獣二匹、疾走す (はぎのつき)
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獣一匹、疾走す

 〈Yggdrasil(ユグドラシル)〉!

 世界中で大人気を博したDMMO-RPG。圧倒的な自由度、キャラクリエイトの幅広さ、作り込まれた世界観、未知の世界に待ち構える数々の冒険! ユグドラシルの登場によってDMMO-RPGの黄金時代が到来したことはまず疑いようのないところだ。世界中の人々はユグドラシルの世界での自由と冒険、生と死、栄光、数々の宝に魅了された。もはや地球が開拓されつくし、あとは緩慢な破壊を行うだけとなった2100年代において、ユグドラシルとは単なるゲームに留まらず、人々の目の前に突如として立ち現れた未知のフロンティアでもあったのだ。そのプレイヤー数は数万とも数十万とも言われ、廃課金によって身を持ち崩すプレイヤーは後を絶たず、一時は社会現象にまでなった。その異様な熱気は老若男女、人々の夢と希望をくるんで膨らんでゆき……徐々に冷めて、しぼんでいった。

 より洗練されたゲームの開発。運営に対する不満。うんざりするほどに広いゲーム世界。色々な要素が重なってのプレイヤー離れが始まると、後は坂を転げ落ちるかのようだった。かつての廃課金者は生活の為と嘯いて引退し、「所詮はゲーム」が合言葉のように繰り返されるようになり、今やかつての輝きは見る影もなく。

 

 そしてついに今夜、サービス終了の時を迎えようとしていた。

 

 サービス終了とは、つまり〈ユグドラシル〉という世界の終りでもある。今、色々なところで世界終了の宴が行われている事だろう。運営の用意した最後のパーティに参加する者、気の合う仲間と最後まで語り合って過ごす者、一人きりで思い出に浸る者、様々だ。

 そしてそんな喧騒から遥か離れて、荒涼とした風の吹く荒野を駆ける影が一つ。

 それは巨大な獣の姿だった。熊をはるかに凌ぐ巨大な体躯に、全身を覆うのはうっすらと紫の入った白毛。その相貌は猫にも犬にも似て、そのどちらとも違う。遠目にも鋭さのわかる牙と爪は鈍い紅色に輝き、大地をその四足で力強く踏みしめ疾駆していた。

 プレイヤー名〈かるかんしうむ〉。彼は今、モンスターすら湧かないまさに無人の荒野を爆走していた。なぜか。

 それは限界への挑戦。誰も知ることのないプロジェクトX。つまり。

 

(もっと速く! さらに速く!――今日こそ自己ベスト更新だ!)

 

 つまりは、ゲーマーとしてのこだわり。ゲームをやり込みにやり込んだプレイヤーの一部が早解き、つまりRTAで己の、そしてゲームの限界に挑戦するように、彼――かるかんは、ひたすらに速さを追い求めて走っていた。世界をひたすらに探索したり、強さを追い求めるのとは違う冒険。しかしユグドラシルはそれができる、どこまでも『極められる』ゲームだった。だからこその挑戦。

 画面に浮かぶスピードメーターを視界の端に捉える。現在の速度は2700 km/h。秒速にしておよそ750m。音を彼方に置き去りにし、世界にはかるかんただ一人だけ。自己ベストが2770km/hであることを考えると、今日はかなり調子がいいと言えよう。これはかるかん自身が速さを追い求めていく中で気付いたことだが、より速い速度を追い求めていった場合、特殊技能(スキル)やアイテムでの補助は前提として、体捌き、体の動かし方、そのタイミング、反射神経、動体視力などのプレイヤースキルこそが最も重要になってくる。だからその日のコンディションというのは何より大切だし、また実際の陸上競技の様に日々の練習は欠かせない。

 仕事に忙殺される日々の中、毎日のようにインしては体の調子を確かめ、走り、その模様を録画してフォームの研究を行い、最も効率の良い特殊技術(スキル)の組み合わせに心を砕き、速度を上昇させるアイテムの入手に収入のほとんどをつぎ込んできた。

 

 ――もはやこのユグドラシルで、俺より速いものは誰一人としていない!

 

 かるかんはそう断言することが出来た。ユグドラシルというゲームに、スピードに人生を捧げてきたからこそ言えることだった。長距離での速度は言わずもがな、敏捷性、機動性、さらには戦闘という超短距離の瞬発力が求められる場であっても、『速度』というステージにおいては自分が最も優れているという確信があった。そして敵がいなくなれば、後は自分との戦いだった。より速く、もっと速く。

 そして今日だ。今日、サービス終了の記念すべき日。この胸は自己ベスト更新の深い期待にうずき、震えている。長い間打ち破れなかった壁を壊す時が来たのだ。サービス終了の日にそんなことをしてなんになるとか、たかがゲームとか、そんなことは関係ないのだ。ただ自分との闘い。昨日までの自分に打ち勝つ時が来た。それだけのことだ。

 長かった。サービス開始と共にゲームを初めて12年。12年間のたゆまぬ努力。それが今この場で結実し……そして、終わろうとしていた。

 四肢にぐっと力を籠め、更なる加速を促す。一歩進むたびに足元で爆発のようなエフェクトが発生し、そのエフェクトすら置き去りにする速さで走る。

 実際の所、特殊技術(スキル)の効果時間やプレイヤースキルの問題で、かるかんが本当にトップスピードでいられる時間は短い。ほんの5,6秒ほどだ。そして、その5,6秒がもうあとわずかで過ぎ去ろうとしていた。

 2710 km/h

 2730 km/h

 2750 km/h……

 かるかんはもうメーターを見てはいなかった。景色も見えない。ただ前へ、前へ。

極度の集中の為か、視界が白くなり、何も聞こえなくなる。システム的にあり得ないはずの鼓動が感じられる気がした。

 サービス開始からの記憶が走馬灯のように過ぎ去っていく。何の気なしに混合魔獣(キメラ)という異形種でゲームを開始し、異形種狩りに曝されたこと。混合魔獣(キメラ)はその見た目の奇形っぷりもあってなおさら標的にされやすかった。速度を鍛え始めたのも、最初は異形種狩りから逃げる為というものだった。もちろん低レベルの初心者がいくら速度を鍛えたところで効果は薄かったわけだが、広々とした自然の中を疾走するという今までにない経験はかるかんの心を躍らせた。

 そして異形種狩りに悩まされていた時に、手を差し伸べてくれた人たち。現在はDQNギルドとして悪名高き〈アインズ・ウール・ゴウン〉の面々と、純銀の聖騎士、そしてRP全振りのあの愛すべきガイコツまどう。ギルドに所属するのは性に合わない気がして断ってしまったが、それでもあの人たちは暇な時には狩りに誘ってくれたり、こちらのアイテム集めに手を貸してくれたりもした。気のいい人たちだった。異形種という迫害される立場が、より結びつきを強くしてくれたのだろう。何人かとはフレンド登録もしたし、ギルドホームに招かれたこともある。内装やNPCの見事な作り込みには感心させられたものだ。かるかんが初心者の頃から現在に至るまで、ずっと付き合いは続いている。

