ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ (杉田モアイ)
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第1章 異世界転移編
1 プロローグ


 評価への感想に説明が長いとの指摘がありました。
 読み直してみると確かに1話だけ読んでみようと思われる方にとっては無駄に長くなっています。そこで■で区切り、その間の設定は読まなくても話は繋がるようにしました。

 あとユグドラシルは1プレイヤー1キャラクターですが、この作品を書き始めた時点では知らない設定だった為、設定改変タグがつけてあります。

 最後にタグにも”ほのぼの”とある通り、この話は過酷なはずの転移後の世界で主人公たちがのほほ~んと過ごす日常系作品です。
 戦闘シーンなど殆どありませんから、その点はご容赦ください


                    

 

 画期的なほど自由度の高いDMMO-RPGユグドラシル。

 

 かつては一世を風靡したと言ってもおかしくなかったこのゲームだけど、どんなものも始まりがあれば終わりがある。そしてその終わりがあと数分先に迫っていた。

 

 

 

 ここは生産系ギルド「誓いの金槌」の本拠地、イングウェンザー城。

 ギルドと言っても作った頃こそ十数人居たがほとんど冒険らしいことはせず生産ばかりしていた為、あっという間に過疎化して1年たたずにボッチギルドになってしまった。

 

 まぁ、一応3人ほどメンバーが残っている事にはなっているが、10年以上ログインしていないので、いないようなものである。

 

 なのでギルドと名乗ってはいるものの、アクティブで動いているのはたった6キャラ。それも全部私の自キャラなので実際は一人しか所属が居ない、クランとさえ呼べない組織である。

 

 ■

 

 

 巨大ではあるが岩山だらけの辺鄙なところにあり、砦ではなくただの城なので周りに防護城壁もなく、また地上部分が外見重視でいろいろ使い勝手が悪いのに手に入れるのに結構なお金と労力が掛かる為、プレイヤーからは運営の誰かが使う事を考えず趣味で作っただろと言われて長期間放置されていた「廃城イングウェンザー」

 

 そこをフレンドの戦闘系ギルドに依頼して攻略してもらって地上3階層、地下4階層からなるこの城(見張り台として一部4階部分あり)を手にいれ、ボッチギルドである事をいいことにゲーム内マネーと課金アイテムを存分に使って地上部分を趣味全開で改造し、自らデザインした外装や装飾で飾った。地下を6階層まで拡張し、地下1階層を調理や各生産系作業場とし、2階層を4度からマイナス120度まで段階的に温度が変わる冷蔵庫兼第一防衛拠点に改造。

 

 3階層を最終防衛拠点にとした後、4階層を特に広く改造して人口太陽を設置して広大な森や畑や牧場に、そして5階層以下を地上以上にひたすら自らデザインしたものや課金アイテム、他のプレイヤーやギルド、バザーなどから買った家具や外装を使い豪華なものへ改造した。

 

 そんなひたすら贅を尽くしたイングウェンザー城の、特にきらびやかに飾られた地下6階層。

 その最奥部にある「孤高の広間」と呼ばれる場所に設置された玉座と思われる豪華な椅子の前で、どこの少女向けアニメコス?それとも深夜アニメコス?と言いたくなるような服装や姿をしたキャラたちがこれまたどこの特撮番組?少女向け戦闘物?と言いたくなるようなポーズを取っていた。

 

 「しかし、よくもまぁここまで無駄に自由度の高いシステムを10年以上も前に実装したよなぁ」

 

 正確には12年ほど前か。

 そんな事を考えながらキャラを一時離席状態にしてヘットマウントユニットを付け替えては別の自キャラにポーズをとらせて配置し、NPCの配置をしなおしてはメインキャラのヘットマウントをかぶりなおしてポーズを取っては写真撮影。

 かれこれ1時間ほど衣装チェンジをしては繰り返しているけど、もうそろそろそれも終わりだ。後5分もしたらサービス終了。

 サーバーが停止してしまえば今、目の前にある景色も苦労してデザインしたNPCたちや衣装たちとも永遠にお別れだ。

 

 ぐるっと周りを見回しながら他の自キャラたちを見渡す。

 ヘットマウントを着用して遊ぶゲームであるユグドラシルでは複アカプレイをする人はほとんどいない。

 同時に動かせないからだ。ではなぜ私が6キャラもの数の複アカプレイをしているかと言うと私が戦闘や冒険をメインにするプレイヤーではなく生産系プレイヤーだから。

 

 いや、ボッチの生産系プレイヤーだからと言うべきか。

 

 生産をする場合、スキルによって付加価値が付くものが違う。

 そして何かを作る場合、たとえばひとつの品物を作ってそれを利用して他の品物を作ろうとした場合、作ったものを作業場から出てポストから別キャラに送り、それをキャラを変えてポストから受け取り、作業場に移って作業再開と言う工程になるのだけれどこれが意外と面倒なのだ。

 

 で、それを解消するために複数の違う生産スキルを持ったプレイヤーで生産系ギルドを作って何人かで作業をするのが普通なのだけど、私の場合は多くのNPCを製作したかったため少人数でギルドを作ってしまい、また、ボッチになってから大きな本拠地を手に入れ、なおかつその本拠地に多くのリアルマネーをかけたため、職業柄お金はあるのに根が貧乏性な私は、他のメンバーを増やしてNPC製作枠を渡すくらいなら新しいPCを買ってキャラを増やせばいいとまったく的外れな発想をしてしまったのだ。

 

 結果、これが結構便利で、横においてあるヘットマウントユニットを付け替えるだけでアイテムの受け渡しと次の作業が簡単にできるからと、ほしい職業ができるたびに新アカウントを製作、最後にはアイテム取得用に作ってあった戦士系と魔法系のキャラまで一緒に写真に納まりたいと言う理由だけで破棄して新アカで作りなおし、無駄な6キャラ使いとフレンドに呼ばれる存在になってしまった。

 まぁ、自キャラも種族ごとのマネキンに使えるから後悔はしてないけど。

 

 キャラはそれぞれ人間でメインキャラのアルフィン、フェアリーオーガ(オーガと付いてはいるけどフェアリーの上位種)のシャイナ、ドワーフのあいしゃ、エルフのあやめ、グラスランナーのまるん、そして唯一の男キャラであるハイエントマーマンのアルフィスの6人。

 女性キャラ多目だけど中身はオタクなおっさんだ。

 だって、服とか装備をデザインするのなら女性キャラの方が楽しいし、それを眺めるのも女性キャラの方がいいじゃないか。

 

 男性キャラだと同姓だから、がんばってデザインをするほどモデルが着ているみたいに似合って、その姿が自分と比べてあまりにかっこよすぎて劣等感を感じるとかじゃないぞ、ホントだぞ。

 

 と、まぁ、自己弁護をしながらこの10年以上やってきたけど楽しかったなぁ。

 ギルドの所持金がカンストしたから運営に申請して所持金の最大桁数を増やしてもらったなんてのもいい思い出だ。

 

 お金の話が出たが、そもそも生産系とはいえボッチギルドがそこまでのお金を得る事ができたのには理由がある。それは私が考えた二つのお金を生むシステムのおかげだ。

 

 一つ目はNPCの貸し出し。と言っても当然戦闘系NPCではないよ。

 

 私のリアルでの仕事は服飾や家具、建築物の設計や内装など手広くやっているそこそこ売れっ子のフリーデザイナーなのだが、同時に同人漫画やネット小説を書くほどのオタクでもある。

 それだけに製作するNPCもかなり出来のいい、アニメに出てくるようなキャラや服装、装飾をそろえている。お金にもさほど困っていないので課金アイテムを豊富に使い、見た目につぎ込んだから美人&かわいい子ばかりだ

 と、同時に食べる事が好きな私はただの消費アイテムである料理も華美なものを好んだため、食べてみたいと思った世界中の料理やデザートのレシピを見つけてはゲーム内で開発し同時に使用する野菜やフルーツ、肉なども開発&生産する畑、牧場を作り、料理スキルの高いNPCを製作して完璧で豪華な料理を作らせ、美人ぞろいのNPCたちに運ばせて自分のでデザインしたテーブルに並べ悦に入りながら食べるという暗い趣味も持っていた。

 

 で、ある日ふと思ったのは、これは商売になるのでは? と言うこと。

 リアルでもコンセプトレストランと言うものが流行っているのだから、お客さんの好みに合わせた服装に身を包んだNPCたちが世界中の珍しい料理を給仕をするパーティーを会場ごと貸し出すので、誕生日やとてもレアなアイテムを手に入れた記念などの際にどうですか? と宣伝したところこれが大ヒット。

 もともとNPCの数を増やしたいがために大きな本拠地を手に入れただけなので空いている部屋も多かったので、地上階の半分ほどをいろいろなコンセプトの部屋に改装し、2点間を無制限転移可能なマジックアイテム[転移門の鏡]<ミラー・オブ・ゲート>も複数所持していたのでそれをメインホールに設置、いろいろな町で借りた営業所からメインホールへ飛ぶ事ができるようにしたおかげで2~3人のパーティーから最大200人ほどのパーティーまで開かれ、かなりの収入となった。

 

 ただ、調子に乗ってライブや演劇が出来るようなイベントホールを200席、500席、1000席の3種類作ったのだが、こちらはほとんど使われる事がなかったと言う失敗もしたが。

 う~ん、アイドルみたいな活動をしていたプレイヤーもいたから需要、あると思ったんだけどなぁ。

 

 次に、と言うか最大の収入源になったのはこのパーティーを開いた戦闘系ギルドの人からの依頼だった。

 と言うのも、戦闘系ギルドは貴重なアイテムやデータークリスタルを手に入れる事が多い。

 また、貴重なアイテムを使ってマジックアイテムや装備を作る場合、より高性能なものを求める傾向がある。

 でも、戦闘系ギルドだけに生産系スキルを特化して持っている人は当然皆無。余計なスキルを入れる余地があれば戦闘系スキルを入れるというと言う考えでなければ戦闘系ギルドに所属するわけがないので当たり前の話だ。

 

 また、生産系NPCを作ることは出来るが、上位生産スキルをNPCにつける事はもったいなくて出来ない。

 なぜかと言うと前段階スキルをいくつか必要となるため、どうしてもある程度のレベルが必要となる。

 作れる数が限られる高レベルNPC枠は通常本拠地防衛用に製作するものであり、戦闘系スキルを多く取り入れるため生産系スキルになどに枠を当てられないからだ。

 生産系ギルドのうちでさえ、上位生産系スキルを持ったNPCは一人もいない。

 と言うわけで手に入れたアイテムで武器や装備を生産する場合、生産系ギルドに頼んで作ってもらうのだけれども、一つだけ問題がある。

 それはギルド武器だけは他のギルドに頼めないと言う事。

 何せ普通は破壊、盗難防止でギルドに入っていない人が触れれば即死系の呪いやレベルドレイン効果、凶悪な攻撃魔法等が発動するように設定してある。

 かと言ってスキルを持っているだけのよく知らない変なのを入れて壊されたら敗者の烙印がついてしまうので、これだけは信用できるギルド内メンバーで製作するしかない。

 

 でも、ギルドには製作時に付加価値や効果を上げるスキルを持っているものがいない。

 ならばよく知っている生産系ギルドに入っている人に頼んで一度抜けてもらい、自分のギルドに入ってもらえば?と言う話になるのだろうけど、そんなスキル、それも戦闘系スキルを削ってまで高レベルで持っている人(物好き)はどこのギルドでも貴重な存在で、当然どこからも断られてしまうんだよね。

 もし、待遇がよくて相手のギルドに移るなんて言い出されたら困るから

 契約か何かでしばれるのならいいけど、残念ながらそんな機能はユグドラシルにはなく、ギルド長は追い出す事はできても他のギルドから取り戻す事はできない。

 

 でも、ボッチギルドの複アカならこんな心配はない。

 何せ自分自身なのだからどんな条件を出されても移籍するわけがない。

 そこで複アカのキャラをギルド武器製作に貸してほしいと言う依頼が来たというわけ

 まぁ、断る理由もないし、金額も製作するアイテムの価値の20~25パーセントの価値がある金額かマジックアイテム、アーティファクトで払うと言う事なのでこちらには特に異論もない。

 と言うことで一度受けたところその話が広まって多くのギルドから作成やバージョンアップの依頼が舞い込み、それに追われている内に気づけばとんでもない金額が手に入ったと言うわけだ。

 副次的に得た利点といえば有名戦闘系ギルドと懇意になったため、お金が有り余ってる状況になったにもかかわらず、うちのギルドにそのお金目当てで攻撃を仕掛けるギルドがいなくなったと言う事かな。

 

 と言うわけで今も別空間にある金庫には増やされた桁数の上限にさえ届きそうな数の金貨が眠っている。

 それも後数分で消えてしまうのだけど。

 

 最後に、依頼の交換材料としてもらったマジックアイテムの中でも特に強力なマジックアイテムを組み込めるだけ組み込んだため、ゴッズさえ上回る復活と癒しの力、そしてすさまじい威力を誇る攻撃力をその身に宿したにもかかわらず、一見何の威厳もない、白とピンクを基調とした少女アニメのキャラクターが持つおもちゃのロッドのようなギルド武器「ごるでぃおん☆いんぱくと」を握り、玉座に座る。

 

 

 ■

 

 

 ギルド本拠地の最深部である玉座周りにキャラを配置して最後の1枚をパチリ。それをPCに保存してすべての工程は終了。あとはじっと最後の時を迎えるだけだ。

 

 「もうさすがに他のネトゲを最初からやる気力もないし、後数秒で私のネトゲ人生も終わりか」

 

 玉座前に設置した、サービス終了カウントダウンのためだけに製作した大時計の残りの秒数をぼぉ~っとみつめる。

 

 「5・4・3・2・1・0・・・・・・・・・・・・・ん? あ、あれ?」

 

 なんだ? ブラックアウトしないぞ? それになんだろう? なんか違和感が? 一瞬視界がゆがんだような?

 

 ふと目を横に向けるとシャイナがびっくりしたような顔をして自分の手を見つめている・・・えっ!? 見つめてる!?

 

 あわてて周りを見るとあいしゃが周りをきょろきょろと見渡してるし、あやめは自分の胸を確認するかのように触ってる

 まるんは何事が起こったのかと言うような顔でこちらを見ているし、アルフィスはと言えば驚愕的なことが起こったかのような顔をしてひざを付いている・・・。

 

 おいおい、どういうことだ? 私のキャラが動いてる。

 私はアルフィンを操ってるのに、どういう事だ? 誰か部屋に入ってきていたずらでもしてるのか? そう思いヘットマウントユニットをはずそうとしたのだが・・・ヘットマウントユニットがない? その代わりに手に触れるのは髪の毛。

 それもふわりとして艶やかなボリュームのある髪の毛だ。

 

 なっ何が起こってる? これ、女性の、アルフィンの髪の毛だよな。それにヘットマウントがないって・・・そうだ、コンソール! ・・・って出ない!? どうして?

 

 ゲームは今日で終わったはずだよな。まさか寝落ち? 寝落ちして夢でも見てる? でも、心臓バクバク言ってるし、夢なら覚めてるよな。

 

 「あのぉ、アルフィン様、至高の方々。どうかなさいましたか?」

 

 何か恐る恐る聞いてくるような声がする。そこでそちらを見てみるとNPCが心配そうな顔をしてこちらを覗き込んでいた。

 

 えっと、確かこの子はイングウエンザー城地下階層統括の・・・確か名前はメルヴァだったかな?

 白いゆったりとしたドレスと、少し派手めな髪型の黒いロングヘアーの下からのぞく大きくて少したれ目がちな澄んだ瞳、やさしそうな親しみのある顔、そして白く大きな胸が特徴的なNPCだ。個人的に結構気に入ってるんだよなぁ、この子。

 

 ん? NPCだよな、この子。その子がしゃべってる!? それも心配そうに?

 

 「ば、ばかな、そんな・・・」

 

 造形的につねに微笑んでいるようにデザインしたNPCが心配そうな顔をするなんてありえるか? 何より設定にない台詞までしゃべってるし。おまけに口までしゃべる声にあわせて動いてるよ。

 

 そして、その時隣から聞こえてきた言葉にもっと驚く事になる。

 

 「えっNPCがしゃべってる!? 口まで動いてる!?」

 

 声のするほうを見ると驚いたようにつぶやいたのはシャイナ。そう、誰も操っていないはずの自キャラである。

 

 「だれだ? おまえ?」

 

 あまりの事につい、声をかけてしまった瞬間おかしなことが起こった。

 私の目の前にいるキャラがフェアリーオーガではなくなったのだ。

 いや、それは正確じゃないな。見えている景色そのものが変わったようだ。

 今見えているのは派手な玉座であろう椅子に座っているピンクの戦闘系魔法少女のような格好をしておもちゃのロットのようなものを握っている人間の女の子。

 

 松明代わりに設置された魔法の光を反射してきらめくプラチナブロンドのストレートロングヘアーと白い肌、そしてまるでルビーのように赤く輝く大きな瞳が特徴的な・・・そう、それはさっきまで自分が操っていたキャラクター、アルフィンだった。

 




 第一話、読んでいただいてありがとうございます。

 私は状況説明や人物描写が苦手なのでSSを読んでもキャラクターが解り難いと言う感想を頂きました。

 そこで、私のHPに人物紹介ページを作ってあります。
 興味を持った方は↓
http://www1.m1.mediacat.ne.jp/banchi/OVERLOAD%20mein.htm
 にオーバーロード関係のページがあるのでそこを読んでもらえれば少しは状況を理解する手助けになると思います。

追記その1
 キャラクターの描写とか、表現などを少し修正しました。
 時間が有れば2話以降も少しずつ手を入れたいと思っています。

追記その2
なんとなく思い立ったのでかなりの文章を削除及び再編集しました。
それに伴い、後書きも一部修正しました。


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2 6人の自キャラたち

 この光景があまりに衝撃的過ぎて頭がすっきりした。と同時に、そのおかげで冷静になれて周りを見渡す余裕も出てきた。

 そしてある程度今起こっていることが把握でき始めてもいた。

 

 そう、周りが見えると今まで解らなかった事のいくつかが見えてきたのだ。

 まず、いま自分の周りには10年以上かけて作ってきた自キャラとNPCたちが集っている。

 これはサービス終了時と同じだ。

 では何が違うのか。

 

 まず自キャラたちが全員動いている、私が操っていないのに。

 

 どうやら自キャラたちはそれぞれ自分の思考を持って行動しているように見える。

 でも、よく観察すると、それぞれ個性はあるようだけど、たぶん基本的な行動パターンや性格は私なんだろうなぁ。

 

 詳しくは話をしてみないと確信を持てないけど、彼らの行動を見るに、想像の範囲内と言うか、私がおかしな状況にあったらこうしそうだと言う色々なパターンを並べて見せられているような、そんな印象を受けるだよ。

 

 次にNPCたちだけど、皆心配そうにこちらを見ている。

 NPCにプレイヤーを心配する機能などないし(そういう台詞はあるが)そもそもNPCは特殊なものやイベント以外では表情を変えることはない。なにより。

 

 「アルフィン”様”って・・・そんな呼び方させる設定、してないよ」

 

 どうも今の設定では私や自キャラたちとNPCたちの関係は君主と家臣と言った感じのようだ。

 その証拠に最初こそ全員が心配そうにしていたけどメルヴァが代表してアルフィンに話しかけた時点では、他のNPCたちは玉座に向かって整列し、ひざをついて傅いている。

 私たちが混乱している間に、地下階層統括のメルヴァが今の状況を見て指示を出したのだろうけど・・・でも、この状況はなんだなぁ、メイド喫茶にはじめて入って感じた感情に近いくて、むず痒くて耐えられないよ。

 メイド喫茶のあの対応、苦手なんだよなぁ。

 うん、とりあえず一息ついたら傅くのだけはやめさせよう。

 

 冷静さを取り戻したところでひとつ、どうしても確認しないといけない事がある。今私はシャイナを操っているけど、これは操れるキャラを自由に変えられるのかと言うこと。

 

 もし自由に変えられないようなら、なぜアルフィンからシャイナに移ったのか、その理由や条件を調べると言う面倒な作業をしなければならなくなる。

 これでもし、感情の変化やランダムで変わるようならかなり厄介な事になるよなぁ。

 

 とりあえずは、未だ混乱して周りをきょろきょろと見渡しているあいしゃで実験してみる事に。

 

 「ねぇ、あいしゃ」

 「っ!?あ、はい」

 

 呼ばれたことで一瞬びくっとした後、こちらを向いたあいしゃと入れ替わろうと思った瞬間に私の意識はあいしゃに乗り移っていた。

 この結果からすると、どうやらゲームの時と同じ様に自分の意思で操るキャラを自由に変えられるらしい。

 

 「あ、でも結論付ける前に念のため」

 

 私は声をかけず、私や周りの自キャラたちをまったく見ないで自分の体をぺたぺた触っているあやめに意識をむけ、入れ替わろうと試みる。

 

 成功!

 

 入れ替わろうと思った瞬間に意識はあやめに乗り移っていた。

 

 「ひゃんっ!・・・」

 

 ただ、かなり微妙な場所を確認しようとしていたらしく、自分の指で、男の自分では経験した事がない思わず声が出てしまうような(いや、実際出たか)感じを受けてしまったのと、いままであやめが感じていたであろう背徳感が一気になだれ込んできたのはちょっと予想外ではあったが。

 

 何と言うか・・・入れ替わる時は、前もって声をかけるようにしよう。

 

 「(お願いだからそうしてよ!)」

 「んっ?」

 

 気のせいかな?あやめの涙声が頭に響いたような?

 もしかしたらまた聞こえるかもと思いしばらく黙ってみる・・・が特になのも聞こえない。

 背徳感から来る幻聴だったかな?

 

 さて、ここまでで解った事を整理、考察すると、現在自分自身にはまるでアニメかゲームで起こるような事が起こっているのであろうと言うことが想像できる

 信じられない事ではあるのだけど、自分がゲームの世界、またはまったく別の世界にゲームの設定のまま入ってしまったと推測されるんだよね。

 

 ただ、リアルな自分ではなくキャラクターの中に入っているのと、複アカであるにもかかわらず、全部のキャラが動いていることを考えると・・・これはあくまで私の推論だけど、本当の私はこの世界に来てはいないのではないだろうか?

 すなわち、今の私は本人ではなく、本人から切り離された精神の一部ではないかと言うこと。

 

 この推論を立てた理由は自分の精神が同じ男であるアルフィスではなく、最後にプレイしていたアルフィンに最初入っていたこと。

 そしてもし自分が自分のままこの世界に転移したのであれば複数の自キャラは自分ではなくNPCになっていたのではないかと考えられるからだ。

 

 普通肉体と精神はひとつのものに紐付けされる。

 にもかかわらずそれが複数に分かれていて、それぞれ思考している。

 これだけなら他のNPCたちと変わらないのだけれど、それぞれに自由に入れ替われると言うのなら話は別だ。

 

 それぞれが私自身と言う事になるし、そうなると魂が6つ(正確には7つだが)に分割されている状況と言うことになってしまう。

 

 ではそうなった場合、一人の人格が6つに分かれてそのままでいられるであろうか?

 私の考えではノーだ・・・と思う。

 では私の精神は変調をきたしているか?

 これもたぶんノーだ。

 

 かなり深い部分で自分を探れる医学的知識があるのならもっとよく解るんだろうけど、それがなかったとしても6つに分かれるほどの大きな変調をきたしたのならさすがに解るはずだよね。

 と言うわけで、今ここにいる私の精神は本当の自分とは違うものであると私は考える。

 

 と、まぁ、ここまで考えて出た結論だけど、今の自分は本当の自分ではないのだから元の世界には帰れない、帰る方法はないだろうと言う事。

 もしかしたらその推論は間違っているかもしれないけど、そう考えておいたほうが間違いないだろうし、もし帰れたとしても6つに分かれたものが元に戻った場合を考えてたら、ちょっと頭の痛い事になりそうだしね。

 ゲームの世界、または異世界の常識に染まった6重人格者なんて流石に笑えない。

 

 さて、そこまで考えたところでふと視線に気がついた。

メルヴァである。

 

 さっきはアルフィンを心配そうに見ていたが、今はあやめにその視線を送っている。

 ・・・もしかして中に私が入っているキャラがNPCにはわかってる?。

 

 「あのぉ、あやめ様、アルフィン様が今問題が起こっているからあやめ様に指示を仰げと言われたのですが、御顔を見るに、やはりかなりの問題が起こっているのでしょうか?」

 

 あ、違った。

 

 アルフィンは分身系アニメでよくあるように自分の意思があるとは言っても自分がサブ人格であると認識し、メイン人格が今どこにいるか解っていると言ったところなのかな?

 で、勝手に判断は出来ないから今私が入っているあやめに押し付けたといったところか。

 

 でも、これでNPCは6キャラ全員を別の存在だと認識している事がわかった。

 これは何かあったときに問題が発生するかもしれないから覚えておかないとな。

 

 「あの、あやめ様?」

 「あ、ごめんなさい。ちょっと考え込んでしまった」

 「めっ滅相もありません、至高の御方の御考えを中断させてしまい申し訳ありませんでした」

 

 表情を変え、あわてて謝罪をするメルヴァを見てまた困惑する。いや、そこまでのモンでもないんだけど。

 

 「いやいや、そこまで誤らなくても。あと、アルフィンがギルド長なのだから最終決定はアルフィンがすべきだし、今からちょっと話すから終わったら彼女からちゃんと話があると思うよ。あと、他の人たちもいつまでもあの格好では大変だろうから、一度各自の持ち場に戻ってもらって」

 「はい、解りました。それでは他の者たちにそう伝え、私は控えております」

 

 そう言うとメルヴァは他のNPCたちと同じ位置まで下がり、指示を与えたあとその場で傅いてしまった。

 ・・・だから、その格好は気恥ずかしいんだって。

 

 まぁ、その件は後回し。全自キャラを集めて話し合いをはじめる。

 

 で、話し合った結果解ったのはやはり中身の基本フォーマットは私だと言う事。

 ただ、各キャラクターごとに作ってあった設定がその性格に反映されていると言う事も同時に解った。

 

 たとえばシャイナは立ち振る舞いは男前だけど、実はぬいぐるみなどが好きな乙女だとか、あやめはおしとやかそうな外見なのに、実は好奇心旺盛だとか。

 要は私が自分で作った設定どおりロールプレイして完璧にこなしたらこうなると言うキャラな訳だ。

 

 と言うわけで、一番素に近いアルフィンに普段は入っている事にして(アルフィスは男だけど、どちらかと言うと自分の理想のキザなしぐさが嫌味にならない男前設定なのである意味一番性格が離れている)必要な時だけ入れ替わる事にして自分会議を終わらせる。

 

 「メルヴァ、話し合い終わったから来てくれる?」

 「はい、アルフィン様。直ちに!」

 

 そう答えるとメルヴァは私の元までゆっくりと歩いてきて足元に傅いた。

 

 「イングウェンザー城地下階層統括、メルヴァ・リリー・バルゴ、御身の前に参上しました」

 「あ、いや、そんな畏まるの、やめない?もっと気楽でいいからさ」

 「至高の方々を前にそのような事、いたしかねます」

 

 困った。私は王様でもなければ貴族様でもないから、こんな態度取られても困るんだよなぁ。

 

 「う~ん、なら命令と言う形式でもだめかな?敬語を使うのはかまわないけど、もっと気楽に話す事」

 「しかしそれでは不敬では!」

 「いや、不敬ではないよ。と言うか、そんな傅かれると照れる。だからもう少し普通に接してほしいなぁ。とりあえず傅くのだけはやめようよ。やはり目を見て話したいし。」

 「アルフィン様の目を見て話など・・・はずかしくてできません(ぽっ)」

 「えっ?」

 

 ここまで話して私はあることを思い出した。

 確かメルヴァの設定を詳しく作った時って百合アニメにはまってた時で・・・やばい、こいつ百合だ!それもガチの。

 

 「でも、どうしてもと仰るのなら私は常にアルフィン様に付き従い吐息のかかる距離でお話させていただきたく思います」

 

 そう言うと立ち上がり、軽くひざを曲げて胸に顔をうずめるように軽く抱きつき、そのあとゆっくりと上目遣いでこちらを見つめてくる。

 

 うわぁぁぁぁ、大失敗だぁぁぁぁぁ、ガチ百合設定のキャラに口実を与えてしまったぁぁぁぁぁ。

 

 でもいまさら目を見て話すなんてだめとも言えず。

 

 「いや、普通に話をしような。そ、そんなに近づかなくてもいいから」

 「ああ、アルフィン様の御身、温かい」

 

 やばい、こいつ聞こえてないしリミッターが入ってない。

 てかこんな設定だったか?

 まぁ、確かにあの頃の百合アニメはこんなのだった気もするけど。

 

 「おい、みんな助けて・・・」

 「だ~め、人のコイのじゃまはできないよぉ~」あいしゃ

 「あるさん、うらやましいですね(にぱっ!)」まるん

 「このまま放置したらどうなるか、楽しみですねぇ(ふふふっ)」あやめ

 

 ・・・こいつらぁぁぁぁ、って私ならこう言う反応するだろうなぁ。ああ、自分の性格が恨めしい。

 




第2話アップです。
にもかかわらず、話は遅々として進みません。
まぁ、私の場合、いつもこんな感じなのでお許しを。

今回も先行してして1話分、第4話を私のHPにアップしていますが、いつも通り、ここにアップする時には色々と変わっている可能性があるので読まれる方はその点、ご容赦を。

投稿後、字が間違っている場所があったので修正。
他にないよなぁ・・・。

H28・1/16
 表現その他を少し修正。


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3 エントの村

 とりあえずみんなが見ているからと言ってメルヴァを一度引き剥がす。

 

 「ま、まずは現状把握が大事だね。いろいろと確かめないといけない事もあるけど、第一に外の様子を調べないと。とりあえず地上階層に行くかな」

 「それならば私も連れて行ってください」

 

 すかさずメルヴァが同行を求めたけど・・・二人きりになっても大丈夫か?

 まぁ、誰も護衛がない状態で外を見るのも危険な場合もあるだろうし、何よりメルヴァはうちのギルドのNPCの中でも最強の部類に入るから一緒に連れて行ったほうが安全か。

 

 「わかった、一緒に行こう。あ、シャイナ、ギャリソンに頼んでイングウェンザー城の中がおかしなことになってないか確認してもらって。特に各作業場と調理場、野菜畑や家畜の牧場は念入りにね。パーティ会場はあとでどうにでもなるけど作業場などが壊れていたら生産に支障をきたすから」

 

 ギャリソン・デューク・ギャブレット。彼は190センチの長身で、白髪に口ひげを生やした上品な物腰の笑顔が優しい執事的な外見をしたNPCでメルヴァが戦闘や城の警備などを統括しているのに対しメイドや料理人を統括しているキャラである。白髪のため老けて見えるが、意外に若くて実はまだ42歳、イングウェンザー城の生産や運営を司る頭脳と言っても過言ではないNPCだ。

 ちなみにメルヴァ同様このギルドには6人しかいない100レベルNPCの一人でもある。

 

 「ん、わかった」

 「あやめとあいしゃは金庫と資材関係をお願い。特にワールドアイテム、マジックアイテム系の確認は念入りね」

 「了解」

 「はぁ~い!」

 

 他にもいろいろあるかもだけどすぐには思いつかないし、それは手の空いているまるんとアルフィスに任せた。

 

 「では行きましょう」

 「はい、喜んでご一緒します」

 

 と言う訳で地上3階層にある部屋に転移アイテムで飛び、そこから階段を上って見張り台に登る。するとそこに広がっていた景色は・・・。

 

 「なっなんだこれ?」

 「草原? ですね」

 

 イングウェンザー城は辺鄙なところにあると説明したとおり、回りは岩山に囲まれて歩いてくるには大変な場所にあったはずだ。それなのに目の前に広がっているのはメルヴァの言う通り草原。遠くには山も見えて何と言うか、かなり牧歌的な風景が広がっている。

 

 なにこれ、辺り一面に草原が広がって何も無いなんて、見晴らし良すぎでしょ。

 モンサンミッシェルじゃあるまいし、これだけ周りになに無ければ防御のしようが無い。

 

 「こんな所にこの城があったら観光地みたいじゃないか」

 「観光地ですか?」

 

 つい、草原にたたずむ城=海外の観光地と言う日本人的な発想で口走ってしまったけど、よくよく考えたらアニメやゲームでは良く見る光景だし、そもそも宮殿と呼ばれる城ならこのような平地にあってもおかしくは無い。

 

 ただ、その場合は周りに城下町が広がっているだろうけど。

 

 「いや、その表現は変か」

 「観光地なら大きな川か湖もほしいですね」

 

 はい?

 

 「・・・・・・・・・」

 「・・・・えっと、おかしな事を言いましたでしょうか?」

 

 予想外の返答にまじまじと顔を見つめてしまったけど、確かに湖でもあれば絵になるだろうなぁ。

 

 「いや、そういう事ではなく、景色がまるで変わってるじゃないか。岩山はどこに行ったんだ?それにこんな所にあったら敵性ギルドがいたらまったく無防備じゃないか」

 「しっ、失礼しました!」

 

 と、ここまで言っておいて、小さくなったメルヴァを目にしてふと我に返る。

 もともとが私が言い出したことだし、何より敵自体いるかどうかも解らないのにこの発言は間違いか。

 

 「おほん、まぁいい。周りが見渡せると言う事は敵が来ればすぐに解ると言う事だし、居るか居ないかも解らないものにびくびくしても仕方がない。とりあえず近くに危険そうな物はないようだからその事は後回しね」

 「はい、ではまず何から手をつけましょう?」

 

 そうだなぁ、とりあえず見張りとして寝なくてもよくて遠見が出来る天使系モンスターを四方に計六箇所ある各見張り台に配置するとして。

 

 「今必要なのは情報。この世界がユグドラシルと同じ様に人間の世界のなら敵対さえしなければいきなり襲ってくる事もないだろうし、そのあたりの確認かな」

 

 その他にも治安とか、生息生物の強さとか、物価とかも調べないと。

 転送アイテムが使えるところを見ると魔法やマジックアイテムは使えるみたいだけど、威力も一度試してみる必要があるかな?

 

 そこまで考えて手が空いているであろう、まるんに<メッセージ/伝言>を飛ばす。

 

 「あっまるん? ちょっと外を調べてくるよ、たぶん私が一番適任だろうし」

 「うん、解った。何かあったらすぐに連絡してねぇ。全員で向かうから」

 「了解」

 

 さすが私の分身。よく解ってる。

 この世界の危険度が解らない以上、何か事が起こったら戦力の小出しはしないで最大戦力で対応するのは当たり前だ。

 

 「と言うわけで私はちょっと出かけて来るからメルヴァはみんなの所に戻ってイングウェンザー城の内部チェックを手伝ってきて」

 「し、しかし御一人では危険では?」

 

 その心配はわかる。

 けど、私自身が出向く理由も、もしかしたら危険があるかもしれないと考えているからだ。

 

 「大丈夫じゃない? 転移阻害の魔法を掛けられたら転移で帰る事はできないけど、空は飛ぶ事はできる。それにいきなりそんな魔法をかけられたら、すぐに他のメンバーに連絡するから全員で助けに来てくれるしね。6人いればまず負けることもないだろうし」

 

 今まででは絶対に出来なかった自キャラとの共闘と言うのも一度やってみたいしなぁ。

 

 「でも、通信阻害をされたら・・・」

 「その時は逆に即座に転移する。お尋ね者でもあるまいし、私クラスの力を持ったものでも破れないほどの強力な魔法で、それもいきなりすべての移動手段を疎外するなんて大規模な攻撃はしてこないよ」

 

 そう安心させるように笑って答える。

 

 「それに今着ている服も一見ただの魔法少女コスに見えるけど、高レベル装備の外装をいじってそう見せているだけのかなりガチの装備だしね」

 

 そう言うと、笑顔を作ってくるっと回ってみせる。するとそれに合わせてリボンやスカートがふわっと広がり、それにあわせて光の粒が広がるエフェクトが展開されてまるで少女アニメのワンシーンのような光景が展開された。

 

 このようなエフェクトは抜きにしても、このピンクの魔法少女装備は私が持っている中でもかなり上位のもので、デザインも性能もかなり気に入っている装備だ。

 

 「いきなり100レベルPTに襲われたら危ないかもだけど、私は神官が基礎になっている回復系マジックキャスターだし、キ・マスターも取ってるからね」

 

 これが私が一人で偵察に行こうと考えている最大の理由。

 

 キ・マスターである私は、ある程度は相手の力をすぐに見抜けるから、勝てないとわかればすぐに逃げられるし、最悪怪我を負ってもすぐに回復が可能だ。

 

「戦士系特化のシャイナや攻撃魔法系特化のまるんと違って個人としての強さで言えばはそれほど強くないけど、戦線維持能力は高いから、もし逃げられない状況になってもみんなが来るまでは耐えて見せるよ」

 

 攻撃力はともかく防御力だけで見るなら私は6人の中で一番。

 それに、誰かをかばうなどの行動をしない限り、私が初激で何も出来なくなるなんて事はまず無いだろうし、逃げるにしても一人なら息を合わせる必要もない。

 

 「と言うわけで行って来るね」

 

 そう言うとメルヴァが何か言う前に<フライ/飛行>の魔法をかけて飛び立った。

 

 「うわ、フライってこんなに早かったっけ。それとも生身だから早く感じるのかなぁ。」

 

 ゲーム時代には感じる事のなかった空を飛ぶ際に掛かる空気抵抗に面をくらいながらも飛び続ける。ただ、今度飛ぶときは装備に気をつけなければなぁとは思いながら。

 

 「うん、スカートの時だけは絶対飛んじゃだめだな。次からは気をつけよう」

 

 変な想像を頭から振り払い、まず今考えなければならない事を頭に浮かべる。

 

 「まず調べるべきは攻撃魔法の威力。あまり強い魔法は目立ってしまうから1か2位階の魔法をどこかで試してみよう」

 

 思い立ったら即実行!

 イングウェンザー城からある程度はなれた場所に降り立ち無機物製作魔法<クリエイト/創造>で適当な大きさの石像をいくつか作り出す。

 

 「えっと、どれにしようかな・・・っと、これがいいか<ホーリーレイ/聖なる光線>」

 

 あまり回りに被害が出ないよう、石像に向かってとりあえずそれほど威力の大きくない攻撃呪文、ホーリーレイを、1発、複数同時、連発と、いろいろとパターンを変えて撃ってみる

 次々と砕け散る石像を見て。

 

 「うん、見たところゲームの時と同じ様な威力だ」

 

 と、満足する。

 もっと強い魔法だと変わるかもしれないけど、とりあえず自分の身を守ると言う部分ではこの程度の実験で大丈夫か。

 本当は癒し系の魔法も試してみたいけど、まさか自分を傷つけるわけにも行かないし、何かあった時にMPが足りなくなったなんて事になってもまずいのでその検証は後回し。

 

 「さて、次に調べるべき事は流通通貨、世界情勢、モンスターや魔法の有無、モンスターがいるのならどの程度の強さか。ユグドラシルと同じなら簡単だけど、こんな風景見たことないし、まったく違うと考えて行動したほうがいいかな」

 

 とりあえずアイテムボックスを探り、遠見のめがねを取り出す。

 それをかけて20分弱、距離にして30キロほど飛んだ所で畑のようなものを発見、そしてそこで働く人らしい者を見つけ、それが強制ではなく自分の意思で働いていることを確認してほっと一安心する。

 

 「特に変わった感じもしないし、とりあえずこの世界はモンスターが支配する世界ではないみたいだね」

 

 次に大体のレベルが解るキ・マスターの特殊能力「気探知」を使って調べてみる。

 対象が探知スキルを持ち、これによって敵対行為と思われる危険がないわけではないが、今のところ移動阻害魔法が掛かっている様子はないし、危険があるようならすぐに転移で逃げようと準備をして確認したところ。

 

 「1レベル?いや、それ以下かな?ってことはユグドラシルの村人と同レベルか、まだ安心は出来ないけど、もしこれが一般的なレベルなら危険はないか」

 

 次に問題があるとしたら言葉が通じない場合だけど、まぁ、それは何とかなるだろう。

 実際の世界でも国が違えば言葉が通じない事もあるから怪しまれる事もないだろうし。

 

 少しはなれたところで着地し、歩いて村人の元へ。

 ゆっくりと近づくと、どうやら向こうもこちらに気がついたようだ。

 

 「あっ!」

 

 と、ここで自分の重大な失策に気がつく。

 危険かどうかをばかりに思考が行って装備の防御力しか考えてなかった。

 

 牧歌的な風景の中、近づいてくる派手なピンク色の魔法少女。(外見年齢18~20歳)

 どう考えてもシュールすぎだろ、これは。

 

 「しまったぁ、着替えてくるんだった」

 

 あまりの馬鹿さかげんに思わず額をたたく。でも、いまさら気付いても後の祭りだよね

 初めてのこの世界の住人との接触、ただでさえおかしな格好をしていて怪しいのだから、笑顔を作ってなるべく明るい口調で話しかける。

 

 「すみません、ちょっといいですか?」

 「ん?私かな?」

 

 気が付いてはいたが、見て見ない振りをしようと決めていたであろう村人は、声をかけられて振り向き、私の姿を再確認していぶかしげな視線を向けた。

 

 まぁ、この格好だから当たり前か。私でもピンク基調の魔法少女がいきなり町で話しかけてきたら同じ表情をするはずだ。

 

 「えっと、何だね、旅の人」

 

 よかった、この格好に関してはスルーしてくれそうだ。それにどうやら言葉は通じるみたいだね。

 

 「着ているきみょ・・・変わった服装からするにこの辺りの方ではないようだが、領主様に御用があってきた方かね?」

 「いや、そういう訳ではないのですが・・・。少々遠くの国から来たのでこの地域の地理に疎いんですよ。そこでお伺いしたいのですが村か町へ行くにはどう行ったらいいのでしょうか?」

 

 他の国の民族衣装とでも理解したのか、納得?してもらえたようで、村への道筋の簡単な説明を受け、お礼を言って農夫と別れる。

 

 どうやら歩いても、それほどかからずたどり着ける”エント”と言う名の村があるそうだ。なので魔法は使わず教わった通り農道を進むことにする。

 

 特に危険もなさそうなので周りに広がる畑を見ながら「のどかな景色だなぁ。」などと考えながらぶらぶらと歩く。途中何度か村人らしき人が農作業をしているのが見えたけど声はかけず、20分ほどの散策の末、前方に集落らしきものが見えてきた。

 

「あれがさっき教えてもらったエント村かな」

 

 まぁ、武器もスティック(ごるでぃおん☆いんぱくとは流石に持ってきてはいない)くらいしか携帯してないし特に警戒される事もないだろうと思ってそのまま村の中へ。

 

 その辺りにいる人でもいいけど、流行に話を聞くならなるべく多くの情報を持つであろう人の方がいいだろうと思い立ち、すれ違った村人(またもいぶかしげな目で見られたが)に村長の家を教えてもらい、たずねる事にする。

 

 「ごめんください」

 「はい、どなた様かな?」

 

 家の玄関から呼びかけたところ、中から出てきたのは人のよさそうなおじさん。

 どうやらこの方が村長のようなので、自分はこちらでは見ないような服装をしているが怪しいものではなく、遠くの国から来た商人だと話し、

 

 「この近辺で商売を始めようかと思っているのですが」

 

 そう切り出して手持ちの金貨を見せ、これがこちらでも通用するのか、また銀貨や銅貨など小銭に相当する通貨があるか、近くの町まではどれくらいの距離があるかとたずねてみる。

 もしあるのならこの近くの地図も出来れば見せてほしいとも。

 

 「これは見事な形の金貨ですね。まるで美術品のようだ」

 「ええ、かなり遠くにある豊かな国の金貨なんですけどね」

 

 この時、流通通貨の確認のため、小銭の通貨があるかと聞いたら不思議そうな表情をされたが、前にいた国の通貨は金貨だけで細かい通貨の変わりに砂金を皮袋で持ち歩き、それを重さで測って代用していたと説明すると納得してくれた。

 

 「なるほど、これだけ見事な金貨ですと、価値の低い銀貨や銅貨を同じ鋳造で作るには無駄なお金が掛かってしまいますからなぁ」

 

 日本に住んでいるとそうは感じないけど、プレス加工機がないこの世界では貨幣は鋳造で作って、飾り柄を入れるにしても鋼で彫った刻印をハンマーで打ちつけて入れる程度ではないだろうか?

 

 それに比べてプレスで作ったようなユグドラシル金貨は、鋳造段階で精巧な型に流し込んで作ったと普通は考えるだろう。

 そう考えると1枚1枚にかなりの手間が掛かるだろうし、安い貨幣をこのクオリティーで作るのは確かに無駄だ。

 

 「また1枚がこれほど大きいのもうなずける話です」

 

 こちらの事情を納得してくれた村長は、交金貨と呼ばれるこの国の通貨と付随した小銭の交換レートの説明をしてくれた。

 

 どうやらユグドラシルの金貨の金の純度、大きさ、重さから見て1枚で交金貨2枚分くらいの価値があるそうな

 

 因みに金貨の種類は黄銅貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨があり、両替比率はそれぞれ、

4000黄銅貨=1000銅貨=100銀貨=10金貨=1白金貨

と言った感じで、日本円だと1銅貨1000円と言ったところか。

 ただ、食料品は日本と同程度だけど工芸物は高く、たとえば陶器のコップ1個で2銅貨ほどするそうな。

 

 後、この世界では貨幣の鋳造技術がそれほど進んでいないらしく、見せてもらった銅貨は案の定しっかりした円形ではない上にゆがんだものばかりだった。

 

 そのまましばらく話を進めたところ、少し打ち解けてきたようで、

 

 「近くに大きな町はないし、この国は新王のおかげで街道の整備もしっかりしているから、どうせ異国の珍しいものを扱うのなら首都まで行ってはどうですか?」

 

 とか

 

 「この付近の領主様は貴族ではあるが気さくでやさしい方なので、挨拶に伺うときはそれほど緊張する必要はないですよ」

 

 とか、

 

 「この村にはしっかりした地図はなくて、町に行かないと手に入らないが、領主様なら持っているのではないですかな?」

 

 など、親切に教えてもらえた。

 見かけの通り、かなりいい人柄の人物のようで、好感が持てる人だ。

 

 そして最後に今いる国の名前と世界情勢の説明を受ける。

 話によるとここはバハルス帝国と言う国のはずれで、この国はリ・エスティーゼ王国と言う国と戦争をよくしているそうだ。

 

 しかし、ここは帝国の東側で、リ・エスティーゼ王国とはまったく反対側に位置し、しかもかなりはずれにあるので戦争と言うものを見たことはないとの事。

 辺境すぎて国直属の騎士様も見たことがあるのは数人だけだよと笑っていた。

 

 話を総合すると、この辺りは商売するには町から離れていて大変だけど安全。町はあるが、あまり大きくはないので高価なものを扱った商売をするなら首都へ行ったほうがいい。首都より先の町に近づけば戦争をしているそうだからもしかすると危ないかもしれないと言ったところか。

 

 そこで最後に持っている宝石を見せて、これを換金できるか聞いてみる。

 結論から言うと無理との事だった。

 

 薬草とかが取れる森に近い村ならともかく、畑だけで食べているこのような村では宝石を換金できるほどのお金はそもそも流通していないそうだ。

 ほしいものがあれば作物との物々交換で手に入れる事もあるくらいらしいのだから。

 

 一通り説明を受けたあと、情報のお礼だと先ほど見せた宝石より小さめの赤い宝石を渡し(これほどの物はもらえないと言われてしまったが)村をあとにする。

 

 さてどうしたものか。

 

 どうやらモンスターは山や森に生息しており、平地しかないこのあたりで出ることはほとんどないけど、この世界にもいるらしい。

 

 また魔法もあるけど、モンスターが出ないため、冒険者さえ来ないから見たことはないそうだ

 ただ、見せてはもらったことはないが、尋ねてくる行商人が持ってくる塩は魔法を使って生み出すとの事だ。

 

 「この世界では調味料を魔法で作るのか。まぁ、クリエイト系の魔法なら作れないことはないだろうけど、金属ならともかく食べ物を作ってみようなんて考えても見た事もなかったなぁ」

 

 ただ、この辺りではほとんど見ることはないけど、首都に行けば魔法学院があるとのことだから意外と魔法は発達しているのか?

 もしかしたら100レベルマジックキャスターでも覚えられないほどの、超位階を超えた高位階の魔法もあるかもしれない。

 

 まぁ、ちゃんとした国がある以上たとえあったとしても、犯罪でも起こさなければそのような魔法を使うマジックキャスターと敵対する事もないだろう。

 

 次に自分たちと同じ様に他のプレイヤーたちがこの世界に来ていて、それがうちのギルドの敵に回った場合だけど・・・そもそも異世界にいきなり放り込まれたとして、普通の感性ならいきなり敵に回るよりは先に話し合おうとするはず。相手がどれだけの人数この世界に来ているか解らないからね。

 

 ゲーム世界と違い、相手のギルド名がコンソールで確認できない今、襲い掛かってみたら自分たちの数倍上位のギルドだったなんて事になったら目も当てられない。

 相手にワールドチャンピオンがいたなんて事になったらそれこそ笑うしかない。

 

 そんな風に考えず、いきなり襲い掛かるような性格異常者はそもそも運営が12年間の間にBANしているからサービス終了まで残っていないはずだ。

 唯一変な人がいそうな俗に言う業者は、終わりが決まってRMTする人がいなくなったユグドラシルに固執していないし、サービス終了まで残っているはずもない。

 

 結論、生活するだけなら特にこの世界に危険はない。

 

 と言うことで次に考えるべきはどうやって生活圏を広げるか?と言うことか。

 イングウェンザー城にこもるのなら物資にも困らないし確かに安全だろう。

 維持費にしても、消失さえしていなければ、今ある金貨だけで10万年でも城の維持は楽に可能だ。

 

 この世界での寿命がどれくらいかは解らないけど、面白おかしく遊んで暮らしていくだけならたぶん何の問題もない。

 でもそれだと面白くないんだよなぁ。

 

 折角違う世界に来たのだし冒険もしてみたいし、何より異世界の町並みや調度品を見てみたい。町の人はどんな服を着ているのだろうか?どんな食べ物を食べているのだろうか?そう考えるとわくわくが止まらない。

 

 「よし、一度城に戻ったらみんなに話をして、何人かで町に向かってみるか」

 

 反対意見(特にメルヴァあたりから)も出るかもだけど行きたい物は仕方ないよな。

 

 「いや、その前に、この辺りの領主に挨拶したほうがいいかな?いきなりあんな大きな城が建ったのが知れたら攻めてきかねないし」

 

 村人を見る限り、こんな僻地にいる普通の兵士はそれほど強くはないだろう。

 攻めてこられたとしてもそれほど苦労しないで撃退できそうな気もする。

 

 「でも、無理に争うよりは友好関係を築いた方がいいよなぁ、やっぱり」

 

 うん、何事にも対話は大事だ。

 

 そんな事を考えながら歩く事数10分、村からある程度はなれ、人の目が周りに無い事を確認してから転移魔法を発動、一気にイングウェンザー城まで転移する。

 

  アルフィンの部屋に戻って他のメンバーを召集してそこで話をしたところ、ひとつ驚いた事実が判明した。

 なんとある程度の情報を自キャラたちがこちらが話す前に知っていたのだ。

 

 詳しい事は伝わらないようだけど、私が体験したり知った情報で大切であろう物は即座に共有されるらしい。やはり魂が分割されたから繋がっているのだろうと思ったのだけれど、そうなると一つふしぎな事がある。

 

 私の体験は伝わるのだけれど他の自キャラが体験した事は説明してもらわないとこちらに伝わらないのだ。と言うことは元の人格である私の得た情報だけが一方的に全キャラで共有されるわけか。

 

 もしかして、私の主人格だけが特別で、自キャラたちの自我はNPCたちと同じだと言う事なのだろうか? 

 

 ん? 待てよ。と言うことは、危険は高まるけど、偵察とかは自キャラの別人格ではなく常に自分で行った方が何かと便利だということか。何もしなくても伝わるのならこちらから連絡しなくても判断できると言う事なのだから。

 

 まぁ、これに関してはもともとが戦闘に向いていないうちのギルドだし、危険な箇所に偵察に行くとか、どこかに潜入するとかなんて場面にあう事もそうそうないだろうから頭の片隅において置けばいいくらいかな。




 いつもは週末に更新するのですが、エロマンガ先生の新刊が出たのと、ツイッターでオーバーロードの増刷分が今週末に出荷されるという情報が入ったので、もしかしたら4巻が買えるかもと言う事で、その2冊を読む時間確保のためちょっと早めのアップです。

 まぁ、実は下書き段階で8話まで書きあがったので、ちょっとたまりすぎだなぁなんて考えているからの早期アップでもあるのですが。

 4巻、買えなかったら週明けに第4話もアップするかも。

 あ、あと新NPCの情報などはうちのHPの方に書いてあるので気になる方はどうぞ。

H28・1/16
 表現その他を少し修正


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4 生産

 とりあえず、私がいないうちに判明した事の報告を受ける。

 

 「まずは私からね」

 

 と、シャイナが報告を始める。

 

 「ギャリソンに一通り見てきてもらったけど、作業設備自体は特に問題ないみたい。鍛冶場も壊れてないし、調理場も大丈夫」

 

 作業場はいろいろなNPCが働いているし、チェック自体はそれほど大変ではなかったようだ。

 

 「次に農地、広大すぎてもしかすると生育に問題が出ている作物もあるかもしれないけど、主要な作物やフルーツは大丈夫だったみたい」

 

 害虫や病原菌のいないユグドラシルでは肥料と水さえ与えれば木や作物は育つ。

 そしてその二つともマジックアイテムで与える事ができるから、作業場よりはるかに広い農場でも働いているNPCはかなり少ないようで、こちらはかなり苦労したみたい。

 

 几帳面なギャリソンが調べたにもかかわらず、少ない時間では流石にすべてを調べる事はできなかったようだ。

 

 「あと牧場にいる動物たちはこの世界に転移した事自体気づいていないんじゃないかな?いつもどおり、のんびりすごしていたみたいだし」

 

 牧場は農地と同じか、もしかするとそれ以上に広大な土地だ。

 でも、こちらは農場と違い、遠めで見ても解るからフライの魔法と飼育係のNPCでほぼ全部の家畜を見て回れたみたいで、確かな情報だそうな。

 

 「森林地区も遠めで見る限り変わったところはないみたい。まぁ、森の木は作物と違って多少傷んでも、ほって置いたら元に戻るだろうけどね。枯れそうでも回復魔法で直るし」

 

 最後に木材を取るための森も特に問題ないとの事、材料系はこれで大丈夫かな?

 

 「そうか、では外の景色と場所以外は特に変わったことはないわけだ」

 「そうみたいだね」

 

 これは転移したと言うよりこの世界のこの座標がユグドラシルの前の座標と同じで、世界を移動しただけって事かもしれない。

 転移等でどこか他の場所に移動したのなら家畜はともかく、根を張っている植物には何かしらの影響は出ていたはずだからなぁ。

 

 「次はあたしね」

 

 続いてあやめが立ち上がる。

 

 「あいしゃと一緒に金庫を見てきたけど、こちらも特に問題なし。棚に飾ってあるアイテムもちょっと不安定そうな像一つ倒れているものは無かったし、当然紛失したものもなし」

 「あとねぇ、ワールドアイテムもマジックアイテムや魔法のそうびも問題なかったよぉ」

 

 と、あいしゃが続く。

 貴重品関係は問題なし、と。

 

 まぁ、自分たちが装備しているマジックアイテムは性能も防御力も変わってないし、番人から何の連絡も無かったと言う事は紛失の心配はないからそれほど心配はしてなかったけどね。

 

 「あと、金貨や宝石も見た感じ減ってないみたい」

 「そっか。金庫がその状況ならたぶん地上の設備も何もなくなったものはないだろうね。上にあるのは転移用のマジックアイテムか、見栄え重視の金銀や宝石で飾った家具とかが中心だし」

 「うん、そう思うよ」

 

 金貨や宝石も所持しているものが変わってないから同じように心配していない。

 城自体も最終確認するまでは断言できないけど、ここまでの報告からすると地上だけが壊れたり物が紛失したりするなんて事はないだろう。

 

 「でもまぁ、後で掃除がてらメイドさんたちに確認させておいて」

 「うん、解った」

 

 それよりも、

 

 「生産に必要な材料は?性質が変わってしまったレアメタルとかはない?」

 「それも大丈夫。ついでに見てきたけど、地下の鉱山地区も変わりなかったよ」

 

 それを聞いて一安心。

 この世界にない鉱石とかはなくなっているなんて事があるかもしれないと心配していたんだよね。

 簡単な金属とかはクリエイト系の魔法で作れるけど、レアメタルとなるとそうは行かないから。

 

 「とりあえず物を作ることに関しては報告を聞く限り、何も問題ないし、そのほかの部分も特に問題なしっと」

 

 まだ、判断するには早いかもだけど、イングウェンザー城自体はユグドラシルあった頃と何も変わっていないと思う。

 やはり別の場所に転移したのではなく、そのまま世界だけが移動したのだろう。

 

 「最後に俺から」

 

 そう言ってアルフィスが立ち上がる。

 あれ?アルフィスには何も頼んでないよね?

 

 「特に指示を受けなかったし、警備はまるんに任せておけば俺は出る幕がないだろうから生産をしてみた」

 「そっか、この世界で魔法を付加したものを作れるかどうかは真っ先に調べるべきだった」

 

 ナイス!アルフィス、さすが私。

 

 と、ここで生産の話が出てきたからちょっと説明。

 

 生産系スキルには魔法効果を付ける事の出来る上位生産スキルと料理のようにつかない下位生産スキルがあって、上位生産スキルは裁縫、武器鍛冶、防具鍛冶、道具鍛冶、木工、薬師の6種類がある。

 

 ユグドラシルではレベル合計100までスキルが取れるため複数を同時に取る事も可能で、生産系のキャラは複数のジョブを持っているのが普通。

 

 ただ、調子に乗って生産系を取りすぎると戦闘スキルが足りなくてストーリーが進められないなんて事もありえるから、取る人でも3~4つくらいまでしか取らないし、前提スキルのいる上級スキル、それも15レベルにいたっては複数持つ人はあまりいない。

 

 同アカで複数キャラ作れない事もないけど、課金しないとそれほど強くなれないこのゲームではメインに注力してサブキャラは作っただけって人が多く、課金をしてまで育てようなんて言う人はほとんどいなかったから余計にね。

 

 まぁ、私はストーリーはもっぱらシャイナとまるんでクリアしていたので、二つずつ取っていたりするけど。

 

 因みに、自キャラたちは女の子は料理ができた方がいいという私の個人的な考えから戦闘特化であるシャイナとまるんも含め、全員が最低でも料理スキルを1~2は持っている。

 

 あと、私たちが持っている15レベルの上位生産スキルは以下の通り。

 

 アルフィンは裁縫

 あいしゃは武器鍛冶と木工

 あやめは防具鍛冶と裁縫

 アルフィスは道具鍛冶と薬師

 

 シャイナとまるんも一応生産系スキルは取ってはいるけど、戦闘特化だからみな下位レベルのみ。

 生産系キャラではアルフィンのみひとつ。

 これはファーストキャラで少し戦闘スキル多めなのと、翻訳、鑑定系のスキルをいくつか取ったためで、アルフィンとあやめの裁縫が重複しているのは布を使う防具が存在するためだ。

 

 簡単なスキル説明をすると、裁縫は読んで字の如く、布系全般で魔法の布からドレス、布製防具まで幅広く作る。

 

 武器鍛冶と防具鍛冶、木工も名前の通りの生産職。

 

 あ、木工は家具がメインだけど杖とか弓、スティックとかの武器も作ることが出来るんだ。

 

 魔法の家具と言うのはたとえば[転移門の鏡]<ミラー・オブ・ゲート>と言うアイテムがあるけど、高レベル木工師なら、これの下位転移アイテム[転移の輪]<リング・オブ・ゲート>(移動距離が町単位の広さまで限定転移)とかを作ることが出来る。

 

 これに強いモンスターが落とすアーティファクトや外装をつけると[転移門の鏡]<ミラー・オブ・ゲート>のような上級マジックアイテムになるわけだ。

 

 次に道具鍛冶だけど、このスキルは魔力のこもった生産道具を作る鍛冶職で、生産に使われる魔法の素材を作ることも出来る。

 高位の生産品は高位の魔法生産道具を使わないと作れない。

 

 また、上級生産職が作るものには高品質な生産品があり、それが出来る確率、品質度も生産道具の品質に左右される。

 

 余談だけど、ユグドラシルでは料理は高位調理道具を使う事によってより見栄えがよくなり、高レベルの料理スキルを持つものが高位の、それも高い品質の道具で作るほど、同じ材料で料理を作ってもよりおいしくなると言う設定があったんだ。

 

 たぶんこの世界では実際においしくなるんじゃないかな?後で料理長に作ってもらって食べてみよう、ちょっと楽しみ。

 

 薬師は薬全般や魔法のスクロール、各種マジックアイテムなどを作る生産職。

 実はこのスキル、ユグドラシルの初期は高レベルになるとポーションやスクロールなどを使う事が少なくなるので一番人気のない生産職だったんだよね。

 

 そこで運営も問題視したらしく、てこ入れとしていろいろと後付で作れるものが増やされたため、薬師と言うのに主に作るのはマジックアイテムと言う変わった職になってしまった。

 戦闘に使われるものばかりではなく、魔法の明かりや入れたものが常に冷えている魔法の水さしなどの生活に使われるマジックアイテムも、この生産職で作ることが出来る。

 

 最後に、前にちょっと触れたけど、各上級生産職は15レベルになるとより強力な付加価値をつけるスキルを手に入れる事ができたり、最高品質品が出来やすくなるスキルやランダム発動ではあるが効果の大きい必殺技なるものが使えるようになる。

 

 強力な付加が付き、なおかつ最高級品が出来れば、装備にによっては10億以上のお金で取引される事も珍しくなかったんだ。

 数字的にみると2とか3の違いなのに1上がるたびに値段が億単位で上がるのはある意味滑稽な話だよね。

 でも、みんなその2~3に必死だったんだよなぁ。

 一つ一つは小さくても、複数個所集まれば大きなアドバンテージになったからね。

 

 とまぁ、生産職の大まかな説明はこんなところかな。

 

 私たちは魔法の布や武器や防具につけるマジックアイテム、それを生産する魔法の掛かった工具アイテムや日常で使うマジックアイテムを自分たちで作れるから新しく何かを作るのには困らないけど、たとえばたった一人でこの世界に放り出されたら困ったろうなぁと思う。

 

 物を作るのにはいろいろな職業が必要だし、問題が起こった時とかに相談できる相手がいないのは不安だ。

 たとえ中身が自分だとしても、性格が違うのなら当然違う意見が出てくるからね

 ホント6アカ作っておいて良かった。

 

 さて、話を元に戻そう。

 

 「作ってみたのは鍛冶用アダマンタイト製ハンマーとアダマンタイト製木工刀。どちらも普通に作れたよ。まぁ、上品質にならなかったけど」

 

 因みにアダマンタイトと言うのは道具の材質で、この上には七色鋼を使った道具もあったりする。

 

 「そっか。なら生産そのものも今までと同じ様に作れそうかな?後不安があるとしたらこの世界に生産に必要なレア金属があるかどうかと言うことか。たぶんプラチナとかはあるだろうけど・・・」

 

 最低でもアダマンタイトくらいはありそうだけど、魔法を含んだレア金属はどれくらいあるだろう?

 一応ストックはかなりあるけど、最高位マジックアイテムに使う金属だけは確保できる目処がつくまでは大事にしないと。

 アーティファクトや外装なんかは絶望的だろうなぁ。

 使いきれないほどあるにはあるけど念のため、比較的数の少ない最高位のものは自分たちが使うもの以外はなるべく生産しない方がよさそうだ。

 

 「一応武器と防具も後であやめと作ってみるから、アルフィスはポーションとスクロール、後魔法付加もお願い」

 「後と言わずに、今すぐやろうよ。これはうちにとって一番大事なことだし」

 

 あやめに促されて、即行動する事にする。

 

 確かにここまで今までと同じだと他の生産品も同じだろうけど、生産品を利用して作るアイテムとか、消耗品とか効果が違ったり材料が違ったりしてもいけないからね。

 と言うわけで、全員で地下1階層にある作業場へ移動してそれぞれ生産を開始。

 

 私はとりあえず魔法の布を作り、それをあいしゃへ。

 そしてその布を使って簡単な魔法の家具を作ってもらう。

 

 あやめは特殊効果のついた金属製、布製防具を作り、それをシャイナとまるんに渡して試してもらう。

 

 最後にアルフィスがポーションと簡単なスクロールを作成。

 ついでにフライの魔法を付加したのペンダントを作り、それの効果を確かめた所でとりあえず検証は終了かな。

 

 「うん、全部今までどおり」

 「とりあえずここにあるもので作った限りでは、違和感無く作れそうだね」

 

 まだ、この世界の材料を使って作ってみない事にはずっとこの体制が維持できるかどうかわからないけど、とりあえずは一安心だ。

 

 「ただ、生産は一度ストップしたほうがいいと思う」

 「どうして?あるさん」

 

 まるんが不思議そうに聞いてくる。

 

 「今までなら何が売れるか解っていたから、売れ線を中心に作っていたけど、この世界では何が売れるか解らないからね」

 「そうか、売れないものを作っても在庫を大量に抱えるだけだからね」

 

 確かにこの城は広大で倉庫になるところは無数にある。でも、折角作ったものがほこりをかぶってずっと放置されるのはやはり寂しい。

 

 「とりあえず、2~3日後にでも領主に会いに行こうと思ってるし、その時にエントの村と領主の館を見比べてこの世界の文化レベルを確かめてみるよ」

 

 マジックアイテムはともかく、調度品を見ればどれくらいの価値のものがこの世界で売れるか位はわかるからね。

 




 4話アップです

 近所の本屋ですが、オーバーロードの増刷分を大量入荷しました
 特設棚にはいっぱい並んでいました。。
 漫画版1巻が。

 コレジャナーーーーーーーーーーーーーーーーイ!

 で、今日行ったらまた大量入荷していました。
 漫画版2巻が。

 コレジャナインダヨォォォォォォォォーーーーー!

 と言うわけで約束通りアップです。

 まぁ、4巻はリザードマン編だからいいけどね・・・。

ドラクエの設定流用箇所を削除しました


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5 会議1

 イングウェンザー城地下6階層にある、豪華ではあるが、同時に落ち着いた雰囲気のある会議室のような一室。

 ここはギルドメンバーである自キャラと100レベルNPC6人が会議をするという設定で作っておいた会議室だ。

 当然使われるのは今回が初めてだったけど。

 

 黒を基調とした重厚な円形の机に豪奢な椅子が12脚、壁にはギルドの紋章が刻まれた旗が掛かっており、その旗を背にしてギルド長であるアルフィンが座り、その周りに自キャラたち5人が、そして反対側に地上統括、地下統括、使用人統括の3人がそろって席についていた。

 

 その状況を確認し、満足そうにうなずくとアルフィンはおもむろに口を開く。

 

 「第264回イングウェンザー城首脳会議ぃ~!どんどんどん、ぱふぱふっ!」

 

 そんな声出るんだ!てな感じの可愛い感じの声で。

 

 アルフィンの宣言にあわせてわぁ~と、拍手とともに盛り上がるシャイナたち。

 そして何事が起こったかと驚いた顔をする2人のNPCと、ノリがいいのかすかさず盛り上がりに参加する一人のNPC。

 

 「あの・・・・アルフィン様、第264回とは?それほど多くの会議を開いてきたでしょうか?それと、どんどんどんって・・・」

 「あっごめん、このノリは解らなかったか」

 

 どうやらメルヴァたちNPCには不可解な行動と取られてしまったようだ。

 たまに神格化しているんじゃないか?と勘違いしそうな態度を取られるから解らないでもないけど・・・。

 

 う~ん、うちはパーティ業務もギルド活動のメインの一つだったからノッてくれるかと思ったけどなぁ。

 地下階層の子達はそうでもないみたいだ。

 パーティ業務にはかかわらない設定だったからなぁ?

 

 「あ、メルヴァさん、それは何と言うか・・・数字は結構いい加減なもので、特に深い意味はないんですよ。アルフィン様、私はこういうの好きです」

 「ありがとう、セルニア」

 

 戸惑っているメルヴァに説明をして私に笑いかけてくる、かわいらし女の子。

 

 彼女の名前はセルニア・シーズン・ミラーと言って、ハーフエルフで地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者兼店長と言うイングウェンザー城でもっとも長い肩書きを持つNPCだ。

 まぁ、普段は店長と呼んでいるけど。

 

 「店長はさすがによく解ってるね」

 「えへへっ」

 

 シャイナにほめられ?て照れくさそうに笑う姿は、とてもそうは見えないが、この子も6人いる100レベルNPCの一人だけに、当然強い。

 課金アイテム盛り盛りで神器級アイテムまで所持している。

 

 もし誰かが攻めてきた場合、真っ先に戦場になるのは地上階層だ。

 それだけに、セルニアを中心として50レベルのメイド5人、30レベルメイド10人からなる通称”魔女っ子メイド隊”はイングウェンザー城の第一防衛ラインだ、弱くてはとても勤まらない。

 

 と言っても、誰も攻めてきた事はなく、また、30レベルメイドにいたっては戦闘スキルは10くらいずつしかとっていないのである程度の規模で攻めてきたら、足止めくらいにしかならないかもだけど。

 

 大体、セルニア自体が中身はともかく、ピンク基調で背中に小さな翼のついたメイド服に身を包み、胸に”てんちょう!”と書かれた札をつけた150センチ弱のロリ巨乳だ

 おまけに”にぱっ!”と表現するのが一番似合う笑顔のNPCだけに、このキャラが迎え撃とうとしたら相手の方の力が抜けるんじゃないか?ばからしくなって。

 

 ただ、彼女が持っている胴装備のゴッズアイテム「みんなそこで待っててね」はある条件化ではかなり凶悪で、背中の羽が広がり、光を放つとその光がとどく範囲に居る者の内、前もって効果無効を指定してあるキャラ以外を15分間移動(行動ではなく)できなくすると言う効果を持っている。

 

 レジスト判定無しで動けなくはなるが、行動できないわけではないから弓も撃てるし、魔法も撃てる。

 だからそれほど強力ではないのでは?と思えるかもだけど、これがそうでもないんだよね。

 

 本拠地防衛だけに当然迎撃用の仕掛けはしてあるんだけど、このアイテムはそれを最大限に生かす物なんだ。

 

 なにせ移動できないのだから普通なら発動まで時間の掛かかる為に効果範囲外に移動すれば楽によけられる範囲魔法も大規模な罠でも避ける事ができない。

 

 行動できないわけではないから弓矢とかなら打ち落とせるけど魔法ではそうは行かないし、その特性が生かせるよう、当然セルニアは魔力系マジックキャスターだ。

 

 いくつもの異なった向きの小さな鏡で構成された壁や床で光を乱反射させ、上下左右すべての方向から侵入者に光を当てる事ができ、また鏡の反射率を変えることによってどこが光源かわからない仕掛けになっている防衛専用ホール。

 

 そのホールのいたるところに作られた壁の後ろから放たれるセルニアと”魔女っ子メイド隊”との範囲攻撃魔法の一斉発動と部屋の罠の同時攻撃で迎え撃たれたら、複数の100レベルPTでも彼女たちに全滅させられかねないほどの凶悪なアイテムだったりする。

 

 また、最悪彼女たちだけでは殲滅できない防御力を持つPTだったとしても15分の足止めの間に地下階層や仲のいい他チームからの増援が期待できるのもこのゴッズアイテムの有利と言えるところだ。

 

 この城の構造も、そのホールを抜けないと先に進む事が出来ないし、転移も許可されるアイテムを持つ者、または定点移動用アイテム以外は阻害されて出来ないようになっているのは言うまでもない。

 

 ただ、強すぎるアイテムだけに当然欠点もあって、光がとどくと注訳があるとおり、屋外、それも昼間だと太陽光にまぎれてしまいほとんど効果がなく、夜でも壁の後ろとかに隠れられたら何の効果もない欠点だらけのゴッズアイテムでもある。

 

 まぁ、だからこそ実現できた、ゴッズアイテムとはいえ強すぎるとも言える長時間足止めなんだけどね。

 

 「でも、至高の方々はもう少し怖いと言いますか、威厳に満ちた方々かと思っていました」

 「そう?」

 

 セルニアでもそうか。

 

 「はい、いつもお店に来られる時は厳格にチェックをして行かれることが多かったので」

 「そうだったかなぁ」

 

 そう答えながらも思い当たる事がある。

 ユグドラシルではシステム上、NPCが表情を変えられないのと同じでプレイヤーキャラもわざわざコマンドを入れないと表情は変わらないんだよね。

 

 お客さんたちのように表情アイコンを使って楽しげに会話をしていれば、表情が変わらなくても伝わっただろうけど、NPC相手にわざわざ使った事は当然無い。

 

 よくよく考えると無表情で毎回視察に来たら気難しいと思われても仕方ないよなぁ。

 売り上げ確認しているんだから、儲かっていれば当然うれしかったんだけどね。

 

 「やっぱり威厳があったほうがいい?」

 「いえ、私は今のアルフィン様たちの方がいいです」

 「セルニアっ!」

 

 セルニアの発言を聞いてメルヴァがとがめるような声を出す。

 でもなぁ。

 

 「いいよ、メルヴァ。私もこの方が楽だし」

 「・・・アルフィン様がそう仰られるのなら」

 

 メルヴァやギャリソンは支配者としての姿のほうがうれしいんだろうなぁ。

 でも、私たちは所詮庶民なんだよね。

 

 彼女たちからしたら創造主で神に近い存在かもしれないけど、そんな振る舞いもロールプレイも出来ない。

 

 短期間なら出来るけど、この世界にずっといるつもりならそんな無理を続けてもいつかはぼろが出る。

 なら、はじめから自分たちは絶対的な存在ではないんだよと教えておいた方がいいと思うんだ。

 

 「メルヴァもギャリソンも、そこまで気を使う必要はないよ。確かに私たちはあなたたちよりも上位の存在だけど」

 「そう、立場は上だけど、すべてを知っているわけじゃない。あなたたちの方が私たちよりも優れた部分が当然ある」

 「そうだね。だから気後れせず、自分で考え、判断して、それが私たちと違うのなら」

 「頭のいい君たちなら解るよね。俺たちに進言してもらえるとありがたいよ」

 

 あらかじめ打ち合わせしておいた通り、アルフィン、シャイナ、あやめ、アルフィスと目線を合わせ、それにあわせて私がキャラを渡りながら話をつなげる。

 こうする事により、自キャラたちの総意とNPCたちに伝わるだろうから。

 

 「アルフィン様方がそう仰られるのなら」

 「私も異存はありません」

 

 ちゃんと伝わったようで、メルヴァもギャリソンも納得してくれたようだ。

 

 「解ってもらえてうれしいよ」

 

 ほっと一安心、と思ったんだけど。

 

 「しかしアルフィン様」

 

 あれ、何か間違えたかな?

 まじめな顔で話かけられたので、あわててアルフィンに戻る。

 ちょっと挙動不審だけど、おかしな所、無かったよねぇ。

 

 「ん?なに?」

 「アルフィン様方は私たちの創造主であらせられる事には代わりありません。そのような至高の方々に同格のような口調で話しかけることなど、私にはできません」

 

 いや、してもらってもいいんだけどなぁ。

 

 「後生ですから、これまでどおりに御使えさせてはいただけないでしょうか?」

 

 そう言ってメルヴァはアルフィンの元まで近づいて、足元に傅く。

 う~ん、さすがにここまで言われたら断れないよなぁ。

 

 「わかったよ、メルヴァがその方がいいのなら私たちはかまわないよ」

 「ありがとうございます」

 「ならば私も、今までどおり御使えさせていただきます」

 

 すかさず追随するギャリソン。

 こう言う所は要領がいいというか、抜け目ないというか。

 頭の回転の速さはイングウェンザー城随一を誇るだけあって、ちゃんと周りを見て自分の意見を通す最良のタイミングを測っていたんだろうなぁ。

 

 「そうだね、ギャリソンはその方がいろいろとよさそうだし」

 

 タメ口の執事なんて確かに考えられないからね。

 

 「でも色々と知恵は貸してもらうからね」

 「御心のままに」

 

 まぁ、それぞれの立ち位置はこんな所でいいかな。

 何かあったらまた話し合えばいいし。

 

 この話はこれで終わりと言うことで。

 

 「さて、これからの方針だけど」

 

 全員が席に着くのを待ってから今日の本当の議題に戻る事にする。




 先日からこのあとがきで話していた小説版オーバーロード、木曜日にやっと近所の本屋に入荷していました。

 そこで早速4~6巻を買ってきました!

 で、ですね、今4巻を読んでいるのですが、気になる記述が。
 それは食事の効果とユグドラシルと今の世界のりんごの違いです。

 これについては、自分のHP今日アップした7話(仮)のあとがきで言い訳を書いているので気になる方はそちらを読んでもらえると幸いです。

 なお、いつも書いている通り、あちらで先行公開しているSSは言い回しや台詞、内容などがこちらで公開するものとは変わる可能性もあるので読まれる方は自己判断でお願いします。

 と言うか、必ずどこかは変わるんですけどね、今回も結構加筆修正してるしw
 こちらでアップしているものが完成品だと思ってもらえば間違いないです。

 ではまた次回も読んでもらえると幸いです。
 でわでわ。


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6 会議2

 一度周りを見渡してからあらかじめ話すつもりであった議題を披露する。

 

 「とりあえずやるべきかなと思うのは領主と、この近くにあると言うもう一つの村を訪ねてみる事。後、首都に行く前に、一番近い町も見ておくべきかな」

 「顔つなぎと言うこともあるし、偵察と言う意味もあるよね」

 

 私の話にシャイナが相槌ををうつ。

 

「そう。エントの村ではこの辺りは安全みたいな話ではあったけど、少し離れただけで治安は変わるものだから一応確かめるべきだと思う」

 

 モンスターはどうやら森以外はあまり居ないようだけど、もしかしたら私たちと同じ様にユグドラシルから来た勢力がそちら側に居ないとも限らない。

 

 まぁ、イングウェンザー城は辺鄙なところにあったし、私の予想通り座標が変わらず世界だけ転移したのなら近くに他のプレイヤーの本拠地があるとは思えないけどね。

 

 「それと領主は前に一部にも話したけど、前もって挨拶をしておかないと、後々問題になるかもしれないからなぁ」

 

 正直ただ住み着いただけで攻めてくるとかはないだろうけど、余計な問題を起こさない為には挨拶は大事だ。

 

 「最後に町だけど、やはり文化レベルを調べるのなら地方の村ではあまり意味がないからね」

 

 現実世界でも地方都市ならともかく、東京と山の中にある過疎の村では、経済レベル、文化レベル、生活レベル、住む人の意識や向上心のどれを取ってもまるで違うから、エントの村を基準にすえてしまうと、後で大変な修正を迫られる可能性大である。

 

 「首都ほどではないにしても、町まで行けばある程度の文化レベルはわかると思うから、やはり見に行くべきだろうと思うんだ」

 

 商売するにしても、ただ暮らしていくにしても、その場所の文化レベルがわからなければどうにもならない。

 自分の常識はこの世界では非常識な可能性があるし、実際非常識な部分は多いと思う

 エントの村を見る限り、現代人の私の常識はまるで通用しないとはじめから思ったほうがいいだろう。

 

 「さて、ここまでで、何か意見はある?」

 

 一回り周りを見渡すと発言を求めたのは二人。

 ここまでの話はシャイナたちには話してあったから当然NPC勢でメルヴァとギャリソンだ。

 因みにセルニアは。

 

 「はぁ~、さすがアルフィン様、色々とお考えなんですねぇ」

 

 とのんきな顔をしてうなずいている。

 

 「ではメルヴァから意見を聞かせて」

 「はい」

 

 そういうとメルヴァは立ち上がり話始める。

 

 「昨日はアルフィン様が自ら出かけられましたが、やはり私はあのような行動には賛同できません」

 「どうして?」

 「アルフィン様は我々の創造主であり、イングウェンザーの支配者であらせられます。そのような御方が護衛もつけず御一人で御出掛けになられるなど考えられる事ではありません」

 

 解らなくはないけど、私はそれほどの存在ではないと思うんだけどなぁ。

 

 「そこまでの事かなぁ?」

 「そこまでの事です!」

 

 必死な顔でメルヴァはとんでもない事を言い出す。

 

 「お近くに居なければアルフィン様の楯になって死ぬ事ができません!」

 「なっ!」

 

 おいおい、とんでもない事を言い出すな、この子は。

 

 「死ぬって、それはだめだろ」

 「いいえ、私どもの役目はアルフィン様をはじめ、至高の方々の時に槍となり、時に楯となり忠義を尽くす事。その為に生まれて来たのですから、たとえアルフィン様であってもこれだけは譲れません」

 

 そういうとギャリソンも、セルニアさえもうなずく。

 

 「ですから、もう御一人で御出掛けになられるのはやめてください」

 

 と、目に涙を浮かべて懇願されてしまった。

 そこまで言われるとなぁ。

 

 「解ったよ、もう一人では行かない。約束する」

 「進言、御聞き入れ下さり、ありがとうございます」

 

 メルヴァはそういうと深々と頭を下げた。

 心からほっとしたような顔をして。

 

 心配させたんだなぁ。

 次からは気をつけないと。

 

 なんとなく居た堪れなくなってギャリソンに話を振る。

 

 「ところで、ギャリソンはどんな意見があるの?」

 「私ごときが進言すべき事ではではないのかもしれませんが」

 

 いや、たぶんここで一番頭のいいギャリソンが考えた事なのだから聞くべきことだよ

 

 「いいから言ってみて」

 「はい、それでは御気を悪くされるかもしれませんが」

 

 ギャリソンは私の目をじっと見つめて語る。

 

 「先ほどアルフィン様は私共に気楽に話をするようにと仰いましたが、イングウェンザー城以外では威厳を持った行動を、少なくとも身分を知るものの前ではすべきだと思います」

 

 これはちょっと予想していなかった内容だ。

 

 「どうして?」

 「はい。まず、言うまでもないことですが、アルフィン様はイングウェンザー城の支配者であらせられます」

 「そうだね」

 「それだけにアルフィン様は支配者であると言う事を、この世界の住人に認識させなくてはなりません」

 

 認識って。

 

 「えっ、でも」

 「アルフィン様、人には役割と言うものがあります。アルフィン様はお望みにならないと存じ上げますが、御身内だけならともかく、支配者が支配者として振舞わなければ、仕える者は困ってしまいます」

 

 そう言う物なのか。

 

 「たとえば領主の下に赴かれるとの事ですが、その際アルフィン様は商人のように振舞われるおつもりだったのでは?」

 「その通りだけど、だめだったかなぁ?」

 

 もう村でそんな感じで村長と話をしたけど、もしかして考え無しの行動だった?

 

 「領主と言うことは相手は貴族。ならばこちらもある程度の地位があることを見せねば侮られます」

 「侮られてもそれほど問題はないんじゃないかなぁ」

 

 別に権力がほしいわけでもないし。

 

 「そう言う訳には行きません。侮られてはいらぬ譲歩を要求されてしまいます」

 「たとえば?」

 「イングウェンザー城の一部譲渡などです」

 

 それは困る。

 と言うか、そんな事は考えても見なかったよ。

 

 「そんな事、あるかなぁ?」

 「権力者と言うものは、相手が下と見ると際限なく要求し、奪おうとするものです」

 

 そういえば色々なアニメや小説で領民から税を搾り取って苦しめる領主はよく出てくるよなぁ。

 

 「そうなった場合、到底飲めないのですから争いとなり、最悪この国とイングウェンザー城の戦争にまで発展する可能性すらあります」

 「流石にそこまでは・・・」

 

 と言いかけて、続きの言葉を発せられなかった。

 確かにこの城にある金貨やマジックアイテム、特にワールドアイテムの存在を知ればありえない話ではないか。

 

 正直この城に立てこもれば、この国の戦力がどれほどのものでも負ける気はしない。

 それだけの防御力は持っているつもりだし、ワールドアイテムもある。

 

 最悪本当に戦争になっても、相手の国に上位ギルドが参加でもしていない限り全戦力を投入すれば滅ぼす事も可能だろう。

 でも、偉そうにしたくないからと言うだけで大量に人を殺すなんてとんでもない話だ。

 

 「どうすればいいと思う?」

 「まず、アルフィン様は遠い国から来た商人だと村では御話になられたのですね」

 

 それが一番無難だと思ったからね。

 

 「うん、言ったよ」

 「では、それは使いましょう」

 

 ギャリソンは少し考えた後、話を続ける。

 

 「アルフィン様、嘘だけで話を作ると後でつじつまが合わなくなります」

 「そうだね」

 「そこで、アルフィン様方が私どもに御話になられた過去にイングウェンザー城があった場所、ユグドラシルでの我々の立場を表現を変えて説明されてはいかがでしょうか?」

 

 立場?

 

 「えっと、どういう事かな?」

 「群雄割拠していたユグドラシル、すなわち我々がいた遠くの国ではいくつもの小さな都市国家が集まって一つの大きな国を形成していたと言えるのではないでしょうか」

 

 たしかにギルドを小さな国としてみればそう言えなくもないか。

 多くの藩が集まって日本と言う国を作っていた戦国時代みたいなものだね。

 

 「アルフィン様はイングウェンザー城の支配者です。ですからこの場合は都市国家の支配者、この国で言うところの大きな領地と多くの兵を持つ上級貴族と言う事になりますね」

 「ギルド長から上級貴族にクラスチェンジか」

 

 思わず笑ってしまう話だけど、確かにイングウェンザー城を一つの都市国家と考えればそう言えなくもないか。

 

 「この場合、他の至高の方々も領地はないにしてもそれ相応の兵を持つ以上、貴族と言うことになりますね」

 「私たちも貴族なのか」

 

 シャイナが苦笑を浮かべる。

 

 「しかし、これだけですと村で語った商人と言うのはどういうことかと言う話になります」

 

 確かに。

 

 「まだ領主には伝わっていないでしょうけど、都市国家の支配者だと名乗ってからその話が領主に伝わった場合、疑われてしまいます」

 「そうだね」

 「そこで、村では商人だと名乗ったとはじめにばらしてしまうのです」

 

 あら。

 

 「当然理由はあります。村に現れた見知らぬものがいきなり他国の都市国家の支配者だと自己紹介しても誰も信用しません。それに、そもそもそんな身分の方が御一人でそのような所に現れる事自体がおかしな話です」

 「確かに」

 「そこでアルフィン様が特殊な衣装で村に訪れたのが生きてきます」

 

 えっ?どういう事。

 

 「それは・・・」




 今回出張が重なったため、更新が遅れてしまいました。
 そして今週も水木と出張です。

 う~ん、ストックがなくなってしまう。
 とりあえず9話まで書いてあるけど、来週までに1話も書けないと予備がなくなってしまうんだよなぁ。

 連休中に書けると思ったのに、その連休に出張があったのが痛かった。
 おまけに原作4~6巻とオーバーロード初回限定版の小説も読んだから本当に時間が足らない。
 困ったもんだ。

 と言うわけで今週分はあまり加筆してません。
 本当はもうちょっと書き加えたかったんだけどなぁ。
 なんとなく文章が味気ないのはそう言う理由だからです。

 まぁ、こちらで投稿した分は誤字以外は修正しない事にしているのでご容赦を。


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7 会議3

 「それは・・・」 

 

 ギャリソンが言うにはこうだ。

 

 当たり前の話だけど、支配者と言う事はそれ相応の服を着ているはずだし、奇抜な服で出歩くなんて考えられない。

 ではあれはなんだったのか?

 

 実はアルフィンはあの時、新たな土地に築いた城の仮装パーティの最中、ちょっとした好奇心からふと周りの地を見て回りたくなった。

 

 魔法を使えるアルフィンは臣下の者に気づかれぬよう、着替えずに城から抜け出したのだが、珍しい風景を見るのに夢中になり、うっかり村人に見つかってしまった。

 

 そこで怪しまれないよう、自分から声をかけようと思い立ったのだけど、どう自己紹介をするか悩んでしまった。

 今着ている服からして、この国の者ではありえないのだから。

 

 かと言って本当の事、遠い国の都市国家の支配者だと名乗っても信じてもらえるはずもなく、ただの旅人で怪しい者ではないと説明しても、奇抜すぎる今の格好では信じてはもらえないだろう。

 武器や防具も持たず旅をするものなど居ないのだから。

 

 それではと、遠くの国から来たという一点だけ本当の話を混ぜ、自らの身分を商人と名乗ったのだというのがギャリソンが考えたストーリーだ。

 

 「でも、それだと、その後村まで行ったのは説明つかないことない?」

 「簡単な事です。このような国から遠く離れた所にまで城を築くほどの御方です。とても好奇心旺盛のはず」

 

 ああ、そうか。

 

 「折角商人と身分を偽ったのだから、その身分を利用して村を訪れ色々と情報を引き出そうとお考えになられたとしても不思議ではないと思われます」

 「なるほどなぁ。でも、そんな話信じるかな?」

 

 流石にこんな話をそこまで都合よく信じてもらえるとも思えないんだけど。

 

 「確かにアルフィン様が御懸念されるように、この話だけなら普通は信じないでしょう」

 「だったら・・・」

 「しかし、ここでアルフィン様が村で行ったある事が生きてきます」

 

 行った事?何かやったっけ?

 

 「アルフィン様は村で情報のお礼にと宝石を村長に御渡しになりましたね?」

 「ああ、渡したよ。でも小さな宝石だよ」

 

 たいした価値があるわけでもない、小さなものだ。

 そんな考えが透けて見えたのが、諭すようにギャリソンは続ける。

 

 「アルフィン様、ユグドラシルでの宝石の取引価格をお忘れですか?」

 「取引?・・・あっ!」

 

 そう言えば普通の宝石のNPC店舗での買い取り価格は金貨600枚、小さいものでも250枚くらいだったはず。

 さすがにそのままの価値ではないだろうけど、ユグドラシルでNPCから買うならその3倍はするはずだ。

 

 「思い出されましたか?この国の物価から考えて、情報に対して価値が高すぎます」

 「言われて見ればその通り。これは迂闊だったなぁ」

 

 確かにそうだ。

 自分の価値観で考えて大した物ではないからと言って他から見ても価値がないと考えるのは早計だった。

 

 この場合、銀貨もろくに流通していない村で安く見積もっても金貨250枚、この国の通貨なら交金貨500枚ほどするであろう物を渡してしまったわけか。

 

 前に単純に比較した食料品を買える価値で考えると、日本円で5千万円ほどか。

 あの村全体の1年分の食費より多いんじゃないか?

 確かに村長がこんなものは貰えないと言う訳だ。

 

 「そして普通、商人は価値と言うものを重視します。ですから、たとえどんな状況であろうとも価値以上の物、少なくともこれほど常識からかけ離れた物を相手に渡す事はありません」

 「ああ、そうか」

 

 自分にとって価値のないものだから相手にとってかなり価値のあるものでも気楽に与えてしまう。

 確かに商人ではありえないが、身分の高いものや金持ちならありえる話だ。

 

 「そして最後に豪華な馬車とメイドと執事、そして護衛の兵を連れて訪れればこの話はかなり真実味を帯びると思われます」

 「なるほど」

 

 よくもまぁ、あんな不用意な行動からこんな話を考え付くものだ。

 

 「後一つ進言させていただいてもよろしいでしょうか?」

 「えっ、まだあるの?」

 

 もしかしてまだ何か間違った事やってた?

 

 「折角商人であると名乗ったのですから、その仮の御姿はそのまま御使いになられるのがよろしいかと」

 「えっ?えっ?どういう事」

 

 領主に都市国家の支配者だと名乗るんじゃないの?

 

 「自分の国では都市国家の主ですが、この国でそう名乗ってはいらぬ災いを招き入れます」

 「そうかな?」

 「他国の上級貴族が、何の用もなく国を歩き回る状況と言うのは明らかに異常です。普通は何か思惑があると考えるものです」

 

 確かにそうだね。

 

 「しかし、相手にとっては信じられない事かもしれませんが、こちらは本当に何の思惑もなく、この地に居を構えました。何せ城を築いたのは一番近い村から30キロ以上離れた場所なのですから」

 「もともとはこの国を訪れる気さえなかったと説明するの?」

 

 あくまでこの地まで足を伸ばしたのは私個人が興味を持ったからと言う理由で押し通そうと言うわけか。

 

 「その通りです。しかし、折角訪れたのだからこの国を見て周りたい。そこで、この国では遠くの国から来た商人で通すので、その旨、了解してほしいと持ちかけるのです」

 

 なるほど。

 

 「少々迷惑に思われるかもしれませんが、この時領主には何か小さなメリットを提示すれば聞き入れてもらえるでしょう」

 「メリットって?賄賂みたいなもの?」

 「いえ、直接的なものはやめておいたほうがいいでしょう」

 

 そう言われても貴族にとってのメリットって何だ?領地とかは渡せないし。

 

 「この国の文化レベルが解らなければなんとも言えませんので、そこはまず隠密行動が得意なものに領主の館を偵察させ、それを元に御判断なされるのが得策かと」

 「そうか、なら領主の所へは明日行くつもりだったけど、後日にしたほうがいいね」

 

 相手にばれないよう調べるのなら、やはりあるの程度時間は掛かる。

 

 「村から話が伝わる時間もあったほうがよろしいでしょうから、1週間後でいかがでしょうか?」

 「そうだね」

 

 物事には急いだほうがいいこともあるけど、この場合はちょっと時間を置いたほうがよさそうだ。

 と、ここまで黙って聞いていたメルヴァが口を開く。

 

 「アルフィン様、今まではギルド名の「誓いの金槌」か、イングウェンザー城と城をつけて呼称していましたが、都市国家となるとそのどちらでも少々おかしいのではないでしょうか?」

 

 確かに。

 

 「そうだね、これからはこの組織の事は都市国家イングウェンザーと名乗る事にする」

 

 安易ではあるけど、この城の名前にも愛着があるからね。

 

 「そうだ、馬車も作らせないと。なるべく豪華な方がいいなぁ。あ、紋章は「誓いの金槌」の紋章でいいよね」

 「それは私にお任せを!アルフィン様にふさわしい、威厳に満ちた豪華な馬車を用意させます」

 

 メルヴァが張り切るととんでもない事になりそうな気もするけど、まぁ、いいか。

 

 「うん、頼むよ」

 

 と、そこでずっと黙って聞いていたあやめが口を開いた。

 

 「馬車を作ると言う事だけど、その場合アイアンホースが引く事になるよね?」

 「ん?そうだけど、あやめ、何かあるの」

 

 馬車に何かあるのかな?

 

 「アルフィン、アイアンホースが引くって事は最高時速100キロ近く出るよね」

 「そうだろうね」

 

 アイアンホースは正式名称アイアンホース・ゴーレム。

 ゴーレムだけあって普通の馬よりもはるかに早く走ることが出来る。

 

 普通の馬が引く馬車は並足で時速6キロ、早く走らせて25キロほどが限度で、それも1時間もその速さで走らせたら馬がへばってしまう。

 でも、アイアンホースはゴーレムだけに疲れ知らずで最高時速を維持し続ける事ができるはずだ。

 

 「でも、そうなると普通に馬車を作ったらあっという間に壊れてしまうよ」

 「あ、そうか」

 

 馬車はそんなに早く走ることを想定して作られていないので、普通に作ったらあっという間に車軸か車体の軸を支える部分が磨り減ってしまうか、最悪摩擦熱で火を噴いてしまうだろう。

 

 「そこで思ったんだけど、ベアリングを作ってみようかと思うんだ」

 「出来るの?そんな事」

 

 たぶんユグドラシルにはないものだよなぁ。

 

 「そこなんだけど、ギャリソン、グリースって潤滑油、知ってる?」

 「はい。大陸間鉄道などに使われているものですね」

 「やっぱりユグドラシルにはあったんだ」

 

 そうか、ユグドラシルは舞台こそ剣と魔法の世界だけど、移動のために本来その世界にある訳がないものも存在する。

 そのうちの一つが大陸をつなぐ鉄道だ。

 

 通常ユグドラシル内で町や大陸を移動する際は町ごとに設置されたゲートを使うのだけど、初めての土地を訪れる時はそのゲートは使えない。

 訪れた事の無い場所へも飛べてしまうと、ストーリー展開上、色々と不都合が生じるからね。

 

 特に大型アップデートで追加された大陸などは、そもそもそこへ通じるゲートが今まで無かったのだから、その土地へ移動するための鉄道や大型客船などがその度にできるという設定になっていたんだ。

 そして鉄道や大型客船があるならグリースが存在するのも当たり前だ。

 

 「なら大丈夫。一番あるかどうか不安だったグリースがあるなら、小さな鉄球やリング、保持器は普通の武器や家具を作る工程で同じようなものを作れるからユグドラシル時代にないものでも作れるはずだよ」

 「ならかんたんなサスペンションも作れるんじゃないかなぁ? ばねは銃に使われているから作りかた知ってるし」

 

 横からあいしゃも口を挟んでくる。

 車などに使われているような高度なものは無理かもしれないけどボルトとナット、バネ、金属の丸棒と真ん中に丸い穴の開いた金属製の円盤さえあれば簡単なものは確かに作れる。

 そしてそのほとんどは銃などの武器を作る際に必要で、要はそれが大きいか小さいかだけの違いだ。

 

 「作ってみる価値はあるか」

 「そうでしょ」

 

 ならタイヤはどうなんだろう?

 タイヤも作れるのなら、エンジンの代わりになるゴーレムが居れば車も作れるんじゃないか?

 

 「ねぇギャリソン、タイヤって知ってる?」

 「タイヤ? ですか、すみません、私の知る限りではそのような名前のものは存じ上げません」

 「そうか」

 

 確かに鉄道は鉄の車輪だしなぁ。何より、ゴムを使った工芸品も見たことが無い気がする。そして私たちの会話を聞いていて小さな期待を持っていたのか、あやめも残念そうな顔をする。

 

 「ゴムは無いのか。となると、サスペンションをつけただけでは衝撃を吸収できないだろうし、中の椅子はかなりクッションを効かせないといけないなぁ」

 「そうだね~。いすのクッションにもばねを入れて、ソファみたいにしたほうがいいかも」

 

 なんかすごいものが出来そうだ。

 

 「あっ二人とも、作るのなら外からはサスペンションもベアリングも見えないようにしておいてよ」 

 「アルフィン様、どうして内緒にしないといけないのですか?」

 

 話についていけないのか、ずっと黙っていたセルニアがふしぎそうに聞いて来た。

 

 「オーバーテクノロジー過ぎるからだよ」

 「オーバー・・・テクロノ・・・なんですか?」

 「なんと言うかなぁ、技術レベルが違いすぎるものはあまり見せない方がいいんだよ。それによっていらないトラブルに撒きこまれる事も多いからね」

 「そう言う物なんですかぁ」

 

 あの顔は今一歩解ってなさそうだなぁ。

 

 「そう言う物なんだよ」

 

 説明はそこで打ち切って、笑ってそう返しておく。

 もしかすると、このようなものを作っている所もあるかもしれないけど、それはそれでその技術は独占されているはずだ。

 ならばその場合でもトラブルになるはずだ。

 

 新技術は金になる。

 お金ほど災いを呼びやすいものはないからね。

 自分たちはそれを使いたいけど、それによって自分たちが迷惑をこうむるのだけはごめんこうむりたい。

 

 「それじゃあ、あいしゃとあやめは試作品を作ってみて」

 「はぁ~い」

 「解った、早速かかって見るよ」

 

 あいしゃとあやめ、うちの鍛冶担当の二人が作るのなら、きっといい報告が聞けるはずだ。

 

 「お願いね。メルヴァは完成したらそれを組み込んだ馬車を作ってくれればいいから」

 「解りました。あいしゃ様方の製作が成功し次第、馬車の製造に掛かります」

 

 この時代からすると、空を飛んでいるかのようなスピードで疾走する馬車が誕生するかもしれないのか。

 楽しみだなぁ。




 前にストックが結構あると書いてましたが、このごろ休みに予定が入ることが多く、ストックがほぼなくなってしまいました。

 ストーリー自体は頭の中でできているのですが、文章を書く時間が無いんですよね。
 私の場合、一本書くのに2時間くらい掛かる上に、読み直しては修正を繰り返すのでなかなか作業が進みません。

 書きたい話はかなりあるのにかなりもどかしい状態が続いています。
 どうにかならないものかなぁ。

 さてこのSSですが、前もってうちのHPにアップされていたのですが、先日発売になったアニメのブルーレイ初回限定版に入っていたおまけの小説で設定を決定的に否定する文が書かれていました。

 各都市ってゲートで繋がっているんですね。

 これではこの話に出てくる大陸間鉄道などたぶんないでしょう。
 しかし、ここを変えると決定的に話が変わってしまいます。

 そこで今回のような内容に少し独自設定を作らせてもらいました。

 実際は大型アップデートで新エリアが開放された時もそこへ行くゲート開放のクエとかあって、それをクリアしたら行ける様になるんだろうなぁ。


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8 幕間

 新技術開発開始から3日、サスペンションの方は何とか目処が立ったものの、今ある物の寄せ集め技術のため、簡単に出来るのではと思われていたベアリングの方が製作に苦労していた。

 

 「小さい鉄球は作れるけど、その大きさを均等にするのがこれほど難しいなんて思わなかった」

 「鉄をとかして型に入れてかためるのは?」

 「それだと鋳物になるから強度が足りないんだよね。出来たら剣みたいに鋼で作りたいし」

 

 あやめとあいしゃは毎日頭をひねってるようで。

 

 「もうクリエイトマジックで作っちゃう? それならかんたんだよ」

 「でもそれだと、ベアリングを大量生産しようとしても出来なくなってしまうよ、折角の新技術なのに」

 「そうかぁ」

 

 などと、食事中にまで二人でああでもない、こうでもないとやっている。

 

 「まぁ、ゆっくりやればいいよ、まだ領主の館に行くのに4日あるし」

 「サスペンションは出来てるのだから、馬車の本体部分だけ先に作っておいて、ベアリングは最後に組み込めばいいんでしょ?」

 

 私とシャイナで口を挟むと。

 

 「まぁ、車軸と車輪も出来ているし、完成さえすれば1日で組み込めると思うけど」

 「なら、あせらずゆっくりやりなよ、あ、図書館に行けば何か役に立つ本があるんじゃない?」

 「あっそっか、確かにあそこなら工業技術の進化の歴史本くらいありそうだね」

 

 あやめが図書館と聞いて忘れていたと言う顔をする。そして。

 

 「うん、そうだね」

 

 あいしゃも一緒になってうなずく。

 

 「じゃあ、食事がすんだら二人で行って来なよ」

 「うん、ありがとう」

 「あとで行ってくるねぇ~」

 

 これで少しは進展するかな。

 

 さて、図書館の話が出たのでちょっと説明を。

 

 ユグドラシルと言うゲームはかなり自由度が高く、色々な事ができたんだけどその中に電子書籍や音楽、映像の登録と言うものがある。

 

 今の時代、書籍や映像作品はダウンロードで手に入れるのが主流なんだけど、ユグドラシルでは大手出版社や映像配信会社と提携して、そのサイトで購入したものや著作権が切れたり作者の好意で閲覧フリーになっているものがライブラリーとしてサーバーに登録されていて、ユグドラシルの中でも楽しむ事ができるようになっていた。

 

 そのほかにも音声合成ソフトで台詞や歌を作り、NPCのプログラムに組み込んで歌わせたり、挨拶と連動させてしゃべらせたりする等の遊びもできるようになっていたんだ。

 

 また、買った映像作品等は著作権の関係上、流石に何十人も同時には出来ないけど、少人数でなら集まってアニメを見るなんて事も出来たくらいだから、ログインできる時は常にしていたいと言う層にはかなり評判のいいシステムだ。

 

 そしてそのようなデーターを本の形にして分類し、並べて管理や貸し出しをしたり、シアターで上映をできるようになっている場所が図書館と呼ばれている場所だ。

 

 そんな図書館に収蔵されているうちの蔵書だけど、たぶんユグドラシルでも、これだけの数を登録しているのはあまり居ないんじゃないかなぁ。

 

 図書館と言うだけあってゲーム内で手に入れることが出来るスキル・ジョブ変更の書や特殊な魔法を覚える本、外装データーなどもあって、それだけでかなりの広さを占有しているのだけれど、オタクであった私はそのアイテムブックの書庫に匹敵するほどの・・・とは流石に言えないけど、かなりの数の漫画や小説、デザイン関係や仕事関係の専門書、果ては小説や同人誌の資料にするための普段の生活とはまったく関係ない専門書まで幅広く手に入れて片っ端から図書館に登録してある。

 

 その為自分でほしい本や映像を捜すことができないから、司書長をはじめとする管理専門のNPCやモンスターを複数置いているくらいだ。

 まぁ、広さ自体ドーム球場2個分くらいあるから探す以前に管理魔法で取り寄せてもらわないと、ある場所がわかっていたとしても見るのにかなりの時間が掛かってしまうだろうしね。

 

 当然映像作品もかなりの数をそろえているのだけれど・・・たぶん半分くらいは買っただけで一度も見てないような・・・。

 特典目当てで買ったものも多いからなぁ・・・。

 

 まっまぁ、そんな感じであそこに行けば偏った知識ではあるけど、かなりの事がわかるはずだ。

 

 「ところでマスター」

 「ん?」

 

 シャイナが話しかけてくる。

 あっ前回の話し合いの後でシャイナたちから話があったんだけど、どうも私が入っているキャラの名前で私を呼ぶのは彼女たちもちょっと抵抗があったらしい。

 

 他のNPCたち同様、彼女たちからしても私は創造主であり、自分たちよりも上の存在だからもっと敬意と忠義を持って接したいと。

 ではなぜ今までそうしなかったかと言うと、私が望んでいない事が繋がっている自キャラたちには解っていたからなのだそうな。

 

 でも、やはり今の状態は耐えられないので、他のNPCが居ないところでは「ご主人様」と呼ばせてほしいと言って来たんだけど・・・流石にそれはいやだ。

 まさしくメイド喫茶じゃないか。

 

 アニメなどで傍から見るのは好きだけど、自分が当事者になるととんでもなく照れるから苦手なんだよ、あれ。

 

 それにシャイナから言われるのならまだいいけど、あいしゃやまるんからご主人様なんて言われたら、子供に言わせているみたいでより一層気まずい。

 

 と言うわけで色々話し合った結果、他のNPCが居ないところでだけマスターと呼ぶことに決めたと言うわけ。

 ただ、変わりに口調だけは敬語ではなく、今までと同じ様に気さくな感じで話すようにと無理やり認めさせたけどね。

 

 まぁ、私たちだけの時と言いながらも、3日目ですでに食堂就き一般メイドのような一部のメイドの前でも言い出しているから、いずれ誰の前でもマスターって呼びそうではあるけど。

 

 う~ん、なるべくイングウェンザー城ではアルフィンに入っていたほうがよさそうだなぁ。

 コロコロキャラ変えていると、他のNPCたちが混乱しそうだし。

 

 さて、話を元に戻そう。

 

 「なに?シャイナ」

 「領主の所に行くのにはまだ日にちがあるよね。そこで思ったんだけど、手の空いている私とまるんで近くのもう一つの村を見てこようと思うんだ」

 「確かボウドアの村だっけ?いいね、私も一緒に行こうかな」

 

 確かに4日間、何もしないのはもったいないよね。

 

 「マスターはだめです」

 「えぇ~、なんで?」

 

 ついて行こうとしたらアルフィスに止められてしまった。

 

 「ギャリソンから言われたでしょ。領主のところへは上級貴族として尋ねるって」

 「上級貴族がそんなに色々なところにほいほい出かけるわけないんだから我慢してください」

 

 シャイナとまるんからも同じ様に止められてしまった。

 

 「でも、気探知とかいるかもだし・・・」

 「気探知ほどはっきりとはわからないけど、私でもある程度の強さはわかるから大丈夫」

 

 シャイナにそう言われてしまった。

 確かにシャイナみたいに前衛職特化のキャラクターはレベルがいくつかまでは解らないものの、相手がどの程度なのか、ある程度の強さを見抜く力がある。

 

 「あ、なら、シャイナかまるんに入って・・・」

 「だめです。マスターには新技術開発の指揮を取ってもらうとか、この城のこれからの事を色々と決めてもらうなどの仕事があるんですから」

 「ううっ・・・」

 

 正論である。

 まったく、ぐうの音も出ません。

 

 「解りましたね」

 「はい・・・」

 

 今回は我慢するしかないみたいだね・・・。

 

 「あ、それと店長を連れて行くけどいいよね?」

 「いいけど、どうして?」

 

 この城最強のこの二人なら護衛はいらないだろうし、まるんは未知の魔法を見つけた時のために解読などのスキルを取らせているから地図や、書物を見るとしても困らないだろうに。

 何よりセルニアは接客と魔法戦闘はできるけど、それ以外はからっきし

 戦闘面で必要のない今回のような場面では、はっきり言ってしまえば役立たず、ただの足手まといだ。

 

 「実はメルヴァに前もってこの話をしたら」

 

 そう言うとまるんは指で両目を吊り上げて。

 

 「”護衛もつけずに至高の方々が外に出るなど承諾できません!”なんて言われちゃった」

 

 と、笑いながらメルヴァの物まね?つきで説明してくれた。

 確かにメルヴァなら言いそうだ。

 

 本当は自分が行きたいけど、私とギャリソンは色々と忙しいから頼りないけどセルニアを同行させてほしいと言われたそうな。

 

 「ははは・・・、まぁいいんじゃない。店長も暇だろうし」

 「ありがとう、では3人で行って来るね」

 

 心配な点があるとしたらヒーラーがいないことだけどポーションもあるし、エントの村の様子から考えるとへんな事さえしなければ大きな怪我をする事はないだろうからいいだろう。

 

 「でも、もしかしたら他のプレイヤーがいるかもだから、行動だけは慎重にな」

 「解ってますよ」

 

 シャイナが男前な雰囲気を出してウィンクして笑う。

 性格的に言って、まるんと店長はちょっと・・・いや、かなり心配だけど・・・うん、まぁシャイナがいるから大丈夫だろう。

 

 「はい、任せてください」

 「マスター、私は心配ってどういう意味ですか・・・」

 「あっ、ごめん」

 

 しまった、強く思ったせいか、まるんたちにまで伝わってしまった。

 これ、近くにいたら知識だけじゃなく、思考の共有と言うか、強い感情も伝わってしまうのかな?

 気をつけよう。

 

 「それでは、準備が整い次第、行って来るね」

 「いってらっしゃい」

 

 新たな村かぁ、どんなところだろう?私も行きたかったなぁ。

 




 図書館の設定、この話を書いてすぐにブルーレイ初回限定版の小説で少しだけですが肯定の内容が出たのはちょっとびっくりしました。
 (ブループラネットさんに映像を見せてもらったと言う部分です)

 今まで出た新事実は私のそこまでに書いた内容を否定する事ばかりだったので。
 私の場合、キャラがオールオリジナルなんで嘘設定が多いんですよね。

 次に出る新事実も同じ様に私の設定を肯定するものだったらいいのになぁ。

 さて、今回の話はいつもより少し短いです。
 これは単純な理由で、延ばしようがなかったからです。

 今回の話はどちらかと言うと幕間といった感じなんですよね。
 次からはちょっと話が動くので、今回ちょっと短いのはご容赦ください。

 あ、今回も2話私のHPで先行していますが、もしかしたら後日内容変わるかも。
 まぁ変更するほど内容をいじる時間がないから変わらないとは思いますが、変わったらごめんなさい。
 色々な妄想が頭の中にあるので。

追記

 すみません、確認のため読み直して気付いたのですが、あとがきに書いたうちのHPにアップしている最新話の内容が変わるかもと言う話、間違いです。

 ここにアップする直前まで次の話を書いていたのでそちらと勘違いしました。

 と言うわけで、今の話はここでアップする時もあまり変わらないと思います。
 多様の加筆修正はしますが。


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第2章 ボウドアの村編
9 襲撃


 冒険者

 

 名こそ冒険をする者だけど、実際の彼らは町や村、街道周辺に出没するモンスターを退治したり、依頼を受けて近くに住み着いた野党を退治する職業の者たちである。

 

 華やかな職業ではないものの、腕一本で高い地位までのし上がる事が出来、力量次第では名声や大金を手にすることも出来る者たちでもある。

 

 また、あまり才能は無いが運と出会いによって生き残り、生活に困らない程度の日銭を稼ぐ事の出来る域に達した者たちも多い。

 そんな冒険者になっても大金も名声も得られない者たちでも時に野盗を倒し、モンスターを退治しては近隣の村や街道を行く旅人から感謝される、ある種やりがいのある職業でもあった。

 

 しかし、ここバハルス帝国では数年前に鮮血帝と呼ばれる新皇帝が即位した事により彼らの生活は一変した。

 

 新皇帝の改革により街道は整備され、国直属の騎士や衛兵によってモンスターや野盗は一掃された。

 そして以降も定期的に巡回がなされ、街道の安全がある程度保たれるようになってしまったのだ。

 

 それでも騎士や衛兵より強い白金以上の冒険者や上位の金の冒険者は危険な場所の護衛や強大なモンスターの退治などで仕事はまだあった。

 しかし、銀以下となるとそれこそ死活問題ともいえる仕事不足に陥ったのだ。

 

 これが銅や鉄ならまだあきらめて力が必要な仕事に転職も出来たであろうけど、ある程度の収入があった銀以上となるとそうは行かない。

 

 当然すべての冒険者が仕事を失ったわけではなく、銀以下の冒険者の中でもマジックキャスターなら魔法でしか倒せないモンスターが出た際やアンデットを相手にすることが多い墓場の警備、クリエイトマジックによる塩などの生産によって収入を得る事ができたが、それ以外のものでは他の職業についても今までの生活を維持できるほどの収入を得る事はできなかった。

 

 では、銀以下の冒険者たちはどうしたか?

 一部のものは王国の冒険者ギルドに移っていったが、そもそも人数が多い銀以下の冒険者は当然王国でも多くの者が所属しているので、移って行っても無名な彼らには割のいい仕事は回ってこない。

 

 下手をすると数は少ないが、たまに出てくる帝国の冒険者ギルドの仕事をこなす方が収入がいいなんて事にもなりかねないのだ。

 

 それに、長年住み慣れた土地と違い、どこがより危険か等の情報も少ないため、本来はこなせていたはずの難易度の依頼でも失敗してしまい、評価を落とすものも少なくなかった。

 

 行くも地獄、戻るも地獄の彼らはどうしたか。

 どうしようもなくなった彼らは今まで自分たちが狩る側だった立場、野盗になるしかなかったのである。

 

 ここにエルシモ・アルシ・ポルティモと言う男がいる。

 

 彼自身はそれほど優秀な冒険者ではなかったが、陽気で社交的な彼はチームメンバーに恵まれて金の冒険者まで地位を上げる事ができた。

 

 あくまでチームメンバーに引っ張られたおかげで金の冒険者になれただけで、その地位に見合うだけの実力は無いものの、、金の冒険者には変わりは無い。

 本人の能力にかかわらず一度なってしまえば請けられる仕事の幅は増えるのだ。

 

 そして、その中には貴族や商人の護衛等、あまり危険はないのにお金になる割のいい仕事があり、彼はこれからはそのような仕事だけをして楽に生きて行こうと思っていた。

 

 その為、向上心を持って白金を目指すほかのメンバーから離れ、銀の冒険者を募って護衛専門の自分のチームを結成した。

 しかし、楽な人生を送るには、彼の運はあまりにも悪かった。

 さぁこれからと言うところで鮮血帝の改革に当たってしまったのである。

 

 街道が安全になってしまっては護衛の仕事等ほとんど無くなり、たまに出てきても危険な場所へ行くものばかりで、金の冒険者だけで構成されたチーム以上でしか受ける事ができないような仕事しかなくなってしまったのだ。

 

 それでも本人に金の冒険者たる力があればよかったのだが、所詮チームメンバーに恵まれただけの男では強いモンスターを倒す事もできず、仕事が減った今の冒険者ギルドでは値段は高いのに使えないというレッテルが貼られるのにそれほどの時間は要しなかった。

 

 その為野盗にまで身をやつした彼だったが、基本善人の彼は野盗だとしても人はあまり殺したくない。

 しかし、旅の商人等を襲った場合、護衛との戦闘となってしまう。

 

 いくら他のメンバーのおかげでなれたと言っても、仮にも金の冒険者である。

 それ相応の強さは持っている彼なら、巡回をしている衛兵や護衛に付く程度の騎士に負けるわけもないのだが、それでも殺さずに無力化するほど力の差があるわけでもない。

 

 そこで彼が選んだのは首都から遠く離れた小さな村を襲うという手段だった。

 戦闘経験のない村人相手なら彼やその仲間でも相手を殺さずに無力化できるし、逃げるものは追わなければいい。

 

 抵抗する相手だけを無力化するのなら誰も殺さなくてもいいのである。

 そして食料や金品もすべてを奪いつくさなければ、そこに住む村人も飢えて死ぬ事はないだろう。

 

 泥棒の理論ではあるが、彼が考え付いた生きるための方法でもあった。

 こうして彼は同じく職にあぶれた鉄以下の冒険者も引き入れ、人を殺さない、世にも珍しい野盗集団を作り上げた。

 

 

 ■

 

 

 ボウドアの村

 

 ここはバハルス帝国の東のはずれに位置する人口100人程度の小さな村。

 産業は農業しかないが、鮮血帝の決めた税率のおかげで、食べていくのも大変と言うほの税を取られないため、真っ当に生活していれば暮らしていくには困る事もなく、周りに強いモンスターも出没しないため、どこかのんびりとした時間が流れる平和な村だ。

 

 ユーリアはこの村に住むごく普通の12歳の女の子。

 彼女の毎日は2歳下の妹であるエルマと一緒にお母さんのお手伝いで畑の草むしりをしたり、庭の掃き掃除をしたり、近くの川に洗濯に行ったりして過ぎていく。

 

 まだまだ子供のユーリアにとっては少々大変ではあったけど、優しい両親の元、毎日元気に暮らしていた。

 

 そんなユーリアにとって、今日もいつもと変わらない一日になるはずだった

 でも、そんな平和な日常はあるとき、簡単に崩れ去る。

 

 「エルマ、行こっ!」

 「うん!お姉ちゃん!」

 

 仲良し姉妹は、今日もいつものように大好きなお母さんのお手伝いで川へ洗濯に向かう。

 この村では川の近くに洗濯物を干す場所を作ってあるため、洗ったものをその場で干し、乾いて軽くなったものを取り込んで村に帰ることを出来るようにしているため、洗濯は主に子供の仕事になっていた。

 

 「おはよう!」

 「うん、おはよう!」

 

 同じく洗濯に来ている近所の子と元気に挨拶をして洗濯開始。

 エルマも小さな手を一生懸命動かして、タオルを一緒に洗ってくれている。

 そんな光景を笑顔で見ながら1時間弱、すべての洗濯物を洗い終えた。

 

 「後は干すだけね」

 

 洗濯物から目を上げ、物干しのほうを見たユーリアの目の端にいつもとは何か違うものが映った。

 煙だ。

 村のほうから煙が上がっている。

 

 今日は野焼きをする予定は無かったはずだし、いらないものを燃やすにはあの煙の量はちょっと多すぎる。

 

 「あれなに?」

 「なんだろう?」

 

 周りの子達も煙に気が付いたようで、不安そうな雰囲気が水場に一気に広がっていった。

 

 「お姉ちゃん・・・」

 

 クイっと引っ張られる裾。

 目を向けるとエルマが周りの雰囲気を察して心配そうにユーリアを見上げていた。

 

 「大丈夫だよ、エルマ」

 

 妹を安心させるためにそう言ったものの、ユーリアの心の中も不安でいっぱいだ。

 

 とにかく何があったか確かめなくちゃ。

 ここで不安がっていても仕方が無い。

 

 「エルマ、一度家に帰ろう」

 「うん・・・」

 

 一度村に帰ってみようと決意したユーリアは、エルマの手を引いて村に向かって駆け出した。

 

 村に近づくにつれまわりに漂ってくる何かがこげたような臭い。

 そしてかすかに聞こえる喧騒。

 

 「(お母さん!お父さん!)」

 

 大好きな両親の事が心配で、不安でいっぱいになる心を奮い立たせ、ただひたすら走る。

 小さなエルマを気遣いながらも、あせる心が足を止めることを許さなかった。

 

 村に入ると、一部の家が燃え、何かに襲われているような喧騒であふれていた。

 どう考えても異常事態だ。

 

 そんな中を気丈にも走り続けるユーリアとエルマ。

 あの角を曲がればお母さんが待っている家だ!

 

 「やめて!それを持って行かれては、子供たちの明日からの食べるものが!」

 

 そう思ったユーリアの耳に飛び込んできた母の悲痛な叫び声。

 

 「うるせぇ!」

 

 ガンッ!

 角を曲がったユーリアとエルマの目に飛び込んできたのは野盗らしき男に蹴り飛ばされ、壁に激突する母親の姿だった。

 

 あわてて駆け寄ると、いつも笑顔を絶やさなかったお母さんが苦しそうな顔をしていた。

 頭からは血を流して。

 

 「お母さん、お母さん!」

 「ユーリア・・・逃げなさい・・・」

 「いやだよ、お母さん、お母さん」

 

 頭が真っ白になって何も考えられない。

 目からは後から後から涙があふれてくる。

 

 「あ~~~~~ん!おがぁざ~~ん!」

 

 横ではあまりの事に耐えられなかったのだろう、エルマが声を上げて泣き出していた。

 

 「ふぇっ、おか・・・おかぁ・・さん・・・・ふぇぇぇぇ~~~ん」

 

 お姉ちゃんだからとがんばっていたユーリアも、12歳の女の子だ。

 いつまでもこんな状況に耐え続けられるわけも無い。

 そんなエルマに釣られて涙腺が決壊し、とうとう泣き出してしまった。

 

 「おっ、お前が素直に渡さないから悪いんだぞ!」

 

 なにやら野盗らしき男が意味不明なことを言い出していたが、もうユーリアの耳には何も入っていなかった。

 

 「お母さんが死んじゃうぅぅ」

 「死んじゃやだよぉ~~~、おかぁさぁ~ん」

 

 その時。

 バァァァァン!

 遠くで何かが爆発したような音が。

 そして。

 

 「子供を泣かすなぁぁぁぁぁ!」

 

 ドガッ!

 一陣の風とともに現れ、野党を殴り飛ばす白い影。

 

 ユーリアとエルマが涙でかすんだ瞳を向けると・・・。

 

 「子供を泣かすやつは私が絶対に許さない!」

 

 そこには純白の鎧をまとった、褐色の肌のきれいなお姉さんがこぶしを握って立っていた。

 




 ヒーロー登場です。
 マシン空間も越えていませんし、バイクも担いでいませんが、子供のピンチには必ずヒーローが現れるものですよねw

 さて、何と言うか、私にしては珍しく小説っぽいSSです。
 状況説明が少なかったり、出てくるキャラがあまりしゃべっていないのが残念ではあるのですが、私の実力ではこんなものでしょう。

 とりあえず次の話に続くような引きになっていますが、私のHPで続きを読まれている方はわかっていると思いますが、次の話ではここまで行きません。

 これもまぁ、私の文才とまとめる能力の無さのせいなのでお許しを。

 あっ一応、今日うちのHPにアップした分ではこの話のラストまでは進んでいるので、気になる方はそちらをどうぞ。

 ではまた次回も私の駄文にお付き合いくださると幸いです。



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10 出立

 時間は少しさかのぼる。

 

 「あれ?今日はいつもの鎧じゃないんだね」

 「あ、うん。いつものだと強力すぎて物々しいし、村人に見つかったとき何事かと思われてしまうからね」

 

 まるんに言われて、シャイナは自分の姿を鏡で見直す。

 

 純白に赤と金のラインの入ったブレストプレートアーマーと腰だれ、魔法の装備ではあるものの、戦士としてはかなり軽装と言える装備で、頭にはマジックアイテムのサークレットをつけている。

 

 腰に下がっているのは刀と呼ばれる武器。

 炎や雷が出るような派手さは無いけどそれなりのマジックアイテムで、シャイナの腕と合わされば鉄製のフルプレートアーマーくらいならバターを斬るかのように両断するほどの技物だ。

 

 「まるんはその格好で行くの?」

 「うん、可愛いでしょ」

 

 軽装とはいえ、しっかり武装しているシャイナに対してまるんは一見上等な子供服のようなドレスっぽい服装をしている。

 手には小さなステッキのようなものを持っていて、グラスランナーの特徴でもある10歳くらいの女の子と言う外見も相まって、いい所のお嬢様と言った雰囲気だ。

 

 でもそれは外見だけで、着ている服はアルフィンのピンクの魔法少女服と同じでマジックキャスター用布装備を外装だけいじってそう見せているだけだし、手に持っているステッキも魔力強化や発動速度を速める効果のある装備である。

 

 「そうだね。偵察だという事を考えるとまるんの外見とあいまって子供にしか見えないし、とっても可愛いくていいよ。うん、可愛い、可愛い」

 

 もう、ぬいぐるみたちと一緒に部屋に飾りたいくらいの可愛さだ。

 思わずほほが緩んでしまう。

 

 「子供にしか見えないって言うのは余計!可愛いだけでいいの!」

 

 ぷぅとほほを膨らませるまるん。

 こう言う所、可愛いんだよなぁ。

 ギュッと抱きしめたくなる。

 

 いつもしている事だけど、今抱き上げたら間違いなくへそを曲げるからできないけどね。

 

 「でも子供に見えるように偽装するのはいいことだと思うよ、今回の任務を考えると」

 「それはそうだけど・・・」

 

 ちょっと納得いかないみたいだけど、私とまるんが並ぶとどう見ても貴族か金持ちのお嬢様とその護衛の戦士にしか見えないだろう。

 この二人が実は同程度の強さを持っていると見抜くことができる人がいたら、その相手はかなりの実力を持つ相手と言うことだ。

 

 相手の挙動を見るだけで相手の力量が解るという意味でも、この外見は偵察にはベストに近いものだろうと思う。

 

 「シャイナ様、まるん様、私の格好はこれでよろしいでしょうか?」

 「ん?」

 

 声のほうを二人が振り向くと、そこにはいつもとはまるで違う格好のセルニアが立っていた。

 まるんはセルニアの姿を眺めた後、ニパッという表現がよく似合う笑顔を浮かべる。

 

 「うん、可愛くていいと思うよ」

 「えへへへっ」

 

 まるんにほめられて照れ笑いを浮かべるセルニア。

 その格好はと言うと、いつもの派手なメイド服ではなく、黒と白を基調としたザ・メイド服って感じのシックなもので、装備としては地下階層の一般メイドたちが着ている者と同じものだ。

 

 それだけに一応魔法の装備だけど防御力では少々不安はある。

 魔法の掛かっていないミスリルのフルプレート程度の防御力しかないのではないだろうか?

 

 でも派手な服装しか持っていないセルニアは、今回のようなあまり目立たないように行動する時用の服は持っておらず、今から作る時間も無いという事で急遽この服装で出かけることになってしまった。

 

 「そうだね、それならギャリソンも納得するんじゃない?」

 

 私たちがこのような格好をしているのは実はギャリソンが言い出したことで、今回はあくまで村を見に行く事が目的なので、誰かに見られた時に不審に思われず、この一行が一緒に歩いていても不自然ではないような格好で出かけてほしいと言われたから。

 確かにこの3人ならお嬢様、メイド、護衛にしか見えないね。

 

 と言うわけで、当然セルニアの胸には”てんちょう”の名札はぶら下がっていない。

 これって、ある意味レアなんじゃないかなぁ?

 

 「さて、格好はこれでいいとして、どうやって行くの?」

 「全員空は飛べるけど、私はともかく、まるんと店長が空を飛んでいるのは流石にシュールすぎるよなぁ」

 

 貴族か金持ちのお子様とそのメイドが仲良く高速で飛び回る。

 ギャグマンガならありだけど、子供とメイドがフライの魔法を使えるというのはだれが見ても怪しい光景だ。

 

 「シャイナだって妖精の羽広げて飛んでいるのは流石にまずいでしょ」

 「シャイナ様の飛行って、キラキラして綺麗ですけどね」

 

 まるんとセルニアはマジックキャスターだから<フライ/飛行>で飛ぶけど、実は私、種族がフェアリーオーガだから飛ぶときは魔法ではなく、背中から羽が生えて、その羽を使って飛ぶ事が出来る。

 

 セルニアが言っているのは、飛んだ後にきらきらとした光の帯が流れるエフェクトの事で、ついでに澄んだメロディーのようなものがなる隠密行動にはまったく向かないおまけつきでもある。

 気に入ってはいるんだけどね。

 

 因みに、隠密行動用にフライの魔法が使えるペンダントも常備している。

 これが無いと、他の人に迷惑をかけることがあったからね。

 

 「まぁそうだけどね。でもうちって馬車は無いんだよね?」

 

 ユグドラシルでは馬には乗っていたが、プレイヤーの乗り物としては馬車は無かったため、今作りかけている物しかうちにはない。

 

 「シャイナ様と私がアイアンホースに乗って、まるん様はシャイナ様と一緒に乗っていかれては?」

 「アイアンホース?ただの馬じゃなくて?」

 

 アイアンホース・ゴーレムで移動していたら普通驚かないか?

 

 「はい、普通の馬ですと疲労無効の装備をつけさせたとしても、この距離を移動するとなるとかなりの時間が掛かってしまいますし、アイアンホースも鎧をつけた軍馬と言われればそう見えないことも無いので大丈夫だと思いますよ」

 

 「なるほど」

 

 確かに30キロちょっとの距離を馬で移動したら4時間ほど掛かってしまうか。

 

 「なら私はシャイナの前に乗せてもらってキャッキャ・ウフフしてればいいんだね」

 「いや、キャッキャ・ウフフはいらないって」

 

 まぁ、移動手段はこれで決まりか。

 アイアンホースでの移動とはいえ、そこそこの時間が掛かるので疲労無効の指輪を装備し。

 

 「それじゃあ、マ・・・アルフィン、行って来るね」

 「いってらっしゃい」

 

 マスターの所に行き、出発の挨拶をしてからイングウェンザー城の入り口へ。

 そこではすでにセルニアが赤と青、2頭のアイアンホースをつれて待っていた。

 

 「あ、アルフィスのを借りてきたのか」

 「はい、まるん様のアイアンホースは私には少々小さいので」

 「小さいって言うなぁ!」

 

 いや、小さいでしょ。

 それと、お決まりのギャグはいいから。

 

 あ、因みにだけど、私たちにはアルフィンはピンク、私は赤といった感じでそれぞれにイメージカラーと言うものがあって、青はアルフィスの色だ。

 

 「まぁ馬車もそうだけど、今からアイアンホースを作るのも大変だしね」

 「ちゃんとアルフィス様の了解は取ってあるので大丈夫です」

 

 なら問題はないね。

 

 「それじゃあ、行こうか」

 

 そう言って、アイアンホースにまたがって出発・・・と言うところで一つ問題が

 

 「ん?意外と難しいぞ」

 

 ユグドラシルでは馬に乗っていたので乗れると思ったけど、アイアンホースだと普通の馬と勝手が違うのか、それともこの世界だとそもそも練習しないといけないのか、思うように動いてくれない。

 

 「並足で歩くのならこの程度の違和感は問題ないけど、全力で走るとなるとちょっと不安かな?」

 「シャイナ、落馬しないでよ」

 

 しないって。

 言葉には出さず苦笑で返して、全力で走り出す前に少しの間練習する事にする。

 

 「う~ん、マスターもフライで飛んだ時の経験を言っていたけど、揺れたり跳ねたりする感覚が違和感になってるのかな?」

 

 マスターと違って、私はNPCたちと同じ様な存在だから違和感は感じないんじゃないかな?と思っていたけど、感覚はマスターと同じ様なものなのかなぁ。

 

 それでもそこは昔取った杵柄、ユグドラシルでは乗れていたのだから10分ほど並足で歩いていれば普通に走っても違和感が無い程度には慣れる事ができた。

 

 「待たせたね、セルニア。それじゃあ行こうか」

 「はい、シャイナ様」

 

 アイアンホースに命令し、スピードを徐々に上げていく。

 何と言うかなぁ。

 

 「ノーヘルでバイクに乗るとこんな感じなんだろうか?」

 「ちょっと怖いよね」

 

 加速をして速度が60キロを越えた辺りから、かなりのスリルを感じるようになる。

 それに、よくよく考えると普通のバイクは上下に跳ねない。

 でもアイアンホースは馬だからどうしても上下運動を繰り返すんだよね。

 

 「なんかジェットコースターに乗ってるみたいだ」

 「スリル満点だね」

 

 アイアンホースのスピードが限界である100キロ近くまで行くと馬に乗っているというよりしがみついているって感じだ。

 それでもしばらくするとなれるもので、少しは周りを見る余裕が出てくる。

 

 そこでふと横を見ると、なんとセルニアが猛スピードの馬に乗っているとは思えないほどいい姿勢で併走していた。

 乗馬系の競技にでも出ているかのようなその姿勢に驚いて。

 

 「店長、この速度の中、よくその姿勢で乗れるね」

 

 と聞いてみると、

 

 「え?馬と言うのはこのような姿勢で乗るものではないのですか?」

 

 と、セルニアは不思議そうに小首をかしげてそう答えた。

 

 なるほど、そういえばユグドラシルで馬に乗るとあんな感じの姿勢で乗っていたっけ

 NPCはどんな速度であっても設定通りの姿勢で乗るということか。

 

 「待てよ、セルニアが乗れると言う事は・・・」

 

 少々怖いが試しに姿勢を正してみる。

 すると・・・。

 

 「これはびっくり!」

 

 なんと今までのしがみついている姿勢よりはるかに安定した。

 おまけに恐怖心までしがみついていた時とは違って無くなっている気がする。

 

 「まるんも体を起こして姿勢を正してみて。かなり安定するよ」

 「あ、ホントだ」

 

 なるほど、こんなところもゲームと同じわけだ。

 こうなるとよりいっそう余裕が出てきて、草原を疾走するアイアンホースの旅を楽しめるようになってきた。

 

 これなら30キロと言わず、もっと長距離を走ってみたいなぁ。

 後ろに流れていく草原の景色を眺めながらシャイナはそう考えていた。

 




 私の書いたものを面白いと思って毎回読みに来てくださる方々、本当にありがとうございます、これからもお付き合いくださると幸いです。

 さて、先日、やっと近所の本屋にオーバーロードが入荷しました。

 おかげで今度こそ今出ている9巻までそろえる事ができ、今週1週間を使って斜め読みですが最後まで読破できました。(私、読むのが遅いんですよ)

 で、今回も新事実が出てきたのですが・・・ジルクニフって10代前半に即位したのね。

 これは驚いたと同時にちょっと困った事になってます。
 ホントどうしよう、これから先の展開。

 まぁ、先週うそ設定と言う項目を増やしたことだし、むりやりやっていくかな?

 次に驚いたこと。
 web版で死んだ人が生き残り、生き残った人が死んでいたこと。

 まだ読んでいない人もいるだろうから書かないけど、7巻と9巻は本当に驚いた
 って、8巻は誰も死んでないかw

 特に7巻の方は最後のところがweb版と同じだけに余計に悲しい。
 私はうちのキャラのシャイナと同じ特性を持っているので特にね・・・。

 おまけ
 8巻に出てくるある場所の新守護者、わざわざアインズたちが装備をそろえて助けに行かないといけないと思うほど強いという事は、あれも100レベルなのか。
 あんな場所の守護者なのに。

 ナザリックっていったい後何人100レベルNPCがいるんだ?w

追記
前にこのあとがきで書いたことが原因で感想掲示板がちょっと荒れたので、いつまでもその内容を残しておくのもあれだろうと思い消しました。


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11 ヒーロー登場

 草原を信じられないほどのスピードで疾走する赤と青の馬、その上ではのんびりとした会話が交わされていた。

 

 「シャイナ、村についても中には入らないんだよね?」

 「うん、そのつもり」

 

 今回の目的は視察と言うか偵察だから村の人とは接触しないつもり。

 遠目に見るだけなら子供とメイドと戦士と言う変な構成でも誰も気にしないだろうけど、わざわざ村を訪ねたら流石におかしいと思う人はいると思う。

 それに

 

 「村人と話をして、何か迂闊な事をしゃべったりしたらこれからの行動に支障をきたすだろうし、何よりアルフィンたちに相談もしないで親交を深めたりしたらまたメルヴァたちに怒られそうだしね」

 「メルヴァさんは怒らないと思いますよ。ギャリソンさんは頭抱えるかもですけど」

 

 そうだなぁ、危険なことをしなければメルヴァは怒らないか。

 でも、ギャリソンは場合によっては領主への説明を少々修正しなければならなくなるから大変になるかな。

 

 「まぁ、そう言う訳だから、中には入らず、遠くから見るだけにするつもりだよ」

 「そうかぁ、ちょっと残念」

 

 後ね・・・。

 

 (小声で)「マスターに黙って村人と仲良くなったら怒られそうだしね」

 (小声で)「そうだね」

 

 セルニアに聞こえない声でまるんと笑いあう。

 マスター、来たがってたからなぁ。

 これでさらに何か面白い事があったら暴れそうだ。

 

 距離が30キロ以上あると言っても時速100キロほどで走っていれば20分もあれば着いてしまう。

 そして20分なんて時間はお喋りをしていたらあっという間に過ぎてしまうもので。

 

 「シャイナ様、ボウドアの村まであと5キロほどに近づきました」

 「えっもう?ならそろそろ減速して、並足にするかな」

 

 流石に普通の馬ではありえないこのスピードで近づけば、誰かに見られたりしたら大騒ぎになってしまうので急速に速度を緩め、普通の馬の並足くらいのスピードまで落として歩を進める。

 

 「後5キロか、もうちょっと近づいてから速度を緩めてもよかったかなぁ?」

 「村に近づくと人と遭う確率も上がるからしかたないよ」

 

 並足だと50分ほど掛かってしまうけど、まるんの言う通り安全策だと思えばいいか

 急ぐ用件でもないし、のんびり風景でも眺めながら行くとしよう。

 

 「最初に言っておくけど、村人に見つかっても声はかけない事。声さえかけなければ、こちらの服装を見て自分から声をかけてくる事はないだろうからね」

 「はい、解りました」

 

 セルニアが元気に返事をする。

 

 「あ、まるんは子供だから手くらい振ってもいいよ」

 「子供じゃないって!」

 

 確かに年齢は私と同じくらいのはずなんだけどなぁ。

 

 「まるんは外見と行動がお子様だから」

 「お子様じゃなぁ~い!」

 

 そう言って、ぷいっと横を向き、ほほを膨らます。

 こう言うところがお子様なんだけどなぁ。

 グラスランナーはみんなこうなんだろうか?

 

 「まるん様の子供らしいところも私は好きですよ」

 「だから子供じゃないの!」

 「あはははっ」

 

 セルニアとの掛け合いもほほえましい。

 この二人、うちの和み担当(勝手に命名)だけの事はあるね。

 

 そんな微笑ましい空気の中、30分ほど馬の背に揺られていると前方で煙が立ち上った。

 

 「ん?野焼きでもしているのかな?」

 「野焼きって何ですか?」

 

 ああ、セルニアは知らないのか。

 

 「春先に草原や畑に生えた雑草を刈り取って、一箇所にまとめて焼くんだ。その灰を肥料にしたり、その火に集まってきた害虫を駆除する事ができる。これを野焼きって言うんだよ」

 「へぇ~、そうなんですか」

 

 と言っても私も聞きかじりだから本当にそうなのかはよく解っていなかったりするんだけどね。

 

 「でもそうすると、時期が合わないような気がするのですが」

 「そう言えばそうだなぁ」

 

 この世界のことはまだよく解らないけど、確かに今は野焼きをする時期では無い気がする。

 

 「とすると祭りか何かかな?」

 「祭りかぁ、楽しそうだね」

 

 私の言葉にまるんが目を輝かす。

 でもね・・・。

 

 「さっきも言ったけど、村人との接触は厳禁ね」

 「もぉ~、解ってるって!」

 

 いや、さっきの目は解ってなかった目だ。

 

 「でもまぁ、祭りなら外から見てもある程度文化レベルが知れるし、ちょうどいいかもね」

 「そうですねぇ」

 

 この時、村ではとんでもない事が起こっているのだけれど、そんなことを知らない私たちはのんびりと馬を進める。

 

 「あ、あそこが丘になっています。シャイナ様、あそこに登って村を観察してはいかがでしょうか?」

 「そうだね、あそこに行こう」

 

 普通の馬では登れそうに無い場所ではあったけど、アイアンホースなら問題なし。

 周りに誰もいないことを確認すると、シャイナたちが操るアイアンホースはまるで鹿のようにぴょんぴょんとはね、崖を駆け上り、あっという間に丘の上にたどり着いた。

 

 「ん?なんか変じゃないか?」

 

 平地ではわからなかったけど、高いところに登ると煙の匂いが漂ってくる。

 これは薪や松明ではなく、古い木材やわらが燃える時に出る埃を含んだ煙のにおいだ。

 

 あわてて中空に手を伸ばし、アイテムボックスから遠見のめがねを取り出す。

 まるんとセルニアもそれに習い遠見のめがねを取り出して装着した。

 

 「シャイナ様、まるん様、大変です!村が襲われています!」

 「たっ大変だ!助けに行かなきゃ」

 

 遠見のめがねの先では野盗と思われる者たちが村を襲っている光景が映し出されていた。

 一軒の家屋などは家の中にあった火種が移ったのか、まだ小火のようではあるけれど火の手が上がっている。

 

 確かにまるんたちの言うように非常事態ではあるんだけど。

 

 「まるん、店長、ちょっと待って」

 「なに?シャイナ、村が襲われてるんだよ」

 「そうです、シャイナ様、待ってなどいられません。早く助けないと」

 

 気持ちは解る。

 私も助けるべきだとは思うけど、頭の片隅で冷静な部分がストップをかけるんだ。

 

 「とにかくちょっと待って。少し変じゃない?」

 「変?変って、なにが?」

 

 実際に声に出してみるとより冷静になれたのか、自分の中の違和感がある程度形になってくる。

 野盗が村を襲っているにしては、今、目の前で行われている光景はやはり変なのだ。

 

 「まるん、よく見てみなよ。あの野盗たち、村人をなるべく傷つけないようにしているように見えない?」

 「えっ?そんな馬鹿な。だって野盗だよ」

 

 そうは言った物の、まるんはもう一度遠見のめがねで村を観察する。

 

 「あ、本当だ。何と言うか、反撃する人だけを攻撃して、逃げそうな人は脅して追っ払っている感じがする」

 「でしょ」

 

 もしかしたらこの世界の野盗はみんなああなのかもしれない。

 何と言うか、子供の童話に出てくるみたいな感じで。

 

 そんな考えが頭に一瞬浮かんだけど、流石にそれはないよなぁ。

 

 「シャイナぁ~、あれってどう言う事なの?」

 「流石に解らないけど・・・」

 

 少し考えて、頭の中に浮かんだ考えを口にする。

 

 「考えられる可能性は三つ。一つは、あれは自作自演で、誰かをおびき出そうとしている可能性」

 「誰かって?」

 「それは流石に解らないよ。私たちってことはないとは思うけど・・・」

 

 実はプレイヤーが近くにいて、私たちがこの世界に来た事を知って試してるなんて事は・・・流石にないよなぁ。

 

 「次に考えられるのは、この世界は人を殺さなければ物を取ってもあまり重い罪にならない場合」

 「そんな事、ありえるの?」

 「たぶん無いとは思うけど・・・(セルニアに聞こえないよう小声で)私たちのマスターの世界でも殺人のほうが罪は重いでしょ。窃盗だけならかなり罪軽いし」

 「そうかぁ・・・」

 

 現実世界でも、これは強盗にあたるからかなり罪は重いけどね。

 それに流石に罪が軽くなるようになんて、つかまる事を前提として行動しているなんて事はないとは思うけど、絶対にありえない話ではないよね。

 

 「そして三つ目。これは流石にないと思うけど、実はあの野盗は善良な人たちで、仕事がなくなって喰うに困ったから仕方なく野盗をやっていて、あまり人は傷つけたくないと言う場合」

 「シャイナぁ~、流石にそれは無いよ、少女マンガじゃないんだから」

 「そうですよねぇ。流石にそれはありえません」

 

 いつの間にか話に入ってきたセルニアと二人掛りで否定されてしまった。

 解ってますよ、流石にそんなことはありえないって事くらい。

 

 「シャイナったら、思考がメルヘンで乙女なんだから」

 「シャイナ様はそう言う可愛いところ、ありますよね」

 「ううっ・・・」

 

 でっでも、もしかしたらそうかもしれないじゃないか!

 

 「とにかく、今の状況がよく解らないうちは動くべきじゃないと思う」

 「そうかなぁ?」

 

 むやみに動くとろくなことは無いからね。

 

 「私たちがここにいるのは偵察だし、あまり目立つべきじゃない。それにあの村で虐殺が行われていると言うのなら急いで助けないといけないけど、あの雰囲気からするとお金や食料は取られるだろうけど村人が死ぬなんて事はなさそうだし、野盗が去った後に大変そうだったら手を貸せばいいと思う」

 「それって薄情じゃないかなぁ」

 

 今もなお襲われている村に目を向けたまるんがつぶやく。

 セルニアも同じ様な表情だ。

 でも・・・。

 

 「私たちが短絡的に動いてイングウェンザーのみんなを窮地に陥れるわけには行かないのだから、ここは冷静に状況を見極めるべきだと思うよ」

 「・・・うん」

 

 まるんも私の意見に一応納得してくれたのか、助けに行くのは思いとどまったようだ。

 

 「セルニア、もしかしたら村にいるのが全員ではなくて周りに見張っているものがいるかもしれないから探知魔法で探ってくれない?」

 「解りました、シャイナ様」

 

 セルニアはイングウェンザー城の地上階層を守る立場にあるため、襲撃に備えて周りを探知する魔法をいくつか覚えている。

 もしかすると隠れる技術に長けたものが見張っているかもしれないけど、いま村を襲っている野盗たちを見る限り・・・。

 

 「あれでは流石にセルニアの魔法から逃れるほどのものは仲間にいないよねぇ」

 

 可能性として一応他のプレイヤーがいるかもってのを入れたけど、村を襲っている野盗のほとんどは6~8レベルだし、弱いのなんかもしかしたら2~3レベルかも。

 一番強そうなボスらしきやつでも12レベル行ってないんじゃないかな?

 

 いくらおびき出す役だったとしてもプレイヤーがそんな弱い相手を使うとは思えないんだよね。

 

 「もしおとりでやっていたとしても、私たちなら全員倒すのにほとんど時間が掛からないから、伏兵が来るまでに終わってしまうよねぇ」

 

 そう考えるとプレイヤーがかかわっていると言う説は消えるね。

 と言うことは、想定している相手がいたとしてもあのおとりが耐えられるだけの相手だろうし、隠れている兵がいたとしても、村を襲っている野盗と同じくらいか少し強い程度の相手だろう。

 

 「シャイナ様、完全知覚遮断の魔法を使っているのでなければ、武装をしている者は村を襲っている者たちしかこの周辺にはいないようです」

 「そう、ありがとう」

 

 う~ん、となると自作自演と言うこと自体なくなったか。

 助けに入ったら村人も一緒に襲ってくると言うのもありえなくは無いけど、どう見てもみんな1レベル以下の普通の村人だしなぁ。

 あれでは助けに来た相手が野盗と同程度の強さであったとしても壁にすらならないだろう。

 

 考えられるのは後二つだけど、流石に最後の案が合っている可能性はないだろう。

 では本当に殺さなければ罪が軽いなんて事があるのかもなぁ。

 

 マスターがエントの村で仕入れてきた情報の中に、今の王様になってから騎士や衛兵が街道を見回るようになったというのがあったから、弱い野盗は本当につかまった時のことを考えていたりするのかもなぁ。

 

 そんな自分でも信じられないような理由を真剣に考えていると。

 

 「あのぉ~、シャイナ様」

 

 セルニアがこちらの考えを中断させるのを躊躇するような、でも話すべきだよなぁと考えた末のような、すまなそうに声をかけてきた。

 

 「なに?なにかあった?」

 「はい、武装している者はいないのですが」

 「いないけど?」

 

 これは関係あるかどうかわからないけど報告すべきだろうといった表情でセルニアが続ける。

 

 「子供が二人、村に入っていきました」

 「ふ~ん、子供がねぇ・・・・・・子供がぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!」

 

 セルニア、何でそれを早く言わないの!

 私が今の村を見て静観しようとしたのにはもう一つ理由があった。

 子供がいないのだ。

 

 たぶん、野盗が襲って来た時に、どこか安全な場所に隠したか、逃がしたのだろうと思って、それならば静観してもいいだろうと考えたんだ。

 でも、もしかしたら逃がしたのではなく、子供は別の場所で仕事をしていて、村から上がった煙を見てあわてて戻ってきたのかもしれない。

 

 これはうかつだった。

 あわてて遠見のめがねをつけて村を見ると。

 

 母親だろうか。

 野盗にやられたのであろう、ぐったりと倒れこんで頭から血を流す女性が見える。

 

 そしてその傍らで泣く小さな女の子二人。

 

 ギリッ。

 奥歯が鳴る。

 

 「しゃ、シャイナ様・・・」

 

 目の前が真っ赤になり頭が一気に沸騰した。

 

 バァァァァァァァァァァァ~~~~~ン!

 

 丘が揺れるほどの衝撃と爆発音。

 それを残し、今までまるんとセルニアの横にいたはずのシャイナの姿が消えていた。

 

 

 ■

 

 

 「ああ、やっぱり」

 「えっと・・・まるん様、シャイナ様は?」

 「あそこだよ」

 

 指差しながら思い出していた。

 そう言えばシャイナって大の可愛い物好きだった。

 

 子供が泣いているなんて光景を見たら黙っていられるわけが無いよね。

 

 「まるん様、どうしましょう」

 「仕方ないじゃない、シャイナが突っ込んだんだから行くしか」

 

 遠くで聞こえる「子供を泣かすなぁぁぁぁぁ!」と言う絶叫とちゃんと手加減する理性は残っていたと解る破裂音。

 そして「子供を泣かすやつは私が絶対に許さない!」と言うシャイナの絶叫を聞きながら。

 

 「静観するんじゃなかったの?」

 

 と言葉とはまったく逆の満面の笑みをうかべて、まるんはセルニアとともに村に向かった。

 




(H27・11月24日)
 長々と休ませてもらいましたが、とりあえず復活し、加筆修正をしました。
 これまでの心境や経緯は私のHPにアップした第14話のあとがきに書いてあるので気になる人はどうぞ。

 あと、最初のコメント文にも書きましたが、これからはあとがきや私が感想掲示板の返答に書いたものへの書き込みが掲示板に書かれても基本返答しないのでご容赦を。
 この理由も私のHPの14話あとがきを読んでもらえれば解ると思います。

 あ、こちらの12話も今週中にアップします。

 さて、ここからが今回のあとがき。

 うちのHPでも書きましたが、これは書いておいた方がいいかな?と思ったのでこちらでも。

 シャイナが子供のピンチにおかしくなってますが、これはシャルティアの血の狂乱みたいな物です。
 TRPGなどでステイタスを底上げするためにわざわざマイナスのステイタスを設定する事があるのですが、シャルティアの血の狂乱もそのようなものなんじゃないかなぁ?と思い、シャイナにも同じ様なものを設定しました。
 因みにシャイナの可愛い物好き、子供好きはこの為に作った設定ではなく、はじめからのものです。

 たぶん本編でこの弱点が大きく作用する事はないでしょうけど、シャイナは相手がアウラやマーレのような子供キャラだった場合全ステータスが20パーセントほど落ちます。

 また、今回のように子供のピンチは絶対に見逃せません。
 こちらはこれからもたまに顔を出すんじゃないかな?


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12 友達とクッキー

 野盗を殴り、拳を振り上げて大声で叫んだ後、ふと我に返る。

 

 じぃ~~~~。

 

 私を見つめる4つの瞳

 

 ・・・・・・やってしまった。

 

 「えっと・・・」

 

 流れる気まずい時間。

 少女たちは何が起こったのいまいち理解できないのか、無言で私の顔を見つめている。

 

 「うう・・・・」

 

 いつもならうれしいはずの視線に冷や汗が流れ出す。

 何か反応しないと・・・。

 

 「もぉ~、静観するんじゃなかったの?」

 

 蛇ににらまれた蛙のように動けなくなっていた私に天の助けとも言える、可愛い天使が舞い降りる。

 

 「ごめぇ~ん」

 

 後ろから歩いて近づいて来るまるんの言葉のおかげで、子供たちの視線による硬化の魔法が解けてほっと一安心。

 

 助かったぁ~。

 まるんが来てくれなかったらどうしようかと思ったよ。

 

 「シャイナ様、この女性も大丈夫みたいです」

 「ありがとう、そっちは任すねぇ~」

 

 どうやら私が気まずさに固まっている間に、セルニアが少女たちの母親らしき人を家の中に運び、ベットに寝かせて介抱をしてくれていたようだ。

 とりあえずあちらはセルニアに任すとして、私は気を取り直して子供たちに声をかける。

 

 「えっと、大丈夫だった?」

 「・・・あ、はい」

 「だいじょうぶ、です」

 

 セルニアに介抱されている母親を見て安心したのか、まだ顔は少しこわばっているものの、少女たちは私に笑顔を向けてくれた。

 

 「よかった。どこも怪我はないみたいだね」

 「はい。あのぉ、お姉さんは天使様ですか?」

 「ですか?」

 

 天使?

 

 「だって、いきなり現れて助けてくれたし」

 「くれたし」

 「いやいや、私は天使ではないよ」

 

 確かにこの子達からしたら私がどこから現れたか解らないだろうなぁ。

 まぁ、私もどうやってここに来たのか覚えてないけど。

 

 「私の名前はシャイナ。偶然この近くを通りかかったら君たちの泣き声が聞こえたから飛んできただけだよ」

 「そうなんですか」

 「ですかぁ」

 

 ああ、お姉ちゃんのまねをしてるんだろうなぁ。

 妹さん、めっちゃ可愛い。

 

 「もうしおくれました、私の名前はユーリア・マイエルです、こっちは妹のエルマです」

 「エルマです」

 

 声を交わしたことで緊張と恐怖が少しほぐれたのかな?

 さっきより自然な笑顔が二人の顔には浮かんでいる。

 

 そしてユーリアは妹を横に並べると、私に向かってぺこりと頭をさげた。

 

 「助けてくれてありがとうございました」

 「ありがとぉございました」

 

 あぁ~かわいい~!ギュッってしたいぃ~~!

 

 でも、流石にそんな場合ではないのでグッとこらえる。

 心の中で血の涙を流しながら。

 

 「心の中で血の涙流しているところ悪いけど、これからどうするの?」

 「うぐぅ!」

 

 顔には出していないつもりだったけど、まるんにはバレバレだったようだ。

 まぁ、いつも隙あらば抱っこしようとしているのだから当たり前か。

 

 「う~ん、手を出してしまったからにはこのまま帰る訳には行かないよね」

 「おまけに大声で叫んだから、他の野盗もこっち来ると思うよ」

 「そうだろうねぇ」

 

 こうなったらさくっと倒すしかないか。

 

 「仕方ないなぁ、まるんはこの子達とお母さんをお願い」

 「私は行かなくていいの?」

 

 この指示を聞いてまるんが小首をかしげる。

 まあ、かわいい・・・じゃないって!

 まるんは実力的に私と同程度だから戦闘に参加しなくてもいいと言うのが意外なみたいだね、だけど・・・。

 

 (小声で)「まるんの場合、この程度の相手だと第1位階のマジックアローでも1発で死んじゃうでしょ」

 (小声で)「あ、そっか」

 

 可能性は低いけど、野盗が誰も殺していないところを見ると、もしかして本当に殺人がこの世界ではものすごい罪なのかもしれない。

 もしそうなら下手に野盗を殺すわけには行かないよね。

 村人を助けるためとはいえ、相手は誰も殺していないのだから。

 

 ここで殺してしまったら過剰防衛になってしまうかもしれないし。

 

 「セルニア、私が適当に倒していくから、あなたは反対側に周って逃げる者が居たら無力化して」

 「解りました」

 

 さっき話した内容だから解っているとは思うけど、一応念を押しておく。

 

 「解っているとは思うけど、人は殺さないようにね。と言うわけで魔法は使用禁止」

 「麻痺や睡眠の魔法もですか?」

 「その手の魔法は大丈夫っぽいけど、範囲魔法だからなぁ。村人を巻き込む可能性があるからやっぱり禁止」

 「解りました」

 

 いくらマジックキャスターのセルニアでも、レベルからして普通に殴っただけで死んでしまいそうだから、殴る時も気をつけるようにと念を押してから行動開始。

 

 「それじゃあ、まるん、行ってくるね」

 「はぁ~い、行ってらっしゃ~い」

 

 手を振るまるんと、一緒になって手を振る二人の少女を(思いっきり後ろ髪引かれながら)残して村の中央に向かって歩き出す。

 行きがけの駄賃に、さっきの私の絶叫を聞いて駆けつけたであろう二人組みの野盗を殴り飛ばして。

 

 

 ■

 

 

 シャイナに任せておけば、野盗はあっという間に片付くだろうなぁ。

 村がちょっと広いから15分くらいは掛かるかもしれないけど。

 

 そんな事を考えていると後ろから声をかけられた。

 

 「あのぉ、まるんちゃん」

 「ん?」

 

 ちゃん?

 ああそうか、この子達からしたら、私は同い年か年下に見えているのかも。

 

 実年齢を知っているシャイナたちに子ども扱いされると腹が立つけど、何故だろう?この子達だとふしぎと腹が立たない。

 特に訂正する必要もないし、このままでもいいかな。

 

 「まるんちゃんはシャイナさんたちのお嬢様なの?」

 「お嬢様じゃないよ」

 「ならおひめさま?」

 「お姫様でもないかなぁ」

 「ないのかぁ」

 

 どうやらこの二人からすると私の立ち位置が今一歩わかっていないみたいだ。

 確かに私たちはパッと見、お嬢様と護衛とメイドと言う格好をしているからなぁ。

 

 でも、さっきの会話ではどう考えてもシャイナが主導権をとっていたよね。

 そうなると私がどんな立場なのか気になるのも解る気がする。

 

 「でも、シャイナさん若いからお母さんじゃないよね」

 「あはははは、それ、シャイナが聞いたらガックリするよ」

 

 流石にこの想像には笑いが止まらなかった。

 背こそ大きいけど、外見年齢は人間で言うところの20歳くらいじゃないかなぁ?

 シャイナが言うには、年齢の割りに大人びて見えていると言う話だったよね。

 

 実年齢は160歳くらいだったような?あれ?170歳くらいだったっけ?

 どちらにしてもフェアリーオーガとしてはまだ子供を生む年齢じゃないんじゃないかなぁ。

 

 で、もしシャイナが20歳くらいで、私が外見年齢どおりだったとしてもシャイナが10歳の時に私を生んだ事になってしまう。

 流石にそれはありえないよね。

 

 「じゃあ、まるんちゃんとシャイナさんたちはどんな関係なの?」

 「どんな関係かぁ」

 

 ん~どんな関係だろう?やっぱりマスターに仕えていると言うのが一番正しいかなぁ。

 

 「そうだなぁ~、同じ偉い人に仕えている関係かなぁ」

 「えらい人に仕えてるんだぁ。まるんちゃん、私たちと変わらない年なのにえらいね」

 「えらいねぇ~」

 「えへへへへへ」

 

 子供の言う事だと解っていても、褒めてもらうとうれしくなってしまう。

 うふふ、褒めてもらったし、お礼に持ってきたおやつ、わけてあげようかな。

 

 「そうだ、クッキー食べる?」

 「クッキー?・・・ってなに?」

 「なに~?なに~?」

 

 そうか、この村ではクッキーなんて食べた事ないのか。

 

 「甘いお菓子だよ」

 「甘いの?果実くらい?」

 「もっと甘いよ。あと果実水もあるよ」

 

 中空に手を伸ばし、アイテムボックスから果実水の入った魔法の水差しと人数分のマグカップ、おやつ用にいつも持ち歩いているクッキー缶を取り出す。

 それを見ていたユーリアとエルマは目をまん丸に開いて驚いた。

 

 「すごい、魔法だ」

 「まほうだぁ!」

 

 あっそうか、この子達はアイテムボックスも見たことが無いんだ。

 

 「違うよ、これはマジックアイテムだよ」

 「これがマジックアイテム?私、マジックアイテムってはじめて見た」

 「わたしもはじめてみた!」

 

 ふふふ、なんか優越感。

 

 「感心するのはいいから、クッキー食べよ」

 「わぁ~」

 「わぁぁぁ~」

 

 缶を空けると周りに芳ばしいバターやメープルシロップ、チョコレートの甘い香りが広がった。

 クッキー缶の中は色々な種類のクッキーがきちんと仕分けられて入っていて、ジャムやチョコレートが日の光を反射して宝石箱のようだ。

 

 ユーリアに目を向けると、はじめて見るクッキーの見た目とおいしそうな香りに、期待からか目をまん丸にしてキラキラとさせている。

 

 「すごいすごい!」

 

 エルマにいたっては、ほっぺを真っ赤にして大興奮だ。

 

 「まるんちゃん、もらっていいの?」

 「いいのぉ?」

 「いいよぉ~」

 

 全員分の果実水をマグカップになみなみと注ぎ、缶からそれぞれ気に入ったクッキーを取り出して一斉にパクリ。

 

 「なにこれ、おいしい!」

 「おいしぃ~!」

 

 初めて食べたクッキーに大感動している姉妹を横目に。

 

 「(ここは村の外れだし、シャイナたちが全部やっつけるまでこの子達と楽しんでいてもいいよね)」

 

 なんて考えながら、果実水を一口。

 いつの間にか静かになっていた付近の風景をのんびり眺めながらクッキーをもう一枚・・・と思ったら。

 

 「あ、ごめんなさい!まるんちゃん」

 「ごめんなさい!」

 「あははははははっ」

 

 夢中になって食べていた二人によって、あっという間にクッキー缶は空になっていた。

 




 長々と休みましたが、とりあえず復帰です。
 因みに11話も加筆修正したので少し読みやすくなっているんじゃないかな?と思います。
 あと、11話のあとがきにも話に出てくるちょっとした設定を書いておいたのでお時間がある方はどうぞ。


 クッキー缶って子供のころ、本当に宝石箱みたいに思えませんでした?

 さて、ユーリアとエルマですがこの野盗エピソードで出番は終わりではなく、この後も出てくると思います。
 いや、確実に出てきます、まるんのお友達ですからw

 まぁそれ以外の理由でもこの子達はこのSSに絡んで来ますが、それはまた後の話。

 いずれこのSSでもオーバーロードのキャラ(ナザリックのメンバー以外)が絡んでくるのですが、その時ももしかしたら絡むかも。
 とりあえず、今のところ名前が出てきたキャラは、後々何かしら物語にかかわってくると思います。

 これ以降の話の中には名前が出てもそのエピソードだけのキャラもいますが、今のところはまだ序盤なので。

 まぁ、他のキャラはともかく、この二人は幕間エピソードでも出てきそうだから頻繁に出て来るキャラになるかもしれないですけどね。


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13 セルニア

 「さて、どうするかな?」

 

 丘の上から見た限り、殲滅するのならそれほど大変でもない。

 戦闘速度で全力で移動し、斬って周れば物の5分も掛からずことは済むだろう。

 

 「でも、殺すわけには行かないんだよなぁ」

 

 ここが面倒な点でもある。

 

 全力で移動して殴ったりしたらその反動だけで死にそうなんだよなぁ、この野盗たち

 何でこんなに弱いのに野盗なんてやっているんだろう?

 

 「いや、弱いからこんな辺鄙な村に来てるのか」

 

 強ければ商人のキャラバンを襲ったほうがいいよなぁ。

 そんなことを考えながらぶらぶらと村の中を歩く。

 

 これはやる気が無いという事ではなく、急いで移動すると見逃してしまう場合があるのと待ち伏せされてもし不意を撃たれると、反撃に力が入ってしまって殺してしまう可能性が高いからだ。

 

 「で、ふらふらと歩いているだけで向こうから来てくれるから助かるというのもあるんだけどね」

 

 移動速度が遅いということのもう一つのメリットがこれ。

 向こうがこちらの位置を把握しやすいので、こちらが探さなくても、あちらが探し出して向かってきてくれるのだ。

 

 向こうが襲いやすいようゆっくりとした歩調で進み、物陰など、どこかに視線を合わせず、視界全体をぼんやりと見ながら進む。

 これはどこか一点に集中していると些細な変化を見逃してしまうからだ。

 

 しばらくは少し開けたところを進んだけど、そこでは敵の襲来もなく、これでは埒が明かないからと思い立ってより襲いやすいであろう民家の密集した地域へと移動。

 すると視線の端、ぎりぎりのところで動くものがあった。

 

 「おや?お客さんが来てくれたみたいだね」

 

 奇襲をかけようとしていたのであろう、民家の影からこちらを窺っていた野盗を襲い掛かってくる前に補足。

 どうやら3人で囲んで一斉に攻撃するような布陣だ。

 

 「う~ん、方法としては正しいんだけどね」

 

 いかんせんレベルが違いすぎる。

 

 襲い掛かってきてから対処してもいいのだけれど、それも時間の無駄なので相手のレベルではとても反応できない速度まで身体速度を上げ、こちらを見失ってパニックになっている野盗たち一人一人の後ろに回っては軽く殴って無力化していく。

 

 この後もう一組襲ってきたのだけれど、そちらもほぼ同様に無力化完了。

 殺せないのでいちいち縛り上げるのが面倒だけど、それ以外は機械的にできるほどの容易い事だった。

 

 しかし戦闘が容易く、野盗たちの行動を冷静に観察できたおかげで、一つ感心させられる事に気が付いた。

 この野盗たち、弱い割にと言うか、弱いからと言うか、ちゃんと複数で組んで行動しているんだよね。

 

 私の偏見かもしれないけど、野盗って統率が取れていないというか、各自ばらばらに襲い掛かってくるというイメージだったんだけど、この野盗たちはちゃんとチームを組んで攻撃を仕掛けてくる。

 

 時に待ち伏せをしたり、前から攻撃をして気を引いている間に複数が後ろに回って攻撃したりと、まるで冒険者がモンスターに対して仕掛けるような感じがするんだ。

 

 「この世界では野盗でさえこれだけの動きをするんだ。いや、実際の世界でもゲームと違ってこうなのかもな」

 

 そう考えてみた場合、この野盗たちはちゃんと統制が取れているという結論に達する

 となるとそろそろ、私には勝てないから逃げ出そうという事になるんだけど・・・。

 

 「店長ががんばってるだろうから、逃げるのは無理なんだよね」

 

 セルニアは探索技能が私よりはるかに高い。

 潜んで攻めてくる者もいるかもしれない地上階層の統括であり守護者でもあるのだから当たり前で、そのセルニアから逃げる事などかなりの力量が無いと無理だろう。

 当然、今ここにいる野盗たちではとても無理な話である。

 

 「でも統制が取れているとなると、そろそろ、その事にも気づいているだろうなぁ」

 

 丘の上から見た村にいる野盗の数と今まで無力化した人数を考えながら、向こうもそろそろ総力戦を仕掛けてくるだろうなぁなんてことを考えながら村をぶらつくシャイナだった。

 

 

 ■

 

 

 「何なんだ、あいつらは」

 

 野盗のリーダー、エルシモ・アルシ・ポルティモはあせっていた。

 ついさっきまでは順調にすべての事が進んでいたのに。

 

 周辺に国の巡回兵士は居らず、この村に住む村人も最初の頃こそ強固な抵抗を見せはしたが所詮は戦闘などした事もない者たちだ。

 力自慢であろうものたちを最初に無力化し、逃げるものは追わないという姿勢を見せる事によって抵抗するものは時間が経つごとに減っていった。

 

 これなら今日も誰も殺すことなく、略奪を終わらせて逃げる事ができただろう。

 この村人たちには悪いが、今日取った分があれば1~2ヶ月は生活できるし、その間は誰も襲う必要もない。

 

 あまり頻繁に、それも狭い地域の村を襲うと名が売れ、強い冒険者や騎士が討伐に来てしまう。

 彼の思惑としては、この村から引き上げた後はしばらく潜伏し、この金と食料を持って別の地域へ移動するつもりだったのだ。

 

 そしてその思惑通り、もう少しですべて終わるはずだった。

 そう、あの絶叫とも言える女の声が聞こえるまでは。

 

 「子供を泣かすやつとか聞こえたような気がしたけど、子供なんかいないじゃないか」

 

 村に入ったとき、彼も子供がいないことに安堵していた。

 子供がいると、その子供を守るために親は必死になる。

 今まではそのような場面には出くわしてはいないが、抵抗の強さによっては親を殺さなければならない場合もありえるのだ。

 

 それだけにあの絶叫には彼も心底驚いた。

 子供、居たんだと。

 

 そして彼の驚きはまた別の大きな驚きで塗り替えられる。

 

 盗賊の技能を持つメンバーによる偵察を行ったところ、村に現れたのはたった3人

 一人は騎士風の女で、後の二人は10歳くらいの子供とメイドとの事だった。

 

 騎士風の女の力量次第では撤退もやむなしとは思ったが、こちらの数は20

 内、6人は元銀の冒険者だ。

 この戦力ならたとえその騎士風の女が金・・・いや白金の冒険者の力量を持っていたとしても勝つ事はできるだろう。

 

 少なくとも、あと少しで終わる略奪の時間くらいは足止めできると判断して銀の冒険者と鉄の冒険者を数名向かわせた。

 

 ところが、その足止め部隊が全員一激で倒されたというのだ。

 それも剣も抜かずに拳で。

 

 おまけに退路を確保するために先行させたメンバーが、今度はその騎士と一緒にいたと思われるメイドに捕まったというのだ。

 

 「捕まったって、やつらが向かったのは騎士風の女たちを確認した場所とは逆方向だぞ。別のメイドがいたんじゃないのか?」

 「いえ、報告によると外見や服装の特徴からして、双子でもなければ同じ人物だと思われます」

 

 何がなんだかわからない。

 いったい何が起こっているというのだ。

 

 「話を総合すると、女騎士は白金どころかミスリル級の相手でメイドももしかするとそのレベル。おまけに高速移動ができると言う何ともばかばかしい話になるんだが」

 「確かにそうなりますね」

 

 盗賊の相槌を聞いて頭が痛くなる。

 

 「何でそんなやつらがこんな辺境にいるんだ?」

 「解りませんが、とにかく早く何か手を打ったほうがいいんじゃないですか?最初の命令で見かけたものは足止めとして騎士風の女に襲い掛かるように指示してあるので」

 

 確かにそうだ。

 盗賊にとにかく一度あつまるように全員にまわすようにと指示を出して考え込む。

 

 「場合によってはあれを使わないといけないかもな」

 

 エルシモは腰から下げた皮袋の中に大事にしまってあるマジックアイテムの事を想像し。

 

 「少し、いやかなりもったいないけど、捕まるわけにもいけないし」

 

 過去、金の冒険者として行動して得た最大のお宝を、金に困った時も、もしもの時の為に必要になるかもしれないからと売らないで取っておいて本当によかったと心の底から思っていた。

 

 

 ■

 

 

 「う~ん、逃げ出す様子、無いみたいですねぇ」

 

 セルニアはシャイナの命令どおり、村から離れようとしていた一団を捕まえ、その場で探知の魔法を使って村の中を探っていた。

 

 あくまで魔法で位置を探っているだけのなので相手の考えまではわからないのだが、どちらかと言うと1箇所に集まろうとしているように思える。

 

 「反撃に出る気なのかなぁ?それともシャイナ様の実力を見て、全員でこちらに逃げてくるつもりかなぁ?」

 

 それとも両方から一番遠いところから逃げるつもりなのかも。

 でも、それは意味が無いんだよねぇ。

 探知魔法で全員を補足している以上、ばらばらに逃げたところで、それはただの兵力分散でしかない。

 

 「位置が丸解りなのだから、私とシャイナ様が全力行動したらすぐに全員捕まえられそうだしね」

 

 ふと、横に転がしてある野盗を眺め、セルニアは思う。

 シャイナ様は「解っているだろうけど、殺してはいけないよ」と仰られた。

 

 あの時はうなずいたけど、なぜ殺してはいけないのだろうか?

 シャイナ様たちの話からすると、利用価値があるわけでも情報を得るためでもないようだけど。

 

 NPCのセルニアからすると、敵対勢力はたとえ人間でもモンスターと変わらない

 それは敵と言う存在で、セルニアの創造主であり、仕える主たち至高の方々にとって害悪でしかないからだ。

 

 当然知識として、セルニアは人間系の種族は基本味方だと知っている。

 いや、知識と言うだけではなく、心から仲良くすべきものだと思うし、尊重すべきだとも思っている。

 そう考えるよう主たちによって作られたのだから。

 

 しかし、敵対したものにまでそのような気を使う必要があるのだろうか?

 モンスターだったら、存在するだけで人々に迷惑をかけるものなら、たとえ人を殺していなくても殺すのではないか?

 

 「なぜ人間系の種族だけ、敵対しても殺してはいけない場面があるんだろう?」

 

 やはり同属は殺したくないなんて事があるんだろうか?

 でもシャイナ様はフェアリーオーガでまるん様はグラスランナー、この野盗たちはそのどちらでもない人間のようだし、そうなると正確には同属じゃないよなぁ。

 

 「難しい事は解んないや」

 

 メルヴァさんやギャリソンさんは頭いいけど、私はどちらかと言うと頭いい方じゃないからなぁ。

 どうして私も頭をよく作ってくださらなかったのだろう?

 

 前にアルフィン様に聞いたら、その方が可愛いからだよって言ってくれたけど。

 

 「頭がよければもっとアルフィン様たちの役に立てると思うんだけどなぁ」

 

 数日前の会議を思い出す。

 

 メルヴァさんとギャリソンさんはちゃんと自分の意見を言えていたのに、私は参加していただけだ。

 

 ただ一人村の周りを見張るという仕事を与えられ、しかし誰も外に逃げ出さないという空白時間ができてしまったセルニアは、もしかしたら私は役立たずなんじゃないかと言う疑念が沸いてしまった。

 

 ここにアルフィンやシャイナがいたらそれは適材適所、役割分担と言うもので、セルニアは地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長と言う立場上、戦闘力こそ他の二人と同等だけど、本来の目的としては人を和ませたり楽しい気分にさせるために生み出されたのだから、難しい事を考えるよりも、いつも笑顔を絶やさずにいてほしいんだよと説明をしてくれたのだろう。

 

 しかし、ただ一人佇んでいる今の状況では誰もそれを否定してはくれず、ただただ思考の迷宮に迷い込むだけだった。

 

 そこへ

 

 「店長、聞こえる?」

 「あ、シャイナ様、はい、聞こえます」

 

 シャイナ様から<メッセージ/伝言>が飛び込んできた。

 

 「そっちはどう?こちらの方はどうやら襲い掛かってくるのはやめたようだけど」

 「はい、最初に数人村から出ようとしたので捕まえましたが、それ以降は誰も出て行こうとはしていません。その後、偵察に数度こちらに来たようですが、逃げ出したわけではないので持ち場から離れず放置しました。他の野盗は、今のところ逃げ出そうとはしていないようです」

 「そうかぁ」

 

 なにやら考えているようで無言の時間が流れる。

 

 「う~ん、となると集団でこちらに反撃を加えて一撃離脱をするつもりなのかもなぁ」

 「もしくは、全員で私の方か、シャイナ様と私から一番遠いルートを通って逃げるつもりなのかもしれません」

 「ああ、それは無いと思うよ」

 

 即座にシャイナ様から否定的な言葉が返ってきた。

 

 「まず、そちらに逃げる可能性だけど、もし店長にねばられて足止めされた場合、そちらに向かって歩いている私との挟撃を受ける可能性がある。でも、店長は何か思惑があってずっと動いてない。だから私の方に来てねばられたとしても挟撃される可能性はずっと低いからね」

 「なるほど」

 

 そんな事はまったく考えてなかった。

 さすがシャイナ様。

 

 「次に私たちから一番遠い地点から逃げるという話だけど、これだけ統制の取れている野盗たちなら店長が何らかの方法で高速移動してその地点にいることは知っていると思うんだ」

 「そうですねぇ」

 

 私ならすぐに追いつけるから無いという事かな?

 

 「それが解った場合、次に考えるのはその高速移動が店長だけしかできないのか?それとも、私もできるのかと言うこと。もし私もできるのなら、たとえ店長がそのまま動かなかったとしても撤退時に私に無防備な後ろから襲われる事になってしまう。これは怖いよね。だからそれも無いと思うんだ」

 

 そこまで考えて、無いと判断しているのか。

 統制が取れているかどうかだけで、相手の行動って読めるんだなぁ。

 

 やっぱりメルヴァさんやギャリソンさんならシャイナ様に説明されなくても解ってしまうんだろうなぁ。

 そんな事を考えて、またちょっと落ち込んでしまうセルニア。

 

 そんなセルニアの頭にある懸念が浮かぶ。

 

 「シャイナ様、相手はシャイナ様の強さがわかっているんですよね?」

 「そうだね」

 

 だとすると・・・。

 

 「シャイナ様、もしかしたら野盗は村人を人質に取るのではないでしょうか?」

 「うん、その可能性はあると思うよ」

 

 なると思うよって、そうなったら大変じゃないですか!

 

 「それに関しては一つ考えている事があるから。まぁ、はったりではあるけど、何とかなると思うよ」

 「それでも、シャイナ様が危険にさらされる可能性が・・・もし、シャイナ様に傷でも負わせる事になったら・・・」

 

 もしそんな事になったらアルフィン様たちに顔向けができない。

 

 「ああ、大丈夫、最悪野盗たちの何人かに逃げられる事はあるかもしれないけど、私が傷を負う事は絶対に無いよ。と言うか、彼らではどうやっても私にダメージ与えられないから」

 「あっ確かにそうですね」

 

 スキル開放中のシャイナ様相手では、彼らは髪の毛1本斬る事もできなさそうだ。

 そんな事も気付かないなんて、やっぱり私はだめだなぁ。

 

 「でも店長、役割だけではなくこちらの事もちゃんと考えていたんだね、偉い偉い」

 「いえ、そんな」

 

 私なんかメルヴァさんたちと比べたら・・・。

 

 「店長たちがいつも命令された事だけじゃなく、ちゃんと考えて行動してくれて助かってるよ」

 「でも私はメルヴァさんやギャリソンさんと違って・・・」

 「それは違うよ」

 

 私の言葉に何か思うところがあったのか、話をさえぎってシャイナ様がお話をはじめたのであわてて聞く体勢をとる。

 

 「アルフィンも同じ事を言うだろうけど、てん・・セルニアとメルヴァたちは違う。立場と言うより、作られたコンセプトが違うんだ。だからメルヴァたちと同じ様に考えられても困る」

 「そうでしょうか?」

 

 慰められているのかな?

 

 「どちらかと言うとメルヴァやギャリソンは私やアルフィンと同じ思考の方向を向いているんだよね。まぁ、頭のよさはメルヴァたちの方が上だけど」

 「いえ、そのような事は!」

 「あるんだよ、そう作ったんだから」

 

 シャイナ様の声が笑ったような口調となって、私の言葉を否定した。

 

 「でも、セルニアはまったく違う視点で考えるように作ってもらったんだよ。何と言うかなぁ難しく考えない故の視点と言うか・・・まるんたちみたいな視点。これによって色々な方向から物が見られるようにしたかったわけだ」

 

 よくは解らないけど・・・。

 

 「私はこのままでいいのでしょうか?」

 「いいと言うより、そのままでいてもらわないと困る、店長はうちのなごみ担当だからね」

 「はい」

 

 そうか、私はこのままでいいのかぁ。

 シャイナ様の御言葉で、さっきまで沈んでいた心がすぅっと軽くなった気がした。

 

 「ありがとうございました、シャイナ様」

 「いえいえ、どういたしまして」

 

 本来ただ仕えるだけの私たちにまで気を使っていただける、そんなシャイナ様たちが大好きだ。

 

 「あっ、シャイナ様」

 「どうかした?」

 

 会話中もずっと発動したままだった探索用魔法に動きが見られる。

 

 「シャイナ様のほうに野盗たちが移動を開始したみたいです」

 「そうか、やっぱり私の方に向かってくるみたいだね。それでは店長、もう少し観察して、伏兵がそちらに向かわないことを確認したらこっちに向かってね」

 「はい、解りました!」

 

 さて、最終局面だ。

 シャイナ様のお役に立てるよう、私もがんばらないとね。

 

 「あ、店長」

 「はっはい!」

 

 切れたと思っていた<メッセージ/伝言>がまだ繋がっていたようでびっくり。

 

 「張り切るのはいいけど、力入れすぎて人間を殺さないようにね」

 「はい!解っています」

 

 念を押されてしまった。

 でも、ホント、なぜ野盗を殺してはいけないんだろう?

 それだけが未だ解らないセルニアだった。

 




 NPCはやはりこのSSでもNPCであると言うお話でした。
 この話の解説は結構長くなるのでここでは書きません。
 私のHPの第13話のあとがきに書いてあるので興味がある方はそちらをどうぞ。

 さて、感想の方でもうちょっと文章をちゃんと書いてほしいという意見がありました
 これを私は状況描写が少ないと取ったので、今回戦闘シーンの描写をいつもより書いたつもりなのですが、どうでしょうか?

 これからもこの程度の状況描写はなるべく入れて行こうと思っています。
 まぁ、私はもともと頭の中の風景を文章にするのが苦手なので、こんなんじゃ足らないよ!と言う意見の方もこの程度でご容赦ください。

 あと、キャラクターが解りづらいとの感想もいただいたので、うちのHPに登場人物紹介ページを作ったので同じ様に解り辛いなぁと思っている方はそちらも見てください。

 より解りやすくなるよう、DQ10の私のキャラクターを使って近影っぽいものも同時にアップしたのでそちらも合わせて見てもらえれば、私の表現力のなさも、少しは補填できるのではないでしょうか。

 補填できたらいいなぁw


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14 ひどい話

 さて、セルニアの話ではあちらが捕らえたのは3人、こっちが捕らえたのが最初の2人と次に挟撃してきた3人、そしてさっき倒した2人だから、残りは10人か。

 

 私が野盗の立場で、もし一撃離脱をするのなら、防御力が高い、または回避が得意なメンバーを正面に配置してぶつけ、その隙に他のメンバーで敵の後ろに回って攻撃、その攻撃を防いでいる隙に正面を担当したメンバーが回り込んで合流、そして全員でけん制をしながら離脱って所かなぁ。

 

 ただ逃げられる人数を増やすというのなら全員一斉に掛かり、かつ全員が各自のおとりになって逃げるというのが一番だけど、これだと間違いなくリーダー格が捕まってしまう。

 身のこなしで誰がリーダーか解ってしまうからね。

 

 私としては雑魚は逃がしてもリーダーは捕らえたいし、当然それはあちらも解っているだろうからそんな手は打ってこないんじゃないかな?

 その程度の判断はできる集団である事は、これまでの行動を見れば解る。

 

 まぁ、リーダーだけ別方向に逃げて、他全員が私に掛かってくるというのならリーダーは逃げられるけど・・・流石にやらないんじゃないかな?

 

 「そんな案を出しても他のメンバーは絶対に首を縦に振らないだろうし」

 

 たとえば王様を逃がすために家臣がそういう行動を取るというのならありえなくはないけど、野盗がリーダーを逃がすために取る行動としてはやはりありえないだろう。

 

 「次に考えられるのは店長も指摘した村人を人質にとって逃げるという方法だけど・・・これは悪手なんだよなぁ」

 

 だって、たとえ私が村人を人質に取られたからとここを通したとしても、いつまでも村人を連れて行くわけには行かない。

 

 ここまで村人を殺さないようにしていた野盗だから、いくら不都合があるとしても殺さずにどこかで村人を解放するだろうけれど、解放したら移動手段が限られるこの世界ではわざわざ開放のために別方向に行くわけにもいかないからどちらに逃げたかすぐに解ってしまう。

 それに人質も素直には動かないだろうから、村から離れる時間が掛かってしまって追撃されるリスクも上がる。

 

 「それに普通に考えたら私たちみたいなメンバーが3人だけで旅をしているわけはないから、追っ手がさらに増えて手ごわくなる可能性も考えられるしなぁ」

 

 子供一人にメイドと護衛一人で行動しているより、私クラスのメンバーがパーティを組んで護衛をしている金持ち、または貴族の家族が居て、今は子供だけが何かに気をとられて別行動していると言うほうが納得できる話だ。

 もしそうなら安全圏まで逃げ切る前に私クラスの追っ手が後4~5人増えると言う事になる。

 

 「私でも逃げ切る自信ないなぁ、そんな相手だったら」

 

 つい、自分の考えに笑ってしまう。

 

 あと、人質を殺さない代わりにこちらが捕らえたメンバーをかえせとか言ってくるかもしれないけど、そうなると怪我をしたメンバーを連れての逃走だから逃げ切れる可能性はもっと低くなる。

 

 どう考えても百害あって一理無しだ。

 

 正直、ここはとにかく大人数で逃げて夜を待ち、闇にまぎれてメンバーを奪回するのが一番リスクが少ないんだよ。

 私たちはこの村の住人ではないから、夜になればもうこの村から離れるかもしれないからね。

 

 それが解っても、相手が自分たちよりも強いと心情的に人質を取りたくなってしまうのも解るんだよなぁ。

 一撃離脱は相手が想定以上に強かった場合、最悪全滅もありえるから。

 

 「実際、一撃離脱を選んでくれたら私としては楽なんだよね」

 

 あの程度の野盗10人なら向かってきてさえくれたらすぐに終わるしね。

 

 さてさて、どうなるかな?なんて考えながら進んでいくと、多分待ち構えていたのであろう前方の家の影からぞろぞろと武装したメンバーが現れた。

 当然野盗なんだけど・・・

 

 「ああ、やっぱり村人を人質にしちゃうか」

 

 姿を見せた野盗たちは村人を3人、人質にとってその全員の首筋にナイフを突きつけていた。

 人質になっているメンバーに女性は一人もいない所がこの野盗たちの性格を現している気もするが、荒事を経験した事がないであろう村人たちでは男であっても顔は真っ青な上に恐怖に体をこわばらせているので、返って女性のほうが度胸が据わっていいのではないかと思ってしまう。

 

 そんな人質たちを私の正面において武器を構え、こちらの動きに注意を向けている野盗の人数は10人、と言うことは全員いるってことか。

 

 伏兵を置こうと考えないのは分散しても各個撃破されるだけと言う判断かな?

 戦うより逃げる事に重きを置くなら正しい判断だ。

 

 「おいお前、そこで止まれ!これが見えないか!」

 「見えるけど、なに?」

 

 特にどう答えようと思っていた訳ではなかったけど、なんのひねりも無いお決まりの悪役然とした言葉に、ついこうぶっきら棒な口調になって答えてしまった。

 だって、何か言うならもうちょっとこう、台詞を考えて行動してほしいじゃないか。

 普通の野盗と違って、ここまで統率取れているんだから、こちらとしてもちょっとは期待していたんだし。

 

 「こ、これ以上進んだらこの村人の命はないぞ!」

 

 私の反応が予想したものと違ったのだろう、一瞬ひるんだ後、再度脅してくる。

 

 「うん、うん、解ってるって」

 

 それに対して納得顔でそう返事をし。

 

 「で、その人たちが死んだら、私になにがデメリットがあるの?」

 

 あらかじめ考えておいた台詞を口に出す。

 

 「なっ!?」

 「デメリットだとっ!?」

 

 何と言うかなぁ、リーダーなんだろうけど私がとんでもない事を言い出したとでも言いたいような顔をしているし、横にいる盗賊風の装備の者は副リーダーだろうか?彼も信じられないものを見たかのような顔だ。

 

 「どういう事だ?こいつ、村を助けに来たんじゃないのか?」

 「えっ?えっ?えぇぇぇぇぇ~~~~~」

 

 いや、リーダーだけではなく、他の野盗、そして人質になっている村人までが驚愕の表情でこちらを見つめている。

 

 あっそこ、いくら驚いたからと言って突きつけたナイフ、首筋から放しちゃダメじゃないか。

 ほかの二人が突きつけたままだからいいけど、もし人質が一人だったら襲いかかっちゃうぞ。

 

 「う~ん、私は子供の味方ではあるけど、正直大人はどうでもいいんだよね」

 「ちょっ・・・」

 

 右手の人差し指をあごに当て、少し小首をかしげて、本当にどうでもいいと言う表情でそう言い放つ。

 

 あっこいつ、とんでもない事言い出しやがったって顔してるなぁ。

 まぁ、確かにとんでもない事だけどね。

 

 「だいたい、大の大人が私みたいな若い女の子に助けてもらおうなんて根性が気に入らない。大人なら自分で何とかするべきでしょ、ねぇあなた、そう思わない!」

 「え、あ、はい」

 

 ビシッって音がしそうな勢いで私に指差され、話を振られた野盗の一人が、その剣幕に押されたのか、普通に返事をした。

 なにやってるんだか。

 せめて女の子と言うところくらい突っ込んでよ、恥ずかしいでしょ。

 

 「私は依頼されてここにいるわけでもないし、村を救う義務もないのよ」

 「なっなら、なぜこんな事をする?関係ないんだろう!」

 

 その言葉を受けて、私は小馬鹿にしたようにフフ~ンと言う顔をして。

 

 「なに言ってるのよ、あんたらの一人が子供を泣かしたからに決まってるでしょ」

 

 ババァ~ン!と音がなるような勢いで胸を張って言い放つ。

 何と言うか、我ながらとんでもない理論だ。

 

 「あの子達に野盗は全員排除すると約束したから私はやってるのよ。この村の人のためじゃないわ」

 

 う~ん、我ながら外道な発言だなぁ。

 でもまぁ、これもある意味私の本音だったりする。

 当然内緒だけどね。

 

 「それと、もともと私がこの村に現れたタイミングからしておかしいとは思わなかった?偵察しているみたいだから解っているとは思うけど」

 「おかしいとは?」

 

 なんか怖いくらい、こっちが思った通り喰いついてくれるなぁ。

 強敵を前にして緊張しているのかな?

 それとも私の反応が意外すぎて思考がついて行ってないとか?

 

 まぁ、予定通りなのはこちらにとっても好都合だしと、あらかじめ考えておいた段取りにあわせて、野盗のリーダーらしき男に向かって解らないかなぁと、呆れ顔で言い放つ。

 

 「私たち、どこにいたと思ってるの?あの子達がこの村に帰ってこなければ、襲われているのは解っていたけど見捨てるつもりだったのよ。そうじゃなければあの子達が泣いてすぐに現れるわけないじゃない、御伽噺のヒーローじゃないんだから」

 

 じっと見つめてるけど、これは事実だから私の顔を見ても嘘だという痕跡は見られないよ。

 でもまぁ、嘘かどうか疑っているようだからダメ押しもしておこう。

 

 「丘の上から見ていた感じだとあなたたち、人を殺さないようにしているみたいだけど何か理由でもあるのかなぁ?おかげで私も殺すわけには行かないから苦労させられたわ」

 

 そしてさも楽しげに、にっこりと笑い。

 

 「でも、あなたたちが殺すというのなら手加減する必要もないし、楽ができていいわね」

 

 そう言って剣を鞘からゆっくりと抜き放つ。

 あえて構えず、切っ先を下に向けた脱力した格好ではあるけど、野盗たちからしたらこちらの殺傷力が上がっただけに、緊張感は確実に増している。

 

 今までは殴っていただけだったので私の剣の腕前はわからないだろうけど、剣を装備している者が拳で殴るより剣を使うほうが苦手などと言うはずはなく、また、白銀の光を刀身から放っているので、それが魔法の武器であるのも一目瞭然だ。

 

 「ぐっ」

 

 私が剣を抜いた姿を見てひるむ野盗たち。

 さて、このはったりでどう出るか。

 

 やけになって村人殺さないといいけど。

 いくら相手が弱いと言っても、流石に3人もいると全員助けるのは難しそうだからなぁ。

 

 「さて、そろそろ始める?」

 (見知らぬ村人さん、もし殺されたらごめんね)

 

 そう言うと、一気に間合いをつめ、あえて村人を人質にしていない一人を剣の柄で殴り飛ばす。

 

 「なんてやつだ」

 「本当に見捨てやがった」

 

 その姿を見た野盗たちは、やっと身を守るために村人を放り出し、武器を構えた

 それはそうだろう、本当に助けようとしなかったのだから。

 

 明らかに自分より強い相手が襲い掛かっているのに、足手まといがいては自分を守る事ができないという判断くらいはできたようだ。

 よかった、よかった。

 

 ここで最後のダメ押しっと。

 

 「あれ?殺さないの?」

 

 投げ出した村人をそう言いながら一瞥する、さも残念そうに。

 そして視線を野盗たちに戻し、殺気を放つと完全に野盗たちの視線は私に向き。

 

 「逃げて!」

 

 その野盗の変化を感じ取り、意識が村人たちから完全に離れたのを確認してから、すかさず村人たちの前に移動し、そう叫ぶ。

 投げ出され、うずくまっていた村人たちは、その声に反応してあわてて逃げて行った。

 

「何の躊躇も無く反応したところを見ると、前にテレビで見た通り危険が迫った時は「危ない!」とかより「走れ!」とか「逃げろ!」みたいに行動を示す言葉で伝えた方がいいと言うのは本当なんだろうなぁ」

 

 そんな独り言を言いながら安全圏まで逃げた村人たちの姿を確認し、やっとそうとは見えないよう気をつけていた緊張を解く。

 野盗が開き直ったら、何とか一人でも多く助けようと気楽そうな演技をしながらもずっと意識を集中していたからね。

 

 「あはははっ、いやぁ~よかったよかった。意固地になって村人が殺されたらどうしようかと思ったよ」

 「なっ!」

 

 それだけに、つい笑い出してしまった。

 そして剣を肩に乗せ、笑顔で野盗たちを見渡す。

 

 「でも、ホント、なぜ人を殺さないの?まぁどうでもいいけど」

 

 改めて剣を野盗たちに向け、微笑んだ。




 今回のシャイナはちょっと外道ですねw

 ではなぜこのような対応をしたのか?
 それはシャイナが人質の村人を助けられたらいいねくらいにしか考えていないからなのですが、これは前にあったセルニアの話のようなNPC特有の考え方ではなく、主人公の考え方がこんな感じだからです。

 なぜそんな考えをするかと言うと、彼らがまだこの世界に転移して日が浅いからで、この世界の人々が実在の人物だと言う事にまだ実感が無いんですよね。
 なんと言うか、ゲームの中のキャラのように考えているのです。

 おまけにシャイナはユグドラシルのプレイヤーキャラで、現実世界の常識ではなくユグドラシルの常識で判断しているので余計にこう言う場合は非情になってしまうんですよ。

 実際に主人公がこのような場面に出会っていたらきっとこのような対応はしなかったと思います。
 流石に死ぬかもしれないけどごめんねなんて普通に生活している人は考えないですからね。


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15 それはないよ

 「あはははっ、いやぁ~よかったよかった。意固地になって村人が殺されたらどうしようかと思ったよ」

 「なっ!」

 

 そんな訳はない、そんな訳はないとは思っていたのだが。

 

 「くっ、だまされた」

 

 野盗のボス、エルシモは思う、それが正義の側がやることかと。

 

 でも、だまされても仕方がないだろう。

 やつが言っていることに嘘が見出せなかったのだから。

 

 あらかじめ村の状況を観察していないければわからなかったであろう、我々が村人を殺すのをためらっていた事。

 自分たちがいないと思っていた子供が現れてすぐに駆けつけた事。

 

 もしかしたら、実際村を観察していたのかもしれない。

 見捨てるつもりだったのも本当だったのかもしれない。

 

 しかし今の姿を見る限り、本当に見捨てるつもりだったとしても、誰も我々が殺さないことを確信したから見捨てようと思ったのではないか?

 そして、本当に見捨てるつもりだったからこそ、このハッタリが見抜かれないと確信していたのではないか?

 

 そして誰かを殺したら安心してこちらを殺せるという言葉。

 明らかにこちらの誰よりも強いあの女が振るう、白銀に輝く刀身が我々の頭上に振り下ろされる恐怖。

 

 確かにハッタリかも知れない、いやハッタリだろう。

 だが、その恐怖を前に誰がハッタリだと決め付ける事とができるだろうか?

 

 結局、もし解っていたとしてもあの女の思惑通りに動くしかなかったのだ。

 かたくなに村人を人質にし続けていたとしても、相手がこちらを殺してでも助け出すと決めてしまえば、村人ののどを切り裂く間もなく助け出されてしまっていただろう。

 

 いや、先ほどの目で追うことさえできない動きからすると、あの女が本気で助ける気になれば、こちらを殺さないように手を抜いたとしてもすべて助け出されていたかもしれない。

 

 「でも、ホント、なぜ人を殺さないの?まぁどうでもいいけど」

 

 くそっ!余裕だな。

 笑いながら近づいてきやがる。

 

 だが実際、このまま戦ったらあっという間に全滅だ。

 

 「そろそろ行くよぉ~」

 

 あえて意図してやっているのであろう、女の雰囲気が変わった。

 今までの気楽としか見ることのできない表情を引き締め、殺気をこちらにぶつけてくる。

 にもかかわらず、口調はそのままなのがあの女の余裕なのだろう。

 

 その姿に。

 

 「(だめだ、迷っていては手遅れになる)」

 

 そう本能的に感じた瞬間、俺はつい叫んでしまった。

 

 「まっ待て!」

 

 ・・・なんてこった。

 まさか、これほど余裕を持たれていたとはな。

 叫んだ俺が言うのも変な話だが、本当に止まるとは思わなかったぜ。

 

 俺の言葉に興味を持ったのか、その言葉の必死さに哀れみを感じたのか女は足がを止め、こちらに顔を向けた。

 いや、向けてくれた。

 

 ああ、もったいない。

 売れば金貨数千枚になるとまで言われたのに。

 

 しかし、ここで使わなければ宝の持ち腐れだ。

 そして、使うべき時に使わないのは自分の寿命縮める行為だ。

 

 「なに?まだ何かあるの?」

 「ふふふ、確かにお前は強い。ミスリル級の冒険者だと言われても納得するほどだ」

 

 ミスリル級と言われてもピンとこないのか怪訝そうな顔をする女。

 冒険者システムを知らない?まさか、そんなはずはない。

 

 「とぼけても無駄だ。普通に鍛えたものがそれだけの力を得るわけがない。しかし、たとえお前がミスリル級だとしてもこのアイテムで呼び出されるゴーレムには敵うまい!」

 

 金の冒険者のパーティに入っていた頃遺跡で見つけた、見たことがない文字が刻まれた金属製の小さな人形。

 マジックキャスターに鑑定してもらった話では、この人形は強力なマジックアイテムで、どれだけの強さかははっきりしないが、最低でもミスリル級のパーティでなければ太刀打ちできないゴーレムが召還できるそうだ。

 

 そしてやつは一人、たとえミスリル級の力を持っていたとしても一人なら勝つ事はできないはずだ。

 

 「あっ、それって・・・」

 

 ん?あの女、このアイテムの事を知っているのか?

 もしや俺が知らなかっただけで、高位の冒険者の間では結構メジャーなアイテムなのだろうか?

 

 「どうやらこのマジックアイテムを知っているようだな。ならば話は早い、出でよゴーレム!」

 

 鑑定してもらったマジックキャスターに教わったとおり、頭を押し込み地面に軽く放り投げる。

 投じられたそれは地面に到達する事はなく、中空に浮かんた後、目を開けていられないほどのまばゆい光を放って消滅。

 光が収まったその場所に目を向けると。

 

 「おお、凄い!」

 「勝てる、これなら勝てるぞ!」

 

 黒光りする鋼鉄の体、直径30センチはあろう太く強靭な腕、その巨体を支えるたくましい足。

 身長3メートルを超える鉄の巨人、アイアンゴーレムがその姿を現していた。

 

 「まさかこれほどとは・・・」

 

 この威圧感、強く、雄雄しく聳え立つその姿、伝わってくる魔力、確かにこれならミスリル級のパーティ相手でも十分に戦えそうだ。

 その勇姿に勝ちを確信し、女の方に向き直る。

 

 「どうだ、命乞いするのなら今のうちだぞ!」

 

 

 ■

 

 

 「そろそろ行くよぉ~」

 「まっ待て!」

 

 さて、後は仕上げだけだと思い、さっさと終わらせてユーリアちゃんたちと遊ぶぞ!と思ったところに冷や水を浴びせられた。

 

 ん?後は一方的に掃討するだけだと思ったけど、もしかしてまだ何かあるのかな?

 まぁ、たいした物では無いかもしれないけど、もしまだ人質がいましたなんてことだと困るから一応聞いてみるか 。

 

 「なに?まだ何かあるの?」

 「ふふふ、確かにお前は強い。ミスリル級の冒険者だと言われても納得するほどだ」

 

 ミスリル級冒険者?それってこの世界の冒険者のランクか何かかなぁ。

 って事は、この世界にも私たちクラスの強さの冒険者がいるって事か。

 

 「とぼけても無駄だ。普通に鍛えたものがそれだけの力を得るわけがない。しかし、たとえお前がミスリル級だとしてもこのアイテムで呼び出されるゴーレムには敵うまい!」

 

 100レベルの戦士でも勝てないって事はかなり強力なゴーレムだけど、そんなものがマジックアイテムで!?そんな技術までこの世界にはあるの!?なんて思ったら・・・。

 

 野盗のリーダーらしき男が、腰の皮袋からおもむろに鉄でできた人形を取り出す。

 

 「あっ、それって・・・」

 

 野盗のボスが取り出した人形には見覚えがある。

 あれってユグドラシル初期のハズレ課金アイテム、「愚鈍なる鉄巨人の人型」だよね

 たしか、使うと30レベル前後のアイアンゴーレムが出てくるってやつ。

 

 あくまでマスターの記憶の断片だけど、たしかかなりのプレイヤーが当時のレベルキャプ、50レベルに達していたからレベル上げでは使えないし、つれて移動するには移動速度が遅いからボス前ダンジョンの雑魚戦での使い捨てか、当時実装された小規模本拠地や個人の家の門番くらいにしかならなかった。

 

 まぁ、外見はそれほど悪くなく、はじめたばかりのプレイヤーでも使えたからそれなりの需要はあったようだけど、マスターのような初期からのプレイヤーのほとんどからすれば本当にどうしようもないハズレアイテムだ。

 

 「どうやらこのマジックアイテムを知っているようだな。ならば話は早い、出でよゴーレム!」

 

 意気揚々とアイテムを投げる野盗。

 え~っと、もしかしてそのアイテムの強さを間違って知らされてる?

 流石に100レベルのプレイヤーと戦える能力はないんだけど・・・もしかして似ているだけの私の知らないマジックアイテムなの?

 

 まばゆい光に包まれて現れるゴーレム、しかし現れたものは予想に反して強大な力を持ったもの・・・などではなく、残念ながら想像通りの愚鈍そうなアイアンゴーレムだった。

 ・・・だろうね。

 

 「(やっぱりあれかぁ」

 

 現れた姿に、自分の知識が間違っていない事を再確認する。

 でも・・・。

 

 「おお、凄い!」

 「勝てる、これなら勝てるぞ!」

 

 現れたアイアンゴーレムに部下の野盗たちは大興奮だ。

 まぁ、部下の野盗たちからすると、自分たちよりはるかに強いからこの反応はわかるけど、リーダーは愕然としているんじゃないかな?

 出てきたゴーレムが予想に反して弱すぎて。

 

 「まさかこれほどとは・・・」

 

 って、お前もかっ!

 いけない、この人たち、本気でこれで勝てると思っているみたいだよ。

 

 「どうだ、命乞いするのなら今のうちだぞ!」

 

 アイアンゴーレムを背に勝ち誇ったような顔をしてこちらに振り向く野盗のリーダー。

 

 ・・・なんか頭痛くなってきた。

 だけど、実際このアイアンゴーレムが彼らの切り札なのだろう。

 それに悪役が口上を述べているのなら、それに付き合って最後まで聞いてあげるのがヒーローの立場にある私の役目だよね。

 

 マスターから受け継いだオタクの流儀に従ってすぐには手を出さず、すべての口上を聞いてからマナーどおり、苦戦をするようなフリをして倒してあげよう。

 え~っと確かヒーローたるもの、3の力の相手に10の力で勝つのではなく、相手の力を5とか6まで引き上げて7の力で勝つだったかな?

 

 そのほうが盛り上がるというのは私も解る。

 観客は・・・いないけど、ヒーローと悪役の最終決戦は見ている人が楽しんでもらえるような戦いをすべきだとマスターは考えるはずだ。

 

 よし、折角だから思いっきり盛り上がる戦闘を繰り広げて見せよう!

 

 そんな事を考えていた私の眼の端にあるものが映った。

 ものと言うか・・・。

 

 「えっ!?」

 「はははっ!これほどのゴーレムだ。これなら・・・」

 

 バキッ。

 

 「あっ!」

 「お前など軽くひねりつぶし、もう一人のメイドも血祭りに上げてやろう!」

 

 メキッ。

 

 「あ~・・・」

 「そしてこの力を持ってすれば国の兵士さえ恐れるに足らない!」

 

 ゴガガガガガッ。

 

 「(もう、やめてあげて・・・)」

 「いや、高位の冒険者と言えど、このゴーレムに打ち勝つ事などできないはずだ!」

 

 ドガガガガガ。

 

 「もう村など襲う必要もない!キャラバンや町の警備さえ打ち破れる・・・・」

 「ああああああ・・・」

 

 ベキベキベキッ。

 

 「ああ、何だ!うるさいな、今いいところなのに」

 「いっいや、野盗さん、今は振り向かないほうが・・・」

 

 他人事ながら私も思わず汗が噴出してしまう。

 

 グシャッ。

 

 イラつきながら振り向いた野盗のリーダーは、その場で固まってしまった。

 きっと彼は自分の見たものが信じられないだろう。

 

 私としてもあまりの事に呆けてしまいそうな光景なのだから。

 

 「シャイナ様ぁ~これは人間じゃないから大丈夫ですよねぇ~」

 

 野盗のリーダーの視線の先ではセルニアが、顔いっぱいに笑みを浮かべてアイアンゴーレムからもぎ取った鋼鉄の腕をこちらに向かってブンブンと振っていた。

 そう、直径30センチはあろう、強靭なはずのアイアンゴーレムの腕を。

 

 「あのさぁ店長ぉ~、ダメでしょうぉ~」

 「えっ?シャイナ様、何か不手際がございましたか?ご命令とおり、魔法は使用しておりませんが・・・」

 

 そう、先ほど私の目の端に見えたのはトテトテと歩いてくるセルニアの姿。

 

 「そんな・・・うそだろ・・・・」

 

 そして野盗のリーダーが振り向いた瞬間に目の前に広がった光景は、セルニアによって素手でスクラップにされたアイアンゴーレムが崩れ落ち、、頭をかわいらしい靴で踏み潰される光景だった。




 セルニア、ちゃんとシャイナの命令は守っているんですよね。
 魔法も使ってないし、人は殺していない。
 敵の使役したゴーレムがいたからとりあえず倒しました!てな感じなのでしょう。

 野盗は哀れですがw

 因みにシャイナが言っているヒーローと悪役が戦うときの理論ですが、知っている人は知っているでしょうけど、これはヒーローの役者の言葉でもなければ漫画原作者の言葉でもありません。
 レジェンドと言っても過言ではない昭和の顎のしゃくれたプロレスラーの言葉です。(少し変えてはありますが)
 でも、これって場を盛り上げると言う意味では間違いなく正しいですよね。

 さて、シャイナたちと違い、野盗の思考はシリアスです。
 それはそうでしょう、生きるために必死なのですから。
 それに対してお気楽極楽なシャイナの思考との対比を書こうと思ったのですが、成功しているでしょうか?

 もともと各キャラクターの書き分けさえあまりできていないので、成功しているとはとても言えないだろうなぁw

 投稿後、言いまわしがおかしな所を見つけたので修正。


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16 村長

 なんて言うかなぁ、これってかなりおかしな状況だよね

 

 今私がいる場所は周りに家は立ち並んでいるけど、村の中央広場に繋がる道で普段は人通りが多いからなのかそこそこの広さがあって、ちょっとした広場のようになってる

 

 そのような立地条件だからか野盗たちは襲撃場所として選んだろうなぁ

 それで今の状況だけど、その道の隅には人形か何かのスクラップらしき鉄の塊が通行の邪魔にならないように積み上げられている

 いや、人形ではなく、アイアンゴーレムの残骸なのかな?

 

 「あんなものまで持ってたんだ、この人たち、でも・・・」

 

 その鉄くずから少し目線をずらせば、そこには抵抗する気力さえなくなったのか地面に覇気のカケラも無くへたり込んでいる野盗たち

 その横には怒れるシャイナ

 そして、その前ではセルニアがうなだれている

 

 「店長、こちらが正義のヒーロー的な立ち位置なのよ!悪役が最後の切り札を出して戦闘の前口上を披露している最中に攻撃を仕掛けるだけでも問題なのに、ましてや倒してしまってはダメじゃない!」

 「すみません・・・」

 

 大きな音がした後、静かになったようなので、まるんはユーリアたちを家に残し、様子を見に来た

 するとこの光景である

 

 「あんなふうに倒してしまったら、折角の見せ場なのに台無しでしょ。店長はパーティ部門の責任者でもあるのだから盛り上がるところはちゃんと盛り上げないと!」

 「すみません・・・」

 

 なんなの?この状況は

 野盗たち、別に怪我をしているわけでもないのに逃げる気配さえないし

 なんだろう、戦う前に決定的な敗北感を植えつけられたような雰囲気が漂ってる

 

 「それにあれでは自分たちの切り札がどう倒されたかさえ彼らは見ることができなかったでしょ。かわいそうだとは思わないの?」

 「うう、すみません・・・」

 

 それに店長も可愛そうに、あんなに落ち込んで

 シャイナのあまりの剣幕に、もういつ泣き出してもおかしくない状況じゃない

 もぉ~、シャイナったらなにあんなに怒ってるんだろう?

 

 「ちょっとシャイナ、どうしたのよ。店長泣きそうじゃない」

 「あっまるん、ちょっと聞いてよ」

 

 ちょっと興奮気味で解り辛い所はあったけど、一通りはシャイナの説明で理解できた

 要するに野盗たちが意気揚々と切り札といえるアイアンゴーレムを出してきたのに、野盗のリーダーが口上を言い終わる前に倒してしまった訳か

 なるほどねぇ、確かにそれは店長が悪い

 

 「店長、それはダメだよ。せめて得意げに高笑いをするくらいまでは待たないと」

 「でしょぉ~」

 「すみません・・・」

 

 私からも叱られてなお一層しゅんとするセルニア

 いけない、ちょっと言い過ぎたかな?

 ただでさえ落ち込んでいたのに私の言葉がダメ押しになったのか、とうとう目に涙がたまり始めている

 これはホローしないと

 

 「でっでもまぁ、シャイナもそこまで言う事はないんじゃない?店長も悪気があった訳じゃないし」

 「そうだけどさぁ」

 

 シャイナからするとマスターの考えるであろうことが一番だから解らないでもないけど(実際私もその一点では同意)そろそろ許してあげないとセルニアが可愛そうだ

 流石にシャイナも同じ意見なのか、店長のそんな表情を見てとりあえずそれ以上何かを言うのはやめたみたいだ

 

 「と言う訳だから、店長、泣きそうな顔しないの」

 「はい、まるん様」

 

 未だ泣きそうな顔ではあるが、店長への対応はとりあえずこれで大丈夫だろし、これからの事をシャイナと相談しなくちゃいけないね

 

 「ねぇシャイナ、この野盗たちはどうするの?」

 「う~ん、どうしよう」

 

 さっきの話からすると、もうこの野盗たちは逃げる気力さえ無いだろうなぁ

 切り札で、自分たちよりはるかに強いゴーレムがよりによってメイドに素手でつぶされたのだから

 実際全員の目が完全に死んでいる、まるで前日に売れ残った魚の目と言ってもいいくらい死んだ目だ

 

 「さっきの話からするとこの人たち、もう立ち直れないんじゃないかな?」

 「もう、反抗する気力は無いだろうね」

 

 まぁ、野盗たちが立ち直れないのはいいことではあるけどね

 でも流石にこのまま放置と言うわけにもいかないから

 

 「えっとあなたたちのリーダーは誰?」

 

 と、誰と話していいか確認するために聞いてみたけど反応なし

 う~ん、よほど心が折れたんだろうなぁ、全員顔を下に向けて地面を見つめているだけだ

 

 そんな状況を見かねてなのか、それとも流石にこのままでは埒が明かないと思ったのか、シャイナが私にリーダーと思われる人を教えてくれた

 

 「あっ多分あいつだよ、一番偉そうだったし「愚鈍なる鉄巨人の人型」もあいつが使ってたし」

 「ありがとう、シャイナ」

 

 シャイナが指差した男の下に歩み寄る

 

 「あなたがリーダーね。念のため聞くけど、抵抗する気、ある?」

 

 うつろな目で私を見上げた後、首を横に振る野盗のリーダー

 う~ん、この状況では何を聞いても無駄だろうなぁ

 

 「この村にこの野盗たちを捕まえておく牢屋みたいな場所は・・・流石に無いよねぇ」

 「そうだろうねぇ」

 

 シャイナの話ではそれほど強くないみたいだけど、村人より強いのだけは確かだと思う

 私たちがいつまでもこの村に滞在するわけには行かないから、ちゃんとした拘留を出来る施設がないのならちょっと問題かな

 今はこんな感じだけどたぶん時間がたてば気力も回復するだろうし、捕まえたはいいけど、このまま村に残すわけにも行かないよね

 

 「この村に残して行って、ユーリアちゃんたちに何かあっても困るしなぁ」

 

 殺してしまえば簡単だけど・・・

 

 「野盗とはいえ、誰も殺していない相手を殺すのもね」

 「そうだよねぇ」

 

 殺すと言う言葉に一瞬ビクッと反応する野盗たち

 でも、その後の言葉に安堵の息がもれ聞こえる

 

 こうなると自分たちだけで決められないし、マスターに相談すべきだよなぁ

 

 「ねぇシャイナ、私たちだけじゃ判断できないし、あるさんに相談しようよ」

 「そうだね。あ、でもその前にこの村の人の意見も聞かないと、勝手に決められないこと無い?」

 

 確かにその通りか

 捕まえたのは私たちでも、被害にあったのは彼らだ

 

 「でも、殺してしまえと言い出したら止めるからね」

 「それはそうでしょ」

 

 と言うわけで野盗たちを大きめな家の壁を背にするように一箇所に固まるようにして座らせてセルニアをその監視に残し、私とシャイナは村人たちが逃げ込んだであろう一番大きな家?倉庫?に向かう

 集会所なのだろうか?他の家より大きな建物の中に、避難してきていた人々が心細げに集まっていた

 そしてその村人たちなのだけど・・・

 

 「シャイナぁ、いったい何したの?」

 「あははははは」

 

 所在なさげに頭をかくシャイナ

 何と言うかなぁ、村人たちがシャイナに向ける視線に非難とおびえが見えるんだよなぁ

 

 「人質になった村人を見捨てようとした」

 「おいっ!」

 

 小首をかしげて肩をすくめ、舌を出しながらウインクをした上に「テヘッ」って声をまで出して笑うシャイナ

 ダメだよ、そんな”可愛いと言われるテンプレな”顔したって!まったく、なにやってんのよ!

 

 そんな私の考えが伝わったのか、今度はまじめな顔をしてシャイナは言い訳をしだした

 

 「まぁ、ああしなかったら人質になっていた人たち、全員連れ去られていただろうし、そうなったら逃げるのに邪魔だからと3人とも殺されていたかもしれないから仕方なかったんだよ」

 「まぁ、解らなくもないけど・・・」

 

 それでもダメでしょ、一応助けるような姿勢だけはしないと

 

 「まぁ、全員助かったからいいじゃない」

 「開き直らないのっ!」

 

 と、一通りシャイナと漫才をした後、村人に向き直る

 

 「えっと、この村の責任者の人、いますか?」

 「私がこの村の村長だが・・・」

 

 お年寄りが出てくるかと思ったら意外と若い、45~6の男性が前に出てきた

 

 「(意外と若い人がやってるんだ)野盗たちをシャイナとセルニアが捕まえたんですけど、どうします?」

 「どうしますとは?」

 

 何を言っているのか解らないといった感じで村長が聞き返してきた

 いや、今は意識して大人っぽく話してはいるけど、どう考えても私の外見は子供なんだから私に聞き返すのは変でしょ

 

 「野盗たち、引き渡しましょうか?と言っているんですよ」

 「引き渡すって、あなた方が何とかしてくれるのではないんですか!?」

 「何とかって?」

 

 まぁ、大体予想は付くけど・・・

 

 「全員殺すとか・・・」

 「な訳無いでしょ!」

 

 あまりの発言にシャイナの目がつり上がって怒りのまま叫ぶ

 そのあまりの剣幕に、殺気を含んでいなかったにもかかわらず村人たちは震え上がってしまった

 

 まったく、なに考えてるんだか

 苦労して捕まえたのだから、殺すわけがない事くらい想像出来るでしょ

 

 「殺すのなら捕まえたりしません。第一誰も殺していないものを殺すなんて、この国ではどうか知りませんが、私たちの国ではしませんよ!」

 「それとも誰か殺された村人、いるんですか?」

 

 シャイナが逆上気味に話すので私はわざと丁寧さを意識して、”セルニアが監視していたのだから絶対にありえないけど”私たちが知らない所で死人が出ているかもしれないから念のためと言うニアンスで聞いてみたが、当然殺されたものなどいないので村長は言葉につまり黙り込んでしまう

 

 では周りにいる人たちはどうだろうと村人たちの方を窺ってみても、本音では野盗たちを殺してほしそうではあるものの、全員目をそらすだけで、何か言おうとする人さえ皆無だ

 

 「あ~、このまま引き渡してもいいけど、あなた方が彼らを殺すというのであれば引き渡す事はできませんよ」

 「て言うか、今はおとなしいけど殺されるとなれば抵抗するだろうし、たぶん彼らなら手足を縛られてもあなた方を殺せるくらいの実力、あるんじゃない?」

 

 シャイナぁ~、それは脅し文句だよ

 あ、でも、脅しがいい方向に向いたかな?シャイナの言葉に村人たちがざわつき始めた

 

 「そんな者たちを残して行ってもらっては・・・・」

 

 村長の顔にも今こちらに手を引かれては困ると言う色がありありと見える

 よし、折角だから乗っかろっ

 

 「う~ん、どうしようかなぁ?ねぇ、シャイナ、こういう場合は村に引き渡すのが普通なんだよね」

 「そうだね、私たちには責任が無いし」

 「そんなぁ」

 

 クスクス、困ってる、困ってる

 でも、いつまでも困らせていても仕方がないからこの辺りで助け舟を出すかな

 

 「でも、そうなるとユーリアちゃんたちが困るよね」

 「まるん!ユーリアちゃんたちが困るのはダメよ!」

 

 うん、私もそう思う

 でもシャイナ、その返答はあまりにもあからさまだよ

 村人たちよりユーリアちゃんたちが大事だって言っているようなものじゃないか

 まぁ、私も同じ意見だけど

 

 「流石にこれは私たちでは判断できないね」

 「そうだねぇ」

 

 もう村長は何も言葉を発しない

 こちらの結論をただ待つだけの存在になってしまった

 では周りの村人たちはと言うと、こちらが何を言い出すのか、不安げに固唾を呑んで見守っているだけだったりするし

 

 大の大人がこんなにいて、子供相手にこの反応はどうなんだろうなぁ?

