遊戯王TAKEⅡ (レイレナード)
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学園編
Episode01 風の導き、光の標べ 前編


遊司「とりあえずはじめまして。主人公です」

作者「本当はもう1人いますが、今回は出番なしです」

遊司「実をいうとこの作者、他にも小説を書いてるんだが……」

作者「魔法少女リリカルなのはEX・S 過去にとらわれた転生者。絶賛執筆中です!」

遊司「全然進んでない癖によくまあ別の小説なんて出せたもんだな」

作者「気が乗りまして。それにあっちと違ってこっちは友人と一緒に書いているので執筆スピードは安定している、はずです!」

遊司「……信用が薄い気がするが、まあ気長に付き合ってやってくれ」

作者「では本編をどうぞ!」


 海を眺めていると、色々なことがどうでもよくなる。いつも同じで、だけどその実、同じことなど1つもない。景色も、風も、匂いも、その日その時によって少しだけど違っている。

 俺たちの日常も同じだ。変わらない日々が続いても、いつも少しずつ違っている。全く変わらない、なんてことはない。

 そう例えば、今日が中間テストの日で、既に日は傾いていて、ほんの30分前に自室で目が覚めていたりとか。

「現実逃避は良くないよ」

「うわ!?」

 後ろから声をかけられる。誰もいないと思っていただけに、思った以上に動揺してしまった。本島から橋を渡った先にある草原、その西端の海を見渡せる崖の上という、普段誰も来ない場所に来る物好きが他にもいるとは驚きだ。

「何驚いてるの? まるで化物を見たみたいに」

「……なんだ龍可か」

 彼女は龍可(るか)。この島に来てからとある理由でよく話すようになり、今では気兼ねなく接することのできる友達だ。後ろ髪をおさげにして背に流した彼女は俺から見てもかなりの美少女で、腋出しミニスカという割とセクシーな女子の制服は発育の良い彼女によく似合っている。

「今変なこと考えなかった?」

「いや別に」

 ジト目で睨んでくる彼女に、俺は肩をすくめて答えた。

(相変わらず勘の鋭いことで……)

「それで、どうしたんだ? 用があってきたんだろ?」

 気を取り直して聞いてみる。こういう時は速やかに話題を変えるのが一番だ。彼女も特に気にしていなかったようで、すぐに機嫌を直してくれた。

「うん。先生から伝言を預かってきたの」

「伝言?」

 心当たりがありすぎて思わず顔をしかめる。そんな俺に苦笑しながら龍可は死刑宣告を下した。

「今すぐ職員室に来い。だって」

「ですよねー」

 思わずガックリと肩を落とす。テストをサボったのだから当然だろう。予想していたとはいえ、実際に言われると想像以上にへこむ。

 俺は決して不良じゃないし、日頃からの成績が悪いわけでもなく、たまたま盛大に寝坊しただけなのだが。

……言い訳にもならないな。

「あー! っくそ。こんなことになるなら実習に向けてデッキ調整なんてやらなきゃ良かった!」

「いや、それは大事なことだよ。……朝までやってなければね」

 龍可の突っ込みが容赦なく俺に突き刺さる。

 俺たちが通っているここ、デュエルアカデミア・セントラル校高等部はその名の通り決闘者(デュエリスト)の育成施設として存在する学校だ。一流の決闘者を夢見る子供たちが集う聖地であり、日々デュエルモンスターズの勉強をしている。もちろん高等学校なのだから、数学を始めとした5教科やいくつかの選択授業なども学ぶし、期末試験も存在する。そしてデュエルモンスターズに関する試験は2ヶ月毎に行われ、今日は入学後最初の試験日だった。

 最初ということもあり気合を入れてデッキ調整を行っていたら、いつの間にか日がもぼり始めてしまった。そして少しだけでも寝ておこうと目覚ましをセットして寝たのだがそれが不味かった。気が付けばすでに日は傾いており、目覚ましは電池切れを起こしていたのだ。

 思い出しただけで盛大にため息が出る。

「遊司は変なところで要領が悪いわよね。確か入学試験の時も、普段から成績上位で中等部からオベリスクブルーとして主席で入学」

 できたはずなのに。

 龍可の溜息が痛い。

 「テストで回答を1問ずつズラす大ポカをやっちゃって、ギリギリでオベリスクブルーに入学したんだっけ」

「嫌なこと思い出させないでくれ……」

 オベリスクブルーというのは俺の所属する寮のことで、このセントラル校特有の制度だ。ここでは入学時に中等部からの成績優秀者の入るオベリスクブルー。そこに漏れた生徒と、高等部から入学してくる成績優秀者の入るラーイエロー。そしてそこに漏れた、成績の振るわなかった生徒が入るオシリスレッドの3つに分けられる。つまりデュエリストとしてのレベルがそこで区別され、それぞれのレベルに合わせた授業が行われるということだ。

 そして龍可の言うとおり、俺は中等部から主席で進学するだろうと言われていた。そう、俺、空羽(そらはね)遊司(ゆうじ)の成績は本来それくらい良いのだ。自分でも割と勤勉だと思うし、デュエルの勝率もいい。だというのに、いつも重要な場面で変に気合が空回りしてしまうのだ。なんとかこの残念な性格をどうにかしたいと思うのだが、どうにもうまくいったことがない。そもそもその大ポカは毎回バラバラで対処のしようがないのだ。

 本日何度目かわからない盛大なため息が出る。もう諦めの心境だ。

「んじゃ行ってくるわ」

「うん。がんばってね」

 俺は諦めて龍可に手を振り職員室に向かった。

 

 

「ふ、貴様が俺の相手か。不良仲間としてはどうにも迫力に欠けるな」

「いや、不良じゃねえし」

 とある戦士族モンスターによく似た有名な不良の不敵な笑みから目を逸らしながら、呆れたように答える。向こうは元から俺の答えなど聞く気はないようで、1人でカッコつけていた。

 俺はもう1度大きなため息をして、このデュエルをセッティングした教頭との会話を思い出す。

「デュエルするんですか? 今から?」

「ええ。それだけは今やっておいたほうが面倒が少なくて済むのよ」

 職員室にて、とても美人だが怒らせると非常に怖いと有名な教頭先生により説教を受けた後、今後のことを言い渡された。筆記に関しては当然追試が決定。これから数日の間、放課後が追試で埋まると考えると嫌になる。そして今言い渡された実技だが、今回の俺の相手は不戦勝状態になっているらしい。しかしこの試験は以前からどれほど成長したかを見るためのものであって、勝敗はそれほど重要ではない。つまり不戦勝では成績のつけようがないのだ。よって今日のうちに実技は済ませてしまおうということだ。

「で、誰なんですか? 相手って」

 誰とデュエルすることになるのか気になり、少しワクワクしながら聞く。

 デュエルは好きだ。互の力を全力でぶつけ合う興奮。何が来るかわからない少しの不安と期待。毎回全く違う展開。相手のことを理解しあい、心を通じ合わせる喜び。何より俺の気持ちにデッキが答えてくれた時の嬉しさ。とにかくデュエルは面白い。

 今回の相手とはどんなデュエルができるだろう。そんな俺の期待の眼差しに、教頭は笑って答えた。

「それなりの実力者よ。ま、性格面にちょっと問題があるけどね」

「え゛」

 俺のワクワクは一瞬で砕かれた。

 確かにデュエルは好きだし楽しいが、いつでもそうとは限らない。例えば、相手の行動を何らかのカードで阻害したとき、卑怯だとか反則だとか言ってくる奴がいるが、そんなのとデュエルしても楽しくない。対策してないそっちが悪いんだっての。しかもその後さっさとデュエルを中断したりサレンダーしたり。デュエルに対する姿勢がひどすぎる。そして今回の相手、性格面に問題があるってことは、つまりそういうやつなんだろう。

 しかし、「そんなやつの相手嫌なんですけど」と抗議する前に教頭から「不満でも?」と笑顔で言われたら、もうどうしようもなかった。笑顔はもともと威圧だっていうのは本当だと思う。

 そんなわけで今目の前にいるのが、その性格面に問題があるらしい生徒なわけだが。

「そんなやつ楽勝っすね、ヤリザさん!」

「とっととヤっちゃってください! ヤリザさん!」

「違ああう!! 俺は槍座(そうざ)だ!!」

 この伊達ヤリ…、じゃなかった。伊達(だて)槍座(そうざ)だ。さっきも言ったとおり有名な不良だが、このユニークな名前ととある槍使いのモンスター……、いや別に隠さなくていいな。六武衆-ヤリザという、六武衆というカテゴリにおいてもっとも弱いと言われるモンスターによく似た顔のせいでみんなから親しまれている。まあ、面白い人だ。

(問題がある、ってこういうことか。ったく、先生も人が悪いな)

 確かに今みたいに人の話を聞かないで暴走したり、すぐ感情的になりすぎたり、それによく授業をサボる不良なのだから性格面に問題があると言えばそうなのだろうが、この人はデュエルに対して非常に熱い一面を持つ。相手を煽ったりはするが、決して卑怯などとは言わないし、途中でデュエルを投げ出したりもしない。この人ならきっと楽しいデュエルになるだろう。

 内心でホッとしていると、いい加減業を煮やしたのか、審判を務める鴇矢先生が槍座に声をかける。時間も時間だし、そろそろデュエルを始めたいのだろう。

「ほら、ヤリ……、槍座くん。そろそろ始めてくれ」

「な、鴇矢先生まで!?」

 訂正。からかいに行っただけだったようだ。……いやあの先生のことだし間違っただけだと信じよう。

 鴇矢(ときや)忠博(ただひろ)先生はオベリスクブルー担当の実技の先生だ。デュエルアカデミアのデュエル実技の授業では各寮毎に実技担当の先生がつき、さらにそれを統括する実技最高責任者である教頭がいる。その他、基礎から間違いやすい細かいルールの解説、各召喚方法などを教えてくれる先生がたくさんいる。

 槍座に平謝りしている鴇矢先生は温和で話しやすく、生徒からも人気の先生だ。しかしその本気デッキは非常に鬼畜だと噂で、絶対に怒らせるなとも言われている。

「くっそ、もういい! おいテメエ! とっとと始めるぞ! 俺の力を示して二度と馬鹿にできなくしてやるぜ!」

「!? お、おう!」

 いきなりの宣言に思わず引くが、無理やり気を取り直す。

 なんにしてもまずは大好きなデュエルができる。それだけで十分さ!

「いくぜ!」

 同時にデュエルディスクを構え、起動させる。デッキがオートシャッフル機能によってシャッフルされ、そこから5枚のカードを引き抜く。そして、最後に恒例の挨拶。決闘という名の儀式を始めるための最後の宣言を同時に告げる。

「「デュエル!!」」

 ここに、熱き闘志を持ったデュエリスト達の真剣勝負が幕を開けた。

 

 

「え。実技試験、今やってるんですか?」

「ええ。第1デュエル場でやってるはずだから、気になるなら見に行ったら?」

 思ったより遊司の帰りが遅いので、気になった私は職員室まで行ってみることにした。だけど遊司の姿はなく、教頭先生に話を聞いてみると実技試験を行っているというではないか。

 私は教頭先生にお礼を言って急いでその場を去る。相手は誰か知らないが、遊司はデュエルアカデミアでも屈指のデュエリスト。そのデュエルが生で見れるというのだから見ない手はない。

 デュエル場に向かっていると、廊下を歩く見覚えのある小柄な女の子の後ろ姿が見えた。

「! 光ちゃん!」

 呼びかけると、一瞬ビクッとして、慌てて振り向いてくれる。肩にかかる程度のサラサラで綺麗な白髪。長い前髪で右目を隠し、クリクリの大きな左目を見せている彼女は、いつもどおりの小動物っぷりで母性本能がくすぐられて大変だ。

「あ、龍可さん。こんにちは」

「うん。こんにちは、光ちゃん」

「ひゃ、わっ」

 無意識のうちに思わず頭を撫でてしまう。それに恥ずかしそうに悶える彼女に、ついつい衝動に任せて抱きしめたい感情に支配されそうになるが、流石にそれは理性を総動員してなんとか押さえ込んだ。

「あ、あの、いったいどうしたんですか? こっちの方に来たということは、デュエル場に用事でも?」

「え? ああ、そうだった!」

 光ちゃんの言葉で忘れかけていた目的を思い出す。と、同時に疑問が浮かんできた。

「って、そういう光ちゃんはなんで? こっちはデュエル場しかないし、光ちゃんも?」

 撫でていた手を下ろして聞くと、光ちゃんはすぐに顔を上げて答える。

「あ、はい。デュエル場の電気がついていたので、デュエルでもしているのかと思って」

 こう見えて光ちゃんは校内でも有名なデュエリストだ。主席で入学したと言えばわかると思う。そんな光ちゃんはやっぱりデュエルが好きなのだろう。

「そっか。実は今私の友達の遊司が実技試験やってるんだって。よかったら一緒に行かない?」

「いいんですか? ありがとうございます!」

 こんな些細なことでも満面の笑みでお礼を言う光ちゃん。

「ん~っ、もう! なんでこんなに可愛いかなあ!」

「え!? ちょ、龍可さん!?」

 さっき押さえ込んだ衝動はもう止められそうになかった。

 

 

 デュエルディスクがランダムで先攻後攻を決め、デュエルが開始される。俺のデュエルディスクに表示されたのはsecondの文字。

「俺の先行だ! 俺はモンスターとカードを1枚ずつセット! これでターンエンドだ」

 先攻をとった槍座が手札のカードを2枚取りデュエルディスクにセットすると、裏側表示のカードが立体映像としてフィールドに出現した。この世界においてデュエルモンスターズを飛躍的に進化させた革新的システム。ソリッドヴィジョンシステムだ。それはただの立体映像ではなく、デュエルで発生する衝撃なども再現するすぐれものだ。衝撃といっても、もちろん軽く風が起こる程度で安全なものだが、非常にリアルなモンスターや攻撃とあわせてくると、そんな軽いものでもより現実感を強くし、圧倒的な迫力を生んでいる。デュエルリストの誰もがその魅力に取り付かれているのは当然のことだった。

 さて、相手のターンが終わったのだから次は俺の番だ。

「俺のターン、ドロー!」

 ドローカードを確認し、手札のカードと見比べる。この手札においてもっとも重要となるカードが引けたといっていいだろう。しかしながら今の状況ではそれも活かせない。

「なら、俺は暴風小僧を攻撃表示で召喚!」

 風を操る小柄な少年が俺のフィールドに現れる。強気に笑う彼は、危なっかしくも頼もしく、俺の指示を今か今かと待っているようだった。

 

暴風小僧

星4 風属性 天使族

攻撃力1500 守備力1600

風属性モンスターを生け贄召喚する場合、このモンスター1体で2体分の生け贄とすることができる。

 

「暴風小僧でセットモンスターに攻撃だ!」

 指示を出すと、暴風小僧は両手を頭の上に掲げ、そこに風を凝縮。それを投げるように前へ突き出すと、風圧の塊となってセットモンスターに向かって放たれた。

 同時に、セットされていたモンスターが反転し、その姿を現す。そこには槍を前に構え、 防御の姿勢と取る鎧を着込んだ槍座が、って、え?

「俺の伏せていたのは六武衆-ヤリザだ」

 

六武衆-ヤリザ

星3 地属性 戦士族

攻撃力1000 守備力500

自分フィールド上に「六武衆-ヤリザ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在する場合、このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる。

また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を破壊できる。

 

 守備力500対攻撃力1500。耐えられるはずもなく、ヤリザは風に吹き飛ばされ、破壊された。

「ああ!? ヤリザさんの分身が!」

「ヤリザさんしっかり!」

「うるせえ!! 俺はここにいるわ! って、あ! ちがっ」

 途端にさっきもいた取り巻きたちが騒ぎ始める。すぐに槍座が反応するが、なんか今自分がヤリザだって認めなかったか?

「はは……。俺はターンエンドだ」

 面白さを通り越して呆れ半分にターンを終了する。見れば鴇矢先生も苦笑気味だった。しかし本当に槍座はヤリザに似ているな。一瞬本人かと思ってびっくりした。

「の野郎、なめやがって……。オメエらも覚悟しろよ! 俺のターンだ!」

 槍座は顔を真っ赤にしてデッキに手をかける。さて、こいつもオベリスクブルーなんだし、ここからが本番だろう。

「ドロー! !! コイツはいいカードを引いたぜ」

「?」

 ドローした瞬間、槍座の顔から怒りの色が消え失せ、不敵な笑みに変わる。まるで何かを企んでいるかのようだ。

「まずは、六武衆のご隠居を特殊召喚! コイツは相手フィールドにのみモンスターがいるとき特殊召喚できるのさ!」

「!」

 

六武衆のご隠居

星3 地属性 戦士族

攻撃力400 守備力0

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚することができる。

 

 特殊召喚、ってことは、まだ何か来るのか。さらなる展開を予想し、意味もなく身構える。そんな俺の姿に笑を深め、槍座はさらに手札のカードを手に取る。

「さらに俺は手札から速攻魔法、六武衆の荒行を発動! この効果でデッキから、チューナーモンスター、六武衆の影武者を特殊召喚するぜ!」

 槍座が魔法カードを発動すると、ご隠居が腕を振り上げる。それに呼応するかのように、いかつい鎧を着込んだモンスターが姿を現した。槍座の様子からおそらくドローしたいいカードとはこの荒行のことだろう。

 

六武衆の荒行

速攻魔法

自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して発動する。

選択したモンスターと同じ攻撃力を持つ、同名カード以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体を自分のデッキから特殊召喚する。

このターンのエンドフェイズ時、選択したモンスターを破壊する。

 

六武衆の影武者

星2 地属性 戦士族 チューナー

攻撃力400 守備力1800

自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体が魔法・罠・効果モンスターの効果の対象になったとき、その効果の対象をフィールド上に表側表示で存在するこのカードに移し替える事ができる。

 

 召喚されたモンスターと槍座の発言の1つが俺を驚かせる。

「! チューナーだと!?」

 チューナーモンスター。ある種類のモンスターを召喚する際のキーカードとなるモンスター群だ。これが来たということは、それをやるつもりなのだろう。しかし槍座の動きはまだ終わらない。

「驚くのはまだ早い。さらにリバースカード発動! 罠カード、六武衆推参! コイツは自分の墓地から六武衆1体を特殊召喚するカードだ!」

 

六武衆推参

自分の墓地の「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターを墓地から特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターンのエンドフェイズ時に破壊される。

 

 槍座の伏せられていたカードが表になり、そこから幻影のようなものが飛び出してきた。同時に、槍座のデュエルディスクの墓地が光り1枚のカードが出てくる。今槍座の墓地のあるモンスターは1枚のみ。つまり蘇生されるのは……

「甦れヤリザ!」

 先ほど暴風小僧によって破壊されたヤリザが姿を現す。

「出るぞ! ヤリザさんのシンクロコンボが!」

「さすがヤリザさん!」

「オメエらは少し黙ってろ!!」

 ギャーギャーと槍座たちがコントを始めるがこちらにとってはそれどころではない。フィールドにはレベル3のチューナーモンスター影武者と、レベル2のご隠居、レベル3のヤリザ。こうして並べたということは、その答えは一つだ。

 しかしあるのは恐怖ではない。むしろ何が来るのか楽しみで仕方がなかった。

「ったく。行くぜ! 俺はレベル3のヤリザとご隠居に、レベル2の影武者をニューニング!」

 予想した通りに槍座が指示を出と、影武者が3つの光の輪へと姿を変え、そこにヤリザ とご隠居が飛び込む。やがてその2体はそれぞれのレベルと等しい数の光の玉となり、1列に連なった。

「大いなるキングの象徴よ! 俺の武士道にその王道を連ねよ!」

 槍座の言葉に合わせ光の輪と玉は一筋の光となり、新たなモンスター呼び出す。

「シンクロ召喚! 押して参れ! クリムゾン・ブレーダー!」

 光の中より現れたのは、真紅の体を持つ2本の巨大な剣を携えたまるで機械のような戦士。

 

クリムゾン・ブレーダー

星8 炎属性 戦士族 シンクロ

攻撃力2800 守備力2600

チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードが戦闘で相手モンスターを破壊し墓地へ送った場合に発動する。次の相手のターン、相手はレベル5以上のモンスターを召喚・特殊召喚できない。

 

「シンクロ召喚か……」

 これがシンクロ召喚。チューナーとそれ以外のモンスターを墓地へ送り、そのレベルの合計と等しいレベルのシンクロモンスターをEXデッキから特殊召喚する召喚法だ。

「しかもこのモンスターは……っ!」

 俺はこのモンスターに見覚えがあった。俺の言葉に気をよくしたのか、槍座は誇るように自分の前に立った戦士に手をかざした。

「そう、このモンスターはあのキング! ジャック・アトラスの従えるシンクロモンスターだ!」

 ジャック・アトラスとは今世界で最も注目を集めるデュエリストだ。プロリーグにおいて毎年行われる世界王者決定戦。そこでこのジャック・アトラスは3年連続で優勝。ディフェンディングチャンピオンとなっているのだ。そんな彼はよくデュエルを始めるとき観客に対し、「キングは一人! この俺だ!」という決め台詞を叫ぶことからキングという相性で知られている。今やデュエリスト達の大きな目標の一人だろう。

 そしてこのクリムゾン・ブレーダーはそのジャック・アトラスの愛用する強力なシンクロモンスターの1体なのだ。かなりのレアカードのはずだが、いったいどうやって手に入れたんだか。

「コイツでお前の息の根を止めてやるぜ! バトルだ!」

 槍座は勢いに乗ってバトルフェイズに入る。そして俺のフィールドにいる暴風小僧を指した。

「クリムゾン・ブレーダーで暴風小僧を攻撃! レッド・マーダー!」

 クリムゾン・ブレーダーは高く飛び上がると、慌てる暴風小僧に向かってそのまま躊躇いなく剣を振り下ろした。途端に爆発に包まれ、衝撃が体を襲う。

 

2800-1500=1300

遊司LP4000-1300=2700

 

「くっ!」

「さらにこの瞬間クリムゾン・ブレーダーの効果発動! フィフス・マーダー!」

「!!」

 槍座の言葉にハッとして顔を上げる。クリムゾン・ブレーダーはまだ俺の前におり、こちらを睨みつけるように見ていた。全身から赤い気のようなものが吹き出し、こちらを威圧してくる。

「次の相手ターン、相手のレベル5以上のモンスターの召喚、特殊召喚を封じる!」

「な!?」

 その強力な効果に思わず耳を疑う。その効果は俺のデッキに対し大きな影響をもたらすからだ。

「これでお前は何もできまい! ターンエンドだ!」

 槍座の場に戻っていくクリムゾン・ブレーダーを見ながら、俺は焦るようにデッキに手をかけた。

「っ、俺のターン」

(このままじゃまずい。何とか打開できるカードを引かないと)

「ドロー! !!」

 ドローしたカードを見た瞬間、それをすぐにデュエルディスクにセットし、発動させる。

「手札断殺を発動! 互いに手札を2枚墓地に送り、2枚ドローする! 俺はダブル・サイクロンとマジック・プランターを墓地へ!」

 

手札断殺

速攻魔法

お互いのプレイヤーは手札を2枚墓地へ送る。その後、それぞれ自分のデッキからカードを2枚ドローする。

 

ダブル・サイクロン

速攻魔法

自分フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚と、相手フィールド上に存在する魔法・罠カード1枚を選択して発動する。選択したカードを破壊する。

 

マジック・プランター

魔法

自分フィールド上の表側表示で存在する永続罠カード1枚を墓地へ送って発動する。

デッキからカードを2枚ドローする。

 

「俺の手札はこの2枚だけだ。紫炎の寄子と六武衆の御霊代を墓地へ送る」

 

紫炎の寄子

星1 地属性 戦士族 チューナー

攻撃力300 守備力700

自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスターが戦闘を行う場合、そのダメージ計算時にこのカードを手札から墓地へ送って発動する。そのモンスターはこのターン戦闘では破壊されない。

 

六武衆の御霊代

星3 地属性 戦士族 ユニオン

攻撃力500 守備力500

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとして自分フィールド上の「六武衆」と名のついたモンスターに装備、または装備を解除して表側攻撃表示で特殊召喚できる。この効果で装備カード扱いになっている場合のみ、装備モンスターの攻撃力・守備力は500ポイントアップする。装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、自分はデッキからカードを1枚ドローする。(1体のモンスターが装備できるユニオンは1体まで。装備モンスターが破壊される場合、代わりにこのカードを破壊する。)

 

「そして、2枚ドロー!」

 同時にドローし、手札を確認する。

(……! このカードたちなら)

「俺はカードを3枚セット! ターンエンドだ!」

 俺の場の魔法・罠ゾーンに3枚のカードがセットされ、ターンが終了する。

「はっ! カードを伏せただけかよ! それじゃあ終わっちまうぜ!」

 槍座の言うとおり、俺のLPは2700。クリムゾン・ブレーダーの攻撃2800を食らえばそこまでだ。だが俺は強気でそれに答える。

「なら、やってみろよ」

「! おもしれえ! 俺のターンだ!」

 槍座の顔が小馬鹿にしたようなものから挑戦者のそれへと変わった。カードを引き、即座にカードを発動する。

「俺はフィールド魔法、草原を発動! コイツはフィールドの戦士族と重戦士族モンスターの攻撃力と守備力を200ポイントアップするカードだ!」

 フィールドの景色が変わり、爽やかな風の吹く草原地帯へと姿を変える。そこは戦士たちにとっての戦いの舞台。

 

クリムゾン・ブレーダー

攻撃力2800→3000

守備力2600→2800

 

 わざわざこのカードを発動したのは、槍座のこの攻撃へ挑戦するという強い気持ちを表しているのだろう。それを証明するように、槍座は真っ直ぐに俺を見てクリムゾン・ブレーダーに指示を出す。

「行け! クリムゾン・ブレーダー! ダイレクトアタックだ!」

 巨大な戦士が赤い閃光となって俺にその大剣を振り下ろした。

 

 

「ここね。デュエルはどうなってるかな」

 思ったよりも時間がかかってしまった。主に龍可さんのせいで。もしかしたらもう終わっているかもしれない。

 そう思って龍可さんを見るが、しかしそこには何の不安もない楽しそうな笑顔しかなかった。

(……どうして、そんな顔でいられるの?)

「龍可さんは、心配じゃないんですか?」

「え? 心配?」

 キョトン、とする龍可さんに、私の疑問はさらに強くなる。

「そのお友達が負けるかもしれないって、考えないんですか?」

 私なら、きっと不安になるだろう。自分の友達がデュエルをしていたら、大丈夫だろうかって、心配ばかりするだろう。なのに龍可さんは、全然そんな様子はない。だから思わず聞いてしまったのだ。

「ん~、なんていうのかな」

 龍可さんは少し上を向いて考え始めるが、すぐに答えを出したようで私に笑いかけてくれた。

「なんか、遊司なら大丈夫って、そう思えちゃうんだよね。どんなピンチになっても絶対にあきらめない。そして最後にはいつの間にか勝利を掴んじゃってるの」

 そう迷いなく言う龍可さんを見ていると、なんだか少し羨ましくなってしまう。つまりそれは、それだけその人のことを信頼しているということだ。

 それは、そんな風に思える人が、私にもいればって。どうしても、そう考えてしまう。

「ほら、行こ! ほんとにデュエルが終わっちゃうよ!」

 龍可さんに手を引かれデュエル場に入る。そしてその光景に目を疑うこととなった。

 




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Episode01 風の導き、光の標べ 後編

前編の続き


「この瞬間、リバースカード発動!」

 攻撃が届く前に伏せていたカードを起き上がらせる。そこにはクリスタルに光り輝く天使の姿あった。

「速攻魔法、光神化! このカードは手札の天使族モンスター1体を、攻撃力を半分にして特殊召喚するカードだ!」

 

光神化

速攻魔法

手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターの攻撃力は半分になり、エンドフェイズ時に破壊される。

 

「何!?」

「このタイミングなら、クリムゾン・ブレーダーの力も及ばない!」

 クリムゾン・ブレーダーの効果は相手ターン、つまり俺のターンのみ適用される効果だ。つまり相手ターン中ならレベル5以上のモンスターの召喚、特殊召喚が可能となる。

「この効果で手札のアテナを攻撃表示で特殊召喚する!」

 手札に眠っていた上級モンスター、槍と盾を持つ女神、アテナがフィールドに舞い降りた。

 

アテナ

星7 光属性 天使族

攻撃力2600 守備力800

1ターンに1度、「アテナ」以外の自分フィールド上に表側表示で存在する天使族モンスター1体を墓地へ送ることで、「アテナ」以外の自分の墓地に存在する天使族モンスター1体を選択して特殊召喚する。フィールド上に天使族モンスターが召喚・反転召喚・特殊召喚された時、相手ライフに600ポイントダメージを与える。

 

アテナ

攻撃力2600→1300

 

「だが、そんな攻撃力じゃライフを守っただけだな! そんな一時凌ぎで――」

「まだだ! さらにリバースカード発動! 速攻魔法、地獄の暴走召喚!」

「な!? 暴走召喚だと!?」

 俺が伏せていたもう1枚のカードの発動に槍座の顔が驚愕に変わる。

 

地獄の暴走召喚

速攻魔法

相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。

 

 本来なら自分が大量展開する代償に、相手にも同等以上の展開をさせてしまう諸刃の剣。だが今回相手の場にいるのは、特殊な召喚法でEXデッキから出てきたモンスターだ。

「っ、俺のクリムゾン・ブレーダーはシンクロモンスター。よって地獄の暴走召喚で出せるモンスターはいない……っ!」

「そういうことだ! 行くぜ! 俺はデッキからアテナ2体を攻撃表示で特殊召喚する!」

 デュエルディスクが効果を処理し、自動でデッキに眠る2枚のアテナをサーチしてくれる。それを手に取り、デュエルディスク置くと、上級天使アテナがさらに2体特殊召喚された。さらに天使族モンスターの召喚に呼応し、アテナの秘められた力が解放される。

「さらにこの瞬間、光神化で出していたアテナの効果発動! 天使族モンスターの召喚、特殊召喚に成功したとき、相手に600ポイントのダメージを与える! 天光のバース!」

アテナが槍を天に掲げると、眩いばかりの光が溢れ出し、槍座にダメージを刻んだ。

 

槍座LP4000-600=3400

 

「ちぃっ、たかがその程度のダメージで!」

「ならもう1発食らっておけ! リバースカード発動! 罠カード、強化蘇生! 墓地から暴風小僧を守備表示で特殊召喚だ!」

 伏せていた最後のカードを発動し、墓地に眠るやんちゃな少年を呼び出す。

 

強化蘇生

永続罠

自分の墓地からレベル4以下のモンスター1体を選択して特殊召喚する。この効果で特殊召喚したモンスターのレベルは1つ上がり、攻撃力・守備力は100ポイントアップする。そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

暴風小僧

レベル4→5

攻撃力1500→1600

守備力1600→1700

 

 風を操る少年は腕を組み、肩膝をついて俺の場に現れ、槍座をニヤリと挑発した。それに呼応し、3体のアテナが再び槍を天に掲げ、さっきの何倍も強い光が溢れ出す。

「この瞬間、3体のアテナの効果発動! 600×3で1800のダメージだ!」

「な!? ぐわあ!!」

 

槍座LP3400-1800=1600

 

 あまりの熱量に槍座の周りが爆発し、爆煙が槍座の姿を隠した。

 これがこのデッキ最大のコンボ。光神化からの地獄の暴走召喚による上級モンスターの大量展開。本来なら自分のターンにやるコンボだが、槍座のクリムゾン・ブレーダーのせいで相手ターンにやる羽目になった。普段なら相手にも大量展開させてしまうため逆に自分が追い込まれてしまうところだが、今回は効果的だったようだ。

 煙が晴れると、ソリッドヴィジョンなのに槍座が少し焦げていた。傍から見れば間抜けな光景に、思わず笑ってしまいそうになる。

「っ、この、やりやがったなあ!」

 しかしやられた方はたまったものではないらしい。怒りで顔を真っ赤に染めた槍座は改めて支柱にある真紅の戦士に指示を出した。

「クリムゾン・ブレーダーでアテナを攻撃! レッド・マーダー!」

剣を構えたクリムゾン・ブレーダーにアテナが警戒を表すが、遅い。槍を構える暇すら与えず、巨大な剣は女神を切り裂いた。断末魔の悲鳴が破壊音にかき消され、衝撃が体を襲う。

「っ!」

 

3000-2600=400

遊司LP2700-400=2300

 

「ターンエンドだ!」

 槍座エンド宣言に合わせ、光神化で特殊召喚されたアテナも破壊されてしまう。これで俺の場には暴風小僧とアテナが1体。

 わざわざ攻撃力の下げたアテナを攻撃表示で立たせておいたのだが、激情にとらわれずに冷静な判断を下してきた。さすがはオベリスクブルーと言ったところか。

「俺のターン!」

 だが、俺の墓地にはレベル4のモンスターはいない。よってアテナの入れ替え効果は使えない。今手札にあるのは俺のデッキのエースモンスターだが、クリムゾン・ブレーダーによって召喚を封じられている。ここでレベル4以下のモンスターを引けたとしても与えられるダメージはわずか600。しかも攻撃表示で召喚することになってしまう。

「さて、どうするか……。ま、引いてから考えるか! ドロー!」

 ドローしたカードを確認すると、俺はすぐにそれをデュエルディスクに差し込んだ。

「魔法カード、マジック・プランター発動! 永続罠である強化蘇生を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

暴風小僧

レベル5→4

攻撃力1600→1500

守備力1700→1600

 

 強化蘇生が消えたことで暴風小僧のステータスが元に戻る。だがそんなことは些細なことだ。

(! このカードならクリムゾン・ブレーダーに対処できる!)

「俺はカードを1枚セット! さらに手札のヘカテリスの効果発動! このカードを手札から捨てることで、デッキから神の居城-ヴァルハラを手札に加える!」

 

ヘカテリス

星4 光属性 天使族

攻撃力1500 守備力1100

自分メインフェイズにこのカードを手札から墓地へ捨てて発動できる。

デッキから「神の居城-ヴァルハラ」1枚を手札に加える。

 

神の居城-ヴァルハラ

永続魔法

1ターンに1度、自分メインフェイズにこの効果を発動できる。

手札から天使族モンスター1体を特殊召喚する。

この効果は自分フィールド上にモンスターが存在しない場合に発動と処理ができる。

 

 金色の鍵のような形をしたモンスター、ヘカテリスが天空へと昇ると、1枚のカードを手札に呼び込んでくれた。

「ふん! この状況でそんなカードを加えてどうしようてんだ!?」

「こいつはまだおまけだ。アテナの効果を発動! 自分フィールドの天使族モンスター1体を墓地に送り、墓地の天使族モンスター1体を特殊召喚する!」

 槍座の指摘通り、今ヴァルハラを加えたところで効果を使うことはできない。だがそのためにヘカテリスが墓地に送ったことでアテナの墓地とフィールドの天使族を入れ替える効果を発動できるようになった。

「俺は暴風小僧を墓地に送り、再び暴風小僧を守備表示で特殊召喚! 同時にアテナの効果により、相手に600ポイントのダメージだ! 天光のバーズ!」

「んが、またかよ!」

 暴風小僧がアテナの光に導かれて天空に昇り、すぐにフィールドに舞い戻る。同時にアテナは再び槍を掲げ、光が槍座に降り注いだ。

 

槍座LP1600-600=1000

 

「これで、ターンエンドだ!」

 今やれることはやった。後はこの伏せカードに賭ける。

「こんの、俺のターン!」

 また同じ方法でダメージを与えたせいか、どうやら槍座の怒りはまだ収まっていないようだ。声を荒らげてカードを引き、すぐにカードを発動させる。

「俺は闇の誘惑を発動! デッキからカードを2枚ドローし、その後、手札の闇属性モンスター1体を除外する。ドロー! 手札の六武衆-イロウを除外する」

 

闇の誘惑

魔法

自分はデッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する。手札に闇属性モンスターが無い場合、手札を全て墓地へ送る。

 

六武衆-イロウ

星4 闇属性 戦士族

攻撃力1700 守備力1200

自分フィールド上に「六武衆-イロウ」以外の「六武衆」と名のついたモンスターが存在し、このカードが裏側守備表示のモンスターを攻撃した場合、ダメージ計算を行わず裏側守備表示のままそのモンスターを破壊する。また、フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体を破壊できる。

 

 槍座の脇に闇の渦が生まれ、そこにカードが吸い込まれていく。さらに槍座は手札を1枚手にとった

「手札から真六武衆-シナイを召喚!」

 

真六武衆-シナイ

星3 水属性 戦士族

攻撃力1500 守備力1500

自分フィールド上に「真六武衆-ミズホ」が表側表示で存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。フィールド上に存在するこのカードがリリースされた場合、自分の墓地に存在する「真六武衆-シナイ」以外の「六武衆」と名のついたモンスター1体を選択して手札に加える。

 

真六武衆-シナイ

攻撃力1500→1700

守備力1500→1700

 

 紫の鎧を着込んだ棍棒を持つ戦士が現れる。しかし槍座の動きはまだ止まらない。

「まだ行くぜ! 手札から紫炎の狼煙を発動! デッキからレベル3以下の六武衆を手札に加える!」

 その名のとおり紫の煙が立ち上がり、新たな仲間を呼び寄せる。

 

紫炎の狼煙

魔法

自分のデッキからレベル3以下の「六武衆」と名のついたモンスター1体を手札に加える。

 

「俺が加えるのは真六武衆-ミズホ! さらにミズホは場にシナイがいるとき特殊召喚できる! 攻撃表示で特殊召喚だ!」

 槍座の宣言に従いデュエルディスクが自動でカードをサーチする。それを手に取るとそのままデュエルディスクに叩きつけた。

 

真六武衆-ミズホ

星3 炎属性 戦士族

攻撃力1600 守備力1000

自分フィールド上に「真六武衆-シナイ」が表側表示で存在する場合、このカードは手札から特殊召喚する事ができる。また、1ターンに1度、このカード以外の自分フィールド上に存在する「六武衆」と名のついたモンスター1体をリリースする事で、フィールド上に存在するカード一枚を選択して破壊する。

 

新六武衆-ミズホ

攻撃力1600→1800

守備力1000→1200

 

 今度は赤い鎧を纏った女戦士が鎌を手に片膝をついて現れる。これで槍座の場には3体のモンスターが並んだ。

「一気にモンスターを展開したか……」

 このまますべてのモンスターから攻撃を受けたらひとたまりもない。だがまだ槍座の動きは終わっていなかった。

「ミズホの効果発動! 1ターンに1度自分フィールド上に存在する自身以外の六武衆と名のつくモンスター1体をリリースし、相手フィールド場のカード1枚を破壊する!」

「何だと!?」

 自分のモンスターをリリースする必要があるとはいえ、相手フィールドのカード1枚を問答無用で破壊する効果。その強さに、一瞬一番破壊されてはいけないカードに目を向けそうになり――

「俺はシナイをリリースし、アテナを破壊する! ミズホ! アテナを切り裂け!」

 ミズホが膝立ちの状態から一瞬でアテナの懐に入り込み、一閃。断末魔とともにアテナが破壊されてしまう。

「っ、アテナ!」

 (すまないっ!)

 心の中で()に使ったことを謝る。さっき伏せカードに向けそうになった目を、寸でのところでアテナに変更したのだ。槍座がそれを見ていたかどうかはわからないが、なんとか首の皮一枚つながったということだ。

「この瞬間シナイの効果発動! 墓地から六武衆1体を手札に加える。俺はヤリザを手札に戻す。バトルだ!」

 槍座の声を聞き慌てて目を向けると、既にクリムゾン・ブレーダーとミズホが構えを取っていた。

「まずはミズホで暴風小僧に攻撃!」

 主の言葉に従いミズホは助走をつけると大きく飛び跳ね、その勢いのまま守備の体勢を取る暴風小僧を切り伏せてしまう。

「くっ、暴風小僧……っ」

 これで俺の場はがら空き。そして槍座にはまだ攻撃可能なモンスターが存在する。

「行け、クリムゾン・ブレーダー! プレイヤーにダイレクトアタック! レッド・マーダー!」

 俺のライフは残り2300。この攻撃が通れば終わりだ。しかしまだアテナを囮に使ってまで残した希望がある。

「させない! リバースカード発動! 罠カード、ドレインシールド!」

「な!?」

 クリムゾン・ブレーダーの眼前、俺を囲うように半透明なシールドが張られ、剣を打ち返した。さらにその威力はそのまま吸収され、光となって俺に降り注ぐ。

「相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その攻撃力分、ライフを回復する!」

 

ドレインシールド

相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、そのモンスターの攻撃力分だけ自分のライフを回復する。

 

遊司LP2300+3000=5300

 

「ちぃっ! もう攻撃できるモンスターはいない。カードを1枚セットする。(俺が伏せたのは六尺瓊勾玉(むさかにのまがたま)。こいつがあればクリムゾン・ブレーダーを破壊しようとしてきても対処できる。俺に隙はねえ!) ターンエンドだ!」

 槍座は舌打ちすると、手札の1枚を手に取りデュエルディスクにセットした。

 

六尺瓊勾玉

カウンター罠

自分フィールド上に「六武衆」と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合のみ発動する事ができる。相手が発動した、カードを破壊する効果モンスターの効果・魔法・罠カードの発動を無効にし破壊する。

 

 

 相手のターンが終わり、俺のターンが回ってくる。

「俺のターン!」

 そしてようやく、モンスターの展開が阻害されていない状況が訪れた。しかもすでに切り札を呼ぶ準備はできている。しかしこのままでは逆転はできない。

(なら、このドローで引き当ててみせる!)

「ドロー!」

 勢いよくカードを引き、ゆっくりとそのカードを確認する。

(!! 来た!)

 それはまさに、待ち望んでいたカードだった。頭の中で勝利への道がイメージされる。俺はそれに従い、前のターンに手札に加えた神殿を発動する。

「行くぞ! 手札から魔法カード、神の居城-ヴァルハラを発動! 自分フィールドにモンスターがいない時、手札の天使族モンスターを特殊召喚できる!」

「っ、ヴァルハラを加えてからここまで、お前の狙い通りかよ……っ」

 神の住まう荘厳な神殿を前に槍座は苦い顔をする。俺はそれに不敵に笑ってみせ、このデッキのエースをフィールドに呼び出す。

「天空を翔る一筋の風よ。導きに応え、今舞い降りろ! ガーディアン・エアトス!」

 突如凄まじいほどの突風が吹き荒れ、鷲の被り物を纏った女性がその白い翼を羽ばたかせフィールドに降誕した。

 

ガーディアン・エアトス

星8 風属性 天使族

攻撃力2500 守備力2000

自分の墓地にモンスターが存在しない場合、このカードは手札から特殊召喚できる。このカードに装備された自分フィールドの装備魔法カード1枚を墓地へ送り、相手の墓地のモンスターを3体まで対象として発動できる。そのモンスターを除外する。このカードの攻撃力はターン終了時まで、この効果で除外したモンスターの数×500アップする。

 

「それがお前のエースか! だが、そいつじゃあ攻撃力が足りないぜ!」

 確かにエアトスの攻撃力は2500。このままでは届かない。しかし、ならば当然、このまま終わるはずがなかった。

「ああそうだな。だから、これから超えるのさ!」

「何!?」

 驚く槍座を正面から射抜き、俺は最後の手札を手にとった。

「これが最後のカード! 女神の聖剣-エアトスをエアトスに装備する!」

 

女神の聖剣-エアトス

装備魔法

装備モンスターの攻撃力は500アップする。このカードがフィールドから墓地へ送られた時、自分フィールドの「ガーディアン・エアトス」1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力は、除外されているモンスターの数×500アップする。

 

ガーディアン・エアトス

攻撃力2500→3000

 

 エアトスの手に愛用の剣が握られる。それを天に掲げ、エアトスは俺を見た。まるで、任せておけと言わんばかりに。

「ああ。行くぜ! エアトスの効果発動! 女神の聖剣-エアトスを破壊し、相手の墓地のモンスターを3体まで除外する! 俺は影武者、御霊代、シナイの3体を除外! そしてこの効果で除外したモンスターの数だけ攻撃力が500ポイントアップする! 聖剣のソウル!」

 エアトスの剣が光り、一筋の閃光が槍座のデュエルディスクの墓地を切る。そこから3体のモンスターが光となり、剣に集束された。

 

ガーディアン・エアトス

攻撃力3000→2500→4000

 

「な!? 攻撃力4000だと!?」

 エアトスと俺は頷き合い、デュエルを終わらせる最後の攻撃を叫ぶ。

「これで終わりだ! 行けエアトス! クリムゾン・ブレーダーに攻撃!」

 エアトスが切りつけると、クリムゾン・ブレーダーはそれを両手の剣を使って受け止め弾き飛ばす。しかしエアトスは空中で体勢を整え剣を掲げた。そこからこれまでのどれよりも巨大な光がフィールドを包み込む。

「フォビドゥン・ゴスペル!!」

 俺が最後の宣言を下すと、エアトスはそれに従い剣を振り下ろす。目を開けていられないほどの眩い光は、真っ直ぐにクリムゾン・ブレーダーを切り裂いた。

「っく、あああああああああああああ!!」

 光は止まらず、さらにその後ろにいた槍座をも巻き込む。

 

4000-3000=1000

槍座LP1000-1000=0

 

 槍座のLPが0を刻み、デュエル終了の鐘が鳴り響いた。

 

 

「勝者、空羽遊司!」

 先生の宣言も出て、ようやく俺は肩の力を抜いた。デュエルが終了したことでソリッドヴィジョンも消える。その時、一瞬エアトスと目が合い、彼女はお辞儀をして消えていった。そんな律儀な姿に俺は思わず苦笑する。

「っ、そおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「!?」

 突然槍座が叫びをあげて起き上がった。

「ヤリザさん! 大丈夫ですか!?」

「怪我してませんか、ヤリザさん!?」

「と、突然どうしたんだね、ヤリザくん!」

「だああああああっ!! お前らみんな覚えてろおおおおおおおおおおお!!」

 槍座はみんなの心配の声、いや、追い打ちかな? を振り切り、デュエル場から走り去っていった。

 ……いや、多分みんな他意はないんだよ。きっと。

「遊司!」

 去っていった槍座に思わず同情の念を送っていると、観客席の方から声が聞こえた。振り向くと、そこには手を振る龍可と見知らぬ女子生徒の姿があった。

「おお! 見てたのか龍可!」

 知り合いに見られていたとわかると少し照れくさくもあるが、勝った試合だし誇るべきだろう。それに何より、想像以上に楽しいデュエルになったのだから。

 俺は手を挙げてそれに応えた。

「遊司くん。これで実技試験は終了だ。お疲れ」

「あ、鴇矢先生! ありがとうございました!」

 鴇矢先生が労ってくれる。慌ててお礼を言うが、鴇矢先生は笑ってそれを制した。

「いやいや。いいデュエルだったよ。だが、次からは遅刻しないようにな」

「うっ、気をつけます」

 痛いところを突かれ、思わず胸を押さえる。そのまま鴇矢先生はデュエル場を出ていった。

「遊司! お疲れ様!」

「ん? ああ!」

 いつの間にか観客席から降りてきていた龍可に声をかけられる。しかし、さっきの女の子の姿がなかった。観客席の方を見ても見当たらない。

「あれ? 龍可さっきもう1人いなかったか?

「光ちゃんのこと? あの子なら、さっき帰ったよ」

「ん。そうか」

 光、という名はどこかで聞いたことがあるが、うまく思い出せない。まあ、思い出せないってことはそれほど重要なことでもないんだろう。

「んじゃ寮に戻るか。追試は明日からだし」

「サボっちゃダメだよ!」

「なにそれフラグ?」

 余計なことを言い合いながら、2人して帰路に着く。同じオベリスクブルーなので寮も近く、龍可とはよく一緒に帰るのだ。

 龍可との出会いは入学してすぐの頃だが、この短期間でよくまあこれだけ仲良くなれたものだと今更ながらに思う。ま、気の合う友達として、これからも仲良くしたいもんだ。

 

 

「……空羽、遊司」

 学生寮に向かいながら、私はさっきのデュエルを思い返していた。絶体絶命かと思われたところからの驚くべき大量展開。相手ターンにも関わらず大きなバーンダメージで逆に相手を攻撃し、冷静さを欠けさせる。データの上だけじゃない、ソリッドヴィジョンだからこその大胆な戦術。

 そして可能性を引き込むだけの運と実力。何より、彼はずっとデュエルを楽しんでいた。龍可さんの言うとおり、どんな状況でも決して諦めず。彼には、私に足りないものがあるのかもしれない。

 腰に付けられたデッキケースから、1枚のカードを取り出す。伯祖父から受け継いだその龍の声は、未だ聞こえることはない。

「……あの人と、戦ってみたいな」

 そうすれば何かが掴めるかも知れない。まだ分からないけど、きっといつか、この龍たちに認めてもらえるように。あの光りを、いつか私も――

 カードをデッキケースに戻し、再び歩き出す。

 近いうちにあの人とデュエルをする。そんな不確かな予感を感じながら。

 




今回のおまけ NGシーン

「……あの人と、戦ってみたいな」
 そうすれば何かが掴めるかも知れない。まだ分からないけど、きっといつか、この龍たちに認めてもらえるように。あの光りを、いつか私も――
 カードをデッキケースに戻し、再び歩き出――
「ってああ!? ケースが外れて地面にってええ!? ケースが開いてカードがっててにゃああああ!? こんな時に突風が、カードが! 待ってくださああああああい!?」
「光ちゃんーーー!?」
「何やってんだよ……」
「ちょ!? それは俺の役!」
「「やりたいの!?」」
「お願いだから手伝ってくださ、あぶあ!?」


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Episode02 使者来たる 前編

作者「どうも、作者です」

真「今回から登場する主人公その2! 兵部真とは俺の事! (マンダム)」

作者「テンション高いな」

真「最初くらい上げていきたいじゃないか」

作者「まあ、この作品て結構常にテンション上げて書いてるけどね」

真「ま、とりあえず今回でこの作品の主要メンバーが揃うわけだ」

作者「前回から今回にかけてキャラの性格付けは終わり。これで学園編1年生前期もちゃんとスタートしたってこと」

真「学園編じゃ何がTAKEⅡなのかわからないけどな」

作者「そういうこと言わない。……ではそろそろ本編をどうぞ」

真「これからよろしく!」


 自分で言うのもアレではあるのだが、俺と言う存在は特に個性のない、そこらで目に入る普通の一般人であると言える。

 普通の生活に普通の友人、普通の成績、普通の身体能力。そして普通な毎日。ほんの少しの刺激があり、娯楽の1つや2つあればそれで十分な世界。

 もう1度言おう。俺こと、兵武(ひょうぶ)(まこと)は普通の一般人である。

 故に――

 

「空から真っ逆さまに落ちるとかそんな体験あんまりじゃねえええええええ!?」

 

 俺、兵部真は、ただ今上空から紐なしバンジーに絶賛挑戦中である。

 心からの叫びが、空にいるだけでこんなにも無意味だと初めて知った瞬間だった。

 

 

 この1分ほど前、世界各地で小規模の地震が観測されていた。

 震度は僅か3程度。それは誰の記憶にも残らず忘れ去られていった。

 だが誰が想像できるだろうか。この揺れは従来の地震とは違い、プレートや火山などによって引き起こされたものではなかったことを。

 誰が気づくことができるだろうか。その地震が、同時刻に世界中で満遍なく起こっていたことを。

 それは、世界が文字通り「引っ掻かれた」が故に起こったこと。

 始まりはここに告げられた。

 

 

 あの槍座とのデュエルから翌日の早朝、俺は1人崖の上に立っていた。一望できる海からは日が出始め、朝靄が肌寒い。そして今日見る海の景色は、昨日とはまた違って見えた。そう、変わらぬものなどなく、少しずつ代わっていくのが世の常――

『現実逃避は良くないよ』

「って、現実逃避やめやめ」

 ここで昨日の龍可の言葉が頭をよぎり、思考が途切れる。そう、今の俺には逃避する資格は無い。

「また朝までデッキを弄ってしまうとは……!」

 あまりの大ポカ加減に頭を抱える俺。今まさに目の前にある大海原に、大声で叫びにいきたいくらいだ。

 槍座とのデュエルでの熱さが忘れられず、ついデッキ調整に勤しみ、気づけば昨日と同じように徹夜。龍可に弄られること確定だ。……絶対に嫌だ。

 そしてこのまま寝たら、きっと昨日の二の舞になってしまう可能性大。焦った俺は、開き直ってこう考えた。

 寝てはいけないというのなら、いっそ寝なきゃいいじゃない。

 某女王様のような暴論であるし、寝ないで今日を無事に過ごすことはまず不可能だろう。だが俺はそんな僅かな可能性に賭け、こうして眠気覚ましに寮から離れ散歩している。ベッドの近くにいると自分の欲求に抗えなくなりそうだったからだ。

(とりあえず、軽くストレッチでもするか)

 このままじっとしていても眠くなるだけと判断し、ストレッチを始めることにする。朝早くからのストレッチも、朝の空気を吸いながらすると清々しい気分になるから不思議だ。

 足や腕を伸ばしているうち、ふと数年前に友人に連れられてラジオ体操をやっていたことを思い出し、ラジオ体操に変更する。

「ラジオ体操第一~」

 ラジオがないので、俺は声を出しながら1、2、3、4、と体を動かしていく。早朝から海の見える崖の近くで1人、ラジオ体操を口ずさみながら体を動かす自分。……うん、微妙な目で見られることは間違いない。

 そんな思考に若干落ち込みながらラジオ体操を続けていると、後ろから2人分の足音が聞こえてきた。

「おーい、遊司!」

「お、龍可か。どうしたんだ、こんな朝早くに」

 後ろを振り返れば、予想通りに俺の友人である龍可の姿ともう1人、槍座とのデュエルの後龍可と一緒にいた女の子の姿があった。

「どうした、はこっちのセリフよ。こんな早朝からお気に入りの場所にいるからビックリしちゃった」

「う! そ、それはだな…」

 俺は龍可から気まずげに視線を逸らす。デッキ調整にまた徹夜してしまい、昨日の二の舞にならないようラジオ体操していたところです、なんて言えない。断じて言えない!

「つ、追試が気になって早く目覚めちまってさ! こうして英気を養いに来たんだよ!」

「……ふーん」

「それよりも! 後ろにいるその娘は?」

 俺の言葉に龍可が疑わしげに目を細める。龍可が勘の鋭さを発揮する前に、慌てて話題を龍可の後ろから俺をじっと見つめる小柄な女の子――確か、光ちゃん? だったか――に変える。するとその子はハッとして慌てた様子でペコリと頭を下げた。

「あれ、遊司に紹介してなかったかな? この娘は私の友達の――」

「あ、えっと、初めまして。龍凪(たつなぎ)光です」

 龍凪と聞いて、俺は龍可の「光ちゃん」という女の子の噂をようやく思い出した。

 龍凪光。主席入学の天才デュエリスト。この肩書きは伊達ではないと聞いた記憶がある。さらにその噂の中には、アカデミア伝説の有名な称号にして最強のデュエリスト、「カイザー」と同列あるいはそれ以上というモノまである。こんな小さな娘がなあ。

「あ、あのう?」

 くりくりとした大きな白い瞳で上目遣いに首を傾げる彼女の声で、ずっと見つめていたことに気付く。

「あ、ごめん。俺は空羽遊司。龍可の友達だ。これからよろしく」

「は、はい。こちらこそ、よろしくお願いします」

 俺の差し出した手を、光はオズオズと握り返した。本当に小さな手だな。中学生、いや下手をした小学生と見紛う程の低身長だし、ちゃんと飯食っているのだろうか。

「で? 英気を養いにきたのはこの際置いておくとして、遊司はここで何してたの? ストレッチでもしてるように見えたけど」

 俺と光が自己紹介を済ませると龍可がそんなことを聞いてきた。ひとまず追求をやめてくれたのは幸いだ。

「ああ、ちょっとラジオ体操してた。ラジオはないけど」

「「ラジオ体操?」」

 龍可と光が聞いたことも無いとばかりに首を傾げた。結構有名だと思っていた俺が首を傾げたいところだ。小さい頃に近所や近くの公園でしなかったのだろうか?

 ……そうか。したこと、ないのか。これは疑いを晴らすチャンス?

 

 

 ……一体全体どうしてこんなことになっているのだろう? 私は胸の内で自問自答する。

「5、6、前後に曲げる運動。弾みを、つけて、やわらかく、上体を逸らす……!」

「ああう……!」

「はあう……!」

 訂正。そんなこと関係なく結構楽しいですこれ。日頃の疲れが取れるかのような爽快感が、全身に行き渡るような感覚が癖になりそうになる。

 朝早く目覚め、散歩していたら偶然龍可さんに会った。そのまま龍可に誘われてお気に入りの場所とやらに向かう。すると、今度はあのときのデュエリスト、空羽遊司さんと出会った。まさかこんなに早く会うことになるとは思っていなかったから、どうしたら良いのか慌てたが、龍可さんが居てくれたおかげで自己紹介は無事済ませることができた。

 そして今、私と龍可さんは彼、遊司さん(空羽さんと言ったら訂正させられた。私も、光で良いと言っておいた)からラジオ体操という名のストレッチを教えてもらっている。遊司さんから、「ラジオ体操を知らない? なら一緒にやろうぜ」と誘われたわけだが……何だろう、彼がそう言ったときに出ていた汗が妙に気になった。まるで嫌な話を逸らすかのようなあの態度。まあそれも――

「1、2、3、4、デ、ュ、エ、ル……!」

「う~ん……!」

「はあ~……!」

 爽快感に流されてどうでもよくなってしまった。早朝にやると気持ち良いです。龍可さんも私と同様なのか気持ちよさそうな声を上げている。その際、その、この体勢だと龍可さんのとある部分が強調されて……。正直妬ましく思う。

 そんな複雑な気持ちと爽快感に挟まれながらラジオ体操を続けてく。

 清々しい気持ちが広がっていく中、それは唐突に来た。

「きゃっ!?」

「光ちゃん!?」

 突然地面が揺れだし、視界がブレる。私は突然の揺れに対処できずバランスを崩してしまう。地面が近づき思わず眼を瞑る。しかしいつまでたっても衝撃は来ない。それどころか肩と腰の辺りに暖かさを感じる。龍可さんが助けてくれたのだろうかと思い、御礼を言おうと目を開けると――

「大丈夫か、光?」

 遊司さんの顔が近くにあってその手が私の肩に腰にtdrxfどぁぜwz!?

「……は! だ、だいひょぶです!」

 一瞬で思考回路が戻り、私は慌てて遊司さんの腕から離れようとする。しかし逆に強く抱きしめhfてsdfsざd!?

「落ち着け! まだ揺れが収まってないから!」

「ひゃ、ひゃい!」

 揺れはその後数秒で収まり、あたりはまた朝の静けさを取り戻した。

「……収まった、か?」

 警戒した様子で遊司さんが呟く。傍で伏せていた龍可さんも、あたりを見渡してほっとしたように息を吐いた。

「……そう、みたいね。それと遊司、それセクハラ」

 そう言って龍可さんは私を指差す。私は羞恥心で体が上手く動かなかった。きっと顔も赤い。

「ん? ……おお!? ご、ごめん」

「ふえ!? あ、い、いえ! その、だ、だい、じょうぶ、です。あの、ありがとう、ございます……」

 遊司さんが慌てて、ようやく身を引いてくれた。正気に戻ってお礼を告げたが、羞恥心がぶり返して最後は小さくなってしまった。私はちゃんとお礼を言えていただろうか。

 それにしても助かった。本当に助かった。……穴があったら入りたい。龍可さんが生暖かい目で見ている気がするが、今はそれを気にする余裕もなかった。

 しばらくして落ち着きを取り戻した私は、先ほどの地震について遊司さんや龍可さんと少し話し合う。龍可さんがニヤニヤとした目で私を見てくるが気にしないことにする。

 そんな時、突然遊司さんが辺りを見渡し始めた。

「ん? どうしたの遊司」

「いや、何か聞こえなかったか?」

 その言葉に私と龍可さんは耳を澄ましてみる。だが聞こえるのは波の音と草の音、風の音のみ。

 ――いや、微かに別の音が聞こえる。これは、人の声?

「上!?」

 龍可さんが弾かれたように上を、空を見上げる。私と遊司さんも後に続くように空を見上げた。

 空に1つ、黒い点が見え、それが段々と人の形をとって――

「うおおおおお誰か助けてえええええええ!?」

「え」

「え」

 え。

 

 

「ヤバイヤバイヤバイ何か知らんがヤバ過ぎる!」

 人生最大のピンチは断りもなく突然やってくるのは常識。だが一般人に対して行うピンチの数値が高すぎる!

 上空の冷たい空気にさらされながら、俺は混乱しながらもどうこの事態を乗りきるか考え始める。眼下には様々な建物に港がある島。このままいったら陸に叩きつけられてお仕舞いだろう。せめて海に落ちたほうがまだましだ!