 ふと、あのギルド長のことを考えた。あの墳墓の最奥で、メンバーが帰ってくるのを毎日のように今か今かと待ち構えていたあの死の支配者(オーバーロード)。モモンガのことを。きっと今日ばかりは彼も仲間に囲まれて昔話に花を咲かせている事だろう。彼を慕うメンバーは多かったと聞いている。会いに行ってもよかっただろうか。メールであいさつはしたが、何度となく世話になった身だ。顔くらい出すのが礼儀と言えたかもしれない。しかし、ギルメン達と語り合っているであろう最後の時間を、自分のような部外者が邪魔したくないという思いも彼にはあった。

 

 随分長く昔のことを思い出していた気がする。しかしそれも、外から見ればほんの一瞬の事だった。ほんの、コンマゼロ数秒程度の事。足元が大きく弾け、かるかんの姿が掻き消える。

 爆発的な加速――恐らくは最後の。感傷的な思考すら、速度の彼方に消えてゆく感覚。

 極限の速度の中で自分が世界と一つになり、溶けてゆくような心地よさ。

 まるですべての楔から解き放たれたような浮遊感を、ほんの数瞬。しかし本人にとっては永遠にも思える時間。

 そして世界が戻ってくる。

 置き去りにした景色が、音が、彼に追いつき、全てが平常へと戻ってゆく。

 緊張を緩めず、そのまま急制動を掛ける。現実のどんな生物にもありえない肉体のバネによって衝撃を吸収し、四肢で大地をしっかりと掴む。いつの間にか、周囲は荒野ではなく緑のなびく平野になっていた。それだけ遠くまで加速したということか。スピードメーターをストップさせ、記録された最高時速を確認。

 

――2840km/h!

 

「ぃいいやったぁあああああああああ!!」

 

 快哉の声を上げ、そこらじゅうを飛び跳ねる。

 誰かにこの喜びを伝えたいが……視界の端に映る時刻は、23:58:44。あと一分と少しで、世界が終わる。

 ならば、今しばらくは、世界が終わるまでの間くらいは、この充実感、達成感を一人きりで味わおう。ログアウトしたら、撮影した動画を編集して、ネトゲ仲間に見せて自慢してやろう。どこかのサイトにアップロードするのもいいかもしれない。過疎ゲーで大記録を打ち立てたからってどうなるなんて思いはなかった。終わるゲームを残念に思う気持ちも、もはやない。楽しかった。いいゲームだった。これほどのものには、もう二度と出会えないかもしれない。でも構わない。

 ただ、喜びと満足だけがあった。

 

 ――俺が世界最速だ!

 

 カウントを始める時計をチラリと見やり、目を閉じる。

 

 23:59:58――

 23:59:59――

 

 00:00:00――

 

 そして、世界(ユグドラシル)が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 00:00:01

 



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獣二匹、出会う

 1秒。

 2秒。

 3秒。

 

 いつまでたっても強制ログアウトの気配がないことに不審に思い、かるかんはその目をゆっくりと開く。同時に、そこに信じがたい光景が飛び込んできた。

 

「うぉおっ!?」

 

 それは森だ。薄暗く、密度の高い森。鼻を鳴らせば嗅いだことの無いような濃い緑の匂いが脳を直撃する。耳を澄ませば近くに潜む獣の息遣いまでが聞こえてくる。決して先程までのような広々とした、地平線まで見渡せる平野などではない。

 自然とこちらの息遣いも荒くなってきた。走ってもいないのに心臓が痛いくらいに拍動する。

 

「……なにが……おこった?」

 

 景色がいきなり切り替わった事だけではない。自分は今何をした? 『鼻を鳴らし』『耳を澄まし』『息遣いが荒くなり』『心臓が痛いくらいに拍動する』? ゲームのアバターであるこの身に、そんなことが起こり得るはずもない。

 

「コ……コンソール……」

 

 開かない。

 

「GMコール……〈伝言(メッセージ)〉は?」

 

 繋がらない。

 

「ゲームは……ユグドラシルは終わったんじゃ……?」

 

 自問する。しかし頭の片隅では分かってもいた。ゲームは終わった。今のこれはもっと別の何かなのだ。

 何が何だか分からない。未だ混乱の渦中だ。

 しかし一つだけ分かっていることもあった。

 ――また走れる。

 もう二度と無理だと思っていた。だからこその、先程のラストラン。ゲームとはいえ、全力で、自分の全てを振り絞って走った。結果、自己ベスト大幅更新。悔いはなかった。満足した――筈だった。

 しかし。

 

「つまり……俺には、まだチャンスがあるって事か?」

 

 未だ記録更新の機会が残っているとなれば、話は変わってくる。燃え尽きた筈の欲望が、熾火の様に静かに燃えはじめ、やがてチロチロと舌を出し、みるみる大きく膨れ上がってくる。

 

「……よくわからんが、とにかくよし!」

 

 もしかして夢かもしれない。速度を追い求めた果てに、自分は狂ってしまったのかもしれない。頭の幾分か冷静な部分がそう判断する。だが、そんなものはどうだっていい。

 夢なら覚めるな。狂気よ去るな。

 もし神がいるのなら、最速に挑戦する機会を与えてくださったことに感謝します。

 かるかんしうむは今にも膝をついて神に祈りをささげかねない勢いだった。

 そうやって気分よくトんでいた時、かるかんは頭の奥で何かが点滅するのを感じた。

 

「……?」

 

 よくわからない、分からないが、なにかが近づいてきている気がする。

 それなりに大きい。かるかんより少し小さいくらい。レベルにして30と少し程度か。なんてことはない雑魚だが……。

 

「なぜ、そんなことが俺に分かるんだ?」

 

 言っていて、自分で苦笑する。どう考えても特殊技術(スキル)や、特殊能力の効果だろう。常時発動型(パッシブ)の〈生命感知〉や〈獣の直感〉その他いくつかの特殊技術(スキル)と特殊能力が働いているのが分かる。もっと鋭く(・・)すれば、その辺を飛んでいる虫まで正確に感知できそうだった。

 

「歓迎の準備でもした方がいいのか?」

 

 向かってくる気配は一つ。速度を緩める気配はなく、何となくこちらに敵意を持っているのが分かる。自分の感知範囲の中に他に同程度の強さのモンスターを確認できないことから、この辺りではおそらく珍しいモンスターであろうと思った。

 

(……レアポップか? なら、なんかレアいアイテムとか持ってるかもな)

 

 ユグドラシルにおいては速度をひたすらに追い求めてキャラを組み立ててきたかるかんだが、ごく一般的なユグドラシルの楽しみまで捨てていたわけではない。未踏の地域に踏み入り、まだ見ぬレアアイテムを獲得することにコレクター魂をくすぐられるような感性も、彼はまた有していた。

 そしてふと、気付く。

 

(そういや、集めたアイテムほぼ全部拠点に放り込んだままじゃん!)

 

 慌ててアイテムボックスを開く。コンソールと違い、こちらは正確に動作した。中には、今装着している速度上昇極振り装備を除いた戦闘用のメイン装備、それと何種類かのポーションと、重用している課金アイテム、後は家に飾ろうと思っていたレアな家具型アーティファクトや一山いくらのゴミアイテムが、重量超過による速度制限を受けない範囲で入っていた。

 

(8割くらい、置きっぱなしだ……)

 

 頭を抱える。取りに帰れるだろうか? 無理だろう。そんな確信があった。思い返される冒険の日々……幸い、常に使うような重要なものや、肌身離さず持っておきたいアイテムは所持したままだが、だからと言って拠点に置いてきたアイテムたちの事を割り切れるわけではない。

 

(ポーションとか、補充できるんだろうな……?)

