とある世界の無限剣製《ブレイドワークス》 (中田魔窟)
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-:『其他諸々』


 どうもnakataMk-Ⅱです。
 ここでは話の進行に合わせて主人公のステータスを更新していく場所になります。
 ちなみに章題は『そのたもろもろ』って読みます。無理矢理四文字にまとめてみた。
 あくまで自己満足ですので飛ばしてもらっても全然構いません。
 後ですね、この一部ステータスは禁書視点で分類したり書いたりしているので、宝具がなかったり魔術回路が武器扱いになったりしてますがお気になさらず。
 イメージとしてはFateシリーズに登場した衛宮士郎、エミヤ、無銘を切り張りして妄想で強化しまくった感じです。


〔プロフィール〕

〔該当クラス〕:アーチャー、キャスター、アサシン、バーサーカー

〔真名〕:エミヤシロウ

〔誕生日/血液型〕:消失/不明

〔身長/体重〕:167㎝/58㎏

〔属性〕:中立・中庸

〔イメージカラー〕:赤

〔特技〕:ガラクタいじり、家事全般

〔好きな物/嫌いな物 〕 :家事全般(本人は否定)/未熟な自分

〔???〕:???

〔パラメーター〕

〔筋力〕:C 〔耐久〕:B〔敏捷〕:C〔魔力〕:B+〔幸運〕:D

〔クラス別スキル〕

〔英座の記録〕:-

 召喚を蓄積する事によって英霊の座に記録された無限の知識。彼の召喚されたあらゆる時間軸の情報が記録されている。

 通常の時空から隔絶されている座の記録なので、現在・過去・未来全ての知識が記録されている。故に、無限。

 ただし、記録は実際に読み込まなければ知識として活かす事が出来ない。

 経験や知識を基としたスキルを強化する。

〔霊長の守護者〕:E-

 人類の持つ『破滅回避の祈り』の実行者として生み出された防衛装置。

 人類の集合的無意識、阿頼耶識からバックアップを受けることによって、敵対する相手を確実に撃退出来るだけのスペックを得られる。

 …のだが、召喚方法も異なり、本来所属する集合的無意識が存在する時間軸から離れすぎた為か機能が大きく制限されている。

〔固有スキル〕

〔陣地作成〕:D-

 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。

 “結界”の作成が可能。

 彼は魔術的な陣地作成の他にも物理的な罠構築の技能を備えているため、対人性能を向上させることが出来る。但し、彼が良しとするのは相手を追い返すことを目的とした罠だけである。

〔魔術〕

〔属性〕:剣〔特性〕:剣〔系統〕:構造把握系統の各種魔術

〔魔力感知〕

 魔術師が初めに習う初歩の初歩の魔術。

 精神を編んだ触覚を伸ばし、周囲の魔力及びその痕跡を探る。

 彼の腕ならば、半径百メートルまでならば感知出来る。

〔魔術抵抗〕

 魔術師が始めに習う初歩の初歩の魔術。

 自身に干渉する魔力を弾く。既に侵されてしまった場合は自分の魔力で洗い流す方法を取る。

〔構造把握〕

 基本魔術師ならば優劣はあれど誰でも扱える簡単な魔術。

 視覚・触覚で物を視ることでその物の設計図を連想する。更に彼ならば設計図、所謂基本骨子以外にも創造理念、構成材質、製作技術、憑依経験、蓄積年月を連想出来る。

 構造より患部・本質だけを重要視する魔術師の中においては不要とされるマイナーな魔術。

 魔力消費がない上、構造の把握のみならば生物だろうと解析出来る。

〔修復〕

 『構造把握』の派生魔術。

モノを元の形へ直す。

 時間が経てば経つ程にその形が定着してしまう為、修復が難しくなる。

〔開錠〕

 『構造把握』の派生魔術。

 鍵によって閉じられたモノを開く。

 解析深度の具合によっては電子機器の類にも応用出来る。

〔特性・体質〕

〔異界察知〕

 周囲の世界の異変を無意識且つ五感的に感じ取る。

〔魔術属性〕:剣

 得意とする魔術の属性。

 『地水火風空』『木火土金水』の五大元素、『虚』『無』等の架空元素がある。

 属性は一人につき一つが基本で、二重属性は珍しい部類。五大元素を全て扱えるアベレージ・ワンは、架空元素使いと並んで奇跡と呼ばれる存在。

 その中で剣属性は五大元素、架空元素のいずれからも外れた特殊な属性で、五大元素の扱いは不得手。その上、確固とした魔術基盤も築かれておらず、使いこなせる魔術は非常に少ない。ただ、特異な属性を持つものはその分野の高い境地に至ることが出来るとされ、彼も例に漏れず、優れた構造把握など常識はずれの魔術を得意とする。

〔魔術特性〕:強化、投影

 魔術の効果を決定する要素。

 『強化』『投影』『転換』等多種多様なものがあり、自身の属性に特性を与えることで様々な魔術を行える。

 これは属性とは違い、一人に一つではないが得意とする特性があり、優れた魔術師ほど多くの特性を扱える。

 彼は『剣』に特性を与える為、剣やそれに近しい武具の類に対して特に効果を発揮する。

〔魔術礼装〕

ミスティックコード。

魔術の儀礼に際し使用される器具の総称。単に礼装とも呼ばれる。

機能は大きく二系統に分類されている。一つが魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術を強化する増幅機能を持つ『補助礼装』、もう一つはそれ自体が高度な魔術理論を帯び、魔力を動力源として起動して決められた神秘を実行する限定機能を持つ『限定礼装』の二つである。

〔Main Weapons〕

〔魔術回路〕

〔質〕:C+++ 〔量〕:B+ 〔編成〕:???

 マジックサーキット。

 個人の生命力(小源(オド))、星・自然の生命力(大源(マナ))から魔力を精製する為に、また魔術式が刻まれた魔術基盤にアクセスし魔術を発動させる為に必要不可欠な擬似神経。

 魔術を扱う者にとっては回路を備えている事自体が資質であり、多くあればあるほど優秀な魔術師とされる。家柄の古い魔術師程本数が多い傾向がある。

 魔術回路は抗魔力を備えており、内部に干渉にしようとする魔力を弾くことが出来る。一般的な魔術師は魔力を弾くに留まるが、内包する魔力量次第では完成した魔術すら弾く。

 彼の魔術回路は二十七本で、一般人から生まれた人間にしては多く、一般的な魔術師比べても遜色ないという程度。彼の扱う特殊な魔術を扱う一点に特化している特異回路(ここでの“特化”とは個人に刻まれた魔術基盤に接続することに長けているという意味)。元々質の良い回路であったが長年の鍛錬により研磨され、英霊化により更に強化されている。

 反面、特化している故に自然干渉(世界の魔術基盤へのコンタクト)、その中でも特に攻撃系がからっきしで、標準的な魔術の扱いには不向き。『強化』『構造把握』及びその派生を除けば、初歩の初歩である『魔力感知』と『魔術抵抗』以外の魔術は実用レベルに持っていくのは困難。扱えるまでになったとしても平凡の域を出ない。

〔赤原礼装〕

 とある聖人の聖骸布から作られた概念武装。

 元となった聖骸布は外敵ではなく、外界に対する一級品の守護。そこに魔力増幅機関を加えられ、衣装として調整されたのがこの礼装である。

 元より魔力量の多くない彼にとっては重要な礼装であり、魔力効率が向上し、魔術の効力をより強力なものとする。

〔Other Weapons〕

〔ルーン石〕

 魔石にルーン文字を刻んだもの。

 元々は、以前魔術協会に所属していた封印指定の人形師謹製。ある機会に目にし、己のモノとした。

 トゥーレ協会に保管されている十八文字の原初(オリジナル)のルーンに加え、太陽のルーンと呼ばれる独自の文字があり、非常に優れた能力を持っている。

〔聖マルティーンの聖骸布〕

 見た目は長く赤い布。

 聖マルティーン(聖マーティン)の亡骸を包んだ聖骸布。

 魔力殺しとして非常に優れた能力を持つ。




※1 本編で登場した所や基本的な所しか更新しない。
※2 パラメーターはあくまで平均的な能力値であり、全力の値ではない。(曰く、敏捷Cでも敏捷Aより早く動ける事もある、と)
※3 公式の情報を元にしているが独自の解釈も多分に含まれているので注意。
※4 設定を変更及び更新する際は最新話の後書きで報告する。


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0:『英霊召喚』


 八月二十日。

 学生達にとって見れば長かった様で短かった夏休みが終わりに近付き、計画性のない少年少女にとってすれば積もりに積もった課題宿題(ラスボス)を片付け始める頃合いだ。早期に始末した者、コツコツと少しずつダメージを蓄積させ倒した者、もう無理だと諦め敵前逃亡(エスケープ)を決め込んだ者達はクライマックスだと言わんばかりに好き勝手しているであろう時期である。

 そういう中、夏休みの最後を高校生の息子と過ごそうという計画を立てている夫婦がいた。

 

 

 神奈川県のとある住宅地の一角。

 まだ朝も早く、太陽は低い位置から建物の隙間を通して涼しげな光を放ってきている。

 そんな中で、とある住居の玄関先に一人の女性が佇んでいた。

 

「刀夜さーん?まだなのかしらー?」

 

 言葉とは裏腹に急いでいるという気持ちを感じさせないやんわりとした声で、もう何度目かになる質問を未だ姿を現さない夫に向けて投げかける。

 上条(かみじょう)詩菜(しいな)

 先程から覗き込んでいる住宅の家主の妻である。

 その見た目は正に上流階級のお嬢様である。

 実年齢は三十台中盤にも関わらず、肌の瑞々しさ、洒落た服装、常に浮かべたその微笑はその年齢を感じさせることなく、見た目はどこから見ても二十代後半(おねーさん)にしか見えない若々しさを保っている。事実、高校一年生の息子にまでそう言わせる程だ。

 そんな彼女を玄関の前に十分以上待たせている原因が慌てた声で、これまた何度目かになる返事をする。

 

「も、もう少しだけ待ってくれないか!」

 

 その声の主こそ詩菜が繰り返し呼びかけている夫、この家の家主である上条刀夜(とうや)だ。

 

「…よし!準備完了!」

 

 先程の返事から数分が経過した時、ようやく玄関から慌ただしく姿を現した。

 その容姿は詩菜とは違い、三十代半ばというその年齢に相応しいオジサンといった風貌である。

 ただ、そこらの中年サラリーマンとは違い、精悍で理知的な雰囲気を漂わせている。

 その雰囲気に違わず彼は外資系の企業で営業担当として活躍しており、その中でも精鋭とされる『証券取引対策室』に所属していて、月に三度は海外へ出向く凄くデキる人なのだ。 

 

「お待たせ母さん。じゃあ行こうか」

 

 しかも、この男生粋の愛妻家であり、妻といる時は心の底から幸せそうな顔をしている。

 そこも一般の中年オジサンとは一線を画している所なのかもしれない。

 詩菜もそんな夫のことが好きな様で、結果、常時ノロケモード全開という状況なのである。

 

 閑話休題。

 

「あらあら。そこまで急ぐなんて、そんなに当麻さんに会うのが楽しみなのかしら?」

「ははは…。手紙でたまにやり取りしているとはいえ直接会って話が出来るっていうのは嬉しいからね。母さんもそうだろ?」

「遠くの学校に息子を預けている身としては、会える機会があれば会っておきたいのは当然よ?」

「なら母さんだって変わらないじゃないか」

「刀夜さんったら子供みたいにはしゃいでいるんだもの。私はそんなにはしゃいでいませんよ?」

 

 彼らの息子は『学園都市』に一学生として通っている。

『学園都市』とは言っても従来の学園都市とは大きく異なり、東京西部を一気に開発して作り出された東京都の中央三分の一を円形に占めている巨大なもので、その内側では最先端の科学が研究されている。

 それだけ聞くと彼らの息子はとても頭が良いと思われるかもしれないが、『学園都市』には小中高の各種学校が所狭しと入っており、そのレベルもピンキリである。そして、彼は底辺(キリ)よりだ。

 そんな息子だが昔から何かとトラブルに巻き込まれ易い性質(たち)でもあった。ただ、この夏休みは特にそういう傾向が強い。

 最初は夏休みに入った直後。突然、不慮の事故に遭い入院を余儀なくされていたのだ。そしてその入院を皮切りに更に二度の入院。しかもそれぞれの事故に関係性がないというのにだ。息子の生涯を通して見ても稀に見る脅威の事故遭遇率を誇っているのが此度の夏休みである。

 ――それもその筈。実の所、交通事故とか火災とかなんて範疇に収まる事態ではなかったし、そもそも“事故”ではなく“事件”であったりする(不運にも巻き込まれて“しまった”という点では本人とって事故の様なものだろうが)。しかし、そんなことは諸事情により保護者には知らされていない。

 今回の海水浴が実現したのも“事故”によって三度目の入院を余儀無くされた後、その事故に起因したトラブルに巻き込まれ一時的に外に出ていなければならなくなったからだ。その上その行き先が家からそう離れていない海岸沿いの海の家だということもあり息子を溺愛している夫婦は息子への労いも込めた家族揃っての小旅行へ赴こうとしているのである。

 

「本当に準備出来たのかしら?当麻さんへのお土産を置いてきていませんか?」

 

 慌てて出てきた刀夜を心配して詩菜が最後の確認をする。

 お土産というのは、頻繁に海外へ出張する刀夜が当麻の為に買い集めているお守りや置物、所謂(いわゆる)、『持っているだけであなたは幸せになれますよー』みたいな売り文句のオカルトグッズである。

 刀夜としては只々息子の平穏を願ってそういう物を買ってきているのだが、その大部分が男根であったり裸体であったり生き物の死骸であったりとイマイチ受けが悪く、何一つとして受け取って貰えていない。結果として、自分の家に溜まる一方となり、リビングを始めとして、玄関、風呂場、トイレまでグッズが幅を利かせるようになってしまっている。 

 

「大丈夫だよ。ほらここにちゃんと、…あれ?」

 

 刀夜は担いでいるバックの横に付いているポケットを開くと、キョトンとした様子で呟く。

 確かに入れたと思っていた息子へのお土産が一つも入っていないのだ。

 

「ここに入れた筈なんだけどな…」

 

 刀夜はバックを地面に下ろし、ズボンのポケットに手を突っ込み、バッグの中身まで取り出して息子へのお土産を探す。

 …ちなみにお土産は最近の出張で買い漁ってきたグッズの中から選りすぐったものだ。…ただ、その品揃えはいつも通りなので、そう遠くない未来にこの家に幸運をもたらすべく凱旋を果たすことだろう。

 本人は気付いていないが素材も見た目も気にせず『幸運をもたらす(売り文句)』のみに釣られて買っているだけあって、此度のお土産も息子からすれば受け取り拒否は必至という品物ばかりだ。

 

「んー…入ってないな…」

 

 結局、手持ちの荷物は全て調べ尽くしたがどこにも入っていなかった。

 選ぶだけ選んでそのまま放置してきたのだろうか?もしもそうならそうならとんだ間抜けである。

 

「置きっぱなしにしたのかな…」

「あらあら。そんな事まで忘れて出かけようとするなんて、よっぽど当麻さんに会いたくて会いたくて堪らないのかしら?」

「ははは…。ごめん母さんもう少しだけ待っててくれないかな?」

「良いですよ。まだまだ時間はありますからね。…あら、あらあらあら?」

 

 詩菜は快く承諾したが、次の瞬間その顔に疑問の色が広がる。

 突然の表情の変化に刀夜は、気分を害すると底冷えする微笑を浮かべながら手当り次第に家具を投げつけてくる事を思い出し、軽く身構える。

が、詩菜から発せられた言葉は予想の斜め上をいくものだった。

 

「刀夜さん?当麻さんへのお土産に赤いライトが付いたもあるのかしら?」

「へ?…うーん、そうだなー…」

 

 突然の疑問に虚を突かれたものの、今回自分が持っていくつもりのお土産の数々を思い浮かべる。

 息子に贈呈予定のものが次々と脳裏をよぎるが、そのいずれも赤く光る様な機能を持っていない。それは購入した自分が良く分かっていることだ。

 そもそも、何故そんな事を彼女が尋ねるのか。

 うお座(息子の星座)のラッキーアイテムが赤いライトだったのか、などと気軽に考えながら質問の真意を問う。

 

「いや、赤いライトはなかったなあ。ライトがどうかしたのかい?」

「あらあら?じゃあどうしてあんなに家の中が光っているのかしら?」

「え?」

 

 刀夜は背を向けていた我が家へ向き直る。

 …確かに赤く光っている。光が漏れ出している部屋は刀夜が今し方グッズを取り戻ろうとしていたリビングに間違いない。彼女が当麻へのお土産が原因だと思うのも当然だ。

 しかし刀夜が幾ら思い返しても、あの部屋に置かれていた物の中にあれほどに光を放つ物に心当たりはない。

 ならば他の原因は…、

 

「ッ!?か、母さん!?もしかして燃えてるんじゃないか!?」

 

 刀夜は動揺を隠し切れぬまま詩菜に話しかける。

 脳裏をよぎったのは『火事』の二文字。

 よくよく見てみればその赤光、心なしか秒刻みでその強さを増している様に見える。

 キッチンに隣接しているリビングが真っ先に燃えるのはおかしなことではない。

 炎を連想させるその赤が刀夜を余計に焦らせるが、詩菜の方は表情を崩さず首を傾げるだけだ。

 

「あらあらあらあら。それは大変ね。でもちゃんとガスの元栓まで閉めてきた筈なのだけど…」

 

 詩菜にしても折角夫が建ててくれたマイホームである。万が一のことがあってはならないと戸締りにしろ火元の確認しろ怠ったことはない。そんな妻の言うことだ。刀夜も疑いは持たない。

 …それに、刀夜が出てきてすぐに発火したにしてもあまりにも延焼が速すぎないだろうか?しかもこれが火事であるのならばこの距離だ。熱気や煙、臭いの内の一つくらいは確認出来るのではないか?

 しかし、火事ではないのだとしたならあの光のことがますます分からない。

 未確認飛行物体(UFO)人攫い(アブダクション)しに来た訳でも、怪しげな宗教団体がいかがわしい儀式を執り行っている訳でも、日本独自開発の光子力兵器の実験をしている訳でもないのは流石の刀夜でも分かる。

 ただこんな突飛な発想が出てくる程度には刀夜は混乱していたし、あの光は訳の分からないものだ。

 

「…もしかしたら、って事があるかもしれない。僕が戻って見てくるよ」

 

 何はともあれ、アレが得体の知れない現象であることに変わりはない。

 本当ならこの時点で警察に連絡するべきだ。

 しかし、刀夜にはそうしたくはない理由がある。

 あの部屋にはお土産だけではなく、家族の思い出があるのだ。

 良く分からないモノにそれを壊されるのは刀夜にとって我慢出来るものではなかった。

 

「刀夜さん気をつけて下さいね。危険でしたら無理をなさらないで。私は刀夜さんが怪我をしてしまう方が嫌ですから」

「ありがとう母さん。大丈夫、危なそうだったらすぐに引き返してくるから」

 

 刀夜はそう言うと心配してくれている詩菜にバッグを預け、単身自宅へと踏み込んでいった。

 

 

 刀夜が自宅へ足を踏み入れると、すぐにリビングへと繋がるドアから漏れる光に目を細めた。

 屋内が薄暗いからなのか、外から見た時と比べ、光が強まっている様な錯覚を覚える。

 しかし、

 

「…やっぱり煙の臭いがしない」

 

 外で光の原因として真っ先に思い当たったことが火事だったのだが、家の中にいるというのに熱くもないし、臭いも嗅ぎ慣れたいつものものだ。

 実際に火の有無を確認したわけではないが、この光は火事が原因と言うわけではないことをなんとなく理解した。

 ならばこの先には火を用いずして、車のヘッドライトすら霞ませる程の光源(ナニカ)がある筈だ。

 

「……」

 

 刀夜は正体不明の輝きに対する恐怖心と好奇心を押し殺し、無言で靴を脱ごうとして、気づく。光を起こしている誰かが、もしくは事態を危険と判断した自分自身が玄関(ここ)から逃走する可能性があることに。

 いつも掃除をしてくれている詩菜に内心頭を下げつつ、玄関の扉は開けたままに靴を履いた状態でリビングのドアへ向かう。

 リビングへと続くドアは玄関からそう離れていない。無意識の内に忍び足なっていたが十秒程時間をかけ扉の前に辿り着く。

 …刀夜の直感は正しかった様だ。

 漏れ出す光は玄関から見た時よりも少し強くなっている。まるで果てを知らぬかの様に。

 

「…ッ」

 

 緊張で呼吸が荒くなる。冷や汗が止まらない。

 火事ではないとしてもこの先が安全である保障はどこにもない。

 そもそも、突然現れたこれほどの光量を纏った存在(あるいはそれを起こしている誰か)が人畜無害であるなど希望的観測以外の何者でもない。

 ――…やはりここは警察に任せるべきだったか。今すぐ引き返して警察に電話を掛けようか。

 そういう思いがない訳ではなかったが、

 

「…いや、警察が来るのを待っていたら中のものを根こそぎ壊されかねないな」

 

 幸い、いまだ部屋から窺い知れるのは光だけで破壊音は聞こえて来ない。

 今なら間に合うかもしれない。

 それに中にいる、もしくはあるモノが危険であったとしてもすぐ脇には開け放った玄関がある。外の詩菜と合流して逃げるのは難しくないし、助けを求めることも容易い。

 ならば、今は自分の出来ることをしよう。

 

「…よし」

 

 改めて挫けそうだった心に発破をかけ、ドアノブに手をかける。

 後はこのドアノブを捻って、中を確認するだけだ。

 

「、いくぞっ」

 

 一息ついた後、ドアノブを回し、開いて、一気に踏み込、

 

「ッ!?」

 

 ――むことは叶わなかった。

 扉を開いたその刹那、今まで体験したことのない激光と共に、台風を凝縮したのかと錯覚させる程の威力を伴った暴風が刀夜を襲った。

 

「…っぁ!?」

 

 あまりに暴力的な風の渦の前に刀夜は声も出せなかった。いや、出していたのかもしれないが風に掻き消されていたのか。気付いた時には背中から後ろ壁に衝突していた。

 人を飛ばす風とは一体どれほどのものなのか。しかし刀夜には想像する暇さえ与えられなかった。

 

「がぁっ…!?」

 

 幸か不幸か、すぐ後ろが壁だった為に遠くまで吹き飛ばされることはなかったが、その衝撃はかなりのものになってしまった。

 

「…ッ……ぇっ!!」

 

 背中からぶつけたせいなのか、吹き荒ぶ風のせいなのか、呼吸が出来ず、動くこともままならない体で、必死にもがく。

 視力はその機能を失っていた。明るいのか暗いのか、そんな判断をすることも儘ならない。

 風が伝える音は、耳から頭に直接吹き込んでいるかの様に思考の一つもさせてはくれない。

 呼吸も光も音も失われた今、刀夜に自分を含めた周りの状況を伝えてくれるのは背中に張り付いている痛みと壁の感触だけだった。

 

「………っ」

 

 しかし、それも意識を繋ぎ止めておくにはひ弱な楔だった様だ。

 呼吸を止められたおかげで、体内の酸素の循環が止まってしまっている。もうじき意識はあちらに旅立ってしまうだろう。

 風に当てられすぎて麻痺してしまった心の中で…迂闊(うかつ)だった、と刀夜は独り言ちた。逃げるとか助けを呼ぶとかそういう次元ではなく、開ければ死んでしまうアブナイびっくり箱だったとは。

 

(く、そ…。母さん、当麻、済まない)

 

 既に意識を失われつつある中で、外に残してきてしまった妻のことと、再会が叶わなかった息子を思い、今度こそ本当に、気を失った。

 

 

「とう…さん、だ…じょう…ら?」

 

 刀夜は愛おしい人の声を聞いた気がした。

 反射的に目を開けると強烈な光を見たことに因るものか、未だに明滅している視界の中にいつもの様に穏やかな、しかし心配そうな色も見て取れる表情でこちらを覗き込んでいる顔が見えた。

 

「か、母さん…?」

「あらあら。目は覚めたかしら?」

 

 しばらく我が妻を眺めていた刀夜だが、視界が安定してくると辺りの様子も目に入ってくる様になった。

 ここは刀夜が気を失った廊下だ。部屋の物も幾らから飛ばされてきたのか刀夜の周りには幾つかのお土産が転がっていた。

 詩菜も彼をベッドに運びたかったのだが寝室は二階にあり、ただでさえ刀夜を満足に運べる筋力を持たない詩菜は仕方なくその場で膝枕をして刀夜の回復を待っていたのだ。

 

「どうして、ここに?」

「あらあらあら?あんなに大きな爆発があったんですもの。夫が出て来ないのなら様子を見に来るのは当然じゃないかしら?ご近所の皆さんが旅行に出かけてなかったら凄い騒ぎになっていたと思うわ」

「それもそうだね…。爆発が起きてからどれくらい経ったんだい?」

「そんなに経ってませんよ。五分過ぎてないくらいかしら」

「あんまり長いこと気絶してたわけじゃないのか…あ、そうだ部屋は!?」

 

 刀夜は急いで立ち上がろうとするが、

 

「痛っ」

 

 背中に激痛が走り、小さい呻き声を上げる。

 気絶する直前壁に背中を打ち付けていたのを思い出す。動けるということは骨が折れているわけではなさそうだが、痛みが抜けきるまでもう少し時間がかかるだろう。

 

「母さん済まないけど少し支えてくれないか?」

「あらあら、もう立って大丈夫なのかしら?」

「ああ、今はリビングの様子を見たい」

 

 それを聞くと詩菜も快く刀夜が立つのを手伝ってくれた。

 視点が高くなっただけでもリビングの中の状況を見渡すことが出来た。

 

「……ひどいなこれは、って、え!?」

「あらあらあらあら?」

 

 ほんの少し、リビングの中へ歩を進めた二人は声を上げた。

 部屋の中の状態は最悪と言ってもいい状態だった。

 床も天井も罅が入り、所々欠落している部分がある。

 家を出る前は綺麗に整頓されていた筈の家具はどれも部屋の隅に追いやられ、机や椅子なんかは脚が欠けている物が幾つもある。

 家具の上などに配列されていたお土産が飛び散った後なのか、壁に幾つもの穴が形成されている。

 外に繋がる窓も、衝撃に強い筈の強化ガラスであったのに砕け散り、破片は外に散らばっていた。

 正直、部屋どころか建物自体が倒壊しなかったことが不思議でならないくらいの荒れ具合だった。

 

「……」

「どうしましょう?」

 

 ただし、上条夫婦の驚きは部屋の惨状に対してではない。

 確かにこの光景は凄惨だ。ここまでくると修繕費にどれだけ掛かるのか分かったものではないし、せっかく息子へ渡す筈だった土産もこの様子では幾つも壊れているであろうし、頭痛の種は幾らでも転がっていた。

 しかし、それらに勝る程に今この場で一番気にしなければならない、とても重要なモノが目の前に横たわっていた。

 

「男の子…か?」

 

 あらゆる物が吹き飛ばされて何も無くなった部屋の中心に、少年が一人伏していたのだ。

 

「どこから入ってきたのかしら?」

「部屋の中を確認出来たのは一瞬だったけど、その時にはいなかったと思うんだけどな…」

 

 話していても始まらない。詩菜に支えられながらその少年へと近づく。

 見た所外傷はないようだ。が、それとは別に少年の体には自然と目が引かれる。

 理由はその装いの奇妙さである。上半身は黒い服に見えたが、直に触れてみると服と呼べるものではないことが分かった。…金属製、鎧という奴だろうか。感触はひんやりとしていて硬い。とっくの昔に本来の役目から解き放たれ過去の遺物となったソレは、とても現代日本の住宅地にいる人間の身に付けているものではない。

 肩から手首にかけては赤い布で覆われている。腰から垂れている布も同じ素材だろうか。服というには袖しかないし、腰に身に付けるのは一種のファッションなのか。

 下半身は黒いズボンで覆われており、少年の装いの中では比較的見慣れた形の服だが、こちらもなんだか今時の若者が着ている華やかな物ではなく、なんだかもっと物騒な国にいる兵隊が来ていそうなズボンだった。その下に見える靴の爪先や踵の部分には金属が張られている。日常生活にはとてもじゃないが役に立たないだろう。

 それから体の大部分を覆っている不可思議な服から僅かに露出している両手首から先と首から上は浅黒い肌をしており、髪の毛は脱色したかの様に真っ白に染まっている。

 異様な見た目の事もあって年齢は判断しにくいが、幼さの残る顔付きを見ると案外息子とあまり変わらない年なのではないかと思えた。

 

「とりあえず、この子をベッドに運ぼう。見た所具合の悪そうなところはないけど素人じゃ分からない様なことになっているかも…」

「運ぶのは構いませんけど、刀夜さんはだいじょうなのかしら?」

「大丈夫だよ。少し経ったら楽になった。…よいっしょ、と」

 

 その少年を背中に担ぐ。服のせいか結構重く感じる。

 妻の手前、強がってはみたがまだ痛む背中に加え会社のエリートとはいえその身体能力はそこらの中年と大差ない事もあり、長くは持ちそうになかった。

 

「じゃあ母さん。僕はこの子をベッドに連れて行くから」

「分かったわ。じゃあ私はこの部屋のお掃除をしておくわ」

 

 そう言うと二人は、自分のやるべきことを迅速にテキパキと始めた。

 

■ 

 

 それから起きた事は極々単純なことだ。

 少年をベッドに寝かせた後は、息子へ遅れることを連絡し、二人でそのリビングの清掃に取り組んだ。当然警察や病院やらに電話をかけることも視野にいれたが、その格好から刀夜は訳ありであると踏み、素人目にも怪我はなく、呼吸も安定していたということもあり連絡するのはやめたのだった。

 

 ――さて、件の少年が目を覚ますのは、もうしばらく後のこととなる。



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 ――上条刀夜にベッドまで運ばれたこの島国においては異質の風貌を持つその“少年”は、実際の所気を失っている訳ではない。単に失う“気”そのものが壊れていたのだ。

 何の因果か、『少年』を呼び出す儀式が完全に成る前に、強制的に終了させられてしまった事で彼を動かす為の構造が完全には出来上がっていなかったのだ。

 それは多くの歯車を内包した複雑なカラクリ時計に似ている。複数の歯車が上手く噛み合って駆動するその機構は、どれ程小さな歯車が欠落しても全体の動きは滞おる。そこから時を刻むことはない。

 ただ、幸いかな全ての歯車が欠けてしまっているのではなくバラバラに散っているだけであった。歯車さえ揃っているのなら、試行錯誤の限りを尽くせばいずれは元々の組み合わせを見出せるだろう。そもそも既に完結しているソレには元より完全なる設計図が備わっている。現在足りていないのは最後の組み立てる作業、それだけだ。

 そして今、彼の内部で機能する思考――否、一種の本能(システム)とも言うべきモノが現界した身体を消させまいとして細い糸で太い縄を編み上げる様に、バラバラのパズルを組み上げていく様に、まだ存在自体が不安定な少年の内面世界を紡ぎ、纏め上げていく。

 

 ――――擬似人格作成・起動作業完了。――復旧に向け始動。

 

 ――――霊格現界作業に不具合を確認。霊格再構成作業開始。

 

 ――――現世への本体召喚…成功。

 

 ――――本体に対する情報挿入確認作業開始。

 

 ――――蓄積記録挿入…成功。

 

 ――――蓄積記憶挿入…一部成功。――情報拡散を確認。――現時点に於いて収束作業は不可能と判断。

 

 ――霊格再構成作業完了。

 

 ――――霊格より霊体への接続作業開始…成功。本人格復旧作業完了。

 

 ――――擬似人格から本人格へ代替…成功。擬似人格の本人格への統合開始…成功。

 

 ――――全工程(トレース)完了(オフ)

 

 

「――…、む」

 

 意識が表層へと浮上する。

 目覚めというにはひどく事務的で、機械的な意識の覚醒。

 ささやか程のまどろみも、睡眠の余韻すらないこの意識の目覚めは人間における『覚醒』と言うよりも、コンピュータの『起動』に似ていた。

 

「ここは……?」

 

 先程まで内側にのみ割かれていた視点がようやく外側へ開かれた。先の作業はほぼ無意識下で行われていた事であるが、統合という形を取った為にその作業工程の全てを想起することが出来る。

 召喚の際に受けた欠落(ダメージ)はほぼ修復されており、 触覚、視覚、嗅覚、聴覚、味覚の全てを知覚出来ることも確認。

 現在進行形で自身が置かれている現状に対して疑問を抱き、理解しようとするだけの知能も備わっている。

 ただ、問題が一つ。

 

「記憶に少々混乱が見られる、か…。…こんなんばっかだな、俺」

 

 おそらく情報を『座』から降ろしている段階で儀式場が崩されたのだと推測する。

 殆ど召喚を終えていた為にどうにか今のほぼ正常な状態に落ち着いた、という所か。

 だがこの程度の記憶の混乱など取るに足らないものだろうと考えている。

 擬似霊格の判断でも分かる通り、記憶に多少の乱れがあったとしても大きな問題が生じる可能性は低い。何より、

 

「慣れてしまっているんだよな。…とても不本意なことに」

 

 何せ彼が自我の必要がある召喚をされた時に、まともに記憶を保てていたことの方が珍しいのだから。

 

(そもそも誰も彼も召喚が雑なんだ。力量はあるくせにうっかりミス、能力も自覚もなしに相性なんぞで喚び出す。なんだって毎度毎度こんな目に…。…いや、この件は後々召喚者に問いただすとして…、ん?)

 

 いや待てと、思考を停止し今己に繋がっている“線”を手繰ろうとして、愕然とする。

 

「召喚者がいない、だと?」

 

 思わず声に出してしまう。

 ありえないことだ。本来の召喚によってこの世に現界する際に自我はない。俺に与えられた役目は強大な意思の奴隷となり、ありとあらゆる障害を取り払うこと。手足というよりはロボットの様なものである。

 詰まる所、今回の召喚は正式な召喚ではないということだ。そして、正式でない場合は大魔術儀礼によって物や場所、人を依り代にして第五架空要素(エーテル)によって構築された体を与えられ現界する筈なのである。

 しかし、此度の召喚においては、微かながら感じ取れる魔力の残滓から何やら儀式めいた事が行われたのは推測出来るが、俺と依り代とを結びつけている筈の因果線(ライン)が存在しない。

 因果線(ライン)がないのであれば正式な現界である筈だが、ならば何故『座』から召喚された理由を考える事が出来ている?従来ならば召喚された際の自我の再構築などというプロセスは必要ない。

 『記録』を参照してもこの様な召喚は前例にも類を見ないし、勘違いである筈はない。

 ならば、召喚者は膨大な魔力を必要とする『座』からの召喚を成功させた上で、本来この世に留まることの出来ない魂魄に容れ物を用意した上でこの世界に定着させるという奇跡を成し遂げたということか?

 あまりにも馬鹿らしくデタラメで理不尽。

 百歩譲ってそれが事実だとしても、この俺を呼び出したという事実があまりにも解せない。

 

「一体どこの大馬鹿物だ。よりにもよってオレの様な役立たずを召喚()んだのは」

 

 最早人間の仕業とも思えないが、もし人間であったとすれば、少なくとも神代の大気に匹敵する環境を用意した上で、信仰の厚い神霊か理想郷 (ユートピア)に存在する魔法の釜程のバックアップを持った者の仕業である筈だ。

 しかしながら、辺りを見回しただけでもこの時代の人間が遠の昔に神の庇護から抜け出し独自の文化を築いているのは間違いない。ならば神霊との密接な繋がりを持つものなど殆ど存在しないだろうし、数次元隔てた先にある願望機を持ってくることも出来まい。

 ならば、何故俺はここにいる?

