オリキャラのホンネ (真澄 十)
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第一話 オリキャラ

 私は、いわゆる二次創作におけるオリジナルキャラクターで、今から演じる作品における主人公に抜擢された。名前は、作者が恥ずかしくなってしまうだろうから敢えて明かさないでおこう。私にもそれくらいの温情というものがある。

 私は、今から演じる主人公のことはよく知らない。まだ物語は始まってすらおらず、これから明かされていくと期待している。私の役目は、作者の指示通りに演じるだけである。どんな理不尽で人間離れした命令であっても、必ずその通りに実行する。こちら側で演じる内容を少しなら変えることもできるが、物語が破綻しかねないので滅多にしてはならないと指示されている。まあ、作者がしっかりしていれば問題ない話だ。

 

 舞台の裏側には、私以外の登場人物も既に控えていた。色々な役者が居るが、私が知っているのは原作陣のみだ。あとはオリジナルのキャラクターなのだろう。私と同じように。

 そもそも私は役者経験が浅く、これが初めての舞台だ。知り合いが少ないのも当然である。

 なんとなく彼らを眺めていると、うち一人と目が会った。目線を逸らすのも失礼に思ってしまい、軽く会釈する。すると彼はこちらに近づいて、握手を求めてきた。彼の手を握ると、強く握り返してきた。

 

「始めまして、名前は――作者のためにも伏せておこうか。私は主人公の敵役だと聞いたのだが、誰か主人公なのか知っているかい?」

「ああ、私がそうですよ。名前は伏せておきますけど」

「おお、君がそうなのか! まあ、オリジナルキャラクター陣は数が少ないし、たぶん君なのだろうと思っていたが。……ところで君、この作品の原作について知っているかい?」

「ええ、多少は。いわゆる『魔法モノ』に分類されるのでしょう? 細かくて魅力的な設定で人気の作品であるとか」

 

 彼は深くうなずいた。見れば良い体格をしている。よく鍛えられて引き締まった体だ。この役のために体を作ってきたのだろう。

 一方、私といえば体格は普通という設定なので特に体作りはしてこなかった。多少はしておけばよかっただろうかと後悔し始める。

 

「そうだ。魔法やら魔術やらを使って、高校生くらいの若者がドンパチやる作品だな。……ところで、アンタのオリキャラ役者歴はどのくらいなんだ?」

「これが初めてですよ。貴方は?」

「俺は三年だな。今まで演じたオリキャラは十くらい演じたね」

「へえ。じゃあ先輩ですね。今日はよろしくお願いします」

「よろしく。……二次創作は初めてか。色々と面食らうこともあるかも知れんが、まあ一緒に頑張ろう」

「はい!」

「そろそろ衣装に着替えてこい。衣装室に行けばアンタの衣装を教えてくれる」

「はい。では行ってみます」

 

 私は彼の言う通りにした。気さくな先輩が居ると後輩は楽である。

 衣装室は舞台裏の少し奥まった場所にあった。私が行くと、すぐに係の人が私の役を確認した。私が主人公であると告げると、すぐに衣装を渡してくれた。特に化粧は無いから,脇にある更衣室で手早く着替えて欲しいと言われる。私は紙袋に入れられたそれを持ったまま、更衣室に入った。

 さっそく衣装を確認してみるとしよう。紙袋から服を引っ張りだす。

 

 ……先輩の言う通りだった。私はさっそく面くらってしまった。

 黒いロングコートがそこにあった。生地はエナメル質で、微妙に光沢がある。ところどころ刺繍があり、大き目のフードが付いてあった。

 それはまだ良い。問題はそれに添えられた、「フードを目深に被り、口元はマフラーで隠しておくこと」という指示である。紙袋を探すと、確かにマフラーはあった。それも黒一色である。

 もしやと思ってインナーを漁ると、どれもこれも黒一色。靴に至ってはコンバットブーツであった。

 どう見ても不審者である。というより、フードとマフラーで顔を隠すのであれば役者など誰でも良い気がしてきた。

 ……なるほど。だから新人の私なのか。

 

 変に納得したところで、その衣装を着てみる。人間、諦めも肝要である。

 予想に違わず、コートは相当に重かった。しかもマフラーで顔を隠してしまっているため、フードの中が微妙に蒸れる。

 でも仕様が無い。この程度なら我慢できるし、予想の範疇だ。この衣装も最初は驚いたが、暗殺者みたいで格好良い。うん、良い役を貰えた。

 

 慣れないブーツにやや困惑しつつも舞台裏に戻ると、彼を見つけた。彼は更衣室で着替えなかったのか、既に衣装姿であった。

 驚いたのは、彼も私と同じ衣装だったことである。顔を隠しているのにそうと分かったのは、彼がフードを被っていなかったからだ。やはり彼も暑かったのだろう。

 

「……よう」

 

 彼も私を見つけ、私に手を振ってきた。私は彼に近づき、苦笑いしながら話しかけた。

 