 

 ふと頭をもたげた暗い予感を振り切る。気付けば敵はもうすぐ近くまで来ていた。

 わざわざ装備を切り替えたりはしない。30レベル程度の敵では何をどう頑張っても100レベルのかるかんの脅威にはなりようがない。裸で迎えてもいいくらいだ。

 

 楽観視しているかるかんに向かって、ぶわん、という重たくも鋭い音と共に、森の暗がりから巨大な鞭が飛んできた。常人であればなすすべもなくぺちゃんこになりそうな速度と威力。

 しかしその速度も、かるかんにしてみれば飛んできた、というよりは漂ってきた、という方が正しいようなのんびりとしたもので、仮に直撃を食らっても傷一つ付かないであろうことは容易に推察できた。

 ひょい、と巨大な体で楽々回避する。

 

(これは、尻尾か何かか?)

 

 元からしてゲームの為の訓練による常人離れした動体視力と反射神経を持つかるかんの目は、飛んできた鞭の姿を克明に捉えていた。

 蛇のような鱗に覆われた、太い尻尾。直撃した地面がえぐれていることや、激突音などからそれなりの硬さや重さがあるのだと思われた。尻尾は来た時と同じ速度で素早く森の影に引っ込んでいく。攻撃を放った者の姿は、森の作り出す暗闇にまぎれてはっきりとしない。

 そして同時に、深く、知性を感じさせる声が、警戒の色を乗せて響いてきた。

 

「むむっ……それがしの一撃をこうも容易くかわすとは、おぬし、ただものではないでござるな?」

 

(それがし? ござる? ……ていうか、喋るのか。これはいよいよレアモンスターか?)

 

 何も言わないかるかんの姿をどう受け取ったのか、声の調子は静かなまま、しかし確かな畏怖を込めたものへと変わる。

 

「そしてその威容、さぞかし名のある地の主とお見受けするでござる」

 

 言葉と共に、影が進み出てくる。日の光に照らされたその姿は――。

 

(こいつは……)

 

 思わず呆気にとられる。ユグドラシルでは見たこともない種族、そして自分の人生で初めて見る大きさ。

 

「それがしはこの地の主。森の賢王と申す者。見知らぬお方よ、この地に如何様な目的で参られたのか」

 

 返答次第によっては、ただで返すわけにはいかぬでござる、と息巻くその姿は、どこからどう見ても、巨大なハムスターだった。

 



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獣二匹、仲良くなる

「さあ、何ゆえこの地に参られたのか。疾く答えるでござる」

 

 ぐい、とその二本の後ろ足で立ち上がり、威嚇のつもりか体を膨らませてみせるハムスター。もとい賢王。陽光がその体毛を美しい銀色に輝かせ、その眼には強い意志が宿り、瞳の奥が燃えているかのような錯覚すら覚える。容姿が可愛らしいハムスターということと、レベルがわずか30であることを除けば、確かに王と名の付くにふさわしいだけの威厳が感じられる気がした。

 

「おぬし、その威容、その毛並み、それがしに匹敵する強大なる魔獣とお見受けするでござる。であればこの賢王、森の主として、そのような力の持ち主を、否、そのような力の持ち主だからこそ! 自分の領地に許可なく立ち入る者を見過ごすことはできんでござる!」

 

 爪を、牙を剥き出しにし、ヒゲをピンと伸ばして今にもこちらに食いついて来そうな雰囲気に、さしものかるかんも少したじろいだ。両掌を突き出してを首を振る。

 

「待て待て待て、俺……私は、別に君の縄張りをどうこうなんてする意思はない。爪を下げてくれ」

 

 賢王の古風な喋りに、こちらも一人称を変えるかるかん。喋りも会社のあまり仲良くない同僚と喋る時のようなやや硬いものにする。これは警戒心の表れであり、また賢王がかるかんを差して言うような「並々ならぬ威容を持った魔獣」を意識した喋りでもあった。

 

「そうでござるか?……いや、それならばなぜ、この森に現れたでござるか」

(そんなもん、俺が知りたい)

 

 若干雰囲気を柔らかいものにし、小首をかしげる賢王。サイズが超弩級であることを抜きにしても、可愛らしいハムスターのしぐさと言えた。

 かるかんは一体何と言ったものか、頭を悩ませる。

 

「いや、ここに来たのは……不可抗力というか、私が教えてほしいというか、そう! 旅の途中で迷い込んだのだよ。丁度水場を探していてな! まさか君の縄張りとは知らず、失礼をした」

「なんと! 旅のお方でござったか! なるほど、それならばそれがしの領地の事も知らなくて当たり前でござるなあ」

 

 何かに納得したようにうんうんと腕を組んで頷いて見せる賢王。

 あまりのあっけなさに、お前、ホントに賢王? 賢いの? と若干呆れて口が半開きになるかるかん。

「しかし!」と賢王は眼光を鋭くする。

 

「いかな事情があろうと、侵入者は侵入者でござる。……とはいえ、おぬしほどの魔獣と事を構えては、それがしも無事では済まんでござろう。そこで、旅をしているというおぬしの言葉と、先程それがしの攻撃を躱した実力を認めて、森を穏便に立ち去るのであればそれがしもおぬしを追撃したりははせぬでござる。どうでござるか?」

「ござるか? と言われてもな……」

 

 目の前のハムスターと自分が同程度とかいうとんでもなく見当違いな予測は置いておいて、かるかんとしては、正直なところ、この森を言われるがままに去るのは避けたいところだった。

 先程の賢王の発言からして、このハムスターがこの森一帯を取り仕切るボスのようなものなのだろう。そのボスのレベルが30強程度。ゲームで言うなら明らかに低レベル向けのフィールド。先程感知した結果から言っても、かるかんにとっての危険はここには存在しない。後で広範囲感知を行う必要はあるだろうが、寝こみを襲われたり状態異常による搦め手を狙われるなど不測の事態が起こることを考慮しても危険度などゼロに等しい。しかし森の外に出ていけば話は別だ。何と出会うか分かったものではない。すぐに強敵と遭遇! なんてことにはならないとは思うが、実際自分の身に何が起こったのかも充分に飲みこめていないのだ。これ以上のトラブルに巻き込まれる前に、一旦どこかに腰を落ち着けたいところだった。

 次に、この賢王。ユグドラシルでは影も形もなかった珍しいモンスターだ。しかも、賢王と言うだけあって会話が可能なくらいの知性も有している。第一村人発見というやつだ。自分の知らないことを知っている可能性は非常に高い。今はとにかく情報が欲しいのだ。このハムスターから話を聞かない手はない。

 

 となれば、かるかんしうむの採るべき選択肢は一つ。

 このハムスターに何とかして気に入られ、侵入者ではなく客人として扱ってもらわねばならない。

 しばしの逡巡の後、口を開く。出て来た言葉は、自分でも驚くほどに落ち着いた、冷静なものだった。

 

