First Voice / L@st Song (梶原聡里)
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序章 幕開けはいつものように

 困っていた。

 毎度毎度のことながら、無茶ぶりするプロデューサー達もさることながら、それが一概に面倒事だと無視することも出来ず、迷っていたのだ。

 

[プラチナスターライブ 第二期 決定案]

 

 先刻プロデューサーに渡されたそれは、まちがいなくチャンスの到来であった。

 《765MILLION THEATER》は所属す

るアイドルが多い。しかも、例外の13人を除いてみなほとんど同期だというから早い話が存在感をアピールするチャンスなどなかなか回ってこない。

 HEATER部門が開設された最初期にから所属しているのは私を含め数人。巡り巡ってアイドルになった亜利沙さんを含めれば今の総数の三分の一くらいだろう。

 その中でも事務所の新人として入り、事業の拡張から所属を移った私と未来と翼は、もう長いこと劇場の単なる一、アイドルとして活動してきた。

 

 私には時間が無い。気がつけばもう中学二年生。来年は受験も控えており、厳格な父は絶対にアイドルを辞めさせる魂胆だろう。

 

 ―――冗談じゃない。冗談じゃないわ!

 

 折角、夢の形が見えてきた。そんなときにゼロに戻されるなんて絶対に耐えられない。

 だから何度も何度もプロデューサーに私が出来るってことをアピールしてきたつもりだった。

 けれど、答えは時期尚早ばかり。

 早いって、いつまでまてばいいの?

 終わってしまう時は刻一刻と近づいてきているというのに。

 ずっと焦っていた。

 小さいころから夢見たアイドルの形が見え始めてくると同時に、背後からはいつも時間が私を追ってきていた。

 そんな私のもとにやってきたのがこの大舞台の企画書だった。

 一ページ目にはリーダー最上静香の文字。

 はじめてのことだった。

 やっと私の舞台に立てる、そう思った。次の一行を見るまでは。

 

 サブリーダー:北沢志保

 

 あまりの事に驚いて内臓が口から飛び出てしまうかと思った。

 ほぼ同時、志保が凄い形相で楽屋の中に飛び込んできた。

「最上さん、ユニット、貴女とッ!?」

「し、志保ちゃんいくら動揺してるからって直接噛みつきに言っちゃ駄目だって・・・あ、静香ちゃん、ごめんね? 志保ちゃん今ちょっと正気じゃないから・・・」

後からついてきた可奈がすかさずフォローを入れる。が、

「正気でいられる訳ないでしょう!? 行くわよ静香!」

 呼びつけかよ、なんて言う暇もなく首根っこ掴まれた私は問答無用でプロデューサーのオフィスに連れて行かれた。

「ちょっと、これはどういう了見ですか?」

「おー、早速来たなぁ問題児共」

「「誰が問題児ですか!?」」

「すげぇ面・・・まあ、渡された書類を見ればわかると思うけど、決定したことだから断るなら降りろよ」

「・・・ッ私たちが断れないことをいいことに!!」

「プロデューサーさん」

 後ろから成り行きを見守っていた可奈が控え目に手を挙げる?

「どうした? ・・・今回は悪いな、志保と組ませてやれなくて」

「それはいいんです」

「・・・・・・」

「なにジェラってんのよ」

「チッ・・・そんなことないわ」

「やめないかお前ら・・・で、可奈。何の話だっけ?」

「あのー・・・こんなに仲の悪い二人を同じユニットにいれるのはいくらなんでも上手くいかないんじゃ」

「そうだなぁ」

「・・・成功させる気、ないんですか?」

 珍しく、威圧的な声で睨む可奈に場の温度が下がったのを感じた。

 当のプロデューサーはまるで意に返さないように言い放った。

「逆に問う。欲しかったチャンスだろう。お互い、仲は最悪とはいえ、実力は確かだろう? どうしてそれを好機と考えない?」

「・・・・・・・・・」

「志保、これは仕事だ。切り替えろ」

 プロデューサーがそういった瞬間、志保は忌々しげにため息をつき

「覚えててください・・・絶対に見返しますから」

 そういうと私を残して去って行ってしまった。

「静香、お前はどうする?」

「・・・・・・ああもう! 受けるにきまってるでしょう! 失礼します!!」

 プロデューサーの視線に己の負けを悟った。

 少なくとも、今のは私と志保の駄々だ。プロデューサーは本気だった。あれは本気で私たちを次のステージに上げようとしている、かつて無いほど真剣な目だった。

 何が彼を動かしたのかはわからない。けれど、珍しく彼は私を・・・私たちを見てくれていた。

「やってやろうじゃない! そうよ、私。これはチャンス・・・チャンスなんだから!!」

 とりあえずミーティングをしなければならない。そう思い志保の背を追った。

 

 そして・・・私たちの傷だらけの夏が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「今回の企画、千早ちゃんは誰と組む?」

 ある日のことだった。劇場の顔見せライブも一週し、毎週の定期公演で繋いでいた765MILLIONTHEATERの新企画として、事務所所属の私たちも含めた系50人での大舞台が企画されていたのだ。

 第一陣は劇場で真ん中を張っている未来率いる新人五人のユニット「乙女ストーム」と、スケジュールの都合から、今しか出られない事務所組五人の先輩ユニット「レジェンドデイズ」を中心にしてステージを組むことが決まり、皆それぞれフォローでの動きや新たな楽曲の練習に励んでいた。

 それにしても、この企画は二カ月置きに大規模ライブを行う無茶苦茶な日程を組まれており、フィーチャーされているユニットはそれこそ宣伝にレッスンに大忙しで昨日も望月さんが控室のソファで眠っているところを見ていた。

「それ、いつもの事でしょ・・・」

 春香は、そういうと私に封筒を寄こしてきた。

「なに、これは」

「千早ちゃん、次が出番だって」

「そう・・・どうして春香から渡されているのかしら」

 こういうものは形式上プロデューサーが持ってくるべきなのではないだろうか?

「乙女ストームが難航してるみたいでつきっきりなんだもん・・・」

 頬を膨らませる春香。

「それで、微妙に貴方の機嫌も悪いのね」

「そゆこと・・・それでね、私、今回は亜利沙ちゃんと組もうかなって」

 春香の言葉を聞いてふと辺りを見回す

「どうしたの?」

「いや、こういうこと誰かに聞かれたらまた大騒ぎになるでしょうが」

「大丈夫、みんなそれどころじゃないし、律子さんですら久しぶりの大舞台だからってスタジオにこもりっきりだもん」

「そういえば、最近は裏方仕事が多かったわね・・・私にはそんな器用な真似絶対に出来ないから尊敬するわ」

 最近、ジャージで劇場内をうろついていることが多い律子。プロデュース業で肥えた分を一気にペイ出来たらしい。

「千早ちゃんが歌以外も完璧に出来るようになったら仕事取られちゃって大変だよ」

「取られる方が悪いでしょう・・・」

「そしたら、千早ちゃんの歌のお仕事かっさらうね」

「・・・は?」

「・・・・・・真顔になるのやめてよ」

「ふふ、冗談よ」

「千早ちゃんの冗談は笑えないよ」

 そうやってカラカラ笑う春香の冗談も時々笑えない。周防さんがうちに移籍してきた日、あいさつ代わりだと言い残して全国一周するロケに拉致した事件も記憶に新しい。

普段は優しいがカメラが回っていたり、面白い画が取れそうな時は何をしでかすかわからないのが春香のプロ根性なのだ。

「それで、春香はどうして亜利沙と組もうって思ったのかしら? 参考までに聞きたいのだけど」

「参考?」

「そう、リーダーが選んでいいってルールだからこそ半端は出来ないわ」

「また難しく考えて。私はただ、楽しくなりそうだからって・・・」

「それだけ?」

 また、この子はやりたいことをやる割に意味のないことは絶対にやらない。手段はともかく、桃子の件も桃子のキャラを事前に知った春香が事務所で孤立しないように弄ってもいい空気を作ろうと画策した結果だったらしい。同伴していた松田さんは完全に趣味だった気がしてならないけれど。