「どうする……! 考えろ俺、俺ならできるできるって!」

 もう時間もない。俺は慌てていつも持ち歩いているカバンの中を、体勢に注意しながら漁る。

 ボールペン2本ノートプリントデッキエチケット袋数枚漫画本1冊デュエルディスクお菓子の残り数個ペットボトル1本。そして着ている制服ブレザー1着。

「くっ! 碌なものがない!」

 どうするという言葉が頭の中を巡る中、天啓のごとく1つの映像がそこによぎる。

 確か、あの漫画本に空を飛ぶシーンがあって着地の際は――

 ここまでよぎって、俺は反射的にエチケット袋を取り出し、風圧に耐えながら繋げていき2本の長い紐にする。次に着ていたブレザーを脱ぎ、その襟の部分と裾の部分にボールペンで無理やり2つずつ、計4つ穴を開ける。最後に、作った紐を通す。空気が抜けないように袖は結ぶ。そして紐の両端をしっかり握り両腕を広げれば――

「即席、パラシュート!」

 ブレザーは上手く風を掴んでくれたようで、微妙にだが速度が落ちる。風の影響も受け、少しずつだが海の方へと俺は流され始めた。

「と、ど、けえええええ!」

 とにかく足をじたばたさせ届けと足掻く。だが抵抗空しく遅々として進まず、段々近づいてくる島に焦ってしまう。

「おおおおお! ん? 人影?」

 海を見渡せる崖の真上辺りに3人の人影を見つけた。……てか、このままだとそこに落ちるんじゃね?

「うおおおおお誰か助けてえええええええ!?」

 つい助けを求めてしまった俺は悪くないと思う。結果として――

「べし!?」

「あ!?」

 俺と同い年であろう男子の顔面に盛大にぶつかり――

「「どわあああああああああ!?」」

 そのまま男子生徒を巻き込んで、崖から転落し海に転落してゴボボボボボボ!?

 上手い形で落ちたのか水に叩きつけられたような痛みは思ったほどでもない。急いで泳ぎ、たっぷり数十秒かけて俺は海上に顔を出すことに成功した。そのまま近くにあった岩に手をかけ陸地に浮上する。

(た、たすかてよかた。本、当、によかた!)

 激しく咳き込んでしまうが、どうにか整えて息をするたびに自らの生を実感する。浮上に賭けた時間的に結構な深さまで落ちた気がしたが、ここが底の深い場所で本当に良かった。

「ぶあっは! ゲホッ! ゴホッ!」

 見ると隣から巻き込んでしまった男子生徒も同じく浮上していて、俺の隣で咳き込んでいた。さすがに悪いと思ったので謝罪しようと口をひら――

「ってえ~! 何すんだよ! 鼻が折れるかと思ったじゃねえか!」

「鼻で済んでよかったな」

「なんだと!」

 あ、鼻で済んでよかったな俺なんてもう少しで某天空少女みたいに誰にも受け止められず母なる大地にフォーエバーするところだったんだぞ、とつい思ってしまったのだが、命の危機が去ったことに気が抜けて言葉にしてしまったみたいだ。慌てて訂正――

「はん! さすが紐なしバンジーを平気でする大馬鹿野郎は言うことが違うな!」

 ……ほう? 言っちゃいます? 今まさにそれで命を失いかけた俺に、そう言っちゃいやがります? 俺は冷静さを保てなくなっていた。

 よろしい、ならば世界大戦だ。

「どこの世界に命を代償に空を駆け落ちる大馬鹿錬金術師がいるか! 大馬鹿野郎は俺と一緒に巻き込まれたお前だろう!」

「そんな錬金術師を想像してるお前が大馬鹿野郎だ! 第一突っ込んできて人に謝りもしないとか最低だろこの大馬鹿!」

「うっせえ! そんな特徴的な髪形してるから目印にされるんだ馬鹿! 三葉虫馬鹿!」

「んな! ひ、人が気にしてることを……!」

 どうやら俺はあいつの地雷を踏み潰してしまったらしい。だって某ヒトデマンとか蟹さんなみに似てるんだもん。だが、今そんなことは関係ない! 頭に血が昇っている俺に奴がこう言った。

「頭にきた! おい、デュエルしろよ!」

「上等!」

 俺はすばやく持っていたカバンの中からデュエルディスクを取り出しデッキを装着。あいつと同時にデュエルディスクを構えた。起動し、デッキがオートシャッフルされ準備が完了する。

「「デュエル!!」」

 さあ、始めるぜ!

(ってあれ、デュエルディスク?)

 1つの違和感に気づくと、急に頭が冴えてくる。あ、あいつの着てる青い制服どっかで……アカデミアの制服? アカデミアの制服、デュエルディスクでつながるものを考える。

(あ、これって遊戯王? コスプレ? コスプレだよねこれ!? え!?)

 風と使者の邂逅は、燃える憤怒、それに大量の冷汗と共に始まりを告げた。

 

 

 私と龍可さんが駆けつけた時には、デュエルはすでに始まっていた。

「おい、お前の先攻だぞ!」

「うおっと、俺の先攻!」

 先行を取ったのは空から落ちてきた彼だった。少し長めの黒髪に、この辺りでは見かけない制服を着用していた。そんな彼は「考えるな俺、感じるんだ俺……!」とどこか挙動不審に見えるが、何かあったのだろうか? というか、何で遊司さんと彼はデュエルをしているのだろう? 喧嘩、だろうか?

「ちょ、ちょっと2人とも、一体何が――」

「「うるさい! 今は話しかけないでくれ!!」」

「な、なによ~!」

「る、龍可さん、落ち着いて……」

 私と同じような疑問を持ったらしい龍可さん。だが2人とも目の前のことに集中してるみたいで、龍可さんに見向きもしない。……黒髪の彼は少し違う気がするけど。

 怒った龍可さんとそれを止める私を置き去りに、デュエルは動き出す。

「終末の騎士を攻撃表示で召喚!」

 ボロボロの騎士が剣を掲げ召喚された。

 

終末の騎士

星4 闇属性 戦士族

攻撃力1400 守備力1200

このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時に発動できる

デッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送る。

 

「うわ、マジで出たよ。……ゴ、ゴホン! さらにモンスター効果を発動! このカードが召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時、デッキから闇属性モンスター1体を墓地へ送ることができる! 俺はデッキからこのカードを墓地へ!」

 出てきた終末の騎士が剣を掲げる。それに呼応するようにデュエルディスクが自動で作動し、出てきたカードを黒髪の彼は遊司さんに見せる。しかしそれは彼以外のこの場にいる誰もを驚愕させた。

「!! カオス・ソルジャーだって!?」

 カオス・ソルジャー。伝説のデュエリスト、武藤遊戯が扱った高レベルモンスター。過去の公式大会では禁止カードになるほどの強力なカード。今では禁止カードから外されているが、まさかそれを彼が? でも、どこか違和感が――

「……あれ? でもイラストがちょっと違うような……」

 龍可さんの言葉にようやく気づく。そう、彼の持つカオス・ソルジャーは全体的に白かった。確か蒼い鎧を着ていたはずなのに。

「これがこのデッキの切り札、カオス・ソルジャー -宵闇の使者-!」

「宵、闇?」

 初めて聞く名前に私、遊司さん、龍可さんが眉をひそめた。リメイクされたカードだろうか? でもカオス・ソルジャーほど有名なカードがリメイクされたのなら、それなりの情報が出ているはず。この学校に限って、デュエルモンスターズの情報が遅れるなんてことないはずなんだけど。

「んー。でもなんで切り札を墓地に送っちゃうんだろ?」

 宵闇の使者について考えていると、龍可さんの呟きが聞こえた。確かにそれも疑問に思うところだ。カオス・ソルジャーを名乗る以上、ビートダウン型のモンスターだと思うのだけど、それをわざわざ墓地に落としたということは……。

「ま、念のためというやつだよ。さらにカードを1枚セットしてターンエンド」

 私たちの疑問に気づいたのか、黒髪の彼はそう言ってターンを終了する。

「……戦士族だし、墓地回収手段は豊富にあるってことか。俺のターン! ドロー!」

 そして遊司さんのターンが始まる。さっきまでの怒りはどこへやら、今は警戒した顔をしていた。遊司さんの言う通り、戦士族モンスターはサポートの多いカテゴリだ。自ら墓地に送ったということは、逆にいつそれが来てもおかしくないということでもある。

「俺はモンスターをセット。そしてカードを2枚セットしターンエンドだ」

「俺のターンだ。ドロー!」

 遊司さんは警戒したのか、はたまた丁度いいカードがなかったのか、モンスターとカードをセットしただけ。相手にターンが移る。

「極夜の騎士ガイアを召喚!」

 最初に行動を起こしたのは彼だった。かの有名なカード、「暗黒騎士ガイア」に似たモンスターが、黒い閃光と共に姿を現す。

 

極夜の騎士ガイア

星4 闇属性 戦士族

攻撃力1600 守備力1200

「極夜の騎士ガイア」の以下の効果はそれぞれ1ターンに1度ずつ使用できる。

●このカード以外の自分フィールド上の闇属性モンスター1体リリースして発動できる。デッキから戦士族・光属性・レベル4モンスター1体を手札に加え、その後手札を1枚墓地へ送る。

●自分の墓地の光属性モンスター1体を除外し、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターの攻撃力は、相手のエンドフェイズ時まで500ポイントアップする。

 

「この瞬間手札から、幻蝶の刺客オオルリのモンスター効果を発動! このカードは通常召喚できず、戦士族モンスターの召喚に成功した時、手札から特殊召喚できる! 守備表示で特殊召喚! 来いオオルリ!」

「!」

 次に出てきたのは蝶の羽を持った人型のモンスター。燐粉を撒き散らし終末の騎士の横に静止する。

 

幻蝶の刺客オオルリ

星4 闇属性 戦士族

このカードは通常召喚できない。

自分が戦士族モンスターの召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚できる。

このカードはシンクロ素材にできない。

 

 遊司さんは彼の展開に警戒し、慣れた様子で身構えた。

「行くぞ! 俺は、戦士族レベル4の終末の騎士と同じく戦士族レベル4のオオルリで、オーバーレイ!」

 彼が叫ぶと、そのモンスターたちは雄叫びを上げ光球となり、突如地面に現れた渦の中へ飛び込んでいく。この召喚方法は……!

「誇り高き志を胸に推参せよ! エクシーズ召喚! 忍びの魂、機甲忍者ブレード・ハート!」

 ビックバンが起こったかのような光と体が傾く結構な突風の後に、忍者の格好をした二刀を持つ戦士がいた。戦士の周囲には金色に輝く光球が舞い、その力の源であることを示している。

 

機甲忍者ブレード・ハート

ランク4 風属性 戦士族

エクシーズ

攻撃力2200 守備力1000

戦士族レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、自分フィールド上の「忍者」と名のついたモンスター1体を選択して発動できる。

このターン、選択したモンスターは1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる。

 

 やっぱり――。

「エクシーズ召喚……!」

 遊司さんが思わずといった様子で呻いていた。そう、これがエクシーズ召喚。シンクロが「連ねる力」ならば、エクシーズ召喚は「重ねる力」と言える。同じレベルのモンスター同士の上に、レベルと同じランクを持つエクシーズモンスターをEXデッキから特殊召喚する召喚法。そして、素材となったモンスターは、オーバーレイユニットとしてエクシーズモンスターをサポートするのだ。

 これは最近発表された新しい召喚法のはず。まだ多くは出回っていないはずのモンスター群を使いこなす彼は一体何者なのだろうか?

「ブレード・ハートのモンスター効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイユニットを1つ使い、自分フィールド上の『忍者』と名のついたモンスターを選択して発動! このターンのバトルフェイズ中、選択したモンスターは2回攻撃できる! 俺はブレード・ハート自身を選択!」

「な、なんだって!?」

 彼の言い放ったブレード・ハートの脅威の能力に、思考がデュエルの内容に引き戻される。ダイレクトアタックができれば4400ものダメージでワンキルが可能。下手をすればこのターンで決着がついてしまうし、そうでなくとも3800の大ダメージ。このままじゃ一気に流れを持っていかれてしまう。防ぐ手段があるとすればあの2枚の伏せカード。

「バトル! ブレード・ハートでセットモンスターに攻撃! 電磁抜刀、カスミ切り!」

 ブレード・ハートは遊司さんがセットしていたモンスターに疾走していく。そして、あらわになった遊司さんのセットモンスターは、そよ風の精霊。ブレード・ハートは躊躇なく刀をそよ風の精霊に一閃し、破壊した。

 

そよ風の精霊

星3 風属性 天使族

攻撃力0 守備力1800

このカードが自分フィールド上に表側表示で存在する限り、自分のスタンバイフェイズ毎に自分は1000ライフポイント回復する。

 

「っく!」

「まだいくぞ! ブレード・ハート、2回目の攻撃! ダイレクトアタック!」

 その勢いのまま、ブレード・ハートは遊司さんに向けて刀を振り上げる!

「なんの! リバースカード発動! 罠カード、ドレインシールド! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その攻撃力分、ライフを回復する!」

「む!」

 

遊司LP4000+2200=6200

 

 遊司さんを囲うように半透明なシールドが張られ、刀と拮抗する。ブレード・ハートは破ることは不可能と判断したのか、一旦距離を取り、主の元に戻った。威力はそのままシールドに吸収され、光となって遊司さんに降り注ぐ。

「防ぐかもとは思ってたけど、回復までされるか。でもまだガイアの攻撃が残ってる。行けガイア! ダイレクトアタック!」

「くう!」

 ブレード・ハートと交代するように極夜の騎士が遊司さんに向かって走り、その矛から衝撃波を放つ。

 

遊司LP6200-1600=4600

 

「俺はこれでターンエンド」

「おっと、その前にもう1枚のリバースカードも発動だ。罠カード、リビングデッドの呼び声!」

 

リビングデッドの呼び声

永続罠

自分の墓地のモンスター1体を対象としてこのカードを発動できる。

そのモンスターを攻撃表示で特殊召喚する。

このカードがフィールドから離れた時にそのモンスターは破壊される。

そのモンスターが破壊された時にこのカードは破壊される。

 

 あれは墓地のモンスターを攻撃表示で特殊召喚するカード。今遊司さんの墓地には1体しかモンスターはいない。

「そよ風の精霊を攻撃表示で復活させる!」

「そよ風の精霊て……、珍しい物入れてるな。今度こそターンエンドだ」

 黒髪の彼はフィールドに戻ったそよ風の精霊を珍しそうに見た後、改めてターン終了を宣言する。

「確かに使ってる人はほとんどいないけど、案外役に立つんだぞ? 俺のターン、ドロー!」

 ドローしたカードを見ると、遊司さんは少し残念そうに肩をすくめて、フィールドに手をかざした。

「このスタンバイフェイズ、そよ風の精霊の効果発動! 自分スタンバイフェイズにこのカードが攻撃表示で存在する場合、ライフを1000回復する!」

 精霊が遊司さんに向き直り、とても綺麗な声で歌う。すると緩やかな風が遊司さんを包み、そのライフを回復させていった。

 

遊司LP4600→5600

 

 それが済むと、遊司さんは申し訳なさそうに手札のカードを1枚発動させる。

「魔法カード、マジック・プランターを発動! 自分フィールドの永続罠を1枚墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする。リビングデッドを墓地に送り、2枚ドロー。同時に、リビングデッドが消えたことでそよ風の精霊が破壊される」

 そんな遊司さんにそよ風の精霊は大丈夫と言うように笑顔で手を振ってフィールドから消えて行った。遊司さんは結局自分で破壊する事になってしまったことを申し訳なく思っていたんだ。

「……なんというか、律儀な奴だな」

 そのやり取りを見ていた黒髪の彼がポツリと呟く。私も同じ気持ちだ。いくらソリッドビジョンがあるとはいえ、ここまでできるデュエリストはそうはいないだろう。

「こいつらは、1枚1枚が俺を選んでくれたカードたちで、そして俺が大切に選んでデッキに入れたカードたちだからな。これくらい当たり前だろ」

 恥ずかしげもなく、誇るわけでもなく、遊司さんはあたりまえのように笑顔でそう言った。

(……自分を、選んでくれたカードたち……)

 その言葉に、私は無意識のうちに自分のデッキに触れる。そこにある、私を認めてはいないカードたちを。

(……私は――)

「さて、デュエルを再開するぞ!」

「――!」

 遊司さんの声が聞こえて、はっとする。

 フィールドに目を向けると、遊司さんが動き始めようとしていた。

「そよ風の精霊が運んでくれたのはライフだけじゃない! 永続魔法、神の居城-ヴァルハラを発動!」

「っ!!」

 荘厳な神殿が遊司さんの後ろに現れる。ここで黒髪の彼の表情が初めて変わった。どこか余裕そうだった空気を、緊張感漂う空気に変えている。

「ヴァルハラの効果は、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合発動できる!」

「そしてその効果は、手札から天使族モンスター1体を特殊召喚すること……!」

「その通り! 俺は手札の天使族モンスター、ヘカテリスを攻撃表示で特殊召喚!」

 遊司さんのフィールドに現れたのは、ヴァルハラを加える効果のあるモンスター、ヘカテリスだった。

「って、はい?」

 黒髪の彼が肩透かしを食らったように気の抜けた声を漏らす。でもそれはこの場の誰もが感じたものだろう。ヴァルハラにはこの手のカードにありがちなレベルの制限がない。ほとんどの場合、あれは強力な効果の多い天使族上級モンスターを特殊召喚するために使用されるのだ。

 でも、召喚権を使わずにモンスターを出すことができるのはそれだけで強力だ。あえて低レベルモンスターをフィールドに呼ぶためにヴァルハラの効果を使った以上、この後の展開はおそらくチューナーモンスターの召喚か、あるいは……。

「安心するのはまだ早いぜ? このモンスターを召喚したのには意味がある! 速攻魔法、地獄の暴走召喚を発動!」

「んなに!?」

「ええ!? ここで!?」

「!」

 しかしそんな私の予想を覆し、遊司さんは対戦相手にできた一瞬の隙に切り込むように暴走召喚を発動させた。黒髪の彼、龍可さん、私は驚き声を上げてしまう。

「俺はデッキからヘカテリス2体を攻撃表示で特殊召喚だ!」

「くう! 俺はガイアを選択するが、このカードは1枚しか入っていない。よって出せるモンスターはいない」

 遊司さんのフィールドにさらに2体のヘカテリスが並び立つ。まだ召喚権は残っている。けど上級モンスターをアドバンス召喚するくらいならヴァルハラで出してるはず。ならここからはやはり……!

「レベル4が並んだということはやっぱ……」

「当然! 俺はレベル4のヘカテリス2体で、オーバーレイ!」

 3体のヘカテリスの内、2体が光球に変わり地面に表れた渦の中へと飛び込んでいく。そしてビックバンのごとき光と、それにより起こった突風の中からエクシーズモンスターが特殊召喚された。

「脅威迫りし時、超常の銃士が舞い降りる。重なれ星々よ! エクシーズ召喚! 穿て、鳥銃士(ちょうじゅうし)カステル!」

「ここでそいつか!?」

 

鳥銃士カステル

ランク4 風属性 鳥獣族 エクシーズ

攻撃力2000 守備力1500

レベル4モンスター×2

「鳥銃士カステル」の①②の効果は1ターンに1度、いずれか1つしか使用できない。

①:このカードのX素材を1つ取り除き、フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを裏側表示にする。

②:このカードのX素材を2つ取り除き、このカード以外のフィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動できる。

そのカードを持ち主のデッキに戻す。

 

 召喚されたのは銃を持つ鳥の獣人。黒髪の彼がその姿と効果を知っているらしく驚く。私は別の意味で驚いていた。

「エクシーズ召喚……。遊司さんもエクシーズモンスターを持っていたんですね」

「あれ、言ってなかったかな? 遊司、前にパックを買ったら当たったって言ってたし、私も見せてもらったことがあるよ?」

 私の言葉を横から聞いていた龍可さんが教えてくれる。手に入れたばかりのエクシーズモンスター。遊司さんは、すでにそれを使いこなしているということか。

「鳥銃士カステルの効果発動! オーバーレイユニットを2つ使い、カステル以外のフィールドの表側表示のカード1枚を対象として発動する。そのカードを持ち主のデッキへ戻す! 俺はブレード・ハートを選択! ブレード・ハートはエクシーズモンスターだから戻るのはEXデッキだ! 行け、バウンス・ショット!」

「まあそう来るよな!」

 黒髪の彼が苦々しく言う。カステルが遊司の声に反応し銃を構え、ブレード・ハートに向けて銃弾を放った。その銃弾は見事にブレード・ハートを貫き、EXデッキに後退させた。

「さらにもう1体! チューナーモンスター、A(アーリー)・ジェネクス・バードマンを攻撃表示で召喚!」

 

A・ジェネクス・バードマン

星3 闇属性 機械族

チューナー

攻撃力1400 守備力400

自分フィールドの表側表示モンスター1体を持ち主の手札に戻して発動できる。

このカードを手札から特殊召喚する。

この効果を発動するために風属性モンスターを手札に戻した場合、このカードの攻撃力は500アップする。

この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールドから離れた場合に除外される。

 

「! チューナーってことは……」

「このターンでシンクロもやっちゃうの!?」

「いいや、それは後のお楽しみだ。まずはこのままバトル!」

 さらに現れたチューナーモンスターに黒髪の彼と龍可さんが反応するが、遊司さんはシンクロ召喚をせずにバトルフェイズに入った。

 つまりここで召喚するつもりのシンクロモンスターよりも、このままの方が相手に与えるダメージが大きくなるということか。

 私の思考を他所に、デュエルは進行していく。

「カステルでガイアに攻撃! クリティカル・ショット!」

「くっ! だが罠発動! 死力のタッグ・チェンジ!」

「何!?」

 カステルはガイアに向けて銃を構え発砲。的確に鎧の隙間を打ち抜き、ガイアは苦しみの声を上げ消滅する。しかし発生するはずのダメージは、ガイアが消える直前にバトンタッチでフィールドに現れた機械の戦士によって受け流されていた。

 

死力のタッグ・チェンジ

永続罠

自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するモンスターが戦闘によって破壊されるダメージ計算時、その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージを0にし、そのダメージステップ終了時に手札からレベル4以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 

「死力のタッグチェンジの効果により、戦士族モンスターを通しての戦闘ダメージを0にして、手札からレベル4以下の戦士族モンスターを特殊召喚した。俺が呼び出したのはタスケナイト!」

 

タスケナイト

星4 光属性 戦士族

攻撃力1700 守備力100

このカードが墓地に存在し、自分の手札が0枚の場合、相手モンスターの攻撃宣言時に発動できる。

このカードを墓地から特殊召喚し、バトルフェイズを終了する。

「タスケナイト」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

「っ、タスケナイトの攻撃力は1700。残った2体じゃ太刀打ちできないか。ならバトルは終了。レベル4光属性のヘカテリスに、レベル3のA・ジェネクス・バードマンをチューニング!」

 攻撃力が足りず、遊司さんは仕方なく攻撃を断念する。しかしメインフェイズ2に入り、すぐにとっておいたシンクロ召喚に入った。

 A・ジェネクス・バードマンが3つの光の輪となり、そこに飛び込んだヘカテリスが4つの星となる。そのレベルの合計は7。

「争乱広がる時、先見を示す神器が降り立つ。連なれ星々よ! シンクロ召喚! 神々の傀儡、ヴァイロン・デルタ!」

 

ヴァイロン・デルタ

星7 光属性 天使族 シンクロ

攻撃力1700 守備力2800

チューナー+チューナー以外の光属性モンスター1体以上

このカードが表側守備表示で存在する場合、自分のエンドフェイズ時に自分のデッキから装備魔法カード1枚を選択して手札に加える事ができる。

 

 光とともにフィールドに現れたのは機械の天使。しかしその表示形式から攻めるためのモンスターではないと分かる。

「ヴァイロン!? 守備力2800とはこりゃまた固いものを……!」

 ヴァイロン、と彼が反応したと言うことは、その効果も知っているのだろう。でもどこか意外そうな顔をしている

「エンドフェイズに入り、ヴァイロン・デルタの効果発動! このカードが表側守備表示で存在する場合、エンドフェイズ時に自分のデッキから装備魔法カードを1枚手札に加えることができる。デルタ・セレクト!」

 その言葉を受けデルタが発光。そしてデュエルディスクからカードが1枚飛び出て、奴がそれを手札に加える。

「俺が手札に加えたのは女神の聖剣-エアトス! これでターンエンドだ」

 次への布石を整え、遊司さんはターンを終了する。それを見ていた龍可さんは感嘆したように気の抜けた声を出した。

「ふわあ。ホントに1ターンでエクシーズとシンクロ、両方決めちゃったよ」

「ヴァルハラと地獄の暴走召喚を使って召喚権を残したまま大量展開ができたからこそですね」

 レベル4のモンスターを一気に3体揃えることと、チューナーを追加できる余裕。一気に使ってしまった手札の補充まで考えられていた。楽しそうに、気の行くままにデュエルしているようで、全ての動きが計算されている。

「これが、遊司さんのデュエル……」

「………」

 遊司さんの戦い方を分析する私を龍可さんはどこか寂しそうに見ていたけど、私がそれに気付くことはなかった。

 




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Episode02 使者来たる 後編

後編です。


「俺のターン、ドロー!」

 黒髪の彼はカードを引くと、それを手札に加えながら苦笑する。

「……女神の聖剣-エアトスねえ? わざわざそれをデッキに入れてるってことは、そっちのキーカードはガーディアン・エアトスと見た」

 まるで真実は1つとでも言うように遊司さんのデッキを指差す彼。それに遊司さんはニッと笑って誇らしげに答えた。

「ああ! ガーディアン・エアトスはこのデッキの切り札にして俺のエースだ!」

「……そうか」

 それを聞いた彼は心から嬉しそうに笑う。まるで、こんな相手を求めていたと言うように。しかし彼はすぐにそれを引っ込めて挑戦的な目で手札のカードを手に取った。

「俺はチューナーモンスター、ライトロード・アサシン ライデンを召喚!」

 現れたのは短剣をもつライトロードの戦士。アサシンの名を持つあたり、暗殺者か何かなのかもしれない。その彼は持っている短剣をそれに掲げ、そこに光が降り注ぐ。

 

ライトロード・アサシン ライデン

星4 光属性 戦士族 チューナー

攻撃力1700 守備力1000

自分のメインフェイズ時に発動できる。

自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

この効果で墓地へ送ったカードの中に「ライトロード」と名のついたモンスターがあった場合、このカードの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで200ポイントアップする。

「ライトロード・アサシン ライデン」のこの効果は1ターンに1度しか使用できない。

また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。

自分のデッキの上からカードを2枚墓地へ送る。

 

「アサシンの効果を発動! 1ターンに1度、デッキの上からカードを2枚墓地に送ることができる! 墓地に送られるのは……、トラブル・ダイバーと、死者蘇生!?」

 

トラブル・ダイバー

星4 闇属性 戦士族

攻撃力1000 守備力1000

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターがレベル4モンスターのみの場合、このカードは手札から特殊召喚できる。

この方法による「トラブル・ダイバー」の特殊召喚は1ターンに1度しかできない。

このカードをエクシーズ召喚の素材とする場合、戦士族モンスターのエクシーズ召喚にしか使用できない。

 

死者蘇生

魔法

自分または相手の墓地のモンスター1体を対象として発動できる。

そのモンスターを自分フィールドに特殊召喚する。

 

 さっきのカッコイイ雰囲気はどこへやら、オウ・マイ・ガッ!! っと悔しそうに頭をかきむしる彼に少し同情する。デッキからランダムに墓地に送ってしまうカードの性だろう。仕方がない。

「まあ、よくある事さ。それよりもチューナーモンスターか。ということは……」

 遊司さんも少し遠くを見るように同情したあたり、身に覚えがあるのかもしれない。しかしすぐに警戒をフィールドのモンスターに向ける。場にはレベル4の非チューナーとチューナー。レベル8シンクロが来ると考えるのは当然だった。それがこれまでの常識だったのだから。でも今はそれだけじゃない。黒髪の彼は予想通り遊司さんの言葉に首を振る。

「いやいや。俺の狙いは同レベルのモンスターを2体揃える事さ」

「!? まさか!」

「そんな……」

 そう。チューナーか非チューナーかである前に、彼の場にいるのはどちらもレベル4モンスターなのだ。

「その通り! レベル4のライトロード・アサシン ライデンとタスケナイトでオーバーレイ!」

 彼のフィールドで再びモンスターたちが光となって出現した渦の中に飛び込んでいく。

「えーと、……その魅惑の翅で惑わし、黄泉へ誘え! エクシーズ召喚! 舞え、フォトン・バタフライ・アサシン!」

 ビッグバンのような爆発とともに現れたのは蝶の翅をその背に生やした女性のモンスター。しかしその手には鋭利な刃を持つ武器が握られている。

 

フォトン・バタフライ・アサシン

ランク4 光属性 戦士族 エクシーズ

攻撃力2100 守備力1800

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除き、フィールド場に守備表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターを攻撃表示にし、その攻撃力を600ポイントダウンする。

 

 彼が召喚したのはまたもやのランク4のエクシーズモンスター。ここまで来て、なんとなく私は彼のデッキの概要を想像した。

「……あの人のデッキ、エクシーズを多用して墓地を肥やし、カオスモンスターを召喚するデッキでしょうか?」

「……そっか、だから光と闇の属性モンスターを多く召喚してたんだ」

 龍可さんの言うとおり、彼の召喚したモンスターはそのほとんどが光と闇属性のモンスターだ。狙いは前に墓地へ送ったカオス・ソルジャー、ということになる。そしてそれは同時に、まだエクシーズモンスターを全て見せたというわけではない可能性が高いということでもある。……気を付けて、遊司さん。

「フォトン・バタフライ・アサシンの効果発動! 1ターンに1度、オーバーレイユニットを1つ使い、守備表示モンスター1体を攻撃表示にしてその攻撃力を600ポイントダウンする! スケイルインヴィット!」

「な! ヴァイロン・デルタが!?」

 フォトン・バタフライ・アサシンがヴァイロン・デルタの上で舞うと、そこに鱗粉のようなものがキラキラと輝きながら降り注ぐ。するとヴァイロン・デルタはその輝きに心を奪われてしまったかのように、ふらふらと攻撃表示になってしまった。

 

ヴァイロン・デルタ

攻撃力1700→1100

 

「そいつにアドを取られ続けるわけにもいかないんでね。フォトン・バタフライ・アサシンでヴァイロン・デルタに攻撃! ルアーダンス!」

「ぐっ!」

 黒髪の彼のもとに舞い戻ったフォトン・バタフライ・アサシンは、今度は素早くヴァイロン・デルタに近づき、まるで舞い踊るように切り裂いた。

 

2100-1100=1000

遊司LP5600-1000=4600

 

「さらにカードを1枚セットし、ターンエンド!」

「ハハ。やるなお前。俺も負けてられないな! 俺のターン、ドロー!」

 これで遊司さんの手札は3枚。うち1枚はあのカード。なら逆転の道はまだ残されている。

「俺は前のターンに手札に加えた女神の聖剣-エアトスをカステルに装備!」

「! わお、ここで使ってくるか!」

 

鳥銃士カステル

攻撃力2000→2500

 

 予想した通り、女神の聖剣を装備したことでカステルの攻撃力がフォトン・バタフライ・アサシンを超える。しかし遊司さん自身が言っているが、これは前のターンに宣言して手札に加えたカード。相手もこれは承知の上だろう。

「カステルでフォトン・バタフライ・アサシンに攻撃!」

 しかし遊司さんは全く臆することなく攻撃する。確かにここは怯えて逃げる場面ではないだろうが、それにしたって思い切りがいい。

「ちょい待ち! この瞬間、墓地のタスケナイトの効果発動!」

「な、墓地から発動だと!?」

「墓地からモンスター効果!?」

「このタイミングということは攻撃阻害系でしょうか……」

「……白い髪の子の反応がドライ!」

「え」

 なぜか龍可さんがジト目で私を見ていた。わ、私は何か悪いことしたんでしょうか!? なんだかみんな「空気読めよ……」みたいな目をしている気がするのは私の錯覚!?

「おほん! 気を取り直して、相手モンスターの攻撃宣言時、俺の手札が0の場合墓地のこのカードを特殊召喚してバトルフェイズを終了させる!」

 混乱する私を他所に、黒髪の彼の場にタスケナイトが「助けないと!!」と飛び出し、カステルの攻撃を弾き返してしまった。

「そいつ名前の通りのモンスターだったんだな……」

「というかしゃべることに俺びっくり」

 なんというダジャレ。

 しかしあのモンスターは前のターンにオーバーレイユニットになったモンスターだったはず。フォトン・バタフライ・アサシンのコストとして墓地に送っていたのだろう。そしてその発動を有効にするために手札を0にした。

 やはり彼も高い計算の上でデュエルをしている相当の強者だ。

 「俺はモンスターとカードを1枚ずつセット。これでターンエンドだ」

 そんな彼に遊司さんは挑戦的な笑みを浮かべ、カードをセットしていった。

(フォトン・バタフライ・アサシンの効果を知っていてあえてモンスターをセットするなんて……)

 一種無謀ともいえる動き。しかしその危険を犯すだけの意味がそこにもあるのだろう。

 

 ――すごい。

 このデュエルは、まさにその一言に尽きた。二転三転する激しい攻防。計算されたプレイング。何より、どんな状況になろうと2人ともデュエルを楽しんでいる。

(羨ましい……)

 それは自分にはない感情。もしかしたら、一度も感じたことがないかもしれない。でもだからこそ魅せられる。

(もっと、ずっと、見ていたいな)

 でもデュエルである以上、それは永遠じゃない。近い決着の時を感じながら、私はデュエルを見守った。

 

 

「俺のターン、ドロー! ……ふむ。フォトン・バタフライ・アサシンがいるのを承知でモンスターをセットか」

 普通に考えてリバース効果モンスターか、それとも後ろのセットカードがモンスター効果のカウンターなのか。

「なんにしても、一応先に見ておくか。フォトン・バタフライ・アサシンの効果発動! そのセットされたモンスターを攻撃表示に! スケイルインヴィット!」

 フォトン・バタフライ・アサシンがセットモンスターの上で舞い、鱗粉に魅かれてモンスターが表になる。だがそれは、起き上がった瞬間に俺をあざ笑うような顔を向けてきた。いやそういうイラストなだけだけど。

「んげ!? メタモルポット!?」

「その通り! そのリバース効果により、互いに手札を全て捨て、手札が5枚になるようにドローする! 俺は手札0だが、お前は1枚ある。捨ててもらうぜ!」

 

メタモルポット

レベル2 地属性 岩石族

攻撃力700 守備力600

①:このカードがリバースした場合に発動する。

お互いの手札を全て捨てる。

その後、お互いはデッキから5枚ドローする。

 

メタモルポット

攻撃力700→100

 

 メタモルポットが高速で回転したかと思うと、それはフィールドに突風を生み出し、俺の手札をかっさらって行き、フィールドを1回転して俺の墓地に入ってきた。

「ぐぬぬ、カオス・ソーサラーが」

 

カオス・ソーサラー

星6 闇属性 魔法使い

攻撃力2300 守備力2000

このカードは通常召喚できない。

自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。

1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択してゲームから除外できる。

この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

 

「カオス・ソーサラーか。厄介なのが消えてくれたな」

 向こうもこのカードの効果は知ってるのか。まあカオスを代表するモンスターの一角だからな。

(それにしても、いくら手札が欲しいからってこの状況でメタモル伏せるかね普通)

 気を取り直してカードを5枚引く。手札を確認しながら、俺は目の前の男を改めて見直した。面白い奴、という意味で。

「ああ! ガーディアン・エアトスはこのデッキの切り札にして俺のエースだ!」「こいつらは、1枚1枚が俺を選んでくれたカードたちで、そして俺が大切に選んでデッキに入れたカードたちだからな。これくらい当たり前だろ」等々、実に主人公らしい言葉を何度もくれる奴だ。今回の思い切りのいい行動も、そう言う意味では実にらしい。自分のデッキを、カードをこんなにも愛せるのは、もはや才能だと思う。

(ほんと、こういう奴は、戦っていて気持ちが良くなる。……となれば、俺も全力でそれに応えないとな!)

「さて、俺は白夜の騎士ガイアを召喚!」

 

白夜の騎士ガイア

星4 光属性 戦士族

攻撃力1600 守備力1200

「白夜の騎士ガイア」の以下の効果はそれぞれ1ターンに1度ずつ使用できる。

●このカード以外の自分フィールド上の光属性モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキから戦士族・闇属性・レベル4モンスター1体を手札に加え、その後手札を1枚墓地へ送る。

●自分の墓地のモンスター1体を除外し、フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターの攻撃力は、相手のエンドフェイズ時まで500ポイントダウンする。

 

「! またレベル4のモンスターが2体……っ!」

 あいつももうこのデッキの戦い方を分かっているようだ。なら遠慮なく行かせてもらう。

「俺は光属性レベル4のフォトン・スラッシャーとタスケナイトで、オーバーレイ! えっと、……一筋の輝きに導かれ、ここに光臨せよ! エクシーズ召喚! 輝け、輝光子パラディオス!」

 

輝光子パラディオス

ランク4 光属性 戦士族 エクシーズ

攻撃力2000 守備力1000

光属性レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのX素材を2つ取り除き、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターの攻撃力を0にし、その効果を無効にする。

また、フィールド上のこのカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、デッキからカードを1枚ドローする。

 

 お馴染みのビッグバンとともに現れたのは輝く貴公子。その強力無比な力、使わせてもらおう!

「輝光子パラディオスのモンスター効果、発動! オーバーレイユニットを2つ取り除き、相手のフィールドに存在するモンスターの攻撃力を0にし、その効果を無効にする! 俺はカステルの攻撃力を0に! パワー・ディバイド!」

「!」

「ええ!? 攻撃力を0!?」

「素材の指定と、効果の発動回数に制限がある代わりに、エクシーズモンスターの効果はどれも強力だとは聞いていましたが……」

 パラディオスから電撃が発せられ、カステルに直撃する。カステルは弱々しい鳴き声を上げて、攻撃力が0になってしまった。

 

鳥銃士カステル

攻撃力2000→0

 

「バトル! パラディオスでカステルに攻撃! フォトン・ディバイディング!」

「ぐっ!」

 パラディオスは持っていた剣から光弾を放ち、カステル共々あいつを巻き込んで攻撃した。大きくあいつのライフポイントが削られていく。

 

2000-0=2000

遊司LP4600-2000=2600

 

「さらにフォトン・バタフライ・アサシンでメタモルポットに攻撃! ルアーダンス!」

「ぐう!」

 さらにフォトン・バタフライ・アサシンが流れるような動作でメタモルポットを切り裂き、その爆風があいつを襲う。

 

2100-100=2000

遊司LP2600-2000=600

 

「遊司!」

 デュエルを観戦している緑の髪の女の子が叫ぶ。どちらの攻撃も妨害なく通り、これであいつのライフはわずか600。しかし削りきることはできなかった。

(あの時のそよ風の精霊の回復がここで聞いてくるとはな。……案外役に立つ、ね)

 一見手札の交換のためだけのリビングデットだったが、こうなると馬鹿にできない。何せこの1ターンの猶予はドローを含めて6枚の手札を相手にしなければならないのだから。

 そう言えば、さっきの「ゆうじ」というのは間違いなくあいつの名前だろう。ゆうじ……、まさか「遊」って書くんじゃないだろうな、それ。主人公的なあれですか?

「くう、やってくれたな。だが、次はこっちの番だ!」

 ここまで追い込まれたというのに、あいつは心底楽しそうに笑っていた。

(……そうだな。ここまで来たら主人公だとかそんなこと、関係ないか)

「カードを1枚セット。俺はこれで、ターンエンドだ」

 どちらにせよ、まず確実にあいつはこれまで以上の力で攻め込んでくる。最初はデュエルディスクやらなんやらで戸惑ってしまったが、もうその余裕はない。こいつとデュエルするうちに、そんなことはどうでもいいという考えに変わってしまったのだ。

(勝ちたいと思ってしまう俺が、ここにいるからな!)

 いよいよあいつのターンが始まる。俺の期待を軽々と超えてくる、それだけの迫力を持ってあいつはデッキの上に手をかけた。

「俺の、ターン――」

 

 

 こいつは強い。さっきはライフを回復させていたから助かったが、もうその保険はない。このライフじゃ次のターンが回ってくることはまずないだろう。つまりこれは、ラストドローになる。だけどそんな状況なのに、俺には不安はない。あるのはただ、最後まで楽しみたいと思う心だけ。

(メタモルポットのおかげで潤沢になった手札と1枚のセットカード。後はこれらを全て動かしきるための最後の1ピースを引き当てるだけだ)

 だけど俺もデュエリスト。勝てる可能性があるなら、最後までデッキを信じて見せる!

「――ドロー!」

(……ありがとう、俺のデッキ!)

 引き当てたのはその最後の1ピース。勝負をしかけるなら今しかない。

「行くぞ! 応えてくれたデッキのためにもこのターンで決着をつける!」

「……ほう? 面白い! やれるものならやってみろ!」

 俺の勝利宣言に、あいつは動じることなく挑発的な態度をとってきた。だが俺にはわかる。挑発的な態度とは裏腹にその目は一切油断していない。

(まったく、最高の相手じゃないか)

 そのことに嬉しさを感じながら、俺は手札を切る。

「まずは魔法カード、アームズ・ホールを発動! デッキトップ1枚を墓地に送り、デッキか墓地から装備魔法を1枚手札に加える! 墓地に送られるのは……、暴風小僧。だがこのいたずらっ子が運んでくれたのは、我がエース愛用の聖剣! 女神の聖剣-エアトスを墓地から手札に加える!」

 

アームズ・ホール

魔法

このカードを発動するターン・自分は通常召喚できない。

①:デッキの一番上のカードを墓地に送って発動できる。

自分のデッキ・墓地から装備魔法カード1枚を選んで手札に加える。

 

 暴風小僧が墓地に送られる中、そいつは墓地のカードを1枚俺に投げ渡してくれる。決して無駄にはしない!

「さらに魔法カード、おろかな埋葬! デッキからモンスター1体を墓地へ送る。俺が墓地の来るのは、アテナ!」

「次々と空恐ろしいものが……。そろそろ準備が整うってか」

 切り札の一角の担う女神を自ら墓地へ送る。その行為の意味をあいつは理解しているようだ。だが警戒の中にどこか何を見せてくれるのかという期待を感じる。

「ああ。そろそろエースの登場と行こうか! ヴァルハラの効果発動! 手札の天使族モンスター1体を特殊召喚する! 天空を翔る一筋の風よ。導きに応え、神殿より舞い降りろ! 天空の守護者、ガーディアン・エアトス!」

 お馴染みのすさまじい突風が吹き荒れ、白い翼をはためかせた俺のエース、ガーディアン・エアトスがフィールドに舞い降りる。

「ついに来たか! ここに女神の聖剣があるなら……」

 あいつはこの後の展開を予測しているようだが、そいつは外れだ。

「まだまだ。ここからだ! 手札から速攻魔法、光神化を発動! 手札の天使族モンスターを攻撃力を半分にして特殊召喚する! 出てこい、マスター・ヒュペリオン!」

 

マスター・ヒュペリオン

星8 光属性 天使族

攻撃力2700 守備力2100

このカードは、自分の手札・フィールド上・墓地に存在する「代行者」と名のついたモンスター1体をゲームから除外し、手札から特殊召喚する事ができる。

1ターンに1度、自分の墓地に存在する天使族・光属性モンスター1体をゲームから除外する事で、フィールド上に存在するカード1枚を選択して破壊する。

フィールド上に「天空の聖域」が表側表示で存在する場合、この効果は1ターンに2度まで使用できる。

 

マスター・ヒュペリオン

攻撃力2700→1350

 

 黄金の鎧を身に纏う、太陽を司る大天使がフィールドに降り立つ。しかし光神化によって攻撃力が半分となったせいか、本来あるはずの炎の翼が消えていた。

「マスター・ヒュペリオン!?」

 その名と姿にあいつは驚愕をあらわにする。

「どうやら知ってるみたいだな。なら遠慮なくその力を使わせてもらう! マスター・ヒュペリオンの効果発動! 1ターンに1度墓地の光属性・天使族モンスター1体を除外して、相手フィールド上のカードを1枚破壊する! 俺はアテナを除外して、死力のタッグ・チェンジを破壊! 制裁のエクスキューション!」

 マスター・ヒュペリオンが赤く発光し、一筋の閃光が死力のタック・チェンジを貫いた。

「っ! ほんと強力なモンスターだな! でもおろ埋を使ってまでわざわざ墓地に落としたアテナをコストに?」

 それを疑問の思うのは当然だろう。コストとなるカードは他にも墓地にいるのだから。何故わざわざ、と。

「その疑問の答えは、こいつさ! リバースカード発動! 罠カード、奇跡の光臨!」

「なんですとい!?」

 ここまで発動条件が満たされずにいた罠カード。それが満たされた今、天界を守護する女神をここに呼び戻す。

「異次元より導きに応え、今奇跡の復活を遂げろ! アテナ!」

 マスター・ヒュペリオンによって除外されていた女神をフィールドに特殊召喚する。だがまだ終わりじゃない。

「さらにアテナの効果! マスター・ヒュペリオンを墓地に送り、そのままマスター・ヒュペリオンを特殊召喚する!」

 アテナが盾を掲げるとマスター・ヒュペリオンが一旦フィールドを離れ、再び戻ってくる。しかもその背から炎を吹き出したかと思うと、それは徐々に形を成し、炎の翼を形作る。マスター・ヒュペリオンが完全な状態に戻ったのだ。

「同時にアテナのもう1つの効果も発動! 天使族モンスターが召喚・特殊召喚された時、相手に600ポイントのダメージを与える! 天光のバーズ!」

 さらにアテナが今度は槍を掲げると、空から眩い光が溢れ出し、その光は直接相手にダメージを与えた。

 

真LP4000-600=3400

 

「これはまずっ……」

 しかしあいつにとってはそれは些細なことだろう。何よりも肝心なのは、マスター・ヒュペリオンが一旦フィールドを離れて戻ってきた(・・・・・・・・・・・・・・・・)

「そう、一旦フィールドを離れたことで、マスター・ヒュペリオンはもう一度効果を発動できる! マスター・ヒュペリオンの効果発動! 墓地のヘカテリスを除外し、さっきセットされたカードを破壊! 制裁のエクスキューション!」

 再びその身を赤く発光させ、あいつのリバースカードを閃光が貫く。

「くっ、光子化(フォトナイズ)が……!」

 

光子化

相手モンスターの攻撃宣言時に発動することができる。

相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その相手モンスターの攻撃力分だけ、自分フィールド上に表側表示で存在する光属性モンスター1体の攻撃力を、次の自分のエンドフェイズ時までアップする。

 

 光子化、か。確か攻撃反応型で光属性モンスター専用の罠。この2枚なら、モンスターの方を殲滅した方が正しかったかもしれないな。だが残っているリバースカードは前のターンからセットされているカード。攻撃した時に発動の素振りもなかったことを考えると、あれはこの攻撃を止められるようなカードじゃない。

 なら、もう遠慮は無しだ!

「これが最後! 加護を受けし天風の剣。女神の聖剣-エアトス2枚をガーディアン・エアトスに装備!」

「2枚!?」

 愛用の剣を1本ずつ両手に装備し、悠然と相手を見据えて身構える。その様子にあいつは顔を引きつらせていた。装備魔法からエアトスのことを言い当てて見せたあたりからもしかしたらと思っていたけど、やっぱりエアトスの効果は知っているみたいだな。

「エアトスの効果を発動! このカードに装備された装備カードを1枚破壊する事で、相手の墓地のモンスターを3体まで除外し、その数だけエアトス攻撃力が500ポイントアップする! 装備された聖剣の1枚を破壊し、お前の墓地からカオス・ソルジャー-宵闇の使者-、タスケナイト、終末の騎士の3枚を除外! エアトスの攻撃力は1500ポイントアップする!」

 エアトスの持つ聖剣が光り、閃光があいつのデュエルディスクの墓地を切る。そこから3体のモンスターが光となり、剣に集束されていった。

 

ガーディアン・エアトス

攻撃力2500→3500→3000→4500

 

「攻撃力4500……っ、他の2体も強力な効果を持つ最上級モンスターとかなんてオーバーな……」

「うわあ、壮観なフィールドだね」

「はい。そう、ですね」

 全員から称賛の言葉を受け取り、俺も、そしてモンスターたちも誇らしげに剣を、槍を、その拳を構える。まるで俺の指示を待っているかのように、ちらりとエアトスが俺を見た。

「ああ。わかってる」

 その視線に応え、俺は再びあいつに向き直る。

「これで俺の手札は0。今の俺の出せる全力だ。行くぞ!」

「っ!」

 俺の言葉を聞き、あいつは顔を引き締めて拳を握りしめた。その覚悟に、応えるためにも、初撃から全力で行く!

「ガーディアン・エアトスでフォトン・バタフライ・アサシンに攻撃! フォビドゥン・ゴスペル!!」

 空高く飛び上がり、エアトスは2本の剣を上段に構える。そして剣に宿る光が最高潮に達した時、その剣を振り下ろし、集束された力の全てを放った。

「ぐっ、ああ!!」

 光はフォトン・バタフライ・アサシンを吹き飛ばし、あいつをも巻き込んで大爆発を起こす。

 

4500-2100=2400

真LP3400-2400=1000

 

 2400もの大ダメージに、思わずと言ったようすであいつは後ずさるが、ここで手を緩めはしない。

「続け! マスター・ヒュペリオンでパラディオスに攻撃! 執行のサンライトレイ!」

「ぐっ!」

 マスター・ヒュペリオンが天空に手をかざすと、天から裁きの光が降り注ぎ、パラディオスを焼き尽くした。

 

2700-2000=700

真LP1000-700=300

 

(これであいつのライフはわずか300。次の攻撃で終わりだ!)

 そう思った時、あいつは動いた。

「だがパラディオスは破壊された時、デッキからカードを1枚ドローできる! ドロー!(! こいつは!)」

「そんな効果まであったのか。だが、これで終わりだ! アテナでダイレクトアタック!!」

 確かに何かキーカードのようなものを引いた感じがした。しかしあいつのターンならまだしも、たった1枚のドローでこの状況を覆せるとは思えない。最後の一撃を繰り出そうとアテナに指示を出したその時だった。

「!? なに!?」

 アテナの槍を、これまでいなかったはずの青い剣士が受け止めていたのだ。ハッとしてあいつを見ると、あいつはニヤリと笑って、答えた。

「まだ終わりじゃない! 相手の直接攻撃宣言時、手札の護封剣の剣士を守備表示で特殊召喚した!」

 

護封剣の剣士

レベル8 光属性 戦士族

攻撃力0 守備力2400

相手モンスターの直接攻撃宣言時に発動できる。

このカードを手札から特殊召喚する。

さらにこのカードの守備力がその攻撃モンスターの攻撃力より高い場合、その攻撃モンスターを破壊する。

また、フィールド上のこのカードを素材としてエクシーズ召喚したモンスターは以下の効果を得る。

●このカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。

 

「っ、まさか、今のドローで!?」

「おう! こんなこともあるんだな!」

 まさに奇跡。いや、最後まで勝負を捨てなかったあいつにデッキが応えたんだ。

「くっそ。やってくれるな! でも逃がしはしない! アテナで護封剣の剣士に攻撃!」

「うお!」

 止められはしたがアテナの攻撃力は護封剣の剣士の守備力を上回っているのだ。そのまま残しておく理由はない。

 アテナは受け止められていた槍を相手の剣ごと振り上げ、無防備になった胴に槍の後ろで突き飛ばす。護封剣の剣士はあいつの後方まで吹き飛ばされ、破壊された。

 正直、勝利を確信したばかりに非常に悔しい。だがそれは俺の油断だ。大きく息を吐き、自分を落ち着かせる。

「倒せなかった、か。勝利宣言は失敗だな。俺はこれで、ターンエンドだ」

 

ガーディアン・エアトス

攻撃力4500→3000

 

 エアトスの攻撃力も下がり、ターンを終了する。今度はあいつの番だ。

「……俺のターン!」

 あいつにターンを回してしまったのは痛い。だが残りライフ600とはいえ、エアトス、アテナ、マスター・ヒュペリオンの布陣はそう易々と突破できないはずだ。それにあいつのライフも残り300。アテナの効果の射程圏内だ。このターンさえ乗り切れば、勝てる。

「ドロー!」

 あいつはドローしかカードを確認して一瞬思案したかと思うと、これまで発動の素振りのなかったセットカードを起き上がらせた。

「伏せカードオープン! 罠カード、明と宵の逆転!」

 

明と宵の逆転

永続罠

以下の効果から1つを選択して発動できる。

「明と宵の逆転」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

●手札から戦士族・光属性モンスター1体を墓地へ送る。

その後、そのモンスターと同じレベルの戦士族・闇属性モンスター1体をデッキから手札に加える。

●手札から戦士族・闇属性モンスター1体を墓地へ送る。

その後、そのモンスターと同じレベルの戦士族・光属性モンスター1体をデッキから手札に加える。

 

「明と宵の逆転?」

「このカードは1ターンに1度、手札の光か闇属性の戦士族モンスター1体を墓地に送ることで、その属性と反対の属性及び同じレベルの戦士族モンスター1体をデッキから手札に加えることができる。俺は手札の光属性・戦士族・レベル4のフォトン・スラッシャーを墓地へ送り、闇属性・戦士族・レベル4のオオルリを手札に加える」

 

フォトン・スラッシャー

星4 光属性 戦士族

攻撃力2100 守備力0

このカードは通常召喚できない。

自分フィールドにモンスターが存在しない場合に特殊召喚できる。

自分フィールド上にこのカード以外のモンスターが存在する場合、このカードは攻撃できない。

 

「……なるほど、カオスにとって格好の罠ってわけだね」

 龍可の言う通り、闇と光を同時に必要とするカオスモンスターにとってあのカードの存在は大きい。そして同時に、あれは闇と光を交互にしなければならないことを条件としてはいるが、あいつのようなデッキの作り方なら万能のサーチカードとしての意味も持つ。そして今あいつが行ったのは、後者の理由だ。

 あいつは手札にカードを加えると、すぐに別のカードを手に取る。

「そして魔法カード、闇の誘惑を発動! デッキからカードを2枚ドローし、手札の闇属性モンスター1体を除外する。……」

 1つ息を吐き、あいつは目を瞑ってデッキに手をかけた。

(そのドローに全てを賭けるってことか)

「……よし! ドロー!!」

 固唾を飲み込んであいつを見る。あいつはドローしたカードを見ても動かない。その静寂が当たりに緊張感を漂わせる。

「……はん。そう来たか……!」

「!!」

 そしてあいつは戦士特有の好戦的な表情を浮かべ、とうとう動き出した。

「闇の誘惑の効果により、俺は手札のオオルリを除外する! さらに速攻魔法、異次元からの埋葬を発動!」

 

異次元からの埋葬

速攻魔法

除外されている自分及び相手のモンスターの中から合計3体まで対象として発動できる。

そのモンスターを墓地に戻す。

 

「このカードは、除外されている自分及び相手のモンスターを3枚まで対象として発動し、そのモンスターを墓地に戻すことができる! 俺が選択するのは終末の騎士、オオルリ、そしてカオス・ソルジャー -宵闇の死者-の3体!」

「墓地に戻す? そんなことをして一体何を……まさか!?」

 そうだ、そんなことをする理由など1つしかない。まさかと思いつつも、あの剣士の姿が見れるのかと思うと嬉しくなってきた。

「その通り! 魔法カード、戦士の生還! 墓地の戦士族モンスター1体を手札に加える! さあ、ようやく出番だ、宵闇の使者!」

 あいつは自らのエースを手札に加え、ついにフィールドに呼び出す。

 「自分の墓地の光、闇属性モンスターの数が同じ場合、どちらかの属性のモンスター全てを除外することにより特殊召喚!」

 今あいつの墓地は、光属性はライトロード・アサシン ライデン、白夜の騎士ガイア、フォトン・バタフライ・アサシン、輝光子パラディオス、護封剣の剣士、フォトン・スラッシャーの6枚。闇属性は幻蝶の刺客オオルリ2枚、極夜の騎士ガイア、トラブル・ダイバー、カオス・ソーサラー、終末の騎士の6枚で同数だ。

 あいつの墓地にある全ての闇が除外されていく。すると、フィールドに小さく黒点が現れる。その黒点が徐々に広がっていった。

「出でよ宵闇からの使者! 邪道を通り顕現せよ! 切り閉ざせ! カオス・ソルジャー -宵闇の使者-!」

 あいつが宣言した瞬間、黒点はいきなり白い閃光を放つ。その光が晴れたとき、あいつの場にはかの開闢の使者に優るとも劣らぬ宵闇の使者の姿があった。

 

カオス・ソルジャー -宵闇の使者-

星8 闇属性 戦士族

攻撃力3000 守備力2500

このカードは通常召喚できない。

自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターの数が同じ場合に、その内のどちらかの属性をすべて除外した場合のみ特殊召喚できる。

このカードの属性は「光」としても扱う。

このカードが特殊召喚に成功したとき、特殊召喚するために除外したモンスターの属性により以下の効果を発動できる。

この効果を発動するターン、自分はバトルフィエイズを行えない。

●光:フィールド上のモンスター1体を選択して除外する。

●闇:相手の手札をランダムに1枚選び、相手のエンドフェイズ時まで裏側表示で除外する。

 

「こいつには特殊召喚した瞬間に発動する効果があるが、バトルフェイズを行えなくなるから使わん」

「っ! つまり、このターンで決着をつけるつもりってことか!」

 俺の場には攻撃表示の最上級モンスターが3体。攻撃力3000では、この中で最も攻撃力の低いアテナを攻撃してもまだライフは残る。

「ということは、攻撃力を上げるつもりか!」

「そういう事だ! 手札から装備魔法、最強の盾を発動し、カオス・ソルジャーに装備! このカードは戦士族モンスターのみに装備でき、表示形式によって効果が変わる。そして攻撃表示の場合、装備モンスターの攻撃力はその元々の守備力分アップする!」

「何だと!?」

 

最強の盾

装備魔法

戦士族モンスターにのみ装備可能。

装備モンスターの表示系氏によって以下の効果を適用する。

●攻撃表示:装備モンスターの攻撃力は、その元々の守備力分アップする。

●守備表示:装備モンスターの守備力は、そのもともとの攻撃力分アップする。

 

 カオス・ソルジャーに新しく盾が装備される。その盾を右に左に振り、具合を確かめていくうち錬度が上昇し、その速度、インパクトの重さが増していく。

 

カオス・ソルジャー -宵闇の使者-

攻撃力3000→5500

 

「攻撃力5500……!」

「これが、宵闇の力だ! バトル! 行けカオス・ソルジャー -宵闇の使者-!」

(俺の叩き出した4500を簡単に超えてくんのかよ、ったく。……これが、カオス・ソルジャー。そしてあいつのデッキか)

俺はなすすべもなくエアトス共々その攻撃を受ける。負けたけど、楽しかった。

「切り裂け……! 宵闇、双・破・斬!」

「ぐわっ!」

 

5500-3000=2500

遊司LP600-2500=-1900

 

 貫かれる痛みがきついが、俺は心の底から満足していた。

 

 

 私と光ちゃんはただそれを見守ることしかできなかった。遊司と彼のデュエルに見惚れ、動くことを忘れてしまったのだ。

「っ」

「ん? お、おい!」

 しかしデュエル終了直後、遊司が苦しそうに片膝を地面についたことで、ようやく私の思考は再起動した。

「遊司!」

「遊司さん!?」

 例の彼を含め慌てて駆け寄ろうとすると、遊司が片手を上げてそれを制す。

「大丈夫。緊張の糸が切れただけだ」

 そう遊司は笑って、直ぐに立ち上がった。「なんだ。ったく、脅かすなよ」と文句を言う彼に遊司は平謝りする。それを見て私も光ちゃんも、ホッと肩をなで下ろした。

 ……でも、さっきの遊司が少し無理をしていたような気がするのは私だけだろうか。

 そんな私の気掛かりをよそに、彼は遊司に手を差し出していた。

「良いデュエルだった。ありがとな」

「こっちこそ。またやろう!」

 2人は手を握り合い硬く握手を交わす。そんな様子にさっきことは今は忘れることにした。2人を見ていたら、共に苦楽を乗り越えた仲間、遊星とジャックの姿を思い出したからだ。彼らも最初はいがみ合っていたが、デュエルをしていくうちに固い友情で結ばれていった。彼らにその2人が重なって見えたのだ。

「あ~、それと何だ、悪かったな。いきなりぶつかったり、喧嘩腰になっちまって。本当に、すまん!」

「お、おい。別に良いって! 俺のほうこそ、何かすまん」

 彼が遊司に腰を90度折って謝る。遊司が逆にそれに畏まってしまい、慌ててやめさせ自分が謝ると言う変な構図が出来上がっていた。

 私と光ちゃんは顔を見合わせ思わず笑う。するとそんな笑い声に気づいたのか、彼はこちらに目を向けて遊司にしたのと同じように謝ってきた。

「お嬢さん方にもすまないことをした。ごめんなさい!」

「い、いや良いよ。大丈夫だから、ね?」

「そ、そうです。大丈夫ですから、顔を上げてください……!」

 私と光ちゃんは慌てて制する。確かにこれは居心地が悪いかもしれない。

「いや、迷惑かけた分ここでしっかり謝っておかないとこの兵武真、一生の恥! もう少しこのままでいさせてくだせえ!」

 その返答に私たち3人は困ってしまった。ここまで謝られるとさすがに怒る気が無くなってくる。どうにか話題を逸らさないと。

「ま、まあもういいだろ! そうだ、自己紹介しないとな! 俺は空羽遊司! アカデミア1年のオベリスクブルーだ。よろしくな!」

「お、同じく1年の龍可。よろしくね!」

「龍凪光です。よ、よろしくお願いします」

「……あかん、めっさ良い人たちや」

 それなのに俺ときたら、と地面に突っ伏しさらに落ち込んでしまう真君。そんな彼に私たちは苦笑するしかなかった。そこに遊司が「そういや、」と何気ない一言を放つ。

「結局、なんで空から落ちてきたんだ?」

 その言葉に真君が凍った。首筋に冷や汗を流している。

 一体どうしたのか、遊司たちと顔を見合わせるも答えが出るはずもない。私たちは一緒に言及しようとする。

「君たち! 少しいいかな!?」

 しかしそれは、突然私たちの上からかけられた声によって阻まれることとなった。慌てて上を見上げる。すると、崖の上からこちらを見下ろすオベリスクブルーの制服を着た男子生徒が立っていた。

 腰まで届く髪をポニーテールにし、女性と見間違いそうな秀麗とした顔をした彼はさらに言葉を続ける。

「友情芽生えるデュエル、実に見事だった! 故に! この僕もその輪の中に入れさせてもらうよ!」

 何が言いたいのかよくわからなかったが、とにかくこっちに来るらしい。彼は徐に懐から薔薇の花を一輪とりだし、上空に投げ、崖から「トウ!」と飛び降りた。

((((なんで!?))))

