、私のせいで増えた始末書もあるのだろうし、負担になっているはずだ。急に申し訳なくなってきた。

 緊張がとけたのか急に眠気が襲ってくる。大きなあくびまで出てしまった。

 

「あれからミストガンから話はあったかの?」

「……ミストガンから?」

 

 どうしてミストガンの名前が出てくるのか。そもそも、「あれから」とはいつのことなのかわからない。

 

「そうか。あやつにしては珍しく、入れ込んでいる様子だったからの」

 

 心当たりがない。私の知らないところで何があったのか。

 

「……ミストガンはどうしてギルドに顔を出さないんです?」

「人と話したがらないのじゃ。ギルドの為に戦争にも参加しておるし、悪いやつではないのだがどうもコミュニケーションに疎いやつでの」

 

 うまくミストガンと話せればいいけど、ラクサス以上にギルドに帰らないし難しそうだ。帰ってきた時は全員を眠らせてからギルドに入るそうだし。一度だけ、ぶつかったのは本当にお互いを意識してないからこそだろう。

 

「マカロフ殿、妖精の尻尾のミラジェーンさんから連絡がきております。至急とのことです」

 

 ようやく終わって帰れると思ったら急に呼び止められた。……まさかと思うが、ナツたちが問題を起こしてしまった。とかだろうか。そうなると、事が評議会にバレる前に逃げたいところだけど。

 

「ここでお伝えします。ロキという方がギルドからいなくなってしまった。とのことです」

「なんじゃと!?」

「ロキ? ……ルーシィを助けてくれた人か」

 

 私達が評議会に行った直後に、突然ギルドを去ると残していなくなったそうだ。みんなで探しているが見つからない。思いつめた様子で冗談には聞こえず、いくら探しても見つからないためにマスターに連絡してきたのだ。

 少し前に、自称ロキの彼女たちが乗り込んできて大変だったという事件があった。突然別れようと言われたらしいが、無関係ではないだろう。とりあえず、急いでギルドに戻ることになった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 私達が帰る頃には解決していた。なんでもルーシィが以前から異変に気づいていて、ロキは精霊らしく、今は精霊界に戻っているとのことだった。もう少し遅ければ、ロキは完全に消滅していたらしい。精霊が人間界にいることが異常で、なぜロキがそうなったのかは教えてくれなかった。

 とりあえず、ギルドには戻ってくるとのこと。これからはルーシィの精霊として活動するらしい。

 

「……はぁ。仕事に行ってないのに疲れたな」

 

 ベッドに倒れるように寝転ぶ。私にもハッピーみたいな相棒が欲しいな。そしたら、話し相手になってくれるのに。

 仕事に行かないのならギルドの建て直しを手伝うようにと、エルザはよく言っていたが、今回は流石に免除だろう。

 まともな設計図が無いせいで、マスターと手伝いをする人の気分で変わってしまうから、私は手伝う気が起きない。どんなのがいいかなんて、想像できないからだ。

 

「あーあ、明日はどうしようかな……」

 

 この前の仕事で懐が温まったから、エルザたちはしばらく仕事に行かないことにしていた。一緒に行った私もなのだが、だからといって屋根のないギルドにずっといるのも嫌だ。建て直しを手伝う気も起きない。

 他に仕事に行く仲の人もいないし。とりあえず、良い仕事があるか見て、無かったら買い物でもしよう。何着かボロボロになって着れなくなって捨てたし。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「ステラー、海行くよー」

「……は?」

 

 なんか煩いと思って目を開けたらルーシィがいた。ここは私の部屋だ。なんでいる。というか他にもいるし。

 

「あ、鍵!」

 

 思い出した。私が幽鬼の支配者との戦争で病院に運ばれた時、ルーシィに鍵を預けた……あれ?

 いや、返してもらってる。それなら、ルーシィが今持ってる鍵は……

 

「ミラさんから貰ったのよ」

「いやなんで……またあるのさ……」

「そんなことより海行くぞ! 海!」

「あ、あたしが勝手に荷物は用意したから、すぐにでもいけるよ」

 

 めちゃくちゃだ。頭に浮き輪被ってはしゃぐナツとハッピーに、水着姿のエルザとグレイ。何がなんだかわからない。

 

「海って、急になんで――」

「さっさと行くぞ、遊ぶ時間がなくなるだろう!」

 

 まだ寝ぼけ眼で状況も話もわからないのに、エルザにベッドから引っ張り出されて、そのまま連れて行かれた。夢? そうだ。夢に決まってる。

 そう思ってほっぺを引っ張るが、夢は覚めない。痛いぞ、現実だ。

 

「……いぇーい」

 

 もう諦めよう。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 アカネビーチという有名な観光地で、その中でも高いホテルに泊まれることになった。ロキからのお礼ということだが、ハッピーをペット扱いにして枚数を回したらしい。なんだかハッピーが哀れだ。

 

「で、私の水着も用意済みと……」

 

 まあ、普通の水着だからいい。ステラは雪の魔法だから白ってことで勝手に選んでいたらしい。早速遊び回るナツたちを眺めながら、私はパラソルの日陰で涼んでいた。

 

「どうした。ここまできたら遊び尽くさねばロキに失礼だぞ?」

「暑いの苦手なんです」

「それなら海に入ればよかろう。いくぞ!」

 

 そんな私を心配したのか、エルザが声をかけてきた。気づけば、そのまま海まで引きずられていた。

 海に入ってから。浮き輪が必要だな。なんて言って何処かに……たぶん、持ってきた大荷物の方に戻ってしまった。

 

「めっちゃ綺麗だぞ!」

「こんな透明な海みたことねぇ!」

「おーさーかーなー!」

 

 それぞれの思うように海を満喫していた。ハッピーの目が明らかに遊びというより食事に傾いているけど。

 浮き輪を取りに行ったはずのエルザの腕にビーチボールが抱えられていた。

 

「いくぞグレイ!」

 

 勢い良くナツにボールが飛ばされる。それをグレイはルーシィにパス、ナツに回って――

 

「――燃えてきたー!」

「――いたっ!?」

 

 ナツが勢い良く飛ばしたボールは私の顔に直撃して、そのままぶっ倒れた。

 

「やったな!」

 

 お返しとばかりに全力でぶつけにいった。いつの間にかぶつけ合いからの鬼ごっこになっていた。

 流石に枕より軽いから勢いが出ないとおかげで、ルーシィもハッピーも参加していた。

 

「次はスイカ割りだ!」

 

「ルーシィ、右だ右! もっと上!」

「上って……」

 

 流石に上って言葉に呆れる。……可哀想なことに、ナツの思惑通りにルーシィは全く知らない人の頭を叩いてしまったのだ。何より面白いのは、割れてないと勘違いして何回も叩いていたのだ。

 

「あー、おっかしいの。1発目で気づくって」

 

 みんなで腹を抱えて笑っていた。そのあと、ナツは波に乗る乗り物に乗せられていたみたいだけど。ハッピーが言うには乗りたいと自分から言ったらしい。しかし、酔ってるナツを連れ回すルーシィは爽快な笑顔だし、あれは乗せられてる。

 

「そうだ、ハッピー。魚、取ってあげようか?」

「あい!」

「よっしゃ! オレもやってやるよ!」

 

 グレイと造形魔法を使って、魚をどっちが多くとれるか競うことになった。良い勝負だったけど、酔ったナツが突っ込んできて無しになった。

 流石にリリースしたけど、一体何匹がハッピーの餌食になったかはわからない。

 

「お城づくりだ!」

 

「泳いで競争!」

 

「かき氷早食い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった!」

 

「も、もう無理……」

 

 気づけば思いっきり遊んでいた。……こんな風に遊んだのはいつ以来だろうか。バテるルーシィを抱えてパラソルの下に戻ってきた。もう、日も傾いている。エルザも荷物をまとめている。

 

「そろそろホテルに戻るか」

 

 流石に遊び疲れていたのもあったけど、遊び尽くしたから、もっと遊びたいなんて駄々をこねる人は流石にいなかった。

 部屋に入るなり、さっさとシャワーを浴びた。……日焼けで肌が痛い。

 何にも考えずに楽しんだ。これでもかってくらい笑った。

 

「……たまには、いいよね」

 

 こんな日くらい、自分を言い聞かせてわがままになったっていい。みんなと笑って。だって、そうしたいから妖精の尻尾に入ったんだ。

 何も考えずに嬉しくて笑った。鏡に写った私も笑っていた。こうしたかったんだから。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

「ここのホテルの地下にカジノがあるらしいの! ナツたちは先に遊んでるって。エルザたちも――」

 

「ステラは寝てるよ。遊び疲れた子供みたいで可愛いぞ」

 

 カジノがあると聞いて、エルザたちを呼びに行ったルーシィだったが、ステラはすやすやと寝ていて、エルザが頭を撫でていた。

 こうしてみると、ステラは幼いんだなとルーシィもエルザも実感する。ステラは色々と頑張りすぎてた。今回、息抜きに連れてこれて良かったと考えていた。

 

「ロキには感謝しなくちゃね」

 

 償いってわけじゃない。けど、あんなに張り詰めてばかりのステラを見ていると、辛かった。

 良かった。あんなに笑ってくれて。寝顔を眺めながらルーシィはそう思った。

 

「起こすのも可愛そうだ。私たちだけで行こう」

「そうね。それじゃあ早く行きましょ!」

 

 何故かエルザはドレスに換装している。遊ぶなら徹底的に。という、実にエルザらしい気合いの入っだ考え方にルーシィは思わず苦笑いする。

 

「行ってくるね」

 

 寝ているステラにそう言い残して、エルザとルーシィはカジノに向かった。



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17話 楽しい時間は続かない

「んーー! 痛い!」

 

 日焼けが少しひりひりして目が覚めた。部屋に誰もいない。また遊びに行ってるのだろうか。

 この時間に開いているのは、カジノだろうか。経験はないけど、せっかくだし私も遊ぼうとカジノに向かった。

 

 

 

 

 

 

「あ、いた」

 

 なんだか騒がしいなって思ったらいた。ナツとハッピー何か叫んで店員が困っている。あれに合流したら、追い出される気がしたから他を探すことにしようと方向転換した。

 すると突然、暗闇になった。明かりが消えたんじゃない。目が追いつかなくて、何も見えない。

 

「ナツー! どこー!」

 

 ハッピーの声が聴こえた。あんなに近くにいたのにナツを見失ったのか。おかしい、ナツの返事が聞こえない。周りの客がパニックだとしても、ハッピーの声は聴こえたのに。

 代わりに聴こえたのは何かが爆発するような音。――倒れているナツの口元が一瞬だけ光って見えた。

 

「な――ナツ!」

 

 撃たれた。誰に。どうして。混乱する頭の中で、私の足はナツが見えた方へと走っていた。

 

「ナツ! しっかりして! ナツ!」

 

 敵の姿がわからない。でも匂いがしない。というか、どの匂いが敵のなのかわからない。

 

「あ――」

 

 ようやく明るくなって、見えたのは赤い……血で……ナツの口から、こぼれていた。

 

「そんな……こんなことって……」

 

 夢だ。夢だと必死に自分に言い聞かせた。こんな、こんなことってない。きっと何か悪い夢を見てるだけだ。だって、ナツが死んだ。そんなの考えたくない。

 何がどうなってるのかわからないのに、ルーシィとエルザが叫ぶような声が、私を醒ますかのように、耳に入ってきた。

 私は、目の前のことを受け入れらないまま走り出した。

 ルーシィが縛られて、エルザは大きな男に抱えられていた。確認するまでもない。周りにいる奴らは敵だ。

 

「雪竜の砕牙!」

 

 エルザを抱えていた大きな男を蹴り飛ばす。そのままエルザを受け止めておろした。すぐに、ルーシィを拘束している女に殴りかかる。男が飛ばしてきたカードのようなものを何とか片手の造形魔法でやり過ごす。

 間に合う。この前みたいな事は考える前に終わらせる。

 

「雪竜の――」

「へい、ガール! そこまでだ!」

 

 男の声と共に急に目の前に現れたハッピー。一瞬だけ躊躇ってしまった。――しかも、私の頭に照準が向けられていた。

 

「ネコネコいじめちゃダメー!」

 

 その隙に片腕をチューブで拘束された。まずいと思った。このまま片手で造形魔法と、咆哮で――魔法が、使えなかった。

 

「ジ・エンドだぜ、ガール」

 

 さっきと同じ音だった。そうか、この妙にカクカクした男がナツを――

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

「そんな……ステラっ!?」

 

 倒れ込んで動かなかった。撃たれた。目の前で、ステラの頭が。グレイもナツもやられたって奴らは言っていた、しかし、ルーシィは目の前でステラがやられるまでは信じていなかった。

 

「大丈夫か、シモン」

「ああ、なんとかな。……撃ったのか」

「仕方ないんだぜ。あのままだとミリアーナがやられていたんだぜ」

 

 まるで何事もなかったかのように、さっきの続きを始めた。

 

「帰ろう、姉さん。楽園の塔へ」

「みゃあ! ネコネコー!」

 

「――うっ!?」

 

「あと30分くらいしたら、君死んじゃうよぉ?」

 

 拘束しているチューブが急にキツくなってきた。このままだと、あたしまでやられる。

 

「生きてるみたいだし、この娘も連れて行くぞ。ジェラールの言っていた娘だろう」

 

 ステラも抱えられて、奴らは消えてしまった。

 やばいけど、まずはこのチューブを切らないと。頑張って転がりまわって、何とか鍵を掴む。

 

「開け巨蟹宮の扉! キャンサー!」

 

 何も起きない。

 

「ちょっと! キャンサー! ロキ!」

 

 魔法が使えない。まずい、本当にこのままだと、チューブに引っ張られて背中からボッキリと曲げられる。

 焦っていると、ステラがさっき使った造形魔法の1羽が崩れながらも飛んできて……チューブを切った。

 

「ステラ……」

 

 やられるはずない。だって、聖十大魔道士のジョゼと戦って勝ってるんだ。あんな奴らに……

 

「――いってぇ!?」

「ナツ!」

 

 これでもかというくらい炎を吐きながら、ナツが飛び上がった。

 

「っと、おまえら無事か!」

「グレイ――と、ファントムの!?」

 

 ナツの声に気づいてグレイも合流した。幽鬼の支配者のエレメント4の1人、ジュビアがいるけど、どうも今は仲間らしい。……恋敵って怨むように呟いてるのが怖い。

 グレイは氷の身代わりでやり過ごしたけど、ナツは思いっきり口に鉛玉を打ち込まれたらしい。普通なら即死だ。

 

「流石、火竜(サラマンダー)……」

 

 呆れるように呟いた。とりあえず、見たままの情報を伝えた。ステラも撃たれたことを話していたら、造形魔法が残っていたなら死んでることは無いとグレイが言ってくれた。とりあえず、ナツの鼻をたよりに奴らの後を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「……いたっ――」

「ステラ!? 気がついたか!」

 

 視界が霞む。頭も痛い。やっぱり避けきれなかった。頭から流れる血が目に入って鬱陶しい。

 動けない。後ろで柱に縛られている。……エルザの手も一緒に柱に縛られているらしい。これでは切るのに無理やり体を曲げることもできそうにない。

 

「へえ、生きてたんだね」

「――っ!」

 

 色黒の男に髪を掴まれて引っ張られる。わざと傷口のあたりを引っ張ってきた。痛みに耐えようと力を入れてしまう。

 

「よせ、ショウ! 彼女に手を出すな!」

「……エルザ、知ってる人なの?」

「ああ、かつての仲間さ。姉さんが僕達を裏切るまではね」

 

 私はエルザに聞いたんだ。と挑発したら殴られた。

 エルザが妖精の尻尾には入る以前の話。かつて、黒魔術を信仰する教団に捕らえられて奴隷にされていた時代の仲間らしい。

 

「初めて聞いた」

「誰にも話さなかったからな……」

「そうだろうね。姉さんは僕達を忘れたかったんだから」

「ち、違う!」

「なら、どうしてあの時に船に爆弾なんか仕掛けたんだ! ジェラールが気づかなかったら、みんな死んでたんだぞ!」

 

 本当のことをエルザから聞きたい。私の知っているエルザはそんなことをしない。このショウという男が嘘をついている可能性のほうが高いんだ。まずは、この男をここから追い出したいところだけど。

 

「死んでたらよかったのに」

「……なんだと」

 

 この男は短気だ。さっきの挑発にすら乗ったんだから、うまくいくはず。すぐに手を出すだろう。私とエルザを連れて行くなら、殺せない理由があるはず。利用できる。

 

「それが嘘にしろ真実にしろ、エルザにお前たちは必要ない」

「ステラ……?」

「姉さんだって? そんなに依存してるからいけないんだよ。裏切られても、まだ姉さんだなんて、バカみた――」

「黙れ!」

 

 ――容赦なく、顔を蹴られた。思惑通りだけど、エルザまで傷つけるような言葉を吐くのは辛い。……それに比べれば、痛みなんてマシだろう。

 

「エルザの今の仲間は私たち、妖精の尻尾だ。お前なんか望んでないんだよ」

「黙れよ! このガキ!」

「やめてくれ、ステラ! ショウも、お願いだからステラに手を出さないでくれ!」

「ほら、お前の本性だ。だから捨てられ――」

「――黙れぇぇぇ!!!」

 

 あとは何も言わなくても殴られる。何度も殴られて意識が飛びそうになる。魔法が使えないというより、魔力が回せない。そのせいか、普通に殴られるより辛い。

 エルザが必死に止めるように叫んでいる。それでも、ショウという男は私を殴り続けている。

 

「よせ、ショウ!」

 

 異変に気づいた他の奴が止めに入る。カジノで私が蹴り飛ばした男だ。色々と抵抗したみたいだが、説得させられて一緒に何処かに行った。

 ようやく、二人きりになれた。……エルザと向き合うように縛られたりしていなくてよかった。たぶん、今の私は相当ひどい顔をしてるだろう。

 

「……ごめん、エルザ。二人きりにするために色々と挑発したんだ。やりすぎたみたいだけど……」

「大丈夫なのか?」

滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は頑丈だからね。それより、あいつらと何があったのか、今のうちに話しといてくれない?」

「……さっきも言ったが、彼らは私が妖精の尻尾に入る前の仲間たちだ」

 

 エルザの話を聞くと、裏切ったのはジェラールという男らしい。元々、ジェラールという男は正義感が強くて、みんなの憧れだったそうだ。

 奴隷時代、ジェラールやさっきの人たちと脱走を試みて、捕まってしまい、その時にエルザだけ懲罰房に送られた。ジェラールが立案者だと主張しても、教団の奴らは聞き入れなかった。そんなエルザを助けようとジェラールが反乱。エルザを助けたが、代わりに捕まってしまったそうだ。

 そのあと、逆にエルザが他の人たちと共に反乱を起こした。犠牲を出しながらも、魔法が使えるようになったおかげで、何とか自由を勝ち取れた。しかし、既にジェラールはおかしくなっていた。

 みんなで逃げようと言ったエルザを魔法で吹き飛ばし、教団の奴らを憎しみに任せて惨殺。他の人を楽園の塔の建設に必要な人手として、エルザがここに近づいたら、仲間たちを殺していくと脅したのだ。

 

「誰も見てなかったの?」

「ああ、魔法が使えたのは私だけで、懲罰房まで行けたのは私だけだったから」

「……そもそも楽園の塔って、なに?」

R(リバイヴ)システム。1人を犠牲に、1人を復活させる魔法。奴は、ゼレフを復活させようとしてるんだ」

「ゼレフ……あのゼレフ書の悪魔を生み出した、本人ってこと?」

「そうだ。……私は何としてもジェラールを止めなければいけない。決着をつけるんだ」

 

 エルザの表情はわからない。けど、さっきのショウという男の話が本当なはずない。きっと、ナツやグレイたちだってエルザのことを信じるはずだ。

 

「……ナツ」

 

 ようやく、私は考えたくないことを思い出していた。

 いや、私が大丈夫だったんだ。私より頑丈なナツがやられるわけがない。

 死んでない。そう考えても、ナツが撃たれた瞬間が鮮明に浮かび上がる。真っ赤な血が、口からこぼれていた。

 

「ねえ、エルザ……あいつらのこと、許せないかもしれない」

 

 楽しくないのに、笑いだした。狂ったように、いや、狂いたかった。私はまた、復讐という感情で動こうとしてるのだ。

 そんな私に、エルザはなんて言っていたんだろう。聞こえないくらい、私は笑っていた。だって、そうしないと、そうでもしないと、私は泣いてしまうから。

 何がおかしいのか、わからなくなるくらい笑った。こんな不気味な笑い声を響かせてるのが自分だなんて、信じられなかった。

 

『だから、言ったのに』

 

 血溜まりに写っていた私は、悲しそうな顔をしていた。



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18話 心に追いつかない体

 楽園の塔。目にするまでは本当に完成しているとは信じられなかった。八年間、私はずっと目を背けていたのだ。

 

「……ステラは無事なのか?」

「人の心配をしている場合? 姉さんは生け贄なんだ」

「なら、私だけを捕らえればいいだろう。彼女は関係ない」

「姉さんが余計なことをしたら……わかるよね?」

 

 私のせいだ。よりによってステラを巻き込んでしまうことになるなんて。このままステラを放っておいたらどうなるか分からない。

 

「ステラは……彼女は本当に危険なんだ。頼む、ショウ」

「危険? 大丈夫さ。ミリアーナのチューブは魔法を使えなくするんだ。姉さんでも抵抗できないくらいなんだから」

 

 途中からステラとは別々の場所に連れて行かれた。もしステラが暴走したら、ショウたちも襲うだろう……阻止しなければ。

 

「……残念だけど仕方ないよね」

「ショウ?」

「本当は、こんなことしたくなかったんだ」

 

 泣いていた。その姿は八年前の臆病でも優しかった頃の面影があった。けど、そのあとは豹変した。

 

「どうして、ジェラールを裏切ったァ!」

 

 ジェラールに変えられた彼らに、今は何を言っても届かないと諦めた。

 

 

 

 

――

 

 

 

「……どうして、私を解放した」

 

 仲間たちと別れてからすぐに、シモンと呼ばれていた男は私の拘束を外した。

 

「お前たちの力が必要だからだ」

「――笑わせないでよ。仲間を襲った敵に手を貸すと思う?」

「ナツは生きている。あれで死ぬようなら、ジェラールには勝てないだろうからな」

「ふざけるな! ……お前らのせいで!」

「なぜ信じてやらない」

 

 声を荒立てる私に対して、シモンは冷静にそんなことを言った。頭にきた私は、シモンを殴っていた。本気で殴ったのに、彼は平然と立っていた。

 

「オレを殺して気が済むならそれでいい。ただ、1つだけ伝えてくれ。八年間、オレはずっとエルザのことを信じていた、と」

 

 戯れ言だと、切り捨てようとした。あれだけ酷い事をして、今更何を言うのかと。それなのに、私はエルザが悲しむことを想像して、この男を殺すことはしなかった。

 

「……自分で伝えろ」

 

 その場を立ち去る。シモンの言葉が頭から離れない。

 ここまで巻き込まれたんだ。この出来事の発端、ジェラールをやる。シモンという男の思い通りに動くようで癪だけど。

 

 

 

/

 

 

 

「エルザ!」

「良かった、無事だったんだね!」

 

 声の方向に目をやると、ナツやグレイ、ルーシィ加えて元幽鬼の支配者のジュビアが居た。

 

「お……お前たちがなぜここに?」

 

 拘束解いてすぐに思いがけない再会をして、思わずエルザも言葉に詰まる。

 

「なにって、そんなもん、聞かなくたってわかるだろうよ」

 

 少し呆れた様子でグレイが答える。

 

「やられっぱなしじゃ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の名折れだろ!」

 

 激怒した様子のナツがエルザに近づいた。それに対するエルザの返答は淡泊なものであった。「帰れ」と視線を下へと落としつつ塔まで追ってきた仲間たちに告げる。まるで拒絶しているようだった。

 

「ステラも見つからねえし、ハッピーも捕まってんだ! このまま帰る訳にはいかねえ!」

「ハッピーが? まさかミリアーナ……」

 

 心当たりのある様子のエルザにナツが詰め寄りどこにいるのか聞くが、先ほどまで捕まっていたエルザにも場所まではわからない。

 同じ牢獄にステラはいなかった、と答えると、それ以上は話を聞かず、周りが止める間もなくステラとハッピーを探しに塔の奥へと走って行った。ルーシィやグレイがそれを追いかけていこうとするが、エルザは押しとどめ、再び帰れと口にする。

 

「ミリアーナは無類の愛猫家だ。ハッピーに危害を加えるとは思えん。ステラとナツにハッピーは私が責任を持って連れ帰る。おまえたちはすぐにここを離れろ」

「そんなのできるわけない! エルザも一緒じゃなきゃ嫌だよ!」

「これは私の問題だ。お前たちを巻き込みたくない」

「ここまで巻き込まれてんだ。今更――」

 

 エルザはなにも答えられずに背を向けて体を震わせている。そんな姿を見かねてグレイが頭をかきながら声をかける。

 

「……らしくねえなエルザさんよ。いつもみてえに四の五の言わずについて来い! って言えばいいじゃねえか。オレたちは力を貸す。お前にだってたまには怖いと思うときがあってもいいだろうが」

 

 その言葉にエルザはゆっくりと振り返り、一同と向き合った。その瞳に涙をためて。普段は見せることのないその弱くて脆い姿に言葉を失う。

 

「この戦いが終われば、私は世界から姿を消すことになる」

 

 そうして、エルザと楽園の塔――いや、ジェラールとの因縁を聞くことになった。

 

 ステラに話したように、エルザはすべてを話した。

 

「ジェラールに政府にばれたら全員を消す、塔において私の目撃情報が一つあった時点で一人を消すと言われていた。私は八年間何もできなかったんだ……」

 

「なるほどな、通りでアイツらはエルザにキツく当たってたわけだ」

「今日、私がジェラールを倒せば全て終わる。それでいいんだ」

 

 本当にそうなのか? とグレイが疑問に思った。かつての仲間とのことではなく「ジェラールを倒せば」の前、「世界から姿を消すことになる」をどういう意味か考えていたところで、カツン、カツンとこちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。

 

「その話……ど、どういうことだよ」

「ショウ……」

 

 エルザは近づいてきた色黒の男、かつて仲間だった男の名を悲しげに呟いた。

 

「そんな作り話で仲間の同情を引くつもりなのか! 八年前、姉さんはオレたちの船に爆弾を仕掛けて一人で逃げたんじゃないか! ジェラールが姉さんの裏切りに気づかなかったら全員爆発で死んでいたんだぞ!」

 

 まくしたてるショウの体は震え、冷や汗が流れ出し、動揺を隠しきれずにいた。

 

「ジェラールは言った! これが正しく魔法を習得できなかった者の末路だと! 姉さんは魔法の力に酔ってしまってオレたちのような過去を捨て去ってしまおうとしたんだと!」

「「ジェラール」が、言った?」

「――――!」

 

 グレイの言葉にショウは何も言い返せなかった。ショウの知っている全てのことはジェラールから教えられたもの……それが嘘だったとしたら?

 

「あなたの知っているエルザはそんなことする人だったのかな?」

「お前たちに何が分かる! オレたちのことを何も知らないくせに! オレにはジェラールの言葉だけが救いだったんだ! だから八年間かけてこの塔を完成させた! それなのに……」

 

 ショウの八年間の思い、その全てを言葉にしていた。そして、同時にその思いが崩れ去ろうとする恐怖をも。

 

「その全てが嘘だって? 正しいのは姉さんで、間違っているのはジェラールだって言うのか!」

「――そうだ」

 

 それに答えたのはエルザでも、その場にいた誰でもない。また、誰かが近づいてきた。

 

「シモン!?」

 

 思いもしないところからショウは疑問に答えを返されたことで驚き、ショウがその男の名を呼んだ。

 

「てめぇ!」

「待ってくださいグレイ様!」

 

 飛び出そうとするグレイをジュビアが止める。シモンはカジノにおいてグレイとジュビアを襲った。そのときに暗闇を作り出す魔法からの身代わりとして氷の人形を用意することで攻撃を避けたのだが。

 

「あの方はグレイ様が身代わりと知っていてグレイ様を攻撃したんですよ。闇の術者に辺りが見えていないはずはない。ジュビアがここに来たのはその真意を探るためでもあったんです」

「さすがは噂に名高い幽鬼の支配者(ファントム)のエレメント4」

 

 素直にジュビアを賞賛するシモンから戦意は感じられなかった。

 

「誰も殺す気はなかった。ショウたちの目を欺くために気絶させる予定だったのだが、氷ならもっと派手に死体を演出できると思ったんだ」

「オレたちの目を欺くだと!?」

「お前もウォーリーもミリアーナも、みんなジェラールに騙されているんだ。機が熟すまで、オレも騙されているふりをしていた」

「シモン、お前……」

 

 シモンは恥ずかしそうに頬をかく。

 

「オレは初めからエルザを信じている。八年間、ずっとな」

 

 言葉も交わしていないのに、ずっと八年間も信じていたのだ。二人は抱きしめ合って再会を喜んだ。

 

「会えて嬉しいよ、エルザ。心から」

「シモン」

 

 そんな二人を周囲は暖かく見守っていた。その中、ショウは一人、地に膝をついていた。

 

「なんで、みんなそこまで姉さんを信じられる。何で、何で――オレは姉さんを信じられなかったんだァ!」

 

 悔しくて雄叫びとともに両の拳を地面に叩きつけた。何が真実なのか、何を信じればいいのかと叫んだ。そんなショウの元にエルザはゆっくりと近づき、地面に俯くショウにしゃがみ込んで声をかける。

 

「今すぐに全てを受け入れるのは不可能だろう。だが、これだけは言わせてくれ。――私は八年間、お前たちを忘れたことは一度も無い」

 

 エルザはショウを抱きしめる。エルザの腕の中、ショウは思いの限り泣き続ける。

 

「何もできなかった。弱くて、すまなかった」

「だが、今ならできる。そうだろう?」

 

 不敵にシモンが言い放つ。それに答えてエルザも強く頷いた。

 

「ずっとこの時を待っていた。強大な魔導士がここに集うこの時を。ジェラールと戦うんだ。オレたちの力を合わせて。――まずは火竜(サラマンダー)とウォーリー達が激突するのを防がなければ」

 

 やるべき事は定まった。各々、覚悟も決まった。

 

「私とシモン、ショウでウォーリーたちを説得する。グレイはステラを頼む」

「……って、ことは私とジュビアは?」

 

 ナツを頼む。といつもの逆らえない雰囲気でエルザが命令する。グレイとしては、先程まで敵だったシモンとショウを三人にするのは危険だと漏らしたが、エルザが「この方がウォーリーたちを説得しやすい」と、まあ当然逆らえるはずもなく、それぞれ3つに別れて行動することになった。

 

 

 

――

 

 

「お前がジェラールか」

 

 フードを被って顔は見えない。だが、その魔力の所々に潜む邪悪さが何より答えだった。

 

「思っていたより早かったじゃないか。そんなにオレを殺したかったのか?」

「意外とあっさり居場所を吐いてくれた人がいてね。それに、コソコソ隠れる必要がなくなったから」

 

 エルザが脱走した。それを聞いた見張りのほとんどが慌ててそっちの方に向かったのだ。エルザが人質でないなら、影でコソコソする必要もない。1人ずつ捕まえて、ジェラールの居場所を知ってる奴が出るまで片っ端から狩りつくした。

 

「全く、ゲームすら始まっていないというのに……せっかちだな」

「ゲーム?」

「楽園ゲームさ。もうすぐ、ここに全てを破壊する光が落ちる」

 

 言っている意味がわからない。そんな私を鼻で笑い、ジェラールは説明を始めた。

 

「……評議会による決定が下れば、評議会の最終兵器、エーテリオンによって、この塔は破壊される。タイムリミットさ」

「なら、その前に逃げるさ。お前を倒して」

「まずは火竜(サラマンダー)と戦ってから、お前と戦う予定だったんだがな」

 

 ナツと戦ってから。その言葉に違和感を感じて、理解した。

 

「ここに来てるのか」

「お仲間も連れてな。こっちも駒を用意した」

 

 生きてる。それだけで、気が楽になった。

 

「なら、チェックメイトだ。お前は私が倒すんだから」

「こっちのチェックメイトはエルザを生け贄にゼレフを復活させることだ」

 

 なら有利なのはこっちだ。エルザは既に自由の身だ。

 

滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)を、妖精の尻尾(フェアリーテイル)をなめるな!」

「貴様らの結束なんぞ、取るに足りないものだと教えてやるさ」

 

 妙に邪悪な魔力は、幽鬼の支配者のマスター、ジョゼのようだった。なぜか、攻撃手段も似ていた。だから戦いやすかった。

 だが、何か違和感がある。全力でジェラールは戦っていない。まるで、時間稼ぎのようで――エーテリオンを待っている?