「・・・・・・う」

「誰も聞いていないんでしょう?」

「千早ちゃんもいつの間にかおせっかいになったなぁ」

「誰のせいかしらね」

 一番大事なことを話さない春香に判断を促す場合はしゃべりだすまで待つのが事務所組での暗黙のルールだけれど、世間話まで気を使うつもりもなかった。

「むむむ・・・・・・白状するとちょっと気になっちゃってさ、亜利沙ちゃんのことが」

「・・・・・・へぇ」

「なにそのリアクション」

「ええ、別に数少ない友達を取られたなんて思ってないわ」

「そういうのじゃないから」

「じゃあどういう魂胆よ?」

「魂胆って・・・・・・なんていうか、亜利沙ちゃん・・・昔の私に似てない?」

「春香はあそこまで面白おかしくはなかったけど」

「うん、違うね」

「最近は負けていないと思うわ」

「バラドル扱いやめてよ!」

「えっ? ・・・・・・冗談よ、膨れないで頂戴。でも、そうね。確かに春香が色々と試行錯誤を繰り返していた頃に近いかもしれないわね」

「でしょう? だからこの子はこれからどうなるんだろうって近くで見ていたくって」

「なるほど・・・案外ど真ん中の正統派になりそうな気もするけれど」

 松田さんがアイドルを計る基準は『天海春香』だ。随分と高い目標を立てている気がするし、アイドルとして関わるようになって印象も相当変わっただろうけれど、以前として松田さんの理想のアイドルとは天海春香のままでいる。

 あのイロモノが、とも思われることも多いだろうけれど、劇場でファンを楽しませるということに情熱を誰よりも向けているのは松田亜利沙その人だろう。

 彼女の視点は武器だ。私たち事務所組の世間話にもよく挙がるのだ。

 

 亜利沙の企画する舞台は、大変だけど絶対に外さない、と。

 

 ・・・当の『正統派』アイドルは少し考えて、頷いた。

「そしたらライバルかぁ・・・うん、いいねそれ。そういうの最近あんまりなかったから楽しいかも」

「すっかり日和っちゃって。三人しかいない殿堂入り《オーバーランク》の名が泣くわよ?」

「レオンさんもボヤいてるところをよくみるけど、やっぱり新しい挑戦者が来ないとさみしいよ」

 今のアイドル業界の頂点は日高 舞、レオン、天海春香の三人が君臨している。

 その下に続くのが私たち765プロの事務所組や、最近台頭してきた346プロ、そして876の三人・・・いや、今は涼さんが移籍して二人になってしまったけれど。

「・・・ごめんなさい、相手してあげられなくって」

 どうやら、オーバーランクに挑むアイドルもまだほとんどいないらしい。

 私も、なんだかんだでそのチャンスをもらえないでいる。

「そういうつもりじゃなから。・・・っていうか皆はいまだに引き摺り下ろす気満々でしょう?千早ちゃんだって今はアレかもしれないけど」

「当たり前じゃない・・・仲間だろうと自分より上に立たれて納得するような物わかりのいい人間なんて事務所にはいないわ」

「そ。事務所にはいないよね」

「・・・・・・いいの?」

 私はもう一度辺りを見回した。幸い誰もいない、

「いいよ・・・。ここはちょっと過保護すぎるから」

「少し驚いたわ・・・貴女がその思想を持ってると思ってたから」

「私、そんなに過保護かなぁ」

「ええ、ゲロ甘よ」

「千早ちゃん、最近口が悪くなったよね」

「ジュリアと話しているからかしら」

 ジュリアは割と口が悪い。プロデューサーのまえでは相当オブラートに包んで話しているけれど、結構荒いことも平然と口にする。・・・というより、男性の目が無い時の劇場は無法地帯なのでファンには絶対に見せられたものではない。

「風評被害でもないかぁ・・・・・・劇場がこうなのはあくまで事務所の方針。そして、『天海春香』的にもみんなが仲良く出来ることはいいことだと思うよ? でも、『トップアイドル』としての見解は違う」

「・・・・・・なるほど。あの春香が厳しくなったものね」

「千早ちゃんは相当丸くなったよね」

「そうね。人間、自分に許容できないことが増えてくると角が取れてくるものなんでしょね」

「千早ちゃん、それは駄目だよ」

 少し自暴自棄な発言だったかもしれない。春香がめずらしくムっとした表情を見せた。

「ごめんなさい。でも・・・・・・随分と私たちにも立場が出来たものね」

「一年。順一郎会長が言ってたことって本当だよね、時間なんて少ないくらいがちょうどいいっていうのは。私たち、あの一年で手に入れたものが大きいもん」

「最上さんに教えてあげた? それ」

「最初の公演は朋花ちゃんのフォローとかで手が回らなかったんだよぅ・・・」

「あの二人、目を離すと喧嘩始めるものね。最近は天空橋さんが大分距離感掴めて最上さん弄るようになったようだけど」

「静香ちゃんの周りは賑やかだけど、あれはあれで好かれてるから」

「この間、志保が弄ってるところを見かけてびっくりしたわ」

「あの二人を見てると伊織と真の喧嘩みたいで楽しいよ」

「止めてあげなさいよ、先輩」

「千早ちゃんが止めたらいいのに」

「私、そういうキャラじゃないわ」

「ずっるいなぁ、それ」

「それで、春香はどういうユニットにしようと思ってるの?」

「競い合えたり、頑張ってる子を応援出来たり・・・全力でぶつかり合えるユニットかな」

「・・・そう。春香は本当に765プロが好きなのね」

「うん。だから・・・もっと、輝いて欲しいんだ。劇場のみんなにも、もっと広い世界を見せてあげたいって・・・そう思ったの」

「・・・・・・・・・」

 願い、というよりも責任感なんだろう。

 きっと、プロデューサーに言ったらそんなものアイドルが背負うものじゃないと言うはずだ。けれど・・・春香は春香なりに、765プロの顔であろうとしているのだ。少し心配になるところもあるけれど、それを否定するのは間違いのような気がした。