 私たちの心はきっと同じだったと思う。その間に彼は「ヌウン!」「ホッ!」「ハア!」と言いながら体を回転させて落ちてくる。

 新体操なんか目じゃないほどの身体能力を見せつけ、彼は私たちの前に降り立った。

「フン!(グキッ!)」

「「「「あ」」」」

 どうやら足を挫いたらしい。痛そうな音が彼の足首からした。だが、彼は笑顔を絶やすことなく、しかし足を小刻みに揺らしながら笑いかけてきた。

 痛々しい沈黙の中、上空に投げられていた薔薇が静かに落ち、綺麗に彼の頭に乗った。

 




今回のおまけ NGシーン

「即席、パラシュート!」
 ブレザーは上手く風を掴んでくれたようで、微妙にだが速度が落ちる。風の影響も受け、少しずつだが海の方へと俺は流され始めた。
「と、ど、けえええええ! ってえええええ!?」
 その時、急に強い突風に見舞われ、すごい勢いで海の方へ。

「ん? どうしたの遊司」
「いや、何か聞こえなかったか?」
「えっと……確かに微かに聞こえるような」
「……上!?」
 龍可さんが弾かれたように上を、空を見上げる。私と遊司さんも後に続くように空を見上げた。
「……なんもないじゃん」
「あれー?」
 遠くで、イーヤーッ! ドボーン! と何かが海に落ちる音が聞こえた。……イルカでもいたのかな?
「いや待て光! イーヤーッ! って聞こえたじゃん! イルカじゃないって! 絶対人だって!」
「う、浮き輪! 浮き輪とかないー!?」
「イルカに浮き輪は必要ないですよ」
「しつこい!?」


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Episode03 秀麗なる庭園 前編

作者「どうも作者です」

龍可「ヤッホー! 龍可だよー!」

作者「前から思ってたけど5年の間に一体何があった。キャラ変わりすぎでしょう」

龍可「乙女にはいろいろあるんだよ」

作者「えー、気になるー」

龍可「……知りたい?」

作者「……真、バトンタッチ」

真「ここで!?」

龍可「ねえねえ、真ー。知りたいー? 聞きたいー? うふふふふふふふ」

真「さささ、作者バトンがえ――っていねえ!?」

龍可「ま・こ・と~」

真「ぐっ、ぐわああああああ!?」


龍可「始まるよ!」


 ところで、アイドル、というものを皆はどのように考えるだろうか。アイドルとは偶像という意味で、その名の通り人々の夢の体現者たる者のことだと俺は考えている。常に笑い続け、みんなに笑顔や夢を与える。時には体を張って困難に立ち向かわなければならない時だってあるだろう。しかし彼らはそれを物ともせず突破する。

 しかしそんな彼らは、いつも苦しみの中にいるのではないかと思う事がある。例えば握手会やサイン会。彼らは一体何人と握手し続け、一体どれほどのサインを書くのか。そんなことをしていたら、当然手には大きな負担が掛かるだろう。それこそ、腕を壊しかねないほどの。しかしそんな中でも彼らは笑っている。そんな苦しみを悟らせる者など一人もいない。それは他のバラエティーなどでも言えることだし、ライブなんかでもそうだろう。

 故に、俺は彼らを見ると尊敬すら持つことがある。一体どこからそれほどの力を出しているのか。だから今目の前にいる彼のことも俺は尊敬していた。もちろん今この瞬間も。

「……いや、まあ。だけどさ。限界はあるって」

 着地の際に嫌な音を立てた足をプルプルと震わせながら、決めポーズを維持してこちらに女性と見間違うほど秀麗な顔を向けはにかむ彼、庭瀬(にわせ)(しゅう)にどうしようもなく残念なものを見る目を向けながら俺は呟いた。

 

 

 

「お、おーい。足痛いんだろ? いい加減姿勢直せって」

 長い沈黙に耐えかね俺は渋々、突如として登場したこの残念な金髪イケメンに声をかける。てか、いい加減決め顔ヤメろよ、こっちが恥ずかしい。

「ふっ。限界など、超えるためにあるのさ!」

「いやカッコイイ台詞かもしんないけどカッコ悪いわ!」

 思わず、といった調子で遊司が突っ込んだ。うん。足を震わせながら両手を広げてそんなこと言われても格好良くもなんともないな。

「何を言うんだ遊司。これが僕のあり方、さ!」

「うっさいわ! ってかその仕草もやめろ! ここにはお前のファンいなしカッコつける必要ないから!」

「ふっ。気にする必用はないよ、遊司。ファンの有無は関係ない。常から僕はこうなのさ!」

「なら他所でやってくれよ……」

「つれないなあ。君と僕の中じゃないか☆」

「☆ヤメろ。あと変に意味深な言い方するな!」

 次々と行われるボケとツッコミ。素晴らしい切れだと言わざるを得ないが、このままではコントが終わりそうにない。俺は呆れつつ、こっそり龍可さんに聞くことにした。

「あの、龍可さん」

「え? ああ、呼び捨てで構わないよ。そっちのほうが慣れてるから」

「そっか。わかった。なら、俺のことも好きに呼んでくれて構わないよ」

 こ、これが噂の呼び捨て権利! 頂戴したぜ! じゃなくて。

「それで、あの人っていったい」

 軽くウザがられてるイケメンさんの方を見ながら言うと、龍可は納得して説明してくれた。

「彼はこのデュエルアカデミア・セントラル校の理事長の息子さんだよ。名前は庭瀬秀くん。いつもあんな感じで、学校のアイドルみたいに振舞ってるの。実際高等部入ってまだ2ヶ月だっていうのにファンも多いし、というかファンクラブもたくさんあるよ」

 あ、マジでデュエルアカデミアなんだ。へーそうなんだー。って、待て。

「アイドル?」

 丁寧に説明してくれた龍可には悪いが、俺は信じられないといったように秀を見た。いい加減ポーズはやめたようで、いつの間にかすぐそこで遊司と話している。

まあ、確かにその仕草は非常に優雅だし、顔も素晴らしく整っていてイケメンだ。しかしその台詞や時折りやるポーズがすべてを台無しにしている。例えばさっきの颯爽と登場したシーン(笑)とか。

「……あれに、ときめくのか?」

「……ギャップ萌え、かな」

 自信なさげに龍可は答えた。遊司がさっき言っていた通り、この場にファンはいないということだろう。

「ああ言えばこう言う……。それで! 結局お前は何しに来たんだ?」

 もはや諦めたというように声を上げる遊司。どうやら結局遊司が折れる形で話は進行したようだ。えっと、なんだ。お疲れ。とりあえず汗をぬぐってくれ。

「もちろん! 君たちの友情の輪に混ぜてもらおうと思ってね!」

 懐から薔薇を取り出して口にくわえる秀。様になっているのはいいが、頭の上の薔薇をまず何とかして欲しかった。

(っていうか。つまりどういうことなんだ?)

 友達になろうって意味だろうか。しかしさっきの言動から見ると、俺たちのデュエルを見てたってことだよな。でもって腕にはデュエルディスク。とくれば――

「つまり、デュエルしたいってことか?」

 導きかけていた答えを先に遊司が聞く。それに秀は不敵にと笑った。

「その通り! 先ほどのような華麗で素晴らしいデュエルを見せられては、僕のデュエリストとしての優美な魂が黙ってはいられなくてね。是非ともデュエルがしたくなったのさ!」

 華麗な仕草はそのままに、まるで子供のように目を輝かせ、そしてその視線は真っ直ぐに俺を射抜く。これの意味するところは簡単だ。

(俺をデュエルの相手にご所望ってわけか。へえ)

 こんな風に挑戦されては俺も無下にはできない。

 俺は一歩前に出て秀に対抗するように笑ってみせる。

「おもしろい! 相手になってやる!」

「ふっ、そうこなくては!」

 口にくわえていた薔薇を放り投げ、秀はデュエルディスクを掲げた。遊司が身を引いたのを確認し、俺もデュエルディスクを起動させて構える。

 デッキがオートシャッフルされ、5枚のカードを引き抜き、相手を見据える。さあ、本日2度目のデュエルだが、楽しませてもらおうか!

「「デュエル!」」

 薔薇が地に落ち、デュエルが開始された。

 ……うん。結構俺ものってきたしカッコいいかもだけどさ、いい加減頭の上の薔薇をどうにかしてくれ。指摘しろってか? この空気の中で? すまん。俺には無理だ。

 せっかくのデュエルだというのに妙に締まらない微妙な空気の中、俺はどうしようもない感情をデュエルにぶつけることにした。

 

 

「僕の先攻のようだね。さて……」

 手札を確認し、楽しむように思案する。1ターン目に秀がやるいつもの行動だ。そんな秀を見ながら龍可たちの隣まで来る。すると龍可の脇からひょっこりと顔を出して光が質問してきた。

「あの、遊司さんは秀さんとお知り合いなんですか?」

「ん? ああ。中等部の頃からの友達だ」

 俺は少し当時のことを思い出しながらその質問に答える。あの頃の俺は少し荒んでいて、周りとなかなか溶け込めずにいた。そんな時秀に声をかけられ、ツッコミを行っているうちにいつの間にか周囲に受け入れられていたのだ。狙ってやったことかどうかはさておき、あいつのおかげで今の俺があるんだよな。

「ところで、秀ってアイドルの噂はよく聞くけど、デュエリストとしてはどうなの?」

 龍可の質問に俺は、そうだろうな、と思う。秀は普段あまりデュエルをしない。というかアイドルとしての秀の印象が強すぎてデュエルの方はあまり知られていないのだ。

「強いよ。それもかなり、な」

 そう断言する俺に龍可は目を丸くする。しかしそれは直ぐに期待の色に変わっていった。

「へえ~。どんなデュエルするんだろ」

 楽しみで仕方がない、というように龍可は笑う。そんな彼女に応えるように秀は動いた。

「まずはこれで行くよ。ローズ・バードを攻撃表示で召喚!」

 秀の場に葉っぱが鳥を模したかのようなモンスターが現れる。頭の上に咲く薔薇が今の秀と重なって見えて思わず吹き出しそうになったが、なんとか持ちこたえた。

 

ローズ・バード

星4 風属性 植物族

攻撃力1800 守備力1500

自分フィールド上に表側攻撃表示で存在するこのカードが相手モンスターの攻撃によって破壊され墓地へ送られた時、デッキから植物族チューナー2体を表側守備表示で特殊召喚できる。

 

「僕はこれで、ターンエンド」

 そのまま何も伏せずにターンを終える秀。場にはローズ・バードが1体のみだ。これも秀が1ターン目によくやる動きだな。

「あ、私も使ってるモンスターだ」

 龍可がローズ・バードに反応する。

「そうか。龍可のデッキも植物系のモンスター多かったからな。秀と少しかぶってるところあるかも」

 思い返してみると、龍可の使うモンスターと秀の使うモンスターは同じのが何体かいたことに気づく。といっても、デッキコンセプトは全然違うが。

「ということは、秀さんは植物族デッキですか?」

「ああ。ま、内容は実際に見たほうが早いだろ」

 興味を持ったのか、そう聞いてくる光に俺は悪戯っぽく笑ってみせた。ま、秀のデッキは秀らしいデッキだから、すぐに得心がいくだろうけど。

「ローズ・バードか。俺のターン、ドロー!」

 続いて真のターン。ローズ・バートのことを気にしているようだ。

(もしかして、真のやつローズ・バードの効果を知ってるのか?)

 ローズ・バードはマイナーカードで使っている人も少ないから、その効果はあまり知られていないのだが。真の様子を見る限り、どうやら知っているようだ。そういえば俺とのデュエルでも俺の使ったカードのことは全部知っていたように見えた。

「……デュエルの知識量では真の方が上かもな」

「? 遊司、何か言った?」

 知らず口から出ていた言葉に龍可が反応するが、俺は「なんでもない」と誤魔化す。それよりも、効果を知っているのなら真がどう対処するかを見たい。俺は真の一挙一動に注意をはらい、デュエルの行方を見守ることにする。

「俺は極夜の騎士ガイアを召喚! さらに手札の幻蝶の刺客オオルリは戦士族モンスターの召喚に成功したとき、特殊召喚できる。オオルリを特殊召喚!」

 俺とのデュエルでも活躍した漆黒の騎士が人を惑わす蝶とともに姿を現す。これで真の場にはレベル4のモンスターが2体並んだ。こうなれば真のとる行動はひとつだろう。

「俺はレベル4のガイアとオオルリでオーバーレイ!」

 真の声に応えるように2体は雄叫びを上げ、光球となり、地面に現れた渦の中へ飛び込んでいく。

「誇り高き志を胸に、推参せよ! エクシーズ召喚! 忍びの魂、機甲忍者ブレード・ハート!」

 突如ビックバンが起こったかのような爆発を起こし、忍者の格好をした2つの刀を持つ戦士が現れた。俺とのデュエルでも最初に攻撃してきた、俺のデッキの癒やしであるそよ風の精霊を破壊した憎きエクシーズモンスター。ブレード・ハートだ。

「ゆ、遊司? なんか顔が怖いよ?」

 おっと、顔に出ていたようだ。深呼吸、深呼吸。

「ブレード・ハートのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを1つ取り除き、『忍者』と名のつくモンスター1体を選択。選択したモンスターはこのターン2度攻撃できる! 俺はブレード・ハート自身を選択する!」

「! 痛いことをしてくれるね」

 ブレード・ハートが自身の周りを周っている光球を切ると、その身に赤いオーラを纏った。それを見た秀は少し顔をしかめる。

 そして俺は真の行動に、素直に賞賛を送った。これではローズ・バードの効果も半減するからな。

「行けブレード・ハート! ローズ・バードに攻撃! 電磁抜刀、カスミ切り!」

 ブレード・ハートはローズ・バードに向かって疾走し、その体を一刀のもとに切り裂く。

 

2200-1800=400

秀LP4000-400=3600

 

しかしローズ・バードは翼の先についていた2つの薔薇をその場に残していった。

「だがこの瞬間、ローズ・バードの効果を発動! 攻撃表示のこのカードが破壊され墓地へ送られたとき、デッキからレベル2以下の植物族チューナー2体を守備表示で特殊できる! 僕はウィードとナチュル・コスモスビートを特殊召喚!」

 薔薇は膨らみその花弁を大きく広げる。するとそこから雑草に手足や顔をつけたかのようなモンスターと、鞠のような身体に頭の上にコスモスの花を生やしたモンスターがそれぞれ現れた。

 

ウィード

星2 地属性 植物族 チューナー

攻撃力1200 守備力400

フィールド上に表側表示で存在するこのカードが破壊される場合、代わりにこのカード以外の自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体を破壊できる。

 

ナチュル・コスモスビート

星2 地属性 植物族 チューナー

攻撃力1000 守備力700

相手がモンスターの通常召喚に成功した時、このカードを手札から特殊召喚できる。

 

「ま、そうくるよな。ナチュル・コスモスビートに攻撃!」

 しかしやはり予想していたように真は冷静にそれに対処する。ブレード・ハートはその場で体の向きを変え、コスモスビートを切り裂いた。「ああ、せっかく可愛かったのに」なんて光が言っているが、……まあ、デュエルなんだし。仕方がない。

「カードを1枚セット、ターンエンド!」

「流石だね。僕のターン、ドロー!」

 そんな俺たちに関係なくデュエルは進む。秀もどうやら真がローズ・バードの効果を知っていてそれに対処してきたことに気づいているようだ。しかしそこには悔しさよりも嬉しさがあるように俺には見えた。

「レベル2以下の植物族モンスターであるウィードをリリースし、手札から超栄養太陽を発動! リリースしたモンスターのレベル+3以下の植物族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。僕はレベル3のローンファイア・ブロッサムを守備表示で特殊召喚するよ!」

「げっ!?」

 

超栄養太陽

永続魔法

自分フィールド上のレベル2以下の植物族モンスター1体をリリースして発動できる。

リリースしたモンスターのレベル+3以下のレベルを持つ植物族モンスター1体を、手札・デッキから特殊召喚する。

このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

そのモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 

ローンファイア・ブロッサム

星3 炎属性 植物族

攻撃力500 守備力1400

1ターンに1度、自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体をリリースして発動できる。

デッキから植物族モンスター1体を特殊召喚する。

 

 秀がカードを発動すると手と目のある不思議な太陽が現れた。さらにウィードが消え、代わりに小さな芽がその場に残される。芽は火の光を浴びて急速に成長し、やがて実のようなものを先端につけた橙色の蔓のような植物に成長した。

 それを見た真が嫌なものを見たように声を上げるが、正直俺もあの場に立っていたら同じ反応をしただろう。

「さらに僕は手札のスポーアを通常召喚するよ。このカードは墓地に送っておきたいしね」

 さらに秀は残していた召喚権を使って綿のようなモンスターを召喚する。

 

スポーア

星1 風属性 植物族

チューナー

攻撃力400 守備力800

このカードが墓地に存在する場合、このカード以外の自分の墓地の植物族モンスター1体をゲームから除外して発動できる。

このカードを墓地から特殊召喚し、この効果を発動するために除外したモンスターのレベル分だけこのカードのレベルを上げる。

「スポーア」の効果はデュエル中に1度しか使用できない。

 

「あ、スポーアだ」

 再び自分の使うモンスターが出たからだろう。龍可は嬉しそうに笑う。

「あれも強いよな」

「自己蘇生効果は便利ですし、その上チューナーですからね」

 しかし俺と光の観点は龍可とは違い、その性能だった。実際強い。かなり強い。

「行くよ、真。君に僕のデッキのエース、我が姫君の1人を紹介しよう!」

「っ!」

「……姫?」

 意気込んで両手を広げる秀に対し「姫君」という言葉に真は警戒を、龍可と光は疑問の表情を浮かべた。

「来るぞ。ここからがあいつのデッキの本領発揮だ」

 そんな3人に、俺はここからが注目だと教える。さあ、秀。お前自慢のデッキの力を見せてみろ。

「僕はローンファイア・ブロッサムの効果を発動! 自分フィールドの植物族モンスターをリリースし、デッキから植物族モンスターを特殊召喚する! 僕はスポーアをリリース!」

 スポーアが光となり、ローンファイア・ブロッサムに吸収されると、その実から種を飛ばす。それは秀のモンスターゾーンの1つの落ち、急速に成長し始めた。

「赤い情熱を胸に、咲き出でよ! 椿姫(つばき)ティタニアル!」

 巨大な葉と赤い蕾。それはゆっくりと広がって花を咲かせ、その中から1人の女性が姿を現した。

「これが僕のデュエルを彩る姫君の1人さ!」

 椿の花を咲かせるそのモンスターは、秀の言葉に応えるように一礼し、秀の前に立った。

 

椿姫ティタニアル

星8 風属性 植物族

攻撃力2800 守備力2600

自分フィールド上に表側表示で存在する植物族モンスター1体をリリースして発動できる。

フィールド上のカードを対象にする魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし破壊する。

 

「綺麗なモンスターね」

 その優麗な姿に龍可は見とれたように呟く。初見なら俺もそうだったろうが、その強さを知っている身としてはそんな龍可に思わず苦笑してしまった。

「植物族最上級の姫の名を持つモンスター……。遊司さん、秀さんのデッキって――」

「ああ。通称、姫君の庭園デッキ。俺と同じで次々と上級モンスターを呼んで行くスタイルだな。って言っても、展開の仕方やアドのとり方は全然違うけど」

 まあ、ロンファが出た以上そんなこと言わなくても分かるだろうけどな。あのカードを起点とすれば植物族デッキはなんだって化けるし。

 しかし真は苦い顔をしているが、どこか安心したようにも見える。まるでまだいくらでも対処可能だとでも言いたげだ。

 その考えを肯定するかのように、真は秀を挑発する。

「ティタニアルか。随分と厄介なモンスターを呼んできたじゃないか」

 しかし秀はそんな挑発を受けても笑ってみせた。

「ふっ、君が彼女にどう対処するか、見せてもらうよ!」

 秀は頭に乗っていた薔薇を手に取り、流れるような動作でそれをブレード・ハートに向ける。

「ティタニアルで機甲忍者ブレード・ハートに攻撃! スプリング・ウインド!」

(ってその薔薇使うのかよ! っていうか薔薇が頭に乗ってたの気づいてたのかよ!!)

 心の中で全力で突っ込むが、そんなものは残念ながらデュエルには関係ない。ティタニアルの生み出した暖かくも鋭い風はブレード・ハートを幾重にも切り裂いていく。

 しかし、そこで真が動いた。

「伏せカードオープン! 罠カード、死力のタッグ・チェンジ!」

 セットされていたカードが表になる。同時にブレード・ハートが破壊されてしまうが、真にダメージは届かなかった。俺とのデュエルでも真の身を護った罠だ。

「破壊は免れないが、このカードの効果により戦士族モンスターの戦闘によって発生する自分へのダメージを0にし、その後手札からレベル4以下の戦士族モンスターを特殊召喚する! 俺が特殊召喚するのはこれだ! 来い、異次元の女戦士!」

 掛け声とともに真のフィールドに光の剣を携えた銀色の鎧を着込む女性が姿を現す。その姿に、今度は秀が苦々しい表情を作った。

 

異次元の女戦士

星4 光属性 戦士族

攻撃力1500 守備力1600

このカードが相手モンスターと戦闘を行った時、そのモンスターとこのカードをゲームから除外できる。

 

「っ、君も嫌なカードを出すねえ。僕はこれでターンエンドだよ」

 そしてそれは俺たちも同じだった。異次元の女戦士はそれだけ有名なカードで、尚且つ非常に厄介で嫌な効果を持っているのだ。

 そしてそれを操る真は一転して非常に良い笑顔である。

「俺のターン、ドロー!」

 真は引いたカードを見てさらにニヤリと笑った。いったい何を企んでんだ?

「俺はライトロード・アサシン ライデンを攻撃表示で召喚! さらに効果発動!」

 現れたのは短剣を持つライトロードの戦士。ライデンが短剣を天に掲げると剣から光が放たれた。

「デッキの上から2枚墓地に送る。送られたのは……トラブル・ダイバーと最強の盾だ。ライトロードじゃないから攻撃力は変わらない」

 光が収まるが、フィールドに変化はない。しかし真には気にした様子はなかった。

「行くぜ! 異次元の女戦士でティタニアルに攻撃!」

「自爆特攻!? あ、でもそっか」

「そう。真のフィールドにはあれがある」

 いきなり攻撃力の低い女戦士で攻撃したことに龍可が驚くが、どうやらすぐに真の狙いに気づいたようだ。俺も既に表になっている真の罠カードを見ながら、それに答える。そして真はその通りに動いた。

「ダメージ計算時、死力のタッグ・チェンジの効果発動! 戦闘ダメージを0に! さらに異次元の女戦士も効果発動だ! ダメージ計算終了後、戦闘行った相手モンスターをこのカードと共に除外する! ディメンション・バインド!」

 女戦士がティタニアルに斬りかかるが、ティタニアルの起こす風によって逆に破壊されそうになる。だが女戦士は最後の力を振り絞りその剣で空間を切り裂く。ティタニアルは女戦士とともにその空間の穴に吸い込まれていった。

「さらに死力のタッグ・チェンジの効果により、手札のライトロード・モンク エイリンを攻撃表示で特殊召喚だ!」

「な!?」

 さらにタック・チェンジの効果で召喚された白い服を着たライトロードの女武道家は、気合の声をともにライデンの隣に立つ。

 

ライトロード・モンク エイリン

星4 光属性 戦士族

攻撃力1600 守備力1000

このカードが守備表示モンスターを攻撃した場合、ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。

また、自分のエンドフェイズ毎に発動する。自分のデッキの上からカードを3枚墓地へ送る。

 

「行くぞ! エイリンでローンファイア・ブロッサムに攻撃! そしてこの瞬間エイリンのモンスター効果発動! 守備表示モンスターを攻撃した場合、そのモンスターをデッキに戻す! フォーシング・リターン!」

「っ、やってくれたね」

 エイリンに蹴られたロンファは吹き飛ばされ秀のデッキに戻っていった。同時に秀の場にあった太陽もその姿を消す。

 このコンボに俺は嫌な汗が流れるのを感じた。女戦士による除外からタッグ・チェンジによるダメージ0と後続の召喚。それがエイリンなら守備モンスターも無意味。

(俺のデュエルで使われなくて良かった……)

 思わず脱力してしまう俺だった。

「まだ行くぜ! ライデンでダイレクトアタック!」

「くっ!」

 

秀LP3600-1700=1900

 

「エンドフェイズ、エイリンとライデンの効果によりデッキから合計5枚のカードを墓地に送る。 送られるのは……、ライトロード・モンク エイリン、明と宵の逆転、フォトン・スラッシャー、ガード・ブロック、死者蘇生。……死者蘇生よ、お前は俺が嫌いなのか?」

 

ガード・ブロック

相手ターンの戦闘ダメージ計算時に発動することができる。

その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になり、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

 

 そういえばさっきのデュエルでも死者蘇生は墓地に送られていたな。真、どんまい! ってそんなことより。

「あれ? 真、エクシーズしないんだ」

 俺の思った疑問を龍可が先に言ってくれた。俺もそれに同意する。

「だな。それにライデンはチューナーだから、レベル8シンクロも出来たはずなんだけど……」

「たぶん、ライトロードの効果で一気に墓地にモンスターを溜めておきたかったんだと思います。カオスデッキは墓地の闇属性と光属性のモンスターが多い方がいいですから」

 光の指摘に、なるほどな、と感心する。身近にカオスモンスターを使うやつがいなかったから新鮮なんだよな。

「さすが光だな。わからないとこがあったら聞いてもいいか?」

「え!? は、はい! 任せてください!」

 あれ? 気軽に言ったつもりなのに、なんかやる気が半端ないんですけど。え、どうしよう。ってこら龍可なに笑ってやがる! ええい、とにかくデュエルだデュエル!

 

 

 なんだか外野が賑やかだね。遊司の周りはいつも笑顔がある。素晴らしいことだ。

 ま、今はこっちに集中しなくちゃね……。真もまた、素晴らしいデュエリストだ。ここまでのデュエルで真はこちらのカードの効果をすべて把握していたようだし、しっかりと対処してきている。それだけの知識と経験が彼にはあるということだ。

「ふふ、やってくれたね。でも僕もこんな程度じゃ終わらないよ!」

 そう意気込んでみるものの、ローンファイア・ブロッサムがデッキに戻されたのは痛い。このドローで引くか、あるいは何らかの手段を呼び込まなければ……。

「僕のターン、ドロー!」

 ドローしたカードを確認し、すぐにそれをデュエルディスクに差し込む。

「僕は手札からおろかな埋葬を発動! デッキからモンスター1体を墓地へ送る。僕はローンファイア・ブロッサムを墓地へ」

 

おろかな埋葬

魔法

デッキからモンスター1体を墓地へ送る。

 

 それを見た真はさっきまでの笑顔とは真逆の嫌そうな顔をした。ふふふ。わかってるようだね。でも容赦はしない!

「そして手札より永続魔法、増草剤を発動! このカードは1ターンに1度通常召喚権を放棄する代わりに、墓地の植物族モンスターを特殊召喚できる」

 

増草剤

永続魔法

1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に、自分の墓地の植物族モンスター1体を選択して特殊召喚できる。

この効果で特殊召喚するターン、自分はモンスターを通常召喚できない。

この効果で特殊召喚したモンスターがフィールド上から離れた時、このカードを破壊する。

 

「くっ、この状況で蘇生するカードなんて決まってるよな……!」

 フィールドに現れたスプレー缶に警戒する真。その言葉に応えるように僕は高らかにその対象を宣言する。

「当然、蘇生するのはローンファイア・ブロッサム!」

 スプレーが吹かるとフィールドから1つの芽が出て、さらにそれが急成長していく。するとそれは、先端に丸い実をつけた橙色の蔓のような植物へと成長した。

 ローンファイア・ブロッサム。このデッキの初動キーとなるモンスターだ。

「さらに墓地より、スポーアの効果発動! 墓地の植物族モンスター、ウィードを除外し、スポーアを特殊召喚する!」

 さらにスポーアの効果を発動し、再びローンファイア・ブロッサムと並び立たせる。そのレベルは3となり、このままならレベル6シンクロが可能だが今やるべきはそれではない。

「そしてローンファイア・ブロッサムの効果発動! 再びスポーアをリリースし、次なる姫君を舞台へ!」

(今やるべきこと。それはさらなる動きへの布石!)

 スポーアを吸収したローンファイア・ブロッサムが落とした種が成長を遂げ、巨大な向日葵がその花を咲かせる。

「太陽の恵みの下、咲き誇れ! 姫葵(ひまり)マリーナ!」

 現れた女性は得意げに微笑むと、心強く僕の前に立った。

 

姫葵マリーナ

星8 炎属性 植物族

攻撃力2800 守備力1600

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカード以外の自分フィールド上の植物族モンスター1体が戦闘またはカードの効果によって破壊され墓地へ送られた場合、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊できる。

 

「っ! またきっついのが出て来たな」

 やはり彼は彼女の効果も知っているようだ。ふふ、その知識量、面白いね。

「さて、君の手札にはまだモンスターがあるかな? バトル! マリーナでライトロード・モンク エイリンに攻撃! サンライト・エミッション!」

 マリーナの花に太陽の光が吸収され、僕の声に合わせて放たれる。その熱量に耐え切れず、エイリンは悲鳴とともに破壊された。

 

2800-1600=1200

真LP4000-1200=2800

 

「くっ!」

 ダメージが入り、モンスターも出てこない。ということは

「どうやらもう出せるモンスターはいないようだね。僕はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 後続がもういないことに少しホッとする。しかし警戒は怠らない。彼のことだ。すぐにでも逆転の可能性を引き当てることだろう。

「俺のターン、ドロー!」

(! このカードならもしかしたら)

「俺はカードを1枚セット! そしてエンドフェイズ、ライデンのモンスター効果でデッキからカードを2枚墓地へ送る。……増援と白夜の騎士だ」

 

増援

魔法

デッキからレベル4以下の戦士族モンスター1体を手札に加える。

 

 予想に反し、真はカードを伏せただけだった。しかしライデンは攻撃表示のまま。ということは、やはりあの伏せカードには何かあるということだろう。

(……ふむ。どうしようかな)

 

 

「あれ? 攻撃しないの?」

「できなかったのさ。マリーナの効果は自身以外の植物族モンスターが破壊された時に相手の場のカードを1枚破壊する効果がある。下手にロンファを破壊したらライデンも破壊されて、次のターンのダイレクトアタックで終わっちまう」

 真の行動の意味が分からず疑問を口にすると、すぐに遊司が答えてくれた。って、マリーナにはそんな効果があるの!? ……あれ?

「でもそれならなんで攻撃表示で……。そっか、攻撃を誘ってるんだ」

 さらに浮かんだ疑問の答えを今度は自分で気づく。確かに私もそういったことをやった経験がある。

「もしくはそう見せかけることで攻撃できないようにしているのか。何れにせよ、真も賭けに出ないといけない状態ってことかもな」

 遊司の言葉に私は頷く。とにかく真が追い込まれ出したってことは私でもわかるから。

「僕のターン、ドロー! ふふ、君の考えは分からないけど、僕は全力で行かせてもらうよ!」

 心底楽しそうに笑う秀はドローしたカードを確認するとそれを手札に加え、即座にフィールドに手をかざした。

「増草剤の効果発動! 墓地よりスポーアを特殊召喚し、ローンファイア・ブロッサムの効果を発動! 3度スポーアをリリースし、さらなる姫を舞台に招け!」

 これまでと同じ1連の流れで一気に上級モンスターを展開していく。さっき遊司が言っていた通り遊司とは全く違う動きだけど、倒しても倒しても上級モンスターが途切れないのは相手にとって本当に脅威だ。

 増草剤の効果で特殊召喚したスポーアが破壊フィールドを離れたことで像草剤が姿を消す。そしてローンファイア・ブロッサムによって発芽した今回の芽は、大きな木となったあとその葉を紅く染め散り始める。それは幾重にも重なり、やがてまるで花が咲くように大きく開いた。

「散りゆく草木の願いの下、舞い落ちよ! 紅姫(あき)チルビメ!」

 そこにいたのは紅葉を着飾った華麗なる姫君。彼女は幽美に微笑み、マリーナに並んだ。

 

紅姫チルビメ

星8 地属性 植物族

攻撃力1800 守備力2800

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、相手は他の植物族モンスターを攻撃対象に選択できない。

また、このカードが相手によって墓地へ送られた場合、デッキから「紅姫チルビメ」以外の植物族モンスター1体を特殊召喚できる。

 

「っ、チルビメか。だが、守備表示?」

「念には念をってね。このターンで倒せるとは思っていないよ。さあ、バトルだ!」

 真はチルビメが攻撃表示ではなかったことに疑問を口にする。秀はそれに肩をすくめて答えると、すぐにバトルフェイズに入った。

「マリーナでライデンに攻撃! サンライト・エミッション!」

 再びマリーナが光を集め、ライデンに向かって放射する。真はそれに対し苦い顔で対応する。

「くっ、正解だ! 伏せカードオープン! 罠カード、光子化(フォトナイズ)! 相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力を次の俺のターンのエンドフェイズまで俺の場の光属性モンスターの攻撃力に加える!」

 真が発動したのは遊司とのでは破壊されてしまった罠カード。ライデンを囲うように展開された半透明のバリアがマリーナの放った光を吸収し、ライデンに集まっていく。その力を受け、ライデンの攻撃力が急上昇した。

 

ライトロード・アサシン ライデン

攻撃力1700→4500

 

「! 確かに正解だったようだ。僕はこのままターンエンド」

「くっ……」

 かの有名な幻のモンスター、青眼の究極龍(ブルーアイズ・アルティメット・ドラゴン)と同じ攻撃力にまで上がったライデンを前にして、驚きつつも余裕そうに返す秀。真はそんな秀に悔しそうな視線を送る。

「……これは、厳しいな」

 それを見ていた遊司もまた、真と同じように苦い顔をしていた。

「え? ライデンの攻撃力は4500もあるんだから、マリーナを倒せばいいんじゃないの?」

「龍可さん。チルビメがいる限り、真さんはチルビメにしか攻撃できないんです」

 なぜそんなに厳しい状況なのか分からず聞くと、光ちゃんが答えてくれた。その効果を聞き、私も状況を理解する。

「え!? それってつまり真はチルビメしか倒せなくて、しかもそれをしちゃうとマリーナの効果でカードを破壊されちゃうってこと!?」

 さらに遊司が「それだけじゃない」と補足するように言う。

「チルビメは戦闘で破壊されたときデッキから植物族モンスター1体を特殊召喚する効果もある」

「それじゃあ真は攻撃できないじゃない!」

 攻撃できるのはチルビメに対してのみ。しかもチルビメの破壊は新たなモンスターの展開を許し、同時に真のカード1枚が破壊される。これでは攻撃しても状況を悪くするだけで、せっかくの攻撃力も何の意味もなさないということだ。

 真を見ると、彼にもそれが分かっているのだろう、緊張した様子で自分のデッキを見ていた。しかしその行動は諦めではない。まだ勝てる可能性を信じている証でもあった。

(……真。がんばって!)

 そんな真に私は心の中でエールを送る。

 どんな状況になろうと諦めないその姿が、遊司や遊星に重なって見えた。

 




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Episode03 秀麗なる庭園 後編

後編です


「俺のターン!」

 状況は考えうる限り最悪。攻撃対象の限定。効果破壊に更なる展開。光子化もこれではなんの意味もない。

(このドローで何とかあれに対処できるカードを引かないと……)

 デュエルディスクに収まった自分のデッキを見る。このデッキには、この状況に対処できるカードがちゃんとあるのだ。それを引けるかどうかで勝負が決まる。

 デッキに手をかけ、勢いよくカードを引いた。

「ドロー!」

 ゆっくりと引いたカードを確認する。

(!! 行ける!)

 それを持ったまま即座にデュエルディスクの操作に入った。

「俺は墓地より光属性モンスターである白夜の騎士ガイアと闇属性モンスターである幻蝶の刺客オオルリを除外し、このカードを特殊召喚する!」

「何!? その召喚方法は!」

 思わず、といったように秀が声を上げる。この召喚条件のモンスターはそれほど多くはない。となれば、何が出てくるかもある程度わかるのだろう。俺はそんな秀にニヤリと笑ってみせ、引いたカードをフィールドに出す。

ガイアとオオルリそれぞれ光と闇の球となり、フィールドに現れた混沌の渦に飲み込まれていく。その奥から1つの影が姿を現した。

「カオス・ソーサラーを攻撃表示で特殊召喚だ!」

 漆黒の衣装をその身に纏う混沌の魔法使い。この場において、最高のモンスターの登場だ。

「! 真のやつ、よくやるよな」

 外野にいる遊司からの賞賛の言葉に応え、その力を解放する。

「カオス・ソーサラーのモンスター効果! 1ターンに1度攻撃権を破棄する代わりに、フィールドの表側表示モンスター1体を除外する! 対象はチルビメだ!」

 カオス・ソーサラーの右手に光が、左手に闇が集まる。反発する2つの力を1つに集束し、それを両手を広げるようにしてチルビメに放った。

「ディメンション・プリズン!」

 混沌の球はチルビメの身体を貫通し、その後ろに現れた渦の中に飲み込んでいった。

「っ、チルビメ!」

「さらにライデンの効果発動! デッキからカードを2枚墓地へ送る! 送られるのは……フォトン・スラッシャーと幻蝶の刺客オオルリか」

 残念ながら攻撃力は上がらない。だが、

「チルビメが消えたことで攻撃対象は自由だ! 行け、ライデン! マリーナに攻撃!」

 体に膨大な力を纏ったライデンはマリーナに突撃していく。慌ててマリーナは光りを集めるが、遅い。ライデンが剣を振るうと、それは光の刃となってマリーナを切り裂いた。

 

4500-2800=1700

秀LP1900-1700=200

 

「くう!」

 一気にライフを削られ秀が膝をつく。

「あと少し……。自分の場に光と闇の属性モンスターがいることで手札の魔法カード、混沌の種を発動。除外されたオオルリを手札に」

 カオス・ソーサラーとライデンの間に種が現れ、それが割れると1枚のカードが手札に加わった。

「エンドフェイズ。ライデンの攻撃力は元に戻る。さらに効果でデッキの上から2枚墓地へ。……終末の騎士と闇霊術-「欲」。ターンエンドだ!」

 

ライトロード・アサシン ライデン

4500→1700

 

闇霊術-「欲」

自分フィールド上の闇属性モンスター1体をリリースして発動できる。

相手は手札から魔法カード1枚を見せてこのカードの効果を無効にできる。

見せなかった場合、自分はデッキからカードを2枚ドローする。

 

 ライデンの効果でうまくライトロードを墓地に送れていれば攻撃力が200上がって勝ちだったんだが、しょうがないか。

 ……ん? あれ? これって逆転フラグじゃね? 都合よく次のターンの布石も整えちゃったし、やばいんじゃね?

 

 

 有利な状況なのになぜか真さんの顔は真っ青になっていた。一体どうしたんだろう。

「う~ん」

 声に気づいてそちらを見ると、遊司さんがなにか悩んでいた。

「ん~。なんで手札に加えたのがオオルリなんだ?」

「あ、遊司。それはね――」

「次のターンにうまくレベル4モンスターを引けばエクシーズできるように、じゃないんですか?」

 逆転される可能性をちゃんと視野に入れてるいい判断だと思うんだけど、なんで遊司さんは悩んでるんだろう。

「………」

「……?」

 気づけば龍可さんがじっと私を睨んでいた。じ~~っと。

「え? あの、龍可さん? なんでそんなに睨むんですか!?」

「………」

「龍可さん!?」

 こ、怖いから。お願いだから何か言ってえええ!!

「……なあ」

「! な、なんですか!?」

 遊司さんが話しかけてくれたのでここぞとばかりに注意をそらす。龍可さんも仕方ないというように遊司さんのほうを向いてくれた。

「なんでオオルリなんだ? 次のターンのエクシーズに繋げようってのはわかるが、あれじゃもしレベル4引けなかった時に召喚できないし、それなら通常召喚可能なトラブル・ダイバーの方がいいだろ。もしくはカオス・ソーサラーの召喚で除外する光属性モンスターをフォトン・スラッシャーかもしくは他の通常召喚可能なモンスターにしてそれを回収した方がいいはずだって。どんな状況でも逆転可能なパラディオスだっているんだし、そもそもオオルリじゃ死力のタッグ・チェンジできないしな」

「「「あ」」」

 遊司さんのもっともな指摘に3人揃って声を漏らす。って3人?

 フィールドに目を移すと、慌てて顔を背ける真さんが。

「……真?」

「………」

 遊司さんが呆れたように名を呼ぶが、真さんは知らんぷりを続けた。だ、大丈夫ですよ真さん! それくらいのミス誰だってやりますよ! 次また気をつければいいんですよ! それにオオルリだって利点はあるんですから大丈夫ですよ!

 

 

 っべー、っちまったよ、言われてみればその通りだよチクショー。ああ、光ちゃんが心の中ですっごいフォローしてくれてるのが視線で分かる。でもそれが逆にすっごい辛いよ。

「……ふ、ふふふ」

「?」

 1人絶望に打ちひしがれていると、膝をついた秀が笑っているのに気づいた。一瞬俺のプレイングミスについてかと思ったが、どうやらそういう感じでもない。それは心底デュエルを楽しんでる奴の顔だった。

「楽しいね。本当に楽しい。こんなに楽しいのは遊司とデュエルした時以来かな」

 立ち上がった秀は戦意のこもった好戦的な目を向けてくる。そんな秀の調子に当てられてか、俺も先ほどの絶望感などどこかに消えてしまった。

「……ああ。俺も楽しい。遊司とのデュエルも、このデュエルも、最高に楽しい!」

 それは俺の隠しようのない本心だった。あっち(・・・)の世界じゃこうはいかないだろう。この感情はこの世界特有のものだった。

「楽しい気持ちを共有できる。これもまたデュエルの醍醐味だね」

 うんうん、と頷く秀に俺も同意する。

「だが!」

 それとこれとは、話が別。

「勝つのは俺だ!」

 さっきはフラグが立ったとか余計なことを考えてしまったが、もうそんなのどうでもいい。プレイングミスは……まあ今後どうにかするとして、とにかく今はこのデュエルに絶対勝つ!

「いいや、勝つのは僕だよ! 僕のターン! ドロー!」

 俺の勝利宣言に対し、秀はこれまで以上に闘志をむきだしにして答える。

さて、デュエル再開だ!!

「僕はローンファイア・ブロッサムの効果を発動! 自身をリリースし、デッキよりギガ・プラントを特殊召喚する!」

 フィールドに残っていたローンファイア・ブロッサムが自身を光に変え、種を残していく。それはこれまでと同じように急成長し、大きな肉食植物へと姿を変えた。

 

ギガ・プラント

星6 地属性 植物族 デュアル

攻撃力2400 守備力1200

このカードは墓地またはフィールド上に表側表示で存在する場合、通常モンスターとして扱う。

フィールド上に表側表示で存在するこのカードを通常召喚扱いとして再度召喚する事で、このカードは効果モンスター扱いとなり以下の効果を得る。

●1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に発動できる。

自分の手札・墓地から昆虫族または植物族モンスター1体を選んで特殊召喚する。

 

「ギガ・プラント……っ!」

 ロンファの次に植物族にとって起点となるモンスター。ロンファが初動となり、ギガ・プラントがその場を盤石なものにする、植物族最大のコンビだ。

「さらにギガ・プラントを再度召喚! これによりデュアルモンスターであるギガ・プラントは効果モンスターとなる!」

 デュアルモンスター。フィールド、墓地に置いて通常モンスターとして扱われ、こうして召喚権を使い再度召喚されることによって効果モンスターに化けるモンスター群のこと。手間がかかる代わりに、その効果は非常に強力だ。

「ギガ・プラントの効果発動! 1ターンに1度手札または墓地から、植物族モンスター1体を特殊召喚する! 再び咲き誇れ! 姫葵マリーナ!」

 ギガ・プラントが蔓を伸ばし、秀の墓地からマリーナを引っ張り出す。苦労して倒したってのに、もう復活するのかよ!

「そんな!? せっかく倒したマリーナがまた!?」

「それだけじゃない!」

 龍可の心配げな声に応えるように秀が叫ぶ。いつの間にか秀の場に伏せられていたカードが表になっていた。

「僕はこの罠カード。オーバー・デッド・ラインを発動していた。オーバー・デッド・ラインにより、墓地から特殊召喚されたモンスターの攻撃力は1000ポイントアップする!」

 マリーナの体からオーラのようなものが発せられ、その攻撃力を上昇させていく。

 

オーバー・デッド・ライン

永続罠

このカードがフィールド上に存在する限り、墓地から自分フィールド上に特殊召喚した植物族モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする。

このカードは発動後2回目の自分のエンドフェイズ時に破壊される。

 

姫葵マリーナ

攻撃力2800→3800

 

「ここにきて攻撃力3800……っ!」

 普段はおとなしい光ちゃんも驚愕のあまり戦慄の声を絞り出す。俺としてもこれは予想外だった。

(オーバー・デッド・ラインとか、また珍しいカードを……っ!)

「秀のやつ。本気だな」

 遊司の言葉通りなのだろう。秀は得意げに笑い、フィールドに手をかざした。

「行くよ、真! マリーナでカオス・ソーサラーに、ギガ・プラントでライデンに攻撃だ!」

 一気に秀は攻撃を行ってきた。手札はオオルリ1枚。タッグ・チェンジも発動できない。なすすべなくマリーナの放った光はカオス・ソーサラーを吹き飛ばし、ギガ・プラントの触手がライデンを弾き飛ばし破壊した。

 

3800-2300=1500

2400-1700=700

真LP2800-1500-700=600

 

「ぐあ!」

 爆風に押され、思わず一歩後ずさる。

「これでターンエンド。さあ、ここから逆転できるかい?」

「へっ、やってみせるさ! 俺のターン!」

 挑発的に言う秀に強気で返すが、正直状況は最悪だった。俺のエクストラデッキにはかの有名なエクスカリバーやカステルなどは無いし、このオオルリでははっきり言ってどうにもならない。それに対して秀はまだ3枚も手札があるし、なんとかこのターンで倒さなければもうこちらに勝ち目はないだろう。

(強がっては見たが、このドローで全てが決まる。でも可能性はゼロじゃない。後は、どれだけデッキを信じられるか、か)

 ならば迷うことなどない。デッキに手をかけ、最後のカードを引く。

「行くぞ! ドロー!」

「………」

 しばしの沈黙。ドローしたカードをゆっくりと自分の前に持ってくる。

「………ほんと、よく来てくれるよなお前は!」

「何!?」

 さっきのデュエルを思い出すデジャヴのようなドロー。それはこのデュエルを終わらせるキーカードだ。

「自分の墓地の光と闇と属性モンスターが同数の時、どちらかの属性のモンスターをすべて除外することで、このカードは特殊召喚できる! 今俺の墓地の光と闇はどちらも5体!」

「!!」

「この召喚条件は!」

 驚く遊司たちの声に応えるように、最高のタイミングで来てくれた、期待に応えてくれた最高の切り札をフィールドに呼び出す。

「墓地の光属性モンスターをすべて除外し、出でよ。宵闇からの使者! 正道を通り顕現せよ! 切り開け! カオス・ソルジャー -宵闇の使者-!」

 フィールドに光点が現れ、それは徐々に広がっていく。そこから闇が溢れたかと思えば、そこには左右で白と黒の色違いの鎧をつけた究極の戦士が立っていた。

「宵闇の使者……。ふ、完敗だね」

 力を抜き息を吐く秀。カオス・ソルジャーの攻撃力は3000。ギガ・プラントは2400。伏せカードもない。デュエルの終りを感じ、俺は最後の指示をカオス・ソルジャーに下した。

「効果は使わない。行けカオス・ソルジャー-宵闇の使者-! ギガ・プラントに攻撃! 宵闇、双・破・斬!」

 カオス・ソルジャーが地を掛け、剣に混沌の光を纏う。その剣は容赦なくギガ・プラントを切り裂いた。

 

3000-2400=600

秀LP200-600=-400

 

 

「いいデュエルだった。君とはまたやりたいな」

「ああ! 選手はいつでも挑戦を待っている!」

 デュエルが終わればみんな仲間だ! なんて言葉があるが、まさにその通りだと思わせてくれる良いデュエルだった。事実、俺たちはもう友達と言える仲だろう。

「で、秀はなんであんなところにいたんだ?」

 近づいてきた遊司が秀に尋ねる。そういえばここはデュエルアカデミアのセントラル校だって龍可は言ってたな。ってことは、えっと、GXの舞台だっけ? あ、でも普通にエクシーズ出したし、あれよりもずっと未来の世界か。

「島を見て回るのは僕の日課なのさ。ここの自然はみな、僕が管理しているのだからね」

 ってえ!? まさかの自分の庭宣言!?

「そうなの!?」

「すごいです……」

「ああ、そういやそうだったな」

 さっき上から見た感じこの島結構広いぞ。あの森全部秀が管理してんのかよ。

「あはは。ありがとう!」

 何でもないように答える秀が、なんだか急に大物に見えてきた。その秀はみんなに向けていた視線を俺に戻す。

「真。君は遊司たちの友人だよね。でもこの学校の生徒ではないようだ」

「え!? あ、いや、まあ、そうだ、な」

 突然振られた話題に慌てる。

(どうする? まさか異世界から来たなんて言えないしな……)

 言ったところで信じてくれるはずもない。気づいたら空の上なんて。

「そういや、誰かさんが意味不明な登場をしたせいで、結局なんで空から落ちてきたんだか聞いてなかったな」

 遊司が思い出したように、少し嫌味を込めて言う。なあ遊司、それ俺に対しても言ってる?

「サングラスかけたイケメンに拉致されたあとにその飛行船から落ちたのかい?」

「それなんて天空の城?」

「いや違うから。飛行石とか持ってないから」

 しかし秀はそんなものはどこ吹く風で平常運転だった。くそう、思わずツッコんじまったじゃねえか。

 じゃあ、なんで? という視線をみんなから感じ、俺は慌てて頭を回転させる。とにかく答えなければ始まらない。……よし、嘘を交えつつ本当の事を言ってなんとか誤魔化そう。

「いや、俺もよくわからないんだよ。気がついたら空からフォーエバーでさ」

「え、なにそれ。記憶喪失?」

 龍可の言葉につい言いよどむ。記憶喪失……そういうことにしたほうがいいのか? いやでも……。

「……ふむ。真」

「ん?」

 秀に呼ばれ顔をそちらに向けると、秀は笑顔でこう告げた。

「なんにせよ不法侵入ってことで、ちょっと連行させてもらうよ」

「……え゛」

 マジスカ。

 

 

「あ、おはよう遊司」

「お、おはようございます」

「ん? 龍可か。それに光まで、おはよう」

 朝、寮から出ると龍可と光が外で待ってくれていた。龍可はいつものことだが、光もいるとは少し驚きだ。

 しかし2人ともあまり元気がない。原因は聞くまでもないだろう。

「……真、もう島から出てっちゃったかな」

「……どうだろうな」

 ぽつりと呟いた龍可に俺は曖昧に答える。

 真と会ってから早くも1日たった。2回もデュエルをし、秀が真を連行すると告げると、愕然とする俺たちの前で指を鳴らした。するとどこからか車が走ってきて、有無を言わさず真を乗せ、そのまま学校の方へと走っていったのだ。

 その後、いつの間にか時間が回っていたことに気づいて慌てて学校に行くも遅刻し、3人揃って教頭から「完全ロック! 恐怖の20ターン」の罰を受け、1時間ほどデュエル恐怖症に陥ったり、補習が増えたりして大変だった。

 ふふふ、真の野郎。全部てめえのせいだというのにいったどこ行きやがった、コラ。

「ゆ、遊司さん?」

 おっと顔に出てたようだ。冗談、冗談。……いやホントだからな? 冗談ダヨ?

「まあそれはそれとして。秀のことだから手荒なまねはしないと思うけどな」

「うん。そこは心配してないけどね」

 少し遠くを見るような龍可に、俺たちは何も言えなくなる。そんなことは俺たちも一緒だ。ただ、せっかく友達になれたっていうのにちゃんと別れも言わずに離れていってしまったことが、寂しいのだ。

「……きっと、そのうち会えるさ」

「……うん」

 今はこれしか言えない。そんな言葉しか言えない自分が少し腹立たしいが、多分みんな同じ気持ちだろう。

 今日、秀にあったら必ず情報を聞くと誓い、俺たちは校舎へと向かった。

 

 デュエルアカデミア・セントラル校では大学と同じように必修と選択科目があり、自分でやりたい授業を登録するのだが、デュエル以外の授業は寮別にはならない。デュエルの授業以外に5教科と体育が必修で、1クラス20人前後の全2クラスに別れることになる。

 教室に入ると、龍可と光も一緒だった。今まで気づかなかったが、これから受ける授業は3人とも同じクラスのようだ。席は自由なので俺たちは3人揃って座ることにした。会話もなくただ漠然とテキストを開いて見ているうちに、通学してくる生徒も増えてくる。

 そんな時、電子音が教室に響き渡った。どうやら何かお知らせがあるようだ。

『これより臨時集会を行います。全校生徒は速やかに第一会議室まできてください。繰り返し連絡します。これより臨時集――』

 放送が終わるとみな顔を見合わせてだるそうに席を立ち始める。それは俺たちも同じだった。

「いったいなんだろう?」

「さあ」

 龍可が疑問を口にするが、俺にもわからない。まあ、行ってみればわかるだろう。

 第一会議室とはその名の通り普段は生徒会や先生方の会議で使われる場所なのだが、そこは非常に広く、集会や入学式、卒業式なども行われる場所なのだ。

 会議室では既にほとんどの生徒が集まっていた。ここでは出席番号順に座らなければならないので龍可たちとも別れて自分の席に座る。

 すると教頭先生が姿を現した。

「急遽みんなに集まってもらったのは、編入生を紹介するためです」

 その言葉を聞き、教室内が途端に騒がしくなる。デュエルアカデミアへの編入生などそうそうない。そもそもがこんな孤島にあるわけだし、わざわざ途中から入ってくる理由などまずないからだ。

 そんな珍しい出来事に俺も自然と興味が沸く。

「さあ、それじゃ、入ってきなさい」

「は、はい!」

 教室に響く教頭とは違う声。その声に俺はハッとして龍可や光を見る。2人もまた俺や互いを見ていた。そんな2人の様子が、俺の考えを確信に変える。そしてそれを証明するかのように、その人物は教壇に姿を現した。

「えーと、今日から一緒に勉強することになる。編入生の兵部真だ。3年間よろしく頼む」

 らしくもなく、やや緊張した様子で自己紹介するそいつは、確かに昨日デュエルをした男、兵部真だった。

 

「真! お前、編入生ってマジか!?」

「ああ。昨日いろいろあってな」

 1限目の授業のある教室に移動しながら、昨日最初に会ったのと同じメンツ、遊司、龍可、光とともに移動していた。

 予想はしていたが、それぞれ怒られたり安心されたりと表情が順繰り変わりながら詰め寄られる。でも、歓迎されていることだけは確かだった。

「で、結局なんで空から落ちてきたのか、思い出したのか?」

「お、おう! もともと編入することになってたんだが、ヘリから落ちたのさ!」

「「「なにやってんの!?(なにやってるんですか!?)」」」

 素晴らしく盛大な嘘に思いっきり突っ込まれるが、そう言うようにと秀と打ち合わせしたのだから仕方がない。そう、仕方ない。

俺は適当に誤魔化しつつ、昨日のことを思い出していた。

 

 秀に連行されていったのはデュエルアカデミアの校長室。そこにいたのは記憶にあるふくよかな校長ではなく、しっかりした体つきの40代前半くらいの男だった。しかし見た目に似合わずとても人が良くて話しやすい。

 そんな校長と秀に質問漬けにされ早30分。流石に疲れてきた。

「……ふむ、なるほどね」

 すると、少しの間黙っていた秀が考えをまとめたように顔を上げた。

「つまり君は空の城から来た天空人なんだね!」

「ちげえよ!?」

「ならばこの学校の生徒を調べに来た某ライバル校の密偵か!」

「だからちげえよ!? 某ライバル校ってなにさ!?」

「ということは歴史を操っている某未来結社からの使者なのか!」

「ちげえっての!! ってその存在知ってんの!?」

「ならばもう異世界人しかありえないね!」

「だから違っ、いや違わな、って違う!」

「なるほど。やはり異世界人か」

「バレた!? ……あ」

 壮絶なボケとツッコミ合いの後、自分がカマをかけられたとわかった時には既に遅かった。こいつやりおる……!

「となると、身寄りの人もなく、それどころか住むところも金もない、と。校長どうしましょう?」

「ふむ。知ってしまった以上は見捨てるというのも目覚めが悪いですな」

「って、え? あれ? いや、ちょっと待って」

 急に進みだした話についていけず慌てて待ったをかける。

「信じて、くれるのか? こんな突拍子もない話」

 不安げに聞くと、秀は「そんなことか」とあっけらかんに答えた。

「僕らの方からカマをかけたのに、信じる信じないもないだろう? どう見てもわざとではなかったし、嘘ではないとわかった以上、異世界人として考えるさ」

「秀……」

 やっばい。秀がさっき以上にスゲー大人に見えてきた。さっき馬鹿にしてすみませんでした!

「真。確認したいんだけど、帰る手段は今のところない。これで合ってるね?」

「ああ。どうやってここに来たのかもわからないしな」

 そう答えると、秀は指で顎を抑え、また考えをまとめ始める。今更ながら、そういうポーズがすごい似合っていて様になっていた。印象が違うとこうも見え方が変わるものかと素直に感心する。

「……真、君さえよければ、ここに編入しないかい?」

「……へ?」

 予想外の秀の言葉に頭がついていかず、呆気にとられてしまう。そんな俺の前で、秀は校長に確認を取り、校長はそれにOKを出していた。って軽いな校長!

「ここは全寮制だからね。生徒にはDP(デュエルポイント)というポイントが与えられて、それを使って買い物もできるから、衣、食、住には困らない。校長は良いって言ってくれてるし、僕は理事長の孫だからね。周囲への働きかけもできるし、それぐらいは何とかしてみせるよ」

「で、でもいいのか? もしかしたら俺、戸籍もないかもしれないんだけど……」

「承知の上さ。それも僕が何とかしてみせる。君の友達として、もっと君といろんな話をしたいからね。君の生活を全面的に支援させてもらうよ」

 なんだかすごいことになってきた。編入? 俺が? デュエルアカデミアに? 正直実感なんてない。俺にとってここは空想の世界で、そんなどっかの小説みたいな展開信じられるはずがない。

 ……でも、自分の感情に嘘は付けなかった。

 デュエルディスクを使ったこの世界のデュエルの快感。それを通じ友達となった遊司、秀、龍可、光ちゃん。彼らともう一度話したい。もっと一緒にいたい。もっとたくさんデュエルがしたい。

 気づけば、もう心は決まっていた。

「……ふう。わかった。悪いけど、頼むよ」

 これから色々と世話になるし、強気に出る気にもなれない俺は、遠慮がちに秀にそう言う。そんな俺の緊張をほぐすように、秀はニカッと笑った。

「任せておきたまえ!」

 ……秀さんマジカッケー。

 

 

「えっと。つまり、これで真は一緒にいられるってこと?」

「そういうことだな」

「……よかった」

 説明を終えると、皆それぞれ反応は違えど、喜んでくれているのはわかった。そんな3人の様子に、俺は柄にもなく感動を隠せない。

 あれからいろんなことが決められ、単位もこの1年前期だけは既に過ぎた2ヶ月分は免除されることになった。これでほかの人と同じように授業を受けられる。そして受ける授業は遊司たちの受けている科目を見せてもらい、できるだけ重なるようにセッティングされた。2ヶ月も経てば少しずつグループというものもできてくるし、最初は知り合いがいたほうがいいだろうということだ。秀さん、校長、マジアザッス!