 いや、おかしい。道連れ覚悟なら納得だが、ジェラールの目的はゼレフの復活。何か……何かがおかしい。

 

「どうした、意気込んでたわりには力が入ってないな!」

「――考えても仕方ない! 雪竜の咆哮!」

 

 目で追うのがやっとだ。当たらない。疾い。

 

「避けてばかりじゃ私は倒せないけど」

「なら、当ててみろ」

 

 本当に疾い。魔法で囲んでもすぐ逃げられる。

 予測しても駄目なら、感覚でやるしかない。造形魔法で作った刀を構える。

 意識を集中する。目で追うな、隙を見せれば攻撃してくる。魔力が高まるその一瞬――

 

「一花――白影!」

 

 居合切りの要領で、斬りつけた。そのまま、ジェラールを蹴り落として、首に刃を当てる。

 

「終わりだ――」

 

 その時、はっきりと見えたジェラールの顔に驚く、だって、評議員の一人にそっくりだった。……たしか、ジークレインと言う名だった男だ。

 

「まさか、黒幕が評議会の人間なんてさ」

「……お前の知ってる奴は兄さ。双子の……な」

「じゃあ、エーテリオンを落とさないように抗議でもしてるわけ?」

「逆さ。アイツはこの塔を消す。哀れな亡霊に取り憑かれた弟ごと。タイムリミットだ、滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)

「……なんだって?」

「評議会はお前も消したいらしい。案外、早く決まったな」

 

 上空に現れた魔力の塊。

 評議会はエーテリオンを落とすことにしたのか。

 

「――ゲームを始める時間くらい欲しかったな」

「黙れ!」

 

 ジェラールの腹に刀を突き刺して、私はすぐに飛んだ。外に、塔の上空にまで急いで。

 感じていたよりもずっと上空に、息が苦しくなるくらいの高さに、エーテリオンを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ間に合う。暴発させれば、塔に被害も行かないはずだ」

 

 一人で逃げ出せば、助かるのだろう。だけど、あのとき――ヴェアラのときも、私は逃げなかった。やることは変わらない。

 あんな馬鹿でかい魔力、正面から止めるのは無理だ。ここで暴発させて、魔力を消し去れば……まだ何とかなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滅竜奥義――極零氷雪(ゼロフィルブリザード)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

「エーテリオン、消滅しました!」

 

 その報告に、評議員の全員がどよめく。

 

「原因の特定を急げ! まだ落としていないだろう!」

「映像、復活しました! ……まさか、そんな――」

「なんだと言うんだ! しっかり報告しないか!」

「――映像、展開します!」

 

 展開された映像に、無傷の楽園の塔が映っていた。そして、それよりも上空、衛星魔法陣(サテライトスクエア)付近にいる少女……先日見た、あの滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)の娘だった。

 

「馬鹿な――ありえん! エーテリオンを消し去り、それに耐えるなどと!」

 

 映った人物は、腕や足、体の至るところは真っ赤に染まっていた。皮膚が剥がれている。何名かのスタッフは、その姿を見て吐いてしまった。

 だが、逆に……エーテリオンで、それだけの傷しか負っていなかったのだ。評議会の切り札である、エーテリオンを暴発させておいて。

 

「……もう一度だ」

「なんだと?」

 

 ジークレインの発言に、全員が驚く。当たり前だ。こんな代物をまた撃てなんて正気じゃない。

 

「楽園の塔は消せていない。続行すべきだ」

「しかし……」

「ゼレフを討つためには覚悟していた犠牲のはずだ」

「しかし、時間はかかるぞ」

「……この娘の危険さは再認識しただろう。なおさら、ここで消すべきだ」

 

 ゼレフ復活を阻止する。それが本来の目的なのに、入れ替わった目的を誰も指摘せず二度もエーテリオンを落とす決断を下した。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

「……っ」

 

 造形魔法の翼が、落下の勢いを殺すので精一杯だ。今にも崩れそうで、飛ぶ力は残ってない。

 体の中で何か蠢うごめくような、気味の悪い感覚が続いていた。体を焼かれたように熱い。気が狂いそうだ。おかげで意識が遠のくことはないが、気持ちが悪い。

 

「ホーッホホウ!」

 

 梟の鳴き声。それが聞こえた次の瞬間には、私は落ちていた。

 

「――っあああ! ……うっ!?」

 

 痛い。たたでさえ火傷のように熱かったのに、お腹のあたりが痛かった。痛みで叫んで、お腹の中のものを戻してしまった。

 殴られたにしては意味のわからない威力とスピードだ。

 

「ステラか!? なぜ壁から……っ、その怪我!」

 

 さっき私を逃がしたシモンがそこにいた。その姿を見るなり言葉を失っている。それほど酷い怪我なのだろう。

 

「ホーッホホウ! 正義ジャスティス戦士、梟参上」

 

 突き破ってきた穴から大きな男――顔だけ梟のおかしな奴が現れた。先程聞こえた鳴き声と同じ、こいつが殴ってきたのか。

 

「な……コイツにはかかわっちゃいけねえ! 闇刹那(やみせつな)!」

 

 その妙な風貌の男を見るなり、シモンが魔法を繰り出した。その魔法であたりが暗闇となり、気づくと私はシモンに背負われていた。

 

「お前、どういうつも――」

「ホホウ」

 

 突然のことにシモンに説明を求めようとした。だが、眼前に首を傾げた梟が現れた。咄嗟のことでシモンは避けられず頭を左手で掴まれた。

 

「正義の梟は闇をも見破る。――ジャスティスホーホホゥ!」

 

 梟の右腕から繰り出される強烈な拳がシモンの腹に直撃した。シモンは血を吐きながら吹き飛び、その衝撃は背中に背負われた私にも伝わった。

 

「こ、これほどとは。暗殺ギルド髑髏会……」

「なに、それ……」

「闇ギルドの一つだ。まともな仕事がなく、行き着いた先が暗殺に特化した最悪のギルド……こんなのが、あと二人もいるのか」

「っ……やるしかない」

 

 動くなと痛みで警告している体を無視して立ち上がった。それをみて、梟が構える。

 

「貴様の悪名は届いているぞ。極悪非道の滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)よ」

「やめろ、ステラ! こいつらとは戦うな!」

 

 シモンが恐ろしさを語り始める。三羽鴉(トリニティレイヴン)と呼ばれる三人組、カブリア戦争で西側の将校全員を殺した最悪の部隊。その一人が梟だと。

 

「ホホウ、悪を滅ぼしたのみよ」

「なおさら逃してくれそうにないけど」

 

 造形魔法を使うために構えた。どうせ逃げられないなら、戦うしかない。

 

「スノーメイク――」

「ミサイルホーホホゥ!」

「――がはっ!」

 

 梟が背負っていたロケットの火が付き、真っ直ぐに飛んできた。点火から一瞬だった。 

 

「弱った獲物を確実に仕留める。これぞ! ハンティング!」

「……っ、おえっ――」

 

 ふざけるな。そう吼えようとして、吐いた。立ち上がることもできない。

 壁によりかかりながら立ち上がる。勝利を確信しているからか、梟は仕掛けてこなかった。

 

「……燃えてきたぞ」

 

 ただの強がりだとしても、ここで諦めて倒れるわけにはいかない。私は、仲間を連れて帰るんだ。

 

「雪竜の――」

 

 こんな状態で、滅竜魔法なんか使ったらどうなるかわからない。でも、やらずに負けるくらいなら、最後まで足掻いてやる。

 

咆哮(ほうこう)!!」

 

 避けられた。当てるために広範囲に拡散させたが、梟はそれを予見していた。だが、それで良かった。今まで食らった攻撃は、ロケットを除けばパンチのみの近接。ロケットがない今、距離を稼いで攻撃を繰り返すのが最善だと、ステラは考えた。

 

「スノーメイク'(ウルフ)'!」

 

 自分は後ろに下がりつつ、ステラは造形魔法を繰り出した。しかし、出せた狼は一匹だけ、自分が思っている以上に、魔力不足だった。

 その狼も梟は簡単に左手で掴み、右手でパンチを繰り出して壊した。

 

「流石だ。その傷でそれだけ動けるとは恐れ入った。貴様は捕食(キャプチャー)してやる、ホーホホゥ!」

「なっ!?」

 

 そう言って梟はステラに飛び込んできた。その疾さは先程のロケット以上だった。一瞬で造形魔法のために構えていた腕を右手で掴まれて、持ち上げられた。

 

「雪竜の鋭爪(えいそう)!」

 

 梟の首めがけて、右脚で蹴った。

 

「ホホウ?」

「そ、そんな……」

 

 全く効いていない。違う。魔法がうまく使えず、ただの蹴りになっている。

 

「くそっ、このっ!!」

 

 何度も蹴った。蹴ってるこっちの足が痛くなるのに、梟の表情は全く変わらなかった。……脚を上げる力もなくなって、ぶら下がることになった。

 

「気は済んだか?」

 

 そう言って、梟は大きく口を開いた。先の見えない闇。大きく開かれた口はまさにそうとしか思えなかった。

 

「ステラ!」

 

 聞き覚えのある声に、私は姿も確認せずに叫んだ。

 

「グレイ! 逃げてっ!」

 

 パクリと大きな口を開けた梟に丸呑みにされ、ごくんと大きな音を立てて飲み込まれた。

 体を動かすこともできない。ただ、ヌメヌメとした気持ち悪い感触だけが残っていた。

 段々と息が苦しくなる。このまま捕食されて死ぬなんて嫌だ。それなのに、私は意識を保つことすらできなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 



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19話 半端者

「――ったく、この塔の中を探せって言われてもな」

 

 こういうときこそ、ナツがいれば匂いで探せるが、一人で突っ走るナツをグレイを含めた全員がいつものように見失ってしまった。

 ステラはシモンが逃したそうだが、アイツが塔から逃げるとはグレイは考えていなかった。ジェラールとやらがいる場所に一人で突っ込んでいる可能性のほうが高い。

 途中で大きな爆発があったが、武器庫でも暴発したのだろうか。立っていられないほどだったが、塔が崩れることはなかった。

 

「おーい! ステラー!」

 

 名前を呼び続けながら走り続けていると、ドゴン、と鈍い音が聞こえてにた。その音は断続的に聞こえて、誰か戦っているのだろうと理解して、その音が聞こえる方向に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目に入ったのは、ガタイのいい梟の頭をした男が、大きな口をあけて何かを飲み込もうとしていた。遠目で何かわからなかった。

 何だアイツ、そう思いながらグレイはその男に近づいた。

 その手に持っているものがわかった瞬間に、その名前を叫んだ。

 

「ステラ!」

 

 パクリと一口で、梟はステラを飲み込んだ。

 

「てめぇ! 何しやがるんだ!」

 

 すぐに造形魔法で攻撃をした。しかし、その梟の体に当たった氷の造形魔法が砕けた。

 

「なにっ!?」

 

 一瞬驚き、距離を取る。すると、近くにシモンが倒れていることに気づく。

 

「お前、エルザたちと一緒にいたんじゃねえのか!」

「……ショウのやつが、突然エルザをカードに閉じ込めてしまって、それを追っていたんだが」

「なんだと!?」

 

 考えていた最悪の事態に怒りを顕にするグレイ。もしもエルザのかつての仲間が裏切ってしまったとき、対処しようがなかったメンバーの分け方だったからだ。

 

「クソが! ステラを見つけたと思ったら、てめえら次々に問題を起こしやがって!」

「ホーホホゥ、貴様の悪名も我がギルドに届いている。私が裁いてやろう」

「まだ生きてんだろうな!」

 

 こんなやつさっさと片付けて、エルザの後を追わねえと、そう考えている矢先だった。突然、塔の至るところに口のようなものが現れた。

 

『オレはジェラール、この塔の支配者だ。互いの駒はそろった。そろそろ始めようじゃないか――楽園ゲームを』

 

 そして、ジェラールはゲームの説明を続ける。

 ジェラールはエルザを生け贄にゼレフ復活の儀式を行うのが目的。すなわち楽園への扉が開けばジェラールの勝ち。それを阻止できればエルザたちの勝ち。ルールとしてはそれだけの単純なもの。だが、それでは面白くないと続けた。ジェラールは三人の戦士を配置した。これを突破できなければジェラールの元にはたどり着けない、と。

 目の前にいる男が、そのうちの一人だろう。

 

『最後に一つ、特別ルールの説明をしておこう。評議員が衛星魔法陣(サテライトスクエア)でここを攻撃してくる可能性がある。一発目はあの竜の娘が防いだが、二度も奇跡は起こらんさ』

 

 付け加えられた特別ルールに塔に居た全員に動揺が走る。そして、自分まで死ぬかもしれない中でゲームを行うジェラールの正気を疑った。

 そして、グレイは全てを聞き終わる前に攻撃を再開した。

 

『残り時間は不明だ。しかし、次のエーテリオンが落ちるとき、それは全員の死。勝者ないゲームオーバーを意味する。さあ、楽しもう!』

「ふざけるなよ、てめぇら!」

 

 大きなハンマーを造形して振り下ろす。それを梟は容易に受け止めて、ガリガリと食べ始めた。

 

「ホーホホウ! 貴様も見ていただろう! 滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)を食らった今、貴様の攻撃など効かぬのだ!」

 

 さっきの爆発は、ステラがエーテリオンを止めたときのものだったのだ。あの傷はそういうことだ。そんな状態で戦うなんて、本当に馬鹿野郎だ。

 しかも、エルザの仲間が裏切った。カードに閉じ込められたエルザが、そのままジェラールのもとに連れて行かれれば、なすすべがない。グレイの頭には相当血が登っていた。

 

「雪竜の鉄拳!」

「ぐあっ!」

 

 いくら攻撃しても無駄なのに、梟の攻撃一発を食らっただけで簡単にふっ飛ばされた。造形魔法も効かない以上、逃げて他の者を呼んだほうがいいのかと考えた。いや、そんな時間はない。エーテリオンがもう一度落ちてくる前にエルザとステラを連れて逃げないといけない。何より、あの傷のステラが長い時間持つとは思えない。

 

「アイスメイク・槍騎兵(ランス)!」

「ホホゥ! 効かぬと言ったはずだ!」

 

 手で掴み取り、バキバキと音をたてながら食べられた。……他の部分に当たったものは最初と同じように砕けて消えた。

 

「雪竜の咆哮!」

「アイスメイク・(シールド)!」

 

 魔法の相性は悪くないはずだった。しかし、少しずつグレイの作った造形魔法にヒビが入り始めた。

 

「無駄だ! 貴様もこいつの仲間なら、威力は知っているはずだ! ホーホホ……ホホロロロォォォ!?」

「なっ!? なんだ突然!」

 

 梟の口から魔法が止まって苦しみだした。喉に何か詰まらせたような、吐き出しそうな――

 

「今だ、グレイ!」

 

 その様子をみて、シモンが叫んだ。わかってるよ! とグレイもすぐに答えた。

 

氷刃七連舞(ひょうじんしちれんぶ)!」

「オロロロロ――ホーホホ……」

 

 オエッとステラが吐き出された。急いでグレイが駆け寄って抱える。体中傷だらけで……幽鬼の支配者(ファントムロード)のガジルにやられたときよりも酷かった。

 

「おい! しっかりしろ!」

 

 うっ……。と一瞬だけ反応があった。意識があって良かったと安堵した、その時だった。

 

「――熱い……痛い、あ……あああ!」

「うおっ!?」

 

 ステラに突き飛ばされた。しかも、相当な力だった。あの傷でこんなに動けるのかとシモンが驚いていると、突き飛ばしたステラがわなわなと震えていた。

 ぶつぶつと何か呟いて震えていて、何かに怯えているように見えた。

 

「あの梟の野郎はオレが倒した。ナツも無事だ、もう大丈夫――」

「ああああーー!!」

「ステラ!」

 

 落ち着かせようと話をしている途中で、嫌な感覚に襲われた。あのときと、同じ――ララバイを壊したときと、幽鬼の支配者(ファントム)のマスタージョゼと戦ったときの妙な魔力と同じだった。

 

 少しずつ、その身体に変化が起きていた。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 いつの間にか、自分と同じ姿をした人が立っていた。きっと、心の中に意識が飛ばされたんだとステラは考えた。

 

「……なに、今更」

 

 ステラの姿に気づいて、もう一人のステラが不機嫌な顔をする。ボロボロな私を見て笑うのかと思っていた。

 

「笑わないんだ」

「もう少し利口に立ち回ったら? 無理して私に頼る羽目になってるんだから」

 

 そう言って、笑われた。私自身に笑われたのは気に食わない。

 

「だったらどうして今なんだ」

 

 そう、いくらでも機会はあったはずだ。それこそ、ヴェアラが殺されたあの日だって。

 

「いつまでも子供(ガキ)でいる貴方(ステラ)に嫌気が差したから。少しは成長するかと思えば、最近は昔より怪我して、我儘で、馬鹿みたい」

 

 大きく(ステラ)がため息をつく。

 

「……何が言いたいかわかる?」

 

 自分に睨まれるなんて気分が悪くなる。

 

「大人になりなよ、少しくらい」

 

 自分の同じ姿で、同じ年齢のはずの子供に、そんなことを呆れ顔で言われた。

 

「まあ、少しくらい可愛げがあるほうがいいじゃないか。実際幼いんだから」

 

 どこかで聞いたような声が聴こえて、振り向くとウルが立っていた。頭をかいて、呆れるようにこっちを見ていた。

 

「あなたは呼んでないんだけど」

「あー……あのときはごめん。事情を知らなかったから……」

 

 申し訳なさそうに、ウルがもう一人の私に謝っていた。

 そういえば、竜である(ステラ)を封印したのはウルだった記憶がある。それを私がすぐに解いてしまったから意味がなかったのかもしれないけど。

 

「どうしているの? とっくに消えたと思ってたけど」

「デリオラでの一件で縁ができたということで納得してくれる?」

「はぁ……誤解が解けただけで結構です」

 

 いつ二人が和解したのか謎だ。とりあえず、私の中で私が知らない間に色々とありすぎだ。

 

「あとは仲間に任せるんだ。君はもう限界だ」

「こんなの、ジョゼと戦ったときに比べたら……」

「そのときの傷も癒えてないのに、エーテリオンを止めるために無理して……言っとくが、そのせいで魔力回路が暴走しかけてる。

エーテルナノの過剰摂取……あー、簡単にいえば食べ過ぎだ」

「……あの弟子にして、この師匠ありね」

 

 エーテルナノがなんのことか疑問に思ったら、食べ過ぎという何とも柔らかすぎる表現に変えたウルを、どこか呆れたように(ステラ)が鼻で笑った。

 

「死にたくないなら戦うな」

 

 笑われたのが恥ずかしかったのか、要点で言いたいことだけしっかり言い直してきた。

 そうか、私は倒れたのか。ここに意識が飛んだのはそういうことか。

 

「なんにしても、こっちの魔力まで使ってくれちゃって……あーあ、力なんて貸すんじゃなかった」

 

 そのあと、ぶつぶつともう一人の(ステラ)は文句を言い続けていた。なんでも、前にアリアに無理矢理魔力を空にされたときと、ジョゼと戦ったときに使っていたのは竜である方の(ステラ)の魔力だった。それの使い方を無意識に覚えたせいで、エーテリオン破壊の際に無理矢理使っていたらしい。

 

 ……それにしても、何とも不思議だ。自分が二人いる時点でおかしいのに、そこにグレイの師匠であるウルがいるなんて、わけがわからない。

 

「なんにしても、それ以上戦うというなら()が戦う。それでもいいの?」

「……仲間を守れるなら、それでいい」

「呆れた。本当に死ぬよ?」

 

 冷淡に告げた()を見ながら、ウルがニヤニヤと笑っていた。

 

「……素直じゃないなぁ」

「うるさい」

 

 さっさと帰れと、ウルに向けて手を振る()

 

「また縁があれば」

「二度と来るな」

 

 ウルを追い返した()は酷く不機嫌だった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 翼と尻尾の生えた竜のなりそこないが、そこに立っていた。

 

 気づいたときには倒れたまま唖然とするシモンと、どこか怯えているようにも見えるグレイが横にいた。

 体の傷は治らなかった。そこまで魔力も残っていないせいだ。ジョゼとの戦いのときほど、長くは持たないだろう。

 

「助けてくれて、ありがと」

 

 何かを言おうとしたグレイだったが、結局何も言わずに俯いてしまった。

 今の私は意地悪だ。ぴょんと飛んで近づいて、グレイの頬にキスをした。何をされたのか理解してから、グレイの頬が赤く染まった。

 

「助けてくれたお礼。じゃあ、行ってくる」

 

 そのまま翼を広げて空へ飛ぶ。からかうようなことをしたけど、言葉よりもよっぽど伝わるはずだ。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

「あれが滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)の成れの果て……か」

 

 一人になった塔の頂上でジェラールは腰をかけて塔の中を観察。その中でも、ステラに対して興味を示していた。

 

「梟は脱落、ヴィダルダスには水女と星霊使い、斑鳩(いかるが)にはショウとエルザか。面白くなってきた。そして――」

 

 部屋の窓の方へと視線を向けると、ナツが窓から入ってきた。

 

「お前がジェラールか?」

「だとしたら、どうする?」

妖精の尻尾(フェアリーテイル)に喧嘩を売ったことを後悔させてやるよ!」

 

 啖呵をきったナツをみて、ジェラールは心の底から笑っていた。

 

「来い、ナツ・ドラグニル。滅竜魔導士の力、比べてやる」

 

 

 

――

 

 

 

「く……」

「……どうされました? ジークレイン様」

 

 ニ発目のエーテリオン発射の時間が迫っていた。突然、ジークレインがお腹のあたりを抑えて少し苦しそうにしていた。

 その様子を見て、ウルティアがジークレインの顔を怪訝そうに覗き込んだ。

 

「どうやら、思ったよりも苦戦しているらしい」

「!……先程の傷が」

「ああ。それに、ナツもなかなかやる」

 

 そんな。とウルティアが言葉を漏らす。ちょうど一発目のエーテリオンが投下される直前、ステラによってジェラールが傷を負わされた。そのことを知っているウルティアは顔を歪ませる。

 

「……戻ったほうがよろしいのでは?」

「ああ。すまないが、後処理は任せたぞ」

 

 そう言ってジークレインは姿を消した。

 

「……さようなら、ジークレイン様」

 

 ウルティアはどこか不気味な笑みを浮かべながら、別れの言葉を告げた。

 

 

――

 

 

 

「火竜の鉄拳!」

「ぐはっ!」

 

 ナツの拳がジェラールの腹に打ち込まれる。ジェラールはうめき声を上げながら吹き飛ばされるが、体勢を立て直して着地し、その腕から、黒い魔力の影をナツに伸ばす。

 

「こんなもの!」

 

 それをナツは全身から炎を出して焼き払う。そして、大きく息を吸った。

 

「火竜の咆哮!」

 

 ナツの口から炎が放たれる。しかし、ジェラールはかろうじてかわして距離をとり、少し笑って口を開いた。

 

「なるほど、流石は滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)。なかなかだな」

「はっ、何がなかなかだ。手も足も出てねえじゃねえか」

 

 ナツは無傷だった。それに比べてジェラールは大小多くの傷を負っていた。口先だけだと馬鹿にされるような状況で、ジェラールはまだ余裕の表情だった。

 

「確かに強力だが、あいつもお前も驚異になるほどじゃない」

「……ステラと戦ったのか」

「ああ、逃げられたがな」

「今、どこいる」

「逃げた。と言っただろう?」

 

 ジェラールの言葉にナツは眉をつり上げ、見るからに怒りをあらわにした。アイツがお前なんかから逃げるわけねえと。

 

「ち――思ったよりも早いな」

 

 噂をすれば何とやら。先程ナツが入ってきた窓と同じ位置に一つの影ができていた。

 

「な――」

 

 その人物の姿を見て、ナツは言葉を失った。自分の知らない、翼や尻尾の生えたステラがそこに立っていた。

 なんでそんな顔をしてるんだろう。と首を傾げたステラは、そういえば。と思い出して口を開いた。

 

「大丈夫だよ、ナツ」

 

 それは怪我のことか、それとも異様な容姿のことか。しかし、ジェラールに対して構えたステラを見て、ナツも安心する。

 

「全く、二人同時に相手をする気はなかったんだがな」

 

 すると突然、横からジェラールと全く同じ声が聞こえてきた。振り向くと、姿と顔が瓜二つの男が立っていた。

 

「なんだ、てめえ」

「オレはジークレイン。評議員の一人だ」

「……やっぱり、繋がってたんだ」

「まあな。一度目は阻止されたが二度も奇跡は起きん」

「阻止? 奇跡? なんのことだよ」

 

 会話の意図が理解できないナツはステラに疑問をぶつけた。しかし、すぐにわかる。とだけ返された。

 ジークレインとジェラールは同じように薄く笑った。そして、ジークレインがジェラールに歩み寄り、横に並んだ瞬間、歪んだ。

 

「さて、今のお前たちを相手にするには、オレも本気になる必要はありそうだ」

 

 そういうと、ジークレインはジェラールと重なり消えた。

 

「さて、ここからが本番だ」

「くるよ、ナツ!」

 

 すると、ジェラールは全身に魔力をみなぎらせた。先程までとは比べものにならない魔力で、ステラが舌打ちした。

 

「火竜の鉄拳!」

 

 ナツはジェラールに飛び込み、いつものように炎を纏った拳をたたき込んだ。しかし、それは簡単に止められた。しかも腕だけで。ジェラールの顔色は全く変わっていなかった。

 

「雪竜の翼撃!」

「火竜の鉤爪!」

 

 間を置かずにステラも攻撃を繰り出す。ナツの攻撃も続いていた。殴りかかった勢いのまま、体を回転させてジェラールの顔をめがけて蹴りを入れる。ジェラールは思わずのけぞり、そこをさらにステラの追撃が入った。腹や顔、至るところを二人で殴っていた。

 

「火竜の――」

「雪竜の――」

 

 

 

 

 

「「咆哮!!」」

 

 

 大きな爆発が起きて、塔の壁の一部が吹き飛んだ。煙が立ち込める中、またステラが舌打ちした。

 

「――それで終わりか?」

 

 煙を振り払い何事もなかったかのようにたたずむジェラール。二人の攻撃はうまく入っていたと思っていた。しかし、ジェラールにダメージは見られない。

 

「お返しに、貴様らに天体魔法を見せてやろう――流星(ミーティア)

 

 ジェラールの体を光が包み込んだ瞬間、ナツの背に回り込んで、肘を入れてステラの方へ弾き飛ばした。ステラはなんとかナツをかわして構えるが、もう遅い。ステラの横に回り込んだジェラールは膝蹴りを叩き込んだ。何発も拳を叩き込んで、起き上がろうとしたナツに向かってステラを蹴り飛ばした。そのまま二人は地面に叩きつけられることになった。

 

「くそっ!」

 

 すぐに立ち上がろうとしたステラだったが、足がふらついて膝をついてしまった。

 

「とどめだ。お前らに本当の破壊魔法を見せてやろう」

「ナツ! 伏せて!」

 

 そう告げると、ジェラールは天井高くまで飛び上がった。その魔力に悪寒が走ったステラはナツの上にかぶさり、造形魔法で自分たちを覆いかぶさるように壁を作った。

 

「七つの星に裁かれよ――七星剣(グランシャリオ)

 

 天井を突き破って、七つの光が降り注いだ。その光は圧倒的な破壊をもたらして、意図も簡単にステラの作った壁を壊し、二人は崩落した床とともに下の階へと落ちていった。

 ジェラールは大きく穴の空いた床の縁から、下の様子を伺った。

 

「驚いたな、隕石にも匹敵する威力なんだが、体が残るとは……流石は滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)か」

 

 ナツはほぼ無傷のように見えたが、ナツを庇ったステラの翼はもげて、体もボロボロになっていた。……二人とも意識を失っていた。

 

「これでおしまいだ」

 

 そう言って突き出した右腕に魔力を込める。亡霊のような魔力を繰り出そうとした瞬間――

 

「ジェラール!」

 

 声のした方向に顔を向ければ想像していた通りの人物がそこにいた。

 

「久しぶりだな、エルザ。遅かったじゃないか」

「ジェラール、貴様の本当の目的は何だ」

「ゼレフ復活だ。それ以外のなんでもない」

「私も八年間、何もしてこなかったわけじゃない。Rシステムについて調べていた」

 

 あるときエルザはRシステムに関する記述を見つけた。それが本当なら、Rシステムの発動は不可能に近い。

 

「魔力が、圧倒的に足りない。Rシステムには二十七億イデアという魔力が必要になる。これは大陸中の魔導士を集めてもやっと足りるかどうかという程の魔力。」

「だから、何だ」

「貴様は、何を考えているんだ!」

「今にわかるさ、エルザ」

 

  不気味な笑みを浮かべながらジェラールがそう告げる。すると、塔のはるか上空に莫大な魔力が現れた。

 まさに今、エーテリオンが投下されようとしていた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「聖なる光に祈りを」

 

「祈りを」

 

 

 魔法評議院ではエーテリオン投下前にその言葉が響き渡った。そして、開放されたエーテリオンは衛星魔法陣(サテライトスクエア)を通して楽園の塔に落とされた。

 

「あの塔にはいったい何人の人がいたのか……」

「ゼレフ復活を阻止するための、仕方のない犠牲じゃ」

「我々がどんな言葉を並べても、犠牲者の家族の心は癒やされんよ」

 

 エーテリオン投下を議決した評議員たちは、そんな言葉を交わしていた。その周りの職員は、慌ただしくエーテリオンが投下された塔がどうなったのか確認を取っていた。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 一人の職員が映し出された映像を見て、驚愕した。そして、その事実をデータとともに報告した。

 

「楽園の塔に二十七億イデアの魔力が蓄積されています!」

「そんな魔力、一ヶ所に留めておいたら暴発する危険性があるぞ!」

「どうなっているんだこれは!」

「ジーク! どういうことだ!」

 

 魔法評議院は騒然としていた。想像していなかった結果にその場にいた者が全員困惑する。そして、エーテリオン投下を提案したジークレインを問い詰めようとするが、既にその姿はなかった。そして、さらに混乱に陥れる事態が起こる。

 

「建物が急速に老朽化している!? まさか、失われた魔法(ロストマジック)"時のアーク"か!」

 

 建物の至る所がひび割れて、床も、柱も、天井も全て割れて崩れだした。我先にと大勢が逃げ出す中、評議員の一人であるヤジマは目を疑った。

 

「ウルティア」

 

 何もかもが崩れ落ちる中、平然と立ち続ける女を見つけて、名前を口にした。ウルティアはヤジマ老師の言葉に気づいて顔を向け――そして、彼女は笑った。

 

「……全てはジーク様、いいえ、ジェラール様のため。あの方の理想(ユメ)は今ここに叶えられるのです」



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20話 終焉

「うっ……」

 

 気がつくと、見覚えのない水晶に囲まれていた。起き上がろうと体に力を入れるが、思ったように動かず、バランスを崩して倒れてしまった。……気を失ってたほうが良かったと思うくらい、痛くてしかたなかった。

 

「もう、限界か……」

 

 水晶の壁に手をつきながら、何とか立ち上がると、翼が少しずつ砕けて砂になっていることに気づいた。見れば、尻尾もなくなっていた。

 周りを見渡すが、ナツの姿がなかった。一瞬不安になったが、上で爆発音が聞こえてまだ戦っているのだと理解した。

 上を見上げると、水晶に穴が空いていてそこからエルザも一緒に戦っているのが見えた。

 

「……これ、魔水晶(ラクリマ)かな」

 

 触れている水晶から、物凄い魔力を感じた。エーテリオンに似ているような気がして、ようやく理解した。

 この魔水晶(ラクリマ)が、エーテリオンを吸収したのだと。何のためにこれだけの魔力が必要なのかわからないが、それがジェラールの狙いだったのだ。

 何かが塔を登ってくる気配がして、壁によりかかりながら、気配のする方向を見た。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 敵ではないことに安心する。逆にシモンは、私の姿を見て驚いていた。水晶に映る自分は、今にも事切れそうな顔をしていたのだし。

 

「――とりあえず、ここを離れるぞ」

 

 シモンの提案に、小さく頷いた。ここにいたら、エルザとナツに迷惑になる。

 シモンに背負われて、すぐにその場をあとにした。

 

「あいつらなら、大丈夫さ」

「――わかってる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、塔を降りている途中で、また大きな爆発があった。その音と揺れで、シモンが足を止めてエルザたちがいるであろう方向を見上げていた。

 

「……いいよ、ここで」

 

 その様子を見て、シモンにそう告げた。驚いたシモンだったが、いいのか。と一言聞いてきた。

 

「……すまない」

 

 悔しさに顔を歪ませたシモンを見て、私だってそうするさ。と呟いた。

 シモンはゆっくりと私をおろすと、振り向かずに塔の上へ戻っていった。その姿を見届けてから、目を瞑る。

 もう、立ち上がることは愚か、目を開けているのも辛い。このままだと死んじゃうだろう。

 あれだけの怪我をした体を魔力で無理矢理に動かしていた。魔力が切れた今、指の一本ですら動かせない。

 そんなとき、ぎゅるぎゅると音を立ててお腹がなった。……こんなときでもお腹は空くのかと恥ずかしくなった。誰にも聴かれなくて良かったと安心する自分が馬鹿らしくて、心の中で失笑する。

 

 ――これで終い?

 

 今もナツたちが戦っているであろう方向を眺めていると()の声が聴こえた。

 

「だって、魔力も残ってない。これでいいんだ」

 

 本当はみんなを連れて帰りたい。しかし、あの場に私がいて、何になる。みんなに迷惑になるだけじゃないか。自分自身に言い聞かせるように、そう呟いた。

 

 ――幽鬼の支配者(ファント厶)のマスターと戦ったお前は、最後まで諦めなかった。そんなお前はどこにいったのさ。

 

 なんで、説教されなきゃいけないんだ。

 

「うるさい……」

 

 ――魔力がないくらいで……だったら食えばいい。

 

 突拍子のないことを言われた。それができるならそうしてる。ここに雪やそれに似た属性の魔法なんて、無いじゃないか。

 そんなことを思っていると身体が勝手に動き出した。そして、あるものを指差した。

 

「……魔水晶(ラクリマ)?」

 

 ――エーテリオン……これだけの魔力なら、充分足りるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

「ついにこの時が来た! 二十七億イデアもの魔力を吸収することに成功し、ここにRシステムは完成したのだァ!」

 

 塔の中にジェラールの笑い声が響き渡る。エーテリオンを吸収し、塔は真の姿を現した。魔水晶(ラクリマ)が日の暮れた中で輝きを放っていた。

 

「やはり、貴様はジークレインとも結託していたのだな」

「……ああ、そうか。お前には見せていなかったな。ジークレインはオレの思念体だ。オレたちは元々、一人の人間さ」

「なにッ!? ならば、エーテリオンを落としたのも自分自身だというのか!」

「仮初めの自由は楽しかったか、エルザ。全てはゼレフを復活させるためのシナリオだ」

「貴様は一体、どれだけのものを欺いて生きているんだ!」

 

 エルザの怒声が響く。ショウたちを騙し、評議員を騙し、全てを騙したジェラールを許せなかった。それを見てジェラールは来い。と、挑発した。エルザは両手に剣を構えて、踏み込んだ。

 

「あとは貴様を生贄にゼレフを復活させるだけだ!」

「させると思うか!」

 

 エルザは怒りに任せて剣撃を繰り出し続ける。ジェラールはそれを避けて受け流しながら叫んだ。

 

「オレの勝ちだエルザ! ゼレフと共に真の自由国家をつくるのだ!」

 

 光がエルザを包んで拘束した。ジェラールはそのままエルザを包む光を爆発させようとする。すんでのところで、エルザが光の魔力を切り裂いた。勢いを崩さず、ジェラールに踏み込んで一閃を入れた。

 

「貴様はそのために、どれだけの自由を奪うつもりだ!」

「チェックメイトだ」

 

 だが、ジェラールは臆さずに追撃を入れた。エルザの両腕を魔法を使って拘束した。

 

「ゼレフ! 今ここに、この女の肉体を捧げる!」

「させねえよ!」

 

 ゼレフの儀式を行おうとしたジェラールを床を突き破ってナツを止める。そのまま連撃を繰り返して蹴り飛ばした。

 

「エルザ! 大丈夫か!」

「ナツ……逃げていなかったのか」

 

 エルザを拘束していた魔法をナツが焼き払う。立ち上がったジェラールの顔が怒りで歪む。

 

「ちっ……まだ動けたのか」

「しぶとさには自信があるんだ、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士はな!」

 

 流星(ミーティア)を発動したジェラールがナツを天井近くに打ち上げて、そのまま何度も攻撃を繰り返す。先程のエルザ以上の連撃に、ナツは手も足も出せなかった。

 

「貴様の相手はこの私だ!」

 

 それを見かねたエルザが斬りかかる。しかし、簡単に避けたジェラールはエルザを地面に叩きつける。

 

「火竜の咆哮!」

「もう貴様と遊んでいる時間もない!」

 

 降りかかる炎を振り払い、ジェラールはナツも地面に叩きつけた。しかし、すぐにナツは立ち上がる。

 

「まだまだァ!」

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「あ……が……」

 

 焼かれるように熱い、切り裂かれるように痛い、刺すように冷たい。わけのわからない痛みが体を巡っていた。

 砕けた欠片の魔水晶(ラクリマ)を食らってから、ずっと続いていた。

 

 ――自分で提案したけど、後悔してるよ。

 

 心の中の私も苦しそうに、悪態をついていた。

 滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)は自分と同じ属性の魔力を取り込んで自身の魔力を高める。エーテリオンを取り込んだ魔水晶(ラクリマ)は強大な魔力を持つ。しかし、エーテリオンには様々な属性の魔法が融合されている。

 そんなものを食らえばどうなるか。炎が焼き、風が切り裂き、氷が突き刺し――体の中から壊されるような感覚。

 

「―――――!!」

 

 喉が裂けるくらいに叫んだ。こんなの、耐えられずに死ぬのが先だ。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「どうしたァ! さっきまでの勢いがねえじゃんか! 塔が壊れたらマズイってか!」

「貴様、何を!」

「残念! 壊すのは得意なんだ!」

 

 実際に先程と違ってナツはジェラールと互角に渡り合えていた。

 ジェラールは塔が壊れることを恐れ、エルザを生贄にするために手加減をしていた。そのせいで、苛立っていた。それに気づいたナツがわざと塔を壊した。

 

「貴様ァ……オレが八年かけて気づきあげてきたものを……よくも!!」

 

 ジェラールが腕を交差して掲げる。すると、強大な魔力によってエルザとナツが吹き飛ばされ……影が光源と逆に伸びていた。

 それに気づいたエルザが、ジェラールの前に立ちふさがった。

 

「貴様に私が殺せるか! ゼレフ復活のために私の肉体が必要なのだろう!」

「――ああ、おおよその条件は聖十大魔道士に匹敵するほどの肉体だ。しかし、貴様でなくとも良い、あのステラとかいう娘でもな」

「なんだと、貴様!」

「二人揃って無限の闇に朽ち果てろ! 暗黒の楽園(アルテアリス)!!」

 

 

 

 

 一瞬、塔の中の光が消えて暗黒に包まれた。そして、いるはずのない男が、そこにいた。

 ジェラールの魔法は、エルザたちには当たらなかった。その男が、エルザたちを庇ったのだ。

 

「そんな……」

 

 その姿を見て、呟くエルザの声が震えていた。どうして、ここにいる。どうして逃げなかったのだ。

 

「――シモン!」

 

 エルザが駆け寄って倒れるシモンを抱えた。……既にシモンの意識は朦朧としていた。

 

「良かっ……た、無事で……」

「よせ、喋るな!」

 

 ……朦朧とする意識の中の、シモンはエルザの無事を確認してほっとしていた。そして、幼い頃の笑顔を浮かべるエルザを思い出して姿を重ねていた。まるで走馬灯、シモンの命はもう長くなかった。

 

「エルザ――」

 

 何かを言おうとして……二度と言葉を発することはなかった。

 

「いやァァァ!!!!」

 

 エルザの叫び声が響く、涙を流し。しかし、どんなに願っても、後悔しても遅かった。シモンは二度と目を覚ますことはない。

 

「クハハハハ!! くだらんよ! 実にくだらん! 対局は変わらん、どの道誰も生きてこの塔からは――」

「黙れぇぇぇ!!」

 

 シモンの死を笑い、その行動を無下にするジェラールをナツが殴り飛ばした。

 先程とは比べ物にならない力。それは、殴られたジェラールだけ理解した。

 

 ――こいつ、エーテリオンを食いやがったのか!

