花のヘアバンド 【短編完結】 (桜雁咲夜)
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花のヘアバンド

 大国ミッドガルドの首都プロンテラ。

 

 やはりこの国の首都だけあって、人通りも激しく露店がひしめきあい、歩く隙間を探すのが大変だ。下手に歩くと誰かにぶつかるかもしれない。

 もう少しメインストリートを広くして下さいと国王に嘆願書を提出したと言う商人ギルドにも同情してしまう。

 

 詐欺露店に罵声を浴びせている人も居れば、買い取り商人と本日の稼ぎの値段交渉に燃えている冒険者のパーティもいる。

 高価な品物の買い手を捜す、十字路の掲示板の前にも人だかりは溢れ、その中から目的のものを探すのは一苦労だ。

 

 その中を、一人のアサシンが歩いていた。

 なれた足取りで人込みを抜け、路地に挿しかかった辺りで後ろから声をかけられた。

 

「ねえ……お兄さん、私と勝負しない?」

 

「……はぁ?」

 

 声をかけられた相手……暗殺者のスレイは、周囲が聞いても自分から考えても、かなり気が抜けた返事を返した。

 

「だからぁ……私と勝負しない? って言ってるのよ」

 

 日の光のようなオレンジがかった金色の長い髪で花のヘアバンドをつけた淡い紫色の瞳の女ハンター。

 たぶん、自分よりも何歳か年下で……まだ二十歳はこえていないだろう。

 

 鷹を連れてはいるが、その鷹が彼女にあまりなついていないのはすぐに見て取れた。

 装備も新しい物ばかりで、成り立ての新米ハンターであることは間違いない。

 

「……あんた……俺のレベルがわかってて、声かけてるのか?」

 

 白に近い銀色の長めの髪と、濃い灰色の瞳。

 頭装備は天使のヘアバンド。そして腰に輝くトリプルクリティカルジュル。

 そして、使い込まれた装備達……戦いを幾度もくぐり抜けてきた証。

 成り立ての新米ハンター如きが、勝てる相手ではない。

 

「ん……もちろん。私より遥かに強いでしょ?」

 

「レベル差……どれだけあるのかもか?」

 

「ええ、そうよ」

 

 スレイはその返事に呆れた。

 何を考えて勝負を挑んできているのか……

 少なくとも瞬殺……すぐに気絶させられるのは目に見えているだろうに。

 

「ばかばかしい……俺はそこまで暇じゃないんだよ。勝ちがわかってる勝負なんてつまらない」

 

「ふーん……私に勝ったら……私を一日好きにしても良いって言う条件でも?」

 

「……なにぃっ!?」

 

「好きにしていいのよー? 話し相手にしてもいいし、狩の手伝いさせてもいいし、使い走りにしてもいいし……もちろん……ベッドの相手をしろっていうのでもね」

 

 クスクス笑いながら、そのハンターは自分の大きめの胸を更に強調するように腕を組んだ。

 その胸に目が釘付けになりながら、スレイは思わず唾を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

「……え……どう言うこと……?」

 

「……だから……他に好きな人ができたんだって言ってるだろ」

 

 プロンテラの街の片隅で、アーチャーとプリーストが話をしている。

 

「……どうして……? どうしてなの……?」

 

「俺を彼女は必要としてくれたし……お前と違って、常にそばにいてくれたからな」

 

 白に近い銀色の長めの髪を鬱陶しそうにかきあげてから、プリーストはタバコに火をつけて、紫煙を吐き出した。

 

「いやだよ……別れたくないよ……」

 

 日の光のようなオレンジがかった金色の長い髪で、淡い紫色の瞳のアーチャーは、泣きながらプリーストに抱きついたが、それを冷たく振り払って彼はサングラス越しに彼女を見た。

 

「俺には、お前はもう必要ないから」

 

「そ、そんなっ……!?」

 

「じゃあな」

 

 手をひらひらと振って、プリーストは背を向け振り返りもせずに歩いて行く。

 それを待ちかねたように、道の角からプリーストと同じ髪の色の長い髪のかわいらしいアコライトがプリーストに駆け寄って行くのも見えた。

 

 そして、そのアコライトをプリーストが抱きしめて、キスをする姿も……

 

 アーチャーは、ただ泣き崩れるしかなかった。

 

 

 

 

「ねえ……イスフィ……ほんとに、ギルド抜けちゃうの? ……ハンターになったのに」

 仲が良かった女商人が心配そうに、ハンターを見上げた。

 

「ルル……。色々ありがとね」

 

「……イスフィがいなくなっちゃうと寂しいよう……」

 

 下を向いて涙をこらえているスミレ色のショートカットのルルの頭を撫でて、落ち着かせてから、イスフィは部屋の片付けの続きを始めた。

 

「ねえ……やっぱり、ギルド抜ける必要なんてないよっ ここにいてよ」

 

「ううん、だめだよ。ギルド人数いっぱいで……新しい人は、入れないの知ってるよね?」

 

「ん……」

 

 手伝いをするために本類をまとめて紐で縛りながら、ルルはイスフィの話に耳を傾ける。

 

「マスターの恋人のアコライトが新しく入るんだよ。だから、居残っちゃまずいの」

 

 走馬灯のように、ギルド内での出来事を思い出す。

 告白して受け入れてもらった時のこと。

 ギルド狩りで、迷子になった自分を必死に探しに来てくれたこと。

 初めてキスした時のこと

 

 ……幸せだったころのこと。

 

「っ!? そんな……そんなの、ギルマスの横暴じゃないっ」

 

 ――バンッ

 ルルは、驚いてまとめた本を床に落とした。

 

「……私が提案したんだよ。別ギルドに恋人がいるよりは、同じギルドにいた方がいいよって」

 

「イスフィ……それでいいの……?」

 

「ん? ……うん。二人に幸せになって欲しいから……ね」

 

 ウソツキ

 

「だから、邪魔者になりそうな私はいなくなるの」

 

 オオウソツキ

 

「…それって……辛くないの……?」

 

「まぁ……いい加減、ふらふらしたい病も出てきたし、いい機会だから抜けるのよ」

 

 ギゼンシャ

 

「大丈夫。私は強いんだよー? これぐらいのことで凹んでなんていられないって」

 

 別れ話の直後に……キスをしていたあの二人を思い出してしまい、イスフィは思わず頭を振って、その姿をかき消した。

 

「そっかぁ……んー……あたしも一緒にギルド抜けちゃおっかなあ……」

 

「あう……だめだよー。もうすぐ転職でしょう?」

 

「んー……あたし、ジョブ50までがんばることにしたんだ。だから、もしかしたらブラックスミスにはならないかもしれない。アルケミストになるかも……ね」

 

「そっか……がんばってね」

 

「だから、転職した姿……イスフィに見てもらいたかったなー」

 

「じゃあ、転職するときには連絡頂戴♪ お祝い持ってどこにいても、駆けつけてあげる」

 

「あー、そっか……そうだよね。ギルド抜けたからって、会えなくなっちゃうわけじゃないもんね」

 

「そうそう。深く考えすぎだって」

 

「ん♪ じゃあ、あたしちゃん、片付けのお手伝いがんばっちゃうぞーっ」

 

 ニコニコとかわいい微笑みを浮かべて、ルルは鼻歌混じりに散らばっているゴミや荷物を手際よくまとめていく。

 その後姿を見ながらイスフィは少し良心が咎めた。たぶん、彼女が転職を迎えるときには自分はここにはいない。

 

 ごめんね……新世界に、自分は行くから。

 

 この世界を司る神が、新たな世界を創造することを神の御使いたちがふれまわっている。

 その世界にこの世界から希望する者を連れて行ってくれるのだと言う。

 

 それを知ったイスフィは……ただ漠然と街で過ごしていた生活を改めた。

 財産をわずかな身の回りの物と装備以外を全てをお金に変えて、ただひたすら……狂ったようにモンスターを撃ち殺し、返り血を浴びながら狩り続ける。

 

 そうして……アーチャーからハンターに転職した。

 しかし、転職したことはこうやって手伝いに来ているルルにしか知らせなかった。

 

「……よし……きれいになったー」

 

 ぴかぴかに磨き上げられた床と壁。

 

 イスフィが使っていた痕跡はほとんどなくなった。もちろん、片付けの際に出てきた使わなくなったり、いらなくなった物はルルに渡した。

 

「売れたら、連絡するね…?」

 

「んー……いいよ。あげるから、お小遣いの足しにして」

 

「え、いいの? ありがとー」

 

 ルルは素直に喜ぶ。

 

「あ……そうだ。これ渡そうと思ってたんだー」

 

 ごそごそと、肩からかけている鞄を漁って、どうやってその鞄の中に入っていたのか、小一時間くらい問い詰めたい程大きな包みを取り出した。そして、更に部屋の端に置きっぱなしにしていたカートに歩み寄り、その中から細長い包みも取り出した。

 

「ハンター転職おめでとー♪」

 

「え!?」

 

「ふふ……たいしたものじゃないけど、受け取ってー」

 

 中には、ハンターボウと新品の装備一式。

 そして花のヘアバンドが入っていた。

 

「店売り品最強くらいしか、揃えられなかったけど」

 

「こんなに……貰えないよっ」

 

「んー? 何、あたしちゃんからのプレゼントは受け取れないってわけ?」

 

「あぅ……そう言うわけではー……」

 

「ハンターボウは、最後まで使う物だって聞いたから。あたしだと思ってそばに置いておいて」

 

 ルルはそう言って笑った。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

「……で……勝負してくれるの? してくれないの?」

 

 その声で、スレイは現実に引き戻された。

 

「それとも……女に興味ないのかな? それじゃ、仕方ないよねえ。そう言うアサシンとかプリーストって最近多いしー」

 

 イスフィは、嘲りにも取れる笑みを浮かべてから、軽くため息をついた。

 

「……じゃ、別の人に声かけることにするわ。さよなら」

 

「待った!」

 

 軽く手を振って歩き出そうとしたイスフィの左腕をつかんで、スレイは強引に立ち止まらせた。

 

「ん……? 何? 放してよ。勝負してくれないなら、貴方に用はない」

 

「あんた……何考えてそんなことしてるんだ?! 同程度の相手ならともかく……格上の相手を選ぶなんて、まるで自分を犯してくださいって言ってるようなものじゃないか」

 

 イスフィは下を向いたまま、その言葉に震える。

 

「俺が相手で良かったな……バカな考えはしないことだ。そんなに誰かに抱かれたかったら、普通にナンパするか、適当に娼婦にでもなればいいだろうに」

 

 パシンッ!