 なんにしても、この楽しいメンツとまだまだ一緒にいられる。それがたまらなく嬉しかった。

「ん? なんだよ真。泣きそうな顔してんぞ」

「うえ!? な、んなわけねえだろ! これは、あれだ、さっきヘカテリスが鳩尾に突っ込んできたんだ!」

「え!? 大丈夫ですか!?」

「光ちゃんが信じた!?」

「なんでそこでそのチョイスにしたし……」

 帰りたいって気持ちは正直ある。あっちにだって家族がいるし、友達もいるのだから。だけどこいつらと一緒にいると、ここが作り物の世界なんて思えなくなる。俺はそれだけここが楽しくて、気に入ったんだろう。

「真!」

「ん?」

 龍可に呼ばれそちらに振り向く。すると龍可は満面の笑みで微笑んでくれていた。

「これからよろしくね!」

「……おう。よろしく!」

 こんな風に笑ってくれる人がいるから。だからもし許されるのなら、もうしばらくはあっちの世界のことは忘れて、ここにいたいと思う。

 この馬鹿らしくも愉快なみんなの下で、一緒に。

 

 

「ほ、本当に大丈夫ですか?」

「え、あ、だ、大丈夫だ。問題ない!(ええ子や。この子ほんまにええ子や)」

「真……、こんな良い子を騙すなんて……」

「え!?」

「ああ。なんてやつだ」

「え!? ちょ、2人共!?」

「え、騙し――」

「なんでもないよ!? 大丈夫大丈夫!!」

「は、はあ」

「「真……」」

「や、やめろ……っ、そんな目で俺を見るなああああ!!」

 




今回のおまけ NGシーン

「……ふむ、なるほどね」
 すると、少しの間黙っていた秀が考えをまとめたように顔を上げた。
「つまり君は空の城から来た天空人なんだね!」
「ちげえよ!?」
「ならばこの学校の生徒を調べに来た某ライバル校の密偵か!」
「だからちげえよ!? 某ライバル校ってなにさ!?」
「ということは歴史を操っている某未来結社からの使者なのか!」
「ちげえっての!! ってその存在知ってんの!?」
「ならばもう頭のおかしくなった精神患者しかありえないね!」
「ひどくね!?」
「さあ、早くこの麻酔を! あちらに継ぎ接ぎだらけの黒い医者が来てるから!」
「その人いるの!? ってだから違うっての!」
「あ、1000万用意しろってさ」
「やっぱりあの人だよ! なんか会いたくなってきちゃったよ!」
「さあ! 君の未来のためにも今勇気を出すんだ! 逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ、逃げちゃだめ、サ!!」
「なんかいろいろと台無しだよ!! ああもう誰かこいつ止めてくれえええええ!!」
 俺の絶叫を聞き届けてくれる者は、1人としていなかった。


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Episode04 擦違うモノ

作者「どうも、作者です」

光「こんにちは。龍凪光です」

作者「どう見ても小学生です」

光「違いますよ!?」

作者「いやでも16歳で身長145センチって」

光「こ、これから伸びるんです!」

作者「目標は?」

光「教頭先生!」

作者「……あの身長高くて、ボンッ、キュッ、ボンッ、のモデル体型の?」

光「……少しくらい夢見たっていいじゃないですか(グッと構えて頭突きの体勢)」

作者「あわわわわわわ。ま、まあでも伯祖父とか母親はまだ物語としては秘密だけどあの2人だし、望みはあるって(汗)」

光「お母さんあんなに高身長だったのに……(さらに体勢を低く)」

作者「ああもう遊司!! 後は任せた!」

遊司「ここで!? あ、えっと光? 光は今のままでも十分魅力的だと思うぞ?」

光「ふえ!? そ、そんなことないですよ!」

遊司「あれ? 思った以上に良反応」

作者「ぶはあ!(砂糖)リ、リア充死すべし慈悲はない……っ(ガクッ) ……あっと、では本編をどうぞ」




「宵闇でダイレクトアタック!」

「うわちゃ!? やられたかー」

 強デッキとも言われる容赦のないガチデッキに、好きなモンスターとそれをシナジーとしたファンデッキで勝つ。そんなロマンを最初は求めた。

「ガッチャ! とても満足したデュエルだったぜ!」

「くっ! これがカオスの底力だとでも言うのか……!」

 もちろんデッキの回転率は悪い。それが不遇扱いされているモンスターや召喚条件の厳しいモンスターだったら尚更だ。強カードと呼ばれる、1枚で戦況を変えるカードさえ入れはしないのだ。苦労は押して図るべしである。

「宵闇3枚とか要らなくね? 2枚で十分だと思うけどなあ」

「こればっかりは抜けないね。なにせ、ロマンだから!」

 そう、ロマンを求めていたはずだった。でも、あの時からロマンとは別のモノを求めていたように、今は思える。

 いつからだったっけ? ただのカードゲームに、カードの1枚にあそこまでの憧れを抱いたのは。

 

 

 

「……あーっと? ……夢、かあ」

 ここに来る前の夢を見た。今俺がいるのは、ブルー寮と呼ばれるオベリスクブルーの生徒専用の寮。秀と校長の御厚意によりここに住まわせてもらうことになった。

 ブルー寮。この世界はどうやら、かのライディングデュエルやシンクロ発祥の世界、5Dsの未来の世界らしいことがわかった。「遊戯? ああ、あの伝説の」「十代? ああ、あのヒーローの」「遊星? ああ、あのチームの」といった言葉を遊司や秀などから聞いた。

 あっちの世界から見れば、まさしく夢のようだ。皮肉が利いている。

「事実確認乙っと」

 柄にもなく、と言うか「あっちの世界」のことはやはり早々忘れそうにはないらしい。まあ、小説のような現実が襲ってきたのだ、夢に出てきても可笑しくはない。

「……忘れたと、思ったんだけどなあ」

 思わず苦笑してしまう。あっちの世界のことではない。いや、あっちの世界で起こったあの出来事(・・・・・)は、この思いは忘れていると思っていた。ある意味不純で、ある意味納得の、宵闇を好んで使う理由。英雄になれないと知りながら英雄に憧れるという矛盾。

「……この世界に来て思い出すとか、何ともまあ……」

 その後言うべき言葉を失う。ロマンチストにも似ていて、リアリストに近い、かな?

「……やめやめやめ! 今は起床!」

 考えても仕方ないと思い慌てて身支度をする。今日は休日。昨日秀が俺の世界の事をもっと聞きたいので朝飯を一緒にどうかと誘ってきた。こちらとしてもこの世界の情報が欲しかったのでOKした。その約束の時間よりも早く行くことになってしまうが、秀なら薔薇とポーズ付きで許してくれそうである。

 この部屋を出る頃には、きっとさっきの夢を忘れていることだろう。

 

「……あるあさ~、りょうのなか~、しりあいが~、かくれてた~」

 熊さんの歌に乗せて目の前の光景を描写する。部屋を出て秀の部屋へ向かう途中、廊下の突き当たりの左側へ視線を向け、こそこそスネーク行動をしている龍可を発見した。……何してるん元シグナー。龍可って、本当にあの龍可だよな……? イメージが崩れるんですけど。

「し~! 真、静かに……! こっちこっち……!」

「うん?」

(てかあの先って遊司の部屋じゃなかったか?)

 手招きする龍可に俺は首を傾げる。しかもその視線の先には遊司の部屋があることに気づき、更に疑問に思う。一体何を見ているのだろうか?

 龍可の隣に腰を落とし、その視線の先に目を向ける。

 そこには、遊司の部屋のドアの前で行ったり来たりしている女子生徒、光の姿があった。まるで親に付いていくカルガモの子供のような、そんな可愛がりたい光景がそこにはあった。

「……ほう?」

「ね?」

 龍可と顔を見合わせ楽しげに笑う。スネーク行動をする訳である。そして龍可は「いけいけ光ちゃん……! ああ……! もうちょっと……!」と小声で楽しそうに観察を再開していた。今日も元気一杯ですね龍可さん。龍可の光を見る目が、完璧に小動物を愛でる人の目である。

(……俺も俺も!)

 秀との約束の時間までまだ余裕がある。俺もその観察という名の愛でる会に参加することにした。……癒しの時間は大切だ、うん。

 

 

 ……私は今までの人生の中で一番の難題を前にしている。

 きっかけはいつも通り朝の散歩をしている最中。朝早く、誰もいない廊下で龍可さんに出会ったところから始まった。世間話をして一緒に散歩をする、という流れまではいつも通りだった。だがそこで遊司さんに教わったラジオ体操の話になり――

「ラジオ体操? あ、じゃあ遊司も呼んで一緒にやろうよ!」

 という流れから――

「じゃあ光ちゃん、遊司を起こして来てもらって良い?」

「えっ」

 という流れになった。龍可さんは呆然とする私を尻目に「じゃ、先にお気に入りの場所で待ってるね~」と走って行ってしまった。

 ……うん、大体龍可さんのせいですね。遊司さんの部屋については龍可さんに聞いたことがあるため容易く見つけることができた。結果、私はこうして遊司さんの部屋の前に立ってている。

(……髪とか変な方向になってないよね? あ、前に龍可さんに貰った香水つけた方が良かったかな? というか、起こしちゃっても大丈夫かな?)

 つい色々なことを考えてしまって、ドアをノックするのを躊躇してしまう。そうこうしている間にも龍可さんが待っているのに一歩が踏み出せない。

「ふ、ふううううう……!」

 つい意味もなく両腕が回ってしまう。どうすれば良いのかまったくもってわからない!

 

(か、かあいいなあ光ちゃん……!)

(身だしなみを気にする恋する乙女かっ……! 目の保養にはなるが遊司死すべし慈悲はない)

(うんうん、しつけ、じゃない教えたかいがあったよ)

(無垢な子に何してくれちゃってるん、龍可。だが良くやってくれました……!)

 

 声が聞こえた気がして私は慌てて後ろを振り向く。だがそこには誰もいない廊下が見えるだけ。……気のせい? 龍可さんと真さんの声が聞こえたような……。

 いや、そんな事より目の前のことに集中しよう。頭をフルに使って状況を整理する。

(そう、ただノックをして遊司さんを起こす。そしてラジオ体操に誘う。ただ、それだけのこと)

 そもそも何故私が友人を起こすために身だしなみを気にしないといけないのか。別に、遊司さんは、その、特別な、人じゃ、ないし。そう、要は気にしなければ良い!

 

(あちゃ~、光ちゃんが妙なところに着陸し始めた)

(わかるのか?)

(あの少し暗さの残る笑みは私がしつけ、ではなく教えたから)

(……もう躾けたで良いと思うんだ)

 

 私は目を閉じ、一度深く深呼吸して心を落ち着かせる。……いざ!

「(コンコン)ゆ、遊司さん、い、いますか~?」

 1秒、2秒、3秒、4秒、5秒、6秒……あれ? 数十秒程待ってみたが沈黙が続くばかり。ドアが開き、遊司さんが現れる様子がまったくない。訝しく思いながら私はもう1度ノックを敢行する。

「(コンコンコン!)ゆ、遊司さ~ん?」

 先ほどよりも大きくノックしたが、まったく反応がない。居ないのだろうかと思いドアノブに手をかけ回してみる。

 ドアは小さな音を立ててあっけなく開いた。

(……ええ~!?)

 さすがの私もこの状況は混乱を隠せない。か、鍵が開いているということは中に居る? でも何度ノックしても出なかったし、居たとしてもかなり無用心ではないだろうか?

(こ、これは中に入って、確認したほうが良いのかな?)

 だがそれはどうなのだろうか? 男の人の部屋に無断で入るなど、淑女としてはしたないと思う。だが、確かめない限り真実には近づけない……!

 

(おおっと、光選手棒立ちになってしまいましたね。解説の龍可さん、どうでしょうこの状況は?)

(迷って固まる光ちゃんも可愛いよね……!)

(うん、重症だと思うんだその域。アイドルを追い込んで過労死させるファンかって話しで)

 

 先程同様、深呼吸を念入りに行う。心の中で「自分の行動は正当性があるので問題なし! 行けるって!」と念入りに思い込む。……いざ!

 意を決してドアを開け部屋の中に入ろうと――

「ほわっ!?」

 した瞬間ドアがひとりでに開き、ドアノブを掴んでいた私は体勢を崩してしまう。慌てて両手を前にして地面に手を着こうとするが、顔が温かい何かにぶつかり倒れることはなかった。

「うん? ……光か、どうしたんだ?」

 というか遊司さんだった。顔を上げると、寝癖の付いた遊司さんが意外そうな顔をして私を見ていた。眠そうな様子からどうやら今まで熟睡していて、私のノックに気づかなかったらしい。

(なんだ、遊司さんか。……あれ、ということは私は遊司さんに抱きついてえくいぇcbksbcjbcyjせ!?)

 

(うわあかんやろあれ、爆ぜろ)

(真っ赤になってる光ちゃんが可愛すぎてつらい……!)

(……いいかげん正気に戻れ……!)

(いたっ)

 

(……はっ!?)

 とりあえず遊司さんから慌てて距離をとる。気づくのが遅くなったのは気のせいだ。……うん、気のせい。

「す、すみません!」

「っと、いや別にいいけど?」

 私の声に驚いたのか、少し体を揺らすも笑って許してくれる遊司さん。何とも申し訳ない気持ちになる。と、そこで本来の目的を思い出し、体を伸ばしている遊司さんに慌てて話す。

「あ、ゆ、遊司さん! わ、私たちと一緒にラジオ体操しませんか!? あ、龍可さんは先にお気に入りの場所で待ってるって言ってました!」

 やっと言えたことに私は内心安堵する。龍可さんが遅いと軽く拗ねていそうではあるが、ようやく向かうことができる。

「龍可? 龍可ならあそこにって、真も一緒に居るな?」

「えっ」

 遊司さんは不思議そうに私の後ろを指差す。瞬時に後ろを振り向くと、「あっ」「やべ、見つかった」とこちらを見て慌てている龍可さんと真さんの姿が。……み、見てましたね!?

「真、お前今日用事があるとか言ってなかったか?」

「あ、いや、早く起きちまって……って光さん!? 何故こっちに走ってゴッフ!?」

 真さんが言い終わるよりも早く、私の渾身の頭突きが彼の鳩尾に炸裂する。思い出すのも恥ずかしいあれやこれやを影で盗み見ていたのだ、これぐらいは勘弁して欲しい。

「な、何故頭突き……ガッハ」

 お腹を押さえた折れた真さんに、龍可さんと遊司さんが「ま、真~!?」と言いながら彼に駆け寄る。何故頭突きか? 顔が赤いのを見られないためです!

 結局、その場が落ち着くのに30分はかかりました。

 

「なあ真。夢でお前が急に巨大化してデュエルを始めて、3分くらい経ったらいきなりデュエルディスクがピコンピコンって点滅し始めてたんだが……大丈夫だよな?」

「やだ、それ何て光の巨人……!?」

 遊司さんと真さんの会話を背に、しばらく私は龍可さんから謝罪と同時に頭を撫でてもらい、ようやく落ち着きを取り戻した。あの醜態を他の学生に見られなかっただけマシと思っておこう。

「っと、そろそろ約束の時間になりそうだから行くわ。光、面白いモノ、ごっそさって悪かった悪かった! だから突撃体勢やめれ!」

「今のは真が悪いよ」

 龍可さんの言葉に賛同する。両手を挙げて降参のポーズをとる真さんの姿には胡散臭さしかない。この人は本当に反省しているのだろうか?

 真さんは「んじゃな御一行」という言葉を残して去っていった。秀さんに誘われて一緒にお茶会をするらしいのだが、私には突っ込む人のいないボケボケ祭りになるのではないかと思う。2人の行動に似たようなものを感じたのは私だけではないらしく、「……ちょっと頭が痛くなってきた」と遊司さんは真さんの去った廊下を見て米神をもんでいた。

「さてと! それじゃ、俺たちも行きますか」

「ラジオ体操に、だね」

「そう、ですね」

 色々ありすぎて忘れそうになったが、本来はこっちが目的だった。ラジオ体操は羞恥心による過労にも効果があるのだろうかと考えながら、私は2人と共にお気に入りの場所に向けて歩き始めた。

 

 

「お兄様! これは一体どういうことですか!?」

「ぶっほっ! ま、マイシスター!? 一体どうしたんだい!?」

 彼、真とのお茶会を有意義なものにするため、僕は自ら淹れた紅茶の試飲をしていた。椅子に腰を掛け、中々に味わい深い紅茶を淹れた感動に浸っていたところに、金色の妖精、我が愛しの妹である庭瀬(にわせ)瑠奈(るな)は僕の部屋に飛び込んできた。……紅茶を噴出すという紳士にあるまじき行為をしてしまった、反省しなければ。

 それよりも、僕は瑠奈がかざしている新聞に目がいった。

 『かの庭の皇太子、庭瀬秀敗れる!? 相手は我が友。まさかの裏切り!?』

「これはこれは」

 随分と大仰に書いたものだと僕は苦笑する。負けたという噂を流したのは、実はこの僕だ。僕が負けたという彼、真の存在は学園中に広まり、その彼とデュエルしようと大勢のデュエリストが彼に挑戦するだろう。これは、この学園に早く馴染ませてあげたいという、僕のいたずら心だ。この学園の生徒たちと、多くの絆を育んで欲しい。

(でも、裏切りとは。真とは親友なのになあ?)

「お、お兄様、これは本当のことなのですか!?」

 我が家の姫君が随分と慌てた様子で僕に迫る。……瑠奈はオベリスクブルー一年の女子生徒全員の代表。兄である僕が敗北したとなればその権威に罅が付いても可笑しくはない。そのことを気にしての焦りなのだろう。僕は少し浅慮だったかもしれないな。

「……本当だよ。僕は確かに友に負けた」

「……あふん」

「ああ、瑠奈!?」

 そう言って瑠奈は崩れ落ちた。慌てて僕は椅子から立ち上がり彼女の背を支える。我が愛しの妹にとって相当にショックだったことに、僕の胸は張り裂けそうになるほど痛んだ。友情のためとはいえ少し反省しなければならない。今度、瑠奈のために何か埋め合わせをしなければ。

「ごめんよマイシスター! 僕が(友情のための結果とはいえ真に)敗北してしまったばっかりに!」

「い、いいえお兄様! (あの三葉虫、遊司に裏切られたのですから)仕方がないことですわ、(そのような忌々しい存在を)私が見逃していたせいで!」

 頼りない僕をずっと見ていなかったと、自分のせいだと謝る可愛い妖精に、僕の心は愛しさと切なさでいっぱいになった。瑠奈は僕の手を借り立ち上がって、決意した表情をその女神のような顔に宿らせる。

「っ! ……そうか(真とデュエルをしに)行くんだね、瑠奈?」

「……はい。私も(あの忌々しくもお兄様を裏切った男、遊司と)決着をつけたいと思っています」

「止めはしない。……明日、オベリスクブルー生徒専用のデュエルフィールドを解禁しておくよ。(真のデュエルを肌で感じ)思う存分に戦うといい。いい経験になるからね」

「はい! (良い処刑場所を用意して頂いて)ありがとうございます、お兄様! 存分に(制裁)デュエルをしてきます!」

 この瞬間、僕たちの思いは1つになっていた。瑠奈は僕にお礼を言うと、足早に部屋を退出した。これからデッキを調整に行くのだろう。

(抜かりのない様で少し安心した。これならいいデュエルをしてくれるだろう)

 紅茶をもう一度淹れ直し、感慨深く、明日のデュエルを心待ちにしながら一口飲む。

 真が来たら、我が華麗なるプリンセス自慢のついでに、ちょっとした忠告でもしようかなと思いながら。

 

 

 秀の部屋のドアが閉まる。彼女、瑠奈は廊下に出て、暗く笑い始めた。

「……ウフフ、待っていなさい遊司あん畜生。私のお兄様を裏切った罪は……重過ぎて奈落に真っ逆さまの刑、ですわよ?」

 そこににこやかさなどはまったくない。遊司が刑を執行されたところでも想像しているのだろうか、彼女の足はスキップを刻み去っていった。

 その様子を、彼女の反対側の廊下の影からこっそり見ていた俺、真はつい小声で言う。

「……こりゃあ、荒れるでえ……!」

 あんな不安しか煽らないスキップは初めて見たと思いながら、腰を上げて秀の部屋へ。ちなみに会話は盗み聞きしていた。秀に女の影!? と野次馬根性が働いてしまったからだ。お蔭様で兄弟の会話が物凄くすれ違っていることに気づいてしまったわけだが。

(……遊司が危ないわけだが)

 秀が居る部屋のドアの前で立ち止まり、少し考えてみる。あの勘違いを解いた場合、彼女の狂気は石から放たれた光が天空の城を指すがごとく、真っ直ぐに自分に向かってくることだろう。最終的に崩壊の予感しかしない。……うん。

「明日ドローパンをおごってやろう。エイメン遊司」

 静かに胸の前で十字を切る。許しは請わない。大人しく奢ってしまおうではないか。

 そんな決意を胸にドアを開ける。そこにはこれから起こることをまるで知らない、能天気な男が笑みを浮かべて待っていた。

 

「……なるほど。デュエルが社会の根幹にない世界、か。興味深いね」

「まあ、そっちからしてみればそうだろうな」

 異世界の情報を吟味する秀を見やりながら、渇いた喉を2杯目の紅茶で潤す。秀が手ずから淹れた紅茶は驚くほど美味い。渇いた喉に染み渡るように味が広がっていく。

 お茶会を始めて数時間。俺の居た世界のこと、この世界のことを互いにできる限り話し合った。どんな世界か、どんな文化があるか、歴史はどうなのか、暮らしはどうだったか、社会の構造など話の種は多岐にわたり質問が尽きることはなかった。

 今まで見聞きした情報、それらから推測したことの裏付けが取れたことで、俺の心は幾分か余裕を取り戻した。地縛神? なにそれ美味しいの?

(……さすがに、未来の世界で再登場! ってのはないよな?)

 終わっている物語、必要のない設定のはず。……ここで考えるのをやめる。これ以上考えても何の得にもならない。

「……1つ、聞きたいことがあるんだ」

「? 何だ改まって」

 俺が紅茶を飲み終わったタイミングで、秀が真剣な、あるいは心配そうな顔つきで問いかけてきた。

「帰りたいと、思うかい?」

 当然の疑問だった。帰りたい。帰りたいはずだ。

「………」

 なのに、俺はそれ以降言葉を発することができなかった。

 

 翌日、俺はまたあっちの世界の夢を見た。昨日と同じ夢を見る自分に少し呆れた。乙女か俺は。

 早朝に目が覚め眠れなかったため、この島の探検をしようと寮を出て歩いていた。

「……ふー」

 遊司たちと会った場所に腰掛け海を眺める。気分は一向に晴れる様子がなかった。これがホームシックか、とも思ったが何か違う気がする。何か、こう、心に燻るモノがあるのだ。

 あの後、秀とのお茶会はそこでお開きとなった。「愚問だったね。すまない」と、彼の言葉と表情に俺は引き攣った笑みしか返せなかった気がする。

 心のどこかで思っていたのだろう。帰れないかもしれない、帰れない可能性が高いと。燻るモノが心の中に出来始めたのもそのときからだった。一体なんだというのか。

「……真?」

 訳がわからず唸っていると、後ろから声を掛けられた。

 振り向いた瞬間、俺は驚くと共に、振り向いたことを若干後悔した。見るべきではなかったと。

 そこに居たのは、あの明るい性格とは違い暗い雰囲気を纏った龍可だった。見られたくないものを見られてしまったという顔だ。慌てて付けたその笑みは無理をしているように見え、泣いていたのか少し目元が赤く腫れている気がする。

 こんな早朝に何故泣いていたのか、俺にはわからない。そして、そのことを問いただすことはしない。

 何故なら――

「……よう龍可。座るか?」

 俺に女の子を慰めるという器用な真似は、できないから。

「……はは。ありがと」

 俺の言葉に驚いたのか目を見開き、軽く笑って俺の隣に腰掛ける龍可。驚く要素があったか?

 そのまま俺と龍可は、無言で朝日が眩しい海を眺め続けた。正直気まずいどころの話ではなかった。何か話したほうが良いのか悪いのか。

「……真は、聞かないんだね」

「……聞かないさ」

 悩んでいると龍可の方から話を持ちかけてきた。その言葉に肩を竦める。聞かないのではなく、聞けないの間違いだ。俺に、そんな資格があるのだろうか? 彼女の悲しみ聞くという、そんなある筈もない資格が。

「……そっか。ありがと」

 そう言って笑う龍可に、俺は自分の無力さを再認識させられた気分だった。そして、燻っていたモノをより実感した気がした。

(ああ、そうか)

 きっとこの燻っていた思いは――

(怒り、か)

 自分への怒り。あの世界でもこの世界でも、無力な自分の情けなさに対しての怒りだったんだ。

 

 そこから何を話したかは覚えていない。いつの間にか龍可はいなくなり、俺だけが残っていた。

 そろそろ戻ろうと立ち上がり、海を背にこの場を去る。まだ心の中で燻っている怒り。どうしたら良いのかわからない。……聞くべき、だったのだろうか?

(……まったく、俺って奴は――)

 

 その瞬間、誰かが俺の横を擦違った。

 

(――っ!!)

 怒りも思考も何もかも、すれ違った者から感じたモノ(・・)に全て消え去った。

 反射的に振り向くもそこには誰かが居た痕跡はなく、ただ歩いてきた風景が目の前にあるのみ。

(女、の子?)

 目の端に捕らえていたのは女の子らしき姿。容姿は見えなかったが、身長から自分より年下かもしれない。だが、あれはなんだ? 背筋が凍るほどの恐怖でもなければ、強者特有の威圧感でもない。そんな単純なモノではなく、ただ時が止まったとかいきなりの重圧とか、そんな超常現象的な気配。

 遊司たちが声を掛けてくれるまで、俺はそこから一歩も動けなかった。

 




今回のおまけ NG

「……ウフフ、待っていなさい遊司あん畜生。私のお兄様を裏切った罪は……重過ぎて奈落に真っ逆さまの刑、ですわよ?」
 そこににこやかさなどはまったくない。遊司が刑を執行されたところでも想像しているのだろうか、彼女の足はスキップを刻み去っていった。
 その様子を、彼女の反対側の廊下の影からこっそり見ていた俺、真はつい小声で言う。
「……こりゃあ、荒れるでえ……!」
 あんな不安しか煽らないスキップは初めて見たと思いながら、腰を上げて秀の部y――

「――見ましたわね?」

「うおあ!?」
「うふふふふふ……」
「え、いや、えっとお!?」
「うふふふふふふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」
「いやああああああああああああああ!?」

「おや? 部屋の外で我が親友の悲鳴が聞こえたような。……気のせいかな?」


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Episode05 妖艶なる森 前編

作者「少し遅くなりました。就活って大変ですね」

秀「就活生は大変だね。僕たちにはまだ先の話だけど」

作者「でも君ら基本的に大学行かないで、即プロを目指してるんじゃないの?」

秀「そう言って入って来る人がほとんどなのは事実だけど、実は次第に気持ちが変わる人も多いんだ」

作者「と言うと?」

秀「プロは安定しないからね。今ここはI2社が仕切っているから、そちらに就職する人も多いし、その系列の大学を目指す人もいるんだよ」

作者「へー。昔はKCに行く人は少なかったんかね」

秀「あそこは入社試験の難易度が高すぎたのさ。今でこそそうでもないけど、前社長が殉職して以降、KCは随分衰えてしまったからね。そこを目指す人もいるけど多くはないんだ」

作者「あの人が社長じゃそりゃ簡単に入社できるはずもないか。ってなんか真面目な話になってる!?」

秀「ところで就活って秀が勝つって聞こえないかい?」

作者「唐突に何言ってんの!?」

秀「ハハハハ! みんな就活は計画的にね!」キラッ☆

ギャラリー「「「「キャー!」」」」

作者「余計なお世話だ! ってかギャラリーどこから湧いて出た!?」

秀「じゃあねみんな! 今日は僕の妹が活躍するよ! アディオス!」


 さてみんな。理不尽、って言葉があるだろう? 道理をつくさないこと。道理に合わないこと。そんな意味を持つ言葉だ。みんなはどんな時に理不尽だって感じる? 例えば、ちゃんと宿題をやってそのあと出かけたのに帰ってきたら有無を言わさず母親に宿題しろって怒られた時とか。他には、友達に会ったので声をかけたら急に殴られたとか。カードパックを5つも箱買いしたのに狙っていたレアでもないカードが1枚も当らないとか。まあ、そんなところだろう。

 「何をしてますの!? あなたのターンですわよ!!」

 「あ、ああ……」

 そして今の俺は心からそう叫びたい。いや、これはもっとこう、最悪だと自分の運命を罵るような言葉の方があっているかもしれない。それにこの場の状況を考えると叫ぶのもどうかと思う。つまり深くため息をつく感じの絶望の言葉こそがあっているだろう。

 そう例えば某ツンツン頭の少年のように、盛大にため息をついて幸せを逃がしながら。

 「……不幸だ」

 とか。

 

 

 

 「ようやく終わったな。……おい、いい加減起きろ!」

 「ゴフッ!? ……な、おまっ、もう少しマシな起こしかたないのかよ……」

 4時限目の授業が終わり、時刻は12時30分。昼飯時だ。熟睡していた真の鳩尾を軽くたたいて(殴って)とっとと現実に引き戻してやる。

 「早く行かないと龍可たちに怒られるからな」

 「逆にもっと深い眠りについちまうわ!」

 「ははは。それくらいちゃんと加減するって。こう、手をクイッと」

 「なにその無駄スキル」

 俺が手首を返す動きを見せると、真が恐怖と呆れの混じった顔で俺を見るがそこは華麗にスルー。

 「ほら、早く行くぞ」

 「……はあ、そうだな。レディを待たせるわけにはいかないしな!」

 諦めたように1つため息をつくと真はすぐに平常運転に戻った。ブレないな、ほんと。

 真と一緒に向かうのは学食だ。この時間、龍可と光は授業を取ってないので、いつも先に学食に行って席をとってくれているのだ。

 「っていうかさ、なんで錬金術なんていう不思議授業があるんだ?」

 「さあ。確かデュエルモンスターズとは切っても切れない関係にあるかららしいけど、ぶっちゃけよくわかんねえ」

 先ほどまで受けていた選択授業である錬金術について真に聞かれるが、正直俺もよくわかってない。ずいぶん昔からやってるらしいけど、実際どうなのか。デュエルアカデミアの七不思議である。ちなみに10個以上あるそうだ。全部は知らないし詳細は省くけど。

 「まさかいずれ、俺も陣を描けば錬金術が可能に……!?」

 「いやそれはない」

 他愛もない話をしながら、俺は真の様子を窺う。今朝、なぜか日課となってしまった光たちとの朝の体操をするため、いつものようにあのお気に入りの場所まで向かったのだが、そこで立ちすくんでいる真を発見したのだ。その時は適当にはぐらかされてしまったが、俺にはその時の真が、どこか無理をしているように見えた。

 そしてもう1人、龍可も真をどこか気まずげに見ていた。まるで悪いことをしてしまったとでも言うように。

 (2人に何かあったのか? でも今はそんな様子はない、よな。いったいなんだったんだ?)

 「ん? どうした遊司」

 ずっと見られていたことに気付いた真が首を傾げる。そんな様子に、とりあえず今はそのことは頭の片隅にでも追いやっておくことにした。ただの勘違いや思い過ごしかもしれないし、もしそうじゃなくても、誰にだって言いたくないことくらいあるだろうから。

 「いや、なんでもない。早く行こう」

 「おう!」

 それにいつか、真の方から話してくれるかもしれない。それくらい信頼を持てるようになれれば、きっと。

 

 

 「そろそろ授業も終わったころだね」

 学食に備え付けの時計を確認して呟く。学食で4人分の席を確保しているのだが、すぐ戻ると言って光ちゃんが席を外してしまい、今は私1人だ。Dパット――デュエルアカデミアで生徒たちに配られる携帯端末。携帯電話と同じ機能に加え、デュエルの戦績やカードデータ、DPの処理などが行える――を手に持っていたから、たぶんメールか電話でもあったのだろう。

 「……はあ」

 (……なんか、1人でいると、だめだな……)

 机に突っ伏して、何を見るでもなく虚空を見つめる。どうにも1人の時はいつものように振舞えない。気を紛らわすことができないからだ。

 誰かと一緒にいれば、その人を気にしていればいい。困っているなら力になりたいし、笑っているなら一緒に笑っていられる。普段から勢いに任せて少しテンションを上げているのもそのためだ。デュエルアカデミアに入って、遊司と話すようになって、すぐそうするようになった。

 しかし1人ではそうもいかない。1人でいるといつもあの事(・・・)を思い出して不安になる。だから学校が終わってから1人で部屋にいる時間は、私にとって苦痛でしかない。

 (私って、こんなに弱かったんだ……)

 寝ていても、悪夢ばかり見る。朝はいつも汗だくで、泣いてしまうこともあった。今朝もそれで、いつもみんなと行くあの場所に向かったのだ。あの場所なら、笑顔の思い出しかないあの場所なら、少しは落ち着けると思ったから。

 そしてそこで、真に会った。

 思わずその名を呟いてしまい、気付かれてしまった時は焦った。慌てて笑顔を作ったが、直前まで泣いていたあの顔を隠せたとは思えない。きっと心配されるだろうと思った。どうしたんだって聞かれると思った。そして、それがすごく怖かった。まだ、だれにも触れてほしくないことだったから。

 だけど真は何も指摘せず、何も聞かず、ただ一緒にいてくれた。それがどれだけ安心できたか、きっと真はわかっていないだろう。去り際、真はどこかぼうっとしていて、その眼は私の方を向いても私を見てはいなかった。もしかしたら、自分のことを不甲斐ないと思っていたのかもしれない。だけどあの時の私にとって、真が傍にいてくれたことが何よりも助けになっていたのだ。だから、きっとあの時はちゃんと聞こえていなかったお礼を、もう1度伝えたい。

 (そういえば、真はなんであんな朝早くにあの場所にいたのかな)

 思い返すと、あの時は自分のことで精いっぱいで気付かなかったが、真もどこか表情が暗かったように思う。真は真で何か悩みがあるのだろうか。

 「もしそうなら、私も力になりたいな」

 私がそうであるように、真も簡単に触れてほしくはない何かを抱えているのかもしれない。だとしたら、私はすぐに何かをするべきではないのだろう。真がしてくれたように、私もただ真と一緒にいよう。それはただの傷の舐めあいで、前進なんかしないことかもしれないけど、でもそれでもきっと意味はあるから。

 「お待たせしました。……って、龍可さん? どうかしましたか?」

 気付けば、いつの間にか光ちゃんが戻ってきていた。

 ……さて。

 「うう……、光ちゃんがいなくて寂しかったよー!」

 「ふわ!? え、ちょっ、龍可さん!?」

 光ちゃんが戻ってきた以上、センチメンタルに悩んでる姿なんかとはさよならだ。いつもの私に戻らなきゃね。っていうか光ちゃんの前でうじうじ悩んでる暇なんかない。光ちゃんへのこの抑えきれない愛という名の愛だけは完全に素だからね!

 飛びつくように抱き着いて腕の中の感触を楽しみながら頭を撫でる。もう半ば無意識のうちにやってしまうのだから光ちゃんの魅力というのは恐ろしい。

 「ひゃっ! ちょ、龍可さん! 変なところ触らないでください! みんな見てますから! 恥ずかしいですくすぐったいです~!!」

 「光ちゃんが何か言った気がするが私のログには何もなかったのだ~♪」

 「聞こえてるじゃないですかー!!」

 「ゴフッ!?」

 光ちゃんの渾身の頭突きが頭にクリーンヒットした。この私が光ちゃんから離されてしまうとは、世界が狙える素晴らしい頭突きだと記しておこう。真、君もこれをくらったんだね……。

 「もう! 龍可さんはいつもふざけすぎです!」

 「あはは。ごめんごめん!」

 「本当に反省してます!?」

 平謝りしながら再び光ちゃんの頭を撫でる。文句を言いながらもどこか気持ちよさそうにしているのがもう可愛くて仕方がないが、ここはグッと堪える。怒られた直後にまた同じことをするわけにもいくまい。

 (何にしても、これで光ちゃんも気がまぎれたかな。なんとなくだけど、さっきの光ちゃん、少し表情が暗かったし、ね)

 「龍可さん! ちゃんと聞いてますか!?」

 「もちろん♪ いくらでも撫でてあげるよ?」

 「何も聞いてない!?」

 やっぱり光ちゃんと一緒にいると楽しいなあ♪

 それにしても。うう……、額が痛い……。真の時もそうだったけど、これもう光ちゃんの特技でいいんじゃないかな。

 「……受けよ、これぞ、光スペシャル。あ、なんかそれっぽい」

 「何の話ですか!?」

 

 

 「………」

 「……なあ、遊司」

 「……なんだ?」

 「行くなら今じゃないか」

 「……そうだな」

 楽しげな2人の様子を学食の入り口から見守りながら俺と遊司は出ていく決意をした。いったいあの2人は何をやっているんだか。学食に入ったら龍可が光に飛びついて撫でまわして頭突きされて謝ってまた撫でてコントが始まって、ってタイミング掴みづらいわ!

 「あいつらはいったい何やってんだか……」

 なんというか、みんなのキャラ性というものが分かってきた気がする。もう龍可のイメージなんか吹っ飛んじまったけど。

 「あ、2人とも遅いよ!」

 「悪い。しかし半分はお前のせいだ」

 俺たちに気付いた龍可が腰に手を当てて叱ってくるが、ズバッと渾身の突っ込みをする遊司。俺もうんうんと頷いて同意する。

 しかし、ここからが龍可の本領発揮だった!

 「なんで? ……は! まさか私と光ちゃんのいちゃいちゃを陰から眺めていた!?」

 「その通りだが眺めていたのはただのコントだ」

 「遊司と秀には負けるよ」

 「んなっ、どういう意味だ!? あとこの場にいないやつを出すなよ!」

 「甘いね! 僕はいつだって君の近くにいるよ!」

 「どっから湧いて出た!?」

 「ふっふっふっ。2人の関係がついにばれちゃったわね」

 「いつも遊司さんの傍に? ま、まさか2人はそういう関係で!?」

 「ああ。前から怪しいとは思ってた」

 「龍可てめえ! 光に変なこと吹き込むな! そして真も適当に乗っていんじゃねー!!」

 「「「「キャー! 秀さんこっち向いてー!」」」」

 「はははは! みんなありがとう! 僕はみんなのための秀であり続けるよ!」(ビシッ)

 「うっさいわ! お前も今すぐ帰れ!!」

 「つれないねえ。では、アディオス!」

 「素直に帰った!?」

 「おっと。忘れてた」

 「と思ったら戻ってきた!?」

 「真ー!」

 「秀ー!」

 「「へーい!」」(ハイタッチ)

 「お前らいったい何なの!?」

 「では今度こそ。またね遊司!」

 「「「「羨ましいっ! 空羽許すまじ、慈悲はない」」」」

 「俺がいったいなにをしたああああああ!?」

 「遊司は大切なものを盗んでいきました。それは、秀の心です」

 「なっ、真てめ!?」

 「「「「キャー!!♪」」」」(龍可含む)

 「ゆ、遊司さん……」

 「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 いったい誰がいつ発動したのか、食堂(フィールド)混沌空間(カオス・ゾーン)に包まれていた。いやほんと、遊司には素直に感心するわ。そしてやるな龍可!

 

 「疲れた……」

 「だ、大丈夫ですか?」

 机に突っ伏して抜け殻となった遊司に光が心配そうに声をかける。しかし遊司はうめき声かどうかも判別できないような声で答えるだけだった。さすがに同情……ないな。

 「ほら、元気出して! 昼食取って来るけど、何がいい?」

 「……任せる……」

 「じゃあ、撃甘ホーットケーキ・ティアラミススペシャルで――」

 「カレー普通盛りで」

 「オッケー♪」

 おい龍可やめろ。これ以上遊司をいじってやるな。そしてその撃甘って、()甘ってなにさ。超見たい。もちろん自分で頼むつもりはないけど。

 視線で訴えてみると龍可もそのつもりようで肩をすくめて苦笑いで返した。

 「光ちゃんは何がいい? 取って来るよ?」

 「え、そんないいですよ! ちゃんと自分で……」

 「もう。わかってないなあ。光ちゃんは遊司についていてあげて! ちゃんとポイント稼がなくちゃ」

 「る、龍可さんっ!!」

 遠慮した光ちゃんに即座にダイレクトアタックをかましてケラケラ笑う龍可。光ちゃんの前だとテンション高いなほんと。そんな龍可にため息1つ、俺はその頭を軽く小突いて黙らせる。

 「俺たちで行ってくるから、何がいい?」

 「そう、ですか? すみません。……じゃあ、ミートパスタでお願いします」

 龍可の抗議の視線を華麗にスルーして手早く光ちゃんに聞くと、申し訳そうにしながらも答えてくれた。

 「わかった。行くぞ龍可」

 「ん。了解!」

 踵を返して券売機の方へ向かうと、龍可もすぐに追ってきた。どうやらさっきのことは特に気にしていないようだ。

 「しっかし、昼でもここはあんまり人いないな」

 「大体の人は寮の食堂に行くからね。ここは校舎から近いけどDPかかっちゃうし」

 龍可の説明を聞き、納得する。寮の食堂は無料なのだ。DPはカードの購入に使えるし、むやみに使いたくはない。だからわざわざ寮まで戻って昼食を食べるのだろう。

 ま、俺たちは単純に一緒に食べたいからここにくるんだけど。寮の食堂は他の寮生に飯でないし。そもそもオベリスクブルーの食堂の料理って金掛かってそうなものばかりで庶民な俺には合わないんだよな。どちらかと言えばオシリスレッドの方があってるかもしれん。いや朝食と夕食はオベリスクブルーで食べてるけどさ。

 「そういえば、今日の授業の時眠そうにしてたけど、大丈夫?」

 龍可は俺の顔を覗くように首を傾げて聞いてくる。龍可とは1限と3限で一緒に授業を受けていたのでその時のことを言っているのだろう。

 「ああ、遊司に鳩尾殴られた」

 「なんで!? というかそのウィークポイントはもはやネタですか」

 「そんなものにした覚えはねえよ!」

 泣いて否定するが本当に龍可の言う通りのような気がしてきた。ま、まさかこれからも何かあるたびに鳩尾に……。

 「い、いや、しかし……。そんな、馬鹿な……っ!」

 「受け入れるのだ。少年」

 龍可が悪魔のささやきによって思考を誘導しようとしてくる。そうだと頭で分かっているのに、もはや切り替えることができない。

 「う、嘘だっ、そんなの嘘だ!」

 「あ、真!」

 あの苦しみが繰り返されるという恐怖に思わず走り出すと、慌てた龍可が左手で俺の右手を掴んだ。しかしそれがいけなかった。

 「うわ!」

 「え、きゃ!?」

 走り出した直後に止められたことによってバランスを崩し、龍可を引っ張るように倒れる。そして龍可は咄嗟に右手を前に突出し。

 「ゴッフ!?」

 仰向けに倒れた俺の鳩尾に龍可の右ストレートが綺麗に鳩尾に入った。急激な苦しみに意識が飛びそうになる。

 「わ、ご、ごめん!」

 龍可はすぐに手をひっこめてくれるが、あまりの痛みに俺は蹲るしかない。

 「だ、大丈夫?」

 「ぐふっ。もはや……避けられない、運命だとでも、言う、の、か……」

 心配そうにかけてくれた声に、俺は絞り出すように答える。すると龍可は急にまじめそうに顔を引き締め。

 「少年よ。これが絶望だ」

 と告げた。

 ……え、それ確かにネタだけど、それお前がネタにしていいのかよ。あの人が不憫すぎんだろ。

 「で、なんでそんなことに?」

 気を取り直して話を戻す龍可。おい、少しは労われや。

 「いや、早く起きろと……」

 「うわー。遊司も容赦ないなー」

 腹を押さえつつ、ゆっくりと立ち上がりながら答える俺に龍可は苦笑する。

 「容赦なさすぎだろ。俺に何か恨みでもあるのかよ」

 言いながら短い間ではあるが遊司との思い出をたどる。空から強襲して海に落として、罵り合ってデュエルして和解して、突っ込み属性らしいことが分かったので全力でボケにまわって、弄りまわしてツッコミされて……。

 「うん。何もないな」

 「うん。たくさんありそうだね」

 「「え」」

 龍可と俺の間に深刻な認識の差がありそうだった。

 

 

 友達に精神をガリガリ削られた今日この頃。そんな日常が当たり前になったのはいったいいつのころだったろう。俺がツッコミ属性だなんて、いったい誰が決めたんだろう。……ああ、俺か。ふふ……。もう疲れたよ。パト〇ッシュ。もう、ゴールしてもいいよね……。

 

 「遊司さん!? 現実に、現実に戻ってきてください~!」

 「ヘッブシ!? は! 俺は今何を考えていた!?」

 「重症すぎるなおい。……あれおかしいな。遊司の後ろに犬と女の子の幻影が」

 「私も見えた。やりすぎた、かな」

 死んだ目で虚空に手を伸ばし始めた遊司さんを思わず叩いてしまったけど、どうやら正気に戻ってくれたみたい。よかった~。

 「ほら、お前の分のカレーだ。DPは倍で払ってくれればいいぜ」

 「どこの悪徳金融だお前は」

 さすが遊司さん。起きてすぐなのになんてツッコミの切れ味。って違う!

 「はい光ちゃん♪ ミートパスタとお水とデザートのプディンセス・ショコラ・ア・ラ・モードだよ」

 「え、あの、頼んだ覚えのないものが……」

 龍可さんが持ってきてくれたお盆の上にはミートパスタと一緒にショートサイズのはずなのに普通のそれより二回りは大きなケーキが乗っていた。これ確か1日数個しか売られない限定品じゃあ。

 「あ、それは私の奢り。っていうかもう全部奢っちゃう!」

 「ちょ!? それはさすがに悪いですよ! ちゃんと払います!」

 「えー」

 「えー、じゃないです!」

 なんだか最近龍可さんの愛が重いです。なんとか説得し、Dパットを使ってDPを渡す。ミートパスタの分とデザートの値段の半分。

 「あれ、半分?」

 「これは龍可さんが勝手に持ってきたんですから、ちゃんと責任とってください。私はそんなに食べきれないですから」

 本当に食べきれそうにない。もともと少食だし。それに龍可さんが買ったのだからちゃんと龍可さんにも食べてほしい。手に入れるのが難しい限定なのだし、次いつ手に入るかわからないのだ。

 そんな思いで出した提案だが、龍可さんの返事がない。どうしたのかと龍可さんを見てみると、体を震わせて何かを耐えている龍可さんがいた。……え。

 「龍可ちゃんありがとううううう!!」

 「またああああああ!?」

 また飛びつかれて抱きしめられて撫でまわされた。は、速すぎる……、何て反応速度。これが龍可さんの力……っ! って違う!

 「ひゃっ! ちょ、龍可さん! 変なところ触らないでください! みんな見てますから! 恥ずかしいですくすぐったいです~!! ってさっきも同じこと言った気が!?」

 「光ちゃんが何か言った気がするが私のログには以下略~♪」

 「いい加減にせい!」

 「びゃ!?」

 遊司さんのツッコミチョップが龍可さんに炸裂した。そのおかげで龍可さんの動きが止まり、その隙に何とかそこから抜け出す。

 「うう……。もう遊司! レディにはもっと優しくしないと駄目なんだよ!」

 「大丈夫だ。お前は特別だ」

 「そこだけ取れば大胆発現なのに何も嬉しくない!?」

 ……は! この会話をつづけさせるとまた混沌空間が発動する可能性が!

 慌ててこの場を治めてくれる誰かを探すと真さんと目が合った。とてもいい笑顔でサムズアップしてきたので、きっと同じ可能性に思い至ってくれたのだろう。やっぱり真さんは大事な場面では頼りなる。

 「龍可。俺はお前の味方だぜ!」

 「真!」

 「真さんを頼った私が馬鹿でした!」

 真面目な顔で意味不明な参戦をした真さんに代わり、なんとかその場を諌める。龍可さんが微笑ましげに私を見ていたのが印象的だった。いい加減怖いです。

 「光……」

 そしてなんだか遊司さんが仲間を見る眼で私を見ていた。なんでだろう。嬉しいはずなのに全然嬉しくない。

 結局一向に話は進まず、途中で時間がギリギリなことに気付いた。なおかつ5限目は私しかとっていない。私だけが慌ててご飯をかき込むという理不尽な展開が私を待っていた。

 もしかしたら、混沌空間はすでに発動していたのかもしれない。

 

 

 5限目が終わり、光も帰ってきたところで今日の俺たちの授業は全て終わった。真と龍可はなんだかいい笑顔で俺と光はどこか疲れた顔をしているあたり、このグループ内での役は確立してしまったのかもしれない。

 「さて、放課後なわけだが、これからどうする?」

 「う~ん。ぶっちゃけやることがないな」

 デュエルアカデミアは孤島なので周りに何もない。だからこういう時には不便だ。デュエルすれば、と言われても、毎回それというのも味気ない。

 「いっそ火山でも登ってみるか。ピクニック気分で」

 「それ休みの日にやる事だろ」

 言われてみればその通りだ。

 「なら今日の3限目で出てた宿題でもみんなでやりませんか?」

 「勉強会か、いいかもな」

 今日の3限目は数学で、俺たちは全員同じクラスなのだ。確か、結構な量の宿題が出ていたはずだ。

 「え、宿題なんか出てたの?」

 「真……」

 ああ、そういやこいつ3限目からすでに限界っぽかったからな。

 「なら丁度いいな。ほとんど寝て過ごしてた真に、今日の授業をレクチャーしてやってもいいし」

 「あ、それ面白そう!」

 「ちゃんと教えてくれそうなのが光ちゃんしかいないという罠」

 真の失礼な発言に、俺と龍可は目を逸らすことで答えた。真は顔を引きつらせるが、容赦する気はない。

 と、その時だった。

 「見つけましたわよ!」

 「ん?」

 廊下の向こう側に金髪縦ロールな美少女が1人、俺を指差して立っていた。って、俺?

 「……は! 忘れてた!」

 突然真が目を見開いて何かに気付く。どうやらこの状況に心当たりがあるようだった。

 「忘れてた? 真、何か知ってるのか?」

 「っ、……遊司、今度ドローパン奢ってやるぜ。スィーユーネクストタイム!」

 「は?」

 真は一瞬辛そうな顔をした後、意味不明なことを言ってダッシュで去っていった。なんか動作の全てがわざとっぽくて何も信用できないんだが。いったいどういうことだ?

 「空羽遊司! オベリスクブルー専用の第一デュエル場で待っていますわ! 逃げたら承知しませんわよ!」

 「へ? あ、ちょ」

 縦ロールさんもこちらの話を聞く気はないのか、用件だけ述べると踵を返しツカツカと早足で去って行った。おそらく宣言通り、第一デュエル場に向かったのだろう。

 (いったい何がどういうことだ? つかあの子どっかで見たことあるような……)

 「……ああ。なるほどね」

 「む。龍可、何か分かったのか! 教えてくれ!」

 龍可はどうやらこの状況に察しがついたようだ。龍可は神妙に頷き、そして笑顔で俺を見た。

 「だが断る!」

 「言うと思ったよ!」

 まったく使い物にならなかった。今回も龍可は平常運転である。

 「はあ。光は何か知ってるか?」

 「すみません。私は何も……」

 「そっか。あ、気にするなよ」

 申し訳なさそうに光は言うが、光は何も悪くない。悪いのは全部真と龍可だ。

 「……まあ何にしても、行くしかないか」

 

 言われた通りにデュエル場に向かうと、やはり彼女は先に来ていた。予想はしていたが、デュエルリングの片側に立っているあたり、どうやらデュエルがお望みらしい。

 「……ふん! 逃げずに良く来ましたわね!」

 「いや、逃げる理由も特になかったしな」

 挑発してくる彼女に適当にかえしつつ、ギャラリーを確認する。

 (えーと、龍可と光は当然として真も合流してやがるな。後は……、ん? 秀?)

 するとその中に秀がいた。なんか首を傾げているが、あいつは知っていたからここにいるんじゃないのか?

 (ってかそうだ。思い出した。この金髪縦ロール美少女って秀の妹じゃん!)

 「逃げる理由はない、ですって!? この私など相手にならないと!? それとも罪の意識がないのかしら!?」

 「は? 罪?」

 俺の返事が気に食わなかったらしい妹さん――ええと確か、瑠奈、だったか?――が食って掛かる。一応デュエルリングには上がっておくが、罪っていったい何のことだ?

 「……呆れましたわね。そんなことでよくもお兄様を……っ、この私とデュエルなさい!」

 顔を真っ赤にして憤怒の顔を向けてくる。どうやら再び逆鱗に触れてしまったらしい。と言われても俺には何がなんだかさっぱりだ。

 「お前、確か秀の妹の瑠奈、だよな。よくもお兄様をって……、俺なんかしたっけ?」

 言った瞬間、瑠奈の顔から表情が消えた。

 「しらばっくれるおつもりですの? ええ、そうですか。わかりました。……もう許しませんわ」

 「え!? いや、そういうことじゃなくて!」

 ゴゴゴという音が聞こえてきそうなほど怒り狂っているのが分かる。なんか後ろに炎が見えるし。慌てて誤解を解こうとするが、もはやそんな暇はなかった。

 「お黙りなさいっ! 殺す(デュエル)!!」

 「え、わ、デ、デュエル! ってなんか今ニュアンスがすごいことになってなかったか!?」

 思わずデュエルディスクを起動させてしまったが、正直もう全力で逃げ出したいです。

 

 

 (うわー。予想はしてたとはいえ、これほどとは。遊司マジごめん)

 あらかじめドローパンを買う用意はできている。流石にこれは謝らなければいけないだろう。

 「で、真。これってやっぱりあの新聞が原因?」

 「ん? 龍可か。光ちゃんも」

 観客席で遊司たちの様子を見ているといつの間にか龍可たちが傍まで来ていた。やっぱりってことは龍可は予想がついたんだな。

 「ああ。昨日、秀のとこに行ったときに偶然2人の会話が聞こえたんだが、秀の奴、妹が勘違いしてることに全く気付いてなくてな。その結果があれだ」

 「なるほどね。あの子よく思考が暴走するからなあ」

 ん? あの子? 知り合いなのだろうか。

 「今の言い方、もしかしてあの妹のこと知ってたのか?」

 龍可の言い方が気になって聞くと、龍可は苦笑しながら答えた。

 「うん。あの子、瑠奈ってなんでかよく私に突っかかって来るの。私としては仲良くしたいんだけどね」

 そうだったのか。それなら、確かにすぐ予想できるわな。

 「あの、私は全然ついて行けてないんですが……」

 「あ! ごめんごめん! えっとね、まず新聞のことだけど――」

 おずおずと手を上げた光ちゃんに龍可が慌てて説明し始めた。さて、説明は龍可に任せて、俺はデュエルの方でも見てようかな。

 先に動いたのは瑠奈。ということは先攻は瑠奈か。さて、どんなデュエルをするのか。

 「私から行きますわ! 私はトリオンの蠱惑魔を召喚! 効果発動ですわ!」

 彼女が召喚したのは触角を頭につけた可愛げな少女……って。

 (トリオン!? うわ、これは……)

 

トリオンの蟲惑魔

星4 地属性 昆虫族

攻撃力1600 守備力1200

このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カードの効果を受けない。

このカードが召喚に成功した時、デッキから「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カード1枚を手札に加える事ができる。

また、このカードが特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 

 「デッキから『ホール』または『落とし穴』と名のつく通常罠カード1枚を手札に加える事ができる。私が加えるのは奈落の落とし穴ですわ!」

 宣言しながら瑠奈はデッキから加えたカードを遊司に見せた。そこに描かれたイラストは、奈落に落ちていく悪魔の姿。

 

奈落の落とし穴

相手が攻撃力1500以上のモンスターを召喚・反転召喚・特殊召喚した時に発動できる。

その攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外する。

 

 「げえ!?」

 誰でもそうするであろう嫌なものを見た顔をした遊司に、瑠奈は笑顔を向ける。

 「ふふふ。簡単には殺りません。じっくりねっとり甚振ってあげます……!」

 ゾクッ!

 一瞬、俺まで背筋が凍った。正面からあれを向けられた遊司は完全に逃げ腰だ。一体どれくらい恐かったのか……、想像したくもないな。

 瑠奈は手札を2枚とり、デュエルディスクに差し込む。

 「カードを2枚セット! これでターンエンドですわ!」

 いやーな笑顔で瑠奈はターンを終了する。あのどちらか片方は十中八九奈落の落とし穴か。

 「うわー。こうなると精神的にきっついな」

 「奈落の落とし穴が伏せてあるのはわかってるけど、だからってそう簡単に対処できるわけじゃないしね」

 攻撃力1500以上のモンスターなら即退場。しかも除外。動きは遅れるし、致命的なことになりやすい。奈落探知機で有名な魔導戦士ブレイカーでもいれば良いのかもしれないが、遊司のデッキにそれはない。致命的なモンスターでない限りは使わないという選択肢もある以上、上級モンスターを狙い撃ちされるのは必然だ。

 さて、奈落相手に遊司はどう出る。

 遊司は厳しい顔を見せるもすぐ真っ直ぐに前を見てデッキに手をかけた。

 「俺のターン。ドロー!」

 ドローしたカードを確認し、それを手札に加える。

 「……ふむ」

 思考は一瞬。遊司は手札を1枚とり、それをデュエルディスクに差し込んだ。

 「俺は手札から永続魔法、神の居城-ヴァルハラを発動! そして効果発動だ!」

 「ここで、ヴァルハラを使った……!?」

 天使たちの降臨させる荘厳な神殿が遊司の後ろに出現する中、思わずといったように光ちゃんが叫ぶ。ヴァルハラは自分の場にモンスターがなければ手札の天使族をそのレベルに関係なく特殊召喚できるカード。すなわち、その真価は高レベルモンスターをアドバンテージの損失無く特殊召喚できる点にある。つまり、もちろん例外はあるがそのほとんどが攻撃力1500以上のモンスターとなるのだ。そしてそれは相手の伏せている奈落の落とし穴の射程圏内ということでもある。故に今ヴァルハラを発動するというのは不可解だ。

 「奈落がある状況でいったい何を出すつもりだ?」

 下手に上級モンスターを出せば、即奈落行き。しかも上級モンスターなら十分にキーカード足り得る力を持っているだろう。それを失うのは大きい。もし囮のモンスターを出すのだとしても、それは相手にとって脅威になるものでなければならない。

 この状況で遊司はいったい何を出そうというのか。そんな疑問、あるいは期待のこもった視線の中、遊司は1枚の大天使を見せつけた。

 「特殊召喚するのは、こいつだ! 神域より姿を現せ! マスター・ヒュペリオン!」

 天空より神殿へと降り注ぐ光の中舞い降りたのは、黄金の鎧を身に纏い炎の翼を持つ代行者たちの主。絶対の力を持つ太陽を司る大天使が降臨した。って、は!?

 「ええー!?」

 出てきたのはレベル8のフィールドのカードを破壊する能力を持つモンスター。攻撃力2700(・・・・・・・)の。

 「ふん! 何を出すかと思えば……、罠発動! 奈落の落とし穴! マスター・ヒュペリオンには退場願います!」

 そんな脅威となるモンスターを見逃すはずもなく、瑠奈は即座に伏せていた奈落を発動。ヒュペリオンはフィールドに降り立つとともに奈落に引きずり込まれていった。

 おいおい。まだ条件が整っていなかったとはいえ、フィールド上のあらゆるカードを破壊する能力を持つヒュペリオンを無駄撃ちって、どういうことだ?

 さすがに呆れながら遊司を見る。だが――

 「……!」

 「俺はモンスターをセット。さらにカードを2枚セットし、ターンエンドだ」

 淡々とカードを伏せていき、遊司はターンを終了する。そんな遊司に光ちゃんや龍可は困惑を隠しきれないでいた。

 「ああもう、遊司ったら何やってるのよ。……真? どうしたの?」

 龍可は急に反応を示さなかった俺を訝しむ。俺はそれに応えるため、口を開いた。

 「……今、遊司のやつ――」

 「笑ってたね」

 「うわ!?」

 突如、誰もいなかったはずの右隣から声をかけられ、全力で飛び上がってしまった。

 「秀さん!? いつの間に!?」

 そこにいたのは事の元凶の1人たる秀だった。秀は未だに跳びあがった体勢のまま唖然としている俺にかまわず、いつものように周囲にキラキラをまき散らしながら「たった今さ!」とポーズをとる。なんて奴だ。

 「それよりも、どうやら今のところ遊司の計算通りみたいだね」

 「え?」

 そして途端に真面目モードに突入。本当にマイペースな奴である。俺は諦めて元の場所に戻り、話を聞くことにする。

 「それって、奈落の落とし穴で破壊されてしまうことが分かった上で、マスター・ヒュペリオンを出したってことですか?」

 「そうでなければ遊司があんなことをするとは思えないからね。ね、真?」

 秀に話を振られ、俺もさっきの光景を思い出しながらそれに応える。

 「ああ。確かに遊司はヒュペリオンが消えた時、笑ってた」

 奈落に落ちていくヒュペリオンの方に目が行っていたし、ほんの一瞬の事ではあった。だが確かに遊司はあの時、笑っていた。

 「! じゃあ、わざと奈落の落とし穴を使わせたってこと?」

 「おそらくね。だけどその後、後続の上級モンスターを出さなかった。つまり囮に使ったというわけでもない。さて、何を見せてくれるのかな」

 楽しげに遊司を見ながら笑う秀。それはライバルが自分にも予測できないことをしようとしているということに対する期待と誇り故のものだろう。俺も同じ気持ちだからすぐにわかる。

 (まったく、楽しませてくれるな。ホントに)

 相手の行動を注意深く観察する遊司に、俺は秀と同じ視線を送るのだった。

 「……ところで、妹さんを勘違いしたままにした不手際については」

 「……遊司には後で謝らないとね」

 光のツッコミがせっかくの雰囲気をぶち壊したが、それを咎められるものはそこにはいなかった。

 




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Episode05 妖艶なる森 後編

後編です


 「私のターン、ドローですわ! ……ふふ」

 ドローしたカードを確認し、思わず笑みが漏れる。これでさらにあの糞野郎を地獄に落とすことができるというのだがから、抑えることなどできるはずもないし、抑える理由もどこにもない。さあ。

 「行きますわよ! 私は手札から魔法カード、孵化を発動! トリオンを生け贄とし、デッキよりアルティメット・インセクトLV5を特殊召喚します!」

 

孵化

魔法

自分フィールド上のモンスター1体をリリースして発動する。

リリースしたモンスターよりレベルが1つ高い昆虫族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 

アルティメット・インセクト LV5

星5 風属性 昆虫族

攻撃力2300 守備力900

「アルティメット・インセクト LV3」の効果で特殊召喚した場合、このカードがフィールド上に存在する限り、全ての相手モンスターの攻撃力は500ポイントダウンする。

自分のターンのスタンバイフェイズ時、表側表示のこのカードを墓地に送る事で「アルティメット・インセクト LV7」1体を手札またはデッキから特殊召喚する(召喚・特殊召喚・リバースしたターンを除く)。

 

 孵化によりトリオンの背中が割れ、そこから新たなモンスターがぬるりと出てくる。それはすぐにその身を固い甲羅で覆い、鋭い鎌のような爪を形成した。

 「アルティメット・インセクト……、また厄介なのが……っ!」

 どうやらこのクズはこの子の力を知っているようだ。まあレベルアップモンスターは生粋のレアカードで種類も少なく、同時にそれなりに知名度もある。知らない人の方が少ないだろう。なんにせよ、知っているのならば話は早い。次の地獄を見せるとしよう。

 「ふふ。まだまだ、こんなものじゃありませんわ! 手札よりゴブリンドバーグを召喚! その効果でチューナーモンスター、ナチュル・チェリーを手札より特殊召喚ですわ!」

 

ゴブリンドバーグ

星4 地属性 戦士族

攻撃力1400 守備力0

このカードが召喚に成功した時、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚できる。

この効果を使用した場合、このカードは守備表示になる。

 

ナチュル・チェリー

星1 地属性 植物族 チューナー

攻撃力200 守備力200

このカードが相手によってフィールド上から墓地へ送られた場合、自分のデッキから「ナチュル・チェリー」を2体まで裏側守備表示で特殊召喚する事ができる。

 

 ラジコンのような飛行機に乗ったゴブリンが飛び立ち、吊るしていたコンテナをフィールドに置く。するとコンテナが自動で開き、中からサクランボのような可愛らしいモンスターが飛び出してきた。

 「チューナー……、シンクロ召喚か」

 流石にシンクロ召喚を狙っていることは分かるようだ。それくらいは当然か。一応はずっとお兄様の友としていたのだから。まあどうやらついに化けの皮が出たようだけど……っ!