 

「ごはぁ!?」

 

 しかし、ナツが食った魔水晶に含まれるエーテリオンは炎以外の魔力も融合されている。首を抑えて、苦しみだした。

 それを見たジェラールは笑みを浮かべた。

 

 ――バカが、強力な魔力を炎の代わりに食えば、パワーアップするとでも思ったか。その短絡的な考えが、自滅をもたらした!

 

 苦しむナツに、ゆっくりとジェラールが近づき右腕に亡霊のような黒い魔力を纏った。

 

「じゃあな、(ドラゴン)の魔道士!」

 

 振り下ろされようとした腕が弾かれた。魔法はナツに当たることなく、床を破壊した。

 弾いた少女の姿を確認して、ジェラールは吠えた。

 

「――貴様ッ!?」

「雪竜の咆哮!」

 

 不意をついた攻撃によって、ジェラールは塔の外にまでふっ飛ばされた。ジェラールがいた場所に、白い少女――ステラがそこに立っていた。

 苦しんでいたナツから膨大な魔力が溢れる。肌には鱗のようなものが浮き上がっていた。エーテリオンを取り込んで、ナツは滅竜魔法の最終形態、ドラゴンフォースを発動させていた。

 ステラはそこまで到達できなかった。魔力を回復して、体を動けるようにするのが精一杯だった。

 

「すげえ、力が湧いてくる」

 

 自分よりも早くエーテリオンを取り込んで、しかもパワーアップまでしたナツを見て、ステラは微笑んでいた。

 今のナツとなら、ジェラールにだって余裕で勝てるとステラは確信した。

 

「ジェラァァァル!!」

 

 ナツの雄叫びと同時、造形魔法で翼をつくったステラがナツを抱えてめがけて跳ぶ。ジェラールに接近し、勢いそのままナツが殴りつけた。そして、ステラが追撃して床に叩きつける。

 

「ぐはっ――!」

 

 ジェラールは二人の速さに対応できず、受け身もできずに床へと落ちた。

 これ以上の追撃から逃れるために、ジェラールは流星(ミーティア)で一気に天高く飛び上がる。

 

「この速度にはついてこれまい!」

「残念――」

 

 しかし、その先にステラが飛んでいた。驚いている隙をついて、ナツの方向へジェラールを叩き落とした。

 ナツは地面を蹴り飛び上がる。そのまま足からの炎を噴射させて跳躍。ナツの拳は光纏うジェラールの体に突きささった。そして、そのまま塔を突き破り、星と月が浮かぶ闇夜に打ち上げられた。

 

「バカな――! オレは、負けられない!」

 

 ジェラールは吠えた。そして、そのまま魔法陣を空中に描き始めた。

 

「自由の国を、造るのだ! 痛みと恐怖の中でゼレフはオレに囁いた! 真の自由が欲しいかと! オレは選ばれしものだ! 真の自由国家を作るのだァァァ!!!」

 

 空中に煉獄破砕(アビスブレイク)の魔法陣を描き終えて、ジェラールの口元が釣り上がる。

 

「今度は八年――いや、五年で完成させてみせる。ゼレフ、待っていろ」

 

 塔ごと全てを消し去ろうとしたジェラールだったが、ステラに刺された傷の痛みに気を取られて、魔法陣が消え去ってしまった。

 

「亡霊に縛られてるやつに自由なんてねえ!」

 

 二匹の竜が、ジェラール目掛けて空へと舞い上がる。

 

雪炎竜撃拳(せつえんりゅうげきけん)!!!」

 

 合体魔法(ユニゾンレイド)、雪と炎、本来合わさることのない属性の――二匹の竜の力が合わさった魔法が、ジェラールに炸裂した。殴られたジェラールは、空から落ち、塔を突き破って地面に叩きつけられた。

 燃え上がる雪が、空を明るく照らしていた。

 

 

 

 魔力を使い果たしたナツを抱えて、ゆっくりとステラがエルザの元へ降りた。すると、ナツはそのまま気を失ってしまった。

 ステラまで塔に残っていたことに、エルザは驚いて声をかけた。

 

「ステラまで……どうして」

「……だって、仲間だから」

 

 ようやく戦いが終わり、落ち着いたと思った――突然魔水晶(ラクリマ)が歪んで崩れ、立ち続けるのが難しくなった。至るところから魔力が溢れ出し、光となり天へと消える。

 エーテリオンが暴走を始めていた。

 

「まずい、早く脱出せねば」

 

 エルザの言葉にステラが頷いて、ナツをエルザが背負って移動を開始した。しかし、すぐに足を止めて振り返った。

 

「……シモン」

 

 ステラは、それに気づいて、助けようと倒れているシモンに近付こうとした。しかし、エルザはステラの肩を掴み、止めた。

 いいんだ。そう言葉にしなくてもエルザの思いは伝わっていた。ステラも既にシモンは亡くなっているのだと理解した。

 予想よりも塔の崩壊が早く始まった。床は傾き、逃げ出すために歩くことも不可能に近かった。

 

「エルザ、ごめん」

 

 ステラが小さく呟いて、エルザを殴った。不意打ちをくらい、エルザは気を失ってしまった。それを確認すると大きな鳥の造形魔法をつくりだして、二人をのせる。

 

「お願いね」

 

 翼を広げて、白い鳥は塔の外へと飛び去った。ステラは魔水晶(ラクリマ)を砕き、食えるだけ食って、魔力を無理矢理上げ始めた。そして、その魔力で造形魔法を――魔水晶(ラクリマ)を覆い隠して、爆発を閉じ込めようとした。

 塔から逃げ出せたとして、これだけの魔力が暴発したら巻き込まれて助からない。だから、エーテリオンの魔力を食らって変換しようと彼女は考えた。

 

「……っぐ」

 

 食べる度にダメージは蓄積する。とうに限界を超えていたステラの体が持つ可能性はなかった。

 食らい続けたエーテルナノによって侵され、蝕まれていく。体がひび割れていき、そのまま砕けてしまいそうな妙な感覚に耐えながら、ステラはラクリマを食らう。

 

「がはっ――」

 

 無理だ。そもそも大陸中の魔導士の魔力に匹敵する魔法を喰らい尽くすことができるはずもない。

 エーテリオンを取り込む力もなく、エーテルナノに侵食された体は動いてくれなかった。

 

「残念だが、それじゃあ間に合わない」

 

 不意に声が聞こえて体が持ち上がった。その男の声を聞いて、ステラは震えていた。

 なんで立ち上がれるんだと恐怖する。二人の滅竜魔法を食らって、なぜ立っている。

 

「ジェラール……」

「言いたいことは色々とあるだろうが、今は時間がない。このままお前を塔の外に投げ落とす」

「――え?」

 

 そう言って、ジェラールはステラを投げ飛ばした。

 

「オレは罪を償う、たとえ赦されなくても、オレは――救われたよ」

 

 そう呟いたジェラールの目は、澄んでいて輝いていた。だが、表情は暗い。わけがわからないステラは、塔から落下する最中も理由(ワケ)を考えていた。

 

 

 

 

/

 

 

 

 ――ゼレフの亡霊。あいつも、被害者だったのさ。

 

 落ちる私をよそに、()はそんなことを呟いた。その声が悲しそうだったのは、亡霊に取り憑かれ何もかも裏切り失った男を哀れんだからだろう。

 楽園の塔眩い光を放ちながら弾けた。全てを破壊する魔法は、暴発することなく渦を巻いて――青白い光を放って空へ昇っていた。

 私が海に落下する頃には、塔は跡形もなく消え去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……さよなら、ジェラール」

 

 なぜか呟いていた。それは、敵意や恨みなんて込めていない言葉だ。彼が悪い奴じゃない。それに気づいたときには、既に何もかも遅すぎた。

 輝く星に手を伸ばす。その手はひび割れていて――結局、星は掴めないと諦めて下ろした。月は私たちを嘲笑うかのように、赤い光を放っていた。

 

 

 



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―BOF―
21話 伝えたいこと


 体が軽い気がした。いや、軽いどころか何もない。

 エーテルナノに侵食されて、傷だらけだったはずの体が綺麗に戻っていた。

 

「……どこ、ここ」

 

 雨が降っているのに、それが体をすり抜けて濡れることもない。自分の内心でもない、この世界はいったい。

 しばらく歩いていると、雨の中で座り込むナツを見つけた。近づいて声をかけても無視された。

 

「ちょっと、ナツ。いくらなんでも――」

 

 その瞬間、急にナツが立ち上がった。驚いた私は、転んで尻もちをついた。

 そんな私に見向きもせず、ナツはどこかへ走り去ってしまった。

 

「……なんなのさ」

 

 無視されたショックで呆然としていた。……雨が一層強くなる。

 それなのに私の体は濡れていない。凄く嫌な予感がした。

 ナツが走り去った方向が騒がしいことに気づいて様子を見に行った。

 

 ナツが石碑の前で暴れていた。よく見れば、そこだけ新しく、花束が置いてあった。

 

「ふざけるな! あいつが、ステラが死ぬわけねえだろ!!」

 

「――え?」

 

 ナツは花束を蹴り飛ばして騒いでいる。それを止めようとグレイやエルザ……次々とギルドのメンバーが止めに入った。

 

「うそ……だ」

 

 そんな横を通り過ぎて、私は石碑――墓に書いてある文字を読んだ。

 

『ステラ・ヴェルディアここに眠る』

 

 何度読んでも、何回見ても、その文字は変わらなかった。

 うそだ。たちの悪い夢だ。だって、私は――

 

「ここに……いる」

 

 そうだ、ここにいるのに誰も気づかない。じゃあ、私は……死んだの?

 

「……君が無理を続ければ、いつか来てしまう未来だ」

「――なんで」

 

 いるはずがない。だって、ジェラールはエーテリオンと共に消え去ったはずだ。

 

「……神様とやらを信じるなら、それがチャンスをくれたらしい」

 

 ジェラールが説明を続ける。あのまま私がエーテリオンを抑えようと塔に残っていれば……こんな結末を迎えたかもしれないと。

 だが、代わりにジェラールがエーテリオンと融合し、暴発を防いで空へ逃したのだと。

 

「君とゆっくり話をしていたいが、もう時間がない」

 

 そう告げたジェラールの体が薄くなっていく。

 

「エルザに伝えてくれ、八年間、すまなかった……と」

「ふざけるな!」

 

 そこで私は、ジェラールの胸ぐらを掴み詰め寄っていた。

 伝えてくれ。なんて姿を、シモンのときと重ねていた。

 

「自分で伝えろ! 何があってもお前がやったことは――エルザを悲しませたことは消えない、罪を自覚してるなら、生きて償うのが筋ってものだ!」

「……お前は、優しいな」

「私を庇って、こんな未来を回避したからって、それで満足して死ぬことなんて許さない! 自分の言葉で、自分自身でエルザに伝えろ!」

 

 色んな感情が混ざっていた、こんなことを引き起こした張本人に怒りを向けていても……今のジェラールを見ていれば、それが本心ではないと理解できてしまった。だから、哀しかった。

 

「いろいろと、すまなかった」

 

 そう言い残して、ジェラールは跡形もなく消えてしまった。すると、この景色にヒビが入り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステラ!」

 

 目を覚ましてすぐに、誰かに抱きつかれた。苦しくて息ができなくなる。こんなこと、前にもあった気がする。

 前と同じように、ペシペシとルーシィの頭を叩くことで、ようやく気づいてくれた。

 

「げほっ、ごほっ」

「ご、ごめん……」

「死ぬかと思った……」

 

 前よりも胸を押しつけられて、これが格差かと思い知る。前は気にしていなかったが、ルーシィのそれは相当大きい。

 そんな馬鹿なこと考えてる場合じゃなかった。今はエルザに伝えないといけないことがある。

 エルザに声をかけるより早く、ルーシィがとんでもない事実を突きつけてきた。

 

「さ、早く帰りの支度始めましょ! もうギルドに帰らないと」

「え? だって、チケットには一週間って」

「……ステラ、お前は四日も寝ていたんだ」

 

 なんてことだ。せっかくリゾートに来たのに、ほとんど……というか一日しか遊べないなんて。

 見るからに落ち込むステラを見て、ナツも三日間寝続けてたからなんて告げるが、そんなの全く慰めにならない。

 

「まあ……いいや。それより、エルザに話があるんだけど」

「――? なんだ」

「ちょっと二人だけで話がしたい。いいかな?」

「別に構わないが……」

 

 

 

 

 

 片付けをルーシィに任せることにして、エルザと二人きりで話すためにビーチから離れた岩肌ばかりの海岸まで歩いたきた。

 こんなところまで連れてくるステラに、エルザは少し警戒していた。

 

「ここまで来れば、大丈夫かな」

「なんだというのだ。わざわざこんな所まで連れてきて」

「……夢の中で、ジェラールにあった」

 

 その名前を聞いて、エルザの表情が曇る。もう彼はこの世にいない。最後の願いくらい聞いてやるべきだと思った。

 それから、全てを話した。塔の中であったこと、ジェラールがエーテリオンを止めたことや、私の夢の中で伝えてほしいと頼まれた言葉も伝えた。

 エルザはただ一言、そうか。とだけ呟いた。……複雑だろう、いくらジェラールが正気を取り戻したとしても、仲間を殺したのだ。その事実は変わらない。

 でも、そんなジェラールの言葉を私は伝えた。エルザに意地悪をするためじゃない。かつての仲間であるエルザには、その真実を知っていてほしかった。

 

「……そういえば、仲間たちはどうしたの?」

「――ああ。ショウたちなら旅に出た。世界中を見て回りたいそうだ」

「そっか……」

 

 会話が続かなかった。自分で呼んで話をしておいて、物凄く気まずい雰囲気で焦り始めていた。

 何か言わないと、そうやって焦って出た一言は――

 

「そろそろ戻ろうか」

「そうだな。ルーシィも片付けを終えているだろう」

 

 ……自分が情けなかった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「「おお〜」」

 

 完成したギルドをみて、みんなで同じ声をあげていた。前よりも大きいし、外にはオープンカフェ、グッズショップ、酒場の奥にプール、地下には遊技場まで……あれ? ここギルドであってるよね?

 

「前と違う……」

 

 それをみて、一人だけ不満そうにナツがマフラーに顔を埋めていた。そして、何よりもナツが不満そうになったのはニ階に自由に上がれるということだった。S級クエストにはS級魔道士の同伴が必要なのは変わりないとのこと。

 

「帰ってきたか、バカタレども」

 

 不意に声をかけられて振り向くと、マスターとジュビアが立っていた。前の暗い雰囲気とは違って、ジュビアは随分と明るい格好をしていた。

 みんな和気あいあいとジュビアと話をしていた。私はよく知らないが結構助けてもらったみたいだし……まあ、少し関わりにくいけど。

 

「ははっ、本当に入っちまうとはな」

「それと、もう一人の新メンバー。ほれ、挨拶せんか」

 

 マスターが声をかけた先に、見たことのある姿。

 ギルドを破壊した張本人、ガジルがそこにいた。

 これには一気に不満が出た。ナツはこんな奴と仕事できねえ。エルザはマスターに対して、監視するべきとまで言っていた。……レビィが柱に隠れて怯えながら気にしてないと呟いていたのが、ルーシィも心配していた。

 

「安心しろ、馴れ合うつもりはねえ」

 

 ガジルはハッキリと宣言した。ナツと今にも喧嘩を始めそうだ。

 私もこれに関しては不満があった。いや、心配事というべきか。ガジル云々よりも、()滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)を……

 

 ――馬鹿らしい。今の私はそんな心配してる場合じゃない。

 

「「ガルルルル……!!!」」

 

 ガジルとナツが睨み合いながら、そんな唸り声を出していた。

 ありゃあ竜って言うより犬だな。なんて揶揄されていた。猫より程度が低いなんて、ハッピーにバカにされていた。不憫だ。

 

 しばらくするとギルド内の明かりが消えて暗闇に包まれる。すると、前方にある大きなステージにスポットライトが当てられた。

 ステージの幕が開けられると、ギターを構えて座っていたミラの姿があった。ギルドメンバーたちから歓声が響き渡っていた。

 

 いい歌だな。なんて思いながら聴き入っていた。仕事に出る魔道士に送る歌らしい。なんだか眠くなってくる。

 

「……私、今日は帰るね。眠い」

 

 このまま聴いていたら寝てしまうと思って、ルーシィたちにそう告げて席を立った。

 四日間も寝ていたのにまだ眠いとは、相当ダメージが残っているのだろう。……正直、まだエーテルナノに侵食された体は痛む。包帯の下の体はひび割れているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 欠伸をしながらギルドを出ると、見たことのある姿を見つける。しかし、声をかけようとは考えなかった。

 

「おい、てめえ……なんだあれは」

 

 だが、逆に声をかけられた。直後、ギルドの中が急に騒がしくなってきた。喧嘩を始めたらしい。

 外からも様子は見れる。なぜか白いスーツ姿のガジルがナツと殴り合っている。他のメンバーもものを投げたり、殴って蹴って、あの中に入りたくないな。と思った。本気で殺し合ってるわけじゃないし、止める理由もない。

 

「知らない、私もついさっき帰ってきたばかりだから」

 

 それを聞いて、ラクサスはギリギリと歯を食いしばっていた。相当苛ついているらしい。

 

「くだらねえ……ジジイの奴、またやられねえために仲間にしやがったのか。そんなんだからなめられるんだよ、クソが!」

 

 触らぬ神に祟りなし。今の状態でラクサスなんかと争うことになれば、私は一分と持たないだろう。

 不安ではあったが、この場はさっさと立ち去ろうと歩き出す。

 

「それで、テメェは一体どこで何をしでかしたんだ? そんな傷、普通じゃ負わねーよな」

 

 絶対に私に対して聞いているのだろう。このまま無視すれば、何かやばい気がした。

 当たり障りのない返答を考える。しかし、焦っていてまともに思考できない。

 

「……自分の属性以外の魔法を食べたんだ」

 

 嘘は言っていない。しかし、それだけでこんな傷は負わないのは私だってわかる。

 

「どいつもこいつも、情けねえ奴らだ」

 

 そう吐き捨てて、ラクサスは一瞬で何処かに消えた。

 彼にとって気まぐれで聞いたのか、それとも何か別の意図があったのかはわからない。

 緊張が解けて、大きく欠伸をする。急に眠くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 ようやくひび割れた肌が治り始めて、包帯を少しずつ外せるようになった。

 ルーシィから聞いた話だと、近々マグノリアで収穫祭、ギルドをあげてファンタジアとよばれるパレードも行うらしい。ギルドの建設を早々に終わらせたのは、この時期にはファンタジアの準備という大仕事があるからということだ。

 ミスフェアリーテイルコンテスト。なんてイベントもやるらしく、優勝は50万J(ジュエル)だと、ルーシィもやる気を出していた。家賃がピンチだから。

 

「ねえ、ステラも出てみたら?」

 

 ルーシィに誘われるが、首を横に振る。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士は、みんなファンタジアに参加する。楽しそうだし、私も参加するが、そのコンテストとやらはパスだ。

 

「まだ腕とか足に残ってるんだ、これ」

「あ……ごめん。そうだよね……」

「気にしてないから謝らないでよ。せっかくの祭りなんだから楽しくいこ?」

 

 そう言って笑う。本当はまだ、その傷が痛むというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マグノリアの街はずれ、東の森。なるべく来たくなかったが、あまりにも怪我の治りが遅いからと、マスターや周りから行けと言われて渋々来ていた。

 なんだか、そこはエイリアスの住んでいた家の雰囲気に似ていたのだ。誰とも関わらず、一人で暮らす人の……どこか寂しい感じが、よく似ていた。

 

「なんだい。人の家をそんなじろじろと見て。入るなら入りな」

 

 呆けていたステラは、突然の後ろからの声にビクッとした。振り向くと、キリッとした目つきの女性。ポーリュシカが立っていた。

 

「その……どうも」

「早く入んなって言ってるだろ」

 

 そのまま促されるままに、ポーリュシカの家に上がることになった。様々な薬の匂いが鼻につく。

 

「あんた、これどうしたんだい」

 

 私の包帯を取り傷を確認するなり、尋ねられた。

 

「えっと……エーテリオンを食らって、あと食べました」

「……なんだいそりゃ。突拍子もないね」

 

 冗談だと思われたのか。しかし、診察を続けるなりポーリュシカの表情が曇っていく。エーテルナノの侵食は傷よりも深刻だったらしい。

 

「理由はわからないけど、あんたの体は滅竜魔法にも毒されてる。それにエーテルナノの侵食なんて……」

「……滅竜魔法にも?」

「滅竜魔法の方は原因がわからないから薬は出せない。だけど、エーテルナノなら痛み止めくらい出してあげるよ」

 

 しばらくは魔法を使わないようにしな。と忠告されて薬を渡された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すぐに追い出されました……ほんと、怖かった」

 

 薬を渡した瞬間に、箒を振り回しながら「さっさと帰りな!」と追いかけられたのは恐怖だった。怪我人にも容赦ない。

 

「そりゃあ、災難だったな……」

 

 ポーリュシカの怖さをよく知っている面々は、その場面を想像して青ざめていた。

 

「そうなると、暫く仕事にも行けねえな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……出るしかないのか」

 

 このままだといつ仕事に行けて収入を得られるかわからない。

 家賃のためなら見世物になるのも仕方ないなんて、ルーシィと同じ道を行かなければならない自分が情けなかった。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

「うっそ……寝坊した……」

 

 収穫祭当日。半ば強制でエントリーさせられたようなもののミスコンの、その開始時間がとっくに過ぎていた。

 別に優勝はしなくてもいい。しかし、こんな日に寝坊するなんて最悪だ。

 

「仕方ない、今更焦っても間に合わないし」

 

 寝ぼけ眼で行って笑われるのも嫌だったので、シャワーを浴びることにした。

 ……まさか、ギルドで事件が起きてるなんて、思いもしないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してるの」

 

 ギルドについて、最初に目に入ったのがナツだった。というか、入り口のところで一人パントマイムしている。こんな地味な見世物……いや、ナツに器用なことできるわけない。

 

「出れねぇんだよ! つかひでぇな!」

「……あ、ごめん」

 

 考えていただけだと思っていたら、口にしていたみたいだ。それにしても、何で出られないんだろう。

 

「80歳を越えるものと石像の出入りを禁ずる?」

 

 浮かび上がった文字に、そう書かれていた。

 

「フリードによる術式じゃ」

 

 マスターが声をかけて、事の発端の説明を始めた。ラクサスを始めとしたフリード、ビックスロー、エバーグリーンによる雷神衆による反乱。

 ミスコンに参加していたメンバー全員をエバーグリーンが石にして人質にした。時間が経てば、砂になって二度と元に戻らないと脅されて、みんな一斉にラクサスを探しに飛び出したらしい。

 

「私は出入りできるけど……」

「オレ……80歳越えてたのかな……」

「「それはないと思う」」

 

 落ち込むナツに、ハッピーと私が同じツッコミを入れた。

 喧嘩に参加できないナツから悲壮感漂っていたが、ラクサスの考えてるこの戦いは潰し合いだ。ナツが望むような全力で戦ってどっちが上か決めるような、綺麗事で済む話じゃない。

 

「……仕方ない。私も戦うか」

「しかし、お主……」

「無茶はしませんよ。ラクサス……は無理だとしても、この術式を書いたっていうフリードをどうにかできれば、あとは任せるつもりですし」

 

 ずるいだなんだと文句を言うナツを無視して、走り出した。

 ポーリュシカに魔法を使うなと言われているけど、そんな悠長なこと考えている余裕もない。

 

 

 

 

 

 



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22話 雷鳴

 ゼレフ書の悪魔を仕留めたという噂や、幽鬼の支配者(ファントム)との戦争ではマスタージョゼと互角以上に渡り合ったという噂。

 しかし、事実として残っていたのは幽鬼の支配者(ファントム)滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)にやられたという話だけだ。

 ステラという少女にはラクサスも興味を持っていた。だが、調べてもナツのように素性は不明。だから直接顔を合わせた。

 『アイツは楽しめそうだ』そう呟いたラクサスは笑っていた。そんなラクサスに、フリードは不安を抱いていた。

 

 

/ 

 

 

 街中を走っていると、本当に至るところで戦いが起きていた。来るときは祭りで騒がしいのかと思っていたが、今思えばあれも仲間同士で戦っている最中だったのだろう。

 目的のために手段を選ばない戦闘ばかりだった。ラクサスの思う壺ということに気づいていない。そのくらい焦っているのだ。

 それにしても、術式は相当厄介だ。踏んでから発動まで少しの時間に抜け出せなければ、その書いてある文字に従うしかない。

 今のところは何とか避けているが、一瞬でも気を抜けば術式にはまって終わりだ。

 

「……やっぱり、フリードって奴を叩くしかないか」

「奇遇だな。オレも貴様を叩くつもりだった」

 

 愚痴るように呟くと、急に目の前に人が現れて、剣を抜いて斬りかかってきた。……少し顔を掠めた。

 まさか、呟いて数秒で目的の人物を発見できるとは思わなかった。

 

「ほう、なかなかやる。術式に気を取られている隙を狙ったんだがな」

「不意打ちとは汚いな」

「戦いとはそういうものだ」

 

 すぐに造形魔法を繰り出した。五匹の狼をフリードに向かわせたが、フリードが一歩下がると、狼たちが術式の中に閉じ込められた。

 

「この中で魔法は消え去る」

 

 その文字通り、造形魔法は跡形もなく消え去ってしまった。

 迂闊に追いかけて、術式のある場所に誘導されても面倒だし、戦いにくい。そう考えて、距離を取りながら自分から追いかけることはしなかった。

 

「逃げるつもりか!」

「アイスメイク"(ウイング)"」

「闇の文字(エクリテュール)"翼"」

 

 意外とあっさりと追ってきてくれて助かった。空中に術式はないだろうから、戦いやすい。

 

「雪竜の咆哮!」

「闇の文字(エクリテュール)"拒絶"」

 

 息吹(ブレス)にそう書かれた瞬間、フリードから遠ざかりステラのほうに跳ね返ってくる。自分の息吹(ブレス)のため、そこまでダメージはないが、視界が奪われる。振り払うと既にフリードの姿がなかった。

 

「闇の文字(エクリテュール)"痛み"」

「……っ!」

 

 下から迫ってきたフリードと魔法を避けようとしたが、避けきれずに右腕に文字を書かれた。

 文字を書かれた腕が軋んで、ズキズキと痛んでいた。……なるほど、あの文字は簡易的な術式のようなものかと理解して、その痛みが激しくなって体が強張る。

 

「安心しろ、手加減はしてやる」

「こんな酷い魔法かけといて、手加減か」

「禁じ手は使わんからな」

 

 禁じ手が何か気になったが、それを使われる前に決着をつけるべきだ。

 痛む体に鞭打って、私は戦いを再開した。

 

 

/

 

 

 互いに避けながら攻撃を繰り出し、決定打になるほどの傷を与える程には至らなかった。

 

「初歩的なこともわからんのか。どんな強力な魔法でも、当たらなければ意味がない」

「それは、お互い様だ!」

 

 そんな状況に、しびれを切らしたのはステラのほうが先だった。

 

「闇の文字(エクリテュール)"死滅"!」

「――いったッ!」

 

 避けずに突っ込んできた。わざと右腕を突き出して文字を書かせて、そのままフリードの剣を握ったのだ。

 

「――なにっ!?」

「一花"氷刃"!」

 

 左手で刀を造形して、フリードを斬りつけた。

 

「雪竜の鋭爪(えいそう)!!」

 

 そのまま一回転して、そのままフリードに蹴り落としを食らわせて、地面に叩きつける。

 

「……っ! 腕が動かないか」

 

 そのまま突っ込んで殴りつけようと思ったが、バランスを崩してしまい、ステラは距離を取った。フリードは剣を落とし咳き込んでいた。

 

「――! エバがやられたのか」

 

 ステラの様子には気づかず、他の何かに気づいた様子のフリードは、この場は逃げることに決めた。

 何か文字のようなものが浮かんで、フリードが姿を消した。攻撃をしかけていくるのかと身構えていたが、しばらくして完全に気配が消えて、逃げられたのだとステラは舌打ちした。

 

「エバ……エバーグリーンのことか」

 

 たしか、雷神衆の一人でミスコンに出ていたメンバーを石に変えた人物だ。それがやられたということは、石化が解除されるはずだ。

 

「全く動かないか……なんて魔法だ」

 

 向こうに致命傷を与えられず、腕一本は代償として大きすぎる。本当に、先が思いやられると、ステラは大きくため息をついていた。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「あれ、エルザは?」

「熱したら割れて、復活した」

 

 ギルドに戻ると、エルザの姿だけなかったので話を聞くと、ナツが火で炙ったら石が割れて無事……復活。

 それのどこが無事なのかわからないが、復活したエルザがエバーグリーンを倒して人質も解放。これで一件落着かと思った矢先だった。

 

『聞こえるかジジイ、そしてギルドの奴ら。バトルオブフェアリーテイル継続のために、オレは神鳴殿(かみなりでん)を起動させた』

 

 ギルドの拡声器を使って、ラクサスが新たなルール追加の宣言をした。神鳴殿(かみなりでん)。次の人質は、マグノリアの住人だという宣言だった。

 

「何を考えておるラクサス! 関係のない人たちまで巻き込む――」

 

 鬼気迫る勢いでマスターが声を荒げた。すると突然、胸のあたりを抑えて苦しそうに倒れてしまった。

 

「じっちゃん! 神鳴殿ってなんだよ!」

「ぬ……ぐぅぅ……」

「じっちゃん……」

 

 ナツがマスターに詰め寄ったが、既にマスターに答えるほどの元気はなかった。

 ミラが急いで薬を取りに行き、マスターを医務室まで運んだ。それが終わり、ギルドにいたメンバーが外に出ると、空には無数の魔水晶(ラクリマ)が浮かんでいた。

 

「……一つ一つに、相当な魔力が蓄積されてる」

 

 その場にいた誰かが、そう呟いた。あれが開放されると、街に魔法――無数の雷が落ちるのだろう。名前の通りというわけだ。

 

「あんなもの、私が落としてやるわ!」

 

 ビスカが魔法で、魔水晶(ラクリマ)の一つを撃ち落とした。

 

「――きゃあああ!!」

 

 雷鳴が轟き、ビスカが一瞬で黒焦げになった。その様子を見たカナが、生体リンク魔法。と呟いた。

 攻撃した対象者に、同じダメージをリンクさせる魔法。……これで、魔水晶(ラクリマ)には手を出せないというわけだ。

 

「こうなったら、ラクサスをやるしか!」

「待ちなさいステラ! あんた、その腕動いてないんでしょう?」

 

 全ての元凶であるラクサスをどうにかするしかないと思った。しかし、造形魔法で翼をつくって、飛ぼうとしたところで、カナに止められる。

 さっきフリードにやられた右腕は、痛みは消えたが完全に動かなくなっていた。

 

「そんな状態でラクサスと戦っても、負けるわよ」

「でも、そこの二人が駄目な以上、まだ私のほうがまともに戦える」

 

 そう言って、ガジルとナツを指さした。理由はわからないが、私以外の滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)は、術式から出られなかった。ガジルに至ってはカッコつけたあげく出られなくて恥をかいたらしい。

 

「その傷……文字魔法の一種よね。私がなんとかしてみる。術式も!」

 

 腕の傷を見るなり、そのことを一瞬でレビィは見抜いた。結局、そのまま治療してもらうことにした。

 右腕を机にのせてレビィに診てもらう最中。暇だったこともあり、ガジルに話かけてみようと思った。

 

「で、どういう風の吹きまわし?」

「あ?」

「ギルドを壊した張本人が、ギルドのために戦ってくれるなんてさ」

「あいつには個人的な借りがあるんだよ。それだけだ」

「……ふーん」

 

 特に裏があるとかいう感じはしなかった。やられたからやり返す。それ以外のことはどうでもいいという感じ。

 

「テメェはどうなんだ」

「なにが?」

「一度オレにやられてるだろ。そんな奴といてイヤじゃねえのか」

「好きか嫌いで言えば嫌いだけど。許してないし」

 

 それに負けたなんて思ってない。と付け足した。ガジルは勿論それに反論したが、関係ない人を狙って、それで勝って嬉しいの? という挑発に、思い当たる節のあるガジルはケッ……とバツが悪そうに顔をそらした。

 

「いずれ火竜(サラマンダー)にも雪辱を果たさなきゃならねえが、お前とも再戦してやるよ」

「やるよ? 随分と上から目線だね」

「細けえことはいいんだよ」

 

 小娘のくせに火竜(サラマンダー)よりむかつくぜ。なんて台詞を吐きながら、立ち去ってしまった。

 

「よし、解けた!」

 

 難しい顔をしていたレビィが、ようやく笑顔になった。確かに動く。魔法は解除できたようだ。

 

「ありがと、次は術式だね」

「うーん……色々と考えてるんだけど、まずは文字列を――」

 

 そこから全くわけのわからない説明が始まった。キーコードはどれとか、何とか文法に変換してとか。一つも言ってることがわからない。

 私の腕にかけられた魔法もこんな面倒なものだったのかと、身震いした。

 

「必ずラクサスを止めて! 無理したら駄目だからね!」

「無理するな……ね」

 

 あのラクサス相手に無理するななんて無理だろう。しかも必ず止めてって矛盾してる。なんて意地の悪い考えをしながら、喧嘩するガジルとナツの横を抜けていった。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 フリードは戻ってきて早々、ラクサスの行動の数々に疑問を持った。バトルオブフェアリーテイルを続けるために、街の人(マグノリア)を人質に神鳴殿の発動。いくら何でもやりすぎだと。

 

「神鳴殿……そこまでやるのか、ラクサス」

「……何をしているフリード。ビッグスローはまだ妖精狩りを続けてるぞ」

「しかし……」

「お前はファントムの女とカナをやれ。ジジイの希望、エルザはオレがやる。殺してもいい」

「殺すって、今は敵でも同じギルドの――」

「オレの命令がきけねえのかぁぁぁ!!!」

 

ラクサスがブチ切れて、雷が落ちる。あまりの気迫に、フリードは言葉を失った。

 

「ここまでやってしまった以上、どの道戻れる道はない。オレはあんたについていくよ。任務を遂行しよう――後悔するなよ」

「今更じゃないか。後悔するなら、最初からやるなって話だ」

 

 ラクサスとフリードだけがいるはずの空間に、他の人の声が響いた。白い髪の少女――ステラが大聖堂の入り口に立っていた。

 

