織田信奈の野望~かぶき者憑依日記~ (黒やん)
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プロローグ

とうとうやってしまった……


何だ?気分転換に織田信奈の野望読んだのがいけなかったのか!?


そんなこんなで、見切り発車で始まります!













ーーワァァァァァァァァ!!

 

 

戦場に鬨の声が響き渡り、甲冑の色が異なる軍が刀を、槍を交差させる

 

 

最前線では頭上を矢が飛び交い、敵を一人倒したと思えば仲間が二人倒れる

 

 

……この場所、『川中島』では今、上杉と武田が雌雄を決している真っ最中だった

 

 

そんな中、上杉方の中でも最前線に位置する陣の中では一人の綺麗な黒髪をポニーテールにした、抜群のプロポーションを持つ女性が鉄扇を口元に当てて戦況を伺っていた

 

 

「戦況は今の所五分……何かが起きれば一気に勝敗が決まりますわね。問題は直江殿や柿崎殿、小島殿に斎藤殿が武田四天王を謙信殿の到着まで抑えきれるかどうかといった所でしょうか……それに、勘助殿や父上がどのような策を打ってくるかですわね」

 

 

女性は厳しい顔で戦場を睨む。常ならばこの女性が笑顔を崩す事はそうないのだが、彼女が……いや、正確には彼女が主と仰ぐ者が四天王以外の全ての敵部隊を相手取っているために、顔が厳しくなるのは当然とも言える事だった

 

 

……ただし、主の無事に関する心配はそんなに無いのだが

 

 

「伝令!また慶次様が突出し始めております!!」

 

 

「ハァ……またですか。幸ちゃんに慶次様を引き摺ってでも連れ戻すように伝えてください」

 

 

「はっ!」

 

 

普通なら飛び上がるくらいに驚くような事態なのだが、女性は慣れたように溜め息を吐きながら伝令に指示を出した

 

 

そして、それに呼応するように武田方の一部隊が動き出す

 

 

「ああもう……慶次様が動くから父様の軍まで動き出したじゃないですか……。全く、三姉妹の内の二人が慶次様に仕えたからと言って何もそこまで目の敵にしなくてもいいでしょうに……慶次様もいい加減私を嫁に貰って下さればいいですのに……」

 

 

 

この哀愁を漂わせながら顔を赤くしてもじもじするという器用な事をやらかしている女性。彼女の名前は『真田昌幸』という、後の世界のあるゲームで『戦国一のチート野郎』『真田さんマジチート』と言われる人物であった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「娘を返せェェェ!!」

 

 

「別に俺が誘ったわけじゃねぇよ!!アイツらが勝手に着いてくるって言い出して着いてきたんだよ!!」

 

 

「嘘を吐け!!オレの可愛い朱乃と愛紗がそんな尻軽な訳があるかァァァ!!」

 

 

「アンタ仕官と嫁入りごっちゃにしてないか!?嫁入りじゃないから!仕官だから!とりあえず落ち着け!アンタの部隊がアンタを見てポカーンってなってるから!俺の隊もドン引きしてるから!」

 

 

「嫁入り……だと……!?貴様に娘はやらんわァァァ!!!」

 

 

「めんどくさっ!?この親馬鹿本気でめんどくさっ!!」

 

 

バガッ

 

 

「はぐあっ!?」

 

 

「何を恥ずかしい事を堂々と叫んでおられるのですか……父上」

 

 

「ああ、愛紗……助かった。このオッサン武は弱いけど精神力が(娘関連限定で)凄まじいからな……」

 

 

「ほら、戻りますよ慶次様。姉上が少々お怒りです」

 

 

「それ聞いて戻りたく無くなったんだが……って待って待って!!引き摺るのだけは勘弁してくれ!!」

 

 

「あ、愛紗……!!悪い事は言わない、お父さんの所に戻って来なさい!!」

 

 

「復活早いなオッサン……」

 

 

「父上……それ以上私や姉上が決めた事に口出しするのなら……」

 

 

「「するのなら?」」

 

 

「以降、『幸隆様』と呼びますよ?」

 

 

「正直すみませんでした」

 

 

「弱ェな……ってか凄ぇな!?」

 

 

 

この後方三回転半宙返りひねり土下座をする壮年の男性……真田幸隆を可哀想な目で見ながら、黒髪をサイドポニーで縛った少女……真田幸村に引き摺られていく主の威厳など欠片も見当たらない青年

 

 

その名を『前田利益』、愛称を『慶次』と言った




一応言って置きますが、主人公は慶次です


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人物設定

・前田利益

 

 

年齢……20(プロローグ時)

 

 

愛称……慶次

 

 

容姿……黒髪黒目。髪は少し長め。後は想像におまかせします←オイ

 

 

武器……皆朱槍、三日月宗近

 

 

主……丹羽長秀

 

 

部下……真田昌幸、真田幸村、加藤段蔵

 

 

 

戦国ゲームには必ずといってもいいくらいに出てくる日本一有名なかぶき者

 

この小説でもそれなりにチートだが、それ以上に部下がチートである

 

性格は自由奔放かつ悪戯好き、加えて戦好きのはた迷惑な人物。しかし人を殺す事は非常に嫌うため、戦闘狂ではない

 

一応滝川氏の出身のため、一益は義妹。前田氏の養子なので犬千代も義妹

 

好きなことは人をからかう事と山芋の煮物、嫌いなものは怒った朱乃と万千代、虫料理である

 

一応転生者(憑依者?)だが、現代で歴史は壊滅していたために、現代知識が役立つかどうかは微妙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・真田昌幸

 

年齢……20(プロローグ時)

 

愛称……朱乃

 

 

容姿……ハイスクールD×Dの姫島朱乃

 

 

武器……鉄扇、刀

 

 

主……前田利益

 

 

部下……上田衆数名

 

 

 

 

 

慶次の部下、そして自称本妻。

 

 

とある出来事の後、慶次に一目惚れした

 

 

『戦国一のチート野郎』の名は伊達ではなく、16才で孫子、呉子、呂氏春秋、列女伝といった古の兵法書や政書を暗記、応用する程の努力型の天才

 

 

南蛮の物語が好きで、よく読んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・真田幸村

 

年齢……18(プロローグ時)

 

愛称……愛紗

 

 

容姿……恋姫の関羽

 

 

武器……十文字槍

 

 

主……前田利益

 

 

部下……?

 

 

真田三姉妹の末で、三姉妹の中では一番武に秀でている

 

 

『真田日の本一の兵』と家康に言わせた武は健在で、技量や頭の回転は勝家や犬千代を上回る

 

 

表面上は凛とした態度を取るが、以外と寂しがりやで甘えん坊

 

 

唯一昌幸の暴走を制御できる人物でもあるが、昌幸と慶次によくなついているために昌幸に言い負かされてしまうこともしばしば

 

 

ちなみに真田の次女、信幸は知は昌幸以下、幸村以上で、武は幸村以下、昌幸以上のオールラウンダーである

 

 

最近昌幸に唆されて、慶次を義兄と呼ぶか本気で悩んでいる

 

 

 

 

 

 

 

・真田幸隆

 

年齢……53(プロローグ時)

 

容姿……ハイスクールD×D のバラキエル

 

 

主……武田信玄

 

 

部下……真田忍衆、戸隠衆数名、上田衆

 

 

 

真田三姉妹の父。娘命の親馬鹿。だけど奥さんには頭が上がらないという残念なおじさま

 

 

娘を盗られた(違)ために、慶次を目の敵にしている

 

 

 

 

 

 

・加藤段蔵

 

年齢……16(プロローグ時)

 

愛称……鈴紗(りーしゃ)

 

 

容姿……英雄伝説碧の軌跡のリーシャ・マオ

 

 

武器……暗器一式、大太刀

 

 

主……前田利益

 

 

部下……甲賀忍衆数名

 

 

 

 

 

慶次の幼少期からの部下。良晴でいう五右衛門のような存在

 

 

三河の服部半蔵や小田原の風魔小太郎とは知り合いで、広い情報網と中々の武を持っている

 

 

原作開始時は一益についている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プロローグ時≒原作開始時です

 

 

万千代……20才、六……18才、信奈、光秀、良晴……16才、一益、五右衛門……13才、両兵衛、犬千代……12才の設定でいきます



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原作前~四年前~
甲賀~尾張


センター試験が近付くにつれて勉強のやる気がなくなっていくと言う罠……試験、明後日なのに……


だけど出来たから投稿!!













突然だが、皆さんは転生とか憑依とかを信じるだろうか?

 

 

俺、『雪走恵二』はそれを信じている……いや、信じざるを得なくなった

 

 

だって……

 

 

「ほんとうにおきちゃったんじゃ、なぁ……」

 

 

雪走恵二、もとい『前田慶次』。第二の人生を渋々謳歌してます

 

 

……名前が変わらなかっただけ良しとしよう

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

あれから数年、ようやく俺もこの『甲賀の里』の雰囲気に慣れてきた

 

 

しかし悲しいかな……こっちに来てから前世の事は殆ど思い出せなくなってしまった。親や友達の名前なんかは特に綺麗サッパリ脳内から消えてやがる。ガッデム

 

 

車とか電灯とかなら使い方から直し方まで覚えてんのにな~……

 

 

「兄上~」

 

 

「……ん?一益か」

 

 

そんな事を考えながらボーっと庭の池を眺めていると、てててという効果音の付きそうな走り方で義妹の『滝川一益』が駆けてきた

 

 

義妹というのは、一益は実は養子で、どっかの高家から預けられたらしい。何故か親類やアホ親父がやけに一益に丁重に接してるから高家と判断しただけなのだが……正直アホだろ。こんな小さい子供にそんな仰々しく接したら却って疎外感を与えるだけだろうに

 

 

「ど~ん!」

 

 

「っとと……何時にも増して元気だな」

 

 

「だって兄上と遊べるのじゃ!勉強とかつまんな~い」

 

 

我が義妹様はどうやら遊びたい盛りらしい

 

 

……え?名字が違うって?いや、俺なんか前田家に養子に出されるらしい。何でも生まれる前から決まってたんだと

 

 

「兄上~?」

 

 

「ん?ああ、悪い悪い。今日は何して遊びたいんだ?」

 

 

「んっとねぇ……将棋をするのじゃ!」

 

 

「また年寄りくさいやつを……というか最近将棋ばっかりじゃねぇか?」

 

 

「だって妾が勝てないのは兄上だけなのじゃ。大人は皆弱いから相手にならないのじゃ」

 

 

どーせまた大人は一益の機嫌を損ねないようにわざと負けてるんだろうな……

 

 

……慶次は知らない。大人は初めこそわざと負けていたが、今ではガチで9才児に負けているという事を。全力で相手をして、その上で叩き潰されているという事を

 

 

ちなみに、里の大人は決して将棋が弱いわけではない。むしろ強い方である

 

 

「しゃーねーな。ほら、将棋板持ってきな?」

 

 

「うん!」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 

「あー!また負けたのじゃー!」

 

 

「はっはっはっは。俺に勝つのは10年早いな」

 

 

「もう一回!もう一回勝負なのじゃ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まだ10才にもなってない姫に本気で負けるなんて……しかも16才の利益殿は更にその上を行くなんて………うぅ、俺24だぜ?」

 

 

「だ、大丈夫ですよ!慶次様と一益様が飛び抜けて凄いだけですから!」

 

 

「段蔵はいいよな……既に慶次殿に仕えるのが内定してんだからよ。将来安泰じゃん」

 

 

「いえ……多分私、一益様の守役としか認識されてないと思います……」

 

 

「「………………」」

 

 

「……何か、すまん」

 

 

「いえ……」

 

 

その夜、大人達(+少女一名)は枕を涙で濡らしたとか濡らしてないとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「お~、ここから尾張か~」

 

 

どーも。前世とか割とどうでも良くなってきた前田慶次利益です

 

 

一益と将棋指してた次の日、突然前田家に呼び出されて急遽養子縁組を早めることになった

 

 

そう言うわけで今は尾張……ってもまだ津島なんだけども

 

 

時間に余裕持って家を出たんだが、愛馬の松風が本気出した結果……なんと二日の余裕が出来てしまった

 

 

おっかしーなー。どんだけ多く見積もっても半日余ればいい方だったのに……松風マジチート

 

 

途中で何回か野盗と遭遇したけど俺が降りて戦うまでもなく松風が蹴散らしてたからな

 

 

 

……前世ではごくごく普通の一般人だったのだが、この世界に生まれた影響か、それほど命を奪うことへの抵抗が無いように感じる。とは言っても初めて人を手にかけた時は吐きながら泣き叫んだが……

 

 

抵抗が薄れた……というか決意を決めたのは伊賀の忍衆が甲賀の里を襲撃してきた時だ。その頃の俺は人を殺したくなくて、忍の訓練も槍や刀の鍛練もサボってばかりいた。そんな時に、襲撃が起きた

 

 

あの時の事は生涯忘れることはないだろう。何も出来ない俺を庇いながら戦っていたくの一でもあった母さんが俺を抱き締めながら事切れたあの光景だけは……

 

 

戦国という時代が指す意味を思い知った。強い者が生き弱い者は死んでいく。そんな弱肉強食の理を思い知らされた

 

 

それから、俺は槍や刀の鍛練に必死になった。時には寝る時間も惜しんで槍を突き続け、興福寺や比叡山などの道場に通い、偶々出会った塚原卜伝師匠(女性。クソ強かった)にも教えを受けた

 

 

……もう、家族を喪う悲しみを味わいたくない。誰も、俺の前では殺させない。その一心だった

 

 

幸い俺には武術の才があったらしく、教えられたものを次々と吸収し続けた結果、『鬼才』とか厨二な称号をつけられる羽目になったが……

 

 

まぁ、そんな余談はどうでもいいとして、ここは尾張国、津島。つまりは守護の斯波氏がお飾りの織田氏の支配下にある国である。確か現当主は……信秀さんだっけか

 

 

何が言いたいかと言えば……

 

 

「いるんだろーな……織田信長が」

 

 

歴史に疎い……というか興味が一切ない俺でも知っている戦国の覇者、織田信長がいる可能性があるという事だ

 

 

親父に聞いた所、織田家は尾張にしかなく、豊臣や徳川に至っては聞いたことすら無いらしい。何やってんだよ秀吉と家康(の先祖)

 

 

 

「……ま、無いもんは仕方ねぇな。休憩しようぜ松風~」

 

 

「ブルル!」

 

 

返事をするように嘶き、足を止めた松風から下りる……うん、いい天気だ

 

 

折角の昼寝日和なので、すぐ近くにあった土手の芝っぽい草が生えている場所に寝転ぶ。松風も俺が下りた後に川の方に行き、水を飲んでいる

 

 

そして俺が槍を横に置いて目を閉じてからしばらくした時だった

 

 

「ーーそこの武人のお方。警戒もせずにこんな街道外れの土手で寝転ぶなんて不注意です。0点ですよ?」

 

 

そんな声が聞こえてきた

 

 

特に敵意や悪意は感じなかったので、そのまま身体を起こし、背伸びをしてから声の方を向くと……

 

 

「お早う美人さん」

 

 

「まぁ。お上手ですね。67点です」

 

 

「おろ、手厳しい」

 

 

そこには扇で口元を覆ってクスクスと笑う美人さんがいた。何か点数付けてくる変な奴っぽいが

 

 

「今何か変な事を考えませんでしたか?」

 

 

「イイエナニモー?」

 

 

「……まぁ、いいです」

 

 

まさか心を読んでくるとは……恐ろしい

 

 

「俺を不注意とか言うならアンタも不注意だろ。年頃の女一人で街道外れを歩くなんざ危ないだろうに」

 

 

「私は大丈夫ですよ。そこらの暴漢に負けるような鍛え方はしていませんから」

 

 

「えらい自信だな……だったら俺も大丈夫だよ」

 

 

「あら?腕に自信がお有りで?」

 

 

「それなりにな」

 

 

「そうですか。……ふふふ、70点です」

 

 

何が?と聞きたくなったが話が進まないので黙っておく

 

 

「……で?アンタは一体何しにここへ?」

 

 

見たところ桶や釣竿、洗濯物も食器も持ってないから川に用事があるとは考えにくい。間者か?

 

 

「あ、いえ。私自身は何も用は無いのですが姫様が……」

 

 

「姫様?」

 

 

「万千代~!!」

 

 

突然、川の方から大きな声が聞こえてくる。その方を見てみると、松風に跨がった金髪に近い茶髪のこれまた美少女がいた

 

 

「見て見て!こんな立派な馬見付けちゃった!この馬、私の愛馬にするわ!!」

 

 

「いや、松風は俺の相棒なんだが……」

 

 

「姫様がすみません……。姫様、その馬は彼のものです。勝手に自分のものにしてはいけません。0点です」

 

 

「え~……」

 

 

渋々といった様子で松風から下りて俺達の方に近付いてくる姫さん(仮)

 

 

その風体は姫と呼ぶにはあまりに奇抜だった……動きやすそうではあったが

 

 

「ん~?何よそいつ。万千代の家臣?」

 

 

「シバくぞガキ」

 

 

何で初対面の奴に仕えなきゃならんのだ

 

 

そして隣を見ると、万千代と呼ばれていた美人さんが溜め息を吐いていた

 

 

「溜め息吐くと幸せが逃げるらしいぞ?」

 

 

「誰のせいですか誰の……この方は織田の姫様ですよ?せめて敬意を払って接しなさい。相手が姫様で無ければ手討ちにされても文句は言えません。2点です」

 

 

「って言われてもな……」

 

 

「何よ!私が偽者とでも言う気!?」

 

 

「いや、そこまでは言わねーが………なんか、こう、俺の中の姫様の像ってのがだな……」

 

 

「ああ……それは、何と言うかすみません。これでも織田の姫君で、嫡子なんです」

 

 

「万千代!?」

 

 

俺の言いたい事がわかったのか、微妙な顔で頭を下げてくる美人さん……っても多分同い年位だが

 

 

「別に頭下げる必要はねーだろ。えっと……」

 

 

「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。丹羽長秀、と申します」

 

 

そう言ってお辞儀をしてくる美人さん……もとい長秀。何か礼儀正しい奴だな

 

 

「俺は前田利益。慶次と呼んでくれ。後敬語はいらん。見た感じ同い年位だろ?タメに敬語使われると何かむず痒い」

 

 

「では私も愛称の万千代と呼んで下さい。敬語はもう癖みたいなものなので……68点です」

 

 

俺と長秀……もとい万千代と自己紹介していると、万千代の横で茶髪の姫さんがピョンピョン跳ねていた

 

 

「ちょっと!!私を無視しないでよ!!」

 

 

「………」

 

 

「存在から無視!?」

 

 

何コイツ超イジリやすい

 

 

「普段は爺が煩いけど、今日は万千代しかいないから特別に私の名前を教えてあげるわ!!感謝しなさい!記念すべき元服してから初の名乗りよ!!」

 

 

「へぇ~」

 

 

ぶっちゃけどうでもいい

 

 

「私の名前は織田上総介信奈!!信奈様って呼びなさい!!」

 

 

茶髪……もうオチビでいいか。オチビが(無い)胸を張って名乗る

 

 

「わかった。オチビだな」

 

 

「話聞いてた!?私は信奈よ!の・ぶ・な!!」

 

 

「わかった。オチビだな」

 

 

「話聞いて!?お願いだから!!」

 

 

「ヤ」

 

 

「一文字で断られた!?」

 

 

「ふふふ、楽しそうですね。」

 

 

楽しくないわよー!と喚くオチビをよそに優雅に笑う万千代

 

 

……信奈って誰だよ。信長どこ?

 

 

「それに前田の姓……貴方が前田家に養子に来る『鬼才』でしたか」

 

 

「不本意ながらそう呼ばれてるな……本っ当に不本意ながら」

 

 

「嫌なの?『鬼才』って通称」

 

 

「まぁな」

 

 

誰が好き好んで厨二ネームを持つものか

 

 

そんな感じで割と和気あいあいと時間を潰して、その日は二人と別れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……養子先の前田家当主の前田利久爺さんが、守護の斯波義統の怒りを買って切腹させられたのは、その二日後、俺が養子になった直後だった



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尾張出奔

予約で投稿するの忘れてた……


「…………すぅ」

 

 

前田利久が切腹させられた直後、その仕置きに激怒した、実質尾張を支配している織田信秀が守護の斯波義統ほか斯波一族を一週間ほどで追放し、尾張は名実共に織田家の支配下に置かれる事となった

 

 

また、織田家が支配大名となったおかげで前田利久の葬儀が手厚く行われる事となったのだが……前田家新当主、前田犬千代はまだ8才の子供である。読経が終わった後の休憩で、部屋に戻った犬千代は様子を見にきた万千代に抱き付きながら泣き、その後眠ってしまったのだ

 

 

普段はあまり感情を表に出さない犬千代だが、祖父が死んだと再確認させられ、更に慶次と信奈がやけに意気投合したがために、この一週間泊まりで信奈と共に前田屋敷に滞在していたためか、犬千代になつかれた万千代が相手だったために大泣きしてしまったのだろう

 

 

ちなみにだが、信奈は葬儀に参列していない。『理にかなっていない』葬儀になど信奈が出るはずがなかった。その代わりにというか犬千代にういろうを送っていたが。死んでいる者を弔うより、生きている者を慰めるとはいかにも信奈らしい話ではあるが

 

 

犬千代の目尻には、未だに溢れそうな涙が溜まっている。気丈な子ですね、と思いながら、万千代は優しく涙をぬぐってやった

 

 

犬千代は、読経の間や焼香、棺入れの間……自身が参列している間は決して泣かなかった。先程大泣きした事から考えると、涙が溢れそうになっている所をぐっと抑えていたのだろう。まだ8才の女の子がだ

 

 

「よく、頑張りましたね……満点です」

 

 

万千代は慈愛といたわりの心を込めて犬千代の頭を撫でる。犬千代の表情が少しだけ柔らかくなったような気がした

 

 

ガララ……

 

 

「あら、お帰りなさい」

 

 

「ん?万千代?……ああ、悪いな。犬千代の面倒見てもらって」

 

 

襖を開けて、喪服姿の慶次が入ってくる。まぁこの部屋にいる全員が喪服なのだが

 

 

慶次は部屋の中を照らしている行灯の灯りを絶やさないために油を足し、そのまま万千代の横にどかっと座った

 

 

慶次の顔は少し不機嫌で、加えて疲れが見える。犬千代が出て来なかった通夜で何かあったのだろうか

 

 

「いえ、私も少し疲れていましたから」

 

 

「そうか」

 

 

慶次は犬千代の頭をわしゃわしゃと撫でる。犬千代が少しだけ顔をしかめたような気がした

 

 

「ふふ、そんな撫で方では起きてしまいますよ。13点です」

 

 

「ん~……優しく撫でてるつもりなんだがなぁ……」

 

 

慶次はばつが悪そうに頭を掻くと、犬千代の頭から手を放した

 

 

……慶次にとって犬千代は大切な義妹である。まだ会って一週間ほどしか経っていないが、それでも慶次兄、慶次兄と自分を家族に受け入れてくれた犬千代を慶次は実父や一益と同じくらいの大切な家族と認識していた

 

 

「……それで、結果はどうなったのですか?」

 

 

万千代が少し声を抑えて慶次に聞く

 

 

「家督は何とか犬千代に決められた。一部のバカ共が俺に当主になって信勝の家臣になれとか抜かしてきやがったが力ずくで黙らせた。………ただ、誰かは知らねぇが一人の婆のせいで家老職と扶持、屋敷は召し上げ。俺と犬千代は足軽に降格だとよ。新しい家老には林美作守が任ぜられた」

 

 

「そう、ですか……」

 

 

万千代は表情に影を作りながら再び犬千代を撫でる

 

 

犬千代は前田の家督こそ得たが、足軽に降格……信奈の小姓であるので表向きはそこまで風当たりは強くならないだろうが、裏で何かを囁かれる事になってしまうだろう

 

 

しかも家老職に林美作守が任ぜられたという事は……慶次の言う婆とは信奈の実母、土田御前でまず間違いない

 

 

「……にしても何者だあの婆。アイツのせいで屋敷まで召し上げになったんだ。『うつけの犬に屋敷など持たせるだけ無駄』とか抜かしやがって……!!」

 

 

どうやら慶次の不機嫌の理由はその婆のようだ

 

 

「……あまり憶測でものを言いたくありませんが、その方は姫様と弟君の実母、土田御前様でしょう」

 

 

「あん?母親?ってもうつけってオチビの事だろ?実の母親が娘をボロクソに言うか?……まぁ考え方が新しすぎる上に理詰めだからアイツの話は他人に伝わりにくいとは思うが……」

 

 

更に言うなら、信奈の素直でない性格と、分かりにくい優しさも原因に入っている。信奈の行動の合理さは、恐らく現時点では慶次と万千代、そして実父の信秀くらいしか理解出来ていないだろう

 

 

「……土田御前様は、姫様をひどく嫌っておられますから……」

 

 

「…………」

 

 

親子の対立ほど悲しいものは無い、と万千代は思っている。万千代の父は戦で討たれて死んでいるのだが、その直前に万千代は父と口喧嘩をしており、そのまま喧嘩別れとなってしまっているのだ。その事を、万千代は今でも悔やんでいる

 

 

そのせいか、万千代は信奈と土田御前の仲を取り持とうと奔走しているのだが、未だに信奈は母親と会うどころか、母親の屋敷に足を踏み入れる事すら許されていないと言うのが現状である

 

「………爺さんに、頼まれた」

 

 

そんな事を考えていると、屋敷の事はどうしようもないと悟ったのか、突然慶次はそんな事を言い出した

 

 

「『犬千代を頼む。あの子はまだ幼いが、将の器を秘めておる。鬼才と呼ばれたお主が犬千代を鍛えてくれれば良将になるであろう。……凡庸な儂が育てて凡将になるよりは、余程良い』……だとよ」

 

 

何とも孫思いのあの方らしい、と万千代は心の中で頷いた

 

 

前田利久は、器用ではあったが、凡庸であった。家老という職にあり、人格者で人に好かれる者ではあったが、平凡であったのだ

 

 

「会ってまだ間もない俺に大事な孫娘を預けたんだ。苦渋の決断だっただろうに……それでも、爺さんは最期まで笑ってやがった。まるで思い残す事は無いって顔でな」

 

 

「…………」

 

 

慶次は顔を伏せながら万千代に語り始める

 

 

その様子は、この一週間のような陽気な慶次のものではなく、まるで触れれば壊れて砕け散ってしまいそうな、どこか危なげな、儚い印象を受けた

 

 

そして、慶次にとっても、他人に弱音を吐いたのは初めての事だった

 

 

「俺さぁ……昔、目の前で母親を殺されたんだ」

 

 

「!」

 

 

「その時の俺はただの鍛練嫌いのガキでな……戦うどころか逃げることすら出来ないダメガキだった。襲ってきた奴らの殺気にあてられて、どうしようもなく震えてその場に立ってることしか出来なかったんだ

……んで、いざ俺に刀が降り下ろされた瞬間に、何か温かいものに包まれた……それが、くの一だった母さんだった」

 

 

「……………」

 

 

淡々と話す慶次に、万千代は掛ける言葉を失っていた

 

 

同情してほしい訳ではないことは声でわかる。自分の知っている慶次の性格から考えてもそうだろう。ただ、慶次の口調は自嘲染みていて、自虐的だった。そのせいだろうか……万千代には目の前の人物が慶次であって慶次でないような気がした

 

 

「抱き締められながら、母さんの心臓の音が弱くなっていくのがわかった。俺は慌てた。慌てる事しか出来なかった。……ただ、その場で泣く事しか出来なかった」

 

 

慶次の頬に、涙がつたう

 

 

「それから俺は武を求めた。医は学ぶ手段が無かったから無理だったが、武なら興福寺という絶好の槍の道場があった。偶々刀の師匠にも出会えた。そして運良く俺には武の才があった。……それから、俺は自分を死ぬ気鍛えた。もう、誰にも俺の大切なものを奪わせないために

……けど、俺はまた…結局、家族を護れなかった」

 

 

何かを悔いるように拳を握り、歯を食い縛る慶次

 

 

護れなかったのは利久か、それとも犬千代か。はたまたその両方か……それは慶次にしかわからない

 

 

ただ……そんな慶次を万千代は見ていられなかった。たった一週間しか付き合いは無いが、それでも慶次は万千代にとっては既に大事な親友だった

 

 

「慶次……21点です」

 

 

万千代は、慶次の頭を抱き寄せる

 

 

「……万千代?」

 

 

「貴方は……強いですよ」

 

 

「……弱ぇよ。俺は」

 

 

「強いですよ。貴方は一度は母君の死を乗り越えたのですから。母君のような事が二度と無いように己を鍛え始めたのでしょう?」

 

 

諭すように、宥めるように慶次に語る万千代。若干16才にしながら、その姿は確かに母性に溢れていた

 

 

「反省するのは満点です。しかし、後悔だけしかしないのは0点です」

 

 

「………」

 

 

「『織田の臣は皆家族』……これは信秀様の口癖ですが、姫様もそう考えておられます。つまり……貴方はもう、私達の家族なんですよ」

 

 

「!!」

 

 

慶次の背中がビクリと跳ねる。そんな慶次の頭を、万千代は犬千代同様、優しく撫でる

 

 

「貴方の心は貴方にしか救えません。ですが、その手伝い位なら私達は……私はいつでも務めましょう。だから……少しは私達を頼って下さい。でなければ0点です。友に遠慮するものではありませんよ」

 

 

「……………」

 

 

その言葉に慶次は答えず、ゆっくりと万千代から身体を離す。そして……

 

 

「てい」

 

 

「きゃっ!?」

 

 

万千代の頭にチョップを落とした

 

 

「………何するんですか」

 

 

ちょっとだけ涙目になって慶次をジト目で見る万千代。当たり前だろう。慰めた報酬がまさかのチョップだったのだから

 

 

「あっはっは!!暗いのは性に合わねぇんだよ」

 

 

「先に泣きついたのは貴方でしょう」

 

 

「昔の事は忘れた」

 

 

「ついさっきの事でしょうに……」

 

 

そんな掛け合いをして、どちらからともなく笑い合う二人

 

 

そんな慶次の顔はもう普段の陽気な慶次に戻っていた

 

 

「……万千代」

 

 

「はい」

 

 

「旅に出る」

 

 

「はい?」

 

 

突然の慶次の宣言に思わず声が裏返ってしまった

 

 

「いや、正確には出奔か?まぁどっちでもいいか」

 

 

「全然良くないです。差が大きすぎますからね?その二つ。7点です」

 

 

「相変わらず手厳しいなオイ」

 

 

「慶次補正です」

 

 

「そんな俺に厳しい補正はいらねー」

 

 

万千代はそこで大きく溜め息を吐いた

 

 

「貴方の奇行にはそれなりに慣れたつもりだったんですがね……」

 

 

「奇行は酷くないか!?」

 

 

「……で?理由は何です?」

 

 

呆れながらも特に何も言わないのは信頼しているからか。はたまた何を言っても無駄だと思っているのか。

 

 

「……前田を割らせないためだ」

 

 

その言葉に、万千代ははっとする

 

 

先に述べた通り、先代当主前田利久は人格者であった。それ故か、前田を慕う足軽達や前田と親しい将はかなり多い

 

 

そう、問題は『犬千代』ではなく、『前田』に忠な所だ。どうせ同じ前田なら、人はより権力を持てるであろう方に付く。そしてそれは皮肉にもまだ幼い犬千代ではなく、養子の慶次の方であった

 

 

慶次は、その事で犬千代と不仲になる事を、同じ前田で争うことになるのを怖れたのだ

 

 

だからこその出奔。出奔した者は基本的には二度とその地を踏めないからだ。それならば己が争いの火種にならなくてすむ、と慶次は判断した

 

 

「全く……始めに思い付くのがそれですか。バカですか?いえ、バカでしたね」

 

 

「お前本当に俺に対してだけ容赦ないな……」

 

 

「普通始めに思い付くのは説得とかそこらでしょう?」

 

 

「や、俺も犬千代も口弱いし。これは流石にお前やオチビにも頼れないしな~」

 

 

信奈に頼めば一応は解決するだろうが、それは根本的な解決にはならない。人の心はそんなに簡単なものではないのだ

 

 

慶次は立ち上がり、襖を開く。春とは言え、冷たい夜風が部屋の中の三人に吹き付けた

 

 

「でも、どうやって出奔するつもりですか?」

 

 

「なぁに、鬼婆に説教するだけの簡単なお仕事だ」

 

 

そう言うと、慶次はいつもの悪戯好きの悪い笑顔を浮かべた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、行くか」

 

 

翌朝、慶次は旅の支度を終えて、いざ出奔しようとしていた

 

 

そして、屋敷の玄関に差し掛かった時、玄関に何かが置いてあるのを見付けた

 

 

「何だこれ?家にこんなジャケットかコートかわからないみたいなのあったか?」

 

 

そこにあったのは、ジャケット並みに薄いトレンチコートとでも言うべきか、とにかくそんな感じの明らかに南蛮の上着であった

 

 

そして慶次が上着を広げた時に、何か紙が落ちた

 

 

慶次がその紙を拾い上げて見てみると

 

 

『四年後には戻って来なさい。遅くてもその頃には姫様に家督を譲ると信秀様が仰っていました。

それと、その上着は餞別です。南蛮人から購入した『おーだーめいど』とか言う珍しいものらしいので大事にするように』

 

 

「『Order made 』って英語だから南蛮じゃないような………ん?」

 

 

手紙を読んだ慶次がまた何かに気付く。それは上着の裏に目立たないように縫われた御守り

 

 

いつも『彼女』が身に付けているものと同じ、熱田神宮の御守りだった

 

 

「……ふっ。全く……世話好きな奴だ」

 

 

慶次は、その場で上着を羽織ってから屋敷を出た

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日の未明、何者かが織田信秀室、土田御前の屋敷に乱入。その者は屋敷の兵を数人気絶させ、更には土田御前の顔に拳を叩き込んで逃走したという

 

 

土田御前はその者の事は知らないと一点張りで、犯人は未だに判らぬままだそうだ

 

 

 

……ただ、その日以来、土田御前の信奈に対する態度がほんの少しだけ柔らかくなったらしい

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『いたぞ!あっちだ!』

 

 

『くそっ!追い付かない!弓だ!弓で下手人を射るんだ!』

 

 

 

清洲城。その舘の外の柵に肘をつきながら、万千代は一人、城下の騒ぎを見ながら微笑んでいた

 

 

「全く……本当に不器用で、思い付きで行動する人ですね。……まぁ、そこが彼の欠点であり、また魅力なのでしょうが。総評で丁度50点です」

 

 

城下の大通りを一人と一匹の早馬と、何人かの兵士が走っていく

 

 

……信奈から拝借した望遠鏡で『彼』があの南蛮人に無理を言って買わせてもらった上着を身に付けているのを見てにやけてしまったのは万千代だけの秘密だ

 

 

「まんちよ~?なにしてるの~?」

 

 

「何でもありませんよ。少しおバカさんを見ていただけです。ほら姫様、まずは顔を洗って御髪を直しなさいませ。今日は信秀様も一日中清洲にいらっしゃいますよ」

 

 

「わかった~……」

 

 

寝起きで、まだ少し夢うつつの信奈を舘の中に連れていく万千代

 

 

そしてその途中、少しだけ立ち止まって振り返ると、もう豆粒のように小さくなってしまっている『彼』に向かって小さく呟く

 

 

 

 

「ーー本当に不器用で……ばかな(ひと)



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三河~甲斐

ある意味キャラ紹介回。短めです


ちょっと文が荒いですが……












~三河国・岡崎城下~

 

 

「や~、何だかんだで賑わってるねぇ」

 

 

「ブルル!」

 

 

松風の上で寝転びながら往来を眺める。今日も良い天気の昼寝日和だ。だからという訳ではないが、茶屋や商店が大勢の客で賑わっており、活気が凄い。

 

 

ここ、岡崎は代々松平家が治めている土地なのだが、今川と斯波、もとい織田という戦の強い大名の間にいたがために度々戦に巻き込まれたり、領土を切り取られたり、従属を余儀なくされたりとかなり不運な土地ではあるのだが、そんな土地であるが故に今川も織田も岡崎の民にこちらに付いて貰おうと善政を敷く。その結果、岡崎は非常に賑わうという松平にとって良いのか悪いのかわからないような状況になっている。

 

 

ちなみに、今は今川領だ。でなければ俺はまだ追いかけられてるし。

 

 

まぁそんな事はどうでもいいとして、俺がそんな岡崎の町の中でどの茶屋で一息つこうか考えていた時だった

 

 

「そこの素浪人!往来でそんな馬の乗り方をするな!馬から下りるか普通に乗るかしろ!」

 

 

「…………ん?」

 

 

急に誰かがそんな事を叫んだ

 

 

多分松平の家臣か何かだろうと思い、同時に馬に普通に乗らないとか変わった奴もいるもんだな~とか思いながら再び茶屋を物色しようとすると……

 

 

「オイ!聞こえているのか!お前だよ!そこの馬の上で寝転んでるお前!」

 

 

まだ叫んでいた。それにしても馬の上で寝転びながら歩くってまた面白い事をしでかしてる奴も……

 

 

「………ああ、俺か」

 

 

「今気付いたのか!?」

 

 

おお、いいツッコミだ

 

 

そう思いながら後ろを振り返ると、そこには色素の薄い、長い青色の髪を後ろで一つの三つ編みにして纏めている、めちゃくちゃデカい槍を持った気の強そうな女がいた

 

 

「お前!そんな馬の乗り方で往来を歩いたら危ないじゃないか!」

 

 

「後悔はしてない。反省もしないけどな」

 

 

「お前悪いと思ってないだろ!?」

 

 

ノリがいい奴はお兄さん大好きです

 

 

……この時の慶次の顔はとてもイキイキとしていたとこの時回りにいた町人達は語った

 

 

「してるの反対の反対の反対の反対の反対」

 

 

「……?……??結局どっちなんだ?」

 

 

頭の上に疑問符を大量出現させて首を傾げる青髪。コイツ、オチビと同じイジられ役の才能あるな

 

 

「だからしてないしするつもりもないって言ってんだろうが」

 

 

「しろよ!反省しろよ!」

 

 

「うるせーな……イライラは早死にの元だぞ?もっと魚食え魚」

 

 

「お前のせいだァァァァァァァ!!」

 

 

荒い息を吐きながらもしっかりとツッコミをこなす青髪。周りの人達が生温かい目で見ているところを見るといつもの事なのだろうか

 

 

しばらく青髪をからかって遊んでいると、不意に町の奥の方から桃髪の幼女が駆けてきた

 

 

「たっちゃ~ん!お団子もらった~!」

 

 

天真爛漫に両手に団子の串を持った幼女が駆けてくる。そんな微笑ましい光景を見た青髪は何故か額に青筋を立てて全速力で迎え撃ちに行った

 

 

………え?

 

 

「正信ゥゥゥゥゥゥ!!おまっ、警備中にサボるなと何回言えばわかるんだァァァァァ!!」

 

 

「だって団子屋のおじちゃんがくれるんだもん~。はい、たっちゃんにもあげる~」

 

 

「あ、ありがと……じゃなくて!お前はもうちょっと真面目に仕事をだな……」

 

 

「おいひ~♪」

 

 

「聞けェェェェェェ!!」

 

 

「いひゃいいひゃい!たっひゃんいひゃいよ~!ふぇ~ん!」

 

 

青髪に頬を引っ張られて手をバタバタさせて青髪の魔の手から逃れようとする桃髪幼女

 

……何でだろう。凄くほわほわする

 

 

俺は何か物凄く癒されたような気になりながら、そっとその場を離れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たっひゃんたっひゃん」

 

 

「何だ正信?反省したのか?」

 

 

「むきゅ!いたた……あの人行っちゃったけどよかったの~?」

 

 

「え?…………ハッ!そうだ!あの男、武の才があるように見えたから姫様に会わせて仕えさせようとしたのに……!この本多平八郎忠勝、一生の不覚……!!」

 

 

「あはは~♪たっちゃんはドジだね~」

 

 

「そんな口を利くのはこの口か正信!?」

 

 

「いひゃいいひゃい!ゆるひへ~たっひゃ~ん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

~甲斐山中のどこか~

 

 

 

「あ゛~……疲れた……」

 

 

一気に三河から信濃に行く途中の山に逃げたせいで迷子になってしまった。松風も心なしかやつれて見える

 

 

何故俺が山の中で遭難してるかと言うと、昨日に遡るのだが……簡単に言うなら今川の御曹司をボコっちまった☆

 

 

 

……ごめんなさい。忘れてください

 

 

とにかく、俺が宿屋を探していると、麿呂っぽいガリ男とその他取り巻きっぽい奴らが酒屋で暴れていたのだ

 

 

流石に見かねて注意したんだが……何故か逆ギレされて囲まれた。まぁ、見るからに雑魚とわかるようななんちゃって侍ばっかりだったので気絶させてから見逃したのだが……一時間後には駿河、三河、遠江で指名手配されていた。俺が気絶させたのが今川の御曹司だと知ったのもその時だ

 

 

幸い名前はバレてなかったので国境までは簡単に辿り着けたが、流石に関所はごまかせなかった。仕方なく強行突破し、見つからないように街道や道を避けた結果、今の状況に至る

 

 

「それもこれもあの麿呂のせいだ……!」

 

 

あの麿呂……今川氏……なんとか。相当事実をねじ曲げて当主の今川氏親に報告したらしく、もう二度と今川の領土には入れねぇんじゃねぇかってくらい尾ひれがついていた

 

 

暴行とか不敬はまだしも、窃盗強盗放火殺人強姦誘拐食い逃げ偽令って何の事だよ。二条河原落書でも多分もうちょっと正しい事書いてるぞ。多分。

 

 

ムカつくけど俺は一介の素浪人だしな~……

 

 

にしても

 

 

「本当に疲れたな~……なぁ松風」

 

 

「ブル……」

 

 

本当に疲れた。心なしか松風の声にも元気がない

 

 

今すぐにでも休みたいところだが……生憎ここは山の中。しかも標高もそれなりにあるので夜になると異様に冷え込んでしまう。春なのに凍死したくはない。いや春じゃなくても嫌だけど

 

 

……親父の『追手を撒くならとりあえず森とか山に逃げ込め』って言葉を信じた俺がバカだった。……今度帰ったらシバく。シバくったらシバく

 

 

そんな決意を密かに固めながら勘を頼りに歩いていると、かなり先の方にかすかに火のような光が見えてきた

 

 

「ま、松風!火だ!人だ!町だ飯だ宿だぁぁ!!」

 

 

「ヒヒーン!!」

 

 

舞い上がってテンションやら何やら色々ブッ飛んでる自覚はあるがそんなの今はどうでもいい!!今はとにかく飯と宿だ!

 

 

そして俺は松風に飛び乗り、勢いよくその光に向かって走る

 

 

いよいよ光が近づいてきて、それが松明の灯りだと視認した後、俺と松風は全力で茂みから飛び出す

 

 

すると……

 

 

「ほーすぶれーくっ!?」

 

 

「「「頭ぁぁぁぁぁ!!?」」」

 

 

「「………………え?」」

 

 

「……え?何この空気。俺何かやった?」

 

 

俺以外の全員……野盗っぽい集団と黒髪の姉妹っぽい女二人の視線が俺の下に集中していたので、足下に目を向けると、そこには頭から血を垂れ流した男が一人倒れていた

 

 

………殺っちまったZE☆









駿河なんてなかった!


今川の御曹司は野望シリーズでもトップクラスの低能さを誇るあの方です


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甲斐

~??side~

 

 

 

 

「全く……書物にのめり込むのも程々にして下さいと黒歌姉上共々あれだけ注意しましたのに……」

 

 

「あらあら、ごめんなさいね幸ちゃん……コホッ」

 

 

私は今、風邪をひいた姉上と共に甲斐の秘湯に湯治に向かっている。

 

 

姉上は16という年で孫子や呉子、はたまた孟徳新書や呂子春秋、列女伝に庭乗書などの古今東西の兵法書や政書を暗記、応用するまでに至っている天才だが……いかんせん書物に熱中してしまうと周りが見えなくなったり、源氏物語などの場合は妄想にはしるという悪癖も持ち合わせてしまっていた。

 

 

今回も最近お気に入りらしい南蛮の恋物語に夢中になり、読み終わるまで根を詰めた結果、風邪をひいてしまったという訳だ。

 

 

「大体姉上は外に出なさすぎです!部屋に籠って本ばかり読んでるから風邪をひくんですよ!?」

 

 

「ゆ、幸ちゃん?流石に私病気だからお説教は……」

 

 

「いいえ!今回ばかりは許しません!第一姉上は……」

 

 

「うう……」

 

 

姉上が何か泣きそうになっているが、今回こそ言わせてもらう!私や黒歌姉上が武の鍛練している時に『埃っぽいのはやーですわ』とか言って部屋に籠る姉上が悪いんだ!

 

 

……とは言っても姉上は武が弱いという訳ではないのだが。それがまた何か悔しい。

 

 

そして私が姉上に説教をしながら歩いていた時だった。

 

 

ガサッ

 

 

「「!?」」

 

 

突然隣の茂みから音がして、背の低い小狡そうな男が飛び出してきた。

 

 

私はすぐに姉上の前に立ち、警戒体勢をとる。

 

 

「……何者だ。斬られたくなければ早くそこを退け」

 

 

私は強い口調でそう言ったが、小男はいやらしい笑みを浮かべるだけだった。

 

 

そして小男はおもむろに息を深く吸い込むと……

 

 

「ーー頭ぁ!!上玉二匹見つけましたぁ!!」

 

 

そう叫んだ。

 

 

「ーーでかしたぞ太助!」

 

 

小男が叫んだ後、すぐに小男が飛び出してきたのと同じ場所から武器を持った男達……賊が数十人出てきた。

 

 

どういう事だ……この地域一帯は先日晴信様が山狩りを行って賊は駆逐された筈……

 

 

「へぇ、そりゃ残念だったな!俺達ゃ昨日に駿河から逃げてきたばかりでね!」

 

 

声に出してしまっていたのか、頭領らしき男が答える。

 

 

くっ、今川氏親め……賊を敢えて放って甲斐の治安を乱そうとは卑怯な真似を……!

 

 

 

*違います。某麿呂が某無茶苦茶野郎を捕まえるために勝手に兵を動かした結果、駿河の警備がザルになっただけです。

 

 

 

 

姉上を庇うようにして立っているが、賊の数が多すぎる…

 

 

父上は戸石城で長尾と長野に備えて動けないし、何より父上の私兵が少ないから援軍は無い。私達のために兵を割く訳にはいかなかったからわざわざ遠回りしてこの道を通って来たというのに……!やはり無理を言ってでも護衛を付けてもらうべきだった!

 

 

……今更後悔しても仕方ないか。私一人ならこのような輩はすぐに打ち払ってみせるが……こちらには病の姉上がいる。今も少し顔が赤いので恐らく熱があるのだろう。普段通りには動けないかもしれない……その可能性がある限り、私は姉上の側を離れる訳にはいかない。

 

 

「幸ちゃん……」

 

 

私は、どうすれば……!

 

 

「頭、どうします?」

 

 

「そりゃあ、こんな上玉なんだ。勿論どこぞの大名なり娼館なりに売っぱらうが……その前に俺達で商品の質を確かめないとなぁ?」

 

 

「そうですよねぇ!流石頭!そうこなくっちゃ!」

 

 

下卑た笑みを浮かべて近付いてくる賊達に、少しずつ後退する私と姉上。

 

 

かくなる上は私が囮に……!と、そう思った時だった。

 

 

ズドォォォン

 

 

「ほーすぶれーくっ!?」

 

 

「「「頭ぁぁぁぁ!!?」」」

 

 

「「………………え?」」

 

 

馬が跳んできた。あ、いや、馬に乗った人が突撃してきた。

 

 

「……え?何この空気。俺何かやった?」

 

 

しかも、何故かきょとんとして周りを見渡している。……賊の頭領を馬が踏みつけたまま。

 

 

……あ、気付いた。

 

 

「おいおいオッサン。こんな所で寝てたら死ぬぞ?」

 

 

「いや、やったのお前!!むしろ殺ったのお前だから!!」

 

 

「お、上手いね~。座布団一枚!」

 

 

「言ってる場合か!?お前コレ見えてねーのか!?見ろ!頭を!眼球開きっぱなしで気絶してんだぞ!?死んだ魚の目みたいになってんだぞ!?」

 

 

「気にすんな。いざという時はキラメくさ。……多分……きっと……ひょっとしたら……そうなんじゃねーかなぁ」

 

 

「どこまで曖昧なんだよ!?それにキラメいてたんだよ!お前が出てくるまではな!」

 

 

「そんな事より宿はどこだ?」

 

 

「何という唯我独尊!?後ここ山道だから!宿なんかねーから!」

 

 

「は?」

 

 

馬に乗っていた男は、馬から下りると賊達を見て、それから私達に目を向け、そして「またかよ……」とため息を吐いた。

 

 

「清洲にいた時は見なかったんだがな……呪われてんのかな~俺。神さんよぉ~!!俺もお前が大っ嫌いだバカヤロー!!」

 

 

「何をゴチャゴチャ言ってるんだ!」

 

 

「頭の敵だ!」

 

 

何人かの賊が男に向かっていく。思わず私は「逃げろ!」と男に叫んだのだが……

 

 

「うるせーよ」

 

 

槍を一閃。男がしたただそれだけの事で向かっていった三人の賊の命が散った。

 

 

それを見て賊達は今更ながら慌てて各々の武器を構える。

 

 

「こっちはよぉ……ようやく休めると思ってたんだよ……見ろ!松風なんてやる気完全に無くしてんだぞ!どうしてくれるんだコノヤロー!?」

 

 

「「「知らねーよ!!八つ当たりじゃねーか!!」」」

 

 

正直、賊達の方が正しいと思った。

 

 

しかし、次の瞬間、男の纏う雰囲気がひどく変わった。

 

 

「それによぉ……テメェら、何人がかりで女を襲おうとしてやがる」

 

 

「「「!?」」」

 

 

男から放たれる刺すような鋭い殺気が場を支配する。

 

 

……非常に情けないが、私も動けない。後ろの姉上も同じようだ。

 

 

「テメェらが賊になったのかならざるを得なかったのかは知らねー。けどな……お前らみたいに楽な方楽な方へ堕ちていく奴らを見逃すと、賊にならざるを得なくなる奴らが生まれるんだ」

 

 

「う、うわぁぁぁ!!」

 

 

男の殺気をモロに受けて冷静さを失った賊の一人が男に立ち向かっていき、そして一閃の下に沈んでいく。

 

 

「だから……逃がさねぇ。恨むなら恨め。俺が死んでから地獄で償ってやらぁ」

 

 

「お、お前らぁ!あの化け物を殺せぇ!!」

 

 

誰が言ったのだろうか、その声に従って賊達が一斉に男に襲いかかる。

 

 

しかし、男が槍を振るう度に一人、また一人と倒れていく。

 

 

凄い……私は純粋にそう思った。

 

 

私の愛槍の十文字槍のような例外はあるものの、槍の基本は『突き』であり、『払い』や『薙ぎ』はあくまで距離を保つためのものだ。

 

 

しかし、その槍で、しかも何の変哲もない普通の槍で賊の首をはねているのだ。つまり、ほんの少ししかない刃の部分を的確に賊の首に当てているのだ。それを見るだけでもこの御方が尋常ならざる武をお持ちである事がわかる。

 

 

しかも、その武を振るっている理由が初対面の私達を、更には見たこともない民を守るためだと言うではないか!私はこの御方ほどの義の人を見たことがない。

 

 

この御方に、仕えたい。そんな思いが私の中に生まれる。

 

 

その時、ふと姉上はどう思われたのかを聞こうと思い、後ろを見ると……頬に手を当てて、先程よりも顔を赤くした、恍惚とした表情の明らかに妄想状態の姉上がいた。

 

 

…………………は?

 

 

「見つけた……私の『ないと』様……」

 

 

…………………………え゛?

 

 

 

~side out ~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……大丈夫かお前ら?」

 

 

賊を駆逐した後、多分無事だろうが一応後ろの女二人に声を掛ける。アフターケアって大事だと思うんだ。

 

 

「ええ。助けていただき、何とお礼を申し上げればいいか……」

 

 

黒髪サイドポニーの方が礼儀正しく頭を下げる。その少し後ろにいる黒髪ポニーは何かボーっとしてる。しかし似てるな……姉妹か?