 源泉の如く次々に湧き上がってくる大量の疑問を解決しようと試みても、いかんせん情報が少なすぎて、結論は出そうにない。

 このままでは考えれば考える程疑問を生むという悪循環だという結論に達したので一度思考を断ち切る。

 

「ふぅ…。状況確認を優先するか」

 

 掛けられていたタオルケットを除けてベッドから降り、調子を取り戻したばかりの目で辺りを確認する。

 寝かされていたベッドは二つ仲良く並んだ枕と一人で寝るには些か大きすぎるサイズから自ずとダブルベッドと理解した。という事は最低でも二人の人物がここに住んでいると想定出来る。恐らくは夫婦。ならば、子供もいるかもしれない。

 次に体に目を移す。

 召喚時に着ていた赤の外套と漆黒の鎧は脱がされ、代わりに別の服が着せられていた。

 コチラは何の変哲もない白い上着と黒のズボンだ。鎧は探すまでもなく、少し目線を右へ傾けると行儀良く置かれていた。しかし、外套だけは見当たらない。盗られたのかとも思ったがソレだと鎧だけを残していく理由が分からない。

 

「…とりあえずは保留だな」

 

 元々装備していた物ならすぐに手元に呼び戻せるし、いざとなれば複製すれば良いのだ。

 …しかし、赤の他人を自分達専用のベッドに寝かせるというのはどうなんだろう?

 理由としては普段は使用していないベッドなのか、或いはただのお人好しなのかのどちらかだろう。

 しかし、布団から臭う男臭さと、シャンプーの香りは前者の意見を否定する。

 ならば、後者。

 もしそうなら礼装(ふく)も洗濯されているだけかもしれない。俺も似た様な状況に遭遇した場合を考えてそんな結論を出した。そんな自分も大概かもしれない。

 今度は視野を広げ自分の寝ている部屋を確認する。

 ごくごく二一世紀の日本の一般家庭に普及している寝室に見える。飛び抜けてどうとか言う訳ではない。魔術関連の物もなさそうだ。

 

「にしても日本か…。懐かしい……のか?」

 

 確かに記憶の上では懐かしい筈なのだが、時間や並行世界の概念すら存在しない場に蓄積する『記録』には日本での生前死後を問わない多く出来事が記録されている。少し“日本”をキーワードに検索をかければ多くの出来事が記されていた。それを参照した上で言えば、あまり懐かしいとも思えなかった。

 釣りに行きたくなって…っと自重自重。何の脈絡もなく湧き上がった願望を抑え込む。

 なんとなく傍らの開け放たれた窓から外を覗く。一般的な住宅街の風景だ。窓からは生温い風と、遠慮のない陽光が入ってきている。

 太陽の高さと枕元の台に置かれた目覚まし時計の時刻と合わせて考えると季節は夏だろう。

 この季節、この天気、ああ、やっぱり釣りに……、

 

(って待て待て待てよ俺!俺はそんなに釣りを渇望する様な事はなかった筈だ!)

 

 意識して抑えたというのに自動ドアの如く、そこに行くつもりもないというのに、少し近くを通ると勝手に開く欲望の(ゲート)に困惑を隠せない。

 

(もしや、記録されていたイレギュラーな私に引っ張られたせいか。普段ならこれ程度で揺さぶられない筈だが…チッ。それにしてもわざわざ召喚されて何やってるんだ。羨ましい)

 

 そこまで考えて気付いた。大幅に本筋から脱線している。

 

「………コホン。本題に戻ろう」

 

 遠回りをしすぎた。現状の確認に戻ろう。

 引き続き現状の把握に取り組む。

 現在魔術の発動が察知される可能性があり、下手に魔術を使うことは出来ない。だから、

 

「――同調(トレース)開始(オン)

 

 今では唱える必要も無いが、問題なく使用出来るかという事も含めて試す事にした。

 結果はいつも通り。『構造把握(こうぞうはあく)』は問題なく発動し、今現在自分がいる建物の全体図を点や線を用いて頭の中に作り上げ、築年、材質を書き加えていく。

 『構造把握』は確かに魔術の一種ではあるが、体外へ魔力を向ける必要がない為に魔力の消費はないし、対象に働きかけることなく内だけで完結する簡素な魔術なので感知される可能性はほぼない。

 

(この建物自体は普通のどこにでもある普通の民家。内装、外装共に俺が生きていた頃の住宅と変わらない)

 

 次に魔力感知(まりょくかんち)を行う。魔術を使えば半径数百メートル程なら魔力を探れるのだが、こちらは逆探知される可能性がある為、自身の感覚と『構造把握』から読み取れた情報を元に建物内に限定したの感知を行う。

 

(魔力は感じられないが、やはり下の階には魔術行使が使われた痕跡だけは残っている。だが、私を召喚したのが正統派の魔術師、という線は消えたか)

 

 理由としてはここには魔術師の工房にしては魔力の痕跡が少なすぎることだ。

 魔術工房というものは普段から魔力の存在を外部に漏らさぬ様に隠蔽、遮断しているものだが流石に内部に侵入してしまえば外敵を確実に仕留める防衛機構まで備えているのだから探知に魔力が引っかからない筈はないだろう。

 しかし、この家屋にはそういうものが一切ない。工房でなくても召喚に適した神殿や特異点ならば納得も出来るが、まごうことなき何の変哲もない民家なのだ。

 こんな『何の変哲もない民家』で『座』から自身の様なモノを引っ張り出す様な、自然の摂理を壊す魔術を使うことはしないだろう。

 魔術師とて馬鹿ではない。万全な状態でなければ、『世界(ガイア)』に歯向かう様な真似はしない。万全の備えを持った上で数十、数百年の間、幾重にも幾重にも策を巡らし、重ね、掛け合わせて初めて本当に小さな小さな隙を見出せるものなのだ。

 

  ―――だから召喚など出来る筈がない。『世界(ガイア)』に属し、囚われ、使役され続ける永遠の奴隷(サーヴァント)である、この俺を。

 

「――英霊(えいれい)を」

 

 ――英霊。

 人間の守護精霊であり、人間から輩出された優れた霊格。

 生前偉大な功績をあげ、死後において尚信仰の対象となった英雄が輪廻の輪を外れて一段階上に昇華したモノ。

 その格は星の触覚たる精霊、聖霊に匹敵し、存在自体が魔術の上位に位置するが為に魔術師に御する事が出来ない神秘そのもの。

 召喚に際しても、世界の端末と化したその英霊(モノ)達を召喚することの出来るのは『世界(ガイア)』自身と人類の集合的無意識たる『霊長(アラヤ)』。

 そして、『聖杯』と呼ばれる膨大な魔力で満たされた“万能の杯”くらいのものなのだ。

 …なんだか、朧げに『ムーンセル』とか『英霊召喚システム』という単語が朧げに思い浮かぶが、記憶にはない。記憶にないなら『記録』にあるんだろう。一先ず置いておく。

 ともかく俺自身は純正の英霊とは違うカタチで英霊(カテゴリー)に収まってはいるが、だからと言って簡単に呼び出せるかと言えば、そんな事はありえないとうぬぼれでもなく断言出来る。

 しかも、である。

 

(私の()()が現界している。こんな事は『霊長(アラヤ)』や『世界(ガイア)』ですら滅多にしない)

 

 普段は『本体』ではなく、複製された『分身』が『霊長』や『世界』(強大な意思)の操り人形として扱われるのだ。自我を取り戻している(勿論一時的である可能性はあるが)今の状況とは明らかに異なっている。本当にどういう事なのか。無意味な召喚などありえない。ならば、この世界にはこの状態でなければ解決出来ない事態にでも陥っているとでも言うのだろうか?

 一度脱した筈の無限回廊に再突入しようとした時、コンコンと寝室のドアが開かれる音で現実に思考が戻ってくる。

 思わず身構える。が、

 

「あら、起きていたのね。爆発した部屋の中に倒れていて心配していたのだけど、大丈夫そうで何よりよ。あ、後あなたが着ていた服は洗濯にかけてるんだけどまだ終わりそうにないの。ごめんなさいね」

 

 出会ってからの第一声に緊張感というものが欠如しており、本当に心配しているという気持ちが伝わってきたので警戒を解いた。…しかし、洗濯しているという読みは当たっていた様である。

 改めて、入室してきた女性を見た。

 第一印象はお金持ちのご令嬢。

 歳は二十代後半辺りだろうか、見た目も纏う雰囲気も美人のオーラを醸し出しており、更に服のセンスと言葉遣いでより一層高級感を漂わせる女性だ。この庶民的な家にはあまり似つかわしくはない。

 彼女の言葉から鑑みるにどうやら召喚された後でこの家の中で倒れていたらしいと推察出来た。

 …それはとても申し訳ない事をしたと後悔する。それと同時、知らない人がいつの間にか家に入っていたのに警察に連絡しなかった様で無用心だと思う反面、安堵もしていた。人が良すぎて誰かに付け込まれないか心配ではある。

 

「…いえ、謝るのはコチラの方です。勝手にご自宅にお邪魔していまい申し訳ありません」

「あらあら、歳の割にとても丁寧なのね。感心だわ」

「…?」

 

 …歳?と、そう言われて改めて自分を“視る”。肉体年齢は…約一七歳。

 これは経験上別段不思議なことではない。

 英霊は基本全盛期の体で召喚されるものであるが、その世界・時代に最も適した体で召喚される場合もある。今までにも幾度かあったことを記録している。

 肌の色は黒、という事は髪は白く染まっている事だろう。本来少年の時にはこの様な容姿はしていなかった。…理由はおそらくだが本体による現界だからだろう。本来の分身、サーヴァントとしての召喚は英霊の一側面を限界させるものだ。だからこそ幼少期やif(もしも)の姿で召喚されるのだ。しかし、本体ならば既にあらゆる要素を持っているという事で、元々の姿ではなく現界のために最適化されたこの姿で召喚されたという事だろう。

…この姿が本当に最適か?という疑問が新たに湧き上がるが、時に理不尽を突きつけるのが世界というものだ。理由はどうあれこの姿でやっていくしかないだろう。

 

「……大丈夫なのかしら?」

 

 考え事に終始している所に目の前の女性に再び声をかけられる。…こう何度も心配されるととても申し訳なくなってくる。

 

「え、あ、はい。私は大丈夫だ。心配はいらん」

「あらあら。変わった喋り方をするのね」

 

 ……またもや奇妙な点を発見された。そういえばさっきから口調が安定していなかった気がする。

 普段は『座』の方に置いてくるべき全ての『記録』を脳に組み込んでしまった為に人格の方に誤差を引き起こしているらしい。

 『記録』とは膨大な知識の塊だ。現在過去未来順序なく経験したものの一切を書き残した形なき日記とでも呼ぶべきか。そんなものを組み込めば多少は混乱してしまうのも仕方がない。

 今日一日を過ごしていれば内面も安定し、どうにかなるだろうと楽観する。

 

「本当に大丈夫なのかしら?もう少し寝ていた方が良いんじゃ、」

「、!い、いえ、本当に大丈夫ですから!ご心配なく」

 

 コレ以上心配されては申し訳なさすぎるのでどうにか心配ない事を伝えようとしていると下の方から男性の声が聞こえてきた。

 

「母さん!あの男の子はもう目が覚めたのかーい?」

「ええ刀夜さーん。今起きましたよー」

「そうか!それは良かった。あ、それで母さんまだ飛び散った破片とか集め終わってないんだ。下りてきて手伝ってくれないかー?」

 

 『刀夜さん』というのは恋人だろうか?なんだか恋人にしては年上の声だった気がする。まぁ、年の差カップルなんてこの時代でも珍しくはないか、と勝手に自己解釈する。

 しかし、『飛び散った破片』か。男性一人が中々集め終わらないというのならば何か常ならぬ事態が発生した筈。もしかしなくても召喚の影響だろう。なら今は寝ているよりもやるべき事がある。

 

「あら、お話に夢中になってて刀夜さんのお手伝いするのを忘れてたいたわ」

 

 女性もようやく思い出した様にハッとした顔をして、申し訳なさそうに続ける。

 

「少し待ってて貰えないかしら?少し手伝ってまた戻ってきますから」

「俺にも手伝わせて下さい。それを壊したのは私の筈だ」

「あらあら、さっきまで倒れてらしたのですからもう少し寝ていても良いのよ?」

「ですが…」

「あらあら、分かったわ。大丈夫よ、刀夜さんを呼んでくるだけにするから」

「……分かりました」

 

 そう言うと、彼女は優しげに笑った後、部屋を出て行く …が。あ、そうそう、と再び部屋にきてこちらへ笑顔を向け、一つ忘れていた事があったわ、と質問してくる。

 

「お名前はなんていうのかしら?おばさんの名前は上条詩菜というんですけど」

 

 一瞬名前を言うか迷う。が、この女性が一般人であるなら問題ないだろうし、家を壊したのにここまで親切にして貰い、ベッドまで貸して貰っている状況で名前を明かさないというのは失礼だ。

 だから答える、正直に自分の、以前失ってしまった名を。

 

「俺の名前は…シロウです。衛宮士郎(エミヤシロウ)




 適当に情報から考察してみた魔術とか載せてこうと思います。
 別に読まなくても本編読んでりゃニュアンスで分かると思うので、下手な独自設定が嫌いな人は飛ばしてください。
 又、クラス別スキルとかついてますけどただ単に原作っぽくしただけで実際は個人ではなく、英霊が持ち得る能力の分類です。

〔クラス別スキル〕
〔英座の記録〕:-
 召喚を蓄積する事によって英霊の座に記録された無限の知識。彼のあらゆる時間軸の情報が記録されている。
 経験や知識に基づくスキルを強化する。
 通常の時空から隔絶されている「座」に存在する記録なので、現在・過去・未来全ての知識が記録されている。故に、無限。
 ただし、記録は実際に一度読み込まなければ知識として活かす事が出来ない。
〔霊長の守護者〕:E-
 人類の持つ『破滅回避の祈り』の実行者として生み出された防衛装置。無銘の持つ守護者エミヤとしての側面。
 人類の集合的無意識、阿頼耶識からバックアップを受けることによって、敵対する相手を確実に撃退出来るだけのスペックを得られる。
 …のだが、召喚方法も異なり、本来所属する集合的無意識が存在する時間軸から離れすぎた為か機能が大きく制限されている。
〔魔術〕
〔魔力感知〕
 魔術師が始めに習う初歩の初歩の魔術。
精神を編んだ触覚を伸ばし、周囲の魔力及び、その痕跡を探る。
 彼の腕ならば、半径数百メートルまでなら感知出来る。
〔構造把握〕
 基本魔術師ならば優劣はあれど誰でも扱える簡単な魔術。
 視覚・触覚で物を視ることでその物の設計図を連想する。更に彼ならば設計図、所謂基本骨子以外にも創造理念、構成材質、製作技術、憑依経験、蓄積年月を連想出来る。
 構造より患部・本質だけを重要視する魔術師の中においては不要とされるマイナーな魔術だが、彼の扱う『強化』や『投影』等の魔術は構造の解明が不可欠な為、魔術使いとしての彼にとっては重要な魔術となっている。
 魔力消費がない上、構造の把握のみならば生物だろうと解析出来る。


 ↓今作品のエミヤシロウのステータス

〔プロフィール〕
〔該当クラス〕:アーチャー、キャスター、アサシン、バーサーカー
〔真名〕:エミヤシロウ
〔誕生日/血液型〕:消失/不明
〔身長/体重〕:167㎝/58㎏
〔属性〕:中立・中庸
〔イメージカラー〕:赤
〔特技〕:ガラクタいじり、家事全般
〔好きな物/嫌いな物 〕 :家事全般(本人は否定)/未熟な自分
〔???〕:???
〔パラメーター〕
〔筋力〕:C〔耐久〕:B〔敏捷〕:C〔魔力〕:B+〔幸運〕:D

 ベースは原作のエミヤより本体に近そうなEXTRAの無銘です。
 能力高くね?と思われた方も多いかと思いますが、こう考えて下さい。
 他の英霊達の本体はもっと強いのだと。
 まあ、基本飾りだと思って下さって結構です。


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 ――詩菜さんとの名前の交換からしばらく経った。

 

 布団を綺麗に畳み、立ったままの姿勢で開け放たれた窓から外の世界を眺めていた。

 ベッドか床に腰を落ち着けていれば良いのだろうが、自分が原因で散らかってしまった部屋を他人に任せっぱなしという状況が、心身共に落ち着かない要因となっている。

 呼びにいくと言っていた詩菜さんも中々姿を現さず、やはり方便だったのではと思い始めた。

 もっと情報整理・収集もしておきたい所ではあるのだが、やはり落ち着かない。

 

「…やっぱり手伝いに行った方が良いよな。いつまでもこんな所で油は売ってられない」

 

 自分の尻拭いくらい自分でやらなければ、そう思った所で部屋を出てすぐ傍らにある階段の踏み板が軋む音が耳に入ってきた。

 人数は二人。音の大小から足音の軽いは詩菜さんだと分かった。つい先ほどの会話からして、足音の大きい方は『刀夜さん』だろう。

 こちらが出向く前に一段落着いてしまったのか。こうなる前にさっさと片付けに参加しておけば良かった。とは言っても全て片付けてしまった訳でもないだろう。挽回のチャンスはまだある。

 せめて今は失礼のない様にしておくべきだと思い、ベッド前に立ち、不自然にならない程度に姿勢を正した。

 数瞬の後、二つの足音は部屋の前で止まり、扉が開いた。

 そこから一人の中年くらいの男性が詩菜さんを伴って入ってきた。

 どうやら彼が『刀夜さん』らしい。さっき聞いた声の印象と同じで、言い方は悪いがオジサンという印象がピッタリの人だった。

 その人は、気絶していた奴が既に準備万端と言わんばかりに立ち上がっているのを見てか一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して話しかけてくる。

 

「やぁ、気分はどうだい?」

 

 その声音は道端(みちばた)で出会った知り合いと軽く挨拶を交わすくらいの感じで、家を壊されたというのに怒りが伝わってこない。

 詩菜さんにしろ『刀夜さん』にしろ本当に人が良すぎる。

 普通なら家を壊した相手にここまで親密に話し掛ける様な事はしない、というか出来ないだろう。もしかしたら、優しいとかではなくお二方とも天然なのかもしれない。

 ともあれ、挨拶をされたのに返さないというのは少なくとも()の俺には出来ない事なのでコチラも出来るだけ明るく返す。

 

「はい、おかげ様で」

「そうか。良かった良かった。あ、忘れてた。私は詩菜の夫の上条刀夜だ。よろしく頼むよ」

「あ、はい。わた…俺は衛宮士郎です。よろしくお願いします」

 

 再度自分の名を名乗り、差し出された手をとる。 

 ………?……………うん?

 

「ん?どうかしたのかな?」

「い、いえ」

 

 あれ、『夫』?そう言ったか?待てよ…この二人って…?

 

「ご夫婦…だったんですか…」

「えっ…」

 

 刀夜さんは一瞬ポカン、とした表情を作り、詩菜さんは『あらあらあら?』と驚いているとは思えない程やんわりとした口調で呟いていた。

 どうにも俺は勘違いをしていた様だ。恋人なのかもしれないのだから別にこの二人が夫婦であろうとおかしくはない筈なのに。失礼なことを言ってしまった。

 その後、気を悪くさせてしまったかと思ったが、刀夜さんは『なるほど分かった』とした顔になり、予想とは外れて笑いながら答える。

 

「ああ、そうか!そうだよな。母さんと私が夫婦とは思えないか。初めての相手に『私達は夫婦です』と言うと良くそういう反応が返って来るんだったなー。はっはっは。参った参った」

「あら、刀夜さん?違いますよ?『よく』ではなく『必ず』ですよ」

「そうだったかな?ははは、参ったな。でもそれは詩菜が若いって事だから私としては嬉しいな」

「あらあら、刀夜さんったら…ふふふ」

 

 展開からして、惚気話に入るとは予想出来なかった。まだまだ経験不足らしい。正直そんな経験は要らないが。

 にしても冗談ではなく本当に夫婦らしい。服装さえ変えれば、財閥のお嬢様と中堅執事にも見えるし、似てない兄妹でも通りそうだ。

 …と、違う。今はそんな感想を述べている場合じゃない。

 

「あの、すみませんでした」

 

 自分達の世界にのめり込んでいたお二人を現実世界に引き戻す。

 

「あらあら、どうして謝るのかしら?」

「いえ、俺の言い分ですと刀夜さんを貶している様に思えたので…」

 

 うん?と俺の言葉を少し考えてからすぐ思い当たったのか刀夜さんは口を綻ばせながら答える。

 

「いや、気にしなくて良いよ。私も詩菜より年上に見られるなんて事は日常茶飯事だからね」

「ですが…」

「…それなら私も謝っておかないといけないな」

「えっ、どうしてですか?」

 

 怒られるならまだしも謝られるとはどういう事だろうか?

 俺を勝手にベッドに寝かせた事?…いやいや、それこそ俺がお礼を言うべき事だ。

 服を脱がせた事?或いは服を洗濯している事か?いや、それも当然の事だ。ベッドに寝るのに鎧は要らないし、自分達のベッドにそんな物を乗っけたい訳もないから謝られる程の事じゃないし、俺の礼装が洗濯機と洗剤の合わせ技如きで色落ちするとも思えないし。そもそも懇意で洗濯させて貰っている身だし文句など言えたものでもない。

 むー、思いつかない。

 

「私も詩菜も君が日本人とは思わなかったからね」

「?……ああ、そういう事ですか」

 

 そういえばそうだった。見た目で勘違いされるという点なら、方向性は違えど俺も誤解を招く容貌をしている。

 肌が浅黒く髪は真っ白、服はどう見ても一般的な日本人が着ている物とはかけ離れた、…どちらかといえば日本の非一般的な人達が着ている(コスプレ)なのだ。

 俺を日本人と思えなかったのにも頷ける。

 

「俺の方こそ気にしていませんよ。外国人と間違われる事なんて日常茶飯事なので」

「そうか、ありがとう」

「いえ…」

 

 ……。…どうして俺は迷惑をかけておいて謝罪やお礼をさせているんだ。

 どうにか今の状況を打破すべく別の話題を考えていると、刀夜さんは今までの顔とは打って変わって怪訝な表情をして声をかけてくる。

 

「ああそう言えば、君に聞いておきたい事があるんだが」

 

 …この流れは一番受けたくなかった質問が来てしまったのかもしれない。

 だがしかし、一応考えられる事は考えた。展開、回避、完了の展開は既にバリエーション豊かに取り揃えている。

 後は臨機応変に、用意した解答を選択していけば良い。

 俺の長年に渡って積み上げてきたモノは形としては残っていなくても体には染み付いている。故に、いかなる敗走(しっぱい)も有り得ない。

 

「何で君は私達の家にいたのかな?」

 

 予想通りの質問をがくる。

 この状況ならば必然的に誰もが疑問に思う、持たざるを得ない質問を出してきた。むしろ、今までされなかった方がおかしい質問だ。

 しかし、必然の疑問であるがこそ予想も立て易い。

 後は思考を総動員して組み上げた嘘を、さも真実かの様に話すだけでこの場は乗り切れる筈だ。

 今から話すのはほぼ全てが偽り。上条夫婦の様な善良の人達を騙すなど勿論好む所ではない。

 しかし、魔術なんてモノに関わるとロクな事がないことは散々思い知っている。コレは自分の為だけではなく、この夫婦の安全を守る為の嘘でもあるのだ。

 だから、ここは最善の(こたえ)を。

 

「ソレはですね、実は、」

「あらあら、そんな事は聴いたら駄目ですよ刀夜さん」

「…ッ(何!?)」

 

 思わぬ伏兵が飛び出してきた。

 なんだ?その『そんな事はもう分かっていますよー』というニュアンスを含んだ言葉は。

 考慮しないでもなかったが、可能性が低かったので排除していた考えを再度思考の中心に持ってくる。

 …もしや彼女が俺を呼んだのか?まさか、そんな筈はない。

 俺が魔力感知を行った際には上条夫婦のどちらからも魔力を一切感じる事は出来なかった。この家でこそ魔力の痕跡を発見出来たが、魔力の残滓すらない一般人が何らかの形で術式を編んだ所で動力(まりょく)がなければ発動はしない。

 その前提を崩せない以上、彼女はシロ。ならば、彼女は一体何を知っている?

 その次の瞬間、彼女の口から放たれた言葉にーー。

 

「士郎さんは莫大な借金を背負っているんですよ」

 

――呆然とした。

 

「え?」

「ど、どういう事なんだい母さんっ!?」

 

 なんでさ。

 俺も刀夜さんも詩菜さんの予想外の言葉に驚愕を露にした。

 莫大な借金って…そんな情報(でんぱ)どこで捕らえたのか。コレさえも俺を懐柔する魔術師の罠なのか?

 詩菜さんはそんな疑心暗鬼に駆られ始めた俺の様子を気にも留めず続ける。

 

「お友達に借金の保証人をさせられた後、お友達はいなくなってしまって」

「え、ちょ」

「借金取りに追われる毎日で終わらせたいと思って、偶然目に留まった家に侵入してしまって」

「まっ」

「そこの住民を脅すつもりで持っていたお手製の爆弾を誤って爆発させてしまって、今に至るんですよ」

「て下さい…よ。と、刀夜さん、あなたからも何か言って、」

「…す、す、凄いな母さんっ!!そこまで細かい事まで見抜けるなんて!」

「あらあら、褒めても何も出ませんよ?」

「……」

 

 えー、刀夜さんそこは反応が違うでしょう…。

 うーん…でも、なんと言うか…。

 案外コレでイける様な気がしてきた。詩菜さんは満足そうだし、刀夜は自分の妻に感動してるし。

 コチラとしてはコレ以上追求されない方法を探していたので、理由はどうあれそれが叶うというのなら…。

 そんな思考に陥ってしまった時点でこの夫婦に侵され始めている様な気はするが、そんな事は心の片隅に置いて、場の流れに乗っかる。

 

「…その通りです。良く分かりましたね」

「あらあらあらあら!私は『こんな子だったらな』って思っただけよ?でも、合っているなんて偶然ね。私も超能力者デビューかしら?」

 

 どうにもこの嘘は危うい…。

 だけど、まぁ…。詩菜さんが策士でもない限りこの件は大丈夫だろう。どう見ても策士って柄じゃなさそうだし。

 この件はこれで良…くない気はするが、…いや、もうどうとでもなれば良い。

 ここまででも、十分流されてきたが更なる波が襲ってくる。

 

「あら、そうだわ。借金取りの人に追われてるなら一緒に来ないかしら?私達今から一人暮らしの息子と海水浴を楽しみにちょっと遠くの海まで行く予定ですから」

「え、そう、なんですか?」

「ええ」

「…」

 

 いや待て。この流れは既に運命の行く末が決定している気がする。

 コレ以上好意に甘える訳にはいくまいと思考回路をフル回転させるが、刀夜さんも天然でダメ押しを仕かけてくる。

 

「息子は当麻って言うんだけどね、君と同じくらいの年頃なんだ。君も高校生くらいじゃないか?」

「え、ええ。高校には行っていませんが」

「なら丁度良いじゃないか。君にも色々事情があるみたいだけど家の息子と一緒に遊べば気晴らしになるんじゃないかな?少し変わっている所もあるけど良い奴だから」

「で、でも良いんですか?聞く限りでは息子さんにはあまり会えないみたいじゃないですか。そんな中に赤の他人である俺なんかが混ざってしまっても…」

「あらあら、そんな事は気にしなくて良いですよ?大人数の方が楽しいですからね」

「そうだぞ士郎君。当麻だって何かと嫌な目に会う事は多いけど、根っこから熱くて優しい私達の自慢の息子だからな。絶対に後悔する様な事にはならないぞ」

「…分かりました。その申し出はありがたく受けさせて貰います」

「ははは、そんなに堅苦しくなくても良いよ。じゃあ皆で楽しい旅行しよう」

 

 なんか…俺はもうこの二人には逆らえない様な確信に似たなんかが心の底から沸き上がってきた。

 それに、ここまで言われたら付いていかない方が失礼な気もしてきた。それに考えてみると必ずしも俺にマイナスになる訳でもない。

 今ついている嘘を強固な物に出来るし、情報を得る為にも人間関係を作る事は必要だと思う。

 こんな言い方は汚いかもしれないが、今俺が最もすべき事は情報の収集なのだ。明確な情報元がない以上はやれる事はなんでもやってやる。

 …まあ、何だかんだと言っても二人の好意を無碍(むげ)にするのは辛いというのが一番の気持ちだ。お言葉に甘える事にしよう。ただし、

 

「はい。…それでなんですけど」

「ん?どうかしたのかい?」

「ここまでして貰っていて何もせず、お世話になりっぱなしなのは俺としては申し訳ないので、恩返しの意味を込めてやりたい事が一つあるんですが」

「何かな?」

 

 不法侵入に器物破損を犯した犯罪者に此処までしてくれたのだ。お金は払えなくても最大限の恩返しをしておきたい。

 

 

「下の部屋の事は全部任せて貰えないかな?じゃなくて貰えませんか?」



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 良く知りもしない相手に部屋を触らせたくなかったのか、単純に一つの部屋全てを片付けさせるのは大変だからか(恐らく後者だと思われるが)、自分達も手伝うといって聞かなかった上条夫婦を、

 

『外に出て気分転換でもしていて下さい。大丈夫です。俺一人でやれますんで』

 

 なんて丸め込みながら、半ば強制的に外へ出て貰った(理由は俺の行う方法を一般人に知られない為だ)。

 刀夜さんから居間で起こった爆風が凄まじいものだったと聞かされていたので、その部屋以外にもガタがきた箇所が他にないか見たいと言って敷地内を歩き回る。

 …最も、それは建前でしかない。

 そもそも二階にいる間に魔術によってこの家の現状は完全に把握済みであり、直接肉眼を用いる必要は皆無だ。

 それでもわざわざ敷地内を歩いているのは本題はコレである。

 

「――隠せ(Opila)

 

 上条家の敷地内に構成した結界を起動するため、最後に配置に使わずに手元に残しておいた石に魔力を通し、最後の一節を告げる。

 家の敷地内に計八箇所に配置した礼装の正体は刻印(ルーン)だ。

 ルーン文字は古代のゲルマン語圏の表記に用いられた文字であり、神話においては北欧神話の最高神オーディンが自らを木に吊るし体に槍を突き立てる苦行の末に会得したと言われる魔術刻印である。

 この魔術系統は文字一つ一つが意味と効果を持っており、バリエーションに富んだ術を使用する事が出来る。

 俺が発動させたルーンは人払い(Opila)。『何故かここに近付こうと思わない』様にするという、一種の簡易結界である。

 

「…相変わらず酷い出来だ」

 

 この礼装の製作者が作れるであろう結界の完成度のおよそ六割程。

 

「いやに調子が良いからもう少しいけると思ったのだが…」

 

 元々得意でもない魔術系統の上、結界作りも不得手であることを差し引いたとしても、だ。

 本体である為か生前死後を含めて最高のコンディションである上に、数多くの魔術師が所属する魔術協会でもその名を轟かす一流の人形師が、魔術協会支部に存在するオリジナルを忠実に模した一級品の礼装を使用してこの有り様だ。自分の不器用さには慣れてはいるが、辟易してくる。

 

 ―――最早言うまでもないだろうが、人払いの為にルーン魔術を施したとはいえ、ルーン魔術は本来苦手とする魔術系統である。

 それなら何故使ったのかというと、そもそも独力で結界を構成出来ないという欠点のせいだ。

 別に鍛錬をサボったわけではない。サボらず鍛錬し続けた上でこれなのである。その鍛錬の末に会得したイロハでこうして礼装頼りではあれど結界を作れる訳だが。

 此処まで俺がへっぽこなのには理由がある。

 一つ目に、俺には魔術師としての才能がない。

 この時点で本来の()()()としては致命的に終わっているのだが、ただ俺には()()使()()としての生き方は残されていた。

 魔術師と魔術使いとの違いは魔術の技量でも才能でもなく、ひとえに魔術に対する向き合い方の違いだ。

 魔術師は魔術を学問とし、探究することで全ての始まり、究極の知識へと至ることを目的としている。

 だが魔術使いは違う。魔術を学問ではなく単なる一つの道具として、己が目的を達成せんが為にのみ学び、高め、扱うのだ。

 そういう意味で俺が扱う魔術は学問としては異端(ゲテモノ)すぎるが、道具としてはそれなりに優れていた。

 『構造把握』が良い例だ。あれは難易度としては初歩の初歩であるが、本質や患部のみを重視する魔術師にとっては目に見える全体の構造を知る魔術など無用の長物でしかない。結果早々に切り捨てられるかそもそも相手にされない魔術だ。

 だが俺はそんな魔術を、魔術師に言わせれば無駄に高い次元で扱える。

 基本となる点と線で描かれた設計図はもとより、構成する材質、作られた理由とその製作工程、誰がどのように使っていたのか、作られてからの年月。これら全てを読み取れるのだ。

 確かに魔術師(がくもん)の側から言わせれば無駄の極みに見えるだろうが、ただの道具として見ればどうだろう。物の価値が一瞬で分かるだろうし、ものが壊れた時どこが壊れたのかもすぐに分かるだろう。道具としては十分活躍するのである。

 (まさ)しく魔術師と俺の関係がこれで、 簡単に説明すると魔術師として扱えるべき魔術はあまり扱えないが、特化した魔術のみ高いレベルで習得しているという言うなれば一点特化型の魔術使いということになる。

 そしてその無才に拍車をかけるのが二つ目の理由、俺の特異な魔術属性だ。

 魔術属性は魔術師が扱う魔術の方向性を決定するモノで、殆どの魔術師が地水火風空、又は木火土金水の五大元素等の世界を構成する一元素のいずれかを背負うことになる。

 中には二重属性や五大元素(アベレージ・ワン)等複数の属性を背負うものもいるが、大概の魔術師は五大元素の範疇から外れることはない。

 しかし、ごく稀に『虚』や『無』等の架空元素、『五大元素』から更に分化した特殊な属性を背負う者も現れる。

 俺はその後者で、魔術属性は“剣”。

 魔術の根本を“剣”と規定された異色の魔術使いなのである。

 魔術師は基礎的に自分の持つ属性の魔術しか扱えない。だから、魔術師達は属性にあったアプローチで、様々な魔術を習得していく。

 だが、エミヤシロウは“剣”という属性を持つ異端である。(おれ)の様に特殊な属性を持つ魔術師はその道のスペシャリストになれる反面、中央(スタンダード)に入れない。長きに渡って蓄積されてきた魔術の英知の恩恵に(あやか)れず、普通の魔術師が扱える魔術の大部分が使えない回路(からだ)になっている。

 実際、俺が礼装の補助無しで使える魔術の中で()の意味でオーソドックスな魔術と言えば、初歩の初歩である『魔力感知(まりょくかんち)』と『魔術抵抗(まじゅつていこう)』くらいのもので、己の方向性が分からなかった頃一通り学んでいた魔術は全く使えなかったか著しく効力が弱いかで、熱心に指導してくれた魔術の師には申し訳なかったことを朧げながら覚えている。

 もう少し詳しく説明するならば、魔術特性に触れて置かなければならない。

 魔術特性というのは、属性に加える事で魔術の効果を決定する要素だ。

 魔術特性の数は膨大であり、『変化』『束縛』『転換』『万能』『虚数』等挙げればキリがない。

 魔術特性は一人に一つという様な原則はないが、優秀な魔術師はより多くの特性を持っているものだ。また、魔術特性は個人というよりは家系が持つものでもある。何故ならそれは一族が長年に渡り研究し続けてきた方向性と同義であるからだ。故に属性が同じでも得意な特性やその逆もあり得る。