 

 小気味良い音と共に、スレイの顔にイスフィの平手打ちが決まった。

 

「そう言うつもりでやってるわけじゃないっ……貴方に何がわかるって言うのよっ」

 

 避けようと思えば避けられたはずの平手打ちだが……スレイは、なぜか避けることができなかった。イスフィが今にも零れ落ちそうなくらい、涙で潤んだ瞳でこちらを睨んでいたからだ。

 

「じゃ、どういうつもりなんだよ?」

 

「……説明したくない……」

 

「説明ないなら、普通そう思うが?」

 

「……もういい。犯されたがりの淫乱バカ女だと思ってて。別な人を探すわ」

 

 あきれた表情をしているスレイの手を振り解いて、イスフィは人込みの中に走り去っていった。

 

「何だ……あいつ……」

 

 残されたスレイは、歩き出そうとして足元に花のヘアバンドが落ちていることに気が付いた。

 

「これ、あのハンターがつけてたヤツ……だよな」

 

 拾い上げて、ハンターの走り去った後を見つめた。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

 泣きながら走ってきて、人込みを避けて。

 大通りからかなりはなれた小道の木陰にイスフィは座りこんだ。

 

「……理由なんて……言えないよね、ソラ」

 

 肩に降りてきたファルコンに、声をかけてその頭を撫でる。

 そして、ソラは気持ちよさそうに一声鳴く。

 

「………後……5日かぁ……」

 

 空を見上げて、ため息混じりにつぶやいた。

 新世界へのゲートが開くまで後5日。

 世界を司る神が今日から5日の間を全ての出来事を夢とする幻想祭にしてしまうのだ。

 ある者は、普段作れないような高額の武器を製造したり……

 ある者は、普段狩ることはできないモンスターに挑んだり……

 ある者は、まだ夢を見ている上級職へと一時的に転職したり……

 

 全てが儚い幻。

 淡い幻想のかなたに消える。

 

 全てが無に帰すけれど……自分がしたいことができる幻想祭。

 

「……よぉ。姉ちゃん、勝負で勝ったら好きにさせてくれるんだって?w」

 

「さっき、天使ヘアバンドのアサシンに声かけてたよねー? 僕達で良ければ相手になるよ」

 

「三対一はお好みじゃなければ、サシでいいぜ? ……まあ、最終的には三対一になって貰うけどな」

 

 声の方向に振り向くと、赤い逆毛のアサシンとまだ幼い感じが抜けきれていないウィザード、騎士崩れらしい緑の長い髪の男が立っていた。

 

「悪いけど……勝負したい相手は自分で選ぶから、他あたってくれる?」

 

 そっけない返事をすると、イスフィはまたソラの頭を撫でた。

 

「あん……? 折角声かけてやってるんじゃねーかw ヤラレたいんだろ?w」

 

「そうそう、三人も相手できるんだよー。いいじゃん」

 

「俺達が、足腰立たないくらいまでヤッテやるよ」

 

 その言葉に、深くため息をついてイスフィは立ち上がった。

 

「……逆毛と騎士は、虫唾が走るくらい大っ嫌いなのっ。それに……そこのウィズさんは、年いくつ? まだ、成人してないでしょ? 悪いけどお子様はお家にお帰り」

 

 遠慮も何もあったものではない言葉をずけずけとイスフィは言う。

 その上で、お呼びじゃないからさっさとどこかに消えろとでも言いたそうに、気だるそうに手を振った。

 

「てめぇっ……折角、紳士的に声かけてやってるってのに」

 

「ぐ……確かに僕はまだ成人はしてないけど……」

 

「淫乱の癖に、選り好みすんじゃねえよっ」

 

 ……まあ、あそこまで言えば……普通は頭に血が上る……よねえ。

 

 今の自分の立場を棚上げ状態で、イスフィは考えていた。

 思案した所で、答えが出るわけでもなく。

 

 高レベルのハンターならともかく。

 成り立ての自分では、三人を相手に倒すことはたぶん無理だ。

 

 そう……どうせ、5日後には自分はこの世界にはいない。

 この世界で汚れ果てても、新世界では無かったことにできる。

 

 あの人と一緒にいられない世界なんて要らない。

 

 この世界なんて、大嫌いだ。

 何もかも壊れてしまえばいい。

 自分も壊れてしまえ。

 

 ……そう思っていても……本当は……

 せめて、あの人に似ている……強い人に自分を壊して欲しかった。

 

 こんな……馬鹿な連中じゃなくて……

 

「……好きにすれば? 勝てればね」

 

 なぜか、涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

「オラオラ、もっと無様に逃げろよw」

 

 アサシンの短剣がイスフィの服を切り裂いて行く。

 

「くっ……このぉっ! ダブルスト……」

 

「遅ぇよ、見切れるぜw」

 

 人も少ない、PVPルームの特殊装置で作られた仮想のアルベルタの町。

 ルームに入るときに配られる自動順位カウント装置にも、イスフィとあの三人以外の気配すらない。

 

 ……私、何やってるんだろう……

 

 イスフィは必死になって弓に矢をつがえながら思った。

 

 ハンターになって、まだ日も浅いイスフィには足止めにも攻撃にも使える罠の数々もまだ使いこなせない。

 かたや少なくとも修練を積んでいるアサシンは動きが早く、やすやすと弓での攻撃を避け、遊びのようにイスフィの服だけを切り裂く。

 

「うわー……エロイ格好になってきたね」

 

「後はほとんど下着だけだもんな。俺達が相手しなくてもヤツが倒してくれそうだ」

 

 騎士とウィザードがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら、その様子を見ていた。

 事実、ハンターの動きやすい服装が仇となり、元々少ない布地は裂かれて下着があらわになっている。

 

 ……なんで、後悔してるの?

 

 自分で望んだ結果でしょう……?

 

 それとも、あの人が助けに来てくれるとでも思ったの?

 

 自問自答して、涙が出てくる。

 

「期待してろよw 丸裸にしてやるからよー」

 

 余裕の笑みを浮かべて、アサシンが二人に振り向いた瞬間。

 突然カウント装置が点滅して、目の前に人が現れた。

 と同時に素晴らしい速さで、懐に迫り込みクリティカルを叩き込まれる。

 

「……っ!?」

 

 何が起きたのかわからない表情で、アサシンはひざをついた。

 

「あ……!」

 

 銀色の髪の毛が逆光できらめいた。

 

「……丸裸になるのはどちらだろうな」

 

 天使のヘアバンドを身につけたアサシンが、ジュルを持った手を交差させるようにして立ち、冷たい瞳で見下ろしていた。

 

「……な……なんで……?」

 

「あんた、これ落として行っただろ?」

 

 イスフィの質問に、スレイは花のヘアバンドを傍らに落とした。

 

「届けにきただけのつもりだったんだけどな……気が変わった」

 

 スッ……と周囲の空気が冷たくなる。

 スレイの表情も、それに伴って能面のように冷たくなっていった。

 

「クソ……いいところで、邪魔すんじゃねえよ! この格好だけのアサシンがぁぁっっっ!」

 

 スレイの背後から、騎士が渾身の力で斬りかかる。それをまるで風でしなる柳のように優美に避けて、バックステップで逆に騎士の背後をとった。

 

「そういうセリフは、百年早いな」

 

 囁くように耳元で言い、素早く自分の腰から短剣を抜き放つ。

 

「お前らにはハンデに、カタールじゃなくて短剣使ってやる。ありがたく思え」

 

 嘲笑をこめたその言葉に、ひざを付いていたアサシンが激怒した。

 

「二刀をなめるんじゃねぇっ」

 

 しかし、その攻撃も空を切る。

 

 レベルが……違いすぎるんだ……

 

 イスフィは、改めてスレイのレベルを考えてゾッとした。

 

 自分がアレだけ苦戦していたアサシンがまるで子供にしか見えない。

 その上、スレイは騎士とアサシンの二人からの攻撃を難なくかわし、冷たい笑みすら浮かべている。

 

「………氷の精霊王フェンリルよ、汝に願うは凍える空間! 今、盟約の元に『ストーム・ガスト!』」

 

 魔法陣が現れ、凍結の大魔法が周囲を覆った。

 

「アハハ……アハハハハハッ…! 僕を放っておくから悪いんだよー?