 

 

「いや、礼はいい」

 

 

半分くらい腹いせ入ってたし。……賊じゃなけりゃからかってから町の方向聞いて終わりだったんだがな。

 

 

「そっちの奴も無事……のわっ!?」

 

 

「ええ。お陰で怪我はございません……ケホッ」

 

 

一瞬で俺との距離を詰め、一度咳をした後にしなだれかかってくるポニー。………え?何が起きてんの?つーか今コイツの動き見えなかったぞ!?

 

 

「……?おい、お前本当に大丈夫なのか?顔赤いし体温高いぞ?」

 

 

「ああ……私達は温泉に湯治に行く途中でしたの……ケホッ、ゴホッ」

 

 

「おい!?」

 

 

下を向いて苦しそうに咳き込むポニーの背中をさする。……風邪か?この時代って風邪でも死ぬ可能性あるんだぞ!?というか風邪って湯治で治るのか!?

 

 

……慶次は知らない。下を向いている女の子が「計画通り」と言わんばかりに悪い笑みを浮かべている事を。後ろのサイドポニーの少女がそんな姉にドン引きしている事を。

 

 

「あの……お名前は……」

 

 

「え?前田利益……」

 

 

「利益様!!前田姓という事は尾張の方ですわね!出来れば私達を温泉まで護衛して頂けませんか?」

 

 

「はい!?」

 

 

一瞬で出自まで当てるとか何者だこの女!?めっちゃ怖いんだけど!?

 

 

「ああ、よろしいと!ありがとうございます!」

 

 

「は!?いやいやその『はい』じゃねーから!聞き返しの『はい?』だからな!?」

 

 

というかコイツ本当に病人か!?パワフルすぎるだろ!仮病か!?

 

 

「あ、姉上?温泉はもうすぐそうっ!?」

 

 

流石に見かねたのかポニーを止めようとしたサイドポニーが突然その場に崩れ落ちた……しかも何かピクピクしてる。

 

 

「あらあら、幸ちゃん?緊張の糸が斬れちゃったのかしら?」

 

 

「いや、今アンタが近づいてきたそいつの腹に一発入れたように見えたんだが……」

 

 

「気のせいですわ」

 

 

「いや、現に腹押さえてプルプルして……」

 

 

「き・の・せ・い・で・す・わ」

 

 

「………ハイ」

 

 

ニコニコしてるのに師匠を超える威圧感が出てるって何さ。

 

 

……許せサイドポニー。男って……無力なんだ……!!

 

 

そんな感じでうちひしがれていると……

 

 

「じゃあよろしくお願いしますね?」

 

 

「準備早すぎませんかねぇ!?」

 

 

いつの間にか、何故か少し震えている松風に気絶したサイドポニーを乗せ、その前に乗っていたポニーが急かしてくる。

 

 

………万千代。俺大人しく尾張で頑張って説得してた方が楽だったかもしんない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~甲斐山中・武田の秘湯~

 

 

 

 

「あ゛~……極楽や~……」

 

 

結局、温泉はあの場所から10分くらいで普通に着いた。そして今俺はポニー……真田昌幸の好意で温泉に浸かっていた。

 

 

いや~、いいね温泉!疲れが湯に染み出て消えてるような気がするな!

 

 

……え?混浴?アホ言え。でかい方の温泉の横の小さい方に浸かってるよ。親切に衝立付きだったしな。……俺は社会的に死にたくはない。

 

 

「失礼しますわね」

 

 

「お~……」

 

 

老後は俺絶対温泉の近くに住むんだ……オチビに絶対飛弾は押さえて貰おう。あそこには確か源泉があったはずだし………って

 

 

「何してんの昌幸ぃぃぃぃ!?」

 

 

「あらあら。そんな他人行儀な呼び方は嫌ですわ。どうか朱乃とお呼び下さい」

 

 

「あ、なら俺も慶次でいい……じゃねぇよ!お前あっちのでかい湯船に浸かってたんじゃないのか!?」

 

 

「そのつもりでしたが、慶次様がいらっしゃらなかったので……」

 

 

顔を赤らめながらもじもじする朱乃。うわぁ眼福……じゃなく!目の保養……でもなく!

 

 

「いやいや戻れ!」

 

 

「駄目……でした……?」

 

 

くっ……!そんな捨てられた子犬みたいな目で見るんじゃない!

 

 

「駄目だろ!普通に考えて!」

 

 

「私の普通の尺度だと大丈夫ですわ」

 

 

「俺の尺度で駄目なんだよ!」

 

 

「うふふ、お構い無く」

 

 

「無理だ!」

 

 

自分のスタイルを自覚してないのかコイツは!?出る所は出て引っ込む所は引っ込んでる物凄く抜群のプロポーションなんだぞ!?俺の理性が保たんわ!

 

 

……ここだけの話、万千代ならまだ何とかなる。無い訳じゃねぇがアイツは胸が………!?

 

 

「どうしました?」

 

 

「いや、今何か尋常でない寒気が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふふふ……」

 

 

「ま、万千代?何をそんなに怒ってるの……?」

 

 

「………怖い」

 

 

「あら、今日の私の機嫌は満点ですよ?姫様、犬千代、そろそろ夕飯にしましょうか」

 

 

「う、うん」

 

 

「………ご飯」

 

 

「うふふ……今日は私が土佐の鰹と鹿肉のタタキを作りますね?」

 

 

「「(絶対何か怒ってる……!!)」」

 

 

その翌日の信奈はまるで借りてきた猫のように大人しかったという。

 

 

……その場に勝家がいなかったのは不幸中の幸いであろうか。

 

 

丹羽長秀。16歳。この頃は少しばかり貧にゅ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……やめよう。まだ死にたくないし。清洲の温泉でたまたま出くわしてボコボコにされた後に放置されて、風邪をひいた時の恐怖を俺は忘れない。……あの時はマジで死ぬかと思った。

 

 

そして俺がもう一度朱乃に抗議しようとした時、衝立の横から紙が差し出された。

 

 

……なになに?

 

 

『姉上がすみません。本当にすみません。姉上は戦や内政、謀略以外だと少々妄想癖……もといかなり思い込みが激しいんです。

よろしければ姉上の思う通りにさせてあげてはくれませんか?

 

 

真田幸村

 

 

追伸、私の事は真田名……愛称の愛紗とお呼び下さい。私も慶次様とお呼びさせて頂きます』

 

 

……つーか何故に手紙?湯気で湿気てすげぇ読みにくいんだが

 

 

「……愛紗、いんのか?」

 

 

「……はい」

 

 

衝立の裏から申し訳なさそうなサイドポニー……もとい愛紗の声が聞こえる。愛紗も温泉に入っているようだ。……本当によく手紙なんか書けたな。

 

 

「……朱乃の思い通りにしろと?」

 

 

「慶次様がよろしければ」

 

 

「お前の姉ちゃんの目、虎みたいにギラついてんだが?」

 

 

「………………頑張って下さい」

 

 

「喰われろってか!?」

 

 

勘弁して下さい。マジで。朱乃は確かに美人だけどさ……この時代は16で結婚とかざらにあるけどさ……何か嫌な予感しかしねぇし、寒気が止まらないんだよ。

 

 

そして俺が不屈の精神で再度朱乃を説得しようとした時だった

 

 

「朱乃~!愛紗~!」

 

 

「もう……二人なら無事だって……」

 

 

急にオッサンと女の声が聞こえてきた。

 

 

「父上、黒歌姉上」

 

 

「おお!愛紗!無事だったか!長野と長尾が兵を退いたから心配になって追いかけて来たが……途中で野盗の死体を見たときは肝が冷えたぞ」

 

 

「もう……だから何度も大丈夫だって言ったにゃ」

 

 

どうやら朱乃と愛紗の家族らしい。………あれ?この状態色々不味くね?

 

 

「父上、私も姉上も怪我一つありません。ある方に助けて頂いたので……」

 

 

「そうか……まぁ、無事で何よりだ。朱乃は?」

 

 

「その衝立の裏ですが……」

 

 

何言ってくれてんの愛紗!?

 

 

「む?何故そのような場所に……何をしているのだ貴様……!!」

 

 

「にゃ?……はは~ん。とうとう引きこもりの姉様にも春が来たかにゃ~♪」

 

 

朱乃の父親らしきオッサンに殺気を向けられ、愛紗の姉で朱乃の妹らしき女にはニヤニヤされた。

 

 

「何をしているのかは俺が聞きてーよ。つーか丁度いいからそっちに引きずって行ってくれ」

 

 

「ふん、言われんでもそうする」

 

 

「そのままヤっちゃえば良かったのににゃ~。ヘタレなの?」

 

 

何でそうなる。ただ悪寒と寒気と冷や汗が理性を保たせてるだけだ。

 

 

「……ここに案内されている所を見ると、どうやら貴様が朱乃と愛紗を助けてくれたようだな。……その事には父親として礼を言わせてほしい。本当に、娘を助けてくれてありがとう」

 

 

そう言って深々と頭を下げるオッサン。……このオッサン、めっちゃいい人じゃ……

 

 

「だがしかし朱乃はやらん!やらんぞぉぉぉぉぉ!!」

 

 

「父上……」

 

 

「父様……」

 

 

「……はぁ」

 

 

訂正。ただの親バカだった。というかその娘達からジト目で見られている事にまず気付こうぜ。

 

 

「さぁ朱乃、来なさい!嫁入り前の娘が男に軽々しく肌を見せてはいけません!」

 

 

「やーですわー」

 

 

「朱乃!?」

 

 

向こうでなんか漫才やっている間に、朱乃の妹が俺の側に寄ってきた

 

 

「また姉様の妄想が爆発したの?」

 

 

「どうもそうらしいな。……近いから離れろ。何故か寒気がするから」

 

 

「女嫌いかにゃ?」

 

 

「違う。美人は大好きだ」

 

 

「あらやだ正直。……私は真田信幸。真田名……まぁ、愛称って言えばいいのかな?それの黒歌でいいわよ」

 

 

「なら俺も慶次でいい。何かアンタとは気が合いそうだしな」

 

 

何か信幸……黒歌とは俺と同じ悪戯(スピリッツ)を感じる。

 

 

「嫁入り前に男に肌を見せてはいけないのなら、私はこの方に嫁ぎます。それなら問題無いでしょう?」

 

 

「「大アリだ!!」

 

 

聞き捨てなら無い言葉に思わずツッコんでしまった。

 

 

「何時にも増して姉様は絶好調ね~」

 

 

「風邪ひいてますから、思考が変な方向にいってるんじゃないですか?」

 

 

お前ら……妹なら止めてくれ……!!

 

 

 

 

結局、その後黒歌と愛紗がのぼせた朱乃を連れていって事なきを得た。

 

 

……本当に病人なんだよな?アイツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何してんの?お前ら」

 

 

次の日の早朝、また面倒なことになる前に出て行こうとして、礼の手紙を残してから厩に向かうと、何故か旅の準備をして馬に乗った朱乃と愛紗がいた

 

 

「何って、私達も着いて行くに決まっているじゃないですか」

 

 

「却下」

 

 

「うふふ。それを却下ですわ♪」

 

 

ああ、駄目だ。口でコイツに勝てる気がしない。

 

 

こうなれば……黒歌は駄目だ。むしろノる。なら……

 

 

「オッサンは?」

 

 

「それは……姉上が昨日の夜に反対した父上を布団で簀巻きにしてしまいまして」

 

 

「今頃は部屋で暴れてると思いますわ」

 

 

「………は?」

 

 

いや、父親なんだよな?………父親なんだよな!?

 

 

「……ハァ、朱乃は拒否しても後をつけてきそうだから放っておくとして……」

 

 

「あらあら♪」

 

 

もう何も言うまい。というか言っても無駄っぽい。

 

 

「愛紗、何でお前まで?」

 

 

「純粋に慶次様のような御仁に仕えたいと思ったからです」

 

 

……何でだろうか。愛紗の尊敬の眼差しがすごく心に突き刺さってくるんだが……←半分勢いで野盗を殲滅しちゃった人

 

 

「義人に仕えたいなら越後の長尾は?」

 

 

「主君を神と崇めるのはちょっと……」

 

 

「米沢の伊達は?今の当主は相当の徳人らしいぞ?」

 

 

「奥州は馴れ合いの国々です。無為な戦で民の命を無くしているような国には仕えたくありません」

 

 

あ、駄目だ。コイツ頑固だ。

 

 

「……俺、無給の風来坊だぞ?」

 

 

「最終的にどこかに仕えるつもりなのでしょう?なら構いません」

 

 

「いざとなれば父上に武田への便宜をはかってもらいますわ」

 

 

無給作戦、失敗。

 

 

「貧乏旅だぞ?」

 

 

「母上に少しばかり路銀を頂きました」

 

 

「うふふ、父上の屋敷中のへそくりを根こそぎ頂いて来たので大丈夫です。2ヶ月くらいなら豪遊しながら旅をしても保ちます」

 

 

貧乏アピール、失敗。オッサン、強く生きろよ……!!

 

 

「お前らの親父さんや黒歌と敵対するかも知れねぇぞ?」

 

 

「「覚悟の上です」」

 

 

「………ハァ」

 

 

何がコイツらをここまで動かしてんのやら……。

 

 

……仕方ねぇか。断ってんのも俺が一人旅を気楽にしたいだけだし

 

 

「もう勝手にしろ~……」

 

 

「!はい!」

 

 

「うふふ、そうさせてもらいます」

 

 

こうして、俺に旅の連れができた



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諸国放浪~川中島

時間は一気に四年後に飛びます


色んな理由はあるのですが……そこはどうか容認して下さい















朱乃と愛紗が旅の連れに加わった後、俺達は自由気ままに諸国を放浪していた。

 

 

まず、最初に向かったのは奥州米沢。梵天丸というバラガキと、片倉小十郎という男装女子に会う。

 

 

……何故か梵天丸にはなつかれ、小十郎には女扱いしたら泣いて感謝されたが。

 

 

米沢には数ヶ月滞在し、米沢を出る時には伊達当主の伊達輝宗さんから妻の義姫さんの料理をお土産にもらった。ありがた迷惑だった。

 

 

次に向かったのは紀州。米沢からは船ですぐだったんだが……もう俺は二度と船には乗らないと誓った。

 

 

そこからは陸路で大和、堺へ。軽く京に寄ってから播磨、備州、安芸、山口、出雲と中国地方をぐるりと回った。

 

 

ここでは小早川隆景という奴と、山中鹿之助という奴と特に仲良くなった。……どっちもちょいとアクが強いが。

 

 

次に向かったのはまた京。そこから近江に進み、若狭、越前、越後に。

 

 

そして越後でとうとう路銀が尽きたので領主の長尾景虎の所に厄介になっていた。

 

 

そして……

 

 

 

 

 

 

~川中島~

 

 

尾張を出奔してから約四年の歳月が過ぎ……路銀が尽きて長尾軍で客将まがいの事をしていた最中、偶々……本当に偶々この川中島の戦いが起きてしまった。

 

 

朱乃や愛紗には戦いたくなければ春日山にいろ、何なら上田に帰ってもいいと言ったのだが、二人共『戦場で主君の側に居ずして何が臣か』と、頑として退かず、結局俺達は景虎の率いる長尾軍26000と共に武田軍23000と川中島で対峙した。

 

 

初めは両軍共に正面から互角に戦っていたのだが、夜になって両軍が自陣に引き上げた後、突然景虎がおかしな事を言い出した。

 

 

「妻女山を下りる」

 

 

「は?」

 

 

妻女山は、今俺達が陣を張っている場所だ。ここは一応武田領だし、陣を敷くにはとてもじゃないが不向きな場所だが、景虎が『どうしてもここでなければいけない』と言ったために長尾軍の本陣となっていた。

 

 

その本陣をあっさりと捨てると言い出したのだ。俺でも流石に戸惑う。

 

 

「おいおい景虎。ここに陣を敷くって言ったのはお前だろうが」

 

 

「……確かにそう。だけど、この山は今下りなければいけない。……それと、私は今はもう上杉謙信。長尾景虎じゃない」

 

 

「ああ、そういやそうだったな……」

 

 

景虎……じゃなくて謙信は川中島に来る直前まで小田原の北条を攻めていたのだ。そこで山内上杉家の家督と関東管令職を譲り受けて改名したらしい。

 

 

「それに、私の事は虎千代でいいと言った」

 

 

「そんな事言ってたらまたかねたんがキレるぞ? 『男に幼名を許すなど~』とか何とか言ってな」

 

 

「問題無い。別に私の生涯不犯の誓いを破った訳じゃない。……私が友を作ってはいけない?」

 

 

「別にそうは言ってないだろうが……」

 

 

世間では軍神だとか越後の龍だとか言われている虎千代だが、その実はただの口下手の引きこもりだ。毘沙門堂に籠っているのは人が多い所が苦手なのと、自分の姿をあまり見せたくないからだそうだ。

 

 

虎千代はアルビノ体質に生まれたらしく、髪は白く、目が紅い。その容姿から越後の将兵は虎千代を『毘沙門天の化身』と崇めているらしいが……まぁ、今はそんな事はいいだろ。

 

 

「……で?わざわざかねたんを退かせて俺を呼んだのはそれを伝えるためだけか?」

 

 

そう、この虎千代の幕の中にいるのは今は俺と虎千代の二人だけなのだ。腹心のかねたん……直江兼続すら今ここにはいない。上杉以外の軍なら大将と客将が二人になるなどまず有り得ない状況なんだがな。

 

 

「勿論、違う。……慶次には私に着いてこない将兵達を守ってほしい」

 

 

「……武田がここに夜襲してくる、と?」

 

 

俺がそう聞くと、虎千代は相変わらずの無表情で首を横に振る。

 

 

「それはわからない。……けど、嫌な予感がする」

 

 

真面目に言う虎千代。その目には一片の迷いも無い。

 

 

……正直、虎千代の勘は異常だ。それこそ越後将が崇めるのもわかるほどに。

 

 

勘で金山、銀山を掘り当て、更には温泉まで掘り、虎千代がここには~を植えるべきだと言えば豊作になり、嫌な予感がすると言って軍の進む道を変えれば、行軍予定だった場所に伏兵が隠れていたりした。……何だよこのチート。

 

 

その虎千代がこう言ってるのだ。丸々無視は出来ないが……。

 

 

「全員を連れて下りればいいだろ?」

 

 

「無理。越後将の大半は私に着いてきてくれると思うけど、北条や高梨、水谷は多分私には素直に従わない」

 

 

「なるほど……」

 

 

虎千代の言う意味がやっとわかった。

 

 

越後の現状は一枚岩とは言えない。これは武田の信濃方面の勢力にも言えることだが、虎千代は西越後においては豪族連合の盟主でしか無いのだ。

 

 

後もう数ヶ月後なら越後は完全に虎千代が掌握出来ていたのだろうが……たらればの話をしても仕方ない。

 

 

「……まぁ、事情はわかった。でもそれは俺には無理だ」

 

 

「……? どうして?」

 

 

虎千代は首を傾げる。どうやら本当にわかっていないようだ。

 

 

「あのなぁ……俺はお前の家臣じゃねぇし、しかも新参だ。更に部下は真田ときた。そんな奴をいきなり信用できる訳がないだろうが。かねたんとかじゃ無理なのか?」

 

 

「……無理。兼続は確かに才能の塊だけど、いささか経験不足。景家や繁長は局地戦は巧いけど殿には向いてない。だから、この軍で今殿が出来るのは私と、あちこちで戦を経験した慶次だけ」

 

 

虎千代が真っ直ぐな目で俺を見る。

 

 

「慶次は出雲で退却戦を何度も経験して、成功させたと聞く。だから、慶次に任せたい」

 

 

「……ハァ。わかったよ。やってやる。けど俺達の指示は聞くように徹底して言っといてくれよ?」

 

 

結局、俺が折れた。俺を頼った奴を無下にするほど俺は人間辞めてないつもりだ。

 

 

「ありがとう。必ず言っておく……私の言葉にどれくらい力があるかはわからないけど」

 

 

そう言うと、虎千代は静かに立ち上がる。

 

 

「お前が言う事に意味があるんだよ。……景勝が春日山に詰めてるって言ってもやっぱり越中の動きが気になる。なるべく早く春日山に戻らないとな」

 

 

「うん」

 

 

虎千代に倣って、俺も立ち上がる。虎千代は立ち上がったまま、空を……星を眺めていた。

 

 

「……虎千代」

 

 

「何?」

 

 

「死ぬなよ」

 

 

俺がそう言うと、虎千代は一瞬ポカンとした表情になった後、薄く、けれど確かに微笑んだ。

 

 

 

「慶次も、無事で。毘沙門天の加護のあらんことを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時、川中島が地獄と化すなんて、誰一人として想像する者はいなかった。



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川中島~武田別動隊との戦い~

虎千代の陣幕を出た後、虎千代はすぐにかねたんを中心に軍団を統率。そして妻女山を下山して行った。

妻女山山頂に残ったのは、虎千代の予想通り北条(きたじょう)高広、高梨政秀、水谷正村といった西越後や関東出身の将、そして俺と朱乃、甘粕景持という爺さんだった。ちなみに愛紗はかねたんに付けといた。……アイツ頭は回るけど今のところ武はイマイチなんだよ。

 

 

「只今戻りました」

 

「お帰り朱乃……で、どうだ?」

 

「一応了承は得ましたが……やはり私達の指示には従わないと思います。甘粕のお爺様は従ってくれるでしょうけれど……」

 

「やっぱりか……」

 

 

今朱乃を外に行かせてた理由は諸将に俺が指揮を採ることの了承を貰うためだったのだが……やはりと言うか何と言うか、表向きだけは従うといった感じのようだ。

 

甘粕の爺さんは越後に来た時から俺を気に入ってくれたらしく、本当の孫みたいに扱ってくれたから多分指示には従ってくれるだろう。問題は他の奴らだ。

 

 

正直、俺達が出雲でやった退却戦は山中鹿之助という姫武将が完全に配下を統率していたために、そう難しい戦ではなかった。吉川元春の突撃をいなしていれば鹿之助が軍を纏めて退却させれたからだ。

だが、今のこの状況……かなり不味い。統率をとるどころか連携すら難しいだろう。

北条は将としては悪くはないが、功を焦りすぎる。高梨は臆病過ぎて武田が来た瞬間に逃げようとするだろう。下手をすれば寝返りかねない。水谷は恐らく北条や高梨を囮にして安全に退却しようとするだろう。コイツが一番質が悪い。

 

唯一の希望は甘粕の爺さんだが……いかんせん年寄りだ。無理はさせられない。

 

 

「……やっぱり、予定通り高梨と水谷を先に逃がして、兵だけを朱乃に預けて貰うしかないか……」

 

「……それしか無いですわね。慶次様が北条殿を抑え、北条軍と共に武田軍を相手取っている間に私が高梨殿、水谷殿の兵を纏めて横槍を入れる。そして慶次様と合流して退却……これしか策が見当たりません」

 

 

朱乃がこれしか考えられないというならこの策しか無いんだろう。

 

 

「問題は高梨と水谷がそう簡単にこっちの案に乗ってくるかという事だが……」

 

 

「そこは私がどうにかしましょう。口八丁なら私の得意分野ですわ」

 

 

そう言って微笑む朱乃。……コイツなら大丈夫だろう。

 

 

「頼むぞ」

 

「お任せあれ。……ところで、慶次様」

 

 

急に朱乃が真面目な顔になり、俺の目を覗き込むように見てくる。

 

 

「……何だ?何か問題があるのか?」

 

 

「ええ……

 

 

 

 

 

 

 

 

もしこの戦いが上手くいったら、御褒美を賜りたいのですが……」

 

 

「お前本当にブレねぇな……。やらねぇって前々から言ってんだろ」

 

「あらあら、慶次様ったら……」

「正気に戻れアホ」

 

 

顔に手を当ててもじもじする朱乃を前に、俺は溜め息しか出なかった。

 

 

……俺の部下がこんなに残念なわけがない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「小僧!武田の別動隊が山の裏手から攻めて来おったぞ!」

 

 

俺と朱乃が策の細かい所を詰めていると、甘粕の爺さんが陣幕に駆け込んで来た。

 

 

「……来たか。後小僧言うなジジイ!シバくぞ!」

 

「ふぉっふぉ、お主に殴られたらワシは天に召されるわい」

 

「もう!二人共そんな事をやってる場合ですか!」

 

 

とりあえずもはや恒例となりつつある掛け合いをすると、即座に朱乃に怒られた。

 

 

「ふぉっふぉ、相変わらず昌幸ちゃんには頭が上がらんようじゃなぁ」

 

「うるせーぞ爺さん。……正直昌幸の言う通り余裕がねぇんだ」

 

 

朱乃は何故か人前で『朱乃』と呼ばれるのを嫌うので、俺や愛紗以外の奴がいる時は俺は朱乃を昌幸と呼んでいる。何でも『朱乃』という名前は正確には愛称ではなく真田名(さなだな)というらしく、家中の者か相当親しい者にしか呼ばせない名前らしい。

 

……あれ?俺初対面の時から朱乃って呼んでたような……

 

 

「慶次様!!北条殿が武田軍に突撃を始めました!!水谷殿は早くも退却し始めています!」

 

 

……っとそんな事考えてる場合じゃねぇ!!

 

 

「昌幸は予定通りに!!爺さんは悪いが北条のハゲを止めるのを手伝ってくれ!!」

 

「はっ!」

「ふぉっふぉ、任せろい」

 

 

そして、俺は松風に乗って、一足先に北条の所へ駆けた。

 

 

……虎千代からの頼まれ事だ。

 

誰一人、死なせやしねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーー見つけた!ってあのバカ!!」

 

 

しばらく山道を下って行くと北条がいた。……だが、その命は風前の灯。武田の将であろう背の高い女が北条の槍を鎚で弾き飛ばした所だった。

 

 

普通の馬ならとてもじゃないが追い付けない。だが、俺の愛馬は普通の枠には収まらない。

 

 

「松風ぇ!!」

 

「ブルゥ!!」

 

 

松風の名前を呼ぶと、俺の意思を察してくれたのか、松風が急激に速度を上げる。

そして俺はその勢いのまま北条を横から槍の柄に引っ掛けてかっさらう。

 

一瞬遅れて女の鎚が地をへこませるが、そこには既に誰もいなかった。

 

 

「……? あー………避け…………ら……………れた……………?」

 

「不味い! 新手です! とりあえず逃げましょう!」

 

 

鎚を持った女が、近くにいた少女が逃げようとしているのを猫掴みして止めながらこちらを見る。俺は北条を近くにいた上杉軍の騎兵に預けて逃がした後、それを見返す。

 

 

「……………………………あー……………………誰………?」

 

「きっと柿崎景家とか小島弥太郎とかの猛将です! 勝てませんから逃げましょう!」

 

 

……ちっこいの。お前は何でそんな逃げ腰なんだ?お前本当に将か?

 

 

「……前田利益。上杉の客将だ」

 

 

「………………どこかで………………聞いた………………………………名前……………?」

 

 

……間が……長い……!!すんげぇじれったい……!!

 

 

少しばかり鎚持った女の方を見ていたが、すぐにちっこいのがはわはわしてるのに気付いた。

 

 

「はわわわ………前田利益って、あの雑賀統一戦とか厳島の戦いとか出雲の殿戦の!? 」

 

「だったら何だ?」

 

「ば、馬場様!! すぐに逃げましょう!! 私達じゃあの戦さ人には勝てません!! ここは逃げの一手です!」

 

 

戦さ人?また妙な渾名が……

 

 

「逃げるんならとっとと逃げろ。こっちも早く謙信と合流したいんでな」

「ほら馬場様!!」

 

 

逃げてくれるならこちらとしてもありがたい。撤退戦をしなくて済むしな。

 

 

しかし、俺のその一言で、鎚を持った女の眼が変わった。

 

 

「…………………謙信は………………いない………?」

 

「?」

 

 

「…………昌信!…………この戦……………退けなく………なった………………!!」

 

 

突如として殺気を溢れさせる女に、俺も反射的に愛槍の皆朱槍を構える。

 

 

「馬場様!?」

 

「昌信……………あー…………信玄さまが…………危ない…………!!」

 

「!!? それは……逃げられません!!」

 

 

ちっこいのまで小刀を構えて俺に殺気を放ってくる。

……やっぱり、戦わずに退かせようってのはむしがよすぎたか。

 

 

「……どうやら退く気はないみたいだな」

 

「いつもならとっくに逃げてますが……信玄さまが危ないとなると逃げられません!!」

 

「…………勘助様の………………策が見破られる…………………そんな事思ってもなかった……………」

 

 

二人と対峙しながら、俺の勘が警鐘を鳴らす。

ーーこの二人を放っておくと、ヤバい!!

 

 

「馬場……………美濃守…………信房……………往く…………!!」

「高坂弾正昌信、参ります!!」

 

 

その名乗りと共に、二人……馬場と高坂が同時に俺に掛かってくる。

俺は槍で馬場の鎚をいなしてから、その勢いのまま一回転した払いで高坂の小刀を押さえた。

 

 

「馬場に高坂……まさか四天王の内の二人を同時に相手する事になるとはな」

 

「今降伏するなら………………あー………命は……………保証する………」

 

「我らはたとえ一人が倒れても戦います!!」

 

 

信玄に心酔してる、か。こりゃまた面倒だ。

朱乃が兵を纏めるのも多分まだ時間がかかる。だが、敵の数が想定よりかなり多い……!!

上杉3500対武田8000といったところだ。虎千代が下って行った八幡原では上杉有利に進むだろうが、この別動隊を防げればの話だ。

 

 

……さて、困った。意地でもコイツら別動隊を八幡原に行かせる訳にはいかなくなっちまった。

 

 

「…………はぁっ……!」

「やぁっ!」

 

「チッ……」

 

 

けど、今はコイツらを捌くのが先だ。……チッ、愛紗をこっちに残しとくべきだったか……?

 

 

そんな事を考えていた時だった。

 

突然、高坂と馬場の動きがスローモーションを見ているかのように遅くなった。二人だけではない。世界が、自分を除いて遅くなった。

……いや、俺の動きも遅くなっていた。認識はできるのに動けない。体さえ動けばこの二人を一気に圧倒できるのに………?

 

 

馬場の後ろから、俺に向かってナニカが飛んでくる。そのナニカは他のモノに比べてかなり早い動きでこっちに向かって来ていた。

高坂の小刀と馬場の鎚を同時に槍で押さえる。物凄い衝撃が俺にかかり、俺の両手が塞がれる。

そこでようやくそのナニカの正体が見えた。………矢だった。

流れ矢だろうか。その矢は他の矢とは全く違う軌道で俺に真っ直ぐ向かって来ている。

 

 

そしてその矢は、まるですり抜けるかのように馬場と高坂の間を抜け……

 

 

 

……真っ直ぐ、俺の無防備な喉元へとーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガシャァァァァン

 

 

御飯を姫様と食べ終え、膳を下げようとして立ち上がって、膳を姫様と二人分持った瞬間、突然私は目眩に襲われた。

ああ………この膳、一式揃えるのにもそれなりにお金がかかるのに……0点です

 

 

「万千代!?大丈夫!?」

 

 

「………ええ、大丈夫です。少し立ち眩みしただけなので……」

 

 

姫様が私を心配して寄ってきて下さったので、私はできる限りの笑顔で答える。

 

 

「……本当に?ただの立ち眩みなのよね?」

 

 

「ええ。御心配をおかけしました」

 

 

「大丈夫ならいいんだけど……無理はしちゃ駄目よ…?」

 

 

「ええ」

 

 

私がそう言うと、姫様は心配そうに私を見ながらも、渋々政務に戻って行った。今日は姫様が溜めていた政務を一気に消化する日だから……

 

 

……正直に言うなら、私は姫様に嘘を吐いた。家老としては2点の行為。

でも……これだけはとてもではないが素直に姫様には言えなかった。

 

 

「(慶次……?)」

 

 

突然、慶次が居なくなるような気がしたなんて……



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川中島~終戦~

原作前最終話です!










「柿崎隊に退却の指示を! 同時に斉藤隊に突撃の指示を! 車懸かりの陣の間断が無いようにと伝えよ!!」

 

 

八幡原。そこで上杉謙信に代わって上杉諸将に指示を出しているのは、僅か12、3歳ほどの若き姫武将だった。

少女の名は直江兼続。通称はかねたん(本人は認めていない)。彼女は戦災孤児であったのだが、謙信にその才を見出だされて登用され、今では上杉の若き俊英として期待されている姫武将である。

 

今も、八幡原にて両軍が衝突したとほぼ同時に姿を消した謙信の代わりに上杉軍のお家芸とも言える『車懸かりの陣』の指揮を一手に受け持っている。

 

 

「武田との兵力差は明らか……この戦は有利に進められるな」

 

「兼続殿。油断は大敗を招くぞ。余裕を持つ分には構わないが、努々油断だけはなされるな」

 

「そんな事はわかっているさ、幸村。この兼続、謙信様の期待に背きはしない」

 

 

したり顔で戦場を見ている兼続をたしなめたのは、上杉の客将である前田利益の臣、真田幸村。

彼女は彼女で真面目という点で兼続と気が合ったのか、慶次に言われて今は兼続の護衛として馬を並べていた。実は兼続、弓はそれなりだが、刀での斬り合いはまだ少し苦手であったのだ。

 

 

しかし、幸村は先程から何かと妻女山の方をチラチラと見ている。兼続もその事には気付いていたが、特に何も言わない。妻女山には、彼女の主と実の姉が撤退戦を繰り広げているのだ。

 

 

「慶次と昌幸殿が心配か?」

 

 

兼続が慶次を呼び捨てなのは、普段からかわれている意趣返しらしい。慶次に効いているかどうかは微妙だが。

 

 

「それは……」

 

「私には家族がいないからその気持ちはよくわからないが……隠す必要は無いんじゃないのか?」

 

 

幸村は少し驚いたように兼続を見る。非常に理詰めな軍略を立てる兼続らしくない情に流された言葉に驚いたのだろう。

普段の兼続は非常にクールな印象で、言葉も理詰めかつ思った事をズバズバと言ってしまうので、何かと人付き合いが少ない。そのために兼続は家中では能力は認められながらも、冷徹無情な人物だと思われているのだ。

……その実は、人情味溢れる純情な愛すべき弄られキャラなのだが。

 

 

「殿は武士の誉れとはいえ、やはり死ぬ可能性が高い。その心配は人として正しい感情だ」

 

「かねたん殿……」

「ちょっと待て幸村。お前今どさくさに紛れてかねたんって言っただろう!?」

 

 

しんみりした空気が全部台無しになった。

 

 

「ああ、これはすまない。かねた……兼続殿」

 

「ほら! 今も言いそうになってた! 絶対言っただろ! 心の中で私の事をかねたんって呼んでるんだろう!!」

 

「そ、そんな事はないぞ?かねつ……かねた………じゃなく兼続殿」

 

「迷いすぎだ~!! お前までとうとう慶次に毒されたか!?」

 

「い、いや、この前慶次様が『かねたんは絶対にかねたんって呼ばれて喜んでいる』と言っていたから……」

「知ったような口をきくな~!!」

 

 

……とにかく、八幡原での本隊同士の戦いは、上杉軍有利で進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

矢が、迫る。

そして避ける術の無い俺はそのままーー

 

 

「ーー何をぼぅっとしておるのだ小僧ォォォォォ!!」

 

 

右から誰かに突き飛ばされ、俺は槍を持ったまま転がる。

……誰かとは言ったものの、俺を小僧なんて言う人は一人しかいない。甘粕の爺さんだ。

 

 

だから、俺はすぐさま立ち上がり、爺さんにお礼を言おうとして……

 

 

「助かったぞ爺さ……!!」

 

 

……言えなかった。

その時、俺の目の前に映った光景は、馬場の鎚こそいなしたものの、矢と、高坂の小刀をその身に受けた爺さんだった。

 

 

「じ、爺さん……」

 

「……ふぉっふぉ、ワシも焼きが回ったもんじゃな。まさかこの程度の矢や太刀を防ぎきれんとはのぅ……」

 

 

そう言って、爺さんは口から血を吐きながら笑う。

足は既にガクガクと震えはじめているものの、その手に握った太刀と鎚はしっかりと握ったまま離さない。……そこでようやく、俺は爺さんが俺の身代わりになったのだと理解した。

 

 

「爺さん……!?なんで……!!」

 

 

上手く言葉が紡げない。俺の頭の奥で、『あの光景』がフラッシュバックする。どうしようもなく気分が悪い。考えが纏まらない。俺が今何をしているのかがワカラナイ……

 

 

「さてのぅ……気付いておったらこうなったのじゃ。ワシもよくわかっておらん」

 

 

爺さんの言葉で、何とか意識を戻す。

 

 

「くっ……!! 離しなさい!!」

「……………離……す…………!!」

 

「ふぉっふぉ、そう簡単に離すとワシの面目がたたんのでのぅ。……甘粕隊!! ワシらの最期の奉公じゃ!! 派手に死に花を咲かせてみせぇい!!!」

『『ーーおおォォォォ!!』』

 

 

爺さんが叫ぶのとほぼ同時に、俺の背後から次々と甘粕隊の騎馬隊がなだれ込んで来る。どうやら甘粕隊の中でも老いた者だけを集めたらしく、白髪の目立つ者しかいない。

だが、年の数だけ老練された経験と技術は伊達ではなく、たちまちに武田軍を押し返して行く。その間に、若い兵達はどんどんと撤退させられていった。

 

高坂と馬場も騎馬隊の突撃に呑み込まれたのか、既にその姿ははるか遠くにあった。

 

俺はすぐに爺さんの側に寄り、その体を支える。

 

 

「爺さん!!年寄りの癖に何を無茶してんだ!!さっさと退いて治療を……」

 

「……要らん。それよりお前も早く退けい。ここはワシらが受け持つわい」

 

「爺さん達だけにやらせるかよ!!代わりに俺がやるから爺さんは早く…」

「早く退けと言うておるのがわからんのか馬鹿者が!!!」

 

 

突然の一喝に一瞬俺は動きを止めてしまう。その一瞬で爺さんは俺の手を振り払って自身の馬に乗ってしまった。

 

 

「まだ若い者が命を捨てるような真似をするでない!! お前にはまだまだ時間があるじゃろうが!! その時間を自ら捨てるような真似はこのワシが許さん!!」

 

 

厳しい口調だった。いつも「ふぉっふぉ」と呑気に笑っていた爺さんと同じ人物とは思えないほどに。

 

 

「ワシらは長く生きた。もう成長も何も無い。なれば、命が尽きるその前に最期の奉公をするのが武士(もののふ)の道じゃろう」

 

 

爺さんが手を上げて何かの合図をすると、突然寄ってきた騎馬二騎に両腕を掴まれる。

 

 

「!? 止めろ!! 離せよ!! 爺さん、何を一人で格好付けてんだ!? 似合わねぇから止めろ!! こんな所で死ぬんじゃねぇ!!

景継!!お前も黙ってないで何とか言えよ!! お前の爺さんだろ!?」

 

 

俺は黙って涙を流す、俺の腕を掴んでいる姫武将……爺さんの実の孫の甘粕景継に爺さんを説得するように言うが、景継は俯いたまま泣きじゃくって動かない。

 

 

「……景継、今、ここで家督をお主に譲る。これよりお主が甘粕の当主じゃ。お主にはワシを越える武の才が備わっておる。その才を用いて謙信様と甘粕家をより一層盛り立てよ。……きっちりとした形式で渡せないワシを許してくれ」

 

「……はぃ、しかと、承知しました……!!」

 

 

擦りきれてしまいそうな声で、けれどもしっかりと了承の返事を返した景継を満足そうに見ると、爺さんは俺の方を向く。

 

 

「爺さん!! 考え直せ!!」

 

「……慶次よ。お主には天性の武術の才が備わっておる。その力を真に使いこなす事が出来れば、お主は天下に名を残す武人になれるじゃろう。またその人懐っこさもまた天性の才じゃ。あの謙信様がお主を殿を任せるまでに信頼しておるのもその人懐っこさ故じゃろうて」

 

「んな事今はどうでもいい!! 早く止血しねぇとヤバいだろうが!! 」

 

 

出せる限りの声で叫ぶ。

……確かに、爺さんの言う通り人は老いれば死ぬ。だからこそ爺さんにはこんな所で死んで欲しくはない。孫娘を泣かせたままに逝って欲しくはない!!

 

 

「景継よ。慶次よ。ワシの死を無駄にしたくなくば、強くあれ。大きくあれ。上杉に、天下に……甘粕景継ありと、前田利益ありと、その名を轟かせよ!!」

 

 

その言葉を最後に、爺さんは武田軍に突撃していく。それを合図にするように、景継ともう一人が俺の腕を掴んだまま八幡原に向かって駆け出した。

 

 

「待てよ!! 離せ景継!! 離せよ!! 爺さぁぁぁぁん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵将甘粕景持!!小山田信茂が討ち取ったりぃぃ!!」

 

 

また、俺の手から大事なものが一つ、零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……景継」

 

「……はい」

 

「すまねぇ……」

 

「……慶次殿のせいではありませんよ。祖父は、自分の意思で逝ったのですから……」

 

「それでも……すまねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慶次様!?武田軍は……」

 

「……話は後だ。とにかく今は撤退……八幡原の謙信に合流する」

 

「なっ!?………いえ、承知しました」

 

 

そのやり取りだけで察してくれたのか、それとも爺さんがいない事から察したのか……とにかく朱乃はすぐに撤退の準備を進めてくれた。

……いつもなら困惑する朱乃の人の感情の機微に対する鋭さが、この時は何よりありがたかった。

 

その後すぐに撤退を始める。松風は俺に着いてきてくれていたのか、気付いた時にはすぐ近くにいた。

そして、後は千曲川を渡れば八幡原に着くと言う時だった。

 

 

「慶次様……別動隊が見えました。このままでは……」

 

追い付かれる。それは見れば明らかな事だ。朱乃も言う必要は無いと悟ったのか、口をつぐんだ。

 

 

……さて、こちらの状況はすこぶる悪い。残っている兵は既に1500人ほど。甘粕の爺さんが討ち取られたこともあって、士気は低い。

それに対して、向こうは恐らく1000も減っていないだろう。士気も高いのがここからでもわかる。

 

……ここから八幡原に渡る手段はただ一つ。『雨宮の渡し』……つまり、俺達の目の前にある橋を渡り、更にもう一つ橋を渡るしかない。

 

 

……なんだ、ならまだ手は残ってるじゃねぇか。

 

 

「昌幸」

 

「はい」

 

「景継と一緒に全軍で八幡原に向かえ。俺が別動隊を押さえる」

 

「えっ」

 

 

流石にそんな事を言うとは思っていなかったのか、朱乃は呆けてしまう。

 

 

「それだけはなりません!! 私に貴方様を見捨てよと仰いますか!?」

 

「そんな事は言ってねぇよ」

 

「言っているも同義です!!貴方様一人で武田の別動隊全てを押さえられる筈が無いでしょう!?いくら慶次様が武が立つとはいえ多勢に無勢にも程があります!!」

 

 

叫ぶように俺を引き留めようとする朱乃。俺は、そんな朱乃の目をしっかりと見据える。

 

 

「昌幸。今回ばかりは引けねぇんだ。男にゃ引けねぇ、引いちゃいけねぇ時がある。俺にとってのそれが今なんだよ」

 

「ですが……!」

 

 

尚も何とか説得しようとする朱乃の頭に、軽く手を置き、撫でる。置いた瞬間、朱乃は体をビクリと跳ねさせたが、そのままされるがままに頭を撫でられていた。

 

 

「心配すんな。絶対に死にゃあしねぇ。まだ甘粕の爺さんの遺言も果たしてねぇ。尾張の世話焼きとの約束も守れてねぇ。まだ、こんな所で死ねねぇんだよ。俺ぁ。

だからお前は、ただ俺を信じて待ってろ」

 

「っ……!!」

 

 

俺がそう言った瞬間、顔を俯かせてしまう朱乃。

 

 

「……ズルいです。そんな事を言われたら……ますます本気になっちゃうじゃないですか……!!」

 

「……行け。時間が無い」

 

「……慶次様。無事に帰ったら……私の言うこと一つ、絶対に聞いてもらいます!!」

 

 

朱乃は、俺にそう言い残すと、景継と共に駆けて行った。

 

 

「さて……」

 

 

振り返ると、一つ目の橋の向こうにいる武田の別動隊が、既に目と鼻の先にまで迫って来ていた。

先頭はやはり高坂と馬場の四天王。その二人が橋の前で止まると、後ろの全軍も同時に止まる。

 

 

「……また………あー……お前か……………」

「もうここまで来たら逃げる必要もありません! 押し通らせてもらいます!」

 

「通りたきゃ勝手に通れよ……ただし、俺を退かせられたらの話だがな」

 

 

挑発も込めて笑う。すると、腕に自信があるのか、一人の武将が橋を渡って来た

 

……俺も、何も考えなしに残った訳じゃない。俺が今いるのは千曲川の中洲だ。つまり、俺は橋を渡った武田軍と、飛んでくる矢だけを防げばいいのだ。

まぁ、ここまで堂々と一騎討ちに来る奴がいるとは思ってなかったのだが。

 

 

「我が名は諸角虎定!! 武田が家老なり!!」

 

「前田慶次利益。上杉の客将だ」

 

「もはや言葉は要るまい。いざ尋常に勝負!!」

 

 

そう言って槍を振り上げて突進してくる諸角虎定。家老だけあってその動きは機敏だが……

 

 

「遅い」

 

「は?」

 

 

一閃。ただそれだけで勝敗が着いた。

他の奴からすれば速いのかもしれねぇが……俺にとっては遅い。遅すぎる。

俺は諸角虎定に軽く黙祷した後、再び武田別動隊を睨む。

 

 

「……次はどいつだ?」

 

 

俺の言葉に答えたのは、矢だった。

恐らくは臆病な将や頭のいい将が命じたんだろう。物凄い数の矢が俺に向かって飛んでくる。

……が、飛んでくることがわかっている矢なんざ、怖くも何とも無い。

 

再び皆朱槍を横に一閃する。その時に生まれた風圧で矢の第一陣がただのトゲ付きの棒と化した。

 

続く二陣目、三陣目も風圧で防ぐと、とうとう別動隊の兵達が橋を渡ろうと駆け出したーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血で紅く染まった橋。その橋よりも紅に染められた千曲川。積み上げられるように折り重なった武田兵の死体。元よりも更に紅く染まった皆朱槍。……最早、中洲の全てが紅に染まっていた。

死屍累々、地獄絵図。今のこの場所ほどそれらの言葉が相応しい場所は他に無いだろう。

 

873人。それが、俺が今この手で殺めた人数だ。

 

あの後、しばらくして『武田本隊敗走』の知らせがあったらしく、高坂と馬場は即座に撤退して行った。多分撤退命令もあったのだろう

この戦、両軍合わせての死者はなんと7000人にまでのぼるらしい。朱乃曰く、『謙信殿も愚かな戦をしてしまったと後悔していた』そうだ。

上杉の将で討たれたのは爺さんだけ。対して武田は信玄の妹が討ち取られたらしい。後は俺が討った何人かだけだそうだ。

 

今は、八幡原から少し離れた善光寺の辺りで宴会をしているのだが……俺は途中で抜け出してここまで来た。

中洲の中心に腰を据え、紅く染まった地に持ってきた一升瓶をひっくり返す。

 

瓶の中身が無くなった頃、背後に人の気配がした。

 

 

「……慶次」

 

「……相変わらず鋭い勘だな。虎千代」

 

 

後ろから聞こえてくる透き通った声。それだけで後ろにいるのが虎千代だとわかる。

虎千代は、俺の後ろに立つと、そのまま話し始めた。

 

 

「また、死者を悼んでいたの?」

 

「まぁな」

 

 

俺のこの行動はもはや恒例化しつつある。今虎千代以外に俺を探す者がいないのがその証拠だ。

 

 

「……私は、慶次がまだよくわからない。慶次は戦は喜んで参加する。でも、人を殺すのは嫌って、敵も味方も関係なく死を悼む。喜んで、哀しむ」

 

「……なんでだろうな。俺にもよくわからねぇよ」

 

 

本当に、よくわからない。戦と聞くと血が騒いでくるが、いざ戦が終わると、人を殺めた罪悪感と虚しさで一杯になる。

四年前から変わらない、俺の矛盾。

 

俺は瓶に蓋をして、立ち上がる。

……四年、か。ある意味頃合いだな。

 

 

「……虎千代」

 

「何?」

 

「明日、越後を出る」

 

「……そう」

 

 

素っ気ない返事。その言葉の中に少しだけ残念さが含まれていたと感じたのは俺の気のせいだろうか。

 

 

「……また、旅に?」

 

「いや、旅は終わりだ。約束があるからな」

 

「そう……」

 

地面に突き刺していた皆朱槍を引き抜く。

備前で特注で作ってもらったこの先が二股に別れた豪長槍は、あの戦いを終えても刃毀れ一つ無かった。

 

 

「どこ?」

 

「尾張。織田家だ」

 

「織田……」

 

 

虎千代は何かを考えるような仕草を見せたが、すぐに俺の目を見る。

 

 

「……わかった。明日の朝には路銀を渡せるようにする」

 

「悪いな」

 

「いい。慶次には随分世話になったから」

 

「そう思うなら景勝共々もう少し人前で口数を増やせるようにしような?」

 

「……善処する」

 

 

あからさまに顔を逸らす虎千代。それを見るとついつい笑ってしまった。代わりに思いっきりつねられたが。

 

 

「謙信様~!何処にいらっしゃるのですか~!!謙信様~!!」

 

 

それから少しして、かねたんの虎千代を探す声が聞こえてきた。

 

 

「……戻るか。俺がかねたんに怒られる」

 

「わかった」

 

 

善光寺に虎千代と一緒に戻った俺が、かねたんにつっかかられた事と、当然の如く逆に言い負かした事は言うまでもないだろう。



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原作一巻~こんにちわおサル~
尾張~帰還~


~尾張・清洲城前~

 

 

「あ゛~……やっと着いた……」

 

「あらあら、着いてしまいましたわね」

 

「…………」

 

 

春日山を出立してから早二日。残念そうな表情の朱乃。物凄く申し訳なさそうにしている愛紗。そしてガチで体力が尽きかけている俺。そんな端から見ていて怪しさ全開な俺達は織田の本拠、清洲に辿り着いていた。

……何でそんなに疲れてるかって?理由は簡単。この二日間、宿で寝ようとした時に朱乃が夜這いをかけてきたからだ。もちろん返り討ちにしたが。……物理的な意味で。

……こんな若くに婚姻なんかしてたまるか……!! 結婚は人生の墓場だって誰かも言ってたじゃねぇか……!!

 

そんな訳で、俺は今精神的にひどく磨り減っている。ああ、梵(梵天丸)やかねたんを弄ってストレス解消してぇな……

 

 

「慶次様、行かないのですか?」

 

「おっと」

 

 

朱乃の言葉で我に返る。

 

実は今、もうすでに清洲城の本丸の前にいるのだ。朱乃や愛紗は外様新参、しかも現当主のオチビの直参ではなく俺の部下という陪臣扱いなので、これ以上は進めないのである。

ちなみに俺は帰り新参という大義名分(?)があるので本丸に入れるのだ。

 

「じゃあ、軽く会ってくるから、先に三の丸のうこぎ長屋って所に行ってくれるか?そこで犬千代って子か浅野って爺さんに慶次の使いって言えば俺の寝床の場所はわかるから」

 

「うふふ、承知しました。行ってらっしゃいませ」

「長屋の方は私達にお任せ下さい」

 

 

そうして朱乃達とは一旦別れる。ちなみに俺の寝床は犬千代の隣だ。

 

「……さて、四年ぶりか」

 

ここに来る途中で美濃の蝮と同盟を組んだってのは聞いたが……はてさて、どんな感じに成長してるのやら……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慶次! 久し振りね!」

 

「ふふ……どうやら約束を忘れてはいなかったようですね。86点」

 

 

記憶を頼りにオチビの部屋に直行すると、オチビが万千代とあやとりで遊んでいた。

え?案内の奴?歩くの遅いからほっといた。

 

 

「おう! 久し振りだなオチビに万千代!」

「背は伸びてるわよ!!」

 

俺の言葉にすぐさま食い付いてくるオチビ。それでこそオチビだ!