「なーんてね」

 私の表情に気がついたのか、はぐらかそうとする春香。しかし、

「決めたわ」

 春香の本音を聞いて、背中を押されたような気がした。

「え?」

「私、今回は一人じゃ歌えない歌を歌うわ」

 それは、自分にとって大きな挑戦だった。

「そっか」

「ええ」

「・・・なんかくやしいなぁ、リーダーじゃなかったら絶対千早ちゃんと組むのに」

「ふふふっ・・・目標は、春香の歌よ」

「え、正気!?」

「正気って、そのリアクションはトップアイドルの一人としてどうなのよ」

「だって・・・私の歌は」

「私だけでは歌えない歌ね・・・でも、いつか、貴女が歌うように、歌えたらいいと思っていたから」

貴女のように、ずっと楽しい思い出として人の心に残り続けるような歌を。

 

 

―――思えば、その気持ちから私のユニット『エターナルハーモニー』が始まった。

正直にいえば、私はリーダーって柄でも無かったし他人と同じものを作る経験だって出来る限り避けてきた身だったけれど。

今回は珍しく前向きに始めることが出来たのだった。

どこに行きつくかなんて知らなかったし、いつまで持つかもわからなかったけど、

行ける所まで行ってみよう。

 

そんな風に思いながら、私は・・・最後の歌を歌い始めた。



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1話 人見知り、集う

「最上さん、貴女・・・まさか一人じゃ気が重いからって私を呼び出すとは思わなかったわ」

 翌日、二期目のリーダ会議ということで私と千早さんの打ち合わせが事務所の会議室で設定されていた。

 ・・・が、今は約束の時間三十分前。

 折角の休日に呼びつけたことが原因で最高に機嫌が悪い志保と、

「静香ちゃんと千早さんじゃ間が持たないからってまさか私が呼ばれるとは思わなかったよ、志保ちゃん」

 突然の呼び出しにも関わらず、何故か機嫌のいい可奈の姿がそこにあった。

「・・・・・・なに、文句あるの?」

 私のなんだかんだ言って可奈とべったりなのね、という視線に気がついたのか不機嫌そうにその視線を携帯から上げた。

「それより、静香ちゃんが終わったらアイス奢ってくれるってホント?」

 ・・・なるほど、それで可奈はつられたわけか。志保を睨むと露骨に視線を逸らされた。払う気はないようだ。

「背に腹はかえられないわ・・・行くわよ」

「静香ちゃん? どうしてそんなに気合はいってるの?」

「だって、千早さんよ? むしろ可奈は何とも思わないの? 心の歌姫でしょう?」

「流石にもうなれるよ・・・だって一年くらい一緒にいるんだよ?」

 そうなのだ。可奈はもうすっかり歌が上手くなっていた。鼻歌の殺傷力は発声が上手くなった分通るようになり三倍マシに跳ね上がったというのがみんなのおおよその見解だけれど、

「最上さん」

 昨日は呼びつけにされたが今日は比較的冷静なのかいつもの呼び方私を呼ぶ志保。

「可奈は私たちと違うもの」

「違うってどういう意味よ」

 真顔で言った。

 

「コミュ症じゃないわ」

 

「・・・志保、貴女が私をどういう風に見てるのかよくわかった気がするし、私友達いっぱいいるわ!」

「・・・・・・そう、いえ。そうね・・・最上さんは、友達が、たくさん、いる」

「何よその憐れみの視線は」

「いや、そう思ってるならそのままにしておいてあげようっていう同僚の気使いよ・・・ふぅ、私少しは大人らしい対応できたかしら、可奈?」

「煽ってるっ、普段みんなの会話ペースについていけなくて『あ・・・』とか『・・・』から会話を始める志保ちゃんがすごく器用な煽り方してる・・・!!」

「あ?」

「なんでもないです・・・」

「大切にしなさいよ、数少ない友達でしょう?」

「そんなこと・・・」

「!?」

「・・・・・・チッ面倒だわ。あなたはいつもいつも、厄介事に巻き込んで・・・それに、毎日三食うどん食べて、小麦粉中毒なの? 飽きないのかしら?」

「飽きないし、私が何食べようと勝手でしょう!?」

 キレた。私の事は何を言われてもいい。ただ・・・饂飩を愚弄する奴は許さない。

「何を食べても、勝手?」

 携帯からゆっくり視線を挙げた志保はその不機嫌そうな三白眼でギロリトこちらを睨んだ。

「貴女、次倒れたら貴女の実家に貴女の食生活暴露してやるわ」

「そんな残虐非道な真似、許されると思ってるの!?」

「ああもう二人とも落ち着いてええええええええええええええええええええええ!!」

 瞬間、足元にあった植木鉢が音を立てて割れた。

「うるさい!」

 反射的にド突く志保。

「ぐえ・・・」

 その鋭いボディブローが可奈の溝に突き刺さると、アイドルがしてはいけない悲鳴を上げて崩れ落ちた。

「・・・大丈夫なの、これ?」

「頑丈だから」

 即答する志保。

「いや、貴女が答える所じゃないでしょうこれ・・・可奈、大丈夫?」

「・・・・・・うん、一瞬胃がひっくり返りそうになったけど、うん・・・よし、飲み込んだ」

 大丈夫じゃない。同時に、こんな危険な奴をサブリーダーに付けたプロデューサーが憎い。

「安心しなさい、痣は残らないから」

 違う、そうじゃない。あと私の腹を見ながらボディブローの素ぶりをするのをやめろ。

 すると復帰した可奈が事務所の窓を指さす。

「どうしたの、可奈?」

「二人とも、喧嘩するならせめて中に入ろうよ・・・・・・ほら、千早さんがびっくりして窓からこっち見て・・・春香ちゃん!?」

 見ると、二階から若干引き気味の千早さんとお煎餅片手にニコニコ手を振る春香さんの姿があった。

「これ、可奈に頼るのは無理そうね」

 志保が苦々しげにそう呟いた。。

「・・・なんでよ?」

「ほら」

 そういうと志保は顎で可奈を指した。

「ああ、もう中入るよ? ・・・春香さんがいるなんて聞いてないよぅ・・・えへへ」

「どうすんのよこれ、コミュ症が一人増えて制御不能までおまけで付いてきただけじゃないの」

 どうやら望みの可奈もちゃんと機能しそうになかった。っていうか、その気持ち悪い笑い方は亜利沙以外のアイドルがしてはいけない奴だ。

「これ、私自分から不幸に飛び込んだかしら」

 表情が引きつるのがわかった。

「はいはい不憫不憫」

 そんな私の様子をうかがうこともなく、携帯から一切視線を上げずに適当な返事を返した志保を一瞥し、ため息。

「・・・・・・報われたいわ、今回こそ」

「だめよ、それじゃあオチないじゃない」

 ああ、報われない。

 

 

 

「おはよう・・・最上さん、随分と大勢で来たのね」

 事務所の冷房が珍しく効いていた。765の事務所といえばいつもクーラーに故障中と大きな張り紙がされ、夏場になれば事務方のスタッフたちは盥に氷を浮かべて素足を突っ込みながら仕事をするという昭和情調あふれる事務所だったのに・・・