 凍った後にじっくり始末してあげるよ!  アハハハハハハッ」

 

 狂気じみたウィザードの笑い声が響くなか、大魔法が消える。

 

「……残念だったな。俺には魔法は無効だ」

 

 イスフィを庇う様に抱きかかえたスレイが凍ることもなく、現れた。

 

「なっ……なんでさっっ! 魔法が……魔法が無効だなんて……そんなばかなっ!?」

 

「マルクカードと黄金盗蟲カード。その名前と効果ぐらい知ってるだろ?」

 

「……!? なんでそんなもの……!」

 

 その言葉を最後に張り詰めた糸のようにイスフィの意識は途切れた。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

「………ぅ……ん……」

 

 宿屋の枕ではなく、地面の堅い感じでもない。

 何かに包まれて……誰かに抱きかかえられているような……。

 

 ああ……そういえば。

 私、ストーム・ガストで気を失って……

 

 イスフィは、ぼーっとする頭のまま目を開いた。

 

「……ん? 気が付いたか?」

 

 真っ先に目に入った、濃い灰色の瞳。

 続いて、光に揺れる銀の長い髪。

 

 自分を抱えているのが、スレイであることに気がついてイスフィは気が動転した。

 

「ご……ごめんなさいっ! 貴方があんなに……すごい人だなんて思わなくて……余計な時間とらせてしまって、ごめんなさいっっ」

 

 突き飛ばすように離れて、震えて泣きながら謝る。

 

「謝らなくていいよ。元々、俺はPVPの常連だから……馬鹿なことはもうするんじゃない。少しは懲りただろ?」

 

「うぅ……ごめんなさい…」

 

 イスフィは泣くばかりで、話にならない。

 

「あー……もう、泣くな! どうすればいいかわかんねえだろっ!!」

 

「あぅ……」

 

「だいたいなぁ……あんたが、どのフィールドに居るかわからなくて全部のフィールド探し回ったんだぞ。だから、気にするくらいなら、もう馬鹿なことはするな」

 

 ぽん…と軽くイスフィの頭に手を置く。

 

「他人のことだから、気にしないでいるつもりだったんだけどな」

 

「あ……ありがとうです……」

 

「だーかーらー。最初のときの口調はどうしたんだよ。デスマス調なんて勘弁してくれ」

 

「そう言われても……」

 

 身体を包んでいたものは、自分よりもかなり大き目のマントで、膝を抱え込んだイスフィをすっぽりと覆っている。

 その様子に、スレイはため息をついた。

 

「たしかに俺は、もう冒険者認定レベルカンストしてるし、ボスカードだって持ってる。だから、廃とも揶揄されてるよ。だからといって、あんたらとたいして差はないはずなんだが」

 

「れ……レベルカンスト……!?」

 

 それを聞いて思わず、自分が包まっているマントの精錬値を見てイスフィは目眩がしそうになった。

 精錬値+9。一体いくつのスロットつきマントを破壊してできたものなのか想像すらつかない。

 

「うわ……な……なんてものに私ってば……」

 

 慌てて、マントをはずそうとするとスレイに止められた。

 

「わ、ばかっ! お前自分の格好考えろ。いくらなんでも目のやり場に困るだろうがっっ」

 

 スレイが、やや赤い顔で怒鳴りつけた。

 たしかに先程のアサシンとの戦闘で、イスフィの姿は正視して見られたものではなかった。

 ほとんど裸に近い姿だったから。

 そして、問題のアサシンやウィザード、騎士たちの姿は見えない。

 

 不安げに目を泳がせるイスフィにスレイは何かを思い出したように笑いながら

 

「安心しろよ。あいつらなら退場させたから」

 

 ほっとして、イスフィは少し笑みを浮かべた。

 

「まあ、数日は歩くことも立つことも無理だろうな」

 

「え……」

 

 何をしたんですか? と聞こうかとイスフィ思ったが、答えは決まっているような気がして怖くて聞けなかった。

 

「だいたい、あんたみたいなのが、どうしてあんな真似したんだ? 何か理由があるんだろ?」

 

「えと……私、新世界に移住するから……最後に無茶してみたくて。結局、無理でしたけどねー」

 

 笑みを浮かべて、イスフィは気楽に話す。

 新世界に移住するから、多少無茶をしてもこの世界から私という痕跡は消えること。

 

 この世界に生きていたという証のように、自分を抱いてくれる強い人を探していたこと。

 スレイは、自分よりも強いと思ったから声をかけたこと。

 

 そんなイスフィを見透かすようにじっとスレイは見つめてから静かに言った。

 

「それ……半分は嘘だろ?」

 

 イスフィは下を向いて押し黙った。

 やがて、イスフィは意を決したように顔を上げると、スレイの首にかけられた冒険者認識票に手を伸ばした。

 

「スレイフォード……スレイさん……でいいのかな?」

 

 認識票の名前をつぶやくように読み上げる。

 

「私は、イスフィール。友達はイスフィって呼びます」

 

 自分の認識票も手でもてあそびながら、イスフィは答えた。

 

「あのね……私……スレイさんと良く似てる恋人がいたんだ……」

 

 ぽつりぽつりと、ゆっくりイスフィは話し始めた。

 

 アーチャー時代に恋人だったギルドマスターに振られたこと。

 新世界への移住の話を聞いて、移住して全てを忘れるために無茶をして転職したこと。

 

 そして、ギルドを脱退したこと。

 

 それでも……忘れられなくて、街中をふらふらしていてスレイを見かけたこと。

 

「あの人と一緒にいられないなら……こんな自分いらない……こんな世界もいらない。だから……壊して欲しかったんです……あの人に似てる貴方に」

 

 瞳に涙を溜めて、イスフィは微笑んだ。

 

「これが本当の話……。ごめんなさい、つまらないことで」

 

 涙が止まらなくて、後から後から溢れてくる。

 スレイは、思わずイスフィを抱きしめた。

 

「えっ!?」

 

「……悪かったな。無理に話させて」

 

 抱きしめたまま、静かにスレイはイスフィに語りかけた。

 

「ううん……自分が悪いから」

 

「もう少し、自分を大切にしろ。恋人に振られたくらいなんだよ。そんなやつのことは忘れちまえ」

 

「無理……忘れられるなら、こんなに辛い思いしないもん」

 

「……そうか……なら……今すぐに忘れろなんて言わない」

 

 横抱きに……いわゆる姫抱きにイスフィを抱えあげると、スレイは立ち上がった。

 

「移住する前に、この世界でもっと良い想い出を持っていけよ。壊すとか……そう考えるのはそれからでもいいと思うぜ?」

 

「……ちょ…ちょっと、スレイさん?!」

 

「まあ。とりあえず、まずは街に戻って服を何とかするとしようかね」

 

「えと……その、あの歩けますから、おろしてくださいぃっっ」

 

「だめだね。挑発的なそんな格好で歩かれたら、つれて歩くこっちのほうが困るんでね♪」

「あぅぅ……」

 

 困り果てているイスフィの意思など無視して、スレイはそのまま歩き出した。

 街に戻って、イスフィはスレイの家に連れ込まれた。

 ……もちろん、いかがわしい真似をするつもりでスレイは連れて来たわけではない。

 

 自分の家に付くとスレイはクローゼットの中から自分の服を取り出してイスフィに放り投げて、それを着るように伝えるとWISで誰かと話を始めた。

 時折、会話を思わず口走っていたのを掻い摘むと、どうやら知り合いに何か頼みごとをしているようだった。

 

 そして、しばらくすると赤い逆毛に頭巾をつけ、サングラスにひげ面のブラックスミスがやってきた。

 

「え……これ……いいんですか?」

 

 イスフィの前には装備一式が置いてある。

 

 スキルフルタイツ。

 ブーツオブヘルメス。

 モッキングマフラー。

 そしてニンブルクリップが二つ。

 

 もちろん、クリップ以外は+5まで精錬してあるし、イスフィが身につけていた装備など足元にも及ばない高価なものだ。

 

「かまへん。かまへん。どうせ、今は幻想祭の期間中やから」

 

「リーに俺からも礼を言ってたと伝えといてくれよ。主装備ほとんど借りちまうことになるから」

 

「あいよ。まあ、大丈夫やろ? 幻想祭の間は狩りはしないと言うてたし」

 

 ブラックスミスは豪快に笑いながら言った。

 

「しかし、なんちゅーか……やっとスレイにも春が来たんやなー」

 

 しみじみとイスフィとスレイを見つめて、そのブラックスミスはつぶやく。

 

「お前、無駄口が過ぎるぞ」

 

「えーやんか。シェナがいなくなってからのあんさんは、見てられへんかったんやし」

 

「シェナ……??」

 

 その言葉を聴くと、いきなりスレイは壁を拳で思い切り叩いた。

 

「……あいつの話はするなって言ったよな……?……」

 

 殺気ばしった目でブラックスミスを睨み付けている。

 

「あー……すまなんだ。ちゅーても、そんな殺気出さへんでもええやろに……」

 

 スレイは、押し黙ったまま窓の外に視線を向けた。

 その様子にブラックスミスはほっとしたように息をついた。

 

「事情はスレイから聞いとるよ。とりあえず、その装備があれば大概の所にいけるやろ。あんさんが無理なところでもスレイがつれてってくれるやろうし」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「あー、礼を言うならわしやのうてその装備を貸してくれたヤツに言うんやな。わしは持ってきただけやから」

 

「はい……えと……あの……」

 

「ん? なんや?」

 

「……いえ、なんでもないです」

 

 さすがに、シェナとは誰のこと? とイスフィは聞けなかった。

 あのスレイの態度を見ればなおのことだ。

 

「ほな、これで失礼するわ。良い想い出をな」

 ブラックスミスは、手を振りながら家を後にしていった。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

 すぐ近くに現れたコボルトの額をイスフィの矢が打ち抜き、それと同時にイスフィの頭上に天使が舞う。

 

「成長早いな。すぐにレベルが上がる」

 