 そんな毒虫はどこまでも冷静な顔をしてこちらの一挙一動を見逃すまいとしているようだが、はたして出てきた子を見てまだそんな顔でいられるか、楽しみで仕方がない。

 「レベル4のゴブリンドバーグに、レベル1のナチュル・チェリーをチューニング!」

 2体の僕に指示を出すと、チェリーが1つの輪となり、ゴブリンドバーグは4つの星となる。

 「平和なる森より姿を現し、その強靭なる牙ですべての魔を狩りなさい! シンクロ召喚! 我が忠実なる獣、ナチュル・ビースト!」

 輪を中心に4つの星が光の柱を生み出し、そこからまるで大木のような手足をした緑の虎が姿を現した。

 

ナチュル・ビースト

星5 地属性 獣族 シンクロ

攻撃力2200 守備力1700

地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上

このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、デッキの上からカードを2枚墓地へ送る事で、魔法カードの発動を無効にし破壊する。

 

 「ふふ、ナチュル・ビーストはデッキの上からカードを2枚墓地に送ることで、魔法カードの発動を無効にできますのよ」

 「っ!!」

 私を護るように立った忠実な獣を誇るようにその効果を説明してやる。するとこれまで冷静だった糞虫の表情がついに変わった。

 「さあ、平伏しなさい! ナチュル・ビーストで攻撃! ナチュラルクロー!」

 指示に従いナチュル・ビーストは飛び上がると伏せモンスターを押しつぶす。破壊される前に一瞬見えたのは黄金でできた鍵のようなモンスター、ヘカテリス。

 (あれはヴァルハラをサーチするモンスター……。つまりヒュペリオンを出した後にその効果を使い、ヒュペリオンの効果で奈落を破壊するつもりだったということですわね)

 まったく、甘すぎて逆に情けなくなる。この私がヒュペリオンの召喚を許すとでも思っていたのか。こんなのが今までお兄様の親友をやっていたのだと思うと……、本っっっっっっっ当に許せない!!

 「続いて、アルティメット・インセクトでダイレクトアタックですわ!!」

 先ほどの攻撃で何もなかった以上、もはや恐れるものは何もない。しかし――

 「リバースカード発動!」

 そこで寄生虫は動いた。

 「!? このタイミングで!?」

 さっきの攻撃で発動しなかった理由はいったいなんだったのか。それは起き上がってきたカードを見てすぐに理解することになった。

 「罠カード、奇跡の光臨! 除外された天使族モンスターを特殊召喚する!」

 「な! ということは……」

 除外された天使族モンスターなど、1枚しか存在しない。その答えに私がたどりついたのが分かったのか、害虫はフッと笑って見せる。

 「そう。奇跡によって導かれ、異次元の果てより光臨せよ! マスター・ヒュペリオン!」

 「……っ!」

 

奇跡の光臨

永続罠

ゲームから除外されている自分の天使族モンスター1体を選択し、自分フィールド上に特殊召喚する。

このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊する。

そのモンスターが破壊された時このカードを破壊する。

 

 奈落に落ちははずの黄金の鎧を纏う炎の翼をはやした大天使が舞い戻り、細菌を護るように立ちはだかった。

 (してやられましたわ……っ!)

 攻撃力は向こうが上。現状、こちらに対処する手段はなく、効果の発動条件すら整ってしまった。これではただ破壊されるのを待つだけ。ヒュペリオンの除外から、防御態勢に入ったことで対処する手段がないと錯覚してしまったのが原因だ。そう思わなければもう少し慎重に動けた。そう、完全に毒物質の手のひらの上で踊らされたのだ。

 「…こ……の……っ」

 「なあ、君さっきから俺の事、心の中ですごい呼び方してるような気がするんだが……」

 「黙りなさい!! このっ、マスタードガスが!!」

 「化学兵器!?」

 「バトルを中断して、ターンエンドですわ!」

 

 

 「なるほど。さすが遊司だね」

 状況を見守っていた秀がポツリと呟く。それに俺は同意を示した。

 「奇跡の光臨か。確かにあれがあるなら躊躇いなくヒュペリオンを出せる」

 「しかもちゃんと効果を発動するためのコストを用意した」

 「相手を油断させる意図もあったんだろうな。アドの事だけ考えるならヘカテリスはサーチ効果使った方がいいし、あえて守備表示で出したんだ」

 ここまで、あの一瞬で考えたってのかよ。

 「ったく。よくやるよ、ほんと」

 期待以上の結果に、戦慄を通り越して笑えてくる。

 

 

 「お、俺のターンだな。ドロー」

 さっきから考えていることのほとんどが駄々漏れな目の前の残念金髪縦ロール美少女のおかげでようやく状況が読めてきたのはいいが、なんか俺の評価がすごいことになっていた。化学兵器ってなんだよ化学兵器って。

 (まあ、今はデュエルの方に集中するか)

 展開は概ね思惑通りだ。相手の手札を使わせたうえで、キーとなるだろう強力なモンスターも出てきた。これを破壊すれば一気に優位に立てる。しかし――

 (厄介な2体だが、どうする……)

 出てきたのはどちらも強力なモンスター、というよりも残したくないモンスターだ。魔法を封じるナチュル・ビーストに次のターンに厄介なことになるアルティメット・インセクトLV5。相手にはまだ伏せカードがある以上、このターンで確実に両方倒せるとは限らない。となればヒュペリオンでの破壊は慎重に選ぶ必要がある。

 (次のターンのことを考えると優先すべきはアルティメット・インセクトだ。だが、長期的に考えるなら、魔法を多用する俺のデッキとしてはナチュル・ビーストは確実に倒しておきたい。でも今の手札だとそもそも次のターンをしのいだ後の確実性がない。この状況で俺がするべき最良の選択は……)

 長々と見えて思考は一瞬。出すべき最良の選択を導き出す。

 「……マスター・ヒュペリオンの効果発動! 墓地の天使族・光属性モンスターであるヘカテリスを除外し、相手フィールドのカードを1枚破壊! 俺が破壊するのは……」

 マスター・ヒュペリオンが赤く発光しだす中、俺は対象を指した。

 「ナチュル・ビーストだ! 制裁のエクスキューション!」

 「っ、く!」

 太陽の化身たるマスター・ヒュペリオンの繰り出す裁きの光がナチュル・ビーストを吹き飛ばす。問題なく倒せた以上、迅速に次の行動に移った。

 「バトルだ! マスター・ヒュペリオンでアルティメット・インセクトLV5に攻撃! 執行のサンライトレイ!」

 ヒュペリオンが手をかざすと天空が光り、幾本もの光の柱がアルティメット・インセクトに降り注ぐ。耐えきれず、アルティメット・インセクトが苦悶の声を上げるが、そこで瑠奈が動いた。

 「甘いですわ! 罠カード、攻撃の無敵化発動! 1つ目の効果を選択し、アルティメット・インセクトLV5はこのバトルフェイズ中、バトルで破壊されません!」

 

攻撃の無敵化

バトルフェイズ時にのみ、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択して発動できる。

選択したモンスターはこのバトルフェイズ中、戦闘及びカードの効果では破壊されない。

●このバトルフェイズ中、自分への戦闘ダメージは0になる。

 

 アルティメット・インセクトを護るように展開された光の障壁が降り注ぐ執行の光を弾き飛ばした。

 

2700-2300=400

瑠奈LP4000-400=3600

 

 その光景に俺は歯噛みする。

 「っ! 護ったってことは、ちとやばいかもな。……カードを1枚セットしてターンエンドだ」

 自分の判断が間違いとは思わない。しかしダメージを受けてまで護ったということは次のターン、ほぼ確実にあれが来る。まだ防御手段はあるとはいえ、不味い状況であるのは確かだった。

 彼女が次のターンにどこまでやるか。それにかかっている。

 

 

 「う~ん。今のは遊司のミスか?」

 遊司さんの今のターンについて真さんと秀さんが話し合っていた。どうやら真さんから見ると今のターンは間違いだと感じてるみたい。確かにあの場に立っているのが私だったらアルティメット・インセクトを破壊していたと思うし、そう考えてしまいそうになる。

 「どうだろうね。長期的に見て、魔法を封じるナチュル・ビーストを優先するべきだと判断したんじゃないかな」

 それに対し、秀さんも自分の意見を言う。秀さんの言う通り、どちらも厄介ではあるが、魔法カードを封じられた状態で逆転されてしまった場合、再び逆転するのはほぼ不可能に近い。それを危惧したと考えれば合点がいく。

 「だがこれで次のターンの破壊はまず確定と言えるしなあ」

 結局のところ、あの状況においてはきっとどちらの意見も正しいのだろう。たぶん使っているデッキの差で価値観も変わって、それで意見が違うのかもしれない。真さんのデッキはモンスター効果で展開してエクシーズできるけど、秀さんは魔法カードを使うこともよくあるし。

 でも、もし本当にあの場に立っていたとして、その場の空気、流れを感じていたとしたら。もしかしたら、遊司さんの正解は確かにこれだったのかもしれない。それはつまり、どっちを破壊しようが、このターンで逆転はされるということ。

 「……ねえ。私にもわかるように説明してほしいんだけど……」

 どうやら話について行けてないらしい龍可さんが真さんたちに不満を口にする。龍可さんってデュエルモンスターズは好きでも自分や友達以外の人の使うカードにあまり関心ないんですよね。アルティメット・インセクトについて知らないというのもそのせいだろう。

 「大丈夫ですよ、龍可さん」

 「光ちゃん?」

 でも、その疑問もすぐに解消されるだろう。だから私は龍可さんにそう言った。

 「すぐ、分かると思いますから」

 遊司さんが想定した逆転劇。このターンのそれがどれほどのものかで、先の行動が正しいかそうでないかが分かる。私は生唾を飲んで、二人のデュエルの続きを見守った。

 「私のターン! このスタンバイフェイズ、アルティメット・インセクトLV5の効果発動!」

 「く、やはり来たか!」

 遊司さんの言う通り、アルティメット・インセクトを護った理由が明らかになる。アルティメット・インセクトLV5が光を放ちその姿を徐々に変化させ、大きくなっていく。

 「さあ、今こそその雄々しき翅を広げ、フィールドを制圧しなさい! 最終進化! アルティメット・インセクトLV7!」

 変化が終わると光も収まり、その姿がはっきりする。それは成虫と化したアルティメット・インセクトの最終形態。巨大な翅を広げ宙を舞い、毒の鱗粉をまき散らす究極の蟲の完成形だ。

 

アルティメット・インセクト LV7

星7 風属性 昆虫族

攻撃力2600 守備力1200

「アルティメット・インセクト LV5」の効果で特殊召喚した場合、このカードが自分フィールド上に存在する限り、全ての相手モンスターの攻撃力・守備力は700ポイントダウンする。

 

 「っ、マスター・ヒュペリオン……っ!」

 まき散らされた鱗粉はマスター・ヒュペリオンの黄金の鎧すらも侵食する。その圧倒的な酸の威力の前には、太陽を司る代行者たちの主でさえ片膝をついた。

 

マスター・ヒュペリオン

攻撃力2700→2000

守備力2100→1400

 

 しかしまだ終わらない。瑠奈さんはドローしたカードを手札に加え、残るもう1枚を手に取った。

 「さらにティオの蠱惑魔を召喚! その効果により、墓地のトリオンの蠱惑魔を特殊召喚します!」

 

ティオの蟲惑魔

星4 地属性 植物族

攻撃力1700 守備力1100

このカードは「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠の効果を受けない。

このカードが召喚に成功した時、自分の墓地から「蟲惑魔」と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。

また、このカードが特殊召喚に成功した時、自分の墓地の「ホール」または「落とし穴」と名のついた通常罠カード1枚を選択して自分フィールド上にセットできる。

この効果でセットされたカードは、次の自分のターンのエンドフェイズ時に除外される。

「ティオの蟲惑魔」のこの効果は1ターンに1度しか発動できない。

 

 食虫植物、いや食獣植物たる女の子が瑠奈さんのフィールドに現れ、さらに墓地からトリオンまで特殊召喚される。そしてこの時トリオンが手を振り上げると、それに合わせるように地面から衝撃が起こり、遊司さんの伏せカードの1枚を破壊した。

 「!? ドレインシールドが!?」

 「トリオンは特殊召喚に成功した時、相手フィールド上の魔法・罠カードを1枚破壊する事ができますの」

 私は瑠奈さんの冷静さに息を飲む。この時、奇跡の光臨を破壊していれば、2体の攻撃で遊司さんのライフをゼロにできた。しかしそんな目先の欲にとらわれず、瑠奈さんは冷静にフィールドを見極め、伏せカードを破壊したのだ。

 さっきとは全然違う……!

 「そして、レベル4のティオとトリオンでオーバーレイ!」

 「エクシーズまで!」

 フィールドに同レベルモンスターが2体ならんでいたことから想定はしていたが、まさかエクシーズまで手に入れていたなんて!

 「王の名のもとに、わずかな可能性をも無に帰せ! エクシーズ召喚! 我が忠実なる家臣、妖精王 アルヴェルド!」

 

妖精王 アルヴェルド

ランク4 地属性 植物族

攻撃力2300 守備力1400

地属性レベル4モンスター×2

1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。

地属性以外のフィールド上の全てのモンスターの攻撃力・守備力は500ポイントダウンする。

 

 フィールドに現れたのは白銀の衣を身に纏う妖精たちの王。防御カードも破壊された今、状況は完全に逆転された。

 「アルヴェルドにはオーバーレイユニットを1つ使うことでフィールドの地属性以外のモンスターの攻守を500下げる効果があるのですが、アルティメット・インセクトまで効果を受けてしまいますし、ここは使いませんわ」

 「! そりゃ残念」

 その効果を前に遊司さんが一瞬反応したのが分かった。そう、これでどちらにせよ逆転を許していたのが確定したのだ。

 「バトルですわ! アルヴェルドでマスター・ヒュペリオンに攻撃! スピリットルーラー!」

 「ぐあ!」

 アルヴェルドが手をかざすとそこから突風が吹き荒れ、弱ったマスター・ヒュペリオンを傷つけていき破壊した。

 

2300-2000=300

遊司LP4000-300=3700

 

 これで遊司さんのフィールドにモンスターはいない。

 「今度こそ食らいなさい! アルティメット・インセクトLV7でダイレクトアタック!  熔解のアルティメットアシッド!」

 「うお! っ、……!」

 「遊司さん!」

 続いてアルティメット・インセクトの放った酸の毒液が遊司さんを襲う。寸前で遊司さんは横に跳んでかわすが、当たった場所は一瞬で溶けていきその威力のすさまじさを物語っている。ソリッドビジョンによる演出だと分かってはいても、心臓に悪い。

 

遊司LP3700-2600=1100

 

 「ふふふ、追い詰めましたわよ! カードを1枚セットし、ターンエンドですわ!」

 最後の手札を伏せ、瑠奈さんはターンを終了する。

 「わお、不味いな」

 「状況は最悪だね」

 真さんと秀さんは状況をそう簡潔に語る。フィールドには攻撃力を700も下げるアルティメット・インセクトLV7と攻撃力2300を誇るアルヴェルド。伏せカードもある。遊司さんにはまだヴァルハラが残っているとはいえ、その手札は1枚。伏せカードも1枚あるけど、発動するそぶりはない。条件が整っていないのだ。

 まさに最悪の状況だった。

 「瑠奈ってこんなに強かったんだ」

 どうやら龍可さんも瑠奈さんの実力は把握していなかったようだ。遊司さん相手にこれだけやれるのだから相当強いと言えるだろう。

 「……でも、遊司さんなら」

 その言葉は無意識に発せられていた。応援したいとか、そう言う気持ちから出たのではなく、ただ当たり前のように。

 「こんな状況でも、なんとかしてしまいそうですよね」

 いつからそんな風に思えるようになったのか。まだ数えるくらいしか遊司さんのデュエルは見ていないというのに。でもいつの間にか、それだけの信頼を私は遊司さんに抱いていた。

 「……そうかもな」

 「うん。遊司ならきっと」

 「そうだね。だからこその遊司さ」

 そしてそれは、みんなも同じようだ。そして遊司さんにはそれだけの期待に応えるだけの力がある。

 次のターンの逆転劇に備え、私たちはそれぞれの気持ちを胸にデュエルに目を向ける。それを予感させるように、遊司さんは笑っていた(・・・・・)

 

 

 (……なんですの)

 私には理解できなかった。

 (この圧倒的な状況で、どうして笑っていられますの?)

 フィールドは完全に逆転した。伏せカードも強力だし、もはやこの状況からの逆転などあり得ない。それくらいは目の前のサリンにもわかっているはずだ。だというのに、どうしてこんなにも楽しそうに笑っていられる?

 「……っ、サレンダーするなら今のうちですわよ!」

 背筋に冷たいものを感じ、私は平静を取り戻そうと挑発する。しかしVXガスはそんな無理やり出した言葉などものともしない。

 「サレンダー? そんなことする分けないだろ!」

 そんな明るく挑戦的な言葉に、私はついつい焦ってしまいそうになる。それを隠すように言葉を発し続けた。

 「まだ勝てる気でいますの? もう勝ち目などありませんわよ」

 「かもな。でも、それがサレンダーする理由になるか?」

 「!?」

 まったく想定していなかった言葉。それに思わず固まってしまう。

 「勝ち負けなんて関係ない! 今俺はこの勝負が楽しくて楽しくて仕方がないんだよ! こんな楽しいデュエル止められるか!」

 負けることが、やめる理由にならない。そんなことはありえない。そんな当たり前のように返された言葉に反応すらできなかった。

 「それに、まだ可能性はあるさ」

 「! なんですって?」

 しかし、まだ勝てるなどと言われては反応せざるを得ない。そしてそれは少しずつ、いやもはや初めからそうであったかのように。

 「だって、デュエルは最後まで何が起こるかわかんねえだろ! 行くぜ!」

 「っ!」

 デュエルの流れが変わっている事を感じざるを得なかった。

 「俺のターン、ドロー!!」

 「………」

 「………」

 ドローした体制のまま、一瞬動きを止める。それは恐怖からのものではないのは明白だ。危険物質Yはゆっくりと手札を確認し、デュエルディスクに手をかざした。

 「ヴァルハラの効果を発動! 手札よりヘカテリスを特殊召喚する!」

 ヴァルハラの光に導かれて現れたのは4ターン目にヒュペリオンのコストとなっていたモンスター。決して強力なものではなく。所詮はヴァルハラをサーチするためのカードだ。

 (ヘカテリス? それでどうするつもりですの? ……いや、手札にはもう1枚ある。あれがモンスターだとして、召喚してエクシーズするのか、それとも別の何かの布石か。いずれにしても、これを潰せば終わりですわ!)

 決断を下し、ゲームエンドへ導く最後の罠を発動する。

 「罠カード、時空の落とし穴を発動しますわ! ヘカテリスはデッキへ戻る! これで決まりですわ!」

 

時空の落とし穴

相手が手札・エクストラデッキからモンスターを特殊召喚した時に発動できる。

手札・エクストラデッキから特殊召喚されたそのモンスターを持ち主のデッキに戻す。

その後、自分は戻したモンスターの数×1000LPを失う

 

 突如空間が歪み、ヘカテリスがそこへ吸い込まれそうになる。しかし――

 「まだだ! リバースカード発動! ディメンション・ゲード! ヘカテリスを除外する!」

 

ディメンション・ゲート

永続罠

このカードの発動時に、自分フィールド上のモンスター1体を選択し、表側表示でゲームから除外する。

また、相手のモンスター直接攻撃宣言時、フィールド上に表側表示で存在するこのカードを墓地へ送ることができる。

このカードが墓地へ送られた場合、このカードの効果で除外したモンスターを特殊召喚できる。

 

 それよりも先にディメンション・ゲートによって異次元へ格納されてしまった。結果は罠カードの無駄撃ち。

 「っ、でもこれであなたは何もできない!」

 もはや見せていないのは手札1枚のみ。それだけで何かできるはずもない。

 「それはどうかな。まだ俺には希望がある! 手札から魔法カード、マジック・プランター発動!」

 「な!?」

 最後の手札が、マジック・プランター!? つまりこれは、ヘカテリスをわざと特殊召喚することで、エクシーズやシンクロ、アドバンス召喚などのさらなる召喚やそのほか何らかの動きをするためのカードだと錯覚させられ、最後のカードを切らされたということ。それにもしこちらが罠カードを発動していなかったとしても、ディメンション・ゲートは発動されていた。

 (また、してやられた……っ!!)

 悔しさを通り越して感嘆すらしてしまう。この暗黒物質はいったいどこまで計算して動いているのか。

 「ディメンション・ゲートを墓地へ送る事で発動。デッキから、カードを2枚ドローする!」

 引いたカードを確認し、さらに動く。

 「この瞬間、ディメンション・ゲートの効果により、ヘカテリスが帰還する。そして、 発動せよ! 地獄の暴走召喚!!」

 「なん、ですって……!?」

 「うそお!?」

 「マジすか……」

 観客席からも驚嘆の声が聞こえる。当然だろう。ディメンション・ゲートからマジック・プランターでのドロー。そして帰還したモンスターを対象に地獄の暴走召喚。一連の動きに無駄がなく、そしてそれはたった今ドローしたカードによってもたらされた事実。まるでそうなるべくして必要なカードを引いたかのような流れ。これで驚くなと言うほうが無理だ。

 「地獄の暴走召喚の効果により、瑠奈もモンスターを特殊召喚できるが……」

 「くっ、私のデッキにアルティメット・インセクトLV7はこの1体だけですわ」

 念のために、というように確認してくる声に歯噛みするしかない。もともとレアカードなこともあって1枚しか持っていないし、もしあったとしてもこれを中心に構築しているわけでもないから複数枚入れても事故要因にしかならない。

 そしてアルヴェルドはエクシーズモンスター。墓地に同名カードがない以上、特殊召喚は不能。

 「なら特殊召喚されるのは俺のモンスターだけだな。デッキに残る最後のヘカテリスを特殊召喚!」

 3体目のヘカテリスは除外されているため、出てくるのはデッキに残っていた1体だけのようだ。しかしこれでフィールドにはレベル4のモンスターが2体揃ったということでもある。

 「行くぞ! レベル4のヘカテリス2体で、オーバーレイ!」

 予想通り2体のモンスターは光球となってフィールドに現れた渦に飛び込んでいく。もし時空の落とし穴を温存していればここで使うことができたと思うと、何とも歯がゆい。

 「重なれ星々よ! その光を天空に響かせろ! エクシーズ召喚! 踊れ、フェアリー・チア・ガール!」

 

フェアリー・チア・ガール

ランク4 光属性 天使族 エクシーズ

攻撃力1900 守備力1500

天使族レベル4モンスター×2

このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。

デッキからカードを1枚ドローする。

「フェアリー・チア・ガール」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

フェアリー・チア・ガール

攻撃力1900→1200

守備力1500→800

 

フィールドに現れたのは両手にポンポンを持った青い髪の可愛らしい妖精。素材指定が厳しい割に思ったよりも攻撃力も低い。しかもアルティメット・インセクトの毒鱗粉によりさらに攻撃力が下がっていく。

 「フェアリー・チア・ガール? いったいどんな効果が……」

 こういったモンスターは総じて強力な効果を持っているものだ。いったいどんな方法で来るというのか警戒を強める。しかしその効果はこちらの予想の斜め上を行った。

 「フェアリー・チア・ガールの効果は、オーバーレイユニットを1つ使うことでデッキからカードを1枚ドローできる」

 「な!?」

 「ちょ、それって!」

 確かに強力な効果だ。エクシーズ召喚によって消費したアドをすぐに回復できるのだから。だが、しかし。

 「まだ逆転できる手札じゃない。この効果が、俺の最後の希望だ」

 「っ、そう何度も奇跡は起きませんわ!」

 強気な言葉に惑わされはしない。そう、結局は何もできてないのだ。ここまで動けていること自体がすでに奇跡。この上さらに奇跡を呼び込もうというのか。そんなことあり得るはずがない。

 「かもな! でも、それがどうした!」

 しかし先と同じ言葉でそんな希望すら打ち砕かれる。そこには絶対に引けるという確信しかない。それはもはや奇跡などではない。

 「行くぞ! これが、最後のドローだ! フェアリー・チア・ガールの効果発動! オーバーレイユニットを1つ使い、ドロー!!」

 もはや、必然だ。

 「………」

 「………」

 しばしの沈黙。ゆっくりとカード確認し、私を見た。

 「……来たぜ」

 「な!?」

 一層笑みを強くし、彼はドローしたそのカードをデュエルディスクに差し込む。

 「手札から魔法カード発動! 死者蘇生!」

 「!! そん、な……」

 それは私にとって最悪のカード。蘇るモンスターなど決まっている。

 「墓地より、マスター・ヒュペリオンを特殊召喚! そして効果発動! 墓地のヘカテリスを除外し、アルティメット・インセクトLV7を破壊する! 制裁のエクスキューション!」

 「く、ああ!」

 流れるような動作で再三にわたって現れたヒュペリオンの2度目の効果によりアルティメット・インセクトが燃やし尽くされてしまった。

 「アルティメット・インセクトが消えたことで、俺のモンスターたちの攻撃力は元に戻る!」

 

マスター・ヒュペリオン

攻撃力2700→2000→2700

守備力2100→1400→2100

 

フェアリー・チア・ガール

攻撃力1200→1900

守備力800→1500

 

 体中についていた酸を吹き飛ばし、2体の天使はその力を取り戻す。

 (でも、私のライフはまだ残る。まだ……!)

 「そして、これで俺の墓地にモンスターなくなった」

 「え?」

 「まさか!?」

 最後の手札を手に取り、遊司はそのカードをフィードに降臨させる。

 「天空を翔る一筋の風よ。導きに応え、今舞い降りろ! ガーディアン・エアトス!」

 攻撃力2500を誇る風の女神が舞い降りる。それはこのデュエルを終わらせるに足る十分な力を持っていた。

 「うそ、でしょ……?」

 (こんな、こんなこと……!)

 フィールドは整った。一切の無駄なく、全てのカードを十全に使い切り、絵に描いたかのような逆転劇を見せつけられたのだ。

 そしてその攻撃がついに始まる。

 「行くぞ! マスター・ヒュペリオンで妖精王 アルヴェルドに攻撃! 執行のサンライトレイ!」

 裁きの光が降り注ぎ、断末魔の叫びとともにアルヴェルドが破壊される。

 「ああ…っ!」

 

2700-2300=400

瑠奈LP3600-400=3200

 

 「そしてこれで終わりだ! フェアリー・チア・ガールとガーディアン・エアトスでダイレクトアタック! 精霊のデュエット!」

 「くっ、ああああああ!!」

 フェアリー・チア・ガールの光とエアトスの放つ波動が1つとなって私に届く。綺麗で力強い響きが私を包み込んだ。

 

瑠奈LP3200-(1900+2500)=-1200

 

 

 「……勝った、か」

 デュエルが終わり、ソリッドビジョンが消える。モンスターたちの消えたフィールドを眺めた後、自分のデュエルディスクを見た。自分を支えてくれて、勝利へ導いてくれたカードたちを。

 「……ありがとうな。俺のデッキ」

 終盤に行った計4枚のドロー。すべてが噛み合っていたから起こった奇跡の逆転劇だ。これが俺の力だけで起こったなんて思うほど、俺は馬鹿ではない。全部、デッキが俺の声に応えてくれたからだ。

 「さて、と」

 気持ちを切り替えて、とりあえず瑠奈の誤解を解かないとな。なんで俺が秀を騙してたり裏切ってたりしたことになってんのか詳しく聞かないと。あと俺が化学兵器から最終的に暗黒物質にまで進化してたことについて。

 未だフィールドに座り込んで下を向く瑠奈のもとに向かう。

 「遊司ー!」

 「ん?」

 その途中、観客席にいたみんなが下りてきた。なんかみんな随分と興奮してるみたいだが。

 「遊司最後のすごかったよ!」

 「まったく。なんであんなことができんだよ。積み込んでんじゃねえだろうな」

 「遊司さん。流石です!」

 「あ、ああ。サンキュー、龍可、光。そして真。ちょっと後で話そうか」

 1人だけ失礼なこと言いやがって。誰がそんなことするか!

 俺たちがそうやって馬鹿やってる中、秀は瑠奈に近づき、そっとその頬に触れた。

 「よく頑張ったね、瑠奈。いいデュエルだったよ」

 「う、お兄様……っ、うわあああん!!」

 兄に飛びついて泣きだす瑠奈。最初の超絶ダークな部分を見ているだけに、そんな様子に苦笑するしかない俺だった。

 「あー、遊司泣かせたー」

 「え!?」

 「女の子を泣かせるなんて……、最低だな」

 「え、ちょ!?」

 「ゆ、遊司さん……」

 「ま、待て光! 誤解するな! そしてお前らわかってて言ってるだろう!」

 「「………」」

 「無言で視線を逸らしてんじゃねええええええ!!」

 

 「その……。遊司、さん」

 「え?」

 しばらく2+α対1でコントをしていたら、泣いたせいで目を赤くした瑠奈が秀に連れられて傍まで来ていた。

 「今回は誤解からご迷惑をかけてしまってすみませんでしたわ」

 「……、っ、……あ、ああ。別に気にしてないから。大丈夫だ」

 お前誰だ? という言葉を必死に呑み込み、そう答える。実際気にしてないし、呼び方も直ってるし、デュエルも楽しかった。何にも問題なんてない。

 「しっかし、なんでそんな誤解が?」

 ピクリ、と真が反応した気がした。

 「ああ。それはこの新聞のせいだよ」

 「新聞?」

 そう言えば最近読んでなかったな。デュエルアカデミアの話題が基本だから、ぶっちゃけ代わり映えしなくてつまんなかったからなあ。

 秀から新聞を受け取り、その表紙を確認する。

 「なになに。『かの庭の皇太子、庭瀬秀敗れる!? 相手は我が友。まさかの裏切り!?』……って、はい?」

 意味不明な見出しに頭の中がはてなマークで埋め尽くされる。どういうことだ?

 「いや実は、真を早く学園に馴染ませようと思ってね。僕が負けたという噂を流したのさ。でもどうやら彼のことを我が友、と言ったことが原因で勘違いされてしまったようでね」

 秀の言葉を頭の中でまとめる。そして合点がいった。

 「ああ。みんなからすればお前の友って言ったら俺の事らしいからな」

 つまり、まだ秀の友として学園に知られていない真ではなく俺が秀を倒したとして噂が広まり、そして話が飛躍して裏切ったということになり、それを見た兄を溺愛している瑠奈が俺に制裁を加えようと動いた、と。

 「……理不尽だ」

 俺、今回完全にただの被害者じゃん。……はっ!

 「龍可! お前この新聞知ってたな!?」

 「あははー。面白そうだから黙ってた!」

 「そうだろうな!!」

 友達なんてこんなものだった。……ん? そう言えば。

 「……おい、真」

 「! な、なんだ」

 こっそりデュエル場から逃げようとしていた真の肩を掴んで止める。

 「お前、確か忘れてたとか言って走り去ってたよな。もしかして瑠奈が誤解して俺にデュエルを申し込んでくること知ってたのか?」

 「え、し、知らないなー」

 「しかもドローパン奢ってやるとか言ってたよな」

 「え、えーと……」

 「………」

 「………」

 「黄金の卵パンが当たるまで奢ってもらうぞ」

 「ファ!?」

 ドローパンとは即ち何が入っているかわからないパン。1個100DPで1人1日1個まで。1日限定100個で売られている。そのほとんどが外れで不味いが、うち10個があたりで非常においしい。そして黄金の卵パンとはドローパンの中でも最強の当たりなのだ。それが当たる確率は100分の1。100個の中で1つしか入ってない。なお、俺は今まで当てたことはない。

 「待て遊司! 慈悲を! 俺が破産してしまう!」

 「別に高くないんだから大丈夫だ。諦めろ」

 そう簡単に許しはせん。つまりこいつは誤解を解くことができる立場にありながら面倒だとそれをやめ、全て俺に押し付けていたのだから。

 「くっ、この人でなし!」

 「お前にだけは言われたくないわ!」

 その後、しばらく俺と真の醜い言い争いが続き、教頭先生に見つかって危うく恐怖の20ターンを受けるところだった。しかもいつの間にか他のみんなは帰ってやがった。

 ああ、俺は今心の底からこの一言を言おう。

 「……不幸だ」

 

 後日、さっそく真の奢りでドローパンを購入したら黄金の卵パンだった。

 いや、嬉しいけどさ。なんで……っ、不幸だああああ!!

 

 

 

 1週間後のある日の夜、デュエルアカデミアのヘリポートに1人の女性が立った。

 「ふふ、ここにあの人がいるのね。待っていて、真」

 




今回のNGシーン
 「よく頑張ったね、瑠奈。いいデュエルだったよ」
 「う、お兄様……っ、うわあああん!!」
 兄に飛びついて泣きだす瑠奈。最初の超絶ダークな部分を見ているだけに、そんな様子に苦笑するしかない俺だった。
 「あー、遊司泣かせたー」
 「え!?」
 「女の子を泣かせるなんて……、最低だな」
 「え、ちょ!?」
 「ゆ、遊司さん……」
 「ま、待て光! 誤解するな! そしてお前らわかってて言ってるだろう!」
 「うわああああん!」(チラ
 「ん?」
 「(ニヤリ)うわああああああん!!」
 「ファ!? ちょ瑠奈お前――」
 「遊司。流石にここまでとなるとちょっと僕も怒ってきちゃったよ?」
 「な、ち、ちょっと待て秀! 誤解だ! お前の妹をよく見――」
 「うわ遊司お前……」
 「え!?」
 「流石に酷いよ」
 「――空羽さん……」
 「苗字呼び!? いや待て、待て待て待て待て待て待て待て!?」
 「さあ遊司。僕とデュエルだ!!」
 「秀やっちまえ!」
 「敵を討つのよ!」
 「……空羽遊司さん」
 「すごい他人行儀!? というか光以外、いや絶対光も含めて気付いててやってるだろお前らあああああ嗚呼嗚呼!!」
 「――クス」


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Episode06 侵略は追い縋る火が如く 前編

作者「お待たせしました。連絡もなくしばらく休んで申し訳ありません」

瑠奈「使い物にならないわね。それしか能がないのにこれではお話になりませんわ」

作者「すみません。いやでも、卒業制作とかで忙しくてですね」

瑠奈「言い訳? はっ! 見苦しい」

作者「ご、ごめんなさい」

瑠奈「ふん。わかればいいのよ」

作者「では今回は前置きは短めにして……」

瑠奈「ちょっと待ちなさい。この私がわざわざ来てあげたのに、これで終わりですって?」

作者「あれ、不満?」

瑠奈「当り前ですわ! 他の方はもっと長かったというのに」

作者「でも何話すの?」

瑠奈「それはもちろんお兄様がいかに素晴らしいお方かというこt」

作者「それでは本編をどうぞ」


 いつもニコニコあなたの隣にアカデミア新聞

『これが修羅場か!? 帰ってきたあの人が大胆発言! あれから3日、今なお継続中のアレを見て彼らは何を思うのか 取材編』より抜粋

 とある生徒Yさんの証言

「うん? 取材か。……ああ、アレをどう思うかって? 真ざまあみろ、かな。うん。色々迷惑掛けられたし、ちょうど良い薬だと思う。……つか、よく3日も続けられるもんだなあいつらは」

 とある可憐な生徒Rさんの証言

「あはは、可憐だなんて恥ずかしいね。……ああ、あれのこと? 正直ここまで続くなんて予想外かな。どっちも意地になってるんじゃないかと思う。……あ、真が盛大にこけた」

 我らが癒しの女神H様の証言

「なんですかこの渾名!? き、きらびやか過ぎです! ま、まさか龍可さんの言ったことは本当なんですか!? ……え? そんな事はどうでもいい? よくありません!! って真さん危なひょわあ!?」

 

(どうして、どうしてこうなってしまった!?)

 そんな思考を俺は瞬時に切り捨てる。気をそらした瞬間、俺に勝ち目はない。四肢を緩めることなく走り続けた。

 あれから3日。休む暇はほんの少し。体力は限界。精神も度重なる襲撃で磨耗している。だが敵はすぐそばに近づきつつあり、集中を切らせばすぐさま追いつかれてしまうだろう。それだけはあってはならない。

「ふんぬらば!」

「うおりゃあああ!」

 階段を一段跳ばして駆け上がり、すぐさま方向転換して廊下を右に駆け抜ける。だが敵も然る者、俺とほぼ同じスピードで緩めもせず追ってくる。……オカシイ。男子の方が女子よりも身体能力は上だと聞いた覚えがあるのだが。

「いい、加減……! あたしの派閥に、下れおんどりゃあ!!」

「い、いやじゃボケー!?」

 女子に追いかけられるなんて羨ましいというのは幻想でした。三日も追いかけられてみて初めてわかるなんて勘弁して欲しい。というか追いかけられるのを勘弁して欲しい。

 そこで俺の足が、誰かの足に引っかかる。

 走った勢いで投げ出される体。呆然とし、スローモーションのような意識の中、光ちゃんが何かを避けた格好で俺を唖然と見送っている様子が見えた。何の因果か、俺の足元に突き出されるように前に出ている右足も。

(……どうしてこうなった?)

 目の前に地面が近づく中、俺の脳裏には走馬灯のように3日前の光景が頭をよぎっていた。

 

 

「俺のターン! ドロー!」

 籠に積まれているドローパンを勢いよく取り出す。気分は「ガッチャ!」で有名なあのヒーロー使い。あの御人はドロー運がすばらしいのであやかるのにはちょうどいい。

 昼休み。授業を半ば終えた俺は、いつも通り遊司たちと共に食堂で昼食を取りにやってきていた。ドローパンにしたのはDPの消費を抑えるためと、単純に運試しをしたかったからである。

 さて、遊司、龍可、光ちゃんが固唾を呑んで見守る中、俺は袋を開ける。

「……来たぜ」

「「「!?」」」

 出てきたのは黄金の卵パン。前回といい今回といい、引きが良すぎて震えてくる。さすがは「遊」は字を持つ者、格が違うというべきかリスペクトしただけでこれとか。これが俺の引きとか信じられません。

「……俺のドローがこんなにチートな訳がない」

「な・ん・で・だ!? 真、お前ズルしてないよな!?」

「うわ~。さすがの私も疑っちゃうな~」

「……すり替えました?」

 次々と俺の性格やら何やらが貶められていく。光ちゃんが具体的すぎて特に酷い。ちなみに、遊司はイナゴの佃煮、龍可は銀色の白身魚サンド、光ちゃんは味付けモズクだった。

 とりあえず空いた席に座り、続く遊司たちに反論することに。

「皆酷くね!? 流石の俺の心もブロークンハートなんだが」

「俺たちの心が逆にブロークンハートだっ! この前といいこんなの理不尽すぎる!」

「全くです。理不尽です。狙ってたのに」

「そうそう、不公平だよ。だからちょっとずつ交換しよ?」

「……ええ~」

 結局のところドロー運が結果を左右する。良い結果を出せないのは個人のドロー運が無いせいであると言っても過言ではない。故に交換する必要性はまったくないわけなのだが。

「「「……ダメ?」」」

「ぐ! その目はやめろ。そして遊司、てめーはダメだ」

 さすがに上目遣いをされると弱る。龍可と光ちゃんは美少女であるため、女子とまともに話せなかった俺にはちょっと眩しすぎる。遊司? 奴の上目遣いにイラッときたので断じてやらん。

 その後、龍可と光ちゃんに卵パンを分けたり、分け合って食べ比べたり、遊司と卵パンを巡る仁義無き論争を繰り広げたりと楽しい昼休みを過ごす。

 そんな時、遊司の後ろを2人の男子生徒が通り過ぎた。仲が良いらしく、冗談を言っては殴る振りや蹴る振りをしている。片方は青い制服、もう1人は赤い制服であることからブルー生とレッド生であることがわかった。

(あれ? 仲が良い?)

 ふと、あちらの世界で見たアニメの1部分を思い出す。確か昔、というかアカデミアでは区別やら差別やらで、レッド生とブルー生は特に互いにいがみ合っていたはず。かのサンダーさんが良い例である。俺が見た限り、少なくとも仲が良いとは思えなかった。

 気になって残ったパンをすばやく食べ、辺りを見渡してみると、気が付かなかったが仲良さげ赤と青、黄色の混色グループが所々で見受けられた。

「ングッ。どうした真?」

 遊司が挙動不審な俺に気が付いて、半分になったパンを持ち話しかけてきた。ちょうどいいと思い遊司に事情を聞くことにした。

「いやな? レッド生とイエロー生、ブルー生の仲が良いなって思って」

「ハグハングッ。そうか? 俺は気にしたこと無いけど」

 残っていたパンを全て食べ終え、遊司はことも何気に言う。……これは、あのアカデミア時代のことを知らない? ということは時代と共に改善されたとかな?

「はれ? ング。真、昔のアカデミアの実情知ってたの?」

 そう結論付けようとした俺に龍可が口を挟んできた。遊司と同じように少しだけ残ったパンを飲み込み、意外といった目で俺に話しかけてくる。

「え? 昔は仲が悪かったんですか? ハムッ」

 丁寧に千切りながら少しずつパンを食べる光ちゃんは、龍可の肯定とも取れる発言に目を丸くする。確かに今の食堂の光景を見る限り信じられないだろう。

「そうだねえ。今じゃ考えられないかもだけど、アンティルールなんてザラな時代だったらしいしね」

「そこまでやばかったのか!?」

 龍可の言葉に遊司と光ちゃんは驚愕する。まあ信じられないよな普通は。

 アンティルールとは、デュエルにお互いのカードを賭けること。つまりは相手のカードを勝った者は奪えるということ。アニメ内でもそんな場面が確かにあった。

「まあそこはともかく、そんな時代だからブルー生がレッド生を下に見て差別したり、レッド生もレッド生で向上心が無く妬むばかり、なんてこともあったみたいだよ?」

「そんな……」

「そんな時代がなあ」

「でも、そんな時代を変えたのがあの伝説の――」

「遊城、十代」

「あ、真やっぱり知ってたんだ」

 GXの主人公であるヒーロー使い。彼のその姿に大勢の人が憧れ、そして心を許していった。彼の存在はそんな時代で一際輝いていたことだろう。想像に難くない。

「まあ、今回は関係ないんだけどね」

「「「アラ!?」」」

 てっきり彼のおかげで差別やらなにやら無くなったと思っていたのだが。龍可はそんな俺の内心をあっさり否定する発言をした。遊司と光ちゃんも驚いたのか少し体勢を崩している。

「本人にその意思があったかどうかは分からないけど、彼のおかげで大分緩和されたって言われてはいるよ。でも、早々無くなりはしなかったんだって。実は、ここまで仲が良くなったのはここ最近なんだよね」

「最近?」

「何かあったか?」

「私は心当たりがありませんが」

 俺、遊司、光ちゃんの順で首を傾げる。ここ最近ということは、少なくとも2、3ヶ月前は仲が悪かった。そしてそれを最近改善した出来事があるということ。俺はわからなくて当然だが、遊司と光ちゃんにまったく見に覚えが無いというのはおかしい。

「秀、だよ」

「「はあ!?」」

「……あ~何となくわかったわ」

 龍可の一言に俺と光ちゃんの声が揃う。え、秀君ってあの秀のことだよな? 「僕が、僕こそが貴公子だ!(キリッ)」っていうあの? 遊司は納得しているみたいだけど。

「秀ってさ、結構おせっかい焼きだから、女子だけに留まらず男子にも好印象で慕われてるんだよ。そんな秀のおかげで、険悪になっていた皆も仲良くなっていったんだ」

「言われてみればそんなことしてたな。気にしてなかったから気が付かなかった」

「すごい人ですね」

 遊司がどことなくうれしそうな表情で納得し、光ちゃんは感心した様子で龍可の言葉に同意した。俺はそんな奴と戦ったのか。どことなく誇らしいというか、光栄に思ってしまう。

「ちなみに、秀の派閥及び支持率は学園全体の5割を切ってま~す。『秀様ファンクラブ』に始まり、『御庭番(おにわばん)(しゅう)』『貴公子愛好会』『空を飛部(とぶ)』とか色々作られてるよ?」

「「「色々とパネぇ」」」

 秀の派閥はすごく大規模な組織と化していました。てか秀のカリスマがすごすぎる。入学して僅か2、3ヶ月でそれかよ! カイザーさん以上なんじゃないだろうかこれは。

「って待て。派閥? ファンクラブとかそう言う意味か?」

 派閥という言葉が気になって聞いてみると、龍可は「そっか。真は知らないよね」と1人納得して、説明してくれた。正直遊司や光ちゃんも知らなさそうだけどな。実際光ちゃんは興味深そうに聞いてるし。

「デュエルアカデミアで生徒会長になるためには当然生徒たちからの支持率ってものが必要になるわけだけど、それを明確化するための1つの手段として誰かの派閥を作ってそこに所属するって方式がとられてるんだ。たぶん昔の先輩たちの戯れで」

「先輩たちェ……」

 もしかしてアカデミアって想像以上に暇なのではないだろうか。

「まあ、今言った通り明確な決まりってわけじゃないから、別に無所属でもいいんだよ?結局は立候補した人の中から投票日に全校生が投票して決めるんだから。派閥が作られてても立候補しない人だっているし」

「つまりただのファンクラブってことじゃないか……」

 聞いてるとなんだか呆れてくる。しかし同意を得ようと遊司を見ると、どこか遠くを見るような目をしていた。……そこに見たことのない大地でもあるのだろうか。

「まあそうだけど、派閥が大きいとアカデミアの方針とかにも口出しできるから、ある意味派閥って言い方もあってるかもしれないよ」

「派閥の存在はそのまま権力に繋がるのか。人によっては必死になりそうだな」

 生徒の中で権力争いがあるとかそれ放置してていいのかな。生徒の自主性を重んじるにしてもさすがに行きすぎな気がする。

「そういえば残りの5割は? 無所属とかそんなのか?」

「うん? そうだねえ。残りは――」

 俺の質問に龍可が意味ありげな笑みで答えようとしたとき、食堂の入り口が僅かにざわめきだした。その場所を振り返って見てみると、何人かの女子生徒が「お帰りなさい!」「お待ちしておりました!」と1人の女子生徒に大挙して挨拶していた。

「あちゃ~帰ってきたのか~。もうちょっと遅くなると思ってたんだけどな」

「龍可さん?」

 ウェーブをかけたボブ、薄いピンクの髪をしたその少女を見て、龍可は困ったような笑みを浮かべそう呟いた。彼女に嫌な思い出でもあるのだろうか?

「えっとね、彼女はレーナ・ドロエットさん。彼女にも派閥があって、残りの5割の中にそれが含まれてるんだけど――」

「この食堂に中に、兵武真という男子生徒は居る!?」

「……はい?」

 彼女、ドロエットさんの声が食堂に響き渡る。食堂内の生徒が一斉にこちらを見た。

「ふ~ん、なるほどなるほど」

 注目されている俺を見つけ、こちらに向かって悠然と歩いてきた。それはさながら犯人を追い詰める探偵のようで、一体何のようなのかと俺は困惑した。

 そして、俺の目の前で止まる。そこで近くにいた遊司たちに気づき、嬉しそうだった表情を険しくした。

「……」

「ど、どうもレーナ先輩」

「ご無沙汰してます、先輩」

「えっと、初めまして……?」

 それぞれが違う表情をしてあいさつする。遊司は引き攣った笑みで、龍可は困った顔から一転していつもの笑顔で、光ちゃんはどうやら初めて会ったらしく戸惑いながらも普通に。……前者2人、何があった。

「フン、まあいいです。今回は貴様らに用はねえ」

 そんな彼らに構うことなく、口調の激しい彼女は俺に目を向ける。

「あたしは2年のレーナ・ドロエット! 初めまして、真」

「は、初めまして? 兵武真、です」

「あれ、私も言ったのに無視されました!?」

 いきなりの呼び捨てに驚いた。つい口篭る。光ちゃんは無視されたことに悲しそうだ。そんな俺、ついでに光ちゃんに構わず、彼女はこちらを値踏みするように俺を見る。時節「覇気が少し……」「……でも実力は上」と呟いては手をあごに当て考え始める。

「えっと?」

「うん、決めた!」

 え、なにを? 俺がそう言おうとした瞬間――

「喜びな真! あんたは今日から私の派閥に入れるんだから!」

「……ファ!?」

「「なん……だと……」」

「あちゃちゃ、そうくるよね~」

 いきなりの派閥入り宣言に俺はつい変な声を出してしまった。え、どゆことやねん!? 遊司と光ちゃんは驚きすぎてネタにはしり、龍可はまるで予想していたかのように苦笑いしている。

「あたしたちの最終目的はこの学園の頂点に立つこと! そのためには力、つまりデュエルの強い生徒が必要なわけ。そして力の周りには人が集まり、あたしたちは学園で一番の派閥に発展していくことが出来る!」

 レーナさんの演説は最高潮。拳を握り力説している。遊司、龍可、光ちゃんは呆れつつ彼女の話を聞き、その彼女の周りにはその派閥のメンバーであろう女子生徒が集まり同意するように頷いている。

「そのために真、あんたが必要なの。わかった? ってあれ?」

「うん? 真?」

「あれ? 真さんいつの間に……?」

 レーナさんが手を向けた先に俺はいない。そのことに遊司、光ちゃん、その他大勢が気づき始める。

「いた! そこ!」

 その中の誰かがついに俺に気づく。俺は演説が始まり彼女に注目が行くと同時に席を離れ、食堂の出口まで匍匐前進で移動していた。……だって、面倒ごとの臭いしかしないんだもんよあの時点で。

「というわけで、散!」

「おい待てやコラー!!」

 手を軽く挙げ、すばやく起き上がりダッシュ。それなりの好スタートにもかかわらず、その後をレーナさんがすさまじい勢いで追ってきた。なにそれ怖っ! そして早っ!

 とりあえず目下の目標は1日逃げ回ること。1日逃げ回れば諦めてくれるだろう。……諦めて、くれるよね?

 

 

「……早いな」

 逃げていった真とそれを追うレーナ先輩の姿に俺は呆然と呟く。まさに嵐のような一幕だった。光と龍可も呆然としたまま動かない。周りに居た生徒たちも驚愕で固まっていたが、しばらくしてレーナ先輩側の女子生徒は慌てて追いかけ、他は困惑しつつもそれぞれ行動を開始し始めた。

「レーナ先輩必死だね~。まああれだけのことがあったんだし、仕方ないよね遊司~?」

 意地悪げに俺に言う龍可。光は原因が俺にあると知り、まさかといった様子でこちらを見る。そんな2人から俺はすばやく視線を逃がす。

(え、やっぱそうなっちゃうか? でもあれは不可抗力……)

「ま、確かにあの時は不可抗力、と言うより制御不可抗力だったよね」

「エスパーかお前は。そしてその意見には激しく同意しておく」

「え、え? 一体何があったんですか?」

 俺たちの話しについて来れなくなったのか疑問を口にする光。

「そうだね、光ちゃんにも順に話しておこっか」

 そして龍可が光に話し始め、俺はその話に乗っかるようにあの時のこと、あの時に教えてもらった情報を思い出す。

 まずレーナ先輩について。彼女はブルー女子生徒全体の派閥を仕切っていたそうだ。女子生徒は全員ブルー生。それ故ブルー男子勢とレッド男子勢のいざこざには興味が無く、解決できるだけの力がありながらそれを解決しようとも思っていなかったらしい。というかそれすらも利用して男子勢さえも飲み込まんとしていたそうな。

「先輩の狙いは生徒会長の座。他のことはどうでもよかったんだねきっと。ともかく、あのアグレッシブさでどんどん派閥を大きくしていったんだ」

 龍可がげんなりとする。その理由を俺は知っている、というよりも聞かされている。

 勢いに乗っていたレーナ先輩は新入生にも目をつけ始めた。龍可はその時結構迷惑をかけられたらしい。その愚痴に付き合った覚えがある。そして――

「遊司も巻き込まれたんだよね」

「そうだったんですか?」

「あー、まあな」

 光の問いに、俺はあの時のことを思い出し苦笑する。そう、実は俺も真と同じ理由でレーナ先輩に誘われたことがあるのだ。その時の俺は、何というか、適当に返事をしていた気がする。気が付いたらレーナ先輩の派閥に組み込まれていた。道理で知らない女生徒から声をかけられると思った。

 ますます勢いづくレーナ先輩の派閥、ドロエッ党。さてそんなレーナ先輩覇王時代に、1つの綺羅星が颯爽と、意図せず無自覚に舞い降りる。

「秀」

「ここで!?」

 龍可の一言に、光、絶句。そう、ここで、なのだ。ここでも、と言ったほうが正しいのかもしれない。

 仲良くしようぜ思考をこれでもかと学園内に広めていった秀。ドロエッ党が影響を受けないはずも無かった。しかも頭脳明晰、スポーツ万能、才色兼備、アイドルといった、女性に優しい要素をこれでもかと搭載した奴に、心が釘付けにならないはずが無かった。

 誰が予想するだろうか? 俺がそれにさらに拍車をかけていたなどと、内部崩壊のパイプ役になっていたなどと。事の真相を聞かされた俺の心中は察すべし。秀が俺によく構うことで、近くにいたレーナ先輩派の女子生徒と関係ができ、その結果秀に悩殺されてしまうという侵食コンボが出来上がっていた。

「結果、ドロエッ党は秀君派の勢力ができて内部崩壊。その力は学園全体の1割程度にまで落ち込んでしまいましたとさ」

「それであんな態度を……」

 龍可が昔話っぽく話を締める。光は何とも複雑そうな顔をして俺を見た。まあそうだよな。他人事だったら俺だってそんな顔をする

 あの時のレーナ先輩の発言「オウマイガッ!」は忘れない。せっかくの巨大になりかけていた派閥を飴を溶かすがごとく削られたのだ。うなだれて手を地につく姿には不憫しか感じなかった。

 ふとそこで俺は疑問を抱く。全体の1割? 妙に少ないような……。

「たった1割? 残りの5割が先輩の派閥じゃなかったのか?」

 全盛期を9割、今期で秀の派閥と同じ5割くらいと予想していたのだが違ったらしい。

 そんな俺の疑問に龍可はその質問を待っていたとばかりに笑みを浮かべた。

「実は、光ちゃんの派閥で~す」

「けっほ!?」

「実質、秀君と光ちゃんの派閥がほぼ二分割してる状態だね」

 何とも得意げに新事実を暴露する龍可。光はいきなり咳き込み始めた。……じゃなくて! え、まじか!?

「ひ、光、まさかお前が……!」

「ち、違います違います! る、龍可さん!? 私そんなの初耳ですよ!?」

 光が手を上下に振って、今までに無いくらい動揺し始めた。光にとっても新事実らしい。

「ちなみに、私が会長」

「る、龍可さあああああんん!?」

 ついに容量を超えたらしい。真っ赤になって龍可を叩こうと手を上下に振るも、龍可は肩叩き程度にしか思っていないようで、「ん~気持ち良いねえ~」とむしろ率先して叩かれている。なんだこれ、ひどすぎる。

「というかそれで私、先輩に無視されてたんですね!? 絶対あれ敵視されてたじゃないですか、もーもー!!」

「あはは、ごめんごめん。あ、そこもう少し左」

 龍可がこれ以上ないほど幸福な顔をしていた。真っ赤になった光に癒されているんだろう。傍から見ればただじゃれあっているだけだもんな。ふと周りを見ると、食堂のほぼ全員が何か可愛いモノを見たような反応をしていた。なるほど、萌えか。秀と同じ人気を誇るのがわかる気がする。

 光が落ち着いたのは、昼休みが過ぎてからだった。周りの視線に気が付いてさらに真っ赤になる光は素直に可愛かった。

(……しかしあれだ、レーナ先輩とは関わらない方がいいんじゃないかこれは)

 龍可の話を聞いて益々そう思う。まずいい結果を生むことはないだろう。そこのところを龍可と光に話した方が良いかもしれない。

 

 

 そんなこんな、というかあんなこんなで三日。その放課後。

「助けてくれ」

「「「頑張れ(って)」」」

「即答!?」

 光ちゃんに足を引っ掛けられた時はどうなる事かと思ったが、驚異的幸運で一回転して着地することができた。……走馬灯が見えたときはどうなる事かと思った。

 あの後も追いかけっこは続いた。教室廊下職員室校長室生活指導室に始まり、森海空と走り抜けました。空? ……また崖から落ちてスカイハーイとかほんと勘弁である。

 で、流石に疲れが溜まりに溜まってまずいので遊司たちに助けを請うたのだが、……皆さん、御無体すぎやしませんか?

「なんでや! なんでワイがこんな目にあかんといかんのや!?」

「落ち着いて真。私たちだって助けたいよ! でもね……」

「そう、だな……」

「です、ね。ごめんなさい」

「人がギャグってるのに何さその反応!? え、一体何があったし!?」

 何か予想外にも真面目に返された。遊司たちはとても罰の悪そうな顔で、俺を見ず明後日の方向を向いていた。流石の俺もこれには驚いた。レーナ先輩に何したんあんたら。

「そ、それよりも! 先生はどうかな? ほら担任の」

「ああ、鴇矢先生だろ? 俺もそう思って、昨日の放課後先生に頼みに行ったんだけどさ――」

 以下、ダイジェスト。

 

『と、鴇矢先生! ゼハ、ゼハ、い、今すぐ早急にお願いしたいことが! ゼハ!(超汗だく)』

『! ま、真君!? 一体どうしたそんなに慌てて!?』

『は、はい。実は――』

『鴇矢先生(超笑顔)』

『!! こ、これは教頭先生! い、一体何のよう――』

『これを(数枚の写真。映っているのは鴇矢先生と女子生徒らしき姿)』

『こ、これは、その……!(超冷や汗)』

『この件について、少しお・は・な・し・が(絶、笑顔)』

『……はい(肩がっくり)』

『あ、そこのあなた。確か真君といったわね。今日は遠慮してもらえると――』

『や、ヤー!!(絶、笑顔のままこちらを向かれて思わずドイツ式敬礼)』

『ま、真君助け――』

『それじゃあね。早く帰るのよ?(鴇矢先生を引きずって職員室を退室)』

 

『うふふふふ。この20ターン、絶望を味わいなさい!』

『い、いやああああああああああ!?』

 

「って」

「鴇矢先生一体何を……!」

 俺の話を聞いて遊司たちの顔色が青くなった。そうだよな、俺も思い出すだけで青くなる。十分ホラーネタとして使えるねこれ。

「まったくどうすればいいってんだ! ……はっ! 秀に何とか――」

「「「それはやめたげよう(あげましょう)」」」

「さっきから鬼気迫りすぎじゃね!? 何でさ!?」

 すさまじい勢いで反対された。俺の助けを拒んだことといい、一体何が起きたのだろうか。

 その後小一時間説得され、とりあえず秀に頼ることはやめることに。正論で言い負かされた口になった。だが聞いているうちにどこかおかしいと感じるのは俺の気のせいだろうか?