「おはようございます。・・・ついにクーラーが治ったんですね」

「持ってきたのよ、プロデューサーがどこかから」

「・・・はぁ、事務所のプロデューサーさんがうらやましいです」

「え? 違う違う、劇場の方のプロデューサーだよ」

 レッスン上がりなのか、単に事務所だからなのかシャツ一枚でくつろぐ春香さんがそんな訂正をした。

「春香さん、おはようござ・・・」

「は、春香さんっ! おはようございます!!」

「可奈、うるさい。みんな驚いてるわ・・・いつまでファンやってるのよ」

「うぅ・・・だって、久しぶりだったから」

「おはよ、可奈ちゃん、静香ちゃん、志保ちゃん」

「はいっ!」

「またそうやって甘やかして・・・」

「あはは、志保ちゃんはすっかり可奈ちゃんの保護者だね」

「北沢さん、もっと言ってあげて。・・・この子、本当に身内に甘いんだから」

「すみません、そんなつもりじゃ」

「今日だって静香ちゃんと千早さんの二人に挟まれたら間が持たないから私に来てくれって」

「余計なこと言わないっ!」

「なるほど、普段はそういう感じなのね貴女たち」

「千早ちゃんも二人だけだと心細いからって、私の事呼んだもんね?」

「くっ・・・春香、貴女それは言わない約束って!」

「まあ、千早ちゃんもこんな感じだから静香ちゃんも志保ちゃんもあんまり怖がらなくても大丈夫だよ」

「か、勝手に納得しないでください! ・・・最上さん、笑ってないで貴女も!」

「しょうがないわね、志保が助けてっていうから・・・・・・本題に入りましょうか、千早さん」

「そうね。まずスケジュール。PSL本番が九月の最終週になってるつまり今が六月末だから大体三カ月程度時間があるのだけれど、問題一つ目、今回のユニットはリーダーからの指名制になっているわ・・・最上さんは誰かに声をかけていたりするのかしら?」

「はい。・・・といっても、未来と翼がすでに乙女ストームとして活動していたので、事前に話を通していたのは星梨花だけになってしまいましたけど」

「交友関係の限界」

 となりのしましまシャツがぼそっと何かを口走った。

「うるさい」

「志保ちゃん、そっとしておいてあげるのが大人だよ」

 そんな志保に耳打ちをする可奈。そのアドバイス、正しいのかしら聞こえてるわよ?

「可奈ちゃん、言わないで上げるのが大人だよ」

 春香さんが可奈を嗜める、が・・・

「はい、次から気をつけます!」

「よろしい、で・・・何の話だっけ?」

 結局誰もフォローしてくれなかった。

「最上さん、いい胃薬あるわよ? 水瀬さんから貰ったものだけど」

「どうにもならなくなったら戴きます・・・あと、現状で集まっているメンバーの話です」

「そうね。私は・・・さっきジュリアと話したらオッケー貰えたし、これから残りの三人・・・いえ、二人集めるわけだけど」

「もう一人はだれなんですか? ・・・まさか!」

 視線が可奈に集まる。

「今回は駄目だって不採用通知貰った後なのでした・・・」

「千早ちゃん、慕ってくれる後輩は大事にしなきゃ」

「可奈にはもっとたくさん学んでほしいのよ。私みたいに歌だけじゃ勿体ないわ。もちろん、最上さんも北沢さんも」

 そういうと、千早さんは窓の外に視線を向けた。

「・・・じゃあ、可奈ちゃんは志保ちゃんのところに入ったらどうかな?」

「それは・・」

「お断りします」

「・・・ちょっと、なに勝手に断ってんのよ」

 強めな拒絶をした志保は、そのあとに可奈が続けた。

「お仕事の指示で組むのならもちろん全力で頑張りますけど・・・今回みたいな時は出来るだけ一緒にならない方がいいかな、と思って」

「!!」

「どうしたんですか春香さん? 凄くうれしそうな顔をしてましたけど」

「え!? そう?」

「春香は顔にでるのものね・・・・・・でも、そうなると大変ね。二人とも当てはあるの?」

「「・・・・・・」」

 そろって首を振る私たち。

「うーん、レッスン好きなのもいいし頑張るのも応援するけど、一応同じ事務所なんだからもうちょっと二人とも輪の中に入ろうよ・・・」

「私は、ほら・・・未来達がいるし」

「現実を直視するべきね。貴女と、私は、ぼっち・・・と」

「やめろ!」

「静香ちゃん」

 可奈が気付いて欲しそうに袖を引っ張る。

「なによ、可奈」

「・・・さみしかったら、私もいるから、ね?」

 崩れ落ちる私。

「うわートドメ入れたね、今。ぼっちに詳しい解説の如月さん。今のえげつない切りこみ、どうでしょう?」

「私だったら部屋に籠るわね」

「ちょっと、可奈! どういうつもり!?」

「え、なんで志保ちゃんが怒るの!?」

 私が崩れ落ちている脇で志保が何故か可奈に掴みかかった。

「うんうん。志保ちゃんもああいう馬鹿な真似が出来るようになって私少し安心だよ」

「私は心配ね、風紀が乱れそうで」

 あの、先輩方・・・お願いですから他人事で静観するのやめていただけませんか?

 

 

 

「そういえば、千早さんのユニットで決まってるもう一人って誰なんですか?」

 話が進まないからという理由で春香さんに連れられて志保と可奈はどこかに連れて行かれてしまった。結局、こうなるんだったら最初から一人で来るんだったと心から反省。

「もう一人は風花さんよ」

「・・・意外でした」

 豊川風花さんは、千早さんとは少しタイプの違ったアイドルで、その恵まれたビジュアルを物理的に前面に押し出して活動しているセクシーアイドルだ。

 

そう、セクシーアイドルだ。

 

「くっ・・・いいじゃない。近くにいれば乳分はぎとれるかもしれないでしょう?」

「千早さんって時々わけわかんないこと口走りますよね」

「最上さんには言われたくないわ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 鋭い眼光が交差して、落ちる沈黙。