 まぁ、こちらに野盗を押し付けたいと言う気、満々だろうけど、下手な事を言ってそのまま去られてはいけないと言葉を発する事さえできなくなってるんだろうけど

 

 「村長さん、私たちでは判断できないから私たちのマスター、御仕えしている方に相談してもいいですか?」

 「はっはい。しかし、私たちとしてはその御方が見捨てろと仰った場合は・・・・」

 

 そうだよなぁ

 野党を残して行けと言われたら困るだろうなぁ

 

 「それに関しては、私の友達のユーリアちゃんたちが困るから何とか頼んでみますよ」

 「そうだよね、他はともかく、ユーリアちゃんたちが困るのはだめだからね」

 

 すかさずシャイナが割り込んでくる

 まぁ、これは別に村長の援護射撃をした訳ではなく本音なのだろうけど

 

 「お願いします」

 「では、連絡を取ってきます。結果は後で報告しますね」

 

 そう言うと、村人たちが集まっている場所を後にした

 よし、これで私たちの判断だけでどうにでもなるぞ

 

 「マスターならユーリアちゃんたちが困るような判断はしないよね」

 「マスターだからね」

 

 ある意味面倒ごとは終わったし、後はマスターに丸投げしてユーリアちゃんたちと遊んでいればいいよね

 マスターが聞いたら怒るかなぁ?なんて事を考えながらシャイナと二人、軽い足取りでユーリアたちの家に向かうまるんだった




 途中少しだけ顔を出しているけど、グラスランナーであるまるんは基本相手が困ったりする状況を見るのが好きです
 これは実際にある小説などの色々な物語でいたずら妖精として描かれているいるグラスランナーの性格を種族特性として設定している今作としては当たり前の行動なのですが、今回まるんはその欲求をかなり抑えているんですよ、何せシャイナがこのような話し合いでは脳筋キャラ丸出しでまるで使えないキャラとして行動するので

 そんなシャイナと行動をともにしているので、シャイナより年上のまるんはがんばって年長者としても役割を果たそうとしています(人間年齢で言うと大人と言うにまだ早い年齢ですが)

 でもまぁ、このキャラがこんな事をするのはかなり珍しい事だと認識してもらえるとありがたいです
 じゃないと、これからのまるんの行動とこの話のまるんの行動があまりにも違って見える可能性があるので

 しかし、今回の話を改めて読み直すと、シャイナもまるんも村人の事をこれっぽっちも大事に思ってないなぁ
 これからも訪れる事があるのに、これでいいのかねぇw


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17 治療と言い訳

 「マスター、この野盗たち、どうしたらいいと思う?」

 「そうだなぁ」

 

 セルニアと合流した後、早速マスターに<メッセージ/伝言>を飛ばす

 私としては野盗は一度私たちで引き取って何とかするべきだよなぁなんて漠然と考えているのだけれど、そうなると私たちだけの判断ではどうにもならないからだ

 

 「うん、そうだね。あっまるん、ちょっと待ってね」

 「はい」

 

 横に居るギャリソンとなにやら相談しているような雰囲気だけど、流石にすぐにはどうしたらいいか決められ・・・あれ?なんかマスター楽しそうだ

 感情があいまいだからなのか、伝えるべきでは無いと考えているからなのか、はっきりと情報として伝わってこないなぁ

 けどマスター、あちらでの話し合いで何か面白い事でも思いついたのかな?

 

 「それじゃあ、あやめ、お願いね。あ、まるん、大丈夫だよ全員連行しても」

 「はい、では一応拘束してつれて・・・」

 「あっ待って」

 

 そこまで言おうとして、マスターに止められる

 またギャリソンと何か話しているような雰囲気がして、その話を受けてマスターが話しかけてきた

 

 「まるん、村人って怪我はしていないの?」

 「えっ?あっ、怪我をしている人はいますよ。野盗に襲われたのですから」

 

 襲われたのを見てすぐに助けに入った訳ではなく、最初は見捨てるつもりだったから、当然多くのけが人は出ているはずだよね

 

 集会所で村長と話をした時に奥の広間をチラッと見た感じ、あの場の雰囲気からすると命にかかわるような怪我の人は居ないみたいだけど、手前の部屋から見えるほど怪我人が入り口近くまで寝かされていた所を見ると、骨折程度の怪我をした人はかなりの数に登るんじゃないかな?

 

 「そうかぁ、なら私が一度そちらに出向くよ」

 「マスターがですか!?」

 

 マスター、メルヴァに止められていたけどよほど来たかったんだろうなぁ、こんな言い訳を見つけてでも

 そんな不遜なことを考えていると

 

 「まるん、なんか変な事考えているでしょ」

 「そっそんな事は無いよ!」

 

 と、図星をつかれてしまった

 あれ?でもこっちの感情はマスターには伝わらないって話じゃなかったっけ?しっかり伝わってるじゃないか

 

 「別にこじつけで行く訳じゃないよ、ちゃんとギャリソンと話し合って決めたことなんだから」

 「あ、そうなんですか」

 

 どうやらこの村に来たいと言う理由で来る訳ではないらしい

 ではなぜここに来るんだろう?治療なら魔女っ子メイド隊のヒーラーでいいはずだけど

 

 「まぁ、詳しい話はそちらでするよ」

 「わかりました、お待ちしております」

 

 こうして<メッセージ/伝言>は切れた

 まぁ、魔法で来るだけだし、すぐ来るのだろうなぁと思っていたのだけれど・・・

 

 「マスター、来ないねぇ」

 「そうだねぇ」

 

 その後1時間ほど待ってもマスターは現れなかった

 流石に直接私たちの居る場所に転移はしないだろうと、連絡を取ってからすぐにセルニアが野盗の監視を私たちと交代してイングウェンザー城側の村の入り口までマスターを出迎えに行ったんだけどまったく帰ってくる気配は無い

 

 「マスター、遅いねぇ」

 「何かあったのかな?」

 

 流石にこれは遅すぎると思い、何か予定が変更になったのかもしれないから一度指示を仰いだほうがいいかなぁ?なんてシャイナと話し始めた頃、セルニアが私たちの元に帰ってきた

 

 やっと来たみたいだね

 でもマスター、来るまでに意外とかかったなぁなんて思っていたら

 

 「シャイナ様、まるん様、アルフィン様が乗った馬車が到着されたそうです」

 「えっ?馬車で来たの?」

 

 予想外に、魔法ではなく作りかけの物をわざわざ仕上げて馬車で来たみたい

 てっきりグレーター・テレポーテーションかゲートで来るとばかり思っていたので驚いたけど、よくよく考えたら当たり前か

 

 「私たちの主人と紹介したのだから、徒歩で来る訳には行かないよね」

 「それに見た事がない場所へは飛べないはずだし、こちらの状況を知らないって事は遠隔視の鏡も使っていないはずだからね」

 

 そう言をいながら、シャイナと二人お出迎えに向かう

 イングウェンザー城の方角にある方の村の入り口へ向かうと前方にとても大きく、こんな村に存在するにはあまりに絢爛豪華な4頭立ての馬車(繋がれている馬も騎乗用より大柄な特別製アイアンホースだ)が止まっていた

 そしてその馬車の横には

 

 「あ、あるさんだ・・・・って!?」

 「姫様だ、ミルフィ姫様がいる・・・」

 

 そこにはアニメ「CAT DAYS!」の主人公が所属する国のプリンセス、ミルフィ姫のドレスを着たアルフィンがいた

 確かにこの間決めた通りギルド長のあるさんは私たちの姫様だし、ピンクがメインカラーだけど

 

 「まさかコスプレで来るとは思わなかったよ」

 「う~ん、確かにお姫様だからあれであっていると言えばあっているけど・・・」

 

 何と言うかなぁ、コスプレと解っている私たちからするとなんか違和感がある

 

 でも、村人たちの反応は違うようで、執事然としたギャリソンを伴ったマスターを見て、まるで貴族か女王様を見るかのような雰囲気だ

 まぁ、コスプレと言ってもティアラや装飾品に使われている貴金属や宝石は本物だし布地や縫製は最高級、コスプレと知らなければ確かに姫にしか見えないけど

 

 「あっ、シャイナ、まるん」

 

 違和感バリバリながらも、自分たちの中で何とか納得させながら近づいていくと、マスターがこちらに気付いて近づいてきた

 

 「わざわざありがとう、あるさん」

 「アルフィン、その格好・・・」

 

 とりあえず周りに聞こえないように服装を指摘すると

 

 「ああこれね、お姫様って事で尼木シャイニーパークのラティ姫にしようか悩んだけど、あっちは裾が広がりすぎて外を歩くには向かないからこちらにしたのよ」

 「なるほど、確かにあれのほうがお姫様っぽいですね」

 

 つい納得してしまったけど、マスターって姫じゃなくて支配者だったよなぁ

 まぁ年齢的に女王様と言うよりお姫様と言った方が違和感ないけど

 

 「ところで、怪我をした村人はどこにいるの?」

 「ああ、こっちですよ」

 

 シャイナにギャリソンと村長との仲介を、セルニアに野盗の監視をそれぞれ任せて、怪我人を集めて寝かせている集会所へ向かう

 集会所は村にある他の家よりも一回り以上大きく、家と言うより倉庫か体育館のような佇まいで、その中にある広間にはシーツのようなものが敷き詰められ、その上に怪我をした村人たちが簡易的な治療を施されて横たわっていた

 

 広間に立ち入った瞬間はそれほど凄惨さは感じない

 それは野盗が間違って殺してしまわないように剣で攻撃しなかったからなのか、斬られた様な傷を負ったものが皆無だったために血の匂いがしなかったからだ

 

 しかし、そこに寝かされている村人たちはほとんが骨折以上の重傷を負った人たちで、彼らの口から漏れるうめき声がこの場に寝かされている人には五体満足のものは誰もいないと訴えていた

 

 それを確認した後改めて集会所の中を見渡してみると、寝かされている怪我人たちは一応骨折した場所に添え木をしたり、布を裂いただけの包帯モドキで簡単な治療はしてある

 だけど、この村では近くにモンスターが生息する森も無く、凶暴な野生の動物もいない為、普段では大怪我をすることが滅多にないらしくて、怪我を治す神官やポーションどころか薬草さえほとんど無いらしく、そのせいで誰も彼も十分に処置を施してあると言うには程遠くて、まるで補給が絶たれた最前線の野戦病院のような雰囲気だった

 

 「これはひどいね、店長が持ってるポーションは使わなかったの?」

 「人数が多すぎて焼け石に水だからね」

 

 これが死にそうな人がいるようなら使うのだけど、あの野盗たち、律儀と言うか、殺すのを本気でためらっていたと言うか、絶対に致命傷にならない腕や足を折ることはあったけど、頭や内蔵を痛める可能性のある肋骨は骨折するほどの怪我を負わせていないんだよね

 ユーリアたちのお母さんの受けた頭の擦過傷を含む軽い打撲が、頭の怪我の中では一番重症なくらいだ

 

 ただ、手足の骨折をしている人数は思いのほか多く、40人以上動けないほどの重傷を負った人がいるため、ポーションを使うわけには行かなかったんだよ

 村の大人たちの内、比較的程度の軽い人も含めたら男の人の3分の2くらいはどこかしら骨折しているんじゃないかな?

 当然だけど、怪我をしたのは男の人だけではなくて、女の人の中にも大勢いる

 ただそちらは骨折までは行かない程度の怪我がほとんどだけど

 

 「確かにこれだけいたんじゃ、持ち歩いている程度の数ではあまり意味を成さないね」

 「それに、村長が言うにはポーションを使ってもらうにしてもお金が払えないというんだよ」

 

 マスターが来るまでに聞いたのだけど、どうやらこの国周辺では神殿が怪我の治療を担っているらしく、魔法やポーションを使って治療をする時は絶対に治療費を取らないといけないらしい

 これを無制限に許してしまうと神殿の利益にかかわってくる為、冒険者などが魔法で治療を無料で行うと場合によっては神殿から刺客が送られる事もあるらしいのだ

 

 「また面倒な規則があるんだなぁ」

 「そうだよねぇ」

 

 でも、この状況を放って置くこともできない

 死にはしないかもしれないけど、治療が遅れたら、深刻な後遺症が残る人も出てくるかもしれないからね

 

 「で、神殿には連絡したの?」

 「それが一番近い神殿がある町までかなりの距離があるらしくて」

 「まだって事ね」

 

 私の説明を聞いてマスターは考え込んでしまった

 マスターはヒーリング系の魔法が使えるから、魔法を使っていいのならこの程度の人数、あっという間に治療してしまえるだろう

 でも、それをした場合、この村人たちがその治療費を払えるとはとても思えない

 

 しばらく考えた後、マスターが何か思いついたように顔を上げた

 

 「マスター、何か考え付きました?」

 「まぁね。まるん、悪いけどシャイナと店長を連れてくれない?」

 「あ、はい」

 

 よくは解らないけど言われたとおり広場まで戻り、野盗の監視をマスターがつれてきたメイド4人(聖☆メイド騎士団に所属している子たちだ)の内の二人に任せてセルニアを連れ出し、次に村長の家で一人になってしまうギャリソンの補佐として二人のメイドを残して変わりにシャイナを連れ出した

 

 「マスター、用事って?私は戦うのは得意だけど、直すのはちょっと苦手なんだけど・・・」

 「アルフィン様、私ができる治療はもう済ませていますが」

 

 どんな理由で呼ばれたのかさっぱり解らないという顔の二人

 それはそうだろう、呼びに行った私ですら何を考えているのか解らないのだから

 

 何をしていいのか解らず、所在なさげにしている二人に対してマスターは説明するどころかさらに混乱するような事を言い出した

 

 「二人とも、野党と戦ったんだから当然怪我をしたよね?」

 「えっ?いや、私たちは・・・」

 「(強い口調で)怪我をしたよね?」

 

 あんな一方的な戦闘で怪我などしている訳がない

 でも、マスターが有無を言わせぬ勢いでそう言うのだから、二人ともとりあえず首を縦に振る

 

 「そうかぁ~、それでは治療をしないといけないね」

 「ああ、そっか、確かにそうですよね。早くシャイナたちの治療をしないと」

 

 悪戯っ子全開の表情をしてうんうんとうなずくマスター

 なるほど、そこまで言われてやっと何をしたいか理解できたよ

 言葉を投げかけられたシャイナも、得心がいったと言う顔でうなずいている

 

 「まるん、村人の治療にはお金を取らないといけないけど、身内への治療魔法は問題ないよね?」

 「はい、当然仲間への治療は問題ないです!」

 

 理解をした顔と態度を示したからだろう、マスターは私に対して周りにちゃんと聞こえるような少し大きな声で、わざとらしい説明芝居を始める

 

 「じゃあ、シャイナとセルニアは私からちょっと離れてね、魔法をかけるのに近すぎるとやり辛いから。あ、そうだ、あの辺りがいいんじゃないかな?」

 「そうですね、あの辺りがいいと私も思います」

 

 そう言うと二人で集会所の中心辺りを指差す

 そこは怪我をして寝かされている村人たちのちょうど中心辺りでもある場所だ

 

 ここに来て唯一何を言っているのだろう?といった顔だったセルニアも理解したようでシャイナと二人、何が起こるのか不安顔の怪我人たちの間を、間違ってぶつかったりしないよう慎重に歩きながら広間の中心辺りまで移動した

 

 「えっと、ヒーリングやリジェネーションは個別ターゲット魔法だから突っ込まれたら言い訳できないしダメだよね。よし、あれにしよう」

 

 マスターは手に持っていたスティックを構え魔法の詠唱を始める

 

 「<ワイデンマック/魔法効果範囲拡大><ヒーリングレイン/癒しの雨>」

 

 シャイナとセルニアを中心に青白く光る魔法陣が広がり、集会所全体を範囲内に収めるくらい大きくなった後、その範囲内に癒しの効果を持った光の粒が雨のように降り注ぐ

 この光の粒、<ヒーリングレイン/癒しの雨>って言うのは、効果範囲内にいる者の怪我を敵味方関係なく1分ほどの間、少しずつ回復させ続ける魔法で、性質上戦闘中には使えないけど、複数のパーティで拠点攻略などをする際に怪我をして後方の陣地に下がってきたパーティを回復させたりする時にはとても重宝する回復魔法一つで、その中でも一番低位の物だ

 

 まぁ、低位と言っても1レベルにも満たない村人の怪我を治すと言うのなら十分なもので、見る見るうちに村人たちの怪我が治っていき、あっという間に集会所全体に回復した人やその家族の歓喜の声が広がっていった

 

 そうなると当然その人たちが口々にお礼の言葉を述べに来るのだけど

 

 「まるん?なんか村人たちがありがとうと言ってるみたいだけど、何かあったっけ?」

 「さぁ?アルフィン様はシャイナたちの怪我を治しただけで、村人たちには何もしていないから解りませんねぇ」

 

 と、あからさまに照れて顔を赤くしているマスターに話を合わせ、二人で逃げるように集会所を出て行く

 このままここに居続けるには、私も照れくさくてたまらないからね

 

 因みに怪我人たちの中心に居たシャイナたちは当然逃げ遅れ、村人たちに囲まれてしまっていた

 大変だろうなぁ、あれは

 

 「さて、次はシャイナたちが捕まえたという野盗たちの処置だね」

 「はい、こちらです」

 

 後ろから聞こえてくる

 

 「マスタぁ~、まるん~、待ってぇ~」

 

 と言うシャイナの声を無視・・・じゃなくって聞こえないフリをしてマスターと二人、足早に集会所を後にした




 第1話以来のコスプレ回です
 今回の姫ドレスですが、これもただの服ではなくちゃんとした防具で外装だけをコスプレ衣装に替えてあるものなのでちゃんと冒険に出ることができます

 DQ10をやっている方は色々なアニメキャラ風のドレスアップをしている人がいるのを知っていると思いますが、あれのもっとこった物だと思ってください

 さて次の更新ですが、来週は正月だし、9・10と東京に出かけるので多分11日になると思います

 それでは今年は私のつたない文章にお付き合いくださってありがとうございました。また来年もよろしくお願いします


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18 受け入れ準備

 時間は少しさかのぼる

 

 ここはイングウェンザー城地下1階層の製作作業区画にある執務室

 地下5階層や6階層とは違って豪華さはあまりなく、どちらかと言うと企業の応接室のような作りの部屋の中に置いてあるソファーセットに机を挟んで上座にアルフィン、下座にメルヴァとギャリソンがそれぞれ腰掛けていた

 

 「しかし凄い量ね」

 

 机の上には色々な資料が書かれているであろう羊皮紙の束が積み上がっている

 現実世界では各自の手元にタブレット一枚あれば済むものだけど、現実に会議に必要な情報をすべて書類として書き出したらこうなるんだよと言う見本のようだね

 

 経験した事がない人にとっては見ただけで気が滅入る様な光景なんだろうけど、私は仕事柄このような資料が大量に用意される会議(今の時代、書類と言うものはデーター化出来ないほど機密性の高い物以外はほとんど存在しないから紙の束を見る機会はあまり無いけどね)を色々な企業の担当者との打ち合わせでこなして来たのでなれたものである

 

 「さて、それでは始めましょうか」

 「はい、アルフィン様」

 

 シャイナたちを見送った後、メルヴァとギャリソン相手に最初に取り掛かった作業はイングウェンザー城の人員配置などを決める会議

 ここでは特に無駄に多いメイドをどうするかと言う話がメインだ

 

 メルヴァたちが言うには私に作られた子たちはみな、私たちに仕えることを最大の喜びとしているそうな

 そこですべての子が常に仕事を欲しているらしいんだけどこの城、確かに広いけどそれにしてもすべての子に仕事を与えるにはメイドの数が多すぎるんだよなぁ

 

 と言うのも

 

 「(アニメや漫画、ゲームや小説で気に入ったキャラが出てきたらとりあえず作っていたからなぁ)」

 

 ボッチギルドであることをいい事に、気に入ったキャラがいたらとりあえずメイドキャラとして作っていたんだよね

 しっかり数えていないから解らないけど、この城を手に入れから1年に16人前後作っていたから140人以上いるんじゃないかなぁ?

 レベルもそのキャラを再現するためにスキルを持たせる事が多かったから、一番数が多い一般メイドなどのような5レベル前後の子から、数は少ないけどメイド部隊の幹部クラスになっている50レベル前後の子までいるほど幅が広い

 

 「交代制で休みを取らせるとかできないの?」

 「休みなど誰も取りませんし、取りたがりません」

 

 私たちの常識からするととても驚いたことに、彼女たちは本当に休みを取りたがらないのだそうな

 メルヴァ曰く、”働く事が我等の存在理由!”とまで考えているのが主流みたい

 こんな子達ばかりならどんなブラック企業でもやっていけそうだなんて不謹慎な想像までしてしまうよ

 

 「もし食事無用、疲労無効のマジックアイテムをいただければ寝る暇も食事をする暇もなく働けると大喜びすると思います」

 「まじですか・・・」

 

 仕事人間ここに極めりって所ね

 そう言えば私のデザイン事務所の営業にもいたなぁ、常に走り回って「新しいお客さんを捕まえたからデザインを考えてください!」っていつも言ってくるやつが

 そんなにポンポン新しいデザインは出ないっての

 

 まぁ、ゲーム内で考えたものでも意外と商品として通用したから何とかなってはいたんだけど

 

 「(調子に乗ってアンティーク調家具シリーズとしてALUFIN'Sってのを作って出したら思ったより売れたんだよねぇ)」

 

 こっそりユグドラシルでも同じ名前、同じデザインで誓いの金槌ブランドで売っていたけど、あれも宣伝になっていたのかなぁ?

 まぁ、このゲームをやっている層が買うような価格帯ではなかったけどね

 

 あっそう言えば私のデザイン家具をかなり気に入ってくれている人たちもいたなぁ、他の職人が派手なものばかり作る中でこのシリーズは落ち着いた感じがいいって

 

 「あのぉ~アルフィン様、御聞きになられていますでしょうか?」

 「あっ、うん、聞いてるよ」

 

 いけない、いけない、会議に集中しないと・・・

 それにしても休みを取りたくないと言うほど働きたいと言われても、そもそもその働く場所がないのが問題よね

 

 「メイドの能力しか持っていない子達はメイドしかできないからなぁ。とりあえず全員接客と料理はできるんだよね?」

 「はい、メイドとしての技能と最低限の料理は全員マスターしています」

 「なら一部調理場に回せないの?」

 

 技能があるのならメイドの仕事にこだわらなくてもいいはずだ

 

 「それが、調理場もこの城の食事をする者たちの人数に比べてかなり多いのです」

 「ああそうか、お客様をお迎えするために料理人も多く作ったんだっけ」

 

 それに伴って、配膳係をしていたメイドたちも仕事がなくなっているという状況だ

 う~ん、だからと言ってまだ右も左も解らないこの世界で店を開くわけにも行かないしなぁ

 

 物作りの技術を持たないメイドたちでは地下1階層の生産部にまわしても何できないだろう

 ん? 待てよ、生産部も止めているからここもに仕事にあぶれているNPC達が居ると言う事じゃないか?

 

 「頭痛いなぁ」

 「あっアルフィン様! 大丈夫ですか!?」

 「メルヴァさん、早急に医療班の編成を!」

 

 私がつぶやいた一言に劇的に反応して顔色を変える二人

 メルヴァはとたんに涙目になってこちらに身を乗り出すし、ギャリソンはギャリソンでいつもの落ち着いた物腰はどこへやら、扉前に控えているメイドにベットの用意をするように指示まで出す始末だ

 

 「いやいや、そういう意味じゃないから。本当に頭痛がするわけじゃないからね」

 

 とりあえず安心するようにと二人に言い聞かせ、メイドにもベットの用意は必要ないとギャリソンの指示を訂正する

 

 う~ん、ただの比喩なのになぁ

 この子達は常に私たちの事を第一に考えていると言うのは頭では理解してはいるんだけどまさかここまでとは

 ホント下手な事とは言えないなぁ

 

 しかしメルヴァだけならともかく、まさか頭のいいギャリソンまでこんなに慌てふためくなんて・・・ ねぇ

 

 「と、とにかく会議を続けよう」

 「はい、アルフィン様」

 「取り乱してしまい、申し訳ありませんでした」

 

 流石にここまでの流れで比喩だった事を理解し、少々ばつの悪そうな二人だけど、それには触れないのが大人の対応だよね

 

 さて、でも本当にどうするかなぁ?

 地下4階層にある田畑とか家畜の世話、森の管理や川や海から魚介類を取る子達は今のままで増員する必要ないし、地下2階層の冷蔵庫区画の管理や特殊な家畜の世話にいたっては寒さ無効を持った特殊な子達しかできないからなぁ

 

 「とりあえず不満は出るだろうけどなんとか交代に休みを取らせるように指示を出して、その上でちゃんと全員に何かしら仕事が回るよう、二人で話し合って配置を考えて。流石にこれはすぐに決められることじゃないし、この他にもこの地に転移したことによる問題点がいくつか出てくるだろうから、その一つ一つを時間をかけて考えて行こうよ」

 「解りました」

 

 先送りにしただけではあるけど、とりあえず配置問題は終了

 正直私が考えるより、メルヴァやギャリソンが配置を考えた方がうまく行くだろうと言う打算もあるからの先送りではあるけどね

 

 その後、城のこまごまとした事を決めた頃、あやめとあいしゃが帰ってきた

 

 「おかえり、何かいい方法思いついた?」

 「とりあえず作り方自体はよく解ったんだけど」

 「ご本にのってるのって、機械を使って作るやりかたばっかりなんだよね」

 

 まぁ、当たり前か

 いくら蔵書の数が多いと言っても、機械が開発される前の製造法なんて特殊なものが書いてある本までは流石に置いてないだろうからなぁ

 

 「でも形はしっかりイメージできたんでしょ?なら、試作品として<クリエイト/創造>で作ってみたら?現物が目の前にあればまたいいアイデアが浮かぶかも知れないし」

 「色々考えていても先に進まないし、そうしようか」

 「うん、そうだね」

 

 私の提案に納得するあやめとあいしゃ

 魔法で作ると言ってもまさかここで作る訳にも行かないので、とりあえずああでもない、こうでもないと意見を言い合いながら、足回り以外はすでに出来上がっている馬車の置き場まで移動する

 

 そこには丈夫な樫やマホガニーを使って車体を製作し、その上から漆を何度も塗り重ねて蝋色をかけ、最後に細かな彫刻と貴金属によって豪華に飾られた黒く輝く大きな馬車の胴体部分が鎮座していた

 その姿はメルヴァが意見と指示を出し、我がギルド”誓いの金槌”が誇る自慢の生産系NPCたちが作り上げただけの事はあって、かなり見事なものだ

 

 「中ももう出来上がっているんだよね?」

 「はい、車輪部分さえ取り付ければいつでも使用できるようにすでに仕上げてあります」

 

 メルヴァに確認を取ってから観音開きの扉を開いてみると、外観と違い木目を基調としたシックな作りの壁と赤色のサテン生地で作られたソファー、窓にはシルクのカーテンが掛かっており、床にはやわらかそうな茶色を基調とした柄物の絨毯が敷き詰められていて、かなり居心地のよさそうな空間となっていた

 

 「ホント良くできてるなぁ。メルヴァ、かなり張り切ったみたいだね」

 「ありがとうございます」

 

 長時間移動に使うとなると外見のように派手なつくりでは落ち着かないからね

 その点、これはよく考えて作られている

 

 「それに大きくて立派だ。これなら10人は楽に乗れそうだね」

 「ちょっと大きく作りすぎのような気もするけど、城塞都市の支配者が乗る馬車だからね」

 

 そう言いながら、馬車の大きさを確かめるとあやめは魔法の詠唱を始めた

 銃なども生産する武器鍛冶のあいしゃの方が機械関係の物を作るのには向いているのかと思ったけど、意外な事にこのような工程はどうやら防具鍛冶のあやめの方がよく理解できるそうだ

 

 「よし、上出来」

 

 呪文を唱え終わると馬車の足回りはあっさりと完成した

 うん、ちゃんと構造が理解できていると言うのは確かなようだね

 そうでなければ魔法はうまく発動しないはずだから

 

 で、出来上がったものを見るとそれは4輪馬車の足回り部分全体だった

 開発時はそれぞれ別に作ってそれを組み合わせるという方法を取るはずだったけど、流石に魔法で作るのだからサスペンションとかベアリングだけを別々に作るのではなく、すべてを一気に創造したみたいだね

 

 「ねぇ、折角作ったんだし、これで馬車第一号を組んで走らせてみようよ。走らせてみないと問題点は見えてこないし、ここからの研究はそれを踏まえてしたらどう?」

 「そうだね」

 

 私の提案に納得してあやめとあいしゃは作業場のNPCたちと一緒に作業を開始した

 当初はけっこう時間が掛かるという話だったけど、最初から足回りをすべて一緒に作ったから完成まではそんなに時間は掛からないそうな

 

 「さて、次の仕事は・・・」

 

 新技術の指揮取りはもうする事がないだろうから次の仕事をとメルヴァたちに尋ねようと思ったところで

 

 「マスター、聞こえますか?」

 

 まるんから<メッセージ/伝言>が飛んできた

 

 「聞こえるよ。なに?まるん」

 

 話によるとシャイナたちが偵察に行った村が野盗に襲われていたらしい

 でも最初は村人と接触しないと言う言いつけを守って見捨てるという話になったらしいけど、子供の涙に反応したシャイナが助けちゃったそうな

 まぁ、子供が居たのならシャイナに我慢しろと言うのは土台無理だよね、それがシャイナの弱点特性なんだから

 

 「マスター、この野盗たち、どうしたらいいと思う?」

 「そうだなぁ」

 

 話からすると村に置いておく訳には行かないみたいだしこっちで引き取るしかないか

 

 「メルヴァ、ギャリソン、シャイナたちが村を襲っていた野盗を捕まえたらしいんだけどこの城に入れるわけには行かないよね?」

 「そのような者たちがこの城に立ち入るのなら当然皆殺しにいたします」

 

 おいおい

 

 「いや、殺しちゃダメだって。シャイナが殺さないように捕まえたんだから」

 「メルヴァさん、シャイナ様とまるん様の御決定を無碍に扱うおつもりですか?」

 「あ、いえ、そんなつもりはありませんが・・・」

 

 空気を読んだギャリソンにたしなめられるメルヴァ

 ナイスホローではあるけど、この城はメルヴァたちにとっては神聖な場所みたいだし、この反応も解らないでもないんだよね

 

 そんな私たちのやり取りを聞いていたあやめが私と同じ考えに至ったのか、助け船的な提案をしてきた

 

 「とりあえず城の外に拠点創造でその野盗たちを収監する館を作ったら?」

 「うん、そうだね。あっまるん、ちょっと待ってね」

 「はい」

 

 そうだなぁ、<クリエイト・パレス/館創造>で野盗たちを収監する建物を作って

 

 「アルフィスに20人分の簡易ベット・・・いや、簡易2段ベットを10個作ってもらっておいて・・・囚人でも人権はあるからなぁ。この世界のことは解らないから、私の世界の法律に従って刑務所を作るとして・・・・」

 

 現実世界のことを色々と思い出しながら思考の海に漂う

 刑務所もどきではあるけど、久しぶりの建築物のデザイン設計につい、楽しくなってきてしまった

 

 「うん、こんな感じかな。あやめ」

 「はい」

 「私が今から簡単な図面を引くからその通り作ってね」

 「えっ?アルフィンが自分で作らないの?」

 

 確かに自分でも作れるけど

 

 「一応刑務所みたいなものだからね。壁を作るのなら私より精霊魔法とドルイドマジックを使えるあやめの方が簡単でしょ、それに」

 

 ちょっとした思い付きをメモとフリーハンドの簡易図面に起こしてあやめに伝える

 

 「こうした方が面白いでしょ」

 「なるほどぉ」

 

 建物自体は誰が作っても同じだろうけど、広範囲に壁を、それもあの仕掛けつきで作るとなると全部クリエイトマジックで作るより土を盛り上げ、それを削ったほうが早い

 そうなると私よりも精霊魔法とドルイドマジックが使えるあやめの方が向いている作業なのだ

 

 「後、これとこれに関してはあやめよりあいしゃの方が向いているでしょ。私から出かける時に頼んでおくからやってもらうといいよ」

 「うん、解ったよ 」

 

 これで収監する館に関しては問題ないかな

 

 「それじゃあ、あやめ、お願いね。あ、まるん、大丈夫だよ全員連行しても」

 「はい、では一応拘束してつれて・・・」

 

 まるんからの返答の途中で

 

 「アルフィン様」

 「あっ待って」

 

 ギャリソンが声をかけてきた

 

 「当初の予定とは違い、シャイナ様方が村に入られてしまわれたのであれば、アルフィン様が出向かれた方がよいかと思われます」

 「えっ行っていいの!?」

 

 ギャリソンは私があまりほいほいと出歩くのには反対だったはずだ

 とりあえず領主の館に出向くまでは

 

 「もうすでにシャイナ様方はこちらが別の国の者と名乗っていると思われます。ならばこれを気に都市国家の支配者としてのアルフィン様をお披露目し、そこで怪我をしているものたちを癒してよい評判を広げるのも一つの手かと思われます」

 「そうか、ならなるべく派手にしたほうがいいよね」

 

 と言うわけで、馬車を作っているあいしゃに声をかける

 

 「あいしゃ、馬車の方は後どれくらいでできる?」

 「あとはメルヴァが作ってくれた馬車の上部分をのせるするだけだから本体は10分ほどかなぁ? あと、ひっぱるアイアンホース・ゴーレムもいるんだよね?」

 

 

 確かに今居るものは騎乗用のものばかりだから、馬車を引かせるのなら馬車馬に適したアイアンホース・ゴーレムを作ったほうがいいだろう

 

 「この規模の馬車なら4匹くらいいた方がいいだろうね」

 「わかった、あともう10分ちょ~だい。それもいっしょに作っとくから」

 

 ゴーレム作成はドワーフであるあいしゃの得意分野だ

 これも下手に口を出さず、完全に任せてしまった方がいいだろう

 

 「さて、後は一応怪我人がいるかどうかを確認しなきゃね」

 

 怪我人を治すという理由で行くのに居なかったらそもそも行く意味がなくなってしまう

 

 「まるん、村人って怪我はしているよね?」

 「えっ?あっはい、怪我をしている人はいますよ。野盗に襲われたのですから」

 

 うん、ちゃんと怪我人はいるね

 

 「そうかぁ、なら私も一度そちらに出向くよ」

 「マスターがですか!?」

 

 驚いたようなまるんの声

 当たり前か、私が出向くのはメルヴァたちから止められていたのだから

 んっ?待てよ

 

 「まるん、なんか変な事考えているでしょ」

 「そっそんな事は無いよ!」

 

 さては私が言い訳を考えて無理やり村に行こうとしているとか考えてるな

 まぁ、私でもそう考えるから、まるんがそう考えるのも無理はないんだけど

 

 「別にこじつけで行く訳じゃないよ、ちゃんとギャリソンと話し合って決めたことなんだから」

 「あ、そうなんですか」

 

 ギャリソンと話をしたというと納得するのもなぁ

 さては私の事、まったく信用してないな

 まぁ、私自身信用できてないから(以下同文)

 

 「まぁ、詳しい話はそちらでするよ」

 「わかりました、お待ちしております」

 

 そこまで話をして<メッセージ/伝言>をきる

 

 「さて、都市国家の支配者として行くのだから服装とか装飾品も選ばないとね。メルヴァ、衣裳部屋のメイドたちにお姫様系のドレスをいくつか私の部屋に持ってこさせて。あと装飾品も」

 「ああ、それはここに居るメイドに任せますので、私もご一緒させてください」

 

 にっこりと言うか、何かを含んだ笑いと言うか、楽しそうな顔でメルヴァは私に同行を申し出た

 ふふふっ、あの顔は・・・

 

 「メルヴァ、さては私を着せ替え人形にして楽しむ気でしょ」

 「いけませんか?」

 

 私が意図を汲み取ったからだろう、断る訳は無いですよね?とでも言いたげな最高の笑顔で聞き返してきた

 う~ん、まぁいいか、私が一人で選ぶより女性のメルヴァの意見を取り入れたほうが下品にならないだろうからね

 

 「いいわ。行きましょう」

 「御供させていただきます」

 

 私はメルヴァを従え、意気揚々と部屋に向かった




 ちょっと時期遅れの挨拶ではありますが、

 明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします

 さて、今回の話は前回の話のB面、イングウェンザー城ではこんなことが起こっていたと言う話です
 また、結構多くの設定が出てきますが、ここで書くと長くなるので興味がある方は私のHPの同じ話のあとがきで書いているのでそちらへどうぞ

 さて、前に進められたオーバーロード大百科と言うHPの二次板で小説の書き方が書かれていたので取り入れてみたのですが少しは読みやすくなってでしょうか?

 ただ、そこでは・・・を……と表記すると言うような事が書かれていたのですが、実は私はSSをHPビルダーで書いていまして、そちらだと・・・の方がはるかに早く書けるので(…だとなぜかビルダーを立ち上げるたびに毎回”てん”から探して変換する必要があります)これからもこのSSでは・・・表記で行きますのでよろしくです


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19 交渉

 「マスター、そっちは村長の家だよ。野盗の所に行くんじゃないの?」

 

 集会所を離れて、立ち並ぶ家々を横目に道を進んだ先にある別れ道

 先ほどの話では野盗の処置をするとのことだったので、当然彼らを拘束している広場のほうに向かうと思っていたのにマスターは中央へ向かう道へは進まず、村長の家のある東に向かう道のほうへ曲がった

 

 「野盗の処置をしに行くのは確かだけど、もうすでに捕まえている野盗の所に行っても仕方がないでしょ」

 「あっそうだね」

 

 なるほど、言われてみればそうだよね

 今から野盗の所に行ったところで、尋問くらいしかやる事はないか。確かにそれは処置するとは言わないよね

 

 「彼らの処遇とかを決めるのに、村の代表と話さない事にはどうにもならないでしょ?たぶんギャリソンがある程度話を進めてはくれていると思うけど、最終決定は私が行かないといけないと思うからね」

 「なるほどぉ」

 

 野盗たちを連行するにしても、まずは村長と話をしないとと言うことか

 

 とりあえずの脅威は去ったため、怪我をしていない村人たちが片付けや簡単な修理をしている姿を横目に見ながら村の東側に位置する村長の家に向かう

 なぜ村長の家が中心部ではなく東側にあるのかと、ふと疑問に思ったのでマスターが来るまでの暇な時間にユーリアちゃんに聞いたんだけど、この村の正式の入り口は首都のある西側なのでそこから一番遠い場所が村長の家になっているんだって

 

 では、村長が変わった時はどうするの? と聞いたら

 

 「わかんない」

 

 だって

 そこで、横で話をニコニコしながら聞いていたユーリアちゃんのお母さんが変わりに答えてくれた

 

 村長の家は基本世襲なんだけど、もし誰も継がない場合はその次の村長と家を取り替える取り決めらしい

 これは村長の家が変わると年に一度来る徴税官が戸惑うからその配慮らしいんだけど、その程度で戸惑う徴税官ってどうなんだろう? 

 でもまぁ、それは言わぬが花なのかな?

 

 そんな話や友達になったユーリアちゃんたちの話をマスターとしながら歩いていたら、そこは狭い村だけあってあっと言う間に村長の家についてしまった

 う~ん、もうちょっとマスターを独り占めにしたかったけど仕方がないよね

 

 たどり着いた村長の家だけど、その家の扉の前には背の高いメイドが二人、佇んでいた

 この二人だけど、こんな辺境の村の村長がメイドを、それも二人同時になんて雇える財力がある訳も無く、当然あるさんがイングウェンザー城からつれてきたうちのメイドたちだ

 

 優しげな笑みと凛とした瞳が特徴のショートボブの子がヨウコちゃんで、気の強そうな顔と日本人形のような艶やかなロングのストレートヘアーが特徴の子がサチコちゃん

 ともに背が高く、黒髪でとても凛々しい雰囲気の子達だ

 

 この二人はイングウェンザー城地上階層の前衛系メイド部隊である「聖☆メイド騎士団」の一部隊、紅薔薇隊と呼ばれる4人編成の部隊の子たちなんだけど、その優雅な佇まいや仕草はうちのメイドたちの中でもかなりのもので、ギャリソンが「アルフィン様が外出なされる時はこの二人を連れて行くのが好ましい」とわざわざ選んだほどなんだよね

 因みに紅薔薇隊のあとの二人は野盗の監視に残してある二人ね

 

 「ギャリソン様からアルフィン様が御着きになられたら御通しするように仰せつかっております」

 「ご苦労様、ありがとうね」

 

 マスターはそう答えると二人に案内されて、颯爽とした姿で中に入っていく

 当然私も後からトテトテとついて行ったんだけどね

 

 中に入るとギャリソンが席を立ってマスターに一礼、それを見た村長があわてて席を立って追随した

 こんな辺鄙な村の村長だしなぁ、偉い人と対峙した事なんてほとんど無いだろうから仕方がないんだろうけど、あの慌て振りは流石にどうかと思う

 さっきの私との会話の時も思ったけど、村長に向いてないんじゃないかなぁ

 

 こんな村の長でも領主とくらいは面会する事もあると思うんだけど、あんなんで大丈夫なんだろうかと心配になるくらいだよ

 

 「このたびはシャイナ様とまるん様に村を救っていただき、ありがとうございました」

 「どういたしまして。あっ、そんなに畏まらなくてもいいですよ、小さな都市国家の女王をしているとはいえ、かなり遠くの国です。この国では特に影響力は無いですし、それほど意味はない話ですから」

 「そんな、恐れ多い・・・」

 

 優雅に微笑むマスターと、その微笑を見てより一層萎縮する村長

 なんかかわいそうになってくる光景だなぁ

 

 「アルフィン様、野盗たちは我々が引き取り、拘留するという話にまとまっております」

 「解りました。ご苦労さま」

 

 マスターの予想通り、ギャリソンが野盗たちの処遇についての話を滞りなく済ませておいてくれたようだね

 さて、これでこの村でやる事はすべて終わりかな? なんて思ってほっと一安心していたら次の瞬間、マスターが予想もしていなかったとんでもない爆弾を落としてくれた

 

 「それでは村長さん、シャイナたちの働きと、野盗たちの拘留を私たちに任せる事に対する報酬の話に移らせてもらってもいいかしら?」

 「えっ、マス・・・あるさん、お金取るつもり!?」

 

 まさかこんなことを言い出すとは思わなかったから凄くびっくりした

 だって、お金が払えないからと言って、治療のためにわざわざ怪我をしてもいないシャイナたちを呼び出してまで範囲魔法を使ったくらいなんだよ

 そんな驚いている私に、マスターは微笑みを浮かべたまま「何を当たり前のことを聞くの?」とばかりに小首をかしげて答える

 

 「あら、当たり前じゃないの。命にかかわるような内容である魔法による治療でさえもお金を貰わないと神殿との間で問題が起こると言う規則なんでしょ? それならば野盗退治も当然報酬を貰わずに終わらせてしまっては冒険者組合との間で何か不都合があるのではないかしら?」

 「それはそうだけど・・・」

 

 ポーションどころか薬草さえ置いてないこの村じゃあ、野盗退治の報酬なんてとても払えるわけが無い

 おまけにいくつかの家は壊されたり燃えたりしてるんだよ

 近くに森も無いこの村では資材は買わないといけないだろうから、村の復興のために余計にお金が必要なのはマスターだって解ってるはずだよね?

 

 「確かに、村を救っていただいた上に野盗たちの処分までお任せするのですから、報酬をお支払いするのは当たり前の事だと思います」

 「そうですよね」

 

 うなだれ、どんどん声が小さくなっていく村長と優雅に笑うマスター

 ちょっとかわいそうな構図だ

 

 ちらりと村長が私のほうに助けを求めるような目を向ける

 助けてあげたいのは山々だけど、マスターが決めた事なんだから私を含め誰も異論を唱える事ができないんだよ

 あくまでは私たちはマスターに仕える立場なんだから

 

 でも、村が苦しくなって食べるのにも困ってしまったらユーリアちゃんたちも困るよね

 うん、そうだよ! 私たちのマスターなら、ちゃんと説明さえすれば解ってくれるはずだ

 そう思って何とか許して貰おうと口を挟もうとした瞬間に

 

 「(小声で)まるん様、あれはアルフィン様の御考えがあっての御言葉ですから、しばらくはそのまま御聞きください」

 「へっ?」

 

 ギャリソンに止められてしまった

 そりゃあマスターが何の考えもなしに村長を苛めるなんて私も思わないけど・・・

 

 そんな事をしている間に村長が口を開く

 

 「しかし、我々の村は見ての通りそれほど裕福ではありません。それに壊された村の再建をせねばならないので冒険者に討伐を頼むような正規の報酬をお支払いするほどの余裕はとても・・・」

 「はい、解っていますよ」

 

 悲壮な形相で訴える村長に、より一層慈愛の微笑を濃くして答えるマスター

 でもでも、あれはそんな優しい微笑ではないよね

 うん、そうだ! 私は知ってる、あれはマスターがいたずらが成功したと思ってほくそ笑んでいる時の顔だ

 

 よかった。と言う事は、本当に考えがあっての言葉だったんだ

 

 「ではこちらから報酬額の提示をさせていただきますね」

 「はい」

 

 どんな要求を突きつけられるのだろうと緊張気味な村長に、マスターは笑みを絶やさずにこう告げる

 

 「まずは野盗の所持品について。普通なら野盗が壊したものを弁償させるために捕らえた野盗の所持品をそこに当てるのでしょうけど、これは私たちがすべて没収させてもらいます。あっ、この村から奪ったものは当然これに含みませんよ」

 「はい、捕らえたのはシャイナ様方なので、此方も初めからそのつもりでおります」

 

 これに関しては異論を挟みようが無いので村長もすんなりと了承する

 まぁ、村長が言うとおり、初めから村のものだと主張すると言う考えさえ無かったと思うよ

 実際、冒険者を雇って退治した場合も野盗の持ち物は退治した冒険者のものになるんじゃないかなぁ?

 

 「次にですが」

 「はい」

 

 いよいよ、村に対する本格的な請求が行われると思った村長に、マスターから意外な言葉が告げられた

 

 「この村の北側に丘がありますよね、あそこの周りはこの村では畑などに使っていないようなので私たちが貰って館を建てさせていただきます」

 「へっ?」

 

 意表を突かれたのか、間抜けな表情で、間抜けな返事を返す村長さん

 それはそうだ。金銭的な話が出てくると思ったのに村とは関係ない土地の話を持ち出したのだから

 

 あの場所は村の中ではないので、当然わざわざ村長に許可をとる必要はない

 どうしても許可を取らないといけない相手がいるとしたらこの地を統べる領主に対してくらいだろうけど、領主と言えども税が発生する新たな農地開墾や牧場を開くと言うならともかく、わざわざ村のすぐそばの、それも荒地に新たに家を建てるからと言って許可を取りにこられても無駄な時間を取られるだけでかえって迷惑なだけだろう

 

 「まるんが此方の村の子供たちと友達になったそうですね。でも、遊びに来たのにわざわざ30キロ以上はなれた我が城に帰るのも大変でしょう。なので報酬として土地を譲渡してもらって滞在できる館を作ると言う話なのですが、村を救った報酬としては高すぎますか?」

 「いえ、そんな事はありません。そもそも、あそこは私たちの村の中ではないのですから、了解を得る必要さえありません」

 「あら、そうなのですか」

 

 マスターは、あらあら困ったわと言った顔をわざわざ作ってこう続ける

 

 「それでは別に報酬を頂かなければならなくなるのですが・・・もう一度聞きますよ。”村の一部である丘の辺りの土地を”、野盗退治の報酬として私たちに譲渡してくれますね?」

 

 ここまで言われれば村長もマスターが何か言いたいのか理解したようで

 

 「もっもちろんです。大変お世話になったので私たちの村の一部である丘周辺の土地を報酬として譲渡いたします」

 「はい、ありがとう」

 

 そう言うとマスターは満足したように笑い、振り向いて私の横に立っているギャリソンに問いかける

 

 「ギャリソン、野盗討伐と拘留の報酬としてはこれくらい貰えばもう十分よね」

 「はい、アルフィン様の仰せの通りにございます」

 

 マスターの問いかけにギャリソンは恭しく一礼をして、まるで前もって打ち合わせでもしていたかのようによどみなくそう答えた

 そしてマスターはそんなギャリソンの同意を満足そうに頷きながら確認をして、村長に向き直る

 

 「それでは村長さん、報酬は確かにいただきました」

 「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

 

 お礼のため、何度も頭を下げる村長にマスターは

 

 「ふふふ、正当な報酬を頂いたのですから、それほど感謝して頂かなくてもいいですよ」

 

 と、今度こそ本当の慈愛の微笑みを浮かべて声をかけてから席を立ち、こちらへ振り返って私たちに指示を出した

 

 「ギャリソン、これで話はすべて終わりましたから城に帰る準備を。まるんはシャイナとセルニアに野盗たちを護送するから全員縄につないでと指示を出してきてね」

 「あるさんはこれからどうするの?」

 

 私の言葉を聞いたマスターは、待っていましたとばかりに今までの優雅な微笑から年相応とも言える笑顔に変わってこう言い放つ

 

 「帰る準備が終わるまでユーリアちゃん、エルマちゃんの二人と遊ぶに決まってるじゃない!」

 「あっマスター、ずるい!」

 

 口に右手の甲をあて、斜め上を向いてオォ~ホホホホホッっとテンプレ悪女風の高笑いするマスターに

 

 「シャイナたちに命令を伝えたら私も合流するからね!」

 

 と言って、私は急いで広場のほうに駆け出した

 後ろから聞こえるギャリソンの

 

 「マスター?」

 

 と言うつぶやきにちょっとだけ「しまったっ!」と思いながら




 普通なら主人公が操っているアルフィンが出た時点で一人称はアルフィンに移るべきなのかもしれませんが、ボウドアの村のエピソードはシャイナとまるんが主役と言うことになっているので今回の話まではまるん視点で書かせてもらいました

 さて、今回の話で完結と言うわけではないですが、とりあえず一区切りです
 一応次の話でもまだボウドアの村には居ますが、この村のエピソードはこれで終わりです。今回の話が普通の小説で言う所の第1巻の締めの話と言ったところでしょうか

 この村の話ではカルネ村での出来事を中心にパロにして入れてきたのですが(どこがパロなのかはうちのHPのこの話のあとがきである程度書いています)数話の幕間的な話を挟んで始まる次のエピソードからはオリジナル色が強くなるのでこれまでのようなパロは入れ辛くなります
 ですが、何とか入れて行こうと思っているのでお暇な方は探してみてください

ではまた次の話でお会いできる事を祈っています


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第3章 野盗収監編
20 女の子化


 「それじゃあ、ユーリアちゃん、エルマちゃん、またね」

 「うん! またね」

 「またねぇ~」

 

 まるんがユーリアちゃんたちと別れの挨拶をしているほほえましい光景を横目で見ながら、馬車の後ろに横4列縦5列で整列させられている19人の野盗たちの様子を窺う

 あっ、リーダーだけは馬車のすぐ後ろにつながれているんだよね。他のメンバーと一緒にして何か悪巧みをされても困るから

 因みに出発後は野盗のリーダーの後ろ、野盗たちの前にセルニアがアイアン・ホースに乗ってついて来る事になってる。それなら、何かリーダーが不審な行動をとってもすぐに解るからね

 

 しかし縄でつながれているとはいえ、少しは抵抗するかと思ったんだけどなぁ

 意外な事に誰も騒いだりする事も無く、全員おとなしく出発の時を待っている

 

 「ねぇ、まるんから野盗たちは心が折られているらしいと話は聞いてるけど、あそこまで従順になるものだと思う?」

 「う~ん、何とか逃げ出そうと考えているのもいるだろうけど」

 

 そう言うとシャイナは野盗の後ろでニコニコしているセルニアに目を向けた

 

 「店長が後ろから見てるからね。 アイアンゴーレムの頭を踏み潰した瞬間、野盗たち全員の顔が真っ青になっていたし、そんなのが常に見張っている状況で逃げ出そうとは考えないのかもね。 それに」

 

 今度は野盗たちの左右にいる者に目を向けた

 

 「店長と同じメイド服を着たヨウコとサチコがいるのも野党たちがおとなしい理由の一つなんじゃないかな?」

 

 そう、出発前の野盗たちを見張っているのはセルニアだけじゃなく、右にヨウコ、左にサチコをそれぞれ配置して監視させている

 別に拘束の魔法を使っているわけではないし、たとえ繋いであると言っても盗賊のスキルを持っているものなら縄なんか簡単に抜けてしまうかもしれないから念のための措置だ

 

 「実力は店長とは比べ物にならないくらい弱いけど、服装だけ見ると同じだからね。 おまけに外見上は店長よりヨウコたちのほうが強そうだし」

 「クスッ、なるほどねぇ」

 

 シャイナの言葉に思わず、うなずいて笑ってしまった

 比べるまでもない話ではあるけど、背が高くて凛々しい雰囲気のヨウコたちに比べて、店長は背も低く、顔も保護欲をかき立てられるような可愛らしい顔をしている

 ヨウコたち二人より店長一人のほうが強いなんて、外見からは誰も想像すらできないんじゃないかなぁ?

 店長が二人に外見上で勝っている所があるとしたら胸の大きさくらいだ

 

 「確かにこの状況では逃げようが無いと考えてもおかしくないか」

 「少なくとも監視がある状況では逃げ出そうとはしないだろうね。逃げるつもりならこちらが安心した後だと思うよ」

 

 と言うことは逃げるにしても収監場所についてから隙を見てとか考えているのかな?

 でもねぇ

 

 「もし城についてから隙を見てなんて考えていたら、がっかりするんじゃないかなぁ?」

 「何? そんなに凄い事になってるの?」

 

 うふふ

 つい思い出し笑いが出てしまう

 

 「今までユグドラシルでも現実世界でも色々な建物の設計をしてきたけど、収容所の設計なんて初めてだったし、この世界の盗賊は鍵開けや垂直な壁を登る位はできるスキルを持っているだろうから、どうしたらいいか考えたのよ」

 「なに? マスター、何か仕掛けでも考えた?」

 

 う~ん仕掛けとか罠じゃないんだよなぁ

 

 「私は盗賊じゃないから仕掛けとか罠を考えるのとかは苦手なのよ。だから他の手を考えたわ」

 「それを見たら野盗たちは絶望するの?」

 

 絶望はちょっと言いすぎじゃないかな?

 でもこの野盗たちではどうしようもないのは確かよねぇ

 

 「流石に絶望はしないよ。でも、逃げるのをあきらめるくらいのショックは受けるんじゃないかなぁ」

 「なるほどね。まぁ、ネタばらしをしてもらったら楽しみが減ってしまうし、何を考えたのかは後の楽しみに取っておくかな」

 

 期待されるほどの事はやってないんだけどなぁ

 確かに多少大掛かりではあるけど、少なくともユグドラシルの常識を持っているシャイナでは驚くことは無いんじゃないかな?

 

 「ところでマスター、ちょっと前から思っていたんだけど」

 「ん? なに? どうかしたの?」

 

 長身のシャイナが私と身長を合わせる為に少し身をかがめ、内緒話でもするかのように口に手を当てて顔を近づけてきた。察する所、どうやら何か周りに聞こえてはまずい話をしたいらしいので、私も耳をシャイナのほうに向けて聞く体勢をとる

 

 するとシャイナは耳元でこう呟いた

 

 「マスターって、リアル世界では男性なんだよね」

 「そうよ」

 

 何を今更解りきった事を聞いてくるんだろう? リアルの私の性別は、シャイナもプレイヤーキャラクターなのだから聞くまでも無く当然知っている事だと思うのだけど

 

 「今のマスター、どこからどう見ても女性に見えるんだけど」

 「当たり前じゃない、アルフィンの体を使っているんだから」

 

 何を当たり前の事を言っているのだろうか?

 そう、この瞬間までは私はこう思っていました。 でも

 

 「いや、そうじゃなくて、外見ではなく内面。”マスターの性格が”女性そのものにしか見えないと言う話だよ」

 「へ~、性格がねぇ・・・・えっ! ええ~っ!?」

 

 つい大声が出てしまって、周りの視線が何事が起きたのかと私に一気に集中する

 ギャリソンなんか何事が起きたのかと、すぐに今やっている城に帰るための準備をメイド二人に任せてこちらに走り出したのだけど、気を利かせたシャイナがたいした事ではないからとあわてて静止してくれたので助かった

 

 よかったぁ~、あのままギャリソンが来ていたら下手な言い訳を考えなくてはいけなかった所だよ。正直今は、あまりの驚きにそんな事を考え付く余裕が無いから助かった

 

 でもでも

 

 「シャイナ、女性化しているって何時頃気が付いたの? て言うか、本当に女性化してるの? 私って」

 「気付いたのはこの世界に来て二日目くらいかなぁ? あ、女性化は絶対してるよ。だって私の知っているリアルのマスターは「うふふっ」なんて笑うはずないし」

 

 ガガ~ン! 言われてみれば確かにそうだ

 

 ユグドラシル時代、女性キャラを使っている時の声はゲームの機能にある変声機で今の自キャラたちと同じ声に変えてはいたけど、フレンドやお得意様にはちゃんと中身は男だと話していたからそこまでのロールプレイは必要なかった。だから、当然ユグドラシル時代でもそんな風に笑った事は無い

 

 まさかいつの間にか自分が女性化していたなんて・・・しかもそんな状況なのに今の今まで何の違和感も感じていなかった・・・も、もしかしてこれは、かなり重症なんじゃないか?

 

 「やっぱり気付いてなかったか。あやめなんて「マスターは女性化ではなく、女の子化してると思うよ」なんて言ってる位だから重症は重症だろうね」

 「おん・・・女の子化っ!?・」

 

 ここまで言われて思い返してみると、確かに思い当たる節がある

 女装をするとどんどん女性っぽくなると聞いたことがあるし、もしかしてアルフィンの体を使っている事によって性格が体に引っ張られているのだろうか?

 

 「と言うことはアルフィンではなくアルフィスに入っていた方がいいのかなぁ?」

 「それはやめて。マスターがキザな口調で話し出したり、髪をかき上げてフッと笑いだしたりしたらちょっと引く。あれはアルフィスだから問題ないのであって、マスターには似合わないよ」

 

 確かにそれは言えるけど・・・

 

 「じゃあ、女の子化はいい訳?」

 「うん! 大歓迎。 これは私だけじゃなく、6人の総意だからね。 当然アルフィンも含めて」

 

 ここではじめて知ったけど、私がまだ数回しかしていないアルフィン以外のキャラクターでの行動中にこんな話までしていたそうで、これからも私にはアルフィンの体に入っていてほしいと言う話になっているらしい

 

 「アルフィンもか。でも、彼女は自分の体をずっと支配されていて不満は無いの?」

 「不満なんかある訳無いじゃない、私だってできたらマスターに常に体を使ってほしいと思っているのに」

 「えっ? そうなの?」

 

 自我があるのに、体をのっとられる方がいいっておかしくない? そんなことを考えた私の表情から心の内を読み取ったのか、シャイナは居住まいを正し、真剣な顔を作ってからこう続けた

 

 「マスター、私たちはマスターに体を使ってもらうために生み出されたのを忘れていませんか? マスターが私たちの体を使ってくれている時は私たちが生まれた意味を実感できる時でもあるんです。それどころか幸せまで感じるんですよ。うれしいに決まってるじゃないですか」

 「そう言うものなのか」

 

 最後はいつものかっこいい笑顔を見せてそう語るシャイナ。その言葉からは、心の底からそう思っていると言う気持ちが伝わってきて、私の中の疑問と不安を消し去ってくれた。正直、ほとんど表に出ることの無いアルフィンは不満に思っているんじゃないかな? なんて思っていたんだけどなぁ

 

 と、そんな事を考えていたら

 

 「(マスター、そんな事はないですよ)」

 

 頭の中で急に女の子の声が、そう、アルフィンの声が聞こえた

 

 「えっ!? 何、今の?」

 

 あまりのことに驚いてきょろきょろと辺りを見渡していると、シャイナが何かに気が付いたようで”ああ、やっちゃったか”なんて顔をしながら話しかけてきた

 

 「あっ、アルフィンの声、聞こえちゃいました?」

 「聞こえたって? えっ、どう言う事なの? いや、待って・・・」

 

 ここにきて思い出した事がある

 そう、あれは確かこの世界に転移した日、あやめの中にはじめて入った時の事だ

 

 「初めてあやめに入った時も、あやめの声を聞いた気がする・・・」

 「正確には声ではないんですけどね」

 

 どうやらシャイナには思い当たる節があるようだ

  

 「声じゃないってどういう事?」

 「えぇ~っと、マスターと私たちが繋がっているのは知ってますよね?」

 「私が見聞きした事を、私が話す前からみんなが知っているって話の事?」

 

 すべてが伝わる訳じゃないけど、強く印象に残ったことや重要だと思ったものが伝わるあれの事だよね

 

 「はい。あれなんですが実はマスターの考えている事が伝わっているのではなく、アルフィンから連絡が来て・・・いや、それも正確には違うのかな?」

 「???」

 

 どうやら説明がしづらい内容なようで、シャイナは少し考えの整理を始めた

 いや違うか。整理と言うか、私の頭の少し後ろを見てテレパシーか何かで会話しているような感じがする。その姿があまりに気になったので、そんなシャイナに思わずたずねてしまった

 

 「もしかして私が体を動かしている時って、アルフィンは守護霊みたいに私の頭の後ろ辺りに浮いてるの?」

 「いや、そう言う事はないですよ。ただ、意思の疎通をしようとする時はその辺りにイメージがわくと言いますか・・・」

 

 いつも浮いているわけではなく、意思を伝えようとした時は自キャラたちだけが認識できる姿で私の頭の後ろ辺りに姿が浮かぶそうな。でもそれって背後霊みたいで、ちょっと怖くない? あっでも、私もある意味魂だけの存在なのだから似たようなものなのかな?

 

 そんな事を考えている内にシャイナとアルフィンの相談は終わったようで

 

 「感覚的な事なので私たちもよくは理解していないんですけど、マスターが体を使っている時はその体の持ち主、今で言うとアルフィンですが、実は半分寝ているような状況なんですよ。でも、マスターが見聞きした中で重要な内容や心に強く思った時は入っている体の持ち主であるアルフィンにも強く伝わるんです。そんな時は私たちにも伝えるべきだと漠然と感じるらしくて、アルフィンの声で私たちに伝わると言うか・・・聞こえるんです、今このような事が起こってるよって」

 「伝えるかどうかを考えるのではなく、感じた瞬間に伝わるわけか」

 

 なるほど、だから情報が手に入った時の光景みたいな細かい事は伝わらないのか。光景や経緯は重要な内容ではないからね

 

 「じゃあ、さっきアルフィンの声が聞こえたのは何?」

 「それはアルフィンが強く思った事です。マスターが体を使っている時は先ほども言いましたけど半分寝ているので普段は声を発したりはしないんですけど、衝撃を受けたり強く感じた事があるとマスターにも伝わるみたいなんですよ。これはあやめやアルフィンに聞いたことなので、私はまだ実感した事はないんですけどね」

 

 なるほど、半分寝ているとはいえ同じ体の中にいるのだから、強く思った時はシャイナたちに伝わるみたいに私にも伝わる訳か

 ん? 待てよ

 

 「一つ気になった事があるんだけど・・・」

 「なんですか?」

 

 いや、これは聞かない方が・・・でもやっぱり聞いておいた方がいいか

 気になってしまったらシャイナだけではなく、全員に伝わってしまいそうだし

 

 「もし、もしもだよ。私の精神が女性化していなくて、お風呂の中とかでアルフィンの、と言うか女性の体に興味を持って・・・エッチな事をしようとしていたら・・・」

 「前もって何の話もせずにいきなりそんな事を始めたら、頭の中でサイレンのようにアルフィンの悲鳴が鳴り響いていたでしょうね。私やあやめならともかく、アルフィンは私たちの中でも一番女の子してる子ですから恥ずかしくて死にそうになるだろうし」

 

 その場面を想像してニヤリと意地の悪い笑みを浮かべるシャイナ

 その顔を見てあせる私

 これが初めて自分が女性化していた事に心から感謝した瞬間だったのは言うまでもない

 




 シャイナたちならと言うのは、先に突っ込みを入れるよと言う事で、この二人がエロキャラと言う訳では無いので念の為

 話の中で主人公の女性化の話が出ていますが、本人は勘違いしていますがアンデットの精神に変異したアインズ同様、彼もこの世界に転移した瞬間に入っていたアルフィンの体に合うよう精神が女性に変異しています。なので、本編で彼が言っているようにアルフィスの中に入ったとしてもキザなオカマが出来上がるだけですw

 因みに、主人公の一人称である「私」は女性化と関係なく、社会人が会社で自分の事を俺とか僕と言わずに私と言いますよね。そこから来ているのですが、それも女性化していることを気付かなかった要因になっています

 流石に自分の一人称が変われば気付くでしょうからね


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21 尋問と真相

 ボウドアの村から出発して1時間ほど。草原を進んでいるとは言え高低差が無いわけではないので、これだけ離れれば丘のようなものにさえぎられて村は見えなくなっていた

 

 私は馬車の後ろ窓から外の景色を眺め、距離が離れてもう完全に村からはこちらの様子を窺う事ができないのを再度確認してから

 

 「ギャリソン、野盗の皆さんも疲れ始める頃でしょうからそろそろ休憩を取りましょう」

 「はい、アルフィン様」

 

 と御者台に座っているギャリソンに指示を出す

 

 すると大きな馬車はゆっくりと減速をはじめ、やがて一つの軋みも出さず静かに止まった。それを確認すると、ギャリソンの横に座っていたサチコがすばやく降りて馬車の後ろにあるトランクからステップを取り出し、入り口に置いて扉の横に姿勢を正して立つ。そのタイミングで中に居た二人のメイドが扉を開けて外に出て休憩の準備をはじめ、最後にサチコが扉下の蓋を内側に向かって開けて固定し、その中にリールに巻かれて収納されていた赤いカーペットを引き出してステップにかけ、恭しく頭を下げた

 

 そしてそのすべてが終わったのを確認してから私とシャイナ、まるんは馬車をゆっくりと優雅に見えるよう気をつけながら降りる

 

 ちょっと仰々しい気もするけど、馬車から降りる時はこのようにしてくださいとギャリソンに言われているんだよね。身内だけならともかく、人目がある時は特に気をつけて徹底してくださいとの事だけど

 

 「(いつかボロが出る気がする)」

 

 冒険者のロールプレイならともかく、王族のロールプレイなんて続けられるのかなぁ? そんな事を考えながら馬車の少し後ろに進み、メイドたちがセッティングしてくれた丸テーブルと椅子のセットに腰掛けた

 

 馬車のすぐ後ろをアイアンホース・ゴーレムに乗って付いてきていたセルニアに(因みにシャイナが乗っていたアイアンホース・ゴーレムはヨウコが乗って一行の一番後ろから野盗たちに目を光らせている)野盗たちにも休むように指示をするよう言いつけてから、やっとメイドたちの入れてくれたお茶を一口飲んでほっと一息

 

 なるべく快適にすごせるように作られているとは言え、乗った事の無い馬車での移動は思いの他ストレスだったみたいで、シャイナたちも心なしか緩んだ感じの表情になっている気がする

 

 しばらくはそのままゆったりとお茶を飲みながら、たわいもない話をしていたのだけど

 

 「ねぇアルフィン、流石に1時間歩いたくらいじゃ休む必要ないんじゃない?」

 「私もそう思うよ。野盗をやるような人たちはある程度鍛えているだろうから、これくらいじゃあ疲れないんじゃない?」

 

 シャイナとまるんがそれぞれこんな事を言い出した

 

 「でもねぇ」

 

 確かに私もそう思わないでもないけど、彼らも自らの意思で旅をしているのではなく、手を縛られて強制的に護送されているの今の状況では普段と違って慣れるまでは遥かに早く疲れるだろうから、流石に休ませないと可愛そうじゃないかしら? それにこのまま最後まで歩いて城まで行くわけでもないし、この辺りで休むのはタイミング的に見てもいいんじゃないかな?

 

 そんな事を話していたら、セルニアが帰ってきて私たちの後ろに控えていたギャリソンの横に着いた。立場的にはその立ち位置が正しいのだけれど

 

 「見栄えと言う点で言えば、セルニアよりヨウコか今給仕をしているサチコが並んだ方が、絵になるよねぇ」

 

 ついそんな事を考えてしまい、少し笑いをこらえながら

 

 「あっそうそう」

 

 さも今思いついたかのような振りをして馬車のすぐ後ろを一人、仲間たちから少し離されて歩かされていた野盗のリーダーに当初の予定通り、話を切り出した

 

 「え~っと、野盗のリーダーの・・・確かポルティモさんだっけ?」

 「なんだ?」

 

 私の問い掛けに、座ったまま顔だけこちらに向けてそっけなく答える野盗のリーダー。う~ん、反抗的だなぁ。まぁ、当たり前と言えば当たり前だけどね。そんな予想通りのリーダーの態度など、どこ吹く風とばかりに唐突に切り出してみる

 

 「あなたたちのアジトってどこ?」

 「言うわけがないだろ!」

 「え~どうして? いいじゃない、言っちゃえば」

 

 私のあまりの軽さに驚くポルティモさん(と、私の言葉遣いに顔をしかめるギャリソン。こちらにはあらかじめ、こう言う態度を取ると話してあったんだけどなぁ)だけど、当然即答で断ってきた。それはそうだろうね、アジトと言えば今まで奪った物やそこに残った仲間がいる。そしてその場所が解れば私たちが襲撃してそのすべてを捕らえ、奪ってしまうのは火を見るより明らかなのだから

 

 「・・・・」

 「う~ん、やっぱり黙秘するかぁ」

 

 ここでとりあえず困った顔をして見せるのだけど、ここまでは想定内。とりあえず最初から決めていた台詞をポルティモさんに言い放つ

 

 「仕方ないね。普通なら弁護士をつけるとか黙秘権とかが与えられるのだろうけど、私としてはアジトに残った残党がボウドアの村を襲ってもらっても困るから、素直にしゃべってくれないのなら魔法でしゃべらせるしかないよね」

 「くっ!」

 

 この展開は流石にポルティモさんにも解っていたらしく、今からかけられるであろうチャームの魔法に抵抗しようと身構えてしまった。でもねぇ

 

 「とりあえず抵抗できるかどうか、かけてみるね」

 

 そう言うとちゃんとボルティモさんに解り易く、抵抗し易いよう目の前で詠唱を始める

 

 「<チャームパーソン/人間種魅了>」

 

 なんとしても抵抗して見せるとがんばっていたボルティモさん、その表情が魔法を唱え終わって効果を発揮した瞬間に激変した。魔法がちゃんと効いたからだろうけど、険しかった表情が途端に笑顔になり、古くからの親友を見るかのような目で私を見つめだしたんだよね

 

 「ボルティモさん、気分はどう?」

 「なぜか縛られているみたいだけど特に問題ないぜ。それとボルティモさんなんて他人行儀な呼び方はやめろよ。お前と俺の仲なんだからファーストネームのエルシモって読んでくれ」

 「ありがとう。これからはそう呼ばせてもらうね、エルシモさん」

 

 そう言ってにっこり笑うとすぐにチャームの呪文を解呪した

 

 「エルシモさん、気分はどう?」

 「なっ、なんだと・・・」

 

 驚いてる、驚いてる。それはそうだろうね、耐えようと身構えていたにもかかわらず何の抵抗もできなかったんだから

 

 私の方からするとレベル的に当たり前の話なんだけど、こんな経験はした事が無いんじゃないかな? 戦闘中に魅了されると言う事は即、死を意味するから特にチャーム系の魔法には耐えられるよう訓練していただろうからね

 

 「解ってもらえただろうけど、抵抗は無駄だと思うよ。そこでもう一度提案するけど、アジトの位置、教えてもらえない? チャームで聞き出すとそちらの意見が聞けないし、私たちの必要な事しか聞けないからもしかしたらお互いにとって不都合が起きるかもしれないからね」

 

 彼らは犯罪者ではあるけど、人権を失ったわけではないから本来はこんな脅しのような尋問はすべきではないと思う。でも、彼らが帰ってこなければアジトに残った残党がボウドアの村に助けに来るかもしれないから、どうしてもその前につぶさないといけないんだよね

 

 「それに、もし家族とかが居たりしたらやはり怪我とかさせたくないじゃない。でもチャームで場所を聞き出したら、突入して鎮圧なんて事をしなくてはならなくなると思うのよ。私としてはそう言うのはあまりしたくないんだよね」

 「・・・・・」

 

 正直これが私の本音。ゲームや物語と違って現実の野盗は普段の生活があるのだから家族も居るんじゃないかな? もしそうなら彼らが死んでいないと言う事だけでも伝えなくてはいけない。知らなければ復讐心が芽生えてまたボウドアの村を襲い、今度こそ誰かが死ぬような悲劇が起こるだろうから

 

 もし恨みを持つとしても、それはボウドアの村に向けられるのではなく私たちに向けられるようにするべきだ。それに私たちならどうとでも対処できるからね

 

 「やっぱりチャームで聞き出さないと話してくれないかな? あっ先に言っておくけど、しゃべらせないように自殺しようとしても無駄だよ。即死でなければ回復させるからね」

 「ぐっ!」

 

 武器も無く、縛られている今の状況ではせいぜい舌を噛み切るくらいしかできないけど、それで即死は無理。そもそも即死する方法なんて、魔法を使うか首を一撃で落とすくらいしか無いからね

 

 治癒の呪文があるこの世界では、たとえ胴を両断されてもすぐに回復呪文をかければ治ってしまうんじゃないかなぁ? いや、もしかしたら首を落とされても、それをしたのがシャイナくらい腕の立つ戦士なら斬られた事を本人が気付かずにいて、その状態の時に高位の回復魔法をかけたら首から体が生えて来て直ってしまうかも?

 

 まぁそれは冗談だとして、正直今エルシモさんが選べる道は、ちゃんと自分の言葉で話すか操られて話すかの2択だけ。そんなつらい状況に追い込まれて苦悩の表情をしばらく浮かべた後、エルシモさんはやっと重い口を開いた

 

 「家族の安全は保障してもらえるんだな」

 「ええ、もちろん。罪を犯したのはあなたたちで家族は関係ないからね。あっでも、他の村から奪ったものの一部は接収するよ。全部接収すると家族も困るだろうからしばらく生活できる程度は残すけど」

 「ふん、生活する金がなくなったから村を襲ったんだ。接収するもんなんかねぇよ」

 

 と、ここで驚くべき事実がエルシモさんから告げられた

 彼らがなぜ野盗なんかやっていたかと言う話なんだけど・・・

 

 「えぇ~~~~! まさか絶対にありえないと思った三つ目の可能性が正解だったの!?」

 「わっ!? ちょっとシャイナ、いきなり叫ばないでよ」

 「これはびっくり! シャイナの少女マンガ脳から出た妄想が真実とはね」

 

 エルシモさんからもたらされた情報を聞いて、シャイナとまるんがいきなり大はしゃぎしだした

 かく言う私もこれには驚いたのだけど、エルシモさんたちはもともとは冒険者だったんだけど、国の方針が変わって仕事にあぶれてしまったから仕方なく犯罪に手を染めたんだって

 

 「う~ん、普通なら信じられない話だけどシャイナたちの話を聞くとなぁ」

 「そういう事なら村人を誰も殺さなかったと言うのも納得が行くよね」

 「色々考えたもんね。殺さなければ罪が軽くなるからじゃないかとか」

 

 まるんから聞いた村人による「野盗を殺さないのか?」と言う発言からすると、彼らが誰も殺さなかった理由が今一歩解らなかったのよねぇ。でも、もともとが野盗なんてしたくないと言うのなら話が解らないわけでもない

 根っからの悪人でもなければいくら自分が生きていくためとは言え、何の罪もない人を殺してまで物を奪いたくは無いだろうから

 

 「でも、なら余計に家族に知らせないといけないじゃない。このまま帰らなければ捕まって殺されたと思われるわよ」

 

 せめて彼らがどうなったかだけでも知らせてあげないと、待つこともあきらめる事もできないじゃない

 

 「しかし、家族の居場所を話すなんて事を俺一人で決めるわけには行かない。仲間たちと話させて貰えないだろうか?」

 「でも反対意見の人が出たとしても、私としてはあなたの話が本当かどうか見極めないといけないから、話さないと言う方向に行ったら魔法で聞き出すことになるよ」

 「解った、話すではなく俺に説得させてくれ」

 「それならいいわ」

 

 正直、彼の言っている事が本当かどうかは解らない

 嘘を伝えて本当のアジトを隠そうとしているのかもしれないけど、それでも今までのシャイナたちの報告からするとありえる話でもあるんだよね

 

 どの道、この人たちはこれから何年か収容所に入ってもらうことになるのだから家族が居る人、特に子供が居る人にはちゃんと親が生きていることを伝えるべきだと思う。たとえ加害者の身内であったとしても、何も知らされず家族が帰るかどうか解らない状況に追い込まれると言うのは流石に間違っているし、そんなのは可哀想すぎる

 

 この世界ではどうかは知らないけど、私の考えではやはりちゃんと伝えるべきだと、そうしないといけないんだと思うんだよね

 

 

 

 「お前たち、聞いてくれ」

 

 野盗たちのところまでエルシモさんを連れて行くと、彼は仲間たちを説得するように話し始めた

 

 私が強力なチャームを使える事、しかし、そのチャームを使わずにアジトの事を話すように理由を説明して自分を説得をした事、村でのシャイナやまるんの行動(シャイナの行動の所で少し話が詰まった気がするのはご愛嬌かな?)、そしてもし自主的に話さなければ自分たちに不利な状況で家族の情報が私たちに伝わるという所まで隠さず話して仲間たちを説得して行った

 

 「う~ん、リーダーだなぁ、あるさんとは大違いだ」

 「これを聞いていると、アルフィンはもう少しちゃんとした方がいいと思わされるね」

 

 なんか隣で不敬な事を言われているけど、私自身そう思うから怒ることもできない。なのでじっとエルシモさんの言葉を聞きながら野盗たちの判断を待つ

 

 で、結果なんだけど

 

 「アジトに使っている廃屋の場所を教える事の同意を、全員から取る事ができた。だが、本当に家族には手を出さないんだな?」

 「当然でしょ。それに家族がいるなら子供もいるんでしょ。そんな所に手を出したら・・・」

 「ははは、そこの怖いお姉さんが切れるか」

 

 ここでやっとエルシモさんの顔に笑みが浮かんだ

 自分たちは捕まってしまったが、殺される事も無くどこかの収容施設につれて行かれるだけだし、家族に生きている事を伝えてもらうのは彼らからしても本来なら願っても無いことだろうからね

 

 「さて、話がまとまったのなら早速行動だね。まるん、馬車のトランクに遠隔視の鏡が積んであるから持って来て・・・あ、ダメか、私では使い方がよく解らないからギャリソンもつれてきて」

 「うん、了解」

 「それとシャイナ、店長とサチコを連れて来て。私が行ってもいいけど、多分ギャリソンが許してくれないから場所が解ったら変わりにあの二人に行ってもらわないといけないからね」

 「わかったよ」

 

 こうしてエルシモさんに廃屋の正確な位置を聞き、ギャリソンに遠隔視の鏡を操作してもらってその場所を映し出させた後

 

 「セルニア、サチコ、大体の事は解っているわね。ちゃんとエルシモさんたちはしばらく帰って来られないけど生きていると言う事は伝えてね。あと後日ちゃんとした説明にもう一度窺うというのも忘れないように」

 「はい、解りました! 任せてください」

 

 場所を確認したセルニアがゲートを開き、二人は黒い穴に消えていった

 

 そしてその場には

 

 「なっなんだ、今のは!?」

 

 <ゲート/転移門>の魔法を知らないのか、目を白黒させたエルシモさんと

 

 「しばらくしたら自分たちもこのゲートをくぐるんだけどなぁ。こんなんで大丈夫だろうか?」

 

 なんて考えてくすくす笑っている私たちが残された

 




 野盗が村人を殺さない理由の答えあわせ回です。真実を知れば驚くのは当たり前の話ですよね。それをもしかしたらなんて思いつくシャイナがおかしいのです

 さて実はこの話、最初の想定ではこの話の2~3話ほど後に持ってくるつもりだったんですよ。その方が話の展開としては自然なのですが、なんか後で思いついてあわてて書いたと思われそうなのでここに持ってきました。おかげでちょっと無理がある展開になってしまいましたね

 あと、ゲートの魔法ですが、ずっと後に異界門に直すかもしれません。そこまでは続かないだろうけど、もし想定している所まで続くような事があったらこの名前ではおかしくなってしまうので

追記
 ずっと感想が増えなかったので見なかったのですが、今日久しぶりに見て驚きました

 私のSSに対して続きが楽しみと書いてくださった方と、私の書いた物を読んで感想を返してくれた方の投稿にBADがついて閲覧できなくなっていたのです

 私が書いたものに批判をするのはかまいません、感じ方や考え方、意見は人それぞれですから。しかし、私の書いた物を面白いと思ってくださった方へのこの仕打ちは許せません。無駄かもしてませんが、運営にはこのような状況は間違っていませんかと報告させていただきました

 と同時に私のせいで不快な思いをさせてしまった希夢さん、酔いどれ狼さん、本当に申し訳ありませんでした。このような事になってしまいましたが、これからも私の書いたものを読み続けていただけたら幸いです


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22 収監所と巨人

 休憩開始から1時間ほどした頃、私たちが休んでいるテーブルの近くにゲートが開き、野盗たちのアジトからセルニアたちが帰ってきた

 

 「お帰り店長。思ったより時間が掛かったけど、ちゃんと説明してきたね?」

 「はい、アルフィン様」

 

 ちゃんと任務をこなせたらしく、満面の笑みで報告をするセルニア

 まぁ彼女なら相手も警戒しないだろうし、この手の伝言なら適任だったね

 うんうんと頷きながら、自分の人選が間違っていなかった事を再確認していると

 

 「ただ・・・」

 「ん?」

 

 セルニアと行動を共にしたサチコが申し訳なさそうに補足説明を始めた

 

 「セルニア様が廃屋の玄関前に転移門を開いてしまった為に、あちら側では大騒ぎになってしまいまして・・・」

 「ええっ!?」

 

 前言撤回、セルニアに任せるべきじゃなかったかな?

 サチコの説明からすると、どうやら玄関前の何も無い空間にいきなり黒い穴が開いたかと思ったら中から見たことのない女性二人が突然現れて、びっくりした野盗たちの家族が得体の知れない魔法を使う襲撃者が現れたと思って一時館に立て篭ってしまったそうな

 

 「てんちょぉ~」

 「でもでも、ちゃんとお話してドアを開けてもらいましたよ。怪しい者ではないですよって一生懸命説明して」

 「はい、セルニア様はがんばられました。ドアを無理やり開けるほうが簡単なのに、ドアをたたいて何度も開けてくださいと一生懸命叫んでおられました。そのお姿はとても健気で」

 

 状況説明をしながら、どこからか取り出した白いハンカチを目頭に当てて感動に涙したかのような顔をするサチコ

 

 なんか目に浮かぶわぁ

 涙目で必死に「開けてぇ~」とドアをたたくセルニアと、その姿があまりに哀れで思わず扉を開けてしまった野盗の家族たち

 まず間違いなく私の頭に描いている風景が再現されたのだろうけど、その通りなら絶対に襲撃者とは思えないからねぇ

 

 「それで中に入れてもらえて、説明できたわけだ」

 「はい! 偉いねって、果実水まで出してもらっちゃいました」

 

 察するに、子供のお使いとまで思われたのか・・・

 やっぱり人選、間違えたかなぁ

 

 「まぁいいわ。とにかく、先方には後日説明に窺うと言う話はしたのね」

 「はい、それは私が保証します」

 「サチコちゃん、それってどういう意味かなぁ」

 

 頭越しに答えたサチコに対し、セルニアは頬を膨らませ、じと目で睨む

 こうなるとあわてるのはサチコの方だ

 

 「いっいえ、深い意味は無くてですね」

 

 いつもは気品に満ちた雰囲気のサチコだが、セルニアにそんな目で見られた途端に普段では考えられないような情けない顔をして取り乱し、自慢の長い黒髪が乱れるのにも構わずに何とかセルニアの機嫌を直そうと身振り手振りを交えて言い訳を繰り返している

 それはそうだろうね、セルニアはこんな感じだけど地上階層の子達からしたら愛すべき上司でありアイドルなのだから

 

 必死に言い訳するサチコと、完全にすねてしまったのか背の高いサチコの顔を上目遣いでじっと見つめるセルニア

 う~ん、もう少しこの漫才を見ていたい気もするけど、このままだとサチコが可愛そうなので助け舟を出すことにするか

 

 「店長、サチコは本当に店長の報告が正しい事を保障してくれただけだよ。だからそんな顔しないの」

 「アルフィン様、本当ですかぁ?」

 

 流石にセルニアも「だまされないぞ!」って言うような顔をしたけど

 

 「あら、私の言うことが信じられないんだ。悲しいなぁ」

 「あっ違います、違います。アルフィン様の御言葉を信じないなんて事は絶対にありません!」

 

 わざと悲しそうな顔を作ったら、今度はセルニアが大慌てだ

 

 うふふっ

 そんなセルニアを見てしまっては、思わず笑みがこぼれてしまう

 

 「うぅ~、やっぱり・・・」

 「ごめんごめん。でも、サチコが店長の事を思って保障してくれたのは本当だから、それは信じてあげようね」

 「はい・・・」 

 

 まだ完全には納得仕切れてはいないようだけど、とりあえずは私の言葉に頷くセルニア

 ああ、本当に店長は可愛いなぁ

 

 さて、十分に和ませてもらったのでこれで満足して、次の行動に移る事にする

 

 「店長、まるんに転移する先の座標はもう説明してあるから、二人で協力してイングウェンザー城へ帰るための<ゲート/転移門>を作成して。受け入れ準備をしているあやめたちの話を聞かないといけないから私たちはまるんの造ったゲートで先に帰るわ。だから店長はその後でゲートを開いて野盗たちを連れて来てね」

 

 移動を二度に分けるにはちゃんと理由がある。正直一緒に帰ってもいいかなぁとも思うけど、エルシモさんの先ほどの反応を見た感じからすると高レベルのマジックキャスターが仲間にいなかったせいか、どうやら野盗たちは<ゲート/転移門>の魔法を知らないみたいなのよねぇ。

 

 流石に全員が知らないと言う事はないだろうけど、大多数がそうなら先に私たちが通って安全だと言う事を示さないと怪しんでゲートを通ってくれないかもしれないからね

 

 「はい、アルフィン様」

 

 先ほどまではちょっとすねていたけど、ちゃんと気持ちを切り替えられたのか、セルニアは私の言いつけにしたがってトテトテとまるんの元に走っていった

 

 「サチコは他の3人と一緒に撤収準備」

 「はい、解りました」

 

 二人に指示を出し終えると私はギャリソンの元に向かった

 私が指示を出すまでも無くセルニアの帰還を確認したギャリソンがすでに城に帰る準備を済ませてくれているだろうけど、一応私が指示を出すと言う形をとらないといけないと当のギャリソンに言われているからね

 

 案の定、すでに馬車はいつでも出発できるようになっており、後は私たちがくつろいでいたテーブルセットをしまって野盗たちをゲートに導けばすぐにイングウェンザー城に帰る事ができるようになっていた。そしてその作業もギャリソンがすでに紅薔薇隊の3人に指示を出していたらしく、サチコが合流してすぐにその作業に移っていた

 

 「ギャリソン、セルニアたちが帰ってきたからそろそろ城に向かうわよ」

 「はい、アルフィン様」 

 

 私の言葉に従ってギャリソンが御者席に着き、それを見たまるんがゲートを開いて馬車に乗り込む

 

 「な、なんだあの禍々しい黒い穴は!?」

 「魔法か! あの子供が魔法で作ったのか!?」

 

 すると驚く事に、開かれたゲートを前にして野盗たち全員が先ほどのエルシモさんと同じ様な反応を見せた

 

 「ボウドアの村はこの国の帝都からかなり離れているらしいし、この辺りには転移魔法を使えるマジックキャスター自体が少ないのかなぁ?」

 

 乗り込んだ馬車の中からその状況を見て驚いている私たちを乗せた馬車は、ゲートをくぐり無事イングウェンザー城へ帰還した

 

 

 ■

 

 

 エルシモは、目の前の光景にただただ圧倒されていた

 

 「ここが収監場所だと言うのか」

 

 空間に開いた得体の知れない黒い穴を通ると、そこには高さ10メートルはあるであろう壁がまるでこちらを威圧するかのように立ちふさがっていた

 

 石積みではなく、巨大な岩山から削り出したかのような作りのその壁は左右に広がっており、長さにすると300メートルほど続いているように見える。向かって右側の端の方に巨大な像のような物が建っている所を見ると、あそこが入り口なのだろうか?

 

 これは収監場所を取り囲む塀なのか?

 いやこれだけの規模だ、きっとこれは我々を捕まえたアルフィンと言う女が建てた城の城壁なのだろう。この頑強な塀の一辺を見ただけでも中はかなりの広さであろう事はたやすく理解できるだけに、とても囚人を収監するためだけに作られたものだとは思えないからだ

 

 「アルフィン、お帰りなさい」

 「ただいま、あやめ。出迎えるために待っていてくれたの?」

 

 そんな目の前の壁に俺たちが圧倒されていると、我々より先について馬車から降りていたアルフィンたちに帰りを待っていたのであろうエルフの子供が近寄って来て声かけた

 

 この女の子もこの城の子供なのか? まるんと言う子はアルフィンの妹か何かかと思ったから居ても不思議ではなかったが、この子は種族が違うからその線はないだろう。では、なぜこんな子供を自分の国から離れたこの城に連れて来て住まわせているんだ?

 

 そして何より、この子もかなり美しい

 頭の両横でゆれている金色の巻髪が動くたびに太陽の光を反射してきらきらひかり、ちょっと気の強そうな、それでいて子供らしい笑顔とがあいまってまるで御伽噺の妖精のようだ。エルフの寿命は長いから俺たちが拝むことはできないだろうけど、この子が大人になる頃にはかなりの美人に育つ事だろう

 

 あのアルフィンと言う王女はもちろん、シャイナと言う女戦士も初めて物陰から姿を窺った時は戦闘開始前の緊張の中にもかかわらずあまりの美貌に一瞬見惚れそうになってしまったくらいだし、なぜこの国の女は皆これほど美しいんだ? おまけに連れているメイドも例に漏れず美人ぞろい。これが囚われの身ではなく偶然迷い込んだのなら、理想を見せて旅人を惑わす幻の国にでも迷い込んだのかと思ってしまうぞ

 

 「入り口はこっちだよ。あいしゃが待っているから早く行こうよ」

 「そうね、私も早く出来が見たいし」

 

 そんな事を考えているうちに挨拶は終わったようで、あやめと言う子を先頭にして我々はこの城の城門へと連れて行かれた

 

 「それにしても凄い像だな」

 

 高さは城壁よりも少し低い8メートルほどだろうか? 近くまで来るとそのでかさに圧倒される

 金属でできたそれは、武器は持っていないものの屈強そうな戦士を思わせる男が仁王立ちしている像で、この城の主人であるアルフィンにはあまり似つかわしくない威圧的な雰囲気のある像だ 

 

 「あの白金の髪を持つ美姫ならば、もう少し優雅な像を城の入り口に置きそうなものだがな。それに」

 

 城の横にそびえる鉄の扉。このいかにも重そうな扉はどうやって開くのだろうか?

 確かに城を守ると言う点では正しいのだろうけど、これでは開けるだけでもかなりの人手がいるのではないか?

 それとも俺の知らないマジックアイテムで開閉を行うのか?

 

 そんな事を考えていると、巨大な像の足元から一人の少女が飛び出し、アルフィンの元に駆け寄った

 

 「あるさん、お帰りなさい! どうこれ、すごいでしょ」

 「そうね。依頼した私もまさかここまでのものを作っているとは思わなかったわ」

 

 今度はドワーフの子供か。と言うことはこの子がさっき話に出ていたあいしゃって言う子だな

 この子も他の子に負けず劣らずかわいらしい顔をしている。それにあやめと言う子と違って大きな瞳と丸みを帯びた顔が子供らしくて安心感を与える子だ

 

 しかしこれで3人目の子供か。もしかしてあのシャイナと言う女の趣味で連れてきているのか? それともこの城の中で親が働いていて、この子達は子供好きなシャイナたちを出迎えるために出てきていると言う事なのか?

 

 「あいしゃ、さっそく自慢の仕掛けを見せてくれる?」

 「うん、わかったよぉ。自動ドア一号くん、とびらを開けてねぇ」

 「なっ!?」

 

 この不思議な人間関係に頭をひねっている俺の目の前で、そんな思考をすべて吹っ飛ばすほどのとんでもない事が起こった。 なんと、あいしゃと言うこの子供の言葉を受けて目の前の像がゆっくりと動き出したんだ。 信じられるか? 8メートルもある巨大な像がだぞ! それもなんと、その像がこの城の巨大な鉄の扉を押し開けたんだ

 

 呆気に取られながらも冒険者のサガなのだろう、思考の片隅は冷静で無意識の内に何が起こったのかと動いている像を観察していた。そのおかげで俺はあることに気付く。よく見ればこの像、関節が繋がっていないではないか! と言う事は・・・

 

 「まっまさか、この巨人像はゴーレムだと言うのか!?」

 「そうだよ。わたしが作ったんだ、すごいでしょ」

 

 俺の驚愕した声に反応して、あいしゃと言う少女はこちらに振り向いて満面な笑顔で答えた

 馬鹿な、これほどのゴーレムをいくらドワーフとは言えこんな子供が!?

 

 「あいしゃはゴーレムとか無機物系のモンスターを作るのが得意だからね」

 「えっへん!」

 

 アルフィンにほめられてご満悦な表情を浮かべるドワーフの少女、その表情からはもっとほめて! と言わんばかりのうれしそうな感情がこちらにまで伝わってくる。と言う事は、本当にこの子供がこのゴーレムを作り出したというのか

 

 動きこそゆっくりではあるが、その力は人間では絶対に出しえないほどのものだ。この巨体と力強さ、もしかすると俺がマジックアイテムで呼び出したアイアン・ゴーレムよりも強大な力も持っているのかもしれない

 それほどのゴーレムを作り出す技術と魔力をこの子供がだと・・・

 

 「あの戦士やメイドといい、この子供といい、ここは化け物の巣なのか?」

 「化け物はひどいなぁ」

 

 不意にかけられた言葉に驚いて振り向くと、いつの間にか俺のすぐ後ろに化け物扱いされて苦笑しているシャイナが立っていた

 

 「何を呆けてるの?他のお仲間たちはもう扉の方に進んでいるわよ」

 

 そう言われて目線をあいしゃからシャイナが指差す扉の方に向けると、なるほど、他の仲間たちはすでにメイドたちに導かれて開かれた扉の中に入ろうとしている。俺だけが立ち尽くしていても何も言われなかったのは、元々仲間たちから離されていたのとシャイナがすぐ後ろについていたからだろうか?

 

 「アルフィンが言うには中の仕掛けも凄いらしいから、私も楽しみだし早く入るわよ」 

 「なに! まだ何かあるというのか!?」

 

 あまりの驚愕に足がすくむが、ここまで来てしまったんだ。尻込みしていても仕方がない

 シャイナに連れられて仲間たちの元へ進む

 

 全員が入ると、中に設置されていたもう一体の同型ゴーレム(察する所、名前は自動ドア二号くんだろうか?)の手によって鋼鉄の扉が閉められる

 しかし、その音を後ろに聞きながらも俺は、呆気にとられて振り向く事さえ出来なかった

 なぜなら

 

 「これは・・・城ではないよな」

 

 城壁、いや先ほどまでずっと城壁だと思っていたものの中には灰色の威圧的な雰囲気を漂わせた館が建っているだけだった

 

 これはどう考えても城ではない。それどころか金持ちや貴族の住む館ですらないだろう。飾りと言えば窓についている鉄格子と屋根の上にある恐ろしい姿をした羽の生えたモンスターの像4体くらいで、後はひたすら簡素な造りなのだから

 

 その塀の中は入り口付近や建物の周りこそ草が刈り取られているものの、館前に広がる土地は外の草原のように草を刈られることもなく、ただただ広大な荒地があるだけだった。と言う事は、この巨大な施設はこの塀も含めて我々を収監するためだけにある施設、いや、驚くべき事だが先ほどの話からすると我々を収監する為だけに新たに作られた施設だと言う事だろう

 

 一体どうやってこれだけの施設をこんな短期間で・・・

 

 「はい皆さ~ん、説明するからこちらに来てくださいねぇ~」

 

 俺たちが呆気にとられて周りをきょろきょろと見渡しているうちに移動したのであろう、あやめと言うエルフの少女が館の前にある台座のような所に上ってこちらに声をかけてきた。その横にはアルフィンをはじめとして一緒についてきたこの館の住人たちが並んでいる

 

 ここで逆らっても仕方がない。全員が素直に台座の前に集まると、おもむろにあやめは説明を始めた

 

 「まず、館の屋根に4体の像があるのが見えるよね?」

 「見えるがそれがどうかしたのか?」

 

 俺が代表して質問をかえすと、エルフの少女はおかしそうにクスクス笑った後

 

 「みんな、降りてきてぇ」

 

 といきなりその像に声をかけた

 

 ガアァァァァァァ!!

 

 声をかけた途端に動き出し、石の翼を羽ばたかせて空に舞い上がったかと思ったら急降下して俺たちを囲むように降り立つ魔像、まさかこいつら・・・

 

 「ガ、ガーゴイルだと!? いやしかし、こいつらから感じるこの魔力と力強さは・・・ほっ本当にガーゴイルなのか?」

 「そうだよ、これもわたしが作ったんだ」

 

 はいはい! っと元気いっぱい手を上げて、花が咲いたような笑顔で自慢げに飛び跳ねるドワーフの女の子

 これも、この子が!?

 

 ガーゴイル、古代の遺跡などを守っている石像のモンスターだが、その難度は弱いものなら15ほどだ。だが、こいつらから感じる魔力はそんなもんじゃねぇ! もしかすると難度80、いや90はあるのではないか? もしそうならダンジョンで出会ったら近づかずに即、逃げ出さないとやばいレベルだ。しかもそれが4体、それも作り出しただと!? 先ほど言っていた無機物系のモンスターを作るのが得意と言うのはこの事だったのか

 

 「この子達が昼夜関係なく常に監視しているから逃げようとか、考えないでね。それとねぇ」

 「まだ何かあるのか!?」

 

 正直この4体のガーゴイルたちだけで、俺たちなど装備を完全にそろえていたとしても簡単に皆殺しにできるほどの戦力だぞ。その上何があるというんだ?

 

 「壁の上の方を見て。無数の穴が開いているの、解るかな?」

 

 今まで色々なことに気を取られて気が付かなかったが、確かに周りを囲む壁の上方には無数の穴が開いていた

 

 「あそこにはあなたたちからするとかなり強いスライムが住んでるから、間違っても登ったりしないでね」

 「スライムだと」

 

 スライムと言えばそれほど強いモンスターではない。普通に洞窟や遺跡に住み着いているものなら鉄の冒険者でも勝つことはそれほど難しくないだろう。しかし、それが壁を登っている最中となるとそうは行かない。こちらがうまく動く事ができない状態なのに対して、スライムは壁に張り付く事ができるから自由に動き回るし、もし上から降って来て顔に張り付かれたら助けに行く事ができない状況である以上銀の、いや、もしかしたら金の冒険者でも殺される事があるかも知れない

 

 しかもこの城に住む者が俺たちからするとかなり強いとわざわざ忠告したんだ。こんな所でハッタリを言っても意味は無いのだから、実際普通のスライムではないだろし、ガーゴイルと同じく逃亡防止策として飼われているのなら難度はガーゴイルクラスだと考えた方がいいだろう

 

 「この壁さえ登らなければ絶対に襲わないようしつけてあるからそれほど怖がる必要はないけど、もし5メートル以上登ったら襲い掛かってくるから気をつけてね」

 

 この連中、ここに連れて来られるまでは俺たちよりかなり強いがこの国の兵士たちよりは甘いと思ったが、もしかすると俺たちは国の兵士に捕まるよりもっと大変なやつらに捕まったのではないか?

 

 「俺たち、どうなるんだ? これから」

 

 急に今居る場所がとても恐ろしい場所のように思えて、先ほどまでは微笑ましかった子供たちの笑顔さえあまりの不安感に裏のある悪魔の微笑みのように見え始めていた

 




 なんかセルニアがどんどん幼児化してますが、表現出来ていなかっただけで私の中では初めからあんな感じでした。あと、子供キャラのあやめとあいしゃがしっかりしすぎている感じなので、何とかしなければと思っています。とりあえず今回ので少しは子供らしくなったかな?

 次にガーゴイルの難度が出てきますが、適当ですw ググッたところD&Dでは難度15らしいけど魔法で生み出しているのでそんな低いレベルのものは作れそうにないので、ガーゴイルも30レベルを超えていると言うことにしました

 最後に、今回は今まではしっかりと表記していなかったあやめたちの容姿を文章にしてみたのですがどうでしょうか? 彼女たちの姿が想像できるかなぁ。少しは情景を思い浮かべる手助けになっていると嬉しいのですが


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第4章 エルシモとの会見編
23 高級と驚愕


 「いったい何が望みだ?」

 「へっ? 望みって?」

 

 野盗たちを収監してから5日、そろそろ収監所の生活にも慣れただろうから情報を引き出そうとギャリソンを伴ってエルシモさんに会いに行ったところ、開口一番こんな事を言われてしまった。おまけにどういう訳かこちらにかなりの不信感を持ったようで、警戒心がこちらに伝わってくるほど高まっている

 

 「わざわざこんな環境まで用意して、いったい俺たちに何をさせるつもりなんだ!?」

 「えっ?えっ?えええぇぇぇ~~~~!?」

 

 そんなエルシモさんのあまりの剣幕に、何の事をを言われているのか解らない私はただただ困惑するだけだった

 

 

 ■

 

 

 時は俺たちが収監所に連れてこられた日までさかのぼる

 

 「ここからはこの収監所の管理を任せてあるミシェルに任せるから」

 

 俺たちを収容所の中に入れると、アルフィンが一人のメイドを俺たちの前に連れて来た

 エルフ? いや、あのエルフにしては短めの耳の長さと、本来ならきつい感じで切れ長になるはずの目は大きくて少したれている、髪の色もプラチナに近い金髪ではなくて茶色に近いところを見るとハーフエルフか? 純粋種ではなく人が半分混じっているにもかかわらず、一般的に美しい容姿の者が多いエルフの中でもこのメイドはかなりの美人だ。おまけにどちらかと言うとスレンダーすぎるエルフと違って肉付きもいい

 

 優しそうな中に強さと気品が見え隠れするアルフィンや、目が鋭く近寄りがたい綺麗タイプのシャイナのような美人ではなく、どちらかと言うと親しみ易さが前面に出たほっとするセルニアと言うメイドと同じようなタイプの美人で、長い髪を赤いリボンを使って左右に分けたツインテールのストレートヘアーと優しそうな紫の瞳、背は低めなのに胸は大きいと言う男からすると親しみやすいタイプにおける一つの究極系と言っても誰の異論を唱えないであろう容姿を持つ子だ

 

 「ミシェル・ランドラ・ヴィジャーと申します。皆様、私の事はミシェルとお呼び下さい。どうぞよろしくお願いします」

 「あ、どうも」

 

 今まで出合ったこの城の者たちと違い、少しおどおどとしたような雰囲気を醸し出しながら我々の代表であると教えられたのであろう俺に挨拶をしてきたので、思わずこちらも調子を崩されてあいまいな返事をしてしまう

 

 「それではミシェル、よろしくね」

 「はい、アルフィン様。後はお任せください」

 

 そう言うと、アルフィンたちはメイドをひとり残してこの館を去って行った

 その後遠くで何か重いものが動く音がして、最後に扉が閉まるような音が轟いたので実際この敷地から彼女たちは出て行ったのだろう。と言う事は、本当にこのメイドにすべての権限を任せて行ったと言う事か。この行動から見て、彼女にとってこのメイドはすべてを任せてもいいと判断するほど信頼していると言う事だな。ならばこの娘は見かけによらず、かなり優秀だと言う事なのだろう

 

 「それでは皆さん、今日はお疲れでしょうからここでの仕事についての説明はまた明日にして、今日は各自が生活する部屋と施設についての説明と案内をさせていただきます。ではこちらへ」

 

 そう言うと、メイドは館の中へ歩いて行った

 一瞬、館の前で聞いた先ほどの説明時に感じた不安を思い出して二の足を踏んだが、このままここに居ても仕方がない。覚悟を決めてメイドの後ろをぞろぞろと付いていく

 

 最初に連れて行かれたのは広間のような所に長机と椅子がいくつか並べられた場所で、その奥には隣の部屋とカウンターのようなもので繋がっている窓が開いていてその横にドアがある。奥に見えるのは調理場だろうか?

 

 「この施設の配置からするとここは食堂か?」

 「はい、その通りこちらは食堂です。食事は朝、昼、夜の3回で決まった時間にとっていただく決まりなので、その時間にこの食堂にいない場合はその回の食事はとれなくなりますのでお気をつけください」

 

 それだけ言い終わると、我々の返事も待たずにメイドは再度歩き出した

 

 「こちらからの質問は受け付けないって所か。とりあえずついて行くしかない様だな」

 

 今はただ従うしかないと、今回もメイドの後をぞろぞろと付いていく俺たち。いくつかの入り口を素通りし、館の奥にある階段で2階に上ががると両横にいくつかの入り口が並ぶ廊下にたどり着いた。ほとんどの部屋に扉が無い1階と違い、各入り口はカーテンのようなもので中を見られないようにしてある

 

 「ここがあなた方の寝泊りする部屋区画になります。各部屋は二人部屋になっているのですが、部屋割りは人間関係を知らない私では決められませんからそちらで適当に決めてください。また、部屋の中にあるクローゼットにはこの収容所で過ごす為の制服が各部屋に6着、各自に3着ずつ行き渡るように入っているので、それに着替えた後、今着ている鎧と服をクローゼット前に置かれているかごに入れて食事の時間になったら食堂まで持ってきてください。また、食事の時間は1時間後ですのでそれまでは部屋で寛いでいて貰ってもかまいません」

 「まっ、待ってくれ」

 

 言いたい事だけを言って去ろうとするメイドを俺はつい呼び止めてしまった。なぜならどうしても聞かずには置けない内容が今のメイドの言葉の中に含まれていたからだ

 

 「なんでしょうか?」

 「制服が用意されているだって? なぜ俺たちのサイズを知っている? それに部屋割りは俺たち自身で決めろとも言ったが、それならばなぜその部屋を選んだ者にその制服のサイズが合うと思っているんだ?」

 

 俺が持った疑問は仲間たちすべてが持った疑問だったようで、周りから同意の声が上がる。そんな俺たちの剣幕にメイドは一瞬驚いた顔をしたが、やがてその表情はこの人は一体何を言っているんだろう? とでも言うような不思議な物を見る表情に変わって行った

 

 「まさか、あのアルフィンと言うおん・・・姫様は予知能力まであると言うのか!?」

 「いえ、いくらアルフィン様が至高で偉大な御方でも予知能力は御持ちになられてはいないと思いますよ」

 「ならなぜだ?」

 

 本当に俺が言っている意味が解らないのか、メイドは指を顎に当てて斜め上を見上げながら少し考える。そして「まさかそんな事は無いよね?」と小声でつぶやいた後、こちらに向き直って口を開いた

 

 「あのぉ~、私たちの国では魔法の込められている衣服はすべて着用者に合わせてサイズが変わるのですが、もしかしてこの国では違うのでしょうか?」

 「なんだって・・・!?」

 

 魔法が込められているだと? それも収監される者の制服すべてに? 馬鹿な、魔法の装備がいったいいくらすると思っているんだ、それも全員に各3着ずつだぞ

 

 「俺を、まさか俺たちを収監する為だけに魔法の込められた制服を60着も用意したと言うのか!?」

 「いえ、予備も含めて80着作っておくようにと指示を頂いたので、城の裁縫士さんたちが先ほど作られました。あ、魔法が込められていると言っても急な事でしたのであまり強力なものではなく、汚れがつきにくくて布の服よりも少しだけ丈夫な程度ですよ」

 

 あまりの驚愕に声も出ない俺たち。それに対してこのメイドは、どうやら本当に俺たちがなぜ驚いているのか理解できていないようだ。と言う事は、この城の者たちが着ている衣服はすべて魔法が込められていると言うのか? それに俺たちが捕まってから命令して作らせただと? いったいどれだけの財力を持っているんだ、あのアルフィンと言う女は

 

 「疑問はそれだけですか?」

 「そっそうだ・・・」

 「はぁ~、よかったぁ」

 

 メイドは今までのまじめな表情を崩し、心底ほっとしたと言うような顔で長いため息をついた後でこう続けた

 

 「もぉ~、心配させないでくださいよ。何か失敗してしまったかと思ったじゃないですか。初めてアルフィン様から直々に頂いた仕事で緊張してるのですから、驚かさないでください」

 「は、はぁ」

 

 少し怒ったような顔を作って文句を言うメイド。しかし緊張が解けて柔らかな表情になり半笑いぎみになってしまっている口調では、怖いと思うどころかあまりの可憐さに俺たちは皆見惚れてしまいそうだ

 

 どうやらこの姿がこのメイドの素らしく、心底ホッとしたと言うその姿は先ほどまでのどちらかと言うと硬質な態度とはガラッと変わって、第一印象で感じた通りの少しだけおどおどしたようなかわいらしい印象に戻っていた

 

 「とにかく、これでもう質問はありませんか? はい、無いようですね。それでは皆さん、1時間後に食堂に来てください。その時は今着ている服を忘れないようにお願いしますね。それでは失礼します」

 

 そう言うと、メイドはぺこりとお辞儀をして俺たちの前から小走りで去って行った。多分、先ほどまで緊張していたと言う事が俺たちにばれて気恥ずかしかったのだろう。去り際の顔は少し頬が赤かったような気がするしな

 

 「とりあえず、部屋を確認してみるか」

 「そうですね」

 

 横で一緒にあっけにとられていた俺の片腕で副リーダーとも言える盗賊が相槌を打つ。そこで一番近い入り口の前まで行き、扉代わりのカーテンを開く

 

 「なんだこれは!?」

 

 今日はもう一生分の驚愕を味わったと思っていたが、どうやらまだ驚愕は続くようだ。カーテンを開けて見た部屋の中には二段ベットとクローゼット、机と椅子が設置され、その向こうには鉄格子がはまっていて外から見た時は気付かなかったが、なんと開けなくても外が見渡せるほど透明なガラスの窓があった

 

 「馬鹿な、ガラス窓だと!?」

 「りっリーダー、それよりこれ」

 

 帝都でも帝城や貴族の館くらいにしか設置されていないガラス窓に驚いていた俺に、盗賊が驚愕の声を上げる

 

 「この二段ベット、マットレスがついているぞ」

 「なっ、なんだってぇ!?」

 

 普通冒険者が泊まる宿では木製のベットの上に何かあったとしてもシーツだけ、少しいい宿でも麻や木綿の布を重ねて作った硬いマットが置かれているだけだが、この二段ベットには薄いもののスプリングの入ったマットレスが敷いてあった。おまけにマットレスの下は木ではなく弾力のある金属製の網で、その網とスプリングマットレスのおかげでベットに寝ると体を包み込むように軽く沈み、かと言って弾力がありすぎて背中や腰に負担をかける事がない程度の硬さも兼ね備えていた。おまけにマットレスの上に掛けてあるシーツもしみ一つ無く、目にまぶしいほど真っ白でとても清潔そうだ

 

 正直こんなベットは過去に一度だけ前の仲間たちと泊まった事がある帝都の高級宿屋でしか見たことが無い。あの時も一番安い部屋とは言え、雇い主が払ってくれたから泊まれただけで俺たちではもったいなくてとても泊まる事が出来ないほどの値段だったのに、それと同程度のベットを全員分だと!?

 

 「すげぇ!」

 「こんな部屋、泊まるどころか見たことも無いぞ!」

 

 他の仲間たちもあわてて他の部屋に駆け込み、ベットに飛び込んでは大はしゃぎしているようだ。それはそうだろう、金の冒険者でもまず泊まれないような部屋だ。鉄や銀の冒険者だった奴等では泊まるどころか入り口で門前払いを喰らって、普通なら足を踏み入れる事さえできないほどの部屋だろう

 

 「ここまで来ると何か裏があるとしか思えないな」

 「そうですね。我々は言わば囚人、普通なら殺されてもおかしくないし、拘留されるにしてもベッドなどない冷たい地下牢に足かせ付きで繋がれるのが普通ですから」

 

 別にいい目を見させてから絶望に叩き落すなんて事は無いだろうと思いたいが、この待遇を見せられると「十分楽しんだか? では死ね」なんて事が現実に起こりそうで怖い

 

 「いやいや、あの能天気そうなお姫様がそんな事をするとも思えないな。では、明日から従事させられると言う仕事が俺たちの想像以上にキツイと言う事か」

 「それが一番ありそうですね」

 

 先の事が解らない今の時点で心配しても仕方がない。とりあえずは今やるべき事を先に済ませよう

 

 「お前ら、はしゃぐのはいいが時間に遅れたらその回の飯は無いってのを忘れたのか?早く部屋割りを決めて着替えろ。後30分くらいしかないぞ」

 「おお、そうでした」

 

 部屋割りは各自の判断に任せ、俺は最初に入った部屋のクローゼットを開ける

 

 「なるほど、確かに灰色の布製の服が釣り下がっているな。サイズが合っていないようにも見えるが、あのメイドの話通りなら」

 

 そう思って袖を通してみると本当に俺にジャストフィットするサイズに変形した。嘘偽り無く魔法の服と言うわけだ。これを80着だと? 一体いくらするんだ?

 

 ・・・もういい、これからは何が起きても驚かないぞ! 考えるのもばかばかしくなった俺は、確かにこの時はそう思った。そう、本当に思っていたんだ

 

 

 

 

 

 「うまっ!」

 

 一口食べた瞬間、あまりの美味さに頭の中が真っ白になってしまった。つい夢中で食べてしまい、気付いた時にはスープの入っていた皿は空だ。ああ、もったいない。もっと味わって食べるべきだった

 

 あれから30分後、俺たちは先ほど案内された食堂に足を踏み入れていた。そこにはうまそうな匂いが充満していて、その匂いによって腹が鳴り、今までは見知らぬ場所につれてこられて緊張して空腹を忘れていた事を思い知らされた

 

 食堂の入り口には先ほどのメイド、確かミシェルだったか? が薄ピンクのエプロンをつけて立っていて

 

 「皆さんおそろいですね。それではカウンターで食事の乗ったトレイを受け取って席についてください」

 

 と、奥にあるカウンターの方に案内される。そのカウンターの中では料理人らしき女性がトレイに乗った皿にスープらしきものを注ぎ、パンと付け合せのサラダを乗せていた

 

 「うまそうな匂いではあるが、見た事の無い怪しげな料理だな」

 

 パンとサラダはともかく、スープの方は普通によく見かける豆と少しの野菜が入った塩味のスープではなく、透明度がまったく無い上に色も黒っぽいコゲ茶色だ。どうやら何か具が入っているようだが、とろみが強すぎてよく解らない。入っているのはジャガイモとにんじんか? いや、それならこれは常識から考えて入っている量が多すぎる。多分この料理同様、俺の知らない野菜だろう。あと肉のようにも見える物も入っているが、薄い干し肉ならともかくこんな大きな肉が入っているわけが無いだろう

 

 匂いこそかなり旨そうではあるものの、その異様な姿に警戒して誰も手をつけようとしない

 

 「どうされました? 受け取った方は食事を始めてもらっても大丈夫ですよ」

 「ここまで来て、毒を盛られるなんてことは無いだろう。とにかく食ってみるか」

 

 ミシェルに促され、周りの不安と好奇心の混ざり合った視線の中、ひとくち口に運ぶ。で、その結果が先程のあれだ

 

 「ふぅ~」

 

 息もつかずに一気に食べてしまった為、軽い後悔と圧倒的な美味についため息が漏れる

 驚いた事に、先ほど肉のようだと思ったものは本当に肉だった。いや、肉だったと思う。確たる自信が持てないのはこの肉らしきものがあまりにやわらかく、噛まなくても口の中の圧力だけでほどけていくほどで、なおかつ俺の常識の中にある肉からするとありえないほどの肉汁があふれ出したからだ。その濃厚な肉汁と、とろみのあるスープの味の強さとで食欲が刺激されてつい夢中に食べてしまったというわけだ

 

 今思うと、一緒に入っていた根菜類も本当にジャガイモとにんじんで、なおかつ普段ではありえないほど大きく切られていた様に思える。量も豊富で本当に信じられないほど豪華なスープだった

 

 「美味い! 美味い!」

 「うぉっ! スープだけじゃなく、このパンの香ばしい香りと柔らかさときたら」

 

 俺の姿を見て食べ始めた仲間たちも、今では夢中になって食べている。その姿は捕らわれた囚人とは思えないもので、誰も彼もとても幸せそうだ

 

 「おかしい、これは絶対おかしい」

 

 何が狙いだ? なぜ俺たちをこれほど歓待する? 部屋だけでなく食事も高級宿屋並み、いや、食事にいたってはこれほどの食事を出す事ができる宿は帝都でもないのではないか? そんなものを俺たちに提供するあの女の狙いはなんだ?

 

 「おかわりが欲しい方は言ってくださいね。今日は初日なので、皆さんがどの程度食べるか解らないので余分に作ってありますから」

 「あっ、お願いします!」

 

 ・・・・・・

 

 違うんだ! 俺が悪いんじゃないんだ! このスープが美味すぎるからいけないんだ!  そんな自己嫌悪を感じながらもあまりの旨さにスープをおかわりし、パンの柔らかさに驚愕しながら食べ続けて最後にはほぼ全員が食べすぎで動けなくなってしまった

 

 

 

 その夜は皆、食べすぎで唸りながらもベットの気持ち良さに熟睡し、朝を迎えた。そんな状況だったので朝になってもまだ胃が重かったが、朝食として出されたカリカリサクサクとした何層にも分かれた生地で作られた、少し甘くて信じられないほど旨い焼きたてのパン(クロワッサンとか言うらしいな)と貴重な卵を複数使ったであろう大き目のオムレツらしきもの(あまりにふわふわで、味があれほど濃厚な卵は食べた事がない)を前にして、一気に空腹感に襲われた。この後仕事があるからあまり食べ過ぎないようにとミシェルに言われなければ、まず間違いなく昨日の夜の二の舞になる所だったろう

 

 朝飯を食べ終え、そのクオリティに確信した。これから従事させられるという仕事がきっと死ぬほど辛いのだろう。仲間たちも同じ思いらしく、皆覚悟を決めた顔で収容所入り口広場に集合して、ミシェルからの仕事の内容説明を待つ

 

 しばらく待つと、収容所の奥からミシェルが現れた

 

 「皆さん、準備はいいですか?それでは仕事の説明をするので外に出てください」

 

 さぁ、どれほどの地獄を見せてくれるんだ? 俺たちだって相当の修羅場をくぐってきたんだ、そう簡単には根は上げないぞ。そんな事を考えながらミシェルの後ろをついて庭に出る。するとそこには予想外の物がおいてあった

 

 「おい、あれって」

 「はい、あれにか見えませんね」

 

 あまりの事にこの収容所につれてこられて最大の驚愕が襲ってくる。まさかそんな事が!? いや、そんなはずは無い。いくらなんでもそんな仕事をあてがわれるはずは無いはずだ。しかし、ミシェルの口からは俺が必死にありえないと否定した通りの仕事が告げられた

 

 「皆さんにはここにある農具を使って、この広場を耕してもらいます」

 

 そう、俺たちが目にしたのは草を刈るための鎌や土を耕す為のクワやスキだった

 

 「普通荒地を耕す場合は牛や馬を使うのですが、これは皆さんが犯した罪に対する罰の意味もあるので皆さんの力だけで行うようにとアルフィン様から言い付かっております。大変でしょうけど、がんばってください」

 

 まさか、本当に? 本当に農作業が我々に課せられた仕事だというのか? 冒険者になる者は町に出てくる前は農民だった者も多いと言うのにか? そもそも食うに困って冒険者になる奴が住んでいたような貧乏な村では、牛も馬も買えないから荒地開墾は当然のように人の力だけで行われる。そんなどこででも普通に行われている作業が、野盗に身を落とした俺たちに対する罰になると本当に思っているのか?

 

 それに、農具に含まれる鎌。鉄製のクワやスキもそうだが、特に鎌は武器になる。俺たちがこれを使って反乱を起すとは思わないのか? 確かにガーゴイルは手ごわいが、このメイドを人質に取れば逃げられるかも知れないなんて俺たちが考える可能性を想像すらしていないと言うのか?

 

 「後ですね、ここを作る過程でこのような石が土に埋まっていることがあります」

 

 そんな事を考えているとミシェルが近くにあった高さ1メートルほどの岩に近づいた

 何をするんだ?と思っていたら

 

 「流石にこれは皆さんではどうにもならないでしょうから私に報告してください。その時はこのように」

 

 そう言ってミシェルは岩に片手を添えて腰を落とす。そしてスゥっと息を静かに吸って

 

 「秘奥義! 砕岩超振動波!」

 

 掌から波のような振動を伝えて岩を砂粒レベルにまで粉々に砕いた。俺程度ではどうやったかはとても解らないが、魔法ではなく技で砕いたのだけは間違いないだろう。と言う事はこの娘もあのセルニアとか言うメイドと同様、化け物じみた強さを持っているという事か。確かにこれなら俺たちが武器を持った所で勝てるわけが無いな

 

 そんな事を思い知らされて、意気消沈気味に農作業に入る俺たち。そんな精神状態だったからだろう、仲間の一人が振るったクワが埋まっていた岩に弾かれ隣で作業しているやつの背中に飛んで行ってしまった。意気消沈しているとはいえ、元冒険者が力を振るってはじかれたものだ、それ相応の勢いがついている

 

 「危ない!」

 

 そして、クワと言ってもちゃんと手入れをしてある物は十分に武器となる。それが飛んで行ったんだ。俺たちの中には治療の魔法を使える者はいないし、ミシェルも先程の業からすると神官ではないはずだ。下手をすると死人が出るこの状況に皆、この後に起こるであろう惨事を想像して青くなる。ところが

 

 ガンッ!

 

 背中に鋭角にあたったクワが作業服に弾き返される。そしてそのクワが背中に突き刺さるはずだった男は

 

 「うぉ!? なんだ、何か背中にあたったぞ」

 

 信じられるか?ダメージどころか、背中にあたった物が自分に死をもたらしたかもしれないほどの物だったと言う事にさえ気付いていないんだぞ。そのあまりの光景に、俺たちは今着ている作業着を見下ろした

 

 「これ、もしかしたら俺たちが着ていた鎧よりも防御力、高いんじゃないか?」

 

 確か、ミシェルは布製より少しだけ丈夫な程度とか言ってなかったか?ならあいつ等からすると頑強な装備と言うものはどれほどの強度を持っていると言うのか? 改めて、ボウドアでのシャイナとの戦闘を思い出して背筋が寒くなった

 

 

 

 その後、仕事が終わって収容所に帰ると

 

 「皆さんお疲れ様です。昨日は急だったので間に合いませんでしたが、アルフィス様に湯を沸かすマジックアイテムを造っていただけたのでお風呂が沸いています。ですから食事前にどうぞ」

 

 最後の驚愕が待っていた。用意されていた風呂は、俺たちが普段宿屋で入っているような桶に溜まった冷め掛けの湯をかぶる程度の物ではない。全員が一度に、それもちゃんと肩まで湯に浸かれるほどの豊富な湯量のある大きな風呂だ。こんなものは火山地域に沸いている温泉でくらいしかお目にかかった事は無いぞ。それもこの収容所の風呂のためにマジックアイテムを作っただと?

 

 

 驚きはあるものの、疲れた体に風呂と言うのは大変ありがたい

 

 「これで酒が呑めれば最高なんだがなぁ」

 「流石にそれは無いだろう」

 

 おいおい、俺たちは囚人だぞ? なんて笑いながら風呂を出る。そこには当然酒が用意されているなんて事はなかった。しかし

 

 「こんな物まで用意されているのか・・・」

 

 確かに酒は無かったが、脱水防止の為に水が通常よりもよく冷えるように魔法が付加された永遠の水差しが脱衣場に用意されていて、湯から上がった俺たちはその冷たさを十分に楽しんだ

 

 

 ■

 

 

 ここで冒頭のやり取りに戻る

 

 「寝泊りしている部屋は高級宿屋並みだし風呂はこれほどの物は町ではどこにも無いくらいの大きさ、食事にいたっては帝都の超高級料理店でも食べる事ができないかもしれないレベルだ。それも初日二日目だけでなく、今日までずっとこの調子。仲間の中にはもうここから一生出たくないと言っている者まで出る有様だし、子供がいる奴にいたってはここの食い物を食べさせてやりたいと泣いているくらいだぞ」

 

 「えっ? どう言う事? ここって普通の収容所と何か違うの? 何かおかしいの?」

 

 テレビで見た知識の中だけで知っている刑務所は、鍵つきの個室に入れられている凶悪犯以外はみんなここで使われているような簡易二段ベットのある部屋で生活していたし、今は希望する人はお風呂にもちゃんと毎日入る事ができる。食事も特に高級な物を使っている訳でなく、むしろ私たちが普段食べている物よりかなり落ちる食材を使って作っているくらいだ

 

 「最高級の食事って、一体何の事よ!?」

 

 しかし自分たちにとっては普通だと思っているそのすべてが、この世界では信じられないほど豪華な物だと言う事を知らない私は、エルシモさんの勢いにただただオロオロするだけだった

 




 う~ん、かなり長くなってしまった。今迄で一番長いんじゃないかな?普通なら2回に分ける分量ですよ、これw

 さて、感想掲示板への投稿の返事でも書きましたが、野盗たちはは当初このような状況になる予定ではありませんでした。最初はボウドアの村から直接領主の館に向かい、その手土産にするつもりだったんですよ

 ところが書き始めた後に買った9巻で帝城の護衛が銀の冒険者クラス、近衛兵でさえ金の冒険者クラスの強さだと言う内容が書かれていたので、それでは地方のそれも弱小貴族の館に連れて行ったところでもてあますだけだと思ったのでイングウェンザー城に連れて行くことになってしまいました

 まぁ、そのおかげでこの話ができたからいいんですけどね


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24 相違

 ここは尋問のために私が訪れた収監所の一室。尋問のための部屋と言っても別に無数の小さな穴が開いたアクリル板にさえぎられて会話するわけではなく、私が滞在するために作られた少しだけ内装のこったつくりの執務室で、そこには紫檀で作られた重厚感がある机とサテン地の少し豪華な、しかしソファーとは違って機能性を重視したデザインの椅子が置かれ、その後ろにはイングウェンザーの旗をかたどったレリーフが飾られている。壁には絵が飾られ、一見豪華ではあるものの城の執務室と少し違うのは、その部屋に扉がないと言う事と絨毯が敷かれていない所か

 

 その部屋の中ではレリーフを背に私が座り、その後ろにはギャリソンが姿勢良く直立不動の姿勢で、それでいて微笑と一見穏やかな雰囲気を身に纏わせながら立っていて、机を挟んだ反対側にはエルシモさんが木製ではあるものの座る所にはちゃんとクッションのついた、この部屋にあっても特に違和感の無い程度には質のいい椅子に座っている。そんな彼は私からの簡単な説明で先ほどまでの疑念が少しは晴れたのか、やっと落ち着きを取り戻していた

 

 「では、これがお前たちの国の常識的な収監所と言う事なんだな」

 「ふぅ、ようやく理解してもらえたみたいね」

 

 疲れたぁ~

 後ろではギャリソンがエルシモさんの言葉遣いに相当苛立っていたようで、外見上は穏やかだけど内面では「この無礼者、許可がいただければいつでも殺せます」と言うような気配を私にだけに伝わるように出していた。でも、そんな事になってしまったら情報を得られなくなってしまうし、かと言ってエルシモさんに対して何かをしている訳でもないのでやめなさいとギャリソンを叱るわけにもいかない

 

 なのでギャリソンには「許可なんてしないし、当然そのような事をしてはだめに決まってるでしょ」と伝わるであろう態度を暗に取り続けながらも、エルシモさんには信用してもらえるように笑顔で会話を進めなければいけないと言う、精神衛生上かなり悪い状況での説明をしなくてはいけない状況に陥ってしまった。だけど、この様子からすると何とか理解させる事に成功したようだね

 

 苦労はしたけど、やっとこちらの意図がきちんと伝わった事にほっと一安心

 でもその気の緩みがいけなかったんだよね。緊張から開放された安堵感から気を抜いてしまって、話の最中ずっと疑問に思っていた事を、ついうっかり何時爆発するか解らない爆弾のような状態のギャリソンへの注意を怠った状態で聞いてしまったのよ

 

 「しかし、このせか・・・じゃ無かった、この国の収監所ってそんなに待遇が悪かったのね」

 「収監所がどうとか言うレベルの話じゃな、いっ!?・・・はっハイ! 無いでありますです! ハイ」

 

 ん? 急にエルシモさんの態度が・・・

 

 バッ!

 

 ふと思い立って、自分にできる最速の動きでギャリソンの方に振り返る。しかし、ギャリソンは相変わらず外見上は微笑をたたえた穏やかな表情のままだ

 

 「アルフィン様、どうかなさいましたか?」

 「いいえ、私の思い過ごしだったみたいね」

 

 ギャリソンに対して微笑みながらそう答え、う~ん、私の勘違いだったかな? なんて顔をしてまたエルシモさんの方に向き直る・・・いや、直ろうとする振りのフェイントを入れる

 そして、もう一度全力でギャリソンの方に視線を向けると、ほんの一瞬、本当に一瞬だけど鬼の形相のギャリソンを見ることができた。そうかぁ~こんな表情もできるんだ。そんな感心もしたけど、流石にこれは一言言っておいた方がいいだろうと思い立つ

 

 「ギャリソン、だめよそんな脅すような顔をしては」

 「しかしアルフィン様、この者のアルフィン様に対する言動や態度はあまりに目に余ります。もし御許しいただけるのでしたら、シャイナ様とまるん様のご希望に沿うよう、絶対に死なないように細心の注意を払って生きている事を後悔させてご覧に入れます」

 「ヒィッ!」

 「だぁ~かぁ~らっ! ご覧に入れなくていいって!」

 

 極上の優しい微笑で、最凶に怖い事を強烈な殺気のオマケ付きで言うギャリソンと、その言葉と気配に震え上がるエルシモさん。とりあえず私の言葉で先ほどまでの強烈な殺気はかなり薄くなったけど、注意されたにもかかわらず完全に殺気を消せないでいる所を見るとよほど怒っているのね。まだ完全には自分を抑える事ができていないみたい

 

 ギャリソンでもこんな風になる事があるんだ

 

 私の体調を心配してあわてた事はあるけど、それ以外でこんな風になるなんて、普段のギャリソンからは想像もできないからちょっとびっくり。でもまぁ、私の事を常に第一に考えてくれているギャリソンだけに、その気持ちも解らないでもないけどね

 

 でも、正直言って流石にこの状況は頭が痛くなるだけなのよねぇ

 

 それに先ほど放たれたほどの強烈な殺気だと、エルシモさんレベルでは下手をすると耐え切れずに死んでしまう可能性まであるし、そこまで行かなくてもショックで精神に異常をきたす様な事があったら大変だ。魔法で癒すにしても体の傷ではないから完治させるには記憶をいじるか、時間をかけて精神を落ち着かせながらゆっくり直すしかないけど、聞きたいことが山ほどある現状ではそんな状況になっては困る

 

 まったく、私たちは情報を引き出す為にここに来ているのだと言う事をギャリソンは忘れているのかしら?

 

 「もぉ、ギャリソン、殺気を放つのは禁止です!話が進まないじゃないの」

 「失礼いたしました、アルフィン様。以後は慎みます」

 

 私に窘められて、弱いながらも放ち続けていた殺気を完全に消すギャリソン。でも一度持った恐怖心はそれだけで消えるわけも無く、エルシモさんはガタガタと震え続けるだけだった。まったく、こんなになるなんて私が気付く前は彼にどれだけ強い殺気を放っていたのよ。殺気に指向性を持たせる技能と言うのも案外厄介なものね

 

 「エルシモさんも、もう大丈夫だからいつまでも震えてないでしっかりしなさい。仮にも野盗のリーダーでしょ」

 「本当ですか? 本当にもう大丈夫なのでしょうか?」

 

 私の言葉に、恐る恐る聞き返すエルシモさん。なんか、怯える小動物みたいになっちゃってるし、よほど怖かったんだろうなぁ。ここは安心させるべきだよねと優しく声をかけようとした所で

 

 「言葉遣いに気をつけなければ保障は出来かねますなぁ」

 「ヒィッ!」

 

 と後ろからギャリソンがにこやかに笑いながら答えた

 うぐぅ、まったくもぉ! まったくもぉ~!

 

 「ギャリソン!」

 「はい、申し訳ありませんでした」

 

 ギャリソンは私に対して深々と礼をして、今度こそもう発言はしませんと言う態度を示して一歩下がる。ギャリソンはギャリソンで今までの態度がよほど腹に据えかねていたんだろうなぁ。いつもなら私がやめなさいと言えば絶対に逆らわなかったのに

 

 「と・に・か・く、話の続きをしましょう。先ほども聞いたけど、この国の収監所と私の国の収監所では待遇があまり違うものなのね?」

 「はい」

 

 ・・・続きを待ったけど、エルシモさんはそれだけしか答えない。もぉ、完全に萎縮しちゃってるじゃない

 

 「はいじゃなくて! さっき言いかけたでしょ、収監所がどうとか言うレベルではないって。あれはどう言う意味なの?」

 

 私が問い掛けると、エルシモさんは後ろのギャリソンの方を窺い見てからおずおずと話し始めた

 

 「それはですね、ここの設備が帝国における最高級レベルなのですであります、はい」

 

 意味がよく解らない上に、言葉遣いがちょっとウザイ。オマケに目も泳いでいて自信なさげだ

 これなら先程までのしゃべり方の方が解りやすくてよかったよ。流石にこれではいつまでたっても話は進まなさそうだったので、彼に提案、と言うか指示をすることにする

 

 「エルシモさん、もう無理をして敬語で話さなくてもいいから、自分の言葉で私に説明してくれない? 今のままだと頭に入ってこないわ。後、ギャリソンも私が正式にそうするように指示をしたのだから態度が失礼だからとか言わないように」

 「はい、ではいつものしゃべり方に戻らさせて頂きますです」

 「はい解りました」

 

 とりあえずは双方の了解を得て話を聞く事にする

 

 「さっきの話だけど、具体的にどこが最高級だと感じるの?」

 「どこがと言うか、すべてが最高級です。透明なガラス窓なんか貴族の本宅や帝城くらいにしかないし、ベットも俺・・・わっ私が知る限りスプリング付きのマットレスがついているなんてのは、一番安い部屋で1泊4Gもする帝都の高級宿屋でしか見た事がなっ、ありません」

 

 スプリングが入ってない? なら弾力性ナイロン繊維とか低反発素材が使われているとか? いや、それは無いか。それではスプリングマットレスよりも高価になってしまうし、100年ほど前にあったというゴムとスポンジの入ったマットレスなのかな? それともまさか綿製? あっでもそれだとやっぱりスプリングマットレスよりはるかに高くなってしまうか

 ちょっと興味がわくけど話が進まないし、それについてはまた後で聞く事にしよう

 

 「それにお湯の入った風呂、それも沸かしたての湯なんて高位の冒険者や貴族くらいしか毎日は入れませんよ。いや、もしかしたら下級の貴族でも毎日は入れないかもしれない」

 「ええっ!?」

 

 お風呂、毎日入れないなんて・・・それじゃあ、みんな水で体を洗っているという事? 夏はともかく、冬なんかはどうするんだろう?

 

 「そして何より最高級だと言えるのが食事です。あんな料理、お、私は食べた事がない。過去に一度だけ帝都の高級宿屋で食べた料理が最高だと思っていたけど、ここに比べたら天と地、それこそ私たちがいつも泊まっている安宿の料理と最高級料理店の料理くらいの差がありますよ」

 「そっそんな馬鹿なことって・・・」

 

 思わずギャリソンの方に振り返る。と言うのもギャリソンからエルシモさんたちに出している食事のグレードを聞いていたからだ

 

 「アルフィン様、食事は確かにこの城の者たちが食べているものよりかなり落ちるものを出しているはずです」

 「そっ、そうよねぇ」

 

 刑務所は普通、外の生活よりも厳しくして、もうここに来たくないと思わせるようにしてあるはずだ。だから食事は粗末なのもだし、犯罪者には辛く感じるように規則正しい生活を送らせる。当然この収監所もそのコンセプトで運営させているので、最高級になっているなんて事は無いはずだ

 

 実際、ギャリソンが言うように私たちどころか、メイドたちが食べているものよりもかなり落ちる料理を出すように指示してあった。なのに

 

 「あの料理が最高級だというの?」

 「信じられないくらい柔らかくて香りのいい焼きたてのパン、貴重な砂糖が信じられないくらいたっぷり入った上にフルーツのうまみあふれるジャム、町では貴重な新鮮な葉物の生野菜が使われて・・・いや葉物が中心で構成されえいるサラダまでついているし、朝食には毎日卵料理がついてくる。それも一人につき複数個の卵が使われているなんて普通ではありえない話だ! 何より昼も夜もメインに肉が、それも干し肉やパサパサの硬い安物の肉ではなく、肉汁たっぷりの口の中でとろける様に柔らかい生の肉を調理したものまで入っているんだぞ。いや、確かにそれだけなら高級宿屋でも有り得なくは無いが、凄いのは味だ。この味付けがどうやったらこれだけおいしく調理できるんだ? と思うくらい凄く美味い! これが最高級でなくてなんだと言うんだ?」

 「そっそう」

 

 あまりに興奮したのか、完全に元の口調に戻ってるわね。まぁそれはいいとして、あの食事をここまで絶賛するなんて、この国の食糧事情ってどうなっているのかしら? そこでふと思い立つ

 

 「今出しているものが高級料理店に匹敵するとなると、それはちょっと問題があるかもね・・・・」

 「まっ待ってくれ! 俺の一言で飯のグレードが落ちたなんて事になったら仲間たちに殺されちまう!」

 

 私の一言で勘違いをしたのか、エルシモさんが急にあわてだした

 

 「ああ、そういう意味ではないから安心して」

 

 そう、問題があるのは食事と言うより私たちの常識の方だ。いろいろな価値観がこの世界とあまりにかけ離れすぎている気がするし、この状況はかなりまずいのではないかしら? これからの事を考えると、もう少し現状を把握してから慎重に行動しないと、とんでもない間違いを犯してしまうかもしれない

 

 「とりあえず実験してみるかな? エルシモさん、ちょっと待ってね」

 「解った・・・じゃ無くて、解りました」

 

 直接頼むよりこの方がいいかな?と思い、<メッセージ/伝言>をメルヴァに飛ばす

 

 「はい、アルフィン様。何か御用でしょうか?」

 「メルヴァ、ちょっと長引きそうだし、料理長に軽食としてサンドイッチを頼んでメイドに持って来させてもらえるかしら。あと、適当なワインもお願いね」

 「はい、最高級のものを選んでお持ちします」

 

 いや、それは困る

 

 「最高級はダメよ、あまりいい物だと堪能したくなってしまうから。ワインもサンドイッチと一緒に軽く飲むだけだからハウスワイン程度にしてね」

 「はい、承りました。料理長に急いで作らせて私が御持ちします」

 

 それはまずい、今からやる事をメルヴァに見せたらなにを言われるか解らないわ

 

 「ダメよ、メルヴァは仕事があるでしょう。それに手が空いている子に少しでも仕事を与えないといけないと言う話になっているのを忘れたの? ちゃんとメイドに持ってこさせるように。それではお願いね」

 「はい、では御命令通り手の空いているメイドに持って行かせる様にいたします」

 

 話が終わると、魔法を切ってエルシモさんに向き直る

 

 「さて、軽食が来るまでに少し時間があるだろうから別の話を聞かせてもらおうかしら」

 「あっああ」

 

 とりあえず、先程から出ている帝都の高級宿屋の話からでも聞かせてもらおうかな? そう言えば、この世界にもスプリングってあるのね、なんて事を考えながら聞きたい事が後から後から沸いて来て話が止まらなくなるアルフィンだった

 




 今週は土曜日に用事があったため、更新がいつもより遅れてしまいました。すみません

 さて、とりあえずこの話以降、私が「ボッチプレイヤーの冒険」の当初からやりたかった事の一端が見えてきます。題名の通り、このSSでは最強だけど意味がないと言う方向に話を進めるつもりです。俺Teeeeee!を期待されている方はここまで話が進む前に離れて行ってるでしょうから、この路線で進んでもいいかな? と思っていますが、この所、週における読んでくれる方の数は減っているものの、お気に入りに登録してくれている方は増えているので実際の所どうなんだろうと少し不安でもありますが

 あ、でもあくまでオーバーロード発生SSなのでオーバーロードのパロとしての戦闘は出てきますよ。ただ、世界征服とか大虐殺とか強敵が現れてバトルなんて展開にならないと言うだけです。でもまぁ、その辺りは残虐な描写と言うのが入っていない時点でお察しと言う事で

本当は次の更新まで待とうと思ったけど(てか、次の更新でも書きます)あまりにうれしかったので追記
お気に入りが100を超えました(今週だけで上減があったので更新時に100を割ったら書けない状態で一人減ったのであわてて追記です)

正直最初の騒動であきらめていただけに、お気に入り100オーバーは本当にうれしいです。これからもお気に入りに入れてくれた方々から見放されないようにがんばるので、これからもよろしくお願いします


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25 口だけの賢者

 

 「なるほど、ではその高級宿屋では食事とか飲み物も宿代に含まれているのね」

 

 収監所の一階にある執務室ではメルヴァに頼んだ軽食を待つ間もエルシモさんとの会話が続いてる。今は彼が前に一度だけ泊まった事のあると言う、帝都の高級宿屋の話を私に教えてくれていた

 

 「そうだ。流石に酒だけは別料金だが、食事は基本何を食べてもサービスと言う事になっている」

 「で、そこの料理よりもこの収監所の料理の方がいいわけだ」

 

 う~ん、にわかには信じられない話ではあるけど、そんな事でわざわざ嘘をつくとも思えないんだよなぁ

 

 「最初に食べた時はあまりのうまさに我を忘れて一気に食べたくらいだからな。流石に最高級宿屋は泊まった事がないからそこと比べる事はできないが、少なくとも俺が一度だけ泊まった事がある帝都の高級宿屋では、別料金の特別料理も含めてこれほどの料理は出されていなかったと思うぜ」

 「そうなの。でも、ここであなたたちに出している料理に使われている材料はそれほどいいものではないのよ。それに作っているのも、うちの料理人たちよりもかなり腕の落ちる子達だし。と言うより、そもそもあの子達はうちのメイドで、正確には料理人ですらないわよ」

 

 そう、実はここの料理を作らせているのは純粋な料理人ではなかったりする

 接客メイドの中には料理スキルを少し高め、と言っても5レベル前後だけど持っている子達がいて、数が多すぎて仕事が無いメイドたちに仕事を与える一環としてその子たちをこの収監所の料理人として配置していると言うわけだ

 確かに料理人たちも今の城の規模からすると少々多すぎではあるけど、そこそこ仕事はあるからメイドほど人が余っている訳ではないからね

 

 「あのレベルで料理人じゃないだって!? それに食材も?」

 「そうよ。まぁ、その話は後でした方が解り易いだろうから後回しにするとして、ベットにも驚いていたわよね。マットレスがどうこうって。なに? この国ではベットに何を敷いているの? もしかして綿花が名産品でそれを原料にした綿で作られているとか?」

 

 昔の日本は汚染されていない自然の土の上で綿花を大量に栽培できたから綿を使った布団が主流だったらしい。だけど今の時代、大地は汚染されてすべての植物は工場で作られるようになった為に食料以外の植物のほとんどはすでに絶滅している。現在も一応わずかに残っている物もあるけど、その多くは裕福層の中でも植物プラントを独自で用意できるほど凄い、本当にほんの一部の大金持ちが道楽で栽培しているか、種の保存目的や研究材料として学術的な理由で栽培されているだけだから一般に流通することはほとんど無い

 

 現に綿花を使った加工品はいくらお金を積んだとしても手に入れることすら難しい最高級嗜好品だ。また、うちの農場も食料品がメインで綿花栽培行っていない。店で出すわけではないから大量に必要となる事は無かったし、裁縫関係で使う物は自分で栽培するまでも無く、素材アイテムとしてNPCの店で安く簡単に手に入ったからね

 

 もしこの世界で綿、または綿花が安く簡単に手に入るようならぜひとも買い付けたい所だけど

 

 「綿花なんて高級品をベットの敷物になんて貴族でもしないぞ。いや、かなりの高級品ではあるが上掛けなら鳥の羽や綿を使って作る事があると聞いたことがあるか。だが、少なくとも俺は見たことが無いし、前に泊まった高級宿屋でも使われてはいなかったぞ。まぁ、普段の宿とは違ってかなり高級な毛布は使われていたがな」

 「そうなの」

 

 エルシモさんが言うには一番安い宿で板張りの床に厚手の布を敷いて毛布に包まるか、少しいい宿屋でも麻や木綿を重ねた硬いマットが木のベットに置いてある程度なんだってさ。それに綿花もあるにはあるけど大量に栽培されている訳ではない上に、綿に加工するにはかなりの手間がかかるから一部のプレート系防具の衝撃緩衝材くらいにしか使われていないそうな。残念。昔話に出てくる布団とやらに寝てみたかったんだけどなぁ

 

 あ、そう言えば

 

 「ねぇ、さっきスプリング入りのマットレスって言っていたけど、この国にもスプリングがあるのね」

 「ああ、確か200年ほど前に口だけの賢者なんて言われたものすごく頭が良くて強いミノタウロスがいたらしくて、そいつが伝えた物の中にあったらしいぜ」

 

 ミノタウロス? たしか頭は牛で体は屈強な人間の姿で、特徴としては力が強くて両手斧を主武器とする事が多い、獣人系モンスターだったよね。神話や御伽噺では迷路と言っていいほど複雑な迷宮を守っている事が多くて、村を襲わない代わりに生贄に若い女性を要求する事が多いモンスターでもあるね

 

 「そんな物の作り方を発明するなんて、ものすごく頭がいいミノタウロスなのね」

 「いや、それがよぉ」

 

 エルシモさんが言うにはそのミノタウロス、冷蔵庫や扇風機など今では普通に流通している便利な道具を色々と発案したらしいけど、自分自身ではそれを作り出す事は出来なかったし、その構造原理とか作り方はまるで解らなかったんだって。それでついたあだ名が口だけの賢者。なるほど、「こういう物があるぞ、できたら便利だぞ」と色々と教えてくれる所は賢者っぽいけど、考え付いたものを実際には自分で一つも発明しなかったのなら確かに口だけと言われてしまっても仕方がない

 

 でも、その発想や形状はきちんと教えてくれたから、それを元に昔の人たちが研究をして現在に伝わっているんだって。それらはマジックアイテムだから値段はかなりするらしいけど、少し大きな町へ行けば普通に手に入るらしいから作り方自体はこの世界にかなり広まっているみたいね

 

 「まぁ、そのミノタウロスは斧一振りで竜巻を起したり、地割れを起せるほどの強さだったなんて眉唾な伝承も残っているから、実際にいたかどうかは怪しいと俺は思っているけどな」

 「ああ、それくらいなら・・・」

 

 シャイナでもできるよ、と言いかけてやめておいた。無駄に怖がらせるだけだしね

 

 でも、ちょっと待って。知識は持っているけど作れない・・・って、もしかしてそのミノタウロスは私と同じユグドラシルプレイヤーなんじゃないかしら? たとえばニッケルを使った特殊鋼とかは無いにしても、リングメイルやチェインシャツがあるところを見ると鋼線を造る技術はあるのよね? それならばミノタウロスほどの力がある獣人なら、スプリングくらい鋼線を材料に使って力任せに作ろうと思えば作れそうな気がするけど、どうも私たち元ユグドラシルプレイヤーやNPCたちはゲーム内でスキルが無いとできなかった事はこの世界ではどんな簡単な事もできないみたいなのよ。現在の技術力を持ってしても再現不可能なはずの匂いや味、肌に感じる風の冷たさや日差しの暖かさなどの、この世界で実際にした体験から考えて絶対にここは現実の世界のはずなのに、私たちだけにはなぜか、まるでゲームのルールがそのまま適応されているかのような変な縛りがある

 

 例えば料理だけど、ユグドラシルでは材料をそろえてスキルを使用すれば出来上がったけど、この世界では少し違うようで実際に料理をしないと出来上がらない。でも、その料理を作るだけのスキルがあるのならば、誰でも作り方が頭に浮かんだ上に熟練した料理人のように調理する事ができるみたいなのよね。これはリアルで料理などした事が無い私が実際に試した所、簡単に料理できたから間違いない。そして作ることが出来るのだから当然作り方を人に教える事もできるのだ

 

 そこで教える事ができるのならば、料理スキルを持っていないアルフィスにも料理ができるのではないかと思ってためしに教えながら作らせて見たんだけど、結果から先に言うとこれが大失敗。一番簡単で誰にでもできるはずの、ただ肉に塩コショウをして焼くだけなんて簡単な事さえできずに、まるで炭のような黒コゲの塊にしてしまったの

 

 このように私たちは加工するスキルがあるから作れるけど、そのミノタウロスのプレイヤーはきっとマーチャント系のスキルを何も持っていなかったんじゃないかなぁ? だから現実の世界で使っている冷蔵庫や扇風機を知識として大体の形とか性能を教える事は出来ても、自分で作り出す事はできなかったし作り方も教えられなかったのだと思う

 

 あ、そう言えば

 

 「ミノタウロスと言えば何百年も迷宮を守るなんて言われるから長寿種よね。そんな頭のいいミノタウロスがいるのなら、一度会ってみたいなぁ。今どこにいるとかって話はないの?」

 「さっきも言った通り、伝承だって。もしかしたらまだ生きているかもしれないけど、当時もミノタウロスの国に居たらしいから少なくとも人間の世界には居ないだろうし、今どこに居るかは誰にも解らない。正直生きているか死んでいるかさえ解らないぜ」

 「そうかぁ」

 

 もしユグドラシルプレイヤーなら会ってみたい。私だけがこの世界に飛ばされたなんて事はまずありえないだろうと思うし、もしかしたらそのミノタウロスのプレイヤーも他のプレイヤーと合流して一緒に生活しているかもしれないしね。もしそうなら私もその一団に混ぜてもらってもいいかも

 

 「でも200年かぁ」

 「ああ、そんな昔だからなぁ」

 

 エルシモさんは勘違いしたみたいだけど、私は別の事を考えていた。200年。仮に私と同じ様にユグドラシルサービス終了時に転移したのだとしても、同じ時代に転移するわけではないのだろうか? それともサービス終了なんかより、もっと前に転移していたとか?

 

 ユグドラシルはゲームだから現実世界とは時間の流れが違う。と言うか現実の一日で何度も昼と夜が来るからサービス中にゲーム内時間は何百年も経過していたんだよね。でも、そのユグドラシル時間だとしても200年となると現実世界でもかなりの時間になるはずだ。ならばサービス中にすでに転移は起こっていた? う~ん、どうなんだろうなぁ?

 

 「まぁ、その時代には十三英雄と言う魔人を倒した英雄たちも居たらしいし、そいつらに倒されたのかもな」

 「えっ・・・」

 

 ドクッ!

 心臓が一つ大きく鳴る・・・

 

 「そう・・・」

 

 もしこの世界の人間たちに殺されてしまったのならかわいそうだ。私は人間のプレイヤーキャラクターだったから特に困らないけど、異形種でプレイしていて、その姿でこの世界に飛ばされていたらどんな事になっていたんだろう? 自分は人間なのに人間たちと共に生活できない、いや、敵対されるなんて状況はとても想像できない。それに私は拠点ごと飛ばされてきたからたとえ殺されてしまったとしてもシャイナたちが生き返らせてくれると思うけど、そのミノタウロスにはそんな仲間たちはいたのだろうか? もしいなかったとしたら・・・

 

 「あ、でもその口だけの賢者って言うミノタウロスが伝えた技術がこの国にも伝わっているという事は、案外人間と仲が良かったのではないかしら? 少なくとも敵対はしていなかったと思うわよ」

 「ああ、なるほどな。もし居たとして、人と交わらなければ技術は伝わらないか。でも、そう考えると人を食べるミノタウロスが人と仲良くしていたと言う事か。ますます御伽噺っぽくなって来るなぁ」

 

 エルシモさんはこんな風に言っているけど、冷蔵庫や扇風機なんて現実世界の道具を伝えたのならほぼ間違いなくプレイヤーだ。と言う事はきっと人間ともうまくやっていけたはずだ

 

 それとこのミノタウロスがユグドラシルプレイヤーだとしたら、この世界では過去に何度かプレイヤーが出現しているという事になる。時間はまちまちだろうけど、たとえ数百年前でもエルフなどの長寿種やアンデットなどの異形種、ビルドの組み方によっては不老のスキルを持っている人まで居たから今でも生きている人はきっといるはずよね。それに、もし転移者全員が私のようにサービス終了時に転移したのなら、これから転移してくる人もいるかもしれない。そんな人たちとも、きっといつの日か出会うことがあるんだろうなぁ。その時はなるべく仲良くできたらいいのだけれど

 

 いけない、いけない。少ししんみりしてしまった

 少し話がそれてしまったので、情報を聞き出す方向に話を戻すことにする

 

 「話は変わるけど、さっきお風呂に毎日入らないって言っていたけど、この世界の人ってそんなに不潔なの?」

 「おいおい、不潔ってなんだよ。ちゃんと川で水浴びもするし、たまには湯を桶に貰って浴びることもあるぜ」

 

 ・・・本当に毎日お風呂に入らないんだ

 

 「なんだよ、その目は。大体毎日湯を沸かすなんてそんな薪を買う金なんてないし、ましてや風呂に入れるほどの量の湯を用意できるほどの金持ちは冒険者なんてやってないぞ。まぁ、ミスリル以上の高ランクなら別だろうけどな」

 「へぇ~、薪ってそんなに高いのか」

 

 エルシモさんが言うには、どうもお風呂を沸かすほどの水と燃料を合わせると一回銀貨で2~4枚くらい必要で、なおかつその風呂を沸かす為の風呂桶と釜、何よりその風呂桶を置く家が必要になる。そんな家が買えるくらいなら冒険者なんて危険な仕事はやってないだってさ

 

 「当然安宿にもそんな風呂を沸かすだけの金も設備も無いぜ。だから普段は濡らした布で体を拭くだけで済ますし、金に余裕がある時なら井戸を使わせてもらって水浴びもするがその程度だ。まぁ、流石に冬場だけは桶に湯を貰って浴びる事もあるがな」

 「なるほど、お風呂に毎日入るのはそんなに贅沢な事なのね」

 

 日本人である私からすると毎日入るのは常識だと思っていたし、お湯を沸かすマジックアイテムも無限に水の出るマジックアイテムもあるのだから、お風呂を毎日沸かすことがそんな大変な事だなんてまったく考えてなかった。正直、これは本当にびっくり! でもそうかぁ~、確かに聞けば聞くほどこの世界の常識から考えると、この施設は豪華すぎるみたいね。これではエルシモさんに高級宿屋並と言われても仕方ないか

 

 「あ、でもお風呂に入る風習が無いなら、毎日入らな・・・」

 「お願いします、毎日入らせてください! 一度仕事の後の風呂の味を覚えてしまってはもう元の生活には戻れません!」

 

 言い終わる前に土下座されてしまった。と言うか、この世界にも土下座ってあるのね

 でも、流石にこの構図はまずいわ。なんか上の者が無理やり下の者をいじめてるみたいだし、こんな場面を誰かに見られたら大変だわ

 

 とりあえず私も席を立ち、床に額をこすりつけるほど見事な土下座を続けているエルシモさんに近づく。とにかく一度椅子に戻さないといけないからね

 

 「大丈夫よ、解ったから椅子に・・・」

 「アルフィン様、御食事を御持っ!?」

 

 私がエルシモさんに土下座を止めるように声を掛けようとして正面に立ったちょうどその瞬間、先ほど頼んだ軽食を持ってメイドが現れた

 

 えっと、この子は一般メイドで名前は確か・・・ココミだっけ? 大きめなダークブルーの瞳とおっとりとした丸顔のおかげで子供っぽく見えるのに胸だけはシャイナ並に大きい子だ。(うちの子たちは、元がアニメやラノベのキャラがモデルだから胸の大きい子が多いのよ。なのになぜか自キャラはシャイナ以外胸は皆小振り。女性化した影響からなんだろうけど、実はココミやセルニアのように胸の大きい子を見ると、なんとなく劣等感を感じてしまうんだよね。秘密だけど)

 ダークブラウンの髪をオン・ザ・眉毛で切りそろえたセミロング、普段は常にニコニコしているけど、優しくて気弱な面のある性格からか何かあるとすぐに青い顔になって涙目になると言う、こう言う場面では一番出会いたくないタイプの子でもある

 

 等とメイドさんのプロフィールを思い出しながら現実逃避をしてみたものの・・・

 

 必死に許しを請うように床に額をこすりつけて土下座する囚人と、その前に立って固まる女主人。そして、とんでもないものを見てしまったとおろおろするメイドと、それを見ながら複雑な表情を浮かべる執事。なんとも困った風景である

 

 しまった、囚人を監視しやすいよう部屋に扉をつけなかった事が裏目に出た

 元々この施設は懲罰用に作った独房以外扉が無い。それは囚人が立てこもる事ができないようにとの配慮だったけど、そのせいでまさかこんな事になるとは!

 

 見てはいけない物を見てしまったと、どうしたらいいか解らず目だけが泳いで体を硬直させているココミに、私はとりあえず落ち着かせる意味もこめて両肩に手を置き

 

 「なんでもないのよ。そう、なんでもないから気にしなくていいのよ」

 

 と、微笑みながら声を掛ける。大丈夫、これで彼女はきっと冷静になってくれるはず! そう冷静になってくれるはずなんだけど・・・なぜなの? ココミはいきなり目にいっぱい涙をため、青い顔をしてガタガタと震えだした

 

 「見ていません、私は何も見ていません! ですから、ですから平に、平にご容赦を、いや、なにとぞ御許しください!」

 「あ~だぁかぁら! 大丈夫よ。本当になんでもないんだって」

 

 ココミだけに涙目になるのは解るけど、どうしてこんな反応するかなぁ。と言うか、私ってそんなに怖い顔してた? 確かにあせっていたから少し笑顔が引きつっていたし、肩に置いた手にもほんの少し、本当にほんの少しだけ力がこもってしまったかもしれないけど・・・

 

 そんな途方にくれかけた私に、ギャリソンが助け舟? を出してくれた

 

 「あ~、アルフィン様。多少混乱はしているようですが、察するにココミさんはノックをしないで入って来た事を詫びているのだと思われます。私の監督が行き届かず、御不快な思いをさせてしまい御詫び申し上げます。君もちゃんと自分がなぜ御詫びしているのか説明しなくてはアルフィン様もなにを御許しになられたらよいのか御解りになって頂けないのですから、ちゃんと”ノックをしなかった失礼”を御詫びなさい」

 「はっはい! アルフィン様、ノックせず御声を御掛けするという失態をしてしまいました。なにとぞ御許しください」

 

 前後に起こったことからすると、まったく意味が通らない理由と謝罪。でも説明を続けるより、今の状況自体無かった事にした方がいいと言う事よね。なら私も

 

 「いいえ、いいのよ。ここは扉も無い部屋なのだから、ノックを忘れてしまっても仕方がないわ」

 「寛大の御心で御許し頂きまして、まことにありがとうございます、アルフィン様」

 

 すかさず頭を下げ、私の返しにすばやく乗っかるギャリソン。この対応の美味さは流石ね。まだココミは、今の状況に対応しきれていないのかフルフルと震えて今にも泣きそうではあるけど、そんな私とギャリソンの小芝居を見て少しは落ち着いたようだ。この隙にと、とにかく一刻も早く今の流れを無かった事にするためにエルシモさんをギャリソンが”ものすごいスピードで強制的に”立たせて椅子に座らせ、その後何事も無かったように私の後ろに立った

 

 とりあえず、これで誤魔化せたよね、よね!?

 

 「軽食を持ってきてくれたのね、ありがとう」

 

 唖然とするエルシモに、無言の圧力と満面の笑みで「解るよね? もうこの事にはもう触れないようにね!」と釘をさしてから、アルフィンはいまだ入り口付近で震えながら、一生懸命笑顔を作ろうとしている可愛いメイドさんに声を掛けるのだった

 




 ネタ系の歌をカラオケで歌い始めた瞬間に、いつの間にか誰かが頼んだ物を持って店員さんが入って来る事ってあるよねw

 話はまったく変わる上に先週のあとがきに追記で書き込んだ内容ですみませんが、あまりにうれしかったのでもう一度書きます。お気に入りに登録して下さった方の人数が100人を超えました! いつも読みに来て下さっている方々、本当にありがとうございます。これもすべて皆さんのおかげです

 前に感想掲示板等で反感を買って0&1評価爆撃を喰らってからは、ずっと評価ポイント最下位守ってきたので(今は抜かれましたがw)新規に読み始めてくれる方は増えないだろうと思って正直あきらめていただけに本当にうれしいです。これを励みにしてこれからも書き続けようと思いますので、お付き合いくださると幸いです

 さて、これまた話は変わりますが、今回もなんとなく設定回っぽいです。それについての解説もここで書くと長くなってしまうので割愛させていただきます。一応うちのHPのこの話と同じ話数のあとがきに設定っぽいものが書いてあるので、もし気になる方はそちらをどうぞ

 あと、今回名前だけではありますがオーバーロードのキャラが初登場しました。そのキャラである口だけの賢者なのですが、一般人&ただの下級冒険者ではこの程度の認識なんじゃないかなぁと言う考えの下、今回のエピソードではこのような内容となりました。オバロ系HPではこのミノタウロスについて色々と考察されていますが正直、この世界の人たちにとってはこんな感じで捉えられているんじゃないかなぁ?

 最後にメイドが収監所の料理を作っているけど、そのメイドが高級宿の料理人よりもおいしいものを作るようなくだりがあります。それにもちゃんと理由があって、オバロでは普通の人たちが職業として得る事のできる一般スキル(これでも取得するのにはかなり大変らしいですが)よりも1レベルにつき1ずつ取れるスキルの方が上の扱いのようなのでこのような表現にしました。アインズ・ウール・ゴウン(ギルド名)の初期メンバーに料理人がいるので料理スキルは一般スキルではなく、ユグドラシルの職業スキルにちゃんと存在しますからね

 結局長くなってしまったw

 感想掲示板で指摘があったのでオバロ等の略語を本来の名称に修正しました


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26 サンドイッチとメルヴァ

 なんとなく気まずい雰囲気が流れる執務室

 エルシモさんは一瞬私の顔を見上げて何か言いたそうな素振りはするものの、座っている椅子の横に立って背凭れに手を添え、上から見下ろすようにして微笑む私の無言の圧力に屈してあきらめたような表情を浮かべて俯き、黙り込んだ。私はその姿を確認してから、とりあえず今までの事はすべて無かった事として仕切りなおす事にする

 

 自分の中で冷静に今の状況を再確認して姿勢を正し、すべての体面を完全に整えてから入り口前のココミの方に体を向け、にっこりと微笑みかけながら声を掛けた

 

 「軽食を持ってきてくれたのね、ありがとう」

 「はい、アルフィン様。こちらが料理長から御預かりした軽食でございます」

 

 私の表情を見てとりあえず安心したのか、それとも私が体面を整えている間にすべてを理解して空気を読んだのか(多分後者であろう)、ココミも先ほどまでのやり取りなどまるで無かったようにそう言うと一抱えもあるバスケットを先ほどまで私が座っていた椅子の前の机の上に置いた

 

 ん? これ、ちょっと大きすぎない? 頼んだのってサンドイッチとワインだけだよね? それにしては目の前にあるバスケットはたとえワインが入っているとしてもあまりに大きすぎるような? まぁ、そんな蓋を開ければすぐに解るような事をあれこれ考えていても仕方がないし、いつまでも立っていてはココミもやりにくいんじゃないかな? そう思った私は先ほどまで座っていた椅子に座り、居住いを正す。するとと当然のようにギャリソンも移動して、私の右斜め後ろに立った

 

 それを確認してからココミは私に一礼し、その大きなバスケットの蓋を開ける。すると蓋によって封じ込められていた美味しそうな香りが部屋中に一気に広がり、そしてそのいい香りに触発されたのか、誰かさんの喉がゴクリと鳴った。先ほどまでの話から、この収監所で出されているものより私たちが食べている物の方がおいしいと言う事を聞かされているから、自分の常識では計り知れないほど美味しい物があのバスケットの中には入っているのではないか? と言う想像まで加わって、エルシモさんの中ではとんでもない事になっているのかもしれないわね

 

 ん~、でも確かにいい香り。こんないい香りがすると言う事は単純な野菜サンドではないみたいだね。そう思って中を覗き込んで見ると案の定そこには色々な種類の、それも結構な量サンドイッチが所狭しと並んでいた。わざわざ料理長が作るのだから本当に簡単なものが出てくるとは思っていなかったけど、流石にこれは予想外ね

 

 「あれ? 私は軽食程度のものを頼んだつもりだったけど、どこかで行き違いがあったのかしら?」

 「いえ、最初は御一人分をお持ちするだけの予定でしたが、料理長がアルフィン様がお好きなスフレオムレツとホワイトチェダのサンドイッチを作り始めたところで肉料理担当者が、折角の機会なので先日アルフィン様から改良するようにと御指示頂きましたローストビーフが完成しているのでその試食も兼ねて、それを使ったサンドイッチも一緒に御持ちしても宜しいでしょうか? 言う話になりまして」

 

 ああ、前にA7の牛のモモ肉を使ったものを出されたのだけど、油を落として調理する炭火焼ステーキやハンバーグならA7でもいいけど、低温で焼くローストビーフだと肉に含まれる油分が多すぎで少しくどいから牛のランクを少し落として作ってほしいと話した事があったっけ

 

 「それを料理長が了承した所で、その様子を見ていた他の料理担当者たちも、それならば私たちの料理もアルフィン様に味を見て頂きたいですと言う話になりまして・・・」

 「それで、こんな状況になってしまったわけか」

 

 首をすくめ、申し訳なさそうに話すココミ。別にこの子が悪い事をした訳ではないし、指示したものよりも足りないほど少なかったら困るけど、逆に多すぎると言うだけなのだからそんな申し訳なさそうにしなくてもいいのに

 

 「う~ん、それにしてもこの量は流石に作りすぎではないかしら。6~7人分くらいあるんじゃないの? これ」

 「はい。料理長からも流石に全員の物を御持ちするのは、数が多くなりすぎて御迷惑になるのではないかと言う話が出たのですが、そこでメルヴァ様が別にいいのではないですか? と仰られて」

 「メルヴァが?」

 

 メルヴァの事だから折角の料理人たちの申し出だから無碍にせず、すべて持って行って後は私が好きなものを選べばいいとでも考えたかな?

 

 「はい、メルヴァ様が仰るにはすべてのものを完食していただく必要もないから、アルフィン様のお好きなものを一口ずつ食べていただいて感想を頂けばいいではないですかと仰られました」

 「う~ん、確かに一口ずつなら食べられない事も無いけど、それは流石にちょっと勿体無くない?」

 

 どうやら選んで食べるのではなく、全種類を少しずつ食べてもらえばいいと言う判断みたいね。私の立場と照らし合わせて考えた場合、確かに貴族や王様みたいな物だから普段からそんな食事をしていたとしてもおかしくは無いのだろうけど、私の感性からすると・・・ねぇ。それにこんなにきれいに作ってくれた料理人たちに対しても、一口だけ食べて捨ててしまうなんて言うのはちょっと申し訳ない

 

 「それについてはメルヴァ様から、アルフィン様がかじった物はすべて廃棄せずに自分の所に持ってくるようにと仰せつかっております」

 「えっ? メルヴァの所に? 私が口をつけた物すべてを?」

 「はい、メルヴァ様から「かじった物すべてを、絶対によ!」と、そう強く仰せつかりました」

 「・・・・・・」

 「・・・・・・」

 

 思わず無言でココミと見詰め合ってしまった。まったくもぉ、メルヴァったらなにを考えてるんだか

 

 まぁ、大体の考えは読めるけど・・・どうしてあんな変態になってしまったかなぁ? それともこの世界に来てからの私の接し方が悪かったのかな? 確かにメルヴァのフレーバーテキストにはアルフィンとは恋人だと記入した記憶はあるけど、変態であるなんて一文は入れていないはずなんだけど

 

 とにかくこれ以上メルヴァの病気が悪化するようなことを許してはいけない。本来片手に持って簡単に食べられるのが利点なサンドイッチだし料理人たちもそのようにして食べた時が一番美味しくなるように細心の注意を払って作ってくれているのだろうけど、この際仕方がないか

 

 「ねぇココミ、手間を掛けるけど収監所の食堂まで行って、料理担当の子達からフォークとナイフを借りてきてくれない?」

 「それでしたら、バスケットに入れてお持ちしております。それに一口大に御切りするのでしたら、切り分ける為の調理道具と盛り付け用のお皿、あと小さく切り分けても食べやすいように銀の楊枝も用意してありますので、御許し頂ければ私が御用意いたしますが」

 

 そう言ってにっこり笑うココミと満足そうに頷くギャリソン。ちゃんとメルヴァの暴走に対してギャリソンがあらかじめ色々な事態を想定し、どんな場面に遭遇してもその都度きちんと対応できるように指示を出してくれていたみたいね

 

 「ありがとう、お願いするわ」

 「はい、それでは早速かからせていただきます」

 

 そう言うと、ココミは壁の近くにおいてあったサブの小さめの机を持ってきてバスケットをその机に移し、中に入っていたテーブルクロスを取り出して私の前の机に掛ける。そのあと、サブの机の上に調理道具と皿を並べたあと、手際よくサンドイッチをバケットから取り出しては切り分けをはじめた

 

 うちのメイドたちは皆、お店で料理の派手な最終調理をする演出がお客さんの前でできるように料理スキルを持たせている。当然この子も料理スキルを持っているのでサンドイッチを一口大に切り分けて小皿にきれいに盛りつけるなど造作も無い事のようで、私たちの目の前でいくつものサンドイッチが具の割合を考えられながらもちゃんと一口大に切られ、お皿の上に色合いも考えてきれいに並べられていく

 

 「(あっ、いけない)」

 

 それを見ている内に、先ほどの騒ぎで頭からすっかり抜け落ちていた軽食を頼んだ理由を思い出した

 

 「ココミ、途中まで作業を進めてからで悪いけど、私が食べる分とは別にもう一つ同じものを用意してくれない?」

 「はい、解りました」

 

 理由はよく解らないと言う表情を一瞬するものの、そこはギャリソンに指導されているうちの優秀なメイドさんだ。すぐさま了承の返事をして作業を続ける。こうして私の前の机の上には色とりどりのサンドイッチが乗った皿が二枚置かれることとなった

 

 「ではアルフィン様、少々お手間を掛けますが料理長や各種料理担当者から頼まれてきているので、ワインを抜く前に各サンドイッチの説明をさせてください」

 「はい、いいわよ」

 

 私の返事に深々とお辞儀をした後、サンドイッチの説明に入る

 料理長が用意したスフレオムレツサンドや肉料理担当者のローストビーフにレタスや生のオニオンを一緒に挟んだサンドに始まり、生の貝柱とボイル海老にタルタルソースを加えた物や溶かした8種類のチーズと焼いたトマトなどの温野菜にマスタードを加えた物、薄切り豚肉とモッツァレラチーズを大葉ではさんだカツなどの色々な具のサンドイッチがそろっているし、使われているパンも普通の食パンやライ麦パン、クロワッサンやスイスパンなど、それぞれの具に一番あうと判断されたパンが並んでいる。その上、中には食事用の物だけではなく、パティシエ担当が作ったデザートサンドのような甘いものまで皿の上にはあった。ココミはその一つ一つを作った者から聞いた説明が書かれたメモを見ながら、懇切丁寧に解説して行く

 

 そんな説明が続く最中、ふと目をエルシモさんに向けるとその目はお皿の上のサンドイッチに釘付けだった。今声をかけられても気が付かないんじゃないかな? なんて思うくらい真剣な表情で見つめているんだよね。折角説明をしてくれているココミの声もまったく耳に入っていないんじゃないかしら? いや、実際本当に聞こえていないんだろうと思う。彼からしたら見た事も聞いた事も無い料理も多いだろうし、その上ものすごく食べたいのに手を出す事ができないお預けをくらった犬状態なのだから解らないでもないけどね

 

 「それでは説明はこれくらいに致しまして、ワインを御用意します。白と赤、ロゼと3種類用意しておりますが、どうなさいますか?」

 「毒無効のペンダントをしているから酔いはしないけど流石に3本は空けられないし、ロゼはそのままにしてシーフードと肉系に合わせて白と赤をグラスについでくれればいいわ」

 

 酔わないなら呑む必要はないと思われるかもしれないけど、味と香りが好きなのだからしょうがない。まぁ、酔うために呑むのならワインよりビールの方が好きだしね

 

 ワイングラスをココミが用意している間に、どこから出したのかギャリソンが手に持ったソムリエナイフを使ってワインのコルクを抜いて行く。抜いたコルクでワインの香りに異常が無いかを確かめた後、これまたどこから出したのか白い布をワインのビンの底に敷いて持ち、ココミがサンドイッチの皿の横にセッティングした計4脚のワイングラスに赤白各2脚ずつ、注いでいった

 

 あれ? ギャリソンには何も話してないはずだけど・・・まぁ、ギャリソンだからなぁ。私の考える事程度なら解ってもおかしくはないか

 注ぎ終わったワインボトルをあらかじめココミが用意しておいたワインバスケットに置き、ギャリソンは一礼して元の位置に戻る

 

 「アルフィン様、ご用意が整いました」

 「ありがとう」

 

 本題に入る前に折角私のために用意してもらったのだからと、とりあえず白ワインに一口、口をつけてから本題に移る

 

 「さて、エルシモさん。・・・エルシモさん? 聞いてますか?」

 「ん? あっ、ああ、聞いているとも」

 

 うふふっ、嘘ばっかり。聞いていると言っている割には目は私の方ではなく、サンドイッチの方を向いているじゃないの。でもまぁ、この蛇の生殺し状態もかわいそうね

 

 「そんなにサンドイッチが気になりますか?」

 「サンドイッチ? ああ、これはサンドイッチと言う料理なのか。なにやら色々な具材をパンにはさんでいるようだが」

 

 なんと先ほどから何度も会話に上がっているサンドイッチと言う名前さえ頭に入らないほど、目の前のサンドイッチを真剣に見つめていたのか。本当、凄い集中力と執着心ね

 

 それとこの会話で解った事だけど、どうやらこの世界ではサンドイッチと言うものは存在しないらしい。いや、存在しているのかもしれないけど冒険者の間ではあまり一般的ではないようで、私の説明を聞いて「なるほど、これなら手軽に色々な味を一度に楽しめるな」なんて関心をしている。まぁ、確かにピクニックならともかく探索などに行くのなら傷みやすく崩れやすいサンドイッチを持って行くなんて事はないだろうし、宿ではわざわざこの形にする必要も無いから出される事は無いだろう。存在しているとしても文官や役人などのように、仕事をしながら食べるという習慣でもない限り広まることはないだろうしね

 

 「あら? サンドイッチの形状よりも、味の方に気が行っている様に見えるけど?」

 「・・・・」

 

 図星のようで、黙り込むエルシモさん。まぁ、意地悪はこれくらいにしてと

 

 「さて、目の前にはサンドイッチの皿が二つ用意されています。なぜでしょう?」

 「なぜと言われても・・・なぁ」

 

 そんなあいまいな返事をしているけど口元は緩み、顔は今の質問を投げかけられた瞬間から一気に変わって、その表情は期待にあふれている。多分、最初に二つ用意しろと私が指示を出した時はギャリソンの分だろうとでも思ったのかもしれないけど、今の私の発言で、もしかしたらと言う淡い期待が生まれたからだろうね

 

 「先ほどまでの話の中で、私はある疑問を持ったの。それはもしかしたら、この国は私の国に比べて食事などのレベルがかなり異なっている。と言うか、言い方は悪いけど私の国のレベルよりかなり劣っているのではないかと言う事です」

 「ああ、そうだな」

 

 何を今更と言うような顔をするエルシモさん。でも、これって結構重要なのよね

 

 「そこで確かめなければいけないのが、私たちが食べているものがこの国の人たちにとってどれだけのレベルのものなのかと言う事です。今後私はこの国の領主や貴族と会う事になるでしょう。その時に相手から出されたものが私の常識から見て極端に劣っていた場合、私は相手に不快感を感じてしまいます」

 「確かにそうだろうな。俺でも客として行った先でわざわざ不味い物を出されたら、なめられたと思うだろう」

 「そこでです。先ほどの話からエルシモさんがこの国の帝都にある高級宿屋の料理を食べた事があるとの事でしたので、実際に私が普段食べているものを食べてもらって、その差を教えてほしいと思ったのです」

 

 「食事を」ではなく、「サンドイッチを」と指定したのもこれが理由だったりする。サンドイッチなら料理長もそれほど凝った料理は作ってこないだろうし、ワインもいい物だと堪能したくなるからハウスワインをお願いねと指定したからなおさらだ。これなら私たちが食べている普段のもの以上のものが間違って出てくることは無いからね

 まぁ、味を見てほしいと他の料理人たちが用意したものは予定外だし少し不安ではあるけど、目の前に出されているのに「他のものは想定外のものだから、食べていいのは料理長のだけね」なんて言うのは流石にかわいそうだろう

 

 「本当に食べていいのか?」

 「はい。ただ、先ほどのあなたの話であった初めてのここでの食事のように、あまりにおいしくて無意識の内に全部食べてしまったと言うのは無しでお願いしますよ。感想を聞くのがあなたにこれを提供する理由なのですから」

 「ああ、解っている、解ってるとも!」

 

 そう言うエルシモさんの目はもうすでにサンドイッチに釘付けだ。ホント大丈夫かなぁ?

 

 少々不安はあるものの、今までにこの世界で自分たちと接点を持った人物の中で、ある程度の知識を持っていて、なおかつ自分たちの常識の中で何か他に伝わっては困る情報が出てきたとしても絶対に外に漏れないのはこの人くらいだから仕方がない。不安を押し殺しながらも、サンドイッチへの期待ですでに上の空とも言えるような表情を浮かべるエルシモのどんな小さな反応をも見逃さないようにと、真剣な表情で見つめるアルフィンだった 

 




今週はすでに書きあがっていたのですが、外食に行って帰ってくるのが予想より遅れ、最終確認の読み直しが遅くなってしまったのでいつもより更新が遅れました。すみません

 ここからがあとがき

 実はメルヴァの方がギャリソンより一枚上手で、きっと切り分けるように言われるだろうから、その時は銀の爪楊枝を使わせてその爪楊枝をコレクションに加えるから洗わずに持ってくるようにとココミに口止め込みで命令しています。また、切り分け用の調理道具はギャリソンの指示ですが、ナイフとフォークをココミがあらかじめ用意していたのも実はメルヴァの指示だったりします。策士ですねlw

 因みにメルヴァがこんな感じなのは、主人を愛している系の事をフレーバーテキストに書くと暴走すると言う特性が実はこの世界に転移したときに加わるのではないかとアルベドを見て思ったからです。ゲーム的にはまったく意味は無いのですが、きっと運営の誰かがプレイヤーキャラを愛してるとか恋人であるなどの言葉がNPCのフレーバーテキストに書かれるとそれに反応して暴走する性格になると言う裏設定をしていたのでしょうw じゃないとアルベドの行動は色々と説明がつかないですからね

 ・・・いつかアルフィンもメルヴァに襲われるのだろうか?


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27 解らない?

 「さぁ、遠慮せずどうぞ」

 「ああ」

 

 俺の目の前には大皿に盛られたサンドイッチと呼ばれる料理が並んでいる。見た所、サンドイッチと言うのはパンで色々な具をは挟んだだけの簡単な料理のようなのだが、その簡単さが最大の問題だ

 

 手元にはフォークもナイフも無い。となるとパンを使った料理なのだからそのまま手掴みで食べればいいようにも思うが、これは本来は目の前にいる姫さんのための料理だと言うのが曲者だ。俺たちみたいな者ならともかく、他国のとは言え王族が手掴みで物を食べるなんて事が本当にあるだろうか? それとも、いくつかの物には銀の楊枝が刺さっている所を見るとこれを使って食べるのだろうか?

 

 「(一体どうやって、そしてどれから食べるべきなんだ?)」

 

 せめて、目の前で俺が食べるのを見ているアルフィンが一緒に食べてくれればまだ食べ方やどの具から行ったらいいのか解るのだが、彼女は俺の反応を見るためなのかまったく手をつけようとはしない。おかげで正解が解らない俺は美味そうな料理を前にしてお預け状態、ずっとサンドイッチとにらめっこだ

 

 「好きな物から食べればいいですよ。サンドイッチは軽食ですから、コースと違って食べる順番は特に決められていませんから」

 「あっ、ああ」

 

 食べ方が解らず、一向に手を出そうとしない俺を見て遠慮をしているとでも思ったのか、それとも言葉通りコース料理のように食べる順番があるのではないかと俺が悩んでいると思ったか(これはある意味正解だが)アルフィンは助け舟を出すつもりであろう、そう声を掛けてくれた。だがなぁ

 

 「(だから、これはどうやって食べるのが正解なのかを教えてくれよ!)」

 

 この外見的特長から、どう考えても手掴みでいいような気がする。いや、俺にはそれしか食べ方が考えられない。そして百歩譲って王族でも手掴みで食べる料理があったとしよう。だが、目の前のサンドイッチの中にはソースのかかっているものや、なにやら白い粉が振り掛けられている物まであるではないか! これが俺たちのような身分の者が食べるのなら問題はない。手にソースがついたら舐め取ればいいのだから。しかし、目の前にいるお姫様がそんな礼儀作法に外れた事をするとはとても思えない。と言う事は、この料理にもちゃんとした食べ方があるはずなのだ

 

 アルフィンは俺が高級宿屋に泊まってそこの料理を食べた事があるから、このサンドイッチと言う料理を食べさせて感想を教えてほしいと言っていた。ならばあまりに常識から外れた食べ方をしてしまったら、本当にそんな所の知識を俺が持っているのかと疑われてしまうんじゃないか? もしもだぞ、もしもそんな事になったら、折角目の前にぶら下げられた人参《美味そうな飯》を取り上げられてしまうんじゃないか?

 

 そんな妄想から思考の堂々巡りに嵌まってしまい、動けなくなってしまった俺。なんてこった! 目の前には最高の料理が並んでいると言うのに手も足も出ないなんて

 

 「どうかしました? 遠慮せず食べてもらっていいですよ」

 「ああ、解っている」

 

 その言葉に手を出そうとするも、寸での所まで行ってはまた手を引っ込めてしまう。しかしこれではどうしようもない。恥をさらして食べ方を聞くべきだろう。この姫さんの事だ、きっと高級宿屋の話もまったく疑わず「知らない料理では食べ方が解らなくても仕方がないですね」と言って、にっこりと微笑みながらあっさりと教えてくれるだろう。そうだ、そうに違いない!

 

 そう考えて度胸を決め、さぁ、聞くぞと・・・

 

 「失礼いたします、アルフィン様。もしかしたらこの方は、食べ方が解らないので手をつけるのを躊躇なさっているのではないでしょうか?」

 「えっ? ココミ、何を言っているの? いくらなんでも流石にそれは無いのではないかしら? だってサンドイッチよ」

 

 メイドさんの一言に小首をかしげ、一瞬何を言っているのだろうか? と言う顔をした後、アルフィンは白百合のような可憐な笑顔を浮かべ、訳の解らない事を言い出したメイドさんにそう答えた。あ~可愛いなぁ、畜生! そんな顔で否定されたら、はいその通りですとは言い辛いだろうが。でもこれで本当に八方塞がっちまった。流石にあの会話のあとに、こちらから「実は本当に食べ方が解らないので教えてください」と言い出せるわけが無い

 

 少しだけ情けない顔をアルフィンに向けた後視線をサンドイッチに戻し、結局先ほどまでのように固まったままの姿勢で睨みつける。いや、同じ様にではないな。先ほどまで以上に絶望的な状況に陥ったおかげで、だらだらと冷や汗まで出てきちまった。一体どうやったらこのピンチから抜けだせるんだ? まるで蛇に睨まれた蛙のようにピクリとも動かず、じっとサンドイッチとにらめっこする俺。そんな俺を見て

 

 「まさか、本当に食べ方がわからない・・・とか?」

 

 流石におかしいと思ったのか、アルフィンがたずねて来た。だが今更そうですとも言いにくいし、流石に俺にもプライドがある。ここはアルフィンの力など借りずに、なんとしても自分の力で!

 

 「はい、すみません。食べ方を教えてください」

 

 なんて考えや決意など目の前のサンドイッチの魅力に勝てるわけも無く、またプライドを捨てたら食べられると言うのならそんなもの簡単に捨てましょうとも! そう! 教えてほしくば土下座しろと言うのなら簡単に、それもこれ以上無いと言うほど見事な土下座をして見せるね! なんてまるで自慢できない自信もたっぷりだ。そんな俺の心の叫びが聞こえたのか、それとも俺の言い方が可笑しかったのか、アルフィンはクスクス笑いながら、しかし馬鹿にしたような素振りはまるで見せずに俺にサンドイッチの食べ方の作法を教えてくれた

 

 「うふふっ、解らないのなら先に言ってくれればよかったのに。まさか本当にサンドイッチをどう食べていいか解らなかったとはね。これは昔、カードゲームが大好きなサンドイッチ伯爵と言う貴族がいてね、あまりにカードゲームが好きすぎた彼は食事を取る時間も惜しいからと言って、ゲームをしながらでも片手で簡単に食事を取れるようにと研究して出来上がったのがこの料理なのよ。だから豪華に見えるかもしれないけど、見た目の通り手掴みで食べれば大丈夫よ」

 「だが、ソースがかかっていたり、白い粉がかかっている物がある! これも手掴みで食べるのなら指先がよごれてしまうぞ?」

 

 先ほど俺が疑問に思った事をアルフィンにぶつけてみる。それにこの二つ以外にも、物によっては具がパンより多く、食べ方によっては手がよごれてしまう物もあるはずだ。それなら、そのようなものだけは何か特別な食べ方があるのではないか? そんな俺の疑問に対して、アルフィンは不思議そうな顔をして

 

 「え? 汚れたら横にあるおしぼりで手を拭けばいいだけじゃないの」

 「へっ?」

 

 そう言うと、サンドイッチの皿の横に置かれた木の器に巻くように畳まれていくつも入れられた真っ白い濡れた布を指差した。何を言っているんだ? こんな上等そうな布を手の汚れを取るために使うだと!? 俺はこの驚くべき事実に、かなりの衝撃を覚えた

 

 実を言うと、俺もこれはなんだろうと思っていたんだ。貴族や金持ちが食事を取る時に服が汚れないよう布を敷く事は俺も知っている。だが、これは少し濡れている為、敷けば服が濡れてしまうだろう。それに敷くだけならこれだけの数は要らないはずだ。しかし使わないのならわざわざメイドが用意するわけが無い。正直俺にとってサンドイッチの食べ方以上に謎な存在だったんだ。しかし、まさかこの布が手についた汚れを取るためだけに用意されたものだったとは

 

 「さすが王族、こんな上等そうな布をそのような用途に使うとは」

 「え? これって誰でも使うんじゃ・・・? まさかうちの城でも、おしぼりを日常的に使うのって私たちだけなの?」

 

 驚いてメイドと執事の方を向くアルフィン。それに対して執事はあわてる事なく、恭しく答えた

 

 「アルフィン様、イングウエンザー城ではメイドたちも含め使用いたしますが、この者の様子からするとこの国では御手拭を使用する文化が無いのではないかと思われます」

 「ああ、なるほど。そう言えば外国にはおしぼりは無いって聞いた覚え、あるかも」

 

 執事の返答に何か思い出したのか、ほっと胸を撫で下ろすアルフィン。そんなアルフィンを見ながらも俺は動揺していた。なんとこの布を使うのは王族だけではなく、使用人であるメイドまで使うと言うのか。こいつらの国と言うのはどこまで裕福なんだ?

 

 「エルシモさん、この国では一般的ではないかもしれないけど、この布はおしぼり、または御手拭と言って手についた汚れを取るためのものだから、手が汚れたら遠慮せずに使ってくださいね」

 「ああ、それではありがたく使わせてもらうとしよう」

 

 正直こんな真っ白で清潔そうな布で手の汚れを拭うなんて、それだけで緊張してしまうが郷に入りては郷に従えだ。いくら緊張するからと言って、ここで手の汚れを舐めて取る訳にもいかないだろうから、ありがたく使わせてもらう事にする

 

 「それではもう解らない事はないわね? ならサンドイッチを堪能して頂戴」

 「おう! ありがたく頂くとしよう」

 

 すべての説明が終わって再度アルフィンからサンドイッチを進められた。さぁ今度こそ、今度こそサンドイッチとやらにやっとありつけるぜ! そう思うと今度はどれから食べようか? どれが一番旨いのだろうか? なんてついつい目移りしてしまう。そんな事を考えながら皿を見渡していると、ある一つのサンドイッチが俺の目に飛び込んできた

 

 「よし、最初はこれにしよう」

 

 俺が目を付けたのは、この収監所に連れてこられて最初の朝に出されたパン。確かクロワッサンと言う名前だったはずだが、それを使ったサンドイッチだ

 

 「えっ? それを最初に?」

 

 なんて声をメイドが発したのだが、アルフィンがそのメイドの言葉を抑え、再度好きなものを好きな順番で食べてもいいからと言ってくれたので、俺はそのままこのパンを最初に食べると決めた

 

 食べる前に観察すると、このサンドイッチは他のものと少し違っている気がする。他のサンドイッチと違って一口大ではなく、小さめにわざわざ焼いたのであろうクロワッサンに切り目をいれ、その中にはパンからはみ出るほどの長さのこげ茶色のスティックが入っていて、その上から白い卵の白身を泡立てたようなソースがかかっている。また、これは何かの種だろうか? スライスされた大きな種をローストしたものがその白いソースにちりばめられていた

 

 手に取り、香りを嗅いで見るととても甘い香りがする。なるほど、あのメイドが最初に選んだのを驚いたのはこのサンドイッチが甘いものだったからか。しかし実は俺、本当に甘い物には目が無いんだ。それにこの収監所で毎日朝食に出されるジャム。あの砂糖と果物をたっぷりと使った、今までの生活では食べる事ができなかったほど上等で美味いジャムでさえ、このお姫様が普段食べているものよりもかなり劣るという話だ。それならばこの料理はどれほどの甘味と美味しさを俺に味合わせてくれるのだろうか? そんな想像によって、この甘そうなサンドイッチへの期待がより一層高まる

 

 期待に震える手で小さなクロワッサンを掴み、口に運ぶと

 

 「っ! 甘っ! 美味っ!」

 

 なんだこれは? 噛んだ瞬間にまず口いっぱいに広がるのはバターと焼けた小麦の香ばしい香り。そして朝食用のクロワッサン以上にサクサクとした食感になるよう、一層一層がより薄く、硬く焼きあがるように作られた生地と、それに挟まれた白いソースの柔らかな食感が、歯ごたえはいいが舌に当たるには少し硬すぎるのではないかと思わせるほどの生地をやわらかく包み込む事によって絶妙の舌触りにしている。そして中に入っているスティック状の物の濃厚な味わいと独特の香り、そして淡い苦味がサンドイッチ全体の甘さをより引き立てて、もう俺が思いつく言葉では表現しきれない! もう最高だ! あまりの美味さに天にも昇るような心地よさだぜ

 

 しかしこのソース、食べた事が無いものだが、口に入れると砂糖を入れたミルクのようなコクと香りが口の中で広がっていく。もしかしたらこれはうわさに聞くアイスクリームと言うものなのか? いや、あれは確か氷菓と言い換えられるとおり冷たいはずだ。それに話に聞くアイスクリームのように溶けていくような感じではあるものの、同時に口に広がる柔らかな甘さはどこか温かみも感じさせられる

 

 「教えてくれ、これはなんと言うソースなんだ? それにこの具は?」

 「ソース? ああ、これは生クリームです。今回はガナッシュに負けないよう、コクの強い乳脂肪分45パーセントのものを使用しているそうですね」

 

 生クリームだと? 聞いたことがある。牛の乳からかなり長い時間を掛けて作るため、寒い地方でしか作ることが出来ないと言う高級嗜好品、確かアイスクリームの原材料になるものだったはずだ。なるほど、この生クリームを凍らせた物がアイスクリームなんだな。確かにアイスクリームに外見が良く似ているな。まぁ、高すぎて食べた事はないのだが

 

 それとガナッシュに負けないようにだと? そもそもガナッシュとはなんだ? もしかして、この茶色くて少し酒気を含んだ酸味と淡い苦味のある独特の味がする甘くて美味しい具の事だろうか?

 

 そう思い、パンからはみ出ているガナッシュとか言うものだけを取り出して口に入れてみる。噛むと少しの抵抗の後にすっと切れ、それと同時になんとも言えない甘さとそれを引き立てる淡い苦味が口いっぱいに広がる。それと同時にとても良い香りが鼻腔をくすぐり、おもわず笑みがこぼれそうになるぜ。おお、なんと言う美味さだ! 甘いもの好きを公言していた俺ともあろうものが、こんな旨いものがこの世にあると言う事を今まで知らなかったとは! いや、これほどの物だ。きっと王族しか手が出ないほど高価な、そしてかなり手に入りにくいものなのだろう

 

 「あ、ガナッシュと言うのは簡単に言うとチョコレートを一度溶かして生クリームやブランデー、香辛料などを加えて固めたものです」

 「ちょっチョコレートだって!?」

 

 聞いた事がある。確かにアイスクリームも町で取る食事4回分くらいするほど高い嗜好品だが、チョコレートはその比ではないほどの高級品で、まさに貴族しか口にする事ができないほど高価なもののはずだ。そうか、これがチョコレートと言う奴か。確かにチョコレートならば俺なんかが知るわけが無い。しかし、まさか死ぬまでにチョコレートを食べる事ができる日が来るとはな

 

 「その反応からすると、この国にもチョコレートはあるみたいね」

 「ああ、ある。だが、一部の貴族しか手に入れることの出来ない高級品ではあるがな。なるほど、かなり苦いという話だったが薬としてではなく、調味料として使えばこれほどいい香りがするのだな」

 

 そう告げるとアルフィンは不思議そうな顔をした。ん? 俺、なんか変な事を言ったか? 

 

 「俺が前に聞いた話からすると、確かチョコレートと言うのは強力な殺菌作用のあり、さらに老化を遅らせる効果もあると言われている高価な薬だったはずだが? 違うのか?」

 「えっ? チョコレートってお菓子・・・って、ああ、そうだ! 聞いた事がある」

 

 そう言うと、アルフィンはうんうんと頷き、一人で納得して

 

 「そう言えばカカオの含有量が高いとお通じの薬とか癌予防に効くとか言う話を聞いた事があるわ。それにチョコレートに含まれているポリフェノールは抗菌・抗酸化作用があって、その効果で活性酸素を、簡単言うと老化の原因物質の発生を抑える作用があったっけ」

 

 と、思い出したのであろう、チョコレートの薬効をペラペラと話し始めた。う~ん、正直難しすぎて何を言っているのかよくは解らないが、どうやらアルフィンの国でもチョコレートは薬として使われているようだな

 

 「あっ、でも私たちの国では薬と言うよりお菓子のイメージが強いのよね。砂糖やミルクを加えて全体のカカオの含有量を50パーセント以下にするとかなりおいしいのよ。私の場合は40パーセント以下にしたミルクチョコレートの方が50パーセントのビターチョコレートより好きね」

 「お菓子だと? こんな高級品を薬ではなく日常的な嗜好品として扱っているというのか?」

 

 なんと言う事だ。貴族にしか手に入らないような高級素材を薬ではなく嗜好品のお菓子として扱うとは。本当にうらやましい。しかし、アルフィンの国とこの国とでは食品に対する考え方だが、俺程度の常識ですらあまりに違いすぎる。それにシャイナやメイドたちの強さを見ると一人一人の強さも・・・

 

 そんな事を考えながらふとアルフィンの方に目を向けると、なにやら複雑そうな、難しい顔をしていた

 

 「どうかしたのか?」

 「ん? ああ、別にたいしたことじゃないわよ。先ほども言ったけど私の国とこの国とでは物の価値が、特に食品の価値が違うから誰かを招いた時とかに変なものを出してしまったら驚かせてしまうなぁなんて考えていただけ」

 

 その割にはかなり難しいそうな顔をしていたような気がするのだが? まぁ、一国の姫さんの考える事だ、きっと貴族や鮮血帝に食事を出すなんて事もありえるだろうから、俺が考えるよりよほど難しく考える必要のある事もあるんだろう

 

 「さて、いつまでもチョコレートの話をしていても仕方がないし、他のサンドイッチも食べて感想を聞かせえもらえるかしら?」

 「おう! 任せて置け。さて、それでは次はこの肉がたっぷりのサンドイッチを貰うかな」

 

 そう言うとエルシモは、先ほどメイドがアルフィンに改良したから試食してほしいと頼んでいた”ローストビーフ”なる肉料理が挟んであるサンドイッチに手を伸ばす。自分たちがここで食べている料理よりはるかに上質だという肉料理がどれほどのものなのかと、大きな期待を寄せて

 




 活動報告始めました(冷やし中華風)
 こんな物、あったんですね。とりあえずこれからは出張などで更新が遅れる時はこちらで書こうと思います

 今回の話ですが、エルシモは色々と勘違いしています。知識がないので仕方がないのですが、生クリームは最初からホイップした状態で作られるとか思っているし、アイスクリームも生クリームを凍らしただけで出来るとか考えてます。まぁ、他にもいくつか勘違いしているのですが、そのあたりは語られる事も無いでしょう。本編とは関係ないので


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28 チョコレート

 そのままの位置では食べる事ができないのでエルシモさんには一度立って貰って、ココミが少し離れた位置にあった椅子を私の前にある机の所まで移動させる。そして、サンドイッチの皿の1枚を私の前に、そしてもう一枚をセットした椅子の前に移動させて準備完了。改めて席についてもらった

 

 「さぁ、遠慮せずどうぞ」

 「ああ」

 

 私から勧められて後は食べるだけと言う状況なのに、エルシモさんは目の前に置かれたサンドイッチに手を伸ばす事無く、なぜか躊躇するかのような顔をして固まっていた。あれ? さっきまでは興味津々と言った感じだったけど、どうしたんだろう? 野盗をやる前は冒険者をやっていたと言う話だし、何かうますぎる話を前にすると疑って様子を見てしまうような癖がついているのかな?

 

 確かに今の状況はエルシモさんの立場からするとちょっとうまい話っぽいけど、だからと言ってここでエルシモさんに何か罠を仕掛けたとしても、私には何のメリットも無いって事も解りそうなものだけどなぁ。まぁ、それでもありえない話ではないから念のため、

 

 「好きな物から食べればいいですよ。サンドイッチは軽食ですから、コースと違って食べる順番は特に決められていませんから」

 「あっ、ああ」

 

 そう声を掛ける

 最初は疑っているかもしれないからと「大丈夫、毒とかは入っていませんよ」なんて事を言おうかとも思ったけど、それでは余計に怪しすぎると言う事でとりあえず無難な事を言ってサンドイッチを勧めてみたんだけど・・・う~ん、逆効果だったかなぁ? なんか先ほどまでよりも、より一層顔がこわばった気がする

 

 「どうかしました? 遠慮せず食べてもらっていいですよ」

 「ああ、解っている」

 

 解っているというわりには一向に手をつけようとしないエルシモさん。なにやら緊張したような面持ちでただひたすらサンドイッチを睨みつけるだけだ

 

 ホントどうしたんだろう? そんな事を考えていたら不意にエルシモさんが顔をあげ、私に対して何か言いたそうな顔をした。ん? どうしたのかな? なんて思いながら何かを言い出すのを待とうとしたら、エルシモさんがその口を開く前にココミが「私ごときがアルフィン様に御意見するのも恐れ多いのですが」とでも言いたげな、本当に申し訳なさそうな顔をしながら、私に対して不思議な事を言い出した

 

 「失礼いたします、アルフィン様。もしかしたらこの方は、食べ方が解らないので手をつけるのを躊躇なさっているのではないでしょうか?」

 「えっ? ココミ、何を言っているの? いくらなんでも流石にそれは無いのではないかしら? だってサンドイッチよ」

 

 いやいや、流石にそれは無いでしょ。最初、ココミが何を言っているのか理解出来なかったから一瞬呆けてしまったけど、言っている事を理解した瞬間、思わず噴き出しそうになってしまったわ。「流石にその発想は無かったなぁ」ってね

 

 だってサンドイッチよ? 具をパンで挟んだ物だから、その形を見れば普通に手で食べればいい事くらい解りそうじゃないの。まぁ確かに、もしエルシモさんがどこかの国の世間知らずな王子様だったり、大貴族の御曹司や大商人の箱入り息子とかなら手掴みで物を食べるなんて発想がまったくできなくて、サンドイッチを前にしても食事をするのにナイフとフォークがなぜないのか? なんて漫画みたいな事を言い出す事が有り得なくは無いかもしれないわよ。だけど彼は元冒険者で今は野盗のリーダーなのだから、そんな上品な暮らしをしてきたとは到底思えないわ。それにミシェルからも食事にパンを出しても特に変わった食べ方をしていると言う話は伝わってきていないから、きっとエルシモさんたちはパンを手掴みで食べているはずだ

 

 ・・・手掴みで食べてるよね?

 

 でもね、思わずクスッと小さく笑ってしまった後にふと、思考の隙を突いてこみ上げてきたそんな疑問。ありえない内容で本来は考えるまでも無く切り捨てられるはずのその疑問の方が逆に正しいのだと裏付けるかのような態度を、なんとエルシモさんは取り始めたのよ

 

 先ほどのココミの言葉を受けて思わず噴出しそうになってしまった私の顔を見て、エルシモさんは一瞬情けない顔をした後にまた視線をサンドイッチに移して、睨みつけるような顔をしながら押し黙ってしまったの。その上、額には薄っすらと汗までかいているように見えるんだけど・・・

 

 「まさか、本当に食べ方がわからない・・・とか?」

 

 確かに疑問は感じたけど、まさか実際にはそんな事は有り得ないわよね? なんて思いながらの言葉だったけど、私の問いに対してエルシモさんは心の底から助かったと言うような顔をして

 

 「はい、すみません。食べ方を教えてください」

 

 と頭を下げてきた。驚いた事にどうやら先ほどココミが言った事が本当に正しかったみたいで、なんとエルシモさんは目の前にあるサンドイッチの食べ方が解らず、どうしていいかと思考の迷宮に迷い込んでしまって固まっていたみたいなのよ

 

 もぉ、そうならそうと早く言えばいいのに。あまりの事に今度は本当に噴き出してしまい、私はクスクスと笑いながらもサンドイッチの食べ方をエルシモさんにレクチャーする事にした

 

 「うふふっ、解らないのなら先に言ってくれればよかったのに。まさか本当にサンドイッチをどう食べていいか解らなかったとはね。これは昔、カードゲームが大好きなサンドイッチ伯爵と言う貴族がいてね、あまりにカードゲームが好きすぎた彼は食事を取る時間も惜しいからと言って、ゲームをしながらでも片手で簡単に食事を取れるようにと研究して出来上がったのがこの料理なのよ。だから豪華に見えるかもしれないけど、見た目の通り手掴みで食べれば大丈夫よ」

 「だが、ソースがかかっていたり、白い粉がかかっている物がある! これも手掴みで食べるのなら指先がよごれてしまうぞ?」

 

 どうして? それは特に問題ないんじゃないの?

 先程のココミの発言同様、エルシモさんが何を言っているのか解らずにまた一瞬呆けてしまう私。だってさぁ

 

 「え? 汚れたら横にあるおしぼりで手を拭けばいいだけじゃないの」

 「へっ?」

 

 サンドイッチの盛られた皿の横には食べる前に手を拭くためだけでなく、手が汚れた時にも使えるようにとココミが気を回して少し多めに用意してくれたおしぼりが置いてある

 

 そう、汚れたらそのおしぼりで手を拭えばいいだけなんじゃないかな? そんな至極当たり前の事を言っただけなんだけど、今度はエルシモさんが何を言われたのか解らないと言う感じで呆けた顔を私に向けた。あら、先ほどは私もこんな感じの顔をしていたのかしら? これはちょっと間抜けすぎるわねぇ、これからは気をつけないと。そんな事を考えながらも、エルシモさんがよく解っていないようなのでおしぼりの説明をしてあげたんだけど、

 

 「さすが王族、こんな上等そうな布をそのような用途に使うとは」

 

 なんて事を言われてびっくりする私。えっ、上等そう? 何を言ってるの、この人は? だってこれって別に絹とかサテンのような特別な生地を使って作られているわけでも無い、普通のハンドタオルタイプのおしぼりよ? それに

 

 「え? これって誰でも使うんじゃ・・・? まさかうちの城でも、おしぼりを日常的に使うのって私たちだけなの?」

 

 あまりに驚いてギャリソンの方に振り向いて聞いてしまった。これでもし私たちしか使っていないなんて言われたらどうしよう? なんて思いながらね。でもそれは杞憂に終わり、恭しい態度でギャリソンはこう答えてくれた

 

 「アルフィン様、イングウエンザー城ではメイドたちも含め使用いたしますが、この者の様子からするとこの国では御手拭を使用する文化が無いのではないかと思われます」

 「ああ、なるほど。そう言えば外国にはおしぼりは無いって聞いた覚え、あるかも」

 

 そうか、エルシモさんたち、と言うかこの国ではおてふきと言うもの自体がないのかもね。あぁ良かった。今まで私たちはサンドイッチやハンバーガーを食べる時には何時もおしぼりを使っていたけど、実はその姿を見ながらギャリソン達がずっと「なぜこんな物を使っているのだろうか?」なんて疑問に思っていたとしたらどうしようかと思ったわ

 

 と、ほっと一安心した所でエルシモさんの方に向き直り、おてふきの説明をする

 

 「エルシモさん、この国では一般的ではないかもしれないけど、この布はおしぼり、または御手拭と言って手についた汚れを取るためのものだから、手が汚れたら遠慮せずに使ってくださいね」

 「ああ、それではありがたく使わせてもらうとしよう」

 

 やっとすべての事に合点がいったと言うような顔をして笑顔になるエルシモさん。これでもう何の問題もないみたいだね

 

 「それではもう解らない事はないわね? ならサンドイッチを堪能して頂戴」

 「おう! ありがたく頂くとしよう」

 

 そう言うと、エルシモさんは今度こそどれから食べようかとサンドイッチを見渡し始めた。その目は右へ行ったり左へ行ったりと迷いながら忙しなく動いていたけど、ついに決まったようで

 

 「よし、最初はこれにしよう」

 

 そう言うとある一つのサンドイッチに手を伸ばした。へぇ~、それを最初に選ぶんだ。ちょっと予想外、男の人だから肉系のサンドイッチを最初に選ぶと思ったんだけどなぁ

 

 「えっ? それを最初に?」

 

 するとそれを見たココミもその選択が予想外だったようで、驚いたような声を上げてしまい、すぐに横に立って居るギャリソンに窘められる。まぁ、それがなんなのかを知っている私としても、ココミが思わず驚きを口に出してしまったその気持ちも解らなくも無いけどね

 

 と言うのもエルシモさんが選んだものは、本来デザート代わりとして最後に食べるようにとパティシエ達が作ったであろう物の一つ、チョコクロワッサンだったからなのよ。うん、流石に私もそこから行くかぁなんて思いはしたけど、どれから食べるかは人それぞれ違うからね。そう思い、ココミに「いいのよ」と声を掛けてから

 

 「好きなものを好きな順番で食べてもいいですよ」

 

 と、エルシモさんにも声を掛ける。すると彼は手に取ったチョコクロワッサンを観察し、香りを嗅いでからおもむろに噛り付いた

 

 「っ! 甘っ! 美味っ!」

 

 一口食べた瞬間、エルシモさんの表情が劇的に変わる。その表情は驚きと言った感情のものだったが、その表情も一瞬でおいしいものを食べた人共通の物に変化して行く。そしてその顔はなおも変化して行き、最後にはいつもの精悍と評していい表情からは想像出来ない程とろけてきってしまって、幸せを通り越して至福の表情へと昇華して行った

 

 そんな至福の表情を浮かべるエルシモさんだったけど、このチョコクロワッサンがどんな物でできているか興味を持ったようで、片手のチョコクロワッサンを持ったまま、ココミに向かって質問を飛ばす

 

 「教えてくれ、これはなんと言うソースなんだ? それにこの具は?」

 「ソース? ああ、これは生クリームです。今回はガナッシュに負けないよう、コクの強い乳脂肪分45パーセントのものを使用しているそうですね」

 

 エルシモさんの質問にココミが丁寧に答えているのを聞いていて思ったけど、こんな質問をすると言う事はこの国には生クリームって無いのかな? それにチョコレートも知らないみたいだし、これも無いのかなぁ? いや、単純に甘いものを普段からあまり食べないとか? でも、それだと最初にチョコクロワッサンなんて選ばないよね? あっ待って、チョコレートはあるかもしれないけど、ガナッシュと言うものが無いのかも?

 

 「あ、ガナッシュと言うのは簡単に言うとチョコレートを一度溶かして生クリームやブランデー、香辛料などを加えて固めたものです」

 「ちょっチョコレートだって!?」

 

 どうやらココミもそのことに気付いたようで、ガナッシュはチョコレートから作られていると説明すると、エルシモさんは予想以上に大きなリアクションを取った。ああやっぱりあるんだ、チョコレート

 

 私が今まで住んでいた現実世界では嗜好品であるチョコレートの原料であるカカオ豆は貴重品で高級品に分類されるけどお金を出せば買える程度のものだし、昔は大量に取れて世界中で食べられていたと言うくらい人気の食べ物だった。だから、ボウドアの村で栽培されていた小麦のように私たちの世界と同じ植物が栽培されているこの世界でも、きっとカカオ豆は栽培されていると思ったんだよね

 

 「その反応からすると、この国にもチョコレートはあるみたいね」

 「ああ、ある。だが、一部の貴族しか手に入れることの出来ない高級品ではあるがな。なるほど、かなり苦いという話だったが薬としてではなく、調味料として使えばこれほどいい香りがするのだな」

 

 エルシモさんの大きすぎるリアクションから、チョコレートはこの世界でも高級品なんだろうと思ってその部分では特に驚きは無かったけど、その後の薬と言う言葉に私は大きな違和感を抱く。どうやらそんな違和感が私の顔に出ていたらしくて、エルシモさんはこの国で流通しているチョコレートに関して、自分が知っている事を話してくれた

 

 「俺が前に聞いた話からすると、確かチョコレートと言うのは強力な殺菌作用のあり、さらに老化を遅らせる効果もあると言われている高価な薬だったはずだが? 違うのか?」

 「えっ? チョコレートってお菓子・・・って、ああ、そうだ! 聞いた事がある」

 

 私の中の常識からするとチョコレートはお菓子でしかないけど、確か前にテレビの健康を扱った番組で見た事がある内容を思い出した

 

 「そう言えばカカオの含有量が高いとお通じの薬とか癌予防に効くとか言う話を聞いた事があるわ。それにチョコレートに含まれているポリフェノールは抗菌・抗酸化作用があって、その効果で活性酸素を、簡単言うと老化の原因物質の発生を抑える作用があったっけ」

 

 私の言っている内容を聞いて、いったい何を言っているのかまったく解らないと言った顔をするエルシモさん。それには気付いていたけど、私はその分野の専門家ではないから詳しい説明はしない。と言うよりできないのよね、私自身その辺りはよく解らないから

 

 「あっ、でも私たちの国では薬と言うよりお菓子のイメージが強いのよね。砂糖やミルクを加えて全体のカカオの含有量を50パーセント以下にするとかなりおいしいのよ。私の場合は40パーセント以下にしたミルクチョコレートの方が50パーセントのビターチョコレートより好きね」

 

 とまぁ、説明できない以上その話は早々に切り上げて、とりあえずそう言う効果がある事は知られてはいて薬として使われる事もあるけど、どちらかと言うと私たちの国ではお菓子として流通することが多いのよと説明する。そうしたら

 

 「お菓子だと? こんな高級品を薬ではなく日常的な嗜好品として扱っているというのか?」

 

 と、物凄く驚かれてしまった。まぁ、確かに自分の中の常識で高価な薬だと思っていたものが外国に行ったら、日常的に食べられているお菓子として扱われていたなんて場面に出くわしたら私でも驚くだろうから解らなくも無いけどね

 

 でも待てよ、確かにこの国で薬として、それもかなり高級なものとして流通しているというのならチョコレートのお菓子と言うのはかなり貴重で希少なものと言う事なんじゃないのかな?だとすると・・・

 

 「どうかしたのか?」

 「ん? ああ、別にたいしたことじゃないわよ。先ほども言ったけど私の国とこの国とでは物の価値が、特に食品の価値が違うから誰かを招いた時とかに変なものを出してしまったら驚かせてしまうなぁなんて考えていただけ」

 

 咄嗟にこう答えてしまったけど、当然私はこの時別の事を、と言うかチョコレートの有効な使い方を考えていた。チョコレートが薬として珍重され苦いにもかかわらず無理をしてでも食べられていると言うのなら、そのチョコレートをおいしく食べられる上に薬効効果のあるお菓子として紹介すれば貴族へのいい手土産にできるのではないかと

 

 とりあえず、近いうちにこの土地の領主の所に行くつもりだし、それ以降も町を治める領主と会ったりする機会もあるだろう。ならばその時にわが国の高級菓子としてこのチョコレートは使えるのではないか? そんな事を考えていたのだ

 

 でも、今のこの短い時間ではこのチョコレートが有効に使えるという話を考えても仕方がなかったりもするんだよね。領主への土産にするにしても内容や器とかも考えないといけないし、何より効果的な見せ方を考えないといけない。それは私一人で考えるよりギャリソンやメルヴァ、それに料理長も含めて話し合うべきだ

 

 「さて、いつまでもチョコレートの話をしていても仕方がないし、他のサンドイッチも食べて感想を聞かせえもらえるかしら?」

 「おう! 任せて置け。さて、それでは次はこの肉がたっぷりのサンドイッチを貰うかな」

 

 と言う訳でこの話は一時保留。本来の目的である、この世界の人たちにとってうちの料理がどれほどの物かと言う確認を進めないといけないと思い直し、エルシモに他のサンドイッチを進め、「さて、どのタイミングでワインを勧めるべきかな?」などと考えながらエルシモの様子をじっと観察するアルフィンだった

 




 読んでもらえれば解るとおり、先週のB面のような話でした

 チョコレートに限らず、元々は薬だったものが今は普通に食品や嗜好品として出回っているものは多いですよね。生姜もそうだし、小豆もそうらしいです。でも、その中でもチョコレートって別格だと思うんですよ。チョコレート職人はショコラティエなんて特別の呼び方まであるし、なにより世界中で作られ、愛されているお菓子なんだから

 まぁ、私自身は値段の高いチョコレートはほとんど食べた事が無いのですが、ウイスキーを飲む時には100円前後の安いチョコレート菓子にお世話になってますw


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29 調味料

 「確かに肉が違う! 俺たちがいつも喰わせてもらっている肉も外で喰う物より肉汁が多くて柔らかいが、この肉は別格だ! こんなに薄いのに、噛み締めるたびにまるで塊肉を食べている時のように口の中に肉汁が溢れ出るぜ! それに一緒に入っているスライスした生の玉葱と葉野菜、それと鼻にツーンと抜けるこの調味料がその多すぎる肉汁に含まれる油のくどさを包み込んでさっぱりとさせ、二口目も変わらず美味しく喰わせやがる。ん~、肉にこんないい喰い方があったとは」

 

 そんな事を言いながらローストビーフサンドをパクつくエルシモさん。ローストビーフは表面を焼き固めた後に肉の中を70度くらいに保って肉汁を逃がさないように調理して、なおかつ焼きあがった後に少し休ませる事によって切っても肉汁が流れ出さないで肉の中に閉じ込められるように工夫された料理だ。それだけに特徴である封じ込められた肉汁が油の多いA7肉では少しくどかったから前に食べた時にそこを指摘したのだけれど、どうやらその油くどさをより抑えるために肉のランクを変えただけじゃなく前回まで使っていた生姜とにんにくを山葵に変えたりして工夫されているみたいね

 

 そんなエルシモさんのおいしそうに食べる姿を見てなんとなく私も小腹が空いたので自分の前に置かれたサンドイッチの皿に目を向け、その上におかれたいくつかのサンドイッチの中から料理長が作ってくれたスフレオムレツサンドを見つけて手を伸ばした

 

 パクリ

 

 「ん~、美味しい」

 

 スフレサンドを口に入れた瞬間、まず広がるのは焼いた小麦の香ばしい香りとほのかに甘いパンの味、そしてそのパンに歯を立てる事によって、封じ込められていた柔らかなオムレツの味と香りが口いっぱいに広がる

 

 このサンドイッチに使われているオムレツは、オーブンで焼く時間を調節して少し火を強めに通しているから普通に食べるスフレオムレツのように食べた所から半熟の卵が流れ出すと言う事はない。しかし絶妙な火加減と料理長の腕によってその柔らかさはまったく損なわれず、一口食べればその美味しさに誰もが一気に魅了されてしまうだろう

 

 そう、まるでショートケーキに使う生クリームのように卵を大きめな泡立て器で十分な時間を掛けてしっかりホイップした事によって作られた小さな泡たち、その塊を焼く事で生み出される独特な食感はまるで空に浮かぶ雲を軽く焼いて作ったお菓子のようで、あえて似た食感のものをあげるとしたら上質なスフレチーズケーキかな? でも、これは小麦粉をまったく含まないから、それよりもはるかに軽く柔らかい。そして、その柔らかなオムレツを噛んだ瞬間に口の中に広がるのは、ほんのりとした塩味と後はひたすら濃厚な半熟卵の味。それをさらに咀嚼をするとオムレツと一緒にはさまれたホワイトチェダの味が合わさって美味しさの奔流が一気に押し寄せてくるの。おまけに、その極上のスフレオムレツを挟んでいるパンも普通の食パンじゃないのよね

 

 おかゆなどの保水力の高い食材を生地に練りこむ事によって含まれる水分量を極限まで多くして、そのままトーストなどにして食べるにはふわふわすぎて頼りない感じがしてしまうほど柔らかく焼かれたその食パンは、その柔らかさゆえにスフレオムレツの特徴である圧倒的なやわらかさを損なわず最高の味と食感を演出している。そう、この食パンなくしてはこのスフレオムレツの味のすべてをサンドイッチと言う調理法で味わう事は不可能だろう

 

 「さすが料理長ね」

 

 使っている食材がすべて単純な物ばかりなので何度食べても食べ飽きる事がない、このスフレオムレツサンドは私の大好物だ。一口食べるだけで一気に幸せな気持ちになってしまって、つい顔に笑みが浮かんでしまうほどにね。ああ、やっぱりこれだけは一口分と言わず大きめに切り分けてもらえばよかったかなぁ

 

 そんな大好物を食べる私の姿が珍しかったのか、エルシモさんは食べるのを中断して私の方を見ていた。あれ? 私の食べ方ってそんなに面白かった? それともあまりの多幸感に顔が緩んでいたとか? そんな私のほんの少しの不安と疑問をよそに、エルシモさんは手に持ったローストビーフの挟まったコッペパンの残りを口に放り込んでから目線をサンドイッチの皿に戻し、

 

 「それ、旨そうだな。よし、順番的に肉の後に食べるのも変だけど、そのスフレオムレツとか言うのを次に食べるか」

 

 なんて事を呟いた。なるほど、私の食べ方が面白かったわけではなく、食べている姿を見てスフレサンドも美味しそうだなぁなんて思っていたわけね

 そうしてエルシモさんはスフレサンドを自分のお皿の中から見つけだし、おもむろに持ち上げ・・・

 

 「うわっ!? なんだ、これ!」

 

 ようとして、力加減を間違えて見事につぶしてしまった

 そうよね、あれってかなり気をつけて持たないと柔らかすぎてつぶれてしまうのよね

 

 「こんなやわらかい物もあるのか」

 

 そう言うとエルシモさんは半分潰れてしまったスフレサンドをこれ以上つぶさないように注意深く右手で摘み上げて、左手を皿のように添えて口に運ぶ。そしてそのままパクリ! 全部を一度に口に入れた。その際、つぶした物を持ち上げたので当然手はべたべたに汚れてしまったけど、ちゃんと教えられた通りお皿の横においてあったおしぼりを取って手を拭い、その間にきちんと味わうように租借してから飲み込んだ

 

 「なるほど、口に入れてみると解るが、このやわらかさ自体が味なんだな」

 「そうよ。この独特の食感とやわらかさのおかげで普通の半熟オムレツとはまた違った味わいが得られているのよね」

 

 使っている材料は普通のプレーンオムレツと同じなのに、味も食感も普通のオムレツとはまるで違う食べ物。スフレオムレツって、そんな不思議な料理なのよね

 

 「しかし、このスフレオムレツとやらの味付けは塩だけのようだが、それでここまでの味を出すとは凄い料理人だな。流石に王族相手の料理を任されているだけの事はあるな。先ほど食べたローストビーフとやらも、俺たちではとても口にできないほど高価な香辛料やハーブも使われていたし、何より最初に食べた甘いサンドイッチに使われていた大量の砂糖だ。これは俺たちの食事にも言える事だが、塩や砂糖がこれだけ惜しげもなく使われていると言う事はよほど多くの、それも優秀なマジックキャスターがいるのだろうな」

 「へっ? なぜそこでマジックキャスターが出てくるの?」

 

 ん? マジックキャスターは料理とは関係ないよね? そう思って聞き返したところ、私の質問にエルシモさんも「何を言っているんだ?」と言う顔をして見返してくる

 

 ・・・・・・・・・・・・・

 

 「あっ! そうだ、エントの村に行った時に村長さんから聞いたっけ」

 

 すっかり忘れていたけど、確かこの世界には塩を作り出す魔法があるって言う話をエントの村の村長さんから聞いた覚えがあるわ。エルシモさんの話からすると、どうやら砂糖も魔法で作る事が出来るみたいね。まぁ、魔法が発達しているし、普通に食べる作物を育てるだけでも大変な世界っぽいからサトウキビとかから作るより手軽なんだろうなぁ

 

 「思い出した。前に、この国では塩を魔法で作っていると聞いたわ。どうやら、さっきの話からすると砂糖もなのかな? でもね、私たちが使っている塩や砂糖は魔法で作り出したのではなくて、塩は海や塩湖から取れる岩塩から、砂糖はサトウキビやテン菜、カエデ等から取れる甘い樹液等を生成して作っているのよ」

 「海でだと? なぜ海で塩が取れるんだ? もしかして、姫さんたちの国では海にいる生き物から塩が取れるのか? あとエンコってなんだ? 聞いた事が無いが、これも岩石系のモンスターか何かなのか?」

 「へ?」

 

 生き物? 彼は何を言っているの? 塩は海の水から取るに決まっているじゃないの。もしかしてこの世界では海の水から塩を取り出す技術そのものが開発されていないとか? いやいや、そんな馬鹿な事があるはずが無い。何せ乾けば塩ができるのだから、開発とか言う以前の話のはずだ

 

 「それと樹液からシロップを作るという話は聞いた事がある。言われてみれば確かにシロップはあれだけ甘いものだから、そこから砂糖を精製できると言うのは納得だな。だがサトウキビとはなんだ? テン菜と言うのも聞いたことはないぞ。と言うより、今の話からすると姫さんたちの国には砂糖が取れる作物があると言う事なのか?」

 「ちょっ、ちょっと待って!」

 

 とりあえず話を整理してみよう。まずは塩。エルシモさんは海でなぜ塩が取れるのか、もしかして塩が取れる生物がいるのかと言っていた。この発言から考えられるのは・・・もしかしてこの世界の海の水には塩が含まれていない? 嘘、そんな事ってあるの? ・・・いや、ここが地球ではなく、まったく別の星だとしたらどうだろう? 私たちの星、地球では海の水は塩辛いものだけど、他の星もすべてそうとは限らないのではないか? 