 俺にも扱える魔術特性は『強化』や『投影』等他にも幾つかある。しかし、いかなる方向を与えたとしても、元が『剣』なら先も『剣』。総じて剣に関する事柄に特化する。

 …結論として、使える魔術の根本が“剣”なのだから人払いやら結界やらといった“剣”とは方向性を違えた魔術を満足に使える訳もない、ということだ。

 以上、独力では結界一つ張れない三流魔術師止まりである所以である。

 しかし、俺とて使えないから諦める、等と潔い性格はしていない。異端には異端なりの方法があるというもの。

 それを良く表している例がルーンである。

 ルーンは石や紙、時には空中にさえ刻みその文字を魔力で染め上げると効果を発動するのだが、普通に俺がそこらの石にルーンを刻んだとしても俺自身がその魔術式に対応していないため、魔術として扱える代物にはならない。

 しかし、そのルーンを刻んだ者が俺ではなく他の魔術師がやったモノで、尚且つ術者の制御に拠らぬ礼装であれば話は別だ。

 礼装とは魔術礼装(ミスティックコード)の通称だ。礼装には予め高度な術式が刻まれており、術者の魔力を動力源にして定められた能力を発揮する限定機能を備えた限定礼装、魔術師の魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術そのものを強化する増幅機能を持つ補助礼装があり、全ての礼装はこの二つ内のどちらかに属している。

 俺の使っているルーンはその中でも限定礼装に属しており、俺がルーン魔術師でなくとも扱える訳だ。今回は同じ文字を沢山用意して効果と範囲を上げるだけで、難易度はそう難しくはない。

 …そんな事を言っていながら腕前は見ての通りなのだが。

 

「ま、一般人相手ならこれで十分だろ。…さて、あの二人もそろそろ出かける頃合いか」

 

 人払いした後は速やかに家へと入る。

 多分、上条夫妻は家に何故か家に入り辛くなった筈である。

 やった結果だけ見れば、『俺が魔術を使って家人を追い出している』というあまり嬉しくない図ではあるがコレは魔術の隠匿の為、仕方ないことだ。

 数瞬の後、玄関先から話し声が聞こえてきた。

 

「よし、士郎君が頑張っている間に差し入れでも買いに行こうか母さん」

「そうですね。一人に任せっきりですからそのくらいはしてあげましょう。アイスクリームで良いかしら」

 

 間もなく、二人の靴音は次第に遠ざかっていく。

 …もう確信しているが、やっぱり一般人だよなーあの二人。

 何故入れなくなったかなんて疑問に思ってもいない様だし。そもそも魔術師なら使い魔の一匹や二匹は監視に残して置いて俺を野放しにする事もないだろうし。

 

「よし…」

 

 ブロロロ、と車のエンジンがかる音まで確認して、素早く召喚の影響で壊れたと思われるリビングへと入る。

 

「……、」

 

 …酷いの一言だった。

 数ある家具は一部を除き、全てどこかしら破損しているし、天井や床、壁、窓ガラスも所々砕けているし、何かが勢い良く飛ばされたのだろうと思われる場所には大小様々なへこみが無数に出来ている。

 儀式中の魔力の暴走が原因なのだろうか。

 想像を絶する量があったと思われる魔力自体は大気へ帰化してしまっていて推測するしかないが。

 

「ふむ…」

 

 …話を聞いた限りでは恐らく、刀夜さんが何も知らずに術式を乱してしまった事によるものだろう。そのせいで引き続き儀式に使われる筈だった魔力が行き場をなくし『儀式場』になっていたリビングを傷つける形でその役目を終えたのだ。

 本来魔術が失敗しただけなら何の効果をもたらさず霧散するものだ。しかし、此処で行われたのは英霊を完全な形で召喚する外法。明らかに正規の魔術の手順など踏んではいないだろう。どの様な事が起きても不思議ではない。そういう意味ではこの結果は幸いなものであったのかもしれない。

 もう一つ幸いだったのは儀式が始まってすぐに儀式場を崩していなかった事か。もしそうしていたら部屋どころか周囲の建物もろとも吹き飛んでいたかもしれない。

 

「にしても、意図的にやった訳ではないけど罪悪感が…」

 

 俺が召喚されなければこんな事にはならなかったというのに。しかし何故召喚者はこの家を選んだのだろうか。変わった点があるとすれば変わった置物やお守りが多いというだけだ。適当見繕ったなどと白状した日には発見次第即刻、罪を償って貰おう。別の理由でも変わらないが。

 

「…時間もない。すぐ修理に取り掛かるか」

 

 部屋の隅にまとめられていた家具の中で、足の折れたテーブルに近付き、下に置かれていていた机の足を拾い上げる。

 

「――同調(トレース)開始(オン)

 

 まずは 『構造把握(こうぞうはあく)』を使い、テーブルの設計図を脳内に再現する。

 

「――構成材質、鑑定。――基本骨子、想定、っと」

 

 記憶を呼び覚ます様に一つ一つの手順をゆっくりとこなしていく。

 本当は人が帰ってくるまでの時間が分からない以上、少々急ぐ必要があるのだが、まだ自身が本調子でないことも考慮し一節一節を確認しながら作業することにしていた。

 

「――想定終了。――破損部位、修復開始」

 

 今使った『修復(しゅうふく)』は『構造把握(こうぞうはあく)』から派生した魔術だ。

 詳しく説明するまでもないとは思うが、一応説明すると、名の通り物体を復元する魔術である。

 修復(コレ)に関して言えば、俺の性に合っている様で、『構造把握(こうぞうはあく)』ともう一つの派生である『開錠(かいじょう)』と合わせて俺の得意な魔術だ。

 大元の『構造把握』からして多くの魔術師にとっては無駄と切り捨てられるマイナーな魔術ではあるが、俺にとっては最も扱いなれた魔術である。初めて才能があると師匠(ひと)に褒められたのが、とても印象に残っている。ただし、“無駄な”が付くが。

 

「――――全工程(トレース)完了(オフ)

 

 イメージの設計図を解体し、集中する為に閉じていた目を開く。視界には傷にまみれた上、足が折れてしまっていて見る影もなかった元の状態まで戻ったテーブルがあった。

 肉眼でも確認してみるが、どこにも違和感はない。

 

「うん、上出来だ」

 

 不出来だったルーンとは大違いである。

 

「この調子で、全部済ませてしまおう」

 

 それから後は迅速且つ的確にことを進めた。

 床は破片を再利用して元に戻し、手が届かない位置にある壁と天井は元々の材質を無理のない程度に引き伸ばし傷を埋め、そこに再度魔力を通し構造を補強した。

 次に壊れた写真立て、傷ついた椅子、割れた窓、穴の開いた棚、砕けた置物などをほぼ同時進行でささっと復元。

 それだけでは物足りなかったので箒を複製して掃き掃除をしたり、雑巾を複製して拭き掃除したり、置物を綺麗に並べたりした。

 この時驚いたのが部屋にある置物の数だ。

 この部屋だけでも千点以上。一番時間をかけたのが置物だったくらいである。思い返せばあの寝室の至る所にあった気がする。

 後、修復には正確な情報が必要なので一つ一つ解析していたのだが、どうもこの中にあるもので日本産のものは少ないようだ。

 中近東のお土産であるファーティマの手、ナザールボンジュウ。

 アメリカのお土産であるココペリのアクセサリー、ドリームキャッチャー。

 アフリカのお土産であるグリグリ。

 その他にも古今東西から集められた多種多様なお守りがあった。

 あくまで商品としてのお守りであって魔術を扱える様な物品ではないが、それでもこの数には圧倒される。

 旅行好きか、はたまた仕事上海外へ行かざるをえないのか。どちらにせよ、お土産を買ってくるのが趣味なのだろう。

 

「こんなもんかな…。―――其等、即無也(クリア・ゼロ)

 

 とりあえず、無駄に思考回路を働かすのはここまで。家の周りに配置していたルーンを消した後、部屋の中心から見回す。

 元の家具の配置は分からないが、出来るだけ自然な感じに配置してみた。置物に関しては全く分からなかったので、後々刀夜さん達に手伝って貰うしかない。

 少し心残りだが、それでもあの惨状からここまで綺麗に直せたのだから彼らからしたら万々歳なのかもしれない。

 いや俺が一番心配すべきなのは幾ら何でも早すぎる復旧に対するお二方への対応か。

 まあ、結論なんて、なんとしてでも誤魔化す。それ以外にないが。

 

「例え、不自然極まりなくとも壊しておいてそのまま放置しておくなど、神と仏と上条夫婦が許そうとも俺自身が許さない。…ん?」

 

 と、久々の掃除の後の余韻に思わず独り言ちてしまっていたが、体に違和感を覚えた。

 

「魔力が全快している…?いや、『全快』どころじゃない、魔力貯蔵量自体が数倍になっている…?」

 

 ――何故今まで気付かなかったのか。

 この部屋の修繕に当てた魔力は元々の総魔力量から見ても微々たるモノだが、この回復スピードは異常だ。だが、それを遥かに凌駕した事態がこの体に起こっている。

 今の自分の状態を思い返す。

 今の身体は『分身』ではなく、偉業を成し遂げた、或いは世界と契約して英霊となった英雄達のいる外界とも時間とも切り離された『英霊の座』から引きずり出されてきた英霊そのものだ。

 『分身』だと自身による魔力生成に不可欠な魔術回路に大きな制限(リミッター)を掛けられる。依り代となるマスターからの魔力供給がなければ、大気からの大源(マナ)を取り入れにくくなり、現界し続けるだけでも魔力を消費する『分身』はあっという間に消滅する。

 しかし『本体』で現界している今はそれがない。

 そして、使い魔(サーヴァント)目的の分身ならともかく、『抑止の守護者(カウンターガーディアン)』に組み込まれた俺自身が『世界(アッチ)』と繋がっていないわけがない。

 良く調べてみると、守護者としての召喚時には及ばないものの現界する分には十分な量が俺の中に流れ込んできている。

 

「だとしても、貯蔵量がこんなに増えるのは流石に異常だ、っと」

 

 貯蔵量(キャパシティ)を超えても依然衰えず魔力が流入し、外界に漏れ出しそうになるのを何とか押し留める。

 これは聖骸布(魔力殺し)を纏わねば周囲にまで影響を及ぼしかねない。先程まで平然としていられたのは、魔力生成に必要不可欠な回路を閉じていたのと、不完全な召喚のおかげで魔力が枯渇していたからか。

 ――しかし釈然としない。

 『世界(ガイア)』は矛盾を嫌い、綺麗なままであろうとする意志を持っている。

 それにも関わらず、不自然な状態で召喚された俺に最低限度の魔力を超える程の魔力を供給する理由が分からない。

 もしかしたら、これも『世界(ガイア)』の意思なのだろうか?

 そうだとしても意志を与えられている時点でおかしい。頑張ってたから休み上げるよー、なんて筈はない。

 それに『世界』から送られてくる魔力とは別の、この世界から直接取り込んでいる大源(マナ)だが、なんだか妙な感触がする。何と言えば良いのだろうか…力強さは普段の魔力の比ではない癖に、魔力としての気配が希薄だ。いや、慣れ親しんだ魔力とは異なる質感に体が順応出来ていないのか?ならば暫く気付けなかったのも納得だが…。

 

「…謎だ」

 

 そこまで考えた時、外からエンジン音が鳴り響いてきて、近くで停車、ドアの開閉の音が聞こえてた。

 数秒後に玄関が開き、ただいまー、という男女一組の声が聞こえてきた。

 どうやら上条夫妻が帰ってきた様だ。

 

「ふん…。まぁ、すぐ現界出来なくなるなんて心配しなくても良いって事か。じゃあ、いつでも考えられる事は後回しにして、とりあえず、」

 

 リビングと廊下を繋げる扉が開くまで、綺麗な部屋(げんじょう)をいかにしてあの人達に納得させるか、全力で思考を働かしておこう。

 …あ、ついでに警察に連絡するのもやめて貰お。




プロフィール更新
〔固有スキル〕
〔陣地作成〕:D-
 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
 “結界”の作成が可能。
 彼は魔術的な陣地作成の他にも物理的な罠構築の技能を備えているため、対人性能を向上させることが出来る。但し、彼が良しとするのは相手を追い返すことを目的とした罠だけである。
〔魔術〕
〔属性〕:剣 〔特性〕:剣 〔系統〕:構造把握系統の各種魔術
〔修復〕
 『構造把握』の派生魔術。
 モノを元の形へ直す。
 時間が経てば経つ程にその形が定着してしまう為、修復が難しくなる。
 人体にも行使可能だが、治癒魔術とは異なり補う事は出来ず、繋ぐことしか出来ない故に元通りには出来ない。
〔開錠〕
 『構造把握』の派生魔術。
 鍵によって閉じられたモノを開く。
 対象への理解、 解析深度の具合によっては電子機器の類にも応用出来る。
〔特性・体質〕
〔魔術属性〕:剣
 得意とする魔術の属性。
 『地水火風空』『木火土金水』の五大元素、『虚』『無』等の架空元素がある。
 属性は一人につき一つが基本で、二重属性は珍しい部類。五大元素を全て扱えるアベレージ・ワンは、架空元素使いと並んで奇跡と呼ばれる存在。
 その中で剣属性は五大元素、架空元素のいずれからも外れた特殊な属性で、五大元素の扱いは不得手。その上、確固とした魔術基盤も築かれておらず、使いこなせる魔術は非常に少ない。ただ、特異な属性を持つものはその分野の高い境地に至ることが出来るとされ、彼も例に漏れず、優れた構造把握など常識はずれの魔術を得意とする。
〔魔術特性〕:強化、投影
 魔術の効果を決定する要素。
 『強化』『投影』『転換』等多種多様なものがあり、自身の属性に特性を与えることで様々な魔術を行える。
 これは属性とは違い、一人に一つではないが得意とする特性があり、優れた魔術師ほど多くの特性を扱える。
 彼は『剣』に特性を与える為、剣やそれに近しい武具の類に対して特に効果を発揮する。
〔魔術礼装〕
ミスティックコード。
魔術の儀礼に際し使用される器具の総称。単に礼装とも呼ばれる。
機能は大きく二系統に分類されている。一つが魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術を強化する増幅機能を持つ『補助礼装』、もう一つはそれ自体が高度な魔術理論を帯び、魔力を動力源として起動して決められた神秘を実行する限定機能を持つ『限定礼装』の二つである。
〔Other Weapons〕
〔ルーン石〕
 魔石にルーン文字を刻んだもの。
 元々は、以前魔術協会に所属していた封印指定の人形師謹製。ある機会に彼が目にし、己のモノとした。
 トゥーレ協会に保管されている十八文字の原初(オリジナル)のルーンに加え、太陽のルーンと呼ばれる独自の文字があり、非常に優れた能力を持っている。


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「どうだい、はかどっているか、い……えっ?」

「あらあらあらあらあら??」

 

 帰ってきた上条夫婦がリビングに入ってくると、驚きと戸惑いを含んだ声を漏らしながら数分ぐらい辺りをゆっくりとした動きで見回しながら呆然としていた。

 理由は当然、つい十数分前には壊れた家具を部屋の隅に寄せて置いただけの状況だったのにも関わらず、今ではその様相を失くし、ほぼ元の状態に戻っているのだ。

 魔術を知らぬ者が見ても、魔術を行ったとしか言えない所業だ。

 

「し、士郎君!?」

 

 刀夜さんはいつの間にか赤い布を首に巻いていることにも気付かず、少し興奮した様子で質問してくる。

 

「こ、コレはどうしたんだ、士郎君!?部屋が元通りになってるじゃないか!?」

「ええと、ですね。コレは、」

 

 流石に良い言い訳が思い浮かばない。

 勢いで全てやってしまったが普通の人ならどうやったってあそこまでボロボロになった部屋をこの短時間で直す事が出来る筈がない。つまり理由の付けようもない。

 困っているとまたも詩菜さんが助け舟?を出してくれた。

 

「あらあらあら?もしかして士郎さんは便利な道具をポンポン取り出せる自称超万能猫型ロボットの狸さんの改良型なのかしら?」

「…いえ、違、っていうか自称じゃなくて本当に猫」

「母さん…それは、ないよ。多分…どうしようか迷っていた士郎君の側を超一流大工さん達が通りかかって、断る士郎君を説得し、あらゆる力を行使して尽力してくれたんだよ。…多分」

「それもちょっと…」

「あらあら?じゃあその大工さん達が超高性能アンドロイドだったのかしら?」

「か、母さん…そろそろそんな遠未来的な話から離れよう…」

 

 なんて、夫婦漫才を始めたので途中から無理矢理介入し、刀夜さんの発言を劣化させて伝えた。

 

「偶然、物凄い修復スキルを備えたスーパー大工さん的な誰か来て下さったのでどうにかなったんですよ」

 

 と。

 無理矢理?いやいや、これが最善の選択に決まってるじゃないか。

 …本格的に毒されてきた気もしないでもないが、しかし、流石に魔術を使って直したとは言えない。

 

 ―――魔術とは神秘の業であり、人に知れれば知れるほど神秘性と共にその力を失っていく。外れ者である俺の魔術でさえその法則の例外ではない。

 理由は魔術の源となる力の全体の総量が決まっている事にある。

 魔術とは、一般人が知るだけで力の流れの一部を引いてしまい、魔術師が使える力が減ってしまう。だからこそ、『魔術協会(まじゅつきょうかい)』は魔術情報を漏洩する又はその恐れのある魔術師を殺害(しょぶん)してその神秘性を保ち続けている。

 もし魔術を知ってしまった一般人がいた場合に関しては、大方は記憶の消去等で処理されるのだが、場合が場合なら魔術師と同様に殺される事もある。そんな事はさせる訳にはいかない。

 そういう理由もあって、俺は魔術とは無縁の闘争に参加する際には主に銃火器を使用していた。但し、それが魔術だと看破されなければ神秘の漏洩は防げる。試行錯誤の上、銃火器の扱いだけではなく誰にも気付かれず魔術を扱う技術も身に付けられた。おかげで協会の魔術師に狙われる事もなかった。

 と、それは良いとして、俺はここで刀夜さんの何気なく放たれた言葉の中から気になる単語を発見した。

 

「まさか『()()()()』の外に()()()()がいる訳もないしな…」

「超能力、者…?」

「ん?士郎君?」

 

 一瞬耳を疑ったが、幾ら脳内で反芻しても同様の結果した得られず。

 自分でも動揺しているのが分かるが表面上は冷静にどうにか疑問を口にする。

 

「…あの学園都市、とか超能力者とか、何なんですか?」

 

 彼の言葉の中で気になった単語は、『学園都市』と『超能力者』だ。

 ここが日本だと言う事は風景、建物を見ても容易に想像出来る。

 ただ、俺だってその日本(なか)で暮らしていた一学生だった。

 そんな俺でも学園都市が現代(俺の生きていた頃からの視点だが)にも、幾つか存在していた事は知っている。まだここまでは納得も出来よう。

 しかし、その後の『超能力者』という発言が引っ掛かる。

 確かに俺も『超能力者』を知っているし、戦った事もある。

 知識の中の超能力者とは、生まれた時に偶発的に常人とは違う回路を持って生まれてくるモノ達の事だ。

 魔術師は魔術回路(マジック・サーキット)と呼ばれる擬似神経回路を持っているが為に魔術師足りえている。

 超能力者はその体自体が魔術回路と同等かそれ以上の回路だ。魔術師が世界に刻まれた魔術基盤から魔術を出力するのとは違い、究極の知識であり魔術師の目指す最終到達地点である「」から力を引き出す為、魔術で為すには容易ではない現象を代償なしに為し得てしまう異能者達の事だ。

 ただし、コレは完全に超常現象(オカルト)を扱う者達の事である。

 到底一般的な学園都市と関わってくる様な者達ではない筈。

 それに超能力者は、魔術と同じく隠されていなければならない存在だ。それをこの人達が知っている筈がない…筈がないのに。

 

「えっ?知らないのかい?」

 

 そんなものは常識だ、と言わんばかりの驚き様を刀夜さんの表情の中に見る。

 何故だ。まさか、いやでもコレしかありえない。

 

(超能力の存在が常識、なのか?)

 

 だけど、そんな事が?本当に?どうして?

 

「し、士郎君?どうしたんだ?凄く怖い顔になってるけど。大丈夫か?」

「は、はい。大丈夫です…」

 

 ありえるのか、こんな事が?神秘(ひじょうしき)公然(じょうしき)になっているというこの状態が、本当に?

 しかし、彼らの話し振りからすると神秘の存在が明るみに出ているというのに学園都市の中には『超能力者』がいるのだろう。つまり、超能力(しんぴ)超能力(しんぴ)のままで在り続けている。

 神秘から神秘性が失われれば普遍に成り果てる。全ての人が知りうる神秘の成れの果て(魔術や超能力)に力が宿る事はありえない。

 この、神秘を隠匿する者達の誰もが知る法則が今この場、いやこの世界において通用していない。

 明らかに魔術を知り得ない筈のこの夫婦が『超能力』という言葉をさも当然の様に口に出来る、この世界はなんだ。

 まるで全く別の時間軸、『並行世界(パラレルワールド)』…、いや、それどころか『異世界』と表現しても過剰ではない。

 異なる神秘、異なる常識、異なる法則、ーー異なる、世界。

 そこまで考えた所で、刀夜さんと詩菜さんが心配そうに見つめている事に気付いた。

 

「あ、いえ、だ、大丈夫です。済みません。あの、その…若干世間に疎いもので…ははは」

「…いや、こちらこそ済まないね。自分達が常識だと思っていてもそれが本当の常識とは限らないもんな。それに、士郎君は家庭の事情もあるし、馬鹿にしたみたいで本当に済まない」

「そ、そんな事で謝らないで下さい!」

 

 見当違いの所で同情されてしまった。

 

(無限にある時間軸の中に根本から違っている世界があってもおかしくは…ないさ。ないない)

 

 いつまで衝撃に身を固めたままでいるのはよそう。自分で思っていたじゃないか。今必要なのは情報だと。

 幸運にも超能力を知る人が目の前にいるんだ。聞いてから悩んだって遅くはない。

 

「それで、あの、無知で恥ずかしいのですが、出来れば詳しく教えて貰えると嬉しいです。駄目ですか?」

「大丈夫、それくらいならお安いご用だよ」

「じゃあ、」

「そのお話は座りながらにしましょう。アイスも買ってきてありますし」

「はい、分かりました」

 

 

 夜風が頬を撫ぜる。

 あれ程苛烈であった夏の太陽はなりを潜め、月が支配する時間が訪れていた。とはいえ日本の夏には違いなく、湿気を含んだこの空気は一体何人の安眠を妨害しているのか。

 そんな中、俺は上条家の屋根に腰を下ろし月光に浮かぶ住宅群を見下ろしていた。

 

「こうして見ている分にはとてもじゃないが『異世界』に来たとは思えないな」

 

 此処いるのは万が一の事態に対処する為の見張りである。…というは半ば建前で。

 実際は色々話をした後は、お風呂を借りたり、美味しい夕食をご馳走になったり、当初は倒れていた事もあり早い内に無理矢理ダブルベッドに押し込められ、結局眠る気にはならず現在の状況に至る。

 

「…」

 

 寝ようと思えば寝れない事もないのだが、既に死して睡眠欲から解放された身の上、魔力も充足し温存する必要がない今の俺にとっては本来、睡眠など一〇〇〇〇〇分の一秒すら必要ない。

 とはいえ今は人格が安定していない。睡眠中に精神を整理し安定させるという意味では必要ではある。

 しかしながら今日という日は色々な事が起こり過ぎた。眠ろうとしても勝手に思考が回り始めてしまい、結局横になっているだけという状態だった。という訳でベッドを抜け出して屋根に登り、夜の景色を俯瞰しているのである。要するに、かなり時間を持て余していた。

 

「それにしても本当に『異世界』なんて所に来るとはなー。いやはや、長生きしてみるもんだ。…とっくのとうに死んでるか」

 

 笑いも出来ないシャレを口にしながら先程の刀夜さんの話を思い出す。

 

 ――『学園都市』。

 東京都の西部に位置し、他県の神奈川県、埼玉県、山梨県に跨っていて、東京都の総面積の三分の一という広大な面積を持っているという。流石『都市』の名は伊達ではない。

 そして、外周部は分厚く高い壁で覆われて、外界とは隔絶されており、容易には内部と接触出来ないらしい。

 総人口約二三〇万人で、その八割が小中高大の学生がという事には驚きを隠せない。しかも一部を除いた全ての学生が超能力開発(カリキュラム)を受けていて、能力の種類・強弱の違いはあれど全員が超能力者であるという事には更に愕然とした。

 そして、内部の科学技術は外とは一〇〜二〇年近くの開きがあり、中では清掃ロボットが走り回っているらしい。

 …正直ロボットと聞くと胸がじんわりと熱くなる。俺も感性が子供の頃に戻った様だ。いずれ、(無断で)入ってみよう。但し、進んだ科学技術の為だけではない。やはり一番の関心は『超能力』にある。

 科学の最先端をいく学園都市で、超能力開発(カリキュラム)がなされている。つまり、科学的に神秘の業を生み出しているという事だ。

 ありえない、俺の世界では絶対に。こんなこと、『異世界』でしか説明出来ない。俺の理解の範囲を超えている。

 

『まあ、僕にも詳しく分からないんだけど…』

 

 と、学園都市のざっくりとした説明の後で刀夜さんは続けた。

 

『超能力っていうのにはレベルがあるらしくってね。確か、無能力者(レベル0)低能力者(レベル1)異能力者(レベル2)強能力者(レベル3)大能力者(レベル4)超能力者(レベル5)…だったかな。それで、家の当麻は頑張ってもスプーンも曲げれないし、火の粉も出せない無能力者(レベル0)なんだけどね』

 

 そう言うと刀夜さんは苦笑していた。

 俺も少し見せて貰えると少し楽しみにしていたのだが、残念。まぁ、詳しい話を聞ける事を楽しみしておく事にする。

 

「現在・過去・未来。様々な時間軸を超えてきたが、『異世界』とこられると今まで積み上げてきた記録(データ)も意味がない」

 

 嘆息しながら、自分の状況を再確認する。

 未だ『世界』からの交信はなく、その存在を感知出来るのみで音沙汰なし。本来なら疑問符で思考を埋められる所だが、“『異世界』である”という前提を踏まえれば少し納得出来る部分も出てくる。

 

 ―――恐らくだが、この世界には意思がない。そんな世界にいたことがない為に推論でしか言えないが、明らかに魔術で強引に呼び出されたにも関わらず召還されないことを考慮するとその可能性は高い。

 ただ、俺の代わりなど幾らでもいるだろうが俺が『霊長の守護者』、『霊長(アラヤ)』の末端であるであることに変わりはない。だから元の世界から天文学的な数の可能性を隔てられて尚、細くなってはいるが繋がりがなくなることはなかったのだろう。

 …そう、繋がりが細くなっている。

 

「だって言うのに」

 

 流石に日常で着るには奇抜すぎる為、首にマフラーの様にして巻いた聖骸布に触れる。

 魔力殺しとして機能するこれがなければあっという間に周囲を魔力(仮)で埋め尽くすだろう。(“魔力(仮)”とは本当に自分の知る魔力と同一して良いのか困った挙句付けとく事にした魔力の通称である)

 何故こんなことが発生するのか。よくよく調べてみたところ『世界』との因果線(ライン)から流れてくる魔力とは別に取り込んでいる魔力(仮)はこの世界の霊脈から直接汲み上げているらしい。

 現界する為に消費する魔力が従来のものであるのなら、この世界から汲み上げている魔力(仮)はよりこの世界に定着させる為の楔としての意味があるのかもしれない。

 どういった術式を召喚陣にぶち込んだのかは定かではないが、どうやら召喚した者は自分では英霊を維持出来ない事を承知の上でどうにか現界させようとしてこの様なシステムにしたのだろう。

 確かにこの術式を組み上げた術師には同じ魔術を扱う者として素直に賞賛を送るが、同時に、欠陥品である事も分かってしまう。

 何故なら、どこにも術者が介在していないからだ。

 自分で魔力を獲得出来る以上、術者にはこの世に留まる為の依り代としての意味しかない。しかし前に述べたように、俺に依り代は存在しない。

 術者は今の俺にとっては本当にただ召喚しただけの、言うなれば他人でしかない。

 ならば、全く違う方法で俺を束縛する他ないのだが、英霊自体、元人間だったとしても既に霊格は昇華され、人間に御し得る存在ではなくなっている。強制的に従わせようとするのならば強力無比な呪縛が必要となる訳だ。

 だがそんなに強い呪いならば気付けない訳がない。

 結論として、此度の召喚は何の縛りも存在しない、完全なる自由(フリーダム)

 一体英霊(オレ)を呼び出して何をしたかったのか。

 これでは。――これではまるで俺を英霊の座から引き摺り下ろす事が目的だと言わんばかりではないか。

 

「――――、あ」

 

 瞬間、心が晴れ渡ったかの様な、そんな気がした。

 

「――え、何、で?」

 

 座から外れたと、そう考えた瞬間であった。何とも言えぬ感情が心象を埋め尽くしたのだ。

 その感情の塊に名をつけるとするのならば、それは、『安堵』。

 長年背負わされたナニカをようやく降ろすことが出来た様なそんな感覚。

 何故だ?何故こんなにもオレは『安堵』しているんだ。今の俺が分からない以上、現界した際に失われた記憶にその答えがある様な気がするが、追求しようとする度に頭痛に襲われた。まるで、自らそんなモノは不要だ、もう必要のないモノなんだと拒絶するかのように。

 

「――別にいいか」

 

 現段階での追求は諦める。今必要なのはそんなものではない。

 『世界』との繋がりの薄さを考えれば、この現界にすぐに終わりがくることはないだろう。

 俺はまだこの世界で何をすべきか分からない。ナニを守り、ナニを滅ぼせばいいのか、今まで当然の様に与えられてきた守護者として役割(しめい)。そこから突然解放されて何をして良いのか未だ定まらない。

 それでも、こうして与えられたまたとない機会だ。俺は前と変わらず俺の道を行こう。どの道、この体に宿るのは以前と変わらぬたった一つの理想(ネガイ)だけ。生前を賭して辿り着けなかった理想だが、この体ならもう少しだけ近付ける気がする。何よりその為だけにオレはこんな身体にまでなって存在し続けようと決めたのだから。

 ―――と、息巻いてはみたものの、私のような存在がこの世界で必要なのか分からない事に気付き、一種の職業病の様なモノかと苦笑する。

 ま、何はともあれ…、

 

「間違えてだろうがなんだろうが、俺みたいなモノが呼び出される以上、何もない平和な世界ではないんだろうがな」

 

 そこで思考を断つ。

 本格的に考える事もなくなってしまい。手持ち無沙汰になる。

 召喚した術者を見つけるにしても、明日の夫婦との約束を考えればこのタイミングで出ていくのも気が引ける。

 

「…」

 

 やる事を見つけられないまま、地平線を眺め続ける。

 

「いや、こんな時間があってもいい、か」

        

 もしかしたら、こうして本体(じぶん)で記憶出来る最後の時間かもしれないのだ。だから、もうしばらくこの世界を見ておこう。

 

 

 ――コレが、『錬鉄(れんてつ)の英雄』と謳われた、正義の味方を目指しその生涯を己の理想と戦いに捧げた男の新たな世界のの第一歩である。

 この男の介入がこれから先、世界に何をもたらすのか、知る者はまだいない。




プロフィール更新
〔Main weapons〕
〔赤原礼装〕
 とある聖人の聖骸布から作られた概念武装。
 元となった聖骸布は外敵ではなく、外界に対する一級品の守護。そこに魔力増幅機関を加えられ、衣装として調整されたのがこの礼装である。
 魔力量の多くない彼にとっては重要な礼装であり、魔力効率が向上し、魔術の効力をより強力なものとする
〔Other weapons〕
〔聖マルティーンの聖骸布〕
 見た目は長く赤い布。
 聖マルティーン(聖マーティン)の亡骸を包んだ聖骸布。
 魔力殺しとして非常に優れた能力を持つ。

 聖骸布は別ものって考えてます。
 何故に剣でもないのに投影維持出来るのかは後々。


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1:『御使堕し』


 八月二日午前。

 現在俺は車で上条夫婦と共にさほど遠くない距離にある海岸へと向かっている。

 後部座席に俺が座り、運転席に刀夜さんが、助手席に詩菜さんがそれぞれ座って、三人で絶え間なくにこやかに、緩やかに他愛もない話を続けている。

 特に目の前に座っている上条夫婦は仲睦まじく、言葉にノロケ要素がなくとも雰囲気で既にノロケているという感じである。傍目から見ると居心地は悪いが熱冷めやらぬ新婚夫婦の様で、とても微笑ましくもある。

 実に微笑ましい。

 本当に微笑ましい。

 この上なく微笑ましい。

 

 ……間違いなくその筈、なのだが。

 

俺だって気付いてはいるのだ。目の前に転がっている、あえてスルーしている懸念事項に。

 

(なんだろう…この状況は)

 

 突っ込み所満載なのだが突っ込めない。突っ込むべきなのに突っ込めない。突っ込みたいのに突っ込めない。突っ込めない突っ込めない突っ込めない突っ込めない突っ込めない突っ込めない。

 

 突 っ 込 み た い ! ! ! !

 

「あの…詩菜さん?」

「あら、士郎さん。どうかしたのかしら?」

 

 綺麗な声が鼓膜を震わせる。ただそれは昨日家で聞こえた声にしては幼く、ようやく大人の階段を上り始めた思春期くらいの少女のそれ。詩菜さんとは明らかに別物。

 だが俺は、異常なのを知りながらどう動けば良いか分からず、本題に当たらずとも遠からずな言葉しか口に出来ない。

 

「い、言い忘れていましたが、昨日より随分若く見えますね…」

 

 コチラを振り向く顔も普通なら、頭が見える筈の場所は前方の迫りくる風景しか映らず、俺の言葉に応えるべく振り向く顔は低い位置から視界にひょっこりと姿を現す。

 

「あらあらあらあら。そんなに褒めても何も出ませんよ?」

「士郎君っ!?君はもしや、母さんを狙っているんじゃ…わ、渡さないからな!!?」

「い、いえ!そういう訳ではないです。ただ…」

 

 …オカシイ。

 コレが正常である筈はないのに、世界は正常に回っているという強烈な違和感。

 だが、そんな事を目の前で優しげに笑っている彼女に追及する事は憚られ、ただただ誤魔化しの言葉を口にするしか今の俺には出来なかった。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 …本当に、どうしてこんな事になっているのか。

今朝は人格も口調も安定し、ある程度俺もリラックス出来ていた。その時はまだ詩菜さんは昨日と同じ容姿だった筈だ。間違いない。そんな事を忘れたり勘違いしたりするほど呆けていたつもりはない。だというのに…。

 

「なあ母さん。乙姫(おとひめ)ちゃんは直接当麻の所に行くんだったかな?」

「そうですよ。毎年長い休みでも大好きな当麻『お兄ちゃん』と遊べないからいつも寂しい思いをしていましたから、今回の旅行を一番に楽しみしてたのは乙姫ちゃんかもしれないですね」

「…私だって楽しみにしてるぞ」

「あらあら。刀夜さん拗ねないで下さい。そんな事は良く分かっていますよ」

「そ、そうかな?ははは」

「あらあらあら、刀夜さんったら。ふふ」

 

 仲良く話す刀夜さんと詩菜さん。

 本来なら俺の目には仲良し夫婦の絵として映り込む筈だ。だが、今の光景は言ってしまえば明らかに血の繋がりのない外国人の少女と中年オジサンである。

 …危険だ、危険すぎる。色々な意味で。

 だが、目の前の二人は確かにあの夫婦の筈だ。

 銀髪の少女の容姿こそしているが、その体に纏う雰囲気は詩菜さんそのものなのである。刀夜さんだって、いきなり違う相手にここまで自然に対応出来ないだろう。

 見ていて分かる。この人は生粋の愛妻家だと、そこに偽りなど決してない事も。

 ―――それに、この事態は彼らに限られた事ではない。

 ガラス一枚で仕切られた外界はここ以上に、異常で異様な異空間と化している。

 探すまでもない。擦れ違う車の運転手、歩道を行きかう歩行者達、建物から絶えず出入りする従業員や客。

 目に映る多くの人々、その多くがチグハグになっているのだ。

 当初は『異世界』だからだと自分に言い聞かせたものだが、流石にスーツを着て道を這う赤子や、化粧をしてスカートを履いて大胆に胸元をさらけ出す還暦を迎えて久しいと見られるご老体を見た時にはそんな発想は跡形もなく消失していた。

 …それに、俺は感じている。『界』の異変に。

 俺は特異な体質故『界』の異常を感じ取る能力に長けている。

 五感から知りえる情報を排除しても、この世界を覆う違和感が精神そのものを揺さぶる。その第六感じみた感覚が俺に伝えているのだ。昨日と今日とではナニカが違うと。

 人体を溶解させる悪趣味な結界の内部は甘くどろっとした感触だったが、今回のこれは無味無臭だ。危険性がない、というわけではない。あまりに強過ぎるその感覚に知覚が麻痺しているかの様なそんな違和感が消えない。

 だから俺に分かることは、今この瞬間、この世界に働きかけるナニかが存在していて、それはとてつもなく強大なモノである、ということだけである。

 

(この規模での魔術展開…、数百から数千単位の魔術師の仕業?もしくは魔法使い?いや精霊か神霊でも一枚噛んでるのか?)