 

「俺からすればオチビはオチビだ! それ以上でも以下でもない!」

 

「オチビ以上とか以下とか聞いたことないんだけど!?」

 

「そりゃそーだろ。俺も聞いたことないし」

 

「じゃあ何で言ったのよー!!」

 

うがー、と頭をかきむしって悶えるオチビ。そして相変わらず微笑みながら俺達を見ている万千代。

オチビは一旦放置して、今度は万千代と話す。

 

 

「相変わらずだな。お前もオチビも」

 

「姫様は姫様ですから。それにしても……本当に久し振りですね、慶次。貴方の事ですから約束なんて忘れてるものだと思ってましたよ」

 

「お前本当に容赦ねぇな……。久し振りに帰ってきた昔馴染みを労るとかねーのか」

 

「慶次ですから」

 

 

満面の笑みでそう告げる万千代。正直全く嬉しくない特別扱いだ。

 

 

「……そう言えば、その袋は何なのよ?」

 

「あ?……ああ、これか」

 

 

いつの間にかオチビが復活していて、俺が担いでいる袋を指差す。まぁそりゃ気になるわな。

 

 

「これはおみやげだよ。俺の私物も何個か入ってるけどな」

「おみやげ!?」

 

これ以上ないくらいにオチビが食い付いた。どうでもいい所で年相応だな……

ちなみに万千代は相変わらず微笑んでる。そろそろ逆に怖い。

 

 

「どんなの!? 早く早く!!」

 

「そう急かすなって……まずはこれだ」

 

俺が取り出したのは一つの琵琶。

 

「琵琶?」

 

「見たところ普通の琵琶ですが……」

 

オチビと万千代が俺の手の中の琵琶を覗き込むように見る。

……フッ。甘いな。俺がごく普通の琵琶をおみやげにするわけないだろう!

 

「ただの琵琶じゃねぇぞ?謙信にもらった琵琶だ」

「「ブッ!!」」

 

お茶噴くなし。

 

「ゲホッ! ……謙信って、上杉謙信よね?」

 

「むしろそれ以外に謙信って名前の奴いるのか?」

 

「……まぁ、慶次ですから仕方ないかと。お茶を噴いてしまうとは11点です……」

 

だからお前は俺を何だと思ってんだ。

 

「うー……も、もう何が出てきても驚かないわ……」

 

 

オチビが促すので、俺は次のおみやげを取り出す。

 

 

「毛利のおっちゃんがドヤ顔で『三本の矢は折れん!!』とか言ってたのがイラッときたからへし折った記念の三本の矢……」

「アンタの人脈どうなってんのよー!!!」

 

 

思いっきり張り倒された。解せぬ。

……視界の端で、万千代がやれやれ、と肩を竦めているのを見てイラッとしたのは悪くないと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてこうなった」

 

あの後、久々にうこぎ長屋に帰って犬千代を愛でようと席を立つと、オチビが「え?アンタの長屋はもう無いわよ?」とほざきやがった。

何でもオチビがサルを飼い始めたらしく、俺の長屋だった所に居させているらしい。……俺の家はサル小屋と同レベルなのかチクショー。

 

そんな訳で、俺はしばらくの間は万千代の屋敷に居候することになった。朱乃と愛紗は万千代の侍女に呼びに行ってもらっている。

……ただ、俺が万千代の家臣にされたことだけは気にくわない。オチビ曰く、「アンタの手綱を握れるのは万千代くらいしか知らないから」らしい。

 

 

「はい慶次、お湯です」

 

「ん、悪いな」

 

「いえ」

 

 

まぁ、何はともあれ今は万千代の屋敷の縁側でまったりしている。荷物とか着物くらいしかないからすぐに整理が終わってしまったのだ。

万千代が持ってきた湯を一口すする。……緑茶が飲みてぇ。クソ高いけど。

 

そして、何故か隣に万千代が自分の湯呑みを持って座ってきた。

 

「あれ?お前仕事とかいいのか?」

 

確かコイツは家老のはず。

 

「緊急のものや急いだ方がいいものは午前に片付けてあります。残りは新案などのひらめきがいるものばかりですから問題ありません。90点です」

 

「相変わらずだな……その点数付ける癖」

 

「昔馴染みが変わらずにいるのも嬉しいものでしょう?」

 

そう言ってこっちを見て微笑んでくる万千代。不覚にもちょっと見とれてしまった。

 

「……ああ、残念ながら俺の昔馴染みはオバサンになってしまっ…いたたたたたた!!?」

 

「相変わらず空気は読めないみたいですね?0点です」

 

 

間接が! 間接が曲がってはいけない方に!!

 

「……ハァ。まぁ、今日は久し振りの再会でもありますし……仕方ないから許してあげましょう」

 

「だったら始めから間接極めんなや……」

 

「外しますよ?」

 

「誠心誠意ゴメンナサイ」

 

どうやら四年の歳月を経ても俺は万千代に勝てないようだ。

 

 

「全くもう……」

 

拗ねたようにそっぽを向いてしまう万千代。

……ヤバい。このまま万千代の怒りが収まらなければ俺の寝床が無くなる可能性が……

 

そんな事を考えて軽く冷や汗をかいていると、コートの内ポケットから何かが落ちる。これは……

 

「……万千代」

 

「何ですか」

 

あ、本当にヤバいかもしんない。珍しく声が刺々しい。

これで機嫌直してくれりゃいいが……

 

「ちょっとゴメンな」

 

「?……きゃっ!?」

 

万千代の髪に触ると、小さく悲鳴を上げられる。

だがそんな事で怯む俺ではない。万千代の両サイドの髪を少し纏め、後ろに流れるようにリボンで括る。

 

「な、何ですか……?髪止め……?」

 

「や、お前ここ出る時にこの南蛮の羽織くれただろ?だからお返しだ」

 

山口の下関に行った時に偶々見付けたピンクのリボン。南蛮のものには南蛮のもので返そうと思っていた俺にはちょうどいいものだったのだ。

……………値段的にも。

 

そして、リボンを両サイドで結んだ後、オチビにもらったのであろう銀鏡を万千代の前に置く。

 

「……ま、これで機嫌直してくれ。折角似合ってんだからしかめっ面だと台無しだぞ?」

 

「……………」

 

万千代はしばらくボーッと鏡を見ていたが、突然はっとしたように立ち上がると背中を向けた。

……やべぇ、何かミスったか?髪か?髪触ったのが駄目だったのか!?

 

 

「……仕方がありませんから許してあげます。その代わり、明日から私の仕事を手伝ってもらいますからね?朝起きるのが遅かったら無理矢理起こしますから」

 

「うげっ……」

 

「いいですね?」

 

「……へいへい」

 

それだけ言うと、足早にその場を去っていく万千代。どうやら俺達の当面の寝床は確保されたらしい。

 

 

……あれ?よくよく考えたら犬千代の長屋に住まわせてもらえばいい話じゃね?

いや、やっぱり三食うこぎ汁はちょっとな……














現時点での万千代さんの好感度は『ちょっと気になる昔馴染み』くらいですね。

朱乃?∞(インフィニティ)


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尾張~サ(がらよしは)ル~

「……じ、お………い。慶…。慶次!」

 

「………………」

 

どういう訳か、万千代の声が聞こえてくる。

全く……尾張に帰ってないからホームシックにでもなってんのかねぇ?まぁ、夢だし無視してもいいだろ……

 

「慶次!……全く、これだけ言っても起きないなんて……。こうなったら仕方ありませんね」

 

そして、俺はもう一度ノンレム睡眠に入ろうとして………ドゴッという音と共に腹に物凄い衝撃が……

 

 

「って痛ァァァァァ!?」

 

「あ、起きましたか。おはようございます」

 

 

飛び起きて床を転がって悶絶していると、いつも通りの笑顔で刀(鞘付き)を持っている万千代が目に入った。

……そうだ。そういや昨日尾張に戻って来たんだった。

 

「あ、おはよ……じゃねぇよ!? 何朝からやらかしてくれてんの!?」

 

「やらかすとは失敬な。約束通り起こしてあげただけですのに。31点」

 

「起こすにしてもやり方があんだろうが! 見ろ外を! まだ明六つにもなってねぇぞ!?」

 

未だに外には月が出ている。間違いなくまだ寅の刻にもなってねぇよ。屋敷の中物音一つしねぇし。

 

「夜が明けると同時に仕事を始めるのですから、この時間に起きるのは当たり前です」

 

この真面目ちゃんめが。

 

「それに……はい」

 

万千代は俺に何かを差し出してくる。その手に握られていたのは昨日俺が渡したリボンだった。

 

「?これがどうしたんだ?」

 

「もぅ……。付け方がわからないんですよ。自分で付けられるようになるまで貴方が付けて下さい」

 

そう言うと、俺が何かを言い返す前に俺の前に座って後ろを向く万千代。

 

「自分で頑張れよ……」

 

「駄目です。付けて下さい」

 

「……ふぅ」

 

こうなった万千代はテコでも譲らない事は知っているので、大人しく万千代にリボンを付けてやる。

俺の尾張での初仕事は、万千代にリボンを付けてやる事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。これで今日終わらせる予定のものは終わりましたね」

 

「だあぁ! 終わった~!!」

「…………」

 

「あらあら、お疲れ様ですわ」

 

微笑みながら書簡を纏める万千代と朱乃。そして終わった瞬間に机に突っ伏す俺と愛紗。現在、万千代の書斎にいる四人である。

万千代の仕事が兵の調練とかなら俺も愛紗もこうはならなかったのだろうが、あいにく万千代は政治系統の筆頭家老なので、その懐に入ってくる仕事は書類仕事ばかりなのだ。俺や愛紗にとっては地獄もいいところである。

……頭使う仕事は苦手なんだよ。悪いかコノヤロー。

 

「うふふ、では私はお茶でも淹れてきますわね」

 

「ああ、お茶の葉の位置はわかりますか?なんなら私が淹れますが……」

 

「昨日の内に屋敷の間取りは確認しております。主人の主人にお茶を淹れさせる訳にはいけませんので……」

 

そんな会話をして、朱乃がゆっくりと退席していった。

 

ちなみにだが、朱乃と愛紗、万千代はどうやら気が合ったらしく、会って一日とは思えないくらいに仲がいい。朱乃と万千代は何となく似ている感じがするから同族嫌悪みたいに仲が悪くなるんじゃないかと思っていたのだが、どうやら杞憂だったらしい。

 

 

 

 

「ん~……長秀様と慶次様はお昼からどうするおつもりですか?」

 

朱乃が淹れたお茶を飲んでまったりしていると、愛紗が突然そんな事を聞いてきた。

 

「あらあら、幸ちゃん?どうして私には聞かないの?」

 

「姉上はどうせ城の書物庫に籠るのでしょう?」

「…………」

 

顔をこれでもか! というくらいに明後日の方向に逸らす朱乃。どうやら図星らしい。……昨日俺に城に入る許可を貰ってくれって何回も頼んできたのはそのためか。

 

「やっぱり……。姉上にはまた根を詰めすぎられても困りますから私も着いていきます。だから聞かなかったんですよ」

 

隣で『しまった』って顔をしている朱乃は一旦スルーしよう。

 

「俺は……まぁ、犬千代の顔を見に行く。そっから犬千代と城下町にでも昼飯食いに行くかな」

 

「犬千代……ああ、昨日の。慶次様も妹がいたなら言っておいて下さい。昨日喧嘩になりかけたんですからね?」

 

「ハハハ、悪い悪い。言ってたつもりだったんだがな」

 

隣でちょっとだけむくれる愛紗の頭を軽く撫でる。多分犬千代が勘違いして襲い掛かったんだろうな。

 

「で、万千代はどうすんだ?」

 

「そうですね……折角ですから私も慶次に着いていきますよ。私もサル殿……もとい、相良殿を一目見てみたいですしね」

 

そう言えば俺の長屋ってサル小屋にされたんだっけ……って。

 

「待った、万千代。サルって……サルじゃなくて人間なのか?」

 

「え?はい。そもそも姫様が長屋に本物の猿を入れる訳が無いじゃないですか」

 

キョトンとした表情で答える万千代。朱乃の方を見ると、これまた頷かれた。どうやらガチで人間らしい。

 

「……サル、なぁ。気に入ってんのか、単純にバカにしてんのか……」

 

「両方だと思いますよ」

 

そんな訳で、俺と万千代はうこぎ長屋へ、朱乃と愛紗は城の書物庫にそれぞれ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通りの格好で三の丸のうこぎ長屋に向かう俺と万千代。オチビの政策のお陰か、三の丸までは商店を構える事も許可されているのでかなり人の往来は多い。

 

「楽市楽座……だっけ?いい感じに機能してるみたいだな」

 

「当初は座を組んでいた商人の反対が凄かったんですけどね。姫様が利を説けばすぐに収まりました。95点」

 

 

ちなみにだが、今日は松風を連れていない。いつものように松風に寝転んで散歩がてらに行こうとしたら万千代に扇子で叩かれたのだ。だから松風は今日は留守番である。……今日の干し草は奮発してやろう。

 

「ホレ万千代。お前桜でよかったよな?」

 

「あ、ありがとうございます。……っていつの間にういろう買ったんですか?」

 

「今。おまけありがとなおっちゃん!」

 

「おう!贔屓にしてくれよー!」

 

 

抹茶と桜を頼んだらおっちゃんが小豆をおまけしてくれた。いいおっちゃんだ。

これも商業が上手くいっている証拠だろう。でなけりゃおまけなんてできる訳ないしな。前に近江の端の町に行った時はひどかったしな……

 

 

「慶次?どこに行くんですか?着きましたよ」

 

「おろ」

 

どうやら考え事をしている間に着いていたらしい。

 

「犬千代~!! 俺だぞ~!! いたっ」

 

犬千代を呼ぶと、何故か万千代にはたかれた。

 

「何すんだ」

 

「犬や猫じゃないんですから、そんな呼び方で来るわけないでしょう。27点です」

 

「……慶次兄!」

 

「来た!? 本当にアレで来たんですか!?」

 

「ホレ見ろ」

 

 

犬千代は俺やオチビに対しては本物の犬並みの勘と嗅覚を発揮するんだよ。

もう訳がわかりません、31点です……とこめかみを押さえる万千代をよそに、犬千代が俺に飛び付いてくる。

 

「……慶次兄」

 

「おっと……でかくなったな~犬千代。ただいま」

 

「……おかえり。慶次兄」

 

相変わらず口数の少ない犬千代だが、ぎゅ~と俺の足にしがみついて離れない。顔が見えないから表情はわからないが、どうやら想像以上に寂しい思いをさせてしまったみたいだ。

犬千代の頭に手を置き、撫でる。

 

「……ちょっと、痛い」

 

「あ~……悪い悪い。やっぱり力加減がなぁ」

 

「そこは相変わらずなんですね。27点です」

 

「……長秀も、来た?」

 

「はい。しばらくぶりですね、犬千代」

 

そんな感じで犬千代を愛でていると……

 

「何だ何だ!? 犬千代! 何でお前急に飛び出して………誰だ?」

 

「こっちの台詞だ」

 

この時代にあるはずのない学ランを来た、人の顔したサル……もとい、サル顔の男がいた。

 

 

「誰だお前?犬千代の婿か?……犬千代、駄目だぞ。せめて人の婿を選べ」

 

「何でだよ!? 人の言葉を喋るサルがいるわけないだろ!?」

 

「いるじゃねぇか。俺の目の前に」

 

「人!! 俺人間!! サルじゃねぇってこのやりとりもう飽きたわ!!」

 

からかえばきっちり反応が帰ってくる。いや~、楽しいね!!

 

「慶次。からかうのはその辺にしておきなさい」

 

「へいへい」

 

「からかってたのかよ!?……って美人!!」

 

万千代を見た瞬間、サルの目がキラキラと輝き出す。……ああ、女好きか。

万千代はやはりというか、扇子で口元を隠しながら微笑んでいる。

 

「ふふ、お世辞が上手いようで。丹羽長秀、と申します」

 

「俺は前田利益。そこの犬千代の義理の兄貴だ。ま、慶次とでも呼んでくれや」

 

「あ、俺は相良良晴……って丹羽長秀に前田慶次!? 織田家の超ビッグネームじゃねぇか!?」

 

オイオイ、ここで英語をさらっと言うか……

何と言うか、犬千代が一緒にいて嫌ってないみたいだから悪い奴じゃないんだろうが……ちょっとうかつ過ぎるな。これは俺も現代人だって言わない方がいいか。変な噂が立ったら俺だけじゃなく犬千代、前田が困るし。変に頼られ過ぎても困るし。

 

「びっぐねぇむ?」

 

「あ、有名人って意味です」

 

「俺昨日帰って来たばっかりなんだがな」

 

そう言うと、万千代が俺をジト目で見て溜め息を吐いた。何でだ。

 

「はぁ……慶次、貴方は別の所で有名ですよ?」

 

「は?」

 

初耳なんだが。

 

「いくつもの戦を渡り歩いている事から『戦さ人』。昔からは『鬼才』。後、少し前から『夜叉』というのも広まってきましたね」

 

「えぇ~……」

 

だからその厨二ネームやめようや……

 

「で、慶次さん達は何の用で来たんですか?信奈から何か言われて?」

 

堂々とオチビを呼び捨てるサルに万千代がまた溜め息を吐く。

 

「アハハハハ!! オチビを呼び捨てか!!」

 

「慶次……笑い事ではありませんよ。相良殿、姫様を呼び捨てにするのは止めてください。姫様が認めていたとしても、足軽が大名を呼び捨てにするのは示しがつきません。6点です」

 

「まぁまぁ、いいじゃねぇか。動物の名前を付けるって事はオチビのお気に入りだろ?」

 

「それはそうでしょうが……」

 

「え?慶次さん、オチビって……」

 

「ん?信奈の事だぞ」

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!?」

 

そんな驚く事か?

 

「驚く事ですよ」

 

「心を読むな」

 

そんな感じで長屋の前でわいわいやっていると……

 

 

「見よ!またうつけの飼いザルが猿回しをしておるわ!」

 

何か無駄に態度のでかいなんちゃって侍が大勢やって来た。

 

 

「「帰れ」」

 

「無礼者!しかも今度は仲間まで増やしおって…」

 

「何だこのバカ共は……」

 

俺がそうごちると、未だに足にしがみついている犬千代がオチビの弟の親衛隊だと教えてくれた。

……なるほど。虎の威を借る狐か。

 

「ふん、サルはサルらしく山に帰ればよいものを」

 

「へぇ。じゃあ帰れよ」

 

「はぁ?貴様は何をほざいておるのだ?」

 

いい加減イライラしてきたので、そろそろ言い負かしてやろう。

 

「コイツをサルって言うなら俺もサルだろ?だったらお前ら全員サルだろうが」

 

「なっ!?」

「貴様!我らを愚弄するか!」

 

俺の言葉にいきり立つバカ共。中には刀を抜く者までいた。

……この程度の挑発に乗られてもな~……

 

ちなみに万千代は今浅野の爺さんの所だ。肝心な時に居ないんだよなアイツ。

 

「先に愚弄したのはそっちだろ?」

 

「貴様!もう我慢ならん!この場で叩き斬ってくれるわ!」

 

バカ共の一人が激昂し、斬りかかってくる。全く、こっちには足にしがみついてる犬千代がいるから動きにくいってのに……

 

「死ね!!………は?」

 

バカ1が思いっきり刀を降り下ろすが、空振る。そりゃそうだ。刃が根本から無いんだから。

 

「な、何を」

 

「あん?ただ単にお前の刀を斬っただけだ」

 

「なっ!?」

 

「お前達!そこで何をやっているんだ!」

 

 

騒ぎを聞きつけたのか、誰かがこっちに向かってくる。

 

「あ、柴田殿!サルの仲間風情が我らを愚弄して!!」

 

形勢が悪くなったら人に頼るか。まぁ正しいっちゃ正しいが……喧嘩でそれをするか?ただの負け犬だろうが。……柴田?

 

「お! 勝家! 久し振り~!」

 

「なっ!? 慶次さん!?」

 

来た奴は、四年前に何度か会った事のある柴田勝家だった。

 

「柴田殿! その無礼者を切り捨ててしまって下さい!」

 

「馬鹿! 無礼者はお前だ! この方は前田の鬼才だぞ!? あたしが四年前にとは言えボコボコにやられたんだぞ!? 」

 

空気が読めないバカが勝家を急かすが、勝家は逆にそのバカを叱り飛ばす。

 

「け、慶次さん!? アンタ何者なんだ!? 勝家が信奈以外にあんなに腰が低い所初めて見たぞ!?」

 

「何者って言われてもな……昔稽古をつけてやったとしか…」

「勝家に!?」

 

うわぁー!!俺の知ってる歴史がー!!とか言って悶えだしたサルは一旦放置。

 

「け、慶次さん! この度の無礼はどうかお許しに……!!」

 

「あ~……いいけどさ。次来たら斬るぞ?そのバカ共」

 

「は、はい!キツく言っておきますので!……オラ!早く行け馬鹿!」

 

 

そんな感じで、ドタバタしながら勝家達は帰って行った。

……何か昔っから勝家は俺を避けてるというか逃げてるというか……何かやったかな?俺。

そりゃ確かに稽古の時にとりあえず手合わせしてその度にボコってたけどさ。でも俺も師匠にボコられてたからこのやり方しか知らねぇんだよな。

 

 

「……さて、慶次。そろそろお暇……あら?」

 

「万千代、微妙に遅い」

 

「?」

 

首を傾げて不思議そうにしている万千代。何か頭を抱えてぶつぶつ言って悶えているサル。まだ俺の足にしがみついている犬千代。

 

 

とりあえず、物凄くカオスだった。



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尾張~初任務~

「んあ?鬼の子だぁ?」

 

慶次が良晴と犬千代の長屋に行ってから早数日。この日もいつものように万千代に叩き起こされ、リボンを付けさせられた慶次は、万千代と共に登城していた。

そこでの信奈の第一声が、「鬼の子とかで騒いでるバカを落ち着かせてきなさい!」だったのだ。

 

「そうよ。バカみたいでしょ?鬼なんていないのに鬼の子なんている訳ないじゃない。だから万千代達に真相を農民達に教えてやって欲しいのよ」

 

不機嫌そうにういろうをかじる信奈。それを見ながら慶次も信奈の側に置いてあるういろうの山から一つ取ってかじる。

 

「ちょっと! 勝手に食べるんじゃないわよ!」

 

「ん?ああ、一個貰ったぞ」

 

「遅っ!? 普通貰う前に言う事よねそれ!?」

 

「結果は一緒だろ」

「常識の問題よ!!」

 

いつもの掛け合いを始める二人。万千代は半分諦めているのかハァ、と溜め息を吐いて扇で口元を覆った。

 

「姫様、些か人選が悪くありませんか? 民衆の説得に私はともかく、慶次は適任とは思えません。挑発しに行くなら天才ですが……」

「おいコラどういう意味だ万千代」

 

「そういう意味です」

 

「よっしゃ表に出ろ! その喧嘩買ったらぁ!」

 

「追い出しますよ?家から」

「申し訳ございません我が主」

 

「弱いわね……」

 

万千代の口車に弄ばれた慶次だが、即座に鎮圧される。丹羽家中のヒエラルキーの頂点は当然の事ながら万千代なのだ。寝床を人質に取られては慶次は謝る以外の選択肢を持てないのだった。

 

信奈はそんな二人に少し引きながらも、気を取り直して話を再開する。

 

「慶次は………えっと、そう! 護衛よ護衛! 万が一その鬼の子が本物だった時、慶次ならなんとか出来るでしょ!」

 

目を左右に泳がせ、そわそわして落ち着かない信奈。

物凄く怪しい。そう思った二人であったが、一応は主君直々の命令であるので文句は言えなかった。

 

「……わかりました。姫様のご命令とあらば仕方ありません。早々にその悪習を除いて参りましょう」

「デアルカ!」

 

万千代の言葉にパァッと明るい顔になる信奈。

そんな信奈を見て、慶次も溜め息を吐きながら立ち上がる。

 

「お前がなーに企んでやがるかは知らんが……しゃーねーから行ってやるよ」

 

「デアルカ! あ、でもアンタは民衆を煽るんじゃないわよ? ただでさえ今川との国境に近いんだから」

 

「だったら行かすなや……」

 

その後もわざわざ城門まで見送りに来た信奈に何か怪しいと思いながらも渋々出掛ける二人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、帰ったらしばらくは食っちゃ寝するつもりだったのに……何で働いてんだ俺ぁ」

 

「はいはい、文句を言わずに行きますよ。42点」

 

 

ぶーたれる慶次。それを宥める万千代。二人は今、尾張の南部の街道を馬に乗って進んでいた。

信奈が言うには、今回の件が起きている村は先日今川との小競り合いに勝った時についでに切り取った村らしく、鬼の子の噂も万千代達を呼び出す少し前に知ったらしいのだ。

そんな急な案件ではあるが、バカみたいな迷信で苦しむ者がいるなら見逃せない、というのが信奈の言い分であった。

 

「……相変わらず、わかりにくい優しさだな」

 

「あら。以前よりは大分わかりやすくなったと思いますよ?84点」

 

慶次が小さく溢した言葉に反応する万千代。

慶次はそれに万千代の方を向かずに返す。

 

「まだわかりにくいだろ。優しくしても照れ隠しで罵倒されたらたまったもんじゃねぇ」

 

「それは……まぁ、否定できませんが……」

 

苦笑いで万千代は言葉を濁す。

 

そう、信奈の本性は優しい女の子なのだ。幾度も謀叛する弟を許し、善政を敷き、貴賤を問わず、変わらない態度で対等に接しようとする、優しい女の子だ。ただ照れ隠しに罵倒したり蹴り倒したり刀を振り回したりするだけで。

しかし、本人はそのプライドの高さと照れ屋な性格が災いして、決して優しいと認めようとはしないのだが。

 

ちなみに、慶次達の中に朱乃と愛紗がいないのは、朱乃が城の書物庫に籠城し、愛紗が姉をどうにか表に引っ張りだそうと頑張ってるのを見て、邪魔しては行けないとあえて連れていこうとしなかったからである。決して関わったら面倒な事になるという勘が働いたからではない。そして愛紗の必死に慶次を呼び止める声など聞こえていない。ないったらない。

 

「まぁ、村人との交渉とかは全部任せっからさ。頑張ってこいや」

 

「……慶次は絶対に問題を起こさないで下さいね?頼みますから」

 

「そんな人をいつも何かやらかしてる人みたいなーー」

「事実でしょう?」

 

ジト目で見てくる万千代に、あらぬ方向を向いて口笛を吹く事で返事をする慶次。

 

「ハァ……まぁ、今はそんな事を言い合ってる場合ではありませんね……」

 

「ん?」

 

突然会話を切った万千代を不思議がった慶次が万千代の方を見ると、万千代は正面を扇で指す。その先には、かなり寂れている柵に囲まれた村があった。

 

「あれが目的の……鬼の子の村です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「おお! お侍様! こんな辺鄙な村まで来てくださるとは思わなかったみゃあ。ありがたやありがたや……」

 

村に入り、念のために何をやらかすかわからない慶次を外に待たせて村長(むらおさ)の家に入った万千代を待っていたのは、村民達の熱烈な歓迎だった。

だが、万千代は村民達の歓待もそこそこに、すぐに村長らしき老人に話しかける。元より万千代は過度な歓待を好まない質であったために、そのような無駄な時間を省きたかったのだ。

……今川が上洛の準備を進めているという噂がまことしやかに囁かれている今は特に。

 

「……さて、そちらの陳情では鬼の子がいるとの事ですが、具体的にはどのような者なのですか?」

 

万千代にしては珍しく、いきなり本題に入る。

率直なその言葉に少し面喰らう村長だったが、すぐにその顔を嫌悪に歪ませた。

 

「……恐ろしい姿をしておりますみゃあ。姿形は人なのですが、銀の髪に銀の目……およそ人の身では有り得んような姿ですぎゃ」

 

あな恐ろしや、正に鬼子みゃ、忌み子みゃあ、などとざわつき、ヒートアップしていく村民達に万千代は心の中に溜め息を吐く。

古来より、人は自分達と異なる者はことごとく取り除こうとする。古代の蝦夷征伐しかり、唐の三國志の五湖征伐しかり。人の心の本質はその頃から全く変わっていないのだ。

信奈のような無信仰な人はこの時代ではかなり珍しい。現に万千代も慶次も一応は仏教信徒なのだから。

 

「それで、実害の方は?」

 

「実害……ですみゃあ?」

 

「ええ。実際に何か被害が出ているのかと思いまして。例えば……誰かが襲われただとか、何か絶対に起きない事が起きていたりだとか……」

 

万千代が穏やかに村民達に問いかけると、一人の女性が身を乗り出して喚いた。

 

「そ、それなら、この村であの鬼子は何度も盗みを働いておりますみゃあ!」

「ウチもやられたぎゃ!」

「ワシの所もみゃあ!」

 

次々と女性に呼応してその子を非難する村民達に、万千代はいよいよ本当に溜め息を吐く。思っていたよりもここの村の村民達の思い込みとその子との確執は激しいようだ。

 

盗み?当たり前だろう。生産手段の無い子供が食べ物を手にする方法はそれしかない。うこぎの葉などの野草すらここに来るまでに見かけなかったことを見ると、本当に盗みしか手段はなかっただろう。更に、そんな真似をしている事と、今までの話から推測すると、その子の両親は既に亡くなってしまっているのだろう。むしろそんな状況で今まで生きてこれたものだ。

 

「それに、あの松だって……」

 

「松?」

 

万千代がそんな事を考えていると、村人の一人が不思議な事を言い出した。

 

「へ、へい。鬼子の住み処はこの村の外れなんですみゃあが……そこに一本、奇妙な形の松が生えておるんですぎゃ。その松は鬼子の両親が亡くなった時に墓石代わりに植えたんですみゃあ。……けども、あの鬼子が育てたせいで禍々しい形になっちまったんですみゃあ」

 

なるほど、と万千代は声に出さずに納得した。

墓石代わりだと言い切ったという事は松が植えられた時は少なからずその子との関わりがあったという事だ。それが、松の木が奇妙な育ち方をしてしまったばっかりに、元々薄気味悪がられていた容姿と相まって鬼子として村八分にされる事となってしまったというのが事の真相だろう。

考えてみれば、馬鹿馬鹿しい話ではある。たかだか容姿で人を差別するとは……

 

そこまでわかった万千代は、やれ米の収穫が鬼子のせいで減っただの、やれ鬼子のせいでウチの子の具合が悪くなっただのという明らかな後付けであろう村民達の訴えを受け流しながら、どうやってこの村民達を説得するかと脳をフル回転させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ったく、万千代の奴、何も初めから追い出す事はねぇだろうが……」

 

一方その頃、村長宅の前で待っているように命じられた慶次だが、元来が風来坊気質な慶次が大人しく待っているなんて出来るはずもなく、こうして村の中を散策していた。

だからと言って戦国時代の尾張の端の小さな農村に面白い娯楽などあるわけもなく、結局は暇をもて余してしまっているのだが。

 

「平和だねぇ~。……ま、ある意味平和じゃねぇんだろうがな」

 

慶次は歩きながら伸びをして、そう呟く。

 

鬼子……その言葉で慶次が真っ先に思い浮かべたのは奥州は米沢にいるであろう少女……いや、幼女であった。

元々興味本位でその子の屋敷に行ってみた慶次だったが、その子は噂のような忌み子とは程遠い、悪戯好きで、出不精な可愛らしい幼女だった。……質の悪さは噂通りだったが。

なまじ頭が良かったばかりに、早期に己の立場と、容姿の異質さを自覚してしまった幼女。しかし、その子には心から信頼している付き人と従姉妹がいた。

 

……果たして、ここには鬼子と呼ばれた子が信頼できるような人がいるのだろうか……

 

そんな事を考えながら、村をほぼ一周した慶次は近くの木にもたれて座り込む。

今の季節は春と夏の間、直に梅雨がくるという辺りの時期なのだが、この日はかなり気温が高く、暑苦しかった。だからこそ慶次は木陰のある場所を選んだのだ。

それに、この辺りは他の場所に比べて人がいなく、休むのに居心地が良かったというのもある。

太陽お前ちょっと有給取れよ……ああ、有給なんて概念まだねぇのか、とかどうでもいい事を考えながら、慶次はその場で目を瞑る。

 

……それから十分くらい後だろうか。突然近くの茂みからガサガサと音が鳴った。

敵意や殺気といった気配に敏感な慶次は、その気配に負の感情が無い事をわかっているので槍は置きっぱなしである。

そして、音はどんどんと慶次に近付いてきて……

 

 

「……こりゃまた、珍しい奴が来たもんだな」

「………………?」

 

 

茂みから出てきたのは、銀髪銀眼のねねよりちょっと幼いくらいの幼女だった。



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尾張~銀の迷い子~

「白髪? いや、銀髪か? どっちにしろ日ノ本じゃ珍しいな」

 

「…………」

 

木にもたれかかったまま幼女を観察する慶次。髪はしばらく切っていないのかやたらと伸びてその顔を隠してしまっているものの、小首を傾げて慶次をじーっと見ている姿からは年相応の可愛らしさが伺える。

なんにせよ、子供をずっと日向にいさせるのもかわいそうだと思った慶次は、幼女に木陰を譲ろうと立ち上がる。

 

「…………!」

 

すると、突然ハッとした表情になった幼女は、慌てて近くの木の後ろに隠れてしまった。

慶次は不思議に思ってその場に立ったままでいたが、すぐに納得したように顔をしかめる。

 

「(そういや虎千代も言ってたなぁ……。『私みたいに尋常ならざる容姿に生まれて来た者は、神の化身として崇められるか、鬼子として処刑、もしくは追放されるかのどちらかしかない』……だっけか)」

 

恐らく、この幼女は後者に近い扱いを受けてきたのだろう。銀髪銀眼など旅の途中で時折見かけた宣教師にもいない容姿なのだ。正に村民達にとっては災厄の前触れの証だったのだろう。

アルビノや金髪オッドアイの知り合いがいる慶次にとっては見た目で人を判断するなど愚の骨頂としか思えないのだが。

 

……とにかく、この幼女は村八分にされていたのだろう。だからこそ、今慶次に対して避けるという行動をとっているのだ。

しかしながら、この子は見た目は少し風変わりなものの、中身はそこいらの子供と何ら変わり無いのだ。そんな子がいきなり他者との関わりを断てるだろうか? 答えは否だ。子供には少なからず扶養者としての大人が必要である。しかし、この子の親は何らかの理由で扶養者では無くなっているのだろう。でなければ一人で外を出歩かせる訳が無い。何故なら、村民に何をされるかわからないのだから。

 

「(やっぱ鬼子ってこの子だよなぁ……)」

 

「………」

 

慶次は頭を掻きながら、木の後ろからこっそりこっちの様子を伺っている銀髪幼女を見ると、幼女は慌てて顔を木の後ろに引っ込んでしまう。

しかし、またすぐにそーっと、恐る恐る慶次の様子を伺ってくる辺り、やはり人の温もりに飢えているのだろうか。

 

慶次は困った顔をしながらも、決心したのかゆっくりと幼女に近付いて行く。

幼女は足がすくんだのか、それとも慶次が近付いてくるのが予想外だったのか……とにかく、その場から逃げようとはしなかった。

ついに慶次は幼女のすぐそばに立つ。高身長の慶次と、幼く小さい銀髪幼女ではかなりの身長差だ。幼女からは慶次の顔が太陽と被ってその表情が伺えない。

そして、慶次が右手を挙げる。幼女は殴られると思ったのか、咄嗟に目をぎゅっと瞑る。

 

……だが、次の瞬間、幼女が頭に感じたものは痛みではなく、ゴツゴツしているものの、温かく優しい……そしてどこか懐かしい感覚だった。

ゆっくり目を開けると、そこには俺ってそんなに怖いかねぇ、と苦笑いしている、しゃがみこんで出来るだけ幼女と目線を近付けた慶次がいた。

その慶次は、幼女を安心させるようにポフポフと頭を叩くと、

 

「お前、名前は何て言うんだ?」

 

そう、優しく問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これがその松……『大谷松』ですみゃあ」

 

「これが……」

 

村長に案内されて、村外れの林の奥に着いた万千代は、そこにある奇妙な一本の松の木に面食らっていた。

普通の松のように曲がって伸びるのではなく、幹は真っ直ぐに高く伸びている。加えて、その枝の生え方もまた奇妙だ。上の方からまるで柳の木の枝のように垂れるようにして枝が生えている。なるほど、これでは村民達が気味悪がるのも仕方ないのかもしれない。

万千代は大谷松に近付いてその幹に指で触れる。その指を見ると確かに松脂が付いていた。どうやら疑う余地なく松の木であるらしい。

 

「どうですみゃあ? やはり鬼の呪いなんですかみゃあ」

 

「…………」

 

違う。そんなはずはない。

そうはわかっているものの、違うと証明出来るようなものが見つからない。……八方塞がりだ。

初めは松の木では無いのではないかと思った万千代だったが、松脂が出ているとなるとどうしようもない。こうなると、その鬼子がどんな者かに可能性を見出だすしかないか……そんな事を考えていた時だった。

突然、林の横の茂みから音がして、そこから誰かが飛び出してくる。

 

「……あれ? お前何してんの? 説得は?」

 

「何してんの?はこちらの台詞ですよ……何をしているのですか、慶次」

 

そこから出てきたのは、銀髪幼女を肩車した慶次だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

「よー食うな、お前……」

 

慶次が名前を聞いた直後、幼女のお腹が盛大になったため、慶次は自身の昼飯だったおにぎりを幼女に食べさせていた。

慶次のおにぎりは本人がよく食べるのもあってかなり大きいのだが、幼女は既に三つめに手をつけている。これによって慶次の昼飯が抜きになることが確定した。

 

「どんだけ腹減ってんだよ。俺でも割と腹が膨れる量だぞ?」

 

「……………」

 

「ん?ああ、いや別に怒ってないから安心しろ。ただその小せぇ体のどこに入ってんのかな~って思っただけだから」

 

「……………♪」

 

慶次の言葉におにぎりを申し訳なさそうに差し出す幼女だったが、慶次が笑いながら幼女の頭を撫でるとうって変わって笑顔でおにぎりを頬張る。

……先程わかった事だが、この幼女、喋ろうとしない。慶次の言葉に反応している所を見ると言葉を知らない訳ではなさそうだし、小さく『む~』などと唸ったりしている辺り声帯に異常があって喋れないという訳でも無さそうだ。……恐らく、慶次になついてはいるものの、まだ心を開いてはいないといった所か。

この子がどんな扱いを受けてきたのかを慶次は知らないが、良いものではない事は嫌というほど理解できた。

 

「……………」

 

「ん?」

 

おにぎりをペロリと平らげた幼女はしばらくその場でボーっとしていたが、突然おもむろに立ち上がると、慶次の手を引っ張ってきた。

 

「どうした?まだ腹減ってんのか?」

 

「………………」

 

ブンブンと首を横に振る幼女。

 

「何か行きたい所でもあんのか?」

 

今度はコクコクと首を縦に振る。どうやら合っているらしい。

 

「そうか……俺が付いていけばいいのか?」

 

慶次がそう聞くと、笑顔でコクンと頷く幼女。どうやら自分の意思が伝わったのが嬉しかったようだ。

 

「そんじゃ、行こうか……ホレ」

 

「……………!?」

 

突然慶次に持ち上げられ、ジタバタと暴れる幼女。だが、慶次が肩車の体勢に持っていくと、ものの見事に大人しくなる。

 

「ホラ、この方がお前も楽だろ? ……んで、どっちに行けばいいんだ?」

 

「…………」

 

元気よく前を指差す幼女。慶次と会ったばかりのような怯えはもはや微塵も見受けられない。

これも慶次の人懐っこさがなせる技か……とにかく、今言える事は……

 

「…………?」

 

「あ、コラ。あんま槍を触んなよ?怪我すんぞ」

 

「……! ……!」

 

「あーあ、言わんこっちゃない……。ホラ、血止まるまで指くわえてろ」

 

その二人は、端から見れば『親子』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前何でこんな所に?」

 

「だからそれはこちらの台詞ですよ。22点。……それより、そちらの子は?」

 

「さっきそこで拾った」

 

「軽いですね……」

 

と、いう訳で今に至る。

思わぬ所で顔を合わせる事となった慶次と万千代はいつもと同じような掛け合いをしているが、村民達の反応はまるで違った。

 

「お、お侍様……ヤツだぎゃあ」

「で、出たみゃあ……鬼子だみゃあ!」

 

村民の各々が鍬や鎌を慶次に……いや、慶次の肩にいる幼女に向けて構える。

 

「皆、何を……」

 

「アイツですみゃあ! アイツが例の鬼子ですみゃあ!」

 

村民の一人の叫びに、咄嗟に慶次の肩にいる幼女を見る万千代。

……なるほど、先程は日の光でわからなかったが、確かに銀髪だ。……だが、武器を構える村民達に怯えて慶次にしがみついて震えている姿は普通の女の子と何ら変わり無い。この子のどこが『鬼』子だと言うのだろうか。

 

村民達に武器を納めるよう言おうとした万千代だが、それは慶次の言葉によって遮られた。

 

 

「ふざけんなよ、テメェら」

 

静かな、けれど確かな怒気を孕んだ慶次の声に、万千代を含めたその場にいる全員が気圧される。

 

「コイツのどこが鬼子だ? 髪か? 目か? そんなもん偶々そう生まれて来ただけだろうが。それのどこがおかしいってんだ?」

 

「だ、だったらこの松は……」

 

村民の一人が気丈にも……いや、無謀にも慶次に反論する。

 

「あ? そんなもん知るかよ。コイツは松じゃねぇんだ。どんな生え方しようが松の勝手だろ。それを無理矢理コイツのせいにすんじゃねぇ」

 

何とも無茶苦茶な、けれど反論するには筋の通ってしまっている慶次の言い分に、誰も反論できない。

……万千代は呆れと感心が入り雑じった苦笑いを浮かべているが、今は割愛しよう。

 

「そ、それならその容姿はどう説明するみゃあ! そんな容姿、日ノ本の人間には……」

 

それでも懲りずに反論……いや、もはや文句を付けてくる村民に、慶次は溜め息を吐く。

 

「だから偶々だって言ってんだろうが……まぁ、それでも納得出来ねぇんなら、教えてやる。越後の上杉謙信は知ってるな? アイツは白髪紅目。ついでに奥州米沢の伊達輝宗の嫡子は金髪で、左右の目の色が違う」

 

それを聞いた村民達の反応は驚きの一択だった。伊達家の方はよくわからないにしても、越後の軍神を知らぬ者は滅多にいない。その軍神がまさか人ならざる姿であるとは……

 

しかし、それを聞いても村民達に銀髪幼女を受け入れようという気は見受けられない。

 

「(これでもまだ決め手になりませんか……。頑固と言えばいいのか、単に自分達の過ちを受け入れられないのか……4点)」

 

万千代は流石に見かねたのか、更に村民達を説得しようとーー

 

「……もうやめとけ、万千代」

 

ーーしようとして、再び慶次に遮られた。

 

「何故です?もう少しで説得はできますよ?」

 

「受け入れたって人の心はそう簡単に変わらねぇよ。説得したところで何かあったらコイツのせいにされるのがオチだ」

 

慶次の言葉は間違ってはいない。確かにそんな例は無いわけではないのだ。酷い時には、説得した次の日に殺されたという例もある。

 

「なら、どうするんですか?」

 

「……城に連れてく」

 

「……やはり、それしかありませんか」

 

どうやら万千代も最終手段として考えていたのだろう。大して驚かずに慶次の言葉を受け入れた。

確かに、珍しいもの、可愛いものに目がない信奈なら、この子を無下には扱わないだろう。姉代わりの願いともなればまず放り出されはしない。

 

「と、いう訳ですので、この子の身柄は預からせて頂きます。沙汰は追って知らせますので」

 

「へ、へぇ」

 

状況に着いていけていない村民達を余所に、鬼子の問題は後味が悪いまま、終わった。

 

……全ての人間が、自分以外の者を受け入れられる訳では無い。

時にはやはり、落ちていってしまう実もあるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……すっきりしねぇな、クソっ」

 

「仕方ありません。全てが全て私達の思い通りに進む訳では無いのですから。……今回はその子を保護出来ただけで満点としましょう」

 

「…………?」

 

 

あの後、すぐに村を出た慶次達は、近くの町の宿で休んでいた。

 

その中で、やはり納得いかないのか不機嫌な慶次を、幼女を膝に抱き上げて撫でながら万千代が宥めていた。

 

「とは言ってもなぁ、やっぱ納得いかねぇよ」

 

「世の人全てが私達と同じ考え方ではありません。私や貴方が違うのと同じように、ね。

……そう言えば、貴女の名前は何て言うんです?」

 

話を変えようとしたのか、万千代が頭を撫でながら幼女に聞く。

 

「そういや俺も聞きそびれてたな。……なぁ、名前は?」

 

慶次と万千代に注目された幼女は、しばらく顔を赤くしてもじもじしながら口をパクパクさせていたが、覚悟を決めたのか、口をパクパクさせるのを止め、きゅっとその小さな手を握る。

 

「…………よしまつ」

 

蚊の鳴くような小さな、だけれども透き通った綺麗な声で、幼女は初めて喋った。

 

「よしまつ……慶松か。まさか俺の字が入ってるとはな……」

 

「まだ決まった訳では無いでしょうに……違う字だったらどうするんです?」

 

「問題ないだろ。慶松が字書けるならともかく、本当がどんな字なのかわかる奴もいないんだし」

 

「それはまぁ……そうですが……」

 

これまたいつものような会話になっていた時に、慶次が慶松がじっとこっちを見ていることに気付いた。

 

「……ああ、そういや俺らの自己紹介がまだだったな! 俺は前田利益。慶次でも兄ちゃんでも好きに呼べ!」

 

「私は丹羽万千代長秀と言います。私も好きに呼んで下さいね?」

 

慶次と万千代が笑顔で慶松にそう言うと、慶松は二人の顔を代わる代わる見る。

そして、たっぷり一分程そうしていたかと思うと、慶松はじっと二人の顔を見つめ……

 

「うん……ととさま、かかさま」

 

「「え゛」」

 

とんでもない爆弾を落としていった。









慶松は知っている人は知っている人の幼名です。史実では別に銀髪銀眼ではありませんのであしからず。


慶松の容姿はボーカロイドのIAを幼くして銀眼にしたものを想像して下さい。


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尾張~慶松騒動~

「……えっと……とりあえずはおめでとう?」

 

「なんでやねん」

 

ドゴォッ、と物凄い音が清洲城の信奈の部屋の中に響き渡る。とは言っても別に鉄砲とかの物騒な轟音ではなく単に慶次が信奈の脳天に槍の柄でツッコミを入れた音なのだが。

 

「いったぁ……何すんのよ!!」

 

「お前が訳のわからん事を言い出すからだろうが」

 

「姫様……私と慶次はそういう関係ではありません。38点」

 

村を出てから約三日。慶次と万千代、そして慶松は清洲の町に着くなりすぐに登城したのだが……やはりというか何というか、慶松の『ととさま、かかさま』宣言によって信奈にあらぬ疑いをかけられていた。

その結果、信奈は急によそよそしい感じになり、何故か犬千代ではなく隣に侍っている良晴は「チクショウ、やっぱ顔か? 顔なのか!?」とパルパルしている。

 

そんな二人に慶次と万千代はどうやって誤解を解いたものかと苦心していたのだった。ちなみに慶松は万千代の膝を枕にしておやすみ中である。

 

「だってその子見た感じ5才くらいでしょ? 慶次が出ていったのも四年前だし……出ていく前に慶次が仕込んでたんじゃないの?」

 

「仕込むって……オッサンかお前。だから俺と万千代はそんなんじゃねぇっての」

 

信奈のオッサン臭い発言に慶次がツッコむ。薄くだが額に青筋を浮かべている辺り、信奈のニヤニヤ顔にイラッときているようだ。

 

「……でも、長秀さんも慶次さんも二十歳なんだろ? この時代なら結婚してても別におかしくなぁああああ!?」

 

良晴が(余計な)口を挟もうとしたが、それは慶次の皆朱槍をマトリックス避けする事によって遮られた。というかよく避けれたものだ。

 

「次は、殺る」

 

「もう余計な口は挟みません」

 

「……弱いわね」

「……弱いですね」

 

良晴の方を向かずに皆朱槍の穂先だけを向ける慶次。その姿に底知れない恐怖を感じた良晴は土下座で平謝りをする。女性陣の冷たい視線もなんのその。恐怖がプライドに勝利した瞬間だった。

 

「それにしても、こんな可愛い子が鬼子の正体だったとはね……世も末ね」

 

万千代の膝ですやすやと眠っている慶松を覗き込む信奈。その顔は先程までのニヤニヤ笑いではなく優しい顔に変わっていた。

 

「本当になぁ。銀髪銀眼でこの将来性なら未来だったらモテモテだぜ」

 

「あんたは慶松を覗き込むんじゃないわよ!」

 

「痛あ!?」

 

信奈と同じように慶松を覗き込もうとした良晴が案の定信奈に蹴り飛ばされる。……うん、御約束である。

 

「何すんだよ!?」

 

「眼が覚めた時にサルがいたら泣いちゃうでしょ? ただでさえ見れた顔じゃないんだから」

 

「そこまで言うか!?」

 

「はいはい、お二人ともそこまでにしておいて下さい。そろそろ本当に慶松が起きてしまいます。38点」

 

いつも通りに喧嘩に発展仕掛けた二人だが、万千代の言葉にぐっと我慢する。流石に二人共、子供には甘かったようだ。

 

「そんでオチビ。慶松の保護の事だが……」

 

「ああ、いいわよ」

 

「早いな!?」

 

あまりにも早い許可に慶次は思わずずっこけかける。

 

「ただし、条件よ」

 

「条件だぁ?」

 

慶次が反応をみせたのを見て、信奈は悪戯めいた笑みを浮かべる。何故か物凄い悪寒がした慶次であったが慶松に関する事なので聞かないわけにもいかない。息をのんで信奈の言葉を待つ。

それを見た信奈は更に笑みを深くすると、面白そうに切り出した。

 

「そう、条件。それはね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……慶次様?零から千まできっちりかっちり説明してくれますわよね?」

 

「成り行き」

「叩き斬りますわよ?」

「誠心誠意ごめんなさい」

 

場所は変わって万千代の屋敷。運悪く愛紗に書物庫から引きずり出されて休んでいた朱乃に慶次は捕まっていた。

理由は言わずもがな慶松の件である。帰ってきた慶次と万千代を出迎えた時に万千代が幼子を抱いていればそりゃあ勘違いだってするだろう。以前から慶次への好意をオープンに表していた朱乃なら特に。

 

「だからあれだよ、かくかくしかじか……」

 

「そんな言葉では伝わりません。はっきりと声に出して表して下さい」

 

「はい……」

 

いつも通りのニコニコ笑顔だが、慶次にとっては絶対零度の死の微笑みである。

……確実に怒っていらっしゃる。だって『あらあら』とか『うふふ』が無いんだから。

そんなレベル1の勇者が初期装備で魔王に挑むような気分で、それでも場を和ませようと冗談を言ったのにも関わらず一瞬で切り捨てられた慶次は萎縮していた。

 

「か、かわいい……」

 

「ちょっと!? 幸村殿!? 鼻血で人が出せる量じゃありませんよ!?」

「………こわい」

 

そんな背後の騒ぎも何故か恨めしいと感じるくらいに。

 

「慶次様? 何も私は初めから怒るつもりではありませんよ?」

 

「え? そうなのか?」

 

少し安堵する慶次。怒るつもりが無いのならその威圧感は何なのかと言いたいところではあるが……

そして朱乃は、慶次の後ろを少しハイライトの消えた眼で見ながら言葉を続けた。

 

「……ただし、場合によっては下剋上もやむを得ませんが……」

「待てぇぇぇぇぇ!!」

 

前言撤回。何も安心できる事は無かった。

 

「私も慶次様と長秀様の子供がいる、という噂を聞いた時に色々考えましたのよ? その結果、ああ、殺るしかないな……と」

「いや何で!?」

 

「慶松……少しだけ、少しだけぎゅってさせてくれないか!?」

 

「うー……」

 

「あはは……幸村殿? そろそろ慶松が本気で泣きそうですので……」

 

なんかもう、色々とカオスであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なるほど、そういう理由でしたか」

 

一時間程かけてようやく落ち着いた朱乃に慶次が事の成り行きを説明する。朱乃自身、頭はかなり……というか物凄い良いためにすぐに理解を示してくれた。

……まだ若干眼のハイライトが消えかけているのが気になるところだが。

 

「慶松を鬼子だと……? 」

 

「お前は落ち着けっての」

 

そして愛紗のキャラ崩壊もまた半端ではなかった。どうやら愛紗の中の何かに慶松の可愛さがクリーンヒットしたらしい。ちなみにちゃっかり慶松に『ねぇさま』と呼ばせる事に成功していたりする。

……まぁ、慶松に『ねぇさま』と呼ばれた瞬間に鼻から愛が吹き出したのだが。

 

そして朱乃が慶次のあぐらの上にちょこんと座っている慶松の側に行き、姿勢を低くしてから慶松の頭を撫でる。その丁寧な近づき方に慶松も警戒を解いたのか、逃げようとはしない。

 

「慶松ちゃん?」

 

「…………う?」

 

無邪気な上目遣いで見上げてくる慶松に思わず抱き締めたくなる衝動に襲われる朱乃だったが、ぐっと堪える。

 

「うふふ、初めまして。私は真田昌幸と言います。朱乃お母さんと呼んでね?」

 

朱乃の言葉に慶次が横を向いて飲んでいた湯を吹いてしまう。そしてその湯は不運にも万千代の顔にクリーンヒットしてしまっていた。

当然の事ながら、万千代の額に青筋が立つわけで……

 

「慶次……?」

 

「ちょ、まっ……事故! 事故だってぎゃあああああ!?」

 

義父が義母の間接技によって半殺しの目に遭っているなか、慶松はじっと朱乃の目を覗き込む。

朱乃もまた慶松の顔を見ながらニコニコしていたのだが……

 

「………うー……や」

 

慶松の拒否によってその表情が完全に凍りついた。

 

「ど、どうしてかな……?」

 

十秒ほど凍りついていた朱乃だが、ようやく復活し、恐る恐る理由を尋ねる。

すると、慶松は真っ直ぐ愛紗を指差した。

……ちなみに、まだ慶次と万千代は痴話喧嘩をしている。

 

「……幸ちゃん?」

「え?私がお母さん?」

 

若干パニクる愛紗だが、慶松はふるふると首を横に振る。

 

「ねぇさま」

 

「そ、そうだな! 私はねぇさまだな!」

「幸ちゃん、鼻血鼻血」

 

もう愛紗は救いようが無いかもしれない。

そして、慶松は次に朱乃を指差す。

 

「……の、ねぇさま」

 

「え?」

 

「要するに、幸村殿のお姉様……つまり『ねぇさま』の『ねぇさま』だから母じゃない、と言いたいのですか?」

 

「ん……」

 

慶松の言葉に、万千代が補足を加え、慶松に確認をとるとコクンと頷く。どうやら痴話喧嘩は終わったようで、慶次はあぐらを崩さずに後ろに倒れていた。

 

「むぅ……」

 

「……それだけじゃない」

 

「はい?」

 

若干不服そうな朱乃を見て、慶松は小さく呟く。そして、慶次のあぐらの上に座ったまま万千代に抱き付いた。

 

「あら?慶松?」

 

「よしまつのかかさま、ひとり。ととさまも。……それがいい」

 

「……あらあら」

 

万千代に撫でられて気持ち良さそうに目を細める慶松を見て、朱乃はそれ以上慶松にせがむのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、慶松……そんないじらしい姿もかわいい……」

 

「幸ちゃん、鼻血鼻血」

 

実はこの某九尾の狐が自分の式を愛でる時のようになっている愛紗こそが一番の問題なのかもしれない。

 

「(こうなったら、やっぱり……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……朱乃、お前何やってんの?」

 

「うふふ……慶次様、川中島での約束、忘れてませんわよね?」

 

「え゛」

 

……次の日、げっそりした慶次と、肌が艶々した、時折何か痛がるそぶりを見せる朱乃が見受けられたそうな。

ついでに、何か不機嫌な万千代も信奈によって確認されたそうな。



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尾張~一瞬の謀反騒動~

前期終わったぁぁぁぁぁ!!