 

 まぁこの国は大陸のかなり内側にあるみたいだし、エルシモさんが本当の海と言うものを知らないだけかもしれないけど、今までも私たちの常識と異世界である(と予想される)この世界の常識があまりにかけ離れていると言う話がいくつもあったから、この海の水が真水と言う話も絶対に間違った知識を元にエルシモさんが想像で語っているんだとは言い切れないのよね

 

 「エルシモさん、一つ聞きたいのだけど」

 「なんだ?」

 

 とりあえず疑問が湧いた時は、考えても仕方がない。目の前にいるのだから、本人に聞いてみるのが一番だろう

 

 「この国の海の水って真水なの? もしかして塩がまったく含まれてないとか?」

 「何言っているんだ。海の水に塩が含まれているはずが無いだろう」

 

 こいつ、頭大丈夫か?って顔をして私を見てくるエルシモさん。この表情からすると、本当にこの世界では海の水は塩辛くないようだ。うわぁ~なに? この急展開

 

 「それなら塩が大量に含まれた水で満たされた湖って言うものは聞いた事、無い? あと、塩の塊だけで形成された地面がある場所とか」

 「何を言っているんだ。そんなものあるわけが無いだろ。もしあるなら高い金をマジックキャスターに払わなくてもよくなるって事だろ? そんな所が見つかったら商人たちが挙って訪れ、それで金儲けをしているはずだぜ」

 

 まさか塩湖も岩塩も無いなんて。それでは確かに魔法で生み出すしかなくなるよね

 

 「それなら砂糖、これは魔法以外ではどうやって作っているの? さっきの話だとシロップはあるのよね? 樹液シロップをさらに煮詰めて水分を取って作るとか?」

 「いや、先程も言ったとおり、シロップから砂糖を作るというのは俺は想像もできていなかったから実際にシロップから砂糖を作っているかどうかは解らない。だからそうやって砂糖を作っている奴が一人もいないとまでは言わないが、元々が樹液を煮詰めて作るシロップをいくら価値が上がるからと言ってわざわざ焦げ付かせて無駄になるかもしれないリスクを負ってまで砂糖に加工する奴もいないだろ? そんな事をするくらいなら砂糖をマジックキャスターに作らせたほうが安全だし、労力から考えると安くつくだろうからな」

 

 マジですか・・・本当にこの世界では砂糖や塩は魔法だけで作られて供給されているという事なのね

 

 「そう言えば香辛料やハーブ。あれも高価だと言っていたわよね?」

 「ああ、そうだが? ハーブは種類によっては安いものもあるが香辛料の方はほとんどすべてが高級品扱いだ。中でも胡椒やシナモンは500グラム弱で金貨2枚もする高級品だけに、ここでは俺たちが食べるものにまで使われていて驚いたぜ」

 

 なるほど。香辛料は昔、取れる量が少なかったから高価で取引されていたと言う話だし、きっとこの世界でもそんな位置付けになっているのだろう。でもハーブって確か

 

 「香辛料は解るけど、ハーブが高級品扱いなのはなぜ? だってハーブってほとんどが繁殖力が強くて一度植えてしまえばかなりの速度で増えるし、枯れる心配も少ないでしょ。おまけに乾燥させれば長持ちもする。なのになぜ?」

 「ああ、お姫さんでは解らないか。いや、繁殖力が強い事を知っているだけでも驚きではあるな」

 

 そう言うと、エルシモさんは少し斜め上を見上げ、どう説明するかなぁと言った感じで考え込む。そしてしばらくすると考えがまとまったのか、説明を始めてくれた

 

 「確かにほとんどのハーブは繁殖力が強くて、植えさえすれば簡単に作る事ができそうに思うだろ? だが、そこが問題なんだ。繁殖力が強いと言う事は一区画だけで作ることが出来ないと言う事でもあるだぜ。何せ植えてしまったら、勝手に種を飛ばして周りの畑に進出し、近くで小麦とか作ろうとしても全滅させちまう。何せ小麦の苗が育つのに必要な土の栄養まで奪っていくからな」

 「なるほど、ハーブを作るとなると、他の作物をあきらめないといけなくなるって事なのか」

 「そうだ。そのせいで作る者が少ないんだ。事実、市場に出回っている値の張るハーブ類のほとんどは人が栽培したのではなく、森に自生してるものだからな。危険な場所に生えている以上高くなるのは当たり前だ。まぁ、そのおかげで俺たち冒険者はモンスターを狩るついでに採取するだけで小遣い稼ぎができてよかったがな」

 

 そう言われれば解る気がする。確かに作った物が売れ残っても自分でも食べる事ができる小麦と、売れなければ食べるものを買う事が出来ないと言うリスクがあるハーブでは、たとえ高値で売れたとしても作ろうとする人の数はぜんぜん違うだろうね

 

 「でも、と言う事はもしかして乾燥ハーブとかでも結構な値段で取引されているって事?」

 「ああ、生のハーブは言わずもがな、乾燥ハーブでもかなりの値段で取り引きされているぜ」

 

 なるほど。なら、うちの農場で作っているハーブや香辛料を売ればこの世界でも稼げるって事よね

 前にギャリソンが身分を隠して商人としての立場をここの領主と取引して手に入れようと言った時は、私たちの作った物を商材にするつもりだったけど、案外こっちの方がいいかもね。それに

 

 「あ、さっきの話に戻るけど、この国では作物から砂糖は作ってないのよね? それなら全部マジックキャスターが作っていると言う事だし、結構な値段がするんじゃないの?」

 「ああ、だから塩も砂糖も必需品であると同時に貴重品だ。よく作られている塩でも小麦の5倍の値がするからな。それに砂糖はシロップや蜂蜜で代用が利く上に調味料としてだけじゃなく食料保存と言う点でも絶対的必需品である塩と違って嗜好品としての側面もあるからそもそも扱う商人が少ない。依頼主が居なければ当然作る奴も居ないから生産量自体が少なくなるって訳だ。おまけにその少ない生産分も、ほとんどは高級料理屋や高級菓子屋に下ろされるよう初めから買い手が決まっていて、余剰分だけしか市場には出回らないから結構な値段で取引されているぜ」

 

 やっぱりそうか。なら領主への手土産は決まったわね

 

 「ありがとう。とりあえず調味料の話は解ったわ。ところで、サンドイッチはもういいの?」

 「なわけ無いだろ!」

 「うふふ、そうよね」

 

 私がそう促すと、エルシモさんはまたサンドイッチに取り掛かった。これでしばらくは一人考えに耽っても問題は無いわね

 

 エルシモさん、ただの野盗ではなく元冒険者だからなんだろうけど、案外いろいろな事を知っているみたいね。それに冒険者と言う事は読み書きもできるんじゃないかしら? ならばかなりの拾い物かもね

 

 エントの村では、まだこの世界に来たばかりで混乱していて気付かなかったけど、ボウドアの村で私はある事に気が付いた。驚く事にどうやらこの世界の人たちが喋っている言葉は、私たちが使っている言葉とはまるで違うものみたいなの。なんと言うかなぁ、聞こえてくる言葉と口の動きがあっていないのよね

 

 最初この世界の人たちは、外見上は人間と同じだけで発声器官のまるで違う別の生き物なのかもしれないなんて考えもしたけど、どうやらそれも違うみたいなのよね。何せ普段の会話では口の動きは違うけど、名前とかの固有名詞を言う時は普通に私たちが喋るときと同じ動きをするのだから

 

 と言う事は今までは耳で聞いていると思っていたけど、どうやらテレパシーみたいなもので会話をしているだけなのかも知れないと言う事。そうなるとこの先一番困る可能性が高いのが物の読み書きと言う事になるわ。何せしゃべっている言葉を聞くことができないから、実際にはその発音がどんなものなのかまったく解らない。だから、たとえば私たちが「あいうえお」と言う言葉を聞いて認識しても、それはまったく違う言葉で発音されているという事で文字ではまるで違う表現になると言う事なのだ

 

 「もし読み書きができるのなら、一度色々な人の名前を書いてもらって、文字配列のパターンを調べないといけないわね」

 

 文字配列さえ解れば後は単語から文章を理解する事ができるようになるはずだ

 

 商売を始めるのなら書類作成が必須なのは当然。この場合、読むのは解析スキルがあるから問題は無いけど、書くとなるとそうは行かない。ちゃんとその言葉を理解しないと絶対に書く事はできないのだから。それだけに文字を教わると言うのは、これからこの世界で生きていく上でも絶対に必要な事なのよね

 

 色々と試してみて私たちでは書類を作ることが出来ないのなら作る人を手配する必要がある。でもその人材はなるべく私たちがこの世界の言語を正しく理解できない事を知ったとしてもそれを外部にもらす事が無い人物でなくてはならない。それがもれる事で私たちに不利益が起きる可能性があるからね。そう考えるとエルシモさんが読み書きをしっかりとできるのならまさに適任だ

 

 目の前でサンドイッチをほおばるエルシモを見ながら「それもこれも、エルシモさんの協力しだいなんだけど。まぁ、時間はたっぷりあるし、餌付けも簡単そうだから難しく考えずにじっくりやればいいか」などと考えるアルフィンだった

 




 今回出てきた塩や胡椒の値段はオーバーロードの設定に使われていると言われるD&Dから持ってきました
 ところでこのD&Dの設定をネットで調べていてある驚くべき事が解りました。近々(と言っても領主訪問エピソードくらいに)出てきますが、初期に書いたある事実が覆されます。正直これを読んだ時はあまりに違うのでスルーしようかなぁとも思ったけど、その設定通りにした方が面白そうなので取り入れようと今は考えています。さて、それを知った時のアルフィンはどんな反応をするでしょうか?

 あと、味に関して今回の話の中でアルフィンとエルシモ、両方が勘違いしている所があります。まぁ、これは前フリなのでどこがとは言いませんが。この前フリ、回収する所までこの物語続くよなぁ?


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30 強さと失敗

 「ある程度サンドイッチを食べておなかも落ち着いてきたでしょ? ならこれの評価もしてほしいんだけど」

 「ん?」

 

 かなりのペースで、しかしちゃんと味わいながら食べていたエルシモさんの前に置かれたサンドイッチはかなり減っていた。そこで、私は先ほど余分に用意してもらったワインをエルシモさんの前に差し出す。なぜこのタイミングなのかと言うと、先にワインを飲んで酔ってしまったら聞くべき色々な情報や料理の感想をちゃんと聞けないと思ったから

 

 この収監所に入ってからは一度もお酒を飲んでいないエルシモさんの事だ、きっと飛びつくだろうなぁと思っていたんだけど、そのワインを前にして彼は困ったような表情を浮かべていた。あれ? もしかしてエルシモさんって、お酒飲めない人? 冒険者って町にいる時は常にお酒を飲んでいるイメージがあるから、もしそうならかなり意外だ。でも、確かにすべての人がお酒を飲める訳じゃないし、エルシモさんがお酒を飲めないのなら無理に進めては迷惑だろう

 

 と言うわけで聞いてみる。飲めないのなら別に飲まなくてもいいと言わないといけないからね

 

 「エルシモさんって、もしかしてお酒が飲めないとか?」

 「いや、そうじゃない。飲めないどころか、むしろ酒は大好きと言っていい程だ」

 

 えっ、飲めるの? ならなぜあんな表情をしたんだろう? そう思った感情がまたも私の顔に出たのか(私ってそんなに顔に出やすいのかなぁ?)エルシモさんは申し訳なさそうに告げた

 

 「さっきも言ったろ、高級宿は酒類は別料金だって。安いエールならともかく、ワインなんか飲めるかよ。だからここのワインと高級宿のワインを比べる事は俺にはできない」

 「そっかぁ~」

 

 そういえばそんな事、言っていたよね。確か宿代も雇い主に払ってもらったと言っていたし自分ではそんな高級宿に泊まることは無いだろうとも言っていたから、その宿でお酒を、それもワインなんか飲んでいないのも当たり前か

 

 「なら確かにこのワインを飲んでもらっても、感想は聞けないから意味がない訳か」

 「ああ、悪いな」

 

 そう言いながら暗い顔をするエルシモさん。本当は飲みたいんだろうけど、私の反応を見てこのワインを飲むことは出来ないだろうと考えているんだろうね。しかし、何も馬鹿正直に言わなくてもいいのに。本当にいい人なんだろうなぁ。なぜこんな人が野盗をやろうなんて考えたんだろうか

 

 「じゃあ仕方がないか、ならこのワインは引っ込めるとして」

 「ああ・・・」

 

 暗い顔がより暗くなり下を向くエルシモさん。素直に言えばもしかしたらと言う希望が少しあったろうけど、その希望も費えたって感じで。まぁ、これ以上意地悪をするのも可哀想だから、飲ませてあげるか。ただで飲ませるわけじゃないしね

 

 と言う訳で、わざわざ今までの事はすべて冗談とよく解るように笑顔を作り、楽しげな声でエルシモさんに語りかける

 

 「ウフフ、冗談よ。だから、そんな暗い顔をして下を向かないの。一度出したものを引っ込めるなんて事はしないから安心しなさい」

 「ほっ本当か?」

 

 効果覿面と言うか、ここまで劇的に変わるか? って言うほど嬉しそうに顔をあげるエルシモさん。それはそうよね、半分以上あきらめかけていたんだから

 

 「あっ、でもただで飲ませるわけじゃないわよ。これも情報を貰うための交換としてだから」

 「情報? と言われてもさっきも言った通り、俺は高級宿では」

 

 困惑気味に先ほど私に対して説明した事を繰り返そうとするエルシモさんに向かって腕を突き出し、掌を広げてその言葉をさえぎった。そう、私が聞きたい情報と言うのは当然そんなことじゃないのよね

 

 「解ってるわ。私が聞きたいのはワインの味についての感想じゃなくて別の事」

 「別の事だと? なんだ、いったい何を聞きたいんだ?」

 

 何を聞かれるのか見当もつかないらしく、少し不安げな顔を浮かべるエルシモさん。それはそうだろう、なにせ今から聞く内容は先ほどまでの料理の味とは関係ない、まったく別の話なのだから。そんな困惑顔の彼に、私はこれまでの会話を続けているうちに感じていたある疑問をぶつけてみる

 

 「エルシモさん。あなたは冒険者時代、金と呼ばれるランクの冒険者だったそうね」

 「ああ、俺は冒険者時代、そのランクだった」

 

 これまでの話からすると、この世界では冒険者はレベルではなくランクで強さを表すようで、この金の冒険者と言うのは捕まえた野盗たちの中では一番高いランクみたい。だからそんな彼に正直に聞いてみた

 

 「別の国から来た私にはこの国の人たちの強さが、その基準が解らないのよ。ねぇ、その金の冒険者って具体的にどれくらい強いの? それと、冒険者のランクって最高どれくらいまであるのかしら?」

 

 そう、私の持った疑問はこれ。先ほど口だけの賢者と言うミノタウロスの話が出た時、その強さと実際に起せたであろう現象を聞かされても私はそれほど驚く事は無かった。なぜならそれは私たちにとって特別なほど強い存在じゃ無ければできないような事だとは思えなかったから

 

 実際前衛系のプレイヤーなら、100レベルに満たない人でもスキルビルドの組み方や装備によって武器の一振りで竜巻を起したり大地を割ったりするのはそれほど難しい事ではないはずだ。それどころか、この世界の人たちからは想像もできないような、そう、それこそエルシモさんたちくらいのレベルなら剣の一振りでで1万人位なら一度に薙ぎ払うことも可能なプレイヤーだっているかもしれない

 

 でもエルシモさんの話からすると、口だけの賢者といわれるミノタウロスの逸話は彼にとっての常識からすると眉唾な話だと感じるほど凄い事であり、その口ぶりからはそれほどの力を持った存在など現実には居るはずが無いとも考えているように感じられたのよね。と言う事はこの世界には、少なくともこの国にはそれほどの存在は居ないか、居たとしてもかなりレアな存在だと言う事なのだろう

 

 「どれほどの強さか、だと? どう言う意味だ?」

 「そうねぇ。たとえば、この国にも兵士とか騎士が居るわよね? 貴方がもしその中に組み込まれた兵士だった場合、どれくらいの強さ、立場になるのかって話。町を巡回する5人くらいのチームの班長くらい? それとも街道警備をする兵士くらいかしら?」

 

 レベル的に言うとエルシモさんはそれほど強いわけじゃないから、流石に街道警備の班長とまでは行かないよね? このレベルではトロールどころか、ちょっと強めのオーガにすら一人では勝てなさそうだし。話によると、この街道警備が始まったせいで冒険者の仕事が減ってしまって野盗になるしかなかったと言う事だから、実際この程度なんだろうなぁなんて思ったんだけど

 

 「何を言ってるんだ? 街道警備の兵士どころか俺くらいの実力があれば生まれさえよかったら皇城警備の騎士にもなれるし、本来金の冒険者の実力があれば近衛騎士団に入る事だって夢じゃないぞ」

 「えっ!?」

 

 うそっ! 近衛騎士団って、皇帝を守る騎士よね? まさか、この程度のレベルでそんな立場なの? と言うか、ならどうして仕官しないで野盗なんてやってるのよ! そんな驚き顔の私に、やっと一つ返す事ができたと言わんばかりのドヤ顔でエルシモさんは語る

 

 「その顔からすると、ならなぜ野盗なんかをやっているのか疑問だって所なんだろうけど、確かに俺だけなら士官の口もあったろうさ。貧乏な村出身の俺では流石に騎士にはなれなかっただろうが、貴族の中には腕の立つ冒険者を雇いたいって奴はかなり居るからな。だがな、俺が居なくなったら俺の部下たちはどうするんだ? 強い奴らは実力はあっても礼儀作法も知らなければ知識が無いし、弱い奴らはそもそも士官なんてしようとしても誰も雇ってなんかくれないんだぜ」

 「ああ、なるほど」

 

 確かに強いだけでは仕官はできない。まず身元がある程度しっかりしていないといけないし、礼儀作法やある程度の知識も必要だろう。その点、今までの会話でエルシモさんはある程度の知識と言う物のは持っている事が解っているし、金の冒険者になっていると言う事はそこそこの実績も積み重ねていると言う事だから信用もあるのだろう。問題があるとしたら礼儀作法だけど、それはエルシモさんほどの知識と常識があるのなら身につけるのにはそれほど苦労はしないと思う。

 

 でも、部下の野盗たちも同様の立場かと言えば違うだろう。そして、その野盗たちをエルシモさんが見放してしまっていたらきっと本当の意味での野盗になってしまっていただろうし、もしかしたら街道警備の兵士たちの手によって殺されていたかもしれない。それが解っていたからこそ、エルシモさんは見捨てず残っていたんだろうなぁ。難儀な性格だ。まぁ、人として好ましい性格でもあるけどね

 

 「あっ、でも近衛騎士団に入る事ができる位強いって言う事は、エルシモさんはこの国の中でも結構強い部類に入ると言う事なのよね? でも、そんな貴方でも金の冒険者止まり。と言う事は、当然皇帝を守る立場の騎士より強い人達が、まだまだ上のランクの冒険者が居ると言う事よね? 冒険者のクラスって最高位はどれくらいなの?」

 「ああ、冒険者の中には近衛騎士団に居る連中よりも遥かに強い奴は当然いる。さっきの質問への答えだが、冒険者のクラスは銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコン、そして最高位のアダマンタイト。こう言うと俺のような金の冒険者は立場的にはちょうど真ん中あたりのように聞こえるが、実際はアダマンタイトの連中と比べたら天と地ほどの差があるだろうな。そしてそのアダマンタイトこそ人類の切り札と言われる最強の力を持った奴らだ」

 

 エルシモさんから見て、天と地の差があるほど強いのか。でも、彼のレベルから見ての天と地だからなぁ。ん、待てよ? そう言えば

 

 「ボウドアの村でシャイナが貴方からミスリルくらいの強さだとしてもって言われたそうだけど、オリハルコン以上はシャイナより強いの?」

 「ああ、あの時の話か。今思うとそれは流石にないだろうな」

 

 過去を思い出すようにエルシモさんは右斜め上を見上げながら苦笑する

 

 「あの頃の俺は相手の強さと言うものがまるで見抜けなかった。まぁ、今でも見抜けるわけではないがシャイナと言う女騎士とあの一緒に居たメイド、この二人の強さが別格だと言うのは俺にも解るよ。なぁ、俺がマジックアイテムで鉄のゴーレムを出したのは知っているだろ?」

 「ええ、聞いているし、残骸も見たわ」

 

 無残と言うか、かわいそうと言うか、その盛り上げようと言う気概がまったく感じられない、私の感性からするとありえない顛末も含めて聞いているし、実際にセルニアがばらばらにした後、邪魔だからと道の隅に積み上げた残骸も確認している。あれって確か、置いたままでは村の人達も困るだろうから持って帰って鉄のインゴットに精製しなおすなんてギャリソンが言ってたっけ?

 

 「あのゴーレムから感じた力は圧倒的だった。あれならオリハルコンどころか、もしかしたら前に帝都で一度だけ見たアダマンタイトの連中とだって、一人ずつを相手にするのなら渡り合えるかもしれないなんて思ってしまうほどの力強さだった。なのに、そのゴーレムがあの有様だからな。正直、世界最強の戦士と噂されている王国のガゼフ・ストローノフレベル。いや、もしかするとそれよりもあの二人は強いかもしれない」

 「へぇ~そうなのかぁ、やっぱりこの国周辺にも強い人はいるんだねぇ。それで、シャイナ並みの強さって事ならそのガゼフって人も剣一振りで10メートルくらいの岩なら真っ二つに切り裂いたりできるのよね?」

 

 !?

 

 この私の発言でエルシモさんの周りの空気が一気に凍りつく

 ・・・あ~、もしかして私、またやってしまったかな? エルシモさん、顔が引きつってるよ

 

 だっ、だってさぁ、さっき大地を割るって言うのは眉唾だって言ったからちゃんとスケールを落として話したじゃない。それにね、それくらいの岩なら戦士特化のシャイナじゃなくても、そう、例えば私だって斬る事はできなくても粉々に粉砕する事ならできるし、その程度の事なんだからこの世界最強と言われる戦士なら当然できると思った私を誰も攻める事なんてできないよね? ね? ・・・誰かそうだと言って

 

 そんな私の葛藤をよそに、エルシモさんはしばらく固まった後、何かをあきらめるように大きなため息をついた。きっとこの少しの間に心の中で何か折り合いをつける事ができたんだろう。苦笑いを浮かべながらも、私に向かってこう呟いた

 

 「そうい言えば管理人のミシェルも2メートル程の岩を粉々に砕いていたからなぁ。収監所の管理人をやっているような下っ端のメイドであるあの子ができるくらいだ、あの騎士の姉ちゃんなら簡単にやってのけるわな。それに子供が大巨人とも言えるゴーレムを作るほどの場所だ。たとえ姫さんも実はこの収監所を囲っている壁くらいなら簡単に打ち砕けるよなんて言われたとしても、今更驚かねぇよ」

 「そう! はぁ~良かったわ。私の話から事実に近い答えを導き出して、そのあまりのショックに引かれてしまったら正直どうしようかと思ったもの」

 

 つい彼の呟きに、心底安心したように息を大きく吐きながらそう答えてしまった私。そして私の返答を聞き、一瞬の間を置く事によってその意味をきちんと理解したのか再度凍り付いてしまったかの様に固まるエルシモさん。ある意味今回の事の方が先ほどの話よりも驚いたようで、今度は驚愕のあまり目を見開いたまま固まって声も出ないみたい

 

 う~、またなの? 私、またやってしまったの? でっでもさぁ、今度はエルシモさんの言葉を肯定しただけだし、別に大きなミスはしてないよね? よね?

 

 「ひっ姫さん、まさかあんたも・・・」

 

 はい、すみません。私はまたも大きなミスを仕出かしてしまったようです。そしてその私の表情を見て、エルシモさんはすべてを悟ったようで、疲れきった表情でこう私に呟く

 

 「そうか、その顔からすると、さっき俺が冗談で言った壁を打ち砕くって言うの、やれるんだな?」

 「コクン(無言で頷く)」

 

 この状況下では今更否定しても仕方がない。まぁ、実際にできるしね。と言う訳で素直に認めたのだけど、ただエルシモさんの追及はそれだけでは終わらなかった

 

 「なぁ、まさかさっき言っていた10メートルの岩の話もシャイナの事を言ったんじゃなく、姫さんができる事を言っただけ・・・とか言う事は無いよな?」

 「わっ私は真っ二つにする事なんてできないわ! ・・・粉々にはできるけど」

 

 視線をそらし、だんだん声が小さくなる私とその返事に呆れ返ってしまってもう声も出ないといった顔のエルシモさん。でもしょうがないじゃない、事実なんだから

 

 「姫さん。あんた、さっき俺の強さはどれ位だって聞いたけど、そっくりそのまま返すぜ。あんたら、いったいどれくらい強いんだ?」

 「どれくらいと言われても・・・」

 

 正直、この世界の基準が解らないから答えようがない。私とエルシモさんとだとレベルで言えば89レベルほど違うみたいだけど、ゲームじゃないから数字で言われても解らないよね。そこで頭に浮かんだ例えをそのままエルシモさんに伝える。引かれるだろうなぁ~なんて考えながら

 

 「さっき、口だけの賢者の話が出たわよね」

 「ああ・・・ってまさか!?」

 

 はい、そのまさかです

 

 「ええ、シャイナもできるわよ、剣一振りで竜巻を起こすとか、それに籠められた威力で大地を割るとかも。それどころか、彼女が持っている最強の装備で身を固めれば小さな砦くらいなら真っ二つにできるかもしれないわ」

 「マジか・・・」

 

 かもじゃないわね。まず間違いなくできると思う。そして流石にこの返答にはもう驚かないぞと言った感じで身構えていたエルシモさんでもショックだったようで、少し顔が青い。いや、もしかしたらボウドアの村でのことを思い出しているのかもしれないわね。あの時シャイナを本気で怒らせなくて本当に良かったとか

 

 そんな青い顔をした彼だけど、しばらくすると何か覚悟を決めたように真剣な顔をして再度私に話しかけてきた

 

 「なぁもしかして、もしかして姫さんもあの女騎士と、シャイナと同じくらい強いのか?」

 「いやいや、流石にシャイナほど強くないわよ。あの子は私の国の最大戦力の一人なんだから。それに私はモンク系統の技も使えるけど基本は回復職の巫女だから、あんな凄い力は持っていないわ」

 

 うちでシャイナと互角に戦えるのはまるんか地下3階層の二人くらいじゃないかなぁ。まぁ、メルヴァもヴァルキリーの二人をうまく使えばいい所まで行くかもしれないけど、最終的にはシャイナが勝つと思う。それに彼女が持っている最高の装備をそろえて戦うとしたら間違いなくシャイナはうちの最大最強戦力だ。その状態を整えてしまったら、うちにいるメンバーでは誰も彼女に勝つ事はできないだろうね

 

 私は話しながらそんな事を考えていたんだけど、どうもエルシモさんは私の今の発言からなにか別の事に気を取られたような気がする。なんと言うかなぁ、先ほどとは違う表情で私を見つめながら「これ、聞いていいのか?」なんて雰囲気を醸し出しているのよね。ん~、私、また何か不味い事言ったかなぁ?

 

 真剣な表情で見つめるエルシモの視線を受けてなんとなく居た堪れず、身をよじるアルフィンだった

 




 今日は花見だったため、いつもよりかなり遅めの更新です

 さて、今回の話の中でエルシモの事をアルフィンがオーガにも勝てないと言っています。ですが、これは当然この世界のオーガに勝てないと言う意味ではありません。ユグドラシルではオーガやゴブリンでも住んでいる場所によってピンきりなので、ちょっと強いオーガとなるととても11レベル程度のエルシモでは勝てないため、こう思っています

 あと、10メートルの岩を切り裂くと言う場面がありますが、あれ、最初は5メートルの岩でした。ただ、それだとガゼフなら切れそうだなぁと思ったので10メートルになってます。流石に10メートルの岩なら小山のようなものだし、いくらこの世界最強のガゼフでも切れないでしょうからね


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31 位階と英雄

 何か思いつめたような表情で私の顔を見つめるエルシモさん。その真剣な眼差しになんとなく居た堪れない気持ちになってくるけど、私としてはどんな理由でいきなり彼がこんな表情で私を見ているのか解らないので目をそらす事ができない

 

 私、何か特別な事を言ったっけ?

 

 でも、先ほどの私の言葉を思い出して見ても特に思い当たる事は無いのよね。だって、私がシャイナより弱いとかシャイナが私達の最大戦力の一人だと言うのは事実であり、実際に相対してその強さを身を持って体感したエルシモさんからしたら余計に疑問を持つような事ではないでしょ? 先ほどの言葉の内容でもし疑問に感じる部分があるとすれば、もしかするとこの国の神官は修行僧のような前衛系の修行をする人が居ないのかも知れないなんて事くらいだけど、その程度の事でこんな真剣な表情になるだろうか?

 

 まぁ解らない事をいつまでも考えていても仕方がないし、先ほどまでにもう取り返しがつかないほど多くの失敗をしているのだから、この疑問だけをうやむやにしても仕方がないよね。そう決意を固めて、私を見つめるエルシモさんにぶつけてみる事にする

 

 「何? じっと私の顔を見つめて。もしかしてまた私、何か問題のある発言しちゃった?」

 「いや違う。姫さん、あんたさっき自分の事を巫女だと言ったよな? と言う事はもしかして信仰系マジックキャスターなのか?」

 

 え? 疑問に思ったのってそこなの? この国にも信仰系マジックキャスターって居るよね? だってボウドアの村でも回復魔法を使って村人たちの怪我を治そうとした時に、普通は怪我人を神殿に運ぶか、数が多くて運べないのなら連絡をして神官を派遣してもらうのが普通で、もし冒険者などが魔法で治療を行う場合は神殿の手前、お金を貰わないといけない規則になっているなんて話があったし

 

 「確かに信仰系マジックキャスターだけど、それがどうかしたの? 特に驚くような事は・・・あっそっか、解ったわ! この周辺の国家では神殿関係者は王族で居られないとかなんでしょ。それで驚いたとか」

 「あ~、確かにこの国では神官の皇帝と言うのは聞いたことは無いが、隣のスレイン法国なら信仰国だから国王は普通に神官だろう」

 

 違うのか。なら何が気になったんだろう? 私が巫女である事に特に疑問が湧くような事は無いと思うけど。まっまさか、私の行動や言動を見てとても巫女に見えなかったから驚いたって事!? 

 

 いやいや、かなり真剣な顔をしていたし、流石にそんなふざけた理由ではないよね。なら何がそんなに気になるんだろう?

 

 「では、何が気になるの? この国にも普通に神官はいるみたいだし、私が巫女である事に疑問が湧く事は無いだろうし、信仰系マジックキャスターだからと言って何か問題があったりするとも思えないんだけど」

 「いや、俺は驚いたわけじゃないし、姫さんが信仰系マジックキャスターだった事を気にかけていると言うわけでもないんだ。信仰系と聞いてもしかしたらと思っただけだ」

 

 もしかしたらって、なんの事だろう? 何か特別な事があるのかな?

 

 「もしかしたらって?」

 「いや、よく考えたらありえない話だった」

 

 あ~、そこまで話して最後まで言わないなんて返って気になるじゃないの。それに神官でも王族だったらありえない話ってなんだろう? そんな特殊な事って何かあったっけ?

 

 「だからなんの事を言っているの? 私が信仰系マジックキャスターだと確認したけど、それでもやっぱりありえないなんてどんな事があるのよ。王族だと何かあるの?」

 「いや、姫さんが王族だからどうとかではなくて、さっきの話では巫女の他にモンク系の業も使えると言っていたよな。ならばいくら姫さんがとんでもない力を持っていると言っても流石に無理だろうと思ったんだ。復活の魔法を使えるなんて事は」

 

 ん? 復活の魔法? それがなぜモンク系のスキルを取ると使えなくなるの? 信仰系魔法が使えなくなるような特殊なスキルならともかく、モンクは修行僧と書き換えられるとおり信仰系魔法とは親和性の高いスキルなんだけど。たとえば全身モンク系の装備を着けたとしても、そのほとんどは僧侶系装備と同じものだし、違うものがあるとしてもナックルガードなどの拳につけるタイプの武装があるくらいだけど、それもベアクローなど一部の刃物由来のものさえ避ければ普通に信仰系魔法は使えるのよね

 

 そもそも私はスティックとステッキ系の武器しか持ってない。これはこの二種類はMP増強や信仰系魔法の効果を上げる特殊効果が付加されているものが多いからなの。これでも本職は巫女のつもりだし、それならばその方面を強化する武器を持つのは当然だよね

 

 おっといけない、話がそれてしまった

 

 う~ん、その他に考えられるとしたらだけど例えば初期に信仰系スキル、この場合は巫女スキルを取ったけど途中で前衛系をやりたくなってモンク系ビルドに変更、結局巫女は低レベルのままで捨てスキルになってしまってろくな魔法を覚えていないなんて事なら確かに有り得るかもしれないけど、そんな人は居たとしても多分ごく少数だろうし何より私がそんなスキルビルドなら自分の事を巫女だとは言わないと思う

 

 私がそんな疑問を感じて黙っているうちに、何かに気付いたのかエルシモさんが独り言を呟いた

 

 「いや待てよ。姫さんが使えなくてもこの城の住人の中には復活の魔法が使える奴も居るんじゃないか?」

 「ちょっ、ちょっと待って。使えるわよ、私」

 「んっ、なにをだ?」

 「だから、復活の魔法を」

 

 っ!?

 

 声にならない声を出して驚くエルシモさん。なぜそこまで驚くかなぁ? だって、復活魔法でしょ。その中で一番難易度の高い9位階のトゥルー・リザレクションだって使えるわよ。だってこれが使えないと相手にトゥルー・デスとかを使われてPTメンバーが殺されてしまったら蘇生できないし、ヒーラーが本職の私としてはこれが使えないのでは話にならないしね

 

 「そもそも復活の魔法なんて神官なら誰でも使えるんじゃないの? そうじゃないと死んだ時に神殿で生き返ることができないし」

 「ほっ、本気で言ってるのか!?」

 

 私の言葉をとても信じられない事を聞いたかのように、驚愕の表情で受け止めるエルシモさん。どこにそんなに驚く事があるのかしら? だって冒険者なんてやって居たら事故死する事は当然あるからPTには復活魔法が使えるメンバーは必須だろうし、そうでなくても強敵に出会って全滅する事もあるだろうから神殿に復活させてくれる神官がいなくては大変じゃないの

 

 っと、ここで私はある事に気が付いた。そういえばエルシモさんって11レベルだっけ。それでは同レベル帯の神官では復活魔法はまだ使えないか

 

 「あぁそうか。ごめんなさい、エルシモさんくらいの強さのPTだとまだ復活の魔法を使える仲間、居ないわよね」

 「俺なんて関係ない、そもそもこの国には!」

 

 なんか興奮した感じで立ち上がると、エルシモさんは凄い剣幕で私にこう叫んだ

 

 「この国には復活の魔法を使えるマジックキャスターは一人も居ないぞ! それに法国はどうか知らないが、隣の大国である王国でも復活の魔法を、レイズ・デッドを使えるのはアダマンタイト級冒険者である蒼の薔薇のリーダーだけと言う話だ! それをさも使えるのが当たり前のように!」

 「へっ?・・・・・・ええっ!?」

 

 嘘でしょ!? だって、レイズ・デッドなんて30レベルもあれば覚えられる初期魔法よ。レベルアップが比較的しやすいユグドラシルでは始めて1週間もあれば、いや早い人なら2~3日で覚える事ができるレベルに到達する程度の魔法なのよ? それを国中で、それも大国と言える国中で一人も使えないなんて!? おまけに隣の大国を入れても一人しか使える人が居ないなって事が本当にあるの? それに

 

 「誰も使えないって、じゃあ死んだらどうするのよ」

 「死んだら終わりだ。当たり前じゃないか」

 

 あっ確かに当たり前か。誰も生き返らせる事ができないのなら確かに死んだら終わりだ

 

 でも、それで一つ納得した事がある。そんな状況下なら10レベルを少し超えただけのエルシモさんでも近衛騎士レベルの強さだと言うのも頷けるのよね。だって王様を守ると言う事は常に死と隣り合わせだろうし、襲ってくる相手も同レベルくらいだろうから殆ど人がそれ以上強くなる前にきっと死んでしまうのだろう。そして誰も復活魔法が使えないのならば、死んでしまったらそれ以上は強くなれない。だからこそ、これくらいのレベルの人でもこの世界ではきっと貴重なのだろう

 

 ・・・あれ? ちょっと待って

 

 「エルシモさん、誰も使えないって言っていたけど、それは冒険者の中に復活の魔法を使える人が居ないのではなくて、本当にこの国中で誰も使えないってことなの?」

 「そうだ、誰も使えない」

 

 でもそれって変じゃない? だって、常に死と隣り合わせの兵士や騎士、冒険者ならともかく神官なら死とは縁遠い職業だし、修行を続けていれば使える人が出てきてもおかしくないような気がするのだけど?

 

 「ねぇ、冒険者と違って神殿で修行をしている神官たちは別に危険な場面に出くわしたりしないのよね? なら修行途中で死んだりしないだろうから5位階の魔法くらい使える人が出てきてもおかしくないと思うんだけど?」

 「ごっ5位階の魔法くらいだって!?」

 

 なんか今度もまたエルシモさんは信じられない事を聞いたと言うような表情で驚愕のリアクションを取る。なんと言うか、そろそろ驚かずに聞けないのだろうか? この人は。最初は彼の驚きに対して私もびっくりしてはいたけど、そろそろそれにもなれて来た。なのでその強烈なリアクションはスルーして話を先に進めるように促す事とする

 

 「どうしたの? 5位階の魔法って言葉にそんなに反応して?」

 「何をそんな冷静に! 5位階だぞ、5位階。そんな英雄クラスしか到達できないようなレベルの魔法を、まるで誰でも使えるようになるのが当たり前のように言うなんて!」

 「英雄? 5位階魔法が使えると英雄クラスなの?」

 

 5位階って確か30・・・いや29レベルから使える位階よね? エルシモさん、何か勘違いしてない? あっ、でも前衛系のエルシモさんでは魔法を覚えるのはとても難しいと思っているのかもね、なんて考えながら話を聞いていた私は、次のエルシモさんの言葉でちょっとだけ驚かされる事となる

 

 「あのなぁ、俺のような魔法の素養が無いものでは1位階の魔法を収める事すらできないし、素養があるものでも普通は3位階が限界だと言われているんだぞ? 実際この国で、いやこの周辺国で最高の魔法使いであり英雄を超えた存在でもある大魔法使い、フールーダ・パラダイン様でさえ6位階までしか使えないと言う話だ。それを!」

 「へぇ~普通は3位階まで、最高の魔法使いでも6位階までなのか」

 

 流石にこれはびっくり。この世界の人たちってそんなに魔法のレベルが低いのね。でもなるほど、それならば5位階の魔法を使える事に対して驚くのも無理は無いかな

 

 そんな私の淡白なリアクションに流石のエルシモさんもあきれたようで、冷静さを取り戻して私に質問をぶつけてきた

 

 「なぁ姫さん、あんた一体何位階まで使えるんだ?」

 「ん~、秘密。まぁ、そのパラダインさんって人よりは上だってことだけは教えておくけどね」

 

 その言葉を聞いて一瞬あきれた顔をした後、納得したかのように頷く

 

 「改めて解ったよ、やっぱりここは化け物の巣だって事がな」

 「それ、シャイナにも言ったでしょ。ひどいなぁ」

 「ハハハ、違いない」

 

 流石に驚きつかれたのか、この言葉をきっかけに笑い出すエルシモさん。そして軽い口調で聞いてくる

 

 「で、この城には復活の魔法が使える魔法使いは何人くらいいるんだ? 5人くらいか?」

 「そうだなぁ、人でないのも合わせたら100人居るか居ないくらいかなぁ?」

 

 自分の中にあるものよりも少し多めに言ったのだろうその人数を遥かに超える数字を聞いて彼は一瞬たじろぎ

 

 「冗談・・・じゃないみたいだな、その顔は。それに人以外って獣人でも飼ってるのか?」

 「いいえ、ラミアとかのモンスターも居るし天使とかも居るわよ。まぁ、獣人も居るけどね」

 

 この私の言葉でその表情はまたも信じられないものを見たかのような驚愕に染まる。これで何度目かなぁ? エルシモさん、今日一日で人生観、変わっちゃうんじゃないかしら

 

 「あっあんたの国って、一体なんなんだ? 普通モンスターと一緒に暮らしたりしないだろ」

 「そう? 人を食べるモンスターならともかく、天使とかなら一緒に暮らしている所もありそうな気がするけど。まぁこの国の、と言うかこの大陸の常識だとそうかも知れないわねぇ」

 

 あまりの驚きからか彼は少しかすれ気味の声で聞いたものの、私のモンスターと共存している事にそれほど疑問を持っていないと言う口ぶりを聞いてもう完全にあきらめたと言った表情になった。仕方が無いよね、ユグドラシルでも自分の本拠地のPOPモンスターや課金モンスター以外は基本敵だし、その気持ちは解る

 

 「まぁ、ただでさえ常識外ればかりが住んでいる城だ。モンスターが住んでいてももう驚かないよ。あ、でも姫さんは人間だよな? まさか姫さんもモンスターなんて事は」

 「ウフフ、心配しなくても私は人間だから安心していいわよ」

 

 それはよかったと笑うエルシモさん。でも笑いの後に真剣な顔で忠告をしてくれた

 

 「姫さん、俺から一つ忠告だが、復活の魔法の話は誰にも言わない方がいい。さっきも言った通り、この国には誰も復活の魔法が使える者がいない。と言う事は、その魔法が使える姫さんはこの国の人間からしたらものすごい価値があるという事にもなるんだ。もし復活の魔法が使えると広まれば大変な事になるだろう」

 「確かに死んだ人を生き返らせてほしいと言う依頼人で城の前に行列ができそうね」

 

 そんな事になったら大変よね、なんて笑いながら冗談を言う私に、エルシモさんは真剣な表情でこう告げる

 

 「そんな冗談みたいな話にはならないよ。復活の魔法を使ってもらうには普通の人たちでは一生掛けても稼げないほどの金が要るからな。だが問題はそこじゃない。この国に一人も居ないと言うのが重要なんだ。そう、この国の周りの国からするとな」

 「ああ、なるほど。今までは重要人物を殺せば復活させられなかったけど、私が居ればそれができるようになる訳か。それは大変、私を暗殺しなきゃね」

 

 冗談めかして話しているけど、これは実際に有り得る話なのよね。それくらいこの復活の魔法が使えると言う情報は重いと言う事だ

 

 「まぁ、姫さんを暗殺なんて出来っこないだろうけど、不要な災いを呼び寄せる必要も無いって事だ」

 「そうね、ありがとう。内緒にしておくことにするわ」

 

 いざとなったら外交の切り札に使える気もするけど、当分の間は黙っておく方がよさそうね。言いふらして回っても私には何のメリットもなさそうだし

 

 「あっ、後モンスターと一緒に暮らしていると言うのも黙っておいた方がいいぞ。きっとスレイン法国辺りが兵を挙げて襲ってきそうだからな」

 「物騒な国なのね、スレイン法国って」

 

 エルシモさんの話からすると、スレイン法国と言う国はただ物騒だと言う訳ではなく人間以外の種族をすべて敵とみなしている国らしい。なんと獣人やモンスターだけじゃなく、エルフとかドワーフまで受け入れないと言うのだからなんとも心が狭い国だ

 

 う~ん、私は人間だから問題ないけど他の自キャラたちはそうも行かなさそうだし、近づかないに越した事がないという国みたいね。覚えておこう

 

 「さて、私が聞きたい事はこれくらいかな? では最後に面会の事だけど」

 「面会?」

 

 エルシモさんたちがこの収監所に来てからのこの1週間、彼らはずっとまじめに働いているみたいだからギャリソンやメルヴァとも話し合ってそろそろ家族との面会を認めてもいいんじゃないかと言う話になっていた

 

 「そう。野盗の皆さんの家族との面会なんだけど、来週くらいから順次解禁しようと思っているんだけど。面会専用の部屋を、と言うか建物を収監所の塀門の所にこれから作るから、そこで会えるようにするつもりよ。それで初めは一人10日に1度、時間は30分くらいと言う条件で始めて、その後は収監所の規則を守っていてくれていたら徐々に一度の会える時間を延ばそうと思っているのだけれど、どうかな?」

 「っ!? かっ家族に会えるのか?」

 

 あれ? なんか驚いてるみたいだけど、なぜ? エルシモさんの言葉からすると、会える時間が普通より長い、または短いから驚いているなんて事もなさそうだし。と言うか、会える事自体に驚いてない?

 

 「面会だから当然会えるけど、何かおかしな点があったかしら?」

 「囚人が家族にあえるなんて話、聞いたことも無いぞ! まったく、あんたの国って言うのはどんな国なんだ」

 

 そう言いながら目に涙を浮かべるエルシモさん。なんとびっくり、普通この世界では捕まった人と家族が面会する事なんてできないんだって

 

 エルシモさんの話によると、そもそも犯罪者は政治犯でもなければ捕まったら死刑が当たり前だし、政治犯なら誰かとあわせる訳にはいかない。そしてそのほかに捕まる者がいるとしたら捕虜だから当然家族と合わせてもらえるなんて事は絶対に無いんだってさ。なるほど、そんな状況では面会制度なんてものがある訳が無いか

 

 「取り合えず全員一度にあわせるなんて事は出来ないし、段取りになれるまでは多少手間取るだろうから1日に2~3人ずつくらいに分けて家族に会うよう話し合って順番を決めてね。その予定にあわせてそちらの家族に連絡をしてここへ来てもらう事にするから」

 「ああ、部屋に戻ったら早速奴らに伝えて順番を決めることにするぜ。そうか、妻と子に会えるのか」

 

 そういうと手元にあったワインを一気に飲み干・・・そうとして咳き込む。あまりの嬉しさでそこにあったのがワインである事を忘れ、またずっと飲む物と言えば水だった為、常温になってアルコールの気化が進んでいるのにも気付かずに思わず吸ってしまったのだろう。そんな苦しそうな、でも幸せそうなエルシモさんを見て、なんとなく頬が緩むアルフィンだった

 




 今回の話の中で蘇生魔法が使える人数を100人くらいとアルフィンは言っていますが、実はもっと居ます。NPCやPOPモンスターの中にはレイズ・デッドが使える者の多いですから。まぁ、アルフィン自体どれくらいの数が使えるかなんて把握していないからこんなあいまいな返事になっています

 次にトゥルー・リザレクションですがこれはD&Dにある魔法です。でもこれ、どうやらD&Dオリジナル魔法なのでオーバーロードに出てくることがあるとしたら著作権の関係で名前が変わると思うんですよ。(同じ様な例としてリッチがエルダーリッチになってますよね)なので違う名前で出てきたらその名前に修正するつもりです。まぁ、私がそれがトゥルー・リザレクションだと気付けばの話ですがw


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32 カルロッテ

 ひたすら咳き込んだあと、先程とは違う涙を浮かべながらも何とか復活したエルシモさんは、たった今聞いた朗報に居てもたっても居られないと言う感じで立ち上がる

 

 「姫さん、一刻も早くこの話を部下たちに聞かせてやりたいんだが、これで行ってもいいか? もし他に何かあるのなら早く言ってくれ」

 「大丈夫よ。とりあえず私の聞きたい事は一通り聞いたし、サンドイッチの感想もまぁあの程度でいいわ」

 

 本当は文字の読み書きの話とかもあるけど、それは別に今しなくてはいけない話でもない。それに早くこの話を仲間たちにしてやりたくて仕方がないといった表情の彼をこれ以上引き止めるのもかわいそうだしね

 

 「それじゃあ、俺はこれで失礼させてもらうぜ。ありがとう、サンドイッチもワインも美味かった。あとギャリソンさん、お姫様に対して失礼な言動、すまなかった」

 「アルフィン様が許可なさった事ですからお気になさらずに」

 

 そう言いながら一瞬殺気を漂わせ、すぐさま消して笑顔で礼をするギャリソン。彼流のジョークなんだろうけど可哀想にエルシモさん、また青くなってるよ。まぁ、彼にもジョークだと言う事は伝わっているようだからいいけどね

 

 「それでは失礼させていただく」

 「はい、行ってらっしゃい」

 

 彼は、私の言葉に一礼してこの部屋の入り口までは歩いて行き、入り口を超えた所で一気に駆け出して行った。本当に早く知らせてあげたいんだろうなぁ、なんて考えながら笑っているとココミが申し訳なさそうに、そして不安そうに私に声を掛けてきた

 

 「あの、アルフィン様。彼をあのまま行かせても宜しかったのでしょうか?」

 「ん? 何か問題があったかしら?」

 

 う~ん、特に聞き忘れとかも無かったはずだし、ここに居る以上先程の私たちの強さに関する話の内容の口止めとかをする必要も無いよね? なら何も問題は無いような気がするけど

 

 そんな頭にはてなマークを浮かべている私にココミは恐る恐る自分の気付いた事を告げた

 

 「彼、本来ここでは飲む事のできないお酒を、ワインを飲んでそのまま仲間たちの元へ帰ってしまわれましたが大丈夫でしょうか? それともアルフィン様に何か御考えがあっての事でしょうか?」

 「あっ!」

 

 冷や汗が流れる

 

 しまった、エルシモさんがあまりに喜ぶからつい失念してしまった。本来は解毒の魔法を掛けてアルコールを抜き、少し休んでもらってアルコールの匂いを消してから帰すつもりだったのをすっかり忘れてしまった

 

 この後、私たちが懸念した通りエルシモさんは仲間たちにそのことを指摘され、袋叩き・・・とまでは行かないけど吊るし上げを喰ったのは言うまでもなかった。まぁ、そのままでは可哀想だし私も悪かったから、夕食に1杯だけワインをつけるからエルシモさんを許すようにと野盗たちを説得しておいてねとミシェルに頼んでおいたけどね

 

 

 ■

 

 

 街道から外れた場所にぽつんと立つ廃屋。過去に襲撃か何かがあったのだろうか? 壁の一部は崩れており、また長い間人の手が入らなかった為に屋根は雨漏りが酷く、そのせいで床も場所によっては踏み抜いてしまうほど脆くなっていると言う状態でそれは打ち捨てられていた。ただ、その廃屋は元々金持ちか貴族の別荘だったのだろうと容易に想像できる程度に大きく、簡易的にとは言え屋根や床を修理された今では複数の家族が一緒に生活できる程度には整備されていた

 

 そんな廃屋の一室、過去に応接間として使われていたであろう部屋にアルフィンとギャリソン、そしてイングウェンザーの幹部の中で唯一この館の者たちと面識があり、色々な意味でそこに住むものたちを安心させる為に同行したセルニアの3人は通されていた

 

 「夫たちと会えるのですか!? 本当に?」

 「ええ。犯罪を犯して捕まった者と家族を会わせると言うの行為はこの国ではありえないと聞いたのですが、私の国では少し違って収監所内での生活態度が特に悪いもの意外は短時間ですが家族と会うことができる面会と言う制度があるのです」

 

 私の話していることを不思議そうに聞いているこの女性はカルロッテ・ミラ・ボルティモさんと言って、この廃屋に住む野盗たちの家族の間ではリーダー的な立場にある人であり、また名前からも解る通りエルシモさんの奥さんでもある

 

 外見から想像する年齢は20代後半から30代前半かな? 緑掛かった灰色の瞳と後ろでまとめた金髪がとても綺麗な優しそうな女性なんだけど、エルシモさんが言うように生活が苦しいからなのか少しやせすぎのような気がする。ただ、笑顔が魅力的な人なので、10代の頃はさぞモテたのではないだろうか? エルシモさん、うまくやったなぁ

 

 胸に揺れている聖印からすると神官なのかな? と言うことはこの人も元冒険者なのだろう。ただ、こっそり気探知で調べた所3か4レベルと言った所のようで、これでは一番低い位階の魔法でもたいした威力で使うことはできないだろうし、金の冒険者と言っていたエルシモさんとは釣り合いが取れないから同じPTだった訳ではなさそうね。と言う事は彼が冒険者ギルドでナンパでもしたのだろう。きっとそうだ

 

 「面会? ですか」

 「ええ、私たちの国では基本的人権と文化的に生活する権利が法律で保障されていて、犯罪を犯して捕まったものにも最低限の人権が認められています。そしてその法律の権利にしたがって収監されてから一定期間がたち、収監所の中で特に大きな問題をおこしていない者は家族と面会を許される制度があるんですよ」

 

 そう、わが国では基本的人権と健康的に生活する権利がある。これは私が元いた世界でも法律上ではあった物だったけど、それが守られていたかと言えばそうではなかったとしか言いようが無い。人は生まれながらに勝ち組と負け組みが決められており、私は幸い勝ち組の家に生まれ大学を出てカンパニーに入りその後独立、そして今の地位を得ることができた。しかし大多数の者たちはただただ働くだけの家畜のような、そう、ブラック企業の社畜と呼ばれる苦しい生活を強いられていたらしい

 

 その現実を私はユグドラシルと言うゲームをはじめるまで知らなかったし、そのゲーム内では皆現実世界ではできないからと言って自分たちが手に入れた本拠地に色々な娯楽施設を作り楽しんでいた。そう、うちの店に訪れていたプレイヤーたちは現実世界では味わえないからこそ、うちの店で楽しんでいたのだ

 

 事実お客さんが訪れる地上階層では彼らの要望で作られた施設も多くあるし、地下階層の設備もそんなお客さんたちの「本拠地を持ったらこんな施設を作るんだ」と言う言葉を聞いて、NPCたちが生活するのならこのような施設があった方がいいだろうと思って作ったものがそろっていて、今私たちが使っているヘアサロンや天然(?)温泉を含む各種大浴場、レストランバーやクラブ等の娯楽設備など、ゲームでは何の意味も持たない設備の数々がこの城にあるのはそういう理由なのよね

 

 そしてそんな彼らを知っている私はこの世界に来て決めた事がある。私の知っている範囲ではあるけど私のギルドでは本来の日本の憲法に、歴史の資料や昔のアニメや漫画で見た古き良き日本になるべく近くなるよう規則を決めようと、そしてそれをできる限り守ろうと、そう思ってこのギルドの方針を決めているの。だからこの世界の常識からすると非常識と取られるかも知れないという事を承知で私はエルシモさんたちと接しているのだ

 

 なぁ~んて偉そうな事を言っているけど実は憲法なんて勉強した事はないし、歴史の勉強もほとんどしてないから漫画とアニメの知識がほとんどなんだけど。だから私の中の勝手な想像と理想によって作られたなんちゃって憲法だから、別のプレイヤーからしたらそれは日本の憲法ではないと突っ込まれるかもしれないけどね

 

 でもね、私はそれでいいと思ってる。少なくとも私の考えている国は圧制を強いるものではないし、みなが楽しく暮らせる国であると言う事に確信を持っているのだから。変に堅苦しく考えて住みにくい規則になってしまったら本末転倒だからね

 

 さて、ちょっと話がそれてしまったので話を元に戻すとしよう。私の説明を聞いてカルロッテさんは完全にとは言わないまでも面会と言うシステムがどういうものかある程度理解できたようだ

 

 「よくは解りませんが、その面会と言う制度のおかげで私たちが夫たちと会えると言う事だけは解りました」

 「ええ、それだけ解ってもらえれば大丈夫です。それとですね、それに付随した事なのですがこちらから一つ提案があります」

 

 本当はその話をする為だけにここに来たのだけど、この廃屋に住む人たちの状況を見てはそのまま帰る訳にも行かないだろう

 

 「提案、ですか?」

 「ええ、面会をスムーズにする為にある場所に移住してもらいたいのです」

 

 この廃屋、正直言って子供たちが住むには不衛生すぎる。シャイナが見たらかわいそうだと泣き出してしまうんじゃないかしら。なので早急に生活環境の改善が必要だ。それに男手であり稼ぎ手でもあるエルシモさんたちを失って彼女たちのこれからの生活も心配だしね

 

 お節介がすぎる気もしないではないけど、カルロッテさんを見る限り食糧事情もかなり問題がありそうだし、子供たちの事を考えるとそのあたりも含めて何とかすべきだと思う

 

 「私は先日ここから数キロ離れた場所にあるボウドアと言う村の近くの土地を譲渡してもらいました。そちらに近々館を建てる予定なのですが、その敷地内にあなた方が住む別館を併設するのでそちらに移り住んでもらえませんか?」

 「えっ!? 私達の為に新しく館を建てると言うのですか!?」

 

 もちろんこの人たちが可哀想だからと言うだけじゃなくて移住してもらうにはちゃんとした理由もあるの

 

 その一つは面会の為に城まで来てもらうには<ゲート/転移門>の魔法を使うか[転移門の鏡]<ミラー・オブ・ゲート>を設置する必要があるんだけど、ほぼ毎日数人ずつの面会が行われる予定なのに毎回ゲートを使う事ができる誰かを派遣するのは正直大変だろう。かと言って防犯上、この廃屋に誰でも通れる転移門の鏡を設置する訳には行かない。なので元々転移門の鏡を設置するつもりだったボウドアの村に作る館の近くに住んでもらった方が私たちからしても何かと都合がいいのだ。そして後一つは・・・まぁ、こちらはどうなるか解らないからここでは語らないでおこう

 

 「一つ建てるのも二つ建てるのもたいして変わらないですからね」

 「いえ、それは流石に大きく違うような気がするのですが?」

 

 そう思うのが普通なのだろうけど、魔法で作るのだから私からしたらたいして違わない。そしてメリットがこちらにもある以上、そうしてもらった方がありがたいのだ

 

 「それでどうですか? 移住はしてもらえますか? ただ、別館とは言え館の敷地内に住んでもらう以上私の国の法律に従ってもらうことになるでしょうし、何の支払いも無く住まわせる訳にも行かないので雑務や農作業などの仕事はしていただく事になりますが。まぁ、その仕事も普通の村で行われている程度の仕事ですからそれほどきつい物ではないですし、家賃以上に働いた分はちゃんと報酬もお支払いしますよ」

 「住む所だけではなく仕事まで。他の者とも話し合わなければいけませんが、これほどの好条件ですから反対意見は出ないと思います。ですのでこちらからもお願いします。移住させてください」

 

 立ち上がり頭を下げるカルロッテさん。彼女がこの館の主と言うわけではないけど、代表して私と話をしているのだから他の人たちからも信頼されているのだろうし、彼女の了解を得られたのなら大丈夫だろう

 

 「面会は来週からですが、館は今週中に出来上がるでしょうから移住はその前にしてもらう事になると思います。こちらには館が完成したら迎えを寄越しますね」

 「こんしゅう? ですか」

 

 ん? ああ、週と言っても解らないか

 

 「ああ、この国では使わない単位でしたね。エルシモさんたちにはすでに説明をして普通に使っていたのでうっかりしていました。私の国では日付を七日に区切って一纏めとして週と呼んでいるのです。なので先ほどの言葉を説明しなおすと面会は七日後くらいからですが、館はそれ以内に出来上がるので完成したら迎えを寄越します。この週と言う単位は私の国では普通に使われているので当然館でも使われます。ですから他の方たちにも説明して置いてくださいね」

 「はい、解りました。七日で1しゅうですね。ちゃんと伝えておきます」

 

 うん、これで大丈夫かな? 一応伝え忘れが無いか小声でギャリソンに確認。ギャリソンは何も言わずにっこりと微笑んでから一礼だけしたけど、これって大丈夫って事よね? と言う訳でこれで会見は終了。っと、私の独断で誰とも相談していない内容だけど特に反対はされないだろうから、これも話しておくかな

 

 「あ、館の方には家具もそろっているので引越しの時には身の回りのものだけ持ってきてもらえればいいです。それと最低限の食料も用意してあります。これはエルシモさんたちが収監中に働いた分の一部を前借すると言う形で支給するものなので代金の支払いはいりません」

 「住む為の家具や食料までいただけるのですか?」

 

 たしか刑務所では外よりはるかに低い賃金ではあるものの、収監中に働いた時間分の賃金を支給して出所した時に渡すというのを前に小説で読んだ事がある。これは無一文で放り出すと再犯する可能性が高いからある制度らしいね。と言う訳で、うちでも出所する時にお金を渡すつもりなんだけど、その一部を前借して家族に渡してもいいんじゃないかなぁと言う私の勝手な考えでこの人たちに食料を分ける事にした

 

 まぁ、これに関してはわが国の規則なので私の一存で何とかなるし(さっき法律なんちゃらと言っていたけどそれはそれ、これはこれ。人助けだし、いいよね)エルシモさんたちには出所後のお金の事は話していないから問題無し! それ以前に家族に迷惑を掛けているのだからそれくらいのお金は出させるべきだろう

 

 と言う訳で、これで本当に会見は終了。カルロッテさんだけでなく、この廃屋にする人たち全員のお見送りを受けてセルニアの作ったゲートを抜けて(カルロッテさんがこっそりセルニアの頭を「偉いねぇ」と言いながら撫でていたのは見なかったことにしよう)城に帰った

 

 

 ■

 

 

 この数日後、どこからともなく現れたメイドたちが何か作業をしていた次の日の朝、目を覚ますと前日まで何も無かった丘の下の荒地にいきなり塀と飾り門、そして見事な庭付きの館とその横に一回り小さな別館が数棟出現してボウドアの村の人々を驚かし、その別館の一つに入ったカルロッテたちが収監所に始めて入ったエルシモたちよりも驚いたというのはまた別の話

 

 




 エルシモの奥さん初登場です。一応このキャラはこれからも活躍してもらう予定です

 後、最後にお茶を濁すような書き方をしているボウドアの村での館創造の話はまた後日別の話でちゃんと書くと思います。はじめはハーメルン掲載時に加筆する予定だったのですがちょっと長くなりそうなので

修正報告
 エルシモの名前ですが、はじめはエルシオと表記していました。それがいつの間にか私の中でエルシモと変わってしまい、その状況が長く続いたので本来の名前である初期の表記の方を修正し、正式にエルシモと変更しました


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33 面会

 ボウドアの村のそばにある丘のふもと、そこにはつい最近建てられた、いや、突然その場に姿を表したと表現した方が正しいであろう館がある。広い庭を持ち、複数の別館を併設するその館は大貴族が所有するような屋敷と比べても大きく、この世界においては考えられないほど豪華な造りをしていた

 

 そんな館の敷地内にある別館に当たる建物の一つ、一番端にある館の中にアルフィンの姿があった

 

 「カルロッテさん、この館の暮らしにはもう慣れましたか?」

 「はい、アルフィン様。このようなすばらしい館を提供していただき、本当にありがとうございます。皆、今までの廃屋の暮らしに比べて遥かに住みやすいこの環境にはじめは戸惑いましたが、今はそれぞれいつもの生活リズムに戻っています」

 

 カルロッテさんの返答に満足そうに頷きながらも、本当にこの館でよかったのかしら? と頭の隅で考えてしまう。だってこの館って、私の基準からするとかなり住みづらいものなのだから

 

 と言うのも、前に収監所の設備があまりにも豪華だとエルシモさんが私に教えてくれたので、その時に聞いた昔彼らが使っていたという町の宿屋を基準にこの館を設計したからなの。と言っても同じ敷地内に作るのだから、この館だけ特に質素にする訳には行かないので建物自体の造りはしっかりしているのよ。床には本館に比べると劣るけど、そこそこいい絨毯が敷かれているし冬には暖房になるよう一階の暖炉からは煙突とは別に排熱管が各部屋に伸びていて、火をつければすべての部屋が暖まるような工夫がされている

 

 これは魔法で作る関係上すべての別館を同じ構造にしたからなんだけど、ただこの館だけは他の館とあえて変えてある場所が一つだけある。実はこの館だけお風呂が無いのだ。あ、一応水浴びをすることができる所は作ったわよ。ちゃんと無限に水の湧き出る魔法の大樽を設置してね

 

 だって女性ばかりなので、外で水浴びをさせるのは可哀想でしょ。でもお風呂を毎日沸かすのは下級貴族でもそうはないと言われてしまったからあえて無くしたんだけど・・・やっぱりつけてあげればよかったかなぁ。水が湧き出るのもお湯が湧き出るのもマジックアイテムのランクとしてはたいして変わらないのだし

 

 あと、他の館と決定的に違うのはそこに据え付けられた家具の数々だ。この世界ではベットにマットレスがついている事などよほど上質な宿屋でしか無いと言うのが当たり前だとのことだったので、わざわざ木製ベットを用意してその上に麻布を10枚ほど重ねて作ったマットを置き、その上から木綿の布をかぶせたものを用意しておいた。少し硬いだろうけど、毛布も多めに用意しておいたからいざとなったらそれを敷けば少しはましになるんじゃないかな?

 

 次に椅子や机もなんだけど、ソファーなどの応接セットは一切置かずに特に飾り気の無い木製の机とクッションの取り付けられていない木製の椅子を食事をするために集まる広間に設置しておいた。正直あれでは長時間座っていたらお尻が痛くなってしまうだろう。う~ん、やっぱりクッションくらいはつけてあげればよかったかなぁ

 

 その他にも細かな不満点がいくつもあるのよね。確かにあの廃屋よりはいいのだろうけど、これで住みやすいかと言われれば正直頭を捻ってしまう。そんな環境なのだからこそ、移り住んでから数日経って不便だと感じ始める所がいくつか出てきていると思うのだけど

 

 「気に入ってもらえたのならよかったわ。でも、何か不都合があったら言ってくださいね」

 「いえいえ、不都合なんてとんでもありません。これほどの館、私たちにはもったいないです。ただ・・・」

 

 右手を前に突き出し掌を広げて手首を振り、私に今の現状にどれほど満足しているか伝えようとするカルロッテさん。しかし、その表情は、何かを思い出したのか一変して申し訳なさそうな顔を作り出す。う~ん、やっぱり何か不都合があるのかなぁ?

 

 「どうかしました?何かあれば遠慮無く言ってもらえればいいですよ」

 「いえ、私たちの事ではないのです。お隣のボウドアの村の方の事なのですが・・・この館の水場の、あの魔法の大樽から沸く水を彼らにも使わせてあげる事は出来ないでしょうか?」

 

 ん? どういう事?

 

 正直話の先が見えないのでカルロッテさんに聞いてみた所、私が水浴び用にと思って作った場所を彼女たちは洗濯をする場所と勘違いしたみたいなのよ。そこで思ったのはすぐそばにあるボウドアの村では子供たちがわざわざ川まで洗濯に行っているのに自分たちだけがこんなに楽をしてもいいのだろうかと言うこと

 

 ボウドアの村の人たちには伏せてあるけど、カルロッテさんたちはあの村を襲った野盗の家族だ。そんな自分たちがこんな恵まれた環境でいるのに、あの村の子供たちは重い洗濯物を持ってわざわざ川まで出かけなければいけない。その状況がとても申し訳ないと感じたらしいのよね。でも、この館は私の館の敷地内で他人を簡単に招いていいものではないと考えた為にこんな表情になってしまったそうな

 

 そうか、確かにわざわざ川まで行かなくてもここまで来れば洗濯もできるし、そもそも水を運ぶと言う一点で考えてもかなり楽になるのよね。でもなぁ

 

 「気持ちは解るけど、流石に敷地内に誰でも入れるようにするのはできないわ」

 「そうですよね」

 

 私の返答に肩を落とすカルロッテさん

 

 ボウドアの村の人たちを信用していない訳ではないけど、それを装って進入してくる人が絶対に居ないとは言い切れないからなぁ、防犯上の事を考えると流石にそれは無理だ。この人たちがここに住んでいても問題が無いのは正直家族を人質にとって居ると言っていい状況だからなのよね。でも、そうでない人をほいほい立ち入らせる訳には行かない。何せ本館には城に通じる転移門の鏡が置いてあるのだから

 

 でもなぁ、あの村にはまるんの友達であるユーリアちゃん達も居るし、何よりその子達がその洗濯をしているのだ。ならば楽をさせてやりたいと言うのは私も同意見なのよね

 

 「そうね、この館に招き入れることはできないけど、洗濯をする水場を作るくらいなら出来ないことは無いわね」

 「えっ? そんな事もできるのですか?」

 

 要は水浴び場だけを門の外に作ればいいだけのことでしょ? 流石に村の中に作るとなるとここを治める領主の了解を取ったりする必要はあるかもしれないけど、この一角は私が報酬としてもらい受けた土地なのだから新たに小屋を一つ建て増したとしても問題は無いはず。それに魔法の大樽なら確かまだいくつか倉庫にあった筈だからね

 

 「それほど難しい事ではないから、後で手配するわ」

 「えっ!? あれほどのマジックアイテムをお貸しいただける事がそれほど難しい事ではないのですか? まさかそんな・・・いや、あなた様のとってはきっと容易い事なのでしょう。しかし、いかに容易い事だとしても、私ごときの進言を聞いていただけるのですね。本当にありがとうございます」

 

 満面の笑みで頭を下げるカルロッテさん。他人事なのに自分の事のように喜んでお礼を言うなんて、ホント夫婦そろってお人好しだなぁ

 

 「さて、この話はここまでとして、今日の本題に入ろうと思います。面会の日時が決まったのでお知らせに来ました」

 「これは、アルフィン様自ら。本当にありがとうございます」

 

 先ほどとは違い、真剣な顔でお辞儀をするカルロッテさん。使いの者ではなく、私自らその件で訪れた事に対して恐縮しているんだろうなぁ

 

 まぁ、確かに私がわざわざ来る話ではない。そこで代わりになる者が居るとしたらここに来た事があるメンバーと言う事になるけど、その顔ぶれは一言も言葉を交わしていないギャリソンとこれまた一言も言葉を交わしていないサチコ、そして言葉を交わしているけどすっかり子ども扱いされてしまっているセルニアの3人だ。前の二人だとカルロッテさんが緊張してしまうだろうし、セルニアだと・・・まぁ、そう言う訳で一番最初の面会で問題が起きないようにちゃんと打ち合わせができそうなのが私しかいなかったので消去法で私が来る事になったと言うわけなのよね

 

 「面会初日は明後日で、以降毎日3人ずつ交代で面会時間が割り当てられます。その際この敷地内にある本館に私の城と繋がるマジックアイテムがあるので、そちらを通って面会場所まで来てもらう事になります」

 「マジックアイテムですか」

 

 転移ができるマジックアイテムなど聞いた事が無いらしく少し緊張した面持ちでそう答えるカルロッテさん。ただ、この人たちとの始めての邂逅がセルニアのゲートの魔法だった事から、そのマジックアイテムの存在自体は聞いた事が無いけどそれが実在し、なおかつ私が持っていたとしても不思議ではないと考えたらしく、その表情からはこちらを疑う雰囲気は見られない

 

 「はい。それと来ていただく順番ですが、それはリーダーであるボルティモさんが仲間の方と話し合って決めたそうで、この羊皮紙に書かれています。彼からはカルロッテさんが文字の読み書きができるので渡してもらえれば、こちらの都合が悪くて時間や日付を変更してほしい時はその旨を書き記してくれるだろうとの事だったのですが、大丈夫ですか?」

 「はい、夫の言うとおり私は読み書きができるので大丈夫です。見せていただけますか?」

 

 そう返答があったのでエルシモさん直筆の面会予定表を渡す。因みに何か余計な事が書かれていないかどうかだけは調べるべきだというギャリソンの進言により解析魔法を使って私が確認し、マジックアイテムを使ってギャリソンが再度確認をしている

 

 私としては妻への隠しメッセージとか書いてあったら面白かったのだけど、律儀と言うかなんと言うか本当に面会の日付だけがそこには書かれていた。まったく、エルシモさんにはがっかりだよ

 

 そんな私の邪な考えをよそに、予定表を見て「確かにこの汚い文字は、なつかしいあの人の文字」と呟き少し涙ぐみながらも、内容をしっかり確認してからこの予定通り行ってもらえば大丈夫だとカルロッテさんは私に返答した

 

 「解りました。この予定表の写しは取ってあるので、これはそのまま保管してもらって結構です。それでは明後日、使者を寄越しますので準備の程、よろしくお願いしますね」

 「はい、ありがとうございました」

 

 こうして私たちの会見は終わった

 

 

 ■

 

 

 野盗たちの人数は20人。でも流石にすべての人が家族を持っているわけではないだろうと思っていたのだけれど、エルシモさんが言うにはなんと全員が既婚者でその半分以上の13人は子供が居るそうな。そしてエルシモさんにも子供が居るらしく、面会当日は朝からそわそわしていたそうでミシェルに対して「今日だよな? 俺、日付を間違えてないよな?」と何度も聞いてきたらしい

 

 奥さんはエルシモさんの文字を見ただけで涙ぐんだくらいなのに彼の心は奥さんそっちのけで子供に会えるという事だけでいっぱい見たい。ホントひどい話だ。まぁ、解らない事も無いけどね

 

 そして今、当のエルシモさんは面会所の一室に居る。この面会所は収監所を取り巻く壁の一部を切り崩してその場所に建てられていて、塀の外からも中からも入ることができる建物として作られている。そして実際に面会する部屋なんだけど、はじめはテレビで見たことがあるような透明な板越しに会えるようにしようとしたんだけど、残念ながらこの世界にはアクリル板やプラスチックと言うものが存在しないので作るとしたらガラスでと言うことになり強度がちょっと心配だったのよね

 

 それに何より、エルシモさんたちが面会と言う制度を知らなかったから普通に家族と会えると思っているようで、子供を久々に抱けると涙を流して喜んでたその姿を間近で見せられたミシェルが私にわざわざ会いに来て

 

 「あの姿を見て、実はガラス越しにしか会えないのですよなんて私にはとても言えません。ですから、なにとぞアルフィン様のほうから伝えてください」

 

 と言いながら芝居がかった土下座で頼んできたので断念した。うん、私にだって流石に言えないよそんな状況ではね。そしてその私の決断を聞いてミシェルは我が事のように喜んでいた。管理人と言う立場からほぼ毎日接してるミシェルにとって、エルシモさんたちは家族みたいな存在に思えているのかもしれないわね

 

 

 ■

 

 

 最初の面会はリーダー特権なのかエルシモの家族だった

 

 面会所では本人たちだけで会わせる訳ではない。それは前もって了解を取っていた事で、仕切りなしで会う事になった以上子供が居るならともかく妻と二人きりにしてはいきなりへんな事を始めかねない。そこで面会の際の細かい規則を作り、なおかつ双方に監視員をつけて禁止事項を犯したのを確認した場合は面会は即中断させるとの条件をつけている

 

 今回の場合はエルシモの付き添いでミシェルが、カルロッテとお子さんであろう5歳くらいだろうの男の子の付き添いでサチコが一緒に面会所の一室に入った。見張りが居てなおかつ禁則事項があると言っても当然子供を抱き上げたり、妻と手を握ったり程度のことは許可をしているし、そこまで厳しく見張っている訳ではない。少々のスキンシップなら、そう初回の面会の時くらいはと、久しぶりに再会した夫婦のハグはその二人も見て見ないフリをした

 

 「ああカルロッテ、逢いたかったよ。それにエリナスも。二人とも元気だったか?」

 「パパ、逢いたかったよ」

 「あなた、やっと逢えた、やっと逢えたわ」

 

 夫婦親子の再会に感動し、少しだけ涙ぐむミシェルとサチコ。しかしそんな感動の再会もちょっとおかしな方向へと向かっていく

 

 「二人とも、ちゃんと食べてるか? 病気とかしていないか?」

 「大丈夫よあなた。アルフィン様に良くして頂いているから。それにあなたも大変だったでしょう。こんなにやつれて・・・あら? やつれてはいないわね」

 

 ほんの少し、ほんの少しだがカルロッテの瞳に疑惑が宿る

 

 「そっそんな事は無いぞ。毎日朝から晩まで働き通しだ。ただ、外での労働だから日に焼けて健康的に見えるだけだと思うぞ」

 「その割には体も髪の毛も清潔よね? それにあなた、収監所に入る前よりちょっと太ってない?」

 「ねぇママ、パパからいいにおいがするよ」

 

 ギクッとするエルシモとすかさず彼の匂いを嗅ぐカルロッテ。そして

 

 「これって石鹸の香りよね。それもかなりいいもののような気がするのだけれど」

 「そっそれはだな・・・そう! 面会の前にアルフィン様が風呂に入れてくれたからその時に使わせてもらえたんだ。別に毎日入っているわけじゃないぞ」

 

 カルロッテの追求にしどろもどろになるエルシモ。そんな夫の姿を見たカルロッテはミシェルたちのほうを向き直り

 

 「メイドの方々。夫の言っている事は本当でしょうか?」

 「いえ、彼らは毎日お風呂に入られております。また、前にアルフィン様から「今まで入る習慣がないのであればお風呂は毎日入れなくてもいいのでは?」と言われた際にボルティモさんは土下座をして毎日入らせてほしいと懇願されたそうで、それならば仕方が無いと毎日沸かすようにと言い付かっております」

 

 これを聞いたカルロッテの目がつりあがる

 

 「あなた! お風呂を毎日沸かすのにどれだけの薪代が掛かると思っているの! アルフィン様にそんな負担を強いるなんて! 恥を知りなさい!」

 「かぁちゃん、ごめん!」

 

 自分たちの生活環境に多大の援助をしてくれているアルフィンに夫がそんな迷惑を掛けていたのかと聞いて怒髪天を突くカルロッテと、そんな奥さんの勢いに震え上がるエルシモ。そしてちょっとしたいたずら心でばらしただけなのに、大事になってしまっておろおろするミシェルを見てサチコは思わずため息をつき、この騒ぎを収めるために口を開いた

 

 「カルロッテ様、収監所ではお風呂を沸かすのに薪などは使わず、お湯を沸かすマジックアイテムを使用しているのでアルフィン様はなんの迷惑も被ってはおりません、。ですのでご安心ください」

 「そっそうなのですか。すみません、お騒がせして」

 

 カルロッテのお詫びを受け入れた後、サチコはミシェルに向き直る

 

 「後、ミシェルもいたずらがすぎますよ。まぁ、事実を伝えただけなので強くは非難できませんが」

 「すみません」

 

 ミシェルの謝罪によりこの騒動は治まり、その後は和やかに面会時間はすぎていった

 

 

 ■

 

 

 こうして面会は滞りなく進み、以降は特に問題も起こらずにその作業を繰り返すだけだとアルフィンは考えていた。しかしそんなアルフィンの考えは甘かった。そう、パンケーキに蜂蜜とメープルシロップと練乳をかけたものよりも甘かったのだ

 

 「姫さん! お願いだ、何とかしてくれ!」

 「えっ? えっ? なんなの? 何があったの?」

 

 それは面会を始めて1ヶ月。3回目の面会を果たしたエルシモから泣き付かれる事によって発覚した

 

 

 

 話は初めての面会を許すと決めた日にさかのぼる

 

 「マスター、面会には子供たちも来るんだよね?」

 

 うきうきしながら話しかけてくるシャイナ。それはそうだろう、大の子供好きのシャイナの事だ。小さな子供がこの城の近くに来るのだから嬉しくて仕方がないのだろう

 

 「そうだけど、それがどうかしたの? その子達と遊びたいと言うのだろうけど、それを許可するかどうかは私が決める事じゃないし、カルロッテさんたちがいいと言うのなら私は止めないというのはシャイナも解ってるよね?」

 「そうだね。マスターも一緒に遊びたいと言い出す事はあっても反対する事はないというのは解ってるよ」

 

 ならば私に何か許可を取る必要はないから、前もって何かを言う事はないよね。ではなぜ私に話しかけたのかなぁ?

 

 「それが解ってるのなら、遊ぶ云々ではないって事だよね? それ以外に子供たちが来る事で私に確認することって何かあったっけ?」

 「確認と言うか許可をして欲しい事が在るんだよ」

 

 そう言いながらシャイナは私の顔色を窺う。その顔はきっと私は反対しないだろうと確信したような顔だ

 

 「もう、許可を取るとか言っている割には初めから反対しない事を確信してるんでしょ。なら無茶な話じゃないだろうからいいわ、言ってみなさい」

 「うん、マスターは絶対反対しないと思う。それはねぇ、子供たちが来るのなら甘いものを振舞ってあげたいなぁと言う話なんだ」

 

 シャイナが言うには、前にボウドアの村を救った時にまるんがユーリアちゃん達に持っていたクッキーを振舞って友達になったと聞いて悔しかったんだって。だから今回は自分が子供たちに甘いものを振舞って仲良くなりたいのだそうな

 

 「それはいい考えね。なら私が振舞って人気者になろうかな」

 「あっマスター、それはずるい」

 

 そんな事を言い合いながら当日は何を振舞おうかとか、流石に子供だけに出して奥さんたちに何も出さないのは悪いから軽食くらいは出した方がいいよねとか、それならば食堂と調理場も面会所に作らないといけないわねなんて事を話し合って、当日、実際にお菓子とお茶、そして軽食を用意して振舞ったのよ

 

 

 

 で、話は今に戻るんだけど

 

 「姫さん、エリナスが、エリナスが」

 「だからどうしたのよ、お子さんがどうかしたの?」

 

 エルシモさんのお子さんならさっき面会所の食堂で元気にアイスクリームを食べていたと思うけど? 口の周りをべとべとに汚しながらも、満面の笑みで食べていたあの可愛らしい姿からは特に問題がありそうな所は見つからなかったけどなぁ

 

 「エリナスが、お父さんはもういいから早く食堂へ行こうって面会を5分ほどで切り上げて帰ってしまったんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 「あら」

 

 どうやら予想以上にお子さんたちに甘いものが高評だったらしくて、お父さんとの面会よりも早くお菓子を食べたいと言い出してしまったそうな

 

 「頼むよぉ、姫さん、何とかしてくれよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 

 なんとも情けない顔で泣きつくエルシモを前に、さてさてどうしたものかと悩むアルフィンだった

 




 美味しいものに釣られたのは子供だけではなく、実は奥さんたちも面会後の軽食が楽しみで面会を速く切り上げようとしだした為に、この後面会は食事をしながらになります。なんと言うか、甘いですよねw

さて、野盗収監編はこれで本当に終わりです。とは言えこの話に出てきた人たちはこれからも出続けますが

 後、この話のちょっとした裏話を私のHPの同じ話のあとがきに書いているので、気になる方はどうぞ


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第5章 環境整備編
34 街道整備


 この世界への転移した日から一ヶ月と数日。この短いようで長い間にイングウェンザーを取り巻く環境は少しずつ変わり始めているのだけれど、アルフィンを除く自キャラの面々はあまりその事を気にする事はなく、相変わらずのほほ~んと生活していた

 

 

 

 前回の終わりからほんの少しだけ時間は遡る

 

 「これからの事を考えると、城からボウドアまでの道は一日も早く完成させないといけないわよね」

 

 面会解禁日から2週間程たったある日の午後。イングウェンザー城の地下6階層にある会議室にある円卓にはアルフィンを中心とした自キャラたち6人と各統括責任者3人が集まり、久しぶりに都市国家イングウエンザー首脳会議(仮名)が開かれていた。その議題はこれからの行動指針を決めると言うもので、誓いの金槌のギルド旗の前にある他のものより少しだけ豪奢なギルド長の椅子に座るアルフィンは円卓についているメンバーを見渡しながら、今現在いくつかのやらなくてはいけないと想定されている物の内で自分が最優先で行わなければいけないと考えている街道整備の提案をしていた

 

 「どうして? ボウドアから5キロくらいの道はもう出来上がっているんでしょ? それだけ離れればゲートを開いて移動しても誰からも見られる事はないのだからそれほど急いで残りの街道を整備する必要は無いように思えるけど」

 「あらシャイナ。あなたはゲートの魔法が使えないのだから道が無いと不便なんじゃないの?」

 

 この城にいる者ならば当然持つであろう疑問とも言えるシャイナの意見だけど、それはゲートを使えるものが言う事のような?

 

 「確かに私はゲートの魔法は使えないけど空を飛べばそもそも道なんて関係ないし、地を走って移動するにしても使うのはいつものアイアンホース・ゴーレムだから草原のままでも何も関係ないよ」

 「そうよね。この間作った馬車なら最悪草原のままでも走破できない事はないし、シャイナの言う通りあたしも街道作りは後回しでもいいと思んだけど、マス・・・アルフィンはなぜそう考えるの?」

 

 シャイナの意見を聞き、それを補足するような感じで自分たちが作った馬車の性能を挙げて、なぜ必要のなさそうな街道整備を最優先しなければいけないのかとあやめが私に聞いてきた。確かに私たちが使うという点でだけ語るのならば街道は必要ないのよね。ではなぜ私が必要と感じているかと言うと

 

 「確かに私たちにとっては道なんて必要ないかもしれないわね。でもね、今作らなければいけないと考えている道は私たちが使う為に必要な訳じゃないのよ。この街道はこの世界の人たちの為に作るの」

 「あるさん、それはユーリアちゃん達がこの城に来るのに使うって事?」

 

 この世界の人と聞いて、まるんは真っ先にボウドアに住む自分の友達を思い浮かべたみたいね。でもそれは違うんだなぁ

 

 「ん~、ユーリアちゃん達ならボウドアの村の外れに作った館で遊べるのだからわざわざこの城に招く必要は無いし、もし招くにしてもあの子達なら館の転移門の鏡を使ってもらっても私はかまわないと思ってるわよ」

 「違うのか。なら誰が使うためなんだろう? 他にこの城に来そうな人っていないよね」

 

 そう、今までで会った人の中にはこの街道を使う人は多分居ないと思う。エントの村の人たちとはこの世界に転移した初日以降会っていないし、ボウドアの村の人たちが私たちに何か用事があれば館に居るメイドたちに話せば伝わると言う事を知っているから、30キロ以上離れたこの城まで訪れる事は多分ないだろう

 

 ではなぜこの街道が早急に必要だと私が考えたかと言うとね

 

 「それはね、これから会う人たち。たとえば近いうちに会いに行こうと考えているこの地域の領主やその部下、それにこの先行くであろう町の商人たちが通る道を作らないといけないと思うからなのよ」

 「ああなるほど。でもあるさん、道なんて魔法を使えばすぐにできるよね? なら領主に会いに行ってからでもいいんじゃないの? なのになぜ最優先に?」

 「そう! あたしもそう思う! やらなければいけない事の多さに比べて私たちの人数は限られるんだからそんな簡単にできることは後回しでいいじゃない」

 

 まるんの発言にあやめがすかさず乗って来る。う~ん、あやめの奴、街道を作るとなるとその作業に一番向いている魔法体系の自分にお鉢が回ってくるだろうから、何とかやらずに済むように反対してるな。後回しにしても最終的にはやらないといけないのだから先送りにしても意味がないのに

 

 まぁ、彼女の気持ちも解らないではない。道を作るというのは単調な作業で苦労の割に退屈な作業になるし、その上、村から城まではかなり距離があるだけに時間もかなり掛かる事だろう。飽きっぽいあやめとしては早急に作るのではなく、5キロ刻みぐらいで暇を見てはやると言うような作業にしたいのだろう。でも、今回はそうは行かない事情があるのよね

 

 「すぐに必要とならないのであればゆっくり造ってもいいと私も思うけど、多分そうはならないと思うのよ」

 「なぜだ? 俺もいつかは必要だろうとは思うが、街道開通をそれほど急ぐ必要性は今の所感じないが」

 

 自分にはあまり関係ないだろうと黙っていたアルフィスも私の言葉に疑問を持ったのか理由を聞いてきた。そしてその意見に賛同するように、真剣な表情で私を見つめる自キャラたち。それに対してメルヴァとギャリソンは理由が想像できているようで、二人とも「すべてアルフィン様の御考えの通りに御進め下さい」とでも言いたそうな顔で微笑みながら黙って座っている。まぁ、彼らなら私が考える事くらいは簡単に思い付くだろうね。因みにセルニアはと言うと、私には難しい事は解りませんとでも言うように、呆けた顔でお茶を飲んでいる。同じNPCでもここまで違うものかねぇ。まぁ、そのように性格付けして作ったのは私なんだけど

 

 その対比がおかしくて噴出しそうになるけど、このタイミングで笑い出すのもおかしいのでじっと我慢。気を引き締めるように真剣顔を作ってアルフィスたちに説明をする

 

 「なぜ早急に必要なのかと言うとね、それは私たちが今まで色々な事をやりすぎてしまったからなのと、本来はもっと早く訪れるはずだった領主の館へ訪問が大幅に遅れてしまったからなのよ」

 

 ?????

 

 私の返答を聞いて一斉に頭の上にクエスチョンマークを浮かべる自キャラたち。まぁ待ってよ、これで説明が終わった訳じゃないんだから、あわてないあわてない

 

 「本来は相手に何も情報が行かないうちに訪問するつもりだったんだけど、最初はエントの村での事を利用する為に訪問を延期して、次にボウドアの村の騒ぎがあったからこれまた延期。そして収監所の運営や面会のお膳立てなどをしているうちにかなりの時間が経ってしまったのよね」

 「ああ、確かに時間は経ってるな。だが、それと街道整備を早急に進めないといけない理由とが俺には結びつかないんだが?」

 

 周りを見渡すと自キャラたち全員が解ってないみたいで、みんなアルフィスの言葉に同意するように、はてな顔で頷いている。う~ん、ここまで言えば解りそうなものなんだけどなぁ、全員私なんだし

 

 この世界に来て一月以上たって各自それぞれの経験が違ってきているからなのか、この頃はこの世界に転移してきた頃に比べて私が思いつく事をみんなが思いついてくれると言う事が少なくなってきている気がする。個性が出てきたと言う事なのだから会議の時は色々な視点での意見が出るようになっていいような気もするけど、こう言う場合はいちいち説明を挟まなければいけなくなってしまったから少し面倒な気もするのよね

 

 それと、ここまで思考の差が出てきたとなるとNPCに何か指示を出す時はあらかじめ自キャラたちで意見のすりあわせをしてからやらないと、意見の相違によって困った事が起こってしまう可能性があるかも。同じ私なのだからきっと解ってくれるという甘い考えはそろそろ捨てなくてはいけないかもしれないわね

 

 「それで、なぜそんなに街道整備を急ぐんだ?」

 「あっごめん、それはね」

 

 そんな事を考えていると、説明途中で黙り込んでしまった私にアルフィスが説明の続きを求めてきた。いけない、いけない。どうも私は何かを考え始めると今までの事を忘れてしまう傾向があるなぁ。女性と言うのは男性と違って一度に複数の事を同時進行で考える事ができると前にテレビで見た事があるけど、こういう所だけは私の場合男のままなのかもしれない。っと、また別の事を考えていると怒られてしまうので話を戻そう

 

 「時間が経つにつれ、私たちの情報は領主に伝わっていると思うのよ。何せやっている事が派手だからね。最初の村、エントでは私の不注意で商人と名乗ったにもかかわらず、小さいとは言え情報の対価としてはあまりに高すぎる宝石を渡してしまって、それにしては金銭感覚がおかしい事が伝わったと思うの。この人って傍から見るとかなり怪しい人物よね」

 

 私なら、この話を聞いたらこの人物が何者なのかと警戒するわ。まぁ、行った事を考えると怪しいだけであまり頭が良くなさそうだし、あからさまな危険人物とも思わないだろうけど。うう、改めて検証するとホント私ってなんて考え無しなんだろう

 

 「まぁ、これはその後のボウドアの村で都市国家の支配者だと自己紹介したからそれが伝われば納得しそうな気もするのだけれど、これってあくまで私とそのエントの村に現れた奇抜な衣装の自称商人が同一人物だと確信が持てた場合だけだから、自分でその二人は同じ人物ですと名乗り出なければ複数の未確認の勢力が入り込んだと考えるかもしれないのよね」

 

 冷静に考えると魔法少女コスの自称商人は一人でエントの村に訪れたけど、都市国家イングウェンザーの支配者である私は色こそピンク基調で同じではあるけれど、ボウドアの村を訪れた時はお姫様っぽいドレスにティアラまでつけて、おまけに大きくて豪華な馬車と執事とメイドを引き連れて訪れたのだから普通に考えてこの二人が同一人物と考える者は居ないだろう。まぁほぼ同時期に、それも狭い地域で現れたのだから同じ組織に所属していそうだというのは考え付きそうではあるけど

 

 「それにシャイナたちの戦闘力も問題になると思う」

 「えっ? 私たちの?」

 

 話が自分の方に飛んでくるとは思っていなかったのだろう、シャイナが呆けた顔で聞き返してきた

 

 「そうよ。エルシモさんとの会見で解った事なんだけど、彼らってこの世界ではそこそこ強い存在らしいのよ。少なくとも街道を巡回している兵士程度では彼らを捕らえる事はできないらしいわ。そんな強い野盗たちをシャイナとセルニアの二人で捕らえたのよ。おまけに騎士然としたシャイナではなくメイドのセルニアがどう考えても野盗たちより強いアイアンゴーレムを素手で倒しちゃってるし。まぁ、こちらは村の人は誰も見ていないらしいから問題は無いと思うけどね」

 「なるほど、それほど強い存在が現れたというのなら大事件だし、それが他国の騎士とメイドでなおかつその国の支配者まで一緒に現れたとなるとその情報を手に入れた者はどんな目的でその集団がその場所に現れたのかと疑問に思うのは当然か。それに、その情報を手に入れたのがこの地を収める領主なら尚更警戒心も湧くってものね」

 

 そう。これが冒険者だと言うのなら誰も気にも留めないだろう。世の中には彼らより遥かに強いといわれる冒険者が居るそうだから。でも問題なのは、彼らを一蹴した存在が都市国家とは言え他国の騎士だと言う事。そして

 

 「これもエルシモさんからの情報だけど、彼個人の実力はこの国の皇帝を守る近衛騎士団に入ってもおかしくないレベルなんだって。これってかなり不味いでしょ」

 「あの程度で近衛騎士団って・・・。でも確かにそれはちょっと不味いかもね」

 

 ここに来てシャイナも街道を作らなければいけない理由に思い当たったらしい

 

 「ここまで話せばある程度解って貰えたと思うけど、私たちの戦力って傍から見るととても強大なのよ。ではそんな存在がすぐ近くに住み着いた場合、普通はどうするか?」

 「俺なら偵察隊を組んで調査するな」

 

 そう、私でもそうする

 

 「それでこの城に誰かを差し向けたとして、途中に道がなければおかしいと思うんじゃないかなぁ? 草原だから歩いてならたどり着く事はあるだろうけど、私は馬車でボウドアの村に訪れたのよ」

 「なるほどな、それで馬車が通れる街道を早急に整備する必要があるというわけか」

 

 アルフィスの呟きに皆、納得したように頷く

 

 「幸いここは草原地帯だから、特殊な偵察技術のない領主子飼いの兵士や騎士では周りに隠れる場所がないこの城をこちらにばれない様にこっそり偵察するなんて事はできないだろうし、強大な力を持ち、なおかつもしかしたら危険かもしれない相手に敵対行為ととられるような事は誰でもしたくはないから実際そんな迂闊な事はやらないと思う。ではその技術を持つ冒険者で偵察をしようと考えるだろうけど、ボウドアの村長の話からすると町も少し離れているから偵察に冒険者を雇うにしても時間が掛かると思うのよね。だからそれまでに街道を整備してしまおうと思ってるの。どう? 私が街道整備を最優先しないといけないと思った理由は解って貰えたかしら?」

 「解ったよ」

 

 質問していたアルフィスを筆頭に、全員が納得したと頷く。当然その作業をメインで任されるあやめもね

 

 「それではあやめ、納得してもらった所で作業責任者に任命するからお願いね」

 「うげっ、やっぱりそうなるのか。でもまぁ仕方がないわね、まるんの魔法では草原を焼き払う事はできても道は作れないし、あいしゃのゴーレムでは目立つ上に時間も掛かりそうだからあたしがやるしかないのは始めから解っていたし」

 

 しぶしぶとは言え納得してくれたあやめに「お願いね」と頼んだところで次の議題に移る

 

 「街道整備はこれで片付いたとして、他にもいくつかやらないといけない事があるのよ」

 「えっ何? あたしはこれで手一杯だからもう何も引き受けないわよ」

 

 私の言葉にこれ以上仕事を増やされてはかなわないと反応するあやめに「大丈夫だよ」と手で合図を送ってから、改めて全員を見渡し

 

 「これもエルシモさんとの会見で思いついたんだけど」

 

 次の議題のメインとなるシャイナとアルフィスの方を見つめながら、アルフィンはそう口を開いた

 

 




 新章突入です。とりあえず章の名前を環境整備編としますが、これはこの章が終わった時点で変えるかも知れません。後、この章は比較的短くなると思います。まぁ、過去に3話しかない章もあるので特に問題は無いと思いますが

 途中であやめの魔法体系が道を作るには一番向いていると書かれていますが、これは精霊を召還して地形を変える事ができるからで、この力を使えば比較的簡単に道を作ることが出来ます。ただ、この魔法では舗装ができないので最終的にはクリエイトマジックで作った石版をあいしゃのゴーレムで敷き詰めるなんて工程を経て道を完成させるので、本当の意味でこの街道が完成するのは結構先になります。普通の馬車や歩きでは一日で30キロ以上も移動するのは大変なので、途中で休憩するための宿屋も必要になりますからね。まぁ、この時点では野営用に草を取り払った更地を途中にいくつか作ってあるだけですが


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35 強さの秘匿

 「これもエルシモさんとの会見で思いついたんだけど」

 

 アルフィンはこちらを見つめるシャイナとアルフィスを意識しながら、次にすべきだと考えている事柄を口にする

 

 「これから出会う人たちに対して私たちの財力はもう今更隠しても仕方がないと思うのよ。たとえ偽ったとしても、実際にボウドアの村に作った館やこの城を誰かが見に来ればすぐに解ってしまう事だからね。でも強さと言う点で言えばなるべく隠すべきだと思うのよ。だって、こちらが強大な力を有していると解れば相手はより強く警戒心を持つ事になるだろうからね」

 

 これに関しては誰も異存はないと思う。これはエルシモさんたちから感じ取ったこの世界の住人たちの強さをシャイナたちから伝え聞いているからで、この世界ではあまりに理不尽とも言える私たちの魔法の力や戦闘力を知られてしまった場合、恐れられる事はあってもその力に対して安寧を覚えるような人は居ないであろうと容易に考えられるからだ。事実、みんな特に反論をする事もなく黙って私の話の続きを待っているしね

 

 「その上エルシモさんの話ではこの世界の人たちの使える魔法はとても弱くて、なんと3位階の魔法を使える人でさえかなりの使い手であり、一番上の位階魔法を使える英雄を超えた存在と言われている人でさえ6位階までしか使えなそうなのよね。それに、これが私としては一番驚いたのだけど、なんとこの国では誰も復活魔法を、一番簡単なレイズ・デッドでさえ使えないと言うのよ」

 「えっ! レイズ・デッド程度の魔法も? ホントにその程度の魔法でさえ誰も使えないって言うの!?」

 

 流石にこれには驚いたのか、シャイナが声に出して驚く。そしてそのほかの自キャラたちも自分たちの常識からは考えられないこの事実に、それぞれ大きさの違いはあるものの驚きの顔を見せていた

 

 「そんな世界に私たちの力を示してしまったら、きっと怖がられるだけで共存なんてとてもできないと私は考えているのよ。そこでなんだけどアルフィス、魔力探知阻害の指輪って今どれくらいの数、ある?」

 「ん? ああ、たしか20個くらいはあったはずだぞ」

 

 突然話を振られたアルフィスが、少し斜め上に視線を泳がせて自分の管理しているマジックアイテムの数を思い出して私に答えた

 

 「20個かぁ。できたらもう少しほしいわね。とりあえず外出する可能性のある私たち、それと少なくともボウドアの館に居る魔法が使えるメイド達には持たせないといけないからなぁ。それにこれから町に行けばそこに拠点を作るかもしれないから、その時は多分もっと必要になるはずよね。アルフィス、手間をかける事になってしまうけど、もう少し数をそろえておいてくれないかしら?」

 「ああ、解った。この会議が終わったら早速取り掛かるよ」

 

 とりあえず、これに関してはアルフィスに全て任せておけば問題なく作ってくれると思う。でも、これからも色々な事が起こるたびにマジックアイテムを作ってもらう事になるだろうし、アルフィスには苦労をかけるなぁ。それなのにハイ・マーマンである彼は外見が人間とかけ離れているから、他の自キャラたちと違って外出させてあげられないのがちょっと心苦しかったりもする

 

 「ごめんね、頼み事ばかりしているのにずっとこの城に押し込めて外出させて上げられなくて」

 「ああ、それはかまわないぞ。ここは内陸で近くに大きな川もなく、外に行っても草原ばかりらしいから俺としても外に出るメリットがあまり感じられないからな。どちらかと言うと海や川、湖がある地下4階層にいた方が水に触れられる分だけ快適だし、気晴らしにもなるよ」

 

 あら。彼にとっては外に出ることはそれほど大事な事ではないみたいね。まぁ元々が本拠地の工房に引きこもってアイテム製作ばかりやっていたキャラだから、自我を持ってもその半引きこもり生活が身にしみ付いているのかもね。でも、ストレス解消が城の中だけでできると言うのなら一安心だ

 

 「そう、それならよかったわ。でも、外出したくなったら遠慮なく言ってね、何かいい方法が無いか考えるから」

 「ああ、その時はそうさせてもらうよ」

 

 アルフィスは、そう答えて片手を上げ、私にウィンクする。なんともキザな行為ではあるのだけれど、そのように行動するようにフレーバー・テキストに記載されていたからか、そのしぐさや雰囲気はとても自然で嫌味は感じられない。でも、あれを自分で設定したかと思うとちょっと恥ずかしいけどね。まぁ、彼の外見にはあのしぐさが似合っているからいいか

 

 そんな事を考えながらもアルフィスへの用件はこれで済んだので、今度はシャイナの方に視線を向ける

 

 「さて、次にだけど。シャイナ、あなた自分の強さを偽る事ってできると思う?」

 「偽るって、魔力探知を阻害するみたいに強さを隠せるかって事? う~ん、多分無理なんじゃないかなぁ」

 

 私の質問に対して、シャイナは素直に自分の感想を述べる

 

 「私たち戦士職って相手の力量を普段の身のこなしからでも大体測れるのよね。これは偽ろうとしてどうにかなるものでもないのよ。たとえば体の動かし方とかバランスの取り方とかは意識してやっている訳じゃないから見る人が見ればどの程度の以上の腕前かは解ってしまうだろうし、それを隠そうとしても返っておかしな動作になってしまうから余計に目を惹いてしまうと思う。だから意識して周りから力量を解らないように偽装するなんて事はできないと思うし、少なくとも私には無理かな」

 「そうかぁ。シャイナができないのならメイド騎士団の子達にできる訳ないわよね」

 

 これに関しては魔力と違ってアイテムでどうにかなるものじゃないからなぁ。ただ立っているだけでも体バランスとかは見る人が見れば解るものだろうし

 

 ただ、シャイナは強さを隠す事はできないけど、それはそれほど気にする事ではないと考えていたようで、補足のように自分の考えを語りだした

 

 「あっでも単純な強さは隠せないけど、そこから技の威力とかは測れないんじゃないかな? たとえば他のユグドラシルプレイヤーとかにならばれるかもしれないけど、この世界の人たちからしたら自分よりかなり強いというのが解るだけで、それがどれほどの強さかなんて実際に戦いでもしない限りはきっと解らないと思うよ。力量と言うのは自分より劣るものは理解できるけど、上回っているものを完全に理解する事はできないからね」

 「なるほどねぇ。確かに魔力と違って剣の技量や技の威力は外見や体の使い方を見ただけでは解らないか。ならそれほど気にする必要も無いのかもね」

 

 魔力と言うものは阻害アイテムがある事からも解る通り探知魔法などである程度の強さが解るけど、剣の技の威力や実力を測る魔法と言うものは無かった気がする。確かユグドラシルのスキルにもそんな物はなかったような?

 

 これは伏兵として離れた場所に配置した場合、大きな脅威になるマジックキャスターの数や力をあらかじめ把握できるかどうかが勝敗の分かれ道になるのに対して、対峙した時点で相手の実力が解ってももう遅い前衛職の強さをわざわざ計るマジックアイテムや魔法を作っても意味がないからだと思うの

 

 何より、さっきもシャイナが言った通り、前衛職はたとえステータスを隠していたとしても相手を見ただけで大体の強さが解るらしいからユグドラシルではあったとしても誰も覚えない魔法になっていただろうし、きっとこの世界の前衛職もレベルが解る程詳しくは見抜けないだろうけど多分同じ様に相手の身のこなしである程度の強さを理解できると思う。それならこの世界もユグドラシルと同様そんな物は存在しないだろうから、こちらの強さを知られて強く警戒されるなんて事はなさそうね。うん、これに関してはあまり気にしなくてもいいか

 

 「解ったわ。とりあえずシャイナたち前衛職の強さに関しては特に隠すような行動はしないと言う方針で行きましょう。でも、だからと言って強さをわざわざ広める必要も無いんだから派手な行動は謹んでね」

 「ああ、解ったよ」

 

 とりあえず強さの隠蔽に関してはこんな所かな? 実際そこまで気をつけなくてもこの世界の住人の魔法レベルでは探知魔法を簡単には使えなさそうだし、この程度のことで事足りそうだよね

 

 この話はこれで終わりなので次の議題へ。いや、これは議題と言う予定提案かなぁ

 

 「話は変わるけど、みんなカルロッテさんには、エルシモさんの奥さんにはもう会ったわよね? 彼女の事、どう思う?」

 「いい人だと思います! 会うといつもがんばっているわねって褒めてくれますし」

 

 この話に真っ先に反応したのは、先ほどまで話にはまったく加わらずにずっとお茶をすすっていたセルニアだ。彼女にとってカルロッテさんは何かをするとほめてくれる優しい人と言う印象なんだろうね

 

 「アルフィン様、セルニアさんはこう見えて地上階層の警備を担当しているだけあって人を見る目はあります。その彼女がこれだけ買っているのですからカルロッテと言う女性は十分に信用に足る方だと思われます」

 「そうですわね。アルフィン様、私もギャリソンさんと同意見ですわ。少しゆるい子ですけど、セルニアさんは地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長なのですから、おかしな人物ならこのように懐く事はないでしょう」

 

 セルニアに続き、ギャリソンとメルヴァもカルロッテさんは信用に足る人物だと認めて居ると言う。う~ん、アホな子の印象だけど、セルニアってNPCたちからすると一目置かれる存在なんだ。まぁ、立場が立場だから本当にアホな子扱いはされていないというのは解っていたけど、思っている以上に信用、あるんだなぁ

 

 「シャイナたちはどう思う?」

 「私たちは面会初日に一度顔を合わせただけだからどんな人物かは判断できないけど、アルフィンは信用できると考えているのでしょ? なら私たちはアルフィンの見る目を信じるわ」

 

 シャイナの意見に頷く一同。まぁ、自キャラたちはおかしな点があればアルフィンから(私ではなくアルフィンから、ね)念話が届くだろうし、それが無いと言う事は私の判断に間違いは無いと思っているのかもね

 

 うん、とりあえずここに居るメンバーの中にカルロッテさんをおかしな人と考える人はいないと言う事は確認できたわ。なので安心して私は考えていたプランを発表する事にする

 

 「みんなの御眼鏡に適ったみたいだから私の考えを話すわね。私はね、カルロッテさんに私たちの国の仕事を手伝ってもらえないかなぁと考えているのよ」

 「仕事を、ですか?」

 

 私の言っている意味が今一歩伝わり辛かったのか、メルヴァが聞き返してきた。まぁ、これだけでは何を言っているのか解らないだろうから仕方がないわよね。なので、ちゃんとした補足説明をすることにする

 

 「そう、仕事をよ。と言うのも、実際にこの世界の住人と何度も顔を合わせているシャイナやギャリソンは気が付いていると思うけど、この世界の住人の話している言葉って私たちに聞こえているものとはまるで違うみたいなのよ。なんと言うかなぁ、彼らが実際に発音しているものは私たちの耳に届いてなくて、どういう理屈なのか代わりに私たちの言葉に翻訳されたものが耳に届いているみたいなのよね。これって便利なようで、実はかなり困った事でもあるのよ」

 「言葉が違っているのにそれが理解できないと言う事は、この世界の言葉の発音が解らないと言う事。すなわち言語を正しく理解できないと言う事ですね」

 

 さすがメルヴァ、私の言いたい事がこれだけで解ったみたいね。横に座っているギャリソンも頷いている所を見るとちゃんと理解しているみたい。流石にこの二人は優秀だ。それに比べて

 

 「聞こえてるものがちがうから、わからないの? でも、この世界の人たちがなにを言っているのかわたし、わかるよ?」

 「あいしゃ、そういう意味じゃないの。話している内容が理解できないのではなく、言語体系が解らないと言う事なのよ。文法とか、単語とかをね」

 

 どうも伝わりづらいらしく、みんな頭にクエスチョンマークを浮かべている。と言う訳で詳しく説明したのだけど、要は聞こえている発音が解らないと言う事はそれが書かれた文字を見てもそれを認識できないと言う事なのよね。たとえば「リンゴ」を英語で言うと「apple」だけど、「apple」と相手が発音しているのに自分には「リンゴ」と聞こえてたら「apple」の発音をこちらは永遠に理解する事ができないのよね。と言う事はこの文字を理解する事もできないと言う事なのよ。何せ文字配列は発音を基にしてできているのだから

 

 この事からも解る通り、私たちはこの世界の言語の発音を聞くことができないのだから固有名詞を一塊で覚える事はできても文章を覚える事はまず不可能だと言う事なのよ。でもそれはかなり問題がある。だって生活するに当たって文字と言うものはかなり重要な意味を持つからだ

 

 「私たちは幸い、未知の文字を読む事のできるマジックアイテムや解析スキル、解析魔法と言うものを持っているよね。そのおかげでこの世界の文章を書かれた物を読むこと”だけ”はできるわ。でも本当の意味で理解できないのだから書く事はたぶんできないと思うし、もしできるようになるとしてもかなりの時間が掛かってしまうでしょう。でも、これからこの世界の人たちと交わっていく以上、これは早急にできるようになる必要があるのよね」

 「そこで現地人であるカルロッテにその文章を書くと言う仕事をさせようと言うわけですね」

 

 その通り。さすがメルヴァ、話が早くて嬉しいわ

 

 「カルロッテさんは話によると、彼女は司祭の家に生まれて子供の頃からちゃんと教育を受けているらしくて、公式の場に出してもおかしくない文章を書けるらしいのよね。おまけに自身も司祭の資格を持っているらしいから彼女を公の場に連れて行ったとしても問題はなさそうなのよ」

 

 ホント拾い物なのよ、彼女。こんないい人材を放って置く事はないわよね

 

 「彼女自身も仕事をしたいらしいし、それならば両方の利害が一致するから正式な雇おうと思っているの。みんな、どう思う?」

 「私たちはそれでいいと思うよ」

 

 私の意見を受けて自キャラたちは全員、即座に了承の返事をする。まぁ、これは自分で自分に聞くような物だから当たり前だ。あからさまにおかしいと思う事柄以外は、彼らは私の意見には反対しないだろうからね

 

 「すべての事情を話す訳には行かないでしょう。しかし、国として行動する以上書簡を作成できるものが居ないと不都合が生じると言うのはアルフィン様の仰る通りです。ですから、その御考えはとてもいい案だと存じます」

 

 そしてNPCたちもギャリソンを筆頭に賛成してくれた。うん、これで問題はないわね。後日カルロッテさんに正式に依頼する事にしよう。引き受けてくれるといいなぁ

 

 「それではカルロッテさんを私たちの国に正式に雇い入れる事にするわね。そこで一つ問題になるのがお金なんだけど、新しくイングウェンザー金貨を発行しようと思ってるの。まぁ大量に作るつもりはないけど、国を名乗っているのに自国の通貨がないと言うのもおかしいからね。あやめ、金と砂金の在庫はあるよね?」

 「あるけど、なぜわざわざ金貨を作るの? ユグドラシル金貨はこの世界でも使えるんでしょ?」

 

 それに関しては私も考えたのよね。確かに前にエントの村でユグドラシル金貨がこの国でも使えるというのは確認したわ。でもね、今の私はユグドラシル金貨をこの世界で使うべきではないと考えているのよ

 

 「ユグドラシル金貨って城の維持やスクロールとかマジックアイテムを作る時にも使うでしょ。いくら金庫を拡張しないと入りきらない程の大量の、それこそ何百兆ゴールドも持っていると言っても有限であることには変わりないし、いざとなったらエクスチェンジ・ボックスがあるとは言え、あまり他の事には使いたくないのよね。それに1枚でこの国の金貨2枚分なんて微妙に使いづらいじゃない。だからこの国の公金貨と同じ大きさのものを作るろうかなぁって。あと、銀貨と銅貨なんだけど、前にエントの村で砂金を換わりに使っているなんて説明しちゃったからこれは作らなくてもいいかな? なんて思うからとりあえず金貨だけ作ろうと思ってるんだけど」

 「でもそれって貨幣偽造じゃない?」

 

 私の説明を聞いてあやめがすかさず突っ込む。でも、偽造ではないんだなぁ

 

 「それについては大丈夫よ、別にこの世界の公金貨を作ろうって言うんじゃないからね。何せうちは都市国家イングウェンザーを名乗っているのだから国が認める貨幣を発行してもおかしくないし、さっきも言ったけど逆に自国の通貨が無いとなるとそれこそおかしな話になってしまうもの。それにエントの村で確認したけど、どうやらこの世界では金の量で貨幣価値が決まっているみたいだから、この世界の公金貨と同じ金の含有量で同じ大きさの金貨を作れば外見はどんなものだったとしても同じ価値として扱われるはずよ」

 「そうか、なら問題はないのね。でもプレス加工機とかないけど、どうやって作るつもり? 溶かして型に入れるの?」

 

 これに関してもちゃんと考えてある

 

 「要は金塊をローラーで引き伸ばして板を作ってから型で抜き、それに刻印すればいいんでしょ? ならあいしゃにゴーレムを作ってもらって力ずくで作れるんじゃないかな? ほら、こんな感じのゴーレムを作ってさ。金はやわらかいし加工は簡単でしょ」

 「うん、これならできるとおもうよ」

 

 羊皮紙にローラーゴーレムと型抜きゴーレム、刻印ゴーレムの絵を描いてあいしゃに見せたところ、アイアンゴーレムの手の部分を変えればできるそうだ。因みに金貨に刻印される紋章は我がギルド「誓いの金槌」の紋章をそのまま利用する事にした。もしかしたらどこかにユグドラシルプレイヤーが居るかもしれないけど、この紋章を知っている人は多分居ないだろう

 

 何せ私はユグドラシル時代はひたすら物を作ったり店を経営していたのだ。紋章つきの装備をつけて外を出歩いた事は数えるしかないのだから見たことがある人でも誰もおぼえてはいないだろうし、この紋章を使うことで都市国家イングウェンザーと言う存在を怪しまれることは無いだろう

 

 まぁ、もしばれても特に問題はないんだけどね。この紋章に気付く人が居たとしたら、その人は私にとってかなり近しい人のはず。だから、そんな人がこの世界に来ているのなら、逆に会いたいくらいなのよ。そういう意味でも、プレイヤーなら誰でも反応するであろうユグドラシル金貨よりも誓いの金槌の紋章が刻印されたイングウェンザー金貨を発行し、それを使う事に意味はあると思う

 

 「他に反対の人はいないわね? それじゃあこれで通貨の問題も解決っと。とりあえず私からの提案はこんな所だけど、何か提案か議論をしなければいけない話がある人、居る?」

 

 この私の問い掛けに、誰も答えない。と言う事は今日の会議はここまでと言うことね

 

 「うん、それじゃあ今日の会議はこれまでとします。とりあえず他にもやる事はあるけど、早急にやらないといけない事はこれくらいだからね」

 

 頭の中にはまだ色々と残ってはいるものの、すべてを一度にできる訳もなく、またそのすべてを一度にやろうとすれば無理が出てどこかで破綻してしまうだろうと考えて、今は今日決めたことに全力を注ぎ、後の事はある程度ことが進んでから改めて話し合った方がいいだろうと、一人心の中で考えるアルフィンだった

 

 




 オーバーロードを読んでいる皆さんからすると、今回の話を読んで「あれ?」っと思った所があるかもしれません

 でも彼女はエルシモから”あれ”の存在を教えてもらっていないので仕方ないんですよね。ではなぜエルシモは”あれ”の存在をアルフィンに教えていないのか。それは簡単です。まさか知らないとは想像もしていないからです

 こんな所も現地人との認識の違いが現れているのですが、それをアルフィンが知るのは結構後の話になりそうです
 まぁ、知らなかったからと言って、この物語の展開上たいして問題にはなりそうに無いですがw


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36 館と儀式魔法

 「まるんちゃん、あのお姉さんたちはなにをやってるの?」

 「なにやってんの?」

 

 ここはボウドアの村外れにあるアルフィンが建てた館。その前に広がる大きくて綺麗な庭には設置された金属製の白い丸テーブルと取り外し可能のクッションが置かれた金属製の椅子のセット(日差しを遮る為の大きな白いパラソル付き)が設置されている。そこから本館へ伸びている石畳の道の一つは、厨房横のメイド控え室にに繋がっており、天気の良い日に来客が訪れた時はすぐにお茶が用意され、庭を見ながらくつろげる様になっている

 

 その日、テーブルセットには久しぶりに館を訪れたまるんとその友人でありボウドアの村の住人でもあるユーリアとエルマの姉妹が姿があり、仲良く座って久しぶりの再開を喜びながら笑いあい、楽しいおしゃべりと共にメイドたちが用意したリンゴの果実水と二人が大好きなクッキーをはじめとした色とりどりのお菓子を楽しんでいた

 

 「ああ、あれはねぇ、水場の建物を作る儀式魔法の発動を補助する為の魔方陣を書いたり儀式用の祭壇を設置したりする準備をしているんだよ」

 

 まるんが指摘した通り、おやつを楽しんでいる場所から見える開かれた門の外では6人ほどのメイドたちがマジックアイテムと思われる杖のようなもので地面になにやら模様らしきものを書いており、そしてそのマジックアイテムで書かれた線には何か魔法の力が働いているらしく、メイドが確認の為に魔力を注ぎ込むと明るい太陽の下でもはっきり解るほどの強さで青白く明滅した

 

 また、その向こう側では小さな祭壇のような物が設置されており、その上には何かの像のようなものと蜀台、そしてスクロールのようなものが置かれていた

 

 「ぎしき魔法? ん~、よく解んないや。なんかすごそうな名前だけどそれってなぁに?」

 「うん、すごそうだけど、わかんないね」

 「それはねぇ、この館を作った時みたいにあそこにも小さな建物を魔法で建てるんだよ。それはユーリアちゃん達が洗濯をしたり水汲みをしたりするのが楽になるようにってアルフィンが建ててくれるらしいんだけど、でも普通の魔法と違って建物を建てるような大魔法は一人じゃできないから何人かで協力して魔法を使うそうなの。それを儀式魔法って言うのよ」

 

 まるんは”マスターからそう説明するようにと言われたでっち上げ"をユーリアたちに聞かせる。そう、これはただの出鱈目。流石に強固な城とか要塞を作るのはイングウェンザーの中でも魔法特化のまるんやあやめ、あいしゃ位しか作れないが(アルフィンはモンク系のスキルを取っている為、その規模のものは建てられない)今から作る小屋程度の建物を建てる魔法なら初歩程度の難度のクリエイトマジックが使える者なら誰にでも簡単にできる

 

 「みんなで魔法をかけるの?」

 「そうだよ。それでねぇ、あれはその儀式魔法を使うための祭壇や魔法陣を書いて準備をしている所なの」

 

 しかしまるんは、そう言ってさも今行われている作業が建物を魔法で作るには絶対必要であるかのように嘘をつく。友達に嘘を教えるのはまるんにとって少し心苦しいのだけれど、これはどうしても必要な事だとマスターから言われている為、仕方がない事なのだ

 

 「そうかぁ、魔法で家をたてるんだもんね。たくさんの人でやらないとムリだよね」

 「たくさんでやらないとね!」

 「うん、建物を建てるんだもん。いっぱい人が居ないと流石に無理だよ」

 

 ユーリアたちが無事嘘の情報を信じてくれた事を確認して、まるんはこっそりと胸をなでおろす。少しでも疑われてしまったら、罪悪感からうまくごまかす事はできそうになかったのだから

 

 

 ■

 

 

 時は少し遡る

 

 エルシモとの会見の次の日、アルフィンはいつも使っている執務室でギャリソンの訪問を受けていた。「これからの事でどうしても御話しなければいけない事がございます。御手間を御掛けしますが時間を取って頂けませんか?」と前日のエルシモとの会見の後、収監所から城に帰る途中でそう言われたので今日、この時間を作ったのだ

 

 「それで話って? ギャリソンの事だから、昨日のエルシモさんとの話し合いの最中で何か気が付いた事があるんでしょ?」

 「はい、御話したい事と言うのは御察しの通り、昨日の会見で発覚した事が関係しております」

 

 ギャリソンはいつもの執事然とした態度で答えた。う~ん、やっぱりか。私は昨日の会見で色々と考えはしたけど、ギャリソンがこんな風に何か私に意見するような内容ってあったかなぁ? あるとしたらエルシモさんの私に対しての態度くらいだと思うけど、それは私が許した事だからと納得してくれたはず。なら何か別の用件だよね?

 

 「昨日の会見で発覚した事? 何か引っかかる事があったの?」

 「はい、私が昨日の会見で気になった事ですが、それはボウドアの外れに作る事が決まっている館についての話でございます」

 

 えっ? そんな話、さっきの会見で出たっけ?

 

 「館の話?」

 「はい、そうです」

 

 う~ん、いくら思い出そうとしてもボウドアに作る新しい館の話なんて一度も出なかったよねぇ? そんな疑問を感じている私の表情を読み取ったのか、ギャリソンは詳しい話を始めた

 

 「館の話と言うのは少々違いますか。正確には館の建て方に対して御話がございます」

 「建て方? 私は魔法で作るつもりなのだけど、ギャリソンはそれではいけないと思っているの?」

 

 ギャリソンが言うのだからきっと魔法で作る事に何か不都合があるのだろう。でも、私の頭では魔法で作る事にどんな弊害があるのかさっぱり解らないのよね。それに魔法を使わないとなると、作れない事はないだろうけどうちにいる職人たちを総動員したとしてもかなり時間が掛かってしまうと思う。まぁ、それ以前に人間ではない職人が多いから作業する場所を覆って周りから作業が見えないようにする必要も出てくるよね

 

 瞬時にそんな事を考えたのだけど、どうやらギャリソンは魔法で建てる事自体を反対している訳ではないそうな

 

 「いえ、魔法で建てる事自体に反対している訳ではございません。ただ、魔法で建てるにしても前準備を成された方がよろしいのではないかと愚考したしだいであります」

 「前準備?」

 

 前準備って何の事だろう? だって、館を作るのなんてそこに行って<クリエイト・パレス/館創造>と<クリエイト・ガーデン/庭園創造>の魔法を何度か使うだけだよ。まぁ、今回は本館の他に何棟か別館を建てるし、庭や門、塀なども作るから1~2度の詠唱でできるほど簡単な事ではないけど、やる事自体は魔法詠唱の繰り返しでしかないから前準備なんて何も要らないはずよね?

 

 と、ここまでの説明では理解できない察しの悪い私に対して、ギャリソンは丁寧に自分の考えている事を説明してくれた

 

 「はい、前準備です。先ほどの会見で野盗のリーダー、エルシモはこの世界のマジックキャスターの実力が我々に比べてかなり劣ると話しておりました。魔法の素養があるものでも3位階が限界であり、この世界で最高の者でさえ6位階が限界だと」

 「そうね、確かにそう言っていたわ」

 

 これは私も覚えているわ。だってまさかそんなに魔法のレベルが低いなんて思わないもの

 

 「それにこうも申しておりました。アルフィン様がいくら強大な力を御持ちの巫女で在られたといたしましても、モンクの技を修めているのでしたら5位階の魔法を使える筈が無いであろうと。この言葉から想像しますに、この世界のマジックキャスターは自分の得意分野の魔法のみを追求しているのだと思われます」

 「確かにそんな事を言っていたわね。でも、それがどうかしたの? あまり高位の魔法が使えないのなら使える範囲で努力するのは当たり前なような気がするけど」

 

 元々のレベルが低いのならばそれは仕方がない事だし、使える範囲の物に特化するのは当たり前でしょ?

 

 「いえ、一つの分野に特化する事自体が悪いと申し上げている訳ではありません。この場合、この世界のマジックキャスターはあまり色々な種類の魔法を使う事ができないであろうとエルシモの発言から想像できると言う事、それ自体が問題なのです。アルフィン様、そのような者しか居ない世界に建築物を創造するほど高位のクリエイト系マジックを使えるマジックキャスターが存在すると思われますか?」

 「あっ!」

 

 確かにそうだ。低位階の魔法でさえ収める事が難しいこの世界では、クリエイト魔法のような使える範囲が狭い魔法体系に特化しようとするものは居ないだろう。となると建物を創造する系のクリエイトマジック自体この世界にはないかもしれないのよね

 

 「理解頂けた様で安心しました。このような状況ですのでアルフィン様がいきなり魔法で館を創造されますと、その場面を万が一この世界の魔法に精通する誰かに見られた場合、やはり色々と問題が生じると思われるのです」

 「なるほど、だからこその前準備か。でも、どうするの? いきなり魔法で作る訳に行かないのなら敷地を布か何かで囲って外から見えないようにしてから数日放置して、その後作るの?」

 

 この方法ならいきなり出来上がる訳ではないけど、普通に作るより遥かに短期間で作られればそれはそれで疑われそうだし、何より建築している音はしないのだから、やはり傍から見ればいきなり出来上がるのと同じ様なものよねぇ?

 

 「いえ、そのような事をいたしてもあまり意味がありませんし、作業している者の出入りや作業している音がしなければいきなり館が出来上がるという印象は変わらないでしょう。ですので魔法で館を作ると言うのはそのままで、しかしその魔法を使われた事に対してこの世界の者達があまり疑問に感じないようにすれば宜しいかと存じます」

 「ああ、それで前準備な訳ね。でも一体どうするの?」

 

 理屈は解ったわ。でも具体的に何をどうすればいいのかまったく解らない。まぁ、ギャリソンは何か腹案があるようなので聞いてみればいいだけの事よね

 

 「一人のマジックキャスターによるものではなく、複数人における大規模な儀式魔法に偽装すれば宜しいかと私は考えます」

 「儀式魔法!? なぜそんなものを知っているの? いや、それよりそんな物のやり方をギャリソンは知っているの?」

 

 私の知る限りユグドラシルにはそんな物はなかったはずだ。それなのにNPCであるギャリソンの口から儀式魔法なんて言葉が出てきてちょっと、いや、かなりびっくり。だってもしかしたら知っている訳がないものを、ギャリソンは頭の中で想像して話していると言う事なのだから

 

 いくら物凄く頭がいいとフレーバーテキストによって設定されているとは言え、そんな事が出来るとしたらそれはユグドラシル由来の者はゲームの法則に縛られると言う私の常識からするとありえない話だし、もし本当にギャリソンが思いついたのであれば私の常識そのものを変える必要があるかもしれないのだから

 

 「いえ、私は存じ上げません。ですが、そういう魔法が存在するという文献を城の図書館で読んだ事があると前にセルニアさんから聞かされた事があるのです」

 「セルニアから?」

 

 これまたびっくり。セルニアってそんな文献を読むような子なんだ。あまり頭が良くないイメージだけど流石マジックキャスターだけの事はあると言う事なのかなぁ? でも城の図書館か。うちの図書館にそんなユグドラシルに無い魔法が書かれた魔道書なんてあったっけ?

 

 「どうなされました? セルニアさんの話ではアルフィン様が集められた文献から得た知識だと聞いているのですが」

 「えっ? 私が?」

 

 そんな魔道書を図書館に入れた覚えは無い。と言う事は魔道書ではないという事か。でも、そんなものが書かれた文献なんてそもそも私は揃えた覚え、無いんだよなぁ

 

 「御記憶に御座いませんか? セルニアさんの話では文字だけではなく全ページ絵を使って詳しく書かれた文献で『難しい内容が多い文献なのにあまり理解力が無い私でも理解しやすいように書かれた物を、おまけに読み物としても物凄く面白い物を用意して下さるなんて流石はアルフィン様です』とセルニアさんは申していたのですが」

 「絵で書かれた文献? って、まさかそれ」

 

 セルニア、私が知らない間に図書館においてある漫画を読んだのか。なるほど、それなら解る。ユグドラシルをプレイしている事からも解る通り私はファンタジー系の物語が好きでそれ系の漫画やラノベもネットで購入してユグドラシルのデーターと同期しておいたからね。その中には大規模儀式を利用した魔法が出てくる場面もあるだろう

 

 「セルニアさんが申すには40巻以上ある物語の中に出てきたそうです。いやはや、セルニアさんがそれほどの読書家とは私も知りませんでした」

 「うん・・・うん、そうだね」

 

 どう考えても読書家じゃないよね、それ。でもまぁ、そのおかげでギャリソンも儀式魔法と言うものの存在を知る事ができたのだし、その知識があるからこそこのような意見が出てきたのだから、セルニアが図書館で漫画を読んでいる事にも意味があってよかったと言う事なのだろう

 

 しかしNPCも漫画、読むんだなぁ。ならまるんやあいしゃに漫画の存在を教えてあげたら喜ぶかな? 

 

 「とにかく、儀式魔法をでっち上げると言うのは解ったわ。でも、具体的にはどうするの?」

 「それについてはセルニアさんから聞いたものをそのまま再現しようかと思っております」

 

 ギャリソンが言うには魔力に反応して光る文字が書けるマジックアイテムで魔法陣を書いてその近くに祭壇を設置、それが出来上がった後にクリエイトマジックをかける者、この場合は私かな? が祭壇の前に立ってその周りに数人の魔法が使えるものを配置するの。そしてその周りの者たちが補助魔法をかけるような振りをして一部の者が魔法陣が光るように魔力を流し、残りの者は幻惑魔法を使って周りに光のエフェクトを発生させる。そして全部の魔法陣が光ったのを確認してから私が<クリエイト・パレス/館創造>を使って館を完成させるという段取りらしい。確かにこれを夜に行えばかなり神秘的な光景になるだろうから、魔法を使えない者が見たら大規模儀式魔法に見えるだろう

 

 その時には村長あたりを呼んでおいて、説明をした後にこの儀式を行えばいいだろうと言う事なのだそうな。まぁ、確かにこの方法ならいきなり館を作っても問題なさそうね

 

 「解ったわ、その方法で行きましょう。ではギャリソン、その儀式魔法もどきを行うための人選、お願いね」

 「承りました」

 

 こうして、このなんちゃって大規模儀式魔法は実行に移され、その現場にただ一人招かれてそれを目の当たりにした村長の度肝を抜き、また次の朝には一夜にしていきなり現れた豪華な館を見て村人たちが驚くなんて事になった訳だ

 

 

 ■

 

 

 今、目の前で行われているのはこの館を作った時の儀式魔法の簡易版。あの時はちょっと悪乗りしてかなり大規模に行ったらしいけど、今回は小屋を作る程度だから魔方陣も少ないし、祭壇にいたってはただ机に白い布をかけただけと言うお粗末なものだ。でも、魔法と言うもの自体を見た事が無いユーリアちゃん達からしたら物凄く神秘的な光景に見えるようで、大好きなクッキーを食べるのも忘れてその作業に見入っている

 

 「この魔法、日が暮れないとできない魔法らしいけど見ていく? かなり綺麗らしいよ。それにねぇ、私も今夜ここに泊まるから終わったらそのままこの屋敷で一緒にお泊りしていけばいいし」

 「ええっ! いいの? まるんちゃん!?」

 「いいの? いいの?」

 

 思いがけない申し出に二人とも大興奮だ

 

 「いいよぉ。この魔法で作る建物はユーリアちゃん達が洗濯をするのに使うために立てるものなのだから、使う本人に造る所を見せても何も問題は無いと思うし、あるさんに話したらきっと許してくれると思うよ」

 「ならまるんちゃん、他のおともだちも呼んでいい? みんな魔法なんて見たことがないからきっと見たいと思うし」

 

 どうやらボウドアに住む他の子供たちにもその光景を見せてあげたいらしい。結構な人数が居るけど、子供たちだけなら館に招待して泊まらせてあげてもきっとマスターは何も言わないだろう

 

 「いいよぉ~。でも、大人はダメだからね。そんなにいっぱい泊まれないから。あっでもでも、子供たちだけでお泊りがダメだって言うのなら特別にユーリアちゃんのお母さんだけなら許してくれるようにあるさんに頼んであげるね」

 「うん、ありがとう! なら今から村に帰ってみんな呼んでくるね」

 

 そう言って席を立つユーリアちゃんと、それを見てあわてて立ち上がるエルマちゃん

 

 「待って待って! まだジュースもお菓子も残ってるから、これを食べてからにしよ。まだ日が暮れるまでは十分時間があるからそれからでも遅くはないよ」

 「そっか、そうだね」

 「おかし、のこってるもんね!」

 

 そう言うと二人とも席に戻り、目の前に置かれたお菓子を食べ始める。そんな二人をまるんは微笑ましく思いながら、わざわざこの二人が呼びに行かなくてもメイドの誰かを村に呼びに行かせればいいよねなんて考え

 

 「誰かぁ、ちょっと来て。お願いしたい事があるの」

 

 そう言って人を呼び、先ほどの話を村に住む人たちに伝えてほしいと頼み、また、今夜泊まるであろう子供たちとユーリアたちの母親の宿泊と食事の準備を命じるまるんだった

 




 うちのHPの38話にちょっと手間取ってしまい、此方の更新が少し遅くなってしまいました。すみません

 今回出てきているセルニアが漫画を読んで変な知識を得ると言う話、実は図書館に漫画が並んでいると言う設定を公開した当時から考えてはいたんですけど、案外使い所が無いんですよね。ものすごい数の漫画やラノベ、アニメや映画をお金に物を言わせて集めてあると言う設定なのだからどんな場面でも使いようはあるだろうなんて考えていたんですけど、これまでではベアリングを作ろうとした時に専門書をあさるなんて普通の使い方しかできなかったんですよ。いやぁ、ホント出番があってよかった



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37 着せ替え人形

 

 「あるさん、あるさん、ユーリアちゃんたち泊めていい? 館創造の魔法儀式見せていい?」

 「え? 何? まるん、何がどうしたの?」

 

 ここはイングウェンザー城の地下第6階層、アルフィンの部屋区画にある彼女の寝室。そこではアルフィンがセルニアが図書館から発掘した40巻越えのファンタジー漫画をベットに寝転びながら読んでいた

 

 普段はNPCたちの手前、だらしない格好はあまり見せない(つもりでいる)彼女だがここは私室である。掃除などでメイドが立ち入る事はあるがアルフィンが在室している時は誰も立ち入る事がないので、今はTシャツにスウェットパンツと言う普段では考えられないラフな格好をして、なおかつベットでごろごろしていると言う城の子達にはとても見せられないようなだらしない姿でくつろいでいた

 

 そんなだらけきった状況の中、いきなりまるんから<メッセージ/伝言>が飛んでいたので慌てて受けた所、上のような興奮した声が聞こえて来た為に訳が解らずうろたえていると言うのが今のアルフィンの状況である

 

 「あのねぇ、今ユーリアちゃん達とおやつを食べているんだけど、その時にユーリアちゃん達が洗濯小屋を作る儀式魔法の準備に興味を持ったの。それでねぇ、折角だからその魔法儀式をユーリアちゃん達にも見せてあげようって話になったの。そしたら、友達も呼んでいいかって聞かれたからいいよって答えたの。ねぇあるさん、いいでしょ?」

 「あっうん、それはいいけど、確か今回の洗濯小屋を作る魔法ってまるんが担当するんじゃなかったっけ?」

 

 前回は私がメインで行ったけど、今回はまるんが担当するはずだった。だからこそ、私は今自分の寝室で漫画を読んでくつろいでいた訳で

 

 「うん、だからそれもできなくなったからあるさんに連絡してるの。あるさんが無理ならあやめ寄越して。でも、できたらあるさんに来てほしいなぁ。エルフのあやめなら子供が魔法使ってもおかしくないかもしれないけど、やっぱり大人のあるさんが儀式魔法の中心になる方が自然だからね」

 「う~ん、そう言う理由なら私が行かないとダメか」

 

 チラッとベット横の机に詰まれた漫画を横目で未練がましく見ながらも、仕方がないかとあきらめてボウドアの館に行く事にする。あっ、でも泊まるとなるとそれ相応の準備が要るんじゃないかしら?

 

 「ねぇまるん、お泊りするはいいけど何人くらいの子が来るの? それによっては準備も必要でしょ?」

 「あっそうだね、ちょっと待ってね」

 

 そう言うとまるんは一旦私との会話をやめる。この様子だと、どうやら隣にいるであろうユーリアちゃんに話しかけて何人くらいの子供たちが来るか聞いているみたいね。少し待つと話が終わったのか、またまるんの声がこちらに伝わってきた

 

 「あのねぇ、ユーリアちゃんが自分で呼びに行くつもりだった時は女の子の友達だけを呼ぶつもりだったらしいんだけどぉ、でも私がメイドの子に行かせちゃったから多分男の子たちもみんな来たがるんじゃないかなって。だからもしみんな来たら、25~6人くらいになっちゃうかもって言ってるよ」

 「あら、それはかなりの大人数じゃない」

 

 それでは寝る場所はともかく、館のメイドたちだけでは食事の準備や儀式魔法を見るための場所設営も大変だ。これは城から応援を送る必要がありそうね

 

 「やっぱりそんな大人数だと、だめかなぁ?」

 「もう呼びに言ってしまったんでしょ。なら今更中止にしたら子供たちもがっかりするだろうし、いいわよ。でも、その人数だと館の子達だけでは大変だろうから城から応援を送る事にするわ。それと子供たちが寝る場所だけど、本館は流石に開放できないから別館のA棟に泊まれるよう、館のメイドたちに指示しておいて。魔法を見る場所の設営をする子はこちらから私たちに先行して送るから。後、料理はぁ~そうねぇ、流石にそれだけの人数分をとなるとそちらで作るには施設が足りないわよね。う~ん、これはとりあえず保留で。また後で連絡するわ」

 「うん、解った。メイドたちにはそう言っておくね」

 

 まてよ、村の子供たちが魔法儀式を見るとなるとカルロッテさんのところに居る子供たちも見たがるわよね?

 

 「あっまるん、村の子供たちがそんなに館前に集まって魔法儀式を見学するのなら、きっとカルロッテさんの所の子供たちも見たがると思うのよ。だから、カルロッテさんの所にもこういう集まりがあるから子供たち、参加しませんか? って連絡しておいて」

 「りょ~かぁい!」

 

 こうしてまるんとの<メッセージ/伝言>は終了。儀式魔法を行う日暮れまでにはまだかなり時間があるとは言え、やる事も多そうなので早速行動に移る事にする。まずは部屋着であるTシャツとスウェットパンツを脱ぎ、下着姿のままクローゼットからピンクのドレスを出す。しかしここで私は、はたと気が付いた

 

 「子供達の前で魔法儀式を行うのよねぇ。そうなると、ピンクのお姫様ドレスではなんか違う気がする」

 

 前回のような村長だけに見せた儀式と違って、今回は大勢の前で魔法を披露する事になる。そしてユーリアちゃん達が見たいと言っていると言う事は、これはただ小屋を作るだけの実用魔法ではなく娯楽の一つとしての魔法儀式披露でもあると言う事なのよね。なにせ、まるんはユーリアちゃん達に儀式魔法はとても綺麗だから見せようと思ったのだろうから。それならばやはり徹底してエンターテイメント性を追及すべきだ

 

 「うん、今回は服装も厳選すべきね」

 

 そう考えると私は城内部だけで使われている通信アイテムを手に取り、即座にセルニアに連絡をした

 

 「セルニア、聞こえる? すまないけど、今から衣裳部屋まで来てもらえるかしら」

 「今からですか? はい、解りました」

 

 前回のボウドア訪問の時の服選びではメルヴァに頼んだのに何故今回はセルニアを呼んだかと言うと、これが支配者としてや姫としての訪問をする服を選ぶのならやはり今回もメルヴァに相談するべきなのだろう。だけど今回はエンターテイメントとしての服選びだ。それならばやはりコンセプトパーティーホール責任者権店長であるセルニアに相談した方がいいと考えたからなのよ

 

 と言う訳で取り合えず今は衣裳部屋で別の服に着替えやすく、しかしNPCたちの前に出るのに恥ずかしくない格好をクローゼットから選んで着替え、衣裳部屋へと移動する。するとそこにはセルニアだけではなく、なぜかメルヴァとシャイナが待っていた

 

 「あれ? なぜシャイナとメルヴァが居るの? 私はセルニアを呼んだはずだけど」

 「アルフィン、まるんから聞いたよ。ボウドアの村で子供たちの前で魔法を披露するんでしょ。そんな楽しい事に私を呼ばないなんて酷いじゃない」

 「アルフィン様、私は今回の服選びにはあまり御役に立てないかもしれませんが、それでもアルフィン様が外に御出掛けになられるのであればご一緒したいと思い、駆けつけました」

 

 シャイナは少しふてくされたように、メルヴァは恭しく頭を下げながらそう答えた。なるほど、二人とも付いて来たいからここに来たって訳ね。まぁそれはいいけど、う~ん、メルヴァには色々な準備をしてもらおうと思ったんだけどなぁ。でも、そうなると彼女も服選びとかに時間を取られるからだめか。仕方がない、準備はギャリソンに頼むかな

 

 「解ったわ。結構な数のメイドたちも同行するのだから今回はセルニアだけを連れて行こうと思っていたけど、4人で行きましょう。それじゃあセルニア、服選び、お願いね。魔法をかける時に光の粒が舞うエフェクトと下から上へ風が舞い上がる魔法を演出として一緒にかけるつもりだから、それを頭に入れてお願いね」

 「セルニアさん、解っているとは思いますが、アルフィン様の品位が下がるような衣装はダメですよ。あくまで高貴なイメージはそのままに、しかし魔法を使う者の神秘性も感じられる衣装をお願いしますね」

 「はい、任せてください」

 

 私とメルヴァの言葉を受けて、セルニアは早速衣裳部屋のメイドたちに指示を飛ばす。それを横目に見ながらシャイナに

 

 「シャイナ、あなたのドレスも何種類か用意させておくから、その間にギャリソンにまるんと連絡を取って状況を把握してもらって現地の準備をさせるメイドの派遣とそれに伴う天幕や客席、それに魔法の明かりの準備をするように指示を出してきて。後、ここに来る道すがらちょっと考えたんだけど、結構な人数が参加するみたいだから子供たちの食事の準備は人を送って館の厨房で作るよりも城で作って運んだ方がいいと思うのよ。だからそう手配するようにギャリソンに伝えてね。メニュー選びに関してはあなたに任すから」

 「解った。あと、当然お菓子の準備も必要よね? 一緒に頼んでくるわ」

 

 そう言うと、笑いながらシャイナは衣裳部屋を出て行った。メルヴァに指示を出すのなら衣裳部屋に来てもらえばいいけど、男のギャリソンでは流石にそうは行かないからね。それに指示と言っても食事の内容などは事細かく話さなければいけないから<メッセージ/伝言>で済ませる訳にはいかない

 

 本来なら私が何とか時間を作って直接話すべきなんだろうけど、でも今回のお客様は幸いな事に子供達だ。ならばその食事の指示などは子供好きなシャイナにすべて任せてしまった方が、私よりもいいラインナップをそろえてくれるだろう。私の指示を聞いてすかさずお菓子も用意しなければと思いつくくらいだからね

 

 こうして全ての憂いを絶った私は、後はひたすらメルヴァとセルニアの着せ替え人形になればいいだけである。そう思い、ドアから衣裳部屋の奥に目を移した瞬間、別の意味で憂いが生まれた

 

 「こっこれ、全部試着するの?」

 「はい、どれが一番アルフィン様にふさわしいドレスなのか、きちんと試着して頂きませんと解りませんので」

 「当然ですよ! アルフィン様はエンターテイメント性をと仰いましたし、メルヴァさんからは神秘性を持ちながらも高貴なイメージを損なわないようにと言うご注文でした。おまけにエフェクト演出の指示まで頂いているので、それにあわせようと思うと色々なものを着て頂かないと完璧なコーディネートはできません」

 

 複数の移動式ハンガーラックに掛けられた50着以上のドレスを背に、メルヴァとセルニアは鼻息荒くそう答える。そんな姿を見て「ああ、今回は本当に着せ替え人形にされるんだ」とあきらめ気味な憂鬱な気分になってしまった。おまけにセルニアたちの周りには衣裳部屋付きのメイドたちがいない。と言う事は、まさか・・・

 

 そう思い、セルニアに恐る恐る聞いてみる

 

 「ねぇセルニア、衣装はこれで全部・・・よね?」

 「いえ、衣裳部屋には50000着以上の舞台用ドレスが仕舞われておりますので、今メイドたちが総出で御注文に沿った衣装を探しております。これはあくまで第一陣ですから、この程度の数では心許ないと御心配頂かなくてもまだまだ続々と届きますよ」

 

 ごっ5万着ぅ~!? ちょっと、それはいくらなんでも無理よ

 

 「まっ待って、シャイナのドレスもあるし、それにメルヴァやセルニアも服を選ばないといけないでしょ」

 「シャイナ様の分はすでに本人からお気に入りの真紅のドレスをと指示を頂いておりますし、私は前回同様メイドの姿でお供するつもりです」

 「御心配ありがとうございます。しかし私もすでにアルフィン様やシャイナ様より目立つ事の無いよう、黒のドレスを用意させておりますから大丈夫です。時間の許す限り、じっくりとアルフィン様を着せ替え人・・・ゲフンゲフン、アルフィン様の御召し物を選ばさせていただきます」

 

 メルヴァ、本音が駄々漏れだよ。はぁ、どうやら退路は絶たれたみたいね。仕方がない、おとなしく着せ替え人形になるとしましょう

 

 

 ■

 

 

 散々セルニアたちに着せ替え人形にされ続けて結局時間は3時間を超え、計100着以上のドレスに着替えさせられているうちにタイムアップ。セルニア的にはまだまだ全然納得出来ていないみたいだけど、もう時間が無いのだから仕方がない。今までの中でセルニアから見て一番であると思うもので妥協してもらい、何とか開放された。しかし、まさかあのセルニアがこんな完璧主義者だったとは。まぁ、コンセプトパーティーホールの責任者なのだからエンターテイメントに関してはけして妥協しないと言う事なのだろうけど、流石にこれは予想外だった

 

 でも良かったぁ、これが前もって決まっていた行事ではなくて。何日も前から決まっていたら、それこそ何着着替えさせられていたか解らなかったわ。これからはセルニアにうかつに服の事は頼まない方がよさそうね

 

 とにかく、もう時間が無いのでセルニアが選んだドレスに着替える。セルニアとしては化粧もしたかったようなのだけど、別に舞台に立つ訳ではないのだからこれは断っておいた。だって、エンターテイメントとして見せるとは言ってもこれはあくまで儀式魔法(偽だけどね)なんだから、舞台のような厚化粧をするほうがちょっと変でしょ? まぁ、巫女として神楽を舞うとかならそれ相応の化粧もするかもしれないけど今回は流石におかしいよね

 

 

 

 私が着せ替え人形にされているうちにシャイナはドレスに着替えていたらしく、準備万端の模様。衣裳部屋の隅で紅茶を飲んでいた。メルヴァとセルニアも、私の着替えを衣裳部屋付きのメイドに任せて各自各々の服に着替えている。そして私が着替え終わる頃には全員が準備を終わらせていた

 

 「さて、それでは行きましょうか」

 

 衣裳部屋に取り付けられている転移門の鏡を通って地下5階層にある転移の間へ。ここは幾つもの転移門の鏡が置かれている部屋で、この部屋からならイングウェンザー城のどの階層へも簡単に移動できるようになっている

 

 これはこの城に住む者のほとんどが転移の魔法を使えない上に、城の名前が付いた場所ならばどこへでも転移ができるギルドの指輪を所持しているのは自キャラたちだけなので(統括者たちの場合、ギャリソンは常に地下5階層か地下6階層に居るし、メルヴァとセルニアは転移の魔法が使える為、そもそも必要が無い)誰でも簡単にメルヴァたちが住む地下5階層や私たちの住む地下6階層へ来られるよう、このような部屋が作られているの

 

 それにこの転移門の鏡は片方を壊してしまえばもう片方から飛ぶ事はできなくなるから、転移地点を1箇所にしておけば不審者が複数侵入したとしてもこの部屋全体を魔法で壊してしまえば全ての鏡が使用不能になって転移門の鏡を進入路として使われる事は無くなる。一箇所に鏡の出口を固めてあるのはそういう意味合いもあるのよね

 

 因みに城内部ではゲートを開く事は流石に阻害されているけど、一度中に入ってしまえば転移ができる者なら金庫と最深部以外なら魔法でどの階層のどの場所へでも普通に転移できるようになっているの。あっ当然メイドたちも含め、各自の私室へだけは転移の指輪でさえ直接飛ぶことは出来なくしてあるわよ。プライベートは大事だからね

 

 実はこれ、城内部の転移もできないように設定もできるのだけど、そのギミックを使うと城の維持費が余計に掛かってしまうし、流石に外から直接城内部への転移する事は出来ないようにされてはいるから特に警戒の必要が無いと思われる時は切っているのよ。因みに、このギミックを動かすと城の中で転移魔法を使った者はもれなくある部屋に飛ばされるようになっている。まぁ、トラップの一種ね

 

 また、城の敷地内への外からの転移も普段は城の門前に飛べるようになっている。本当は敷地外までしか飛べなくも出来るし、転移阻害自体は常にしているのだから禁止エリアの設定を広げても経費は変わらないのだけど、その設定だと普段の生活がかなり不便だし今の状態でも不審者が転移してきたら即座に見張りの者が城内部の転移不可のギミックを動かすようにと指示してあるから大丈夫じゃないかな? なんて思ってるの

 

 まぁ、この世界では転移魔法なんて使える人はほとんど居なさそうだし、もし居たとしても見張りの子達だけで対処できそうだからギミックを動かさないといけないような機会自体、永久に来ないかもしれないしね

 

 いけない、また話がそれてしまった

 

 転移の間から地上1階層に飛び、そこから少し歩いてエントランスへ。そこの脇にある一室、控えの間にボウドアの村へと繋がる転移門の鏡が設置されていた。あっ余談だけど、ボウドアの館には二つ転移門の鏡が設置してあって、その一つは直接面会所に繋がっている。実は初回はこの鏡を使ったのだけど、実際に子供たちを歩かせて見たところ意外とこの城から収監所までは距離があるのでこれは大変なんじゃないか? と思ってそちらにも、もう一つ設置したという訳なのよ。まぁ初回に歩いてもらった時は、この城の庭が珍しいらしくてきょろきょろと周りを見渡しながら喜んで歩いていたらしいけどね

 

 さて、こうして私たちは転移門の鏡を潜り抜け、全員そろってボウドアの村の近くにある館本館のエントランスに降り立った。すると私たちの到着に気が付いた二人のメイドが足早に近づき、並んで頭を下げる

 

 「「お待ちしておりました。アルフィン様、シャイナ様」」

 「二人ともご苦労様。儀式魔法の観覧席の設置は進んでる?」

 「はい、もう殆ど出来上がっております。テントと魔法の明かりの設営はもう終わっており、どの席からも見やすいようにと指示されておりました階段状の台も設置済みです。後はお越しになったお子様たちの人数を確認後、その数に合わせて椅子を並べれば完成になります」

 「館に到着した子供達には最終セッティングが終わるまでの間、館の庭にて立食形式でお菓子と果樹水を楽しんでもらう予定になっており、そちらのテーブルセッティングはすでに完了しております」

 「解ったわ、ご苦労様。それでは予定通り、ヨウコは会場まで案内お願いね。後、ココミはセルニアをお願い」

 「「畏まりました」」

 

 そこで待っていた二人のメイド(会場設営責任者のヨウコと料理および宿泊責任者のココミ)に会場の状況を聞き、ヨウコには私たちと、ココミにはセルニアと同行するようにそれぞれ命じる

 

 セルニアをココミと同行させる理由は今回のお泊り会の食事を城で作るので、その出来上がった料理を運ぶ為に城の厨房と別館A棟の厨房をつなぐ転移門の鏡を臨時に設置する事にしたから。それでその鏡なんだけど、まずギャリソンから託されたシャイナが衣裳部屋まで運び、部屋を出る前にそれをセルニアが受け取ってアイテムボックスに入れて持って来ている。でも、そのセルニアはここに来るのが初めてで設置場所である別館A棟もその厨房の場所も知らないので、その設置場所までココミに案内をして貰おうという訳なのよ

 

 場所が解らないのならば知っている者がここで鏡を受け取ればいいんじゃないかと言う話にもなりそうなものだけど、なぜそうしないかと言えば料理を運ぶために普通のものより少し大きな鏡を用意したからで、流石にこの大きさの転移門の鏡では重すぎて高レベルで身体能力に優れたセルニアはともかく、一般メイドのココミでは持ち上げて設置するなんて事はとてもできそうにないから直接その場所までセルニアを連れて行って設置してもらう方が手っ取り早いのよね

 

 「それじゃあセルニア、また後でね」

 「はい、アルフィン様。また後ほど」

 

 こうしてセルニアと別れ、ヨウコに案内されて本館から庭へ出る

 

 「あっ来た! あるさ~ん、こっちこっち」

 

 すると門の近くに設置されていたテーブルセットに座っていたまるんがこちらに気付き、手を振ってきた。そしてその横では、まるんの言葉で私たちに気付いたユーリアちゃんが椅子から立ち上がってお辞儀をしている。うんうん、礼儀正しい子だ。そんな関心をしている、まさにその時! 私の目にとんでもない破壊力の光景が飛び込んできた

 

 はうぅっ! 姉のユーリアちゃんの姿を見て妹のエルマちゃんがあわてて立ち上がって横でお辞儀をしてる。その姿と来たら。ああ、なんて可愛いんだろう・・・

 

 「うぅ~、連れて帰りたい!」

 

 そして後ろからはその光景を見たからであろう、悶絶するような声色でシャイナがとんでもない事を呟いていた。だっダメよシャイナ、そんな事を言っては。思わず「許可します!」なんて言いそうになったじゃない。ああ、でも、本当に可愛いなぁ。小動物系の保護欲を刺激される仕草と言うか、子供特有のたどたどしい態度がなんとも可愛らしい。本当に連れて帰りたくなる可愛さだわ

 

 そんなこんなで思わずほほが緩みそうになるも、シャイナをたしなめる振りをして後ろを振り向いた隙に何とか立て直して微笑をつくり、意識を切らさないよう気合を入れてゆっくりとまるんたちの元へ歩を進めるアルフィンだった

 

 




 出張から帰ってくるのが遅れたのでいつもよりかなり遅めの更新です。おまけにへろへろなので読み直しをしていないのでもしかしたら誤字や表現がおかしな所があるかもしれませんが、明日代休を取っているのでもう一度読み直しをするつもりなのでご容赦を

 後、うちのHPの新作ですが・・・詳しくは活動報告追記で

 さて、城の警備についての話が今回出てきますが、ナザリックに比べるとかなりゆるゆるです。と言うのも、アルフィンたちはガチ勢だったアインズと違って思いっきりエンジョイ勢だった為、本当の意味で城を攻められると言う事を想定していなかったからです

 1500人もの大軍勢に攻められるような超有名悪役ロールプレイギルドであるナザリックとは根本が違うのでこんな物なのでしょうね


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38 光と魔法のショー

 

 先ほどのエルマショックを気取られないように、シャイナが表情と態度を取り繕う時間を稼ぐようにアルフィンはゆっくりと歩く。自分自身もまだ完全には心の動揺を鎮め切れていない事を理解しながら。それはそうだろう、今から向かう先には先ほどとんでもない衝撃を与えた張本人が、かわいらしい笑顔を浮かべて姉の服のすそを掴みながら自分たちが近くに来るのを待っているのだから

 

 「(いけない、ちゃんとしないと。こんな状態では変な人だと思われてしまうわね)」

 

 再度心を安定させる為に後ろを歩くヨウコに声を掛ける振りをして小さく深呼吸をし、シャイナがちゃんとした態度を取れるまで回復したのを確認してから前を向く。そしてその私の目に入ってきたのが

 

 「(マスター、シャイナならともかくマスターまでそんなんじゃダメじゃないですかぁ)」

 

 と言うまるんの苦笑いを含んだ困り顔だ

 

 はうっ! 

 思わず怯みそうになるも、そこは気力で何とか踏み留まり改めてにっこり笑う。ここで表情に出してしまったら何もかも”おしまい”になりそうだしね。心の中だけで半泣きになりながら、ユーリアちゃん達の前まで歩を進め、そして腰をかがめて目線を合わせてから声を掛ける

 

 「こんにちわ、ユーリアちゃん、エルマちゃん。お久しぶりですね。私の事は覚えていてくれたかしら?」

 「はい、アルフィンさま。お久しぶりです。今日はおまねき、ありがとうございます」

 「あるふぃんさま、ありがとぉございます!」

 

 そう私が挨拶するとまずユーリアちゃんが、そして少し遅れてエルマちゃんがぺこりと頭を下げて挨拶を返してくれた

 

 うわぁ~、やっぱり可愛いなぁ

 っ! いけない、少しでも気を緩めたら顔がだらしなく緩んでしまうわ

 

 うんっ! これはレイドボスとの戦闘並に気を引き締めて掛からないとダメみたいね。この二人は危険すぎる。少しでも油断したら、あっと言う間にやられてしまいかねないわ。その証拠に後ろからはすでに陥落してしまい、デレデレになってしまったシャイナの気配が伝わって来るもの

 

 とりあえず体勢を立て直すために一度ユーリアちゃん達から目線をはずし、後ろで控えているヨウコに声を掛ける

 

 「ヨウコ、私たちの席とお茶の用意をお願いね」

 「畏まりました、アルフィン様。あと後ほどの待合会場での立食で御出しするお菓子と果実水のサンプルも御用意致しましょうか?」

 

 ヨウコの言葉にゆっくりと頷き肯定する。流石ギャリソン付きのメイドね。気が利くわ

 

 ヨウコは私の表情を確認して何もない空間に手を伸ばし、そこに開いたアイテムボックスから椅子と机、パラソルを取り出してセッティングする。続けて近くのメイドにお菓子のサンプルを厨房から取ってくるように指示を出して、これまたアイテムボックスからティーカップとソーサーを人数分取り出して並べてから白いポットを取り出し、紅茶を注いだ

 

 いつもならその場で一から入れる事が多い紅茶だけど、それだといつもお茶が入るまで私達はおしゃべりを始める事が無い。でも今日はユーリアちゃん達が居るので、そのような会話のエア・ポケットができないよう気を使ってあらかじめ用意しておいてくれたみたいね

 

 それを見てシャイナなどは良くやった! とでも言いたそうな表情をしているし、これはヨウコのファインプレイだろう。各言う私も、早くユーリアちゃん達とお話がしたいからこの心配りはとても嬉しい

 

 私とシャイナ、メルヴァの前にそれぞれ紅茶が用意され、その後ヨウコが私の後ろに控えた所でやっとおしゃべり開始。と言っても、私は猫をかぶっているので主にしゃべっているのはシャイナだけどね。彼女、一度表情が崩れてしまったのを見られたからか、もう体面など御構いなしでデレデレの表情全開で二人と身振り手振りを交えながら話している。ああいうのを見ると私も取り繕うのをやめればよかったかなぁなんて思うけど、横に座るメルヴァが小さく首を横に振っている所を見るとその行為は許してはもらえないようだ。ああ、自分の立場が恨めしい

 

 「そう言えばあるさん、ドレスがいつものとは違うね」

 「あらまるん、当たり前じゃないの。儀式魔法をみんなが見に来るのでしょ。それなら少しでも楽しんでもらえた方がいいと思ってセルニアに選んでもらったのよ」

 「へぇ~、セルニアに選んでもらったんだぁ。なら大変だったでしょ」

 

 そう言うとまるんはニパッ! と笑う。そんな事を言う所を見ると、衣装をセルニアに選ばせると物凄く大変な目にあうと言う事をまるんは知っていたみたいね。それならばあらかじめ教えてくれていたら良かったのに。まぁ、今更言った所で後の祭りだけど

 

 「確かに大変だったわ。でもその甲斐はあると思うわよ」

 「ユーリアちゃん、エルマちゃん。あるさんがそう言うくらいだから、きっととっても綺麗だと思うよ! 楽しみだね」

 「「うん!」」

 

 まるんの言葉から期待感が高まったのか、とても楽しみだと此方に伝わってくる最高の笑顔で答える二人。フフフッ、この二人の表情を見るだけで先ほどの苦労は無駄ではなかったと思えるわね。それに妥協したとは言えセルニアが選んだドレスは私から見てもこの儀式魔法(偽)ショーにぴったりな外見と性能を持ったドレスだと思う。このドレスと想定されている演出があれば、きっと誰が見ても満足してもらえる光のショーになると思うわ

 

 ただ、それだけに少し惜しいなぁと思うの。それはなぜかと言うと、これはショーではなくて表向き儀式魔法(偽)なので音楽が使えないのよね。これに音楽がつけば本当に感動的なショーになると思うのになぁ。だけどメルヴァから

 

 「アルフィン様、悪乗りのしすぎは後々苦労する元になるかと存じます」

 

 と釘を刺されてしまったのよね。まぁ、確かに魔法に音楽は要らない。と言うより、あったら流石に誰が見ても変だと思うわ。と言う事で今回は断念したという訳。う~、だけど、やっぱりこの楽しみにしてくれている笑顔を見ると多少おかしいと思われたとしても音楽を入れた方が良かったんじゃないかとも思うのよ

 

 でも私はこれですべてをあきらめた訳じゃないわ。今回の事で思いついたんだけど、200年近く前に作られた魔法使いの弟子に扮した擬人化ねずみが音楽に合わせて魔法を操る伝説のアニメのような魔法ショーをいつか作り上げたいと思う。そしてそれを子供たちに披露して人気者になるんだ! 今回はそのテストケースとして映像を記録するようにとメルヴァに言いつけてあるし、それを後日見ながら研究する事にしよう

 

 

 

 この後、メイドたちが持ってきたお菓子(立食形式にする為にケーキやアイスクリームなど服にこぼした場合汚れるようなものは一つも無く、用意されたお皿の上にはクッキーやガレット・ブルトンヌ、マドレーヌやフィナンシェと言った焼き菓子が並んでいた)を確認し、ユーリアちゃん達に実際に食べてもらって意見を聞いてから、儀式魔法の準備のため席を立った。因みにユーリアちゃん達の反応はと言うと

 

 「美味しすぎて何がなんだかわかりません」

 「おいしいです、あるふぃんさま」

 

 だそうだ。フフフっ、これならきっと招待した子供たちも喜んでくれるに違いないよね

 

 

 ■

 

 

 ここはボウドアの館本館の2階正面側に位置する一室。普段は広間のような使われ方をする場所にソファーや机を持ち込んで私の控え室として急遽あつらえた部屋で、その窓からは庭を見渡す事ができる。夕暮れが近づく庭にはボウドアの村からユーリアちゃんのお母さんが連れてきた子供たちと、カルロッテさんが連れてきた別館の子供たちが仲良くお菓子や果実水を楽しみ、その美味しさに歓声を上げていた

 

 私はそんな子供たちの声に喜びを感じ、その風景を窓越しに眺めてほほを緩ませる。外からこの部屋を窺う者は、当然誰も居ないので先ほどのように緊張をして表情を取り繕う必要は何もなく、私はすっかり気を抜いていた

 

 客観的に見て、今の私の姿は自分で言うのもなんだけど傍から見たらデレデレと表現するのがぴったりのとてもだらしないものだろう。そんな風に自分でさえ自覚できる程情けないものなので、正直シャイナあたりにこの表情を見られたとしたらきっと「私の事をとやかく言える表情ではないよね」と言われてしまう事だろうね

 

 「でも仕方ないじゃない、さっきはメルヴァの目が逢ったから自重しなくてはいけなかったんだから」

 

 そう自分に言い訳をして、庭で喜んでいる子供達を眺めながら相貌を崩す。・・・なんて格好いい言い回しで表現をしているけど、ようはデレデレ顔で子供達を見ているだけだったりする。だって、そうでもしないと今の姿を自覚しちゃったから流石に自分でも情けなくなっちゃうでしょ

 

 そんな私の後ではココミがソファー前のテーブルの上に用意されたにもかかわらず、窓の外の風景に夢中の私に放置されて少し冷めてしまった紅茶をわざわざ入れなおしてくれてくれていた。その事に気付いて少しだけ罰が悪くなった私は、窓から離れてデレデレだった顔を意志の力で何とか修正し、すまし顔を作ってソファーに座わる

 

 そのままの姿勢でココミが紅茶を入れ終えるのを待ち、後ろに控えたのを確認してからその紅茶に一口、口を付けて満足げにほぅと息を漏らす。そして、落ち着いた雰囲気を演出してから窓の方を眺めて外の喧騒に満足したような表情を作って、ココミに声を掛けた

 

 「みんな喜んでくれたみたいね」

 「はい、シャイナ様の御選びになられた御菓子は子供たちに好評な様子で、私もほっと胸をなでおろし通ります。ただ」

 

 遠くに子供たちの声を聞き、私に倣って窓の方に視線を送って微笑みながら私の意見を肯定するココミ。しかし、最後に少し気になる事があるような態度を見せた。何か問題点でもあるのかしら? もしあるのなら、今の内に対処をしておかないといけない

 

 「ただって? 何か問題が生じてるの?」

 「あっ・・・いえ、問題が生じている訳ではございません。ただ、あまりに好評の為にかなりのペースでお菓子が消費されていまして」

 

 ああ、もしかして

 

 「用意したお菓子が足りなくなってきたの?」

 「いえ、幸い御菓子のストックはこの館が城と直接繋がっているおかげで不足を心配する必要はまったくございません。人数がこの10倍になったとしても十分賄えると思われます。ただ、御菓子が好評すぎる為にこのペースで食べ続けますと、折角シャイナ様が御自ら吟味なされました御夕食を皆さん、食べられなくなるのではないかと心配でして」

 

 ああ、なるほどね。ココミが心配しているのはシャイナが自ら選んだ夕食メニューを前に、子供たちがそれに誰も手をつけなくてがっかりするのではないかと考えている訳だ

 

 「大丈夫よココミ、もし心配なら窓から外を御覧なさい。そうすればシャイナがまるんと一緒に子供たちに囲まれて嬉しそうな顔をしている姿を見る事ができるわ。あの状況なら後の事を考えてお菓子を控えなさいと子供達に注意して夕食を食べてもらうよりも、たとえ夕食が食べられなくなったとしても子供たちが笑顔でお菓子を食べ続けてくれる姿を見続ける方が彼女にとっては幸せなのだと誰が見ても考えると思うわよ」

 「そうですね、あの御様子なら・・・。はい、今まで通り無くなった皿に随時御菓子を供給するようにと指示する事に致します」

 

 窓から外の様子を確認し、私の言葉が正しいと確認したココミは微笑みながらそう言うとドアに近づき、少しだけ開けて外にいるメイドに私の指示を伝えた。そしてココミが再度私の元まで戻ってきたところで扉をノックする音が部屋に響く

 

 「どうぞ」

 

 私がそう返事をすると「失礼します」と頭を下げ、メルヴァとセルニアがドアを開けて入ってきた。因みにメルヴァは先ほどまでと同じ黒いドレスだがセルニアはメイド姿ではなく、なぜか白に紺のリボンのついたドレスに着替えていた。それに髪型も先ほどまでの目立たぬように結い上げていたものからは打って変わって、ドレスとあわせた白と紺のリボンによっていつもの見慣れたツインテール姿になっている

 

 「あれ? セルニア、今日はメイド服でいるんじゃなかったの?」

 「そのつもりでしたのですが、子供たちの人数が思いのほか増えてしまったのでセルニアさんもホスト役の一人として参加してもらう事に致しました」

 

 私がセルニアに掛けた言葉をメルヴァが換わりに答えてくれた。ああ、なるほど。確かに進行や世話役はメイドたちだけで出来るけど、迎え入れるホスト役は子供たちと一緒に遊んでいるまるんは役に立たない以上私とシャイナ、メルヴァの3人しか居ない。それなのに私は儀式魔法の為に指定の場所から動く事ができないのだから実質二人でまわさないといけなくなるのか。それでは大変だからと、急遽セルニアがホスト役に回されたのね

 

 「私としてはコンセプトパーティーホール責任者として、アルフィン様のショーの進行が滞りなく進むよう裏方に徹したかったのですが、メルヴァさんが・・・」

 「セルニアさん! そうやってアルフィン様を味方につけて逃げようとしてもダメです。ギャリソンさんが参加していない以上、あなたにもホスト役として責任を持った立場として行動してもらわないといけないのですから。解っていますね」

 「はい・・・」

 

 何とか逃げられないですか? と小動物のような目でセルニアが私の方を見つめてくるけど、メルヴァがあの調子では私が何を言っても無駄だろう。たとえば「ショーに少し不安があるからセルニアを裏方に戻してもらえないかな?」なんて言ったとしても、統括モードに入っているメルヴァ相手では「アルフィン様、そうやってセルニアさんを甘やかしてもらっては困ります」とまったく目が笑っていない満面の笑みで説教されるのがオチである。あれ・・・怖いのよ、ホント。なのでセルニアには悪いけど、今回はホスト役としてがんばってもらおう

 

 「それではアルフィン様、あと1時間ほどで日が暮れますのでショーの段取りの最終確認を。その後速やかに指定の位置まで移動していただくことになりますが、私たちはホストを務めなくてはならないので残念ながらご一緒できません。ですが代わりにヨウコが後ほどここに参ります。彼女はショーの責任者としてすべての段取りを頭に入れているので、恐れ入りますが彼女の指示に従ってください」

 「解ったわ」

 

 いよいよね。人前でショーをやるのはユグドラシル時代以来。それもここ2~3年ほどはお客さんもほとんど来なくなっていたから本当に久しぶりでちょっと緊張するわね。でも大丈夫、あの頃のようにすべてを自分ひとりでやる訳ではないんだから。今は自キャラたちが居るし、プログラムではなく本当の意味で手助けしてくれるNPC達も居る。何も心配しなくてもきっと成功するはずだ

 

 

 ■

 

 

 「皆さん、もうまもなく儀式魔法を始めようと思います。安全な魔法ではありますが術者達の集中を乱さない為、観覧エリアから出る事の無いようにお願いします。あ~、でも席を立ち上がったり声を上げたりしてもアルフィンなら大丈夫だから、綺麗だったり驚いたりしたら声を上げてもいいからね」

 

 最初の内は書かれていたものをただ読んでいただけだったシャイナだけど、その言葉に子供達が緊張しだしたのかな? 急にざっくばらんなしゃべり方になったわね。その後もやれ「見たことも無いような綺麗な魔法だよ」とか「アルフィン、とっても綺麗だから見とれちゃダメだよ」なんて言いながら会場を盛り上げている。そして

 

 「うん、完全に日が暮れたね。それじゃあ、魔法の明かりを消します。月明かりはあるけど、明るいライトの光に目が慣れているだろうから真っ暗になったような錯覚を覚えるかもしれないから気をつけて。でも大丈夫、こちらに向かって手を振ってくれている6人のお姉さん達が見えるよね、あのお姉さん達が魔法陣に光を灯してくれるからすぐに真っ暗じゃなくなるよ。だからぜんぜん怖くないから安心してね。それじゃあ始めるね。3・・・2・・・1・・・光よ、消えろ!」

 

 そうシャイナが唱えるとテントに設置されていた魔法の明かりが一斉に消える。それと同時に注意喚起されていたにもかかわらず小さな子供達を中心に不安感が広がって行った。しかし、その不安も一瞬で消え去る事になる

 

 「うわ~!」

 「きれぇ~」

 

 六芒星の頂点に立つ様に位置していた白いローブに身を包んだ魔女っ子メイド隊の子達があらかじめ足元に書いておい魔法陣に一斉に魔力を注ぎ込む。するとそれぞれが赤、青、黄、緑、橙、紫の色を基調とした白っぽい神秘的な光を放ちだす。そしてその6色の光はやがて白い光の粒子となって六芒星の中心に集まり、もう一つの薄桃色をした白い光をたたえる大きな魔法陣を浮かび上がらせた

 

 「アルフィン様、準備完了です」

 「うん、行って来るね」

 

 ヨウコの合図と共に私はフライの魔法で宙に舞い、魔法陣の30メートルほど上空に移動してからゆっくりと降下し、その中心へふわりと降り立つ

 

 私の今着ているドレスは薄桃色を基調にしていて、その飾りとして肩や襟、胸元に少し大き目の純白のレースのフリルが付けられている。そしてそのフリルたちと三重構造になっているスカート(此方にも当然フリルが飾りとして付けられている)の一番外側が、私が魔法で重力などまるで感じさせない姿でふわりと降り立ったにもかかわらず、その小さな衝撃に反応して再度ふわりと舞い上がり、まるで上質な羽毛のようにゆっくりと舞い降りた

 

 「すごい! すごい!」

 「ふわっとなった! ふわっとなったよ!」

 

 私が心に描いた通りの光景がそこには無事展開されたようで一安心。私のこの登場コンセプトはアニメなどで魔法少女が降り立った時に重力から解き放たれたかのように服のフリルがふわりと舞う姿なのよね。因みに、このドレスはそれを可能にするようにとユグドラシル時代にかなり苦労して開発したものなの

 

 このドレス、魔法の装備なんだけど防御力は普通の布の服とほぼ同等、いや、もしかしたら普通の布の服より弱いかもしれない。ではこの服にはどんな魔法がかけられているかと言うと、それは重量軽減の魔法なのよね。普通この魔法はフルプレートなどのような重鎧を軽くする為に掛けられるもので、通常スピードが求められる戦闘ではこの重さを軽くすると言うのはかなり重要な要素でもあるから普通に防御力を上げる魔法付加よりもお金が掛かるものなの。なのに私はその魔法を服についているレースのフリルとスカートにその重さ軽減魔法を付加してこのドレスを完成させた。まさに採算度外視って感じでね。でもそのおかげで、元々ほとんど重さの無いレースのフリルは重さがほぼ0になって動くだけで舞い上がるようになり、三重構造のスカートも一番外側を一番軽くし、2番目3番目にもそれぞれ重さが変わるように重さ軽減魔法を付加した。それによってこのような演出が出来る装備が出来上がったわけだ

 

 あ、因みにこれは5色の同コンセプトのドレスが作ってあって、本当は女児向け魔女っ子ヒーロー的なショーをやろうと思ったんだけど、NPCでは行動パターンをどうプログラムしてもうまく行かなかったので、お金が掛かった割にはお蔵入りなってしまったドレスでもあったりする

 

 「(さて、ショーはここからが本番よ)」

 

 私は、ゆっくりと立ち上がると手に持ったスティックを観客席の方を正面にして正眼に構える。それを合図にしてあらかじめ担当を決められていた子が弱い竜巻のような風を私の周りに作り出した。そしてその風に乗って渦を巻くように舞うよう他の子達が実体を持った光の粒子を作り出す

 

 幻想的な光の渦の中、私は右の袖口のギミックのスイッチを入れた。すると上昇気流によって3枚のスカートが広がる。一番外側は70度ほどに、真ん中のスカートは45度ほどまで、そして一番中のスカートは裾の部分だけがほんの少しだけ広がる。これ、実は傘と同じ様な構造で、そのままでは軽すぎでチューリップみたいになってしまうのを防ぐように広がる高さを調節させるギミックになっているのね。そしてこのスカートのギミックはこれで終わりではない

 

 今度は左の袖のギミックのスイッチを入れると一番上と真ん中のスカートがゆっくりと回りだした。これは意外と単純な構造で、まず大元となる一番下のスカートを作り、その上にレールを付けて回るようにしたスカートを二つ付けてあるだけなのよね。そしてそのレールの負荷を変える事によって外側は少し早く回り、内側はゆっくり回るようにする事によってより綺麗な姿になるように調整してあるの

 

 回ると言っても、緩やかな風によって回るだけだからその回転速度は結構遅い。でも素材そのものを重さ軽減魔法で軽くしてあるので、その回るスカートはふわふわと舞う光の粒子と一緒になってゆらめいている。その上飾りとして付けられているレースの端は原材料に金糸や銀糸を使っているからレースそのものも光を反射してキラキラ光って幻想的な姿を見せるようにしてあるのよね。その効果は覿面で、その光景に子供達は見蕩れてもう声も出ないようで、ただひたすら目をキラキラさせてこちら見つめるばかりだ

 

 「(さぁ、仕上げよ)<クリエイト・シャアク/小屋創造>」

 

 周りの子達への合図としてステッキを振り上げてから一瞬の間を置いて魔法を唱え、周りの子達はその私のしぐさを合図に各自が制御を担当している光の粒子を空に巻き上げて一瞬目隠しの壁を作り出す。そして、その光の壁が消えた先には

 

 「家だ! 家ができてるぅ!」

 「すっごぉ~い」

 

 私の魔法によって少し大きめな小屋、タイルで覆われた洗濯場と管理部屋だけしかない簡素な、しかししっかりとした造りの小屋が出来上がっていた。そしてその小屋を照らすように魔法の明かりがつけられ、その光に子供たちの目がなれた頃に各天幕に取り付けられた魔法の明かりが点灯して、子供達の興奮と大声援に包まれたこの儀式魔法(偽)ショーは閉幕した

 

 すべての工程が終了して私は魔法陣からメルヴァたちの待つ天幕に向かって歩き出す。ああ、色々と大変だったけど本当にやってよかった

 

 緊張から解き放たれたのと子供達の声援を受けた喜びで満面の笑みを浮かべながら観客席に向かって手を振り、子供達の笑顔を作る事ができた言う満足感で本当にこのショーを執り行って良かったと心の底から思うアルフィンだった

 




 今回登場するクリエイト魔法ですが、始めはそのままパレス(館)にしようかと思ったのですが、どう考えても小屋と大きな館が同じ魔法ではおかしいと思いシャアク(小屋)しました

 でも、あまり多くオリジナル魔法を出すのもおかしいかなぁ? まぁ、弊害が出るようなら後々パレスに修正するかもしれません。でもまぁ多分このままだとは思いますけどね

 さぁ、明日はいよいよ10巻の発売だ。楽しみだなぁ


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39 お子様ランチ

 儀式魔法(偽)ショーの後、アルフィンは子供たちと戯れる時間を与えられる事無く本館の控え室へと通された。しかし彼女の顔には不満の色は無い。何故ならこれはあらかじめ決められていた事で、もしあの場にアルフィンが残ると子供たちの興奮が収まらず、食事場所である別館A棟に移動させるのが困難になると言うメルヴァの進言を受け入れたからである

 

 

 「それで、子供たちは全員別館へ移動したのね?」

 「はい。庭の魔法の明かりはすべて点灯しておいたので子供たちも暗闇を怖がるような事もなく、全員無事移動いたしました。この後は食事前に何組かに分けてお風呂に入ってもらい、その間に夕食の支度をする事になっております」

 

 控え室に着き、ソファーに座って一息ついてから控え室係兼今日の私付きのメイドになっているココミに確認すると、こう返事が返って来た。なので私は解ったと微笑み、頷くしぐさだけで返事をする

 

 今ココミから報告を受けた食事の前に子供たちにはお風呂に入ってもらうと言う予定だけど、実はこれ、予め決められていた流れ通りの行動だったりする。なので当然私は知っていたけど、ココミはあえて確認の為に私に聞かせてくれたみたいね

 

 先に食事にしてしまうとはしゃぎ疲れた子供たちは寝てしまうだろうし、そうなると折角お風呂を用意したのが無駄になってしまう。まぁ、無駄になる事自体は特に問題は無いのだけれど、村の子達があったかいお風呂に入る事ができる機会は殆ど無いと思うのよ。だからこれは、折角その機会を作れるのならなるべく入る事ができるようにしてあげようと考えた末の配慮なのね

 

 それに食事を用意するにしてもショーが終わって興奮している子供たちが相手では、別館まで辿り着くのにどれくらいの時間を要するか正直予想ができない。そんな状況では、あらかじめ作っておいてもし予想以上に移動に時間が掛かってしまったら折角の料理が冷めてしまうし、別館に着いてから用意した方が暖かいうちに子供たちに届けられるのでこうした方がいいだろうと言う話になった訳だ

 

 「では、私もみんなの前に出る前にお風呂に入ってくるかな。準備はできているよね?」

 「はいっ! そう仰られると思いまして、すでに御用意できております。案内しますのでこちらへどうぞ」

 

 確認をすると、ちゃんと用意されていたようで本館の大浴場まで案内をしてくれるそうだ。こう言う所に関しては、うちのメイド達は何も指示しておかなくてもちゃんと気が付いて予め用意してくれるから助かるわ

 

 ソファーから立ち上がり、扉の近くまで歩いて行く。するとココミが控え室の扉を開け、その扉が閉まらないように外に控えていたメイドがフックをかけたのを確認してから二人そろって扉の横に立ち、私に対して恭しく頭を下げた。それを確認してから私も廊下へ・・・出ようとしたらとんでもない勢いのまるんの声が<メッセージ/伝言>によって私の頭の中に飛び込んできた

 

 「あるさん、大変! 大変なの!」

 「えっ!? まるん、一体どうしたの? 何か緊急事態!?」

 

 まるんの余りに慌てた口ぶりに余程の事が起こったのだと悟り、緊張と悪い予感を伴って私の胸がドキッと鳴り、それと同時にサァーっと顔の血の気が引く。そんな私の青ざめた表情を見てココミが慌て出したのだけど、私にはそれに構ってあげる余裕は無かった

 

 だって今頃は確か、まるんはユーリアちゃんとエルマちゃんを含む村の女の子達を連れて最初にお風呂に入っているはずなのだ。と言う事はお風呂場で何か起こったと言う事よね? まさか濡れた床のタイルで足を滑らせて頭を打った子が出たとか!? それとも、まるんが付いているから流石にないだろうけど油断していたけど、うっかり目を離している隙に溺れた子が出たとか!? もしそうなら大変だ、今日ここに居るメイド達は子供達のお世話をする一般メイド以外はクリエイトマジックを儀式っぽく見せる為に連れてきた幻惑魔法を使える魔力系マジックキャスターと騎士団である前衛職のヨウコだけ。そしてメルヴァとセルニアも魔力系マジックキャスター・・・そう、回復魔法を使えるのは私しかいないのだから

 

 「うん、緊急事態! とにかく大変なの」

 「お風呂場で怪我人が出たのね。解ったわ。すぐ行くからメイドに応急手当をするように手配をしておいて。いえ、もし怪我が酷いようなら、まるんがその子を私の所に運んでくれた方がいいわね」

 

 まるんの返事に悪い予感が当たってしまった事を確信し、大慌てでまるんに指示を出す。もし頭を打っていたら、一刻を争う事態なのかもしれないのだから

 

 「えっ? 何を言ってるのあるさん。怪我人なんていないよ?」

 「・・・へっ?」

 

 ところが、ここに怪我をした子を運んだらすぐに寝かせる事ができるようココミに指示を出そうとしていた私に、まるんの気の抜けた声が届いた。ん? 怪我人が居ないってどう言う事? だって、緊急事態って

 

 「緊急事態ってのはねぇ、別に怪我人が出たと言う話じゃないんだよ」

 「そうなの? 大怪我をした子が出た訳じゃないのね! あぁ~よかったぁ~」

 

 まるんの言葉で体に入っていた力が一気に抜けて、ついつい床にへたり込んでしまった。はぁ~驚かせないでよもぉ~、正直心臓が止まるかと思ったわよ。まったく、緊急事態なんて言うから本当にびっくりしたじゃない

 

 「ああ、私がヒーラーのあるさんに緊急事態って言ったから勘違いしちゃったのかぁ。ごめんねぇ」

 「ふぅ。   いいわよ、誰も怪我人が居ないのならそれで。何よりそれが一番なんだからね」

 

 ちょっと涙目になってしまったけど、それは怪我人が出たのではないと聞いてほっとしたからだし、子供たちに何事か起こったのでなければそれでいいわ

 

 「でも、それなら緊急事態ってなんなの?」

 「あのねぇ」

 

 まるんが言うには、村の子達はお風呂に入った事など今まで一度も無かったらしい。と言う訳で、最初はおっかなびっくりだったらしいけど、あらかじめ少し温めに焚いておいたお風呂に入るとみんな気に入ってくれたらしいわ。そして私もきっとやるだろうなぁとは思ったけど、案の定子供達はお風呂で泳いだりはしゃいだりしてずっと湯船に浸かっていたんだって。そんな周りの子達をまるんが誰も怪我をしないようにとずっと見守っていたらしいんだけど、その時にある事に気が付いて「これは大変だ!」と慌てて私に連絡をして来たらしいわ

 

 それでその大変な事と言うのが何かと言うと

 

 「お風呂のお湯が真っ黒に?」

 「うん、それどころかお風呂の底に砂とかも沈んでるの」

 

 お湯に浸かる前に体を洗うなんて事をはじめてお風呂に入る子達が考えるわけもなく、そのまま湯船に浸かってお湯が真っ黒になってしまったそうなのよね

 

 う~ん、これはうっかりしていたわ。言われてみれば当然の話で、水は川まで行かないと無いのだから水浴びさえ普段は余りしていない子供達をお湯につけたら一発でお湯が汚れてしまうのは当たり前だ。それに子供は新陳代謝が激しいから普通にお風呂に入ってもお湯の汚れは大人より早くなるのを忘れていた。いくらお湯が常に供給される掛け流し形式のお風呂だとしても、それでは一組入っただけですっかり汚れてしまう事だろう

 

 「それでは一度お湯を抜いて湯船を洗って沸かしなおしてからじゃないと、次の子達は入れないわね」

 「うん。汚れもそうだけど、砂もいっぱい沈んでるからね」

 

 となると確かに緊急事態だ。まだ村の子達(男子)と野盗の子供達(男子と女子)が居るから、入るたびにお湯を抜いて掃除をしてとなると夕食が遅くなりすぎてしまう。かと言って本館のお風呂は別館から少し離れているから使えないのよね。流石にお風呂に入ってからあの距離を歩かせるのはかわいそうだ

 

 「ココミ、別館の配置ってどうなっていたかしら?」

 「っ、はい。野盗の家族達が住む特別棟 A棟、B棟、C棟、来客棟の並びになっております」

 

 ん? なんか今一瞬ココミがビクッっと何かに反応したような? まぁ、普通に返事をしたし、見たところおかしな所は無いから気にする事は無いかな? そこはスルーしてお風呂問題を考えると、特別棟にはお風呂が無いしC棟はちょっと遠くなるからB棟のお風呂しか使えないか

 

 「解ったわ。ココミ、悪いけど急いで別館B棟まで出向いて常駐させているメイド達に今からお風呂を沸かして子供達を受け入れられるように準備をしてと頼んできて。そしてその後、まるん達がお風呂から出てきたらすぐに掃除してお湯を張りなおすようにとA棟のメイドたちへの連絡もお願いね。こうすれば交互にお風呂が使えるでしょ」

 「っ!? しかし、アルフィン様! 私にはアルフィン様の御入浴を御手伝いすると言う御役目が・・・」

 

 そう言うと、急にオロオロし始めるココミ

 いやいや、子供じゃないんだし、お風呂くらい一人で入れるから大丈夫なんだけど

 

 「そうだ! この館のメイドに申し付けてまいりますので、」

 「ココミ、お風呂くらい私一人で入れるから急いで行って来なさい。本館のメイド達は城で作った料理をA棟に運んだりして忙しいんだから」

 「・・・はい、承りました」

 

 何がそんなに落ち込む事があるのか? と言いたくなる程、がっくりと肩を落として扉から出て行くココミ

 どうしてそんなに気落ちしているのか解らないけど、彼女はよく気が付く優秀な子だし任せておけば大丈夫だろう。と言う事で私は一人、鼻歌交じりでお風呂に向かった

 

 

 ■

 

 

 幸い先ほどの儀式魔法(偽)ショーとその前の立食会で村の子達と野盗の子達が仲良くなってくれていたのでB棟のお風呂に男の子達を両組とも一度に入れる事ができ、A棟のお風呂も本館に居るお掃除スライムをこっそり投入する事で掃除の時間を短縮。その掃除が終わるまでにC棟のお風呂でお湯を沸かしておき、A棟のお風呂の掃除が終わったと同時にその二箇所をゲートでつないで流体制御の魔法が使えるメイド総出でお湯を移動させると言う力技で何とか乗り切った

 

 ただ、男の子達の入浴時には危険防止の為とヨウコが見張りについたんだけど(シャイナが「私がやる!」と言い張ったけど、なんか顔が怖かったから却下して置いた。まぁ、変わりに残りの女の子たちとは一緒に入ったらしいけどね)それが少し恥ずかしかったらしくて、まるんから聞いた女の子達ほどはしゃぐ事は無かったらしい。これを聞いて「やはりギャリソンを連れてくるべきだったなぁ」と少し反省。いくら子供とは言え、綺麗なお姉さんがお風呂場で見ていたら恥ずかしいよね

 

 

 

 全員が入浴を済ませた後、ココミの案内で子供達は食堂へ通された。そこにはいくつかの長机が置かれていて、その上には白いテーブルクロスが掛けられていた。そしてその傍らには子供達の体の大きさによって不都合が起こる事が無く、誰でも食事が取りやすいようにと色々な高さの椅子が並べられており、食堂に入ってきた子供達は入り口に並んでいたメイドたちによってそれぞれの体型に合った席へと誘われた

 

 「シャイナ、良かったわね。みんなあなたの選んだ料理を見て嬉しそうよ」

 「良かったよ、みんな気に入ってくれたみたいで」

 

 子供達がテーブルに着き始めると同時にメイドが子供達の前に料理を運んできた。シャイナ厳選のお子様ランチである

 

 初めて見る料理ばかりが並んだそのランチプレートに子供達は皆目をキラキラ輝かせているんだけど、でもねぇ本当なら今すぐにでも食べさせてあげたいんだけど全員が席に着き、料理がみんな出揃うまではちょっと可哀想だけどお預けなのよね

 

 因みに私とシャイナは食堂の一番奥の壁際に置かれた机に座っており、まるんは私から見て向かって右側、窓際にある子供達と同じ長机の一番手前の席に座っていて、その横にはユーリアちゃんとエルマちゃんが座る予定だ。友達だから一緒に座るのが当たり前と言うまるんの言葉でこの席が決まったのだけど、その事についてシャイナは少し不満があるみたいね

 

 「あぁ、できる事なら私もまるんみたいに子供達に囲まれる席が良かったなぁ」

 「シャイナ、流石にそれはダメよ。本当なら私もそうしたいけど、立場と言うものがあるからね」

 

 流石にホストである私達がそのような席に着く事はできない。いや、もしかしたらできるのかも知れないけど、メルヴァが許してくれなかった。恐る恐る聞いたところ、例の目がまったく笑っていない満面の笑みで諌められてしまったのよ

 

 「アルフィン様、シャイナ様、御二人はイングウェンザーを代表してここに御越しになられている立場でございます。ですので、きちんとその様に振舞っていただきますよう、よろしくお願いいたします」

 

 ってね。ほんと統括モードに入ると容赦ないんだから。あの笑顔、怖いからやめてって言ってるんだけどなぁ。でも前にそう言ったら

 

 「あやめ様とアルフィス様から『アルフィンは一度甘えると楽な方に転がって行くから、締める所はちゃんと締めるようにお願いね』と仰せ付かっております」

 

 と言われてしまった。二人とも流石元私だ、よく解ってる・・・

 と言う訳で、あの笑顔が一番効果があると知られてしまってからは、こう言う公式な場面で私が我侭を言うとメルヴァは常にあの顔をするようになってしまったと言う訳なのよ。て言うか、あやめ辺りが入れ知恵している気がする。今度問い詰めるか

 

 あっそのメルヴァだけど、今この場には居ない。メルヴァとセルニアはホストとしてショーに参加した為、私達と同席すると同格と思われる可能性があるからこの場には出席しないんだってさ。相手は子供達だし別にいいと思うんだけどなぁ。こう言う所はしっかりしていると言うかきっちりしていると言うか

 

 「あの、アルフィン様、私達もご一緒のテーブルで宜しかったのでしょうか?」

 「カルロッテさんの言う通り、私達はこのような席ではなく、子供達の席に座った方がよかったのではないですか?」

 

 いつものごとく自分の思考の世界に旅立っていた私に、まずシャイナの隣に座っているカルロッテさんが声を掛けてきて、それに追随するように私の横に座るユーリアちゃん達のお母さんが同意する言葉を掛けてきた。うん、解る。どう考えても位が上の人と同席するのは緊張するし、できたら気が楽な方で食事したいだろうね。でもそう言う訳には行かないんだ

 

 「いえ、お二人はその席に居てもらわないと困ります。子供達に安心して食事を取ってもらおうと考えた場合、見ず知らずの、それも偉そうな二人だけが目の前に座って居ては緊張してしまうかもしれません。でも、お二人が同じ席に座っているのを見れば少しは安心するのではないかと思うのですよ」

 

 そう、この二人に私達と同席して貰っているのはそう言う理由なのよ。だからカルロッテさんの前には野盗の子供達が座っているし、ユーリアちゃんのお母さんの前にはボウドアの村の子供達(と、まるん)が座っている。それに子供達と私達大人はメニューが構成は同じだとしても流石に量まで同じと言う訳にも行かないから、私達の分だけはワンプレートにまとめた物ではなくコースのお皿に分けてメイドたちが運んでくる段取りになっているのよね。その配膳工程を考えて見てもこの二人には同じテーブルについてもらった方が何かと都合がいいのだ

 

 「あっでも、私達と同席なんて息が詰まるでしょうけど、そこは許してくださいね」

 「「いえ、その様な事は」」

 

 と言う訳で、ダメ押しにこの一言を加えて二人には私達と同席する事を了承させた。うん、これでもういいわね。二人の返事を確認したので、給仕を取り仕切っているココミに目で合図を送る。すると、私の話を遮らないようにと静かに後ろに控えていたメイド達が私達の前にも料理の皿を出し始めた

 

 そして、そのような会話をしている間にも準備は進められており、私達の皿が出揃う頃には子供達の前にもお子様ランチが並べら終えられて食事会の準備はすべて完了

 

 「準備が整いました。お願いします」

 「解ったわ、ありがとう」

 

 ココミ以外のメイド達は邪魔にならないよう扉近くに並んで控え、それを確認した彼女からの報告を受けて私は食事会開始のスピーチをする為に立ち上がる。それに呼応して一斉に子供達の視線が私に・・・集まるなんて事は無く、会場を見渡すと子供達は早く食べたくてたまらないと言う表情で目の前のお子様ランチを凝視していて誰もこちらの事など見もしないのよね。この状況には流石にシャイナと視線を合わせて苦笑する

 

 「ウフフ、ギャリソンとメルヴァが居なくてよかったわ」

 「そうだね、彼らなら『皆さん、アルフィン様から御話がございます。注目するように!』なんて、子供達を叱りそうだからね」

 

 いやいや、いくらなんでも流石にそんな事はしないだろうけど、顔をしかめるくらいはしたかもね。でもそうなったらきっとカルロッテさんたちは萎縮しただろうし、今ここに居ないのはやはり良かったと言えるわね

 

 さて、こんな状況でいつまでもお預け状態にしておくのは流石に可哀想だし、本当はメルヴァに食事前のスピーチをするようにと言われていたけど、そんな物などすっ飛ばしてみんなにもう食べていいよと伝える事にする。・・・後で怒られるかもだけど、仕方ないよね

 

 「みんな、料理は目の前にあるわね。それじゃあ、食事を始めましょう」

 「「「は~い!」」」

 

 私の言葉を合図に、みんなお待ちかねのお食事会は始まった

 

 さて、ココミが残す子が続出するのでは? と心配していたシャイナ厳選の夕食会だけど、昼間あれだけのお菓子を食べたにも拘らず手をつけない子が出てくるなんて事は無く、みんな凄い勢いで食べ進めて殆どの子が完食してしまった。それどころか一部の子達はおかわりまでするほどの大盛況でちょっとびっくり。正直私は子供達がこんなに食べるとはまったく思ってなかったわよ。まぁ、間にショーやお風呂の時間があって立食から3時間近く経っているし、あれだけ大騒ぎをすればお腹も空くと言う事なんだろうね。

 

 そんな子供達を見ながらニコニコしていたら、カルロッテさんが隣に居るシャイナに子供達の方を見て恐る恐る何かを尋ね始めた。あっ、これは別に彼女がシャイナを怖がっていると言う訳ではなく、何度か顔を合わせている私と違ってほとんど面識がないからなんだと思う。で、意識をそちらに向けた所、その質問の内容は料理についてだった

 

 「シャイナ様。私どもが食べているコース料理は形式こそ違いますが内容は子供達と同じものですよね? 初めて見るのですが、これは何と言うお料理なのですか?」

 「ああ、これは私が子供達の為にメニューを考えたお子様ランチですよ。私達は同じメニューを少し量を増やして各料理をお皿に分けてコースとして出してもらっているけど、本来は子供達が食べているように一皿にまとめて出す料理なんです」

 

 そう言えばカルロッテさんたちは面会所で軽食は食べた事があるけど、うちの本格的な料理を食べるのはこれが初めてなんだっけ。名前を聞いて納得したのか、彼女は初めて見る料理をフォークとナイフを器用に使って綺麗に、しかし少しおっかなびっくりな表情で口に運んでる。でも、その表情は一つ口に入れるたびに幸せそうなものに変わっているからきっと気に入ってもらえているんじゃないかな?

 

 因みにシャイナがそろえたお子様ランチのメニューだけど、4つに区分けされた丸いランチプレートの上にはA7牛の赤身肉と霜降り肉とをあわせて挽いて作った小さめのハンバーグと極楽鳥のフライドチキン、オーロラシュリンプのエビフライをメインとして手前半分をほぼ占領した大きなくぼみに目を引くように配置し、そしてトマトケチャップを掛けられたコーンと枝豆のかき揚とフライドポテト、そして少しの野菜を左奥のくぼみに置き、そして最後にあいた右奥のくぼみには”誓いの金槌”の紋章の書かれた旗が刺さっているデミグラスソースのオムライスとタコの形に作られたソーセージが配置されている。そしてお皿のど真ん中に丸く作られたくぼみにあるのは、ある意味お子様ランチのメインとも言えるメニュー、上にホイップクリームとサクランボが乗せられたあま~いプリンがゆれていた。また、そのプレートの横にはマグカップが置かれており、そこには少し甘めに作られたコーンスープが入れられている

 

 これにジュースがつけば完璧なんだろうけど、ここまででかなりの甘い物を子供達に食べさせているので夕食はプリンもつく事だしやめておいた。普段の食事の時に果実水なんて飲む事は無いだろうし、食事の時くらいは普通にお茶を飲むべきだろうからね

 

 さて、食事会もしばらく時間が経つと、子供達の中には流石にもう眠たくなった子も出てきたみたいで食べながらウトウトする子がちらほらと見受けられるようになってきた。実はこっそり、立食会の時のお菓子やショーの最中に子供達の前に置いたオレンジジュースにHP回復系のバフを付けて貰っていたんだけど、流石にこの時間まで起きているにはその効果だけでは体力が持たなかったと言う事かな

 

 「(流石に電池切れの子が出てくるか) ココミ、眠そうな子が居るみたいだから対処をお願い」

 「はい、アルフィン様」

 

 

 私の指示を受け、ウトウトし始めた子達を見つけると順次メイドたちが先に寝てしまった子達用の部屋にに連れて行っていた。これは寝た子が居る部屋に後で起きている子を送り込むと起こしてしまう可能性があるからで、もし起きてしまって不安にならないよう、その部屋には子供受けよさそうなセルニアに<リング・オブ・サステナンス/疲労無効の指輪>を装備させて配置してある。万が一子供達が起きてしまった時に不安がらないよう、彼女には今日は寝ずの番をしてもらう事になっているわ

 

 やがてその他の子達も全員がお子様ランチを食べ終わり

 

 「みんな、もう食べ終わったかな? それでは後ろにいるお姉さんたちがみんなが今日寝る場所まで案内してくれるからついて行くってね。カルロッテさんたちもお願いします」

 「「はい」」

 

 今から行く子供達が寝る部屋ではボウドアの村の子達の部屋にはユーリアちゃん達のお母さんが、野盗の子供達の部屋ではカルロッテさんが一緒に寝てくれる事になっている。その方が子供達も安心して寝られるだろうからね

 

 「ねぇ、アルフィン。私もセルニアの部屋に行っちゃダメかな?」

 「ダメよ、私だって我慢してるんだから」

 

 寝た子がいる以上、起きているのは最低人数の方がいいだろう。それに私やシャイナだと、つい寝ている子達の顔を覗き込んだりして起してしまいそうだしね

 

 「折角気持ちよく寝ているのだから、邪魔はしちゃだめです」

 「うぅ、解った。我慢するよ」

 

 断腸の思いであきらめるシャイナと共に別館を出て、自分達が今日泊まる場所であり一人蚊帳の外で待たされているメルヴァが待つ本館へと帰るアルフィンだった

 




 ココミがアルフィンのお風呂についていけなくてがっくり肩を落としていますが、これは別に彼女がレズだとか疚しい考えがあったからではないんですよ。彼女は一般メイドなのでアルフィンのお世話を任されるなんて栄誉を与えられるなんて事はほとんどありません。それなのに今回は控え室付きを任され、その上入浴のお手伝いなんて大役まで任されてとても張り切っていたのにこのような事になってがっくり来てしまいました

 オーバーロードで言う所の、休みの後のアインズ付きのお役目を他の用事ができたからと外されるような物だと言えば解って貰えるでしょうか?


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40 駄々っ子

 儀式魔法(偽)ショーで盛り上がった翌朝、アルフィンはいつものように夜明けと共に起きて(と言うか起されて)予め朝食前に済ますと決められていた前日の報告をメルヴァから受けていた

 

 「あら、思ったより経費が掛かったのね」

 「はい。アルフィン様とシャイナ様がかなり御力を御入れになられましたので。しかし、想定の範囲から大きく逸脱はしていないのでこんなものかと」

 

 なんかチクリとやられた気がするけど、まぁメルヴァが想定内だと言うのなら問題は無いんじゃないかな? 実際地下4階層で収穫できるものだけで昨日の食事関係は賄えているだろうし、それならば確かにたいした問題ではないだろう。あそこの物は文字通り売るほど採れるようになっているのだからね。それに料理やお菓子を作る労力にしても、元々今の体制では仕事が無くて遊ぶ者が出て困っていると報告を受ける程余裕があるのだからかえって良かったくらいかも

 

 「なら問題は無いわね。ところで子供達はどうしてる? 昨日の夜、遅かったからまだ寝てる子、居るんでしょ?」

 「いいえ、すでにほとんどの子が起床しております」

 

 驚いた事にいつも起きている夜明けと共にほとんどの子が目を覚ましたそうな。おまけに朝の仕事をしないとと言い出す子も多いと言う。ホントこの世界の子供達は働き者だ。ちなみに、今日の子供達の仕事は全部お休みにしてもらった。その代わりに城からメイドたちを派遣して働くように指示してあるのよね

 

 これは折角だしもう一日くらい遊ばせてあげてもいいだろうと言う私とシャイナ、まるんの共通の意見で勝手に決めさせてもらった事で、前もってボウドアの村の大人達と野盗の家族達にはそう伝えてあるの。まぁ、本音を言えばそうしないとみんな帰ってしまうからそれを阻止しようという私達の悪巧みの結果だったりもするんだけどね

 

 「それじゃあみんなお腹を空かしているんでしょ。なら朝食の準備を早めにお願いね。後、朝食後に予定通りカルロッテさんと話をするのでその準備もお願い」

 「畏まりました」

 

 まぁ指示を出すまでも無く、メルヴァはすべて準備を進めているだろうけど一応ね

 

 案の定メルヴァが下がってから5分ほどでココミが呼びに来たので、一緒に別館A棟の食堂に行って子供達と一緒に食事。その後、本館1階の応接間で私はカルロッテさんと机を挟んで話をする事になった

 

 「私を雇うと仰るのですか?」

 「はい。私達は異国の者です。こうして会話する事自体はある方法で問題なくできるのですが文字を書くとなるとそうは行きません。当然長い時間を掛けて習得する必要があるのですが、もろもろの事情によりその時間を取れない状況にあるのです。そこで誰か変わりに通達などの文章や書類を作成してくれる方を雇う必要があるのですが、私達にはそのツテも無いので正直困っていたんですよ。そこにちゃんとした教育を受けていて、なおかつ文字が書けるあなたが現れたのでこれは幸いと声を掛ける事にしたのですか。どうでしょう、私達に力を貸してはもらえませんか?」

 

 突然の申し出に、驚きながらも私の言葉を真剣に聞くカルロッテさん。そして話を聞き終わると微笑み

 

 「もちろんです、アルフィン様。こんな私でよければ喜んで」

 「ありがとう、受けてくれるのね」

 

 快諾してくれた

 

 「私達はこのお屋敷で住まわせていただく家賃代わりに雑務をする事になると聞かされて移り住みました。しかし、庭のお手入れはメイドの方々がすべて完璧に行っていますし、従事する事になるかもしれないと言われていた農作業も、耕す農地そのものがありません。私達がやっている事と言えば自分たちが住まわせていただいているお屋敷の掃除くらいで、これでは何も働いていないのと同じで申し訳なく思っていたのです。今ならば解ります、あのお言葉は私達がこのお屋敷に移り住みやすいよう、あえて嘘を私達に仰ってくださったのでしょう。このお話はそんなアルフィン様の御心に報いるチャンスなのです。むしろこちらからお願いします、もし私がアルフィン様の御力になれるのでしたら、どうぞ使ってやってください」

 「ありがとう。助かるわ。これからよろしくね」

 

 そう言うと立ち上がってカルロッテさんの手を取る。握手を交わして契約成立だ。本当ならここで書面を交わすとかするのだろうけど、今回はその書面を作るための人材を雇う交渉なのでそんな物は当然無しの信頼関係だけでの口約束。でも、この口約束は裏切られる事はきっと無いだろう

 

 

 カルロッテさんを玄関まで見送ってこの館での公務は終了。一度自分に割り当てられた部屋に戻って、ココミの入れてくれた紅茶を片手にソファーでゆったりとくつろぐ

 

 「さて仕事の予定はこれで終わったし、少し休んだらユーリアちゃん達と遊ぼうかな」

 

 今頃まるんとシャイナは彼女達と遊んでいるはずだ。立場上彼女達ほどはしゃぐ事は流石にできないけど、ある程度は羽目をはずしてもいいよね、昨日あんなにがんばったんだし。と、そんな事を考えていたんだけどそう簡単には行かなかった

 

 「ダメです。アルフィン様には公務があるのでお城に戻っていただきます」

 「えっ?」

 

 私の希望を一刀両断する声。メルヴァである。彼女はいつの間にかセルニアとヨウコを引き連れて私の部屋の入り口に立っていた。横で扉を開けたメイドが頭を下げているしメルヴァもノックをするような形で手を上げている所を見ると、するつもりはあったのだろうけど私の言葉を聞いて、ついその前に声を掛けてしまったのだろう

 

 「今日はお休みではないはずですよ、アルフィン様」

 「えっ、だって本来は昨日休みだったのに私、仕事したよ。なら今日は代休でいいじゃない」

 

 確かに私の休みは昨日一日だったはずだけど、午前中から儀式魔法(偽)ショーの準備などで働いたじゃない。なら今日は代休じゃないの? 

 

 「いえ、あれは公務ではありませんから。それに今日はいつもの視察ではなく、前々からあいしゃ様が取り掛かられている”あれ”が出来る日です。他の者の仕事の視察や物事の承認作業ならほかの日に変更されても宜しいのですが、他ならぬあいしゃ様の成果を確認される大事な御予定なのですから今日だけは絶対にダメです」

 

 たっ確かにあれは公務ではないだろうけど、でもでも・・・

 

 「えぇ~、いいじゃない。ほんの少しだけ、ほんの少しだけ遊ばせて。あいしゃには私から誤っておくから」

 「ダメですっ! 時間があればその他にも見てもらいたい事があると下の者達からも申請がいくつも出ていますから、本来ならこんな会話をする時間も惜しいほどアルフィン様の御仕事は山のように溜まっております。ですから、そのような時間はありません。今からすぐに城に帰っていただきます!」

 

 いけない、このままでは本当に城に連れ帰らされてユーリアちゃん達と遊べなくなってしまう。でも困った事にメルヴァの言っている事の方が正しいし、それを論破する言葉が私にはまったく浮かばないのよ。でも絶対にこのまま帰りたくはない! そうよ、もうこうなったら子供のように駄々をこねるしかない! 情けない決心だけど、メルヴァは私が作ったNPCだし必死に嫌がって見せればきっと聞いてくれるはずだ!

 

 ・・・そんな風に考えていた時期もありました

 

 「いやよ、今日はユーリアちゃん達と遊ぶんだから! 絶対に城には帰らないからね!」

 

 そう言ってそっぽを向く私。しかし

 

 「ふう、仕方ありませんね。ヨウコ、やはりこうなったから手筈通りにね」

 「はい、メルヴァ様。アルフィン様、失礼します」

 

 メルヴァがそう言うと後ろに控えていたヨウコが私のそばまで歩み寄り、一礼をする。と同時にココミが私の持っていた紅茶を取り上げて

 

 「えっ? えっ?」

 

 ヒョイっ

 

 なんとヨウコが私を肩に担ぎ上げた。お姫様抱っことかじゃないわよ。文字通り担ぎ上げられてしまったの。流石にこれにはびっくり。だっていつもは私に絶対の忠誠と敬意を払っているヨウコがこんな事をしたのだから

 

 「どっどういう事? いくらなんでもこんな荷物みたいに」

 「私も心苦しいのです。しかしアルフィン様が言う事を聞いてくれないであろうと考えたのでシャイナ様とまるん様に御相談した所、御二人とも『仕事なんでしょ? なら仕方がないし、ごねるようなら担いで帰ればいいと思うよ』と笑顔で仰られたので」

 

 確かに仕事だから仕方がないけど、よりによってなんて事を言うのよ、あの二人は! 自キャラたちの突然の裏切り(と書いて正論と読む)に茫然自失状態になってしまう私

 

 「御理解いただけましたでしょうか? それではヨウコ、行きますよ」

 「はい、メルヴァ様」

 

 しかし、私が呆けている間にも事は進む。いけない! このまま何もしなければ城に連れ戻されてしまう。そうなったら本当にユーリアちゃん達と遊べなくなってしまうわ。何とか抵抗はしないと

 

 「い~やぁ~だぁ~! 私はユーリアちゃん達と遊ぶんだぁ~!」

 

 そう言って手足をばたつかせて抵抗の姿勢を示す。情けない姿ではあるけど、正直これしかやりようが無いのよ

 

 いくらヨウコが騎士団の隊長格だと言っても所詮50レベルそこそこ。私が本当の意味で抵抗したり逃れようとしたら簡単に出来るだろう。でもそれをしてしまうと、もしかしたら怪我をさせてしまうかもしれない

 

 これはヨウコが50レベルと中途半端に強いのもその一因になっているのよね。私が純粋なマジックキャスターならともかく、モンク系統でもあるキ・マスターも習得している為に振りほどくだけでもかなりの力が入ってしまうかもしれないし相手がそこそこの力を持っている存在だと、どうしても力の抜き具合が難しくなってしまうのだから

 

 私がそう考えると読んで、メルヴァは自分ではなくヨウコの担がせたのね

 メルヴァ、恐ろしい子・・・

 

 今のこの状況は絶対的に私が間違っているのにそんなまねをする訳にはいかない。だから私は力での脱出をあきらめて情に訴える作戦に出ているのだ。そしてこの方法はセルニアやヨウコには効いた。私が嫌がる姿を見てあからさまに困ったと言う態度を取り始めたのよね

 

 よし、この手は行ける! そう思ってじたばたと駄々をこねる子供のように手足をばたつかせたのだけど、私の抵抗はここまでだった

 

 「セルニアさん、間違ってもこんなアルフィン様の御姿を城の者以外に見せる訳にも行きませんから転移門の鏡を使う予定を変更してゲートで帰ります。この場に開いてくださいね」

 

 この一言で抵抗むなしく、私は城に連れ帰らされる事になってしまった

 うう、ユーリアちゃん達と遊びたかったよぉ~~~~~~!