 

 悔しい。異変を感じ取れているのにも拘らず、正す手段さえ見えない自分に腹が立つ。

 この世界の常識を理解し切れていない俺には、この事件の首謀者の正体を推測することさえ許されない。

 

(そもそも、何の為の魔術だ?人の容姿を気付かれずに変えた所で誰が得をする?)

 

 神秘の隠蔽という点では優れたものであるかもしれないが、やはり自分の様な例外を困惑させる以外に役に立つとは思えないし、超能力の話を聞いた時点でそんな隠蔽(もの)に意味はないと判断した。それでも隠すというのならそれは別の理由だろう。

 とりあえず即興で立てた仮説は五つ。

 『単なる悪ふざけ』、『何かの間違い』、『自分の容姿が嫌だった』、『誰かに成り代わりたかった』、『最終目的の為の前準備、もしくは副産物』。

 悪ふざけにしてはやりすぎだ。それに、容姿を変えられた本人達がそれに気が付いていない時点で悪ふざけとしても二流だろう。特定の人間を対象にしている可能性もあるがそれなら暗示でもかければ十分だ。一先ずその可能性は置いておく。

 同じ理由で自分の容姿が嫌だった、誰かに成り代わりたかったというのも否定出来る。というかそれであれば別にこんな大げさな魔術は必要ないだろう。

 何かの間違いも何をどう間違えればこんな魔術が出来上がるというのか。よってコレも否定。

 やはり可能性としては最終目的の為の前準備、もしくは副産物だろう。どんな目的があってこんな事をしているのか見当はつかないが。

 それに俺の目に入る範囲だけが全てではないのかもしれない。神奈川県中、東北地方中、日本中、世界中でコレが起こっているのかもしれないのだ。

 

(どうする…?)

 

 術者も不明、発信源も不明、詳しい効果も不明、範囲も不明。

 何もかも分からずヒントもなく、それどころかがヒントを得る方法すら分からない始末。現状で俺の出来る事は何もない。

 この世界にとって俺は完全なる部外者(マレビト)。何者かによって招かれはしたが、そもそも俺がいなくとも正常に歯車が回り続ける世界で、今更増えた歯車など蛇足以外の何者でもない。

 だが、蛇足だからこそ何か出来る可能性もある。

 容姿が変えられた本人達はこの事態に気付いていない、つまり、周りの人を本来の容姿で認識しているということ。つまりこの場では私のみがこの異常を感知出来ている。

実際『魔術抵抗』を行うまでもなく一切の干渉を受けなかった、つまり英霊(おれ)は影響を受け付けない。だとしたら、何らかの突破口を開く事が出来るかもしれない。

 ただ、その為にはコチラの世界の魔術を知る者と接触する必要がある。

 こちらの魔術師がどの様な組織体系で存在しているかは分からないが、探してみるしかないだろう。

 海に着いてしばらくしたら、行動を起こすとしよう。探しても見つからない場合は魔術で軽い事件でも起こせばアチラから何らかのコンタクトがあるはずだ。

 

「(何としてでも解決策を見つけてやる)」

「ん…?どうかしたのかい、士郎君?」

 

 一人で勝手に意気込んでいると、そこそこ会話に参加していた俺が黙り込んだことに疑問を持ったのか、そう質問してきた。

 何でもないですよ、と慌てて否定し意識を窓の外へ向け直す。

 前方には青い大海原が広がっている。すると目的地はもうすぐということだ。

 今意気込むのも良いが、焦り過ぎては大切な事を見失う。到着するまでの間だけは、少しゆっくりさせて貰うとしよう。

 

 

「着いたぞ士郎君」

「あ、はい」

 

 それから間もなく、海辺のほとりに立つ建物の傍に車が停車した。

 嬉しそうに笑う刀夜さんに促され、アスファルトの引かれた地面に降り立つ。

 建物の反対側へ目を向ければそこは白い砂浜と青い海が悠然と存在していた。派手ではないが立派な海水浴場の様だ。ただし、砂浜には殆ど誰もいないし、海を泳ぐ者もいない。

 この時期ならまだ海水浴を楽しむ人々がいてもおかしくないのだが、二人の話によると、現在、太平洋側ではクラゲが異常発生しているせいで客足が遠退いているらしい。この海水浴場も例に漏れなかった様だ。

 しかし、これは不幸中の幸いだったのかもしれない。

 海ではしゃぐ女物の水着を着たお爺ちゃんや、男物の水着を着た上半身裸の女性や、幼女をナンパするお婆ちゃんを見なくて済んだのだから。しかも、上半身裸の女性に目を奪われていると、女性を凝視している事に対しての批判的視線ではなくではなく、別の意味の気味悪がられた視線を向けられるという罠もある。

 …そんな未来(ビジョン)、考えるだけ背筋が凍る。本当にそんな事がなくて良かった。

 

「では、私達も行きましょうか」

 

 目の前でツバの大きな白い帽子を被った少女、もとい詩菜さんが刀夜さんと俺に呼びかける。

 …ふ、と頭をよぎる考えがある。

 こうして今の詩菜さんを見るとつい考えざるをえない。

 

(どこか、似ている…)

 

 生前、いや死後にも詩菜さん(この子)と似た子と、俺は会った事がある。俺の義姉(あね)である、あの少女に。

 目の色等細部は異なっているのだが、背格好が良く似ているのでどうしても重ねて見てしまうのだ。

 本当なら、生前の記憶は磨耗してしまっていて思い出す事は叶わない筈だった。だが、今回は『記録』を全て所持している。しかも、直接霊体に組み込まれ生前の『記憶』に直結している状態なので、『記録』を経由させ、記憶を呼び出すのでスムーズに過去の事を思い出すことが出来る様になっていた。

 思い出す事も叶わなかった擦り切れた記憶が鮮明な絵となり、思い浮かべる事が出来るという事実に驚きつつも安堵している。もし今すぐ座に連れ戻されても少しの時間は気持ちも紛らわせられそうだ。

 だが今は彼女の事も記憶の事も今でなくて良いだろう。優先するべきは現状の確認だ。

 それなら少しでも多くの人がいる場所に行きたい。

 黙ったまま行く訳にはいかないので刀夜さんに許可を貰う事にした。

 

「済みません。ちょっと街の方に行ってきても良いですか?」

「どうしたんだい?」

「いえ、最近ゆっくりと外を出歩く事が出来なかったので少し見て回りたいと思いまして」

「ああ、そうか、そうだったな…」

 

 刀夜さんはまるで自分の事の様に落ち込んでしまった。本当に人が良い。

 本気で申し訳ない。しかも、その事情が偽りである事で倍になってのしかかってくる。

 数秒の思慮の後、刀夜さんは優しい顔になり、言った。

 

「分かった。行ってきなさい」

「はい。ありがとうございます。それから…済みません。こんな所まで連れて来て下さったのに身勝手な事を言って」

「いや、構わないよ。のんびりしてきなさい。皆には私から言っておこう」

「本当にありがとうございます」

「士郎さん。コレをどうぞ」

 

 横から詩菜さんの声と思われる少女の声がしたのでソチラを向くと、少女が数枚のお札をコチラに差し出していた。しかも、それらは全て過去の著名な教育者が描かれている。所謂、一万円札である。

 

「えっ!こ、こんなに貰えませんよ。それに買い物はしないつもりですし」

「大丈夫ですよ」

 

 少女は微笑みながら言う。

 

「刀夜さんはとっても良い仕事をしていますから、お金は沢山あります。心配しないで下さい」

「そういう訳ではなくてですね。色々お世話になったのにお金まで頂く訳には…」

「良いですって」

「そうだぞ士郎君」

 

 刀夜さんまで言ってくる。

 

「お金を一切使わずに家を直してくれたし「それは俺が壊したものですし…」…良いから良いから!私達だって子供を学園都市に預けて少し寂しい思いをしていた所でね。昨日一日とはいえ、私達は楽しい思いさせて貰ったんだ。そのお礼と言う事では駄目かな?」

「…」

 

 …脱帽してばかりだな。この人達には。

 コレ以上ここに足止めするのは申し訳ない。今回も俺が引き下がるしかない。

 

「…分かりました。ありがたく頂きます。コレ以上お二人の邪魔をするのは気が引けますしね」

「あらあら。士郎さんったら。当麻さんには言っておきますから遠慮せず楽しんできて下さいね」

 

 差し出されたお金を受け取る。

 

「はい、ありがとうございます。しばらくしたらまた戻ってきますね」

 

もう一度お礼を言って俺は街に向かおうと歩き始めた。が、

 

「…」

 

どうしても気になる事があり、立ち止まる。

振り向けば刀夜さんも詩菜さんも背を向けて海の家に入っていく姿が見えた。

…気になっている事。

詩菜さんが入れ替わっている、というのは間違いなく彼らに伝える事は出来ない。彼らがそれを認識できていないから、異常とは思えないからだ。

それと同じく、刀夜さんだけ元の姿のままだ、ということも伝えることの出来ない異常だ。

 

「どうして刀夜さんだけが…」

 

始めは入れ替わった詩菜さんや歩行者を見て、個人によっては入れ替わりが起きていない者もいるのだと考えていた。しかし、ここに向かって来てくる最中の誰の彼もに大なり小なりの違和感を覚えたが、上条刀夜だけにはそれがなかったのだ。

もしかしたら彼こそが…。

 

「いや、そんな訳があるか」

 

それはありえない、筈だ。彼からは魔力の残り香すら感じられなかったし、立ち振る舞いからして一般人そのものだった。

そんな彼が、今回の事件の首謀者であるというのは考えにくい。それに自分だけ入れ替えないなんて如何にも疑ってくれと言わんばかりじゃないか。せめて変装でもするべきであるが、刀夜さん昨日から服くらいしか変わった点はない。

やはり、当初の考え通り偶然この魔術から逃れたという方がまだ信憑性がある様に思える。

 

「…とにかく情報を集めよう。話はそれからだ」

 

絶対的な証拠がない以上完全に容疑者から外すわけにはいかないが、最初から決めつけるには早計だ。

そう結論を出し、俺は海の家に再び背を向け市街地へと歩を進めた。

 

 

 …結局、お金は使わなかった。

 買う必要があると判断したリュックや貰ったお金を入れる財布は良質な現物を見繕って複製したのでお金を使わなかったのだ。中には怪しまれない様にしっかりと洗濯され洗剤の良い匂いが漂う外套と貰ったお金の全額が入った財布だけが入れられている。

 鎧は下に着たままだ。不測の事態を想定しての事でもある。

 その他には近くの交番にいた子供の警察官に案内して貰ったり、釣り道具に目を奪われて『いかんいかん!』と首を振ってみたり、本屋で地図を見てわが故郷である冬木市がないことを確かめ終わって顔を上げた時、偶然目に入ったグラビア本の表紙に小太りの中年男性がポーズを決めていて失礼な事ながら不快感を催したりした。

 それらはさておいて、ここら辺はあまり開発された都市ではないので、情報にどうしても限界がある。

 しかし、分かった事はある。

 この魔術はこの地区だけに作用している訳ではないという事だ。

 偶然目に入った店のテレビで海外との中継をしていたのだが、通行人がここと同じくおかしくなっていた。当然誰も気付いていない。異常は世界中を蝕んでいたのだ。

 

「…一度戻るか」

 

 ここでの情報集めを一度切り上げ、海の家『わだつみ』へと足を向ける。

 …こんな所でモタモタとしている自分に苛立ちが募るが、どうしようもない。これ程までに広範囲に魔術が効果を及ぼしていると魔力の出所を探る事も出来ない。

 

「はあ…どうしたものか。…と、ここだったな」

 

 考え事をしている間にいつの間にか宿の下の方まで来ていた様だ。

 そこのすぐ側にある砂浜では数人の人達が遊んでいるのが見える。他に客はいないと聞いていたので恐らくは上条親子と付いてきた人達だろう。

 そこまで見ると俺はそのまま部屋に行って荷物を置いてこようと宿に足を進めようとした。

 その時である。

 

「ん?」

 

 もう一度砂浜の方に視線を戻す。

 水をかけ合ったり、砂に埋められたりして遊んでいる?所から離れている三人に目がいった。

 一人は身長は今の俺より少し大きいくらいの中肉中背のツンツン頭の少年…上条夫婦から聞いた特徴と一致するので彼が上条当麻だろう。どうやらとても落ち込んでいるみたいだ。

 彼に特に不審な点はない。

 今問題なのは、一八〇センチメートル位の金髪でアロハシャツを着た少年と黒髪の日本美人という言葉が似合いそうな容姿に切り刻まれたジーパンと臍がもろに見えるくらいの所で結んであるシャツという変わった女性という周りからかなり浮いている二人だ。

 見た目もさる事ながら、その身に纏う雰囲気もその場所からは浮いていた。

 …俺には分かる。あれは戦う者のみが纏う気だ。しかも、巧妙に隠してはいるが二人の体からは魔力の残り香がする。つまり、彼らは…。

 

「魔術師か」

 

 …思わぬ所で手掛かりを見つけた。こんな時に動く魔術師は十中八九今起きている事絡みだろう。

 色々考えるのはとりあえず後回しだ。接触してみない事にはどうにもならない。

 

「…」

 

 心中ではどう話を進め、協力を得るか計画を練りながら、彼らに近付いていった。




 記録は原作に登場する話を使い易くするという都合上組み込んでいますが、本来は本当にただの情報の羅列みたいな感じだと思うので記憶を思い出すのに役に立つかは微妙だと思う。思い出したくもない事も沢山書いてありますしね。

プロフィール更新
〔特性・体質〕
〔異界察知〕
 周囲の世界の異変を無意識且つ五感的に感じ取る。
〔魔術〕
〔魔術抵抗〕
 魔術師が始めに習う初歩の初歩の魔術。
 自身に干渉する魔力を弾く。既に侵されてしまった場合は自分の魔力で洗い流す方法を取る。


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 太陽の照りつける午後の海岸。

 

 本来ならば、この時間には終わり間近に迫った夏休みを楽しもうとする老若男女が集うパラダイスと化している筈だが、現在海辺には合計七人しかいないという寂しい様相を呈している。

 しかし、そこにいる人々は色んな意味で異質だった。

 

 ――海ではしゃいでいる少女二人の少女と片方の少女を追いかけ回す中年男性(ロリコン)

 ――首まで埋まりながら泣いている妙に女っぽい青い髪の少年。

 ――少し居心地悪そうに佇んでいるアロハサングラス金髪男と日本刀ぶら下げた奇抜なお姉さん。

 

 人が少ないというのに色んな意味で賑やかな人達が集まっている海岸に、一人だけ砂浜にウッタエテヤルという言葉を繰り返し書き続けている、サンサンと降り注ぐ陽光に負けじと陰気を放っている少年が1人。

 彼の名は上条当麻という。

 幸運の神様に見放されたというよりも不幸の神様に愛されていると言った方が良い様な目に出会い続けているかわいそうな少年である。

 そして、今日も…。

 

(クッソォォォッ!!どうしてこんな目に合わないといけないんだっ!?)

 

 少年は思う。

 

(こんな歳になってまで家族との海水浴を強制させられたり、他の奴が皆別人になってたり、男の女性水着姿を見せられたり、また魔術の事件に巻き込まれたり、日本刀のお姉さんに海パン脱がされそうになったり!!!俺何かしたのかよ!!ああー、不幸だあぁーーー!!!!)

 

 彼の口癖と呼べる程になったそのセリフをひびの入ったハートの中で、そんなハートいっそ砕いてやるぜとばかりの声を張り上げる。

つい先日、大きな事件に巻き込まれ、死にかける体験をしたばかりの彼に、再び大きな事件が彼の身近に舞い降りてきたのだ。

 ここで嘆かなければいつ嘆くのか。

 そんな折、幸か不幸か彼にまた新たな出会いが訪れるのだった…。

 

 

「…ちょっと、いいか?」

 

 公の浜辺で美人なお姉さんに下半身を覆っている海パンを無理矢理下ろされるという意味不明なイベントをどうにか回避したが、もうなんか色々嫌になり落ち込んでしまって立ち直れ切れていない中、今まで聞いてきた事のないどこかこちらを気遣う様な声色に上条当麻は顔を上げる。

 

「アンタが上条当麻か?」

「そう…だけど」

 

 目を上げた先にいたのは年中アロハシャツを着て、にゃーにゃー言っている寮の隣人の土御門(つちみかど)元春(もとはる)、日本刀をぶら下げたとっても怖いお姉さん、神裂(かんざき)火織(かおり)にも負けずとも劣らない奇抜な格好をした少年?だった。

 肩からかけているリュックこそ普通だが、肌は浅黒く、髪は真っ白、ズボンは黒でシャツは白というオセロの様な外見をしている。その上こんな夏真っ只中の日に赤いマフラーをしていらっしゃる。

 整ってはいるが少年期から抜け切れていない幼い顔立ち。しかし、そんな顔をしているのに露出した腕は無駄の無い筋肉に包まれて頑強、それは腕だけには留まらず、着衣の上からでもその体全体が引き締まっていることがはっきり分かる鍛え抜かれた肉体。

 どれもこれも統一感のない存在全体にコントラストを織り交ぜた奴だった。

 …大体変な奴は知り合いだという事を今日も良く復習していた当麻だったが、どうやらあちらの言い方だと初対面らしい。

 

(俺にも取り零しがあったとは、不覚!……嘘です。すんごい大嘘。変な奴しか知り合いがいないなんてそんなの上条さんは期待していないので変な奴一人でもそういうのではないというのは大変ありがたい)

 

 と、そこまで考えて、ふと現在の状況を思い出す。

 

(と、よく考えたらこいつも()()()()()()()んだよな)

 

 当麻は今の今までこんな場所で蹲る羽目になった大元のとある魔術を思い出す。

 それに鑑みれば目の前のこの男も見た目がどのようであれ、中身は善良なる一日本人である可能性は大いにある。勿論そうでない可能性もあるわけだが、何はともあれ害意も敵意も存在しない相手を邪険にする理由はなく、マリアナ海溝に投げ込んだ鉄塊の如く沈み込んだ気持ちをサルベージしながら、今は初対面であるソイツと会話を続ける事にした。

 

「ええと、アンタは…?」

「俺は衛宮士郎。刀夜さんと詩菜さんから聞いてないか?他にも来る奴がいるってさ」

「うん?」

 

 …そういえば、とまだ海の家にいた時父親が何か言ってた様な…と、思い出した。

 

『当麻。実はな、私達家族以外にもう一人来る事になってるんだ』

『もう一人?知り合いなのか?』

『いや、昨日会ったばかりの子だ』

『…はい?』

『色々あって仲良くなったんだよ。士郎君って言うんだ。当麻と同じくらいの歳なんだけど、今まで家庭の事情があって学校にも行けなかったみたいでな。友達も少ないっていう事だったから、当麻と友達慣れたら楽しくなるんじゃないかと思ったんだ』

『ふーん…』

 

 こんな感じの話だった気がする。

 正直、顔も見合わせた事のない同世代の奴と遊べるのか?連れてくるなら野郎でなく、優しいねーちゃん連れて来いよ、と思っていたので半分流しながら聞いていた。

 実際の所、ソイツと知り合いだったとしても()の当麻の目にはどうあっても赤の他人としか映らなかっただろうが。

 当麻は刀夜との会話を思い出した所で、会話を続行する。

 

「ああ、聞いてるよ。衛宮、だっけか?でも、よく昨日会ったばっかのオッサンに付いて来ようとか思ったな」

「ははは…。どうにか追ってくる人達から逃げる手段が欲しかった所だったしね。とても感謝してるよ、君のご両親には」

「…(逃げてるって…。どんな生活を送ってるんだろう、この人?複雑なご家庭なのだろうか?)、…まぁ、これからしばらくは一緒にいる事になるだろうからよろしく頼むな、衛宮」

「ああ、こっちこそ。当麻」

 

 と、名前を親しげに呼びながら衛宮の方から左手を差し出してきた。

 何かと思った当麻だが、一瞬の後握手を求めているんだなと思い当たった。

 結構当たり前のことではある筈なのだが、彼が会う人会う人別のナニかを突き出してくるのですっかりそんな常識(コト)も忘れていたのだ。

 

「左利きなのか?」

「…両利きなんだ。左も使える様にするのはかなり骨が折れたけど。と、…すまない。作法的には間違いだったかな」

「いや、別に俺は気にしないけど」

「…そうか。そう言って貰えると助かる」

 

 その時右手を見て一瞬、険しい顔になった様に見えたが、ふと気がつくとそんな顔はしていなかったので特に迷う事なく握手を交わす。

 そして、思った。

 

「うん?」

「どうかしたのか、当麻?」

「いや…」

 

(よくよく考えてみると俺が最近出会った奴らの中で、久しぶりに平和的にファーストコンタクトを取れたんじゃないか?)

 

 当麻は脳裏に八月以降の人々との邂逅を描き、そんな事を思う。

 

 ――実は、上条当麻は記憶喪失である。

 

 理由は夏休みに入った直後のある事件だ。当麻はその事件で十数年培ってきた思い出を永久に失った。

 なので、彼にとって両親も友達も先生も見知らぬ赤の他人同然なのだ。

 いつの間にか知り合っていた小さなシスターさんと両親とは病室の中で、小さな先生とは知らぬ間にサボっていた補修で()()()会った。しかも純白シスターには体中噛まれた。相変わらずの不幸である。

 もっと物騒な例になると、赤い喫煙神父には炎をぶつけられ、ビリビリ少女には電撃を浴びせられ、今回の土御門元春と神裂火織との出会いも怪力で揺すられたり、海パン脱がされかけたり最悪だ。無論敵として相手取って戦ってきた奴らとは言わずもがなである。

 とある事情で学園都市から追放中と言う事以外、浜辺で挨拶と握手を交わすこの状況は平和的そのものではないだろうか?

 こんな超絶不幸に人生を呪われた上条当麻であるが、こんな些細な出来事でもいい、たまには嬉しい事があるととても嬉しくなるのである。

 

「ど、どうした?泣きそうでしかし笑いそうでもある顔をしてるぞ」

「いやそんな事はないですよ?寧ろ久しぶりに手放しで喜べる事があっただけですっ!!」

「そ、そうなのか」

 

 話している限りでは人は良さそうだし、なんだかこんな嬉しい事が身近にあるんだなあ~、という事を少年は知った気がした。

 

 ――だが、しかし、ところがどっこい。

 

 神様は簡単にそんな幸運をくれる様な慈悲深い性格ではなかった様である。

 

「変わったお友達だにゃー、カミやん?」

 

 これまで傍観に徹していた当麻の隣人、土御門元春は何気無い仕草で当麻の隣に立つ。

 その様子は予想外の人の登場にも動じている様には見えない。

 衛宮も上条一族しかいないと聞いていたのか少し驚いているらしかったが、冷静に土御門にも対応する。

 

「初めましてだにゃー、エミやん。オレはこのカミやんこと上条当麻と同じく学園都市で学生やってる土御門元春っていうんですたい。よろしくにゃー」

「エ、エミやん?どこかで…まあいいか。ああ、よろしく頼む、元春」

 

 そこで、何故かサングラスがキラーンと輝いた気がした。 

 

「所で、エミやん。オレを見てどう思うかにゃー?」

「…元春を見て?」

「…土御門?」

 

 当麻も衛宮も神裂も、土御門の意図が読めず、『?』を浮かべる。

 訳が分からない様子で衛宮は会話を続ける。

 

「どうって、どういう事だ?」

「ほら、オレって学園都市にいるからにゃー。美的センスは外の人にはどう映るのかニャーと思ったですたい」

 

 嘘つけ、と当麻は思う。年中サングラスをかけて、アロハシャツを着て、首に金を沢山ぶら下げている奴なんて学園都市の中にもこの同級生を除いて他にいないだろうことは考えるまでもなく理解出来る。

 ならばこの質問には表面に現れていない別の意図があるはずである。それが分からない以上、当麻は下手な手出しは控えこの飄々とした隣人に任せるしかない。見た目はあれだが当麻が今まで相手取ってきた魔術師(強敵)魔術師(どうるい)だという。滅多な事で遅れはとるまい。

 様々な考えを巡らす当麻を尻目に土御門は笑みを絶やすことなく、会話を進める。

 

「…カッコいい、と思うぞ。今時…かは良く分からないけどな。良い体付きもしてるし、顔立ちも整ってるさ」

「そうかにゃー?そう言われると嬉しいぜよ。髪型はどう思うかにゃー?」

 

 その質問が出た瞬間、少し離れた場所にいる神裂がはっ、としていた。だが、当麻にはまだ分からない。

 

(なんなんだ?)

 

 衛宮も不思議そうにしながらも、答える。

 

「?……ヘアーデザイナーじゃないし良く分からないけど、良いんじゃないか?金髪ってなんかワイルドな感じがするし」

 

 瞬間。

 土御門は妙に落ち着き払った態度になった。当麻にもなんだか空気が張りつめた様な感覚を覚えた。

 

「…一つ尋ねたい事が増えた」

 

 急に喋り方が変わった。今そこにいるのは上条当麻の隣人である土御門元春ではなく、イギリス清教所属の一魔術師としての土御門元春であった。

 神裂もいつの間に移動していたのか土御門の傍らで腰の日本刀に手を置いていた。

 衛宮は何が起こったのか、状況を把握出来ずにオロオロと…はしていなかった。

 

「…」

 

 不自然なほどに落ち着いている。

 初対面の相手にいきなり警戒される事に驚くことなく怒るでもなく、ただ冷静にこちらを観察している。その目には先程まで宿っていた温かさはなく、ただ感情すら読み取れぬ冷たさを感じるだけ。

 そんな衛宮に、土御門は問う。

 

「衛宮士郎。アンタ、何者だ?」

 



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 天空から降り注ぐ日光と熱せられた砂によって灼熱の世界と化した砂浜は、その一角に集まる四人の周りだけ少し気温が下がっている様だ。

 少なくとも、上条当麻だけには確かにそう思えた。

 

「お、おい土御門!」

「カミやん。ちょっと離れとけよ」

 

 そう言うと雰囲気をガラリと変えた土御門は当麻の手を引っ張った。

 土御門の急変に気を取られていたことと、その力が存外に強かった為に当麻は土御門のいる方向に吸い込まれる様に引き寄せられ、

 

「うぐっ!?」

 

 その後無造作さに手を離され、バランスが取れぬまますっ転ぶ。

 『何しやがる!』と文句を言おうと思い振り向くと、衛宮が変に神妙な態度で神裂と土御門と対している事に気が付き、今はとても素人が口を挟める状態ではない事を悟った。

 それから数秒、口火を切ったのは衛宮だ。

 

「何者、か。その言葉の意図が分からないんだが…?」

「そのままの意味だ、衛宮士郎。今の世界では正常である事こそが異常だという事は、お前ならもう分かってるんじゃないか?」

「…」

「それによぉエミやん。しらばっくれるつもりがあるんならもう少し慌てろ。その態度じゃあ、自分は関係者だって言ってる様なもんだぜ?」

 

 …当麻は完全に置いてけぼりにされている。

 先程まで人が良さそうな雰囲気を纏っていた衛宮は雰囲気を変容させているし、土御門達も臨戦態勢だ。

 が、このままでは到底納得いかない。

 

「土御門!どういう事か説明くらいしろよ!」

 

 当麻が声を荒げると、土御門は衛宮から注意を逸らさずに話し出す。

 

「カミやん、オレがコイツに何を聞いたか覚えているか?」

「え?えーと、顔がどうとか髪がどうとかっていう奴か」

「そうだ。そして、髪についての質問に衛宮はこう答えたな。『金髪ってなんかワイルドな感じがする』と。ああ、カミやんも知っての通り、間違いなく土御門元春()金髪だ」

 

 未だ土御門が何を言いたいか分からない当麻だったが、土御門の次の言葉である事を思い出した。

 

「言った筈だぜカミやん。今のオレが、どこのどちらさんに見えてるのかってことをよ」

「あ」

 

 長ったらしい説明や衛宮の登場で記憶の底に沈んでいたものが急浮上してくる。

 ――今世界では『御使堕し(エンゼルフォール)』という大魔術に端を発した異常事態が起きている。

 『御使堕し(エンゼルフォール)』とは天界にいる天使を人の位に引き摺り落とす魔術だという。

 もっと詳しく『せふぃろとのき』がどうのとか上位せふぃらがうんぬんかんぬんとか言っていた気がするが当麻には理解出来ていないのでそこら辺に置いておく。

 簡潔に言えばどこかの誰かの体に天使が入ってしまったという事である。

 それだけなら土御門の外見がどうのという話にはならないが、この大魔術にはもう一つ、とある副作用を引き起こしている。

 それは、

 

「…【外見】と【中身】の入れ替わり」

「その通り。今のオレは〈【外見】土御門元春〉ではあるが、【中身】の方はオレとは全くの別人、金髪でも何でもない、今頃海外で映画の撮影やってるスーパーアイドル〈一一一《ひとついはじめ》〉になっちまってるってこと。つまり、」

 

 改めて土御門は警戒の色が濃い視線を前方へ向ける。当麻も釣られてそちらに顔を向けると、仏頂面の衛宮と目が合う。

 どうやらこちらの会話に耳を傾けていたようだ。

 

「…っ、」

 

 別に睨まれている訳でもないのにこの威圧感。まるで猛禽の如きその双眸を向けられるだけで次の瞬間には首を落とされてしまう様な錯覚を覚えてしまう。

 だが、土御門はその視線に晒されて尚、淡々と会話を続ける。

 

「結論、現状でオレを【外見】で土御門元春と判断出来るのは、オレと同じで半端な影響を受けちまった神裂か、幻想殺し(上条当麻)の様な例外か、『御使堕し(エンゼルフォール)』なんていうけったいな魔術を発動させた術者かその協力者ってことだ」

「…」

「改めて聞くぞ衛宮士郎。――オマエは何者だ」

 

 土御門の鋭い言葉に沈黙を続ける衛宮。しかしそれは数瞬のこと。次の瞬間からは表情も変えず、落ち着き払った態度で土御門に応える。

 

「…やれやれ、迂闊だったよ。よりにもよって『例外』ときたか。ご両親が一般人だったからと気を抜き過ぎたか。少し考えてみれば、世界中の人間が異常事態に陥っている中で、そこの魔術師(二人)はともかく一般人である筈の君がそのままである訳がない」

 

 そう言うと当麻の方へ視線を向ける。それだけでも当麻にとっては生ている心地がしなかったが、衛宮は更に続ける。

 

「それで、アンタ達は魔術師ってことでいいのか?上条刀夜からは息子は超能力者だと聞いていたんだが」

「い、いや魔術師は二人だけで俺は無能力者(レベル0)で、今回のは異能を無効化する右手が功を奏しただけというかなんというか」

「ほう。確かレベルというのは超能力の強さの度合いだったかな?しかし、異能を無効化、しかも右手一本で、か。いや、卑下することはないぞ。私から見れば十二分に超能力だよ、それは」

「それはどうも恐悦至極にございますというか戦々恐々と言いますか、そろそろお暇させていただきくださいやがってくださいましというか」

「順番を履き違えるなよ衛宮。今質問しているのはこっちだ」

 

 狼狽しまくっている当麻を見兼ねたのか見捨てたのか、土御門が二人の間に介入する。

 

「現状で三対一。それにこっちには聖人がついている。あまり挑発的な態度は取らない方が身のためだぜい?」

「えっ、俺も?」

 

 神裂は当然としても何故自分も勘定に入っているのかと問う当麻に無言の土御門。

 一つ位文句をつけてやりたい所だが、生憎今の土御門は仕事(ビジネス)モードの土御門である。

 当麻の知る土御門は例えるなら寮の隣人モード。にゃーにゃー言いながら女にモテたいと髪を金に染めてジャラジャラさせている義妹好きなシスコン軍曹。

 しかし、仕事モードに入った土御門は容赦がない、普段の土御門からは予想出来ない冷血漢の様に思える。当麻は今日初めて目撃する新たな顔に動揺し普段の態度では接することが出来ないでいた。

 当麻が立ち竦んでいる間に話は展開して行く。

 

「“聖人”…」

「なんだ?」

「いや何でもない。…先ほどの質問だが、何者と言われてもな。恐らくは君達と同じだろう。今この世界に起こっている事態に気付き、どうにか解決しようと奔走している内の一人だよ。偶然魔力の気配を感じ取って協力者を得られるかもしれないと思い、君達に接触を試みたのだが…ご覧の有様だよ」

「なら何故何も知らない様な振りをして近づいてきた?」

「無論そこの少年が一般人である事を考慮してだ。下手に一般人が関わって無事で済む事態ではないだろう?」

「そうか。…お前の言い分が正しいなら協力者として歓迎してやらんこともないが、本当にそれだけが理由なのか?」

「どういう意味だ?」

 

 衛宮の疑問にも土御門は答える。

 

「お前は昨日上条夫婦と知り合い、成り行きで共にこの海岸へ来たらしいな?つまり、その二人には出会ったら頃から一貫してお前を衛宮士郎だと認識出来ていたわけだ」

「…そうだろうな」

「今のオレやこの神裂はどうにか『御使堕し(エンゼルフォール)』を防いだ。だが、完璧じゃない。神裂はイギリスのウィンザー城の地下に張り巡らされた幾重もの結界で、オレは自前の結界を用意してだぞ?」

「…」

 

 そう、異変が起こったのは今日だ。昨日衛宮と出会っていて、今日も衛宮だと父さんや母さんが認識しているなんてことは普段なら当然だが、今の状況を考えればおかしなことだ。何故なら。

 

「コレでもオレは風水を扱う陰陽博士として最高位。結界作りにはそれなりのもんがある。それでも【中身】は持っていかれ、オレは一一一を、神裂はステイル=マグヌスっていう不良神父を演じることを余儀無くされている。それに引き換え、お前はどうだ?」

 

 問いかけられた衛宮以外の視線が彼に向けられる。

 土御門の言うことに間違いはない。現在の彼は完全に一一一であり、事実、最近の色恋沙汰(スキャンダル)に狂うファンから刃物をその甘いマスクに突き立てたいと思われるくらいにそのものなのである。

 しかし、衛宮はどうだろう?入れ替わっている人間の【中身】を見抜き、入れ替わっていない人間の【外見】を捉え、例外(上条当麻)魔術師(土御門、神裂)一般人(刀夜、詩菜)から【中身】と【外見】が同一(衛宮士郎)だと認識されている。疑うなという方が難しい。

 ―――当麻は自らの右手を握りしめる。

 その右手、正確に言うと右手首から先には科学でも魔術でも解明がなされていない未知の力が宿っている。

 その名は『幻想殺し(イマジンブレイカー)』。魔術、超能力を問わず異能であれば打ち消してしまうという右手だけとはいえ、出鱈目な能力を持っている。

 それこそが土御門から『例外』と称される所以であり、『御使堕し(エンゼルフォール)』の影響下から逃れることが出来た理由である。

 そんな能力なしにはプロの魔術師達ですら防ぎきれない筈のものを防いだとするのならば、こんな事態を引き起こした張本人である可能性は高い。もしそうでなくとも途轍もない、凄腕の異能者である筈だ。

 後者であるのならば、協力出来るかもしれないが信用に足る証拠はなく疑惑しか向けられないこのままの状態では無闇に仲間に引き入れるのは危険かもしれない。

 

「“エンゼルフォール”、か。私よりも現状を把握出来ている様だが、しかしその様子では交流も何もあったものではないな」

「ああ。少なくとも、こちらを納得させられるだけの証拠を示さない限りな。お前がこの魔術の発生に無関係だという証拠を」

「ふむ…」

 

 衛宮はこちらから目線を外し何事か考える素振りを見せる。

 警戒の色を表す魔術師から目線を外して自身の思考に専念出来るのは、あくまで敵対する意志が存在しないことを暗に示しているのか。それとも取るに足らないとあなどっているのか。

 その状態で数秒。

 

「はあ……」

 

 観念した、とでも言いたげなため息をついてからこちらに目線を戻す。その顔には先程の様な険しさはなく何故だか困っている様な表情を浮かべている。

 

「証拠はない。ない以上明確な証明をせずにこの場で何と釈明しよう君達は納得はしないだろう。ただ」

「ただ?」

「動機の方を明かそう。先程言ったのは嘘というわけではないが、上っ面に過ぎない。この異変を解決したいというのは別に善意からではない。実際、俺には影響がないから関係ないしな」

 

(…世界レベルの大事件を俺には関係ないって)

 

 この事態に気づいていないならまだしも、気づいた上でこう言ってのけるのなら人類の明日に興味がないか、相当な悪人さんなんじゃないか、と当麻は思う。

 

(考えなくったって分かるだろうに!同居人の少女が190センチの巨漢となって野太い猫なで声で走り寄ってくるこんな悪夢、終わらせたいと思わない筈がない…!)