「万千代……何コレ?」

 

「バナナですよ? 津島で叩き売りしてました」

 

丹羽家の夕方の食卓。そこには美味しそうな一汁一菜が並んでいる。

……俺以外は。

俺の目の前には黄色のブーメラン型の憎いアンチキショウが一本だけちょこんと鎮座していた。

 

というかバナナってもう叩き売られてたんだなぁ……じゃなくて!!

 

「お前はバカか!? 夕飯バナナ一本とかバカなのか!? 二十歳の男の食欲嘗めんなよ!?」

 

「あら、食べるものがあることに感謝して欲しいくらいですよ? 21点」

 

え? 抜きも視野に入ってたの?

 

「まぁ、どうしてもと言うのなら……」

 

慶松に大根の煮物を食べさせながら、万千代は「仕方ないなぁ」とでも言わんばかりに俺を見る。

 

「え? 普通に飯くれんの?」

 

「慶松、バナナ食べますか?」

 

「勘弁してくださいマジで」

 

……グスッ、もうこの二日、朝昼晩三食バナナ。たんぱく質が恋しいとです……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「という訳だから肉を食わせろ」

 

「どういう訳よ……ってちょっと!? それ私のてばさき!!」

 

その翌日の清洲城、信奈の部屋。障子を開けるや否やそう言い放ち、信奈の横に置いてあった名古屋こーちんのてばさきをがっつく慶次。

信奈はその暴挙を何とか止めようと頑張っているのだが、いかんせん身長差が凄いのでその場でぴょんぴょん跳ねているだけである。ちなみにどさくさ紛れにてばさきをくすねようとした良晴は早々に粛清されていた。

 

「慶次!? あんた万千代の所でご飯食べたんでしょ!?」

 

「あんなもん飯とは言わん! あれはおやつって言うんだ!」

 

「は?」

 

要領をいまいち掴めない信奈。慶次はそんな信奈を見ながら遠い目で語り出す。

 

「あれは二日前のことじゃった……」

 

「おととい!? 歴史浅っ! というか何で爺口調!?」

 

「まぁ、なんやかんやで俺の飯が朝昼晩全部バナナ一本になりましたとさ」

 

「なんやかんや!? 大事な所省かないでよ!?」

 

慶次にしてみれば絶対に言いたくない所であった。主に朱乃に夜這いされたとか、朱乃に襲われたとか、実は最終的には慶次が勝ってただとか。

 

「バナナって……俺はサルじゃねぇ……サルじゃねぇんだ……!!」

 

「えっと……まぁ、その内いいことあるわよ」

 

てばさきをくわえたまま男泣きする慶次にそっとてばさきを差し出す信奈。優しさが心に刺さった慶次であった。

 

「……俺が気絶してる間に何があったんだ?」

 

そして、気絶から目覚めた良晴はひたすら首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「嫌だぁぁぁぁぁ!! 死にたくないぃぃぃぃぃ!!」

 

清洲城の軍議室。信奈の部屋を出て所々に寄り道してから丹羽屋敷に戻るとすぐに万千代に半ば引き摺られて連れてこられた慶次の耳に入ってきたのはそんなどこかで聞いたような声の絶叫だった。

 

「なんだあの声?」

 

「……信勝様ですよ」

 

「信勝? ……ああ、あのオチビの後ろをちょこちょこ歩いてた御曹子か」

 

四年前、何度か信奈の後ろを着いていっていた子供を思い出す慶次。

 

「……ん? その御曹子が何やったんだ? 死にたくないとか叫んでるが……」

 

しかし、どうやら利久の葬儀の時のことはあまり覚えていないのか、土田御前に「信勝に味方せよ」と言われて反発したことは全く覚えていないらしい。都合のいい脳みそである。

そしてそんな慶次を見た万千代は、慶次が来てからやたらと増えた溜め息を吐く。

 

「貴方、本当にバカなんですね……2点」

 

「んだとコラ」

 

「信勝様は信奈様の弟君です。ですが……謀反の常習犯なのですよ」

 

「へぇ~。んで、今回とうとうオチビの堪忍袋の尾が切れたってとこか」

 

弟の謀反。その事実を知っても慶次にあまり驚きは見られない。何せ時代は戦国なのだ。親族で争うことなど日常茶飯事、むしろ前田家や毛利家など、兄弟や姉妹、親子で全く問題が無いという方が珍しいのだ。

まして信奈はその不器用な性格からか味方より敵の方が多い。というか敵が出来やすい。只でさえ母親と仲が悪いのに、その親から一身に、信奈に与えられるはずだった愛情まで注がれた弟が信奈を嫌うというのは有り得ない話では無いのだ。

……まぁ、信勝はただのお調子者のバカ殿なだけなのだが。

 

そして、万千代が障子を開けると、ずらりと並んだ織田の侍大将以上の身分の者達と、泣き叫んでいる信勝、そして何故か白装束の勝家がいた。

万千代が信奈のすぐ近くの席に座り、慶次がその後ろに座ると、信奈が小さく頷いて勝家を促し、その勝家が事の顛末を説明し始める。

 

「信勝様の不始末は家老であるあたしの不始末。この場はあたしの首でどうかご容赦ください!」

 

すがすがしいくらいに堂々とそう宣言する勝家。だが、合理主義者の信奈がそんな提案を認めるはずがない。

 

「勝家。あんたがいないと今川との戦に勝てないわ」

 

「しかし、今となっては慶次さんが……」

 

「慶次が万千代なしで私の言う事に大人しく従うと思う?」

 

「……………」

 

「何とか言えやコラ」

 

信奈のもっともな意見に何も言えなくなる勝家。その様子に慶次が軽く青筋を立てるが、事実は事実。勝家に反論は出来なかった。

……ある意味、慶次は信奈以上のデタラメなのだ。その気になれば軽く一国を取れる戦力を擁しており、更には人脈が尋常ではなく広い。奥羽から中国地方の果ての大名家まで、更には将軍と兄弟弟子であり、公家にも伝手を持っている。

信奈の目下の悩みはこの慶次の扱いであった。……まぁ、万千代のおかげで既に解決しているのだが……

後に、とある猫かぶり腹黒幼女の扱いの難しさに「これが滝川の血か……」と更に頭を悩ませることになることを信奈はまだ知らない。

 

「わかった? 損得を計算すると死ぬべきは信勝だと言う結論がとっくに出ているのよ」

 

「うあああああん! 姉上、名古屋名物のういろうを全国区にしようなんてちっちゃい野望を抱いた僕がうつけでした!」

 

大名が抱く野望ではない。明らかに商人が抱く野望である。

 

「……万千代、なんかバカっぽいぞ、アイツ」

 

「……こう言ってはなんですが、信勝様は世間一般で言うバカ殿です。利口は利口なのですが……20点」

 

慶次が万千代と小さな声で話していると、信奈が立ち上がり、太刀を持って信勝の側まで近付いて行く。そして太刀を抜き、冷たい、ぞっとするような目で信勝を見据えた。

そんな信奈の姿に家臣達が軒並み平伏して震える中、流石にまずいと感じたのか、信奈を諌めるために立ち上がろうとした万千代を慶次が後ろから抑える。

 

「慶次!?」

 

「黙って見てろ」

 

「しかしこのままでは信奈様が人でなくなってしまいます!」

 

万千代の悲痛な言葉にも、慶次は顔色一つ変えない。

 

「いざとなったら俺が止めてやる。ここからなら例えオチビが刀を降り下ろしてからでも間に合うからな」

 

「でも……」

 

「オチビにとっちゃここがある意味分水嶺だ。そして、本当に信頼できる奴がいるかどうかもな」

 

「……それはどういう意味です?」

 

どうやら万千代も冷静さを取り戻したようで、慶次に聞き返す。

 

「……ここでお前や勝家みたいに堂々と意見を言えるような奴がいるかどうか。そんな奴が一人増えればよりオチビは天下に近付く」

 

「!!」

 

慶次の言葉に、万千代は全てを悟った。

 

……諌言を奏上できる家臣。その存在は非常に貴重であり、また稀有だ。

主に天下をとらせるためならば、命を懸けてその主の間違いを指摘する。今の信奈にはくしくも万千代と勝家といそのような家臣が二人もいるが、常に信奈の側に侍っていられるとは限らない。そんな家臣は多いに越したことは無いのだ。

ましてや信奈自身、諌言を理由も無しにに切り捨ててしまう程バカでは無いのだから。

 

慶次は、とある方向に目を向けたまま、立ち上がるための力を抜いた万千代から手を離す。

 

「……いざとなれば、頼みますよ?」

 

「おう」

 

そして、そのような諌言はーー

 

「ーー待てよ信奈!!」

 

 

末席から、上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして丹羽家の夕飯。またバナナか……と肩を落としながら広間に向かった慶次だったが……

 

「あら、遅かったですね。もう昌幸殿と幸村殿は食べ終えて書庫に戻っていきましたよ」

 

「ととさま、おそい」

 

万千代と、その膝の上に座っている慶松。実は慶松は信奈の保護の条件で慶次と万千代の養子として引き取られていたのだ。慶次からすれば「俺と万千代は夫婦じゃない」と主張したいところだったが、慶松が自分をととさまと慕っていたために諦めた。

……実は、一度「夫婦じゃない」と言った時に慶松に袖を引かれて泣きそうな目で見つめられたのに負けたのだが。

 

そして、慶次が半分諦めた顔で机を見ると、そこには三人分の夕飯が。

……三人分?

 

「どうしたんです?」

 

「え? いや……え?」

 

若干訳がわからない感じの慶次に、万千代はむっとした表情になる。

 

「……いらないなら、またバナナに戻しましょうか?」

 

「やー! 美味そうだなー! 」

 

一瞬で席に着く慶次。完全に身体能力の無駄遣いである。

 

「……にしても、何で急に機嫌が直ったんだよ。というかその前に何で怒ってたんだお前?」

 

そんな慶次の言葉にピクッと体を震わせる万千代。慶松は食べさせてもらっていた万千代の箸が止まったのに首を傾げながら、そのまま口を開けている。

 

「えっと、その……そ、そう! 慶松が慶次も自分達と一緒がいいってお願いしてきたからです! あまり勘違いしないでくださいよ!?」

 

「へ? お、おう。ありがとな慶松」

 

「……? ん?」

 

明らかに何の事かわかっていない慶松を見ながら、「何を勘違いするんだ?」と考える慶次だった。

 

……自分でも何でイライラしていたのかわからないのに、説明など出来ない。なので、そう誤魔化すしかない万千代なのであった。



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尾張~元康に過ぎたる者~

更新遅れました……









「あん? 今川が?」

 

「はい。お味方の状況は……7点です」

 

謀叛騒動があった翌日。美濃の蝮こと斎藤道三を助けに行ったサルを助けるために尾張の全兵を信奈が率いて向かったその直後。城で留守居役を命じられたはずの万千代が突然丹羽屋敷に慌てた様子で駆け込んで来ていた。

その理由は駿河の今川義元が全兵を率いて尾張に侵攻してきたからである。その兵、何と25000。元々かき集めて3000程しか集まらない尾張との兵力差は10倍近いのだ。更に今はサルと道三の救出のために全軍出払っている状況であり、現在は朱乃と愛紗が率いる真田衆と忍、そして慶次が各地で募ったかぶき者で構成された軍、全て合わせても500程しかいないのだ。万千代の私兵も信奈達に同行しているので本当にまずい。

 

「慶次様、長秀様、お呼びですか?」

「火急の事とお聞きしましたが……」

 

そしてそこに朱乃と愛紗が駆け込んで来る。どうやら万千代が書庫から引っ張り出して来たらしい。

 

「はい。一大事です。……今川軍が尾張に侵攻してきました」

「!!」

 

万千代の言葉に愛紗は目を見開くが、朱乃は雰囲気を一変させて鋭い目で万千代と慶次を見る。

……朱乃は元々が軍師向きの性格であり、その本領は知略にある。今までの戦いにおいてもこの雰囲気になることは幾度となくあったが、万千代がこの状態の朱乃を見る事は初めてであるので少し驚いていた。

だが、時は一刻を争う。慶次は普段なら弄っていたであろう状態の万千代を放って置き、話を進める。

 

「万千代、お前はオチビと合流して尾張に連れ戻せ。今なら多分普通に事が収まった辺りに追い付くはずだ」

 

「しかし……慶次達はどうするのですか?」

 

早くも落ち着きを取り戻したようで、万千代が慶次に問う。

 

「時間稼ぎ。……結局はオチビになんとかさせるしか無いしな。ほら、さっさと行け。ついでに慶松を浅野の爺に預けていってくれ」

 

「現時点ではそれが満点ですか……わかりました」

 

万千代が部屋を出ると同時に、慶次は万千代が持ってきていた尾張とその周辺の地図を広げる。朱乃と愛紗はその地図を覗き込み、あらかたの地形を把握すると顔を上げた

 

「今川軍は総勢25000。こっちは500ちょい。向こうの先鋒はまず間違いなく三河党だろうな。そして多分俺らが着く頃には本隊は沓掛らへんで、先鋒は早くて鷲津、遅くて丸根だろ。……んで? 軍師様はどうやってこの状況を破る?」

 

慶次は笑いながら、どこか楽しそうに朱乃を見る。愛紗はそんな慶次に少々呆れたような目を向けるが何も言わない。

……生粋の戦バカにして武人。なのに人殺しは大嫌い。それが真田姉妹の慶次に対する評価である。どこか矛盾した、けれどどこか眩しいその考え方。それに朱乃と愛紗は惹かれた。ならば、自分たちはそんな主の要望を叶えるだけ。

 

朱乃は、長考するために閉じていた目をゆっくりと開くと、妖艶に微笑む。

 

「……そうですわね。だったら、面倒な三河党には戦場から退いて頂きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む~……困りましたね~」

 

沓掛から少しだけ離れた場所で一軍が小休止している。その中でたぬ耳とたぬしっぽを装備した腹黒そうな少女が一人でうんうん唸っていた。

実はこの少女……松平元康は三河の国主である。だが、生まれついての不幸続きで現在は今川の家臣に成り下がってしまっていたのだ。

そんな時に起こったこの戦。元康は体のいいパシリのようにこき使われていたのだが、そのまま行けば戦功一番であった。その功で三河の返却にこじつけようとしていたのだが……状況が変わってしまった。

元康が丸根攻めを言い付けられるその直前、義元の本陣にある報告が寄せられたのだ。

 

『大高城、兵糧攻めにより落城寸前』

 

大高城は丸根砦と鷲津砦の近くにある、今川方にとって尾張攻めの要所である。しかも、大高城から義元が休息中の沓掛までは割と近い。

それ故に義元は“偶々”目の前にいた元康に大高城への補給を命じたのだが……

 

「(このままだと、戦功一番が他の人にこじつけられます~)」

 

そう。戦功一番が無くなってしまう。それは三河の統治という悲願が遠のく……いや、もはや無くなってしまうことを意味していた。

信奈が勝つならば何の問題も無いのだが、いかんせん兵力差が物凄い。信奈の勝率は限りなく低いだろう。

ああもう~どうしましょう~と元康が頭を抱えていると……

 

「あにゃ? 姫ちゃんどしたの~?」

 

ひょこっと陣幕の端から元康と同じくらいの背丈の桃色の髪の少女が顔を出した。

 

「あ、正信~。どうしましょう~」

 

「はにゃ?」

 

桃色の髪の少女……本多正信は元康の様子に何かを感じたのかトタトタと元康の側に寄る。その際に背丈とは物凄く不釣り合いな立派な双丘がたゆんたゆん揺れる。

 

「はふぅ~……それで、姫ちゃん、どしたの?」

 

「あ、はい~。実は~……」

 

そして元康がほんの10メートル程走っただけなのに息も絶え絶えな正信に説明すると、正信はなるほどねぇ~と頷いて笑った。

 

「何かわかったんですか~?」

 

「うん。これ、織田の偽報だね~」

 

さらっとそんな事を言ってのける正信。元康が正信に詳しい説明を求めると……

 

「だって織田は全軍で美濃に向かったんでしょ~? だったら大高城を包囲して兵糧攻めできる兵力はどこにあるの~?」

 

なるほど、道理である。

そして、元康が慌てて義元に自分を丸根攻めに戻してもらうように進言しに行こうとするのを正信が止める。

 

「正信~?」

 

「ここは大人しく大高城に行くよ~」

 

「でも、それでは今川が勝った時に……」

 

「心配ないよ~。たっちゃんを松井さんとこに潜り込ませたから、戦功はたっちゃんにお任せだよ~」

 

元康はそこで小さく考える。……正信の献策が間違いだった事は一、二回程しか無い。なら、正信を信頼して任せた方が確実に松平の……三河の徳になる。

 

「……なら、万事正信にお任せします~。信じますよ~」

 

「お任せあれ~」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(さて~、織田さんには頑張ってもらお~。独立後の同盟相手だろうし、ここで策を知らんぷりして恩を売った方が徳だしね~)」

 

主が主なら、家臣も家臣で腹黒かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『策……と言うには単純ですが、先ずは私達全員で鷲津砦に入ります』

 

その朱乃の指示通り、慶次達は今鷲津砦にいた。

少し遠くには、丸根砦を包囲する今川軍の姿が見える。朱乃の偽報が成功していればあれは全て駿河の兵であろう。

そして今、慶次と愛紗は100の兵を鷲津の守備に残して400の騎馬隊を率いている。

 

『私が忍衆と先に丸根砦に入ります。そして合図を出してから半刻後に門を開きますので、そこに騎馬隊で突入して下さい。その際、先頭は幸ちゃん、殿は慶次様です。そして慶次様はあえて砦に入らず、あらかじめ組織した50人の兵と入り損ねた『フリ』をして下さい。そこを狙って今川が慶次様に寄せて来る直前に幸ちゃんを反転させて鷲津に向かわせます。慶次様は丸根へ移り、半刻後に門を開けると同時に忍衆が煙幕を張りますので、その間に再び幸ちゃんは丸根へ。その際、殿は慶次様にお任せしますので幸ちゃん達が丸根に入り次第慶次様も引いて下さい』

 

要約すると、『交互に今川をボコッてくれ』という事である。

この策での心配事は、兵が怯まないかという事と慶次と愛紗が怪我を負わないかどうかだが、前者は真田衆は元々あの武田騎馬隊の一角である。騎馬に乗っている今、怯む事はあり得ない。更には慶次の部隊だが、元々は各地のかぶき者達で、肝っ玉は一人前である。しかも今の面子は全員が軍神に『地獄』と言わしめた川中島の戦いを生き抜いた猛者揃いなのだ。そんな面子が今更戦を怖がるなんて事はあり得ない。後者は言うまでもなく論外である。

 

「てめぇらァァァァァ!! 覚悟はいいなァァァァァ!!」

 

『応!!』

 

そして、気合いの咆哮と共に一斉に飛び出していく慶次達。今川軍は全く予想してなかったのかその奇襲をモロに受けて指揮系統が機能しなくなっている。

 

そして予定通り、愛紗が丸根砦に入り、慶次達が丸根砦に入らずに門が閉まる。そして今川軍がここぞとばかりに慶次達に寄せて来るが、そこで不意に門が開き、愛紗が反転して今川軍に襲いかかる。

だが、慶次が丸根に入ろうと馬首を返した時だった。

 

「はああああっ!!」

 

突然背後から咆哮が聞こえ、直勘で馬から飛び降りる慶次。

その直後に慶次の乗っていた馬は真っ二つに斬られていた。……慶次にとって、松風を万千代に貸していたのは幸いだった。

慶次は皆朱槍を肩に担ぎ、後ろを振り返る。そこには、どこかで見たような蒼い長髪を後ろで一本に纏めた、綺麗系のスラッとした美人が巨大な槍を持って立っていた。

そして、何よりその女が纏う雰囲気。その雰囲気がこれ以上なく慶次を刺激する。

 

「……お前、名は?」

 

「忠勝。本多平八郎忠勝だ。……貴殿は?」

 

「前田慶次利益」

 

一瞬、二人の目が交差する。それだけで二人は全てを悟った。

 

 

ーー俺らは

ーー私達は

 

ーーーー“同類”だと

 

強大すぎる武。それがもたらす並ぶ者がいないという孤独感。全力を出す前に相手が倒れてしまうという欲求不満。そしてそれらに伴う不安、焦燥、悲観ーー

 

しかし、お互いがお互いを認識した瞬間にそんな感情はどこかへ吹き飛んでしまった。

それだけではない。慶次は朱乃の策を、忠勝は正信の指示を……この戦の目的すらこの二人にはどうでもいい邪魔なものに成り下がっていた。

 

慶次は感情を剥き出しに、普段は決して見せないような獰猛な笑みを浮かべる。忠勝は一見無表情に見えるが、口元は確かに弧を描いている。

 

「そーかいそーかい! 本多忠勝!! せめて十合くらいは保ってくれよ!!」

「こちらの台詞だ……その派手な槍が真っ二つにならぬよう精々気をつけるがいい!!」

 

そして、どちらからともなく二人は駆け出し、その槍はとてつもない衝撃を生み出しすと同時に交差した。

 



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尾張~勝者と敗者~

鉄と鉄のぶつかる、鈍く、それでいて甲高い音が静かな戦場に響く。

片や派手な朱槍を持った男。片や異常なまでに刃の大きな槍を持った女。その二人が戦場のど真ん中で互いの武をぶつけ合っていた。

男が槍を振るえばそれだけで突風が生まれ、女が槍を突けばそれだけで左右に空が分かたれる。時折あわや直撃と思われる一撃が放たれると、どちらとも当然の如く紙一重でかわし、相手の身を掠めた槍が切っ先に付いた僅かな血液を跳ねさせながら陽光を反射する。

 

……そんな、全く互角の戦いが一時間近く休み無しに繰り広げられていた。織田方、今川方の双方ともにその二人の戦いから目が離せなくなってしまっている。

時々、夢から覚めたようにハッとなった今川兵が慶次に斬りかかって行くが、そのような無粋者は即座にこの世との別れを告げるはめになっている。

 

その戦いを見ている者達が考えた事はただ一つ

ーーこれが、武の極み

 

「オイオイオイオイオイオイ!! まさかこの程度じゃねぇだろうなぁ!? まだまだ上げて行くぞ!!」

 

「笑止!!お前こそその程度で勝った気になっているのでは無いだろうな!? 私の全力にはまだまだ程遠いぞ!!」

 

「ハッ!! 上等だ『平八』!! 途中で着いて来れなくなって泣きべそかくんじゃねぇぞ!?」

 

「その言葉、そっくりそのまま『慶次』に返してやろう!!」

 

互いに罵るような、だが期待と歓喜の混じった声で言い合う。最早二人の目に映っているのは相手の姿のみ。……その他の事は気にならないし、むしろ邪魔なだけなのだ。

身を切るような刹那の命のやり取りを望むようになったのはいつからだろうか……そんな事を忠勝は頭の中で考える。無論、槍を振るう手は緩めない。

始めて己の中の武の才を認識したのは三年前。幼馴染みの亀丸が素浪人の集団に囲まれたのを助けた時だ。

以前から松平の譜代の重臣である酒井忠次には「お前には自分を越える、松平で随一になるであろう非凡な武が眠っている」とは言われていた。しかし、忠勝はそれをただのやる気を出させるものだと思っていた。……が、その言葉は正しかった。

忠勝には、素浪人が振るう刀が止まって見えた。ゆっくりに、ではない。止まって見えた。

それ以来、同年代の者が振るう刀など動かぬ飾りに、年上の者の振るう刀が止まって、更には師匠であった忠次の刀でさえ余裕を持って見切り、弾き飛ばせるようになった。

槍を己の得物に選んでからはそれがより顕著になった。槍の腕前は僅か半年程で三河で並ぶ者無し、とまで言われる程になった。

 

……そして、丁度その頃からだ。忠勝が『寂しさ』を覚えるようになったのは。

その強さ故か、忠勝には張り合える者が居なくなってしまったのだ。唯一亀丸だけは何とか忠勝に追い付こうと努力に努力を重ねたのだが、それでもやはり忠勝には追い付けなかった。他の者は最早論外である。なんせ始めから忠勝には敵わないと決めつけていたのだから。

道場に居残って、張り合いながら笑顔で高めあう年下の子供達を羨んだ。試合の後、『次は勝つ』などと言い合う者達に憧れた。本気になれば一太刀で決着の着く試合や戦いに、ただ不満だけが募っていった。

友達はいる。幼馴染みも、従妹もいる。信頼し、忠を尽くすべき主もいる。……だが、忠勝はそれでも『独り』だったのだ。

一時は、武の鍛練を止めれば誰かが自分に追い付いてくれるのではないかとまで考えた。聞く者が聞けば激怒するであろう考えだが、忠勝はそこまで追い詰められていたのだ。

当時16、7の少女であった忠勝にとって孤独は……孤高はそれほどまでに辛いものだった。

 

だが……今は、もう違う。

今まで三合と保つ者のいなかった、それなりに力を込めた一撃をもう何十合も防ぐ武人が目の前にいる。怯むどころか楽しげに反撃の鋭い攻撃を返してくる男がいる。自分と正面から堂々と競い合える武人がここにいる!

『好敵手』と書いて『とも』と呼ぶ! 嗚呼、何と甘美な響きではないか!

 

忠勝は今、これ以上ない喜びに心を震わせていた。

 

だが……忠勝はどうやら、慶次にはまだ届かなかったらしい。

 

「オラァ!!」

 

「……!!」

 

宣言通りに少しずつ強く、早くなっていく慶次に、忠勝は段々と守勢にまわることが増えてしまう。

言葉にするまでもない。……それが今の忠勝の限界だった。それだけなのだ。

だが、慶次はまだまだこれからだと言わんばかりに力をガンガン増していく。そして、徐々に忠勝の守りが追い付かなくなり、白い素肌に細かな切り傷が次々と増えていく。そして、忠勝の握力が奪われていく中、忠勝の中に未知の感情が生まれて、大きくなっていく。

 

ーーああ、そうか。これが……『敗北の悔しさ』か。

 

そう悟った直後、忠勝の手から槍が弾き飛ばされた。

 

気付けば、慶次の朱槍が忠勝の首元に突きつけられている。

いつの間にか吹き荒んでいた風雨が慶次と忠勝を呑み込んでいる。そして、朱槍の切っ先から一粒の雫が落ちると同時に、忠勝は『自分の敗北』という事を確かな現実として認識した。

 

「……ふっ、敗北の悔しさを知ったと同時にこの命も尽きた、か。……だが、悪くない。むしろ清々しい気分だ。不思議なことだがな……」

 

そう言うと、その場にあぐらをかいて目を閉じる忠勝。

 

「さあ、一思いにやれ。そしてお前の手柄にするがいい」

 

いっそ清々しいまでの潔い武者振りの忠勝。そして、それに答えるように慶次は朱槍を振り上げると……

 

 

 

 

「誰が斬るかアホ」

 

「むきゅっ!!?」

 

その()を忠勝の脳天にやる気なく振り下ろした。

一見やる気なさげに見えるが、その頭にぶつかった音を擬音にするならバコッ、ではなくズゴォォンである。その威力は推して知るべし。付け加えるなら、忠勝が普段は決して出さないような可愛らしい声を上げるレベルの威力とだけ言っておこうか。

 

「~~~!? ~~~!?」

 

最早何が起きてこんな痛みに襲われているのか全くわからない忠勝が涙目で慶次を見ながら目をシパシパさせているが、慶次は朱槍を担いで面倒くさそうに溜め息を吐く。

 

「んなお前の死ぬ覚悟とか満足度とか俺の知ったこっちゃねぇんだよ。オラ、さっさとその槍拾え。二回戦を始めます!」

 

「………は?」

 

まだ自分が満足していないという理由で二回戦の開始を宣言する慶次に唖然とする忠勝。そりゃそうだろう。自分に勝った相手が満足していないからというだけであっさり勝ちを捨てたのだ。かつてここまで自由奔放な武人(バカ)がいただろうか。いや、いない。

忠勝は忠勝で予想外すぎる出来事に完全に処理落ちしてしまっている。

 

「オイコラ聞こえてんのか平八? まさかもう槍持てませんとか言うんじゃねぇだろうな?」

 

「…………え? あ、いや……」

 

今更握力が無いので本当に無理です、なんて言えなくなってしまい、言葉に詰まる忠勝。丁度その時だった。

突然桶狭間の平地の方から鬨の声が聞こえ、丸根砦から朱乃と愛紗が飛び出してくる。

 

「慶次様~! 桶狭間にて信奈様が今川本隊に奇襲!! 同地にて今川義元を捕縛したようです! 御味方大勝利ですわ!!」

 

「マジで!?」

 

一瞬目を見開いた慶次だったが、「んだよ、もう終わりかよ~」と小さく呟くと、踵を返して朱乃達の方へと歩き出す慶次。

 

「お、おい!?」

 

「んあ?」

 

ついそんな慶次を呼び止めた忠勝だが、いざ何かを言おうにも何を言っていいかわからずにオロオロしてしまう。

慶次はそんな忠勝をじっと見ていたが、やがて小さく、だが不思議とよく通る声で忠勝に語りかけた

 

「悔しいか?」

 

「!!」

 

ビクリと身体を跳ねさせる忠勝。そして、無言でゆっくりと頷く。

それを見た慶次は小さな笑みを浮かべる。

 

「それでいい。悔しいって思えるならお前は強くなる。……悔しかったら一から鍛え直せ。今の自分を常に越えようと足掻け。それをずっとやればお前は常に進化できる。少なくとも俺はそうしてきた」

 

「…………」

 

「……越えて見せろよ、俺を」

 

「っ!!」

 

そして慶次は完全に忠勝に向き直り、戦う前のような獰猛な笑みを忠勝に向けると、楽しみだと言わんばかりに言い放った。

忠勝はその言葉に一瞬涙が溢れるが、即座に袖で拭うと、叫ぶように慶次に言う。

 

「慶次!!」

 

「あ?」

 

「次は……勝つ!! 絶対に勝ってやる!!」

 

慶次はその言葉を聞き遂げると、そのまま忠勝に背を向けた。

 

……この後、数多の戦を忠勝は経験するが、忠勝が掠り傷すら負う事は二度と無かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ようやく終わりましたね」

 

「それは違ぇぞ?」

 

清洲への帰り道。戦の終結に一息ついた朱乃に、慶次はニヤニヤしながら言い返す。

 

「? どういう意味です?」

 

首を傾げながら聞く朱乃。そして密かに聞き耳を立てる愛紗。慶次はそんな二人を見ながら楽しさを隠しきれないようで笑顔で二人に答える。

 

「始まったんだよ。オチビの天下統一の覇道が」



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尾張~面白き世界~

「いいから褒美をよこせ! よこさないと泣くぞ!」

 

「ああもう、うるさいうるさい!」

 

「……なんだこれ?」

 

何故か盛大に口喧嘩している信奈と良晴。その二人を見ながらダメだこりゃ、と溜め息を吐く勝家。我関せずとでも言うように端ではぁふぅと幸せそうな溜め息を吐いている犬千代。そしてそんな全員を見ながら平常運転で微笑んでいる万千代。

論功褒賞の場であるはずの桶狭間の陣は非常にカオスと化していた。

 

「あら、遅かったですね。もう殆どの沙汰が終わってしまいましたよ? 40点」

 

「いや、んな事言われてもな……」

 

万千代が微笑みながら慶次にそう言うと、慶次は面倒くさそうに頭を掻く。

慶次に関しては鷲津付近から丸根までの移動時間分の後れがあり、ここに来るまでに割と時間がかかってしまっていたのだ。

ちなみに朱乃と愛紗は一足先に清洲へと戻っている。戻る前に伝令から一通りの結末を伝え聞いた朱乃が武田の件で「勝千代……」と頭を抱えていたのが若干気にはなっていたが……

勝千代って誰だ? とは気になった慶次だったが、面倒になりそうな気がしたので慶次があえて無視したのは言うまでもない。

 

「んで? オチビとサルは何を喧嘩してんだ? というか犬千代久し振りに見たな」

 

「…………あ、慶次兄」

 

「今気付いたのかよ!?」

 

どうやら犬千代は相当遠くまでトリップしていたらしく、正に今気付きましたといった様子の犬千代に軽くショックを受ける慶次。大事にしている義妹からの存在無視はかなり堪えたようだ。何だかんだでシスコンである。

ちなみに、慶次は犬千代が出奔していたという事は知らない。それを知ったら間違いなく暴走して信澄をボコボコにすると予想した万千代のナイス判断であった。

 

「し、しょうがないわね……今夜、長屋で身を清めて待っていなさい」

 

と、慶次と犬千代が漫才(?)をしている間にどうやら信奈と良晴の口喧嘩は終わったらしく、何故か少しだけ顔の赤い信奈はそのままずかずかと早足で陣を去って行った。

 

「……あれ? 俺の論功褒賞は?」

 

「遅刻で帳消しではないですか? 62点」

 

「そんなバカな」

 

結局、慶次は何も貰えなかったそうな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほれ、慶松どんどん食え~。ここでなら飯無くなるまで食っていいぞ~」

 

「はむはむ……」

 

その夜、戦勝に湧くうこぎ長屋に不思議と信奈を除く織田の主将が集まっていた。

万千代に連れられて、朱乃と愛紗を巻き込んで長屋にやって来た一同だが、そこに住人の良晴、そして犬千代、勝家、信澄、ねねを加えた面子が入るには長屋はいささか狭い。なので長屋の庭に御座を敷いて軽い宴会状態に入っていた。

その中でも慶次と慶松はひたすらにひつまぶしや味噌煮込みうどんを食べていた。特に慶松の食べるスピードと量が半端ではない。食べはじめてまだ一時間と経っていないというのに既にひつまぶしは12膳、味噌煮込みうどんは8杯平らげている。

 

「ちょ、慶松ちゃん!? まだ食べんの!?」

 

「?……はらいちぶんめ」

 

「マジで!?」

 

慶松、恐ろしい子である。良晴が俺達の分残んのかな……と小さく呟くが、その声を拾う者はいなかった。

 

「いや、しかし見事な働きでしたね。これからもよろしくお願いします、サル殿」

 

「そうですわね。よくぞ今川義元の本陣を発見できたものです。私からもよろしくお願い申し上げますわ」

 

「いえっ、こちらこそ! 織田家にはまともな家臣がいないので長秀さんたちみたいなまともな人がいてくれて助かります!」

 

「オイコラ、まともじゃない方に俺も入ってんのか」

 

まともじゃない、の部分で偶々慶次の方を見てしまった良晴が慶次の怒りを買うが、生憎慶次の膝の上にはひたすらにご飯を食べ続けている慶松がいたために動けない。

うおーやべー助かったー!! と、慶松に物凄く感謝する良晴であった。

 

「……あ、そういやあなたの名前は何て言うんですか? 」

 

「逃げたな」

「逃げましたね」

「……逃げた」

「にげた~」

 

慶次、万千代、犬千代、慶松の一斉射撃にぐふっ、と言ってわざとらしく御座の上に倒れる良晴。

 

「うふふ……そうでした。自己紹介がまだでしたわね。幸ちゃん!」

 

「? 何ですか姉上?」

 

朱乃の言葉に、勝家と話していたのを切り上げて朱乃の側にやってくる愛紗。

 

「うふふ、サル殿に自己紹介がまだだったでしょう?」

 

「ああ、あの時は確かうやむやになりましたからね……」

 

「……面目ない」

 

愛紗が苦笑いするのを見てしゅんと項垂れる犬千代。それを見た愛紗が慌てて犬千代を慰める。どうやら犬千代は犬千代で以前の長屋での喧嘩の件を気にしていたらしい。

 

「あらあら、幸ちゃんったら……」

 

「(幸ちゃん……織田家に『幸』のつく人って聞いたことないよなぁ……幼名か?)」

 

そんな予想をする良晴。しかしながら良晴の予想が当たることはまず無いだろう。なぜならそもそも正史では織田家に仕えた人物ではないし、この世界でも純粋に信奈の家臣ではないのだから。

 

「あの……失礼しますが、あなた達の名字は『森』ですか?」

 

森可成と森長可。正史では親子であったこの二人が慶次と犬千代のように少しねじまがっていると予想したのだろう。

だが、朱乃はただ微笑むだけ。名前を当てられた驚きのようなものがまるでない。

外したか……他にこの時期にいた兄弟とか親子って……平手さん? いやいや、政秀さんはもういないはずだし……と少し混乱する良晴。しかし、そんな考えは朱乃の言葉を聞くや否や吹き飛んでしまった。

 

「うふふ……私達は森殿達のような譜代ではございません。むしろ陪臣……長秀様の部下の慶次様の部下ですから。

私の名は真田源五郎昌幸、と申します。あちらは妹の真田源二郎幸村。以後、私のことは昌幸とお呼び下さいな」

 

「…………は? 真田?」

 

直後、良晴の絶叫が清洲中に響き渡り、その良晴に「うるさい!!」と勝家の鉄拳が叩き込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

良晴の長屋から丹羽屋敷へ帰ってきた慶次達。愛紗が酔った勝家に絡まれて酔い潰されたために朱乃がその面倒を見ている中、慶次と万千代は縁側で呑み直していた。

何故かと言うと、慶次が桶狭間から帰って来てから一時たりとも慶松が離れなかったために、長屋でも万が一を考えて慶次が飲まなかったからである。折角の大勝利なのに酒を呑めないのはかわいそうですから、とは万千代の談だ。

今はその慶松も慶次の膝の上で猫のように丸くなって眠っている。まぁ無理も無いだろう。もう子の刻(0時)が近いのだから。屋敷に着くなり慶次の膝の上に乗りたがった姿は記憶に新しい。

 

「ほら、慶次。持ってきましたよ」

 

「おう、悪いな」

 

しばらく慶松を撫でていた慶次だったが、万千代が一升瓶と杯を持ってきたのでその手を止める。

そして万千代が慶次に杯の片方を渡し、そこに酒を注ぎ込む。慶次はそれを一気に喉に押し流した。

 

「ふぅ……やっと呑めたぜ」

 

「ふふ……今日はお疲れ様でしたね。戦でも戦の後でも」

 

「全くだ。まさか慶松にいきなり泣きつかれるとは思って無かった」

 

屋敷に戻るなり慶次の腹に突貫してきた慶松を思い出したのか、苦笑いする慶次。万千代はそんな慶次を見ていつものように微笑んでいる。

 

「何だかんだでこの子が一番懐いているのは慶次ですからね……少し羨ましいです」

 

「お前が嫉妬か? 珍しいな」

 

「そうですか? ……51点ですね」

 

「何がだよ」

 

カラカラと笑う慶次につられてか、少し声を出して笑う万千代。顔が既に赤いのは長屋でそれなりに呑んできていたからだろうか。

 

「聞きましたよ? 昌幸殿の策を放り出して松平の武将と一騎討ちしてたそうですね」

 

「げっ……説教は勘弁だぞ?」

 

「ふふ……まさか。こんな時にそんな無粋な事はしませんよ」

 

しかめっ面の慶次の顔が面白かったのか、クスクスと笑う万千代。先程から笑っていっぱなしなので、もしかすると軽く酔っているのかも知れない。

 

「満足はできましたか?」

 

「ん~……5割くらいか? やっぱまだ不完全燃焼だわ」

 

「そうですか……」

 

万千代は慶次の武の欲求不満を知っている。昔の勝家もそうだった。彼女は信奈へ忠を尽くすということと、あまり頭がよろしくないという部分でそれほど問題には挙がらなかったが、時折慶次が愛紗や勝家と鍛練している時に少し寂しそうな顔をしていたのを知っていた。

だからこそ、聞かずにはいられない。

 

「慶次」

 

「ん?」

 

「貴方は……この世が楽しいですか?」

 

「ああ、楽しいね」

 

即答だった。万千代が心配していたのがなんだったのだというくらいの。

そして慶次は再び酌してもらった杯を煽り、言葉を続ける。

 

「別に武で誰も俺に追い付けなくたって、他の部分なら絶対に何か俺は負けてんだ。だったらその部分でも勝てるように頑張ればいいし、何より世の中には面白い事で溢れてんだ。それなのに全部嫌になるなんて馬鹿らしいだろ? 俺はまだ全国の隅々まで行った訳じゃねぇ。この世の珍しいものを全部見た訳じゃねぇ。ましてや日ノ本だけじゃなくて世界なんて面白そうなもんまであるんだ。この世が面白くない訳無いだろ?」

 

「ふふ……そうですか……そうですね……」

 

空を見ながら目を子供のようにキラキラさせる慶次。それを見ると自分の心配が余計なお世話だったのだと万千代は思う。

……はて、自分は一体何を心配していたのだろうか? そんな考えが浮かぶ中、万千代は自分の杯を傾けるのだった。

 

 

「……万千代?」

 

それから半刻ほど酒を呑んでいただろうか。とうとう万千代からの返事が無くなってしまった。

それをいぶかしんで声を掛けた慶次だったが、返って来たのは返事ではなく肩にかかった僅かな重み。それからすぅすぅという音が聞こえた事からどうやら万千代が眠って寄りかかって来たらしい。

 

「……あ~あ、全く……。動けなくなっちまったな……」

 

そろそろ慶次もうつらうつらとしており、寝てしまうのも時間の問題だろう。

そして、しばらくどうにか二人とも起こさずに動けないかと考えていた慶次だったが、途中で諦めたらしく、その場で俯いて目を閉じる。明日寝違えるであろう事は許容したらしい。

 

……それから一刻程。その時に慶松が僅かに身動ぎしたことでバランスが崩れたのか、慶次の体勢が少しずれる。

そして、その時の慶次と万千代はお互いに寄り添うようにして、安らかな寝顔を浮かべていた。



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原作二巻~織田家の躍進~
尾張~新たな火種~


「慶松~、何か食いたいもんあるか~?」

 

「ん~? ……ういろー」

 

「またういろうか? えらく気に入ったみたいだな……」

 

「ふふ、あまり甘やかし過ぎても0点ですよ?」

 

「へいへいわかってますよ~」

 

肩車している慶松が周りをキョロキョロ見回しているのを、何か腹が減ったのだろうと声をかける慶次に、若干上の空ながらもきっちりと食べ物をねだる慶松。そしてそんな二人を隣から万千代が微笑みながら見ている。

その日は珍しく丹羽家に仕事が入らない非番の日で、折角だからと慶次と万千代、慶松という親子(仮)三人で城下に遊びに来ていたのだ。万千代は松平元康が信奈と同盟交渉に来るというので休むのを嫌がったのだが、慶松のお願いには流石に逆らえなかったようだ。

ちなみに、慶次が真田姉妹も誘ってみたのだが、「後一日……いや、半日あれば書庫の本を読み尽くせますので今回は……」と朱乃にやんわり断られていた。愛紗は慶松も行くということでかなり乗り気であったのだが、無念にも朱乃に引きずられて行ってしまった。哀れ愛紗。

 

さて、閑話休題(それはともかく)。あの尾張織田家の最後と思われた今川との戦、桶狭間での歴史的勝利から早数日である。割と久しぶりに城下に遊びに来た慶次と万千代だが、以前よりどこか賑わっている印象を受けるのは戦の緊張感が無くなった反動だろうか。

 

「なんか前より人が増えた気がすんな~……。慶松なんか肩車してなかったら速攻ではぐれるぞこりゃ」

 

「!?」

 

慶次の言葉を聞いた慶松が慌てて慶次の頭にひしっとしがみつく。それに慶次は苦笑いしながら慶松の頭を撫で、万千代も同じように慶松の背中をポンポンと軽く叩いた。

 

「……流石に頭には届かなかったか」

 

「当たり前です。貴方と私の身長にどれだけ差があると思っているんですか……」

 

慶次は185cmくらい、万千代は160少しくらいである。万千代が手をギリギリまで伸ばしてようやく慶松の背中に届くのだ。

 

「それと、あまり慶松を怖がらせちゃいけませんよ。慶松が人が沢山いる場所を怖がるようになったらどうするんですか。17点です」

 

「はいはい、俺が悪うございました~気を付けますよ五郎左様~」

 

「五郎左は止めて下さい!……全く、何回言ったら……」

 

万千代は正確に言えば幼名であり、本名は丹羽五郎左右衛門長秀なのである。ところが万千代はご覧の通り幼名の万千代をあだ名として愛用しており、五郎左の方は中々耳にしない。精々万千代とあまり関わりのない古くからの織田の家臣の年寄がそう呼ぶ時か、一部の家臣が万千代を『米五郎左』と褒め称える時くらいだ。

万千代は先日慶次と清洲に登城した時にその『五郎左』を聞かれ、それからは事あるたびにからかわれているのだった。

万千代が五郎左という呼び名を嫌がる理由は推して知るべし。少なくとも年頃(?)の女性が好むような名前では無い。

 

慶次は未だに頭にしがみつく慶松と、そっぽを向いてすっかり拗ねてしまった万千代を見て、やべ、選択間違えた、と苦笑する。そのまま周りを見渡すと、近くにういろうも置いてある団子屋を見つけた。

 

「万千代、そこの団子屋で昼飯にしようや。奢ってやるから機嫌直せって」

 

「…………」

 

「慶松もういろう食いたいよな~?」

 

「んぅ? ………ういろー? たべる」

 

始めは万千代に聞いた慶次だったが、プイッとそっぽを向かれる。今度は慶松に聞いてみるとにぱー、と笑顔で慶松が頷いた。

 

「ほら、行こうぜ」

 

「……みたらしとよもぎ、それと桜と小豆で許してあげます。46点」

 

「あいよ」

 

内心どんだけ食うんだよ……と思いながらも、珍しく空気を読んで何も言わない慶次であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃん、みたらしとよもぎ、三色を一皿ずつ。んでから小豆を四皿と抹茶と桜を三皿、白と黒を二皿ずつ、後は茶を三杯で頼むわ」

 

「へ? ……へ、へい」

 

慶次がすらすらと注文をするが、店主は注文の多さに流石に面食らったらしく、少し間を開けて奥に入っていく。

まぁ、この注文のほとんどは慶松の腹の中に入っていくので量は問題ないのだが……夏のくそ暑い時期にも関わらず慶次の懐は厳冬に入る事が決まった。哀れ慶次。

 

「へい、みたらしとよもぎと三色、ういろうの小豆四皿と抹茶と桜三皿、白と黒二皿、茶を三杯です」

 

そして、しばらく待つと注文の品が慶次達が座っていた場所に運ばれてくる。昼飯時からは少しズレていた事が幸いしたのか周りに人はあまりいない。そのために注文の全てが慶次達の前の場所に置かれた。

 

「お、どもども。ほれ慶松」

 

「ん♪」

 

「万千代はみたらしとよもぎと桜と小豆だったな」

 

「はい」

 

慶次がういろうの皿を五色各二皿ずつ慶松の側に置く。慶松は相変わらずの無表情ではあるが声は物凄く嬉しそうに弾んでいた。また、万千代も団子とういろうの皿を渡すとさっきまでの不機嫌が嘘のように頬を緩ませる。甘い物を喜ぶあたり、やはり万千代も現代でいう女子大生という名の女子なのであった。

だが、そんなふわふわした感じは店主の爆弾発言によって吹き飛ぶ事となる。

 

「旦那達、今日は家族揃って遊びに来たんですかい? 可愛らしい娘さんに綺麗な嫁さんで羨ましい事でさぁ」

「「ぶぅーーーーー!!」」

 

店主の言葉に偶々ほぼ同じタイミングで口に含んだお茶を思いっきり吹き出してしまう慶次と万千代。慶次は思いっきり咳き込んだ後に店主に反論する。

 

「げほっ! ……おっちゃん!? 俺と万千代はそんなんじゃ……」

 

「いやいや、立派な可愛らしい娘さんまでこさえて何を言いなさるんで」

 

「慶松は養子! 慶松が可愛い事には全面賛成するけど!」

 

ちゃっかり親バカの片鱗を見せる慶次であった。

 

「いや、養子だから旦那とそこの嫁さんは結納してらっしゃるんでしょう?」

 

「してねぇよ!?」

 

「……ととさま?」

 

「あ、いや、慶松? これはな……」

 

慶次が万千代との結婚を否定したことで、慶次を父、万千代を母と慕う慶松は涙目になる。慶次は何とか慶松の機嫌を戻そうとして横目で万千代を見るが、万千代は顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせていて役に立ちそうにない。このポンコツ! と心の中で叫ぶ慶次だが全く状況は改善しない。ああ、店主のおっちゃんのニヤニヤ顔が物凄く腹立たしい。

 

「素直に認めちゃったらどうですか旦那~?」

 

「うっせぇぞおっちゃん! さっさと仕事に戻れよ!」

 

「もうかきいれ時は過ぎたんでお八つ時まで暇なんでさぁ」

 

「くっ……! ああ言えばこう言う……!」

 

店主の猛攻に圧されていた慶次だが、不意に視界の端に見馴れない武士の一行を見付けた。

 

「なぁおっちゃん、あそこの馬に乗った侍は誰だ? ここらの奴か?」

 

純粋に気になった慶次が店主に一行について尋ねる。決して話を逸らそうとした訳では無い。決して無い!