 

 

 ■

 

 

 「あっあるさん、おかえり! たいへんだったの? つかれてるみたいだけど」

 「ただいま、あいしゃ。そんな事は無いわよ」

 

 すべての事をあきらめ、自ら歩く気力もなくなった私はヨウコに担がれたままゲートをくぐり城に帰還。その情けない姿のまま衣裳部屋に運ばれて城用のドレスに着替えさせられて、地下1階層の作業区画にあるあいしゃが作業をしている場所へと訪れていた。因みに、この時点では当然ヨウコには担がれてはいない。気力は回復していないから、ぐったりしたままではあるけどね

 

 「それであいしゃ。例の物は出来上がっているの?」

 「うん! 出来たよ、こっち来て」

 

 あいしゃはそう言うと、私の手を引っ張ってある場所へ連れて行った。そこには紅白のリボンがついた白い布に包まれている大きな物体が3つと 何かが乗せられているのであろうこれまた白い布を掛けて目隠しされた大き目の作業台があった

 

 「へへへっ、それじゃあ見せるね。ジャジャァ~ン! これがわたしが作ったゴーレム、金貨つくっちゃうぞぉ君1号から3号だよ」

 「うん、すごく立派だね。よく出来てるわ」

 

 あいしゃの合図と共にリボンが引かれて3体のゴーレムが姿を現す。そして予め命令をされていたのだろう、布が取り外されると同時にゴーレムたちが動き出した

 

 まず1号。これは金塊を引き伸ばして板にするもので、腕とローラーが別にあり、体の前に作られたパイ生地を作るようなローラー台に金塊を置き、それを軽く伸ばしてから持ち上げてもとの位置へ。そしてその厚い板を再度ローラーへと送る。この作業を何度も繰り返すことにより、割れや寄りの無いきれいな金の板を作り出すことが出来る

 

 そして2号。これは出来上がった板の側面を適切な大きさにする為の切断機のようなものが体の前についており、そこで適切な大きさに加工されたものをお腹に開いた穴へ入れると”ガチャン!”と、言う音がして下からプレスで抜かれたような綺麗な円盤状のコインが複数、箱の中に落ちてきた

 

 「図書館で本を読んだら、やわらかい物は全体を押さえながらぬいた方がきれいにぬけるとかかれていたからそうしたの」

 

 あいしゃが言うには体の中で板全体を押さえ、その板に付けられた刃で一気に複数枚抜くように工夫したのだそうな。これによって当初に想定した物と違って一度に多くぬけるし、形もきれいになるから一石二鳥らしい。あいしゃが得意満面な顔で教えてくれた

 

 そして3号。これは単純で大判焼き(今川焼きとも言うよね)って知ってるかな? あれを焼く板のコインサイズみたいな物が型になっていて、そこに先ほどのコインを適正数入れるとふるいが掛けられるように型が動き、全部の穴にコインが入ったら準備完了。一応コインの数が多かった時の為なのか最後に刷毛のようなもので表面をさらった後、穴に入ったコインが少し沈む

 

 「あれはねぇ、上からおさえたときに外にはみ出さないようにしてるんだよ」

 「なるほどねぇ」

 

 どうやら下型の底は動くように出来ているみたいね。その後”ガコン!”と言う音と共にゆっくりと上型が降りてきてプレス。十分に加重が掛かり、ある一定の深さまで上型が到達した後、今度はゆっくりと上昇をはじめる。すると上型の動きに合わせて下型の底もせり出したらしく、出来上がった金貨が姿を現した。そしてその金貨を先ほどの刷毛が回収。3号の前の箱に移されて完成だ

 

 「1~2万枚くらいしか作る気が無かったけど、それにしてはかなり確りした物ができたわね」

 「だって、せっかく作るんだからかっこよくしたかったんだもん」

 

 まぁそうだね。手間を掛けるのだから手を抜いた物を作るよりちゃんとした物を作る方がいいというのは私も同意見だし、それにこの技術そのものを応用して色々な物を作る事が出来るかもしれないからこの経験は無駄にはならないだろう

 

 「とにかくこれで完成ね。よくがんばったわ、あいしゃ。えらいえらい」

 「あるさん、これでおわりじゃないよ! 金貨のかんせいひんを見てくれなきゃ」

 

 そう言うと、3号から今出てきた物の所ではなく先ほどの布の掛かった作業台へと手を引かれて連れて行かれた。あいしゃ曰く

 

 「あれはまだ、あぶらでべっとべとだから」

 

 らしいわ

 私に見せる物は、ちゃんと予めきれいに布で拭き上げた物を用意して作業台の上においてあるらしいのよ。確かに作業着ならいいけど今の私はドレス姿だし、この気遣いは嬉しいわね

 

 そして作業台の横においてある台の上に乗り、あいしゃはそこに設置された紐を引っ張った

 

 「ジャジャァ~ン!」

 

 と言う掛け声と共にね

 

 すると、それによって白い布は上に吊り上げられ(なんとこちらは黒く塗った釣り糸で上から釣られていたらしく、何も無い状態で白い布が空に浮かび上がるかのように見える演出が凝らされていた。芸が細かいなぁ)その下からは磨かれて光り輝く金貨の山が姿を現した

 

 「凄い! もうこんなに作ったんだ」

 「うんっ! この子たちならあっという間にできあがるからね。このつくえの上だけで1まん枚くらいあるよ」

 

 そう言って「エッヘン!」と言いながら踏ん反り返り、バランスを崩しかけて危うく台から落ちかけるあいしゃ。その姿を微笑ましく思いながら私は机に近づき、光り輝く金貨を一枚手に取る

 

 うん、いいできだ。表面にはイングウェンザー城の絵がデザインされており(実はこれ、最初はアルフィンの顔にしようと言う話だったらしいけど却下しておいた。だって事実上私の顔が金貨になるって事でしょ。恥ずかしいじゃない)裏面は我がギルド”誓いの金槌"の紋章がデザインされている。うん、これならどこに出しても恥ずかしくないわね

 

 そう思って作業台の上に目を移す。作業場の魔法の明かりに照らされてキラキラ輝いて本当に綺麗。・・・あれ? これって綺麗過ぎない?

 

 そして私はある事に気が付いて青くなる

 

 「しっ、しまったぁ~!」

 「どうしたのあるさん!?」

 「アルフィン様、どうなされました!」

 

 私が頭を抱えて膝から崩れ落ち、絶叫したのを見てあいしゃや私達の会話を邪魔しないよう少し離れた所で控えていたメルヴァがこちらに駆け寄ってくる。しかし私はそちらに意識を向ける余裕など無かった。なぜなら、私は決定的な間違いをしでかしてしまった事にたった今気が付いたのだから

 

 「だめ、これ全部作り直しだ・・・」

 「えっ!? あるさん、わたしなにかしっぱいしちゃった?」

 「どうなされたのですかアルフィン様、失敗とはどう言う・・・あっ!」

 

 私の言葉を受けて金貨の方に目を向けたメルヴァもある事に気がついたようだ。それはそうよね。メルヴァには話してあったもの

 

 「違うのよあいしゃ、あなたは何も悪くないわ。悪いのは私、全部うかつ者の私が悪いのよ」

 

 そう、悪いのは私。メルヴァに話しておいたのになぜ、あいしゃには話しておかなかったのだろう。本当に私は馬鹿だ

 

 前にエントの村に行って知った事がある。それはこの世界の金貨についての事だ。あの村の村長が言うにはユグドラシル金貨は1枚でこの世界の公金貨2枚分の価値があるという。でもユグドラシル金貨の大きさは確かに公金貨よりは大きいが2倍もの大きさがあるわけではないのよね。あの時は銀貨や銅貨が小さいのかとも思ったのだけど、金貨を作るために偵察が得意なモンスターを町に送って調べさせた所、大きさは金貨も銀貨や銅貨と同じくらいらしい。ではなぜそのようなことが起こるのか。それは簡単、金の配合率が違うのよ

 

 ユグドラシル金貨はゲーム内での金貨と言う事で、説明に金で出来ているとしか書かれていないので純金である24金でできている。(余談だけど、現実世界の日本で発行された金貨も24金らしいわね)でも、この世界では実際に使われるものである以上24金でなんて作れる訳が無い。だって、24金で作ったら触るだけで磨り減っていくからね。それにもし袋に入れて運ぼうものならお互いが擦れて大変な事になってしまうと思う。そんな物を通貨として使うのは自殺行為だ

 

 そこで図書館で過去に現実世界で使われていた金貨を調べた所、どうやら12~22金と幅広く作られていたらしく、金に配合されたものも鉄や銀、銅が主流らしいのよ。で、エントの村で聞いた比重から考えると、どうもこの世界の公金貨は18~20金であろうと言う事、そして金貨の色からすると銀と銅が両方使われているのではないかという結論に達したわけ

 

 と言う訳でメルヴァとはエントの村での内容とあわせて協議して、銀と銅をそれぞれ8パーセントずつ金に混ぜて20金の金貨を作る事になっていたんだけど、その事をあいしゃに伝える事をすっかり忘れていて今のような惨状になったと言う訳なのよ

 

 「また、またやってしまった・・・」

 

 自分のしでかした失敗に打ちひしがれ、メルヴァの「アルフィン様、金貨は溶かせばいいだけの事です。御気を確かに!」と言う言葉さえ耳に入らないほど落ち込むアルフィンだった

 

 




 予定より長くはなりましたが環境整備編は今回で終わりです。そしていよいよ、前に連載を休んだ時にそこまでは絶対に書くと約束をした領主訪問編です。まぁ、今ではその先まで内容が決まっているのでこの章で終わる事は無いですけどね

 さて、今回の冒頭でメルヴァがアルフィンにいやみとも取れる発言をしています。これはナザリックのNPCではありえない話ですよね。ではなぜこんな事が起こっているかと言うと、それをアルフィンが望んでいるからです。まぁ、本編でもそう言うシーンがいくつかあるのでここまで読み続けてくれている方々には説明するまでも無い事ですね


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人物紹介 その1

 感想掲示板に登場人物が増えてきたとのご指摘を頂きましたので、このあたりで人物紹介ページを入れさせてもらいます
 人物紹介の中にはネタばれも多々含まれています。ですので本編をまだ読まれていない方はまずそちらを読んでもらえるとありがたいです

 また、ここではキャラクターを初登場した章毎に分けて紹介を入れました。なので読み進めた後に各キャラの設定確認をしたり、その章以降で再登場した時にそのキャラがどんなキャラだったかを思い出す手助けにしてもらえたら幸いです
(うちのHPとキャラクター説明が違う部分がありますが、それはアニメやラノベ、漫画などのキャラクターを使ったキャラ説明をなるべく使わないようにした為です。あと、文字数を減らす為に別に知らなくても本編には関係ないであろう設定も省いてあります)




第1章

 

■主人公

 

 アルフィンたち6人の主人格で、普段はアルフィンの中に入っています。自分の意思で6人の自キャラを操る事ができ、本編中で自キャラたちがマスターと読んでいるのはこの主人公の魂? です

 

 現実世界の職業は比較的売れっ子のフリーのデザイナーで、内容は家具や服飾、家の内装など多岐に渡ります。また、アニメや特撮のオタクでもあり趣味で同人漫画やネット小説も書いていました。収入は(以降すべて現在のお金の価値で)億越えで、普段でも年間5~600万、一番つぎ込んでいた頃は月200万ほど課金をしていたと言う設定です

 

 この世界に転移した時点で、その時入っていたアルフィンの体に合わせて精神や性格が女性的に変異しています。しかし、本人はアルフィンの体に入っているから女性化していると思っており男性であるアルフィスに入った方がいいかなぁなどと考えたのですが、自キャラ6人の総意でアルフィンに入り続けることになりました

 

 ユグドラシル時代はエンジョイ勢と呼ばれるゲームを気楽に楽しむタイプのプレイヤーで、ゲーム攻略よりも所持金を増やしたり、いいデザインや強い装備、家具等を作って売ることに楽しみを見出すタイプのプレイヤーでした

 

 

 

<ギルド誓いの金槌勢>

 

 ギルドの女性キャラは一般メイドも含め、全員料理人スキルを1以上取得しています

 

 

<自キャラ達>

 

■アルフィン

 

 種族は人間でプラチナブロンドのストレートロングヘアーと白い肌、そして赤い大きな瞳が特徴的な女の子です

 

 ギルド「誓いの金槌」のギルドマスターで、主人公が最初に作ったキャラでメインキャラ

 イメージカラーはピンクで、普段は主人公が操っているので滅多にキャラの性格が出ることは無いけれど、シャイナ曰く自キャラの中では一番女の子らしい女の子、らしい。自キャラたちがマスターと呼んでいる事を知っている(気付いている?)NPCたちにはマスター=アルフィンの事だと思われている

 

 主人公は忘れていたがこのキャラは同性愛者で、メルヴァと恋人同士と言う設定です。しかし、サキュバスのアルベドでさえ乙女と言う設定になるくらいエロに厳しいユグドラシルですからエロ展開は当然ありません

 

 習得しているスキルは巫女、キ・マスター、裁縫職人を中心に取得していて、メッセージとフライを使う為にウィザードも低レベルですが取っています(エンジョイ勢のファーストキャラなので強さを追及していない為、結構無駄なスキルビルドになってます)

 

 戦闘力としてはシャイナ、まるんに劣るが回復魔法や防御系魔法による戦線維持能力においてはイングウェンザーで一番高い。また、対アンデット系戦闘に限って言えばかなりの強さを発揮するが、元がそれほど強くないのでアインズやシャルティアを相手にした場合は絶対負けます

 

 

■シャイナ

 

 種族は私のオリジナル設定であるフェアリーオーガで、年齢は168歳。(人間で言う所の16~17歳くらいの精神年齢)エルフなどと同じ半妖精種なので寿命は長いです

 

 イメージカラーは赤で、外見は長身でロングの金髪を頭の後ろで纏め上げた大人っぽいGカップ美女、でも中身は可愛いものが大好きで乙女主義、因みに肌の色はフェアリーオーガの特徴でもある褐色で、瞳の色はエメラルドグリーンです

 

 空を飛ぶ時は他のキャラと違い、背中から妖精の羽が生えて光の帯が流れるエフェクトと澄んだメロディーを響かせながら飛びます。子供の危機を見逃す事が絶対できないマイナス属性「可愛いもの溺愛の狂乱」を持ち、この属性の為敵キャラが子供だと全ステータスが20パーセント低下します

 

 習得しているスキルはホーリーナイト他、戦士系統を収め、装備も他のゲームに移って行ったギルドからもらった装備と重課金のおかげで前衛系としてはユグドラシルでもトップクラスの強さを持つのですが、主人公が中に入った時は反射速度が落ちるため、5パーセントほどステータスが落ちたような状況になります

 

 まるん曰く、少女マンガ脳

 

 

■あいしゃ

 

 種族はドワーフでまだ子供と言っていい年齢

 

 イメージカラーは緑。外見は少し茶のかかったセミロングの金髪で、大きな目と丸みを帯びた顔が子供らしいしぐさとあいまってとても可愛らしい。まるん、セルニアと並んでイングウェンザー城のなごみ担当。一人称は”わたし”です

  

 イングウェンザー城の中では、まるんと二人でよくいたずらをして周ったり、シャイナに捕まってひざの上に乗せられて愛でられたりしています。しゃべる時の特徴として台詞に漢字が少なく語尾を伸ばす傾向があり、種族特性上、細かい工作が得意でゴーレム製作や無機物系モンスターの召還を得意としています

 習得しているスキル 今のところ決まっているのはゴーレムマスター、武器鍛冶、木工職人他

 

 このキャラとまるんはアルフィンの事をあるさんと呼びます

 

 

■あやめ

 

 種族はエルフで、このキャラも子供と言っていい年齢(アウラと同じくらい)

 

 イメージカラーはオレンジ。外見は黄色みの強い金髪で、頭の両横で揺れているツインテールはドリルのようにカールしています。顔はエルフらしくとても整っており、ちょっとつり目で小悪魔的な表情をよくする

 

 おませで好奇心旺盛な性格の上、ちょっとだけ耳年魔、だけど興奮すると子供らしい態度が表に出てきます

 一人称は”あたし”

 

 エルフらしく森を好むので普段は地下4階層森林地域に作った樹木型の家に住んでいます(因みに全自キャラは地下6階層に、100レベルNPCは地下5階層にそれぞれ自分の区画を持っている)習得しているスキルはハイ・ドルイドマスター、精霊召喚士、ハイ・レンジャー、防具鍛冶、裁縫職人他

 

 

■まるん

 

 種族はグラスランナー。年齢は173歳。実際の民話ではグラスランナーは妖精ですが、この物語では妖精か半妖精かは特に決めていません

 

 イメージカラーは黄色。種族特性で人間の10歳くらいの子供のような外見を持ち、茶髪のショートヘアーに子供らしい丸い顔と大きな瞳が特徴的、性格は子供っぽく、いたずら好きで口調も声質も幼い感じなので、知らない人から見たら小さな子供にしか見えない。でも、実は自キャラの中で一番の年長者だったりする。あいしゃ、セルニアと並んでイングウェンザー城のなごみ担当。また、甘いものが大好きで常にアイテムボックスにおやつを入れて持ち歩いている

 

 習得しているスキルはウォー・ウィザードを中心に魔力系マジックキャスター系統を中心に納め、装備も他のゲームに移って行ったギルドからもらった装備と重課金のおかげでマジックキャスターとしてはユグドラシルでもトップクラスの強さを持つ

 

 このキャラとあいしゃはアルフィンの事をあるさんと呼ぶ

 

 

■アルフィス

 

 種族はハイ・マーマン。年齢は不詳

 

 イメージカラーは青で、外見的特長はくすんだ銀髪と青い肌、マーマンの特徴でもある耳と背中にあるヒレが特徴的。顔は人から見ても美形と言えるほど整っていてキザといえるような態度を常日頃からとってはいるが、彼のかもし出す雰囲気とあっている為それほど嫌味にはなっていない 

 

 彼も種族特性とマイナス属性を持っている(本編に出てきていないので割愛)

 習得しているスキルは、これもたいした事ではないけど、演出上の関係で割愛。マーチャントスキルは道具鍛冶と薬師他

 自キャラの中で唯一料理人スキルを持っていないキャラでもある

 

 

<イングウェンザー100レベルNPC>

 

■メルヴァ・リリー・バルゴ

 

 イングウエンザーに6人いる100レベルNPCの一人

 

 種族はハイエント・エルフで、白いゆったりとしたドレスと少し派手めな髪型の黒いロングヘアーの下からのぞく大きくて少したれ目がちな澄んだ瞳、やさしそうな親しみのある顔、そして白く大きな胸(Hカップ)が特徴的。本来はスレンダーなエルフなのにグラマラスな体型なのは、NPCの外見はプレイヤーが自分でデザインできるユグドラシルのゲームシステムのおかげです

 

 優しげな外見で基本善人、でもガチ百合と言う変な人ですが、防衛拠点である地下を統括しているキャラなので戦闘特化型。当然イングウェンザー城の中でも最強クラスで、かぁ~なぁ~り、強いです。また、普段は理知的ですがたまに暴走します。ギャグ的な意味で

 習得しているスキルはウォー・ウィザードを中心に魔力系マジックキャスターを治めています

 

 彼女自身はマジックキャスターなので、戦闘に出る時はエンシェント・ヴァルキリーと呼ばれる二体一対の天使系前衛型女の子モンスターを従えます。因みにエンシェント・ヴァルキリーは80レベルで、拠点防衛時はかなり強力な魔法装備で身を固め、メルヴァの楯となって戦います。まぁ、一度も攻められた事がないので、実際はいつもメルヴァの部屋区画でのほほ~んとした顔をしてケーキを食べ、お茶を飲んでいるだけの役立たずですがw

 

 

■ギャリソン・デューク・ギャブレット

 

 イングウエンザーに6人いる100レベルNPCの一人

 

 メイドや料理人等使用人統括で身長190センチの長身、オールバックの白髪で口ひげを生やした優しそうな執事風外見をしたNPCで種族は人間です。因みに白髪頭ですが年齢は42歳、若白髪ですね。実は元々が綺麗なプラチナブロンドなので総白髪に見えるのですが、よく見ると髪の半分はプラチナブロンドのままだったりします

 

 黒い執事服に身を包んだ上品な物腰で、どんな武器でも一通り使いこなす事ができるけど、役柄上、ステッキやナイフなどを使うか素手で戦う事が多い。また、知識量は豊富で頭も回るイングウェンザー城の頭脳とも言えるキャラクターで、ダンスも踊れるし料理も作れる、社交界だろうが算数の宿題だろうが、すべてこの人に聞けば何とかなる、ドラえもんのようなNPC

 

 地下4階層の広大な農地の生産管理や家畜の健康管理、森林の各種樹木の生育状況まですべて完璧に管理をする、「誓いの金槌」にとって生産系統ではなくてはならないと言う設定でもあるキャラクターです。ただ、デミウルゴスと違い善人なので悪巧みや策略、謀略方面は苦手で、そちらはどちらかと言うとメルヴァのほうが優れています

 

 習得しているスキルは戦士系も取っていますがモンクに近いスキル系列多めで構成されています

 また、戦闘外スキルとして料理や解読、外交など、執事として必要と思われるものも取っているため、総合戦闘力ではメルヴァに少しだけ劣ります

 

 

■セルニア・シーズン・ミラー

 

 イングウエンザーに6人いる100レベルNPCの一人

 

 種族はハーフエルフ。身長148センチの小柄で、天然ボケのロリ巨乳、いつも笑顔を絶やさない歌って踊れるみんなのアイドル。やる時はやるけど、普段は愛されるべきマスコットキャラです。正式な役職名は地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長なのですが、長すぎるので普段は誰もそう呼ばず、店長と呼んでいます

 

 城にいる時は基本いつもアイドルっぽい服装で、胸にはいつも「てんちょう」と書かれた名札がゆれています。ちょっとお調子者で、NPC時代はくるっと回って両手を広げ、満面の笑顔でポーズを取ってお客様を出迎えていたと言う設定です。また、パーティーの時は舞台に上がって歌やダンスを披露もしていました。(今で言うボーカロイドシステムの発展型を使用していたと思ってもらえば解りやすいでしょうか)

 

 習得しているスキルはハイ・ソーサラーを中心に魔力系魔力系マジックキャスター系統を治めています

まるん、あいしゃとならんでイングウェンザー城のなごみ担当

 

 マジックキャスター系メイド部隊「魔女っ子メイド隊」と前衛系メイド部隊「聖☆メイド騎士団」を部下に持っています

 どちらの構成レベルも30~50レベルのNPCで構成されていますが製作されたメインの理由が接客目的だったのでレベルに比べてかなり弱いです。ただ、今居る世界では、この部隊でも世界最強クラスかもしれませんが

 

 またこの防衛部隊ですが、両部隊ともほとんどの構成が人間やエルフなので、寝る必要のない天使などの夜間清掃も担っている(実際に働くのは掃除用に作られたモンスターなので、彼女たちはその管理なのですが)一部のキャラ以外、夜は寝ます。なので夜間の警備としては、ほぼ役立たずです

 

 

■他の100レベルNPC

 

 上の3人の他にあと3人イングウェンザー城には100レベルNPCがおり、内2キャラは過去に付き合いのあった戦闘系ギルドのフレンドと話し合ってスキルビルドをしたガチ戦闘特化NPC。装備もお金(リアル課金、ゲーム内金貨共に)とコネをふんだんに使って集めたゴッズアイテムで全身を包んでいると言う徹底ぶり。なのに二人とも1レベルだけは料理スキルを持っていますw これは主人公の譲れないこだわりの為です

 

 あとの一人は金庫の守護担当。こちらは金庫の整理に必要な鑑定や整理などのスキルを持つ為、戦闘力は6人中最弱です。設定としてはオタクで、普段は金庫で暇しているのでこの世界に来てからは図書館から定期的にラノベや漫画、アニメの円盤を届けてもらって金庫内の自分の部屋で見ています。またある設定があるのですが、これは番外編で書かない限り出てこないと思います

 

 3キャラとも未登場で、特に最強2キャラは戦闘をしないこの物語では多分出てくる事はないと思います

 

 

 

第2章

 

<イングウェンザーNPC>

 

 ギルドの女性キャラは一般メイドも含め、全員料理人スキルを1以上取得しています

 

<紅薔薇隊>

 

 セルニア直轄の前衛系メイド部隊、「聖☆メイド騎士団」の一部隊

 構成はリーダーのヨウコを筆頭にサチコ、ユミ、トウコの4人編成の部隊で、特にヨウコとサチコはギャリソンが「アルフィン様が外出なされる時はこの二人を連れて行くのが好ましい」とわざわざ選んだほど、その優雅な佇まいや仕草はイングウェンザー城のメイドたちの中でもかなりのもの

 

■ヨウコ・マーキュリー

 

 紅薔薇隊のリーダー。外見は黒髪ショートボブで背が高く、優しい微笑みと凛とした瞳が特徴的な女性

 

■サチコ・アイランド

 

 4人の中で一番背が高く、日本人形のような艶やかな黒髪ロングで4人の中では一番美しく、けれどとても気が強そうな顔をしている

 

■ユミ・フォーチュン

 

 本編で名前は未登場。背が低く、茶髪のツインテールと狸を思わせるようなたれ目に丸顔。とてもかわいらしく愛嬌のある顔立ちをしている

 

■トウコ・プレトーチ

 

 本編で名前は未登場。あやめのようにドリルのようなツインテールで茶髪、これまたあやめのように顔立ちは気が強そうで小悪魔的な顔立ちをしている

 

 

<現地人>

 

■ユーリア・マイエルとエルマ・マイエル

 

 ボウドアの村の女の子で、野盗襲撃時はユーリアが12歳で エルマが10歳

 野盗襲撃事件で母親が襲われているのを見て泣いた為、シャイナが村に助けに入る切っ掛けとなり、その流れでまるんと友達になる

 

 クッキー大好きw

 

■エルシモ・アルシ・ポルティモ

 

 ボウドアの村を襲った野盗のリーダーで元金の冒険者(レベル12)だが、実力としては銀に近い

 部下は元銀の冒険者6人(レベル7~9)と鉄の冒険者13人(レベル3~5)と言う構成

 根っからの悪人ではないので攻撃するのは抵抗するものにだけにして逃げるものは追わず、家の中の食料や金品だけを奪おうとする

 

 村を見に来たシャイナ、まるん、セルニアは、はじめはそれほど凶暴な野盗集団でもないし静観するつもりだったが(特にシャイナが目立たないほうがいいと主張)野盗を止めようとした母親をけり倒されたのを見たユーリアたちが泣き出し、それを見たシャイナが激昂、結果彼らは絶望的な戦闘に挑むこととなる

 

 奥の手として「愚鈍なる鉄巨人の人型」と言う30レベル前後のアイアンゴーレムを呼び出すマジックアイテムを持っていたが、特に見せ場も作らせて貰えずセルニアにスクラップにされた

 

 実は無類の甘いもの好き。チョコレートってこんなに旨いのか!w

 

 

 

第3章

 

<イングウェンザーNPC>

 

 ギルドの女性キャラは一般メイドも含め、全員料理人スキルを1以上取得しています

 

■ミシェル・ランドラ・ヴィジャー

 

 イングウェンザー城の隣に作られた収監所の所長権管理人さん

 セルニア直轄の前衛系メイド部隊、「聖☆メイド騎士団」のメンバーで種族はハーフエルフ。外見的特長、はどちらかと言うと親しみ易さが前面に出たほっとするタイプで、長い髪を赤いリボンを使って左右に分けたツインテール。髪の色は茶色がかった金髪のストレートヘアーで、顔は少したれ気味の優しそうな紫の瞳をしており、ふんわりとした雰囲気の童顔である。背は低め(155センチ)なのに胸は大きい

 

 何かを言いつけられると自信なさげにおどおどとした態度を取る事が多いが実は意外と優秀で、特に施設運営能力とメイドとしての技能は少なくともセルニアよりは上である。暇な時はいつも、収監所の前を竹箒ではいている

 

 必殺技は「秘奥義! 砕岩超振動波」と言う技で、無機物系にはとても強力だがスライムなどの軟体系にはまるでダメージが与えられないと言う偏った技でもある。この技からすると、習得スキルは多分モンク系だと思われる。レベルは30弱

 

 

第4章

 

<イングウェンザー城NPC>

 

 ギルドの女性キャラは一般メイドも含め、全員料理人スキルを1以上取得しています

 

■ココミ・コレット

 

 イングウェンザー城の一般メイドの一人

 レベルは3レベルしかなく、ちゃんとしたスキルは料理1レベルしか持っていない。ただ、一般メイドすべてに共通している特徴として、余剰レベルを使用して掃除や接客など、いくつかの一般スキルを持っている

 

 外見的特長は、大きめなダークブルーの瞳とおっとりとした丸顔で髪の色はダークブラウン。前髪をオン・ザ・眉毛で切りそろえたセミロングで、髪質はストレートにほんの少しだけウェーブがかかっている。明るくて優しい性格なので普段は常にニコニコしているのだけど、気弱な面のある性格からか何かあるとすぐに青い顔になって涙目になる。そんな性格と大きな目が特徴の丸顔のせいで年齢より子供っぽく見られるが、胸だけはHカップとイングウエンザー城の中でもトップクラスの大きさを誇る

 

 

<現地人>

 

■カルロッテ・ミラ・ボルティモ

 

 野盗のリーダー、エルシモの奥さん

 元鉄の冒険者で、地方都市の神職の家に生まれた彼女は子供の頃から信仰に目覚め自分も神官になったがそれほどマジックキャスターとしての素養は高くなく、1位階の信仰系魔法しか使う事ができない

 

 年齢は29歳。緑掛かった灰色の瞳と後ろでまとめた金髪がとても綺麗な、優しそうで笑顔が魅力的な女性だが夫が冒険者を辞めてしまい生活が苦しくなり、少ない食事も子供に優先的に与えていたために少しやせすぎな体型になっている

 

 野盗の家族たちのリーダー的存在でもある。また、後にアルフィンに雇われてイングウェンザー対外的な書類作成業務をする担当する事になり、後々は(以後割愛)

 

 

第5章

 

新キャラなし

 

 

 

第6章以降はまた新キャラが出てくる事になりますが、そちらの方もある程度人数が溜まってきたら人物紹介その2として纏めたいと思います

 




第7章でサチコのフルネームが出たので、紅薔薇隊全員のフルネームを追記


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第6章 領主の館訪問準備編
41 旅路


 青空の下、綺麗にとまでは言えないが通行するには不自由しない程度には整備された道を2体のアイアンホース・ゴーレムがゆっくりとしたペースで進む。空は見事な青空で湿度も低く、かすかに吹く風がほほをくすぐりとても気持ちいい。ゆったりと旅をするには最高の天気と言えた

 

 「シャイナ様、シャイナ様、ぽかぽかして気持ちいいですね」

 「シルフィーさん、シャイナ様の肩に座るとは何事ですか! 不敬にも程があります!」

 「残念でしたぁ~、シャイナ様が座っても良いって言ったから不敬にはあたらないんですぅ~」

 「ぐぬぬぬぬっ」

 

 短い旅の友をする二人の言い争いに頬を緩めながら、シャイナは真っ赤なアイアンホース・ゴーレムの上で空を見上げる

 

 「うん、今日もいい天気だ。これなら道中雨に降られる心配はなさそうだね」

 「シャイナ様、シャイナ様。もし雨雲が来ても大丈夫ですよ、私がどこかへ吹き飛ばしますから」

 「シルフィーさん、あやめ様が『精霊たちの話からすると、この旅の最中は雨に降られる事は無いはずよ』と仰られていたのを忘れたのですか? そんな心配はまったくありませんから」

 「もうっ! うるさいなぁ~ルリさんは。こう言うのは気分よ気分。それに私が創造主であるあやめ様の御言葉を忘れる訳がないじゃない!」

 

 ルリの言葉に怒ったのかシルフィーはシャイナの肩から飛び立ち、ルリの頭の上を飛び回りながら文句を言い出した。しかしその気持ちも解らないでもない。何せ彼女は文字通りあやめによって作られた存在なのだから、あやめの言葉を疑ったと取れるような事を言われては黙っていられないのだろう

 

 

 今シャイナはアルフィンの要請でボウドアの村から西に伸びる街道をゆったりと移動していた。これは数日後にこの辺りを治める領主の館をアルフィンが訪れる事になったので、その際危険な箇所や問題がある場所が無いか調べるためだ。と言うのも、イングウェンザー城にある馬車は4頭立ての大きなもの一つ。多分大丈夫だろうけど、もし街道の途中で道の狭い所があったら立ち往生してしまう可能性があるのだ。これが大きな町の近くの街道ならそんな心配は無いのだけれど、ここは辺境。荷馬車以外通る事がないであろうこの街道では絶対に無いとは言い切れないと言うのがアルフィンの判断だった

 

 まぁ、それだけなら別に空を飛べるシモベか誰かを見に行かせればいいだけの事ではあるのだけれど、それだけではない事情があった

 

 

 

 「空からでは野盗の気配や野生生物の気配はよく解らないだろうからね。やっぱり自分の目で確認しないと安心できないよ」

 

 口に出すつもりは無かったけど、思っていた事がつい口から出てしまった。でもまぁ、これが私の本心だから誰に聞かれて困るものでも無いけど。中途半端な情報でマスターの気分を悪くさせる事があったらいけないし、何より私自身が自分で見ておきたかったのよね

 

 ボウドアの村やエルシモさん達からの情報でこの辺りには凶悪なモンスターは存在しない事は解っているし、野盗がいたとしても当日は私も同行するつもりだから特には問題は無いだろう。でも、優しいマスターはこの世界の人を傷つける行為をなるべく避けようとしている感じがするし、となれば前もって襲撃などが無いようにちゃんと見ておく方がいいだろうと言うのが私の考えだった

 

 「シャイナ様、シャイナ様、私なら空からでも人や動物の気配が解りますよぉ~」

 「シルフィーさん、シャイナ様はそう言う事を仰られている訳ではありません。地に潜む者や罠を含めて気配を調べなければいけないと仰られているのです。浅はかな貴方とは違うのですよ」

 「なにぃ~! 言ったなぁ~!」

 

 シルフィーのドロップキックがルリちゃんの頭に炸裂。と言っても力を入れている訳ではないからたいして痛くも無いのだろう。その証拠に今は攻守逆転してルリちゃんが捕まえたシルフィーの体を両手で持って上下に数回シェイク、今度はシルフィーが目を回している

 

 このように私の言葉が引き金になってまた、ワイワイガヤガヤと大騒ぎが始まった。でもこの二人、傍から見ると仲が悪いように見えるけど意外と馬が合うみたいなんだよね

 

 私の供をしているこの二人、一人は医療班であるルリと言う名前で、この子は医療班と言うだけあって戦闘力はほぼ皆無だけど彼女の持つ32レベル分のほぼすべてを回復系スキルにつぎ込んだ事により、高位回復魔法でなければ直せない攻撃がない相手なら自分の倍程度のレベルの戦闘でもある程度任せる事が出来る程の回復量を誇る治療のスペシャリストだ

 

 種族はハーフエルフで、外見的特長はハーフエルフとしては珍しい黒髪のおかっぱ。ただ顔立ちはエルフに近く、切れ長の瞳が特徴的な気の強そうな美人さん。なのに身長は146センチと小柄で幼児体型という結構アンバランスな感じのする子だ。何よりエルフ寄りな顔なのに魔力系ではなく信仰系マジックキャスターというのが珍しいキャラだったりする

 

 一見口うるさいような感じがするけど頭をなでるとくすぐったそうに笑ったり、何かあると拗ねてみせたりと子供のような反応をするので医療班の中では私一押しの子だったりもする

 

 そしてもう一人がシルフィー。外見的特長はフィッシュボーンスタイルにまとめた緑の長い髪の毛を腰までたらし、顔はエルフのように大きくてつり上がったアーモンド型の瞳と長い耳を持つ。そして背中の透明な羽と何より特徴的な15センチほどの身長。見た目の印象からすると御伽話に出てくるフェアリーそのものに見える子だ。でも実はフェアリーではないのよね

 

 そう、この子の事を語るには少し説明が必要だろう

 

 

 ■

 

 

 と言う訳で少し過去に遡る

 

 時はエルシモたちが収監された次の日。イングウェンザー城の地下6階層にあるアルフィンの執務室での出来事

 

 

 

 「マス・・・アルフィン、凄いよ! 大発見だよ!」

 「どうしたのあやめ? そんなに興奮して」

 

 その日、アルフィンは興奮して顔を真っ赤にしたあやめに抱きつかれ、詰め寄られていた。どうやら何か新しい発見をしたみたいだけど何があったのかしら? 普段は年齢より大人びた感じのするあやめだけど、こう言う時は子供らしい反応をするようでちょっと微笑ましい。だけど、余りに興奮しすぎていて何を言いたいのかまったく伝わらないのはちょっと考え物ね。何せさっきから凄いと大発見しか言わないんだもの

 

 「とにかく凄いんだって!」

 「うんうん、凄いのは解ったわ。それであやめ、一度大きく深呼吸をして、それから何が凄くて大発見なのか私に教えてもらえるかな?」

 

 私がそう言うと、あやめは「うん!」と大きく頷いてから手の振りまで付けて大きく深呼吸をした。そして、気持ちを落ち着かせてから、目をキラキラさせて自分が発見した凄い事を教えてくれた 

 

 「あのねぇ、アルフィンがあたしに収監所の壁を精霊魔法で作るように言ったよね? だからあたし、アルフィンに言われた通り昨日大地の上位精霊であるダオを呼び出して岩山を作って、それからそれを切り崩して壁を作る事にしたの」

 「そうね。私はそうした方がいいと確かに言った覚えがあるわ」

 

 確かに広範囲にクリエイトマジックで壁を作るより、あやめのスキルビルドからするとその方が簡単だろうと思ってそう指示した覚えがある。その時に何か新しい発見でもしたのかな? んっ? でもそれなら昨日私が帰ってきた時にあやめはこの状態になってないと変よね?

 

 「それでね、それでね!」

 「うん、その時に何か大発見をしたのね?」

 

 ちょっと疑問はあるけど、話の流れからしてそうなのだろうと相槌を打った。でもそれはちょっと違っていたようで

 

 「違うよ! その時は普通に壁作っただけだし。大発見は今日したんだよ。凄い大発見だよ!」

 「えっ、今日?」

 

 でもさっきは昨日の話をしていたよね? どういう事かしら

 

 「そう、正確には今朝ね。ねぇアルフィン、<コール・スピリット/精霊召喚>で召喚した精霊って上位でも下位でも時間が経つと帰っちゃうよね?」

 「ええ、ゴーレム創造と違って精霊とか天使の召喚やアンデット創造は時間が来たら消えてしまうわね」

 

 これはゴーレムは製作に素材を必要とする道具だけど精霊や天使、アンデットは傭兵モンスター扱いだからなんだろうなぁと私は認識していた。でもこの後のあやめの言葉でそれが間違っていた事を知らされる事になる

 

 「それがねぇ、昨日召還したダオがまだ消えてないの。もしかしたらゴーレムみたいにずっと消えないかもしれないのよ」

 「ええっ!?」

 

 そんな事ってありえるの? だって精霊は召還されるものでしょ。ゴーレムのように作られたものではないから時間が経てば元居た精霊の世界に帰るのが当たり前なんじゃないの?

 

 そこまで考えて私はふとある事に気が付く。精霊の世界って何? ゲームの頃はそう言う物があるんだろうなぁなんて漠然と考えていた。でもそれについての説明はユグドラシルでも何も無かったし、何よりここは異世界とは言え現実世界だ。ならば精霊の世界があると考える事自体がおかしいのかもしれない

 

 「それで、もしかしたらと思ってサラマンダーを召還してみたのよ。もし一度召還したらずっと居続けるのなら便利だろうと思って。でもね、なぜかサラマンダーは消えてしまったの。時間は大体ユグドラシルで召還した時間と同じくらいだったわ」

 「えっ? 上位精霊のダオは消えないのに下位精霊のサラマンダーは消えちゃったの?」

 

 それっておかしくない? 逆ならともかく、より力の強い精霊の方が長時間(いやこの場合は永続的になのかな?)召還できるのはありえないんじゃないかな? そんな疑問はあやめも持ったらしくて、それが元で大発見をする事になったようだ

 

 「それで何が悪かったのかなぁ? と考えた時にある事に気付いたの。そういえばダオを召還した時に地面がかなり広範囲で抉れたなぁって。それ自体はダオが私のMPを消費して元に戻したから気にしてなかったんだけど、もしかしたら土の精霊であるダオは土を媒体に消費してこの世界に定着したのかもって」

 「土を触媒にしたって事?」

 

 そんな事がありえるのだろうか? でも、実際にダオは消えていない訳で

 

 「だからさっき実験してみたの。今日ってちょっと風が強いよね。だからその風を触媒にしてジンを召喚・・・したんだけどやっぱり消えちゃって、でもでも、もしかしたら風が弱くて消えたのかもしれないからってもう一度、今度は中位精霊であるシルフを召喚したら大成功!」

 

 そうあやめが叫ぶと、どこからともなく小さな妖精が姿を現す

 

 「そうして私はこの世界に生まれました。アルフィン様、アルフィン様、はじめまして! あやめ様に創造していただいた風の精霊、シルフのシルフィーです。以後お見知りおきを」

 「えっ? この子、精霊なの?」

 

 シルフィーと名乗った、どこから見ても妖精にしか見えないこの子はあやめの「大成功!」と言う言葉を合図に私の目の前に出現して、こう挨拶するとぺこりと頭を下げた。後で聞いた話なんだけど、彼女は風の精霊だけあって姿を透明に出来るらしい。まぁ、それだけなら私の感知能力に引っかかって居る事に気付けたのだろうけど、今回はあやめが私を驚かす為に認識阻害の指輪を持たせていた(と言うか、首輪みたいになっていた)から気付けなかったようね

 

 とにかく、あやめの発見した仮説、対になる触媒を使えば精霊はこの世界に受肉できると言うのは多分正しいだろう。実際に目の前にシルフィーが居るのだから。でもまぁ、だからと言ってポンポン受肉させて貰っても困るからあやめには自粛するようにと、この場で言っておいたけどね

 

 

 

 余談だけど、後日この話をメルヴァとギャリソンに話したところ、もしかするとアンデットや天使、悪魔も人やドラゴンなどの上位モンスターの死体を利用すれば消えない状態で定着するかもしれない(これは生命や精神の精霊、魂が触媒として当てはまるのではないかと言う仮説から出た意見らしい)と言われたんだけど、それってちょっと嫌だし怖いから聞かなかった事にした

 

 

 ■

 

 

 とまぁ、シルフィーはこうして生まれた風の精霊なのよ。ではなせあやめの作り出した風の精霊が私と同行しているかと言うと、その能力が関係しているからなのよね。このシルフィー、あやめが言うには、風の精霊の力が漂っている場所限定だけどかなり広範囲の索敵が出来るらしい。なにせ人には感じられないほぼ無風と思える状況だとしても実際は大気の移動は行われているから、室内やダンジョン、屋外でも特殊な魔法で隠蔽や防御を施されたテントのように風の影響を受けないような特殊な状態を作り出している場所を除いて空気のあるほぼすべての場所は常に風の影響下になるそうなの。そして風の影響下にあると言う事は風の精霊の影響下にあるという事でもあるらしいのよね

 

 あくまで中位精霊なので物凄い広範囲の索敵が出来るとまでは言わないけど今回の任務のような場面では十分な広さをカバーできるし、ほぼ魔力を使わずに常時索敵が出来るのであやめの推薦で今回の偵察任務に同行してもらったと言う訳

 

 ついでに言うとルリちゃんがこの旅に同行しているのはメルヴァからの要請だったりする。私としては情報からしてこの旅の最中に怪我をする事は無いと思うし、病気に関しても装備に状態異常耐性がついているからまず掛かる事は無いからヒーラーが同行する必要は無いと思ったけど

 

 「私としてはシャイナ様が御出掛けになられるのでしたら本来なら護衛を同行させたいのです。しかしシャイナ様を御守りできるほどの力を持つ者はイングウェンザーにはおりませんし、シャイナ様御自身が必要ないと仰られるのでせめて傷を癒す者の同行を御許しください」

 

 と頭を下げられてしまったから、それならお気に入りのルリちゃんならいいよと言う事で同行してもらったという訳。正直言うと、戦いになった時は戦闘力皆無のルリちゃんだと足手まといになるからとメルヴァは渋い顔をしていたけど

 

 「他の子なら(ついて来なくても)いいや」

 

 との私の一言で彼女が同行する事になった。そしたらこの二人の相性が思いの他良かったしく常にこのようにシルフィーと漫才を繰り広げて私を楽しませてくれたおかげで、まったく退屈をしない楽しい旅になったのだから何が幸いするかわからない

 

 

 こうして、この旅では恒例になった私の存在を忘れたかのように言い争いをする二人の姿を今回も楽しく見ていたんだけど、その時突然シルフィーの表情が真剣なものになった。そして、それに真っ先に気付いたのは漫才? の片割れであるルリちゃんで

 

 「シルフィーさん、どうしました? 何か近くに怪しい者が見つかったのですか?」

 「怪しい者と言うか・・・シャイナ様、シャイナ様。血の匂いが、それも人間の血の匂いが漂ってきます」

 

 私とて前衛職なのだから危険感知能力はそれほど低い訳ではない。また、近くでそのような匂いがするのなら気づかないなどと言う事はないはずだ。しかし、そんな私でさえまったく気がつかないほどのかすかな血の匂いをシルフィーは感じ取ったと言う。なるほど、確かにあやめの言う通りシルフィーの能力はこの探索の旅にとってかなり有用だったと言う事か

 

 「血の匂い? それは誰かがこの近くで戦ったと言う事? それとも大怪我した人が近くに居るという事なの?」

 「これは乾いた血ではなく今体から流れているもの、怪我人の血の匂いだと思います」

 

 この辺りには強いモンスターは居ないとの事だけど狼等の野生動物は生息すると言うし、野盗も居るだろう。と言う事はもしかすると商人や近くの住人が襲われているのかもしれない

 

 「それは人の血の匂いなのね? それなら助けに行かないと。どっちの方角かは解るわね」

 「はい! こちらの方から漂ってきます。シャイナ様、シャイナ様、私が先導するので着いてきてください」

 

 そう言うとシルフィーは街道から外れた先にある林の方を指差し、私を誘導するかのようにそちらの方に飛ぶ

 

 「解ったわ。でもまだ戦闘が続いている可能性もあるから、二人とも近くまで行ったら私の後ろに隠れる事。良いわね」

 「はい、近くまで行ったらシャイナ様の後ろに隠れます。シルフィーさんは怪我人の場所をシャイナ様が確認したら私の所へ来てください。くれぐれも先行しすぎてシャイナ様に御迷惑を掛けないように」

 「もぉ~! 言われなくても解ってるよぉ~」

 

 そう二人に確認した後

 

 「厄介な事にならないといいんだけど」

 

 とアイアンホース・ゴーレムを林の方に向けて走らせ、先を飛ぶシルフィーの後姿を見つめながら考えるシャイナだった

 

 




 シャイナは何度も言うようにイングウェンザー城の最大戦力の一人です。そんな彼女に共は要らないと言われてしまったメルヴァはきっと途方にくれた事でしょうw


 さて、10巻についていたが~るずと~くですが、そこに新事実が。料理長が作ったものにしかバフがつかないと書かれている所を見ると、ちゃんとした料理スキルと一般スキルの料理スキル、ユグドラシルにも両方あったみたいですね。と言う事は、うちの女性NPC達は全員料理スキルを持っているというのはちょっとおかしかったかも。だって一般スキルでいいのならわざわざ貴重なスキルポイントを使って取らなくても良いと言う事ですからね


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42 毒と志願兵

 林に向かい走る二頭のアイアンホース・ゴーレム。その水先案内人となって飛ぶ風の精霊は林に近づくにつれ、より一層正確な情報を得てその内容を逐一後ろに続く者達に伝えていた

 

 「シャイナ様、シャイナ様、林に入ってすぐです。怪我をして倒れている人は林の入り口付近で倒れています。そのすぐ近くに馬が居るようなので、もしかしたら落馬をしたのかもしれないです」

 「落馬? シルフィーさん、ならもしかして大怪我なの? シャイナ様、もし首の骨を折ったりしていたら一刻を争います。急ぎましょう」

 

 シルフィーとルリの言葉に手綱を握る手に力が入る。でも、これ以上をスピードを上げる訳には行かない。確かにこのアイアンホース・ゴーレムならさらに早く走る事は出来るだろう。しかしこれ以上早く走ると林に着いた時に馬での戦闘ができる私ならともかく、ろくに馬に乗った事が無いであろうルリちゃんでは勢いがつきすぎて止まる事が出来なくなる危険があるし、何より先導しているシルフィーがそれ程のスピードを出せるとは思えない。実際焦った顔で飛ぶあの姿からすると、今のスピードがすでに限界なのだろう

 

 「ルリちゃん、焦る気持ちは解るけどこれ以上スピードを上げるのは危険だし、場所が正確に解るシルフィーより先行してはかえって怪我人を探すのに手間取る可能性があるわ。それに、もし落馬ではなく何者かに襲われたのだとすると、その者は探知疎外を使っているはず。そんなところに無防備に飛び込むのは愚作よ」

 「解りました、シャイナ様」

 

 私の言葉に素直に従うルリちゃん。彼女は医療班だけあって戦闘に出た事がないから、きっとこのような場面での対処法を知らないだろう。それだけにきちんと危険性を指摘してあげないと思わぬ事態に巻き込まれる可能性があるから気をつけないと

 

 「怪我人を見つけたら私が助け起します。私ならたとえ不意を撃たれても対応できるからね。そこで危険がないと確認できたら指示を出すから、その時はすぐに治療をお願いね」

 「はい!」

 

 そうこう言っているうちに林はどんどん近づき

 

 「シャイナ様、シャイナ様、あそこです。あの木の陰に馬が居るのですが見えますか? そのすぐそばに人が倒れています。それにこの血の匂いは・・・毒?」

 「毒だって!? と言う事は誰かに襲われたと言う事?」

 

 倒れている人が毒を受けていると言う事は、毒を持つ動物か毒が塗られた武器を使う何者かに襲われたと言う事だろう。でも、もし相手が動物ならシルフィーが発見しているはずだし、人なら既に立ち去った後かどこかに潜んでいると言う事。これで待ち伏せの危険度は大幅にアップした訳だ

 

 このような状況では戦闘能力のないルリちゃんやシルフィーを先行させる訳には行かない

 

 「シルフィー、場所は解ったわ。あなたとルリちゃんはここで止まって指示があるまで風の結界を張って待機。私が先行します」

 「「解りました!」」

 

 二人が指示を聞いたのを確認して私もいくつかの戦闘スキルを発動させ、そしてその勢いを維持したまま林に飛び込んでアイアンホース・ゴーレムから飛び降りる。これは草原ならともかく、林の中では体が大きくて木が移動の邪魔になる馬の上よりも降りて警戒した方が奇襲に対応しやすいからだ。そして周りを確認し、自分が出来る範囲で周りの気配を探る

 

 「敵は・・・居ないいみたいね」

 

 ユグドラシルの高レベルプレイヤークラスの盗賊やレンジャー並みの隠遁能力を持つ者が居るなら話は別だけど、エルシモさんから聞いたこの世界の住人レベルならばこの状態の私に察知されずに奇襲の機会を窺えるほど近くに潜伏する事は多分できないと思う。でも、倒れている怪我人が襲撃者でないとは言い切れないので、念の為ルリちゃんたちを呼ぶ前に駆け寄って確かめた

 

 「ううっ・・・」

 

 顔が土気色で呻いている。これはどう見ても演技ではないよね。そこであわてて近づき助け起し

 

 「大丈夫!? しっかりして!」

 

 声を掛けながら体の状況をチェック。装備からするとこの国の騎士と言ったところだろうか? 何かと戦った後のようで鎧や手足に真新しい傷があけど、そのほとんどはかすり傷程度のようだ。でも、右手の浅い傷口が紫色に変色している所を見ると毒の塗られた武器で傷つけられたみたいで、傷の軽さから見て付けられた時点ではたいした怪我ではなかったから事の重大さに気が付かなかったのかもしれないわね。それに少し吐血しているみたいだし、これは急がないと命にかかわるかも

 

 「ルリちゃん、危険はないみたいだから急いで来て。この人、早く解毒しないと命にかかわるかも知れないわ」

 「はい!」

 

 私の言葉を聞いて急いで駆けつけるルリちゃんとシルフィー。ルリちゃんはアイアンホース・ゴーレムが完全に止まるのも待たずに飛び降り(危ないなぁ。まぁ怪我をしなかったからよかったけど)私が抱き起こしている騎士風の男の人に毒消しのキュアポイズンと体力回復の為にミドル・キュアウーンズを掛けた

 

 私の肩にとまって心配そうにしているシルフィーと二人して固唾を呑んで見守っていると、ルリちゃんの魔法が間に合ったのか見る見るうちに土気色だった顔には赤みが差し、苦しそうだった息が整っていく

 

 「よかった。何とか治療が間に合ったみたいね」

 

 その様子を見てやっと緊張が解け、私たちの顔にも安堵の笑みがこぼれた

 

 「んっ、」

 

 そしてその私の言葉に反応したかのように、騎士風の男は目を開けて

 

 「女神様と妖精・・・か。とても美しいなぁ。それが目の前に居ると言う事は、やはり俺は死んだのだな・・・」

 

 などと、私とシルフィーの顔を見てとんでもない事を言い放った

 

 

 ■

 

 

 フリッツ・ゲルト・ライスター

 

 帝国人に多い金色の、刈り上げられた清潔感のある髪と鍛え上げられた肉体を持ち、そして標準より少し整ってはいるものの幾つもの死線を潜り抜けた事によって精悍さを増した事により、まだ22と若いにもかかわらず30近い年齢だと勘違いされる老け顔が悩みのこの男

 

 彼は元々バハルス帝国の西の外れにある衛星都市イーノックカウの冒険者組合に所属する銀の冒険者だったが、鮮血帝の改革により元からトブの大森林方面の町に比べて少なかったモンスター退治の仕事が絶望的に激減し、彼のパーティーも半失業状態になってしまった。この町に愛着を持っていた彼はそれを機に、大森林方面の町に拠点を移すと言う仲間たちと別れイーノックカウの駐留帝国軍に志願。無事合格して騎士の称号を得る事ができた。その後彼は実力が認められ、元冒険者の騎士4人の部下を持つ小隊長に就任。町の治安維持や辺境の村等からの依頼による野盗討伐などの任務を請け負っていた

 

 「討伐要請任務ですか?」

 

 その日、彼とその小隊は町の警備を担当する大隊長から西の辺境に出没する野盗討伐の依頼を受けてこの辺境まで来ていた。その地を納める貴族からの要請書によると、その野盗達のアジトの位置は判明しているのだが相手は元冒険者らしく、自分の子飼いの騎士達では手に余るので兵を回してほしいとの事。そこで元冒険者で構成された彼らが適任であろうと命令が下ったのだ

 

 領主の館に到着後、早速その地を治める領主に仕える騎士から判明している野盗のアジトを聞き、偵察。ライスターの見立てでは鉄と銅の冒険者崩れで構成されている野盗のようで人数は12~3人とそれほど多くない。これならば自分たち5人だけでも大丈夫であろうと判断し、見張り以外は全員が寝静まっているであろう夜が明ける少し前を狙って急襲した

 

 倍以上の人数でかつ元冒険者と言えどアジトに戻り、安心しきっていて鎧さえ着ていない状態では元鉄の冒険者以上で構成され連携訓練もつんでいるライスター小隊の敵ではなく、余り時間を掛けることなく野盗アジトを制圧を完了する事ができた。その際、唯一抵抗らしい抵抗が出来た者は手下を楯にして奥に逃げて装備を整えた野盗のボスくらいだが、そのボスも騎士になって正規の訓練を受けて冒険者時代よりも腕を上げたライスターの敵ではなく、かすり傷を右腕と鎧に数箇所つけられた程度で倒す事が出来た

 

 「小隊長、奥に捕らわれた女性たちを発見しました」

 「女性達? それは何人くらいだ? そして健康状態は?」

 

 部下の報告によると捕らわれていた女性達は18人。そのほぼ全員が衰弱状態で、この場所から歩いて脱出するのは困難との事

 

 「解った。それなら俺が領主の所まで戻り、移送の為の馬車を用立ててもらえるよう頼んで来る事にする。お前達は野盗の残党が居るかもしれないから、ここに残ってご婦人達の警備を頼む。勝利の後の気を抜いた隙を突かれるような事が無いようにな」

 「「「「ハッ!」」」」

 

 こうして彼は一人、領主の館へと馬を飛ばす事になった。しかしこの後、彼はこの判断を後悔する事になる

 

 

 

 部下たちを残し、林の中を馬で疾走するライスター。そんな彼の体の異変は突然訪れた

 

 「何だ? 先ほど付けられた腕の傷が・・・」

 

 つい先ほどまで付けられた事さえ忘れていたかすり傷が最初は少しずつ、やがて猛烈に痛み出した。そして

 

 「くっ、体が重い。それに目まで・・・」

 

 その痛みが増す毎に体の自由が利かなくなり、目も少しずつかすみだした。ここまで来ればこの状態が非常事態であり、その原因が先ほど野盗のボスに付けられたかすり傷だとライスターも嫌と言うほど思い知らされる

 

 迂闊だった。他の野盗達と違い、ボスだけは仲間を楯にして奥に逃げ込んで装備をそろえたのだから武器に毒が塗られていた可能性を考えておくべきだった。しかし今更悔いた所で後の祭りである。ポーションなどの薬は重くて嵩張るから急いで馬を駆る為には邪魔だと思い、またご婦人方の体調を慮って部下たちに預けた方がよかろうと判断してすべて置いて来てしまったのだ

 

 「このままではいけない。ここは一旦戻るべきか? しかし、この痛みからするとたどり着く前に力尽きてしまうのではないか? それならばこのまま進むべきではないのか? この林を抜ければ街道まではあと少し。そこまで行けば、運がよければ誰かが通りかかるかもしれない」

 

 通りかかったとしても、それが地元の農民だとしたら意味はないだろう。しかし、もしかすると冒険者や巡回している騎士が通りかかるかもしれない

 

 「どの道引き換えしたらたどり着く前にお陀仏だ。それならば一か八か、自分の運に掛けよう!」

 

 そう考えてライスターは馬を急がせる。今はまだ何とか耐えられる。しかし徐々に毒が体を蝕み、目はかすみ、体はより一層重くなって行っている。腕の痛みが増す事はないが、これはすでに限界を超えて痛み続けた為に麻痺し始めたと言う事でもあるのだろう。このような状態では何時馬を走らせる力さえ尽きるか解らない

 

 「もう少しだ、もう少し行けば林の縁に着く。そこを越えれば街道は目と鼻の先・・・」

 

 たとえ街道までたどり着けなかったとしても、近くまでたどり着きさえすればこんな林の中で倒れるのとは違って誰かが見つけてくれる可能性はぐんと高くなる。通りがかった人が偶然目を向けるかもしれないし、もし周りに気を配っている巡回兵が通りかかれば見落とされるなんて事はまず無いだろう

 

 だんだん木と木の間隔が開き始め、先の方に明かりが差し始める

 もうすぐだ、もうすぐこの林を抜けることが出来る。そうライスターが思った時それは起こった

 

 林の縁が近づき、木が疎らになったからだろう。ふいに木が途切れた場所へ出て、今まで枝や葉によって遮られていた太陽の光が彼の頭上に降り注いだ。その光は普段の彼からすれば何の事は無い、少し眩しいと感じる程度のものだったろう。いや、いつもならむしろ気持ちいいとすら感じたかもしれない。しかし今の彼にとってその光は猛毒だった。目がかすみ、頭も毒によって朦朧とし始めていた彼は、ただただ林を抜ける事だけに気を取られていた為に、その光でめまいを起してしまったのだ

 

 「ぐっ!」

 

 悪い事に手綱を握る手も毒を受けた痛みにより片手はほとんど効かず、体の自由もかなり失われた今の彼では片手だけの力ではよろめいた体を支える事ができなかった。そのままかなりの速さで走る馬からライスターは地面に投げ出されてしまう

 

 転げ落ち、投げ出されたその位置は林の縁から約5メートルの場所。そう、たった5メートルだ。しかし、今の彼にとってその5メートルは絶望的な距離である

 

 あと少し、あと少しだけ外で落馬をすれば林の外に投げ出されていただろうし、そうなれば誰かに見つけてもらえたかもしれない。いや、落馬の勢いで飛ばされていれば、遠くに居る者でもその動きが目の端に止まって気づいてくれたかもしれない。しかしここはまだ林の中だ。この位置ではきっと外から自分の姿を確認する事はできないだろう

 

 普段の訓練の賜物か、野盗討伐の為に普段の軽装備ではなくブレストプレートメイルを装備していたからか、落馬による傷その物はそれほどひどくはない。草でむき出しの手足を切ったり、木にぶつけて痣になった所はあるだろう。しかし大きな傷を負った場所も無く、骨もどこも折れてはいないようだ。あのスピードで走る馬から落馬したのにこれだけで済んだのだから、むしろ運がいいと言える。だがそれだけだ

 

 「くそっ、ブレストプレートがこんなに忌々しいものとはな」

 

 怪我は無くともすっかり回ってしまった毒によって体にはほとんど力が入らない。その上、今着ているのは重い鉄鎧だ。もう這いずって林の外に出る力さえライスターには残っていなかった

 

 だんだん腕の痛みが引いていく。いや、違う。体の感覚がなくなって行っているんだ。そうぼんやり考えた次の瞬間

 

 「げふっ!」

 

 ライスターは吐血した

 と言う事はとうとう毒が肺まで達したのだろう。これではもうだめだ。今からではたとえ巡回兵に見つけてもらえたとしても毒消しの薬などもっては居ないだろうし、緊急時の為に持ち歩いているであろうポーションだけではたとえ飲ませてもらえたとしても、もう助からないだろう

 

 彼は重く思い通りにならない体をなんとか動かし、仰向けの体制になる。どうせ死ぬのなら地に伏せて死ぬのではなく、空の方を向いて死のうと思ったからだ

 

 「はぁ、はぁ・・・お前達、すまない。俺はここで野垂れ死に、とても馬車を届けられそうに無い。大変だろうが、ご婦人方を頼むぞ」

 

 そう言うとほとんど見えなくなっていた目を瞑る

 もう体には一切力が入らず、感覚も無い。しかし重い圧迫感と肺を侵された事による息が出来ない苦しみだけは消えなかった。だが、毒によって自分の命が奪われて行っているその苦しみだけが彼がまだ生きている理解させてくれていた

 

 やがて音も聞こえなくなり、ついには何も考える事ができなくなって、最後に残った意識を手放しそうになる。そして次の瞬間、彼はすべての苦しみから解き放たれた

 

 あれほど苦しかった胸も、猛烈に痛かった腕も、暗闇の閉ざされていた思考のもやも、彼を襲っていたすべての苦しみから解き放たれていた

 

 誰かの柔らかな腕に抱き起こされているような感じがする。そして鼻腔をくすぐるこの甘い、とてもいい香り。そう言えば子供の頃に近くの神殿の司祭からよく聞かされたな。人は死ぬと神の御手に抱かれ天に召されると。そしてその神の世界は花が咲き乱れた楽園だと。そうか、俺は死んだんだな

 

 そう思い、ライスターはゆっくりと目を開ける。その瞳に映ったのは、この辺りではまず見かける事の無い褐色の肌とエメラルドのような輝く緑の瞳を持つこの世の物とは思えないほどの美しい女性と、その肩にとまる緑の髪と悪戯好きそうな瞳を持つ妖精がこちらを見て微笑みかけている姿。そしてどうやら自分はその美しい女性に抱き起こされているようだった

 

 「んっ、」

 

 ああ、このいい香りはこの人から漂ってきてるのか。いや、これだけの美しさだ。きっと人ではないのだろう。俺は先ほど死んだ。と言う事はこの方は女神様に違いない

 

 「女神様と妖精・・・か。とても美しい。それが目の前に居ると言う事は、やはり俺は死んだのだな・・・」

 

 死んでしまったのは残念ではあるが、こんな美しい女神様の腕に抱かれることが出来たのなら本望だろう

 

 もう少しだけこの幸せに浸る為にライスターは再び目を閉じ、芳しい香りを胸いっぱいに吸い込む。目を瞑る事によって、その目の前の女神様とも見間違うほどの美女が自分の言葉に頬を真っ赤に染めて口をアワアワとさせている事にも気付かずに

 




 今回の話ですが、元々の文章からあまりいじる場所が無かったのでうちのHP掲載時とあまり変わっていません。下手に何か入れようとするとおかしくなりそうなのでご容赦ください

 さて、前回のラストでシャイナが「厄介なことにならなきゃ良いけど」と言っていたので戦闘があるかと思われた方、すみません。この話では人と戦う事はまず無いだろうし、モンスターと戦うこともほとんど無いと思います。まったく無いとは言いませんけどね。ただ、前回の引きは見当違いのものではありませんでした。まぁ、まったく違う意味での厄介な事ですがw


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43 ラッキー(?)な目覚め

 何が起こったのか一瞬解らなかった

 さっきまで毒で苦しんでいた騎士風の男の人はルリちゃんの魔法が効いたらしく苦しそうだった息も静かなものになり、顔色も戻ったのでもう一安心とほっと胸をなでおろした時に彼は目を開け、私を見て何かを言った

 

 「いっ今、何を言われたの?」

 

 余りの事に頭が着いてこない。確か今、

 

 「めっ女神様って・・・」

 

 女神様って・・・女神様って私の事っ!? えっ? えっ? 何が起こってるの? どどどっどういう事なの?

 女神様と言う言葉の意味をはっきりと認識した瞬間に顔が一気に熱くなり、頭はより一層混乱する

 

 「そうですね。シャイナ様は確かに女神様のように御綺麗ですよぉ」

 「シルフィーさんもたまにはいい事を言いますね。確かにシャイナ様は御優しく、慈悲深く、至高であり女神様のように御美しい御方です」

 

 私が混乱している間にルリちゃんとシルフィーが騎士風の男の人の意見に賛同する発言をしてきた。ちょっと待ってよ、私が美しいって!? だって、私よ? 肌も浅黒いし、背も高い。髪だってアルフィンの艶のあるプラチナブロンドのように繊細でもなければ綺麗でもないし・・・第一、女神様って普通色が白くて華奢で綺麗な髪をしていて神々しくて・・・それにそれに、もっとこう優しい微笑の似合う存在じゃないの?

 

 「ななななっ何を言っているの? 女神様ってアルフィンみたいに肌が透けるように白くてさらさらの髪で優しい微笑みが似合う人でしょ。ゴツくて大きくて褐色の肌の私が女神って!?」

 「シャイナ様、シャイナ様。シャイナ様は別にゴツくないですよ。前衛職とはとても思えないほど女らしい柔らかな印象を与える御姿です。それにとても御優しいです。先ほども自分の事より、私たちの心配を先になされましたし」

 「そうですよ。アルフィン様のように透けるような白い肌ではありませんが艶やかさ、キメの細かさでは負けておりませんし、私どもにいつも向けてくださる微笑は慈愛に溢れ、その御姿はとても神々しくていらっしゃいます。(小声で)それにとてもいい匂いがします。私から見ても女神様に見えますよ」

 

 私がいくら否定しても、この二人からは女神と言う表現を肯定する意見しか出てこない

 

 そっそうか、この二人は誓いの金槌所属だけにプレイヤーキャラクターである私の事を必要以上に美化しているに違いない。特にルリちゃんはマスターに作られたNPCなのだから余計にその傾向が強いはずよね! うん、ならば第三者の目で冷静に見てもらおう。そうすればはっきりするはずだ

 

 そう思い、私の腕に抱かれたまま先ほどから一言も発しない騎士風の男の人に声を掛けた

 

 「ねえあなた、さっきの言葉ってどういう意味なの? めっ女神様って・・・毒っ! そう、先ほどまで犯されていた毒で目がかすんで見間違えたのよね! 思わず言ってしまったのよね!」

 

 ・・・返事がない、ただの屍のようだ・・・じゃなくて、女神発言で気が動転していたからなのか彼に声をかけて初めて気が付いたのだけど、この人、眠ってしまっているみたいね

 

 「あっシャイナ様、<ヒール/大治癒>が使えれば状態をすべて回復させる事が出来るのですが、私では使えません。私の魔法では残念ながら毒を消すのとその毒によって傷ついた体を直す事、そして少しの体力を回復させる事しか出来ませんでした。その人は先ほどまであと少しで死ぬほど弱っていましたし、そのせいだと思うのですがとてもお疲れのようでした。あくまで私見ですが、多分傷が癒えた事により体の不調や傷の痛み、息が苦しいなどの苦しみなどから解放されたのでその安心感から体力回復の為にお休みになられたのではないでしょうか?」 

 

 ああ、なるほど。確かに傷は治っただろうけど体力は戻った訳ではないから、寝てしまったのも仕方がないか

 

 「そう言えば『自分は死んだのか』なんて言ってたわよね。なるほど、だから私の事を女神だなんて・・・あんな可笑しな事を言ってしまったのね」

 

 冷静になって思い出すとそんな事を言っていたような? そうか! 自分が死んだと思ったのなら目の前にいる人が女神様だと勘違いしても仕方がないよね。なるほど、これで納得したわ。そうで無ければ私を見て女神様と勘違いするなんて事はないはずだもの

 

 でもどうしよう? ずっと抱いている訳には行かないし・・・

 うん、そうね。仕方がないか

 

 

 

 シャイナは騎士風の男を起さないよう慎重に自分の体の位置を動かし、男の背の方に移る。そして正座をすると防具である腰だれをはずして頭が膝の少し上くらいの位置に来るよう、ゆっくりと下ろした。ようは膝枕である。元の位置のままでも良かったのだが、病み上がりの体では横向きより仰向けの方が寝やすいだろうし、そうなると太腿の上に頭を乗せたのでは高くなりすぎて息が詰まってしまうだろう。その為の配慮でこのような体勢を取る事にしたのだ

 

 ところがこれに対してルリが慌てる。それはそうだろう。シャイナはルリからすれば至高の存在。そんな御方が誰とも解らない男に膝枕をしてあげているのだから

 

 「しゃっシャイナ様。いけません! そんな事は私がしますから御変わりください」

 「シャイナ様、シャイナ様。御優しいのは解りますが、シャイナ様がそこまでする事はないんじゃないですかぁ?」

 

 慌てる二人を見てシャイナは思わずクスクスと笑ってしまう。「パンツタイプの下穿きで素足じゃないし別にいいじゃない、膝枕くらい」そう思っているシャイナからすれば、この二人の姿はとてもおかしく思えたのだ

 

 「大丈夫よこれくらい、別に変わってもらわなくてもいいわ。でもシルフィー、長時間この体勢で居るのは大変かもしれないから重さ軽減の魔法をかけてもらえるとうれしいかな? 後ルリちゃんも、上鎧をはずすのを手伝ってもらえると嬉しいなぁ。一人ではずせない事はないけど、この人を起してしまいそうだからね」

 

 そう言うと、シャイナは二人に向かって微笑みかけた

 

 

 ■

 

 

 シャイナ様はご自分がどれ程尊く、御美しいか御解りになっておられない

 ルリが目を向けるとその先ではシャイナが男の髪をなでながらクスクス笑っており、その横ではシルフィーが体力回復の効果があるという魔法の風を送っている姿が見て取れた

 

 「あの男がシャイナ様を見て女神様と間違えたのも、シャイナ様は意識が朦朧としていて見間違えたのだと思われているようだし・・・」

 

 そんな事はない。目を覚ました瞬間、あの男の瞳はしっかりとシャイナ様の御姿を捕らえていた。たぶん、目を覚ました瞬間、危険が迫っていてもすぐに対処できるよう訓練されているのだろう。その後すぐに眠ってしまったのは自分の身の安全が確認できて安心したからに違いない。私の記憶にあるあの瞳の輝きを思い出す限り間違いない。彼は本当にシャイナ様を見て女神様と見間違えたのだ

 

 「どうしてシャイナ様は御自分が女神と見間違うほど美しいと御認めにならないのだろう?」

 

 至高の御方であるという部分を除いてもシャイナ様は御美しいと女の身であるルリの目から見ても思う。しかし、先ほどのシャイナ様の御言葉からするとアルフィン様から比べると御自分はかなり劣ると思われている節がある

 

 「確かにアルフィン様は御綺麗です。でもシャイナ様もそれに劣らず御美しいと思うのだけど」

 

 優しく笑うシャイナを見ながら、あの聖母の如き優しさに溢れた美しさをどうお伝えすれば解って頂けるのだろうかとルリは頭を捻るのだった

 

 

 ■

 

 

 騎士風の男の人の髪をなでながら横目でルリの顔を窺う

 

 「あの感じからすると、まだ私が本当に女神様ほど美しいのにとか思ってそうだなぁ」

 

 そんな訳ないのに

 

 

 シャイナは本当に自分の事をそれほど美しいとは思っていなかった。なぜなら彼女の周りには本当に美しい人ばかりがいるのだから

 

 さらさらのプラチナブロンドをなびかせ、透き通るような肌とルビーのような真紅の瞳を持つアルフィン。自分と同じ様に背が高いのにとても女らしく、アルフィン同様透けるように白い肌と慈愛に満ちた微笑を常に回りに向けるメルヴァ。まだ子供ながら、小悪魔的な微笑とエルフ特有の神秘的な雰囲気を併せ持つあやめ。こんな存在に囲まれていては、背が高く、肌も褐色で体つきも前衛職なのだからきっと周りからは筋肉の塊のように見えているのだろうと思い込んでいる(注釈:キャラクタークリエイトで作られたのだから、実際は筋肉などまるでない、女らしい柔らかな体型です)シャイナにとって自分が美しいなんてとても思えないのだ

 

 「大体私の事を綺麗だなんて、今まで誰からも言われた事無いんだから、この人が寝ぼけて言ったに決まってるじゃない」

 

 シャイナは自分の膝の上で寝息を立てる騎士風の男の寝顔を見ながらそう考える。しかしそれは根本から間違った考えだ

 

 誰からも美しいと言われた事が無い? それはそうだ。何せイングウェンザーは主人公が作ったNPCしかいないのだからほとんどが女性キャラなのだから。いや、もし男性キャラが多かったとしても至高の存在である6人に対して軽々しく美しいとか言う者はいないだろう。そんな環境なのだから、シャイナが美しいと思っている3人も他の者から美しいなんて言われた事は当然ほとんど無い。いや、もしかしたら村に出向いた事があるシャイナの方が言われた事が多いのではないだろうか? まぁ、本人はその時の事も心の底からの言葉ではなく、自分たちを救ってくれた人に対するお世辞で出た言葉なのだろうと思っているようだが

 

 「でも大丈夫、この人が起きればルリちゃんもきっと解ってくれるよね」

 

 解らされるのはシャイナの方である。シャイナはまだ知らない。自分がこの世界の者からしたら本当に女神様と見紛う程の美しさを持っていると言う事を

 

 

 ■

 

 

 シャイナ様って綺麗だよね? でも、シャイナ様はそうじゃないって言うし。人間の美的センスは私たちと精霊と同じじゃないのかなぁ? でもルリさんは御美しいって言ってるよね?

 

 シルフィーはなぜシャイナが頑なに自分が綺麗であるという事を認めないのかが解らない。精霊は美しいものは美しい、醜いものは醜いとはっきり区別する。その精霊であるシルフィーは、自分の瞳に映るシャイナの姿が美しいとしか表現出来ない存在であると感じられていた

 

 今、目の前で見知らぬ人間の髪をなでながら微笑んでいる姿を見て、美しいと感じない人がこの世に居るのかなぁ? と疑問にさえ思ってしまう。それほどシルフィーにとってシャイナと言う存在は美しく感じられていた

 

 「私はこの世界に生まれたばかりだから知らないだけなのかなぁ?」

 

 確かに先日あやめ様に連れられて御会いしたアルフィン様は美しかったけどシャイナ様も負けず劣らず綺麗だと思うし、今の御姿は女神と言っても誰も否定しないくらい慈愛にあふれてると思うけど・・・

 

 自分がシャイナやルリとは違う存在であるとシルフィーは自覚している。それだけにシャイナが言っている事とルリが言っている事、そのどちらかが本当に正しいのかが解らない。自分の美的感覚からするとルリが正しいと思うのだけど、シャイナ様は至高の御方でその御言葉は常に正しいはず。ならばシャイナ様が言うようにそれほど美しくはない? でも、どう考えても御綺麗よねぇ

 

 「う~ん、よく解んないや。帰ったらあやめ様に聞いてみよっ」

 

 いくら悩んでも答えは出ないとあきらめてこの問題は棚に放り上げ、今は目の前の大好きなシャイナ様を見つめる作業に戻るシルフィーだった

 

 

 ■

 

 

 眠ってしまってからどれほどの時間が経っただろうか

 

 「んっ・・・」

 

 ライスターは心地よい風に吹かれ、頭の後ろに柔らかな感触を感じながら意識を取り戻した

 

 眠ってしまった時と同じ様にかぐわし香りに包まれ、穏やかな気持ちのまま目を開ける。そしてその瞳に映ったのは・・・

 

 なんだろう、これは?

 

 自分は死んでしまったものと思い込み、すべての警戒を解いてしまったいるライスターはいつもとは違い、目が覚めても気が抜けたままだ。その為、まだまどろみの中にいるままの少し呆けた頭で目の前の物体が何なのだろうかと考える。布と鎧に使われるような皮でできたでっぱりが顔の前にある。呆けている頭ではそれが何か解らず、彼はつい軽い気持ちで右手を上げてそれが何か確かめてみた

 

 むぎゅっ

 

 とてもやわらかく適度な弾力を持ったその感触と

 

 「きゃあーっ!」

 

 と言う女性の声。そして自分の手を払いのけ、その触った柔らかな物体を包み隠すように抱きしめた両手を見て始めてそれが女性の胸だとライスターは気付く

 

 「なっ!?」

 

 その瞬間、ライスターの頭は完全に覚醒した。と、同時にとんでもない事をしてしまったと思って謝る為に慌てて身を起・・・こうそうとして失敗を重ねてしまう事となる

 

 ぼよんっ

 

 目の前にあった胸が大きすぎて、起した頭がそのままその女性の胸に当たり、跳ね返されてしまったのだ。これにはライスターも何が起こったのか解らない。いや、女性の胸に頭が当たったのは解る。でも、自分は仮にも鍛え上げた元冒険者の男だ。その自分が跳ね起きたのにそれを跳ね返すなんて・・・

 

 女性の胸と言うのはこれほどの弾力を持つものなのか!?

 (注釈:すべての女性がそうではありません)

 

 と同時に跳ね返されて戻った頭に感じる柔らかな感触

 

 「こっ!? これは!」

 

 混乱しながらもライスターは確信する。これはとても胸の豊かな女性が膝枕をしてくれているのだと。そして、それと同時に彼は期待する、この女性はもしかすると先ほど眠ってしまう前に見た女神様なのではないかと

 

 そう思った瞬間にライスターは先ほどの女神様の香りと先ほど目覚めたときに感じた香りが同じだという事を思い出し、つい胸いっぱいに息を吸い込もうとして

 

 「このスケベで大馬鹿者の無礼者がぁ~~~~~~~!」

 

 真横から強烈な妖精のドロップキックを頬に喰らってまた気を失う事になってしまった

 

 彼は知らない。ここで気を失った事が彼にとって一番の幸いだったという事を。なぜなら顔を真っ赤にして悲鳴をあげたシャイナを見て怒りに燃えたルリがどこからともなくモーニングスターを取り出して構え、先ほどドロップキックをかましたシルフィーも両手に風をまとって自分が使える最大の攻撃魔法を放とうとしていたのだから

 

 この後、それを見たシャイナが慌ててとりなさなければ、彼は二度と目覚める事はなかっただろう

 

 

 ■

 

 

 騎士風の男が眠ってしまってから約1時間

 

 はじめの内は癒しの風を送っていたシルフィーも男が十分に体力を回復したであろうと感じる程度の時間が経過した後はいつものようにシャイナの肩に座って、アイアンホース・ゴーレムの背負わせたマジックバックから取り出したシートを広げてお茶の用意をしたルリと漫才を再開し、シャイナもお茶を楽しみながらその二人を見てクスクスと笑っていた

 

 もぞもぞ

 

 たまに騎士風の男が頭を動かしてむず痒い。しかし体を動かすという事は眠りが浅くなっている証拠。きっと毒によって失われた体力もほぼ回復したのだろう。先ほどからその回数も増えてきたし、この様子ならもうすぐこの人も目が覚めるだろうし、そうしたら何があったか聞く事にしよう

 

 「それに先ほどの女神様発言が寝ぼけて言ってしまったものだとルリちゃんに説明してもらわないといけないしね」

 

 そう言ってそっと目を男の方に向ける

 すると男は不意に寝返りを打ち、無意識なのだろう枕代わりのシャイナの太股をなでた

 

 「ひゃうっ!?」

 

 この不意打ちには流石にシャイナも驚き、つい声を上げてしまう。そしてそれにいきり立ったのが従者の二人で

 

 「こいつ、よりにもよってシャイナ様のおみ足を撫で回すとは!」

 「シャイナ様、シャイナ様。こいつ、消し飛ばしましょう!」

 

 と、二人そろって大騒ぎだ。そんな姿を見てシャイナも嬉しく思い、しかしそのまま黙っている訳にも行かずに、少しだけ朱に染まった頬を緩めながら宥める言葉を口にする

 

 「まぁまぁ、この人も無意識でやった事なんだからそこまで怒らなくてもいいわよ。それとルリちゃん、撫で回すと言う表現はやめなさい。なんかいやらしい事、私がされたみたいじゃないの」

 「はい、すみません、シャイナ様」

 

 もぞもぞ

 

 そんな自分たちの会話がうるさかったのか、男はまた元の仰向けの体勢に戻りすやすやと寝息を立て始めた。しかし、これだけ寝返りが多い所を見ると、思ったより目がさめるのも早いだろう

 

 「ルリちゃん。この人、もうすぐ起きそうだから、その時はこの人の分のお茶もお願いね。少し話を聞きたいから」

 「はい、解りました」

 

 次にシルフィーにも何か言わないといけないかな? なんて思っていると

 

 「んっ・・・」

 

 下の方から声が聞こえてきた。ああ、これは本格的に覚醒が近いんだなぁなんて思っていたんだけど、その時

 

 むぎゅっ

 

 一瞬何が起こったから解らなかった。胸に伝わる嫌な感触。そして恐る恐る視線を下ろすと、信じられない事に男の人の手が自分の右胸を鷲づかみにしていた

 

 「きゃあーっ!」

 

 慌てて手を払いのけて、自分の体を抱きしめる。ちっ痴漢? おおおっ男の人に胸を、胸を触られてしまった!?

 

 エロに対して極端に厳しいユグドラシル出身のシャイナはこんな事をされた事など当然初めてだ。マスターが幅広くラノベや漫画をそろえてくれているおかげでこういうシーンを見た事があるし、シャイナの好きな少女マンガでもまったくこのような場面がないわけではない。でも、それがいざ自分に降りかかった時に何をどうしたらいいか解らず、その上頭が真っ白になってしまって何も考えられなかった

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!?

 

 頭の中は混乱と恥ずかしさでいっぱいである。そんな状態のシャイナにさらに追い討ちが掛かった

 

 ぼよんっ

 

 先ほど胸を触った男が、今度は事もあろうにその胸に下から顔をうずめてきたのだ

 (注釈:顔をと言うのはあくまでシャイナの主観です。実際は頭でした)

 

 「っ!!!!!」

 

 こうなるともう声も出ない。恥ずかしさの余り手は震え、顔は耳まで真っ赤になった。頭の中はさらに真っ白になり「ああ、痴漢にあった子がなにもしゃべれなくなるって漫画に描いてあったのは本当なんだ」なんて事までぼんやりと考え始める始末

 

 「こっ!? これは!」

 

 しかしシャイナの受難はこれでは終わらなかった。なんとこの男、自分の太股の感触を味わうかのごとく、頭をもぞもぞと動かし始めたのだ。こうなるとシャイナの頭はより一層パニックに陥り、とうとう体を抱きしめていた腕を解き両の掌で顔を隠してしまった。また胸をまた触られるかもしれないという恐怖よりも、とにかくこの状況から目を背けたいという感情の方が強く現れたのである

 

 そんな姿を見て黙っている従者二人ではない

 

 ジャラッ

 

 紅く怪しい光を目に、ルリが中空からモーニングスターを取り出し構える。そして

 

 「このスケベで大馬鹿者の無礼者がぁ~~~~~~~!」

 

 シルフィーがいつものルリに対して行うものと違い、自分が放てる最高の物理攻撃である全力のドロップキックを騎士風の男の頬にたたきつける!

 

 ドガッゴロゴロゴロガシャァ~ン!

 

 質量その物は小さいものの、仮にも35レベルの召喚モンスターである。もし彼が鉄の冒険者レベルであったならこの一撃で事切れていただろう。また、すべての力を抜いていたのも幸いだったのだろう、すごい勢いで吹き飛ばされたものの死にいたる事はなかった。しかし、彼の意識はこの一撃でまた闇に閉ざされる事となる

 

 「シャイナ様、御下がりを。ただいまこの男をミンチにして御覧にいれて差し上げます!」

 「シャイナ様、シャイナ様。私の風の魔法の威力、とくと御覧ください。このスケベ野郎を細切れにして見せますよぉ」

 

 騎士風の男が吹き飛ばされる音と二人の狂乱の雄たけびに、パニックだったシャイナの頭も一気に冷える。まだ多少恥ずかしさで顔は赤いものの、そんな事を言っている場合ではないらしい。今止めに入らないと、とんでもない事になると言う事くらいはシャイナにも解ったからだ

 

 「ちょっと待って、二人とも!」

 

 片やモーニングスターを振り回し、片や両手に風の魔法を纏ったままシャイナの方を振り返る。その顔に浮かぶ般若の形相に怯みながらも

 

 「とにかく、私は大丈夫だから。いくら痴漢行為をしたからと言っても殺すのは流石にやりすぎよ! マ・・・アルフィンなら絶対に許さないわよ!」

 

 アルフィンの名前を聞いて矛を収める二人

 ここでマスターの名前を出すのは卑怯かもしれないけど、被害者の私がいくら止めてあげてと言ってもこの子達は止まらなかったと思うし、仕方ないだろう。それに彼は先ほども私の事を女神様と見間違えたくらいだし、きっと寝覚めが悪い人なんだと思う。そう考えるとさっきのも寝ぼけての行動かもしれないし、少しは寛大な気持ちで許してあげないとね

 

 そう思い、吹き飛ばされた男の方を見て

 

 「うう、でもやっぱり恥ずかしかったよぉ~」

 

 もう一度耳まで紅く染め、顔を覆うシャイナだった

 

 ・・・早く治療をしないと彼がまた生死をさまよう事になるであろう事にもまだ気付かずに

 

 




 すみません、お酒飲んで寝てしまったのでこんな時間での投稿です(汗)

 さて、読んでもらえたら解ると思いますが今章初登場のライスターさん、ラッキースケベ要員です

 このSSは女性キャラばかりなのでエロ要素がほとんどないんですよね。本当はメルヴァにその役をやってもらおうかとも思っていたのですが、アルフィンが思った以上にポンコツになってしまったので彼女担当のメルヴァは比較的まともにならざろう得ません。そこでシャイナ相手のラッキースケベ要員として登場してもらいました


 次回ですが、来週日曜日は用事があって夜遅くにならないと帰れません。すみませんがいつもは日曜更新の所を次回だけは月曜更新にさせていただきます


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44 フルスイング!

 

 再び静けさを取り戻した林の縁にあるほんの少し開けた、木漏れ日が差し込むその場所では先ほどまで瀕死だった騎士風の男がルリの回復魔法によって治療され、今は白い厚手の布の上で正座をさせられていた

 

 彼はシルフィーのドロップキックで吹き飛ばされた後、頭から血を流して生死の境をさまよったのだが、その彼の命をすんでの所で救ったのは彼によってもろもろの被害にあったシャイナだった

 

 恥ずかしさの余り吹き飛ばされた彼の姿を直視出来ていなかったシャイナだったが、幸いな事にその彼が流した血の匂いに気が付いて目を向けた所、血の海に沈むライスターを発見。「いけない! これでは折角助けたのに死んでしまう」と慌てて渋るルリを説得し、何とか宥めて治療してもらえたおかげで彼は一命をとりとめる事ができたのである

 

 

 「ルリちゃん、きっと彼は寝覚めが物凄く悪いのよ。さっきも私を女神と間違えたくらいだし、今のも寝ぼけての行動で悪気はないと思うからお願い。治療してあげて。ねっ」

 「ううっ、シャイナ様にそんな風に頼まれてしまったら断れないじゃないですか」

 

 「こんな男、死んでしまえ!」と思わないでもなかったが被害者であるシャイナに腰をかがめて口の前で両手を合わせ、小首をかしげながら上目遣いで見つめると言う凶悪な方法を使って頼んで来られてしまっては、流石にルリも断る事ができなかったのだ

 

 だからと言って彼が許されたわけではない。シャイナが庇ったのはあくまで彼の命を助ける為だと理解したルリとシルフィーは、回復魔法で傷が治ったのを確認した後、足の防具をはずさせてその場で正座をさせた。そう、所々に木の根が張っている土の上にである

 

 「ルリちゃん、シルフィー、流石にそれは・・・」

 「「シャイナ様は御優し過ぎます!」」

 

 流石にこの男のした事を許す気がない二人は、たとえシャイナの言葉とは言えこれだけは譲れないと言う姿勢を見せた。それどころか、「座る場所に小石を敷き詰めましょう!」とまで言い出す始末。しかし、ただでさえ正座はキツイのにそんな事までしたらいくらなんでも可哀想すぎると思うシャイナは時間を掛けて説得、最後は

 

 「被害者の私がいいと言っているんだから許してあげようよ。ねっ」

 

 本日二度目の上目遣い付きのお願い攻撃によって二人は陥落し、何とか土の上での正座だけは許してもらえて今に至っている。いくらシャイナでも、怒り心頭に達している二人からは正座までやめさせる程の譲歩は引き出す事ができなかったのだ

 

 

 

 まだ怒っているルリちゃんとシルフィーを両横に置き(シルフィーはいつもの定位置である私の肩にではなく、どこからか取り出した小さなクッションの上に座っている)目の前で小さくなっている騎士風の男の人に声を掛ける。さっきからもぞもぞと動いている所を見ると、正座がかなり効いているみたいね。男の人だから正座なんてした事も無いだろうし、なによりこの世界では椅子に座って生活するのが普通らしいから特にキツイんじゃないかなぁ?

 

 「えっと・・・足は大丈夫? (じゃないよねぇ)」

 

 じろり

 

 私の言葉に反応してルリちゃんとシルフィーが騎士風の男の人を睨んでるのが解る。もぉ、そんな顔をしたらさぁ

 

 「だっ大丈夫です」

 

 だよね。そう答えるしかないよね。でも窘める訳にも行かないんだよなぁ。何せ二人は私の為に怒ってくれているのだから

 

 「当たり前です。むしろこの程度の済ます、シャイナ様の慈悲深い御心に感謝すべきです」

 「ルリさんの言う通りです。シャイナ様にあんな事をしておいてまだ生きていられる事を感謝してほしいくらいですよ」

 

 なんか物凄く物騒な事を言ってるけど、そこに突っ込みを入れると事態が悪化しそうだから触れないようにしよう。とにかく彼には聞かなければいけない事があるからね

 

 「とっとりあえず最初に聞くべきだろうと思うから聞くけど、あなた、どこのどなたなんですか?」

 

 さっきの痴漢行為はともかく、とりあえずは名前だけでも聞いてみる事にする。もしかすると助けてもらったとは言え初対面の相手だし、自業自得とは言え先ほどは死にかける程の事をされたので警戒して名乗るのを躊躇するなんて事も、もしかしてあるかも? なんて考えもしたけど、そんな心配は杞憂だったようで騎士風の男の人は落ち着いた口調で答えてくれた

 

 もぞもぞ

 

 「すみません、申し遅れました。私は衛星都市イーノックカウ駐留部隊所属で小隊を任されている、バハルス帝国騎士のフリッツ・ゲルト・ライスターと申します。この度は危ない所を救って頂き、誠にありがとうございました。あなた方に出会わなければ、私はこの林の中で息絶えていたでしょう」

 

 フリッツ・ゲルト・ライスターさん、か。なら呼び方はライスターさんでいいかなかな?

 

 やっぱりこの国の騎士だったのね。衛星都市イーノックカウ駐留部隊所属で小隊を任されているって事はボウドアの村で聞いた、ここから少し離れた場所にあるって言う町の小隊長さんて事かな? うんなるほど、この土地の領主子飼いの騎士じゃなくて別の場所の騎士なのね

 

 んっ? って事はもしかして・・・何かの作戦中!? だとしたら大変なんじゃないの。だってこの人を助けてからすでに1時間以上経っているし、もしこの人の役目が救援を呼びに行く事だったとしたらこんな話をしている場合ではないのだから

 

 「ライスターさん、あなた、どこであんな毒を受けるような目にあったの? まさか、どこかで仲間の騎士さんたちがまだ戦っていて実は助けを呼びに行く途中で力尽きて倒れていたなんて事は無いわよね?」

 

 死にかけて混乱したままだから忘れているなんて事は無いだろうけど、それでも聞いておかない訳には行かなかった。だってもしそんな事になっているとしたら一刻も早く助けに向かわなければいけないし、先ほどまでのこの人の状態からすると、まだ戦闘が続いているのならかなり危険な状況だと思うから

 

 でも、そんな私の心配は杞憂に終わる

 

 もぞもぞ

 

 「ああ、それは大丈夫です。作戦はすでに完了していますから。実は私はこの土地の領主の要請を受けて野盗退治に来たのですが、どうやらそのボスが持っていた短剣に毒が塗られていたようで。倒すのには余り苦労しなかったのですが、その時に腕にかすり傷程度の怪我を負ってしまったのです。その後、迂闊にも武器に毒が縫ってあった可能性をまったく考慮に入れずに領主の元へと向かった為、皆さんにお恥ずかしい姿を見せる事になってしまいました」

 

 そう恥ずかしそうに話すライスターさん。そうか、だからあんな所で倒れていたのね

 

 「ですから仲間については大丈夫です。戦闘はすでに終結して、私は保護したご婦人たちを輸送する馬車を領主に借りに行く途中で毒が回って倒れてしまっただけですから」

 「そうなの、それならば良かったわ」

 

 ああよかった、それなら心配しなくても大丈夫みたいね。他に怪我人がいる訳ではないようなので一安心。もし他に死にそうな人がいるのなら助けなければいけないし、何より野盗がまだいるようならそれも排除しなければいけなかったからね

 

 もぞもぞ

 

 「ところで皆さんこそ、どちらの御方なのでしょうか? この辺りでは見かけないお姿ですが」

 

 ああ、そうか。私もまだしていなかったっけ。と言う訳で居住まいを正し、ライスターさんに対して自己紹介をする

 

 「そう言えば自己紹介がまだでしたね。私は都市国家イングウェンザーの者で、名前はシャイナと言います」

 「シャイナ様はとっても偉い方なのよ。そんな方に対してあんな無礼なまねをして! 普通なら不敬罪で即刻死刑にする所ですよ」

 「ルリさんの言う通り! シャイナ様は御優しいから許してくださるけど、普通ならぐっちょんぐっちょんのけっちょんけっちょんにしてる所なんだから!」

 

 いやいや、流石に痴漢行為で死刑は重すぎるよ。でもまぁ、メルヴァ辺りが同行していたら本当にそうなっていたかもしれないけどね。でも、いくら本当の事だからと言ってもこれは言いすぎ。ここは諌めなければいけないだろう

 

 「ルリちゃん、シルフィー、やめなさい。その話は先ほどすんだでしょ」

 「「はい、すみませんシャイナ様」」

 

 基本は聞き分けのいい子達だけに、私が諌めるとすぐに矛を収めてくれた。それに満足した私は二人に笑いかけてからライスターさんに向き直る

 

 「私の従者が少しお恥ずかしい所をお見せしましたね。この二人は、神官服を着ている方がルリ・リューブラント。そしてこの風のせ・・・風の妖精がシルフィーです。この二人は私の部下ではないのですが、この旅に同行してもらっています」

 

 この世界の精霊がどんなものか解らないし、どうやら妖精と勘違いしているようなのとりあえず妖精と説明しておく。もし人類と精霊が戦争をしている世界だったら困るからね。その点、見た後に安心して眠ってしまったくらいだから妖精なら問題はないだろう

 

 もぞもぞ

 

 「シャイナさん、いや、シャイナ様ですか。このお二人のお話からすると、あなたの国の貴族なのですか?」

 

 う~ん、確かギャリソンからは身分を聞かれたら上級貴族のような存在だと説明するようにって言われていたよなぁ。そんな事を考えて返答をしようかと思ったんだけど、その前にルリちゃんが答えてしまった

 

 「そんな程度じゃないわよ。シャイナ様はイングウェンザーに御座します6人の至高の方々の御一人ですもの。我々を支配なされている偉大なる方々の御一人なのよ!」

 「そうそう、シャイナ様は私をこの世界に御呼びになって下さったあやめ様と同等の存在。神にも等しい御方なんだから!」

 

 う~ん、間違ってはいないのだろうけどこの発言はどうなんだろう? あと、よくよく考えたら私たちがイングウェンザーの上級貴族だと名乗るという話自体、会議で話し合っただけで城のみんなに周知させた事じゃなかったっけ。これは迂闊だったかな?

 

 その時

 

 「支配者であり至高、それに小さな体で俺を吹き飛ばす力を持った妖精を呼び出す事が出来るほどの神の如き力を持った者と同格の御方。そしてこの神々しいまでの美しさを持つと言う事はやはり女神様・・・」

 

 余りに衝撃的だったのか、足の痛みでもぞもぞしていた動きさえ止めてライスターさんがそんな事を呟いた

 

 なななっ、何を言ってっ!?

 

 「ちっ違います! 物の例え、そう! 物の例えですっ! 私は確かにイングウェンザーの支配者の一人ですが、他の国で言うと上級貴族のようなもので、私の上にはアルフィンと言う上位者、他の国で言う所の女王様のような方がいるんです。それにシルフィーが言う神の如きと言うのは、このシルフィーを呼び出した私たち6人の中の一人であるエルフのあやめと言う子の事を彼女が神様のように思っているから出た言葉なんです! けして私が女神様だとか、そんな事は・・・ないです・・・」

 

 最初こそ一気にまくし立てるような勢いだったけど、話しているうちに先ほど女神様と言われた恥ずかしさが甦って来て最後の方は小声になってしまった。そう言えばこの人、さっき私のことを女神様って呼んだのよね。あれってどう言う事なんだろう? あれは寝ぼけて勘違いしただけよね? ならなぜまた?

 

 まさか本当に勘違いした訳じゃない・・・よね?

 

 聞いてみたいけど、恥ずかしくてとても聞けないなんて思っていると

 

 「シャイナ様、シャイナ様。私は本当にシャイナ様を神の如き力と美しさを併せ持つ御方と思っていますよ。とても慈悲深く御優しい。こんな痴漢野郎でさえ御許しになられる、まさに女神様のような御方です」

 「シルフィーさんの言うとおりです。シャイア様は偉大な御方です。その偉大でとても御綺麗な御姿は女神様と言っても過言ではありません」

 

 ルリちゃんとシルフィーがまた暴走を始めた。だ・か・らぁ! 私はそんなに綺麗じゃないし、女神様みたいと言うのはアルフィンやメルヴァみたいな子の事を言うんだって!

 

 そう思い、この二人を諌めようとしたんだけど

 

 「確かにお美しい・・・。最初に女神様と名乗られていたら私は間違いなく信じていましたよ。少なくとも私の住む町では、いや、帝都アーウィンタールでもこれほどの美しさを誇る女性は見た事がありません」

 

 っ!?

 

 「そうでしょう、そうでしょう。シャイナ様はアルフィン様やあやめ様に比べて御自分は劣っているかのように御考えですが、私たちからすれば比べようも無いほどどなたも御美しいのです。シャイナ様もその御自覚を持っていただけると私共も助かるんですけどねぇ」

 「やっぱりそうでしょ! シャイナ様が否定なされるから私たちと人の美的感覚が違うのかと思って心配になってたんだよ。あぁ~良かった。ルリさん、ルリさん。やっぱりシャイナ様は誰が見ても御綺麗だったんですね!」

 

 顔が熱い。何これ、何かの罰ゲーム? なぜ私はこんな目にあってるの? だって、私は今まで誰からも綺麗だなんて言われた事ないのよ。なのにこの綺麗と美しいの大合唱って。恥ずかしい、恥ずかしすぎる!

 

 ルリちゃんたちの言葉に身もだえしそうになり、恥ずかしさのあまり逃げ出したくなる私。でもそんな私にこの後、さらに恥ずかしさが増す追い討ちがかかる事になる

 

 

 ■

 

 

 「そうですよね、シャイナ様はあなた方女性の皆さんから見てもお美しいですよね!」

 

 目の前の女性陣の同意を得て、ライスターは興奮の余り立ち上がろうとした

 

 さて、想像してみよう。人生で初めて正座をした者がいるとする。そしてその者が不意に立ち上がろうとしたならばどうなるか?

 

 「えっ?」

 

 ライスターは初めての感覚を味わう事となった。足の感覚が、膝から下の感覚がまったく無いのだ。いや、無い訳じゃない。正座をしていた為にしびれて麻痺しているだけなのだが、今まで正座と言うものをした事が無いライスターは当然この足がしびれて感覚が無くなると言う経験をした事が無かった。そして・・・

 

 「わぁ!」

 「きゃっ!」

 

 ぱふっ

 

 そんな状況で立ち上がろうとしたのだからうまく立ち上がる事ができる訳もなく、ライスターは大きくバランスを崩して体が前に投げ出されるように倒れこんでしまった

 

 むぎゅっ

 

 「っ!?」

 

 顔を挟むように両頬に伝わる柔らかな感触と、慌てて立ち上がろうとして突いた掌に伝わる柔らかな、つい先ほど味わったのと同じ最高の感触。そう、ライスターが倒れこんだ先にはシャイナが座っており、彼は倒れこんだ時にシャイナの胸に飛び込むような体勢で彼女を押し倒してしまった。そしてその豊かな胸に顔をうずめる体勢のまま、彼は慌てて手を突いて起き上がろうとした為にまたも彼女の胸を鷲掴みにしてしまったのだ

 

 自分が今味わっている至福の感触から離れたくないという男なら誰でも理解できる感情を何とか振りほどき、ライスターはその柔らかなものから顔を離してそっと目をあげる

 

 ふるふる

 

 するとそこには顔を真っ赤にして目に涙を溜め、口をアワアワと動かしながら”ふるふる”と震えるシャイナの顔があった

 

 あっ、可愛い・・・じゃない! とととっとんでもない事をしてしまったぁ~~!

 

 その表情を見て慌てるライスターはつい右手に力を入れてしまう。するとどうなるかをまるで考えずに

 

 むぎゅっ

 

 「やっ・・・だれか・・・」

 

 それに反応してシャイナの目からは大粒の涙が流れ落ちた

 

 「この不埒者がぁ~! 一度ならず二度までも!」

 

 グラグワゴキ~~~ン!

 

 こうしてライスターはこの日3度目の気絶に追い込まれたのである

 

 

 ■

 

 

 「わぁ!」

 「きゃっ!」

 

 ぱふっ

 

 いたたたたっ

 いけない、いけない。恥ずかしさの余り、反応が遅れてしまったわ。どうやらライスターさんは正座に慣れていなかったみたいで、それなのに慌てて立ち上がろうとしたからバランスを崩したみたいね

 

 体の上に誰かが覆いかぶさっているような重みを感じながら、自分の迂闊さについ照れ笑いを浮かべてしまう。仮にも前衛職なのだから、この程度は軽くよけなければいけないのにね。そんな事を考えていたんだけど、私の浮かべていた照れ笑いはすぐに引きつったものに変わってしまった

 

 もぞっ

 

 何かが自分の胸の谷間で動いたの。そして

 

 むぎゅっ

 

 ヒィッ!

 つい先ほど味わったばかりの嫌な感覚が全身を襲う。そして恐る恐る目線を下に向けると・・・信じられる? ライスターさんが私の胸に顔をうずめていて、なおかつその右腕でまたも私の胸を、今度は左胸を鷲掴みにしていたのよ 

 

 「っ!?」

 

 そもそも、彼が目を覚ますまでに時間が掛かるだろうからと休憩の為に上鎧をはずしておいたのが悪かった。まさかこんな事になるなんて思わなかった私は今、布とソフトレザーで出来た鎧下姿になっていたのよ。もし元の装備のままだったら彼の顔は鎧に阻まれてこんな事にはならなかったし、何より胸を鷲掴みにする事などできないのだから先ほどの騒ぎも起こってはいなかっただろう。しかし、今更言った所でそれは後の祭りでしかない

 

 この状況を直視する事によって、さっきまでの恥ずかしさなんてなんて事は無かったのだと思い知らされた。今私は男の人に押し倒されて胸に顔をうずめられているのだと思ったら恥ずかしいを通り越して怖くて何も考えられない。正直声も出ないし、目には涙が溜まっていく

 

 いや解ってるのよ、この人に悪気はないと言う事は。今のこの状況は正座による足のしびれによって引き起こされた偶然だし、別にライスターさんは私を押し倒したくて押し倒したのではないという事くらいはね。でも

 

 ふるふる

 

 そっと顔を上げたライスターさんと目が合った時には、余りの恥ずかしさについつい体が反応して”ふるふる”と震えてしまった。そしてそんな私を見たライスターさんは

 

 むぎゅっ

 

 事もあろうに、鷲掴みにした左腕に力を入れて掴んできたのよ。これにはもう大パニックで

 

 「やっ・・・だれか・・・」

 

 つい、目から涙をこぼして横に居たルリちゃんに助けを求めた。そう助けを求めちゃったのよ、何も考えずにね。さっきの事があったばかりだというのに

 

 私が助けを求めるまではルリちゃんも余りの展開に固まっていたんだけど、私の涙声を聴いた瞬間、その硬直は一気に解けて行動を開始したの。彼女は先ほどと同じく目に赤く怪しげな光をともしながら、どこからともなく取り出したモーニングスターを野球のバットのように振りかぶり、全力でフルスイング!

 

 「この不埒者がぁ~! 一度ならず二度までも!」

 

 グラグワゴキ~~~ン!

 

 ルリちゃんの攻撃はものの見事にライスターさんのブレストプレートにジャストミート! 彼の体は野球のボールのように宙に舞い、近くの木に叩きつけられた

 

 「やったぁ~! ルリさん、見事なホームランですね」

 「シルフィー、何を言ってるの! ルリちゃんもいくらなんでもやりすぎです!」

 

 涙も恥ずかしさも一気に吹き飛んでしまい、赤かった顔も一気に青くなるような光景だった。ルリちゃんは回復職だからレベルの割には力が弱いけど、ライスターさんとのレベル差を考えると、当たり所が悪ければ死んでしまってもおかしくないんだから。とりあえずルリちゃんもその辺りの事くらいは判断できる程度に理性が残っていたらしく、ちゃんと鎧部分を狙って殴ったみたいだから大丈夫だろうとは思うけど・・・

 

 「大丈夫です! シャイナ様。峰打ちです(はぁと)」

 「やだなぁ~ルリさんたらぁ。モーニングスターに峰打ちは無いですよぉ」

 

 ハハハハハッ

 

 本当に解っていたよね? そんな吹き飛ばされたライスターさんを横目に明るく笑う二人の姿を見ると、ちょっと不安になってしまう。まったくもぉ、そんな冗談を言って笑っている場合じゃないでしょ

 

 「ルリちゃん、冗談を言っている場合じゃないでしょ。早くライスターさんを治しなさい」

 「でもシャイナ様。治したらあいつ、またシャイナ様にエッチな事をするかもしれませんよ」

 「うっ、でっでも・・・」

 

 ルリちゃんの言葉に一瞬怯む私。そんな私に今度はシルフィーが追い討ちをかける

 

 「そうですよぉ。シャイナ様、シャイナ様。ここまで来ると狙ってやってるとしか思えないし、このまま放置するってのはどうですかぁ? ルリさんもちゃんと鎧を狙って死なないように工夫をしたんだから、このまま放置しても大丈夫ですよ、きっと」

 

 そうか、そうよねぇ・・・ってダメよ、そんな事は! 一瞬心が動いたけど、間違いなく彼には悪気が無かったんだから助けてあげないと

 

 「ダメです。ちゃんと治してあげなさい。彼だってわざとやってる訳ではないのだから。それくらいはルリちゃんも解っているんでしょ?」

 「そうなんですが、心情的にちょっと。でも、シャイナ様の御言葉ですから治療を施す事にします」

 

 そう言ってライスターさんに近寄るルリちゃん。そしてそのまま回復魔法をかけるだろうと思って見ていたんだけど、そんなルリちゃんが青い顔をしてこちらを振り向いた

 

 「シャイナ様、まことに申し上げにくい事なのですが・・・少々力を入れすぎたようです。ブレストプレートが大きく破壊されて体に食い込んでいます。このままだと治療してもすぐに傷を負ってしまうのでこの鎧を何とかして頂けないでしょうか?」

 「えっ! それって、大変じゃない!」

 

 慌てて近寄ると、先ほどのモーニングスターが当たった所が大きく内側に窪んでいた。悠長に留め金をはずしている時間はなさそうだからと慌てて剣を取り出して鎧を切り裂き、取り除いてから急いでルリちゃんに回復魔法をかけてもらったから命に別状は無かったけど、さっきのシルフィーの言葉に乗っかって放置していたらきっと大変な事になってたわね

 

 「ルリちゃん、流石にこれはやりすぎ」

 「はい・・・」

 

 回復し、穏やかな寝息に変わったライスターさんを敷物の上に寝かせ(膝枕をすると延々と同じ事を繰り返すだけからやめてくださいとルリとシルフィーに懇願された為に今回はそのままで)今度はルリを正座させて説教をするシャイナだった

 




 最初に正座と書いてあるのを見て、今回の展開が想像できた方も多いでしょう。その通りの展開ですw

 さて、これからもこの章でライスター君は登場しますが、ラッキースケベはこれで終わりです。私はこの手の話を書くことがあまり無いのでそれほど多くのシチュエーションを考え付くことが出来ないし、何より話が進まないので。ただ、別の章ではまたこのような事が起こるでしょうけどね


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45 報告

 夕刻のイングウェンザー城。シャイナ、ルリ、シルフィーをテーブルの向かい側へ座らせ、アルフィンはメイドの入れてくれたお茶を飲みながら3人の話を聞いていた

 

 「ウフフ、そんな事があったの」

 「もう! 笑い事じゃないよ」

 

 シャイナが当初の予定よりかなり早く帰ってきたと言う報告を受けて何か重大事件でも起こったのかと慌てて玄関まで転移して話を聞いたんだけど、ちょっとしたトラブルはあったものの特に大きな事件が起こった訳では無い様だから一安心。でも確かに、本人からしたら一大事なんだろうけどね

 

 ここは地上1階層のエントランスに面した一室。ユグドラシル時代はお客様控え室として使われていた場所だ。本来この部屋には調度品はあまり無く、オレンジと桜色を基調とした壁と茶色に近い赤のサテン製ソファーで、開始時間より早めに来た人にゆったりとした気分でパーティーの時間まで過ごして貰おうと考えて用意された部屋だったのだけど、今は人をこの城に招いた時、奥に通す前の控え室として使用する場合や、どこかからの使者がこの城を訪れた時に出迎える為にまずお通しする部屋になっている。そのため壁にはギルド"誓いの金槌”の紋章がデザインされたレリーフが飾られており、その前に置かれたキャビネットには繊細な細工が施された馬のガラス細工が置かれていた。また、壁の四隅には大きな花瓶が置かれており、重要な方をお迎えする時はそこに花が飾られる事になっている。まぁ、そんな日は永遠に来ないかもしれないが

 

 

 シャイナの言葉に触発されたのか、シルフィーとルリが興奮しながら私に自分たちが体験した事を説明してくれた

 

 「アルフィン様、アルフィン様。ホントとんでもない奴だったんですよぉ!」

 「そうです! シャイナ様を押し倒して胸の谷間に顔をうずめるは、胸は揉みしだくは、太ももを撫で回すはと、本当にとんでもない奴でした!」

 

 うわぁ、それは確かにとんでもないわね。シャイナの話を聞いてちょっとしたハプニングでエッチな目にあっただけなんだろうなぁなんて考えていたのに

 

 今のルリの言葉を聞いて私も流石にちょっと引いたんだけど。もし自分がそんな目にあったらと、想像しただけで背筋が寒くなるわ。でも、その言葉をシャイナが顔を真っ赤にして慌てて否定する

 

 「るっルリちゃん! そんな言いかたしたら私が物凄い事をされたみたいじゃないの! アルフィン、違うのよ。いや、全く違う訳じゃないけど、とにかく違うのよ!」

 「そうですよルリさん、報告はきちんとしなくてはいけませんよぉ」

 

 シャイナの言葉を肯定するかのようにシルフィーが口を開いた。それを聞いてシャイナは安堵のため息をついたのだけど、その後に続く言葉でシャイナの顔が凍りつく。だって、別に彼女はルリの言葉そのものを否定したかった訳じゃ無い事が解ったからね

 

 「アルフィン様、アルフィン様。あの不届き者がシャイナ様にした事を正確に説明しますね。まずシャイナ様が膝枕をしてくれた事をいい事に太ももをなでたなでました。その後、右手を上げて目の前にあったシャイナ様の右胸を下から鷲掴みにしました。その手をシャイナ様が振りほどくと今度は体を起して下から胸に顔をうずめたんです。とんでもない奴ですよね。でも体勢的に無理があったらしくて、すぐに頭を下ろして今度はシャイナ様の股間に頭の後ろをこすり付けてきました。その上この後にですねぇ、なんとシャイナ様の匂いを嗅ごうとしていたのですよ。すぅ~って。でもそれは私の攻撃で事なきを得ました。ホント、とんでもない変態ですよね」

 「ちょっ!?」

 

 シャイナの否定を受けて、シルフィーは正確にその場で何があったのかを話し出したんだけど・・・何それ? シャイナ、本当にとんでもない目にあってるじゃない。でも、そのシルフィーの報告にシャイナがまた慌てだした所を見ると、シルフィーの説明には語弊があるのかな? でもそんなシャイナに気付かないのか、シルフィーの報告はまだ続いた

 

 「こいつ、それで死に掛けたんですけど、シャイナ様がどうしてもと言うのでルリさんが治療したんです。それでですねぇその治療を終えた後、目を覚ましたので正座をさせてお説教したんですよぉ。でも、どうやら奴は懲りていなかったらしくて、いきなり立ち上がるとシャイナ様に圧し掛かって押し倒し、胸の谷間に顔をうずめて今度は左胸を右手で鷲掴みにしたんですよぉ。両胸とも右手で触った所を見ると彼は右手で触る専門の痴漢なのかもしれないですねぇ。そして顔を上げてシャイナ様が涙目になったのを確認した後、鷲掴みにしていた右手をさらに動かして左胸を強く揉んでます。以上があの無礼者がシャイナ様にした一部始終です」

 

 流石精霊、事実をきちんと伝えてくれるわ・・・って、確かにこの事実だけ聞くとシャイナがなぜその男を許したのか解らないわね。だって、どう考えても痴漢と言うレベルを超えているもの。そう思ってシャイナの方を見たら耳まで真っ赤になって口をアワアワと動かしていた。自分に起こった事を客観的に説明されて、その時の恥ずかしさが蘇ってきたって所かな?

 

 でも、この話を聞いてなんとなく解った気がする。漫画やラノベに出てくるラッキースケベ属性の主人公みたいな人だった訳か。ここは現実の世界のはずなんだけど、そんな漫画みたいな人もいるんだね。まぁ魔法やスキルがあるのだから属性があってもおかしくは無いんだろうけど、そんな属性を持っていたら生きにくいだろうなぁ。これがスケベの枕詞が付かないラッキーだったら逆に便利なんだろうけど

 

 どんな事をやってもなぜかその人の都合のいいように物事が進んでしまうような。そんな属性だったら私もほしいなぁ

 

 そんな事を考えて、いつものように自分の世界に入りかけていた私の耳に驚く言葉が飛び込んできた

 

 「後、シャイナ様、押し倒されて泣いちゃったのでルリさんがモーニングスターで懲らしめてました」

 「はい、アルフィン様。きっちり思い知らせてやりました! ちょっとやり過ぎたみたいでシャイナ様に後で怒られましたけど」

 

 自慢げに報告するシルフィーとルリ。だっ大丈夫だったの? まぁ、その人とは無事別れたらしいから大丈夫だったんだよね? 一度死んで蘇生させたなんて事は・・・あったら流石にシャイナが私に報告してるか

 

 ちょっとやりすぎた感がある気もしないではないけど、この子達からしたらシャイナを守る為の最善と考える行動をしたのだからこの態度は解る。実際、この子達がいない状況でそんなラッキースケベ男と遭遇したらシャイナだけではどうしようもなかっただろうしね。と言う訳で二人を褒めようとした所でシャイナが再起動した

 

 「ちっ違うの! 違うのよ、アルフィン! 私、そんな事されて・・・いや確かにされたけど、そんなエッチな事じゃなくて、その・・・」

 「うんうん、解ってるから大丈夫よ。ラッキースケベ男だったんでしょ」

 

 私の言葉にハッとした顔をした後、ブンブンと音が鳴るくらい首を縦に振るシャイナ。その顔はやっぱり私なら解ってくれたと言う安堵が浮かんでいる。まぁ、そんな事をされて怒れない状況なんてそんな場合じゃなければありえないけど、現実的にはありえない話だからどう説明したらいいか解らなかったんだろうね

 

 「魔法やスキルがあるんだから属性があってもおかしくないよ。しかしラッキースケベ属性かぁ。私もその人に会う時は気をつけないといけないかもしれないなぁ。この手の属性は一人に対してだけ発動する事もあるけど、ほとんどの場合ロックオン不要の無差別攻撃だからなぁ」

 「あの、アルフィン様。無知な私を御許しいただきたいのですが、私はラッキースケベというものを存じ上げません。そのラッキースケベ属性ってなんですか?」

 

 私たちの話を聞いて疑問に思ったのか、ルリちゃんが私に尋ねてきた。ああ、ユグドラシル由来の子達は知らないか。あの世界ではありえなかったからね、ラッキースケベ。と言う訳で説明をしてあげたんだけど

 

 「そんな物があるんですか。なるほど、だからシャイナ様はあのような者を許して差し上げたのですね。納得しました。しかしそうなると多分あの者のラッキースケベ対象はシャイナ様だけかと思います」

 「そうだよね、ルリさんも私も何もされてないし」

 「そんな・・・」

 

 ルリとシルフィーの言葉に肩を落とすシャイナ

 なるほど、確かにそれなら対象はシャイナだけかも知れないわね。まぁ、その場ではそうでも他の場面では他の子が被害にあうなんて言うのはその手の漫画ではお約束なので今回はシャイナしか被害にあっていないからと言って他の子は絶対に大丈夫とは言えないけど、とりあえずシャイナが対象になっている事は解ったからその人と会う可能性がある時は、可哀想だけどなるべくシャイナを同行させるようにするべきかもね

 

 押し倒されるの、いやだし・・・

 

 「でもその人って町の騎士さんなんでしょ? ならそうそう町の外で会う事は無いだろうし、次にもし会うとしても領主の館だろうから、そんな気を張らないといけない所ではそんなエッチなハプニングは起こらないだろうけどね」

 「そっそうだよね! (はぁ、よかった)」

 

 私の言葉に安堵のため息をつくシャイナ。今度の領主の館への訪問はシャイナも同行する事になってるし、そこでまたあんな目にあったらどうしようかと思っていたのかもしれないわね

 

 「あっそうそう、領主の館で思い出したわ。予定よりかなり早く帰ってきたけど、館までの道の情報はもういいの?」

 「ああ、そう言えば報告がまだだったね。ライスターさんの、さっきから話に出てきている騎士さんの話によるとこの国では街道の広さは基本、どこでもほぼ同じくらいの広さになっているらしいよ。これは税としてお金ではなく作物を治める村も少なくないから荷馬車の通行に支障が無いように決められているらしいね。だからボウドア周辺の街道を通れるのならこの国内全ての街道は問題なく通る事ができるらしいよ」

 

 なるほど、確かに規格を作って道を作った方が色々と便利だと言うのは解る。でも、こんな辺鄙な村までそれを守らせているのか。この国の皇帝と言うのはかなり優秀な人なんだろうなぁ。そうでなければ中央からの目が届きにくい地方領主なら手を抜いていてもおかしくないもの

 

 「あと、野盗とかは? 今回会った騎士さんも野盗退治で来ていたんでしょ?」

 「ああ、それも大丈夫みたい。これだけ辺鄙な場所だと商人もほとんど通らないから街道を襲う野盗は居ないみたいね。今回の任務で急襲した野盗のアジトも町の方の街道で暴れていた野盗たちのものだったらしいし」

 

 なるほど。確かにほとんど人が通らず、通っても農作業の道具しかもっていない住民を襲っても意味がない訳か。んっ、待って?

 それっておかしくない?

 

 「ねぇシャイナ、それじゃあ私たちがいるこの場所から東には国が無いって事? だってもしあるのなら国と国とを渡る貿易商人がいるはずでしょ」

 「そう言えばそうだね。気が付かなかった」

 

 この先が人を襲う凶悪なモンスターが住む森や山と言うのなら解るけど、それならボウドアやエントの人たちがあんなのんびりすごせている訳がないよね? モンスターがいつ襲ってくるか解らないような場所に村があるのなら村の周りに塀くらい作っていそうだし

 

 「う~ん、これに関しては考えても無駄か。実は聖地か何かがあって、この世界の宗教的な理由で町や村を作ってはいけないなんて理由があっても別におかしくはないし、単純に水が無くて人が住むには適さないのかもしれない。それにこの世界の人口がそれほど多くないのなら、わざわざ住みにくい場所に国を作る必要も無いからね」

 「そうだね。あと、もうすぐ領主の館を訪ねるんでしょ。気になるのなら、ならその時に訪ねればいいじゃない。特に隠さなければいけない理由でもなければ教えてくれると思うよ」

 

 そうだね。人に聞けばすぐに解決できる疑問なんだから考えるだけ時間の無駄か

 

 「そう言えばシャイナ。その騎士さんって領主の館にいるんだよね? それならその人に私が会いたいって言ってるって・・・」

 「うん、言っておいたよ。近い内に私の国の姫様が御会いしたいと申しておりますと伝えてほしいってね。正確に何時何時と言うのは解らないけど、私が報告に帰ったらその数日後だろうし、その時は先触れを出しますからよろしくお願いしますって。彼もちゃんと了承してくれたから大丈夫だと思うよ」

 「そうか、それなら大丈夫か。シャイナには色々としちゃったからきっ著ちゃんと伝えてくれるわね」

 

 私のその言葉に、また顔を紅くするシャイナ。当分はこのネタでからかえそうね

 

 

 ■

 

 

 「都市国家イングウェンザーか。聞いたことが無いな。都市国家連合にそのような名前の国は無かったと思うのだが」

 「しかしシャイナ様は、彼女は確かに自分の事を都市国家イングウェンザーの貴族だと名乗りました」

 

 その日、帝国騎士フリッツ・ゲルト・ライスターの姿はこの地を収める領主カロッサ子爵の館にあった。彼はシャイナたちと別れた後、急ぎ領主の館に戻り、保護した女性たちを移送する為の場所を用意してもらうまでの間に取り急ぎ子爵に野盗討伐の成功と、帰りに会って自分を助けてくれたシャイナの事を報告していた

 

 「うむ。毒を消す事ができるほどの治癒能力を持った司祭とライスター殿を一撃で吹き飛ばすほどの力を持った妖精を従えていたと言う事は確かに只者ではないのだろうが・・・怪しい所はなかったのか?」

 「はい。私はかの御方に出会わなければ間違いなく死んでいました。その後も色々と・・・あまり公言できる話ではありませんが、色々と失礼を重ねてしまい、従者のお二人からかなりの叱責を受けたのですが、かの御方はその全てを許してくださいました。私の見立てではあの御方は何かをたくらむ様な方ではないと思います。印象としては蝶よ花よと大事に育てられた箱入りの姫か商家の娘といった所でしょうか。そう言う物とは無縁な世界で生きてきた方のようでした」

 

 なるほど、彼の話すその女性の行動からするとその線が一番ありえそうか

 ライスターの言葉を聞いてカロッサは多分彼の見立ては間違っておらず、ほぼ全てその通りなのだろうと考えた

 

 エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵

 

 髪は帝国人としては珍しくない金髪の上、顔も目立って整っている訳でもない。代々騎士の称号も持つ家系なので日々の鍛錬を積み、そのおかげで体は引き締まってはいるのだけれど貴族である彼は前線で戦う事は無い為精悍さにはかける。その性で見た目から受ける彼の印象は少しスタイルのいい、しかし目立つ所がないという平凡を絵に描いたような姿の男と言った所だろうか。強いていい所を挙げるとすれば領民に向ける優しい笑顔くらいだろう

 

 彼はバハルス帝国の東の辺境にあるエントの村周辺地区を治める領主と言う立場にある。政略謀略方面においてはあまり有能ではないが、もともとがあまり力の無い貴族な上に僻地の領主の為、皇帝からにらまれる事もなく粛清とは無縁だった。また辺りの村もそれほど裕福ではなく、トブの大森林からも離れているため、生活は比較的質素である

 

 治める領地はエントとボウドアの二つの村周辺なのだが、ある事情があって地域の名前をカロッサ領と呼ぶことは許されていない。また自分の領地の東に広がる広大な草原も監視と管理する立場でもある

 

 そんな彼にとってライスターの持ち帰った話は少々困ったことでもあった。彼が言うには都市国家イングウェンザーが城を作った場所と言うのはボウドアの西30キロほどの場所だという。あの辺りはもう帝国の領土ではないのだから別に誰が城を建てようとも別に問題は無いのだが、しかし彼は先に挙げたとおり帝国からはあの土地の監視と管理を任されている立場でもあるのだ

 

 大体、どうやってあそこに城を建てる事が出来たのだ? あそこには・・・

 

 コンコン

 

 カロッサがある事実に思考を飛ばそうとした時、扉がノックされ、彼の子飼いの騎士であるアンドレアス・ミラ・リュハネンが入ってきた

 

 「ライスター殿、馬車の用意が出来ました」

 「これはリュハネン殿、ありがとうございます。それではカロッサ子爵、私は部下が待っているのでこれで失礼させていただきます。詳しい報告はまた帰還した時に」

 「うむ」

 

 そう言うとライスターは領主の部屋から退出した

 

 それを見送った後、カロッサはアンドレアスに声をかける

 

 「アンドレアス、先日報告があったエントとボウドアの話だが、もう一度聞かせてもらえないか?」

 「あの奇妙な服を着た商人の話と、ボウドアを襲った野盗を撃退した者の話ですか?」

 

 カロッサはライスターの言葉を聞いて思い出した事があった。それはここ1ヶ月ほどの間に自分が納める二つの村で起こった事件の事。どちらもこの辺りの者ではない、奇妙な者たちによって起された話だった。カロッサはこの二つの事件と今回のライスターを助けた者が関係していると考えたのである

 

 「はい、では先に起こった話と言う事でエントの村の話からさせていただきます」

 

 何の問題も起こらないのかもしれない。しかし、何か大きな問題に発展した場合、自分のような力の無い貴族では鮮血帝に目を付けられてしまったらすぐに貴族の地位を取り上げられてしまうだろう

 

 善良ではあり小心者ではあるものの、勤勉でもあるカロッサは今回持ち込まれた問題が大事にならないよう、しっかりと情報を精査する事にしたのである

 

 




 出張が長引いてしまった為にこんな時間の更新になってしまいました、すみません

 さて、本編中カロッサ子爵はアンドレアス・ミラ・リュハネンの事をアンドレアスとファーストネームで呼んでいます。しかしライスター君の台詞やカロッサとの会話でも台詞以外では彼の事をリュハネンと表記しています。これはガゼフ・ストロノーフの事を国王がガゼフと呼び、他のものがストロノーフ殿と呼んでいるのでこのようにしているのですが、でもこれってちょっと解りにくいかなぁ?


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46 正体不明で意味不明

 カロッサ子爵邸の応接間。そこでは難しい顔をしたこの館の主人であるエルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵が自分の騎士であり、情報管理を任せているリュハネンと対峙していた。

 

 アンドレアス・ミラ・リュハネン

 

 少し赤めのウェーブの掛かった金髪とダークブルーの切れ長の瞳が印象的なこの男は、カロッサ子爵に仕える騎士のまとめ役(と言っても正式な騎士があと一人と騎士見習いの三人の計五人しか居ないが)で、領内にある村で起こった諸問題を担当する立場にもある。と言ってもそんな事を彼ひとりだけでできる訳もなく、実は各村に一家族ずつ何か問題が起こった時は彼に報告をするようにと指示された者たちが住んでいた。また館での情報管理も彼一人で行っている訳ではなく、平民出身のメイドの立場ではあるものの、そこそこ優秀な女性が居たのでそのメイドを補佐として使っている。

 

 彼は詳しい資料を持ってくるようにとそのメイドに指示を出すと、それを待つまでの間に子爵の要望に答える為、自分の覚えている範囲の説明を開始する。

 

 「まず40日ほど前に起こった、エントの村に奇妙な服を着た商人を名乗る女性が現れた話です。これに対応したのは三人。一人は農作業中の男で、後二人は村長夫妻です。その他に村の中にて村長の家の場所をを聞かれた者がいますが、その者は除外しております」

 

 除外した理由は道を聞かれただけの者からは何の情報も得られなかったからだ。それはそうだろう。特殊な訓練を積んでいるのならともかく、ただ通りがかりに道を聞かれただけの相手を覚えている者などそうはいるものではない。

 

 一応着ていた奇抜な服と彼女がやたらに可愛かった事は覚えていたようだが、その程度の内容では情報とはとても呼べないし、その目立ちすぎる特徴のせいでその他の情報は陰に隠れてしまってその女性の行動で不審な点があったかどうかさえその村人は覚えていなかったのも、数少ない接触者であるその村人を情報源として除外した理由の一つだった。

 

 閑話休題。

 

 「まず農作業中の男の話ですが、村周辺では見かけない、やけに派手で奇抜な服装の怪しい女性が居たので一度は見て見ぬ振りをしたそうです。これがいくら奇抜な物だとしても普通の服装ならばそのような判断はしないそうですが、遠くから見ても解るほど着ている服が上質な物だったので、あまりにも自分とは身分の違う者なのだろうと感じ、領主であるカロッサ子爵邸への訪問者であろうと考えたからだそうです」

 「それほどの物だったのか?」

 

 単純に農民が着ている服と町で暮らしている商人とでは着ている服の質が違う。しかし遠目で見てはっきりと上質な物だと解るほどの物となると、それはかなりの物と言う事になる。

 

 「はい。その者の話によると使われている生地は、見た事も無い程上質な物だったようです。絹以上の光沢を持つ布で作られており、縫製もかなり腕のいい職人の手による物だと解る程すばらしい物だったそうです。また、何で染められたのかは解りませんが鮮やかな桃色で、これは村長からの情報なのですが、レース織りの生地を使ったフリルがふんだんに使われていたそうです」

 「は? レース生地だと? そんな高級なものを使ったドレスを着て村を訪れたと言うのか?」

 「はい。それも歩いて訪れたとの事です」

 

 カロッサ子爵は考える。信じられない話だ。

 

 レース織りの生地と言えば宮廷などのパーティーに出かけるご婦人たちの中でも大貴族やお金のある大商人の夫人や娘くらいしかドレスに使えないほど高価なものだぞ? そんな高価なものを使ったドレスを着て外を歩くなど、とても正気の沙汰とは思えないからだ。

 

 「ただ、デザインは外で行動する事を想定した作りらしく、スカートは膝上まで。袖も上腕までの半そでで、その代わり手にはひじまでの長さの手袋を、そして足は膝下まであるブーツを履いていたそうです。ただ、ヒールは高めのものだったようですが」

 「なんだそれは? 高級な素材を使った外出着だったとでも言うのか?」

 

 どう言う事だ? 説明を詳しく聞けば聞くほどよく解らなくなる。

 

 石畳で舗装された帝都ならともかく、このような土地で身に着ける外出着ならば普通、土ぼこりや泥跳ねを気にする必要の無い物を選ぶだろう。しかしレース織りの生地は繊細で、もし泥が跳ねて染みになってしまえばもうお仕舞いである。いくら技術のある職人でも染みを抜こうとすれば生地は痛み、もう使い物にならなくなる事だろう。それなのに、わざわざレースを使った外出着を作り、着用しているとは・・・頭がおかしいのではないか?

 

 「これについては、この後の村長宅での話である仮説が出ております。説明を続けても宜しいでしょうか?」

 「うむ」

 

 理由が解ると言うのであれば話の続きを聞くべきであろう。いくら考えても答えは出なさそうだからな。

 

 「では続けます。この女性ですが、この農作業中の者に自分は他国から来た商人だと名乗り、」

 「ちょっ、ちょっと待て! 商人のわけが無いだろう」

 

 そんな物の価値を知らぬ商人などいるわけが無い。もししたとしたら周りの商人たちの手によって、その者は1年と経たずに破産してしまう事だろう。

 

 「はい、解っております。話を続けても宜しいでしょうか?」

 「うっうむ。話の腰を折ってすまなかった。続けてくれ」

 

 どうやらリュハネンはその程度の事はちゃんと理解していて話を進めてくれているようだな。これは、変に話の腰を折らすに報告を聞くのが正解のようだ。

 

 「その女性は自分の事を商人だと名乗り、少々遠くの国から来たのでこの地域の地理に疎いと話し村の位置を聞いたそうです。また、その時にこの館を目指しているのかと言う村人の問いを明確に否定をしていたそうなので本当に村の位置が解らず、見かけた村人に声をかけたのだと考えられます」

 「待て待て待てっ! それでは何か? その者はかなりの価値のあるドレスを着て、尚且つ馬にも馬車にも乗らず、更には自分が今現在どこに居るのかも解らずに歩いていたと言うのか?」

 「はい、そのようです」

 

 いかん、話の腰を折るまいと思ったそばから折ってしまった。しかし、それも仕方がないだろう。こんなありえない話を聞かされてはな。

 

 一体どのような事が起こればその様な場面が出来上がるのだ? これが馬車で通りがかったと言うのならばまだ有り得ない話ではないかも知れないが、たった一人歩いていたと言うのでは本当に何がどうなってそのような状況になったのかさっぱり解らん。

 

 「この状況がなぜ生まれたかはあまりに情報が少なすぎて私にもまるで解りません。ですから考えても仕方のない事でしょう」

 「うむ、そうだな。すまん、話を続けてくれ」

 

 確かにその通りだ。よほどの事情や原因があるのかもしれないが、それが解らないのだからこれも考えるだけ無駄だろう。

 

 「では話を続けます。この後、この女性は村長宅を訪問します。その理由はどうやらこの周辺地域の情報収集だったようです」

 「情報収集? ではその者は他国の密偵か何か・・・な訳は無いか」

 

 それならば普通は目立たぬように行動するはず。このような人目を引く奇抜な服装をわざわざしている筈がない。

 

 「その通りです。服装や行動が目立ちすぎておりますし、何よりこのような辺境を偵察した所でなんの利も無いでしょう。事実この女性はこの国の者、と言うよりこの周辺諸国に住むものなら普通に知っているであろう事ばかりを聞いてきたそうです」

 

 

 コンコン

 

 そこまで話したところで、先ほど資料を取りに行ったリュハネンの補佐をしているメイドが資料を持って帰ってきた。

 

 「ちょうどよかったです。おい君、資料の中に村長宅で女性が質問した内容を記した羊皮紙があるだろう。子爵にお渡ししろ」

 「畏まりました」

 

 リュハネンの指示に従い、メイドがいくつかの羊皮紙の束の中から質問内容が書かれたものを手渡してきた。そこでざっと目を通したのだが・・・貨幣価値に周辺地理か。確かにこれと言って特別な事を聞いたと言う訳ではないようだな。

 

 「読んで頂ければ解るとおり、聞かれた内容は通貨の種類と両替比率。手持ちの金貨がこの国でも使えるかどうかと、エントの村で宝石が換金可能かどうか。近くの町までの距離と周辺の情勢。そして村に周辺地図があるかどうかです。後は我が国とリ・エスティーゼ王国が戦争をしている話や村周辺に危険なモンスターがいるかどうか、村長夫婦は魔法を見た事があるか等の情報も雑談の中での会話で出たそうですが、それらはあちらからの質問ではなく話の流れから出た内容なのでこの女性が知りたかった内容ではなかったのではないかと推察されます」

 

 なるほど、この内容からすると本当にこの周辺諸国の情勢を知らない者が通りかかった村で話を聞いたと言う印象を受ける。と言う事は本当に遠い異国から訪れたと言う事なのだろうが、ならばなぜその様な場所に?

 

 再度その奇抜な服装をした女性がなぜその場に居たのかが気になりだしたところで、リュハネンがそれ以上に気になる事を言い出した

 

 「そしてここからがこの村で起こった一番の問題です」

 「ん、何だ? その女性が村長たちの会話の後に何か問題を起こしたのか? この話の報告を前に聞いた時は特に大きな事件は無かったと記憶しているが」

 

 正直、ライスター殿の報告が無ければ忘れていたほど小さな事件だ。同時期に起こったボウドアの事件と今回の報告を受けて、もしかしたら何か関係があるかも知れないと考えて念の為話を聞こう思わなければ思い出す事も無かっただろう。

 

 「はい。あの時点では発覚していなかった事柄です」

 

 と言う事は、事後調査で解った新事実があったと言う事だな。

 

 「この村長宅での話には続きがありました。この女性は村長宅を立ち去る時に情報のお礼だとある物を村長に渡しております」

 「その物が何か問題のある物だったのだな。一体何を渡されたのだ?」

 

 村長夫妻とその女性は終始友好的な話し合いをしていたようだし、話の流れからすると危険物を渡されるような事はなさそうなのだが? そう思っていた所、リュハネンから告げられたのは確かに危険なものではなかったのだが、かなり奇妙と思われる物だった。

 

 「はい。その女性は村長に一つの小さな宝石を手渡して帰って行ったそうです。それを見た村長は正確な価値は解らないものの、この地に住むものなら誰もが知っている程度の常識的な事しか教えてはいないのに宝石のような高価な物はもらう事ができないと考え一度は断ったそうです。しかしその女性が感謝の印だからと笑顔で手渡してきたので、それではと受け取ったそうです」

 「情報のお礼に宝石をだと?」

 

 確かに奇妙だな。情報のお礼と言ってもこの程度の物ならせいぜい銅貨数枚、奮発しても銀貨一枚程度がせいぜいだろう。宝石となるとあまり価値の無い物でも金貨40枚はする。いや、大きな傷がある物ならその半分くらいになるかもしれないな。しかしそれでも金貨20枚程度。報酬と言うには高すぎるものだ。

 

 「おおなるほど、それで合点がいった。アンドレアスよ、その者はレース編みの生地を外出着に使えるほど裕福な、大金持ちゆえの世間知らずだったと言うのだな。確かにその程度の情報のお礼にと金貨20枚程の価値がある物を渡すくらい裕福な者ならば、それだけのドレスを外出着として使っていてもおかしくは無いか」

 「子爵、残念ながら違います」

 

 ん、違うとな?

 

 「何が違うと言うのだ? どう考えても物の価値が解らぬほど世間を知らぬ者だとしか思えないのだが」

 「確かにそれはそうなのですが、その規模が、スケールが違います。その女性が置いていったのは小さな”紅い”宝石でした」

 

 紅? 白や緑ではないのか?

 

 「そして後に調べた所、それがルビーだと言う事が解ったのです」

 

 なっ!? てっきり大きな傷のあるオパールやペリドットか何かだろうと思ったのだが紅い宝石、それも事もあろうにルビーだと!? そんな馬鹿な事があるはずが無い!

 

 「ルビーだと! 間違いないのか? ファイヤー・オパール、いや室内で渡されたのだからアレキサンドライトと見間違えたのではないか?」

 「いえ、村長から買い取ると言う名目で預かり、私が確認しましたが間違いなくルビーでした。それも曇り一つ、小さな傷一つ無い素晴らしい物です」

 「馬鹿な、ルビーが・・・それほどのルビーがその程度の情報の報酬だと? ルビーと言えばダイヤモンドに匹敵するほどの価値がある宝石だぞ」

 

 自分の価値観からすると、それが本当にそれほどすばらしい一品ならばたとえアレキサンドライトだとしても破格の、いや、破格と言う言葉程度では言い表せない程のとんでもない報酬だろう。実際このような僻地では領主の自分ですら目にする事がほとんど無いほどの価値のあるものなのだから。しかしその者が置いていったものはそれより遥かに価値のあるルビーだと言う。

 

 「一体何者なんだ、その女は?」

 「残念ながら、エントの村に訪れたこの女性は自分の事を異国から来た商人だと自己紹介しただけで、名前を名乗っておりません」

 

 名乗らずに立ち去ったのか。これは意図しての事なのか? いや、この場合はただ単にこの村をもう一度訪れる事は無いだろうと判断したからと見た方がいいかもしれないな。それでなければそのような奇抜な服装で来る筈がない。

 

 「しかし、村長夫妻からの聞き取りで外見的特長は解っています。身長は村の女性たちに比べて少し低い程度、髪は肩甲骨くらいまでの長さのセミロングで美しいプラチナブロンドだったそうです。また、瞳の色は渡されたルビーのように綺麗な紅色で顔はとても美しく、気品のある顔立ちをしていたそうです。年齢ははっきりとは解りませんが大体18~20才、肌のキメの細かさからするともしかしたらもっと若いかもしれないとの事ですが、その立ち振る舞いはかなり洗練されており、かなりの教養を感じさせたとの事です。村長夫妻は、このような美しい、さぞかし良い家の出であろう娘がなぜ一人でこんな村に? と疑問に感じたと、聞き取り資料には記されています」

 「確かに若いな。そんな娘が情報のお礼にと、ルビーを渡したのか」

 

 そんな若い娘がそれほど高価なものをポンと人に渡してしまえるものなのか?

 

 「はい。また、この情報からこの女性の特徴がボウドアの村に現れた者の一人の特徴と合致しました」

 「おお、と言う事はこの女性の素性も解っているのだな?」

 

 エントの村と違い、ボウドアの村に訪れた者たちの素性と名前は確か解っていたはずだ。

 

 「この女性と特徴が合致したのはボウドアの村を救った一団の所属する国、都市国家イングウェンザーの支配者を名乗るアルフィン姫だそうです」

 「なに!?」 

 

 まさか一国の姫だというのか? いや、支配者と言うのだから女王なのか? そんな者が辺境の村に護衛もつけずに一人で現れたと? だが、それほどの身分の者なら高価な宝石を軽い気持ちでお礼に渡したと言われても不思議ではないが・・・。

 

 まて、エントには徒歩で現れたとの事だが、ボウドアへはどうやって来たんだ? やはり徒歩か? もしそうなら何か特別な移動手段があるのかもしれん。それならば一人で現れたと言う話も納得が行くというものなのだが。

 

 「念の為聞くが、その姫はボウドアの村にも徒歩で現れたのか?」

 「いえ、ボウドアへは輝く鎧をつけた軍馬が引く四頭立ての大層豪華な馬車で訪れたそうです。また、この時は執事とメイドを連れての訪問だったようです」

 

 なんと、ボウドアへは馬車で訪れたと言うのか? 解らん。ではなぜエントには一人で、それも徒歩で現れたのだ?

 

 「もしかしてエントの村へ訪れた時も近くまで馬車に乗って来て、そこから供の者たちと別れて一人で訪れたのか?」

 「いえ、それは無いでしょう。私が子爵と共に馬車でどこか見知らぬ国の村の近くを訪れたとします。そこでもし子爵が一人で村を訪れたいからここで待てと言われたとしても、けして行かせる事はないでしょう。もし何かあった時にお守りする事が出来ませんから。子爵と私の関係ですらそうなのですから、一国の姫がそのような我侭を申したとしても、家臣がそれを許すとは思えません」

 

 確かにその通りだな。と言う事は、考えられる可能性は一つと言う事か。

 

 「馬の休息時に護衛の目を盗んでの馬車から脱走したか。うむ、この姫の情報から見て取れる印象や見た目の特徴からは少々考えにくい話ではあるがな」

 「はい、かなりのおてんば姫と言う事なのでしょう」

 

 さぞかし家臣たちは慌てたことだろうな。人事ながら気の毒に思い、またその光景を思い浮かべて笑いがこみ上げるカロッサとリュハネンだった。 

 




 はじめてイングウェンザー勢が一度も出ない話です。また来週も出ません。そんな話ですが、お付き合いくださると幸いです。

 今回の話で出てきた宝石の値段についてですが、ルビーは私が見つけられたネット上のD&Dルールで宝石の中では一番価値のあるダイヤモンドと同等の価値があり、アレキサンドライトの15倍、ファイヤー・オパールの7.5倍の価値があります。そんなものを渡したのですから子爵が驚くのも無理ないですね。


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47 見解(間違いだらけだけど)

 領主の館にある執務室。そこではこの館の主であるカロッサ子爵とその騎士リュハネンの会談が続いていた。

 

 「エントの村での目ぼしい話は全ていたしましたので、次にボウドアの村の話に移りたいと思います」

 「うむ」

 

 確か前に報告を受けた時の話ではボウドアの村を野盗が襲い、それを偶然通りがかった子供を連れた女性騎士とメイドが救ったと言う話だったか。

 

 「ボウドアの村襲撃事件が起こったのはエントの村にアルフィンと言う姫らしき人物が訪れた数日後でした。ボウドアの村に住む情報提供者の話によると村を襲った野盗たちは元冒険者で20名居たそうです。その強さは野党に身をやつしたものが多いとされる銅クラスなどではなく鉄や銀の冒険者クラスだったとの事です」

 「なに、銀クラスも居たというのか」

 

 銀の冒険者と言えば帝城の騎士レベルではないか。そんなものたちまで野盗に身をやつしていたとは。

 

 「はい。またこれは未確認情報ですが、野盗のボスは金の冒険者のエルシモ・アルシ・ポルティモと言う人物だと言う情報もあります。正直、この情報を聞いた時は私に討伐命令が出なくてよかったと思いました。知らずに出ていればまず生きては帰れなかったでしょうから」

 「金の冒険者まで居たと言うのか!? うむ、確かにそうだな。先日の野盗のアジトように倒されたキャラバンの護衛の強さで相手の力量が解っていたならともかく、ただの辺境の村であるボウドアが襲われ、その情報が入ったとしたらまずそなた達を送り込んでいただろう。価値がある物を運ぶキャラバンではなく貧乏な村を襲うくらいだから、それほどの強者はいないと普通は考えるだろうからな」

 

 村を襲ったくらいだから、銅の冒険者がはぐれ物を集めて作った程度の野盗集団だと考えるのが普通だろう。それならばリュハネンたちが敗れる訳がないと考え派遣していたに違いない。この点から見ても、ボウドアを救ってくれたその騎士達には感謝しないといけないだろう。

 

 ん? 待て。

 

 「アンドレアスよ、前にお前から受けた報告では確かボウドアを襲った野盗を倒し、全て捕縛したのは女性騎士とメイドの二人と言う話ではなかったか?」

 「はい、資料によりますと、メイドが捕らえたのが3人、後の17人は全て女性の騎士が捕らえたとの事です。またその際、その両名とも誰も殺すことなく捕らえたとの事です」

 

 はっ? 誰一人殺すことなく、たった二人だけで銀や鉄の冒険者達を20人も捕らえたと? 

 

 「ボスもか? 金の冒険者であるボスも殺さず捕らえたと言うのか?」

 「はい、どうやら村人が3人、人質に取られた為に女騎士の方は剣を抜いたようですが、捕らえられたものが誰も傷を負っていなかったとの事ですから、そのような状況下でも切り伏せる事なく全員殴り飛ばして捕まえたものを思われます」

 

 野盗である以上、手加減する理由は相手には無いのだから全員武器を使って襲い掛かってきたはず。その者たちを誰一人殺さないように手加減をして捕らえたと言うのか。一体どれほどの技量があればそんな事が可能なんだ?

 

 「また、これも未確認情報なのですが、どうも野盗のボスは何かしらのマジックアイテムを使用したようです。野盗捕縛後、その者達の横になにやら鉄の動像、アイアン・ゴーレムの残骸のようなものが積み上げられていたようでして、女騎士たちの会話を聞いた者の話ではそのアイアン・ゴーレムはメイドが倒したようです。なお補足情報として、その騎士はメイドがそのアイアン・ゴーレムをあっさりと倒してしまった事を叱っていた模様です」

 「は? アイアン・ゴーレムをメイドが倒した? おまけに倒した事を騎士に怒られていただと?」

 

 ゴーレムと言えばビーストマンがミノタウロスと戦う時に使用したと言う動くケンタウロス型の像がそんな名前ではなかったか? 流石にそれほどの力は無いだろうが、かなりの力を持つであろう鉄の像をメイドが倒したと? その上それを倒した事を怒られたと言うのはどんな理由があっての事なのだ?

 

 「遠くに居たものが聞いたと言う話を又聞きしたと言う事なので真偽は解りませんが、どうやら騎士は野盗のボスが切り札として出したものを、なんの盛り上がりも無いままあっさり倒してしまった事を怒っていたようです」

 「・・・なに?」

 

 ちょっと待て。それでは何か、その騎士は野盗のボスが切り札としてアイアン・ゴーレムを出したから"わざわざ盛り上がるように"戦って倒すつもりだったと言うのか。

 

 「おいアンドレアスよ。私にはその女性騎士がアイアン・ゴーレム相手でも手加減をして倒せると言っているように聞こえたのだが」

 「はい、私もそう思います。また、あっさりと倒したから怒られたと言うのが本当の事だといたしますと、そのメイドも同様にアイアン・ゴーレムを手加減をしても倒せたと思われます」

 

 なんだか頭が痛くなってきたぞ。金の冒険者が切り札として出してきたマジックアイテムだ。と言う事はそのアイアン・ゴーレムはその金の冒険者であるボスよりも強いと言う事になる。そしてそのアイアン・ゴーレムを手加減して倒すことが出来る存在。と言う事は・・・。

 

 「おい、その女性騎士だけではなくメイドもとんでもない強さ、少なくともミスリル以上の強さを持つと言うことか?」

 「手加減できると言う話ですからオリハルコンクラスの力はあるのではないでしょうか?」

 

 そんな者たちがふらりと立ち寄っただと? どんな偶然が起こればそんな事が起きるというのだ?

 

 「それで、それでその野盗たちはどうしたのだ? 全員処刑したのか?」

 「いえ、話によると都市国家イングウェンザーでは殺人を犯していないものを処刑することは禁じられているようで、自分たちの城に連れ帰り、刑に服させるとの事です。事実、野盗たちは縄に繋がれて護送されて行ったのを多くの村人が目撃しているそうです」

 

 ふむ。かなり甘い国家のようだな。帝国なら誰も殺していなかったとしても殲滅対象になっているはずだ。しかし刑に服させるとは、それほどの者たちを繋いで置くことが出来るほど警備が厳重なのか、それとも収監所の看守の力量が高いのか。

 

 「元冒険者を捕らえ、それを収監し続けるほどの力を持った者たちがいると言う事だけは確かなようだな」

 「はい。少なくともこの女性騎士とメイドクラスのものが他にもいると考えるのが妥当でしょう」

 

 都市国家と言っていたそうだが、それほどのものが所属するとは。

 

 兵の数ではそれほど恐れる必要は無いだろうが、オリハルコンクラスが複数いるのであれば侮る事は出来ん。いや、それほどの強さを持つものがメイドをしている所を見ると、もしかするとアダマンタイト級の者もいるかも知れんな。

 

 「念の為聞くが、女性騎士と一緒に居たというメイドは本当にメイドなのだな? 偽装のためにメイドの服装をしていただけと言う事は?」

 「はい、それは間違いありません。女性騎士をシャイナ様と敬称をつけて呼び、一緒に居たまるんと言う子供の世話やお茶の準備などをしていたと言う話もありますし、その後に訪れたアルフィン姫が連れてきた執事とメイド4人と共に行動していたようですから」

 

 ん? なにやら聞いた覚えのある名前が聞こえた気がするが。

 

 「シャイナとな? と言う事は、ボウドアの村を救った女性騎士というのはライスター殿を救ったシャイナという女性と同一人物なのか?」

 「はい。先ほどのライスター殿のお話からすると同一人物と思われます。都市国家イングウェンザーの貴族で外見的特長も長身の女性騎士風の姿で黄金の如き美しい髪を結い上げ、エメラルドの瞳と褐色の肌の女神と見紛う程の麗人と言う事ですから、ほぼ間違いないでしょう」

 

 なるほど、と言う事はこの者は貴族であると同時に周辺警備もになっていると言う存在か。ならば強いのも頷ける。きっと帝国四騎士や王国で言う所のガゼフ・ストロノーフのような存在なのだろう。では一緒に居たまるんと言う子供はアルフィン姫の妹か何かか? それならばそのメイドと言うのもその子供つきメイド兼護衛と言った所だろう。

 

 「ライスター殿はそのシャイナと言う貴族は箱入りの姫のようだったと言っていたな。外見に似合わず武に力を入れて政争には加わらない騎士の称号を持つ貴族と言ったところか。それならば常に外を見回り、その際にボウドアの村の異変を見て駆けつけたと言う話も解らないでも無いか。いや、その日は本来は一緒に居たメイド共に子供の、多分アルフィン姫の妹であろう、まるん姫の外遊の護衛をしていた所に偶然騒ぎに出くわしたと言った所かもしれないな」

 「はい、多分子爵の考えるとおりかと思われます。また、アルフィン姫が到着されるまではまるんと言う子供が村長との交渉の席に着いていたという話もあります。と言う事は、こちらは貴族としての教育を幼いながら受けているのではないかと考えられるので、アルフィン姫の妹であると言う話も十分考えられます」

 

 これで決まりだな。シャイナと言う貴族は政治にはまるで関わっていないのだろう。そして、そのまるんと言う子供はおそらく王族。アルフィン姫の妹であろう。

 

 「しかしそうなると、一つ疑問が生じます」

 「何だ? 申してみろ」

 

 そう言うとリュハネンは横に控えているメイドから一枚の羊皮紙を受け取った。

 

 「この資料によりますと、そのまるんと言う子供はボウドアの村の子供と仲良くなり、今は友人関係にあるとの事です」

 「何が疑問なんだ? 子供なのだから、身分を越えて仲良くなったとしても不思議ではないだろう」

 「いえ、その子供にまるんと言う子は『偉い人に仕えている』と話したそうなのです」

 

 ふむ、となるとこのまるんと言う子供はアルフィン姫の妹ではないのか? 

 

 「いや、国によって風習が違うと言う事も考えられる。例え姉妹であっても姉が女王に就任してしまえばその妹でも家臣の一人と言う事なのではないか? 身分がはっきりしている方がいざこざも起こりにくいであろうし、都市国家のように狭い世界ではそのようなこともあるのであろう」

 「なるほど、確かにそれは考えられる事です。それならば先の言葉も何の矛盾もありませんし、シャイナと言う強大な力を持った騎士貴族が護衛についている事にも説明が付きます」

 

 そうだろう、そうだろ。自分の意見に肯定的な意見を返されてカロッサは満足そうに頷いた。

 

 「それでは報告を続けます。この後何らかの方法でまるんと言う子供が城と連絡を取り、アルフィン姫が供を連れて馬車でボウドアの村を訪れました。その際ですが、そのアルフィン姫は魔法を使い一度に多くの者の怪我を治療しています。残念ならが村には魔法の知識がある者がおらず、どのような魔法を用いたのかは解りませんが骨折などをしていた重症な者も含め、集会所に寝かされていた40名以上の怪我を短期間で治したと記録されています」

 「40人以上もの人数をか? それはすごいな」

 

 それほどの治癒魔法の使い手となると神殿にもそうは居まい。帝都の称号を持つ神官長クラスならば可能ではあるだろうが、地方都市の神官長レベルではそれほどの奇跡は起せないのではないだろうか。

 

 「この事から、アルフィン姫は中央神殿の神官長レベルの信仰系マジックキャスターだと結論付けていました。この時点では」

 「この時点では? では違ったと申すのか?」

 

 これだけの奇跡を見せたのだ。それ以外は考えられないだろう。それなのにリュハネンは違うと考えていると言うのか。

 

 「はい。実はこの襲撃事件の後、アルフィン姫は村の外れの丘の麓の土地を野盗たちを撃退した報酬として村から譲り受けて館を建造しています」

 「うむ。その話は私も報告を受けている。たしかまるんと言う子供が村の友人に会いに来た時に滞在できるよう作らせた別荘のようなものだと聞いているが」

 

 実際に目にした者の話によると大層綺麗な庭と見事な館が出来上がっているそうだな。

 

 「その館なのですが、村の者の報告によると一晩で出来上がったとの事です。そしてその奇跡を起したのがアルフィン姫のクリエイトマジックだと言う話も同時に伝わってきております」

 「なに!? クリエイトマジックで館を作っただと!」

 

 クリエイトマジックと言えば塩などの調味料を作り出す一般魔法だろう。そんなもので館を作り出す事が可能だというのか?

 

 「はい、流石にアルフィン姫一人のお力ではなく、何人かのマジックキャスターと協力した大儀式を使っての事らしいのですが、その場面を村長が目撃しているので間違いはありません」

 「なんと、ではアルフィン姫は癒しの魔法だけでなく、魔力系の魔法も使えるという事なのか?」

 

 確かクリエイトマジックは信仰系ではなく魔力系魔法のはずだ。

 

 「はい。ですが、クリエイトマジックが使えるからと言って強力な魔力系魔法が使えるとは限りません」

 「どういう事だ?」

 

 高々調味料を作り出す程度の魔法で館を作り出すほどのマジックキャスターだぞ。そのマジックキャスターが強力な攻撃魔法を使えないなんて事があるというのか?

 

 「この後の話なのですが、その館の前にもう一度少し大きめな小屋をアルフィン姫が魔法で建造しています。これはそのクリエイトマジックの儀式がとても綺麗なのでまるんと言う子供が友人にも見せてほしいとねだり、ボウドアの子供たちに見せているので間違いありません」

 「なるほど、館を作る大儀式は綺麗なのか。だがそれと強力な攻撃魔法とどう繋がるのだ?」

 

 強大な魔法は見るものによっては美しく感じるものだ。館を作る魔法が綺麗だからと言って強力な攻撃魔法が使えないという話とは繋がらないと思うのだが。

 

 「はい。ここで問題になるのが大きな館ではなく、小屋を作るクリエイト魔法でさえわざわざ姫が出向いて使ったと言うのが問題なのです。ふつう、人が覚える事のできる魔法の数はその者の素養によって変わります。しかし、どんな強大な力を持つものでも数が限られると言う点だけは変わりません。たとえば大魔法使いであらせられるフールーダ・パラダイン様でさえ、魔力系の魔法を多く習得なされている為にその他の魔法はあまりお得意ではないと聞き及んでおります」

 「確かにな」

 

 なるほど、少し話が見えてきたぞ。

 

 「ではアルフィン姫はどうでしょう? かの方は強力な信仰系魔法を操ります。そして魔力系魔法であるクリエイトマジックで我々の常識からすればありえない館を作ると言う事さえやってのけました。もしかしたら館を作るクリエイトマジックはアルフィン姫の国では誰でも使える魔法系体として確立しているものなのかもしれないのですが、もしそうなら館を作るのならともかく、ショーまがいの小屋を作るクリエイトマジックまでわざわざ姫自ら行うとは考えにくいです。この事から考えられる結論は唯一つ。アルフィン姫は強大な魔法の素養を持って生まれたにもかかわらず、その才能を戦闘ではない別の方向に伸ばしているのだと言う事です」

 「それは姫だから、と言う事かな?」

 

 姫だからこそ、争いから遠ざけられるよう直接的な力を持たぬ方向へと素養を伸ばされたと言うのだな。

 

 「はい。もしアルフィン姫が男として生まれていたらその強大な力は外敵を倒す為の力として使われていたでしょう。しかしアルフィン姫は女性。それもかなりの美しさを持つ女性だそうです。もしそのような姫が生まれた時、王はその姫に戦場にに立ってほしいと考えるでしょうか? 普通なら蝶よ花よと可愛がるのではないでしょうか? しかし、その姫は常人離れした魔法の素養を持っていた場合、いずれはその力を振るわなければいけなくなる場面が訪れる可能性があります。そのような事にならぬよう、姫の親は彼女に信仰系の魔法を納めさせ、また魔力系の素養に関しては攻撃の魔法ではなく普通では誰も極めようとは思わないであろうクリエイトマジックを極めさせたのではないでしょうか」

 「確かにな。人手があれば作る事が出来る館を創造する魔法など一国の姫が覚える魔法ではない。それを極めている所から彼女が強力な攻撃魔法を習得していないと考えたのだな」

 

 確かにそれはありえる話だ。館を作る魔法を覚えていると言う事は、その前段階の魔法も覚えていると言う事。それだけの魔法を覚えているのであれば攻撃魔法を覚えるだけの魔法的許容量は残っては居ないかもしれないな。

 

 「そして、アルフィン姫が魔力系マジックキャスターである事から考えて、エントの村に一人で現れた理由も説明できるかもしれません」

 「なんと! それはなぜだ?」

 

 何だ? 今までは謎の様に語っておったのに、もったいぶっていたのか?

 

 「はい。私もたった今この結論に達したのですが、魔力系マジックキャスターとして館を建造するほどの力を持つお方です。3位階のフライも当然使えるのではないでしょうか? これは攻撃魔法ではありませんし、緊急時に脱出する為に使う事もできます。おそらく攻撃魔法を使えずとも、危険から脱する魔法は率先して覚えているでしょうから。それならば、馬車からこっそり抜け出すのもたやすいのではないかと思われます」

 「なるほどな。それは確かにありえる話だ」

 

 だんだんアルフィンと言う姫がどのような人物か見えてきたな。これがわざわざ我々を欺く為の芝居と言うのなら別だが、皇帝エル=ニクス様相手ならともかく、こんな偏狭の地方領主である私を欺く為にこれほど手の込んだ事をするとは思えない。と言う事は私の考えは少々ずれている所はあるかもしれないが大筋では間違っては居ないだろう。

 

 「では話をまとめるとしよう。まず都市国家イングウェンザーにはアルフィンと言う姫がおり、その者は信仰系マジックキャスターであり魔力系マジックキャスター、そして強力なクリエイトマジックの使い手でもある。また、資料によるとボウドアの村人とも気さくに接しているとの報告がある所から鑑みて善良な人物であると考えられる。その部下であるシャイナと言う人物もライスター殿を救ったと言う話から同様に善良な人物なのだろう。あくまで6人居ると言われる支配者階級の内二人だけだが、その二人が共にお人好しと言われても可笑しくない程の人物である事から帝国にあだなす為に城を築いた訳ではないと私は判断する」

 「そうですね。都市国家と名乗っているのですから帝国と戦争するほどの国力があるとも思えませんし。しかし、一応その作られたと言う城もアルフィン姫と御会いになる前に一度見ておく必要があるのではないでしょうか?」

 

 そうだな。それにあの場所に城を築くことが出来た理由がアルフィン姫のクリエイトマジックならば、その規模も知っておきたい。もしその城が帝城ほどの規模であるのならいきなり何も無い所に城を作れると言う事になる。それならばもしかすると帝国の脅威になり得ないとも限らないからな。

 

 「解った。ライスター殿の話では近い内にアルフィン姫は先触れを送り、この館を訪問するとの事だから町の冒険者を雇う時間はあるまい。アンドレアスよ、偵察に行って貰えるか?」

 「はい、この私が責任を持って都市国家イングウェンザーの城を見てまいります」

 

 あくまで偵察であり、間違っても敵対行動と取られる様な事はしないように言い含め、カロッサ子爵は自分の騎士アンドレアス・ミラ・リュハネンを送り出すのであった。

 




 2週続けてのイングウェンザー城の面々が出ない話でした。

 とりあえず来週は出てくるのですが、内容が帝国側の視点中心なのでいつものメンバーは脇役扱いになります。

 さて来週なのですが、活動報告に書いていた通り土日とも用事があり、なおかつ日曜日は帰宅が深夜になってしまうので日曜日に更新が出来ないので次回は月曜日更新になります。一日遅れになってしまいますが読んでいただけたら幸いです。


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48 驚愕(笑)

 騎士アンドレアス・ミラ・リュハネンの姿は子爵との会談の次の日の夕刻、ボウドアの村の村長の家にあった。

 

 彼は子爵の命を受けた後、これまでの資料にもう一度目を通してから次の日の朝に館を出立してボウドアの村には昼過ぎ頃に到着した。これが冒険者ならばこのまま進み、夕刻近くになった頃に野営をするのであろうが彼は騎士である。当然野営の経験は殆ど無く、また一人での行動なのでもしもの事を考えて(まぁこの先では、ある事情があって草原のような見通しの良い場所に野犬などの動物が出没する可能性はほとんど無いのだが)村に泊まることにしたのだ。

 

 「リュハネン様、本当に私どもの家にお泊りになられてよかったのでしょうか? 見てのようにあばら家で、リュハネン様をお持て成しする事などとても出来ないのですが」

 「ああ、かまわんよ。無理を言っているのは私の方だからな。屋根と食事があるだけでもありがたいくらいだ」

 

 そう言ってリュハネンは笑う。実際、この程度の規模の村では騎士の称号を持つ者を歓待する事など出来るはずも無いし、この辺境の村では宿屋と言うものも無い。ならば泊まる場所を探そうとした場合、広くて寒い集会所よりは手狭でも村長の家に泊めてもらうのが一番だろう。

 

 「おおそうだ。リュハネン様、アルフィン様の別荘にお泊りになられてはいかがですか?」

 「っ!?」

 

 なっなに!? こいつ、よりにもよって何を言い出すのだ。

 

 私も村に早い時間に着いたから一度見ておこうと思って丘の麓の館を見に行ったが、あのような豪勢な館に気軽に一晩泊めてはくれないだろうか? などと頼める訳がないだろう。これが例え平民の館であろうとも、あれほどの見事な館では例え貴族であっても気楽に尋ねる事など出来るはすが無い。ましてや、私はこれからその館の主の城を偵察に行くのだぞ。

 

 「ああ、大丈夫ですぞ。あの館の主であるアルフィン様は御優しい方で、私たちも十日に一度位は軒先にお邪魔させていただいてお風呂と言うものを貸してもらっているのです。私たちにでさえそれほどよくして下さっているのですから、リュハネン様ならばきっと快く一晩の宿を貸してくださいますよ」

 「風呂を? 十日に一度?」

 

 何の冗談だ? 風呂など子爵家の者でも毎日入れるのは子爵本人くらいだ。ここは川が近いのは確かだが、それにしても風呂を沸かすほどの水を運ぶのは大変だろうし、井戸を掘ったとしても、やはり井戸から風呂桶まで水を運ぶのは大変な作業だ。それに風呂に沸かすだけの薪ともなれば結構な量になる。多分村長を懐柔する為なのだろうが、例え村長の家族だけとは言えそれだけの金をかけるとはとても信じられん。

 

 「はい、館のお風呂は大変大きいのですが流石に全ての者が一度に入れるわけではないので、村の者が全員借りるとなると、毎日は入れないのです」

 「なっ!?」

 

 ばっ馬鹿な!? では十日に一度貸しているのではなく、毎日誰かしらに貸しているという事ではないか。

 

 「あっ今の話ではちょっと語弊がありますね。風呂を借りているのは二日に一度です。いやぁ、アルフィン様はいい物を作ってくださりました」

 「作った?」

 

 私の言葉に村長は説明を追加してくれた。どうやら後に作ったと言う小屋は最初洗濯や水浴びをする為の小屋として作ったらしいのだが、やはり湯があった方が便利だろうと後日、中を改修して一度に20人ほどが入れる風呂場にしたらしい。

 

 ・・・20人ほどが入れる風呂場だと。ここは温泉が湧き出る火山地帯だったか? そんな訳が無い! ここは昔から草原地帯で温泉など湧き出るはずが無いのだ。ではアルフィン姫はこの村人たちの為に風呂を沸かしていると? なんの為に? そんな事をして何のメリットがあるのだ?

 

 「まぁ、アルフィン様の館に泊めて頂くという話はさておき、今日はその風呂に入る事が出来る日なので後で行きましょう。気持ちがいいものですよ」

 「あっああ、そこまで言うのであれば私も行くとしよう」

 

 取り合えずこの目で直に見てみない事には始まらないだろう。私は村長に誘われて、その風呂に行って見ることにした。

 

 

 

 ああ、気持ちよかった。手足を全て伸ばし、肩まで湯に浸かるのがこれほど気持ちのいいものだったとは。なるほど、子爵が毎日入るのにこだわる気持ちもよく解る。もし私に財力があれば家に大きな風呂を作ったことだろう。

 

 それに体を洗う為のものだと言う、あの”ボデ・ソオプ”とか言う香油。あれもいい。泡がよく立ち、体の汚れが落ちる事が実感できる上によい香りがする。なるほど、村人が前に訪れた時よりも清潔になっているのはあの香油のおかげか。さぞ高いものだろうにそれを惜しげもなく村人に使わせるとは、やはり都市国家イングウェンザーの財力は侮れん。

 

 それに湯を沸かすマジックアイテムと水が湧き出る大樽。まさかあんな物まで村の者たちに貸し与えているとは。なるほど、あれならば薪の心配や水を運ぶ手間を考える必要はないだろう。しかし、あれがいくらすると思っているのだ? 規模が大きく、簡単に盗みだせるものではないだろうが、それにしても普通はあんなに軽々しく貸し出せるようなものではないだろう。

 

 風呂に据え付けられていたマジックアイテムを思い描き、その値段を想像して驚愕して居た所、いつの間にか居なくなっていた村長が帰ってきて話しかけてきた。

 

 「リュハネン様、今ちょうど知らせが参りまして、マイエルの奥さんがこちらのメイドさんに頼んだところ一晩泊めてくださるそうです。これで私の家のような汚い所でリュハネン様に寝ていただかなくてもよくなり、ほっとしました」

 「何時の間に」

 

 なに? 風呂に入っている間に頼んでいたと言うのか? それとマイエルとは誰だ? ん、まてよ。まるんと言う貴族の友達になった子供の名前が確かマイエル姉妹ではなかったか。と言う事はその母親か。

 

 「また食事の用意もして下さすそうで。一応私も同席すると言うのが条件らしいのですが、宜しいでしょうか?」

 「んっ? ああ、それはかまわないが」

 

 いかん、話が速く進みすぎて頭が付いていかない。しかしこれは困った事になったぞ。私は言わば密偵。それなのに、その探る相手の館に招待されてしまった。これが相手の城だというのならばまだいい。これ幸いと探ればいいのだから。しかしここはあくまで別荘だ。そんな所にわざわざ立ち入って、自分の素性をさらしてもいいものだろうか?

 

 いや、もしかしたらすでに私の目的が相手側に筒抜けなのではないか? だからこそ先手を打って村長たちに私が立ち寄ったら連絡を寄越し、館に泊めるようにと指示を出して置いたのでは?

 

 「うむ、ありえない話ではないが・・・しかし」

 

 今まで数回会った事のあるこの村長の性格を考えると、そのような企みを私に悟られる事なく進められるとは思えない。と言う事は、本当に善意で頼みに行ったと言う事だろうか? とにかくここは慎重に、こちらの意図を相手に悟られぬよう行動すべきだな。

 

 そう考え、村長に先導されながらも気を引き締めて館に向かうリュハネンだった。

 

 

 ■

 

 

 「え? ボウドアの館に客人を泊めてもいいかって?」

 「はい、館のメイドからそう連絡がありました」

 

 今日の執務もひと段落し、地下6階層の執務室でお茶を飲んでいた所にメイド統括であるギャリソンが訪れて私にそう伝えた。へぇ~、ボウドアの村にも客人が来る事があるんだ。それにわざわざあの館に泊めてほしいと言うくらいだから位の高い人よね? 徴税士でも来たのかしら? それならなるべく気持ちよく帰ってもらった方がいいと考えそうだしなぁ。

 

 「館に泊めて欲しいと言う位だから、偉い人でも来たの?」

 「はい。どうやら領主の所にいる騎士が訪れたそうで、普通ならば村長宅に一晩泊まらせるそうなのですが、位の高い方なので、出来たら館の一晩泊めてもらえないかとマイエル夫人が村長に変わって頼みに来たそうです」

 

 騎士がねぇ。そう言えばあの国は騎士が街道を巡回して国民を守ってくれているって話だっけ。それなら村長さんがいつも守ってくれている騎士さんを接待したいと考えるのも解る気がする。それにユーリアちゃんたちのお母さんの頼みか。それじゃあ無碍には出来ないわね。

 

 「そうなの。マイエルさんの頼みなら断れないわね。それで、私も出向いた方がいいの?」

 「いえ。いきなりアルフィン様が訪れては村人も恐縮してしまうでしょうし、別館にお通しして、メイドに相手をさせようと思います」

 

 言われてみたらその通りか。ただ一晩泊めるだけなのに、わざわざ館の主が出向いてしまってはこれから頼みにくくなるだろうしね。村の人たちとの関係を考えると、これからもこんな程度の頼みなら気軽に引き受けられるようにしたいし、ここはメイドたちに任せるとしましょう。

 

 「あっでも一応私の指示も伝えたいし、失礼があってはいけないから城からも誰か送りましょう。そうねぇ、この場合接待だからヨウコたちよりココミの方が適任よね。危険があるわけじゃなさそうだし」

 「はい、私もそう思います」

 

 あと折角歓待するのだから食事やお酒も必要よね。

 

 「あと食事はどうしようかしら。今回は一人だし、城から運ぶよりは館で作った方がいいわよね? そう言えばあの館、お酒ってあったかしら?」

 「はい。料理に関しては突然の訪問と言う事ですからあまり凝った物はお出ししない方がいいと思います。至高の御方々が訪れた時ならばともかく、普段はメイドしかいない館であまり良い物が並んでは不審を招く事があるでしょう。普段メイドたちが食べている物をアレンジしてお出しするのが宜しいかと存じます。あとお酒ですが、館には何時アルフィン様が訪れてもいいように一通りそろえてございます」

 

 なにそれ? なんかその言い方だと私が物凄くお酒が好きみたいじゃないの。・・・まぁ、その通りなんだけど。

 

 「館からの報告では、現在その騎士は風呂に入っているとの事ですから食前酒をお出しするのであれば、この世界のエールとは違いよく冷えたものをお出しできますのでラガービールが宜しいかと。それ以降はその方のお好みのお酒をお出しするのがいいと思われます。」

 「そうね。そうしましょう。あと、その騎士を泊めるのはいいけど、食事を一人でさせるのもなんかわびしいわよね。そうだ、村長さんを食事に招待した事は無かったはずだし、いい機会だから一緒に呼びましょう」

 

 得体の知れない騎士一人を接待するよりも、見知った村長さんを一緒に接待した方が館の子達も気が楽だろうからね。

 

 「解りました。そのように手配いたします」

 「うん、頼んだわね。でもその騎士さんって一人でボウドアに来たのよね。やっぱりあの辺りは安全なのね。普通なら二人一組で見回りとかしそうなのに」

 「館の者たちの話では野犬さえ見かけないとの事ですから、それだけ治安がいいと言う事なのでしょう」

 

 野盗のアジトがあっても要請を出せば町から専門の騎士を派遣してくれるくらいだし、普段はこのように騎士が見回りをしてくれる。なるほどエルシモさんたちも半失業状態に陥ってしまう訳だ。そんな事を考えて、この国の治安はホント守られてるなぁと感心するアルフィンだった。

 

 

 ■

 

 

 「ガラスのジョッキだと? それにこのエール、どうやったらこれほど洗練された味の物が作れるのだ?」

 「それに地下水よりも冷えています。やはりこれもマジックアイテムで冷やしているのでしょうか?」

 

 子爵のような貴族相手ならともかく、私や村長にガラス製の、それもこのように歪みも無く透明度も高いジョッキを惜しげもなく使うとは。それにエールも今までは常温でしか飲んだ事が無く初めてよく冷やしてある物を飲んだのだが、こうして飲むと格別だな。それに一口目は風呂上りで火照った体にしみこんで旨いのかと思ったのだが、どうやらこのエールそのものが尋常なものではなく旨いという事が飲み進めるうちによく解った。

 

 今日この日までエールと言う飲み物は酔う為だけのあまり旨くない酒だと思っていたが、これならばワインと比べても遜色の無い程旨い酒だ。作り方次第でこれほど洗練された物になるのであれば、自分の認識を改めるべきかもしれない。

 

 「こちらはエールではございません。よく似ているものではありますが、ラガービールと言うものです。お気に召したのでしたらお変わりをお持ちしますよ」

 

 私の言葉に反応したのか給仕とは別の、メイド服自体が少し違う所から他のメイドたちよりも位が高いであろうメイドが奥から出て来て声をかけてきた。この辺りでは珍しいダークブラウンの色をした髪の南方に多く見られる顔立ちをした美しい女性だ。

 

 「これはラガービイルと言うのですか。なるほど、前に町で飲んだエールとは似て非なるものですね」

 

 私の言葉にその女性は柔らかな表情でにっこりと微笑んだ。その女性を見た村長は、彼女を見知っていたのだろう。会釈をしてから声をかける。

 

 「これはココミさん。今日は城ではなく、こちらにいらしたのですか?」

 「はい。所用がありまして」

 

 なるほどこの女性はこの館ではなく城のメイドなのか。それに、報告書にあった最初にシャイナと言う女性と一緒に野盗を撃退したメイドとは姿かたちの特徴が異なる所を見ると、おそらくアルフィン姫がこの村を訪れるときに同行したメイド。姫付きと言う事はそれだけで位が高いという事でもある。位の高い者に付くメイドは身分が確かなものでしかなることが出来ないのだから。

 

 「それでどうなさいますか? ビールがお口に合わなければ別物のをお出ししますが」

 「私はそのままこのラガービイルと言うものを頂けますか?」

 「私もラガアビィルでお願いします」

 「はい、解りました。それではお食事も、ビールに合わせたものにするようにと厨房に申してまいります」

 

 そう言うと、ココミと言うメイドは一礼して去って行った。その仕草は洗練されており、きちっと教育を受けた者の動きだ。やはりそれ相応の立場の者の娘なのだろう。

 

 「リュハネン様。この館の料理はかなり美味しいそうです。前にマイエルの奥さんと村の子供たちがこちらで料理をご馳走になったそうなのですが、その時出されたオコサマランチと言う料理はまさにこの世の物とは思えないほど美味しく、完成された料理だったそうです」

 「オコサマランチですか? 聞いた事の無い料理ですね」

 

 ふむ、都市国家イングウェンザー自体が遠い異国らしいから、そこの料理なのだろうか? しかし、信じられないほど旨い料理か。このような辺境の村ではそれほど大層な物は食べては居ないだろうが、それでもそこまで言うのだから町の高級料理屋くらいの物が出たのだろうか? しかし、子供たち相手に出された物との事だし人数も結構な数が居たようだ。このような土地では良い食材を数多く確保するのは大変だろうから、贅を尽くした物と言うよりも技を尽くしたものだったのだろう。

 

 「すみません。先日と違い今日は急な事でしたのであそこまでの料理はご用意できませんでした。私たちが普段食べている物に少し手をかけたものくらいしか出せない状況でして、まことに申し訳ありません」

 「いえいえ、急に訪れて食事と美味しいラガービイルまでご馳走になっているのです。文句などありませんよ」

 

 近くに控えていた給仕のメイドが、村長の言葉に申し訳なさそうにお詫びの言葉を継げた。その言葉に村長は肩を落としたが、それも仕方のない事だろう。前に村の者が食事に誘われた時はアルフィン姫も同席したというのだから下手な物を出せる訳がないし、きっと料理人も城から連れてきた一流の者たちだったに違いないだろう。そのレベルの物を急に来て食べさせろという方が無理というものだ。

 

 そう考え「このラガービイルと言うものが味わえただけでも儲け物ではないか」と思ってリュハネンは出てくる料理にはそれほど期待をしなかった。しかし、

 

 「こっこれをこの館のメイド達は普段から食べているというのか!?」

 

 出てきた料理を前に「イングウェンザー恐るべし」と再認識させらされるリュハネンだった。

 

 




 すみません、月曜更新と言っておきながら間に合わず、火曜早朝の更新になりました。また、今回は時間が無かったのでうちのHPでアップしたものから表現がおかしな所を直した程度であまり変わっていません。

 さて、エルシモたちの時と同じで、リュハネンも出てきた料理を一口食べて驚いています。いや、あの時はメイドたちが食べているものよりも少し劣るものを食べさせているので、それ以上の驚愕を覚えたことでしょう。出てきた料理は普段メイドたちが食べているものにちょっと手を加えた上質な物なのですから。

 来週なのですが、活動報告に書いたとおり11日から15日まで東京に行くので書く時間がありません。なのですみませんが来週は休ませていただき、次の更新は21日の日曜日になってしまいます。毎週読みに来ていただいている方々には申し訳ないのですがよろしくお願いします。


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49 動員(間違いだらけ再び)

 周辺を収める領主の館。そこではボウドアの村の先に作られたという城に偵察に向かったリュハネンが戻ったとの連絡を受けて、カロッサ子爵が自分の執務室で出迎えていた。

 

 「おおアンドレアス、無事に戻ったようだな。予定より少し遅れていたから心配していたが、元気な姿が見られて安心したぞ」

 「はい子爵。予定より帰還が遅れてご心配をおかけしましたが、ただいま戻りました」

 

 馬に乗っての行程とは言え、往復で100キロ弱もの距離を移動したのだ。さぞ疲れて戻ってきただろう。カロッサ子爵はそう思いリュハネンに労いの言葉を掛けたのだが、どうもおかしい。それだけの苦労をしたはずの彼の顔に疲れの色はなく、それどころかどこか保養地にでも休暇に行ったかのようなすっきりとした顔をしていたのだ。

 

 長旅でさぞ疲れて帰って来るであろうと思っていたが、思いの他元気そうだな。ふむ、予定よりも戻るのが遅れたようだが道中無理をせず、途中のボウドアの村で休憩を取って帰って来たと言った所か。

 

 カロッサ子爵はリュハネンの姿を見て少々疑問には感じたものの、とりあえずは自分の中で統合性が取れる理由を思い浮かべ、それで一応納得をする。

 

 「帰還して疲れているだろうが、早速話を聞かせてもらえるか?」

 「はい。それではどこから話しましょうか」

 

 少し悩んだあと、リュハネンは当初の偵察目的であった城についての報告から始めることにした。

 

 「では最初に当初の目的であった城についての報告をしたいと思います」

 「うむ。頼む」

 

 子爵の返事を聞き、リュハネンはカバンから複数の羊皮紙を取り出した。そしてそれを子爵の机に並べて説明を始める。

 

 「流石に偵察の技能が無い私では近くまで寄る事はできず、少し離れた場所からの偵察となってしまったので詳しい事は言えません。しかし、城の規模がかなりのものだという事だけは確かなようです。こちらを御覧ください」

 

 そう言うと、リュハネンは子爵の机の上の羊皮紙の中からさまざまな絵の描かれた複数の羊皮紙を取り出し広げた。

 

 「これは。アンドレアス、お前が描いたのか?」

 「はい。私では絵師のように細かい描写も建築士のように正確な絵図面も描けはしませんが、出来うる限りの視覚情報を載せたつもりです」

 

 リュハネンが示した羊皮紙には城の一部を記したと思われる複数の絵が描かれた物と全体像が描かれた物、そして俯瞰で見た大体の見取り図のようなものが描かれた物があった。絵其の物は拙いものの、偵察の為に描かれた物だと考えると少なくともそこに描かれた窓や入り口の縮尺は大体あっていることだろう。

 

 幾つもの区画に分かれるように建てられた城と広い中庭、そして多くの窓や入り口があるな。そしてその周りには高い塀に囲まれた区画と広く綺麗な庭が広がっているようだ。うむ、これを見ただけでも、かなりの規模の城である事がわかるな。

 

 「なるほど、かなり大規模な城のようだな」

 「はい。戦争を想定していないのか城壁と言うものはありませんでしたが、城そのものが頑丈な石造りで中央の円形の建物を中心として左右に展開しており、四方と中央二箇所の計6箇所の見張り台が設置されています。ですので草原地帯であるあの城に兵を率いて奇襲を仕掛けるのはほぼ不可能でしょう。またこの絵を見てもらえば解ると思いますが、城の周りは芝が刈り込まれた見事な庭が広がっていて、この庭部分には木がまったく植わっていません。この為にこの広大な庭には姿を隠す場所は皆無であり、探知に長けて姿を消す魔法を見破る事ができる者が見張りに付いていた場合、気付かれずに進入するのは隠遁の業に長けた者でもまず無理かと思われます」

 

 まさかこれほど大規模な城とは。これだけのものを作るとなると、かなりの大工事だったのだろうと容易に想像できる。

 

 「きちっとした攻城兵器を用意して戦争を仕掛けるのならともかく、ただ兵を率いて攻めるとなるとかなり大変な城のようだな」

 「はい。想像以上にしっかりとした防御を敷く城でした」

 

 今までの情報でアルフィン姫が魔法で作ったものだと思っていたから城といえどそれほど大きな物ではないだろうと考えていたのだがな。いくら我が領地から遠く離れているとは言え一体これほどの大きさのものを、我々に気付かれずにどうやって築いたのやら。

 

 「城の規模から考えますに、流石にアルフィン姫の魔法ではなく人の手を使って建築されたものではないかと考えます。しかし、場所の特殊な事情を考えますと、もしかしたら中央の円形の建物だけをアルフィン姫が創造し、そこを拠点に他の部分を人の手を用いて建造したのかもしれません」

 「なるほど。この絵図面からすると中央の円形の建物だけでも十分砦としては成り立ちそうだな。この場所付近に二箇所、見張り台を設置している所から見てもその想像はあながち間違いではないかも知れん。ところで、この城の横にある塀に囲まれた場所は何だ? 城には城壁が無いのに、なぜかここだけが塀で守られているようだが」

 

 横長の城の横、広大な庭園の外れになぜか塀で囲まれた場所があった。どうやら塀が高くその中までは見る事ができなかったのか、俯瞰図を見ても残念ながらそこの内部だけが空白になっていた。

 

 「解りません。しかしこれだけの高さの塀に囲まれている場所ですし、見ての通り大きな鉄の像が飾られた横に頑丈な鉄の扉が設置されている所を見ると何者かが攻めてきた場合に備えて王族の避難場所となっているのではないでしょうか?」

 「普通に考えればそうだろうが、それならば入り口の場所がおかしくは無いか?」

 

 これほどの施設だ。普通ならそう考えるのが妥当だろうが、それならば入り口は城の方に作るのではないか? しかしこの塀に囲まれた場所の入り口はなぜか城とは反対の方にあった。これではいざと言うときに逃げ込もうと考えても、たどり着くには敵兵の中を突っ切らなければ到達できない。もしかすると城の方にも入り口があるのかもしれないが、それならばわざわざこちら側にこれだけ頑丈な門を作るのもおかしな話だろう。入り口が増えればそれだけ守備隊を割かなければいけなくなるだけで、何のメリットも無いのだから。

 

 「私もそう考えたのですが、他の用途がどう考えても思い浮かばないもので」

 「城の外に向かって付けられた大きな扉か。・・・巨大な魔獣を閉じ込めてあるなんて事は無いだろうな」

 

 この巨大な門、人が通るだけならあれほど大きなものを設置する必要は無いのではないか? しかもリュハネンの描いた物からすると、どうやらこの扉は金属で出来ているようだ。これでは扉をj開くだけでも一苦労であろう。

 

 しかし魔獣が捉えられているというのならば、あれだけ頑強な門が設置されているのも頷ける話ではないだろうか。

 

 「いえ、流石にそれは無いかと思われます。それほど大きな魔獣ならばあの程度の塀は壊して外に出てくるでしょうし、何よりあの規模の場所が必要となるとドラゴンなどの災厄級の魔獣くらいですから、人の手で捉えるのは困難でしょう。どのような意図を持って作られた施設かは解りませんが、もっと現実的なものかと思われます」

 「そうか、それならばいいのだが」

 

 確かに言われてみれば、扉に比べて塀の方が脆そうだ。閉じ込めるのにあれだけの扉が必要なら、塀も城壁のように頑強なものが作られていただろう。

 

 「そう言えば野盗たちを収監しているという話だったが、そのための施設と言う可能性は無いのか?」

 「それは無いと思われます。元冒険者の野盗たちですから、例え道具が全て取り上げられているとしてもただの塀では乗り越えるものも出てくるでしょうし、何より規模が大きすぎます。20人程度の者を収監するには作られた範囲が広すぎますし塀の大きさや高さを考えますと、とても野盗たちを捉えてから作る事が出来るとは思えません」

 

 確かにこの絵の城との比較を考えると、城と同時期に作られたとしか考えられないな。それに、このような大きな戦士の像まで門の前に設置しているのだ。ただ罪人を閉じ込める所にこのような装飾品を置く事は考えられないだろう。

 

 「ふむ、確かにそうだな。となるとますます解らん。一体これはどのような役割を持った施設なのだ?」

 「外に置かれた戦士の像から考えられる物と言えば罪人を戦わせる闘技場のようなものが中にある可能性もあるのですが、この城がアルフィン姫の為に作られたというのであれば流石にそれは無いでしょう」

 「そうだな。わざわざ強大な魔法の素養を持つのにそれをクリエイトマジックなどにつぎ込むほど戦いから遠ざけられた姫だ。その姫の居城にわざわざそんな物を作らせるとは考えられんな」

 

 後考えられるとしたら兵を鍛える場所くらいだが、この絵を見ると建物に囲まれた広大な中庭があるようだし同規模の修練場をわざわざ外に、それもこのような塀で囲ってまで作る必要は無いだろう。

 

 「この場所については我が国では考えられないような用途があるのかもしれませんが、かの国の事情が解らない事には想像する事すらできません。」

 「そなたの言うとおり、その国独自の施設と言う事も考えられる。もしそうならいくら考えた所で答えが出ることは無いだろうな」

 

 イングウェンザーと言う国が信仰する神に関係するような施設である可能性もあるし、そもそも我々の生活習慣からは考えられないような用途に使われるものかもしれないからな。もしそうならその国を知らぬ者がその用途を聞いても理解すら出来ないかもしれない。

 

 「以上が城に関しての私の報告です。冒険者を雇って調べればもう少し詳しい事が解るかもしれませんが、それはやめておいた方がいいと私は考えます。これまでの情報でこの城の主は我々に敵対する意思は無いようですし、わざわざ藪を突いて蛇を出す必要は無いでしょう」

 「そうだな。では次の報告を頼む」

 「それでは次に、この城にいたる道程の報告です」

 

 道程の報告? ただ草原を進んだだけではないのか? いや、30キロ以上と言う距離を考えると、これだけの城を築いているのだから途中にいくつかの拠点を築いていたとしてもおかしくはないな。

 

 「なんだ? 途中に砦でも建造してあったか?」

 「いえ、流石に砦はありませんでしたが、なんと驚く事にボウドアから城までの間に街道が整備されておりました」

 

 ん? 街道が出来ていたというのがそれほど驚く事なのか?

 

 「前にかの城の者たちはかなりの財を持つと報告を受けているだろう。それならば街道くらい整備してあってもおかしくはあるまい? 城を築く事に比べたら街道くらい容易いのではないか?」

 

 そんな疑問にリュハネンは首を横に振って答える。

 

 「確かに城よりは街道の方が一見整備しやすいように思われます。しかし実際はそうではないのです。普通なら城を築く為の石の調達やそれを組む作業はかなりの人員を必要としますが、しかしボウドアの館での建築の魔法を使った時、アルフィン姫を複数のマジックキャスターが手伝ったと言う話ですから石壁程度なら作り出せる者が他にいると考えるのが妥当でしょう。それならばその接合をアルフィン姫が担当すれば外装は比較的楽に建造できると考えられます。そしてある一定数の工員がいれば床の板張りや細かい所を作る作業もそれほど苦労する事はないでしょう。その事を考えますと、あの規模の城でも短期間で築く事ができたとしても驚くことではないのです」

 「なるほど、そのような者が複数いるのならばこれほどの規模の城でも短期間で作る事も可能かもしれんな」

 

 一番時間の掛かる石積み作業がいらないというのなら、リュハネンの言うとおり城を作る期間は大幅に短縮されるだろう。そしてそれを可能にするクリエイトマジックの使い手がいることはすでに確認されているのだ。実際そのようにして作られたと考えるべきか。

 

 「しかし街道はと言うとそうは行きません。道と言うのはただ草を刈れば出来上がると言うものではありません。まず草を刈り、その場所の地面を一度掘り返して根を排除したあとに再度道具を使って土を固めるという作業をしなければいけません。常に人が行きかう帝都周辺ならともかく、このような場所ではそのどれか一つでも疎かにしてしまえば、すぐに草が生えてその道は無くなってしまう事でしょう」

 「なるほど、手間の掛かるものなのだな。だが先ほども申したが金を使い、人を雇えば可能ではないのか?」

 

 今までに出てきた事実から、かなりの財力があるのはまず間違いないだろう。それならばそれほど難しい事とは思えないのだが。

 

 「はい、人を雇うことが出来れば容易いでしょう。距離にして30キロと少々ありますがかなりの数の人工を雇えば確かに出来ないことはないと思われます。しかし子爵、その雇うべき人材はどこに居るのでしょうか? 私の知る限り、エントでもボウドアでも誰一人街道整備の為に雇われた者はいません。いや、すべての村人を動員してもそれだけの距離の街道をこの短期間で整備するのは無理でしょう」

 「なんだと?」

 

 確かにその通りだ。先ほどの説明から考えてかなりの人員を投入しないとこれだけの長さの道を整備することなどできないだろう。しかしこの周辺の村からは一人の工員も雇われていないと言う。

 

 「アンドレアスよ、そなたはその街道は地元の者を使わずにあの国が、都市国家イングウェンザ-が動員できる者たちだけで作ったと考えているのだな? それでそなたの考える必要な人員はどれくらいなのだ?」

 「私の知る限り5~60日ほど前までは何も無かったはずです。あくまでエントにアルフィン姫が現れた時から工事が始まっていたと仮定しての話ですが、我が国と同程度の技術があると想定して最低でも2万人。いや、もしかしたらそれ以上の人工が必要なのではないでしょうか。そしてそれもあくまで40日間工期があっての話です。もしそれより短い期間ならば必要な人員は当然増えます」

 

 2万、いや、それ以上の人員でなくては作れないだと?

 

 「アンドレアスよ、そなたは一体どれくらいの人員が投入されたと見ておるのだ?」

 「私が通った時点で道が出来てからかなりの時間が経過していると思われます。いや、それどころかボウドアの村へアルフィン姫が馬車で訪れている事を考えるとその時点ですでに道は出来ていたのではないでしょうか? とすると5万人以上の動員があったやもしれません」

 「ごっ5万人以上だと!?」

 

 リュハネンはこの時、子爵をあまり不安がらせないように数字を少し偽っていた。仮に馬車で移動する為に道を作ったと言うのならば、エントの村にアルフィン姫が現れた時点である程度の道が出来ていたと考えるほうが妥当だろう。とすると最長でも20日、実際は出来上がってすぐの道に姫を通らせる訳も無いので安全確認の日数も考えて10日前後である程度の道はできていたはずだ。そうなると動員された人数はその倍近くと言う事になり、10万人を超えるかもしれない。

 

 これは伝えるべきではないだろう。仮に自分の予想通りならバハルス帝国は王国と反対側に、それに匹敵するほどの脅威を抱えたことになってしまう。しかし今までの情報から考えて、例え本当にその規模の兵力があるのだとしても今すぐに敵対する事は無いだろう。それならば怯えるよりもそれを念頭に立ち回るほうが賢いやり方だ。

 

 「子爵、確かに動員人数は脅威と呼べるレベルです。しかし、これまでの情報からかの国はこちらに対して友好的です。ですからここは敵対せず、こちらも友好的に接するのが宜しいかと思われます」

 「そっそうだな。動員できる数に驚きはしたが、アンドレアスの申すとおり相手はこちらに対して友好的な態度を取っている。それにそれほどの工員を導入したとしても、その全てが兵士と言う訳ではないのだ。居もしない敵の影に怯えて下手な行動を取るのは愚か者のする事だな」

 

 リュハネンはこの考えも甘いと思っている。遠い異国に動員された者たちがただの村人とは思えない。その地にどのような危険があるかも解らないのだから。そう考えるとこの動員された数の最低でも2割、もしかするとそれ以上の者が兵士なのではないか? そしてその他の者たちもまるで戦うことができない者ではないだろう。異国の地に訪れるというのはそれほど大変な事なのだから。

 

 「純粋な兵士が2~3万。その軍勢が王国との戦争中に背後から襲ってきたらこの国は・・・」

 

 それにその軍勢を率いるのは金の冒険者を含む20人の野盗を手加減して無力化させることが出来るシャイナと言う貴族だ。ただの平民ばかりの王国でさえ、かのガゼフ・ストロノーフが単騎でわが国の騎士団に切り込んで劣勢を跳ね返したことがあると聞く。それなのにこの国にはこのシャイナと言う貴族の他にアイアン・ゴーレムを倒したメイドやライスター殿を吹き飛ばすほどの妖精を呼び出す者、それに40名以上の重傷者を短時間で癒してしまったという帝都の高位神官長レベルのアルフィン姫までいるのだ。

 

 ひやりっ。

 

 背中をつめたい汗が流れる。

 そもそも、これほどの人員をどのように運んだのか? それほどの人員があの城に収まっているとは考えられないし、アルフィン姫が語った遠い異国から来たという話が本当ならその大軍団は都市国家イングウェンザー本国から運ばれ、作業が終わった後はその国に帰ったという事になる。そして彼らの国が遠くにあるというのは本当の事だろう。でなければこれほどの力を持った国の存在を我々が知らない訳がないのだから。ならばそれほどの人員を運ぶ手段が、かの国にはあるという事なのだ。

 

 そしてその都市国家の人口も問題だ。通常、動員できる者の数は多く見積もっても総人口の30分の1以下だろう。と言う事はその都市は少なくとも300万人以上が暮らしているという事になる。それほどの規模ならばもう都市国家と言うのは名前だけで、けして侮る事は出来ないだろう。

 

 絶対に敵対してはいけない。

 

 近い内に行われるアルフィン姫と子爵の会談。もし失敗すれば帝国に大きな影を落とすことになりかねない。細心の注意を払って事に当たらねばならないと決意を新たにするリュハネンだった。

 

 

 ■

 

 

 「え? ボウドアの館に泊まった騎士さん、この城の偵察もしていったの?」

 「はい、どうやらそのようです」

 

 イングウェンザー城の中庭。たまには外の風にもあたりたいし、日の光を浴びないと健康に悪いんじゃないかな? なんて事を考えたアルフィンは手の空いていたシャイナを伴って外でお茶会をしていた時にこの報告をギャリソンから受けた。

 

 「ちょっと意外かな。てっきり冒険者を派遣してくると思ったのに」

 「でもその人、館に泊まったんでしょ? ならあそこを見て興味が出たからちょっと見に来ただけなんじゃない? だって一人だったんでしょ、その騎士。偵察なら普通は情報を集めるのに特化した人が来るだろうし、巡回の騎士が来ても有益な情報はなにも得られないじゃないかな?」

 「シャイナ様の仰る事が正しいかもしれません。しかしその者は少し離れた丘からこの城の絵を描いていたとの報告も上がっております」

 

 そっかぁ。それならどちらとも取れるね。でもさぁ、

 

 「う~ん、偵察に来たのならボウドアの館に泊まるかなぁ? だって、普通密偵って目立たないようにするものでしょ? 館に泊まったのだって村からの要請だったんだし、この騎士さんはこちらから隠れる気、まるで無いじゃない」

 「はい、そこが不可解なのです。実は・・・」

 

 




 草刈をした事がある人は解ると思いますが、草刈機を使ったとしてもちょっとした広さを刈るだけで1~2時間はかかってしまいます。それなのにこの世界では鎌で刈らないといけないんですよね。その上根っ子は取らないといけないは、ロードローラーなんて便利なものは無いから土を固めるのも一苦労だわと、かなり大変な作業をしないと道なんて作る事は出来ません。

 こんなものを30キロ以上短期間で通したら怪しまれるってw


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50 意外な一面

 

 「実はその騎士なのですがこの城の絵を描いた後にその付近で野営して一晩を過ごし、次の日にまたボウドアの村に戻ってもう二泊、館に逗留したようなのです。館の者の話では、どうやら城から戻った次の日はボウドアの村の周辺の、特に城に続く新しく作った街道の周辺状況を一日かけて調べていたようです。また、これは騎士が館のメイドに語った話なのですが、村での用事が思いの他時間が掛かるものだったようで本来はその日の内に村を出るつもりが日が暮れてしまったで、予定外ではあったのですが館にもう一泊してからその次の日の朝帰って行ったとの事です」

 「えっ、そうなの? ならやっぱり城の話を村で聞いて気になって見に来ただけなんじゃないかなぁ?」

 

 新しく作ったと言ってもこの国と同じ規格で作っただけのただの道だから、特に怪しい所はないはず。まさか魔法で作ったなんて思わないだろうし、特に不審な点も問題点もなさそうな街道の状況をわざわざ調べていたって事はこの騎士さん、道が出来た事によって野盗や野生動物が出没するようになっていないかどうかを周囲巡回して状況検査していったって事よね。ならやっぱり巡回警備の騎士だったって事じゃないの。

 

 そうなると絵を描いていたというのも、ただ単にそれが趣味なのかもしれないわね。この城の外観は、ユグドラシル時代の廃城ぽい外見から普通の城に見えるよう庭も含めて偽装したおかげで観光地としても使えそうな位綺麗だからなぁ。絵を描くのが趣味の人なら思わず筆を取ってしまったとしてもおかしくはないかも。

 

 「アルフィンの言うとおり、それならやっぱり気になって見に来ただけだと私も思うな。密偵が偵察をした後にもう一度ターゲットに自分がそこにいると解る行動をしたなんて話、聞いた事無いし」

 「ですが、その騎士の描いた物の中にはこの城を俯瞰で見た絵図面のようなものまであったとの事です。この事から考えて、この騎士が領主から密命を受けていた可能性は捨てきれないかと思われますが」

 「そうなの? で、それはどの程度正確なものだったか解っているの?」

 

 それがもしかなり精巧なものなら、その騎士が偵察任務に携わっているという可能性はぐんと高くなる。そしてその場合、帰りに逗留したのも巡回警備を装ったのもカモフラージュだったという事なのだろう。そしてそこまでする相手なら、こちらもかなり注意を払う必要があるかもしれないわね。

 

 そんな事を考えもしたのだけれど、その後にギャリソンから受けた報告は予想以上に拍子抜けする物だった。

 

 「はい。報告によると建物の大体の位置は書かれていますが縮尺や距離はかなり適当で、どの施設がどのような目的で作られたか等の情報も書き込まれてはいなかったとの事です」

 「あらそうなの。なら情報と言う点で見れば殆ど意味を成さないじゃない、その絵。この話からするとやっぱり密偵を専門にやっている騎士である可能性は低いっぽいし、領主の密命を受けて偵察に来たって事もなさそうね」

 

 正直外から見るだけでも位置や形状だけでどこがどのような役割で作られているかくらいは見る目がある人ならある程度解ると思う。まぁ、専門家が見て判断したとしても、この城は外観どおりの構造ではないけどね。本拠地内の各階層は異空間みたいなものだし、外から見た広さと中の広さはまったく別物なのよ。そうじゃなければギルドの本拠地としては役に立たないからね。

 

 でも外観はそれらしく出来ているのだから、それについての情報が書き込まれていなかったという事は偵察としての最低限の情報も得られていないという事なのだろう。一応、得た情報を全て頭の中に記憶して書き込んでいないだけと言う可能性も無いわけじゃないけど、誰かに見られるかもしれない街中での偵察ならともかく離れた場所からの偵察でそのような事をする意味は無いんじゃないかなぁ。

 

 「もしかするとこの人は城を調べに来たのかもしれない。でもそれは密偵と言うより仕事熱心で、近くに他国が城を築いたという話を村で聞いて見に来ただけっぽいね。それで城壁も無いからたいした驚異でも無いと判断して、でも折角見に来たんだし一応大体こんな形だという事だけは解るように絵にしたんだと私は思うなぁ。それなら偵察中に城から見られていたかもしれないなんて警戒もせず、帰りに館に泊まったというのも説明がつくしね」

 「確かに姿を消していたとは言え描いている物を見る事ができるほど近づいても気が付く様子も無く、わざわざ密命を受けて使わされた者にしてはお粗末な面も見られました。密偵としてはかなり未熟な者のようでしたからアルフィン様の仰るとおりなのかもしれません」

 

 盗賊やレンジャー技能があるのなら姿を消して気配を希薄にしていたとしても、描いている物を覗き込めるほど近づけば気が付きそうなものだしね。でも単騎で、もしかしたら敵対するかもしれない城の偵察までするのか。本当にこの国の騎士は鍛えられているなぁ。こう言う所を見ても、この国の規律がしっかりしている事が窺い知れるわね。前にも思ったけど、この国の皇帝はかなり優秀な人なんだろう。こんな地方の巡回をしている騎士でさえ、この錬度なのだから。

 

 

 ■

 

 

 都市国家イングウェンザーの脅威を胸に、リュハネンは報告を終えることにした。

 

 「今回の偵察で私が見たものは以上です」

 「ん? 予定ではボウドアの村泊まったのではなかったのか? その時に村はずれに作られたという館は見ては来なかったのか?」

 

 ぴくっ。

 

 カロッサ子爵の言葉にリュハネンの肩が一瞬跳ねる。まるで悪戯が見つかった子供のように。 

 

 「どうしたのだ? まさか私の耳に入れる事が出来ないような懸念事項がボウドアの館にあったというのか!?」

 「あっいえ、そのような訳ではありません」

 

 正直アレは私の失態でもあるし報告をしなくても特に問題は無いであろうから黙っているつもりだったのだが、聞かれた以上は答えなければならないだろう。

 

 「お前の事だ。館も見ては来たのであろう。外観だけでもよい。見て感じた事を申してみよ」

 「はい、実は・・・」

 

 リュハネンは意を決して口を開いた。

 

 「子爵、実は今回の偵察任務で私は一つ失態を犯しました」

 「失態だと?」

 

 突然の部下の告白にカロッサ子爵は眉をひそめる。

 

 「はい。今回の偵察ではボウドアの村の村長宅に泊まり、その次の朝、イングウェンザーの城を見に行くつもりでした。ところがここで予想外の事態に見舞われたのです」

 「予想外の事態? 城の偵察中ではなくボウドアの村でか?」

 

 城の偵察中に不測の事態が起こったというのなら解る。しかしその城にたどり着く前、ボウドアの村で一体何が起こったというのだ? 

 

 「実はこのボウドアの館なのですが、先ほどもお話したとおり門の外に少し大きめの小屋が設置されています。これが何かが判明しました。風呂です。それも一度に20人ほどが入れるほどの大浴場になっていました」

 「風呂とな?」

 

 館の外。それもわざわざ門の外に風呂を作るとは。規模からすると使用人用の風呂と考えられるが、それにしても都市国家イングウェンザーと言うのは変わった風習がある国なのだな。屋敷の外に作るにしても、普通なら敷地内に作るものだろう。これが使用人の住む館も外に作られているのなら解るが、今の話からすると風呂だけが外にあるというのだからな。

 

 しかし、この話のどこに失態があるというのだ? 新たな事実が解っただけではないか。今回の任務は偵察なのだから、この程度の情報でもこれは成果であって失態とはどう考えても結びつかないのだが。

 

 「わざわざ門の外に風呂を作るとは変わった風習だが、それとそなたの失態とどう繋がるのだ?」

 「すみません子爵。私の失態をお話しするには前もってお話して置かないといけない事がありまして、これはその前段階の報告内容なのです」

 

 そうなのか。どうやら結論を急ぎすぎていたようだな。

 

 「そうか、解った。では話を続けてくれ」

 「はい、では続けます。この大浴場についてなのですが、子爵は勘違いしておいでです。これは館の者が入る為の浴場ではありません。ボウドアの村人たちの為にアルフィン姫によって提供された風呂なのです」

 「なんと!? わざわざ村人たちの為に風呂場を作ったというのか。しかし、あのあたりは草原で林も遠い。おまけに水源である川も少々離れていたのではないか? それでは風呂場を作ってもらっても沸かすのは一苦労だろう。村人たちのことを考えて場を提供したのであろうが、水と薪の調達が大変な場所だけに村人たちも宝の持ち腐れだな」

 

 せめて川が村の中に流れていたのであればまだよかったのであろうが、それでも20人も一度には入れる風呂となるとかなりの水が必要だろう。そしてそれだけの水を沸かすとなると薪の量もかなりいる。本当に村の者たちが使う事を考えたのであれば、もう少し小規模なものを作るべきだったのではないか? 少しでも大きく立派なものを作ったほうが喜ばれると考えての事だろうが、エントの村長に高価な宝石を渡した事といいアルフィン姫は城の外の事情には少々疎いようだな。

 

 「いえ子爵、それが違うのです。アルフィン姫は風呂場を作ったのではありません。大浴場を作ったのです」

 「ん? その二つの何が違うというのだ?」

 

 リュハネンの言葉にカロッサ子爵は頭を捻る。 確かに規模と言う点では違うかもしれないが、風呂場も大浴場も基本的には同じものだろう? いや待て、わざわざ指摘をしたと言う事は違いがあるという事なのだろう。そう思いなおし、カロッサ子爵はリュハネンの話の続きに耳を傾ける。

 

 「まったく違います。村人たちが風呂を沸かす施設ではなく、風呂に入れる為の水が湧き出るマジックアイテムと湯を沸かすマジックアイテムを完備した大浴場を作ったのです」

 「なんだと! それはまことか?」

 

 そんな馬鹿な事がありえるのか? 私でも湯を沸かすマジックアイテムなど持ってはいないのだぞ。

 

 「はい。私がこの目で確かめ、実際にその大浴場に入ってきたので間違いありません。実際肩まで湯に浸かり、手足を完全に伸ばして寛げるほど大きく立派な風呂でした」

 「手足が伸ばせるほどの風呂を、それもマジックアイテムまでつけて村人たちに提供しているというのか!?」

 

 私が普段入っている風呂でも手足を伸ばせるほどの広さなど無いぞ。常識外れにも程があるのではないか。それに確か無限の水差しでさえ新品を手に入れようと思ったら金貨9000枚位したはずだ。それが20人もの人数が一度に入れるほどの風呂桶に水を満たす為のマジックアイテムなら一体いくらするというのだ?

 

 「子爵。都市国家イングウェンザーの、アルフィン姫の金銭感覚についてはもう驚くだけ無駄でしょう。そういうものだと割り切るしかありません。それにこの話は私の失態を説明する為の前段階でしかありませんし、そこでこのように驚かれてばかりでは話が進みません」

 「そう言えばそうだったな」

 

 つい自分の常識でアルフィン姫の金銭感覚を計ってしまったが、確かにリュハネンの言うとおり、それはあまり意味の無いことかもしれないな。

 

 「それでは話を進めます。実はこの風呂に入っている時にある事態が進行しており、その結果私はある失態を犯してしまいました」

 「おお、ここでやっとアンドレアスの失態に繋がるのだな」

 

 風呂のマジックアイテムの衝撃で忘れかけていたが、やっと失態の話にたどり着いたか。

 

 「はい。実は私が風呂に入っている最中に村長が気を利かせて、館の者に私を一泊泊めてもらえないかと頼みに行ってしまったのです」

 「・・・アンドレアスよ。まさかお前はその館の主であるアルフィン姫の城の偵察任務で使わされたにもかかわらず、その姫の別宅とも言える屋敷に直接足を踏み入れたのか? それも偵察をする前に」

 「面目次第も御座いません」

 

 そう言うと頭を下げるリュハネン。これには流石にカロッサ子爵も呆れ返ってしまう。この館に泊まると言う事は密偵であるリュハネンの存在を相手に知られるという事なのだから。

 

 「しかしアンドレアスよ、城の外観や大体の見取り図を書き記す事が出来たという事は偵察任務は成功したという事ではないか?」

 「はい。そこが少々不可解でして」

 

 普通に考えて巡回兵士ではなく、騎士がわざわざボウドアの村を訪れる事は無い。それなのに急に訪問したとなると何かあると考えるのが普通だろう。それだけに相手に知られぬよう行動していたのに村長の気遣いによって自分がそこにいるという事が知られてしまった。普通ならこれだけで偵察任務は失敗である。しかし、リュハネンはその後の任務を無事こなして帰ってきたのだ。

 

 「ひそかに監視されていたと言う事はなかったのか?」

 「残念ながら私は姿を隠すなどの技能も持った者の存在を見破るすべを持ち合わせておりません。ですから絶対に無いとは言い切れませんが、もし監視者がいたのなら私が城の絵を描いている時点で妨害などの工作が行われたと思います。ですからそれは無いかと」

 

 確かにな。本来訪れる事がない騎士が現れたと城に伝わっていれば、その者が偵察の為に訪れていると言う事は丸解りだろう。そうなれば速記の技術や自らの姿を隠す技術の無いリュハネンでは、城の周りを警戒するものが注意を怠っているなどと言う事がなければ発見されない訳が無い。

 

 ん、いや待て、

 

 「館に一晩の宿を頼みに行った村の者がお前の素性を話さなかったと言う事はないのか?」

 「それはありません。頼みに行く時に子爵の騎士であると伝えていたそうなので。そのおかげで歓待されましたし」

 

 なるほど、ではリュハネンがただの巡回兵ではなくこの国の騎士だと言う事は相手に伝わっていたという事か。それが解っていたにもかかわらず自由に動くのを黙認していたと言う事は、だ。

 

 「アンドレアスよ。そなたの身のこなしから密偵の実力はけして高くないと見破られたようだな」

 「それしか考えられないでしょう。そう考えると城の内情まで調べる実力が無い私相手なら、あえて城の規模とそこに繋がる街道を見せて自分たちの実力をこちらに伝えるという思惑もあったのかも知れません。それに私が最初に泊まった日に、普段は館にいるはずの無いアルフィン姫付きのメイドが館に居りました。もしかすると私のような者が現れた時に実力を測るよう派遣されていたのかもしれません」

 

 そんな者までいたとなるとまず間違いないだろうな。

 

 「その者は城の偵察の帰りに館に泊めていただいた時はもういませんでした。と言う事は城に戻ったという事なのですが、城から戻る道中ですれ違う事はありませんでした。その事を考えますと、彼女もただのメイドとは思えません。前にボウドアの村で野盗を捕まえたというメイドの例もありますし、かの城には特殊な訓練を受けたメイドがいるものと思われます」

 「そう考えるのが妥当だろう。と言う事はこの先アルフィン姫が護衛をつけず、メイドしか連れていなかったとしても油断は出来ないと言う事だな」

 

 鎧を着た物々しい護衛ではなくただのメイドならば、例えどんな場所であっても連れて行けるだろう。考えたものだ。

 

 と、その時カロッサ子爵は頭の片隅に引っ掛かりを覚えた。

 先ほどリュハネンはおかしな事を言わなかったか?