 

 ついさっきあまりの気色悪さに首から下まで埋め立ててやった変わり果てた姿の少女を思い出し、改めてその身を震わせた。この震えは恐怖であると共に、力を持ちながらこの事態に対処しようとしない衛宮への義憤でもあった。

 

「何一人で息巻いてんだカミやん。…それで?その動機というのは?」

「どうして、()()()()()()()()()()()知りたくてな」

「……ドユコト?」

 

 怒りに震える当麻であったが、質問しているのが土御門である事も忘れてそんな言葉が口をついて出た。周りをちろっと見渡せば、土御門も、神裂も怪訝な表情で衛宮を見ていた。

 

「……えっと、記憶喪失か何か?自分探しの旅の途中?」

「記憶はあるが、少々混乱が見られる。鮮明に思い出すにはもうしばらくの時間がいる。それに自分を探さねばならんほど自分を見失った事はない」

「……?…………?」

 

 あっやばい。頭痛い。カミヤンヨクワカンナイ、と理解を放棄しポカンとした表情で首を傾げる当麻を尻目に今まで沈黙を守り牽制していた神裂が一歩前へ踏み出す。

 

「記憶の事はともかく『何故こんな所にいるのか』とはどういう事ですか?貴方は自分の意思で上条御夫妻に同行して此処に来たのでしょう?」

 

 剣呑な雰囲気で衛宮を威圧していた神裂も自身の抱く疑問を解く方を優先した様で右手を刀の柄から手を離し、鋭い視線だけを衛宮へ投げかける。

 

「無論君の言う通りだ。間違いなく、この砂浜へ来たのは俺の意思に相違ない。だが、俺の言う『こんな所』というのは世界、次元の話だ」

「なんだと?」

 

 先程の問答だけで付いて行けていなかった脳が問題すら抹消しようとするレベルに達しつつある。世界?次元?そんなこと言われたとて理解など…。

 

(……ん?)

 

 ふっと、ある考えが脳裏を過ぎった。

 

「衛宮、もしかしてお前…」

「どうした?」

 

 当麻は思い出した。土御門と神裂が衛宮の来る前に自分に話していた内容を。神や天使がいる天国なんてのは単純に高い雲の上にあるわけではなく、悪魔や魔王いる地獄なんてのも地中深くマントルの下にあるわけでもない。

 天国とか地獄が存在する人間が住むこの世界との高低差って言うのは次元のことなのだ。だから位置としては隣り合っていたとしても次元が違えば知覚することは出来ない。

 それをこの世界に引きずり落とす魔術こそが『御使堕し(エンゼルフォール)』。そこから導き出される結論は…。

 

「お前が、天使だったのか…!?」

「「「……」」」

「……あれ?結構的を射た答えだった様な気がするんだけれども…」

「カミやん…。此処はオレが話付けっから黙っててくれないかにゃー?正直邪魔だぜい」

「ひでぇ…。だってこの状況で世界とか次元とかいう話が出てきたらそう思うだろ!?素人なりに考えた結果なんだしそんなに言わなくてもいいだろ!!」

 

 仕事モードが抜けてしまう程に呆れた様な土御門にもう二言くらい文句を言ってやろうかと口を開きかけた時、視界の端で笑顔を消していた衛宮が少し笑っている事に気が付いた。

 

「あの、衛宮さん?なんで笑っておられるのですか?」

「いや何。化け物だの怪物だの悪魔だのと言われたことはあっても天使などとは言われたことはなくてね。つい笑ってしまった。すまん」

「いや良いんですけどね?」

 

(ついつい丁寧口調になってしまうのは怖いのと衛宮の立ち位置が未だによく分かんないからです、はい。というか人から怪物とか悪魔とかって呼ばれてる時点で絶対悪いことしてるよこの人)

 

「それはそれとして、衛宮。話は終わっていないんだが?」

 

 仕事モードに戻った土御門が衛宮へ向き直る。衛宮は少し柔らかくなった表情のまま答える。

 

「私の話だったな。俺はつい先日、自分を自覚したんだ」

「…どういう事だ?」

「言葉通りだ。俺は昨日突然俺を実感した。それ以前まではこの世の何処にも存在していなかったのにも関わらずな」

「…じゃあ何か?やはりカミやんの言う通り自分は天使だとでも言うのか?」

「そんな訳があるまい。私はそれほど高尚な存在じゃない。反対に天使と出会えばそのまま滅されることはあるかもしれんがな」

「…衛宮士郎。お前は一体、何者なんだ?」

 

 三度の問いに衛宮はようやく答えを寄越す。

 その顔にはこれまでにはなかった笑みを浮かべていた。ここにいる誰もが予想しえない答えを前にどんな反応をするのか楽しみにしているようなそんな意地悪な微笑を。

 

「至極端的に言わせてもらえば…俺はね、幽霊なんだ」

 




 どうもお久しぶりです。nakataMk-Ⅱです。
 元々持っていた旧題の方のバックアップもどっかいってしまったとか、次々にFateの新作が発表されて設定的に矛盾したらどうしようとか、それでも投稿したいと思いつつ書き進めていてもどうしても納得出来ない部分が出てきて結局進まないとか、やめようとしても続けたい思いは消えないとか、結局丸二年くらい経過しておりました。
 待っていて下さっていた方はすみませんでした。もう見向きもされないかもしれませんが、これからは色々割り切ってゆっくり投稿を再開していきたいと思います。
 とはいえ、以前と変わらず投稿後も大枠は残しつつも頻繁な加筆修正を行い。自分の思うより良い作品作りをしていきたいと考えておりますのでどうかご容赦下さい。
 次の投稿の予定も立ってはおりませませんが、旧題の作品の方とは少しばかりストーリー進行に変更があると思われます。少し展開が速くなるかも。じっくり丁寧にやりたい気持ちはあるのですが、拘り過ぎるとまたこの2年の繰り返しになってしまいそうなので。
 本などの活字や、禁書原作等からもしばらく離れていたので違和感が生まれている所もあると思います。誤字脱字や一人称、三人称視点の間違い等と共に指摘して下さるとありがたいです。
 こんな不甲斐ない作者、作品ですが偶に見かけたら、まだやってたんだーくらいの生暖かい目で見ていて頂けると幸いです。
 それではまた次回。


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 なんだか纏まらない。書きたい事を書いているはずなのに納得がいかないというのも不思議なもんです。
 構成としては旧⑨と旧⑩を合わせて、大幅な変更を加えました。具体的にはVS神裂を最小限にしました。戦闘描写は章の最後で出し切りたいと思います。


 …突然の俺死んでます宣言をくらった三人は驚愕、というより呆然といった表情する他になかった。

 

「ゆ、幽霊?はははっ、ご冗談を!最近妙な奴が周りに増えてきた上条さんでもそれは信じられません事よ?」

 

 初対面から生きていると認識出来る程見た目から雰囲気まで生きているのが明らかな男が死んでいるとは魔術は存在するんだとか、天使が天国から降りてきたんだとか言われた今でさえおいそれと信じることは出来ない。信憑性に欠ける、というのが衛宮を除くここにいる三人の意見であろう。 

 

「真実は真実だ。取り繕う所など一つもないが」

 

 しかし、衛宮は至って真面目である。

 再三の質問に対しただの冗談を返したというのならある意味で大物だ。しかしながらそれにもリスクは付き纏う。他人に知られると都合が悪くどうしても自分の正体を隠さねばならないとしても、土御門や神裂は『御使堕し(エンゼルフォール)』を収束させんが為に遥々イギリスから日本というより上条当麻の所へ飛んできたのだ。天使が地上に降りてきただけでも異常事態であるのにそれが作為的な事態であり犯人の正体も目的も不明なのである。そこに『御使堕し(エンゼルフォール)』の影響を一切受けていない明らかに怪しい奴がいて、あまつさえ正体を誤魔化し続けているのなら、疑わしきは罰せよではないが早々に実力行使に出てもおかしくはない。

 なんせ天使なんて良く分からないトンデモないものが脅威を振るおうというのだ。いかなる手段を以ってしても止めなければならない。

 だが、そこでこいつは口にしたのだ。

 

『俺はね、幽霊なんだ』、と。

 

 何を馬鹿な、と疑惑の視線を向けるがその顔からは嘘を言っているとは思えない。

 嘘をつき慣れているだけかもしれないが、あまりにも泰然としたその態度は真実を語っているようにしか思えなくて、しかし、荒唐無稽な言葉はあまりにも信じるに値しない。

 結果、誰もが困惑するしかないという今の状況が形作られている。

 

「おいおい、エミやん。ここまできてそれはないんじゃないかにゃー?言い訳にしては苦し紛れにすぎるぜよ」

「言い訳なものか。私はただ君の何者だという問いに簡潔に答えただけだが」

 

 どうもぼろを出しそうにない。

 仕事(ビジネス)モードを維持していた土御門も、すっかり幽霊発言に毒気を抜かれてしまったのか、普段のにゃーにゃー言うだけの土御門さんに戻ってしまっている。

 

「それに、別に死霊亡霊とて珍しいものではあるまい。どこの国であれ人が死後姿形を伴って現れるなんて事例は山ほどある。そう言えば、十字教ではかつて天より追放された堕天使や悪魔が主への信仰を妨げんが為に故人に扮し現れるとも言われているな。そういう意味では天使にこの地上にいられるのは俺にとっては非常に都合が悪いわけだが」

 

 余裕な態度で幽霊を語り始めやがった衛宮は、どう見ても幽霊には思えない。

 様々な現象が科学によって証明され、超能力が人工的に得られるこんな時代である。

 幽霊だってプラズマやら集団心理やらで納得出来る説明は幾つも上がっている。そんな中で目の前にとても死んでいるとは思えない奴が幽霊等とほざいていらっしゃがる。

 とてもじゃないが現代の常識の中で育ってきたちょーとばかし非現実(オカルト)に触れただけの一般人たる当麻の脳では考えても答えが出る訳がない。

 …というわけで幽霊(オカルト)に詳しそうな土御門さん(魔術師)に頼るとしよう。

 普段散々厄介事を運んでくるのだ。こんな時くらい存分に役に立って貰おうじゃないか、と問題を丸々放り投げるつもりで土御門へ向き直る。

 

「…魔術師の間じゃ死んだ人がホイホイと生き返え(レイズ)っちまうのが普通なのか土御門?」

 

 改めて土御門の方を見るとそんなわけないぜよ、と首を小さく横に振る。非常識を知る奴にとっても非常識(よそうがい)、専門家も初めての事例らしい。まあ、そのサングラスの奥に見え隠れするのは新しい対象に対する興味ではなく、容疑者に向ける疑心だろうが。

 

「はあ…。じゃあお前が言ってた昨日己を自覚したとか言ってたのは?」

「俺は俺が死んだ時の記憶を明確に覚えている。無論、その後ことは覚えていないとはいえ、目覚めた所が場所も時代も異なる場所にいたとすれば、それはもう一度死んで蘇ったとしか思えんだろう?」

「…確かににゃー。だが、仮死状態されていて適当に放り出されたかもしれんだろ?」

「肉体を失った上に上条家の一室を半壊させるほどの爆弾と一緒に放り出すとは思えないが」

「おいちょっと待て。お前人の実家に何してくれてんの?」

「それに関しては本当にすまない。が、少し弁明させてくれ。まずそこに呼び出されたのは俺の意思じゃない。それとその部屋はほぼ完璧に修繕したからそれでチャラにしてくれないか?」

「ま、まあそれなら…」

「ちょい待ち。カミやん黙れ。肉体を失ったてのは?」

「あのー…土御門さん?さっきからワタクシの扱い雑じゃね?」

「黙れ」

 

 名前すら無くなったんですが、それは…、とまた続けようとも思ったが、開きかけた口を閉じる。

 実家が半壊したという事実の方についつい意識を向けてしまったがよく考えれば、『肉体を失った』という発言の方が今この場では関心を向けるべきものだろう。

 何せ、相手は幽霊を自称する男だ。そして、当麻にしろ土御門にしろ神裂にしろ幽霊という言葉を信じきれないのは目の前の相手が幽霊を自称しておきながら目の前にこうして実体を持って生きている人間として存在しているからだろう。

 幽霊って言うのは、一般に半透明で足がなく夕方とか夜とかにいつの間にか後ろとか前とか横とかにいるもんだ、というのは当麻の偏見かもしれないが大きくずれている訳でもないだろう。

 でも目の前のこいつは明らかに触ったら普通の人間と変わらなさそうである。というかさっき握手してその手に生きている人間の温もりを感じた。それにちろっ視線を下ろせば、四人の足がしっかりと地面を踏みしめていて、真上の太陽に照らされ生まれた人影が四つ地面に張り付いている光景がある。どう考えても普通の人である。

 

(…一体どこが肉体を失った野郎なんだよ。まあ、在り来たりな怪談では肩や腕を捕まれて気づいた時には、そこには手形の痣が…、なんてのもあるから一概にも物体がないとは言えないのかもしれないけど。ああいうのは心霊現象とかポルターガイストとか言うのか。いやポルターガイストってのは自然発生の超能力者の無意識の能力発現が原因だったんだっけ?)

 

 当麻が腕を組み本格的に別の所に思考を割き始めても、特にこういう場面では考えるまでもなく戦力外でしかないのは暗黙の了解として話は普通に進んでいく。

 

「肉体を持たないという割には、どう考えても生きた肉体を持っているようですが?よもや誰か見知らぬ人に憑依している、なんて言うつもりですか?」

「それでは少なくとも入れ替わっている様に見えなくてはおかしいだろう?」

「では人を殺した上でその肉体を…」

「はぁ…。君はどれだけ私を悪者にしたいんだ。自前で霊体に沿った肉体を作ったに決まっているだろう?」

「決まっていません。いくら何でも無理が過ぎるでしょう?」

「だから私も困っているのだ。本来ならただの幽霊がそんなことが出来る筈がない」

「どういうことだにゃー?」

「要するに、私はただの幽霊ではない、という事だ。死んだ時までは人間だったのに目覚めたら何故か自分で肉体を生み出せるモノになっていたんだ。ある意味『エンゼルフォール』が発生したと気付いた時より驚いているぞ、俺は」

「んー?でもそうは見えないけどにゃー」

「土御門。あまり不用意に近づくのは危険です」

「…………ん?」

 

 ふと、土御門の方に視線を向けた当麻の目に飛び込んできたのは、衛宮の体をぺたぺたすりすりと触り続ける一人の金髪男がいた。

 

「土御門…お前」

「どうしたカミやん?脳足りんなお頭でなんか答えは出たかにゃー?」

「うっせ。学校の成績なんて俺と大差ないだろ。この変態ホモ野郎が!」

「はああああぁぁっ!?何言ってんだカミやん!?」

「シスコン軍曹であるだけでも免職処分なのに、その上ホモとかもうその場で銃殺もんだぞ!?」

「貴様、このオレをその名で呼んだなっ!?」

「いやいや、ホモォな土御門さんには、銃殺(意味深)の方が良かったですかな?」

「上等だゴラァ!貴様にはこのオレの拳でそのウニ叩き割ってくれるわ!!」

「ウニだとぉ?この雑誌にモッテモテ間違いなし、これで寮の管理人さん系お姉さんゲット間違いなしと紹介されていたこの由緒正しきこの髪をあの海産物と一緒だと!?」

「どう考えてもカミやんの欲望が先行しすぎて元のキャッチコピーすら予測出来ねえよ!やーいやーい寿司ネタランキング6位くら~い!」

「馬鹿にされてるのか良く分からない所がすげぇむかつくゼ!こりゃあ一発殴らんば気がすまねぇでい!」

「…オレを挟んでそんな会話しないでくれないか?っていうか何言ってるかよく分からないんだが…」

「衛宮には悪いが、もはや引くことなど出来ぬ!先手、必勝!」

 

 衛宮の横に立ち勇んでいる土御門へ向け右手で手刀を振り下ろす。

 

「甘いぜカミやん!実戦経験はオレの方が断然上だぜい!」

 

 と土御門が横に立つ衛宮の腕を掴み、手刀の軌道へ誘導する。

 そしてそのまま、衛宮の額へチョップが直撃する。

 

「あっ衛宮すま、」

 

 当麻が謝ろうと、土御門へと向けていた視線を衛宮へちゃん向けた瞬間。

 

 

 衛宮の姿がパキッという音と共に、―――掻き消えた。

 

 

「なっ!?」「っ!?」

「…え?」

 

 それはあまりにも唐突だった。

 当麻がしたことと言えば、右手で衛宮の額に手刀をくれてやった、ただそれだけである。

 その結果がこれだ。衛宮はその姿を鈍色の粒子に変え空中へと四散した。その場に残っているものと言えば、彼の身につけていた衣服とリュック、そして赤いマフラーだけ。

 当麻は、この目の前で起こった想像を絶した光景を見て絶句していたが、頭では理解した。この現象は記憶を失った上条ですら何度も体験した光景だったからだ。

 時には炎を、時には想像より生み出された数々の凶器を、時には雷を。当麻はその手で打ち消してきた。―――そう、その右手に宿る『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によって。

 

「は?ゑ?何が起こりありけりや?」

「頭の悪い似非古文どうも。だが、あっさり判明したな。あいつの言葉が真実だってな」

「体を自分で作った、という事ですか。しかし、そんなあっさりあれ程の擬似人体を生み出す事が、」

「―――やれやれ、その右手やはり尋常なものではないな。まさか、体を作っていた魔力(モノ)を全て消し飛ばされるとは思わなかったぞ」

 

 三人がハッとして振り返る。その声はたった今目の前で当麻の『幻想殺し(右手)』によって消された男の声だった。

 

「え、衛宮?いつの間にそこに?」

「たった今だ。また消されては敵わないからな。少し距離を置かせてもらった」

 

 当麻達三人の目の前にいる男は間違いなく、衛宮士郎その人に違いなかったが、その見た目は大きく変わっていた。

 先程までは肌や髪はともかく服装は一般的なものだった。

 しかし今は赤い外套に鉄製の鎧とベルトの多いズボン。掻き上げられた前髪のおかげでより鋭さを増した猛禽の双眼が露わとなっている。

 

「だが、これで信じてもらえたかな?私が亡霊だと」

「い、いやでも目の前に出てきたわけじゃないし…」

「では、」

 

 今度は衛宮が空中に溶ける様に、ゆっくりとその姿を解体()した。

 

「また!?」

「これでどうかな?」

「って、うおぉ!?」

 

 姿を消した衛宮が今度は当麻の数歩先に粒子が収束し半透明から完全な衛宮士郎の姿が現れる。

 今度こそその光景は鮮烈に当麻の目に焼き付けられた。

 

「なんなんだよ!なんなんですか!?いきなり出たり消えたりしやがって!幽霊なのかよ」

「先程からそう言っているだろう」

「…マ、マジなの?」

「先程君の右手(ちから)で破壊されたにも関わらずこうして存在しているのだし、霊体からの実体化は君達の見た通りだ。空間転移や魔術生物の類ではない、という事は信じてくれないか?」

「そういう事らしいけど…?」

 

 実際に目の前で正真正銘のひゅ〜どろどろを見せられた当麻は半ば彼が幽霊であると信じかけている。しかしながら、やはり幽霊などというものは錯覚であり気のせいであるという思いも完全に消えた訳ではない。だが、ここには魔術(オカルト)のプロが二人もいる。さっき起こった出来事は彼らも間違い無く目撃している筈だ。

 彼らの言葉が最後の一押しとなれば、衛宮を幽霊と認められる。そう考え、当麻は振り返ったのだが、

 

「くっ!」「、っ!」

 

 ゴン、と鈍器がぶつかり合う鈍い音に反射的に前へ向き直る。

 そこには、右手を持ち上げた状態の衛宮と、鞘に収まった刀をその右手に叩きつけた状態で停止している神裂の姿であった。

 

「やれやれ。気が早いな。いくら霊とてこうして物質化している内は痛覚も残っているのだが」

「一体何者なのですか貴方は!貴方から感じる力はたかが人間霊が扱える類の物ではありません!どちらかと言えばそれは天使の、」

「俺の知った事か。俺だってこの力がどういったものかも分からないんだ」

「なんでもかんでも知らぬ存ぜぬで押し通せるとお思いですか!」

「君はなぜそこまで結論を急ぐ!たわけ!」

 

 衛宮は上げていた右手で素早く鞘を掴むとそのまま腕を振り下ろす。言葉にすればただそれだけの事であったが、その始まりから終わりまでが余りにも早過ぎた。

 当麻が何故一連を動きを理解出来たのかと言えば気づけば目の前にそんな光景が生まれていたからに過ぎない。

 

「ツ!」

「フッ!」

 

 神裂の体勢を崩した後、間髪入れず衛宮は鞘を拘束する手とは逆の左手の掌を前方へ晒しつつ突き出し左半身ごと神裂へと突っ込ませる。

 衛宮の掌底が神裂へと迫る。しかし、神裂もやられっぱなしではない。鞘を掴まれつつも強引に柄に近い部分を衛宮と自身との間に割り込ませ直撃を防ぐ。

 それでも、その威力を殺し切るには足りず衛宮が鞘から手を離した事もあり神裂の体は数メートル後方へと弾き飛ばされる。追撃を仕掛けるなら今だろうが衛宮はその気がないのか再び体勢を元に戻すと腕を組みつつ、素早く立ち上がった神裂を見やる。

 

「少しは頭が冷えたかな、お嬢さん」

「…まだです」

 

 神裂はその手に携えた刀を腰の位置で構え、腰を落とし右手で刀の柄を掴む。

 その構えは武術とか武道とかは生まれてこの方関わったことが無く、少しだけ喧嘩慣れをしただけのど素人の当麻でも思い当たる。

 

「居合抜き?」

「おいおいねーちん!こんなとこで武器振り回すなよ。相手は協力したいって言ってんだからここは穏便にだにゃー、」

「大丈夫です土御門。ヒトガタとの戦いは幾度と無くこなしてきました。どこをどのように攻めれば口だけを聞ける状態で戦闘不能に出来るかは心得ています」

「うん、分かった。分かってないのがよーく分かった」

 

 土御門も恐怖を聞く程の鬼気迫る表情で口だけを利ける状態で、などと宣うおねーさんに対して当麻も大分引いていたのだが、その激情を向けられている当人は物怖じした素振りは見せない。

 

「…はぁ。戦いは出来得る限り避けるのが主義なんだが…。仕方あるまい。身に降りかかる火の粉は払わねばな。些細な火傷が後の憂いになっては堪らない」

 

 そう言うと衛宮は、組んでいた腕を解くと両腕を体側の自然な位置へ戻す。神裂の敵意を受けるばかりだった衛宮から初めて敵意が発された。

 正に一触即発。どちらからか動けば間違いなく戦闘が勃発する。その最中、当麻が何を考えていたのかと言えば…、

 

(どうしてこうなったのでせうか?)

 

 であった。

 確かに衛宮が『幻想殺し』で消えたり、違う姿で再び現れたりしたことは驚くべきことであったのは間違いないのだが、それに対して神裂がとった行動は、先手必勝一撃必殺。あまりにも直情的過ぎる。今まで出会った魔術師は基本もっと冷静に事に当たっていた様に思う。

 ちょっと前に衛宮が十字教とやらの幽霊の取り扱いに関して話していたが、アレだろうか?

 しかし、それにしては隣にいるもう一人の魔術師である所の土御門元春は余りにも落ち着いた態度でいるのはどういうことだ?その疑問を当麻は疑問を投げる。

 

「なあ、土御門。あのお姉さんなんでいきなり衛宮を斬る(Kill)しようとしてんだ?それにいきなり人ぶん殴るとか教育が足りていないのではなくって?ってか止めないの?」

「ああ、カミやんはそっからなのか。この砂浜で衛宮(アイツ)の異変に気付いてないのはオマエだけだと思うぜい?」

「そ、そうなの?」

「そそ、お前だけオンリーワンだにゃー。おかげで、心配せずともオレらが動かなくても良いみたいだぜい?」

「はい?」

 

 それってどういう意味だ?そう問い掛けようとしたその時、衛宮の時と同じ様に、突然後ろから、

 

「す、凄い迫力だね。離れててもビリッとくるこの緊張感。今までどんな映画とかドラマでも味わった事がないのに…。もしかして士郎君って俳優の卵とか?」

 

 しかし、それは既に聞いた事のある声で、

 

「あらあら、きっと違うわよ刀夜さん?士郎君はとある事件に巻き込まれてしまってそれを解決する為に此処まで来たのに、先に動いていた組織の人間から逆に犯人ではないのかと有らぬ疑いをかけられてしまっているのではないかしらー?」

 

 戦闘が始まるぞという緊張感を台無しにする非日常のかけらもない、

 

「そんなわけないよー詩菜さーん。そんなことよりこの子掘り起こすの手伝ってよお兄ちゃん!っていうかいつの間にこんな人一人埋められる穴掘ったの?穴掘りの名人さんなの?いつか私の心の壁掘り抜いて心を盗んでいっちゃう大泥棒さんなの!?」

 

 当麻がこのひと時だけ忘れていた悪夢が此処に顕現する。

 

「な、なんなの?今の『天使の力(テレズマ)』?いや『世界の力』?それとも『界力(レイ)』?違う、違う、違う。こんなの知らない。あり得ないよ…」

「な、なんかこの子変なうわ言入ってるよー!?夏の砂浜に頭だけ出して埋められて日射病とかになってるかもー!!」

「なんだってそれは本当かい?急いで出してあげないと!当麻も手伝いなさい!」

「い、いや待って!今それどころじゃないと言うか…」

「あらあらあらあら?自分で埋めておいて、気分が悪くなってるかもしれないのに、それどころじゃない?私は当麻さんをそんな子に育てた覚えはないのだけどー?」

「怖い怖いホワイ!?なして笑顔でそんな怖くなれるのマミー!?くそ、此処は戦略的救出劇!!今行くぞ青ピー!!」

「…あっ、とうま!!さっきよく分からない凄い魔力を感じたよ!近くに魔術師がいるかも!当麻は逃げて!…えっと、その前に掘り起こしてくれると助かるかも!」

「魔力?魔術師?はは、なんだこの子も俳優の卵なのかい?当麻も言ってくれれば良いのに」

「ちげえよ!魔力も魔術師も俳優もあっち!」

「んー?あっちにはなんか女っぽい背高のっぽの外国人さんと色黒赤マントさんしかいないよ?」

「いや、確か一一一が…、っていねぇ!逃げやがったなこんの忙しい時に!!あの変態バイシスコン大元帥が…!!」

「いいからとうまー!早くー!後、青ピって誰!?」

「ああああああ!!もうイヤ!!」

「当麻?どうしたいきなり海に走り出して…」

「あらあら。そんなに海が楽しみだったのかしらー?でも、またこの子を放ったらかしにして…。少しお仕置きしておいた方がいいのかしらー?」

「か、母さん?ビーチチェアを持ち上げてどうしたんだい?当麻は病み上がりだし、あんまり無茶は…」

「えい♪」

「とうま!?」

「お兄ちゃんが音もなく、沈んだ…」

 

 日常の象徴たる人々の活躍により、一触即発の雰囲気は瓦解した。一度触れれば破裂しそうな風船とて結び目を解けば空気が抜けるだけである。そうそうやれる事ではないが、やってしまう人もいるということか。

 こうなってしまえば居た堪れないのは真剣に向き合っていた二人だ。

 近くには一般人がいるし、協力者は四散したし、何よりそんな雰囲気ではなくなった。

 

「…とりあえず、その赤い布を拾ってくれないか?それさえあれば魔力が外に漏れ出す事はない」

「…どうぞ」

「ああ、ありがとう。とりあえず彼らの所へ行くか。一人意識不明者も出てしまっているしな」

「…お一人でどうぞ。顔の合わせにくい子もいるので。ですが監視はさせて頂きます。妙な真似をすれば…分かっていますね」

「精々期待に応えるとしよう。話また後ほど。元春にも伝えておいてくれ」

「…ええ」

 

 ーーこの世界における赤き英霊の初戦闘?は、こんな締まらない感じで幕を閉じた。

 




 どうもnakataMk-Ⅱです。
 久し振りに投稿して細々とやっていこうと思って更新したのですが、思っていた以上の反響があり、とても驚きました。ありがとうございました。
 ここからは、普通の雑記になります。唐突ですがギャグとかコメディといったものは個人的最難関だと思ふ。かっこいい(と思う)描写とか、考えてた設定を披露する文章はどう言われたって構わねえよ!って感じで書けるんですけど。相手を笑わせるようと考えてみたものは現実にそんな技量が皆無だからか、全く自信が持てない。ギャグやコメディ部分は練習がてらおまけやたまにやってみるくらいになると思います。いつか笑わせようって部分もウケようがスベろうが『ついて来れるか?』って回りを引かせるくらい自信満々に書ける時が来るんですかね。
 次回はいつになりますかね。しばらくはこちらの誤字脱字違和感矛盾なんかの修正をメインにして、次回にはぼちぼち手をつけていきます。どうかご容赦を。
 後最新話更新に際して、作品全体の誤字脱字を修正しました。後、0:の④、⑤にちょっとだけ文章を加えました。短いものですしストーリー上別に見る必要はありません。次回か次々回辺りに出てくる内容をちょっと齧った程度のものです。
 それではまた。


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 しばらく置いてみて、書き直してみて、またしばらく置いて、書き直してみてを繰り返していたので良くなっている筈なのですが、当初どんなのを書きたかったのかもあやふやになってしまいましてとりあえず完成ということにして投稿です。


 神裂と一悶着あった後、俺は砂浜に建てられた大きなパラソルの下で、敷かれたシートに座り目の前に広がる水平線を眺めていた。

 すぐ側では割と早くに蘇生した当麻を含めた上条一族で色々と盛り上がっている。自然と見るものがなければそういう目立つ所へ視線を向けるのが自然なのかも知れないが、実際には自然と目が逸れていってしまう光景なのだ。

 

 ――なんか物凄く際どい水着を着た随分と年下の女の子(に見える詩菜さん)。

 ――その子を追いかける刀夜さん。

 ――そんな刀夜さんを怒りの表情を浮かべながら追いかける当麻。

 ――その当麻の後を追いかける茶髪の少女(おそらく、車内で話していた乙姫ちゃんなのだろうが、当麻が凄い暴言を吐いていたので外見は当麻の別の知り合いかもしれない)。

 

 滑稽な喜劇、というにはあまりに悲劇的なその一団を俺は進んで見ていたいとは思えない。

 

「それにしても『御使堕し(エンゼルフォール)』、か…。厄介な魔術だ」

 

 現実逃避ではないが、去り際の神裂から伝えられた話を思い出す。

 ――『御使堕し(エンゼルフォール)』。

 能力・特徴共に今まで確認された事がなく便宜上その名で呼称される正体不明の魔術。

 そして、その特徴こそが世界中の人間の外見と中身をランダムに入れ替えるというモノ。

 ただしそれは副作用でしかなく、その本質は十字教における主の使いである天使を人の位に無理やり引きずり堕とすというその名の由来ともなったものだ。

 …あまりに馬鹿げている。元の世界であれば魔術師には不可能な魔術だし、出来たとしても術者は歓喜する間も無く『抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)』によって蹂躙されるだろう。

 世界構造や魔術基盤、魔術理論の土台からして作りが違うのだとしても、魔術によって天使をこの世界に堕としてくるなど前代未聞の事であるようだし、『御使堕し(エンゼルフォール)』という魔術が如何にデタラメであるか理解出来る。

 しかも天使がこの世界に現れただけでこの様である。未だ完成した魔術ではないとは言っても本格的にその力がこの世界に介入し始めたのなら、どんな災害が発生するのか想像もつかない。

 そんな魔術(モノ)がこの世界を侵している。元々柄ではないがそんな危機を目の前にして彼らと同じ様に楽しく過ごす、というのはどうにも私には出来そうにもない。

 とはいえ、やることがないのならばこの場を離れもう少し情報収集でもしていればいいだろう、となるかもしれないがそうしてもいられない理由がある。

 

 一つはこの世界の異変は上条当麻の近辺を発信源としているという事。

 それを探り当てられたから彼女達は日本へ迷わず向かって来られたのだと言う。

 しかし当の本人はあんな感じでそんな魔術師には見えない。前提条件としてレベル0の能力者であっても魔術を扱うのは相当な負荷を伴うと言うがそんな素振りも見せない当麻は犯人ではない。ということは天使を手中に収めた魔術師の目的も不明な今、『幻想殺し』という上条当麻が狙われる可能性もあるという。逆に言えば彼の近くにいれば、黒幕とも接触出来る可能性があるということでもある。

 ただ俺がもう一つ注目した点は上条当麻の近辺が震源であるという所だ。“近辺"がどれ程の範囲なのかは不明だが、地球規模で言えば上条家も近辺だろう。

 俺が呼び出されたのはその上条当麻の両親が住む家だった。これは偶然だろうか?…おそらくだが、そうではない。そうそう関係もない大魔術が偶然に何度も起こるとは思えない。『英霊(俺の)召喚』と『御使堕し(エンゼルフォール)』には何らかの関連がある筈だ。ただ、その関連を今の所見出せないでいる。