 

「んむ? ……あっしにはちょいとわかりかねますなぁ。少なくともここらのお侍じゃないと思いまさぁ」

 

「ふーん……」

 

それを聞いた慶次は未だにパクパクしている万千代の頭を軽くはたいた。

 

「痛っ! ……何するんですか」

 

「あの旗印ってどこの奴だ?」

 

「旗印?」

 

はたかれた事で少しムッとした表情で慶次を見る万千代だったが、慶次の指差した方向を見ると若干顔をしかめる。

 

「『三つ盛り亀甲』……となるとあの馬上の御仁は近江の浅井長政殿でしょう。風聞で聞いた容姿とも一致していますし」

 

「風聞?」

 

慶次が聞くと、万千代は嫌そうな表情を更に強くした。

 

「曰く、絶世の美男子。曰く、日ノ本一の男前。……と、近江国内の噂はいいらしいですが……一歩外へ出ると『女を落として国を大きくしている』『女は政治の道具、と豪語している』と酷いものです。南近江の六角家に人質にされていたらしいのですが、それも側室を落として脱出したとか。……まぁ、私自身の目で見た訳では無いのでどちらが正しいとは言い切れませんが……」

 

万千代はそこで言葉を切って店の近くで何やら大声で話している一組の男女を見る。

その二人の言葉をよく聞いてみると、やれ美男美女のお似合いの夫婦ができただの、織田信奈ほどの美しい姫に似合うのは近江の浅井長政を置いて他にいまい、などと言った内容の事を延々と話していた。

 

「……どうやら、後者の風聞の方が正しいようですね」

 

「なるほど、こっちが決める前から既成事実を作っちまえって訳か。やらしいねぇ……」

 

万千代は鋭い目で話続ける男女を見据える。どうやら浅井長政を完全に女の敵と見なしたらしい。

そして慶次は今一度馬上の凛とした美男子を見る。

 

「女泣かせの絶世の美男子、ねぇ……」

 

小さく呟いた慶次の言葉を拾う者はいなかった。

……ただ、これだけは言っておこう。慶次は、とある奥州の男装女子の男装を『一目』で見抜いた男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっちゃん、勘定頼む」

 

「へい。占めて一貫二十七文でさぁ」

 

「……ツケで。請求先は清洲の城の織田信奈で頼むわ」

 

「了解でさぁ」

 

後日、この事を知った信奈がブチキレる事になるが、それはまた別の話である。



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尾張~四人の天才軍師~

最新刊読んで思った……


……あれ? 元康のあのセリフ……忠勝正信フラグじゃね?











清洲城の大広間。そこには、信奈の「本格的に美濃の攻略を始めるわよ!」の号令によって重臣(四名ほど除く)が集められていた。

集められた面子は丹羽長秀、柴田勝家、前田犬千代。そして織田信勝改め津田信澄に、未だ末席ながらも昇進著しい相良良晴、義息子であった斎藤義龍に自領を追い出され、義娘の信奈の所へ亡命してきた蝮こと斎藤道三、最後に陪臣ではあるが呼び出されている前田慶次。加えて慶次の後ろにちゃっかり座っている真田昌幸、幸村姉妹である。

全員が集まったことを確認した信奈は、てばさきをかじると、持っていた書状をパシッと畳に叩きつけた。

 

「正義は織田方にあり! 大義名分はいくつもあるし、今が美濃を切り取る絶好の機会よ!」

 

「しかしながら、美濃は斎藤義龍を正式な主と認め、国人どもも一丸となっております。20点」

 

「元を辿ればワシの方が不忠者じゃからの。加えてワシが防衛戦を考えて一から設計した稲葉山城と井ノ口の町もある。攻めるのは容易いことではないぞ? 」

 

凛と言いはねる信奈に、長秀と道三の苦言が飛ぶ。

そう。いくら大義名分があろうとも、戦に勝たなければ意味がない。だが、今二人が挙げたように美濃国の準備はある意味で万端なのだ。家臣が一丸となって固まっており、また国と主城自体が難攻不落。調略が不可能で、正攻法もなかなか厳しい。

ただ、今は桶狭間の戦いの余韻があり、兵の士気が非常に高い。日本一弱いと言われる尾張兵が屈強で知られる美濃兵と真っ正面からぶつかるには今を置いて他にない。そこまで考えての信奈の宣言なのだが……それでもまだ五分でしかなかった。

もっと言うなら信奈の持つ大義名分もなかなか薄っぺらい。美濃は元は土岐氏が治めていたのを道三が下克上で奪い取った国である。そして義龍は土岐氏の嫡流。偏った見方をすれば義龍は一族の領土を取り戻した英雄とも見れる。そこに信奈が口を出す権利はなかったりするのだ。

 

二人に一辺に苦言を挟まれたからか、信奈は不機嫌な様子を隠そうともせずに口を尖らせる。

 

「だったらどうしろって言うの? 兵の士気が高い今が美濃を奪う好機なのよ? 逆に言うなら機会は今しか無いのよ!」

 

そう信奈が怒鳴っている中、勝家が小さく手を挙げた。

 

「どうしたの、六?」

 

「あ、はい。えっと……稲葉山城も井ノ口の町も道三どのが設計して開発したんだろ? だったら弱点とかもよく知ってるはずだよね?」

 

と、楽観的な意見を言って道三に目を向ける勝家。だが、その道三の表情はパッとしない。依然として苦虫を噛み潰したかのような表情であった。

 

「いや、それがのう、勝家殿。無くもなかったのだが、今は……」

 

「今は?」

 

「パッとしねぇな。爺さん、簡潔に言いやがれ」

 

勝家と今まで黙っていた慶次が道三を急かす。道三は少し悩んでからううむ、と唸ると、ゆっくりと口を開いた。

 

「……今の稲葉山城は、落ちぬ。武田信玄であろうと上杉謙信であろうと今の稲葉山城は恐らく落とせぬじゃろう」

 

『『な、なんだってーーー!?』』

「……どうしよう、慶次兄」

「慌てとけ」

「……わあ、わあ」

 

何故かやけにドライな前田兄妹はともかく、上へ下への大騒ぎの大慌てになる信奈達。万千代も良晴も、信奈でさえ道三がいれば落とせると考えていただけにその慌てようも凄まじかった。

まぁ、先代の織田信秀が当主だった頃から負けの記憶しかない美濃攻めであるため、道三に頼りたくなるのはわからないでもないのだが。

 

「つーかオチビもよく考えろや……。稲葉山城をんな軽々落とせるんならこの狒々爺がボロクソに負ける訳ねーだろ」

 

「狒々爺……それにボロクソとはお主……。ウオッホン、ま、まぁ利益殿の言う通りじゃ。でなければ義龍ごときに無様な負け戦などせぬわい」

 

慶次の毒舌に眉をピクリとさせた道三だが、なんとか堪えて説明を足す。どうやら狒々爺はなかなか堪えたらしい。少しばかり背中がしょげている。

 

「……では、どうして道三殿は長良川で敗北したのです? 手勢が少なかったとは言え、美濃に道三殿以上の策士はいなかったと記憶していますが。まさか情に流された訳ではありませんでしょう? 41点」

 

万千代が訝しげにそう尋ねると、道三は溜め息を一つ吐いて答える。

 

「実はのう……今の義龍の元にはワシをはるかに越える天才軍師がおってのう。どう足掻いてもワシはそやつには敵わんのじゃ」

 

道三の言葉に皆が「天才軍師?」とか「美濃にそんな奴いたっけ?」とか「とうとう妄想と現実の区別がつかなくなったか」とか言いながら首を傾げる中、良晴がさらっと「竹中半兵衛だな」と正解を口にした。

 

「こらっ! 小僧! ワシの楽しみを奪うでな……」

 

グキッ、と道三にとっては不吉な音が鳴る。

 

「ふおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「知ってるの、サル!?」

 

持病のぎっくり腰に悶え苦しむ道三を完全にスルーして良晴に話を振る信奈。……道三、哀れである。

 

「むしろお前が知らないことに驚きだよ。今孔明、って称されてるんじゃないのかよ?」

 

誰それ? 、と再び皆は首を傾げる。ただ、朱乃だけは先程から小さく微笑んでいるが。

そして道三が良晴の言葉を引き継いで皆に説明する。

 

「実はのう、この日ノ本には四人の天才軍師が隠れておる。この内の二人を味方に付ければ天下は容易く取れるであろう。まずは美濃の竹中半兵衛が『臥竜』。こやつは雲を得ればたちまち天に昇る早熟型の大天才児よ。次が『鳳雛』。性格が災いしておるが、成長すればその智謀は正に鳳の如しとなろう。そやつが播磨の……」

 

「黒田官兵衛、だな」

 

またまたあっさりとネタばらしをされた道三はぐぬぬ、と唸るが、まだ二人分の情報が残っているため、くじけずに続ける。

 

「……そして、三人目が三河の『狼顧』じゃ。こやつは何と言うか……ワシでは読みきれん。慎重かつ老獪、だが時に非常に大胆な手も使うてきおる。敵に回すと一番怖いじゃろうな。そいつが……」

 

「三河……松平の軍師だから、石川数正か本多正信だろ」

 

「うぐっ、本多正信じゃ……」

 

いよいよ最後の一人の情報しか残っていない道三。折れそうになる心と、自分が必死に集めた情報の意味とは何だったのかという虚無感を押さえつつ、説明を続ける。頑張れ道三! 負けるな道三!

 

「さ、最後の一人は『王佐』じゃ。こやつに関してはあまり情報が無いが……間違いなく今挙げた中で一番の深算鬼謀の持ち主であることは間違いない。ああ、諏訪大社の巫女でもあるそうじゃ。その『王佐』が信濃の……」

 

「真田昌幸、だな」

 

……流石に全ての情報が筒抜けだったのは道三の心に響いたらしい。ふおぉぉぉぉ!! と叫びながら頭を抱えて悶えてしまった。

しかし、先に挙げた四人は歴史上の最高ランクの軍師に付けられた二つ名だ。

『臥竜』、言わずと知れた諸葛亮孔明。

『鳳雛』、戦略において孔明を凌駕すると謳われた鳳統士元。

『狼顧』、西晋の礎を作った司馬イ仲達。

『王佐』、荀イクや周瑜などの国の根幹を支えた者、そして漢の創立の立役者、張良子房。

道三がそのような称号で呼ぶのだ。皆が皆、ただの軍師ではない。

 

「ふーん、王佐ねぇ……お前はどう思う? 『朱乃』」

 

「あらあら……少々恥ずかしいですわね。そこまで買って頂いていますと……」

 

そして忘れてはならない。すでにその中の一人が織田にいることに。

あえて『朱乃』と呼んだ慶次に、朱乃は顔を少し赤くしながら照れ笑いで誤魔化す。朱乃の隣の愛紗はまるで自分の事のように嬉しそうにしており、万千代は慶次の悪戯っぽい企みにやれやれと肩を竦めている。

 

「……お、お主、まさか……名は……」

 

「うふふ……。道三殿、勝家殿、信澄殿に至っては御挨拶が遅れまして。信奈殿はどうやら今はお忘れになられていましたようで……。

では、改めまして。前田慶次様に仕えております、真田源五郎昌幸と申しますわ。以後お見知り置きを」

 

震える声で尋ねる道三と、固まった表情で朱乃を見る信奈達に対して、朱乃は見事な作法と綺麗な笑みで答えるのだった。










次回! (多分)朱乃無双!


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美濃~臥竜の知、王佐の知~

「誘われておりますわね……」

 

義父・道三の旧領奪還という大義名分を掲げた信奈は、即断即決で美濃攻めを決定。夜闇に紛れて一路稲葉山城へと兵を進軍させていた。

……実際は道三に「稲葉山城は半兵衛がおる限りは落ちん」と言われた信奈が「だったら私が落としてやるわよ!」と、持ち前の天の邪鬼を発揮させたのが進軍の真の理由だったりするのだが。

まぁ、そんな事はさておき、美濃に侵入した織田軍は、柴田勝家、前田犬千代を先鋒、そして大将の織田信奈、丹羽長秀、真田昌幸が中軍、後詰めが津田信澄と相良良晴という構えでまばらにかかってくる美濃兵を蹴散らし、順調に進軍を続けていたのだが、そんな時に朱乃が上の台詞をポツリと呟いたのだった。

 

「誘われている? 真田、どういう意味なの?」

 

見ている限りでは桶狭間の大戦に奇跡的勝利をしたということで非常に士気の高い織田軍が美濃兵を圧倒している。それ故に朱乃の言葉がわからないのか、信奈が朱乃に尋ねる。

 

「無骨ながらも精強で知られる美濃兵があのような無様な撤退を繰り返すとは思えません。更に言えば、前ほどから少数の兵が当たっては引き、当たっては引きを繰り返しています。これは今までの美濃兵の風聞、戦果、そして相手に軍師がいるということから無策に攻めているとは思えないのです」

 

固い表情で軍の先頭の方を見据える朱乃。つい先程から辺りに霧が立ち込めてきており、視界が非常に悪くなっている。この様子では完全に視界が遮られてしまうのも時間の問題であろう。

それだけではなく朱乃は諏訪大社の巫女としての直勘か、この霧がただの霧ではないことも何となくではあるが感じ取っていた。

 

しかし、そんな朱乃の諌言も、信奈には通じなかった。

 

「ふん、策であったとしても打ち破れば問題ないわ! それに最近武田信玄の動きが活発になっているの。武田の準備が終わる前に美濃を取らないと機会が無くなってしまうのよ!」

 

「しかし、今我が軍は桶狭間の一件で浮わつきすぎていますわ。慶次様が居ない今、軍の風紀を引き締め、堅実に事に当たるべきだと思いますが……」

 

そう、今回の行軍には二つの問題点があった。

まず、兵がうわついてい浮わついている事。士気は高いものの、こんな様子では奇襲や火計をされるとすぐに混乱してしまい、指示が通らなくなって使い物にならなくなってしまうだろう。

そして、前田慶次の不在。本人曰く、「気が乗らない」との事だが、万千代が説得し、信奈が褒賞で釣っても首を縦に振らなかったことから詳細はよくわからない。

ちなみに愛紗は慶次(正確には慶松)についており、朱乃は慶次に万千代に着いていくように指示されたらしい。

その二つの問題点を朱乃は見抜いており、指摘したのだが、やはり信奈は気にかけなかった。

 

「大丈夫よ。いつまでも慶次一人の武力に頼っていられないわ。私が稲葉山城を落とせば織田の風聞も良くなるもの」

 

「………そうですか」

 

そして、朱乃は諌めることを諦めた。

元から信奈と朱乃の付き合いは短いのだ。良晴やとあるキンカンのような信奈の考えに多少なりとも理解を示した者でない限り、信奈は簡単には気を許さない。

そして何より……信奈自身、桶狭間の勝利に浮かれてしまっていたのだった。

 

先鋒に奇襲、そして敗走の知らせが入ったのは、その少し後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ……。見事に半兵衛の策にかかってくれたな、織田信奈よ」

 

長森の戦場、その稲葉山城に程近い場所で漫画のらくがきのような顔立ちの六尺五寸の大男が几帳に腰掛け、霧に隠れた戦場を見据えながらほくそえんでいた。

 

「(おぼろげに聞こえる声から、織田軍が混乱しているのは明らか。後は各地に伏せておる美濃三人衆含む伏兵どもが殲滅するであろう。……まっこと、半兵衛の知謀は孔明の如しよ)」

 

今美濃勢が敷いている策……十面裡伏の計は半兵衛の献策であった。当初はその複雑さと条件の難しさ、そして万が一に策が破られた時の危険さに何人もの家臣が反発したのだが大男……斎藤義龍の一喝でこの策が採用されたのだ。

その結果、策は見事に機能し、今は織田軍を壊滅させるまでに至っていた。

 

「くくく……」

 

義龍は笑う。勝利を確信したが故に。道三の選択が間違いであったと示せたが故に。

だが、その笑みは一瞬で崩れた。

 

「で、伝令! 第六陣から先の伏兵部隊との連絡が途絶えました!」

 

「な、何だと!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っラァッ!!」

 

慶次の朱槍が薙がれると、美濃の兵が数人まとめて吹き飛ばされる。

 

「慶次様!」

 

「……お? 愛紗。そっちはどうだった?」

 

慶次が周りに敵がいなくなったのを確認してから一息吐いたところに返り血で赤い甲冑をさらに紅く染めた愛紗が寄って来る。

 

「ええ、こちらは2、3といったところです」

 

「俺も変わらねぇな。……こっちの被害は?」

 

「軽傷が数人。重傷が2人ほど。三人が討たれました。」

 

「そうか……」

 

なんの話をしているかと言うと、実は美濃勢の伏兵潰しをしていたのはこの二人であったのだ。

勿論、それは朱乃の指示である。

朱乃はあらかじめ美濃の地形を道三から聞き出しており、そして相手に陰陽師がいるということ、陰陽師は古の策に通じていることから長森での十面裡伏の策を読んでいた。そのため、慶次と愛紗に軍勢を離れてもらい、遊軍という形で密かに真田衆と共に織田主軍の近くに伏せていてもらっていたのだ。

長森以外にも何かを仕掛けやすい場所は多々あったために主軍に付きっきりになり、先鋒への奇襲は防げなかったが、それでも致命傷となる第八陣以降の伏兵はあらかた潰すことに成功していた。

 

「……さて、これでオチビが思い直せば万々歳なんだがな……」

 

「そう上手くいきますかね?」

 

「大丈夫だろ。アイツはアホだがバカじゃねぇし」

 

褒めているのか貶しているのか全くわからないが、幾分スッキリした感じで愛紗に言う慶次。その様子に少し首を傾げる愛紗であったが、慶次が松風に乗ってさっさと行こうとするのを見て慌てて追い掛けるのだった。



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尾張~反省会in丹羽邸~

「もう……何なのよ! 石兵八陣とか十面埋伏とか、挙げ句の果てには陰陽術の霧!? 訳がわかんないのよ!」

 

「だからって何でここで騒ぐんだよ……」

 

長森の一戦から一週間後。またしても竹中半兵衛にボコボコにされたらしく、体のあちこちに泥を付けた信奈が丹羽邸で叫ぶのを見て、慶次は小さく溜め息をつく。

信奈曰く、万千代と今回とその前の反省会をするためにここに来たらしいのだが、戦のせいで万千代に課せられている政務が少々滞っていたらしく、今は朱乃と二人で五倍速で片付けている最中である。そしてその間、慶次に信奈の相手をするように頼んでいたのだった。

そしてしばらくは信奈の話をちゃんと聞いていた慶次だったのだが、いかんせん竹中半兵衛の話題になった瞬間に急に増えた愚痴に辟易としていたのだ。

 

「まぁ、何だかんだでオチビが半兵衛に全く敵わなかったってことだろ?」

 

「私は負けてないわよ! 先鋒が壊滅したから戦略上の判断で一旦小牧山に戻っただけ!」

 

「や、だからそれを世間一般では負けたって言うんだよ……」

 

慶次は度々話を進めようとするのだが、信奈がさっきから負けたという事実を認めたがらないのだ。負けず嫌いな信奈らしいと言えば信奈らしいのだが、負けたとつい言ってしまう度にギャーギャー騒ぐために慶次からすれば面倒なことこの上なかった。

 

「とにかく、合理主義者な蝮の爺やオチビにゃ摩訶不思議な陰陽師の竹中半兵衛は突破できない。美濃を盗るには浅井に援軍を要請するのが一番いいのはわかってるけど、結婚は絶対に嫌だ、と」

 

「う……ま、まぁその通りなんだけど……」

 

悩みをピンポイントで言い当てられたためか、眉をしかめて返事をする信奈。

 

「べ、別に長政が嫌って訳じゃないのよ? いや、嫌は嫌なんだけど、私は旦那様は自分で好きになった人を選びたいって言うか……」

 

途端に畳に「の」の字を書いてぶつぶつ呟き始める信奈。その姿は年相応で割と微笑ましいのだが、現在二十歳の慶次にとっては違うように映ったらしい。

 

「お前それ二十歳で未婚の俺に対する嫌がらせか? 嫌味か? 正直に答えなさい。オッサン今なら十割中十一割殺しで許してやるから」

 

「それ許す気ないわよね!?」

 

額に青筋を浮かべる慶次に慌てて言い返す信奈。若干冷や汗をかいているのは見間違いでは無いだろう。

 

「……ってあれ? 慶次ってまだ内縁も結んでないの?」

 

「あん? まぁな。これまではあちこちフラフラ旅してただけだし」

 

「……てっきり私は万千代と内縁結んでるものだと思ってたんだけど」

 

「無いわ~」

 

「否定するの早くない!?」

 

あまりにも早い否定に思わずツッコんでしまう信奈。

まぁ、信奈がそう思うのも無理はない。この時代では十何歳で結婚するのが普通なのだ。むしろ二十歳の今でも結婚していない慶次や万千代の方が珍しいので、そんな二人が同じ屋根の下で暮らしていればそう見えても仕方ない。

現に、城下町の慶次と万千代の行きつけの茶店や飲み屋は慶松という存在もあり、完全に慶次と万千代が夫婦だと勘違いしていたりする。ちなみに、その人達には朱乃は側室だと思われていたりもする。

 

「だって万千代だぞ? 何かなぁ……口うるさいオカンみたいな……」

 

「それ万千代が聞いたら本気で怒られるわよ?」

 

怒った万千代はどうやら信奈すら黙らせるようだ。

 

「そうは言われてもなぁ……」

 

「いいじゃない。何だかんだでアンタ達仲は悪くないでしょ? なんなら私が仲人してあげてもいいわよ?」

 

「お前にだけはそういうのは頼まねぇなぁ。絶対に」

 

「ええっ!?」

 

驚く信奈だが、彼女は自分が父親の葬式で何をしたかを忘れたのだろうか。少なくとも式典をメチャクチャに掻き回した問題児に式典の中心を任せたいと思う者は滅多にいないだろう。

そして、信奈がツッコんだ直後、廊下を走る足音が聞こえ、それが部屋の前で止まるとスパァァンと障子が勢いよく開けられる。

 

「慶次様と結婚できると聞きまして!!」

 

「回れ右して部屋に帰れ色ボケ軍師」

 

「ここはやっぱり白無垢のちゃんとした……いやいや、昔ながらの神道式の結納も、南蛮式のも捨てがたいし……」

 

「あ、駄目だ。聞いてねぇやコイツ」

 

慶次が割と辛辣な言葉を吐くが、夢見る乙女と化した朱乃には一切届かない。恋する乙女は盲目になるとはよく言ったものである。

 

「ほら、いい機会よ。万千代と結婚しちゃいなさい」

 

「いや人間18越えたらオッサンオバサンだしな……」

 

「……その言葉、私に対する宣戦布告だと受けとりますよ? 8点」

 

「げっ、織田のオカン!」

 

「誰が母親ですか! 私の役割は姉です!」

 

「あたっ」

 

慶次の言葉に珍しく大きな声で反論する万千代。どうやら姉というポジションは万千代にとっては大事なようだ。

万千代は慶次の頭をスパンとはたくと信奈の側に座る。

 

「すみません姫様。少々政務がたて込んでいまして」

 

「別に気にしてないわよ。頼んだのはこっちだし。マサも悪かったわね」

 

「……やっぱり子供は二人で……」

 

「あ、今のコイツは無視した方がいいぞ? どうせ聞いてねぇから」

 

信奈は長森での一件以来、朱乃をマサ、愛紗をユキと呼ぶようになった。どうやら信奈なりの信頼の証のようが、本人は「単に真田だと区別がつかないからよ!」と言い張っている。

 

「さて、んじゃ万千代の婚期をどうするかについて痛ぁっ!?」

 

「そんな事より! 早く本題に入りますよ」

 

「「(あ、気にしてたんだ)」」

 

慶次の冗談を刀の鞘による強烈なツッコミで返す万千代。少しばかり顔に朱が差しているところを見ると、多少なりとも危機感と焦燥感は感じているらしい。その話題には触れるなと言わんばかりの殺気が慶次に向けられている。

 

「……おい、そろそろ戻って来いや」

 

「んきゅ!?」

 

流石の慶次も藪をつついて蛇……いや、龍を出したくなかったようで、大人しく朱乃を元に戻すのだった。

織田家最強はやっぱり万千代なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まず、一週間前の長森の戦。この戦の敗因は、姫様自身と、そして今までの姫様の周りの環境。そして桶狭間の勝利による浮かれた空気にあります」

 

案の定敗因という言葉に反論した信奈だが、万千代の有無を言わさない笑顔を見て押し黙る。……人間誰しも怖いものは怖いのだ。

 

「空気とかはともかく……今までの環境ってどういう事だ? 単にオチビがあけ……昌幸の諌言聞かないで無様に自滅しただけじゃねぇの?」

 

「……アンタそんなに私いぢめて楽しい?」

 

「慶次様、そろそろお止めなさいませ。いい加減信奈殿がお泣きになります」

 

慶次の言葉が思った以上に心に刺さったのか、涙目になっている信奈を見て、朱乃は苦笑いしながら慶次に言う。信奈自身、朱乃の諌言を聞かなかったことを後悔していたのだろう。

 

「慶次」

 

「へーい」

 

「全く……。さて、今慶次が言ったことですが……それは今までの織田家の指令系統にあります」

 

「指令系統?」

 

目元を袖でぐしぐしと擦りながら聞き返す信奈に、万千代は軽く首肯する。

 

「サル殿や昌幸殿が来る以前、織田家中には軍師や助言役のような家臣がいませんでした。強いて言うなら私がその位置にあったのですが、私は残念ながら知識を応用する術には長けていません。勝家殿や犬千代は言わずもがなです。なので今までは策の立案から方針の決定まで文字通り全てを姫様に任せっきりになっていたのです」

 

「つまり、その環境が自分の決定だけを押し通す、ということに繋がったという訳ですか?」

 

「簡単に言うならそうですね」

 

そう。今まで織田家では信奈が総大将であり、軍師であった。そのことと信奈の生来の我が儘な性格も相まってかなり自分勝手な政策や軍策を押し通していたのだ。

更に、なまじその指令が軒並み成果を出していたということもあり、信奈は少し天狗になっていた。それらが長森の敗戦を引き起こしたと言っていいだろう。

 

「……ま、結局は俺らは策にただ従うんじゃなくてちょっとは自分で考えてみること。んでオチビは調子に乗らないこと、拗ねないこと、キレないこと、投げ出さないこと逃げ出さないこと諦めないこと信じ抜くことってわけでいいな?」

 

「私だけやたらと多くない!?」

 

「………………」

 

「……うぅ、わかったわよぉ。反省してます……」

 

慶次の無言の圧力に屈した信奈であった。

 

「さて、次は先日の河田の敗戦ですが……」

 

「そのことは私が」

 

万千代が河田の敗戦に話を切り替えると、朱乃が手を挙げて万千代と位置を交換する。

河田の敗戦……半兵衛の石兵八陣によって壊滅寸前にまで追い込まれた戦である。この戦には、最近動きを見せてきた伊勢の北畠への警戒のために慶次と朱乃、万千代と道三が不参加であった。

ついでに、稲葉山城を落とした者は恩賞自由という大手型を信奈は言っていたりする。

 

「幸ちゃんと柴田殿から話は聞きましたので、客観的に意見を申し上げます。……ですがその前に、信奈殿は織田軍の強みは何だとお思いですか?」

 

「え? えっと………………」

 

唐突な朱乃の質問に信奈はしばらく考えていたが、思い付かなかったのかアハハ、と笑って誤魔化した。

 

「うふふ……正解は『速さ』ですわ」

 

「速さ?」

 

「はい。先程、長秀殿が仰ったことは欠点でもありましたが、同時に美点でもあるのですよ。信奈殿に全ての策が任されていたということは、同時に即座に策が実行できるということです。柴田殿や長秀殿のように真に忠実な家臣がいることも大きいですね」

 

簡単に言うなら、指令の伝達速度の高速化である。例えば信奈が勝家に進軍行路を変更するように言った場合、勝家は一寸の迷いなく行路を変えるだろう。これが他の軍になると何故変えたのかまで言わなければ家臣は納得しない。

家族のような主従の絆と、電光石火の行軍速度。これが織田軍の強みなのである。

 

「しかし、今回は細作を小まめに出してのノロノロとした行軍でした。これで強みを一つ潰してしまった訳です」

 

「でも、細作を出さないとまた半兵衛の策に……」

 

朱乃の言葉に若干拗ねたように呟く信奈。先程から半ばお説教されているような内容なので結構堪えているのだろう。何だかんだで年相応な精神年齢である。

 

「あらあら、それが半兵衛の狙いだったのですよ?」

 

「え?」

 

「うふふ。時間も時間ですし、これは宿題にしましょうか。明日、何かしらの答えを出して来て下さいな」

 

疑問符を頭に大量出現させる信奈(ついでに慶次)を置いて、万千代と朱乃監修の反省会の初日は終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゛~……疲れた……」

 

「ととさま、だいじょぶ?」

 

縁側で慶松をあぐらの上にのせながらうだー、と怠ける慶次。慶松は少し心配そうにしているが、単に頭を使って疲れたというだけである。

 

「おー。大丈夫だぞー」

 

「うみゅ……♪」

 

頭を撫でられて気持ち良さそうにする慶松に、慶次も思わず頬が緩む。しばらくそうしていた二人だったが、唐突に玄関辺りが騒がしくなった。

 

「…………?」

 

「ちょっと待ってろよ慶松」

 

そして慶次が慶松を縁側に座らせてから玄関に向かうと、そこには犬千代と良晴がいた。

 

「……慶次兄」

 

「よお、サルに犬千代。どした? 万千代に何か用か?」

 

「……違う。慶次兄に用事」

 

「俺に?」

 

全く事情が飲み込めない。

だが、そんな慶次をよそに良晴は慶次に両手を合わせて頼み込んできた。

 

「慶次さん、頼む! 俺たちに着いてきてくれ!」

 

「いや、どこに?」

 

「……美濃」

 

「は?」

 

どうやら、また一騒動ありそうだ。



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美濃~天才軍師は幼女でした~

相良良晴はそれなりに金持ちである。

 

侍大将というなかなかの重役である彼の給金は月三十三貫文。この給金自体は信奈がドケチなせいで役職にしてはかなり低い額なのだが、良晴には良晴なりの(というかゲーム知識の)資産増大方法がある。それが、川並衆による関所破りの米や特産品売買である。

この時代、普通に商いをしようと思えば国境の関所で法外な額の税金が取られる。信奈や斎藤道三でもない限り楽市楽座という関所を撤廃する法令は出さないため、それはどこに行っても変わらない。

そこで、川並衆の出番が来るのである。

元々が野盗や川賊の集まりであり、さらに忍びである蜂須賀五右衛門を頭領と仰ぐ真性ロリコン集団である川並衆であれば、彼女たちしか知らない獣道を通ることで関所を無視して移動できる。これによって良晴は身分に比べるとかなりの贅沢が出来る額を所有していたのだ。

していたのだが……

 

「……あむ、あむ」

 

「んむ、本当に美味しいですね」

 

「んぐんぐ……店主ー! 鮎もう十匹追加でー!」

 

「あんたらちょっとは自重しろぉぉぉぉ!!」

 

良晴、財布が大ピンチである。

 

この日、美濃にあるここ『鮎屋』で『竹中家仕官面接』があることを聞いて駆け付けた良晴達。だが、この時点で良晴には大きな誤算があった。真田昌幸こと朱乃の不在である。

後の世で調略の天才、表裏比興の者と伝えられた朱乃は、この世界では武田の家臣ではなく前田慶次の家臣である。そして朱乃はなんやかんやで描写はなかったが、時折万千代が「慶松の教育に悪いです! 0点!」と怒って慶次の一菜を抜くくらい慶次にべったりなのだ。そのため良晴は『慶次さんを呼べば昌幸さんも来るだろ。俺さまがミスった時は昌幸さんにも協力してもらおう』と負けられない調略のために保険を打っておこうとしたのだ。

 

「……あむ、あむ」

 

「はむはむ……」

 

「店主ー! 酒ももう一燗! 熱燗で!」

 

「もう本当にやめて!? 良晴さんの貯蓄(ライフ)はもう0だぞ!?」

 

だがしかし。良晴達に着いてきたのはタダ飯食らい共……慶次と愛紗であった。朱乃は先日中途半端に終わってしまった丹羽さん家での反省会の続きをするために参加出来なかったのだ。

結果、ここにいるのは良晴を除いて、大食い戦バカ兄妹と今のところ何となく勝家タイプっぽい美少女一人だ。見事なまでに調略には役に立ちそうにない。

おまけにこの三人、物凄い食べる。最初は遠慮して武士は食わねど高楊枝を貫いていた愛紗も慶次に鮎を口に押し込まれるや否や、日頃から慶松に「……ありがとぅ」と言われるためだけに一菜を慶松にあげている愛紗の腹が盛大に鳴ってしまい、そこからは慶次や犬千代以上のペースで食べ進めていた。

 

「んだよサル、好きなだけ飲み食いしていいって言ったのはお前だろ?」

 

「いや、確かに言いましたけど!」

 

良晴的には流石に自重してほどほどに抑えてくれると思っていたのだろう。大きな間違いである。

 

「だったらお代なんて気にしないで楽しもうぜ! 少なくても俺は気にしてないしな!」

 

「俺が気にするんですよぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「うるせーなぁ。万千代(おに)の居ぬ間になんとやらって言うだろうが」

 

妻帯者(リア充)爆発しろぉぉぉぉ!!」

 

良晴の魂の叫びもなんのその。遂には近くにいた人達にまで酒を振る舞って巻き込み、軽い宴会状態に入ったのを見てとうとう真っ白に燃え尽きる良晴。

 

「お若いの。半兵衛に仕官するために来られたのかな?」

 

そんな良晴に声を掛けたのは、どこか軽薄そうな笑みを浮かべる爺さんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な!? 浅井長政!?」

 

「貴様はサルっ!? どうしてここに!?」

 

宴会の席を外すのを嫌がる慶次を何とか説得し、犬千代と愛紗に慶次を引っ張ってもらいながらやっとの思いで竹中半兵衛の屋敷にやって来た良晴達の目に入ったのは、良晴の宿敵とも言っていいイケメン、浅井長政であった。

 

「織田の家臣であるお前が一体……? どうした? 珍しく食って掛かって来ないが……」

 

「……ちょっと人生の厳しさにやられてな」

 

「そ、そうか……」

 

恐らく清洲の時と同じテンションであったなら迷わず長政に食って掛かっていた良晴だったが、いかんせん今は財布の中身の全財産をごっそり持っていかれた後だ。今の良晴は普段のご陽気さなど微塵も感じられないくらい憔悴している。少なくとも良晴を目の敵にしている長政ですら良晴を心配するくらいには。

 

「お前こそなんでここにいんだよ……。お前近江の殿様だろ?」

 

「む。いや、私は近江商人が長男、猿夜叉丸。浅井だか薊だかとは一切の関係はない」

 

「嘘つけ。お前どっからどう見ても浅井長政だろうが……」

 

「違う! 私は猿夜叉丸だ!(ううむ、何故かものすごくやりにくいような……)」

 

いつになくローテンションな良晴に対し、やりにくいのかいつもの嫌味も成りを潜めている長政。端から見れば『お前ら実は仲良いだろ』という光景である。

 

「んで、薊長政」

 

「違う、猿夜叉丸だ。そして薊じゃなく浅井だ」

 

「結局お前も半兵衛落としに来たんだろ?」

 

長政の訂正をガンスルーして言いたいことを言う慶次に、流石に苛立つ長政だったが、何とか平静を保つ。

 

「ああ、そうだ。私は狙った城と娘は必ず落とす主義なのでね。……ところで貴様は一体誰だ? 先程から私にずけずけと物を言うが」

 

商人のフリしてんのにその高圧的な態度はアウトだろ、とか思った慶次だが、そこはちょっぴり大人な慶次が話を進めるために我慢する。

 

「自分で商人の息子って言ってんのに態度でかいとかバカだろ。商人なめてんのかこのアホは(ああ、俺は前田利益だ。別によろしくしなくていい)」

 

「何だと貴様!!」

 

訂正。慶次に我慢なんか不可能であった。むしろそうしようと考えたことが奇跡だった。

 

「あん?」

 

「慶次様、多分本音と建前が逆になってます」

 

愛紗大正解である。

 

「え? マジでか? ……ゲフンゲフン、俺は前田利益だ。別によろしくしなくていいぜ」

 

「いや、色々手遅れだと思うんですが……」

 

「……慶次兄は時々抜けてる時がある」

 

「ああ、知っている。……とてもよく」

 

「……でもそこがなんか放っておけないんだと万千代が言ってた」

 

「いや、ノロケ話は姉上だけでいい。色々面倒くさいし」

 

「……幸村も、愚痴を聞かされてる?」

 

「お前もか、利家」

 

「……犬千代でいい」

 

「なら私も愛紗と呼んでくれ」

 

何か変なところで共感したようで、年に似合わない哀愁を漂わせながらがっちりと握手を交わす妹´s。何やらそのまま屋台に直行しそうな雰囲気だが、忘れてはいけない。彼女達は一応十代である。

 

そんな感じで、長政が慶次に突っかかり、慶次が軽くあしらってからかう横で愛紗と犬千代に良晴を加えたグループが傷の舐め合いをしている時だった。

 

「お初にお目にかかる。いかにも俺が竹中半兵衛」

 

いつの間に現れたのか、部屋の真ん中に転寝している壮年のイケメンが現れた。

思い思いに一同が驚く中、慶次だけが普通に半兵衛を見ている。その目は何かを怪しんでいるようでもあり、また何かを見極めているようでもあった。

 

「皆様方、今日は尾張、近江から遠路遥々井ノ口までよくおいでになられた」

 

「っ……私の素性も、そこのサルのこともお見通しというわけか……」

 

「フフフ、俺が女子でなくて残念だったな、浅井長政殿」

 

どこか狐のような笑みを浮かべて歯ぎしりして悔しがる長政を見る半兵衛。良晴はようやく全財産喪失のショックから立ち直ったようで、慶次と共に前に座った。

 

「しかし、この団子うまそうだな」

 

「フフフ、そうでしょう。俺の好物で飛騨の米を使った団子です。お気に召したようで何より」

 

半兵衛の説明を聞きながら、これまたいつの間にか用意されていた団子とお茶に早速手を伸ばす良晴だったが、その手を慶次が掴んで止めた。

 

「サル、やめとけ」

 

「慶次さん?」

 

「ふむ、別に毒などは入れておりませんが」

 

「……まぁ、確かに毒は無いよな。馬の糞に湯張りだし」

 

『なにぃ!?』

 

突然の慶次のカミングアウトに食べないでよかった……、と胸を撫で下ろす犬千代と愛紗。危なかった、と冷や汗を拭う良晴と長政を尻目に、半兵衛は鋭い目で慶次を見る。

 

「……如何様にして気付かれた?」

 

「あ? 勘だよ」

 

「ふむ、勘ときましたか」

 

半兵衛は何故か満足そうに頷くと、良晴と長政に向き直る。

 

「さて、相良良晴、浅井長政。貴様らがこの糞団子を一つ残らず食い尽くし、土下座するならば俺は斎藤家を辞してそちらに付いてやってもいいぞ?」

 

そんな半兵衛の言葉にむむむと悩み出す二人。だが、慶次は一寸の迷いなく……半兵衛に皆朱槍を突き刺した。

 

「こーん!」

 

『ええええぇぇぇぇぇぇぇ!!?』

 

突然の慶次の行動にただただ驚きの声を挙げる一同。対して慶次は固い表情で倒れ伏す半兵衛を見つめていた。

 

「ちょっ、慶次さん!? 何してんですか!? 俺が我慢して団子食えば良かっ……」

 

良晴の言葉を待たず、慶次の拳が良晴の頬を捉える。突然良晴は殴り飛ばされ、障子を巻き込んで外の庭に投げ出された。

 

「いっつ……何すんだよ!?」

 

いつも慶次に使っていた敬語すら忘れて怒る良晴を、慶次は変わらず固い表情で見据える。

 

「武士が……男がんな簡単に頭下げんじゃねぇ。対等な立場の『お願い』で頭下げるならともかく、こんな言われるがままに犬みたいにみっともない真似だけはすんじゃねぇよ。お前の価値を下げることになるし、少なくともそんな簡単に頭下げる奴に着いていきたいなんて思わねぇだろうよ」

 

「…………」

 

「いいか良晴。男が頭下げんのはな……嫁を貰うときと、譲れない誇りを守るとき、そして大事な奴を護るのに必要なときだけだ」

 

「……はい」

 

慶次の大きな背中を見ながら、何かに感じいったように目を閉じて黙り込む良晴。そんな時……

 

「慶次様! このような童子が……」

 

「ううう……い、いぢめないで……」

 

愛紗が、涙目の幼女を猫つかみして運んで来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……愛紗、鼻血鼻血」

 

「おっと」

 

「ひっ!? い、い、いぢめるんですか!?」

 

「…………」

 

「ちょ、愛紗!? ヤバい量の血が流れてんだけど!?」

 

「本望です!」

 

「いいから止血しろ! 犬千代!」

 

「……とんとーん、とんとーん」

 

「うう、済まない犬千代……」

 

愛紗は、やっぱりブレなかった。



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美濃~稲葉山城ロリコンの変~

愛紗の暴走を何とか抑え、半兵衛を隠して愛紗を何故かあった縄で縛って事なきを得た翌朝。半兵衛と愉快な仲間達(仮)は稲葉山城のある金華山を登っていた。

元々竹中家仕官面接の目的は半兵衛の初登城を助けることである。今までは半兵衛の立てた策を叔父である安藤伊賀守が義龍に届ける形で大丈夫だったのだが、織田家が本格的な美濃侵攻に乗り出した今、城に出たくないというワガママが通るはずもない。

だがしかし。半兵衛の正体は人見知りの気弱なチビッ子幼女だ。それを知った半兵衛を良く思わない家臣が何をするかはわかったものではない。

 

「き、昨日は本当にすみませんでした……反省してます……」

 

おまけに、仮にも自らの家臣に向かってこの腰の低さである。まぁ涙目の美幼女という絵柄は川並衆の男共が見れば狂喜乱舞しそうな絵ではあるが、ロリコン以外にはあまり効果は期待できない。

 

「いやいや、こっちこそウチのアホが迷惑かけたからな。おあいこってヤツだよ」

 

「フガフガフガ」

 

「ごめん愛紗。お前が何言ってんのか全くわかんない」

 

「全く……貴様らは何かやらかさないと生きていられないのか?」

 

「……今回ばっかりは何も言えないぜ」

 

軽く笑って半兵衛を許す慶次に、鼻に小さく切った布を突っ込んでいるために上手く喋れない愛紗。それを見て溜め息を吐きながら皮肉を言う浅井長政に、言い返したくても言い返せない良晴。そして我関せずというように黙々と歩く犬千代。あらゆる意味でバラバラな一行である。

 

そして……

 

「……登り終えた」

 

ようやく山の中腹にある義龍の居館に辿り着いた半兵衛一行。そこまで来てようやく半兵衛は一ノ谷兜を被り、虎御前を帯びる。本人曰く、「ずっと身に着けていると首が疲れますし、お馬さんも重くてかわいそうです。くすんくすん」だそうだ。

だが、今回ばかりは一ノ谷兜を着けていたのが少々間違いだったようだ。

半兵衛が門をくぐって中に入ろうとした瞬間、門の上から生温かい液体が半兵衛の頭の上にかけられる。長政や慶次、良晴が門の上を見ると、一人の男が柴犬を抱えて立っていた。

 

「思い知ったか、我が主君におもねる文弱の徒が!」

 

慶次はそれを聞いて「ああ、下らねぇ誇りしかない小さい奴か」と判断し、すぐに半兵衛の側に寄る。

 

「おい、大丈夫か半兵衛?」

 

「……………」

 

声を掛けられた半兵衛はしばらく何が起きたかわかっていないように唖然としていたが、門の上の男を視界に入れると同時にその大きな目を潤ませた。

 

「……きゃあああああああああ!!」

 

「げぇっ……お、女子……!? しかも子供……!?」

 

自分が女の子相手に何をしでかしたのかわかった男はみるみる顔を青くする。

 

「ち、違うんだぁっ! 拙者には美少女×おしっこで興奮するような趣味はござらぬのだぁっ!!」

 

「いや、その台詞出てくる時点で色々ダメだろ……ってもういないし」

 

慶次が呆れた風に言うが、既に男は門から飛び降りて逃げ去っていた。

 

「さてと、バカは放っておいて……大丈夫か半べ……え……」

 

再び半兵衛の方を見た慶次は一瞬硬直し、そして全力で駆ける。そして……

 

「何トチ狂ってんだお前はァァァァァ!!」

 

「あぷろぱぁっ!?」

 

鼻血をダクダクと流しながら荒い息で半兵衛に迫っていた愛紗にドロップキックをかますのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~稲葉山城・義龍居館~

 

「どうしてこうなったんですかね……?」

 

「「大体愛紗のせいだと思う」」

 

以上、愛紗が目覚めた瞬間の第一声である。

何故慶次達が堂々と稲葉山城内で愛紗の介抱を出来ているかと言うと、愛紗が慶次のドロップキックをモロに後頭部に受けたせいで更に鼻血を吹き出しながらぶっ倒れたのを慶次と犬千代が必死で介抱している間に、なんやかんやで義龍達美濃将がぞろぞろと出てきて半兵衛に迫り、なんやかんやで半兵衛がキレて式神を召喚しまくり、なんやかんやで稲葉山城を乗っ取ってしまったのだ。

まぁ半兵衛がキレてしまうのも無理はない。何故なら美濃将のほぼ全員がロリコンという知りたくない事実を知ってしまったのだ。あらゆる意味でもう半兵衛が出仕することは二度とないだろう。

ちなみに愛紗が目覚めたのは安藤伊賀守が稲葉山城乗っ取りの事実に気付いた後で、慶次達が愛紗を館の中に運んだ直後だったりする。

 

「あわわ……あわわ……む、むむ謀反しちゃいましたぁ……い、いじ、いじめられますぅぅぅぅぅ……」

 

そして当の半兵衛自身は謀反をしてしまったという既成事実に慌てふためいている。何だこの可愛い生き物は。

 

「はぁ……。半兵衛はとにかく湯あみでもして落ち着いてこい。どのみちそのままだと風邪引くぞ?」

 

「あわわ……で、でも……早く謀反の誤解を解かないと……」

 

「ならばお姉さんと一緒に湯あみを……むきゅ!?」

 

案外お兄ちゃん気質なところのある慶次は、半兵衛の慌てっぷりを見て放って置けなかったのか、暴走一歩手前の愛紗を押さえつけながら半兵衛に湯あみをするように勧める。

その様子を見た犬千代は飼い主が別の犬を連れてきた時の飼い犬のようにムッとしてはいるが、仕方ないと言えば仕方ない。犬千代は犬千代で兄を取られたようでおもしろくないのだろう。

 

「で、でも……へくちっ!」

 

「ほれみろ、言わんこっちゃない……犬千代」

 

「……任された」

 

可愛らしいくしゃみをする半兵衛に慶次は再度軽く溜め息を吐く。そして後を犬千代に任すと、犬千代は小さな嫉妬心からか半兵衛を少し引きずるように歩いて行った。

 

「ああああ……半兵衛、はんべーーーい!」

 

「全く、こんな残念な奴じゃなかったはずなんだがなぁ。ホラ、早く鼻血止めろ。いい加減本当に死ぬぞお前…………ん?」

 

押さえつけられながらも尚半兵衛に手を伸ばす愛紗の鼻に、鼻血止め用の小さな木綿を詰めてやりながら、慶次は何かに気付く。

 

「(長政と安藤の爺がいない……?)」

 

慶次が朱槍を持って部屋を出たのは、良晴が犬千代の朱槍でしばかれて気を失うのとほぼ同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、わっちに話とは?」

 

稲葉山城の門の前。安藤伊賀守はそこまで来るとようやく本題に入ろうと口を開く。

酒を煽ってはいながらも、安藤伊賀守は鋭い目で長政を見定めようとしている。一方の長政は相変わらずの貴公子然とした爽やかな笑みで伊賀守に向き直った。

 

「そこまで警戒なさらずともよろしい。大人しくしていてさえくれれば私とても手荒な真似には及びませんよ」

 

「ふふ、わっちは長ったらしい前置きは嫌いでのぅ……用があるなら手短にな」

 

そろそろ酒を取りに行かねばならんのでな、と伊賀守は酒の入っていた容器を逆さまにして長政に見せる。

 

「ふふ、そうですな。それではーー」

 

次の瞬間、長政の姿が伊賀守の前からかき消える。伊賀守が油断したのではない。酒に少しなりとも酔っていたことを引いても長政が早すぎるのだ。

そして、伊賀守は腹部に鈍い痛みを感じ、そのまま意識を闇に落とす。元々前線に立って戦うタイプでもなかった老骨の身には相当効いたらしい。

 

「……このまま近江に戻り、安藤を人質に取れば半兵衛は必ず私の手の中に転がり込んでくる。そうなれば私の勝ちだ」

 

長政はそうこぼすと、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。そしてそのまま踵を返し、稲葉山を後にしようと……

 

「待てよ、浅井長政」

 

したところで、後ろから声をかけられた。

素早く振り返ってみると、そこには朱槍を担いだ男……前田慶次がいた。

 

「貴様は……」

 

「人質取って忠誠を誓わせる……確かに悪い手じゃねぇ。悪い手じゃねぇが……ちょいと反則じゃねぇかい?」

 

「ふん、反則も何も……勝った方が正義だ」

 

「違いない」

 

槍を担いだまま豪快に笑い飛ばす慶次に、長政はいぶかしがりながら一歩一歩後ろへ下がって行く。

何故かはわからないが、長政の勘が今の状況が危険だと警鐘を鳴らしていたのだ。

一頻り笑い終えると、慶次は朱槍を下ろして長政に向ける。いつの間にかその顔にあった笑みは消え去っていた。

 

「……だったら、今ここでその爺を力ずくで取り返されても異論は無いな?」

 

「っ!」

 

慶次が口を開いた瞬間、長政は懐から何かを取り出して地面に叩きつける。その叩きつけられた場所から煙が辺り一面に撒き散らされた……煙幕だ。

 

「チッ……らぁっ!」

 

いつまで経っても晴れない煙に業を煮やしたのか、慶次は朱槍を振るって無理矢理煙を晴らす。煙が晴れた瞬間咄嗟に周りを見渡すと、かなり遠くに長政が安藤伊賀守を担ぎながら逃げているのが目に入った。

 

「逃がすか……っ!?」

 

当然のように追いかけようとした慶次だったが、何故か足に力が入らずによろめいて倒れそうになる。槍を地面に突き刺して杖にすることで何とか倒れずに済んだものの、既に長政の姿は視界から消え去っていた。

 

「(黄色い粉、鈍い体、ほんの僅かだが確かに匂う土の匂い……トリカブトか)」

 

慶次は僅かに衣服に付着していた粉からよろめいた原因を推測する。仮にも忍の里で育った慶次がこの有り様なのだ。相当強い毒が含まれていたのだろう。

 

「……こんな世の中だからこそ、守らなきゃいけねぇ仁義って奴があんだよ……浅井長政」

 

先日、とある人物によって届けられた実父の訃報。そして理不尽に奪われた義父の命。そして……残された者達だけが味あわされる言葉に出来ない悲しみ。

 

「ったく、またオチビとかかねたんには甘いって言われんだろうなぁ」

 

そのことを思い出しながら、慶次はゆっくりと稲葉山へと戻って行くのだった。






















先日、とある方からこんなメッセージを頂きました

『Ifルートで完全バカップルな慶次と万千代さんが見たいです!』

……えっと、Ifっすか? え? 現代? 戦国時代?