 

 「アンドレアスよ。そなたは先ほど、帰りも館に泊まったと言わなかったか?」

 「あっ!」

 

 つい失言をしてしまったと言わんばかりの表情でリュハネンが慌てだす。

 

 「行きに村長の気遣いによって泊まった事を失態だと申していたお前が帰りも泊まったと。それはどういう事かな?」

 「そっそれはですね・・・そう! 出かける際に先ほど話に出たアルフィン姫付きのメイドから『また村にお泊り頂くような機会がありましたら気軽にお声をかけてください。歓迎しますよ』と言われていたので、これで村長の家に泊まってしまっては返って怪しまれるのではないかと思いまして」

 

 確かにそう言われたのならば村長宅に泊まるのも変ではあるな。しかし、

 

 「帰還予定が一日延びたようだが? 予定ではボウドアで一泊、城の偵察後野営、そしてボウドアで一泊して帰ってくるとの事だったのだが、もう一泊はどこでしたのだ?」

 「・・・すみません。ボウドアの館で二泊させてもらってきました」

 

 カロッサ子爵のするどい指摘に、リュハネンは観念したようにうなだれて話し出す。

 

 「すみません、誘惑には勝てませんでした。子爵、あの国は異常です。あのような生活をただのメイドたちがしているなんてありえません」

 「どういう事だ?」

 

 続きを促すとリュハネンは館ですごした時の事を話し始める。

 

 「まず館の設備ですが、館に入って真っ先に驚いたのは絨毯です。とても柔らかいにもかかわらず沈み込む事は無いので足への負担がありません。あれほどの絨毯は帝都の高級宿でもほとんどお目にかかる事は無いでしょう。そして次に部屋です。ベッドは子爵がお使いになられている物と比べても遜色が無い、いえ、もしかしたらもっと上質かもしれない物でした。それに部屋に置かれたソファー。まるで羽根の塊にでも腰掛けたかのように柔らかいのに沈み込みすぎる前にしっかりと安定する硬さも併せ持つ座り心地。生まれてからこれまで、あれほどの物に座った事は私はありません。そのような物があるというのに、私が泊まった館は本館ではなく別館だと言うのですから驚きです」

 「元々はまるんと言うアルフィン姫の妹であろう子供の為に作られた館だ。貴族が過ごすための館なのだからすばらしいのも解ると考えながら聞いていたのだが、まさかそのレベルで別館とは。では本館はどれほど豪華な作りになっているのか」

 

 もしかすると私が想像し得る最高級な物よりも遥かに凄い物がそろっているやもしれんな。

 

 「そして風呂なのですが、別館にも当然のように設置されていました。しかし、その豪華さは外にある大浴場とは一線を画す物でした。湯船の広さは同じくらいでしたが、浴場のすべてが輝くほどに磨かれた白い石で出来ており、ドラゴンの顔を模した像の口からは常にお湯が湯船に流れ落ちていました。また香が焚かれているのか常によい香りがしており、どのような仕掛けなのかそれだけの湯量があるならば普通は湯煙にかすむはずの風呂の内部は常にクリアな視界が保たれていました。きっとマジックアイテムか何かで換気を常にしているのでしょう」

 

 その光景を思い出したのか、リュハネンの言葉に熱が篭ってくる

 

 「そして何よりすばらしいのが湯上りに飲み物が用意されていることでしょう。私の場合は一泊目に頂いたラガービイルという酒が気に入っていると伝えておいたのでよく冷やされたそれが用意されておりました。風呂によって火照った体に、頭が痛くなるほどよく冷やされたビイル。これはこの世のものとは思えないほど格別な味でした」

 「ゴクリッ」

 

 リュハネンがあまりに旨そうに語る為に、思わずカロッサ子爵の喉が鳴った。しかし興奮しているリュハネンはそんなカロッサ子爵の様子に気付かず話を続ける。

 

 「そして食事がまた格別なのです。正直初日はメイドたちが語っていた『自分たちが普段食べているものとたいして変わらない物しか出せない』と言う言葉が信じられませんでした。何せ盛り付け自体はそれほど気を使われていないようでしたが、出てくるもの全てが信じられないほど豪華な物なのです。食べる為だけに育てられた家畜の肉があれほどやわらかく甘いとは、あの日あの時まで知りませんでした。そして何よりすばらしいのが酒です! なんとアルフィン姫はまだお若いのに大層酒がお好きらしく、見た事も聞いた事も無いような上質な酒が色々と取り揃えられていました。それらは姫の為に用意されているという話なのですが、なんと姫のご好意でどれを飲んでもいいとの事なのです。おまけに美人ぞろいのメイドたちがその酒をついでくれるんですよ! もうここは天国なのかとまで思いました。いやぁ、スパクリン・ワインとか言う発泡する甘口の白ワイン、アレは本当に旨かったなぁ」

 

 目を瞑り、その味を思い出しているのか顔が笑みで満たされるリュハネン。その姿はカロッサ子爵から見て、思い出すだけで幸せを感じている事がよく解る。

 

 あの至福の表情、先ほど語った館での体験で天国を感じたと言うのは本当のことなのだろうな。しかしこいつ、本当はこんな男だったのか・・・。

 

 あまりに興奮した為なのかいつもの凛とした雰囲気は鳴りを潜め、その後もひたすら自分が体験した事を話し続けるリュハネンを前に、全てを知っていると思い込んでいた部下の信じられない一面を目の当たりにして驚きが隠しきれないカロッサ子爵だった。

 

 




 いつも読んでくださってありがとうございます。おかげさまで50話に到達する事ができました。それも全ていつも読みに来てくださる皆さんのおかげです。これからもよろしくお願いします。

 また、今回の話で領主の館訪問準備編は終わりです。と言っても、話自体は続いているので出てくるメンバーはほぼ一緒ですけどね。

 さて、本編に出てくる無限の水差しの値段ですが、これは資料として使われていると言われているD&Dの値段を参考にしています。数字だけ見ると少々高く感じるかも知れませんが、マジックアイテムは高価なものとしてオーバーロードでも扱われているので、あの世界でもこれくらいなのかもしれませんね。


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第7章 領主の館訪問編
51 不思議な晴れ間


 エント及びボウドア周辺を収める領主であるカロッサ子爵の館。その横には彼に仕える騎士と騎士見習い、メイドや使用人が住む館が建てられていた。そしてこの日、3階建てのその館の最上階に位置する客間には本来その場所にいるはずの無い者の姿があった。

 

 「隊長、いいのですか? 駐留軍部隊に帰還しなくても」

 「何を言うか。数日の内に命の恩人がこの館を訪れるのだぞ。時間が無かったとは言え十分なお礼を申し上げる前に別れてしまった以上、せめての礼儀としてきちっと子爵に伝言を伝えた事を確認してもらう為に出迎えるのは当然ではないか」

 

 そこにいたのは衛星都市イーノックカウの駐留軍の騎士、フリッツ・ゲルト・ライスターである。彼は任務であった野盗のアジト制圧を完了して捉えられていた女性たちを救出した後、部下の殆どを制圧任務完了の報告のために町へ帰したが、自分は副隊長のヨアキムと共にカロッサ子爵の館にとどまっていた。

 

 ヨアキムはライスターの言葉にあきれ顔を浮かべてから、視線を一度外す為に昨日から降り続ける雨が当たる窓の方に顔を向ける。そしてそこから見える厚い雲に顔を軽くしかめた後、「やれやれ雨雲だけでも鬱陶しいのに。まだこんな事を言うか、この人は」とでも言いたそうに首を振りながら彼の方に向き直ってため息をついた。

 

 「はぁ、そういう言い訳はいいですから」

 「言い訳とはなんだ、言い訳とは」

 

 苦笑したような顔でそう言い放つヨアキムに、ライスターは少々むっとして睨む。しかしそんなライスターに対してヨアキムはまるで動じる事は無く、飄々とした態度で指摘をする。

 

 「隊長はお礼がしたいのではなく、もう一度愛しのシャイナ様と御会いしたいだけなんでしょ?」

 「いとっ、なっ、おまっ、何を言っているんだ、お前は!」

 

 ヨアキムの言葉に図星を突かれた為か、ライスターは目を白黒させて大声を出す。そんな姿の隊長を見てヨアキムは「ばれてないと思っている所がなんとも」などと考えながら笑いをかみ殺した。まったく、普段は厳格で頼りになる立派な隊長なんだがなぁ、などと考えながら。

 

 「大体、本当にいるんですか? そのシャイナって人。隊長が毒にやられて見た幻覚じゃ無いでしょうねぇ」

 「馬鹿を言うな、もしあの方がいなければ俺は死んでいたんだぞ。俺が今ここにこうして五体満足の姿でお前といる事が、あの方が存在すると言う何よりの証拠だろうが!」

 

 まぁ確かにその通りではある。しかし隊長の言葉を聞くと、どうしても本当にいるのか疑わしくなってしまうんだよなぁ。

 

 隊長が語るシャイナと言う女性は女神と見紛うほどの美貌を持ち、その髪は黄金で作られた絹糸のように美しく、また素肌は褐色ではあるものの幼子のように肌理が細かい。その上胸も大きいのに太っているのではなく、腰はしっかりとくびれたすばらしい体型と来たら外見的には文句のつけようが無いパーフェクトな女性だ。もしそんな女性が本当にいたとしたら周りの男たちが放って置く訳がない。きっと気を引く為にあの手この手を使ってちやほやする事だろう。そしてそのような状況に置かれたら元の性格がどうかはともかく、殆どの場合その女性は傲慢な自惚れ屋になってしまうのではないだろうか?

 

 それなのに隊長の言葉からすると彼女は性格も優しく、毒で傷ついた自分を癒してくれたうえに嫌な顔一つせずに看病までしてくれて、なおかつ事故とは言えセクハラ紛いの失礼な事を色々としたにもかかわらずそれを全て優しい笑顔で許してくれたという話だ。なんだその完璧超人は? 実在するとしたら間違いなく本当の女神だろう。そんな女性がこの世に存在するなどと、ヨアキムには正直信じられなかった。

 

 「大体話がおかしいんですよ。セクハラまがいの事をしたにもかかわらず全て許してくれたんでしょ。それがもしそのような事になれた大人の女性ならまだ解りますが、隊長の話ではその女性はされた行為に対してまるで少女のように、震えるほど怯えて涙まで流したというんですよね。それなのに隊長の行為を全て優しく許してくれるなんてどこの聖女様ですか」

 「確かにその通りなのだが・・・仕方がないだろう、事実なのだから」

 

 その他にも、小人のような妖精が金属鎧を着た隊長を飛び蹴りで吹き飛ばしたとか、同行していた司祭らしき女性が武器を振るい、シャイナさんに失礼な事をした隊長を一撃で昏倒させたとか。おまけにその話に驚いて「そんなゴリラみたいな司祭の女、いるのですか?」と聞いたら「ゴリラ? いやいや、その子は小柄で可愛い少女だったぞ」と来たもんだ。聞いたとおり信じろと言う方が無理だろう。

 

 大体、元銀の冒険者である俺でさえ隊長には訓練でも勝った事がないんだぞ。その隊長相手にそんな事が本当に出来る"小柄で可愛い少女"がこの世にいるか? 正直何度聞いても信じられない事ばかりだ。まぁその辺りは毒で弱っていた事もあるし、セクハラ紛いの行為で後ろめたさがあったから無防備で受けてそうなったと考えられない事はないが。

 

 でも、シャイナと言う女性に関しては無しだ。そんな聖女で女神な女性がいるわけがない。きっと毒で弱った所でそのように優しくされた為に、つい惚れてしまって目が曇ったといった所だろう。そう、吊橋効果とか言う奴だ。

 

 「隊長も男ですからねぇ。惚れた女の姿が2割り増し3割り増しで見えたとしても仕方がないですね」

 「失礼な事を平気で言う奴だなぁ、お前は」

 

 ライスターからしても、自分の言っている事がそのまま受け入れられるとは思っていなかった。実際あのような人がこの世に存在していること自体、目の当たりにした自分でさえ信じられない時があるのだから。しかし事実は事実。実際に目にすればヨアキムも納得することだろうと考えていた。

 

 「痘痕も笑窪と言いますからね。妄想の中で美化しすぎて、次にお会いした時にがっかりしないでくださいよ。いや、例えしたとしても相手は領主の元に訪れる貴族なんですから絶対に顔には出さないようにしてください」

 「あのなぁ。お前こそシャイナ様を実際にその目で見て、思わず見蕩れてへまをするなよ」

 

 売り言葉に買い言葉。お互いの言葉に思わずにらみ合った二人に、窓から突然強烈な日の光が差し込んだ。

 

 「ん? なんだ?」

 「厚い雲に出来た切れ間に、偶然太陽が差し掛かったのでしょうか?」

 

 突然の陽光に怒気を抜かれた二人は、何事かと思い窓の方に目を向ける。するとそこには信じられない光景が広がっていた。

 

 「ヨアキム、俺の目はどうかしてしまったのか? あれほど厚かった雨雲が綺麗さっぱり無くなっている様に見えるのだが」

 「いえ、私にもそう見えるので、隊長の目がおかしくなったわけではないと思いますよ。それにほら」

 

 ヨアキムはそう言うと日の光を浴びて輝く、庭の草花を指差す。

 

 「見ての通り世の中は雨露に濡れたままです。気付かぬうちに雨がやんだのではなく、つい先ほどまで雨が降り続いていた事は間違いないようですね」

 「そうだな。不思議な事もあるものだがイーノックカウでは出会った事が無い現象であるものの、この地域ではよくある事なのかもしれない。天気と言うのは地方によってかなり違うという話を冒険者時代に聞いた事があるからな」

 

 いや、いくらなんでもここまで劇的な変化は無いだろうとは思うものの、目の前で現実に起こったものを否定する事もできず、ヨアキムはライスターの言葉に曖昧ながらもとりあえず頷いた。そしてもう少し詳しく見るかと窓に近づいて窓を開け、外に顔を出して周りを見渡すと少し離れた空はまだ黒く厚い雨雲の覆われており、どうやら青空なのはこの地域だけのようだ。

 

 「隊長。どうやら雨雲が去ったのはこの辺りだけのようです。不思議な現象ですが都市を覆うくらいの範囲の雲の切れ間が出来ているようで、それがつい先ほどこの辺りに差し掛かって日の光が差し込んだようです」

 「そうか。いやはや、自然と言うのは時に不思議な現象を起すものだな」

 

 突然の現象で面は喰らったものの、状況が解れば納得はいく。これほど大規模なものは珍しいが、雨雲の間に切れ間が出来て青空がのぞくと言うのは何度か目にした事があるから、こういう事が起こったとしてもおかしくは無いのだろう。

 

 「おや?」

 「どうした? ヨアキム」

 

 そんな珍しい気象現象に驚いていたヨアキムは、館の門に向かって遠くから1頭の軍馬と思われるものに乗る白いフルプレート・アーマーを着た者が近づいてきている事に気が付いた。そこで、腰のポシェットから偵察用の遠眼鏡を取り出し確認する。

 

 「はい、まだ遠いのではっきりとは言えませんが見た事の無い紋章が刻まれた鎧を着た者がこの館に近づいてくるようです。それにあの馬、全身を鎧に・・・」

 「何!?」

 

 ヨアキムが見た物をそのまま伝えていた所、馬が鎧を着ていると聞いてライスターが慌てて窓に取り付き、同じくポシェットから遠眼鏡を出して視線を館の入り口の先に向けた。そこには確かにすらりとした細身の、白いフルプレート・アーマーを着た何者かが同じく白い鎧を全身に纏った軍馬にまたがってゆっくりとこちらに向かってくる姿が見て取れた。

 

 「馬の鎧は・・・白か。しかしあの馬の鎧、シャイナ様が乗っておられた馬と同じデザインのようだな。と言う事はあの者はイングウェンザーの使者だろう。ヨアキム。領主殿に使者が到着したようだと至急伝えてくれ。俺は使者を出迎えるとする」

 「解りました。ところで隊長が慌てて出迎えると言う事は、使者殿は噂のシャイナ様ですか?」

 

 そう言うと、ヨアキムはからかうようにライスターに笑いかける。しかし、

 

 「いや、シャイナ様はもう少し長身だし、何よりあの方の騎乗される馬の鎧は真紅だ。かの方の供をしていた司祭も白い鎧の軍馬に乗っていた所を見ると配下の者が乗る馬の鎧の色が白なのだろう」

 「そうなのですか。残念、うわさのシャイナ様のお顔を拝見できると思ったんですけどね」

 

 そう言うとヨアキムは笑いながら部屋を後にする。そしてそれを見送った後、ライスターは帝国の紋章の入った楯と使い慣れた剣を装備してから部屋を出て、使者を出迎える為に門の方へと歩を進めるのだった。

 

 

 ■

 

 

 話は少し遡る。

 

 「巡回騎士とは言え誰かが一度この城を見に来た以上、もう冒険者を雇って偵察するとかはなさそうね」

 「はい。こちらに攻撃を加えるつもりがあるのならともかく、そうでないのならこれ以上詳しい偵察の為にわざわざ冒険者を雇う事は無いでしょう」

 

 巡回のついでに城を見に来たという騎士の話を聞いて、アルフィンは決断を下す。

 

 「それならもう待つ意味も無いかな。うん、これ以上先延ばしにしても仕方が無いし、領主の館を訪れる事にします。ギャリソン、日程の調整をお願い。それと何時何時訪れるという連絡をする使者の選定も。その子には訪れる当日、先触れの役もやってもらうからお願いね。あと、領主の館を訪れる前日にボウドアの村の館に1泊、訪れたその日にもう一泊するから」

 「はい。ではそのように手配致します」

 

 アルフィンの言葉にギャリソンは恭しく礼をして答え、早速行動に移ろうとする。しかしそこで待ったが掛かった。アルフィンの横に座っていたシャイナからである。

 

 「あっギャリソン、当日は私も行くから。アルフィンの護衛と言う事もあるし、この間あった町の騎士さんにもそう伝えてあるからね」

 「シャイナ様もご同行なされるのですか? 解りました、ではそのように手配致します」

 

 ギャリソンはそう答えると一礼をして今度こそ城のほうに下がって行った。

 

 「さて、それじゃあお土産とかも用意しないといけないわね」

 

 そう言うとアルフィンは給仕をしていたメイドたちに声をかける。

 

 「あなた、すまないけど料理長に先日「どのような物がいいか考えておいてほしい」と頼んでおいたお土産用のお菓子を用意するように頼んできてもらえるかしら? 後、あなたは衣裳部屋まで行って後ほど当日着る服選びの為にメルヴァと訪れるから準備をしておいてと声をかけて置いてね」

 「「畏まりました」」

 

 こうしてアルフィンたちは領主の館を訪れる準備を本格的に開始したのである。

 

 

 ■

 

 

 ライスターが門の近くまで行くと、そこには門番として配置されている騎士見習い立っていた。

 

 「えっと、君は確かモーリッツ君だったかな?」

 「はい、ライスター様」

 

 騎士見習いの彼は衛星都市の、それも小隊を預かる隊長であるライスターを前に少々緊張した面持ちで姿勢を正し、返事をする。そんな彼の態度に「自分は直属の上司ではないのだからそんなに緊張しなくてもいいのに」などと考えながらも、指摘をする事によってより一層緊張させるのを避ける為に特にそれには触れずに要件だけを告げる。

 

 「領主殿には私の部下から連絡が行っているが、今こちらに都市国家イングウェンザーの使者と思われる方が向かっているのが客間の窓から見えた。あの感じからすると、もうまもなく到着なさるだろうから粗相の無いよう、心して出迎えてもらえるとありがたい」

 「はい、解りました!」

 

 そう言うとモーリッツは背筋を伸ばし、緊張の面持ちで門の横に立った。すると後ろの方からばたばたと騒がしい音が聞こえてくる。その音に何事がおきたのかと驚いて目を向けると、そこにはいつもの落ち着いた物腰からは考えられないほど慌てた様子のリュハネンがこちらに走ってくる姿があった。

 

 何をそんなに慌てているのだ?

 

 その様子によほどの事が起こったのかとその場に一瞬緊張が走ったが、息を切らしながら門にたどり着いたリュハネンの言葉を聞き、ライスターは拍子抜けする事になる。

 

 「はぁはぁ、ライスター殿、イングウェンザーの、都市国家イングウェンザーの使者がこちらに向かっているというのは本当ですか? そしてその方はもう到着を?」

 「いえ、私たちが3階の窓から見た感じではまだ結構な距離がありました。それほど急いで来られなくとも十分に間に合うだけの時間的余裕はあると思いますよ」

 

 ライスターのその言葉を聞いてほっと胸をなでおろすリュハネン。そんな姿を少々訝しく思うものの、彼は仮にもこの国の貴族であるカロッサ子爵の騎士だ。他国との初の接触になるこの時に間違いがあってはこの後にどのような禍根を残すかもしれないと少々ナーバスになっても仕方がないかと考えを改めた。

 

 「とにかく、そのように息を切らしていては相手に失礼に当たります。とりあえず門の横にある詰め所で休憩されてはどうでしょう。使者の方がこちらから確認できましたらお声をかけますから」

 「そう言ってもらえるとありがたい。ではお言葉に甘えて少し休ませていただくとします」

 

 そう言うとリュハネンはライスターに対して軽く頭を下げ、その後門番の詰め所として作られた小屋の中に入っていった。

 

 「あのようなリュハネン様は始めて見ました」

 「ああ。例え相手が小国、都市国家とは言え国と国との初接触だからな。立場上リュハネン殿に掛かる重圧は我々には窺い知る事は出来ないものなのだろう」

 

 モーリッツと話しながら詰め所に目を向け、「貴族付きと言うのは地位に比例して大変なんだなぁ」などと考えるライスターだった。

 

 

 

 それから20分ほどたった頃、視界にはっきりとその姿を捉える事ができるほど使者が館に近づいてきた。そこでリュハネンに使者の到着を知らせるようにとモーリッツに指示を出し、ライスターは近づいてくる使者の様子を注意深く観察する。すると彼はある一つの事に気が付き、眉をひそめた。

 

 濡れていない?

 

 そう、こちらに向かってくる使者がまるで濡れていないように見えるのだ。白く光る鎧も騎乗している馬の鎧も磨き上げられたように一点の曇りも無く輝いている。もし一度でも雨に打たれたのであれば、たとえ出発時に磨き上げていたとしてもあれほどの美しさを保つ事はできないだろう。いや、鎧だけならば雨がやんだ後、失礼の無いようにと領主の館に到着する前にもう一度磨き上げたと考えられない事は無い。しかし、どう見ても鎧のつなぎ部分や手甲の布の部分、そして皮で作られていると思われる鞍も濡れた様子がまるで無い。特に皮は一度水を吸ってしまったら、あのように乾くまでにはかなりの時間が掛かるはずなのだ。雨がやんだのが大体30分ほど前なのだから、この短時間で乾いたとはとても考えられない。

 

 まさか、この使者は青空と一緒にやってきたなどとは言わないだろうな?

 

 シャイナ様が妖精を連れてはいたが、いくら妖精でもそんな奇跡を起せるとは思えない。ではどのような方法で? そんな疑問を抱きながらも、その答えを彼が使者から聞くことは出来なかった。なぜなら使者が到着する前にリュハネンが門に戻り、使者の出迎えの準備をはじめからである。

 

 相手はこの館の主人に対する使者なのだ。いくら疑問に思ったとしても、それを忘れて不躾に問いただす訳にはいかなかったからだ。

 

 「モーリッツ、ライスター殿、そしてヨアキム殿も使者の方を最高の礼儀を尽くしてお迎えするよう、お願いします」

 「解っております」

 

 いつの間にか居たヨアキムに驚きながらも、それをおくびにも出さずにライスターはリュハネンに返事をする。そして、とうとう使者が門の前に到着した。そしてその使者は馬から颯爽と言う言葉が似合うほど美しく降り、一番前で出迎えているリュハネンの前まで進み礼をする。

 

 「お出迎えありがとうございます。私は都市国家イングウェンザーからの使者です。われらが支配者、アルフィン様がこの館の主の元へ訪問される旨を伝える為に使わされました」

 

 その使者の鈴が鳴るような美しい声を聞き、一同は驚きを表した。

 

 使者殿は女性なのか。

 

 出迎えた一同がまず最初に感じ、驚いたのはそこである。確かに改めて見てみると、その線の細さは男のそれではなく、やわらかいイメージを覚える。なのに誰もそれを想像していなかったのは通常使者と言うのは男が勤めるものを言う先入観があったからだ。しかし、姫の通る道の見回りをしていたシャイナが女性であるのだから、もしかするとアルフィン姫の直属の騎士は女性ばかりなのかも知れず、そう考えると使者が女性でもおかしくは無いのかも知れない。

 

 突然の驚きに一瞬あっけに取られたものの、何とか建て直してリュハネンは使者に向かって自己紹介をする。

 

 「ばっバハルス帝国貴族であり、この周辺地域の領主でもあるエルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵の騎士、アンドレアス・ミラ・リュハネンです。使者殿、お名前を窺っても宜しいでしょうか?」

 「ああすみません、そうですね。兜も取らず失礼をしました」

 

 そう言うと使者はかぶっていた白く輝くフルフェイスの兜に手をかけ、横に付いた留め金を外すと前後にパカット開いて頭から外し、中から解き放たれた長い髪を解くように首を左右に振ると、それを小脇に抱えた。

 

 その姿に一同が息を呑む。

 

 それも無理の無い事だろう。あの小さな兜にどのように収まっていたのかと不思議に思うほどの長く美しい黒髪が一瞬広がり、その後まるでたった今櫛を入れたかのようにまっすぐ背中に沿って綺麗に纏まってゆれる。そして少しつり目がちで気の強そうな、しかし気品に溢れた顔と透けるような白い肌の美女がその兜の下から姿を現したのだから。

 

 「私は都市国家イングウェンザーの騎士、紅薔薇隊のサチコ・アイランドと申します。以後お見知りおきを」

 

 そう言うと、サチコと名乗るその騎士は大輪の花が開いたかのごとき華やかな笑顔をリュハネンたちに向けるのだった。

 

 




 やっと領主の館訪問編に突入です。

 ライスター君の中のシャイナは少々美化されています。まぁ外見的にはその通りなのですが、ライスター君のセクハラを全て無条件に許したのはそうしないと従者二人にライスター君が殺される勢いだったからです。でもそれを知らないライスター君の中では、シャイナは性格まで聖女な完璧な女性と言う事になっている事でしょうw


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52 使者と考察

 サチコ・アイランドと名乗った、まるで大輪の紅薔薇のような気品と美しさを兼ね備える都市国家イングウェンザーからの使者。彼女の姿は雨露が反射する陽光によって光り輝く草原をバックに抱いて、まるで一枚の絵画のようだった。その姿に思わず固まってしまう館の者たちだったが、呆けたままでいられる時間はあまり長くは無かった。

 

 「どうかなされましたか?」

 

 挨拶をしたものの相手からの返答は無く、ただ々々こちらの方を見つめて呆けてしまっているリュハネンたちを前にして何か失礼な事をしてしまったのかと思ったサチコが彼に問いかけたからである。

 

 「あっいえ、何でもありません。アイランド殿ですね。承りました」

 

 直接問い掛けられてあわてて返事をするリュハネン。その姿と言葉で、そこにいるほかの者たちも夢現の世界からやっと解放されるのだった。

 

 「それではアルフィン様のこちらへの訪問の御予定をお伝えします。まずアルフィン様は今晩ボウドアの村にある館に一晩御泊まりになられ、明日の朝出発。こちらへは明日の昼前に到着するとのことです。その際には私が先触れとして先行し、到着30分ほど前にはこちらに窺いますので、そのようにお願いします」

 

 サチコはそう言うと、恭しく頭を下げた。その姿は一分の隙も無く礼儀作法をしっかりと踏まえたもので、まるで貴婦人のような美しさを持ちながらもけして姿だけで使者に選ばれた訳ではない、城を代表して他国の者と相対する騎士として見てもなんの文句のつけようも無い姿だった。

 

 「はい、解りました。ではそのように領主には伝えておきます。ところで、城からこちらまで馬で来られたのならばお疲れでしょう、館で一服なされてはどうでしょうか?」

 「お心遣いありがとうございます。折角のお言葉ですが、この後すぐにボウドアに戻り、アルフィン様をお迎えせねばなりませんので、このまま失礼させていただきます」

 

 そう言うとサチコはもう一度にっこりと微笑み、左手で後ろにたれた長い髪をくるりと纏めると一体あの小さな兜にどのように収納されたのかと思うほど見事な所作で兜に入れて、そのまますっぽりと頭にかぶせた。留め金をはめて兜の位置を整えると、彼女はその流れのまま馬にひらりとまたがり、

 

 「それでは明日の事、よろしくお願いします」

 

 そう言うと馬を返して来た時とは違って馬を飛ばして走り去っていった。

 

 「(残念だ。出来たらお茶を飲みながらもう少しお話がしたかったのだがな。)」

 

 断られた理由に納得し、まさか下心を読まれたからではないだろうと思いつつもあれほどの美人と話をする機会をみすみす逃してしまった事を残念に思い、走りさるその姿を何時までも見つめるリュハネンだった。

 

 

 

 

 「隊長、今ならあなたの言葉も信じられる気がしますよ」

 

 使用人たちが住む館の3階にある自分たちに与えられている客間。そこに帰ると開口一番ヨアキムは目の前にいる隊長にこう言い放った。それに対して言われた内容が何の事か解らず「こいつ、何言ってるんだ?」というような顔をしてライスターは聞き返す。

 

 「どうしたんだ、一体?」

 「だって見ましたか? 今の使者殿の顔、あれほどの美女が使いっ走りですよ? 彼女ほどの美貌の持ち主なら一国の王や重臣を手玉にとって国を惑わす事だって出来ますよ、きっと」

 

 そう言ってヨアキムは興奮気味に話を進める。

 

 「普通なら傾国に使えるほどの美女がただの使者として来たなんて話、人から聞いたとしても誰も信じませんよ。美人の無駄遣いってものです。おまけに最初は兜を取らずに使者としての役目を果たそうとした所を見ると、そんな美人でさえその美貌を利用する必要が無いと考えていると言う事じゃないですか。とすると、もしかしたら都市国家イングウエンザーではあれほどの美人でさえ特別でもないし、珍しくもないなんて可能性もあると言う事ですよね? ならばその上司が隊長の言うレベルの美女だとしても驚くような話じゃないじゃないですか!」

 

 ヨアキムのこの言葉を聞いてライスターはなるほどと頷く。そういう考え方もあるのかと。 

 

 「そうだな。そう言えばシャイナ様と供に居た司祭もかなりの美しさだった気もする。もしかするとイングウェンザーと言う国は美女しかいない国なのかもな」

 「なんですか、その楽園は?」

 

 自分の妄言をまるで肯定するかのような隊長の言葉を聞き、驚きを新たにして破顔するヨアキム。しかしその顔はすぐに別の、騎士としての顔に変わる事となる。なぜならば彼にとってここまでの話はあくまでお遊びであり、ここからが本当の話だったからだ。

 

 「ところで気付きました? 隊長」

 「ん、なんだ? あの使者の身のこなしの事か?」

 

 ライスターの言葉に先ほどまでの楽しげな笑顔とは違い、にやりとした卓越した戦士の、いや冒険者の笑いを浮かべるヨアキム。

 

 「そうです。あの使者、かなり強いですよ。正直底が知れません。少なくとも私と隊長が二人掛りで掛かっても数瞬の内に殺されるんじゃないですか? あの人とは思えないほどの美しさとあいまって、正直どこの化け物が迷い込んだのかと思いましたよ」

 「ああ、そうだろうな」

 

 ライスターもそれは感じていた。初めはその美しさに目を奪われもしたが、そこは前にシャイナを目にしているライスターである。その姿に心奪われること無く冷静な目で使者を見ることができた。そして、その彼の目に映るサチコという騎士の身のこなしから計れる強さはまさにとんでもないとしか表現できない程の物だった。彼女が実はアダマンタイトクラスの冒険者だと紹介されたとしても信じてしまうほどに。

 

 「しかし、よく見ていたな。正直お前もリュハネン殿同様、あの使者の美しさに見惚れていたと思ったのだが」

 「そんな訳が無いじゃないですか! と言いたい所ですが、正直最初に兜を取った時は麻痺か魅了の魔法でもかけられたのかと思うほどでしたね。でも、あの使者の身のこなしは馬に乗っていた時からしっかりと観察していましたから、馬から降りる時やこちらに歩いて来る姿勢、そして何より兜を取るためにこちらから完全に視線を外していたにもかかわらず、こちら全員の動きをあの使者には全て見られているような感じを受けていて、かなりビビリましたよ。正直アレと戦うような事態に陥るような事があれば、たとえそれが軍からの命令だとしても私は1も2も無く逃げますから。隊長、それだけは覚えて置いてくださいよ」

 「おいおい、敵前逃亡を予め宣言しておくなよ・・・」

 

 部下のすがすがしいほどの規約破り宣言を聞いて苦笑いするライスター。しかし、その気持ちは解らない事も無かった。実際にあの使者と戦う事になったら、自分でも勝つ事ではなく無事退却する事を念頭に作戦を考えるだろうから。

 

 「それと、あの使者を見た事によって二つ解った事があります」

 「二つ? 何が解ったんだ?」

 

 使者の強さはある程度解ったが、それ以外に何が解ったと言うんだ? 正直想像もつかなかったライスターは疑問に思い問い掛ける。そんな不思議顔の隊長に対して、そんな事も解らないのですか? といった得意顔でヨアキムは自分が気付いた事を語りだした。

 

 「つい先ほどまでまったく信じていなかった隊長が語っていた愛しのシャイナ様の従者の強さですが、その話が信じられない事に全て本当なのだろうと言うのと、イングウェンザーの使者が来た事を報告に言った時の子爵とリュハネン殿の慌てぶりの理由ですよ」

 「ああなるほど。って、愛しのは余計だ」

 

 余計な一文はともかく、あの使者を見れば確かに俺が妖精に吹き飛ばされた話とか、司祭服の従者に一撃で昏倒させられた話に真実味が増す。そしてリュハネン殿が使者が来ると聞いて慌てて門に走ってきた姿。あの慌てようからすると、リュハネン殿は相手の強さを知っていたという事なのだろう。

 

 「確かにあんな戦力を持つ国相手ですからね。あれだけの個の力があるのなら例え小国だと言っても一地方領主が敵にまわす訳には行かないでしょう」

 「まぁ、かの国には他国をどうこうするような野心があるようには思えないがな」

 

 優しい微笑を浮かべるシャイナと、同じく優しく微笑んだアイランドと言う名の美しい使者を心に思い浮かべてこちらから無茶を言い出さなければ戦いになる事はないだろうと考え、また同時にあのリュハネンの慌てぶりからしてこちらから争いになるような事をする事もまたありえないだろうと確信する。

 

 「だがしかし、念の為注意喚起はしておくべきだな。ヨアキム、俺はこれから今の話を子爵に進言してくることにするよ」

 「はい、行ってらっしゃい、隊長」

 

 ライスターはヨアキムにそう告げると、客室を出て行った。子爵に忠告を、自分たちが感じた優しい顔の裏にある、かの国の恐ろしいとさえ感じるほどの戦闘力を伝える為に。

 

 

 ■

 

 

 話は少し遡る

 

 「あやめ、あの話、どうだった?」

 「うん、ドライアードが言うには問題ないみたいだよ」

 

 イングウェンザー城の衣装部屋。そこではアルフィンが領主の館を訪れるときに着る服の選定が進んでいた。しかしアルフィン自身は着替えの全てを衣裳部屋付きのメイドの手で行われる、まさに着せ替え人形状態なので着替えが完成した時に全身を映す姿見を当てられて、それを見た感想を聞かれるくらいしかやる事がない。そこでその時間を使って他の用事を済ます事にしたのである。

 

 「そっか、じゃあ魔法で栄養補充をすれば問題ないわけね」

 「うん、シミズくんにやらせてみたんだけど、土が雨で酸性になっているから石灰を少し混ぜた方がいいだとか虫による害があるかもしれないからその対応も必要だとか言っていたけど、手間さえちゃんとかければなんとか地下4階層とそれほど変わらない環境は作れそうだって」

 

 シミズくんってたしか地下4階層の農地区画を守っている全長2.5メートルほどで57レベルの課金で配置したのジャイアントワームの変異種の事だったわよね。ドルイド魔法で農業区画の栄養補給をしているなんてあの区画のフレイバーテキストに書いておいたら転移した時、本当にそのテキストに従ったかのように突然変異を起した言葉をしゃべってドルイド魔法まで操るようになったジャイアントワーム。元々スキルスロットにまだ空きはあったからか、自分で判断して農作物の管理が出来るようになったし魔法が使えるようになった分、前衛系の戦闘力が落ちたけど、農業区画の領域守護としてはより特化した性能を持つモンスターに変異していた。いや、守護としてはダメなのかな? 弱くなったし。

 

 だけど、まさかテキストの効果でこんな変異をするとは思わなかったわ。もしかしたら私が知らないだけで、城の中には他にも代わっている所があるんじゃないかしら。

 

 ついでにこの子、点と線で構成された落書きみたいな顔まで変異した時に付いたのよね。まぁ、そのおかげでしゃべってもあまり違和感ないのだけれど。

 

 あの子、元々はただの課金モンスターだから名前なんてなかったんだけど、あやめったら4階層に家を作って住むだけじゃなく領域守護のモンスターに名前までつけてあげたのよね。まぁ可愛がるという点では別に反対はしないのだけど、個人的に大きなミミズにまで名前をつけて可愛がっているのは私からするとちょっと・・・ねえ。まぁ、あのモンスターのおかげで収穫物が順調に育っているのだから文句を言ったら可哀想なんだろうけど、あの姿は生理的に・・・いや、こんな風に考えたらあの子に悪いとは思ってるのよ、うん。

 

 「ちゃんと気付かれないようにやってくれてる?」

 「うん、それは大丈夫。基本的にシミズくんは土の中にいるから気付かれる事は無いよ」

 

 そこにいる人に気付かれずに土壌改良は出来ることが証明されたというわけね。これなら大丈夫かな。

 

 これ、何の話かというとカモフラージュの為に植えた庭の芝や収監所でユグドラシルの農作物が育つかどうかの実験についての話だったりする。先日巡回騎士さんがここを訪れたけど、もしこれから訪れる領主が城に来たいと言った時に青々としていた庭の芝が全て枯れていたなんて事になったら流石に怪しまれるので、念の為この土地の土に適応するかどうか調べて置いた方が宜しいのでは? と言うギャリソンの進言があって調べる事になったのよね。それでその話から、これは私の頭の中にある計画にも関係あるなぁと思ったので収監所の作物の生育状況と土壌の状況調査も同時にあやめに頼んでやってもらったと言う訳なのよ。

 

 あと、気付かれないようにと言うのはどうせ調べるのならジャイアントワームが地面を這い回っても地上の人に気付かれないかどうかの実験も兼ねようと言う事になって、夜ではなくわざわざエルシモさんたちが畑で作業をしている時に土壌に栄養を与える魔法をかけたり、現在の状況を調べてもらったりしてその報告も同時にしてもらったと言う訳ね。

 

 「シミズくんの眷属って結構居たわよね?」

 「うん、いるよ。地下4階層の地下にいっぱい。50000匹は下らないと思うけどぉ~、なに? アルフィン、見たいの? それならシミズくんが一声かければ彼の支配部屋にすぐに集まってくると思うよ」

 

 いや、それはごめん蒙りたい。部屋全体にうごめく数万匹のミミズたち。考えただけで背筋が寒くなるわ。

 

 「いやいや、流石にそれはいいや。それよりその眷属もシミズくんみたいな事を出来るんだよね?」

 「さすがに同じレベルでは無理だけど、1年もあれば赤茶けた荒野を草原にする位の事ならできると思うよ」

 

 いや、そのレベルはいらないから。でもそれなら話を進めてもいいかな。

 

 「うん、解った。ありがとね、あやめ」

 「役に立った? ならよかった!」

 

 あやめは私の言葉を聞いて満面の笑みを浮かべる。ちょっと悪戯っぽい顔をするときもあるけど、やっぱりこんな子供らしい笑顔の方が似合うなぁ。あやめの外見年齢相応の笑顔を見て、私はそう思った。

 

 「さて、後は・・・連れて行く者の選定と、今の報告による詰めの協議かな。メルヴァ」

 「はい、アルフィン様。外出着の選定が済みましたらすぐに御話が聞けるよう、ギャリソンが執務室で待機しております」

 

 私が指示をする前に全ての用意ができていると聞き、やっぱりメルヴァは私なんかより優秀だなぁと再確認するアルフィンだった。

 

 

 ■

 

 

 「子爵、アルフィン姫は明日の昼前にこの屋敷に到着との事です」

 「そうか、正念場だな」

 

 リュハネンの報告をカロッサ子爵は自分の執務室で受けていた。

 

 ヨアキムから使者がもうすぐ到着すると聞いた時は思わず立ち上がり、自ら門まで行って出迎えようとしたのだがそれをリュハネンに止められた。流石にただの使者を領主その人が出迎えるというのはおかしいという理由なのだが、ことはもしかすると国の、少なくとも自分の立場に多大な影響をこれから起すであろう者たちとの初めての接触である。それだけにこの報告をカロッサ子爵は気を引き締めて受ける心積もりでいた。しかし、

 

 「時にアンドレアスよ、そなたはその使者をどう見た?」

 「どっどうとは?」

 

 子爵の言葉を聞いた瞬間、リュハネンはある事に気が付き青くなる。

 

 「(いかん、あまりの美しさに気を取られ、使者の様子を観察するのを忘れてしまった!)」

 

 そう、その報告をする立場であるリュハネンは、サチコのあまりの美しさにすべての事を失念してしまっていたのである。

 

 これは大失態だ。いや待て、確か兜を取る所まではしっかりと観察したはず・・・ダメだ、何も思い出せない! あの姿を見た瞬間全てが吹っ飛んでしまった。確か、颯爽と馬から下りて・・・その物腰は柔らかく女性らしい優しさが・・・って、それはありえないだろう! 相手はフルプレートを着ていたんだぞ。

 

 「お前から見てその使者はどのような様子だった? 使者とは言え他国との初の接触だ、それほど身分の低いものを寄越すとは思えないのだが。それだけに、その使者がどの程度の者かで向こうがこちらをどの程度重要視しているか解ると言う物だろう」

 「そうですね」

 

 不味い、何も思い出せない。いや、あの美しい顔や流れる清水のように輝く黒髪、鈴のなるような澄んだ声、その全てははっきりと思い出せる。しかしここで必要なのはそんな内容ではないだろう。その使者の力量やどれほどの地位にある者なのかが重要なのだ。しかし、頭からそれを観察するという思考がすっかりと抜け落ちてしまっていたリュハネンは、そのどれも思い浮かべることが出来なかった。

 

 「で、どうなのだ? そなたはその使者をどう見た?」  

 

 ここまで来て覚えていませんでは通らないだろう。そこでリュハネンは自分が覚えている情報から推測し、子爵への報告をする事にした。

 

 「はい。私の力量ではあの使者の強さや力量を計る事はできませんでした。ですから、それに関しては私よりもライスター殿の見立てを窺う方がより確実かと存じます。そこで私からは別の角度からの意見を申し上げたいと思います」

 「うむ」

 

 そう言うとリュハネンは頭をフル回転させて今もっている情報から相手を想像する。

 

 「まず使者の鎧ですが、胸に紋章を抱いていました。これがイングウェンザーの紋章なのかかの者の紋章なのかは解りませんが、そのどちらだとしてもそれ相応の立場の者かと私は考えます。国の紋章ならばそれを背負うだけの地位が、かの者の紋章ならばその紋章を掲げたまま自国の使者として使わされたという事になりますから」

 「なるほど、確かにその通りだな」

 

 あとは・・・そうだ!

 

 「次にですが、この使者の顔を見たのですがとても美しい女性でした」

 「女性だと?」

 

 自分たちだけでなく、子爵もやはり使者が女性であると言う事が意外だったらしくこの話には食いついてきた。

 

 「はい、それもかなりの美女でした。いや、それは関係ない話ですが、ここで重要なのは女性だったという事です。普通他国への使者と言うのは男性が担う仕事です。それをわざわざ女性を送ったという事は、もしかするとイングウェンザーの騎士はアルフィン姫付きの者だけでなくあの城の騎士の全て、もしくは殆どが女性なのではないでしょうか? これは今までもたらされた情報から考えてもありえる話ではないかと」

 「うむ。ボウドアを救い、ライスター殿を助けたシャイナと言う騎士貴族も女性だったな。その上今回使わされた使者まで女性だったと言う。そうなるとありえない話ではないかもしれん」

 

 よし、この流れなら無事切り抜けられそうだ。

 リュハネンの持論に納得し話を興味深そうに聞いているカロッサ子爵を見て、このまま押し切れると彼は考えた。が、残念な事にそうは問屋がおろしてくれなかった。

 

 コンコン

 

 「子爵様、リュハネン様、ライスター様がお越しです」

 

 ノックの音とともにメイドが扉を開け、ライスターが執務室に入ってきた。

 

 「リュハネン殿、なかなか面白い考察ですな」

 

 こいつ、何時からこの話を聞いていた!?

 

 申し訳なさそうなメイドの顔とライスターの悪戯心満載の笑顔。 

 その二つを見て、彼がかなり前から扉の前でこちらの話を聞いていたと理解し、「もうだめだ・・・」と心の中でうなだれるリュハネンだった。

 

 




 ジャイアントワーム(ミミズ)のシミズくん、解る人だけ笑ってくださいw 姿は某漫画のあのキャラそのままです。
 しかし、ミミズ部屋かぁ。ある意味恐怖公の部屋並みの、人によってはそれ以上に恐ろしい場所だろうなぁ。絶対覗きたくないや。

 あと、アルフィンが危惧している通り、転移した際にフレーバーテキストにしたがって変異している部分はあります。まぁ、出て来るのはかなり先だし、それほどたいした話ではないですけどね。(実はそれに関係した話は前に本文で出ていますが)

 最後に来週の話なのですが、今のところ土日出張の予定なのですけど場合によっては日月の出張になります。また、土日だったとしても3連休の中日に帰って来る事になるので渋滞を避ける為に遅くの帰宅になるかも知れません。早く帰ってこられたらいつもどおり日曜日に更新しますが、もしかすると月曜日更新になるかもしれないので、その時は御許しください。


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53 館訪問

 作られたばかりの真新しい街道。そこを3匹の馬に乗った白いフルプレート・アーマー装備の騎士と1台の豪華な4頭立ての馬車が走る。普通のものより大きく、また華美な装飾により同じ規模の馬車に比べても更に重そうなその車体は、マジックアイテム”軽量積荷”による軽量化の効果と振動を吸収するサスペンションによりほとんどゆれる事はなく、その走りは舗装されていないむき出しの土の上を走っているにもかかわらず驚くほど安定していた。そしてその馬車を引く馬も普通ではない。一見鎧を着けた軍馬に見えるそれは4頭とも生物ではなく、全て恐るべき力を持った動像、アイアンホース・ゴーレムだった。

 

 「ギャリソン、あまり時間が無いし、再確認程度でいいからこれから会うカロッサ子爵という人の説明をお願い」

 「解りました、アルフィン様」

 

 その内部、外見同様豪華に飾られ、そして快適さを追求された車内ではアルフィンが同乗しているギャリソンから今向かっているカロッサ子爵の情報説明を再確認のために聞いていた。

 

 「エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵、彼は騎士の資格を持つ貴族です。領地を持つ貴族ではありますが帝国の中ではそれほど力を持つわけではなく、あまり中央とのつながりも無いようです。また、ボウドアの村人の話によりますと気さくな性格で領民には慕われているよい領主のようで、また領地が小さな村二つだけなので収入はそれほど多くなく、その生活は質素のようです」

 「なるほど、収入は少ないのに村人たちの負担は増やしていないのか。いい人みたいね、その人」

 

 話を聞く限り好感の持てる人物なんだろうなぁ。少なくとも自分の地位を傘に着て威張る人ではなさそうね。

 ギャリソンの話を聞き、まだ見ぬ領主に対する好感度を上げるアルフィン。

 

 「はい。偵察のために領主の館に向かわせた者の報告とボウドアの村人からメイドたちが聞いた話を総合しますと、そのような人物と想像でします。ただ、得た情報の中で一つ疑問に感じるところがありました」

 「疑問?」

 

 ギャリソンの言葉に首をかしげ、聞き返すアルフィン。

 ここまでの話の中には特におかしな所はなかったし、前に城で聞いた時にもそのような報告は無かったはずだけど、あれから何か新事実でも解ったのかしら?

 

 「はい。これは今日訪れるという事で再度情報を精査している時に気付いた事です。カロッサ家は今代の子爵の親の時代にこの土地の領主に就任したようなのですが、どうやらその親、現カロッサ子爵からすると祖父に当たる者がこの国ではかなりの武勇を誇る者だったようなのです。前にアルフィン様自ら得られた情報でこの国は隣の王国と常に戦争をしているとのことでしたので、そのような武門の家系である子爵家がなぜこのような僻地の領主になったか、少々気になりまして」

 

 なるほど、言われて見れば不思議よね。何か問題を起こして飛ばされたというのならおかしな話ではないかもしれないけど、武勇を誇るとまで言われる人が飛ばされる程の事が過去にあったのならギャリソンが調べられないはずが無いもの。

 

 「う~ん、でも武勇を誇っていたのは祖父の時代の事なのよね? それなら今の子爵の親が文官気質だったんじゃないの?」

 「いえ、どうやらカロッサ家は代々武門の家系らしく、今の子爵も前線に出ることは無いですが日々の鍛錬は欠かしていないそうです」

 

 そうなのか。未だに武門の家系らしい生活を送っていると言うのであれば、その親も同じ様な人物だったはずよね。

 

 「ここも一応国境近くだから他国からの侵略に備えてって考えられない事も無いけど・・・私たちの城の近くに国なんて無いものねぇ」

 「はい、わざわざ国境警備の貴族を置くには不自然な場所です」

 

 そう、私たちの城イングウェンザー城の近くには国どころか人が住む小さな集落さえない。というのも広大な土地は広がっているがその全ては草原で川も湖も無く、人が住むにはあまり適さない土地なのだ。まぁ、まったく無いと言う訳ではなく馬で走ればいける程度の距離に川はや湖あるんだけど、人の足ではかなりの距離だからわざわざ好き好んでこんな不便な場所に村を作る人はいないと思う。そう考えると当然と言えば当然の話なのよね。

 

 「守る価値がそれほどない場所に戦争で武勲をあげそうな人を配置する意味は無いか。ならなぜなんだろう?」

 「解りません。だから疑問なのです」

 

 村には塀が無いほど魔物の出現率も低いし、ギャリソンが調べられなかっただけでやっぱり問題を起こして飛ばされたのかなぁ? ならきっと周りに知られたらとても恥ずかしいタイプの失敗よね。

 

 「ギャリソン。人には知られたくない過去って物もあるわ。この事には触れず、そっとして置きましょう」

 「はい、アルフィン様がそう仰られるのならばそういたすとします」

 

 軍事的な失敗ならいいけど、恥ずかしい系の失敗ならどんな事をしても隠したいというのが人のサガ。きっと書類で残す事も無いだろうし、知っている家人たちも絶対に口に出す事はないだろう。それならばギャリソンが調べられなかったのも頷けるし、何より私もそんな過去をわざわざ白日の下に晒すような悪趣味も持ってない。ここはそっとして置いてあげましょう。

 

 「ところで他には何か無いの?」

 「はい。あと伝えるべき事と言いますと、部下に騎士が二人と騎士見習いが三人居るという事くらいでしょうか。この騎士二人の内の一人がアンドレアス・ミラ・リュハネンと申す者で、彼が先日城の偵察をし、館に泊まった者だと言う事が判明しております」

 

 ああ、昨日館のメイドたちが話していた彼ね。

 

 「お酒と食事、それにお風呂が気に入っていたという彼ね。あの子達から聞いたけど、あの話からすると偵察の為に派遣されたなんて可能性、まったく無くなったわね」

 「はい、そのようで」

 

 昨日の食事の時に館のメイドたちから聞いた話を思い出して思わずほっこりとした気持ちになるアルフィンと、その姿を見て微笑むギャリソン。

 

 街道を調べる為にもう一泊したと報告を受けたけど、どう考えても食事とお酒、広いお風呂が目当てだったって話だものね。そう言えばエルシモさんもお風呂や食事に驚いていたし、今回は持て成すつもりでお酒も出したからなぁ。城も見に来たし、彼からすると豪華なホテルに泊まったちょっとした観光旅行気分だったんじゃないかな? 夜にお風呂に入ってビールを飲み、朝にもまた入って今度はスパークリングワイン。流石に最終日の朝はお酒を飲まなかったらしいけど、しっかりお風呂には入っていったって話だからね。食事の時も嬉しそうに食べていたそうだから、これからもボウドアにきた時は泊まりに来そうだね。いや、何か理由をつけては、その度にわざわざボウドアに来るようになったりして。

 

 「この世界の人たちとは争いたくないし、折角もてなしたんだから気に入ってくれたのなら何よりだわ」

 

 まぁ、そこまで喜んでくれたのなら悪い気はしないし、また来たら歓迎してあげなさいって思わずメイドたちに言ってしまったくらいだからなぁ。

 

 「そう言えばメイドたちによると私たちの飲んでいるお酒の内、殆どはこの世界にないらしいわね」

 「はい、どうやらそのようです」

 

 リュハネンという騎士さんが言うには、ワインはあるらしいけどラガービール(よく物語に出てくるエールビールはあるらしいけど、話によると酸化して少しすっぱい上に常温で飲むものらしい)もスパークリングワインも無いらしい。日本酒は言わずもがな、どうやらウィスキーやブランデーも無いみたいね。彼も気に入っていたと言う話だからきっと子爵も気に入ってくれるだろうし、各1本ずつくらいお土産で持って来ればよかったかなぁ。

 

 つい人の家を訪ねる時のお土産は甘いものと言う先入観で選んでしまったけど、相手は男の人なのよね。でもまぁ、持ってきてしまったものは仕方が無い。今更悔やんでも後の祭りよね。そう考え、これはもう考えないようにしようと心に決めるアルフィンだった。

 

 

 ■

 

 

 「お出迎え、ありがとうございます。都市国家イングウェンザーが支配者、アルフィン様一行の先触れとして参りました、サチコ・アイランドです」

 「アイランド殿、ご苦労様です」

 

 昨日とは違い到着とともに兜を取り、一礼をするサチコ。その騎乗していた馬にはこれまた昨日と違い、イングウェンザーの紋章(正確にはギルド"誓いの金槌”のだが)が描かれた小さな旗の付いたポールが鎧に付けられた旗立てに立てられていた。

 

 「後一時間ほどでアルフィン様が搭乗されておられる馬車が到着なさいます。こちらから申し上げる事ではありませんが、くれぐれも失礼の無いようお願いします」

 「解っております。貴賓として失礼の無いよう、御出迎えさせていただきます」

 

 サチコのある意味無礼とも取れる忠告に、リュハネンは丁寧に返答をする。それを確認したサチコは満足そうに頷き、

 

 「それでは私はアルフィン様の護衛に戻ります。それではまた後ほど。ごきげんよう」

 

 そう言うと彼女は兜をかぶり直して馬にひらりとまたがり、駆けていった。

 

 「昨日も思いましたが、颯爽としてますね、彼女」

 「そうだな、一分の隙も無く綺麗な姿だった」

 

 リュハネンの後ろで並んで出迎えていたライスターにヨアキムが感心したように言葉を掛けた。それに対してのライスターの返事は二通りの意味の取れるもので、その意味を正確に理解したリュハネンが渋い顔をする。その顔を見てにやりとするも、あまりからかうのもどうかと思い直してライスターは姿勢を正して彼に話しかけた。

 

 「リュハネン殿、イングウェンザーの方々のお出迎えですが私に任せてはもらえないでしょうか?」

 「それはどういう事ですか?」

 

 昨日の失態を思い出し、更に顔を渋いものにするリュハネン。先ほどの言葉から今度はアルフィン姫たちに見蕩れ、また失態を晒すのではないかとライスターが考えたのかと勘違いしたのだろう。これに対し、これは言葉足らずだったと反省したライスターは苦笑いを浮かべながら説明をする。

 

 「相手は小国とは言え一国の女王です。と言う事は身分から考えてこちらは子爵自ら騎士たちを従えて出迎えるのが当然でしょう。そうなった場合、あなたは騎士筆頭として子爵の横に控えているべきです。ですから門での最初の出迎えは私とヨアキムが担当すべきだと考えただけですよ」

 「なるほど、そう言う事でしたか」

 

 ライスターの言葉の意味を正確に理解し、ほほを緩ませるリュハネン。

 

 「そう言う事でしたら、こちらからもお願いします」

 「はい、その役目、確かに承りました」

 

 その後、イングウェンザー一行を出迎える為の打ち合わせを少しだけした後、リュハネンは館の中へと戻っていった。

 その後姿を見送りながらヨアキムは少し心配そうな顔をして、隣にいるライスターに問い掛ける。そんな申し出をして、本当に大丈夫なのかと。

 

 「隊長、あなたも私と同じ元冒険者ですよね? 自分で言い出した事だし疑う訳ではないですが、本当に一国の姫を出迎えるなんて大役をこなせるんですか?」

 「おいおい馬鹿にするなよ、これでも騎士の位を得る時にかなりの座学と礼儀作法を叩き込まれているんだぞ。その中でも貴族や王族相手の礼儀は必須だからな。まぁ、任せておけ」

 

 心配顔の部下を前に、心配するなと笑顔でそう答えるライスター。実際騎士の称号を受けるにはそれ相応の作法の習得や知識が必要である。また、貴族や王族に対する礼儀作法などの知識は隊長を任されるほどの地位に着く者にとってはまさに必須と言えるものである。そうでなければ警護対象に不快感を与えてしまう事があるからだ。

 

 実際彼は元銀の冒険者とは言え軍に入って色々な経験を積み、その過程で騎士を目指すと決めた時から先輩の立場である元冒険者の騎士に師事して、その辺りはしっかりと仕込まれていた。

 

 「カロッサ子爵と面会しても不興を蒙っていない所を見ると大丈夫だとは思うのですが、それでも相手は一国を納める御方です。隊長の失態はそれすなわちカロッサ子爵の失態であり、我が帝国の失態でもあるのですからその辺りはしっかりと弁えてお役目をこなして下さいよ」

 「ああ、解ってる」

 

 何時に無く真剣な表情で忠告をしてくる部下に、ライスターは再度襟を正す思いだった。そうこの時は。しかし、次に続いた言葉で表情が一変する事になる。

 

 「私は隊長が愛しのシャイナ様を前にして上がりまくって大きなミスを犯すんじゃないかと、もう心配で心配で」

 「おまっ、珍しくまじめな事を言っていると思ったら・・・。お前、それが言いたかっただけだろう!」

 

 心配しているようで、実のところはからかうのが目的だったのかと激昂するライスターと、緊張をほぐしてあげようと思っただけですよと嘯くヨアキム。この二人の漫才は周りにいる騎士見習いたちを気にする事もなく、もうしばらく続くのだった。

 

 

 

 サチコが去ってから半刻程たった頃。

 子爵邸の門の前にはライスターとヨアキムが、そしてそこから少し館よりの場所にはこの館の騎士と騎士見習いたちが立っている。そしてその横、門の先からは死角になる場所には椅子とパラソルが設置されており、その場所にカロッサ子爵が座ってアルフィンたちの到着を今か今かと待っていた。

 

 「アンドレアスよ。そろそろ馬車が見える頃か?」

 「はい。館の物見から見た感じですと、そろそろ門からも見える頃かと存じます」

 

 ほんの少しの緊張をはらんだ声で聞くカロッサ子爵にリュハネンは少し腰をかがめ、礼をするような姿勢をとってそう答えたちょうどその時、門の所にいるライスターがこちらを振り向き合図を送ってきた。アルフィン姫を乗せた馬車の姿が門からでも確認できたという知らせである。

 

 「いよいよだな。私は国を代表するものではないがそれでもこの帝国の貴族に連なる者、他国の姫を相手にすると言う事は相手の国の国威と我が国の国威がぶつかると言う事でもある。相手の方が位が上なのだから礼儀は尽くさねばならないが、気を引き締めて掛からねばならんぞ」

 「はい、ご存分に御働き下さい。私も微力ながらお力添えさせていただきます」

 

 二人の主従はこれから迎える、それこそ自分たちのこれからを左右するやも知れない程の大事を前に気合を入れなおすのだった。

 

 

 

 「隊長、馬車の周りにいる馬の鎧、4頭とも白じゃないですか?」

 「ああ、そうだな」

 

 まだ遠くではあるが、とりあえず色の識別くらいはできる。そしてその識別できた馬車を守る軍馬の鎧の色は全て白だった。馬車は普通のものより大きく、その後ろにもう一頭いたとしてもここからでは判別は出来ないから絶対とは言えないが、もしシャイナ様が騎乗しているのならば立場上最後尾につけていると言う事はありえないだろう。

 

 「何かあって来られなくなってしまったのでしょうか?」

 「ああ、そうだな」

 

 あの時シャイナ様はアルフィン様の護衛として共に子爵の館を訪れると仰られていた。と言う事は少なくともあの時点では同行をするつもりだったのであろう。しかしこちらに向かって歩を進める中には紅い鎧を着た馬も長身の騎士もいない。と言う事はだ。

 

 「領主の館を訪ねる為に、あえて目立つ鎧はやめて全部同じ色の鎧に統一したなんてことは・・・なさそうですね、隊長のその顔からすると」

 「ああ、そうだな」

 

 この時、横にいるヨアキムが何を言っているのか聞こえてはいるのだが頭にはまるで入ってはいなかったのだろう。そんな私を見かねて彼の叱責が飛んだ。

 

 「隊長。シャイナ様が御一緒なされていない事が気になるのは解ります。しかしあなたは今、この国を代表して貴賓をお迎えする立場にいるのです。シャキッとして下さい!」

 「ああ、ああそうだな。すまない。こんな事では大事な役目を果たす事はできないな」

 

 何があったのか心配ではあるが、その事とイングウェンザーの姫を迎え入れる仕事とは何の関係も無い話だ。

 

 そう思うと両手で顔を数回張り、気合を入れ直す。

 

 「ヨアキム、姿勢を正せ! 馬車の到着だ」

 「はい、隊長」

 

 馬車はまだ少し遠く、ゆっくりと並足で進んでいる為に到着するまで後5分は掛かるだろう。しかし、相手からはもうこちらの姿はしっかりと視認できているはず。ここは失礼が無いよう騎士の教示として姿勢を正し、都市国家イングウェンザーの一行を出迎える事にしたのである。

 

 

 

 「馬車が到着するようです。子爵、そろそろご準備を」

 「ああ、解った」

 

 そう言うと子爵は椅子からゆっくりと立ち上がった。すると横に控えていたメイド(リュハネンが特に重用している”あの”メイドである)がすかさず子爵の着ている服を調え始める。と同時に他のメイドたちがてきぱきと椅子とパラソルを片付けて、門の向こうからは死角になる場所を通る事に細心の注意を払いながら館の中へ下がっていった。そして仕上げにと子爵の服を調え終わったメイドが懐から荒神箒を取り出し、椅子とパラソルの置かれていた跡をはいて消す。

 

 その後、子爵とリュハネンが館の騎士たちと共に出迎える位置まで移動したのを確認してから、当初の取り決めの通り邪魔にならない位置へと移動して館から帰って来たほかのメイドたちと並んで控えた。これで館の者たちの出迎え準備は全て完了した。

 

 しばらくして馬車が4頭の護衛騎士を乗せた軍馬と共に到着する。その普通の物と比べて遥かに大きく絢爛豪華な装飾で飾られた重そうな外見と異なり、車輪を軋ませる事も無く軽やかに停車する馬車。と同時に、御者台に座っていたメイドが降りて馬車の後ろへ行き、そこに据え付けられたトランクからタラップを取り出す。そしてそれを扉の前に設置した後、扉の下の細長い小窓を開き、そこにロール状にしまわれていた紅い絨毯のような物を引き出してタラップにかける。

 

 そしてやっと扉に手をかけ、静かに開くと、彼女はその横に控えた。

 

 いよいよ姫の登場か? と色めき立つ一同。しかし最初に馬車の中から現れたのは長身で白髪と上品な口ひげを生やした優しそうな瞳の紳士。その服装からすると執事と思われる男性だった。その彼は、門の前にいるライスターたちに向かって一礼するとそちらに背を向け、誰かをエスコートするかのように馬車の方にその手を差し伸べる。

 

 するとその手に馬車の中に居た何者かの細く、褐色の手が添えられた。そして、誘われる様にゆっくりと姿を現したのは真紅のドレスを纏った長身の美しい女性だった。

 

 「(シャイナ様!? ああ、そう言えば共にするとは仰られていたがあの方もイングウェンザーの貴族だった。ならば馬に乗り、護衛としてこられるよりもこのようにしてこられる方が自然だな)」

 

 顔になるべく出さないようにがんばってはいるが、先ほどまでは何かあったのではないかと心配していただけに、つい雰囲気にそれが出てしまう。そしてその視線は当然これから馬車から出てくるであろうアルフィンではなく、シャイナの方に向いてしまっていた。そして、

 

 「な、な、なぁっ!!?」

 

 突如その場に響く声にならない絶叫。あまりの事に何事が起こったのかと、呆けていた為に反応しなかったただ一名を除くその場に居た全ての者の目に映ったのは、地に膝をつき、土下座のような体勢で地に伏せるカロッサ子爵の姿だった。

 

 




 ボウドアの村人たちと比べ、この館の人たちはシャイナやヨウコに異常な反応をしています。というのも、村人たちと騎士や貴族は美に対する認識が少々違うからです。生きる事に必死な農民に比べて今登場しているキャラたちはある程度美しいものに対する審美眼が磨かれているので彼らは村人たちより、より一層強く美しいものに対して反応しています。

 また、相手がかなり上の立場の人だった場合、その人から見た相手は美しいとかを判断する相手ではなく、ただ偉い人という部類になってしまうのも村人たちがアルフィンやシャイナに対して大きな反応を起さない理由のひとつになっているんでしょうね。


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54 タレント

 美しい、そしてあの優しそうな容姿と褐色の肌。そうか、この人が隊長の思い人であるシャイナ様か。

 

 ヨアキムは馬車から降りてきたその女性のあまりの美しさに釘付けになっていた。気品溢れる紳士にエスコートされて馬車を降りるその姿は神々しいまでの美しさを放っており、しかしその中にも少女のような可愛らしさを併せ持っていた。使者として訪れたサチコ・アイランドという女性。彼女も美しかったが、シャイナ様に比べるとどうしても見劣りしてしまう。それほどのこの女性は最上の美しさと最高の魅力を周りに振りまいていた。

 

 もし、あえて欠点らしいものを探し出して挙げるとするならば普通の女性に比べて背が高いと言う事くらいだが、それすらもバランスの取れたスタイルにより彼女の魅力の一つになってしまっている。ようは私の目から見て、欠点を探すのは無理だという事なのだろう。

 

 なるほどな。こんな女性に優しく介抱されればどんな男でもイチコロだろう。隊長が惚れるのも無理は無い。それに隊長から聞いた性格が本当だとしたら・・・。

 

 「(隊長、高嶺の花にも程がありますよ、これは)」

 

 そう思って横目でライスターのほうを見てみる。するとそこには必死に隠そうとしているものの、どうやっても隠しきれないほどの感情があふれ出してしまい、シャイナ様からもう目が離せなくなってしまっている情けない上司の姿があった。

 

 困ったもんだ。だがまぁそれも仕方が無いか、なにせ久し振りに愛しのシャイナ様のお姿をその目にしたのだから。ここは私が隊長の分までがんばるとしよう。そう思い、苦笑いしながらも視線を再度馬車に向ける。

 

 先ほどの執事らしき紳士はシャイナ様をエスコートしてメイドに預けた後、再度馬車に足を向けて先ほどと同じ様に手を差し伸べた。その手に添えられる白く美しい指先。そして・・・、

 

 ヨアキムはその瞬間、まるで雷がその身に落ちたかのごとく全身に電撃が走った。

 美しい、可憐、可愛い等々、どのような言葉で言い表したら良いのか解らないような存在がそこの視線の先に現れたのだ。

 

 陽光を反射して銀色に輝く美しいプラチナブロンドの髪、透けるような白い肌。憂いに満ちた紅いルビーのような美しい瞳。少々小柄で幼さの残るその顔は保護欲を刺激し、同時に気品溢れる物腰により女としての魅力も併せ持つ完璧な女性がそこに居た。

 

 その姿を目にした衝撃に、ヨアキムは見惚れるを通り越してつい少しだけよろめいてしまった。そして自分がよろめいたせいで視線が通ったのだろう。待っていたこの館の者たちの息を呑む声が後ろから聞こえた。

 

 と、その時である。

 

 「な、な、なぁっ!!?」

 

 突然、その者たちの方から声にならない絶叫が発せられたのだ。

 

 

 ■

 

 

 エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵。

 

 彼にはあるタレントがあった。

 彼はその力を自覚した頃、それはどうやらその人の信仰とそれに対して神が与えたもうた力が後光となって見える力のようであると考えていた。幼少の頃、その力によって近くの町の神官たちが光り輝いているように見え、子供ながらに神の使徒と呼ばれる人たちは神に愛され、そしてその身に神の力を宿すから光をその体から放っているのだろうと思っていたのだが、同時にその光は司祭の地位とは関係なく輝きの強さが変わる為に漠然と偉い司祭だからと言ってより深く神に愛されているわけではないのだろうとも子供の頃は考えていた。

 

 そして今この年になって彼はその力がどのような物かをより深く理解する事により、自分のタレントは神の愛が見えるものではなく信仰系魔法の使い手の魔力の強さが見えるものなのだろうと言う結論に達していた。事実、高位の治癒魔法を使える者は強い光を放ち、地位が高くても高位の魔法が使えないものは光が弱かったからである。しかし、まれにだが魔法が使えない者の中に強い光を感じる事があった為、同時にその認識が本当に合っているのかどうか疑っても居た。

 

 実は彼は知らない事なのだが、カロッサ子爵のタレントは相手がどれだけの信仰系魔法への素養があるかを見る力であり、魔法が使えないにもかかわらず強い光を放っていた者たちは魔法を覚える事のできる環境になかったが、もし覚える機会さえ与えられていれば最低でも2位階、努力次第では3位階に到達するほどの素養を持っていた者たちだったのである。

 

 この日、彼は館を訪れるアルフィン姫がどれほどの力を持った信仰系魔法の使い手なのか少々楽しみにしていた。

 

 自分のタレントは探知魔法と違い、探っている事を相手に悟られる事はなかった。これは見る見ないを自分で制御できるものでは無く常に光が見えているからであり、また隠蔽しているものを見破るタイプのタレントでもないからなのだろう。実際、看破系のタレントを持つ者はいらぬ災いを招かぬ為、その瞳を眼帯などで覆い隠す者もいる言う話を他の貴族から聞いた事があるが、彼はこれまでその視線を向けた事によって光を放つ者たちから何か言われるどころか、怪訝そうな視線を向けられた事すらない。

 

 その事から考えて、この目でアルフィン姫の光の強さを見れば彼女に悟られる事なくリュハネンからの報告通り、かの方が帝都で見た神官長たちと同じくらいの力を持つのかどうか解るであろう。そしてそう期待するカロッサ子爵は、ヨアキムによって隠されていたその姿を彼がよろめいたおかげで何の心の準備もなくその目に映す事となる。

 

 「な、な、なぁっ!!?」

 

 ・・・そこにあったのは暴力的なまでの光の奔流。眩く七色に光輝くそれは、まさに天上の神の発する後光の如き強烈な輝きだった。

 

 帝都の大神官たちと比べるだと? 小さな蝋燭の灯火と天に輝く太陽、その光をどう比べればいいというのだ? それほどまでに彼女の、アルフィン姫の光は強く、眩しく、そして神々しかった。

 

 「ああ、神よ・・・」

 

 間違いない。目の前にいる女性は神、そう真の女神様に相違ない。でなければ彼女から放たれるこの目も眩むような強烈な聖なる光の、帝都の大神官たちでさえ足元にも及ばない程の神々しい鮮烈な光をこの御方が放つ理由に説明付かないからだ。そして彼は確信する。

 

 これで解った、やはり私の持つタレントは信仰系魔法の強さが見えるものではなく、神の愛をその身に宿す強さを見ることができるものだったのだ。それならば今まで魔法が使えないにもかかわらず神官並みに強い光を発していた者が居たのにも頷ける。そしてこのタレントはこの地上に光臨なされた女神様と私を御引き合わせて下さる為に神が与えたもうたものだったのだ。

 

 「神よ、あなたに感謝します」

 

 

 

 涙を流しながら地に伏せ、神に感謝の祈りをささげる子爵。それを見て慌てたのは隣に居たリュハネンである。何せ目の前には他国の姫一行が到着している。それなのにそれを出迎えるはずの子爵が隣でひざまずき、その到着した姫をまるで神であるかのごとく崇め、祈りを捧げだしたのだから。

 

 「子爵、どうなされたのです」

 「アンドレアスよ、解らんのか!? あの方こそ、この地上に光臨なされた女神様だぞ」

 

 一体何を言い出したのだ?

 カロッサ子爵のタレントを知らないリュハネンはまったくもって意味不明だった。しかし、子爵のその目は狂人のそれでも錯乱した者のそれでもなく、確信を持った者の目だった。と言う事は彼は自信と確信を持って自分に彼女こそ女神だと訴えているという事になる。

 

 「一体何が起こっているんだ」

 

 あまりの事に判断を付けかね、途方にくれるリュハネンだった。

 

 

 ■

 

 

 えっ? なに? なに?

 私がギャリソンにエスコートされて馬車から降りると、いきなり館の方から驚愕の絶叫なのか、意味の解らない声が発せられた。その声に反応して慌てて守るように私の前に出るギャリソン。ヨウコたち紅薔薇隊も楯になるようにシャイナの前に立った。それを見て慌てて私も、いつでも支援魔法を展開できるよう心の準備をする。

 

 「あっあの、アルフィン様。何かあったのですか?」

 

 するとその時、馬車の方から恐る恐るといった感じで女性が私に問い掛けてきた。

 不安そうなその声に振り返る。すると私が降りた後、最後にメイドと共に馬車から降りる予定になっていたカルロッテさんがおどおどとした態度で馬車から顔をのぞかせていた。

 

 なぜ彼女が私たちと一緒に馬車に乗っているのかと言うと、私たちは鑑定スキルやマジックアイテムでこの世界の文字を読む事はできるけど、書く方はと言うと未だにカルロッテさんに教えてもらって何とかマスターした自分の名前くらいしか書く事が出来ない状況なのよ。でも領主の館を訪ねるとなると何らかの理由で文字を書かなければいけなくなるかもしれないと思った私は、その代筆要員の書記官として彼女に同行してもらったと言う訳。

 

 そんな彼女だけど、元鉄の冒険者とは言えそれは遥か昔の話。荒事とはずいぶんと離れた穏やかな生活をしていただけに、このような場面ではおろおろするしか出来ないみたいね。何が起こっているのかは解らないけど、そんな彼女をこのような状況で外に出す訳にはいかない。

 

 「よく解らないけど、館の方で何かあったみたいだから馬車から出ないで。そこなら安全だから」

 「はい、解りました。アルフィン様」

 

 一見すると木製の普通の馬車に見えるけど、この馬車もあやめたちや城の職人たちのスキルで作った物だけに装備同様魔法の付加がされている。物理防御力にしても対魔法防御力にしてもかなりのものに仕上げてあるので、この世界の者たちはもちろん例えユグドラシルプレイヤー相手だとしてもある程度の攻撃までなら耐えられる程の性能を持っているのよね。だからとりあえずこの中にさえ居てくれたら、カルロッテさんは多分大丈夫。彼女にもしかすり傷でもつけたりしたらエルシモさんに申し訳ないし、戦いになるにしても逃げる事になるとしても状況がはっきりするまでは安全な所に引っ込んでいてもらうのが一番だ。

 

 さて、後顧の憂いも絶ったし現在の状況確認をしないとね。そう思って館の方を窺ってみたんだけど・・・あれ? なんか偉そうな人が跪いてこちらに祈りを捧げているように見えるんだけど。

 

 「ああ、神よ・・・」

 

 えっ? なに? 神様が光臨したの? そう思いながら後ろを・・・なんてべたな事をする訳もなく、しかし何かおかしな事が起こっているのは確かみたいだから、どんなことが起こっても対処できるようにしないと・・・、

 

 「なになに? 神様が光臨したの? どこに?」

 

 ねって!? シャイナぁ~。

 

 しっかりべたな反応をしてきょろきょろするシャイナ。その行動に、さっきまでの緊迫した空気が急速に霧散していく。まったく。そんな訳ないじゃないの、ゲームのイベントじゃあるまいし。そんな光景に紅薔薇隊も苦笑いしているんだけど、立場上注意する事ができなくて困っているみたい。と言う訳で私がたしなめる事にする。

 

 ゆっくりと、慌てた様子を周りに悟られないように注意を払ってシャイナに近づき、ついいつもの様にチョップで突っ込みを入れそうになるのを何とか意志の力で封じ込めて肩に手を置き、言葉を掛ける。

 

 「シャイナ、そんな訳ないじゃないの。どうやらあの人、何かを見て神様か何かと勘違いしているみたいね」

 「えっそうなの? でも神様と間違えるようなもの、このあたりにいる気配はないように思えるけど」

 

 確かにその通りなのよね。私も先ほどから気探知で回りを探っているけど、こちらの方には私たちしかいない。と言う事はよ。

 

 「あの人には私たちの誰かが神様に見えているわけだ。そう言えばシャイナ、あなたここの国の騎士さんに女神様と間違えられたって言っていたわよね。まさか、未だに女神様と思われているんじゃ?」

 「ああ、そんな事もあったね。でもそれはあの人じゃないよ。ほら、あの門の所にこちらを見ている騎士がいるでしょ。確か名前はライスターさんだったかな? あの人が私を女神様と見間違えた人だよ。それにあれはあくまで意識が朦朧としている時の話で、本当に女神様と間違えたなんて事、ある訳がないじゃないの」

 

 そんなシャイナの言い訳を聞いて門の方に目を向けると、確かにこちらを見ている騎士らしき人物がいる。しかしあの人、こんな騒ぎが起こっているのに騒ぎの元ではなくずっとこちらを、いやシャイナの方を見ているのよね。これはかなり気に入られたっぽいかな? まぁ、いくら気に入られてもあげないけどね。

 

 「アルフィン様、どうやら錯乱した者があちらに出たようですが、特に危険はないようです」

 「ええ、あの様子からすると錯乱したのは領主みたいだけど、何があったのかしら?」

 

 最初はあまりの事に驚いたけど、冷静になって観察すれば跪いている人以外は皆鎧を着ているし、その人たちの態度からするとあの人が領主で間違いないだろう。でも、なぜああなったかがよく解らない。

 

 たとえば探知魔法か何かを使えて、私を調べたら凄い力を持ってましたとか言うのならまぁ解らないでもない。流石に一国を代表してきた者に対して不躾に探知魔法を使って来る者がいる訳もないだろうと思って探知阻害の指輪はつけていないからね。でも、もし探知系の魔法を向けられたとしたら気付かない訳がないのよ。

 

 これがこの世界の魔法が私たちとまったく違うものだったとしたらありえたけど、エルシモさんやカルロッテさんからの話やギャリソン達が調べた事によると、どうやらこの世界の魔法と私たちの魔法は同じものみたいだから、こちらに気付かれずに探知するなんて事は出来るはずがないのよね。とにかく、あちらが落ち着くまでは此方としてもどう動くか決められないし、しばらくは静観するべきかな。

 

 いまだ慌てている館の人たちを眺めながら「椅子でも用意してもらおうかしら?」なんて考えるアルフィンだった。

 

 

 ■

 

 

 「隊長。気持ちは解りますが、そろそろシャイナ様に見惚れるのはやめてもらえますか? かなり面倒な事になってるようですから」

 「ん? ああ、なんだ? なにかあったのか?」

 

 おいおい、本気か? この人は。

 

 「はぁ」

 

 これだけの騒ぎになっているにもかかわらず本当に気が付いていなかったらしい隊長を見てヨアキムは小さくため息をつく。まぁ、これが殺意を伴った敵襲とかならこの隊長が呆けたままなんて事は無いのだろうけど、ただ領主が錯乱したというだけの事ではこの人にとってはたいした事ではないと言う認識なのだろう。

 

 しかし、いくら大した事が無い話と感じるかもしれないと言っても、実際は大事である。何せ出迎える側の領主が錯乱したのだから。そしてこの事態に一番動くべきリュハネン殿はその領主の対処におわれてこちらまで手が回らない状態だ。だからこそ、この状況を打破する為に隊長にはしっかりとして貰わなければいけない。何せ、彼だけが実際にイングウェンザーの方々と面識があるのだから。

 

 「隊長、しっかりしてください。なぜかいきなり子爵様が錯乱なされて今大変な状況なんですから」

 「なに!?」

 

 ヨアキムの言葉を聞くと、ライスターは慌てて後ろを振り向く。すると地に跪き、涙を流しながら神に祈るカロッサ子爵の姿が見えた。

 

 「おいヨアキムよ、一体何があったんだ?」

 「私にもよく解りません。ただ、私がよろめいて後ろの視線がイングウェンザーの方々に通った瞬間に子爵様が錯乱なされたようです」

 

 それを聞いて、周りを視界に入れながらなにやら考えている様子のライスター。

 まさか隊長、子爵様まで自分がシャイナ様と初めて逢った時同様、アルフィン姫に一目ぼれしてこうなったなんて考えてないだろうなぁ? 林での遭遇ならともかく、今回は予め訪れる事が解っている方が相手なのだからそんな事はありえないのに。

 

 そんなヨアキムの考えはまったくの杞憂だった。なぜならライスターはこの時しっかりと冷静になっており、冒険者時代に習得した少しだけ顔を動かしながら一点だけ注視するのではなく周りの様子全てを視界に入れるというテクニックを使って観察し、状況把握をしていたのだ。そしてその状況から自分たちが行うべき事を判断し、ヨアキムに指示を出した。

 

 「ヨアキム、今までの状況から考えて子爵たちはどうやら私たちが知らない何かを知っていたのだろう。そしてこの状況はその何かに確信を持った事による錯乱であると考えられる。だが今この場でその何かを説明してもらう暇はないだろうから、お前はリュハネン殿の元へ行き、子爵を一度お屋敷にお連れして冷静さを取り戻してもらえ」

 「解りました。では隊長は?」

 「ああ、俺はイングウェンザーの方々の元へ行き、本来の役目である出迎えをしてくる。あっそれと、あの方々をご案内する部屋の準備とその部屋まで案内するメイドを一人此方に寄越すように言って来てくれ。当初の予定どおり進める訳には行かないみたいだからな。」

 「了解しました」

 

 そう言うと、ヨアキムは帝国式敬礼をして領主たちの方へ走って行く。

 

 「流石隊長、呆けているようでも決める時はちゃんと決めてくれるな」

 

 自分たちの隊長はやはり尊敬できる人物であったと言う喜びと、その人の部下で居られる誇りをかみ締めながら。

 

 

 

 「さて、俺は俺の役割を果さないとな」

 

 ライスターは当初の役割を果たす為、いまだ門の所にいる都市国家イングウェンザーの者たちの元へと歩を進め、全体を守るかのように立つ執事の1メートルほど手前まで近づいた所で足を止める。

 

 なんてこった、この執事も化け物くさいぞ。

 

 力を抜いているようで、その実此方がどのように動こうとも全て防がれそうな雰囲気をかもし出している執事。その姿に舌を巻きながらも、まったくおくびにも出さずにライスターは膝をつき、

 

 「ようこそ御越し下さいました、都市国家イングウェンザーの方々。私は衛星都市イーノックカウ駐留部隊所属、バハルス帝国騎士のフリッツ・ゲルト・ライスターと申します。本日はこの館の主であるバハルス帝国貴族、エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵より皆様の御出迎えの大役を任されております」

 

 そう言うとライスターは深々と頭を下げた。

 そのライスターの対応に満足したのか、皆を守るかのように立っていた執事が恭しく脇に控え、主の紹介をする。

 

 「都市国家イングウェンザーの支配者、アルフィン様です」

 

 そしてその執事の言葉を受けて、薄ピンク色のドレスを着た女性が静かに彼の前に出る。

 

 「お出迎え、ありがとう。顔をあげてくださいますか?」

 「はっ」

 

 柔らかな声に従い、ライスターはゆっくりと視線を上げる。そしてその目に映ったその姿。

 

 美しい。

 

 彼にとって美とはシャイナに事だった。だからこそアイランドと言う名の騎士の美しさにも見惚れる事はなかったし、また彼女に匹敵するほど美しい者などこの世にはいないと思っていた。しかしそれは間違いだったようだ。例えるならシャイナは明るく輝く太陽の柔らかな日差しのような美しさなのに対して、この方の美しさは儚くも闇夜を照らして人を導く月の光の美しさ。どちらがすばらしいかなど、比べる事は出来ないだろう。

 

 「都市国家イングウェンザーを支配しているアルフィンです。御出迎えありがとう。わずかな時間の訪問ですが、よろしくお願いしますね。さぁ、お立ちください、そのままでは案内もしていただけないですわ」

 「ありがとうございます」

 

 アルフィンの言葉を受け、ライスターは立ち上がった。と同時に、アルフィンの斜め後ろに立つシャイナに視線を向ける。

 

 「シャイナ様、お久しぶりでございます。その節は我が命を救っていただき、まことにありがとうございました」

 「お久しぶりですね。魔法で治療はしましたけれど、体力までは回復させる事は出来なかったので心配していたのですが、元気な姿が見られて安心しました。今日はよろしくお願いしますね」

 

 そう言ってシャイナは微笑んだ。

 

 ああ、私の事を覚えていて下さった! おまけに心配までして下さっていたとは! 

 社交辞令かも知れない。いや多分そうだろう。でもそれでもいいのだ。ライスターは、そう声をかけてもらえただけで天にも昇るような気持ちになる。なにせ相手は貴族であり、絶世の美女でもある。それに対して自分は一介の騎士であり容姿も老け顔の強面、おまけにあのような格好の悪い姿ばかり見せていたのだから。

 

 そんな訳で、またも呆けモードに入りそうになったライスターだったが、ここで現実に引き戻されることになる。

 

 「あれ? その声はライスターさんじゃないですか?」

 「え?」

 

 シャイナたちの後ろ、メイドたちがいる辺りからいきなり自分の名前を呼ぶ声が聞こえたからだ。そしてそちらに目を向けると、

 

 「カルロッテさん?」

 

 そこには昔世話になった先輩冒険者の奥さんが、居並ぶ者たちと比べても見劣りしない程度に上等な服を着てメイドたちと共に立っていた。

 

 




 女神様認定、その2ですw 実はエルシモとの会談でタレントの話を出さなかったのはこのシーンを書きたかったからだったりします。

 カロッサ子爵のタレントはフールーダやアルシェと似たような物(あくまで似ているだけで正確には違うものです)の信仰系魔法版です。ただ、彼自身には魔法適性がないのでフールーダたちのようにどれだけの位階魔法が使えるかを光の強さで判断できないので、単純に神の力をより強く宿したもの=アルフィン=女神様と思ってしまいました。


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55 再会と喜び

 え? 知り合いなの?

 カルロッテさんの問い掛けに驚いた顔で答える騎士さん。お互い、予想外の所での再会だからか、二人とも固まってしまっている。えっと、確かライスターさんだっけ? こんな事もあるのね。

 

 「どうしてこんな所に? と言うより、なぜ都市国家イングウェンザーの方々と御一緒なされているのですか?」

 「実は今、アルフィン様のご好意で書記官の仕事をさせてもらっていまして、今日はその仕事で御一緒させて頂いているんですよ」

 

 久しぶりの対面だったのだろう、今の状況が解らず質問してくるライスターという騎士にカルロッテさんが状況説明をしている。でも、この流れだと・・・、

 

 「そうなのですか。ではご主人は? やはり同じ様にアルフィン様のところでご厄介に?」

 「あっえっと、その・・・」

 

 やっぱり。この流れだと当然そういう話になるよね。

 ライスターの言葉に苦笑いしながらも、どう答えて良いか解らず言い淀んでしまうカルロッテさん。流石に本当の事を話す訳にも行かないだろうし、それが昔の知り合いならなおの事返答に窮する事だろう。うん、ここは私が助け舟を出すべきだね。

 

 「いいわよ、カルロッテさん。ここは私が説明するわ」

 「えっ!? アルフィン様」

 

 私の言葉に慌てたような表情をするカルロッテさん。そんな彼女に「大丈夫、任せてね」と言うかのように微笑んで口を封じ、ライスターの方に向き直る。

 

 「ごめんなさいね、エ・・・ボルティモさんは今、我が国のある事業に携わってもらっているからカルロッテさんは喋って良いかどうか迷ってしまったのよ。ある意味機密と言ってもいい事だからね」

 「機密、ですか?」

 

 私の言葉に不味い事を聞いてしまったのかと言う顔をするライスターという騎士。まぁ、この人は私たちの出迎えをする役割なのに、そこで相手国の機密にかかわるような話を聞こうとしたとなると不味いと考えるのは当たり前といえば当たり前なのだろう。でもまぁ、でっち上げの言い訳なのだから、私としてたいした問題ではないんだけどね。と言う訳で、相手の誤解を解く事にする。

 

 「ああ、機密と言ってもそれはそのプロジェクト全体の内容の話で、ボルティモさんが何をしているかは口外してもそれほど問題の無いのよ。でも、それをカルロッテさんに言ってなかったから、突然聞かれて話していいかどうか迷ってしまったのね。ごめんなさい、まさかあなたの知り合いにこんな所で会うとは思わなかったから」

 「とっとんでもございません! アルフィン様」

 

 そう言ってカルロッテさんに微笑みかけると、彼女は慌てて頭を下げた。でも、このような状況は現地の人である彼女を雇用する以上予め想定しておくべきだったし、いくら予想外に速い遭遇だと言っても今この状況に至っているのはそれを怠った私の責任なのだ。だからここはちゃんとカルロッテさんは悪くないという事を、私が示しておく必要があったのよね。

 

 「ライスターさんだったかしら? ここまで話したのだから説明しておくけどボルティモさんは今、私たちが築いた城で農業試験を手伝ってもらっているのよ」

 「農業試験?」

 

 どうやら聞いた事がない言葉だったらしく、怪訝そうな顔をして聞き返すライスターさん。そうか、この世界は農業試験とか品種改良とかしていなさそうだものね。そこから説明する必要があるか。

 

 「あら、この国では行っていないのかしら? 気候による農作物の発育の変化や土壌環境を調べ、その土地に合うよう品種改良を施して収穫量を増やしたり、より美味しいものを作る事が出来るようになるよう研究と開発をする仕事なのだけど。ところであなた、ボウドアの村を元冒険者が襲ったのをシャイナが救い、その者たちを捕らえたと言う話は聞いている?」

 「はい、その話なら報告を受けています。元冒険者の一団が村を蹂躙しようとした所を偶然通りかかったシャイナ様がお救いになられたと。しかし、その者たちがどうかしたのですか?」

 

 この話の流れからか、緊張した面持ちになるカルロッテさん。大丈夫だって、悪いようにしないから。

 

 「その時捕らえた野盗たちを城の外にある施設に収監して、その者たちにその場所の開墾及び土壌改良、そして農作物の色々な研究をする為の労働を罪の償いとして強制的にさせているのだけれど、その監視と監督をボルティモさんにやってもらっているのよ」

 「ああなるほど。ボルティモさんは金の冒険者ですからね。あの人なら元鉄や銅の冒険者崩れたちを相手にしても後れを取る事は無いでしょうし、確かに適任だと思います」

 

 私の話を聞いて納得をするライスターさん。そう言えばエルシモさん、自分は元金の冒険者だとか言っていたわね。ある程度地位のある冒険者は信用もあると言っていたし、この話に信憑性が増すいい材料になりそうね。と言う訳で早速それに乗っかる事にする。

 

 「ええ。ボルティモさんはこの国では信用の置ける冒険者だったと言う話は聞いているわ。彼、実はその村を襲った野盗たちがまだ冒険者だった頃に交流があったらしいのだけど、彼らがシャイナ達に捕まった事によってその家族たちが生活に困って新たな犯罪に走らざるを得なくなるのを心配して、そんな事が起こらない様にカルロッテさんたちと一緒にその家族たちも私が養うと言う条件で冒険者を引退して今の仕事に着いてもらったと言う訳なの。そうよね、カルロッテさん」

 「はっはい、アルフィン様。そうなのです。私たちは今、ボウドアにあるアルフィン様のお屋敷の別館に住まわせていただいています。おまけに私は書記官なんて身に余る仕事まで頂いて、大変御世話になっているのですよ」

 

 流石に野盗たちの家族のリーダーになるだけの事はあって、頭の回転が速いわね。ちゃんと私の言葉の意図を汲み取ってすかさず話をあわせてくれて助かったわ。これでぽか~んとした顔でもされたら困ったもの。でも、これでライスターさんは完全に信じてくれたようで、

 

 「そうなんですか。ボルティモさんも元気でがんばっているんですね。久しぶりに会いたいなぁ」

 

 なんて何かを思い出すような顔をして話す。しかしここで顔が引きつったのがカルロッテさんだ。今までの話はともかく、現実のエルシモさんは現在絶賛投獄中で当然簡単に会える訳がない。でも、先ほどまでの話ではただ監督をしているだけで会うのに支障があるとは思えないのよね。でも大丈夫よ、その為の前振りだったのだから。

 

 「ごめんなさいね。それはできないのよ」

 「えっ? それはなぜです?」

 

 私の言葉に疑問を投げかけるライスターさん。だって最初に言ったじゃない。

 

 「彼がしているのは農業試験の監督です。しかし最初に話した通り彼の仕事内容は国家プロジェクトに関係していて、その場所で行われている試験の方法は機密にあたります。それだけに家族以外との接触は出来ない事になっているの。それほど厳しい環境でなければ、いくら金の冒険者を雇い入れる条件とは言え流石に犯罪を犯した者たちの家族まで養う事はないと思いませんか?」

 「なるほど、確かにそうですね。国家機密に携わる者を簡単に他国の者と接触させる事ができないというのは解ります」

 

 私の説明を聞いて納得するライスターさん。うんうん、物分りが良くて宜しい。ちょっとチョロすぎる気もするけどね。

 

 「契約期間としてあと7年くらいありますが、その頃には普通に会える様になっていると思います。ですが、それまでの間は会う事は出来ないと思ってください」

 「解りました」

 

 うん、これでカルロッテさんを連れまわしても大丈夫そうね。出回っている情報の中にもしエルシモさんが野盗を率いていたと言うものが含まれていたらカルロッテさんを連れまわしているのが疑惑の芽になるかもしれなかったけど、予め彼は監督として雇われていると言う情報を私の口から流しておけば囚人たちと一緒にいるという情報が間違った形で伝わったと誤魔化せるからね。でもこの方法、考え付いたもののどうやってこの国の人に流そうかなぁ? なんて悩んでいたんだけど、思わぬ所で話すチャンスが出来て私としても助かったわ。ところで、

 

 「ギャリソン、そんな顔をするものではないわよ」

 「しかしアルフィン様、我々は国を代表してここを訪れております。それなのにこの状況は流石にどうかと私は愚考いたします」

 

 後ろで渋い顔をしていたギャリソンをたしなめる。彼の性格ならそう考えるのも解らないでは無いし、エルシモさんの時は殺気をぶつけて威圧までしたのが苦言で済んでいるだけ今回はマシかな? まぁ、ギャリソンも流石に他国の騎士相手にあの対応は流石に不味いとでも考えたのだろうけど。

 

 でもこちらにもいい機会だったから利用させてもらったんだし、少しくらいは大目に見てもいいじゃないの? なんて私は考えたんだけど、

 

 「あっ、しっ失礼しました! 一国の支配者で在らせられますアルフィン様にこのような。まことに申し訳ございません」

 

 青くなりながら跪くライスターさん。ほら、萎縮しちゃったじゃないの。別に雑談くらいいいと思うんだけど、ギャリソンたら硬いんだから。

 

 「いいのよ、私の方から話しかけたんだから」

 「いえ、そういう訳には・・・」

 

 この人、シャイナとも繋がりがあるし、私としては個人的な繋がりを作りたいんだけどなぁ。

 私たちに繋がりがあるこの世界の人ってボウドアの村の人たちとか野盗の家族みたいにかなり狭い範囲で生きている人ばかりなのよね。今日はここの領主とつながりを持てるように話を持って行こうとは思っていたけど、それでも影響がある範囲はそれほど広くないと思う。その点この騎士さんは町の駐屯部隊所属で野盗のアジト壊滅任務を受けて派遣されたところを見ると、その町を含めかなりの範囲に影響があるんじゃないかな? それだけにこんな使い勝手のよさそうな人材と繋がりを持つチャンスを逃すのはやはり惜しいのよね。

 

 でも見たところ、今は無理っぽい。ギャリソンの言葉に萎縮しちゃってるみたいだからなぁ。まぁ後で落ち着いた頃にでも、もう一度声をかける事としよう。

 

 「まぁいいわ。ところで先ほど領主らしき方が錯乱されていたようですけど、大丈夫なの?」

 「はい。この領地の筆頭騎士であるリュハネン殿が館にお連れしましたから、直に落ち着きを取り戻すと思います」

 

 そういう意味で言った訳じゃないけど、よく考えたらこの館の住人でないこの人に錯乱の原因や今日の会談をこのまま予定通り続ける事ができるかどうかなんて話を聞いても答えが返ってくる訳がなかったわね。領主の持病とかかもしれないし、もしそうだとしたら違う町の騎士であるライスターさんが知っているとも限らないのだから。

 

 「そう。なら安心ね」

 

 とりあえずそう言って笑顔を作り、話を終わらせる。深く追求しても結論が出ない不毛な会話になるのなら、さっさと切り上げるのが賢いというものだろう。

 

 「ところで、何時までも傅いていて貰っていても困るし、そろそろ立ち上がって館に案内してもらえないかしら?」

 「失礼しました。どうぞこちらです」

 

 そう言うとライスターさんは立ち上がり、私たちを館の方へと案内し始める。歩く順番は露払いのようにヨウコとサチコが先頭で警備をかねて歩き、その後ろにギャリソン、そして私とシャイナが続いてその後ろにカルロッテさんが付き、最後を紅薔薇隊の残り二人、ユミとトウコが歩くと言う順番だ。

 

 因みに御者台と馬車の中にいた二人のメイドには馬車の所で待機してもらっている。これは今回の使節団の中にゲートの魔法が使えるものが私しかいないから、もし何かがあった時は馬車がなければ私が魔法を使わなければならなくなる。でも、その事態はなるべく避けたいのよね。周りは強力でも私自身は無力な統治者。そういう立場の方が相手も気を許しやすくなりそうだからね。無駄な警戒心は持たれない方が交渉をするのも楽だろう。

 

 と言う訳で、馬車は頼んだわよ。セルニア、ミシェル。

 

 こうして館のすぐそばまで進むとそれを待ち受けていたかのように館の扉が開き、中から先ほどライスターさんと共に私たちの出迎えをしていた騎士とメイドさんが出てきた。ライスターさんはそれを確認すると小走りでその騎士に近づき、一言二言会話を交わした後、こちらに戻ってくる。ああ、なるほど。領主が突然あんな風になってしまったから当初の予定通り案内する事ができないから、横に居た騎士を先に館にやって受け入れ準備をさせていたわけね。と言う事は、

 

 「もしかしてさっきまでの会話も、わざと引き伸ばして時間を稼いでいたの?」

 

 周りに聞こえないよう、一人小声で呟く。もしそうならこの人、とんだ食わせ者なのかもしれないわね。

 

 「アルフィン様、館の受け入れ準備は出来ているそうなのですが、領主の体調がまだ優れないとの事です。お待たせする事になって大変恐縮なのですが、別室で少々お待ちいただいても宜しいでしょうか?」

 「先ほどの様子ではすぐに会談に移ると言う訳にはいかなさそうでしたもの。調子が悪い状態のまま無理に場を作って貰ったとしても、まともなお話は出来ないでしょう。別に何か急ぎの用事がある訳でもなし。落ち着かれるまで待たせてもらう事にするわ」

 「ありがとうございます」

 

 礼を言うとライスターさんは近くに控えていたメイドに指示を出し、その案内でアルフィンたちは館の中にある来客控えの間へと通されて行った。

 

 

 ■

 

 

 「まさかこんな所でカルロッテさんに出会うことになるとは」

 

 アルフィンたちを見送った後、ライスターは一人呟く。実は、ボウドアの村を襲撃した野盗集団の中に元金の冒険者であるエルシモ・アルシ・ボルティモと見られる者が含まれていたと彼は部下から報告を受けていた。その話を聞いた時「まさかあの人が!?」とライスターは自分の耳を疑った。彼を思い浮かべた時、今まで倒してきた野盗たちとその姿がどうしても重ならなかったからだ。

 

 少なくとも自分の知るボルティモという男は、確かに少し調子に乗りやすいところはあったが誰にでも優しく、いくら自分が苦しいからと言っても人を殺してまでして自らの糧を得ようなどと考えるような男ではなかったからだ。

 

 「だがよかった。あの報告はやはり何かの間違いだったんだな」

 

 アルフィン様はボルティモさんはそのボウドアを襲った野盗たちの監視及び自国の機密扱いになっている農作物の研究の仕事を手伝っていると言っていた。先ほどの話からすると彼は監督と言う名目で雇われたらしいな。

 

 確か前にボルティモさんから聞いた話では、彼も元は貧乏な村出身らしいので作物を育てる事においてまったくの素人ではないだろう。しかしそれは同時に所詮その程度でしかないとも言えるから、実際に農作物の研究をしているのはイングウェンザーの研究員だろうし、彼の実務は元冒険者の監視と言うのが主な仕事なのだと容易に推察できる。

 

 ふむ、カルロッテさんが久しぶりに会った知り合いに自慢できるよう、かなり良く話したといったところか。そんな事を考えていると、そこにヨアキムが返ってきた。

 

 「アルフィン様方を無事、館の控えの間にご案内してきました」

 「ご苦労」

 「はい。ところでどうしたんですか? 隊長、そんな嬉しそうな顔をして」

 

 先ほどの話を聞いて頬が緩んでいたのだろう、ヨアキムは俺の顔を見てそんな質問をする。

 ん? 待てよ、そう言えばボウドアの村を襲撃した野盗たちの中にボルティモさんらしき人物が含まれていると報告したのはこいつじゃなかったか?

 

 「ヨアキム、確か前にボウドアの村の襲撃犯の中にエルシモ・アルシ・ボルティモが含まれていたという報告をしたよな?」

 「エルシモ? ああ、隊長が昔世話になったという元金の冒険者ですね。はい、そうではないかと言う未確認情報ではありますが、そう報告を受けています。それがどうかしましたか?」

 「その話、誤報らしいぞ」

 

 その話を聞いて驚きの表情をするヨアキム。未確認とは言ったものの、ある程度信憑性のある情報だったのだろう。でなければ上官である俺にそんな報告をするわけがないのだから。

 

 「誤報とは・・・それはどこからの情報ですか?」

 「アルフィン様からだ。先ほど聞かされた」

 「アルフィン姫ですか。それは本当のことなのでしょうか? 何か意図があっての嘘と言う事は?」

 

 確かにこの話だけ聞いたとすれば俺も疑っていただろう。いくら自分に都合がいい話だとは言え部隊の報告として上がってきた情報だし、そのまま鵜呑みにするなんて事はなかっただろう。だがな、

 

 「うむ、ただその話だけをアルフィン様から聞かされたのなら信用はしなかっただろうな。彼は金の冒険者だし、この国ではある程度の信用も得ている。そんな彼だけに使い道は多く、またかの国にはもしかしたらこの国には無い、我々も知らない洗脳を施す技術や魔法もあるかもしれないから、それを使って手駒にしようと考えている可能性もあるからな」

 

 実際今すぐに会わせる事は出来ないし、会えるようになるとしたら7年後だろうなんて話を聞いたのだから、確証がなければむしろそちらを疑っていただろう。

 

 「では隊長はアルフィン姫の話は虚偽であると考えたのですか?」

 「いや先ほども言っただろう、あれは誤報だったと。俺はアルフィン様が仰った事は真実だと考えている」

 

 俺の断言を聞いて疑問を顔に浮かべながらも、何か証拠があって確信を持っているのだろうとヨアキムはそのまま黙って俺の話の続きを待っていた。

 

 「実はな、この話はアルフィン姫から切り出されたものではないんだ。ではなぜこんな話が出たかと言うと、イングウェンザーの一行の中に俺の見知った人がいてな。それがなんとボルティモさんの奥さんであるカルロッテさんだった」

 「えっ? 捉えられたと言われているボルティモの奥さんをアルフィン姫が帯同していたのですか?」

 

 そう、これがこの話が真実だろうと考えた根拠だ。

 

 「ああ。話によるとボルティモさんが今の仕事に付いたツテで彼女もアルフィン様の下で仕事を始めたらしい。書記官だそうだ」

 「確かにもしボルティモが犯罪者なら一国の姫がその身内を帯同させるなんて考えられませんが・・・その人が操られていたりしている可能性はないのですか?」

 

 俺も最初それを疑った。だがこれは、そもそも疑う方が馬鹿馬鹿しい話なんだよ。

 

 「何のメリットがあるんだ? 金の冒険者のボルティモさんならともかく、ただの主婦だぞ? カルロッテさんは」

 「あっ確かに」

 

 そう、メリットがないんだ。金の冒険者と言う地位とそれに伴う信用があるボルティモさんならともかく、元冒険者とは言え高々鉄の冒険者で今はただの主婦であるカルロッテさんを洗脳してまで書記官として使う意味はないだろう。あるとしたら雇用する際の費用が掛からない、例え掛かったとしても普通に雇うよりも安いと言うくらいだが、都市国家の支配者がその程度の金をケチらなければいけないとはとても思えない。それにな、

 

 「まぁ念の為少し話をさせてもらったが、あれは洗脳されている者の反応ではなかった。自然そのものだったし、操られている者特有の、なんと言うかな、話す事の全てに対して不自然に確信を持っているような素振りはなく、それどころかこちらの話にどう答えていいか迷う素振りまで見せていた。そしてなにより彼女が操られていないと確信を持たせてくれたのは、アルフィン様の反応だ」

 「姫の反応、ですか?」

 「ああ、あの方はカルロッテさんが俺と知り合いだという事を本当に知らなかった。俺だって多少は人を見る目はあるつもりだ。そしてその俺から見て、カルロッテさんが俺に話しかけた時にちらりと見せたあの驚きの表情が演技だとはとても思えない。もし知らないのであればそんな打ち合わせなどできないだろう」

 

 そして極めつけはこれだ。

 

 「そして何より、ボルティモさんが今どのような状況か探りを入れたのは俺の方なんだ。カルロッテさんも俺が切り出すまでは話す気はまるでなく、それどころか今彼が着いている仕事がイングウェンザーの機密にかかわる話だからと言い淀んだくらいだ。俺はあの顔を見た瞬間、その表情を勘違いしてボルティモさんが本当に犯罪者になったのだと言う確固たる証拠を突きつけられたと絶望しかけたよ」

 「確かにそんな状況では、その後のアルフィン姫の説明がなければ報告の確証が取れたと思うでしょうね」

 

 ああ。あの誰にでも優しく仲間思いだったボルティモさんがまさか本当に!? なんて考えただろうさ。

 

 「だが、アルフィン様はそれを否定され、本来なら国家機密の一部であろう情報まで交えてボルティモさんの近況を教えてくれた。ここまで来て、この話が虚偽だと思えるか?」

 「思えませんね。先ほどの話ではありませんがそこまでして嘘を言うメリットがアルフィン姫にはありませんから」

 

 その通りだ。まぁ、アルフィン姫が何か話そうとするたびにカルロッテさんが緊張したような顔をしたのが気になると言えば気にはなるが、だからと言ってここまで状況がそろっていると言うのにそれだけの理由で嘘と疑うのは流石に無理があるだろう。

 

 よかった、ボルティモさんは無実だった。

 空を見上げ、この空の先でがんばっているであろう先輩冒険者の姿を思い浮かべ、再度笑みを浮かべるライスターだった。

 

 




 今回の話の中でアルフィンがゲートの魔法を使えると言う場所が出て来ます。
 ゲートの魔法はてっきり魔力系しか使えないと思っていたのですが、なんとD&Dでは魔法使いだけでなく僧侶もゲートが使えるんですよ。FF11でも集団転移のテレポは白魔導師の魔法だったし、信仰系で転移が使えるのは意外と普通な事なのかもしれないですね。

 来週の3連休ですが、水木一郎さんの45周年記念ライブがあるので東京へ行き、返ってくるのが10日の夜になってしまいます。ですから来週の更新はいつもの日曜日ではなく、休み明けの火曜日になります。少しだけお待たせしてしまう事になりますが、よろしくお願いします。


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56 甘すぎる持て成し

 

 この辺り周辺を治める領主であるカロッサ子爵の館。その1階の一番隅にあり、二面の壁の窓から子爵邸の庭を楽しむ事ができる客間にアルフィンたちは通されていた。

 

 「急遽用意したにしては、隅々まで意識が行き届いたいい部屋ね」

 

 アルフィンは領主の錯乱により、急遽誂えたであろう控えの間を見渡してそう思った。ユグドラシル時代、ゲームの中でとは言えお客様にお待ちいただく控えの間と言うものは結構気を使うものだった。なぜなら待ち人がそろってその会が始まってしまえばお互いの会話やNPCたちのショーに気が行って内装や家具、調度品に目を向ける者は居なくなるが、控えの間となるとそうは行かない。少なくとも暇を持て余すであろう最初の一人は間違いなく部屋を見て回るからだ。

 

 それだけにイングウェンザー城のお客様控え室はパーティー会場以上に気を使って内装を考えたものだ。そんなアルフィンから見てもこの部屋は及第点を与える事ができる。奇を衒う事もなく、調度品や部屋の配色、テーブルセットも高価であるだろうけど派手さ控えめに、そこで待つ人が寛げる様配慮されたものがそろっている。

 

 コンコン

 

 内装や調度品を眺めて感心している所にノックの音が響き、扉を開いてこの館のメイドがティーセットとお菓子が乗ったワゴンを押しながら部屋の中に入って来た。そしてそのワゴンを横に移動させると、体をアルフィンたちの正面を向くようにした後に恭しく一礼をする。

 

 「失礼します。お茶をお持ちしました」

 

 残念。もう少し部屋を見ておきたかったのだけど。

 

 こうなると客として持て成される本日の主賓と言う立場にある以上、流石に立ったまま部屋の中を眺め続けると言う訳にも行かない。そこでアルフィンは大人しく自分の席に着き、メイドからお茶のサービスを受けることにする。

 

 「ありがとう、お願いするわね」

 

 私がそう言うと、メイドは私たちの前にお茶とお菓子を置いていく。そしてそれを全員に配り終えた所で、

 

 「それでは部屋の外に控えておりますので、御用の際はお声をかけてください」

 

 と言って出て行った。

 う~ん、普通ここはお客様が一口飲んで感想を言うまでは残るべきだと思うけどなぁ。でもまぁ、地方領主の館に他国の貴賓来賓が来る事はないだろうからそう言うところは教えてないかもしれない。

 

 いや、もしかすると本来なら領主がここに居るはずなので、その時はメイドが感想を受ける事はないはずよね。そうなると、ここで自分たちが主を差し置いてお客様の相手をするべきではないと考えたのかもしれない。と言うより自分たちのような身分の者が貴族である私たちの相手をしたら、返って失礼に当たるとさえ思っていそうよね。だとしたらあの態度も解らない事は無いわ。

 

 「そんな事はないんだけどなぁ」

 

 そう言いながら一口、お茶に口をつける。まず私は手をつけなければ誰も手を出せないだろうからね。ここがイングウェンザー城ならそんな事はないけど、流石に他人の館だからシャイナでさえ私が手をつけるまでは大人しく待ってるし。

 

 「流石にいい茶葉を使ってるわね。でも」

 

 バフや特殊効果は無しか。

 ゲームの世界では食べ物や飲み物には必ずと言っていいほど特殊効果が付いてくる。でも、現実の世界では当然そんな物は付かないよね。そこで私が考えたのが、この世界ではどうなんだろうと言う事。普通に考えれば食べ物や飲み物に特殊効果が付くのはおかしい。だってここは私たちの住んでいた所とは違うとは言え一応現実世界なのだから。でも、それと同時に魔法があって武器や防具には魔法の付加が付いているものが存在する。ならば食事関係にも付加が付いてもおかしくはないのでは? とも考えたのよ。

 

 すでにボウドアの村などでの調査で全ての料理に付加が付く訳ではない事は解っている。でもここは領主の館で、そして私たちは他国の支配者と貴族だ。この場合、もし魔法の付加を料理に付ける事が出来るのであれば自国の力を見せる為にも絶対に付けてくるはずなのよ。そうでなければ地方とは言え貴族は貴族。その館で他国の権力者に出すお茶にさえ魔法付加を施せないようでは、言い方は悪いけどこの国の力は所詮この程度なのかと相手に舐められてしまうからね。でもこのお茶には何の付加も掛かっていない。と言う事はこの世界には料理に魔法の付加を与える技術そのものが無いんじゃないかなぁ。

 

 所でもう一つ気になる事がある。それは、

 

 「ねぇアルフィン。このお茶、いい茶葉を使っているのは解るけど甘すぎない?」

 「そうなのよねぇ」

 

 そう、シャイナが言う通りお茶に砂糖を入れすぎなのだ。と言うか、最初から砂糖を入れてくるってどういう事なの? 普通はその人の好みに合わせるよう砂糖は別に用意するもので、こんなに大量に砂糖を入れるのはちょっとおかしい。

 

 「アルフィン様、一つ宜しいでしょうか?」

 「なに? カルロッテさん。何か気付いた事があるの?」

 

 私たちの様子を見て、カルロッテさんが恐る恐ると言った感じで話しかけてきた。

 

 「気付いた事と申しましょうか、これはこの館の主であるカロッサ子爵様がアルフィン様を精一杯お持て成しなされようと考えての事だと思います」

 「砂糖を沢山入れる事がお持て成しなの?」

 

 う~ん、砂糖を入れすぎるのとお持て成しとが私の中でどうにも繋がらない。どういう事なんだろう?

 

 「はい、同じ調味料でも生きる為に絶対に必要な塩と違い、お砂糖は嗜好品です。それだけに魔法で作られる量も少なく流通量も少ないお砂糖は、この国ではどうしても高級品になってしまうのです。その為、貴族や大商人の間では相手を持て成す場合はこのように」

 

 そう言うとカルロッテさんはお茶の横においてあった皿を持ち上げる。そこにはスコーンのような物に砂糖をシロップで溶いたような物が大量にかけられ、その上なにやら見た事が無いフルーツの砂糖漬が乗っていると言う、一口食べただけで虫歯になりそうなものが乗せられていた。

 

 「お砂糖を大量に使ったお茶やお菓子を出されるのだと思います。」

 「なるほど」

 

 そう言えばエルシモさんがこの世界では砂糖は魔法で作られていて高級品だと言っていた。それならサトウキビやテン菜の作り方を領主に伝えたら交渉のカードとして使えるんじゃないかとも考えたっけ。いけないいけない、すっかり忘れていたわ。

 

 まぁこれに関してはギャリソンから止められたんだけど。彼が言うには、そこまでこの世界と違うものを持ち込めば怪しまれるのではないかと言うのが理由らしいけど、言われて見れば確かにその通りなのよね。

 

 「アルフィン様のおかげで普段から甘い物を頂く機会が増えたので今はそうは思いませんが、昔の私でしたらこのお砂糖をたっぷりと使ったお茶とお菓子を出して頂けると言う事は夢のような話なんですよ」

 「この大陸の常識では、砂糖を大量に使うのがお持て成しになると言うわけなのね」

 

 なるほどなぁ。でもそれで一つ判った、と言うか納得した事がある。このお菓子、ただ々々甘そうなだけであまりいい香りがしないのよね。多分普通の砂糖を大量に使って作られているだけだからなんだろう。

 

 もし、これと同じ様なものをうちで作ってお客様に出すとしたら砂糖自体をメープル砂糖や黒砂糖、蜂蜜糖等を使ってもっと複雑な味と香りのするものにしていると思うの。でも、この世界では砂糖は精製するのではなく魔法で作るのだから、なんの混じり気も無い砂糖しか作る事ができないんじゃないかな? その結果、このただ甘いだけの物が最高級であり最高のお持て成しのお菓子になってしまっているんだろうね。

 

 「ありがとう、よく解ったわ」

 「お役に立てたのであれば幸いです」

 

 私の言葉に微笑むカルロッテさん。うん、色々な意味で参考になったわ。まぁ参考にはなったんだけど・・・、

 

 「さて、問題はこの出されたお茶とお菓子よね」

 「うん。こう甘いと流石に、ねぇ」

 

 シャイナと二人でため息を漏らす。ここまで甘いとお茶を飲むだけで口直しのお茶がほしくなるのよね。でも折角出されたものを全員が殆ど口をつけずにいると言う訳にも行かないし。

 

 「しまったなぁ、セルニアを馬車においてくるんじゃなかった」

 

 子供舌で無類の甘党であるセルニアを頭に浮かべ、彼女がいたら喜んで食べてくれただろうにと後悔のため息をつくアルフィンだった。

 

 

 ■

 

 

 「落ち着きになられましたか?子爵」

 「ああ、とりあえずは落ち着いたよ」

 

 リュハネンは感動の涙を流し、跪いて祈りを捧げていた子爵を何とか自室まで連れて行って休ませる事にした。彼は、医者でも無い自分が下手な事をして刺激を与えると錯乱が収まらないかもしれないと考え、静かな所にて子爵自らが落ち着くまでは声をかけずそばに控えている事にしたのである。そしてそのかいあってか、30分ほどでカロッサ子爵は落ち着いたような表情になり、冷静な思考を取り戻したようだった。しかし万が一と言う事もある。また元のように混乱しないよう、彼は刺激しないよう静かに声をかけた。

 

 「一体どうなされたのですか? いきなりあのような。アルフィン姫のお姿に何を見られたのですか?」

 「アンドレアスよ、お前の目から見て今の私は冷静か?」

 

 返答ではなく質問で返すカロッサ子爵。その問いに対して冷静に目と顔の表情を観察してからリュハネンは答える。

 

 「はい。私の目から見て、いつもの冷静な子爵に見えます」

 「そうか、ではアンドレアスの目から見て今の私は錯乱しているわけではないと見えているのだな。ではもう一度言おう。アルフィン姫は神の御使い。いや、あの方こそこの地上に光臨なされた女神様そのものだ」

 

 先ほど庭で錯乱したかのように叫んだあの言葉。それを今度は冷静な顔、そして静かな口調でカロッサ子爵はリュハネンに告げた。そしてそれはあの時リュハネンが感じたとおり、あの言葉を叫んで時の子爵は錯乱したのではなく、アルフィン姫が女神様であると確信したことに興奮していただけだと言うことを示していた。

 

 「女神様、ですか。それはどのような根拠を持ってそう確信なされたのですか?」

 「うむ、そうだな。そこから話さねばお前には伝わらぬだろう」

 

 そう言うとカロッサ子爵は今まで誰にも、そう信頼の置ける筆頭騎士であるリュハネンにさえ話した事が無かった自分のタレントの事を語る。そしてその目で見た帝都の大神官たちの姿と先ほど見たアルフィン姫の姿の事を。

 

 「あの雄雄しく、神々しく、そして慈愛に溢れた眩いばかりの光のに包まれた御姿を見る事ができたのなら、誰もがあの御方を女神様だと信じる事が出来るであろう。しかし、あの御姿を見る事ができるのはこのタレントを生まれ持った私だけだ。おそらくあの御方の従者たちも、いやもしかしたらアルフィン姫様でさえ、御自分がこの地に光臨なされた女神様であると言う事を認識なされていないのかもしれない」

 「それほどまで凄いお方なのですか?」

 

 その光り輝くと言う姿を見る事が出来ないリュハネンにはどうもピンと来ない。しかし敬愛するカロッサ子爵がここまで言うのだ。嘘偽りであろうはずも無いと言う事も同時に感じていた。

 

 「アンドレアスよ、そなたに問う。そこに灯る蝋燭の灯火と天にある太陽の輝き、そのどちらが強い光を放っている」

 「蝋燭の炎と太陽ですか?」

 

 何を言われたのが一瞬解らず子爵の指差した蜀台の上に灯る蝋燭の光を見つめ、言われた言葉をそのまま返してしまうリュハネン。しかしいくら質問の趣旨が解らないとはいえ、問われた以上答えないわけには行かない。

 

 「当然太陽です。と言うより、その二つでは比べる事自体意味がない程の差があります」

 「そうであろう。では帝都の大神官たちとアルフィン姫の光。その二つにそれほどの差があるとしたらどうする?」

 

 この言葉に絶句するリュハネン。まさかそんな。帝都の大神官と言えばこの国で最も力を持つ神官であり、と同時にこの国で一番の信仰系魔法の使い手たちだ。その大神官たちが蝋燭の灯りでアルフィン姫が太陽の輝きならば、あの御方は確かに女神様に匹敵するほどの力を持っていると言う事になる。

 

 しかし驚きと同時に納得している自分もそこに居た。なるほど、かの国は女神様が率いている国であったか。あの極上の料理や酒、最高の環境を提供してくれた客間、そしてあのいか程の価値があるかさえ想像できない程のマジックアイテムと自分の知識の中にはない真っ白な美しい石を使って作られている、輝く大きな大浴場。その全てがこの世のものとは思えない程の物だったが、それでさえあくまで村に置かれた館の、それも別館だと言う話だった。それでは姫が住むというあの城の設備はどれほどのものなのか? もしかすると天上の者たちが住まうと言う場所に迫るほどの生活を送っているのでは? そう考えて思考停止するほどの衝撃を受けたものだが、相手が神であると言うのなら納得も行く。と言うよりも相手が神でもなければ有り得ないだろうと、この話を子爵から聞かされた今ではそう思ってしまうほどだ。

 

 「しかし、これは大変な事になりました。仮にアルフィン姫が女神様ほどの力を御持ちになられているとすると、我々はどのように相対せばいいのでしょう?」

 「そうなのだ。相手は女神様、またはそれに匹敵する程の御方だ。これはエル=ニクス皇帝陛下を御迎えする以上に大変な事だぞ」

 

 今頃そんな事を聞かされてもどうしようもない。いや、そもそも時間があったとしても女神様をどう持て成していいかなどと言う、人が経験した事が無い事を考えつけるとも思えなかった。

 

 「ともかくだ。アンドレアス、そなたはアルフィン姫様の館で歓待を受けた事があるのであろう。ではその場所でそなたが受けた事を思い出せ。きっとその場所で行われていた事はアルフィン姫様が日頃御過ごしになられている状況とそれほど変わらないはずだからな」

 「はい、確かにその通りです」

 

 そう言って、あの館を思い出す。そして・・・、

 

 「無理です。あの館のレベルの物を御出しする、またはあの館レベルの歓待をするなどと言う事は素材集めなどの準備にかなりの日数を、それこそ30日ほど頂いた上で、なおかつ帝都にある最高級の宿か料理店の筆頭料理人を連れてこない事には到底無理な話です」

 「それ程までの物なのか!?」

 

 流石は女神様が住まう場所だ。あんな物は皇帝ですら、そう易々と揃える事は出来ないだろう。

 

 「それに私が体験したのはメイド曰く、『この程度の物しか御出し出来なくて申し訳ありません』という程度の物らしいです。あの時は多少謙遜も入っているのであろうと思っていたのですが、相手がそれほどの御方ならばあの言葉、きっと本当の事だったのでしょう。そうなると例え皇帝陛下であっても、それ程の物を簡単に用意できるとはとても思えません」

 「そう言えばそのような報告を受けていたな」

 

 がっくりと肩を落とす主従。

 

 「子爵。思うのですが、ここは無理をせず、ありのままの姿、そしてこちらが出来る精一杯の持て成しで迎える方がいいのではないでしょうか?」

 「どういう事だ? アンドレアス」

 

 実際に都市国家イングウェンザーの生活の一端を体験し、その姿を目の当たりにしたリュハネンではどうしたってあの環境を整えるのは無理だと誰よりも理解している。そして今回の子爵の言葉でそのイングウェンザーが神の国である、またはそれに近い国であると伝えられた。ではそんな物を自分たちで用意しようと考えること自体が、そもそも失礼に当たるのではないだろうか?

 

 「子爵、我々は神になることは出来ません。それと同時にアルフィン姫もこちらに神と同等の持て成しをする事を求めているとも思えないのです。ですからあくまで人としてできる事をやるべきではないでしょうか?」

 「それがそなたの言う、こちらが出来る精一杯の御持て成しをするという言葉の真意なのだな」

 

 そうなのだ。仮にこちらが無理をして取り繕おうとしたとしてもそれは誠意ではなく見栄だろう。そしてその見栄は相手を不快にするのではないだろうか? 相手が本当に女神様ならばこちらが精一杯の持て成しをしさえすればきっと不快になど感じず、喜んでくださるはずだ。

 

 「はい、それが一番よい対処方法だと私は考えます」

 「解った。ではそうしよう。所でそのアルフィン姫様方は今どのように御過ごしなのだ? 私のせいで窮屈な思いをなされているのではないだろうな?」

 

 子爵の言葉を聞いて一瞬顔が青くなるリュハネン。そう言えば子爵の事で頭がいっぱいで今までそちらにまで気が回っていなかった。流石にメイドたちが対応をしているとは思うのだが、早く確認せねば。

 

 そう思い慌ててベルを鳴らし、扉の外で控えていたメイドを部屋に入れて声をかける。

 

 「あの後、アルフィン姫たちはどうなされている?」

 「はい、ライスター様、ヨアキム様のお二人のご指示で客間を急遽用意し、お二人の指示に従ってお茶とお菓子をお出ししました」

 

 おおそうか、流石ライスター殿。しっかりと手回しをして・・・っ!?

 

 「おっお茶とお菓子を御出ししたと? まさか、いつものように砂糖たっぷりのお茶とお菓子を御出ししたのか!?」

 「あっ!?」

 「どうしたのだ、アンドレアス?」

 

 私の言葉である事に気が付いたメイドと、その様子を見て何事かと驚く子爵。しかし今の私はそんな事にかまっていられる心理状態ではなかった。子爵の錯乱と言うあまりの事で気が回らなかったとは言え、これは大変な失態だ。

 

 「まさかこんな事になるとは」

 「だからどうしたのだ? アンドレアス」

 

 カロッサ子爵の度重なる呼びかけに、我に返るリュハネン。

 いけない。自分の馬鹿さ加減を後悔するのは後回しにして、とにかく今は子爵に事に次第を報告すべきだろう。

 

 「子爵、私はまたも失敗をしました。この事は全てのメイドたちに話しておくべきだったのです。実はボウドアにあるイングウェンザーの館で私は、食事の他にお茶とお菓子を頂きました。そこで知ったのですが、かの国はお茶に最初から砂糖を入れず、訪れた客が自分の好きなだけ入れられるように砂糖壷を別に出すようにしていました。そして同時に出されたお菓子も砂糖をあまり使わず、その変わりに乾燥させた柑橘系フルーツや高価な香料、動物の乳や油等によって極上のものに仕上げられた物を出されたのです。この事から、かの国ではあまり砂糖を高価な物と位置付けて居ないと判断しました。そして菓子に関しては短時間であれだけのものを用意するのは無理と考えて、このメイドには子爵との会談の時にはお茶だけ御出しして一緒に砂糖壷を御付けするように申し付けておいたのですが」

 「そうか他のメイドには話していなかったから、いつものように砂糖たっぷりのものを御出ししてしまったと言う訳か」

 「申し訳ありません」

 

 普段このメイドとばかり接している為に、他の者にまで告げると言う考えが浮かばなかったのは完全に私の失態だ。

 

 「解った。しかしある意味よかったのではないか?」

 「と言いますと?」

 

 カロッサ子爵の言葉を聞いて、その真意が読み取れず首を傾げるリュハネン。

 

 「解らぬか? 先ほどそなたが申したのではないか。見栄を張るのをやめ、ありのままの姿で御持て成しをするのだと。砂糖たっぷりのお茶とお菓子、それこそがいつもの我々の最高の持て成しではなかったか?」

 

 その姿を見てカロッサ子爵は、こう話ながら愉快そうに笑うのだった。

 

 




 主従での女神認定共有完了ですw
 まぁリュハネンの場合、この話を聞かされて館での体験を思い出し、おまけにボウドアの館を襲った野盗が金の冒険者を含めた元冒険者ばかり20人と言うとんでもない戦力なのに、それをたった二人で誰も殺さず制圧した事まで知っているのだから神の国と言われたら信じてしまうでしょう。実際は違うんですけどねぇ。

 来週ですが、また土日出張です。おまけに今回はやる事が多いので帰宅が確実に遅くなるのですみませんが、次回も月曜日更新になります。また少しお待たせする事になりますが、読んで頂けたら幸いです。
 
  


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57 領主との接見 1

 カロッサ子爵の館の1階の端にある客間。ここに通されてから大体一時間ほど経ち、アルフィンたちがそろそろ退屈を覚え始めた頃、

 

 コンコンコン

 

 口数も少なくなり、静寂が場を支配する事が多くなった部屋の中にノックの音がこだました。

 

 「どうぞ」

 

 そのノックの音に反応し、ギャリソンが扉の前まで移動して声をかける。すると、その言葉に呼応したかのように静かに扉が開き、先ほどこの客間まで案内してくれたメイドが入ってくた。そして彼女は部屋の中を見渡し、アルフィンの姿を見つけるとそちらに向かって丁寧に一礼をしてから口を開く。

 

 「アルフィン様、都市国家イングウェンザーの方々、大変お待たせしましております。カロッサ子爵の状態が安定され、イングウェンザーの方々を御出迎えする準備が整いました。御案内致しますので、移動の御準備を御願いします。私は外で控えておりますので、御用意が御出来になりましたら御声を御掛けください」

 

 メイドはそう言うともう一度、今度は全員に視線を向けた後に一礼をして外へ出て行った。

 

 「へぇ、そのまま案内されるのかと思ったけど準備の時間をくれるのね」

 

 この手の事に見識がない私が準備の時間を与えられた事に驚いて独り言を口に出すと、それを耳にしたギャリソンが説明をしてくれた。

 

 「アルフィン様、客間に通されて数分ならばともかく、これだけの時間を待たされたのです。位の下の者相手ならともかく、待たされている者が同格や目上の者だった場合、準備が出来たからと部屋に遣わされた者が相手に時間を与えずに案内をするなどと言う事が行われたとしたら、それはその館の主にこちらが侮られていると捉えられてもおかしくは無いとても失礼な行為になります」

 

 なるほどねぇ。ならこれは私たちがこの館の主人に丁重に持て成されていると言う証拠なのか。うん、と言う事は領主側は少なくとも私たちが一国の代表であると信じてくれているみたいね。

 

 「解ったわ。それでは何時までもお待たせしては領主様にも悪いし、急ぎ用意をして出向くとしましょう」

 「畏まりました、アルフィン様」

 

 と言っても、特に用意する事など何も無い。とりあえず私とシャイナ、カルロッテさんの服装やヘアメイクに乱れがないかだけヨウコたちに見てもらい、カップに口をつけたり時間がたって食べてしまった紅を唇に引きなおした所で準備はすべて終了。ギャリソンがメイドに声をかけて領主の部屋まで案内をしてもらう事になった。

 

 

 

 案外遠いのね。いや待てよ。さっきあれほど取り乱していたのだから、万が一また騒ぎ出した時にその声が届かないよう、わざわざ領主の部屋から遠い場所に部屋を用意して私たちを案内をしたと考えるのが妥当か。

 

 館と一口に言っても、ここはかなり大きなお屋敷だ。一番端の部屋から反対側の端の部屋まで続く廊下は50メートル程あり、私たちが通された客間は館正面から向かって左端の部屋。そして領主の部屋はと言うと、館の中央にある玄関前のエントランス正面に設置されている大きな階段を上がり、2階の私たちが居た部屋の反対側にあたる右側にあると言う。

 

 なるほど、これほど離れていれば例え大声を出したとしてもその声が私たちに聞こえる事はけして無い。その事を配慮してこの部屋を用意したとなると(配置から見て疑う余地無し。間違いなく配慮したのだと思う)この館のメイドさんはかなり優秀なのだろう。

 

 うちのメイドたちにも見習わせたいくらいね。

 

 そう感心しているうちに私たちは大きな両開きの扉の前にたどり着いた。

 すると先頭を歩いていたメイドが立ち止まり、私たちの方に振り返って一礼した後、その扉をノックする。そのノックの音に反応したのであろう、中から先ほど錯乱した領主らしき人の横に居た騎士が部屋の中から姿を現した。

 

 

 「リュハネン様、都市国家イングウェンザーの方々をお連れしました」

 「ご苦労」

 

 そう言うと、リュハネンと言う騎士はこちらに向き直り、最敬礼をしてからこちらに声をかける。

 そんな彼の所作を見て「一国の支配者を迎えるとは言え最敬礼で迎えるなんてちょっと仰々しいわねぇ」なんて思っていた私に、彼の口からとんでもない爆弾が投下された。

 

 「アルフィン姫様、都市国家イングウェンザーの方々、ようこそ御越し下しました。私はカロッサ子爵の元で筆頭騎士を勤めさせて頂いているアンドレアス・ミラ・リュハネンと申すものです。以後お見知りおきを。ささ、中で子爵がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 ピクッ!

 

 初対面の人に名乗られたのだからこの場合、いくら支配者ロールプレイ中だとしてもこちらからも何かしらリアクションをすべきだったのだろう。でも私はその前の言葉でそれどころではなくなってしまっていた。

 

 へっ、姫? 姫って、もしかして私の事!?

 その言葉に思わず顔が熱くなり、同時に少し引きつる。確かに外見からするとまだ姫と呼ばれてもおかしくない年齢だろう。でも私は支配者と名乗ったよね? なら女王じゃないの? あっいや、女王様と呼ばれたい訳じゃないのよ。と言うか、アルフィン女王様なんて呼ばれたらその方が嫌かも知れないけど・・・でも姫って。

 

 後ろで必死に笑いをこらえている気配がする。シャイナだな。うう、本当ならここで怒鳴りつけてやりたい所だけど人前だし・・・。とっとにかく、ここはちゃんと訂正をしないと。

 

 そう思っていたのだけれど、姫と言う言葉に怯んでいる時間が長過ぎた為か、

 

 「どうなされましたか? アルフィン姫様。どうぞこちらへ」

 

 そう、騎士さんに促されてしまって訂正する暇がなくなってしまった。

 仕方がない。確かに領主を待たせる訳にはいかないし、ここは指示に従って部屋に入る事にして訂正するのは後にしよう。

 

 「失礼、少し呆けてしまいました。それでは参りましょう」

 

 私はそう言うと、中に足を踏み入れる。すると部屋の中央に置かれた執務机の前、その場所には恭しく傅いている貴族らしき服装の壮年の男の人がいた。その光景を見て今度はリュハネンと言う騎士の顔が引きつる事になる。

 

 それはそうだろう。

 私は”一応”女性だし、一国の王で位としては上と言う事になっているので挨拶のキスを手の甲にする為に傅いたと言うなら解る。でも、いくら相手が他国の支配者だとしても、貴族でありその土地を治める領主と言う立場にある者が迎え入れる段階で既に跪いるなんて事は前代未聞の話だ。これではまるで臣下の者が王を迎え入れているみたいじゃないの。

 

 慌てて駆け寄るリュハネンさん。当然傅いている領主を立たせようとするのだけど、そんな彼に子爵は「何を言っているのだ?」と言うような顔をして変な事を言い出した。

 

 「何をなさっているのですか、子爵!?」

 「しかしアンドレアスよ、相手は女神様だぞ」

 

 へっ? 女神様って、もしかしてまだ錯乱してるの? なによ、まだ少しも落ち着いてないじゃない。さっき筆頭騎士も私のことを姫と呼んでいたし、この人たちは一体何を考えているの?

 

 そう思っている私を尻目に、目の前の主従は小さな、しかし同じ部屋の中に居る私たちに隠し切れない程度の声で語り合う。

 

 「子爵、先ほどありのままの姿でお持て成しすると言う話になったではないですか」

 「だからありのままだろう。女神様を前に跪くのは神の信徒である我々からしたら当たり前の事。そなたでも教会で神を前にしたら跪くであろう」

 「確かにそうですが・・・」

 

 ん? なんか会話がおかしくない? この騎士さん、領主が傅いている事は止めているようだけど、私が女神様だと言う部分に関してはまるで否定していないように聞こえるのだけど?

 

 「子爵、確かにアルフィン姫様は女神様であらせられます。ですが、子爵がこのような状態ではお話をする事も適いません。女神様を困らせるのは子爵の本意ではないでしょう」

 

 騎士の言葉に先ほどの考えた疑問が正しかったと、再度驚かされる。

 

 えっ? 本当に否定しないの!? この騎士さんまで私を女神様と疑う事もなく信じているって事? いえ、流石にそんな筈は無いわ。きっと錯乱している領主を刺激しないようにあんな言い方をしているのよね? でもあの顔は本気で思っている事を語っているようにしか見えないし・・・なぜ、なぜこんな事に?

 

 私の混乱をよそに、リュハネンさんの言葉に納得した領主が私に向かって話しかけてきた。

 

 「ああ、そうだな。確かにそうだ。アルフィン様、女神様であらせられるあなた様の御言葉を本来ならば跪いて拝聴するのが神の信徒として正しい姿でなのでしょう。しかしこのままの姿ではアルフィン様が望まれている会談と言う形式を取る事はできません。ですから失礼は承知の上で普通に相対しても宜しいでしょうか?」

 「領主殿、少々お待ちください」

 

 この状態は異常よ。とにかく何とか私が女神であると言うこの主従の勘違いをどうにかしないと。そう考えていたら、私の後ろに控えていたギャリソンが子爵に声をかけた。よかった、ギャリソンならこの間違いをちゃんと訂正してくれるわよね。

 

 「創造主であり我らが神であらせられますアルフィン様からの御言葉は、本来傅いて拝聴するのが当たり前の事です。それをアルフィン様から御指示頂いたのならともかく、下の者からそのような申し出をするのはいかがなものかと私は思いますよ」

 

 そう言って優しい笑顔を領主に向けるギャリソン。

 おいそこ! 勘違いを助長させてどうするのよ。それに紅薔薇隊も、ギャリソンの言っている事がさも当然と言わんばかりに頷いているんじゃない!

 

 「まぁまぁ、ギャリソン。話が進まないからそこは置いておきましょう。彼の言う通り、この傅いた体勢のままではアルフィンも話し辛いでしょうし」

 「解りました。シャイナ様がそう仰るのでしたら、ここは引くといたします」

 

 シャイナぁ! あなたまで何を一緒になって言ってるのよ。て言うかあなた、どう考えても面白がってるでしょ。肩が震えているわよ! カルロッテさんも後ろで「アルフィン様は女神様でしたの。道理で」なんて小声で呟かない! そんな訳無いでしょ。

 

 「おお、ありがとうございます、シャイナ様。それでは女神様の御前ですが失礼をして立ち上がらせて頂きます」

 

 そう言うと領主は立ち上がった。私に訂正させる暇さえ与えずに。

 だめぢゃん。これじゃあ、私が女神様であると言う事を認めたみたいじゃないの。このままではいけない、何とか否定しないと。なんて思ってはいるんだけど、続いてい領主が自己紹介を始めてしまったのでそれを遮ってまで否定する訳にもいかず、黙るしかなくなってしまった。

 

 「御初に御目にかかります。バハルス帝国貴族であり、この周辺を納めさせていただいております、エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサと申します。本日はアルフィン様に御目にかかる事が出来、まことに光栄の極みでございます」

 「都市国家イングウェンザーの支配者、アルフィンです。こちらこそ御会いできて光栄ですわ、子爵様」

 

 アルフィンはそう言うとスカートの裾をつまみ、少しだけ屈んで礼をする。この仕草に関しては何時館を訪問してもいい様に、メルヴァやギャリソンを前に何度も練習したからおかしい所はないだろう。しかし、私のそんな仕草に主従が慌てだした。騎士は片膝を付き、子爵など傅くを通り越して平伏してしまっている。

 

 「そんな! アルフィン様に礼をして頂くなどと、そんな恐れ多い」

 「えっ、あっ、いえ」

 

 あまりの光景につい訳の解らない言葉を発してしまった。大体いきなり土下座をされて、私にどうしろって言うのよ。それもいかにも身分が高そうな人によ。それに毎度毎度このような対応をされては本当に話が先に進まないわ。

 

 「ちょっと待ってください、一体何がどうなって私が女神と言う事になっているのですか?」

 「アルフィン様が創造主であり、神でもあると言うのは誰もが知る事実です」

 「ギャリソン、あなたはちょっと黙っていてくれるかしら?」

 

 またも当然とばかりに頷く紅薔薇隊を一睨みした後、ギャリソンを窘める。後シャイナ、何一緒になってうなずいてるのよ。まさかあなたまで私が女神様だなんて本当に思っている訳じゃないわよね? ・・・違うわよ、ね?

 

 とっとにかく、このまま私が女神様であると言う共通認識が生まれてしまうのは不味い。少なくとも、どうして領主がここまで私の事を女神様であると深く信じ込んでしまったのかだけは確かめないと。そう思って、いまだ平伏している子爵に声をかけた。

 

 「もう一度御聞きします。なぜあなたは私を女神だと認識なされたのですか?」

 「はい。あなた様がいくらその御力を御隠しになろうといたしましても、私の生まれ持った異能『タレント』の力により、この目にははっきりと見えているのです。その神々しい、大いなる神の御力が」

 

 タレント? 何それ?

 そう思ってギャリソンの方を振り向いてみたけど、どうやら彼も初めて聞く単語だったらしく小さく首を振った。頼りのギャリソンが知らないのなら仕方が無いわね。知らないと告げるのはちょっと恥ずかしい気もするけど、本人から聞くしかないか。

 

 「ごめんなさい。私は聞いた事がないし私の国にも存在しない力みたいなんだけど、そのタレントと言うのはどういうものなの?」

 「はい、タレントと言うのは人が生まれた時にまれに授かる異能の事です。これには色々な種類があり、私は相手が神にどれだけ愛され、その力を授かっているかをその者が放つ光の強さで計る事ができるのです」

 

 ああ、なるほど。それで私が強い信仰系マジックキャスターと解ったのか。ん? でもそれだとあくまで強い力を持った人というだけで神様にはならないんじゃないの?

 

 「それで私に強い力があると解ったわけね。でも、それはあくまで強い力があると言うだけでしょ? 別に神様と言う事にはならないと私は思うのだけど」

 「いえ、あなた様から溢れ出すそのこの世の全てをも飲み込むほどの光の奔流、そしてその光から溢れる安らぎを与える慈愛の心。私はこの力で我が国の帝都に居る大神官たちの光を見た事がありますが、彼らはあくまで人の範疇で強い光を放っているだけでした。しかしあなた様は違います。この力を目にした事により、あなた様が人の域を遥かに超えて神の愛の力を授かっていると言う事を、そう、地上に光臨なされた女神様であると言う事を理解できたのです」

 

 そう言えばエルシモさんから言われたっけ。この世界で一番の魔法使いでさえ最高は6位階までしか使えないって。それが私は10位階どころか、その上の超位魔法さえ使えるのよね。そんな力を見せられたら人でないと思われても仕方がないか。でも失敗したなぁ。探知される可能性があるからって阻害する指輪を用意しておいたのに、余計な判断でつけてこなかったのは本当に失敗だった。

 

 でも、まさかこの世界にタレントなんていう固有パッシブスキルがあったなんてねぇ。エルシモさんも話してくれなかった所を見るとこの世界では常識的な知識なんだろうけど、それだけに情報を得る機会を失していたのね。誰もが知っている当たり前の事なんて、こちらから聞きでもしなければ普通はわざわざ教えてはくれないもの。

 

 「とにかく。私は女神様ではありません。ですからお顔を上げてください」

 

 何時までもこのままと言う訳にも行かないし、とにかく領主を立たせようとする。でもねぇ、

 

 「そう仰られますが、先ほどそちらの執事の方がアルフィン様は神であらせられると教えてくださいました。もうここにいたっては私共に御身分を御隠しになられる必要はありません」

 

 ギャリソぉ~ン! もう、本当に余計な事をしてくれるんだから。まぁ、彼らからしたら私は神様みたいなものだから仕方がないと言えば仕方がないのだろうけど・・・どうするのよ、この状況?

 

 「あなた様が御望みなら私はこの国を離れ、あなた様のもとに下りましょう。いや、願わくば、あなた様の国の末席に御加え下さい」

 「なっ!?」

 

 そう言うと、より一層深く、床に額をこすりつけるように頭を下げる領主。

 まったく、なんて事を言い出すのよ、この人は。仮にもその国の貴族、それも領地持ちの貴族を寝返らせるなんてそれこそ宣戦布告すると同義じゃない。そんな事が出来るわけがないじゃないの。

 

 はいそこ、さも当然のように頷かない! 思わずギャリソンの頭を叩きそうになるのをぐっと堪え、領主に言葉を掛ける。

 

 「そんな事を言うものではありません。たとえ私がどんな者であったとしても、あなたが国を捨ててしまっては今までの祖国と板ばさみとなってしまって領民が困ってしまいます。間違ってもそのような事を口に出してはいけませんよ」

 「はい、あなた様がそう仰られるのであればそういたします」

 

 よかった。ちゃんと聞いてくれたみたいね。でも、この状況が好転したわけじゃないのよねぇ。とにかく私が神様ではないと言う事を、この人に理解してもらわないと。

 

 「あと、何度も言うようですが、私は神様ではありません。あなたにタレントで見抜かれてしまった通りただの人間ではありませんが、だからと言って神様と言う訳でも無いのですよ。普通の人たちより強い力を持った人間だと思ってくだされば、それが一番正しい認識だと思ってください」

 「ではあなた様は、本当に女神様ではないと仰られるのですか?」

 

 よし、ようやく私の話を聞いてくれる気になってくれたみたいね。

 

 「はい。断言しますが私は神様ではありません。神のように奇跡を起す事も大地や人類、新しい種族を誕生させたりも出来ません」

 

 後ろから小さく「えっ!?」って声が複数聞こえた気がしたけど、それはここではスルーする。反応したら負けだ。

 

 「しかし、その執事の方が創造主と・・・」

 「それは忘れてください。比喩と言うか、言葉のあやですから」

 

 まったく、ギャリソンも余計な事を言ってくれたわね。ごまかすのが大変じゃない。

 

 「とにかく、私は神様ではないと言う事だけは理解してください。刺されれば血も出るし、首を落とされれば死にもします。特別な力を持つ神様ではないのですから」

 「では本当に女神様ではないと?」

 「はい、私は女神様ではありません」

 

 最後にもう一度強く肯定する。実際私は神様じゃないんだから、これだけは絶対に否定しておかないといけない。そうじゃないと交渉なんて出来ないからね。一方的にこちらの意見だけを言い、それを向こうが全て肯定するなんて状況は誰も幸せにならないし、そんな関係を作るべきじゃない。私はこの世界で遊びた・・・楽しく生活したいだけで君臨したいわけではないのだから。神様として崇められるなんてそんなの面倒なだけで少しも楽しくないわ。

 

 「解ってくださいました? これをちゃんと認識していただけないと、私も困ってしまいます」

 「はい、解りました。あなた様がそう御望みであれば私も神様ではないと言う体でこれから接しさせていただく事にします」

 

 ああ、ここまで言っても私が神様じゃないと認めてくれないのか。でもまぁいいわ。神様として崇めず、ちゃんと話をしてくれると言うのであれば私も妥協しましょう。

 

 「ありがとう。それでは何時までもそのように平伏されていては私も困ってしまいます。御顔を御上げになり、御立ちになられては頂けませんか?」

 「アルフィン様がそう仰るのであれば」

 

 そう言うと、やっと領主は平伏すのをやめ、立ち上がってくれた。よかった、正直あの体制で居られると私も気まずかったのよね。だって傅かれるのはそろそろ慣れてきたけど、流石にうちの子達でも平伏すなんて事は誰もしなかったから。

 

 あっ、ギャリソンにちゃんと釘を刺しておかないと。平伏すのは絶対ダメだって。さっきの表情からするとあれもいいなんて考えていそうだからね。

 

 「それではこれからは、私の事を都市国家イングウェンザーの支配者と言う立場の者として扱ってください。まぁ、国家と言っても所詮は都市国家。バハルス帝国のように大きな国からしたら小さな国ですし、一地方都市の領主くらいのつもりで接して下さればよろしいですわ」

 「とっとんでもない。アルフィン様相手にそのような事はいたしかねます」

 

 そう言うと領主は最敬礼の形をとり、そのまま頭を上げてくれなくなった。そしてその後ろでは騎士さんが傅いている。

 ・・・う~ん、ホントこの会談、ちゃんと進められるか自信がなくなってきた。

 

 目の前で臣下の礼としかとれないような姿を見せる主従を前に、この先の事を考えて心の中で頭を抱えるアルフィンだった。

 

 

 




 途中でシャイナがアルフィン(と言うかマスターを)神様と思ってないか? とアルフィンが疑う描写がありますが、流石にシャイナは思っていません。彼女はプレイヤーキャラクターなので主人公がプレイヤーであり、元は人間だと知っているからです。でも同時に自分たちにとっては神に等しい存在であるとも思っているので、それが表面に出てしまった為にアルフィンに疑われてしまったと言うわけです。


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58 領主との接見 2

 カロッサ邸の2階にある領主執務室。

 会見場所として用意されたこの部屋には会議室が併設されており、本来の予定では軽い挨拶の後、そちらに移動して話し合いが行われるはずだった。しかし、ただ出迎えるだけのはずの執務室でカロッサ子爵が暴走をしてしまったので、アルフィンたちは未だこの部屋に留まったままであった。

 

 

 

 私は今途方にくれている。と言うのも、私の目の前には未だ最敬礼の姿勢を崩そうとしないカロッサ子爵と、その横で傅いているリュハネンと言う子爵家の筆頭騎士がいるからなのよね。

 

 「領主様。何時までもそのような姿勢で居られては私も、困ってしまいます。頭を御上げになってください」

 「アルフィン様! 私如き者に様など御付けにならなくても。どうぞ犬とでも呼んで下さい」

 

 私の言葉に反応して頭は下げたまま顔だけを少し上げて、こちらに向けて話す領主。

 

 もう! 私の事は他国の支配者として扱ってほしいと言っているのに、なぜここまで頑ななのよ。それに犬って・・・いやいや、それは流石に無理だから。と言うか、その期待に満ちた表情は何? 絶対呼ばないからね! それに後ろで控えている騎士さんも、この「犬と呼んで」発言を聞いて唖然とした顔で固まったまま領主を見ているし。ここで私がもし本当に犬呼ばわりなんかしたら私まで奇異の目で見られてしまうじゃないの。

 

 「それはちょっと・・・。では領主殿?」

 「犬はダメですか。(小声で『残念です』)でしたら敬称はいりません。カロッサと呼び捨てにしてくださって結構です! いえ、是非呼び捨てにしてください!」

 

 目の前のこの人は、私に犬と呼ばれるのを断られて落胆の表情をする。しかし、すぐに立ち直り、今度は呼び捨てにして欲しいと言ってきた。それも是非にと期待をこめた目で。

 

 まったく、是非と言われても呼び捨ては流石に出来る訳がないでしょう。だって相手はこの国の貴族なのよ。いくら乞われたからと言っても何も敬称を付けないで呼ぶ訳には行かない。それにあんな期待を込めた目で懇願されてはなおさらだ。

 

 それに、なんか私、支配者とは別の意味の女王様扱いされているような気がするんだけど・・・いや、流石にそんなはずは無いわよね。だってこの人は私の事を女神様だと思っているはずだから。

 

 でもなぁ、このままだと何時までたっても話が進まないし・・・うん、仕方ないか。

 

 「解りました。様も殿も御断りになられるのでしたら、カロッサさんでいかがでしょう? 流石に私も年上の方を呼び捨てにするのは気が引けますから」

 「そうですか。アルフィン様がそこまで仰られるのでしたら恐れ多い事ではありますが、これからは私の事を『カロッサさん』と、さん付けで御呼び下さい」

 

 とりあえずこの辺りがお互い妥協できる限界かな? と考えての提案だったけど、幸い領主は、カロッサさんはこの提案を受け入れてくれた。その時、心底残念そうな表情をしていたのが少し気にはなるけどね。

 

 でもよかったぁ、これでさん付けまでダメと言われたら本当に困ってしまう所だったからね。これはこれで後々問題が出て来そうな気がしないでも無いけど、今はまぁこれで良しとしましょう。

 

 そのようなやり取りをしている間に、後ろで固まっていた騎士さんも再起動したみたいね。

 

 私たちの会話が一段落着いたのを確認して傅いていた姿勢から立ち上がって領主の横に立つ。そしてその行動によって場の注意を引き、私たちの目が騎士さんの方に向いたのを確認してから一礼をして、

 

 「アルフィン姫様。子爵の呼び方が決まったところで、会見場所に移動したいと思うのですが宜しいでしょうか?」

 

 彼は部屋の中にある両開きの扉の方に右手を向け、こう私に声をかけてきた。

 

 なるほど。入った時からこの部屋にはカロッサさんの執務机があるだけで、応接セットどころか私たちが座る椅子さえないから会見場所としてはちょっと変だなぁと思っていたけど、あの扉の向こうが本来の会見場所として用意された部屋なのね。

 

 先ほどからの疑問に明確な答えが出てすっきりした私は、彼に向けて微笑みながら了承する。

 

 「ええ、お願いします」

 「ではこちらへ」

 

 彼がそう言うと、それを合図として会見部屋の中で控えていたメイド二人がその両方の扉を中に向かって開いた。

 

 今の声で扉を開いたと言う事はこのメイドさんたち、ここまでの会話が全て聞こえていたと言う事よね。

 

 ・・・大丈夫なのかしら?

 

 これからの子爵邸の事を考えると少し不安になる。先ほどの私への「犬と呼んでほしい」発言を聞いても、これからも変わらずカロッサさんに仕えてくれるのだろうか? とね。でもそんな私の心配をよそに、何事も無かったかのようにメイドさんたちが私たちを迎え入れてくれた。

 

 もしかして慣れてるとか?

 

 そんなあまり考えたくない可能性を頭の端から追い出して部屋に入ると、メイドさんの案内で予め決められていたであろう席に私を中心にしてシャイナ、そして書記官として帯同しているカルロッテさんが着く。そして私の後ろにはギャリソンが立ち、最後列に紅薔薇隊の4人が並んだ。それに対してホスト側はと言うと私の対面にカロッサさんが座り、その後ろに筆頭騎士さんが立つ事により会見の準備が出来上がった。前振りが長くなってしまったが、。これでようやく本題である領主との会見が始まるのだ。

 

 いよいよね。メルヴァたち相手にリハーサルはしっかりとしてきたからきっと大丈夫だとは思うけど、本番では何が起こるか解らない。実際これまでも予想外の事ばかりだった物ね。ここからの会話には今まで以上に細心の注意を払って、間違ってボロを出さないように気をつけなければいけないわ。

 

 そう気を引き締め直した私は、残念ながら出鼻を挫かれる事となる。まぁ今回のはこれまでと違って、ある意味自業自得の理由だから仕方がないんだけどね。

 

 「さて、それでは都市国家イングウェンザーの皆様とカロッサ子爵の会見を始めたいと思うのですが、その前に。失礼ですがアルフィン姫様。私どもはあなた様の御名前をファーストネームのアルフィン様としか知らされておりません。もし失礼にならないようでしたらフルネームを御教え頂けないでしょうか?」

 

 いけないいけない、本来は館に着いたら出迎えの人にこちらから真っ先に伝えると言う話になっていた事だけど、色々と衝撃的な事が多すぎてすっかり忘れていたわ。前もって打ち合わせまでしておいた内容なのに、我ながら呆れ返る迂闊さよね。

 

 「ああ、そう言えば伝えていませんでしたね。この国では珍しい事のようですが、私には苗字にあたるものがありません。アルフィンというのが私のフルネームです」

 

 この私の言葉に驚きの表情を浮かべる領主たち。

 

 それはそうよ、普通は苗字の無い人物など居る筈が無いもの。でも私のこの名前はゲームの時のだから本当にアルフィンと言う名前だけが全て、フルネームなのよね。

 

 この世界に転移した当時、これから色々な人と出会う事になるだろうし流石にこのままではちょっと不味いのでは? とも思って仮にでも苗字を考えてつけようかと言う話が、私たちの間でも出た事はあるのよ。でもねぇ、それは自キャラたちと話し合ってやっぱりやめようって事になったの。

 

 もし仮の苗字を付けた場合、普通はそちらで呼ばれるようになると思うのよ。だって、よほど親しくなりでもしない限りは普通、相手をファーストネームで呼ぶ事はないからね。けどそうなると、この世界で出会うであろう人たちからはずっと仮初めの名前で呼ばれる事になってしまう。

 

 これがアルフィンにだけ入っているのなら多分、それでも特に問題は起こらないと思う。それくらいなら私でも対応できるだろうからね。でも、他の自キャラたちに入っている時にそのキャラの仮初めの苗字で呼ばれたら? 気を張っている内は大丈夫かもしれない。でも、いつかきっと気付かずに大きなへまをする日が来るんじゃないかなぁ? 流石に6キャラ分全ての苗字に対応できる自信がないからね。

 

 「リュハネン殿、私からアルフィン様の今の御言葉の補足をさせて頂きたいと思います。我が国では最高位の方々は全員、名前しかございません。これはその御方々が唯一無二の存在であらせられるからです。そして我が国には名前だけしか持たない至高の方々は6人しかいらっしゃらず、その中でもアルフィン様がその最高位の支配者と言う立場に就いておいでになり、その元に集う5人の貴族の方々が名前だけを持つ至高の存在として私たちの上に君臨なされていらっしゃるのです」

 

 と言う訳で、ギャリソンが今説明した設定を作ったの。統括のメルヴァやギャリソンもちゃんとフルネームがあるし、まるっきり嘘だと言う訳ではないからボロが出る心配も無いしね。

 

 「なるほどそうでしたか。しかしそうなりますとアルフィン姫様、あなた様がこの国のいらっしゃると言う事は、今、都市国家イングウェンザー本国の運営はどのようになされているのですか?」

 

 やっぱりこの質問が来たか。そうだよね、今の話からすると私は王の娘ではなく本当に支配者と言う事になる。となると王自らがこの国に来ていると言う事になるから、それならば本国はどうなっているのか? と言うのは当然出る疑問だろう。

 

 と言う訳で、この質問も想定内だから問題なし。

 

 「名前だけを持つ貴族である5人の内の一人、アルフィスと言う者が宰相として国をまとめ、守ってくれています。彼は私を含めた6人の内、ただ一人の男性なんですよ」

 「男性の貴族の方が宰相をなさっているのですか。それならば安心ですね」

 

 リュハネンと言う騎士は私の言葉を聞き、笑顔でそう返した。

 

 何が安心なんだろう?

 それはともかく、アルフィスが宰相と言う事になっているのは理由があるのよね。と言うのも誰か架空の役職の人をでっち上げた場合、どこかでボロが出るかもしれない。その点アルフィスは本当に私たち6人の一人だから嘘を言っている訳ではないし、実際に存在するのだからどんな人かと聞かれても返答に窮する事が無い。

 

 それに私たち6人の自キャラの内、彼だけは異形種だから人前に出す事ができないのよね。エルシモさんの話では、この世界の人はモンスターを含む異形種と一緒に住んでいると言うと奇異の目で見られるっぽいから。と言う訳で、この自国で宰相をしている貴族役にはぴったりなのよ。

 

 と言う訳で自キャラ会議の結果こう言う話になり、それをメルヴァとギャリソン、そしてセルニアにも相談してこういう設定で行くことに決めた。ただその結果、アルフィスが城でまるんとあいしゃに「さいしょお」と言うあだ名を付けられて、呼ばれるたびに迷惑そうな、ちょっと困ったような表情を浮かべていると言うのはまた別の話。

 

 「ええ、よくやってくれていると思います」

 

 とにかく当たり障りのない言葉を返して、私も微笑み返しておいた。実際は言葉の意味を理解して居ないのだけど、だからと言って「何が安心なの?」って彼に聞くのも変だしね。

 

 このような会談が始まる前の雑談をしている間に、私たちをこの部屋に迎え入れてくれたメイドたちの手によって全員の前にお茶が配られていく。

 

 それを前にした私は今回もまたあのひたすら甘いお茶かな? と思ったんだけど、一緒に小さな砂糖壷が出されている所を見ると、どうやら今回は自分で好きな量を入れろと言う事みたいね。だけど、なぜこのような形になったのだろう? これは私たちが部屋から出た後、部屋に残っていたお茶を見て殆ど誰も飲んでいなかったからこうしたのかなぁ? そうだとすると私とカロッサさんのあのやり取りの間と言う短い時間で判断をして、この砂糖壷を用意したと言う事よね。

 

 控えの間を用意された時も思ったけど、ここのメイドたちはちゃんと状況を観察し、その情報を元に自分たちで判断して正しい行動が取れていると言う事なのだろう。地方とは言え、やはり貴族のメイドと言うのは誰もがしっかり教育されているのだろうなぁ。

 

 私のところのメイド達は設定でしっかりとしたメイドと言う事になっているだけなので、礼儀作法や所作に関しては遜色ないだろう。だけどこのメイドたちと同じ様に突発的なトラブルに巻き込まれた時、こう言う細かい所に気が付いて自分の判断で正しい行動を取れるのだろうか? ある程度まではできると信じてはいるけど、ここまでのレベルでできるのかと言われるとちょっと自信、ないなぁ。

 

 ホント、うちのメイドたちを教育する為に一人貸してほしいくらいよね。まぁ本当に来たら見られて困るものだらけだし、それはそれで大変な事になりそうだけどね。

 

 さて、お茶を出してもらえたし、この辺りで手土産を出しておくかな。一般的な作法からすると最初に顔をあわせた時に出すべきだったのだろうけど、あの状況では領主がなんか平伏したまま両手だけ出して受け取りそうで、流石に出せなかったからなぁ。あそこで出したらイングウェンザーのアルフィンが持ってきた手土産ではなく、冗談抜きで本当に女神様から頂いた物って感じになっていたと思うしね。

 

 「ギャリソン、あれを」

 「はい、アルフィン様」

 

 予め打ち合わせしてあった合図でギャリソンが、この世界ではあまり流通していない黒い光沢のある紙で作られたお菓子箱を出す。それを受け取った私は、笑顔を作ってから対面にいる領主に向かって差し出した。

 

 「どのようなものが喜ばれるか解らなかったもので、私の感性で選んだ物を持ってまいりました。気に入って頂けると宜しいのですが」

 「これは?」

 

 私の出した箱を見て不思議そうな顔をする領主。

 そうよね、箱だけ渡されても解らないわよね。

 

 「チョコレートです。この国では薬として流通されていると聞いたのですが、私の国ではお菓子としても楽しまれているのですよ」

 「チョコレート、ですか。それはまた高価な物を、ありがとうございます」

 

 ただ、自分の中にあるチョコレートとお菓子が結びつかないのだろうか? かなり難しい顔をしている領主。これは食べてもらった方が早いかな?

 

 「折角ですし、一つ御食べになられてはどうですか? 美味しいですよ」

 

 私は紙の箱の蓋を取り、中身が見えるようになった状態にしてから領主に差し出す。その箱の中には料理長が作ったまるで宝石のように美しい、色々な味や形のチョコレートが並んでいた。

 

 

 ■

 

 

 カロッサ子爵は今とても混乱していた。

 

 「どのようなものが喜ばれるか解らなかったもので、私の感性で選んだ物を持ってまいりました。気に入って頂けると宜しいのですが」

 

 なぜかアルフィン様が、私の前になにやら箱のような物を御出しになられた。これは一体どう言った意味がある行為なのだろうか? もしや神の国では会談の前に相手に何かを渡す風習があると言うのか?

 

 「これは?」

 

 解らない事ばかりだが、アルフィン様を御待たせする訳には行かない。恥は承知の上で御聞きする事にしたのだが、返って来た言葉はこちらの意図するものではなかった。

 

 「チョコレートです。この国では薬として流通されていると聞いたのですが、私の国ではお菓子としても楽しまれているのですよ」

 

 チョコレート? 確か皇帝陛下も摂取なされていると言う、とても高価な食材だと人伝に聞いた事があるが、そのような物をアルフィン様が私に下賜してくださると言うのか? それにチョコレートは不老長寿の薬とも言われていたはずだ。少々眉唾物の話だと今の今までは考えていたが、アルフィン様が御持ちくださったという事はその話も本当の事やも知れんな。他ならぬかの御方が御自ら選ばれたと仰られたのだから。

 

 「チョコレート、ですか。それはまた高価なものを、ありがとうございます」

 

 しかし、このような高価な物を薬ではなく嗜好品に加工しているとは。しかしアルフィン様の国ならば頷ける。それだけの財力があるのはすでに解っていた事だし、何よりこの方は女神様なのだ。人が口にする程度の物が例えどれだけの価値があろうとも、それはあくまで人が勝手に決めたものだ。神々にとっては、殆ど意味がないものだろう。

 

 「折角ですし、一つ御食べになられてはどうですか? 美味しいですよ」 

 

 アルフィン様はそう仰られると、御手自ら箱を御開けになられて私に中に入った物を御見せ下さった。そしてその中にあるものを見て私は思わず息を飲む。

 

 美しい。これが菓子だと言うのか。

 

 帝都のパーティーで振舞われているものとは一線を画すその美しい菓子はまるで宝石のように光を反射して光輝き、一つ一つに施された細工は食べ物ではなく、まるで高価な工芸品のように繊細な造りをしている。

 

 蓋を開け、そのままこちらに差し出されたと言う事は何かで刺して口に運ぶのではなく、そのまま手で摘まんで食べると言う事なのだろう。その作法に習い、箱の中の一つに手を伸ばす。

 

 いざ手に取って見はしたものの、かなり苦くまた強い酸味を併せ持って食べにくいものであると聞いていた事があった為にカロッサ子爵は口に入れるのを一瞬躊躇する。しかし、

 

 「遠慮なさらず、どうぞ」

 

 アルフィン姫が笑顔でそう進めてきた為、彼は意を決してそれを口に放り込む。

 

 「ぬっ!?」

 

 苦くて食べにくいなんて話は一体どこから来たものなのだ? 

 入れた瞬間にトロリと溶けて口の中に広がる香ばしさと甘み。そして後から来る苦味と酸味がその風味を際立たせている。これほどの美味なる菓子は、子爵と言う立場にあるカロッサでも今まで口にした事はなかった。

 

 「これは・・・とても美味しいものですね」

 「ええ、チョコレートはそのままでは苦く、酸味も強くとても食べ辛い物なのですが、こうしてお菓子に加工するととても美味しいのですよ」

 

 アルフィン様はそう仰られると、神々しいまでに美しく微笑まれた。

 

 なるほど、これは神の国の加工法なのだな。それならば頷ける。確かにこの菓子からは苦味と酸味が感じられるし、それを押さえて甘みを加える事により、これほどの菓子に変貌させる事ができているようだ。甘み自体は砂糖を加えればよいのだろうが、苦味と酸味を抑えるとなるとそれだけではだめだろう。

 

 人の世界では今まで誰もそれに成功して居ない。少なくとも私は聞いた事がない。だからこそ不老不死の薬と言われているにもかかわらず、その強烈な味ゆえに多くの者が敬遠しているのだ。

 

 「これほど素晴らしい菓子は今までに口にした事はございません。いやはや、流石はアルフィン様の御持ちになられた品だ」

 「ありがとう」

 

 送った物を褒められて嬉しそうに微笑むアルフィン様。

 その御姿を目にして、カロッサ子爵は考える。これ程の物を下賜して下さったのだ。きっとアルフィン姫には何か思惑があるのだろう。それをこの御方から切り出させるのは不味いのではないか? 下手をすると不況を買ってしまうかも知れないし、彼にとってそれだけは絶対に避けたい事だった。

 

 そこで彼は続けて口を開く。

 

 「これ程の物を下賜して下さると言う事は、何かこの私にやってもらいたい事があるのでしょうか?」

 「えっ?」

 

 このカロッサの言葉を聞いたとたん、先程までは花が咲いたかのように優しく微笑まれていたアルフィン様のその表情は驚愕に塗り替えられる。そして彼女は黙り込み、目を伏せてうつむくと、そのままなにやら考え込んでしまわれた。

 

 いかん、私は間違ったのか!?

 

 その表情としぐさに、自分は何か重大な過ちを犯したのではないかと青くなるカロッサ子爵だった。

 

 




 カロッサの本性と言うか、性癖? が垣間見られた話でした。まぁ実際は本当に変態と言う訳ではなく、思い込みから下僕いのように扱って欲しいと言う考えにいたり、その結果が「犬と御呼び下さい」発言に繋がっただけなんですけどね。


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59 領主との接見 3

 

 

 アルフィンは自分の耳を疑った。

 

 「これ程の物を下賜して下さると言う事は何かこの私にやってもらいたい事があるのでしょうか?」

 「えっ?」

 

 ちょっと待って!

 これは何の変哲も無い手土産。社会人なら、いやある一定年齢に達している者ならよそ様の家を訪ねる時には持って行くのが当然の、と言うか持って行かなければ影で非常識とまで言われかねない物じゃないの。それも差し出したのは特に高価な物でも無ければ記念になるような物でもなく、見た目ちょっと豪華ではあるけどあくまで唯のチョコレートの詰め合わせなのよ? なのに、目の前にいる領主は私からこれ程の物を下賜されたと言っているし。これってどう言う事なの?

 

 想定外の事態に思わず考え込んでしまうアルフィン。

 だってこのチョコレートはわざわざ「相手に情報を与えたくないから、特殊な効果が付かないように作ってね」と料理長に指示を出して作ってもらった本当に唯のお菓子だから、今食べた事によって何か特別なバフを得られて感謝をしたなんて事は考えられない。たとえば仮にこれが強い魔力の籠められたアイテムや武器ならそう勘違いされても仕方がないだろうけど、これは食べたら無くなってしまう、どこにでもあるごく普通のお菓子なのだから。

 

 私の拙い知識からすると、下賜される物と言うのは立場が上の者から下の者に渡されて家宝にするような物の事よね? それなのにこんなチョコレートを下賜されるような特別な物だなんて勘違い、普通する? もしかしてお菓子と下賜をかけているとか? でもこの人、冗談で言っているとはとても思えないほど真剣な目でこちらを見ているのよね。いや、それ以前にお菓子も下賜も私たちの発音だからこの世界だと違う言葉だろうからありえないか。

 

 訳が解らなくなり、一体何がどうしてこうなってしまったのかと考え込んでしまうアルフィン。そうしてしばらくしている内に、彼女はある一つの仮説にたどり着いた。

 

 とりあえず「これ程の物を」と言う一文は社交辞令の一種だと判断するとして・・・もしかして、貴族や王族は人の家を訪ねる時に手土産を持参しないとか? だからわざわざ私が選んだと説明をした物を手渡された事によって勘違いをしてしまったんじゃ?

 

 アルフィンの背中にツーっと一筋の汗が流れる。

 あくまで一般人の常識で行動してしまったけど、今の私は都市国家の支配者。貴族なんだよね。

 

 普通の人のように行動したらおかしな事をしていると相手に思われてしまう事があるかもしれないと危惧はしていたのよ。でも貴族の生活なんてまったく知らないし、うちの図書館に貴族の心構えや作法なんて本が置いてある訳もない。買った事がないから当たり前よね。そしてこの世界にはネットなどと言う便利なものも当然存在しないのだ。

 

 知らない上に調べる方法が無いのだから仕方が無い。とりあえずは一般常識にあった行動をして、それが貴族社会からするとおかしな事だった場合、その時はその時だ。そのつど臨機応変に行動しようなんて甘い考えでいたんだけど、そのおかしな事がもしかすると最悪な場面で出てしまったかもしれないわ。

 

 なおも真剣な目でこちらを見つめてくる領主に対し、どんな言い訳をすればいいのかと頭をフル回転させる。後ろにいるギャリソンと相談すればすぐにでもいい案が出てくるのかもしれないけどそんな事が出来るはずも無いので、ここは自分ひとりだけの力で切り抜けるしかないのだ。

 

 しかし、貴族社会というものをまるで知らないのだから当然いい案がまったく浮かばず、そのまましばらくの間黙りこくってしまう事になってしまった。

 

 

 ■

 

 

 いかん、私はもしやとんでも無い失態をしてしまったのではないか?

 

 カロッサ子爵もまたあせっていた。

 

 私が発した言葉を聞いて驚いたような顔をなされた後、アルフィン様ははひたすら黙り込んでなにやら考え込んでしまわれた。それまでは和やかに話が進んでいた以上、この状況を作ったのは自分の先程の発言が原因で間違いない。

 

 傅いている姿勢を正す許しを頂ける様、こちらから申し上げて姫様の執事に窘められた時のように、こちらから先読みしてアルフィン様の要望を聞いたと言う行為は、もしや神の世界ではとても失礼に当たる事だったのではないか? 私はただ下賜された物をありがたく頂き、アルフィン様の御言葉を授かるまで感謝しつつ待ち続け無ければいけなかったのではないか?

 

 カロッサ子爵は神の世界を言う物をまるで知らない。それだけに神の世界のタブーと言う物に知らず知らず触れてしまう事があるかもしれなかったのだが、もしやそのタブーにたった今触れてしまったのではないか? 彼はそう考え、しかし何も手を打つ事もできず、ただアルフィンが何か仰るまでじっと耐えるしかできなかった。

 

 実際には1~2分ほど、しかし子爵からすれば未来永劫続くかと思う程長く感じた沈黙の時間を経て、その待望の瞬間がついに訪れた。

 

 

 ■

 

 

 何時までも黙っている訳には行かないわよね。

 思わず逃げ出したくなる気持ちをぐっと堪え、伏し目がちな、己の間違いを悔いるような表情で領主に向かい頭を下げながらアルフィンは重い口を開いた。

 

 「私の無知ゆえに勘違いさせていしまったようですね。申し訳ありません」

 「どっどうなされたのですか、アルフィン様。御顔を御上げください」

 

 下手に取り繕うとさらに傷口は広がってしまうかもしれない。それならば素直に己の非を認めて謝罪する事をアルフィンは選んだ。そしてその突然の謝罪に慌てふためく領主を前に彼女は顔を上げ、彼の目を見ながら言葉を続ける。

 

 「この国と私たちの国との風習の違いを考慮に入れず、何の説明も無くこのような物を差し出した私がいけなかったのです。カロッサさんの反応からするとこの国ではあまり行われていないようですが、私の国では他家を訪れる時はこのチョコレートのように簡単な手土産を持参するのが常識になっているのです」

 「簡単な・・・ですか」

 

 手土産を持参すると言う行為がこの国にとってあまり行われない事だからなのか、領主の顔が驚愕と言っていいものに変わる。

 

 そんなに驚く事なのか。ならやっぱり初めにこういう風習が我が国にはあるのですよと言いながら手土産を出すべきだったのね。私としても手土産と言う風習が無いなってまったく考えてもいなかったし、国の文化って他の国の人からすると驚くことばかりなんだろうなぁ。

 

 「そういう事なので、これは交渉とはまるで関係の無い挨拶代わりのプレゼントのような物ですから、そう身構えずに楽しんでもらえたら私としては嬉しいのですが」

 「解りましたアルフィン様、このチョコレートは手土産としてありがたく頂いておきます」

 

 私の言葉にこれは特別な意味のあるものではないと理解してくれたようで、カロッサさんは笑顔でチョコレートの箱を受け取ってくれた。そうでなくては困る。これから色々と提案しなくてはいけない事があるのに、その報酬がチョコレート一つ程度でいいと此方が考えているなんて考え違いをされたら私がかなり上から話しているみたいになるもの。

 

 「ありがとう。それではそろそろ本題に、会談に入りましょう」

 「はい、アルフィン様」

 

 私の言葉に座ったまま頭を下げるカロッサさん。正直領主と言う立場の人が他国の支配者に対してこのような畏まった態度を取っていると言うのもどうかと思うのだけど、突っ込んだら負けと言うか話が進まないからここはスルーする。

 

 「私がこの館に訪れたのは領主であるカロッサさん、あなたへのご挨拶をするというのが一番の理由です。ですが、そちらも想像はしていらっしゃるとは思いますが、それだけが理由と言う訳でもありません」

 「はい、神であらせら・・・すみません。神ではないと言う体で話すと言う御約束でした。ご容赦ください」

 

 私の少し不満げな表情に気付いた領主が慌てて謝罪してきた。これは帰るまでにもう一度ちゃんと釘を刺しておかないと、この辺りに神が光臨したと言う変な噂が広まってしまいそうね。でもそれは今話す事ではないだろうからと心の奥底に沈める。

 

 「神云々に関してはまた後ほど。私が訪れたのはカロッサさん、あなたに頼みたい事があるからなのです」

 「アルフィン様の頼みとあらばこのカロッサ、万難辛苦あろうとも見事成し遂げて御覧に入れて差し上げます!」

 

 いや、そうじゃなくて。もう、本当に話が進まないなぁ。私は女神様でもあなたの上司でもないと何度言えば解るのかしら?

 

 いくら口で言っても一向に態度を直そうとしない領主を前に、私は一計を案じてわざと困ったような、悲しそうな表情を作って話しかけた。

 

 「私はあくまで他国の支配者として話し合いをと申し上げているのですが。それなのに、カロッサさんからそのように何もかもこちらの言う事は全て受け入れるという態度を取られてしまうと、心苦しくて私も困ってしまいます」

 「なっ!? 申し訳ございません。まさか私の態度でアルフィン様に御心苦しい思いをさせてしまうとは! これは気が付かず、まことに失礼をいたしました。どうぞ御話を御続け下さい」

 

 私の顔を見て狼狽する領主。うん、やっぱり男の人にはこの方法が一番効果的だなぁ。

 

 アルフィンはリアル世界のデザイン会社で今任されている仕事が多く、とても他の事には手が回らないような状態でも営業の女性社員にこのような顔をされて頼まれると断りきれなかったのを思い出し、心の中で苦笑いを浮かべる。

 

 「御理解頂けたのでしたら何も問題ありませんわ。では私の御願いを先に御話します。カロッサさん、あなたには私の後見人になって頂けないかと考えているのです」

 「後見人、ですか?」

 

 カロッサさん、言われた事がどういう意味なのかよく解らないような表情をしているわね。まぁそれはある意味仕方がない事かも。だって私は一国の支配者という確固たる地位があるのだから平民のように後見人を付けなくてはいけないと言う立場ではないのだから。でも、実際のそれはありもしない国の支配者と言う立場であり、言わば詐欺師の嘘のような物なのよね。だから私としてはこの世界で本当に地位のある人の後ろ盾がほしいのよ。

 

 「一国の支配者である私からのこのような提案を不思議に思われるかもしれませんが、私の立場はこの大陸では偶像のような物です。実際にこの大陸に私の国があるわけではないのですから。ですが、それは本当に偶像なのではなく実際に行使する力を持った現実です。しかし、その証明が出来ない状態で他者と何かいざこざが起こった場合、話し合いだけでは収拾をつける事が出来ず、私たちは力を持ってそれを証明しなくてはいけない状況に陥ってしまうかもしれません。しかしそのような状況は誰も幸せになれないでしょう」

 「アルフィン様がこの国で御力を振るわれる!? そっそのような事になれば大変な事になってしまいます」

 

 カロッサさんは私の話を聞いて絶句し、しばらくしてから搾り出すように声を上げた。

 あ~、また私が女神様だとか神の鉄槌だとか考えてそうだなぁ。顔が真っ青になってるし。まぁ実際、エルシモさんから得た情報からするとギルド"誓いの金槌”の全勢力を持ってすれば本当に神の鉄槌もどきをこの国に下す事が出来そうではあるけどね。

 

 「私としてもそのような事態は出来れば避けたいと考えているのです。ですからカロッサさんには私が小さな都市国家で比較的位の高い、商売も営む貴族と言う立場であると、この国の貴族や大商人たちに証明する後見人となってほしいのです」

 

 アルフィンはこれから自分がこの国で動き回るのに一番都合がいいであろう地位を示し、その証明をする者になってほしいとカロッサ子爵に提案しているのだった。

 

 

 ■

 

 

 なぜ女神様で在らせられるアルフィン様が私などを後見人にせねばならないのか?

 

 言われた事がよく理解できず、アルフィンの話を黙って聞いていたカロッサ子爵は彼女の次の言葉に心底震え上がった。

 

 「その証明が出来ない状態で他者と何かいざこざが起こった場合、話し合いだけでは収拾をつける事が出来ず、私たちは力を持ってそれを証明しなくてはいけない状況に陥ってしまうかもしれません。しかしそのような状況は誰も幸せになれないでしょう」

 

 アルフィン様の御力を持ってだと!? それはすなわちこの国に神の鉄槌が下されると言う事だ。そんな事となれば最悪の場合他の天上の神々からも神敵と見なされて、全ての加護を失うかもしれないと言う事ではないか。

 

 その状況を想像し青くなるカロッサ子爵。

 

 「アルフィン様がこの国で御力を振るわれる!? そのような事になれば大変な事になってしまいます」

 

 と同時に、彼はリュハネンから聞かされた話を思い出す。

 

 アルフィン様は御自分の国がこの大陸に無いと仰られているが、実際は大陸どころか我々の生きるこの世界ではなく、天上の神が住まう世界にあるのではないか? だからこそ2万人以上の、いやあの時のアンドレアスの口ぶりからすると4万人以上もの工員をどこからともなく呼び寄せ、またいずこかへと帰す事が出来たのだろう。そしてその人数を運んだ方法が神の力だとすればそれだけの兵士を瞬時に帝都に送り込めるのではないか? 人の国である帝国は4万どころか1万の兵でさえ召集するのにかなりの時間を要すと言うのにだ。

 

 そして衛星都市の騎士であるライスター殿が言うにはその兵力だけではなく、アルフィン様に付き従う執事や近衛兵たちもみなアダマンタイトに匹敵、いやもしかするとそれさえも上回る程の力を持つ者たちだと言う。そして横にいるシャイナ様が巡回の際に帯同していた神官や妖精もそれほどの力を有していたと言う話だ。

 

 これだけでもかなりの戦力だが女神様であらせられるアルフィン様の配下だけに、力を持った者たちがそれだけしか居ないとはとても考えられない。アルフィン様が御力を振るわれると言う状況、それはまさに神の軍団をこの国は敵に回すと言う事になるのではないか?

 

 「私としてもそのような事態は出来れば避けたいと考えているのです。ですからカロッサさんには私が小さな都市国家で比較的位の高い、商売も営む貴族と言う立場であると、この国の貴族や大商人たちに証明する後見人となってほしいのです」

 

 この話は受けるべきだ。いや、どのような事をしてでも受けなくてはこの帝国の存亡にかかわる話になりかねない。

 

 「はい、身命を賭してそのお役目、このカロッサが拝命いたします」

 

 カロッサ子爵は席を立ち、椅子の横に傅くとアルフィンに向かってそう返答をした。

 

 

 ■

 

 

「はい、身命を賭してそのお役目、このカロッサが拝命いたします」

 

 目の前で傅くカロッサさん。どっどうしてこうなったの? さっきちゃんと話し合いするって言ったよね? 私、また何か間違えた?

 

 あまりの急展開に動揺して、今度はアルフィンの瞳があわただしく動き出す。この場合、どうしたらいいだろうと後ろに控えるギャリソンに助けを求めようとしたけど、

 

 「アルフィン様、ここは冷静に。一度深呼吸をして考えを纏められてから御返事ください」

 

 その私の動揺を察したギャリソンが先に、耳元で囁く様に指示を出してくれた。そう、そうよね。ここで慌ててしまったら纏るものも纏まらない。幸い領主は傅いたまま動く気配はないし、私も一度時間をあけて体勢を立て直そう。

 

 そう考え、ギャリソンの忠告にしたがって小さく深呼吸した後、テーブルの上に用意されているお茶を一口飲む。その暖かさが喉から胸に落ち、体全体に染み渡る事によってアルフィンは少し冷静さを取り戻した。

 

 とにかく、またこの人は何か勘違いしているみたいだからそこを正すべきよね。この慌て振りからすると自分の返答次第ではこの先大変な事になるかもしれないなんて考えていそうだから、まずそこからかな。

 

 「カロッサさん、先程も言いましたが、そのような態度を取られては困ってしまいます。先程の要望は、たとえあなたがお断りになられたとしても問題になるような話では無いですよ。あくまで私はお願いをしている立場なのですから。それともそんな不遜な態度に見られたのでしょうか? それならばお詫びしますので、まずはお立ちになってください。そのようなご様子では目を見てお話する事さえかないません」

 「不遜な態度などと、とんでもございません。解りました。アルフィン様がそう仰られるのであれば」

 

 そう言うと領主は立ち上がり、自分の席へと座ってくれた。うん、まずはこの状態をキープしたまま話し合いを続けさせる努力から始めたほうがよさそうね。

 

 「カロッサさん、これからどのような事があったとしても、私の目を見てお話をして頂けないでしょうか? 私としては何かお願いをする度にそのように畏まわれてしまうと何も話せなくなってしまいます」

 「はい、申し訳ありません、アルフィン様」

 

 普通ならこれでもう大丈夫なのだろうけど、この人は頑固なのか思い込みが激しいのか、これだけ言っても安心はできないのよね。だからもう一度念を押しておく。

 

 「これまでも何か口に出すその度に何度も傅いて頂いて、私の心は申し訳ない気持ちで一杯です。また跪いたり成されるような事があればもう耐えられず、私は帰らせて頂くしかなくなってしまいます。ですからお願いしますね」

 「そっそれだけは御許しください、アルフィン様。もうけして傅いたりはいたしません」

 

 この言葉はかなり効いたのだろう、まるでこの世の終わりでも来たかのような顔をするカロッサさん。本当に思い込みの激しい人だ。

 

 そんな慌てふためく領主を見ながら「でもこの様子なら、やっと落ち着いて話の続きが出来そうね」とほっと胸をなでおろすアルフィンだった。

 

 




 3週お休みを頂き、4週間ぶりの更新です。

 いつも読みに来て頂いて下さっている方々には大変ご迷惑をおかけしました。色々あきらめてとりあえず落ち着きは取り戻した。今週からは元通り週1更新のペースに戻りますので、これからもよろしく御願いします。また、活動報告では色々書きましたが、本作を読んでくださる方々には何も関係がありません。ただ、楽しんで読んでもらえたら幸いです。

 さて、主人公の女性化が精神だけではなく全てにおいて着実に進んでいますね。とうとう女性の武器まで使い始めました。今回の事は初めに意図していた事ではなく、いわゆるキャラが勝手に動いたと言う感じで文章が出てきたのですが。まさか色仕掛けまではやらないでしょうけど、このまま行くと嘘泣きまで駆使しそうで怖いです。

 この先どうなるんだ? こいつ。


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60 領主との接見 4

 

 色々ありはしたが全員が所定の位置に戻り、やっと会談らしい雰囲気を作り上げる事に成功したカロッサ子爵邸の会議室。その部屋ではアルフィンが何とか同じ席に着いて話を続けてもらえる状況まで持っていく事が出来て、ほっと胸をなでおろしていた。

 

 「それでは話を続けされて頂いても宜しいですね?」

 「はい。お願いします」

 

 カロッサ子爵の返事を聞いて、アルフィンは微笑を浮かべながらこちらの考えを語り始めた。

 

 

 

 「先程も申し上げましたが、こちらから一方的にお願いするだけでは私も心苦しいです。ですからカロッサさん、あなたにお願いを聞いてもらえる見返りを提示させてください」

 「いえ、見返りなどと!」

 

 私の言葉にカロッサさんはまた腰を浮かべかけた。でもそれをさせてしまっては、また今まで通りになってしまうのよね。だから私は右手を上げてその動きを制し、悪戯をする子供に注意をするような表情を作ってからカロッサさんを見つめる。

 

 「カロッサさん」

 「すみません、アルフィン様」

 

 私の声を聞き、顔を見ると彼はバツの悪そうな顔で自分の席に座りなおしてくれた。

 よかった、カロッサさんにはちゃんと伝わったみたいね。

 

 「解って頂けたようで私も嬉しいです。それではこちらからの提案をさせていただきます。カロッサさん、税収を増やしたくは無いですか?」

 「税収、ですか?」

 

 私の言葉に、何を言われたのかピンと来ないようで不思議そうな顔をするカロッサさん。うん、これだけでは解るはずがないよね。

 

 「はい税収です」

 「税収と言いますと、農地の拡大をしてくださると言う御提案でしょうか?」

 

 普通に考えたらそうだろう。ここは辺境の地であり、近くに森が無いので主な産業は農耕と言う事になる。そしてその地で税収を上げる手段と言えば、単純に農地を広げると言うのが普通の考えだ。でもねぇ。

 

 「いえ、農地を拡大させようと私は考えてはいません。そもそも単純に農地を広げたとしても、そこを管理する農業従事者の人数が増える訳ではないのですから手が回らず放置されるだけでしょう」

 「農地を開墾する訳ではないと? では、どのようにして税を増やすのでしょう」

 

 私のこの返事により一層疑問を深めたのか、訳が解らないと言う顔をカロッサさんはしている。その表情がおかしくて「解りませんか?」などと問い返して、もう少しその顔を眺めていようかなぁなんて誘惑にも駆られたんだけど、それは流石に失礼だろうと考えを改めて私はさっさと答えを教えてあげる事にした。

 

 「先程この館にいらっしゃるライスターさんと言う騎士さんにもお話したのですが、私の国では農作物の収穫量増加や品質をよくする研究、農業試験と言う物をしています。そして私たちが懇意にしているボウドアの村の方々の畑を拝見させていただいたのですが、どうやらこの国の農業はそのような事をやっては居ないように見受けられました」

 「はい。帝都ならばそのような研究を行っている施設があるのかもしれませんが、確かにアルフィン様が仰られる通りこの辺りでは農作物を作るに当って特に研究と言う物は行われておりません」

 

 うんうん、そうだと思った。専用の研究施設がある場所でも無い限りそのような研究をしているはずが無い物ね。

 

 「そこで私はこの土地でも私の国で行われているような農業で作物をうまく育てられるのかと、城の外に塀で囲まれた農業試験場を作らせました」

 「あっ!」

 

 その私の言葉につい声をあげてしまった人が居る。カロッサさんの後ろに控えている筆頭騎士さんだ。私はその反応を見て一人、心の中でほくそ笑む。そう、これは彼に聞かせるための説明なのだから。

 

 「えっと、リュハネンさんでしたか。どうかなさいました?」

 「いえ、申し訳ありません。御話を御続けください」

 

 そう言うとリュハネンさんは一礼をする。それを受けて私は視線をカロッサさんに向けなおした。

 

 うふふ、カロッサさんもリュハネンさんの反応でイングウェンザー城の外にある壁で囲まれた施設の事を思い出したみたいね。よしよし、これであの施設は農業試験場であると強く印象付ける事が出来たわ。先程のライスターさんへの話とあわせてこの情報を精査すれば、これでエルシモさんがうちで農業試験を手伝っていると言う話に疑問を抱く人は居なくなるだろう。カルロッテさんにはこれから町とかに行く時も着いて来てもらうつもりだし心配の種はなるべく取り除いて置きたかったから、ここでもう一度念を押しておきたかったのよね。うまく話を進められてよかったわ。

 

 「えっと、どこまで話したかしら? そうそう、私の城で行われている農業試験の話でしたね。そこでの研究で、私共の技術がこの地でもある程度の成果が上がる事が確認できました。そこで提案なのですが、カロッサさんが私の後見人になって頂く代わりに私たちの知識でボウドアの村の収穫量を増やし、またより上質な物を作って近隣の町に出荷する事により、この地の税収を増やすお手伝いをすると言うのはどうでしょうか? 流石に技術そのものは我が国の機密にあたるので村民に教えることは出来ませんが、農地の土壌改良や品質のいい大麦小麦の種子の提供、虫害への対策などお手伝いできる事は多々あるように見受けられますから」

 

 私の提案に目を丸くするカロッサさん。このような提案が出るとはまるで考えていなかったんだろうなぁ。そもそも品種改良とか、この世界ではなさそうだしね。因みにこれ、カロッサさんだけにいい思いをさせるための提案じゃなかったりする。本音を言うと、ボウドアの人たちにもいい思いをさせてあげたいなぁと考えたから思いついた提案なのよ。

 

 ボウドアの村は辺境だけあって、あまり裕福じゃない。最初にシャイナが村を救った時もお金が無いから最低限のお礼しかできないと言っていたものね。そんな彼らとはこれまで何度か交流してきたし、ユーリアちゃん達のように可愛がっている子供たちもいる。そうなると愛着は当然湧くし、幸せになってほしいと思うのが人の常。だからカロッサさんへのお礼と言う体でこのような提案をしたわけなの。

 

 「そのような方法で税収を増やそうと御考えになるとは。確かにこの地は特に特産も無く森も遠い為、収入の元となる物は領民たちの手で作り出すしかありません。それだけに貧しい生活をおくっている者が多かったのですが、アルフィン様の提案された事が本当に実現できるのであれば領民も裕福になりきっと喜ぶ事でしょう。私からお願いします。ぜひともこの御話、受けさせて下さい」

 

 先程までの「神様の言う事は絶対!」って言う悪い意味でパーティゲームのようなノリではなく、この地を治める者としての顔でカロッサさんは答えてくれた。うんうん、こういう感じの返事を求めていたのよ。

 

 お互いにメリットがなければその関係はいずれ破綻してしまう。特に神様であるという思い込みから来る協定は、それが間違いであると気付いた時に簡単に崩れてしまうだろう。まぁ、これに関しては私がいくら否定しても聞く耳もってもらえなかったから壊れる心配はないのかもしれないけど。

 

 「ではこのお話、受けて頂けるのですね。ああよかった、これで私もほっとしました」

 

 そう言って私は顎の下辺りでポンと手をたたき、小首をかしげながらほっと息をついて自分が出来る最高の微笑を浮かべた。鏡の前で何度も何度も練習を繰り返し、けして不自然な所は無いと言うところまで昇華させた自信の笑顔だ。

 

 女性営業マンにとって笑顔というのは武器である。ましてそれが男性相手ならば効果は覿面で、私を見るカロッサさんの表情は見る見る赤く染まっていった。解る解る、私もリアルでは何度美人営業マンの笑顔によって無理な仕事を押し付けられた事か。それを知るからこそ、この笑顔の練習には特に時間を掛けたのだから。

 

 「え、あっ、アルフィン姫様。一つ宜しいでしょうか?」

 「はい、なんでしょう?」

 

 その声に視線をカロッサさんの後ろに向ける。すると同じく顔を朱に染めたリュハネンさんが、何か言いにくそうな顔をしていた。なんだろう? 今の提案に何か不備でも見つけたのかしら?

 

 「先程のアルフィン姫様の御話では、館を構えられていらっしゃいますボウドアの村の御話しか出てまいりませんでした。しかし、子爵が統治する領地にはもう一つ、エントという村がございます」

 

 あっ!

 

 心の中で思わず叫んでしまった。

 そう言えばカロッサさんの領地には、もう一つ村があったわよね。私がこの世界に来てはじめて訪れたエントと言う名の村。あれ以来一度も話題に上がらなかったからすっかり忘れていたわ。

 

 「ボウドアの村を発展させて頂くと言う案、とてもありがたく思います。ですが一つの村だけが発展してもう一つの村が取り残されるというのは、領内の不和を招きかねません。厚かましい御願いであるとは重々承知しているのですが、どうかエントの村にも支援を頂けないでしょうか?」

 「それは確かにそうですが」

 

 そう答えたものの正直何の思い入れも無いのよねぇ、エントの村には。村長夫妻は優しく接してくれたけど、最初に出会った農民は気付いた時見て見ぬ振りをされたし。これが技術提供をすると言うだけの話ならまずボウドアの人たちが私たちの技術を習得して、それからエントの人たちがその人たちに教えを請い、そのあとはその村で勝手にやればいいという話になるんだけど、さっき技術そのものは機密だから教えないと言ったばかりだからなぁ。

 

 正直割ける人材もそれほど多くないのよね。農業に従事している人数自体それほど多くない上に、人の姿をしている者しか派遣できないのだから。

 

 「こちらから派遣できる人材は限られています。ボウドアだけならともかく、もう一つの村にまでと言われましても・・・」

 「そこを何とか、お願いします」

 

 そう言うとリュハネンさんは最敬礼を通り越し、頭が膝に付くのではないかと言うくらい頭を下げた。その必死な姿に私の心も少しだけ揺れる。そして、

 

 「アルフィン様、私からも御願いします。どうぞ、エントの村にも何かご支援を下さい」

 「あっ頭を上げてくださいカロッサさん。解りました、解りましたから」

 

 先程の傅いた様子とは違い、領民思いの領主としての顔でカロッサさんに額をテーブルにつけて懇願されてしまった。正直、ここまでされてしまっては受けざるを得ないわ。だってこれで断ったりしたら、流石に意地悪をしているみたいだもの。

 

 「先程も申しました通り、人材には限りがあります。ですから館があるボウドアほどの支援は出来ませんが、最初の土壌改良と機密にあたらない程度の簡単な維持の方法説明。そして良質な種子の提供はしましょう。以降の事はエントの村の人たちの努力次第と言う事になってしまいますが、これが私にできる精一杯です」

 「それだけして頂けるのでしたら十分です。本当にありがとうございます」

 

 そう言うとリュハネンさんはまたも深く深く頭を下げてくれた。う~ん、でもこんな約束しても大丈夫なのかなぁ? ボウドアでも家畜は殆ど飼っていなかったから家畜の糞を利用した肥料は作るのも大変だろうし、そもそもこの近くに石灰岩が取れる場所自体あるかどうか解らないからなぁ。無かったら石灰の代わりに土をアルカリ性に変える物が必要になるし。

 

 まぁ、その時はその時か。町まで行けば売っているかもしれないしね。

 

 「ではこの話はこれでいいですね。他に質問なさる事はありますか?」

 「はい。アルフィン様、先程あなた様は御自分の事を商売も営む貴族と言う立場であると、貴族や大商人たちに説明してほしいと言う様な事を仰られました。と言う事は何か御商売を御初めに成られる御つもりのようですが、一体どのような物を御考えなのでしょうか?」

 

 あら、こちらから話を振る前にカロッサさんから話題にしてくれるなんて。どうやって切り出そうかと考えていたから、助かったわ。

 

 「私の国は物作りも盛んでして、色々な工芸品やドレスなどの衣服、武器や防具などを生産しているのですよ。折角このお話が出たのですから、その一部をお見せしますね。ギャリソン、お願い」

 「畏まりました、アルフィン様」

 

 そう言うと私は後ろに控えていたギャリソンに商品サンプルを出すように指示を出す。するとギャリソンがアイテムボックスを開き、中からいくつかの製品を取り出し始めた。

 

 っ!?

 

 なにやらカロッサさんたちの方から息を飲むような、驚いたような雰囲気が感じられたけど、私たちが商品サンプルを持ち歩いていた事にそんなに驚いたのかしら?

 

 その事が少々気になりながらも、アルフィンはクリスタルで作られた鳥や動物の像、剣や鎧、そして宝石が入った箱を順番にテーブルの上、そしてそこに乗らない大きな物はその脇に並べていった。

 

 

 ■

 

 

 なっ何だ、あれは!?

 

 カロッサ子爵とリュハネンは目の前の光景に絶句する。二人には実際にその目にしているのに、今何が行われているのかまったく理解できなかったからだ。

 

 「ギャリソン、お願い」

 

 そうアルフィンが後ろに控えていた執事に指示を出された時は、てっきり先程出したチョコレートのように手にした四角いカバンから出される物だとばかり思っていた。だが実際に目の前で行われたのはとても信じられない事で、なんと執事が中空に手を伸ばすとそこに割れ目が生じ、その中から次々と物品を取り出し始めたのだ。

 

 いや、それが小さな物ならばこの目にした事は無いものの、そのようなマジックアイテムが存在するかもしれないと考えたであろう。だが、出てきた物は人の腰ほどの高さのある大きなクリスタルの像や立派な鎧などの大きな物も多く、これほどの量や重さがあるものを収納できるマジックアイテムなど人の手によって作り出せるとは、彼らには到底思えなかった。

 

 

 

 これが神の御業か

 

 アルフィン様には驚かされる事ばかりである。かの御方は御自分を神ではないと仰られるが、その行動は人の常識からはかなりかけ離れている事に御自身ではまるで御気付きではないようだ。

 

 

 

 目の前に展開される景色に圧倒されながらも、必死に私は女神ではないと自分たちに主張されるアルフィンが妙に可愛らしく感じられ始めたカロッサ子爵だった。

 

 

 ■

 

 

 「とりあえずこれが商品サンプルになります。どうでしょう、この国でも売れると思いますか?」

 

 そこに並べられた物たちは、ギャリソンに調べさせたこの国の調度品や武器防具より少しだけ上質な物をと考えて作った物だ。はじめに売り出そうと考えていた物たちは「この世界ではあまりに高級すぎて、誰も買う事は出来ないのではないでしょうか?」と言うギャリソンの進言を受けて、改めてこの世界向けに開発した物ばかりである。

 

 でも、本当にこの程度の物でよかったのかしら? だってこのクリスタルの置物にしても何の付加価値も無いただの置物よ。普通なら魔力を通すと部屋の空気を浄化して毒の散布を防ぐとか、癒しの光を放つみたいに何かしら付加価値をつけるのが当たり前なのに。それに武器にしたって職人の特殊技術でデーター容量が増えているだけでデータークリスタルさえ組み込まれて居ない、ただ作っただけの物だもの。

 

 確かにユグドラシルの技術で作った物だから魔法の防具のように自動的にサイズが合ったり武器防具破壊技でそのデーター量を超えない限りは壊れないとか、上級スキルの効果でほんの少しの強化は付いているけど、そんなものは私たちの感覚からするとあって無いような物だ。だから私は一番小さい物でもいいから能力強化のデータクリスタルを入れようって言ったんだけどギャリソンが「そんな物を入れてしまっては騒ぎになるくらい、この世界の技術は低いようなのです」と止められてしまった。

 

 と言う訳で、どきどきしながらカロッサさんたちの反応を待つ。

 

 「これは・・・すごい物ですね。欠けやすいクリスタルを使ってこれほど精巧な像を作り上げるとは。それにこれほどの大きさと透明度を誇るクリスタルは滅多にお目にかかった事はございません」

 

 最初に反応したのはカロッサさんだ。テーブルに置かれた小さな動物の像を手に取って眺め、その口から出た言葉なんだけどその表情からすると本気でそう思っていることが伝わってくる。まぁマーチャントスキルで作った物だから像の出来事態はいいのは間違いないからなぁ。

 

 「この剣と防具も素晴らしい物ですね。ちょっと鑑定しても宜しいでしょうか?」

 「ええ、元々売りに出すつもりの物ですから」

 

 私がそう言うとリュハネンさんは鑑定の魔法を唱えだす。

 

 <アプレーザル・マジックアイテム/道具鑑定>

 

 へぇ、騎士さんと聞いたけど、筆頭ともなると魔法も使えるのか。

 そんな事を考えながら眺めていたんだけど、彼の表情が一変したのを見てそれどころではなくなってしまった。なんと大きく目を見開いて顔が強張り、体が震えだしたのよ。

 

 「どうしました? 大丈夫ですか?」

 

 そのあまりの変わりように私は心配になって声をかけ、彼が手にする篭手に目を向ける。あれって職人技術の効果で腕力を上げる効果が少しだけついていた物よね。でも確か上品質だから、データー量だけは同レベルの物よりも高くて防御力も少し高くなっているはず。

 

 でも言ってしまえばそれだけの物で、この品も例に漏れずデータークリスタルは組み込まれていないはずだから特に強力な性能の防具が紛れ込んでいた訳では無いと言う事よね? では、このリュハネンさんの反応はどういう事なのかしら?

 

 「アルフィン様、これを、この品を本当にお売りになるおつもりで?」

 「えっ? ええ、そのつもりですけど」

 

 私の疑問をよそに、リュハネンさんは私にそうたずねる。

 その少しかすれた声と緊迫した雰囲気に少し飲まれながらも何とか返事をしたんだけど、私はその後のリュハネンさんの言葉に開いた口が塞がらなくなってしまう。

 

 「アルフィン様、よく御聞きください。これは、この品は神々の贈り物であり人の世の最高位に当たるマジックアイテムであるアーティファクト級にこそ届きませんが、それに準ずる位置に在る程の物。所謂神の装備に匹敵するマジックアイテムと評されるゴッズ級と呼ばれる物です」

 

 へっ? かっ神様と掛けた訳じゃないよね?

 その信じられない言葉に、頭がくらくらとするアルフィンだった。

 

 




途中に出てくる防具ですが、設定だけで見るとweb版に出てきたイルアン・グライベルと同程度の装備みたいな書き方がされていますが、データークリスタルを組み込んで居ないのでアーティファクト級には手が届いて居ないという設定になっています。あと、ゲームである以上武器防具のオーダーメイドと言うのはありえないと思うので、サイズ自動変更はデータークリスタルを入れる前からされる物としました。

ドラクエの設定流用部分を削除しました


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61 領主との接見 5

 

 

 静まり返る室内。

 

 「ゴッズですか・・・」

 

 私たちが知る装備の階級とこの世界の装備の階級と言うものがかけ離れているというのはギャリソンたちの調査のおかげで知ってはいたんだけど、まさかこの程度の物がそんな呼ばれ方をしているなんて。忠告を聞いてデータークリスタルを組み込まなくて本当によかったわ。これがゴッズクラスだと言うのなら、もし組み込んでいたらきっとアーティファクトクラスと言う事になっていたと思う。それすなわち神が作りたもうた物と言う事で、自国の生産品であると紹介してしまっていた以上、当然のように神様騒動が再燃してただろうから。

 

 「はい。それにこの装備に使われている金属、もしやアダマンタイトではありませんか?」

 「え? ええ、そうですけど。アダマンタイトはこの国にもある金属ですよね?」

 

 リュハネンさんの問い掛けに私は自信を持って返した。

 これは間違いないはずよ。だってエルシモさんも冒険者の階級にアダマンタイトと言うものがあると言っていたからね。銅とか鉄とかの金属名が階級になっている以上、この世界にない架空の金属を最高位の名前にしているなんて事は無いと思う。それに認識用のプレートはその階級の物が使われているって話だし、存在しない幻の金属なんてことは無いはずだ。だから私たちの基準からするとかなり柔らかい金属だけど、この世界の冒険者の最高位に与えられる名前として付けられているくらいだから価値があるのだろうと選んだけど・・・。

 

 「存在します。確かに存在しますが、大変希少でそれに見合うだけの価値がある物のです。実際アダマンタイトだけで作られた防具など、この世の中に存在するのかどうかさえ解りません」

 「えっ!?」

 

 そんなに貴重な物なの? でも、冒険者は自分の階級のプレートをつけてるって・・・。

 

 「ぼっ冒険者の方たちは、このせか・・・国の冒険者たちは自分たちの階級の名と同じ金属製のプレートをつけていると聞きました。それならばアダマンタイトの方たちの数だけプレートがあるのでしょ? それなのにそんなに貴重だなんて」

 「アダマンタイトのプレートを預かり、それを紛失するなんて事になればその者はとんでもない金額の賠償を支払う事になるでしょう。薄いプレート一枚でさえ、この金属はそれ程の高値で取引されるのです」

 

 まじですか・・・。

 

 「いや、でもアダマンタイト級の冒険者たちならきっと!」

 「我が国のアダマンタイト級冒険者たちとは面識が無いのでどうか知りませんが、隣の王国でかなりの名声を持つアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇のリーダーであるラキュースという方はミスリルとオリハルコンで作られた鎧をお使いだと言う話です。私の予想ですが、もしアダマンタイトのみを使って作られた装備が存在するとしたら、それはきっと遺跡などから発見された物でしょう」

 

 すみません、私の負けです。リュハネンさんの言葉に私は二の句もつけなかった。

 しかし失敗したなぁ。まさかアダマンタイトでさえそんなに貴重なのか。

 

 ・・・あれ? ちょっと待って。

 

 「もしかしてミスリルの防具くらいの防御力でも、この国では強固な鎧なのでしょうか?」

 「当然です。ミスリルもかなり高価な金属ですし、上位の冒険者でも手に入れることを目標にし、下位の冒険者にいたっては手に入れる事は一生適わないであろう程度には貴重で強固な鎧です」

 

 うわぁ、もしかして私、盛大にやっちゃってた? エルシモさんたちが着てる作業服でさえ、それくらいの防御力あるよ。あの人、元金の冒険者だという話だし、当然気付いてるよね? それなら教えてくれればいいのに。

 

 「この武器と防具ですが・・・流通させない方がよさそうですね」

 「その方が賢明かと存じます」

 

 ああ、どうしよう。これを商売の目玉にしようと考えていたのに。それほど貴重でもない金属でも稼げるからと考えていたけど、それでさえこれなんだから武器防具を売ると言う考え自体軌道修正すべきね。

 

 「あっすみませんが、この装備の事ですけど」

 「はい、解っております。この部屋の外にこの話を洩らす事はありませんのでご安心を」

 

 ほっ。

 リュハネンさんの言葉に一息を付く。うん、とりあえずこれで一安心かな。この人は口外しないと口に出した以上、きちんと秘密は守ってくれると思う。仮にも貴族付きの筆頭騎士を任されている程の人だからね。

 

 「しかし流石はアルフィン様ですなぁ。これ程の物をご用意されるとは」

 

 金属の希少性にはあまり詳しくないのか、そんな私たちの会話に今まで入れなかったカロッサさんが、話が一段落着いたのを見計らって会話に参加してきた。いや、詳しくないと言うより話の邪魔をしないようにしてくれていたと言ったところかな?

 

 「いえ、無知な所を晒してしまい、お恥ずかしい限りです」

 「いえいえ、アルフィン様はきっと基準から違うのでしょう。私どもからは想像できない程の財力を御持ちのようですから、どちらかと言うとこの程度で大騒ぎをしてしまう私たちの方が恥ずかしい限りですよ」

 

 ん? 価値の基準が違うってどういう事だろう? それにそんなに財力があるところを見せた事があったっけ? 

 

 「ああ確かにそうです。流石は子爵、私ではそこに気付けませんでした。アルフィン姫様、この国でご商売をなされるのでしたらこの国の価値基準の御話を一度御説明しなければいけませんね」

 「価値基準ですか」

 

 確かにアダマンタイトの篭手のように装備や金属に関してはちょっとやってしまった感があるけど、他の美術品とかに関してはここに出してもそれほど大きく驚かれた印象はなかったし、その他の価値基準についても、これまでボウドアの村とかでもそれほどおかしな事はやっていない気がするんだけどなぁ。

 

 「ボウドアの村の浴場等の施設もそうですが・・・アルフィン姫様、前にエントの村を訪れた時に情報料として小さな宝石を村長に御渡しになられませんでしたか?」

 「あっ、そう言えばそんな事がありました。なるほど、確かにあれは少々行き過ぎてしまいましたね」

 

 そうそう、高々お金のレートとか近くの地理程度の報酬に、この国の交金貨500枚程の価値のある宝石を渡したんだっけ。

 

 「はい、流石にあれは少々常識外でした。流石に周辺の情報の報酬で金貨5000枚ほどの価値のあるルビーを御渡しになるなんて」

 「へっ?」

 

 ごっ5000枚!? 500枚じゃないの? いや、500枚でも非常識だけど、一桁違ったらとんでもない話になるじゃない。と言うか、確か金貨って1枚10万円くらいの価値だったはずだからあの小さな宝石で5億円もするの!?

 

 「こっこの国ではそんなに高値で取引されているのですか?」

 「はい。もしかしてアルフィン姫様の国ではそうではないのですか?」

 

 リュハネンさんが不思議そうな顔でこちらを見つめてくる。

 

 いけない! もしかするとかなり不味い事を口走ったかもしれない。

 すでに常識が無い事は知られているけど、これは本当に不味い奴よね。あまりの衝撃に慌ててギャリソンの方に向き直る。すると流石のギャリソンもこの事実には驚いて顔が少し引きつっていたようだけど、私の顔色を見てすかさずフォローを入れてくれた。

 

 「アルフィン様、我が国でもルビーはその程度の価格で取引されているはずでございます。しかしそれを御伝えせず、主に恥をかかせてしまったのは我ら従者の失態。まことに申し訳ありませんでした」

 

 そう言うとギャリソンは一度背筋を伸ばし、その後深く頭を下げた。

 

 「そっそうなの。そんなに高価な物だったのね。あの時持っていた宝石の中では比較的小さな物だったから渡してしまったのだけど・・・。確認もせずに渡してしまった私も悪かったわ。ギャリソン、許して頂戴ね」

 「アルフィン様、勿体無い御言葉でございます」

 

 私の言葉にギャリソンは微笑み、今度は45度ほど頭を下げた。この私たちのやり取りを見てカロッサさんたちも得心がいったようで、

 

 「なるほど、アルフィン姫様はご存じなかったのですか」

 「それならば納得もできると言う物です。しかし、小さいから御渡しになられたとは。いやはや、やはりアルフィン様の財力は計り知れませんなぁ」

 

 なんて言いながら笑い合っている。ふぅよかった。何とかごまかせたみたいね。

 ちょっとしたピンチではあったけど、でも過ぎ去ってしまえばこの話は逆にチャンスになりそうだ。

 

 「でもそうですか、宝石は私たちの国とこの国と同じくらいの価値で取引されていると言う事ですね。それならばそれを基準にしてこの国の物品の価値基準を学び、流通させて最初の基盤を作るのがよさそうですね」

 

 宝石は魔法の触媒にもなるし、装備や装飾品、マジックアイテムの素材になるから、宝物庫の中にはまさに売る程あるのよね。それが私たちの基準より高く売れると言うのならそれは願っても無い話だ。城に帰ったら早速相場を調べさせて、交金貨を得る為の材料にするとしよう。

 

 「はいアルフィン姫様。宝石や美術品の数々は国によってそれほど価値が変わる物ではありません。ですからあなた様の御立場を隠す為の商人と言う隠れ蓑の主力商品にされるのが宜しいかと存じます」

 「ごめん、ちょっといいかな?」

 

 こうして商売を営む貴族と言う設定が固まりそうだった所に、今まで私の隣で黙って話を聞いていたシャイナが割り込んできた。

 

 「はいシャイナ様。今までのアルフィン姫様との会話の中で、何か気になる事でもございましたでしょうか?」

 「ああうん、ちょっと待ってね。ねえアルフィン、これ」

 

 そう言うとシャイナは自分の胸元を指差した。

 ん? シャイナの胸元には何も無いけど? 私がそう思って不思議そうな顔をすると、

 

 「私じゃなくてアルフィンのよ」

 

 そう言ってもう一度胸元を指差す。

 なるほど、私の胸元か。そう理解して視線を下げるとそこにはペンダントがゆれていた。金の鎖にプラチナの土台を使って3つの小さなダイヤがあしらわれているペンダントトップの付いたシンプルなデザインのペンダントだけど、これがどうかしたのかしら?

 

 「ねぇアルフィン、そのペンダントをリュハネンさんに鑑定させてしまっても構わないかな?」

 「えっ? 別にいいけど・・・」

 

 これって本当にたいした物ではないわよ。デザイン的に気に入っているから着けているだけでたいしたマジックアイテムでも無いし。

 

 シャイナの意図が解らず、少し首をかしげながらだけどとりあえずペンダントを外し、

 

 「どうぞ」

 「お預かりします」

 

 リュハネンさんに渡す。それを恭しく受け取ったリュハネンさんは早速鑑定魔法を発動してこのネックレスを調べ始めた。

 

 「毒と麻痺、後は精神支配の抵抗が大きく上がる物ですか。各耐性が上がる魔力がそれぞれのダイヤに籠められていて、特に毒に関しては金の鎖とダイヤの二つに魔力を込める事によって完全に防げるようになっているのですね」

 

 先程の篭手の時とは違い、それほど大げさには驚かずに彼は鑑定結果を口にしている。まぁ、すでにあれを見た後だったからどれほどの物が出てきても驚かないと言う構えが出来ていたからなんだろうね。それにこのペンダントは本当にそれほどたいした物ではないと言うのもその理由なのだろう。

 

 マジックアイテムと言う物は素材の価値と使用量、そして製作者の特殊技術の高さによって内包する事が出来るデーター量が決まるのよね。このペンダントの場合はリュハネンさんが指摘した通り、中程度の耐性のデータクリスタルの力をそれぞれのダイヤに籠めて、それをプラチナの土台に乗せてペンダントトップにした物をこれまた毒の耐性のデータクリスタルの力が籠められた金の鎖とあわせる事によって3つの耐性が付くアイテムになっているの。

 

 因みにリュハネンさんは毒に関しては完全に防げるような事を言っていたけどこれはちょっと違っていて、正確には6位階相当の魔法やアイテム、モンスターの毒までは完全に防ぐ効果があると言うのが正解ね。この程度の素材では上位の毒まで防ぐほどの大きなデータを入れることは事は不可能だから。

 

 装備として考えた場合30レベルくらいならかなり装備する価値があるけど、50レベルを超えたらもっと上位の物に変えないと意味を成さないって程度の物なのよね。だから今日ここにこれを着けて来たのは耐性をあげるためじゃなく、ただ単にデザイン重視で選んだだけなんだけど。

 

 シャイナはなぜこんな物を鑑定させようと言い出したんだろう?

 

 「これは凄く強力なマジックアイテムですね。これほどの効果をこのようなペンダント一つに内包させるとは。流石アルフィン姫様が御付けになられているものです」

 「アンドレアスよ、それほどの物なのか?」

 「はい。皇帝エル=ニクス陛下が御付けに成られている、あのペンダントよりも強力な魔力を内包していると思われます」

 「なんと!」

 

 そんな事を考えていたら、カロッサさんたちがまたも大げさに驚きだした。

 う~ん、もしかしてこの人たち、私を持ち上げようとしてわざと大げさに言ってるんじゃないのかしら? このように私が二人の態度に少々不信感を持ちだした所で、シャイナから驚きの言葉が告げられる事になる。

 

 「それはそうでしょう。我が国の秘宝の一つなのですから」

 

 っ!?