「貴様、なぜここが!」

「滅竜魔道士は鼻がきく。それくらい知ってるでしょ?」

「丁度いいところに来た。おい、ステラ。お前、こっち側につかねえか!」

「ラクサス!?」

 

 ラクサスの突然の提案に、フリードが驚く。それこそ、神鳴殿の発動以上の衝撃だった。

 

「……どういうこと」

「わかるだろ。このギルドがどれだけ腑抜けた状況か。お前の力は認めてるんだ。オレがつくるギルドは力こそ全て――そうなれば、仲間から白い目で見られることもなくなる」

「その原因をつくったのは、お前じゃないか」

「そうか? 幽鬼の支配者(ファントム)のマスターと戦ったときに見せた力。それを恐れてるくせに、こういう(・・・・)状況になったら、頼ってくる。そんな身勝手な奴らといて、何になる?」

「……身勝手なのはそっちだと思うけど」

 

 確かにステラは一度、ギルドの形に疑問を持った。ギルドを辞めようとまで考えたこともある。

 

「断る。そんなギルドつまらなさそうだし」

「……ちっとぁ骨のある奴だと思ってたが、ジジイに毒されたみてえだな」

 

 ラクサスの目の前まで飛んだステラが滅竜魔法でラクサスを蹴り上げる。しかし、それと同時にステラに雷が直撃する。

 ステラとラクサスの口元が釣り上がる。

 

「ラクサス!」

「こいつはオレがここで潰してやる。さっさと行け、フリード」

「しかし、こいつは!」

「――行け!!!」

 

 邪魔をするな。そういう感情が読み取れるほど、怒りと……悦びがラクサスから読み取れた。ラクサスの言葉に従い、フリードは姿を消した。これ以上は言っても無駄だろうと判断した。

 

「来いよ。格の違いってもんを教えてやる!」

 

 ステラが構えたと思った瞬間、先程よりも疾くラクサスの後ろに回り込んできた。だが、ラクサスもそれに対応し、瞬時に振り向き、殴りかかろうとするステラの右腕を掴んだ。

 

「一花"薄氷"」

「――っ!?」

 

 右腕を掴まれたまま、ステラはラクサスの顎をもう一方の左手で突き上げる。本来は造形魔法と同じような魔力を込めるが、ラクサスに対しては最初から本気――滅竜魔法と同じ魔力で突き上げていた。しかし、ラクサスも腕を離さなかった。

 

「二花"氷撃"」

 

 掴まれた右腕を離させようと、突き上げた左手から、首元めがけて左肘で突く。

 

「三花"薄氷割り"」

 

 刹那、ステラの腕を掴んでいたラクサスの力が弱まった。その隙を見逃さず、腕を振り払いそのまま回転してラクサスを蹴り飛ばした。

 

「四花"霜柱"」

 

 蹴り飛ばしたラクサスにそのまま追いついて蹴り上げた。

 

「五花"氷爪"」

 

 蹴り上げたラクサスに追い打ちをかけて、そのまま上空まで打ち上げる。

 

「六花"息吹"」

 

 打ち上げたラクサスめがけて、咆哮を繰り出した。いつも以上に、本気で全力の滅竜魔法だった。

 大聖堂の窓ガラスが全て吹き飛び、壁も一部崩れて大きな轟音が街中に鳴り響いた。

 それと同時に、大きな笑い声が大聖堂に響き渡る。

 

「この程度か! 滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)が聞いて呆れる!」

 

「雪竜の翼撃!」

 

 服が破けた程度の傷しか見られなかったが、ステラには確かに手応えがあった。ここで止めたらダメだという直感のまま、自身も空中に飛び上がり、追い打ちをかけようとした。

 

「鳴り響くは招来の轟き、天より落ちて灰燼と化せ! レイジングボルト!!!」

「ぐぁぁぁっ――!?」

 

 しかし、攻撃したのは残像だった。既にラクサスは地面に立っていて、ステラに魔法を直撃させた。

 

「なめるな!!」

 

 ラクサスの魔法を振り払う。しかし、既にラクサスの姿はなかった。

 後ろだとわかっていたのに、ラクサスの魔法によって麻痺した体は言うことをきかず、雷を纏った足で踏み落とされた。

 地面に墜落したステラを、そのままラクサスは踏みつけた。そして、そのまま蹴り飛ばした。

 しかし、ステラも受け身をとって地面を蹴り飛ばし、そのままラクサスを殴った。

 

「消えろ! 雑魚がァ!!!」

「――だあぁぁぁ!!」

 

 殴って、蹴って。互いに一歩も引かずに攻防を繰り返した。しかし、体格差からか、ステラのほうに確実に攻撃があたり、そのまま蓄積されたダメージの差が響き、体制を崩したのもステラが先だった。

 

「逃がすかよ!」

「――っ!」

 

 距離を取ろうとしたステラの腕を掴み、そのまま殴り続けた。体制を崩して、しかも距離を取ろうとしたステラに、攻撃する時間はなく、かろうじて防御するのが精一杯だった。

 

「雪竜の咆――」

「させねえよ!」

 

 ステラが魔法を出すよりも早く、ラクサス顔を鷲掴みし、そのまま地面に叩きつけた。そのまま床や壁関係なく引きずり回されて、投げ飛ばされた。

 何とか受け身をとるステラだったが、そのまま攻撃に移るほどの余裕はなかった。

 

「――がはっ!」

 

 膝をついてステラが口を抑える。咳き込んで、血がこぼれた。――ステラの白い髪の毛がじわじわと赤く染まる。頭も切れて、出血していた。

 

「クソッ――なっ!?」

 

 立ち上がろうとしたステラの顔を、ラクサスが容赦なく蹴り飛ばす。最初の猛攻とは立場が逆転し、これでもかとラクサスに殴られ、蹴られ、抵抗もいなされて逆に一撃もらう羽目になっていた。

 

「……やはりその傷、普通じゃねえな」

 

 ステラの包帯が取れて、その腕にあるエーテルナノによるひび割れた傷を見てラクサスが呟いた。明らかに隙だったが、ステラは攻撃できずに咳き込んでいた。

 こんな雑魚と戦ってもつまらねぇと、舌打ちをしてラクサスは大聖堂の入り口めがけてステラを蹴り飛ばした。

 勢いよく飛んでいたステラの体を、誰かが受け止めた。

 

「よお、遅かったじゃねえか。ミストガン」

 

 ミストガンの腕を振り払って、ステラは一人で立ち上がろうとする。しかし、立ち上がれずミストガンに倒れ込んだ。

 

「神鳴殿を今すぐ止めれば、まだ余興の範囲内で済むかもしれない」

「何おめでたいこと言ってやがる。ここではっきり、妖精の尻尾最強は誰か、白黒つけてやる」

「そんなことしか考えないとは……どっちがおめでたいのか」

「二人でかかってくればいい勝負になるかもしれねえぞ、ミストガン――いや、アナザー――」

「――!」

 

 アナザー。その先を聞き取る前にミストガンが杖を突き出してラクサスに攻撃を繰り出した。

 

「そのことをどこで知った」

「さあな、オレに勝てたら教えてやるよ」

 

 その瞬間、ミストガンから明確な意思――戦うという気迫をステラは感じていた。

 

「君は下がっていろ」

「な――元々は私の戦いだ。あとから入ってきて、なにを――」

「よそ見してんじゃねえよ!」

 

 殴りかかってきたラクサスをミストガンは難なく受け流し、杖を地面に立てた。

 

「摩天楼」

 

 ミストガンがそう呟くと、ラクサスの動きがピタリと止まった。

 

「な……なにをしたの?」

「幻をみせている。しかし、それもすぐに気づくだろう」

 

 そのまま指を動かして、ミストガンは魔法陣をラクサスの真上に描いた。

 

「君は早く逃げるんだ。その傷では足手まといになる」

「でも――」

「ハハハ! くだらねえな! こんなもの()でオレをどうにかできると思ったか! ミストガン!」

 

 まだ戦える。そう言おうとするよりも早く、ラクサスはミストガンの魔法による幻覚を抜け出して、雷を放っていた。

 

「流石だ。しかし、気づくのが一歩遅かった。眠れ! 五重魔法陣"御神楽(みかぐら)"!」

「気づいてねえのは、どっちだ」

 

 魔法が避けられない状況で、ラクサスは不敵な笑みを浮かべた。そして、すぐ理由はわかった。

 ステラの立っている真下の地面が光りだした。

 

「ちっ! ぐあぁぁぁ!」

「うおぉぉぉ!」

 

 ミストガンはステラを突き飛ばした。すると、雷が地面から放出されて、ミストガンに直撃。それと同時に、ミストガンの魔法もラクサスに直撃した。間一髪のところで、ステラはミストガンに助けられた。

 ミストガンにかけよって、ステラは思わず声をかけた。

 

「私のせいで……ごめんなさい」

「ああ、君は大丈夫か?」

「……ジェラー……ル?」

「――! くっ!」

 

 顔を覆っている布が破れて、素顔があらわになっていた。いるはずのない男の名前を思わず口にしていた。

 

「「ラクサス!」」

 

 そんな困惑する状況の中、声の聞こえた大聖堂の入り口には二つの姿――ナツとエルザが立っていた。

 

「――ジェラール?」

 

 エルザも、そこにいる男の顔を見るなり、その名前を呟いた。

 

「ほう、知ってる顔だったか」

 

 そんな状況を一人だけ、ラクサスは嘲笑うかのように呟いた。

 

「エルザ……あなたにだけは見られたくなかった」

「え?」

「その男はしっているが、私ではない。私はミストガンだ」

 

 ステラとエルザが言葉を失う中、ナツ一人だけ、ミストガンがジェラール? いやわけわかんねえ! とコントのように混乱していた。

 そんな状況の中、あとは任せたと言い残して、ミストガンは姿を消してしまった。

 

「似合わねえ面してんじゃねえよ! エルザ!」

「させるかッ!」

 

 エルザに攻撃をしようとしたラクサスをステラが間一髪で止める。

 

「ほう、まだ動けるのか」

「参ったなんて言ってない!」

 

 エルザとラクサスの取っ組み合いになり、そのまま睨み合いになる。しかし、突っ込んできたナツに向かって投げ飛ばされた。

 ミストガンの正体――ジェラールと同じ顔をしているのはステラも気になった。しかし、それどころじゃない。それは、エルザも同じ考えだった。

 

「ラクサス! あの空に浮かんでいるものはなんだ!」

「神鳴殿、聞いたことあんだろ」

「なに!? ナツ、全て破壊しろ!」

「できねえんだよ! ちょっと、違うな……破壊したらこっちがやられんだよ!」

「生体リンク魔法か!」

「そういうことだ!」

 

 雷が轟き、エルザが吹き飛ばされる。しかし、雷が当たるよりも早く、エルザは換装していた。

 

「雷帝の鎧か、そんなものでオレの雷を防ぎきれるとでも」

「エルザ! 何やる気になってるんだ! オレがラクサスと戦うんだ!」

 

 ナツのその言葉を聞いて。そうか、とエルザが頷いた。

 

「神鳴殿……全て、私が破壊しよう」

「なっ!? エルザ……!!」

「――ッ!?  テメェ、ゲームのルールを壊す気か!! もう発動まで時間もない間に合うはずもねぇ!!」

 

 ラクサスの怒声が響き渡る。どこか焦るラクサスを見ながら、エルザは笑った。

 

「全て同時に破壊する」

 

 冷静に言葉を告げるエルザ。その言葉を鼻で笑うラクサス。

 

「無理だ! 1つ壊すだけでも下手すりゃ死ぬ……全部一人でやればテメェは死ぬぜ」

「だが街は救われる」

 

 そうして、そのままエルザはこの場を立ち去ろうとする。すると、ナツが声をかけた。

 

「……信じていいんだよな。出来るかじゃねぇ!  お前の無事をだぞ!! 」

「ああ」

「させるか!」

「お前の相手はオレだって言ってんだろ!」

 

 エルザを止めようとしたラクサスをナツが殴り飛ばした。受け身をとったラクサスをステラが追い打ちで蹴り飛ばす。それに不満を持ったナツが声を荒げた。

 

「ステラ! 手を出すなって――」

 

 しかし、ステラの姿を見てナツが言葉を失う。ラクサスが本気で潰そうとしている。それがハッキリとステラの傷として現れていた。

 

「いや、オレ一人でやる」

「ナツ!? わがまま言わないで――がっ!?」

 

 一瞬、ステラには何が起きたのか理解できなかった。お腹のあたりに衝撃が走って、次に痛くて……ナツに殴られたのだと理解した。

 

「――ナツ……?」

 

 ――どうして……。

 

 完全な不意打ちで、ステラはそのまま気を失った。なぜ、殴られたのかわからないまま。その頬には涙が流れていた。

 

「おいおい、そこまでやるかナツ」

「――ここまでやるのか」

「あ?」

 

 ステラを殴って気絶させたナツをラクサスは馬鹿にするように笑った。

 ギリギリと音が鳴るくらい、ナツは噛み締めて力を入れていた。誰が見てもわかるほど、ナツの炎が爆発的に燃え上がった。

 

「同じギルドの仲間に、ここまでやるのかよ! ラクサス!!!」

 

 激情に任せてナツが吠えて、そのままラクサスを殴った。

 

「テメェのバカ一直線も、いい加減煩わしいんだよ!」

 

 吠えたナツをラクサスも殴る。互いに腕を掴み、殴り続けていた。

 

 

 

 

 

 カルディア大聖堂に、爆炎の爆発と雷轟が鳴り響く。その音は段々と大きくなり、街中に響き渡るほどにまで発展していった。

 まるで、竜の雄叫びのようにその轟音はナツの怒りを表していた。



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23話 雷轟

 エルザだけでなく、ギルド全員の協力によって、神鳴殿は全て破壊された。

 

「馬鹿な……」

 

 それを知ってラクサスは驚き、ナツは当たり前だろ。と言いながら笑った。

 

「みんな同じ輪の中にいるんだ。その輪の中に入らねえ奴が、どうやってマスターになるんだ?」

 

 ラクサスが雄叫びをあげた。雷のように激しく魔力を放出させて、その威圧にナツが吹き飛ばされそうになる。

 

「支配だ! 駆け引きなど最初から不要だった! 圧倒的なこの力こそ、オレのアイデンティティなんだならなァ!!!」

「それをへし折ってやれば、諦めがつくんだな! ラクサス!」

 

 ナツがラクサスを殴る。しかし、全く効いていなかった。ラクサスが軽く振り払っただけで、ナツは簡単にふっ飛ばされて、痺れて動けなくなってしまった。

 

「ったく、なさけねえな。火竜(サラマンダー)

 

 そんな様子を見かねて、横からガジルがラクサスを殴り飛ばした。

 

「ガジル!? ラクサスはオレがやる、邪魔すんな!」

「仕方ねぇだろ。神鳴殿の反撃で他の奴らは動けねえ。気に入らねえがやるしかねえ。共闘だ!」

「んな!? お前となんか組めるかよ、ガジル!」

「アレはギルドの敵だ。ギルドを守るためには仕方ねぇだろ」

「お前がギルドを守る?」

「守ろうが壊そうがオレの勝手だろ!」

 

 話は終わったか? と余裕を見せながらラクサスが話しかける。誰であろうとオレの前に立つ奴は消し去る。そう宣言して二人に殴りかかってきた。

 

「お前と組むのはこれきりだ!」

「当たり前だ! いずれテメェとも決着をつけてやる!」

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「じぃじ! じぃじ!」

 

 無邪気に誰かを呼ぶ声に、気がついて立ち上がる。マグノリアの街の中……しかし、妙な雰囲気だった。人はいるのに、気配がない。

 

「おお、ラクサス!」

「じぃじは、ファンタジアに参加しないの?」

「今年はお前と一緒に見る約束じゃろ」

「やった、やったー!」

 

 ラクサスと呼ぶ声に振り向くが、そこにいたのは小さい男の子だった。その先に、マスターが立っていた。

 マスターと一緒にファンタジアを見れると無邪気にはしゃぐ姿は、今のラクサスからは想像できなかった。

 

「これは……記憶?」

 

 色褪せたような、景色。それでも、誰かの大切な思い出。

 

「どうじゃあ、ラクサス! あれが妖精の尻尾の魔道士じゃ!」

「すげえ、すげえよじぃじ! オレのじぃじは最高のマスターだ!」

 

 マスターがラクサスを肩車して、巨大化していた。二人で仲良く、ファンタジアをみている。ラクサスの目は、キラキラと輝いていた。

 

「じぃじは、今回はファンタジアに参加しないの?」

「お前の晴れ舞台じゃ。客席で見させてもらうよ」

「じぃじのとこ、見つけられるかな……」

「わしのことなどどうでもよいわ」

 

 ……これは、さっきよりもあとのことだろうか。

 

「うーん、じゃあさ! オレ、パレードの最中、こうするから!」

 

 そう言って幼いラクサスは右手を上げて人差し指と親指を立てていた。

 

「なんじゃい、そりゃぁ」

「メッセージ。じぃじのとこを見つけられなくても、いつもじぃじのことを見てるよって証!」

「……ラクサスゥ!」

「見ててな! じぃじ!」

 

 

 

 

 

 

 

「こういうのなんていうんでしたっけ? 親の七光りか、ぶふー!」

 

 何処かの酒場か、カウンターでそんなことを言いながら笑って吹き出す男がいた。

 次の瞬間には、ラクサスがその男に殴りかかっていた。

 

「テメェにオレの何がわかる!」

 

 

 

 

 

 

 

「ラクサス、お前はファンタジアに参加せんのか」

「あぁ? オレはガキの頃からアンタの孫だからってだけで、周りから色眼鏡で見られてんだぞ!」

 

 また急に場面が切り替わった。今より少しだけ幼い姿のラクサスが、マスターと言い争っていた。

 

「ただでさえ居心地悪いってのに、あんな恥かかせやがって! なんで親父を破門にそやがった!」

「……奴は妖精の尻尾に害をもたらす。たとえ家族であっても、仲間の命を脅かす奴をギルドには置いてはおけん。そうやって先代もギルドを守ってきた。それが妖精の尻尾じゃ!」

「だったらオレも追い出すのか? そしたらオレは親父の立ち上げたギルドに入って、アンタを潰す!」

 

 

 

 

「流石はマスターの孫だな。あの年齢でS級になるとはな」

「アイツ、マスターマカロフの孫なのか。そりゃあ強いわけだ」

「マスターの孫だから――」

「ああ、マカロフの孫の――」

 

 

 

「黙れぇぇぇ!!!」

 

 ラクサスの怒号とともに全て消え去った。

 

 これは……ラクサスの記憶――誰も彼を一人の男として認めなかった。誰からも本当の姿を見てもらえなかった孤独。

 どんなに強くなっても、どんなに頑張ってもたった一言「マスターの孫だから」それで片付けられる。それがどんなにラクサスにとって苦痛だったのか。今まで誰も、気づいてあげなかった。

 

「ラクサス……」

 

 それは私にはわからない苦痛だ。誰かと重ねられて、比べられることなんてなかったから。

 きっと、責任や重圧もあったのだろう。それがいつからか歪んでしまった。誰も気づいてやれなかった。

 ……マスターに気づいてほしかったのかもしれない。慰めてもらいたかったのかもしれない。どうすればよかったかなんて、誰にもわからない。

 

「あなたに何ができるの?」

 

 もう一人の()が、呟いた。そうだ。私の声なんて届かないかもしれない。でも、この嘆きを聞いて何もしないなんて、私にはできない。

 

「でも、今は仲間だから。同じギルドの仲間を放っておけない」

「……そう」

 

 私も戦うんだ。同じ仲間として。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「嘘だろ……なんも、ダメージ受けてねえのか!」

「いくらコイツが強えからって、竜迎撃用の魔法をこれだけ食らって無傷なんて、ありえねえ!」

 

 最初こそナツたちとラクサスは互角。いや、ラクサスのほうが優勢だった。しかし、少しずつ息が合い、コンビネーションを決められるようになってきたナツたちが優勢になり、ほとんどの滅竜魔法をラクサスは食らっていた。

 しかし、無傷。……そう、最初から効いていなかった。ステラの滅竜魔法も、ナツやガジルの滅竜魔法も効いていなかった。

 

「そいつァ簡単なことだ。ジジイがうるせえから黙ってたんだがな。特別に見せてやる」

 

 ラクサスの腕に鱗のような模様が浮かび、誰が見ても牙だとわかるくらい歯が尖った。そして、体格も先程の倍になる。

 

「雷竜の――」

「お前も、滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)だったのか!? ラクサス!!」

 

「咆哮!!!」

 

 閃光とともに、激しい爆発と雷がナツとガジルを直撃した。……たった一撃で、二人は立ち上がれなくなった。

 

「まだ、息があんのかよ……

 

 

お前らも、エルザも、ミストガンも……ジジイもギルドの奴らも……マグノリアの住人も……全て消えされェェェ!!!」

 

 ただでさえ高くなった魔力が、さらにバカでかくなる。あまりの魔力に、ガジルは震え、ナツはその魔力に気づいた。

 

「この感じ、じっちゃんの……」

「……聞いたことあんぞ、マスターマカロフの超絶審判魔法。術者が敵として認識した全てを葬り去るって……あの――」

 

「そうだ! 妖精の法律(フェアリーロウ)だ!」

 

「やめて! ラクサス!」

 

 すぐ近くにまでレビィが来ていた。しかし、誰もそれに気づけなかった。

 

「よせっ!  来んじゃねぇ!!!」

 

 ガジルの声が響く。それでもレビィは足を止めない。

 

「ラクサス……あんたの……あんたのおじいちゃんが……マスターが!  危篤なの!!」

 

 その言葉に、その場にいたもの全員に同様が走る。

 

「……ジジイが?」

 

 レビィの言葉にナツとガジルは目を見開き、言葉を無くしラクサスも驚愕の表情を浮かべる。

 その表情に、一度は気持ちが揺らめいたのだと。マカロフに会ってくれるのではないか。そう考えていたのに、それを裏切るようにラクサスは笑いだした。

 

「ちょうどいいじゃねえか……これでオレがマスターになれる可能性が、再び浮上したわけだ」

「そんな……」

「お前は……なんで……そんな――」

 

 今にも術を発動しようとしたラクサスの背後に人影が見えた。

 

「――ステラ!?」

「貴様ッ!!!」

「ラクサス……私には、その苦しみはわからないし、何が正しかったのかもわからない」

「何を――」

「でも、本当に大好きなんでしょ? 妖精の尻尾や……じぃじのことを……」

 

 次の瞬間、ラクサスにステラが殴り飛ばされた。

 

「テメェ……ジジイから妙なこと聞きやがったな」

 

 倒れたステラの髪を掴んで、ラクサスが持ち上げた。痛みで顔を歪めたステラだったが、それでも言葉を続けた。

 

「マスターやギルドの仲間に……誰かから、一人の男として認められたかった。でも、こんなことしても、誰も――」

「テメェに……何がわかる!」

「――わからない! でも、これが正しくないって、誰もこんなことで認めてくれないってわかる! だから、私は……妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士として、仲間として……止めてやるんだ!」

「黙れぇぇぇ!!!」

 

 殴りかかろうとするラクサスを持ち上げて、ステラはそのまま柱に突っ込んだ。そのまま何度も殴るが、ラクサスに髪を掴まれて投げ飛ばされる。その手が離された瞬間に、咆哮を繰り出した。

 

「この……死に損ないがァァァ!」

「だあぁぁぁッ!」

 

 殴り合い。しかし、うまくステラが避けて対応していた。

 逆上したラクサスは、それに気づかずに単調に殴りかかっていた。

 

「がはっ――うわぁぁぁッ!! がっ!」

 

「やめてステラ! もう、戦わないで!」

 

 しかし、攻撃をまともに食らっていなくても既にボロボロだったステラは、自分の攻撃の衝撃ですらダメージを食らっていた。

 それを見たレビィが声をかけるが、ステラは止まらなかった。

 

「雷竜の崩拳!」

 

 ナツの鉄拳とは比べ物にならない広範囲の魔法に、思わず空中に飛んで逃げた。すぐにラクサスも追ってくるが、ステラも翼をつくって宙を舞う。

 

「引き摺ってでも、マスターのところに連れて行く!」

「二度と口を開くな! この餓鬼が!」

「白き竜よ、その爪で世界を白く染め上げろ――」

 

 詠唱を始めたステラに閃光とともに飛んだラクサスの蹴りが直撃した。しかし、ステラは何とか意識だけは保っていた。

 

雪花氷嵐撃(せっかひょうらんげき)!」

 

 氷のように鋭い造形を腕や足に纏い、花が舞うように連撃を繰り出した。滅竜魔法を込めた造形は、見事にラクサスを斬りつけていた。

 

「――だあっ!」

 

 最後に力を込めて地面まで叩き落とした。……ステラも造形魔法の翼が消えて、地面に墜落した。

 苦しそうに咳き込んで、ステラは起き上がれそうになかった。レビィが駆け寄り声をかけたが、それに答える余裕もなさそうだった。

 

「まだだァ!」

 

 またしても雷の轟音が鳴り響く。ラクサスは立ち上がった。そして、また妖精の法律(フェアリーロウ)の発動をしようとした。

 それに気づいたステラも立ち上がろうとするが、先程以上の魔力で吹き飛ばされて近づけなかった。……ナツやガジルも同様に飛ばされて、止めに入れなかった。

 

「オレは一から創り上げる! 誰にも負けない、皆が恐れ慄く、最強のギルドを!」

「そんなことしても……マスターは越えられない!」

 

 最後の力を振り絞って、ステラが吠えた。だが、それを聞いてもラクサスは笑って聞き流した。

 

「消えろ! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)ゥ!」

「ラクサス!!!」

 

 

 

 

 

 眩い光がカルディア大聖堂を呑み込み、その光は街中を呑み込んだ。激しい魔力が、眩い光とともに弾け飛んで対象者に降り注いだ。

 

 

 

 

 

「……オレは……ジジイを越えた……」

 

 誰も彼も消え去り、そこに立っているのはラクサスだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、はずだった。

 

「……言ったはずだ、引き摺ってでもマスターのところに連れて行くって」

 

 砂埃の中から影が現れて、そう呟いた。……見れば他にもいくつかの影。

 ステラ、ナツ、ガジル、レビィ。全員無事だった。

 

「バカな……あれだけの魔力を食らって、無事で済むわけねえ!」

「街の人も……ギルドのメンバーも全員無事だ」

「フリード!?」

 

 傷だらけのフリードが立っていた。ラクサスと別れたあと、ジュビアとカナを仕留めたが……キレて本来の力を取り戻したミラジェーンに敗北したのだ。

 

「そんなはずはねえ! 妖精の法律(フェアリーロウ)は完璧だった!」

「そうだ。だから、これがお前の本心だ」

 

 妖精の法律(フェアリーロウ)は術者が敵と認識した全てを滅ぼす超絶審判魔法。

 

「お前がマスターから受け継いでいるのは、何も力だけじゃない……仲間を思うその心」

「ち……違う! オレの邪魔をするやつは全て敵だ! 敵なんだ!」

 

 魔法に心の中を見透かされた。と、レビィは呟いた。本当は、敵ではなく仲間と認識していることを魔法によって――だが、それをラクサスは否定した。

 

「オレは……オレだァ! ジジイの孫じゃねえ! ラクサスだァァァ!!!」

「あはははは! そんなことに拘るなんて、どっちのほうが餓鬼なんだか!」

 

 そんなラクサスの叫びをステラはかき消すように大声で笑いだした。

 ステラの魔力の質が笑い出すと同時に変わったのをその場にいた全員が感じ取った。

 

「……そうか、テメェが」

 

 ようやくお出ましかと、ラクサスが笑う。ジョゼを倒したのはジジイじゃねえ。この(ステラ)だと、確信した。

 ラクサス以外の全員に悪寒が走った。特にフリードは自分と戦ったときに微笑(わら)ていたのはこいつの方だと、嫌な予感が的中した。

 

「来いよ! ステラ!」

「言われなくても、そうするさ!」

 

 先ほどまで咳き込んで倒れていた姿からは想像できないほどの疾さだった。そして、カウンターも鋭かった。ラクサスが殴ってきた勢いを利用して、顎めがけて肘打ち。そして、その表情(カオ)は嬉しそうに笑みを浮かべている。

 冷静になったラクサスの動きも先程より研ぎ澄まされていた。しかし、妖精の法律(フェアリーロウ)で魔力を消費していたためか、一撃に今までの重みはなかった。

 

「雷竜の咆哮!」

「雪竜の咆哮!」

 

 ラクサスの咆哮にも素早く反応し、同じように咆哮を放って相殺。

 やるじゃねえか。と呟くラクサスに対して、ステラの表情はどこか浮かないものになっていた。赤く染まった瞳からも、光が消えた。

 

「駄目だ。こんなの、つまらない」

 

 妖精の法律(フェアリーロウ)によって、ラクサスは魔力を相当消費していた。それをステラは察したのだ。

 

「……どういう意味だ?」

「やめた。(ステラ)が怒るから。今の貴方にそこまでする意味もない」

「何言ってやがる」

「マスターの危篤を聞いてから気が散ってるくせに。心配ならさっさと行ってやれ」

「……ジジイは関係ねえって言ってんだろ」

 

 バチバチと雷を発生させて、ラクサスの全身に力が入る。魔力も高まった様子をみて、へえ。とステラが呟いた。

 

「あれだけの魔法を使って、まだそんな力があるんだ」

「強がるなよ、雑魚が! 雷竜奉天画戟(ほうてんがげき)!」

 

 武器の形状をした雷が、ステラ目掛けて投げられる。しかし、すでにステラは視界から消えていた。

 

「滅竜――」

 

 後ろから声が聞こえて振り向こうとしたラクサスだったが。ラクサスの背後をとったステラの手には造形魔法で刀が構えられていた。

 

「雪月花"一閃"」

 

 大聖堂の中が一瞬で雪景色に変わった。それに気づいたときには、既にステラは振り向いたラクサスとは逆の方向に立っていた。

 ナツやガジルたちが呆気にとられていると、ラクサスが膝をついて、そのまま倒れた。

 

「ラクサス!」

 

 フリードがラクサスに駆け寄る。確認すると傷はなく、気を失っているだけのようだった。

 

「さて、あとはマスターのところに――ッ……」

 

 それはオレがやろう。とフリードが言葉を返そうと振り向くと、ステラが膝をついて苦しんでいた。口を抑える手は赤く染まり、そして顔にまでエーテルナノの侵食による模様浮き出ていた。

 

「ステラ!」

 

 ナツとレビィがその様子を見てステラに駆け寄った。エーテルナノの侵食なんてどう対処したらいいのかわからず、ただ声をかけることしかできなかった。

 ステラの呼吸が少し落ち着いたのを見計らって、ナツがステラを背負ってギルドに運ぶことになった。

 

「ラクサスのこと、頼んだぞ」

 

 ナツがそう言い残して、フリードと倒れているラクサス以外のメンバーはギルドに戻っていった。



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24話 崩壊する体

 壊れてしまったものを見るように、私を見ていた。それでも、私は信じたい。これが間違えになってもいい。

 どんな風に見られてもいいんだ。ただ大事なものを守りたいだけだって、忘れないでくれればいい。

 だけど、その答えが間違えになるなら、私は裏切ってしまう。仲間も、世界も、なにもかも捨ててしまう。

 それでも信じたいというなら、私も信じるよ。

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「……夢?」

 

 曖昧な意識過ぎて、何があったのかわからない。今までのように、私と()が会話するような夢ではなかった。

 ……思い出せない。あれは自分の言葉なのか、それとも――

 

「目が覚めたようじゃの」

 

 不意に声をかけられて、思わず体が跳ねた。振り向くと、扉の近くにマスターが立っていた。

 

「……あの世?」

「バカを言うな。ワシはちゃんと生きてるし、お主も生きてる」

 

 危篤って言われてたのに元気に立ってるからあの世かと思ってた。あれ、私って、何してたんだっけ……。

 

 考え込む姿を見て、マスターが大きくため息をついた。

 

「色々と話しておかねばならんな……。ステラ、体の調子はどうじゃ?」

「……少し頭が痛いです」

 

 体が重い気がするが、それよりも頭がぼんやりする。冴えない感じだ。

 

「エルザから聞いた。エーテリオンを破壊し、あげく魔力を上げるために食ったそうじゃの」

「……ナツも食べましたよ」

「わかっとる」

 

 マスターはそのまま説明を続けた。そもそも、エーテリオンを止めたときに大量のエーテルナノを浴びたせいで、私の体はおかしくなり始めたらしい。

 元々、魔道士は空気中のエーテルナノを自然に摂取して魔力を回復するが、魔力が空っぽの状態で大量のエーテルナノを摂取することで体がオーバーヒートしてしまう。その状態すらまずいのに、更にエーテリオンを食ったせいで、体は限界だったのだと。

 それが模様のようなひび割れ。その状態でも普通なら魔法を控えて安静が絶対だった。それなのに――

 

「ラクサスと全力で戦ったせいで、エーテルナノによる侵食が内部の奥深くにまで進んでしまっておる」

 

 私はいつものように。いや、それどころか全力で戦った。……曖昧だけど、そういえば私は()に意識を任せてまで戦っていた気がする。思い出そうとすると頭が痛くなるのはそのせいか。

 

「……思い当たる節があるようじゃの」

「そういえば……ラクサスはどうなったんですか」

「それも追々話すわい」

「……ちょっと待ってください。そもそも、私って、いったいどれだけ寝ていたんですか」

 

 嫌な予感がして尋ねると、マスターが人差し指を立てていた。

 

「一日?」

「一ヶ月じゃ。一ヶ月間ずっと、お主は目を覚まさなかった」

 

 そんなに長い時間寝てるつもりはなかった。正直、楽園の塔の一件で四日寝ているときより寝ていないつもりだった。

 いかにも信じられないといった表情(カオ)をしているステラをみて、またマスターは大きくため息をついていた。

 

「ポーリュシカに診てもらったところ、侵食したエーテルナノによって腫瘍ができていた。所謂(いわゆる)、アンチエーテルナノ腫瘍と呼ばれるものじゃ」

「アンチ……エーテルナノ?」

「しかも、それが頭――脳内に。それだけでなく、体の至るところにも小さいものができている」

「……それが、できると……どうなるんですか」

 

 聞かなくても答えはわかっていた。それでも聞かなきゃいけなかった。確信が欲しかった――本当は、信じたくないから聞いた。帰ってくる答えが、私の想像と違うものであって欲しかったから。

 

「本来は取り除けば助かるんじゃが……お主のは……」

 

 さっきのマスターの言葉を思い出す。頭、脳内にできているというマスターの言葉思い出して、答えを待たずに更に質問した。

 

「……いつ死ぬんですか」

「正確なことはわからん。長ければ数十年は持つかもしれないし、一年で死んでしまうこともある」

 

 私の場合はできた場所が悪すぎた。取り除けば助かる病気と言うが、頭の中にできたものを取り除くことなんてできる医者はこの大陸(イシュガル)にはいないと。

 本来は長年の魔力のオーバーヒートが原因で体内に悪性の塊が出来る病気。しかし、エーテルナノの侵食や短期間の魔力のオーバーヒートによって発症してしまったらしい。

 

「そのことを知ってるのは……」

「ワシとポーリュシカだけじゃ」

「……このことは誰にも言わない。そう約束してください」

「しかし、これ以上戦い続けては……」

「そんなの運ですよ。魔法のせいでその病気が進む確証もないんですよね」

「それはそうじゃが、少しでも可能性は下げるべきだと思う我の」

「明日死ぬかもしれない。それに怯えて、小さな希望にすがって生きるくらいなら、今まで通り過ごす。そのほうが、よっぽど楽しい」

 

 強がりだ。今でも信じられない。だって、明日死ぬかもしれないなんて、実感がない。

 エイリアスに言ったら、怒られるだろうか。いや、言わないほうがいい。このことを知ったら、治すために彼は無茶をする。見ず知らずの私を拾って育ててくれるほどお人好しなのだ。彼の人生にこれ以上重くのしかかることだけはしたくない。

 

「……それで、ラクサスはどうなったんです」

 