返信して聞いてみたところ、どうやら現代の学校生活での閑話を見たいらしいです。
なので、ちょっと質問です。感想でもメッセージでもいいので、こんな閑話が見たいという方はお知らせ下さい。希望が多ければ書いてみます。


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美濃・尾張・近江~それぞれの戦~

ザクッ……ザクッ……

 

巨大な槍を地に刺しながら、慶次は一歩ずつ稲葉山へと足を進める。

長政が逃走の際に投げたトリカブトの毒入りの煙幕によって、既に慶次の体は満身創痍。常人ならば恐らく意識すら保っていられないほどの痺れと意識の混濁ではあるが、まがりなりにも忍びの里で育った慶次は辛うじて意識だけは保つことができていた。

だが、それでも体の痺れはどうにもならない。足はもつれ、腕は満足に動かない。倒れてしまえばそこでゲームオーバーという状況がもう一時間と続いていたのだ。

 

「……ああ、クソッ、こんな事ならもっと耐薬の修練しとくんだった……!」

 

そう一人ごちる慶次だったが、後悔先に立たず。もはや起こってしまっている現状はどうにもならない。

そんなことを考えていたからだろうか。

 

「………っ!」

 

慶次が槍を刺した場所に石でもあったのか、槍が滑って体勢が崩れる。もつれた足で踏ん張れるわけもなく、そのまま無情にも地面に倒れ伏そうというところで……誰かが、慶次の体を宙に引き上げた。

 

「ご無事ですか? 慶次様」

 

「……愛紗か。助かった」

 

そう、慶次を引き上げたのは稲葉山にいるはずの、馬に乗った愛紗だった。行きが徒歩だったことを考えて、恐らく城から拝借してきたのだろう。

 

「稲葉山城は?」

 

「相良が半兵衛と信奈殿の風評を考えて斎藤義龍に返還しました。相良達はそのまま浅井長政の置き手紙の指示通りに墨俣へ」

 

愛紗に馬の背に乗せられた慶次はそのまま愛紗に体重を預けて現状を聞く。朱乃が見れば確実に発狂ものの光景だが、慶次の体が不自由な今、致し方無い。

 

「……残念だが、浅井は恐らくもう近江に戻ってるよ。さっき取り逃がしたばっかりだからな」

 

「成る程。慶次様が黙って退出したのは浅井をつけてたのですか」

 

何とも驚くべき事に、愛紗は慶次が部屋を出ていったところをしっかり把握していたらしい。ただのロリコンではなかったようだ。

 

「……お前あんだけ半兵衛に現抜かしてたのに見てたのかよ。理性切れる一歩前に見えたが」

 

慶次の指摘に、愛紗は小さく苦笑いする。

 

「私が何をしていようと、最優先すべきは主君の身。私事で大局を見誤る真似は致しませんよ」

 

そう言って首から提げている六文銭を握る愛紗。今さらだが、真田の一族は必ず六文銭を身に付けているらしい。愛紗なら首飾り、朱乃なら髪飾りというように。

 

「……で、このまま相良と合流しますか?」

 

「いや、このまま尾張に戻るぞ。サルも今はどうしようもないと見れば帰るはずだしな」

 

「御意!」

 

そうして、愛紗は馬を駆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……全く、また無茶をして。4点」

 

「だから黙って行ったのは悪かったって言ってんだろうが」

 

尾張に戻った慶次は案の定絶対安静を言い渡されていた。

丹羽邸に戻るや否や笑顔なのに笑顔じゃない万千代に捕まり、たっぷり説教されたのだ。まぁもっともあまり心配させないで下さいとか、後半はかなり優しいものだったのだが。

更にトドメは慶松である。慶松は慶次を見るなり飛び付いて大泣きしてしまい、流石の慶次も何も言えずにあたふたしてしまった。そして以降、慶次が部屋をなんとか抜け出そうとする度に半泣きの慶松が突撃してくるために慶次は何もできないでいた。

全ては万千代の策略であることは秘密である。

ちなみに、愛紗が朱乃に思いっきり折檻されたことは言うまでもない。

 

「悪かったと思っているのなら大人しくしていてください。治りが遅くなると何回言えばわかるのですか……」

 

「だから、もう治ったって何回言えばわかるんだよ」

 

「未だに何もないところで躓きそうになるくせに何を言いますか。1点」

 

「うぐっ……」

 

そう。尾張に戻って一日。既に立って移動出来るまでに回復している慶次だが、全快とはとてもではないが言えない状態である。万千代の点数が非常に辛口なのは気のせいではないだろう。

 

「……今から昼げを作りに行きますが……貴方はここから動かないこと。いいですね?」

 

「…………」

 

「い い で す ね ?」

 

「へいへい……」

 

目を逸らしながら適当に返事する慶次に溜め息を吐きながら、万千代は静かに部屋を出ていく。万千代の気配が遠退いていくを確認した慶次は襖の側まで行くと、小さく声を出した。

 

「いるな? 朱乃」

 

「……はい。お側に」

 

襖を隔てて同じように佇んでいたのは真田昌幸こと朱乃だった。

 

「状況は?」

 

「柴田殿が墨俣築城に失敗。そして相良殿が築城役に抜擢されました。そして、安藤殿は未だに発見出来ていないようです」

 

そうしてつらつらとその日の軍議での事を話す朱乃。このことからわかるように、ここ二日の慶次の情報収集源は朱乃であった。万千代が「慶次に話せば絶対に抜け出すはず」と敢えて教えていなかったのだが、全くの無駄に終わっていたようだ。

慶次は朱乃の説明を聞くと、「やっぱりな」と呟いて目を閉じる。

 

「……朱乃」

 

「はい」

 

「真田衆は今何人動かせる?」

 

「……30人、程でしょう。皆農作業や馬の飼育で忙しい時期ですから」

 

朱乃の返事に、慶次は閉じていた目を開く。

 

「朱乃、愛紗と一緒にサルの築城を助けて来い。ただし、築城の部分は一切手を出すな(・・・・・・・・・・・・)

 

「はい? ……ああ、そう言うことですか。承知しました」

 

始めこそ不可解な表情をした朱乃だったが、すぐに何かに納得する。一見訳のわからない言葉だが、何か意味があるのだろう。流石は王佐の才を持つ者と言ったところだろうか。

そしてすぐにその場を去ろうとした朱乃だが、何を思ったのか一瞬立ち止まる。

 

「……慶次様」

 

「ん?」

 

「真田昌幸としては、主君たる貴方様の意思を何より尊重致します。ですが……一人の女として、朱乃として言わせて下さい。……どうか、御無理だけはなさらぬよう。本来ならば私であっても貴方様を動かさせたくありません。叶うならば、どうか私達に全てを任せて寝ていて下さい」

 

それは朱乃の本心。『朱乃』としての嘘偽りのない言葉であった。

それだけを言い残すと、朱乃は今度こそその場を去っていく。

 

「……随分と家臣に恵まれておりみゃしゅな。前田氏」

 

直後、天井からそんな声が聞こえ、そして慶次の背後に小さな影が降りてくる。言わずと知れた良晴の相棒・蜂須賀五右衛門だ。

 

「全くだ。俺なんかにゃ勿体ねぇくらいの奴等だよ」

 

「ふふふ、ご謙遜を。……さて、こちりゃぎゃいりゃいにょしにゃにごじゃりゅ」

 

「……滅茶苦茶噛んだな」

 

「う、うるさいでござるよ!!」

 

噛み噛みの台詞を言いながら差し出した薬包を受け取りながら、慶次は笑いを堪えてツッコむ。五右衛門は顔を真っ赤にして怒るが、事実故仕方がない。

 

「……こほん。それより本当に使う気でござるか? それは確かに効き目はにゃがみょちしみゃしゅぎゃ、しょにょぶんはんどーみょおおきぃでごじゃるにょ」

 

いい加減何を言いたいかわからないくらい噛んでいるが、慶次を心配しているのは確かである。それに慶次は苦笑いで返す。

 

「構わない。蜂須賀、俺はな、何もしないで後悔するくらいなら何かをしてから後悔したいんだよ。それが妹分が関わってることとなれば尚更だ。やれるところまでとことんやってやるさ。……あの時ああすりゃよかったって言いながら酒の肴にすんのはその後だ」

 

そう言って、慶次は薬包の中の丸薬を一息に飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、んじゃ行こうぜ!」

 

川賊達を率いて意気揚々と声を上げるのは、原作主人公相良良晴である。史実ならば秀吉が成し遂げた『墨俣一夜城』を成し遂げるため、気合い十分と言ったところか。

更に言えば、この一夜城を完成させれば信奈と長政の結婚を邪魔できるということも彼の気合いを引き上げるのに一役かっているのだろう。否定しながらも少しずつ信奈に惹かれている良晴にとって『恩賞自由』はひどく魅力的だった。

 

「あらあら、少々お待ち下さいな」

 

そんな彼を呼び止める声に振り返ると、そこには本来いないはずの歴史に残る偉人。真田昌幸と真田幸村がいた。

 

「昌幸さん!? 幸村!?」

 

「川賊だけでは出来ることにも限りがあろう。私達も手伝わさせてもらおうか」

 

「マジか! 助かるぜ!」

 

愛紗の申し出に二つ返事で了承する良晴。この申し出は良晴にとって非常に嬉しいものだったのだ。

何故なら、真田昌幸と言えばかの徳川の大軍を寡兵で防ぎきった堅城・上田城を造った本人で、築城の名手と名高い人物だ。幸村も真田丸という難攻不落の曲輪を造った人物である。そんな心強い味方を歓迎こそすれ、拒むことなどするはずもない。

 

「ただし、私達が手伝うのはお前達の護衛だけだ。築城は手伝わないぞ」

 

「うぇぇ!!?」

 

まぁそんな幻想はたった今儚く散ってしまったが。

 

「え? ちょ、なんで!?」

 

「慶次様の命令ですから」

 

「慶次さぁぁん!?」

 

物凄くショックを受けている様子の良晴に、愛紗は苦笑いし、朱乃は苦笑いする。ちなみに前野某達川並衆は現在筏を準備中でこの場にはいない。

 

「うふふ、相良殿、これはある意味慶次様の優しさですよ?」

 

「優しさの欠片も感じられないんですが!?」

 

「慶次様はお前に期待しているということだ」

 

「ますますわかんねーよ!」

 

ああもう! と良晴は頭をかきむしる。だが、その表情は何故かとても嬉しそうに見えた。

 

「わかんねーけど……期待されてるんならやらないと駄目だよな!」

 

「あらあら」

 

朱乃はより一層やる気を出した良晴を見て微笑むと、自らが率いてきた真田衆に軍師としての顔で向き直る。

 

「……さて、主君に任されたこの戦。万に一つの間違いもなく、完全に仕上げますよ。真田の六文銭にかけて」

 

『『応!!』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~近江・小谷~

 

「蜂須賀、お前は竹生島に迎え。多分安藤の爺はそこだ」

 

小谷城のすぐ前。慶次はここまで共に来た五右衛門にそう言った。

既に門番の兵は気絶させて端に寝かせてある。慶次に敵う武人がそこらに転がっているはずもなかったのだ。

 

「竹生島……にござるか?」

 

五右衛門が信憑性は? とでも言うように見るのに、慶次はニヤリと笑いで返す。

 

「嘘は言わねぇよ。伊達に本州巡っちゃいねぇ」

 

「……わかったでござる」

 

そうしてすぐに向かおうとする五右衛門だったが、再度慶次に引き留められる。

 

「なんでござるか?」

 

「松風連れてけ。湖畔に待たせて安藤乗せて戻って来てくれや」

 

「?」

 

わからないと言った表情の五右衛門を尻目に、慶次は小谷城の城門の方に歩いていく。

 

「まぁ何だ。簡単に言うなら……」

 

そして、慶次は城門に向かって……槍の石突きを、従来の槍に比べて明らかに異質なほど巨大なそれを叩きつけた。

五右衛門が思わず耳を塞ぐ程の轟音が鳴り響き、城門が軋む。

 

「俺が浅井家滅ぼす前に戻って来い。んでもって適当にずらかろうぜ」

 

「何を言ってーー」

 

再度、轟音が響く。中から騒がしい声が聞こえてきて、戦いの準備を揃えていることがわかる。

慶次は、内心かなり怒っていたのだ。目先の利益のみを追って姑息な手しか使わない浅井長政に。そして二重の意味で愚行を繰り返す主君を止めない浅井家臣団に。長政にそんな愚行を押し付けたであろう前当主・浅井久政に。

 

「行け、松風」

 

「ヒヒーン!!」

 

「わわっ!?」

 

主の意思に添い、五右衛門を乗せて風のように走り去る松風。その姿を見届けて、慶次はもう一度城門に一撃を叩きつける。

轟音と共に崩れる城門。その先には槍衾を構える近江兵達。それらを目前に置きながら、慶次は大きく息を吸い、そして叫ぶ。

 

「ーー売られた喧嘩買いに来たぞォ!! 浅井長政ァァァァァァァァ!!!」



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近江~慢心と後悔~

「慶次、昼げを……って」

 

二人分の膳を持ち、また隣に同じく自分の分の膳を持った慶松を連れた万千代が慶次の寝ていた部屋の襖を開けるが、そこには既に誰もいない。

やはりですか……、と小さく溜め息を吐く万千代を見て不安になったのか、慶松は今にも泣きそうな眼で万千代を見上げた。

 

「ととさまは?」

 

「またどこかに逃げてしまったみたいですね……14点」

 

「ととさま……またけがするの……?」

 

先程よりもうるうるさせた眼を向ける慶松を、万千代は膳を下に置いてから優しく撫でた。

慶松は撫でられて気持ち良さそうに眼を細めるが、やはり不安の色は消えていないようだ。

もっと言うなら、慶松は誰かが怪我をしたり、気絶したりすると物凄く怖がり嫌がって泣き出してしまうのだ。万千代が包丁で誤って怪我をした時や慶次が愛紗と模擬戦をして叩きのめした時などには大泣きして大変な事になっていたりした。

帰って来た慶次に泣きついたのもその辺りが原因である。

 

「大丈夫ですよ。あのバカは救いようのないバカですが……それでも、約束を破るような人ではありません。慶松と『怪我をしない』と約束したのでしょう?」

 

「うん……」

 

「なら、良い子で待ちなさい。そうしたらきっといつもみたいにひょっこり帰って来ますから」

 

「……うん」

 

まだ少し納得していないらしい慶松だったが、それでも万千代の足に抱きつきながら頷く

 

「でも……」

 

「なんですか?」

 

そして慶松は万千代の足から離れると、再び膳を拾い上げて膨れっ面になる。その様子に万千代は首を傾げるが……

 

「かかさま、ととさまのわるくちいっちゃだめ」

 

「あら……ふふ、確かにそうですね。87点ですよ、慶松」

 

慶松の言葉に苦笑いしつつも、再び優しく頭を撫でる万千代であった。

 

「(全く……少しは心配させないようにしてほしいですね。少しくらい私達の心情を考えてくれてもいいでしょうに……0点)」

 

信奈が将を召集するまで、後二刻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自らを囲むように組まれた槍衾。その上から降り注いでくる矢の嵐。

それを唯一空いていた後ろに跳んで避けると、慶次はすぐさま前方に跳躍し、槍衾の上を越える。

更に、振り返りざまに槍を振るうと、まるで漫画のように人がドミノ倒しに吹き飛んでいった。

 

「き、貴様! 何者だ!」

 

「ここを浅井が本拠、小谷城と知っての狼藉か!?」

 

「……鈍い奴だな。浅井長政に喧嘩売りに来たっつってんだろうが。後、何者かってのは……」

 

飛んできた矢を槍を振るって弾きながら、慶次は目の前にいた将らしき人物を見据える。その本人はどうやら武で働く将ではないのか、少しばかり後ずさっていた。

 

「前田、慶次。一武人として、浅井に物申しに参った! 聞きたくなければ倒してみせよ! こちらはそれごと推し通る!!」

 

城内の全員に聞こえるように朗々と叫ぶ慶次。それに答えたのかそうでないのか、奥から騎馬隊が列を組んで駆けてくる。

 

「……いいねぇ。そうじゃないと面白くないってな。……ラァッ!!」

 

『!?』

 

慶次が地面に石突を叩きつけると、轟音と共に地面に小さく穴が開く。

その音に驚いたのか、馬は騎手の制御を聞かずにあらぬ方向へと駆けていってしまった。恐らく、帰って来るまでにはかなりの時間がかかるだろう。

それを見た浅井兵は皆怯えたのか慶次を囲んだまま一向に動かない。兵はおろかそれを率いている将までが腰を抜かしているのだから仕方ないと言えば仕方ないが……。

 

「……なんだ? もう抵抗は終いか?」

 

「う……全兵、あの男に向かって一斉射なの!」

 

華奢な体躯の、兜で顔を隠している将が震えながらも兵に指示を送る。……だが、兵は動かない。動けない。明確な力の差を示されたせいか、矢をつがえようにも手が震えていたのだ。

この時代、兵と言えば農民を集めて訓練しただけのにわか兵だ。それが、突然安全だと思っていた城の中に、とんでもなく強い敵が入ってくればどうなるか……。まず間違いなく、兵は逃げるか混乱する。それを考えれば今小谷にいる兵達は逃げ出さずに立ち向かおうとしているだけマシだと言えるだろう。

 

「み、皆!? 早く射つの! 近づけちゃダメなの!」

 

「……よい。高虎、兵を下げよ。怯えた兵を前に出すは愚策ぞ」

 

華奢な将の頭にポンと手を乗せる壮年の将。その横にはまだ年若い青年もいた。

 

「う、海北様……それに直経くん……」

 

高虎と呼ばれた少女が、海北と呼ばれた男性を涙目で見上げる。その不安を消すように男性は薄く少女に笑って見せた。

 

「なに、殿が戻られるまでこの城を落とさせやせんよ……直経、頼めるか?」

 

「あいよ。あの男の首挙げて名を高めてやんよ!」

 

男性が青年にそう言うと、青年は喜び勇んで慶次の前に躍り出る。

 

「誰だお前は?」

 

「はん、冥土の土産に教えてやる! 俺の名は遠藤直経! てめーをぶっ倒す男だよ!」

 

「そうかよ」

 

槍を片手でぶんぶん振り回す青年に対して、慶次はまるで興味のなさそうな声で返す。

 

「てめー……余裕ぶっこいてんじゃねぇぞコラ! 浅井に喧嘩売ってタダで済むと思うなよ!?」

 

「ごちゃごちゃうるせー。いいからさっさと来いよ。こっちはとっくにキレてんだ。ふぬけたままなら城内の全員シバき倒してもいいんだぞ?」

 

「その言葉、後悔すんなよーー!!」

 

慶次の挑発を真に受けて正面から槍を叩きつける直経。その衝撃は凄まじく、慶次の周りに衝撃波で起きた土煙が舞い上がる。

 

「どうだ! オレの力を思い知ったか!」

 

得意顔で槍を引いて構えようとする直経。だが、槍は何故か固まったように動かない。

 

「……軽いな」

 

「んなっ!?」

 

土煙が晴れた先。直経の槍を押さえていたのは慶次の槍だった。

地面に小さく穴があいているものの、慶次には怪我どころか服に汚れすら見られない。それなつまり、完全に見切られていたということを意味していた。

 

「そんな……確かに当たってたはず……」

 

「はずとかつもりとか、んなことで慢心すんなや」

 

「うっ!?」

 

瞬時に慶次に距離を詰められ、槍の石突での打突が直経を襲う。何とか槍の柄でガードでき、持ち前の怪力故か腕も痺れずにすんだものの、槍の柄にヒビが入ってしまった。

 

「くっ……!」

 

「そいつが……その槍が今の浅井の現状だよ。いい加減気付け」

 

「っ……何にだよ!?」

 

「テメェ等の主君が抱えてる辛さだよ!!」

 

突如叫んだ慶次に、周りが静寂に包まれる。

その中でただ一人、海北と呼ばれた男性だけが苦い顔をして唇を強く噛み締めていた。

 

「な、何を……」

 

「お前らはいつまで浅井長政をあのままにしてるつもりだ!? 何で主君に自分を偽らせてお前らはのうのうと日々を過ごしてんだよ!?」

 

慶次の剣幕に思わずたじろぐ直経。それほどまでに慶次の怒りは凄まじいものだった。

 

「家の事情があったかも知れねぇ。やむを得ない事情があったかも知れねぇ。けどよ……お前らはもう独立したんだろうが!! だったら主君を元に戻す位してやれよ!」

 

顔を伏せる直経。歯を食いしばる海北。ただ一人、高虎だけは海北と直経を交互に見て訳がわからないといった表情をしている。

 

「……少しだけでいい。少しだけでいいから、長政のことに意識を向けてやれよ……家臣なんだろうが」

 

「…………」

 

そう言うと、慶次は門の方へ踵を返し、後ろ手に何かを放り投げる。

 

「そいつは城門の修繕費だ。勝手に門ぶっ壊して悪かったな」

 

ただそれだけ言い残すと、慶次は今度こそ夜闇に消えていった。

 

「……………」

「直経……」

 

直経は、その場から微動だにしない。そんな彼の側に海北が寄ってきていた。

 

「あまり、気にするな。これは儂らが……久政様以来の譜代が背負う責よ。お主ら次代が気に病む必要はない」

 

海北がそう言うも、直経はゆっくりと首を横に振る。

 

「……オレはさ、じいさん。アイツが……お嬢が望んで今の感じになってるって思ってた。いや、思おうとしてたんだよ」

 

「直経……」

 

「バカだよなぁ……ちょっと考えればお嬢が無理してることくらいすぐにわかったのにさぁ……バカだからって……それ以外にいい方法が無いからって……考えることすら止めちまって……!!」

 

「もうよい。もうよいのだ」

 

溢れる涙を拭わずにいる直経の背を、海北はゆっくりとさする。いや、本当は逆なのだ。この中で真に泣きたいのは海北のはずだった。

……三日三晩、徹夜で姫の貞操を守る術を考え続け、『男装』という献策をしたのは海北だったのだから。

 

「くやしいぜじいさん……何でオレは……何でオレは……!!」

 

「…………」

 

直経は泣いた。兵達の前ということすら忘れて泣き叫んだ。そして……覚悟を決めた。

『お嬢の敵となるものは何であれ、誇りを捨ててでも、命を掛けてでも叩き潰す』と。

 

「……此度は完敗だの。まさか、誰一人殺さずして、完全に城を制圧されるとは思わなんだ……」

 

海北の呟きは、直経の慟哭の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~……全く、性に合わないことはするもんじゃねぇな。説教役はやっぱ万千代だけで十分だろ」

 

「そう思うなら敵に塩を送るような真似はしないでほちいでござるにょ」

 

「相変わらずかみかみだな。……プッ」

 

「うにゅう~~~!!」

 

松風の背中に安藤伊賀守を縛り付け、慶次は並走する五右衛門と共に一路美濃へ向かっていた。

 

「……いいぞ。先に行け。何だかんだでサルが心配なんだろ?」

 

「それは……」

 

くちごもる五右衛門に、慶次はゆっくりと語りかける。

 

「いいから先に行け。そろそろ副作用も来るしな。こんな松風の本気の2割も出てない速度じゃ墨俣まで半日以上かかっちまうぞ?」

 

「……」

 

「なに、心配は要らねぇさ。この戦はサルの戦。それを邪魔する無粋者を叩っ斬るくらいの余力は残ってる」

 

「……かたじけにゃい!」

 

慶次の言葉に少し迷う素振りを見せた五右衛門だったが、やはり良晴が心配だったのか慶次に先行してあっという間に先に行ってしまった。

それを確認した慶次は、松風のスピードを少し緩める。顔には出さなかったが、やはり丸薬の副作用が辛いのだろう。

 

「……悪いな松風。しばらくこの速度で頼む……流石に少しキツいわ」

 

「ブルル……?」

 

心配するように鳴く松風の背をそっと撫でると、松風はなるべく振動を与えないように走り出す。つくづく出来た馬だ。

 

「さて……舞台は整えた。サル、後はお前次第だぜ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しだけでいいから……引き摺られてるわっちのこと、思い出して下さい……」

 

「救いだしてやっただけありがたいと思えダメ爺」

 

「ひどい!?」




遠藤直経覚醒条件

・前田慶次の小谷城乱入の際、一騎討ちするを選択し、敗北。
・海北との会話で悔い改めるを選択

武勇に+25の補正→武勇106に(信長の野望革新が基準)


ちなみに慶次は補正で
統率86、武勇120+9(皆朱槍)、知略72、政治9、義理100です。



ちなみに、番外の件ですが、希望があったのが

・学パロ(慶次×万千代or慶次×朱乃)
・中国毛利編
・奥州伊達編
・出雲尼子(鹿之助)編
・朱乃襲撃編(18禁)
・デレ千代編(18禁)

と、なりました。なので、この中で10人以上のリクがあったのをやろうと思います



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美濃~一夜の奇策~

『全部諦めずに拾ってみせる』

そんな何とも欲深な思いを引っ提げ、真田昌幸、幸村姉妹と共に墨俣へと筏で移動する良晴。

墨俣一夜城……正史においては木下秀吉、後の太閤豊臣秀吉が成し遂げた歴史に残る偉業を成し遂げるために今回良晴が採用したのはツーバイフォー方式である。

ざっと簡単に説明するならば、あらかじめある程度組み立てておいた材木を現場で完全に組む工事法である。

 

「うふふ、なかなか考えられた策ですわね、サル殿」

 

「まさか現場に行く前に部品を組むとは……考えが及ばなかったな」

 

「(いや、あんたらは将来一夜城よりもっと凄いもの作るんだけどな……地下城とか、真田丸とか)」

 

良晴の横で後ろで運ばれている木材を見ながら真田姉妹が感心するのを見て、良晴は苦笑いする。本来織田家にいるはずのない彼女達だが、彼女達もまた築城の名手であるのだ。

 

「……そう言えば、昌幸さんや幸村ならどうやってたんだ?」

 

「何をです?」

 

「もし墨俣に城を建てろって言われてたらですよ」

 

それは良晴の素朴な疑問であった。聞かれた側の朱乃は顎に手を当て、愛紗は腕を組んで考え込む。

 

「そうですね……まず、忍を使いますね」

 

「忍を?」

 

「ええ。忍を使って細かな壕をいくつも掘ります。まずこれで騎馬隊の突進は防げますから。次に、兵を動員しての楯隊の準備。これで矢は防げます。後は偽報、撹乱、流言、民の扇動を煽りつつ、直接戦闘を避けて築城、ですか」

 

まず答えたのは朱乃だったが、明らかに朱乃しか出来ない方法である。更に言うなら金と兵がかかりすぎるため、そんなことをするなら確実に堂々と攻めた方がマシだ。

 

「後は、本隊が城攻めをしている間に即席で建ててしまう方法ですね。まぁ、城を盗れば支城を建てた意味がなくなりますし、本隊が全滅してしまうといい的ですが……幸ちゃんは?」

 

「私も似たようなものです」

 

朱乃の言葉に頷きながらもまだ考え込んでいるところを見ると、どうやら本当に同じものしか考えが浮かばなかったらしい。流石は姉妹と言うべきか。

そんな愛紗に朱乃はあらあら、と薄く笑うと、すぐにその表情を引き締める。

 

「……そろそろ、気を引き締めましょう。もうじき墨俣です」

 

「そうですね……」

 

三人が目を向けたその先に、『死地』墨俣が写っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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墨俣に到着し、夜闇に紛れて順調に城を建てていた良晴達だったが、やはり無理があったか、それとも運に見放されたか、築城が完成した時には、既に斉藤の大軍が目と鼻の先にまで迫っている状況であった。

 

「おい小僧! どうするんだ!? この戦力じゃいつまでも持たないぞ!?」

 

「…………」

 

「小僧!!」

 

「……仕方ねぇ。墨俣城は捨てる! 命の方が大事だ! 全員逃げるぜ、こんなところで死ぬんじゃねぇぞ!」

 

強い口調で指示を扇ぐ前野某に対して、良晴はなんと墨俣城の破棄を決意した。川並衆達はせっかく死ぬ気で建てた城をあっさり捨てた良晴に思うところが無いわけでは無さそうだったが、親分を見守るためにまだ死ぬ訳にはいかないと良晴の案に乗り、すたこらさっさと逃げ出す準備を即座にまとめ、墨俣から退去してしまった。

 

これに驚いたのは斉藤軍の方で、この要所をあっさり捨てるとは何か策があるのではないか、と義龍も疑ったようだが、逃げる良晴達の小勢さを見るとその考えも消えてしまった。

 

「殿、敵はあまりに簡単に逃げ出しましたが……」

 

「何、仕方あるまい。あの小勢だ。恐らくは織田の兵が後から詰めるはずであったのだろうが、それも儂らがこうして墨俣を制圧した今無駄に終わるだろうよ。……なに、ここを囮として稲葉山城に向かっていようとも、城には守備兵をたっぷり残しておる。この城を壊した後で城に急行し、挟み撃ちにしてしまえば儂らの勝ちよ」

 

「なるほど、流石は殿にございますなぁ」

 

義龍は家臣のお世辞にガハハと笑うと、軍配で墨俣城を指す。

 

「世辞はよい。それよりも、早くあの城を壊せ。いくら城攻めの苦手な織田信奈とは言え万が一があるやも知れんからな」

 

「ははっ」

 

意気揚々と前進する家臣の姿を見て、義龍は不敵な視線を尾張、清洲の方向へ向ける。この時、義龍が何を考えていたのかは本人意外は知る由もない。

だがしかし、この時、義龍は大切なことを忘れていた。

 

『敵方に新たな武将が入っていないかの情報収集』という、大切なことを。

 

義龍軍のいる『中洲』の墨俣に向かって、鉄砲水が流れてきたのはその直後であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「空城の計……古の諸葛孔明が司馬仲達を謀って撤退させたという策。半兵衛殿が使った十面埋伏の計に比べればいささか簡単な策には見えますが……その分、応用の効き方は群を抜きます」

 

墨俣から更に木曽川を上流に上った先、そこで朱乃は羽扇で口元を隠しながら墨俣を見下ろしていた。

その表情は完全に軍師の顔であり、罠に掛けたことを嗜虐的に悦んでいるようにも見えた。

 

「深読みして、古のように撤退すれば先ずは良し。されど、それを看破、またはそもそも考えが及ばずに墨俣に入ってしまえば……尚良し」

 

眼下では、昨晩からせき止めていた急流と名高い木曽川の鉄砲水によって流されこそしなかったものの、馬が暴れ、漂流物にぶつかったのか血を流す美濃の将兵、あらかじめ備えを作っていたために無事な墨俣城……混乱する美濃勢の様子がありありと見て取れた。

 

「もし、墨俣が制圧されるところまで計算通りだったら? もし墨俣が罠の巣窟だったら? もし、墨俣が織田ではなく斉藤の死地であったなら? ……武勇と中途半端な知略しか持たない貴方はどうするのですかね……斉藤義龍?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「姉上の策が成ったか……」

 

一方、墨俣から少し離れた場所に伏せていた愛紗は、朱乃の策が成ったのを確認すると、側に待たせていた馬に跨がる。真田衆の面々も同じように馬に乗ったのを確認すると、幸村はそちらに向き直る。

 

「慶次様より我らに任されたこの戦……その信に答えぬのは真田の名折れだ。この六文銭も只の形だけの装飾品と成り下がる。そんなことは、この幸村は許せそうにない」

 

静かに闘志をみなぎらせる愛紗と同様に、兵の士気も高まっていく。旗印としてまで掲げた六文銭に込めた覚悟と闘志を裏切ろうというような者は、この中には一人として居なかった。

そして、愛紗は突如馬首を返して駆け始める。それに真田衆が当然だというようにぴったりと着いていく。長年共に戦った阿吽の呼吸であった。

 

「槍を掲げろ! 覚悟を示せ! 真田の戦……始めるぞ!!」

 

『応!!』

 

武神・前田慶次不在の中、その忠臣が斉藤に牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「サル、わかってるわね? これがあんたが足掻ける最後の機会よ?」

 

「おう! わかってる! 尾張の、織田信奈の野望は絶対に終わらせねぇ! だからお前は浅井長政との結婚をチャラにされて悔しがる準備でもしてやがれ!」

 

「ふん、それがただのはったりにならないといいけどね」

 

「はっ、精々強がってやがれ!」

 

織田本隊、仲良く喧嘩しながら稲葉山へ電光石火の進軍中。

 

決着の時は、近い。






中間発表!

学パロ編……3票
中国毛利編……5票
奥州伊達編……9票
出雲尼子編……5票
朱乃襲撃編……6票
ニューリクエスト・慶松の日常編……2票
そして、デレ千代編……32票


…………
カ ン ス ト し と る !?

という訳で、デレ千代編は確定しました~!
投票は月曜日の正午まで受け付けてます


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閑話~万千代さんが本気で婚期を気にしだしたようです~

「あ、来たわね! 万千代!」

 

清洲城の信奈の居住スペース。そこにはいつものようにういろうをかじりながら報告書に目を通している信奈がいた。

そして、信奈の言葉でわかる通り今は万千代がそこに来たところであった。

 

「姫様、何か御用ですか? 至急登城するように、とのことでしたが……」

 

「まぁ用事といえば用事ね。どちらかと言うと万千代の用事だけど」

 

「はぁ……?」

 

ただ首を傾げるだけの万千代を見て、信奈が悪戯っぽく笑う。このやり取りで気付いた人も多いと思うが、信奈は万千代に用事の内容は一切伝えていない。まぁ、伝えていたならば十中八九万千代は登城していなかっただろう。

何故ならその用事とは……

 

「かなり今更になるけど……万千代って結婚はしないの?」

 

「へ?」

 

結婚のことであるからだ。

万千代からしてみれば婚期のことは触れられたくない話題No.1である。何故なら、この時代は十代前半から中盤には結婚していて当たり前。万千代のように二十歳になってもまだ結婚していないのは十分嫁き遅れと言える。そのことを直視しないようにしてきた万千代にとっては正に鬼門だった。

 

「あ、いえ、私は……」

 

「駄目よ万千代。武家として、万千代や六みたいにきょうだいがいない武将は家を後世に残す努力をするのも仕事よ?」

 

「いえ、いざとなれば慶松に……」

 

「あの子が前田の養子でもあること忘れてない?」

 

「うっ……」

 

珍しく信奈が万千代を押している。慶松の場合、丹羽家の養子であり、また前田家の養子でもあるのだ。それ故に軽々しく後継者に指名できない。もし前田と丹羽に同時に何かが起きれば慶松が一手に両家の家督を継ぐことになり、家の力が突き抜けて強くなりすぎるからだ。その状態で野心家に慶松が利用されれば大変なことになってしまう。

 

目を泳がせてえっと……、と混乱している万千代に、信奈は天使(悪魔)のような笑みを浮かべて近寄っていく。

 

「ねぇ、万千代。私にいい考えがあるの」

 

「え、えっと姫様? 何故か笑顔が怖くて12点なのですが……」

 

「ふふふっ、大丈夫よ。悪いようにはならないから……」

 

既に退路は信奈に塞がれ、逃げ場はない。万千代は頬をひくつかせながら、色々と諦めることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「全く……言っておくが、万千代が許可するかはわからないからな?」

 

「いやいや、掛け合ってくれるだけ助かりますよ!」

 

「……長秀なら、大丈夫」

 

その日の夕方。慶次は良晴と犬千代と一緒に丹羽屋敷へと向かっていた。

何故良晴達が着いて来ているのかと言うと、どうやらとうとううこぎの葉を食べ尽くしてしまったらしいのだ。流石に長屋を囲んでいる葉までは食べるわけにはいかずにどうしようか悩んでいたところに慶次が偶々通りかかったということで、丹羽屋敷にごはんをたかりに来たということらしい。

 

「いや、連れては行くけど交渉はお前がやれよ? 」

 

「え?」

 

「え、じゃねぇよアホ」

 

そんな軽口を言い合っているうちに丹羽屋敷に到着した一行。そして慶次が戸をいつも通りに勢いよく開いて……

 

「ただいまー」

 

「お帰りなさい、あなた(・・・)

 

「家間違えましたー」

 

神速で閉めた。

 

「……落ち着け、俺。きっと疲れてんだ。疲れて途中で道を間違えて家を間違えたんだ……」

 

「現実みましょうよ、慶次さん」

 

「……間違いなく、丹羽屋敷」

 

こめかみを揉みながら現実逃避する慶次を、良晴と犬千代が現世に引き戻す。

 

「いやいやいやいや、万千代だぞ!? あの万千代だぞ!? 俺の顔みたら大体辛辣な毒吐いてくる万千代だぞ!?」

 

「何でだろう……信澄ののろけ話聞いてる時並みにイライラするのは……」

 

「……長秀の照れ隠し」

 

「……人を性悪みたいに言うのは止めて欲しいです。38点」

 

「げぇっ!? 万千代!?」

 

いつの間にか外に出て来ていた万千代に、慶次は妙な声をあげてしまう。その様子を見た万千代は眉をしかめた。

 

「む。その反応は傷付きます……」

 

「え? あ、わ、悪い」

 

いつもなら確実にはたかれていたタイミングなのに何もない。慶次の調子が狂う。

 

「いえ、わかってもらえたなら構いません。さぁ、入りましょう?」

 

ニコリと慶次に微笑みかける万千代だが、その笑みも慶次には恐怖でしかない。笑顔は本来攻撃的な表情であるとは誰が言ったのだろうか、その通りである。

 

「えっと、長秀さん、できたら晩飯を……」

 

「すみません、今日はちょっと……」

 

「あ、はい……」

 

結局良晴達は泣く泣くうこぎ鍋の残り汁をすすって飢えを凌いだらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「えっと、他の奴らは?」

 

「幸村殿は勝家殿のところへ、昌幸殿は松永弾正殿に見せて欲しい本があるらしく、慶松はいつもの子供達と。全員泊まってくるそうです」

 

「…………(さては逃げたな!?)」

 

こういう時に限って誰もいないというのはお約束というべきか。

慶次が心の中で朱乃達に文句を言ってもいないものはいないので仕方がないのである。

 

「……私と二人きりは、嫌ですか?」

 

「あ、いやそういう訳じゃねぇんだが」

 

そんな慶次の心情を読んだのか、しゅんとする万千代に慶次が慌ててフォローを入れる。いつもとは打って変わってしおらしい万千代に少しキュンときたのは慶次だけの内緒だ。

しかし、流石にこの雰囲気には慶次は耐えきれなかったらしい。

 

「……なぁ。お前今日どうしたんだ? 何か変だぞ?」

 

「…………」

 

そう慶次に言われて黙り込んでしまう万千代。

 

「何か急に変なこと言い出すわ、態度も全然違うわで何か……ってオイ!? 何で泣く!?」

 

慶次に言われたことが図星だったのか、それともただ単に言われ続けたくなかったのか、万千代は突然慶次に抱き付いて泣き始めてしまった。

 

「……そうですよね。迷惑でしたよね」

 

「いや、訳がわからねぇよ」

 

「……ぐすっ」

 

「(ガチ泣き!?)」

 

今まで一度として万千代の泣いたところなど見たことがない慶次にはどうすることもできずに、取り敢えず万千代の背中に手を回して擦る。

 

「ほら、取り敢えず何があったのか話してみろって。な?」

 

「…………」

 

無言で頷いた万千代は、ぽつりぽつりと事情を話し始める。

信奈に結婚のことを真剣に考えるように言われたこと、きょうだいがいないために自分が家を守らなければならないこと、結婚といっても親しい男性なんて数えるくらいしかいないこと。

他にもいくつか説明はあったが、特に抜き出すとこんな具合であった。

 

「……私、こんな性格ですから……恋愛なんてしたこともありませんでしたし……もうどうすればいいかわからなくて……」

 

「んで、一番手近な俺のところに来た、と」

 

その言葉に万千代は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにコクンと頷く。

 

「ハァ……全く、そんなこと深く考えんでもいいだろうに……」

 

「え?」

 

「好きなものは好き。好きになったら頑張る。そんな感じで十分だろ? 世の中にゃ一目惚れなんてのもあるくらいなんだ。そんなもんだろ」

 

慶次が何でもないようにそう言う。万千代は暫くポカンとしていたが、やがてクスクスと笑みをこぼした。

 

「そう……ですね。慶次にしては80点です」

 

「何かバカにされてる気が……」

 

「これでも褒めているのですよ」

 

いつものような軽い掛け合い。どうやら万千代も何かを振り切ったようで、晴れやかな顔をしていた。

 

「……さて、悪い夢からは覚めたか? 姫様?」

 

冗談っぽく笑いながらそう言う慶次に、万千代も自然に笑みがこぼれる。

 

「そうですね……もう少し、このまま抱き締めていて下さい。そうしたら覚める気がします」

 

「あいよ、仰せのままに、ってな」

 

万千代は万千代で、まさか本当にそうするとは思っていなかったようで……。

顔を更に赤くしながら、万千代は慶次に身を預けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ん……んぅ……」

 

いつの間にか眠ってしまっていたのか、万千代が目を覚ますと辺りは真っ暗なままだった。

 

「(……まだ丑の刻辺りでしょうか……けどもう寝れそうにはありませんし…………あら?)」

 

立ち上がろうとした万千代が、何かに気付く。自分の下に何かある……それを確認すると、それは誰かの……慶次の腕だった。

そう、万千代は今の今まで慶次の腕枕で寝ていたのだ。それに気付いた万千代は瞬時に顔が沸騰しそうに熱くなるのを感じた。

 

「ま、全くもう……こんな時だけ優しいんですから……」

 

自分の心臓に手を当てると、早鐘のように動いている。それに気付かないフリをしながら、万千代はキョロキョロと辺りを挙動不審気味に見渡す。まぁ見渡したところで誰もいないのはわかりきっているのだが。

そして、入念に誰もいないことを確認すると、今度は眠っている慶次の顔をじっと見つめる。

見つめながら顔を赤くしていたり、首をブンブンと振ったりしているので結局は挙動不審なのだが。

 

「……そ、そう、これはお礼。相談に乗ってもらったお礼です。それ以外に他意はありません。ええ、ないんです。純粋なお礼ですから問題なんて何もないんです……!」

 

うわごとのように《お礼》を連呼しながら、万千代はゆっくりと慶次の顔へ自分の顔を近付ける。

そして、何度かの躊躇いを経て……二人の唇は、重なった。



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美濃~武の義将、謀の王佐~

「誰か! 包帯をくれ! こいつの血が止まらないんだ!」

 

「あ……う……」

 

「がはっ」

 

「お、おい!? 寝るな! 起きろよ!!」

 

墨俣の鉄砲水に巻き込まれた斉藤軍。その混乱っぷりは酷いものだった。

誰々がいない、何々を見ていないかと仲間を探してさ迷い歩く者や怪我をして痛みに耐える者、水を大量に飲んだのか咳き込んで苦しむ者。混乱の度合いは様々だが、むしろその者達はまだ良い方で、目の前で仲間を失った者やそれらを目にした心根の優しい者、心の弱い者などは既に茫然自失に陥っていた。

大将である斉藤義龍とその近衛は幸い墨俣に入る前であったために大した被害は受けずに無事だったのだが、他の美濃将の部隊は半壊、いや、もはや全壊に近いほどの被害を被っていた。

 

「これは……」

 

「うろたえるな! 諸将にすぐに兵を纏めて落ち着かせるように伝えよ!」

 

「は、はっ!」

 

流石に策であり、十中八九追撃があるだろうことには気付いた義龍だったが、伝令を放ったところで所詮は後の祭り。混乱しきった兵を纏めて落ち着かせることなどそう簡単に出来るはずがない。

そして、そんな斉藤軍が立ち直るのを待つほど……彼女達はお人好しではなかった。

 

「かかれぇっ!! 突き抜けろぉっ!!」

 

『『応!!』』

 

「て、敵だぁ~!! 織田が、織田が来たぞぉ~!!」

 

将が兵を抑える暇もなく、突如として赤備えの騎馬隊が斉藤軍を薙ぎ倒しながら突き進む。

その正体は勿論愛紗が率いる真田騎馬隊なのだが、現状の斉藤軍にそんなことがわかるわけもなく、酷い者は武田が攻めてきたと勘違いしている者までいる始末。

ちなみに、OYAKATASAMAは現在また川中島でGUNSHINと睨み合うのに忙しいため、来るはずがない。

まぁ、愛紗達が駆け抜けたのが美濃側から尾張側へだったため、そう考えたのも無理はないのだが。

 

「六文銭だと……!? 織田があの真田を引き抜いたというのか!? 親父殿でさえ引き抜けなかったあの真田を!!」

 

「笑止!! 引き抜きなどに応じるほど我が忠義は甘くはない!!」

 

夢中で叫ぶ義龍の言を看過できなかったのか、愛紗がトップスピードを維持して敵兵を薙ぎ倒しながら叫び返す。

 

「我等は望んでここにいる!! その忠を貴様に推し量られる道理はない!!」

 

「……っ!!」

 

堂々と宣言し、暴れまわるだけ暴れまわって悠々と引き上げていく愛紗の姿に、義龍は傷を抉られたような、眩しいものを見たような渋い表情を向ける。

ーー何よりも自分に足りないものは、真に自分に忠義を誓ってくれる家臣。

自分が家臣を心から信じてはいない以上、仕方ないと言えば仕方ないのだが、それでも高望みはしてしまう。何せ、今の家臣の殆どは美濃における利権を与えているから従っているようなものなのだ。

もし、自分に忠義の士がいたらーー

そんなIf の出来事を考えそうになり、義龍は首を降って考えを頭の中から吹き飛ばす。混乱を収めようとして前を向き……そして、我が目を疑った。

その先には先程自分達に大被害を与えて行った赤備えの騎馬隊が今度は逆方向に突撃をしてきていた。それだけならまだいい。いや、良くはないが、まだマシであった。

問題はその数……霧がまだ微妙に残っているせいで正確な数はわからないが、とてつもない量の砂塵が巻き上げられていることは嫌でもわかる。

その数、少なく見積もって1000。今の状態でそんな数の騎馬隊に突撃されては本当に全滅してしまう。

 

「(くっ、先程は30ほどの小勢だった……あれは隠密行動をして確実に奇襲を成功させるためか! そして尾張側に兵を伏せ、反転して再度突撃……。罠という可能性が無いわけではないが、墨俣を取られたところで負けが決まる訳ではない。稲葉山城が有る限り儂は負けた訳ではない!!)」

 

瞬時にそう割り切った義龍は、全軍撤退の令を出すと、ほうほうの体で稲葉山へ引き返して行った。

……騎馬隊の足が、先程に比べてかなり遅いことに気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「孫子曰く、『戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり』。まぁ、一度は戦っていますし、今回は中の上と言ったところですかね?」

 

「謀攻編ですか? でも、『善く兵を用得る者は人の兵を屈するも、戦うにあらざるなり』とありますし、こちらに被害は見たところありません。上の中の評価でもいいのでは?」

 

「うふふ、物識りですわね」

 

「いえ、末文を諳じる昌幸さんほどではありませんよ」

 

朱乃の誉め言葉に、照れて赤面しながらも誉め返す少女。二人は今馬でゆっくりと墨俣に向かっているが、それは少女の馬が驢馬のように小さいからであり、あまり速くは走れないからであった。

 

「さて、霧の陰陽術はありがとうございましたわ。私はどうも結界系は苦手でして……」

 

「仕方ありませんよ。向き不向きは人それぞれですから」

 

「それにしても……馬は本当にそれでいいのですか? 何なら真田の駿馬をご用意しますわよ?」

 

「くすんくすん。大きいお馬さんは怖いですから……」

 

「(あらあら、本当に戦場とそれ以外では性格が一変しますわね)」

 

本気で怯えたのか、涙目でこちらを覗き込む少女……竹中半兵衛にたいして、朱乃は微笑みながらあやすのであった。

そして、暫く進んで行くと、見知った赤備えの騎馬隊が見えてきた。

 

「幸ちゃん」

 

「あ、姉上。策は成りましたよ」

 

兵の負傷の確認をしながら上流で馬に水を飲ませていた愛紗が、朱乃達に気付いたのか駆け寄ってくる。

 

「うふふ、お疲れ様」

 

「いえ、疲れたのは馬達ですよ。常套策でしたが、上手くいって良かったです」

 

そう、今回朱乃と半兵衛が採用した策は、恐ろしいほど初歩の策、『馬に木材を引かせて兵を多く見せる』という、ぶっちゃけハッタリのギャンブル策だったのだ。

だが、墨俣の鉄砲水、愛紗の奇襲、先程良晴達が同じ方向に撤退したこと、義龍が生半可に兵法に通じていたこと、兵の混乱……様々な要素が絡み合い、見事に策は成功に導かれた。げに恐ろしきは朱乃と半兵衛の知略であろう。

 

「しかし、相良にも驚きましたね。まさか墨俣の破棄に両手を挙げて同意するとは思っていませんでした」

 

「くすんくすん。良晴さんはかなり人任せにしますから……」

 

半兵衛、割と辛辣である。

 

「しかし、本当に追撃はしないでよろしかったのですか? 城攻め部隊のためには少しでも敵兵を減らした方が良かったのでは?」

 

愛紗は少々不満そうに朱乃を見るが、朱乃は羽扇で口元を覆いながら優しく答える。

 

「本来ならばそうしますけど。今回は慶次様の命がありましたしね。幸ちゃんの用兵では斉藤義龍を捕らえる、または討ち取るまでしてしまいそうですし」

 

「くすんくすん。私がこちらにいるのもそのためです。良晴さんは攻城で三の丸を内側から開け放ち、二の丸を築城の余り木材で組んだ破城槌で壊す。後の事まで考えたことを織田信奈様が考慮していただければ戦功一番は確定です」

 

「それでも足りなければ、墨俣の功を譲れば完璧ですしね」

 

「な、成る程……」

 

次の次の次まで考えられた出来事に少し引き気味な愛紗だったが、何かを思い出したように声をあげる。

 

「そういえば、城攻めには加わらないでいいのですか?」

 

「くすんくすん。行っても意味がありません。伝令が来るまで墨俣に籠っていましょう」

 

「?」

 

半兵衛の言っている意味がいまいちわからなかったのか、小首を傾げる愛紗。そんな愛紗に答えるように、朱乃が微笑む。

 

「私達が行ったところで、全てが終わった後だと言うことですよ」

 

「??」

 

結局わからず終いの愛紗に、朱乃と半兵衛は顔を見合わせて笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁいいか。とりあえず半兵衛、ギュッってさせてくれ!」

 

「きゃあ!? ままま昌幸さぁん……」

 

「幸ちゃん鼻血鼻血。後いい加減自重しなさい。出家させますよ?」

 

「引かぬ! 媚びぬ! 省みぬぅっ!」

 

「……すみません、半兵衛殿」

 

「あ、諦めないで下さいぃぃ!? くすんくすん」



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閑話~慶松の日常~

……慶松慶松とうるさいなぁ

誰が一番慶松を待っていると思っている?
この俺だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!(爆)


……すみません、暴走しました(笑)
というわけで慶松回です!












「よしまつー! 迎えに来たのですぞー!」

 

「む? おや、ねねじゃないか。慶松か?」

 

「あ、幸村殿! おはようですぞ!」

 

「ああ、おはようねね。早速だがギュッってさせてくれ!」

 

「わわっ!?」

 

「ふふふふ、よいではないかよいではないぐばっ!?」

 

「朝からナニやらかしてんだ阿呆」

 

いつも通りの朝。いや、ちょっとだけいつも通りじゃない感じはあったけど、それでもいつも通りの朝。

今日はねねちゃん達と遊ぶ約束をしていたんだけど……

 

「わ……! わ……!」

 

ついつい寝坊しちゃってたみたいです。

何はともあれ、急いで用意しないと……!

 

「あら、慶松。ねねが……って、寝坊したみたいですね。18点」

 

慌てて着替えて廊下に出ると、たくさんの紙を持ったかかさまがいました。

かかさまはお殿様が言うには『おしとやかで冷静な良妻賢母』らしいです。慶松もかかさまみたいになりなさいよ、と頭を撫でてくれました。その後同じように手を伸ばしていたサル様を蹴り飛ばしてましたけど。……ところで、『おしとやか』とか『りょうさいけんぼ』って何なんでしょう?

とにかく、かかさまは凄い人です。今も寝坊したのがすぐにばれてしまいました。

 

「朝御飯は?」

 

「……いらない」

 

「ふふ、ならこれを持って行きなさい」

 

そう言ってかかさまはたもとからおにぎりを取り出して渡してくれました。……え? たもと?