 何を言い出すのよシャイナ。この程度の物が秘宝な訳が無いじゃない! と、つい声に出しそうになった所でトンっと軽く肩の後ろの辺りを突かれた。それはいつの間にか後ろに立っていたギャリソンの手によって行われた物で、多分今は黙って聞いていて下さいという合図なのだろう。そこで私は居住まいを正し、シャイナの言葉の続きを待つ事にした。

 

 「秘宝ですか?」

 「はい。我が国でも3つもの耐性を付加するアクセサリーはそれほど多くはありません。そしてこれはその中でも特に強力なアイテムなのです」

 

 そんなシャイナの言葉にさも在らんと頷くカロッサさんたち。

 

 「誤解の無いように予めお伝えしますが、これはあなた方を信用していない為につけている訳ではありません。アルフィンは私たちの国の支配者であると同時に最高の癒し手でもあります。その彼女がもし毒や麻痺、精神支配に犯された場合私たちはかなり不利な状況に陥ってしまいます。逆にアルフィンさえ無事ならばどんな攻撃を受けたとしても私たちの安全は保たれます。ですから外出時はこのペンダントか、それに準じた効果を持つ複数のアクセサリーを身に付ける様にしてもらっているのです」

 「解ります。我が国の皇帝も、どのような効果がある物かまでは立場上御話できませんが、常に強力なマジックアイテムを身につけておいでですから」

 

 リュハネンさんの言葉に満足そうに頷き、シャイナは話を続けた。

 

 「話がそれてしまったので元に戻しますが、このペンダントを鑑定してもらったのには理由があります。それはこの国にもこのような魔力を内包したアクセサリーが存在するのかどうか知りたかったからです。まぁ、これに関しては先程の返答でもう御聞きしましたけどね」

 

 そう言うとシャイナは笑顔をリュハネンさんに向ける。その笑顔に怯んだような態度を見せているのは彼女に見惚れてしまったからか、それとも自国の秘密をつい口走ってしまったからか。まぁ、その両方なんだろうね。

 

 「話を本題に戻します。先程も申しましたがこのペンダントは我が国の秘宝です。しかし複数のアクセサリーを併用すれば同程度の効果を得られるともお話しました。私が言いたかったのはむしろこちらの方です。我が国には一つの耐性や力、魔力を上げるアクセサリーを作る技術があります。もしそれに順ずる物がこの国にも存在するのならば、これも商品の一つになるのではないかと考えてその力を見てもらったんですよ」

 

 ああなるほど。確かに宝石や美術品を売るのもいいだろうけど、私たちはマーチャントギルドなのよね。どうせなら魔力の篭った物を作り出して売りたいもの。それにただの宝石を売るより魔力を籠められたアクセサリーに加工して売った方が外貨を稼ぐにはいいと思う。そして何より、素材だけを売っていたのではうちでやる事も無く遊んでいる職人たちの仕事を作る事は出来ないのだから、簡単なアクセサリーや弱い武器や防具であったとしても作って売るべきだろう。

 

 「なるほど、確かにそのような商品をお作りになられる事ができるのであれば、目玉商品になりますね。特に強力な物ならばきっとこの国の商人たちも仕入れたがる事でしょう」

 「あまり強力すぎる物はダメでしょうけどね」

 

 つい我慢できずに横から口を挟んでしまった。

 

 「そこはちゃんとリサーチすれば大丈夫じゃない? ギャリソン、できるよね?」

 「お任せください」

 

 シャイナの言葉に力強く答え、頭を下げるギャリソン。彼がそう言うのなら間違いないだろう。こうして私たちイングウェンザーがこのバハルス帝国で売る商品ラインナップが決まったのだった。

 

 




 D&Dでは小さなルビーがなんと5000GPもするんですよね。

 因みにこれはダイヤモンドと同等で、これがダイヤなら一つでレイズ・デッドの触媒になります。流石にこれをD&Dのルールで見たときは笑いましたよ。アルフィン、僻地の村に5億円寄付しちゃったよってw

 バブル期に行われたふるさと創生資金より凄い話です。あっちは1億円ですからね。


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62 領主との雑談

 

 とりあえず商品の選定も終わり、カロッサさんに後見人になってもらってこのバハルス帝国で行動する足がかりを作る前準備の作業は全て終了。これで今日私がここに訪れた用事は全て終わったわけだ。

 

 でも、だからと言って「はい。それではさようなら」と言う訳には行かないのよねぇ。どんな商談でも終わった後に雑談などをして、より親睦を深める努力をしなければいけないのよ。そうでなければ完全にビジネスライクな関係になってしまうからね。

 

 お金だけの繋がりはとても脆い。それに対して友愛を元としたしっかりとした人と人の繋がりがあれば、多少の問題や行き違いが起こったとしても簡単に乗り越える事が出来るからなの。相手が好きか嫌いかと言うだけで人との関係の強さは大きく変わってしまう物なのだから、付き合いを続けようとするのなら常によい関係を模索し続けなければいけないのだ。

 

 と言う事で、ここからはカロッサさんたちと親睦を深める時間である。そして、この館を訪れた時からずっと気になっていた事を尋ねるには絶好の機会でもあるのよね。

 

 と言う訳で、早速ぶつけてみる事にした。

 

 「カロッサさん、一つお伺いしたい事があるのですが、宜しいですか?」

 「アルフィン様から私に質問とは。どのような事でしょう? たとえどんな御質問でも喜んで答えさせていただきますよ」

 

 私の言葉ににこやかに答えてくれるカロッサさん。ここで私が聞きたい事というのは、なぜカロッサさんがこのような辺境の地の領主をやっているかと言う事なのよね。だって、騎士の称号を持つ貴族よ、それもかなり優秀な。普通ならこんな辺境ではなく他国やモンスターから民を守る為に前線の領地を任されているという方が普通なのよね。

 

 だからこそ、これまでは何か失態を犯してこのような場所に飛ばされたのではないかと考えていたんだけど、どうも違うみたいなのよ。だって、この館に来て見かけた領主の騎士たちは皆、よく鍛えられていたもの。もし左遷で送られたのであればやる気など失っているはずだし、何よりここではそこまで力を入れて兵を鍛える必要も無いはずなのよ。だってこの周辺は村の周りに防御塀さえ作っていないほど、のどかな所なのだから。

 

 だからこそ、この話は最優先で聞いておくべきだと私は思ったのよね。それと、

 

 「その前に、この館にお邪魔して私は大変感服しました。と言うのもこの館に詰めている騎士たちがとても鍛えられているからです」

 

 まず最初に褒める所から入れると言うのも、私がこの話題を会話のトップに持ってきた理由のひとつ。誰でも自分やその部下を褒められればいい気分になるからね。相手と親密になるには相手を褒めるのが一番。けなされて喜ぶ人は殆どいないはずだからね。

 

 「ありがとうございます。アルフィン様にそう言って頂けたと聞けば、我が家に仕える騎士や騎士見習いたちもとても喜ぶ事でしょう」

 「いえ。私如きの言葉でそのような」

 

 自分の部下を褒められてとても嬉しそうなカロッサさん。返礼のお世辞を笑顔と謙遜で返した後、私は本題に入ることにした。

 

 「そこで一つ疑問に思ったのです。なぜカロッサさんはこのような場所の領主をなさっているのだろうかと」

 

 ここで一度言葉を切ってカロッサさんの表情を窺う。

 私の言葉になにやら難しそうな顔をして黙り込んでいる所を見ると、やはり何かあると言う事なのかな? と言う訳でもう少し突いてみる事に。

 

 「失礼とは思いましたが、ご挨拶する相手に失礼があってはいけないと、こちらに窺う前に少し調べさせて頂きました。カロッサさんは騎士の称号を持つ貴族でいらっしゃるそうで。それもかなりの武勇を誇るお家柄だとか。この国は隣の国と毎年のように戦争をし、また危険なモンスターが多く住む大森林とも隣接しているとお聞きしました。もし私がこの国の王ならばこのような場所ではなく、隣の国との国境付近や大森林のすぐ近くの領地を任せるのでは? と考えたのです」

 

 ここまで話して一度話を切り、目の前のお茶を一口含んでから話を続ける。

 

 「この館を訪れるまでは正直、政争に負けてこのような場所に領地を変えられたのではないかと考え、この話題には触れないで置こうと決めてここを訪れました。しかし、私の想像していた通り僻地に追いやられたのであればカロッサさんに仕えている者たちの心は荒み、自らを鍛える手は緩むでしょう。仕えている家の繁栄の道は閉ざされたと言う事なのですから。ところが先程も申し上げたとおり、この館の騎士たちは皆よく鍛えているようです。と言う事はカロッサさんがこの地の領主を勤めているのは別の理由があるのではないかと私は考えたのです」

 

 本当は人には言えないような失敗をしたんじゃないかと思っていたとはおくびにも出さずに、真剣な表情を作ってカロッサさんを見つめる。さて、どんな答えが返ってくるかな?

 

 ここでもしこの地がバハルス帝国にとって重要な土地だった場合、私たちの城の存在が中央に伝わると大変な事になるかもしれない。でも、それに関してはあまり心配してなかったりするのよね。だってもしそうなら、私たちの城の偵察にリュハネンさんが派遣される訳がないもの。私ならもっとしっかりとした偵察の技術を納めたプロを派遣する。でもそれをしなかったと言う事は、きっと別の理由があるはずなのだ。

 

 「・・・」

 

 いまだ難しそうな顔を崩さず黙り込むカロッサさん。私もそれ以上言葉を発する事は無く、部屋の中には静粛が訪れる。しかし、その静粛はカロッサさんの後ろに立つリュハネンさんによって破られた。

 

 「子爵、やはりあの事はアルフィン姫様に御話すべきかと」

 「・・・うむ、そうだな」

 

 あれ? その口調からすると、カロッサさんがここの領主をしている理由は私たちにも関係してくる可能性があるものなのかしら? 

 

 そんな事を私が考えてい間に、リュハネンさんの言葉で意を決したような顔をしたカロッサさんは、私に向かって静かに語り始めた。

 

 「アルフィン様、御察しの通り当家は理由があってこの地を収めております。そしてそれはアルフィン様の城にも関係がある事なのです」

 「私の城に、ですか?」

 

 あら、と言う事はやっぱり私の予想は外れていて、本当にバハルス帝国にとって大事な土地だったと言う事かしら? でもそれなら、こんな悠長な話になっているはずが無いのだけれど・・・。

 

 「これはもう御存知の事かと思いますが、アルフィン様の城が建つ地は私どもの国、バハルス帝国の領土ではありません。と言うより、あそこは人の領土ではないのです」

 「人の領土ではない、ですか?」

 「はい、アルフィン様。あの地は人の体と馬の胴体を併せ持つ亜人、ケンタウロスが支配する土地なのです」

 

 これはびっくり。何かあるだろうとは思っていたけど、まさか亜人の領地だったとはね。なるほど、それならば武門の家系の者を監視として領主にすえるのも解るわ。何か動きがあった時はその土地に詳しい者に指揮を取らせる方が何かと有利だしね。

 

 「ケンタウロスは同じ人と馬の体を持つ亜人であるセントールとは違い、人は食べません。ですからこちらから手を出さなければ争いになる事は無いのですが、彼らは自分たちの縄張りを荒らされる事を極端に嫌い、人が迷い込めばすぐに攻撃を仕掛けられたと思い込んでしまうのです。ですから間違っても村の者たちがあちらに向かって農地を広げないようにと言う監視も私の役目になっているのです」

 「迷い込んだだけで攻撃を仕掛けるのですか」

 

 その言葉を聞いて思わずギャリソンのほうに振り返る。

 

 「ギャリソン、そんな報告は受けた覚えはないのだけれど?」

 「まことに申し訳ありません、アルフィン様。確かにケンタウロスらしき亜人が城を窺っていたと言う報告は受けています。しかし数頭が数日間の間現れただけで、今はまったく姿を現さなくなっていると言う事ですので、ただ物珍しかった為に好奇心旺盛な個体が訪れていたのだろうとアルフィン様まで御報告が上がらなかったのでございます」

 

 なるほど、数体が見に来ただけならば確かに私まで情報が上がらないのも解るわ。だって、ケンタウロス程度なら大部隊を率いて襲ってきたとしてもギャリソン一人で撃退できそうだし、ましてや数体が見物に来ただけと言うのなら気にするほどの事でも無いからね。

 

 「そう。でも事情を知ったからには一度調べてみる必要はあるかもしれないわね。縄張り意識が強いはずのケンタウロスが、なぜ縄張りの中に人の城ができたのに何も行動を起さないのか少し気になるし」

 「それはきっとアルフィン様が女神さ・・・すみません」

 

 またカロッサさんが暴走をしそうだったので目線だけで制しておいた。ホント、帰る前にもう一度ちゃんと言い含めないといけないわね。

 

 「とにかく、これに関しては我が城の方で一度調べておきます。何か解りましたら、カロッサさんにもお伝えしますね」

 「はい。御配慮ありがとうございます」

 

 この後、近くの町やこの国の情勢、この世界で使われている便利なマジックアイテムの存在など(ここで私はある驚愕の事実を知る事になったけど、それはまた後ほど)他愛も無い話を1時間ほどしてから私たちはこの館をお暇する事になった。

 

 

 

 玄関までカロッサさんたちに送ってもらうと、そこには近くの町所属の騎士だと言う二人が待っていた。

 

 「あらライスターさん、どうかなさったのですか?」

 「いっいえ、皆さんがそろそろお帰りだと聞いたもので、御見送りでもと思いまして」

 

 顔見知りだと言うシャイナがライスターと言う騎士の顔を見て話しかけたところ、少し顔を赤めながらからは彼はこう答えた。でも、本当はお見送りだけが目的ではなかったみたいなのよね。だって、

 

 「隊長。しっかりしてください」

 「おっおう」

 

 こんな会話を部下の騎士らしい人としているくらいだから。そう言えばこの人、まだ名前を伺っていなかったような?

 

 「あら? あなたは最初にライスターさんと居た」

 「はい、衛星都市イーノックカウの駐留帝国軍所属、ライスター隊で副隊長を務めています、ヨアキム・クスターと申します。以後お見知りおきを」

 

 私が声を掛けるとライスターさんの横にいた騎士さんは、この国の敬礼らしき物をして自己紹介をしてくれた。ライスターさんがちょっと呆けている分、この人がしっかりしているみたいね。いや、シャイナの前だけかな? 呆けてるのは。

 

 「所で、先程のお二人のご様子からすると何か私たちに用事があるようでしたけど、どのようがご用件ですか?」

 「すみません、それは私から」

 

 私たちの会話を聞いて、ライスターさんが慌てて話しかけてきた。そうよね、私がどのような立場の人間かは出迎えを担当したくらいだから当然知っているだろうし、そのような状況で流石に隊長が横にいるのに部下に話させる等と言う相手を軽んじた態度で臨むわけには行かないわよね。

 

 会話の相手もライスターさんに代わった事だし、流れからそのまま話を続けようと思っていたんだけど、そこへリュハネンさんが血相を変えて割り込んできた。

 

 「ライスター殿、どのような御用件かは解りませんが、アルフィン姫様にけして失礼の無いよう、くれぐれも御願いしますよ」

 「はい、リュハネン殿。解っております」

 

 ああ、なるほど。顔色を見て何事かと思ったけど、不躾な事を言わない様に釘を刺したのか。

 別にいいのに。

 

 「アルフィン様、実は御願いがあるのです。あなた様の護衛の方々の技を見せて頂く訳には行かないでしょうか?」

 「なっ!? ライスター殿!」

 

 ライスターさんの言葉に思わず声を上げるリュハネンさん。まぁ、解らないでも無いわよね。だって他国の姫の護衛の技を見せろなんて普通は言わないもの。技と言う物は一度見てしまえば対策を練る事が出来る。だからこそ実践に即した技は秘匿する物であり、特に得意な技はけして人には見せないのが当たり前なのよね。

 

 ユグドラシル時代の話だけど、ある超有名なPkkギルドのギルドマスターが相手の技に対する対策がうまくて、ロールプレイ重視のスキルビルドなのにもかかわらずPVPの戦績がかなり高かったと言う話をうちの店を使ってくれていた戦闘系ギルドの人たちが話してくれた事がある。つまりそれくらい相手に手の内が知られると言うのは、こちらが不利になるという事なのよね。

 

 「まぁまぁリュハネンさん、きっとこの方の話は続きがあるはずですから、まずは全て聞きましょう」

 「アルフィン姫様がそう仰るのであれば」

 

 でもそんな事が解らないはずも無いから、この話にはきっと続きがあるのだろう。と言う訳で、リュハネンさんを制してライスターさんに話の先を続けてもらう事にする。

 

 「ありがとうございます。当然実践的な技を見たいと言うのではありません。ただ、身のこなしからそちらの方々は私どもよりかなり力量が上と御見受けしました。ですから、その身のこなしだけでも見せていただければ色々と勉強になると思いまして。ライスター殿、これはあなた方子爵付きの騎士たちにもチャンスなのですよ。これほどの方たちの動きをその目に出来るチャンスなど、そうは無いのですから」

 「なるほど、そういう意味ですか」

 

 ライスターさんの言葉にリュハネンさんもやっと納得する。

 

 「確かにこのような田舎では力ある者の動きをその目で見る機会などそうは得られる物ではないでしょうな。アルフィン様、私からも御願いします。アンドレアスたちにアルフィン様の騎士たちの動きだけでも御見せ頂けないでしょうか」

 「そう言う事でしたら別にかまわないのですが・・・動きと言うと、そちらのどなたかとお手合わせをするのですか?」

 

 ただ歩いたり走ったりする訳ではないだろうし、空手などと違って演舞があるわけではないから動きを見せろと言われても困ってしまうののよね。

 

 「いえ、流石にこちらのメンバーでは手合わせどころか数度剣をあわせる事すら出来ないでしょう。しかしそうですね、手加減して打ち合ってもらったとしても見取り稽古としてはあまり意味を成しませんから・・・。そうだリュハネン殿、こちらには稽古用の撃ち込み鎧はありますか?」

 「えっ? ええ、裏庭に練習用のものがありますが」

 

 撃ち込み鎧? ああ、剣道で言う所の竹刀を打ち込んで練習する防具をつけた器具みたいな物の事ね。

 

 「あれを使って打ち込みをしてもらいましょう。それならば剣速や身のこなしを見せてもらう事ができますから。宜しいですか? アルフィン様」

 「ええ、それくらいなら大丈夫だと思いますよ」

 

 そう言って私は許可を出した。だけど・・・。

 

 

 

 「アルフィン、ちょっと問題があるんだけど」

 「なに? 何かあった?」

 

 裏庭に移動した所で、シャイナが私に話しかけてきた。どうやら何か問題が発生したみたいね。

 

 「場所が悪いよ。あの撃ち込み鎧って奴、館を背にしてる」

 「うん、そうみたいね。でもそれがどうかしたの?」

 

 シャイナの言葉に撃ち込み鎧らしき物がある方へと目を向けてみた。すると確かに館を背にはしている。だけど十分距離は離れているし、私の目には別に問題があるように思えないんだけど? でもシャイナが言うのだから、私が気付かない何か問題点あるのよね。と言う訳で理由を聞いてみたんだけど、

 

 「問題大有りよ。あれじゃあ、ヨウコやサチコが剣を振るっただけで後ろの館にまで被害が出るわよ」

 「えっ!?」

 

 驚く事にこんな答えが返って来た。

 

 どうしてそんな事になるのよ? そう疑問に思って聞いてみたところ、彼女らのスキルビルドに問題がある事が判明した。彼女たちってレベルこそ高いけど戦闘スキル自体は接客や舞台の役柄でコスプレする際に色々な武器や防具を装備できるようにと、別々なスキルを少しずつ取っているの。今回はこれが問題になっていて、威力は50レベル前後の攻撃力なのに技がそれについて行っていないから、スピードや技の切れをそのまま出そうとすると威力を抑える事ができないらしいのよね。

 

 「剣圧を押さえるには威力を1点に集中させる技が必要なんだけど、彼女たちは3~4レベル前後のスキルばかりだからどうしようもないのよ」

 「う~ん、せめて一つ位10レベルのスキルを取らせておくべきだったわね」

 

 今更歎いても後の祭り。まぁ、ユグドラシル時代はこの子達はあくまで接客用のNPCだったから仕方がないと言えば仕方がないんだけどね。まさかこんな世界に転移するなんて夢にも思わなかったし。

 

 「仕方がないか。シャイナ、あなたならできるでしょ?」

 「私? ええ、私ならできるけど」

 

 そう言いながらシャイナは自分の姿を見下ろした。そこには真っ赤のドレスがそよ風に揺れていた。

 

 うん、確かに剣を振るう格好ではないよね。でも残念ながら背に腹は変えられないと言う言葉がこの世の中にはあるのよ。

 

 「動き辛いだろうけど、ここは我慢してやってもらえないかしら。セルニアはマジックキャスターだから任せられないし、ギャリソンは執事と言う立場でこれから行動してもらわなければいけないから、実は強いと言う所を見せてしまう訳には行かないし」

 「そうね・・・解ったわ。私がやる事にする」

 

 と言う訳でやり辛いであろうとは思うけどシャイナしかできる人がこの場にいないのだから仕方がない。意を決したシャイナは、ゆっくりとした歩調でライスターさんの方へと歩いて行った。

 

 「ライスターさん、すみませんが剣を貸して頂けないかしら?」

 「別にかまいませんが・・・シャイナ様が剣を振るわれるのですか?」

 

 シャイナがライスターさんから剣を借りるのには理由がある。

 

 「ええ。ヨウコたちでもいいのだけれど、彼女たちの武器はあれだから。撃ちこみ鎧への剣戟には向かないでしょ」

 「ああ、なるほど。確かにそうですね」

 

 今日ヨウコ達が腰に帯びているのは儀礼用のレイピアなのよ。あれでは撃ちこみ鎧に斬り付けたら普通は折れてしまうのよね。まぁ、シャイナならそんな事が起こる心配は無いからヨウコたちの剣を借りてもよかったんだけど、どうせなら向こうが使っている剣で見せた方がインパクトがあるものね。

 

 「でも大丈夫なのですか? そのようなお姿で」

 「心配してくれてありがとう、でも大丈夫よ。別に斬り合いをするわけではなく、ただあの鎧に数度斬り付けるだけだから」

 

 そう言うとシャイナはライスターさんから剣を借りて2・3度軽く振ってみせる。

 私にはなんと言う事も無いしぐさに見えたのだけど、その振りを見てライスターさんやリュハネンさんの顔つきが変わったところを見ると、見る人が見れば違うのでしょうね。

 

 「うん、これなら(剣圧で)折れる心配は無いかな」

 「はい。ただの鉄製の剣ですが、手入れはしっかりしてあるので撃ち込み鎧に数度打ち込んだ位では折れたりはしませんよ」

 

 微妙なニアンスのすれ違いを感じる会話の後、シャイナはライスターさんににっこり微笑んで撃ち込み鎧の前に立った。

 

 「鎧、壊れちゃうけど、いいわね?」

 「あっ、はい、大丈夫です。ですが・・・」

 

 リュハネンさんの「はい」と言う返事を受けた瞬間、シャイナの雰囲気が変わる。それを感じ取ったリュハネンさんは何か言いかけたんだけど、その言葉を飲み込んでしまった。私から見ても解るくらい気が高まっているものね。

 

 外見上は、力を抜いてただそこに立っているだけの様に見える。でも、近寄れば一撃の下に切り伏せられるようなあの雰囲気は・・・うん、多分演出だ。

 

 だって、本気でそこまで力を入れて技を放ったら館ごと一刀両断にしてしまうからね。100レベルの前衛の剣と言うのはそれほどの威力があるものなのだから。でもそんな事を知らない騎士さんたちは、これから行われる剣技にそれほどの集中力を持って挑んでいると思い込んで固唾をのんで見守っている。

 

 「行きます」

 

 シャイナはそう一言呟くと滑るかのように数歩前に進み、

 

 キンッ、キンッ、キンッ

 

 100レベル後衛職である私でも何とか防ぎきる事ができるくらいまで落とした剣速で三度撃ち込み鎧に切りつけ、その威力はスキルを使うことにより剣を受けた一点に集中して、鉄の鎧を紙のように切り裂いた。

 

 ドンッ、ドスッ、ガラン

 

 庭に響く、切り裂かれた鎧が地面に落ちる音・・・って、何この音、ちょっと変じゃない?

 そう思い、斬られて地に落ちた鎧を見てみると、

 

 「へっ?」

 

 何これ? 鎧じゃなくって、鎧の形をした鉄の塊に肩当とかをつけて鎧っぽく見せていただけの物じゃない。

 

 「なっ!?」

 「なんと、まぁ」

 

 その事実に驚いていると隣から二通りの反応が。リュハネンさんは鉄の塊が切り裂かれたのを見て大いに驚いているようだけど、どうやらライスターさんはあまり驚いていないみたいね。

 

 「私の剣でもあれほどの事ができるとは。流石シャイナ様だ」

 「なっ何を落ち着いているのです、ライスター殿。鉄の塊ですよ、鉄の塊をあのように両断するなんて!」

 

 そりゃ驚くよねぇ。常識的に考えたら絶対無理だもの。でもライスターさんは驚いていない。と言う事は、これができる人を知っていると言う事かな?

 

 「音に聞こえる王国の戦士長、ガゼフ・ストロノーフは一太刀の間に6度岩を切り裂くほどの武技を使いこなすと言います。私の見立てではシャイナ様はおそらくそれ以上の使い手ですからね。これぐらいの事をしてもおかしくはないでしょう。しかし使い慣れた御自分の武器ではなく私の剣を使ってそれをなしたのには、私も少々面は喰らいましたけどね」

 

 やっぱり。この世界にも強者はいて、これくらいの事はやってのけると言う事なのね。でもライスターさんがいてくれてよかったわ。もしリュハネンさんたちだけしかいない所でこんな事をしてしまったらまた大騒ぎになっていたかもしれないもの。

 

 あっでも、この状況を作った原因もライスターさんだっけ。

 

 想定外にシャイナの力の一端を見せる事になったものの、大事にならず心の中で一人ほっと胸をなでおろすアルフィンだった。

 

 





 長かった領主訪問編はこれで終わりです。次回は感想返しで語った今まで出てきていないイングウェンザーの城NPCを使った番外編を挟んで、この話の続きは再来週更新になります。まぁ、番外編と言ってもほんの少しだけ本編に関係しているんですけどね。

 さて、作中に出てくるケンタウロスとセントールですが、厳密に言うと同じモンスターです。でも草原に住むモンスターで亜人となると他に思いつかなかったので別の物として設定して登場させることにしました。


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外伝1 図書館の伯爵さん

 

 バハルス帝国の西に広がる草原。そこにはギルド"誓いの金槌"の本拠地であり、異世界の城でもある、イングウェンザー城が悠然とした姿でたたずんでいる。

 

 その城の地下5階層には図書室と言う名前が付いているものの、その名前からは想像できない程巨大な施設がある。そしてこの日、その図書館と名付けられている場所の入り口カウンター前にはある一人の少女の姿があった。

 

 「首なしさ~ん、首なし伯爵さぁ~ん。いませんかぁ~!」

 

 静まり返る図書館の入り口で奥に向かって大きな声でそう叫んでいるのは、その幼さの残る可愛らしい外見からは想像できないが地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長と言うギルド”誓いの金槌”で一番長い、そしてNPCの中では3人しかいない統括と言う重要なポストの肩書きを持った少女、セルニア・シーズン・ミラーその人だ。

 

 その彼女がなぜこのような事をしているのかと言うと、この図書館の管理を任されているある人物に用事があったので訪れたのだけど近くに姿が見えない。しかし目的の人物の職務から考えて多分近くにいるであろうと考え、彼を呼び出すためにこのようなところで一人叫んでいるのである。

 

 けれど、いくら叫べども目的の人物が姿を現すような気配はまるで無かった。

 

 「あれぇ? いつもなら入り口横のカウンターか、その近くにいるはずなのに」

 

 もしかしたら近くには居ないのかも知れない。そう思いながらも、彼女はここであきらめる訳には行かなかった。この人を捕まえない事にはこの広い図書館で目的の物を見つけ出す事などほぼ不可能なのだから。

 

 「首なしさぁ~ん、本当に居ないんですかぁ~」

 

 なにせこの図書館は主人公がリアルマネーに物を言わせて買い集めた漫画やラノベ、本職の資料やちょっとでも興味を持った事柄の専門書を含めかなりの多くの蔵書が並んでおり、その他にも著作権の切れた本や、これまた主人公が趣味で集めたアニメや特撮、映画などの各種映像コンテンツ、そしてゲーム内で手に入れた本の形をしたアイテムなど、それこそ数え切れないほどの物が詰め込まれている場所なのだから。

 

 すでに知識の魔境と化してしまっているこの図書館。ゲーム時代なら手にしたい物を指定すればすぐに手元に届いたが、現実になった今ではこの場所を管理する者に頼まなければ例えこの地の主人である主人公であったとしても、目的の物を手にするのにはきっと数ヶ月の月日を要す事になってしまうだろう。

 

 「どうしよう、あいしゃ様に頼まれた御用事もあるのに」

 

 目的の人物が、いくら叫べども一向に現れる気配の無い状況に途方にくれてしまうセルニア。しかし、あきらめて帰ると言う選択肢は彼女にはなかった。それはそうだろう。今日ここを訪れた用件の中には至高の御方の一人である、あいしゃから頼まれた用事も含まれているのだから。それを少々の障害があったからと言ってあきらめて投げ出してしまう事など、この城に住むものならば誰であったとしても出来るはずのない事なのだ。

 

 「首なしさぁ~ん、出てきてくださぁ~い! 首なしさぁ~ん!」

 

 セルニアはこのまま入り口でいくら叫んでいても埒が明かないと考えて少しだけ奥に入って行き、本棚によって十字路のようになっている所まで進んでから再度大声で叫んでみる。すると、

 

 パカラッ、パカラッ、パカラッ。

 

 遠くの方からなにやら蹄のような音が響いてきた。慌ててそちらの方を見てみると、なにやら黒い首のない馬のようなモンスターがこちらに向かって駆けてきているのがセルニアの目に映った。

 

 そう、あれこそがセルニアが捜し求める首なしさんの愛馬、コシュタであると気が付いた彼女はほっと一安心。そしてその馬に向かって満面の笑みを浮かべ、ピョンピョンと飛び跳ねながら大きく両手を振って声を張り上げた。

 

 「よかったぁ! おーい、首なし伯爵さぁ~ん、こっちこっち」

 

 その声としぐさに呼び寄せられたかのように、黒い首のない馬はセルニアのところまで駆けて行き、その目の前で急停止する。そしてその馬上には、自らの頭を小脇に抱えた青い貴族服のような衣装に身を包んだ男が乗っていた。

 

 その男は馬からふわりと音も無く下りると、小脇に抱えていた頭を本来の場所である首の上に乗せて真っ赤な蝶ネクタイ型のチョーカーで固定してから、襟を整えつつセルニアの前まで悠然と歩いていく。

 

 「こんにちわ、首なし伯爵さん」

 「ごきげんよう、セルニア様。しかし、何度言えば解って貰えるのでしょうか。我輩の名は首なし伯爵ではございませんぞ。アルフィン様に付けて頂いたニクラス・ウド・ライナー・ブロッケン伯爵と言う立派な名前があるのです。呼ぶのでしたらブロッケン伯爵か本来の愛称であるニック伯爵と呼んで頂きたいですぞ」

 

 ニパッと言う音がしそうな笑顔で挨拶をするセルニアに対して丁寧に腰を折り、礼儀正しく挨拶をするこの男。

 

 そう、この男の名前は首なし伯爵などではない。この図書館の館長であり領域守護者であるこの男の名はニクラス・ウド・ライナー・ブロッケン伯爵。因みに名前の最後についている伯爵は位ではなく、アルフィンによって創造された時に付けられたフルネームの一部である。

 

 茶色い炎のように逆立ったような癖っ毛とカイゼルヒゲ、男らしく太い吊り上った眉毛とドイツ系のようなキツメの顔に、常につけているモノクルが特徴的な男で、あだ名から想像できる通り種族はデュラハン(首なし騎士)である。

 

 このように立派な名前を持つこの男が、なぜセルニアから名前ではなく首なし伯爵さんなんて呼ばれ方をしているかというと、

 

 「だってアルフィン様からも他の至高の方々からも首なしさんとか首なし伯爵さんとか呼ばれてるじゃないですか。今日もあいしゃ様から『首なしさんにノラざえもんの10巻から20巻まで借りてきて』って頼まれて来たし」

 「うう、確かにそうなのですが・・・」

 

 実はこの男、立派な名前を付けてもらったにもかかわらず、付けた本人がその名前をよく覚えていなかった為にこのような目にあっているのだ。

 

 と言うのもこの名前、100年以上前に流行ったと言う映画のキャラクターにデュラハンがいたと言う話を聞いた主人公が、ちょうどその時に作っていた図書館の管理人NPCに「これでいいか」とそのキャラ名を捩って名前をつけた為によく覚えておらず、現実世界になってはじめてアルフィンがこの図書館を訪れた時に、

 

 「このキャラの名前ってなんだっけ? たしか何とか伯爵だったわよね・・・。う~ん、まっ、首なし伯爵でいいか」

 

 なんて思ってつい、首なし伯爵と呼んでしまったのが不幸の始まり。つい軽い気持ちでとは言え、至高の御方の仰った言葉である。当然のごとく、それが正式な呼び名としてこの城のNPCたちに定着してしまったのだった。

 

 「と言う訳なので”首なし伯爵さん”か”首なしさん”と呼ぶのが至高の方々の御意思だから、首なし伯爵さんの呼び方は首なし伯爵さんなのです」

 「ううっ、今度アルフィン様が御出でになられたら、絶対に直談判して本来の名前に戻していただかなくてはなりませんぞ」

 

 そう決意する首なし伯爵を前に、セルニアは、

 

 「無理だろうなぁ。アルフィン様はともかく、まるん様とあいしゃ様はこの愛称を御気に入りになられている御様子だし」

 

 などと考えていた。アルフィン様やシャイナ様ならばきっと要望を御聞き入れになられて呼び方を変更してくださる事だろうけど、この御二方が名前を改めるとは到底思えない。そして、この御二方が変えないのであれば、すでに定着してしまったこの名前をこの城の者たちが改めるとは彼女には到底思えなかった。

 

 「ところでセルニア様、御用と言うのはあいしゃ様のノラざえもんだけで宜しかったでしょうか?」

 「あっそうだった。それはさっきここに来ると話したら、あいしゃ様がついでに持ってきてほしいと申し付けられた御用事で、本題は別。アルフィン様が今度ボウドアの村で農業の指導をすると御決めになられたの。その指導は地下4階層の子や今囚人たちの管理をしているミシェルちゃんたちがやるらしいんだけど、解りやすく説明するために予め計画案を作るから図書館からその関係の資料を持ってきてほしいとミシェルちゃんに頼まれたの。彼女が直接来てもよかったんだけど、この土地の領主とか言う人の館へ行って囚人の監視とか収容所のお掃除とかのお仕事が溜まって色々忙しかったみたいだから、私が来たの」

 

 なるほどと頷く首なし伯爵。セルニアは何か頼む時に関係の無い事情まですべて話す為にいつも延々と時間が掛かってしまうのだけど、その度に彼はそれを根気よく聞き、どのような本や映像資料を用意すればいいかと頭の中で判断していくのが常だった。

 

 「それとねぇ、宝物庫のケイコちゃんがまた色々持ってきてほしいって。彼女、お役目で来られないからよろしくねって。よく解らないけど、『選択は首なしさんに任せるけど、カゴメ様所蔵の区画にある本や映像コンテンツは絶対に入れてね』って言ってた。これで解るんだよね?」

 「はい。いつも御所望のカゴメ様の蔵書ですね。心得ておりますぞ。」

 

 セルニアはよく解らないが、至高の方々のとは別に御方々の御友人であるカゴメ様という方の蔵書がある区画がこの図書館にはあるという。そこに収められている物をセルニアは見たことは無いのだけれど、ケイコちゃんはその区画の蔵書や映像コンテンツがいたく気に入ったらしくてアルフィン様に御願いして特別に閲覧許可を貰ったらしい。ケイコちゃんがそこまでして見たがった物だから自分も気にはなっているのだけど、アルフィン様から、

 

 「セルニアは見ちゃダメよ」

 

 と言われてしまったので残念ながら見る事はできなかった。

 

 「ご用命は以上ですかな? ならば取り寄せさせますが」

 「あっちょっと待って。あと私も取り寄せてほしい物があるの。えっとねぇ、『スライムに転生したけど最強だった件』を全巻。文字ばっかりのは読みにくいから絵で描かれた方ね。あと、何か魔法関係の絵で描かれた本もお勧めがあったら貸してほしいなぁ」

 

 セルニアは前にアルフィン様から御自身が好んで読まれている本の絵だけで描かれた物があると聞いたのでそれと、首なし伯爵が選ぶお勧めの物を貸し出してほしいと注文した。

 

 首なし伯爵の元にはこのような曖昧な注文が来る事も少なくない。これはこの男がこの図書館の全ての蔵書を知り、またこの城の者たちの嗜好をよく知っているからこそ、全てを任せたほうがより楽しめる本を教えてもらえる事を皆理解しているからだ。

 

 「畏まりましたぞ。それでは」

 

 チンッ!

 

 首なし伯爵はそう言うと自分の事務机に近づき、その上に乗せられたベルを鳴らす。するとどこからともなくワイトたちが集まってきた。実は先程鳴らしたベルはマジックアイテムで、これを鳴らすと図書館の中に居るのならば、たとえどのような場所に居たとしてもワイトたちに聞こえるようになっていた。そしてこのワイトたちはここで働くモンスターで首なし伯爵の要望を聞き、本棚をすり抜けながら迅速にそれを各区画で働くエルダーリッチたちに伝えて目的の物をここまで運ばせる役目を負っているのだった。

 

 しばらくするとワゴンに幾つもの本を乗せたエルダーリッチが図書館の入り口に到着する。そしてそのワゴンの上に指定した全ての本が乗っている事を確認した後、首なし伯爵は貸し出し手続きを済ませ、セルニアに受け渡した。

 

 「ありがとう、首なし伯爵さん。またね」

 「はい、またのご利用をお待ちしておりますぞ」

 

 セルニアは満面の笑みを浮かべながら渡された大量の本をアイテムボックスに入れ、お礼を言うと軽い足取りで帰って行った。

 

 

 

 このようにして図書館の日々の業務は滞りなく進んでいく。たまに訪れる至高の方々やNPCたちの要望にいつでも答えられるよう、今日も静かな館内には蹄の音が響くのだった。

 

 




 初めての外伝ですが、いかがだったでしょうか? 
 外伝と言う事で続きが無く、字数が足らない時は後に書く予定の話を前倒しで書いて伸ばすと言う方法が取れないのでいつもより少し短めになっています。

 作中に出てくる首なしの馬ですが、デュラハンは本来黒い首なし馬に引かれたコシュタ・バワーと言う名の馬車に乗って登場します。ですが、図書館と言う事で馬車ではなく黒い首なし馬のみで登場させる事にしました。


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第8章 自キャラ別行動編
63 騎士様? と、これから


 バハルス帝国の東の端に位置する小さな村ボウドア。

 昼食時が終わり村人たちが仕事を再開させる為に動き始めた頃、この村から出てくる小さな二人の女の子の姿があった。

 

 「あっおねえちゃん、あれみて! アルフィンさまの馬車だ!」

 「え? あっ本当だ!」

 

 午後のお手伝いをする為に大浴場兼洗い場になっているイングウェンザーのお屋敷前の小屋まで洗濯物が入った籠を持って歩いていたユーリアとエルマの姉妹は、街道の先からこちらに向かってくる馬車を見つけて嬉しそうな声を上げた。

 

 アルフィンは他国の偉いお方だと聞いてはいるものの、彼女たちにとってはいつも遊んでくれる優しいお姉さんでしかない。そんなお姉さんが村に来た事を彼女たちは純粋に喜んでいた。

 

 「アルフィンさま、今日も私たちとあそんでくれるかなぁ?」

 「きっと大丈夫よ。アルフィン様がこの村に来て私たちと遊んでくれなかった事はないもの。でもアルフィン様、たまに遊びに夢中になりすぎてメルヴァさんに怒られちゃうから、私たちが気をつけてあげないとね」

 「そうだね、きをつけてあげないとね!」

 

 村の中で遊んでもらう時や村の大人たちがいる前ではありえない話だけど、館に招待された時はアルフィンが仕事の時間さえ忘れて遊んでしまう事がたまにある。そしてそんな時はいつもメルヴァが現れて、その度にアルフィンは「い~や~だぁ~、この子たちともっと遊ぶんだぁ」と叫びながらも、怒られながらそのままずるずると引きずられて行くなんて光景がいつもユーリアたちの目の前で展開されていた。そのアルフィンの姿を会話をしている内に思い出して、二人はクスクスと笑い合う。

 

 そんな姿を知る彼女たちにとってはアルフィンが本当に偉い人物で、普通では近寄る事も話をする事も出来ない程の身分だなんて村長たちから聞かされても、とても信じる事は出来なかった。因みにこれはこの村の子供たち全てにおいて共通認識である。

 

 実際この村の子供たち対してはアルフィンに威厳などまるで無く、むしろ優しいけどちょっと残念なお姉さんと言う印象すら持たれているのだった。

 

 

 

 そうしているうちに馬車は近づいてくる。そして、

 

 「こんにちはユーリアちゃん、エルマちゃん。今日もお母さんのお手伝い? 偉いわね」

 

 二人は馬車の前を進む馬に乗る、白い鎧を着た人に声をかけられた。

 これには二人ともびっくりして顔を強張らせてしまった。それもそのはずで、声こそ優しげな女性のものだけどその姿はお偉い騎士様のものだ。そんなお偉い騎士様が自分たちの名前を読んだのだから、この二人が驚き緊張に身を硬くしてしまうのも無理は無いだろう。

 

 そしてその驚きの一瞬が去った後、今の状況を理解したユーリアは持っていた洗濯物が入った籠を放り出し、慌てて頭を下げる。

 

 「とんでもございません、騎士様!」

 「とんでもございません、きしさま」

 

 そんな姉を見てユーリアも慌てて頭を下げた。相手は偉い騎士様だ、無礼があってはお母さんやお父さんにお咎めがあるかもしれないと二人とも必死である。しかし、そんな姿を見て慌てたのはむしろその騎士の方であった。それはそうだろう、彼女にとってこの子たちはよく知っている子たちなのだから。

 

 おまけに、こんな二人の姿を絶対に見られてはいけない人物がすぐ後ろの馬車に乗っているのである。このような状況では慌てるなと言う方が無理だろう。

 

 「ふふふっ二人とも、どうしたの!? とっ兎に角、早く頭を上げて! そんな格好をさせているのを見られたら私がアルフィン様にどのような恐ろしいお叱りを受ける事になるか!」

 「サぁ~チぃ~コぉ~、ユーリアちゃんたちになぜそんな格好をさせているのかなぁ?」

 「ヒッ!?」

 

 慌てる馬上の騎士の後ろから優しい、しかししっかりと批難している事が解るように聞こえる口調を作って話す、二人がよく知る大好きなお姉さんの声がした。その声に顔をあげるとそこには予想道理の人が、アルフィンが馬車の窓から顔を出している姿が見えた。

 

 「あっ、アルフィン様だ! って、えっ? サチコさん?」

 「アルフィンさまだぁ、こんにちわ!」

 

 アルフィンを見て破顔する二人。と同時に、ユーリアだけはアルフィンの言った言葉を理解して驚いた顔になる。目の前の荘厳な白く輝く鎧を着た騎士様が誰なのか気付いたからだ。

 

 「ちっ違うんです、アルフィン様。ユーリアちゃん、エルマちゃん、ほら私よ、私」

 

 そう言うと馬上の騎士様は慌ててフルフェイスの兜を外した。するとその下から現れたのは二人のよく知る、一見少し厳しそうに見えるけど実はとても優しい、綺麗な長い髪のお姉さんの顔だった。

 

 「サチコさん!? 本当にサチコさんだぁ。でも、サチコさんがなんで騎士様の格好をしているんですか?」

 「きしさまのかっこ、してるんですかぁ!?」

 

 アルフィン様が館を訪れる時はいつも必ず同行してくる使用人たちの一人であるメイドさんのサチコさんが、なぜかこんな立派な鎧を着て馬上の人になっている事に二人は心底驚いていた。

 

 

 ■

 

 

 ボウドアの館の二階、いつも私室として使っている部屋でアルフィンとシャイナの二人はソファーに対面で座って寛いでいた。

 

 「ふふふっ、さっきのサチコの顔ったらなかったわね」

 「マスター、ちょっと意地悪がすぎたんじゃない? サチコ、涙目になっていたじゃないの」

 

 さっきのサチコの姿を思い出して、つい思い出し笑いをしていたらシャイナに怒られてしまった。でも騎士様かぁ、顔が見えないとよく会っている人でも見分けが付かないものなのね。

 

 「そうね、ちょっとやりすぎちゃったかも。でも、いつも会っていて声も聞いているのに、あの格好だと解らないものなのね」

 「兜越しだと声が少しくぐもって聞こえるからね。それにメイドだと思い込んでいた人物があの格好で現れちゃね」

 

 なるほど。確かにちょっとこもった感じで聞こえるから、子供だと判断付かないかも。

 

 「ところでマスター、ユーリアちゃんたちとはお手伝いが終わった夕方から遊ぶ約束だよね?」

 

 そう、ユーリアちゃんたちとは別れ際に約束しておいたの。夕方から遊んで晩御飯も一緒に食べて、その上この館に泊まってもらうから夜まで遊べるのよね。お風呂も一緒に入っちゃおうかしら。ふふふ、楽しみだわ。

 

 「そうよ。さっき約束した時、一緒に居たんだからシャイナも知ってるでしょ。なぁに? シャイナも一緒に遊ぶ?」

 「当然! でもそれはいいとして、夕方まで結構時間があるよね。それまで何をするつもりなの?」

 

 確かに今はまだお昼を回ってそれほど時間も経っていないのよね。今昼食を用意してもらってはいるけど、別にコース料理を食べると言う訳ではないからそんなに時間が掛かる訳でもない。だからその時間を使って、これからの予定をどうするか決めようと私は考えていた。

 

 「その事なんだけどねぇ、時間もあるしカロッサさんの所で色々とこれからの事が決まったからその事についてゆっくり考えようかなんて思ってるわ」

 「一人で?」

 

 これに関してはどうしようかなぁと考えていたのよ。本当はギャリソンやメルヴァを交えて考えた方がいい気もするんだけど、一つ問題があるのよね。

 

 「う~ん、メルヴァたちには聞かせられない内容もあるからなぁ。でも、シャイナには聞いて貰った方がいいかも」

 「聞かせられない? って事はマスター自身が何かやる気なのね」

 

 そう、今回は私が色々と動かなければいけなくなると思っているのよね。だからNPCたちには相談せずに自キャラたちだけで決めなければいけない事を先に決めておいてから相談をしようと思ってる。

 

 コンコン

 

 そんな話をしているとドアがノックされる音が聞こえてきた。

 

 「どうぞ。入っていいわよ」

 「失礼します。アルフィン様、シャイナ様、ご昼食をお持ちしました」

 

 私が返事をするとフルプレートアーマーからメイド姿に着替えたヨウコが、私たちの昼食を乗せたワゴンに押して部屋の中に入ってきた。

 

 「シャイナ、昼食も来た事だし、この話はまた後にしましょう」

 「解った。それじゃあヨウコ、御願いね」

 

 

 

 昼食の後のお茶が済んだ後、ヨウコを下がらせてから私たちは話を再開する事にした。

 

 「とりあえず今すぐに手をつけなければいけないであろう事は大まかに別けて3つね。一つはボウドアとエントの村の農業指導、二つ目はケンタウロスの状況調査と必要なら使者を送って私たちの城の事をどう思っているかの確認。そして最後が近くの町や帝都へ人を送ってのこの世界の大まかな物価と価値基準の調査ね」

 「今のところ、目に見えているやるべき事は確かにその3つだね」

 

 本当はその他にもこの世界の勢力分布図作成とかプレイヤーらしき人物の所在の有無の確認、口だけの賢者などの過去のプレイヤーらしき人物がどうなったか等々、色々とやらなければいけない事はあるのだけれど、そんな事にまで人員を裂いている余裕はないというのが実情だから、とりあえず目に見えている事を順番に片付けて行こうと思っている訳なのよ。

 

 「それでねぇ、ここで問題になるのが各部門に誰を割り振るかと言う事なんだけど、まるんとあいしゃには農業指導には無理よね。能力的に言うとまるんは出来るだろうけど、外見が子供だから指導者としては絶望的だと思う」

 「それを言ったらあやめとアルフィスも無理だよ。何せあの外見だからね」

 

 確かに。あやめも外見上は子供だしアルフィスは亜人だ。人に何かを教えるという立場にするのは無理だろうね。と言うか、アルフィスはこの三件とも多分無理なんじゃないかな?

 

 「アルフィスはこの三件の事案からは、はじめから外すつもりだったわよ。唯一出来そうなケンタウロスの件も彼の能力的にはまるで向かない任務だし、何よりケンタウロスの件は最初に聞いた時点ですでにあやめにやってもらおうと考えていたもの」

 「あら、それは決定してるんだ」

 

 そう、この任務は多分あやめが一番向いていると思う。

 

 「相手が縄張りを持つ群れだからね。それも一つの群れしかいないとは限らないから広範囲の偵察を考えた場合、精霊召喚士のあやめが担当するのが一番適任だと思うし、いざ戦闘になった時も、まるんの魔法やあいしゃのゴーレムでは手加減が難しくて下手をすると絶滅させてしまうでしょ。私としては何も悪い事をしていないケンタウロスたちを邪魔だからと言う理由で殺したくは無いのよ。その点から見ても眠りの精霊であるサンドマンを召喚できるあやめなら、殺す事無く無力化できるでしょ」

 「なるほど。だからあやめが適任なのか」

 

 ホント、この任務の為に取った能力なんじゃないかしら? と思うほど、この任務にはあやめが向いているのよね。

 

 「と言う訳で、この任務はあやめに振るとして、問題なのが物価や価値基準の調査なのよね。これから先、商人の顔を合わせ持つ貴族として行動するつもりのアルフィン本人が出向く訳には行かないし、戦闘特化で元々こういう任務には向かない性格のシャイナ、貴方が出向く訳にもいかない。本当はアルフィンに行ってもらうのが一番いいと私は思うんだけどね」

 「アルフィンにって、マスターが行くのではなくてアルフィン本人に行かせようと考えていたの!?」

 

 あら、そんなに驚く事だったかしら?

 

 「そうよ。だって能力的に見ても人選的に見てもアルフィンが一番適任だもの」

 「じゃっ、じゃあマスターは誰の体を使うつもりなのさ」

 

 なんか急に、シャイナの顔が真剣な物になった。そんなに気になる事なのかなぁ?

 

 「私? 私はあやめの体を使ってケンタウロスの件を担当するつもりよ。だってこの件が一番時間が掛かりそうだし、何かあった時はいちいち報告をしてもらってから判断するなんて言っていられないからね。常にその場で判断して臨機応変に動かなければいけない事案だからこそ、私自身が動かないと」

 「あっ、ああそうなの。あやめの体を使うつもりなのね。うん、そういう理由なら仕方ないか」

 

 ん、何が仕方ないの?

 なぜかちょっと残念そうに、しかし納得しようとするような顔でシャイナは何度も頷いている。

 

 よくは解らないけど、シャイナが何か納得したかのようだから、まぁいいか。

 

 「さて、アルフィンがダメとなるとなぁ。ギャリソン一人だけに任せるというのもちょっと不安なのよね。確かに有能ではあるけど・・・なんと言うかなぁ、NPCたちってどこか人と違う所があるから」

 「そうだね・・・」

 

 元プレイヤーキャラクターであり私の人としての記憶の一部を持つ自キャラたちと違って、メルヴァやギャリソンたちNPCはどこか人と違う思考パターンを持っているような気がする時があるのよね。なんと言うか、合理的すぎると言うか。

 

 私たち相手の時や私たちの知り合いが相手の時はそうでも無いんだけど、初対面の相手だとなんと言うかなぁ、ちょっと普通の人とは違うように思えるのよ。いくら転移をして人格を持ったとは言え、やはり元はプログラムで動いていたからこそなのかな? 傍から見ていると違和感みたいな物がある気がする。

 

 その違和感がもし致命的な失敗に繋がったりしてしまったら考えると、全てを任せてしまうにはどうしても心配が先にたってしまうのよね。

 

 「でもアルフィンもシャイナもアルフィスもダメとなると、大人の外見を持つ自キャラは全滅なのよねぇ」

 「となると一人しか適任者はいないんじゃない?」

 

 そうだよねぇ。これもちょっと不安ではあるけど仕方がないか。

 

 「小さな子供が一人で執事とメイドを連れて知らない町を訪れると言うのもなんか変ではあるけど・・・仕方がない。まるんに行って貰うしかないか」

 「能力的には私なんかよりよっぽど適任な気がするしね」

 

 ボウドアの騒ぎの時も私が着くまではまるんが全てを取り仕切っていたんだし、確かに能力と言う点では任せてしまっても何の問題も無いと思う。怪しさ満点ではあるけど、まるんとギャリソン、それに誰かメイド隊の子を一人つけて派遣する事にするか。いや、待てよ。

 

 「そうだ! カルロッテさんに同行して貰いましょう。それなら子供だけで行動する訳ではないから怪しまれる心配も無いし、この国の人だから行動でおかしな所があれば指摘もしてもらえるし」

 「なるほど、それはいい考えかも」

 

 うん、これで行こう。では、町の物価や価値基準調査はこのメンバーで決定っと。そして最後に残ったのが農業指導か。

 

 「さて、最後は農業指導だけど残ったメンバーはアルフィン、シャイナ、あいしゃなんだけどぉ」

 「わっ私は無理よ! 農業指導なんてとても出来る訳がないじゃない」

 

 残ったメンバーを並べた所で、何かに気付いたのかシャイナが慌ててそう宣言した。

 うん、私もそう思う。でもねぇ。

 

 「それは私もそう思うけど残ったメンバーの内アルフィンは問題ないとして、先ほども言ったけど貴方、あいしゃに務まると思う?」

 「うっ! ・・・無理だと思う」

 

 そうだよねぇ。グラスランナーと言う種族特性で外見が子供なだけで実はシャイナより年上のまるんと違って、あいしゃはそのまま子供だからなぁ。

 

 元が私のプレイヤーキャラで記憶の一部を受け継いでいるから多少は大人じみた考え方は出来るだろうけど、基本は子供らしい思考だから仕事を与えてもすぐに飽きて他に何か興味が惹かれる事があればそちらに行ってしまうと思う。これがあやめとかまるんが一緒に行動すると言うのなら一定の方向に注意を向け続けさせられるだろうけど、一人で派遣したら絶対に失敗すると言う自信があるわ。

 

 「あいしゃは農作業をするゴーレムを作ると言うのなら喜んでやるだろうけど、農業を教え込んで村人たちに指導するなんて事が出来る訳がないのよ。そして何よりあんな小さな子供に教わりたい人がいると思う?」

 「いない・・・と思う」

 

 私の言葉にどんどんシャイナの声が小さくなっていく。これが大人びた口調で話すあやめなら、エルフで長寿種だから外見は子供でもある程度成熟しているとか適当にごまかせるだろうけど、外見も行動も全て子供なあいしゃでは絶対に無理なのよね。

 

 「これが当初の予定通りボウドアの村だけならアルフィンに任せてしまえばよかったんだけど、エントの村までお願いされちゃったからなぁ。でもまぁ、とりあえず最初はボウドアである程度指導した後、そこでの経験を生かして指導するメンバーの半分をエントに送り込む予定だから、いきなり村に放り込む訳じゃないし、きっと大丈夫よ」

 「でもさ、私はマスターも知っての通り脳筋だから自信ないよ」

 

 そうなのよねぇ。

 プレイヤーメイキング段階で前衛職として作ったし、スキルビルドもモロにそれ方向だからなのかシャイナのINTは少し低めなのよね。この世界に転移した時、そのステータスの影響でマジックキャスター系のキャラと前衛系キャラではちょっと頭の出来に差がついちゃった子もいるみたいなのよ。

 

 ギャリソンは前衛系だけど交渉とか鑑定とか持っていて、なおかつフレイバーテキストで物凄く優秀と書いたからなのか頭がいいけど、プレイヤーキャラでフレイバーテキストをあまり細かく書いてなかったシャイナはその影響をもろに受けている。実の所、頭の良さという点だけで言えば、下手をするとあいしゃの方がいいかもしれないくらいなのよね。

 

 「そうねぇ。仕方ない、本当はアルフィンにつけるつもりだったけどミシェルをシャイナにつけてエントの村に一緒に行ってもらう事にするわ」

 「ミシェルをつけてくれるの? よかった、それなら大丈夫そうだね。ミシェルは収監所で農作業をしている野盗たちを見ているし」

 

 自分一人ではなく、ミシェルも指導監督の一人としてつけてもらえると聞いてシャイナはホッとしたような表情になった。でも、実はミシェルも前衛系だからちょっと心配だったりもするのよねぇ。それに実際に農作業をしている訳じゃないし。

 

 他に魔女っ子メイド隊から頭のよさそうな子をもう一人くらい選抜してつけた方がよさそうね。

 

 「うん、それにもう一人くらいしっかりと農作業を覚えさせた子をつけるから心配しなくてもいいわよ。後そうねぇ、城に帰ったら図書館からその手の本や映像媒体を持ってこさせて事前に計画案と資料教材を作成した方がいいわね」

 「そこまでしてくれるのか? それなら安心だ」

 

 今度こそ本当に安心したのか、シャイナは心からの笑顔になった。

 でもこれによってもう一つ問題がでてきたのよねぇ。

 

 「さて、これで問題になったのはボウドアなのよね」

 「えっ? ボウドアの村はアルフィンが担当するんでしょ? それなら何の問題も無いじゃない」

 

 何の疑問も無いような顔でシャイナはそう言い放った。

 ん? アルフィンが担当すると言うだけでなぜそこまで言い切れるんだろう? 私が行くのではなく、アルフィンが行くんだけど。

 

 「私じゃなくアルフィンが行くんだけど、なぜそんなに確信が持てるの?」

 「だってアルフィン、私たちの中で一番頭がいいし。それに常にマスターに体を使ってもらえているからなのか一番マスターの考え方に近いからよ。何より体を使ってもらっている時は心が繋がっているから、マスターが何をどうしようか説明されなくても全て理解してるしね」

 

 そうなのか。

 

 実は私、殆どの時間アルフィンの中にいるし他の自キャラたちの中にいる時は何かしら用事で出かけている事が多いから彼女とはあまり話をした事がない。でもシャイナたちは一緒にお茶を飲んだりお風呂に入ったりして交流しているから、アルフィンというキャラを私以上によく知っているのよね。だからこその信頼なのか。

 

 「それならば安心ね。今回はギャリソンがまるんと一緒に出かけるからメルヴァには城に残ってもらう事になるし、セルニアでは護衛にはなっても補助にはならないからある意味一番心配していたのよ」

 「うん、アルフィンなら大丈夫。私たちがマスターの器として一番ふさわしいと選んだ子なんだから全て任せてしまっても何の心配も無いよ」

 

 シャイナはそう言って、今日一番の笑顔を私に向けるのだった。

 

 




 セルニアはマジックキャスターです。でもフレイバーテキストに残念な子として設定されているので頭はあまり良くありません。INTは高いんですけどねw

 今回の章の名前を「自キャラ別行動編(仮)」としていますが、これは本当に仮の名前です。この名前のままに章分けをすると、話数がとんでもない事になりそうなので。

 さて、来週ですが、流石に年末年始は忙しいので来週は休ませていただきます。
 また、1月の3連休は水木一郎さんのバースデーライブを見るために東京へ行ってしまうので次回の更新は多分9日の夜になると思います。

 それでは皆様、よいお年を。


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64 ごめん、忘れてた

 

 バハルス帝国の西、ボウドアの村の近くにたたずむイングウェンザーが所有する館。

 その2階にあるいつも使っている部屋で私はシャイナと二人、これからの行動を誰が何を担当するのかも決まって一息ついたと言う事で、お茶を飲みながらゆったりとくつろいでいた。

 

 コンコン

 

 すると不意にドアがノックされた音がする。私たちの時間を邪魔しないよう控えめにされたそのノックに私はふと、小さな疑問を覚えた。

 

 ん? なんだろう。まだ夕方には早いから、ユーリアちゃんたちが来たとも思えないんだけど。

 

 「どうぞ」

 

 考えていても仕方がない。私はとりあえず、訪ねて来た者を招き入れる事にした。

 

 「失礼します」

 「へっ?」

 

 私の返事を受け、そう言って扉を開けて入ってきたのは意外な人物。そこに居たのはなんと城にいるはずのメルヴァだった。

 

 「あれ、メルヴァ? 今日はギャリソンがアルフィンについてきているから、あなたは残ってイングウェンザー城のもろもろを取り仕切っているはずじゃなかったっけ?」

 「はい、シャイナ様。その予定でしたが、先ほどギャリソンさんからアルフィン様がこれからの行動指針を御決めなられたのできっとそれについての御話があるだろうからと連絡がございまして。彼が申すにはアルフィン様から御声がかかる前に統括者は予め館に集まっておいた方がいいのではないかと言う話でしたので、仕事は一旦部下に任せて罷り越しました」

 

 私同様シャイナも気になったみたいでメルヴァに何故ここにいるかのと聞いたところ、そういう理由らしい。なるほど、流石ギャリソン、仕事が速いわね。でも私が詳しい事を決めていなかったらどうするつもりだったのかしら?

 

 「そう。でも、指針が決まっただけで、具体的にどうするかまだ決まっていないかもしれないとは思わなかったの?」

 「それについてですが、ギャリソンさんから『アルフィン様は今夜から明日、城に御帰城なさるまで御予定を御入れになられておられます。ですからそれまでに細かい事は決めになられる事でしょう』と聞いたもので」

 

 なるほど、そこまで読まれてたか。

 

 「ふふふ、確かに先ほどまでシャイナと話し合って人選なども決めておいたけど、そこまで読んでメルヴァを呼んでいたのね。流石ギャリソン。ん? と言うより、私の行動が単純で解りやすいだけなのかしら?」

 「単純などと、そんな事はございません。アルフィン様ならば常に二手三手先を御考えになられているからと、私どもはそのように考えての行動を心がけるようにしているだけでございます」

 「ふふふっ、私もそこまで先を読んで計画が立てられるのなら嬉しいけど、流石にそれは考えすぎよ。」

 

 いやいや、二手三手なんてそんな先の事なんて考えてないんだけどなぁ。どちらかと言うと常に行き当たりばったりな気がするくらいだし。まぁ、そう思ってもらえているのなら私ももうちょっとがんばらないといけないわね。

 

 「まぁいいわ。先ほども言った通り人選までは済んでいます。詳しい話はまた城でするとして、3人とも揃っているのなら丁度いいし、簡単な説明だけでもしておきましょう」

 「はい、アルフィン様。そうおっしゃられると思いまして、ギャリソンとセルニアも1階の会議室で控えております。どうぞこちらへ」

 

 こうして私とシャイナは、メルヴァに連れられて1階の会議室に移動することになった。こうなった以上、話はまた城に帰ってからと言う訳には行かないし、ユーリアちゃんたちが遊びに来るまでの間にさっさと片付けてしまわないとね。

 

 

 

 移動した会議室では予め席の準備が出来ており、いつもイングウェンザー城で行われている会議と同じ様な環境が出来ていた。と言う訳で私とシャイナは壁際の机に座り、メルヴァたち3人が対面に座る。するとヨウコがそれぞれの前にお茶を出してくれたので、それが出揃うまで待ってからいよいよ会議開始だ。

 

 とりあえず一通り、さっきまでのシャイナとの話し合いで決まった事を彼らに伝える。

 

 「とまぁ、各案件の担当はこのような人選にしようかとシャイナと決めたんだけど、ここまでの話を聞いて何か質問や気が付いた問題点とかはある?」

 「アルフィン様、一つ宜しいでしょうか?」

 

 一通り説明してからその場にいる者たちに視線を送り、説明の中身について何か聞きたい事はないかと聞いてみる。すると早速メルヴァが手を上げて発言を求めてきた。

 

 「メルヴァ、何か問題点が見つかった?」

 「問題点と申しましょうか・・御説明の中では触れられていませんでしたが、一番危険と思われますケンタウロス探索及び対処の任に当たられますあやめ様には護衛として誰を御付けになられる御つもりですか?」

 

 ああ、今の話では主要なメンバーしか説明してなかったからあやめと行動を共にする者の人選をどうするのかと言う考えに至ったのか。でもね、

 

 「あやめには誰も付けるつもりはないわよ」

 「えっ!? しかしそれではあやめ様の安全が」

 「あやめは常に召喚精霊たちと行動を共にするし、彼女のステータスを考えるとそれ以外の誰かをつけたとしたらいざと言う時は返って足手まといになると思うのよ」

 

 精霊召喚士のあやめは行動する時は光や風の精霊で隠密性を上げたりできるし、探索する時は精霊を飛ばして相手の認識範囲の外から探ったりもできる。それに攻撃された時は水や土の精霊で防ぐ事もできるのよね。

 

 そんな行動ができるあやめだからこそ、戦う訳ではないこの任務にぴったりなのだ。それなのに誰かをつけたりしたら、いざと言う時にその者をかばう事によって予想外のピンチに陥る可能性があるし、最悪それが原因で止むを得ずケンタウロスたちと敵対行動を取らなければいけないなんて事態に陥るなんて事が無いとは言い切れないのよね。だからこそ、あやめはソロ活動させた方がいいと私は考えている。

 

 「それにね、縄張りを侵害したのはこちらの方なのだから私としてはケンタウロスとはなるべく戦わないで済ましたいと思っているのよ。だからこそ、人数は最小限がいいと思う。数が多ければ相手に、より強い警戒感を与える事になるしね。その点あやめならまだ子供だから相手もそこまで警戒感は持たれないでしょ。そしてメルヴァも解っているでしょうけど、あやめは強い。たとえ戦いになったとしても、彼女を傷つける事が”この世界の”ケンタウロスにできるとは私には思えないのよ」

 「確かにその通りですが・・・」

 

 私の説明を聞いて、頭では納得しても感情的に納得しきれないと言う様子がメルヴァの顔からはありありと伝わってくる。でも、ここで譲歩しても仕方がないからきっぱりと言い切ってしまおう。その方がメルヴァも諦めが付くだろうしね。

 

 「とにかく。ケンタウロスの案件はあやめに一任します。これは決定事項です」

 「解りました。御指示に従います」

 

 とりあえず、私の言葉に頭を下げて了承の意を示すメルヴァ。

 断腸の思いと言った顔ではあるけど、何とか折れてくれたみたいだね。心配してくれての発言だと言うのは私も解っているからちょっと可哀想にも思えるけど、ここは心を鬼にして話を先に進める事にする。

 

 「他には何かある者はいない?」

 

 この後いくつかの細かい質問に答えた。

 その中にはどの程度の技術を伝えるかだとか、それぞれの任務にかかるであろう期間は? なんてのもあったんだけど、作戦をきちんと煮詰めてからじゃないと決められない事もあるのよね。と言う訳で今私が予想できている範囲の事はこの場で説明し、しっかりと計画を立てないと決められない物は後日イングウェンザー城でみんなで話し合って決める事にして、この事前会議は終了した。

 

 

 

 会議そのものはそれほど長引きはしなかったものの始まった時刻が比較的遅かった為に太陽は傾き始めており、ユーリアちゃんたちがこの館を訪れる時刻が迫っていた。

 

 「思ったより時間が掛かってしまったわね。セルニア、準備は出来てるわよね?」

 「はい、アルフィン様。ミシェルさんが指揮を取って館の中の準備を、そしてサチコさんがユーリアさんたちをお迎えに村へと足を運んでいるはずですよ」

 

 本当は私が迎えに行きたかったけど、この会議が入ってしまったから仕方がないわよね。

 と、そこへ予想外の人の言葉が割り込んできた。

 

 「アルフィン様。先ほどギャリソンさんが申していた御予定と言うのは、マイエル姉妹の館訪問でしたか」

 

 ビクッ!

 ギギギギッ

 

 メルヴァの一言で体に緊張が走り、まるでさび付いた機械のようにゆっくりと視線を彼女の方に向ける。

 

 めっメルヴァさん、ギャリソンから聞いていなかったのですか?

 

 怒られるなんて事は無いわよね。でもユーリアちゃんたちと遊んでいると、いつもメルヴァが仕事しなさいと怒ってくるんだよなぁ・・・。

 

 でもでも! 今日は私、ちゃんと仕事したもん! 怒られるような事にはならないはずよね。

 

 「そっそうよ。今日は領主の館を訪問したりこれからの行動指針を決めたりとかしてがんばったから、ユーリアちゃんたちと遊んでリフレッシュしたいのよ!」

 「アルフィン様、どうなされたのですか? 私は確認をしただけなのですが?」

 

 私の態度に困ったような顔をするメルヴァ。あれ? 遊ぶ予定を立てていたから、それを知って怒ってるわけじゃないの?

 

 「あっあれ? メルヴァ、今日は仕事しなさいって怒らないの?」

 「アルフィン様、あなた様の中にある私のイメージは常に怒っているのですか? 私がアルフィン様に御注意申し上げるのは職務を放り出して遊ばれている時だけです。今回のようにきちんと御仕事を終えられ、その後に遊ばれるのを怒った事など、今まで一度も無いはずですが?」

 

 うっ、確かにその通りです。

 

 「そうだよアルフィン。メルヴァは仕事の時間になってもそのまま遊び続けるアルフィンを毎回呼びに来ているだけだし、それまでの時間はちゃんと遊ばせてくれるじゃないか」

 「でも、シャイナはいつもそのまま遊び続けているじゃない」

 「だって私、仕事ないし」

 

 ふふ~ん、なんて言いながらシャイナは私に向かって豊満な胸をそらす。なによそれは。あまり無い私に対するあてつけ? いやいや、それは考えすぎか。

 

 確かに戦闘と警備担当であるシャイナは普段から仕事らしい仕事は殆ど無いし、この村にいる時に限って言えばまったく無いと言ってもいい。だから私が引き摺って連れて行かれる時はいつも、同じ立場であるまるんと一緒に子供たちと手を振ってお見送りしてるのよね。

 

 もう! 悔しいからこれからはボウドアの村に来た時はあの二人にも何か仕事を与えようかしら。

 

 「あっアルフィン、私に仕事あてがおうなんて考えても無駄よ。だって私、戦う事しか出来ないもの」

 「あ~、自分でそれを言うか」

 

 でも確かにその通りなのよねぇ。まぁ、そのように作ったのは私なのだから自業自得と言えばその通りなんだけど。

 

 それはともかくメルヴァの御許しがでた事だし、今日は安心してユーリアちゃんたちと遊べるわね。

 

 「アルフィン様、それでは私はこれで城に帰ります。御予定では明日はこの村を、昼食を取られてから出発されての御帰城との事ですが、馬車での行程でしょうか? それとも途中でゲートをお使いになられますか?」

 「そうねぇ。人目さえなければ速度を上げても問題ないし、ゲートを使っても30分も変わらないだろうからそのまま馬車で帰ることにするわ。ちょっと確かめたい事もあるし」

 「解りました。それでは御帰城を御待ちしております」

 

 そう言うとメルヴァは一礼して会議室を出て行った。彼女、これから帰って仕事するんだろうなぁ。たまには休めば? って言うんだけど、NPCたちって黙っているとホントずっと働いているのよねぇ。ゲームキャラクターだった名残なんだろうけど、生身になった以上休みを取らなければ体を壊しそうだし、今度強制的に休ませる方法を考えないといけないわね。

 

 

 

 それからしばらくして、

 

 「こんにちは、アルフィン様、シャイナ様。本日はご招待ありがとうございます」

 「こんにちわぁ! ごしょーたい、ありがとございます!」

 「こんにちは、ユーリアちゃん、エルマちゃん。今日はゆっくりして行ってね」

 「おっ来たね。ちゃんとお父さんとお母さんに今日お泊りしてもいいか聞いてきたかな?」

 

 ユーリアちゃんとエルマちゃん姉妹がメイド服に着替えたサチコに連れられて館にやってきた。

 ふふふ、今日はもうメルヴァに邪魔される心配は無いし、心行くまで遊ぶぞぉ~。

 

 

 

 ユーリアちゃんたちと夜遅くまで遊び、朝も一緒に食事をした後お見送り。と言いつつ、村まで付いて行ったけどね。だってこれでしばらくは会えなくなるし、たまにはゆっくりと彼女たちと一緒に外を歩きたかったし。ただその結果、私の訪問を聞いた村長が慌てて飛んできたり、その後マイエル夫妻に申し訳なさそうに何度も「ありがとうございます」と頭を下げられたりと、ちょっと困った事にはなったけどね。

 

 まぁ折角村長に会えたことだし、領主訪問で決まった農業指導について少しだけだけ話をしておいた。次ここに来るのは多分アルフィンだろうし、私の考えを予め話して置けたのはよかったんじゃないかなぁ? 予め話をしておく事は、この後を考えたらどうしたって悪いようには転がらないだろうからね。

 

 結果、この話のおかげで時間も昼食時になってしまったので、館から簡単な料理を運ばせてマイエル一家と昼食を取る事に。この時、館で留守番をしていたはずのシャイナも昼食を運んできたメイドたちにちゃっかり付いて来た。まったく、抜け目無いわね。

 

 食事の後はシャイナもついて来た事だし、館まで帰る必要も無いからと馬車を村の入り口まで移動させて、そのまま帰城する事にした。そのせいで村人総出でのお見送りになってしまってちょっと気恥ずかしい思いはしたけど、帰る寸前で少しの時間だけでも他の村の子供たちとも交流できて有意義な時間ではあったわね。

 

 

 

 ボウドアの村を出てしばらくの間、私は馬車に揺られていた。馬車の時速は約80キロ。もっと出せない事は無いけど、ある程度整備したとは言えまだ敷石をしていない道はフラットな路面ではないし、サスペンションがあるとは言えこの速度でさえ偶に車体が跳ねるような状況が起こる事を考えると、"今のこの馬車の性能"ではこれ以上の速度で走るとかなり乗り心地が悪くなってしまう事だろう。

 

 「ねぇアルフィン、そう言えばさっきメルヴァに確かめたい事があるから馬車で帰ると言っていたけど、何かあるの?」

 

 そんな事をぼ~っと考えていたらシャイナが先ほどの話を思い出して聞いてきた。まぁ、疑問に思うのも解るわよ。だって、今この馬車は窓のカーテンがかかっていて外が見えないようになっているもの。これは別に何か意図があった訳じゃなくて、午後になって傾きかけた太陽がまぶしかったから閉めただけなんだけど、確かめたい事があると言った割には外も見ないから不思議に思ったんだろうね。

 

 「ん? ああ、それについては帰ってから話すわ」

 「そう、なら別にいいけど」 

 

 別に今話してもいいんだけど、二度手間になるしね。

 そんな事を話していると、馬車の揺れが殆ど無くなった。と言う事は道が完全に舗装された場所に入ったと言う事なのでカーテンを開けてみると、そこはやはり綺麗に整備された庭の中。イングウェンザー城の敷地内に入ったと言う事ね。そして馬車は徐々に速度を緩め、やがて城の城門の中に入って入り口前で静かに停車した。

 

 これがどこかに出かけた時ならば扉に一番近い位置に座っているミシェルが外に出て、御者台に座っているセルニアと一緒になって私たちが降りる準備を始めるのだけど、ここでは城の者がその準備をする。だから彼女もおとなしく私たちと一緒に馬車の中で待っていた。

 

 やがて扉が開け放たれるとミシェルは真っ先に降りてそのまま扉の前に立ち、出迎えている者たちに向かって、

 

 「アルフィン様、シャイナ様、御帰城でございます」

 

 と声にしてから、扉の横に控えて頭を下げた。

 

 これ、馬車での帰城する時に必ずやると取り決められた儀式なのよね。

 

 ゲートで帰る時はいきなり現れるから準備できないけど、馬車ならばかなり遠くからでも帰城が解るのだから絶対にやらなければならないとの進言(いや、懇願かな?)がメルヴァからあってやり始めた事だったりする。

 

 なんと言うかなぁ。身内しかいないんだからここまでしなくてもいいのにと私は思うんだけど、メルヴァから「至高の御方々に相応しい御振る舞いをして頂かなければ私ども臣下の者が困ってしまいます」と言われてしまった以上仕方ないのよね。この言葉を言い出したメルヴァは絶対引かないんだもの。まぁ、その分他の村とかではやらないと言うのだけは納得させたから、ここくらいでは我慢しよう。

 

 「御帰りなさいませ、アルフィン様、シャイナ様。御帰城、御待ちしておりました」

 「ただいま、メルヴァ」

 

 入り口前、左右にずらっと並ぶメイドたちと、入り口前に一人立つメルヴァ。私たちがギャリソンにエスコートされて馬車から降りたのを確認すると、早速彼女がやわらかい笑みを浮かべて声をかけてきてくれる。そして私がそれに対して帰城の挨拶を返すと言うここまでが決められた儀式なのよね。因みにメルヴァが供をしている時はギャリソンが代わりにこの役をやる事になっている。城の管理の為に、どちらかは必ず城にいるからね。

 

 因みにこのやり取りが少しだけ気恥ずかしく、そして面倒でもあると言うのが普段は時間的にあまり関係ないにもかかわらず、殆どの場合わざわざゲートを開いて帰ってくる理由の一つだったりする。

 

 「みんなご苦労様。持ち場に帰ってくれていいわよ」

 

 城の中に入り、振り返って私がそう言うとメイドたちは何かをやりきったとでも言うような晴れ晴れとした顔で持ち場に帰っていった。普段はあまりやらない事だからなのか、みんな本当に満足そうね。

 

 あの姿を見ると、たまには馬車で帰って来た方がいいのかなぁなんてつい考えてしまうわ。だって、ホントうれしそうだもの。

 

 それはともかく、様式美とも言える儀式も終わった事だし仕事に戻るかな。

 

 「メルヴァ。私はこれから地下1階層の大型作業区画に行くから、あやめとあいしゃ、後アルフィスを呼んできてもらえないかしら?」

 「解りました、アルフィン様。しかしその御三方だけで宜しいのですか? これからの事を御話になられるのでは?」

 

 ん? ああ、そうか。昨日の続きを話し合うと勘違いしたのね。でも、呼ぶメンバーにまるんが入っていないのだから、これからやる事は当然その話じゃない。

 

 「ああ、それはまた後日でいいわ。今はそれとは別件でとりあえず先にやりたい事があるのよ。後シャイナもついてきて。本当は特に必要は無いけど、さっきの質問の答えもあるからね」

 「質問の答え? ああ確かめたい事って言うあれね」

 

 そう、馬車の中で私が確かめていた事がこれからの事に関係するのよね。

 私たちはそのまま歩いて地下1階層へ。調理場や各種生産品の作業場を抜けて大型作業区画へと進む。するとそこには、すでにあやめたちの姿があった。

 

 「あら、あやめたちの方が早かったのね」

 「うん。だってあたしたちは指輪を使って転移してきたからね」

 

 ああ、そう言えばそうか。私たちはついて来ているギャリソン達が持っていないからギルド内転移の指輪が使えないけど、この子達は別に使わない理由は無いものね。

 

 「そっか。まぁ、みんなそろっているみたいだから早速話を始めましょう。あやめ、あいしゃ、二人には馬車の足回りを作ってもらうのにちょっと苦労してもらったよね」

 「ベアリングやサスペンションの事? うん、あれはちょっと苦労したね。だってマ・・・アルフィンもあまり詳しくなかったから図書館とかで調べながら作ったし」

 

 それについてはよく覚えている。二人して色々な本を調べながら苦労して作っていたものね。

 

 「それについてだけど、実は謝らないといけない事があるのよ」

 「謝らないといけない事?」

 

 私の言葉にあやめとあいしゃが頭にはてなマークを浮かべる。まぁ、これだけでは当然そうなるわよね。と言う訳で足らなかった言葉を補足する為に話を続ける事にする。

 

 「それについてだけど、アルフィス」

 「ん!? なんです?」

 

 ここで自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったアルフィスは、急に声をかけられて驚きながら私の顔を見つめてきた。

 

 「あのさぁ、あなたが作れるマジックアイテムの中に<コンフォータブル・ホイールズ>って言うアイテム、あったわよね?」

 「ああ、荷台の揺れを少なくする車輪型のアイテムだろ? ああ、あるよ」

 

 そう、ユグドラシル時代は物を運ぶための荷台につける、揺れを小さくしたり車輪の回りをよくして重い物でも簡単に運べるようにするマジックアイテムだった物だ。

 

 「そのアイテムだけど、正式名称を言ってもらえるかしら?」

 「正式名称? ちょっと待てよ。えっと・・・<快適な車輪/コンフォータブル・ホイールズ>だな・・・って、快適な車輪!?」

 

 そうなのよね。馬車なんて使わなかったゲーム時代では荷台用のマジックアイテムだと思っていたこれ、快適と言う言葉が指す様に馬車の車輪につけるマジックアイテムみたいなのよ。そしてその話をカロッサさんから聞いて、私はめまいがするほど驚いたわ。だって知っているアイテムで、なおかつアルフィスが作れる事も知っていたんですもの。

 

 「私もうっかりしていたわ。ユグドラシルでは移動に馬車なんて使わなかったし、荷台なんてアイテムボックスの容量が少なかった時代くらいしか使わなかった死にアイテムですもの。すっかり忘れていたのよ」

 

 この私の言葉にあやめとあいしゃの顔が暗くなる。

 

 「待って。と言う事はもしかしてあたしたちの苦労は・・・」

 「ごめん。もしかしたらしなくてもいい苦労だったかもしれない」

 「そんなぁ~」

 

 それを聞いてうなだれる二人。うん、二人の苦労を知っているだけに、私も申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。

 

 

 

 この後アルフィスに<快適な車輪/コンフォータブル・フォイールズ>を作ってもらって調べたんだけど、このアイテムをつけただけの馬車に乗って先ほどの行程での乗り心地と比べてみたところ、少しだけこのマジックアイテムを使った馬車の方が乗り心地がよかった。

 

 でも同時にこれは揺れを軽減するだけのマジックアイテムで、揺れがまったく無くなる訳ではない事も解ったから、サスペンションと併用する事でより快適な馬車になる事も解ったのよね。

 

 そう、あやめたちの苦労はまったく無駄だったと言う訳ではなかったのよ!

 

 「でも、一番苦労したベアリングはまったく無駄な物になってしまったけどね・・・」

 「ホントごめん・・・」

 

 存在は知っているはずだっただけに、本当にすまない気持ちでいっぱいになるアルフィンだった。

 

 




 ちょっと遅い挨拶ですが、あけましておめでとうございます。今年もよろしく御願いします。

 さて、ユグドラシル時代は馬車を使っていないと言うのは本編には出てこない設定です。でも円盤特典によると町と町の移動はゲートだったし、個人的な移動は馬や騎乗用のモンスターを使っているようだったので無いのではないかと私は考えてこのような設定にしました。何より、召喚できる騎乗用動物と違って馬車は目的地に着いたらアイテムボックスに収納しないといけないですからネットゲームではあまり見かけない移動手段ですしね。


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65 出発と心配

 

 「本当に御一人で行かれるのですか?」

 

 「もう決まったことだからね」

 

 イングウェンザー城の中央門。

 広大な庭園へと続くその門の前では後ろに見送りのメイドたちを従えたメルヴァが心配そうな顔であやめに対して何とか翻意を促そうと声をかけていた。

 でも今のあやめは正確にはあやめではなく、私が体を使っているのよね。

 

 そのせいでメルヴァはアルフィン(私)の決めた事を撤回してもらうには同じ至高の御方であるあやめ自身から「やはり護衛をつけてもらうよ」と言ってもらうしかないと考えて、先程から出発間近のあやめ(私)に一所懸命頼んでいると言う訳なのよ。

 でもこれって私からするとかなりシュールであり、また結構困った光景なのよね。

 彼女が本当に心配している事が解るから。

 

 「メルヴァ様、メルヴァ様。あやめ様は御一人ではありませんよぃ。私たちもいるんですよぉ」

 

 「そうである。我らがあやめ様に付き添っておるではないか」

 

 そんなメルヴァの言葉に非難の声を上げるのは2体のモンスター。

 共にあやめに召喚され、今ではあやめの忠実な僕となっているシルフのシルフィーと大地の上位精霊であるダオのザイルだ。

 

 あやめが乗りやすいよう、大きめな猪くらいの大きさまで小さくなっているザイル。

 その頭の上に乗ったシルフィーは、のんびりとした口調ながらも自分は怒っているんだぞと言う態度を示すかのように拳をにぎった両手を振り上げて主張している。

 そしてそのシルフィーの意見に同意するかのようにザイルも不満げな声を上げていた。

 

 「まぁまぁ、メルヴァはあたしの事を心配して言ってくれているのだからシルフィーもザイルも怒らないの。」

 

 そう言ってシルフィーたちを宥めた後、今度はメルヴァの方に向き直って彼女を窘める。

 

 「あとメルヴァも、それはちゃんと話し合ったでしょ。アルフィンが言うとおりこの任務はあたしが一番適任なんだし、何かあった時はザイルも本来の姿に戻って戦ってくれるから下手な子を連れて行くよりよっぽど安全なんだから。もう、そんな顔しないの」

 

 「ですが・・・」

 

 ザイルの本来の姿はかなりの巨体だ。

 その巨大なサイに似た姿と岩のような肌を持つ強靭な肉体は、ケンタウロスのメイン武器である弓矢程度で傷を付けられる程やわじゃない。

 それにシルフであるシルフィーの風を使った結界は弓矢などの飛来する武器による攻撃に対する防御と言う一点で言えばどんな魔法よりも頼りになるのよね。

 

 ケンタウロスにとって、この子達は天敵と言ってもいいと思う。

 この二体をお供につけているのだからこれ以上の護衛は必要ないと思うんだけどなぁ。

 

 まぁ、メルヴァの立場からすると心配する気持ちも解らないでは無いんだけどね。

 うちの最大戦力の一人であるシャイナにさえ、何かあってはいけないと信仰系マジックキャスターを同行させたくらいなんだから。

 

 「とにかく、今回はあたしたちの殆どが城から離れる事になるんだからメルヴァにはしっかり城を守ってもらわないといけないのは解ってるよね? そのメルヴァがついてこれない以上、適任者はいないでしょ。ギャリソンはまるんに同行するし、セルニアはアルフィンのお供をするんだから」

 

 「そっそれならば、地下3階層の二人のどちらかを」

 

 「それはだめよ」

 

 あの二人は絶対にダメ。

 あの子たちはこの城の守り、まさに防壁なの。

 この世界の住人ではこの城に危害を加える事はできないだろうとは思う。

 だけど、

 

 「あの子達はこの城の最終防衛ラインなのよ。今までの情報からこの世界には私たち以外のプレイヤーがいる可能性があると考えられる以上、あたしたちの殆どが城からいなくなるこの状況であの二人を城から出す訳にはいかないと言うのはメルヴァにも解るでしょ。」

 

 そう、過去にいたと言われる口だけの賢者と言う存在は多分プレイヤーだろう。

 と言う事はこの世界に転移して来たプレイヤーが私たちだけなんて楽観的な事はとても考えられないのよね。

 

 そんな状況では、いくら私の事が心配だからと言ってこの城の守りの要であるあの二人を外に出すなんてとんでもない話だ。

 

 「心配しなくても大丈夫、この旅では索敵が得意なシルフィーがいるんだから気付かないうちに接近されて不意を突かれるという心配もまず無いんだし、特に大きな危険は無いはずだから。ね、メルヴァはあたしの事は気にしないで、あたしたちの家でもあるこの城をしっかりと守っていてね」

 

 「・・・解りました、あやめ様。しかしくれぐれも、本当にくれぐれもお気をつけ下さい」

 

 「うん、解ったよ。なるべく気をつけて行ってくるね」

 

 まだ不安顔ではあるものの、何とか納得をしてくれたメルヴァに対して”あやめの姿の"私は子供らしい笑顔を心がけて作った。

 

 いつもアルフィンに入っていて優雅な笑顔を作る事を心がけている私は、別のキャラに入った時は結構気をつけないといけないのよね。

 ここでもしそんな顔をしてしまったら多分メルヴァは心配するだろうから。

 だって普段のあやめはそんな笑顔を絶対にしないし、そんな顔で微笑んだりしたら無理をして強がっているのではないかと勘繰られてしまうかもしれないから。

 

 そんな事情でボロが出ないようずっと気を張りっぱなしだった私は、一刻も早く出発したかったのでこの会話はここで切り上げて出発をする事にした。

 

 「それじゃあザイル、乗せてもらうわね。あっ、シルフィーはあたしの肩に乗っていいわよ。それじゃあメルヴァ、行って来ます!」

 

 「行ってらっしゃいませ、あやめ様。シルフィーにザイルも」

 

 「は~い」

 

 「行って来ます、である」

 

 頭を下げるメルヴァとその後ろに並ぶメイドたちに手を振りながらあやめはザイルを走らせ、ケンタウロス偵察の旅に出発した。

 

 (う~ん、ザイルの背中って岩石みたいだから、クッションを持ってきた方がよかったかなぁ。でも今更戻るのもかっこ悪いし)

 

 などと心の中で考えながら。

 

 

 ■

 

 

 イングウェンザー城の地上階層にある見張り台。

 そこにはあやめを除く5人の自キャラたちが集い、ザイルの背に乗りながら颯爽と駆けて行くあやめの姿を見送っていた。

 

 「マスター、行ってしまわれたわね」

 

 「うん。マスターの事だからきっと大丈夫だとは思うけど、一人だけでの別行動は初めてだからちょっと心配だよね」

 

 アルフィンの呟きにまるんは少し心配そうな顔でそう答える。

 何せこの世界に転移してきて初めての単独行動なのだ。

 

 他のNPCたちに、もしあえてこの中から特別な立場の者をあげるとするのならば誰かと聞けば皆のまとめ役でありギルドマスターでもあるアルフィンの名があげられる事だろう。

 しかし、基本彼らにとってあやめを含む6人の至高の御方々は皆同格の存在だと答えるはずだ。

 

 しかし自キャラたちにとっては違う。

 ただ一人、マスターだけが特別の存在であり、今現在はその魂を宿すあやめこそが唯一絶対的な至高の御方なのだ。

 その御方が一人の護衛もつけずに旅立たれたのだから心配するなと言う方が無理と言うものである。

 

 「アルフィン、まるん。あやめから連絡があったらすぐに助けに向かってよ。私たちも近くにゲートの魔法を使える子を連れて行くけど、直接飛ぶ事が出来るのはあなたたちだけなんだから」

 

 「解っているわ。わたくしは農業指導とは言っても実際に自ら手を出すわけではないのだから何かに気を取られて反応が遅れるなんて事は無いだろうし、その時が来たらどんな状況であってもすぐにゲートを開いて向かう。でも遠隔視の鏡で場所の確認してからでしか開けない、ゲートの魔法しか使えないわたくしより転移で直接飛べるまるんの方が絶対早くつけるのだから、その時は何があっても最優先でマスターの元に駆けつけるのよ」

 

 「うん、解ってるよ。その時はすぐに飛んで身を挺してでもマスターを守る。私が死んでもきっと生き返る事が出来るけど、マスターが死んでしまったらどうなるか解らないもの」

 

 シャイナの言葉にアルフィンとまるんは即座に答えたが、そのまるんの言葉によって一同は不安げな表情になる。

 

 彼、彼女らにとっての一番の懸念は実はこれだった。

 もし自分たちが死んだ場合、きっと魔法で生き返る事が出来るだろう。

 しかしマスターは?

 

 今この状況でもしあやめが死んだ場合、復活魔法を使えばきっとあやめは生き返ると思う。

 他の魔法がこの世界でも普通に使えている以上、復活系の魔法だけが、元の世界の法則によって生み出された自分たちに効果がないと言うのは考えられないからだ。

 ではその中に入っているマスターの魂はどうなるのだろうか?

 

 もしかしたらあやめが死んだ時点で自分たち他の誰かの体、マスターの為に作られた器に乗り移るのかもしれない。

 でもそうじゃなかったら? 

 あやめだけがよみがえり、マスターの意識が復活しなかったら?

 そんな事を考えると、彼らは不安で仕方がなかった。

 

 「とにかくアルフィンはなるべく早くマスターの元にたどり着く事。あなたさえそばにいればマスターの安全はまず保たれるんだから。私やまるんでは矛にはなれても楯にはなれないんだからよろしくね」

 

 「そうだねぇ。わたしのゴーレムも楯にはなれるけど製造するまで少し時間が掛かっちゃうし、アルフィンがいてくれたら安心だもん」

 

 「俺にいたっては海や川、それと湖ならともかく、今回のような場合では楯矛どちらでもお前らと比べて劣るからな。もしもの時は頼むぜ」

 

 シャイナの言葉をあいしゃとアルフィスが肯定する。

 

 自キャラ6人の中でアルフィンがマスターの器として選ばれた最大の理由。

 それはこの6人の中で一番の魔法による防御力と継闘能力、そして治癒の魔法だ。

 これらがあればたとえ別のプレイヤーに襲われたとしてもマスターが死ぬと言う最悪の展開だけは防げるはずだ。

 

 しかし、あやめの体を使っている今のマスターにはその力が無い。

 だからこそ、何かとてつもない危機がマスターの身に起こりそうな時を想定して準備を行わなければいけないというのが彼らの共通認識なのだから。

 

 「さて、マスターの御見送りも終わった事ですし、わたくしはボウドアの村へと出立する準備にかかりますわ。シャイナ、セルニアとミシェルに準備をするように伝えてくれないかしら? わたくしは紅薔薇隊と魔女っ子メイド隊の中から誰か適当に見繕ってから合流するから」

 

 「うん、解った」

 

 駆けていったザイルの姿も見えなくなったので、アルフィンは自分の役目を果たす為に一緒にボウドアの村へと向かうシャイナに声をかけた。

 今までの会話を聞かれるわけには行かないので、今この場にメイドはいない。

 だからいつもとは違って何をするにしても自分たちで直接動くしかないからだ。

 

 「それじゃあ私もギャリソンとカルロッテさんに声をかけるかな? あっそれとアルフィン、あいしゃもボウドアに連れて行ってくれないかな」

 

 「へっ? わたし?」

 

 いきなりまるんに声をかけられて、あいしゃは驚きの表情を浮かべる。

 と言うのも彼女はてっきり今回もお留守番だと思っていたからだ。

 

 「そう。どうせ暇なんでしょ。ならアルフィンたちは村の人たちとの話で手一杯になるだろうから、その間にあなたはシミズくんにどれくらいの範囲に眷属をばら撒くか説明してほしいのよ。マスターの残してくれた地図に範囲は指定してあるけど、あの子はモンスターだから地図を読めないし、そうなると誰かが指示をしなければいけないからね」

 

 「うん、わかった」

 

 まるんの話を聞いて、あいしゃは「今回はわたしにもやる事があるんだ」と満面の笑顔を浮かべて喜び、元気に返事を返した。

 

 「あとアルフィン、あなたは口調を気をつけてよ。マスターはもっと砕けた口調だし、一人称はわたくしではなく私だからね」

 

 「そのような事は心得ておりますわ。ご存知の通り、わたくしはいつもマスターの御そばにいるのですから。・・・それじゃあ私は準備にかかるわね。まるんも気を付けて行って来なさいよ。あなたの仕事はかなり重要なんだから」

 

 アルフィンは一度黙ると、いつもマスターが話しているような口調に変えて話し始める。常に行動を共にしているだけにその口調はまさにマスターそのもので、それはまるで本当に彼に言われているかのような錯覚をまるんに起させるほどであった。

 

 「うん。マスターの期待に添えるように私もがんばってくるよ。それじゃあ、私は行くね」

 

 そう言うとまるんは指輪の力を使って転移していった。

 

 「それじゃあ私たちも行動を開始しましょう。あいしゃはシャイナと一緒に行ってね。私はこのまま歩いて地上1階層の詰所に行ってくるから。シャイナ、頼むわよ」

 

 「は~い」

 

 「うん、じゃあまた後で」

 

 そう言うとアルフィンは階段の方へと足を進め、シャイナとあいしゃは先程のまるんと同じ様に転移をしていった。

 

 「さて、俺は何をするかな」

 

 最後に残ったのはアルフィスである。

 しかし彼にはこれと言って仕事が与えられていなかった。

 

 「このまま何もせずにぼ~っとしているわけにもいかないからなぁ。そんな事をしていたら、メルヴァたちの格好の餌だ」

 

 他の5人がいない以上、メルヴァたちNPCにとってこの城の中で御世話をする相手はアルフィスただひとりと言う事になる。

 そんな状況の中で何もせず暇そうにいたら、これ幸いと彼女らによって介護と言ってもおかしくないほどの御世話を受けさせられることだろう。

 

 「まったく、あいしゃがいればこんな苦労をする必要も無いのに」

 

 いつも城に残ってメイドたちにちやほやされながらお菓子を頬張っているあいしゃを思い浮かべて、アルフィスは一人ため息をついた。

 

 「マスターも俺に何か仕事を割り振ってくれないかなぁ」

 

 そんな愚痴を言いながら、アルフィスは地下1階層にある自分の工房へと転移して行った。

 『マジックアイテム研究開発中の為入室禁止』と書かれたプレートのある、静かな自分だけの城へと。

 

 




 今回からちょっと書式を変えてみました。
 どうやら「。」で区切った所で次の行に変えるのが今のネット小説の主流のようなので。

 実は始めの内は私もこの書き方をしていたのですが、なんとなく読みにくいような気がして今までのような書き方をしていました。
 ですが、この頃は説明文が増えて今の書き方だと返って読みにくいのではないかと考えた為にこのように変更した次第です。

 さて、こう言うとなんか変な話ですが今回がアルフィンの初登場です。
 今までのアルフィンは全て主人公でしたからね。

 口調はこんなですが、性格は今までに話に出てきているように可愛い物が好きな女の子らしい性格をしています。
 なにせ主人公の性格は彼女がベースになって変異しているので。

 最後に。
 すみません、もしかすると来週から少しの間更新を休むかもしれません。
 詳しくは活動報告で 


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66 馬車の中で

 その日、イングウェンザー城から出発した真新しい馬車の中にはアルフィン、シャイナ、あいしゃの三人の姿があった。

 

 この三人のほかにも同行者は居たが、セルニアを含むメイド二人は御者台に座っており、いつもアルフィンに付き従うヨウコとサチコはメイド服のままではあったが、警護の為に馬車の前と後ろを真っ白なアイアンホース・ゴーレムに乗って走っているのでこの中にはこの三人しか居ない。

 

 そのおかげで三人はNPCたちの目を気にする事無く、各々寛ぎながら馬車の一時を過ごしていた。

 

 

 

 イングウェンザー城からボウドアの村へと続く道。

 

 未だ敷石を敷いていないその道は土がむき出しの為多少でこぼこしているにもかかわらず、そこを走る馬車の中は信じられないほどゆれが少なかった。

 滑るようにとまでは行かないけれど、これならば馬車の中で普通に本が読める事だろう。

 でもまぁ移動速度と距離を考えると、ゆっくり読んでいる時間は無いだろうけど。

 

 しかしこの新型の馬車、初めて乗ったけど凄い性能ね。

 

 「本当に<快適な車輪/コンフォータブル・フォイールズ>とサスペンションの併用は凄いのですね。わたくし、まさかここまでゆれが少なくなるとは思っていなかったですわ」

 

 「折角だから改良した四輪独立サスペンションに変えたからねぇ。余計にゆれが減っているんだと思うよぉ。あれからもあやめと研究は続けていたからねぇ」

 

 流れていく外の風景を眺めながら呟いたわたくしの独り言にあいしゃが律儀にも説明を追加してくれる。

 なるほど、マスターが実験した時よりもより進化しているのですか。それならばこのゆれの少なさも解ると言う物です。

 

 あいしゃが言うには、前回のは馬車本体の自重配分も解らないし油圧シリンダーも制御装置も無いから二輪ずつ固定したサスペンションを使用していたらしいのだけれど、今回のは改良型であると同時に正確に馬車を調べてサスペンションのバネの強さを調節したから四輪別々に駆動できるようになって、よりでこぼこの道に対応しやすくなっているそうだ。

 

 ただ、正直わたくしはその手の物には余り知識が深くないので詳しく説明されてもよく解らない。

だけど、あいしゃが楽しそうに話しているのを見るのは好きなのでニコニコしながら聞いていたの。

 するとシャイナがそんな私たちtの会話に割り込んできた。

 

 「所でアルフィン、ボウドアの村での農業指導だけど、私とあいしゃは横で聞いていたとしても殆ど意味が解らないと思うんだけど、それでも一緒にいなきゃダメかな?」

 

 「シャイナぁ、わたしはあなたと違ってちゃんと理解できるよぉ。わたしが農業指導に加わらないのは子供だから教える側には向いてないってだけなんだからね!」

 

 「そうだね、ごめん」

 

 シャイナに同類扱いされてあいしゃが怒ってしまい、シャイナが慌てて謝っている。

 

 本人が言うとおり、確かにあいしゃは頭はいいのよね。

 でも外見がまるん同様10歳くらいとエルマちゃん並みに幼いから、流石に村の人たちもそんな子に教わるのはきっとお嫌でしょうとマスターが御考えになられて、指導役から外れてもらっただけと言う話ですもの。

 

 「それに関してはシャイナは理解できないかもしれないけど、居て貰わなければ困るわ。城でも話したとおり、あなたはエントの村へ向かう農業指導のリーダーになって貰わないといけないのだから。確かにあいしゃの方が適任ではあるけど、イメージと言う物があるから」

 

 「うん、解ったよ・・・」

 

 あからさまに意気消沈するシャイナ。まぁ、解らないでも無いわ。

 

 先程のあいしゃの説明も、まったく理解できないにも拘らずわたくしが聞いていられたのは相手が可愛いあいしゃだから。

 そうじゃなく、アルフィスとかだったらきっと途中で「もういいわ。聞いても解らないから」と言ってしまっていた事でしょう。

 

 それ程理解できない話を聞き続けるというのは苦しいものですから。

 

 「あるさん、わたしは?」

 

 「あいしゃはね、わたくしたちが村人に話をしている間この地図の範囲を調べてきてほしいのよ」

 

 そう言うとわたくしはアイテムボックスから地図を取り出した。

 それはボウドア周辺の農地を館のメイドたちに調べさせて作った物で、この世界の感覚で言うと信じられないほど精密に情報を書き込まれたものになっている。

 これを見ればどこに何が植えられていてその生育状況はどうか、また今はどの畑が空いているかなどが一目瞭然だった。

 

 「すでに収穫寸前な畑に手を加えても意味は無いから、空いている畑とまだ育成途中の作物の状況を見てきて頂戴。それによってどの程度手を加えるか決めるから。あと、それが終わったら館に戻ってね。多分その頃にはシミズくんも着いている筈だから、ほらここ、この指定している範囲にあの子の眷族を放って土壌改良を始めておいてくれるように指示を出しておいて」

 

 地上を猛スピードで進む私たちと違って土の中を進むジャイアントワームのシミズくんはそんなに早く移動できない。

 いや、彼だけならできるだろうけど、その眷属は無理だろう。

 

 だから彼らの到着はそれくらいの時間になってしまうのだ。

 

 「あれ? 村全体に放つんじゃなかったの?」

 

 わたくしが示したエリアを見てあいしゃが不思議そうに小首をかしげる。

 その姿はまるで天使のようだった。

 

 まっ、まぁなんて可愛いのでしょう。

 

 がばっ

 

 そんなかわいらしい姿に我慢できず、ついわたくしはあいしゃを抱きしめてしまった。

 

 「わっわっ! あるさん、一体どうしたのぉ!?」

 

 「ごめんなさい、つい」

 

 いつもはマスターがわたくしの体を御使いになられているので我慢していたけど、その反動からか少し自制が効かなくなっているみたいね。

 いけないいけない、気を付けないと。

 

 でも良かったわ、ここでそれに気が付いて。

 知らずにユーリアちゃんやエルマちゃん、それに他の村の子供たちと対面していたらとんでもない失敗を犯すところでした。

 

 わたくしの奇行はそれすなわちマスターの奇行と取られるという事を努々忘れないようにしなければ。

 

 「あのぉ、あるさん。そろそろ放してほしいんだけどぉ」

 「あっ、ごめんなさい。わたくしとした事が」

 

 実はそんな事を考えている間もずっと抱きしめたままだったりする。と言うか、ずっと頬をつけてすりすりまでしていた。

 だって仕方がないではありませんか。今まではこんな事は出来なかったのですから。

 

 しかし指摘を受けてしまった以上仕方がありません。わたくしは断腸の思いであいしゃから手を放しました。すると、

 

 「アルフィンのそばに置いておくとまた抱きつきそうだから、あいしゃは私が匿っておくわね」

 「あっ、ずるい!」

 

 シャイナがすかさずあいしゃを奪い去り、自分の膝の上に乗せた。

 

 うぅ~ずるいぃ~。

 シャイナはいつもまるんやあいしゃを独り占めしているのに。

 わたくしの場合、こんな機会は滅多にないのだから譲ってくれてもいいのに。

 

 「まぁまぁ。そんな事より、さっきのあいしゃの疑問に答えてないよ」

 「あっそうだったわね。いけない、わたくしとした事が」

 

 少し拗ね始めたわたくしにシャイナは苦笑と勝者の笑いが入り混じったような表情で指摘をしてきた。

 その笑顔にちょっと思う所が無い訳ではないけれど、確かにこれは説明しておかなければいけない内容ではあると思いなおして、あいしゃに視線を向ける。

 

 「最終的にはシミズくんの眷属を村の畑全体に放ってあの地を肥沃な大地に変えるつもりですが、いきなりそのような事をしてはいかに知識の少ないこの世界の者たちでも怪しく思うでしょう。ですから最初は未だ開墾されていない館近くの荒れたこの土地をシミズくんとその眷属の力を使って土壌改良します」

 

 わたくしはそう言うとボウドアの館の近く、予めマスターが御決めにになられた範囲をあいしゃにも解りやすいように指でなぞってみせる。

 

 「それにこの程度の広さなら1時間と掛からずに達成出るでしょうからね。ここは村からは離れているし、館の裏手だから現状を知る人はいないはずです。誰も近寄らない土地だからこそ、いきなり土壌が変わってしまっても怪しまれる事はないでしょう。ですからここを先に手をつけて、実は前から少しずつ我が国の肥料をまいての土壌の改良を進めていたと村人たちにもわたくしが説明するつもりです。そしてその土地の土を運んで肥料と共に畑にまく事により、自然とシミズくんの眷属を他の畑に広げていきます」

 

 ここまで説明をした所で、わたくしは目を地図から二人に向けて話をする。

 

 「この方法なら、この土地の土をまいた畑だけが生産量が増えるので怪しまれる事は無いだろうと言うのがマスターの御考えです」

 

 「そっかぁ。マスター、色々と考えているんだなぁ」

 

 「なるほど、村人が怪しまないようにとの配慮がしてあるんだね。さすがマスターだ」

 

 マスターの御考えを知り、二人とも感心しきりだ。

 

 しかしマスターはどうして農業の事をここまで詳しく知っておられるのだろうか?

 マスターの異世界での御職業は確か”でざいなー”とか言う物で、わたくしたちが行う裁縫や木工などに近いものはずなのですが。

 

 

 アルフィンは常に行動を共にしていたが、意識が半分寝ているような状況なので知らなかった。

 この手の知識の殆どが、実は農業系漫画やラノベから得た知識である事を。

 

 

 「また、この地ではいずれ畜産も始められるようです。どうやらそれを使ってなにやらなされる御考えのようなのですが、これについてはわたくしもよくは知りません。きっとマスター御自身がまだぼんやりとしか御考えになられていないからだとは思うのですが」

 

 「それに関しては私たちが聞いても多分仕方がない事だと思うからいいよ。やる事が決まったらきっとメルヴァたちと話し合って先に進めちゃうだろうし」

 

 「そうだねぇ。畜産ってことはお肉とかを使う事だろうから、わたしのゴーレムも関係ないしぃ」

 

 確かにその通りですか。わたくしもその時はマスターが体を御使いになられている事でしょうから、御相談に乗って差し上げる事はできませんもの。

 考えるだけ無駄なのでしょう。

 

 そんな事を考えていると馬車が徐々に減速を始めた。

 どうやらボウドアの村が近づいてきたみたいですね。

 

 あまりにゆれが少ないから気にしていなかったけど、今回は新型馬車の性能テストも兼ねていたからいつもより早い100キロほどのスピードを出して走っていたはずです。

 ですが、いくら実験中だとは言え流石にその姿を村の方々に見られる訳にも行きませんから村から10キロほど離れた地点から徐々にスピードを落とし始めて最終的には並足程度の速さで村に着く予定でした。

 

 と言う事でわたくしも到着の心構えをいたしませんと。

 

 「減速が始まったと言う事は、あと少しでボウドアの村に着くようです。なので、わたくしは口調を変えなければいけませんね。シャイナ、あいしゃ、村の中であってもわたくしの話し方でマスターと違う点があれば指摘してください。それでは・・・もうすぐボウドアに着くからシャイナもあいしゃも準備をしてね。と言っても私と違ってあなたたちは特に何かをするってことではないんだけど」

 

 「お~。あるさん、しっかりマスターぽくしてるよ」

 

 「話す早さもそれくらいだと思う。その調子でいけば大丈夫だと思うよ。ただ」

 

 ん?

 

 「ただ?」

 

 「さっきのあいしゃみたいに、村の子供たちが可愛いからって抱きつかない事。マスターは村の子供たちを溺愛しているけど、流石に抱きしめたりはしないからね。特に男の子たちはアルフィンに抱きしめられたりしたらいっぺんに舞い上がってしまうから気をつけるように」

 

 「うっうん、気をつける・・・って、最後のはシャイナがマスターにいつも言われている事じゃないか」

 

 そう、これはシャイナがマスターからきつく言われている事だった。

 

 いつもまるんやあいしゃをひざの上に乗せたり抱きしめたりしている彼女が、そのような事を村の子供たちやエルシモさんたちの子供相手にうっかりやってしまわないよう常に言葉にして注意しているのを、半分眠っているようなぼんやりとした思考の中で聞いていた覚えがあった。

 

 そんな私の指摘にシャイナは怯む事はなかった。

 というより、それを踏まえての発言だと彼女は言う。

 

 「そうだよ。でも本当の事だから私はいつでも子供たちと接する時は気をつけてるよ。つい、まるんやあいしゃ相手にしている事をしてしまいそうになるからね。だからアルフィンも気をつける事」

 「はい、ちゃんと心に刻んでおきます」

 

 そうだね。マスターはユーリアちゃんたち相手でさえ、抱きつく事はまったくとは言わないまでもあまり無かった。

 これはマスターが元男の人だから我慢しているのだろうと言う事をなんとなく知っている私は、シャイナ以上に気をつけなければいけない。

 

 ついうっかりでは済まされない話でもあるから。

 

 最近ではその自重が緩みがちになってきているのに、私が所かまわず子供たちに抱きついてそれをもしマスターが知ったら、それを機にタガが外れてしまうなんて事になってしまいかねない。

 そうしたら本当に大変なのだから。

 

 それから20分ほどして馬車は村の中に入っていった。

 

 今までマスターが使っていた四頭立ての大型馬車ではなく、一回り小さな二頭立ての馬車は今までと同じくらい豪華な造りになってはいるものの、形状の関係からあちらには在ったギルド"誓いの金槌"の紋章は刻まれていない。

 

 その為か、村人たちはいきなり村に入ってきた見慣れぬ馬車に戸惑っているようだった。

 しかし、その先導をしている馬に乗っているのがヨウコであり、御者台にはセルニアが乗っているのを確認してその馬車が私たちイングウェンザーのものであり、最後に通ったサチコの姿を見て乗っているのが私である事を確信して安心したようだった。

 

 そんな村人たちの視線を受けながら馬車は村を抜け、館へと進んでいった。

 

 実の所、村を通過せずとも館に着く事が出来る。

 ではなぜ今回は館の中をわざわざ通ったかと言うと、わたくしたちが到着したという事を村人たちに知らせなければいけなかったからだ。

 

 何せ今回の訪問はその村人たちに農業指導をするという目的なのだから、私たちだけではなくその教えを請う村人たちの方にも心の準備が必要だろう。

 だからこそ、村全体に私たちの訪問を知らせ、明日からの心構えをしてもらおうと言うのがマスターの御考えなのだから。

 

 「ところで、農業指導は明日からだよね? これからどうするの?」

 

 「特に決まっていないわよ。私としてもこの口調になれないといけないし、ボロが出ないよう立ち振る舞いも慣らさないといけないからと思って何の予定も組んでないもの。館のメイドたちにも特に何か準備をしろと言ってないからフリータイムね」

 

 「そっか、なら何しようかなぁ」

 

 マスターはある程度何をするか常に決めて動いているからわたくしもそのようにするだろうと考えたのか、シャイナが予定を聞いてきたけど本当に何も考えていないのよ。

 

 確かに昼食後に出発したとは言え馬車の速度がとんでもなく速かったから今はまだ日の暮れまでにはかなりの時間があるけど、時間が余っているからと言って何かに取り掛かったとしたら所作に慣れる時間が取れないもの。

 

 マスターの場合、語尾に”よね”とか”わ”をよくつけるけど、わたくしはどちらかというと言い切ってしまうからそこにも気をつけて話さないといけない。

 午後の一時と一晩と言う短い時間でそれを完璧にしないといけないのだから、予定を入れて他事を考える訳にはいかなかったの”よね”。

 

 「そうだ、いい事を考えた。アルフィン、慣れないといけないって事は話をしなければいけないって事よね?」

 

 「えっ? ええ、確かにそうよ。だから今晩はなるべくセルニアやこの館の子たちとお話をするつもりだったのだけど」

 

 そんなわたくしの言葉にシャイナはフフンっと言った感じで得意げな表情をしてから自分のいい考えとやらを話した。

 

 「どうせなら村に行って子供たちと遊ぼうよ。大人たちと違って子供なら多少口調がおかしかったとしてもごまかせるし、大人より勘がするどいから立ち振る舞いがいつもと違えばすぐに気付くしね」

 

 「子供たちと? そりゃあ私もその方が嬉しいけど」

 

 何の練習も無しに村へ行って大丈夫なのだろうか?

 それならいっそ館に呼んだほうがいいのでは?

 そんなわたくしの考えが顔に出ていたのか、シャイナが注意する。

 

 「アルフィン、不安は解るけど館に呼ぶのはダメだよ。あなたは明日、村に言って話をするのだからその場で無ければ練習にならないよ。それにユーリアちゃんたちだけならともかく、今から館に村の子供たちを呼ぶには準備が足りないからね。不特定多数を相手にする練習である以上、今回はユーリアちゃんたちだけを呼ぶわけには行かないんだから」

 

 「確かに。確かにそうね」

 

 明日になれば嫌でも村人たちと向き合わなければいけないのだから、ここで尻込みをすべきではない。

 シャイナの言う事はもっともだし、ここはこの案に乗ることにしよう。

 

 「それにね」

 

 「それに?」

 

 シャイナはにやりと笑ってこう呟いた。

 

 「館の中と違って村で遊ぶ子供たちは本当に無邪気で可愛いからね。あれは凶悪だよ。私も何度も抱きしめそうになったのを歯を食いしばって耐えたんだから。アルフィン、しっかりと我慢できるよう、心を強く持つんだよ」

 

 「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 計られた! どうやらこの後、わたくしは何度も血の涙を流す事になるようである。

 

 




 大変長い間休んでしまってすみませんでした。とりあえず今週から更新を再開します。
 ただ、なるべくするつもりではいるのですがもしかすると落とす週が出るかもしれません。
 短いものでもなるべく更新できるよう努力はするのでその時はご容赦ください。

 さて、アルフィンは主人公が女性の思考に変異した元になっているだけあって子供や可愛い物が大好きです。

 ですから、まるんやあいしゃに対してだけでなく、あやめにまでこのような態度で接します。シャイナはあやめに関してはそうでもないので、より重症なんでしょうね。まぁ、これは同性愛者であるというのも一因にはなっているのですが。

 因みに子供であれば男の子でも同様に溺愛します。絶世の美女が可愛い可愛いといいながら抱きついてくるのです。子供とは言え、10歳くらいになればすでに性に目覚めています。危険、と言うか凶悪ですよね。


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67 暴走と妄想

 

 ボウドアの村の外れ、そこにあるイングウェンザー所有の館の回りを囲む塀のすぐ近くには村人がいつでも自由に使うことが許されている大浴場兼洗い場小屋が建てられている。

 

 そしてそのすぐ横に作られた物干し場では、今日も子供たちがいつものお手伝いである洗濯をしていた。

 

 キィッ

 

 そんな子供たちの一人がドアが開くような小さな音に気付いて、ふと館の方に目を向ける。

 すると、その扉がゆっくりと開かれて中から誰かが出てくるのが見えた。

 

 「あれぇ? アルフィン様やシャイナお姉ちゃんがお屋敷から出てきた。それに誰だろ? あの可愛い子」

 

 「まるんちゃん、じゃないね。それにあの子、ドワーフじゃない?」

 

 「まさかぁ。ドワーフはもっとずんぐりしてるっておかあちゃんが言ってたよ」

 

 「うん。確かに顔は普通の子より大きく見えるけど、あんなに可愛いドワーフなんていないんじゃないかなぁ?」

 

 乾いた服を取り込んでいた子供たちは、先程アルフィンたちが到着した事はその目で見て知っていた。

 しかし今回は彼女たちが大人たちに用事があって訪れたと言う事を知っていたし、何より自分たちの相手をしてくれる時は予め教えてもらっている事が殆どだ。

 と言う事は今回は自分たちの前に姿を現すとは思っていなかった為に彼らは驚いていたのである。

 

 唯一の例外として、マイエル姉妹だけが突然館に招かれると言った事は今までにもあったが、 しかし自分たちがそのような事をしてもらった事は今まで一度も無かった。

 

 あの姉妹は館の持ち主の一人である、まるんのこの村での最初のお友達らしいから特別なんだろう。

 そう言う認識だった為、自分たちが突然館に呼ばれたり、アルフィンたちに遊んでもらえるなんて事はこれからも無いであろうと子供たちは考えていたのである。

 

 「初めて見る子だし、村長さんに紹介しに行くのかなぁ?」

 

 「あっでも、こっちに来るみたいだよ」

 

 てっきり屋敷の外門を出て、そのまま村の方へ向かうであろうと思っていた子供たちは、アルフィンたちが自分たちの方へと歩いてくるのを見て驚いた。

 

 「もしかして時間が空いたから遊んでくれるのかなぁ?」

 

 「シャイナお姉ちゃんもいるし、お菓子と甘い飲み物とかもくれるかも!」

 

 「きっとそうだよ!」

 

 ゆっくりとこちらへと向かってくるアルフィンたちを見て、期待に目を輝かせる子供たちだった。

 

 

 ■

 

 

 うう、緊張する。

 

 確かにマスターに体を使って頂いている時に何度も顔を合わせていて知らない仲ではない子供たちではあります。ですが、わたくし自身は初対面と殆ど変わらないのですよね。

 

 それなのに突然その子たちとマスターの振りをして遊ぶなんて、本当大丈夫なのでしょうか?

 

 そんなことを考えながら歩を進める。

 どんどん近づいてくる村の子供たち。

 いや、近づいているのは私たちだと言うのは解っているのですが。

 

 「シャイナ、わたくし大丈夫かしら? ちゃんとできると思います?」

 

 「大丈夫だって。それと緊張してか、言葉がマスターじゃなくアルフィンのものになってるよ。気をつけて」

 

 いけないわ。

 まだ接触もしていないのにこれではだめですよね。

 わたくしは心の中で反省し、再度気持ちを引き締めなおした。

 

 「あははっ。あるさん、気を取り直して慎重になったのかもしれないけど、そんな怖い顔してたら子供たちが驚くよ」

 

 「えっ!?」

 

 わたくし、そんな怖い顔をしていたかしら?

 どうやら今度を気を引き締めなおしすぎて少し怖い顔になっていたみたいです。

 マスターは子供たちの前では常に笑顔でしたし、気をつけないといけないですわね。

 

 「そんなに緊張する必要は無いよ。”アルフィン”は子供たちに懐かれているんだし、”いつもどおり"笑顔で接すれば問題は無いよ」

 

 「そうだね。わたしと違って”アルフィン”は子供たちと知り合いなんだから」

 

 ふぅ。

 そうですわね、あまり気合を入れすぎても逆効果にしかならないでしょう。

 

 「解ったわ。肩に力を入れず、子供たちとのひと時を楽しむ事にするわ」

 

 「あっ、でも、前に話したとおり子供たちに抱きつくのは無しだよ。”アルフィン”はそんなことしないから」

 

 「解ってるわよ」

 

 念の為なのだろう。

 先程の話をシャイナはまたわたくしに注意した。

 

 「私は女の子たちは抱き上げたりするけどね」

 

 「ずっずるい!」

 

 納得したわたくしに、自分はやるけどねと宣言ながら得意そうな顔をして笑うシャイナ。

 そんな彼女の態度に、つい文句が出てしまう。

 とは言ってもこれについては、別にわたくしは驚いてはいなかった。

 シャイナがこれまでこの村で女の子たちを抱き上げているところを、マスターの瞳越しに何度も見かけた事があるのですから。

 

 シャイナ曰く、マスターの考えで男の子たちをわたくしたちが抱きしめるのは教育上良くないらしいけど、女の子に関してはその限りではないからと言うのが彼女の言い分でした。

 

 ただ、それを聞いてもマスターは女の子相手でも抱き上げる事は殆どありませんでした。

 これについてはきっとマスターなりのこだわりやお考えがあるのだろうと私は考えています。

 

 「今日はユーリアちゃんたちの姿が見えないから、あいしゃで我慢しなさい」

 

 「ううっ、そうする」

 

 でもそんなマスターですけどマイエル姉妹に関してだけは解禁しているようなのです。

 特にエルマちゃん相手の場合は会う度に抱き上げたり抱きしめたりしている姿が思い浮かびます。

 いつも満面の笑みを浮かべて抱き上げている姿が。

 

 あの姉妹だけは別格という事にして例外にしているのは、そうでもしないと村の子供たちと接している時は目の前にいるのに誰も抱きしめる事ができず、ストレスがたまってしまうからなんだろうというのがまるんの見解です。

 

 彼女が言うには、あの子たちといる時は大体まるんも一緒にいますし、そのまるんはよくマスターに抱きしめられているのでマイエル姉妹を抱きしめても違和感が無いと考えたからではないかと言う話らしいのです。

 と言う訳で、あの二人ならばわたくしが抱きしめたとしても何の問題も無いのでしょうけど、どうやら今日はあの物干し場にはいないようなのよ。

 

 「ああ、あの二人がいたらよかったのに」

 

 「でもあるさん、あの二人はマスターと過ごした時間が一番長いから違和感を感じるとしたら一番可能性が高い子たちでもあるよ」

 

 言われてみれば確かにその通りです。

 そう考えると、居ない方ががわたくしにとっては好都合だったのかも知れない。

 でも、残念である事には変わりは無いのだけれど。

 

 そうこう言っているうちに子供たちの声が聞こえる程、小屋に近づいてきた。

 

 「アルフィン様、シャイナお姉ちゃん、こんにちわ!」

 

 「こんにちわぁ! アルフィン様、その子は誰ですか?」

 

 ここまで来れば子供たちも、自分たちの相手をする為にわたくしたちが近づいてきている事に確信を持ったようで、走って近づいてくる。

 そしてその子供たちの興味の中心は初めて見る女の子、あいしゃのようだ。

 

 「こんにちは、みなさん。ほらあいしゃ、挨拶をして」

 

 「はい。こんにちわぁ。わたしの名前はあいしゃと言います。ドワーフです。仲良くしてくださいねぇ」

 

 わたくしが促すと、あいしゃは緊張したような顔で挨拶をした。

 あいしゃもマスターのプレイヤーキャラクターである。

 当然のように子供好きで、前からまるんに話を聞いていずれは仲良くなりたかったと言っていたから、その場がやっと訪れてちょっと緊張しているのかもしれないわね。

 

 「本当にドワーフなんだぁ」

 

 「私、ドワーフって初めて見たけどこんなに可愛いんだね!」

 

 挨拶をした瞬間に子供たちに囲まれるあいしゃ。

 子供たちから代わる代わる質問攻めにあっているその姿は、まるで転校してきた子供のようです。

 

 「わっわたしはあまり他のドワーフを知らないから、他の子たちのことは知らないよぉ」

 

 「そうなんだぁ。ドワーフって長生きなんだよね? もしかしてあいしゃちゃんも私たちよりずっと年上のお姉さんなの?」

 

 「ちがうよぉ。ドワーフは大人になるまでは人間と同じペースで大人になるって言ってたしぃ、わたしも今10さいだし」

 

 歳の事を言うのなら本当はわたくしもあまり変わらないのよね。

 生み出された順番で言うと私が一番年上では在るのですけれど。

 それに、それを言い出したら一番の年下はシャイナとまるんと言う事になってしまう。

 この二人が一番最後に生み出されたのですから。

 

 「はいはい、みんな。質問は後にしておやつにしない? アルフィンがアイテムボックスに入れて持ってきているから、みんな水場で手を洗ってきてね」

 

 「はぁ~い!」

 

 そんな事をわたくしが考えているうちに、シャイナが子供たちに語りかけて手を洗いに行かせてくれた。

 

 「どう? ちゃんとできそう?」

 

 「とりあえずは大丈夫。ちゃんと笑顔で対応できそうよ」

 

 どうやらシャイナはわたくしに気を使ってくれたみたいで、子供たちを前に一言も発しないわたくしを見て、一度間を開けてくれたみたい。

 実の所、考え事をしていたおかげでそんなに緊張はしていなかったのだけれど、その考え事をしている姿がシャイナには緊張しているように見えたようですね。

 

 「それならよかった。突然子供たちに囲まれたら対応できないだろうし、とりあえずレジャーシートを広げて、座ろうよ。そうすれば一度に多くの子供たちに囲まれる心配も無いから」

 

 「そうね」

 

 シャイナに言われて、アイテムボックスからレジャーシートとお菓子の乗ったお皿、そしてジュースの入った水差しとコップを出した。

 さぁいよいよ、これからが本番です。

 

 

 

 「アルフィン様、どうかしたの?」

 

 「えっ!? いえ、どうもしないわよ」

 

 一人の女の子が私の顔を不思議そうな顔で覗き込んでいる。

 

 わたくし、何かおかしな事でもしたのかしら?

 そう思って心の中で冷や汗をかく。

 

 「だってアルフィン様、ちっともお菓子食べないし。それに私たちともお話してくれないから」

 

 「そっそんな事は無いわよ。大丈夫、ちゃんとお菓子も食べているし、みんなともお話するわ。でも今日はあいしゃのお披露目だし、主役のあの子を差し置いて私が目立つ訳には行かないでしょ」

 

 「ふ~ん」

 

 私の言葉に納得したような、でもまだ何か引っかかるような顔をしてから女の子は目の前のジュースを一口飲む。

 

 どどど、どうしよう。

 今の返し方ではいけなかったのかもしれない。

 

 「アルフィンはねぇ、自分がみんなの事大好きだから、いつものように暴走するとあいしゃが入って来れないかもしれないって考えて必死に我慢してるだけだから大丈夫だよ」

 

 「そっかぁ! アルフィン様、いつも遊びすぎてメルヴァさんに怒られてるくらいだもんね」

 

 ナイス! シャイナ。

 シャイナの一言のおかげで、周りの子達も一気に納得したみたい。

 これで今までのわたくしの態度に不信感や不安を持っていた子供たちも一気に笑顔になってくれました。

 

 「あるさん、わたしは大丈夫だから、いつもどおり楽しんだらいいよ」

 

 「ありがとう、あいしゃ。そうするわ」

 

 こうして少しずつ、わたくしは子供たちとの交流を通じてマスターの振りになれていった。

 

 「アルフィン様ぁ、今日は私たちも抱っこしてくれるんですね」

 

 「あっ!」

 

 その結果、シャイナから言われていた注意を忘れて、つい女の子に抱きついたりする失敗はしてしまったけれど。

 

 

 ■

 

 

 その夜、ボウドアの館の二階にある、いつもマスターが使用している部屋には私とシャイナ、そしてあいしゃの三人の姿があった。

 

 ただ通常ならマスターが座る側のソファー、所謂上座にシャイナとあいしゃが座り、私が下座の席に座っていると言うのがいつもとは少し違っている。

 

 「第1682回アルフィン大反省会!」

 

 「ドンドンドン! パフパフパフ!」

 

 シャイナの宣言と共に、あいしゃが口で交換音を入れる。

 因みに回数はいつもどおり適当である。

 どういう意味があるのかは解らないけど、マスターがいつも大げさな数字を入れるのでそれが我が都市国家イングウェンザーで会議が開かれる時の決まり事のようなものになっていた。

 

 公式な会議でもそうなのだから、書記官をしているメイドの子たちは少々大変なのではないかしら? と思わないでも無いけれど、マスターの流儀なのだから仕方がありません。

 

 「アルフィン、今日のあれは流石にどうかと思うよ」

 

 「そうそう、ちょっとハッチャけすぎなんじゃないかなぁとわたしも思う」

 

 「面目次第もございません」

 

 シャイナとあいしゃが言うとおり、私は少々ハメを外しすぎたと思う。

 でも、マスターならあれくらいやりそうではないですか。

 

 「謝ってるけどその顔、マスターならやりかねないとか思ってそうだよね。確かにマスターは子供たちと遊ぶ時は少したがが外れ気味になるけど」

 

 「えっ? そうなのぉ?」

 

 シャイナの言葉に、あいしゃが喰いつく。

 あいしゃは城でのマスターしか知らないし、村でのマスターの姿が気になったのかもしれないわね。

 

 「うん。さっき子供たちの前で話に出たけど、度々暴走して仕事の時間になっても遊び続けてね。あまりにひどい時はメルヴァに引っ張っていかれる事があるくらいよ。でもね、そんなマスターでも我慢している事がある」

 

 「子供たちに会う前に話していたぁ、子供を抱きしめたりしないってことだね」

 

 はい、それに関してはわたしも反省しています。

 

 「抱きしめるどころか、ユーリアちゃんたち以外は抱き上げる事もしないのよ、マスターは。それをねぇ」

 

 「まことに面目次第もございません」

 

 はい、抱き上げるどころか抱きしめてました。

 

 「本当に解ってる? 抱きしめるどころか、あいしゃやまるん相手みたいに頬ずりまでしてたでしょ。私でも我慢してあんな事しないのに」

 

 「えぇ~、でもぉ最後はシャイナもやってたじゃない。いつもわたしにするみたいにぃ」

 

 「うっ!」

 

 あいしゃに指摘されて思わず言葉に詰まるシャイナ。

 そう、彼女もわたくしがやっているのを見て最初は注意をしていたのだけれど、最後は我慢できなかったのか近くの女の子を捕まえて頬ずりをしていた。

 

 「わっ、私はいいの。男の子にはやってはいけないと言うマスターの言いつけは守ってるし、これからも続けたとしても誰にも迷惑はかけないし」

 

 「それを言ったらそうかもしれないねぇ」

 

 確かにそのとおりではあるけど、ちょっとずるい気がする。

 

 「でも、アルフィンはその行動がそのままマスターの行動と言う事になるんだから、もっと慎重に動かないと」

 

 「そうだよぉ。それにねぇ」

 

 シャイナの言葉に「それはそうなんだけど、我慢できなかったのだから仕方がないじゃない」と心の中で反論していたら、あいしゃがそれ以外にも何かあるような感じで話を続けようとした。

 いけない、まさかあれを見られてた!?

 

 「あるさん、小さい男の子の頭なでてた時、もう少しで抱き上げそうになったでしょ。しゃがんで両脇に手を入れてたしぃ」

 

 「そんなことまであったの!?」

 

 やっぱり見られていたのですか。

 はい、つい我慢できなくて抱き上げそうになりました。

 

 「途中で不味いと思ったのか、そのまま擽ってごまかしていたけどぉ、あれは絶対に抱き上げようとしていたわよねぇ」

 

 「面目次第もございません」

 

 そのまま机に手を突いて、土下座のように頭を下げる。

 流石にあれは不味いよね。

 心の底から反省してます。

 

 でも可愛かったんですよぉ、我慢できなかったんですよぉ。

 

 「気持ちは解るけど、流石にそれはダメだから。私でさえ我慢してるんだからね」

 

 「以後気をつけます」

 

 この後も1時間ほど私に対するダメ出しが続き、夕食の準備が出来たと呼びに来たヨウコのノックによって、私はやっとこの針の筵のような環境から開放されたのでした。

 

 

 ■

 

 

 「うふふ。そんな事があったんだ」

 

 「うん、アルフィンにも困ったものだよ」

 

 私はシャイナから夜の定時連絡を受けていた。

 本来ならアルフィンがこの定時連絡をするはずなんだけど、内容が内容だけに彼女が代わって連絡をしてきたらしいわね。

 

 因みにだけど魔法が使えないシャイナとあいしゃでは<メッセージ/伝言>が使えないから、このような場合は館にある特別な魔道具を使う事になっている。

 これは誰にでも使える分便利だけど使用回数制限があるから、次回からは予定通りアルフィンが定時連絡を行うらしいけどね。

 

 「でも小さな子だったんでしょ、抱き上げるくらいならいいんじゃない? 流石に10歳を超えるような大きな子はダメだけど」

 

 「ええっ!? いいの?」

 

 性に目覚める前ならいいんじゃないかなぁ?

 私が我慢しているのは自分で決めた一種の取り決めみたいなものだし、それを自キャラたちに押し付けるのも流石にどうかと思うのよね。

 

 「確かに誰に対してもやっていいとは言わないけど、小さな男の子なんでしょ? 別にいいじゃない、抱っこくらい」

 

 「そういう事は早く言ってよぉ」

 

 なんと言うかなぁ、シャイナの言葉から彼女が膝から崩れ落ちているような光景が頭に浮かんだ。

 実際そのような状態なのかもしれないなぁ、今の言葉の感じからすると。

 

 「なに? シャイナは今までずっと我慢してたの?」

 

 「それはそうだよ。だって、男の子は抱き上げちゃいけないって言われてたし」

 

 「でもそれは教育上、悪影響があるかもしれないからと言わなかったっけ? 小さな子供にそんな影響、あるわけ無いじゃないの」

 

 「そうかぁ、確かにそうだよねぇ」

 

 ん? なんかシャイナの口調が変わったような?

 もしかして私、とんでもない事を解禁してしまったのかも。

 

 「解ったよ。マスターの許可も出たことだし、これからは”9歳以下”の子なら男の子でも抱きしめたり頬ずりしてもいいんだね! やったぁ! ぐふふ、明日が楽しみだ」

 

 私の話を聞いたとたんに元気になり、なにやらよからぬ妄想に耽ってしまうシャイナ。

 どうやらこちらの声さえ聞こえないほど、その妄想ににどっぷりはまり込んでしまったようなのよね。 

 

 でもこれ、かなり不味いんじゃない?

 

 「ちょっ! シャイナ、あくまでそれは目安であって! シャイナ、ねぇ、シャイナってば! 聞いてる? シャイナァァァァァァァァァ」

 

 どうやら自分の言葉が引き金となって頭がお花畑になってしまったシャイナの考えを、何とか改めさせようと顔も見えないと言う大変な状況の中、かなりの時間と苦労をかけて説得する羽目になった主人公だった。

 

 




 途中までのアルフィンと最後の主人公。
 書き分けはちゃんと出来ていたでしょうか?

 転移によって精神が変異した事により、基本は同じ様な思考パターンを持っている二人なので口調意外はほぼ同一人物なのですが、それをちゃんと表現できていたかが少し心配です。

 ホント文章力どこかに落ちてないかなぁw


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68 エントの村の魔物(?)

 「シャイナ様、この区画はどのようにしたら?」

 

 「ああ、これね。ミシェル、地図を出して説明してあげて」

 

 バハルス帝国の東の端。

 カロッサ子爵が統治する地域にあるエントの村にその日、村人たちに囲まれて色々と質問を受けるシャイナの姿があった。

 

 

 

 ああ、そんなこと私に聞かれても解らないってのに! いや、解ってるのよ、私が総責任者だからみんなが聞きに来ると言う事位は。

 

 でもねぇ、どうせならミシェルに直接聞いてくれればいいのに。

 さっきから全部彼女に説明を任せているんだから、直接聞けばいいと言う事とくらい解らないのかなぁ。

 

 次から次へと質問に訪れる村人たちを前に、私はホトホトくたびれ果てていた。

 

 元々私はこのような頭脳労働に向いてないって言うのに。

 ああ、あいしゃはちゃんと解ってるみたいなんだから変わってくれないかなぁ。

 

 そんな事を考えながら空いている畑の方に目を向けてみる。するとそこには、この村の子供たちと一緒に、作業をしている村の大人たちを眺めているあいしゃの姿があった。

 

 「あいしゃは気楽でいいなぁ」

 

 「仕方がありませんよ。あいしゃ様はまだ幼いのですし、ただ着いて来られただけでアルフィン様から何のご指示も頂いていないのですから」

 

 いや、あいしゃは外見こそ小さいけど頭は私よりいいし、実はちゃんとアルフィンからの指示も受けてるんだよ。

 こんなことを考えている私にそう語りかけてきたのは、大きな丸めがねが印象的なメイド服の女性だった。

 

 彼女の名はユカリ・タネシマ。

 

 魔女っ子メイド隊に所属しているけど、彼女のモデルになったキャラクターが農業系アニメのキャラだったおかげでファーマーレベルを持っていたから私のサポートとして選ばれたらしい。

 でもこの子、外見を見る限りそんなキャラに見えないのよね。

 

 腰までありそうなストレートの長い黒髪をツインの三つ編みにした、少したれ気味の優しそうな瞳をした童顔の女の子。

 先程も説明したように大きな丸めがねをしていて身長も150センチ台と一般的。

 立ち姿も力仕事とはまるで縁の無さそうな、どこかほんわかとした雰囲気なのでどちらかと言うと図書委員をしていそうな感じな子なのだ。

 

 指も細いし、体つきもマスターが好きなキャラにしては珍しいスレンダータイプだから農業とはかけ離れているような気がするのよね。

 

 「どうされました? シャイナ様。私の顔をじっと見つめていらっしゃいますが」

 

 「ああ、なんでもないよ。ただ、ユカリがファーマーレベルをもっていたのはちょっと意外だなぁと思ってね」

 

 疑問が頭にあったからか私がずっと彼女の顔を見つめていたので、そんな事を言われてしまったみたいね。

 そして私のそんな言葉に、彼女はちょっと不思議そうな顔で答えた。

 

 「そうですか? 私は一応魔女っ子メイド隊所属にはなっていますが、これでも普段は地下4階層の農場で働かせていただいているのですよ」

 

 そう言って笑うのだけど、その姿はやはり図書委員キャラにしか見えないんだよなぁ。

 

 でも確かにこの子は普段から農場や牧場で働いているとマスターから聞かされていたから、なりがどうであれ農業指導責任者と言う今の立場の私を補佐する能力と言う点で言えばミシェル以上に役に立つのだろうと思ってはいる。

 それに元がアニメキャラなのだから外見と能力がずれているなんて言うのはよくある話だし、こうなのも仕方がないのかもしれないと納得もしているけど。

 

 外見を好きに設定できるユグドラシルでは、見た目が小柄なマスコットキャラ系なのに実は強力系の前衛なんていうプレイヤーも普通に居たらしいしね。

 

 「そうなの。なら農業指導はお手の物なのね」

 

 「はい。私自身いつもやっていることですし、今回はアルフィン様が綿密な計画書類と資料を予め製作してくださっているので特に問題なく進める事ができると思います」

 

 そう自信ありげな顔で彼女は微笑む。その笑顔は自信に満ち溢れていて、私にはとても頼もしく見えた。

 何問題が発生した時はよろしくお願いね。

 この手の分野では私は本当に役立たずなんだから、その時は全部丸投げするから。

 

 「頼りにしてるわよ。私は責任者と言ってもこの手の事はまるで解らないから」

 

 「はい、任せてください」

 

 そんな会話をユカリとしていると、なにやら村人たちがいるほうからざわざわとした声が聞こえてきた。

 

 早速何事が問題が起こったのかと思ってそちらの方に目を向けると、村人がこちらに向かって血相を変えて走ってくるのが見える。

 

 う~ん、これはやっぱり何かあったっぽいな。

 

 まぁ農業分野での問題ならユカリが何とかしてくれそうだからいいけどね。

 なんて考えていたんだけど、その走ってきた村人の口から出た言葉は私の予想からかけ離れてものだった。

 

 「シャイナ様、大変です! 魔物が、魔物が出ました」

 

 「えっ? 魔物?」

 

 どういう事? マスターの話ではこの辺りには野犬とかの動物は出るけど、モンスターはいないって話だったのに。

 それに魔物が出たと言う割には、走ってきた村人以外は騒ぎがあった場所にとどまっているみたいだけど?、

 

 「魔物が出たと言う割には他の人たちはあそこから離れないみたいだけど・・・もしかして何かされて動けなくなっているの?」

 

 「いえ、魔物は出たのですが、すぐ土の中に姿を消してしまったのです」

 

 えっ?

 土の中って、まさか!?

 

 「幸い私は少し離れた場所にいたのでこちらに逃げてくる事が出来たのですが、どこにその魔物が潜んでいるか解らず皆動くに動けない状態になっているのです。シャイナ様、お助けください!」

 

 「ちょっと待って。その魔物は土の中にいるのね? それで、その魔物ってどんな奴だったの?」

 

 かなり嫌な予感がするけど、とりあえず確認しないわけには行かないわよね。

 そこでその魔物の姿を聞いてみたんだけど、

 

 「はい。大ミミズです。身の丈が人より大きいミミズの魔物が出たのです」

 

 「ミミズの魔物・・・」

 

 やっぱり。

 

 いやな予感は当たっていたようで、私はその視線をあいしゃの方に向ける。

 するとそこには両手をあわせて謝るようなしぐさをするあいしゃの姿があった。

 

 

 ■

 

 

 少しだけ時間は遡る。

 

 わたし、あいしゃは村の子供たちと一緒に村人たちの作業を眺めていた。

 いや、正確にはそれだと間違っているかなぁ? この場合は眺めているフリをしていると言う方が正しいよねぇ。

 

 実は今ぁ、わたしはアルフィスから預かった念話で話が出来るマジックアイテムを使って地下にいるジャイアントワームのシミズくんに指示を出しているんだよねぇ。

 

 ボウドアの村では農業指導が始まる前に予めシミズくんたちが館近くの土壌改良を済ませていたしぃ、その土を村人たちに運ばせている間に他の場所での眷族を配置する作業が終わったからその心配は無かったんだけどぉ、エントの村はそんな準備をした土地も無いしぃ、私たちが到着してすぐに農業指導が始まってしまったから同時進行で眷属配置作業をやらなければいけない状況になってしまったの。

 

 それねぇ、長期間シミズくんをこの場にとどめると村人たちに見つかってしまうリスクも増えるからぁ、なるべく早く眷属をばら撒いて撤収させてしまおうと言う考えもあってぇ、こんな事をしていると言う訳なの。

 

 そこでぇ、村人たちが間違ってシミズクンを見つけたりしないように彼らが移動する先を私が確認してねぇ、シミズくんに教える作業をしていると言う訳なの。

 

 「シミズくん、そのはんいのけんぞくの配置は終わったぁ?」

 

 「はいは~い、あいしゃさま。終わりましたよぉ。次はどこですかぁ?」

 

 「う~ん、今いる場所の私から見て右がわに村人たちがいるから、先に左がわをおねがぁい」

 

 「はいは~い、わっかりましたぁ」

 

 シミズくんは地中を移動しているから見咎められる心配は無いんだけどぉ、体が大きいせいで移動する時は当然振動とか土の盛り上がりが起こってしまうの。

 通り過ぎてしまえばその痕跡も魔法で消せるけどぉ、近くで見られたらごまかしようが無いからわたしが村人たちを見張って近くを通らないように注意しているの。

 

 本来なら深い位置を移動するから地上から移動している事が解るなんて事はありえないんだけどぉ、今回は生み出した眷族を畑に配置すると言う作業をしているからどうしても浅い位置を移動しなくてはいけないのよねぇ。

 そのせいで今シミズくんがどこにいるか知っているわたしがよく見るとぉ、遠くからでも土が動いているのが解る位だからこの指示は意外と大事だったりするのねぇ。

 

 「あいしゃちゃん、大人たちのお仕事見てるだけでたいくつじゃない?」

 

 「そうだよ、あっちであそぼうよ」

 

 そんなわたしの使命を知らないエントの村の子供たちはさっきからわたしを連れ出そうと何度も話しかけてきてるの。

 

 だからそのたびにぃ、

 

 「でもシャイナが働いてるしぃ、わたしだけあそびに行ったらわるいもん」

 

 「そっかぁ」

 

 そう言って誤魔化していたの。

 

 ところがぁ、今回は今までとちょっと様子が違ったのよねぇ。

 

 「ねぇ、それならここであそべばいいんじゃない? 離れてしまったらシャイナさまにわるいかもしれないけど、ここでならお仕事を見ているには変わらないし」

 

 「そうだよ、ここであそぼう!」

 

 何度も断られてその度大人たちの仕事をただ眺めると言う退屈な時間を繰り返していたこの子たち、何とかわたしを引っ張り出そうと相談した結果、こうしたらいいんじゃないかと言う考えに至ったらしいの。

 

 流石にこれには困ってしまったのぉ。だって、断る理由が思いつかなかったもの。

 

 「えっ!? でもぉ」

 

 「ここをはなれたらおこられるかもしれないけど、ここであそびながら見ていればだいじょうぶだよ」

 

 「そうそう、ぼくたちは見てなくてもおこられないから背中を向けていればいいし、あいしゃちゃんはずっと大人たちのほうをむいていればだいじょうぶだよ、きっと!」

 

 こんな事を言われてしまったらもうどうしようもないのよねぇ。

 でもだからと言ってちょっと目を離した隙に大人たちが移動してしまったら指示が遅れちゃうしぃ。

 

 ところが、そんな事を考えて子供たちに接していた時間自体が不味かったみたい。わたしがちょっと目を離している隙に視界の外に居た大人たちがいつの間にか移動をしていたみたいでぇ、

 

 ざわざわ。

 

 「あれ? なんかへんだよ」

 

 わたしと話していた子供たちの一人がわたしの視界の外、丁度シミズくんが作業をしている辺りを指差しながら声を上げたの。

 

 「えぇっ!?」

 

 「ほら、大人たちがなんかさわいでる」

 

 その言葉に慌てて視線を向けてみるとぉ、わたしの視界の外に居た大人たちがいつの間にかシミズくんがいる辺りに移動してなにやらあせったような顔をしながら固まっていたの。

 

 不味い不味い、もしかしてシミズくん、見つかっちゃった?

 

 これは正直大失態だよ。

 こう言う事が無いよう、わたしが監視役としてここに居たのにぃ。

 そしてそこから少し離れた位置に居た男の人が血相を変えてシャイナのほうに走っていったの。

 

 「シャイナ様、大変です! 魔物が、魔物が出ました」

 

 と叫びながら。

 

 うぅ~どうしよう?

 

 




 すみません、今回はいつもに比べてちょっと短めです。

 さて、あいしゃですが本来なら難しい漢字はひらがな表記にしています。
 でも今回のように一人称視点の文章まで全てそうすると読みづらくなるんですよ。
 そこで苦肉の策として台詞だけは設定通りにして一人語り部分は漢字表記にする事にしました。

 全部ひらがなより、この方がいいですよね?



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69 困惑と指示

 

 「シャイナ様、大変です! 魔物が、魔物が出ました」

 

 「えっ、魔物?」

 

 嫌な予感はしたんだよね。

 でも、当たってほしくない予感ほど的中するのは世の習い。

 

 「はい。大ミミズです。身の丈が人より大きいミミズの魔物が出たのです」

 

 はい、間違いなくシミズくんです。

 どうしよう? 撃退・・・ではダメだよね。

 

 私達はよく知っているけど、エントの村の人たちからすると初めて見るモンスターだ。

 それだけに当然生態なんて解っていないし、一度追い払ったとしても、もしかするとすぐに戻ってきたり近くに巣作りをして居付いたりするかもしれないと考えるよね。

 

 それにこの魔物が通常は群れで狩場を移動するタイプで、その内の1匹が安全確認のために先行してもし外敵がいたら今度は集団で襲ってくるなんて習性を持っていたら大変だ。

 これほどの魔物、エントの村の人たちは、自分たちだけでは討伐どころか撃退するのも多分無理だと考えると思うから。

 

 撃退して見せれば私たちがいるなら大丈夫と考えるかもしれないけど、ここにはボウドアのように私たちの館はない。

 この状況を考えると追っ払うだけじゃ、村人たちの心の中に大きな不安が残ってしまうなんて事になるかもしれないのよね。

 

 ああどうしよう、私だけでは判断がつかないよ。

 そう考えた私はとりあえず相談できる相手を求めてあいしゃを呼んだ。

 

 「あいしゃ、指示を仰がなければいけない事態になったから通信できる魔道具を持ってこちらに来て」

 

 「うん、わかった!」

 

 「それからミシェル、魔物の近くにいない村人たちを安全な場所まで避難させて。それからユカリ」

 

 あいしゃとミシェルに指示を出した後、ユカリの方を向いて一泊置いてから言い含めるように指示を出す。

 

 「ユカリ、”解っていると思うけど"あそこにいる村人たちに危険がないよう魔物を魔法で探知して現在位置を確認して。ミシェル、村人たちの避難が終わったらユカリに位置を聞いて、襲われない位置の人たちを魔物を刺激しないようにゆっくりと、順番に避難させて頂戴。彼らがいては魔物をどうにかする事は出来ないから」

 

 「「はい」」

 

 ユカリは城の中から出ることのない上に、防衛兼メイドのNPCだから当然探知系の魔法なんて当然持っていない。

 でも、そんな事は承知して言っているという事が伝わるように私は"解っていると思うけど"と念を押すように指示を出したんだけど、ちゃんと伝わったようでよかった。

 

 ここで、「すみません、私は探知系の魔法を習得していません・・・」なんて言われたら困った事になっていたものね。

 

 さて、これで村人たちは近くにいなくなったことだし、あいしゃと対応策を考える事にしよう。

 

 「あいしゃ、どうしよう。撃退だけでいいのならシミズくんと打ち合わせをして演技をしてもらえばいいんだけど」

 

 「う~ん、これがボウドアの村なら館もあるしぃ、再出現した時はすぐに何とかできると言って安心させられるけどぉ、わたしたちとのれんらく方法がないエントの村の人たちはそれだけだと不安だろうしねぇ」

 

 やはりあいしゃも私と同じ結論に達したみたいね。でも、

 

 「でも私、シミズくんを殺すなんてできないよ。そりゃあ、アルフィンに頼めば生き返らせてくれるだろうけど仲間だもん。手にかけるなんて出来る訳がない」

 

 NPCと違って課金モンスターであるシミズくんはNPCのようにユグドラシル金貨で生き返るのではなく、リザレクションなどの復活魔法で生き返らせる事になる。

 そしてその手段があるのだから人によっては殺してしまってもいいのではないかという人もいるだろうけど、私は嫌だった。

 

 だって種族は違うとは言え同じ城に住む仲間なんだから、こんな状況であっても自らの手で殺すなんてできっこないよ。

 

 「うん、わたしもシミズくんに死んでほしくないよぉ。いくら生き返らせる事ができると言ってもぉ、やっぱり死ぬ時は死ぬほど痛いからねぇ。そんな思いはしてほしくないよぉ」

 

 よかった、あいしゃも同じ意見みたいね。

 でもどうしよう。

 ああ、やっぱり私は頭を使うことに関しては役立たずだ。

 何もいい考えが浮かばない。

 

 「撃退ではダメ。でも討伐もしたくない。だったらどうしたらいいんだろう? あいしゃ、なにかいい考え、無い?」

 

 どうしようもなくなった私はあいしゃに助けを求めたんだけど、

 

 「・・・ごめん、わたしもぉ何も思いつかない」

 

 あいしゃも、この状況では何も思いつかなかったらしい。

 結局二人そろって途方にくれてしまった。

 

 そんな状況の中、周りの村人の避難が終わってミシェルがユカリの方に移動していくのが見えた。

 多分魔物を刺激しないようにと言う私の言葉に従っているように見せて、ゆっくり歩く事によって私たちの考える時間を作ってくれているんだと思う。

 

 「シャイナのしじどおり・・・あっ! そうだぁ、そうだよぉ。さっきシャイナがわたしに言ったじゃない」

 

 「え? なんの事?」

 

 そんなミシェルを見ていてあいしゃが何かに気付いたみたい。

 でも私、何か言ったっけ?

 

 「わたしたちが思いつかないなら、しじをあおげばいいんだよ」

 

 「そうか! マスターに助けを求めればいいんだ」

 

 マスターなら自分たちの能力しか把握していない私たちと違って全員の能力を把握しているし、私とあいしゃ、ミシェルにユカリの能力から考えて何かいい案を出してくれるに違いない。

 

 流石あいしゃ、私と違ってちゃんと解決策を考え付いたわね。

 私だけだったらきっとマスターに助けを求める事も考え付かずにおろおろとしているだけだったもの。

 

 「じゃあ、早速マスターに連絡するわね」

 

 「うん、おねがいね」

 

 私はマスターとの連絡用に預かっていた<メッセージ/伝言>が使えるマジックアイテムをアイテムボックスから取り出し、マスターに呼びかけた。

 

 「マスター、聞こえますか? シャイナです」

 

 「えっ? シャイナ? いきなりどういたしましたの。それに今のわたくしはマスターではないですよ」

 

 いきなりのメッセージに何があったのかと、驚いたような”アルフィン”の声が私の頭に響いてきた。

 

 「え、あっ!?」

 

 「どういたしましたの? マスターが今あやめの体を御使いになられているのはあなたも知っているでしょう」

 

 やはりかなりテンパッっていたみたいね。

 マスターにメッセージを送ったつもりで、いつもマスターが体を使っているアルフィンにつないでしまったもの。

 

 「どうしたのぉ。シャイナぁ、もしかしてマスターの方も何か問題があったのぉ?」

 

 私の驚いた顔に、あいしゃが慌てて質問をしてきた。

 

 「ごめん、マスターにメッセージを送るつもりで、ついアルフィンに送っちゃった」

 

 「ああ、なるほどねぇ」

 

 私の言葉にあきれたような顔を"作って"返事をするあいしゃ。

 でも私は見逃さなかったよ、私が間違ってアルフィンに送ったと言った時に一瞬、「ああ、そう言えば」って顔をしたのを。

 

 「えっと、シャイナ。マスターに連絡があるのならわたくしとの通信を切って、早くメッセージを送りなおした方がいいのではないかしら?」

 

 「ああ、そうだね。ごめんアルフィン、時間を取らせたわね」

 

 「いえ、いいわよ。それではマスターによろしく。ごきげんよう」

 

 アルフィンに指摘をされ、挨拶を交わした後メッセージの魔法を解除して、今度こそちゃんとあやめに対して<メッセージ/伝言>のマジックアイテムを使用する。

 

 「マスター、聞こえますか? シャイナです」

 

 「シャイナ? どうしたの、いきなりメッセージを送って来るなんて。農業指導で何か解らない事でもあった?」

 

 今度こそいつものマスターの口調で話す、あやめの声が私の頭の中に響いてきた。

 

 「マスター助けてください!」

 

 「えっ? どうしたのよ。聞いてあげるからちゃんと説明しなさい」

 

 私の泣きつくような声を聞いて、マスターは慌てて聞く体勢を作ってくれた。

 

 そこで私はシミズくんが村人に見つかった事。

 村人たちが不安がるから撃退で済ますわけにはいかないであろうと言う事。

 そしていかに仕方がないとは言え、私がシミズくんを殺したくないという事を話した。

 

 それを聞いて少し考えるかのようにマスターは黙り込んでしまう。

 

 どうしよう、マスターでもいい考えが浮かばなかったら。

 その時はやっぱりシミズくんを私が殺さなければいけないのだろうか?

 

 もし、マスターがそう御指示を出されたのなら私は従うしかない。

 そしてきっとシミズくんも喜んでその命を差し出すだろうと思う。

 だって、私たちはそう作られているのだから。

 

 でもそんな御指示を出させるわけには行かない。

 

 「マスター・・・」

 

 私は覚悟を決め、マスターに話しかける。

 きっとマスターもそんな判断はしたくないと思うもの。

 だって、マスターは常に私たちの事を大切に思ってくださっているとても優しい御方だもの。

 

 だからこそ、その決断は私がした方がいいだろうと考え、こちらから提案をするつもりで声をかけたのだけど、

 

 「そうねぇ、ねぇシャイナ、あいしゃにちょっと聞いてくれない?」

 

 物凄く軽い感じでマスターが私に返信をしてきた。

 

 「えっ? あっはい、あいしゃに何を聞けばいいのですか?」

 

 そんな深刻さなどどこにも無い声に私は慌てて聞き返した。

 

 「あいしゃのゴーレムって、ミミズ型のものも作れるかどうかよ」

 

 「解りました。ねぇあいしゃ、マスターからの御質問なんだけど、ミミズ型のゴーレムって作れる?」

 

 「えっ? ああ、人型じゃなくてもデータークリスタルを使えばできないことはないよぉ。でもぉ、この世界ではデータークリスタルは手に入らないから、マスターの許可無く使うことはできないよぉ」

 

 確か前に色々と調べた結果、この転移した世界ではデータークリスタルを手に入れる事はできないだろうって結論に達したのよね。

 それを踏まえて、かなりの数を所有しているとは言え数に限りがあるのだから、保管してある物を使用する際は予めマスターに相談するようにと決めたんだっけ。

 

 「あれ? でも魔法でゴーレムを作るのにデータークリスタルはいらないんじゃなかったっけ?」

 

 「人型に近いものならね。でもぉまったく違う形のばあいはぁ、その形のデーターを入れるためにデータークリスタルがいるんだよぉ」

 

 なるほど、確かにそれなら必要になるかも。

 でもとにかく作れるようだからマスターにそう返事をする。

 

 「マスター、作る事は出来るようです。でも、その場合はデータークリスタルが必要となるので使用の許可を頂きたいのですが」

 

 「ああ、いいわよ。この場合はどうしても必要なんだし」

 

 あいしゃの言葉をマスターはあっさりと飲んでくれた。

 

 「ではミミズ型のゴーレムを作って、それをシミズくんの変わりに私が倒せばいいんですね?」

 

 「あっ、そのままじゃダメよ」

 

 ここまでの流れで、ミミズ型のゴーレムを作ってそれを倒す所を村人たちに見せる事のよって安心させるのだと思い込んでいた私は、このマスターの言葉に驚いてしまった。

 

 「えぇ、違うんですか!? では、そのミミズ型のゴーレムはどのように使うのですか?」

 

 「ああ、シミズくんの変わりにミミズ型ゴーレムを倒して見せるというのは間違っていないわよ。でも、それだけではダメだというだけ」

 

 ???

 どういう事? ミミズ型ゴーレムは倒すけど、そのままじゃダメって。

 

 「ねぇシャイナ、シミズくんが見つかったってことは、その姿を見られたということよね」

 

 「あっはい、シミズくんの姿は村人に見られています」

 

 ミミズ型の魔物が出たと言っていたから、間違いなく見られている。

 

 「なら、色も解っているでしょ。ピンク色のシミズくんを見た後に、その代わりとしてゴーレムを作って討伐をしたと思わせるには当然同じくピンク色のゴーレムを、そうねぇ、作るとしたら新鮮なお肉で作ったフレッシュゴーレムかな? それを作る必要があるけど、そんな物を作れるだけの素材がそこにあるの?」

 

 小さなミミズならともかく、シミズくんくらいの大きさのゴーレムを作るとしたからかなりの量の肉が必要になると思う。

 そしてそんな肉がここにあるわけが無い。

 

 「無理です。作れません」

 

 「そうでしょ。だからまずあいしゃが作ったゴーレムをシミズくんだと村人に錯覚させないといけないのよ」

 

 確かにその通りだ。

 今あいしゃが作れるゴーレムは周りの土から作るストーンゴーレムか、常にゴーレム作成用にアイテムボックスに入っているクリスタルや魔物の骨、それと各種希少金属を使ったゴーレムくらいだろう。

 

 この場合、破壊する為に作るのだからただで作れるストーンゴーレムを作る事になるだろうから外見があまりに違うこの二体を同じ個体と思わせるためにはそれ相応の事をしなければいけないと思う。

 

 「どうすればいいのですか?」

 

 こんな事を言い出したのだから、きっとマスターはその方法も頭に浮かんでいるんだろうと思う。

 だから早速聞いてみる事にした。

 

 「ねぇシャイナ、今シミズくんは畑地帯の真ん中辺りにいるの?」

 

 「いえ、その辺りでは村人たちが大勢作業をしていたので、比較的人がいなかった荒野に近い位置の畑にいます」

 

 元々が眷属を村人たちがいない所でばら撒く為に作業をしていたおかげで、畑地帯の端にいる。

 あそこでなら戦って見せても、村の畑への被害は少ないだろう。

 

 「なら丁度いいわね。シャイナ、あいしゃがシミズくんと会話できるマジックアイテムを持ってるでしょ。それを使ってこう指示を出して頂戴」

 

 「ふむふむ」

 

 なるほど、そんな風に立ち回ればよかったのね。

 早速私はマスターから教えてもらった対処法をあいしゃに伝え、シミズくんと詳しい打ち合わせをした。

 

 「それじゃあシャイナ、がんばってね。あいしゃとシミズくんにも、ヘマをしないようにがんばってねと伝えてね」

 

 「はい。マスター、ありがとうございました」

 

 こうして私はマスターの指示に従ってシミズくんもどき討伐作戦を始める事となった。

 




 ミミズ型ゴーレムについてですが、D&Dにゴーレム使いと言う職業はありません。
 でもユグドラシルはかなりの数の職業があるという話だし、ゴーレムがいるのは皆さんご存知の通りです。
 そしてワールドアイテムを使って強力なゴーレムを作る事が出来る以上、データークリスタルを使えば形状も変えられるのではないかと考えてミミズ型ゴーレムを登場させました。

 実際、いまのD&Dは知りませんが、昔の赤、青、緑、黒のD&Dのシナリオでは石の蛇のゴーレムが出てくるシナリオがあったから、D&Dを見本に魔法体系が作られているオーバーロードの世界なら作れてもおかしくはないですしね。


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70 シミズくん討伐作戦(嘘)

 エントの村の外れ、農業地帯が広がる地域の端にある畑に私とあいしゃはゆっくりと歩を勧めていた。

 

 「ミシェルさん、魔物があちらに移動しています。そちらの方たちの避難をおねがいします」

 

「解りました。皆さん、けして慌てないで下さい。魔物を刺激しないよう、ゆっくりと、静かに移動してください」

 

 目の前ではミシェルが村人たちに対して、けして走ったりしないよう、ゆっくりと移動するように指示を出しながら避難を進めている。

 その姿を視界に治めながら私は隣を歩くあいしゃに声をかけた。

 

 「あいしゃ、シミズくんの準備は出来てる?」

 

 「うん、だいじょうぶだよぉ。ちゃんと予定通りの動きをしてくれると思う。後は始まりのあいずを待つだけだよぉ」

 

 シミズくんとの連絡もちゃんと取れている事を確認して、私たちも避難し終わっている村人たちをモンスターから守っているかのように見えるよう、気をつけながら場所を移動する。

 これは作戦通りの行動が取れるように、私の立ち位置を整える為だ。

 

 そして当初の予定通りの方向からシミズくんのいる畑に向かえる位置まで移動を終えると、私たちはゆっくりとシミズくんたちがいる方へと歩を進めた。

 

 

 「あいしゃ、シミズくんに連絡して、そろそろ村人にも解るように地上に移動の後が見える位置まで上がってもらっておいて」

 

 「うん、わかったぁ。シミズくん、きこえるぅ?」

 

 ここからの動きは村人たちにも解ってもらえなければ意味がない。

 だからこそ、一番最初が大事なんだ。

 

 「ミシェルさん、今の内です。最後に残った、そちらの方たちをこちらへ」

 

 「解りました。みなさん、あちらに移動します。先程からも繰り返していますが、けして焦らず、ゆっくりと移動してください。静かに、魔物を刺激しないように。」

 

 私たちがある程度近づいたことを確認して、ユカリがミシェルに指示を出した。

 それを見て私は気を引き締める。

 

 最後の数人をシミズくんがいる畑から外に出そうとする。

 それがユカリに<メッセージ/伝言>で伝えておいた作戦開始の合図だったからだ。

 

 「今よ、あいしゃ」

 

 「うん! シミズくん、はじめて」

 

 小声で私があいしゃに指示を出すと、彼女はさっそくマジックアイテムでシミズくんに指示を出した。

 すると、

 

 モゴモゴモゴ。

 

 村人たちの後ろ、先程まで居た場所の土がいきなり盛り上がり始めた。

 

 「いけない。皆さん、走って!」

 

 「早く! 急いでこちらへ」

 

 先程まで静かにと言っていたミシェルが村人たちに走れと指示を出し、ユカリがあせったような顔で村人たちを呼び寄せる。

 

 「わっわぁ!」

 

 「助けてくれぇー!」

 

 慌てて走り出す村人たち。

 そして私はその村人たちとすれ違うようにその土の盛り上がりに向かって駆け出した。

 

 バァーン!

 

 私がその場に駆け込むと同時に土がはじける。

 

 その土をカイトシールドで受け、土煙が収まった所で私がそちらに目を向けると、そこには3メートル近いピンク色の魔物、ジャイアントワームが出現していた。

 

 「ひぃ!」

 

 「化け物だぁ、あんな凶悪な姿の化け物に勝てるはずがない!」

 

 「シャイナ様ぁ、お逃げください」

 

 そのあまりの大きさと異様な姿に村人たちが騒ぎ始めた。

 それはそうだろう。

 この辺りではゴブリンでさえ出ないのだから、こんな大型の魔物を見たことがある者などいるわけが無い。

 その恐ろしさに震え上がるのも仕方がないというものだ。

 

 しかし、だからこそここで私がその魔物を退けることに意味がある。

 

 私の強さと、身を挺して自分たちを守ってくれたという事をこの村の人々に印象付けるいいチャンスだからね。

 

 「大丈夫、危ないからみんな下がって。さぁ、行くぞ魔物よ」

 

 そう言うと、私はカイトシールドとブロードソードを構えてジャイアントワームと対峙した。

 

 さて、私の普段の装備は太刀と呼ばれるツー・ハンデット・ソードだ。

 その刀で全ての物を両断し、相手を葬るのが私の戦い方なんだけど、今日はそれを使うわけには行かない。

 だって、その武器を使ってしまったら手加減したとしてもシミズくんを殺してしまいかねないからね。

 

 それに、このカイトシールドがこの作戦? 芝居? の肝でもあった。

 

 ガンガンガン。

 

 ジャイアントワームが頭を振り、私に向かって攻撃をしてくる。

 その動きは早く、村人たちはこの大きさでこれほどの動きをする魔物に声も出なかった。

 それはそうだろうね。

 だってシミズくん、30レベル超えているんだもの。

 

 私からするとゆっくりすぎて喰らう気がまったくしないけど、これでもシミズくんにとっては全力なのだから周りから見れば迫力満点だろう。

 もしかしたら彼らからは死が具現化した姿くらいに見えているかもしれないわね。

 

 エルシモさんの話からすると、この世界では皇帝を守る近衛兵でも倒せないほどの魔物なのだから、ライスターさん辺りが見たら絶望するんじゃないかな?

 彼ならその強さも理解できるだろうし。

 

 そんなシミズくんの攻撃を私は時には剣で、時にはシールドで防いでいく。

 

 たまに避け易い軌道やわざと表面ではじかれる軌道で剣を振るって攻撃をしている振りをしながら、立ち位置を微調整。

 シミズくんが畑の端、荒野の方に完全に背を向けた所で私が叫ぶ。

 

 「これでも喰らえ!」

 

 ガンッ!

 

 そして楯を構え、ジャイアントワームに向かって体ごとぶつかり、インパクトの瞬間に楯を突き出す。

 所謂シールド・バッシュという攻撃だ。

 

 これは本来相手をシールドで吹き飛ばし体制を崩したところを剣で切りつけるという為の攻撃なんだけど、今回は別の意図があるのよね。

 

 私のシールド・バッシュを受けてジャイアントワームが畑の外、荒野地帯にまで吹き飛んだ。

 

 おおっ。

 

 巨大なミミズの化け物が遠くまで吹き飛ばされたのを見て、村人たちが驚きの声を上げる。

 でも実際は私が吹き飛ばしたんじゃなくて、私の合図を受けてシミズくんが後ろに飛んだだけなんだけどね。

 

 あっ、やろうと思えばそれくらい私の力だけでもできるよ。

 でも100レベルの前衛である私がそれをやってしまうとシミズくんもただではすまないから、今回は私はあまり力を入れず、大きな音だけはするようにシミズくんの固い場所にシールドを当てて、そのタイミングで後ろに飛んでもらったという訳。

 

 そして私は飛んだシミズくんを追いかけて、ジャンプ!

 頭上から追い討ちをかけるように剣を振り下ろした。

 それも先程までと違って全力の半分くらいの力を入れてね。

 

 その衝撃で地面が抉れ、周りに土や石がはじけ飛ぶ。

 クレーターとまでは行かないけど、土が大きく抉れるほどの攻撃にジャイアントワームが大きな悲鳴にも似た叫び声をあげた。

 

 その声に歓声を上げる村の人々。

 

 因みに、当然この攻撃はシミズくんには当たっていない。

 

 これだけ離れていれば村人には当たったかどうかは解らないし、シミズくんが悲鳴を上げれば攻撃が当たったと勘違いしてくれるだろうから本当に当てる必要は無いからなのよ。

 

 その叫びと共に、ジャイアントワームは周りをなぎ払うように頭を振り、シールドを構えた私を吹き飛ばす。

 そして彼はそのまま土にもぐり、周りを凄い勢いで動きながら荒地を耕し始めた。

 そう、これが私がマスターから言われた指示の一つなのだ。

 

 折角荒野の近くで戦う振りをするのなら、この荒野も畑にしてしまおう。

 シミズくんなら土に混じっている石や岩も砕けるのだから畑に出来る程度まで適当に地面の中を走り回って掘り起こし、後で区画整理をしたら畑として使えるようになるまで耕す。

 その時、折角だから眷属もついでにばら撒きながら動き回りなさいというのがマスターの御指示だったりする。

 

 いやぁ知っている私からすると、この光景は感動ものよね。

 だって、人が耕したらそれこそ村人総出でやったとしても一月くらいかかりそうな広範囲が簡単に、それも短時間で掘り起こされて耕かされて行くんだから。

 

 後ろにいる村人たちはこの魔物のすさまじい力に恐れおののいているのが解るけど、討伐後にそこが畑に出来ると解った時はまた来てくれないかな? なんて思うんじゃないかしら?

 

 「そろそろね」

 

 かなりの広範囲をシミズくんが駆け回り、土が万遍無く掘り起こされている間も私は油断していない姿を村人たちに見せる為にずっと剣と楯を構えていた。

 それでもね、実際は出てこない事を知っているのである程度気は抜いていたのよ。

 

 でも、その耕す作業ももう終わりそうだし、これからがある意味本番だからと私は気合を入れなおす。

 何せ戦闘しか能の無い私の数少ない見せ場なんだから、この晴れ舞台で下手な姿は見せられないものね。

 

 そして駆け回っていたシミズくんが私のすぐ目の前まで来て動きを止める。

 いや、実際には止めたのではなく、そこから地上に影響が出ないように地中深くもぐっただけだけど。

 

 そしてそれを合図にその場所に白く輝く魔方陣が現れた。

 あいしゃによるゴーレム作成の魔方陣だ。

 

 輝いていると言っても別に太陽光に負けないほど強く光りを放っているわけでもなく、また遠く離れている上に間に私が立ちふさがっているから村人たちにはきっと見えていないだろう。

 これならば入れ替わったことはきっと気付かれないと思う。

 

 グオォーン!

 

 そしてそこからシミズくんを一回り太くしたようなミミズ型ストーン・ゴーレムが姿を現した。

 

 「まさか! まさかジャイアントワームじゃなくてロックイーターだったと言うの!?」

 

 その姿を見たユカリが驚愕の声を上げる。

 その深刻そうな声色は不自然さをまるで感じさせない、舞台慣れした名演技だった。

 

 さすが、戦闘兼接客メイド。

 ユグドラシル時代、客前で舞台を披露していただけの事はあるね。

 

 「メイド様、その『ろっくいーたー』ってのはなんなのですか?」

 

 予定調和というか、予定通りというか、村人の一人がユカリの言葉に疑問を投げかけた。

 

 「ロックイーターと言うのはジャイアントワームの上位種で、身の危険を感じた時にその辺りの鉱物を体に取り込んで岩のように硬い体となって相手に襲い掛かる恐るべき魔物です」

 

 「なんと、岩のような体にですと!?」

 

 ユカリの言葉に声を失う村人たち。

 先程まででも私の剣をはじいていた魔物がそれ以上の硬い体を手に入れたのだから脅威に感じるのは当たり前よね。

 

 でも、この衝撃のおかげで村人たちは目の前にいる岩の魔物が、先程までのミミズの魔物だと言う事を信じ込んでくれた。

 

 「本来は岩山に単体で生息する魔物だけに、まさかこのようなところ現れるなんて」

 

 「もしかしたら、何かもっと強い魔物にテリトリーを奪われて移動している途中だったのかもしれないわね」

 

 ユカリの言葉にミシェルが補足説明を入れる。

 

 これは私がシミズくんと戦っている間にユカリからミシェルにこう言うようにと説明をしてもらっておいた台詞で、これを聞けばこの魔物は通常単体で行動し、倒してしまえば二度と脅威になる事はないという事を村人に印象付ける事ができるだろうとマスターの考えたものだ。

 

 「そのような魔物だったのですか」

 

 「はい。通常、平原で見かけることはけしてない魔物です」

 

 よし、一通り説明は終わったみたいね。

 これでこのゴーレムを倒せば全てうまく行きそうだし、後は最後の仕上げと行きますか。

 

 ユカリたちの説明台詞が終わるまで静かに待機してくれていたゴーレム。

 これは戦いが始まってしまうと音がうるさくて説明を聞き逃したりする可能性があったからなんだけど、私が油断無く構えていたからか、お互い相手の隙を窺う為に動けないのだろうとでも勝手に理解してくれた村人たちは、それに対して何の疑問を感じていないみたいだ。

 全員がじっと固唾を飲んで私たちを見守っている。

 

 さて、それでは行きますか。

 

 ガン!

 

 剣と楯を打ち鳴らし、ゴーレムを威嚇する。

 と同時に私は体から闘気を溢れさせた。

 

 これは本来力が上がるだけのスキルなんだけど私の場合は課金する事により、スキル発動と共に金色の湯気のような物が立ち上るエフェクトを追加してある。

 これ、人によっては文字を入れている人もいて、ユグドラシル時代には掛け声と共に後ろに文字を出してキメポーズをするなんて人も居たらしいのよね。

 

 マスターの場合はあまり派手なエフェクトは好まなかったらしいから、私には文字を背負うエフェクトはもって無いし欲しいとも思わないんだけど、もう少し派手に光るエフェクト位なら欲しかったなぁ。

 

 でもこの金の湯気、村人たちには思いの他高評だったみたいで後ろからは期待に満ちた声が聞こえてくる。

 そんな声援を受けて、私はゴーレムとの戦闘に入った。

 

 ガン、ガガン、ガガガガガガガガガガンッ!

 

 「くっ、思ったより強いわね」

 

 あいしゃからは50レベルくらいだと聞いていたけど、思ったより強いよ、こいつ。

 

 あっ、そう言えばデータークリスタルを使ってるって言ってたっけ。

 それなら普通の召喚ゴーレムより強いよね。

 おまけに人型じゃないから、戦い方も特殊だし。

 

 ズダァーン!

 

 そんな事を考えながらストーン・ゴーレムの攻撃を裁いていたら、なんとこいつ、口から大きな石つぶてを吐き出しだ。

 とっさに楯で防いだけど、回りには物凄い轟音が響き渡る。

 

 あ~びっくりした。こんな攻撃までするんだ。

 もぉ、あいしゃもあらかじめ教えておいてくれればいいのに。

 

 でもこれはちょっと厄介ね。

 剣と楯と言うのは私はあまり使い慣れていない武器だし、スキルもあまり無い。

 それにただ倒すだけなら簡単だけど、岩を残さないようなるべく細かく砕いて倒すか、耕した所より離れた所に吹き飛ばして倒さないと、こいつの破片で折角耕した所が畑として使うときに邪魔になってしまうのよね。

 

 そんなことを悠長に考えながらも、次々と繰り返されるストーンゴーレムの攻撃を振り払う。

 最初こそ驚いたけど、結局の所石つぶて以外はジャイアントワームと同じ攻撃だし、脅威になる所はないのだから。

 

  「だっ、大丈夫なのか?」

 

 しかし攻めあぐねているのは事実だからか、後ろにいる村人たちの中には不安な声を上げ始める者たちも居た。

 

 いけない、早く倒さないと。

 でもなぁ、この武器だと粉々に出来ないし・・・ん? 粉々?

 

 私は、自分の考えである事に気が付いた。

 そうよ、別に私が粉々にする必要、無いじゃない。

 

 「ミシェル!」

 

 そう、粉々に出来る子が近くにいるのだから、この子を使えばいいだけのこと。

 

 「はい、シャイナ様」

 

 「私がこのロックイーターの動きを封じ、致命傷を負わせます。しかし、このまま倒してしまってはこの岩の体がこの村の方たちにとって邪魔な存在になってしまうから、あなたが粉々に粉砕しなさい」

 

 「解りました、シャイナ様」

 

 ミシェルではストーンゴーレムは倒せないけど、倒すのは私がすればいい。

 彼女には体を砕いてもらえばいいだけなんだから。

 

 ミシェルがこちらに走ってくるのを確認して、私は中威力程度のシールド・バッシュでストーン・ゴーレムを吹き飛ばした。

 そしてその隙にアイテムボックスに剣と楯をしまい、代わりに愛刀である大太刀「絶刀・阿修羅」を取り出し構える。

 そして、

 

 「行くわよ、スキル発動! <隼眼><影縫い><絶剣><鍔走り>」

 

 スキル<隼眼>ですばやく移動する核の動きを確認、<影抜い>で2秒間だけ動きを止め、<絶剣>で刀身にゴーレムの魔法防御を切り裂く黒い炎を宿し、一度鞘に入れた後、居合いのスピードと威力を挙げる<鍔走り>でストーン・ゴーレムの核を切り裂いた。

 

 「ミシェル、今よ」

 

 「はい、シャイナ様! 秘奥義! 砕岩超振動波!」

 

 ミシェルは私の合図と同時に宙を舞うと、拳に光をまとうエフェクトを浮かべストーン・ゴーレムに叩きつけた。

 するとその光がストーンゴーレム全体に広がっていく。

 

 核を失う前のストーン・ゴーレムならばこれほどまでに劇的な効果は出なかったと思う。

 でも、命ともいえる核を失ったゴーレムは、その核が再生するまでは岩の塊でしかない。

 

 鉱石に対して絶大な効果を発するこのスキル技の前に、哀れストーン・ゴーレムはその体を砂粒以下の大きさまで砕かれ、消えていった。

 




 ストーン・ゴーレム戦終了です。ただいるだけだったミシェル、大活躍の巻でしたw

 前に収監所で岩を砕いて見せたミシェルの「秘奥義! 砕岩超振動波!」ですが、出した当初はいずれどこかで使おうと思っていたんですよ。
 でも、戦闘シーンがまるで無いこの物語では使いどころが無かったんですよね。

 その為実は忘れかけていたんですが、そう言えば今回ゴーレム戦で使えるじゃないかと思いつき、始めはシャイナが吹き飛ばしながら両断するという派手なフィニッシュを決めるはずだったものをこのような形に変えました。


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71 思惑と成長

 

 「それにしても見事に粉々になるものねぇ」

 

 「恐れ入ります」

 

 ミシェルの「秘奥義! 砕岩超振動波!」の威力に私は少し驚いていた。

 この技、用途から考えてプレイヤーで取っている人は多分殆どいないと思う。

 

 ゴーレムや鉱物系モンスターには絶大な効果があるし、甲羅が硬い昆虫系モンスターには少しだけプラス判定がある。

 これだけ聞くとよさそうなスキルだけど、プラス判定されるモンスターなんてユグドラシル全体の1割もいないのよ。

 それなのにダメージがまったく通らないモンスターは3割ほどいるし、マイナス判定されるモンスターを入れれば全体の8割を超えるだろう。

 

 まさにネタ技なのよ、これ。

 

 それだけにマスターが、絶対に城から出ない給仕メイド兼前衛のNPCならネタとして習得させてもいいんじゃないかとミシェルに覚えさせた物なのよ。

 そんなネタ技だから効果を見る機会が今まで無かったんだけど、まさかストーン・ゴーレムの体を砂粒くらいまで細かく砕くとはね。

 

 いやはや、流石ユグドラシルのスキル。

 一点豪華主義の技としてなら本当に使えるものだったわけだ。

 

 「ストーン・ゴーレムだけどぉ、岩の魔物と村の人たちにはせつめいしたしぃ、粉々になった体がひりょうになって作物がよくそだつようになると思うよって言えばぁ、シミズくんのけんぞくの効果を強くしてもあやしまれなくていいんじゃない?」

 

 「うぉっ!? あいしゃ、何時の間に」

 

 ミシェルと一緒に粉々になって土と混ざったゴーレムをぼぉ~っと見ていたら、何時の間にか後ろに来ていたあいしゃに声をかけられてびっくりしてしまった。

 

 「なるほど。流石あいしゃ様、その御説明なら最初の年から作物が多く育ったとしてもおかしくはありませんね」

 

 「そうでしょぉ」

 

 ミシェルに自分の言葉を肯定されて、あいしゃがニパッと得意げな笑顔を見せる。

 うんうん、可愛いから私も褒めてあげよう。

 

 「そうだね、そう言っておけばあれがゴーレムではなく魔物だったと言う証明にもなるし、いい考えだと私も思うわ」

 

 「解りました。では、そのように村人たちに説明してまいります」

 

 そう言うとミシェルは私たちに一礼して、ユカリと一緒に避難していた村人たちの方に歩いていった。

 

 「ボウドアでは予め土壌改良しておいたと説明した館周辺の土地から土を運んで収穫量を増やすと言う”設定”だったけど、ここではこの場所の土を畑に運ぶ事でその役目も果たせそうね」

 

 「そうだねぇ。モンスターの体がえいようとして含まれている土をまぜた畑と言うちゃんとした理由さえあればぁ、そのままシミズくんのけんぞくにはたらいてもらえばいいしぃ、ボウドアの村とそれほど変わらないしゅうかくりょうになってもおかしくないからぁ、よけいな説明もしなくていいからそれがいいね」

 

 最大の問題だったシミズくんの眷属を何時ごろから稼動させるかと言う問題がこれで一気に片付いた訳だ。

 一応収穫量を来年からも維持させる為に、肥料とか石灰を使った土壌改良の説明はしなければいけないだろうけど、それがなくなっただけでもかなり仕事量は減ったと思う。

 

 そして何より、私が頭を使う場面が減ったと言うのが一番よね。

 

 

 

 「シャイナ様、村の者たちを恐ろしい魔物から守っていただき、まことにありがとうございました」

 

 「いえいえ、とんでもないです。私が対処できる魔物でよかったですよ」

 

 テーブル越しに深々と頭を下げる村長に、恐縮して答えた。

 あの後私は移動して、今はエントの村の村長宅にいる。

 

 避難した村人の報告を受けた村長が慌てて畑まで走ってきたのは、確か私がストーン・ゴーレムを倒してから30分位した頃だったかな?

 その頃にはもう騒ぎは完全に収まってミシェルたちが村人への農業指導を再開していたんだけど、流石に何の説明もしない訳にはいかないと言う事で、畑は彼女たちに任せて私は一人、この家を訪れて事の顛末を語っていたと言う訳なの。

 

 「ところでシャイナ様、村の者たちを救っていただいたのにもかかわらず、私どもは見ての通りあまりお金がございません。ですから恥ずかしい話ですが、もし冒険者が同じことをした場合に支払われる正規の報酬額をお支払いする力が無いのです」

 

 「ああ、いいですよ。別に報酬を頂くつもりはありませんから」

 

 自作自演でモンスター退治をしておいて、その報酬を受け取るなんて出来るわけないもの。

 当然村長の申し出は断るつもりだったんだけど、私がこう言っても村長はひいてはくれなかった。

 

 「いえいえ、そういう訳にはまいりません。本来なら冒険者ギルドに討伐依頼を出さなければならないような状況なのですから、報酬を払わずに済ませてしまうと後でギルドの方から何を言われるか解らないですから」

 

 「なるほど」

 

 そう言えば、ボウドアでも同じ様な事を言われたっけなぁ。

 あれ? でも、確かあの時は治療についてだけだったような?

 私たちの働きに対しての報酬の話をマスターがしだしたら、村長が驚いたとまるんが言って笑っていたような気もするし。

 

 「魔法の治療に関しては神殿に対してそのようなお話があると聞いたことがあるのですが、冒険者ギルドにもそのような決まりがあるのですか?」

 

 「あっいや・・・そうですね。明確な決まりは無いのですが、このような村では冒険者に依頼することが多々あります。そんな冒険者を束ねる冒険者ギルドににらまれるような可能性がある事は、出来たら避けたいのです」

 

 「う~ん、それなら解らない事も無いですね」

 

 確かに無駄に事を荒立てたり、トラブルを背負い込みたく無いと言うのは解る気がする。

 この場合は素直に報酬を受け取っておいた方がいいのかもしれないね。

 

 「解りました。それなら報酬を頂くという事にして・・・でも、その報酬を支払う力が無いというお話でしたよね? どうされるおつもりですか?」

 

 その私の言葉に村長は満面の笑みを浮かべてこう提案してきた。

 

 「はい、私どもではお金をお支払いする財力はございません。また、収穫期でも無いので農作物による物品でもお支払いも無理です。そこでご提案なのですが、ボウドアの村はシャイナさまに野盗から救って頂いた時の報酬を村の土地でお支払いしたと聞きました」

 

 「ええ、私もアルフィンからそう聞いています」

 

 あれ? なんか話がおかしな方向に行きそうな気がするぞ。

 そう答えたものの、この話はこのまま続けてはいけないような予感がした。

 なんか、この村長の思惑で動かされて居るようなそんな気がするのだ。

 

 「そこでこちらからの提案なのですが、私どもも村の外れの土地をシャイナ様に報酬としてお支払いしたいと考えているのです」

 

 う~ん、これはどう答えたらいいんだろう?

 確かに筋は通ってる。

 ボウドアでは、野盗退治の報酬として土地を貰ったからね。

 

 でも前回はマスターから言い出したことで、それもマスターにこの世界の人との接点を作りたいという思惑があったから出てきた提案だった。

 それに対して今回は、ボウドアの館と言う接点がある以上素直にこの土地を貰っていいのか私には判断できないのよね。

 

 それにこの村長の満面の笑み。

 この表情からすると、この土地を譲るというのも何か思惑がありそうだし。

 

 うん、ここは即答しないで一度マスターに相談した方がいいわね。

 

 「すみません、それに関しては私では判断できません。ですから一度我が都市国家の支配者であるアルフィンに相談してから決めさせて貰っていいですか?」

 

 「・・・そうですね、報酬額の妥当性というものもありますし。ただ、先程も申し上げたとおり、お金でお支払いすることはできないと言う事だけはご了承いただけるとありがたいです」   

 

 うん、やっぱり何かあるみたいね。

 私の返答に、一瞬言葉が詰まったもの。

 

 「解りました。一度あいしゃの元に戻って、あの子が持っているマジックアイテムを使ってアルフィンと相談してきますから、ちょっと待っていて下さいね」

 

 「はい、お待ちしております」

 

 私は村長に待っていて貰う約束をしてから、あいしゃが待つ畑に向かった。

 

 

 

 「マスター、聞こえますか?」

 

 あいしゃの元へ戻った私は早速<メッセージ/伝言>を封じられたマジックアイテムを借りてマスターの元に連絡をする。

 今度はちゃんとあやめに向けてね。

 

 「あらシャイナ、どうしたの? その声からすると、ゴーレム作戦はうまく行かなかったのかな?」

 

 「いえ、そんな事はありません。無事シミズくんとストーン・ゴーレムの摩り替わりも成功して、村人たちはミミズの魔物は無事退治されたと思って安心しています」

 

 私の不安がマスターに伝わったみたいで、勘違いされてしまったようなのでそこだけはしっかりと否定しておいた。

 だってマスターの作戦はちゃんと成功したんだから、勘違いをしてマスターが心配しては大変だからね。

 

 「そうなの、良かったわ。ではこのメッセージは作戦がうまく行ったという報告なの? それにしてはあなたの声色が少しおかしいみたいだけど」

 「はい、実はですね」

 

 私はゴーレムを倒した後、村長が慌ててやってきた事。

 詳しい説明が聞きたいからと言われて一人で村長宅を訪れた事。

 その報酬として村の土地の一部を渡したいと村長から提案があった事。

 そしてその提案があった時の村長の顔を見て不安になったから返事は一度保留してマスターに相談する為にこの<メッセージ/伝言>を行っていることを説明した。

 

 全ての説明を聞き終わった後、マスターは満足そうな、嬉しそうな声で私を褒めてくれた。

 

 「うん、よくやったわシャイナ。それで正解よ」

 

 「良かった。では私の判断に間違いは無かったんですね」

 

 マスターの言葉にホッした。

 私は頭脳労働があまり得意じゃないから、余計な事を考えないのって怒られないか、ちょっと心配だったのよね。

 

 「その村長の思惑だけど、多分ボウドアの館の話を聞いて、その有用性からエントの村にも同じ様にうちの館を作ってもらいたいと考えての提案だと思うわ」

 

 「エントの村にも館を、ですか?」

 

 なるほど、確かにそう考えるとあの村長の満面の笑みも解るわね。

 ん? でも、ならなぜマスターは返答しなかった事を褒めてくれたんだろう?

 館くらい、アルフィンなら一瞬で建てる事ができるのに。

 

 「マスター、一つ御聞きしていいですか?」

 「なに? 何が聞きたいの?」

 

 マスターの声が興味深げに変わる。

 何を思っての事か解らないけど、マスターの思惑を考えるのは後だ。

 とりあえず、私の考えた疑問をぶつけてみる事にした。

 

 「マスター、館を作るだけなら簡単ですよね。アルフィンの魔法なら、いえ、クリエイトマジックが使える私以外の全てのプレイヤーキャラクターなら。なのになぜ即答しなかった事を正解だと仰るのですか?」

 

 「う~ん、そうねぇ。シャイナ、そこが解っているのなら他に理由があるというのも解るわよね。なら一度考えてみなさい。どうしても解らないようなら答えを教えてあげるから」

 

 えっ? 私が考えるのですか?

 

 私は頭を使う事に関してはまるで役立たずだと言う事はマスターもご存知のはず。

 それなのに私に考えて答えを出せと言う事は、それ程難しい答えではないという事よね。

 

 マスターはできない事は言わないはずだし、その考えのもと、私は理由を考える事にした。

 

 まず、館を作る事自体は簡単だとマスターは肯定してくれた。

 なら館をエントの村に建てる事自体は簡単だという事だからそれ以外の理由なんだよね?

 ではボウドアの館にあるものが理由か。

 

 「ゲート・オブ・ミラーの設置場所を増やしたくない?」

 

 「確かにあまりホイホイ増やすのはやめておいた方がいいと思うけど、私の予想としてはまだこれからもいくつか設置場所が増えると思うわよ」

 

 違うのか。

 なら・・・。

 

 「水場! 水場や浴場に設置するマジックアイテムが勿体無いんですね!」

 

 「あのねぇシャイナ、生産系ギルドであるうちの商品の一つだったからそんな物は売るほどあるんだし、アルフィスがいくらでも作り出せるのだから勿体無いなんて館を作らない理由になるはずが無いでしょう」 

 

 あっ、そうか。

 だとしたら、なんだろう?

 庭、は館と同じで作るのに手間はかからないし、別館も同じ理由でありえない。

 それ以外に何かあったっけ。

 

 そう考えながらボウドアの館を頭に思い浮かべる。

 その光景を頭の中で見渡しているうちに、あるものが私の目に留まった。

 

 「人、そうだ! メイドたちですね。物や館はいくらでも作れるけど、メイドたちはそうは行かないです。一般メイドは余っているけど、戦闘力皆無の彼女たちだけで館を維持できないし、聖☆メイド騎士団や魔女っ子メイド隊のメンバーは数が限られているからそれ程多く他の地に派遣する事ができません。だから無駄な拠点をあまり増やしたくないんじゃないですか?」

 

 「うん、正解。よく気が付いたわね」

 

 あやめの嬉しそうな声が頭に響く。

 良かった、正解だったみたいだ。

 

 「シャイナが気付いたとおり、戦闘が出来る子たちはこれから先他の場所に派遣する事になると思うのよ。それだけに必要のない場所には派遣したくない。でも、エントの村が求めるのはボウドアの館のようなものだと思うのよね。だとすると、そんなものを一般メイドの子達だけで管理させるわけには行かないわ。あなたが先程も言った通り、館にあるものはこの世界では大変価値があるものだもの」

 

 ゲート・オブ・ミラーは当然として、水場に使われている湯を沸かすマジックアイテムや無限の大樽だけでもこの世界ではかなりの価値があるという話だし、それ目当てで野盗がエントの村に来るかもしれない。

 そう考えると確かに一般メイドたちだけで管理させるわけには行かないだろう。

 

 「そういう訳だから、村長には丁重にお断りを入れてね」

 

 「解りました。では土地を譲り受けるのはお断りするとして、報酬はどのように受け取る事にしますか?」

 

 さっきの話の内容から考えて、報酬受け取り自体を辞退するのは難しいだろうと思う。

 

 「そうねぇ、分割払いでいいんじゃない? それもお金じゃなく、取れる作物の一部で。どうせ今までよりも収穫量は目に見えて増えるのだし、今まで通りの割合で税が増えても手元に残る量も増えるのだから、その一部を貰うという事で手を打って貰いましょう」

 

 「解りました。そのように村長に提案してみる事にします。マスター、ありがとうございました」

 

 「どういたしまして。それじゃあ村長とのやり取り、がんばってね」

 

 相談はこれで全て終わったので、マスターに挨拶をして<メッセージ/伝言>を解除した。

 

 そして私は近くで子供たちと遊んでいたあいしゃにマジックアイテムを返し、軽やかな足取りで、村長宅に向かうのだった。

 

 

 ■

 

 

 「どういたしまして。それじゃあ村長とのやり取り、がんばってね」

 

 この言葉を合図に<メッセージ/伝言>が切られた。

 と同時に私はフゥと、小さくため息をつく。

 

 シャイナ、ちゃんと成長しているのね。

 私が作ったプレイヤーキャラクターであるシャイナは完全に脳筋だった。

 でも、そんなシャイナでも村長の表情を見て違和感を持つ事が出来たし、質問をして考える時間を与えればきちんと答えを出せるようになっていた。

 

 自我を持ってからのこの短い時間の間に、良くぞそこまで成長したものだと思う。

 実はちょっと心配していたんだよね。

 

 プレイヤーキャラクターもNPCたちもユグドラシルで身につけたスキルが無い事に関してはまったくできないし、習得する事もできない。

 これは転移してすぐに調べたから間違いないのよね。

 

 では思考は? 頭の方はどうだろう? 

 これに関してはスキルじゃなく、フレイバーテキストや自キャラたちなら私の思考パターンが元になっているみたいだから、ユグドラシル由来ではないのよね。

 だからこそ、もしかしたら進化するかもしれないし、スキル同様まったく変化しないかもしれないと考えていたのよ。

 

 それだけに今回のシャイナの発想は正直嬉しかった。

 この子達もちゃんと成長するんだってね。

 

 うちのギルドはキャラクターこそ6人いるけど実質的には私一人しかいない。

 ボッチプレイヤーだったから当たり前よね。

 もしかしたらフレンドがこの世界に転移しているかもしれないと思ったけど、戦闘ギルドの人たちが転移しているのなら大騒ぎになっているだろうからそれはないだろう。

 

 いや、もしかすると彼らの事だから外敵に対して慎重に行動しているせいで世に出ていないだけなのかもしれないわね。

 まぁ、それならばいずれ世に出てくるだろうし、その時に合流すればいいか。

 

 でも望み薄だろうなぁ。

 

 私にアイテムやお金を託し、引退したりよそのゲームに移って行ったフレンドたち。

 その他のフレンドたちもサービス終了まで残っていた人は殆どいなかったし、なによりこの転移があのサーバーダウンの瞬間に精神が切り離されたのだとしたら誰もこの世界には来ていないだろうと思う。

 

 だって、直接血液中のナノマシンとジャックに繋がっているゲームのサーバーダウンを、いくら安全装置がついているからと言って経験してみようなんて考えないだろうから。

 そんな考え無しは私くらいなんじゃないかな?

 

 今思うととんでもない話よね。

 サービス稼働中ならともかく、サービス終了時点であちら側の安全装置は切れているのだから、どんな不具合が起こるか解らないというのに。

 

 フッ。

 

 実際に転移と言うとんでもない不具合にあってしまったものね、私。

 そう考えながら私は自虐的に笑う。

 

 だからこそ、この世界には私のフレンドたちは来ていないだろうと、ずっと一人なんだと思っていた。

 でも彼女たちが成長してくれるのなら、私と共に本当の意味で生きて行ってくれると解ったのだから。

 

 「もうボッチでも寂しくは無いわね」

 

 クスッ。

 

 そう呟いて、私は先程とは違う笑みを洩らした。

 

 「さて、現実逃避はこれくらいにしてっと」

 

 私は思考の海から視線を目の前の光景に移した。

 

 「どうしたもんかなぁ、これ」

 

 私も誰かに相談したいくらいだよ。

 そう、私も実は今、途方にくれていた。

 

 目の前に広がる、私にひれ伏す数多くのケンタウロスたちと言う異様な光景を前にして。

 




 シャイナが成長しました!
 原作でコキュートスが成長できたのだからシャイナだって当然成長できます。
 これからはきっと、頭を使うことにも積極的に取り組んでくれることでしょう。

 ・・・いけない、とんでもない事になる予感しかしないw


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72 ケンタウロス

 時は少し遡る

 

 イングウェンザー城から出発して3日、東に向かって大地の上位精霊ダオは走る。

 私はその背中の上で揺られながら周りの風景を見渡していた。

 

 「う~ん、見渡す限り草原ね。所々に木は生えているけど、これだけ見渡せる状況なら何かいたらすぐに解りそう」

 

 「あやめ様、あやめ様。私もそう思います。ぐるっと見渡した感じ、お探しのケンタウロスはこの辺りにはいないみたいですねぇ」

 

 私の独り言に肩にとまった風の精霊、シルフのシルフィーが目の上に右手の平をかざして周りを見渡した後、元気いっぱいな声で答えてくれた。

 う~ん、独り言だったんだけど自分への言葉と思ったのかな?

 

 まぁ一人で考えているのもなんだし、折角会話の相手になってくれると言うのだから彼女と話しながらこれからの事を考えることにするかな。

 

 「シルフィー、ケンタウロスがいないというのはあなたの考え? それとも周りを探知しての事?」

 

 「見渡しただけで魔法を使っての広範囲の探知はしていませんよぉ。ご命令も無いですもん。でも目に見える程度の範囲なら風が教えてくれるから、近くに居ないのは確かですよ」

 

 なるほど。

 でもまぁ小動物ならともかく、相手はケンタウロスだ。

 この草原では隠れようとしてもそんな場所は無いし、見える範囲だけと言うのなら風に教えてもらわなくても、私にだって解る。

 

 「ザイル、あなたはどう?」

 

 念のため、大地の上位精霊、ダオのザイルにも聞いてみた。

 私の知っているケンタウロスは穴をほって地面に潜ったりはしないから、あくまで念のためだけどね。

 

 「土の下に何かいる気配は無い、である」

 

 「まぁそうだろうねぇ」

 

 想像通りの答えが帰ってきてホッとしながらも、同時に何の手がかりも無いんだよなぁと残念な気持ちにもなった。

 

 とにかく情報が足りない。

 ケンタウロスは下半身が馬の獣人だけに、その行動範囲はかなり広いのよね。

 イングウェンザー城を偵察に来ていたと言っていたけど、彼らなら数十キロ離れた場所からでも平気で見に来るだろうし、そんな彼らの集落を探すとなるとかなり大変なんじゃないかなぁ?

 

 「シルフィー、とりあえずここから前方に向けて魔法で広範囲索敵をおねがい。今のところ、何の手がかりも無いから探しようも無いからね」

 

 「はいはぁ~い、わっかりましたぁ」

 

 そう言うとシルフィーは私の肩から飛び立ち、かなり上空まで登っていった。

 上空の方が地表よりも風が強いし遮蔽物が無いから同じ威力の精霊魔法を使ったとしても、より広範囲に影響しやすい。

 だから風の精霊魔法を使う場合は、より高い所で行った方が有効らしいのよ。

 

 そしてしばらくたった後、彼女はゆっくりと降りてきた。

 

 「あやめ様、あやめ様。少なくとも前方2~30キロ圏内にはケンタウロスはいませんね。それどころか魔物は一匹もいませんでした。いるのは動物だけです」

 

 「そう。じゃあ、見当違いの方向を探してる可能性もあるわけかぁ」

 

 魔物がいないのはここがケンタウロスのテリトリーだからだと思う。

 カロッサさんの話では、自分の縄張りに入って来た者に対して彼らは攻撃的になるという話だしね。

 

 「ん? 待てよ」

 

 そうだ、カロッサさんが言うとおり縄張りに入って来た者に対して攻撃的になるというのなら、私はなぜ襲われていないの?

 隠密行動をしているのならともかく、ダオで疾走しているのだから目立つ事この上ないのに。

 

 「もしかして、こちらの力量が解らないからと、どこかから見張られてるとか?」

 

 自分の考えで急に不安が増し、私は周りを注意深く見渡した。

 確かに見える範囲にケンタウロスはいない。

 でも彼らがもし鷹のように物凄く目が良くて、数十キロ先からでもこちらを見る事ができるとしたら?

 いや、それ以前に使い魔を使役して、小動物の目からこちらを監視しているとしたら?

 

 「案外厄介な相手かもしれないわね」

 

 もしそうなら少し探し方を変えるべきかもしれない。

 

 「よし決めた! シルフィー、近くに川か湖はない?」

 

 「ちょっと待ってくださいね。う~ん、あっあった。あやめ様、あやめ様。今向かっている方向から少しだけ北よりに方向を変えて、10キロほど行った所に湖があります」

 

 いくら広範囲を移動できるケンタウロスとは言え、生活するには水が要るのだから集落があるとすれば川か湖の近くなんじゃないかな?

 種族の安全の為に見つかりやすい場所には大きな部落は無いかもしれないけど、水場を守る為の小さな集落くらいはあるかもしれない。

 そう私は考えたのよね。

 

 「ザイル、とりあえずその湖に向かって。その近くに集落があるならよし。無かったらそこに小屋を建てて、拠点にしましょう」

 

 「解った。湖に向かう、のである」

 

 こうして私たちは草原の湖へと進路を向けるのだった。

 

 

 ■

 

 

 ケンタウロス。

 

 彼らはかなり臆病な獣人で、外見が好戦的なセントールとよく似ているから勘違いされやすいが基本あまり争いを好まない。

 

 その数十キロを見渡す良い視力と遥か遠くを飛ぶ鳥でさえ撃ち落す弓の腕で遠距離から相手を殲滅するその戦闘力はかなり高いと言える。

 だが実際に戦闘が行われた場合、魔法で広範囲攻撃をされてしまえば自分たちではどうにもならないことを知っている為にわざわざ他の種族やモンスターと戦おうとは彼らは考えない。

 だからこそ、豊かな森ではなく小動物や野草くらいしかない草原をテリトリーにしているのだった。

 

 人が彼らを好戦的だと勘違いしているのは人を食べるセントールと外見が良く似ているのと、狩りの為に放った矢が偶然通りかかった冒険者の近くに当たり、その矢が自分たちの魔法や弓がとてもとどかないほど遠くから放たれたのを見て震え上がって報告したのがきっかけだった。

 それ以来ケンタウロスは、自分の縄張りに入ってきたものには容赦することなく、常に侵入者の攻撃がとどかない程の遠距離から攻撃を仕掛けて反撃さえ許さず相手を殲滅する危険な獣人であると言う間違ったイメージがさも世の常識であるかのように広まったのだった。

 

 しかし実際のケンタウロスは争いを好まず、酒と音楽を愛する穏やかな獣人だ。

 そんな彼らだからこそ、自分たちのテリトリーのすぐ近くに突然出来た人間の城にはかなりの脅威を感じたのだった。

 

 

 

 時はさらにイングウェンザー城がこの世界に転移した頃まで遡る。

 

 一番大きい集落であるミラダの族長チェストミールは、村の若者の言葉に驚かされていた。

 

 

 「人族の城が一夜にして出現しただと?」

 

 自分の白く長い髭をなでながらワシは訝しげな目を騒ぎ立てる若者に向けた。

 それはそうだろう、自分たちの部落にある一番小さな小屋でさえ建てるのには1週間はかかる。

 なのに出現したのは小屋ではなく城だと言うのだから。

 

 「何を馬鹿な事を言っている? 城が一夜にして建つはずが無いだろう。幻でも見たのではないか?」

 

 「族長、そんな事は無いですよ。俺だって自分の目を疑ったんですから。でも本当のことなんです、前の日には無かった大きな城が建っていたんですよ」

 

 確かに部落の中で見たと言うのなら寝ぼけていたと言うこともあるだろうし、夢だと言う事もあるだろう。

 だが彼が見たのはこの部落から遥かに離れた場所、人のテリトリーの近くだと言うのだ。

 

 「本当なのか?」

 

 「だからそう言ってるじゃないですか! もしかすると人族が我々と戦う為に建てたのかもしれないですよ。どうしましょう、族長」

 

 ワシらケンタウロス族はかなり広範囲を狩場とする種族だ。

 普段は自分たちで集落を作って生活をするが、いざ戦いともなれば平原を縦横無尽に駆け巡り、相手に拠点を悟られる事なく相手の拠点を落とすと言う戦い方を得意としている。

 

 脆弱な人族といえどそこまで愚かではあるまい。

 そんなワシらと戦う為に城を築くとはとても思えないが、城ができたと言うのなら人族にとって何か思惑があるということなのだろう。

 場合によっては争いが起こるやもしれない。

 

 「これは他の部族にも知らせるべきじゃな。おい、他の3部族の族長に連絡を送れ! 緊急会議じゃ」

 

 「解りました!」

 

 そう言うと、ケンタウロスの若者は蹄を鳴らして急いで走っていった。

 

 「厄介な事にならないといいのじゃが・・・」

 

 厄介にならない事などありえないと考えながらも、できる事なら穏便にことが済む事を祈るのでだった

 

 

 

 翌日の昼過ぎ、ワシの家で4部族の族長がそろって話し合っていた。

 内容は当然、突然出現したと言う人族の城についての事じゃ。

 

 「それでその城と言うのはどれくらいの大きさなんだ?」

 

 「解らん。何せその城を見たのはうちの部族の若いもん一人じゃからのぉ」

 

 他の3部族はワシの部族と違って数年に一度、その時の一番狩りがうまいものが選ばれる為、皆若い。 

 先程の発言をしたのはオルガノの族長、フェルディナントじゃな。

 金色の長い髪と金色の瞳、すらっとした立ち姿と凛々しい顔立ちでケンタウレたちに一番人気のある族長じゃ。

 

 「あら、それならば誰かが確認しに行かなくてはいけないのではないですか?」

 

 フェルディナントの言葉に偵察を提案したのは唯一のケンタウレであるベルタの族長、オフェリアじゃな。

 彼女は白に近いプラチナブロンドと白い肌、そして下半身も白馬と言うとても美しい姿のケンタウレじゃ。

 瞳の色も銀色で、全体的に白いイメージじゃな。

 そして精霊を信仰する我らケンタウロス族の最高位の巫女でもある。

 

 「そうだな」

 

 そして最後に発言したこの男。

 彼の名はテオドル、ラダナの族長じゃ。

 彼はオフェリアとはある意味真逆の姿でな、黒髪に黒い瞳、褐色の肌と輝く黒い毛並みの下半身を持つ、がっしりとした力強い印象の男じゃ。

 少々無口で必要な事意外喋らないが狩りの腕は超一流で、いざと言う時はとても頼りになる男じゃ。

 

 「オフェリアの言うとおり早急に調べたほうがワシもよいと思うのじゃが、誰を派遣するのがいいじゃろうのう?」

 

 「下手な者を送っても意味がないだろう。ここは私が行くとしよう」

 

 人族の城はかなりの脅威じゃ。

 それが解っているだけにフェルディナントが自ら名乗りを上げる。

 

 確かにこの状況では下手な者を送っても意味は無いじゃろう。

 そして折角送るのじゃからきちんと偵察をしてきてくれるものを送り出さねば意味がない。

 

 そう考えると、この場合は確かに族長の一人であり、頭の回転も速く冷静な彼が適任じゃ。

 ワシでは体力的に不安があるし、無口なテオドルでは見た事を詳しく報告してくれるかどうかさえ解らんからな。

 

 「そうじゃな、それではフェルディナントに・・・」

 

 「少し待ってくださいます?」

 

 納得し、フェルディナントに偵察を頼もうとしたところで横槍が入った。

 オフェリアじゃ。

 

 「それならば私もご一緒しますわ。精霊の力をお借りすればただ遠くから見るだけよりは詳しく解るでしょうから」

 

 おお、確かに精霊様の力をお借りすることが出来るのならば、大助かりじゃ。

 それにオフェリアは女性じゃからのう、危険かもしれない偵察任務に出てほしいとは言えないと考えたのじゃが、本人がいくと言うのであれば問題なかろうて。

 

 「むっ、確かにその通りだが・・・うむ、仕方がないか」

 

 オフェリアの言葉に一瞬躊躇しながらも、その優位性に納得してフェルディナントはその提案を受け入れたようじゃな。

 

 彼はその外見でケンタウレたちにもてるのじゃが、どうも女性を苦手にしている節がある。

 今回もできれば同行は避けたかったのかもしれんが、精霊様の御力を借りると言われてしまえば引くしかないのじゃろうなぁ。

 

 「うむ、では二人とも頼むぞ。事はケンタウロス全体の危機に繋がるかもしれないのじゃから、しっかりと調べてきてくれ」

 

 「おう」

 

 「解りました。私たちに任せてください。では行きましょう、フェルディナント」

 

 そう言うと彼女はフェルディナントに擦り寄り、腕を組んだ。

 

 「なっなにを!?」

 

 突然の事にフェルディナントは慌てて離れようとするが、その腕はオフェリアにしっかりと掴まれており突き飛ばしでもしないと振り払うことは出来なさそうじゃ。

 そしてフェルディナントにそのような事が出来る訳がない。

 

 そんな彼をオフェリアは蠱惑的な笑みを浮かべて見上げる。

 その目に見据えられてフェルディナントは固まってしまったようじゃ。

 

 うむ、オフェリアの勝ちじゃな。

 

 「急ぎましょう、ケンタウロス全体の危機なのですよ?」

 

 「ちょっ、待て、待てと言うのに」

 

 その姿に満足したオフェリアに、抵抗むなしくフェルディナントは引きずられていった。

 

 しかし、

 

 「本当に大丈夫なのか、あやつらで?」

 

 「さぁな」

 

 その姿を見て、少しだけ不安になるワシとテオドルじゃった。

 

 

 




 主人公ですがあやめの中に入っているけど、口調は余りあやめらしくしようとしていません。
 と言うのも、よくよく考えたら人前に出た時のアルフィンよりも地の口調に近いと気付いたからです。
 でもまぁ、一人称だけは「あたし」と言うのを間違えないようにと考えてはいますが。

 もしかすると、来週はお休みするかもしれません。
 かなり予定が立て込んでいる為、続きを書く時間が取れるかどうか微妙なもので。


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73 城と上位精霊

 二人のケンタウロスは(正確には一人はケンタウレだが)ミラダ族の若者が見たという人族の城のあると言う場所に向かって草原を疾走していた。

 

 「フェルディナント、人の城が一日で建ったと言う話、あなたはどう思います?」

 

 「いくらなんでも一日で城が建つわけがないだろう。考えられるとしたら魔法での隠蔽なのだろうが」

 

 そう口に出しながら私は自分の顔にかかる金色の髪を払いながら考える。

 城などと言う大きな物を隠蔽する魔法など、この世にあるのだろうか?

 

 我々ケンタウロスは身体能力こそ高いが、それ程魔法に秀でた者が多くない。

 その中でも横を走っているオフェリアが私の知る限り、ケンタウロス全体で1・2を争うほどの精霊魔法の使い手ではあるが・・・。

 

 そんな彼女の白い横顔を見つめながら、私は思ったことを聞いてみることにした。

 

 「オフェリア、そなたは城と言われるほど大きな物を周りから隠蔽するほどの魔術を使う事が出来るか?」

 

 「私ですか? 流石にその規模の隠蔽は無理よ。小屋程度ならともかく、いかな光の中位精霊様であるウィル・オー・ウィプスの力をお借りしたとしても城と呼べるほどのものを隠すほどの大魔術は無理ね」

 

 オフェリアが私の言葉に軽く首を傾げてそう答えてくれた。

 

ドキッ。

 

 その動きに合わせて流れる光り輝く白い髪が美しく、一瞬見とれてしまった。

 だが、それを悟られる訳にはいかない。

 いくら走っているとは言え、そのような事を悟られればまた擦り寄ってくるのは間違いないだろうからな。

 

 それどころか、先ほどのように腕を組まれでもしたら振りほどくのも一苦労だ。

 私は誤魔化すように頷いて視線を外し、走っている方に顔を向けて先程の話題に頭を切り替える。

 

 しかし、やはりそうなのか。

 彼女ができないのであればケンタウロスの中にできる者はいないだろう。

 と言う事はだ、それは城以上にケンタウロス全体にとって脅威になりうるのではないか?

 

 「だとすると、その城にはそれ程の魔法が使えるものがいると言う事か」

 

 「いえ、流石に城を隠すほどの魔法を人族が使えるとは思いません。私が考えるに、どちらかと言うと見つかった建物が城であると言う話を疑った方がいいのではないかしら?」

 

 城と言うのが嘘だと言うのか?

 だがしかし、実際にその目で見た者の報告だとミラダの族長チェストミールは言っていたではないか。

 

 オフェリアの言葉に訝しげな目を向ける。

 するとそんな私の様子を見て彼女は、自分の言葉が足らなかったわとクスクスと笑いながら話の続きをしてくれた。

 

 「先程は小屋程度と言いましたけど、実際は人族が作る屋敷程度の物ならば隠蔽は私でもできます。だから報告の方を疑っているのですよ。私たちは雨露を凌げる程度の小屋があれば生活には困らないし、実際大きな館を作る事は無いでしょ。そんな物を基準に考えれば人族の屋敷を城と考えたとしてもおかしくは無いと思いません? それに館の周りに柵でも作ってあれば人族の館の大きさを知らない者なら勘違いしても仕方がないのではないかしら」

 

 「確かにそう言われてみれば」

 

 建物は大きな屋敷程度であったとしても、部落の小屋や近くに住む人族の村の建物を基準に考えれば信じられないほどの建築物と考えるかもしれない。

 人族との遭遇を恐れてかの地に近づかない者ならば、その人族の建物が異様に大きく見えたとしても、また、それを話に聞いた城と言うものと勘違いしたとしてもおかしくは無いか。

 

 「館程度のものなら、今度はなぜ隠蔽の魔法を使ってまで秘密にしなければいけなかったのかと言う疑問は残るけど、それなら人族の魔法使いの中にも隠蔽できる力を持った者が居たとしてもおかしくないもの。私はそのあたりが真相だと考えているわ」

 

 「そうだな。そなたの言葉を聞いて、私もそのように思えてきた」

 

 「そうでしょ。人族の城なんて私でも話に聞いたことしか無いけど、それはかなり大きく堅牢なものだと言う話だし、隠蔽の魔法以前にそう簡単に建てられるものではないでしょうから館が建てられただけなんだと思うわ」

 

 そんな彼女の言葉が私の中で真実になりつつある頃、ミラダ族の若者が城を見たという場所が近づいてきた。

 確かあの丘を登れば見えてくるはずだ。

 

 前方の丘を見ながら私はオフェリアに声をかける。

 

 「オフェリア、あの丘に登ればその館が見えるはずだ。と同時に、相手からもこちらを見ることが出来るという事でもある。我らと違い、遠くを見る力のない人族ではあるが魔法で物見をする者がいないとは限らない。さすがに常にこちらを窺っている者などいないとは思うが、万が一と言う事もあるからな。登りきる前に走るのをやめ、ゆっくりと登るぞ」

 

 「そうね。館だとしても、どんな目的で作られたのか解らないもの。監視をしている者に見つかって、いきなり魔法が飛んできたりしたら困るわ。まあ、怖い。フェルディナント、私を守ってくださいね」

 

 そう言うと彼女は微笑んだ後、一瞬で私との距離を縮め、

 

 ギュッ。(むにゅっ)

 

 私の腕にしがみついた。

 

 「なっ!?」

 

 なんと彼女は村の時のように腕を組むのではなく、腕に体ごとしがみついてきた。

 そのまま頭を私の肩に預けてくるオフェリアを私は力ずくで振りほどくわけにも行かず、かと言ってこの恥ずかしすぎる状況に頭が真っ白になって思わず立ち止まってしまった。

 

 「あら、どうしたの? いきなり立ち止まって。ここで休むのではなく、そのままゆっくり登るのでしょう?」

 

 「そっその前に、その、その手を放したまえ」

 

 上目遣いで小首をかしげながら微笑むオフェリアに、少々どもりながらも私は何とか腕を放すように言った。

 しかし、

 

 「えぇ~、でも私は精霊系マジックキャスターだから弓や魔法で攻撃されたら一溜まりも無いのよぉ。こうやってぇ、フェルディナントにしがみついていないと怖くて丘の上までいけないわぁ」

 

 「それならば私の後ろに隠れながら登ればいいだろう」

 

 「あら、完全に隠れるなんてできないわ。だ・か・らぁ、私は守ってくれるフェルディナントにこうしてしがみついて登ることに決めました。ほら、あなたも族長になるほどのケンタウロスなんでしょ。ケンタウレ一人守れなくてどうするの? あきらめてエスコートしてね」

 

 そなたも族長だろうが。

 そんな事を考えるのだが、そもそもそう言えるのなら先程もどもったりはしない。

 

 結局あきらめて私はオフェリアをぶら下げたまま、丘を登ることにした。

 

 

 

 駆け上がれば数十秒、しかし歩いて登るとなるとそうは行かない。

 少々長い時間を掛けて丘を登っていくと、頂上が見えてきた。

 

 「いよいよね。人族の館ってどんなのだろう? 私、村の近くまでは行った事があるけど、この近くの人族の村は大きな家は無かったのよね。楽しみだわ」

 

 「もしかすると我々ケンタウロスの脅威になるかもしれないのに、なにを悠長な事を」

 

 そんな事を言いながらも、私も少々興味があった。

 獣人に比べてひ弱な人族は建物や鎧でその身を守っている。

 それだけに私たちが住んでいるような小屋とはかなり違った物を建てる力があるという事を知っているからだ。

 

 「さぁ、ここを登ればお目当て・・・のぉ!」

 

 「えっ!? なに? なによ、あれ・・・」

 

 まさか、そんなはずは。

 私は自分の目が信じられなかった。

 

 「なんて巨大な、それになんと美しい建物だ」

 

 「あれが人族の城。綺麗・・・」

 

 石造りで作られたその城は堅牢でありながら優雅、そしてその周りをよく手入れされた緑の庭園が囲んでいる。

 その美しさは人族の建築技術の高さを私に見せつけていた。

 

 「しかし、これを一日で建てたなどと。そんなはずが無い。絶対にありえない」

 

 「ええ、それに周りの庭園まで含めたこの広大な敷地にある全ての物を隠蔽できる魔法を使うなんて、神様でもなければ不可能よ」

 

 その通りだ。

 この城の建っている場所だけでも我々4部族の集落全てをあわせた物より広く、周りの庭園も含めればこの3分の1にも満たないだろう。

 これほど広大で巨大な物を魔法で隠すことなどできるわけが無いのはマジックキャスターではない私にだって解る事だ。

 

 「これ程の物を作るのには1年や2年では無理だろう。何てことだ。ミラダ族の奴ら、見回りをサボっていたな」

 

 「この辺りの見回りは彼らの役目ですもの。今までずっとやっていなかったのを誤魔化す為に突如現れたと言ったに違いないわ」

 

 ぎゅっ。

 

 しがみついていたオフェリアの腕に力が入る。

 あまりの衝撃の光景に彼女が自分にしがみついている事を忘れていた私は、腕に伝わる彼女のぬくもりを思い出し、少し赤面する。

 と、同時にその腕から彼女が少し怯えたように震えていることがわかった。

 

 のぼせかかる頭が一気にさめ、彼女に問い掛ける。

 その震えはどこから来たものなのかと。

 

 「どうしたんだ? オフェリア」

 

 「城よ、あんな大きな城なのよ。中にはきっと多くの人族の兵士がいるわ。もしかしたら私たちと戦うつもりなのかもしれない。ひ弱な人族が攻めてきたとしても、私たちが負けるとは思わないけど、きっと多くの同胞が死ぬことになる。特に弱い老人や子供たちは・・・」

 

 そう言うと、彼女は怯えたように顔を私の胸にうずめる。

 彼女自身は人族によってどうにかされるほど弱くは無い。

 精霊魔法と強靭なケンタウレの体と力を持つ彼女を傷つける事ができる者など、人族の中には殆どいないだろう。

 

 しかし、彼女の部族の中には当然老人や子供たちがいる。

 心優しい彼女は、その者たちが戦渦に巻き込まれて無残な姿を晒す光景を想像してしまったのだろう。

 

 自分ではない他の誰かであったとしても、そんな目にあう姿を想像してしまったのなら、怖くなったとしても仕方がない話だ。

 そしてケンタウレである彼女の心ではその恐怖に耐えられないというのも理解できる。

 しかし彼女はベルタの族長であり我々の中でも1・2を争うほどのマジックキャスターなのだ。

 

 か弱い女性だからと、ただ私たちが庇護すればいいと言う訳には行かない。

 私は心を鬼にして彼女に声をかける。

 

 「オフェリア、気持ちは解るがここは気を強く持ってくれ。そなたの精霊魔法ならあの城をここから詳しく調べる事ができるのだろう? 脅威になりえると解った以上、なるべく多くの情報が必要になるはずだ」

 

 「そう、そうよね。ベルタの族長である私がしっかりしなければ部族の者たちを守ることなんてできないわ」

 

 自分の立ち位置を再確認して気力を取り戻してくれたのだろう。

 私も見上げるその銀の瞳には力が戻っていた。

 

 「それでは頼むぞ。」

 

 「解ったわ。<サモン・エアエレメンタル>」

 

 オフェリアが魔法を唱えると一陣の風と共に、緑の光る小さな玉が現れた。

 

 「これが精霊、なのか?」

 

 「ええ、風の精霊よ。中位や上位になると人や動物をかたどったり人の言葉を話すモノも居るけど、下位精霊は皆この形ね、色は属性によって違うけど。あと、魔力系マジックキャスターの魔法やマジックアイテムによって根源の精霊力の源から力を与えられて中位精霊ほどの強さを持つ特殊な精霊もいるらしいわ。ただ、こちらは私たち精霊使いが使役する自然精霊とは別物と考えてもらってもいいわね。私たちには使役できないもの」

 

 自分の部族には神聖魔法を使う者は居るが精霊魔法を使うものはいないから初めて見た。

 精霊と言うものは、ほんのりと光を放っていて綺麗なものなのだな。

 

 「風の精霊よ、あの城へ飛び、その様子を私に知らせておくれ」

 

 オフェリアが自らが呼び出した風の精霊に命令を出した。

 しかし風の精霊はなぜかその場から動こうとはせず、その命令を一向に履行しようとはしなかった。

 

 「どうしたんだオフェリア?」

 

 「解らないわ。こんな事私も初めてだもの。風の精霊よ、なぜ私の言葉を聞いてくれないの?」

 

 そう言うと、オフェリアはそっと風の精霊に触れる。

 その瞬間、彼女は驚きの声を上げた。

 

 「えっ? 風の精霊が怯えている!?」

 

 「怯えているだって? 一体どういう事なんだ?」

 

 精霊って怯えるものなのか?