「やっぱり、デュエルで決着をつけたほうが良いと思います」

 ここで光ちゃんが俺に提案してくる。遊司と龍可もそれに賛成なのかこちらに頷いてきた。だが、3日走り続けて俺は思うところがある。

「……あの先輩が、そんなあっさり諦めてくれると思うか?」

 あの先輩だよ? 3日間休みもろくに取らせず追いかけてくるあの先輩だよ? 崖から落ちたときも余裕で着地して平然と追いかけてくるあの先輩だよ? 勝っても負けても碌なことにならないと思う。俺がそう細かく説明すると遊司たちは一様に押し黙る。どうやらわかってくれたらしい。

 さて、どうしたものかと俺たちは途方にくれる。そんな空気の中、突然龍可が俯いていた顔を上げ、なにやら嬉々として考え始めた。「確か以前……」「ジャック……対戦者は……」「イリアステル……」とか呟いてるけど……今何か不穏な言葉を口にしませんでしたか?

 しばらくすると、考えがまとまったのか満面の笑みを浮かべる龍可。そしてそれを困惑の目で見る遊司、光ちゃん、俺の3人。何だろう、嫌な予感しかしない。

「いいこと思いついた! 真、私に任せてくれないかな?」

「え? いや龍可、レーナ先輩と関わるのは嫌なんじゃ――」

「いいからいいから! 思い立ったが吉日ってね。まあ任せてよ!」

「ちょ、ちょっと!?」

 困惑する俺に構うことなく、龍可は俺の腕を引っ掴むと「レーナ先輩どこかな~」と歩き始める。遊司と光ちゃんは顔を見合わせ俺たちの後をついて来た。

 一体、何が始まるのだろうか? 腕を引かれながら、俺は穏便に済むことを願った。

 

「「「「ランニングデュエル?」」」」

 確信。碌なものじゃなかった。

 俺たちがいるのはアカデミアの正面玄関。レーナ先輩はそこで俺を探していたらしく、「あたしの勘が当たった! 寮で待ち伏せしている部下に連絡して置こう」とDパットを操作しだしたときは寒気を覚えた。おのれ、権力ってのはこれだから……!

 そこで遊司たちが居ることに気づくと、あからさまに嫌そうな顔をした。だが龍可がランニングデュエルについて話し出すと、興味を引かれたのか嫌そうなそぶりを見せながらも質問をしてくるようになった。

 ランニングデュエル。発想元が誰かは詳しく覚えていないが、このデュエル方法は一種のネタとして使われていた。文字通り、バイクに乗ってではなく走りながらデュエルをすること。……つまり、すごいシュールです。

「今回は追いかけっこの要領で、真が先輩に捕まったら真の負け、ってことでどうかな?」

「ふ~ん? ……それでいこう!」

 提案者の龍可がそうレーナ先輩に問いかける。レーナ先輩は結構乗り気そうだ。だが待って欲しい。それって俺に結構不利じゃね!?

「ちょ、何でそんなアウェーな条件を出したんだ……!」

「普通のデュエルじゃ満足できない。ならこっちから興味の引くルール、不利な条件を足してあげればいいんだよ」

 龍可の言葉にぐうの音も出ない。龍可の策略は当たり、レーナ先輩とデュエルすることができるようになったのだから文句は言えない。

「ま、私はどんなデュエルになるか興味があるだけだけどね!」

「そんなこったろうと思ったわ!」

 一転して屈託なく笑う龍可。こいつ楽しんでるだけだ!? 遊司と光ちゃんが呆れた視線を龍可に向ける。

「っ~! たく。……まあ、ありがとな」

「へ!? ……ど、どういたしまして」

 だが手伝ってもらったこともまた事実。せいぜい楽しんでもらうことにしようと思う。龍可に礼を言い、俺はレーナ先輩と向かい合う。

「用意は良いか真! やってやるぜえええ!」

「ハイテンションですねまったくもう! いざ、尋常に……!」

 デッキがオートシャッフルされ、5枚カードをドローする。そして俺はクラウチングスタートの体勢に入る。周りからは「なん……だと」、「本気で取りに来てやがる」といった声が聞こえてくる。ええ、本気で逃げる気満々ですとも。追いかけっこではなく、デュエルで決着をつけてみせる!

「「ランニングデュエル、アクセラレーション!!」」

 その言葉と共に一気に走り出す。俺のこれからを賭けたデュエルが、今始まった。

 

 

(真は優しいなあ)

 走り去っていく両名を残った私たちは追いかける。走りながら、ふと私に礼を言ってきた真が脳裏に浮かぶ。ただ面白そうだからと提案しただけなのに、それに律儀に礼を言うなど考えられなかった。

(……まったくもう)

 少し、ほんの少しドキッときた。涙を見せたあの時といい、真は優しすぎる。勘違いしそうになるではないか。

(むう。これが終わったら、後で飲み物を奢ってもらお)

 私はそんな安い女じゃないよ、真。それに、今の私じゃ優しい彼に逃げるようになってしまいそうだから。そんなことを考えているうちにデュエルが始まる。とりあえず頭を振り、それ以上考えないようにする。

「行っくぜえ! あたしのターン!」

 先行はレーナ先輩。ライディングデュエルではないので、先攻後攻はデュエルディスクが勝手に決める。他にもスピード・ワールドやスピード・スペル、スピード・カウンターもないのでただ走っているだけのデュエルと言える。

 だが捕まったら即真の負け。今は距離が離れているのでその心配はないだろう。先輩もどうやらデュエルに専念することに決めたらしく全力で走っていない。というか、距離を取りすぎるとデュエルができなくなってしまうため、つかず離れずの距離に甘んじるしかないのだが。

「あたしはモンスターをセット! カードを2枚伏せてターンエンド!」

「こ、このターンは、えほっ。お、おとなしい、ハア、動き、ですね、こほっ」

「ひ、光? 大丈夫か?」

 光ちゃんが苦しそうに話すのを、隣で並走している遊司が心配する。そういえば光ちゃん、体力なかったっけ。これは失敗した。

「しょうがないか。文句は後でいくらでも聞くからなっと」

「へ? ……へへう!?」

 遊司はそう言うと走ったまま光ちゃんを抱き寄せ、自然な動きでお姫様抱っこした。……さすが遊司、恥ずかしいことを平然とやってのける。された側である光ちゃんの顔は真っ赤に染まり、今にも火が吹き出そうだ。超、可愛いです。

「俺のターン! おっと危な! ドロー!」

 そうこうしているうちに真のターンに入る。今走っているのは林の中。木の根や枝を上手く避け、真はカードをドローする。

「……俺は宵闇の使者をコストに、ダーク・グレファーを攻撃表示で特殊召喚! 更に、白夜の騎士ガイアを通常召喚し、手札のオオルリの効果発動! オオルリを攻撃表示で特殊召喚!」

 現れる3体のモンスターたち。そんな彼らもまた、木の根や枝を華麗に避けつつ真に追従していく。流石は戦士族って感じだね。

「一気に3体のモンスターを!? しかも切り札まで使って無理やり……」

「真、結構跳ばしてきたね。早く決着をつけるつもりだと思う」

 そして真のその選択は間違いではない。実際、ライディングデュエルなんていうDホイールに乗りながらのデュエルは予想以上に体力を消耗する。走りながらのデュエルだってそれは同じだ。ともなれば、捕まったら終わりのルールで追いかけられる側である真は、可能な限り早く決着をつけたいに決まっている。

「でもそれは、焦っているのと同じだろ。下手をすればデュエルの勝敗に関わる決定的なミスをしてしまう可能性もある」

「そうだよね。真大丈夫かなあ」

 面白がって提案したランニングデュエルだけど、これは思っていた以上に真に不利なルールになってしまったかもしれない。

 ……うう、ちょっと反省。

「……はうう」

 私と遊司が考察する中、光ちゃんはまだ混乱状態から回復していなかった。……遊司と真で多少免疫がついたと思っていたのだが、どうやらまだまだのようだ。そこが可愛いけど。

「レベル4のガイアとオオルリでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 早々に推参、機甲忍者ブレード・ハート!」

 召喚されたのは真の切り込み隊長である忍者、ブレード・ハート。姿を見せたと思ったら、忍者らしく林の中に隠れてしまった。だが時々木が不自然に揺れるので、しっかり真のそばにいるらしい。

「ブレード・ハートのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを1つ取り除き、『忍者』と名のつくモンスター1体を選択。選択したモンスターはこのターン2度攻撃できる! 俺はブレード・ハート自身を選択!」

「な、なんだとお!?」

 ブレード・ハートが真の後ろに現れ、オーバーレイユニットを切り捨てる。これでブレード・ハートは攻撃力2200の2回攻撃が可能になった。毎回初手で出てくるけど、いつ聞いても怖い能力だなあ。

「行け! ダーク・グレファーでセットモンスターに攻撃!」

 正体のわからないモンスターに攻撃する場合は、攻撃力が高いモンスターから先に攻撃するのがセオリーのはずだ。守備力が高かったら目も当てられない。だが攻撃したのは攻撃力1700のダーク・グレファー。もしかしたらブレード・ハートの2回攻撃によるワンキル狙い?

 私の予想をなぞるようにデュエルは進行していく。真に追従していたダーク・グレファーが後ろのレーナに向けすばやく方向転換し、セットされていたカードを切りつける。そして現れたモンスターは――

「な~んちゃって。メタモルポットのリバース効果を発動するよ!」

「んな!? メタポ!?」

「お互いの手札を全て捨てて、その後お互いにデッキからカードを5枚ドローする! あたしが捨てるのはワーム・ヴィクトリーとワーム・ウォーロード! そしてドロー!」

「げ、ワームか。厄介なデッキで。俺が捨てるのは極夜の騎士ガイアとタスケナイト! 5枚ドロー!」

 

メタモルポット

星2 地属性 岩石族 リバース

攻撃力700 守備力600

リバース:お互いの手札をすべて捨てる。

その後、お互いはそれぞれ自分のデッキからカードを5枚ドローする。

 

ワーム・ヴィクトリー

星7 光属性 爬虫類族 リバース

攻撃力0 守備力2500

リバース:「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター以外の、フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。

また、このカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカードの攻撃力は、自分の墓地の「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスターの数×500ポイントアップする。

 

ワーム・ウォーロード

星6 光属性 爬虫類族

攻撃力2350 守備力1800

このカードは特殊召喚できない。

このカードが戦闘で破壊した効果モンスターの効果は無効化される。

このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃できる。

 

 墓地に落ちたモンスターが『ワーム』と聞いて、ドローする真の表情が陰る。どうやら何か知っているらしい。そしてセットされていたモンスターは毎度お馴染みのメタモルポット。ということはあの2枚の伏せカードは用心した方がいいだろう。

「メタポには驚いたがこれでがら空き! ブレード・ハートでダイレクトアタック! カスミ切り!」

 しかし真はさして気にした様子もなく攻撃を続行する。……やっぱり何か心に余裕がなさそう。

「甘い! リバースオープン! 罠カード、バースト・リバース! 2000ポイント払って、墓地から裏側守備表示でモンスターを蘇生! あたしが選ぶのはワーム・ヴィクトリー!」

 

バースト・リバース

2000ライフポイントを払って発動できる。

自分の墓地のモンスター1体を選択して裏側守備表示で特殊召喚する。

 

レーナLP4000-2000=2000

 

「……ワーム・ヴィクトリーの守備力は2500。俺のモンスターたちの攻撃は届かない。よってバトルは終了する」

「ま、ここは仕方ないよな。俺だってそうする。……しかし思いきったもんだな、先輩」

 私の予感が的中した形になった。やってしまったみたいな苦々しい顔をする真を見て、遊司が軽く驚いたように呟く。私も同じ気持ちだ。まさかライフポイントの半分を軽く消費してくるとは。

「くっ! 俺はカードを3枚セットしターンエン……おっとお!?」

「ちい!」

 真がターンエンドすると同時に、いつの間にか近づいていたレーナ先輩が真に向けて飛び膝蹴りを敢行した。それを危なげなく回避する真。今のは良くかわしたなあ。

「る、龍可さん! 今のは反則じゃないんですか!?」

「あ、光ちゃんおはよう」

 光ちゃんが正気に戻り、先程の攻撃について私に質問してくる。遊司も言いたげな視線を送ってくることから、光ちゃんと同じ気持ちらしい。だが――

「反則じゃない……と思うよ。ライディングデュエルでもこんなことあったし……」

「そ、そうなんですか……」

 遊司と光ちゃんが引き攣った顔で私を見てくる。私ではなく彼らライディングデュエリストに言ってほしい。特にやられた側の遊星とかジャックとかジャックとか。彼らならきと喜んで説明してくれるだろう。

「ゆ、油断も隙もあったもんじゃない……!」

「いいからさっさとあたしに捕まっちまいな! そうすれば楽になれるんだぜ?」

「全力で拒否する!」

 そういって走るペースを上げる真。あんなに走ってよくスタミナが持つものだと感心する。更に時々後ろを振り返っては、レーナ先輩に近づかれていないか確認していた。

「待てやオラオラ! あたしのターン、ドロー!」

 そんな真のスピードに負けず劣らず、レーナ先輩の方もドローしつつ追うスピードを上げる。

「忍者どもにはご退場願おうじゃねえか。ワーム・ヴィクトリーを反転! ワーム・ヴィクトリーの攻撃力はあたしの墓地の『ワーム』と名のついた爬虫類族モンスターの数×500ポイントアップする。まあ、さして意味はないね」

 現れたのは六つの腕を持つ紅い体を持った人型の何か。時々粘着質な音をたててレーナ先輩を追いかけ始める。わ、私このモンスターは好きになれないかな。

 

ワーム・ヴィクトリー

攻撃力0→500

 

「そしてリバース効果を発動! 『ワーム』と名のついた爬虫類族モンスター以外の、フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する! やりな、ヴィクトリー!」

「そんな効果が!?」

 遊司がその効果を聞いて驚く。まるであの激レア魔法カード、ブラックホールのような強力な効果。しかもデメリットは無いも同然。これは真にとって痛いだろう。ワーム・ヴィクトリーは6つの腕を伸ばし、風を切る音を伴いながら真のモンスターたちに迫る。

「唯ではやらせん! 伏せカードオープン! 罠カード、闇霊術-『欲』! 自分フィールド上の闇属性モンスターをリリースして発動できる。俺はダーク・グレファーをリリース! デッキからカードを2枚ドローする! 相手は手札から魔法カードを1枚見せればこのカードの効果を向こうにできるけど……」

「……あたしの手札に魔法カードはないよ」

「なら『欲』の効果によって、俺はカードを2枚ドロー!」

 ダーク・グレファーは『欲』と書かれた魔方陣の中に消え、ブレード・ハートはなすすべなくワーム・ヴィクトリーの腕に貫かれ破壊された。

「上手く避けましたね」

「そうだねえ」

 光ちゃんの賞賛する一言に私は頷く。実質ブレード・ハートのみが破壊されただけの被害ですみ、しかもハンドアドバンテージまで取っているのだから。

「ブレード・ハートだけは破壊される。すまんなブレード・ハート……」

「ちっ! 上手く避けやがって。 バトル! 行け、ワーム・ヴィクトリーでダイレクトアタック!」

「これくらいのダメージは必要経費!」

 ワーム・ヴィクトリーの腕の1本が真の背中を襲った。だがダメージが少ないせいか、少し体勢を崩しただけですぐに持ち直した。よ、良かった。派手に転んだりして怪我しなくて。

 

真LP4000-500=3500

 




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Episode06 侵略は追い縋る火が如く 後編

後編です


(あの人たち、疲れないんでしょうか?)

 私の数倍の距離を走っておいて何故そんなに元気なのか。未だに痛みの残る自分の足を見て私はそう思った。……そう、だから仕方がないんです。お姫様抱っこだれて少し幸せだな~なんて思ってません。はい。全ては足が痛くて動けないから。

「モンスターをセット。カードを1枚セットしてターンエンド。ってあれ? もうここまで走ってきてたんだ?」

 そんな言葉が聞こえてきたので、慌てて思考を中断する。いつの間にか林を抜け、いつも船が行き来する埠頭にまで走ってきていた。

「フウ。どう? そろそろ体力的にきつくなってきたんじゃない?」

「こほっ。ご冗談を。……でなきゃ、この3日間逃げおおせていない! 俺のターン、ドロー!」

 それなりに疲れているらしい。見ると龍可さんも軽く汗をかいているように見えるし、遊司さんも若干息が激しくなっている気がする。……。

「……穴があったら亀になりたいです」

「突然どうした光!? 穴の意味がまるで無いぞ!?」

 私の分まで走ってくれているのだ、それはそれは体力を消耗することだろう。なのに自分はそれに甘え……。

「龍可さん。このデュエルが終わったら好きなだけ私に抱きついていいですよ」

「ほんと!?」

「やめろ光!? それ以上自分を卑下するんじゃない! 何か知らんが止めないといけない気がするんだ!?」

 ……若干、自分の甘さ加減につい欝になってしまった。遊司さんの言葉で何とか平静を取り戻すことに成功する。

「手札からフォトン・スラッシャーを特殊召喚! そして、ライトロード・アサシン ライデンを通常召喚する!」

「っ! チューナーモンスター……!」

 こちらに関係なくランニングデュエルは進む。真さんの場に現れたのは2体の光属性戦士族のモンスター。彼らは剣を構え、油断なくレーナ先輩のフィールドを見る。

「まずはライデンのモンスター効果発動! デッキの上からカードを2枚墓地へ送る。……落ちたのは終末の騎士とカオス・ソーサラーだ」

 ライデンが剣を掲げ効果が発動する。流石というべきか、墓地肥やしは念入りだ。余さず効果を使っている。……そういえば、真さんはシンクロ召喚を使えるのだろうか? 使ったところを1度も見ていない気がする。

「今回はシンクロではなくエクシーズで! レベル4のフォトン・スラッシャーとライデンでオーバーレイ! エクシーズ召喚! 光臨、輝光子パラディオス!」

「そのカードは……!」

 やはり使うのはエクシーズ召喚。しかも凶悪な効果を持つパラディオスだった。真さんの情報をいくつか持っていたのだろう。レーナ先輩の顔が引き締まる。

「知ってるのなら話は早い! パラディオスのモンスター効果発動! オーバーレイユニットを2つ使うことで、選択したモンスターの攻撃力は0になり、効果も無効化される! 選択するのはワーム・ヴィクトリー! パワー・ディバイド!」

 パラディオスから電撃が発せられワーム・ヴィクトリーに直撃する。そして麻痺したかのように動きがぎこちなくなってしまう。

 

ワーム・ヴィクトリー

攻撃力500→0

 

「これで……! 行け、パラディオス! ワーム・ヴィクトリーに攻撃! フォトン・ディバイディング!」

 パラディオスの持つ剣から光弾が放たれワーム・ヴィクトリーに襲い掛かる。レーナ先輩のライフポイントは2000。これが決まれば真さんの勝ち!

「なんのなんのお! リバースオープン! 罠カード、W星雲隕石!」

 

W星雲隕石

フィールド上に裏側表示で存在するモンスターを全て表側表示にする。

このターンのエンドフェイズ時に自分フィールド上に表側表示で存在する爬虫類族・光属性モンスターを全て裏側表示にし、その枚数分だけ自分はデッキからカードをドローする。

その後、自分のデッキからレベル7以上の爬虫類族・光属性モンスター1体を特殊召喚することができる。

 

「フィールド上に裏側守備表示で存在するモンスターを全て表側守備表示に! よってセットされているあたしのモンスターを反転! ワーム・ファルコ!」

「んなにい!?」

 

ワーム・ファルコ

星2 光属性 爬虫類族 リバース

攻撃力500 守備力800

リバース:このカード以外の自分フィールド上の「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスターを全て裏側表示にする。

 

 レーナ先輩による怒涛の連続発動に目を剥く真さん。反転されたのは鳥の姿をした、奇妙な声で鳴く気味の悪いモンスター。

「ワーム・ファルコの効果により、私の『ワーム』と名のつく全てのモンスター、つまりはワーム・ヴィクトリーは裏側守備表示に! そして、パラディオスの攻撃は続行されたまま!」

「や、やっべ!」

 ワーム・ヴィクトリーに襲い掛かった光弾は腕の1つにあっけなく弾かれ、その光弾は真さんに直撃する。しかし、更に恐ろしいのはここから。

 

2500-2000=500

真LP3500-500=3000

 

「くっ!」

「まだまだあ! ヴィクトリーは攻撃されたことで反転! リバース効果によりあんたのパラディオスは破壊よ!」

「こんちくしょうめ!」

 ブレード・ハート同様、パラディオスも凄まじい勢いで迫ってくる腕に貫かれ破壊されてしまう。先輩はやっぱり強い。派閥のトップであることも頷ける。

「一手でここまでとは……! パラディオスのモンスター効果発動。このカードが相手によって破壊され墓地へ送られたため、1枚ドローできる。ドロー。……カードを1枚セット。ターン、エンドだ」

「フッフ~ン! そのエンドフェイズ時に、W星雲隕石の効果により私のワームたちは全て裏側守備表示となり、その数だけドローすることができる! ドロー!」

 見せ付けるようにドローするレーナ先輩を、真さんは頬を引くつかせて睨む。よほど悔しかったのか走る速度も若干落ちていた。

「グフ、グフフフフ! 更にドローした後、デッキからレベル7以上の爬虫類族、光属性モンスターを特殊召喚することもできる! 来なさい、ワーム・キング」

 上機嫌も上機嫌。レーナ先輩は更にモンスターを召喚する。現れたのは、いかにも強そうな4足4腕で胴体に大きな口を持つ金色の異形。まさに王、といった感じだ。

 

ワーム・キング

星8 光属性 爬虫類族

攻撃力2700 守備力1100

このカードは「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体をリリースして表側表示でアドバンス召喚できる。

また、自分フィールド上の「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体をリリースすることで、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

「こんのお、ワームめえ……!」

「そろそろ終幕だぜ! あたしのお~ファイナルターン! ドロー!」

「某ファイターに謝りやがってください」

「あんなにイラついた真は初めて見るな」

「そうだね。大丈夫かな真」

「いつもより苦戦してるように見えます」

 遊司さんの言葉に私と龍可さんが頷く。悪態をつくほど心に、というかデュエルに余裕がないのだろう。そしてそんな真さんとは裏腹に、レーナ先輩が勝負を決めにきたようだ。

「いくぜえええ!? ワーム・キングの効果発動! 自分フィールド上の『ワーム』と名のついた爬虫類族モンスター1体をリリースすることで、相手フィールド上のカード1枚を破壊できる! あたしはワーム・ファルコをリリースして、あたしから見て右のカードを破壊する!」

 レーナ先輩がそう宣言すると、ワーム・キングはワーム・ファルコを掴み胴体についている口で食べ始めた。私はもちろんレーナ先輩以外の面々も、目の前の光景に耐えられず視線を逸らす。……夢に出そうです。その後、何かを吐き出したかのような音と、カードが破壊された音が耳に届く。

「……破壊されたのは、光子化だ」

「ブラフ当てちゃったかな? ……まあいい、あたしが有利なのに変わりはない! あたしはワーム・カルタロスを通常召喚!」

 

ワーム・カルタロス

星4 光属性 爬虫類族 リバース

攻撃力1200 守備力500

リバース:デッキからレベル4以下の「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を手札に加える。

 

 今度のワームは蛾のような羽を持った人型の怪物。その羽で空中を飛び、レーナ先輩の隣を並走する。

「さらにワーム・ヴィクトリーを反転! 墓地に『ワーム』は2体! 攻撃力が上昇するぜ!」

 

ワーム・ヴィクトリー

攻撃力0→1000

 

 総攻撃力は真さんのライフポイントを超えている。このままでは真さんが負けてしまう!

「バトル! まずはワーム・ヴィクトリーでダイレクトアタック!」

「ぐう!」

 ワーム・ヴィクトリーの腕が伸び真さんを襲う。前の攻撃とは威力が違ったのか、走る真さんは大きくよろめいてしまう。

 

真LP3000-1000=2000

 

「防がなかったてことはここで終わりと見た! 今度はワーム・カルタロスでダイレクトアタック!」

「うわ!?」

 嬉々として攻撃を命じるレーナ先輩。ワーム・カルタロスがその羽で大きな風を起こす。それを真さんは根性で耐えるも、走る足取りは若干重い。

 

真LP2000-1200=800

 

「これで止め! 行きな! ワーム・キング!」

 そして、止めを刺さんとワーム・キングが真さん目掛けて突進する。私たちが息を飲む中、真さんはこの時を待っていたとばかりに動きだした。

「ここだ! 伏せカードオープン! 罠カード、ガード・ブロック!」

「んな!? あんた、まだそんなカードが……!」

 ワーム・キングの突進を薄いバリアのようなものが弾き返す。ワーム・キングは唸り声を上げて攻撃を止めた。

「戦闘ダメージを0にし、1枚ドロー!」

「まだまだやれそうだな、真の奴」

「でも、流石に冷や冷やしたね」

「そうですね。びっくりしました」

 安心したように息をつく私たち。余裕がないように見えたが、まだ余力を残していたようだ。すると、そんなしぶとさにレーナ先輩が声を荒げる。

「あ~もうしつこいなあ! いい加減に捕まるかとっとと負けやがれってんだ!」

「ハハハ、すみませんね。流石に負けて手駒になるのはちょっと」

「ムカッ! なら、さらに絶望させてあたしの派閥に下らせてやんぜ! あたしは、手札から融合を発動!」

「……は?」

 真さんの目が点になる。そして私も声には出さないが驚いた。レーナ先輩って融合を使うんだ。

 

融合

魔法

自分の手札・フィールドから、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから融合召喚する。

 

 融合召喚。あらかじめ決められている融合素材モンスターを墓地へ送って、融合モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する召喚方法の1つ。レーナ先輩と関わりを持ってことがある遊司さんと龍可さんはすごく驚いていた。どうやら知らなかったらしい。

「あたしが融合するのは手札のワーム・アポカリプス、イリダン、リンクス。そして場のワーム・キング、ヴィクトリー、カルタロス!」

「「「「はあ!?」」」」

 レーナ先輩の宣言に、ここにいる全員が信じられないとばかりに声を上げる。6体のモンスターを素材にする融合モンスターなんて聞いたことがない!

 

ワーム・アポカリプス

星1 光属性 爬虫類族 リバース

攻撃力300 守備力200

リバース:フィールド上の魔法・罠カード1枚を選択して破壊する。

 

ワーム・イリダン

星5 光属性 爬虫類族

攻撃力2000 守備力1800

自分フィールド上にカードがセットされる度に、このカードにワームカウンター1つ置く。

このカードに乗っているワームカウンターを2つ取り除くことで、相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊する。

 

ワーム・リンクス

星2 光属性 爬虫類族 リバース

攻撃力300 守備力1000

リバース・このカードがフィールド上に表側表示で存在する場合、お互いのエンドフェイズ毎に自分はデッキからカードを1枚ドローする。

「来たれ死の星! あらゆるモノを侵略し尽くせ! 融合召喚! 始まりにして終わりのワーム、ワーム・ゼロ!」

 空を覆うように巨大な穴がレーナ先輩の頭上に開く。その穴からゆっくりと、まさに灰色の星とも言うべき姿をした存在が現れ始めた。遊司さんと龍可さんが真さんと同じように引き攣った顔をする。かくいう私も。な、何か表面が蠢いてるのですが……。デュエルとはいえ、正直気持ち悪いです!

 

ワーム・ゼロ

星10 光属性 爬虫類族 融合

攻撃力? 守備力0

「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター×2体以上

このカードの攻撃力は、このカードの融合素材としたモンスターの種類×500ポイントになる。

またこのカードは融合素材としたモンスターの種類によって以下の効果を得る。

●2種類以上:1ターンに1度、自分の墓地の爬虫類族モンスター1体を選択し、裏側守備表示で特殊召喚できる。

●4種類以上:自分の墓地の爬虫類族モンスター1体をゲームから除外して発動できる。

フィールド上のモンスター1体を選択して墓地へ送る。

●6種類以上:1ターンに1度、デッキからカードを1枚ドローできる。

 

「未来融合なしで完全召喚とかマジかよ……!」

「ワーム・ゼロの攻撃力はこのカードの融合素材としたモンスターの種類×500ポイントとなる! 数は6種類! よって攻撃力は3000! ま、バトルフェイズは終了してるけど」

 

ワーム・ゼロ

攻撃力?→3000

 

「更に6種類を融合素材としたため、ワーム・ゼロは種類の数によって使える効果を全て使用できる! とことんやってやるから感謝しな! ワーム・ゼロの効果発動! 1ターンに1度、自分の墓地の爬虫類族モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚できる! あたしはワーム・ヴィクトリーを選択し、裏側守備表示で特殊召喚!」

「またそいつっすか……!」

 刻一刻と時間が経つほどに苦しくなる真さんの戦況。ワーム・ヴィクトリーが現れたことで、走る彼の顔が更に苦しげにゆがむ。

「どんどん行くぜ! ワーム・ゼロの効果発動! 1ターンに1度、カードを1枚ドローできる! ドロー! ……あたしはカードを2枚セットしてターンエンド。このターンではダメだったけど、次のターンはないと思ってね?」

 レーナ先輩が今のところ圧倒的に有利。だが真さんの目はその言葉を聞いても死んではいなかった。むしろその顔は、今まで見た中で一番楽しそうな顔だったかもしれない

 

 

 ただいまどこかの道を疾走中。考えるのは今の状況のみ。戦慄、とはまさにこのこと。ここで引くものを引かなければ、死の星とやらにただ蹂躙されるだけだ。

(……面白い!)

「まだ終われない! 俺のターン! ドロー!」

 余裕なんて正直なところ皆無に等しい。それでも戦うのは、戦えるのは思うところがあるからだ。

 俺は引いたカードに目を向ける。さて、引くものも引いた。後は精一杯今の状況を打破するのみ!

「俺はまだまだ戦える! まずは邪魔なヴィクトリーには退場してもらう! ライトロード・モンク エイリンを通常召喚!」

「エイリン!? しまった……!」

「エイリンでヴィクトリーを攻撃! エイリンのモンスター効果発動! エイリンが守備表示モンスターに攻撃した場合、ダメージ計算前にそのモンスターを持ち主のデッキに戻す! フォーシング・リターン!」

 エイリンは召喚された瞬間、ワーム・ヴィクトリーに疾走する。そして蹴りを叩き込む。だがワーム・ヴィクトリーは消える直前、エイリンに自らの腕を突き刺した。その一撃でエイリンは破壊されてしまう。ナイスファイト、エイリン!

「ワーム・ヴィクトリーはデッキに戻るが、そのリバース効果によりエイリンは破壊されてしまう」

「だがまだあたしにはワーム・ゼロが――」

「無論、残らせはしない! 更に俺は墓地の光属性モンスター、ライデンと闇属性モンスター、ダーク・グレファーを除外! カオス・ソーサラーを守備表示で特殊召喚!」

「な! ま、まさかさっき引いたのはそれ!?」

 そう、引いたのはこのカード。現れたのは闇と光の力を持つ魔法使い。破壊が無理なら、除外すればいいじゃない。これぞカオスの戦い方だ。

「カオス・ソーサラーのモンスター効果発動! 1ターンに1度、フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を除外できる! 対象はもちろん、ワーム・ゼロ! ディメンション・プリズン!」

「そ、そんなあああ!?」

 カオス・ソーサラーの右手に光が、左手に闇が集まり集束、それを両手を広げるようにしてワーム・ゼロに放つ。混沌の球はワーム・ゼロの身体を貫通し、その後ろに現れた巨大な渦に飲み込まれていった。

「た、たった1ターンで……!」

「俺はカードを1枚セットしターンエンド。どうですか? 意外と何とかなるもんでしょ?」

「真すごーい!」

 敢えて何でもないように振る舞いレーナ先輩を挑発する。ふと後ろにいるレーナ先輩の、更に後ろを見ると、龍可が体全体で喜びの感情を表現していた。女子的に結構怖かったのだろう。あと遊司君、君にはそのお姫様抱っこしている光ちゃんについてお話があります。

「んぎぎぎぎ! いいぜいいじゃんやってやろうじゃんか! やり返してぎゃふんって言わせてやっからな!? あたしのターン、ドロー!」

 レーナ先輩が歯噛みしながらドローする、これで動揺してプレイングに支障が出来てくれたら御の字である。だが、このターンは乗り切ったが、俺の胸にはまだ嫌な予感とも言うべきものが渦巻いている。……怖いわあ。

「永続魔法、ワーム・コールを発動!」

 

ワーム・コール

永続魔法

相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しない場合、手札から「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚する事ができる。

この効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しないため、あたしは手札から『ワーム』と名のついた爬虫類族モンスター1体を裏側守備表示で特殊召喚する事ができる! ワーム・ヴィクトリーを裏側守備表示で特殊召喚!」

「懲りないようでなにより……!」

 空中に出来た穴から場にセットされたのは、またもやワーム・ヴィクトリー。まったく、ほんとに懲りないワームさんである。俺は一体こいつに何回モンスターを破壊され、また何回破壊したんだったか。

「そんでリバースオープン! 罠カード、リビングデッドの呼び声! あたしは墓地のワーム・キングを選択して特殊召喚!」

「……ぎゃふん」

 僅か1ターンで前と同じ場をレーナ先輩が揃えてくる。これはぎゃふんと言うしかないではないか。

「さっきは手痛くやられたからな。慎重に行かしてもらうぜ! バトル! ワーム・キングでカオス・ソーサラーを攻撃!」

「ぬう……!?」

 ワーム・キングが自慢の腕を伸ばし、カオス・ソーサラーを問答無用で破壊する。守備表示にして正解だった。もうライフポイントを削られるわけには行かない。

「そんでもってワーム・キングの効果発動! 自身をリリースし、あたしから見て左のカードを破壊!」

「む……! 破壊されたのは、闇次元の開放だ」

 自身をリリースしてくるとは思わなかった俺はつい唸ってしまう。このままでは。ワーム・ヴィクトリーの効果でまたモンスターを一掃されてしまうだろう。

 

闇次元の開放

永続罠

ゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を選択して特殊召喚する。

このカードがフィールド上から離れた時、そのモンスターを破壊してゲームから除外する。

そのモンスターが破壊された時、このカードを破壊する。

 

「あたしはこれでターンエンド。これでどうよ!」

「……俺のターン! ドロー!」

 引いたカードを確認して思わず顔がにやけてしまう。……これはいい引きだ。十代さんの霊でも取り憑いたのだろうか。死んでないだろうけど。まだまだまだ、行ける……!

「さあ、行くぞ! 手札から魔法カード、戦士の生還を発動! 戻れ、宵闇の使者!」

「ちっ! 手札に加えやがったってことは……!」

「これが、カオスの力だ! 光属性と闇属性の数は同数! よって俺は墓地の光属性モンスターをすべて除外し、出でよ。宵闇からの使者! 正道を通り顕現せよ! 切り開け! カオス・ソルジャー -宵闇の使者-!」

 フィールドに光点が現れ広がっていく。そこから闇が溢れ四散する。そこには左右で白と黒の色違いの鎧をつけた戦士が、主である俺の命令を静かに待っていた。

「宵闇の使者のモンスター効果発動! 特殊召喚するために除外したモンスターの属性により発動する効果は異なる。除外したモンスターは光属性! よって、フィールド上のモンスター1体を選択して除外する効果となる!」

「なんだと!?」

「行け、宵闇の使者よ! 宵闇、時空列斬!」

 宵闇の使者の構えた剣に混沌の光が集い、一閃。セットされていたワーム・ヴィクトリーに剣の軌跡を刻み、その軌跡はワーム・ヴィクトリーの体を吸い込んで消滅した。あれ、何気に効果を使ったのはこれが初めてではないだろうか?

「ま、またあたしのワーム・ヴィクトリーが……」

「効果を発動したターン、バトルフェイズは行えない。俺は魔法カード、混沌の種を発動。自分フィールド上に光及び闇属性モンスターが存在する場合、除外されている自分の光または闇属性の戦士族モンスター1体を選択して手札に加えることができる。宵闇の使者は光属性としても扱えるため発動可能。ライトロード・モンク エイリンを回収してターンエンド」

 このターンも終了。さて、何が来る?

 

 

 戦い始めてどれくらいだろうか。埠頭は遠くに、また林の中へと戦いの場は移っていた。絶えず走るものだからさすがに体力も残り少ない。光をお姫様抱っこしているから尚更だ。

いや、別に重いとかそういう訳ではないのだが。……いかん、意識するな恥ずかしくなってくる。

「……さねえ」

「え?」

「ただで帰れると、お・も・う・な・よ!?」

「え、えええええええ……!?」

 怒りのあまり、髪についていた木の葉を勢いよく地面に叩きつける先輩。そんな先輩の怒りように、真がどうしてとばかりに悲鳴をあげ走る速度を上げる。

「……光、首が痛い」

「へ? ……ふぁう!?」

 怖かったのか、光が俺の首に無意識に抱きついて来たので注意しておく。……コホン、隣を並走する龍可の温かい目(誤字に非ず)が激しくうざいが、今は放っておく。

「グルルル……! トニカク、アンタ、ツブス」

「ひい!? ちょ、ま」

「問答拒否!! あたしのターン! ドロー!!」

「拒まないで!?」

「ワーム・ゼクスを通常召喚!」

 見ようによっては英字のXに見えるワーム、ワーム・ゼクスがレーナ先輩の近くに召喚される。

 

ワーム・ゼクス

星4 光属性 爬虫類族

攻撃力1800 守備力1000

このカードが召喚に成功した時、デッキから「ワーム」と名のついた爬虫類族モンスター1体を墓地へ送る事ができる。

自分フィールド上に「ワーム・ヤガン」が存在する場合、このカードは戦闘では破壊されない。

 

「ワーム・ゼクスの効果発動! このカードが召喚に成功した時、デッキから『ワーム』と名のついた爬虫類族モンスター1体を墓地へ送ることができる! 落とすのはワーム・ヤガン!」

「っ! っすよねー」

 俺たちはワームの効果について知らないものばかりだが、真は当然とばかりにレーナ先輩に頷いて見せた。ほんと、知識量がすごいな。

 

ワーム・ヤガン

星4 光属性 爬虫類族

攻撃力1000 守備力1800

自分フィールド上のモンスターが「ワーム・ゼクス」1体のみの場合、このカードを墓地から裏側守備表示で特殊召喚できる。

この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド場から離れた場合ゲームから除外される。

このカードがリバースした時、相手フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。

 

「墓地のワーム・ヤガンの効果発動! 自分フィールド上のモンスターが『ワーム・ゼクス』1体のみの場合、このカードを墓地から裏側守備表示で特殊召喚できる! 来な、ワーム・ヤガン!」

 今度は英字のYに見えるワーム、ワーム・ヤガンがワーム・ゼクスの隣にセットされた。それを見て真が微かに嫌な顔をしていたが、強力な効果でもあるのだろうか?

「バトル! ワーム・ゼクスで宵闇の使者に攻撃!」

「何だって?」

「攻撃力が低いのに、攻撃?」

「何か企んでるのかな?」

「攻撃? ……やっべまさか!?」

 レーナ先輩の行動に俺たちは首を傾げる。だが真は伏せてあるカードに目を向けると表情を一転させ、何かがわかったらしく焦り始める。

「その瞬間、リバースオープン! 罠カード、ダメージ=レプトル!」

「やっぱりか!」

 

ダメージ=レプトル

永続罠

1ターンに1度、爬虫類族モンスターの戦闘によって自分が戦闘ダメージを受けた時に発動できる。

その時に受けたダメージの数値以下の攻撃力を持つ爬虫類族モンスター1体をデッキから特殊召喚する。

 

「1ターンに1度、爬虫類族モンスターの戦闘によって自分がダメージを受けた時に発動できる! その時に受けたダメージの数値以下の攻撃力を持つ爬虫類族モンスター1体をデッキから特殊召喚する! ぐう!」

 ワーム・ゼクスが宵闇の使者に飛び掛るも、宵闇の使者は徐に剣を構えワーム・ゼクスを一瞬のうちに破壊する。そしてその余波はレーナ先輩に当たり走る速度が遅くなる。

 

レーナLP2000-1200=800

 

「来な、毒蛇の王! アンタにふさわしい場がここにある! 豪誕、毒蛇王ヴェノミノン!」

 大量の蛇がダメージ=レプトルのカードから吐き出され、その蛇たちが徐々に形を成し、紅いマントと黒い服を着た蛇、毒蛇の王が姿を現した。

 

毒蛇王ヴェノミノン

星8 闇属性 爬虫類族

攻撃力0 守備力0

このカードはこのカード以外の効果モンスターの効果では特殊召喚できない。

このカードの攻撃力は、自分の墓地の爬虫類族モンスターの数×500ポイントアップする。

このカードはフィールド上に表側表示で存在する限り、「ヴェノム・スワンプ」の効果を受けない。

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、このカード以外の自分の墓地の爬虫類族モンスター1体をゲームから除外する事で、このカードを特殊召喚する。

 

「まだこんなものを……!」

「ワーム・ゼクスはそのまま破壊される。ヴェノミノンは墓地の爬虫類族モンスターの数×500攻撃力がアップする。あたしの墓地の爬虫類族モンスターの数は、破壊されたワーム・ゼクスを入れて8体! よって攻撃力は――」

 

毒蛇王ヴェノミノン

攻撃力0→4000

 

「4000! 真の宵闇の使者を上回ってきた!」

「すげえ……!」

「すごい、ですけど。ちょっと怖いです……」

「さあこれでお仕舞いだよ! 行きなヴェノミノン! 宵闇の使者に攻撃! ヴェノム・ブロー!」

 ヴェノミノンが宵闇の使者に向けて、腕に巻きついている蛇から毒の液体が発射される。だが、真は宵闇の使者が破壊されるというのにも関わらず、何事か決意した目で宵闇の使者を見る。

「俺はまだ、死力を尽くしてはいない! 伏せカードオープン! 罠カード、死力のタッグ・チェンジ!」

「そんな、まだ!?」

「すまない宵闇の使者……! 自分フィールド上に表側表示で存在するモンスターが戦闘によって破壊されるダメージ計算時、その戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる!」

 宵闇の使者が体全体を使って、真に危害が及ばぬよう毒液を喰らってしまう。その後、爆発と共に宵闇の使者は破壊された。

「くっ! 更にそのダメージステップ終了時に、手札からレベル4以下の戦士族モンスター1体を特殊召喚する事ができる! 来い、エイリン!」

 真の手札からエイリンが特殊召喚される。切り札を破壊されてでも、真はまた次に繋いだ。その姿が、俺にはちょっとかっこ良く見えた。

「……なんで? あんたがそこまで諦めない理由って何さ!? そんなにあたしの派閥に入るのが嫌なわけ!?」

「……今はちょっと違います」

「え?」

「確かに派閥に入るのはいやだけどさ、そのために頑張ってるんじゃないんですよ」

 レーナ先輩が悲しそうな目で真を見る。だが真は、ただ楽しそうに、けど決意に満ちた笑顔を向けた。

「ただ諦めろ、なんていうのが嫌。……それだけです」

 諦めたくない。それだけのこと。デュエリストなら当たり前のことだ。だが何だろうか? 真の言葉には俺たちが口を出すことが出来ない、予想以上の重みがあるように思えた。

「……これだけやったのに、あんた、すごいね。あたしはこれでターンエンド。……あたしとしたことが、ちょっと、見誤ってたかな?」

「え?」

「なんでもない。……さあ、精一杯やろうじゃない!」

「もちろん! 俺の、ターン!」

 俺には予感がした。これが最後のターンになるような、そんな予感が。

「ドロー!」

 

 

 諦めたくない。何もこのデュエルに限ったことではない。

 元の世界に返ること。これは、ただ諦めろで済む話ではない。居るのだ、大切な家族が。友人が。人が物が、俺の全てがそこには。

 目標はどでかいのだ、これしきのことで諦めていたらこの世界では探し歩くことすら困難だ。だから――

「……行きますよ先輩!」

「来な! 後輩!」

 レーナ先輩が笑って答えてくれた。まずは一歩。その侵略、ここで断ち切らせていただきます!

「ダーク・グレファーを通常召喚! そして、レベル4のダーク・グレファーとエイリンで、オーバーレイ! 戦士たちの思いを武器に、戦地を切り裂け! エクシーズ召喚! 出陣、ズババジェネラル!」

 正真正銘最後の攻撃。俺が召喚したのは愛嬌のある目をした大柄な騎士将軍、ズババジェネラル。

 

ズババジェネラル

ランク4 地属性 戦士族

攻撃力2000 守備力1000

レベル4モンスター×2

1ターン1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。

手札から戦士族モンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備する。

このカードの攻撃力は、この効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。

 

「ズババジェネラルのモンスター効果、発動! 1ターンに1度オーバーレイユニットを1つ使うことで、手札から戦士族モンスター1体を装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードの攻撃力は、この効果で装備したモンスターの攻撃力分アップする。俺が装備するのは――」

 そういって俺は最後に残った手札を開帳する。運命ってのはあるものだね。そのカードは――

「宵闇の使者!? そんな……!?」

「こいつのこんなところが、俺は大好きだ! ズババジェネラルの攻撃力は宵闇の使者の攻撃力分アップ! よって攻撃力は――」

 虚空から宵闇の使者の持っていた剣が現れ、ズババジェネラルはそれを装備し二刀流となる。

 

ズババジェネラル

攻撃力2000→5000

 

「攻撃力、5000……!」

「戦士の魂は受け継がれた! 行け、ズババジェネラル! 毒蛇王ヴェノミノンに攻撃!」

 混沌の力が宵闇の使者の剣からズババジェネラルの持っていた剣にも現れる。そしてズババジェネラルはヴェノミノンを見据え、素早い動きで大ジャンプしヴェノミノンの上を取った。

将軍式(ジェネラル)双破斬(カオス・ブレード)!」

 急降下し力の乗った両手の剣を、ヴェノミノンに向けてズババジェネラルが上から下に叩き込む。混沌の力も合わさったその一撃はヴェノミノンをあっさりと3枚に卸し、大爆発と共に破壊した。

「きゃあああ!?」

 

5000-4000=1000

レーナLP800-1000=-200

 

 その衝撃でレーナ先輩は転んでしまうが、しっかりと受身を取っていた。

 立ち止まり、一呼吸。さて、俺は今まで暖めていたセリフを言う。この世界で生き、この世界で探すため、歩むためのセリフを。この世界はありえなかった第二の人生。テイクツーだ。

 指をチョキの形にし、映画の撮影に使うあの道具、カチンコのように指をくっつける。

「カット! 良いデュエルを、ありがとう!」

 この場面(デュエル)はここでお仕舞い。だがまだ俺の物語は始まったばかり。また「アクション!」と言われることもありそうだ。

 ま、ただの決めセリフ。そこまで深く考えることもないだろう。……結構、恥ずかしいなこれ。

 

 

「痛いよう。痛いよう。胃潰瘍(いかいよう)

 あのデュエルから翌日、昼休みとなった教室にて。俺は机にうつ伏せになりながら呻き声をあげる。今までアドレナリンが大量分泌でもしていたのか、今日になって筋肉痛が凄まじいことになっていたのだ。……途中からは逃げるのではなく、ただ走ってるだけの普通のデュエルになってたような……気のせいだよねきっと!

 教室に到着するまでにも、腕が僅かでも動けば激痛が走り、足を少しでも曲げれば激痛が走った。その有様に、鴇矢先生には保健室を薦められたほどだ。強制的にロボットごっこをさせられている気分である。オカシイナ、昨日調子二乗リスギタカ?

「真、大丈夫?」

「アア~楽ニナルゼ」

「……そのしゃべりかた何?」

 そんな俺に、隣に来た龍可が俺の手や腰を軽くマッサージしてくれる。ランニングデュエルを提案した自分に少々負い目を感じているらしい。別に気にすることでもないと言ったのだが。……まあ龍可の手さばきは気持ちいいので、もう少しこのままマッサージを続けてもらうことに。周りの目なんか知らん! 恨みのこもった目なんて見てないね!

「昨日はすごかったからな、色々と。まあお疲れさん」

「無理もないですよ。……筋肉痛。そんな恐ろしい重病にかかるくらい、今まで大変だったんですね。お疲れ様です」

「光さん? 労わってくれるのはうれしいんだけど、何か違和感があるんだ」

 遊司と光ちゃんも疲れた顔をしながらこちらに寄ってきた。というか光ちゃんが何かおかしい気がする。どんだけ体力がないんだろうかこの子。

「だって、ほんの数m走っただけで体の節々が痛くなるんですよ? ……こんなの絶対おかしいです」

 小さな頬を、まるで「私、納得行きません!」とでも言うように軽く膨らませる光ちゃん。教室のいたるところから「ドンガラガッシャーン」という、椅子の倒れる音が聞こえてくる。龍可はマッサージしていた手を止め光ちゃんを抱きしめ始め、遊司はいきなりの物音に驚いていた。……また「ロ」で始まり「ン」で終わる紳士が量産されてしまうではないか、いいぞもっとやれ。あと、おかしいのは君です光さん。

「よーっす真!」

「アンビシャス!!?」

 突然俺の背中が凄まじい力で叩かれる。途端全身に電撃が走ったかのように痛みが広がった。せ、背中が崩れ落ちるように痛いいいい!?

「だ、誰、だ?」

「やっほー」

 息も絶え絶えに後ろを振り向くと、そこにはレーナ先輩が元気に手を上げてあいさつしていた。え、何故にこのお人こんなに元気なん? チート? 二刀流でも扱いけるの?

「レ、レーナ先輩」

「あ~気にしてないから、そんなに怖がんなくてもいいよ後輩ども。もうあんたたちをあたしの派閥に無理に入れようとはしないさ。真とのデュエルでわかったからね」

「え?」

 遊司、龍可、光ちゃん、俺が順に強張った顔をすると、レーナ先輩はまるで憑き物が落ちたような晴れやかな笑顔でそう言った。俺とのデュエルで、とはどういうことなのだろうか?

「あたしの器じゃあんたたちを御しきれない。やっと、そう悟ったのさ」

「それは……」

 俺たちは顔を見合わせる。つまりそれは、俺たちが強いから身を引く、という事なのだろうか? もっと深い意味合いがありそうだが。

「じゃあ、俺にはもう関わら――」

「そこで、だ!」

 突然レーナ先輩は大声を出して俺の言葉を遮ると、徐に自身のポケットから小さな名刺サイズの紙を取り出した。そして、俺に読めとばかりに押し付けてくる。

「え~何々? 『真派閥募集! 求む強者』……おっふ」

「「「へ?」」」

「ふふふ~ん!」

 その内容に俺は吐血しかける。遊司たちは目を点にし俺と紙を交互に比べ、レーナ先輩はどや顔をこれでもかと披露していた。

「え、どゆこと!? 俺の派閥って何やねん! てかさっき『御しきれない』とか言ってましたやん!」

「え? 別にあたしが真の派閥を作って、そこで牙を研がないとか言ってないよね? てへぺろ?」

 レーナ先輩のその言葉に口が引き攣る。嫌に具体的で隠れ蓑にする気満々なのが何か腹立つ。

「というわけで、真派閥をよろしくね?」

「真……」

「哀れな……」

「今度、ジュースを奢ってあげますね……」

「……何でさああああ!?」

 ご無体なお言葉に、俺は初めてこの世界で慟哭した。




今回のNGシーン
「こ、このターンは、えほっ。お、おとなしい、ハア、動き、ですね、こほっ」
「ひ、光? 大丈夫か?」
 光ちゃんが苦しそうに話すのを、隣で並走している遊司が心配する。そういえば光ちゃん、体力なかったっけ。これは失敗した。
「しょうがないか。文句は後でいくらでも聞くからなっと」
「へ? ……へへう!?」
 遊司はそう言うと走ったまま光ちゃんを抱き寄せ、自然な動きでお姫様抱っこした。……さすが遊司、恥ずかしいことを平然とやってのける。された側である光ちゃんの顔は真っ赤に染まり、今にも火が吹き出そうだ。超、可愛いです。
「ゆ、ゆゆゆゆゆゆうじさん!? ここここここの格好はさすがにあの!?」
「ん? そうか? じゃこれで」
「遊司それ俵運びのつもり?」
「だめ?」
「……」
「光ちゃん不満そうだよ」
「……いえ、あの別にそういうわけでは……」
「あとそれまるで幼女をさらってる危ない人みた――」
「ようし変えよう、今すぐ変えよう。ならばこれでどうだ!」
 そう言うと、遊司は光ちゃんを担ぎ上げ、自分の首の後ろに座らせてその両足を掴み体勢を整えた。ようするに肩車だ。
「……、なんか違う!」


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Episode07 戦前に嗤う札

作者「実に5年ぶりの投稿」

遊司「正直復活するとは思わなかった」

作者「いや一応ずっと書いてはいたんだよ。一年に一話くらいのペースで」

遊司「カエルか!」

作者「友人と一緒に書いてるだけはあって、なんだかんだ続けられてる」

遊司「そんなペースで一体いつ終わるんだよこれ」

作者「頑張りたい」

遊司「何にも信用できねー」

作者「そんなわけで、少しだけ書き溜めていたのをゆっくり投稿してみようかと思っています。世の中もうリンクなんて出てますが、ここではまだエクシーズが出たばかりってくらいの世界観なので少々古臭いデュエルになりますが、どうかお付き合いください」

遊司「今回はデュエルもない話だけど、まあよろしく」

作者「あと、昔描いた奴と今書いてる奴とで設定が変わった部分とかもあって、ちょっと矛盾が生じる場合もあると思うので、そこは気が付いたときに直していきたいです」

遊司「不安しかねえ」

作者「では、本編をどうぞ」


 デュエルアカデミア・セントラル校のオーナーは現在、I2(インダストリアル・イリュージョン)社の2代目社長が納めている。本来はKC(海馬コーポレーション)によって設立された学校なのだが、前オーナーであるKCの社長、海馬瀬人の死と、それに伴うKCの衰退が原因で、KCの3代目社長がデュエルアカデミア・セントラル校の経営をI2社へと移行したのだ。(KCの2代目社長はわずか数年で社長の座を辞任しており、その背景が疑われている)なお、KCはネオ・ドミノシティ長官であるイェーガーの手で何とか回復の道をたどってはいるが、未だ全盛期には遠く及ばない。

 I2社がセントラル校を手に入れて間もなく、当時の校長が退職し、エスカレーター式に教頭が校長の座に就いた。同時に、実技最高責任者を務めていた彼女が、その肩書ともに教頭となり実に35年ぶりに、教頭と実技最高責任者の役職が被ることになる。それから早10年。その間に伝統行事として定着した、1つのイベントがある。教頭がその座についてすぐに発案されたそれは、生徒たちに良い刺激になるというとこで即座に採用され、今でも高い評価を得ていた。

 しかしそのイベントは新入生たちには直前まで知らせない決まりがある。なぜならこのイベントは1年生前期最後の1週間で行われるからだ。前期の最後、つまり高校生として切っても切れない期末テストというイベントを乗り越えて初めてそのイベントは成立する。つまり、事前に知らせることで生徒たちの集中を切らせないためだ。生徒の中には当然、お祭り好きな者もいるため、この配慮は大きな意味を持つ。

 

「の、はずだったけど……。これはまずいわよね」

 7枚のプリントを前に、教頭は頭を抱えていた。

 

 

 

「ふう、ようやくテストも終わったな」

「終わった? 二重の意味で?」

「違えよ!?」

 面倒なテストが終わったことを喜んでいたら心にグサリと来るボケを龍可にホザかれた。

 7月中旬。期末の筆記テストが終わり、もはやいつものメンバーと化した俺、真、龍可、光の4人は食堂にて昼食を食べていた。今回は寝坊もせず、テストを書き上げた後に何度もチェックした。隙はない……はず。

「本当にミスはないのか?」

「大丈夫だ。………大丈夫、だよな」

 真の確認に即座に答える。が、しかし何度も言われると逆に不安になってきた。確かにランニングデュエルとかのせいであまり勉強できてなかったし、ちょっと心配だ。

 でもほとんどの問題はちゃんと書いたし、空欄にした問題はない。当てずっぽうなのはブラック・ガーデンと一族の結束が発動中にモリンフェンを召喚すると攻撃力がどうなるかって問題とデュエルディスクに登録されている無限ループが発生した時にデュエルディスクがどの段階で強制終了するかって問題くらい。

 テスト終了後に調べてみたがそれもちゃんと当たってた。……大丈夫、のはずだ。

「本っっっ当にミスはない?」

 さらに確認してくれるあたり、龍可も龍可で一応心配してくれているのだろうか。

「大丈夫だっての。今回は光にだって負けないぜ!」

「はい。でも私も負けませんよ!」

 どうにも不安が拭えないが、今回は全科目90点以上の自信があるのだ。無理やりにでもその自信を信じることにする。そんな思いでこのメンバーで最も安心して話すこのできる光に話を振ると、思った通りの純粋な答えが返ってきた。最近は光との会話が俺にとっての癒しになりつつあるような気がする。

「……もう正式に光の派閥に入ろうかな」

「ふえ!? え、いや、えっと……」

 半分本気で言ったら顔を真っ赤にして慌てはじめた。そんな様子に俺も慌てて訂正する。

「あー、冗談だ冗談。気にするな」

 まさかこんなに嫌がられるとは思わなかった。俺、何かしたかな。

「……そう、ですか。はい。そうですよね……」

「あれ?」

 と思ったら今度はものすごく落ち込み始めた。感情の移ろいが激しすぎる。いったいどうしたんだ。

「……はあ」

「これが鈍感の罪というものか」

「え?」

 そして龍可と真が肩を落として残念なものを見る眼で俺を見ていた。なんか最近こういうこと多いな。

 とその時、校内放送のチャイムが響いた。

『オベリスクブルー所属の空羽遊司さん。教頭先生がお待ちです。至急、職員室まで来てください。繰り返します。オベリスクブルー所属の――』

「………え゛」

 嫌な予感がぶり返した。

 

 

 職員室に行った遊司さんは「先に寮に戻ってる」というメールを残して戻ってこなかった。以降、何度メールを打っても返事はない。

 気になった私たちは寮まで行って、代表して真さんが話を聞きに行くことになり、合鍵を使って遊司さんの部屋に入って行った。

「ってなんで合鍵を真さんが!?」

「龍可ー!」

「真ー!」

「「イエーイ!」」(ハイタッチ)

「こんな場面前にも見ましたね!!」

 犯人は身近にいたようだ。っていうか真さんはこのためにわざわざ戻ってきたんですか!?

 私の全力の突っ込みをホクホク顔で受け止めながら真さんは再び遊司さんの部屋に入って行った。私の突込みってなにか可笑しいんでしょうか。

 そんな私をじっと見つめる気配に気付き隣を見ると、龍可さんが真剣な顔で私を見ていた。

「……ねえ、光ちゃん」

「な、なんですか?」

 いつになく真剣な声。なにか重要なことかと身構えていると、龍可さんはゆっくりと鍵を差し出してきた。さっき真さんが使っていたのと全く同じ形の鍵を。

「……いる?」

「いりません!」

 勢いで言ってハッとした。しまった! と。

(ってなんで後悔なんてするの~!!)

 顔が熱くなるのを感じる。そんな私を龍可さんはニヤニヤと撫でまわすように眺めていた。

「ふ~ん。ホントにいらないの~?」

「い、いいいいりますぇん!」

 ちらちらと合鍵らしきものをチラつかせながら龍可さんは舐めるように私を惑わす。思わず誘惑に負けそうになって変な言葉になってしまった。もらおうと動く手を必死に握りしめて抑える。

「そっか~。いらないのか~」

 龍可さんはもはや隠す気もないのか、堂々と合鍵を私の前で揺らしだす。あ、悪魔だ。私を欲望に染め上げる悪魔がいる……!!