 俺自身天使を感じることが出来たのは異界に敏感である特性故であり、その他に天使との繋がりを感じられないからだ。

 こちらの問題に関しては、これで打ち止め。

 だが、もう一つ。神裂から気になる言葉を聞いた。

 

『…忠告しておきますが、その魔力殺しを極力外さない様に。貴方の持つ魔力は、『天使の力(テレズマ)』によく似ていますから』

 

 俺が感じ取れた気配の乏しい謎の魔力は、どうやら天使の持つ魔力、『天使の力(テレズマ)』と良く似ているらしい。

 ただ、再度調べてみても俺の持つ魔力(仮)の流れは地脈からくるものしかない。天使とは関係ないものだ。

 神裂は多くを語らなかったが、推測は立つ。

 間違いなく地脈を流れる力や『天使の力(テレズマ)』はこの世界特有のものだ。だから法則が異なる世界からきた俺には上手く感知出来ない。ならば何故自分に流れる魔力(仮)が感知出来るのかと言えば、おそらく、『魔術回路(マジック・サーキット)』のおかげだろう。

 『魔術回路』は私が生前存在していた世界では魔術師の誰もが備えていた魔術の素質とも言える擬似神経である。魔術師がただの人間とは異なる明確な証であり、特有の内臓とも言えるだろう。

 この『魔術回路』には魔術基盤への接続(アクセス)、つまり魔術行使ともう一つ重要な役割が魔力精製だ。

 精製法は二つ。人間の生命力(オド)から小魔力を生み出す方法と、星の生命力(マナ)から大魔力を生み出す方法だ。

 本来なら小魔力と大魔力の大小とは単純に量を表すもので質に大した差はなかった。ただこの世界では質も全く違うものという事なのだろう。

 何故俺が感知出来たのかといえば『魔術回路』がその力を私に扱えるレベルまで変換し、魔力(仮)にしたからなのだろう。それが理由なのはおそらく間違いない。しかし、そもそも常識を違える世界で認識の外にあった力を魔力に変換出来た理由は分からない。

 『魔術回路』にその機能が生まれ付き備わっていたのか、或いは…。

 

「体が環境に順応したから、か」

 

 英霊の生命力とは魔力そのものだ。一応『世界』から魔力は調達出来ている。とはいえ、あくまでそれは最低限度の活動に支障をきたさない程度である。その現状に危機を覚えた『魔術回路』が環境に合わせて機能を拡張し、独自の魔力精製を行ったと考えれば辻褄が合わない事もない。

 しかし、そんな事があり得るのか?英霊となったからには輪廻の輪から除かれ、現世とは時空を異にする英霊の座に永久に固定される。不変の、人類の守護者として。

 ただ、今回はとんでもないイレギュラーが発生した。原則として現世に出向くのは分身だけ。当然、本体の写し身なのだから変化など起きよう筈もない。だが、今回は本体そのものが現界している。

 起こり得ない筈の抑止の輪(システム)からの逸脱がこの肉体に一体どんな影響(バグ)をもたらすか。

 存在を維持していく事が出来ずその内消えるのか、低級霊に堕ちるのか、英霊の座へ連れ戻されるのか、何の変化も現れないのか。いずれの可能性もあり得るが、今の所目に見えた変化はなくいずれか結果に辿り着くとしても、今すぐという事にはならないだろう。

 せめて、消えるにしろ何にしろこの事態が収束した後にしてもらいたいものだが。

 

「…しかし、本当に考え事しかしてないな」

 

 皆楽しそう?に遊んでいるというのに俺だけ場違いなのは当初から考えていた事だ。

 よく分からない場所に放り出されて、よく分からない事態に巻き込まれれば誰だって考え事が多くなるものだが、俺がこの場に居られるのは上条ご夫婦の厚意のおかげだ。コレでは連れてきてくれたあの夫婦に申し訳が立たない。

 まあ、とりあえずの結論としては、いずれ上条家へ戻り調べ直す必要がある様だ。という所か。私がこの世界特有の魔力の気配を捉えきれていない以上、あの魔術師達にも協力して貰わなければならない筈だ。あの土御門元春と呼ばれていた金髪の少年は話を聞いてくれそうな雰囲気はあったし、神裂と呼ばれていた彼女も警戒こそ解いてはいない様だが、害意はない様だ。立ち去る直前にも、

 

『すみません。私も少し冷静ではありませんでした』

 

 と一言の謝罪の言葉を残していった。根っからの悪人ではないのだろう。武器は向けられはしたが、彼女には殺気はなかったし、俺の不用意に魔力を発した俺を警戒し、他の二人を庇う意味で前に出ただけだろう。

 それでもいきなり殴りかかる如何なものかとも思うが、彼女が冷静でない理由も何となく分かりはする。彼らとの会話の中であの魔術師の二人は半端に魔術の影響を受けたことで、魔術の影響下にある人々には入れ替わっている様に見えるらしい。会話の中で元春は一一一という男優を、そして、神裂はステイル=マグヌスという()()に見えているのだという。

 神父。その名で呼ばれる女性は恐らく存在しない。つまり彼女は誰からも男性として見られているという事だろう。

 本来の彼女は非常に魅力的なプロポーションの持ち主であり、奇抜とはいえ、露出の多いその格好と整った顔の造形もあり男女問わず多くの視線を集める事だろう。

 しかし、それが男性であれば?自身が女性であるという認識による他の女性への無頓着さや、男女の区別をなされた公共施設の使用等を一朝一夕の内に習慣化出来たとも思えない。

 そこから導き出せる結論は…。彼女の為にも、早急に事態を収束させたいものだ。

 

「そこら辺を散歩でもしてくるか」

 

 一応の結論が出たという事で、気晴らしにそこら辺を歩いてみようと思い立った。今すぐ上条家へ向かうべきかもしれないが、信用もない状態であまり行動を起こすのは得策ではない。一人で何とかなるならともかくそうでないなら尚更だ。しかし、いい加減心地が悪くなってきた所ではあるしここでじっとしているよりはと、思案していたその時、

 

「うぅぅぅうぅううぅううぅ…」

「!?」

 

 いきなり俺の隣でうめき声が聞こえた。

 どうやら考え事に意識を割きすぎていたらしく新たにパラソルの下に現れた存在に気付いていなかった。少し気を抜きすぎたと思いつつ振り向くとそこには俺が初めて見た時には首まで埋まりながら遊んでいた?青い髪の青年が体操座りをしていた。

 …首から下まで見える様になると、彼が本来は女の子である事が見て取れる。

 流石に男が女の子用のの水着をこんな公の場で披露する筈ないもんなー。

 

「とうまが…、とうまが相手をしてくれないよぅ…」

 

 妙に高い男の声だったが、哀愁を誘うには十分な声色だった。

 …一応声はかけてみよう。彼女とて好きでこんな姿になっている訳ではないのだから。

 

「あの、大丈夫、か…?」

「……ん?」

 

 その子がコチラに向き直る。パッと見ただけでも190センチはあろうかという巨体が引き伸ばされた様には見えないピンク色のセパレートに包まれており、腰付近にある短いスカートの様なフリルが余計なアクセントを加えている。

 本来は小さい娘用の水着だったのだろうが、入れ変わった人間のサイズに自然と変わるのか、オーダーメイドでしかあり得ない程の大きさに仕上がっている様だ。

 無駄に抜け目ない魔術である。ピッチピチの食い込んだ彼女は流石に見てられなかっただろうから、そこだけはグッジョブである。

 

「…そう言うあなたはだあれ?」

「そういえば…自己紹介もしてなかったな」

 

 彼女と乙姫ちゃんと呼ばれていた茶髪の子にはまだ挨拶もしていない。

 皆が『わだつみ』に戻ってきた時には自己紹介するとしよう。

 

「俺は衛宮士郎って言うんだ。刀夜さんに聞いてないか?」

「そういえば、とうまのお父さんがそんな事言ってたね」

 

 思い出す素振りも見せずその時の事は正確に覚えているとばかりに即答する。

 言い方は悪いが、その間の抜けた見た目とは違い記憶力が高いのかもしれない。

 

「あ、自己紹介して貰ったんだから私も自己紹介するね」

「そうして貰えると助かる」

「私の名前はインデックスって言うんだよ」

「へぇ…え?」

 

 目次(インデックス)索引(インデックス)目録(インデックス)

 なんだそれは。人の名前じゃないだろ。

 もしかして普段から呼ばれなれているあだ名を言っちゃったのか?と思いつつ尋ねる。

 

「えー…と?それはあだ名か?記憶力が良いから、とか」

「ううん、違うよ。『インデックス』は本当の名前。でも、記憶力が良いからっていうのは当たらずとも遠からずだね」

 

 それからとうまと似た様な反応するんだ、と言った後、コチラに伝わり易い様に言葉を選ぶようにゆっくりと疑問に答えてくれる。

 

「えーとね。私はイギリス清教第零聖堂区、『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の『禁書目録(インデックス)』。正式名称は『Index-Librorum-Prohibitorum』で、魔法名はdedicatus545だよ」

 

 …訂正する。全然分かり易くなかった。

 まあ、言っていることの所々は理解出来た。

 イギリス清教というのはイギリス独特の十字教会の事だろう。イギリス国教会、正確性を求めるならイングランド国教会と言った方が俺には馴染み深い。

 第零聖堂区、ネセサリウスというのは分からないが恐らく教会の一部署だろう。

 そして少女が名前だ語った『Index-Librorum-Prohibitorum』とはラテン語で、日本語に直せばそのままが名乗った通りの『禁書目録(インデックス)』となる。

 禁書目録というのは旧教会(カトリック)が意向に反する思想本をまとめた一覧表だった筈だ。本名ではあるまい。

 そして彼女が“魔法名”を名乗った事。

 dedicatusとは献身的な、捧げるといった意味を持つ単語だが、後に続く数字の意味は分からない。コードネームか何かだろうか。

 と言う事はこの子も魔術師という事か?

 しかし元春達との会話の中では登場しなかったし、当麻とも親しそうな所を見るとどうやら彼らとは別口の様だ。正体を見極める為に彼女の話に合わせる。

 

「…なんか、難しい名前をしてるんだな。それに魔法名って…魔法少女ごっこでもしてるのか?」

「むぅ…馬鹿にしないでくれるかな。コレは『献身的な子羊は強者の知恵を守る』って言うちゃんとした意味を持ってるんだから」

「そ、そうか。済まん」

「とうまと違って素直に謝ってくれたから許してあげる」

「それは助かる」

「ところで、あなたのバックに入ってる物って何?なんか『天使の力(テレズマ)』を感じるんだけど」

「へっ?」

 

 なんだか釈然としないが、この子がそう言うのであればインデックスと呼ぶとしよう。

 インデックスは俺の傍に置いていたリュックを断りもなしに手に取ると中から『赤原礼装』を引っ張り出す。

 

「むむ?何かの聖遺物?」

「ええっと、それは『聖骸布』って言う…んだってさ」

「トリノの聖骸布じゃないから他の聖人の聖遺物なのかも。どうしてこんな霊装をあなたが持ってるの?」

「そうだな…」

 

 絶対に聞いてやると言う意志をヒシヒシと感じる。サラッと『礼装』という専門用語が出てきた以上彼女も魔術の関係者なのだろう。とはいえ彼女からは何の悪意も感じとれず、ただただ好奇心のみが伝わってくるのみである。

 ここは事実を話しておくか。話す必要性がない所は除外して。

 

「俺さ、ここに来るまで色んな場所を回ってたんだ。その時に行き合ったとあるシスターさんの手伝いをしたんだよ」

「何を手伝ったの?」

「…“掃除”、かな」

「ふぅん。そのお礼にコレを貰ったの?」

「いや、掃除を手伝った後に俺が夕食をその人の分まで作ったんだ。確かカレーライスだったかな。そしたら偉く好評でさ、コレ程のモノを頂いたのに何もお返ししないのは失礼だって言って、唯一手元にあったっていうコレを貰ったんだ」

「…お手伝いのお礼じゃないんだね」

「まあ、な。あのくらいの“掃除”なら彼女だけでも何の問題もなかったし。俺のお節介だった気もする。それで、その聖骸布って凄い物なのか?」

 

 ここは徹頭徹尾惚けてみる事にした。

 この子は隠匿とか考えていなさそうだから色々聞けそうだ。

 

「うん、凄いよ。こんなに正確な聖骸布を作れたそのシスターは凄い人だったんだね」

「特にどの辺が凄いんだ?」

「うーん。能力自体は外界からの守りだからあんまり珍しくはないかな。それに明らかに後付けだけど魔力を増幅させる細工もしてあるよ。これを着てるだけで魔力の燃費も効果も凄く良くなると思う」

 

 …初見でこの『赤原礼装』の能力を正確に言い当てた。

 人は見た目だけでは判断出来ないな。

 俺の少し驚いた顔を見てインデックスは説明する事が楽しくなってきたのか、一度座り直してから嬉しそうにまた喋り始める。

 

「でも、この聖骸布の凄い所はそこじゃなくて、オリジナルの再現率なんだよ」

「オリジナルの?」

「うん。もう完璧って言って良いくらい。それに元々は一枚の布だったのに服の形に直されて更に別の機能を埋め込まれても完成度を損なってないもん」

 

 それは一応オリジナルではあるわけだし、当然か。

 服の形にされた理由はよく分からないが魔術教会の一つであるアトラス院で礼装に作り直したかららしい。それ故か魔力増幅機関まで取り付けられたのだそうだ。かのシスターにはアトラス院に知り合いがそこにいる様で、共に武器以外の改造してみるのも案外楽しかったと言っていた。

 

「だから十分な『天使の力(テレズマ)』を宿せて霊装を更に高めてるって事なんだよ」

「テレズマ?」

「あっ、まずはそこから説明しないとね」

 

 少し惚けて見せるとそれからインデックスは頼みもしていないのに『天使の力(テレズマ)』の説明を始めた。

 先ほどは神裂からその名前しか聞いていなかった。

 俺の知識では確かギリシャ語で護符を意味し、確か天使に関わる言葉だったというくらいの認識しか持ち得ていなかった。

 だが、こちらの世界に於いては非常に重要なものであるらしかった。

 

 『天使の力(テレズマ)』は『天使』を構成している力らしい。

 それを、役割や姿を似せるとオリジナルと似た様な性質を持つ様になるという魔術理論『偶像の理論』によって集めて、十字架等に宿させるとオリジナルの力がほんの少しだけ再現出来るということだった。

 非常に似通ったモノに『世界の力』というのもあり、地脈、霊脈によって世界を行き渡っているらしい。

 

「因みに神殿とか教会とかはその『世界の力』を『界力(レイ)』って言う力に変換することも出来るんだよ」

「そうなのか。…にしても、良く知ってるなそんな事」

「ふふーん。だって私一〇万三〇〇〇冊の魔道書を保管してる魔道図書館だもん。当然なんだよ」

「えっ?」

 

 …禁書目録ってそういう意味なのか?にしても一〇万三〇〇〇冊とは…?

 それに関して俺が聞こうとしたがインデックスの関心はもっと別の所へ向いていた。

 

「むぅー。これかもって思ったけど『天使の力』は集まっててあの力は感じられない」

「あの力?そういえばさっき埋まってた時にもテレズマとかレイとか言ってたな。何かあったのか?」

 

 そう聞くと先ほどまで嬉々としていた表情をうむむ、と思案顔に様変わりさせつつ語ってくれた。

 

「うん。さっきまで海の方に顔向けさせられて当麻に埋められてたせいでどこから出てたのかは分からないんだけどね。後ろから『天使の力(テレズマ)』っぽいんだけどなんか違う魔力を感じたんだよ」

「何やってるんだ当麻…」

 

 まあ、それは置いておいて。インデックスが感じたという魔力は間違いなく俺の魔力(仮)だろう。

 

「それで、『天使の力(テレズマ)』とはちょっと違うっていうのは?」

「『天使の力(テレズマ)』にはね元々属性があるの。うんと、神の四方を加護する大天使って知ってる?」

「確か神の如き者(ミカエル)神の力(ガブリエル)神の火(ウリエル)神の薬(ラファエル)だったか?どこに対応してるのかまでは分からないけど」

「うん正解!それでね、各天使はそれぞれ属性を持ってるんだよ。神の如き者(ミカエル)が火、神の力(ガブリエル)が水、神の火(ウリエル)が地、神の薬(ラファエル)が風って感じでね。『天使の力(テレズマ)』にはこの四大属性があって、これ以外には成りえない筈なんだけど」

「さっき感じた力は違ったと?」

「うん…。だったら『世界の力』の筈なんだけど、『世界の力』はそれだけじゃ役に立たないんだよ。ホントはさっきも言った『界力(レイ)』に変換したり、魔術を発動に使ったりして初めて意味があるんだけどね。あの力はそれだけで明らかに強い力を持ってた。でもどの属性も持ってない、って言うか、うーんなんて言うのかな。在り方が“ズレ”てる感じがしたんだ。多分だけど元々は『世界の力』だったと思うからどちらかと言うと『界力(レイ)』に近いと思う」

「へぇ…」

 

 貴重な意見を聞くことが出来た。『天使の力(テレズマ)』とも『世界の力』とも“ズレ”ていたからこそ神裂も明確な判断を下すことが出来なかったということか。在り方が“ズレ”というのは『英霊』や『魔術回路』という異常識に触れ変質してしまったが故か。

 属性がないというわけではないらしいから、俺の属性である“剣”に染まってしまっているということか。元々使っていた魔力には属性というモノはなかった。もしかしたら、ただの魔力よりも俺の魔術と相性がいいのかもしれない。これは検証しなければ。

 しかし、ここまで判明したのにいつまでも(仮)では言いにくい。『界力(レイ)』に近いと言うのだから『剣の回力(ソード・レイ)』というのはどうだろう?

 と、少しの間黙って考え事をしていると目の前のインデックスが俺の顔をじー、と見ているのに気がつく。

 

「えっと、なんだ?」

「…もしかしてなんだけど、あなたって魔術師?」

「ッ…どうしてそう思ったんだ?」

 

 突然の的を射た質問に驚くが、ごく自然に対処する。

 

「魔術の話はとうまと最初に会った時にもした事があるんだけど、全然信じて貰えなかったから日本の男の子は皆そうなのかなって思ってたから」

「…個人的に興味があったから調べてみただけさ」

「ふーん。そうなんだ」

 

 まあ、分からないでもない。

 科学の最先端を行く学園都市の学生に魔術だの天使だのという話をした所で、アニメとかゲームの話だと思われるか、宗教学や考古学的な学問としてしか捉えらえられないのかもしれない。更にそれをシスターが語るのだから宗教の勧誘だと思われてもおかしくない。

 

「ふぅ、とうまは全然聞いてくれないから少しムカムカしたけど、ちゃんと聞いてくれる人と話していると楽しいね」

「そう思ってくれたんだったら良かった。もし良ければでいいんだけどもっと色々教えてくれないか?」

「うん、分かった!色々教えてあげるね。今度は魔道書の話を…あっ!!!?」

 

 説明を始めたかと思うといきなり立ち上がった。

 

「どうし、」

「とうま達がすごく面白そうな事してる!私もそれがしたいっ!ごめんねしろう、また後で!」

 

 俺の言葉を遮りながら砂浜へと走っていく。…身長一八〇センチメートル超の男が女の子走りをするというのはまた、なんというか、その、斬新だな。

 そんな考えを隅に追いやり、インデックスの駆けていった方の砂浜を見ると、

 

「…アレが遊びか?」

 

 俺にはどう考えても、さっきまで並びながら走っていた人達の一番前の人が転倒して折り重なった人造の塔にしか見えない。

 …おお!刀夜さんが下にいる詩菜さんを庇って腕立て伏せの状態でずっと固まっている。流石、妻への愛は誰にも負けないな。

 って、ちょっと待て。インデックスはアレを遊びだと言っていた。って事はつまり…?

 

「うおっ!?ちょ、ちょっと待てインデックス!?あなた様は一体何をする気でござりまするかっ!?」

「いい加減堪忍袋の緒が切れたんだよ!とうま!こんな楽しそうに皆と遊んで!良いもん!私も勝手に参加するもん!」

「や、ちょ、イ、インデックスさん?まさかビリビリの上に飛び乗るつもりではないですよねっ!?待て、早まるな!俺の下にいるロリコンがお前…じゃなく、母さんを衰えた肉体で懸命に守ってんだ!お前のその惜しみもなく巨大化した体で乗っかられると四〇〇パーセントを超える確立でお前と親父が熱烈なキス(シンクロ)しながら押しつぶされるぞ!?」

「言ってる事の意味が分からないんだよ!!それに私そんなに重くないもん!今から上に乗って証明してあげる!」

「い、いや、だから待てってぇ!!ええい!こうなりゃ最終手段、青ピの全身を惜しげもなく使ったボディープレスを喰らうくらいなら、一人だけでも助かろうと逃げ出すダーク上条さんになってやらぁあ!!ってなわけで、どきやがれ猫被りビリビリ少女!!」

「わー、お兄ちゃんの背中あったかーい♪」

「何トリハダボイスを上げながら喜んでいやがる!?早くしねーとお前ごと潰されかんぞ!?」

「とーうーまー!!!」

「マ、マジで来んの!?インデックス様!後で何でも奢ってやるから、頼むからやめ…」

 

 ―――ズガンッ!

 

「「「「くぁwせdrftgyふじこlp!?!??!?」」」」

 

 予想通りの大惨事。

 コレは助けに行かなければならないだろう。

 海の中で倒れてしまっている故、下にいる上条夫婦が溺れてしまう可能性もある。

 

「士郎さーん、助けてくれないかしらー?」

「み、身動きが出来ない!?し、士郎くん手伝ってくれー!」

「ヤ、ヤベェ…せ、背中がブレイク…ガクッ」

「きゃー!?お兄ちゃんが白目剥いてるよー!?」

「と、とうまっ!?大丈夫!?」

 

 まあ、この世界に来て初めての人助けが、遊んでて積み重なってしまった人達の救助とはなんとも平和ではないか。

 とりあえず、再び意識が飛んでいってしまった当麻を最優先に助けるとしよう。




 どうもご無沙汰です。nakataMk-Ⅱです。
 後書きを投稿した後から書くという暴挙。ひたすら放って書いて消しを繰り返してたらいつの間にやら7月も最終日。一月に一回も投稿出来ないのはどうなんだと思い、ついつい焦って後書きも忘れて投稿してました。すみません。
 とりあえず突然出てきた『剣の回力』というのは単に(仮)呼びを自分で始めておいてめんどくさくなってきたからです。考えは簡単。界力の(かい)を魔術回路の(かい)に読み替えて、属性を表す剣を引っ付けただけ。
 パッと見かっこ悪い気がしましたけど回にはめぐるという意味がありそのままめぐる力だし、英語の名詞でもあるray(レイ)には一筋の光明, 光線, 輝きなんて意味もあるらしいし、『剣光』『剣輝』なんて意味も付加出来たと思えば、多少はね?
 見苦しい言い訳でしたねすみません。ネーミングセンスが欲しい…。
 今後は前回と同じく誤字脱字等の訂正を主に更新していきます。
 ついでに久々にステータスも更新しときます。今後もよろしくお願いします。それではまた。







〔Main Weapons〕
〔魔術回路〕
〔質〕:C+++ 〔量〕:B+ 〔編成〕:???
 マジックサーキット。
 個人の生命力(小源(オド))、星・自然の生命力(大源(マナ))から魔力を精製する為に、また魔術式が刻まれた魔術基盤にアクセスし魔術を発動させる為に必要不可欠な擬似神経。
 魔術を扱う者にとっては回路を備えている事自体が資質であり、多くあればあるほど優秀な魔術師とされる。家柄の古い魔術師程本数が多い傾向がある。
 魔術回路は抗魔力を備えており、内部に干渉にしようとする魔力を弾くことが出来る。一般的な魔術師は魔力を弾くに留まるが、内包する魔力量次第では完成した魔術すら弾く。
 彼の魔術回路は二十七本で、一般人から生まれた人間にしては多く、一般的な魔術師比べても遜色ないという程度。彼の扱う特殊な魔術を扱う一点に特化している特異回路(ここでの“特化”とは個人に刻まれた魔術基盤に接続することに長けているという意味)。元々質の良い回路であったが長年の鍛錬により研磨され、英霊化により更に強化されている。
 反面、特化している故に自然干渉(世界の魔術基盤へのコンタクト)、その中でも特に攻撃系がからっきしで、標準的な魔術の扱いには不向き。『強化』『構造把握』及びその派生を除けば、初歩の初歩である『魔力感知』と『魔術抵抗』以外の魔術は実用レベルに持っていくのは困難。扱えるまでになったとしても平凡の域を出ない。


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 月に一回は、なんて言ってた分際でこのザマです…。すみません。
 改訂する前の話は一万八〇〇〇文字もあったものだから、一万は切ろうとしてたんですが、書き進める内に結局筆が進んでしまって二〇〇〇文字オーバーしてましたよ。後どうも同じ言葉を短いスパンで入れてしまう癖がありましてね。自分で読んでてもなんだかなーって思う所結構あったり、禁書の登場人物を上手く動かせられなかったりで、結構な時間を費やしてしまいました。すみません。
 口調、特に禁書側の登場人物の方はもうちょっとこうじゃないの?とか指摘していただければ幸いです。


 夏の夜の訪れは遅いが八時を過ぎれば辺りは漆黒に染まる。

 昼間は奇怪な人間遊園地と化していた砂浜も、今は月の光を浴びて見ているだけでも心が穏やかになる様な風景になっていた。

 現在上条一族ご一行は夕食を頂く為に、海の家一階にある部屋のテーブルを囲っていた。

 その中に俺と、意外なことに神裂も座していた。勿論、お近づきになろうと言うわけではなく、俺の監視と当麻の護衛を兼ねての同席である。

 正直、見回しただけでツッコミ所は幾つもあるのだが、そこは慣れ。幾度ツッコもうとも決して修正される事のない完全無自覚ノンストップダイレクトボケの前には、いかなるツッコミも不毛である事を既に承知しているのである。

 

「ねぇねぇ衛宮さん。どうしてそんなカッコしてるの?」

 

 と、俺に問いかけてきたのは海の家に帰ってきてすぐにお互いに自己紹介をした子、竜神(たつがみ)乙姫(おとひめ)さんである。詩菜さんの話では当麻の従妹だという。ただし、当麻曰く、今彼女の容姿は当麻によく突っかかってくるという学園都市でも七人しかいないという超能力者(レベル5)御坂(みさか)美琴(みこと)という少女の外見(モノ)になっており、本当の姿は茶髪の美少女ではないらしい。

 と、彼女の事はさておき質問に答えなければ。

 

「そんなカッコって?」

「正直に言っちゃうとー、日焼けで真っ黒な上に白髪とかあんまり似合ってないよ?」

「…ッ」

 

 ズバリ言うな、この子。いや、だがその言葉は決して間違ってはいない。寧ろ花丸をあげても良いくらいの正論だ。

 続けて俺の思っていた事を代弁しているかの様に話し続ける。

 

「なんと言うか衛宮さんは今のままでもまあまあイケてるんだけど、身長はあんまり高くないし顔も子供っぽいからそういう悪っぽい感じはちょっと似合わないよ」

「……」

 

 元々英霊とは全盛期の姿で現界する。俺も普段は二〇代の姿でいる。今回は何故だか童顔と低身長に悩まされ本来なら赤みがかった髪と少し焼けた肌を持っていた少年時代の姿で召喚されてしまった。しかも二〇を過ぎてから変質してしまった白髪(かみ)黒肌(はだ)を伴って。

 そもそも日本人離れした特徴だ。それが日本人然とした少年がしているたのなら浮いてしまっても仕方ないだろう。

 とはいえ、理由もなくこんな事にはならない。なんか適当に誤魔化せないだろうか。

 

「ほ、ほら、なんというかさ、ギャップ萌え…はなんかヤダな…、ギャップ燃えみたいな?」

「何で言い直したのかはよく分からないけど…。とにかく!奇を(てら)いすぎても女の子は振り向いてくれないの!」

「…む。別にそんなのは、」

「でもねでもね。顔は童顔気味だけど整ってるし、身体も程よくムッキムキでスラッっとしててバランス良いし、後は服とか髪によっては道行く女の子達の視線を独り占めするのも夢じゃないよ!」

 

 今でもある意味視線を集める事は出来るが、彼女が言っているのはそういう事じゃないだろうな…。

 …しかし、この後に及んでオシャレについて誰かからアドバイスを受ける日が来ようとは。

 しかし、この肌の色も白い髪も元はと言えば俺の使う魔術の反動なのだから似合うか否かの問題ではない。第一、俺はそこまで容姿を磨く事に力を入れようとは今も昔も思ったことはない。

 オシャレと言えば昔渡英した時、魔術の師に少しは身なりにも気を付けなさいと言われちょっと気にしたくらいだったか。

 …いや、そういえば執拗にメガネを推してくる少女がいたな。中東のキャンプで子供達に色々教えていた頃だった。元来童顔である上にメガネを掛けるとより幼い印象を受けてしまいあまり好まなかったのだが、変装のつもりでかけていたのを見た彼女が熱心に迫ってきたから俺が折れてそこにいる間はずっとメガネをかけていたっけな。日本から遠く離れたこの地にもこの手のフェチズムが萌芽しているものなのかと驚嘆してた気がする。

 それとあの少女、別の場所で見た事もある気が…。

 …それは置いておいて。まあ必要に迫られたのなら、ある程度試行錯誤してみようというくらい気概はあるのだが、ハッキリ言って自分を飾りつける事にあまり関心がない。

 

「竜神さん。そういうオシャレ関連の話題にはついていけないというか、あんまり興味がないんだ」

「えっ?そうなの?」

「ああ。本当にスマン」

「じゃあなんでそんなカンジになっちゃったの?」

「む……」

 

 まさかここで、

 

『いやー、俺の魔術って結構特殊でさー、なんか無理を押して使い続けてたら体質が変化しちゃってさー、黒くなるわ白くなるわでホント参ったよー、HAHAHA☆』

 

 などと言えるわけもない。

 どう答えたものかと思案していると、困っている俺を見兼ねてか、刀夜さんが助太刀してくれた。

 

「乙姫ちゃんそこまでにしておきなさい。衛宮君にも色々あるんだよ」

「刀夜さん、色々ってなぁに?」

「そ、それは…い、色々だよ…。ほ、ほら乙姫ちゃん。当麻が乙姫ちゃんとお話出来なくなくてつまらなさそうにしているよ」

「えっ!もぅ、おにーちゃんったらー。なんだかんだ言って私にメロメロじゃーん!このツンデレさんめっ☆」

「お、おい!怖気の走るテンションで抱きついてくるんじゃねぇ!くそ、おのれぇ腐れ親父めぇっ!答えに詰まったからと言って息子を生贄に捧げるとは見下げ果てた根性だな!」

「あらあらあら。当麻さん?自分のお父さんにそんな口利くものじゃないわよ?」

「そうだぞ当麻。今夜の父さんの枕は悲しみの涙でグチャグチャだぞぉー!?」

「ウザい!予想以上必要以上にウザッたい!!」

 

 …中々どうして、賑やかな食卓じゃないか。肝心の食事はなく、店員最初に注文受けてからその後姿を現さない状態ではあるが。

 

「…あ!そういえば、コチラの方に自己紹介しておくのを忘れていたな。失敬、私は当麻の父です、初めまして。しかし、当麻の知り合いに外国人がいるとは国際化が進んでるんだなぁ」

 

 俺から見たら日本人にしか見えない神裂に向けて刀夜がシミジミと話しかける。

 神裂が外国人の神父に見えるというのは知っていたが、彼女の独り言からしてどうやら一度だけ姿を見せた長身赤髪の外国人の容姿をしているらしい。

 あの体躯で神裂の服装や仕草をしているとなると…。『妙に女っぽいシナを作る巨漢の英国人』とか『日本語は上手だけどなぜか女言葉の巨漢英国人』とか、そういう意見が大半な気がする。

 イメージだけでもダメージはあるが、女児用水着の男(インデックス)を直に見た俺に隙はなかった。

 

「そうだ、お近づきの印にエジプトのお守りをあげよう。はいスカラベ。砂漠とかでも迷わないって言ってだぞ。よし、衛宮君にも何かあげよう。せっかく仲良くなれたんだし。じゃあ…ウサギの足はどうかな?イギリスで買ってきたんだけど、幸運のお守りらしいぞ」

 

 刀夜さんがカサカサに乾燥したスカラベと、留め金と鎖の付いたウサギの足を取り出すと当麻がギョッとして叫んだ。

 

「ってそれフンコロガシとモノホンの切断された動物の足じゃねーか!食卓にナニを持ち出してるんだバカ親父!!」

 

 む。確かに当麻の言い分も正論ではあるが、刀夜さんも悪気があってソレをこの場に持ち出したわけではないだろう。

 ここは一つ言っておかないと。 

 

「いや」「いえ」

 

 神裂と発言が被る。

 

「ーーー」

「……」

 

 ほんの一瞬の沈黙の後、

 

「…エジプトではスカラベは輪廻の象徴(スパイラルイメージ)として描かれます。ホルスの目、アンクと並んでエジプト土産としては好まれるかと」

 

 何事も無かったかの様にスカラべについて語る。

 私が彼女との距離を測りかねている様に、彼女も俺にどう対応していいのか分からないのだろう。

 なし崩し的に今の状況に陥ってはいるが、結局協力するのかさえ決まっていないのだから。

 

「…ウサギの足も生き残る力の象徴、生存の象徴だしイギリスのお土産としては最適だと思う」

 

 …まあ、『生存の象徴』を“死んでいる”俺に与える事で皮肉っているとも場合によっては取れるが、刀夜さんはそんな事しないだろうし、そもそも気付いてはいないだろうが。

 しかし、近頃の一般の土産屋に売っている様なものは大半は作り物だろうに、これは紛れも無い本物のウサギの足だ。

 スカラベにしろこれにしろ、ただのお土産マニアというわけでもない気がする。家に膨大にあった品々も気軽に買えないであろう値段のものも一つ二つではなかった。話題にする様なものではないが、何が彼をそこまで掻き立てるんだろうか。

 

「???そ、そうだぞ当麻。父さんには詳しい事はちっともさっぱり分からんが、それでも己の先入観のみで異なる文化圏を否定する等人としてやってはいけない事だ」

「なっ俺だけ!?食卓に生物の死骸を持ち込むのダメって思ってるの俺だけなのか!?」

「いや、おにーちゃんは間違ってないよ。あんなのケータイのストラップにしてる人いたら怖いわよマナーモードでカサカサ動くのよあれ」

「まともな応答(コメント)ありがとうと言いたい所だけど、お前が媚声出すと果てしなくムカツク」

「なにおう!?」

 

 上条家の愉快な掛け合いを聞いていると今世界がありえない事態に陥ってるって事忘れそうだな…。

 俺としてはさっさと問題を解消したい所だが、こんな時間も続いて欲しいと思う。

 

 続いて…、欲しかったなあ。

 

「あらあら。それにしても日本語が達者なのね。おばさん感心しちゃうわ」

 

 赤髪の巨漢外国人(に見える店主)が店の奥から最初の料理を持ってきて再び店の奥に消えた後、詩菜さんが神裂に話しかけた事が始まりだった。

 

「え?あ、いや、はい。お気遣いなく」

「あらあら、物腰も丁寧で。()()()()()()()()()()()()()、おばさん最初はもっと違うイメージを抱いていたのだけれど」

 

 ぴく、とその身を僅かに震わしたのを俺は見逃さなかった。

 そうだ。入れ替わった人達から見れば男にしか見えないが、その心はしっかり女性なのだろう。

 普段から物騒な世界に身をおいている神裂ならば、どうしても体に筋肉がついてしまう事や元より備えたその長身は女性らしくないと気にしているのかもしれない。

 そこにこの悪意の欠片もない無垢なる口撃を受け続ければ、怒りを解き放つわけにもいかず、その内に蓄積させる。

 その先は…、

 

「けど、その言葉遣いってちょっとニュアンスずれてるわよ。だってそれじゃ女言葉っぽいもの。()()()()()()()()()()()()()()、少しずつでも男言葉に直していかないと。仕草も()()()()()()()()()()()?」

「こらこら、やめないか二人とも。言葉なんてのは正しくニュアンスが伝わればそれでいいんだ。おそらく彼は日本人の女性に言葉を教わったからこうなっただけだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 相も変わらず当麻(おにーちゃん)以外には辛口な乙姫さんと、いつもの独自の解釈をする天然な刀夜さんが追撃をかける。

 …見える、見えるぞ!数多の修羅場の果てに得た俺の『心眼(しんがん)』は彼女の未来を、この先どうなるのかを鮮明に映し出す!