 

「歩きながら食べるといいですよ。行儀はよろしくありませんが」

 

「……ありがと」

 

「本当は慶次のお昼のつもりでしたが……まぁ、一食抜いたくらいで死にはしないでしょう。68点」

 

……ごめんなさい、ととさま。慶松は自分のお腹に勝てなかったみたいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ようやく来たわね」

 

「おっそーい!」

 

ねねちゃんと急いで集合場所に行くと、もうみんな集まってたみたいで、慶松達がビリでした。

 

「全く、後四半刻遅かったらアンタ達抜いて遊び始めてたわよ」

 

「そんなこと言ってぶーたれてた市松を叱ってたくせに~」

 

始めの、ちょっと言い方のキツい短い黒髪とつり上がり気味な目が特徴の女の子は佐吉ちゃん。何だかんだ言いながら、本当は優しい子です。いつも虎之助ちゃんに弄られてるけど。

それで、今佐吉ちゃんをからかってる長い髪を右側で纏めてる女の子が虎之助ちゃんです。女の子なのに自分の事を俺って言う珍しい子です。あと、佐吉ちゃん曰く、おバカさんらしいです。

最後に、佐吉ちゃんと虎之助ちゃんが話してる向こうで眠そうにしてる髪を結い上げてる女の子が市松ちゃんです。いつも寝てるのに、いつも眠そうにしてる不思議な子です。この前起こした次の瞬間にはまた寝ていたのにはびっくりしました。市松ちゃんは私達の中で一番力持ちです。

この三人に慶松とねねちゃんを入れたのがいつも遊ぶ五人組です。

 

「な、べ、別にそんなんじゃないわよ! ただ、ねねと慶松に拗ねられたら面倒だなって思っただけ! 変な勘違いするんじゃないわよ!」

 

「またんなこと言って~。照れなくてもいいんだぜ?」

 

「佐吉は兄さまの言う『つんでれ』ですな!」

 

「照れてない! 後何よ『つんでれ』って!?」

 

「…………むにゃ。あ、ねね、慶松おはよ」

 

『『今気付いたの!?』』

 

「ほへ?」

 

これが、慶松達のいつも通りです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みぎからまわれ~!」

 

「わっ!? うしろからきたぞ!?」

 

いつも遊んでる川原に行くと、隣の村の子ども達が先にいたので、今日の遊びは合戦ごっこに決まりました。

合戦ごっこのやり方は簡単で、五人一組になって、その中でお殿様を決めてお互いにお殿様が隠れます。お殿様以外の人はお侍で、相手に組伏せられたらもう参加できません。相手のお殿様を組伏せたら勝ちです。

慶松達はいつもお殿様を佐吉ちゃんにします。理由は佐吉ちゃんが一番強いから……じゃなくてお侍になったらすぐに組伏せられるくらい弱いからです。虎之助ちゃんが組伏せようとしたら十秒かかりませんでしたし……。

その代わり、佐吉ちゃんはお寺で勉強していてとても頭がいいので、作戦を考えてもらいます。そしてねねちゃんが忍者、慶松が部将さま、虎之助ちゃんと市松ちゃんが突撃係です。

今回はねねちゃんが相手を見つけて、罠を作る。慶松が罠のところに連れて行って、かかったところを虎之助ちゃん達と一緒に取り押さえる作戦です。

 

「くっそー……」

 

「へへ、戦は『ぱわー』だぜ!」

 

「市松大勝利。ぶい」

 

作戦はうまくいきました! 敵将三人、討ち取った! です!

虎之助ちゃんはねねちゃんがサル様に教えてもらった勝鬨が気に入ったのか、いつも使ってます。ねねちゃんが言うには勝鬨とはちょっと使い方が違うらしいですけど。

市松ちゃんは見た目の割にはお茶目さんなので、いつも自分なりの勝鬨の格好を作ってきます。見ていておもしろいです。

 

「……ふたりとも。あとふたり、いる」

 

「わーってるよ。残りも俺が組伏せてやるぜ!」

「いっちーにお任せ」

「ねねも忘れられたら困るのですぞ!」

 

さて、後二人。頑張りましょう!

 

 

 

 

 

「……あれ? 何か私忘れられてる? …………べ、別に寂しくなんてないんだからね!? ……くすん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー! 今日も大勝利だったぜ!」

 

「今のところ負けなし。ぶいぶい」

 

あの後も特に予想外の事は無く、無事に勝ちました。17戦17勝です。えっへん。

 

「はいはい、調子に乗らないの。私と慶松とねねが罠を作ってはめたから楽に勝てたのよ?」

 

「わかってるって。にしても慶松は本当に足速いよなー」

 

「……そうでもない」

 

とか言いながらちょっと嬉しかったり。伊達に村で逃げ回ってたわけではないのです。

 

「それは思ったわ。何であの砂利道を一回も躓かないで、かつ他の子の倍くらいの速さで走れるのよ……」

 

「佐吉は一刻走ったら限界だもんな」

 

「うっさいわよ体力おバカ」

 

「なっ!? バカって言った方がバカなんだぞ!」

 

「その発想がバカなのよ!」

 

もうあの二人のじゃれあいはいつものことなので放っておきます。かかさま曰く、『けんかするほどなかがいい』だそうです。

確かに、いつもけんか(?)してるととさまとかかさまは仲良しです。だから佐吉ちゃんと虎之助ちゃんも仲良しです。

 

「そろそろ、時間」

 

「……もうこんな時間か。遊んでたら早いぜ」

 

「全くね」

 

帰る時間になっちゃいました。

みんなお家の用事があって忙しいので、ちょっと帰る時間は早いのです。

佐吉ちゃんはお寺の勉強、虎之助ちゃんは鍛冶の手伝い、ねねちゃんは浅野の爺様の手伝い。市松ちゃんは……お昼寝? というよりお夕寝?

慶松はかかさまと朱乃ねえさまとご飯の用意です。……ご飯って考えたらお腹空いてきました。あんなおにぎり3つじゃ慶松のお腹一分目もいかないのですよ。

 

「んじゃ、俺はこっちだ。また明日だぜ!」

 

「いっちーもこっち。またね?」

 

「私はあっちよ。それじゃ、また明日ね」

 

「ねねは兄さまを迎えに行くのですぞ!」

 

結局、いつもの分かれ道で全員さよならしました。

……慶松はちょっとだけこのさよならが嫌いです。また明日遊べるのはわかってるけど……でも、やっぱりちょっと嫌いです。

 

「……んあ? 慶松か。今帰りか?」

 

「……ととさま」

 

ちょっとだけボーッとしていると、いつものように槍を担いでいたととさまに声を掛けられました。『今日は尾張の道場でも破りに行くかー』とお茶を飲んでまったりしながら言っていたのでその帰り道かもしれません。

 

「皆帰ったのか?」

 

「…………」

 

慶松が頷くと、じゃあ一緒に帰るか、と言ってととさまは慶松を肩車してくれました。

慶松はどうしても言葉がうまく出ないので、時々意思が伝わりにくいのですが、ととさまとかかさまはすぐにわかってくれます。慶松はそんな二人が大好きです。

……え? ねえさま? 時々怖くなるから微妙です。あ、朱乃ねえさまは好きですよ?

それはともかく、ととさまの背中や肩はおっきくて、ほっとします。

 

「……け・い・じ?」

 

「んあ? ……げっ、万千代!?」

 

「げっ、じゃありません……! 私がどれだけ貴方を探していたか……! 仕事、サボるだけサボって道場破りとはいい御身分ですね……?」

 

「……さらばだっ! 慶松しっかり掴まれよ!?」

 

「あっ! コラ逃げるな!! 0点!!」

 

今日も、ととさまとかかさまは仲良しです。



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美濃~普通ってなんだろう~

最近サブタイに詰まってきた件。









「さて、と……」

 

「おい坊主! この柱は!?」

 

「それは向こうの押し車に積んでくれ! 同じようなやつが積んであるやつだ!」

 

「あいよ!」

 

稲葉山城下の織田軍本陣。信奈が城攻め前の小休止のために設営したこの陣で、良晴は何かの図面に目を通していた。

良晴の周りでは、五右衛門を含む川並衆の面々が忙しそうに木材を運び、簡単に何かを組み立てている。まぁ一部では指示を出すために喋り続けている五右衛門の噛みっぷりに歓喜しているバカ共もいるのだが。

 

「……サル? 何やってんのよ。あんた門を開けてくる! って大法螺吹いてたくせに」

 

「あん? なんだ信奈か。門はきっちり開けてやるよ。二の丸だけじゃなくて本丸のもな」

 

ほんの少しだけ視線を上げて信奈を確認すると、良晴は再び図面に目を戻す。丸々無視された信奈はやはり気に入らなかったようで額に青筋を浮かべた。

 

「あんたそんなゆったりしてるけど、余裕があるの!? いつ義龍の本隊が戻ってくるかわからないのよ!? 稲葉山城を正面に挟み撃ちなんてされたらどうするのよ! 今はあんたの策に乗ってあげてるから他に策なんて打ってないのよ!?」

 

そしたら私は……、と続けそうになった信奈だが、それは寸前の所で何とか飲み込む。

しかし、何時もならその怒気に当てられて口喧嘩に発展させる良晴は……今日、今この時に限って恐ろしいほどに冷静だった。

 

「大丈夫だ。何も問題ないさ」

 

「何でそんな事言い切れるのよ!」

 

「信じてるからだよ。……大丈夫だ。全部俺さまに任せろ。織田家の野望はまだまだ始まったばっかりだろ」

 

「坊主! 準備できたぜ!」

 

信奈相手に毅然と言い切った良晴の元に、川並衆の一人が走ってくる。

 

「お、やっとか! ……おい信奈!」

 

「な、何よ」

 

ビシッ、と擬音が付きそうな勢いで良晴は信奈に人差し指を突きつける。その妙な迫力に信奈も珍しく押され気味である。

 

「いいな!? 早まんじゃねぇぞ!? 俺さまはあのクソイケメンのところでなんか働きたくないからな!」

 

「……ふん! 失敗したら即刻手討ちにしてやるわ! 精々そのサル知恵をこの信奈様のために役立てなさい!」

 

「はっ! 上等だコノヤロウ! 恩賞自由の件、忘れんじゃねぇぞ!!」

 

そう捨て台詞を吐きながら五右衛門達と稲葉山に向かう良晴を信奈はじっと見ていたが、すぐに何かを取り出すと良晴に放り投げる。

 

「サル!」

 

「あ!? ……っと」

 

放り投げられたのは、信奈愛用の千成瓢箪。

 

「なんだこれ? 瓢箪?」

 

「水筒代わりよ。くれてやるから持っていきなさい!」

 

その言葉に答えず、良晴は今度こそ稲葉山に向かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラリカラリと、引き出物を乗せた押し車が山道を進む。

慶次襲来によって多少の誤差はあったものの、浅井長政一行は織田が斉藤に敗れた直後を狙って再度同盟と言う名の従属を迫るつもりでタイミングを計って小谷を出立していたのだ。

 

「(織田の篭籠まであと少し。尾張掌握が成れば肥沃な尾張と半兵衛が手に入る。そうなれば私の一人勝ちだ)」

 

既に長政は尾張を盗ったその先を見ていた。まぁ、この時点では捕らぬ狸の何とやらではあるが。

だが、その長政の余裕は、稲葉山城が見える山頂近くに行くと、途端に失われることとなる。

 

「なっ……!? まさか!?」

 

稲葉山が崩れている。いや、正確には稲葉山の二の丸、三の丸の門があったはずの場所にそれがないのだ。

それが指す事実はただ一つ……織田が、斉藤を圧倒しているということであった。

 

「くっ、まさかうつけ姫が……! こうしてはおれん! 急げ! 何としても稲葉山が落ちる前に戦場に合流するのだ!」

 

戦にさえ参陣していれば、『浅井が加勢した』という事実は残せる。そして同盟の利益であった『美濃への共同出兵』が果たされた以上、織田は婚姻の約束を果たさざるを得なくなる。

そこまで読んでの長政の判断であったが……それは、既に読まれていた。

 

「おや、浅井長政殿。そのように急いで、何処へ向かわれるので?」

 

長政の前方には、妙齢の姫武将……丹羽長秀。その彼女が道の真ん中で馬に乗っていた。

 

「浅井長政、夫として信奈殿の軍へ加勢に馳せ参じました。然る後、稲葉山にて祝言を挙げましょうぞ」

 

にこやかに告げる長政ではあったが、その内心には焦りが渦巻いている。言わばこれは時間との戦いなのだ。織田が落とすが先か、浅井の到着が先か。その違いによって浅井の未来は大きく変わってしまう。

 

「その必要はございません」

 

「なっ!?」

 

しかし、万千代の返答は否であった。堂々と断りを入れる万千代に、長政は面食らってしまう。

 

「姫より、言伝を言い遣っております……『この戦は我らの、ひいては相良の戦。約定を言質に戦場を汚す無粋者は即座に切り捨てよ。それが、浅井であろうとも』、と」

 

「しかし、丹羽殿……!?」

 

万千代に近付こうとした長政であったが、万千代のリーチに入った瞬間、長政の前髪がハラリと散る。

 

「な、何をなさる!?」

 

「言った筈です。無粋者は切り捨てると。それに……どうやら私の部下も世話になったようですし」

 

万千代の言葉に、長政は冷や汗を流す。つい手段を選ばずに毒煙を使ってしまった長政ではあったが、どうやらそれが万千代の琴線に触れてしまったらしい。

 

「……ったく、んなまどろっこしい言い方なんかしねぇではっきり言ったらどうだ? 気に入らねぇ、ってよ」

 

「!」

 

「はぁ……皆貴方のように適当に生きている訳では無いのですよ。慶次」

 

しばらく睨み合っていた所に、背後から声が聞こえてくる。その声に長政はともかく付き人達が動揺してしまう。

長政がゆっくりと後ろを振り返ると、そこには皆朱槍を担ぎ、松風に跨がる前田慶次の姿があった。

 

「適当とは酷い言い草だな。俺ほどその日その日を懸命に生きてる奴はいねぇぞ?」

 

「どの口がそれを言いますか……」

 

呆れ顔の万千代に対し、何時ものようにカラカラと笑って見せる慶次。その様子に毒を食らったなどという事は欠片も見受けられない。

慶次はさて、と一息置き、長政に向き直る。

 

「そんで? アンタはどうすんだ浅井殿? 先に言った通りこの戦は相良良晴の物。その戦に手を出すは何者であろうとも罷りならん。ま、どうしても通りたいと申すならば……俺達を、越えていけや」

 

「まあ、私達に何かあったとなれば同盟どころではありませんがね」

 

二人の殺気に当てられたのか、長政は一、二歩後ずさる。それよりも酷いのは付き人の方で、完全に戦意を喪失してしまっていた。

 

「浅井殿。ここは兵を退かれよ」

 

「……承知。だが、ここまで来た以上、信奈殿に同盟の意志があるのかどうかだけは確認させて頂く」

 

「そんぐらいなら構わねぇよ。オイ、安藤のオッサン」

 

慶次は今まで引き摺って来たのか傷だらけで気絶している安藤伊賀守を槍で軽くつつく。

 

「……はっ!? ここはどこじゃ? わっちは誰じゃ……思い出したぞ! 安藤伊賀守守就と申す」

 

「いや、知ってるから。コイツらオチビの所に連れてってくれや」

 

しばらく何故わっちが……とか、浅井長政め! とかで騒いでいた安藤であったが、助けてもらった恩のある慶次のお願いだからか、渋々浅井一行を連れていくのだった。

 

「……行ったか」

 

「ええ……危ない!」

 

浅井一行の姿が見えなくなるのとほぼ同時に松風から落馬しかける慶次を万千代が何とか支える。

 

「はは……悪い悪い」

 

「笑い事ではありません! 0点!」

 

万千代は何とか慶次を松風から降ろすと、地面に慶次を寝かせて膝枕をする。慶次に回っている毒が頭に回らないように、という万千代の判断であった。

 

「いやー、思ったより毒強かったっぽいな。松風に跨がってるだけで精一杯だったわー」

 

そんな状況でもにへらと笑っている慶次に毒気を抜かれたのか、万千代は何かを言おうとしていたのを諦め、一つ深い溜め息を吐く。気のせいだろうか、隣にいる松風も心なしか呆れているように見える。

 

「……もう、貴方に文句を言うのが馬鹿らしく思えてきましたよ」

 

「いやーそれほどでも」

 

「褒めてません!……ばか」

 

「失礼な。俺は馬鹿じゃねぇよ……ただの普通のかぶき者だ」

 

ドヤ顔で言ってくる慶次に対して、万千代はもう一度大きな溜め息を吐くのだった。



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岐阜~天下布武~

「……と、言う顛末になりましたよ」

 

「ハハハハハ!! あのサル最後の最後でヘタレたか! こいつぁ面白ぇ! ダッハッハッハ……っ!」

 

「ああもう、無理をしないでください。また慶松が泣きますよ? 14点」

 

稲葉山、先程岐阜と名を改められたところに臨時で備え付けられた家臣達の宿泊所、その万千代に与えられた一室で寝ていた慶次は、論功褒賞の顛末を万千代に教えてもらっていた。ちなみに今回の万千代の褒美はういろう一年分、慶次の褒美はひつまぶし一年分だったらしい。恐らく慶松の前では半年ももたないであろうが。

 

「しっかし、サルも考えたもんだな。破城槌の先端に火薬を仕込んで爆発させ、破壊力を上げるとはな」

 

「ええ、私達では考えられなかったでしょうね。今回の論功にその発明も入れられたようですし。……修理は大変になりましたが」

 

「ボソッと嫌み言ってやんなよ。誰の影響だ全く……」

 

「そりゃあどこぞのバカなかぶき者さんが色々心配掛けさせてくれれば嫌みの一つや二つ、言いたくなりますよ?」

 

「マジすんませんでした」

 

いつも通りの笑顔、だが目が完全に据わっているその表情に負けたのか、即座に謝る慶次。完全に嫁の尻に敷かれる亭主の図である。

さて、そんな感じでいい具合に尻に敷かれてしまっている慶次だが、実は以前五右衛門が用意した薬の副作用で完全に四肢の神経が麻痺した状態になってしまっていたのだ。そうでもしなければ動けなかったというのもあるが、半分以上は自業自得。慶次が万千代の肩を借りて帰った直後、泣く寸前の慶松に小一時間じっと見られ続けるという精神的な責め苦の後に万千代のおよそ半日に及ぶ説教が待っていたため、疲れとかその他諸々で慶次は論功褒賞に出席できなかったのだ。

これだけ即座に平謝りが出来たのもある意味それが原因だろう。現に慶次の額には冷や汗が滲み出ている。

そして良晴は良晴で稲葉山本丸一番乗り、火薬式破城槌の発明、半兵衛引き抜き、墨俣一夜城の築城など、多大な功績によって無事戦功一番を獲得し、長政と信奈の仲(?)を引き裂いた。本人及び信奈はかなりご満悦であったそうな。

更に、岐阜改名の件だが、論功褒賞の後、即座に『天下布武』の印状で高札で出された。それにより、今日より稲葉山城は岐阜城に、井ノ口の町は岐阜の町に改名されたのだ。

 

「……まぁ、そんなことより」

 

「(逃げましたね、今)」

 

「岐阜……『ぎふ』ねぇ。オチビのことだから狙ってやってんだろうなぁ」

 

「恐らく……いえ、確実にそうでしょうね。姫は信秀様には何もしてあげられなかったと今でも時折悔やんでおられますから」

 

儚く微笑む万千代には、自身のことも相まってか、うっすらと悲しみと悔恨の念がかいまみえる。慶次はそんな万千代を一目見ると、体を起こして万千代の頭に手を置いた。

 

「慶次!? まだ起き上がっては……」

 

「半分治った。ちょいちょい気分転換でもしねぇと治るもんも治んねぇよ」

 

事も無げにそう言い、立ち上がる慶次。だが、動きがまだどこかぎこちないところを見ると、やはり本調子ではないのだろう。

そのことについて文句を言おうとする万千代だが、その前に慶次が手を動かして彼女の髪をくしゃくしゃにする。髪を整えさせることで万千代の言葉を封殺しようとしたのだろう。万千代も流石に男性の前でだらしない姿を見せることはできないのだ。

その間に慶次は傍らに置いてあったジャケットコートを肩に掛け、部屋を出る。

 

「慶次、その体でどこへ……!」

 

「ーー綺麗な夕焼けだ。こんな時は、月も綺麗に見えるだろ」

 

そう言って、慶次は振り返り、無邪気な笑顔を向ける。

 

「そんなにも月が綺麗なら、より天に近い場所で月見酒といきたいもんだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

金華山の山頂にある草庵。そこで道三は夜の井ノ口の町……岐阜の町を見つめていた。

かつて自分が天下取りの野望を抱き、盗った美濃。自分は老いたが、その野望は確かに愛娘と呼べる義娘に受け継がれた。

もはや道三に微塵の未練も残ってはいない。そう、未練は、だ。心配事は未だに数多残っている。

 

「(……あの子は、優しすぎる。義龍の首を取らぬは、明らかにワシに対する義理が原因であろう。あの子は、この戦国で覇者として振る舞うにはあまりに優しすぎる……)」

 

信奈が戦国の世界で天下を目指すのであれば、間違いなく敵は出てくる。それも味方となるのが有り得ないほどの明確な敵が、何人も。それを破る度に許していれば、やがて敗者達は徒党を組み、復讐を果たそうとするだろう。

故に、敗者に情けは無用。それが戦国の習いだった。それなのに、自分という過去に生きる生き霊が要らぬ情けを抱かせてしまった。道三はそのことを悩んでいたのだ。

 

「(このまま、人知れず姿をくらませた方がいいかのぅ……)」

 

道三がそんな負の考えに呑まれかけた時だった。

 

「よぅ。年寄りが何辛気くせぇ顔してんだよ」

 

その言葉に振り向く前に、自分の近くに誰かが腰を下ろす。その人物は……慶次だった。

 

「城じゃ戦勝祝いの宴やってんだろ? そっちに行かなくていいのか?」

 

「お主こそ。こんな辺鄙な草庵で老いぼれを相手にしておってもよいのか? お主の主と従者が待っておるじゃろう?」

 

「今宴会に顔出そうもんなら恐ーい主サマに長屋に引きずられちまうよ」

 

宴会からこっそりくすねて来たのか、大きな瓶から酒を汲み取り一気に飲み干す慶次。違う杯を道三に差し出すが、道三はそれを手で制して断る。

 

「それで、何の用じゃ?」

 

「何、ただ月見酒がしたくなっただけだよ」

 

そう言うと、今度は包みを開いて中からスルメを取り出す。それを噛みながら酒を呑むだけでしばらく沈黙が続いたが、その沈黙はやはり慶次によって破られた。

 

「……別にいいんじゃねぇの? 甘くてもよ」

 

「……見抜かれておったか」

 

慶次に悩みを見抜かれていたことに、そっと目を伏せる道三。

 

「上が甘いなら、下がしっかりすりゃいいだろ。ジジイ、あんたがその厳しさになりゃあいい」

 

「……この老いぼれがか? 残りの時間が限られたワシにはそんな役が務まるとは思わんがの」

 

「時間が限られているなりにやり様はあるだろ? 少なくとも、前田の爺さんは俺に残してくれたぜ?」

 

互いに町の明かりを見ながら話をする。互いに顔は見ない。

 

「……利久殿か。裏表のない人物であったと聞き及んでおる」

 

「爺さんに俺は何も返せや出来なかったけどな。養子になってすぐに逝っちまった。まだまだ元気な爺さんだったんだがね。世の中、何が起こるかわかりやしねぇ」

 

でもよぉ、と付け加えてから、慶次は再び一気に杯を煽る。

 

「だからこそ、人ってのは今を必死に生きれるんじゃねぇかな」

 

「今……」

 

「いつ死ぬかわからねぇから備える、じゃなく、いつ死んでも笑って逝けるように。だからこそ、人生は楽しいんじゃねぇか? ジジイ、あんたもそうだったんだろ?」

 

慶次の言葉に道三は目を伏せたまま、過去を振り返る。立身出世を夢見た少年時代。土岐の当主に拾われ、ただただ上を目指して駆け上がって行った己の半生を。

 

「夢があるから、人は今を頑張れる」

 

「……そう、じゃな。ワシらは、ただ今を生きておる。未来などどうなるかさっぱりわからん。小僧の知識とて数多ある可能性の一つに過ぎん」

 

道三は傍らに置きっぱなしにされていた杯を取ると、酒を汲み一気に煽る。

 

「ま、何だかんだ言って一番自由なのはオチビだってことだろ」

 

「どういうことじゃ?」

 

「やっぱわかってなかったか」

 

慶次は楽しそうに笑いながら酒を煽る。道三はそれに全く見当が付かないのか、首をひねっている。

 

「岐阜の城、岐阜の町」

 

「む? お主、どこへ……」

 

「ジジイの汚ねぇ面は見たくないんでな。今のうちに退散するさ。……さっきの言葉の意味、よーく考えな」

 

そうとだけ言い残すと、慶次は予め用意していたのであろう瓢箪に酒を汲み取って山を降りて行く。

道三はただその姿を見ていたが、やがて町に目を戻す。それを見た瞬間道三は……全てを理解し、知らず知らずの内に涙を流していた。

 

「岐阜の城、岐阜の町」

 

知らず知らずの内に、口から言葉が漏れ出す。

 

「ぎふの城、ぎふの町」

 

声が震えることなど、知らない。湧き出る感情は、ただただ口から溢れ出る。

 

「義父の城、義父の町」

 

信奈が己に施した、最高の親孝行。その思いは確かに、道三(ちち)の心を打ったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーそう。織田が美濃を」

 

「はい。いずれ織田が京に手を伸ばすは必至と思われますが……」

 

小さな小屋だった。そこに一人の少女と一人の女性が向き合って座っている。女性の背後には仏像があり、その仏像は悪鬼を踏み潰していた。

 

「我らが居ぬ間に織田は大きくなります。……如何なさいますか、謙信様」

 

「まだ、織田が悪と決まったわけではない」

 

毘沙門天を背に酒を呑む女性……上杉謙信は自分に傅く少女……直江兼続にそう短く返す。

 

「では、武田との決戦を?」

 

「まだ、早い。……兼続、貴女には次に坂東常陸……佐竹の鬼を見てきて欲しい」

 

「鬼……ですか?」

 

謙信は言葉を返さず、ただ頷く。

 

「常陸の鬼は、二つの可能性を秘めている。悪となれば討つが……正義となれば、私の軍配を預けられるほどの逸物になるかもしれない」

 

そう言うと、兼続はあわあわと慌て出すが、謙信はただ信頼を込めた声で兼続に囁く。

 

「兼続。貴女の見し物が私の見し物。今は私を信じて見聞を広めて欲しい」

 

「謙信様……その任、確かに果たしてきます!」

 

謙信の言葉に、喜び勇んで準備をしに城へ戻っていく兼続。その兼続を見送りながら、謙信は外の空を見上げる。

 

「(……私は、毘沙門天の化身。父の業を背負い、正義を為すためだけに生まれてきた者。その事に不満などない。ないはずなのに……時折、慶次や兼続を見ると、羨ましくなってしまう)」

 

謙信は、ただ静かに空を見上げる。目を細める事もなく、ただただ蒼く澄んでいる朝焼けの空へと手を伸ばす。

 

「(慶次や兼続は、雲。何者にも縛られず、自由に、奔放に空を舞う雲。毘沙門天たる私とは対極に位置する存在)」

 

しばらくそうしていただろうか。謙信はゆっくりと手を引く。その目には……迷いがあった。

 

「(許されるとは思わない。だけど、もし私に一つだけ我儘が許されるのであれば……)」

 

そして謙信はゆっくりと毘沙門堂に戻っていく。

 

「(……私も、雲になりたかった)」

 

謙信は、迷いごと閉じるように……毘沙門堂の戸を、閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃい……かねたん」

 

「謙信様!?」

 

兼続が出立する前にそんな寸劇があったとかなかったとか……。



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原作三巻~馬鹿と猿と中二病と爆弾正とetc. ~
岐阜・山城~京へ~


更新遅れてすみません……

い、いそがしかったんだ……!













「……長秀殿。あれはどう考えればよろしいのでしょうか……?」

 

「……ま、まぁ、結果だけを見れば満点……でいいのではないでしょうか?」

 

「クククク……! は、腹痛ぇ……!」

 

困惑した表情を見せる朱乃と万千代。そして腹を抱えながら笑いを噛み殺している慶次。その三人の視線の先にいるのはあの浅井長政である。

無駄に洗練された好青年のフリをして女を惑わす女の敵。朱乃や万千代にとってはそんな認識であった長政は今……

 

「浅井長政、只今参上つかまつりました。小谷勢の力、しかとその目にお見せ致しましょう。わが軍勢、義姉上の好きにお使いくだされ」

 

「で、デアルカ……」

 

……見ている方が気持ち悪くなるくらい従順で素直になっていた。具体的には信奈がドン引きするくらいに。

確かに織田と浅井は先日婚姻による姻戚関係の同盟を結んだ。だがその姻戚が問題だったのだ。

織田から浅井へ嫁ぐこととなったのは史実同様『お市の方』である。しかし、信奈に信澄以外のきょうだいはいない。ではお市とは誰なのか? その正体は女装した信澄なのだ。信澄、つまり……『男』である。

勘で長政の正体を見抜き、それを疑うことなく信じている慶次や、恐らく全てを見抜いている朱乃や半兵衛以外は長政が『そういう』趣味なのではないかと勘繰っていたのだった。ちなみに、上の朱乃の台詞は確信犯である。

 

「ま、まぁ、長政殿がこちらについたおかげで味方の数は五万まで膨れ上がりました。京への道を塞ぐは六角承禎ただ一人。88点です。後は姫の采配次第ですが」

 

そう。慶次の体調と兵の士気の回復、岐阜の町の復興を済ませ、今日全軍を動かした理由は只一つ。京へと上洛するためだ。

美濃を手中に収めた織田軍三万。援軍の松平一万、浅井一万。計五万の軍勢が遮二無二京を目指す。その間にある抗戦の意を示した六角を叩き潰して。この戦に、六角との因縁の深い浅井勢は特に色めき立っている。先頭に立って大きな槍をぶんぶん振り回している青年など特に。

 

「いやいや、オチビの策なんか決まりきってんだろ」

 

「はい?」

 

「オチビもなんだかんだ単純だからな。聞く方が簡単にわかる簡単なことしか言わねぇよ。……ま、人によっちゃ深読みしすぎるかもだが」

 

「それはーー」

『全軍かかれぇっ!!』

 

慶次に何か言おうとした万千代の言葉を遮るように、信奈の号令が響く。それに慶次と朱乃は軽く笑い、万千代はこめかみを押さえる。

 

「ほらな?」

 

「……全く、あれほど軍略や兵法の本を読み聞かせましたのに……」

 

「まぁいいじゃねぇか。わかりやすいくらいが丁度いい。ーーオラ、俺らも行くぞ!」

 

そう言って、慶次は側に控えていた愛紗を連れて馬を駆る。取り残された万千代と朱乃はそれぞれ違った反応を見せていた。

 

「慶次、待ちなさい! ……全く、あのバカは……」

 

「あらあら、殿方の支えとなるのもいい女の条件ですよ?」

 

「……私も貴女も、未婚ですが」

 

「うっ」

 

ゆったりと微笑みながら言う朱乃に、万千代のジト目の一言が突き刺さると、朱乃は馬に乗ったまま崩れ落ちる。言った側の万千代も無事ではなかったようで、燃え尽きたように項垂れていた。

 

このあとの丹羽隊の軍勢の攻めが数割増で苛烈だったのは気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

とある六角軍武将の証言

 

「あ、あれは鬼か閻魔のどっちかだ……。その女達は軍師なんだろうか、直接は手を出してないんだが、出してる闘気というか殺気というか、とにかくヤバい感じが溢れだしてたんだ……。初めてだったよ。直観で死ぬ、殺されると思ったのは……」

 

とあるバカの証言

 

「ストレス、溜まってたんだろうな……」

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「はー、ここが京か……。寂れてるなぁ」

 

「ま、応仁の乱以降ここはかなりの小競り合いに巻き込まれてきたからな。金はない、民の協力もない、朝廷の覚えも悪くなるでそれどころじゃなかったんだろうよ」

 

「戦続きという面が大きいでしょうけどね」

 

超速で京に入った後、慶次と良晴、朱乃は京の町をぶらぶらと散策していた。理由は簡単、足利将軍の後釜としての今川義元の将軍宣下を受けるためには朝廷との交渉が不可欠だからだ。

その交渉に出自不詳の良晴や何をしでかすかわからない慶次を連れていく訳にはいかなかったからだ。

簡単に言えば、『お前ら事が済むまで大人しくそこら辺ぶらぶらしてろ。頼むから朝廷で問題起こすなよマジで』という厄介払いであった。ちなみに朱乃はお目付け役である。

 

ただ、ある意味ではそれもよかったのかもしれない。

 

「お? 慶次はんやないか。織田に仕官しとったんかいな! あ、そや、これ持ってきやー」

 

「おお! おっちゃん久しぶりだな! 景気はどうだ?」

 

「全然やなー。何分みんな余裕ないんや」

 

「そっか……あ、その団子といつもの茶くれ。三人分な! これは帰ってから食わせてもらうよ」

 

「毎度!」

 

「あらぁ、慶次はんに昌幸はん、おひさしぶりどすなぁ」

 

「あ! 慶次兄ちゃんお帰りー!」

 

「昌幸はん、慶次はんおとせはったんどすかー?」

 

その理由は、慶次の京での人気である。町に出てから良晴が気付いた事だが、慶次に挨拶して近寄ってくる人の多いこと多いこと。時折朱乃にも声はかかるが、それでも慶次の人気が圧倒的なのだ。

 

「なんだ、慶次の兄貴はまだ手を出してなかったんですかい? こんな別嬪さん放っておくなんて勿体ない。もしかして、コレですかい?」

 

「誰がカマだコノヤロー」

 

「あいてっ!」

 

「あらあら」

 

「いや、でもほんまに別嬪さんになったなぁ。どやろ昌幸ちゃん、わいに乗りかえん?」

 

「あんた……?」

 

「いや、冗談やって冗談。わいは母ちゃん一筋や」

 

「その割には俺が京を出る前に遊郭の娘口説こうと頑張ってたよなー」

 

「慶次はぁぁぁぁぁぁぁん!?」

 

その一連のやり取りに、周りはドッと笑いだす。その輪の中で京の民衆を見ていた良晴は不思議な気持ちになっていた。

良晴が京に入った時、民衆に抱いた第一印象は、『人間不信』。長い間戦火に巻き込まれ、大名同士の醜い権力争いを見てきた京の民衆の目は鋭く、簡単には信用しないということを体全身で表しているようだった。

中には織田を歓迎する者もいたが、それは一握り。兵が近付くと戸を閉めて警戒する者も少なくなかったのだ。それは良晴が町に出た時も同じだった。

それが、慶次と朱乃が合流した途端に180度変わったのだ。慶次の存在が京の民衆の対応を一変させた。戸を閉めて警戒していたはずの民衆は慶次の声が聞こえると顔を出し、周りは次々と笑顔に変わっていく。

皆が分け隔てなく笑顔になる。そこに、良晴は一つの理想の形を見た気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慶次さん、一体どこに向かってんすか?」

 

民衆に別れを告げた後、慶次と朱乃は迷うことなく一つの道を歩いている。余りにも普通にすらすらと歩いて来ていたために聞きそびれてしまっていたのだ。

 

「え? 普通に友達の家だぞ。なぁ?」

 

「うふふ、そうですわね。友人の家です」

 

「なんか最近慶次さんの『普通』に信用がなぁ……」

 

「お前最近失礼だな……っと、ついたぞ」

 

何でもないように良晴に告げ、戸を叩く。良晴は「前田慶次の京の友人って誰だっけ?」と首を傾げながら門にある邸の主の名が書かれた木札を見て……そして、吹き出してしまった。

 

そこに書かれていた名前。良晴の知識の源である『織田信長公の野望』にも登場する、有名な人物。

 

『藤原北家四条分家 山科内蔵頭言継卿邸』



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京~友、遠方より来る有り~

お久しぶりです。

空きすぎたなー……反省























「久しぶりね、慶次」

 

「ふふ、お久しぶりです。ケイくん」

 

「おう、二人とも久しぶり……っていい加減くん付けは止めてくれよ藤姉」

 

「私にとってケイくんはケイくんですから♪」

 

屋敷に入って慶次達が通された部屋で談笑していたのは、長く綺麗な紅髪の女性と、肩口で切り揃えられた黒髪の、朱乃とはまた違う清楚さを醸し出した女性だった。

慶次はフランクに挨拶をするが、黒髪の女性には頭が上がらないらしく、いつもとは違ってやりくるめられていた。

ちなみに、朱乃はいざ屋敷に入ろうという時に愛紗にしょっぴかれて行った。どうやら仕事をほっぽり出して来ていたらしい。自業自得と言われれば何も言えない。

 

「昌幸や幸村はどうしたの?」

 

「仕事だってよ」

 

「あら、ケイくんは終わったのですか?」

 

「仕事はいいから問題起こすなってよ。ったく、俺を何だと思ってるのやら……」

 

部屋に入り、座り込んでブー垂れる慶次に、女性二人は苦笑いで応える。そして、そこで二人は入口の所で立ち尽くしている良晴に気付いたらしい。

 

「あら? 慶次、あの子は?」

 

「ん? ああ、サルだ。渾名は良晴だったか?」

 

「逆ですよ!? 名前が相良良晴! んで渾名がサル! ……って自分でサルって認めちまったぁぁぁ!」

 

ツッコミと同時に頭を抱える良晴を見て、女性陣はクスクスと艶やかに笑い、慶次は指を指して大爆笑している。

しばらくそうしていた四人ではあったが、紅髪の女性が良晴にもっと近くに来るように言って一応の落ち着きを見せた。

 

「……さて、自己紹介がまだだったわね。私が山科言継よ」

 

「ふふ、細川藤孝、と申します。以後お見知り置きを」

 

上からそれぞれ紅髪の女性、黒髪の女性である。そしてその自己紹介が更に良晴の頭を混乱させてしまう。

 

「(うぇっ!? 細川藤孝!? 幽斎じゃなくて……って大分後だっけ? じゃなくて何で慶次さんと……そう言えば和歌で云々かんぬんあったような……というか山科言継に細川藤孝とかしかも二人とも女の人だし巨乳だし慶次さん爆発アッチョンブリケーー)」

 

「とりあえず落ち着けアホ」

 

「ごっ!?」

 

混乱して目がぐるぐる回り始めた良晴を、慶次が拳骨で我に返らせる。流石の良晴も山科言継に細川藤孝というビッグネーム二人が同時に現れるとなるとパニクったらしい。頭を押さえる良晴をおかしそうに笑っている二人の様子に微塵も気付いていない。

 

「おや、ケイくんにも可愛い弟分が出来たようですね」

 

「誰が弟分だよ。それにコイツはオチビの飼いザルらしいからな。俺がどうこうできるもんじゃねぇのさ」

 

「信奈ちゃんの? それはまた……不憫な子ね」

 

「だったら言継、お前が飼うか?」

 

「結構よ。端から見てれば面白そうだし。最近は近衛をからかって遊ぶのにも飽きてきた所だしね」

 

あわれ良晴。自分の知らない所でボロクソである。ちなみにこの瞬間とある茶髪の自称天下一の美少女が盛大にくしゃみをしたとかしてないとか。

しかし、こうなってはもはや慶次達にとってはいつも通りの流れである。慶次と言継が話倒し、藤孝が穏やかな表情でそれを見守る。その中に良晴が立ち入る隙など微塵もないのだ。

 

「……えーっと」

 

「相良氏、仕事でござるよ」

 

「うわっ!? 五右衛門!? ……って五右衛門が噛んでない!?」

 

「失礼な! 拙者だってたみゃにわ……」

 

「やっぱり30字くらいが限界か……」

 

「うにゅうぅぅぅ~~!!」

 

そんな小芝居を始めながら、良晴は突然現れた五右衛門と共にそっと山科邸を去っていったのだった。

……後ろでさりげなく藤孝が手を振って見送るのを確認してから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はー、疲れた疲れた。じゃあ言継、今度は朱乃と愛紗連れてくるわ」

 

「ええ。……それより、貴方たまには顔出しなさいよ? そろそろ近衛がキレるかも知れないわ」

 

「うげぇ……めんどくさ……」

 

「ふふ、ケイくん? 義務は果たさなければなりませんよ?」

 

「へいへい、わーりましたよー」

 

不満そうにブーたれる慶次を呆れ顔で見る言継に相変わらず微笑んでいる藤孝。そんな二人に見送られながら、慶次は山科邸を出る。

良晴が途中で退席したのは藤孝から聞いていて全く問題ない。そのまま自分に割り振られた長屋に戻ろうとした慶次だが、その部屋の扉を開けるや否や足に軽い衝撃が訪れた。

 

「……おかえり」

 

「あら、お帰りなさい」

 

「慶松? それに万千代?」

 

そこには、こんな長屋よりもよほどいい場所に寝所を与えられているであろう万千代がいた。そしてそっちにいるはずであろう慶松も。

その事に頭に疑問符を浮かべる慶次に、万千代はにこやかに笑いながら語りかける。

 

「ふふ、慶松に夕飯はみんな一緒がいいとねだられましてね」

 

「ああ、なるほど。朱乃は?」

 

「どうやら公家の調略で手が離せないようで……」

 

「麿達の相手か……御愁傷様だな」

 

公家屋敷がある方を向き、手を合わせる。その様子に万千代は苦笑いだ。

……愛紗が呼ばれていない理由は推して知るべし。

慶次は慶松を抱き上げると、卓袱台の前に座り込み、そして慶松をゆっくりと膝の上に乗せる。

 

「そう言うことなら晩飯にするか。なぁ慶松?」

 

「ん」

 

「今日はせっかくですし、鰆の西京焼きですよ」

 

「(結局味噌か……)」

 

「何か余計なこと考えました?」

 

「イイエナニモ」

 

言ったか、ではなく考えたか、と聞かれるあたり、もう色々とアウトかもしれない。

 

改めて慶次が万千代のスペックに冷や汗を流していると、袖をくいくいと引かれているのに気が付いた。

 

「ん? どうした?」

 

「……それだけじゃない、よ……?」

 

「?」

 

慶松の目が僅かに輝いているために、悪いことではないとわかるのだが、それだけでは何が何なのかさっぱりわからない。

いまいち要領を得ない慶次は万千代に目を向ける。万千代はその意を得たりとばかりに一つ頷くと……

 

「明日から数日、私達は堺に出向きます」

 

「あ、そうなのか? お土産よろしく」

 

「何言ってるんですか。貴方もですよ」

 

「はい?」

 

「……ととさまもかかさまも、いっしょ」

 

そんなこんなで、慶次の堺行きが決定した。



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堺~幼女なアイツは中二病~

「堺だー!」

 

「……? さかいー」

 

「恥ずかしいからやめなさい慶次。慶松も真似をしてはいけませんよ」

 

堺の門を潜るやいなや右手を天に突き出して騒ぐ慶次と、よくわからずにそれを真似する慶松。万千代はそれを見て溜め息を吐きながら注意するが、慶次は全く気にした様子もなくカラカラと笑っている。

自由貿易都市・堺。日ノ本有数の商業地であり、西国の商人達にとっては畿内への窓口である。この都市はその銭の力によって大名や朝廷の支配を拒んでおり、会合衆という商人の代表達による合議制で政を行っている。つまりは一種の独立都市と化しているのだ。そのお陰だろうか、堺の町は常に喧騒が絶えず、この時代には珍しいほどに賑やかな印象を受けるのだった。

 

「やー、懐かしいなー」

 

「そう言えば、貴方はここにも来ていたんでしたね」

 

「……ととさま、きたの?」

 

「おー来たぞー。……諸事情であんまり観光は出来なかったけどな」

 

可愛らしく小首を傾げる慶松を撫でながら、気だるげに答える慶次。諸事情が何かは推して知るべし。……まぁ、船的な事情とだけ言っておこう。

そして今更だが、慶次達は今馬上である。しかも松風はこの上なく大きいのでものすごく目立っているのだが、慶次はそれを一切気にしない。人が苦手なために縮こまっている慶松や「またか」と言わんばかりに呆れている松風はいい迷惑だが。

それでも慶松を気遣ってあまり揺らさないように歩いている松風は本当にできた馬である。

 

「……んで、万千代。納屋ってのはまだか?」

 

「後一里くらい先ですね。数年ぶりなので店舗の位置が変わっていれば別ですが……」

 

「……つかれた」

 

「そうだな、じゃあさっさと行こうぜ。松風!」

 

「ブルル!」

 

「あっ、ちょっと待ちなさい! 慶次!」

 

万千代の制止の声をよそに、慶次は異常なレベルの馬さばきで堺の町を駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから貴方は前からふざけすぎるなとあれほどーー」

 

「ゴメンナサイ。マジデゴメンナサイ」

 

納屋に着き、馬を厩に預けて納屋の主人である今井宗久と納屋に滞在している信奈に到着を伝えると、万千代は即座に慶次に説教を開始していた。

その説教の厳しさは相当なものだろう。キツさ加減は慶次がカタコトになっていることから察していただきたい。

 

慶次は後ろで爆笑している信奈を睨みながらただただ耐えるしか出来なかった。

 

「ーーです! わかりましたか!?」

 

「ハイ。ゴメンナサイデシタ」

 

「あはははははは!! はー……終わった?」

 

「オチビ、ちょっとお前表でろ。久々に稽古つけてやる」

 

「嫌よ。あんた容赦ないじゃない」

 

目尻に涙を溜めながらそう言う信奈に流石に堪忍袋の緒が切れたのか、額に青筋を浮かべた慶次が槍を持つ。だが、信奈はあっさりと慶次の誘いを断るのだった。

 

「ふぅ……さて、次は姫様です」

 

「ふぁっ!?」

 

万千代の宣言にこの世の終わりと言わんばかりの顔を向ける信奈。

 

「当たり前です! 供を戦えない者しか連れずに出掛ける主君がいてたまりますか! いいえたまりません!!」

 

「ち、ちょっと待って! これはお金をどうにかするため……慶次! 何とかし……ってもういない!? 逃げるの早すぎない!?」

 

信奈が目を向けた時には慶次はもうそこには居ない。ついでに隅っこで暇そうにしていた慶松まで居ない。相変わらず神がかった説教回避能力である。

 

「さぁ、姫様。ここに正座です」

 

「ち、ちょっと待って!」

 

「問答無用!」

 

その後、納屋に閻魔大王の説教の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ひどい目にあったな……」

 

「……おこったかかさま、こわい」

 

納屋から逃げ出した慶次は、慶松をおんぶしながら堺の町を散歩していた。

慶次としても、長ったらしい上に全く聞く気のない説教を聞くのは苦痛でしかないのだ。いや、大半の者がそうだろうが、出雲の七難八苦ドM娘みたいな人ももしかするといるかもしれない。

とにかく、今は散歩である。慶松は先ほどまでのような退屈な表情から一変させ、目を輝かせて(慶次目線で)町を見渡している。

 

「……ととさま」

 

「ん?」

 

「あれたべたい」

 

そう言って慶松が指を指す先には『納屋名物たこ焼き』ののぼりと屋台があった。

 

「たこ焼きか?」

 

「たこやき?」

 

「あれの名前だよ」

 

「……ん。たこやきたべたい」

 

こくんと頷きながら目を輝かせる(やっぱり慶次目線で)慶松を慶次は笑いながら撫でて屋台に足を進める。

慶松は、養子になった直後と比べると程ほどにわがままを言うようになった。以前なら聞かれなければあれが見たい、これが食べたいと言わなかったのだが、今はある程度自分で意思表示をするようになったのだ。とは言うものの、やはり同年代の子供たちと比べると明らかに遠慮がちなのだが。

 

慶次は視線を上げて屋台を見る。たこ焼き、八個入り5文。慶次の所持金、出発前に万千代にかなり絞られた(預けさせられた)ために10文。慶松の胃袋、インフィニティ。

 

「…………」

 

「……ととさま、だめならいい、よ?」

 

「…………」

 

娘にこんな悲しそうな(やっぱ(ry)顔をさせることができようか、いやできない。

 

 

 

 

 

 

 

「……おいしい」

 

「そうかそうか。そいつぁ重畳」

 

結局、慶松の手には16個のたこ焼きの入った容器が。昼過ぎのこの時間帯には調度いいおやつなのだが、慶次は財布が寂しくなったのだった。

 

「……ととさま」

 

「んー?」

 

「……あーん」

 

慶松が慶次の口の前にたこ焼きを刺したつまようじを持つ手を伸ばす。慶次は一瞬ぽかんとするが、すぐに目の前のたこ焼きを頬張った。

 

「……おいしい?」

 

「おう。美味いぞ。ありがとな慶松」

 

「……うん」

 

慶次が器用に慶松の頭を撫でると、慶松はくすぐったそうに、けれど幸せそうに身を捩る。

その時だった。

 

『六・六・六、きたーーーーーーーー!!』

 

「……ん?」

 

どこかで聞いたような声が聞こえた気がした。具体的には、すぐ横にある南蛮寺から。

南蛮寺からは堺の民草がぞろぞろと出てくる。恐らく、いつもの聖書の朗読が終わったのだろう。昔慶次が堺に来た時に世話になった、『魚屋』の田中与四郎という商人の娘に連れていかれた覚えがある。

 

「……ととさま?」

 

「……いや、気のせいだろ。あれが堺にいるわけねぇし……」

 

『叩くな、叩くなぁっ!』

 

「(あ、これ確定だわー)」

 

一人で自己完結した慶次は、南蛮寺の扉を開く。ギィ、という少々独特な音に慶松がビクッと体を震わせて慶次にしがみつくが、音だけのために頭を撫でるだけで放っておく。

 

「……えーっと、サル、梵。お前ら何やってんだよ」

 

「え? け、慶次さん!?」

 

「あ、前田! いいところに来た! 早く我を助けるのだ! でないと我の内に眠るびぃすとが……」

 

中にいたのは、サルこと相良良晴、何故かおろおろしている金髪のシスター。

そして、慶次が奥州で出会った少女、否幼女。伊達梵天丸こと、伊達政宗だった。



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閑話~とある年越し~

今年は投稿がかなり間が空いたり、話がずれたりで本当にすみませんでした。
こんな作者ではありますが、来年もよろしくお願いいたします。


2013年
UA……172604
お気に入り……1535件
総合評価……14258

本当に、ありがとうございました!