「……ちょうど今夜の寝床を探してもいたところなのだ。この地を支配する賢王に敬意を表し、これを送ろう。代わりに私の滞在を認めてはくれないだろうか?」

 

 古今東西、手っ取り早く相手に取り込もうと思えば贈り物が一番だ。

 アイテムボックスを展開する。ずっと奥の方……自分では使い道のないゴミアイテムのあたりに、使えそうなものが見つかった。

 取り出したるは、射撃武器の弾にも食材にも錬金素材にもなる低級アイテム“ヒマワリドルイドの種”の袋詰めと、精神系状態異常への耐性を高める効果の付いた腕輪だ。名前は“腕輪003”。銀細工の施された腕輪に大粒のルビーが嵌って、まあそこそこ美しいと言える。種の方は植物系の雑魚モンスターを倒したら掃いて捨てる程ドロップするアイテムで、ただ捨てるより店売りでもした方がいいかと少しの間持っていただけのもの。腕輪の方は単に見た目がきれいで、ボックスの底に余っていただけのいらないアイテムだ。

 魔法のスクロールなんかは全部拠点に置いてきたくせに、こんなものばっかり大量に眠っている自分のアイテムボックスが悲しくなってくる。

 

「おお……」

 

 賢王は差し出された品を交互に見つめ、ヒゲを興味深そうにヒクヒクと動かしている。つぶらな瞳に浮かぶのは警戒ではなく、好奇心だ。ヒマワリの種の袋詰めに顔を近づけ、鼻をスンスンと鳴らす。

 

「これはなんとも……芳しい香りでござるなあ」

 

 次に、腕輪の方を確かめる。途端、もともと丸い目が更に真ん丸に見開かれた。

 

「なんと、これはまさかマジックアイテムでござるか?」

「ん……? まあ、そう……だな。マジックアイテムといえば、そうなるだろうか」

 

 あんなしょっぱい効果のアイテムにマジックアイテムなんていう仰々しい呼び方は大げさだと思うが、賢王がしきりに感心しているようなので余計なことは言わないようにする。

 これは初心者の頃、他のプレイヤーが自作のアイテムを売っていたのを買ったものだ。精神系の状態異常への耐性を高めると言えば聞こえはいいが、この程度のアイテムでは防げるのは魔法で言えばせいぜいが第三位階まで。それ以上の魔法なり特殊技術(スキル)なりが与える状態異常に対してはほぼ無力と言ってもよい。初心者の頃はわりかし重宝もしたものだが、すぐに性能がかるかん自身のレベル上昇に追いつかなくなり、あっという間にお払い箱になった逸品だ。手放しても惜しくもなんともない。

 

「それで……どうだろうか? 私の滞在を認めてはもらえないか?」

「ふぅむ……」

 

 今度は賢王が考え込む番だった。

 腕を組みうんうんと唸る。その目がチラチラとヒマワリの種を見ているのをかるかんは見逃さなかった。

 おもむろに袋に手を突っ込み、拳ほどもある大きな種を一つ取り出す。

 ゴクリ、と喉が鳴る音がした。誰が出した音かは考えるまでもない。

 右に左に種を揺らす。

 賢王の目線も右に左に揺れる。

 もっと大きく揺らす。

 賢王の首も揺れた。涎が口の端に見える。

 ぽーい、と種を賢王の後ろに向かって高く放り投げた。

 瞬間、賢王が今までにない俊敏さで背面跳びを敢行し、見事に種をキャッチ。

 

「何をするでござるかもったいない! このようにおいしそうなものを投げ捨てるなど!」

 

 種をひしと抱きしめて抗議する賢王に、かるかんはなんと言ったらよいやら、爪で頭をぽりぽり掻く。

 

「あー……。では、滞在を認めていただけるということでいいかな?」

 

 「あっ」という感じの表情で賢王の目線が自分の手元とかるかんを行ったり来たりする。

 

「……ま、まあ! 仕方ないでござるな! それがしにも森の賢王としての立場があるゆえに! そなたの贈り物に対し、こちらもそれなりの敬意を払わなくてはならぬでござる。よって、そなたのこの森への滞在を認めるでござる! なにしろ、そのように立派なマジックアイテム、見たことがないでござるからな!」

 

 付け加えておくでござるが、決して、決してこのおいしそうな種に釣られたわけではないこと、勘違いなきように! と、まだ種を抱きかかえたままの賢王。

 かるかんはなんと言ったものか悩んで、とりあえず無難に済ませることにした。

 

「滞在を認めてくれたこと、感謝する。……そういえば、まだ名乗っていなかったな。私の名は〈かるかんしうむ〉という」

 

 後ろ足で直立し、右前脚、もとい右手を差し出すかるかんしうむ。握手の形だ。賢王は一瞬不思議そうな顔をしたものの、この動作が何を意味するものかを悟ったらしく、爪をしまった手でかるかんの手を握り返した。

 

「それがしの名はもう知っているでござろうが、客人に対し改めて名乗るとするでござる。それがしは森の賢王。この森を支配する者でござる」

「変わった名だ。森の賢王、が名前なのか?」

「左様。それがしはこれ以外の名は持たぬでござる。かるかんしうむ殿も、変わった名でござるな」

「そうかな? 私のいたところでは、そんなに珍しくもない名前だったんだが」

「文化の違いという奴でござるか。その辺りの話も聞かせてほしいでござるなあ。それがし、旅人とじっくり話をするのは初めてでござるよ」

 

 さ、それがしの住処に案内するでござる。とのしのし歩き出す賢王。尻尾が上機嫌にふりふりと揺れて、その巨体に不釣り合いにかわいらしい。

 俺にも尻尾が残っていればなあ。と、上位種族取得の段階で尻尾を取ってしまった事を少しだけ後悔した。

 

 

 

 

 

 

「……〈広域察知〉、〈蝙蝠の先触れ〉」

 

 脳内に円が広がるイメージと共に、賢王の住処を中心にして半径数キロの存在が、さらにスキルの併用により、その中から敵意を持つ存在だけが選り分けられて感知される。

 

「かるかんしうむ殿、何をしているでござるか?」

「静かに。集中しているんだ……」

 

 額に手をやり、目を閉じて集中するポーズを取る。実際の所、このポーズに意味はない。何となくカッコイイからやっているだけだ。しかし賢王にはそれがどう見えたのか、ごくり、と唾を飲み込む音がかるかんのところまで聞こえてきた。

 

「よし」

 

 特殊技術(スキル)による感知を終える。結果として、この近辺にはかるかんを害しうる存在は無いことが分かった。一安心と言ったところか。ふう、と息をつく。

 賢王の住処は、森の中の洞穴だった。賢王の住処と聞いて立派な屋敷のようなものを想像していたかるかんにはやや拍子抜けだったが、ハムスターには上等だろうと考え直す。それに、ここはここで悪くない。賢王とかるかんが並んで寝転んでも十分なくらいのスペースがあり、地面には柔らかな草が敷き詰められ、なかなか快適そうに見える。

 光もない暗闇だったが、かるかんには洞穴の細部まではっきりと見通すことが出来た。この体になった影響だろうかと思う。

 献上品である腕輪と種を大事そうに隅にしまっていた賢王が、かるかんの方に向き直った。

 