「というか……もうクタクタ……スパルタで色んな所連れて行かれれば、レベルも上がりますっ!」

 

 その背後には、アンクルにかけられて蜂の巣になったコボルトや、ジュルで切り刻まれたコボルトの死体が折り重なるように並んでいる。

 

 あの出来事から4日が過ぎた。あと一日で幻想祭も終わる。

 あれからイスフィはスレイとずっと過ごしてきた。

 彼に連れられて、プリーストやアコライトのポータルであちこちの狩場に連れて行かれた。

 その間は彼の家に泊めてもらっていたのだが……もちろん、何もなく。ある意味イスフィ的には自分に魅力がないのかと落ち込む原因にもなっていたのだが。

 

 ゲフェン西のコボルトたちの平原。

 

 斧、剣、鈍器をもったコボルトたちが、自分達の領域を侵す人々を襲ってくる場所。

 しかし祭の今、この場所は単なる通り道となっていた。

 ここから南に下った湿地帯にグラストヘイム古城に現れるはずの古の王・ダークロードと黒い甲冑の古の騎士・深淵の騎士が現れるため、その姿を見ようと冒険者たちが続々とそこに向かうためである。

 

 この場所のほかにも、さまざまな場所で本来はダンジョンの奥深くで訪れるものを爪牙にかけるはずのモンスターたちが現れ、冒険者たちは喜々として討伐に出かけていた。

 祭りのために、天の御使いたちの力が弱まったため、モンスターたちの封印が一時的に解けてしまったためだ。

 

 一般人には、迷惑な話だがそれも祭りが終われば元に戻ること。

 

「さて……そろそろダークロード見物にでも行くか♪」

 

「ちょっ……まってっ!! 置いていかないで~~~~っ」

 

 スレイにとっては、コボルトなど敵にも値しないらしく、囲まれてもすぐに倒しきって先に進んでいってしまう。

 そんなスレイを必死でコボルトを倒しながら、イスフィは追いかけて行く。

 

「わあ……」

 

 湿地帯に入って早々に、目の前で深淵の騎士とPTの戦いが繰り広げられていた。

 ブラックスミスのメマーや、プリーストのレックスエーテルナが飛び交う中、ハンターが前衛達を盾にするように、背後からダブルストレイフィングを続けざまに何度も打ち込む。

 ウィザードが止めのユピテルサンダーを打ち込んで、深淵の騎士が沈んだ。

 口々に、お疲れさまと言い合って、また敵を探すために全員が散って行く。

 ふと、メマーを打っていたブラックスミスの一人がこちらに気が付いて、近寄ってきた。

 

「イスフィ!! 来てたんだー♪」

 

「え……? 誰?」

 

 聞き覚えのある声にイスフィが首をかしげると、ブラックスミスは装備していたオペラマスクとオークヘルムを外した。

 すみれ色のショートカットの髪が現れ、見覚えのある顔がそこにはあった。

 

「ルル?!」

 

「えへへ……わかんなかった? ちょっと試しに転職してみたんだ♪ どう? カッコイイ?」

 

 くるりと目の前で回転して見せる。

 凹凸がない、幼児体型のルルでは露出が激しいブラックスミスの服装は、かなり無理がある。

 

「……その手の趣味の人間に気をつけるべしと言った所か……プロンテラ平原だしな」

 

 スレイがじっとルルを見つめてつぶやいた。

 

「……ちょっと、イスフィ。この下半身直結厨は何者よ?」

 

「イスフィ、このガキは知り合いか?」

 

 二人が、ほぼ同時に口を開いて、イスフィに尋ねてきた。

 慌てて、二人にそれぞれを紹介しようと口を開きかけたところで

 

「……ガキ!? かりにも花もはじらう乙女のあたしちゃんに対して失礼極まりないじゃないのさっ!」

 

「事実を言ったまでだ」

 

「むっかーっ! おおかた、イスフィが何も知らないからって、たぶらかして連れて歩いてる極悪ピクミンのくせにっ」

 

「心外だね。確かに連れて歩いているがたぶらかしてはいないぞ。ああ、安心するといい。イスフィと違ってお前はもっと胸が成長しないかぎりは、並んで歩くのも願い下げだからな」

 

「な……なんでよーっ! スレンダーのどこが悪いのさ、この下半身直結ピクミン!」

 

「スレンダー? スレンダーというよりも幼児体型だろ、お子さま。それに、男は少なくともそれなりに下半身直結だと思うが」

 

「いや、あの……二人ともちょっと落ちつい……」

 

 ある意味、ノーマナーな言葉の応酬にイスフィは止めようと二人に声をかけるが、イスフィの言葉など、二人の耳にはすでに届いていないようだ。

 

「うるさいのっ!」

 

「ちょっと黙ってろ」

 

 二人に同時に凄まれて、イスフィは切れた。

 

「……いい加減にしなさいよっ。ソラっ! やっちゃえっ!」

 

 ブリッツビート!

 

 高らかに声を上げて、ソラが二人に襲い掛かった。

 

「はうぁっ」

 

「のわっ」

 

 鷹にくちばしでつつかれ、爪に引っかかれようやく落ち着いた二人。

 

「……な、何するのさ、イスフィ!」

 

「鷹は防御無視で避けられないんだぞ!」

 

 鷹をけしかけたイスフィに文句を言おうと振り返って、二人は凍りついた。

 

「何で、けんかしてるのよ……もう……ばかぁっ」

 

 涙目のイスフィが真っ赤になってこちらを見ていたからだ。

 

「ごめん、イスフィ……」

 

「すまん……」

 

「えと……そのBSは友達のルル。話したでしょ? ギルドに仲が良い商人がいたって」

「ああ、あの商人がこいつなのか」

 

「こいつって何さ。ルルさまって呼びなさいよ」

 

「ルル「さま」だぁ? ガキには呼び捨てで十分だろうが」

 

「……まだやるの……?」

 

 イスフィの声に、スレイとルルは黙る。

 

「それから、このアサシンさんはスレイさん。今、お世話になってるの」

 

「フーン……この下半身直結にねえ……」

 

 腕を組んで、じろじろと値踏みするように、スレイを見る。

 

「まあ、天使ヘアバンド装備だし……資産はそこそこありそうだし……イスフィの相手としては申し分なさそうだけど」

 

「資産って……あのな……」

 

「だって、装備も揃ってない貧乏ピクミンにイスフィはあげたくないもん」

 

「話がなんだか飛躍してるよ、ルル……。それに、装備云々じゃないけど……スレイさんは、冒険者レベルカンストしてるんだよ」

 

「カンスト?!」

 

 途端に、ルルの顔色が変わった。

 

「それなら、ギルドに所属するとか……相方とかいてもいいはずじゃないのさ。それがソロで、物好きにもプリーストとか自分の利益になる職でもない成り立てハンターと一緒にいるなんて何者さ、アンタ……」

 

「単なる暇人だよ。昔は、ギルドにも所属してたし、相方もいたけどな……」

 

 スレイはそう答えて、タバコを取り出して火をつけた。

 

「何で今はいないのさ? あまりの下半身直結ぶりに相方に愛想付かされたとか?」

 

「ちょっと、ルル……いい加減にしなよ」

 

 イスフィがルルの手を取って止めようとするが、ルルは話し続ける。

 

「突然、相方がいなくなったんだよ。よりによって、結婚式当日にな。いなくなった理由なんて知るか……こっちが聞きたいくらいだ」

 

 煙とともに吐き捨てるようにスレイはつぶやく。

 彼が、いらいらしているのが良くわかる。

 タバコを持つ手が震えていた。

 

「そのせいで、ギルドにもなんとなく居づらくなってね。抜けたよ……それでもギルメンとは交流はあるけどな」

 

 そして、一つ溜息をついた。

 

「まだ、聞きたいことはあるのか? ガキって言うのは言いたくないことまでずけずけと聞くんだな。傷に塩を塗りこむように」

 

「ごめん……なさい」

 

 しゅんとして、ルルは顔を曇らせた。

 ルルからすると、素性もわからないアサシンと親友であるイスフィが一緒にいることがとても不安だった。少しでも不安を取り除きたくて、ついきつい言葉で根掘り葉掘り聞いてしまったのだろう。

 

「……言っていいことと、悪いことってあると思うよ……ルル」

 

「悪気があったわけじゃないよ……だって、レベルカンストしてるなんて珍しすぎるし……しかもソロだなんて……BOTでもなければ、無理だと思っちゃったんだよ」

 

 BOT、魂を売り渡して己を戦闘のみに生きるようにしてしまった冒険者のことだ。

 御使い達が、世界を回っていればこのようなやからを排除するのも簡単なことなのに、何故か御使い達はそれをしない。

 

 そのために世界にはそんなやからがたくさんいる。そういう者ほど、レベルも高くソロでいることが多い。

 

 もちろん、全てが野放しにされているわけではないが……。

 

「本当にごめんなさい」

 

「……まあ、慣れてるしな……気にするなよ」

 

「ありがとう……ごめんね、スレイさん」

 

 今にも泣きそうなルルの頭にぽんっと手を置くと、タバコを地面に落として踏みつけてスレイは火を消した。それを見て、イスフィはほっとする。

 

「ルル、暇なら私達と一緒に今日は行動しない?」

 

「んー? いいよー……あ。でも、ちょっとまってギルドに連絡入れてからにするから」

 

「あ、うん」

 

「早くしろよ。時間が勿体無いし」

 

 にっこり笑って、イスフィとスレイがルルの話が終わるのを待ったその時。

 

 スレイが一早く異変に気がついた。

 

「イスフィ!」

 

「え?」

 