 これ以上考えても仕方ないので、話を切り替えてもらうことにした。

 バトルオブフェアリーテイルのあと、ギルドの仲間を危険に晒したということでラクサスは破門……雷神衆にはお咎め無し。ナツや色んな人と揉めたらしい。いくら家族とはいえ、特別扱いはできん。と寂しげにマスターは告げた。

 ラクサスはやり過ぎたんだ。ギルドを思う気持ちが強すぎて、空回りしてしまった。

 どこか憑き物が取れたような顔で、ラクサスは素直にギルドを出ていって旅をしているらしい。

 ……あと何か忘れているような。

 

「そうだ。ミストガン」

「……そのことならエルザにも聞かれたが、すまんが奴のことは知らんのじゃ。無口な奴での」

 

 ラクサスは何か知っている様子だったけど、そのラクサスも今はどこにいるかわからないし。ミストガンがジェラールと同じ顔で、正体が何なのかは謎のままになってしまった。

 

 そのあと、もう一回ラクサスの話に戻った。私はすっかり忘れていたが、ラクサスが滅竜魔法を使えること。

 彼は小さい頃から体が弱く、それをどうにかするために父親が滅竜魔法を使えるようにする魔水晶(ラクリマ)を体に入れたらしい。

 そんなものがあるのも初耳だが、それを差し引いたってラクサスは化物じみた強さだ。体が弱いなんて想像できない。

 

「……これで、ギルド内のゴタゴタも片付いたんですかね」

「まあ、そうじゃの……」

「……なにかあったんですか?」

「いや、これからそれを確かめに行くところじゃ」

 

 そういえば、マスターの服装が評議会に行ったときと同じ正装だ。今気づいた。

 

「ある闇ギルドの動きが不穏だということで、定例会で話し合いをすることになっておる。まあ、大丈夫じゃろ」

「……時間、大丈夫ですか」

 

 しまったぁ!? という顔をしていた。青ざめた顔で部屋を出ていく。

 

「……とりあえず、シャワーでも浴びようかな」

 

 気怠い体を起き上がらせて、部屋を出る。

 

 目に映ったのはギルドの人たちがいつも通り依頼をこなし、バカ騒ぎをして過ごす姿だった。

 ステラがその光景に苦笑を浮かべていると、みんながステラの姿に気づいたようだった。

 

「えっと……おはよ」

 

 シャワーどころじゃなくなったのは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 



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―六魔将軍―
25話 希望


 その後、ポーリュシカに診てもらったところ一ヶ月間寝っぱなしの人間の顔じゃないだとか、なんで痩せてないんだろうね。とか散々言われた。

 魔法を使うななんて言われたことで喧嘩になって、マスターが仲裁に入ったりと騒がしかった。

 とりあえず、アンチエーテルナノ腫瘍のこと以外は問題無しらしい。エーテルナノによる傷も何箇所か残ってしまっているが、治せないしその必要もないそうだ。

 

 

 

 

 それから一週間……バトルオブフェアリーテイルから一ヶ月も過ぎると、いつもの落ち着きを取り戻していた。

 

「……うーん、眠い」

「ステラ、髪伸びたわね。ルーシィの星霊に整えてもらったら?」

 

 カウンターの机に突っ伏してグダっているとミラジェーンが声をかけてきた。

 そういえば、気づいたら肩に乗るくらい髪が伸びている。シャワーを浴びるのに時間がかかるのはそのせいか。

 

「そうですね。短く戻してもらおうかな」

「今の長さでも可愛いのに。ちょっと大人びてる感じで」

「……ミラさんって、突拍子もないこと言いますよね」

「本当のことを言ってるだけよ」

 

 こんな人が魔人……バトルオブフェアリーテイルではフリードを倒したなんて信じられない。

 

「……そういえば、その大きな図は何ですか」

 

 カウンターの近くの空中に文字と図が描かれていた。昨日までなかったものだ。

 

「これ? 光筆(ひかりペン)で描いた闇ギルドの組織図よ」

 

 描いたのオレ。と横で誰かが呟いたがミラジェーンは見事にスルーした。

 リーダス、どんまい。とその様子を見ていた人たちは心の中で呟いていた。

 

「おはよー、ステラ」

「もう昼だよ、ルーシィ」

「え!?」

「ウソ」

 

 あくびをしながら挨拶してきたルーシィをからかって遊ぶ。反応が面白くてついつい笑ってしまう。ハッピーの気持ちがわかる気がする。

 ついでに、私の髪を精霊に整えて欲しいと頼んだのだが、驚くとこにすぐさまその精霊を召喚して、あっという間に事が進んでいった。

 

「どうですか……エビ」

「あら、可愛いじゃない」

「いーなー、私も伸ばそうかなぁ……」

「あ、えっと……ありがとう」

 

 あっという間だったので、注文をつける余裕もなかった。本当は短くしてもらいたかったのだけど、頼んだ手前文句は言えない。

 それに、鏡で見せてもらっても中々に悪くない気がした。この精霊、蟹の見た目で語尾がエビなのは突っ込むべきなのだろうか。

 

「そろそろ人が集まってきたから、闇ギルドについて説明するわよー」

 

 あんまり興味が無い話が始まりそうだったが、嫌な顔をしたせいでミラジェーンの目の前という特等席で聞かされる羽目になった。

 

 闇ギルドも単独で動いているわけでなく、バラム同盟の名の下にいる三つのギルドの傘下でギルドが枝分かれしていること。それによって闇世界を動かしていると簡単に説明された。

 

 へぇ……と興味を持って頷くルーシィが組織図を眺めながら、あーっ! と叫んでいた。

 

「あ……! 鉄の森(アイゼンヴァルト)って!?」

「あぁ、以前ララバイを利用しようとしたギルド。六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下だったのか」

「ジュビアとガジル君が幽鬼の支配者(ファントム)に所属していたときに潰したギルドも、ぜーんぶ六魔将軍(オラシオンセイス)の傘下でした!」

「……笑顔で言うなよ」

 

 とんでもないことを笑顔で言うジュビアをグレイが少し引き笑い気味に突っ込んでいた。

 

「大丈夫かな。復讐とか考えてないよね……」

「気にすることねえさ。噂じゃこいつら……たった六人しかいねえらしい」

 

 グレイの言葉によかった。とルーシィも安心する。

 

「六人で闇ギルドの同盟の一角を担ってるって、そっちのほうがやばいと思うけど」

 

 軽く呟いたつもりだったが、その言葉を聞いてルーシィは青ざめていた。でも本当の事だ。

 

「そのとおりよ……それに、噂だとこの六人はたった一人で一つのギルドを潰せる力を持ってるって噂よ」

 

 そのままミラジェーンが情報を追加する。そのせいで周りは青ざめるを通り越してしまっていた。

 

「その六魔将軍だが……ワシ等が討つこととなった」

 

 全員が緊張した表情を浮かべていると、不意に後ろから声がした。振り向くと、神妙な表情でマスター立っていた。

 

「お帰りなさい、マスター」

「違うでしょ、ミラさん!?」

 

 とんでもないことを聞いたあとに、普通に挨拶をするミラジェーンに、ルーシィが突っ込んでいた。

 ……そういえば、私が起きてすぐに少しだけその件についてマスターが漏らしていたことを思い出す。不安は的中してしまったわけだ。

 

「またビンボーくじ引いたな、じいさん」

 

 ため息混じりに呟くグレイに、ふむ。と頷いていた。

 

「今回は相手があのバラム同盟、最大勢力の一角じゃ。一つのギルドで戦って勝利したとしてもその後、闇ギルドの連中から報復を受けないとも限らん。そこで……我々は連合を組むことになった」

 

 その後も続いた説明で、連合軍は妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケットシェルター)、この四つのギルドで各々精鋭を数名を選出し、力を合わせて六魔将軍(オラシオンセイス)を討つことになったのだとわかった。決行は一週間後。

 

「そのメンバーは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなに落ち込まないの。大丈夫よ、ナツたちなら」

「落ち込んでません。慰めようとしないでください」

「あらあら……」

 

 昨日よりも更に机に突っ伏して、顔もあげずに反論する私をミラジェーンが慰める。

 メンバーに選ばれた人たちはギルドに来ていない。準備をするために忙しいからだ。

 

「まあ、ステラが選ばれなかったのは少し予想外ね」

 

 マスターが私のアンチエーテルナノ腫瘍のことを気にしているからだろう。

 

「あーあ……何かいい仕事あります?」

 

 メンバーに選ばれなかった以上、仕方ない。

 

「ミラさん?」

 

 顔を上げると、すやすやと寝息をたててミラジェーンが寝ていた。周りを見渡すと、一人残らず眠っている。

 

「私が眠らせたのだ」

 

 突然目の前に現れた姿に驚いて、椅子から転げ落ちる。

 

「ミストガン……」

 

 相変わらず顔を隠していた。ジェラールとは別人……のはずだ。狡猾さがないというか、そもそも少し匂いも違う。

 疑う表情をしているステラを見て、ミストガンが口を開く。

 

「君に頼みがあるんだ」

 

 なんで私に。と口に出そうとして思いとどまる。助けてもらった恩もあるし、ここは頼みを聞こうと思った。

 

「……いいですよ」

「場所を変えよう。みんなを眠らせっぱなしにするのはマズい」

 

 その言葉に頷いて、ミストガンについていった。

 

 

 

 

 

 

 

 予想していたよりもずっと歩いていた。マグノリアの街もとっくに出てしまっている。

 

「あのそろそろ本題に入っても……」

「このまま移動しながら話そう」

 

 今はとあるギルドに向かっていて、そこである人物に会ってほしいというものだった。その人物の名はウェンディ。天空の滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)、治癒魔法の使い手らしい。

 

「治癒魔法……まさか!」

「そうだ。君の治療をしてもらう」

「どこでその話を聞いたの」

「ポーリュシカから聞いた。君が言うことを聞かないからどうにかしてくれ……とな」

 

 自分の知らないところで話が進んでいることに少し困る。

 それに、あまりギルドに顔を出さないはずのミストガンが、ここまで親身になってくれることに、なんだか変な感じがする。

 

「どうして、そんなに私を気にかけるんです」

「同じギルドの仲間で、私がそうしたいからだ」

「……そういうことにしときます」

 

 お節介な人と思ったが、それだけで私に対してこれだけ色々とするはずがない。最初に出会ったとき、ミストガンは私を見て驚いていた。私のことを知っているということだ。

 

「じゃあ、もう一つ。ラクサスの言っていたAnother(アナザー)って、どういうことです」

「……それは」

 

 ミストガンの言葉が詰まる。Another(違う)という意味。ラクサスが言おうとしていた、ミストガンの正体に迫る何かだろう。

 

「私は、この世界の人間ではない」

「……は?」

 

 突拍子もない答えに、思わず間の抜けた声を上げてしまった。もしかしたら、本物のジークレインで双子でしたというオチを想像していた。

 

「今言えることはそれだけだ。時期が来たら話そう」

「……あのジェラールとは別人」

「ああ、それは間違いない。君たちの知っているジェラールと私は別人だ」

 

 違う世界。だから、Anotherか。それをどこでラクサスが知ったのか。

 理由は……ギルドを思って招待を探っていた。というところだろう。それが真実なのか確かめる術はないけど。

 

「何一つ進展してない」

「これから変わるさ」

 

 うまくまとめられた。というか、恩人に対してガツガツと質問するのも気が引けてしまって、真実にまで届いていないものとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからどれだけ歩いただろう。途中で旅の馬車に乗せてもらって楽はできたが、ここまで2日はかかっている。

 ポーリュシカからマスターに話は通してくれるらしいが、そうしてくれなかったら色々と面倒になる。連合のメンバーに参加できなかった不満から出ていったなんて勘違いされるのは御免だ。

 

 そんな考え事をしながら歩いていたので、ミストガンが立ち止まったことに気づかず、ぶつかってしまった。

 ミストガンは進んでいた方向とは違う空を眺めて、舌打ちをした。

 

「……すまない、ここから先は君一人で行ってくれ」

「……え? いや、ちょっと」

「まっすぐ行けばギルドが見えてくるはずだ」

 

 そう言い残して、忽然と姿を消してしまった。

 

「そんな勝手な……」

 

 そもそも頼みって聞いたのに、実際についていって説明を聞いてみれば、私の治療のため。頼みなんてのも嘘だったわけだ。

 

「……変な人」

 

 思わず呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たどり着いた場所はギルドというよりも、小さな村落のようなものだった。私の姿を見て、村の人々がざわつきはじめた。

 敵意は無いという意味で手を上げただけで、何人かに構えられてしまった。

 

「ここにギルドがあると聞いてきたんですが……」

「ええ、この集落自体が化猫の宿(ケットシェルター)というギルドですが、あなたは……」

 

 ……どこかで聞いたことのある名前だ。いや、それよりも自分のことを説明することが先か。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士です。ウェンディという人にお願いがあって来ました」

 

 右肩の紋章を見せると、納得してくれたようでマスターのもとまで案内すると言われた。

 猫のような形をした建物に案内されると、中にマカロフと同じくらいのじいさんが座っていた。この人が、化猫の宿(ケットシェルター)のマスターらしい。

 

「なぶら」

「……なぶら?」

 

 聞いたことのない単語を呟かれて、オウム返ししてしまった。挨拶なのか、意味すらも不明だというのに。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔道士らしいですよ、マスター。ウェンディに用があるとのことです」

「なぶら……」

 

 あの言葉ずいぶんと汎用性の高いらしい。私には意味がわからないけど。

 

「この傷、ウェンディって人なら治せますか」

 

 百聞は一見にしかず。見せたほうが話は早いだろうと、包帯をとってエーテルナノによる侵食をみせた。

 その腕を見て、深刻そうに口を開いた。

 

「なぶら……わからん。ウェンディは今、ギルドにおらんのじゃ。なぶら、そちらのギルドと連合を組んで――」

六魔将軍(オラシオンセイス)討伐――」

 

 思い出した。連合に参加するギルドの一つだ。滅竜魔道士だし、精鋭として選ばれていても何もおかしくはない。タイミングが悪すぎた。

 私も討伐メンバーに選ばれていれば、ウェンディに苦労せずに会えたということだ。傷さえなければ……。

 

 ――うん、傷がなかったらウェンディに会う意味もないよね。

 

 なんて考えているとツッコミが入る。うるさいぞ、()

 

「お主、滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)か」

「どうしてそれを――」

「いや、ウェンディが言っておったのだ。自分と同じ滅竜魔道士が、妖精の尻尾(フェアリーテイル)にいると。マフラーをした桜髪の少年――火竜(サラマンダー)や白い少女のことを噂で聞いてから、会って話がしたいと」

 

 そして、その為に討伐に参加したらしい。話を聞いていると、ウェンディという人物は自分よりも年下、しかも攻撃魔法は使えないという事実を知る。

 どうして、そんな少女を危険な作戦に参加させたのか。気になって尋ねた。

 

 どうにもこのギルド、まともに魔法を使える人はほとんどおらず、その作戦に役立つのは治癒魔法を使えるウェンディだけだろうということもあり、参加させたらしい。

 本人も、私かナツに会えるかもしれないと自分から参加を申し出たらしい。

 

 ――いつまで居座るつもりだ。用がないなら帰ろう。

 

 頭の中で素っ気無い声が響く。気になったんだからいいじゃないかと頭の中で私に反論しておく。

 

「……善でも悪でもない。お主ら何者なのだ」

 

 片目を見開いて、マスターが突然呟いた。後ろを振り向くが、誰もいない。

 

 ――へえ。このじいさん、わかるんだ。ちょっと代わってよ。

 

 頭に響いた声で自分たちのことを言われているのだと気づく。

 

「流石はギルドマスター。()に気づくなんて、心の中でもよめるの?」

 

 雰囲気が変わったことも察知したマスターだったが、敵意や殺意は感じられないと呟く。マスターが口を開いて、止まった。怪訝そうに眺めていると、また"なぶら"。と呟いた。

 

「ニルヴァーナの封印が解かれたか」

 

 封印が解かれた?それってまずいんじゃないかと、その正体を知らない私ですら考えてしまう。

 

「なぶら、頼みがあります。ニルヴァーナを……我々の負の遺産を破壊してほしい」

 

 唐突に何を言うのか。そもそもニルヴァーナって、なんだ。

 

「反転魔法、ニルヴァーナ。これを止めていただきたいのです」

「そんなこと急に言われても困る。その魔法ってのが、どんなものかも知らないし、他のギルドの人間を巻き込むのはどうなのさ」

 

 我々の。と、このマスターは呟いた。それなら、自分たちのギルドの問題なのだろう。それを他のギルドに任せたいなら、依頼にでも出してくれ。と悪態をつきたくなる。

 

「……我々は戦えないのです」

「それなら、正式に他のギルドに依頼を――」

「我々は、思念体なのです」

「なに?」

「全てお話します。もし、話を聞いて頼みを聞いてくださるなら……代わりにウェンディたちにあなたの治療をお願いする。それが報酬。それでどうでしょう?」

「……まあ、確かにただで治療してくれっていうのも気が引けるし。とりあえず話を聞いてからで」

 

 渋々だが、話を聞くことにした。仮に受けることになっても、正式に出されていない依頼とはいえ、ギルドマスター直々ならば融通くらい効くだろう。そう思ったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話をすべて思い出すと、壮大さと偶然に大きなため息をついてしまう。六魔将軍(オラシオンセイス)の狙いが、ニルヴァーナであり、まさかここで連合に合流するのが最適になるとは思っていなかった。

 

「ま、ナツたちと一緒にいる口実ができて良かったと考えるか」

 

 空を羽ばたきながら、ニルヴァーナが封印されていた場所に向かっていた。六魔将軍(オラシオンセイス)が真っ先に狙うギルドがニルヴァーナを封印した我々のギルドであると、マスターも言っていた。それなら、まっすぐ進むだけで見つかるだろう。

 

 

 もう少しで、日が沈もうとしていた。



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26話 戦争乱入

 化猫の宿(ケットシェルター)のマスターの話では、ニルヴァーナの封印はまだ第一段階が解かれた状態。つまり、誰かがニルヴァーナの封印場所を見つけたに過ぎないとの話だった。

 白い光の柱の下にニルヴァーナがある。すぐにその光を見つけて、飛んでいった。しかし、肝心な、黒か白のどっちの色が解放手前だったかを忘れてしまった。

 

「……それで、これはどういう状況なわけ」

 

 光の近くでは、見たことのない男が二人。そして、エルザが抱きかかえているのは……ジェラールだった。

 

「うぬは、何者だ」

「……いや、お前は敵だな」

 

 どう見ても悪人って顔だ。聞いた私が馬鹿だった。

 

「ステラ……なぜお前が……」

 

 エルザは怒るよりも困惑している様子だった。こっちだって、ジェラールがいる状況を問い詰めたい。

 

「その紋章、妖精の尻尾(フェアリーテイル)か。なるほど、増援というわけか。しかし、あと一歩遅かったな!」

 

 男がそう宣言して両手を広げると、地響きとともに地中から何かが現れ始めた。

 ここにいたらまずいと判断して、エルザとジェラールを掴んで空に飛んだ。

 

「ステラ! なぜここにいるんだ!」

「そんなに怒んないでよ。頼まれたんだ、化猫の宿(ケットシェルター)のマスターに」

「それはどういう……」

「話すと長くなる。片付いたらちゃんと説明するから」

 

 エルザと対象的に、ジェラールは静かだった。それに気づいたエルザが、ジェラールに対して口を開いた。

 

「……自律崩壊魔法陣を解け」

「オレは……」

「さっきも言ったはずだ。"生きてあがけ"と」

 

 よく見るとジェラールの体に妙な魔法陣が描いてあった。だいぶダメージを受けているのはそのせいらしい。

 完全に姿を現したニルヴァーナ。生き物のように動く姿。その大きさ。マスターの話の通り、上に巨大な古代都市がある。

 とりあえず、落ち着いて話をするためにエルザたちを降ろすことにした。

 

「それにしても、なんでジェラールが?」

「オレは――」

「どうも記憶がないらしい。今はニルヴァーナを止めるために協力してくれている」

「記憶って……楽園の塔のことも覚えてないってこと?」

「……すまない。君にも酷いことをしたらしい」

 

 本当なのか疑問だったが、楽園の塔で見たジェラールとは別人のようで、記憶がないというのも納得できた。

 夢で会ったことも覚えていないのだろう。しかし、雰囲気は似ている。

 

「まずはニルヴァーナを止めなければ」

「完全に起動してしまった以上、自律崩壊魔法陣は効かない」

 

 打つ手がないと悔しがるジェラールに対して、大丈夫と声をかける。

 

「最低でも六人の魔導士がいれば、ニルヴァーナを破壊できる」

「なに!? 本当か!」

化猫の宿(ケットシェルター)のマスターの話では、ニルヴァーナは大地から魔力を吸収して動いていて、その魔力を吸収しているのが足の付け根にある魔水晶(ラクリマ)って聞いた。それを同時に破壊できれば、コレを止められるってさ」

「なら、あと3人か」

 

 何にしても、他のメンバーと合流するのが先だろう。

 

「私は上から探してみるよ。そのほうが早そうだし」

「大丈夫か?」

「大丈夫だよ――」

 

 そうして、エルザたちと別れて空から探そうと飛ぼうとして、ふらついた。

 

「……やはり、一ヶ月も寝たきりだと魔力以前に筋力が低下しているんだ。そもそも、化猫の宿(ケットシェルター)まで、どうやって――」

「話せば長くなるって言ったでしょ。大丈夫、ちょっと目眩がしただけだから」

 

 そういって、エルザに止められる前に飛び去った。ミストガンのことを含めて、説明するのが面倒だし、今はニルヴァーナを止めることが最優先だからだ。

 

「それにしても、こんなに大きいのか」

 

 あまりの大きさに、ため息が出る。これだと、例え見つけても合流するのは大変そうだと考えていると、遠くのほうで爆発と炎が上がるのが見えた。

 あんなことするの、ナツしかいないだろうと確信して、その方向に飛んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっき、ニルヴァーナ復活のときにいた二人の男のうちの一人が翼の生えた巨大な蛇に乗ってナツと戦っていた。ナツの背中を掴んでハッピーが(エーラ)で飛んでいる。

 

「ナツ! ステラだよ!」

「んな!? なんでお前がいんだよ!」

「助けに来たんだ。……随分と苦労してるね」

 

 気のせいかナツとハッピーが辛そうだ。明らかに顔色が悪い。

 それに、この男の手と……この魔力の感じは――

 

「滅竜魔道士か。お前」

「その通り、オレは毒竜のコブラ。テメェらとは違う第二世代の滅竜魔道士さ」

「第二世代?」

「ラクサスと同じだよ! 本物の滅竜魔道士じゃないんだ!」

「オレからすれば、お前らのほうが偽物だがな。(ドラゴン)なんて、この世にいねえんだから」

「イグニールはいるって言ってんだろ!!!」

「いねえよ! (ドラゴン)は絶滅したんだ!」

 

 挑発に乗ったナツがコブラに殴りかかったが、簡単に避けられて地面に蹴り落とされた。

 

「うぷ……」

「わー!? ごめん、ナツ!」

 

 急いでハッピーが空に飛び上がる。しかし、ふらふらとしている。

 

「毒が回ってきたみたいだな」

「ごめん、ナツ……オイラ……もう……」

「気にすんな! オレもフラフラだ!」

「そこは気にしようよ!?」

 

 どうにもこのコブラという男の魔法――毒にやられているらしい。もうハッピーがフラフラで、今にもナツを落としそうだ。

 

「交代だ、ナツ」

「あ!? 横取りするなよ! つか、なんでいるんだよ!」

「……うるさい」

 

 造形魔法で鳥をつくって、二人を乗せる。ナツがまた速攻で酔ったのを見て、ナツにとっては乗り物だからだめだったかと後悔する。

 さてと、まずは造形魔法で遠距離から様子を見てみようかと、構える。

 

「聴こえるぞ、まずは造形魔法か。そんなもの、当たらんさ」

「ソイツは心の声を聴けるんだ!」

「アドバイスどーも」

 

 思ったことを指摘されて多少動揺したところに、ハッピーがアドバイスをくれた。心の声を聞くなら……

 

「でも、何発か食らってるよね」

 

 その割にはナツに殴られたあとがある。それを指摘されて、コブラが舌打ちする。

 

「何も考えずに戦うやつなんて、初めてだったもんだからな。だが、お前みたいなやつなら楽勝さ」

「そうかな?」

 

 目をつぶって意識を自分に向ける。眠っている()に声をかけるように、呼びかける。

 

「さて……滅ぼしてやるよ、滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)

「――テメェ、一体!」

 

 困惑するコブラを見て、狙い通りだと確信できた。あいつにも、()の声は聴こえている。

 

「雪竜の咆哮!」

 

 ――さて、次行くぞ!

 

 私は、そのつもりだ。だから、そう技を宣言した。しかし、実際は造形魔法で避けても追尾するように攻撃を繰り出した。

 

「どういう事だ! 何が起きてやがる!」

 

 滅竜魔法で蛇の上からコブラを蹴り落とす。自分でも驚くくらい攻撃の切り替えがうまくいく。それこそ、体が勝手に動く感じだ。

 

「クソが!」

 

 咆哮らしき攻撃をしてきた。あれを食らったらナツとハッピーのようにじわじわと毒に追い詰められるのだろう。それはゴメンだと攻撃をかわして着地し、懐に潜り込む。

 

「な!?」

 

 ――ナツと同じ"乗り物に弱い"と思った?

 

 私も乗り物に弱いと予想して、まさか地面に降りると思っていなかったのか、懐に潜り込まれて驚いたのか、こっちは声が聴こえないからわからない。でも――

 

「――聴こえても、この距離なら避けられない」

 

 ――極寒の息吹よ。白きせかいに埋めつくせ

 

極零氷雪(ゼロフィルブリザード)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬でコブラを凍りつかせる。意外とあっけなかった。なんて思っていたら、すぐ近くにもう一つ魔力があった。

 ニルヴァーナの封印を解いたときにいた、もう一人の男だった。

 

「まさか、コブラをこうも簡単に片付けるとはな」

「……助けないの?」

 

 凍りついたコブラをコンコンと叩く。私とコイツが戦っているときに、助太刀に入っていれば、助けられたかもしれないのに。

 

「ふん、正規ギルドに負けるクズなどいらんわ」

 

 あまりにも最低な言葉に呆れる。自分の仲間を道具としか思っていないのだろう。

 

「この先、仲間などいくらでも増やせる。ニルヴァーナによってな、ハハハ――」

 

 そう言って大笑いしているところに距離をつめて腹を殴り飛ばす。

 

「雪竜の咆哮!!」

 

 そのまま追い打ちをかける。不意打ちとはいえ、見事に飛んでいった。ふっ飛ばされた男は呆気に取られた顔で倒れていた。

 なんて奴だ。といった感じで睨みつけてきた。

 

「正規ギルドのクズにやられるよ?」

「ふん、言ってくれる。常闇奇想曲(ダークカプリチオ)!」

 

 螺旋状の魔法が一直線に飛んでくる。横に跳んで回り込もうとしたが、魔法も私の動きにあわせて曲がってくる。

 

「無駄だ、何処までも追い続けるぞ!」

「スノーメイク"雪洞(かまくら)"」

 

 魔法を防ごうと盾をつくる。しかし、簡単に貫通してきた。

 

「無駄だと言ったはずだ!」

 

 勝ち誇ったような表情が見えた。ただ、壁を壊しただけだというのに、いい気なものだ。

 

「雪竜の鋭爪!」

 

 蹴りで軌道を逸らす。さっきまでの表情が嘘のように、冷や汗をかいている。

 驚いている隙をついて距離をつめる。そのまま滅竜魔法で殴って、蹴って――

 

「――"雪花氷嵐撃"!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 情けなく倒れている男に近づいて、体を足で踏んづけた。しかし、反応がない。意識はあるが声をあげる力も残っていないらしい。

 

「これで終わりだ」

 

 造形魔法で刀をつくり、振り上げる。首元に一突きすれば――

 

「そこまでだ!」

 

 何者かの威圧を感じた。また敵かと感じた気配の方向を向くと、グレイとルーシィ、そして、とてつもない威圧と魔力を放つ坊主の男が立っていた。

 

「なんで……お前がここに」

「む、知っている人物か」

「あたしたちの仲間よ。ほら、肩のところに紋章があるでしょ?」

「うむ、そうであったか」

 

 グレイの呟きに、坊主の男が反応して、ルーシィがフォローを入れていた。先程までの威圧が消え去る。この坊主の人も連合のメンバーということか。

 

「その者にはまだ聞くことがある。これを止める方法を聞かねばならんからな」

「止める方法はわかってるからね。こいつを生かす理由はない」

 

 敵なら確実に始末する。それに、用無しならなおさらだ。刀を振り下ろそうとして、飛んできた岩に弾かれた。

 何をするんだと叫ぼうとするより先に、ルーシィが叫んだ。

 

「やめて! ステラ!」

「……後悔しても知らないから」

 

 倒れている男の元を離れて、ルーシィたちのほうに歩いていく。なにか、ぶつぶつと呟いているのが聞こえて、振り向いた。

 

「ま、まさか……この私がやられるとは……ミッドナイトよ、後は頼む。六魔は決して倒れてはならぬ……もし、六つの祈りが消える時……あの方が……」

 

 不気味なことを呟いていた。なんのことかと問い詰めるよりも早く、男は気を失ってしまった。

 

「つーか、なんでお前がここにいんだよ」

「話せば長くなる。今はニルヴァーナを止めることが先だ」

「……そうだ、これ……止めて、く、れ……」

「な、ナツ!?」

 

 やばい。そういえば造形魔法でつくった鳥の上に乗せたままだった。急いで着地させて、ナツとハッピーを降ろす。

 降ろしても辛そうなのは、ニルヴァーナが乗り物だからだろう。

 

「みなさぁーん!」

 

 声のするほうを振り返ると、そこには青く長い髪を揺らしながら少女がかけてきた。

 

「ウェンディ、無事だったか」

 

 グレイがその少女のほうを見ながら名前を――この子が、ウェンディ。"天空の滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)"か。よくみるとハッピーに似た白い猫が横を飛んでいる。

 

「やっぱり、この騒ぎはあんた達だったのね。それで、その女は誰よ」

 

 不安そうな表情で走ってくるウェンディ。ため息をつきながら呆れた表情を浮かべ、ウェンディの隣を飛んでいる白い猫が、私のほうを指差してきた。

 

「ちょっと、シャルル。失礼だよ」

「気にしないで、私はステラ。ステラ・ヴェルディア。ナツたちの仲間だよ」

「そうだ! この都市、私たちのギルドに向かってるみたいなんです!」

「その化猫の宿(ケットシェルター)のマスターから頼まれた 。ニルヴァーナを破壊するために」

「本当ですか!?」

 

 慌てるウェンディを"大丈夫だから"と声をかけて落ち着かせる。マスターから聞いた話を要点だけ簡単に説明した。

 そして、ルーシィたちからも情報をもらう。六魔将軍(オラシオンセイス)は残り一人――さっき私が倒した男はブレインと呼ばれていたらしい。

 司令塔、マスターのような男だったらしく、倒せばニルヴァーナが止まると思っていたようだ。

 

「早く……治してくれ……うぷ……」

「……とりあえず、ナツたちの治療をお願いできる? 毒にやられたみたいで」

「はい! 任せてください!」

 

 とりあえず、六人以上の魔道士がニルヴァーナにいた。これで破壊できる。……あと1つの問題を除いて。

 

「ステラ殿、お主……」

 

 この坊主の男――聖十大魔道士の一人であるジュラは私の異常を察知したらしい。何も言わないで、という意図で人差し指をたてて口に当てる。それに対して無言で頷いてくれた。

 

 治療が終わっても元気にならないナツにウェンディが慌てふためいたが、ナツが乗り物に弱いということを聞いて、トロイアという魔法をかけられると……ナツが元気になった。

 

「これ、あれだなぁ…乗り物って実感がねえのが……なあ、ルーシィ! 乗り物の精霊とかだして――」

「やめろ、バカ」

 

 空気の読めないナツの頭をぶん殴る。

 

「いてえな! ステラ!」

「ちょっとは空気を読め! ……妖精の尻尾のギルドが狙われてたら、どう思う……少しは考えて行動して」

 

 後半の声は小さく、ナツにしか聞こえないように話した。流石にナツも理解したらしく、小さく頷いていた。

 

「取り敢えず、ニルヴァーナを止める方法を説明する」

 

 大まかに説明をした。それぞれ6つの魔水晶を同時にすること、そのために必要な魔道士は足りていること。

 

「……あとは、どうやって同時に破壊するか」

 

 それが一番大きな問題だ。1つでも残っていると、他の魔水晶を修復してしまう。それではニルヴァーナを破壊できない。

 

「やっぱり、こいつを制御するほうがいいんじゃねえか?」

 

 破壊するよりも簡単だろうと、グレイが提案する。

 

「でも制御するのはこの場所だってホット………リチャードが言ってたし」

 

 ルーシィがぽつりと呟いた。どうも、わざわざ移動してきたのは、ここが制御する場所だと聞いていたからだそうだ。

 

「リチャード殿がウソをつくとも思えん」

 

「止めるとかどうとか言う前にもっと不自然な事に誰も気づかない訳!?」

 

 ジュラたちの話を聞いていて、シャルルが疑問に持ったことを叫ぶ。

 それに対して私も含めて全員がなんのことか気付いていない顔をしている。

 

「操縦席は無い、王の間に誰もいない、ブレインは倒れた、なのに何でこいつはまだ動いているかって事よ」

 

「――まさか、自動操縦!? すでにニルヴァーナ発射までセットされて……」

 

 シャルルの疑問を聴いて、グレイが仮説に辿り着いて言葉を漏らしたが……最後までは言わなかった。全て言葉にしなかったのは、ウェンディが体を震わせ、瞳には涙を浮かべているのを見てしまったからだろう。

 

「どうしよう……このままじゃ……」

 

 ウェンディは口に手を添えながら嘆いた。

 

「大丈夫!ギルドはやらせねえ。この礼はさせてくれ」

 

 ナツはウェンディを励ますように、言葉を続けた。

 

「必ず止めてやる!!」

 

 

 

 

 

 



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27話 目標を失わず

 ニルヴァーナを止めるためには今集まっている魔道士では足りない。そこで、私とウェンディそして、シャルルと共にエルザとジェラールを探しに行くことにした。

 ウェンディを連れて行ったのは、私の怪我の話をしておこうと思ったのと、彼女が「ジェラールなら何か……」と呟いたのを聞いたからだ。少なくとも、彼女はジェラールを知っている。

 

「ステラさんも……滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)なんですか?」

「うん、そうだよ」

「連合のメンバーじゃないのに、どうしてここにいるのよ」

 

 どこか優しい感じで質問をするウェンディに対して、シャルルは結構キツイ感じだった。

 

「ウェンディに、治して貰えないかって、ある人から言われて化猫の宿(ケットシェルター)を訪ねたんだ。そこで、マスターに頼まれたってわけ」

「私に治して貰う?」

「……うん。このままだと私、長くないみたいでさ」

 

 突然の告白に、ウェンディとシャルルのどちらも驚いていた。どういうことよ! と、すぐにシャルルが質問してくる。

 袖をめくって、エーテルナノの傷を見せた。傷を見て、二人とも言葉を失っていた。

 

「高濃度のエーテルナノを浴びすぎて、腫瘍もできてるらしくてさ」

「そんな、今すぐ治療を――」

「今はやるべきことがある。それに、すぐに死ぬわけじゃないから平気だよ」

「でも……」

「大丈夫だって、こうして魔法だって使えてるんだから。」

 

 実際、今も造形魔法で翼を作って飛んでいる。大丈夫なはずだが、話すタイミングを誤ったかもしれない。ウェンディに余計な心配をかけさせてしまった。

 

「あれ、エルザじゃない?」

 

 シャルルが真っ先に気づく。私は、おーいと声を出してエルザに手を振っていた。

 

「無事だったか」

 

 エルザがウェンディたちを見て呟いていた。

 ジェラールを見て、どこか恥ずかしがるウェンディ……どうしたのだろう。

 

「……君は?」

 

 ジェラールの一言でウェンディが止まった。……なにか事情がありそうだ。

 

「ジェラールは記憶が混乱している。何も憶えていないらしい」

「オレの知り合い………だったのか?」

 

 ウェンディはかつてジェラールに助けられたらしい。7年前に竜とはぐれてから、今のギルド、化猫の宿(ケットシェルター)に来るまでお世話になったとのことだった。

 

「……とりあえず、今はニルヴァーナを止めないと。ナツたちも無事だった。とりあえず合流したほうがいいはず」

「そうだな――」

 

 エルザが何か言おうとしたとき、ニルヴァーナが音をたて揺れ始めた。

 

「まさか、ニルヴァーナを撃つのか!!?」

 

 エルザがニルヴァーナを撃とうとしていることに気付き叫んだ。

 

「――っ! ウェンディ、エルザたちの案内を頼む」

 

 時間があるものだと思いこんでいた。完全に私のミスだ。止めないといけない。絶対に。

 飛び上がろうとして、エルザに腕を掴まれた。

 私がニルヴァーナの発射を阻止しに行こうとしているとわかったのだろう。

 

「――よせ! 闇に呑まれるぞ!」

「馬鹿言うな、()に闇も光もないんだから!」

 

 既に発射口とみられる箇所に光が集まっていた。どうする。どうすれば――

 

 ――()に代われ!