 それはともかく、これがどういう状況なのかまるで解らない私はオフェリアに聞くことしかできない。

 

 「いえ、これは怯えているわけではなさそうね。どちらかと言うと恐れ多いと言うか、自分はそのような事ができる立場に無いとでも言いたいような、そんな感じが伝わってくる」

 

 「どういう意味だ? 私には何を言っているのかまるで解らないのだが」

 

 精霊にとって恐れ多いと言うのはどういう状況なんだ? 精霊の王様でもあの城にはいるというのか?

 

 「私にも解らないわよ。精霊からこんな感情が伝わってきたのは初めてですもの」

 

 そう言って彼女は視線を精霊から城に向ける。

 

 「あの城には中位以上の精霊様がいるという事なの? でも、人族がそんな強力な精霊様を呼び出すことなどできるわけが無いし、何より一時的に呼び出された中位精霊様がいるだけならこの風の精霊の感情は少しおかしいわよね。どちらかと言うと、あそこに何か自分より巨大な力を持つものが住んでいるから自分は行けないとでも言っているようだもの」

 

 「中位以上の精霊が住む、か。ならばもしかするとあの城は人族のものではなく、精霊様の住まう場所なんじゃないか?」

 

 「それは無いわよ。だって精霊様はあのような建物を必要としないもの」

 

 「そうか」

 

 ならその線はないな。

 ではその他にどんな理由があるのだろうか?

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ。

 

 そんなことを考えていると、突如辺りにすさまじい轟音が響き渡った。

 

 その音に驚き、思わず何事かと音のする方、城に目を向ける。

 すると城の西側、こちらから見て反対側の地面がかなり広範囲に抉れていた。

 そう、まるで突如天変地異が起こって広範囲が陥没でもしたかのように。

 

 「なんだ? 一体何が起こった?」

 

 「解らないわ。解らないけど、何かとてつもない事が起こったことだけは私にも解る。だって、自然現象であんな事がおこるわけがないもの」

 

 そう言って城の向こう、陥没したあたりを注意深く見るように目を細めたオフェリアは、次の瞬間信じられないものを見たかのように銀の目を見開き、その白く整った顔を驚愕の色に染めた。

 なんだ?一体何が起こっている?

 

 疑問に思った私はオフェリアと同じ様に注意深く陥没したあたりを見渡す。

 すると先程は巨大な穴に意識がが集中して気が付かなかったが、その穴の向こうに広がる草原に巨大な四足の、見るからに硬そうな岩を思わせる体と立派な角を持ち、強大な魔力と存在をその姿から感じる黒い魔物が居るのが見えた。

 

 「あの魔物はなんだ? あの魔物があの巨大な穴を開けたのか?」

 

 「まっまさか、あれはダオ様? 土の上位精霊であるダオ様があの城にはお住みになられているというのですか?」

 

 上位精霊だって!?

 

 「ばかな、上位だと? そんな神にも等しい精霊がこの世に顕現していると言うのか?」

 

 「間違いありません。あれは土の上位精霊のダオ様です。えっ!? 信じられない! ああ、なんと言う事でしょう!」

 

 土の上位精霊だと説明された魔物? のほうを見つめていたオフェリアが、見開いていた銀の瞳を更なる驚きを受けて、より大きく見開いた。

 何事かと思い、私も慌てて魔物の方に目を向ける。

 

 「馬鹿な! あれがオフェリアの言う通り本当に大地の上位精霊であるダオだとしたら、あそこに居るあれは一体何者なんだ?」

 

 私の目はおかしくなってしまったのか?

 しかし、隣で驚愕に固まるオフェリアの姿を見る限り、彼女もきっと私と同じものが見えているはずだ。

 そう考え、私は今も目に映る光景を受け入れざるを得ない。

 だがそう頭で理解しても未だ自分の目が信じる事など出来なかった。

 

 そんな混乱をしている私の目に映っているのは、オレンジ色のドレスを身に纏った人族の子供が大地の上位精霊であるはずのダオの頭の上に乗って穴の方を指差し、その頭をぺちぺちと叩きながら何か指示を出していると言うとんでもない光景だった。

 

 




 前回の最後を読んでもらえているのなら解っていると思いますが、オフェリアはフェルディナントを狙っています。
 特に今は他の目が無いのでかなり大胆に迫っていますが、当のフェルディナントがかなりの晩熟(ヘタレとも言う)なので思うようにいきません。
 はて? この二人、ザリュースとクリュシュのような関係になるのだろうか?

 まぁ、なってもあのシーンは書かないですけどね。
 命の危険はナザリック相手と違って無いですからw

 さて、来週は29日から1日まで東京へ行く予定なので書けません。
 おまけに連休前で今週は忙しいのでとても平日に書くことも出来ません。
 ですから先週も落として心苦しいのですが、来週もまた休ませて頂きたいと思っています。
 そのような理由なので、すみませんが次の更新は5月7日になります。


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74 迫る脅威

 

 草原を力ない足取りでとぼとぼと歩く二人のケンタウロス。(何度も言うとおり一人はケンタウレだが)

 いつもは光り輝く金と白金の鬣が今はくすんで見えるほど、二人は意気消沈しながら帰路についていた。

 

 

 

 「ああ、なんと報告したものか。気が重い」

 

 「私もよ。本当ならダオ様のお姿を拝見できて感動できる場面なのに」

 

 一体誰がこの話を聞いて信用すると言うのだ?

 上位精霊をまるで小間使いのように使うものがこの世に存在するなんて話を。

 

 「エルフだったな」

 

 「ええ、エルフだったわね」

 

 最初は遠目だったのと、人族の城だからと言う事で人だと思い込んでいたが、改めてよく見てみればダオの上で指示を出していたとがった耳の子供、エルフの少女だった。

 

 「でも、エルフだからと言ってなんだというのだ?」

 

 「そうね、エルフでも人でもあまり変わらないものね」

 

 確かにエルフは人よりも魔法を使うのに長けている。

 だが別に神に近いほどの魔法を使えるわけではないし、上位精霊を呼び出す事ができるほどの強大な魔力を持つわけではないのだ。

 

 ところがあの少女は呼び出すだけでなく従わせ、働かせていた。

 それも弱いドラゴンなら軽く一蹴してしまうほどの力を持つ上位精霊をまるで悪戯したペットをしつけるかのように、頭をぺしぺしと叩いて叱りながらだ。

 

 そしてその後に目の前で起こった光景は、未だにこの瞳に焼きついて離れない。

 あんな天変地異の如き事が実際に目の前で起こったと言うのは未だ信じられないが、実際にこの目で見てしまったのだから信じるしかないのだろう。

 

 「神様はエルフと同じ姿をしている・・・なんて事は無いよなぁ」

 

 「私も神様を見たことは無いから解らないけど、多分そんな事は無いと思うわよ。あるとしたら精霊の女王が気まぐれでエルフの少女の姿をしていたと言うくらいだけど、そもそも精霊に王が居るなんて話、聞いたことも無いから多分それも無いわ」

 

 精霊の女王か。

 そんなのが居たら確かにダオでも従わせることができるだろう。

 

 そんなのが居るとも思えないが。

 

 「あの少女は一体何者なんだろうな」

 

 「解らないけど、あれを刺激するのだけは避けた方がいいと思うわよ。私たちでは中位精霊相手でも勝つ事は難しいのだから、上位精霊のそのまた上の存在と争うなんて考えただけでも体が震えてくるわ」

 

 そうだな。

 俺だってそんな事になったら尻尾を巻いて逃げ出すよ。

 

 「「はぁ・・・」」

 

 二人はとぼとぼと歩く。

 なるべく報告するのを先送りにしたいと思いながら。

 

 

 ■

 

 

 いくらゆっくり歩いても、進んでいるのだからいつかは着いてしまう。

 結局私たちは予定をかなりオーバーはしたが無事ミラダの族の部落にたどり着き、今は残っていた二人の族長、チェストミールとテオドルに自分が見たものを見た通り話していた。

 

 「はぁ? 大穴が一瞬で埋まり、その後周りが盛り上がって岩山ができて、その真ん中がまた沈んで壁のような物ができただぁ? フェルディナントよ、おぬしは一体何を言っているのじゃ?」 

 

 「いきなり山ができるわけが無いだろう」

 

 何を寝ぼけた事を言っているのだ? とでも言いたげな目で私を見る二人。

 

 ほらな。

 信じられるわけが無いのは私も解っていた。

 話をしている私でさえ、あの光景は未だ信じられないのだから。

 

 「フェルディナントは嘘は言っていないわよ。私も同じ光景をこの目で見たのですもの。それにね、その場には上位精霊であるダオ様をこき使っているエルフの少女が居たわ」

 

 「オフェリア、お前も頭がおかしくなったのか?」

 

 「神の如き力を持つという上位精霊様がこの世に顕現したと言う話だけでも信じられないと言うのに、それをこき使う者が居たじゃと? たとえばそれが古龍だと言うのならばワシもまだ納得もしよう。だがエルフの少女じゃと? 話にならんわい」

 

 私の話を肯定しようとしたのか、それとも何を話しても信じないだろうから真実だけを淡々と報告しようと考えたのか、オフェリアも自分が見たものを二人に話したのだが彼女の言葉も私のものと同様まるで信じてはもらえなかった。

 

 「ふむ。もしかすると二人は人族の魔法によって幻覚を見せられたのかも知れんな。しかし幻覚を見せるにしても、なんと荒唐無稽な」

 

 「確かめる為に、もう一度偵察を、」

 

 「それはやめて置け」

 

 テオドルの言葉を遮るように、私はもう一度偵察を出すと言う案を止めた。

 それはそうだろう。

 あんな力を持つものにわざわざ近づいて危険を冒すべきではないからな。

 

 「私も止めておいた方がいいと思う。あれが何なのかは解らないけど、もし敵に回ったりしたら私たちは滅ぼされるわよ。迂闊に近づかない方がいいと思うわ」

 

 「しかし、おぬしらの話が荒唐無稽すぎてそのまま放置するわけにも行かんのじゃ」

 

 その気持ちは解る。

 だが、危険を避けるためにわざわざ危険を冒すことのほうが本末転倒だろう。

 そんな私の考えをよそに、チェストミールの考えに対してテオドルが賛同の声を上げる。

 

 「俺も偵察には行くべきだと思う」

 

 「ですが、テオドル」

 

 私と同意見のオフェリアがテオドルの提案を止めようとしたのだが、彼はその黒い瞳を彼女に向け、片手を挙げてその言葉を制す。

 そして自分の言葉を真剣に聞いてもらおうと考えたのか、彼は黒い巨体をわざわざ動かし、オフェリアの方に体を向けて話し出した。

 

 「お前たちの言う事が本当だとしたら、やはり偵察には行くべきだ」

 

 ・

 ・・・

 ・・・・・・

 

 「それだけか!」

 

 いかん、思わず突っ込みを入れてしまった。

 しかし、テオドルの言葉があまりに足らないと考えたのは私だけではなかったようで、チェストミールも自慢の長いあごひげをなでながら苦笑を浮かべてテオドルに声をかけた。

 

 「テオドルよ、おぬしの口数が少ないのは知ってはおるが、流石にそれだけではさっぱり意味が解らん。もう少し詳しく考えを話すのじゃ」

 

 チェストミールの言葉にテオドルはなぜ解らない? とでも言いたそうな表情を一瞬浮かべたが、解らないのならば仕方が無いかとばかりにその重い口を開いた。

 

 「そうか・・・。脅威が存在するのならその脅威がどれほど危険なのか、そしてそれがこちらに向くかどうかを確かめなければならない。お前たちの報告では、脅威があるのは解ったがそれがまったく解らないからな。もう一度偵察には行くべきだろう」

 

 なるほど、確かに私たちは目の前の光景に圧倒されてその点をまったく考えていなかったな。

 

 「確かにその通りだ。しかし、相手は上位精霊以上の力を持つものだと言う事だけはちゃんと頭に入れて、けして敵対行動は取らない事。それを偵察に行く者にしっかりと言い含めなければならないぞ」

 

 偵察に行くとしたらこれだけは肝に銘じなければいけないと注意喚起のつもりで語る私に、テオドルは不思議そうな目を向けた。

 

 「何を言っているんだ? 偵察に行くのはお前たちだぞ」

 

 はっ?

 

 「どういう事だ?」

 

 「その脅威を見たのはお前たちなのだろう。ならばどこまでやったら危険か他の者に説明するより、お前たちがもう一度行く方が間違いが無いだろう?」

 

 「確かにそのとうりじゃな」

 

 テオドルの言葉にチェストミールは笑い、私とオフェリアは固まったのだった。

 

 

 

 結局この後、私たちはもう一度あの城に訪れた。

 前回行った時はなかった、壁に付けられた大きな鉄の扉とその横にたたずむ巨大な石像に驚き、その石像が動き出して扉を開けたのを見てさらに驚かされた。

 

 ただ2~3日外から見た感じでは、そこに住むものたちは軍備を整える様子は無く、ただそこで生活をしているだけであると言う事が解って私とオフェリアはほっと胸をなでおろして帰路に着いたのだった。

 

 

 ■

 

 

 そして時は今に戻る

 

 「族長、あの者たちが湖に進路を変えました」

 

 「なに!?」

 

 ケンタウロス4部族の内、一番大きな部族であるミラダの族長であるチェストミールはあせっていた。

 

 

 

 フェルディナント達の報告を聞いて、話にあった人族の城は我々に対して敵対する意思はないと考え安心していたのじゃが、そんなワシの所に部族の若い者からある日、報告があった。

 その城から我々の縄張りである草原になにやら巨大な力を持った獣に乗ったエルフの少女が向かっていると言うのじゃ。

 

 そしてその獣の姿を詳しく聞いてみたところ大きさこそ違うものの、オフェリアから聞かされていたダオ様の姿と酷似していたのじゃよ。

 

 そこでワシは考えた。

 もしや、そのエルフの少女と言うのはフェルディナントたちからの報告にあった”あの”エルフの少女なのではないかと。

 ならばこれは一大事である。

 

 「けして手を出すでないぞ。ただ、目は離すな。相手に気取られぬよう側面後方、その者たちの動向が解る限界まで離れた所から見張るのじゃ。解ったな」

 

 「はい!」

 

 我々ケンタウロスは狩りで生活する為にかなり先まで見通す目を持っている。

 偵察に向かわせる者はその中でも特に遠目が効く者を選んだから、たとえそのエルフの少女が魔法で周りを探ったとて見つかる事はないじゃろう。

 

 「しかし、いきなりこちらの縄張りに侵入してくるとは。何が目的なのじゃろうか?」

 

 ワシは考える時のいつもの癖で、長く白い顎髭をなでながら考える。

 フェルディナントの話ではあやつらはワシらに危害を加える気は無いであろうと言う事じゃった。

 ならばワシらとは関係の無い、何か別の目的があるのじゃろうか?

 

 とにかくじゃ、我々の縄張りをただ通り過ぎるだけならば問題は無い。

 手を出さなければ、穏便に事が済むことじゃろて。

 

 この時はまだそう考えておった。

 ところがじゃ、

 

 「族長、エルフの少女の下から妖精のようなものが飛び立ち、なにやら周りを探っているようだと言う報告がありました」

 

 「なに!?」

 

 どういう事じゃ? この場でそんなことをしたということはやはり目的はワシらなのか?

 いくら考えても解らないものは解らない。

 危険が無いと言ったフェルディナントの言葉を疑うわけではないのじゃが実際にかの城の、それも一番力を持つと思われるエルフの少女が現れてこの辺りを探っているとなれば、最悪の事態も想定しておくべきなのではないじゃろうか?

 

 「とにかくじゃ、他の3部族の族長に連絡じゃ。緊急事態かもしれんから、すぐにここに来るように伝えるのじゃ」

 

 

 

 3人が来るまで事態が動かないことを祈っていたワシじゃったが、残念ながらその願いは神に聞き入れては貰えなんだ。

 

 「こちらに向かっていると言うのか」

 

 「はい。先程も申し上げましたとおり正確にはこの部落ではなく湖の方へですが、先程の妖精がなにやら調べた後、方向を変えたようです」

 

 この部落は湖の近くに位置しているのだから、それはこちらに向かっているのと同意語ではないか! そう考えて叱り飛ばしたい衝動に駆られたのじゃが、それをした所で何の意味も無いじゃろう。

 

 「わざわざ進路を変えたのだから目的の物を見つけたと言う事じゃろうな。水が目的とは考えられないじゃろうから、やはりワシらを探していると言う事なのじゃろう」

 

 話に聞くほどの強者が相手じゃ。

 もし戦いになるのなら、種は残さねばならんから若い者は逃がさねばならんな。

 

 「ワシの首一つで済むといいのじゃが」

 

 最悪な場面を想定し、もしもの時は何とかこの老体一つで許してもらえないだろうかと考えるチェストミールだった。

 

 




 チェストミールは苦労を背負い込むタイプです。
 それに若者を助ける為なら自分の命さえ差し出しても惜しくないと考えるタイプでもあります。
 まぁここまで読まれている方は解っていると思いますが、取り越し苦労になるんですけどねw


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75 湖のほとりで

 

 

 ケンタウロスの最大部族であるミラダの族長、チェストミールは偵察の者からの報告を聞いて早急な判断をせまられていた。

 

 「エルフの少女がこちらに進路を変えたとなると、族長たちが揃うのを悠長に待っておるわけには行かなくなったようじゃな。仕方がない、村の女子供、年寄りたちを集めよ。他の部族の元へ避難させる準備をさせるのじゃ」

 

 「はい」

 

 部族の者たちに伝える為、近くに控えていた若いケンタウロスの一人が駆けて行くのを見送りながらワシは考える。

 生き物が生活するのに水はどうしても必要じゃ。

 だから件のエルフの少女は湖の近くに我らの部落があると考えてこちらに向かったのであろうと。

 

 「空を飛ぶ妖精を供にしているのであれば、湖まで来てしまえばこの部落が見つかるのも時間の問題じゃろうて。それまでに方針を決めねばなるまい」

 

 幸い他の3部族の部落はここから離れておるから、時間さえ稼げば逃がした者たちの安全は確保できるじゃろう。

 しかし、その時間稼ぎが本当にできるのじゃろうか?

 

 戦いになってしまえば上位精霊相手にできる時間稼ぎなどない。

 たとえこの部落で戦える者たち全てでかかったとしても文字通り瞬殺、あっという間に皆殺されてしまう事じゃろうて。

 だからこそ、最終的にワシら全員が殺されるにしても戦端が開かれるまでになるべく話を長引かせて時間を稼ぐ事が出来るよう、思案すべきじゃな。

 

 となると威圧行為ととられかねない多数で出迎えるのは愚作。

 

 「うむ、やはりここはワシ一人で出向くべきじゃろうな」

 

 相手は強大な力を持つとは言えエルフの少女じゃ。

 いかに我らを討伐に来たとは言え、年寄り一人にいきなり襲い掛かるほど非道ではないじゃろう。

 そう考えてわが身一つで湖に向かおうと判断したのじゃが、

 

 「いくらなんでもそういう訳には行きませんよ、チェストミール」

 

 「むっ?」

 

 ワシの独り言に答えるものがおる。

 振り返るとそこにはフェルディナントが苦笑を浮かべて立っておった。

 

 「なんじゃフェルディナント、早いのう。もう着いておったか」

 

 「私の部族がここから一番近いですからね。それより」

 

 なんじゃ、話をそらそうと思ったのじゃが、やっぱり誤魔化されてはくれんなんだか。

 朗らかに答えた後、フェルディナントは金色の目を細め、まじめな顔をしてワシに話しかけてきおった。

 

 「確かにチェストミールの判断は正しい。こう言ってはなんだがあなたはお年寄りでこちらに向かっているのはエルフの少女。彼の少女があなたにいきなり牙を剥くとは私も思いません。そう考えればあなた一人で出向いた方が時間稼ぎをするという目的からすれば一番でしょう」

 

 「そうじゃろう、だからこそワシ一人で出迎えるのが一番・・・」

 

 ワシの意見を肯定的に語っているうちにと話を進めようとしたのじゃが、フェルディナントは片手をあげてワシの言葉を遮ってきた。

 

 「それは解りますが、やはりあなた一人を向かわせることはできません。自分たちの安全の為にお年寄りをただ一人、死地に向かわせたとあっては私たち男の、戦士としてのプライドが許さないのですよ」

 

 「しかしじゃな、相手は上位精霊さえ従えるほどの者じゃ。いくら人数をそろえた所で物の役にも立つまいて。それどころか、最悪敵対行為と思われていきなり戦いになる事さえあり得るのではないか?」

 

 ワシの一番の懸念はそこじゃ。

 彼らはまだ若い。

 これからのケンタウロスの未来を背負って立ってもらわねばならん者たちなのじゃから、無駄に命を散らしてほしくは無いんじゃ。

 

 戦いとなれば、いや戦いにすらならない一方的な蹂躙が行われるような事になれば誰も生きては帰れないと言う事が解っている場にワシらは向かうのじゃ。

 一人でも多くの若者を逃がしたいとこの年寄りが考えるのは至極当然ではないか。

 

 「確かにそうかもしれないけど、やっぱりお爺ちゃん一人向かわせるのは私も反対ね」

 

 「オフェリア、おぬしも到着したのか」

 

 「俺も居る」

 

 何時の間にやらオフェリアとテオドルも到着していたようじゃの。

 エルフの少女が湖に着くまでに間に合わないかもと思ったが事が事じゃからのう、この者たちも急いできたのじゃろうて。

 

 「オフェリアも反対か。テオドルは・・・やはりおぬしも反対のようじゃの」

 

 族長会議は基本多数決。

 3対1ではワシの意見は却下と言う事となる。

 

 「解った。ワシ一人で赴くと言う意見は取り下げるしかなかろうて」

 

 「では私たちは4人とも行くとして、共に行く者を急いで選抜しないといけないわね」

 

 オフェリアが緊張を押し殺した少し強張った笑みを浮かべてこう言った。

 じゃがな、本人は行けばどうなるかを承知の上で決意を籠めて発言したつもりなのじゃろうが、生憎その意見にも物言いがかかる。

 

 「オフェリア、そなたは留守番だ。ミラダの部族の女子供を率いて我がオルガノの部落に避難してほしい」

 

 「ちょっと待ってよフェルディナント。私だって族長の一人よ。こんな重要な場面で仲間はずれは無いんじゃない?」

 

 「いや、避難だ」

 

 フェルディナントの言葉にオフェリアが批難の言葉を上げるが、その言葉をテオドルが却下する。

 

 「オフェリアよ、ワシも同じ意見じゃ。族長会議の議題は基本多数決で決するのはおぬしも知っておろう。先程のワシと同じで3対1ではおぬしの意見の方が却下される。解っておるな」

 

 「でっでも!」

 

 流石に納得できないと言う顔のオフェリアに、ワシは諭すように語り掛ける。

 

 「オフェリアよ、ワシらがこれから赴く先は死地じゃ。よほどの幸運に恵まれない限り多分誰も帰っては来れぬじゃろうて。そうなった場合、4部族の族長全てがいなくなってしまったらこれからのケンタウロスはどうなるのじゃ? それにおぬしは替えの効く我らと違って、ケンタウロス全体にとって大事な唯一無二の強力な力を持つ精霊使いじゃろう。まず生きて帰る事のできないであろう場におぬしを連れて行く訳にはいかんのじゃ。解ってくれ」 

 

 「でも、でもその精霊使いだからこそ役に立つのではないですか? なら!」

 

 頭では理解できても感情的には納得が出来ていないのか、必死について来ようとするオフェリアの肩にフェルナンドが手を置いて首を振る。

 

 うむ、ここはあやつに任せるべきであろうな。

 ワシはそう思い、一歩引いてフェルディナントに説得役をバトンタッチする事にした。

 

 「そなたも本当は解っているのだろう? 人族の城を偵察に行った時、精霊が言う事を聞かなかった。その事から想像するに、上位精霊が支配する場でそなたの精霊魔法が本来の力を発揮できるのか、いやもしかすると発動さえしないかもしれないのではないかと言う事を。そのような場所に出向けば、そなたは自分の身さえ守れないかもしれないのだ。私にはそなたにそのような場に立っては欲しくない。解ってくれ」

 

 「・・・うん」

 

 フェルディナントの説得にオフェリアは涙を流しながら頷いてくれた。

 うむ、これで同属たちが精霊の加護さえ失うことになると言う最悪の事態だけは避けられそうじゃな。

 

 「納得してもらえたようでよかったわい。オフェリアよ、死地に赴かないとは言え、おぬしの役割は重要じゃ。わが部族の避難もそうじゃが、オルガノの部落に着き次第これからのケンタウロス族全体の身の振り方を考えねばならんからの。本当ならフェルディナントも残して二人でケンタウロスの行く末を守って欲しい所なのじゃが」

 

 そう言ってフェルディナントに視線を向けたのじゃが、予想通り彼は無言で首を横に振った。

 

 「このようにこやつの説得は無理そうじゃ。おぬしの細腕に全てを任すことになってしまって心苦しいが、何とかがんばってくれ」

 

 「はい」

 

 何とか心の整理がついたのか、オフェリアは笑顔を作ってワシの言葉に頷き、

 

 「それでは時間も無いので、私は部落の者たちの避難指揮をしてきます。皆さん、どうぞご無事で」

 

 そう言うと足早に出て行った。

 

 「さて、それではワシらはワシらの役割を果たすとしようかのう。それで、どれだけの者を連れて行くつもりじゃ?」

 

 「あまり多くてはこちらに争う意思があると相手に思われてしまいます。そこで私たち族長一人につき2名ずつ、計6名をつけて9名で行くのはどうでしょうか? 最初に我々がそれぞれの部族を率いていると名乗れば、その護衛としてそれくらいの数がいたとしてもおかしくは無いでしょうから」

 

 確かに多すぎるのも問題じゃが、少なすぎるのも問題かもしれんのう。

 伏兵が居るのではないかと相手によけいな警戒心を植えつける事にもなりかねんし。

 

 「ワシ一人なら余計な事を考える必要もなかったのじゃが、雁首そろえて出迎える事になった以上、それくらいの人数の生贄は必要か。なるべくならこの人数の命だけでこちらの降伏を受け入れてもらいたいものじゃ」

 

 「そうですね」

 

 ワシらは人族と争ったことは無いが、他の獣人たちは人族を食料と考えて争いを起していると聞く。

 もしこちらに向かっているエルフの少女がその獣人たちとワシらを同列に考えて殲滅しに来ているとするのなら、なんとしてもその誤解を解かねばならぬ。

 その為にもワシらの命を差し出し、こちらに争う意思はないと信じてもらわねばならんのじゃ。

 

 「のう、やはりワシ一人で出向いてはいかんか? この年寄りの命一つならそれ程惜しくはあるまい。じゃが、おぬしら二人を含む若いケンタウロスの命を無駄に散らすのは流石にためらわれるのじゃが」

 

 「もう決まった事ですよ。それに相手は精霊を味方につけています。オフェリアが精霊で偵察を出来る以上、上位精霊を使役するあの少女がそれをできないとは考えられませんから、もしかするとこちらに複数の部族があるという事を知っているかもしれません。もしそうなら全体の総意ではなく、一つの部族が生贄として年寄り一人送り出したと相手が考える可能性もありますからね。やはりここは複数の部族の長が出向くべきでしょう」

 

 確かにフェルディナントの言う通りじゃ。

 若い者の命をなるべく失いたくないとは思うのじゃが、これ以上言葉を連ねても貴重な時間を失うだけとその考えを封じ込め、話を先に進めることにする。

 

 「フェルディナント、テオドル、それぞれの護衛の中から二人ずつ同行する者を選出、その者たちに何があろうとけしてエルフの少女に手を出さぬよう言い含めよ。たとえいきなり我らの誰かが殺されたとしてもじゃ。こちらが手を出せばケンタウロスは滅ぶと肝に銘じるようしかと命じておくのじゃぞ。後、ワシにつき従うのは・・・ついて来てもいいと思う者はこの場で手を上げよ」

 

 ワシは近くに居る部族の男たちに声をかける。

 するとその場に居る全ての者の手が上がった。

 まったく、みんな見事な笑顔じゃのう。

 着いてきたものはまず生きて帰れないと言う事が本当に解っているのじゃろうか?

 

 「その心意気や良し! ではお前とお前、同行を許す。ほかの者はオフェリアを手伝って部落の者たちの脱出準備を急ぐのじゃ」

 

 「「「はい!」」」

 

 それからしばらくしてフェルディナント達の同行者の準備も終わり、ワシらはエルフの少女が向かっている湖の方へと出発した。

 

 

 

 「部族長方、なぜ代理の者ではなく皆様自らがお越しになられたのですか? エルフの少女は一人だけですが、魔獣を使役しています。こちらに来られては危ないのでは?」

 

 「ワシらは彼の者と話し合う為にここに来たのじゃ。危ないからと言って引き返すわけにもいくまいて」

 

 湖の近くまで来た所で、偵察の者と部落との連絡を担っているものたちと出くわした。

 双方同じ地点を行き来しているのだから当たり前の話ではあるからこちらは特に驚くような事ではないのじゃがな。

 

 「話し合いですか? しかし、族長3人がお出ましになられているのに護衛の数が二人ずつとは。お願いします、私もその護衛に加えてください。知らぬならともかく、こうして知ってしまった以上そのまま行かせるわけには参りません」

 

 連絡役の者たちの内、一人がワシらに同行を申し出てきた。

 しかし行けばまず生きては帰れぬじゃろうし、どうしたものかのう。

 

 時間があれば熟考もできるのじゃが、今この時も彼の少女は湖に向かっているのじゃから考えておる時間もあまり無い。

 本人に覚悟を聞くのが一番か。

 

 「行けば死ぬかもしれない、いや、戦いともなればまず確実に命を落とす事になるのじゃが、それでもか?」

 

 「はい、お供させてください」

 

 そこまで言われては無碍にするわけにも行かぬのぉ。

 

 「ふむ、仕方がないのぉ。じゃがくれぐれも言っておくが、けして手出しはするでないぞ。例え相手が先に手を出してきたとしてもじゃ。ワシらは話し合いに行くのであって争いに行くのではないからな」

 

 「はい、解りました」

 

 まぁ、生贄が1人増えて10人になった所でたいした違いはあるまいて。

 そう思ってワシはこの者の同行を許した。

 それがどんな結果を及ぼすか想像もせずに。

 

 

 

 「チェストミール、どうやらあちらもこちらに気が付いたようですね」

 

 「そうじゃなフェルディナント、おぬしの言う通りこちらに向かって一直線に駆けて来おるわい」

 

 湖に到着してしばらくした頃、ワシらの目に件の少女の姿が映った。

 まだかなりの距離がありエルフの目ではこちらを視認出来ないはずなのじゃが、一直線にこちらに向かってくると言う事はこちらの存在に気が付いたという事なのじゃろう。

 と言う事は予想通り精霊の力を使って周りを探索していると言う事であり、また当たってほしくない予想ではあったが彼の少女の目的がワシらケンタウロスであると言う証明でもある。

 

 「水場が目的で、ワシらの事など眼中に無ければよかったのじゃがのう」

 

 「流石にそこまで都合よくは行かないと言う事なのでしょう」

 

 ワシの心からの言葉にフェルディナントは肩を竦めながらそう答えおった。

 そしてテオドルも無言で肩を竦めておる。

 じゃが内心では両名ともワシと同じ気持ちであったのじゃろうて、その顔には苦笑が浮かんでおった。

 

 「しかし、凄いスピードですね。見る見るうちにこちらに近づいてきますよ」

 

 「うむ、あの様子では我らでも走って彼の者から逃げおおせる事はできぬじゃろうな。ああ、恐ろしや恐ろしや」

 

 そんな軽口を叩いているうちに件のエルフの少女がワシらのすぐそばまでたどり着いた。

 ここで相手に先に口を開かれては主導権を握られてしまう恐れがあるからのう。

 声が届く距離まで来た所でこちらから声をかけさせてもらう。

 

 「エルフの子や、ワシはケンタウロスのミラダ族の長、チェストミールと言うものじゃ。ここはワシらケンタウロスの縄張りなのじゃが、ワシらに何か用かのう? それとも知らずに迷い込んだだけか?」

 

 「ケンタウロスの・・・お爺ちゃんかな? あたしの名前はあやめ。別にあたしは迷い込んだわけじゃないよ。あんたたちがうちの城を数回見に来たと聞いたから、そっちが何かあたしらに用があるかもしれないと思って出向いただけ。この近くの領主に聞いたらケンタウロスは場合によっては人を襲う事もあるって聞いたからね。もし戦いになったりしたら面倒だし」

 

 ふむ、どうやら何か見解の相違があるようじゃな。

 ワシらは人を襲った事などないのじゃが、どこでそのような勘違いが生まれたのやら。

 

 しかしこの様子からすると、この少女はワシらを殲滅しに来たわけではないようじゃ。

 そう思い、ワシはホッと胸をなでおろした。

 

 ところが、

 

 「おい、小娘! 貴様、族長に向かってなんて口のきき方だ!」

 

 「なっ!?」

 

 いきなり後ろから激昂した叫び声が聞こえて、驚いたワシは慌てて後ろを振り返った。

 そしてその視線の先には先程合流した偵察任務についておった男の姿があった。

 

 しもうた、話し合いに行くから手を出すなとは伝えたが、この少女がワシらにとってどれだけの脅威かと言うのを伝えておらなんだ。

 なんと言う事じゃ。

 折角穏便に事が済みそうだったというのに。

 

 グルルルルルッ

 

 低いうめき声と共に、強烈な重圧と強大な魔力がワシらを包む。

 そのあまりに強烈な圧力に溜まらず首をすくめながら少女のほうを見れば、その少女がまたがる魔獣、いや上位精霊のダオ様が強烈な殺気を籠めた視線をワシらに向けているのが見えた。

 

 「ヒィッ!」

 

 ワシらはまだいい、この少女の危険性をよく解っており、この場が死地であると覚悟をしてこの場に立っているのじゃから。

 

 そしてじゃからこそ、その殺気に満ちたダオ様の視線にも地の底から聞こえるかのようなうめき声にも耐える事が出来たのじゃが、しかし先程合流したばかりのこの者はそんな心構えが出来ておらなんだ。

 そしてその違いから、こやつはとんでもない事をしでかしおったのじゃ。

 

 「ばっ化け物め!」

 

 そう言うとこやつ、事もあろうにダオ様に向かって矢を射掛けおった!

 ただ、その矢も本来の狙い通りダオ様の方に飛んで行ったのであればまだ良かったのじゃ。

 ダオ様の硬い体にあのような怯えて力の入っていない矢が通るはずも無いのだからな。

 

 ところがろくに狙いも定めずにはなった矢は事もあろうにエルフの少女めがけて一直線に飛んで行ってしまった。

 遠く離れているのならともかく、ワシらと彼の少女との距離は10メートルと離れておらん。

 いくらなんでも、これを避ける事など熟練の戦士でさえ無理じゃ。

 

 少女が自らの身を庇う様に右手を前に差し出したが、その小さな手で矢を防ぐ事が出来るはずも無い。

 次の瞬間訪れるであろう少女の身に起きる悲劇を想像しワシの血の気が一気に引いてったのじゃが、

 

 パァーン。

 

 何かにはじかれるような音を残し、飛んでいった矢は真っ二つに折れ、あらぬ方向へと飛んでいった。

 

 「なっ!? 一体何が起こったのじゃ?」

 

 まるで目に見えない何かに斬り飛ばされたかのように見えたのじゃが、ダオ様が何かやったのか?

 しかし土の上位精霊であるダオ様がやったのであれば我らにも見えたはず。

 

 そう思い、思考の堂々巡りに巻き込まれて固まっていたワシらの周りでいきなり風が吹き荒れだす。

 そしてつい先程まで肩にとまっていたはずなのに、何時の間にやらエルフの少女のすぐ横に浮かんでいた妖精のような姿をした何かが、緑色の光を巻き上げながら膨大な魔力を周りに撒き散らしだしたのじゃ。

 

 「私のぉ、私たちのぉ、偉大なる神でありぃ、支配者でもあるぅ、あやめ様にぃ、あやめ様にあろう事か矢を射掛けるなんてぇ! 許さない、許さない、許さないぃぃぃぃぃ!」

 

 「よっ、妖精!?」

 

 矢を射掛けた者の言葉にワシはつい声を荒げてしまう。

 

 「ばかもん! 解らんか、あの方は妖精などと言うちっぽけな存在ではない。しくじったわい。ワシとした事が、ダオ様がいるというのに妖精と聞いてなぜ思い浮かばなかったのじゃ。多分あれは風の中位精霊であるシルフじゃ。それも普通のものではない。人の言葉を解すほどの知恵と力を持った強力な精霊様じゃろう」

 

 その強力な中位精霊様が今怒り狂っておられる。

 その怒りに呼応したかのように風は次第に強くなり、周りの草が千切れ飛ぶ。

 そしてその飛んで宙に舞った草が粉々になるまで切り裂かれていく姿がワシの目にはっきりと映っておった。

 

 多分あの風の壁に触れればワシらも同じ様に細切れにされ、死体さえ残らぬじゃろうな。

 くそう、完全にワシの失態じゃ。

 本来なら争いなど起こらずに済んだ物を、ワシの迂闊さからこの状況を作り出してしもうた。

 

 こうなったからには最悪の事態を、ケンタウロスの絶滅と言う悪夢だけは避けねばならん。

 ワシらはこのままこの風の壁に切り裂かれても果てても良い。

 じゃから、この命だけで怒りを納めてもらえるよう、あやめと言う少女に訴えねば。

 

 「あやめ様、このたびの無礼はワシらの命で償う。だから他の者には、他のケンタウロスたちには慈悲を・・・」

 

 慈悲を願い出た後、ワシは自ら風の壁に飛び込んで自害する事で怒りを納めてもらおうと、あやめと言う名のエルフの少女に声をかけたのじゃが、驚いた事にそんなワシ思惑とはまったく別の方向に事態は進んでいくのじゃった。

 

 「う~ん・・・ていっ」

 

 ぺしっ。

 

 「いったいぁ~い」

 

 振り下ろされる人差し指、悶絶するシルフ様。

 なんとあやめと言う少女は突き出していた右手を見つめた後、人差し指を出してその指でシルフ様の頭を叩いたのじゃ。

 と同時に霧散する風の壁。

 

 辺りには今、先程まで吹き荒れておった風の刃があたかもワシらが見た夢幻であったかのように緩やかな風が吹いておる。

 

「あやめ様、あやめ様。いきなり何するんですか!」

 

 声に釣られてそちらに目を向けると、シルフ様がエルフの少女の方へと振り返り、両手の拳を振り上げて少女に抗議の声を上げておった。

 

  ふむ、ワシの目には軽く叩いただけのように見えたのじゃが、どうやらかなりの力が篭っておったようじゃのう。

 その目は涙目じゃ。

 

 「何するんですかじゃないでしょ、まったく。それにザイルも」

 

 ぺしぺし。

 

 「あんたが威嚇するからケンタウロスが怖がって混乱しちゃったでしょ。だめじゃない! 弱いものいじめしちゃ」

 

 「すっすみません、である」

 

 続いて頭をぺしぺしと叩かれ、叱りつける少女相手に痛そうに涙目で謝るダオ様。

 ワシは夢でも見ておるのか? 

 

 土の上位精霊であり、神に匹敵するほどの力を持つはずのダオをまるでペットの子犬を躾けるかのようにやすやすと支配する小さなエルフの子供と言うシュールな光景に、自分の目と頭がおかしくなったのではないかとつい考えてしまうチェストミールだった。

 

 





 シルフィーは召喚精霊ですが、NPCたち同様あやめに対して絶対の忠誠を誓っています。
 ですからそのあやめに矢を射掛けたものを許すわけが無く、その反応も激昂したものになるのは仕方がないんですよね。
 そしてザイルがあやめに対して暴言を吐いた相手を威嚇するのは当たり前です。

 しかし二匹とも当たり前の事をしただけなのにあやめに叱られてしまいました。
 理不尽以外何者でもありません。
 今回の話の一番の被害者はこの二匹でしょうねw


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76 暴走と説教

 

 

 「ねぇシルフィー、湖付近にケンタウロスが居るかもしれないから索敵をお願いね」

 

 「はい、わっかりましたぁー!」

 

 馬の早駆けくらいのスピードで走るザイルの背に揺られながら私は周りを見渡していた。

 

 このスピードなら湖まで15分弱と言った所かな?

 

 エルフの視界は人のそれとあまり変わらない。

 そんな私が目を皿のようにしてがんばってケンタウロスを探したとしてもシルフィーより先に見つけるなんてことはありえないのよね。

 だからそれは彼女に任せて、私は周りの景色を楽しむ事にした。

 

 

 

 途中シャイナからの<メッセージ/伝言>に答えたりしながら走る事10分ほど。

 あまり変わらない景色にちょっと飽きてきた頃、退屈からか、ふと思っていた疑問が口から飛び出した。

 

 「草原と言う話だったからもうちょっと背の高い草が生えていると思っていたんだけど、芝生より少しだけ背が高い程度の草しか生えていないのね」

 

 そんな独り言のような私の疑問に大地の上位精霊のダオであるザイルが答えてくれた。

 

 「この辺りは見たところ土に栄養が少ない、である。であるから背の高い草はあまり生えないのではないかと考えられる、である」

 

 「そっかぁ」

 

 確かに近くに森や人里でもなければ肥料になるようなものはあまり無いだろうから、土に栄養が無いのも当たり前か。

 雨はある程度降っていて土は乾燥していないから荒野や砂漠になってないけど、それでも肥料がなければ確かに大きな植物は生えようがないよね。

 

 でもなるほど、生えている草がこれくらいの高さだからこそ、ケンタウロスはこの辺りを縄張りにしているわけか。

 馬の足では1メートル位の草が自生している場所では行動しづらいだろうからね。

 それにこれくらいの草の高さなら食料となる小型の動物もかろうじて隠れられるから、危険を感じてどこかに移動して居なくなるなんて事も無いだろうし。

 

 狩猟を主とする亜人ならば住むには適している地形なんだろうなぁ。

 

 ザイルが駆ける度に千切れ飛ぶ草の香りを嗅ぎながら私はそんな事を考えていた。

 

 「あやめ様、あやめ様、湖が見えてきましたよ。ん~、あっあれ! ケンタウロスじゃないですか?」

 

 「えっ? どこ?」

 

 そんな時、頭上を飛んでいるシルフィーが何かを見つけたように「ん~」と言いながら目を細め、どうやらそれがやはり目的のケンタウロスらしいと私に教えてくれたので、慌ててその指差す方向に視線を向けた。

 うん、向けたんだけど・・・ねぇ。

 

 「う~ん、わ・・・あたしには何も見えないよ」

 

 言われた方を見ても目の前に広がっているのはただの草原だ。

 ケンタウロスどころか湖さえまるで見えないのよね。

 

 本当に見つけたの?

 

 そんな事を考えて頭にはてなマークを浮かべる私を気遣ってか、ザイルがシルフィーに向かって自分の考えを語りかけた。

 

 「シルフィーよ、先程から走った距離を考えるとまだ湖までは3~4キロほどあるのであろう。それではエルフであるあやめ様では見通す事などできないのではないか? と我は考える、である」

 

 3キロ? それでは見つけるのは無理よ。

 いくら草原とは言え、そんなに離れていては例えケンタウロスが居たとしても砂粒くらいの大きさだろうし、それを見分ける事なんて私に出来る訳がない。

 

 「そっかぁ。ザイル、ザイル、でもあんたには見えてるんだよね? ならあっちに向かって走ってよ。あやめ様、あやめ様、それでいいですよね?」

 

 「そうね、シルフィーが見つけたのが本当にケンタウロスなら接触したいし。ザイル、多少揺れてもいいから速度を上げて。向こうが先に気づいて逃げ出されて、見失うといけないから」

 

 「解った、である」

 

 「私も逃げられないように見張っちゃうぞぉ~!」

 

 4~50キロだったスピードが一気に100キロ近くまで上がり、土煙、いや、土ではなく蹴り飛ばした草を巻き上げながらザイルが疾走する。

 そしてその横をシルフィーが、上げた速度について行く事なんか造作も無いとでも言うように、しかし前方にいるであろうケンタウロスからけして目を離さずに飛ぶ。

 

 そんな中、私は一人振り落とされないよう、涙目になりながら必死にザイルにしがみついていた。

 

 多少揺れてもいいとは言ったけど、流石にこれは・・・ねぇ。

 うん、今度からザイルに乗って移動する時は鞍と鐙をつけよう。

 

 そんなことを心に決めながら進行方向に目を向けると、確かにケンタウルスらしき亜人が10頭ほど前方に居るのが確認できた。

 そしてその姿はどんどん大きくなり、

 

 「ザイル、そろそろスピードを落として! このままでは止まれずにあのケンタウロスたちを轢いてしまうわ」

 

 「解った、である」

 

 あまりに物凄い速さで近づいていくのを見て、私は慌ててザイルに指示を出した。

 徐々に落ちていくスピード。

 そしてそのスピードが、すぐに止まっても私が振り落とされずにすむ程度まで落ちた所でケンタウロスたちのすぐそばにたどり着いた。

 

 良かった、あのタイミングで声をかけて。

 そうじゃなければ、もし止まれたとしても私が漫画みたいにピューって前方に飛ばされていたところだったわ。

 

 もしそんな事になっていたら恥ずかしくて会談どころではない。

 真っ赤になった顔を見られる前に慌てて逃げ帰らなければ! なんて事になっていただろう。

 

 「エルフの子や、ワシはケンタウロスのミラダ族の長、チェストミールと言うものじゃ。ここはワシらケンタウロスの縄張りなのじゃが、ワシらに何か用かのう? それとも知らずに迷い込んだだけか?」

 

 私が醜態を晒さずにすんでホッと胸を撫で下ろしているうちに一番の年長者かな? 白い顎鬚を蓄えたお年寄りのケンタウロスが私に声をかけてきた。

 

 う~ん、先手を取られてしまったか。

 本当はこちらから声をかけて主導権を取りたかったんだけど仕方がない。

 こうなったら多少無礼な言い方をして揺さぶりをかけながら話を進めるかな。

 

 「ケンタウロスの・・・お爺ちゃんかな? あたしの名前はあやめ。別にあたしは迷い込んだわけじゃないよ。あんたたちがうちの城を数回見に来たと聞いたから、そっちが何かあたしらに用があるかもしれないと思って出向いただけ。この近くの領主に聞いたらケンタウロスは場合によっては人を襲う事もあるって聞いたからね。もし戦いになったりしたら面倒だし」

 

 族長と名乗ってるし相手はケンタウロスの一派か何かなんだろう。

 彼らの言葉がケンタウロスの総意になる訳ではないだろうから多少気分を害したとしても後でで元でも修正は効く。

 だからここは怒らせて反応を見ようと思ったんだけど・・・う~ん、このおじいちゃん、意外と冷静だね。

 私の言葉が挑発だと解っているからなのか、それともこちらが子供だからこの程度の暴言などなんとも思っていないのか、孫でも見るかのような穏やかな笑顔を崩さない。

 

 これはやり方を間違えたかもしれない。

 これが挑発だと判断しているのならいいけど、もし子供の言う事だと侮られていたとしたら話し合いにならないものね。

 

 そんな事を考えて自らの判断の間違いをどう修整しようかと考えていたんだけど、

 

 「おい、小娘! 貴様族長に向かってなんて口のきき方だ!」

 

 話しているケンタウロスの長老ではなく別の、歳若いケンタウロスが私の挑発に乗って突っかかってきた。

 

 「なっ!?」

 

 それと同時に長老さんの表情が激変する。

 あの慌て振りからすると、挑発だと解っていてあえて作っていた表情だったみたいね。

 私はその反応に困っていたし、向こうからしたら折角主導権を完全に握れたと思っていただろうから、この若いケンタウロスの暴走は長老さんにとっては計算外だったろうなぁ。

 

 よしチャンスだ、ここで立て直すぞ! なんて私は考えていたんだけど、

 

  グルルルルルッ

 

 う~ん、どうもこの状況をチャンスだとは考えなかったものが居るみたい。

 私の下、ザイルがいきなり唸り出したのよ。

 

 あの程度の事ならこちらも確かに失礼な言動だったんだし、別にそこまで怒る様な事でも無いんだけどなぁ、なんて思いながらザイルをいさめようとしたんだけど、

 

 「ヒィッ!」

 

 先程私に対して罵声を浴びせたケンタウロスがザイルの迫力に尻餅をついてしまった。

 あら、馬の下半身で尻餅をつくって言うのは結構滑稽な姿ねぇ。

 その珍しい光景に笑いがこみ上げ、ザイルを注意するのが遅れてしまったからなんだと思うけど、

 

 「ばっ化け物め!」

 

 その尻餅をついたケンタウロスが恐怖からかその体勢のまま弓をこちらに射掛けてきたのよ。

 と言っても体勢も整わず、狙いもろくにつけていないんだからそんな矢に力など篭っているわけもなし。

 

 やれやれ。

 

 へろへろとゆっくり飛んでくる矢を見ながら、別に敵意があっての先制攻撃でも無いし、とりあえず掴み取って何事の無かったかのように話を進めましょう、そう考えて右手を前に出して矢の到着をのんびり待っていたんだ。

 けど、

 

 パァーン。

 

 私が掴む前に飛んできた矢が弾き飛ばされてしまった。

 

 「なっ!? 一体何が起こったのじゃ?」

 

 長老さんは何が起こったのか解らないみたいだけど、そんなに特別な事が起こったわけじゃなく、どうやらシルフィーが風の結界か何かで吹き飛ばしたみたいね。

 本人は護衛のつもりだろうし、ありがたい話ではあるんだけど、私のこの振り上げた右手はどうしたらいいのかしら?

 

 「私のぉ、私たちのぉ、偉大なる神でありぃ、支配者でもあるぅ、あやめ様にぃ、あやめ様にあろう事か矢を射掛けるなんてぇ! 許さない、許さない、許さないぃぃぃぃぃ!」

 

 「よっ、妖精!?」

 

 思わず赤面しながら、どうごまかしてこの手を引っ込めようかと悩んでいるうちに話が急展開。

 なんとシルフィーが私に矢を射掛けられた事に対して切れちゃったみたいなのよ。

 

 あんなへろへろな遅い矢で私がどうにかなるわけも無いのにねぇ。

 

 「ばかもん! 解らんか、あの方は妖精などと言うちっぽけな存在ではない。しくじったわい。ワシとした事が、ダオ様がいるというのに妖精と聞いてなぜ思い浮かばなかったのじゃ。多分あれは風の中位精霊であるシルフじゃ。それも普通のものではない。人の言葉を解すほどの知恵と力を持った強力な精霊様じゃろう」

 

 ん? 長老さん、ザイルがダオだって知っていたのか。

 なるほど、それで友好的だったわけね。

 さすがに自分たちでは太刀打ちできないほどの相手だと知っていたのなら話し合いで済まそうと考えるのも当たり前だ。

 

 うん、これならケンタウロス側はもう問題は無いわね。

 あと問題があるとすれば、この突き出した私の右手をどうごまかすかと言う事と、この馬鹿ちんをどうするか、よね。

 

 私たちの周りでは暴風が吹き荒れ、その風によって周りの草が舞い上げられ、切り刻まれている。

 まったく、こんなのに触れたら私たちならともかく、このケンタウロスさんたちなら細切れよ。

 

 まぁこの騒ぎなら、とりあえずこの右手は有耶無耶に出来るだろうから好都合ではあるけどね。

 

 「あやめ様、このたびの無礼はワシらの命で償う。だから他の者には、他のケンタウロスたちには慈悲を・・・」

 

 なんか長老さんが言っているけど、とりあえず無視。

 

 「う~ん」

 

 ごまかす為に引っ込めた右手をさも何かを考えているかのように見つめた後、人差し指を出してっと。

 

 「ていっ」

 

 ぺしっ。

 

 そう言って、このとち狂った馬鹿の頭に振り下ろした。

 

 「いったいぁ~い。あやめ様、あやめ様。いきなり何するんですか!」

 

 結構力を入れたからね、シルフィーは涙を浮かべながら両手の拳を振り上げて私に抗議の声を上げるている。

 まぁそれはどうでもいいとして、よし、とりあえず目論見どおり風の壁は消え去ったわね。

 

 では説教タァ~イム!

 

 「何するんですかじゃないでしょ、まったく。それにザイルも」

 

 ぺしぺし。

 

 シルフィーに対してメッと人差し指を突き出して注意をし、その後今度はザイルの頭を平手で叩いて注意をする。

 そもそもこの子が威嚇しなければこんな事にならなかったんだからね。

 

 「あんたが威嚇するからケンタウロスが怖がって混乱しちゃったでしょ。だめじゃない! 弱いものいじめしちゃ」

 

 「すっすみません、である」

 

 話し合いに行くと言っておいたのに、いきなり威嚇してどうするのよ。

 私たちの方が圧倒的に強いのは解っているのだからこの子達がやったのは一方的な弱いものいじめ。

 そんな事を許すわけには行かないのよね。

 

 「あたしたちの目的は何? ケンタウロスの殲滅だっけ? 違うでしょ。さっきあたしが言った通り、あたしたちの城をこの人たちが見に来てたからその真意を聞きに来ただけだって解っているよね? それなのに脅すは触っただけで死ぬような魔法を使うわ!」

 

 「「ごめんなさい(、である)」」

 

 とりあえず解ったようだから説教はここまでとするけど、一応最後に釘を刺しておくかな。

 

 「まったく。次同じ様な事があったら送還するからね」

 

 「なっ!? あやめ様、あやめ様、それだけは勘弁してください」

 

 「心の底から反省しています、である。それだけは許してほしいのである」

 

 私の言葉があまりに効いたのだろう、二人は額を地にこすりつけるように土下座(ザイルは4本足だから土下座と言うより伏せかな?)の姿勢で謝ってきた。

 流石にこれだけ言えば二度としないわよね。

 

 「うん、解ったなら許してあげる。だからもう絶対にしないようにね」

 

 「「はい(、である)」」

 

 うん、ここまで言えばもう大丈夫でしょう。

 土下座の姿勢から元の姿勢に戻った二人を笑顔を向けた後、私はケンタウロスたちのほうに向き直った。

 

 「お騒がせしたわね。それじゃあケンタウロスのお爺ちゃん、あらため・・・てぇぇぇ!?」

 

 向き直った先の光景に、思わず私は叫び声を上げてしまった。

 だって仕方がないでしょ。

 私の目に映ったのは4本の足を折り、先程のシルフィーたちのように土下座の姿勢で私にひれ伏すケンタウロスたちの姿だったのだから。

 

 




 とち狂うというのは本来ならふざけるとか狂ったように騒ぐと言う意味なので、使い方としては間違っているかもしれませんが、あやめ(主人公)からするとそのようにしか見えていないので彼女はこう表現しています。
 実際この程度の攻撃はあやめからしたら簡単にレジスト出来る程度のものですから、騒いでいるだけと言われても仕方がないんですよね。
 ケンタウロスにとってはとんでもない脅威ですが。



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77 だから違うと言ってるのに

 

 

 上位精霊を叱り付けているあやめの姿をその目にして、チェストミールはこの少女は本当に一体何者なのかと首を捻っていた。

 

 

 

 むう、これは使役しているなどと言うレベルの話ではないのかもれぬ。

 ワシは目の前で繰り広げられている光景に戦慄を覚えておった。

 

 エルフの、あやめと言う名の少女が上位精霊を従えているのを、ワシは大掛かりで長時間の準備と大人数で行う特殊な儀式魔法が古の強大な力を宿したマジックアイテムの力によって召喚して、その契約で従わせていると言う可能性もあるのではないかと考えておったのじゃが・・・どうやら違うようじゃな。

 この精霊様方は無理やり従わされているのではなく、自らの御意思でこの少女に従っているというようにしかワシには思えぬ。

 

 「あたしたちの目的は何? ケンタウロスの殲滅だっけ? 違うでしょ。さっきあたしが言った通り、あたしたちの城をこの人たちが見に来てたからその真意を聞きに来ただけだって解っているよね? それなのに脅すは触っただけで死ぬような魔法を使うわ!」

 

 「「ごめんなさい(、である)」」

 

 少女に窘められて恐れ入っているあの姿、とても上位精霊様とは思えぬ。

 そこだけを切り取って見ると、別の存在を我らが上位精霊様と勘違いしたのかも知れぬと疑われるのじゃろうが、しかし先程の強大な魔力と威圧感がそこにいるダオ様をまぎれも無く本物の上位精霊であると証明しておる。

 であるからには、この者は本当に上位精霊様でさえも自らの力で従える、それだけの力を持つ存在であると言う事なのじゃろう。

 

 半妖精のエルフ族に似た存在、妖精や精霊に最も近い存在としてハイエルフというものがいると聞いた事がある。

 もしやこの娘、そのハイエルフという存在なのか?

 

 そんなことを考えていたのじゃが、次の瞬間、ワシは更なる驚愕に包まれる事になったのじゃ。

 

 「まったく。次同じ様な事があったら送還するからね」

 

 その言葉を聞いた瞬間、シルフ様とダオ様がこともあろうに地に額を地に擦り付けて震えながら謝りだしたのじゃ。

 

 馬鹿な、いかに強大な力を持って支配をしているとは言え、このような反応を精霊様がするはずがない。

 これではまるで神に対して恐れおののいているようではないか!

 

 まて、そう言えば先程・・・。

 

 「チェストミール、この少女、いやこのお方は本当に神の化身なのではないか?」

 

 「ええ、先程シルフ様が錯乱成された時もそのような事を仰っていましたし」

 

 ワシの村の若い者が少女にあやまって矢を射掛けた時、たしかシルフ様はこう仰られた。

 

 私たちのぉ、偉大なる神でありぃ、支配者でもあるぅ、あやめ様にぃ、あやめ様にあろう事か矢を射掛けるなんてぇ!

 

 そう、確かにシルフ様はあやめと言う少女、いや、あやめ様の事を私たちの偉大なる神であり支配者であると仰られていた。

 

 「間違いない、あやめ様はエルフの姿を借りてこの世に顕現された神の一柱。そうと解れば今までの事も合点が行くと言うものじゃ」

 

 最初に報告を受けた一夜にして突如現れたという巨大で堅固な城も、上位精霊様をまるでペットの小動物のように扱っているあの御姿も、あやめ様の怒りを前に震えて頭を下げる精霊様方も、そして自らに矢を射掛けたと言う行為に対しても怒りを表さず、寛大な御心で御許しになられたその大きな懐も全て、彼の御方が神であるというのであれば納得がいくと言うものじゃ。

 

 「フェルディナント、テオドル、神の御前じゃ。いかにあやめ様の背が御小さいとは言え、今のように上から見下ろすような姿勢は恐れ多い。今からではもう遅いかも知れぬが、あやめ様の御怒りが我らケンタウロスに向かぬようワシらもダオ様方のように平伏するのじゃ」

 

 「確かに。お前たち、神の御前だ。見下ろすような失礼な態度をとり続けていてはいかに寛大な御方であったとしても何時その御怒りに触れるか解らん。上位精霊様たちに倣い、我らもあやめ様にひれ伏し、恭順を示すのだ」

 

 「「「ハッ!」」」

 

 フェルディナントの言葉を合図に、ワシら10人のケンタウロスはあやめ様に向かって平伏し、恭順の姿勢をとったのじゃった。

 

 

 ■

 

 

 「お騒がせしたわね。それじゃあケンタウロスのお爺ちゃん、あらため・・・てぇぇぇ!?」

 

 一体何事?

 振り返ると先程まで私を見下ろすように立っていたケンタウロスたちがみんな平伏していた。

 

 「ちょっちょっと、どうしちゃったのよ? お爺ちゃんたち。いきなりそんな格好して」

 

 「あやめ様、今までのご無礼、平に御容赦を」

 

 慌てて声をかけたけど、帰って来たのはこの言葉。

 なに? 私がシルフィーたちを叱り付けていたから怖くなったの?

 私、そんなに恐ろしかった?

 

 そう思ってシルフィーたちの方に目を向ける。

 すると、

 

 「ふふ~ん、こいつらもやっとあやめ様の偉大さが解ったみたいね」

 

 シルフィーは関心関心とケンタウロスたちに向かって偉そうに胸を張りながら首をたてに振っていた。

 

 「うむ、あやめ様の御前では皆、そのような態度を取るのが正しい、のである」

 

 そしてザイルまでこんな事を言い出す始末。

 

 いや、そんな訳ないでしょ!

 それにこれじゃあまるで・・・。

 

 「あやめ様、知らぬ事とは言え神であらせられるあなた様に対してこれまでに行った数々の失礼な振る舞い、まことに申し訳ありません。お怒りであるとは重々承知しておりますが、物知らぬ我らを哀れと思い、平にご容赦くださいますよう、よろしくお願いいたします」

 

 「神ぃ!?」

 

 お爺ちゃんケンタウロスに続いて、今度は隣にいる金色の鬣のケンタウロスが頭も上げずにこんな事をのたまわった。

 

 またなの? また神扱いなの?

 なに? この世界は強い力を持った存在が現れたら、とりあえず全て神様認定すると言う決まりでもあるの?

 カロッサさんに引き続いて、ケンタウロスにまで神様認定された私は途方にくれる。

 

 そう言えばシャイナもライスターさんに初めは女神様だと勘違いされたって言ってたっけ・・・。

 得体の知れないもの=神様と考えるのがこの世界の常識なんだろうか?

 う~ん、ちょっと突飛かも知れないけど今までの例を参考にして考えると、案外当たってるのかもしれないわね、この考察。

 

 そんな事を考えながら現実逃避していたんだけど、噂をすれば影。

 

 「マスター、聞こえますか?」

 

 たった今思考の端に浮かんだシャイナから<メッセージ/伝言>が飛んできた。

 そう言えばさっき「シミズくんが見つかってしまって困ってます。どうしよう、マスター助けて!」って言う感じの相談があったっけ。

 思いついた方法を教えておいたけど、もしかしたら失敗しちゃったかな?

 

 「お爺ちゃんたち、ちょっと待ってね」

 

 目の前の頭の痛い光景から逃避する為に、こうして私はシャイナとの会話に集中するのだった。

 

 

 ■

 

 

 「さて、現実逃避はこれくらいにしてっと・・・どうしたもんかなぁ、これ」

 

 少し長めにシャイナと話をしていた気がするけど、その間もケンタウロスたちは姿勢を崩すことなく平伏している。

 

 「ふふ~ん、関心関心」

 

 ぺしぺし。

 

 あっこらシルフィー、黒い子の頭をぺしぺし叩かないの。

 でも、ホントどうしよう。

 いったいどうして私の事を神様だと勘違いしたのかしら?

 

 「ケンタウロスのお爺ちゃん、言っておくけどあたしは神様なんかじゃないよ。ふぅ。やれやれ、いったいどうしてそんな勘違いをしちゃったのやら」

 

 「今更御隠しにならなくても、ワシらには解っております。上位精霊様を従えるその御姿、寛大な御心、そして何よりそこの居られます、シルフ様があなた様の事を偉大なる神であると先程申されたではないですか」

 

 「シルフィーが?」

 

 ビクッ! ぎぎぎぎぎぎっ。

 

 お爺ちゃんケンタウロスの言葉に答えた私の声色を聞いて、一瞬小さく飛び跳ねた後、油の切れたロボットのようにぎこちなくこちらを振り向くシルフィー。

 そう言えば、確かにさっき切れた時にそんな事を言っていたわよね。

 

 そうか、お前が元凶か。

 後でお仕置き決定!

 さっきのお説教の前に失敗だから、送還だけは勘弁してあげるけどね。

 

 とにかくこの勘違いだけは先に解いておかないといけないわね。

 適当に流すとカロッサさんの時と同じ展開になりそうだし。

 

 「そうか、シルフィーのせいか。まぁ、彼女へのお仕置きは後にするとして(ヒイッ!)最初にその誤解を解いておくとするわね。もう一度言うけど、私は神じゃない。ただのエルフであるとも言わないけど、少なくとも神と言われる空想上の生き物ではないよ」

 

 「しかし、上位精霊様をこのように従えて」

 

 うんうん、これが私が神であると言う根拠なんだろうね。

 だからそこをつぶす。

 

 「上位精霊を支配下に置くなんて私がいた場所ではそれ程珍しい話ではなかったわよ。この大陸では凄く大変な事と思われているみたいだけど世界は広いの。普通に闊歩しているモンスターの中にはこのザイル、ダオの事ね。ザイルより強いモンスターが徘徊する場所もあるのよ。あたしたちはそこから来たの。そこに住む人たちにあたしが神だなんて言って見なさい、大笑いされるから」

 

 「ではあくまで神ではないと仰られるのですか?」

 

 う~ん、こう言ってもまだ神だと考えているのか。

 

 「うん、神じゃないよ。だって、私より強い存在なんてごろごろいるし、うちの城にだって数人いるしね。あたしが神なら、あの子たちはなんなのよって話よね」

 

 「確かにシャイナ様やまるん様はあやめ様より御強い、であるな」

 

 「あやめ様、あやめ様、もしかしてアルフィン様もあやめ様より御強いのですか?」

 

 アルフィンかぁ、あの子はファーストキャラでマーチャント系に振った量が少なめだから確かにあやめより戦闘スキルは多いわね。

 

 「そうね。それにメルヴァたちも私より強いわよ。彼女たちはあたしと違って戦闘特化ビルドだから。地下第3階層にいる二人にいたっては、私がかかって行ったとしても瞬殺される位強いわよ」

 

 「皆さん、御強いんですねぇ」

 

 あやめなんて所詮はマーチャントビルドキャラだからね。

 この世界の住人からしたら神に見えるかもだけど、ユグドラシル視点で言えば本当に雑魚だろう。

 

 「なっ、まさか」

 

 そんな私たちの会話を聞いてあまりに驚いたのか、ケンタウロスたちがひれ伏した頭を上げて、こちらに驚愕の視線を送っていた。

 お爺ちゃんにいたっては、口を大きく開いて呆然としてるし。

 しかし、ちょっと驚きすぎじゃないかなぁ。

 

 「じょっ上位精霊様を従えるあなた様より強い御方がそんなにも・・・」

 

 「ええ、いるわよ。上位精霊って言ってもザイルじゃシャイナの前に立ったら一太刀で両断されるんじゃないかな? そういう世界もあるって事。因みにそんなシャイナだって世界最強ってわけじゃない。彼女より強い存在はそれこそ何十人何百人といたわよ、あそこには」

 

 戦闘系ギルドの人達にビルド構築を手伝ってもらったけど、強力な上位職につくアイテム取りまでは殆ど頼めなかったからね。

 かろうじて上位職と呼ばれるものにはなれたけど、戦闘系ギルドに所属していたフレンドたちの殆どは上位職の中でも特に強い職についていたからねぇ、その人たちからすればシャイナなんて恐るるに足りないんじゃないかな?

 まぁ、それ以前に私のプレイヤースキルが足らないから、例え同等の上位職に就けていたとしても、やっぱり雑魚扱いだったろうけど。

 

 そんな人たちと同等なのは重課金&ゲーム内マネーでかき集めたり、常連の戦闘ギルドさんたちのギルド武器作成時に報酬として貰ったレアアイテムで作られた装備くらいじゃないかな?

 ユニークはもちろん、ゴッズクラスの武器や防具も結構そろってるしね。

 

 閑話休題。

 

 私が知っているだけでもそれだけいるんだから、実際は何百人どころか何千人単位かもしれない。

 それくらい私たちはユグドラシル内では当たり前の存在でしかなかったのよね。

 

 「神の国か・・・」

 

 「だから違うって。みんな普通の人たち。ただ、そこを徘徊するモンスターが強くて、それに対抗する為に強くなったというだけなの。あなたたちだって、そこで生まれていたらもっと強くなっていたかもよ」

 

 まぁ、レベル限界開放クエが受けられないだろうから私たちみたいになれるかどうか微妙ではあるけどね。

 

 実を言うとこれがこの世界の人たちがあまり強くない理由の一つなんじゃないかと私は考えているの。

 

 レベル限界。

 

 ユグドラシルだってサービス開始当初から100レベルキャプだったわけじゃない。

 徐々に開放されてサービス終了時は100だったけど、最初はもっと低かった。

 あの世界でもレベル限界突破クエが実装されて初めて高レベルになれたのだ。

 

 この世界はレベル限界突破クエなんてご都合主義なものなんか存在する訳がないのだから、最初に設定された上限以上強くなれないというのが高レベルがいない理由の一つなんじゃないだろうか?

 まっ、あくまで私の予想なんだけどね。

 

 「その証拠に私だって最初に冒険者になった時はあなたたちより弱かったんだから」

 

 「ええっ!? あやめ様、あやめ様、本当なのですか?」

 

 「うん、最初はあたしも1レベルだったもん。あの頃のあたしなら、このケンタウロスさんたちの前に立ったらプチって殺されてたと思うよ」

 

 まぁ、1~2日でこのケンタウロスたちのレベルは追い越してたけどね。

 心の中でそう呟く。

 でも事実である事には変わらないのだから嘘を言っているわけでもないのだ。

 

 「解った? 神様なら生まれた時から強いはずでしょ。でもあたしは最初は弱かった。ここから見ても、あたしが神じゃないってことは解ってもらえるでしょ」

 

 因みにメルヴァたちは生まれた時から強い。

 そう考えると彼女たちNPCは神を名乗ってもおかしくないのかな?

 

 「むぅ、解りました。あやめ様が神ではないという御話、納得する事にいたします」

 

 「そう、良かった。神様でも無いのに神様扱いされても困るのよね。こんな風にひれ伏されて喜ぶ趣味も無いし」

 

 裕福層とは言え所詮元一般人でしかない私にはそんな立場は正直荷が重い。

 会社もトップとは言えデザイン系だったからそこまで礼儀にうるさくなかったし、どちらかと言うとお得意様にぺこぺこと頭を下げる方が多かったくらいだ。

 そんな私だから、頭を下げられるとちょっと照れくさいのよね。

 

 「でもでも、イングウェンザー城ではみんなひれ伏していますよね」

 

 「おいそこ。よけいな事、言わない。あれは神様だからひれ伏してるわけじゃないでしょ」

 

 あれはあくまで私たちが創造主であり支配者だからだ。

 国の王様や権力者に国民がひれ伏すのと同じ事。

 私としてはやめさせたいんだけど、やめてくれないから仕方なく公の時だけ許してるだけなんだから。

 

 「やはりそのようなお立場の、」

 

 「ああ、めんどくさい。シルフィー、これからしばらくの間、口を開くの禁止ね。それからケンタウロスのお爺ちゃん、その体勢だと話し辛いから一度起き上がって。」

 

 ケンタウロスたちはまた頭を下げてこちらを見ないで話してるから、こちらからすると顔色が読めなくてやりづらいのよね。

 

 「しかし」

 

 「しかしも案山子も御菓子も無いの。みなの者、面を上げい! なんてやりたくないからとにかく立って。あと後ろの人達も。立たないなら強制的に立たすわよ」

 

 ちょっと脅かす感じで無理やりケンタウロスたちを立ち上がらせる。

 体型的に私を見下ろす事になるのがよほど嫌なのか、中には上半身をお辞儀でもするように折るという無駄な足掻きをしようとした人もいたけど、それも許さずにしっかりと立たせた。

 

 そして私は両手を腰に当て、胸を張ってフフ~ンと偉そうに笑いながら、

 

 「さぁ、話し合いを始めるわよ」

 

 そう宣言した。

 

 

 

 話し合いと言っても実は特にする事がなかったりする。

 これまでのケンタウロスたちの行動から私たちと敵対する気が無いのは解っていたし、それならば私としても特に何かを言う事はなかったからね。

 それなのになぜわざわざ話し合いを再開させたかと言うと、私たちもケンタウロスたちと争う気は無いよと教えてあげる為だったりする。

 

 だってどう考えても怯えているもの、この子たち。

 

 「あなたたちがあたしたちと敵対するつもりがないのは解ったわ。それならあたしたちとしても別に干渉する気も無いし、相互不干渉と言う事でいいよね? はい、決まり! これでオールオッケー、全て丸く収まったわね、良かった良かった」

 

 だから私はそう一気にまくし立てて、強引に話を閉めることにした。

 下手に条件を付き合わせようとすれば向こうは怖がって全て受け入れると言いそうだからね。

 一方的な条約なんて侵略と変わらないし、後々遺恨を残すだけだから無理にでも双方同等の立場でお互いこれからは干渉もしないと確認して終わらせてしまうのが賢いやり方だろう。

 

 よし、これで面倒ごとは終了! あやめの姿なら遊んでいてもメルヴァに怒られないだろうし、早く城に帰ろう。

 図書館に行っていっぱい漫画を借りてきて部屋に篭って読むんだ。

 そんな風に皮算用をしていたんだけど、残念ながら現実はそう簡単に問屋がおろしてはくれなかった。

 

 「しばし、しばしお待ちを。少しだけワシらに話し合いをする時間を下さい」

 

 勢いで押し切ろうと思ったのに、お爺ちゃんがこんな事を私に言ってきた。

 

 えぇ~、いいじゃない、これで手打ちで。

 本音ではそう言いたいけど、彼らの顔を見る限り流石にそんな訳には行きそうもない。

 

 「いいけど・・・何か話し合う事、あるの?」

 

 「はい。ほんの、ほんのしばしの間だけです、お時間を下され」

 

 仕方ないか。

 流石にさっきのじゃ一方的すぎたしね。

 

 「いいよ。少しだけ待ってあげる」

 

 「ありがとうございます、あやめ様。それでは失礼して。フェルディナント、テオドル、ちと話がある、こちらへ」

 

 そう言うと、おじいちゃんは金色と黒のケンタウロスを連れて話し合いに行ってしまった。

 あの二人、目立ってるなぁと思ったけどやっぱり有力者だったみたいだね。

 話し合いに他のケンタウロスは加わっていないみたいだもの。

 

 

 

 数分後、おじいちゃんは金と黒を引き連れて帰って来た。

 そして、

 

 「あやめ様、不躾なお願いで申し訳ないのですが、我らケンタウロスをあやめ様の庇護下においていただけないでしょうか?」

 

 そう言ってケンタウロスたちは一斉に跪いた。

 

 「ほへっ?」

 

 なに? なぜそんな話に?

 

 「ちょっと待ってよ。なぜいきなりそんな話になるのよ。あたしたちは別にあなたたちの脅威にならないのは解ったんでしょ、なら相互不干渉でいいじゃない」

 

 「はい、あやめ様がワシらに対して敵意がないのは承知しております。ですが他の人族は違います。縄張りが隣接している以上、何時闘いになるか解りませぬ。ワシらとて人族との戦いとなったとしても負けるつもりはありませんが人族は多い。こちらもそれ相応の被害を受ける事になるでしょう」

 

 まぁ、そうだろうね。

 見た感じ帝国が攻めてきたとして、ケンタウロス一体で一度に5~6人くらいは相手にできそうだし、たとえそれ以上を相手にする事になったとしても負けて殺されてしまう事はなさそうだ。 だけど、攻めてくるとしたら万単位で攻めてくるはずなのよね。

 そうなれば話は変わってくるし、被害は馬鹿にならないと考えるのも解るわ。

 

 「されど、あやめ様の庇護下にあれば人族としても我らに手出しをするのを躊躇するのではないかとワシは愚考するのです。ワシらと違い、あやめ様ならば人族が例え数万で攻めてきたとしても軽く蹴散らすだけの力を持っていると御見受けします。その上そのあやめ様よりも強い御仁があやめ様の城には存在するとの事。ならば我らとしてはあやめ様の庇護下に入る事によって種の反映が約束されると確信しているのです」

 

 なるほど、確かにカロッサさんの話からすると帝国はケンタウロスを警戒しているみたいだった。

 今は隣接している国とのいざこざがあってこちらに戦力を回す事はできないみたいだけど、もしどちら彼の国が相手に決定的な打撃を与えるか、いやそこまで行かなくても講和条約でも締結されれば人族の脅威として兵力をこちらに回す事が未来永劫無いとは言えないのよね。

 

 何より法国とか言う、エルフやドワーフさえ許容しない心の狭い国まであると言う話だし。

 

 「う~ん、そうね。解ったわ、ならあんたたちがあたしの下に付く事を許可してあげる」

 

 「あやめ様、あやめ様、アルフィン様に御許可を取らずにそんな事を決めてしまってもいいのですか?」

 

 私が偉そうに許可を出してしまったのを見て、シルフィーが慌てて声をかけてきた。

 横ではザイルまで心配そうにこちらの顔を覗き込んでいる。

 でも問題ないのよね。

 だって、これはあやめが決めた事じゃなく私が決めた事で、私が決めた事は6人の総意になるのだから。

 

 「ああ、心配しなくても大丈夫。アルフィンはそんな細かい事いわないから。それに帝国がケンタウロス討伐を決めたとしても、いざとなれば私が管理してる地下第4階層の森に移住させたりすればいいんだし」

 

 「そうですか。あやめ様がそういうなら問題ないですね。聞いたわねケンタウロスたち、今日からあんたたちはあやめ様の”げぼく”になったんだからしっかりと尽くすのよ!」

 

 下僕って、せめてシモベか手下と言いなさい。

 両拳を振り上げながら偉そうにケンタウロスたちに向かってそう宣言するシルフィーを見ながら私は苦笑いを浮かべる。

 あくまで庇護下に入れるだけで手下にするわけじゃないんだけどなぁ。

 

 「はい、承知しておりますシルフ様。我らケンタウロスはあやめ様を”神と崇め”力の限りお仕えする事を誓います」

 

 なっ!?

 

 「だっだからぁ、あたしは神様じゃないって言ってるでしょ! まったく。見放すわよ」

 

 「おお、これは失言でした。申し訳ございません。”偉大なる御方”として力の限りお仕えする事を誓います」

 

 「うん、それならよし」

 

 その言葉に満足し、私は鷹揚に頷いた。

 

 しかし私は知らなかった。

 亜人たちにとって、この”偉大なる御方”と言うのも神を示す言葉だと言う事を。

 それを後に知らされて呆然とするのはまた別の話。

 

 この後、私はチェストミールと言うケンタウロスのお爺ちゃんが長をしている部落に行き、先行したケンタウロスによって呼び戻されたもう一人の族長であるオフェリア(女性のケンタウロスはケンタウレと言うらしい)を紹介され、それから数日かけて4部族の部落を巡って忠誠を受けて回る事となった。

 

 そしてある程度のケンタウロスたちと仲良くなった頃。

 

 「マスター聞こえますか? アルフィンです」

 

 アルフィンからちょっと切羽詰ったような声の<メッセージ/伝言>が飛んできた。

 

 「なに? どうしたの? 何か重大事件?」

 

 その声に驚いて聞き返したんだけど、この後のアルフィンの言葉は私の考えうる最悪の予想を遥かに超えるほど、驚くべき物だった。

 

 「はい、まるんから救援要請です。詳しい話は直接御伝えするので、マスターには私の体を使って頂き、シャイナと共にご足労願いますとの連絡がまるんから入りました」

 

 えぇ~、まるんから!?

 まるんって、私たち6人の中ではシャイナと並んで最大戦力の一人なのよ。

 そのまるんが救援要請って・・・。

 

 「解ったわ。こちらはシルフィーに任せてすぐに帰還します。城に帰りしだいすぐに向かうから、シャイナには城で準備を整えて待機しておいてと伝えて」

 

 「はい、解りました。お帰りをお待ちしております」

 

 こうしてアルフィンとの<メッセージ/伝言>は切れた。

 

 一体何が起こったんだろう?

 今まで集めた情報からすると、この世界の者たちではまるんの脅威になる者がいるはずが無いのに、回復の要のアルフィンと前衛の要のシャイナに救援要請だなんて。

 もしかして転移してきた他のプレイヤーからの襲撃があったとか?

 どうしよう。

 まるん、大丈夫かしら?

 

 何が起こっているのか解らず、胸が不安でいっぱいになるあやめだった。

 

 




 今回の話に出てくるレベル限界突破クエ、これはオーバーロードには出てこないオリジナル設定です。
 でも、今ではMMOに限らずモンハンを代表とするMOでも採用されている位メジャーなシステムな上に、育成要素があるだけのアクションゲームであるパワプロでさえ採用している、運営がプレイヤーの進行速度を調整するのに使われるシステムなのでユグドラシルでも採用されているんじゃないかな? と思って話に盛り込みました。

 因みにレベル限界と言う言葉は出てくるんっですけどね。

 ただ、ユグドラシルにはジョブにレベルがあるから初期ジョブしか無いなら何レベルまで、中位を習得なら何レベルまで、上位を習得したらなら100レベルまでと言う制限だったのかもしれませんが。


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78 旅は道連れ

 

 話はあやめがイングウェンザー城から出発した次の日まで遡る。

 

 バハルス帝国の東の外れ、カロッサ子爵の治める領地から衛星都市イーノックカウへと続く街道。

 そこには王族か大貴族が乗っているのでは? と見るものが皆想像する程豪華な造りで立派な4頭立ての馬車が、見事な鎧をつけた軍馬に引かれて街道を滑るように走っていた。

 

 「まるん様、此度は私どもの同行を御許しいただいて、まことにありがとうございます」

 

 「いえ、カロッサ様にはアルフィンからの無理を聞いて頂いたのですから、私もこれくらいの事はいたしませんと」

 

 10歳くらいに見える、豪華なドレスを身に纏った少女、まるんは馬車に同乗しているカロッサ子爵家の筆頭騎士であるリュハネンにたいして「ホホホ、お気になさらずに」と、どこかの少女マンガに出てくる悪役令嬢を思わせるような笑い声を上げながら答える。

 

 その姿を見て、まるん様はまだお小さいのに無理をしてアルフィン様のような威厳を出そうとしているのだなと微笑ましく思い、リュハネンは笑顔を見せた。

 

 

 

 この日、いつもはアルフィンが使っているこの豪奢な4頭立ての馬車の中には、本来の乗客であるまるんたちイングウェンザー勢だけではなく、リュハネンとイーノックカウ所属の帝国騎士であるライスターとヨアキムの姿があった。

 

 マスターの言いつけで衛星都市イーノックカウへと行くにあたり、都市で動きやすいようカロッサ子爵に紹介状を書いて貰おうと考えてアルフィンがしたためた手紙を持って領主邸を訪れた所、イーノックカウに用事があるリュハネンと、部隊に戻るライスターたちを行きの馬車に同乗させてほしいと頼まれたので、それを了承して旅の共としたからである。

 

 

 

 「しかし、流石イングウエンザー所有の馬車ですね。これほど乗り心地の良い馬車は皇帝陛下でも所有してはいないのではないでしょうか?」

 

 「そうかもな。外を見ればとんでもない速さでこの馬車が進んでいるのが解るが、中は信じられないほどゆれが少ない。ゆれを軽減するマジックアイテムがある事は知っていたが、まさかこれほどの効果があるとは。それに」

 

 ヨアキムさんの言葉にライスターさんは<快適な車輪/コンフォータブル・ホイールズ>らしきアイテムの話をして、ちらりと窓の外、馬車の前方に目を向ける。

 ああ、そう言えば出発前にばらしちゃったもんねぇ。

 

 「しかし、まさかアルフィン様の馬車を引く鎧をつけた軍馬が、いや、軍馬だと考えていたものが話に聞くゴーレムだったとは。まったく恐れ入る」

 

 そう、この馬車を引いているのがただの馬ではなく、ゴーレムであるという事を出発前にこの3人には話しておいたの。

 

 と言うのも隠して進むとなると普通の馬のように休ませる時間を取らないといけないし、何よりスピードを馬車の全速である60キロほどに落としたとしても、普通の馬では1時間ごとにちゃんと休息を取ったとしても走り続ければ半日と経たずにつぶれてしまうはずだ。

 

 もし黙ったままで旅をするとしたら普通の馬車旅の速度である6~7キロで普段は進み、難所と呼ばれるところだけ少しスピードを上げるという行程になるし、なおかつ馬を休ませる体を整える為に2時間ごとに30分ほどの休憩を取らなくてはならなくなる。

 でも、そんなペースで走っていては、イーノックカウに今日中に着くどころか4~5日もかかってしまうという事でカミングアウトしたというわけなのよ。

 

 「でも、さっきも言った通りこのゴーレムたちは馬車を引く為だけの物で、先程窺ったこの大陸のゴーレムのような力は持っていないですよ。ただ早くて疲れないと言うだけです。魔力の補充も要りますし」

 

 ライスターさんたちが言うには、この世界の人たちが知っているゴーレムは、強大な力を持つ他種族の町を壊滅させるほどの力を持つらしいの。

 ならばこの馬たちはそんな力はもっていないと説明しないといけないよね。

 だってその1体で町を壊滅させる事が出来るほどのゴーレムが4頭も居るなんて考えたら、そんな恐ろしい存在を都市に連れ込むことを許容してくれるはずがないもの。

 

 と言う事で、上のような説明をしたという訳なの。

 因みにこのアイアンホース・ゴーレム、話してもらったゴーレムより確実に強いけど・・・その強さを見抜くタレント持ちなんていないよね?

 

 「ハハハ、解っていますよ。いくらなんでもそんな強力なゴーレムを馬車馬などに使うなんて私たちも考えてはいません。どう考えても過剰能力なのですから。しかし疲れない馬ですか、皇帝陛下に献上すれば喜ばれるでしょうね」

 

 「ダメですよ、リュハネンさん。疲れないだけで所詮ゴーレムは道具です。メンテナンスをしないとすぐに壊れるし、修理する技術も作る技術もない相手に渡したら1年もたたない内にただの置物になってしまうのですから。それに何より、アルフィンが許すわけがないですよ。それこそおーばーてくのろじーです! なんていいながら怒る姿が目に浮かびますもん」

 

 同じ理由でこの馬車も渡せないし、調べさせる事も禁止されてる。

 サスペンションなんて技術は、魔法があるこの世界ではあまり広めない方がいいとマスターは考えているからね。

 

 「残念ですが、それでは仕方がないですね」

 

 「あきらめてください。それになんでしたっけ? スレイプなんとかって言う魔獣、それが居ればこのゴーレムもいらないんじゃないですか?」

 

 「スレイプニールですか? そうですね、あの魔獣であればこの馬型ゴーレムに匹敵する速度が出せるし、疲れ知らずとは言いませんが馬とは比べ物にならないほどの持久力と耐久力がありますから」

 

 そう、そんな名前だったね。

 馬車を引く為の8本足の魔獣らしいけど、それこそ私もほしいなぁ。

 農場で繁殖させれば増やすのも難しくなさそうだし、それが居ればゴーレムを使って何時ばれるか? って心配しなくてもよさそうだもん。

 

 そんな話を聞きながら前方のゴーレムを見ていたライスターさんだけど、何かを見つけたみたい。

 ちょっと身を乗り出して窓の外を覗き込んでるもの。

 

 「おっ、もうイーノックカウの防護壁が見えてきたぞ。この距離を半日か。馬車の椅子も素晴らしいし、メイドのユミさんに出していただいたお茶や軽食も素晴らしかった。こんな楽で快適な帰還を一度体験してしまったら、次からは辛いだろうなぁ」

 

 そんなライスターさんの言葉に私の横に座るメイドが笑顔を向けた。

 今回の私付きのメイド、ユミちゃんだ。

 

 「うふふ、お褒め頂きありがとうございます。ご指摘のように都市まであと少しのところまで来ていますが、停車の際の安全を考えますとこのまま近づくわけにも参りません。この辺りから少々速度を落とす事になりますので到着までもう少しかかります。ですから皆様、お茶のおかわりはいかがですか?」

 

 「催促したようですみません。いただきます」

 

 給仕メイドが座る席の横に設置されているマジックポットを手に新しいお茶を入れようとしているユミちゃんを見て、私はついでにと注文をつける。

 

 「あっユミちゃん、私にはクッキーもね」

 

 「はい、ライスター様、まるん様。カルロッテ様もクッキーをお付けしましょうか?」

 

 「お願いできますか?」

 

 「はい」

 

 私のクッキー頂戴発言にユミちゃんは気を利かせて、甘いものが好きなカルロッテさんにも声をかけた。

 そしてそれを見て物欲しそうな顔をするものの、流石に言い出せずに居る大人の男3人にも可哀想だから出してあげてとユミちゃんに指示を出して、私はすでに冷めてしまっている残った紅茶を一気にあおった。

 

 

 

 今日、私に同行しているメイドは先程も言った通りユミちゃんだ。

 

 ユミ・フォーチュン。

 紅薔薇隊4人の内の一人で、背が低く、茶髪のツインテールと見る者に安心感を抱かせる優しげなたれ目に丸顔の、愛嬌のある顔立ちをしている童顔の女の子。

 しかしその顔に似合わずホーリーナイトを主とした楯系のスキルをそろえた所謂タンクと呼ばれるタイプの前衛で、いざ戦いとなれば紅薔薇隊への攻撃を一手に引き受けて戦線を維持する強力な壁となる。

 その安定感は素晴らしく、防御力は10程度レベルが上の相手でもある程度は耐えられる程のもので、聖☆メイド騎士団の中では珍しい、しっかりとしたコンセプトでビルドを組まれた子だったりする。

 

 普段はにへらぁっとぼけた笑顔で笑っている子だぬきさんなんだけどねぇ。

 

 「そう言えばまるん様は今回、少々長くご滞在になられるそうですが、どのような御用事で?」

 

 新しいお茶をいただき、ほうと息をついた所でリュハネンさんが今回のイーノックカウ訪問の理由を尋ねてきた。

 

 「そうですねぇ、まずは観光かな? アルフィンたちがお仕事でしばらくの間外出するし、一人で城に残っても退屈だからその間にこの国の都市を見に行こうと考えたんです。それと、異国の人たちがどのように暮らしているかも興味がありますし、食べ物とか宿泊施設がどのようなものかもアルフィンから見てきて欲しいと頼まれています。後日訪れる事になるからと言って」

 

 「ああ、だから子爵の所に紹介状を頼みに来られたのですね」

 

 そう、適当な宿ならともかく、高級な所となると殆どが一見さんお断りだと思うのよ。

 だっていくらお金を持っているとは言え、大商人や貴族などの地位の高い人が泊まるところに得体の知れない人を入れるわけには行かないものね。

 

 「それと商業ギルドやある程度大きな商会にも顔を出すつもりです。とは言っても、そちらはギャリソン任せなんですけどね。私はただ着いて行って、そこで売られている物の中でいい物があればお土産に購入したいなぁなんて思っています」

 

 「まるん様のお眼鏡にかなうものですか? それは難しいかもしれないですね」

 

 うん、マスターたちが前に見せた品物をリュハネンさんは見ているからそう考えても仕方ないだろうね。

 でもね、私だってイーノックカウで売られているものがうちで作るものより劣っていると言うくらいの事は解っているのよ。

 それでもね、今回はあえて数点、買っていくつもりなのよね。

 

 だって今回の私の本当の目的は市場調査だもん。

 どれくらいのものがどれくらいの値段で取引されているか、それを知るためには実際に購入して品質をしっかりと調べなければいけないからね。

 

 「後、冒険者ギルド! 私たちの国には冒険者ギルドと言うものはないから見に行きたいと思ってます。幸いカルロッテさんがイーノックカウの冒険者ギルドに所属していた事があるらしいから、まったく知らない冒険者ギルドに行くよりは安心して訪れる事ができるみたいなので」

 

 「なるほど、確かに知っている者が同行するのであれば安心して視察できますね」

 

 冒険者と言うものも観察対象の一つだ。

 エルシモさんの話からすると、イーノックカウにはもうそれ程高レベルの人は残っていないらしいけどそこは冒険者ギルド、それでも色々と情報は集まってくるはずだし、もしかすると私たちに有用な、または害となる特殊なタレント持ちが見つかるかもしれないものね。

 マスターがいずれ訪れる事が決まっている以上、調べておかないわけには行かない。

 

 「後はそうだなぁ、魔法ギルドと言うものもあるんですよね。そこではスクロールも売っているみたいだし、見に行きたいなぁと思っています」

 

 「魔法ギルドもですか? それは大忙しですね」

 

 「はい、遊んでいる暇はないのです」

 

 ふんぬ! と気合を籠めて答える私。

 でも最初に観光と言ったのだから、今話した全ては仕事ではなく遊びという名目なんだけどね。

 

 そんな私を見て、馬車の中は笑顔で包まれる。

 

 「まるん様、後数分でイーノックカウの東門に到着します」

 

 伝令管から御者台に座っているギャリソンの声が聞こえてきた。

 その言葉に外を見ると、確かに都市の外を守る石壁がかなり近くまで来ているのが見て取れた。

 

 「まるん様、門に付きましたら私が子爵の紹介状を持って門番の所まで行って参ります。まるん様は降りる必要はございません。私が戻るまでこの馬車の中でごゆるりとお寛ぎください」

 

 「ありがとう、リュハネンさん。よろしくお願いしますね」

 

 

 数分後、東門に着くと先程の宣言どおり、リュハネンさんはカロッサ子爵の紹介状を持って門番の所へと向かった。

 そしてしばらくして帰って来た彼は、

 

 「まるん様、我々は都市に入る列に並ぶ必要はございません。今貴族用の門を開けさせているので、それが開き次第その門を通って都市に入る事ができます」

 

 「ありがとう。お手間をかけさせてしまったわね」

 

 そう言うと、私はホホホと笑う。

 前にやった時、思いの他周りの反応が良かったからね。

 すると今回も皆笑顔になってくれた。

 

 でもこのホホホ笑い、いかにも令嬢っぽいから少しでも威厳が出るようにとやってるけど、なんか周りの笑顔が微笑ましいものを見ているような感じがするのは私の気のせいかしら?

 でもまぁいいか、誰もおかしいって言わないし。

 

 開門した貴族用の入場門を通り、目の前に広がったイーノックカウの景色を見ながら、まるんはこれから数日間過ごすこの都市での生活を想像し、どんな楽しいことが待っているのだろうと子供らしい笑顔を浮かべるのだった。

 

 





 実際は子供ではないんですけどね。


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79 ギルドと思い出

 イーノックカウについた次の日の午後、まるんたちは最初の目的地に決めて朝から訪れていた商業ギルドから出て、町の中をぶらぶらとあてどもなく歩いていた。

 

 「商業ギルドって言うから冒険者ギルドのように商業関係を一手に取りまとめていると思ったら、どちらかと言うと商工会議所みたいなものなんだね」

 

 つい先程訪れた商業ギルドの感想を私はカルロッテさんに話す。

 

 「商工会議所?」

 

 そんな私の言葉を聞いたカルロッテさんが、私の話していることの意味がよく解らないと言うような顔をして聞き返してきた。

 そう言えばカルロッテさんは冒険者出身だから商売についての知識はあまりないんだっけ。

 まぁ、この世界には商工会議所というもの自体ないかもしれないから、誰に話しても同じ反応が帰ってくるのかもしれないけど。

 

 「ああ、解らないか。商工会議所って言うのはね、う~んそうだなぁ、経営の相談や改善、後融資なんかの資金調達の支援をしてその地域の経営者をサポートする経済団体、ってところかな。要は、商売が思った以上に成功したから手を広げたいと考えた人や、逆に商売に行き詰った人が立て直すにはどうしたらいいんだろうかって考えた時に頼る所だね」

 

 正確に言うとちょっと違うんだけど、商業ギルドの説明をすると言う意味で商工会議所を説明するのならこれが正しいんじゃないかな?

 

 しかし今思えば当たり前だけど、店を開いている商人だけじゃなく旅商人や露天商もいるし、広い意味で言えば狩って来たモンスターの素材や魔法のスクロールの売買も商売なんだよね。

 もしそれを一手に取りまとめようとすると冒険者ギルドとか魔法ギルド、物を作る工業系の人達も全て支配下に置かなければいけない。

 そんな事が出来るとしたらそれはもう国家レベルの権力だ。

 たかがギルドという組織程度で出来る話じゃないから、商工会議所モドキになるのも当たり前か。

 

 「はぁ。よく解りませんが、冒険者ギルドのように仕事を斡旋したりメンバーを管理する訳ではないと言う事なんですね?」

 

 「そうだね。冒険者のように銅とか鉄とかのランクをつけたとしても、商売はたった一度の成功や失敗で大きく変わるからね。たとえばね、冒険者のランク風に言うとアダマンタイト級の商人がたった一夜にして銅級の商人になってしまうなんて事もあり得るの。そんな不安定な物にギルドがこの人はこのクラスですよなんてお墨付きは付けられないでしょ。それに仕事の斡旋と言うけど、職種はそれこそ星の数ほどあるんだから基本護衛や討伐、捕獲に救助くらいしかない冒険者ギルドとは話が違うよ。商人の管理をしている人がいるとしたら多分それは徴税官、つまり役人だろうね」

 

 商人は町に入る時と出る時に持っている荷に税金がかかる。

 この時にどれくらいの物資がこの町の中に残っているかを把握できるから、在庫を強制的に調べる権限がないギルドなんかよりよっぽど管理者として向いているんだよね。

 

 「まぁ一応登録制度はあるみたいだから、所属している人に会費としてお金を納めてもらって、困った時や手を広げたい時にそのお金を融資してもらう、そんな団体だと思うよ。ランクがあるとしたら自己申告で、ランクに応じた納めている金額によってその融資の最高額が変わるって感じなんじゃないかな?」

 

 「なるほど」

 

 よく解らないと言う顔をしながらとりあえず頷くカルロッテさん。

 まぁ、彼女は元冒険者で商売なんてした事がないだろうからよく解らないだろうね。

 かく言う私もマスターの記憶の残滓にあるデザイナーで経営者だった頃の記憶を元にして話しているだけだから、本当の意味で解っている訳じゃないし。

 

 これ以上詳しく説明して欲しいならマスターに直接聞いてもらわなければ無理。

 と言う訳で話題を変えよう。

 

 「それはそうと、品物の買取を商業ギルドでしてもらえたのは予想外で、ちょっとラッキーだったかな。私たちの国の金貨とこの国の貨幣との両替が出来たらいいなぁとは思ってたけど、持っていた宝石とかまでお金に変えられたのはホント想定外。おかげで豪遊できそう」

 

 「持ってきたお金以上のお金が手に入りましたものね」

 

 そう、今回私がマスターからお小遣い兼行動調査費用として預かってきたのは”イングウェンザー金貨"1000枚ほど。

 ところが商工会議所で買取をしてくれると言う事だったから、魔法の触媒用に持っていた宝石やちょっとした金属(出しても問題はないだろうとギャリソンが言ってくれた物だけね)を買い取ってもらえたから所持金は一気に増えたと言う訳なのよ。

 

 因みに大体の内訳は以下の通り(単位は金貨)

 

 小さいルビー     4900枚

 エメラルド       960枚

 アレキサンドライト   410枚

 ミスリル少々     1000枚

 オリハルコン少々   3000枚

 

 計         10370枚

 

 これに手数料5パーセントと税金10パーセントが差し引かれて金貨8814枚と銀貨5枚が私たちの手元に入ってきたお金ね。

 余談だけどこの税金、この都市ではなくカロッサさんに入るらしい。

 なんでも、貴族と契約している商人が物を売った時に発生した税金はその貴族に、買った時の税金はその都市に入ると言う規則になってると商業ギルドの人に説明されたの。

 

 カロッサさんのところに行った時、色々な所でただ見せれば相手に伝わる程度の紹介状を1枚書いてほしいとアルフィンの手紙に書いてあったはずなのに、なぜか蝋封までした正式な書簡をギルドや商会宛にといくつか渡されて不思議だったんだけど、こういう理由だったのかとこの話を聞いてちょっと納得してしまった。

 カロッサさん、私が物を売って遊ぶお金を捻出するだろうって読んでいたんだろうね。

 

 あとね、全部金貨で貰うと枚数が多すぎるし、金貨ばかりだと使いづらいからと言う事で850枚の白金貨と310枚の金貨、40枚の銀貨と50枚の銅貨にしてもらった。

 これで、露天でちょっと買い物をしようというときにもおつりがないから無理って言われずにすみそうね。

 

 ざっと計算して、仮に1ヶ月滞在するとしたら宿代が1泊で金貨4枚程、4人で大体480枚くらいかな。

 それと昼食代が最高で1食銀貨7枚として4人で84枚弱くらいと計算していたから滞在費用を除いた額は金貨430~440枚くらいしかなかったんだけど、これが大幅に増えた訳だ。

 当然これが全てお小遣いになるわけじゃなく、調査費用もこの中に含まれているのだから結構倹約しないといけないなぁなんて思っていたのよね。

 でも、

 

 「ふっふっふ、これで好き放題できるわね」

 

 「まるん様、笑いが悪い人みたいになってますよ」

 

 あらやだ、私とした事が。

 子供らしいスマイルスマイルっと。

 

 流石にこれは不味いだろうと、取り繕うように子供らしい表情を取り戻す。

 

 「それはともかく、お金に余裕が出来たのは確かだから商会巡りに行きましょう。カルロッテさんも欲しい物があったら遠慮なく言ってね。お小遣いは一杯あるし、本当に好き放題できるんだから」

 

 「流石にそれは・・・」

 

 「いいのいいの、こんなのあぶく銭なんだから。ぱ~っと使っちゃいましょう」

 

 なに、最悪無くなったらまたアイテムボックスから出して売ればいいんだもん。

 宝石なんてダンジョンで触媒が必要な高位魔法を連発する事になったとしても問題ないくらいは常に持ち歩いているんだから。

 

 

 

 それから私たちは散財した。

 ある店で東に素晴らしい織物があると聞けば足を運び、西に素晴らしい魔道具を売っていると聞けば飛んでいった。

 まぁ、その殆どが誇大広告のつまらない物だったんだけどね。

 

 だまされて見に行って「やっぱりかぁ」と言いながら落胆する。

 でも、それもショッピングの楽しみの一つだ。

 この無駄足には、私自身まったく後悔は無い。

 

 でも。

 

 「なんと言うかなぁ、この都市の料理。これには何と言うか・・・」

 

 正直、色々と食べ歩いてがっかりした。

 

 「まるん様、ここでは仕方がないかと思いますよ」

 

 私の表情を見、言葉を聞いてカルロッテさんがこう言ってくれたんだけど・・・。

 うん言いたい事は解るのよ、食材レベルが違うのだからイングウェンザーと比べてはいけないって思ってるんでしょ。

 

 でもね。

 

 「カルロッテさん、食材レベルの話じゃないの。確かに使っている肉とか」

 

 そう言って、先程買った露天の串焼き肉を一口かじる。

 

 「うん、口の中に広がる肉の旨みや油の旨み、素材本来の品質は確かにうちで扱っている物には遠く及ばないよね。でもさぁ、これはこれで独特の味と言うか、魅力はあるのよ」

 

 そう言いながらもう一口かじり取る。

 でもねぇ、なんと言うか一味足らない? いや、味にまろやかさが足らない? う~ん、とにかくなんか足らないのよ。

 それが何か解らないけど。

 

 「あと一味、あと一味なのよね。でも、そのあと一味のせいで全てがダメ。残念感で一杯になるのよね。一体何が悪いんだろう?」

 

 隠し味が足らないとか、そんなんじゃないのよ。

 なんと言うかなぁ、決定的に何かが足らない。

 

 「あぁ料理長を、連れてくればよかったかなぁ?」

 

 彼ならきっとなにがおかしいのか一口食べただけで私に説明してくれたはずだもの。

 そう考えながら先程とは違う食材を使った料理に手を伸ばす。

 

 ・・・不味くはない。

 でもやっぱり、どの料理を食べても何か足らないのよね。

 

 「1種類だけじゃなくこの町で食べた全ての料理に何か足りないと感じるのよね。これって一体なんなのかしら?」

 

 ここまで来ると根本的な欠陥なんだろうとは思うのだけど、いくら考えても私には解らなかった。

 

 「あのぉ~、まるん様」

 

 そんな風に首を捻る私に声をかけるものがいた。

 この旅における私の専属メイド、ユミちゃんだ。

 

 「まるん様がそこまで御考えになられて答えが出ないのであれば差し出がましいだけの行為になってしまうかもしれません。けれど何かの御役に立つかもしれないので、私に”味見”させて頂けないでしょうか?」

 

 あっ。

 

 そんなユミちゃんの言葉に私は自分の考えの無さを感じていた。

 そうだ、私の力と知識では味が違う理由など、そもそも解るわけがないのだ。

 そんなスキルを習得していないのだから。

 

 

 

 うちのギルド、誓いの金槌のNPCにはある共通点がある。

 それは女性に限った話ではあるのだけど、全ての女性キャラは料理系のジョブを1レベル以上取得しているという事。

 当然私も料理系のジョブとそれに付随するスキルを持っているのだけど、私が持っているのはコックでスキルは<調理>。

 いくつかある料理系ジョブの選択スキルの中でも一番コストの少ないものなんだよね。

 

 でも、目の前にいるユミちゃんは違う。

 この子もマスターのこだわりで料理系スキルを取っているんだけど、それは他の子たちとはかなり違った毛色のものだった。

 

 そのスキルの名前は<味見>。

 これは”料理系に特化したゲーム”のキャラなら当然持っているものだろう。

 まず味見をしなければ出来の良し悪しが解らないのだから。

 

 一見するとユグドラシルでも鑑定や解析といった物と同様、未知の食材を探し、それの調理法を確立する為に料理系ジョブに特化したプレイヤーなら真っ先に取るだろうと考えられる物に見える。

 でもユグドラシルでは<味見>と言うスキルは実の所持っているものは殆どいないはずなのよ。

 

 と言うのも、この<味見>と言うスキルは”味の構成を読み解き、料理の味をより高める事が出来るという効果”しかないから。

 こう書くとなにやら凄い効果に聞こえるかもしれないよね。

 でも考えて欲しい。

 

 ユグドラシルでは味がわからない。

 

 ・・・うん、解ってもらえたね。

 ゲーム上はフレーバテキスト並みにただの設定でしかないスキルなわけよ。

 ぞくに言うロマンビルドの設定用スキルね。

 

 ではなぜユミちゃんがこのスキルを持っているかと言うと、それは少しも深くない、でもマスターにとって大事なこだわりがある事情があったりするからなんだよね。

 

 うちのNPCたちは皆モデルになったものがある。

 彼らはオタクと呼ばれる存在だったマスターが自分の好きなキャラクターと呼ばれるものを基にして生み出されたらしいのね。

 

 それでこのユミちゃんなんだけど、モデルになったキャラクターがその物語に出てくる先輩や友人が作った物をよく味見をしていたそうなの。

 そしてその味見が基点となって色々な展開をする事が多かったからか、ユミちゃんが料理とかかわった場合は必ず味見と言うイメージがあったらしくて、大事なスキル枠の一つをつぶしてでもこの<味見>を取らせたかったんだって。

 

 閑話休題。

 

 「そう言えばユミちゃんは<味見>スキルがあったね。じゃあお願い。私のこの違和感がなんなのか教えて頂戴」

 

 私はそう言うと、手に持っていた串焼き肉をユミちゃんに渡した。

 

 「では」

 

 ユミちゃんはそう言うと、おもむろに手に取った肉串の"私がかじった所を"一口かじり取る。

 なんか顔が赤い気がするけど、初めて食べる物にちょっと興奮してるのかなぁ?

 

 そんな様子ではあるけど、ちゃんと原因を調べると言う事は忘れていなかったみたい。

 

 「解りました。まるん様、原因は塩です」

 

 「塩?」

 

 塩って、あの塩だよね? それが原因なの?

 

 「はい。詳しい内容も解ったのですが、私にはよく意味がわかりません。調べた結果を原文のまま御伝えしても宜しいでしょうか?」

 

 「そうね、お願い」

 

 それを聞いて私が理解できるかどうか解らないけど、とりあえず聞くだけ聞いてみよう。

 解らないなら解らないで、何か問題があることでもなさそうだからね。

 

 「では。・・・イングウェンザー城で使われている色々な塩と違い、この肉に使われている塩は純粋な塩化ナトリウム。電気分解で抽出された所謂食塩呼ばれるものと同じで、ミネラルなどの味を良くする成分がまったく含まれていない。対処法としては一度海草でだしをとった物などで溶き、それを再度結晶化させることによりミネラルなどを補充する事で美味しくする事ができる。だそうです」

 

 「えんかなとりうむ? みねらる? う~ん、何がなにやら。でも、純粋な塩と言うのは解るわ。確かこの世界では塩を魔法で作ってるって話だから混ざり物がない、純粋な塩だけのものが一般的なんじゃないかな」

 

 「はい、私もそう思います。お城では塩田で作った物や塩湖で取れた物、色々な岩塩など50数種類の塩を料理に合わせて使い分けていますから、それになれているまるん様は違和感を感じたのだと思います。塩は味の基礎ですから」

 

 なるほどねぇ。

 

 「でも知らなかったわ。イングウェンザー城ではそんな色々な塩を使ってたのね。その塩、全部城の中で取れるの?」

 

 私がユミちゃんにそう聞くと、横で話を聞いていたギャリソンが不思議そうな顔をした。

 ん? 私、今何か変な事言った?

 

 「どうしたのギャリソン、変な顔をして」

 

 「いえ特に変わった事はありません」

 

 ギャリソンはさも何事もなかったかのように普段通りの顔を作って私に一礼した。

 でもねぇ、

 

 「嘘はダメよ。だって、あからさまに変な顔してたもん。何かあるんでしょ。ちゃんと説明しなさい」

 

 「畏まりました、まるん様。それでは」

 

 ギャリソンはそう言うと、決意が篭った表情で私にある事実を語った。

 

 「まるん様に対して大変不敬な事と存じますが、ご命令との事ですので申し上げます。まるん様、イングウェンザー城において各種塩の採取場所設置を指示なされたのはまるん様でございます」

 

 「へっ? 私が?」

 

 うそ、だって私は今までそれだけの数の塩が城で取れる事も知らなかったのよ。

 

 「はい、確かにまるん様の御指示だったと記憶しております。それはまだイングウェンザー城が岩山に囲まれた難所にあった頃の事でございますが、本当に御記憶にございませんか?」

 

 岩山に囲まれた場所に城があった頃と言うと、ユグドラシルの頃よね。

 ちょっとびっくり、ギャリソンって、と言うかNPCってユグドラシルの頃の記憶、あるんだ。

 

 それはさておき、ユグドラシルの頃の出来事だと言うのであれば私の記憶ではダメね。

 私は心の奥底にあるマスターの記憶の残滓を引っ張り出して思い出す事にした。

 

 

 ■

 

 

 「店も順調だし、NPCたちのショーも思いのほか評判もいい。でもなぁ、どうせやるのならもっと徹底してやりたいんだよなぁ」

 

 私は廃城イングウェンザーの管理コンソールとにらめっこしながらもう一つ何か売りができないかなぁと考えていた。

 

 「料理の種類自体はもう十分だと思う。いや、昔の豪華な料理のレシピを掲載したデジタルブックが手に入ったらそれに伴って増やしていくつもりではいるけど、目玉になりそうな派手な物は和洋中、一通りそろってるからこれ以上増やしたとしても意味がないって言えば意味が意味がない。だからそれ以外で出された人が感心するようなもう一工夫欲しいんだよなぁ」

 

 コンソールとにらめっこしているだけでは何も思いつかなかった私は椅子から飛び降りた。

 と言うのも今日私が操っているキャラがメインキャラのアルフィンではなく、外見が子供のまるんだったから。

 

 マーチャントジョブを持たないまるんやシャイナはギルド本拠地にいる時は普段あまり使わないんだけど、今日は新クエが発見されたとフレンドから連絡があって、そのクエ攻略にはマジックキャスターで来てくれないかと言われたからまるんで行ったんだ。

 で、その流れのまま城で考え事をしているからまるんの姿でここにいると言う訳。

 

 さて、椅子から飛び降りた私はおもむろにアイテムボックスからギルド本拠地専用のマジックアイテムを取り出す。

 転移先はと言うと、図書館だ。

 このまま何の手がかりもなく考えていてもどうにもならなさそうだったから、適当な資料でも見てと考えたわけだ。

 

 図書館に入るとカウンターに配置してある管理人NPC、首無し伯爵をターゲット。

 

 「検索。旅行関連の昔の雑誌」

 

 音声コマンド入力で目的の物を取り寄せる。

 ここで料理関係の書籍ではなく旅行の雑誌を選択したのは専門書とか料理本を取り寄せても載っているのはレシピばかりだし、それではヒントにならないだろうと考えたから。

 その点、昔の旅行雑誌なら思わぬヒントが見つかるかもしれないと考えたわけだ。

 

 しばらくするとエルダーリッチがワゴンに乗せた雑誌を数十冊持ってきた。

 しかし、いつも思うけど芸が細かいよなぁ。

 現実世界ではいまどき紙媒体なんて存在しないのに、ユグドラシルでは紙の本を手に取って読む事ができる。

 これもゲームの中ならではの演出と言う事なんだろうね。

 

 とりあえず上から順番に手に取ってぺらぺらとページをめくる。

 特に収穫がなかった雑誌はワゴンに戻さず、そのままポンと捨てると床に落ちる前に虚空に消えた。

 見た目は本物でもデーターだからね。

 こういうところはリアルと違って便利だ。

 

 そうやって幾つかの雑誌を虚空に投げ捨てているうちに、私はある記事に注目した。

 それは”普段とはちょっと違った観光地特集”と題した記事の中にあったヒマラヤ旅行の記事で、そこにはピンク色をした岩塩とその採取場を利用した観光地の写真が載っていた。

 

 「へ~、塩って白だけじゃないんだ。それに岩塩って洞窟で取れるんだね」

 

 ゲームのアイテムに岩塩と言うものがあったから存在は知っていたけど、実際にどういうものなのかは私は知らなかった。

 そこで気になったのでもう一度首無し伯爵をターゲット。

 

 「検索。塩の種類がわかる本」

 

 待つ事数分、エルダーリッチが持ってきた本を早速開いてみると、

 

 「なんと、塩ってこんなに種類があるんだ。それに色々な食べ方があったんだなぁ」

 

 茶色だったり赤っぽかったりガラスの結晶っぽかったり。

 昔の人は色々な塩を料理や飲み物に合わせて使い分けていて、世界中の塩だけを扱う専門店まであったみたいだ。

 

 「そうだ、これがいいんじゃないか? 代表的な塩を作ってこの料理にはこの塩を使っていますてな感じで客に料理と一緒に出す。実際に味が解る訳じゃないんだから塩の外装をツールを使って変えればいいだけだし、それぞれにフレイバーテキストを付けてやれば興味を持って調べた人も喜んでくれるだろうし」

 

 そう考えて私は孤高の間まで転移して、玉座についているコンソールを開いた。

 

 「あっそうだ。どうせなら地下4階層の海やその周辺でこの塩が取れると言う事にしよう。実際あそこから外装をいじる前の塩が取れるようになっているんだし、まったくの嘘じゃないからね。では早速4階層のフレイバーテキストをっと」

 

 こうして私は地下4階層のフレイバーテキストを書き換えた後、塩の外装を幾つか作る為にその日はログアウトした。

 

 

 ■

 

 

 ・・・ホントだ、私の体を使っている時にマスターが設定したみたい。

 でも、フレイバーテキストを書き換えただけで色々な塩が取れるようになってたのか。

 

 外装まで作ってあったからかもしれないけど、万能だな、フレイバーテキスト。

 これならNPCのフレイバーテキストに”誓いの金槌を裏切る思想を持っている”なんてのを書いて置けば私たちに反抗的なNPCも作れたのかも。

 いや幾らなんでもそれはないか、ギャリソンたち見てたら創造主に対しては絶対的な忠誠心を持ってるものね。

 

 しかしこの記憶、マスターの記憶の残滓の中でもかなり奥にあったものだし、マスター自身殆ど覚えてないんじゃないかなぁ。

 案外幾つもの塩がイングウェンザー城で取れる事自体知らないかも。

 

 ふふふ、これを教えてあげればマスター、きっと喜ぶよね。

 

 帰ってマスターに逢ったら一番に教えてあげよう。

 きっと褒めてくれるよね。

 

 その場面を想像し、一人ニヤニヤと気持ちの悪い笑いを洩らすまるんだった。

 

 




 途中お金の話が出てきます。
 書籍版の方では本文からの考察で金貨1枚で銀貨20枚以上ではないかと言われていますが、このSSはweb版を基にしているので、そちらの基準に合わせてあります。
 また、物や宿(貴族級)の値段に関してはD&Dのルールを基準に算出しました。

 また、先日タグにマリみてクロスオーバーを足しましたが、使っているのは名前だけです。
 マリみてを知っている人は解ると思いますが、今回のエピソードはマリみての祐巳ちゃんとは何の関係も無いので念のため。


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80 冒険者ギルド

 その日、バハルス帝国の衛星都市、イーノックカウの冒険者ギルドには上質な服を着た女性と子供、そしてその二人に仕えているのであろう執事とメイドと言うその場に似つかわしくない集団の姿があった。

 

 

 

 「へー、結構小奇麗なのね」

 

 私、まるんは目の前の冒険者ギルドの建物を見て感想を洩らす。

 ゲームならともかく現実世界の冒険者ギルドはもっと何と言うかこう、荒くれどもが集っていて物々しい雰囲気なんじゃないかと想像していたのに目の前の建物は思いの他ちゃんとしていて、まるでこの世界のちょっといい宿屋のような造りだったからなのよね。

 

 そんな事を考えての発言に対して、私のすぐ横から理由を説明してくれる優しい声が聞こえてきた。

 カルロッテさんだ。

 

 「それはそうですよ。酒場も併設してはありますが、ここは冒険者ギルドなのですから。冒険者だけでなく依頼人として商人や時には貴族の使いの方も訪れます。それなのに、まるん様が想像なさっているような外見でしたら、怖くて依頼者が近寄れなくなってしまいますよ」

 

 そう言って彼女は笑った。

 なるほど、確かにギルドには冒険者だけじゃなく依頼人も来るんだよね。

 それなのにあまりに物々しい外見では業務に差支えが出ると言われれば確かにその通りだ。

 

 そう考えながら私はギルドの入り口をくぐる。

 すると一斉に集まる視線。

 1階に併設されていると言う酒場に居た冒険者たちが私が入ってきた気配に反応してこちらに目を向けたんだけど、その視線はすぐに興味を失ったかのように私たちから外されていった。

 

 「う~ん、なんか一斉に見られたけど、すぐに無視されちゃった。子供がこんな所に何のようだ! なんて絡まれたりするのかと思ったのに」

 

 「クスクス。まるん様、冒険者をいったいなんだと思われているのですか? 先程も言いましたけどここは依頼人も訪れる所なんです。新人冒険者相手ならともかく、まるん様の外見では依頼人としか思えないのですから、これから自分たちの雇い主になるかもしれない人に喰って掛かる馬鹿はいませんよ」

 

 私の考え方がよほど面白かったのか、クスクスと笑いを洩らすカルロッテさん。

 かわいいなぁ、これで29歳だというのだから、10代の頃はどれだけ可愛かったんだろう?

 エルシモさん、よく捕まえたなぁ。

 

 それはともかくとして。

 そうかぁ~、なんかちょっと残念。

 よく物語に出てくる意地悪をしてきた先輩冒険者を、軽口を叩きながら叩きのめして自分の強さをまわりに見せ付けるってのをやってみたかったのに。

 

 でもまぁ、確かにメイドと執事をつれた冒険者なんているはずがないし、もし美味しい依頼を持ってきた人に絡んでその依頼を受ける事が出来なくなったなんて事になれば自分たちが困るのだから、どんな依頼か聞き耳を立てる人は居るかもしれないけど、入ってすぐに問題を起こそうなんて考える人はいないよね。

 

 気を取り直してギルドの受付カウンターへ。

 当然冒険者登録なんてする訳がないから、依頼や問い合わせ担当の職員が居る場所へと向かった。

 

 すると、

 

 「いらっしゃいませ、イーノックカウ冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」

 

 受付のお姉さんが笑顔でカルロッテさんに話しかけた。

 

 まぁそうだよね。

 実は子供の私が主人とは誰も考えないだろうし、この一行を見たら私でもカルロッテさんに声をかけると思うもの。

 ただ、その後の反応が私の予想の斜め上を行く事となったんだけどね。

 

 「って、もしかしてカルロッテさん? どうしたんですか、そのお貴族様のような格好は? 結婚相手のエルシモさんが大成功したって話も聞かないし、喧嘩別れでもしてその後、どこかの貴族か大商人に見初められでもしたの?」

 

 「リーナさん、お久しぶりです。いいえ、私は今、イングウェンザーと言う都市国家の女王様であるアルフィン様に夫共々雇われているんですよ。それで今日はこの」

 

 そう言ってカルロッテさんは私の方を向き、

 

 「まるん様の案内人兼書記官として同行しているのです」

 

 「そうなの、でも見違えたわぁ」

 

 この受付の人、なんとカルロッテさんが冒険者時代から付き合いがある人だったのよ。

 ここへ来る前の打ち合わせの段階では、カルロッテさんは冒険者相手の受付担当者とは面識があるけど依頼人受付の受付担当者とは面識がないから、受付に着いたら対応してくれた人に事情を話して知っている人に変わってもらうと言う話だったけど、嬉しい誤算って奴? よけいな手間が省けたわね。

 

 「それで、案内人としてここへお連れしたと言う事はやっぱり依頼があって?」

 

 「それが違うの。今度カロッサ子爵様のご紹介で都市国家イングウエンザーの商品をこの都市に輸出する事になったんだけど、この国の今の情勢がカロッサ子爵様にお聞きしても今一歩解らないからここに来たと言う訳。冒険者ギルドなら色々な情報、入ってるだろうしね」

 

 そう、今回私たちが冒険者ギルドに訪れた理由はこれ。

 

 イングウェンザー城が転移して来た場所はこの国、バハルス帝国の東の外れだから中央とか隣国の情報がとにかく少ないのよ。

 カロッサさんもケンタウロスを牽制する役目についているから、普段からあまり自分の領地を離れられないという理由でその手の事はあまり詳しく知らないみたいだったし。

 

 そこで諜報が得意なモンスターやNPCを密偵にして送ろうかと言う話になったんだけど、もし他のプレイヤーがいたり何かのトラブルで他国と事を構えるなんて事になったら困ると言う話になったのよね。

 

 そこでマスターが出した結論は、元冒険者のカルロッテさんも居るし、大きな町の情報が集まる場所まで行って普通に集めると言う物だった。

 現地の人と繋がりがある人が一緒なら、わざわざ苦労しなくても簡単に手に入るからって。

 

 「なるほど。では依頼は冒険者ギルドの情報の買取ね」

 

 「えっ? お金取るの?」

 

 と言う訳で、ここでの話はカルロッテさんの知り合いが居たら彼女に丸投げするって事になっていたんだけど、どうやら彼女にとって予想外の事があったみたい。

 カルロッテさんは相手が知り合いだし、ちょっとした情報くらいなら雑談程度に教えてもらえると思っていた様なんだけど、どうやら情報も売り物だからと言われて驚いたといった感じかな?

 

 「それはそうよ、道で偶然出会って立ち話をするのならともかく、ここは冒険者ギルドなんだから。情報も商品です」

 

 「そんなぁ」

 

 昔の知り合いの無碍な態度に、少しすねたような顔をするカルロッテさん。

 その姿は一児の母とは思えないくらい可愛らしい。

 そんな姿をもう少し見ていたい衝動にも駆られたけど、ここで延々と立ち話をし続けていてはもしこのギルドに依頼を持ち込む人が現れたら邪魔になってしまうからね、私は話に割り込む事にした。

 

 「情報が有料と言うのは当然の話ですね。それで、情報量はおいくらですか? 手持ちも少ないし、白金貨1枚くらいで足りるといいのですけれど」

 

 「はっ白金貨ぁ? そそそ、そんなに要りません。この都市の情報だけなら銀貨1枚、この国の最近の情報も含むのなら銀貨3枚、近隣の国の情報まで含めた場合は銀貨5枚から最高で金貨1枚になります」

 

 私の言葉にリーナと言う受付嬢は目を白黒させながら金額を答えてくれた。

 町の情報だけなら日本円で大体1万円くらいで、世界情勢全てなら10万円くらいか。

 うん、妥当な所ね。

 

 「解りました。ギャリソン」

 

 「はい、それでは金貨1枚分の情報でお願いします」

 

 私がギャリソンに声をかけると、彼は重そうな皮袋から金貨を一枚だしてカウンターに置く。

 するとそれを見たリーナさんは、恐る恐るといった感じで私に話しかけてきた。

 

 「あのぉ、宜しいのですか? 普通は銀貨3枚、多い人でもまず5枚支払ってから追加の情報が欲しい時だけ残りをお支払いになられるのですが?」

 

 「大丈夫ですよ。今必要な情報が銀貨5枚の中に含まれていたとしても、もしかしたらそのほかの情報の中に今後の私たちにとってもっと重要な情報がまぎれているのかもしれませんから」

 

 実際私たちにとって何が重要で何が重要じゃないかなんて解らないんだから、集められる情報は全て集める方がいいと思うのよね。

 何かを決断する時は判断材料になるものが多ければ多いほどいい。

 一見何の意味もなさそうなほんの小さな情報でも、後になって見ればそれを知っていればこんな失敗はせずにすんだのにと後悔する結果になるなんて事もよくある話なのだから。

 

 「解りました。ではこちらへ」

 

 そう言うと、リーナさんはカウンターから出て二階へと繋がる階段へと私たちを案内した。

 

 カルロッテさんが言うには、どうやら冒険者ギルドでは冒険者同士の話し合いや、護衛などの依頼者との契約は二階にある個室で交わされる事になっているみたいで、1階のカウンターで行われるのは任務終了の報告とか倒したモンスターの素材や討伐部位の買取だけなんだそうな。

 

 と言う訳で、私たちは二階の奥の方にある、商談専用の部屋に通される事になった。

 別に商談する訳ではないんだけど、金貨1枚分の情報となると誰かにただ聞きされる訳にもいかないから、防音がしっかりしているこの部屋に通されたんだってさ。

 

 「それではどこから話しましょうか?」

 

 「まずこの都市の情報を。商売上知っておいた方がいい情報とか、気を付けなければいけない事とかですね。あと、このごろの犯罪の発生率や普段と違う所。たとえば近くの街道に野盗とかモンスターが出るとか、治安警備の状況とかが解るとありがたいです」

 

 安全なのに物々しい護衛をつけて移動したりしてはやはり目立つだろうし、逆に危険な状況なのに護衛が少なすぎても面倒ごとを呼び寄せる事になる。

 何が襲ってきてもどうと言う事はないけど、別に自分から災いを引き寄せる必要はないのだから、この手の情報はまず真っ先に仕入れておくべきなんじゃないかな?

 

 「そうですね、まずは」

 

 そう言ってリーナさんは話し始めた。

 それによると商売上での気を付けなければいけない点と言うのは昨日商業ギルドで聞いた話と大差ないみたい。

 治安に関してはイーノックカウ周辺の街道や町の表通りは兵士が見回っているから特に危険はないけど、このごろ兵士の数が減っているので裏道まで目が行き届いていないから、そちらにはしばらくの間は近づかない方がいいらしい。

 

 「兵士が減っているのですか?」

 

 「ええ。と言っても一時的な話です。毎年我が国はこの次期になると隣国と戦争をするのですが」

 

 「ああ、隣のなんとかって王国と毎年戦争しているんですよね?」

 

 この話は知ってる。

 相手の国を弱体化させるために、毎年作物の収穫で忙しい時期を狙って戦争を仕掛けてるんだってね。

 とは言っても実際は殆ど小競り合い程度で双方たいした被害が出ることはないってカロッサさんが言っていたって、マスターが話してくれたのを覚えている。

 

 「ええ、仰るとおり毎年リ・エスティーゼ王国と戦争をしています。しかし今年はいつもの年と少々状況が違っていまして」

 

 「何か特別な事でも?」

 

 なんだろう? 相手国が強力な兵器とかを手に入れたとかかな?

 

 「はい。どうやら皇帝エル=ニクス陛下のご友人を新設された爵位である辺境侯と言う名の新たな大貴族としてお迎えになるにあたり、皇帝と帝都を守る第1軍を除く7軍の将軍全てを招集なさいました。それに伴い、都市や領地を守る最低限の人数を残して6万もの兵士が今年の戦争に参加する事になったのです。その為、今このイーノックカウの兵士は通常よりかなり少なくなっていると言う訳なのです」

 

 へぇ~、友人を大貴族にしてそれをお披露目する為に毎年小競り合いしかしない戦争に大軍を投入するのか、それはまた豪気な話だね。

 

 でも、人を集めて戦争をすると言うのはそれだけ大きなお金が動くものだし、その辺境侯とか言う貴族を皇帝陛下がいかに大事にしているかを国内外に知らしめるにはいいパフォーマンスなのかも。

 毎年小競り合いしかしないのなら、間違って大被害が出るなんて事も無いだろうしね。

 

 「なるほど。でも他国の人間である私に、今この国の兵士が一箇所に集まっていて警備が手薄だなんてこと、話してよかったの?」

 

 「はい。何せ金貨1枚の情報ですから。とまぁそれは冗談として、これだけの軍の大移動ですから隠そうとしても隠し通せる物ではありません。この情報は敵である王国ですら知っているであろう情報ですから問題はないですよ。それに法国相手ならともかく、そのほかの小国では例え戦端が開かれて我が国の中まで一次的に侵攻出来たとしても、じきに自国まで押し返されて逆激を加えられるのが落ちですし、下手をするとそのまま併合されるなんて事にもなりかねないですからね。誰もそんな事をしないと解っているのですよ」

 

 へ~、そんなものなのか。

 でも、確かに大国相手では下手にちょっかいを出して恨みを買ってもいい事は何も無いだろうし、いちいち自分から虎の尾を踏みに来ようなんて考える者はいないという訳か。

 

 「後はそうですねぇ、夜の墓地には近づかないほうがいいですよ。なにやらこのごろアンデッドの出現率が少しずつですが増えているようなので」

 

 「アンデッドですか?」

 

 へ~この世界ではダンジョンだけじゃなく、墓地にもアンデッドが湧くのか。

 そう言えば、アンデッドが湧くフィールドには墓石とかのオブジェクトがよく見られたっけ。

 

 「はい。ゾンビとかスケルトンのような弱いものだけなのですが、銅や鉄の冒険者も減っているし、先程のような事情で兵士の数も減っているので見回りがおろそかになっているみたいなんですよ。まぁ、これも戦争が終わるまでの一時的な話ですし、商売をする為の下見に来られた方にはあまり縁のない話ではあるのでしょうけどね」

 

 「そうですね、私も墓地を観光する趣味はないので、近づかないようにします。後、何かないですか?」

 

 そう言って笑い、まるんは話題を次のものに変えるよう促してリーナさんからいろいろな話を聞きだすのだった。

 

 




 やっとアインズ様が出てきました。
 とは言っても爵位名だけですけどね。
 因みに前に私のHPの掲示板で終わりのほうに名前だけは出てくると書きましたが、別にこの章で終わるわけではありません。(名前、出てきてないしね)



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81 吸血鬼とフラグ

 

 

 冒険者ギルドでは色々な話が聞けた。

 

 たとえばこの国最高の魔法使いであるフールーダ・パラダインと言うお爺さんが辺境候に弟子入りしたという眉唾な話や、リ・エスティーゼ王国が自国の村をバハルス帝国の兵士が襲って回っているというありえない話を流して帝国の評判を落とそうとしているという話とか。

 

 あとスレイン法国の実働部隊の一つがいつもなら竜王国へ向かうはずなのに今年は動いていないから、もしかすると他国に何かアクションを起す前準備をしているのではないかと言う噂。

 

 「まぁ、スレイン法国と我が国とは友好的な関係を築けているので、何かアクションを起すとしたらビーストマンの国を本格的に攻撃するとか、今現在戦争状態にあるというエルフの国に対して大規模な侵攻を開始するんじゃないかというのがギルドの上層部の考えです」

 

 「スレイン法国はエルフの国と戦争をしているのですか?」

 

 マスターからスレイン法国は人間以外は認めないって言う心の狭い国だとは聞いていたけど、戦争までしているのか。

 

 「昔は協力関係にあったという話ですが、今は関係がこじれて戦争中ですね。現在の戦況はスレイン法国が優勢らしいですから、案外本当に本格侵攻を開始して戦争を終わらせるつもりなのかもしれないですよ」

 

 「なるほど、では今はスレイン法国にエルフが近づくのはエルフの国に関係がない人でも危険ですね」

 

 「そうですね。でもまぁ、戦争中ではなくてもあの国にはエルフやドワーフは近づかないでしょうけどね。国に入ったら捕まって奴隷にされると言う話まで聞こえてきますし」

 

 うわ~、そこまでなのか。

 あやめやあいしゃは絶対に近づけちゃいけない国みたいね。

 この世界の住人の力からするとありえないけど、あの二人のどちらかに怪我でもさせてしまったら最悪の場合、マスターの怒りを買ってうちのギルドの力を総動員して国を滅ぼす事に、なんて事になりそうで嫌だし。

 

 「その他に何かありませんか?」

 

 「そうですねぇ、噂程度でいいのであればエ・ランテルという王国の都市の周辺にカーミラという吸血鬼が現れたと言う話があります」

 

 カーミラ? なんてベタな名前の吸血鬼だ。

 ん? ベタってなんだっけ? なんかマスターの記憶の残滓から反射的に出てきたけど。

 

 それはともかく、カーミラと言うのはマスターの知識で言えば代表的な有名吸血鬼の名前のはずなんだよね。

 ちょっと引っかかるし、聞いてみるかな?

 

 「カーミラですか。それ、有名な吸血鬼なのですか?」

 

 「いえ、少なくとも冒険者ギルドの記録にはカーミラと言う名前の吸血鬼がいたという記録はありません」

 

 カーミラ=吸血鬼の名前と言うのは、この世界では一般的ではないということなのか。

 って事はこの吸血鬼、もしかしてプレイヤーがらみだったりするとか?

 

 偶然この世界にカーミラと言う吸血鬼が居たとしてもおかしくはないかもしれない。

 でもマスターがこの世界に転移してきているし、過去にプレイヤーらしき人物がいたという情報も入っているのだからカーミラと言う名前の吸血鬼のアバターを使っていたプレイヤーや過去にこの世界に飛ばされたプレイヤーについてきたNPCと言う可能性がまったくないわけじゃないのよね。

 

 「そう。じゃあその吸血鬼の情報、もう少し聞かせてもらえる?」

 

 「吸血鬼の情報ですか? 少し待ってください」

 

 そう言うとリーナさんは羊皮紙が纏められたファイルのようなものを取り出して読む。

 流石に別の国の町に出た吸血鬼の話なんて詳しく知っているわけがないから仕方ないよね。

 

 しばらくして羊皮紙の中からその辺りの情報を探し出して一通り読み込んだリーナさんは、「大体の事は解りました」と言って私のほうに向き直って口を開いた。

 

 「交流があるとは言え敵対国の冒険者ギルドからの情報なのでそれ程詳しい話が伝わっているわけではないです。ですから、その辺りは御許しください」

 

 「ええ、解っています。伝わっている事だけでいいから教えてください」

 

 詳しい話が伝わっていて、その情報か全てあの羊皮紙に書かれていたのであれば、それを読むのにあんな短時間ですむはずが無いだろうからね。

 そう思って私が了承を示すと彼女は、先程調べた内容を私に伝えてくれた。

 

 「目撃したのはバニアラという女性冒険者ですね。彼女は野盗のアジトを急襲すると言う依頼を受けて行動していたのですが、その目的地で吸血鬼と遭遇し、ただ一人生き残ったそうです」

 

 「へ~、運がよかったのね。レンジャーか何かで離れていたの?」

 

 PTで行動して全滅するような相手に出会ったら一人だけ生き残れるなんて事は多分ないと思うし、もし予想通りプレイヤーやNPC相手だとしたら逃げ切るなんて事はまず不可能だろうからなぁ。

 でも私の予想は外れていたみたい。

 

 「少し説明が足りませんでしたね。連絡要員のレンジャーは別に居ました。彼女はその吸血鬼と対峙して唯一生き残った冒険者です。彼女の話によると持っていたポーションをぶつけたおかげで助かったとのことです」

 

 ポーションで生き残ったの?

 確かにアンデッドは回復アイテムでダメージを受けるけど、それだけで逃げたりするものなのかなぁ?

 う~ん、そうだ! クリティカルが出れば或いは!?

 いやいや、流石にそれは無いか。

 

 「後、カーミラと言う名前はエ・ランテルの冒険者ギルドに所属しているモモンという冒険者から齎された情報です」

 

 「そんな吸血鬼の情報を持っているなんて。その人はミスリルとかの上位冒険者なのですか?」

 

 「いえノービス、すなわち新人で銅の冒険者と記載されています。なぜ彼が知っていたかと言うと子供の頃、そのカーミラと言う吸血鬼に村を滅ぼされたからだとの事です」

 

 子供の頃に?

 う~ん、ならプレイヤーとは無関係なのかなぁ?

 もしユグドラシルのプレイヤーなら村を壊滅させるなんて事はしないだろうし、はぐれたNPCでそんな昔から居たのならこの世界の人々の強さではとんでもない脅威だからもっと大きな話題になっているはずだからね。

 

 「なるほど。ところで最初に出てきたバニアラって女性冒険者ですけど、所属していたPTのランクはどれくらいだったのですか? 野盗討伐を請け負うくらいだから、やはり金の冒険者くらいで?」

 

 「いえ、鉄の冒険者ですね。野盗と言っても街道を通る馬車を襲う程度の者達ですから銅では少し危険ですけど、鉄クラスなら十分対応できるので」

 

 なんだ、鉄クラスなのか。

 なら弱い個体であったとしても吸血鬼に出会ったら全滅するか。

 そっかぁ、どうやら私の取り越し苦労、考えすぎだったみたいだね。

 

 「鉄クラスだったのですか。この辺りではもう金の冒険者以上しかいないという話だったのでてっきりそれくらいのPTだと思って聞いていました」

 

 「ああ、この国の冒険者を基準に考えたらそうでしょうね。皇帝陛下が街道や町の警備に兵を回してくださったおかげで銀以下の冒険者の仕事が激減しましたからバハルス帝国の冒険者は上位の者意外は殆ど居なくなっていますけど、王国では未だに冒険者がその手の仕事を担っていますからね。あちらの国では鉄とか銀の冒険者が珍しくないんですよ」

 

 なるほどねぇ。

 国ごとに事情が違うと言う訳か。

 この国ではライスターさんみたいな兵士が野盗討伐に動くけど、リ・エスティーゼ王国では冒険者が依頼を受けて討伐する。

 どちらがいいかは断言出来ないけど、仕事にあぶれた冒険者が野盗になるなんて状況を見ると、今のこの国のやり方が正しいとも言い切れないんだよなぁ。

 

 「冒険者的に言えば、王国の方が住みやすそうですね」

 

 「そうですね、この国では冒険者を始めてクラスを上げる機会がかなり減っていますから。将来を見据えると、今の状況は少し困り物かもしれませんね」

 

 それに依頼が少ないとギルドへ入ってくるお金も減るし、なんて事をリーナさんはぼやいていた。

 そうだよなぁ、依頼人からの手数料でギルドは運営されているんだから。

 

 「でもまぁ、ギルドのメイン収入は高ランク冒険者の依頼ですから、今のところはあまり収入が減っているわけじゃないんですけどね」

 

 あら。

 聞いてみたところ、どうやら低ランクの冒険者が100回依頼をこなすより金の冒険者が1回依頼をこなす方が収入は多いらしい。

 おまけにそのクラスの冒険者への依頼となると、帝都にいる近衛兵くらいしか解決出来ないから必ず冒険者ギルドへ依頼が来るそうな。

 

 「なら今の状況だけ見れば、ギルド的にはあまり危機感は感じていないんですね?」

 

 「そうですね。次の世代が育ちにくいという欠点はありますけど、食べるのに困って冒険者になる人は後を絶ちませんから、絶対に育たないというわけでも無いですからね」

 

 命の切り売りをして日銭を稼ぐ人が耐えないというのも悲しい話だけど、それがこの世界なんだから仕方ないよね。

 

 さて、一通りこの辺りの情報は聞いたしそろそろお暇するかな?

 

 「噂話程度の話まで聞いたのですから、これで情報は打ち止めですよね?」

 

 「はい。伝えなければいけない情報は全て伝えたと思います。また、頂いた金額が金額ですから、後日必要と思われる情報が出てきた場合はこの木札を持ってギルドまで御越しください。ギルドにある情報でしたらお教えしますので」

 

 そう言って、リーナさんは私に焼印で印を付けられた木札を手渡してくれた。

 この人は前もってお金払ってますよぉって印の札みたいね。

 私はその札を受け取ると、

 

 「ギャリソン、預かっておいてね」

 

 「畏まりました、まるん様」

 

 そう言ってギャリソンに手渡した。

 だって、私はドレスを着ていてポケットなんてないし、ポーチも持ってない。

 アイテムボックスがあるけど、それを人前で見せるのもなんか違うからね。

 だから執事であるギャリソンに手渡したと言う訳。

 

 「あっ、後日聞きたい情報があったときは、このギャリソンがここを訪れると思うのでよろしくお願いしますね」

 

 「畏まりました」

 

 

 

 リーナさんに出口までお見送りをしてもらって私たちは冒険者ギルドを後にした。

 

 「まるん様、次はどこに向かわれるのですか?」

 

 まだ日は高く、宿に帰る時間ではないと言う事でカルロッテさんが私に次の行き先を聞いてきたんだけど、それに対して私はさも当然とでも言うように次の行き先を告げる。

 

 「さっきの話の内容から考えて、次に行くべき場所なんて墓地一択じゃない」

 

 「えっ? 墓地に行かれるんですか? でも近づかない方がいいって」

 

 うん、そう言っていたね。

 でもそれってさぁ、

 

 「私たちの国にはフラグが立つって言葉があるの。さっきリーナさんは夜にアンデッドの発生率が上がっているから近づかない方がいいって言っていたよね。これって、正にフラグなのよ。この言葉に従って墓地に行かなければアンデッドが大発生して大変な事になるって言うのがお約束だからね。なら前もって墓地を訪れてそのフラグを折りに行こうって訳」

 

 「はぁ、ふらぐですか」

 

 よく解らないって顔ね。

 まぁ、私もよく解ってないんだけどね。

 

 「それにアンデッドが湧くのって夜だけって話だから、昼間訪れても危険はないだろうし、前もって地形を見ておけば何かが起こったとしても対処できるでしょ。それに今回何もなかったとしても将来的にこの町にイングウェンザーのお店を出すつもりなのだから未来の危険に対処する為にも見ておくべきだと思う。私たちが今回この都市に来たのはここがどんな所かを調べる為だからね」

 

 「そうですね。夜は危険かもしれないですけど昼間はお墓参りに行かれる方もいるだろうから危険も無いでしょうし。では参りましょうか」

 

 カルロッテさんの同意も得られたので、私たちはイーノックカウ外周の防護壁近くにある墓地へと向かった。

 

 

 

 たどり着いた墓地は想像以上に大きく、周りを石の壁で覆われていて、その壁の上を兵士が歩く事ができるような造りになっていた。

 なんと言うかなぁ、砦の壁って感じ。

 アンデッドが壁の近くまで来たら上から攻撃できるようになってるんだね。

 

 そしてその壁の一箇所に大きな鉄の門が作られていた。

 夜になれば墓を町とを隔てる壁の一部になるであろうその頑強な扉だけど、今は墓地を訪れる人たちのために広く開け放たれていて、外から覗いて見ると墓地の中には花を持った人がちらほらと見受けられた。

 

 「まるん様、平和そのものです。今の時間帯の景色からはこの墓地にアンデッドが湧くなんてとても想像もできないですね」

 

 「そうだね、ただこの地形が・・・ねぇ」

 

 門の前は噴水のある広場になっていてそこから町へ向かって4本の道が扇状に広がっていた。

 なんと言うかなぁ、ホラー映画でよくある、あふれ出したゾンビが一斉に広場になだれ込んで、そのまま町へと襲い掛かるってシチュエーション? その舞台にしか見えないんだよねぇ、これが。

 

 「この地形がどうかしましたか?」

 

 「いや、なんでもないよ」

 

 私の目からしたら不安をかき立てられるロケーションではあるんだけど、これを説明しても解ってはもらえないだろうし、たとえ理解できたとしても無駄に不安にさせるだけだろうから私は言葉を濁した。

 

 「まるん様、それにしても立派な壁ですね。それに扉も頑丈そうで。これならちょっとやそっとの事ではビクともしないと思いますよ」

 

 そう言うと、カルロッテさんは頑丈な石壁をぺしぺしと叩いた。

 あ~、そう言うのもフラグになるんだけどなぁ。

 そんな事を考えながら苦笑いを浮かべていると、笑い声とともに聞き覚えのある声が私たちに後ろから語りかけてきた。

 

 「ハハハ、それはそうですよ。なにせこの壁と扉は我がイーノックカウの外部防護壁と同様の強度を誇っていますからね」

 

 その声に振り返ると、そこにはつい先日この都市にくる馬車でご一緒した見知った顔が。

 

 「えっ? ヨアキムさん?」

 

 墓地や壁に気を取られて気が付かなかったけど、今この墓地の入り口を警備している兵士さんの一人がライスターさんたちと行動をともにしていたヨアキムさんだった。

 

 「ヨアキムさん、帰ったばかりなのにこんな仕事もするんですね?」

 

 「はいまるん様、今は人手不足ですからね。隊長は報告書等の事務仕事に追われて本部に篭っていますけど、我が部隊は巡回や各所の警備についています。私も帰還した次の日は休みを頂きましたけど、次の日からここに詰めていますよ」

 

 なるほど、確かに人手不足なら遊ばせている余裕はないよね。

 

 「ところでこの壁、そんなに丈夫なんですか?」

 

 あ、カルロッテさん、そんなよけいな事聞いちゃダメだって。

 フラグが、フラグが立ってしまう!

 

 「ええ、先程も言いましたが外部防護壁と同じ素材を使用して、厚さもそれに準じていますからね。それにこの門も一人では開け閉めできないほど重く、頑丈に出来ています。10や20のスケルトンやゾンビがいきなり湧いて襲ってきてもビクともしませんから安心してください。それこそ100体以上のアンデッドが同時に攻撃を仕掛けない限り破られる事はありませんよ」

 

 「なっ!?」

 

 なんてこったぁ!

 これ以上ない程のフラグ立てじゃないか。

 

 もう間違いない、今夜ゾンビが大発生する。

 そしてこの都市は死者の町になるんだ。

 

 ガクブルガクブル。

 

 そんな想像をして震えていると、後ろから軽く肩に手を添えられ、優しく声をかけられた。

 

 「まるん様、なにやらおかしな御想像をしていらっしゃるようですが、100や200のアンデッドが発生した所で物の数ではないのではないでしょうか?」

 

 「えっ? ああ、そうか! 確かにユミちゃんの言うとおりだね」

 

 私の顔色が悪くなったのを見て、ユミちゃんが心配して声をかけてくれたみたい。

 でも、そう言えばそうよねぇ。

 なんかホラー映画のイメージで怖がっていたけど、1~2レベル程度のゾンビやスケルトンなんてそれこそ1万いたって私たちの脅威にならないのを忘れていたわ。

 

 「ありがとうユミちゃん。もう大丈夫よ」

 

 私はそう言うとユミちゃんに微笑みかけ、改めて目の前の墓地を見る。

 余裕が出てからこの墓地を見渡してみれば別段怖がる要素は何も見当たらないのよね。

 それにゲームの世界ならともかく、現実の世界ではフラグも何もない。

 いくらフラグを立てた所で実際にそれが起こるなんて事はないだろう。

 

 今までの馬鹿な考えに苦笑いしながら、まるんは広場の中央にある噴水の縁に腰掛け、談笑するカルロッテとヨアキムの姿を見つめるのだった。

 

 




 今回の話を書くに当たって読み直して気が付いたのですが、web版では冒険者のクラスは鉄とか金じゃなく、AとかBで表現されていましたね。
 今更変える訳にはいかないのでweb版準拠を謳っていますが、これに関してはこれまで通り鉄とか金で表現します。
 ただ、キャラクター名はweb版で。

 あと吸血鬼関連の話では意図的に色々と情報を省いています。
 本編でも書かれている通り敵国からの情報なのに詳しく伝わるのも変だし、何よりこの話から別のプレイヤーががかかわっていると感付かれても物語的に困るので。


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82 愛妾からの御招待

 

 散々フラグを立てたその夜。

 当然のごとく、ゾンビやスケルトンの大量発生事件もワイトなどの強力なアンデッドの襲来事件も起こらなかった。

 当たり前よね、だってここは一応現実の世界なんだから。

 

 それから数日間の間様子を見てはいたんだけど、墓地周辺は平和そのもの。

 私の想像は完全に外れたと言う事みたいだね。

 

 

 

 衛星都市とは言えイーノックカウはバハルス帝国の中でも比較的大きな都市だ。

 そんなこの町を私たちは色々な場所を、大きな商会だけでなく町にある小さな店や雑貨屋、屋台に並べられた商品など、この町に住む人たちの生活というものを垣間見られる場所をとにかく見て周った。

 そんな日々の中で、私はある事に気が付いていた。

 

 私がこの都市へきて数日たった、ある日の事。

 

 「ねぇカルロッテさん、なんか日に日に町を歩く人が増えていく気がするね」

 

 「そうですね、まるん様。多分それだけ戦争が近いということなのでしょう」

 

 町を行きかう人々を眺めながら、私たちはそんな事を話していた。

 

 ここ衛星都市イーノックカウは、リ・エスティーゼ王国とも危険なトブの大森林とも離れている為住人が危険に晒される可能性が低い事から、毎年戦争が近づくこの時期になると帝都や西にある都市から一時避難して来る者が増える。

 その為、いつもよりも行き交う人が増えて、今この都市はいつも以上に活気に溢れていると言うわけだ。

 

 「戦争自体は迷惑な話だけれど、それも私たちからしたら遠く離れた場所での事だし、そのおかげで西の方の商人もこの町に商品を持って批難してくるから、普段は扱っていない珍しいものが露天やお店に増えて返ってラッキーよね。わざわざ足を運ばなくても見たり買ったりできるもの」

 

 「ふふふ、確かにそうですね。少々不謹慎な気もしますけど」

 

 カルロッテさんはこう言うけど、この国では戦争をするのは職業軍人だけで農民や商人、職人は徴兵されない。

 戦争をする職業の人たちだけでやるのなら、それによって私たちが恩恵を受けたところで何も問題はないと私は思うんだけどね。

 

 

 

 そんな風に戦争によって起こる事が、私たちにとって都合のいい事だけだろうなんて思っていた時期もありました。

 そう、この頃までは。

 

 

 

 そんな話をしていた次の日の夕刻。

 

 「え? 私にお客さんですか?」

 

 その日、私たちが宿泊している宿に帰ると、入り口で支配人さんに声をかけられた。

 

 「はい。先程からロビー奥のラウンジでお待ちになられております」

 

 う~ん、誰だろう? 私がこの町で知っている人といえばライスターさんたちくらいだけど・・・。

 そう思いながらラウンジに向かうと、そこにはカロッサ子爵さんのところの筆頭騎士であるリュハネンさんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。

 

 ん、なんか嫌な予感。

 あの顔はどう見ても厄介ごとを運んできたって顔よね。

 

 思わず回れ右して逃げたくなる気持ちをぐっと抑える。

 だって、この人やカロッサさんには色々と助けてもらっているもの。

 いくら面倒くさそうでも、無碍にするわけにはいかないものね。

 

 「こんにちは、リュハネンさん。今日はどうなされたのですか?」

 

 「まるん様、ご無沙汰しております。実は大変申し上げにくいのですが」

 

 リュハネンさんはそう言って本当に申し訳なさそうな顔をする。

 そして、

 

 「この国の皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下の愛妾であらせられますロクシー様が都市国家イングウェンザーの方と御会いになられたいと申されまして」

 

 「はぁ・・・はあっ!?」

 

 ななな、何を言い出すんですか、この人は。

 そりゃあさぁ、リュハネンさんと馬車の旅をご一緒したのだからこの都市の領主とかと会う可能性はあるかもなぁなんて私も思っていたわよ。

 でもそれを飛び越えて、いきなり皇帝縁の人に会えって?

 

 愛妾ってあれでしょ、妾の中でも特に皇帝に気に入られているって人でしょ。

 そんな人と会うなんて、私には荷が重いよ。

 

 「どどどっどうしてそんな話になったんですか!」

 

 「それなんですが、ちょっとその前に」

 

 そう言うとリュハネンさんは少し話が長くなるからとウェイターを呼び、人数分のお茶を用意させた。

 私たちも立ったまま話を聞くわけにもいかないので会談できる場所に移動し、それぞれソファーに座って彼の話を聞く事にした。

 

 「実はですね、私もまったく想定しない事が起こりまして。事の起こりはアルフィン様がエントの村で村長にお渡しになられたルビーが発端なのです」

 

 「ルビーと言うと、情報量代わりにと価値を知らなかったアルフィンが渡した”あの”小さなルビーの事ですか?」

 

 その話なら覚えてる。

 マスターがカロッサさんの所で聞かされて驚いたって言ってたもの。

 でも、あれをどうしたらこんな事態になる訳?

 

 「はい。実はあの品、子爵が村から買い取ったのですが、何せ金貨5000枚もするほどの高価なものです。子爵もそれほどの価値があるものを手元においておくほどの余裕はなかったので今回イーノックカウに訪れた際、商業ギルドに買い取ってもらいました」

 

 「へぇ~、そうなんですか」

 

 確かに地方領主であるカロッサさんからすれば小さなルビーを持っているより、領地の運営資金として金貨に変える方がよっぽど有意義だと思う。

 

 「そのルビーなのですが、どうやら王国との戦争がもうすぐあると言う事で万が一に備えてこの都市に疎開なされている陛下の妾たちの元に持ち込まれたそうでして」

 

 「ああ、それでロクシー様という方の目に止まったのですね」

 

 なるほど、この宝石はどこから齎されたのかと気になった訳か。

 そう私は思ったのだけど、実はそうじゃなかったみたいなのよ。

 この話には続きがあったの。

 

 「いえ違います。確かにあのルビーは透明度が高く素晴らしいものでしたが、それだけであれば王宮に行けば他にも存在する物ですから。問題はその後に起こりました。それと同等の価値のあるルビーと、同じく素晴らしい品質のエメラルドとアレキサンドライトが商業ギルドに持ち込まれ、それもまた皇帝の妾たちのところに持ち込まれたのです。一つだけならともかく、これだけの高品質の宝石が何品もこの地方都市に持ち込まれるというのは異常な事でして、そこにロクシー様は興味をもたれました。そこで出所を商業ギルドの者にお尋ねになられたところ」

 

 「なるほど、カロッサさん縁の者が持ち込んだと説明したんですね」

 

 うわぁ、思いっきり私のせいじゃない。

 でもでも、まさか宝石を売ったくらいでこんな事になるなんて思わないでしょ。

 

 「その上、同時に希少金属まで持ち込まれたというのもお耳に入ったそうで、そんな物まで手に入れることが出来る者が居るのであれば一度会ってみたいと私のところまで使者が参った次第です」

 

 「ああ、そう言えばミスリルとオリハルコンも少し売ったね・・・」

 

 私はそう言って遠い目をする。

 どうしてこうなった。

 

 いや理解できるよ、話を聞けばその訳も理由も。

 でもなぁ、それなら、

 

 「でもそれならば商人として会うという選択肢もあったんでしょ? なのになぜ”都市国家イングウェンザー”の者と会うって話になってるんですか? どうしてイングウェンザーの存在までそのロクシー様という方に伝わっているのです?」

 

 「それに関しては私が悪いわけではありません。子爵とライスター殿、特にライスター殿に対して抗議をしてください。子爵は書簡の中にまるん様は都市国家イングウェンザーの貴族商人の家の者であると記載しておいたそうです。そうする事により、まだ御小さいまるん様相手ででも担当の者がしっかり相手をすると御考えになられたのです。」

 

 「ああそうなんですか。それはお心遣いありがとうございます。しかしそれだけなら貴族商人相手と言う事になるので都市国家イングウェンザーの者という言い回しにはならないですね。と言う事は」

 

 「はい、ライスター殿から漏れました」

 

 リュハネンさんの話しからするとこう言う事情らしい。

 

 ライスターさんは自分の部隊に到着すると上司にカロッサ子爵の所での事を報告した後、部隊でお土産だと言ってお酒をその上司と先に帰っていた部下たちに振舞ったらしい。

 それがあまりに美味しかったからそれをどこで手に入れたかという話になったそうで、その際に都市国家イングウェンザーのアルフィン姫とシャイナ様から頂いた物で、この都市への帰還の際もまるん様の素晴らしい馬車に乗せてきて貰ったと、そして私もそのイングウェンザーの支配階級だと酔った勢いで話してしまったみたいなのよ。

 

 そしてその話がロクシー様という方の耳にも入ってしまったようで、それならばその国の者と御会いしたいという話になってしまったらしい。

 

 「そう言う訳ですのでまるん様、どうかロクシー様に御会いしていただけないでしょうか?」

 

 「無理です! 無理無理! 私にはそんな大役はできません。だって私、まだ子供ですよ。それなのにこんな大国の皇帝様の愛妾の相手なんて。絶対無理です!」

 

 断固拒否! 大体、外交関係はマスターとアルフィン担当なんだから私なんかが出来る訳がないじゃないの。

 だって私は偉い人と話をする練習もしてないし、そのスキルも無いんだから。

 

 「これこの通り、そこを何とか。私ども子爵家ではロクシー様の御言いつけを断る事はできないのです。もしそんなことをしてしまえば子爵の立場が危うくなってしまいます」

 

 「そんな事を言われたってぇ」

 

 無理なものは無理よ。

 ただの貴族相手ならこちらも同格であるって感じで対応出来ない事も無いけど、相手は皇帝のお気に入りでしょ。

 私の対応が不味くて戦争になんて事になったら大変じゃない。

 

 そうなったら手加減できないから下手をするとこの国、滅ぼしちゃう事になるよ。

 そんな事になったらユーリアちゃんたちとどんな顔して会ったらいいか解らなくなるじゃないの。

 

 「そうだ! そのロクシー様という方と会うと言うのは何時の話なんですか? 時間があるのならアルフィンたちを呼び寄せて」

 

 「すみません、ロクシー様もお忙しいお方なので。急なお話で申し訳ないのですが、明後日の午後に御会いしたいとのことです」

 

 うがぁ~! 本当に時間が無いじゃない。

 常識的な考えで言えば、この都市とイングウェンザー城の位置関係からすると今から伝令を出して、急いで来てもらったとしても間に合わないじゃない。

 もしかして積んだ?

 

 「私は絶対に無理ですからね! そんなの自信ないです」

 

 私のその言葉にリュハネンさんがソファーから立ち上がり、その場で平伏、所謂土下座をする。

 

 「お願いします。もし御会いしていただけなければ子爵の立場が本当になくなるのです。これ、この通りお願いいたします」

 

 や~め~てぇ~! いかにも位の高そうな騎士がそんな格好をするからすっかり注目の的じゃないの!

 

 イタイイタイ、周りの視線が本気で痛い。

 ああ私、もう泣きそうよ。

 

 「う~もう! 仕方がない、最後の手段を使うしかないわね。リュハネンさん、今回の私がやった事は絶対他言無用でお願いします。カロッサさんにも秘密にしてください。それが約束できないのであればこの話はお断りします」

 

 「おお、それではお引き受けしてくださるのですね? ありがとうございます。絶対に秘密は守ります。本当にありがとうございます」

 

 本当にこれは最後の手段だ。

 だってこの国の常識ではありえない事を行うのだから。

 

 「それでは一旦私たちの部屋に行きましょう。ここで話せる内容ではないので」

 

 「はい」

 

 私たちは人目を避けるために借りている自室に戻った。

 

 

 

 「アルフィンを呼びます。そして彼女にそのロクシーさんという方の相手をしてもらいます」

 

 「え? ですが、今から使者を送ったのでは間に合わないのではないでしょうか? 確かにあの馬車ならば今晩の内に城に到着する事でしょう。しかしアルフィン姫様は今農業指導の為、ボウドアにご滞在とか。それならばロクシー様と御会いになるには準備の時間が」

 

 そうだよね、常識的に考えたら絶対無理だよね。

 だから口止めしたんだよ、最後の手段を使う為に。

 

 「ええ、馬車では間に合いません。だから通信の魔法を使います」

 

 「通信の魔法? もしや<メッセージ>の魔法ですか?」

 

 あれ? この世界にも<メッセージ/伝言>の呪文、あるのか。

 はぁ、ならこんな大騒ぎする必要なかったんじゃないか。

 

 「ええ、そうです。なんだ、メッセージの魔法を知っているのなら時間的余裕ができる事、解っているんじゃないですか」

 

 その私の言葉にリュハネンさんは静かに首を横に振った。

 

 「いえ、私の知る限り<メッセージ>の魔法は信頼性が薄く、また距離が離れればその精度はより落ちると聞いています。まるん様はこの場所から遠くはなれたイングウェンザー城まで正確な情報を送れるほどの<メッセージ>の魔法を操る事ができるのですか? 流石アルフィン姫様に次ぐ地位の方だ」

 

 うわぁ、この世界の<メッセージ>ってそんなに精度が悪いのか。

 それじゃあ、連絡ができないって思うのも無理は無いよね。

 

 「わっ私たちの国で使われている<メッセージ/伝言>の魔法は、もしかするとこの国のものとは違うのかもしれないですね。あっと言う事はこれはあまり他の人に知られてはいけない情報なのかも。情報伝達手段と言うのは強力な武器になり得る代物ですものね。これは他言無用で」

 

 「はい、解っております、先程のお約束、忘れては居ませんよ。これで連絡はいいとしてですが、アルフィン姫様はどのようにこちらへ。やはり空を飛んでこられるのでしょうか? それとも多くの兵をこの地に運んだと言う転送魔法で?」

 

 ・・・へっ?

 

 「どどど、どうしてそんな発想が? あっアルフィンが空を飛んだり多くの兵を遠くに運べるってなぜ知ってるんですか!?」

 

 「あっ!」

 

 途端に目をそらすリュハネンさん。

 うわぁ、とんでもない失言をしてしまったって顔してるよ、この人。

 

 「リュ・ハ・ネ・ンさん?」

 

 「しっ知っている訳ではありません。今までのイングウェンザー城周辺の情報やアルフィン姫様の行動から推測しただけです」

 

 

 

 リュハネンさんの話によると、最初にエントの村に都市国家イングウェンザーの姫君であるアルフィンが護衛もつけずに一人で歩いて現れたのは、きっと馬車から御付の者が目を離した隙に魔法で空を飛んで脱走して訪れたからではないかと考えたんだって。

 次に城からボウドアの村への道が短時間で作られた事も予測に一役買ってるんだって。

 これだけの大工事、本来なら大量の工員や兵を送り込まなければできない事なのにそれだけの人数が移動した形跡が見られないし、近隣の町から人を集めた形跡も無い事から、一瞬で多くの人員を運ぶと言う神のごとき魔法が使われたのではないかと推測したんだって教えてくれた。

 

 はぁ、当たらずとも遠からずだよ。

 実際ボウドアの村へマスターは空を飛んで行ったし、工事の為に兵を呼んだり帰したりはして無いけど、アルフィンはゲートの魔法が仕えるからやってやれないことは無い。

 しかし、たったそれだけの情報でそこにたどり着いたのか。

 

 ねぇマスター、私たち、この地の人たちの事、甘く見すぎてたかもよ。

 

 「なるほど、それがばれてたのならアルフィンが神様扱いされてもおかしくないか」

 

 「ではやはり飛んだり、大量の兵を運ぶ事ができるのですね!?」

 

 う~ん、断言は避けたほうがいいよね。

 

 「ノーコメントです。ただ、この話が出た事やこの手の魔法が使えるかも知れないという話も他言無用で。当然カロッサさんにも内緒でお願いします」

 

 「解りました。ですが子爵がよほど危機的な状況に陥った場合は、御伝えしても宜しいでしょうか?」

 

 「流石に命の危険があって助けてほしいと言う状況なら仕方が無いのでその時は許可しますが、それ以外は秘密でお願いします」

 

 「解りました」

 

 

 

 こうして話し合いを済ませた後、リュハネンさんの相手をギャリソンたちに任せ、私は一人寝室に入った。

 

 「とにかくアルフィンに連絡しないと・・・って待てよ」

 

 この話、マスターに正直に教えていいものなんだろうか?

 

 マスターは何事にも用意周到に準備する。

 それは失敗してはいけない内容の時ほど顕著に現れる傾向だ。

 その上マスターは面倒な事を嫌う傾向にもあるのよね。

 

 「今回の事って間違いなく面倒ごとよね。そして間違いなく失敗出来ないケース。う~ん、逃げようとする姿が目に浮かぶわ」

 

 詳しい話をしたらアルフィンに丸投げしそうだなぁ。

 でも、いかにアルフィンと言えどもこれは流石に荷が重いだろうし、誓いの金槌の行く末にも関係してくる内容だからどうしたってマスターに出張ってもらわなければ困るのよね。

 

 「うん、マスターには詳しい話は内緒で来てもらおう」

 

 そうと決まればアルフィンへのメッセージも慎重にやらないと。

 アルフィンに詳しい内容が伝わってしまえば、マスターが中に入った時にばれてしまうかもしれないからね。

 

 と言う訳でなるべく多くの情報が伝わらないよう、最小限の内容だけでマスターたちに来てもらわないといけないわけか。

 となると余計な事は言わず、こちらが大変な事になっているという事だけを伝えて来てもらうのが一番ね。

 うん、とにかく緊迫感が伝わるように話さないと。

 

 ちゃんと話す内容を予め決め、きちんと心構えをしてからアルフィンに<メッセージ/伝言>を送る。

 

 「あるさん! 聞こえる? まるんです」

 

 「あらまるんちゃん、どうしたの? そんなに慌てて。何か問題でも起こったのかしら?」

 

 のんびりとしたアルフィンの声が頭に響く。

 この口調相手だとついつられそうになるけど、そんな事でひび割れていては仮面をかぶった意味がない。

 私はさも緊迫していると言いたげな口調でアルフィンにまくし立てた。

 

 「緊急事態が発生したの。マスターに救援要請をお願い。あなたの体に入ってもらってぇ、そうね、シャイナにも同行してもらってこちらに来て欲しいの。詳しい事は時間も無いからこちらに来てから話すわ」

 

 マスター一人より、シャイナが一緒に来た方が護衛にもなるし、華やかさが増していいよね。

 うん、我ながらいい考えだ。

 

 「えっ? えっ?」

 

 私の勢いについて来られないのか、アルフィンは戸惑った声で疑問の声ばかりを上げる。

 可哀想だとは思うけど、でもここで勢いを止めて話すとボロが出そうだからそのまま放置。

 

 「でも都市の入り口を通らず、いきなり町に転移すると後々面倒な事があるかもでしょ? だから、明日の10時になったらイーノックカウの東門から外に馬車を迎えに出すから、それを遠隔視の鏡で確認して飛んできて頂戴。あと、どうしても無理なようならそちらから連絡頂戴ね。それじゃあ私も忙しいからこれで通信終わり! あるさん、頼んだわよ」

 

 「えっ? えっ? ええぇ~!?」

 

 混乱状態のアルフィンを無視して、私は<メッセージ/伝言>の魔法を解除した。

 

 ふふふ、勢いで貫き通してやったわ。

 マスターがとても手が離せないような緊急事態に陥っているのなら私にも伝わっているはずだからそれはないだろうし、これできっと来てくれるわね。

 

 「さぁて、お次はっと」

 

 私は再度<メッセージ/伝言>の魔法を使う。

 通信相手はセルニアだ。

 

 「てんちょ~、聞こえる?」

 

 「あっまるん様、聞こえますよぉ~。どうかしたんですかぁ?」

 

 先程アルフィンに送ったのとは違ってのんびりとした口調でメッセージを飛ばしたおかげか、いつものようにのんびりとした口調でセルニアは返してくれた。

 セルニアには私の味方になってもらう必要があるから、先程のような演技は無しで。

 

 「あのねぇ、あるさんとシャイナに”いつもみたいに"いたずらをしかけるから手伝って」

 

 「えぇ~、またですかぁ。私、後でメルヴァさんに叱られるの嫌ですよ。手伝うのはいいですけど、ちゃんと私は悪くないって説明してくださいね」

 

 セルニアには私とあいしゃのいたずらをよく手伝わせているから話が早い。

 まぁ、今回は本当はいたずらじゃないんだけど、そう言った方が話が早いからね。

 

 「うん大丈夫。今回のはそれ程酷いいたずらじゃないから。あいしゃもいないし、私がこっちで暇だからアルフィンたちをだましてここに呼んで、遊んでもらおうってだけだし」

 

 「ああ、それなら大丈夫ですね。でもアルフィン様たち、お忙しいんじゃ?」

 

 そうだね、それは気にするよね。

 何せ二人とも今は城の外に出ているのだから。

 と言う訳でフォロー、フォローっと。

 

 「それは多分大丈夫よ。あるさんの農業指導はもう終わってるだろうし、シャイナの方はミシェルとユカリが居るからシャイナ居なくても問題ないからね」

 

 「なるほど、それなら問題ないですね」

 

 そう明るい声でセルニアは返してくれた。

 よし、言いくるめ成功。

 

 思いの他作戦がうまく行き、ほくそ笑みながらこの後セルニアにやってもらう事を話すまるんだった。

 

 





 初めてオーバーロード本編ののキャラクターがアルフィンたちに絡んできました。
 でも本当はこの話、40話くらいで到達するはずだったんですよね。
 それなのに実際は82話って、ドンだけ展開が遅いんだって話です。

 本編も本当は50話くらいで完結するはずだったのに何時まで続くのやら。


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83 帰城と無駄で過剰な戦力

 

 

 今回から主人公視点に戻ります。

 

 

 「それじゃあシルフィー、ザイル、あたしは一旦帰るから後はよろしく。数日したら迎えに来るからそれまでケンタウロスさんたちをよろしくね」

 

 「あやめ様、あやめ様、わっかりましたぁ~。行ってらっしゃいませ~です!」

 

 「シルフィーが悪さをしないよう、しっかりと見ておく、である」

 

 私の言葉に元気よく答えるシルフィーと落ち着いた口調で答えるザイル。

 ザイルの言葉にシルフィーが「なにをぉ~!」って突っかかっていってたけど、私はそれを止めることなくゲートを開く事ができるマジックアイテム<リング・オブ・ゲート>をアイテムボックスから取り出して起動した。

 

 「おお、これは面妖な」

 

 「黒い穴が突然空間に!? これも魔法なのでしょうか?」

 

 開いたゲートの黒い渦を見て近くに居たお爺ちゃんケンタウロスと白いケンタウレの二人が驚きの声を上げているのを見て、私はふと考えた。

 ああそう言えばゲートを開くとみんな驚くよね? って。

 もしかしてこの世界ではゲートのように空間を渡る魔法って無いのだろうか?

 

 ん? 待てよ。

 そう言えばゲートって通常魔法の最高位、10位階の魔法だったよね?

 

 そっかぁそれで納得、それじゃあこの世界にあるはず無いか。

 前にエルシモさんがこの世界で最高の魔法使いが使える最高位の魔法が6位階だって言ってたものね。

 

 ・・・これってもしかしてこんな人前でほいほい使ってはいけない魔法だったんじゃないかしら?

 まぁ、今更気が付いても後の祭りだけどね。

 

 「ふふ~ん、あやめ様の御力が解ったかしら?」

 

 そんなことを考えていたら、ゲートに驚いているケンタウロスたちに向かってシルフィーが胸を張りながらえらそうに言い放ってた。

 おいおい、これは私の魔法じゃないでしょ。

 

 「シルフィー、このゲートは私の力じゃなくてマジックアイテムの力でしょ。嘘を教えるんじゃないの」

 

 「あやめ様、あやめ様、マジックアイテムでもそれを所持して御使用なさっているのはあやめ様なのですから、これはあやめ様の御力で間違ってないのです!」

 

 そう言いながら胸をそらすシルフィー。

 なるほど、そういう解釈も出来るのか。

 

 「ん~、まぁいいわ。それじゃあ行ってくるね」

 

 「はいはぁ~い、行ってらっしゃぁ~い」

 

 私はもう一度別れの挨拶をしてからゲートをくぐった。

 

 

 

 ゲートをくぐり終えた私の目に映ったのは、先程までいた草原とは違って綺麗に整備された庭と城の大きな門。

 うん、この光景を目にするとイングウェンザー城に帰って来たんだとはっきり認識できて安心するわ。

 

 この世界では私にとって脅威になるものは多分いないという事は解ってはいるんだけど、まるんからの救援要請の事もあるし、やはり守りが万全な場所に帰って来るとほっとするのよね。

 

 「お帰りなさいませ、あやめ様。良くぞご無事で。ささ、アルフィン様がお待ちです、どうぞこちらへ」

 

 「あっ、メルヴァだ。ただいま!」

 

 私は城の入り口で待っていてくれて、その上最高の笑顔で迎えてくれたメルヴァに子供らしく元気良く帰宅の挨拶をした後、そのまま案内されて城のエントランス横にある転移門の鏡が複数設置してある部屋へと進む。

 

 そしてメルヴァは一つの鏡の前に立つと私の方に向き、微笑みながら一つの鏡を示した。

 

 「あやめ様、こちらの転移門の鏡でございます」

 

 「うん、ありがとう」

 

 私はそう言うとメルヴァが示した鏡をくぐる。

 するとそこはアルフィンの私室エリア入り口で、

 

 「あっお帰りなさいませ、あやめ様。部屋でアルフィン様がお待ちです。どうぞ中へお入りください」

 

 「ただいま! うん、ありがとう」

 

 そこには今日の当番なのであろう、ココミがいたんだけど、彼女は私に気が付くとドアを開けて部屋の中へと促すしぐさをした。

 本来なら部屋当番の仕事柄、先触れとして私より先に部屋に入って中にいるであろうアルフィンに私の到着を告げて、そのままお茶の準備とかを始めるはずなんだ。

 それに反して、こうして私だけに入るよう促して一緒に入ってこないのは多分アルフィンからの指示なんだろうね。

 だってココミが居たら、私があやめからアルフィンに移る事ができないもの。

 

 

 

 中へと入ると控えの間があり、その先の扉を開けると中ではピンク色のドレス姿のアルフィンと、彼女の代名詞とも言える真っ赤なフルプレートアーマーに長い日本刀のようなツー・ハンデット・ソードとサブ武器のブロードソードを左右の腰に装備し、背中にカイトシールドまで背負ったシャイナが待っていた。

 

 その姿に私の緊張は高まる。

 だって、アルフィンのドレスは一見戦闘に向かないように見えるけど、実はこれ、外装をいじってこんな外見になってはいるけど本来はゴッズクラスの性能を持ったローブで、アルフィンの装備の中では防御力、各種耐性共に最高クラスの装備なんだよね。

 

 そして何よりシャイナだ。

 彼女が着ている鎧も日本刀のような剣も共にギルド武器を除けばこの城の中でもっとも高性能な物で、莫大なゲーム内通貨と、仲のいい戦闘系ギルドから融通してもらった最高の素材を使って、なおかつ武器鍛冶と防具鍛冶がそれぞれ15レベルのあいしゃとあやめが我がギルドにあるマーチャント技能が上がる高位の装備やアクセサリー類を身に着けられるだけ身に付け、課金の当たりアイテムで一度しか使えない貴重なマジックアイテムや魔法薬まで使い、そのスキルの全てを使って作り上げた多分二度と生み出す事ができないであろう程の、まさに我がギルドの宝と言っても過言ではないものなのよ。

 

 「二人がその装備を引っ張り出してきたってことは、本当に不味い状況なのね」

 

 本当の意味で私たちの最強戦力で挑まないといけない事態であるとあなたは判断したのね? と言う意味で問い掛けたんだけど、当のアルフィンからは予想外の言葉が帰ってきた。

 

 「いえ、わたくしにもそこまではまだ言えません。しかしあのまるんちゃんの慌てようは異常でした。それに前衛であるギャリソンがそばに仕えているのにシャイナまで寄越してほしいと言われたので、念のため最高の物をそろえてマスターをお待ちしていたのです」

 

 「ギャリソンは100レベルの前衛だけど、モンク中心で楯にはならないからね。その点私はホーリーナイト中心で組んだビルドだからある程度の相手なら一人で楯役ができるし、今回はアルフィンが居るから魔法で強化してもらえれば他のプレイヤーPT相手だったとしても何とかなる。大丈夫、どんな相手だったとしても私とギャリソンが前に立ち、後ろからまるんとアルフィンが支援してくれるのなら負ける事はないよ」

 

 そう言って二人は笑った。

 

 そうね、確かにこの布陣ならエリアボスくらいなら討伐できそうだし、たとえワールドエネミーが湧いていたとしても無事逃げ帰る位は出来そうだものねぇ。

 あっ、勝つのは無理よ、だってたった4人ではワールドエネミーを相手にするのは流石に無理があるもの。

 でも、どんな窮地だとしてもまるんを無事助け出すくらいはできるわ。

 

 「では早速向かいましょう。アルフィン、その体、使わせてもらうわよ」

 

 「マスター、すみませんが少しお待ちください」

 

 早速あやめからアルフィンに移ろうとした所で止められてしまった。

 あら、どうやらまだ何か説明しなければいけないことがある見たいね。

 

 「ん? なにかまだ話さなければいけないことがあるの?」

 

 「はい。実は私たちが今この格好をしているのはちょっと早まった行動と申しますか・・・」

 

 早まった行動? どういう意味だろう。

 

 「まるんちゃんからの指示で合流は明日の10時と決まっているのです。門を通らずわたくしたちがそのまま町に転移してしまっては周りから怪しまれます。ですから明日の10時にイーノックカウ東門から馬車を外に出して、ある程度のところまで行ったら停車するので、マスターにはそこにゲートを開いていただいて合流の後、その馬車で御越しくださいとの事です」

 

 「なるほど、救援要請は来たけど緊急ではないという事なのかな?」

 

 となると戦闘における救援要請じゃないの?

 いや、何者かがこの国、バハルス帝国に攻撃を仕掛けていて、その正体がユグドラシルプレイヤーなのかも。

 それを知ったまるんが身の危険を感じて私たちを呼ぼうとしているのかもしれないわ。

 

 まるんたちだけならゲートででも脱出できるけど、もしイーノックカウでユーリアちゃんたちの時のように仲のいい友達でも出来ていたらあの子の事だもの、助けたいと思うはずだものね。

 

 「慌てているようでしたし、なにやらやらなければいけない事があるようですぐに<メッセージ/伝言>を切ってしまったので緊迫はしているようですが・・・そうですね、それにしては次の日でもいいと言うのは少しおかしな話です」

 

 「でもさぁ、マスターがすぐに帰って来られるとは限らないし、何かやる事があるからってすぐに<メッセージ/伝言>の魔法が切れたんでしょ? なら、こちらの準備が整ってすぐに来られるとまるんがやっている準備に支障がきたすから来る時間を指定したんじゃないかな?」

 

 なるほど、確かにシャイナの言うとおりか。

 

 「そうね。何かやっているというのならその邪魔をしては可哀想だわ。指定どおり明日の10時に行く事にしましょう」

 

 「はい、マスター。それではわたくしの体に移られますか?」

 

 そうね、明日もし行ってすぐに戦闘なんて事になったら体になれていないと困るし、今の内からアルフィンに移ってならして置いた方がいいだろう。

 

 「そうするわ。では行くわよ。・・・ただいま、シャイナ。アルフィンは・・・休眠に入っちゃったみたいだからいいか」

 

 「お帰りあやめ。マスターのお手伝い、ご苦労様でした」

 

 「体を使わせてくれてありがとうね、あやめ。普段やらない事だからちょっと窮屈だったんじゃない?」

 

 今まで私に体を使われて休眠中だったあやめに声をかける。

 元々は私の自キャラだけど、今はそれぞれ意思を持って行動をしているのだから、いつも私に体を使われているアルフィンと違ってなれない状態で苦労したんじゃないかな? って思って聞いてみたんだけど。

 

 「ぜんぜん。それどころかほんとぉ~に幸せな時間だったよ。やっぱりマスターに体を使ってもらえるのっていいなぁ。いつも使ってもらえるアルフィンがうらやましい」

 

 「そうよねぇ。私も使って欲しいけど、戦うしか能がないからなぁ。物も作れないし」

 

 あら。

 そうかぁ、私が体を使うと自キャラたちは幸せなんだね。

 前にもそんな事を言われた気がしたけど、このあやめの表情を見るとどうやら本当の事みたい。

 

 「まるんやあいしゃ、アルフィスもそうなのかなぁ? なら今度それぞれの体を使ってみようかしら?」

 

 「ずるい! 私も! その3人だけじゃなく、私も忘れないで下さい!」

 

 私の言葉に慌てて詰め寄ってくるシャイナ。

 シャイナは大きい上にスタイルのいい美人さんなんだから詰め寄られると大迫力でなんか照れちゃうのよね。

 だから私は彼女の両肩に手を置いて少し押し返し、

 

 「大丈夫よ。ちゃんとシャイナの事も忘れてないから」

 

 そう言って安心してという思いを込めてシャイナに微笑みかけた。

 

 

 ■

 

 

 所変わって、ここはイングウェンザー城の衣裳部屋。

 そこではセルニアがごそごそと、なにやら物色をしていた。

 

 

 

 「う~ん、どんなのがいいだろう」

 

 まるん様のお話からするとアルフィン様方は多分戦闘用装備で赴かれるだろうから、あちらでまるん様と遊びに御出かけになられる時用の気楽に御召しになれる服が何着か必要なのよね?

 それになんかバハルス帝国の偉い方と会う可能性もあるからそれ用のドレスも必要だとか。

 

 「アルフィン様は遊びに行かれる時もドレスだからピンクを基調とした動きやすいものを数着と、あちらの貴族と御一緒しても問題がない豪奢な色合いん違うピンクのドレスを2~3着用意するとして・・・やっぱりアクセサリー類も要るわよねぇ」

 

 そう言えばたいした性能は付いてないけど、アルフィン様自らがデザインなされたティアラがあったはず。

 前にギルド長であるアルフィン様をこれからは都市国家イングウェンザーの支配者って事にしようって話があったから、王冠は必要だよね。

 だって、支配者って事はお姫様か女王様って事だもの。

 

 「アルフィン様の御姿からするとお姫さまよねぇ。それにアルフィン様はピンクをお好みになられるからこのピンクダイヤのネックレスも念のため持っていってっと」

 

 その他にも数点のアクセサリー類を専用のケースに入れてアイテムボックスに収納。

 さて、次は問題のシャイナ様だ。

 

 シャイナ様の場合、赤いドレスがお好きで、それも大人っぽい物がよくお似合いになる。

 でも私は知っているんだ。

 本当はシャイナ様、アルフィン様が着るようなフリルの付いたかわいらしいドレスがお好きだという事を。

 

 「本当はピンクとかを着たいのだろうけど、それだとアルフィン様とかぶってしまうしなぁ。となると白? 淡いグリーンとかでもいいかなぁ」

 

 ここにあるドレスは皆魔法の装備だから、誰が着てもぴったりのサイズに自動修正される。

 

 本来淡いグリーンのドレスはあいしゃ様のものなんだけど、当然シャイナ様が着ても問題はないの。

 ただ、可愛らしいあいしゃ様にお似合いになるよう仕立てられたドレスは皆フリル多目で、なんと言うか子供っぽいんだよねぇ

 

 「シャイナ様が着ても、あまりお似合いにはならないだろうなぁ。やっぱり白にするか」

 

 白のドレスはアルフィン様の持ち物に多い。

 だからワンポイントでピンクが入っている物が殆どだけど、淡いピンクならそれ程目立たないし、アルフィン様の強めのピンクを基調として色々な濃さのピンクのレース生地が使われたドレスと並んだ姿を想像するとそれ程違和感は無い気がした。

 

 「白い肌でピンクのドレスのアルフィン様と褐色の肌で白のドレスを着たシャイナ様。その横にまるん様がお持ちになられたレモンイエローのドレスが並べばとても華やかになるに違いないよね。それに黒い執事服のギャリソンさんとメイド服のユミさんがつけば、うん、完璧」

 

 あ~でも念の為、赤系統のドレスも入れておいた方がいいかなぁ?

 アルフィン様もまるん様も可愛らしいお姿だし、凛々しくセクシーなシャイナ様がお隣に並ぶ絵も素晴らしいのよねぇ。

 

 「うん、やっぱり真紅のドレスも入れておこう。シャイナ様の場合、会う事になる貴族が信用できない相手で緊急時に空を飛ぶ事ができるように背中の大きく開いたドレスで出席しなければいけないなんて事になったら困るものね。その手のドレスはシャイナ様専用だから赤しかないし」

 

 と同時にアルフィン様の淡いピンクのドレスも用意する。

 シャイナ様が赤いドレスを着るのであれば濃いピンクより淡いピンクの方がお並びになられた時に栄えると思うからね。

 

 と言う訳で、ドレスは完了。

 後はシャイナ様用のアクセサリーだけど・・・。

 

 「ドレスはともかく、シャイナ様の凛々しいお顔から考えて髪を結い上げた時につける髪飾りはやはり豪華なものがいいよね」

 

 とりあえず薄いミスリルで出来た百合の花の髪飾りやブラックパールと7色に光るヒヒイロ金のブローチ、そして幾つかの派手目のアクセサリーを専用ボックスに入れていく。

 

 「本当は可愛らしいものを好まれるというのは解っているんだけど、どう考えてもこういう物の方がシャイナ様にはお似合いになるのだから仕方がないよね」

 

 そして最後はまるん様だ。

 

 まるん様はアルフィン様たちが御出席になるのなら自分は貴族と会わなくてもいいと仰られていたけど、念のため準備はしておいた方がいいと思う。

 だって、いざその時になって慌てて用意しようと思っても後の祭りだもんね。

 

 「でもまるん様かぁ。どんな物がいいのかなぁ?」

 

 まるん様はとにかく可愛らしい御姿だ。

 人間で言うと10歳くらいに見えるし、薄い茶色のショートカットとあのまるい大きな目が印象的過ぎてどんなアクセサリーをつければいいか悩んでしまう。

 

 「この金細工の蝶とかは・・・う~ん、まるん様の髪の色には合わないか。かえって銀とかプラチナの方が茶色の髪には合うのよねぇ。あっ、オリハルコンのカチューシャとかどうかしら?」

 

 色々なアクセサリーを手に取り、それを身に付けたまるん様を思い浮かべる。

 う~ん、元がいいから何をつけてもお似合いにはなるのよねぇ、でも。

 

 「隣に並ばれるアルフィン様とシャイナ様がお二人ともゴージャスでお美しすぎるから、あの可愛らしいまるん様ではどうしても負けてしまうんだよなぁ。かと言って派手にしたらいいというものでも無いし」

 

 ああでもない、こうでもないと衣裳部屋のアクセサリーボックスを幾つも開き、何時間もまるんに似合うアクセサリーに頭を悩ませるセルニアだった。

 




 戦闘準備万端です。
 ワールドエネミーとだって向き合える戦力です。(逃げ一手の撤退戦ですがw)
 でもその全部が無駄な準備なんですけどね。

 さて、前回まるんがセルニアに頼んだのは今回読んでもらえば解るとおり衣装とアクセサリー選びです。
 まるんだって、あのメッセージでは戦闘を想定してやってくると解っているのでこのような準備をしなければ、結局ドレスを持っているまるんが行かなくてはならなくなるのが解っていますからね。


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84 悪夢再来?

 

 

 「あっ出てきたわ。う~ん、動いているものを追うのは意外と難しいわねぇ」

 

 「もっと広範囲を映すようにしたらいいんじゃない? ズーム倍率が高いから大変だけど、低くすれば画面の中に入ってさえいれば見失わないし」

 

 イングウェンザー城地下6階層のいつもの会議室。

 そこでは私が遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモート・ビューイング)を操作してイーノックカウの東門から出てきた馬車をシャイナと二人で見ていた。

 

 「ああそうか。えっと、どうやるんだっけ・・・よし成功! うん、これは楽だね」

 

 「追跡ゲームじゃないんだからさ、馬車を見失わないようにするだけなら最初からこうすればよかったんだよ」

 

 いつもはギャリソンに操作してもらうためにあまり使い慣れていない遠隔視の鏡に苦労しながらも、何とか走る馬車を見失わなくてすむような倍率に合わせる事ができて一安心。

 そのまま5分ほどその光景を眺めていると馬車が減速をし始め、やがて停車した。

 

 「あっ止まったわ。ならあそこが合流地点と言う事ね」

 

 「みたいだね。じゃあアルフィン、手間をかけるけど、<ゲート/転移門>を開いてくれる?」

 

 目的地が決まったと言う事で早速向かおうとシャイナが私に<ゲート>の魔法を使う事を依頼してきたんだけど、ここでちょっとした横槍が入った。

 

 「あの、アルフィン様、シャイナ様。やはり私の同行許可は下りないのでしょうか?」

 

 「メルヴァ、それに関しては何度も話したでしょ」

 

 そう、メルヴァである。

 彼女はまるんからの救援要請を聞き、てっきり自分も同行するものだと思い込んでいたようなのよね。

 でも流石にそんな訳にはいかない。

 だってギャリソンが外に出ている今、このイングウェンザー城を管理運営できるものはメルヴァしかいないのだから。

 

 「あなたにはこの城を管理してもらわないと。考えても見なさい、私とギャリソンがいない状態で誰にこの城を任せると言うの? セルニアにそれが勤まると思う? 後、あやめとアルフィスが残ってはいるけどあの二人は組織を動かすと言う事に関してはまったくの素人なんだから、いざ何か問題が起こった時に不安が残るもの。あなたまでこの城を離れたら私は安心して動く事ができなくなるの。解るでしょ?」

 

 「はい・・・」

 

 ああこれは、頭では解っているけど感情的には納得できて無いって顔よね。

 まぁ解るわよ、だってメルヴァは前に私がエントの村へと行った時に「アルフィン様が御一人で外出なされてしまわれたら、もし何かがあった時に変わりに死ぬ事ができません!」なんて言い放った子なんだから。

 今回は緊急事態みたいだし、一人この城に残るのは心が潰れる位不安なんだろうと私も思う。

 でもね、

 

 「メルヴァ、何度も言うわよ。貴方がこの城を守ってくれないと私は不安で力を発揮できないの。それはシャイナだって同じだろうし、今窮地に立っているまるんだってきっとそうだと思うわ。あなたがこの城に残っているからこそ、私たちは安心して行動できる。だから解って頂戴。そして私の留守を、この城を頼むわよメルヴァ」

 

 「・・・はい、解りました。行ってらっしゃいませ、アルフィン様」

 

 メルヴァは泣き笑いの表情で、だけど私にしっかりと頭を下げた。

 無理やりにでも自分の中で気持ちの整理をつけたのであろう彼女に、私は微笑みかけ、

 

 「はい、行って来ます」

 

 そう一言外出の挨拶をして、シャイナの方へと向き直る。

 

 「それじゃあ行くわよ。ヨウコとサチコも準備はいい?」

 

 「私は何時でも大丈夫だよ」

 

 「「はい」」

 

 今回も私に同行するメイドはこの二人。

 ギャリソンから言われてるからね、なるべくつれて歩いて欲しいって。

 そうすることで対外的にもこの二人が私付きだと知らせるって意味もあるらしい。

 

 私に何か伝えたいけど私の姿が見えない時、変わりの誰に伝えればいいかが解っていると言うのは周りからしたらとても助かるんだって。

 そういう配慮をするのも支配者の役目なんだそうな。

 

 閑話休題

 

 遠隔視の鏡を再度見て目的地を確認。

 

 「<ゲート/転移門> それじゃあメルヴァ、行って来ます」

 

 「行ってらっしゃいませ。お早いお帰りをお待ちしております」

 

 私は軽く手を振りながらメルバに再度外出の挨拶をすると、そのままゲートをくぐった。

 

 

 

 「あれ? 御者はユミちゃんなんだ」

 

 「はいアルフィン様、ギャリソンさんは所用がありまして今、冒険者ギルドへと出かけております」

 

 冒険者ギルド? う~ん、やっぱりこの国に誰かが何か仕掛けてるのかな?

 

 ユミちゃんの言葉からそう私は考えた。

 だってまるんが直接手を出せる状況なら冒険者なんかに頼る必要は無い。

 でも、まるんに直接危害が及んでいるのならともかく、この国に対して、またはこの町に対して何かがあったというのならまるんが自分の判断で手を出すわけにはいかないもの。

 

 アルフィンやシャイナのように大人が力を行使するのならともかく、子供が大きな力を振るうのはやはり不自然だから悪目立ちするし、そうなれば我々誓いの金槌に災いを持ち込む事にもなりかねない。

 そうまるんは判断して私に助けを求めたのかもしれないわね。

 

 ん? だとしたらなぜシャイナまで?

 

 「冒険者かぁ、と言う事は私を呼んだのは威嚇行動を取らせる為かな?」

 

 「威嚇行動? ああ、なるほど」

 

 敵勢力がユグドラシルプレイヤーじゃ無く、この世界の勢力だけならわざわざシャイナが出るまでの事は無い。

 ギャリソンやユミちゃんだけでどうにかできるからね。

 

 でも、そのバックにプレイヤーがついているとしたら?

 その場合にはこちらにもそれ相応の組織が、戦力がついているというのを知らしめるべきだろう。

 

 自分たちが一方的に蹂躙できる相手だと思って行動を起していたとする。

 でも実は相応の力を持った者が相手勢力の後ろにもいると知れば慎重になると言うものだ。

 強大な力は破滅を呼び寄せる事もあるけど、同時に抑止力にもなるものね。

 

 シャイナは攻撃特化キャラだから、戦闘の事となると私よりも頭が回るようになる。

 この考えは私には思いつかなかったけど、同じく戦闘特化キャラのまるんは同じ事を思いついたのかもね。

 

 そんな事を考えながらシャイナと話していたんだけど、私の後ろに控えていたサチコからのこんな言葉でその話は中断してしまう。

 

 「その表情・・・ユミ、あなた、何か隠し事をているのではなくて?」

 

 「あっ、いえ、その、サチコ様・・・」

 

 「はっきり仰い!」

 

 わぁ、サチコがユミちゃんを叱ってるよ。

 この二人は同じ紅薔薇隊で立場はサチコの方がユミちゃんより上だし、フレイバーテキストでもサチコがユミちゃんを直接指導しているという事になっているから、私たちが見ていないところでもこんな風な会話がなされているんだろうなぁ。

 

 ん? あれ? なんか今、聞き逃してはいけない単語が混ざっていたような。

 

 「ちょっとサチコ、どうかしたの? それにユミちゃん、隠し事って?」

 

 「あっ、はい。えっと・・・」

 

 私が小首をかしげながら聞くと、ユミちゃんは急に挙動不審になった。

 ははぁ~ん、さてはこれ、

 

 「うん、解った。ユミちゃん、あなたは何も悪くない」

 

 「えっ? アルフィン様、ユミが悪く無いというのはどういう意味でしょうか?」

 

 私の言葉に今度はサチコが慌てだす。

 それはそうだよね、さっきまで叱っていた相手の事を仕えている私が悪くないと言ってしまったのだから。

 だからこちらもちゃんとフォローっと。

 

 「ああ、隠し事をしているのは事実みたいよ。ユミちゃんはホントすぐに顔に出るからね。私にも解っちゃう位簡単に隠し事がばれる。でもねぇ、私にその隠し事が何かを聞かれて即答しないような子でも無いのよ。なのに言いよどんだと言う事は」

 

 「なるほど! まるんの言いつけなのか。それじゃあ、ユミちゃんを叱るのは可哀想だね」

 

 そう、多分シャイナが言っている事が正解。

 まるんが口止めをしているのなら、私が聞いてもそうそう答えるわけにも行かないものね。

 

 「と言う訳だからサチコ、ユミちゃんを許してあげてね」

 

 「アルフィン様がそう仰るのなら」

 

 よし、これで仲直りっと。

 さて、そうなると今までの想定は全て白紙に戻さないといけないわね。

 

 「うふふ、全てまるんちゃんが企んだ事なら、壮大ないたずらという可能性もあるわね」

 

 「そうだね。頭のいいまるんの事だから、アルフィンや私の用事がこれくらいの時期には終わってる事があの子には解っているだろうし」

 

 「あっ、いえ、いたずらと言う訳では」

 

 あら。

 ユミちゃんがそう言うのならいたずらでは無いみたいね。

 ならなんなのだろう?

 

 「まぁ、ここで立ち話をしていても仕方が無いか。ユミちゃん、まるんのところまでの案内、よろしくね」

 

 「はい、畏まりました」

 

 こうして私たちは馬車に乗ってイーノックカウにある、まるんたちが宿泊しているという高級宿へと向かった。

 

 

 

 「あるさん、シャイナ、ようこそイーノックカウへ」

 

 「まるん、一体何があったの? いつものいたずらかと思ったけど、ユミちゃんの話からするとどうやら違うみたいだし」

 

 「アルフィンだけじゃなく私まで同行して欲しいって、どういう事なの? この平和そのものに見える町並みからすると、どう考えても私の出番はなさそうに見えるんだけど?」

 

 私たちの質問に、うっ! と一瞬後ずさるまるん。

 あ~、これはあれだな。

 

 「あら、どうしたの? まるんちゃん。どこかの貴族との会食でも決まったような顔して」

 

 「(ビクッ!)」

 

 どうやって切り出そうかと考えていたのに、いきなり図星を突かれて驚いたって顔してるね。

 まぁ、カロッサさんを頼った時点でこの都市を治める貴族との会談や会食くらいはあるだろうなぁと思っていたし、もしそうなったらまるんは多分私に泣きついてくるだろうなぁとも思っていたから想定内ではあるんだけどね。

 

 「で、相手はどんな・・・」

 

 「あっ、アルフィン様。もう御着きになっていらしたんですね」

 

 へっ?

 

 私が会う相手はどこの誰かをまるんから聞き出そうとしていた所にいきなり声をかけられ、そしてその主を見て私は大層驚く事となった。

 だって、そこにいたのはイングウェンザー城にいるはずのセルニアと”洋服部屋”のメイドたちだったのだから。

 

 たらり。

 

 額に冷たい汗が落ちる。

 頭に浮かぶ、あのボウドアの水場小屋創造イベントの時の着せ替え人形状態。

 何時終わるとも知れぬ、あれがまたここで繰り返されるかもしれないという恐怖が私の身を竦ませる。

 

 前回は後の予定が決まっていたから3時間ちょっとで逃げられたけど、今回は?

 貴族との会談が今日ならいいけど、もし明日以降ならこれから何時間私は着せ替え人形状態にされるのだろうか?

 

 ぐらり。

 

 思考が悪い方へ悪い方へと進み、私はめまいを覚えて、その場に崩れ落ちてしまった。

 

 

 

 「そう、よかったわ。今回はもう衣装は決まっているのね」

 

 「はい、まるん様のご要望で予め選ばれた3着のドレスと各種アクセサリーの中からお好きなものをお選びいただくだけになっています」

 

 どうやら衣裳部屋のメイドたちはドレスを運び込むためだけに来ていたようで、すでにセルニアが開いた<ゲート>によって城に帰っている。

 本来ならセルニアもその時一緒に帰るはずだったらしいんだけど、折角来たのだし私も自分のコーディネートにそれ程自信が無いから、貴族と会談するであろうその時の衣装選びを手伝ってもらう為にここに残ってもらう事にしたの。

 

 「さて、それじゃまるんちゃん。私をここに呼んだ本当の理由を教えて頂戴。私が会う相手はどこの誰なの? やっぱりこの都市の領主さん?」

 

 「それがぁ・・・」

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

 えっ? えぇぇぇぇぇぇ!?

 

 「こっ皇帝の愛妾? 愛妾って、あの愛妾よね。筆頭お妾さん。確かこの国の皇帝は独身だと言う話だから、ほぼお后様的ポジションにいるお妃様じゃない。なぜそんな人と?」

 

 「それが・・・」

 

 まるんが申し訳なさそうにこれまでの経緯を語ってくれた。

 

 なるほど、元々は私のポカで渡したルビーが発端なのか。

 まぁ、その後のまるんが売った宝石や希少金属が最終的な引き金になったのは事実だけど、これは私にも責任がありそうな話だし、気が重いけどしょうがないか。

 

 それにねぇ。

 

 「今回のまるんの判断は正しいわ。そんな大物相手なら私が直接会わないといけないもの。それにシャイナは花として呼んだんでしょ。私は背が低くてどうしても華やかさにかけるし、女の戦いの場と言う事なら着飾ったシャイナのゴージャス感は立派な武器になるものね」

 

 「そっそうだよね! あ~よかったぁ」

 

 なんか心底ほっとした顔してるけど・・・もしかしてまるん、私が逃げるとでも思っていたのかしら?

 まぁ、そう思われても仕方ない所はあるけど、流石にこんな場面でまるんに全て押し付けて逃げるほど無責任では無いつもり・・・ダメだ、私自身が考えても逃げ出す姿が思い浮かんでしまう。

 私、基本的に怠惰で根性無しだからなぁ。

 

 それはともかく、決まった以上万全を期さないと。

 

 「まるん、それでその愛妾さんというのはどんな人なの?」

 

 「ああちょっと待って、今ギャリソンに調べに行ってもらっているから」

 

 ああ、さっきユミちゃんが言っていた冒険者ギルドへのお使いと言うのはそれか。

 それならば仕方が無い。

 

 私たちは高級宿のラウンジに移動し、お茶を注文してソファーで寛ぎながらギャリソンの帰りを待つのだった。

 

 




 アルフィンはまるんの事をちゃん付けで呼ぶけど、主人公は猫なで声で何か思惑を含んだような声のかけ方をする時や、他の子供たち同様膝の上において可愛がる時にちゃん付けで呼びます。
 と言う訳で本文での呼び方がころころと変わっていますが、間違いではないので念のため。


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85 見抜く眼

 ラウンジでお茶を楽しむ事1時間。

 二杯目のお茶を飲み干して「これ以上飲んだらお腹がたぷたぷになってしまうわ」なんて考えていた所に、待ち人が宿の扉を潜ってやってきた。

 

 「アルフィン様、大変お待たせしたようで申し訳ありません」

 

 「いいのよ、ギャリソン。これからの事を考えたら必要な時間でしたのでしょう? 気にする事は無いわ」

 

 頭を下げるギャリソンに私は鷹揚に答える。

 普段ならこんな感じでは話さないんだけど、ここは人目があるからね。

 

 これからの事を考えると、周りの目がある場所では私は支配者然とした態度でいなければいけないと思うのよ。

 何せ都市国家とは言え、一国の主としてこの世界の国の人たちと対峙する事になるのだろうから。

 

 「早速報告を聞きたいところだけど、ここでする話では無いわね。まるんの部屋へ行きましょう。それとサチコ、私たちが滞在する部屋を用意してもらえるよう、この宿の者に申し付けてきなさい」

 

 「「畏まりました、アルフィン様」」

 

 恭しく頭を下げる執事とメイドに私はにっこりと微笑みながら頷き、ソファーから腰を上げた。

 そして私は、なるべく周りから優雅に見えるよう頭のてっぺんからつま先まで気を配りながらラウンジを後にした。

 

 

 

 「さぁギャリソン、報告を聞かせて頂戴」

 

 まるんたちが泊まっている部屋に入って緊張を解いた私は、いつもの口調に戻ってギャリソンにたずねる。

 今回ギャリソンが持ち帰った情報がどの程度の物かは解らないけど、何も無い状態でこの国のトップにかかわる人と会うわけにはいかないもの。

 例え少ない情報だったとしてもちゃんと精査して対策を考えるのが対人関係をうまく構築する基本だものね。

 

 「はい、アルフィン様。それでは冒険者ギルドから得た情報を御伝えします」

 

 こうしてギャリソンの報告を受けて解った事を羅列すると、

 

 皇帝の妾には基本上下はなく全員が愛妾と呼ばれていて、子供をなした者もなしていない者も同じ立場である。、

 ただロクシーと言う人は例外で、愛妾とリュハネンさんから聞かされていたけど実際は皇帝の内縁の妻である。

 皇帝に唯一政治について意見を許されている愛妾である。

 皇帝の子供は全員が彼女によって育てられている。

 

 そして相対した者の一部の話から、人の力量を見抜く”眼”を持っているのではないかと言われている。

 

 「う~ん、予想以上に厄介な人みたいね」

 

 愛妾と言うのが妾全員に使われていると言うのはちょっと驚いたけど、内縁の妻状態なのはこの人一人みたいだからそちらについての考え方はこの報告以前と考え方を変える必要は無いと思う。

 それより問題なのはその”眼”の方よね。

 

 「相手の力量を見抜く"眼"ねぇ。それって比喩なのかしら? それともカロッサさんのタレントのように生まれ持った異能? その辺りは冒険者ギルドではどう考えられているの?」

 

 「はい。これに関しては直接ロクシー様にお会いした方の中に、その眼に見つめられると心の底まで見透かされているような、全てを見られているような気がすると主張する者が複数いる事と皇帝から唯一政治について口を出すのを許可されている事から、何かのタレント持ちなのではないかと考えている者が多いようです。ただ、タレントで相手の能力を見る事ができる眼を持つ者はたまに居るそうですが、その者たちのタレントが相手に気付かれる可能性があるのは魔法などで正体を隠している事を見破るタレントくらいで、ただ何かしらの力を見るタイプのタレントを持つ者がその目を向けた事によってそのタレントを相手に気付かれたと言う事例は他に無いそうです。ですからあれはタレントではないと主張する者もいるようです。またそれとは別に、そもそもそう主張する者が立場の違いから感じている気のせいで、ロクシー様は相手の力量を見抜く力など持っていないと考えている者も一定数いるようです」

 

 そっかぁ。

 そう言えばカロッサさんが私の神聖魔法の力を見抜いた時も、私は何も感じなかったもんなぁ。

 と言う事はタレントじゃない? でも、もしタレントでその力が強すぎて鋭敏な人に悟られているのだとしたら?

 

 「うん、これは対処した方がよさそうね」

 

 そう決めた私はその場で<メッセージ/伝言>の魔法を発動する。

 

 「アルフィス、聞こえる?」

 

 「ん? ああ、マスターか。どうしたんだ、俺に何かようか? って、俺にメッセージを飛ばす用件なんてマジックアイテムの用意くらいしかないな」

 

 打てば響くってこういう事を言うんだろうね。

 そうその通り、アルフィスに私が求めているのは探知阻害系のアクセサリーの用意だったりする。

 

 「ご明察。今度会うこの国の皇帝の愛妾さんが、もしかしたらこちらの能力を見抜くタレントを持っているかもしれないのよ。だからこれから言う効果を持つマジックアイテムを男性一人分と女性3人分用意して、準備が出来たら誰かにメッセージで連絡を頂戴。ゲートを開いて取りにいくから」

 

 「解った。メモを取るからちょっと待ってくれ。それとゲートはこちらで開く事が出来る奴に頼むからマスターがわざわざ戻ってくる必要は無いよ」

 

 「そう? ありがとね」

 

 そう言うとアルフィスの声が途切れ、なにやらごそごそとやっている様子が伝わってくる。

 さてはまた自分の作業室に篭ってたな。

 ホント引きこもり体質なんだから。

 

 まぁ私もリアルではデザインの仕事にかかると、ずっと一人で部屋に篭ってやっていたから、私の分身であるアルフィスが同じ事をやっていても何の不思議も無いのだけれどね。

 

 「きっと机の上もメモとか試作品でいっぱいなんだろうなぁ」

 

 簡単なメモを取る羊皮紙を探すだけの事に少し手間取っているアルフィスに、私は自分のオフィスの机の様子を幻視して苦笑いする。

 とそんな時、ようやくメモ用紙を見つけたアルフィスがこちらに声をかけてきた。

 

 「いいぞマスター、何がいるんだ?」

 

 「もう大丈夫なのね? それじゃあ言うわよ。<フォールスデータ・ライフ/虚偽情報・生命><フォールスデータ・マジック/虚偽情報・魔力><フォールスデータ・ステータス/虚偽情報・能力値>。この三つは虚偽情報の数値を調整して40レベル程度に抑えられる物を男性1、女性2で、30レベル程度に抑えられるものを女性1でお願い。これらは、なるべく目立たない指輪がいいわね」

 

 今回は私とシャイナ、そして執事としてギャリソンとメイドとしてヨウコを同行させようと思っているのよ。

 この場合、流石に護衛を兼ねているであろう3人が女王である私より強くないと能力を見破られた時に怪しまれるだろうから、私だけ30レベルでほかは40レベルと言う事にした。

 この世界の住人の力からするとちょっと強すぎる気がしないでも無いけど、もう私は回復魔法でやらかしちゃってるし、シャイナもカロッサさんの所で鉄の塊を真っ二つにすると言うのを周りに見られているから、これくらいなければ逆におかしいと思われるかもしれないからね。

 

 「おう、解った。他には?」

 

 「<フォールスデータ・ホーリーマジック/虚偽情報・神聖魔法>。これは私用にペンダント型でお願いね。これだけは既存の物ではなく、宝石多めで台座にはオリハルコンを使って作って頂戴。仮にも都市国家の支配者が付ける物だからあんまり安っぽすぎてもおかしいからね。レベルは30レベル程度で」

 

 指輪は冒険に支障をきたさない、装飾が何もついていない前衛用の物なら上から手袋をすれば見えなくなるけど、ペンダントはそうは行かないものね。

 まぁこれも指輪でいいと言えばいいのだけれど、立場的に何の指輪もしていないというのはおかしいから、これとは別に私はフェイクでセルニアが持ってきたピンクダイヤのついた普通の指輪を手袋の上からしていこうと思っているの。

 どうせ相手も着飾ってくるだろうから、こちらもなるべく豪華に行こうという訳だ。

 

 「デザインは前にマスターがつくった外装データーの中から適当に選んで作ればいいな? で、これだけでいいのか?」

 

 「そうねぇ」

 

 今回の会見で毒を盛られたりする心配は無いと思う。

 でも一応"たしなみとして"ギャリソンに毒感知のアイテムを持たせたほうがいいわよね。

 

 「ギャリソンに持たせる、毒が入っているかどうかが解るモノクルを一つ。ちゃんと調べてますよって言う仕草はしないとね」

 

 「そうだな。解った。それじゃあ出来次第メルヴァにでも連絡させるよ」

 

 「うん、お願いね」

 

 こうしてアルフィスとの連絡は終了。

 私は横でじっと待っていたまるんたちの方へと向き直ってこれからの行動方針を伝える事にする。

 

 「さて、アルフィスに必要な物の準備を頼んだから、あちらは問題なし。と言う事で私たちも出かけるわよ。ギャリソン、馬車の用意をして」

 

 「あるさん、出かけるってどこへ?」

 

 目的地を言わずに馬車の用意をさせたのに驚いたまるんが私に聞いてきたけど、そんなの決まってるじゃない。

 

 「リュハネンさんのところよ、当たり前でしょ。彼以上に今の状況が解っている人がいないのだから。と言う訳で、ユミちゃんは先触れとしてリュヘネンさんのところへ行って頂戴。場所は”当然”解っているんでしょ」

 

 「はい、私もギャリソンさんも把握してます。どれくらいでご訪問されますか?」

 

 「そうね、あなたがリュハネンさんの所に到着してから10分ほどで到着するようにギャリソンに言っておくわ」

 

 「畏まりました。それでは行って参ります」

 

 ユミちゃんはそう言うと一礼して部屋を出て行った。

 さて次はっと。

 

 「えっと、私に同行するのまるんとカルロッテさんの2人ね。シャイナは行っても意味がなさそうだし」

 

 「えぇ~! 私も行くのぉ?」

 

 なぜか自分は留守番組だと思っていたまるんが驚きの表情で聞き返してきた。

 あきれた、あなたが行くのは当然の事じゃないの。

 

 「当たり前じゃない。当日はともかく、この状況下ではロクシーさんと言う方と御会いするのはあなたと言う事になっているのだから、正式に私と変わったと伝えなくてはいけないでしょ。」

 

 「そうか、それもそうだね」

 

 「あと、メイドはユミちゃんがいるからヨウコとサチコ、あとセルニアはここで待機していて頂戴。あまり大勢でいくとあちらも困ってしまうでしょうし、アルフィスからアクセサリーを受け取る人が誰もいないというのも困るからね」

 

 「「「畏まりました」」」

 

 この後私たち外出組みは衣装と化粧を整え、どうやってかギャリソンが把握していると言うユミちゃんがリュハネンさんの所へ先触れとして到着した10分後に馬車がつくよう、宿を出発した。

 

 

 

 「えっ!? フライとかゲートの事、話しちゃったの?」

 

 「てへっ」

 

 てへっ、じゃありません! 可愛いけど。

 

 流石に黙っているのは問題があると思ったのか、行きの馬車の中でまるんは先日リュハネンさんと会った時に話してしまったことを私に伝えてきた。

 

 「違うんです、アルフィン様。まるん様がお話になられたのではありません。リュハネン様がアルフィン様やイングウェンザー城周辺の状況を見て気が付かれていたようで、それをつい口を滑らせたのです。その言葉にまるん様は動揺なされて」

 

 「なるほど、つい肯定的な事を口走ったわけね」

 

 双方迂闊者だったというわけだ。

 しかしなぁ、フライはともかくゲートはかなり問題がある気がする。

 だって、やろうと思えば好きなところに軍を送り込めるんだよ。

 そんな物騒な魔法を使えるなんて他国の人に教えたらダメじゃない。

 

 「大丈夫だよ、カロッサさんにも内緒にするって約束したし」

 

 「呪いでギアスをかけるならともかく、口約束ではなぁ。でもまぁ、知られてしまった後で騒いでも仕方ないか。なるようにしかならないし」

 

 私たちが彼らにとって利用価値が高く、また敵に回った時にどれだけ脅威になるかよ~く解っている人たちだから、他の人に話が広まる事は無いであろうと信じる事にしよう。

 まぁ、私も念を押しておくけどね。

 

 

 

 そうこう言っている間にリュハネンさんが滞在しているという”イーノックカウを治める領主の館"に到着。

 おいおい、聞いて無いよ! って馬鹿か私、そんなの当たり前じゃん。

 立場からして高級宿に泊まっていないのならそれ相応の身分の人の館に滞在してるなんてのは。

 

 幸い領主様はご不在で、リュハネンさんだけと会う事になった。

 よかった、もしいたらまた大事になる所だったよ。

 それによく考えたら、リュハネンさんより立場は私のほうが上なんだから呼びつければよかったんだよね。

 そんな事に気が付かないなんて、冷静なつもりだったけど案外私もテンパッていたのかもしれないわ。

 

 「こんにちは、リュハネンさん」

 

 「これはこれはアルフィン姫様。遠い所、足を運んでいただき恐縮です」

 

 こんな感じで始まったリュハネンさんとの会話。

 当日ロクシーさんに逢うのが私に代わったとか、先日まるんが口を滑らせた話とか、もろもろの話を一通り済ませた後、

 

 「リュハネンさん、一つお聞きしたい事があるのですが?」

 

 こう私は切り出した。

 

 「はい、なんでしょうか? 私にお答えできる事ならば良いのですが」

 

 ロクシーさんにお会いする前に一応色々と聞いておかなければいけない事があるのよね。

 

 「単刀直入に聞きますけど、ロクシー様というのはどれくらいの地位の方なんでしょう?」

 

 「地位ですか? そうですね、対外的には独身である皇帝陛下の愛妾となっていますが、あの方だけは別格で実質奥様の位置にいる方です」

 

 その後色々と質問した感じだと、どうやら冒険者ギルドで集めてきた情報と齟齬は無いみたいね。

 ならある意味一番聞いておかなければいけないであろう内容を。

 

 「ところで、ロクシー様はご自身と私、どちらの格が上だとお考えなのでしょうか? それによって色々とこちらの対応を考えなければいけないので」

 

 これが同じ国の者ならば問題は無いのよね、だって、爵位を見れば上下が解るのだから。

 でも私は他国のトップ、女王様的立場だからこれに当てはまらない。

 

 では単純にそれぞれの立場で見ればいいと言う話になるんだけどこの位置関係がちょっと微妙なのよね。

 これがただの愛妾なら問題なく私のほうが上なんだけど、実質皇帝の奥さんとなるとそうは行かない。

 私は所詮都市国家の女王であり相手は非公式とは言え皇帝の奥さんなのだからよくて同格、国の大きさから考えるとあちらの方が上だと考えられている可能性もあるんだ。

 

 「貴族同士なら普通、目上の人から話しかけられない限り話しかけてはいけないというルールがあります。今回は会見と言う形をとるのでホストであるロクシー様からご挨拶されるとは思うのですがこの会見が最後で二度と御会いする事が無いなんて事は無いと思いますから、その時にこちらの立ち位置をはっきりさせておかなければ、この国と私たち都市国家イングウェンザーの間に諍いが起こるやも知れません。そうなっては困るでしょう?」

 

 「確かにそうです! いけない、私としたことが失念していました」

 

 これがロクシーさんと会うのがまるんなら問題はなかったのよね、単純にこちらが下だと言う態度を取らせればよかったのだから。

 でも、私が出て行くとなるとそうはいかない。

 如何に相手が大国だとは言え、国のトップがそう簡単に相手より下だと認めるわけにはいかないのだから。

 

 「それで、リュハネンさんはどのようにお考えなのですか?」

 

 私の問い掛けにリュハネンさんは少し考えてから口を開く。

 

 「あくまで私の考えなのですが、ロクシー様は御自分の立場をあまり高く考えておられないと思います」

 

 「と言うと?」

 

 「直接御会いした印象では、あの方からは野心という物があまり感じられませんでした。どちらかと言うと裏方に回るというか、縁の下の力持ちに徹している事に価値観を感じる方なのではないかと私は考えます。ですから、自分はあくまで皇帝陛下の愛妾であり、それ以上の者では無いというスタンスを崩さないと私は考えます」

 

 なるほど、それならばこちらが都市国家とは言え一国の主だと名乗れば、こちらの方を上に置くとリュハネンさんは考えているわけか。

 

 うん、あちらの国内で広まっている建前上の立場は大体解ったわ。

 

 「解りました。では私は同格の者としてロクシー様とお会いする事にします」

 

 「えっ!? アルフィン姫様、相手は皇帝陛下の実質的な妻とは言え愛妾です。それで宜しいのですか?」

 

 宜しいも何も、元々此方の者と会いたいと考えた時に、自ら訪ねようとせず此方を呼び出そうとしている時点で自分の方が上だと思ってるに決まってるのに、それを下の者に気付かせない人なんでしょ? そんな人相手に自分の方が上でござい! なんて態度で出て行ったら物笑いの種になるだけじゃないの。

 

 「ええ、宜しくてよ。あっ、でもこちらの立場は会見前にきちんとお伝えして置いてくださいね。あちらはただの貴族を相手にしていると思って会ってみたら他国の女王だったなんて聞いたら驚かせてしまうもの」

 

 そう言って私はリュハネンさんに微笑みかける。

 私がそんな事を考えているなんて伝える必要は無いし、相手は人の中身を見抜く"眼"を持っている人なんでしょ? その事がリュハネンさんから伝わっても困るものね。

 

 「解りました。明日御会いするのは都市国家イングウェンザーの支配者、アルフィン姫様であるという事をきちんとお伝えします」

 

 リュハネンさんが力強く答えてくれたのを満足そうに頷きながら聞き、私は領主の館を後にした。

 

 さぁ、明日は決戦だ!