 思い切り突き飛ばされて、イスフィはルルにぶつかった。

 

「逃げとけ……流石にこいつは……俺でも難しい」

 

 そういったスレイの背後には、黒い巨体のダークロードがその腕を振り上げていた。

 

「……早く行け!」

 

「そんな、置いて行くなんて……できないよっ」

 

 イスフィは、体勢を直して矢筒から矢を取り出して、弓につがえる。

 そして、間髪いれずダブルストレイフィングをダークロードに打ち込んだ。

 

「このっ……ばかっ!! 逃げろって言って……」

 

 振り返ってイスフィをたしなめようとしたスレイに隙ができ、彼の横腹にダークロードの一撃が入った。

 

「スレイ!!」

 

「……いいから、ルルと一緒に逃げろ! 俺なら気にするな」

 

 いくら精錬してある防具を着ているとはいえ、ダメージは大きい。

 何よりも、アサシンはダメージを受けることには慣れていない。

 

「あわわ……うー……プリーストがいれば………」

 

 他の冒険者は、珍しいことに辺りに見当たらない。

 ルルはギルドエンブレムを握り締めたまま、思わずつぶやいた。

 

『どうした? 何かあったのか? それともメッセージ誤爆か?』

 

 ルルがギルドに連絡をしようとしていたことが幸いした。

 エンブレムを通して、ギルドメンバーに声が届いたのだ。

 

「あ……マスター……」

 

 だが、相手は不幸なことに、恐らくイスフィが一番会いたくないであろう……ギルドマスター。

 イスフィの元恋人……しかし、今は背に腹はかえられない。

 

「マスター、今どこ?!」

 

『南コボルト。深淵と戦うのがなかなか楽しい。青ジェムがかなり必要だが……』

 

「ちょうど良かった……同じ所……今すぐ来て! ダークロードが出て……イスフィ達が……とにかく大変なのさ!」

 

『……は? イスフィ? どういうことだ??』

 

「説明は後でするからさっ、場所は……」

 

 ルルは、首からかけた冒険者認識票で自分の場所を確認してマスターに伝えた。

 もちろん、横目でイスフィとスレイの様子を見ることも忘れない。

 

「『最低男』とか『淫徒プリ』とか『下半身直結厨』って呼ばれたくなかったら、ちゃんと来なさいよ」

 

『おい! もっとよく説明を……』

 

「……マスター……本当に急いで来てよね。来てくれるって、信じてるからさ!」

 

 マスターの問いかけに返事もせずに、エンブレムをもう一度胸に付け直す。

 ルルは、カートから白ポーションを持てるだけ取り出した。

 

「私も、手伝うよ!」

 

「……なに言ってるんだ!? 巻き込まれたらお前……っ」

 

「伊達に白ポーション山程積んでないさ。これ使って」

 

 持っていた白ポーションをいくつかスレイの足元に落とし、そして斧を手にして横に立つ。

 

「……うちのギルドマスターが来てくれるって。だから、きっと助けてくれる」

 

 イスフィに聞こえないように小声でルルはスレイに耳打ちした。

 

「……ギルマス?」

 

「ん。撲殺型の破戒プリーストだけど……ねっ!!」

 

 勢いを込めてダークロードの足に斧を振り下ろして、その勢いのままメマーナイトを叩き付ける。

 その攻撃は外れることなくダメージを与える。

 

「アローシャワー!!」

 

 茂みの中から、斧を持ったコボルトと鈍器を持ったコボルトが飛び出してきて接敵中のスレイたちに襲い掛かってくるが、矢が降り注ぎ、コボルトを一掃する。

 

 イスフィがコボルトを射殺したのだ。

 

 更に矢をつがえて、こちらを狙っていたコボルトアーチャーに狙いを定めて正確に射抜く。その姿は、以前のイスフィと違い凛々しくさえ見えた。

 

 しかし、状況は悪化していた。

 

 ダメージソースは、スレイのトリプルクリティカルジュル頼み。

 ルルのメマーナイトもBSのスキルの恩恵で外さなかっただけなのでそのダメージは火に油を注ぐようなもの。

 

「ごめん……もっと弓の腕をあげて置けばよかったね……」

 

 イスフィの矢はなかなか当たらないので、ダメージソースとしては当てにできない。

 傷を癒すことができるプリーストやアコライトもいない。そのためにこちらのダメージは減ることなく、蓄積されて行く一方。

 そして、周囲の茂みからは休むことなくコボルトが現れる。

 

「あー、もう……ヘロヘロ……なんで、こんなに硬いのさっ」

 

 思わず泣きたくなる様な状況に、ルルは悪態をついた。

 

「……神よ、その大いなる慈悲を持ってかの者たちをを癒したまえ! サンクチュアリ!」

 

「……神の御加護を! ブレッシング!!」

 

 重なるように男女の聖なる祈りの声が響く。

 

 聖なる祝福がスレイに付与され、スレイとルルの背後に聖域のまぶしい光が立ち上がり、傷を瞬く間に癒して行く。

 

「この声……!? 何で、ここに……」

 

 祈りの声にイスフィは狼狽した。

 

 間違いなく、この声はあの人のもの。

 何故、ここに来たのか。

 ルルが呼んだのだろうか。

 それとも……

 

 ううん。”男女”の声ということは、今の恋人も一緒にいるということ。

 

 ……まだ、吹っ切ることができないの、私は。

 

 

 イスフィは一瞬、陳腐な希望を見出しそうになった自分に嫌悪した。

 

「速度増加! インポジシオマヌス!」

 

「アスペルシオ! レックスエーテルナ!!」

 

 そして、続けざまに支援魔法が飛び、やがて……ダークロードはついに地に伏した。

 

「ふう……おつかれさん」

 

 スレイとよく似たプリーストが、粉々に砕けたブルージェムストーンの欠片を手から払い落としながら木陰から現れた。

 

「マスター、ありがとーっ! 助かったさー」

 

 武器を手から離して、勢いよくルルはそのプリーストに抱きついた。

 

「……あんなメッセージ送られたら、来ないわけには行かないだろうが……って、コラ、離れろ邪魔だ」

 

 憮然とした表情でルルを見る。

 

「おつかれさま、ルルちゃん。皆さんもおつかれさまです」

 

 その背後から、女性プリーストが微笑みながら現れて寄り添うように隣に立つ。

 プリーストになったんだな……とイスフィは彼女を見て思った。

 

 相変わらずきれいな長い銀の髪と、かわいらしくてよく似合う看護帽。

 たぶん、あの人が贈った物なんだろうな……

 

 そう思うと、ズキンと胸が痛んだ。

 

「デュオ……ありがとう。さすがにプリーストいるのといないのとじゃずいぶん違うから」

 

 痛みを隠して、にっこりとイスフィは笑みを浮かべた。

 

「ああ。『『最低男』とか『淫徒プリ』とか『下半身直結厨』って呼ばれたくなかったら、ちゃんと来なさいよ』とこいつに脅迫されただけだから、気にするな」

 

「ふぃひゃい……ひゃーめーひぇー」

 

 デュオと呼ばれたプリーストは、ルルの頬をひっぱって伸ばしながら、事も無げに答える。

 ひっぱられているルルはジタバタと慌てて離れようとするが、撲殺型のプリーストの腕力にはルルでもかなわないらしい。

 

 スレイは先程から黙ったままイスフィとデュオを見つめていた。

 その瞳から、何を考えているのかはうかがいしれない。

 

 そして……そのスレイに強い視線を送っている者がいた。

 それは、デュオの恋人であるはずの女プリーストだった。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

「ところで……ハンターに転職したんだな。いつ転職したんだ?」

 

 一気にジョッキを空けてから、ようやくデュオは口を開いた。

 

 ここは冒険者が集まる酒場。

 5人は、とりあえず街に戻って休憩を取ることにしたのである。

 ワープポータルで一足飛びに首都のプロンテラまで戻り、昼時の食事を取る人々で混んでいるこの酒場に入ったのだ。

 

「あれ……言わなかったけ? 幻想祭が始まる何日か前に転職したの。ギルド抜けたときだよー」

 

 知らせたのはルルにだけだったのだが、そんなことはおくびにも出さず素知らぬ顔でイスフィは答えた。

 テーブルの上には、かなりの量の料理と酒が並んでいる。

 肉と極彩色の野菜の盛り合わせに琥珀色のソースがかかって、熱く焼けた肉の上で美味しそうな音を奏でる皿や南国の珍しい果物が並んだ籠、赤い香辛料がたっぷりときいた煮込み料理、遠い天津から取り寄せられた米から作られた酒や、ゲフェン名産のぶどう酒。

 この酒場は首都にあるだけに、食材には困らない。そのために世界中の料理が融合して冒険者の胃を満足させる料理の種類とボリューム、価格になっている。

 もちろん、冒険者だけではなく一般の人々も来るくらいだから、かなり美味しい。

 

 スレイとイスフィはこの席を辞退しようとしたのだが、ワープポータルを出してくれた女プリーストのシエラに止められて仕方なく同席していた。

 

「ふーん……? 聞いた覚えはないが……でも、まあ転職おめでとう。しかしハンター姿はなかなか…」

 

 そういいながら、イスフィの肩に手を回そうとしたデュオに剥きかけのリンゴが投げられる。

 反射的に、デュオがそのリンゴを受け止めると、

 

「おっと、すまん。手が滑った」

 

 隣りの席に座っているスレイがナイフを持ったまま、申し訳ないと言う顔で詫びた。

 イスフィは一瞬面食ったが、恐らく自分を心配して取ってしまった行動なのだろう。

 