「あらためて、それがしの住処にようこそでござる。かるかんしうむ殿」

「こちらこそお招きいただき、あらためて感謝する。それとかるかんでいい。私だって森の賢王ではなく賢王と呼んでるしな」

「では、かるかん殿……なんだか、照れるでござるな」

 

 ひげをへにょりと垂らし、もじもじする賢王。

 スルーするかるかん。

 

「しかし、私をこんな簡単に住処に入れてしまってよかったのか。客人として招いてくれたとはいえ、初対面だろう」

「何を言うでござるか! 客人として招いた以上、出来る限りのおもてなしをさせていただくつもりでござる。遠慮は無用。自分の家と思ってくつろいでほしいでござるよ」

 

 それじゃあ遠慮なく、と丸くなるかるかん。この猫のような姿勢が、不思議と落ち着く。遠慮なさすぎでは、と呟く賢王は無視して、現状を纏めようと頭を働かせた。

 まず、ここはゲームではない。賢王の存在、開かないコンソール、繋がらないGMコール、変化した自分の体などから、これは確実だろう。

 次に、ここはどこか。

 

「なあ、賢王」

「何でござる?」

「ここは森の中だよな? 森の外はどうなってるんだ? この周囲は?」

「うーん……。実はそれがし、森の外にはあまり詳しくないでござる。何しろ支配する領地を離れるわけにもいかぬゆえ。ただ、森の外には人間の国があって、たまにそこから人間がやってくるでござる。そうそう、森の近くにも、人間の村があるでござるよ」

 

 それで、ここからが重要なのでござるが、と表情を真剣なものにする賢王。

 

「実は、それがしが支配しているのは、森の一部、南側だけなのでござる」

「ほう。じゃあ、他にもお前みたいなやつがいて、同じように森のどこかを支配してるのか?」

「そんなところでござるな。森はこんな形をしていて……」

 

 言いながら、草をかきわけてU字型を作る。

 

「この南側がそれがしの領地でござる。で、東側を巨大な妖巨人(トロール)が、西側を魔蛇と呼ばれるナーガが支配しているのでござるよ。この3つの間で均衡が保たれ、森はとりあえず平和なのでござる」

「北は?」

「北は険しい山脈になっているでござる。そこには特に支配者というほどのものはおらぬでござるなあ」

「森一つとっても結構ややこしいことになってるんだなあ」

 

 ここはユグドラシルではない、自分の知らない場所。おまけに人間やらモンスターやらがいて、賢王のような見たことのないモンスターもいて、ユグドラシルと似ているようで違うよくわからない世界だ。

 とりあえず、これだけ分かれば今のところは十分だろう。特殊技術(スキル)も使える。体の調子は、ユグドラシル時代よりいいくらいだ。目が冴え、耳も鼻もよく利き、毛の一本一本で空気の流れまで感じ取れるようだ。そして、試してはいないが、走ることが出来る。もしかしたら、今までよりも速く。それでかるかんには十分だった。

 速く走ることが出来れば、どこだろうと関係はない。

 もっと詳しい事なんかは、必要が出来てからおいおい調べていけばいいさ。と楽観的な答えを出した。

 

 それにしても、とかるかん。

 

「一人でこのあたりに住んでるのか? 同族はいないのか」

「生まれてからずっと一人だったでござるからなあ……同族というのは、見たことがないのでござるよ。子孫繁栄のためにも、それがしもそろそろつがいを見つけたいのでござるが。逆に、かるかん殿は旅の中でそれがしのような魔獣を見かけたりはしなかったでござるか?」

「うーん。見たことがない、訳ではない、が……」

 

 サイズが違いすぎる。通常のハムスターと賢王では、どう考えてもつがいにはなれないだろう。

 

「な、なんと!? それは一体どこで……? それがしが会いに行くことはできるのでござろうか!?」

「いや、遠すぎて会いに行くのは不可能だろう。それに、私の知ってるのは大人になっても私の手に乗るくらいの大きさしかなかった。つがいになるのは無理ではないかと思うのだが……」

 

 興奮で逆立っていた毛並みが一瞬でしぼむ。賢王の体が一回り小さくなったようにも見えた。

 

「それは……確かに無理でござるなあ……。旅人であるかるかん殿でも会ったことがないとなると、それがしの同族は一体どこにいるのやら……」

 

 ハア、とため息をついて、少し落ち込んだように見える賢王。

 

「まあ、そう気を落とすな。長く生きてれば、いつか素敵なつがいが見つかるさ」

「そう願っているでござるよ。かるかん殿も、もし旅の途中でそれがしの同族を見かけたら、連れてきてほしいでござる。それがしも仲間というものに会ってみたいでござるよ……」

 

 最後には呟くような声で言って、賢王もかるかんの隣にごろりと寝転がる。

 

「そう言うかるかん殿も、見たことのない魔獣でござるなあ。ずいぶん立派でござるが、同族と出会ったことはあるのでござるか」

「同族と会ったことは……残念ながら、ない。同族がいるのは分かっているが、これから先、会うかどうかまでは……」

「ううむ……詳しい事情は分からぬが、どうやら並々ならぬ背景があるご様子。皆、それぞれ悩みを抱えているのでござるなあ……。ちなみに、何と言う種族なのでござるか? 後学のためにも、教えていただきたいでござる」

 

 言われて、かるかんは自分の種族のことを考える。データ的に言えば、かるかんしうむは混合魔獣(キマイラ)であり、その上位種である混合魔獣王(キマイラロード)であり、近親種である(ヌエ)でもある。しかし、自身を言い表すのであれば、やはりこれ以外に相応しいものは無いだろう、と一つの種族を思い浮かべた。混合魔獣(キマイラ)系の上位種を二つ以上取得することが取得可能条件の一つになっている種族。今のかるかんの姿も、これに基づいて作られたものだった。

 

 よし、と一丁気合を入れる。

 丸めていた体を持ち上げ、RP全開のノリノリで、かるかんは重々しく、威厳を持って宣言する。目の前の賢王に。この世界に。今はまだだが、その内俺の速さをお前らにも見せつけてやるぜ、と考えながら。

 思えば、ユグドラシルの時でも、珍しい種族の正体を聞かれることは多々あった。その時も、こうやって格好をつけて、大仰に振る舞ったものだ。同じくRPに凝っていたモモンガと一緒に考えた、カッコイイポーズ。

 我が言葉を聞け。この魔獣を見よ。

 

「いいだろう。よく聞くがよい。我こそは〈バンダースナッチ〉。あらゆる獣の頂点に立つ魔獣、〈バンダースナッチ〉だ」

 

 口の端をにやりと歪ませる。赤黒い牙を剥き出しにしたそれは、邪悪で、獰猛な笑顔。魔獣の貌だった。

 

 

 



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獣二匹、練習中

 その日の朝、トブの大森林の西側を支配する魔蛇、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルンは、配下のナーガの怯えた声によって目を覚ました。まだ日も昇るか昇らないかの薄暗い時間。

 

「リュ、リュラリュース様、お休みのところ失礼します。リュラリュース様」

「……なんじゃ、騒々しい」

 