 

 焦る私に対して、頭の中に声が響いた。一瞬躊躇うと、早くしろ! と叫ばれた。気づいたときには体が勝手に動いていた。

 

「……あそこだ」

 

 化猫の宿(ケットシェルター)とニルヴァーナのちょうど中間の地点に着地する。

 

 

 口を大きく開けて天を向く……自分の魔力と大気中の魔力を合わせた魔力の塊を真上に作り出して、構える。

 

 

 

 

 

 

 

 ――消えろ!

 

 

 

 

 ニルヴァーナの発射に合わせて、それを放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニルヴァーナから発射された魔法を消し去る。どんな魔法だったのかわからないが、阻止できたようだった。

 

「……ふう」

 

 それにしても、さっきの魔法は何だったのか、()に尋ねる。

 

 ――咆哮だけど。

 

 あんな威力で咆哮を放つなんて、そもそもお腹に力を込めて吐くものじゃないのか、咆哮って。

 

 ――自分の魔力、魔法を核にしてつくりだす。周りの魔力も上手く使ってるの。

 

 意味がわからないが、なんとかニルヴァーナの発射を相殺できた。それどころか、ニルヴァーナの動きも鈍くなっている気がする。

 しかし、体が思うように動かない。

 

「……まずい」

 

 ――滅竜奥義を2回も放って、今の咆哮……動けると思う?

 

 そう言われながらも、少しずつ体に力が入るようになってきた。しかし、戦えるだろうか。

 

 ――しばらく寝るから、こっちも限界。

 

 そう言い残して、意識を落としてしまった。

 ……どうして、私に協力するようになったのか。少し前まで、私は意識を渡さないようにしていたのに、気づけば簡単に向こうの意識と入れ替わっている。今なら、私の意識を塗りつぶしてしまうことだって、()にはできるのだろう。

 ……やっぱり、よくわからない。前は私のことを気に入らないって感じだった。目的も違うはずだったのに、今では私のやるべきことを代わりにやっている……といった感じな気がする。

 

「……早く戻らないと」

 

 これ以上考えても仕方ないと思考を遮って何とか立ち上がる。しかし、思ったように体が動かない。ニルヴァーナに乗り込むには時間がかかりそうだ。

 しかし、急がなければ。幽鬼の支配者のジュピターのときのように、元を破壊できなければ意味が無い。

 

 

 

 

 

 

 

『み――、聞こえ――』

 

 頭の中に声が響いた。()じゃない。そうなると、一体誰の声だろうか。

 ふと空を見上げると、天馬の形をした飛行艇らしきものが飛んでいた。多分、あそこからの通信――念話だろう。

 

『聞こえるかい! 誰か、無事なら返事をしてくれ!』

 

『ヒビキか!?』

 

 聞き覚えのある声。エルザの声が響いた。

 

『エルザさん? ウェンディちゃんも無事なんだね』

『私も一応無事だぞ』

『先輩! よかった!』

 

 知らない声頭の中をも飛び交う。しかし、反応からして仲間なのだろう。

 

『ステラ! 大丈夫なのか!』

「えーっと……これ、話せば聞こえるの?」

『『誰?』』

 

 エルザの声に反応して、あたふたしながら返事をするが、私のことを知らない人から最もなことを言われた。

 

『私たちの仲間だ。ナツやウェンディたちと同じ、滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤ)のステラだ』

『仲間か、心強い。それにしても滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)が3人も揃うなんてね』

『しかしどうなっている? クリスティーナは確か撃墜されて……』

『壊れた翼をリオン君の魔法で補い、シェリーさんの人形撃とレンの空気魔法(エアマジック)で浮かしているんだ』

「……ふぅ、ごちそうさまでした。ニルヴァーナ発射は阻止できた。ギルドは無事だよ」

『そうか……っ!』

 

 一瞬、念話が途切れかかった。見ると、クリスティーナと呼ばれる飛行艇が落下を始めていた。

 

『僕達の事はいい! 最後に、これだけ聞いてほしい。時間がかかったけど、ようやく“古文書(アーカイブ)”の中から見つけたんだ! ニルヴァーナを止める方法を!』

『その話は知っている。ステラから聞いた。しかし、タイミングを同時に計れないんだ』

 

 ……あまりにもあっさりと告げるエルザに"え?"と間の抜けた声をヒビキが上げていた。

 なんだか、申し訳ないことをしてしまったのかもしれない。

 

化猫の宿(ケットシェルター)のマスターから聞かされたんです。6つの魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊すれば、ニルヴァーナを止められるって」

『いや……話を知っているなら早い。君たちの頭にタイミングをアップロードするから、あとは――』

『無駄な事を……』

 

 念話がまた切れたのかと一瞬思ったが、すぐに低い男の声――聞き覚えのある声だ。

 

「お前、生きていたのか!」

 

 思わず噛み付くように声を上げた。

 

『オレは六魔将軍(オラシオンセイス)のマスター、ゼロだ。お前か、この(ブレイン)を痛みつけた小娘は』

『僕の念話を“ジャック”したのか!?』

 

『まずは褒めてやろう。ブレインと同じ“古文書(アーカイブ)”を使える奴がいるとはな。手始めにテメェらの仲間を4人破壊した。聖十大魔道士に、滅竜魔導士、氷の造形魔導士、精霊魔導士、あと猫か』

「嘘だ……お前なんかに、ナツたちが負けるわけない!」

『馬鹿な! あのジュラまで!?』

 

 私以外の人も思わず声を上げていた。それを嘲笑うかのようにゼロは説明を続けた。

 

『オレは6つの魔水晶(ラクリマ)のうちの一つの前にいる。オレがいる限り、同時に破壊は不可能だ! ハハハハハ!!!!』

 

 ぶつりと嫌な音を立てて、ゼロとの念話が切れた。

 

 

『――こっちは2人だ!』

『私もいるぞ、縛られているが』

「縛られてて大丈夫なんですか?」

『メェーン……今こそ力の香り(パルファム)を解放する。期待したまえ』

 

 なぜだろう。この声を聞いていると……背中がぞわぞわする。凄く寒気を感じるのだ。

 

『っと……こっちは3人だ』

『『グレイ!』』

 

 やられたと聞いていたグレイの声を聞いて安心する。やっぱり、あんな奴に負けるはずがなかった。

 

『ナツとルーシィ、ハッピーも無事だ。ジュラに守ってもらったんだが、爆発に巻き込まれて気を失ってた……ジュラは不意打ちでやられちまって無理だ』

『……とりあえず、6人以上いるみたいだね。君たちの頭に地図と魔水晶(ラクリマ)にそれぞれ番号を振った、重ならないようにバラけて……』

 

 念話に雑音が入り始める。ヒビキの魔力が限界らしい。

 嫌な魔力……それに匂いを感じ取って、行く場所をすぐに決めた。

 

「1だ。ここに、アイツがいる」

『なら、オレも1に行くぞ。さっきコブラを横取りされたからな!』

 

 あれはナツの自業自得だ。と思ったけど口にはしなかった。

 

『大丈夫なのか?』

 

 心配するエルザ。それに対して一番先に反応したのはナツだった。

 

『心配すんなって、オレとステラにかかれば、あんな奴どうってことねえ!』

「……うん。任せてよ」

 

『なら、オレは2だ』

『3に行く! 本当にゼロいない?』

 

 順にグレイとルーシィが告げる。

 

『私は4へ行こう。ここから1番近いと香り(パルファム)が教えてくれている!』

『教えているのは地図だ』

『そんなマジでつっこまなくても……』

『私は5に行く』

『では俺は――』

『お前は6だ』

『他に誰かいんのか? 今の誰だ!』

 

 今の声はジェラールのものだ。なぜエルザがわって入って……ナツたちはジェラールの記憶のことを知らないのか? そうならば、混乱を防ぐためか。

 

「……あれ?」

 

 気づくと念話が切れていた。ヒビキの魔力が尽きたようだ。ある意味、いいタイミングで切れたのかもしれない。

 

 翼を造形魔法で作って飛び上がる。だいぶ体も馴れてきた。

 

必ず止める。ナツが交わした約束を守るために。

 

 

 

 

 

 なんとかニルヴァーナに降り立ったが、酷く頭が痛い。

 頭を抑えながら、魔水晶まで向かっていた。

 

「大丈夫かよ、ステラ」

 

 不意に肩に手をのせられて、思わずびっくりして飛び上がる。

 

「……ナツか」

「そんにビビんなって。オレがびっくりするぞ」

 

 魔水晶に近づくにつれて、それとは別に異様な魔力を感知した。魔水晶の魔力ではなく、先程のブレインと呼ばれていた男とは、比べ物にならないほどの魔力だった。かつて戦った聖十大魔道士のジョゼに似た魔力。

 

「ナツ……燃えてきたでしょ?」

「ああ、こんな気持ち悪い魔力初めてだ」

 

 魔水晶の前に立つ男。この男が、六魔将軍のマスター、(ゼロ)。向こうがこちらに気づいて口元がつり上がる。

 

「ようやくお出ましか。滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)

 

 そのゼロを見て、ナツが笑った。

 

「壊れんのはオレとお前、どっちだろうな」

 

 そう宣言して、ナツが真っ先に飛びかかる。真正面から突っ込むとは思ってなかった。

 ゼロは素早く反応して指先から魔法を繰り出そうと構える。私はゼロの懐まで飛び込んで腕を蹴り、魔法を防いだ。

 

「火竜の鉄拳!」

「雪竜の鋭爪!」

 

 ナツが殴り、そのまま私が蹴り飛ばす。ゼロをふっ飛ばしたのを確認して、ナツに怒鳴った。

 

「正面から突っ込んでどうするのさ! もう少し頭使え!」

「作戦Tだって言ったじゃねえか」

「作戦Tって何よ、そもそも言ってない!」

突撃(TOTUGEKI)のTだろ! 当たり前だ!」

 

 瓦礫の中から無傷でゼロが立ち上がる。予想はしていたが、無傷なところを見ると少し驚いてしまう。

 

「この程度か!? 滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)の破壊力は!」

 

 流石にマスターと名乗るだけの実力はあるらしい。全く、ブレインと同じ姿なのに魔力は桁違いで、威圧感や雰囲気も全く違う。

 

「……やるしかないか!」

「ああ! 行くぞ!」

 

 今度は息を合わせて二人で突撃する。それに反応して先程よりも早く、ゼロが指先から魔法を放ってきた。ブレインの魔法と似ていたから、同じように蹴り軌道を逸らした。

 

「ブレインのものと一緒にするなよ!」

「――よけろ! ステラ!」

 

 ナツが叫んだときには、私はふっ飛ばされていた。

 逸らしたはずの魔法が、壁を突き破って戻ってきた。

 

「くそっ!」

 

 止めようと魔法に殴りかかる。しかし、弾かれる。もう一度だと構えて、激痛が走った……ゼロの魔法の衝撃で、手の肉が抉られていた。

 

「――ッああああ!」

「ステラ!」

 

 ナツが全力で殴って止める。右腕を左手で支えて、ようやく止めていた。

 

「……ほう、貫通性の魔法を止めるとは面白い」

 

 握れない。肉が抉られて力が入らなかった。

 

「ごめん、ナツ」

「油断するな――」

 

 ナツの言葉を遮るように爆発音がしてふっ飛ばされた。ゼロは動いていなかった。

 さっき自分たちが入ってきた入り口からの攻撃、新手かと構える。そして、その姿を見て、止まってしまった。

 

「……ジェラール」

 

 そんな馬鹿な。だって、他の魔水晶に行ったはずだ。

 

「ジェラァァァァルゥゥゥゥ!」

「待って、ナツ!」

 

 突っ込むナツに、先程と同じようにジェラールが魔法を繰り出した。しかし、ナツはその爆発を食った。

 

「オレに炎は効かねえぞ!」

 

 そう吠えるナツをみて、ジェラールが笑った。

 

「……そうだな」

「記憶が戻ったのか、貴様」

「――ああ」

 

 ゼロの問いに、ジェラールが小さく頷いた。……記憶を失っていたからと言って甘く見ていたことを後悔した。

 

「ナツという希望をな」

 

 その考えを消し去るかのように、ジェラールが言葉を続けた。

 

「滅竜魔道士。その力は炎によって増幅する。対局はかわらんぞ、ゼロ。ニルヴァーナは止める」

 

 呆気に取られている私とは逆に、ナツはジェラールに近づいて殴った。

 

「ふざけんな! どういうことだ!」

「ちょっと待ってナツ! ジェラールは記憶を失ってるんだ! だから――」

「あの事を忘れたっていうのか! ふざけんな! お前がエルザを泣かせたんだ!」

 

 今にもジェラールをどうにかしてしまいそうなナツを必至に抑え込みながら説得する。

 

「今は、ウェンディのギルドを守るために力を合わせなきゃいけないんだ!」

「頼む、ナツ……」

「ぬぐぐぐく……」

 

「内輪もめなら他所でやれ! 鬱陶しいんだよ!」

 

 しびれを切らしたゼロが、私たちに向けて魔法を放った。造形魔法で防ごうと構えようとして――さっきの傷で上手く構えられなかった。

 ……気づいたときには、ジェラールが私とナツの前に立っていた。ゼロの魔法から、私たちを庇ったのだ。

 

「……オレを始末するのはあとでもできる。こんなにボロボロなんだ。……今は、奴を倒す力を――」

 

 そう言って、ジェラールは倒れかけながら炎を掌に出していた。金色に輝く炎は小さくも確かに力強く燃えていた。

 ナツはその手を掴んで、炎を受け取った。ナツの全身に炎が広がり、それを全て喰らい尽くした。

 

「……ごちそうさま」

 

 その魔力の変化に、寒気がした。私は知っている。ナツのこの姿。そして、この魔力――エーテリオンを取り込んだときと同じだ。

 

「ドラゴンフォースか。滅竜魔法の最終形態――その力は、竜に等しいらしいなぁ……」

 

 ナツの変化を見て、嬉しそうにゼロが呟いた。

 

「……オレの全魔力だ。行け! ナツ!」

 

 ジェラールの言葉が終わると同時に、ジェラールを殴ったときとは比べ物にならない疾さで、ゼロの懐にまで飛び込んだナツは、そのまま殴り飛ばして、追い打ちをかけていった。

 しかし、ゼロも一撃こそ食らったが平然と立ち上がり、ナツの動きについていき――いとも簡単にいなしていた。だが、ナツも体が慣れてきたのか動きが良くなってきている。

 その様子を眺めながら、ジェラールが口を開いた。

 

「時間が来たら、君が魔水晶を壊すんだ」

「そのつもりだけど……ジェラールが壊すはずだった魔水晶は?」

「ウェンディに任せてきた。彼女も滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)、やってくれるさ」

 

 今の私は、ゼロに対抗できない。やられた手に力が入らない――たった一撃でこのザマだ。

 楽園の塔で、私はエーテリオンを取り込めなかった。そして、侵食された。……あそこまでの力を私だけでは引き出せない。

 

「……っ」

 

 同じ滅竜魔道士(ドラゴンスレイヤー)なのに、同じ妖精の尻尾(ギルド)の魔道士なのに……

 

 

 

 

 

 何もできずに戦いを眺めるだけの自分に苛つかずにはいられなかった。

 それが最善だとしても、仲間が必死に戦う姿を見ているだけの自分。

 

 

 

 ――あと、5分。

 

 

 ナツもわかっている。この魔水晶(ラクリマ)を壊すタイミングを逃してしまったら、ニルヴァーナは壊せず、ウェンディたちのギルドを守れない。

 ナツとゼロは少しずつ魔水晶(ラクリマ)の側を離れるように戦いを繰り広げていた。

 ナツが上手く誘導しながらゼロと戦って隙を作ってくれている。だから、私はそれを無駄にしたらいけない。

 不意にゼロがこっちを見て不敵な笑みを浮かべた。何かしてくるのかと警戒した次の瞬間――何かが光った。

 

「がはっ――!?」

 

 何かがお腹のあたりを突き抜けた。それしかわからず、そのまま膝をついた。

 

「ステラ!」

「よそ見してんじゃねえよ!」

 

 私がやられたことに気を取られたナツが、ゼロの魔法をくらい、床を突き破って落ちていった。

 ゼロは立ち上がれない私を嘲笑いながら、ナツを追って床の穴に消えていった。

 

「っ……なんだ、お前!」

 

 杖に髑髏をつけたような物体。こいつが攻撃――ブレインが持っていた杖か。

 

「この魔水晶(ラクリマ)を破壊されるわけにはいかないのでね」

 

 油断した。私も、ジェラールやナツも、まさか他に敵がいるとは思っていたなかった。

 

「――スノーメイク」

「させませんぞ!」

 

 倒れた状態で魔法を使おうとして構えた片手を器用に踏み潰された。

 ……このままだと、時間が来てしまう。何とか隙を作って魔水晶を――

 

「あと3分程度と言ったところですかな」

 

 その言葉――いや、時間に私とジェラールは驚いてしまった。

 杖が呟いた時間は、頭に浮かんでいたヒビキがセットした時間とほぼ同じだった。

 

「まさか……ハッキングを」

「ブレインが古文書(アーカイブ)を使えるということは、マスターゼロも――先程、念和をジャックしたのと、同じ要領で行ったのですよ」

 

 ジェラールがハッキングと呟いたのに反応して、杖がペラペラと説明をしていた。

 完全にやられた。相手にタイミングがバレているなんて、思ってもいなかった。

 

「両腕が使えないだけでは不安ですな。その足も潰しておきましょう」

 

 そう呟いた杖が光ると、私の両足に激痛が走った。

 

「あああ――!!!」

 

 動かない。足も手も――こんな、こんな奴に邪魔されるなんて、最悪だ。

 悔しくて、痛くて叫ぶ。それを見て、この杖は笑っていた。

 

「ステラ!」

 

 ジェラールはナツに魔力を全て渡してしまって動けない。ナツはゼロとまだ戦ってるはずだ。

 

「あと1分ですぞ」

「黙れぇぇぇ!!!」

 

 ナツとウェンディの約束。こんな奴に邪魔されて、破れさせてたまるか!

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

「あああ―――!!!」

 

「ステラ!」

 

 少女の悲痛な叫びを聞いて、ジェラールはその名前を口にしていた。

 そんな様子を眺めながら、杖――クロドアは笑っていた。

 

「あと1分ですぞ」

 

 あざ笑うかのように、クロドアはステラに時間を告げる。

 魔水晶(ラクリマ)を同時に破壊して、ニルヴァーナを止められる唯一の機会(チャンス)のタイミング。

 これを逃せば、化猫の宿(ケットシェルター)はニルヴァーナによって闇に染まる。

 

「黙れぇぇぇ!!!」

 

 吠える少女の顔を黙らせるために、クロドアはその顔を蹴り飛ばした。

 息を荒げながら、それでもステラは杖を睨み続けていた。

 

「残念ながら、我々の勝ちですな!」

 

 クロドアがそう告げると、ステラの魔力が途端に跳ね上がった。

 魔力の変化だけでなく、その姿も大きく変化していた。

 翼と尻尾が生えて――まるで、(ドラゴン)のような姿。

 

「があっ!!」

 

 大きく翼と口を広げて、杖に向かって飛び上がる。

 しかし、瞬時にクロドアはそれを避けた。

 

「残念――」

 

 外れ。そう告げるよりも早く、ステラは魔水晶(ラクリマ)に衝突――突進していた。

 大きな音をたてながら、崩れ落ちる魔水晶。

 

最初(はな)っからお前なんて狙ってないんだよ」

 

 そう呟いたステラは、そのままバランスを崩して墜落した。

 ……それと同時に、ニルヴァーナの崩壊も始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 



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28話 ツカムモノ

 崩壊の始まったニルヴァーナ。クロドアは慌てふためき、跳ね回ることしかできなかった。

 禍々しい魔力とともに一人の男が魔水晶(ラクリマ)のあった場所に戻ってきた。

 

「クロドア……どういうことだ」

「も、も……申し訳ありません!」

 

 ゼロのあまりの気迫にガタガタと怯えながらクロドアはドクロの部分を地面につけ土下座らしき行為をしていた。

 

「役立たずが!」

「ぎゃひ!?」

 

 その行為も虚しくあっけなくクロドアが踏み潰されて木片が飛ぶ。……杖からは魔力も何も感じなくなった。完全に壊されたのだ。

 

「……まあいい。このオレ自ら破壊すれば済むことだ」

 

 朦朧とする意識、それなのに嫌な予感だけははっきりとする。

 私は怒りからか、恐れからか、震えていた。

 

「お前ッ……ナツは……」

「壊すには惜しい男だったよ」

「――あああぁぁぁ!!!」

 

 翼を広げてゼロに飛びかかろうとした。しかし、翼は一瞬で崩れ去り、ゼロに近づくこともできずに倒れた。

 そのとき、瓦礫が目の前に落ちてきて――気づくと私は腕を引っ張られていた。そのまま崩れる瓦礫の間を抜けて、ゼロから遠ざかっていた。

 

「はなせ! ジェラール!」

「ここは引いて、エルザたちと合流するべきだ」

「けど――」

「ドラゴンフォースを解放したナツですら勝てなかったんだ、今の君では無理だということは自分が一番わかってるはずだ」

 

 魔力もなく、腕も足もまともに動かない。戦ったところで勝ち目はない。いや、戦いにすらならない。

 

「……っ、わかった」

 

 認めたくなかった。私が戦えないことをじゃない。ここで逃げるということは、ナツがやられたこと。ゼロがナツを壊したという、その言葉を認めることなるからだ。

 

 

「……ナ、ツ?」

 

 

 そんなはずはないと、嘘だと何度も自分に言い聞かせる。それでも、思い出せない。

 

 

 

 

 

 ナツの声、顔、姿……。

 

 

 

 

 

 

 

 崩れるニルヴァーナのように、私の中で大切な何かが忘れ去られていた。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

「よかった、無事だったか!」

 

 崩れるニルヴァーナから脱出すると、すぐにエルザと合流できた。他の魔水晶(ラクリマ)の破壊をした者たちも無事に集まっていた。

 

「全く! ウェンディに無茶させないで頂戴!」

 

 シャルルがジェラールを見るなり詰め寄ってきた。ジェラールが壊すはずだった魔水晶は、しっかりとウェンディが破壊したらしい。しかし、そのせいで魔力を消耗して気絶したところにジュラが助けに来てくれたようだ。

 

「これで全員揃ったようだな」

 

 ……どうしてジェラールは私のところに来たんだ?

 マスターゼロを倒すために……いや、私の代わりに誰かがゼロと戦っていた……。ジェラールは、その誰かに、魔力を……。

 

「まだだ、ゼロを倒せてはいない」

 

 思考を遮るようにジェラールが言葉を放つ。それを聞いて連合のメンバーは驚きを隠せなかった。

 

「オレの魔力を食らって、ドラゴンフォースを開放したナツですら勝てなかった。今の我々では、ゼロに勝つのは――」

「ナツとは……誰だ?」

「……なんだと?」

 

 エルザの質問にジェラールが思わず言葉を止める。

 

「ナツだ! ナツ・ドラグニル! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の、お前たちの仲間じゃないか!」

「……いたか? そんなやつ」

「そもそも、その……あなたは誰?」

 

 ジェラールの必死の形相とは違い、問い詰められたグレイやルーシィはキョトンとした様子で、それよりも突然私を背負って脱出してきたジェラールに驚いている様子だった。

 

「ステラ、まさか……お前まで……」

 

 ジェラールの言っている意味がよくわからなかった。お前までとは、どういうことだろうか。

 

「みんなー!」

 

 翼の生えた猫――ハッピーが空から私達を見つけて呼んでいた。

 

化猫の宿(ケットシェルター)の人たちの避難は終わったよー! あれ、ナツは?」

 

「いっ……」

 

 殴られたように頭が痛んだ。何か忘れてる……? ナツって名前は……

 

「ほう、まだ残ってるとは面白いな」

 

 声と同時に気持ちの悪い魔力が現れた。振り向くと瓦礫の上にマスターゼロが立っていた。

 

「貴様、なにをした!」

「ククク……ナツ・ドラグニル。壊すには惜しい男だったが、既に無に食われた……はずなんだがな」

 

 何を忘れているんだ。ナツって、誰なんだ。

 

「まだ食われずに残っているのかもな。だが、もうすぐ忘れるさ」

「一体、なんの話をしている!」

「鬼哭の門の向こう側。あの(ドラゴン)はとっくに消えたんだよ」

 

 あ……ああ。思い出した。

 なんで、何もわからないんだ。顔も、姿も……大切な仲間なのに。

 

「違う、私は――そんな――!」

「落ち着くんだ、ステラ!」

 

 ジェラールの手を振り払って、痛む足や手を構えてゼロに飛びかかった。

 

 ナツにとってはどうでもいい約束かもしれない。もしかしたら、こんな思いを残しているのは私だけかもしれない。

 それなのに、それを忘れていた。私がここにいる理由――大切な約束。

 

「ナツを、返せぇぇぇ!!!」

「……ニルヴァーナを壊した礼だ。貴様もあの(ドラゴン)と同じ元に連れて行ってやろう――ジェネシス・ゼロ」

「――極零氷雪(ゼロフィルブリザード)!」

 

 ゼロが手を上下に手をかざす。すると、何かが溢れ出てきた。それは、まるで閉じ込められていた亡霊が、飛び出すかのように。

 

「いっ……!?」

 

 かき消された。滅竜魔法が、きれいさっぱり。……いや、喰われた。そのまま体に纏わりついて、身動きが取れなくなった。

 

「ステラさん!」

「っ……来るな! 逃げろ!」

 

 纏わりつかれたときに、妙な感触があった。その違和感の正体に気づいたときには、周りにいた仲間たちも亡霊に呑まれていた。

 何とか抜け出せたのはジュラと、その近くにいたウェンディだけだった。

 

「なんだ、これは!」

 

 エルザが剣を振り下ろしても、ジュラが魔法で固めた岩で攻撃しても、亡霊はどんどんと広がっていった。

 

「無駄だ。無の住人に攻撃は効かない」

 

 違和感の正体、ナツをやった魔法はこいつかもしれない。そうなると、このままだと私たちも呑み込まれて、存在すら消え去ってしまう。

 

「……このまま、やられるくらいなら!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この腕ッ、くれてやる!」

 

 右腕だけに残っている魔力を回す。いや、もう残っているだけの魔力では、完全な絶対氷結(アイスドシェル)は使えない。元々、自らの体を氷にして相手を氷にしての中に封印する魔法。

 

「――やめろ、ステラ!」

 

 その魔法を知っているグレイが叫ぶ。しかし、今の状態ではこれしかない。

 

絶対氷結(アイスドシェル)!」

 

 全ての亡霊を氷の中に閉じ込める。制御が効かずに仲間まで巻き込む心配もあったが、絶対氷結(アイスドシェル)で犠牲になった腕を操る感覚で魔法を操れた。

 

「無駄だ! そんな魔法を喰い破って――」

「見つけた、ナツ!」

 

 確かに感じた(ナツ)の感触。最後の力を振り絞って、その部分の亡霊を砕いた。

 

「――わりぃな、ステラ」

 

 崩れ去る右腕。でも、失った(魔法)に確かにはっきりと、ナツの感触が残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「滅龍奥義、不知火型! 紅蓮鳳凰剣!」

 

 金色の炎を纏ったナツが、翼を広げた鳳凰の如く、凍りついた亡霊を砕きながらゼロに突っ込んだ。あまりにも一瞬で、気づいたときにはニルヴァーナの瓦礫の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この、バカが……」 

 

 朦朧とする意識の中、グレイが私を支えていることはわかった。……泣いているように見えたのは、私の気のせいだろうか。

 

「……ナツ」

「大丈夫、だろう」

 

 いくら経っても姿を表さないナツを探そうと何人かが動こうとした瞬間、ハッピーの立っていた地面が風船のように膨らみ、そして割れた。 

 

「愛は仲間を救う……デスネ」 

「ナツさん!!」

 

 砂の中から出てくる六魔将軍(オラシオンセイス)のホッドアイ――リチャード。彼の腕にはナツが抱えられていた。

 

六魔将軍(オラシオンセイス)が何で!」

「色々あってな……大丈夫、味方だ」

 

 予期せぬ敵の登場に驚くシャルルだったが、事情を知っているジュラが宥める。

 そして、ナツがリチャードから下ろされて地面に立った瞬間に、ウェンディは嬉しさのあまり、ナツに飛びついていた。

 

「ナツさん! 本当に、約束を守ってくれた……ありがとう。ギルドを助けてくれて!」

「みんなの力があったからだろ? ウェンディの力もな。今度は、元気にハイタッチだ」

 

「――はい!」

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、無茶をして……」

「いてっ……」

 

 グレイに背負われているステラに近づいてきたエルザは少し呆れたような様子でデコピンをしてきた。気丈に振る舞おうと無理をしている笑顔だというのはバレていた。動くのが辛いということも。

 異変にようやく気づいたナツが、ステラに駆け寄った。そして、その腕を見て言葉を失っていた。

 そして、その様子を見て初めてウェンディもステラの腕がなくなっていることに気づいた。

 

「……そんな顔しないで。謝るのも無しだよ」

「けどよ……」

「この話はおしまい。今は勝ったことを喜ぼう? ほら、さっきみたいにハイタッチ」

「――ああ」

 

 ナツは仲間の思いに答えてくれた。ステラには、それだけで充分だった。

 

 

 

 

 

「……で、あれは誰なんだ?」

 

 グレイが話題を変えようと、少し離れた位置に立っているジェラールを見て呟く。そういえば、とルーシィも会話に入る。天馬のホスト? なんて的はずれなことも言っている。

 

「……ジェラールだ」

「――何っ!?」

「あの人が!?」

 

 エルザが名前を伝えると驚いていた。その様子を大丈夫かな。と心配そうに眺めるステラに、ふてくされているナツ。

 

「だが、私たちの知っているジェラールでは無い」

「記憶を失っているらしいんです」

 

 過去にジェラールに助けられたウェンディも事情を説明する。

 

「いや、そう言われてもよ……」

「大丈夫だよ、ジェラールは本当はいい人だから」

 

 ジェラールの元にエルザが向かう。何やら話し合っているようだ。ジェラールと話すエルザの雰囲気を感じ取りながら、周りも大丈夫だろうと思っていた、そのときだった。

 

「メェーン!?」

 

 場の空気を壊すように一夜の声が響き渡った。

 

「トイレの香り(パルファム)をと思っていたら、何かにぶつかった……」

 

 ぶつかった何か。その場にいた全員が、それが術式だと気づいたときには、周りを同じ服装や武器で纏めた者たちに囲まれていた。

 

「……手荒なことをするつもりはありません。しばらくの間そこを動かないで頂きたいのです。私は新生評議院第四強行検束部隊隊長、ラハールと申します」

 

「新生評議院!? もう発足してたの!?」

 

「我々は法と正義を守るために生まれ変わった。如何なる悪も決して許さない」

 

 そう言って、――リチャードを指差した。

 

「我々の目的は六魔将軍の捕縛……そこにいるコードネーム・ホットアイをこちらに渡してください」

 

「ま、待ってくれ!!」

「いいのデスネ、ジュラ」

 

 微笑みながらジュラの肩に手を置くリチャード。それは、償いをしたいという彼の真意を伝えるのに充分だった。

 

「リチャード殿……」

「善意に目覚めても過去の悪行は消えませんデス。私は一からやり直したい」

 

 たった一度の善行で過去の罪が赦されることはない。それは善に目覚めたリチャード本人が一番良くわかっていた。

 

「……ならば、ワシが代わりに弟を探そう」

「本当デスか!?」

「弟の名を教えてくれ」

 

 ジュラの言葉にリチャードが微笑みながら弟の名を告げる。

 

「名前はウォーリー、ウォーリー・ブキャナン」

 

 

「ウォーリー!?」

 

 

 その名前に聞き覚えがある妖精の尻尾(フェアリーテイル)の面々が驚いた表情を浮かべていた。

 

「その男なら知っている」

「なんと!?」

 

 エルザの言葉に、ジュラとリチャードの二人が驚く。先程の妖精の尻尾の面々以上の驚き方だった。

 

「私の友だ……今は元気に大陸中を旅している」

 

 エルザのその言葉に、リチャードは涙を流し、嗚咽を漏らしていた。闇ギルドに堕ちてまで探していた弟が元気で暮らしている。それだけで、彼の心は救われた。

 

「これが……光を信じるものだけに与えられた、奇跡という物デスか! ありがとう、ありがとう! ありがとう!」

 

 そして、リチャードは評議院に連行される。しかし、その表情はとても穏やかで、何の未練も感じさせなかった。

 だが、まだ何か用件があるのか、術式の解除はされなかった。

 

 

「もう良いだろ! 術式を解いてくれ! 漏らすぞ!」

「やーめーてー!」

 

 一夜のとんでもない発言に、ルーシィが思わずツッコミを入れる。しかし、そんな様子すら完全にスルーして、ラハールが言葉を放つ。 

 

「いえ、私達の本当の目的は六魔将軍如きではありません。」

 

 そう言いながらラハールは指を向ける。リチャードが六魔将軍として捕まった。そう、もう一人捕まらなければならない男がいる。 

 

「評議院への潜入、破壊……エーテリオンの投下……もっととんでもない大悪党がそこにいるでしょう」

 

 いくら善に目覚めても、過去の罪は消えないのだ。

 

「貴様だジェラール! 来い! 抵抗する場合は、抹殺の許可も降りている!」

 

「そんな!?」

 

「ちょっと待てよ!」

 

「その男は危険だ。二度とこの世界に放ってはいけない……絶対に!」

 

 ラハールが強く言い放ち、各々が文句を飛ばす中。エルザとジェラールは暗い表情で顔を沈めていた。

 

 

 

 

 

 



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29話 独りじゃない

「ジェラール・フェルナンデス、連邦反逆罪で貴様を逮捕する」

 

 ジェラールに手枷がはめられた。彼は一切抵抗をすることもなく、素直に受け入れていた。

 

「待ってください! ジェラールは記憶を失っているんです! 何も覚えてないんですよ!!!」

 

「刑法第13条により、それは認められません。もう術式を解いてもいいぞ」

 

「で、でも――」

 

「いいんだ、抵抗する気は無い。……君のことは最後まで思い出せなかった。本当に済まない、ウェンディ」

 

「……この子は昔、あんたに助けられたんだって」

 

「……オレは君たちにどれだけ迷惑をかけたのか知らないが、誰かを助けたことがあったのは嬉しい事だ。

 

……エルザ、色々ありがとう」

 

 シャルルからウェンディが自分を気にかけてくれる理由を聞き、ジェラールはどこか満足したように見えた。

 悲しそうな顔をするウェンディ。そして、悲しそうな顔をしている者がもう一人いた。エルザだ。顔を俯かせていて表情は見えないが、拳を握り締めていた。

 

「他に言うことはないか?」

 

「あぁ……」

 

「死刑か終身刑はほぼ確定だ。二度と誰かと会う事は出来ないぞ」

 

 ラハールの言葉にジェラールは何一つ反応しなかった。まるで、それが償いかのように。反対に、ルーシィやウェンディは驚きや悲しみでその表情が崩れていった。

 

「待ってよ」

 

 一人で満足して、勝手に納得して、罪の自覚がないまま罰を受けるなんて、許せない。

 

「……逃げないでよ」

 

 なんのことだからわからないという表情(カオ)をジェラールはしていた。

 

「一人で納得して、残された人たちはどうするのさ」

 

「……オレは――」

 

 

 

 

 

 

「行かせるかぁっ!!!」

 

 大声がして振り返ると、ナツが飛び出していた。ナツは評議員に殴りかかり、波をかき分けるように押し進んできた。

 

「ナツ!?」

 

「相手は評議員よ!?」

 

「どけぇ! そいつは仲間だ! 連れて帰るんだァァァ!」

 

「と、取り押さえなさい!」

 

 ラハールは一瞬だけ困惑しながらも、すぐさま部下達にナツを取り押さえるように命令を下した。そうして、ナツが大量の評議員に囲まれそうになり――部下の一人をグレイが弾き飛ばした。

 

「グレイ!!!」

 

「こうなったらナツは止まらねぇからな! 気に入らねぇんだよ……! ニルヴァーナの破壊を手伝ったやつに、一言も労いの言葉もねぇのかよ!」

 

 グレイのその言葉にそれぞれの思うところが爆発した。

 

「それには一理ある……そのものを逮捕するのは不当だ!」

 

「悔しいけどその人がいなくなると、エルザさんが悲しむ!」

 

「もう、どうなっても知らないわよ!」

 

「あいっ!」

 

 ジュラや一夜、ハッピーにルーシィまで、皆大義名分を掲げて評議員を殴ったり、魔法を飛ばしたりしてジェラールへの道を作っていく。

 ……一番、ジェラールに近づいていた私は、何かをする前に地面に押さえつけられて、拘束された。

 

「……っ、全く相変わらずだ」

 

 まさか、ナツがジェラールを"仲間"だというとは思っていなかった。でも、それはナツだからこそ……エルザのことを思っての行動なんだ。

 そんな様子を、ジェラールはだだ眺めていた。

 

「っ……! お願い、ジェラールを連れていかないで!」

 

 悲しむ者をなくすために、それぞれの思いを胸に抵抗していた。"やめてくれ"そんな一言を言い出せない。ジェラールは、そんな表情(カオ)をしていた。

 

「来い、ジェラール! お前はエルザから離れちゃいけねぇ! ずっとそばに居るんだ! エルザの為に! だから来いッ!