「どうやら、同じ組織に居るって設定らしいですね」

「みたいだな。俺たち敵同士のハズなんだが、どうするつもりだろうな」

 

 さあ、と肩をすくめて見せる。彼は苦笑いで返した。

 彼としばし雑談に興じていると、係の者の声が舞台裏に響いた。役者のざわめきで聞こえ辛かったが、どうやらもうすぐ始まるからプロローグに出番のある者は準備しろ、とのことだった。

 当然、私の出番もある。

 

「貴方も出番あるんですか?」

「ある。じゃあ行こうか」

 

 期待と不安がごちゃ混ぜのまま、私の初舞台が始まった。

 

 ◇◆◇◆◇

 

 私と彼は配置につく。配置についたときの最初の指示は、二人で殺し合いをしろということだけだった。

 

「……具体的には?」

 

 私は係の者に尋ねる。だが係の者は知らぬと答えた。

 いわく、作者が「殺し合っている」としか描写していないかららしい。

 

「……役者殺しだなあ」

「よくあることだ。でも気をつけろよ、戦闘シーンは案外難しいぜ。この場合、相手を本当に殺さないようにしつつ、でも本気っぽいところを演出しないといけないからな」

「……本当に難しいですね」

 

 そこまで言うと係の者が舞台から退く。それと同時に、開演開始のブザーが鳴り響いた。

 

「いいか? 指示は随時飛んでくる。それに合わせることに全力を傾けろ、細かいことを考えないほうが良い」

「はい」

 

 私がうなずくのと、幕が上がるのはほぼ同時だった。

 舞台用の照明が点く。どうやら市街地らしかった。照明が薄暗いのは夜のシーンだからだろう。見れば月らしきものが空の書割に描かれてあった。ただし二つあった。

 おかしいな、私の知る限り原作は普通の世界の筈なのに、いつから月が二つになったのだろう。

 

「本当に行くつもりか?」

 

 彼が私に語りかける。どうやら既に演技に入ったらしい。

 次の瞬間、私がとるべき行動とセリフが脳裏に浮かぶ。とは言っても、地の文の情報が私たちに順次明かされているに過ぎない。これが、我々の言うところの“指示”だ。演技中、次から次にこの指示が飛んでくることになるため、役者というのも忙しいのだ。

 

「ああ。俺はこの世界を捨てて、新たな世界を目指す。邪魔をするというなら――殺す」

 

 なんと血の気が多いのだろう。

 

「“結社”の盟約を忘れたか?」

「忘れてなどいない。ただ、俺がそうしたいと思ったからそうする。俺はこんなクソみたいな世界は、ゴメンなんだお」

 

 ……なんだお?

やや困惑したが、すぐに分かった。おそらく作者の誤字だ。正しくは「ゴメンなんだよ」だろう。この程度は気にならないが、序盤も序盤でいきなりやらかしてくれる。

 

「ならば――結社の盟約に従い、お前を殺さねばならん」

「フン――やってみろ」

 

 ここで次の指示が飛んできた。いわく、“互いに武器を出して戦う”というものだった。しかし、武器と言っても何のことやらわからない。もらった衣装はこの服だけだ。

 しばし困惑していると、彼の掌の中に短剣が現れた。なるほど、こういう世界観なのか。

 私も彼と同じようにしてみると、なるほど掌の中に拳銃が現れた。それも二丁。これは参った、銃だと殺さない手加減が難しい。

 

「ハァッ!」

 

 彼が短剣を私に向かって投擲する。私に当たられた指示は“華麗に避けた”というものだ。

 具体的にどうしろと言うのだ。役者に負担をかける作者である。

 とりあえず軽いステップで回避を試みる。左右に、出来るだけ踊っているように見せかける。華麗に出来たかどうかはともかく、短剣を回避することはちゃんと出来た。

 避け終わったところで、“二丁拳銃で反撃した”と指示がくる。またか。どこを狙うとか、そういう情報が後に続かないのか。もういい、適当に狙う。なるべく死にそうにない場所を。

 

 私はとりあえず三発ほど、胴体と足を狙って撃ってみた。すると彼は銃弾を回避してみせた。

 銃弾を見てから回避できる人間など存在するのか。勉強になる。役者とは大変な職業であると実感する。

 

 さて、次の指示は何だと待ちあぐねていると、“二人の戦いは夜が明けるまで続いた”とあった。

 ……冗談ではない。こちらの体力がもつ筈ないだろう。というか、そこまで戦いが長引いたのなら、結社とやらから援軍が来てもおかしくないだろう。

 とりあえず適当に戦っていると、彼が作者に聞こえないように呟いたのが聞こえた。小さな声だったが、確かに「援軍を呼べばいいのに」と言っていた。

 

 そこから数時間にわたる戦闘を逐一描写すると、それだけで分厚い本が出来てしまう。だから作者も割愛したのだろうが、いたずらにこちらの負担が増えている。殺さないように、でも本気で戦うというギリギリのラインを朝まで続けろとは、酷なことをする。