「スレイ……だっけか? ずいぶん豪快な手の滑り方だな」

 

「だから、謝っているだろう。何か不満でも?」

 

 投げ返されたリンゴを改めて剥きながら、ふてぶてしくスレイは答える。

 

「マスター……あんまりそういうことやるとシエラさんに愛想付かされるよ?」

 

 しれっとした表情で、一番大きな皿の肉料理を頬張りながらのルルの一言に、先程までの自信過剰気味な姿はどこに消えたのか、一転してシエラに必死に謝るデュオの姿はとても滑稽だった。

 

 イスフィは、軽いため息をついてから微笑む。

 

「ほんと……愛してるのねえ……」

 

「まあな。泣き虫で弱いからな……守ってやりたくなるんだよ」

 

 イスフィがデュオの前で泣いたのは、一度きり。別れ話をされたあの時だけだ。

 それまでも、その後もイスフィはいつも笑っていた。

 

『お前ってさ、太陽みたいにいつも強くて明るくて……元気だよな』

 

 その言葉が嬉しくて、どんなつらい時も、悲しいときも、たとえ困ったことがあってもデュオには頼らなかった。

 

 強い自分……明るい自分でいたかったから。

 

「強いお前と違ってさ、繊細で壊れちまいそうなガラス細工みたいなんだよ」

 

 真っ赤になって恥ずかしがっているシエラを愛しそうに抱きしめて、デュオは笑いながらそう言った。

 イスフィにとって、その言葉はひどく自分が惨めに感じた。

 シエラの銀色のまるで月の光のような美しい長い髪と、宝石のサファイアのような深く青い瞳。

 日の光など浴びたことがないような白く透き通った肌と美人と形容するのに値する整った顔立ち。

 たしかに、ガラス細工と呼ぶにふさわしい外見をしている。

 

 それに対して自分は、毎日の狩と鍛錬で日に焼け、モンスターたちとの戦いで傷つき痕が残り、お世辞にもきれいな髪と肌とは言えない。

 もちろん年頃の娘らしく、手入れは欠かさないのだがそれでも限界があるのだ。

 顔は笑っていても、心は傷つく。

 それでも、強い自分でいたかったからそうしていた。

 だからといって、それをわかって欲しいわけじゃないけれど……。

 

 変だと思わなかったのだろうか。

 

 私には悲しいことも悩みもないと思っているのだろうか。

 私は、何をされても傷つかないと思っているのだろうか。

 

 涙を我慢するようにイスフィはテーブルの下で右手を握り締めた。

 

「……あまり強く握ると弓が持てなくなるぞ」

 

 ささやきとともに、手の上にそっとスレイの大きな手がかぶさった。

 

「あ……」

 

 イスフィの右手はあまりに強く握り締めたせいで、爪がてのひらに突き立てられて血がにじんでいる。

 

「えと……ちょっとWisきたから……少し外で話してくるねっ」

 

 咄嗟にスレイの手を払うと、笑顔で席を離れて店の外に出た。

 そのまま、店の裏手に回り、しゃがみ込んだ。

 両足を抱えて、まるでマジシャンが座り込むようにその場に座ると自然と涙が出てきた。

 

 私は……私は……

 私は……あんな馬鹿な男が好きだったのだろうか。

 

 悔しさに、イスフィは涙が止まらなかった。

 

「……となり、座ってもいいですか?」

 

 慌てて涙を拭いて顔を上げると、シエラがそこに立っていた。

 

「あ……うん……どうぞっ」

 

「ありがとうございます」

 

 イスフィが少し移動してずれると、シエラは隣に座り込んだ。

 

「えと……ごめんなさいね」

 

「え、何が?」

 

「デュオのこと……」

 

「んー……気にしないで」

 

 気にしないでと言われて、気にしない人間は少ないものなのだがそれ以外にイスフィには言いようがなかった。

 シエラに視線を向けると、彼女はこちらを見つめていた。

 その眼差しは、悲しみと懐かしさが入り混じった複雑なものだった。

 

「えと、スレイ……じゃない、スレイフォードさんとは恋人同士なんですか?」

 

「ううん、違う。ちょっと成り行きでお世話になってるだけ」

 

「そう……」

 

「ねえ。そんなことを聞くってことは……シエラさん、スレイさんの知り合い?」

 

「えっ……あ…はい……ちょっと」

 

 言いにくそうに、シエラは顔を伏せた。

 

「知り合いなら……シェナって言う人知ってる?」

 

 途端にシエラの顔色が変わった。

 そしてイスフィは、疑問が確信に変わる。

 

「シエラさん、もしかして……シェナさん?」

 

「いえ。違いますよ」

 

「嘘つかないで。あなた、シェナさんでしょう? おかしいものさっきから」

 

 つい声を荒げて、イスフィは叫んだ。

 

「…………私は……シェナだった者です」

 

 ゆっくりと、シエラは重い口を開いた。

『元』の自分は、スレイの相方であり恋人だったこと。

 婚約もしていたこと。

 そして。

 結婚式の当日……有りもしない罪でこの世界を司る御使いにより殺されたこと。

 

「覚えていますか? 御使いによる討伐を。あの討伐の影に冤罪がたくさんあったのです」

 

 御使いたちが世界を巡り、BOTや世界の理を悪用する者たちを盛大に殺した時期があった。

 それにシエラ、いやシェナは巻き込まれたのだ。

 きちんと調べもせずに、討伐を行った御使いたち。

 それはその後もこの世界の汚点としても記録されている。

 その影に大勢の冤罪による犠牲者がいたことと共に。

 

「その後しばらく、魂のままで御使いたちと何度も話しました。でも、聞き入れてはもらえませんでした」

 

 御使いが冤罪を認めては、世界の秩序が乱れるからだという。

 もとより……御使いがその使命を全うしなかった事が原因であるのにもかかわらず……。

 

「それでも私はこの世界にもう一度戻りたくて……新しいカラダを得て、ここに戻ってきました」

 

 外見も年齢も名前も全く違う自分。

 果たして、こんな自分を受け入れてくれるのだろうか?

 

「戻ってきて一番最初にしたこと。それは……スレイにWisしました。毎日のように。でも……スレイの耳に届くことはありませんでした」

 

 当時の状況を省みれば、仕方がないことかもしれない。

 この世界の人間は名前さえ知っていれば、Wisという念話手段を普通に持っているのだが、当時はその力が何故か作用しないために話ができなかったのである。

 

「一人ぼっちで、アコライトになった後もどうしていいかわからなかったときに、デュオに会いました。とても優しくて……」

 

 そうやって話をするシエラの言葉をイスフィは黙って聞いた。

 シエラに言いたいことは、とてもたくさんある。

 しかし、それを言って相手を傷つけるほどイスフィも子供ではない。

 それゆえに、何も言うことができずにただ黙って聞くしかなかったのだ。

 

「ねえ……シエラさん、今でもスレイが……好き?」

 

 何とかつむぎだした言葉がそれだったことにイスフィは自分でも驚いた。

 

「好きと言えば好き……です。でも、今はデュオを愛しています」

 

「それは、裏切りなんじゃないの?」

 

「デュオには昔の私のことは話していませんけど……裏切っているつもりは、無いです」

 

「デュオに対してじゃない。スレイに対してだよ!」

 

 そして、再度声を荒げてしまった自分に、またイスフィは驚きながらも言葉を続ける。

 

「スレイがどれだけあなたを愛していたか……どんなに辛かったか……あなたはわかるの? 突然消えられて理由もわからない……過去にだってしばられてしまう……せめて自分の口から、スレイにその話をしてあげて」

 

「申し訳ないけれど……それだけはできません」

 

「どうして?」

 

「今の幸せが私には一番大切なんです。それを壊してしまうかもしれないことなんてできません」

 

「それって……自分勝手すぎない……?」

 

「自分勝手? そうでしょうか。私は理不尽に御使いに殺されたんですよ? これ以上ない悲しみを味わったんですよ? これくらいはいいと思うのですけれど」

 

「それは、確かに同情する……けどっ……」

 

 静かな笑みを相変わらず浮かべたまま、シエラはイスフィを見つめる。

 

「イスフィールさん、どうしてそこまでスレイのことを気にするんですか? 世話になっているとはいえ……そこまで気にすることはないと思いますけれど」

 

「それは……」

 

 イスフィも自分の行動に戸惑っていた。

 なぜ、ここまでスレイを心配するのか、自分でもわからなかった。

 

「まるで、スレイが好きだからあの人の心痛を和らげてあげたいと思っての行動に見えます」

 

「……そんなことは……」

 

「まあ、私には関係ないですけれど。さて……この話は、ここだけのことにしてくださいね。そろそろ戻らなくては」

 

 シエラは、ゆっくりと立ち上がると法衣の裾を正した。

 

「……約束はできないよ」

 

 そのシエラを見上げてイスフィは静かに言った。

 

「そうですか……もっとも、あなたの言葉と私の言葉……周囲がどちらを信用するか、明白ですけどね」

 

 シエラのその優しい外見が、逆に言葉の冷ややかさを余計に感じさせた。

 確かに、どちらに重きを置くかわかりきっている。

 下手すれば、恋人を取られた女のただの嫉妬から言った言葉だと取られるだろう。

 

「では……失礼しますね」

 

 にっこりと天使のような微笑を浮かべて、シエラは戻っていった。

 

「……性格最悪……」

 

 思わずイスフィはつぶやいた。

 確かに、その容姿こそ天使のように華奢でかよわく美しいけれど、その性格は……

 そして、彼女を華奢でかよわいと思っているデュオが少しピエロに思えた。

 その人物の一部分しか見ていないから、本質を見抜けないのだろう。

 