 

俺達がついてる! 仲間だろ!」

 

「全員捕らえろ!!公務執行妨害及び逃亡幇助だ!」

 

「ジェラァァァァァル!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういい! そこまでだ!」

 

 エルザの声が響き渡った。それにより争っていたギルドの面々も評議員も全員が動きを止めていた。

 

「騒がして済まない、責任は全て私がとる。

 

 

 

……ジェラールを、連れて、行け……」

 

「エルザ!」

 

 握り締めていた拳は、いつのまにか解かれていた。ジェラールを助けに真っ先に動きたかったはずの人が、それを飲み込んで押さえ込んだ。

 この場にいた誰よりも、悲しく、悔しそうな表情を浮かべながら。

 

 

 

「……そうだ、おまえ(・・・)の髪の色だった。

 

 

さよなら、エルザ……」

 

「ッ!……あぁ」

 

 そう言い残して、ジェラールは連行された。最後の一言の意味は、恐らくエルザだけが分かっている大切な言葉なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ウェンディ、良かったの?」

 

 魔力が回復してきて、私の治癒をしているウェンディに、シャルルが納得できなさそうに言い放つ。

 

「……私よりジェラールのことを知っているエルザさんがそうしたんだから……私も、そうしなきゃいけないんだと、思う。それに、ジェラールがそうしたかったんだと、思うから」

「……あんたがそう思うなら、私は何も言わないわ」

 

 理不尽だとか、傲慢だとか、評議員自体に思うところはあった。それでも、ジェラールの罪とは別だ。それに、その一番の被害者だったエルザがそうしたのだ。……私個人の憤りなんて、小さいものだ。

 それに、確かにジェラールは、自分自身の言葉でエルザに何かを伝えたのだから。それだけで充分だ。

 

 ふと、空を見上げた。月は隠れて、空は緋色に染まっていた。朝焼け、空を染める緋色は太陽が訪れを告げていた。そんな当たり前の光景が、なぜだか壮大なもののように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫?」

 

 覗き込む顔が誰だかボヤケてわからない。ただ、髪色からルーシィだということはわかった。気づけば、着替えをする手が止まっていたらしい。

 

「眠い……だけだよ。ほんと、だって」

 

 疑う素振りを見せるルーシィに念を押す。嘘はついていない。ただ、本当に眠いだけ。

 今は連合のメンバー全員が化猫の宿(ケットシェルター)でお世話になっている。マスターからお礼と手当がしたいということで、お言葉に甘えることになったのだ。

 しかし、まだやることがある。ニルヴァーナは破壊した。……化猫の宿(ケットシェルター)のマスターに確認したいのだ。

 

「うわっ――」

 

 眠いのに考え事をするんじゃないなぁ……。と尻もちをついてから後悔した。おかげで少しだけ眠気が収まった気がする。

 

「ステラさん、お手伝いしましょうか?」

「……ごめん」

「気にしないでください」

 

 見かねたウェンディに声をかけられて、手伝ってもらうことにした。どうも今着替えてる服はニルビット族に伝わる織り方とか、何とか、ルーシィたちが会話している。

 ……片腕がこんなにも不便だとは思わなかった。

 

 そのあと、すぐ私だけがマスターに直接呼ばれた。なにやら、頼みがある。とのことだった。

 私も尋ねたいことがあったから、すぐに行くことにした。……ウェンディとシャルルはいないときに、聞いておきたいのだ。

 

「なぶら、よく似合っておる」

 

「……まさか、そのためだけに呼んだわけじゃないですよね」

 

 あまりにも予想外のことを言われ苦笑いする。

 

「……その腕、申し訳ないことをした」

 

 私の右腕の方を見てそう言うと、深々と頭を下げてきた。

 

「そんなこと……っていう話でもないですけど、仕方ないですよ。別に貴方のせいじゃないですから」

 

 多分、ニルヴァーナの破壊なんてことを頼まなければ。と思っているのかもしれないけど、もし連合のことも知らず、ナツを失っていたら。

 

「仲間を救えた。それでいいんです」

 

 ……正直、未だに寝ている()になんて言われるか、そっちのほうが心配だ。

 

「なぶら、我々が思念体だということは……もうお伝えしましたな」

 

「……ええ」

 

「我々が……いや、ワシが頼みたいのはウェンディとシャルルのことです」

 

「……やっぱり、そういうことなんですね」

 

「なぶら」

 

 マスターの言葉が止まる。……私が直接尋ねたかったのは、ニルヴァーナを止めるという目的を果たした今、思念体である化猫の宿(ケットシェルター)の人たちが、どうなるのかということだった。

 

「ニルヴァーナという我々の負の遺産。それを破壊できるものを待ち続けるのがワシの使命だった。その役目を終えた今、もうこの世に存在し続けることも、難しいのです」

 

「……だから、ウェンディとシャルルを頼む……か」

 

「あの少年と同じ、真っ直ぐな瞳をしておる……あなたの仲間方も、だからこそです」

 

「あの少年?」

 

「……この話はしておりませんでしたな。なぶら、あとで全てを皆さんの前でお話します」

 

 ……ウェンディの話と合わせるなら、たぶんあの少年とは、ジェラールのことだろう。だが、何かがおかしいのだ。このことは、彼に確かめれば、わかる……はずだ。

 それにしたって、このギルドは、ウェンディのためにつくられたギルドだなんて……未だに信じられない。

 

「……正直、私一人で背負うには大き過ぎる話です。彼女の自身、心の整理がつかないでしょう。

でも、できるだけ支えられるように……とは思います」

 

「申し訳ない……なぶら……」

 

 そう言って、化猫の宿(ケットシェルター)のマスターは、もう一度深々と頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話が終わり外へと出ると、集落の中央で化猫の宿とギルド連合軍のメンバー全員が集まっていた。……私の立ち位置が明らかにおかしくて、そそくさと仲間の方へ走った。 

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)……そしてウェンディにシャルル。

 

よくぞ六魔将軍オラシオンセイスを倒し、ニルヴァーナを止めてくれた。地方ギルド連盟を代表して、このローバウルが礼を言う。ありがとう……なぶら、ありがとう……」

 

「どういたしまして! マスター・ローバウル! 六魔将軍との激闘に次ぐ激闘! 楽な戦いではありませんでした! 仲間との絆が我々を勝利に導いたのです!!!」

 

「「「さすが先生!!!」」」

 

「ちゃっかり美味しいところ持っていきやがって」

 

「あいつ誰かと戦ってたっけ?」

 

「まぁ、言ってることは間違いじゃないと思うよ」

 

 周りの辛辣なコメントに思わず笑いそうになる。それにしても、あの人の本当の姿は……いや、筋肉ダルマでも、今の三等身でも、キモいことに変わりない。

 あらためて、六魔将軍(オラシオンセイス)との戦いを終えたのだと実感する。周りの表情も明るくなっていた。

 

「この流れは宴だろー!」

 

「あいさー!!!」

 

 見るからにテンションが高くなっているナツとハッピー、そしてそれよりもさらに、テンションの高い青い天馬の面々が騒ぎ始めた。

 

「一夜が!」

 

「一夜が!?」

 

「活躍!」

 

「活躍!!!」

 

「それ――」

 

「「「「ワッショイ! ワッショイ! ワッショイ! ワッショイ!!!」」」」

 

「さぁ、化猫の宿の皆さんもご一緒にィ!?」 

 

「ワッショイ! ワッショイ!」

 

「ワ――」

 

 謎のダンスを踊りだした青い天馬の面々。そして、それに便乗して踊り出すエルザと私を除いた妖精の尻尾の面々。一夜の提案も虚しく、ウェンディとシャルルを除いた化猫の宿のメンバー全員が神妙な面持ちで黙っている。

 調子に乗ってテンションが上がっていた面々は、その空気に面食らって固まるしかなかった。

 

「……皆さん、ニルビット族のことを隠していて、本当に申し訳ない」

 

「そんなことで空気壊すの?」

 

「全然気にしてねーのに……な?」

 

「マスター、私とシャルルも気にしてないですよ?」

 

 ウェンディの言葉を聞き、ローバウルは深呼吸をした。真剣な表情から、全てを話すのだろうと感じ取れた。

 

「……皆さん、ワシがこれからする話をよく聞いて下され。

 

まず初めに、ワシらはニルビット族の末裔などではない、ニルビット族そのもの。400年前にニルヴァーナを作ったのは……このワシじゃ」

 

「400年前って……え……?」

 

 ローバウルが語る真実。その言葉に誰もが驚きと動揺を隠しきれていなかった。……ウェンディとシャルルの二人が、一番困惑していた。

 

「400年前……世界中に広がった戦争を止めようと、善悪反転の魔法"ニルヴァーナ"をつくった。

ニルヴァーナはワシらの国となり、平和の象徴として一時代を築いた。しかし、強大な力には必ず相反する力が生まれる。闇を光に変えた分だけ、ニルヴァーナはその闇を纏っていった。

 

……バランスを取っていたのだ。人間の人格を無制限に光に変えることは出来なかった。闇に対し光が生まれ、光に対して必ず闇が生まれる……人々から失われた闇は、我々ニルビット族にまとわりついた」

 

「そんな……」

 

 聡明なものは、それによって引き起こされた結果を聞く前にわかってしまった。

 

「地獄じゃ……ワシらは共に殺し合い、全滅した。生き残ったのは……ワシ一人だけじゃ」

 

 全員が驚愕のあまり黙りっぱなしになる。400年前に隠されていたニルヴァーナの真の闇と物語。話の大きさに困惑しているようだった。

 

「……いや、今となってはその表現も少し違うな。我が肉体はとうの昔に滅び、今は思念体に近い存在。

ワシはその罪を償う為……また、力無き亡霊であるワシの代わりにニルヴァーナを破壊出来る者が現れるまで……400年、見守ってきた。今、ようやくその役目が終わった」

 

「そ、そんな話……」

 

 ウェンディが震えていた。その不安は的中し、ローバウルだけでなく、化猫の宿の面々の体が光り輝いて、次々と消えていく。

 

「マグナ!? ペペ!? 何これ……皆!?」

 

「あんた達!?」

 

「なんで、なんでみんなが消えて!?」

 

「……今まで騙していて済まなかったな。ウェンディ、シャルル……ギルドのメンバーは皆、ワシの作り出した幻じゃ……」

 

「人格を持つ幻!? 何という魔力なのだ」

 

 ジュラが驚いて言葉を漏らしていた。

 

 

「ワシはニルヴァーナを見守るためにこの廃村に一人で暮らしていた(・・・・・・・・・・・・・)。七年前、ある少年がやってきた……一人の少女を抱えて『預かってほしい』と言われたのじゃ。

少年のその真っ直ぐな瞳にワシは、つい承諾してしまっていた。一人でいようと決めていたのにな……そして、ここがギルドだと嘘をついた。幻の仲間たちを生み出してな……」

 

「バスクもナオキも消えないで! みんないなくならないで!!!」

 

 全ての真実を聞き涙を流し始めるウェンディが思わず叫んでいた。それでも、あまりにに残酷で優しすぎる真実は、全て現実なのだ。

 ローバウルは微笑んでいた。もう、思い残すことはないと言わんばかりに。

 

「ウェンディ、シャルル……もうお前達に偽りの仲間はいらない……本当の仲間がいるではないか」

 

 ローバウルはそう言いながら、ウェンディの後ろにいる私たちを指差した。そして、満面の笑みでウェンディたちを見る。ロウバウルは、瞬きをすれば消えてしまいそうなほどに、霞んでいた。

 

「お前達の未来は始まったばかりだ……」

 

「マスターー!!!」

 

「皆さん本当にありがとう……ウェンディ、シャルルを……頼みます」

 

 手を伸ばし駆け出すウェンディ。しかし、その手は届くことなく……ローバウルは姿を消した。

 その後すぐに、ウェンディに刻まれたギルドの紋章も消えていった。役目を終えたかのように。

 

「マスタァーーーー!!!」

 

 涙を流すその姿を……かつての私に重ねていた。そんなウェンディにゆっくりと近づいて、抱きしめた。

 ウェンディが泣き止むまで、ずっと抱きしめていた。……幼かった私が、そうして欲しかったように。

 

 

 

 

 

 



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―エドラス―
30話 最強の男


「あぁ……船って潮風が気持ちいいんだな……乗り物っていいもんだなー! おいー!」

 

「……元気なことで」

 

 波に揺れる船を堪能し尽くしているナツ。本来なら、乗り物全般は乗ってすぐに酔う体質であり、楽しめない体質……なのだが、ウェンディの魔法のおかげで乗り物を満喫していてた。

 

「あ……そろそろトロイアが切れますよ」

 

 ウェンディがそういった次の瞬間、酔って転ぶナツ。

 

「――おぷぅ……も、もう一回かけて……」

 

「連続すると効果が薄れちゃうんですよ」

 

 少なくとも、楽しめるのは魔法が効いている間だけ。ちょっと可哀想だとは思う。

 

「本当にウェンディもシャルルも妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来るんだね」

 

「私はウェンディがいくっていうから付いていくだけよ」

 

「楽しみです! 妖精の尻尾!」

 

 本当に楽しそうだなぁ……。なんて思いながら、そのやり取りを見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で……ウェンディとシャルルだ」 

 

「よろしくお願いします」

 

 事の成り行きは、エルザが全部説明した。新たなメンバーの加入に、ギルドが沸き立つ。シャルルを見てハッピーのメスだとか、ウェンディに年齢を聞く、ウェンディに年齢を聞いた者をエルザが睨むなど色々起きる前兆がしてならないが、ウェンディにとってはギルド全体が楽しそうなのが印象的だったようだ。

 

「シャルルは多分ハッピーと同じだろうけど、ウェンディはどんな魔法を使うの?」

 

「ちょっと! オスネコと同じ扱い!?」

 

「私……天空魔法を使います。天空の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)です」

 

 ウェンディの自己紹介で、妖精の尻尾が驚いて静まり返る。流石にこんなに幼い子が滅竜魔導士というのは信じてもらえないのだろうか。

 

「おぉ!? すげぇ!」

 

「滅竜魔導士だー!」

 

「ナツやステラと同じか!」

 

「ガジルもいるし四人だぞ! 四人!」

 

 驚いて沈黙してしまったが、いつものように嬉しさと珍しさで騒がしくなっていた。

 珍しい魔法である滅竜魔法を覚えている。ということを信じてもらえたことが嬉しかったのか、ウェンディは笑顔になっていた。

 

「……なあ、なんでオレらには、猫がいねぇんだろうな」

 

 珍しい人に声をかけられた。振り向いてみると、ガジルが横に座っていた。

 

「……まさか、変に仲間意識持ってないよね」

 

「そりゃあ……ねえよ」

 

 一瞬、言葉に迷ったようなガジルだが、私の返答を聞くなり、すぐに席を移動してしまった。まさか、"猫がいない"ことに結構ショックを受けてるのだろうか。少し可愛げのあるところもあるんものだ。

 

「今日は宴じゃあー!」

 

 マスターの一言により、いつも以上に騒がしくなる。ウェンディは、飲めや食えやのどんちゃん騒ぎを目にして自然と笑顔になっていた。

 

「楽しいところだね、シャルル」

 

「私は別に……」

 

 こうして、ウェンディとシャルルの二人は無事妖精の尻尾のメンバーへとなった。

 ……私の片腕がなくなっていることには、気を遣ってか誰も理由を尋ねることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対氷結(アイスドシェル)……じゃと」

 

 その宴のあと、マスターに私とエルザが呼び出され――私が腕を失うことになった詳しい経緯を話していた。

 エルザに連れ出される私は、完全に借りてきた猫状態だった。

 

「ステラのおかげで、ナツは助けられ……ギルド連合の全員も救う形になりました。しかし……」

 

「まさか、自分の腕を犠牲に絶対氷結とはの……」

 

「そもそも、勝手に連合に参加したのも問題です」

 

 化猫の宿(ケットシェルター)のマスターに頼まれた……と言っても、彼はもういない。なにか余計なことを言えば、火に油を注ぐことになりかねない。

 

「……ステラ、楽園の塔でお前は死ぬつもりだったな」

 

 言われて、ふと思い返す。そういえば、楽園の塔が崩壊する前に……思いっきりエルザのことを殴って気絶させたことを思い出して妙な汗が出てきた。

 

「えっと……あれは、仕方ないというか……でも、死ぬつもりは、なかったというか……」

 

「どれだけ私たちが心配したと思っている。一ヶ月昏睡してたときだって、みんな気が気じゃなかったんだ」

 

 怒られると身構えていた私だったが、エルザの伝えたかったことにようやく気づく。今までずっと、私は仲間とうまくやっていけてない。ラクサスのように、疎まれる存在だと思っていた。

 しかし、バトルオブフェアリーテイルのあと、私が目覚めたあと、今日みたいな宴モードで、自分が大切な仲間だと思われているとわかって、すごく嬉しかった。

 

「……もっと自分を大切にしろ。もう、お前は一人じゃないんだから」

 

 そう言って、エルザはマスターに一礼して立ち去った。……しばらく沈黙が続いて、大きなため息が聞こえた。

 

「エルザの言うとおりじゃの」

 

「……はい」

 

 今回は相当怒られるだろうな。と覚悟していた。しかし、マスターは怒るどころか私の身を案じているようだった。難しい顔をしながら、何やらぶつぶつと呟いている。

 

「他に体に異常は出ておらんか?」

 

「……エーテルナノの傷も治癒してもらいましたし、異常はない……と言いたいですが」

 

「……腫瘍のほうは、ダメだったか」

 

 ウェンディの天空魔法。ナツの毒も解毒して、平衡感覚を司るトロイアという魔法で乗り物酔いも治していた。私のエーテルナノの傷も治してくれた。

 しかし、アンチエーテルナノ腫瘍はその名の通り、エーテルナノを――魔力の元を通さない腫瘍。天空魔法でも、治せなかった。

 

「ウェンディには、悪いと思ってます……」

 

 アンチエーテルナノ腫瘍。このことを知っているのは、マスターとポーリュシカ、あとはミストガンだけだ。しかし、ウェンディにはニルヴァーナにいる際に話してしまっていた。まさか、ウェンディが妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来るとは思ってなかったこと。そして、私自身が軽く考えすぎていて、話してしまったことを後悔していた。

 結局、ウェンディには他の人には言わないと約束させることになってしまい。変に彼女に重荷を背負わせることになってしまった。

 

「すぐにとは言わんが、話すべきと思うがの」

 

「そう……ですね。自分の中で整理がついたら、話そうと思います」

 

 私がみんなに話せばいい。でも、その先はどうなる。治せない病気を治すために、みんなが奔走するなんて、望んでいない。でも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)なら、そうするだろう。

 ……もっとも、逆の立場になったら、私も諦めずに治療法を探すのだろう。

 

「でも、体の調子はいいんです。……片腕ない状態で言っても馬鹿みたいですけど」

 

 軽い冗談のつもりで言ったが、もう一度大きなため息をマスターがついた。やってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どう? ギルドにも慣れてきた?」

 

 ウェンディがギルドに来て数日。私よりもよっぽど、彼女は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に溶け込んでいた。

 

「はい」

 

「女子寮があるのは気に入ったわ」

 

「そう言えば、ステラさんやルーシィさんはなんで寮じゃないんですか?」

 

「うーん……そういうの苦手だったから。入ってすぐに収入と良い条件の部屋を買えたからね」

 

 風呂に入らない私は、ギルドのシャワー室で充分だし、マグノリアには銭湯もある。帰って寝る。エイリアスのいたときと、変わらないスタイルだ。

 

「あたしは寮の存在最近知ったのよ……てか、月10万J(ジュエル)よね……払えない可能性も……」

「ははは……まあ、ナツがモノ壊すからね……」

 

 たぶん、寮に入っていたら私も地獄だっただろう。昼過ぎまで寝て、自由に……いや堕落している生活なんて、エルザなら、それを許すわけがない。まあ、エルザがいるから寮は安心というのもある。

 

「大変だー!」

 

 飛び込んで来た妖精の尻尾のメンバー。そして、その直後に鳴り響くマグノリアの鐘の音。

 

「何!?」

 

「……鐘の音?」

 

 鐘の音が聴こえた。その音を聴いて、ギルドが一段と騒がしくなる。……しかし、敵襲という雰囲気ではない。私やルーシィより前の古参のメンバーが嬉しそうにしている。

 

「ギルダーツが帰ってきたァ!」

 

「あいさー!」

 

 その中でも一段と騒ぎだすナツとハッピー。『ギルダーツ』という名前にウェンディが首をかしげていた。

 

「ギルダーツ?」

 

「あたしもあったことないんだけど……妖精の尻尾最強の魔導士何だって」

 

「へぇー!」

 

 ウェンディの目がきらきらしている。妖精の尻尾最強なんて、子供ならワクワクするのだろう。

 妖精の尻尾最強って、エルザとミストガン……それにラクサスだと思っていた。……それよりも強い魔道士。

 

「その人、何しに行ってたんだろう」

 

「知りたい?」

 

 いつのまにかミラジェーンが私たちの近くに来ていた。

 

「三年ぶりよ、帰ってくるの」

 

「三年も!? 何してたんですか!?」

 

「勿論、仕事よ……」

 

 そう言ってミラは光筆(ひかりペン)を取り出して。何か書き始めた。

 

「みんなが普段受けているクエストは、誰にでも受けられる普通のクエスト。

 

その一つ上にあるのがS級クエスト、S級魔導士だけが受けられるクエストね。

 

それで、さらにそのもう一つ上……これがSS級クエストよ」

 

「……初めて聞いた」

 

「まあ、ステラたちにはまだ早いもの」

 

 確かに、S級ですら大変だった私たちには遠い話だろう。 

 

「じゃあ、そのギルダーツはそのSS級クエストに行っていたの?」 

 

 ルーシィの言葉に、首を横に振って否定するミラジェーン。そのまま、説明を続ける。

 

「まだ上があるのよ。SS級クエストよりも上……10年クエスト。10年間誰も達成した事がないから10年クエストなのよ。

 

それで……ギルダーツのクエストはさらに上……100年クエストに行ってたの」

 

 ミラジェーンの言葉に驚き、困惑した。それだけのすごいクエストを受けられるほどの実力者。

 

 気のせいか街まで騒がしい。いや……それを知らせたのはマグノリアの鐘の音。つまり、ギルドのメンバーだけでなくマグノリアに住む者達もまたそれを知った、ということである。

 

『マグノリアをギルダーツシフトへ変えます。町民の皆さん!速やかに所定の位置へ!繰り返します――』

 

「100年クエスト……100年間、誰も達成出来なかったクエスト、か」

 

 機会があれば、話くらい聞けるかも知らない。 

 

「それにしても騒ぎすぎじゃないかしら」

 

「マグノリアのギルダーツシフトって何〜?」

 

「外に出て見ればわかるわよ」

 

 明らかに一人に対する態度ではない。ミラジェーンに言われるがままに妖精の尻尾の扉を開けて、マグノリアの様子を観察していると……

 

「これは……」 

 

 思わず言葉がでなくなる。町の入口から妖精の尻尾までの一直線上が、きれいに割れた。道や建物も、例外なく真っ二つに別れて……新たに道ができた。

 

「街が、割れたー!!」

 

「ギルダーツは触れたものを粉々にする魔法を持ってるんだけど……ボーッとしてると民家を突き破って歩いてきちゃうの」

 

「どんだけ馬鹿なの!? その為に街を改造したってこと!?」

 

「凄いねシャルル!」

 

「えぇ……凄い、バカ」

 

 鎧で歩くが音を鳴らしながら、一人の男が入ってくる。

 

「ギルダーツ! オレと勝負しろ!」

 

 いつも通りのナツの挑戦状、周りもため息混じりに呆れていた。

 

「おかえりなさい」

 

「む……お嬢さん、たしかこの辺に妖精の尻尾ってギルドがあったはずなんだが……」

 

「ここよ、それに私ミラジェーン。」

 

「ミラ?

 

 

 

 

 

 

 

 

おおーー!! ……変わったなぁお前! つーか、ギルド新しくなったのかよー!!」

 

「外観じゃ気づかないんだ……」

 

 ミラジェーンに言われようやく気がついたようで、ミラジェーンの肩に手を置いて変わった事やらなんやらを色々喜んでいた。

 街のギルダーツシフトができた理由の全てが、そこにあった気がする。 

 

「ギルダーツ!!」

 

「おおっ! ナツか! 久しぶりだなぁ……」

 

「オレと勝負しろって言ってんだろー!」

 

 そう言いながらギルダーツに殴りかかるナツ。そのままギルダーツに投げ飛ばされて天井に勢いよく突っ込んで、めり込んでいた。

 

「また今度な」

 

「や、やっぱ……超強ぇや」

 

「いやぁ、見ねぇ顔もいるし。ほんとに変わったなぁ……」

 

 ギルドが新しくなったのはギルダーツが留守の間。そして新メンバーも、殆どがギルダーツがいない間に入っている。昔の姿と今現在の姿を見比べて、感慨に耽っているのだろう。

 

「ギルダーツ」

 

「おぉマスター! 久しぶりーっ!」

 

「仕事の方は?」

 

「がっはっはっはっ!!!」 

 

 ギルダーツが帰ってきた。つまり、それは100年クエストが何らかの形で終わったということだ。

 当然、ギルドのメンバーや私はギルダーツがクエストクリアしてきたことを信じていた。

 

「だめだ。オレじゃ無理だわ」

 

「何ッ!?」

 

「嘘だろ!?」

 

「あのギルダーツが、クエスト失敗!?」

 

 全員が驚いていた。妖精の尻尾最強と呼ばれる男にクリア出来ないクエスト。一体どんな内容なのか。

 

「そうか……主でも無理か」

 

「すまねぇ、名を汚しちまったな」

 

「いや……無事に帰ってきただけでも良い。わしが知る限りこのクエストから帰ってきたのは主が初めてじゃ」

 

「オレは休みてぇから帰るわ。ひー、疲れた疲れた……ナツゥ! 後でオレん家来い、土産だぞーっ! がははっ!」

 

 そう言ってギルダーツは入ってきた扉とは別の場所……壁を破壊しながら外へと出ていったのであった。

 

「ギルダーツ! 扉から出ていけよ!」

 

 ……妖精の尻尾最強魔道士は、名に恥じないぶっ飛び方をしているなぁ。ほんと、妖精の尻尾らしい。

 

「んじゃ、オレもっ……と!」

 

「やめろナツーー!?」

 

 ギルダーツを真似てギルドの壁をぶち壊してナツが出ていった。変な人が帰ってきたが、相変わらずの日常だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日から数日たったある日。

 

「……ふん、だいぶ調子はいいみたいだね」

 

 物凄く嫌だったが、注射を嫌がる子供のようになっていても仕方ないので、ポーリュシカのところにきた。

 会って右腕が無いのを見つけるなり、そりゃあもうすごかった。ここまで怒ってきたのはエイリアス以来だ。

 

「魔法を使ったって割には、腫瘍の方も大きくなってないね……」

 

「……よかった」

 

「調子に乗るんじゃないよ」

 

 ……やっぱり苦手だ。しかし、何度も世話になってるし、医師として、一人の人として私を心配してくれてのことだというのはわかっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……天気が悪くなってきたなぁ」

 

 診察も終わり、さんざん文句も言われた。しかし、嫌なことが一つ終わって帰る足取りが軽かった。

 それとは反対に、どんよりと重い空気と黒い雲。誰が見たって雨が降りそうだってわかる。……しばらくすると、雨が降り始めた。みるみると雨足は強まっていき、豪雨になった。

 

「あーあ、最悪だ」

 

 せっかく気分が良くなっていたのに、これじゃあ台無しだ。ポーリュシカの住んでいる森から街に帰るまでに、全身ずぶ濡れになっていた。

 そんな土砂降りの雨の中、見覚えのある人が二人がいた。でも、意外な組み合わせ……いや、あり得るのかもしれない。

 

「どうしたのさ、ウェンディ……それに、ミストガン」

 

 私の登場にどちらも驚いている様子だった。……ミストガンには確認したいことがあったけど、ウェンディと二人だけで会話してたってだけで、私の中で答えは出ていた。

 

「やっぱり、7年前にウェンディを助けたのはミストガンだったんだ。

 

……楽園の塔で聞いていた話の通りなら、7年前にジェラールは、既にゼレフに取り憑かれていたからね」

 

 ラクサスの言っていた、Anotherは、違うって意味……Another(違う)ジェラール。普通に考えれば、そういうことなのだから。

 

「ステラさん! 大変なんです、急がないとみんなが! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)が!」

 

 今にも泣き出しそうになりながら、ウェンディが私に訴えてきた。どう見ても、ミストガンが一枚噛んでいる。

 

「もうすぐここは、アニマに吸い込まれる。君たちだけでも……逃げるんだ」

 

「1から聞きたいんだけど、そんな時間は無いってこと」

 

 アニマが何なのかわからないが、吸い込まれるなんて……とにかく、街から逃げないといけない。しかし、仲間たちを置いていくわけにはいかない。

 

「なら、ウェンディは頼んだ」

 

 そうミストガンに告げて、ギルドに向けて駆け出した。空を見上げると、暗い雲の中に空間が歪んでいるのが、ハッキリと見えていた。

 

「無理だ! もう時間がない!」

 

「スノーメイク"(ウィング)"!」

 

 片手での造形、ただでさえ時間が惜しいのに手間取ってしまう。……雨に当たって溶けるなんて、情けないくらい脆い造形だ。でも、ギルドまで飛べればいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っと、着いた!」

 

 扉を蹴破って雨の中ギルドに突っ込んできた私に、思わずみんな動揺していた。

 

「お前、何考えてんだよ! まさかと思うが……濡れないためとかそういう――」

 

 グレイに注意されるが、それを振り切って大声を出す。

 

「ミストガンが、今すぐ街を逃げろって。詳しい話は後だ! 疑うなら外に出て空を見ろ!」

 

 当たり前だが、ほとんどの人は"何言ってるんだ?"って状態だ。……でも、エルザやグレイ、マスターが空を見て、その状況を伝えれば、嫌でもみんな動くはずだ。

 

「空って、ずっと雨なんだから――」

 

「いいから見てみろ! 時間が無いんだ!」

 

 ギルドが、ようやくざわつき始めた。すると、雨の中、最初に外に出て空を見上げたのはエルザだった。

 

「雲が……吸われている」

 

 エルザが呟くと、それを確認するために次々ギルドにいた人が外に出て空を見上げた。

 

「みんな急げ! 街の人にも声をかけながら逃げるんだ!」

 

 エルザがそう宣言した、次の瞬間――

 

 

 

 

 

 

 もう、そこには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 私も含めて、その日……妖精の尻尾は消え去った。



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31話 ミストガンともう一人の私

「久しぶり、(ステラ)

 

 そう言って、()が手を振る。彼女の右腕は私と同じようになかった。

 

「ほんと、無茶をするんだから。一体誰に似たんだろう」

 

 そう言って造形魔法で右腕を作り出して、座り込んだ。このくらいできないと、そんな顔をしている。

 

「……そうだ! 妖精の尻尾は!?」

 

「駄目だったよ。私たちも含めて、アニマとやらに吸い込まれた」

 

 間に合わなかった。一体、みんなは――いや、私もどうなっているのだろう。()が目の前にいるのだから、ここが現実でないのと、まだ私が死んでないってことはわかる。

 

「……気をつけたほうがいいよ。またしばらく、()は手伝えない」

 

「どういう……こと」

 

「魔法が使えない。この世界は何か嫌な感じだ」

 

 相変わらず、私に説明してくれない……いや、心の内を見せてくれない。同じステラなのに、どうにもズレている。

 

「……大丈夫、私だって死ぬ気はないから」

 

 そう言って、()は、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「抽出、及び復元、完了しました」

 

 目覚めて最初に聞こえたのは、そんな機械的な報告だった。……周りを見渡しても、仲間の姿はない。

 目についたのは同じ姿をした兵隊ばかりだ。明らかに味方じゃない。

 体の方は、まるで磔だ。手足に枷をつけられてそれについている鎖に引っ張られ、大の字だ。片腕がないから、欠けてはいるのだが。

 

「ぐしゅしゅ……本当にあの憎き姫にそっくりですな……」

 

 変な笑い方をする一回り小さな男。……この男が、今いる中では一番偉いのだろう。

 

「おとなしくしていれば、痛いことはしませんよ……ぐしゅしゅ」

 

「……なんなのさ、これは」

 

「答える必要は、ありませんな!」

 

 そう言って、変な笑い方をする男が手に持っている機械のスイッチをいれた。

 

「――ッがぁぁぁぁ!?」

 

「ぐしゅしゅ! 素晴らしい魔力だ!」

 

 無理矢理魔力を吸われている感覚……いや、それだけならまだいい。それに伴って体全身が痛んで、悲鳴をあげていた。

 

「――雪竜の咆哮!」

 

 一瞬、周りの兵隊も含めてびっくりして機械も止められた。……でも、何も起きなかった。

 

「ハッタリか! ふざけおって!」

 

「――ッ!? なん……で!」

 

 ――魔法が使えない。この世界は何か嫌な感じだ。

 

 ()が、そんなことを言っていた。理由はわからない。しかし、魔法は使えない。

 