「っ、~~」

 自分をぎりぎりで抑えつけるが、正直崩壊寸前だった。

「(いい加減やりすぎかな)でも、はい。あ・げ・る♪」

「……ふえ?」

 いつの間にか手に何か握らされていた。開いてみるとそこにはやはり例の合鍵が。

「だ、だからいらないって……」

「うん。ポケットにしまいながら言われても説得力ないからね」

 どうしたって体は正直だった。

 

 

「それにしても、やっぱり何かやらかしてたんだね。今回はどんなポカをやったのか」

「ま、まだそうと決まったわけでは……」

 お風呂にも入っていないのにのぼせたような感覚に翻弄されてしばらく。私と龍可さんは寮の前で遊司さんが閉じこもった理由を話す。

 合鍵? ポケットの中にありますよ。悪いですか。

「光ちゃん。どうしたの?」

「……何でもありません」

 自分の良心に対して開き直った言い訳をしていたらまた顔が熱くなってきた。平常心を保たねば。というか真面目に遊司さんのことを考えよう。

 さっき龍可さんに言った通り、まだテストのせいだと決まったわけではない。でもそれ以外の理由で急にこんなことになったのだとしたら、それは遊司さんにとってすごくまずい問題ということになる。……あれ? テストでポカしたって結果の方がいいのかな。

「あ、真!」

 私がそんなどうでもいいことに悩んでいると、いつの間にか真さんが戻ってきたようだ。

 さっそく、というように龍可さんが聞く。

「合鍵は?」

「取られた」

「って真っ先に聞くのはそっち!?」

 やはり2人はいつも通りだった。あと取られたのは当然だと思う。

 気を取り直し、改めて龍可さんが聞く。

「それで、何だったの?」

「テスト全部名前書いてなかったんだと」

「あー……」

 何とも言えない結果だった。

「一応先生全員に頭下げて回ったそうだけど、改めて名前を書かせてくれたのは5教科だけで、残りの2教科は0点だってさ」

「その2教科って?」

「英語とデュエルモンスターズ史」

「あー。あれの先生、遊司のことあんまり好きじゃなさそうだもんね」

 遊司さんが現在受けているテストのある授業は、国語、数学、科学、世界史、英語、デュエル総合、デュエルモンスターズ史、の7教科。そのほか体育と錬金術がある。話によれば今のところ遊司さんはどの教科も休んだことはなく、とても優秀で評価も高い。

 しかし英語とデュエルモンスターズ史の2人の先生はとても生徒に厳しい。というかわざと難しい問題を出したりするとても意地悪な先生で、そんな問題を遅刻してきた遊司さんに出したら軽々答えられたということがあったせいで嫌われているのだとか。

「ってそれ完全に逆恨みじゃないですか」

「どこにだっているもんさ、そんなの。ちなみにその2つは本来なら100点だったってさ」

「うわー」

 それは確かにへこむ。部屋に閉じこもりたくもなるだろう。

「何にしても、今は1人にしておいてあげよう? たぶん明日には元気になってると思うから。というか明日になれば確実に元気になるイベントがあるから」

「? なんだっけ」

 落ち込みぎみだった空気を龍可さんが軽くしてくれる。でも明日って何か特別なことがあるのかな。

「真はともかく、光ちゃんってやっぱりどこか抜けてるよね」

「うっ……」

「俺はともかくって……。いやその通りだけどさ」

 だ、だってがんばって勉強しないと成績維持できないし、だから新聞とか読んでる時間ないし。

「ま、何にしても明日になれば分かることだから。大丈夫だよ!」

「…そうですね。わかりました」

「んー。俺は気になるから後で秀にでも聞くかな」

 その後は、遊司もいないし今日は解散、ということで真さんとはそこで別れた。

「それにしても、遊司は相変わらずだねー」

 懐かしそうに龍可さんは言う。そう言えば、最初に会った時もテストに寝坊したんだっけ。その次の日に真さんが降ってきて。あれからもう1ヶ月半も経っているんだ。

「なんだかんだ真も定着したよね。もう一緒にいるのが当たり前って感じに」

「……そうですね。真さんだけでなく龍可さんや遊司さんとも。なんだかもっとずっと一緒にいたような気がします」

「あはは。確かに言われてみれば私も遊司とは3ヶ月も経たないくらいの付き合いだし、光ちゃんとも丁度2ヶ月くらいだね。そう考えると、真が来たあの時から、私達は一緒にいるようになったんだね」

 思い返すと、短い間にいろいろあった。瑠奈さんの事とか、レーナさんの事とか、派閥とか。みんなで一緒にいる時間はこれまでの人生の何よりも楽しくて、もはやそれのない生活など考えられないだろう。

「そういえば、光ちゃんはセントラル校の中等部から上がってきたんだよね。なのに遊司の事は知らなかったの?」

「っ……」

 何気ない質問。だけど、ほんの少しだけ胸がチクリと痛んだ。

「私、中等部の頃から勉強漬けでしたから。友達もいなかったし、早く帰らないといけなかったので」

 本当はそうしたくてそうなったんじゃない。そうならなければいけなかったんだ。だけどそれをここで言ったところで何にもならないし、意味なんてない。私の個人的な問題をこの場所に持ちこんじゃいけない。

「……そっか。遊司ったら中等部の頃からポカやらかしてたそうだからね! 1位争いどころかデュエルする機会もなかったかあ」

 一瞬、龍可さんの表情が何かに気付いたように変わった気がした。もしかしたら気持ちを隠したことを悟られたのかもしれない。

 だけど龍可さんはそれを聞こうとはしなかった。聞かないでくれたのだ。そしてそれは、私にとって何よりもありがたいことでもあった。

(龍可さん、ありがt――)

「じゃあやっぱり遊司のことは一目惚れだったのかあ」

「ふぁ!?」

急激な方向転換に思考が一瞬止まる。そんな私をニヤニヤと見て、龍可さんは続けた。

「ねえねえ。せっかく2人きりなんだしガールズトークとしゃれ込もうよ! それでそれで? 遊司のどこが好きになったの?」

「いやあのえとだからpjvねpぁんbpぶmえgbそあdなおpwhkj!?」

「恥ずかしがらなくていいから♪ ほらほらあ」

「ちょ、やめ、ぱふぅ!」

 龍可さんは息を荒くしながら興奮気味に頬を突いてくる。

 一瞬でも感謝した私が馬鹿でした!! 誰かこの人を止めてくださーい!!

 

 

 

 翌朝。今日は土曜日で授業もないのだが、とりあえず朝の体操をするため遊司の様子を見に行くことにする。龍可からもらった合鍵その2を使って鍵を開け部屋に侵入すると、ちょうど遊司は着替えを終えたところだった。

「よう。少しは元気になったか?」

 聞けば遊司はあからさまにげんなりした顔を向けてきた。

「今少し元気じゃなくなった。……鍵かけてたはずなんだが」

「ああ。これ使った。意外と不用心だな、遊司」

「それは不用心とは呼ばねえよ!? つか、それをよこせえええええええ!!」

 俺が合鍵を指で持ち上げると、それに怒声を放ってくる遊司。昨日は無言で奪ってたし、やはりだいぶ持ち直したようだ。

「やはり龍可の仕業か。あのルカの蟲惑魔め」

「なにそれ欲しい」

 再び合鍵を強奪されたあと、遊司とともにいつもの崖へ向かう。余計な追いかけっこをしたせいで少し遅れてしまったが、怒ってないといいな。

「ちなみに効果は?」

「1ターンに1度デッキから『落とし穴』と名のつくカードを1枚選択し自分の魔法・罠ゾーンにセットすることができる。この時、相手はそのカードを確認できない」

「強すぎワロタ」

 遊司にとっての龍可がどれほどのものなのかが分かった気がした。

「というかお前も受け取るなよ。やめさせろ」

 まあそれが普通だろうな。だがな遊司。

「それ俺に言う意味あると思ってる?」

「ないだろうな! そうだろうな! 世界のバカヤロー!!」

 遊司は遠くの空に向かって叫ぶ。が、世界はせいぜいカモメの鳴き声で応えるくらいだった。世界とはいつだって理不尽で不平等なものなのだよ。

「ほら、馬鹿なことやってないで早く行こうぜ」

「わかってるよ……」

 これからも遊司は苦労人として生きていくのだろう。陰ながら応援してるぜ!

「お前が俺を苦労人にしてるんだろうがっ!」

「……おお!」

 盲点だった。しかしやめる気はさらさらない。

 

 

「あ。真ー! 遊司ー!」

 適当に話しているうちにいつの間にかあの場所までたどり着いていたようだ。見れば光ちゃんの傍で龍可が手を振っている。朝からいい笑顔、アザッス。

「悪い。少し遅れたか」

「まったくだよ! もう1時間近くは待ってたよ!」

「何時に来たの!?」

 あながち嘘じゃない可能性のある時間だけに微妙にリアクションに困る。

「あはは、そんなに待ってないですよ。私も一緒に来たので確かです」

「なんだ。でもやっぱ待たせたんだな。悪い」

 なんて言うか、律儀だよな。遊司って。苦労人なのもそんなところが所以だったりして。

 そこからはいつも通りにちょっと風変わりのラジオ体操を行う。最初こそ違和感があったが、これがこの世界式のラジオ体操なのだろうと勘違いしている間に定着してしまったので今更訂正する気も起きない。

 こんな健康的な朝を迎えるようになってからは以前よりも体の調子もいい気がする。雨でそれができなかった日など、なんとなく調子が悪いような気さえしたほどだ。今ではすっかり体が覚えて、雨の日は自室でやってから食堂に向かうようになってしまった。

 今日も体操を終えるといつも通り寮ではなく校舎にある食堂へ向かう。金がかかると言ってもどうせDPで払えるのだから問題はない。

「そういえば、今日って結局何があるんだ?」

「あれ? 秀に教えてもらったんじゃないの?」

「はぐらかされた」

 昨日Dパットを使って電話して聞いてみたら「明日になれば分かるんだから、お楽しみとして取っておいた方が後が楽しいと思うよ!」と言って速攻切られたのだ。おかげで昨日は気になってなかなか寝付けなかった。

「なんだ? 今日なんかあるのか?」

 遊司も話に食いついてきた。というかやっぱり遊司も知らないんだな。ここは世間知らずばっかりだ。……あ、俺もか。

「んー。たぶん12時くらいには発表されると思うから。それまで待とうよ」

「えー」

 不満はあるがそう言うなら仕方あるまい。今から昼までは少し長いが、待てないほどでもないしな。

 

 

 朝食を食べ終えるとやることも無いので購買にでも行ってみることになった。流石にこの時間では俺たち以外に客なんていない。

 普通のパックの表紙にモンスターが描かれてないってのはまだ慣れないな。入ってるカードや封入率も全く違うし。例えば、ゴキボールとチューニング・ウォリアーが同じパックに入ってたりだ。

「適当にパックでも買ってみるか」

 そんなことを考えていたからか、なんか面白いカードが当たりそうな予感がするので買ってみることにする。

「あ、ならみんなで買おうよ。その中でほしいカードがあったらトレードでもしてさ」

「おお、それいいかもな」

「欲しいカードが当たる可能性も高くなりますね」

 すると龍可の提案でその場にいる全員で買うことになった。とりあえず2パックずつくらいでいいだろうと適当に買う。

「みんな買ったか?」

「はい。誰からあけますか?」

「じゃあ私から行くよ!」

 どうやら1番手は龍可のようだ。ピリっとパック破いて中からカードを取り出す。

「な~にっかな~、な~にっかな~。今回はこれ!」

「何やってんの?」

「なんかやらなくちゃいけない衝動に駆られて」

 何か龍可が妙な怪電波を受信したようだ。まあそれは置いといて、龍可の手元を見てみる。

 

調和の宝札

暴風竜の防人

プーテン

たつのこ

チューナーズ・バリア

 

「チューナーパック?」

「いや、でもこのシンクロモンスター結構なレアカードじゃないか」

「そうですね。シンクロモンスター……のチューナー!?」

「シンクロチューナーってもう一般にカード化されたんだ。まあそんなに悪くないかもね」

 いや実際たつのこはやばいと思うが。それに暴風竜の防人と調和の宝札って。これがシグナーの運命力か……!

「じゃあもう1パック行くよー」

 

ナチュル・バタフライ

ナチュル・パルキオン

ラッコアラ

シャイニート・マジシャン

幻獣の角

 

「私のデッキに丁度いいカードばっかりだー♪」

「脱帽した! 龍可の運命力に脱帽した!!」

「これは……、凄まじいな。パルキオンは厄介だし」

「このエクシーズモンスターは硬いモンスターですね。突破するのに骨が折れそうです」

 地属性獣族デッキを作りなさいとでも言いたそうなパックだな。封入のされ方偏りすぎじゃね。

「次誰行く?」

「じゃあ俺が。まずはこっちから」

 次は遊司がパックを開けた。こいつも運命力高めだからいいカード当てるんだろうな。

 

天空勇士ネオ・パーシアス

ヴァイロン・マター

スキル・サクセサー

ホーリー・ナイト・ドラゴン

異怪の妖精 エルフォビア

 

「なんかものすごいレアカード来たー!!」

「ホーリー・ナイトは大切にしまっておこう」

「他のカードも悪くないね。ネオ・パーシアスなんて遊司のデッキにぴったりだし」

「というかホーリー・ナイトだけ無駄に異質ですね」

 ある意味いい感じにばらけてるな。この方がカードパックっぽくていいわ。龍可のあれは何かおかしかったんだ。

「2つ目はっと」

 

電光千鳥

H-C エクスカリバー

恐牙狼 ダイヤウルフ

竜魔人 クィーン・ドラグーン

ワイト

 

「……は?」

「ひょ?」

「え、ちょ……」

「ワイトが異質すぎて恐いです」

 皆の顔から表情が消えたのは言うまでもない。とりあえず遊司よ。そのエクスカリバーをこっちに寄越せ!!

「え、っと。次は私が行きますね」

 

神竜 アポカリプス

バーバリアン・レイジ

メリアスの木霊

天空の使者 ゼラディアス

神秘の妖精 エルフィリア

 

「うん。普通な感じ。というか、いい感じに交換できそうなカードが出てきてるな」

「光、後でゼラディアス交換してくれ」

「私も! メリアスの木霊、後でトレードしよう!」

「はい。わかりました」

 っていうか光のデッキってどんなデッキなんだろ。そういや今までデュエルしたこともしてるところを見たことも無いな。

「2つ目行きます」

 

明鏡止水の心

テラ・フィーミング

フォトン・サンクチュアリ

毒蛇神ヴェノミナーガ

アルティメット・インセクトLV1

 

「………」

「はずれパックじゃね? いろんな意味で」

「下の2つは何かの嫌がらせなのだろうか」

「でも使えそうなカードもあるよ。(それに光ちゃん。なんだか真剣にカード見てたし、欲しいカードでも手に入ったのかな)」

 さて、最後は俺か。この流れならいいカードが出てくれるんじゃないだろうか。こういう瞬間はいつもワクテカする。

「じゃ行くぞー」

 

火霊使いヒータ

風霊使いウィン

地霊使いアウス

光霊使いライナ

水霊使いエリア

 

「………」

「………」

「………」

「わ、わお。……つ、次に行こう」

 

白魔導士ピケル

黒魔導士クラン

カードエクスクルーダー

召喚師セームベル

サイ・ガール

 

「………」

「………」

「………」

「………」

 無言でもう1パック買ってみる。さすがにこの2つはなかったことにしたい。いや決して弱いなんて言わないし使えるカードでもあるんだけどこれはちょっときつい。主に精神的に。

 まるでドリアードのように祈りながら新たに買ったパックを開封する。

 

憑依装着-ヒータ

憑依装着-ウィン

憑依装着-アウス

憑依装着-エリア

不幸を告げる黒猫

 

「………」

「………」

「………」

「………おうふ」

 これ以上、何か言うことがあるだろうか……。

 ふと誰かが俺のわきに立った。

「少年よ。これが絶望だ」(キリッ)

 どや顔のレーナ先輩が俺を見ていた。いたんですね先輩。めっちゃウザいですね先輩。

 

 この後、みんなから慰めのカードをもらった。わいわいとカードを交換するみんなの声がやけに遠く聞こえた。

 

 

 

「あ、もう11時過ぎてるね。そろそろ食堂に戻らない?」

「そうだな。……真ー。起きてるかー」

「起きてるよ。とりあえず昼食はみんなの分奢らせてくれ」

「え!? そんな悪いですよ!」

「いいんだ。きっとこれは何かの啓示なんだ。何かして打破せねば……」

 意気消沈している真が痛々しいけど、正直かける言葉が浮かばない。さすがにあれはないでしょう。1パックだけならからかうネタになったかもしれないけど、3パック全てとなるとさすがに。3パック目なんて憑依装着できたから最後はライナかと思ったら黒猫とか……。

 まあでも、せっかくだから奢ってもらっちゃおっかな♪

「それにあれを聞けば、たぶん真も元気になるだろうしね」

「ん? 12時にあるっていう発表の事か?」

「そ。とりあえず真が元気になる前に奢ってもらっちゃおう!」

「ひどいやつだなお前!」

 と言いつつ真からDパットを借りている遊司はなんだかんだ言って同類だと思う。

 そうこうしているうちに食堂につき、少し早目の昼食をとることに。ここぞとばかりに高いものを光ちゃんに奢ってあげようとするが全力で止められた。手を掴んで足止めされたり必死な顔で遠慮されたり、それだけで大変満足な私はきっと間違ってない。

「重症過ぎんだろ」

 遊司が引いているが気にしない。むしろ光ちゃんにこんなに思われてるのに全く気付かない遊司はとっとと秀とくっつけばいいと思う。

「なんでだよ!? っていうか、光がなんだって?」

「る、龍可さん!?」

「あれ? 私、口に出してた?」

 と、ここでいつも乗ってくる声がないことに気付く。真は未だに意気消沈中だ。

(やっぱり重症だね~。えっと時間は……、うん。そろそろ立ち直るかな)

「じゃ、そろそろ静かにしよっか。放送も近いだろうし」

「ん、もうそんな時間か。真! お前の分もとってきたから食べとけ」

「恒例のドローパンですね。今日はなんでしょう」

 ふっ、光ちゃんが食べようとしているのは私が渾身の思いでドローしたドローパン! さあ、黄金の卵パンよ、姿を現しなさい!

「! こ、これは……!」

 来たか!?

「ゲソのイチゴジャム和えパンでした。うう……」

「マジか。ドローパンの中に1つしか入ってない奴だろそれ。一番まずいと有名な」

「なん……だと……っ!?」

 ちなみに私のは大学芋パンだった。もさもさしてて食べ辛すぎる。

「ところで遊司さんのは?」

「苦味しか感じられない小豆パン」

「なにそれ微妙」

 と、そこで校内放送のチャイムが鳴った。話を一旦やめ、放送に耳を傾ける。

 

 

『1年生のみんなに連絡があるわ。みんながデュエルアカデミアに入学してからもう4ヶ月が経とうとしてるけど、もうここでの生活には慣れたかしら? 無事期末テストも終えて、あとは夏休みを待つばかり。本校に残る生徒もいれば、帰省する生徒もいるでしょう。でもその前に、毎年恒例のイベントがある事を知ってるかしら? 期末テストが終わってから夏休みに入るまでの2週間。その半分を使って開催される大会。新入生対抗デュエル大会の開催を、ここに宣言する!!』

 

『新入生全員参加で来週1週間を使って開催するわ! ルールは普段の試験デュエルと同じ。寮など関係なくランダムに組まれた予選を勝ち抜き、決勝トーナメントで優勝を目指せ! 優勝賞品は何と10000DPに加え、I2社よりプレミアムカードを1枚プレゼント! そしてトーナメントの結果はプロデュエリストへの道の大きな一歩となるのは間違いないわ! 今日から大会が終わるまでの間は全ての授業が休講となるので悔いの残らないよう、デッキの最終調整を忘れないように! それじゃみんな! 優勝目指して、頑張りなさい! デュエル、スタンバイ!』

 

 

 ずいぶんハイテンションな放送だった。これ本当にあの教頭か?

 だがしかし、そんなことは今は関係ない。

「なるほどな。これはテンションが上がらざるを得ない!」

 デュエル大会だと? それを聞いてテンションが上がらないデュエリストなんてデュエリストじゃない! 

「でしょ? これなら絶対元気になると思ったんだ。ね? ま・こ・と?」

 龍可が楽しそうに真に呼びかけると、真はテーブルにうつ伏せになっていた体を起こした。

「ふっふっふっ、面白い。狩らせてもらおう、その優勝賞品のプレミアカードごと! それでさっきの悲惨なパックをなかったことにしてやる……!」

 妙なテンションの上がり方をしていた。そして真よ、あれをなかったことにはできないと思うぞ。

「あはは……。でもプレミアムカードは気になりますね。いったいなんでしょう」

「そうだねえ。できれば可愛いカードがいいな~」

 光と龍可も俺たちほどではないにしてもどこかソワソワしていた。やっぱみんなデュエリストだな。

 それにこの2人のデュエルは俺も見てみたい。龍可のデュエルは1回だけ見たことがあるけど、手の内を全てさらしたようには見えなかったし、光に至っては1度も見たことがないのだ。

「2人のデュエルも楽しみにしてるからな! 特に光!」

「え!? は、はい!」

 突然の指名に光が跳ね上がって驚く。ほんといつもリアクションが大袈裟だよな。でも今回はそこに突っ込みはしない。それよりも気になることがあるからな。

「学年1位の実力。見せてもらうぜ! デュエルすることになったらよろしくな!」

「! ……はい。もちろんです」

 俺の宣言に真剣な表情で答える光。期待に応えて見せる、って感じか。気負わせてしまったのなら少し悪い気もするが、でも楽しみにしてよう。

 そして宣言と言えば忘れちゃいけないやつがもう1人!

「あと真! リベンジしてやるから俺と当たるまで負けんじゃねえぞ!」

「! ったく、熱いやつだな。……その挑戦、受けて立つ! 当方に迎撃の用意あり、ってな!」

 不敵に笑って見せる真に、俺も同じ顔で目線を交差させる。デュエリストとして、負けっぱなしじゃ格好悪い。大会という最高の舞台で、今度は絶対に勝って見せる!

「……あれ? 私には何かないの?」

「ん? もちろん龍可も、いいデュエルしようぜ!」

「他の2人と随分差があるような気がするのは気のせいかな」

 きっと気のせいだ。龍可と戦うのだって楽しみなのは本当だしな。

「さて! それじゃあさっそくデッキ調整でもするか! 今日当たったカードもデッキに組み込めるしな!」

「おっと、そうだったな。ついに俺のEXデッキにエクスカリバーが……!」

 せっかくあげたんだから大事にしてほしいものだ。

「私も少し調整しよっかな」

「そうですね。それじゃあ今日はここで解散しましょうか」

 そこで俺たちは別れ、それぞれ寮に向かって歩き出す。

 大会は4日後。最高のデッキにしないとな!

「の前に、遊司は補習があるんじゃないの?」

「……1日だけだし、大丈夫だ。大丈夫、だよ、な……?」

 

 

「ところで真。お前のドローパンは何だったんだ?」

「ん? 金色のイナゴパンだったが?」

「金色のイナゴて……」

 ドローパンってかなり絶妙な食材持ってきてるな。実は作るのに結構金掛かってんじゃねえの? 変な方向にだけど。

 

 

 

「トーナメントか。面白いね。実に面白い。優勝するためにも、もっと努力しないとね」

「では、やはり」

「ああ。行くよ。もっとカードがいるからね」

 

 

 

「へっ! 俺の真の実力を見せてやるよ! もう誰にもヤリザなんて呼ばせねえ!」

「「がんばってください! ヤリザさん!」」

「………」

 

 

 

「……私の剣がどこまで届くか。試させてもらおう」

 

 

 

「我が道場のためにも、必ず勝つ! そうだ、どんな手を使ってでも……!」

 

 

 

 それぞれが様々な思いと覚悟を抱き、大会は始まる。それは俺たちにとっての始まりであり、1つの区切り。

 そしてある者にとっては、最後の試験のようなものだった。

 

「……さて。どうなるのか、期待しているよ。2人とも、ね」

 




今回のNGシーン

『新入生全員参加で来週1週間を使って開催するわ! ルールは普段の試験デュエルと同じ。寮など関係なくランダムに組まれた予選を勝ち抜き、決勝トーナメントで優勝を目指せ! 優勝賞品は何と10000DPに加え、I2社よりプレミアムカードを1枚プレゼント! そしてトーナメントの結果はプロデュエリストへの道の大きな一歩となるのは間違いないわ! 今日から大会が終わるまでの間は全ての授業が休講となるので悔いの残らないよう、デッキの最終調整を忘れないように! それじゃみんな! 優勝目指して、頑張りなさい! ジュエル、スタンバイ!』
「あ」
「噛んだ」
「噛んだね」
「そうですね」
「放送、普通に終わってるな」
「なかったことにしたのかな」
「これ以上指摘しない方がいいですね」
「「「うん」」」
 上がりかけたテンションは、非常に微妙なところでつっかえったのだった。


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Episode08 その闘志、竜虎にも劣らず

真「短けえ!」

作者「ここで区切るしかなくて!」

真「それなら仕方ない!」

作者「ありがとう!」

真「茶番はともかく、ようやくわかりやすいイベントが始まったわけだ」

作者「遊戯王っていったら大会だよね」

真「一応ないのもあったような?」

作者「ちなみにこれが学園編のラストイベントだったり」

真「しっかり盛り上げていかないとな!」

作者「盛り上がってるといいなあ。適当に因縁とかぶっこんで見てるし」

真「適当で因縁なんてつけられても困るんだが!?」

作者「ではでは本編をどうぞ~」



 新入生対抗デュエル大会当日。

 トーナメント戦に向けこの日、その予選が各デュエル場や体育館で行われていた。予選は2日かけて行われ、トーナメントに出場できるのは新入生40名の内8名。1日目に4名、2日目に残りの4名が決まることになる。そして予選を行う場所は第1、2デュエル場と体育館を2つに割った計4ヶ所。5人でリーグ戦をし、勝ち星の多かった生徒がトーナメント戦の切符を手に入れることが出来る。

 そして俺は今――

「行け、宵闇の使者! 宵闇、双破斬!」

「う、うわー!?」

 

丈LP2700-3000=-300

 

「カット! 良いデュエルをありがとう!」

「そこまで! 勝者、兵武真! 全戦全勝を達成したので、トーナメント出場決定!」

 倒れたブルー生に最近慣れてきたセリフを言い、カチンコのポーズを決める。そう俺は今、トーナメント戦の切符を手にしたところだ。第2デュエル場に設置された座席に座る生徒たちが拍手を俺に送ってくれた。彼らに手を振りながら、俺はこう考えていた。

(目指せ、プレミアム!)

 内心で俺は拳を握り決意を新たにする。動機が不純? 遊司にも言われましたが、あえて言おう。悔しいんだもん! このままでいられるか!

 

 

 

(しかし、こんな大勢の前でデュエルをするなんてびっくりだなあ)

 結構の数の生徒が目に付く中、ふと俺はそんなことを考える。デュエル大会といえば、近くにあるカードショップで友人と仲良くボロ負けしたくらいの記憶しかなかった。そう思えば、こんな大勢に賞賛されるのも悪くは――

『ねえやっぱりカッコ良くない?』

『でしょ? ……それでなんだけどさ』

『う~ん、秀様とどっちかなやむなあ~』

『うおおおお! 真さん憧れるぜ!』

『ああ、戦士の鏡だよな!』

『あの決めセリフがたまんねえ!』

 聞こえてきた会話に思わず肩が下がる。ガックリした、とはこのことだろう。

(そういえばレーナ先輩が「秀派閥と光派閥からどんどん掠め取ってみた! まだまだ及ばないけど確実に大きくなってるよ! やったね真! 家族(勢力)が増えるよ!」といわれた記憶が……。人気者になれてうれしいような、俺の知らないところで派閥が広がっていることに悲しいような……)

「お~い、真~!」

 デュエル場から出て、とりあえず諦観を込めて空を見上げていた俺に声がかかる。

 前方からまるでワルツを踊るように眉目秀麗な生徒、秀が現れた。ついエンカウントしたモンスターのように思ってしまったが仕方ないだろう。いい加減普通に現れないものか……。

 とりあえず――

「秀ー!」

「真ー!」

「「へーい!」」

 恒例のハイタッチを交わす。ちょくちょく会うたびにやっていたらいつの間にかあいさつのようなものになっていた。秀のノリの良さに感謝である。

「いや~僕の方は終わってしまってね。せっかくだから遊司と真、2人の試合を見に行こうとしたのだけれど、どうやら真の方は終わってしまったみたいだね」

「ああ、ついさっきな。結果はどうだった?」

 残念そうに言う秀に逆に聞いてみることにした。きっと、面白いことになっていたんだろうと確信しながら。

 予選日時は、俺と遊司と光ちゃんと秀は1日目、龍可は2日目だった。場所については、遊司は体育館、光ちゃんと秀は第1デュエル場、龍可はもう半分の体育館だった。

 俺が言いたい面白いこととは、光ちゃんと秀のデュエルのことだ。片方は実力未知数の学年主席、もう片方は俺がじかに実力を見たことのあるデュエリスト。興味を引かれるのは当然と言えた。あいにくと大会側の配慮で予選中の生徒、及びトーナメント出場者は予選を見ることが出来ないのだ。デッキの内容を知られないためとはいえなんか悔しい。

 そして秀は、その出来ないはずの観戦をしに来たという。つまり……。

「負けた。彼女、光ちゃんがトーナメント出場だよ」

「……へえ」

 まるで気にしてないとでも言うように、あっさりと負けたと言う秀。その言葉に俺はつい感心したような声を出してしまう。あの秀を破るとは、光ちゃんのデュエルタクティクスは一体どれほどのものなのか。……あれ、あわわと慌てている光ちゃんしか思い浮かばないや。

「おや?」

 必死に凛々しい光ちゃんを思い浮かべようとしていると、秀が俺の後ろを見て驚いたような声をあげた。それに気づいた俺は後ろを振り返る。

「っげ……!」

 するとそこには俺を見て……いや、その後ろの秀を見て苦々しい顔をしている男子生徒が居た。その周りには取り巻きと思しき男子生徒が2人居る。

「ん? あ、あれは『花舞う庭に横切る凛々の綺羅星』、庭瀬秀!」

「や、やべえっすよヤリザさん! 「槍座だ!」あ、すみません。あいつ『例のあの人、に花束を叩きつけて颯爽と去って行った奴』で有名な庭瀬っすよ!」

「すっげ……」

 秀の渾名に思わず呟いた。一体どんなことをやればこんな狙ったかのようなねじくれた渾名を襲名できるのか。呆れるを通り越して感嘆モノである。

 そんな俺を横切り、秀はその男子生徒、槍座に向けて足を進める。そして、対面する2人。一方は苦々しい顔で、もう一方は満面の笑みで。……満面の笑み?

「ヤリっち! 我が親友ヤリっちじゃないか!」

「誰がヤリっちだこのすっとこどっこいがああああ!!」

「べし!?」

「「「アッパーカット!?」」」

 俺と取り巻き2人の声が重なる。秀が槍座のアッパーカットによって薔薇の花弁と共に宙を舞い、そのまま地面に落下した。……なんだろう、花弁のところに若干イラッと来る。それは殴った向こうも同じらしく、仰向けで横たわる秀に向けて大きく舌打ちした。

(((一体どんな関係なんだろうか……)))

 あれ、取り巻き2人と思考が重なった気がする。

 

 互いに自己紹介した後、俺たちは秀の熱烈なしつこさに完敗し食堂で駄弁ることとなった。そして出るわ出るわ、秀と槍座の意外な関係が。

「へえ、幼馴染ねえ」

「ヤリっち、あ、間違えたごめんごめん拳を下ろそうか、ね? こほん。槍座の家、伊達家は優秀な武家でね。男子たるもの強く在れと父さんに言われて、一時期伊達家に放り込まれたことがあったんだ。そこで年の近い槍座と会ってね。以来僕とはマブダチなのさ!」

「ただの腐れ縁だろーが。それと俺の家のことは言うんじゃねえよ、かったりい」

 遊司と絡んでいる時と同じくらいの笑顔の秀とは対称的に、面倒なことになったとでも言いたげな仏頂面の槍座。どう取り繕って見ても、幼馴染で友達だとは思えない。取り巻きの2人組み(佐藤君、田中君という名前らしい)も俺と同じような微妙そうな表情をしている。……何だろう、このサイドストーリー感は。

「そういえばヤリz……ゲフン、槍座。もう1人のマブダチである彼女、まとっちはどうしてるのかな? 最近顔を合わせてなくって」

「てめえ、わざとじゃねえよな? ……まあいい。あいつのことなんざ知らねえよ、ストーカーじゃあるまいし。そんなことより、お前があいつのこと知らねえことに驚きだ」

「いやね? 顔を合わせてはいるんだけど、何故か毎回タイミングが悪くてね。顔を合わせた瞬間忘れ物をしたと言って踵を返したり、声をかけようとすると近くに居た生徒と話し始めたり。最近だと遠くで見かけた途端走り去っていくんだよ」

 何故だろうと首を傾げる秀に槍座は呆れた目をしていた。俺を含め周りの反応もそんな感じだった。秀、それ避けられてる。嫌われてるかどうかはわからないけど、その彼女に明らかに避けられてるよ。

「ところで、そのまとっちというのは誰なんですかいヤリっt……コホン、ヤリザさん」

「言い直せてるようで言い直せてねえよ田中この野郎!!」

「す、すいやせんっした!」

 取り巻きの1人(田中君)の疑問に怒声を上げる槍座。それは俺も気になるところだった。彼らのマブダチ、まとっちという女子生徒は一体どんな人なのだろうか。

「えっとねえ……あれ? あ、噂をすればほら、あの子」

 考えるそぶりを見せた秀は食堂に入ってきたブルーの制服を着た女子生徒に気が付くと、まるで手を差し出すように彼女を示した。彼女もこちら、というか秀に気が付いたのだろう。出やがったとばかりに苦々しい顔を浮かべて辺りを見渡す。……秀を振り切るために何か利用できないかと辺りを探しているようにしか見えない。なんで会う人会う人が秀に苦手意識を持つ人ばかりなんだろうか。ちょっと秀がカワイソウに見えるよ。

 しばらくして諦めたのか、嫌々ながらもこちらにやってきた。赤みがかかった茶色の短めの髪をポニーテールにした彼女は、俺たちの席の目の前に立つと鋭い目を秀に向ける。身長が高いこともあってか、なんだか斬られるような怖さを感じた。取り巻きの2人が若干震えている。

「……何か用か、秀」

「固いなあまとっちは。そんなことじゃヤリっちの心を射止めえぶ! おぶ! く、首が!?」

「私をまとっちと呼ぶなと何回も言ったであろうがこのお花畑頭の愚か者がああああ!! そ、それと貴様には! 関係! ないわああああ!!」

「あばばばばばばば!?」

((((うわ、デジャヴ))))

 俺たちの心はシンクロしていた。槍座までもが首を激しく振られている秀を見て「俺と同じパターンじゃねえか。懲りない奴」とため息を吐く。……ところで、槍座の心を射止めるとか何とか聞こえたが……そういうことなのだろうか。取り巻きの2人組も俺と同じように気になるのか目が輝いている。

「まあ、そんなことはどうでも良い」

「おっふ」

 憂さを晴らして満足したのか秀が泡を吹き始めたのを見て手心を加えたのか、まとっちと呼ばれた彼女は秀を投げ捨てると俺と取り巻き2人組に視線を合わせる。

「すまなかったな、騒がせて。蔵田纏(くらたまとい)という。こいつと槍座とは幼馴染だ。よろしく頼む」

「あ、ああ。俺は兵部真。で、こっちの2人が――」

「さ、佐藤です」

「た、田中っす。よろしくおねがいしやす」

 その毅然とした態度に思いっきり気圧された。あと秀との会話のギャップに。2人も同様のようで、それ以上言葉が続かない。

「……おい、纏」

「っ! ……なんだ槍座」

 そこに槍座が纏に声をかける。纏は嬉しそうな顔をすると、一瞬で毅然とした態度で反応する。……わかりやすっ! ただのツンデレじゃないっすか羨ましい。取り巻き2人も気づいたのか、悔しそうな反面祝福したいという気持ちが顔に出ていた。俺も似たようなものだ。

「ちょっと向こうで話がある。それと、てめえらはここに居るなり帰るなり好きにしな」

 これからする話は聞かせることは出来ない、と言外に告げられる。その重い空気にふざけた思考は鳴りを潜め、俺たちは真剣な顔で頷いた。何やら込み入った事情がありそうだ。

 槍座の後に纏が続き、2人は食堂から出て行った。重苦しい空気が抜け、俺と取り巻き2人は同時に安堵のため息を吐く。

「蔵田、蔵田……。そういえば、有名どころでそんな名前を聞いた覚えが――」

「ストップ、だよ佐藤君」

「っ!?」

 何かを思い出しそうにする佐藤君に秀の待ったがかかる。腕を組む秀の表情は真剣そのもので、佐藤君は気圧され口をつぐむ。俺には先程の空気が戻ってきたような気がした。

「それ以上の詮索はお勧めしないな。彼らにだって知られたくないことくらいある。ここは色々あったってことで、どうか満足してくれないかな?」

「……うっす」

 確かにその通りだ。これ以上の詮索は野暮というものだろう。頼み込むような秀の言葉に佐藤君も納得したのか、少し反省の色の混じった声色で了承した。

「……やれやれ」

 ついため息を吐いてしまう。何やら不穏な空気が漂ってきた。俺にはそんな予感がした。

(どうも、この大会で一悶着ありそうな予感がするなあ)

 椅子に深く腰掛け天井を見上げる。これから来るーナメント戦。幸先は何とも不安だらけだった。

 

 

『……まだ、諦めてねえんだな?』

『当然だ……! 私は貴様に勝つ! 勝って……』

 

『貴様には、伊達家に戻ってもらう……!』

 

 

「行け、エアトス! ダイレクトアタック! 精霊のオペラ!」

「ち、ちくしょう!」

 

大子LP2000-2500=-500

 

「そこまで! 勝者、空羽遊司! 4勝1敗の戦績により、トーナメント出場決定!」

「よっし!」

 この予選を担当している先生の宣言に俺は拳を握り喜ぶ。苦戦した分その反動は大きい。ちなみに苦戦していた理由は――

「なんで……!何でお前なんかが光ちゃんの傍に……!」

『ブーブー!』

『おのれ空羽ぇ! 許すまじ!』

『ぬおおお! 光ちゃんだけでなくトーナメントの権利まで!』

『禿げろ!』

『萌えろ!』

『お前字が違くね?』

 物凄く真面目に俺を睨みつける対戦相手の言葉に同調する観客たち。これだ。対戦相手と観客の大部分が光の派閥に所属する生徒だったのである。そんな中でのデュエルだ、アウェー感がハンパなかった。最初のデュエルでは耐えかねて大ポカをやらかしてしまい勝利を逃した。……その時の周りの反応といったら腹立つ……!

「あ~、空羽。速やかかつ迅速に退場してくれ」

「先生、それだと俺が悪いみたいに聞こえるんですが」

 流石に先生にもこのブーイングの数は手に負えないらしく、とても戸惑った顔で体育館からの退場を俺に命じてきた。……言い方に関して苦言したのは悪いことではないはずだ。意味によっては凄く遺憾である。

「俺が一体何をした……!」

 このままここに居てもバッシングを受けるだけなので、お言葉に甘え苦々しく退場させてもらった。……萌えとは宗教よりも恐ろしいのかもしれない。

 

「あ、遊司!」

「……龍可か」

「え、そこまで嫌な顔されることした私!?」

 とりあえず学食に寄ろうと本館の中を歩いていると、廊下の途中で龍可と遭遇した。あんなことがあったのだ、出会い頭に元凶(光派閥の会長)に会い嫌な顔をするのは当然だ。これぐらい許して欲しいものである。

「大丈夫だ、問題ない」

「それフラグ的な意味合いじゃあ……まあ良いや。どう? トーナメントに出場できた?」

 訝しげな顔をするも、すぐさま切り替えて俺に質問してくる。もちろん俺は意気揚々と答えた。

「当然。龍可は明日だから……光と真はどうなったんだろうな?」

「どうだろうね。予選参加者とトーナメント出場者は見学できないから」

「あ、遊司さん、龍可さん!」

 ここに居ない2人の結果を心配していると、曲がり角から光が現れこちらに手を振ってきた。どうやら彼女の予選も終わっていたらしい。

「ひっかりちゃ~ん! どうだった予選!?」

「わっぷ。だ、大丈夫です。トーナメント出場です!」

 走って抱きついてくる龍可に笑顔で報告する光。流石は主席。どうやら杞憂だったようだ。

「おめでと光ちゃん!」

「おめでとう光。俺もトーナメントに出場するから、よろしくな!」

「は、はい。2人ともありがとうございます」

 更に眩しくなった光のその笑顔に、今まで摩れていた俺の神経が回復していくのを感じた。近くで浴びている龍可は何とも幸せそうに抱きついている。……光派閥の連中がこれに当てられてああなったのかと思うと、ちょっと複雑な気持ちになった。いや、光に罪はないけどな?

 

 後はいつも通り3人で食堂に向かうことになった。真もそろそろ終わっているかもしれないしな。あいつのことだから食堂でドローパンでも漁っていそうだ。

『……っ! ……!』

「ん?」

「? どうかしましたか遊司さん?」

「何々? どうかした?」

 ふと、何か言い争うような声が俺の耳に届く。光と龍可は気が付いていないらしく、立ち止まった俺に首を傾げている。

「こっちからか?」

「ちょ、遊司!?」

「ど、どうしたんですか!?」

 どうにも気になった俺は龍可と光から離れ、彼女たちの制止の声を振り切って先程声がしたと思われる場所に向かう。

 そして辿り着いたのは廊下を出て森の中、道がなく人目に付きにくい一角だった。そこには青い服を着たブルー生4名が、怯えた様子のレッド生の1人を囲んでいるのが見えた。何とも嫌な感じだ。

「お、お願いだ! こ、このカードだけは勘弁してくれ! 何か、そう、DPじゃだめか!? 頼む!」

「それは出来ない相談だ。僕が提案した内容を飲んだのは君じゃないか。約束は守ってもらわないとね」

 レッド生の必死の懇願をブルー生の1人が前に出てあっさりと断る。赤い髪をオールバックにしたブルー生は薄気味悪い笑みを浮かべレッド生に近づき、彼が大事に持っていたカードを素早く奪い去った。な、何やってるんだあいつ!

「おい、やめろ!」

「うん?」

 さすがにこれ以上の暴挙を許すわけには行かない。俺はその男子生徒の目の前に躍り出る。突然のことにその場の全員が驚きの顔を浮かべる。

「誰だい君は?」

「俺知ってます(しん)さん。あの庭瀬兄妹を倒したっていう例の……」

「ああ、確か名前は……遊司君と言ったか。初めまして。僕は美馬坂(みまさか)(しん)だ。……それで? そんな有名人の君が何故こんなところに?」

「……言い争うような声を聞いてここに来た。お前、なんで人のカードを奪った! それを彼に返せ!」

 薄気味悪い顔を崩さず問う彼に、俺は怒りを持って要求する。昔見た光景が頭をよぎる。カードを奪う者、奪われる者。そんなことが日常茶飯事のあの町の光景を。

「奪ったとは心外だね。彼とは正式な契約を結び、そして正式な対価を受け取ろうとしていただけさ。アンティルールという、ね」

「アンティルール……!?」

 得意げに笑う美馬坂に目を見開き、俺は後ろに立っているレッド生に振り返る。その彼はバツの悪そうな顔で視線を逸らした。……以前龍可と真の会話でアンティルールのデュエルが普通に行われた時代があったと聞いたが、どうやらその根はかなり深いらしいな。

「ど、どこが正式だ! 俺を脅して無理やり約束を取り付けたくせに!」

「だけど結局了承したのは君だ。それに強いカードは僕の手にあってこそ意味がある。君じゃあ宝の持ち腐れだよ」

 怯えながらも自分は悪くないと反論するレッド生の言葉を、美馬坂は風を相手にするがごとくさらりと受け答える。そんな奴の一言に、俺の怒りが再燃する。今の言葉は聞き逃せない!

「違う! それを決めるのはお前じゃない。カードたちだ! 奪うなんてやり方は間違っている!」

 奴のその言葉を俺は許せない。そして、この場をただで済ませるわけにもいかない。なら、答えは1つだ! 俺はデュエルディスクを美馬坂に向けて勢いよく構える。

「デュエルだ! 俺が勝ったら、今まで奪ったカードを全て持ち主に返してもらう!」

 俺の言葉に周りの取り巻きたちがざわつく中、心はまるで一石二鳥とでも言うように笑みを深くする。何が可笑しいのだろうか? 何とも訝しく感じる。

「いいよ? ただし、僕が勝ったら君のデッキごともらおう。でもそれだと君が少し損をするから、僕のお気に入りのこのカードも君の勝利品に付けようじゃないか」

 俺の挑戦に了承すると、美馬坂は徐に懐からカードを1枚手に取り目の前にかざす。それは白い縁取りのカード。

「……シンクロモンスター?」

「牙王……! 心さんそれはあんたの……!」

「いいんだよ。こうした方がモチベーションが上がるだろ?」

 取り巻きたちの反応から察するに、正真正銘奴のフェイバリットカードなのだろう。だが美馬坂の顔には焦りがまったく見られない。

(自分のカードをあっさりと賭けの対象にするとは)

 自信の表れか、それとも……。俺の中で怒りが徐々に警戒に変わっていく。

「それと、戦うのにこの場はいささか相応しくないね。あの庭瀬兄妹に勝ったほどの腕前だ、当然トーナメント戦に出るんだろ?」

「ああ、出場する」

「それはちょうど良い。僕も出ることが決定しているんだ。君とはそのトーナメントで決着をつけようじゃないか」

「……わかった。それで良い」

 美馬坂の提案に異存はなかった。今日は予選と言う名目で多くの生徒とデュエルをして疲れているし、デッキの調整もしたい。何より、こいつとの試合は万全の態勢で臨みたい。俺はデュエルディスクを下げ、美馬坂の提案に乗る。

「フフフ、カードたちが主人を決める? 君の持論がいかに絵空事であるか、大衆の前で見せつけてあげるよ」

 そう言うと美馬坂は踵を返し、取り巻きたちを連れここを離れようとする。

「カードはただの力さ。そしてそれは、僕が輝き続けるための舞台装置にすぎない」

 俺に背を向けて、立ち去りながら話す美馬坂。その言葉、絶対に否定してやる!

「カードたちはお前のための道具じゃない! お前には、絶対負けない!」

 その背中に向けて、俺は指を突きつけ言い放つ。負けられない。奴とのデュエルには奪われたカードたちと俺の信念が掛かっているのだから。

 俺は去っていく奴の背中が見えなくなるまで、その背中を睨み続けた。

 

 翌日、残りの出場選手が決まり、トーナメント表が発表された。

 

 1日目第1試合 空羽遊司VS美馬坂心

    第2試合  龍凪光VS間宮櫂

 2日目第3試合  倉田纏VS龍可

    第4試合  兵部真VS伊達槍座

 




今回のNGシーン

たまには、なくても、いいよね!

作者「考えるのが面倒になってきたので次からは次回予告にでも変えようかなって」

遊司「そもそもなんでNGシーンなんて茶番やってたんだよ」

作者「5年前のノリなんて知らんがな」

真「無責任すぎる!?」


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Episode09 崩れぬ意志 前編

作者「再開してから初のデュエル!」

龍可「そういえばずっと書き溜めてたって言ってたけど禁止制限とかどうなってるの?」

作者「もちろん当時のやつ。具体的にはレベル・スティーラーが現役」

龍可「かなりヤバイ子!」

作者「そういうわけで大会編中は適当に禁止カードを使ってしまうこともありますが、暖かくスルーしていただけると幸いです」

龍可「本当ならちゃんと守るべきなんだろうけどね」

作者「本当にちゃんと守ったらエンシェント・フェアリー・ドラゴン使えないんだが」

龍可「世界観って大事だよね! 禁止制限なんて異世界には通じないよ!」

作者「では本編をどうぞ~」


 ――負けるわけにはいかない。

 

 僕は社長の1人息子だ。父の会社は俗にいう大企業で、僕は何不自由ない暮らしをしてきた。自分で言うのもなんだが、非常に甘やかされて育てられたと思う。僕の周りの人間は皆、僕に従った。頼めば何だってしてくれた。だからそれまでの僕にとってはそれが普通で、今でも世界は自分を中心に回っているのだと本気で信じている。

 

 ――勝たなければならない。

 

 だけど、同時に理解もしていた。僕に従う者たちは皆、父の力によって従っている。父が強いからその世界ができていたのだ。それは権力の力でもあるし、金の力でもあるだろう。

 だが、僕にはそれがあるだろうか。いずれ父の跡を継ぐであろう僕は、まだまだ力が足りない。世界の中心に居続けるための力が僕にはない。

 

 ――だから、勝つために……

 

 そこに居続けるための力を得るために。

 

「手段は択ばない」

 

 

 

「……よし。行くか!」

 大会の本戦当日。いつものようにラジオ体操をし、一旦寮に戻ってデッキとデュエルディスクを左腕に装着する。

 俺は今日の1試合目。あの美馬坂心とデュエルすることになる。そしてそれは、ただのデュエルじゃない。そこには俺の信念と魂のデッキ、そしてみんなのカードが賭けられている。

(……懐かしい緊張感だ。アンティルール、賭けデュエルなんて久しぶりだからな)

 子供のころの経験を思い出す。俺の育った環境はあまり良くなく、理不尽な暴力で物を奪われることも多かった。そんな中では賭けデュエルなど日常茶飯事で、そしていつもそこには、俺たちの明日への暮らしが賭かっていた。

(だから、今回のもあの頃と変わらない。絶対に負けられないデュエルだ)

 決意を新たに部屋を出ると、真が外で待っていてくれた。

「よお。準備できたか?」

「ああ。ばっちりだ」

 真の試合は明日の2戦目。今日は気楽なものだろう。

「しっかし驚いたぞ? 俺のいない間にアンティルールでデュエルするのが決まってたなんて」

「先生には言うなよ。中止させられたら、みんなのカードを取り返すチャンスを逃しちまうことになるから」

 美馬坂のことを先生に話したとしても、相手は大企業の社長の息子。先生方では手を出しづらいだろうから、俺がやるしかないのだ。

「ま、応援してるよ。ちゃんと勝てよ?」

「わかってるさ。少なくともお前にリベンジするまでは誰にも負けるつもりはない」

「おー、言うねえ」

 大会にかける決意を言ってやると、真は呆れたように肩をすくめた。トーナメント戦である以上、全員とデュエルはできない。そして俺と真はトーナメントの反対側だ。つまり真とデュエルするためには、決勝まで行くしかない。

「言っとくが俺は本気だからな。お前も負けんなよ」

「当然。俺だって負ける気は微塵もないさ」

 そんなことを言い合いながら俺たちは会場へと向かう。その間にどこか気持ちが軽くなった気がした。どうやらいつの間にか気負いこんでいたようだ。

「……変なとこで気が利くな」

「ん? 変な気を感じる? ……お前、ついに目覚めたのか。あれに」

「何に!?」

 ったく。お礼くらいちゃんと言わせろっての。

 

 

「あ、真!」

「お、龍可か。席取りご苦労」

 観客席に向かうと龍可が手を振ってきた。周りの男どもが若干羨ましげな目を向けてくる。ええい、こっちを見るな愚民ども!

「何やってるの?」

「いや別に」

 少し挙動不審になりながらそそくさと龍可の隣に座る。……なんかさらに視線が鋭くなった気がした。

 っていうか今更ながら龍可ってやっぱ人気あるんだよな。いつもは秀や光の人気のせいで霞んでるけど、光の派閥の中には本来龍可の派閥だった奴らだって紛れ込んでるわけだし。と考えると、俺たちのグループって周囲から見たらかなりとんでもなく羨ましいグループなんじゃないか?

「……いつか後ろから刺されるんじゃないだろうか」

「え、急にどうしたの?」

 なんでもないと龍可に答え、そういえばと辺りを見回す。

「そうか。今日は光ちゃんも試合があるんだったな」

「そ。光ちゃんは今頃控え室だろうね」

 わくわくした様子で教えてくれた龍可に俺も同意する。光ちゃんのデュエルはまだ見たことないからな。

 それにしても、8人で行われるデュエルのトーナメントをわざわざ4日に分けてやるとか前の世界だったら考えられないよな。つまり今日は遊司と光のそれぞれのデュエルで終わりなわけだ。

「トーナメントの順番で行くと、今日の勝者2人が準決勝で当たることになるんだね」

「それ、まず確実に遊司と光ちゃんが準決勝で戦うことになるんじゃないか?」

 片や本来は学年主席の実力を持つ者。片や現代のカイザーとか噂される現学年主席。見ものも見ものだ。

「まあデュエルは何が起こるかわからないものだし、私たちを抜いた残りの4人のトーナメント出場者もここに来るくらいには高い実力を持ってるってことだから。きっと白熱すると思うよ」

 言いながら、龍可はトーナメント表を開く。そこには簡単にだが出場選手の紹介がされていた。とりあえず遊司の対戦相手の情報を確認してみる。

「遊司の対戦相手は美馬坂心。王手企業の社長の息子か」

「今朝遊司に聞いた話では、生徒たちからアンティルールでカードを奪ってるらしいね」

 そして今日のデュエルの決着次第でそれらのカードの処遇が決まる、か。そこに遊司のデッキまで賭けられてるってんだから、そりゃ負けるわけにはいかないわな。

「ま、遊司なら大丈夫でしょ。負けられない戦いのときほど遊司は強いからね」

「……ん、そうだな!」

 龍可の微塵も勝利を疑っていないその信頼の高さに、ちょっと、少し、ほんの一滴ほど嫉妬してしまいそうになる。だけどそれだけ遊司が強いなんてことは俺だって知ってることだ。

(ここまで俺たちを期待させてんだ。ちゃんと勝ってみせろよ)

 

 

 1試合目のデュエル開始まであと20分。控え室に行くとすでに遊司さんが来ていてデッキ内容を確認していた。

「遊司さん」

「ん、光か。そうか、光は今日の2試合目だっけ」

「はい。選手はこちらで待つように言われましたから」

 答えてはくれたが、私の方を見たのは一瞬でその視線はずっとデッキを見ている。もしかして少しデッキの内容を変えたのだろうか。

 デッキの内容を見ないように遊司さんの顔を覗いてみる。その顔は真剣そのもので、このデュエルにどれだけの気持ちで挑むのかが窺えた。自分のデッキとみんなのカードがかかっているのだからその重圧も大きいのだろう。そんな遊司さんの真剣な表情もカッコイイです写真に撮っていいですかそうしましょう。

「って違う!!」

「うお!? 急にどうした光! あとDパットはブーメランじゃないぞ!」

「はっ! な、なんでもないです!! ってDパットがああああああ!?」

 思考が変な方向に傾いたのを全力で止めたら、いつの間にか取り出してカメラ機能を起動していたDパットを思わず投げてしまっていた。綺麗な弧を描き、Dパットは飾ってあった植木に直撃。バキッ、という嫌な音とともに床へ落ちる。さらにもともとバランスが悪くなっていたのかさっきの衝撃で植木は倒れ、隣に飾ってあったもう1つの植木をも巻き込み、最後にその植木はちょうど入ってきた男の人――美馬坂さんの後頭部にダイレクトアタックをかましてしまった。

「へぶあ!?」

「ごごごごごごめんなさあああああい!? ってああ! Dパットに植木の水が!?」

「なあにこれえ」

 

 

「まったく。デュエル前から攻撃してくるとは、やってくれるじゃないか」

「えーと。これは謝った方がいいのかな。ボケた方がいいのかな」

「君ね……」

 倒れた植木を直して光のDパットがお亡くなりになったことを確認してから、美馬坂含め俺たちはソファーに座って向かい合っていた。控え室は幾つもあるわけではないからここに美馬坂が来るのはわかっていたが、まさかこんなことになるとは。

「わ、悪いのは私なんです! ご、ごめんなさい。あと、頭大丈夫ですか?」

「ふん……。別に怪我はないよ。そんなに勢いもついてなかったからね」

 ここに真や龍可がいたら光に続けて「二重の意味で?」とか言ってさらに場を混乱させていたんだろうか。そして光が今にも泣き出しそうできっと万人が抱くであろう抱きしめたくなる衝動を俺の全理性を持って抑えながらハラハラしているのだが、美馬坂もさすがに泣かせるようなことはする気はないようだ。小さい子に対しては意外と紳士なんだな。

「何か今失礼なことを言われた気がしました」

「気のせいだ」

 光が龍可と同じスキルを得ていることに戦慄した。ついでに自分の軽はずみな心に反省。

「とりあえず、そのDパットは秀にでも言えば替えをくれるだろう。俺の貸すからちょっと連絡してきたらどうだ?」

「え? で、でも……」

「俺も少し美馬坂に話があるから。丁度いいから行って来いって」

 渋る光にDパットを握らせる。どちらにせよ、とっとと秀に連絡はしないといけないだろうしな。

「……分かりました。少しだけお借りしますね」

 光は小走りで部屋から出ていく。後は秀に任せればいいだろう。

「……それで? 話とは何だい?」

 美馬坂の声色が変わる。余裕たっぷりの相手を見下すようなそれに。

「……この前言ったこと。忘れちゃいないだろうな」

「この前? さて、何だったかな」

「っ! お前……っ!!」

 瞬間、体が熱くなったのを感じる。頭に血が上りまともに声も出ない。

「ははっ! 冗談だよ。アンティルールのことだろう? 君が勝ったら僕が今までアンティルールで勝ち取ったカードを全て変換し、この牙王を君に譲る」

 美馬坂はデッキホルダーからカードを1枚取出し、それを俺に見せてくる。レベル10のフリーシンクロモンスター。神樹の守護獣-牙王。

「そして僕が勝ったら君のデッキをもらう」

 続けて美馬坂は俺の腰にあるデッキホルダーを指す。その動作1つ1つが俺をイラつかせる。それが挑発なのだと分かっていても、今すぐ殴りつけたい衝動が湧きあがってくるのを感じた。

「~~っ、はあ。そうだ。約束は守ってもらうぞ」

「ああ。もちろんだとも。僕は約束は破らないよ」

 息を吐いて無理やりそれを抑え、もう一度確認しておく。それに美馬坂は当然だと言うように答えて見せた。それが余裕からくる態度なのか、それともこいつ自身のプライドなのか。俺には判別できないが、今はそれが嘘でないことを信じるしかない。

『デュエル開始5分前です。トーナメント第3試合出場選手、空羽遊司さん、美馬坂心さんの2名はデュエルフィールドに入場してください。繰り返します。デュエル開始―――』

 入場の指示がアナウンスで流れる。美馬坂は撫でるような目線を俺に向けながら会場へと出て行った。

「……勝って見せる。絶対に」

 

 

『ありがとうございます。秀さん』

「いやいや。これくらい大丈夫だよ! それよりもそろそろデュエルが始まるようだ。君も早く控室に戻るといい」

『はい。それではお願いします』

 光ちゃんからの電話を終え、Dパットの支給を手配する旨をメールで送る。それにしても、試合開始前の待合室でどうやってDパットを壊したんだろう? 飛翔するGでも出たのかな?

「……まあ、それはいいか。それよりも今は遊司のデュエルを見なきゃね」

 僕が今いるのは自室だ。この部屋には大きなスクリーンがあって、そこからデュエルフィールドの中継を見ることができるようになっている。本当は僕も会場で見たいんだけど、たくさんの人が僕に話しかけてくるようになってしまって正直観戦どころではなくなってしまうのだ。それは僕にとってもその人たちにとってもあまり良いことではない。

「1戦目は遊司と心くんか。面白いデュエルになりそうだ」

 遊司は言わずもがな、心くんもなかなか強いデュエリストだ。アンティルールを持ちかけてデュエルをしていると聞いたときはとても残念だったけど、デュエルに対する姿勢は決して悪いものじゃない。むしろまっすぐ攻撃的なデュエルをする彼は、それにおいては真摯に向き合っていると言っていい。

 そんな彼が何故アンティルールなどでカードを奪うような真似をしているのか、それは僕にもわからない。けど、きっと何かあるのだと思う。勝手なことだけど、もし遊司がその問題に触れることができれば何かを変えられるんじゃないかって、少し期待もしている。

「……ふう。遊司に任せるしかないなんて、僕も嫌な奴だな。でも、それでも」

 今あの場所に立っているのは、僕じゃないから。だから、僕は勝手なことを願わせてもらおう。

 

 

『これより、1年生対抗デュエル大会決勝トーナメントを開始しするわ! 第1試合で戦うのはこの2人、空羽遊司と美馬坂心よ!』

 教頭先生の掛け声で会場が湧きあがる。俺と美馬坂はそれに合わせてフィールドに登った。デッキをデュエルディスクにセットし、オートシャッフル機能によってデッキがシャッフルされる。

「ふっ、さあ始めようか。遊司くん? 勝敗が決まった時が楽しみだよ」

「……ああ。そうだな!」

 互いに自分の勝利を信じ、デュエルディスクを構えあう。審判を務める教頭先生の合図を待つ間も目線は外さない。

(デッキと、俺の信念を護るために)

(勝者で居続けるために)

『デュエル、開始!』

「「デュエル!!」」

((絶対に、勝つ!!))