「やめにしましょう、建設的でないわ」

「そうですね・・・でも、どうして」

「風花さんから直接お願いが来たのよ。『千早ちゃんとなら、セクシー路線じゃなくてすむから』って・・・どういう意味かしらね、これ」

「・・・歌を頑張りたいってことなんじゃないですか」

 千早さんの体からにじみ出た殺気に気が付き適当にあしらう。ここで心にもないことを言うと一気に機嫌が悪くなるので気をつけなければならない。

「最上さんは本能的に長生きのようね」

 いや、そこでいい笑顔されても怖いだけなんですけど。

「でも、珍しいですね。風花さんはてっきりいつも通りあずささんやこのみさん辺りと組むつもりでいるのかと思っていました」

「・・・・・・そうね、その辺だと・・・ほら、セクシー路線に・・・くっ」

「ご自愛ください」

「気を遣わせて悪いわね」

 本当に。

「ジュリアも、風花さんと組むのは初めてだからって喜んでいたわ」

「・・・・・・」

 早い。もう既にユニット内のコミュニケーションを取り始めている。

「連絡とかってどうやってとってるんですか?」

「LINEね」

「え、千早さん携帯使えるんですか?」

「春香ーっ!?貴女劇場の子達に余計なこと吹きこんだでしょう!!」

 ・・・返事が無い。逃げたのか、それとも外まで出掛けてしまったのか。

「そうですよね、流石にそのくらいは使えて当然ですよね」

「・・・実は、昨日ジュリアに教わったばかりなのよ。ほら、見なさい? アドレス帳も事務所組と劇場組くらいしか・・・入ってないし」

「あ、じゃあLINE繋げましょう! 私もあんまり繋げてないんですけどね」

「本当?」

「え、ええ」

 思いのほか食い付きが良かったので若干引く。

「いい、最上さん。なにか困ったことがあったらどんどん頼りなさい」

「あ・・・はい。よろしくお願いします」

 こんな感じではじめてのリーダー会議の時間は過ぎていったのだけれど、今日の教訓としては千早さんって案外可愛い人なのかもしれないってことと

「最上さん、アイス食べに行くわよ」

「アイス三つ乗っけていい?」

「アンタ達何もやってないじゃないの・・・」

 安易に人手を増やすと人件費がかさむと言うことだろうか。



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2話 不意打ちオファー

「話はきかせていただきました!」

 学校帰り、劇場のロッカールームでトレーニングウェアに着替えていると、突然ロッカーから松田亜利沙が現れた。

「・・・警察呼びますよ?」

「おっと、志保ちゃん流石の塩対応・・・はい、ちーず!」

「話を聞いてください・・・お願いですから」

「アイドルちゃんのお願いとあっては聞かなきゃいけませんねぇ。この写真は依頼料として貰っておきます」

渡す気なんてないくせに。

「それで?」

「メンバーを探しているそうですね!」

「間に合ってます」

 丁寧にお断りする。ただでさえよく吠え、よく噛みつく狂犬をリーダーに据えているチームなのだ。これ以上、騒がしくなるのは何としても阻止しないと。

「え、もう決まっちゃったんですか!?」

「そんなことはないです」

「・・・志保ちゃん、ひょっとして私のこと嫌いですか?」

「・・・・・・別に?」

「なんですかその意味ありげな無言の間は!?」

 嫌いではない。ただ、私の中で人間は二つのカテゴリーにしか分類されない。

めんどくさい人間と、

どうでもいい人間、それだけ。

亜利沙さんはめんどくさい人間側。流石に、どうでもいいなんて思えるほど私はストーカーまがいに対して優しくはなれないし、なんだかんだいってこの人は・・・、そうか。

「亜利沙さんは・・・」

「なんですか? もしかしてついに志保ちゃんのデレ期が私にも」

「来ません、一生」

「諦めませんよ」

 迷惑なレベルでタフな人だ。

「それで、なんですか?」

「亜利沙さんは早くユニットに入りたいんですね」

「そりゃあ、もう」

 即答。

「なんたって、アイドルちゃん達と密接に・・・ムフフ」

「・・・もしもし、ええ。ちょっと陰湿なストーカーが」

「どこに電話掛けてんですか・・・って本当に繋がってる!?」

 ためらいなく掛けた110番に気が付き、携帯を取り上げられてしまった。

「ちょっとぉ、冗談でもそういうことすると警察の人に迷惑でしょー? あ、マジすんませんでしたー、っとこれでよし。・・・何やらすんですか!?」

「今のギャル対応、なんなんですか?」

「知り合いに通報された時の為の緊急手段、『頭の軽いギャルのじゃれあい作戦』です!」

 緊急手段にしては手慣れ過ぎていた気がするが。

「・・・ツッコまないことにします」

「ベネ。世の中には知らない方が安全に過ごせることが結構あるんですよ?」

 それは女子高生が持つべき秘密ではないのだろうか?

「というか私でもこのくらいは出来ますけど、可憐さんや志保さんにはかないませんよー」

「可憐さんの演技はもはや生き様ですから。私は・・・まだまだです」

「でもでも、この間の小学生メイド、なかなか様になってましたよ?」

「だから!」

「顔真っ赤にする志保ちゃんも可愛いですねぇ、そらさん!」

「良い表情ですね! パシャリ、と。失礼しましたー」

「・・・ちょっと、どこから現れたのよそらさんは」

 どこからか現れた劇場専属カメラマンが風のように現れ、写真を撮り、スライドするような謎の機動で去って行った。

「ありさたちはどんなところにでもいます。・・・ロッカールームの棚の上でさえ」

「もう妖怪に転職してください・・・」

「百目鬼とかになって千里眼を手に入れたいですねー・・・好きなアイドルちゃん達を動かずその場でリサーチ・・・たまりません。そしたらそしたら、妖○メダル志保さんにはアイデア料としてプレゼントしちゃいますね!」

「いやです、そんな呪いのアイテム」

「呼ばれなくても現れちゃいます」

 朋花さんに払ってもらわないと・・・というか最近、劇場の人たちからの弄りがラフい。かなり踏み込んだ攻め方をしてくるものだから面倒で仕方ない。

「それで、何の話でしたっけ?」

「どうしてありさは駄目なんですか!?」

「日頃の行いじゃないですか?」

「身も蓋もない・・・・・・がっくし」

 本当は、昨日事務所で春香さんに拉致された際に春香さんが亜利沙さんが欲しいと先に言われてしまっていたのでこちらとしてはその発言を聞かなかったことにしてとることも出来なかったのだ。

「・・・そのうち、良いことありますから」

「慰めてくれるんですか!?」

 詰め寄ってくる亜利沙さん。

「いえ、あの・・・近いです」

「これは失敬・・・じゅるり」

 涎を拭くのは本当に引いた。

「でも・・・」

「でも、なんですか?」 

「・・・・・・・・・ちょっとした予言です。きっと、近いうちに良いことありますから」

 我ながら自分の言葉を口にしようとするとどうしてこんなに不器用なんだろうかと嫌になってくる。でも・・・、

「・・・プッ」

 何故か亜利沙さんが吹き出した。

「なんで笑うんですか」

「志保ちゃんが冗談言うのは少し意外だったので。これはデータベースを更新しなくてはいけませんね」

 一度、亜利沙さんがデータベースで私の事をどうリサーチしてるのか調べようと、心に誓った瞬間だった。

 

 

 

 

 

「静香ちゃん静香ちゃん静香ちゃん!」

 夕飯の饂飩を劇場のフードコートで啜っていると、思わず身構えてしまうほどハイテンションな北上麗花さんがこちらに向かって走ってた。

「な、何事ですか?」

「モガミン、流石にテンションだけで身構えるのは茜ちゃんもどうかと思うぜぃ?」

 レッスンで遅くなってしまった私は偶然劇場の売店の一つ、『茜ちゃんショップ』からクローズ処理を終わらせて出てきた野々原茜さんと一緒に晩御飯を食べていたのだけれど、今月の売り上げは少し厳しいらしく茜さんのテンションは割とロー。普段滅茶苦茶やる人だが、ふざけてもしょうがないところでは大人しいのが彼女だ。