 むくりと眠い目を擦って体を起こせば、部下の一匹がこちらを縋るような目で見つめてきていた。こいつの名はなんと言ったか。いや、そもそも名前があるような上等なナーガだったか? 寝起きのせいか、どうにも思い出せない。「ああ、リュラリュース様……」目覚めたリュラリュースに、部下が安堵の声を漏らした。

 

「あのトロールが怯えて動こうとしないのです。風がどうとか…どうにも要領を得ないので、リュラリュース様のお知恵をお借りしたく」

 

 トロールが怯えている? リュラリュースは首をかしげた。先日、群れを縄張り争いによって失い、たった一匹でさまよっていたところを捕獲した、あのトロールがか。

 

「化物でも出たのかえ」

「いえ、それらしきものは影も見えませぬ。ただやつは風が吹く、恐ろしい風が吹く、とだけ……」

「風! あの蛮勇しか能のないトロールが、風におびえていると?」

「はあ、どうもそのようで……」

 

 ますます奇妙な話だ。トロールというのは基本的に馬鹿で、暴力的で、自分がこの世で一番強いと信じて疑わない生き物だ。他者を見下す気持ちを隠そうともせず、野蛮で、醜い。まさに蛮族という言葉がふさわしい。トロールの間ではいつも争い事が絶えず、その群れは崩壊しやすい。奴らは敵と同じくらい味方を憎んでいるからだ。いつでもリーダーの寝首をかいて、自分の実力に相応しい地位に納まろうとしている。力は強いのがまた性質が悪い。強い再生能力と巨体に見合った膂力を持ち、その剛腕から繰り出される攻撃は並の者であれば一撃でバラバラに砕き散らすだろう。

 そんなトロールが、風に怯えている?

 考えを巡らせるが、答えは出ない。ため息を一つ。

 

「……直接話を聞くとするか。案内せよ」

「は、はい。こちらです」

 

 

 

 

 

 

 そのトロールは、自らに住処として与えられた森の一角で震えていた。住処と言っても特に何かがあるというわけではなく、ただここで寝ろと指し示されただけの狭いスペースに過ぎない。そこにうずくまるようにして、トロールは何かから隠れるように体を丸め、小さくなろうとしていた。

 明らかに怯えている。その姿には、やたらめったら棍棒を振り回し悪臭と雑言をまき散らす普段の様子は欠片も見えない。必死な姿がいっそ滑稽ですらあった。

 そんなトロールを、4匹のナーガが遠巻きに見つめている。彼女らはリュラリュースとそこに付き従うナーガの姿を認めると、主人の為に道を開け、頭を下げた。

 

「いつからこんな調子だい?」

「はっきりとしたところは……今朝、様子を見に来たらもうあのような状態で」

「やつはなんと言ってる?」

「こちらが何を言っても、ただ風が来る、風が怖いと震えるばかりでして。全く話になりません」

 

 ナーガはほとほと困った様子でトロールの方を見る。リュラリュースはうーむ、と一つ唸った。

 

「おい、トロール! 何を震えておる! そのような臆病な姿を晒させるためにお前を生かしてやっていたわけではないぞ!」

 

 リュラリュースの言葉に、トロールが少しだけ反応し、顔だけをナーガ達の方に向ける。酷い顔だった。いや、元々醜い顔なのだが、今は顔中の穴から汁という汁を垂れ流し、それが更に土でドロドロに汚れ、もはや顔と言うより顔に似た泥団子とでもいうようなありさまだった。

 

「カ、カゼガ……」

 

 震える唇で少しづつ話す。元々頭の悪い喋りで聞き取り辛い言葉が、今はさらに聞こえにくい。リュラリュースがトロールの近くまで寄る。

 

「風がなんだって言うんだい。トロールのお前が、何をそんなに恐れる?」

「カゼ……アサ、オソロシイカゼ、フク。コワイ、シロイカゼ……」

 

 絞り出すようにしてそれだけ言うと、トロールはまた縮こまってしまった。

 朝に吹く、白くて恐ろしい風? トロールの独特の隠語か何かだろうか。まさか本当に風を恐れているわけでもあるまい。

 

「白い風というのは、一体何のことじゃ? もっと詳しく……」

 

 言葉が途切れる。リュラリュースは顔を跳ね上げ、辺りを見渡した。

 何かがおかしい。

 何か違う。何かが変わった。

 見れば、トロールや他の5匹のナーガ達も異変に気がついたらしい。トロールはいよいよ声を上げて泣きだし、ナーガ達は不安そうにしている。

 一見、いつもの森だ。薄暗く、ひんやりと湿っていて心地よい、静かないつもの朝。

 いや、違う。リュラリュースは気付いた。静かすぎる。

 鳥のさえずりも、獣の足音も、それどころか、風が森を吹き抜け木の葉を揺らす、あのざわめきすらも。まるで死んでしまったように静かだ。

 

「おい、トロール。お前は何か知って……」

 

 知ってるのか? と続けようとしたところで、トロールが口を開いた。その目はうつろで、その言葉は声というよりも肺から絞り出された空気の断末魔に聞こえた。

 

「シ、シロイ、カゼ……フク、ダレカ、クワレル……」

「……食われる?」

 

 何を言っているんだ? そう聞こうとしたとき、視界の端を白い何かがフッと通り過ぎた気がした。

同時、ゴッ、とすさまじい音がして、強い風が辺りを吹きぬけた。トロールがビクリと大きく震え、固まる。

「あっ」

 という声が聞こえた。ナーガだ。

今度はなんだ。と若干の苛立ちを込めて振り返ると、何かおかしい。

 

 一匹足りない。

 

 四匹を順番に見渡す。本人達も何が起こったか把握していない様子で、しばらくはぽかんとしていた。だが、状況を飲み込むにつれ、震えだす。

 

「ラ……ラジーヤが……ラジーヤ? なんで……」

 

 ナーガが焦点の定まらない目で、空いたスペースを見やる。先程までもう一匹のナーガがいた所だ。それはリュラリュースを起こしに来た、あのナーガだった。

 ラジーヤ。そういう名前だったかと、リュラリュースは思った。

 

「白い、恐ろしい風……」

 

 小さな声でつぶやく。今、何が起こった?

 どっと汗が噴き出した。このトロールはアレを恐れていたのか。ナーガ一匹を瞬時に消し去るような、あの風を。

 いや、あれは風ではない。一瞬だけ……ちらりと白い影が見えただけだが、それでもわかった。あれは、風なんてものでは断じてない。リュラリュースにはそれが分かった。

 あんなものは知らない。この数百年、見たことも聞いたこともない。

 リュラリュースは立ち尽くす。

 気付けば森には、いつもの音が戻って来ていた。鳥のさえずり、木々のざわめき。ほどほどの静寂が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユグドラシルでは気づかなかったことだが、ナーガというのは意外と食いでが悪い。