 

 

 どこか怒気を含んだ真剣な声に、一瞬会場が静まる。中には涙目になっている生徒もいるほどだ。しかしそれすら気づかないほど集中しているのか、遊司は4枚のカードを手に取った。

「俺の先攻! モンスターをセットし、さらにカードを3枚セット! これでターンエンドだ!」

 遊司のフィールドに4枚のカードが裏向きで表示される。遊司がよく見せる静かな1ターン目の動き。でも初手から一気に3枚も伏せるのは初めて見たかもしれない。

「……遊司の奴、大丈夫か?」

 ポツリと真が呟いた。確かに今の遊司はどう見ても怒っていて、冷静な判断ができているのか怪しく見える。

「……たぶん、大丈夫だよ。わかんないけど、ちゃんと冷静に相手の出方も見てる」

 そう、遊司のあの眼はただ相手を見てるんじゃない。冷静に相手を分析しようとしてる時のいつもの眼だ。

 真もそれに納得したのか、首を縦に振ってみせる。

「一気に3枚も伏せるとはね。さて、どうしようかな」

 それに対し、美馬坂くんはゆっくりと手札を見て、カードを1枚手に取った。

「手札のキーマウスを捨てることで、チューナーモンスター、虚栄の大猿を特殊召喚!」

 フィールドに現れたのは小さな猿のモンスター。しかしその後ろ大きな虚像が現れ、その姿を大きく見せ出す。

 

キーマウス

星1 地属性 獣族 チューナー

攻撃力100 守備力100

このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキからレベル3以下の獣族モンスター1体を手札に加える事ができる。

 

虚栄の大猿

星5 地属性 獣族チューナー

攻撃力1200 守備力1200

このカードは通常召喚できない。

手札から獣族モンスター1体を墓地へ送った場合に特殊召喚する事ができる。

この方法で特殊召喚に成功した時、墓地へ送ったその獣族モンスターのレベルを確認し、次の効果から1つを選択して発動する事ができる。

●そのレベルの数だけこのカードのレベルを上げる。

●そのレベルの数だけこのカードのレベルを下げる。

 

「虚栄の大猿は召喚のために捨てたモンスターのレベル分、レベルを変化させることができる。キーマウスのレベルは1。僕はレベルを1つ上げ、6にするよ」

「へえ、便利なカードだね」

 元々がレベル5だから低レベルモンスターを使って高レベルシンクロを出しやすいし、加えて自身のレベル調整もできる。手札消費は激しいが、とても便利なモンスターと言えた。

「龍可だって獣族モンスター使うだろうに。あれ知らないのかよ」

 すると真が呆れたように私の無知を指摘する。わ、私だってイラストぐらいなら見たことあるよ! でも、一目で採用を見送ったのを覚えている。

「だってあんまり可愛くないんだもん」

「ああ、そこなんですね」

 さっきと同様に呆れたように真は言うが、私としては重要な問題である。可愛かったり綺麗だったりするモンスターの方が好きなのだから仕方がない。仕方がないったら仕方がない。

 私たちがそんな言い争いをする中、デュエルは進行していく。

「さらにマイン・モールを召喚する」

 次に召喚されたのは口に花を咥えた大工姿のモグラ。何あれ可愛い。ちょっと欲しいかも。

 

マイン・モール

星3 地属性 獣族

攻撃力1000 守備力1200

このカードは1ターンに1度だけ、戦闘では破壊されない。

このカードが獣族モンスターのシンクロ召喚の素材として墓地へ送られた場合、自分のデッキからカードを1枚ドローする。

このカードは相手のカードの効果によってフィールド上から離れた場合、ゲームから除外される。

 

「そこまで褒めると、なんか大猿が不憫だな」

 自然に心の声を聞かないでほしい。以心伝心はちょっと恥ずかしいから。

「レベル3のマイン・モールにレベル6となった虚栄の大猿をチューニング!」

 大猿が6つの輪となりそこに3つの星となったマイン・モールが飛び込んでいく。

「静寂なる森に潜みし獰猛なる獣よ、森を害するものを狩りつくせ! シンクロ召喚! 来い、ナチュル・ガオドレイク!」

 光の柱が立ち、その中から獰猛なライオンが……。訂正、とても可愛いコミカルなライオンが現れた。なにあれ欲しい。

 

ナチュル・ガオドレイク

星9 地属性 獣族 シンクロ

攻撃力3000 守備力1800

地属性チューナー+チューナー以外の地属性モンスター1体以上

 

「攻撃力3000か……っ」

 しかしデュエルをしている遊司としてはたまったものではないようで、その攻撃力に目が行っていた。確かに基本的に攻撃力の最大値が低い獣族モンスターの中であれはかなりの攻撃力を持っていると言っていい。警戒するのは当然か。

「マイン・モールの効果により、獣族モンスターのシンクロ素材となったことで1枚ドロー。さて、そのモンスターはメタモルポットの可能性がある。先にカードを1枚セットしておくとするよ」

 あまり見ないバトルフェイズ前にカードを伏せる動き。確かに今の遊司のフィールド状況はメタモルポットだと想定するには十分だ。私でもそう予想する。

「行くよ。ナチュル・ガオドレイクで伏せモンスターを攻撃!」

 美馬坂くんの指示に従い、ガオドレイクは大きく飛び跳ねると伏せモンスターを上から押しつぶしてしまった。カードが破壊される寸前に見えたのは、たまに遊司のデュエルで見ることのある女の子の精霊。

「そよ風の精霊? なんでそんな弱小カードを入れてるんだい?」

「俺のデッキに、弱小カードなんて1つもない!」

 私と同じくそれが見えたらしい美馬坂くんのその言動に遊司が声を荒げる。

「そうかい? 攻撃力0のくせに自分のターンのスタンバイフェイズに攻撃表示で存在しなければならないそんな矛盾だらけのカード、どうやって使うというのさ」

「なんかあいつムカつくな……」

 しかしそれを意にかえさず、美馬坂くんはそよ風の精霊の欠点を上げていった。真は舌打ちでもしそうな顔でそう呟く。正直私もそんな気分だ。

「デュエル中に相手のカードを馬鹿にするなんて……っ」

 誰だってデッキを組むときに入れるカードには、何か意味を考え、それを与えている。それは、そのカードが決して弱くなんかないって思えるだけの何かがそこにあるからだ。それを無視して相手の使うカードを馬鹿にするのは、デュエリストとして到底許せるものではない。

「………」

 しかし遊司はそれ以上の反論はしなかった。それを美馬坂くんは反論ができないのだと受け取ったようで、気分よさそうにデュエルを進める。

「ふっ、僕はこれでターンエン――」

「この瞬間、リバースカード発動! リビングデッドの呼び声! 墓地からそよ風の精霊を攻撃表示で特殊召喚する!」

 しかしそこで遊司が動いた。まるで、言葉ではなく行動でその使い方を教えてやると言わんばかりに。

「……へえ。これで次のターンの効果発動が確定したわけか」

 エンドフェイズに攻撃表示で出現したそよ風の精霊を見て、美馬坂くんは称賛を述べるが、しかしそれを今度は遊司が一笑して見せる。

「まだだ。そっちがシンクロまでやってくれて助かったよ」

「何?」

 その疑問に答えるように、遊司は自らのデッキのキーカードを発動した。

「リバースカード発動! 地獄の暴走召喚! デッキからそよ風の精霊を2体攻撃表示で特殊召喚する!」

「な!?」

「えええ!? 2体出すってことは、デッキに3枚も入ってたの!?」

「これはw酷いwww」

 つい私まで驚いてしまった。遊司のフィールドにはその宣言通りに2人の精霊が舞い降り、3人の風の精霊が立つことになった。しかも美馬坂くんのフィールドにはシンクロモンスターであるガオドレイクしかいないため暴走召喚によって出てくることはない。……真が大笑いしてるけど、そんなに面白かったのかな?

「それで、エンドフェイズとはいえまだそちらのターンだが。まだ何かあるか?」

「っ、いいや。ターンエンドだ」

 してやったりと言うように、遊司は確認をとる。というか、早く自分のターンになってその効果を発動させたくてうずうずしているようだった。美馬坂くんが悔しげにターン終了を宣言すると、遊司はすぐにデッキからカードを引いた。

「なら俺のターン! ドロー! このスタンバイフェイズ、そよ風の精霊の効果発動! 自分ターンスタンバイフェイズにこのカードが表側攻撃表示で存在する場合、ライフを1000回復する! 3体分で3000のライフ回復だ!」

 3人の風の精霊が綺麗な歌声を響かせ、遊司を優しい風が包んでいく。

 

遊司LP4000→7000

 

「ライフポイントが、7000……!?」

 スタート時の倍近いライフにさすがに美馬坂くんも驚愕を隠せない。

「さらにリビングデッドで出たのを含めた2体のそよ風の精霊をリリースし、アテナをアドバンス召喚! そしてリビングデッドをコストにマジック・プランターを発動! デッキからカードを2枚ドローする!」

「くっ!」

 高攻撃力モンスターであるアテナの召喚からカードを無駄にしないマジック・プランターという怒涛の展開に美馬坂くんも焦りが顔に出る。しかしアテナの攻撃力は2600。このままでは攻撃力3000を誇るナチュル・ガオドレイクを倒すことは不可能だけど……。

「アテナの効果を発動! そよ風の精霊を墓地に送り、再びそよ風の精霊を守備表示で特殊召喚! そしてこの瞬間、アテナの効果により相手に600ポイントのダメージを与える! 天光のバース!」

「ぐっ」

 そよ風の精霊が1度墓地に戻って再びフィールドに現れる。何度も使われてるように見えるけど、ちゃんと別のそよ風の精霊を出していた。過労死にはならなくて済みそうである。

 私がそんな余計な心配をする中、アテナが手に持つ槍を天に掲げ、そこから放たれた光が美馬坂くんに降り注いだ。

 

心LP4000→3400

 

 さらに遊司はたった今引いたカードを手に取る。

「さらに装備魔法、ダグラの剣をアテナに装備! 攻撃力を500ポイントアップする!」

「なんだと!?」

 アテナの槍と盾が消え、円環状の刃を持つ圏を両手に持つとその攻撃力が上昇する。それにしても、なんだかメルヘンなフィールドだね。可愛いライオンと精霊と女神って。

 

ダグラの剣

装備魔法

天使族のみ装備可能。

装備モンスター1体の攻撃力は500ポイントアップする。

装備モンスターが戦闘によって相手プレイヤーにダメージを与えた時、その数値分、自分のライフポイントを回復する。

 

アテナ

攻撃力2600→3100

 

「これで攻撃力は逆転した! アテナでナチュル・ガオドレイクに攻撃!」

 遊司の指示を受け、アテナはガオドレイクへ疾走し、その喉元に刃を突き立てようとする。

 「っ! 罠発動! 猛突進! 自分のフィールドの獣族モンスター1体を破壊し、相手モンスター1体をデッキに戻す! 僕はガオドレイクを破壊し、アテナをデッキに戻す!」

 

猛突進

自分フィールド上に表側表示で存在する獣族モンスター1体を選択して破壊し、相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択してデッキに戻す。

 

 しかしそれより早く美馬坂くんが反応した。ガオドレイクは大きく後ろに跳んでそれを回避し、今度はガオドレイクがアテナに向かって突進していく。

「! やらせるか! リバースカード発動、ディメンション・ゲート! アテナを除外する!」

 その反撃に対し、遊司はアテナを異次元へと逃がすことで回避してみせた。装備されていたダグラの剣は破壊されてしまうが、ガオドレイクの突進は空を切り、そのまま走り続けて壁に激突してしまった。

「うまく避けたか! だがまだ終わりじゃない! 自分のフィールドの獣族モンスターが破壊されたことで、手札の森の番人グリーン・バブーンの効果発動! 1000ライフを払う代わりに、自分フィールドに特殊召喚する!」

「何!?」

 

森の番人グリーン・バブーン

星7 地属性 獣族

攻撃力2600 守備力1800

①:このカードが手札・墓地に存在し、自分フィールドの表側表示の獣族モンスターが効果で破壊され墓地へ送られた時、1000LPを払って発動できる。

このカードを特殊召喚する。

 

心LP3400→2400

 

 破壊される寸前にガオドレイクが断末魔の咆哮を上げると、それに応えるように美馬坂くんのフィールドに棍棒を持った緑色の体を持つゴリラのようなモンスターが現れた。

「っ、俺はこれでターンエンドだ」

 結果的にフィールド状況はやや遊司に不利。遊司は状況を好転できなかったことを悔しそうにターンを終えた。

「いや笑った嗤った。遊司の奴、そよ風の精霊は俺とのデュエルでもいたけど、3枚も入れてたのか」

「特殊召喚からの地獄の暴走召喚でエクシーズ、シンクロ、アドバンス召喚への布石を整えつつ、一気に3000もライフを回復するコンボ。ってことだよね。美馬坂くんじゃないけど、そよ風の精霊なんて持っててもデッキに入れる人なんてまずいないと思ってたから驚いちゃった」

 さっきの遊司の動きを真と一緒に考察する。必要カードは3枚と多めだが、とりあえずそよ風の精霊を自分ターンのスタンバイフェイズまでに特殊召喚できればいいわけだから、別に無理なコンボではない。とくに遊司のデッキなら、元々あるギミックにそよ風の精霊をあてはめただけだ。そう考えると、やっぱり強力なコンボと言えるかもしれない。

「つっても、この状況はちょっとよろしくないな」

「え、でもディメンション・ゲートがあるから攻撃力が同じグリーン・バブーンは下手に攻撃できないんじゃ……」

 話を変え、真は今のフィールドに目を向ける。しかし私は真が言うほど厳しい状況とは思えなかった。しかしそんな希望的意見を真は容赦なく切り捨てる。

「ここまで来た奴がそんなのに長々と時間かけるか? たぶん、すぐに対処してくるぞ」

 つまり真はこのターンで遊司が追い込まれるだろうと考えているようだ。遊司の方を見ると、遊司もまた緊張した様子で相手を見ていた。

(まさか、ホントにそうなるの?)

 生唾を飲み込み、私もデュエルに集中することにする。一体どんな手を使ってくるのか、私も興味があるしね。

「僕のターン、ドロー!」

 カードを引き、そのカードを確認すると美馬坂くんは静かに笑った。

「ふっ、さっきのコンボは面白かったよ。確かに弱小モンスターも使い方次第でいくらでも化けられるってことを思い知らされた」

 突然称賛の言葉を贈る美馬坂くんに遊司は逆に警戒を強める。その態度が逆に、すでに対処が可能だと言っているように見えるからだろう。

「でも、それでも僕には勝てない。僕はゼンマイニャンコを攻撃表示で召喚!」

 

ゼンマイニャンコ

星2 地属性 獣族

攻撃力800 守備力500

自分のメインフェイズ時に発動する事ができる。

相手フィールド上に存在するモンスター1体を選択して持ち主の手札に戻す。

この効果はこのカードがフィールド上に表側表示で存在する限り1度しか使用できない。

 

 そう宣言し、美馬坂くんはゼンマイ式の猫の玩具のようなモンスターを召喚した。その可愛らしい姿に毒気を抜かれたかのように遊司の眼が点になる。

「……ニャンコ?」

「あ、可愛い」

 ゼンマイ特有の音とともにカタカタと動く姿はとてもプリティーで、他の女子生徒からも可愛いという声が上がっていた。

 そんな中、真だけはかなり苦々しい表情をしていた。

「うわー。可愛いからって油断してると痛い目にあうぞ、あれ。蠱惑魔並みに」

「え?」

 いつものことながら、真はその効果を知っているようだ。でもとてもそんな怖い効果を持っているようには見えない。どうなるんだろう。

「クリーン・バブーンでそよ風の精霊に攻撃!」

「くっ。すまない、そよ風の精霊」

 そのままバトルフェイズに入り、美馬坂くんはグリーン・バブーンでそよ風の精霊に攻撃した。成すすべなくそよ風の精霊は容赦のない全力のフルスイングでふっとばされて破壊されてしまった。うぐ、あれはちょっと、なまじ人の姿をしているだけに見ていて痛い。

「続いてゼンマイニャンコでダイレクトアタック!」

「!?」

「え、攻撃するの!?」

 ディメンション・ゲートの効果は、これまで何度か遊司が使ってきたこともあってよく知られている。ここで攻撃すればディメンション・ゲートが墓地に送られ、アテナが戻ってくるというのに、美馬坂くんは躊躇いなく攻撃してきたのだ。

 「……面白い。試してみるか。ディメンション・ゲートの効果発動! 相手がダイレクトアタックしてきた時、このカードを墓地に送ることができる! さらにディメンション・ゲートが墓地に送られたことでその効果が発動! 自身の効果で除外していたアテナを特殊召喚する!」

 ゼンマイニャンコがカタカタとゆっくり近づいてくる中、遊司は一瞬何か考えていたようだが、結局ディメンション・ゲートの効果を使用することにしたようだ。ディメンション・ゲートが消え、そこに退避していたアテナがフィールドに戻ってくる。

「それを待っていたんだ。バトルは中断」

 さすがにそのまま攻撃しようとはせず、ゼンマイニャンコはその場で止まった。しかしなぜかゼンマイニャンコはそこから戻ろうとはせず、アテナの前で止まったままだ。

「メインフェイズ2に入り、ゼンマイニャンコの効果発動。相手フィールドのモンスター1体を相手の手札に戻す。目障りな女神様にはお帰りいただくよ」

「なっ、くそ!」

 ゼンマイニャンコに付けられたネジが急速に回りだし、そこから突風が巻き起こる。するとそれはアテナを飲み込み、遊司の手札まで吹き飛ばしてしまった。

「もっともこの効果はフィールドに存在する限り1度しか使えないけどね。僕はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「それ見たことか」

「ニャンコ強い!?」

 1回しか使えないのはゼンマイ式だから巻きなおしが必要ということか。いやそれにしても驚きである。まさか1回しか使えない制限はあるとはいえこんなに強い効果だとは。

「だから言ったろ。あれうまくすると毎ターン蘇生しながら相手モンスターを手札に戻していくコンボとかもあるくらいには強力なカードだから」

「ふぇー、モンスターは見かけで判断しちゃいけないんだね」

 げんなりしながら説明する真。なにそのえげつないコンボ、見てみたい。決して体験したくはないが。

 

 

(強い……! さすがにアンティルールで負け無しなことはあるか。だがまだだ!)

 フィールドは明らかに不利。手札もこの2枚では反撃などできない。でも、それが諦める理由にはならない!

「俺のターン! ドロー!」

 ドローしたカードを確認し、すぐにそのカードをデュエルディスクに差し込む。

「天空の宝札を発動! コストとして手札の天使族モンスター、さっき戻されたアテナを除外し、デッキからカードを2枚ドローする。ただしこのターン、俺はモンスターの特殊召喚とバトルフェイズを行えない」

 

天空の宝札

魔法

手札から天使族・光属性モンスター1体をゲームから除外し、自分のデッキからカードを2枚ドローする。

このカードを発動するターン、自分はモンスターを特殊召喚することができず、バトルフェイズを行う事もできない。

 

「おや。ではゼンマイニャンコは安全というわけか。せっかくいい的だというのに、残念だったね」

 美馬坂の挑発が少々癇に障るが今は無視。平常心だ、俺。

 新たにドローした2枚カードを確認する。これで俺の手札は3枚。そこには逆転の可能性がまだ十分にあった。

(といっても、このターンは動けない。チャンスは次のターンか)

 まだ7000もライフはあるが、相手の場にはすでに上級モンスターが1体いる。油断はしない。

「俺はモンスターとカードを1枚ずつセット。これでターンエンドだ」

「おや、それで終わりかい? おっとそうだったね。天空の宝札のせいでこのターンはろくな行動がとれないんだったね。これは失礼」

「うっせ。早く進めたらどうだ」

 挑発してくる美馬坂に俺は簡素に答える。しかし結果論とはいえ、ゼンマイニャンコの効果がバウンスで助かった。そうでなければ天空の宝札は発動できず、逆転の可能性など引くことはできなったのだから。

「なら、そうさせてもらうよ。エンドフェイズにリビングデッドの呼び声を発動!」

「なに!?」

 奇しくも最初の俺の動きと同じタイミングで同じカードが発動される。しかし召喚されるモンスターはコンボに繋げるためのそれではなく、ただ単純な圧倒的な力。

「深淵より復活せよ、百獣の王! ナチュル・ガオドレイク!」

 このタイミングで攻撃力3000。正直にこれは不味いかもしれない。

「っ!」

 なぜなら、次の美馬坂のドロー次第で形勢どころかライフすら逆転される可能性が高いからだ。

「さあ、僕のターンだ。ドロー」

 顔を強張らせている俺を見下すように、美馬坂はゆっくりとカードを引く。

(コイツほんとに性格悪いな!)

 しかしそれを見て逆に気持ちを引き締めることができた。そんな状況に息を吐き、少し苦笑する。

(でも冷静になって考えてみれば、これ結構楽しいデュエルだよな。今は押されてるけど、お互いの持てる力を振り絞ってる。せっかくこんなデュエルをしてるってのに、相手に怒りばっか抱いてたら、なんか勿体無いかもしれない)

 負けられないデュエルだというのは変わらない。このデュエルには俺の信念も賭かっているのだから。でも俺の信念は、カードが人を選ぶってことと、もう1つ。大切なことを忘れていた。

(それは、デュエルを楽しむこと。どこまでも、誰よりも!)

「さあ、かかってこいよ美馬坂! このライフを削りきれるもんならやって見せろ!」

 急に元気になったせいか、美馬坂は目を丸くして止める。しかしそれを挑発と受け取ったのか、美馬坂は再びいつもの嫌味な笑みを浮かべてきた。

「言うね。なら見せてあげるよ! 僕は手札から魔法カードエアーズロック・サンライズを発動! 墓地の獣族モンスター1体を特殊召喚する! 僕が呼び出すのは虚栄の大猿だ」

 

エアーズロック・サンライズ

魔法

「エアーズロック・サンライズ」は1ターンに1枚しか発動できない。

①:自分の墓地の獣族モンスター1体を対象として発動できる。

その獣族モンスターを特殊召喚し、相手イールドのモンスターの攻撃力はターン終了時まで、自分の墓地の獣族・鳥獣族・植物族モンスターの数×200ダウンする。

 

「! ということは……」

 呼び出されたカードはレベル5チューナーである虚勢の大猿。そして素材に丁度いい効果を使い切ったレベル2のゼンマイニャンコ。シンクロ召喚を狙っているのだろう。

 しかし俺の予想に美馬坂は首を振る。

「いいや、シンクロはしない。僕は虚栄の大猿とゼンマイニャンコをリリース!」

「アドバンス召喚か!」

 確かに獣族は優秀な上級モンスターも多い。一体何が出る!? 俺の疑問に答えるように、美馬坂は手に持ったカードをデュエルディスクに叩きつけた。

 「出でよ、モザイク・マンティコア!」

 2体を生け贄に現れたのは全身をアーマーで包んだいくつもの獣の特徴を持つ伝説の生き物。

 

モザイク・マンティコア

星8 地属性 獣族

攻撃力2800 守備力2500

①:このカードがアドバンス召喚に成功した場合、次の自分ターンのスタンバイフェイズに発動する。

このカードのアドバンス召喚のためにリリースしたモンスターを墓地から可能な限り自分フィールドに特殊召喚する。

この効果で特殊召喚したモンスターは攻撃宣言できず、効果は無効化される。

 

「攻撃力2800……」

 これで美馬坂の場には攻撃力3000と2800と2600のモンスターが揃った。その合計攻撃力は8400。余裕で俺のライフを削りきれる。壁モンスターを出せていなければ終わっていただろう。

「行くよ? ナチュル・ガオドレイクで伏せモンスターに攻撃!」

「くっ!」

 最初の攻撃と同じようにナチュル・ガオドレイクが飛び跳ねるとそのまま伏せられていた暴風小僧を押しつぶしてしまった。

「続け! グリーン・バブーンとモザイク・マンティコアでダイレクトアタック!」

「ぐあっ!?」

 

遊司LP7000→4400→1600

 

「伏せモンスターに助けられたな。だがこれでライフすら逆転だ。天空の宝札で何を引いたのか知らないが、このまま終わらせてあげるよ」

 勝利を確信したのか、少しテンションが上がっている気がする。確かに状況は圧倒的に不利だ。

「……へっ、勝負はまだわからないさ」

 だがやはりいつもと変わらない。それは諦める理由にはなりえない。

「ふっ、ターンエンド」

 しかし美馬坂はそれを悔し紛れの言葉として受け取ったようで、ただ嘲笑していた。

 俺のターン。状況からして、このドローが逆転のラストチャンスだ。

 

 

 

「遊司さん……っ!」

 私は控室で試合状況を観戦していた。遊司さんは伏せカードが1枚に手札1枚。対して相手は手札こそ0だが、攻撃力2600以上のモンスターが3体に、次のターンにはマンティコアの効果によってさらに増えてくる。

「この状況、終わったな」

「!」

 遊司さんたちがデュエルを始めたころに控室に入ってきたトサカ頭の男、ラーイエローで次の私の対戦相手である間宮櫂さんが状況から結論を出す。確かに彼の言いう通り状況は絶望的だ。

「次は遊司さんのターンです。まだ結果はわかりません。」

 それでも、と反論するも、間宮さんは肩をすくめるだけだった。

「フン。ここからどうやって逆転するというんだ」

「それは……」

 今まで何度か遊司さんのデュエルは見てきたが、確かに遊司さんが使っていたカードでこの状況を簡単に逆転する方法はそうはないだろう。

「気持ちだけじゃどうにもならないこともあるってこどだ。まさかカイザーの再来とさえ言われた学年トップのデュエリストがお前のような甘ちゃんとはな。どうやら過剰評価のようだ」

「………」

 間宮さんは心底呆れたと言うように嘲笑する。いつの間にか矛先が私に変わっていたが、そんなことは些細なことだ。

 確かに普通に見れば間宮さんの言う通りなのかもしれない。だけどどれほど追い込まれても、いつだって遊司さんは諦めなかった。そうして軽々と、私の世界を変えて見せる。

(……遊司さん。また、見せてください)

 




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Episode09 崩れぬ意志 後編

後編です


(手札のカードとセットカード。これらを使えばあれを出せる。だけどそれだけじゃだめだ。ここで何かを引かないとその意味をなくしてしまう)

 計算外だったのはあのリビングデッド。あれが逆転への道を崩してくれた。つまり、ここでそれすら凌駕する可能性を引き当てる必要があるということ。

 デッキに指を添え、一番上のカードを掴む。

(でも大丈夫だ。いつだってこのデッキは俺の思いに応えてくれた。俺を選んでくれた、最高のカードたち。だから、信じるんだ!)

「俺のターン、ドロー!!」

 力を込めてカードを引き、それをゆっくりと確認する。

(!!)

 そのカードを見た瞬間、可能性を指し示す道が頭を駆け巡った。その道の通りに俺はそのカードをデュエルディスクに差し込み、さらにセットしていたカードを発動する。

「カードを1枚セット! そしてリバースカード発動! リビングデッドの呼び声! 特殊召喚するのは、さっき破壊された暴風小僧!」

 相手も含め本日3回目のリビングデッドの呼び声。しかしそれが呼び出すのは、とてもこの状況をどうにかできるとは思えない風を操る少年だった。そのことに美馬坂はわざとらしく同情しているかのような態度をとる。

「残念だけど、しかたがないね。せっかくの蘇生カードだがその暴風小僧が君の墓地にいる最大の攻撃力だものねえ」

 そんなあからさまに自分を馬鹿にしている声に暴風小僧がむっとした。それは俺も同じだ。

「最初に言ったはずだぞ。俺のデッキに弱小カードなんて1枚もないってな」

「そうかい? ……ああ、手札にガーディアン・エアトスがいるんだね。なんせ君のエースモンスターだ。確かにこの場を預けるには丁度いい」

 得心がいったと言うように勝手に納得する美馬坂。残念だが、外れてるぞ。

「勘違いするな。確かにエアトスは俺のエースだが、何もエアトスだけが切り札ってわけじゃない」

「何?」

 ここに来て、再び美馬坂の顔から余裕が消える。何か仕掛けてくる、と直感したのだろう。それに応えるように俺は最後の手札を切った。

「俺は手札から、チューナーモンスター、トラスト・ガーディアンを召喚!」

 

トラスト・ガーディアン

星3 光属性 天使族 チューナー

攻撃力0 守備力800

このカードをシンクロ素材とする場合、レベル7以上のシンクロモンスターのシンクロ召喚にしか使用できない。

このカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターは、1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。

この効果を適用したダメージステップ終了時、そのシンクロモンスターの攻撃力・守備力は400ポイントダウンする。

 

「! シンクロか!」

 デフォルメされた妖精のような天使が俺のフィールドに飛び出す。チューナーとそれ以外のモンスターがフィールドに揃ったことで、さすがに美馬坂も俺がシンクロ召喚を狙っていると分かったようだ。

「レベル4の暴風小僧に、レベル3の光属性モンスター、トラスト・ガーディアンをチューニング!」

 トラスト・ガーディアンが3つの光の輪となり、暴風小僧が元気よく飛び込んでいく。それは4つの光となり、一筋の光の柱となった。

「聖域穢されし時、悠久を生きる竜が裁きを下す。連なれ星々よ!」

 光が晴れ、そこから現れたのは真っ白な体と金色の長い髪をなびかせた天の龍。

「シンクロ召喚! 舞い降りろ、エンシェント・ホーリー・ワイバーン!!」

 神々しい光の中、エンシェント・ホーリー・ワイバーンは俺のフィールドに舞い降りる。しかしそれはすぐに翼を折りたたみ、守備の体勢をとった。

 

エンシェント・ホーリー・ワイバーン

星7 光属性 天使族 シンクロ

攻撃力2100 守備力2000

光属性チューナー+チューナー以外のモンスター1体以上

自分のライフポイントが相手より多い場合、このカードの攻撃力はその差の数値分アップする。

自分のライフポイントが相手より少ない場合、このカードの攻撃力はその差の数値分ダウンする。

また、このカードが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、1000ライフポイントを払うことでこのカードを墓地から特殊召喚する。

 

エンシェント・ホーリー・ワイバーン

攻撃力2100→1300

 

「エンシェント・ホーリー・ワイバーンはライフ差によって攻撃力が変化する。今俺のライフはお前より800ポイント下回っているため攻撃力は800下がる」

 会場が静寂に包まれる中、俺は淡々と効果を説明する。もしナチュル・ガオドレイクが蘇生されなければまだライフは最低2800以上あったのだから、この時点で攻撃力が3700以上はあったと考えると悔しいところだ。やはりそう思い通りにはいかない。

「……ははは! ずいぶん自信満々に言うから何が来るかと思えば、そんなモンスターがこの状況で何の役に立つ? しかも守備表示とは、ずいぶん消極的じゃあないかい?」

 静寂を破るように美馬坂の笑い声が響く。ま、そう思うのも当たり前だろうな。俺が相手でもそう思うだろう。でも……、

「今はこれでいいのさ。これで次に繋がる可能性ができたんだから」

「次、だと?」

「ああ。俺はこれでターンエンドだ」

 美馬坂が俺の言葉を訝しむが、それに取り合わず、俺はターンを終了する。

(準備はできた。後はあいつがどう考えてくるかだ)

 

 

 純白の姿態に金に輝く長い髪。見るものすべてを魅了する天龍に見惚れること数秒、状況の理解にようやく頭が追い付いて愕然とした。

「ええええ!? ちょ、ええええええ!? あれ大丈夫なの!?」

「反応遅いなおい」

 ターンを終了してからようやく驚き始めた私に真が突っ込む。だって綺麗だったんだもん。

 むくれる私を他所に真はフィールドに視線を戻す。

「正直かなりきついと思うが、ってかなんで守備表示なんだ? ライフ回復カードを引いたわけじゃないのか?」

「エンシェント・ホーリー・ワイバーンは私も持ってるから効果は知ってるよ。あれで耐えるつもりなのかなあ」

 真の疑問はもっともだ。エンシェント・ホーリー・ワイバーンは相手より有利な状況で真価を発揮するモンスター。不利な状況で出すと言うことは、まず確実にライフ回復カードがあると言うことだ。だと言うのに遊司はそれを守備表示で出した。となると、戦闘破壊されても1000のLPをコストに蘇生する方の効果が目当てで盾としてだしたのかもしれない。トラスト・ガーディアンも素材にしてたし。そう思って言ってみたが、真は納得してないって表情だった。

「でも、それだけじゃあなあ。あんだけ自信満々で出したんだし、他にも意味があるような気がするんだよ。……もしかしてあのカードが重要なんじゃなくてシンクロモンスターが必要だったのか?」

「シンクロモンスター専用の罠って事?」

「そう。でも、……分かんないな。遊司の奴、どういうつもりなんだ」

 真の言う通り、エンシェント・ホーリー・ワイバーンではなくシンクロモンスターが必要だったと言うなら確かに話は分かる。でもそれでも真は難しい顔のままだった。

 でもこれ以上はきっと考えても分からない。私は気持ちを切り替えてデュエルの流れを見守ることにした。

 

 

 空羽遊司のフィールドには守備表示のエンシェント・ホーリー・ワイバーンと伏せカードが1枚。手札は0。対してこちらはモザイク・マンティコア、ナチュル・ガオドレイク、グリーン・バブーンの3体に、マンティコアの効果でシンクロ召喚の素材が確保できることが確定。この状況で、奴はまだ勝てるつもりでいる。

(次に繋がる可能性、か。この無意味なシンクロ召喚、その意味はやはり後ろの伏せカードが鍵か。ミラーフォースのような全体破壊カードはシンクロモンスターと関係のあるカードにはない。となるとあのカードは……)

「……なら、それすら無意味にしてあげるよ。僕のターン、ドロー!」

 引いたカードを見て、思わず顔がにやける。まさに今一番欲しいカードを手札に加える事が出来たのだから。しかしその前にやることがある。

「このスタンバイフェイズ、モザイク・マンティコアの効果発動! 召喚のためにリリースしたモンスター2体を効果を無効にして特殊召喚する! つまり出てくるのは虚栄の大猿とゼンマイ・キャット!」

 マンティコアが羽を広げて咆哮すると、それに応えるように小猿とゼンマイ仕掛けの玩具が再びフィールドに出現する。効果は無効になっているとはいえ、ここから行うことに何ら問題はない。

「フィールドが埋まったが、これでチューナーとそれ以外のモンスターが揃ったか」

 どうやら空羽も僕の行動は予想できているようだ。だが、

「まだだよ。僕はゼンマイ・キャットをリリースし、異界の棘紫獣をアドバンス召喚!」

 現れたのは全身に棘の生えた紫の獣。人の二回りは大きい巨体を震わせ、天の龍を睨みつける。

 

異界の棘紫獣

星5 闇属性 獣族

攻撃力1100 守備力2200

このカードが墓地に存在し、自分フィールド上のモンスターがせんとうによって破壊され墓地へ送られた時、このカードを墓地から特殊召喚できる。

この効果で特殊召喚したこのカードは、フィールド上から離れた場合ゲームから除外される。

「異界の棘紫獣」の効果は1ターンに1度しか発動できない。

 

 そしてそれを見た空羽はさらに警戒を強めてきた。

「! 確かそいつは蘇生能力を持つモンスター……。この状況でわざわざそいつを出すってことは、狙いはレベルの調整……っ」

「その通り。そしてこれが、僕の切り札だ! レベル5の異界の棘紫獣にレベル5の虚栄の大猿をチューニング!!」

 虚栄の大猿が5つの輪となり、そこに異界の獣が5つの星となって飛び込んでいく。

「古の樹を護りし聖獣よ! 聖域に踏み込みし愚者に神聖なる裁きを与えよ!」

 それは大きな光の柱となって弾け、そこに百獣の王が真の姿を現す。

「シンクロ召喚! 噛み砕け! 神樹の守護獣-牙王!」

 守護の獣らしく僕の前に立った牙王は、その声に応えるように見るものすべてを圧倒する咆哮を上げた。

 

神樹の守護獣-牙王

星10 地属性 獣族 シンクロ

攻撃力3100 守備力1900

チューナ+チューナー以外のモンスター1体以上

このカードは、自分のメインフェイズ2以外では相手のカードの効果の対象にならない。

 

「……来たか、牙王……っ!」

 守護される僕とは対照に、その威圧を真っ向から受け止める空羽は、戦慄の表情でそれを迎える。恐怖に怯えないのはさすがと言うべきか。

 だが牙王の力はお前の想像を超える!

「牙王は僕のターンのメインフェイズ2でしかカード効果の対象にならない。これで君の伏せカードはないも同然さ。行け、牙王! エンシェント・ホーリー・ワイバーンに攻撃! キングバイト!!」

 牙王はもう1度咆哮し、その巨体とは裏腹の俊敏さで一瞬にしてエンシェント・ホーリーとの間合いを詰めその首元に噛みつく。さらにエンシェント・ホーリーが苦痛に鳴くのもかまわず、そのまま地へと組み伏せてしまった。

「耐えろ! エンシェント・ホーリー!」

 しかし破壊される寸前でエンシェント・ホーリーが発光したかと思うと、その光は牙王を弾き飛ばしてしまった。

「何!?」

 牙王は僕の前に戻り、エンシェント・ホーリーも多少ふらつきながらも空羽の場に戻る。

「くっ、なぜ破壊されない!?」

「このエンシェント・ホーリー・ワイバーンはトラスト・ガーディアンを素材にシンクロ召喚されている! トラスト・ガーディアンを素材としたモンスターは、1ターンに1度攻守を400下げることで戦闘では破壊されない!」

 

エンシェント・ホーリー・ワイバーン

攻撃力1300→900

守備力2000→1600

 

 一瞬焦るも、空羽の説明を聞きどうにか頭を冷やす。

「1ターンに1度……、ならそれももう終わりだね」

 これでエンシェント・ホーリー・ワイバーンに耐性は無くなった。

(牙王以外でシンクロモンスターを攻撃するのは少し怖いが、すでに牙王がいるなら大した問題ではないか)

「グリーン・バブーンでエンシェント・ホーリー・ワイバーンに攻撃!」

 気を取り直し、改めてモンスターたちに指示を出していく。グリーン・バブーンはエンシェント・ホーリーの懐に飛び込み、棍棒をその首元へ叩きつけた。もともとふらついていたエンシェント・ホーリーにそれに抗うすべはなく、そのまま地に倒れふし今度こそ破壊に成功する。

「くっ!」

 しかしここまで来て空羽は一向に伏せカードを発動するそぶりはない。

(ということはあの伏せカードはブラフ)

「ならばあとはモザイク・マンティコアのダイレクトアタックで、……っ!?」

 しかし攻撃を指示しようする矢先、空羽のフィールドに光がともり、先ほど破壊したはずのエンシェント・ホーリー・ワイバーンが姿を現した。

「なぜ破壊したはずのエンシェント・ホーリー・ワイバーンが!?」

「エンシェント・ホーリー・ワイバーンの効果を発動したんだ。このカードが戦闘によって破壊され墓地に送られた時、1000ライフを払うことでこのカードを特殊召喚できる」

 

遊司LP1600→600

 

エンシェント・ホーリー・ワイバーン

攻撃力2100→300

 

「まだそんな効果があったか……、だがもはや君のライフは600。もう一度エンシェント・ホーリーを破壊すれば、残ったガオドレイクのダイレクトアタックで終わりだ」

 何も焦ることはない。しかし空羽はそんな俺に不敵に笑って見せた。

「おいおい。よく見てみろよ」

「何?」

 空羽に言われ、もう一度復活したエンシェント・ホーリー・ワイバーンを注視すると違和感があった。そしてその理由はすぐにわかる。

「……なっ、攻撃表示だと!?」

 それは表示形式。当然守備表示で出されたものだと思っていたが、よく見れば守備表示ではなく攻撃表示だったのだ。その攻撃力はわずか300。このまま攻撃すれば終わりだ。

(どういうことだ。何故このタイミングで攻撃表示に……)

 相手の行動の意味が分からず混乱してしまう。

「どうした? 攻撃しないのか? ならお前の手札は0だし、俺のターンになるが」

 そんな俺をしり目に挑発的な態度を取る空羽。しかしそれが逆に僕の頭を冷静にしてくれた。

(わざわざあんな態度を見せると言うことは明らかに罠か。……いや、待てよ)

「……そうか。そういうことか。君の狙いが分かったよ」

「………」

 考えてみれば悩む必要などないことだった。何せあの伏せカードはブラフだとさっき確信したばかりなのだから。

「それは、ハッタリだ。この状況で逆転の可能性を持ったシンクロモンスターを失うわけにはいかない。そのためにあえて攻撃表示にすることで、何かあると思わせ攻撃をためらわせようとしているんだ」

「くっ……」

 どうやら図星ようだ。空羽は悔しそうに手を握りしめ明らかに動揺している。

「種が分かれば止まる理由はない! 行け! モザイク・マンティコア!!」

 マンティコアが叫び声をあげ、エンシェント・ホーリーに跳びかかる。

「遊司さん!」

 空羽を心配してか、奴の名を呼ぶ声が聞こえるがもう遅い。マンティコアの爪がエンシェント・ホーリーを切り裂き、空羽のライフは0になる。

(勝った!)

 そう、僕が確信するには十分な状況。そのはずだった。

「……かかったな、美馬坂!」

「!?」

 その声にはっとして空羽を見ると、その手はデュエルディスクのボタンを押していた。伏せているカードを発動させるためのそれを。

「リバースカード発動! 罠カード、ホーリージャベリン!!」

「ホーリージャベリンだと!?」

 空羽のフィールドにあった伏せカードが表になる。そこから現れたのは先に天使の羽が付いた投げ槍。

 

ホーリージャベリン

相手モンスターの攻撃宣言時に発動する事ができる。

その攻撃モンスター1体の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する。

 

(馬鹿な!? あのカードは……!!)

「このカードは相手モンスターの攻撃宣言時に発動でき、その攻撃力分のライフを回復する! 行け!!」

 空羽が飛びかかるマンティコアを指すと、ホーリージャベリンはマンティコアに向かって投擲され、その頭に突き刺さる。それによりマンティコアはバランスを崩しエンシェント・ホーリー・ワイバーンの前に落ちてしまった。

 さらに突き刺さったホーリージャベリンが光となって消え、それが空羽を包み込むと、そのライフを大きく回復させていった。

「これでライフを2800回復! 同時にライフがお前を上回ったためエンシェント・ホーリー・ワイバーンの攻撃力が上昇する!!」

 

遊司LP600→3400

 

エンシェント・ホーリー・ワイバーン

攻撃力300→3100

 

 エンシェント・ホーリー・ワイバーンが天に向かって嘶き、それに応えるように光が降り注ぐ。すると弱々しかった姿態は見る見るうちに神々しく輝きだし、その身を天空へと飛翔させた。

「くっ!」

 攻撃力は逆転され、しかもすでに攻撃宣言は行っている。マンティコアが起き上がり空を見上げる頃にはすでにエンシェント・ホーリーはその力を解き放とうとしていた。

 エンシェント・ホーリーの背に刻まれた古代文字のような模様が輝き、その口の前に同じ文様が輪となって出現すると、その中心に光が集まり大きな塊となっていく。

「迎え撃て! シャイニングブレス!」

 その指示に応え、エンシェント・ホーリーは光の塊を閃光として放つ。それは容赦なくマンティコアを飲み込み、その断末魔の咆哮すら掻き消してしまった。

「ぐあ!!」

 爆風が周囲を包み、思わず僕も一歩下がる。

 

心LP2400→2100

 

エンシェント・ホーリー・ワイバーン

攻撃力3100→3400

 

 僕のライフが減ったことで、さらにエンシェント・ホーリーの攻撃力が上昇する。これで牙王の攻撃力すら上回られてしまった。

 しかしそんなことに頭を悩ませるのは後回しだ。それよりも僕にはどうしても理解できないことがあったから。

「ば、馬鹿な! そんなカードが伏せてあったなら、なぜ初めからエンシェント・ホーリー・ワイバーンを攻撃表示にしていなかった!?」

 そう、あれは相手の攻撃に合わせてライフを大幅に回復させることができるカード。ならば初めからエンシェント・ホーリーを攻撃表示にしておけば、ライフを1000も削ることも無かったのだ。

 なぜ最初に守備表示で出したのか。それが全く理解できなかった。

「……決まってるだろ。牙王を警戒したからさ」

「な、に……!?」

 しかし空羽は何でもないことのようにその意味を話し始めた。

「お前の言う通り初めからそうしていれば、確かに俺は1000ポイントのライフを払う必要もなくお前のモンスターを倒せていたかもしれない。だが、ホーリージャベリンは対象を取るカードだ。残念ながら牙王には効かない」

「っ! 読んでいた、というのか!?」

 それこそありえない。あの状況で牙王を出せたのは偶然のようなものだ。フィールドは埋まり、召喚できるシンクロはレベル7か12。牙王のレベルには合わない。しかも空羽の口ぶりはまるで初めから牙王の効果を知っていたかのようだ。

 しかしそれにすら空羽は「別に特別なことじゃないさ」と答えた。

「あの時言ってたじゃないか。そいつはお前のお気に入りなんだろ? お前ほどのデュエリストが信頼するモンスターならどんな効果を持ってるのか気になってさ。ちょっと調べてみたんだよ。そうして効果を知っていたから、あの状況ならきっと牙王がお前に応えてくれる(・・・・・・)だろうと予測できたのさ。あとはうまく相手が勝手に想像を膨らませてくれるよう誘導するだけだ」

「……っ!」

 それは、カードが持ち主に応えるとはつまり、空羽の言っていた信念。「カードが人を選ぶ」ということに他ならない。これは奴の信念の勝利だということだ。

「……僕は、君の手のひらの上だったと言うのか?」

 今思えば、あからさまに伏せカードに何かあると思わせる、「希望が繋がる可能性」という言葉。そして逆に一向にそれが発動されないことによって、それをブラフだと思い込ませ、最後に分かりやすい挑発を行うことによって、あの状況で攻撃表示で蘇生させることの不自然さによって生まれる混乱を冷静になったかのように思わせる。こうして後になってみれば、そのすべてが相手のミスリードをうまく誘っていることが分かる。

「さあな。ま、どちらにせよまだデュエルは終わってないし、このまま攻撃してもお前のライフを0にはできない。あとは次のターンのドロー次第さ」

 空羽はそれを肩をすくめて流した。全てがそうなのかどうかは分からないが、少なくともエンシェント・ホーリーを出してからのこの状況が奴の予測通りなのは明らかだ。

 あれだけの状況を作って、勝利を確信して。偉そうに言っていたのがこの様だ。空羽の周到さと自分の浅はかさに怒りやら羞恥やらで頭がどうにかなってしまいそうだ。

(だがまだだ! まだ諦めない!!)

「くっ、僕はナチュル・ガオドレイクを守備表示に変更し、ターンエンドだ!」

 相手の手札は0。場には攻撃力3400のエンシェント・ホーリー・ワイバーンが1体のみ。墓地で発動できるカードも無い。そして僕のライフはまだ2100。もし攻撃力が一番低いグリーン・バブーンを攻撃されてもダメージは800止まり。これならまだ可能性は十分ある。

(そうだ! まだ僕は負けてない! 次のターンが来ればすぐに逆転してみせる! 僕は勝つ! 勝たなければならないんだ! 絶対に……っ! 僕の世界を護るために!!)

「………」

 しかし一向に空羽は動こうとしなかった。ただこちらをじっと見つめているだけだ。

「どうした。お前のターンだろ。さっさとドローしたらどうだ」

 その眼がまるで僕を嘲笑しているかのように思えて、怒りと焦りが強まる。もう自分に勝ち目などない。お前にそんな力はなかった。そんなありもしない言葉が心を抉っていく。

 そんな僕に、空羽は不思議そうに声をかけた。

「……お前、何をそんなに恐れてるんだ?」

「何!?」

 心を、鷲掴みにされたような気がした。

「デュエルに負けて、これまで奪ってきたカードを全部失ってしまうこととか、そういう所じゃないよな。もっと根本的な、デュエルに負けるという事実、そのものを恐れているように見える」

 空羽の言葉が胸に突き刺さる。触れてほしくないものに触れられてしまったかのような、足元に築き上げてきた世界が今にも崩れてしまいそうな感覚。

「……っ!! お前には関係ないことだ!!」

「………」

 僕は必死にそれに抗うしかなかった。これまでずっと護ってきたもの。護らなければ壊れてしまうもの。それが怖いと感じ始めたのがいつの頃だったかはもう忘れたが、いつだって僕はその恐怖を隠してきた。

「はあっ……はあっ……」

 それは人に悟られてはならない。なぜならそれは僕の弱さだ。人は弱さを見つければそれにつけ込んでくる。それでは僕の世界を護れない。

(僕は強くなくちゃならないんだ。僕の世界を護れるだけの強さが必要なんだ!)

 僕は負けてはならない。弱さを見せてはならない。知られてはならない。だからこのデュエル、必ず勝たなければならない!!

「……そうだな。確かに関係ない。でもさ――」

 空羽が何かを言っているが、気にする必要はない。どうせ自分の信念がどうだとか、もしくは僕の弱さを見つけて煽って来るのだろう。だがそんなの無視すればいい。どうでもいいことだと、違ったのだと適当に思わせられればそれで………

「――デュエルって、そんなに苦しんでやるものじゃないだろ」

 ………。

(………)

「……は?」

思わず素っ頓狂な声が出た。それはあまりにも予想していた言葉とは違ったから。空羽が何を言っているのか、うまく理解できなかったのだ。

 そんな俺に構わず、空羽は続けた。

「少なくとも俺はこのデュエル、楽しいと思ってる。そりゃあ負けたらやばいデュエルだけど、それでも、実力の拮抗してる者同士、その駆け引き、予想もつかないような動きの数々。俺は、すごく楽しい」

 空羽の顔にも声にも、こちらを嗤うようなものは感じられない。別に僕を哀れんでいるようにも感じられない。それはただの純粋な言葉。

「もちろん負けたくはないし、負ければ悔しいけど、でもそれで終わりってわけじゃない。そこからやり直せることだって、きっとたくさんあるだろ。もし俺が負けることになっても、こんなデュエルの後なら、きっとちゃんと納得できる。そしていつか必ずもう1回挑んで、その時に取り戻して見せる。美馬坂が何を抱えてるのか知らないけど、お前はそう思えないか? 負けたって、もう1度始めればいいってさ」

 僕のデュエルに空羽は何かを感じて、だけど空羽はそれを聞こうとも理解しようともしていない。さっきの拒否で、それが僕にとって嫌なことだと分かったから。なのに空羽はそこにつけ込もうとはしない。だから空羽は哀れもうともしない。

 その上で空羽は、それでも僕に求めていた。ただ純粋に、気持ちを共有しようとする友人同士のように。

「って、なんか説教臭くなっちまったな。デュエル中に何言ってんだか。悪い。……でもさ、もしそんな風に思えれば、きっともっと、デュエルが楽しくなると思うからさ」

 一緒に楽しもう、と。

「………」

「……さて、それじゃあ、行くぞ! 俺のターン、ドロー!」

 伝えたいことは伝えた。というように、空羽はカードを引く。さっき言った通り、とても楽しそうに。よく見ればそれは、僕に追い込まれていたくせに突然元気になって挑発してきた時と同じ顔だった。

(あの時から君は、いやもしかしたらもっと前から、君はこのデュエルを楽しんでいたのか……?)

 答えがあるはずもない。空羽は引いたカードを見て、すぐにそのカードをデュエルディスクに差し込んだ。

「魔法カード、貪欲な壺を発動! 墓地に存在する5枚のモンスターすべてをデッキに戻し、デッキからカードを2枚ドロー!」

 

貪欲な壺

魔法

①:自分の墓地のモンスター5体を対象として発動できる。

そのモンスター5体をデッキに加えてシャッフルする。

その後、自分はデッキからカードを2枚ドローする。

 

 空羽の墓地に眠るモンスターはそよ風の精霊3枚と暴風小僧とトラスト・ガーディアンの丁度5枚。それが全てデッキに戻り、カードを2枚ドローする。

 それを僕はただ茫然と見守るだけだった。

(正直、負けても終わりじゃないなんて考えたことがなかった。世界の中心で居続けるためには勝ち続けなければならない。そのためには力がいる。そのためならどんな手段でも取る。そのためのアンティルールだった。負けるわけにはいかない。ずっとそう思ってきた。負けたら、全部終わりだと。なぜなら負けるということは、1番強いのではないということ。それは、中心にはいられないということだから)

「……来たか!」

 空羽は引いた2枚をそのままデュエルディスクに置いて行く。

「俺の墓地にモンスターがいない時、このカードは特殊召喚できる! 天空を翔る一筋の風よ。導きに応え、今舞い降りろ! ガーディアン・エアトスを手札から特殊召喚! さらに装備魔法、女神の聖剣-エアトスを装備!」

 突風が吹き荒れ、大きな白い翼を持つ女性が、羽根を散らしながら舞い降りる。その手にはすでに愛用の聖剣が握られていた。

 

ガーディアン・エアトス

攻撃力2500→3000

 

「さらにエアトスの効果発動! 聖剣を破壊し、相手の墓地からモザイク・マンティコア、虚栄の大猿、キーマウスの3体を除外し、攻撃力を1500ポイントアップする! 聖剣のソウル!」

 エアトスが聖剣を掲げると刀身が輝きだし、閃光が僕のデュエルディスクを貫く。その光に導かれるように墓地のモンスターたちが剣に吸収されて行った。剣の放つ光は増していき、今にも弾けてしまいそうだ。

 

ガーディアン・エアトス

攻撃力3000→2500→4000

 

(でも、そうじゃないのか? 負けることと弱いことは違うのか? ……正直、今の僕にはよくわからない。だけど……)

「バトルだ! ガーディアン・エアトスでグリーン・バブーンに攻撃! フォビドゥン・ゴスペル!」

 エアトスがその聖剣を振り下ろすと、纏っていた全ての光が圧倒的な力となってずっと戦線を維持してきたグリーン・バブーンをついに吹き飛ばした。

「ぐあっ!」

 

心LP2100→700

 

 爆風によろめき、改めて空羽を見る。天空の女神と聖龍を従えたデュエリストを。

(今の空羽の姿を見ていると、確かにそう思える。負けてもやり直せばいいと言った奴は、正直、眩しかった。自分もそうありたいと思えるほどに、強かった)

 それは今まで信じてきた、権力とも、金とも、そして暴力とも違う力。

「美馬坂のライフが減少したことで、エンシェント・ホーリー・ワイバーンの攻撃力が上昇!」

 エアトスの聖剣が砕け、代わりにエンシェント・ホーリー・ワイバーンにさらに力が降り注ぐ。

 

エンシェント・ホーリー・ワイバーン

攻撃力3400→4800

 

(僕もそうなれるだろうか。それを手に入れることができれば、何かが変わるのか。……もしそうなら、もう負けることに怯えては駄目だろう。負けたとしても、また初めからやり直せばいい。それすらできないで、何が世界の中心だ)

 負ける=終わり。その考え方自体がすでに弱さだったのだと、ようやく気付いた。それに怯える日々はもう終わりにする。

「これで、終わりだ! エンシェント・ホーリー・ワイバーンで神樹の守護獣-牙王に攻撃!」

 空羽の声に応え、エンシェント・ホーリー・ワイバーンに刻まれた文様が輝きを増す。口を開き、そこに集約される光もこれまでのどれよりも大きい。

 ふと視線を空羽に戻すと、それに気付いた奴は心底楽しそうに笑った。

「行くぞ! 美馬坂!!」

 デュエルが始まる前には考えられない楽しそうな声。ふと、昔は自分もそうだったような気がした。デュエルモンスターズを始めた最初の頃は、きっと僕も今の空羽のようにデュエルを楽しんでいた。

(思えば、楽しむことなどいつの間にか忘れていたな。……ああ、それは何か)

 そして最後の攻撃を、空羽が叫ぶ。このデュエルの最後を飾るにふさわしい、とっておきの攻撃を。

「シャイニング・オーバー・ブレス!!」

 エンシェント・ホーリー・ワイバーンの放った光が、僕を護るように立った牙王を越えて視界を覆い尽くす。

 そんな光の中で、僕はただ思った。

(……勿体無いな)

 

心LP700→0

 

 

『1回戦勝者! 空羽遊司!』

 教頭先生のアナウンスで勝者が発表され、会場が沸き立つ。

「……ほら」

「え?」

 突然の歓声にドギマギしていると、突然美馬坂がカードを投げてきた。慌ててそれを受け止める。訝しみながら確認すると、それは美馬坂のエース、牙王だった。

「約束だ。牙王は今日からお前のものだ。奪ってきたカードも全部もとの持ち主に返す」

「美馬坂、お前……」

 正直、まさか本当に約束を守ってくれるとは思っていなかった。というか、牙王については美馬坂が勝手に言っただけで別に渡さなくてもいいんだけど。

 少し複雑な気持ちで美馬坂を見ると、バツが悪そうに顔を背けた。

「僕は約束は破らない主義なんだ。だが……」

 しかしすぐにいつもの堂々とした態度に戻り、挑発するような笑みまで浮かべる。

「僕に勝った以上は、必ず優勝しろ。でなければ牙王を持つにふさわしくない」

 しかしそこには嫌味のようなものは無くて、一瞬呆けてしまった。

「……なんだ」

「あ、いや。……しかしかなり勝手な注文だな、それ。お前らしいっていうか」

 そんな俺に焦れたのか、美馬坂は俺を睨みつけてくる。慌ててそれを誤魔化して、さっきの言葉に応えることにした。そんなことを急に言ってきた美馬坂に、ついつい嫌味っぽいことを含ませてしまうのは出会いが出会いだったのだから仕方がない。

「ふん。ずいぶん弱腰だな」

 それに対し、負けじと煽ってくる。それを俺は美馬坂なりの激励なのだと受け取ることにした。

「まさか。必ず優勝して見せるさ」

「……そうしろ」

 笑って答えた俺に、美馬坂は呆れたようにため息をついて踵返した。その背に、俺はさっきの勝手な約束のお返しとして、勝手な約束を投げかけることにした。

「美馬坂! またデュエルしようぜ! 今度はアンティ無しでな!」

 それは俺の純粋な願いだ。あんなに楽しいデュエルができたんだから、今度はお互い何にもとらわれずにデュエルしたい。

 しかし美馬坂は結局それに応えず、会場を出口へと歩いて行った。

(でもなんか、笑ったように見えたのは、俺の勘違いかな)

 そんなことを考えた自分に、自分で肩をすくめて俺はデュエルが終わったとようやく息を吐いた。

「遊司ー!」

「ん?」

 観客席の方から声が聞こえ目を向けると龍可が手を振っていた。真も一緒にいるようだ。歓声はまだ続いているが、とりあえず龍可たちの方にだけ手を振ってとっとと控室の方に行くことにした。だってみんなに応えるとかなんか恥ずかしいじゃん。

 すると、控室の前に光が待ってくれていた。そう言えばデュエル中に声が聞こえたけど、あの時から外にいてくれたのかな? そう思うと早くお礼が言いたくなった。ちょっと小走りで光の元へ向かう。

「よ! 応援ありがとうな、光。声聞こえたぞ?」

「ふえ!?」

 お礼を言ったら予想外の反応をされた。なんで驚いて、というか恥ずかしがってんだ?

「あ、えと、それはあの……。は、はい! あの、すごかったです!」

「はは。……おう!」

 少ししどろもどろになったが、ようやく答えてくれた。なんかファンに応援されてるみたいで少しこそばゆいな、これ。

 そうして話していると、選手呼び出しのアナウンスが鳴り、控室の扉が開き中から別の人が出てきた。おそらく次のデュエルに出場してる光の対戦相手だろう。

 そいつは俺を見ると、機嫌悪そうにそっぽ向いて、脇を通り抜けて行ってしまった。

「……なんだ。あれ」

 恨まれるようなことをした覚えはないのだが、どうにも嫌われているようだ。

 ふと、光が無言なことに気付きそちらを見るとさっきの奴をじっと目で追っていた。

「光?」

「え? あ、すみません! えっと、何ですか?」

 心配になって声をかける。すると、ハッとしたようにいつもの光に戻った。さっきの奴と何かあったのか? と聞いてみようかとも思ったが、そう時間もないだろうし、それは後にしたほうがいいだろう。

「いや。次、頑張れよ!」

「……はい。行ってきます!」

 今は応援だけしておけばいいだろう。すると光は気合の入った真剣な声で答えてくれた。でも何か少し気負っているようにも見える。

(やっぱなんかあったのか……? でも俺が口出しできることでもない、か)

「それじゃ俺は観客席に行って真達に合流するから、後でな」

「はい!」

 そうして光と別れ控室を通って、一旦外に出た。誰もいない中で、ようやく体を伸ばし一息つく。

(……勝てた、か)

 絶対に負けられないデュエル。だけど、やっぱりデュエルを始めてしまえば昔と同じだった。デュエルが楽しくて、勝ちたいとは思っても勝たないといけないっていう縛りはなくなる。そのデュエルの意味を考えればそんな風に思っちゃいけないんだろうけど、いつだってそうだった。今回だってあれだけむかついていた相手だったのに、結局楽しくなっちまって。

「……俺も相当なデュエル馬鹿だな」

 自分で自分に呆れてしまうが、別にそれを恥じることだとは思わない。デュエルってのはそれだけ楽しいものなのだから。

(美馬坂もそう感じてくれてればいいんだけどな)

 でも、もし本当に最後に美馬坂が笑ってくれていたんだとしたら、きっとそう感じてくれたんじゃないかと、少しだけ思えた。

「……さて、次は光の応援だ」

 すぐに観客ようの出入り口から会場に入りなおす。

(頑張れよ、光)

 

 

『では続いて2回戦を始めるわ! 2回戦で戦うのはこの2人、間宮櫂と龍凪光よ!』

 教頭のアナウンスによって紹介され、私たちは同時にデュエルフィールドに上がる。正直まださっきのデュエルの興奮と恥ずかしさが残っていて落ち着かない。

(うう、あんなにすごいデュエルを見ることができて良かったんだけど、なんであそこで叫んじゃったんだろ……、恥ずかしい)

 控室で見れるのに、遊司さんが危機だと思ってわざわざ会場まで出て行って叫んでしまった。その時に観客席にいた龍可さんがニンマリと私を見ていたのは忘れられない。でもそれは私も遊司さんの狙いに気付くことができなかったということ。やっぱり遊司さんはすごい。

「……ふん。あんなのはただのまぐれだ。そう何度もうまく行く筈がない」

「………」

 なんだろう。控室にいた時からそうだったけど、この人は遊司さんのことが嫌いなのだろうか。

「美馬坂も美馬坂だ。力押しするデッキを使っておきながら攻撃力で負けるとはな」

「………」

 対戦相手の方のことまで……。この人は常に誰かを馬鹿にしなければ気が済まないのか。彼らとは違い、デュエルを楽しんでいるようには見えない。

「そう言えばお前もまだ結果はわからないとか言っていたな。あいつの同類ならお前に勝ち目はない。絆だとかデッキを信じるだとか言ってる奴は、結局進歩がないんだ。俺はそうじゃない。常にデッキを強化し、最強を目指してきた。貴様も踏み台にしてやるよ」

「……そうですか」

「ん?」

 突然反応してきた私を訝しむように見る間宮さん。彼の言葉は自然と私の胸に落ちてきて、興奮も羞恥も怒りも、すべて平坦な思考に押しつぶされる。まるで、それが私であるかのように。

「では、頑張ってください」

「……何?」

 間宮さんはあからさまにイラついた様子でガン飛ばしてくる。でももう何も感じない。目の前にいる相手はデュエルの対戦相手。それ以上でも以下でもない。

 私は無言でデュエルディスクを構えた。

「ちっ」

 間宮さんもそんな私の態度に舌打ちすると、すぐにデュエルディスクを構える。互いにカードを5枚引き、私たちはデュエルの開始を宣言した。

『デュエル、開始!』

「……デュエル」

「デュエル!!」

 




次回予告

強くありたい。
二度と失いたくないから。
奪われたくないから。
そのために強さを求めた。
そのための強さが目の前にいた。
追い求めたものがそこにいた。
なのに、どうして――
「お前が、そんな顔をしてるんだよ」


次回 Episode10「強さを求めて」


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