「どうしたんですか、麗花さん」

「私、静香ちゃんのユニットに入るね!」

 瞬間、眩暈で視界が歪んだ。

「モガミン、まだだ。まだいける!まだやれる!モガミン出来る子!モガミンは出来る子だよ!!」

 茜さんは早速他人事として無責任に煽る方針に切り替えたようだ。

「えっと・・・麗花さん、順序立てて説明してほしいんですが」

「ジュリアちゃんが千早ちゃんのユニットに入っちゃったの! だから私も入れてって言ったらもう定員オーバーだからって言われて、静香ちゃんのユニットなら入れるかもってプロデューサーさんに言ったらオッケーもらえたから、よろしくね?」

「ごふっ・・・」

 説明が説明になっていなかったことと、既にプロデューサーに話が通っているという事実に崩れ落ちる私。

「モガ・・・ミン、死ぬな・・・死ぬな最上ぃいいいいいいいいいいい!!」

 机に突っ伏した私を大げさに茜さんが大げさに弔う。

「急病ですか!?」

 驚いた風花さんがどこからともなく飛び出してきた。半裸で。

「大丈夫です」

 ケロリと起き上がって見せると、

「静香ちゃん、茜ちゃん、冗談でもそういうことはしちゃいけません!」

「「はい、ごめんなさい」」

 なんか怒られた。半裸に。

「風花さん、半裸で説教なんてそういう企画ですか?」

「え? ・・・きゃぁああああああああああああああああ!!!???」

 来た時と同じようにあわただしくどこかに消えていく。

「ええもん見させて貰いましたわ」

「オッサンですか」

 風花さんが去った方に柏手を打つ茜さんを半目で睨む。

「キレのいいツッコミ、69点♪」

「謎の採点を始めないでください麗花さん、それよりもプロデュ・・・」

「採点基準はメリハリと勢い、あと魂。静香ちゃんはレスポンスの速さで点数稼げてるけど魂がのってないから減点対象でーす」

「野々原さん・・・」

「そんな目で見られても茜ちゃんにも出来ることと出来ないことがある。ちなみに出来ないこととは主に体を使わない一発芸のことなのだ! そして、モガミンを麗花ちゃんから救うこともミッションインポッシブル」

 虚空にズビシッと人差し指と目線を向ける茜さん。この人もなかなかおかしい。そしていざという時に頼りにならない。

「だれに解説してるんですか・・・」

「え、これからお世話になるモガミン?」

 は?なに言ってるんだこの人は。

「茜ちゃんさー、今最高に困っててさー」

「劇場の売店で売り始めた茜ちゃん人形が売れないんですよね?」

「おいおいそんなにはっきり言われると茜ちゃん傷ついちゃうかも・・・とかいう配慮は」

「ないです」

「だよね! 知ってたよ畜生! でも強引に推し進めるけど、ここらで一発茜ちゃん人気者になっちゃえば」

「キャラグッズも売れて・・・大儲け?」

 とてつもなく、安易な発想をみた。

「・・・札束風呂?」

 それに中々懐かしい汚さで続ける麗花さん。

「ドンぺリタワー・・・!」

「ディスコでフィーバー!」

「「イェイ、目指せドバイ!!」」

「なんで野望が昭和なんですか。それに最終目的地が露骨に成金!?」

 人生楽しそうだなアンタら。

「麗花ちゃん・・・」

「茜ちゃん・・・」

 堅い握手。

「新ユニット、『ぷっぷかプリン』結成! ・・・で、どうだい?モガミンも入って『ぷっぷかプリン青』になる?」

「完全に私、取ってつけた位置じゃないですか」

「じゃあ『ぷっぷかプリン饂飩』」

「やぶさかでもない」

 ただ、末尾がうどんというのが強いて言えば気になる点か。

 

「問題大アリでしょう?」

 

「やっぱりそうよね、志保。饂飩は文頭の方が生えるはずよ!」

 たまにはしましまシャツも良いこと言う。・・・って

「あら、志保。今上がり?」

「良かったわ、亜利沙さんとそらさんに絡まれてレッスンが遅くまでずれ込んだのは最高に憂鬱だったけれど・・・結果的オーライとしましょう。で、どういう量見よ。リーダー?」

 志保は珍しく、わかりやすく怒っていた。それこそ腰に手を当てて仁王立ちである。

「わかるわ、饂飩の位置が気に食わなかったんでしょう? ・・・なんなら『しましま』ってつけるしましま?」

「結構よ! というか貴女、今私の事『しましま』って呼んだでしょう」

「気のせいよ、しほしほ」

「ええい馴れ馴れしい! っていうか誤魔化しついでにへんな仇名をつけようとするのはよしなさい静香! そうよ、貴女の事なんて呼びつけで充分よ」

 ついに呼びつけになってしまった。私も名前で呼んでるし、今さら気にしないけど。

「別にそれは構わないけど、じゃあ何が不満なのよ」

「メンバー、少し尖り過ぎていないかしら?」

 肩にガッと掴むと真剣に私の目を見てもう一度わかりやすいように言った。

「私たちの、手に、余るっつってんの!」

「志保ちゃん志保ちゃん、一応茜ちゃん達は年上、アーユーオーケー?」

 聞いていた茜さんが抗議の声を上げる。

「・・・・・・すでに私は亜利沙さんの参加を切り捨ててる女ですよ」

 真顔でそんなふうに切り返した志保に茜さんは若干引きながらも

「うわぁ、マジだ。麗花ちゃんどうするどうする?」

 麗花さんに助けを求めた。

 

「・・・志保ちゃんってバラエティアニマル衣装作ってもらったら絶対シマウマだと思うんだけどどう思うかな?」

 