 かるかんは牙に挟まった小骨と肉の筋を鬱陶しげに掻きだそうとしつつ、朝のランニングを続ける足は止めず、走る。

 これはこちらに来てから毎朝続けている習慣だった。

 朝、日が昇るよりも早く起き出し、軽くひとっ走り。ものの数分で森の南端から北端まで走破したら、帰り道を流しながら適当に朝飯代わりの獣を狩って食べながら帰る。賢王はかるかんの食事も用意するつもりらしかったが、さすがにそこまで甘えるわけにもいかない。賢王自身は森の動物たちが献上してくる果実や、自分で取ってきた植物などを食べている。しかしそれはあくまで賢王の分であり、献上品にかるかんの分は当然含まれていないし、賢王に二匹分の食材を用意してもらうのも忍びない。よって現在、かるかんはこの朝の時間に適当な獲物で腹を満たすようにしていた。毎日ルートと狙う獲物を変えているせいか、意外と楽しい。平野と違い森の中を走るのは障害物走のようでなかなか刺激があるし、朝食を品定めする帰り道も豊富な森の生き物たちのおかげで飽きが来ない。ちょっとしたビュッフェ気分だ。なんてことのないトレーニングと朝食の時間もアイデア一つで意外と楽しくなるものだと自画自賛する。

 

「ただ、ハズレがあるのが難点だな」

 

 ちっちっ、と鋭い爪を楊枝代わりに使って牙をせせる。ナーガは味自体は淡白で悪くなかったが、骨が多く肉が少ない。あまり積極的に狙いたい得物でもないな、と頭の中でバツをつける。だがそれでもトロールよりはましだった。一体どんな味がするのか、もしかしたら珍味かもしれないとある日狙ったのだが、奴らはその見た目に違わず非常にまずかった。肉は堅く、腐ったような嫌なにおいがして、とても食べられたものではなかった。思わずその場に足を止めて吐きだしたほどだ。

 

「次は何を食べてみるかな……」

 

 悪霊犬(バーゲスト)なんか、いいかもしれない。以前ちらりと見かけたモンスターを思い出す。犬の肉は独特の風味があってなかなかうまいと聞いた覚えがあった。料理が出来ればもっといいのに、と考える。一度は獲物を火であぶったりして食べようとしたが、何度やっても失敗してしまった。たぶんだが、料理スキルを取っていないせいだろう。やり方もイメージできて、手順も把握しているはずなのに、なぜか料理に取り掛かるとぼうっとしてしまって、気付いた時には丸焦げだ。今の生活に不満はないが、よりよい食事を食べたい思いはある。 以前はユグドラシルで走るばかりで食生活の事など省みることもなかったが、こうやって〈かるかんしうむ〉として生きるうちに生活に張りが出て来た気がする。

 賢王は料理を覚えることはできるだろうか……と考えた辺りで、ちょうど賢王の住処に戻ってくることができた。以前は木に囲まれた鬱蒼とした場所だったが、今は周囲を綺麗に刈り取られ、ちょっとした広場になっている。賢王は顔だけを洞窟から出し、重たそうな瞼をどうにか持ち上げて目を半開きにしていた。

 

「おかえりなさいでござるよ。毎日精が出るでござるなあ」

「毎日やってないと、勘が鈍るからな」

「いや、それがしも見習いたいものでござる……というわけでかるかん殿、今日もお願いするでござるよ」

「よし、やるか」

 

 賢王が寝ぼけていた顔をキリリと引き締め、かるかんの前に立つ。頭のてっぺんから尻尾の先まで一本芯の通った緊張が走り、集中しているのが傍目にもわかる。

 一方のかるかんは二本足で立ち、両腕をぶらりとさせてリラックスした姿勢を取っている。

 この森にやって来てからはや一か月と少し。事の始まりは、自主練を続けるかるかんに興味を示した賢王が自分もやってみたいと言い出したことにある。

 自分の数百年の生涯において、強者として生まれついたゆえにか、そもそも獣にそういう考えは生まれないのか、賢王には「鍛える」という発想がなかった。より高みを目指して自分自身を磨き上げていく工程。はじめて出会うその概念に、賢王はいたく感銘を受けた。

 

――いや、かるかん殿、御見それいたしたでござるよ! それがしとそなたが互角など、とんでもない勘違いでござった!

――もしよろしければ、それがしのことも鍛えてはくださらぬか!? 思い返せば、森の支配者という地位に甘んじ、ただ惰眠をむさぼる日々……それがし、このままではいかぬと痛感したでござるよ!

 

 そういうことらしかった。

 仮にも支配者を自称するものがそこまで影響されやすいのもどうなんだ、と思わないでもないかるかんだったが、しかし向上心のあるやつは嫌いではない。

 周囲には敵らしい敵はいないが、同じ森の中にも賢王と同格程度の魔獣はいるというではないか。賢王にその気があるかどうかはともかくとして、将来そいつらとぶつかるようなことになった時などを想定して鍛えておくのは悪い考えではあるまいと思われた。

 そういうわけで、朝のランニングが終わったこの時間、賢王と組手の真似事のようなことをしているのだ。

 

「行くでござるよ!」

 

 賢王が駆け出す。はじめて会った時よりも、ずっと真っ直ぐで、速い。自分の体の使い方を掴んできた証拠だ。教え子の成長に少しばかりの達成感を感じつつ、賢王の突撃に合わせるようにして、かるかんは軽く裏拳を振るった。

 

「とあぁっ!」

 

 拳が激突するよりも先に、賢王が跳ぶ。

 勢いを利用した跳躍により、一瞬でかるかんのはるか頭上にまで到達した賢王。尻尾がビン、と硬く一直線に伸びる。次の瞬間。尻尾が幾重にもぶれ、

 ――降り注ぐ。

 

「ちぇすとあぁーッ!!」

 

 硬く、重い打撃が絶え間なくかるかんを襲う。最大まで伸ばせば20メートル近くにもなるかと思われる尻尾を最大限活用したラッシュ。固めた地面が瞬く間にめくれあがって土煙が上がり、かるかんの姿をぼやけさせた。

 超重量級の打撃はたっぷり10秒は続き……賢王が落下してくる。

 間髪入れずに、素早く引き戻した尻尾を、また限界まで、長く、長く、伸ばす。伸ばしながら、弓なりに反らしてゆく。

 体の前にまで戻ってきた尻尾を、前足でがっしと受け止める。尻尾に限界まで力を籠め、あえてそれを留める。溜める。溜める。

 先程は手数で攻めた。ならば次は――。

 弓なりに溜めた力を、解放する。

 

「食らうでござるよ!」

 

 鱗に覆われた尻尾が、朝日を受けてキラリと輝いた。一瞬。

 その輝きすらも切り裂いて、賢王の一撃が広場を両断し、爆砕した。

 土煙がもうもうとし、目の前も見通せない中に、賢王が達成感と共に降り立つ。

 届いたはずだ。今までで一番の打撃だった。

 どんな魔獣でも一撃の元に叩き伏せるであろうと思われる威力。

 しかし。

 

「……跳んだのは悪手だったな」

 

 ブン、という短い音と共に、土煙が降り払われた。

 現れたのはやはり、堂々たる佇まい。紫白の魔獣。かるかんしうむ。

 その体貌には汚れ一つなく、先程まで激しい攻撃に晒されていたことなど全く匂わせもしない。

 

「空中では基本的に自由が効かない。相手が私だったから良かったが、魔法詠唱者(マジック・キャスター)なら格好の的だ」

 

 仮にもフルダイブ型のゲームで前衛として戦闘を重ねてきたため、かるかんのプレイヤースキルはそれなりに高い。そのため、賢王の動きに多少のアドバイスを加えることくらいはできた。