「慶次様ー、これはどこに……」

 

「それは玄関のところに置いといてくれー。後で運んどくから」

 

「……ととさま」

 

「ん? ああ、万千代が台所辺りにいるはずだから聞いてみな。多分万千代の部屋に置くとは思うが」

 

大晦日。どこの家庭でも大掃除や年末の総整理に忙しいこの日、丹羽家でもその例にもれず大掃除を行っていた。

まぁ、主に掃除を担当しているのは慶次、愛紗、慶松。そして片付けが速攻で終わったために手伝いに来た犬千代と半ば無理矢理連れてこられた良晴なのだが。万千代と朱乃はおせち作りで忙しくしている。

ちなみに信奈は城の掃除でてんてこまいのため不在である。

 

「……さて、と。これで終いか」

 

「お疲れ様です」

 

「つ、疲れた……」

 

だが、早朝から始めていた甲斐があってか掃除も昼前には終わった。慶次は額の汗を拭い、愛紗が苦笑しながら手拭いを差し出す。それをこき使われたために疲労困憊な良晴が恨みがましく見ていて、犬千代と慶松は仲良く眠そうにしていた。

 

「あらあら、お疲れみたいですわね」

 

「姉上。そちらも終わったのですか?」

 

そんなところに、いつものようにニコニコしている朱乃がやってくる。ただし、服装はいつもとは違って動きやすい着流しだったが。

 

「……ってその着流し俺のじゃねーか。いつかっぱらったんだよ……」

 

「あらあら」

 

「……後で返せよ?」

 

「承知しておりますわ」

 

笑顔の威圧に屈する慶次であった。

 

「それで、姉上はどうしたんですか?」

 

「そろそろお昼にするらしいので、報告に、と」

 

『『早く言え!!』』

 

その言葉に飛び付くように、全力で居間へと駆けていく慶次達であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「流石に人が多いな……」

 

「慶松、慶次から離れてはいけませんよ?」

 

「……うん」

 

その夜、凡そ亥の刻半(午後11時)。慶次と万千代、そして慶松は熱田神宮に向かっていた。

理由はお察しの通り初詣だ。何せ、慶松にとっては初めての慶次達と過ごす新年である。その記念のようなものが欲しかったのだろう、珍しく慶松から初詣に行きたいと言い出したのだ。

 

「慶松、寝たかったら寝ててもいいぞ? 起こしてやるから」

 

「…………ん!」

 

慶次の言葉に強く首を横に振る慶松ではあるが、その眼はトロンとしており今にも寝てしまいそうだ。

慶松の懸命な姿を見てから、慶次と万千代は顔を見合わせて苦笑いする。そしてどうにか神宮にたどり着き、しばらくすると……

 

「皆さま、子の刻を迎えました! 明けましておめでとうございます!」

 

神宮の神司が、年明けを宣言する。

 

「明けまして、おめでとう」

 

「ええ、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますね?」

 

二人の目線は、結局慶次に抱っこされたまま眠ってしまっている慶松に、優しく注がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、二人になっちまったな」

 

「そうですね……」

 

初詣を済ませ、絵馬を飾り、慶次が前代未聞の御神酒の一樽丸呑みという偉業(?)を達成した後。二人は慶松を背負って帰り道を歩いていた。

 

「……そういや、お前頑なに教えてくれなかったけど、絵馬に何て書いたんだ?」

 

「…………」

 

そう。万千代は慶次に決して絵馬を見せようとしなかった。慶次が自らの『一年間、織田家が楽しくありますように』という絵馬を見せても、絶対に見せようとしなかったのだ。

 

「……嫌です」

 

「えー……すんげぇ気になるんだけどな……」

 

「絶対に嫌です!!」

 

「あ、ちょ、待てよ!」

 

「……んにゅ」

 

「お、起きたか慶松。もうちょい寝ててもいいぞ」

 

「……ん」

 

慶次は慶松を背負い直すと、顔を真っ赤にして逃げ出した万千代を追いかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一年間、慶次と慶松と無事に過ごせますように

 

 

 

 

 

 

 

素直に、なれますように』

 

 



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堺~邪気眼竜と小さな虎~

「……なるほど。サルがそこのシスターをやらしい目で見て、梵がそれをからかったらサルが梵をお仕置きした、と」

 

「やらしいって言い方やめてもらえません!?」

 

教会の中で、一連の出来事の事情を聞いた慶次がそう結論付けると、良晴はすごい勢いでそれを否定しにかかる。どうやら沙汰が気に入らなかったようだ。

 

「事実じゃねぇか」

 

「そんなこと言われても男なら仕方ないことじゃないッスか! 慶次さんだって気になるでしょ!?」

 

「いや、そりゃ朱……昌幸よりデケェんじゃねーかなー、とか思ったけどよー。そんだけだな」

 

「忘れてた……この人俺様の敵(リア充)だった……!」

 

良晴が崩れ落ちて涙を流すさまを見て、金髪碧眼の魔乳シスター……ルイス・フロイスは苦笑いを浮かべ、梵天丸はいい気味なのだ、とニヤニヤしていた。慶松は変わらず慶次の足にしがみついている。どうやら人見知りが発動してしまっているようだ。

 

「……にしても梵。お前本当に久しぶりだな。まさか出不精なお前が堺にまで来てるとは思わなかったが……。なんだ? 小十郎に愛想尽かされたか?」

 

良晴をノックアウトした慶次は、今度は矛先を梵天丸に向けたらしい。早速からかいの言葉を梵天丸にかけていた。

その間にフロイスは良晴を慰めにかかっている。本当によくできた娘だ。

 

「ククク、我の眷族たる小十郎が我に愛想を尽かすなどあるはずがなかろう。我は『黙示録のびぃすと』。我に関わったが最後、恐怖によって我を裏切るなど出来なくなっているにょだ!」

 

「案の定絶好調だなお前……。よしよし、分かりにくいからその設定しばらく封印しとこうなー?」

 

「むぅ……わ、我を撫でるな! 我が気を抜くと『びぃすと』が暴れて……くっ、鎮まるのだ! 『666の獣』よ!」

 

梵と旧知の仲である慶次はもちろん梵天丸が早すぎる中二病真っ盛りであることを知っている。なので馴れた手つきで梵天丸をあやしていく。

だが、それを良しとしないようで、慶松はそんな慶次の足を少し強く握っていた。

 

「ん? どうした慶松?」

 

「…………」

 

不機嫌になってしまった慶松の頭を撫でる慶次だが、慶松は変わらずぶすっとした表情のままだ。

普通ならば困るところなのだが、今でも滅多に自分を出さない慶松が出した我であるので、慶次は苦笑いしかできない。

 

「む? なんだそのようじょは。前田の娘か?」

 

それを目ざとく見つけた梵天丸はいかにも興味津々ですという様子で慶松のことを聞く。そのことに対して慶松がより一層不機嫌になるが、それに二人とも気付いていない。

 

「ああ、そうだ」

 

「ふむ……ククク、ようやく真田の姉と契りを交わしたか。よいぞ、この『黙示録のびぃすと』たる我が貴様たちに呪いを与えてやろう! えろいむえっさいむ! えろいむえっさいむ!」

 

「呪ってどうすんだよ……。というより慶松は昌幸の娘じゃねぇぞ?」

 

「なぬ!?」

 

慶次の言葉に相当驚いたのか、梵天丸はオーバーに後ずさる。

 

「ほら、慶松」

 

「…………」

 

慶次は自分の後ろに隠れたままの慶松を前に出そうとするが、いつにも増して慶次の足に強くしがみついている。

それでも、慶松をあの四人以外と触れ合わせるいい機会なのだ。慶次は片腕で抱き上げるようにして慶松を前に出した。が、あっという間に慶松はまた慶次の後ろに隠れてしまう。

 

「オイオイ、どうしたんだ慶松?」

 

「ククク、仕方ないにょだ。我の溢れ出るぷれっしゃーに畏れおののくのは当然のこと。何も恥じることなどないにょだ! フハハハハハ!」

 

「…………がるるるる」

 

「いや、畏れるどころか闘志溢れてんだが……」

 

「にゃにぃ!?」

 

非常に珍しいことだが、慶松は梵天丸に向けて犬歯をむき出しにして唸っていた。あの慶松が、だ。最早雪が降るなどを通り越して吹雪が来てもおかしくないような出来事である。

 

「……ととさま、よしまつの……!」

 

「(ああ、そういうことか)」

 

そう、理由は簡単なことだった。慶松は慶次と仲良く話している、自分とそう変わらない歳の梵天丸に嫉妬していたのだ。まぁ言ってみれば幼い子供によく見られる『お父さん、お母さんは自分のだ』という自己主張である。兄弟姉妹がいる家庭では経験のある人もいるであろうアレだ。

早い話、慶松は梵天丸に慶次を取られてしまうのではないかと危惧していたのである。

 

だが、それを見抜けないほど梵天丸は鈍感ではない。加えて、彼女は天性のいじめっ子気質の持ち主だ。そんな梵天丸がこんなおいしい状況を見逃すはずもない。

 

「ククク、今更我に危機感を覚えても遅いにょだ! 後少しすれば前田は我の忠実な僕となるであろう!」

 

「…………うー」

 

「フハハハハハ! 悔しければ我を倒し……にょわぁっ!?」

 

「……がぶがぶ」

 

「い、痛い! 痛いぞ!? 離せ離すにょだ! うわぁぁぁぁんごじゅう゛ろ゛ぉー!!」

 

途中から完全に子供同士のケンカになっていたが、まぁそれはいい。

それを見ていた慶次は、慶松が自分を前に出すようになったことを嬉しく思いながらきっちりと二人にげんこつを落とすのだった。ケンカは両成敗なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ととさま、どこにもいかない?」

 

「行かねぇよ。だからそろそろ機嫌直せって。万千代に怒られるぞ? 俺が」

 

「…………ん。じゃあ、ゆるしてあげる」

 

どうにかこうにか、慶松の機嫌を慶次が直したのは、梵天丸がご機嫌で教会を飛び出して行って少し経った時だった。

梵天丸が『邪気眼竜政宗』と連呼しながら出ていったのが少し気になるが、まぁそれは気にしないことにする。慶次にとってはそれより慶松の機嫌の方が大事だったのだ。なにせ慶松の機嫌と万千代との会話次第ではまた慶次に三食バナナの生活が訪れるかもしれないのだから……。

 

「お疲れさまッス、慶次さん」

 

「慶松が自己主張出切るようになったのは嬉しいんだがな……」

 

良晴の労いに苦笑いで答える慶次。何時の世も子育ては大変なのであろう。

そして、騒動に一段落が着いた時だった。

 

「邪魔するでー」

「この建物は取り壊しや」

「異人のパードレはんにはこの町から出てってもらうでー」

 

突如教会の扉が乱暴に開かれ、見るからにゴロツキといった風貌の者や虚無僧が次々と入ってくる。

 

「な、なんだお前らは!?」

 

「あかんであかんでー、はよ逃げんなあんたらは瓦礫の下やでー」

 

有無を言わさず建物を壊そうとするゴロツキ達。……彼らには、運が悪かったとしか掛ける言葉は見つからないだろう。

 

「オイ、お前ら」

 

『あん?』

 

「とっとと出ていけ……慶松が怖がってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

その後、教会内にゴロツキ達(+途中に入ってきた光秀)の悲鳴がこだました。



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たこ焼き勝負!~堺~

長い間更新できずにすみません。
なのに中継ぎ回というね……

エタりはしません。できる限り←











『第一回! チキチキ、たこ焼き対決ぅぅぅぅぅぅ!!』

 

わぁぁ、と堺の町に人々の歓声が響き渡る。その中心では、吉こと信奈が紙で作った拡声器を使って集まった民衆へとその声を届けている。元来のお祭り好きの性もあってか、当然のように会場となっている広場は凄まじいテンションで燃え上がっていた。

 

『実況は私、尾張のういろう問屋の娘、吉がつとめてあげるわ! それと解説はこの二人!』

 

『お料理も、ちょっと工夫で、この美味さ。今井宗及でおま』

『面白き、ことの無き世を、面白く。どもども! 前田の慶次さんが帰ってきましたよーっと』

 

どこかで聞いたような俳句を披露しながら、慶次と今井宗及が紹介される。その奥で良晴が「違うから! それ慶次さんのじゃないから! もっと後の時代の人のヤツだからーっ!」と、かなりヒートアップしているが、慶次は歯牙にもかけずにしれっと審査員席に腰掛けている。相変わらず無駄な胆力の持ち主であった。

 

『後、審査員は堺会合衆! たこ焼きの余ったのはここにいる慶松ちゃんに寄付されるわ!』

 

「……たべる」

 

ふんすっ、と小さな両手を握りしめて気合いを入れる慶松を見て、そこにいる全員が何だかほんわかした気分になっている。いや、約一世帯を除いて、と言うべきか。慶次と、信奈の後ろに控えている万千代は少々顔をひきつらせていた。

 

「(慶松が……)」

「(やる気を出してしまいましたね……)」

 

「「(……ヤバい。どれくらいヤバいかと言うと本当にヤバい)」」

 

つまりはそういうことである。果たして材料の在庫はもつのだろうか。

 

『お題はたこ焼き! 制限時間は半刻! ついでに堺の新代表まで決まっちゃう天下の大勝負よ! はじめ!』

 

てきぱきとした信奈の進行で勝負が開始される。良晴、五右衛門、半兵衛組対光秀、犬千代組の勝負だが、余熱をきっちりして、犬千代をこき使いながらちゃっちゃと最高級のたこ焼きを作っていく光秀組に対し、良晴組は初っぱなからつまづいて屋台を爆破してしまっていた。

 

『おっとぉ、サル組でまさかの内紛かぁ!? 屋台がボロボロになってしまった! 解説の慶次、どう思う?』

 

「いや、バカだろ。なんで火起こすのに炸裂玉使うかな……。せめて花火にしとけ。一勺玉ならギリギリ屋台も無事だっただろ」

 

『あんたには普通に火をつけるって発想はないの? 』

「慶次……0点です」

「解せぬ」

 

その手があったか! と感心している五右衛門をよそに、良晴組は慌てて油を撒くことで火力の弱さをごまかそうとする。

そんな感じで良晴組がゴタゴタしている間に、光秀組は着々とたこ焼きの製作を進めていた。小麦粉は讃岐産の最高級品。さらに明石のタコ。果てには油や昆布と鰹の合わせだし、卵に至っては生産者の顔が見える現代でも重宝される代物である。おまけに信奈に配慮して南蛮渡来の天かすまで使っている。一部の隙もない至高のたこ焼きだった。

 

「なんちゅう香ばしい香りや……」

「やりよった……これはやりよったで……!」

「買うた! 明智屋の至高たこ焼き、買うた!」

 

そんな凄まじいたこ焼きの登場に、会合衆の面々のテンションもうなぎ登り。早くも光秀組の勝ちが見えた……ような気がした。

 

『明智屋のたこ焼き、早くも大好評の様子! これは勝負が決まったか!?』

 

『んー……確かに美味そうだけどなぁ』

 

『どうしたの慶次? 何か不満でもある?』

 

信奈が、複雑そうな顔をしていた慶次に話をふると、慶次は不満ってのじゃあないんだがな、と頭をがしがしと掻く。そして信奈から拡声器のようなものを掠めとる。

 

「あっ、こら慶次! それ私のよ!」

 

『おーい、みっちゃんよぉ』

 

みっちゃん!? と何か衝撃を受けたような顔で慶次の方に目を向ける光秀。それでも話には耳をそばだてている辺りは流石である。

そんな光秀に向けて、慶次はぴょんぴょんと跳ねながら何とか拡声器のようなもの……もう面倒だからメガホンでいいや、を取り戻そうとする信奈を抑えながら声を張った。

 

『それ、予算考えてるかー?』

 

空気が凍った。いや、確かにそれはその通りだが、祭りのような雰囲気に流されてみんながみんなそのことを忘れていたのだ。

材料費はもちろん、燃料代やら輸送費やらを含めると、確実に一貫はかかっている。当然、それにつられて値段も高くせざるを得ないはずだ。確かに美味いだろうが、売れるか、儲けられるかと聞かれればそれはまた別の話である。

 

『いや、確かに材料的にも技術的にも完璧に近いさ。けど、それが売り物である以上金は取らなきゃならねぇ。お前はそれをいくらで売るつもりだ?』

 

「え、えっとぉ……そ、それはですね……」

 

慶次の言葉に冷や汗をダラダラと流す光秀。光秀の心中を代弁するなら、ヤバい、どうしよう……、と言ったところだろうか。何にせよ、そんなことは全く考えていなかった。

 

『それは?』

 

「あ、あう……ご」

 

『ご?』

 

「ごめんなさいですぅ~!!」

 

哀れ光秀。うわーん、と声を上げて泣き出してしまった。それでもたこ焼きは焦がすことなく綺麗に焼き上げているあたりは執念としか言えまい。

 

『あー、泣いちまったか……』

 

「いや、あんたが悪いわよ。今のはね。十兵衛が変に生真面目なの知ってて言ったでしょ」

 

『はっはっは』

 

「慶次、ごまかし方が下手過ぎます。10点」

 

そんな感じで実況席と光秀組がゴタゴタしている間に良晴組も立て直し、光秀の至高たこ焼きに対して揚げたこ焼きととっておきの自家製マヨネーズを解禁する。信奈の実況と両組の対決が佳境に入ってきた時、慶次の袖に小さな重みがかかった。

 

「……ととさま、かかさま」

 

「ん?」

「どうかしましたか?」

 

同時に返事をしたため、慶次と万千代が一瞬顔を見合わせる。万千代は慶次の半歩後ろに立っていたため、どうやら慶松が同時に引っ張ったらしい。

慶松は少し言いづらそうにもじもじと身をよじった後、すまなそうに小さな声を更に小さくさせて言った。

 

「……おなかすいた」

 

『テメーら急げ!! 審査員が食う前に慶松にたこ焼き喰い尽くされるぞ!!』

 

慶松の「おなかすいた」は洒落にならない。何せ以前同じことを言った際には丹羽家一同万千代から女中まで夕飯抜きに追い込まれたほどだ。

その言葉に、慶松の食の凄まじさを知る良晴はピッチを上げるものの、それを知らない光秀は少し目を赤くしながらも何をバカなと取り合わない。

このままでは審査員が慶松一人になる。贔屓を疑われないためにはそれは不味い。そう慶次が考えた時、慶次に前掛けが放り投げられた。

視線を後ろに向ければ、慶次の持っているものと同じ前掛けを身に付け、髪を後ろでまとめた万千代の姿があった。

 

「万千代」

 

「やるしかありません。慶松のせいで姫様に迷惑をかける訳にはいきませんし、何より慶松に不憫な思いをさせるわけにはいきませんから。やる気は80点です」

 

「そうだな。やるか!」

 

そう答えて、慶次が実況席の下から出したのは良晴達と同じような『丹羽屋』とかかれた旗。それを万千代がどこからか引いてきた屋台にセットし、火を起こし始める。丹羽屋、参戦である。

 

『何と! ここで第三勢力丹羽屋の登場だー! しかし材料もないこの二人は一体どうするのか!?』

 

「材料は!?」

 

「光秀殿に分けて頂いた玉子にタコ、鰹節。そしてサル殿からは小麦粉を頂きました。水は姫様が用意して下さります」

 

「んー、なら玉子焼きかねぇ」

 

「あの、慶次。お題はたこ焼きですよ? 卵焼きを作ってどうするのですか」

 

「ん? ああ、違う違う。まぁ見てろ」

 

そう言い、手際よく卵と小麦粉を混ぜ合わせて型に流す。その間に万千代に鰹節で出汁を用意してもらい、自身は次々とタコを入れたものをひっくり返さずに焼く。

そして、暫く待つと鉄板をそのまま屋台の盤の上に叩きつける。そこには柔らかいものの、しっかりと型付けられたたこ焼きのような何かが鎮座していた。

 

「ほらできた。慶松、出汁に浸して箸で食いな」

 

「……うん。いただきます」

 

玉子焼き。明石焼きと言った方がわかりやすいかもしれない。これは正史ならば江戸時代後半ごろに登場する食べ物だが、むしろたこ焼きが既にある世界だ。あまり気にしてはいけない。

とにかく、慶次と万千代の奮闘により、なんとか勝負の体裁は保たれたのだった。

 

そしてその勝負。良晴は揚げたこ焼きにマヨネーズという未来のチートを駆使した高評価を手にした。それに焦った光秀はたこ焼きに味噌を塗るという暴挙を起こし、勝負の前の下馬評を完全にひっくり返したような状況になる。

そして、会合衆の投票の結果はと言うと……

 

勝ったのは、光秀だった。



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説教~堺~

地獄の底から帰って来たぜ……!

どうもお久しぶりです。先日とうとうエタ認定された黒でございます。
だがしかし!! エタらぬ!! エタらぬよ!!

……はい、ごめんなさい。想像の三倍通年の課題が鬼畜だったんです……。
冬休みに入れば以前のような更新ペースに戻せるかと思います。

こんな駄作を待っていてくれた方々、本当にありがとうございます。
……さて、レポートとフリーペーパーと小説の課題を……←


「何を一人で盛り上がってるのよ! このバカ! きんかん!」

 

盛大に感情を爆発させた信奈が、今井宗及の屋敷を大股で出ていく。それを光秀はあぜんとした表情で見送る。まるで信じられない、と言った顔は今まで彼女が生きてきた環境の厳しさを顕しているのだろうか、だが今は、今だけはそれが過ちであったと知ったのだろう。

 

事の始まりは信奈の思いつきであった。

やる気を出させるために、『負けた方は岐阜城の厨房係に降格』といういつもの冗談半分の無茶を言い出したのだ。これが良晴をはじめ、信奈の性格を知っている面々であればいつものようになぁなぁで済ませてしまう話だったのだが、新参でひどく真面目な光秀はそれを真に受けてしまったのだ。

執拗に良晴の降格、約束の履行を迫ってしまったため、渋る信奈の心の内を推し測った良晴が自分から岐阜へと向かってしまい、先の信奈の台詞に繋がったのだった。

 

「……不粋だな」

 

「前田殿……」

 

かつて上杉や伊達、毛利、尼子と諸国巡りをしていた慶次に揺れる瞳を向けるも、珍しく固い表情の慶次は一言こぼして信奈と同じように部屋を出てしまう。いよいよ光秀は顔を伏せてしまい、部屋には重苦しい空気が流れる。

そんな中、一人残った万千代は宗及に目を向ける。それを受けた宗及も委細承知とばかりにひらひらと手を振って静かに席を外した。

 

「……下手を打ちましたね」

 

「……申し訳、ありませんでした」

 

「私に謝ってもらっても困ります。他に謝らなければならない方々がいらっしゃるでしょう」

 

万千代は近くに置いてあった茶道具を手に取り、茶を点てる。光秀の分と、自分の分。二つを用意した後に、静かに自分の分をすする。鹿威しの立てる音が小さく響いた。

 

「……わかりません」

 

「…………」

 

「今まで道三様、朝倉、足利と仕えてきましたが、他者は蹴落とす者でした。他者を蹴落とし、自分を高め、より位を高くする。それが当たり前と……」

 

ゆっくりと光秀は内心を吐露していく。今までのやり方が当たり前で、常識で。そうしてのしあがってきたからこそ、変わらなかった考え。それを実践しただけなのに、受け入れられず何もかもを無くしてしまったような感覚。

間違ったことはしていない。していないはずなのに。そういった思いが心を巡り、頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されてしまう。

 

万千代は茶器から唇を離し、ほうと一つ溜め息をこぼした。

 

「十人十色、という言葉があります」

 

「……?」

 

「それは家も同じでしょう。三好や朝倉のように仲違いを繰り返し、内部で争いを続ける家もあります。武田や上杉のように、内部の争いを経て纏まった家もまたあります。そして、真田のように家族が異なる道を選び、歩んでいる道もあります。

それと同じように。織田は……姫様は、家臣を家族のように思ってらっしゃるのですよ」

 

「……家族、ですか」

 

万千代の言葉を反芻する光秀に、万千代は小さく頷く。

 

「わかりません。家族は、家族です。光秀の家族は母上だけです」

 

光秀は幼い頃に父を亡くした。家は没落し、残ったのは母一人だった。それでも、母は光秀に書物を、武芸をと十分な環境を用意し、光秀もそれに応えてきた。だからこそ、光秀は家の再興と親孝行をするために一生懸命で、必死なのである。

早く出世を、母に恩返しをと焦るあまり、今回の軽挙に走ってしまったのだろうということは万千代にも理解出来ていた。

 

「先も言いましたが、それこそ十人十色です。貴女が貴女の考えを持っていることは満点です。ですが、自分の物差しでしか他人を測れなくなるのは零点なのですよ」

 

「…………」

 

優しく、慈しむように微笑む万千代。それを見た光秀は思わず視界を歪ませてしまう。

 

「姫様は、家臣を家族と考えられました。そして恐らくですが、相良殿は家臣を守るべきものだと考えています。柴田殿は共に駆けるものと思われているでしょうし、慶次なんかは……わかりませんね。あのバカは。

まぁ、それと同じように貴女には貴女の価値観があるだけなのですよ。ただ、織田は家臣を家族、仲間と考える家なので、それに応じていけばよいだけなのです」

 

それを聞いた光秀は、一瞬ハッとしたような表情になるものの、すぐにまた顔を伏せてしまう。恐らく、理解はしたが理由を知らないために今一つ自身の中で踏ん切りがつかないのだろう。今まで剣を取ってきた者にいきなり槍を使えと言っているようなものだ。ある意味仕方ないのかもしれない。

しかし、このわだかまりはいつまでも残していい類のものではない。そう判断した万千代は、しばらく考え込むと、やがて意を決したのか口を開いた。

 

「……姫様は、ご家族に恵まれておりません」

 

「……え?」

 

ぽつりと、呟くように紡がれた万千代の言葉に、光秀は今度こそ言葉を失ってしまう。

 

「父君……先代様は早くに亡くなられ、弟君の信澄様はかつては謀叛の常習犯でした。そして、母君、土田御前様は姫様を好ましく思っておられません」

 

「そんな……」

 

光秀にとって母親とは、家族とは助け合い、守らなければならないものの象徴だ。下剋上の世であっても変わらないと信じられる絆だ。

親兄弟で殺しあう世の中でも、明智母子は決して切れることのない絆を育んでいた。

……だからこそ、考えてしまう。『もし自分が母に疎まれていたならば』と。自分はその時正気でいられるだろうか。いや、いられまい。光秀も経験しているからわかるのだ。孤独は、孤立は。多感な者には耐えられるものではないのだ。

 

「わ、わたしは……。わた、し、は、な、なんて、ことを……!!」

 

ポロポロと、感情の爆発に耐えられなかったのか、光秀は涙を流す。それは混じり気のない後悔であり、隠しきれない悲しみであった。

その様子を見て、万千代は少しだけ顔を悲しそうに歪める。光秀に涙を流させたのは他でもない万千代なのだ。

 

しばらくそのままでいたが、やがて泣き止んだ光秀がゆっくりと立ち上がる。言わなくてもわかる。光秀は信奈の命令通り京の護りに戻るのだろう。だからこそ、万千代はその背に言葉を掛ける。

 

「光秀殿」

 

「……」

 

「誰であっても間違いは犯してしまいます。大事なことはそれをどう正すかですよ」

 

「……っ、はい……!!」

 

光秀を見送り、万千代は再び茶を啜る。

 

 

――ねぇ、万千代。

――なんで、私だけ嫌われるの? なんで、私が好きになった人はいなくなっちゃうの?

――父様も、爺も、慶次も……みんな、遠くに行っちゃった。

 

――私はただ、みんなと一緒にいたいだけなのに……!!

――万千代はどこにも行かないよね!? ずっと一緒にいてくれるわよね!?

 

 

「……『皆の姉 』というのも、難しいものですね」

 

万千代の小さな呟きは、鹿威しの音にかき消された。



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若狭~侵攻開始~

お久しぶりです

いや、最新刊で色々出てきましたね。宇佐美やら直江(父)やら。後は川中島が思ったよりずれてなくて安心です。
しかし……さらば、紀之介←


「…………」

 

「これはまた、中々に不機嫌ですわね」

 

「なんでも明智殿が勝負事に銭を持ち出したらしいです。慶次様は基本的に曲がったことは嫌われますから……」

 

所は変わって、京。帰って来るなりどっかとふて寝していた慶次を尻目に見ながら、朱乃と愛紗は縁側でお茶をすすっていた。流石は京の都と言うべきか、茶葉も良質なものが揃っており、真田姉妹をはじめ、丹羽家中京滞在組の面々にはたいそう受けがよい。

 

「まぁそれもあるんだがな……」

 

「慶次様」

 

「悪い愛紗、俺にも一杯淹れてくれるか?」

 

「はい」

 

そんな風にほっと一息吐いていた姉妹の後ろから、慶次がのっそりと顔を出す。そして慶次の要望を聞いた愛紗が湯飲みを用意するべく厨房へと立ち上がる。その空いた所に慶次はゆっくりと腰を下ろした。

 

「重なりますか? 尼子や上杉に」

 

「……隠せねぇな、お前には」

 

「長い間お側におりますから」

 

複雑そうな表情を作る慶次に、朱乃は柔らかく微笑む。

織田に落ち着くまで、慶次と真田姉妹は諸国を巡っていた。そこでは、今回の光秀の手段のようなやり方が当たり前だったのだ。他者を蹴落とし、利潤を貪る。そのせいで主家が傾けば早々に見限って次の家で同じようにのしあがる。古い権勢をふるい、弱者から貪り尽くすその所業を、慶次達は何度も見てきた。

当然ながら、そうでもない家もいくつかはある。例えば備中毛利は、百万一心を掲げて家中の和を大切にし、一族の仲も良好である。例えば甲斐武田は、当主信玄を頂点とした体制が完成しており、不和という不和が見つからない。次代がどうなるかはわからないが、少なくとも現状は最も安定している家だと言えるだろう。

一方で越後上杉。こちらは一見上杉謙信の下で纏まっているかのように見えるが、その実謀叛が後を立たないのだ。全てを謙信が許してしまうために越後内では数少ない姫武将(けんしん)を嫁にしようと企んだり、あわよくば越後国主の座を奪おうとする者が野望を諦めないのだ。

そして奥州。この国々は『相手を完全に滅ぼしてはならない』という不文律が存在するため、享楽のように兵を挙げる大名が複数存在するのだ。

最後に、尼子。こちらは悲惨であった。かつて大勢力を築いた尼子も、代替わりして内部に不安が生じてしまった。そこを毛利に突かれ、尼子は領地を失い没落した。その主な原因は内部の不和による裏切りが相次いだことであった。

 

慶次が気にしたのはそこなのだ。確かに、光秀が津田宗久と共謀して票を買収したことは気に入らなかったのだが、それ以上に旧態のやり方を使う光秀が織田の不和を招くことを危惧したのである。

元が異様に結束の硬い織田家だ。そこに外様の武将を入れて大丈夫なのか。果たして馴染むことができるのか、織田家のやり方を受け入れることができるのか、ということを気にしていたのだった。……その考えも保守的であることに気付かずに。

 

まぁその心配も良晴と信奈が京都で光秀を救出することである程度は解消できていたのだが、慶次達は万千代に付いて美濃へいたためにまだ知らなかったりする。

 

「急いては事を仕損じる、と申します。年長者の務めとして見守ることも肝要かと」

 

「そうだな……いや、そんなに年気にしてんなら別にそう言わなくとも……」

 

「何か言われました……?」

 

「ナンデモナイデス」

 

朱乃の握っている湯飲みからは、小さくキシキシという焼き物から出てはいけない音が出ていた。

それに顔を青くする慶次。そしてたまたまそのタイミングで愛紗が帰って来た。

 

『……何があったのですか?』

 

『説教、年齢、自滅』

 

『把握しました』

 

ここまで一瞬のアイコンタクトである。長い付き合いのため、朱乃の地雷は流石の慶次もしっかり把握しているのだ。

 

『こりゃあ戻るまで一刻はかかるか?』

 

『最近もうちょっと引き摺るかもです』

 

慶次と愛紗は同時に深い溜め息を吐く。そして慶次が愛紗の持って来た茶を一気に煽ると、小さく言う。

 

「……準備、するか」

 

「はい」

 

織田軍、若狭攻めである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

若狭国。山陰地方と越州を繋ぐ、海運における要所である。しかし、そう広くない面積の国のため、各所との同盟によって支配力を保っている状態である。

国主は若狭武田家と呼ばれる一族である。甲斐武田と祖を同じとする一族ではあるが、その影響力にはかなりの差があった。

……と、長々と説明したのだが、結局何が言いたかったのかと言うと

 

「真田幸村! 本丸一番乗りぃぃぃぃ!」

 

「敵将、この勝家が捕らえたぞ!」

 

めちゃくちゃ速攻で落ちました、はい。

後瀬山城くらいしか大きな城はなかったものの、三日と持たずの落城である。正直呆気なさの方が凄まじい。

三万の兵を導入し、動かせる将を全て動かし、松平にまで援軍を求めた結果がこれである。いや、味方の被害が少ないにこしたことはないんだがなぁ。

 

「私の出番はまだなのだろうか……?」

 

「いや、聞いてわかれよ。もう終わりだ、終わり」

 

「なんと!?」

 

そして俺と忠勝、そして万千代の丹羽別動隊は働かずにお役御免である。忠勝が非常に不満そうだが、それは仕方ない。

 

「お味方快勝、満点です。慶次、急いで姫様に合流しますよ」

 

「はいよ。オラ、行くぞ脳筋娘」

 

「誰が脳筋だ! 」

 

「お前だよ阿呆」

 

「阿呆に阿呆と言われたくないぞ!?」

 

「馬鹿野郎……野郎じゃないか。お前どこの馬鹿が戦に鎧も着ないで来るんだよ。何ででかい数珠だけ? 死にたいのか?」

 

「お前だって着流しに陣羽織みたいな着物だけじゃないか! 人の事を言えた義理か!」

 

「何だと!」

 

「何を!」

 

「喝ーーーーッ!!」

 

俺と忠勝の見苦しい争いに、万千代が割り込む。話が進まないのにいい加減怒ったらしい。触らぬ神に祟りなし、取り敢えず大人しく……

 

「慶次! 貴方は年上でしょう! 年下と一緒になって騒いでどうするんですか? 零点!」

 

「迷わず矛先向けて来やがった!?」

 

出来なかった。何の躊躇もなしに俺だけを責めに来やがったよコイツ。

 

「当たり前でしょう! 貴方はいつもいつも年下と同じように騒いで! 少しは年長者としての振る舞いをですね……」

 

「あーあー聞こえなーい。万千代の説教なんて聞こえなーい」

 

「ちゃんと聞きなさい! あ、こら! くくり紐を返しなさい!」

 

このままでは万千代の説教が終わりそうにないので、詰め寄ってきた万千代のリボンを苦し紛れにほどく。どういうわけかあげてから毎日付けてはいるので、それなりには気に入っているのだろう。

いい大人がいい年して何やってんだという光景ではあるが、そこは勘弁してもらいたい。

そんな感じで兵たちの呆れの視線を受けながら割ときつめの争いを繰り広げていると、不意に忠勝が静かなことに気付く。俺が忠勝の方を見ると、万千代もそれに気付いたのか忠勝に目を向ける。当の忠勝は、じっと俺達を見つめていた。

 

「えっと……忠勝?」

「どうしたのですか……?」

 

「ふむ、いや、二人は夫婦なのだろうか?」

 

忠勝の言葉に万千代の顔が真っ赤に紅潮する。加えて周りの兵たちが一斉に静かになった。どうやら皆が皆耳を澄ませているらしい。

経験上こうなった万千代は使えないため、大きな溜め息を吐いて堂々と言い放ってやった。

 

「ねーよ」

「ふん!」

 

次の瞬間、脇腹に鋭い痛みが。

 

「行きますよ、本多殿」

 

「あ、ああ」

 

脇腹を抑えながら見上げれば、凄まじい怒りのオーラを纏った万千代様がいらっしゃったのだった。

俺が……一体……何をした……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、実際の所はどうなんだ?」

 

「……あの言い方だと私に女としての魅力が無いように聞こえただけです。零点」

 

「答えになっていないように聞こえるんだが……」

 

「…………二十点」

 

忠勝の邪気の無い問いかけ故に、万千代は無下に扱うことが出来ず、ただ扇子で顔を隠すことしか出来なかった。



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近江・越前~殿~

お待たせしました……

何故遅れたか、それはDSS!

D……だいたい
S……就活の
S……せい


作者、只今大学三回生です←





「織田との盟を断ち、大恩ある朝倉と共に信奈を討つべし」

 

「なりませぬ、父上!」

 

近江、小谷城。その大広間では、久政と長政による口論が繰り広げられていた。

原因は簡単である。久政が長政可愛さに信奈を討ち、長政を天下人に押し上げようとしたからだ。織田は完全に浅井を味方と認識しており、浅井に背を晒して朝倉を攻めている。後はその背を塞ぎ、朝倉と共に攻め込めば織田は崩壊、滅亡する。それが久政の言であった。

それに対して長政はならぬの一点張りである。事情があって男装していた彼女だったが、お市……実際は信奈の弟である津田信澄……との出逢いによって幸せというものを知った。天下を取るという野望が同じ志の人が手を差し伸べてくれたおかげで夢に変わった。長政はそれを守りたかったのだ。

家臣は赤尾清綱をはじめ、阿閉貞行、雨森弥兵衛が反織田の姿勢を示し、海北綱親、遠藤直経、藤堂高虎が親織田……というよりは長政の意見に従う姿勢を見せていた。磯野員昌、京極高次らは中立の姿勢である。

しかし、状況はやや久政が有利であった。長政には以前、家督を継ぐ際に久政を竹生島に幽閉したという負い目がある。それ以来、長政は父の意見を尊重することを意識しており、どうにも逆らえなくなっていたのだ。親孝行という美徳が、今回は仇となったのである。

 

「ええい、仕方があるまい。しばし家督を返してもらう! 皆、長政の狂気が収まるまで竹生島に幽閉せよ!」

 

「父上!」

「お待ち下さいご先代!」

 

「問答無用!」

 

長政とそれに追随した綱親が反織田の家臣達に拘束される。長政は父への負い目から、また綱親は浅井への忠誠心からそれぞれ大々的な抵抗が出来ないのだ。唯一出来たことは、綱親が同じように抗議しようとした直経と高虎を目で抑えることだけであった。

万事休す。その考えが頭に浮かんだその時だった。視界に、きらびやかな着物に身を包んだ愛する人が入ったのは。

 

「勘十郎! ……後を、頼みます」

 

「っ!!」

 

「直経! 高虎!」

 

「応っ!」

「了解なの!」

 

長政の意を瞬時に汲み取って信澄が、綱親の一喝で直経と高虎が駆け出す。残された長政に出来ることは、ただ祈ることだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急げ姫さん! このままじゃ追い付かれるぞ!」

 

「そうは言ってもだねぇ、着物が長くて動きにくいのさ」

 

「アンタなんでそんな余裕綽々なの!?」

 

小谷城下、今浜の町を馬上の直経と信澄が駆けていく。今のところ追っ手の影はない。出丸の所で高虎が足止めしているのが功を壮しているらしい。

出丸は前田慶次に破壊された後、新しく設置したもので、城割りから普請まで高虎が一から作ったもの。つまり高虎の庭だ。本人曰く、最悪の場合は出丸を全て破棄してでも敵の侵入を防ぐからくりも作ったとのことなので、追っ手が出丸を抜けるには時間がかかるだろう。

町を抜ければ、越前へと続く街道に出る。しばらくは順調に駆けていた直経達だったが、何かを感じ取った直経が突然馬首を返した。

 

「遠藤くん?」

 

「姫さん、アンタは行け。アンタが捕まったら織田信奈は終わる。それは俺の主の望むところじゃねぇ」

 

直経が槍を構える。すると、街道の側道から具足に身を包んだ騎馬武者が現れた。騎馬武者は信澄を一瞥してから直経を見ると、その傷だらけの顔を歪ませた。

 

「遠藤直経、主君の命である。どけい」

 

「……すみません、員昌様。それは出来ません」

 

「ほう……?」

 

員昌から放たれる重圧が直経を襲う。その余波に晒されている信澄はぶるぶると震えてしまっているが、当の直経は全く動じず、暴れかけた馬を宥めていた。

 

何故(なにゆえ)か」

 

「俺にとって、久政様はあくまでご先代。俺の主君は浅井長政ただ一人でありますので」

 

「……成る程」

 

直経の目を見据え、瞳が微塵も揺れていない様を見た員昌は、馬廻りの者を下がらせる。その中で員昌がゆるりと馬を進めながら自身の槍を取り、直経に向けた。

 

「市姫。拙者はこれより、遠藤直経に稽古を付け申す。こやつが立ち上がる間、我等は貴殿(・・)を追いませぬ」

 

「……ほ、本当かい?」

 

「我が名に懸けて」

 

信澄は員昌を見て、やがて直経に目を向ける。しかし、直経が信澄を見ることはなかった。女として扱われてはいたものの、そこは信澄も男である。直経の意を汲み、信澄はさっと馬を走らせる。

蹄の音が遠くなると、直経と員昌の間に流れるのは沈黙だ。員昌は悠然と、直経は真剣に、互いを見つめている。

ぶる、と馬が小さく嘶く。それを合図に、員昌と直経は槍を交わした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

越前金ヶ崎城を攻略し、木ノ芽峠に差し掛かっていた織田軍は進軍停止を余儀なくされていた。

木ノ芽峠を越えれば朝倉家の本拠地、一乗谷である。何故そんなところで立ち往生しているのか。それは、京に残してきたはずの良晴がとんでもない知らせをもたらしたからである。

 

「浅井家が裏切った。長政は久政に家督を取り上げられて、久政が今こっちに向かってくる」

 

朝倉攻めの軍議で騒がしかった陣内は、瞬時に静まり返ってしまう。皆一様にありえないものを見たような顔をしていた。例外は事前に可能性を示唆していた松永久秀と、越前攻めと聞いた時から何かを考え込んでいた真田昌幸ーー朱乃だけである。

 

「良晴」

 

「なんですか慶次さん」

 

「間違いねぇんだな?」

 

「……ここに来る前に、信澄に会いました」

 

いち早く立ち直った慶次が良晴に訊ねる。経験からか、正気に返るのも早かったようだ。

良晴はズボンのポケットからあるものを取り出す。両端が結ばれた小豆袋。それが意味することは『挟み撃ち』である。

その報が確かならば、今織田軍は死地に追い込まれているということだ。しかし信奈はそれを信じたくないのか、頭を振ってぶつぶつと何事かを呟いている。慶次のいる場所からはそれは聞こえないが、経験則から迷っている暇はないと判断したらしい。

 

「万千代、退くぞ。一切合切切り捨ててでもだ」

 

「しかし、姫様が……」

 

「今のオチビが使い物にならないのは見りゃわかるだろ。お前がやらなきゃ駄目だ。撤退戦は速度が命、一瞬でも迷ったらやられるだけだ」

 

日頃の軽い様子は微塵も見せず、ただ目を真っ直ぐ見ながら話してくる慶次に気圧されたのか、万千代は小さく頷くと信奈に耳打ちする。信奈はピクリと肩を揺らすと、悔しさからか、それとも無力感からか、瞳に涙を浮かべる。

 

「だったら私が殿を……!」

 

「なりません!!」

 

清水寺の時と同じように、自身の身を危険に置こうとする信奈を、万千代が強く叱る。

 

「だったら降伏を……私が出家すれば、みんなは……!」

 

「姫様がお隠れになられれば、再び日ノ本は乱れまする! そうなればまた多くの人が死にます!」

 

万千代の言葉に、とうとう信奈は何も言えなくなってしまう。そんな信奈を、不本意であろうが、万千代は更に言葉を突きつける。

 

「撤退戦です。家臣の一人に殿を……死を、賜りますよう」

 

「…………っ!!」

 

ぎり、と奥歯を噛みしめて心底悔しそうな、悲しそうな表情を見せる信奈。そんな信奈に更なる苦しみを与えまいと、家臣らはこぞって殿になろうとする。が、彼らよりいち早く、良晴が大きな声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……慶次」

 

「万千代か。……殿はやっぱ良晴か?」

 

「はい」

 

殿は相良良晴。そう軍議で決め、軍全体が撤退の準備に奔走している中、慶次と万千代は厩の前にいた。というよりは厩にいた慶次を万千代が見つけた、というべきか。

慶次は愛馬・松風に乗っており、巨大な皆朱槍と刀を身に付けている。その姿を見た万千代は全てを察し、潤んだ瞳で馬上の慶次を見上げた。

 

「……行くんですね」

 

「良晴だけじゃ頼りないしな。それに、経験者がいた方が色々と楽なはずだ」

 

「……貴方は、いつもそうです」

 

慶次が下馬すると、万千代は俯いて小さく呟く。ポタリ、と落ちた雫が地面を濡らした。

 

「大事なことは何も言わないで……勝手に危ないことにばかり首を突っ込んで……周りのことなんて、何も気にせず、自分勝手に……!!」

 

「…………」

 

「零点以下です!! もっと周りを見てください! もっと皆を頼ってください! お願いだから……行かないでください……!」

 

きっと、万千代の本心だろう。絞り出すような声が、耐えるように握りしめ、一筋の血を流した拳が、全て感情を抑えられていないことを示していた。

当然ながら、これは武将としては全くの落第である。殿を増やすということはすなわち大将の安全につながるのだから。しかし、一人の人間としては決して間違った判断ではない。殿を務めればその先にあるのは死だ。まれに生還する場合もあるが、本当にまれなことなのだ。戦に絶対はない。万千代の父が戦で戦死したように、死ぬ確立の方が高いのだ。

 

とうとうその場に座り込んで、しゃくり上げながら泣いてしまう。情けないとは思いつつ、自分では抑えられないのだ。

慶次は泣きじゃくる万千代を見て、小さく目を泳がせた後、側によって彼女の髪をあやすように二度、撫でる。そしてそっと手を離すと、振り返ることなくその場を後にする。その後ろを、静かに松風が追随していった。

 

「馬鹿……! 馬鹿……!!」

 

残された万千代にできることは、ただただ涙を流すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったのか?」

 

「……忠勝か」

 

良晴のいる陣の外で、同じように騎乗している忠勝が慶次に尋ねる。どうやら先ほどの万千代とのやり取りを見ていたようだ。気恥ずかしいのか、慶次は髪をガシガシと掻く。

 

「ただ待つ、ということは思いの外苦痛らしい。その間に自分は何もできないからだそうだ」

 

「経験談か?」

 

「いや、従妹の受け売りだ」

 

「そうかい」

 

「二度目だが、何も言わなくて良かったのか?」

 

「あいにく口下手なもんでな。何言ってもどうしようもねぇだろ。特にこんな状況じゃあな」

 

「違いない」

 

そう言うと、忠勝は薄く笑う。

ここにいる、ということは目的は慶次と同じだろう。物好きめ、と自分を差し置いてそう考える慶次だが、良晴が出てきたことで意識を切り替えた。

 

「あれ? 慶次さんに……」

 

「忠勝だ。本多平八郎忠勝。今回は半蔵と共にお前の護衛を務める」

 

「ああ、よろしく……って本多忠勝ぅ!?」

 

「あ、今回俺も殿やるから」

 

「やべぇなこの面子……無双戦国とかならまず勝てねーやつだよ……」

 

そんな風に、とても死地に向かう雰囲気ではないが、慶次達はゆっくりと木ノ芽峠の先を見据える。今はまだ見えないが、朝倉軍全軍が向かってきているのは間違いない。意識を切り替えた慶次や忠勝、半蔵からは既に闘気とも言える重圧が滲み出ていた。

 

「さて……」

 

「行くぞ!」

 

相良良晴と、尾張兵決死隊五百人。

本多忠勝、服部半蔵を含む松平勢百人。

前田慶次と、その直属兵及び真田衆百人。

そして竹中半兵衛の式神・前鬼。

 

正史とは異なる金ヶ崎の退き口が、幕を開ける。



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越前・若狭~それぞれの動向~

ちょっと短めです。
就活中だとこうなるよね……


「……見事よ」

 

小谷から少し離れた街道沿いの山中、そこで磯野員昌は小さく呟いた。目の前には遠藤直経が槍を己に向けて立っている。穂先はピクリとも動かずに員昌に向けられており、両足で大地をしっかりと踏みしめている。

たが、直経が動く気配は全く見られない。それどころか直経からは敵意や闘気といったものすら感じられない。それでも員昌は直経に敬意とも取れる感情を向けていた。それは何故か? 直経が立ったまま気を失っているからだ。

直経は員昌に決して攻め入らなかった。主君の命を守るためとはいえ、同じ家に仕える者、ましてや先達に刃を立てる訳にはいかないと言って。故に員昌も稽古を付ける程度にしごいた訳であったが、それでも意思を曲げない直経の姿は好ましく見えた。

加えて員昌が直経に課したのは『倒れないこと』である。気を失ったとはいえ直経は倒れてはいない。まさに男の意地が成した業である。これを認めないわけにはいかない。武に生きる員昌であれば尚更だった。

 

「員昌様」

 

「約定は違わぬ。こやつは倒れていない、それが全てだ」

 

その言葉を残して員昌はふと物音を拾う。馬の蹄の音だ。その方向に目を向けると、赤い鎧に身を包んだ騎馬の一団が南へと向かっていくところだった。その内の一人、艶のある黒髪を片側で結んだ女と目が合ったが、員昌はそっとその目を閉じた。

 

「……約定だ。織田を追わぬ。長政殿に筋を立てるとしよう。大殿には直経の件を除き仔細伝達する」

 

員昌は手ずから直経を馬に乗せ、小谷へと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幸ちゃん?」

 

「……いえ、岐阜へ急ぎましょう」

 

「ええ。京と濃尾の分割は防がないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろか」

 

「まだしばらくは会戦はねぇよ。その元気はまだとってろ」

 

「むぅ……」

 

木ノ芽峠の山道で、慶次と忠勝が軽口を言い合う。そんな彼らを見て兵士たちは苦笑いを返す。そんなお決まりになってしまったやり取りを繰り返しながら、彼らは慎重に歩き続けていた。

良晴や半蔵とは少し前に別れて進んでいる。少ない手勢を更に分けるのか、と言いたくなるが、慶次と忠勝の手勢は主の無茶を支えた経験から、多少の無理は何とかなるのに対して、良晴の兵は士気が高いだけの弱兵だからだ。そのため、良晴は山中を逃げながら進み、慶次と忠勝は峠の撤退路を進むという方法をとったのだった。

 

あえて初戦を良晴達と共に闘い、そこから別れることで敗走のフリをし、名声のある方に多くの兵を割かせるという、岐阜へ移動する直前の昌幸(朱乃)に教えられた策だった。

ある意味では主を危険にさらす下策ではあるが、その主が望んだ策であれば仕方がない。現にこれを言うときの朱乃は非常に渋い顔をしていた。

 

「何故しばらく敵に会わないと言い切れるんだ?」

 

「お前基本的にアホの子だよな……」

 

「わからなくて何が悪い! わからないから聞いているんだ!」

 

「前言撤回、お前大物だわ」

 

開き直った上にふふん、と胸を張る忠勝。慶次はそんな彼女を生暖かい目線で見ると、少し声を落として話し出した。

 

「この峠道は隘路なんだよ」

 

「あいろ?」

 

「そこからか……。隘路ってのは入り口が何個かあっても出口が一つしかない道のことだと覚えておけばいい」

 

「うん、わかった」

 

「とにかくこの道は隘路で、しかも遠回りの道だ」

 

「……ん? 何故わざわざ遠回りなんてしているんだ?」

 

そう、普通なら殿は余計なことはせず、とにかく全力で領土まで戻っていくのが当たり前である。ところが今回に限ってはその真逆を成している。なんせわざわざ敵に迂回させて待ち伏せさせているのだ。さらに織田と朝倉の進軍速度は差がありすぎるために時間を稼ぐ必要もない。馬鹿の所業と言われても仕方がない。朱乃も慶次と、彼と同等と聞いた忠勝でなければこのような愚にもつかない策を立てなかったであろう。

しかし端的に言おう。この二人はありえないことを力ずくで起こす馬鹿である。

 

「決まってんだろ。隘路の出口で敵さんに歓迎してもらうためだよ」

 

「……なるほど、読めたぞ。それを蹴散らせばいいんだな?」

 

「読めたっていうほどじゃないと思うが……まぁその通りだ」

 

「そうと決まれば急ごう!」

 

「落ち着けよ……」

 

脳筋と脳筋が合わされば力業しか出てこない。ある意味朱乃の策は二人に合っていたのかもしれない。

朱乃の立てた策を簡単にまとめるとこうだ。慶次と忠勝に敵を引き付ける、隘路に入りあえて遠回りをすることで出口に敵軍を集める、強行突破、である。無理無茶無謀の三拍子揃った愚策であることは間違いない。しかしこの二人にとってはそうではないだけである。

また、彼らに付き従う兵達も極上の馬鹿であることは間違いない。全員が上杉謙信に『この世の地獄』と言わしめた川中島を生き抜き、古参に至っては中国地方の逆転劇、厳島の戦いや出雲撤退戦、紀伊雑賀統一戦をくぐり抜けてきているのだ。覚悟に関しては今更だし、実力に関しても言わずもがなだ。

それ故の愚策、それ故の正面突破。彼らであれば抜けられるという朱乃の信頼とも言い換えられる。まぁ先に述べた通り、本人は終始渋い顔をしたままだったのだが。

 

「さて、おしゃべりはこれくらいにするか。そろそろだ。お前らも気合い入れろよ?」

 

「愚問。本多平八郎、これより修羅に入る。語るべくは武で語ってみせようぞ!」

 

そうして慶次、忠勝、直属兵達は遠目に見えた朝倉兵に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずいな……このままじゃ先に弾薬と体力が尽きちまう」

 

「おいおいどうすんだよ猿大将。オイラ達ゃあんたの猿知恵が頼りなんだぜ?」

 

一方その頃良晴達は、京へ向かう山中で立ち往生していた。慶次達と別れて以降、規模の小さい三段撃ちやゲリラ戦法を駆使して着々と進んだ良晴達は、慶次達に朝倉の追っ手が集中したこともあって朝倉軍は振り切ることができた。しかしながら、若狭に入ったところで陰陽師の元締めを名乗る土御門久脩という子供が彼らの前に立ち塞がったのだ。

久脩は子供特有の残虐性を十二分に発揮し、式神を使役して良晴達に襲いかかってきた。それを今良晴の隣にいる三河の足軽に助けられて、何とか逃げ回っているところであった。

 

一応、式神には鉄砲が有効だということはわかっているのだが、朝倉軍を振り切るために後先考えず乱射したせいか、どうしても弾薬の残りが少ない。後一度追い払えれば御の字といったところだろう。

 

「……そういやお前の名前は何なんだ?」

 

「ああ!? 何をこんな時に聞いてんだよ」

 

「いや、呼び方わからないと苦労するだろ」

 

流石に三河の足軽と呼ぶわけにもいくまい。

そのことに気付いたのか、足軽もポリポリと頬を掻いて恥ずかしそうにする。この間、二人とも全力疾走しながらの会話である。

 

「……まぁいいや。オイラは三河松平が臣、本多忠勝様の足軽頭」

 

「いや、そういうのいいから」

 

「カッコイイのに……げふん。オイラの名前は鳥居強右衛門ってんだ。短い間だけどよろしくな猿大将」

 

強右衛門はそう言うと、泥臭いながらも爽やかな笑みを良晴に向けた。



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