 

「(当麻!!)」

 

 俺とほぼ同時に事態に気付いた当麻にアイコンタクトを送る。

 

「(えっ!?俺!?)」

「(スマンが、俺はまだ彼女に信頼して貰っていない。ここは俺よりも面識のあるお前が行くべきだ)」

「(え、でも俺、このオネーサンの事そんなに知ってるわけじゃ…)」

「(いいからいけ!間に合わなくなるぞ!)」

「(く、くぅー…!ええい、ままよ!)」

 

 当麻は渾身の身振り手振り(ボディランゲージ)を送る。

 

「(神裂さーん!神裂さーん!違うって、周りの皆にはお前の事が『ステイル=マグヌス』に見えてるだけだから!だから決してお前の身体(からだ)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言ってるわけではーーーーッ!!)」

 

 あ、とどめ刺した。

 

「(ほう。なるほど、それがあなたの意見ですか。そう)」

 

 ガシ、と当麻の襟首が掴まれた。

 

「(な、ちょ……どこへ!?シメられますか?あれ、そっちは風呂場なんだけど……まさかっ!米国の刑務所にはかつて冷水シャワーを延々と浴びせて体温を奪う拷問を奪う拷問があったと伝え聞くがこれいかにーっ!?助けてーエミえもーん!!)」

「(はい、触らぬ聖人に祟りなしー。これさえすれば他人の不幸に巻き込まれずに済むんだ!)」

「(ちょ、おま、ひどっ!)」

 

 本当に済まない。だが、コレ以上嫌われるわけにもいかないのだ。

 当麻は友に裏切られた様な顔をしながらさながら、ナニかが入った袋の様に引きずられて行った。

 残りの上条一族は頭上に?を浮かべながら首を捻っている。

 それにしても、

 

「(風呂場、美人、思春期の男子、か…)」

 

 ーーーおおっと。また俺の『記録』の継承をしたおかげで生前の数倍の経験を得て更に強化された俺の『心眼』が更に新たな未来を映し出した。

 

「…まあ、いいか」

 

 その事態に俺が関わらなければ、俺への不信感が今以上に募ることは無いだろう。もしその事態に居合わせでもしたら更に現状を悪化させかねない。本当ならどうにかして止めたい所ではあるが、世界が助けを待っているのだ。ここは大人しくドナドナってくれ。

 それに、当麻だって得するし、神裂だって叩く殴る蹴る締める縛るくらいはするだろうけど行動不能にまではしないだろう。

 第一、ソレが本当に起こるかどうかなど本当に決まっているわけではない。これは俺の『心眼』が“自身の経験”から算出した未来の一つでしかない。…そんな経験を多く体験してきた俺も正直どうかと思うが、ともかく彼と俺は違う。とっても幸が薄いオーラを放っていたが…大丈夫だろう。大丈夫だ。…大丈夫、だよな?

 

 

 午後十時を回った頃、海の家『わだつみ』の二階のベランダにイギリス清教、必要悪の教会(ネセサリウス)に所属している魔術師達が会合を開いていた。

 主題は『御使堕し(エンゼルフォール)』の中心いるとされるあの少年についてである。

 見た目が男になってしまっている神裂がお風呂を浴びれる様に上条に見張りをしておく様に頼んでいたのだが、色々あって神裂が服を着ている時に脱衣所へ突撃をかけてしまい、神裂の刀、七天七刀による『新感覚日本刀つっこみアクション』(鞘による怒りに任せた単なる強打)で体と一緒に意識が吹っ飛んでしまったという事件があった。

 土御門もその一部始終を見ていたので事情を知っている。

 事情を顔を赤くしている神裂から聞かされると上条についてあまり知らない衛宮はともかくとして、普段から彼を知っている土御門からすると何が起こったのかは簡単に予測がついた。

「(また不幸(アレ)かー…)」と。

 しかし、そこで土御門は考えた。

 普通の高校生では中々拝む事の出来ない、しかも神裂ほどの裸体を拝めれば不幸(ソレ)の代償さえも賄えてしまうのではないかと。

 自分も義妹の着替えの現場に…ゲフンゲフン、なんて考えてしまうくらいには彼の不幸も羨ましかった。

 しかし、そんな雰囲気も衛宮士郎の名前が出た辺りから会話も真剣味を帯び始める。

 

「彼に関して何か掴めましたか?彼と別れた後、単独で彼と話をしていたのでしょう?」

 

 土御門は神裂の言葉の中に小さなトゲを見つける。どうやら単独で重要参考人に接触していた事を言外に咎めているらしい。やれやれ、と土御門は内心苦笑する。彼女のソレは美徳ではあるのだろうが、土御門の様に秘密裏に汚い仕事をこなすには不向きだ。が、今回は彼女とバディで良かったと思っている。

 彼女の様な強者がいてくれるのであれば、すっかり頭脳派に落ち着いてしまった自分も思う存分頭だけ働かさせられるというものである。

 とはいえ、彼女に頼り切るつもりも彼にはない。

 彼女もリスクを負うなら、自分もそれに見合う働きをしなければならない。

 

「とりま、冷静に聞いてくれよ。あんま変な事はしてねぇから」

 

 

 浴場にて、神(裂)の裁きを受けたラッキースケベリスト上条が目を覚ました後、土御門はすっかり喧騒を昼間においてきてしまった海岸沿いにいた。

 聞こえるものと言えば浜辺に打ち寄せる波がたてる心地良い音、ほど近い道路を走る車の音くらい。見上げれば、瞬く星々が見渡せる。どうやら今夜は月が出ていないらしい。此処に佇み遥か遠くの水平線を眺めている分には今この世界が大変な目にあっている事など忘れてしまいそうになるほどの穏やかな夏夜の一時である。

 

「それで?私に何の用だ。と言っても思い当たる節など数えられる程しかないがね」

 

 ついでにコイツもいなければ、である。

 土御門もわざわざ無人の浜辺に涼みにきた訳ではない。

 此処らでいいだろうと波打ち際も程近い所に立ち止まると、数歩遅れて隣に並ぶように動きを止める男が一人。

 土御門に比べて一〇センチ以上身長が低く、顔も幼く。高校生である土御門と同じ、いやそれ以上に若くともおかしくない出で立ちだ。

 しかし、服の上からでも分かる頑強且つしなやかな筋肉質の体、黒く焼けた肌に相まって浮いて見える色素の抜け落ちた白髪、見たものを貫く様な猛禽が如き瞳は、彼がただの少年であるという事実を否定する。

 衛宮士郎。土御門と神裂が『御使堕し(エンゼルフォール)』の中心にいる上条当麻に接触して間も無く現れた疑惑の化身とも言える男だ。その上、上条当麻の『幻想殺し(イマジンブレイカー)』によってその姿を消し、その後異様な魔力を伴って現れるという、もうコイツ黒幕でイイんじゃね?と思ったくらいに怪しさが満ち満ちいるのである。

 しかし、彼が切り出してきた言葉は『協力したい』ただそれだけだ。

 こんな状況の中、猫だろうが孫だろうが栄光(グローリー)だろうが手であるのなら幾らでも借りたい所だが、神裂の言う通り、信用ならんというのが現時点の見解だ。

 故に、見極めなければならない。彼が少なくとも現状況下において信用に足る人物か否か。

 協力出来るのであれば願ったり叶ったりだが、もし、そうでなければ…。

 

「まあまあそう焦りなさんなよエミやん。…夜は始まったばかりだぜい?」

「はぁ…。つまりアレか?当麻の言う通りお変態バイシスコン大元帥閣下なのか?…失礼ながら閣下、不肖ワタクシその様な性癖は持ち合わせてはおりませぬ。代わりと言ってはなんですが毬栗(イガグリ)が如き猛々しき若者を御紹介致します。あの若人ならばさぞお気に召されることでしょう」

「待てやゴルァ!そこまで昇進した覚えはねぇし、降格した覚えもねぇよ!!てか微妙に手慣れた感じの敬語が腹立つわ!」

「これでも以前は執事をしていた身の上、その手の礼儀作法は一通り叩き込まれてるからな」

「だったら礼儀と作法をまともに使ってみろ!大体執事ってなあ…。いやそんなことはどうでもいいだよ。バイでも変態でもないけどにゃー」

「おや、こちらから親しみ易さを醸しているというのにツレないな」

「そんな親しみなんざいらねーよ」

 

 どうにも調子が狂う。その言葉を信じる訳ではなかったが、衛宮からは一切の敵意や害意といったものは感じられない。

 それなりの期間裏の世界を渡り歩いてきた土御門は嘘偽りはある程度見抜けるが、目の前の男の態度に裏がある様には思えないのだ。

 相手だって戦闘だけを売りにした脳筋には見えないし、裏表を使い分けられる筈である。それが感じられないということは衛宮は素のままで此方に応対していることになる。それは信用してもらいたいという言葉通りの態度には違いない。

 無論、相手の方が経験が豊富であるから誤魔化す術に長けているだけかもしれないし、相手の言葉を鵜呑みにすれば相手は死して尚この世に留まり続ける怨霊であり人の常識など通用しないのかもしれない。

 とはいえ、相手が黒幕であったとしても何故態々敵対する魔術師の前に現れたのか。何故協力を持ちかけるのか。何故一般人と親しくするのか。

 遊びなどと言われればそれまでだが、腑に落ちない。

 

「協力しようって言うんだ。素性や目的くらい明かす気はあるんだろう?流石に今の現状で信じてくれ、なんて都合が良すぎるってもんじゃねぇかい?」

「確かにな。しかしながら、明かせることはそう多くはない」

「何?」

「どうにも死の直前の記憶は鮮明なのだが、それ以前の記憶があやふやでね。どうも記憶が混乱が見られる。まあ幽霊なんぞになったんだ。肉体に色々置いてきてしまったのかもしれないな」

 

 そう言う少し、彼は遠い目をした。その先にあるのは彼の生きてていた頃の情景か。それとも未練か。

 しかし、この男の言葉を鵜呑みにするべきなのか土御門は思案する。口から出まかせである可能性もゼロではない。

 そうなると記憶を引き出す事になるが、土御門は魔術師でありながら超能力開発(カリキュラム)を受けてしまったが故に、魔術をまともに扱えなくなってしまい、その上、その超能力もヘボいもので役に立たない。

 となると神裂だが、彼女は凄まじい威力の魔術を放つ事は出来るが、細々(こまごま)とした術式は苦手なのだ。記憶などというデリケートな問題に関わらせたくはない。

 仮に成功するとしても秘密にしている事が暴かれようする時、衛宮は大人しくしているだろうか?

 こうなると、歯痒いが衛宮の言葉を真実として話を進めるしかない。

 

「生前の話は一先ず、いい。言いたくない事もあるかもだが、魔術師なんて連中、人に言いたくねぇ事持ってねぇ奴はいないからにゃー」

「すまないな。話せる事があれば良いのだが、今話せる事など少なくとも俺は既に死んでいて幽霊であること。目覚めたのは上条家である事。そして、君達の魔力の様なモノを持っていて魔術みたいな事が出来るって事くらいなんだ」

「あんな劇薬を垂れ流しておいて、オレ達の様なもないだろうがよ。オレの魔力がただの水だったら、お前のは溶けた鉄だぜい?そもそも原料(もと)がチゲェし、熱量(エネルギー)も桁違い。魔術(つるぎ)にしても氷と鉄とじゃ強度(つよさ)がまるで違う。何なんだありゃあ?」

「私はさながら溶鉱炉という事か。…私もこんな事になるとは思っていなかったよ。目的があるとすればそれかな。俺が持ってしまった力の正体とその理由。引いては何故俺はこの世界で蘇ってしまったのか」

「なるほどにゃー。因みに未練は?」

「なかった。少なくとも、現世に繋ぎ止められるほどのモノはな。俺はそれなりに満足して死んだんだ。最期だって、誰も恨んじゃいなかった」

「ふーん」

 

 そう語る衛宮の横顔には確かに暗い感情は秘められていない様だった。

 

「けどよー。お前さんの口振りからすると目的ってのも明確に定められちゃいないみてーだけど?」

「いや何。生まれたてとはいえ赤子でもなし、言うなればセカンドライフという奴だ。打ち込む事がなければ後は老け込むだけだからな。多少の生き甲斐や目的を持ってやっていくべきだと、私は思うがね」

「定年迎えたおっさんか!」

「…まあ実際の所、目覚めてすぐ発生した『御使堕し(エンゼルフォール)』が何か関連しているのでは、と考えて情報を収集しているにすぎないんだが」

「いきなり真剣になんなよ扱いづらいぜい」

「私としても生まれた意味を知る為に、なんぞ不毛な事はしたくはないんだがな。それが悪意であれ善意であれ作意的なものであれば、知りたくなるのも道理だろ?」

「まあな」

「そういう訳だ。俺としてはやはり上条家が怪しいと思う。どうにも君達の言う『世界の力』や『天使の力(テレズマ)』といった人間の持つもの以外の魔力は知覚出来なくてな。どうしてもそれらの魔力を捉えられる魔術師(にんげん)が必要だったんだ」

「だからオレ達に接触してきたのか」

「ああ。いや助かったよ。都合良く現れてくれて探す手間が省けた」

「都合良く、にゃー」

 

 今の所、衛宮の言葉の中に嘘らしい嘘は見当たらなかった。相当嘘をつき慣れていないのであれば本当の事だけを語っているのだろう。ただ、語っていない事があるだけで。

 一筋縄でいく相手ではない。というのは初見から分かっていた話だが、相当食えない奴だというのが、土御門の感想であった。

 そもそもそんな奴が上条当麻が入れ替わっていないのにも気付かず近づいてきたって時点で胡散臭いのだから。

 もう少し見極めたい所ではあるが、いつまでも留守にしていると神裂がなんらかの行動を起こしそうで少し心配である。一度戻っておくべきだろう。

 そう結論付けた土御門は、話をシメに掛かる。

 

「まあ、色々はぐらかされたまんまってのは気になるが…。取り敢えず敵対する気はないんだよな?」

「無論だ。と言っても信用ならないとは思うが、出来れば君達必要悪の教会(ネセサリウス)の面々とも友好的な関係を築いていきたいと願っているよ」

「そいつは結構。しかし、少し見ない間に色々知識を付けたみたいだにゃーエミやん。神裂のねーちんが教えてくれたのかにゃー?」

「いやもう一人の方だ。いるだろ?当麻には青ピと呼ばれていたが、自分ではインデックスと名乗っていた少女?だよ」

「ああ禁書目録にも会ってたのか。手が早いにゃー」

「人聞きの悪い言い方はよしてくれ。魔法名という物も名乗っていたし、君達が彼女について言及はせずしかし黙認している様な感じだったのでな。てっきり彼女も君達の仲間か協力者だと思ったのだが」

「まあ必要悪の教会(なかま)には違いないぜい。あの子は

 

 

 そこまで話したところで、突如として胸倉を捕まれ引き寄せられる。下手人は勿論神裂火織だ。

 

「…話したのですか?あの子の事を?」

「ま、待て待てねーちん。こっちから隠し事はよそうって言ってんのに、あんま隠し事は出来ないだろうって!」

「それは、そうですが」

「それにオレらが黙っていてもあの話好きだ、聞かれりゃ余程の事でもない限り自分で喋っちまうぜい?それよりは今の内どんな立ち位置にいるかを説明して付き合い方を示しといた方がいいだろ?そうだろ?」

「そう、ですね。貴方の言い分は分かりました」

 

 そう言うと胸倉から手を離した。

 

「ふぅ。大切にするのは構わんけど、あんま過保護なのはどうかと思うぜい。子離れ出来ないカーチャンでもあるまいし」

「…どういう意味ですか?」

「待てってい!別に歳食ってるように見えるとかそんなニュアンス含んでねぇからよ!」

「別にそんな事は言っていませんが」

「もう藪はつつかねぇ。話を戻すぞ」

 

 話を強引に戻しにかかる。どうにも神裂は沸点が下がって思えてならない。

 

「アイツとは協力関係になるぜい。で奴からの情報提供にあった上条家へその内向かう事にする」

「罠である可能性は?」

「勿論あるが上条当麻が中心の近くにいるっていう条件は満たしているし。衛宮士郎の話だと世界中から集められたお守りやら護符やらで溢れかえってるらしい」

「お守りと護符ですか?」

「ああ、どうも上条刀夜が世界各地から集めてきたらしいぜい。もし、そん中に特級の霊装が紛れていたとしたら…、どうだ?」

「ですが霊装の一つや二つ紛れていたとしてもこんな事態になるわけがありません」

「それも実際見てみねぇことには分からん。空振りだったにしろ、衛宮の情報くらいは手に入るんじゃね?」

「そうですか…。貴方がそう言うのであれば異存はありません。もし罠であっても策はあるのでしょう?」

「まあにゃー。とはいえ、『聖人』と『幻想殺し(イマジンブレイカー)』がいりゃあ大抵のことはどうにかなっちまう思うがにゃー」

「…やはり彼も巻き込んでしまいますか」

「近くに置いといた方が安全だと思うぜい?」

「今その彼はどこに?」

「下で衛宮士郎と二人っきりでお話中だにゃー」

 

 目に見えて神裂がピクッと体を揺らした。そしてその目は険しい。何故そんな状況を許しているのかとその視線は語っている。

 

「まあまあねーちん大丈夫だってー。協力関係を結んだ直後に契約ブッチギル様な真似しねぇって」

 

 その言葉を聞いても神裂の表情はあまり変わらない。むしろその表情には疑念の色が混じっていた。

 

「…ここ暫く思っていたのですが、土御門。貴方はあの男に対して妙に楽観的、いえ協力的ではありませんか?もしかして既に相手の術中に?」

「肩に手を置くのやめい。どんなに揺さぶったってオレはオレのまんまだから」

「では何故?」

「…そうだにゃー」

 

 そこは実は土御門自身も不思議に思っていた所だ。

 最初から怪しさ満点だった故に疑ってはいたものの、暫く奴の行動や言動を観察している内に自然とコイツは黒幕ではないと漠然とではなく、根拠もないのに確信していたのだ。

 それが今の今まで不思議であったのだが、ここで神裂と会話をしていてふと思い当たったのだ。

 

「なんでかって言われると、ふわふわした解答しか出せないんだが」

「その解答とは?」

「誰かさんと同じ匂いがしたから、かもにゃー」

「匂い?」

 

 そこで土御門は口を閉じ、目の前に広がる海に視線を移した。

 神裂は続きを聞きたそうにしていたが、土御門の様子を怪訝に思いながら土御門と同じ場所を見る。

 …実際の所、意味深な行動に見えて面倒事を避けたに過ぎないのだが。

 神裂の前でそれを喋るとまた神裂の機嫌を損ねそうだと思った言葉はこう続く。

 

 

 ――――誰かさんとおんなじ、優しくて不器用な、お人好しの匂いだ。




 どうもnakata(ryです。
 遅れた訳は↑の通りです。すみません。
 文章力もなく飛び抜けた面白さもないのに更新速度も遅いとか色々駄目な所が目立ちますね。精進します。
 さて、また昨日までに前話の所まで加筆修正してきました。今回一番変わったのは魔術特性の所ですね。
 知ってましたか?Fateで特性というと特性のことなんですが、魔術特性と言うと属性のことだったりすることを。まあこの作品では魔術特性は特性のことにしたままでいきますがね。後、元々の設定はともかくわかりやすくと思って個人と家系の特性を分けてたんですがやっぱ同じってことにしました。よく考えればそっちの方が分かりやすいですよね。
 もう一つ、若干GOとかEX、CCCとかネタ出していきたいと思い少し入れてきました。EXは全くの別人って訳ではなく召喚元は英霊の座とほぼ同じ次元上にあるみたいなんで若干覚えがあるような?みたいな感じでいきたいです。メタは正直スベりそうで入れる勇気はないんですが、パロディーはどうなんですかね?入れれそうなのはスラングになってるものか、他の型月作品、大好物の平成ライダーくらいのものなんであんま書けそうにないんですよね。もうちょっと検討してみます。
 最後にどうでもいいステータスの更新の話です。クラス欄が-だと寂しいので該当クラスってことで文字を入れました。
 後、礼装に関しても今作で使うのは主人公だけなんで、一応個人の能力範囲かなと思い追加しました。多分それくらいでした。
 次回は今月中、と言いたいところですが来月の半ばくらいまでに、とも言いたいところですがやっぱり後半になりそうな悪寒。
 すみません。出来れば末永くお付き合いください。それではまた次回。


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 またギリギリである。
 今回はちょっと付け足して旧作の話を分割。どこで区切れば良いか決めかねてます。もしかしたら、その内大幅に付け加えるかもです。


 土御門元春に協力を取り付ける事に一応成功した後、俺は『わだつみ』へと歩を進めていた。

 元春は例如く、姿を消していた。

 

「有名人になるというのも考えものだな…」

 

 今回は特殊な事情があるとはいえ、有名人として見られているのに違いはない。それもそれがスキャンダル真っ只中のイケメン俳優ともなれば尚更だ。

 金属バット片手に追いかけられたとも聞くし、碌な事もないだろう。

 殺意を向けられ、実際ぶつけられるというのはあの男も慣れてはいるのだろうが、全くの勘違いから殺されかけるというのはとても良い気分はしないだろう。

 

「俺も有名人だったことはあるのか」

 

 世界を飛び回っていた生前を思い出す。

 ボランティア。レジスタンス。その都度形は違えど世界で起きていた主要な戦場には顔を出していた。表立っては公表されてはいなかったが、俺が終結へと導いた戦いも幾つかあった。

 そうやって戦場を駆け巡る内に、それなりに有名な義賊くらいにはなっていたのかもしれない。

 そうして、生前俺は多くの人々の命を救った。

 

 …だが、それと同時に多くの人の命も奪ったのだ。

 救った数よりは少数だった。最終的に救われた人数からすれば取るに足らない、それだけの数。だが、それでもその人達を大切に思う人達はいた。

 家族、友人、恩人、恋人。

 …そんな大切な人を、より多くの人間を助ける為に。

 天秤に乗せてそちら側に傾かなかったから。そんな理由で無残にも切り捨てた殺人者に対して殺意を抱いたとしても誰も責められるものではない。

 そうして恨みを買った結果、助けた相手に背中を刺されたのも一度や二度ではない。裏切りだって珍しくはなかった。爆弾を抱えた少年兵に突撃された事もある。

 そうして、向かってきた相手も、他人に危害を及ぼすと判断したのなら迷わず切り捨てた。

 女性だろうと子供だろうと害をなすのなら躊躇うべきではないと、出来るだけ早く、切り捨てていった。

 されど俺は心の中に誓っていたのだ。もう繰り返さないと。これで最後にしてやると。

 そうだとも。俺がしたかったのはより多くの人間を救う、なんて事じゃない。

 俺がしたかったのは、目に映る全てを救う事だ。本当に困っている人を悪意や害意から掬い上げる事だ。

 それが出来なかったから私は、世界と契約して英霊になったんだ。

 その、筈だったのに、オレは…。

 

「っ…」

 

 また頭がズキと痛んだ。

 何故だか思考が白熱してしまっていた様だ。元春の事を考えていた筈なのにいつの間にやら自分の過去へとスライドしてしまっていた。

 しかしおかしな話だ。思い出そうとすると肝心な所で阻止される。

 本能的な恐怖、トラウマじみた記憶が原因か。

 …それに気を向けるのはもっと後だ。元春から新たに得た情報からもう少し自分の方で整理しておこう。上条家向かうタイミングは一任したが、こちらもすぐ向かえるよう準備をしておかなければ。

 …そうこうしている内に宿の玄関が見える位置まで来ていた。特に用事もないし中に入ろうとして、声を掛けられる。

 

「やあ、士郎君じゃないか」

「あれ刀夜さん?どうかしたんですかこんなところで」

「さっきまでみんなと一緒だったから控えてたんだけどね。1人になるとどうにも吸いたくなってしまうんだよ」

 

 刀夜さんが玄関の脇のベンチで煙草を吸っていた。詩菜さんにも配慮して普段から煙草は外で吸う様にしているのだとか、家にいる時に聞いた記憶がある。

 

「他の方は?」

「詩菜と乙姫ちゃんはお風呂だよ。当麻の友達の…えっと神裂さんだっけ?あの人はちょっと前から姿は見えないね」

 

 まああの風呂の件の後だ。あんまり人に顔を合わせ辛いのか。それか今頃元春の所にいるのかもしれない。

 

「インデックスちゃんはもう上の階で寝てるみたいだね。当麻の奴はなんであんなに懐いてる可愛い子をあんな風に扱うんだろうなあ?」

「…ええと、」

 

 その子が青髪長身の男に見えてるからですよ。とは流石に言えない。言った所で何言ってんだと返されるだけだろうが。

 

「多分疲れてるんじゃないですか?『学園都市』の方でも色々あるでしょうし」

 

 実際何があったのかはよく知らないが、余り会えない筈なのにこうして学園都市の外でこうして一家で過ごせているというのは違和感がある。

 今そこにいるは都合が悪い、という事か。しかし、一学生に対しての措置にしては中々に破格な気がする。異能ならば無効化してしまうという右手、『幻想殺し《イマジンブレイカー》』に関係した事なのかもしれないな。

 と、そこまで考えてふと会話が止まっている事に気付いた。

 

「…」

 

 横を見ると刀夜さんが先程とは異なり、不自然な無表情をしている。

 感情がないのではなく、内にある何かを晒すまいと封じ込めているかの様な。

 

「…何か、気に障ることでも?」

「…えっ?あ、いや…士郎君のせいじゃないんだ」

 

 少し慌てた様にそう言うが、そこから会話が続く事もなく再び静かになる。

 次に沈黙を破ったのは刀夜さんからだった。

 

「…なあ、士郎くん。君は当麻と話してみてどう思った?」

「当麻ですか?…良い奴だと思いますよ。少し感情に素直過ぎる気もしますけどそれは個性の内でしょうし。友人として付き合っていくのなら楽しい学生生活を過ごせそうです」

「ははっ。なんだか随分と大人びた感想だね。本当に当麻と同年代なのかい?」

「まあ自分も色々ありましたからね。人付き合いの中でも駆け引きをしないといけない事なんかもありましたから、人を見る目は少しだけ自信があるんですよ」

「そ、そうだったのかい?僕も社会人になって一〇年以上になるから駆け引きっていうのも結構経験があるけど、息子くらいの年頃でそんな事あんまり考えてなかったなあ。士郎君はもしかしたら将来はサラリーマンとしてやっていけるかもね」

「ははは…。一応、考えておきますよ」

 

 まあ俺は刀夜さんと比べても生前の年齢からしてそう離れている訳でもないし、一〇代の当麻と比べるのは少し卑怯だな。

 経験とは自分の土台とも言うべきもの。それが(かた)いか、(やわ)いか、それだけでも考え方や身の振り方が変わってくる。

 元々不器用な質である俺も経験(それ)を積み上げる事で多少の器用さを身に付けられたんだし。

 

「…当麻もね。色々あったんだ」

「え?」

 

 唐突にそう告げた刀夜さんの顔を見ると再びあの表情をしていた。不自然な程の無表情。

 

「君には言ってなかったね、私が当麻を学園都市へ送った理由」

「…はい」

「超能力を身につけて欲しかった、ってわけじゃないんだ。ただ私は、怖かったんだよ」

「怖かった?当麻がですか?」

「違うっ」

 

 刀夜さんは少し語気を強めた。

 

「そんな訳がない。当麻は何者に代えられない私と詩菜の自慢の息子だ。私が恐かったのは…当麻を傷つける現実だ」

「当麻を傷つけるって何があったんですか?」

 

 刀夜さんは顔色を変えることなく、しかし内に滾る感情を捻じ伏せるように言葉を紡ぐ。

 

「幼稚園の頃、当麻が何て呼ばれていたか分かるかい?」

「…いえ」

「疫病神、そう…言われてたんだ」

 

 息子をそう呼ぶことすら辛いのか、刀夜の顔は後悔しているかのように歪んでいた。

 疫病神。この世に疫病を振りまくとされた悪神。医療も科学も進んでいなかった古代において疫病とは人ならざる悪しき存在により齎されるものだった。

 現代においては、厄介事を引き起こす人を揶揄する言葉。

 

「息子は、生まれ持った『不幸』な人間だった。この夏休みの間だけでももう三度入院しているんだよ。それも別々の事故に巻き込まれてだ」

「それは…」

「それが、そんな事が小さい頃からずっと続いているんだ。小さい頃は今なんかよりずっと酷かった。子供達から苛められるなんて序の口で、周りの大の大人達でさえ当麻のことをそんな名で呼んで子供達からの暴力を傍観していたんだよ」

「…」

「そして最終的には当麻がいなくなれば『不幸』も遠ざかる、そんな噂が出回って皆当麻から距離を置いた。でも、傷つかなかった訳じゃない。借金を抱えた男に理由も根拠もないのに責任を押し付けられて追い掛け回されて包丁で刺されたこともある。どこで嗅ぎつけたのかテレビ局が押しかけてきて息子を世間に晒し上げたこともあった」

 

 そう語り続ける刀夜さんの顔は、家族の前では決して見せないだろうと思うくらいに怒りに後悔に染まっていた。

 

「だから、私は息子を学園都市へ送ったんだ。そんな『不幸』だとか『疫病神』だとか、そんな迷信に振り回されて息子を傷つけるそんな世界から遠ざけたかったから」

 

 実際疫病神から『疫病を齎す』という役割から引き摺り下ろしたのも、科学や医療といった技術の発展にあった訳だからそれに習ったということか。

 それが、おいそれと会うことも出来ない様な壁の中へ送った理由だった。家族の輪を裂いてでも息子に平穏に過ごして欲しかったから。

 

「でも駄目だった。科学の最先端である場所でも当麻は不幸な人間のままだったんだ。当麻から送られてくる手紙を見れば分かったよ。苛めはなくなったみたいだったけど、私はそれでも満足なんかできなかった。だから…」

「もしかして、あの家にあったお守りは…」

「そう、だから私はオカルトに頼ることにしたんだ」

 

 そうだったのか。趣味か何かだと考えていたのだが、あの膨大な数のお守りにはそんな意味があったのか。 

 

「迷信を嫌って科学に頼ったって言うのに、最後には自分でも迷信に頼るなんて馬鹿な話だよ。結局今の今まで当麻の不幸は何も変わってない。結局迷信は迷信だ。何の力もない。そんなものに踊らされて当麻を傷つける人達を散々見てきたのにね」

 

 そこまで言うと刀夜さんは自嘲気味に笑って言葉を切った。

 確かにあそこにあった世界全土から持ち寄ったお土産には何の力もない。精々それを買った、持っているものの気持ちを変えるだけだ。でも、それでも…。

 

「…ごめんごめん。なんで士郎君にこんなことを話してるんだろうね。詩菜にだってここまで話したことなんてないのに。そういえば皆はもうお風呂上がったかな?見てくるよ」

 

 そう言ってこちらに背を向けようとする刀夜さんの背に呼びかける。

 

「刀夜さん」

「ん?何かな?」

「一度当麻に話してみたらどうですか?」

「えっ?何を、だい?」

「今の話をですよ。いつもは当麻にお土産を渡そうとするだけだったんじゃないですか?」

「そ、そうだけど…。でも」

「俺から言うのは差し出がましいかもしれませんけど、当麻は真っ直ぐな良い奴です。とても、心の底から自分が不幸だって嘆いてる様な男じゃなかった。だからお土産だって受け取らないんじゃないですか?」

「…」

「親が自分の為にって何かしてくれてるって知るのは悪いことじゃないですよ。その結果感謝されるか邪険にされるかは自分には分かりません。でも一度当麻に聞いてみて下さい。今お前は『不幸』なのかって。当麻は中々外に出れないんですよね?それだったら尚更です。次がいつになるのか分からないのなら面と向かって話せる時に話しておくべきだと思います。…後悔だけはしないで下さい。絶対に」

 

 刀夜さんはポカンとしてこちらを見ていた。そんなこと考えもしなかったと言う様に。

 

「…参ったなあ。息子の同じくらいの子にこんなことを諭されるなんてね」

「…すみませんでした。部外者の分際でこんなことを」

「いやいや。なんだか私も目が覚めた気分だよ。そうだね。このままじゃ私が息子から逃げているみたいだ」

 

 無表情とも歪んでいるとももう言えない、静かな笑顔の中に父親としての刀夜さんが垣間見えた気がした。

 

「本当に当麻と同年代には見えなくなってきたよ。本当は私より年上なんじゃないか?」

「そんなことはないですよ(多分)」

「はははっ。君の様な子を持った両親は幸せなんだろうね。ご両親も立派な方々なのかな」

「いえ。自分には父親しかいませんでしたが頻繁に家を空けるし、家事なんて何にも出来ないし、食事だってジャンクフードばっかりで」

「そうなのかい?」

「でも悪いことばっかりでもありませんでしたよ。そんな親だったから自分がなんでも出来るようにならなくちゃって思って家事とか色々出来るようになりましたし」

「子は親の背中を見て育つって奴なのかな?」

「そうかもしれませんね。でもそんな親父でも俺には掛け替えのない人でしたから」

 

 今でも思い出せる。

 焼け落ちた町並み。助けを求める様に手をこちらに伸ばしたまま息絶えた人々。全てを汚れを洗い流そうとするかのように降り注ぐ雨。

 そんな地獄の中で息絶えようとしていた自分の手を大切そうに握ってくれた、助かってくれてありがとうと、そう言って泣きながら笑う男の顔を。

 衛宮士郎(オレ)の原点。地獄に落ちようとも色褪せることのない始まりの記憶。

 

「士郎君?」

「あ、いえ何でもありません。でも本当に後悔は残さない様にして下さい。いつ会えなくなるかなんて分からないんですから」

「…もしかして、その方は」

「…残してくれたものもありましたし、本当に伝えたかったことは全て託していってくれたと思います。だから」

「うん。分かった。ありがとう。気持ちの整理が済んだら当麻と話してみるよ」

「済みません。本当に偶然居合わせただけなのに好き勝手言ってしまって」

「良いんだ。おかげで一歩踏み出せそうだよ。…そうだね。そう言えば一回も聞いた事がなかったよ。あんな目にあっていたんだから一言くらい弱音を吐いてくれても良かったのに」

 

 そう言って刀夜さんは宿へと戻っていく。俺はすぐには部屋に戻る気分にはなれず、刀夜さんの背中を見送った。

 

「…」

 

 刀夜さんが何故俺に話してくれたのかは分からない。

 息子を重ねたのか、はたまた無意識に俺の精神年齢に共感して親父仲間気分で話してくれたのか。

 何はともあれ、これをきっかけにより親子仲が深まることを期待しよう。

 

「父親、か」

 

 父親であろうとする刀夜さんの影響からか、唐突に思いついた事がある。

 

「爺さんは、今の俺を見たら何て言うんだろうな…」

 

 この問いに意味はないのは理解している。が、それでも中々頭を離れないのは、

 

「俺もあの人に親父を見ていたのか。子供じゃあるまいし何を今更…」

 

 とはいえ、思考は意図せず巡っていく。

 士郎はしょうがないな、と笑ってくれるのだろうか?それとも何を馬鹿な事を、と叱ってくれるのだろうか?