 

「ぐぬぬ……こ、降参でござる……」

「けど、さっきの攻撃は悪くなかった。いつの間にあんなに尻尾を鍛えたんだ?」

 

 賞賛の言葉に、賢王はふふん、と胸を反らした。

 

「あれがそれがしの本来の実力でござる! ……と言いたいのでござるが」

 

 ひげをへにょりと垂らしてやや照れくさそうにする。

 

「実はかるかん殿が出かけておられる際に、それがしも自主練という奴をやっているのでござるよ」

 

 尻尾をもっと器用に、素早く使えればきっと役に立つと思ったのでござる。と賢王。それを聞いて、かるかんは驚愕した。自分からバリバリ鍛練を重ねる賢王の熱心さもそうだが、何よりもその成長の早さにだ。

 ひと月前に出会った時には、尻尾の一撃はまさに低レベルモンスターに相応しいような気の抜けたもので、かるかんの尺度から言えば攻撃と呼ぶのも躊躇われるようなものだった。

 翻って、今の攻撃はどうだ。尻尾のリーチ、鱗に覆われたその堅牢さ、その重量。それらを存分に生かした、油断ならない攻撃だった。最後の一撃など、直撃であればかるかんを傷つけることすら出来たろう。

 

 すさまじい、などという言葉では収まらない成長の早さだ。これだけの事を、一か月自主練しただけで? 持って生まれた才能という奴だろうか。

 知らず、ぶるりと体が震える。恐怖ではない。歓喜からだ。

 今まで自分に追いつけるような存在はなかった。だからひたすら自分と闘い、自分の影を追い、自分に追いつかれまいと走ってきた。それでよかった。その事に後悔はない。何度思い返しても、思い返すたびに心地よい懐かしさ、親しみに包まれる。いい思い出たちだ。

 

 しかし同時に、競い合えるライバルが存在してほしかったと、そういう気持ちが全くなかったなどと、どうして否定することができるだろうか?

 

 夢想したことがなかったわけではない。全力で走る自分、その自分の後ろに、あるいは前に、あるいはすぐ横に、同じように駆ける存在がある。自分はそいつに負けまいと更に加速する。そいつも、張り合うようにして速度を上げる。そうして走り終わった後には、お互いの健闘を称えて語り合ったり、次は負けないぞと約束を交わしたりするのだ。

 そんな夢を見る度に、頭を振って笑い飛ばしてきた。

 

(俺に追い付けるやつが、世界のどこにいる? 冒険が主題のゲームで、一緒に世界最速など目指してくれるやつが、どこにいるというんだ?)

 

――こいつが、「そう」かもしれない。

 虫のいい妄想だということは分かっている。こいつは単に体を鍛えているだけで、速く走るなんてことには全く無関心かもしれない。しかし……。

 

(期待するぐらいは、したっていいだろう?)

 

 淡い希望だ。そう思いながら、しかしかるかんの胸には確かな喜びがあった。良きライバルとなるかもしれない存在。それを自分の手で育てていけるという幸運。

 

「……賢王」

「む?」

「お前、もしかしたら俺よりも強くなるかもな」

「お、俺? いやそれよりも、本当でござるか!?」

 

 興奮で毛を逆立てて、賢王が喜びに目を潤ませる。

 ほめられたでござる! ほめられたでござるよ! とはしゃぐ賢王にこちらが恥ずかしくなって、その背中をばん、と叩いた。

 

「いやあ、動いて喉が渇いたな! 休憩にしないか?」

「そうでござるな! いやー、それにしてもかるかん殿がそれがしを……」

 

 やいのやいのと話しながら、二匹連れだって水場に向かう。

 すぐに追い越して見せるでござるよ! と意気揚々の賢王を、調子に乗るなとたしなめながら、しかしかるかんは笑っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

「……いつ見ても、きれいだなあ」

「そうでござるか? それがしにはいつもと変わらないように見えるでござるが……」

「お前には、風情ってもんがない」

 

 フゼイ? と首をかしげる賢王にいいから静かにしてろとだけ言って、広場に寝転がる。単に運動の邪魔だから樹を除いて整地したのだが、こうやって星空が見られるのは思わぬ副産物だった。

 生の星空など生まれてこの方見たことがなかったかるかんに、この光景は衝撃だった。

 かつて一度だけ招かれたナザリック地下大墳墓にはこのような空を再現した階層もあったが、これは、製作者(確か、ブルー・プラネタリウムとかそんな名前だった気がする)には悪いがそんな作り物の空をはるかに超える迫力だ。

 吸い込まれそうに高い暗闇に、宝石のような星々が散りばめられて煌めいている。大きくまんまるな月が、鋭く青白い光で夜闇を切り払っていた。その光景に、自分がその光を浴びているという事実に、涙が出そうになる。体の内側から洗われてゆくようだった。かつては天体観測と言って、こうして星を見て楽しむ趣味があったと伝え聞くが、なるほど納得できる話だ。きらきらとした星はいつまで眺めていても飽きない。

 ひたすらに速度を追い求めてきた自分だが、たまにはこうしてゆっくりした時間を持つのも悪くない……と浸っていると、無粋な声が優雅な趣味の時間を引き裂いた。

 

「かるかん殿」

 

 急速に現実に引き戻される感触に、大げさにため息をつく。

 

「あのな賢王、俺は静かにしろと……」

「何か、おかしくないでござるか?」

「……?」

 

 いやに真剣な声色に、かるかんも警戒を強める。

 

「何か見えたか?」

「いや、何も見えないでござる。ただ、何か妙な感じがするでござるよ」

「妙な感じ……?」

 

 特殊技術(スキル)を発動させてみるが、それらしいものは引っ掛からない。見える範囲には、当然不審なものなど何もない。

 

「俺にはいつも通りに思えるが」

「そうでござるか? かるかん殿にも分からないことがあるのでござるなあ」

 

 やや得意げに鼻を鳴らす賢王。

 

「そもそも、妙な感じってなんだ?」

「いや、それがしにもよくわからないのでござるが……とにかく、なにか空気が変わった気がするのでござる」

「急にか?」

「急にでござる」

 

 根拠は何もないだろうに、賢王は確信を持っているようだった。長年住んでいるものとして、何か感じるところがあったのであろうか。

 かるかんは虚空に向けて鼻を鳴らしてみる。やはりそこには何もなく、ただ冷たく湿った森の夜を感じるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その、やや後。

 

「……アインズ・ウール・ゴウンの名が世界に轟けば……」

 

 フルプレート身を包んだスケルトン……否、死の支配者(オーバーロード)が、星空の下、密かに決意を固める。同じ星空を見ている存在(プレイヤー)がいることを知らないまま。

 傍には恐るべき悪魔が控え、眼下には神殿にも似た墳墓があり、その墳墓を大地が波打って包み隠そうとしている。

 

 森や平原の生き物は、その夜「何か」が現れたことを無意識に悟り……その「何か」について囁き合い、不吉な予感に眠れぬ夜を過ごした。

 

 まるでそれがおそろしいものだと知っているかのように。

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン。およびナザリック地下大墳墓。

 その絶対支配者、モモンガ。

 降臨。

 

 

 

 

 

 



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