「……あいつがあんな性格だとはな……」

 

「!!」

 

 スレイが、クローキングをといてイスフィのすぐ隣に現れた。

 

「あ……い、いつからいたんですかっ!?」

 

「えーと。『成り行きでお世話になってるだけ』の辺りからかな」

 

「それ……ほとんど全部じゃないですかっ」

 

「立ち聞きするつもりはなかったんだけど。仕方ないだろ?」

 

 隣に座りこむとタバコを取り出して、火をつける。

 泣いてるのではないかと心配して、スレイはここに来たのだという。

 しかし、すでに先客(シエラ)がいて咄嗟にハイディング→クローキングしてしまったのだ。

 

「で。全部聞いてしまったと」

 

「ところが、実はほとんどショック受けてないんだな。これが」

 

「……え?」

 

「んー……まあ、自分でも不思議なんだが。これで肩の荷が下りたような……そんな気分なんだよ」

 

 そう言ってスレイはゆるく煙を吐き出して、タバコの灰を落とした。

 

「……今日で最後だな。行ける所には全部行こう。悔いが無いように」

 

「ん? もちろん、そのつもりですよー」

 

「あはは、そうだな。さて、ルルが待ってるから行くとするか?」

 

「はいっ」

 

 日差しは強く、今日は午後も暑くなりそうだった。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

「明日は、またいつもの一日が始まるんだねえ」

 

 ルルは感慨深く、つぶやいた。

 日もすっかり暮れ、幻想祭ももうすぐ終わり。

 

 明日からまた普段の一日が始まるのだ。

 

「明日になれば、またマーちゃん。このBS姿ともお別れかあ」

 

「平原胸を隠せるから、商人姿のがいいと思うぞ」

 

「ムカーッッ スレンダーなのっ。もーうるさいよ、セクハラアサシンっ」

 

「あは……。もー、いい加減にしなよ二人ともー」

 

 本日何度目かのケンカ?かわからない会話を繰り返し、ようやくルルは帰って行った。

 

「またいつもの一日が始まる……か」

 

 ただ違うのは……新世界に行く者達がこの世界から消えるということだけ。

 ルルには結局最後まで自分が移住することを伝えられなかった。

 

「ごめんね……ルル……」

 

「ちゃんと俺から言っておくから……そんな悲しそうな顔するなって」

 

 ここ数日はスレイの家に戻っても、疲れきっていたためにシャワーを浴びるとすぐに寝てしまうという生活だったのだが、最後の日とあって夕食後に二人は食卓を挟んで座り、別れの杯ではないが、スレイ秘蔵のワインを飲んでいた。

 

「はい……」

 

「結局、最後まで敬語抜けなかったなあ……ですます調は最後くらいは勘弁してくれ」

 

「んー、抜けないんだから、仕方ないじゃないですかー」

 

 少し酔って赤い顔で、イスフィは笑った。

 

「ほほう。あの女と話してた時は、俺のこと呼び捨てにしてたのになー?」

 

「あぅ……あの時はあの時で……気にしないっ」

 

「あはは、そういう威勢のいいあんたのが良いよ」

 

「ム……私が大人しくちゃだめだって言うんですか?」

 

「違う違う、太陽みたいに明るくて元気なほうが、イスフィらしいって言いたかったんだよ」

 

 その一言に、イスフィは凍りついた。

 デュオがいつも自分に言っていた言葉と、ほぼ同じセリフだったから。

 

「……私らしいって何?」

 

「いや……」

 

「太陽みたいって……私はいつも明るくて元気じゃなくちゃいけないの? 落ち込んだり、泣いたりしちゃいけないの?」

 

 一気にまくし立てて、わっとイスフィは泣き出した。

 

「……わるかった。でも、俺は笑顔のあんたが好きだ」

 

「同情からの言葉なんて要らないっ」

 

「本気だよ。5日間一緒にいて……これからもずっと一緒にいたいと思った」

 

「うそを言わな……っ」

 

 スレイはイスフィを引き寄せ、そして口付けて言葉をふさいだ。

 イスフィはいきなりのことで困惑する。

 

「昼間言っただろ? ショック受けてないって。あれは、お前のことが好きになっていたから、もう過去のことになっていたんだな……きっと」

 

「……最後の最後で……ずるい……」

 

「お前は……明日にはいない。なら、気持ちを告げられるのは今日しかないだろう?」

 

「ばかぁっっ」

 

「馬鹿でいいさ。バカなりに考えたんだからな」

 

 泣きじゃくるイスフィを抱きしめて、スレイは笑った。

 

 テーブルの上で、ワインの瓶とグラスが倒れて大変なことになっているのだが、そんなことは今はどうでも良かった。

 

「もっと早くスレイに会いたかった。そしたら、きっと移住手続きなんてしなかった……私だって……」

 

「……それ以上は言わないでくれ。あんたのこと離せなくなるから」

 

「離さなくてもいいから……私も……スレイが好きだから」

 

 どちらからともなく、二人は口付けを交わした。

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

「……手続きをされた方は、お早くお進みください!!」

 

 御使いたちが、新世界への最終ゲートを開けた。

 

 このゲートが閉まると同時に幻想祭は終了する。

 ゲートが開くのを待っていた人々が、次々とその中に入っていく。

 別の御使いが周囲に人がいなくなったのを確認する。

 

「もう手続きされた方はいませんね? ゲートを閉じます」

 

 ゲートを封鎖する手続きに入った。

 

「まってー!」

 

 ハンターの少女が、荷物を抱えてその場に走りこんできた。

 

「……2分の遅刻ですな」

 

 懐中時計で時間を確認して、御使いがつぶやいた。

 

「……えーと……イスフィールさんですね? 手続きは済んでいますね、最終便ですから、急いで」

 

「ありがとう。ごめんなさい、遅くなってしまって」

 

 息を弾ませて、イスフィはゲートの中に入った。

 

「おや? この手続きの時にあった装備が一つ足りませんが」

 

「あ……えーと、気にしない方向で! 一つくらいいいでしょ?」

 

「それは困りますが……」

 

「ほら、もう時間ですし」

 

 手元の時計を見せて、イスフィは御使いをしぶしぶながら納得させた。

 

「まあいいでしょう……では、ゲートを閉じます」

 

 高らかに、御使いが宣言して……幻想祭は終了した……

 

 

 

 

 

◇◇ ◇◇ ◇◇

 

 

 

 

 

『さようなら……あなたのことは一生忘れない。この世界が楽しいものだったと思い出させてくれて本当にありがとう……』

 

『ただ一度でも……あなたのことを愛せてよかった』

 

 幻想祭も過ぎ……本来ならばありえないはずなのだが、スレイの手元にはイスフィのものであったはずの花のヘアバンドがあった。

 

 自分では、絶対に装備しないし価値としても大して高いものでもない。

 

 しかし、倉庫に入れておくのも忍びなく……スレイは今でも、持ち歩いている。

 たとえ、夢幻のひとときでも彼女はここにいた証なのだから。



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花のヘアバンド Another-もう一度貴方と

前作の花のヘアバンドの蛇足のハッピーエンドです。
悲恋だけでいい方はこちらは見ないほうがよろしいかと思います。

悲恋物でよかったのに何故蛇足を追加したし!? と投稿直後に言われた覚えがあります。(うろおぼえ)
しかし、作者がハッピーエンドが好きなので、追加されたという蛇足でした。
 



 首都から、少し離れたイズルードに程近い丘。

 

 その丘に生えている木の下で、身体から淡い光を巻き上げた一人のアサシンが昼寝をしていた。

 周囲はとてものどかで、ポリンと時折死闘(と本人達はそう思っているが、周囲から見ればほほえましい戦い)を繰り広げるノービスを時たま見受けられるくらい。

 

「よ、オーラバトラー。相変わらず、ボーっとしとるんかぁ?」

 

 赤い逆毛にターバンを巻きつけ、サングラスをしたブラックスミスがそのアサシンに声をかけた。

 

「……オーラバトラーって呼ぶな。オヤジ」

 

 顔の上に乗せていた本を退けて起き上がると、ブラックスミスをにらみつける。

 

「オーラ出してるんやさかい、オーラバトラーで間違いはないやん? それよりもわしをオヤジ言うんはやめて欲しいわ。あんたと年はそないに変わらんのやで。ちゃんと名前で呼べや」

 

「なら、左近も俺をちゃんと名前で呼べ」

 

「ハイハイ……で、スレイは相変わらず暇なんやろ?」

 

 左近と呼ばれたブラックスミスは、ニヤニヤと笑いながらアサシンのすぐ近くに座る

 

「……狩りの誘いなら断るぞ。そんな気分じゃない」

 

「何や、冷たいなあ。折角ライムとリースが誘って来い言うたから、誘いに来たのに」

 

 ライムは支援型と呼ばれるプリースト。

 リースは二極、または神速とか呼ばれる弓の扱いに特化したハンターだ。

 二人は左近の昔からの友人で、辛く長かった一次職時代のPTからついにギルドまで作った間の仲である。

 スレイとの関係はそのギルドができた後からだったが、スレイがギルドを抜けた今でも昔からの友人のように付き合いが続いていた。

 

「どうしようと俺の勝手だろ? 今はボーっとしていたいからこのままでいいんだよ」

 

 また本を広げて、昼寝の続きをしようとするとその本を左近は取り上げた。

 

「コラ、返せよ」

 

「来てくれるんなら返すで。うちのギルドに新人が入ったからその歓迎会も兼ねてるんや」

 

「俺はギルド抜けた人間だろうが。それが行ってどうするんだよ」

 