 無論、聞いていない。

「はは、聞いちゃいねえぜ麗花ちゃん」

「しましま引き摺らないっ!!」

「でも、麗花ちゃんと茜ちゃんをパーティに引き入れると」

「ユニットです」

「志保ちゃんって空気読めないって言われな・・・ごめんね。辛いこと言ったね」

「交渉する気が無いならそこの饂飩人間引き取って帰りますけど」

「待って、私が饂飩と同等なんて饂飩に対して不敬だから訂正しなさい」

「静香、前から言おうと思っていたけれど。貴女も相当大概よ?」

 なにいってるんだこのしましまシャツは。人間が饂飩様と同等だと? 饂飩裁判にかけられてしまえ。

「た、たしかにそうなるとボケばっかりでバランスが悪いかも・・・茜ちゃんツッコミにまわろうか!?」

「え、なんですか今のボケ?」

「・・・わかりづらいわね、麗花さん今の何点ですか?」

「んー・・・六点かな!」

「鬼厳しくないかいその採点? 内訳は?」

「憐れみ六点!」

「もう放っておいてよっ! いいよ、じゃあもうプロちゃんに静香ちゃんのユニットに入ったってメールしちゃうから」

「その自棄のなりかたは違うでしょう・・・!」

「はい、送信。へっへっへ、茜ちゃんから逃げられると思ったらそうはいかないぜ! だって ちきゅう は まあるいんだもん!!」

 桃鉄なんて今の子は知らない。

「茜ちゃん志保ちゃん静香ちゃん、これから頑張って良いユニットにしていこうね? えいえいおー」

「おー!」

 勝手に盛り上がる二人を余所に、志保にだけ聞こえる声で呟く。

「・・・あれ、結局私麗花さんの思惑に乗せられただけなんじゃ」

「そもそも貴女、どういう経緯で麗花さんはこのユニットに入ったのよ」

 どうやら、志保はその辺りを聞き逃していたようだった。どうせだから丁寧説明してやることにする。

「ジュリアさんが千早さんのユニットに入っちゃったからって言ってたけど?」

「なにそれ」

「さあ?」

 以上、説明終了。

「じゃあ、茜さんは?」

 ついでだからおしえてやることにする。

「店に並べたグッズ分のマイナスを帳消しにするためって言ってたわね」

「・・・そう」

「何も言わないのね」

 てっきり何か噛みついてくるものだと思っていた。

「静香」

 真剣な表情で真っすぐこちらを見つめる志保。

「なによ」

 次に彼女が口にした言葉は予想外の言葉だった。

 

「お金を稼ぐチャンスがあるなら邪魔するより便乗するべきよ」

 

「・・・なるほど、あなたも苦労してるのね」

「母子家庭よ、やよいさんと一緒にセールに行く仲よ? なめないで」

 頷く。わかった、貴女の主張は痛いほどわかった。

 ならば、リーダーとしての決断はこうだ。

「「ユニットグッズで儲けましょう」」

 

 その後、二人の参加についての交渉のついでにプロデューサーにこの話を持って言った。

 その場で大爆笑と共に先にやることがあるだろうと、却下されたわけだが。

 

 もちろん、茜さんと麗花さんの参入もいまさら取り下げることなどできず、このメンバーに星梨花をいれた五人で活動することになった。

 ユニット名は・・・いまだ、決まっていない。

 



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3話 インファイトは楽屋裏で

「はーい、OKでーす」

「「「「「ありがとうございました」」」」」

 

各々が楽屋に戻る足取りは重い。

ただひとり麗花さんはスキップしてご機嫌だけれど、その辺は流石にベテランだ。疲れた顔一つ見せない。

「麗花ちゃんのヤバさを思い知った茜ちゃん(17)」

「なんだかんだ言って、麗花さんが入ってくれなかったら相当苦しかったわよ、聞いてるの静香」

「聞いてる・・・」

「静香さん、ここ一週間くらい千早さんとのリーダー対談だったり未来さんたちの舞台の練習に付き合ったりででずっぱりで」

「情けないわね・・・そんなことじゃいつまでたってもソロデビュー出来ないわ」

返す言葉も無い。同じスケジュールで回している千早さんは今日も教育テレビの歌収録に出掛けているはずだ。

「んー、千早ちゃんは業界の中でも抜群に稼働率が高いから比べちゃだめだよ」

珍しくアドバイスを寄越す麗花さんに驚く一同。

「そうなんですか?」

「そうなんです。事務所のみんなは学生なのに凄い密度で入れてるから劇場のみんなも勘違いしてると思うけどね。静香ちゃんは他人に影響されていつも頑張りすぎちゃうから心配だなー」

「う・・・」

「そうね。大事なライブ直前に倒れたり」

「バラエティ番組でマジになったり」

「心配だなー」

旗色が悪い。が、そもそも自業自得なので文句も言えない。

「みなさん、もうやめてくださいっ」

「星梨花は私の味方をして・・・」

「いくら静香さんでも必死に生きてるんですよ!」

「あ、崩れ落ちた」

「背後から撃たれた分傷が深そうね」

「楽屋の入り口で倒れたら邪魔よ」

「麗花ちゃん、なにしてるの?」

「静香ちゃんの見せパンチェック」

「え、これみんな違うの?」

「あ、茜ちゃん志保ちゃんのパンツ当てられそう」

「景品は静香ちゃんのパンツの柄」

「よっしゃあ気合い入ったよ!今、茜ちゃんライブの時並みに気合い入った!」

「なんでパンツの柄くらいでそこまで盛り上がれるんですか?」

心底不思議そうな顔をする星梨花。

「星梨花、この人たちは頭がおかしいから真面目に会話をしては駄目よ」

「あなたも大概でしょう」

「では、茜ちゃん答えをどうぞ」

「水色ボーダー!」

「ちょっと! 別に私はボーダーシャツが好きな訳じゃなくて安いから・・・」

「水色ボーダー、最終解答?」

「最終解答」

「誰に気遣ってるのよ、それ。分かりづらいですから」

「最終、解答?」

「昔そんな感じのクイズ番組があったの」

「そうなんですか、めもめも」

星梨花がどこからともなくメモ帳を取り出してメモし始める。

「drrrrrr・・・」

麗花さんの美声によるやたら品のいい口ドラムロールが楽屋に響く。

「・・・・・・ゴクリ」

対する茜さんも緊張した面持ちで判定を待つ。

「drrrrrr・・・」

「ゴクリ」

「drrrrrr・・・」

「ゴク(ry」

「志保さん志保さん、どう思います?」

「引きが長い」

「あぅ・・・静香さん静香さん」

「私は黒猫さんパンツだと思うわ」

「静香ちゃん、正解!」

目の端で志保がさりげなく尻をガードした。

「あちゃー茜ちゃん外しちゃったぜ」

「なんで知ってるのよ」

「ライアーの時のフォーメーションだと私と麗花さんから丸見えなのよ、ですよね」

「見てるね、静香ちゃん」

「あの黒猫パンツ、舞台が暗いと目のところが怪しく光って怖いのよ」

「え、なによそれ」

「実はロコちゃんが『こっちの方がキューティーです!』ってあらかじめロコナイズしていたのだ!」

「せめて、仄めかすくらいはしなさいよ!こんなの最早テロよ!」

「志保さんのパンツは暗いと光る・・・めもめも」

「それ、弱味メモじゃないでしょうね!?」

「そんなことないです!『せりメモ』は765プロのみなさんから聞いた噂をメモしてるだけですっ!」

「部外者の手に渡ったらスキャンダルの元になりそうだから絶対に落とさないでね」

「勿論です! プンプン!」

(可愛い)

(ちっ、これ以上追求すると私が悪者にされる。被害者なのに)

(ずるいなぁ、今度真似してみよ)