「――ッあぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 まるで厭な夢。いっそ、それが真実なら良ければいいと思うくらい最悪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれから、どれくらい経ったのだろう。もう叫ぶ気力もなくなっていた。視界が霞んで、気分も悪い。

 毎日、毎日、同じように機械で魔力を無理矢理取られて……回復したところを狙って、また魔力を取られる……その感覚は日に日に狭まってくる。徐々に消耗している様子を楽しむために時間を空けてないようにしているんだ 。あの不気味な笑い声を聞くたびに虫唾が走る。

 

「ぐしゅしゅ……今日はここまで。あと数回もすれば、必要な魔力も越えそうですの……」

 

「……必要な、魔力?」

 

「この国に永遠の魔力をもたらす為の――の(ドラゴン)の魔力です……ぐしゅしゅ……」

 

 ……うっかり口を滑らせてくれないかと思ったが、そんなに甘くなかった。重要な部分だけ聞き取れないくらい小さな声だ。わざとだろう。

 ずっと気味の悪い笑い方をしながら、部屋を出ていき――扉が閉められた。真っ暗だ。もう、今が昼か夜かもわからない。窓一つない。

 

 仲間は無事なのだろうか。まさか、私と同じように無理矢理魔力を……いや、必要なのは竜の魔力と、最後に漏らしていた。そうなると、ナツやウェンディ……ガジルも同じ目にあっている可能性もある。

 ……少なくとも、ウェンディはうまく逃げたはずだ。そうでなければ、困る。

 

 ……体に力も入らない。……なんか、眠……い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、起きたよステラ!」

 

 いつものように魔力を吸われる痛みで目が覚めると思っていた。しかし、私の体は横たわっていて、ハッピーのような黒猫に名前を呼ばれた。

 どうして、私の名前を知っているのか。そもそも、君は誰なのか尋ねようとした。

 

「……あなたは」

 

「まだ起きたら駄目だよ! もう少し寝てなきゃ」

 

 起き上がろうとしたが、止められた。……ふと、そのときフードを被って座っている人が目に入った。

 

「僕はネク。それで、こっちは――」

 

 フードを被って座っていた人物が立ち上がって近づいてきた。そして、フードを取ると……。

 その顔は、まるで……いや、だって……。

 

「……ヴェア、ラ?」

 

 そんな私の言葉を否定するように、目の前の女性は首を横に振った。

 

「はじめまして、あっちの世界(アースランド)(ステラ)

 

 そんなどこかで聞いたことのあるような喋り方で、Another(違う)私が、自己紹介を始めた。

 さっき黒猫――ネクが呼んだ名前は、私のことではなかったのだ。

 

この世界(エドラス)では、魔力が有限で、それを補うためにアニマという転移魔法を使って、そっちの世界(アースランド)の魔力を吸い上げようとした。それを防いていたのがジェラール……そっちの名前だとミストガンだったかな。それと私」

 

「僕も手伝ってるけどね」

 

「うるさい、黙ってて」

 

「イテッ」

 

 話に割って入ったネクの頭をエドラスの私が軽く叩いていた。

 なんとも気の抜けるやり取りだ。しかし、話の大筋は掴めた。

 

「私の仲間は……」

 

「まだ魔水晶(ラクリマ)のままだよ。特殊な魔力を持ったあなただけが、取りあえず元に戻されたってところかな」

 

「それにしても、本当にそっくりだね。幼い頃のステラを見てるみたい」

 

「そりゃあ、まあ……違う世界とはいえ、私だしね。なんか、変な気分だよ」

 

 ……私からしたら、エドラスの私は母に――ヴェアラに似ている。しかし、今はそれどころじゃない。

 

「他に滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は……?」

 

「うん、あなただけだよ。たぶん、他の滅竜魔導士はうまくアニマから逃げられたんだと思う」

 

 ……あのときギルドにナツがいたかどうかわからない。ガジルもそうだ。しかし、大丈夫だろうという可能性のほうが高くなり一安心する。

 

「あとは、こっちの世界の情報の説明かな。まあ、簡単にまとめると――」

 

 

 

 

 

 そこから簡単に掻い摘んで、事情を話された。この世界(エドラス)において、魔力は有限。使えば消える燃料のようなもの。その枯渇を防ぐために、数年前に魔道士ギルドは解散させられ、刃向かったものは王国によって滅ぼされたと聞かされた。……国も民も関係なく。

 残ったギルドはたった1つ。皮肉にも妖精の尻尾のみ。そして、それだけのことを行える力を持った王国の魔戦部隊が残る敵は妖精の尻尾のみなのに、その魔戦部隊の増強に疑問を持って、王国に潜入したら……

 

「私がいて、アニマによる魔水晶の生成が成功していた……」

 

「そういうこと。……最近、ジェラ――ミストガンと連絡ができなかったんだけど。まさか、そっちの私が来ちゃうとは、思ってなかったけどね」

 

「……変な笑い方をする小さな男が、私の魔力を使ってどうとか言っていたけど」

 

「ごめん、そこは私も調べてたんだけど、どうも最高機密らしくてね。その変な笑い方をする奴はバイロって名前、俗に言うマッドサイエンティストだよ。最高機密ってだけあるし、相当良からぬことを考えているんだろうけど」

 

「最近、各地に散っていた魔戦部隊が続々と集まってきたんだ。何かするのは明白だよ」

 

 横からネクが割り込む。その背中から翼が生えていた。まるでハッピーやシャルルと同じだ。

 

「はい、ご飯」

 

 そう言って、私に食事を持ってきてくれた。ありがとう、とお礼を言ってすぐに食べ始める。

 こっちに来てから、まともに食事なんて取ってなかった。いや、取れなかった。

 

「そういえばさ、名前……えっと、私はステラ・メビウス」

 

 同じステラでも、フルネームまでは違うらしい。

 

「ヴェルディアです。その、助けてくれて、ありがとうございます」

 

 最初に言うべきことだったと今更思い、深く頭を下げた。

 

「いいって、それと……敬語もいいよ、自分に敬語使われるのは、なんか……ね?」

 

「……そうだね」

 

「わお! こっちのステラは順応早いね! うちのステラはそりゃあもう――」

 

「ネク?」

 

「なんでもないです」

 

 何かを言いかけたネクだったが、エドラスの私――メビウスに圧力をかけられて撤回した。

 そんなコントに少し微笑みながらみながら、私は黙々と食事を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねー、ヴェルディア。あなた武器は使えるの?」

 

「片腕でも使えるものなら……」

 

「じゃあ、これを渡しておこうか」

 

 そう言って、腰につけてあった拳銃を渡してきた。弾倉らしきものもいくつか渡された。

 

「カートリッジを入れ替えることで、火やら氷やら風やら色んな属性の魔法弾を撃てるものだよ。一つくらい武器がないと、いざってときに困るから」

 

 似たような魔法を使う人が妖精の尻尾にもいたな……たしか、ビスカとアルザックだったか。いや、彼らの系統としてはエルザとおなじストック型だったっけ。

 

「アースランドじゃ魔法は本当に物語に出てくるような物ばかりなんでしょ?」

 

「物語に出てくる? ……ああ、こっちの世界は魔法が有限だから、使える人はいないんだ」

 

「ヴェルディアも使えるの?」

 

 もしかしたら今なら使えるかと構えたが……やっぱり駄目だった。

 

「……こっち(エドラス)に来てから、うまく魔法が使えないみたい」

 

「いつもなら使えるんだ! ねえ、どんな魔法なの? もしかして、みんなネクみたいに道具無しでも魔法が使えるの!?」

 

 そこから、メビウス(エドラスの私)は、子供のように目を輝かせながら色々と詰め寄ってきて、私は自分の世界(アースランド)の話をすることになった。

 どんなギルドがあるのかとか、どんな魔法があるのとか……私にとっては当たり前のことでも、メビウスは楽しそうに聞いていた。その節々で"いつか行ってみたい"と呟いていた。

 

「……そういえば、ミストガンは妖精の尻尾にいるんだよね? どんな感じ?」

 

「今なら理由がわかるけど、ひたすら正体を隠して人と関わりを持たないようにして……」

 

「なるほどね……。実は私もミストガンのことはよく知らないんだ。優しい人だったってことくらいかな」

 

「……連絡はどうやって?」

 

「ネクによる文通。この子、アニマの残痕から世界を行き来できるのよ。まあ、それで向こうの世界(アースランド)のことを聞いたってわけ」

 

 ミストガンの性格なら、本当に必要なことしか書かなさそうだ。メビウスがアースランドのことを食い入るように聞いてきたのは興味があったのは、掻い摘んで聞かされた向こうの世界に夢を抱いたからだろう。

 

「最近、アニマの残痕も少ないし、なかなか連絡も取れなかったんだよね。今思えば、アースランドの妖精の尻尾を吸い込むために、アニマの力を溜めていたってところなのかな」

 

 もう少し早く行動すべきだった。そんな悔しそうな表情をメビウスはしている。

 

「……次は失敗しないから」

 

 私にもメビウスのその言葉が重くのしかかってくるような気がした。彼女も私と同じようなトラウマを抱えている。そんな気がしてならなかった。



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32話 エドラス王国

「……そうか! あいつら!」

 

 ネクが持ってきた手紙らしきものを読むなり、慌ただしく準備をし始めるメビウス。

 

「すぐに出るぞ、思った以上に事態が進行してる。君の仲間を助けられなくなる。ネク! 足とアレを準備してくれ!」

 

「アレって……ステラ! それは――」

 

「君の故郷も危ないんだ、急いでくれ」

 

 ネクが静かに頷いた。そうして、慌ただしく一人と一匹は準備を始めた。足とアレの準備が気になって仕方なかったが、それを聞けるような余裕もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一度乗ったことのある魔導四輪と似ている乗り物だったが、その速さは比べ物にならないほどだ。足というのは、移動手段のことだったのか。

 ネクはメビウスのお腹の方で、私は背中側。本来は一人乗りの二輪車らしく、少し窮屈だった。

 

「……王国の狙いが掴めたんだ。きっかけさえあれば、あいつらは今回のアニマで得た魔力を使って、叛逆を起こすつもりだ」

 

「叛逆? 一体誰に……」

 

「……ネクの故郷、エクスタリアに対してだ」

 

「僕たちはエクシードって呼ばれてる存在で、この世界で唯一体の中に魔力を持ってて、空を飛べるんだ」

 

「エクシードの王は神であり絶対の存在で、何かを命じれば人間は従うしかない……エクシードの王は人間を消し去れるっていう話が常識なんだ」

 

「……でも、僕たちはそんな崇められるような存在じゃない」

 

 ネクが俯いている。そんなネクの頭をメビウスが撫でた。

 

「君は悪くないよ」

 

 何か深い事情があるのだろう。お気楽な性格をしていそうなネクが、見る影もないほどしょぼくれていた。

 

「王は前々からエクシードたちを疎ましく思ってたんだ。渇望するほどの永遠の魔力が目の前にあるのに、自分たちは有限の魔力を使わなければいけない現実。数十年前に開発したアニマで向こうの世界(アースランド)から得た魔力を利用できるようにるようになったのに、それすらエクシードに管理される。常に何をやれこうしろと命令されれば従うしかない」

 

 エクシード……ネクがそうならハッピーやシャルルも同じ種族だろう。彼らが王が恐れるほどの何かを持っているようには思えない。ならば、エクシードの王は想像もつかない化物なのだろうか。

 

「……恐れる圧倒的な力なんて、存在してないのにさ」

 

「存在しない? でも、さっきエクシードの王は神であるって……」

 

「いや、今のエクスタリアを治めているのは王女様でね。その現王女は、未来が見れる力をうまくつかって、今も危ない橋を渡っているのさ」

 

「未来が見れる? それこそ、本当に神のような力では?」

 

「人々が恐れているのは、神による裁きの鉄槌。絶対的な存在、力だ。未来が見えたって、それが自分の都合の良いものとは限らないし、さっきも言ったけど、実際にはそれを変えられるような直接的で強大な力は無い――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――でも、彼らはうまくやったんだ。2つある王国の未来を見て、存続する方へ加担した。直接手を下さず、国を滅ぼしたという結果を得た」

 

 メビウスの声に怒りが混じる。そして、ネクが震えていた。

 

「僕たちは、メビウスの国を見捨てたんだ」

 

「でも、君は私を助けてくれたじゃないか。……その恩返しさ」

 

 そう言って、メビウスはネクに笑顔を向けていた。

 

「……ごめん、こっちの話に入っちゃった」

 

「大丈夫です。……それより、私の仲間を救えなくなるっていうのは」 

 

「ラクリマとぶつけて爆発させて、王国に魔力の降り注ぐ……この世界(エドラス)に魔力を自然発生させるきっかけをつくるつもりらしい。ほら、あそこに見える浮遊島。ラクリマと割と近い位置にあるアレがエクスタリアだ」

 

 そう言ってメビウスが指を指した方向には、とてつもなく大きなラクリマと、ネクの故郷らしい浮遊した島の上に国が――エクスタリアが確かにあった。

 そして、そのエクスタリアの横の浮遊島に巨大な魔水晶。

 

「君が捕まってる情報を得たときあたりに、あの魔水晶(ラクリマ)が現れた。あれがアースランドの街1つ分の魔水晶だと情報屋から仕入れてね」

 

「それは、どういう……」

 

「……こっちの世界(エドラス)では魔力が有限だって話はしたよね。それを得るためにアニマという魔法で君がいた世界(アースランド)の魔力を得たんだ」

 

 ……あの魔水晶が、仲間たちの今の姿。そういえば、()もそんなことを言っていた……そのあとの拷問のような仕打ちで、すっかり忘れていた。

 

「本来、君はアニマで捉えられるはずなかったんだ。滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)は特殊な魔力で守られているはずだから……けど、なぜか君だけ捕らえられてしまった」

 

「……それじゃあ、私以外の滅竜魔導士は無事なんですか」

 

「無事だった。けど、今王国に二人の滅竜魔導士が捕らえられているっていう情報が入ってね。あいつらが、滅竜魔導士の魔力で何かをしようとしているのはわかっていたから、君の存在がわかったときにすぐに助けたんだけど……」

 

「このままだと、奴らが必要とする魔力が全て揃うんだ。……何をするのかは最近までわからなかったけど、それを近々実行するみたいで」

 

 二人……? ナツとウェンディに……ガジルがいるはずだ。そうなると、誰かはまだ無事なのか。

 

「それで、一体エドラス王国は何をするつもりなんです?」

 

「――ごめん、お喋りはここまでみたい。さて、準備はいいか? このまま王国に突っ込むからな」

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何考えてるんですか!? というか飛ぶなんて聞いてないですよ!」

 

 いきなり乗り物の横に翼が現れたと思ったら、王国の城めがけて高台から飛んだ。そして、よくわからないまま激突。乗り物から出てきたクッションみたいので助かったけど、死んだかと思った。

 

「いや……もう事が進んでるから隠密しても意味無いんだ」

 

「そういう問題じゃ――」

 

「ステラ!」

 

 名前を呼ばれて振り返る。そこには、私の知っているルーシィと、ハッピーにシャルルがいた。

 

「お、よかった。君の仲――」

 

 ただならぬ殺気。それを向けられたメビウスは、腰からナイフを取り出して、その殺気を放っている者の攻撃を受け止めた。

 そのまま銃を向けて何発か放って距離を取る。

 

「空気読んでくれないかな」

 

 そうして、メビウスは殺気を向けてきた相手――エルザと戦い始めた。

 

「まさか……エドラスのエルザが敵なのか……」

 

 エドラスはもう一つの世界。全てが私の元いた世界(アースランド)と何もかも同じはずがない。そう理解していても、実際にエルザが敵なのは精神的に堪える。

 

「え……ちょっと、何が起きてるのよ!? あの人誰!?」

 

「ネク! さっき渡した紙に竜鎖砲のエネルギー抽出室の場所が書いてある!」

 

「王子を誑かし、数十年間逃げ回ってた貴様が姿を現すとはな!」

 

「ったく、多少の無茶は承知の上だったのに最初からエルザに会うとはね」

 

 そう言ってホルスターから銃を抜いた瞬間に発砲するメビウス。着弾した箇所が大きく爆発して、王国兵が吹っ飛んで道が開けた。

 

「何なのよもう!」

 

 ルーシィが叫ぶ。その台詞、そのまま自分が言いたいくらいだ。

 色々と説明されていないのに、既にメビウスはエドラスのエルザと交戦状態で聞き出せそうにない。

 

 

 

 

/

 

 

 

「Code:ETD、国家領土保安最終防衛作戦の裏で軍備強化を続ける王国に違和感はあったんだけどね。まさかExceed Total Destruction――天使全滅作戦だとはね」

 

「我々人間の未来のために必要な犠牲だ」

 

「そうやって言い訳して、同じ過ちを繰り返すのか」

 

「……貴様らの国が我らの王の提案を受けていれば、あの犠牲は避けられた」

 

 怒りを覚えるどころか呆れてしまうメビウス。それはどう頑張っても、あり得なかった未来だからだ。

 

「お前さえ差し出せば、貴様らの国は――」

 

「滅んださ。私には運命を変える勇気も力もなかったからね」

 

 メビウスが溜息をつく。

 ――自分たちを追ってくる大人が、王国兵が、この世界の全てが恐ろしかった。……いや、正確には未だに恐ろしい。魔力という存在のために、命を軽々しく扱うこの国のすべてが。

 

「今は、力がある……と?」

 

 バカにするように嘲笑混じりに呟くエルザ。

 

「まーね。実際こうして、こんなもの(ナイフと銃)で妖精狩りと張り合えてるんだから」

「そうか、ならば――これを受け止めてみせろ!」

 

 エルザの武器が光りだす。魔法にド素人でも感じ取れるほど、高密度の魔力が槍の先端に練られて、眩い光を放っていた。

 その眩さにメビウスは距離感を失ってしまい、振り下ろされた槍を受け止めそこねて体に当たり――城全体を揺らす振動と轟音が響いてメビウスはふっ飛ばされた。

 武器を構え直すエルザ。しかし、追い打ちはかけなかった。

 

「大して効いていないな。どういう絡繰りだ」

 

「……あれ、バレた? 近づいてきてくれれば、そのまま首でも掻っ切ろうと思ってたのに」

 

 何事もなかったかのように、メビウスが立ち上がる。

 

「何年も王国の手から逃れ続けた女が、こんな程度でやられるとは思ってないさ」

 

「まあ、隊長たち相手だと一筋縄じゃいかないか」

 

 仕切り直しと左手のナイフと右手の銃を構え直すメビウス。エルザも同じように構え直す。

 

「おいおい………エルザがいるじゃねーか」

 

「何を言っているグレイ――な、私……だと!?」

 

「な――!?」

 

 自分と瓜二つの人間がお互いに同じような驚き方をする。場にいる全員が困惑するが、メビウスが妖精の尻尾(フェアリーテイル)の紋章を見るなりある一点に指先を向けた。

 

「ステラなら、この先だ。他の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)を助けに行ってる。早く行ってやれ」

 

「貴様――」

 

「っと! そっちから吹っ掛けて来たのに、他に手出しなんて欲張りなことさせないよ」

 

 状況がなかなか読めないアースランドのエルザとグレイだったが、自分たちに飛びかかろうとしたエルザ()を止めてくれた者がとりあえず味方なのだろうと判断して、走り出す。

 

「これは、こっちが有利になってきたかな」

 

 どういうわけか、アースランドの魔導士が開放されている。自分の知らないところで、まだ有利になる要素が残っていると確信したメビウスは思わず笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

「っ! きりがない!」

 

 思っていた以上に敵が多い。慣れない武器()の性能が高いおかげで王国塀を蹴散らせている。

 

「ステラ! あんまり無駄撃ちすると魔力が切れちゃうから注意して!」

 

 ネクに言われてマガジンを再確認する。もう既に半分も残っていない。焦ってはいけないとわかっている。しかし――

 

『うわああああ!!!!』

 

 ナツの叫び声が聴こえる。冷静にならないといけないとわかってはいるが、早く助けに行きたいという気持ちが強く出てしまう。

 ルーシィはエドラスでも魔法が使えたということだが、今は謎の拘束具のせいで魔力を抑えられていて使えないらしい。

 

「邪魔だ! どけ!」

 

 きりがない。このままじゃ武器が使えなくなるのが先だ。しかも、仲間(ルーシィ)を庇いながら戦うこっちが不利だ。

 それに……思った以上に武器の反動が大きい。両手ならまだしも、今の私が片手で扱えるような反動じゃない。

 

「怯むな! 数は圧倒的にこっちが有利だ! それに、あいつは武器になれてないらしい!」

 

 手が震える。何発か外してしまった。それに気づかれて王国兵が更に勢いづく。

 

『きゃああああ!!!』

 

 ウェンディの叫び声――もしあいつなら、もう少し冷静になれたかもしれない。

 

「――皆! 私から離れろ!」

 

「ステラ!? 何する気!」

 

 やるしかない。もう距離を取っていたら弾があたらない。それに、残りのマガジンは1つ。やるなら今しかない。

 王国兵の集団へと走る。そのまま先頭にいる奴に体当たりする。

 

「――こいつ、無謀にも突っ込んで来やがった!」

 

「このまま取り押さえろ!」

 

 そのまま手あたり次第に引き金を引く。当てずっぽうだ。でも、取り押さえようと囲んでくれたおかげで外れることはない。

 ……しかし、自分にもダメージがある。威力が強すぎて、この距離だと暴発と変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何とか、なった」

 

 息が上がって呼吸が苦しい。左腕の感覚がもうない。銃を握っているかどうかすらわからない。

 

「ステラ、無茶し過ぎよ……」

 

 駆け寄ってきたルーシィに怒られる。仕方ないじゃないかと言い返す元気もない。

 

「行こう、早くナツたちを――」

 

「いたぞ! エクシードとアースランドの魔導士だ!」

 

「な……まだ、あんなに!」

 

 最悪だ。これだけの数を倒したというのに、それ以上の数の王国兵が迫ってくる。

 

「一旦ここを離れ――」

 

 ネクが声をかけるが、既に後ろにも既に王国兵が立ち塞がっていた。

 

「あと少しなのに……」

 

『あああああ!!!!』

 

 二人の叫び声が響き渡る。

 

 

 

 

 ――どうして、魔法が使えないんだ。今こそ、ここで力が必要なのに!

 

 

 

 

 

 

 

 憎い、憎い、憎い、憎い、憎い――どうして私はこんなに弱いんだ、あいつがいないと何もできないのか……ふざけるな、ふざけるな! 認めるか、私だって滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だ、私は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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33話 最強復活

「……本当にこっちで合ってるんだろうな」

 

 グレイが舌打ち混じりに呟く。状況が状況だったため、あの白い髪の……どことなくステラに似ている奴の言うとおりの道に入ってから走っているが、一向に敵にも出会わなければ、ステラにも出会わない。

 

「罠という可能性もある。用心したほうがいいだろうな」

 

 ……そう呟いた瞬間にグレイとエルザは互いに通路の先に同じような嫌な気配を感じた。

 敵かと警戒して走るのをやめ、音をなるべく立てずに歩く二人。その気配の根源に近づいていくと、倒れている王国兵が増えていった。

 

「ナツ! しっかりして! ナツ!」

 

「ナツ! 起きてよ!」

 

「ウェンディ! ごめんね……遅くなって……」

 

 感じていた気配が遠ざかる。代わりに知っている声――

 

「お前ら無事だったか!」

 

 知らない猫が一匹増えているが、ルーシィにハッピー、シャルルが無事だったことに安堵するグレイ。

 しかし、倒れている二人……ナツとウェンディがピクリとも動かないことに気づく。

 

「グレイ! それに……エルザ! 大変なの、ナツとウェンディの意識が……」

 

「グレイ、ナツにエクスボールを飲ませてやれ! 私はウェンディに飲ませる!」

 

 そう言って、エルザは赤い玉が大量にの入った瓶から一粒取り出して、グレイに投げ飛ばす。それを受け取ったグレイが普段どおりの悪態をつきながらナツにそれを飲ませる。

 

「それって……」

 

「こっちの世界で魔法を使えるようにする薬なんだとよ。オレたちはガジルから貰ったが……お前はミストガンから貰わなかったのか?」

 

「そういえば……何か飲まされた気がする」

 

 自分だけが何故か魔法を使えた理由を初めて知るルーシィ。しかし、それなら――

 

「じゃあ……ステラのアレは……」

 

 ルーシィが震えていた。魔法が使えず、この世界(エドラス)の魔法を使って戦っていたステラが、王国兵に追い詰められて突然なにかをした。

 

「……なにかあったのか」

「ステラが、突然黒い影のようなもので王国兵を薙ぎ払っていったの……見たことのない魔法だったし、それに……」

「それに?」

 

 言葉に詰まるルーシィ。なんと例えたらいいのかわからないのだ。過去に何度も起きたステラの異変とも異なっていた。

 

「オイラたちにもよくわからないんだ……」

 

「わからないって……」

 

 ハッピーのその一言に呆れるように溜息をつくグレイ。しかし、いつもなら的確にルーシィが補足するはずなのに、わからないというのが事実で正しいのだと、判断せざるを得なかった。

 

「私たちがナツとウェンディのいるこの部屋についたときには、二人は開放されていたけど、ステラがいなくなってて……」

 

 異様な気配の正体がステラだとして、魔力は全く感じなかった。だというのに、魔法らしきものを使っていたという話。何もかもがおかしい。

 

「とりあえず……そこの猫はなんだ?」

 

「む……さっきも同じようなこと言われたけど」

 

 ずっと突っ込むべきかソワソワしていたグレイだったが、やはり我慢できなかった。尋ねられたネクは不機嫌そうな顔をしている。

 

「この子はこっちの世界(エドラスのステラ)の仲間のネクロードって子でネクって呼ばれてるんだって。私たちもさっき出会ったばかりだけど、丁度こっちの世界のエルザに襲われそうになったところを助けて貰ったのよ」

 

「こっちの世界の私は敵なのか……ならば、あのときの白髪の女性がこっちの世界のステラということか」

 

「……ねえ、あっちの世界(アースランド)のエルザも強いの?」

 

「まあ、この中じゃ1番強いだろうな」

 

 ネクが尋ねると、すかさずグレイが答える。それを聞いて、ネクが説明を始めた。

 

「エドラス王国の最終目的は、君たちの仲間の魔水晶を僕たちの故郷にぶつけて、その魔力を融合させて、永遠の魔力を得ることなんだ。それを防ぐためにも、ステラのことが必要なんだけど……」

 

「なるほど……そこで、私に代わりに戦って欲しいというわけか」

 

 申し訳無さそうに頭を下げるネク。

 

「うん。突然頼んですまないね」

 

「いや、その方がいいだろう。この世界について詳しい者の方が臨機応変に動けるだろうしな。それに、この世界の私がどれほどの実力か興味がある」

 

 久しくいなかった好敵手を見つけた。そんな嬉しさが隠せずに滲み出ていた。

 

「だぁぁぁぁ!!!」

 

「なんだよ! 突然叫ぶなナツ! って、どこ行くんだよナツ!」

 

 グレイに目もくれず、気を失っていたナツが突然目を覚ますなり、叫んだと思ったらそのまま走り出してどこかに行ってしまった。

 

「……とりあえず、私はネクと一緒にエドラスのステラの方へ向かう」

 

「オレたちは……こっちのステラを探さねえとな」

 

「ああ、頼んだ」

 

 グレイとエルザが互いにハイタッチして、エルザはネクを抱えて走り出した。

 

「ちょ……自分で飛べるから! いたい! 主に固くていたい!」

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

 

 

「消えろ! 邪魔だ!」

 

「な、なんて強さだ! アースランドのあいつは、魔法が使えないんじゃなかったのか!」

 

「弱音を吐いている場合か! オレたちに今できるのは中庭まで誘導することだ! そうすれば、エクシードたちを魔水晶にしたときのあれが使える!」

 

 途中までの報告では追い詰めていたはずだった。その報告が途切れてから暫くして、次は手あたり次第に兵が殲滅されているという報告を受けて、現場は大慌てだった。

 

「くそ、オレたちは撒き餌じゃないってのに!」

 

 どう考えても隊長レベルが対処しなければいけない事態のはずだったが、アースランドのステラは捕らえられていた際に、本来の魔法が使えなかったという報告から、兵でも充分に対処可能だと判断されてしまい、こんな事態になっていた。

 既に3分の1もの兵がたった一人の少女に倒されているとは、誰も夢にも思わなかった。

 

「っ……あ、がああああ!!!」

 

 しかし、見るからに相当のダメージを負っていて、時折苦しそうに悶ているというのに、どこにそんな力があるのか謎であった。

 兵たちは、見たこともない攻撃をアースランドの魔法――魔力が原因だと判断し、ETD(Exceed Total Destruction)発動時に、エクシードの近衛師団を魔水晶(ラクリマ)に変えた装置を使えば同じように魔水晶に変えられると思ったのだ。

 

「今だ! 一斉照射!」

 

 ステラに対して一点集中で光が当てられた。その場にいた誰もが安堵した。これであの少女を魔水晶に変えることができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するなァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 明らかに効果がない。そして、既に光を当てている場所に姿がない。

 

「き、きえ――」

 

「上だ! 空にいるぞ!」

 

 異質な姿だった。光を一切通さない影のような黒い翼。そして、王国兵が装置をステラに向け直すより早く、何かを彼女はした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 

 

「ああああ!!! エルザが二人いたぁぁぁ! 何だよあれ!? なんでオレたちの知ってるエルザも現れるんだよ! 怪獣大決戦か!? この世が終わるのか!?」

 

 ナツが悲鳴を上げながら戻ってきたのだ。その報告から察するにエルザはエドラスのエルザと交戦を開始したのだろう。

 

「ほんとうるさいなナツ!」

 

「……グレイ!?」

 

「あたしたちの知ってるグレイよ。それにしても、本当にさわがしいわね、あんた……」

 

「……あれ、本当だ。グレイさんがいる」

 

 ナツが戻ってくる少し前に目を覚ましたウェンディが今ようやく気づきましたという一言を呟いた。

 

「あれ……なんでかな、地下で日が当たらねーから薄く――っと!」

 

 そんな冗談を言っていたら、何か爆発したような、轟音と揺れが襲いかかってきた。

 

「……さっきのエルザたちか? いや、それにしては随分遠くな気もするな」

 

 そう呟きながら、ナツの来た方向からメビウスが現れた。肩に乗っているネクが、ルーシィたちに手を振る。

 

「自己紹介からしたほうがいいかな? はじめまして、こっち(エドラス)の世界のステラ、ステラ・メビウスだ」

 

「もう皆エドラス王国の狙いはわかってるよね?」

 

 ネクの問いにその場の全員が縦に首を振る。ナツとウェンディも、捕まった際に自分たちの魔力を使って何をするのか聞かされていた。

 

「竜鎖砲を発動を防ぐには、鍵を奪うのが手っ取り早い。そうすれば、こっちが竜鎖砲を利用できるからね」

 

「利用? オレたちにその竜鎖砲ってやつは必要ねえんじゃないか?」

 

「そうだよ、壊しちまうのが手っ取り早え!」

 

 グレイの問いとナツの言葉に首を傾げるメビウス。ミストガンが色々と説明していると思っていたが、そうではないのだとここで理解した。

 

「この世界で滅竜魔法は魔水晶にされた人間を元に戻せるんだよ。ん……あれ? そういえば、君はどうやって魔水晶から戻ったんだ?」

 

「ガジルっていう鉄の滅竜魔導士がいてな。そいつが元に戻したんだ」

 

「滅竜魔導士が4人もいたのか。なるほどね……まあ、それは置いといて。

とにかく、滅龍魔法で砕いてやれば魔水晶は元に戻るんだ。だから滅龍魔法を鎖として発射する竜鎖砲は、君たちにとっても必要なんだ」

 

「なるほどな。それで、その鍵ってのはどこにあるのかわかるのか?」

 

「残念だけどそこまでは……重要なものだから隊長以上の権限の誰かが持っているはずだ。少なくともエルザは持っている素振りはなかったな。持っていたら、私と戦わないだろうし」

 

 メビウスが紙を取り出して広げる。

 

「これは……地図? でも、城の作りにしてはおかしいような……」

 

 見たままの感想をいうルーシィ。しかし、自分の知っているどの城の作りにも当てはまらないため、自信のない感じだった。

 

「いや、ここの城の作りであってるよ。見ての通り、これだけ広いから鍵を探すために分かれても効率が悪い。だから、鍵を探す者と竜鎖砲を発動させるための部屋に向かうものをわけたいんだ。それと――」

 

「ステラ、それはいいよ。あんな国、なくなっても誰も困らない」

 

 ネクがメビウスの言葉を遮る。

 

「駄目だよ。君が嫌いでも、故郷は大切だ。

 

 

……万が一に備えて、エクシードたちに避難するように伝えてほしいんだ」

 

「私も反対よ。あんな国、どうなってもいいじゃない」

 

「ちょっと、シャルル!」

 

 ネクとシャルルの似たような反応。それを互いのパートナーが咎める。

 

「私が行きます」

 

「ウェンディ!?」

 

「ネク、君も行ってやれ」

 

「な!? どうしてだよステラ!」

 

 そして、互いのパートナーの提案に驚くネクとシャルル。どっちも納得していないのは明らかだった。

 

「……エクシードの女王に、この手紙を渡して欲しいんだ」

 

 そう言って、メビウスは日に焼けてしまった紙を取り出した。

 

「私の母が、最後に送るはずだった手紙だ。もっとも、戦争のせいで渡せずに、どうしてか私に回ってきたんだけどさ」

 

「……じゃあ、これは」

 

 横に首を振るメビウス。

 

「気になるなら、君も読んで構わない」

 

 そう言われたが、ネクはその手紙を受け取ってしまい込んだ。

 

「……さて、竜鎖砲には私が向かうよ。この地図を見ても正確な場所はわかりにくいだろうからね。あ、地図は……君に渡したほうが良さそうか」

 

 そう言って、メビウスはナツとグレイを見たあとに、ルーシィに地図を渡した。

 

「おい、なんかすげー失礼な目で見ただろ……」

 

「いや、アースランドの私から聞いてたけど……服はちゃんと着てよ。それに、あんなに叫びながら駆け回ってた人に地図渡すのもちょっとね……」

 

 ――君の仲間は話通り随分と愉快だな。

 

 少なくとも、アースランドのステラは自分より出会いに恵まれて良かったと、メビウスは思っていた。

 

「……そういえば、アースランドの私はどこにいるんだ?」

 

「それがナツとウェンディを助けたあとにどっかに消えちまったみたいでな。あいつのことも探さないといけなくてよ」

 

「オレたちの知ってるステラもいたのか!? 聞いてねーぞ!」

 

「ステラさんが私たちを?」

 

「ああ。ルーシィから聞いたが、結構な傷を負ってるのに無茶をしてるみたいでよ」

 

 腕を組んで何かを考え始めるメビウス。その表情は曇っていた。

 

「……倒れている仲間をおいていった? いや、そういう薄情な子じゃないと思っていたが」

 

 アースランドのことを尋ねた際に仲間のことも含めて嬉しそうに話すステラの姿を思い出すメビウス。そんな子が、倒れている仲間をおいていくような子だとは思えなかった。

 

「それはないよ。僕たちだけでこの部屋に向かっているとき、彼女は必死に仲間を助けようとしていたから……けど」

 

「けど?」

 

 メビウスの呟きをネクが否定する。しかし、何か煮え切らない様子で言葉を続ける。

 

「途中から様子はおかしかったんだ。凄く厭な感じだった。焦って周りが見えてなかったみたいだし」

 

「だとするなら、助けられなかったと勘違いして自暴自棄になってる可能性がある……か」

 

 メビウスの言葉でナツとグレイ、そしてルーシィが顔を見合わせる。過去何度も、ステラは決まったことで無茶をしていた。仲間のためなら自分のことすら犠牲にする。もし、彼女がそんな勘違いを起こしていたら、自暴自棄どころで済まないと三人は感じていた。

 言葉には出さなかったが、ヤバい。という考えは言わずとも互いに理解していた。

 

 

 



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