「ま、それは来ればわかるよって。とにかく来いや。岩場の所でライム達が待っとるさかい」

 

「……ったく。仕方ねえな……」

 

 スレイは重い腰をようやく上げて、付いた草を払った。

 

「どうせていのいい壁にでもする気なんだろ?」

 

「さあ? どやろな」

 

 含み笑いを浮かべながら、エンブレムがついた立派な屋根つきカートを引いて左近は先に歩いていく。

 

 幻想祭から、半年と少しの月日が過ぎた。

 その間の世界の変革はめまぐるしかった。

 亀島への航路の確保。ジュノー、アマツとの交易の開始。新二次職……大規模なギルド間による攻砦戦。

 そして、御使いによる大規模な生態系の変化。

 

 冒険者レベルがカンストした者にはオーラが現れるようになった。

 オーラが現れるようになった当初は、スレイにもたくさんのギルドからの勧誘もあった。

 とはいえ、ギルドに属すつもりがないスレイはその誘いを断ったことと、体力よりも素早さを重視しているアサシンには不向きな攻砦戦で、やがて勧誘もなくなった。

 

 そんな風に周囲が変わり行く中で、スレイは変わらない毎日を過ごしていた。

 

 ただ、幻想祭以前と違うのは友人たちが心配するほど無理をして毎日のように狩りに行っていたのが、何をするのでもなく本を読んだり、昼寝をしたり、ノービスの相手をしてやったり……そうやって時間をつぶすことが、多くなったことくらいだ。

 

「おーい、スレイ連れて来たでー」

 

 左近の声で、岩場で話をしていた集団が振り向いた。

 集団の中から、長めの黒髪をゆるく二つにビーズの髪飾りでまとめた女性ハンターとまだ少年らしさの残る栗毛のプリーストが走りよってくる。

 

「久しぶりー。元気でしたー?」

 

「来てくれたんですね! 嬉しいですよっ」

 

 プリーストとハンターはスレイの手を取ると振り切れんばかりに嬉しそうに手を上下させる。

 

「まったく……ライムもリーも……俺はギルド抜けたのに、ギルド狩りにまで呼ばないでくれよ」

 

 左近を通じて連絡は取ってはいたが、彼らと改めて顔を会わせるのは本当に久しぶりだった。

 幻想祭後に少し顔を会わせただけだから、実に半年振りになる。

 

「あれ、左近さんから聞かなかったんです?」

 

 きょとんとした表情で、ハンター……リースはスレイを見つめた。

 

「いや、何も聞いてない。ただ、新人歓迎兼ねたギルド狩りとしか」

 

「ということは……左近さん、あんな大事なこと言わなかったんですか?!」

 

 ライムがあわてて、左近を見ると

 

「まあ、秘密にしといたほうが面白いやろ」

 

 そう言って、またニヤニヤと笑う。

 そんな風に話をしている背後から、一人の少女がスレイに抱きついた。

 

「ひさしぶりーっ 元気だった?」

 

「って、ルル?!」

 

 花カートを引いたアルケミストがそこにはいた。

 

「フフフ……あたしってば、血と汗と涙と努力と根性でジョブ50までがんばって、アルケミストになったのよ! どーよ? かわいいでしょ? すごいでしょ? 成長したでしょ?」

 

「まあ、服はかわいい。半年前と成長ないところは成長ないけどな」

 

 女性らしい凹凸の少ない幼児体型のルルでは、アルケミストの服は胸と腰の辺りがブカブカだ。

 それがかわいらしいと言う人も居るだろう。

 

「むかっ どこ見てんのよ。スレンダーだって言ってるでしょうがっっ このオーラエロアサ!」

 

 思わず手にしていた斧をスレイに投げつけそうになったルルの頭をゴツンと左近は小突いた。

 

「ほれ、その辺にしとけや。少し落ち着け」

 

「あぅ……いったーいっ……」

 

 涙目でルルは頭を押えて、恨みがましい視線で左近を見上げる。

 ただでさえ身長が高い左近と小柄なルルでは、身長差がかなりあるのでどうしても見上げる形になってしまう。

 

「……で、新人って言うのはコイツ?」

 

 嬉しいけれど、少しだけあきれているような表情をスレイは浮かべた。

 

「ルルさんもだけど、もう一人いるんですよ」

 

 ライムが笑いながら、少し遠巻きでこちらを心配そうに見ている長い金髪のアコライトに手を振った。

 

「……まさか」

 

 そして、その少女はこちらに駆けてくる。

 

 その姿に職が違うにもかかわらず、一人の少女が重なった。

 

 幻想祭の間、一緒に過ごしていたあの少女。

 太陽のようで、それでいて傷つきやすかった彼女。

 想いは伝えたけれど……彼女につき従っていた鷹のように、自分の手からは羽ばたいて行ってしまった彼女。

 

「紹介するね、アコライトのイスフィールさん」

 

 ライムはすぐ隣にやってきたアコライトの肩に手を置いて、スレイに紹介した。

 

「……職はかわっちゃったけど……ただいま、スレイ」

 

 あのときのままの笑顔で、イスフィは微笑む。

 

「向こうでがんばってたんだけど……どうしてもあなたのこと忘れられなくて……もう一度ここに来ちゃった」

 

「なんで、もっと早く……」

 

 慌てたのと嬉しさと、突然のことでどう反応していいのかわからないスレイは、ようやくその言葉だけ口にした。

 

「あ……っ ごめんなさい……今更、迷惑だよね?」

 

「いや、そうじゃない」

 

「……仕方ないよね、半年も連絡なかったわけだし。支援したくてアコになったけど……あなたの都合も考えなくて、ごめんなさい」

 

「……だから、違うって」

 

「大丈夫だよ、スレイの元気そうな姿が見られただけでも嬉しいから。気にしないで」

 

 表情を曇らせたイスフィのその姿に、スレイは耐え切れず彼女を抱きしめた。

 

「え……?」

 

「全然変わらないんだな、その早とちりなところと強がるところ」

 

 状況が把握できていない彼女に優しく笑いかけ、ずっと持ち歩いていたあの花のヘアバンドをそっとイスフィに渡した。

 

「あ……これ……」

 

「お帰り、イスフィ……戻ってきたなら、離さない。というか……頼まれても、絶対離してやらん」

 

「ん……もう離れないからね」

 

 そして、言葉とともにスレイの頬を手で触れて、嬉しそうに強く抱きついた。

 

 

 

 

 

「ところでさ……感動の再会はいいんだけど、完璧に二人の世界作っちゃってるね……」

 

「すっかり、俺達の存在忘れられてるよな……ちくしょう、俺も彼女欲しい」

 

「あー……もう、あの二人ほっといて、狩行きませんか、マスター」

 

「それ、賛成。イスフィちゃんにもギルド加入権あげたんでしょ? なら後から来てもらえばいいしー」

 

 ギルドの仲間達が、イスフィとスレイを見ながら口々につぶやいた。

 もちろん、こんな言葉は当の本人達には聞こえてなどいないだろう。

 

「あの調子なら……スレイさん、うちのギルドに戻ってくるよね」

 

「あはは、そうだねえ。愛は何よりも強し……なのかなあ」

 

 ライムとリースも顔を見合わせて、苦笑した。

 

「あー、それにしても腹立つっ あたしだってかなり久し振りだったのにあの態度の違いは何さ?!」

 

「あほやなー。そこが、ただの友達と恋人の差やろ。当たり前やん」

 

 左近の言葉に、ルルは横目でにらみつけた。

 

「ぜんっぜん態度が変わらない人も、ここにいるんですが?」

 

「それはそれ、これはこれやろ」

 

 サングラスのせいで、彼の視線がどこを向いているのかはわからない。

 そういうところも、ルルにとっては腹が立つところだ。

 

「……いいけどさ。いつか……ちゃんと問い詰めるんだから」

 

「ハイハイ」

 

 

 

 

 

 

 願えばきっと叶うから。

 

 

 

 

 

 

 

「……アサシンやめちゃって、よかったの?」

 

 清算広場と呼ばれるプロンテラの花売り少女の前のベンチでアコライトの少女が隣に座る青年マジシャンに話しかけた。

 

「……ん? 後悔してないさ」

 

 マジシャンの頭にあるのは天使の翼をかたどったヘアバンド。

 彼の銀色の長い髪に、それはとてもよく似合っている。

 そして、アコライトは花のヘアバンドをつけていた。

 

「暇なときに本を読んでいたから……知識を極めて魔法を使うのも面白そうだってね」

 

 二人とも同じギルドのエンブレムをつけているところを見ると相方同士なのだろう。

 

「……転生も考えたが……どうせなら、お前と一緒に転生したいしな」

 

「そかー……アサシン姿、カッコよかったんだけどなあ……残念」

 

 過ぎ去りし日の青年のアサシン姿を脳裏に浮かべて、少女はため息をついた。

 

「……そんなこといったら、俺だってお前のハンター姿の方が好きだったぞ?」

 

「えー!?」

 

 思わず少女が顔を上げると、青年は笑い出した。

 

「あはははは、本気にしたのか? どんな姿でも、外見よりも中身……だろ?」

 

「うー……ちょっと本気にした……」

 

 そんな少女の頭を撫でて、青年は立ち上がる。

 

「さて、狩りにでも行こうか?」

 

「んー……今日はのんびり景色が良い所で話したいな」

 

「そうか? じゃあ今日は……」

 

 二人は手をつないで街中へと歩いて行く。

 ずっと一緒に。

 

 ――――――これからも。

 

 

 

 

 

 それは、一つの可能性。

 これも一つの可能性。



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