「さて、上のコメントはそれぞれ誰のものでしょう?」

「麗花ちゃんは虚空に向かって何いってんのさ?」

「視聴者参加型クイズバラエティの司会ごっこ?」

「・・・麗花ちゃん、茜ちゃんのツッコミの三ターン位先で回り込もうとするのやめない?」

「あれは過剰すぎるボケでツッコミを潰す技!」

「知ってるんですか静香さん!」

「未来と話してるとよく起こる現象よ」

「望月さん曰く『未来飛行』だったかしら?」

「杏奈ちゃんって結構キツいこと言いますよね。ところで静香さんのパンツの柄はどうなったんですか?」

折角誤魔化せていたのに、またしても星梨花に背後から撃たれた。

「これはビューティフォーと言わざるおえない・・・ってか、どうせうどん柄じゃね?」

「待ってください。静香は自分のヒエラルギーをうどんの下に置いています。従って、うどん柄のパンツなんて絶対に穿きません」

「え、何? ちょっと茜ちゃん今の日本語がアクロバティックすぎて理解できなかった」

「どういう意味ですか? というよりも、うどん柄ってどんなのですか?」

「さぁ?」

「出たァァァッ志保ちゃんの雑なコミュニケーション!」

「ピー」

「おっとここで処理オチ、星梨花ちゃんもついにフリーズしたァッ!」

「それを踏まえて正解をどうぞ!」

「なると模様」

解答を聞くなり茜さんがバサァっとダイナミックに私のスカートを捲った。

どうせ女子しかいないし、もうどうにでもなれ。

「正解! っていうかどうしてわかったの?」

「着替えるところ見てたから」

瞬間、空気が死んだ。

あんなに暖まっていた場が、志保の一言で凍りついた。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

白けたようで、そそくさと帰り支度を始めるぷっぷかプリン。

「二人とも、なんで黙るんですか!?」

「いやー、思った以上につまんない答えが返ってきたから静香ちゃん、捲られ損だなぁって」

そもそもお客さんもいないわけだから得する人間もいない。別に見せたいわけじゃないけど。

「志保ちゃん」

心底気の毒そうに麗花さんが名前を呼んだ。

「・・・なんですか」

「もうちょっと空気読もう?」

「・・・・・・(絶句)」

その後、劇場に帰った志保の期限が最悪だったのは言うまでもない。



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間章 自分探しと洗濯機

時々夢を見る。

それは、どうしようもない回想。

ずっと私の背中に影のように張り付いてきた過去。

何度も押しつぶされそうになって、けれど・・・いつの間にかそれを己の業だとは思わなくなっていた。

けれど、今でもときどきは視てしまうのだ。

あの日の光景を、

つんざくようなブレーキ音を、

そして、ゴム毬のように跳ねる弟が見せたあの、一瞬の表情を。

己の伸ばした手が、空を切る瞬間を。

 

 

 

「・・・・・・っ!!」

勢いよく体を起こす。わかっている、いつものやつだ。

自分は今、私室にいて、ベットで寝ていた。

私服で寝ていたのは・・・そう、昨日はレコーディングが遅くまでずれ込んで着替えることすら面倒になったからだ。プロデューサーに知られたらまた小言をもらうかもしれない・・・。

枕元をの時計を見ると三時半。いくら不規則な芸能界であってもこの時間から活動を始めなければいけない仕事なんて滅多にない。

あ、でも春香が絡んだ旅番組なんかは例外だと聞くわね・・・どうでもいいけど。

部屋の隅に置かれた冷蔵庫から一リットルの牛乳パックをそのまま流しこむ。こんな品の無い姿、後輩たちには絶対に見せられない。でも私だって世間では歌姫とかもてはやされているけれど、素の自分は「姫」なんて言葉は絶対に似合わない素っ気ない人間だ。常人がめんどくさいこと思うことは大抵めんどくさいし、楽できるなら楽がしたいのは当たり前だろう。

その辺、美希には初対面見抜かれて「千早さん、マジ半端ないの・・・」とか不名誉なリスペクトを受けてしまった手前、新しい後輩たちには理想の先輩像を演じていたい。

 

まぁ、その辺りはただの見栄なのだけれど。

 

私は牛乳を飲み干し、まだ暗い部屋で空いたパックを水ですすぎながら、今見た夢の記憶を手繰る。

久しぶりにみた、弟が死んだ日の夢だった。

あの夢を見ておきながら、平然と牛乳パックの後処理をしていられる辺り、自分の中でようやく乗り越えつつあるのだろうと勝手に判断してみる。脂汗でべたべたになった衣服はこの際無視することに・・・

と、そこまで思考を巡らせて、・・・やっぱり思い返して、いそいそと着替えを始める。

汗の匂いが染みつく前に洗わないと、また服が少なくなる。

もともと私服のセンスがユニクロとか、散々言われてる手前数少ない一張羅を失うことは、春香から指さされて笑われるリスクを孕んでいる。あれ、結構イラつくのよね。反射的にリボン毟り取ろうと思うくらいには。

洗剤と香り付きの柔軟剤を豪快にぶち込んで、洗濯機を回す。乾燥機付きの高い奴だ。機械の使い方はわからなくても、この洗濯機はワンボタンで最後まで行くので問題なかった。というより、そこが魅力で買った。一人暮らしにはこのドラム式の最新洗濯機は過ぎたサイズだと仲間内で散々笑われたが後悔は無い。

っていうか、このドラムの中で洗濯物がぐるんぐるん回るのを見ながら音楽を聞いていると心が落ち着いたりするのでかなりお気に入りだったりする。ちょっと大きめのモーター音もいい雰囲気を醸し出していると思う。

そんなことを思いながら、洗濯機の前の床にペタンと腰を下ろした。

・・・わかってる。私は動揺している。そもそもが強がりだ。乗り越えたと思っている、なんていうのは表面的な話なのだ。

贖罪なんて考える事はもうなくなった。

けれど、私が弟の死を忘れる日なんて一生来ない。

根拠は無いし、情けないことなのかもしれないけれど心の奥底ではずっとそう思っている。

けれど、この動揺はそういうものとは毛色が違った。

何故なら今日の夢は少し、いつもよりも鮮明だったのだ。

一番動揺したのが、死ぬ間際の弟の顔。

自分の頭の中にあの記憶があったのか、はたまた後から作られた記憶なのか、今となってはわからないけど、とにかくあれが強烈だった。

そしてふと、思う。

「事故現場って・・・どこだったのかしら?」

幼い頃の記憶だ、覚えていないのも当然だろう。

けれど・・・あんなに固執しておきながら、場所も覚えていない自分の薄情さが少し笑えた。

思えばあの事故のあと、私は東京に引っ越してきたはずなのだ。

父は今となってはどこをほっつき歩いているのかすら分からないし、知りたくもない。

一方母は・・・

「立ち直ろうとしてる母さんには・・・聞けないわ」

最近、やっと話せるようになってきた母とまた喧嘩するのは少し嫌だった。

「あら、私って案外お母さん子だったのね」

意外な事実が発覚する。

ここのところ、自分を省みる機会が多いからか、知らない自分をよく見つけるのだ。

「でも・・・他に手がかりもないのよね」

―――うぃーん、うぃーん。

無機質に回る洗濯機の槽を見つめながら自分も思考を回す。

「困った。気になって眠れそうにないわ・・・」

明日は久しぶりの登校日。

そう考えると少し億劫になる。けれど、同時にほっとした事もあった。

「明日が仕事じゃなくて助かったわ」

喉をさすりながら、安堵する。

 

あの夢を見た日の喉は、特別強く痛むのだ。

鈍く、まるでただれるかの様に。



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