 少なくとも息子が英霊になんぞになっている事には驚くだろうな。それともまともに指導してなかったのに魔術をそれなりに扱える事にも驚くだろうか?それから、それから…。

 

「爺さん。俺は…爺さんが目指した正義の味方に近付けているのか?」

 

 それから暫く。部屋に戻らず思考を続けていた。

 

 

 …時は経ち、所も変わって宿の居間。

 点けっぱなしのテレビから流れる夜のニュースと、二階から聞こえるはしゃぐ人達の声をBGMに、俺は当麻と雑談をしていた。

 刀夜さんも気持ちを整理したいのか今日はもう詩菜さんと一緒に寝室へ行ってしまったみたいだ。

 

「…一人の少女の願いと一万人の少女達の命の為に最強の超能力者との死闘を繰り広げた末に辿り着いたのが、少女にメロメロのロリコン親父さんや一八〇センチ超の親友似巨漢シスターがウヨウヨしている、そんな夏の浜辺だったとはな。一体誰が予想したのだろう」

「やめろ衛宮ッ!余計に悲しくなってきた!」

 

 当麻がこの夏休みに家族と旅行する事になった理由を聞かされた俺は物語風にアレンジしてみる。予想通り、とても疲れているであろうに声を張り上げる。

 ただ、彼の戦いは俺の言葉の様に軽いものではない。彼の語った実体験は常軌を逸したものであった。

 異能を打ち消す右手を持っているとはいえ、高々喧嘩慣れした程度の男子高校生が、最強と謳われた超能力者(レベル5)に戦いを挑んだのだ。

 その理由も身内でもない少女達の為であるというだから驚くしかない。

 

「スマン。茶化す様な話じゃなかったな」

「いや、そこじゃないけど…。まあいいか」

 

 すっかり自分達の不幸話で意気投合した当麻とは現状においての当麻の不幸について話をしていた。

 この上条当麻という男、刀夜さんから聞いた通り、根っからの不幸体質なのだそうだ。

 この夏休みは、最初に言った様な不幸が絶えずやってきて、てんてこ舞いなのだという。

 当麻の話を聞けばなるほど合点がいく。

 上条宅にあった山ほどのお守り、これ程の不運に取り憑かれているのであれば親も何かに縋りたくもなるだろう。ただ、あそこに溜まっているとこを見ると報われてはいないようだが。

 

「へー。詩菜さんと入れ替わってるのが本当のインデックスなんだな」

「そうそう、そうなんだよ。だから親父とベタベタしてるとさ、なんか、不健全なモノにしか見えないんだよなー。は~…」

 

 愚痴と溜息を多用しながら、苦労を語っていく。

 心底疲れている様である。少しは紛らわさせようと話を振る。

 

「フッ、嫉妬か?」

「チゲェよ!そうじゃなくてだな、自分の親父があんな子供とイチャチャしてるの考えてみろ!絶対嫌だろうが!」

「そ、そうだな…」

 

 俺の記憶の中にいる人を頼りに、その場面を想像してみる。

 

 

 ――場面は日本家屋の縁側。

 ――そこに座っているのは冴えないオッサンと銀髪の美少女。

 ――太陽がサンサンと降り注ぎ、心地良い風が二人の頬を撫ぜる。

 ――ただ、とうの本人達は天気など関係がないらしかった。

 ――…ぶっちゃけただイチャイチャしていた。

 

『イリヤ♪』

『キリツグ♪』

『コラッ、イリヤ、僕の事はお父様って呼ばないと駄目だぞ♪』

『ごめんね♪お父様♪』

『可愛いなーイリヤは♪あはははー』

『お父様だーい好き♪えへへへー』

 

 

 …………良いんじゃないか?

 あの戦争の後も一つ屋根の下で暮らせていれば、普通にこうなってた気がする。

 …でも、なんかコレ以上の想像を続けているとそこらの次元を切り裂いてでも殴りに来そうだからやめとこ。

 

「…俺には仲の良い親子しか想像出来ない」

「ええー…。どうしてだよ。自分の親父がだぞ?」

「いや、本当に小さい銀髪少女と駄目駄目な親父が身近にいたからさ」

「えっ、マジで!?」

「マジだよ。銀髪少女は『お兄ちゃんをお婿さんにしてあげる♪』って言うくらい純粋で、親父は料理が出来なくて普段はジャンクフードばっかり食ってるくらい駄目駄目だった」

「…脳内妹とかじゃなくて?」

「そんな妹一度も持った事はないって。それに妹じゃなくて姉だ」

「えっ、でも『お兄ちゃん』って」

「いや、俺より年上なのに年下にしか見えなかったから、その影響かもな。それと、ずっと一緒に住んでいたわけじゃない事と血が繋がってない事もあるのかもな」

「更に義理なの!?」

「あ、ああ。えーと、元々はドイツの貴族の家の出だったから」

「更に更にお嬢様…だと?…じゃあ何ですか?ロリ義妹お嬢様系ブラコン銀髪お義姉(ねぇ)さんが義弟を兄と呼ぶだけに飽き足らず生涯の伴侶にしようとする家庭環境がこの三次元(げんじつ)に存在していたとですか?」

「…まぁな」

 

 相変わらずイリヤにはよく驚かされる。言葉にしてみるとよく分かるように俺の姉は色んな意味で超ハイスペックな事を思い出した。

 もっと言えば、小悪魔だし、ブルマ…コレは違う、のか?それはともかく。うーん…そうだ!後は魔法少…、と、うん?コレもどっかの私が拾ってきた無駄な情報か?

 

「…分かった。衛宮はそうっとしておいてやるか」

「いや、なんでさ。信じてくれよ」

「もういいって気にするなよ。そんなに衛宮が妹に恋焦がれてたなって知らなかったぜ」

「そりゃまあ今日初めてあったし…て、そうじゃなくてだな」

 

 それから数不毛に思える義理姉妹の討論を繰り広げた。討論の末、『かわいいは正義』という意味不明な結論に達した頃には、二階から聞こえてきていた声は静かになっていた。そして耳に入ってくるのは、

 

『……は精神病院の通院記録がありー、先の公判でも彼の二重人格の器質があるとされ、またその状況下で責任能力があるかないかで波乱を呼びましたがー……』

 

 というテレビから流れてくる刑務所から脱獄した連続殺人犯、火野神作(ひのじんさく)のニュースを伝える、ピンクの髪をした小さい女の子の声だけになっていた。

 

 筈だった。

 

「ん?衛宮どうした?」

 

 俺の雰囲気の変化に気がついたのか当麻が声をかけてくる。

 

「…当麻、そこから動くな」

 

 少し驚いた様だったが俺の様子を察してか、指示に従って息を潜めてその場で固まる。

 俺が気が付いたのは日常にはない雑音である。

 この海の家の構造は既に頭の中に入っていた。床下は約七〇センチ。人一人入るには問題ないスペース。

 神経を集中させる。すると、その気配は明確な形となって俺に届いてきた。

 

 ――微か聞こえる呼吸音。

 ――布の擦れる音。

 ――刃物で何かを削る音。

 

 そして、

 

「エンゼルさま。それでは今回もイケニエを捧げれば助けてくれるんですね?」

 

 狂気を孕んだ妙に高い男の呟く声。

 

「当麻」

「な、なんだ?」

「少々五月蝿(うるさ)くなるかもしれないが我慢しろ」

「へ?」

 

 そう言ってと音の出所を探り当てその場所で右足を上げ、

 

 ―――ドガッ。

 

 踏み抜く。この床はコンクリートや金属ではなく、ましてや、魔術的処置を施された床でもない、ただの木材だ。

 そんな床が英霊の脚力に耐え切れるわけもなく、容易く砕ける。

 …その証拠に目の前の床にはデカい鉄球を落とした様な大穴が開いている。

 そしてそこには、

 

「君は隠密行動は多少慣れているらしいが、災難だったな。私がいなければ目標を襲えていただろうに」

 

 そこに倒れている者を右手で引き上げる。

 手には三日月形のナイフを持ち、目は不自然なほど大きく見開かれたままで頭から血を流している中年の男。あの声からしてもう少し若いと思っていたが。

 狙ったわけではないが、先程の床を砕いた時に一緒に踏んで気絶させたらしかった。

 そして、俺には目の前の男に心当たりがある。

 上条との会話の合間合間に眺めていたテレビに何度も登場して、写真の中からずっとコチラを見ていた脱獄犯。

 

「ひ、火野神作?」

 

 混乱しながらも当麻はこの男の名を呟く。

 なぜコイツがここにいるのかは皆目見当がつかなかったが、このタイミングで来ると言う事は何かある気がする。

 

「な、何でコイツがここに?」

「さぁな。とりあえず縛るか。もしかすると今回の件に関係があるかもしれない」

 

 一応魔術の事も考慮して抗魔力付きの拘束具を出そうとした時、

 

「…チッ」

「?」

 

 脳裏に描いていた設計図を凍結(フリーズ)、同時に火野から手を離し、当麻と彼の横にある窓との間に身体を割り込ませる。

 次の瞬間、暑さの為に開け放たれていた窓より赤い服の少女が飛び込んでくる。

 身に纏っている露出の多い服にマント、腰にぶら下げているノコギリや金槌、ドライバー等の工具なんてモノをぶら下げている所を見るとどう考えても一般人ではない。

 

「次から次へと…。闇夜に紛れて現れるとは亡霊(おれ)よりよっぽど死人(ゆうれい)らしい」

 

 自分にしか分からない皮肉を呟くと向こうから冷たい声が飛んでくる。

 

「解答一。私は亡霊ではない。亡霊を狩る者だ。訂正を要求する」

「それは済まなかった。ここ数日私の予想を上回る出来事ばかり起きていてね。皮肉の一つや二つ言っても罰は当たらないと思ったのだが」

「解答二。謝罪は受け取る。ただし、貴方の身の回りで起きた一連の出来事は私には一切関係がない」

「それはごもっとも。それも謝罪しよう、無意識に八つ当たりの対象を探していたらしい。…それで?」

 

 ついつい会話を続けてしまったが、後ろで呆けている当麻の為にもそろそろ本題に入らなければ。

 

「君は何をしにここへ?わざわざ話し相手を探して夜道を彷徨っていたわけではあるまい?」

「問一。その問いに答える必要はあるか」

「当然だ。私は今この宿に泊まっている者達とは知り合いでね。彼らより力を持つ者として、君の様な不審人物を快く迎え入れるわけにはいかないのだよ。コレで十分だと思うが?」

「…正答。コチラの用件を開示する」

 

 一瞬の間を置き、言葉を発する。

 

「解答三。私は『御使堕し(エンゼルフォール)』阻止の為、事件の容疑者の少年にその容疑の是非を問いにきた。貴方の後ろにいるのがその少年か?」

 

 目的は当麻か。

 動いているのは、あの二人だけではないだろうとは薄々考えていたが、このタイミングで出くわすとは。

 しかし、火野神作の襲撃後一分と経たずに接触してくるのはあまりにもタイミングが良すぎる。

 さて、どうしたものか…、など考えるまでも無い。答えは考える前から理解している。

 

「どうやら、君をこのまま当麻と対面させておくわけにはいかないらしいな」

 




 どうもnakata(ryです。
 未だにこの章の締め方を悩んでます。幾つか候補はあるんですがね。優柔不断なのは直そうとはしているんですが、何年たっても完成しない上、テキトーな終わりってのも嫌なので長く考えていきます。もう暫くお付き合い下さい。
 ではまた次回。


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遅れたというかそう言う次元ではないですね。本当に申し訳ありません。続きを書こうとしても上手くいかずちょくちょく書いては放置してを繰り返して約2年。初期のコンセプトも目指した物も朧げになりつつありますが、このままいてもどうにもならないと判断し、投稿することにしました。
難産も難産で、ほぼ旧作のままなのに2年くらい引っ張った挙句、この後に続く話も未だにふにゃふにゃしているので次回の投稿時期も確約できない超駄作でありますので、それでも良いという方だけ目を通していただければと思います。


 衝撃音を聞きつけた土御門は神裂に諸々の処置を任せ、衛宮と上条がいる筈の部屋へ向かった。

 

「カミやん無事、…か?」

 

 部屋の中で呆然としている当麻に声をかけると同時に部屋の状況を知る。

 床が約一メートルに渡って陥没している。崩れた場所のすぐ側には男が一人、目を見開いたままぶっ倒れている。この海の家には上条の面々しか泊まっていないこととソイツの手には三日月形のナイフが握られていること、その現状から判断するにどちらから仕掛けたかは分からないがこの男とおそらく上条と共にこの部屋に残っていた衛宮が争い、結果勝利したのだろう。

 それだけなら、追っ手を殺さず捕まえられたのか良かったぜ、で終わる話のなのだがもう一人の新たな登場人物が事態を悪い方向へと導いていた。

 

「問二。何故邪魔をするか」

「ふむ?襲撃者を撃破した直後に乱入してきた相手に凶器を向けられた人間を見捨てるのが当然だとでも?」

「解答五。平常時において貴方の答えは正答。ただ、現状は通常ではない。私が用があるのはそこの少年だけだ。時間はかけない」

「君は私の話を聞いているのかね?腰にノコギリやら釘抜き(バール)やら金槌やらをぶら下げている様な相手と当麻を一対一にさせるとでも思っているのか?」

「警告。コレ以上の妨害は私への敵対行動と見なす。即刻引け」

「…ふぅ。君と話していると人間と会話している気がしないな」

 

 目の前にはウェーブのかかった金髪で全体的に赤いの装束を纏った下半身辺りが妙にエロっちいシスターと鋭い目つきと雰囲気を発する衛宮が相見えている。

 赤いシスターは右手にノコギリを握り冷たい殺気を放ち、衛宮は得物こそ持ってはいないもののその鋭い視線を油断なくシスターを見据え、腰を地に付けてしまっている上条の前に立ちはだかっている。

 このままでは二人はその内殺し合う(おっぱじめる)だろう。

 

「…コレは一体どういう状況なんだカミやん?」

「お、俺にもサッパリ。衛宮が床砕いたら火野が出てきて窓からその子が出てきて衛宮と、」

「分かった。もう良い」

 

 瞬く間に変遷する状況についていけていないであろう当麻を放置し、目の前で睨み合う二人の間に割り込む。

 

「イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』所属の土御門元春だ。一度刃を収めろ」

「む、元春か」

「…」

 

 赤いシスターはノコギリを腰に収め、それを見届けてから衛宮も警戒を解く。

 

「一体どういう状況なんだ?」

「私も詳しい事は分からん。俺はただ襲撃者共を迎撃しているだけだからな」

「…じゃあ、今度はお前に聴くぞ。所属と目的を言え」

 

 衛宮と話している最中も微動だにしていなかったその少女に問いかける。

 

「解答六。私はロシア成教、『殲滅(Annih)白書(ilatus)』所属のミーシャ・クロイツェフ。目的は『御使堕し(エンゼルフォール)』を引き起こした容疑のあるそちらの少年への詰問だ」

「…ロシア成教も動いたのか」

「…本物なのか?」

 

 衛宮が質問を投げ掛ける。

 素人に初見でイギリス清教とロシア成教を判別しろというのは中々酷な事だろうと納得し、解説する。

 

「ああ。アイツの腰に付けてるヤツは分かるか?」

「む、…『処刑塔(ロンドンとう)(なな)道具(どうぐ)』か?対人拷問用の霊装のようだな」

「ああそうだ。もしかしたらもう分かっているのかもしれないが、ありゃ処刑塔(ロンドンとう)の霊装の中でもブランド品でな。おいそれとそこらの魔術師が手に入れられる代物じゃねーんだよ。つまり、教会の人間って事ですたい」

「…そうなのか」

 

 納得して貰えた所で、衛宮にだけ聞こえる声量で呟く。

 

「…ついでに言えば、イギリス清教が対人の専門機関だとすりゃあ、ロシア成教は対霊、幽霊退治を専門にしている連中だ。中々極端な考えをお持ちだから、『イイユウレイダカラコワクナイヨー』なんて言った所で見逃してくれるかは分からんぜい」

「…成程、心得た」

 

 こんな緊急事態の最中でも、『亡霊の類は全て偽者に過ぎず、本物がいたとしても天国地獄にも存在を許されない大罪人である』なんて思想を持った連中が幽霊を自称している衛宮を放っておくか不明であった為、一応釘を刺しておく。

 それから改めて、ミーシャを名乗る少女へ向き直る。

 

「連れが迷惑をかけたな。だが、あまりオレ達の護衛対象に手荒な真似はよして貰えないかにゃー?」

「問三。ならば貴方がその少年の潔白を証明出来るか」

「『必要悪の教会(ネセサリウス)』の公式見解ぐらいなら教えてやれるが…」

 

 堅っ苦しいミーシャの問いに対して、上条当麻には魔術の知識がなく『御使堕し(エンゼルフォール)』を起こせるとは思えないという事。超能力者が魔術を使うと肉体に負荷がかかる筈だが、それが見当たらない事。上条当麻が『御使堕し(エンゼルフォール)』の影響を受けないのは、おそらくあらゆるオカルトを触れただけで打ち消す事の出来る『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の作用によるものだと言う事を説明した。

 ただ説明を終えてもミーシャは『幻想殺し(イマジンブレイカー)』の部分だけは引っかかっている様に見える。

 

「そこまで疑うんならカミやんに魔術をぶつけてやると良いぜい。ただし、簡単にいなせる程度のをな」

「えっ、ちょっと待て!そりゃおかしいだろ!?」

「…賢答。構えると良い、少年」

「お前も乗せられるなよ!!」

 

 上条の反論も空しくすぐさま詠唱に入るミーシャ。

 

「数価。四〇・九・三〇・七。合わせて八六」

 

 ズバン!とミーシャの背後の床下から噴水の様に水の柱が飛び出す。どうやら、砕けた床の地下の水道管から無理矢理持ってきたらしい。そこに倒れていた火野神作が部屋の隅へと転がっていくのが見えた。

 

「照応。水よ、蛇となりて(メム=テト=)剣の様に突き刺せ(ラメド=ザイン)

 

 その言葉と共に水の柱が鎌首をもたげ、神話の多頭龍の様に幾本にも枝分かれし上条を突き刺さんと迫る。

 

「うおっ!?」

 

 幾つかの水槍が床を穿つ最中、その内の一本が確実に上条を捉えた。

 咄嗟に上条が右手で防ぐ。

 水槍は四散し、上条は見えない盾に守られるかの様に傷もなく、濡れる事もなく完全に元の状態でそこにいた。

 ミーシャは辺りを見回した後、申し訳なく思っているのかも分からない口調で謝罪の言葉を口にする。

 

「正答。イギリス清教の見解と今の実験結果には符合するものがある。この解を容疑撤回の証明手段として認める。少年、誤った解の為に刃を向けた事をここに謝罪する」

「刃を向けたっていうか突き刺したじゃん今!ってか謝るなら人の目を見ろ!」

「問四。しかし貴方が犯人でないならば『御使堕し(エンゼルフォール)』は誰が実行したものなのか。騒動の中心点は確かにここの筈なのだが、犯人に心当たりはあるか」

「聞けよお前!ってか、実はちっともさっぱり反省してねーだろ!?…って、ああ…そう言えば心当たりなら一応…」

 

 と、叫んだ後、ふと思い出したかの様に指を指す。

 そこにはいつの間にか倒れた状態から、手錠と足枷によって自由を奪われ壁に立てかけられている状態へと移行していた中年男を指差す。

 

「問四。私の来た時から気絶していた方か」

 

 ミーシャは静かにその男に近付いてじっくりと観察する。

 

「ああ。なんか床下に潜伏してたみたいなんだ。結局衛宮に床ごと踏み倒されたんだけど」

「へー」

 

 と、土御門は話題に上がった衛宮へと視線を向ける。

 

「…(あれが『魔術』か。魔力の動き自体は俺のと大差ないが、体内の魔力の巡りに違和感があるな。『魔術回路』ではないとなると体内の器官を魔力の循環に使っているのか?回路が要らないとはな…)」

 

 小声でブツブツ呟きを漏らし、水流が食い破った箇所を眺めている。なぜだかとても興味引かれているようである。

 今のはフェニキア文字とヘブライ文字による詠唱に用いていたようだが、効果も特筆する様なものはない。何を感心しているのだろうか。

 疑問は覚えたものの、とりあえず衛宮に意見を求める。

 それから衛宮がこの場にいる全員に言い聞かせる様に話し出す。

 

「ニュース位しか情報源(ソース)がないんだがな。…この男の名前は火野神作。今現在も逃走を続けている脱獄犯だ。刑務所に入る前は『儀式殺人』とか言う殺人法で二十八人も殺害したらしい。愛好家(マニア)模倣犯(コピーキャット)も結構いるらしい、今回の脱獄もソイツらの手助けがあっての事らしいな」

 

 『()()殺人』か…。

 

「だが、コイツ床下にいる時にエンゼル様とか呟いてたし何かしら関わっている可能性はあると思う。後はコレだな」

 

 衛宮が大学ノートくらいの大きさをした木の板を差し出してくる。

 

「コレは?」

「そこの男の所持品らしい。持っていたナイフで英単語が刻まれてるから何かの魔術かも知れないとも思ったんだ。元春なら何か分かるんじゃないか?」

 

 渡された板を良く見てみる。

 ナイフで適当に刻んだ様な不恰好な単語が適当に板中に書いてある。何度も何度も上から重ね書きをしたのだろう、そこに書かれているもので判然としている単語は一つもない。

 これ自体は霊装の類ではない。

 

「スマンが俺にも分からん。可能性があるのはコレは誰かからの受け取った指示を書き込んであるだけのものなのかもな。魔術だとしたら神託か自動書記の類ぜよ。ニュアンス的には『こっくりさん』とか『プランシェット』みたいなもんだにゃー」

「その誰かって言うのが黒幕って事なのか?」

「さぁな。現段階では何とも言えん。まぁコイツが事件に関わっているかどうかは入れ替わっているのかいないのかを調べりゃ分かる事さ」

 

 話し合いをしていると、『人払い』を張り終わったらしい神裂が部屋に入ってきた。

 

「土御門。『人払い』を二階に仕掛けておいたのですが……」

「どうしたねーちん?」

「店員は一階に寝泊りしているらしく、目撃されてしまいました。幸い店主は二階で作業中との事です」

 

 確かに神裂の後ろを見てみると見た目が学園都市第三位の超電磁砲(レールガン)になっている店員がビクビクしながら立っている。

…いや上条夫婦の連れの少女の方がそうだったか、ならこの少女は、と考えていた土御門に対して店員が数歩近づいてくる。

 

「な、なぁ、コレって特撮ヒーロー番組収録か何かか?」

 

 多少冷静さを取り戻してきたのかおずおずと話しかけてくる。その喋り方は見たままの年齢、どころか性別の違いすら感じさせる。

 

「我々の事は深く探ろうとしない方が身の為です」

 

 神裂がピシャリとその質問を拒絶する。

 土御門は

 

「ちょいとお前さん、質問しても良いかにゃー?」

「ん?アンタ良くテレビに出てる…」

「いや、そんな事はどうでもいい。突然だがアイツ誰に見える?」

 

 オレの指差す方向には未だに気絶している火野の姿がある。

 

「って、ソイツ火野神作じゃねーか!?アンタらが捕まえたのか!?」

「ああ、まぁな」

 

 コレで決定だ。

 火野神作は入れ替わりを起こしていない。

 

「じゃ、じゃあ俺が電話で通報を…」

 

 急いで奥の部屋に戻ろうとした時、土御門が衛宮に目配せをする。

 

「…」

 

 衛宮は黙って頷く。

 そして、出て行こうとする彼女の首筋に手を当てる。すると、音もなく姿勢を崩し、予め構えていた衛宮の腕の中に収まる。

 

「あなたは何を…!」

 

 神裂が詰め寄ろうとすると、衛宮は片手で制した。

 

「ただ気絶させただけだ。いつまでも動き回られると困るのは神裂も同じだと思うが?」

「…」

「そういうわけだから、俺がこの…()をベッドに連れて行っている間にそこ男から何か聞き出しておくと良い」

 

 そう言って店の奥へ消えていった。

 衛宮の背中を見送った後、土御門が切り出した。

 

「…さぁて、聞きたい事を手っ取り早く尋ねるとしますかにゃー」

「って、どうするんだ?」

「カミやんはちょっと後ろ向いてた方が良いかもしれないぜい」

「なんでだ?」

 

 土御門は上条に笑いかけたまま、眠り続ける男の目を覚まさせる為に、腹を蹴飛ばした。

 

 

「……、分からねぇよ、何だよ、それ、何ですか、えんぜるふぉーるって、知らないよ、エンゼルさま、コイツらナニ言ってんですか、分かんないよ、答えてください、おかしいよ、おかしいんだ、何でこんな事になってるんだ」

 

 俺が部屋に戻ってきた時、火野は元春、神裂、ミーシャによって囲まれていた。

 無理矢理気絶させられて、そして、無理矢理覚醒させられた火野は今この状況を理解しているのかいないのかも分からない状態で一心に喋り続けている。喋り続けている間も右手は動き続け、自分の指を圧し折りそうな勢いで床の上を駆けずり回っている。アレがエンゼル様の意志って奴なのだろうか?

 

「そんじゃ、本格的に始めるか。とりあえず肘の関節でも外すか。関節の外れた腕は思いの外よく伸びるモンだけど、まずは一センチずつ伸ばしていくかにゃん?」

「…」

「…」

 

 そんな火野を前に元春はニヤニヤと、ニタニタと愉快げに笑いながら、ミーシャは右手にネジ回し(ドライバー)を、左手にノコギリを持って、神裂はただ冷静にしかし威圧する様に佇んでいた。

 

「…俺の出番はなさそうだな」

 

 俺も拷問の方法は心得ているものの、『人間狩り』に特化したイギリス清教の面々と拷問専用の道具を持った奴がいるのであればわざわざ俺が出しゃばる事もないだろう。

 というわけで俺は彼らの後ろに居心地悪そうに座っている当麻の所へ行く。

 

「火野の様子はどうだ?」

 

 自分以外の犯罪者一人と魔術師三人が同じ部屋の中でヤバイ事をしているというのはあくまで一般人の当麻にはキツイ所があったらしく、俺が話しかけただけで少し楽になった様に見える。

 

「どうもこうもずっとあのまんまさ。知らぬ存ぜぬの一点張り」

「ふむ」

 

 かなり錯乱している様だし真実を話せないのも無理はない様な気はするが…。

 

「ん?」

 

 と、火野を捕まえる時に踏み抜いた大穴が目に入ってきた。そう言えば、火野にかまけて砕いた床の事を忘れていた。

 

「…床直しとかないとな」

「…目の前で人が拷問されてる時によくもまぁそんな事を言えるな」

「別に殺されてるわけでもないからな。今は非常事態だし、死なない程度には役に立って貰おう」

「クールですねー…」

 

 立ち上がって穴へ近づく。

 教会の連中は火野に首っ丈の様で、俺の方には見向きもしない。

 元春に一言断ってから俺の壊した畳と床、ミーシャが破裂させた水道管の修復に取り掛かる。

 

「(…この規模なら一分も要らないな)」

 

 早速修復の工程に移る。

 脳内に『わだつみ』全体の設計図を構築し、この部屋の破損部位(患部)をピックアップ。次に物体に宿った蓄積年月から設計図を逆算、元の設計図を再現。最後に設計図通りに残骸を組み立てる。

 ハイ、完成。来た時と変わらない床の仕上がりだ。

 本来なら軽い達成感を味わっている所なのだが、少し腑に落ちないことが胸の中にわだかまっていて、どうにも素直に達成の余韻に浸れない。

 

「お疲れさん、ってか疲れてねぇか」

 

 修理の工程を眺めていた当麻が労いの言葉をかけてくる。もう少し時間がかかると踏んでいたのか、予想以上の速さに少し驚いている様にも見えた。

 

「…そうだな。朝飯前には違いない」

「朝飯ねぇ。幽霊って飯食うのか?」

「食事の必要はないけど、食べられないわけじゃない。栄養は魔力に還元出来るが、微々たるもんだよ。人間の頃の名残みたいなもんだ」

「ふーん。死んでるんだしそんなもんか」

「……」

「……、ん?……なんだ衛宮。考え事か?」

 

 突然黙り込んだ俺に疑問を持ったのか当麻が尋ねてくる。

 とりあえず、吐き出す事でモヤモヤの解消を図る。

 

「…疑わしいと判断した俺が言うのも何なんだけど、火野が本当に魔術師なのか、そもそも今回の事件を引き起こしたのか気になってな」

「え、でも」

「ああ。火野が怪しい事には違いないさ。でもアイツが魔術師だとしたらわざわざ床下に潜んで毒塗りのナイフなんかで一々襲うのかと思ってな。天使を降ろせるほどの魔術師なら人一人葬るなんて簡単だろ?」

「それはそうかもしれないけど…ってあれ毒塗りだったの?」

 

 自分を突き刺す筈であった短剣にそんなもんが塗られていたと知り、愕然としている。

 

「ああ。ご丁寧に解毒出来ない様にアフリカの先住民が狩りに使う毒毛虫を主成分に毒蜘蛛、毒蛇、毒蛙の毒をブレンドしてあった。本当に刺されなくて良かったな、もしアレで刺されてたらものの数時間でポックリ逝ってたぞ」

 

 魔術師の腕を借りれば吸い出すのも難しくはなかったかもしれないけれど、まずは刺されない事が重要だろう。

 

「…よく分かるな、そんな事」

「まあ、な。コレでも生前は何度も毒殺されかけた事があってな。自然と毒物の知識は付いた」

「…ま、まあ、火野神作がわざわざナイフを使ったのもカモフラージュだったかもしれないじゃん」

 

 当麻は色々複雑そうな俺の話題は軽くスルーして火野の話題へ強引に戻すつもりらしい。

 俺も詳しく聞かれても困る話題だし、好都合なので構わない。

 

「それにも一理あるだが…。アイツには魔力の痕跡の欠片もないんだ。あのナイフも製造日から今まで魔力に触れた事さえないし」

「うーん…」

 

 当麻も何か引っかかっている事があったのか考え込んでいる。

 

「…そうだ!」

「む?」

 

 突然当麻が声を上げる。

 それにつられて火野の方を向いていた三人もコチラに注意を向ける。

 

「二重人格だよ。さっきのニュースでもやってた」

「ああ、確かにそんな事は言ってたけど」

「もしさ、火野は入れ替わりを起こしていないんじゃなくて、二重人格同士、つまり『人格(なかみ)A』と『人格(なかみ)B』が入れ変わってたとしたら、外見に変化は起こらない」

 

 なっ…、とそこにいる全員が驚く。俺も例外ではない。

 

「…そんなことが?」

「学校でも習ったんだけど二重人格ってのは『人格A』と『人格B』が綺麗に切り替わるだけとは限らないんだ。右手と左手を別々の人格が動かす『共存』パターンだってあるんだよ。もし、火野の言っているエンゼルさまって言うのがその入れ替わった人格だとすれば…」

 

 全員が火野の絶えず動き続ける右手を見つめる。

 

「ふざ、ふざふざふざふざふざふざけるなよ!おま、お前らもアレか、あの妙チクリンな医者とおんなじ事を言うのか!エンゼルさまはいるんだ!エンゼルさまは本当にいるんだ!何でそれが分からないんだ」

 

 先程までブツブツと呟いていただけの火野が当麻を睨みつけ叫ぶ。

 火野にしてみればエンゼル様の存在を否定されるのは命を奪われる事より辛いんだろう。何せ、火野はエンゼルさまの為なら、人を殺す事さえ躊躇(ためら)わなかったのだから。

 

「医者に……。医者に、言われたのですか?あなたのエンゼルさまは、ただの二重人格だと?そういう診断を受けたのですか?」

 

 しかし、火野の言葉は当麻の発言を聞かされた後では神裂達に強い疑惑を抱かせるだけのものだった。

 

「ひっ!…やめ、やめろ、そんな目で見るな。あの医者は何も分かっていないんだ。何にも分かっていないだけなんだ!」

 

 そのあまりの痛々しさに耐性のない当麻は顔を背ける。

 無理もない、当麻は人一人の人生を否定したようなものなのだから。

 

「…決まりだな」

 

 元春は皆の目の前で宣言する。

 

「火野神作は、『御使堕し(エンゼルフォール)』の犯人じゃない」

 

 

 俺が火野をもう一度寝かせた後でも全員が固まってしまったままだった。

 火野が犯人ではない、そう決まってしまっては振り出しに戻ってしまったに等しい事だからだ。

 

「それで、火野が、『御使堕し(エンゼルフォール)』の犯人じゃないのなら一体犯人は誰なんです?」

「そんな事言ったって……」

 

 その問いに誰も答えられる筈はなかった。

 誰が、他に入れ替わっていない人間を知っているというのだろうか。

 …いや、いるか。ここに一人。

この後に及んで黙っているのも限界か。

 

「……」

「どうしたエミやん?」

 

 俺の様子が気になったのか不審な様子で元春が質問してくる。

 

「…いや、知っている。後一人だけ、入れ替わっていない人間を」

「何だと?心当たりがあるっていうのか?」

 

全員の視線が俺へと集まる。

 

「誰なんです?」

「ミーシャを除いたお前達なら一度は見た事がある筈だ」

 

 俺は召喚されて間もない時の事を、次の日の朝を思い出しながら、告げる。

 

「上条刀夜。…彼だけは『御使堕し(エンゼルフォール)』の前後でその姿を変えていない」

 

 




おひさしぶりですnakataMk-Ⅱです。
本当に申し訳ありません。この文言も何回めだという話ですが、もう一度言わせていただきます。
楽しみにしていただいた方の期待を裏切り続けた上で、今更こんな作品を更新してどうなるんだという意見が多いと思います。
ただ、更新を待ってますという感想もいくつも受け取っておりなんとかしないと思い今回の更新に至りました。
今後どうするといった言葉は現状書く事は出来ませんが、何とか次の更新もしていきます。今後も更新されていたら、気が向いた時だけちらりと見ていただければ嬉しいです。
誤った箇所や矛盾している点等見つけましたらご指摘頂けると嬉しいです。
それでは。

○10/11日追記
・ご感想等頂けるのは非常に嬉しいのですが、ボキャブラリーが貧困なので大抵が同じような文章になりそうなので返信は意見等にのみにさせていただきます。申し訳ございません。
・FGOとの設定の兼ね合いで少しパラメータの耐久と魔力のランクを弄りました。前者とあるサーヴァントの設定の影響で、後者はFGOで本職のキャスターでもAランク持ちはそれほど多くなかったのが理由です。
・ちょっと設定を変更。刀夜が入れ替わっているのに気づかないのは間抜けすぎるとの声をいくつか貰っていたので、一応気がついていたということにしました。少しずつ修正していきます。
○10/12追記
・いつも通り一話からざっと見直して誤字脱字、違和感のある言い回しの修正をしました。
・⑧の人称を整理。今まで、禁書側は三人称っぽく、エミヤ側は一人称っぽく書いていたのにこの話だけは混ざっていたので修正しました。三人称難しい。しかし一人称も内面を上手く書かないといけないから難しいです。文才がないだけか。
・衛宮の一人称を一日目以降だいたい統一。よく二次創作でも使われていた設定かもしれませんが仕事用と日常用で口調を使い分けていく予定。


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