 でも私はやり通した。彼もやり通した。数時間に渡って戦い続けていると、書割が朝の風景のものに変わった。もはや私も彼も疲労困憊である。

 待ち望んでいた新た指示が来た。私はそれに従う。

 

「――ラチがあかないな。俺は行かせてもらうぜ」

「待て!」

 

 そういうと私は指示に従い、転移魔法とやらを使用した。光や風が舞い踊る、なんとも派手な演出である。大道具と小道具の人たちには頭が下がる。

 それにしても彼の演技は上手い。披露を隠してもなお迫真の演技であった。今の目を見開いた表情なんて喝采ものだろう。これだけ情報量が不足しているのに、なんとも自然で良いアドリブであった。

 

「世界間跳躍……!? 貴様、どこの世界に行くつもりだ!」

 

 そんなものが使えるなら、こんなに疲れてしまう前に使って欲しかった。本当に、心からそう思う。

 結社とやらから逃げようとしている人間が答えるわけも無かろう。そう思っていると、予想に反する指示が来た。何かの間違いじゃないかと思うが……ええい、役者はただ演じるだけだ。

 

「○○の世界だ」

 

 ○○には原作名が入る。これはあえて伏せておきたい。

 この世界の人たちはどういう世界観なのだろう。○○が原作の名称であるとして、ここには主人公の名前であったり物語を表わす単語や英語であったり、キーアイテムの名前だったりがタイトルになることが多い。それで行き先の世界の名前を表わしてしまっているのだから驚きだ。それは読者間でそう呼称するから分かるのであって、作中人物がそう言ってもキャラクター間で理解できるほうがおかしいのである。

 仮にタイトルが人物名として、「Aの冒険」というタイトルとする。ここで作中人物が「Aの世界に行く」と言ったとして、言われた側は「どちらのAさん?」となるだろう。それなら、オリキャラ側で勝手に番号を振って、第△△世界と呼ぶ方が自然だ。これでも正直無理があるが。

 さらにである。まさかこの男――といっても私のことだが、敵に行き先を教えるとは。後々の都合で追ってきて欲しいのだろうが、それは無いだろう。結社とやらから姿をくらませようって人間が、それでどうする。

 ……まあいい。この世界と原作の橋渡しは一応出来た。

 

 とりあえず一通り演技したところで、私の周囲がより一層光る。次の瞬間には全ての照明が落ち、幕が下りた。どうやらプロローグはこれで終了らしい。

 

 彼は険しい表情をゆるめ、舞台裏での顔に戻る。とは言っても、顔は隠してあるのだが。

 今思ったのだが、顔を隠してしまって、読者はどちらが主人公なのか理解できていたのだろうか。体格しか判断する材料が無かったのだが。

 

「ふう、あーしんどかった」

「お疲れ様です」

「お疲れー。今日、この後空いてる? 一緒にメシでも食おうぜ」

「……はい?」

「ん?」

 

 いやいや、ちょっと待て。まだプロローグが終わったばかりで、これから原作との絡みがあるのではないのか。現に舞台裏には原作陣が控えていたではないか。これで上がって良いわけが無かろう。少なくとも私には出番があるはずだ。

 

「まだプロローグが終わったばかりですよね? 続かないんですか?」

「続かんよ」

「何故?」

「エタりやがった」

「……はい?」

「エタりやがった。つまりな、作者がここで執筆を諦めやがったのよ。感想で色々言われたらしく、プロローグを書いただけで心が折れやがった」

 

 読んでみるかと言われて差し出されたのは、一枚の印刷用紙だった。プロローグだけということもあって数は少ないが、確かに辛辣なコメントが多かった。

 やれ文章力が無いだの、オリキャラの魔法が原作の設定に会っていないだの、誤字がひどいだの。

 まあ誤字は仕方が無い。校正を受けられる商業作品ではないのだ。注意は必要だが、多少は仕方が無い。などと会ったことも無い作者をフォローしてみたが、ポジティブな感想はあまり書かれていないことは事実である。しかし、中には優しく指摘する人もおり、これで執筆を諦めるのは時期尚早であると思うのだが。

 とはいえ、心無い感想が多いのも事実だ。素直な意見なのだろうが、画面の向こうにそれを読む人が居ることも忘れないで欲しいものである。それに、私が演じた作品を悪く言われるのはあまり気分の良いものではなかった。

 

 ……やめよう。作者の心の機微など私には関係の無い話だ。それに、我々の演技に対して何も言われていないのは良いことだ。少なくとも我々に罪はないだろう。

 でも、このなんとも言えない気分は解消しておきたかった。あの数時間にわたる殺陣による疲労に見合わない結末である。

 

「……飲みに行きましょうか」

「いいね」

 

 初めての二次創作キャラの演技は、やはり上手くいかないものだ。私はスッキリしない気分のまま、彼と気が済むまで飲み明かすのであった。




注1)特定の作品を貶める意図はありません
注2)私の作品にこ本作品で挙げたような要素が無いという訳ではありません
注3)本作品は問題提起をするとともに、SS界隈のレベル向上に貢献できればと考えています


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