 




 今回で自キャラ別行動編は終わりです。
 なので次回は外伝を挟みます。

 一話空けて、いよいよロクシーとの会見です。
 バハルス帝国の中枢の者との邂逅でアルフィンたちはどうなるんでしょうね?
 まぁ、あまり大きく変わる気はまったくしませんがw


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外伝2 表敬訪問と椅子

 

 今よりほんの少しだけ先のお話。

 

 

 バハルス帝国の首都、帝都アーウィンタール。

 その日、アインズ・ウール・ゴウンは社交シーズンの到来と皇帝であり友人でもあるジルクニフの誘いもあって、久しぶりに帝都にある館に滞在していた。

 

 

 

 「アインズ様、次の面会予定の方がいらっしゃいました」

 

 「うむ」

 

 アインズはセバスの言葉に、いつもどおり支配者らしく鷹揚に頷いた。

 

 貴族との会うなんて本音を言うと面倒ではあるけど、ジルクニフの顔も立てないといけないし、何よりわざわざ面会のアポを取ってまで足を運んでくれているのだから会うくらいはしないとなぁ。

 そう言えば次に会う貴族ってどこの誰だっけ?

 知らずに会って困るのも嫌だし、セバスに聞くとするか。

 

 「セバスよ、次の面会予定者は一体何者なのだ?」

 

 「はい、アインズ様。次に御会いになられる予定の者はバハルス帝国の東の端にある小さな領地を治める貴族で、名はエルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ、位は子爵でございます」

 

 子爵か、地方の弱小貴族では中央の権力とは何の関係もないだろうに。

 

 弱小であるがゆえに新たな大貴族が生まれたのなら自ら足を運んで挨拶をしなければ相手からどんな不興を買うか解らないし、場合によっては自らの立場を左右しかねないのだから無理をしてでもアポイントメントを取って会いに来ているのだろうけど、それにしてもわざわざこんな所にまでご機嫌伺いに来ないといけないなんて貴族は本当に大変だ。

 

 「解った。ここへ通せ」

 

 上から理不尽な仕打ちを受けても耐えるしかない下位の者の悲哀を感じながら、俺はセバスに通すよう命じた。

 

 「畏まりました。アインズ様」

 

 その言葉に軽く腰を折って返事をした後、セバスは部屋の外へ出て行く。

 そして30秒ほどした頃だろうか。

 

 コンコンコンコン。

 

 「アインズ様、エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵様とその従者をお連れしました」

 

 「うむ、入室を許可する」

 

 ノックの後、子爵の到着を知らせたセバスの声に、俺は入室の許可を出す。

 

 「失礼いたします」

 

 ドアを開けたセバスに促され、二人の男が部屋に入ってきた。

 一人はこの国では珍しくも無い金髪で多少は鍛えているのか比較的引き締まった体をしている、しかしただそれだけの平凡を絵に描いたような男で、服装からするとこの男がカロッサ子爵なのだろう。

 そしてもう一人は、館の入り口で剣を預けてしまっているので丸腰ではあるが、その立ち振る舞いから子爵を守る騎士のような役割であろう、少し赤めのウェーブの掛かった金髪とダークブルーの切れ長の瞳が印象的な一見するとクールで知的な雰囲気を持つ美しい見た目の男だ。

 

 「ようこそ我が館へ参られたな。私がアインズ・ウール・ゴウン辺境候だ。」

 

 「お初にお目にかかります、アインズ・ウール・ゴウン辺境候閣下、バハルス帝国貴族の末席に名を連ねさせて頂いております、エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵です。以後お見知りおきを。そしてこの者は我が子爵家の筆頭騎士であるアンドレアス・ミラ・リュハネンでございます」

 

 「アンドレアス・ミラ・リュハネンです。アインズ・ウール・ゴウン辺境候閣下、御会いできて光栄です」

 

 二人はなにやら緊張した面持ちで俺に挨拶をしてきた。

 ふむ、この様子からすると私がどのような者であるかをよく知っていると見える。

 いやこの様子からして、もしかすると伝わる話がより大きくなり、実物よりもなお恐ろしい化け物と思っているのかもしれないな。

 

 「ははは、そう硬くならずとも大丈夫。このようにアンデッドの体はしておりますが、これでもジルクニフの友人であり、あなた方同様バハルス帝国の貴族の位を頂いている言わば同士、気楽に接してもらっても構わないぞ」

 

 「これはこれは、そのような温かいお言葉、痛み入ります」

 

 極度の緊張からか、噴出した汗をぬぐいながら返事をする子爵を見ていると、ブラック企業の歯車だった頃の自分を幻視してなにやらいたたまれなくなってくる。

 向き合うだけでもかなりのストレスになっていそうだし、これはなるべく話を早く切り上げて、開放してあげたほうがよさそうだ。

 

 「それで今日はどのようなご用件で?」

 

 「はい、遅ればせながらアインズ・ウール・ゴウン閣下が辺境候になられたお祝いをと思いまして、挨拶と共に祝いの品をお持ちしました」

 

 辺境候になったのは結構前だけど地方領主ともなると中央まで来るのも大変だろうし、俺自身生徒の振りをしてずっと学園にいたから会う事が叶わず、今頃の挨拶になったんだろうな。

 そんな事を考えながら気遣いに対するお礼を述べる。

 

 「おお、それはご丁寧に。それで祝いの品と言うのは?」

 

 「はい。アンドレアスよ、祝いの品をこれへ」

 

 「畏まりました、子爵」

 

 従者の男はそう言うと一度部屋の外へ退出し、再度部屋に入って来た時には赤い布に覆われた、なにやら少し大きなものを持ち込んできた。

 多分これが祝いの品と言う事なのだろう。

 

 これまでも色々な物を贈り物として受け取ってきたし、その中には伯爵や公爵など上位の者からの物も多かったが、残念ながらアインズを唸らせる物は一つもなかった。

 それだけにこの演出を見て「たいした物でもないであろうに、このように布で隠して持ち込むとは。いや、田舎者の貴族ではこれも致し方ないか」などと考えてしまう。

 しかし。

 

 「異国から持ち込まれた椅子でございます。どうぞお納めください」

 

 カロッサと言う子爵はその布のかけられた物の横へと移動すると、そう言って徐に赤い布を取り去った。

 そしてその瞬間、俺は目を見張ることとなる。

 

 「おお、これは!」

 

 一見すると何の変哲も無い椅子に見えるそれは、宝石や金箔で飾り立てられているわけでもなく、材質も高価な大理石やクリスタルのような物は使わず、樫のような硬い木材で出来ていた。

 それだけならば贈り物には相応しくない、まさにただの貧乏貴族から送られたいらない物だっただろう。

 

 しかし目の前のこれは少し違った。

 

 華美な派手さはないものの、木目と表面に塗られた暗色のニスの光沢を考えて彫られた細やかな飾り細工に座る者が心地よくなるよう計算された背凭れの形、そして座面と背凭れの一部に張られている暗いワインレットに染められた絹のサテン生地が座り心地のよさを主張していた。

 

 「座ってみてもよいかな?」

 

 「はい、是非に」

 

 子爵の了解を得てその椅子に腰掛けてみる。

 

 「これは!?」

 

 俺はそう言うと、即座に立ち上がりその椅子を持ち上げた。

 その姿に部屋の隅に控えていたセバスが色めき立つが、そんな事に気を回している場合ではない。

 

 っ!

 

 俺は椅子を裏返し座面の裏を見て声にならない声を上げた。

 なんと、この椅子は座面下の板材にまで気を配っているではないか。

 この世界の椅子は上にクッションのような物を張る場合、平板を使う事が多いのだけど、この椅子は人が座った時に落ち着くよう綺麗な曲線を描いていた。

 その上小さな子供が座った際、膝の後ろが当たることを想定してか淵を丸く加工してあり、その上から緩衝材のように布が巻かれてその上をサテン生地が覆っていた。

 

 「素晴らしい! 王宮などでこれまで色々な椅子を見てきたが、華美な物は多くともこれだけ座る者の事を考えて作られたものはなかった。それにこの飾り細工の見事さはどうだ。派手さこそないものの、落ち着いた中に職人のこだわりが見て取れる。そして何よりデザインが素晴らしい。子爵よ、これをデザインした者は何ものだ? できれば一度御会いして話を聞いてみたいのだが」

 

 「あっ、いえ、すみません。その椅子なのですが、実は私が懇意にして頂いているある都市国家の女王様が、このたび私が辺境候閣下にお目通りが叶うと聞いて、お祝いの品にしてはどうかと御自らデザインして下さり、その国の職人が製作した物でして」

 

 「都市国家の女王が? ふむ、小国とは言え他国の女王となると私のような高位の貴族では」

 

 「はい、閣下が御会いになられますと皇帝陛下や他の大貴族様方が気をもまれるのではないかと愚考する次第であります」

 

 子爵に目を向けると、先程とは比べ物にならないほどの汗の量と焦りに引きつった顔を見て少し引く。

 これは、俺から不況を買うのではないかと恐れている表情だな。

 いけない、あまりの興奮に無理を言ったようだ。

 

 「うむ、私が少し先走って無理を言ったようだ。許して欲しい」

 

 「そのようなもったいないお言葉。こちらこそ、ご期待に沿えず申し訳ありません」

 

 その後、このような家具が他にもあると聞き、早めに話を切り上げようと言う考えはすっかりどこかへ消え失せた私は、その後の予定を全てキャンセルしてかなり長い間子爵との会話を楽しむ事となったのだった。

 

 

 ■

 

 

 「それで辺境候様は、私の椅子をお気に入りになられたのですか?」

 

 「はい、アルフィン姫様。それどころか私の所有しているアルフィン姫様御自らデザインなされた家具を譲って欲しいとまで言われまして、その上我が子爵家とこれから懇意にしてくださるとまで仰って下さいました。それもこれも皆、姫様のおかげです。本当にありがとうございます」

 

 そう言って感謝を表すカロッサさんを見て私は「ああ良かった、うまくいったんだなぁ」とほっと胸をなでおろす。

 

 実は私、ある不確かな情報を持っていたからあのデザインの椅子をカロッサさんの手土産に持たせたのよね。

 

 

 

 あれはまだ私が1プレイヤーとしてユグドラシルで遊んでいた頃の事。

 私は自分のデザインした家具や装備の完成品を普段はイングウェンザー城や主要都市にある販売施設で売っていたんだけど、たまに手数料はかかるけど誰でも買える運営が管理している自販バザーに外装データーだけを数量限定で出していたの。

 

 その頃にはもうリアルである程度名前が売れていたから、私のデザイン外装は割高でもよく売れていた。

 私のデザインはユグドラシルでは珍しく華美な装飾はなかったからか、落ち着いた物を好んでいた層が、ファンって言うのかな? 毎回のように買ってくれている人達が一定数いたのよね。

 でもその人たちは外装も買うけど、直接店にも来て買うって言う人が殆どだった。

 それはそうよね、だって店でなら気に入った物を見つけた時に外装と違って買い逃す心配がないし、何よりバザーには出ない物もあるもの。

 

 でも、数人だけど城や店に一度も買いに来たことがない人達もいたの。

 異形種でプレイしていた人達がそれ。

 

 私の場合、問題さえ起こさなければ城に異形種のプレイヤーが買いに来てもなんとも思わなかったんだけど、買う方は私の考えなんか解らないから仕方がないよね。

 それだけに残念だなぁ、一度来て欲しいなぁなんて思いながらいつも買ってくれる人の名前を眺めていたのよ。

 

 そんなある日、私はいつも外装を買ってくれている異形種のプレイヤーの一人がどこの誰かを知った。

 それは6ギルド連合と傭兵プレイヤー、それにNPC合わせて1500人もの大軍勢を退けたと言う最凶ギルド、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長の名前を初めて知った時のこと。

 

 「モモンガ? う~ん、どこかで見た事がある名前だなぁ・・・あっ!」

 

 そうだ、いつも私のデザインした外装を買ってくれる異形種のプレイヤーの一人の名前が確かモモンガだったはず。

 

 もしかしたら違う人物かもしれない。

 でも私のデザインした外装は人気商品だけに結構高めに設定して出していたにもかかわらず毎回のように買ってくれているって事はそれだけお金を持っているって事だけど、この人ならそれに当てはまりそうだし、そもそも異形種のプレイヤーと言うのは数が少ないから同じ名前のプレイヤーがそんなに大勢いるとは思えなかった。

 

 「そうか、この人が私のデザインを気に入ってくれているモモンガさんなのか」

 

 あの日、お尋ね者のようにデザインされたアバターの外見スクショが映し出されたデーターブックを、そんな想像をしながら見たのを私は今でも覚えている。

 

 

 

 私の予想が正しければこのデザインの椅子を気に入ってくれるはず! 私はそう確信してカロッサさんに渡したんだけど成功してよかったわ。

 

 今考えると、もしかしたら私の思い込みが間違っていて、こんな質素なデザインの椅子なんか持って来てどうするんだ? なんてあきれられていたかもしれないんだよね。

 ホント成功してよかったわ。

 

 今回喜んでもらえたからといって、そのモモンガと言う人物が今アインズ・ウール・ゴウンと名乗っている人と同一人物とは限らない。

 でも、少なくとも自身のデザインを気に入ってくれる人だということが解って少しだけほっこりするアルフィンだった。

 

 




 実はこれ、ボッチを書き始める前のプロット段階で完結後に書くと決めていた話なんですが(第18話にこの話の伏線があるけど、これを読んで気付いた人います?)今は完結したらそこで終わらせてしまおうと考えているので幾つかの話がお蔵入りしそうなんですよね。
 でも、この話だけは連載開始前からどうしても書きたかったのでここに持って来たしだいです。

 因みに、アインズ様は華美な家具を好まれませんがアルフィンのデザインした外装を毎回買っていた人かどうかは解りません。
 ただ、気に入ったデーターは使うかどうかは別としてとりあえず収集しておくと言う彼の癖を考えると、同一人物なのかもしれませんね。

 あと、アインズ様の名前が出てきたけど、これは外伝なのでノーカウントで。

 さて来週なのですが、お盆で更新できる環境に居ません。
 なのですみませんが一週お休みさせていただき、次回更新は20日となりますのでよろしくお願いします。


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人物紹介 その2

10/20、ちょっと修正

抜けがあればご一報ください


第6章

 

■フリッツ・ゲルト・ライスター

 衛星都市イーノックカウの駐留帝国軍所属の騎士。

 

 清潔感のある刈り上げられた金髪と鍛え上げられた肉体を持ち、標準より少し整った顔をしている。

 しかし、まだ22とまだ若いにもかかわらず冒険者時代に幾多の死線をくぐり抜けて精悍さを備えてしまった為に30近い年齢だと勘違いされるほどの老け顔になってしまった

 

 彼は元銀の冒険者だったが鮮血帝の改革によりモンスター退治の仕事が絶望的に激減して彼のパーティーも半失業状態になってしまったが、この町に愛着を持っていた彼はそれを機に大森林方面の町に拠点を移すと言う仲間たちと別れに帝国騎士団に志願。

 無事合格して騎士の称号を得る事ができた。今は実力が認められ、現在は元冒険者の騎士4人の部下を持つ小隊長に就任している。

 

 ラッキースケベ要員(シャイナ専用)

 

 

■ヨアキム・クスター

 衛星都市イーノックカウの駐留帝国軍に所属する騎士で、ライスターの部隊の副隊長。

 元銀の冒険者で盗賊の技能を持つ為、偵察や罠の発見など部隊の安全面を受け持つ。

 

 外見は金の短髪で童顔。人懐っこい笑顔からはこの男が盗賊の技を身につけているとは誰も思わないだろう。また、隊長のライスターとは仲が良く、相手は上司だと言うにもかかわらずよくからかっては怒らせているが、いざと言う時は命を含む全てを任せてしまってもよいと考えるほど深く繋がっている。

 

 

■エルンスト・ケヴィン・ランベ・カロッサ子爵(カロッサ子爵)

 バハルス帝国の東の辺境にあるエントの村周辺地区を治める領主である下級貴族で、外見的特長は帝国人としては珍しくない金髪の上、顔も目立って整っている訳でもない。代々騎士の称号も持つ家系なので日々の鍛錬を積み、そのおかげで体は引き締まってはいるのだけれど貴族である彼は前線で戦う事は無い為精悍さにはかける。その性で見た目から受ける彼の印象は少しスタイルのいい、しかし目立つ所がないという平凡を絵に描いたような姿の男。

 

 政略謀略方面においてはあまり有能ではないが、もともとがあまり力の無い貴族な上に僻地の領主の為、皇帝からにらまれる事もなく粛清とは無縁で、領地の村もそれほど裕福ではなく、トブの大森林からも離れている為、生活は比較的質素である。

 

 領主ではあるが、この地がケンタウルスの支配する草原に隣接している為に、いざ事が起こった時はすぐに国の直轄に出来るよう地域の名前をカロッサ領と呼ぶことは許されていない。また、治める領地は小さな村が二つあるだけだが、任務としてこの地を収めているので帝国から一定の補助金が出ている。

 

 自分の領地以外の広大な草原も監視する立場ではあるが、親の代から一度もケンタウルスとの諍いは起こっていないのでどちらかと言うと国の直轄地を管理する立場と言った感じになっている。

 

 信仰系魔法の素養を見るタレント持ちなのだが、自分は魔法を使えないためフールーダのようにその力がどれくらいの位階を使える素養があるか解らない。

 また、後光となって視界に現れるそれは相手の素養の強さによって光が増すらしく、アルフィンを見た時はあまりの光の強さに女神様の光臨かと勘違いした。

 

 

■アンドレアス・ミラ・リュハネン

 外見の特徴は、少し赤めのウェーブの掛かった金髪とダークブルーの切れ長の瞳が印象的な一見するとクールな知的な美男子。

 

 カロッサ子爵に仕える騎士のまとめ役(と言っても正式な騎士があと一人と騎士見習いの三人の計五人しか居ないが)で、領内にある村で起こった諸問題を担当する立場にもある。

 と言ってもそんな事を彼ひとりだけでできる訳もなく、実は各村に一家族ずつ何か問題が起こった時は彼に報告をするようにと指示された者たちが住んでいた。また館での情報管理も彼一人で行っている訳ではなく、平民出身のメイドの立場ではあるものの、そこそこ優秀な女性が居たのでそのメイドを補佐として使っている。

 

 また辺鄙な土地の貴族付き騎士の為贅沢をした事があまりなく、いい食事やお酒、上質な設備、美しい女性などに触れたことがあまりなく、それらの誘惑に弱い。

 

 

■ルリ・アリル・テンカワ

 

 イングウェンザー城医療班所属。

 医療班と言うだけあって戦闘力はほぼ皆無だが、彼女の持つ32レベル分のほぼすべてを回復系スキルにつぎ込んだ事により、高位回復魔法でなければ癒せない攻撃がない相手なら自分の倍程度のレベルの戦闘でもある程度任せる事が出来る程の回復量を誇る治療のスペシャリスト。

 

 種族はハーフエルフで、外見的特長はハーフエルフとしては珍しい黒髪のおかっぱ。

 ただ顔立ちはエルフに近く、切れ長の瞳が特徴的な気の強そうな美人なのだが身長は146センチと小柄で幼児体型という結構アンバランスな感じのする少女。

 何よりエルフ寄りな顔なのに魔力系ではなく信仰系マジックキャスターというのが珍しい女の子。

 

 一見口うるさいような感じがするけど頭をなでるとくすぐったそうに笑ったり、何かあると拗ねてみせたりと子供のような反応をするので医療班の中では可愛い物好きのシャイナ一押しの子だったりもする。

 

 

■シルフィー

 

 あやめが呼び出した風の精霊シルフの女の子。

 外見的特長はフィッシュボーンスタイルにまとめた緑の長い髪の毛を腰までたらし、顔はエルフのように大きくてつり上がった瞳と長い耳を持つ。

 そして背中の透明な羽と何より特徴的な15センチほどの身長。

 

 レベルは35レベルで体が小さいため力と肉体的防御力は弱く25レベルのモンスターにも劣るが魔法攻撃力はレベル相当、魔法防御力にいたっては40レベルのモンスターに匹敵するほど高く、またすばやく飛び回る上に透明になれる為20メートルほど上空に飛ばれて上から風系統の攻撃魔法を撃たれると飛べないキャラにとってはどうしようもなくなる。

 おまけにあやめから認識阻害の指輪まで貸し与えられているので、魔力感知で探す事さえ出来ない為にその凶悪さは群を抜いていて、彼女の魔法防除を突破できるほどの威力を持った広範囲攻撃魔法を使わない限りは倒すことができない。

 ユグドラシルでは雑魚モンスターだけど、この世界では彼女を殺せるものはほとんど存在しないだろう。

 

 

第7章

 

■モーリッツ

 カロッサ邸の門番をかねた騎士見習い。

 レベルは4程度。

 

 

■ニクラス・ウド・ライナー・ブロッケン伯爵

 

 首なしさんとか首なし伯爵と呼ばれる図書館の館長。因みに名前の最後についている伯爵は位ではなく、創造された時につけられた名前の一部。

 

 茶色い逆立ったような癖っ毛とカイゼルヒゲ、ドイツ系のようなキツメの顔に常につけているモノクルが特徴的な男で、あだ名で解る通り種族はデュラハン(首なし騎士)である。普段は図書館入り口の机について仕事をしているが、たまに首のない黒い馬に乗って図書館内を巡回している事もある。

 

 本棚を自由にすり抜ける事ができるワイトや蔵書を管理するエルダーリッチを従え、日々訪れるイングウェンザー城の者たちに指定された本や映像メディアを貸し出している。

 

 我輩の名はは首なしではないと何度言えば解ってもらえるのですか?

 

 

■シミズくん

 

 点と線で構成された落書きみたいな顔で全長は2.5メートル、57レベルの課金で配置したのジャイアントワームの変異種。

 ユグドラシル時代は地下4階層の農地区画を守っていたが、ドルイド魔法で農地区画の栄養補給をしているとフレイバーテキストに書いておいた所、転移時にそのテキストに従ったかのように突然変異を起し、言葉をしゃべってドルイド魔法まで操るようになる。

 

 元々スキルスロットにまだ空きがあったからか、自分で判断して農作物の管理が出来るようになったし魔法が使えるようになった分、前衛系の戦闘力が落ちたが、農地区画の領域守護としてはより特化した性能を持つモンスターに変異した。

 

 エントの村にてシャイナと嘘の死闘を繰り広げた。

 

 

第8章

 

■ユカリ・タネシマ

 

 魔女っ子メイド隊に所属

 彼女のモデルになったキャラクターが農業系アニメのキャラだったおかげでファーマーレベルを持ってはいるが、指も細いし体つきもスレンダータイプなので農業キャラのイメージとはかけ離れている。

 

 腰までありそうなストレートの長い黒髪をツインの三つ編みにした、少したれ気味の優しそうな瞳をした童顔の女の子で、大きな丸めがねをかけていて身長も150センチ台と一般的。

 立ち姿も力仕事とはまるで縁の無さそうなどこかほんわかとした雰囲気なので、どちらかと言うと図書委員をしていそうな感じな女の子。

 

 

■ザイル

 巨大な四足の見るからに硬そうな岩を思わせる体と立派な角を持ち、強大な魔力と存在をその姿から感じる黒い魔物。

 その正体は、あやめが呼び出した土の上位精霊であるダオである。

 

 ザイルの本来の姿はあやめが頭の上に乗れるほどの巨体なのだが任意で体の大きさを変える事ができ、時にあやめの騎乗獣としての役割も果す。

 巨大なサイに似た姿と岩のような肌を持つ強靭な肉体は、外見通りとても硬く、この世界の殆どの者は武器で彼を傷つける事はできない。

 風により飛翔物を妨害するシルフィーと合わさると、飛び道具を主武器とするものたちの天敵となりうる。

 

 

ケンタウロス

 

 セントールとよく似ているために誤解されやすいが、臆病で平和を好む。

 精霊を信仰しており、上位精霊さえ使役するあやめのことを神のごとく思っている。

 

 

■チェストミール

 一番大きい集落であるミラダの族長

 白い顎鬚を蓄えたお年寄りのケンタウロス

 

 

■フェルディナント

 オルガノ族長

 金色の長い髪と金色の瞳、すらっとした立ち姿と凛々しい顔立ちでケンタウレたちに一番人気のある族長。

 女性を苦手としていて、オフェリアのスキンシップ攻撃にいつもどぎまぎしている。

 

 

■テオドル

 ラダナの族長

 黒髪に黒い瞳、褐色の肌と輝く黒い毛並みの下半身を持つ、がっしりとした力強い印象の男。

 少々無口で必要な事意外喋らないが狩りの腕は超一流で、いざと言う時はとても頼りになる。

 

 

■オフェリア

 ベルタの族長

 唯一のケンタウレ(女性)

 白に近いプラチナブロンドと白い肌、そして下半身も白馬と言うとても美しい姿のケンタウレで、瞳の色も銀色で、全体的に白い。

 そして精霊を信仰するケンタウロス族の最高位の巫女でもある。

 フェルディナントが好きで、常に隙あらば近づきスキンシップをはかろうとする。

 



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第9章 帝国との会見編
86 失敗の笑み


 今回と次回、ちょっと短いです。


 

 

 バハルス帝国の衛星都市イーノックカウ、その中央付近にある貴族や上流階級が住まう区画を一台の馬車が走っている。

 馬車が目指す先はこの都市の迎賓館。

 そこは他から訪れていてこの都市に館を持っていない貴族や王族が、他の貴族や大商人等を持て成したり大事な会談をする必要が出来た時に使用する為、建てられた建物なんだって。

 

 その迎賓館へと向かう馬車の中には私とシャイナ、執事としてギャリソン、そしてメイドとしてヨウコが乗っている。

 そう、この4人がロクシーと言うこの国の皇帝の愛妾との会見に挑むメンバーだ。

 

 まぁ、挑むといっても別に戦うわけじゃないから私もシャイナもドレス姿だし、ギャリソンもヨウコも武器は帯びていない。

 そういう心構えだと言うだけね。

 

 「アルフィン姫様、まもなく到着します」

 

 「ありがとう」

 

 御者を勤めているリュハネンさんの言葉に、いよいよだなと気合を入れなおす。

 別に地位が高い人と会うのはこれが初めてと言う訳じゃないし、むしろリアルではデザイン会社とは言え一応社長と言う立場にいたから別に珍しい事ではなかったけど、魔法と言うものがあり、タレントなんていう不思議能力を持っている可能性がある上流階級の人と会うのはまた別の話だ。

 

 必要以上に恐れるべきではないだろうけど、舐めてかかるわけにもいかないのよね。

 

 し過ぎない程度に緊張感を持って事に当たれるように、そして何があっても冷静に対処できるように心を落ち着かせる。

 そうやって心の準備を整え終えた頃、馬車が静かに停車した。

 どうやら迎賓館に到着したようだ。

 

 普段ならここでメイドのヨウコが外に出て私たちが降りる準備を始めるのだけど、今回は私たちは招かれた側なのでその準備は出迎える方がやってくれるだろう。

 だから、私たちはゆったりとした気分で準備が整うまで静かに待っていた。

 すると馬車の外でなにやら作業をしているような音がして、それからゆっくりと馬車の扉が開かれた。

 

 「ようこそいらっしゃいました、都市国家イングウェンザー女王、アルフィン様」

 

 そう言って馬車の扉の向こうから出迎えてくれたのは鎧に身を包んだ女性。

 比較的美系が多いこの世界の中でも非常に整ったと表現してもいい顔立ちで深い青の瞳を持つ女性騎士だ。

 だけどその顔は人形のように無表情で、その上なぜか長い金色の髪で顔の右半分を隠していた。

 

 綺麗な顔なのにもったいないなぁ、なんて私が考えている内にまずヨウコが馬車から降り、続いてギャリソンが降りてそのまま彼がシャイナの手を取り、エスコートしながら馬車から降ろした。

 

 「アルフィン姫様、お手をどうぞ」

 

 「ありがとう、リュハネンさん」

 

 そして最後に私がリュハネンさんのエスコートで馬車から降りると、迎賓館の門の横に控えていた執事服を着た男の人がすばやく扉を閉め、御者台について馬車を移動させて行った。

 

 「ロクシー様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 女性騎士に導かれて私たちは迎賓館の門を潜る。

 

 へぇ。

 

 イングウェンザー城ほどではないけど、かなり手入れが行き届いている庭と、豪華なつくりの建物に私はちょっとだけ感心する。

 先日訪れたこの都市の領主の館もカロッサさんの館も立派ではあったけど、それほど豪華なつくりではなかった。

 だけど、ここは迎賓館と言うだけあってかなり豪奢なつくりで、ところどころ金色の像や石の彫刻で飾られた宮殿のような建物だったからね。

 

 貴族の館がそれ程派手じゃなかったから、この世界は建物を飾る文化がないのかなぁなんて思っていたけど、これを見るとそうでもないみたいだね。

 他国の人を招く場所はそれ相応の豪華さを兼ね備えているのだろう。

 

 うん、これは内装も期待できそうね。

 

 そう思いながら門戸を潜ったんだ。

 でもねぇ、残念ながら迎賓館の中はそれ程でもなかったのよ。

 

 あっいや、豪華ではあるのよ。

 床や壁は大理石で出来ていたし、敷かれている絨毯は毛足も長くふかふかで、壁に掛けられた絵や調度品もそれなりの物がそろえられているもの。

 でもなぁ、私は外観から想像するに、てっきりクリスタルで作られた大きくて派手なシャンデリアや金や銀の細工が施された壁飾り、それに金の燭台とかが壁に並んでいるのを期待していたのよ。 

 でもね、中央エントランスなのに吹き抜けの天井は大理石のまま真っ白で、飾り窓一つないし、シャンデリアらしきものもぶら下がっていない。

 壁も何の変哲も無い造りで飾り布さえないのよ。

 思ったより質素でちょっとがっかり。

 

 でもまぁ、迎賓館と言っても帝都と違って衛星都市のものだし、仕方ないよね。

 

 そんなことを考えながら進むうち、私たちはある立派な扉の前に案内された。

 どうやらここが目的の場所らしいね。

 

 コンコンコンコン

 

 「都市国家イングウェンザーの方々が、到着なさいました」

 

 女性騎士さんがノックをして部屋の中に声を掛けると音もなく扉が開き、中からメイドさんが出てきた。

 そしてこちらへ体の向きを変えて深々と一礼。

 

 「都市国家イングウェンザー女王、アルフィン様。ようこそ御出で下さいました。中でロクシー様がお待ちです、どうぞこちらへ」

 

 私たちはそのメイドさんに促されて部屋の中へ。

 私、シャイナ、ギャリソン、ヨウコ、リュハネンさんと続き、最後に女性騎士さんが部屋に入った所で、扉の横に居たもう一人のメイドさんの手によって、扉が閉じられた。

 

 そして私たちが通されたその部屋の中には、質素なドレスに身を包んだ女性が一人。

 こちらに背を向けているその人は、身分の高い者特有の気品のような物があまり感じられず、その服装から考えてこの部屋とは似つかわしくない女性だった。

 

 はて、この方はいったい? それにロクシー様はどこに?

 

 私が頭にはてなマークを浮かべていると、女性騎士はその女性の方へと進み、その向こうに立った。

 そして部屋の中に居た女性はこちらへと向き直る。

 静かな笑みを浮かべて。

 

 「ようこそいらっしゃいました、アルフィン女王陛下。お初にお目にかかります。わたくしがバハルス帝国皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスの愛妾、ロクシーでございます」

 

 振り返ったその女性、ロクシーの顔を見て私は満面の笑みを浮かべた。

 いや、浮かべてしまった。

 

 「ごきげんよう、ロクシー様。都市国家イングウェンザーの支配者、アルフィンと申します。以後お見知りおきを」

 

 私は心の中で舌打ちをしながらも、笑顔を崩さずスカートの裾をつまみ、少しだけ腰を落として挨拶を返す。

 

 「そしてこちらが我が都市国家イングウェンザー6貴族の一人、シャイナです。身分としては私のほうが上と言う事になってはいますが、6貴族はほぼ同格ですので、そのように覚えて置いていただけるとありがたいです」

 

 「シャイナです。本日は御会いできて大変光栄に思っていますわ」

 

 初手を誤った。

 あの眼を見て、つい昔の癖が出てしまったのよ。

 

 タレント? とんでもない! 私はあの目をよく知っている。

 タレントなんていうトンでも能力の方がどれだけましだった事だろう。

 あれは巨大企業の人事や営業の、それもかなり上役につく者の眼、人の真価を見抜くことに特化した化け物たちと同じ眼だ。

 

 何の事はない、私はリアルで渡り合ってきた企業担当者たちとの経験から、あの眼を見た瞬間につい”営業スマイル"を浮かべてしまったという訳なのよ。

 

 何をやってるんだ、私は。

 本来なら私は静かに微笑み、ゆったりと挨拶すべきだったのに。

 これでは相手にこちらはあなたを見て警戒しましたと教えているような物じゃないか。

 

 「あとの二人は我が家の筆頭執事と私の専属メイドです」

 

 私の言葉に頭を下げるギャリソンとヨウコを横目で見ながら私はこの後の事を考える。

 さて、どうやって挽回したものか。

 まだ修正不能なほどの失敗をしたわけじゃないから、しれっとした顔で話を進めるべきかなぁ? うん、実際慌てた所で泥沼に落ちて行くだけだし、私は何の失敗もしてませんよって顔で進めるべきかもね。

 

 しかしまるんちゃん、ナイス判断! よくぞ私を呼んでくれたわ。

 まるんだけだったらいい様に言いくるめられて、うちの秘密、丸裸にされていたかもしれないもの。

 こういう手合いはかなり気を張って相手しないとね。

 リアルでは気付けばとんでもない契約を交わすことになってしまっていたなんて話、よく聞いたもの。

 

 「立ち話もなんでしょう。席について御話しませんか?」

 

 「そうですね、それではお言葉に甘えて」

 

 私は満面の笑みを浮かべたまま、メイドさんの用意してくれた席に着く。

 すると、他のメイドさんたちがお茶の準備を始めたのでそれが全て終わるまで待ったあと、初めて満面の笑みをといて静かに微笑みながら再度挨拶をする。

 

 「ロクシー様、本日はお誘いくださってありがとうございます」

 

 「いえ、私としてはこの都市に滞在されているというまるん様と御会いしたいと考えていたのですが、まさか女王陛下自ら御越しになってくださるとは。こちらこそ、お礼申し上げます」

 

 とりあえず社交辞令の挨拶はここまで。

 ここからが本題だろう。

 

 といってもこの人の考えはこちらがどのような集団なのか? バハルス帝国にとって敵か味方か? 益があるのか、それとも害をなすのか? それを見極めようって事なんだろうけどね。

 

 こちらとしてはそれをのらりくらりとかわして、特に大きな約束や言質を取られることもなく、重要な情報を渡さなければ勝ちといった所かな?

 

 




 アルフィンは迎賓館の内装を期待はずれと感じていますが、この世界的に考えたらかなり豪華です。
 そもそもユグドラシル基準のイングウェンザー城をいつも見ているアルフィンの感覚では例え帝城に行ったとしても期待はずれだと感じる事でしょう。

 そもそもの文化レベルが違うのですからね。


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87 いや、無理です

 

 バハルス帝国皇帝の愛妾であり、実質的妻であるロクシーさんとの会見が始まった。

 最初にヘマをやらかしたけど、このままそれを引きずって話を続けるとろくな事がない。

 と言う訳で、私は相手に主導権を握られる前に自分から切り込む事にした。

 

 

 

 目の前に置かれているカップ、これがお茶会ならまずはホストが一口飲んで毒は入っていませんよと見せ、それからゲストが口をつけるのが本来の流れなんだけど、今回は会見なので目の前のお茶は口を潤したり、会話のきっかけにする小道具でしかない。

 だから私は言葉を発するきっかけとして目の前に置かれたカップを手に取り、口に・・・。

 

 「アルフィン様、しばしお待ちを」

 

 「どうしたの? ギャリソン」

 

 持って行こうとしたところでギャリソンから、穏やかな口調で静止の声をかけられた。

 いけない、いけない、私ったらホントにテンパってるわね、こんな事まで忘れているなんて。

 

 「念のためでございます」

 

 そう言うとギャリソンは懐からモノクルを取り出し、それを使って私の手の中にあるカップを確かめた。

 そして何も入っていない事を確認すると、一礼をして後ろに下がる。

 

 「まぁ! 失礼ですよ、ギャリソン。ロクシー様が私のお茶に何か入れるとでも思っているのですか?」

 

 「アルフィン様、御身は我らにとって大事な御体でございます。例え叱責を受けたとしてもこれが私の役目でございますから」

 

 ギャリソンは慇懃な態度でそう答え、もう一度頭を下げた。

 

 ふぅ、ナイス! ギャリソン。

 予め決められてる流れとは少し違ったけど、とりあえずは予定通りの流れでいけたからよかった。

 あのまま飲んでいたら、その程度の注意も払う事ができない馬鹿と言う印象を持たれてしまう所だったわ。

 

 いやそれどころか貴族としての最低限の事も知らないと思われて、一国の主であると言う所まで疑われてしまったかもしれないもの。

 後で褒めてあげないといけないわね。

 

 さて、そんな私たちのやり取りを見ているロクシーさんなんだけど、なんか感心したような顔をして微笑んでるのよねぇ。

 今のやり取りに何か感心する所、あったっけ?

 主人を救ったギャリソンに感心するのなら解るけど、その視線はなぜか私に向けられているし。

 

 まぁよくは解らないけど、私を見直してくれたみたいだからよしとしよう。

 

 と言う訳で行動再開、先程やろうとした事をもう一度やり直す。

 今度こそ本当にカップに口をつけ、ほぅと息を吐いてからロクシーさんに、にっこりと微笑む。

 

 「ロクシー様、そこにいらっしゃるリュハネン様から聞いたお話からすると、我が都市国家に興味をもたれたご様子。しかし、私からするとどこに興味を持たれたのかがよく解らないのです。一体どのような所に御気を引かれたのでしょうか?」

 

 いや解ってるよ、今までの流れは知ってるから。

 でも、これも話の流れって奴なのよね。

 

 リュハネンさんは宝石が持ち込まれたからだと言っていたけど、私は希少金属のほうが引っかかってるんだと思う。

 だって、宝石なんてお金持ちなら持っていて当たり前の物だけど、希少金属となるとそうはいかないもの。

 本来ならお金があっても手に入らないかもしれない物を子供が持ち込んだと言う事は、それを産出する鉱山がうちの都市国家の領内にあるという事だし、もしかするとその金属で武装した兵士がそろってる可能性もあるって事だから見逃せない話よね。

 

 でもねぇ。

 

 「その事でしたらリュハネン殿から御話が伝わっているのではないですか? 商業ギルドからわたくしの所に宝石が持ち込まれ、そのあまりの見事さにどちらから手に入れたのかと調べさせた所、アルフィン様の国から持ち込まれたと聞かされました。それならば、その産地がどのような所か気になるのは、女なら当然ではないですか?」

 

 そう言ってロクシーさんは笑う。

 

 やっぱりそう言うよねぇ。

 と言うより、そう言うしかないというのが実情だろう。

 

 多分だけど、希少金属の話を聞いてこの人は私たちの都市国家がどこにあるかも調べさせたと思う。

 でも見つけられなかったから、呼び出して情報を掴もうと思ったんじゃないかな?

 特に今この都市にいるのが子供のまるんだし、うまく話を持っていけば内情とかも簡単に解ると考えたに違いないのよ。

 

 それなのに私が来てしまった。

 これは予想していない事態だろうし、だからこそこのような場面を想定した準備はしっかりと出来ていないんじゃないかな? って私は考えている。

 だから、そこに付け込めば何とかここは乗り切れると思うのよね。

 

 「ええ、私もそのように聞いてはいたのですが、まさか帝都ではそれ程珍しくはないであろう小さなルビーだけでロクシー様が直接御会いしたいと考えるとは思いませんでしたし、急な事で私も詳しい話を聞く時間が無かったもので。こちらに持ち込まれた宝石と言うと・・・ギャリソン、まるんはいったい何を持ち込んだの?」

 「はい、アルフィン様。まるん様が御売りになられました宝石は小さめのルビーとエメラルド、後はアレキサンドライトでございます。また、リュハネン様からの御話にありましたとおり、アルフィン様がエントの村で村長に御渡しになられた小さなルビーもカロッサ子爵様経由でこの都市の商業ギルドに持ち込まれたそうでございます」

 

 ギャリソンの言葉を聞いて私はほほに右手を添えて困ったような顔をする。

 

 「そんなに? もう、まるんったら困った物ね。きっとお小遣いが足らないと思ったから売却したのでしょうけど、もう少し控えめにすべきではないかしら?」

 

 そしてそう言ってから一度目を伏せる。

 

 「とは言っても私も同じ失敗をしてしまっているから、まるんばかりを責める事はできないわね。ギャリソン、まるんは宝石の価値をよく知らなかったのでしょ? あの時の私のように」

 

 「はい、そのようでございます。私が御止め出来ればよかったのですが、その暇もなく宝石を並べられてしまわれたので。申し訳ありません」

 

 言ってしまえば三文芝居だけど、此方がこう言ってしまえば宝石を持ち込んだのはまるんの独断で、子供ゆえに価値があまり解らず多めに売ってしまったからこれだけの数がこの都市に持ち込まれたのには他意はないんですよと言う話になる。

 だからロクシーさん側が宝石が目に付いてこの会談を要請したと言うスタンスである以上、これ以上の追求は出来ないって訳。

 

 姑息ではあるけど、一定の効果がある方法だと思わない?

 

 「なるほど、子供ゆえに宝石の価値を知らなかったのですね」

 

 「ええ。私も遠く離れたこの都市でまさかこのような事になっているとは。お騒がせして申し訳なく思いますわ」

 

 とりあえず沈痛な面持ちって奴を作ってこの話を何とか終わらせにかかったんだけど、流石に私の思惑通りには行ってはくれなかった。

 

 「しかし、そんな子供に宝石を持たせるとは、都市国家イングウェンザーと言う所はよほど裕福なのですね」

 

 ああ、そこに突っ込んできたか。

 確かに子供がそんなに宝石を持っているのっておかしいよね。

 

 この話を聞きながら「さて、どう誤魔化すかなぁ」なんて考えていたんだけど、実は本当にとんでもない突っ込みはこの後に待っていたんだ。

 

 「それもただの宝石ではありません。私も初めて目にする程の透明度と鮮やかな赤い色をしたルビー、それもほぼ同じ大きさ、同じ形の物が2個も存在するなんて」

 

 っ!?

 

 これはまるで予想していない展開だ。

 

 二つのほぼ同じ大きさで同じ形のルビー。

 天然石である以上、そんな物が存在するのは常識的に考えたら少しおかしい。

 でもこのルビーはユグドラシル時代に手に入れたものなのだから、元はデーターである以上まったく同じ物なのよね。

 

 「特にこの透明度は少し異常です。何の歪も無い。そう、まるでグラスに注いだロゼワインのように透き通っていますわ。そう思ってもしや偽物ではと考えた私は魔法で鑑定をさせたのですが、しかしその二つとも正真正銘のルビーでした。この事実を知って興味を持たない女が居るとアルフィン様はお考えですか?」

 

 うわぁ、これはだめな奴だ。

 言われて見ればそっちの方がおかしいよね。

 ガラス玉じゃないんだから、まったく濁りのないルビーが存在しているのは、言われてみれば確かにおかしい。

 

 でも仕方がないじゃない、だってゲームに出てくるルビーは赤くて透明な石ってフレイバーテキストに書かれているんだから。

 

 落とされた爆弾に驚愕していた正で少し固まっている私に、ロクシーさんは追い討ちをかけてくる。

 と言うか、とんでもない持論を展開してきた。

 

 「アルフィン様、私はあなた様と御会いするにあたり色々と情報を集めさせていただきました。その中にあった一つの報告と、この二つのルビーを見て私はある結論に達したのです」

 

 そう言うとロクシーさんは目の前のカップを手に取って口に運び、その後楽しそうに微笑んでこう言ったの。

 

 「アルフィン様は屋敷を作ってしまうほどのクリエイトマジックの使い手だそうですね。ならば魔法でお作りになられる事ができるのではないですか? 小さなルビーも”オリハルコンやミスリル銀のような希少金属"も」

 

 うわぁ、とんでもない方に勘違いしてくれたよ、この人。

 

 希少金属の所を特に強調して話すロクシーさん。

 それはそうだよね、そちらの方が大事な内容なのだから。

 でも、できない事をできると勘違いされてしまうなんて。

 それも、もし出来たら軍事的にかなりの脅威になりかねない内容なのよね、これ。

 

 もう、一体どうしたらいいのよ!

 

 まったく想定していなかった言葉に、どうやってそれを否定したものか? いや、そもそも否定した所で信じてはもらえるのだろうか? と心の中で途方に暮れるアルフィンだった。

 




 ロクシー様はかなりしっかりと調べてアルフィンと会っています。
 ただ、そのおかげでちょっとおかしな想像もしているみたいです。
 ある意味ギャグ展開みたいになってますがオーバーロード本編キャラなのでそんな展開ばかりにはならないと思うので、お付き合いください。


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88 ごまかしと解呪

 

 

 「オリハルコンとミスリルをクリエイトマジックで作成ですか? ・・・なるほど、それは考えた事がなかったですね」

 

 私はそう言うと、少し考えた振りをする。

 と言うのも、出来ないと言った所で信じてはもらえないだろうと考えたからなの。

 それでね、ならロクシーさんの言葉を受けて「もしかしたら出来るのかもしれない!」と私が考えたと、そんな振りをしてみせるのが一番なんじゃないかなぁと考えたわけ。

 

 「想像もした事がなかった事ですが・・・そう言えば希少金属も無機物。クリエイトマジックで作れない道理はないですね」

 

 そう言って一度考え込む振りをしてから、

 

 「ギャリソン。ミスリルの塊を持っているかしら?」

 

 「はい、アルフィン様。少量なら」

 

 私の言葉にそう答えて、アイテムボックスから拳より少し小さい程度の金属塊を取り出すギャリソン。

 そして私の前のテーブルに白いハンカチを敷き、その上にその塊を音も無く置いた。

 

 「ありがとう」

 

 そう言って、私は目の前に置かれたミスリルの塊を凝視する。

 そして、

 

 「<クリエイトマジック/ミスリル銀>」

 

 魔力の篭った言葉を唱える。

 できない事を承知の上で。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 

 結果、何も起こらない。

 そう、魔法の発動した形跡すらそこには無かった。

 

 でもまぁ、当然よね。

 希少金属は魔法で精製できないから希少金属なのだから。

 

 「う~ん、私のミスリル銀への理解力が足らないのか、それともそもそも魔力を含んだ希少金属は魔法で作る事が出来ないのか。これはかなり興味の惹かれる題材ね。もうちょっと研究してみようかしら」

 

 そう言って私は考え込む”振り”をする。

 そしてその場は沈黙に支配され、30秒ほどたった頃。

 

 「アルフィン様・・・アルフィン様・・・、アルフィン様!」

 

 まるで予め打ち合わせでもしていたかのように、ギャリソンが初めは小さく、最後は少し強めな声で私の名を呼んだ。

 無論これも私が演技している事が解った上での事なんだけどね。

 

 「っ!?」

 

 ここまで強く言われてて、初めて私は気付いたように顔をあげた。

 

 「ご無礼を平にご容赦を。しかし、ロクシー様との御面談中です。探究心に没頭される御心は御察ししますが、今は御控えなされますのがよろしいかと」

 

 「えっ!? ああ、すみませんロクシー様」

 

 私は慌てて取り繕う。

 目の前の要人を思考の隅から全て消し去って考え込んでしまって、とても恥ずかしがる姫の振りをして。

 

 「素晴らしいヒントをいただいたので、もしかしたら我が国の主要産業になるかもと考えたら他のことが全て抜け落ちてしまいました。まことに申し訳ありません」

 

 そして一度立ち上がり、丁寧に頭を下げた。

 ごまかそうとしても多分無理だから、できないことを強調しようとしたんだけど・・・これでうまく行ったのかなぁ?

 

 「否定はなさらないのですか?」

 

 「はっ? 否定と申しますと?」

 

 ロクシーさんの言葉に、つい鸚鵡返しで返してしまった。

 だって仕方ないじゃない。

 否定の為の小芝居をしたばかりなんだから。

 

 「ルビーの事です。宝石をクリエイトマジックで作られた事を、まるで否定されなかったので」

 

 ああなるほど。

 希少金属の方が大事だったから、そちらに関しては頭からスポッと抜けていたわ。

 まぬけよねぇ。

 

 「ああ、そちらの事ですが。すみません。宝石はクリエイトマジックで作れない事が解っているので、思考の片隅に追いやられてしまいましたが、確かに女としてはそちらの方が大事でしたね」

 

 「と言うと、宝石はクリエイトマジックで作る事はできないのですか?」

 

 私の言葉に驚きの表情を浮かべるロクシー様。

 ん? そっちの方が驚きなの?

 

 「はい。宝石は長い年月をかけて土の中で変質してできたものですから。それを短期間で作ると言う事は時間を操るのと同じ事です。時間を操る事が出来ない以上、宝石をクリエイトマジックで作る事は出来ないと言うのが我が国での定説なのです」

 

 これは建前。

 宝石をクリエイトマジックで作れないのは当たり前なんだよね。

 だって宝石は店売りできるものだし、これを魔法でポンポン生み出せたらゲームバランスが崩れてしまうもの。

 クリエイトマジックがユグドラシル由来である以上、価値のある品物を作る事が出来る訳がないのよ。

 

 「なるほど。ならば希少金属は作る事が出来る可能性があると?」

 

 「それは研究してみないとなんとも。でも、作る事が出来たら素敵ですよね。貴重な助言を頂き、ありがとうございます」

 

 私はそう言って頭を下げた。

 

 「いえ、わたくしはあくまで想像をした事を御話しただけなので。しかし、それではひとつ疑問が残ります。同じ大きさで、同じく透明度が高い二つの宝石、これが現存する理由。もし宜しければお教え願えないでしょうか?」

 

 そうだよねぇ、それに食いついてくるよね。

 まぁこれに関しては時間もあった事だし、言い訳は考え付いている。

 

 「解りました。ギャリソン、大粒に加工したルビーがあったでしょ。あれをお出しして」

 

 「大粒のルビーですか? 少々お待ちを」

 

 ギャリソンはそう言うとカバンを開き、その中からピンポン玉より少し小さいサイズのルビーを取り出した。

 それを見て驚くロクシーさん。

 それはそうだよね、こんな大きさのルビーが天然石で存在するはずがないんだから。

 でもねぇ、ゲームであるユグドラシルでは普通にあるんだよ、これが。

 

 他のゲーム同様、ユグドラシル内の大貴族がつけている指輪やネックレスでこのサイズの宝石は珍しくない。

 装備によってはこれより大きなサイズの宝石を使っているものもあるくらいだしね。

 だからゲームにおける大きな宝石はみんなこのサイズなんだ。

 

 「見てのとおり、ルビーは我が国では少々大きめの原石が取れるのです。その為小さなものはアクセサリーに加工しやすいようある一定の規格で削りだされ、統一された大きさになって流通しています。これが私やまるんが小さなルビーの価値を低く見てしまった理由なのです」

 

 「では小さなルビーは価値が低い、と?」

 

 そうだよね、理解し辛いだろうね。

 自国で高い値打ちのものであるのなら、その感はより強いと思うよ。

 だからその部分はしっかりと否定しておく。

 

 「これに関しては私の認識不足だったのですが、後ろに控えている執事が申すには小さいものも価値はこの国のものと殆ど変わらないのだそうです。私は小さなものは削りだして同じ大きさにしているくらいだから価値は低いと考えていたのですが、透明度を維持する磨きの技術料は変わらないので」

 

 「恐れながら、少々補足させていただきたく」

 

 私の言葉にギャリソンが言葉をかぶせてくる。

 何の打ち合わせもなかったけど、彼が何かホローをしてくれると言うのなら任せてしまった方がいいだろう。

 私よりよっぽど頭がいいからね。

 

 「なぁに、ギャリソン? 伝えたい事があるのなら気にせず仰いなさい。」

 

 「ありがとうございます、アルフィン様。宝石の加工についてでございまが、中粒に満たない原石は全て鑑定課へと回されます。そこでは透明度を一番損なわないカットを見極められ、加工が行われております。今回ロクシー様が勘違いをなされたのは支配者であらせられますアルフィン様と、有力貴族であられます、まるん様に謙譲されたルビーがその中でも特に透明度が高いものだったからではないでしょうか?」

 

 なるほど、そういう説明なら確かに不信感は和らぐわね。

 何せ私とまるんは国での最高位である6貴族と言う事になっているのだから。

 

 「そうなの? いつも美しい宝石が届けられると思っていたけど、なるほど、皆が気を使ってくれていたのですね」

 

 「それが臣下の勤めですので」

 

 そう言ってギャリソンが頭を下げた。

 

 「そういう事情でしたの。あの二つのルビーを見てわたくし、てっきり人工的に作られたのではないかと思ってしまって。お恥ずかしい限りです」

 

 「いえ、私も事情を知らなかったので。しかし、ロクシー様が二つを比べて同じものにしか見えないと仰られたのは、我が国の宝石職人たちの磨き技術がそれだけ素晴らしいとお褒めいただいたのと同じ事。この話を聞けば国の職人たちも誇りに思う事でしょう」

 

 そう言うと、私はにっこりとロクシーさんに微笑みかけた。

 うん、これでこの話はうやむやに出来たわね。

 

 「しかし残念ですわ。もしアルフィン様が宝石を作り出せるのであれば、宝石をちりばめたドレスやルビーだけで作られたティアラなども作れましたでしょうに」

 

 「そんなものが作れたら素敵でしょうね」

 

 私の話を完全に信じてくれたようで、どうやらクリエイトマジックについての話はこれで終わったみたい。

 でも、どうやらこの方はそれ以外にも私に話があったみたいなのよ。

 

 「ところで、先程も申しましたとおり、アルフィン様にお会いするにあたって少々情報を集めさせていただいたのですが、聞くところによるとアルフィン様はクリエイトマジックだけでなく神聖魔法も極めているとお聞きしました」

 

 「一応たしなみ程度に神聖魔法を収めてはおりますが、極めるなんてとても」

 

 へぇ、流石皇帝の愛妾さん、色々と調べてるのね。

 でも、その情報の中で何か気になることでもあったのかな? 特に変わった魔法は使っていなかったと思うけど。

 

 「いえいえ、ご謙遜なさらずに。聞くところによると、多くの村人を一度に癒したとのこと。それも骨折などの重傷者も含めて。そのような事ができる者は我が国にもおりませんのよ」

 

 あちゃあ、そう言えば癒しの雨はマス(範囲化)系と同等の魔法だから確か6位階だったよね。

 レイズ・デッドさえ使える人が殆どいないって話だから、これもまた使える人、いないだろうなぁ。

 ちょっとやっちゃた感があるわね。

 

 「それはそうでしょう。あの魔法は我が家に伝わる秘伝魔法ですから、我が国にも私以外に使える者は居りません。範囲内に居るもの全てを敵味方関係なく全て癒すと言う点で少々使いどころが難しい魔法ではありますが、災害などが起こった時ははとても重宝する魔法ですのよ」

 

 秘伝と言う所は嘘だけど、後は本当の事だからばれる事はないと思う。

 

 「そうでしたの。でもそれだけの癒しの力を持つアルフィン様ですから、当然復活の魔法も使う事ができるのでしょう? 我が国には一人も居りませんから、うらやましい限りですわ」

 

 「復活の魔法ですか?」

 

 ああなるほど、これが本題か。

 

 「はい、アルフィン様は使う事がお出来になるのでしょう?」

 

 これに関しては前にエルシモさんから注意を受けていたからちゃんと答えを用意してあるのよね。

 私はロクシーさんの言葉を聞き、困ったような顔をして答える。

 

 「残念ながら私は使う事ができません。いえ、それ以前に死んだ者を生き返らせる魔法なんて物が本当にこの世に存在するのですか? 死は絶対であり誰にでも訪れるもの。それを覆すなど、神が御許しになるとは思えないのですが・・・。私もこの国に来てそのような魔法の存在を聞き、驚きました。しかしこの国では誰もつかえないと聞いて、存在自体を少し疑っていたのですが」

 

 「まぁ」

 

 私の言葉を聞いて今度はロクシーさんが驚きの表情を作った。

 う~ん、これはどっちだろう? 本当に驚いたのか、此方の様子を疑って演技をしているのか。

 どちらにしても次の言葉を聞かない事には判断できないわね。

 

 「アルフィン様はそれだけの力をお持ちなのに復活の魔法の存在を知らないとは。我が国には使えるものは居りませんが、復活の魔法は確かに存在します。隣国であるリ・エスティーゼ王国の貴族令嬢であり、アダマンタイト級冒険者でもあるラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ嬢がその使い手だと聞き及んでおりますわ」

 

 「そうなんですか。まさか本当に死者を蘇らせる魔法があるとは・・・少し驚きです。それはどのような魔法なのですか?」

 

 「私も詳しくは知らないのですが・・・ロックブルズ、あなたは何か知らない?」

 

 ロクシーさんは魔法そのものにはあまり詳しくないらしく、後ろに控えている女性騎士に声をかけた。

 その言葉に彼女は少し首をかしげる。

 

 おや?

 

 一瞬、なにやら邪な気配がしたような気がするけど・・・

 

 「<死者復活/レイズ・デッド>、5位階の魔法です。私もプリーストの技能を持ってはいますが残念ながらその魔法は使えないので、知っていうのは名前だけですが」

 

 「そうなの。使い方が解ればアルフィン様が習得できるかどうか解るのですけどね」

 

 「残念ですが、多分習得方法が解っても私は覚える事は出来ないと思います。私の魔法領域は回復魔法やクリエイトマジックで全て埋まっているので」

 

 いや、本当は使えるんだけどね。

 でもそう言っておけば習得方法を調べて私に覚えさせようと言う考えもおきないだろうから、これはその保険と言う事で。

 

 「そうなのですか。もしアルフィン様が復活の魔法をお使いになる事ができるのであれば、もしもの時に心強いと思ったのですが・・・残念です」

 

 うん、とりあえずこれに関しては引いてくれそうだね。

 それはそうと。

 

 「そこのあなた。えっと、ロックブルズさんでしたか?」

 

 「私ですか? そう言えば自己紹介がまだでしたね。私はバハルス帝国の騎士、レイナース・ロックブルズと申します。以後お見知りおきを」

 

 「この子は帝国四騎士の一人で重爆の異名を持つ我が国の誇りなの。今日は無理を言って私の護衛についてきてもらったのです。大事な方と御会いするのに、それに相応しい者をつけるべきだと考えたのでね」

 

 そう言ってロクシーさんは笑った。

 なるほど、この人は帝国騎士でもそれ相応の地位にいる人なんだね。

 その割にあまり強そうに見えないけど・・・まぁ、指揮官が強い必要はないからきっと軍を率いて戦うのがうまいんだろうな、女の人だから前線にも出ないだろうし。

 

 「ところでアルフィン様、ロックブルズに何か御用でも?」

 

 「はい、ちょっと気になったもので。ロックブルズさん、あなた、何か呪いを受けていますね。それは何か理由があって解呪しないのですか?」

 

 世の中には呪いを受ける事によって特定の能力を得ている人が居る、と言うか、ユグドラシルにそういうキャラが居たんだ。

 もしかしたらこの人もそうなのかもしれないなぁと思ったんだけど、やっぱりそこに呪いがあるとなんか落ち着かないんだよね、巫女としては。

 

 それでもその呪いにちゃんとした意味があると解れば少しは納得できるから、とりあえず聞いてみようと思ったと言う訳。

 

 「チッ!」

 

 私のその問い掛けに、さっきまで無表情だった彼女の顔が憎しみに染まる。

 おまけに一国の女王に対して舌打ちしたよ、この人。

 失礼にもほどがあるよね。

 

 でも、そんな表情になると言う事はこの呪い、自分の意思で解かないでいる訳ではなさそうだなぁ。

 

 「ロックブルズ、その態度はなんですか。アルフィン様の御前ですよ。アルフィン様、大変失礼しました」

 

 「いえ、私は別に。それよりロックブルズさん、その呪い、私に見せてはもらえないかしら?」

 

 私の言葉にあからさまに嫌そうに、そしてなにやら恐れるような、そう、期待してそれが裏切られるのを恐れるような表情を彼女は浮かべた。

 この態度からすると、今まで何度か人に見せ、今まで誰もこの呪いを解く事ができなかったのかもしれないわね。

 でもなぁ、

 

 「恐れる事はありませんよ。解けない呪いなんてこの世にはないのです。私が見てもし解けなかったとしても、我が城にいるほかの者が解けるかもしれません。その為にも、とにかく一度見せてはもらえないかしら?」

 

 私はなるべくやさしい顔を作って彼女に語りかけた。

 あの髪の毛で隠れている部分、きっと酷い事になっているのでしょう。

 あんな美しい顔に生まれただけに、その呪いは彼女の心に大きな影を落としているに違いない。

 私も成り立てとは言え女の端くれだもの、そんな女性をほっとけないわ。

 

 「本当にこの呪いを解く事ができるのでしょうか?」

 

 「呪いの波動を少し感じただけだけど、多分大丈夫だと思いますわ。だから私に大人しく見せてもらえないかしら?」

 

 少しの逡巡の後、ロックブルズさんは恐る恐る私に近づき、髪の毛をかき上げて呪いの痕を私に見せてくれた。

 

 「酷い! こんなに綺麗な顔なのに」

 

 今まで髪の毛で隠されていた顔の半分は真っ黒に変色していて、本来なら白く美しいはずのその肌は見る影もなく腫れ上がり、その姿はまるで怪談に出てくる女性のようだった。 

 

 「う~ん、これは結構強めの呪いのようですね。モンスターが自分の命と引き換えに残した怨念の塊と言った感じかしら?」

 

 「はい、その通りです。昔モンスターを掃討していた時、死ぬ間際にこの呪いをかけられました。これまでも何人もの高位の神官に解呪をお願いしたのですが、呪いが強すぎて未だ解くことができていません。アルフィン様、もしこの呪いを解く事が出来るのならば私はなんだっていたします。お願いします、この呪いを解いてください!」

 

 そう言うと彼女の瞳から涙がこぼれた。

 きっと辛かったんだろうね。

 うん、大丈夫、この程度の呪いなら解くのなんて簡単だから。

 

 「大丈夫よ、心を静かに、目を瞑って私に全て任せてくださいね。<リムーヴ・カース/呪い除去>」

 

 私は掌をロックブルズさんの顔に向けて呪文を唱えた。

 すると解呪の光が広がり、彼女の顔にかけられていた呪いを溶かしていく。

 

 そしてその光が消えた後、彼女の顔には一点の曇りもなく、元通りの美しい肌になっていた。

 無事解呪成功である。

 

 まぁちょっとすごい事をしたみたいに言ってみたけど、100レベルの巫女である私が使う5位階魔法だからなぁ、この世界の、それもこの人が討伐できるモンスターの呪い程度なら解けて当たり前なんだけどね。

 

 「すごい・・・」

 

 私の魔法を見てロクシーさんは言葉も無いみたい。

 そしてロックブルズさんだけど、ぺたぺたと自分の顔を触り、腫れが全てひいている事を確認しながら、なにやら夢でも見ているようなぼやけた顔をしていた。

 

 「ギャリソン」

 

 「はい、アルフィン様」

 

 私が一言かけると、ギャリソンはさも当然と言わんばかりにいつの間にか手に持っていた手鏡を私に渡してくる。

 ホント、有能過ぎる執事だわ。

 

 「ほら、これでもう大丈夫。呪いは全て解けたわ」

 

 私はそう言って手鏡でロックブルズさんの顔を映し、彼女に自分の肌が綺麗に治っているのを見せてあげる。

 

 「うっ、ううっ・・・」

 

 美しく蘇った白い素肌に大粒の涙がこぼれる。

 

 今までよほど辛かったのであろう、彼女は自分の顔を見た途端に嗚咽をあげ始め、次の瞬間周りの目も気にせず、まるで少女のように声を上げて泣き始めるのだった。

 

 




 レイナースですが、web版準拠なので顔は黒く変色していますが膿は出ていません。
 あちらでは黒い痣になっていると言う表記だけなのですが、それだと治した時にあまり喜んでくれなさそうなので、腫れ上がっていると言う事にしました。
 まぁ、皮膚が変色しているだけでも、女性にとっては大変な事なんでしょうけどね。


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89 そんなに強い(弱い)の?

 

 バハルス帝国皇帝の愛妾であるロクシーさんと他国の女王である私との会見と言う大事な場ではあったのだけれど、流石にこの子供のように泣く女性を前にして口を挟む人はいない。

 それが嬉しさのあまり感情が爆発したのだと、事の経緯を知っている者ならなおさらだろう。

 だから私たちも、ロクシーさんも、そしてドアのそばで控えているメイドさんまでもが優しい笑顔でロックブルズさんを見守っていた。

 

 やがて落ち着いたのか嗚咽が止まり、腰につけていたポーチからハンカチを取り出すと彼女は自分の目元をぬぐう。

 そして顔をあげたその表情はまるで晴れ渡った青空のような笑顔で、先程までの無表情な彼女はもうどこにも存在しなかった。

 

 よかった、今まで彼女の心に巣くっていた闇も涙と一緒に流されたみたいね。

 

 うん、いい事をした! なんて思っていいたんだけど、彼女の次の一言で私の顔は引きつる事となる。

 

 「私、決めました。アルフィン様、あなた様に私の剣を捧げたいと思います。受けていただけないでしょうか?」

 

 ロックブルズさんは腰の剣を引き抜くと私の前で跪き、頭を下げながら両手で剣を捧げてこんな事を言い出したのよ。

 

 へっ?

 

 これってこの剣を私にとれって事? それに剣を捧げるって、騎士として永遠の忠誠を捧げるって事よね。

 待って、待って、待って! 流石にそれはダメだから。

 

 ふと視線を感じてそちらを見てみれば、そこにはあっけに取られたような、しかしそんな中にもしてやられたと言う感情が見て取れるロクシーさんの顔が。

 いやいやいや、違うから! 別に私はこれを狙って彼女の呪いを解いたわけじゃないからそんな顔しないでよ。

 しかし、実際問題、この状況はそうと取られても仕方がない。

 でも、もしそう取られてしまったら最悪バハルス帝国と事を構えるなんて事にもなりかねないわ。

 

 だめよ! そんなの、めんどくさいもん!

 

 勝てない事はないだろうけど、ただただめんどくさい未来しか思い浮かばないのよねぇ。

 と言う訳で、何とかこの話をうやむやにする方向に進めるとしよう。

 

 「ロックブルズさん」

 

 「レイナースとお呼び下さい、アルフィン様」

 

 まだファーストネームで呼ぶほど親しくはなっていないはずなんだけど・・・仕方がない、姓で呼んでも話が進まなさそうだからね。

 

 「レイナースさん、私はあなたの忠誠を受け取る訳には参りません」

 

 その一言でレイナースさんは絶望に染まったかのような顔になった。

 

 「なぜですか、アルフィン様? 私では力不足だからでしょうか? ならば騎士でなくても結構です。メイドでも、それこそ下女としてでもいいのです、おそばにおいてください」

 

 いや、そこまでの事じゃないでしょ?

 私はただ呪いを解いただけなんだから、それ程の忠誠心をもたれる理由が解らない。

 

 「いや、流石にあなたほどの方を下女としておく訳には。それに私はあなたが力不足だから忠誠を受け取れないと申しているのではありません。むしろ、あなたの能力を認めているからこそ受け取れないのです」

 

 「能力を認めているから?」

 

 私の言葉にレイナースさんは訳が解らないと言う顔をする。

 それに反して、目の端に映るロクシーさんの顔は、ほぅと感心したようなものになっていた。

 どうやらあの人は私がこれからどう話すか理解したみたいだね。

 

 「そうです。先程あなたから自己紹介された際、ロクシー様は帝国四騎士の一人であり、我が国の誇りであると仰られました。これはロクシー様だけがそう考えているのではなく、バハルス帝国の騎士の方々が、そして国民の方々が皆思っている事なのではないですか?」

 

 「それは・・・」

 

 「そんなあなたが私に剣を捧げると言う事は、バハルス帝国から出奔して我が都市国家イングウェンザーへ下ると言う事になります。もしそうなった場合、あなたを慕うこの方々はどう思うでしょう? 悲しみに包まれるのではないでしょうか?」

 

 うつむいて黙り込むレイナースさん。

 ちょっと可哀想だけど、ここはこのまま押させていただく。

 

 「あなたは先程まで呪いを受け、絶望の中にいました。そして今はその呪縛から開放され、その嬉しさのあまり私に仕えたいと考えてしまったに過ぎません。時間が経てば心を通わす同僚や部下たち、仕え守るべき本当の主君の顔が頭に浮かぶようになるのではないですか?」

 

 「同僚たちの、四騎士たちの顔が浮かぶ・・・」

 

 ん? 仕える主君はいいの?

 いや、口に出さないだけよね、私にこんなに熱い視線で仕えたいと言い出すくらいだもの、忠誠心は人一倍あるに違いないわ。

 ただ、常にそばにいる人たちのほうが頭に浮かびやすかっただけよね。

 

 「こほん。とにかく、あなたの周りにはあなたを必要としている人たちがいるのです。それなのに私があなたを取りあえげてしまったらその人たちに恨まれてしまうわ。それにあなたほどの人を引き抜いてしまったらバハルス帝国の皇帝陛下のお怒りを買うことになってしまうかもしれないでしょ。そんな恐ろしい事、私には出来ませんわ。だからね、お願い。私のためにもその剣は納めてもらえないかしら?」

 

 少しの逡巡の後、レイナースさんは決意の篭った瞳を私に向けた。

 

 「・・・解りました、この剣は納める事とします。しかしアルフィン様、これだけは覚えて置いてください。私は気の迷いや一時的な感情でアルフィン様に剣を捧げたかったのではありません。もしアルフィン様に一大事あれば、何をおいてもはせ参じます。その事だけは御許しいただきたく」

 

 「ええ、その時はよろしくお願いしますわ」

 

 私はそう言うと、にっこりと微笑みかけた。

 忠誠心は受け取れない、でも彼女のそうしたいという気持ちまでは止められないからね。

 

 「お騒がせして申し訳ありません、ロクシー様」

 

 こちらのほうの話も済んだと言う事で、今まで蚊帳の外だったロクシーさんに向き直ってお詫びをした。

 ある意味仕方がないとは言え、流石に会談相手をここまで放っておいたのは失礼に当たるからね。

 ところが彼女はなぜか私の声に反応せず、ただただ驚いた顔をしていた。

 

 そして少し震えた声で此方に問い掛けてきた。

 

 「本当に、宜しかったのですか?」

 

 は? さっき私の考えは全て解ったみたいな顔してたじゃない。

 えっ? えっ? もしかして私、また何か間違った?

 

 だっ、だってレイナースさんはバハルス帝国の中でも四騎士の一人といわれるほど兵を率いるのがうまい騎士さんなんでしょ? ならその人を引き抜かない方がロクシーさんからすると有利なんじゃないの?

 なのにこの反応って。

 

 「えっと、一体何がでしょうか? 我がイングウエンザーは所詮都市国家。小国ですからレイナースさんのように大軍を動かす才のある方を生かす術がありませんし、何よりバハルス帝国国民の誇りとなる方を取り込もうなどと、そんな野心的な事は私、少しも考えていないのですが・・・」

 

 とりあえず何が悪かったのか解らないから、正直に今の考えを述べてみた。

 だって相手の意図が解らないのに駆け引きを仕掛けても意味がないからね。

 それに、もう所有権を放棄した人に関して新たな価値が生まれたからと言って、バハルス帝国との関係悪化を危惧する発言をした私が意見を翻して触手を伸ばすとは普通考えないよねぇ?

 

 そして何より私がレイナースさんの仕官の願いを断った事に対してどうしてロクシーさんがそれ程驚いたのか? それが解らない以上、今はそれを知るほうが得策だと思うのよ。

 

 「本当に気付いていらっしゃらないのですか? それとも他にお考えが・・・いやしかし」

 

 私の言葉を受けてもこの反応。

 一体ロクシーさんは何をそんなに疑問に感じているのだろうか? まったく解らないわ。

 そこで私は、こうしていても埒が明かないから素直に聞く事にした。

 

 「ですからどうなされたのです、ロクシー様? 私がレイナースさんの忠誠を受け取らなかった事に対して、それ程驚く事があるのでしょうか?」

 

 だって、騎士としてはうちの城の自動ポップのモンスターより弱いんだよ。

 それなのにこれ程の価値を示すと言う事は、彼女は私が看破できない程の凄い才能を持っているということなんだろうから。

 

 と、ここまで考えた所で私は自分の失態に気付く。

 そうよ、たった今自分で指摘した通りならちょっと不味いんじゃない?

 今のこの状況は私がレイナースさんの才能を見抜く事ができない無能ですと自分で宣言したも同様なんじゃないかしら?

 だって、ロクシーさんは私がレイナースさんの忠誠を受け取らないと宣言したのを見てこれ程驚いているんだから。

 

 ところが、現実は私の思考の斜め上を行った。

 

 「レイナースは先程も申し上げたとおり我がバハルス帝国で最強の4人に数えられる猛者です。特にその戦闘力は凄まじく、例え敵方に100や200の雑兵がいたとしても彼女一人で半刻もたたないうちに平定する事でしょう。それ程の武力を、アルフィン様は無用と申されたのが、わたくしの目からすれば信じられないのです」

 

 へっ? この世界の人たちってそんなに弱いの?

 エルシモさんが出自さえよければ近衛兵にもなれると言っていたからそれ程強くはないとは私も思っていたけど、まさかそこまでとは。

 

 いや、それ以前にこの人がそれ程の力を持ってるって、それ何の冗談?

 比較的ポップモンスターが弱いうちの地上階層でも、攻め込んできたら1分とたたずに死ぬ姿しか浮かばないよこの人、それが最強って。

 

 ああ失敗したぁ、一体どうやってこの場面を切り抜けたらいのだろう?

 正直言って、今の状態は最悪だ。

 私は先程大軍を動かす才を持っていても小国のうちでは意味がないからと断ったのに、実はこの国最強の4人の内の1人だったと言われたら私が断った理由自体が意味のないものになってしまうもの。

 

 あ~、レイナースさん、私の驚いた顔を見てもうワンチャンありそう! なんて期待を籠めた目でこっちを見ない!

 それを知ってもあなたの忠誠は受け取らないからね、受け取ったら最後、絶対にバハルス帝国ともめる事になるんだから。

 

 ちょっと頭がくらくらしてきたけど、ここで現実逃避をするわけにもいかないもの。

 とりあえず目の前のお茶に口をつけて、その間にどう答えたものかと考える。

 

 普通に考えてそれ程の戦力を欲しがらない人はいないよね。

 だってこの状況って相手の戦力を大幅に削り、自分たちの戦力は大幅に強化できるってチャンスなんですもの。

 

 ・・・ん? まてよ? ならなぜロクシーさんは私に”彼女がそれ程の戦力である"事を伝えたの?

 

 そうよ、普通に考えたら私が勘違いをしている事を利用してこの話をなかった事にする方がロクシーさんにとって得策なはず。

 そんな事にこの人が気が付かないはずがないのよね。

 あの”眼”を持つ人なんだから。

 

 ・・・うん、頭が冷えた。

 そうか、今私はロクシーさんに引っ掛けられたんだ。

 私の神聖魔法の威力を知っていたんだから、当然ボウドアの村での出来事は耳に入っているはず。

 ならシャイナの実力や同行したセルニアの事も当然知っているはずよね。

 いや、ライスターさんを通じてシルフィーやルリの事も知っていると考えるべきなのかも知れない。

 となると先程の言葉の意味も正確に解る。

 

 ロクシーさんは先程、それ程の”武力を”アルフィン様は無用と申されたのがば信じられないのですと言った。

 そう、彼女は知っているんだ、私がレイナースさんに匹敵する、またはそれ以上の戦闘力を持つものを従えていると言う事を。

 その上で、その戦力がどれほどのものか知りたくてカマをかけたのだろうと思う。

 あなたにとって、レイナースさんは必要としない程度の戦力なのですか? と。

 そしてあわよくば、驚いた私が此方の戦力を口にするのではないかと期待をして。

 

 あぶなかったぁ、気付かなかったらまたヘマをするところだったよ。

 

 うん、ここはしっかりと言葉を選んで答えるべきだ。

 レイナースさんの武力が必要ないなんて考えていませんよと伝えたうえでね。

 

 と言う訳で、私はレイナースさんの方を見て口を開いた。

 

 「レイナースさん、失礼しました。美しい女性であるあなたがそれ程の力を持つなどと私は考えていなかったのです。マジックキャスターである私は前衛職の方々と違い身のこなしで力量を測るなんて事はできないので、てっきり指揮官として有能なのだろうと勘違いをしてしまいました」

 

 「では!」

 

 私の言葉を聞いて喜色満面な顔をするレイナースさん。

 ごめん、無駄に期待させちゃったね。

 でもこうしないと言い訳が立たなかったのよ。

 

 「でもごめんなさい。やはりあなたの忠誠は受け取れません。なぜならあなたは私が考えていた以上にバハルス帝国に必要な人材だと解ったのだから」

 

 「アルフィン様?」

 

 「あなたはこの国にとって攻撃の要的な存在なのでしょう? それがこの国にとってどれだけ大切な存在なのか、そんな事は戦いに赴く事のない私にだって解ります。それに先程ロクシー様はあなたの事を”それ程の武力”と表現なさいました。ならばその武力を知って先程の言葉を翻すと言う事はそれすなわち我が国が強兵に舵を取っていると宣言するようなものです。そんな国の城が国境の目と鼻の先にあるとなれば、いかに寛大な皇帝陛下でも兵を起こさないわけには行かないでしょう? 私はあの周辺の村の方たちと顔馴染みになりました。平和なあの村を戦場にしたいと私は考えません。ですから、あなたの忠誠を受け取るわけにはいかないのです。ごめんなさいね」

 

 私の言葉を聞いてうつむくレイナースさん。

 でもちゃんと解ってくれたようで、小さな声で「解りました」と答えてくれた。

 ああこの子がもっと弱い、それこそ騎士見習いとかなら連れて帰ったのに。

 でもごめん、あなたはこの世界では強すぎるから、私の元へこさせるわけにはいかないのよ。

 

 そして私は再度ロクシーさんの方に向き直る。

 

 「ロクシー様、私は無用な争いを好みません。ですからレイナースさんがどれほどのお力を持っていたとしても私が望む事はありません。私が求めるのはただの平穏な日常です。ですから戦力を求めない事をそれ程驚かれる必要はないのですよ」

 

 「なるほど、アルフィン様は剣より花を愛される方なのですね」

 

 「はい、後できれば美味しいお菓子もあるとうれしいですね」

 

 そう言って私は笑う。

 そしてこの言葉から、

 

 「そう言えばわたくし、アルフィン様の国で作られるお菓子は大層美味であると耳にしましたわ。もし機会があれば食べてみたいものですわね」

 

 「ロクシー様にそこまで言っていただけるなんて、本当に光栄な事です。そこまで仰られるのでしたら、後日届けさせますわ」

 

 なんて会話に発展したんだけど、これが私にとってこの日最大の失敗となってしまった。

 

 「まぁ、嬉しい。それでしたら数日後にこの都市を管理する貴族と近隣貴族によるパーティーが行われますの。そのパーティーにご招待するのでその時にお持ちいただけませんか? それでしたらご令嬢たちにもアルフィン様を紹介できますし、私も美味しいお菓子を頂く事ができますわ。アルフィン様、ご出席していただけますわよね?」

 

 「パーティーですか? 私のようなものが出席しても宜しいのでしょうか?」

 

 「もちろんですわ! むしろ他国の王族に出席していただけるとなればパーティーの格も上がると言うものです」

 

 なるほど、まぁ親睦を兼ねてというのなら出席した方がよさそうね。

 

 「はい、では喜んで出席させていただきます」

 

 「まぁ嬉しい。可愛らしいアルフィン様がダンスをする姿がわたくし、今から楽しみですわ」

 

 えっ!? ダンス? ダンスって社交ダンスの事だよね?

 

 私はこの後、会見終了まで笑顔が引きつらないように会話するので精一杯だった。

 

 どうしよう? 私、リード(男役)でしか踊った事がない・・・。

 今からフォロー(女役)の練習、間に合うのかしら?

 

 心の中で脂汗を流し続けるアルフィンだった。

 




 色々な人がニニャとかアルシェの事を救う話を書くけど、レイナースの事を救う話ってあまり見かけませんよね? 彼女の場合、自分の領に出るモンスターを領民の為に狩っていたら呪われ、その結果世間体を気にする実家から追い出されるは婚約を破棄されるはと、かなり理不尽な目にあっているんですよね。

 それなのに誰もそれに目を向けないのは流石にどうなんだろうか? なんて前から思っていて、この物語のプロット段階からこのキャラだけは救済をしようと考えていました。
 と言う訳でボッチプレイヤーの冒険の裏目標の一つ、達成ですw


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90 小動物のような勇士

 

 都市国家イングウェンザーの女王、アルフィンが去った後の迎賓館。

 その一室ではバハルス帝国皇帝の内縁の妻であるロクシーがソファーに座り、先程まで護衛についていたレイナースが小さなテーブルを挟んで向かい合うように直立不動の姿で立っていた。

 

 

 

 「ロックブルズ、あなたは都市国家イングウェンザーの者たちをどう見ました?」

 

 「アルフィン様はとても素晴らしいお方でした」

 

 まぁ頭がよく、アルフィン様に恩義を感じている今の彼女ならそう答えるでしょうね。

 ならばちゃんと答えるよう、質問の形を変えましょう。

 

 「解っていてはぐらかすのはおやめなさい。もう一度聞きます。都市国家イングウェンザーの者たちの強さ、あなたの目から見てどうでした?」

 

 「さぁ? 私は相手の力量を見抜くタレントを持っていないのでなんとも」

 

 ここまではっきりと問うてもまだ白を切るか。

 完璧に全ての力を把握するのなら確かにタレントが必要だろう。

 しかし、漠然とした力ならばロックブルズほどの力量を持つ者なら見抜く事が出来るはず。

 だからこそ、彼女をこの会見に護衛として同席させたのだから。

 

 「あら、そんなはずはないでしょう? ジルクニフ様から聞いていますよ。辺境候の元を訪れた時は口には出さなかったようですけどバジウッド同様、四騎士全員がそこのメイドの強さを看破したのでしょう。そのあなたが何も解らないなんて事はないはずです」

 

 「・・・チッ」

 

 まったく、この娘は。

 先程のアルフィン様への態度といい、ジルクニフ様にもこのような態度を取っているわけではないでしょうね。

 

 「それにあなたは先程アルフィン様に言いましたね、『私では力不足だからでしょうか?』と。その上『ならば騎士でなくても結構です』とまで。あなたは解っていたのでしょう? あそこに居たシャイナ様や護衛であろう執事よりも自分の方が弱いと言う事を。そうでなければあのような言葉が出るはずがないもの」

 

 「・・・」

 

 忌々しいとでも言いたげな視線をロックブルズは私に向けてくるけど、解っているのかしら? その視線がなにより私の推論を正しいと証明しているようなものだと言う事を。

 

 しかし次の瞬間、その視線は私を嘲るような物に変わった。

 

 「何を的外れな事を仰っているのですか、ロクシー様? 二人ではありません。四人です」

 

 「・・・はっ?」

 

 わたくしは一瞬、彼女が何の事を言っているのか理解できなかった。

 四人とは? そのワードを聞いて私が気付く事が出来なかっただけで、あの部屋にはわたくしたちだけでなく、姿を隠した他の者が居たのかと考えてしまったほどだ。

 しかし、私の考えをロックブルズははっきりと否定する。

 

 「だから四人ですよ、私より強いと感じたのはあそこに居た都市国家イングウェンザーの方々、四人全員です」

 

 ヒヤリ。

 一瞬、わたくしの背筋に冷たいものが走りました。

 

 「まさかそんな・・・。ではロックブルズ、”あの”アルフィン様ですら帝国四騎士の一人である、あなたよりも強いと言うのですか?」

 

 驚きを示すわたくしに、彼女は笑いながら頷いた。

 馬鹿な、普段は騎士の格好をしていると言うシャイナ様や護衛であろう執事、そしてあのメイドもエントの村で起こった時の報告とは違う人物のようですが、それでもアルフィン様についている以上、報告書のメイドと同等の力を持つ可能性が捨てきれず、もしやとは思ってはいたのですが・・・。

 しかし、まさかアルフィン様までもがロックブルズより強いなんて事が本当に?

 

 わたくしは先程まで目の前に居て微笑んでいたアルフィン様を思い浮かべた。

 手足は細く華奢な体つきな上に指は白魚のように美しい、あのお姿から察するに剣を握った事など殆どないであろう事が窺えます。

 それどころか、あの小さな体では金属鎧を纏ったらその重さで身動き一つできなくなるのではないかしら?

 

 ではマジックキャスターとしての力量によってロックブルズを上回っていると言う事なのでしょうか?

 いえ、アルフィン様を見た印象から、歳は14~5歳と言った所でしょう。

 童顔ゆえに多少若く見誤っているかもしれませんが、彼女は人間でありエルフなどの異種族ではありませんから、それでも大きく外れていると言う事も無いでしょう。

 

 神の力を借りる為に実力さえその域に到達すれば自動的に使える様になると言う神聖魔法と違い、魔力系魔法は自力で覚えなければ使えないと聞きます。

 あれ程若くては如何に彼の方が天才だったとしても、クリエイト魔法と同時に魔力系の魔法まで覚え、習得する時間はなかったであろう事は容易に想像できます。

 では何か特殊な力をお持ちになられているのでしょうか?

 

 そんなわたくしの葛藤を見抜いたのか、ロックブルズはアルフィン様の強さをわたくしにも解りやすいように語りだしました。

 

 「マジックキャスターとしてではありませんよ。一人の戦士として、きっとあの方は私よりも強い。正直あのお姿ですから、どのような戦い方をするのかは解りません。しかし戦場で出会い、一対一で相対したら多分私はアルフィン様に簡単に倒されてしまう事でしょう。彼の御方は隠している御つもりなのかもしれませんが、ヒールを履いているにもかかわらず馬車から降りる時も石畳の上を歩く時もまるでぶれないあの姿勢と隙の無い身のこなし。これが鍛え上げられた肉体を持つ女性騎士ならともかく、あの小動物のように可愛らしいアルフィン様の行動ですよ? 一見するとまるで力など入っていない優雅な立ち振る舞いに見えるにもかかわらず、その御姿はまるで歴戦の勇士のようでした。どのような鍛え方をすればあの体であの身のこなしが出来るのやら」

 

 うっとりとするかのようなロックブルズの表情に、わたくしは戦慄を覚えました。

 だってそうでしょう、あの表情から察するに彼女は嘘を言っていない。

 真に自分よりアルフィン様の方が御強いと語っているのが伝わってくるのですから。

 

 「そうですか。にわかには信じられない話ではありますが、あなたのその姿から嘘をついているとは思えません。と言う事はアルフィン様は実際にそれ程の力をお持ちなのでしょう」

 

 「はい。それ程の力を御持ちなのにあの慈悲深さ。ああ、なんと素晴らしい御方なのでしょう」

 

 またもうっとりとした表情になるロックブルズ。

 会見前のあの無表情の彼女は一体どこに行ったのやら。

 

 もうこの女は都市国家イングウェンザー相手の時は役に立たないわね。

 ですが幸いな事にアルフィン様は我がバハルス帝国と敵対する気は無いご様子。

 一騎の力量次第で戦局が大きく動くこの世の中で、それ程の強さを持つ者が四人、いや、他の報告からすれば最低でもあと数人居ると予想される以上警戒をしなければいけないのは確かですが、友好的な対応さえ続けていれば脅威と見る必要はなさそうですね。

 

 「解りました。ロックブルズ、もう下がってもいいですよ。これ以上あなたの話を聞いても、アルフィン様への賛辞しか聞こえてこないでしょうから」

 

 「解りました。それでは失礼させていただきます」

 

 そう言うと、ロックブルズは一礼して部屋の外へと出て行った。

 

 念のため、裏切らないよう監視をつけるべきか?

 いや、アルフィン様から直接帝国に仕えるよう言われたのだから、その言葉に逆らって裏切る事も無いでしょう。

 あの女はアルフィン様の言葉にだけは絶対に逆らわないであろうから。

 

 

 

 「疲れたわ。ワインと何か摘まめるものを持ってきて頂戴」

 

 「承りました」

 

 ふぅ。

 

 外に控えているメイドに伝達するために、一時的に部屋の外へと出て行くメイドを横目に見ながら私は小さくため息をつく。

 思ったより疲れる会見でした。

 

 わたくしはソファーの背凭れに身を預けて今日の出来事を一から思い出す。

 

 今回の会見、相手が幼いまるんと言う少女からアルフィン様に変わったと聞いて私は一計を案じました。

 集めた情報によるとアルフィン様は女王の地位に御付きになられてはいるものの、まだ少女と言ってもおかしくない年齢だとの事。

 それならばこのような他国の来賓、それも女王に当たる方をお迎えするには相応しくない服装で出迎える事により、アルフィン様の意表をついて素の表情を引き出そうとしたのです。

 

 彼の方は怒り出すだろうか? それとも驚きのあまり表情を失うだろうか? わたくしはまだ若い女王陛下がどのような反応を示すかによってそれからの対応を考えるつもりでした。

 

 ところがあの方の反応はわたくしの中には無い、想定外のものでした。

 わたくしが会見相手であると解った瞬間、彼女は笑顔になったのです。

 それも親愛を示すかのような満面の笑顔に。

 まさか意表を付くつもりだったわたくしが逆に意表を付かれる事になるとは。

 

 あの方は、わたくしのしている事は初めて訪れる場所で緊張しているであろう自分をクスッと笑わせて、その緊張をほぐしてやろうと考えての小さないたずらと好意的に捉えられたのでしょう。

 その証拠に、わたくしの服装や相手を驚かせてやろうという思惑に気が付いていない振りをしてそのまま挨拶を始めてしまったのですから。

 あの満面の笑顔はそのままでしたけれど。

 

 「きっとそのいたずらがよほど可笑しかったのでしょうね。あの笑顔でずっと対応するのではなく、しばらく後、微笑むような笑顔に変わられた所を見ると」

 

 それ以降の振る舞いから考えれば、ああ言う所はまだ少女らしさを残している部分だと言う事なのでしょう。

 もし今日が初めての会見ではなくお茶会やパーティーでしたら、アルフィン様はきっとあの満面の笑顔のままクスクスと可愛らしい声を聞かせてくれたのではないかしら。

 

 しかしアルフィン様が少女らしい一面を見せたのはそれが最後。

 以降は色々と楽しませてくれましたわ。

 

 王族と言うものは常に命を狙われる立場に居ます。

 そしてその中でも一番多いのは毒殺、しかしそれを疑っていますとあからさまに行動すれば相手に対して失礼にあたります。

 ですから普通は自国の流儀等の理由をつけてカップに魔法のかかった花びらなどを浮かべて毒の検査をするのが普通なのですが。

 

 「それをあんな方法で解決するなんて」

 

 まず何も疑っていない振りをしてカップを手に取り、執事が自発的に毒の検査をする。

 そしてその執事を叱ってから相手に誠意を籠めて詫びれば、確かに相手に非礼を受けたと取られる事はありません。

 前王の指導の賜物なのか、それとも教育係が優秀なのか、どちらにしてもアルフィン様はきちんとした教育を受けていらっしゃるようでしたね。

 

 「それにしても、あれには驚いたわね」

 

 此方から切り出すつもりだった今回の会見を申し込んだ理由、わたくしがなぜ都市国家イングウェンザーに興味を持ったのかをアルフィン様の方からお尋ねになられるとは。

 

 突然の事とは言え、詳しい話を何も聞いていないと言うのは多分嘘でしょう。

 カロッサ子爵殿のところの騎士、リュハネン殿には貴重な宝石が多数持ち込まれた事にわたくしが興味を持ったと伝えてあったのですもの。

 今日のご様子からアルフィン様が本当にその事を聞いていなかったなんて思えません。

 なのに、まるでご自分がエントの村に持ち込んだルビーだけが理由であると勘違いなされたようなあの物言いは、きっと此方の本当の意図を見抜いての事でしょうね。

 

 「わたくしが本当に気にした部分。貴族とは言え、小さな子供がミスリルとオリハルコンを持ち歩いていたという信じられない事実を」

 

 ミスリルだけでもかなり希少で、それだけを使って作られた武器や防具を身に付けている者はアダマンタイト級冒険者を含む一部の者たちだけ。

 オリハルコンにいたってはダンジョンや遺跡からの発掘品以外ではそれのみで作られている武具はなく、それどころか少量でも使われている物を見かける事さえ珍しいというほど希少です。

 我が国のアダマンタイト級冒険者では所有している者は多分一人も居ないでしょう。

 実際冒険者の薄いプレート以外で一般人がその目にする事はないと断言していいほど貴重なものなのです。

 

 それなのに、報告によると持ち込まれたオリハルコンは片方の篭手が製作できるほどの量と聞きます。

 これを気にしない者が居たらそれこそお目にかかりたいものですわ。

 

 「だからこそ、そこから話をそらす為に宝石の件で今日は呼ばれたのだと念を押されたのでしょうね」 

 

 その後も宝石の話に終始したもの。

 そこでわたくしは気になったもう一つの事柄から切り込むことにいたしました。

 手に入ったルビーが等しく同じものだったという事実を。

 

 アルフィン様にはお話しませんでしたが、あの二つのルビー、透明度や大きさだけではなく重さもまったく同じでした。

 ほぼ同じ大きさの物が二つあるという偶然があったとしても、ルビーが天然石である以上重さがまったく同じになることなどありえません。

 その事から私はある仮説を立てました。

 これはクリエイトマジックで作られたのではないかと。

 ところがクリエイトマジックを使う事ができるマジックキャスターに聞いた所それはありえないとの答えが帰ってきました。

 

 曰く、理屈は解らないが宝石を作ろうとしてもただの石しかできないと。

 

 ならばあのルビーは一体何? その疑問からわたくしは考えたのです。

 アルフィン様は宝石だけではなくミスリルやオリハルコンさえも作り出す事ができる特殊なタレントをお持ちなのではないかと。

 タレントならば普通のマジックキャスターに作れないのに、あの方だけが作れるというのにも納得できます。

 

 「でもまさか・・・ふふふっ」

 

 その言葉であのような態度に出られるとは思いませんでしたわ。

 

 その時の光景を思い出し、一人笑うロクシーだった。

 




 本編中でロクシー様がアルフィンの年齢を14~5歳と予想していますが、キャラの設定年齢は17歳です。
 しかし童顔な上、背も低い為実年齢より幼く見えるのでこう判断されました。

 因みにカロッサ子爵たちにアルフィンが自分は女王だといくら説明しても彼女の事を姫と呼び続けているのを見ても解るとおり、彼らもアルフィンの事を少女だと思っています。


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91 微笑ましい女王

 

 「ロクシー様、ワインをお持ちしました」

 

 わたくしが思い出し笑いをしていると、メイドが先程頼んだワインとちょっとしたおつまみを運んできた。

 そしてわたくしの前で栓を抜き、赤ワインをデキャンタをしてからテイスト用の小さなグラスに少し移して口に含み、そしてつまみを一口食べて毒が入っていない事を確認してから私の前にセッティングしていく。

 そしてそれが一通りすむと最後にグラスを目の前でマジックアイテムを使って浄化した布で一拭きし、ワインを注いで一礼。

 

 「それでは御用があれば声をかけてください」

 

 と、一言断ってから定位置である扉の横に移動して行った。

 

 クイッ。

 

 わたくしはそのワインを一口。

 ほぅ吐息をついてから中断していた思考を再開する。

 

 『オリハルコンとミスリルをクリエイトマジックで作成ですか? ・・・なるほど、それは考えた事がなかったですね』

 

 そう言った彼女はなにやら考え込むような素振りをしていたわね。

 それを見てわたくしはてっきり、どのような方法で切り抜けようかと考えているのだと思ったのだけれどアルフィン様は次にとんでもない事を言い出されました。

 

 『そう言えば希少金属も無機物。クリエイトマジックで作れない道理はないですね』

 

 そして後ろに控えていた執事にミスリルの塊を用意させてクリエイトマジックを発動されたのよね。

 あれには驚いたわ。

 まさか”誤魔化す為”にそこまでするとは思わなかったもの。

 そう、この時はそう言った穿った目であの方をわたくしは見ていました。

 

 ところが、

 

 「ふふふっ、まさか本当にミスリルが作れるかどうか試していたなんて」

 

 『う~ん、私のミスリル銀への理解力が足らないのか、それともそもそも魔力を含んだ希少金属は魔法で作る事が出来ないのか。これはかなり興味の惹かれる題材ね。もうちょっと研究してみようかしら』

 

 そんな事を呟いて考え込んでしまうんですもの。

 実の所、初めはこれも言い訳をする為のフェイクだとわたくしは思っていたのよ。

 それなのに一向に何も仰らない。

 先程のような独り言らしき言葉さえ発せず、まるで周りには誰も存在しない自室で一人物思いに耽るかのように考え込まれてしまわれたのです。

 

 わたくしを謀るつもりならば、これこの通り魔法を発動しても出来ませんよと仰るだけでいいものを、わたくしが疑っていた内容に対する言い訳をする素振りさえ見せなかったのよね。

 あれには本当に驚いたわ。

 挙句の果てには執事に強めに声をかけられるまでわたくしを放置すると言う”国同士”の会談ではありえない行動までなされて、それを執事に窘められ、慌てて謝罪するなんて。

 あまりの事にわたくしは、あっけに取られてつい口走ってしまったほどです。

 

 『(宝石や希少金属を作るタレントを持っていることを)否定はなさらないのですか?』

 

 と。

 それを聞いた時のあの驚いた顔ときたら。

 ふふふっ、本当に驚かれて抜けたようなお顔をなさって。

 

 「あれは間違いなく、アルフィン様の素の表情なのでしょうね」

 

 何の事を聞かれているのか本当に解らないと言う顔で『否定と申しますと?』なんて聞き返してくるのですもの。

 わたくしもとっさにどう返していいものかと考えてしまったわ。

 でも、そのおかげでアルフィン様がそのようなタレントをお持ちでない事が解りました。

 実際にお持ちならあのような表情をわたくしに見せるわけも無いですし、我が国のマジックキャスターが解らなかった宝石をクリエイトマジックで作れない理由を口にする事は無かったでしょうから。

 

 あのお方は解っていらっしゃらないのでしょうね。

 魔法の研究成果というものはどんな些細な事であってもそう簡単に他国には洩らさないと言う事を。

 アルフィン様は私の問い掛けに対してこう仰られました。

 

 『宝石は長い年月をかけて土の中で変質してできたものですから。それを短期間で作ると言う事は時間を操るのと同じ事です。時間を操る事が出来ない以上、宝石をクリエイトマジックで作る事は出来ないと言うのが我が国での定説なのです』

 

 宝石がどのようにしてできるのか、それを研究している者はこの国にはおりません。

 それはそうでしょう、あれは地に埋まる資源である原石を掘り出して加工する事により生み出すものであり、人の手で作り出すものではないのですから。

 ですから当然宝石が”長い年月をかけて土の中で変質してできたもの”と言う事を私は知りませんでした。

 そしてだからこそ時間を操る魔法が使えないからと言う、なぜ宝石がクリエイトマジックで作れないかと言う理由にたどり着く事はこの国の者では誰にも出来なかった事でしょう。

 

 「逆説的に言えば時間を操れるのならば宝石を作る事が出来るかもしれない」

 

 実際には誰にもできない事なのでしょうけど、この事実は魔法を研究しているものにとって金塊にも勝る情報でしょう。

 それをいとも簡単に口になされたのは、本当に作る事ができないとお考えになられているからに違いありません。

 

 「そういう意味では、確かに意味のない情報なのかしら?」

 

 まぁこれに関してはわたくしでは何も解らない事ですし、帝城の研究者たちに任せる事としましょう。

 

 クィッ。

 

 わたくしはもう一口ワインを口に含み、その香りを楽しみながらワイングラスを魔法の明かりに向ける。

 

 「美しい赤。それよりもなお美しいあのルビーが二つある理由があのようなものだったなんて」

 

 流石にわたくしも予想だにしていませんでした。

 規格より小さい物はアクセサリーに加工しやすいよう、統一された規格の大きさに削りだされて流通しているだなんて。

 そしてあの場に出されたあの大きなルビー。

 

 「我が国で売り出されれば金貨1万枚、いや、もしかするとそれ以上の値が付くのではないかしら」

 

 あれほど大きな物は帝城の宝物庫にも無いでしょう。

 それが普通に流通している都市国家イングウェンザーと言うのはどのような国なのでしょう?

 おまけに、アルフィン様の表情に驚いてうやむやになってしまいましたが、貴重なミスリルやオリハルコンを大貴族とは言え子供がさも当然のように塊で持ち歩くなど、我が国ではありえないことです。

 

 「あの執事もアルフィン様に請われた時、小さな塊とは言え、さも当然のようにカバンから取り出しました。と言う事はかなりの埋蔵量がある鉱脈がイングウェンザーにはあるという事なのでしょうね」

 

 ならば近衛兵や上級の騎士は当然のように全身をミスリルやオリハルコンの武具で固めている事でしょうし、その上でロックブルズの言葉を信じるのならば帝国四騎士を上回る戦力まで複数所属していると言う話。

 我が目で見、我が耳で聞いた事ではありますがあまり信じたくない事です。

 

 「やはり都市国家イングウェンザー、できる事なら敵に回したくはないですね」

 

 先程の結論付けたとおり、アルフィン様にその気がないのが唯一の救いでしょう。

 あのお方はお若いのに聡明ですから、戦場では個の力が戦局を覆す事ができる事を知っていると同時に、物量によってその個の力を無にできる事も理解なさっているのでしょうね。

 

 いくら強くとも同時に二箇所に存在は出来ません。

 ですから攻めるに強い力であっても、事防衛となれば数には勝てないという事を理解なされているのでしょうね。

 

 戦力といえば、もう一つ脅威なのはアルフィン様の癒しの力です。

 報告によればボウドアの村では40名以上の骨折を含む重傷者を一度の魔法で癒したとの事。

 その40名以上と言うのが上限だとは考えられない事から、もし都市国家イングウェンザーと戦う場合、兵士にとどめを刺さなければあっと言う間に全快して此方に襲い掛かってくるという悪夢のような場面が展開される可能性があると言う事。

 

 それもただの兵士ではなく、我が国が誇る帝国四騎士を上回る力を持つ者たちがです。

 一軍にも匹敵する程の個の戦力に幾多の犠牲を払い、やっとの事で致命傷を与えたと思った次の瞬間アルフィン様の手により癒されて再度無傷で襲い掛かってくると言う恐怖。

 

 わたくしが兵士の立場ならば、その場で背を向けて恥も外聞も無く逃げ惑う事でしょう。

 

 「唯一の救いはアルフィン様が復活の魔法をお使いになられないと仰られた事かしら」

 

 正直それだけの魔法をお使いになられるアルフィン様が復活の魔法を使えないというのは信じられません。

 しかしアルフィン様はこうも仰られました。

 

 『死は絶対であり誰にでも訪れるもの。それを覆すなど、神が御許しになるとは思えないのですが・・・』

 

 神聖魔法は神の力を借りて行使されるものと聞きます。

 それならば神が御許しになるとは思えないとお考えになっているアルフィン様が使えないのはある意味当然の事なのかもしれません。

 しかし、

 

 「やはりあのお言葉だけは鵜呑みにするべきではないかもしれませんね」

 

 あの時アルフィン様は突然話題を変えました。

 それはそれまでの会談の中ではなかった事。

 そう考えると早くあの話を切り上げたいという、アルフィン様の無意識の行動だったのではないでしょうか?

 

 「まぁ、アルフィン様のお人好しが顔を出しただけなのかもしれませんが」

 

 あの時、わたくしが『アルフィン様が復活の魔法ををお使いになる事ができるのであれば、もしもの時に心強いと思ったのですが・・・』と話を続けているにもかかわらずアルフィン様が急にロックブルズに声をかけ、呪いの話をしだした時は少し違和感を感じました。

 あれはもしかすると、実は復活の魔法を使える事を隠したいというアルフィン様の思惑がつい出てしまった若さから来る失敗なのかもしれません。

 ただ、その後の行動を考えると、ただその呪いが気になっただけという可能性も捨てきれないのですけどね。

 

 「ロックブルズのあの失礼な態度に腹を立てることなく、わざわざ説得までして解呪なさったのには驚きました」

 

 王族と言うものは、いや大貴族もその傾向が強いのですが、多くは下の者が苦しんでいたとしても気に止めないものです。

 国民や領民から慕われる人格者と呼ばれるものであったとしても、相手から乞われなければそれに対処する事はまずないでしょう。

 しかしアルフィン様はロックブルズの失礼な態度や物言いに対し『恐れる事はありませんよ。解けない呪いなんてこの世にはないのです。私が見てもし解けなかったとしても、我が城にいるほかの者が解けるかもしれません。その為にも、とにかく一度見せてはもらえないかしら?』と説得までして解呪を試みました。

 

 この光景を目にした時、わたくしは訝しく思ったものです。

 だってそうでしょう、ロックブルズの呪いを解いた所でアルフィン様には何のメリットも無いのですから。

 

 そしてその後に行使された魔法は本当に素晴らしいものでした。

 我が国の高位の神官が誰も成し得なかったロックブルズの呪いをいとも簡単に解いてしまったのですから。

 解呪された彼女の顔には染み一つ無く、アルフィン様の治癒の力の凄さには本当に驚かされたものです。

 

 ところがその魔法の凄さに関心をしていたわたくしは、呪いを解かれたロックブルズの言葉を聞いてしてやられたと思いました。

 我がバハルス帝国の最大戦力、四騎士の一人が事もあろうにアルフィン様に剣を捧げたいと言い出したのですから。

 

 先程訝しく思ったアルフィン様にとってのメリットとは何だったのか? そう、あの方はロックブルズの心を読み、自分たちの陣営に取り込むためにあのような行動に出たのだとあの言葉を聞いて私ははじめて気が付いたのです。

 いや気が付いたつもりになったのです。

 

 「前もってわたくし自身がロックブルズの事を『この子は帝国四騎士の一人で重爆の異名を持つ我が国の誇りなの』とアルフィン様に教えてしまっていたのだから、今この状況に陥ったのはそのロックブルズにアルフィン様が目をつける可能性を失念していたわたくしの失態だと、この時は思っていたのでしたね」

 

 きっと私の顔は驚愕に染まっていた事でしょう。

 ところがアルフィン様は予想外の行動に出られました。

 私の顔を見て困ったような顔をされた後、こう仰ったのです。

 

 『レイナースさん、私はあなたの忠誠を受け取る訳には参りません』

 

 わたくし、自分の耳を疑いました。

 だって今士官を断られたのは我が国で最高の攻撃力を持つと言われる重爆なのですもの。

 その上、あのお方は説得までしてロックブルズを思い留まらせようとなされたのですから、私の考えは検討違いも甚だしいものだったのでしょうね。

 そんな思惑は無く、ただロックブルズを哀れに思い、呪いを解いてあげたかっただけだったようなのですから。

 

 そのやり取りを聞いて、私はこの少女の心根に歓心をしました。

 と同時に、大層驚きもしました。

 

 王族と言うのは敵が多いものです。

 しかし、都市国家イングウェンザーが豊かな国だからなのか、裏の醜い部分は部下が全て処理をしてくれるからなのかこの女王は少女らしい優しさを残したまま君臨している事が解ったのですから。

 

 ただ、ひとつ気になる事もありました。

 それはアルフィン様がロックブルズの事を国の誇りと呼ばれ、国民たちから慕われているから忠誠を受け取れないと言われたことです。

 

 もしかしたらアルフィン様は重爆の力を、本当の価値を知らずにお話になられているのでは?

 

 そう思い当たったとき、わたくしは心の臓が震えました。

 だってそうでしょう。

 もしわたくしの考えが正しく、その価値をアルフィン様が後で知ってロックブルズに声をかけたとしたら?

 我がバハルス帝国は中枢に重爆と言う最悪の楔を打ち込まれる事になるかもしれないのです。

 

 彼女は帝国四騎士と言う立場から皇帝と行動を共にすることが多く、その気になれば簡単に暗殺をする事が出来る立場に居るのですから、もしそのような事になればとんでもない事です。

 

 『本当に、宜しかったのですか?』

 

 私の声は震えていた事でしょう。

 しかしこれは絶対に確かめなければならない事でした。

 ここでその疑問を解かなければ、ロックブルズを皇帝のそばに置く事などできません。

 それすなわち、わたくしの失態で我が国最大戦力の一角を失うという事なのですから。

 

 ところがこれもわたくしの杞憂でしかありませんでした。

 

 『でもごめんなさい。やはりあなたの忠誠は受け取れません。なぜならあなたは私が考えていた以上にバハルス帝国に必要な人材だと解ったのだから』

 

 わたくしからロックブルズの真の有用性を聞き、アルフィン様は大層驚かれました。

 その事実を受け止め、心の中でよく租借し、そして冷静に判断を下されてから落ち着いた口調でこう仰られたのです。

 

 ロックブルズを受け入れるという事は我が国と戦うという事であり、それすなわち自分たちと懇意にしている村を戦場にするという事、それは許容できないからロックブルズの忠誠は受け取れないと。

 

 そして、きっとこの言葉に嘘はないでしょう。

 その証拠にこの時初めてアルフィン様は、大輪の花が咲くような笑顔でも常に浮かべていた落ち着いた微笑でもなく、女王としての威厳を持つ表情をしていたのですから。

 

 そしてアルフィン様はまた先程までの微笑を携えたお顔になって私にこう申されました。

 

 『ロクシー様、私は無用な争いを好みません。ですからレイナースさんがどれほどのお力を持っていたとしても私が望む事はありません。私が求めるのはただの平穏な日常です。ですから戦力を求めない事をそれ程驚かれる必要はないのですよ』

 

 裏でロックブルズに接触したとしても戦争になります。

 これはわたくしの不安を感じ取り、その心配はないというアルフィン様の意思表示だったのでしょう。

 だからこそ、わたくしはこの言葉を送りました。

 

 『なるほど、アルフィン様は剣より花を愛される方なのですね』

 

 その言葉に、

 

 『はい、後できれば美味しいお菓子もあるとうれしいですね』

 

 アルフィン様はそう仰られて、私が初めて正体をあかした時に見せてくれた満面の笑みを浮かべてくれました。

 この少女には政争の場は似合わない。

 だからこそ、わたくしはアルフィン様をパーティーにお誘いしました。

 

 幸いな事に受けていただける事になったのですが。

 

 「わたくしだけで相対するのは少しもったいないですわね」

 

 これだけ美しく、機転が利いて心根も優しい少女なのですからきっと気に入ってもらえる事でしょう。

 

 「ふふふっ、アルフィン様、少し驚いていただく事になりますわよ」

 

 そう言って楽しげに夢想しながら、ロクシーはグラスに残った赤ワインを一気にあおるのだった。

 




 いつもはこの世界の人たちが深読みしすぎてアルフィンたちを過大評価するのですが、今回はアルフィンがロクシーを過大評価していたというお話でした。


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92 マッサージ?

 

 「はい、ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー。アルフィン様、少しずれて来ています。お疲れですか?」

 

 「まだ大丈夫よ、ただ少し勝手が違うから感覚より頭で考えて動こうとしてしまって、そのせいでずれて行ってるみたい」

 

 イングウェンザー城地上階層の一室。

 ダンスホールのような造りのその部屋ではメルヴァの指導の下、アルフィンとシャイナがダンスの特訓をしていた。

 いや、正確にはアルフィンがギャリソンを相手にして練習をしているだけだったが。

 

 

 

 基本的なステップは解ってるし、踊る時に背筋を伸ばすなどの基礎は出来ているつもりだったけど、いざやってみるとこれが難しい。

 女性の場合、知り合いに教える為にリードが出来る人は多いと思うんだけど、私のように元男性の場合は最初からリードだけを仕込まれるからフォローで踊った事は一度も無かったのよね。

 

 それはある意味当たり前で、だって男同士で踊るなんて事はどんなパーティーでもありえないのだから常にリードしかしない人にフォローを教える人はいないからだ。

 でも、今の私はそんな状況になってしまって悪戦苦闘しているというわけなのよ。

 

 おまけ男性と違って少し背を反らし気味にするからギャリソンに支えてもらっているとは言え、ヒールを履いているとバランスを取るのが難しいのよね。

 

 「アルフィン、がんばってぇ」

 

 「シャイナぁ、そんなところでサボっていて、貴方は練習しなくていいの?」

 

 ホールの壁沿いに置かれた椅子に座り、水の入ったグラスを傾けながら声援を送るシャイナに、私はつい嫌味のような言葉を投げかけてしまう。

 その結果どのような返答が帰ってくるのか解っていて、その言葉で自分が落ち込むのを承知で。

 

 「いいの、だって私はもう合格貰ったもん。もうフォローは完璧にマスターしたわよ。ワルツだろうがジルバだろうがジャイヴだろうが、何でも来いって感じね。タンゴやクイックステップでも大丈夫よ」

 

 「ぐぬぬぬっ。」

 

 そう、シャイナはあっと言う間にフォロー役をマスターしてしまった。

 というのも運動神経というか、反射神経と言うか、体を動かす事に関してシャイナの実力はかなりの物なので、リードでだけとは言えある程度基礎が出来ているものを応用するだけのフォローなんて半日もしないうちにマスターしてしまい、今では競技ダンスにでも出るのか? と聞きたくなるほどのダンスを披露できる所まで来てしまっていた。

 

 実を言うと私がシャイナの中に入って戦闘を行った場合、パフォーマンスが5パーセントほど低下する。

 これは反射神経や戦闘技術という点で私がシャイナの自身に比べてかなり劣るからなんだけど、どうやらそれは体を使う事全般に言えることみたいで、このように新しい体を使った技術を習得するときも同じ事が当てはまるみたいなのよ。

 と言う訳で余裕綽々のシャイナが見守る中、今は私一人が頑張り続けているというわけ。

 

 ホント脳筋には敵わないわ。

 

 心の中で悪態を付きながら、それが負け惜しみだと理解して再度落ち込む。

 いけない、このままでは不毛な堂々巡りに陥ってしまうだけだわ。

 そう考えた私はある提案をメルヴァにする事にした。

 

 「ねぇメルヴァ、やっぱり睡眠不要、飲食不要の指輪をつけて夜通し特訓した方がいいんじゃないの?」

 

 「アルフィン様、焦るお気持ちは解りますが、それに関しては先に申し上げたはずです」

 

 そう、この提案はこの特訓が始まった際、私が申し出てメルヴァに却下されたものだった。

 

 「確かにそのマジックアイテムを使えばある程度の疲労は抑えられます。しかし生身の体であるアルフィン様では少しずつ筋肉に疲労がたまってゆき、最後は立つ事もできなくなってしまう事でしょう。そのような無茶はアンデッドやオートマトンのような、そもそも疲労をしない種族だけが使える裏技のようなものです。お解りですか? アルフィン様はきちっと飲食や睡眠をとり、その上で技術を磨かれるのが一番の近道なのです」

 

 うう、だって時間がないんですもの。

 先日パーティーの招待状が宿泊している(事になっている)イーノックカウの高級宿に届き、開かれるのが10日後だと解った。

 そしてあれから5日、毎日ダンスの特訓を受け続けているというのに私は未だにステップが後れる事があるという体たらくなのよね。

 

 こんな調子で本当に間に合うのかしら?

 

 一応イーノックカウに滞在しているという事になっているから朝食と夕食はあの宿で取る必要があって、その度汗を落とす為に湯浴みをして着替えるから練習の時間がかなり削られてしまっているのよ。

 ああ、一度城に帰ったという事にしようかしら?

 でもそうするとまた城からイーノックカウまで空の馬車を走らせないといけなくなるから、御者としてギャリソンを派遣するとその間練習そのものが止まってしまうから意味がないか。

 いや、ユミちゃんを御者として送り出せば問題はないかな?

 ああ、でも女の子であるユミちゃんが御者だと野盗とかが目に付けて面倒なことになりそうだしなぁ。

 

 パンパン。

 

 「はいはい、アルフィン様、余計なお喋りをしている時間はありませんよ。アルフィン様はお見受けした所、すでに基礎は御出来になられているのですから、余計な事を考えなければ体が勝手に動くはずなのです。今はとにかく体を動かして頭より体が先に反応するようになるまで反復練習。では再開しますよ」

 

 「はぁ~い」

 

 手を叩いて注意するメルヴァに、私は疲れ果てた声で返事をする。

 体もだけど、精神的にも疲れてきてるんじゃないかなぁ?

 だからこそ、変な妄想に走ってしまうのよね。

 

 普通ならここで休みを取る所なんだろうけど、そこを無理に続けさせようとしている所を見るとメルヴァは私が何も考えられない所まで追い込むつもりなのかも。

 

 でも確かにその方法が一番の近道なのかもしれないわね。

 ステップさえ間違えないレベルまで行っているのなら、リードの誘導に身を任せてしまうのが一番簡単にうまく踊る事が出来る方法なんだし、その部分に関してはメルヴァの言うとおり出来ているはずで、今の私は誘導される事になれていないから戸惑っているだけとも言えるもの。

 

 「ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー。アルフィン様、まだ追い込みが足らないようですね。ここまで疲れてもなお頭で踊ろうとなされるとは。ある意味流石我らが主と言うべきでしょうか」

 

 「そんな褒め言葉は嬉しくないわよ。ああ、常に思考が先にきてしまう我が身が恨めしい」

 

 「しかし今のままでは埒が明きませんわね。解りました。こうなったら何も考えられないレベルまで徹底的に追い込んで行きましょう! アルフィン様、御覚悟を」

 

 「そんなぁ~」

 

 そんな事を言いながらその後、私はへたり込んで動けなくなるほどの時間、ダンスを踊り続けてやっと開放されたのだった。

 

 「はぁはぁはぁ、何よ結局睡眠不要、飲食不要の指輪を使わなくても足腰立たなくなったじゃない。メルヴァのうそつき! 鬼教官!」

 

 ホールに大の字になって倒れこみ、そんな恨み節を吐き続ける私をメルヴァはひょいっと担ぎ上げた。

 そして。

 

 「それではこのまま浴場へと向かいましょう。激しい運動をした体の疲れを取るにはゆっくりと湯に浸かり、その後入念なマッサージを施すのが一番です。大丈夫、私にはマッサージの心得がありますから御安心下さい。上から下まで、入念にマッサージさせていただきますわ」

 

 「ちょっ、ちょっとメルヴァ! 目が、目がなんか怖いんだけど」

 

 言っている事は正しいのだろうけど、あの血走った目を見たら我が身に危険が迫っているとしか思えない。

 なんか鼻血まで噴出しそうな勢いだし、心なしか息も荒くなっているような?

 

 「はぁはぁ、大丈夫ですアルフィン様。ちゃんとマッサージをしておかないと一晩寝た後、筋肉痛になって動けなくなってしまいますから入念に、そう、”体の隅から隅まで”入念にこのメルヴァがたっぷりと時間を掛けてマッサージを施して天国に行かせ・・・ゲフンゲフン、筋肉を揉み解して差し上げますわ」

 

 「駄々漏れだから、欲望が駄々漏れだから! 誰か助けて! そうだ、シャイナ!」

 

 色々な意味で危険が迫っている事を感じた私はシャイナに助けを求めた。

 

 「えっ!? あっそう言えば私、早めに宿に戻ってまるんと話をしなければいけない事があったのを忘れてた! メルヴァ、私の湯浴みは帰ってからでいいから、後はよろしく」

 

 それなのに彼女はなにやらあせったような顔をしてさっさと退散してしまった。

 いや解るよ、この状態のメルヴァを何とかできるとは思えないと考えるその気持ちも。

 でもマスターのピンチなのにそれはないでしょう!

 

 「はっそうだ! ギャリソ・・・」

 

 「アルフィン様、男の私ではアルフィン様の湯浴みを御手伝いすることはできません。ここはメルヴァさんにお任せするしか」

 

 シャイナに裏切られた私は、その場に居るもう一人のNPC、ギャリソンに助けを求めようとした。

 ところがそれを察したメルヴァに睨まれたギャリソンにも、私が助けを求めきる前に喰い気味に断られてしまった。

 万事休すである。

 

 「おほほほほっ、何時までも汗に濡れたままでは御体に悪いですわ。アルフィン様、早く大浴場へと参りましょう。それではギャリソン、後の始末はよろしく」

 

 「はいメルヴァさん。あまり御無体な事はなさらぬように」

 

 「大丈夫よ、私がアルフィン様にそのような事をする訳が・・・うん、少ししかしないから大丈夫よ」

 

 「ご無体って何? 私、これから何されるの!? いやぁ~、たぁ~すぅ~けぇ~てぇ~~~!」

 

 結局この後、私は大浴場へ連れて行かれて湯に放り込まれた後、まるで下処理されるホルモンのように体の隅々までしっかりと揉み込まれるのだった。

 

 しくしく、ああもうお嫁にいけない・・・。

 いや、流石にそこまで酷い事はされていないけどね。

 

 ただ、全てが終わった後のあの艶々したメルヴァの顔を、しばらくの間忘れる事はないであろうと感じる程度にはトラウマになったけど・・・。

 

 

 因みにこの時の私は、この特訓&マッサージをパーティー前日まで受け続けなければならないなんて羽目に陥る事を、まだ想像すらしていなかった。

 

 

 そんな事があった次の日の朝。

 

 「そう言えばあるさん、エスコートは誰にしてもらうつもりなの?」

 

 「へっ?」

 

 ホテルで朝食を取っていたら、まるんからこんな言葉を投げかけられた。

 

 「ん? エスコート役ってギャリソンじゃダメなの?」

 

 「シャイナ、何を言ってるの? ギャリソンはあるさんの執事であり都市国家イングウェンザーの家令と言う事になってるんだからだめだよ。使用人がその国の女王様をエスコートするなんて聞いた事も無いもん」

 

 その言葉に私同様ギャリソンがエスコートをするものだと思い込んでいたシャイナが聞き返したんだけど、まるんからは全面否定の答えが帰ってきた。

 そっか、確かにギャリソンは使用人だから私をエスコートできないわよね。

 でもそうなるとちょっと困ったわ。

 

 「どうしよう? 私たちの城には人間種の男性がいない・・・」

 

 そう、ユグドラシル時代の私の趣味で構成されているイングウェンザー城のメンバーには人間種の男性がいないのよ。

 いや、一応一人居るには居るんだけど、その子は外見があやめくらいで流石にエスコート役にする訳には行かないのよねぇ。

 

 「どうしよう? リュハネンさんに頼んでみる?」

 

 私の頭に浮かんだのはこの都市に居る男性の知人であるリュハネンさんだった。

 

 「う~ん、彼は騎士でしょ。それも国ではなく子爵家の。流石にあるさんのエスコートには力不足だよ」

 

 「となるとライスターさん? ・・・はダメか、彼にはシャイナのエスコートを頼まないといけないし」

 

 「えっ、私の? ああ、そう言えば私も招待されているのだからエスコートしてくれる男性を探さないといけないんだっけ。でも彼も騎士なんでしょ? いいの?」

 

 「シャイナはあるさんと違って一貴族だし、ライスターさんは地方都市とは言えバハルス帝国所属の騎士だから大丈夫なんじゃないかな?」

 

 うん、私もそう思う。

 て言うか、ここでライスターさんまで除外したらそれこそエスコート役をもう一人探し出さないといけなくなってしまうもの、引き受けてもらわないわけには行かないのよね。

 

 「とりあえずギャリソン、後で騎士の詰め所まで行ってライスターさんに話を通しておいて。多分断られる事はないと思うから」

 

 「畏まりました、アルフィン様」

 

 ”あの”ライスターさんならシャイナのエスコートを断る事はきっとないだろう。

 と言う事で、問題は私のエスコート役なんだけど・・・。

 

 「アルフィスに変装させる・・・って言うのはダメよね」

 

 「そうだよねぇ、タレントなんて物があるこの世界で貴族の、それも皇帝の愛妾様まで参加するパーティーなんだから、暗殺者や不審者が紛れ込まないよう幻覚や幻術を見破る系のマジックアイテムくらい用意して警戒してると考えるのが妥当だろうね」

 

 まるんの言葉に私は頷く事しかできない。

 だって、見ただけで相手の魔力の強さを見抜く事が出来るなんてとんでもないタレント持ちまでいるんだよ? 変化や変装を見抜くほうが遥かに簡単なんだから、できる人がいないと考える方が浅はかだろう。

 

 「と言う事は、該当者は一人しかいないか」

 

 「そうだよねぇ」

 

 「そうよねぇ」

 

 私たち三人の頭には共通の人の名前が浮かんでいた。

 私たちが懇意にしている唯一の貴族。

 

 「カロッサさんには悪いけど、また力を貸してもらう事になるわね」

 

 そう、カロッサ子爵。

 彼にご足労願うしか私たちにはもう方法が無かった。

 ただ、ここで一つ問題ある。

 どうやってカロッサさんと連絡を取ればいいのかと言う事だ。

 

 「ねぇまるん、リュハネンさんは私たちが信頼性の高い<メッセージ>が使えたり転移ができる事を知っているけど、それに関してはカロッサさんには口止めしているのよね?」

 

 「うん、口止めはしてあるよ。それに話してみた感じからすると多分カロッサさんには伝わってないと思う」

 

 そっか、なら転移はダメね。

 でも<メッセージ>くらいなら情報として伝えてもいいかも。

 いや、それ以前に。

 

 「私たちがパーティーの日付を知ったのは6日前だし、その時すぐに城に伝令を出したとしたら今日カロッサさんのところに連絡が行ってもおかしくはないんじゃない?」

 

 「そっか、あるさんの言う通りだね。なら早速城に連絡をしてカロッサさんに打診してもらおうよ」

 

 善は急げである。

 私は早速城に居るメルヴァに<メッセージ/伝言>で連絡を取り、カロッサさんのところに伝言をしてもらった。

 

 

 

 「危ない所でした」

 

 高級宿の一室。

 そこには本来城に居るはずのメルヴァが、ほっとした表情で私に報告をしていた。

 彼女曰く、一刻も早く伝えねばとカロッサ邸から直接飛んできたんだって。

 

 「このパーティーはイーノックカウ周辺の貴族全てに招待状を出しているらしく、カロッサ子爵の元へも招待状が届いておりました。その為私がカロッサ邸へ訪れた時は子爵の準備も整い、まさに出発する寸前でして、後数刻後であれば間に会わなかった事でしょう」

 

 言われてみれば、そんな事をロクシーさんが言っていたわね。

 危なかったぁ。

 

 「それで返事は? エスコートの件は了承してもらえたの?」

 

 「はい、すでにカロッサ子爵がエスコートする女性は用意されていたそうなのですが、国賓であるアルフィン様をエスコートする栄誉となれば断るわけには行かないと二つ返事で了承を頂きました」

 

 おお、よかった。

 これで一番の悩みは解決ね。

 

 「よかったわ、これでもし断られていたら途方に暮れるところだったもの」

 

 「そうですわね、アルフィン様」

 

 そう言ってメルヴァは自分の役目を無事終えたのを誇らしく思っているかのような笑顔を見せた。

 そして。

 

 「カロッサ子爵には無理を言ってエスコート役を務めてもらう事になったのですから、アルフィン様には完璧にダンスを踊っていただかなければなりません」

 

 「えっ!?」

 

 その言葉に驚き、彼女の顔をもう一度覗き込むと先程の誇らしげな笑顔はどこへやら、怪しげな光を目に携え、妖艶な笑みを浮かべるメルヴァの姿がそこにあった。

 

 「アルフィン様、では早速お城に帰って特訓を再開です。大丈夫です、昨日の様に動けなくなったとしても、また私がマッサージをして差し上げますから」

 

 「えっ? えっ? えぇぇ~~~!?」

 

 私があっけに取られている間にメルヴァはさっさと<ゲート/転移門>を開き、私の手をとってその中へと引きずり込んで行く。

 

 「ちょっ、待っ、いやぁ~、誰かぁ、誰か、たぁ~すぅ~けぇ~・・・・」

 

 哀れ、アルフィンは助けを求める言葉を全て口にする前に、暗い奈落のような穴の中に消えていくのだった。

 





 皆さんはすでにお忘れかもしれませんが、メルヴァは本来こういうキャラです。
 ビッチではありませんが欲望には忠実です。
 チャンスと見れば襲い掛かってきます。(アルフィン限定)

 まぁ、アルフィンが本当に嫌がる事はしないので一線は越えませんが。(流行文句引用)



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93 帝国のパーティーって

 

 バハルス帝国の東に位置する衛星都市イーノックカウ。

 その都市にある最高級宿のラウンジではアルフィンが懐かしい顔と対面していた。

 

 

 「アルフィン様、お久しぶりでございます」

 

 「カロッサさん、お久しぶりです。お元気でしたか?」

 

 予めリュハネンさんから今日カロッサさんがこの町に到着すると言う話を聞いて、私はその到着をラウンジでお茶を飲みながら待っていた。

 

 「はい、元気にやっております。アルフィン様、この度はエスコート役という栄誉をいただき、大変嬉しく思っております。しかし私のような者で良かったのでしょうか? アルフィン様であれば立候補される方も多いでしょうに」

 

 「いえ、私はこの国ではまだあまり人とかかわっておりません。ですからカロッサさんに断られてしまったら途方に暮れてしまう所でしたの。受けていただけて、本当に嬉しく思っていますわ」

 

 私はカロッサさんのお世辞に、つい苦笑を浮かべて愚痴っぽく話してしまった。

 実際にカロッサさんに断られていたら本当に困っていたであろう事は容易に想像が付くもの。

 

 「そうでしたか。こう言ってはなんですが、まだアルフィン様のお名前が知れ渡っていなかった事に感謝しなくては。このパーティーでお披露目されてしまえば、もう二度とこの様な栄誉に預かれる事はないでしょうからな」

 

 「いえ、そんな」

 

 私が都市国家イングウェンザーでの立場がただの一貴族というのならともかく、支配者と名乗っている以上、貴族と言う立場の人であったとしてもそう簡単に近づく事はできないと思う。

 ロクシーさんがこちらの情報を色々とそろえていた所を見ると私たちの危険性をある程度認識しているのだろうから、すでにある程度の結びつきを持つカロッサさんはともかく、どこかの、特に大きな力を持った大貴族が新たに私たちと結びつくのを良しとはしないだろうからね。

 

 そして何より私があまり他の貴族と仲良くしようと思っていないというのも理由の一つだったりする。

 

 派閥を作ると言うのはそれすなわち力を持つということ。

 もし都市国家とは言えシャイナのような強力な力を持つ者が何人か所属しているであろう軍を率いているうちが、自国の有力貴族と手を組めばバハルス帝国皇帝としても無視できない勢力になるだろうし、そんな事になれば面倒ごとに巻き込まれる未来が来るであろう事を簡単に想像できるのだから当たり前よね。

 

 私としてはなるべく波風はたてず、ゆったりとした気分で日々を過ごしたいだけなのだから面倒ごとなんて御免蒙りたい。

 目指せ、ぐうたらスローライフ! まぁ、メルヴァが許してくれないだろうけどね。

 

 「私としてはあまり目立ちたくはないのですが、ロクシー様がお誘いくださったので参加させていただく事になっただけなのです。ですから、私自身あまり他の貴族の方と仲良くなるつもりはないですよ。それに例えどれだけ大きな力を持つ貴族であっても、イングウェンザー城から遠く離れている領地を持っているのでしたら交流するのも大変ですからね」

 

 「ははは、それなら一安心です。私としてはアルフィン様とこれからも懇意にしていただきたいですし、今の立場を他の方に取って代わられるのは避けたいですから」

 

 私の言葉を聞いてほっと胸を撫で下ろし、声を上げて笑うカロッサさん。

 私としても気を使わなくてもいい貴族がいて助かってます。

 

 「ところでカロッサさん、私はこの国のパーティーに参加した事がありません。ですから参加をする前の予習として、大体の流れを説明していただけるとありがたいのですが」

 

 「パーティーの流れですか?」

 

 私でもリアルでは企業のパーティーや有力者のパーティーになら参加したこともある。

 でもここは異世界だ。

 私の考えるパーティーと貴族のパーティーが同じとは限らないし、実際同じ物ではないだろう。

 だって企業のパーティーではどれだけ社会的地位が高い人であってもその令嬢を同行させるなんて事は無かったし、参加条件に男性ならエスコートする女性を、女性ならエスコートされる相手を用意する必要なんて無かったのだから。

 参加する人の条件が違うのだから、かなり勝手の違うものなのだと考えておくべきと私は思うのよね。

 

 「そうですね。多分他国と同じでしょうけど一応流れを説明しておきます。まず低位の貴族、具体的に言えば騎士爵や準男爵など、自分の子に爵位を告がせることができない一代貴族や、潰されまではしていないですがすでに没落した名ばかりの貴族が会場に入ります。続いて爵位の下の者から儀典官に名前を読み上げられ、それにしたがって入場していく事になります。予め申し上げておきますが、この時私は子爵ですからかなり初めのほうに名前が呼ばれるのですが、今回は国賓であるアルフィン様をエスコートする役目がありますから、名前が呼ばれても入場する事はありません。あくまで私がこの場に来ているという事だけを他の貴族に紹介しているものと考えていただければ結構です」

 

 「なるほど」

 

 ああ私と一緒に入場はするけど、その時は国賓である私とシャイナの名前しか呼ばれないから、この時カロッサさんの名前を呼んでおいてもらわないと来ていないと思われてしまうわけか。

 今回はロクシーさん主催だろうから、それは流石に不味いものね。

 

 「因みに、基本名前が呼ばれる順番は爵位の順ですが、例外的に手柄を立てたり皇帝陛下の覚えがよい者は本来の爵位より後に呼ばれる場合があります。この場合、私のように子爵位であったとしても伯爵の方々に混じって名前が呼ばれる事もあるということです。また、同じ爵位であってもこれは適用され、帝国において重用されている者ほど後に呼ばれます」

 

 「なるほど、後に呼ばれるほど名誉な事なのですね」

 

 まぁこれは私がリアルで参加していたパーティーでも挨拶の順番は大きい企業の人の方が後だったから、別に驚く事でもないかな。

 

 「一通り全ての貴族の名前が呼ばれた後、国賓の名が呼ばれます。これはバハルス帝国が重きに置いている国ほど後になるので、帝都で行われるパーティーでは大体リ・エスティーゼ王国が最初でスレイン法国が最後に呼ばれます」

 

 「ちょっと待って、リ・エスティーゼ王国とは戦争をしているのでしょ? そんな国の人もパーティーに呼ぶなんて事があるのですか?」

 

 「はい。国賓を呼ぶパーティーは何かのお披露目をする場である事が多いのです。ですから国の力を示す為、例え敵国であっても招待状を出しますし、相手側もそのお披露目がどのような内容か確かめる為に出席します」

 

 なるほど、そういう理由ならたとえ敵国の者でも招待すると言うのは解らないでもないわね。

 

 「このようなパーティーですが、もしアルフィン姫様が参加なされる時は残念ながらこのスレイン法国よりも先に呼ばれる事となるでしょう。ああ、嘆かわしい。アルフィン様が女神さ・・・」

 

 「カロッサさん!」

 

 カロッサさんが不穏な事を口走りそうになったので慌てて口を挟む。

 もう、ここは密室ではなく最高級とは言え宿のラウンジなんですよ。

 一応不可視の密偵を護衛として配置はしているけど、誰が聞いているか解らない所で女神様扱いされては余計な厄介ごとに巻き込まれかねないからやめて欲しいわ。

 

 「カロッサさん、ここではなんですから、私の部屋へ移動しましょう」

 

 「アルフィン様の宿泊なさっている部屋へですか!? そんな恐れ多い!」

 

 いいえ、ここでこれ以上話すとまた何か失言して平伏しかねないでしょう、あなたは。

 

 密談していると監視しているであろう人に思われないよう、ラウンジで話をしたのが間違いだったかも。

 如何に私が他国の女王と言う立場であるという事になっているとは言え、バハルス帝国の貴族が公衆の面前でそんな事をしたら大問題になってしまうもの。

 まったく! こんな事なら変に気を回さず、さっさと部屋に引っ込んでおくべきだったわ。

 

 

 

 部屋に移動し、応接セットに腰を落ち着かせる。

 そしてヨウコにお茶の用意をさせてから説明を再開してもらった。

 

 「では先程の続きから。アルフィン様が女神様だとお知りになれば皇帝陛下といえど・・・」

 

 「カ・ロッ・サ・さん」

 

 声を低くし、ゆっくりと怒っていることが解るようにカロッサさんの名を呼ぶ。

 

 「申し訳ございません。これは秘密でしたな」

 

 「いえ、何度も言うように私は女神ではありません。その事はお忘れなく」

 

 もう、何度釘を刺しても改めないんだから。

 なぜそこまで根強く私の事を女神様だと思い込んでいるのかしら? 困ったものだ。

 

 「ではそういう事にしておくとして、説明を続けさせていただきます。今回は帝都では無くイーノックカウで行われるパーティーですから国賓と呼べる方はアルフィン様とシャイナ様だけだと思われます。ですからアルフィン様が入場されるのを最後に扉が閉められ、入場階段を降りきって挨拶をされた所で開催の宣言がなされて、楽団が演奏を始めることによってパーティーが始まります」

 

 「待って、私が最後なの? ロクシー様では無く?」

 

 「ああ、説明が抜けておりました。ロクシー様は主催者ですから一番最初に入場されて、席についておられます。先程の挨拶と言うのも会場にいる貴族たちではなく、主催者であるロクシー様に対して行うものですから、お間違え無き様お願いします。これは余談ですが、主催者が皇帝陛下のパーティーの場合のみ、例外的に主催者である皇帝陛下が最後に入場されます」

 

 そうよね、一番偉い人が最後に入場するのだからいくら主催とは言え皇帝陛下が誰かよりも先に入場するのは可笑しいもの。

 

 「一番位が高い皇帝陛下ですもの、最後に入場するのも当たり前ですわね。まぁ今回は皇帝陛下が参加なされるようなものではないのですから、私が入場してパーティーが始まるのでしょう。その後の流れを教えていただけるかしら?」

 

 「はい、アルフィン様。今回はアルフィン様は国賓であり主賓でもあるのでロクシー様の隣に席が儲けてあると思います。そこでしばらく歓談なされた後、アルフィン様と私のダンスが行われて、以降ホールではダンスが、周りでは食事や飲酒、貴族同志の交流が行われます」

 

 「まぁ、最初に私たちがダンスを踊るのですか?」

 

 「はい。本来は主催と主賓の二組が最初にダンスをお披露目する事によりその日のダンスが解禁されるのですが、今回は主催がロクシー様でその本来のお相手である皇帝陛下が不参加のパーティーですから、主賓一組だけのダンスになると思います」

 

 うわぁ、周りの注目を集めながら一組だけ踊るのか、それは緊張するなぁ。

 ステップを間違えてカロッサさんの足を踏んだりしたら大恥をかくだろうし、しっかり練習して本番に備えねば。

 

 「アルフィン様、この様な状況ですからお好きな曲を選ぶ事ができます。どうでしょう、予め楽譜さえ渡しておけばアルフィン様の国の音楽でも問題はありませんから、ご自分が踊りなれた曲で踊られては?」

 

 「へぇ、そんな事が許されるのですか」

 

 ならよく知っている曲がいいよね、知らない曲ならカウントとか取りづらいだろうし、曲調が急に変わって慌てる事も無いだろうから。

 そうだなあ、それならばダンスといえば誰もが思い出す曲、美しく○きドナウがよさそうだ。

 いつも練習してる曲だし、オーケストラで演奏するととても映える曲でもあるから貴族のパーティーにはぴったりだしね。

 

 「解りました。それならば私がいつも練習に使っている曲がいいでしょう。優雅な曲ですから、きっとロクシー様にも気に入っていただける事でしょうし」

 

 「ほう、アルフィン様がそこまで仰られる曲ですか。それは私も楽しみです。いや、私もアルフィン様のパートナーとして踊るのでしたな。アルフィン様、出来ましたら、私にも予めその曲を聞かせてはいただけないでしょうか?」

 

 予めに聞かせる? そう言われても楽器も持ってきてないし、そもそも誰か弾けたっけ?

 私がそんな事を考えていたのが伝わったのだろう、後ろに控えていたヨウコが言葉を掛けてくれた。

 

 「アルフィン様、それでしたらサチコがバイオリンを弾く事ができます。美しく青○ドナウでしたら少し練習時間をいただければ、皆様にお聞かせできるレベルまでいけると思います」

 

 「そう? どれくらい猶予があればいいかしら?」

 

 「はい。有名な曲ですし、サチコも一度くらいは弾いた事があることでしょう。ですから、一晩あればお聞かせできるレベルになるかと思います」

 

 「そう。カロッサさん、明日ならお聞かせできそうですけど、ご予定は?」

 

 「はい、午前中は挨拶まわりがありますが、午後なら窺う事ができると思います」

 

 「解りました。では明日の午後、この宿のラウンジでサチコに弾かせる事にしましょう」

 

 なぁ~んて勝手に決めちゃったけど、ほんとに大丈夫よね?

 まぁ、ヨウコが出来ると言ったのだから本当に出来るとは思うし、ギャリソンも微笑みながら頷いているからきっと大丈夫よね?

 

 「ところで、ダンスをした後はどのような事があると考えられますか?」

 

 「そうですね、アルフィン様は周りとの面識がございませんからロクシー様が有力な貴族に紹介をなされるかもしれません。ですがこのイーノックカウは前線からも帝都からも遠く、それ程力を持った貴族がおりません。ですからその辺りはなんとも」

 

 「ああそう言えばロクシー様は私の国のお菓子に興味がおありのようで、今回のパーティーにはお持ちする約束になっていますの。その時に令嬢たちに紹介すると仰られていたから、貴族よりも先に、その令嬢たちを紹介なされるのかもしれないわ」

 

 「なるほど、そのようなお約束をなされているのでしたら、貴族ではなくロクシー様と共にこの都市に避難してきている皇帝陛下の愛妾の方々を紹介なさるのかもしれませんね」

 

 ああなるほど、そう言えばロクシーさんがこの都市にいるのって避難の為だっけ。

 あまり有力な貴族がいないというのならロクシーさんがその令嬢たちとわざわざ私を引き合わせる事も無いだろう。

 と言う事はあの時話していたご令嬢たちというのはパーティーに参加する貴族の令嬢ではなく皇帝のお妾さんたちの事だったのか。

 うわぁ、一気に気が重くなったよ、これ以上帝国中枢にかかわる人とは知り合いになりたくないんだけどなぁ。

 

 ご令嬢たちへの紹介と言われて軽く考えてたから、対策なんてまるで考えてない。

 でもこれがお妾さんたちならちょっと話は変わってくるのよねぇ。

 だって皇帝と直接話が出来る人たちだから、悪い印象をもたれてしまったらそのまま皇帝に伝わるだろうし、それが元で揉め事が起こっても困るからなぁ。

 

 「愛妾さんたちが相手なら少し気合を入れないといけないかもしれないわね」

 

 「ですがアルフィン様、あまり気合を入れすぎますとアルフィン様も陛下の愛妾の座を狙っていると思われて警戒されるのでは? 私からすれば女神であるアルフィン様が陛下の愛妾になるなど考えられない事ではありますが、彼女たちは常に陛下の寵愛を得る事を第一に考えている者たちです。そこにアルフィン様が加われば自分たちの立場を危うくなると考える者も出てくるのではないでしょうか?」

 

 なるほど、そういう考え方もあるのか。

 私自身は皇帝のお妾さんになる気などまるでない。

 何より女王なんだから、自分の国を放っぽり出して皇帝の下へ行くなんて立場上できるわけないんだよねぇ。

 

 「でも相手にはそれは通じないかも知れないし、愛妾たちと会う時は国の中枢をになっている私の立場をしっかりと伝えないといけないかもしれないわね」

 

 あまりの事にカロッサ子爵がまた自分のことを女神様扱いした事にさえ気付かず、独りごちてひたすら考えに没頭するアルフィンだった。

 




 オーバーロードでは語られていない話ですが、愛妾同士の関係ってどうなんでしょうね?
 貴族間では自分の地位に関して優越感や嫉妬心があると言う描写がweb版で書かれているけど、たとえジルクニフの子供を生んだとしてもロクシーが育てる事になってそうだからなぁ。
 それでもやっぱり愛妾間での地位は上がるのだろうか?


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94 ダンスホールと転移の鏡

 

 パチパチパチパチ。

 

 「おおっ!」

 

 「素晴らしい!」

 

 「この様な演奏を無料で聞かせてもらえるとは」

 

 最後の一音が鳴り、バイオリンを下ろしたサチコが一礼するとラウンジには数多くの拍手が鳴り響いた。

 

 

 

 当日、ただ踊る曲をカロッサさんに前もって聞かせるというだけの目的でサチコにバイオリンを弾いてもらうだけだから、わざわざ人払いをするまでのことでもないだろうと考えたので宿の支配人に許可を取って他の宿泊客もいる前で演奏してもらおうとしたんだけど、なぜか貴族が聴く音楽が演奏されるという話がどこからか伝わったらしくって、ラウンジは演奏前から人でいっぱいになっていた。

 まぁ、宿の支配人が宿泊客へのサービスの一環としてリークしたんだろうと想像はできるけど、此方も無料で場所を貸してもらう手前、何も言わないで置く事にした。

 

 ただ、この宿に宿泊しているほぼすべての人が集まっているのでは? なんて程の人が集まってしまったのは予想外で、これでは演奏をするサチコが緊張するんじゃないかな? と少し心配したんだけど、

 

 「数が多いとは言え、あくまで見知らぬ者たちですからその視線などいくらあろうとも、たいした負担でもありません。そしてなにより我が主であるアルフィン様に御聞かせする栄誉、この状況よりも緊張する事など他にはございません」

 

 なんて言われたのでそのまま弾いてもらう事にした。

 結果はこの通り、本当に素晴らしい演奏を披露してくれたおかげで私も鼻高々だ。

 

 「カロッサさん、この様な曲なのですがロクシー様のパーティーで演奏してもらっても失礼にならないでしょうか?」

 

 「・・・あっ、いや、大丈夫です、アルフィン様。これ程壮大な曲ならば我がバハルス帝国の宮廷音楽にも引けをとらない事でしょう。しかし・・・」

 

 そう言うと、カロッサさんの顔が少し曇ってしまった。

 なんだろう? 何かこの曲に問題でもあったのだろうか?

 でも、曲自体はロクシーさんに聞いてもらっても大丈夫と言ってくれたし。

 

 「どうなされたのですか? やはりこの曲に何か問題でも?」

 

 「いえ、そうではないのです。どちらかと言うと、私の方に問題があると言いますか・・・」

 

 えっ? カロッサさんの方に問題があるの?

 言われた事の意味が解らず、私は少し呆けてしまう。

 そしてその顔を見たカロッサさんは少し慌てて、何が問題なのかを私に話してくれた。

 

 「アルフィン様、言葉が足らず申し訳ありません。私の問題と言うのは、この曲調でダンスを踊った事がないということなのです。この曲は3拍子ですが、微妙に1拍目にためがあります。いや、2拍目が少し早いと表現した方がいいのでしょうか? なので普通に踊ってはステップが少しずれると申しましょうか・・・」

 

 「あっ!」

 

 そう言えば聞いたことがある。

 社交界で一般的に踊られているウィンナ・ワルツは普通の3拍子とは少し違うって。

 私の場合はあくまでダンスが踊れるというだけで競技ダンスに出るとか言うわけではないから、普通の3拍子ワルツとの違いをなんとなく程度で踊っていたけど、この変則3拍子を踊った事がない人にとっては気になる事なのかもしれない。

 

 「そう言えば私の国の音楽は他国の曲と同じ3拍子でも少しずれがあると聞いた事があります。私はそれ程ダンスがうまくはないので気にせず他国の曲も踊れていたのですが・・・。そうですか、では他の曲に変更を・・・」

 

 「いえ、それには及びません。ただ少し練習をさせていただきたいのと、予めどなたかにこの曲で踊っている所を見せていただきたいのです。そうすればテンポが違うとは言え小さなものですから、パーティーまでに修正は可能だと思います。それに、折角アルフィン様がお気に入りの曲を紹介してくださったのですから、私もこの曲で踊りたく思います」

 

 よかったぁ、今から曲を変えても何とか踊れなくはないだろうけど、大勢の前で一組だけで踊るとなると練習時間が足らなさ過ぎるから困ってしまうところだったわ。

 

 「子爵、もう一つ問題がございます」

 

 「アンドレアス、私がこの曲を踊った事がない以外に何か問題があるのか?」

 

 話が纏まりかけた所で、カロッサさんのお供として来ていたリュハネンさんが何かに気が付いたみたいで、カロッサさんに言葉を掛けてきた。

 ただ、私にではなくカロッサさんにだから、こちらに問題があるわけではなさそうだね。

 

 「はい。本日は私がアルフィン姫様から曲の楽譜を受け取り、当日曲を演奏する楽団に届けるということになっていたのですが、テンポが特殊であるのならば楽譜だけを届けてもうまく伝わらず、アルフィン姫様の満足がいく演奏が出来ない恐れがあります。ですから、この曲を演奏できるサチコ殿にご足労御願わなければなりません。でもそうなりますと」

 

 「ふむ、私の練習ができないと言う事か」

 

 ああなるほど。

 特殊な曲調だからこそ、それを演奏する人たちに曲を聞かせながら譜面を読んで貰わなければ曲の印象が変わってしまうというのを問題視したのか。

 確かにこの曲を普通の3拍子で演奏されたら、同じ曲だけに初めて聞く曲以上に違和感を感じて踊れなくなりそうだ。

 だからこそサチコについて来て貰って楽団の前で演奏してもらい、また、ある程度演奏が形になったところで確認をしてもらいたいというのだろう。

 でもそうなると唯一この曲を弾く事が出来るサチコがここからいなくなるという事でもあるのだから、今度はカロッサさんの練習をする為の曲を弾く者がいなくなるというわけだ。

 

 「仕方がない。当日はアルフィン様が主役なのだから私が多少無様を晒した所で問題はないだろう。それよりアルフィン様が折角用意してくださった曲を完全な形で披露できないほうが問題だ。サチコ殿、アルフィン様付きのあなたの手を煩わせるのは心苦しいですが、アンドレアスと同行し、楽団の指導をお願いできないだろうか?」

 

 カロッサさんの言葉に困惑し、私の方を見るサチコ。

 私付きのメイドと言う仕事を遂行中である以上、普通ならこの申し出は即座に却下されるべきものだとNPCである彼女なら考える所なんだろうけど、内容が私のために必要な事なので迷ってしまったのだろう。

 

 「サチコ、一緒に行って差し上げなさい。私の世話はヨウコに任せれば大丈夫だから。それより楽団の方にきちんと教えてきて頂戴。当日曲調が変わってしまっていては私が困ってしまうもの」

 

 「畏まりました、アルフィン様。パーティー当日に楽団が完璧な演奏を出来るよう、しっかりと指導してまいります」

 

 「お願いするわね」

 

 なんだろう? なんか不穏な雰囲気が漂ってきている気がするけど。

 まぁ、気合が入って不都合があるなんて事はないだろうから気にしないで置くとしよう。

 

 「それではアルフィン様、私も先程の曲を思い出しながら少し練習をしたいと思いますので、これで失礼させていただきます」

 

 「あっカロッサさん、それには及びませんよ。先程のサチコの演奏のような生演奏と言う訳にはまいりませんが、練習用に曲を流すというだけならできない事はありませんから」

 

 「そんな方法があるのですか?」

 

 「ええ」

 

 そう言って私はカロッサさんに微笑んだ。

 

 あるんだなぁ、これが。

 

 

 

 流石にダンスの練習をそのまま宿のラウンジでするわけには行かないので、私たちは一旦部屋に移動した。

 

 「少し待っていてください。ギャリソン、ヨウコ、カロッサさんのお相手をお願い」

 

 「「畏まりました」」

 

 私はそう言うと一旦部屋を退室し、ゲートを開いて前にユミちゃんと合流して馬車に乗った場所まで転移する。

 その場でフライの魔法を唱えて浮かび上がり、少しだけ街道から外れて林の上を飛び越え、館を建てても問題のなさそうな広場を探し出すとそこに着地した。

 

 「うん、ここなら大丈夫そうね。林が目隠しになって街道からは見えないし。<クリエイト・パレス/館創造>」

 

 そして私はそう呪文を唱えて広場に小さな館を創造する。

 ただ、この館はボウドアのあるものと少し違い、住居と言うよりはダンスホールや舞台、それに衣裳部屋や控え室を完備した劇場のような造りになっていた。

 要はダンスの練習や披露を目的とした施設ね。

 

 「さて、お次はっと」

 

 私は懐から小さな鉄の人形を二つ取り出し、首を押しこんで放り投げる。

 すると辺りはまばゆい光に包まれ、それが消えるとそこにはずんぐりとしたアイアン・ゴーレムが2体、鎮座していた。

 

 「外れ課金アイテムだけど、使い捨ての館の護衛には丁度いいよね。こんなのでも、この辺りの魔物や野盗では倒せないみたいだし。あなたたち、私が命令をとくまでこの館を守り続けなさい」

 

 指示を伝えるとアイアン・ゴーレムたちは、館の周りを警護するように回り始めた。

 それを見て満足すると、私は扉を開いて中に入る。

 そして館中央にあるダンスホールに入ると、アイテムボックスからおもむろに大きな鏡を取り出した。

 

 「これをここに設置してっと。さて、帰るかな」

 

 私はそう独りごちると、ゲートを開いて宿の自室へと帰った。

 

 

 

 「お待たせしました。カロッサさん、どうぞ此方へ」

 

 「お帰りなさいませ、アルフィン様。今回はどのように私を驚かせていただけるのでしょうか? 楽しみです」

 

 私はカロッサさんをある一室へと案内する。

 そこには少し大きめな姿見らしき物が、鏡面を覆うように布をかけられて置かれていた。

 先程私がダンスホールに置いて来た転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)の片割れだ。

 

 「これは我が国に伝わる二点間を移動できるマジックアイテムです。場所が固定される上に一度に大人数は移動できませんが、大変便利なアイテムなんですよ。その分貴重ではあるのですけどね」

 

 「移動する場所が固定とはいえ、転移が行う事ができるマジックアイテムですか。凄いですね」

 

 にっこりと微笑みながら感想を述べるカロッサさんを見て、もう少し驚くかなぁなんて思っていただけに、思ったより簡単に受け入れられてちょっと肩透かし感。

 でもまぁ、今までも色々やっちゃってるし、これくらいでは驚かないほど耐性が付いているのかもしれないなぁと思い直して私はかかっていた布を取り、鏡の門を通った。

 

 続いて何の疑問も持たない風のカロッサさんが鏡を通ってホールに入り、

 

 「ほう」

 

 そう、感嘆の声を上げる。

 う~ん、転移のマジックアイテムには驚かないのに魔法で作っただけのホールに驚くとはこれ如何に。

 

 別に特別豪華に作ったわけではなく、私がリアル世界で連れて行ってもらった事がある、大企業の人たちが訪れる平均的な社交場として使われているラウンジをイメージして作っただけのダンスホールなんだけどなぁ。

 でもよかった、イングウェンザー城のホールをイメージして作らなくて。

 これであの反応なら、あんな派手で豪華な造りにしていたら何言われていたか解らないものね。

 

 「ここは私の練習用にと建てられたホールです。ここなら町からも離れていますし、多少大きな音で音楽を奏でても宿とは違い誰にも迷惑をかけないので、周りを気にせず練習が出来ますよ」

 

 「なるほど、これ程のホールを練習だけの為に建てられるとは。聞いてはいましたが、アルフィン様のクリエイトマジックは凄いものですなぁ」

 

 私が魔法で建てたと言う所は濁して話したんだけどばれちゃったか。

 まぁボウドアの館を私が建てた事をカロッサさんは知っているんだから当たり前なのかもしれないけどね。

 

 「ところでホールは申し分ないのですが、楽団が見当たりません。音楽を奏でる者たちはどちらにいるのでしょうか?」

 

 「ああ、説明をまだしていませんでしたね。ここでは楽団の生演奏で練習するのではありません。それではダンスを踊る私たち以上に曲を奏でる者たちの方が疲れてしまいますからね。ですからこれを使って練習します」

 

 カロッサさんの質問を受けて私はそう答えると、壁付近に置かれたアイテムに手をやる。

 

 「これは音楽プレイヤーと言う物で、ここに音楽データーを・・・そうですね音楽を記憶したマジックアイテムを装着するとあのスピーカー・・・音が鳴るマジックアイテムから音楽が流れ出すのです。これを使えば演奏者の疲れを気にせず、何時までも練習できるのですよ」

 

 「”音楽ぷれいあ”と”すぴかー”ですか、便利なマジックアイテムですね」

 

 カロッサさんの言葉に曖昧に笑う。

 別にこれってマジックアイテムじゃなく、城の図書館にある音楽データーを記憶媒体にコピーして他の部屋のプレイヤーで再生させる、いわば機械なんだよね。

 ユグドラシルはファンタジーのゲームであるからこんな物があるのは少しおかしい気がするけど、それを言ったらオートマトンが使う銃とかもおかしいという事になるし、何よりコンソールとかチャット機能自体がファンタジーとしてはおかしいのだから、こう言う便利な機能があっても仕方がないだろう。

 

 ちなみに、この他にも市販品や著作権切れの映像を見る装置も存在する。

 そう言えば、金庫のあの子は今日も昔のアニメとか見ているんだろうか?

 あそこには誰も行かないし、放置しっぱなしも可哀想だよなぁ、今度顔を出すかな?

 

 「それでは早速始めましょうか」

 

 「御待ちください、アルフィン様」

 

 私が早速カロッサさんとダンスの練習をしようと振り返ったところ、ギャリソンに止められてしまった。

 

 「あらギャリソン、どうかした?」

 

 「アルフィン様、カロッサ様はウィンナ・ワルツを踊っている所を御覧になられた事がないご様子。そのような状況でいきなりアルフィン様にあわせようとしてもうまくいくとは思えません。ですから僭越ながら私とヨウコがまずアルフィン様とカロッサ様の前でダンスを披露いたします。そうすればカロッサ様も雰囲気を掴みやすいのではないかと愚考する次第です」

 

 ああなるほど、いきなりなれない曲をカロッサさんと踊ると”私が"失敗するからそれを防ごうと言うのね。

 確かにフォローになれていない私が、この曲調で踊った事がないとは言え社交界でダンスを踊りなれているカロッサさんと一緒に踊った場合、失敗する確立は私のほうが遥かに高い。

 でも、リード役であるカロッサさんが無難にこなせる程度まで踊れるのなら私も失敗する可能性はかなり低くなるだろうから、確かにここは前もってカロッサさんにダンスを見せておくべきだろう。

 

 「確かにそうね。カロッサさん、まずはギャリソンとヨウコが踊る姿を見ましょう。もしかするとダンスに至る動作もこの国と我が国とでは違うかもしれませんから。」

 

 「アルフィン様が宜しければ、私としても願っても無いことです」

 

 カロッサさんの許可も出たのでギャリソンたちにダンスのお手本を踊ってもらうことにする。

 

 「それではギャリソン、お願いね」

 

 「畏まりました、アルフィン様」

 

 ギャリソンはそう言うと音楽プレイヤーをなにやら操作してからヨウコの元へ行き、一礼してから手をとる。

 そしてホールに足を進めると、まずヨウコが右手を羽根を優雅に広げるかのように上げ、数歩進んでからギャリソンも左手を上げる。

 そのままホール中央付近まで歩いて行った所で手を離し、一旦離れた所でギャリソンが右手を上げ、背筋を伸ばすとヨウコが近づいていき、ホールド。

するとタイミングよくホールに音楽が流れ出した。

 

 なるほど、さっきギャリソンがやっていたのはタイマーで音がなるタイミングを合わせていたのか。

 

 こうしてダンスが始まったんだけど・・・。

 

 おいおい、綺麗に踊りすぎでしょ。

 こんなにうまく踊られてしまったら、私のダンスの下手さ加減が際立ってしまうじゃない。

 

 もしかしてさぁ、もしかしてカロッサさんはこのダンスを見ながら私もこれくらい踊れるなんて思ってるんじゃないわよね?

 そんな事を考えながら横目で伺って見ると、彼はなにやら難しい顔をしていた。

 なんで?

 

 そうこうしているうちにダンスは進み、フィニッシュ!

 二人は離れると向き合ったままでギャリソンは右手を腰の前で折り曲げるようにして軽く一礼し、ヨウコはカーテシーで答える。

 これが競技ダンスならばこの後客席に手を振るのだろうけど、今回は社交の場でのダンスだから主催者に見立てた私達のほうを向いて同じ様に挨拶をしてからホールからはけて行った。

 

 因みにカーテシーだけど、私も最初はかなり苦労させられた。

 何せ今まではされる側だったのに、いきなりする側に変わったんですもの、最初は戸惑ったわよ。

 でも、見ればどこがおかしいかは解る程度に社交界で目にしていたから、自室で姿見を見ながらいっぱい練習をしたわ。

 だってNPCたちにかっこ悪いところ、見せられないものね。

 

 まぁ、メルヴァの前で披露したら即座に看破されて、

 

 「アルフィン様が身につけたいと御考えなら私が指導します」

 

 との鶴の一声で猛特訓させられたのはいい思い出だ。

 

 ただ、一人で苦労するのは嫌だからとアルフィスを除く4人のNPCたちも道連れにしてやったけどね。

 おかげで全員できるようになったんだけど、ここでも一番最後までうまく出来なかったのは私だったのよねぇ・・・。

 私って、どんくさいのかしらん?

 

 閑話休題

 

 全てが終わったところで拍手をしていると、隣でカロッサさんが相変わらず難しい顔をしているのが見えた。

 

 「カロッサさん、どうかなされたのですか?」

 

 「はい、アルフィン様。大変申し上げにくいのですが、どうやら我が国とアルフィン様の国とではダンスのテンポだけでなく、少々ダンスに至るマナーも違うようでして。アルフィン様が男性ならば宜しいのですが、女性ですから男性から誘われた際のマナーを少し知っていただかなければいけないようでして。」

 

 ・・・どうやら私はこの国のダンスの作法も少し覚えなければいけないらしい。

 

 ここに来て覚えることが増えてしまい、少々困惑するアルフィンだった。

 

 

 

 あっ、待って? それならシャイナにも覚えさせなきゃだわ。

 当日はシャイナも参加するんだから。

 




 途中で音楽プレイヤーが出てきます。
 これに関してはオーバーロードでは出てきていないのですが、前にも書きましたがブループラネットがモモンガに昔の地球の映像を見せていたので、ユグドラシル内で映像や音楽を再生する事はできたと思うんですよ。
 そしてユグドラシルで出来た事はほぼナザリックでもできたようなので(形だけだったはずの大浴場やネイルサロンが使用できるようになってますよね)これもあるだろうと考えて登場させました。


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95 リハーサルと再び

 

 「普通はリハーサルをしないのですか?」

 

 「はい。皇帝陛下主催のパーティーならば開催時に陛下がお座りになる席に対して身分によって近づく事のできる距離が変わりますから、陛下と謁見する際に失礼の無い様に予めリハーサルが行われる事があります。ですが、今回のように普通のパーティーではリハーサルが行われるというのは聞いた事がありません」

 

 まだ日が高い中、バハルス帝国の衛星都市イーノックカウの道を都市国家イングウェンザーの紋章を携えた4頭立ての大きな馬車が走って行く。

 その豪奢な馬車に揺られて私たちは”今夜”行われるパーティー会場である迎賓館へと向かっていた。

 というのも、ロクシー様から予めリハーサルをするから当日はパーティーの時間よりも早めに来て欲しいと書かれた手紙を持った使者が、私たちが宿泊している高級宿を訪れたからなのよ。

 

 それでこの国ではパーティー前に毎回リハーサルが行われるのだと考えて、道すがらカロッサさんに聞いてみたところ、こんな返事が帰ってきたというわけである。

 

 「普通は行われないのに、今回は行われるって事は何か特別な事でもあるのでしょうか?」

 

 「特別と言えば特別でしょう。普通、地方都市で行われるパーティーに他国の来賓が参加することなど殆どありませんから」

 

 そう言ってカロッサさんは微笑む。

 

 「考えても見てください、アルフィン様は外交官や一貴族ではなく都市国家イングウェンザーの女王陛下です。その様なお方がこの様な衛星都市で開かれるパーティーに参加する事などまずありません。主催者であり皇帝陛下の愛妾であるロクシー様よりも御立場が上なのですから、アルフィン様がこのパーティーで一番身分の高い方となると言うのは容易に想像できます。この様な事情なので、貴族たちが謁見する際の作法を確認する為にリハーサルが必要なのではないでしょうか?」

 

 なるほど、言われて見れば都市国家とは言え私は他国の女王なんだから謁見する為にはそれ相応の作法が必要となるはずなのよね。

 たとえば帯剣して同じ部屋に入ってはいけないとか、正式な場で謁見する際は侯爵ならこれくらい、伯爵ならこれくらいと、どれくらいまで近づいていいかとかもしっかりと決められているはずだし。

 

 国によっては直接話す事ができず、まず宰相に話しかけた後、その内容を宰相がわざわざ目の前で聞いていた王様にもう一度話すなんて面倒な事をする国もあるって話(ギャリソン談)だし、私の国がどのような作法に則っているかを確かめる意味もあるわけか。

 

 「なるほど、バハルス帝国のパーティーのしきたりと言うよりイングウェンザーのしきたりを知るために呼ばれたというわけなのですね?」

 

 「はい。普通ならば前もって国の外交官同士が話し合って確かめる内容なのですが、今回はロクシー様が個人的に呼ばれたという形でアルフィン様が参加なさるのですから、本来の謁見ではなく略式で貴族たちの謁見を許してもらえるかの確認をしたいと考えて、アルフィン様に直接ご足労いただいて許可を頂きたいのだと思いますよ」

 

 イングウェンザーには外交官なんていないし、それに近い立場で言えばギャリソンかメルヴァなんだろうけど、ギャリソンは私の執事兼護衛と言う体で離れられないし、そもそもメルヴァはこの都市に足を踏み入れた事がない事になっている。

 そういう事もあって、当日少しだけ早く来てもらってリハーサルをしようって考えたのかもしれないわね。

 

 まぁ、なんにしても私はその程度の手間を惜しむほど偉いわけじゃないから乞われれば足は運ぶし、何よりこの国の作法が解らないのだからリハーサルをやってもらえるというのなら此方としてもありがたい。

 折角だから色々と聞いて、私が知っているパーティーとの違いを確認しておく事としよう。

 

 

 

 それからしばらくの間、カロッサさんやリュハネンさんとの会話を楽しんでいるうちに馬車は迎賓館へと到着した。

 前回は迎賓館前で待ち構えていた人たちが私を招き入れてくれたけど、今回はパーティーの準備に人手がいるだろうから予め大げさな出迎えは無用と伝えてあるので御者台に乗っているヨウコが私たちが降りる準備をしてくれる手筈になっている。

 

 因みにこの馬車に乗っているのは私とシャイナ、後カロッサさんとその騎士であるリュハネンさん、そして御者台にギャリソンとヨウコという構成だ。

 

 いつもは私と行動を共にしているもう一人の私付きメイドであるサチコだけど、準備に時間が掛かったり、出来上がってからあまり時間を置きたくない物もある今日のパーティーでお披露目するお菓子類をユミちゃんと一緒に後で運んできてくれる手筈になっていて、その時シャイナのエスコート役であるライスターさんも一緒につれてくる事になっていた。

 

 そのライスターさんだけど、地方都市の騎士だけに正装に当たるものを持っていなかったのよね。

 それならば帝国騎士団の鎧でもいいのだけれど、何せエスコートする相手がシャイナだ。

 生半可な鎧では見劣りしてしまうから彼の持っている装備では正直力不足だし、何より腰の帯びる儀礼用の剣を彼は持っていなかったので、剣と共にセルニアに幾つか見栄えのよい鎧を用意するよう頼んでおいたから、今頃は衣装班によって着せ替え人形と化している事だろう。

 

 パーティーの時、へろへろになってないといいんだけど・・・。

 

 そんな事を考えている内に扉が開いた。

 この馬車は大型で扉も観音開きなので一度に複数の人が降りる事ができる。

 そこでまずカロッサさんとリュハネンさんが降り、そしてそれぞれが私とシャイナの手をとって降ろしてくれた。

 いつも私たちが降りるのを手伝ってくれるギャリソンは今回、馬が動かないよう御者台の上にいるままだ。

 まぁ、アイアン・ホース・ゴーレムなんだから命令なしには絶対に動く事はないんだけどね。

 

 さて、ギャリソンが馬車を移動させている間に私たちは門を潜って迎賓館へと入っていった。

 すると門の前で待ち構える人影が。

 ロクシーさんだ。

 

 私はその姿を確認すると嬉しそうに満面の笑みを作って、しかし急ぎ足にならないようゆっくりとその前まで移動した。

 今回は前回のような会談じゃないし、いわば遊びへのお呼ばれなんだからやわらかく微笑むより、私は招待されて嬉しいんですよと言う姿を見せる方がいいだろうと思っての満面の笑顔だったりする。

 

 もし自分が誰かを招待したとき、相手が警戒したような微笑だったら嬉しくないだろうからね。

 

 「ロクシー様、本日はお招きありがとうございます」

 

 「アルフィン様、此方こそ招待に応じていただき、大変光栄に思っておりますわ。その上パーティー開始前にリハーサルとしてご足労願うなんて失礼な事をしたのにそのような笑顔で挨拶をしていただけるなんて。このたびの失礼、ご気分を害してはいませんか?」

 

 「失礼なんてそんな。私など女王などと偉そうな地位についているとは言え、小さな都市国家です。所詮世間知らずの小娘ですから、このような大国とでは作法も違っている事でしょう。それを察して予めお教えいただけると言う心遣いに私、大変感謝をしているのですよ」

 

 「いえ、そのような事は。しかし、気分を概していないと聞いてほっとしましたわ。ささ、この様な場で立ち話もなんですから中へどうぞ。リハーサルが始まるまで少しの間休んでいただく部屋をご用意しております。シャイナ様も、カロッサ殿もご一緒にどうぞ」

 

 ロクシーさんの言葉にシャイナは控えめなカーテシーで答え、カロッサさんは恐縮する。

 そして私たちは、導かれるまま迎賓館の中へと入っていった。

 

 

 リハーサルと言うのは結構細かいもので、予め個人の控え室で待っていてそこに儀典官が呼びに来る所から始まり、移動した控えの間では名前が呼ばれたのをメイドさんが確認して扉を開き、パーティーホールへと繋がる中央階段へ。

 上からカロッサさんの手を取ったまま、会場にいるであろう架空の招待客たちにカーテシー。

 そしてゆっくりと階段を下りてから、主催者であるロクシーさんに再度カーテシーをしてその横に移動する。

 と、ここまでが入場の手順だ。

 

 因みにシャイナだけど、私と一緒に入場する。

 これは身分的に少しおかしい気がするんだけど、私たちはこの国の貴族ではなく都市国家イングウェンザーからの来賓と言うひとくくりだから一緒に入場するんだってさ。

 

 こうしないとこの国で言う所のどの位置にシャイナの爵位があるのか解らないから、そんな彼女をどのタイミングで名前を呼べばいいのか解らないというのもこの様な手順を取る理由なんじゃないかなぁ? いや、そもそも来賓は国ごとに纏まって呼ばれるのかもしれないわね。

 それに私はロクシーさんに、立場上女王の座についている私の方が上と言う事になっているけど、6貴族は基本同格と伝えてあるから公爵的な立ち位置であると考えての事かも知れないけど。

 

 この後、少しだけ質問を受けた。

 たとえば私への謁見はどのくらいの爵位までならよいかとか、シャイナには他の貴族からダンスのお誘いをしてもいいのかとか。(私は女王だから初めからダンスの相手としては除外らしい)

 

 私への謁見は別に規制するつもりはない。

 だってボウドアの村では平民とだって遊んでいるくらいなんですもの、選別できるほど偉いなんて考えていないからね。

 でも警備の関係上誰でもOKと言う訳にはいかないらしく、伯爵までと言う事になった。

 後、シャイナのダンスに関しては、気後れせずに誘う事が出来る人がいるのなら別に誰でも構わないという事になっている。

 だってシャイナも私同様、みんなの前でダンスを踊る事になっているのだ。

 他国の来賓と言う立場の上にあの美貌と私とは違って完璧なステップを踏めるシャイナのダンスを見た後に、堂々と彼女をダンスに誘えるほどの猛者がそうはいるとは思えないからね。

 

 まぁ、

 

 「私の場合、ずっと踊り続けても疲れる事はないでしょうから、アルフィンが受ける事ができない変わりに何人相手でもお相手しますよ」

 

 なんて本人もロクシーさんに言っているから、最初の一人が度胸を決めて誘えば引っ張りだこになるかもしれないけどね。

 

 

 

 最後に先日渡した楽譜どおり楽団が演奏できているかの確認をして1時間ほどのリハーサルは終了、私たちは控えの間へと移動してパーティーが始まるまで待つことになった。

 

 この間に私とシャイナはパ-ティー用のドレスに着替える事にした。

 予め着て来なかったのはリハーサルでどのような事が行われるか解らなかったし、その間にドレスが汚れてしまっては困ると言う判断だった。

 それにどうせならロクシーさんにも当日のドレスをパーティー会場で初めて見てもらいたいという気持ちもあったからね

 

 幸いカロッサさんたちは違う控えの間が用意されているのでこの部屋にはギャリソン以外男性はいない。

 と言う事でギャリソンにはドアの外へと出てもらい、部屋に誰も近づかないよう門番をしてもらう事に。

 

 着替えを手伝うのはヨウコ一人になってしまうので少し大変かもしれないけど、まさかここでゲートを開いて他のメイドを呼ぶわけにも行かないので彼女にはがんばってもらおう。

 でも、その分自分でできることは私もシャイナも自分でする。

 

 外見はドレスだけど、基本はユグドラシル時代の装備だから一人で着られない事はないのよね。

 ただヘアメイクや化粧、頭に着けるアクセサリー類は自分ではできないから、どうしたも彼女任せになってしまう。

 この様な状況になって、やっぱりサチコもつれて来るべきだったかなぁなんて今更な事を考えながらも、テキパキと動くヨウコのおかげで私もシャイナも無事、ドレス姿へと着替える事ができた。

 

 私のドレスは白地に袖やスカートの端に向かって薄ピンクのグラデーションが施されたドレスで、肩から袖にかけてとオーバースカート、それに腰の両横についているピンクのリボンとそこから下にたれる飾り布が透けたレース生地でできていて、回るとふわりと揺れてとても綺麗に広がるダンス仕様のドレスになっている。

 特に袖はラッパのように手首の辺りが広がっているので、普段ではとても着られないデザインではあるものの、事ステージ栄えという部分だけで見れば完璧なチョイスといえるだろう。

 流石セルニアが選んだだけの事はあるわね。

 

 これにミスリルとピンクダイヤでできたティアラと、同じく小さなピンクダイヤをあしらったペンダントトップの金の鎖でできたネックレスをつけて私のコーディネートは完成。

 

 次にシャイナだけど、髪を豪奢に結い上げ、額には真っ赤なルビーがはめ込まれた金の鎖でできたサークレットが光っている。

 またドレスも私と違って彼女のイメージカラーである真紅一色の光沢のある生地で作られており、飛ぶ時に羽根を出す事ができるよう背中が大きく開いたデザインで、その上鎖骨辺りから上は富士山のような形の透けたレース生地でできているから、褐色の細い肩を露出したまま首周りを金糸を織り込んだ紐で後ろに結んだだけのその姿はとても色っぽい。

 

 また、黒い上腕まであるレースの手袋と真っ赤なハイヒール、そして真っ赤な口紅も彼女の褐色の肌と相俟って妖艶な魅力を引き出していた。

 

 こんな外見だけど実は中身、可愛いものが大好きな乙女なんだけどね。

 

 

 しばらくしてサチコたちが到着し、彼女たちがどのタイミングで持ってきた御菓子類をパ-ティーに出すか等の細かい連絡をしているうちに開始時間に。

 短くない時間が経過した後、儀典官が呼びに来たので私たちは導かれるまま廊下へと出た。

 

 「「「っ!?」」」

 

 するとそこには私たちのエスコート役であるカロッサさんとライスターさん、そしてカロッサさんの護衛であるリュハネンさんが立っていたんだけど、なんだろう? なんか様子がおかしいような?

 

 「えっと、どうかなされました?」

 

 私のこの一言で真っ先に再起動したのはカロッサさんで、彼はその場で片膝を付き、頭を下げて私に臣下の礼をとった。

 

 「あっ、いえ失礼しました、アルフィン様。あまりの神々しさに声を失っていただけでございます」

 

 もう! これじゃあ、私がカロッサさんの主みたいじゃない。

 この人は自分がこの国の貴族なんだという自覚があるのかしら?

 

 「カロッサさん、私はあなたの主ではありません。この様な場で私に対して臣下の礼をとるのはおかしいですよ。はい、立って立って。今日はあなたが私をエスコートしてくださるのでしょう? それなのにそのようなご様子では私が困ってしまいます」

 

 「これは失礼しました。確かにその通りでございますな。それではアルフィン様、お手を」

 

 「はい、お願いしますね」

 

 こうして私はカロッサさんの手を取ったんだけど・・・。

 

 「ライスターさん、どうしたんですか? どこか体の具合が悪い所でもあるのですか?」

 

 「あっ、えっ、いや、その、なんでも、なんでもないでありますでございます」

 

 もう一組の方はちょっと問題があるみたい。

 変な会話につい目を向けると、こんなに粧し込んだシャイナを見るのが初めてだったライスターさんがおかしな事になっていた。

 

 しまった! 今までの反応からして、こうなることは予想できたんだから予めこの姿を見せておくんだった。

 とは言え、今更後悔しても後の祭りなのよね。

 ライスターさんには何とか、がんばって立て直してもらわないと困る。

 

 「ライスターさん、シャイナの姿に動揺するのは解りますが、ここは深呼吸でもして一度心を落ち着かせてください。そのような態度では、シャイナも困ってしまいますわ」

 

 「はっはい、解りました! スゥ~、ハァ~、スゥ~、ハァ~・・・、はい、少し落ち着きました。アルフィン様、シャイナ様、カロッサ子爵様、大変お騒がせしてすみませんでした。それではシャイナ様、御手、をぉっ!?」

 

 大きく数回深呼吸して何とか立て直したような姿のライスターさんだったけど、どうやらまだ完全に立て直せていたわけではなかったみたいね。

 だって、シャイナの手を取ろうと一歩踏み出そうとしたところで、足がもつれてしまったもの。

 そしてそうなると・・・。

 

 むぎゅっ。

 

 「ヒィッ!?」

 

 次の瞬間シャイナとライスターさんの時が止まる。

 あまりの事に硬直するシャイナと、倒れないよう何かに捕まる為に伸ばした手の先にある柔らかいものが一体なんなのかを理解して、これまた固まるライスターさん。

 そして。

 

 「きゃあ!」

 

 「シャ、シャイナ様! わっ私とした事が、なんと言う事を!」

 

 胸を両手に抱きしめてしゃがみ込むシャイナと、おろおろするライスターさん。

 いやぁ、お約束な光景だよねぇ。

 

 これが音に聞くラッキースケベかと思い、話には聞いて予想はいたけどやっぱりシャイナ専用なんだなぁと私は妙な所で関心をする。

 要は現実逃避の一種なんだろうね、そのまま私は何をしたらいいのか解らず立ち尽くしたんだから。

 

 「あのぉ、時間がございません。お早く移動をお願いします」

 

 その後、儀典官がその一言を発するまでの少しの間その場では誰も動かず、耳まで真っ赤になり、目にいっぱいの涙を浮かべたシャイナとおろおろするライスターをただ見つめ続ける一同だった。

 

 

 「もう! シャイナ様のアイメイク、やり直しじゃないですか! 儀典官さん、2分だけ待ってください」

 

 ただ一人、ヨウコだけがぷりぷりと怒っていたけどね。

 





 ライスター君ですが、あいも変わらずラッキースケベやろうです。
 本当はもう一度この様な場面を作るつもりだったのですが、その話はお蔵入りしそうなので、もしかすると彼のラッキースケベ場面はこれが最後かも。

 でもなぁ、もう一度位やりたいんだよなぁ、今回は色々制約があってこの程度しかできなかったし。
 もう一度できる場面を書くことができたら、ジャンプのラブコメ主人公並みのを書きたいと思いますw

 登場人数が増えたと言うことで登場人物 その2を先週第8章のラストに追加しました。
 こいつ誰だっけと解らなくなっているキャラクターがいてもその1と合わせて読んでもらえれば理解していただけると思います。
 また、もし抜けているキャラがいるようならご一報ください。追加するので。

 さて来週ですが、また東京へ行き月曜まで帰ってきません。
 出張ではないので代休もありませんし、おまけに今週は中盤に泊まり出張もあるので平日に書くこともできません。
 この様な事情ですので来週はお休みさせていただき、次回更新は5日になります。


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96 シークレットゲスト?

 

 私たちは儀典官の一人に案内されて控えの間へと案内された。

 カロッサさんの話によると控えの間は中央階段の左右に4部屋あって、一部屋が空くとその部屋に次の貴族が呼ばれるというシステムらしい。

 これは下級貴族ならともかく上級貴族の場合は相部屋をさせるなんていうのは失礼に当たるし、もし皇帝陛下が参加なさる場合は予め何かを仕掛けられたりできないようにするなどの警備の関係上、同じ部屋に入れるわけにはいかないから控えの間を一部屋占有してしまう事になる。

 この時もし控えの間が二部屋しかなかった場合、下の貴族が功績を挙げた時などは入場の順番は逆になった上の貴族と一部屋に入る事になって気まずい思いをする事になるから4部屋用意してあるんだって。

 

 「此方でございます」

 

 「ありがとう」

 

 儀典官にお礼を言った後ヨウコが開けてくれた扉をくぐって控えの間に入る。

 

 「それでは私たちは会場へ移動します」

 

 「はい、行ってらっしゃい」

 

 一緒に入場する訳ではない、ヨウコとサチコを先に会場へと送り出して控えの間に用意された席に落ち着くと、会場側の扉の向こうからざわざわとした声が聞こえてきた。

 なんと言うかなぁ、大声を出しているというより大人数で声を上げているために大きな音になっているって言う感じだ。

 貴族のパーティーだし、開催前はもっと粛々とした感じで入場するんじゃないかと思っていただけにこれはちょっと意外。

 

 「意外とざわざわしているのですね」

 

 「はい。なにぶんこの辺りの貴族全てに招待状が送られた大きなパーティーですから、それなりの人数がすでに会場入りしていますし、アルフィン様が控えの間に呼ばれている時点で入場する貴族はすべてこの辺りでは上位に入る者たちですから、その貴族の派閥に属する者たちがあげる感嘆の声だけでも結構なものになるでしょうから」

 

 カロッサさんが言うにはそういう理由らしい。

 なるほど、この世界でも上位の人にゴマをするという文化はあるということなんだね。

 上位の貴族からしても入場時に誰も反応してくれないよりは感嘆の声でも、嫉妬の視線でも、何かしら反応があったほうが嬉しいだろうからこの様な感じになるのは当然なのかもしれない。

 

 その後も扉の外からだれそれ様、ご来場になります と言う声が聞こえ、私はそのたびに少しずつ緊張が高まっていく。

 何せ貴族のパーティーに参加することなんて初めてなんですもの。

 周りからおかしな行動やしぐさをしているなんて思われたらどうしよう? なんて心配になるのは当然よね。

 

 でも、そんな私の様子を見て気遣ったのか、シャイナが席を立って私に近づき話しかけてきた。

 

 「アルフィン、まず私とライスターさんが先に入場するから、アルフィンは少し遅れて入ってきてね。そうじゃないと身長差から私が階段の下にいてもアルフィンが隠れてしまって、私がとんでもなく大きな女性だって印象付けられてしまうから。ちゃんとお願いしたわよ」

 

 「あら、それは私の背が小さいと言っているのかしら? 失礼ねぇ」

 

 ふふふっ。

 あははっ。

 

 私たちはそう言いあった後、笑いあう。

 ありがとうシャイナ、おかげで少し落ち着いたわ。

 

 「アルフィン姫様、シャイナ様、今イーノックカウを治める貴族が呼ばれました。いよいよ次がアルフィン様の番です。扉の前でご準備をお願いします」

 

 「ありがとうリュハネンさん。それじゃあシャイナ、露払いをよろしくね」

 

 「はい、女王陛下。イングウェンザー城近衛騎士団長としての勤め、立派に果してまいります」

 

 ありもしない役職名を言って恭しく礼をした後、男前な笑顔でシャイナはにやりと笑ってから改めて私に対してカーテシー。

 

 「それではライスターさん、エスコートをよろしくお願いします。今度は足をもつれさせないで下さいね」

 

 「はい! あのような失態は二度と繰り返しません」

 

 そして何時の間にやら近くに来ていたライスターさんに右手を差し出してエスコートを頼み、扉の前へ静々と歩を進めた。

 

 「それではカロッサさん、私たちも」

 

 「はい、アルフィン様。お手をどうぞ」

 

 そういうカロッサさんの手を取って私も席を立つ。

 

 私たちが扉の前にいくと、私の後ろにギャリソン、そしてカロッサさんの後ろにリュハネンさんがついた。

 

 本来はこの国の貴族であるカロッサさんの後ろに騎士が付く事は無いそうなんだけど、今回は来賓である私の後ろに護衛を兼任する執事が付くので、見栄えの関係から特別に入場する事になったらしい。

 普通は護衛の騎士といえど入場時は同行せず会場で待機するのが普通らしいけど、帝国側の貴族には誰も付いていないと言うのはやはり対面上よくないと言うことなんだろうね。

 

 「皆様、都市国家イングウェンザー女王アルフィン陛下と都市国家イングウェンザー使者、上級貴族シャイナ様、そしてそのお連れの方々のご来場になります」

 

 その声と同時に目の前の扉が開く。

 いよいよ入場と言う訳だ。

 

 因みに本来ならシャイナの爵位がここで読み上げられるらしいんだけど6家しか貴族がいないイングウェンザーにはそのような物はないと伝えた所、急遽この様な呼び方にすると決めたそうな。

 普通は都市国家であっても貴族全てが同格なんて事はありえないだろうから驚いただろうね。

 

 さて、扉が開いた以上、入場しないわけには行かない。

 と言う訳で、まずはシャイナがライスターさんにエスコートされて中央階段上の踊り場へ。

 するとざわざわしていた会場が水を打ったように静かになった。 

 

 えっ? なに? シャイナ、何もやってないよね? 

 何が起こったのか解らず動揺したけど、シャイナが何事も無かったかのように会場に向かってカーテシーをして階段へと歩を進めたので、私もカロッサさんと共に中央階段上の踊り場へと歩を進める。

 

 そしてその場でカーテシーをして会場を見渡した瞬間、なぜ会場がこれほどまでに静かになったのかを私は理解する事となった。

 そこにいる貴族たちの表情を見ることによって。

 

 

 ■

 

 

 会場にいた貴族たちはその瞬間、時間が止まったのかのごとく全ての者が身動きできなかった。

 

 都市国家イングウェンザーとか言う、初めて聞く小国。

 その国の使者とやらがどのような者なのかと皆、周りのものと話しながら興味津々で中央階段を見つめていた。

 ところがそこに現れたのはまさに圧倒的、この世の全ての美をその身に携えたかのような褐色の美女だった。

 歩くたびに揺れる真っ赤なドレスの裾とその扇情的なデザイン、そしてその女性のスタイルのよさが見るもの全ての視線を釘付けにする。

 

 ここにいる貴族たちはこの世の素晴らしい芸術品や美しい女性たちを目にしてきたゆえに選美眼が磨かれた者ばかりだった。

 それにもかかわらずこれ程美しい女性を見たことが無く、またそれゆえにその暴力的なまでの美しさに声も出なかったのである。

 

 例えるのなら天に輝く太陽の美しさ。

 男たちは憧れの中にも目にした瞬間手のとどかない存在であると実感し、女たちは嫉妬どころか敗北感すら感じないほど自分たちとの違いを思い知らされていた。

 

 そんな美しい女性がカーテシーをして階段へ徒歩を進めた事により、その場にいる貴族たちは自分たちが他国の来賓を迎えている事を思い出し、そして次に続くであろう都市国家イングウェンザーの女王に同情した。

 

 この様な美しい貴族の後に来場しなければいけない女王を不憫に思って。

 

 ところがである。

 次の瞬間、階段上にいる以外のその場にいる者全てが、頭をハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける事となる。

 

 歩くと小さく揺れて、その度に銀の粒子でも撒き散らしているかのように光り輝くプラチナブロンドの髪、そして儚げであるながらも幼さの残るその顔はまさに可憐にして華麗。

 それは先程の暴力的な美とは真逆の、全ての者を癒す優しさをその身に宿す極上の美しさを持つ少女だった。

 

 先程現れた褐色の女性がまばゆい太陽だとするのなら、この女性は銀の光を纏った神秘的な輝きを放つ月であろう。

 激しさで言うのならば確かに太陽のほうが上かもしれないが、しかしそれは近づけばその身を焼かれ自らを滅ぼす美しさだ。

 しかし神秘的な光を携える月は逆に全てを包み込、全ての者に癒しを与える美しさだった。

 

 そんな少女が階段の踊り場でカーテシーをすると、それにあわせて階段中央で先程の美女ももう一度カーテシーを行った。

 その瞬間全ての者の時間は再び動き出し、会場のそこかしこから感嘆の声が上がるのだった。

 

 

 ■

 

 

 水を打ったような会場が私のカーテシーを見て、一転感嘆の声に包まれている。

 

 そうか、みんなシャイナに見惚れたんだ

 

 そう言えばカロッサさんたちも初めて私たちを見た時にこうなったっけ。

 話によると、ライスターさんもシャイナを見たとき女神と間違えるほど美しいと感じたらしいし、サチコの話からすると彼女が初めてカロッサさんの館を訪れて冑を取ったときも、リュハネンさんたちが変な態度をとってたって言うものね。

 

 どうもこの世界の貴族たちやそれに順ずる人たちからすると、私やシャイナの姿は物凄く美しく見えるらしい。

 これは多分私たちの容姿がCGによって作られたものだからなんだろうなぁと思うんだよね。

 普通生き物と言うのは微妙に左右の顔が違っているんだけど、私たちの顔は作り物だから完全に左右が同じ造りになっている。

 

 前に聞いた話によると、目、鼻、口の位置が黄金比率の人の場合、左右の顔がよりシンメトリーに近いほど人はより美しいと感じるんだとか。

 これは多分、だからこそのこの反応なんだろう。

 

 閑話休題。

 

 私はゆっくりと階段を下りてゆき、そして階段下で待つシャイナと合流するとそこに二人のメイド、ヨウコとサチコが静々と近づいてきて私たちの後ろに並ぶ。

 すると、

 

 「おい、都市国家イングウェンザーって言うのは信じられない程の美女しないない国なのか?」

 

 「わたくしもあの国で生まれていれば、あのような美貌が手に入ったのでしょうか?」

 

 そんな小さな声が、そこかしこから聞こえてきた。

 どうやらヨウコたちを見た貴族たちが、彼女たちも私たちと同様に美しかったから驚いたみたいね。

 まぁ、この二人は私より綺麗だから解らないでもないけど、ここにユミちゃんを連れてきていたら、もうちょっと違った感想が聞けたんじゃないかなぁ?

 でも今いるメンバーだけならそんな感想を持っても仕方がないことなんだろうね。

 

 そんな声を背に、私はロクシーさんのところまで行ってカーテシー、そしてそれにあわせてシャイナたちも挨拶をする。

 と、ここで音楽が鳴ってパーティーが始まるはずだったんだけど、なぜか楽団が音楽を演奏する気配がない。

 はてどうした事かと、ロクシーさんのほうに目を向けると、彼女が座る椅子の後ろになにやら豪華な椅子が見えた。

 

 「これはこれはアルフィン様、どうぞ此方へ。わたくしの横にあるこの場所が今宵アルフィン様がお座りになられる席になります」

 

 「えっ? あっ、はい、ありがとうございます、ロクシー様」

 

 後ろにある椅子に気を取られていた為にちょっと間抜けな声を上げてしまったけど、私はロクシーさんに促されてその豪華な椅子とは反対側の椅子へと誘われた。

 

 因みに座る順番はロクシーさんの隣から私、シャイナ、カロッサさんの順番で、私の後ろにギャリソンたちが立ち、カロッサさんの後ろにリュハネンさんとライスターさんが立っている。

 本来ならばここは来賓席なのでカロッサさんはこんな位置に座れる立場ではないのだろうけど、今日は私のエスコート役と言う事で特別にこの様な位置に椅子が用意されているのだとリハーサルの時に儀典官の人が教えてくれた。

 

 ふと見渡すと結構上の位らしき貴族たちも含めて参加者たちは全て立っているので、子爵と言う地位であるカロッサさんはさぞ居心地が悪い事でしょうね。

 その証拠に、リハーサルのときは私の後ろに立つと言っていたもの。

 ただ、儀典官からダンスの際に進行に支障をきたすから座ってほしいと言われてしぶしぶ了承していたけどね。

 

 因みにシャイナのエスコート役であるライスターさんは貴族ですらないので流石に椅子は用意されなかった。

 本来なら他国の使者はエスコートされる女性も含め椅子に座るのだろうけど、流石に貴族が立っている場でその国の騎士が座ると言うのは許されないことらしい。

 儀典官としては本音を言えばやはり進行の関係上座って欲しいらしいんだけど、こればかりはどうにもならないそうな。

 

 さて、私も席についたことで、いよいよパーティーが始まると思ったんだけど、なぜかここでロクシーさんが立ち上がり来場の貴族たちにスピーチを始めようとした。

 なので私たちも礼儀上席を立って、ロクシーさんの言葉を聞く事にする。

 

 そうか、リハーサルには無かったけど何か貴族たちに伝えなければいけない事ができて急遽ロクシーさんがスピーチをする事になったから私が挨拶してもパーティーがは始まらなかったのね、なんて思いながら私はロクシーさんのほうに体を向けて聞く体勢をとった。

 

 「ご来場の貴族の皆さん、本日はわたくしの呼びかけにお集まりいただき、ありがたく思います。そんな皆様に今日のシークレットゲストを紹介したいと思います。ふふふっ、アルフィン女王陛下も喜んでいただけると嬉しいのですけれど」

 

 へっ? シークレットゲスト?

 

 いきなりのロクシーさんの言葉に少し動揺する。

 何せ私はこの世界の事をほとんど何も知らないのだ。

 そんな私が喜ぶ人っていったい?

 

 頭にはてなマークを浮かべながら当惑顔でロクシーさんの顔を窺ったんだけど、当のロクシーさんはただ微笑むばかり。

 そしてトランペットの音が会場に響きわたり、いきなりの事にざわついていた会場が静かになった。

 

 そしてロクシーさんが頭を下げる。

 

 「まさか!?」

 

 その姿を見て、カロッサさんが、そして会場の貴族たちがざわめき出したんだけど、次の瞬間会場は凍りついたかのように静まり返る事となった。

 

 会場内に響き渡る儀典官の声。

 

 「皆様、バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下のご来場です」

 

 こっ皇帝陛下? えっ、嘘でしょ? もうすぐ戦争なんだよね? なのにこんな所に皇帝陛下が来るはずないわよね?

 半分パニックになりながらも目を中央階段に目を向けるとゆっくりと一人の容姿端麗な金髪の男性が入ってきた。

 と同時に一斉に傅く貴族たち。

 

 どうやらまた私はロクシーさんにいっぱい食わされたようだ。

 

 でもどうしよう、皇帝と接見する心の準備なんてできてないよ。

 

 皇帝の靴音が響く中、あまりの事に少しパニックになり、礼をする事さえ忘れてただ立ち尽くすアルフィンだった。

 





 アルフィンたちの容姿は実を言うとユグドラシルでもかなり作り込んでいる方です。
 と言うのも主人公がオタクでキャラクターデザインに凝るタイプだったからです。

 普通に作ってもかなりいい感じに出来るのだろうけどパーツが物凄い数用意されていたみたいだし、アルベドのように作者が凝ればより一層美しくできるのだから、それに力を入れる人は案外多かったんじゃないかなぁ。

 ただ、凝れば凝るほど周りに自分はこういうのがタイプなんですよって宣伝して歩いているみたいなものなんですけどね。


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97 皇帝陛下来場

 

 先程私たちが来場してきた扉とは反対側の扉が開き、中から儀礼用に装飾された鎧を身に纏った騎士二人が出てきた。

 一人は見知った顔で、先日ロクシーさんと会った時に私に仕えたいなんてとんでもない事を言い出したレイナースさん、そしてもう一人は見知らぬ顔だ。

 パッと見、楯役の戦士っぽく見える顎鬚を蓄えた頑丈そうで強そうなおじさんなんだけど、レイナースさんが確か帝国四騎士のひとりだと名乗っていたし、この場にこの様な登場の仕方をするところを見ると、多分この人もその一人なんだと思う。

 衛星都市へと赴く、皇帝エル=ニクス陛下の護衛のトップと言った所なんだろうなぁ。

 

 現実逃避的にそんな事を考えながら階段の上を見ていると、その二人が両端に分かれて階段を降りてきて丁度真ん中辺りの所で止まる。

 そして二人は中央に向き直り、お互い向かい合って頭を下げた。

 それを確認して扉の前に控えていた人が、中にいる人への合図をするであるかのように頭を下げる。

 

 実際それが合図だったのだろうね、次の瞬間、扉の中から豪奢な衣に身を包んだ金髪の美丈夫が姿を現した。

 その姿を目にした私は、半分呆けたままだったにもかかわらず、無意識の内にゆっくりと頭を下げていた。

 

 これが王者の風格と言う奴なんだろうか? う~ん、何をしたわけでもないのに他者に自然と頭を垂れさせる雰囲気を持つ、これが本物の王様と言う事なんだろう。

 偽者のなんちゃって女王である私では到底真似できない事だね。

 

 まぁ、そのような状況だから頭を下げたのは正しかったんだと思うよ。

 でもねぇ、ただ一つここで失敗したなぁと思うのは私の礼の仕方だろう。

 呆気に取られ、そのまま呆けていたものだから、自分が女性だと言う事を忘れていたのよ。

 

 私は普通ならカーテシーで迎えるべき所を、普通に頭を下げてしまっていた。

 う~ん、これじゃあまるで他社を訪れてその会社の社長に挨拶している時みたいじゃないか。

 

 でも今更気がついても後の祭り。

 私は慌ててやり直すわけにも行かないからと、そのままの姿勢で皇帝が降りてくるのを待つのだった。

 

 

 ■

 

 

 ロクシーからの手紙に面白い娘がいるから見に来られませんか? との一文があり、戦争準備中は兵士や兵糧の移動などに文官の手が取られていたおかげで特に大きな仕事もなく、少々退屈をしていた私は「不動」に城を任せて「雷光」と共にこの衛星都市、イーノックカウの地を踏んだ。

 

 そうして久しぶりにあった彼女は、私の顔を見るなり開口一番こう言い放った。

 

 「都市国家イングウェンザーと言う小国の女王だそうです。姫ではないので残念ながら陛下のお相手にはならないようですが、まだ幼さが残る年齢ですのに頭の回転も速く、常に考えて動く女性ですよ。そして何より驚きなのがあのレイナースの呪いを解くほどの癒し手にもかかわらず、ふふふっ彼女曰くアルフィン様は自分よりもお強いのだそうですよ」

 

 なに!? それは何の冗談だ? それとも何かの比喩なのか?

 レイナースは女とは言え「重爆」の名を冠する我がバハルス帝国四騎士の一角を担うほどの猛者だぞ、その女王はあいつよりも強いと言うのか?

 

 それに馬鹿な、あの呪いを解いたと言うのか? いけ好かないとは言え、神殿の司教たちの腕は確かだ。

 その司教たちが誰も解くことができなかった呪いを解いたという事は我が国の誰よりも強力な癒しの技の使い手と言う事ではないか。

 

 辺境候といい、その都市国家イングウェンザーの女王といい、なぜ急にそんな力を持った者が私の前に現れだす?

 まさか繋がっている訳ではないよな?

 その疑問が頭を擡げた私は、そうロクシーに伝えたのだが、

 

 「辺境候様とアルフィン様が? 辺境候様とはジルクニフ陛下が危険視され、あのフールーダ卿を弟子にしたと言うアンデッドの王ですわよね? でしたらその心配はございませんわ。”あの”アルフィン様がそのような者と繋がる事はありえません。先程も申しましたが、アルフィン様は癒し手です。アンデッドとは敵対する側ですもの。それに先程ロックブルズの呪いを解いたと御話しましたでしょう? なぜそのような事になったのか、そしてその後の顛末をお話すれば陛下にも御納得いただけるかと思いますよ」

 

 なるほど、確かにそこで聞かされた話を聞いて私も納得した。

 しかしその話が事実ならばその娘はまるでただのお人好しのようではないか? いや、事実お人好しなのだろうか。

 

 だがその話が事実ならばあの忌まわしきアンデットとのつながりはないと断言できる。

 あの智謀の化け物とつながりのある者が、そのような短絡的で自分に何の理も無いのに自らの力を他国の者の前で晒すなどと言う事をするとは思えない。

 

 しかしだからと言って楽観視をする訳にはいかないようだ。

 その他に聞かされる都市国家イングウェンザーの異常さが際立っているからな。

 

 宝石をアクセサリーに加工しやすいよう同じ形と大きさになるまで削るとか、貴族とは言え子供が希少金属を持ち歩くとか、小国とは言えとんでもない財力を持つ事を証明するエピソードが多すぎる。

 そして当日女王と共に来る美貌の女性騎士が地方緑酒の庭にあった鎧型の鉄の塊を、イーノックカウの騎士隊長から借りた剣で両断し、その騎士からかのガゼフ・ストロノーフを上回る力量であると言わしめた話など、都市国家イングウェンザーがただの小国などではなく、それ相応の力を持った国であると認識させられる話ばかりだったからだ。

 

 だがそんな話とは裏腹に、その後もロクシーからその可愛らしい少女女王の話を聞き続け、強さと財力、そして甘さを併せ持つ都市国家イングウェンザーと言う小国とそのトップに立つと言う少女に少々興味を引かれた私は、そのアルフィンと言う娘に合うのが少しだけ楽しみになった。

 

 

 

 そしてパーティー当日。

 

 都市国家イングウェンザー側には私が来場する事は伝えていない。

 それどころか今回の招待客には誰も知らせておらず、会場内にいる者で知っているのはロクシーとその護衛、そして儀典官たちだけとの話だった。

 

 私の来場を儀典官が告げると予想通り会場は喧騒に包まれたな。

 ロクシーは私の愛妾とは言え平民、その彼女の招待だからと気を抜き、蔑んだ様な目を向ける者もいたであろうが、そのような者たちは今頃心から肝を冷やしている事であろう。

 

 そして一番の楽しみはロクシーから散々話を聞かされた少女、都市国家イングウェンザーの女王がどのような態度を取っているかだ。

 扉が開き、バジウッドとレイナースが出て行ったのを確認した後、私は扉前に付けられた幕の間からこっそりと会場に目を向ける。

 すると我が国の遺族たちはすべて傅いており、都市国家イングウェンザーの者たちも一人を除いて頭を下げていた。

 そしてその頭を下げていない唯一の者が多分イングウェンザー女王、アルフィンなのだろう。

 

 月の光のように輝く美しい髪と整いすぎていると表現してもいいほど美しい顔は確かに人の目をひきつける。

 王国の黄金姫に匹敵する、いやもしかするとそれ以上の美貌だ。

 名付けるなら白金姫と言った所か? いや、それでは二番煎じに聞こえるか。

 

 どうやら私には名付けの才能は無いなとなと自虐的に苦笑しながら彼女の観察を続ける。

 緊張からか少々強張った顔をしているものの、一人頭を下げず歩を進める二人を見つめているのは小国とは言え王と言う立場であるからだろう。

 

 私が来場したのならともかく、今はまだ騎士二人が来場しただけなのだ。

 ここで彼女が頭を下げていたらきっと私も興味を失っていた。

 特異な部分があるとは言え、やはりこの国も我が国に媚びを売る小国の一つかと考えてな。

 

 しかしまだ幼さが残るにもかかわらず、周りに流されず気丈に立つその姿は賞賛に値するものだ。

 自分の国の中でならともかく、周りは殆ど知らぬ者ばかりで供も少数、その上いきなりで何の心構えもないままこの私との謁見をする事になったのだから、きっと心細いであろうに。

 うつむかず、階上を見つめるその瞳は伏せられることもなく、じっと我が騎士たちを見つめている。

 その心意気や良し。

 

 私も小国の女王とは侮らず、対等な王として相対してやろう。

 

 そう考えて私は階上へ徒歩を進めた。

 そしてそんな私の目に映ったのは、ゆっくりと頭を下げるイングウェンザー女王、アルフィンの姿。

 ただその礼は淑女のするカーテシーではなく、両手をまっすぐに伸ばす直立不動の姿からゆっくりと頭を下げる、見た事のないものだった。

 いや、男性がやっているのなら特に珍しくはないであろう挨拶なのだが、そのような礼を騎士でもない、それも少女と言っても差し支えのない着飾った女性がしている姿を見るのは初めてだった。

 それだけにその姿はとても奇異なものに見えるし、長い髪が垂れてその表情はまるで窺い知る事ができないことから余計にこの礼にどんな意図があるのかが解らなかった。

 

 そして少しの不安感が頭を擡げる私が階段を会場まで降りきり、近くに歩を進めるまで彼女はその姿のままの姿勢を保ち続け、目の前に私が立った事でやっと彼女は頭を上げた。

 

 「ほうっ」

 

 そんな彼女の顔は、つい口から感嘆の言葉が漏れるほど華やかで、それでいていたずらが成功して嬉しそうな少女が作る満面の笑顔だった。

 

 

 ■

 

 

 階段に敷いてある赤い絨毯を靴音を鳴らしながら皇帝が降りてくる。

 そんな音を聞きながら私の頭の中は猛烈な勢いで回転していた。

 考えろ私、なんとかこの状況を乗り切らなければ。 

 

 常識的に考えて、ここで私は二つの失敗をしている。

 

 一つは皇帝陛下が来場すると言うのに扉が開いても頭を下げなかったと言う事。

 そしてもう一つは女性の挨拶であるカーテシ-ではなく、それどころか多分普通の男性が皇帝陛下に対して行うであろう挨拶ですらない、直立不動からの30度程度頭を下げただけの挨拶をしてしまったという事だ。

 

 まぁ、扉が開いてすぐに頭を下げなかったのはなんとでも言い訳が立つと思う。

 まだ皇帝が来場した訳じゃないし、私は仮にも他国の女王と言う立場なのだから、大国とは言え護衛の騎士に頭を下げるのはおかしいからね。

 いや、昔の日本では使者や先触れは殿と同じで上において礼を尽くさないといけなかったというし、もしかすると失礼だったかもしれないけど。

 

 うん、これに関しては私の国はこうですと言って何とか乗り切ろう。

 許してくれなかったら・・・とにかく逃げよう、それしかない。

 

 さて、次に今の私の格好だけど・・・これはどうしようもないよなぁ、実際やってしまっているし、どうやっても言い訳できないもん。

 とりあえず頭は下げてるから失礼な態度ではないけど、横目で見た感じ貴族男性は45度のお辞儀をしている。

 所謂最敬礼だ。

 

 と言う事は皇帝に対して行う礼としては男性が行う礼と同じ様なものだとしても、この礼は失格と言う事になる。

 かと言って、これから最敬礼に切り替えるのも無しだ、だってそれはこの礼が失礼なのだと認めるという事なのだから。

 

 どうかして今の状況が正しいのだと言う結論に持っていかないといけないのよね。

 でもどうしよう? 普段ならギャリソンにでも相談するんだけど、今この状況でそんな事ができるわけがない。

 いや、メッセージを送ればできない事はないんだよ、あれは思念で会話をするから外には声が漏れないし。

 でもさぁ、いきなりこんな所で、それも皇帝陛下がいる場所で魔法なんか使うのは流石に・・・ねぇ。

 

 探知系の魔法が仕掛けられていたら、これが原因で一気に戦争に! なんて事になりかねないから流石にそれはパス。

 と言う訳で私一人で考えるしかない。

 

 で、出した結論なんだけど・・・笑ってごまかす! これ一択。

 いや冗談じゃなく、多分これが正解だと思うのよね。

 

 だってこの状況ってロクシーさんが私に仕掛けたドッキリなんだと思うのよ。

 だからこそ、私は礼儀として驚いてあげないといけなかったのに私は驚かずに礼をしてしまったんだよね。

 いや実際は驚いているんだけど、傍から見たらそうは見えないであろうと言うのがいただけない。

 でも、それならばこのドッキリはまだ終わっていなかったんだよって体で進めるべきだろう。

 

 でもこれ以上ロクシーさんや皇帝からドッキリの続きを仕掛けられる事はないから、もし続けるのであれば私のほうでそれを引き継ぐ必要があるの。

 そして今この状況は、その体で進めるのにはもってこいの状況とも言える、だって私だけが特殊な状況下にあるんだから。

 

 ではどうしたらドッキリの続きに出来るかなんだけど、そこで先ほどの笑ってごまかすに繋がるのよ。

 カーテシーと違って、今の状態だと髪の毛に隠れて私の表情は皇帝からは見えていないと思う。

 だから皇帝が目の前に着たら思いっきり笑ってやるのだ、それこそ私が出来る最大の満面の笑顔で。

 そうすることによって、頭のいいロクシーさんはきっと笑ってくれると思う。

 だってその笑顔は私が始めてロクシーさんに会った時の、彼女から初めてドッキリを仕掛けられた時の顔なんだから。

 

 ロクシーさんが仕掛けたドッキリに対して私は気を悪くせず、きちんと解っていますよと、笑顔で皇帝を出迎えているんですよと彼女が解ってくれたのなら、きっとこの失礼な態度もとりなしてくれるはずだから。

 

 

 

 コツコツコツ。

 

 階段を降りきり、皇帝が私の前まで歩を進めた。

 幸いな事に30度礼をしている私の目線では皇帝の後ろに地味目なドレスとパンプスを履いた女性の足が見えていた。

 うん、ロクシーさん、ちゃんと皇帝と一緒に来てくれたね、ここで皇帝だけが私に近づいてきたらどうしようと思ったわ。

 

 皇帝が完全に立ち止まったのを確認して私は声をかけられる前に顔をあげる。

 それこそ、これ以上ないという笑顔を作って。

 

 そしてそのままロクシーさんのほうに目線をづらした。

 

 「ロクシー様、紹介していただけますか?」

 

 そう言って満面の笑みから表情を微笑みに変える。

 

 「ほほほほほほっ、畏まりましたわ、アルフィン様。此方が我がバハルス帝国の偉大なる皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下です」

 

 「お初にお目にかかります。都市国家イングウェンザー女王、アルフィンです。以後お見知りおきを」

 

 「そう畏まらずとも良い、アルフィン殿。国の大小があるとは言え、共に王と名のつく立場にいる者ではないか」

 

 「ありがとうございます。そう言っていただけると心の荷が下りますわ」

 

 私はそう言うとにっこりと笑う。

 これも打算。

 満面の笑みでも微笑みでもないのは私の姿かたちを考えての事だ。

 

 相手からすれば少女と言ってもおかしくない姿の私が微笑みかけたからと言って皇帝がどうこうなるはずもないし、ならば此方はあまり経験のない小娘ですよと言う態度で合い対した方がいいだろうと考えたからだ。

 そしてその態度は正解だったようで、

 

 「ロクシーからは可愛らしい少女だと聞いていたが、確かにそのようだ。立場による重圧はあるだろうが、がんばりなさい」

 

 「はい」

 

 とりあえずこの場では女王と言う名の他国の小娘として扱ってくれるようだ。

 まぁ、その態度がこのパーティーの後も続くなんて甘い考えは私もしてないけどね。

 




 一人称も私か俺で悩みました。
 普段は私なんだけど、大虐殺の魔法の事で愚痴を言った時に俺と言ってるんですよね。
 でも皇帝である以上、普段から思考の中でも私と言っている気がするんですよ、だってそうしないとこのようにあせった時につい出てしまうから。

 あの”俺"はあまりの状況に幼児退行したと言う表現だと考えて、今回は”私”を採用しました。


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98 ダンス披露と敗北感

 

 

 予想外の皇帝登場にざわついた雰囲気の会場も落ち着きを取り戻しつつあり、場が少しずつ静かになっていく。

 そんな光景を見ながらも、私はある事に気が付いて会場の雰囲気とは逆に心が乱れ始めていた。

 その理由というのは。

 

 「カロッサさん、ファーストダンスって、本来はホストとゲストの中で一番立場が上の二組が踊ると言うお話でした。しかし、今回のパーティーではロクシー様の本来のお相手である皇帝陛下がいないと言う理由で私たちが一組だけで踊ると言う話でしたよね? ではこの場合はどうなるのでしょう? 皇帝陛下がいらっしゃったのですが」

 

 「あっ!?」

 

 そう、皇帝陛下がこのパーティーのシークレットゲストで現れた事でこの前提が崩れてしまっているのよ。

 と言う事はもしかして私たちと皇帝が一緒に踊るって事? でも、私たちが踊る曲って変則3拍子だから踊り慣れている人ほど初めて聞いて踊るには向かない曲なんだけど。

 皇帝はいくつものパーティーに出席してダンスなんてお手の物なんてレベルだと思うのだけど・・・大丈夫かしら?

 

 あっ私が思い立った事をカロッサさんも同時に思い当たったみたいね、顔がどんどん青くなって行っちゃってるもの。

 それはそうよね、皇帝に恥をかかせる訳には行かないんだから。

 どうしよう、今から曲を変えるべきかなぁ? でもそうなると今度は私がその曲でうまく踊れるかどうか心配だし。

 

 こんな事になってしまってどうしようか? と私たちは頭を悩ましていたんだけど、そんな心配は杞憂に終わる事となる。

 

 「アルフィン様、陛下が御越しになられたので本来ならばわたくしもアルフィン様と共にでファーストダンスを踊るのが通例なのですが、陛下のたっての希望でアルフィン様のダンスを御覧になりたいそうなのです。当初の予定通り、ファーストダンスはアルフィン様たちだけで踊って下さいませんか?」

 

 私たちの会話を聞いていたわけではないのだろうけど、助け舟でも出すかのような良いタイミングでロクシーさんがこんな提案をしてくれた。

 おかげで皇帝に恥をかかせるかもしれないと言う懸念は去ったんだけど、今度はまた別の懸念が生まれてしまった。

 なぜ私のダンスなんかを見たがるのだろうか?

 

 「皇帝陛下がそう仰られたのですか? そう言う事でしたら元々は私たちだけで踊ると言う予定でしたから問題はありません。ですが、私の拙いダンスなど御覧になられてもそれほど楽しくはないと思うのですが?」

 

 「そんな事はありませんわ。アルフィン様のような御美しい方のダンスは殿方でなくても見たいものです。それにアルフィン様の後にはシャイナ殿のダンスもご披露していただけるのでしょう? わたくし、楽しみにしているのですよ」

 

 ああなるほど、確かに映画とかでも見目麗しい俳優さんのダンスは映えるもの、現実世界でもダンス競技会には観客がいっぱい入ると言う話だし、娯楽の少ないこの世界では音楽や演劇同様、ダンスを見るのも娯楽の一つなのかもしれないわね。

 

 「解りました。ただ先程も申し上げたとおり、私はダンスがあまりうまくはありません。そのようなダンスを見てがっかりなさらないで下さいね。その分、後で踊るシャイナが綺麗なダンスをご披露すると思いますから」

 

 「わたくしもここにいる貴族たちもそれ程ダンスに精通している訳ではありませんから大丈夫ですよ。アルフィン様はただ楽しく踊っていただければ、その姿を見るだけで私たちは満足なのです」

 

 そう言ってもらえると心の荷も下りるというもの・・・なんだけど、その言葉が逆にプレッシャーになっている人がここに一人居るのよねぇ。

 

 「カロッサさん、大丈夫ですか?」

 

 「はい、大丈夫ですアルフィン様。あなた様に恥をかかせるようなことは致しません」

 

 ああ、カロッサさんがガチガチになっちゃってるよ。

 まぁ無理も無いよね、彼は地方領主で皇帝と謁見する事なんてほとんどないだろうけど、そんな彼がいきなり皇帝の前でダンスを、それも一組だけで披露しなければいけなくなったんだから。

 おまけにその注目は自分ではなく私に向けられているのだから、自分の失敗で私に迷惑をかけるような事があれば一大事とでも考えているんだろうなぁ。

 

 「カロッサさん、そんなに固くならなくても大丈夫ですよ。ロクシー様も仰られたではないですか、ただ楽しめばよいと。そんなに怖い顔で踊られては楽しめませんよ」

 

 私はそう言うと、にっこりと微笑む。

 皇帝は私のダンスを楽しむつもりなのだからその希望に応えてやろうじゃないの。

 ギルド”誓いの金槌"はパーティー業務も行っていたんですもの、そこのギルドマスターである私がお客様の要望に応えられないなんて恥ですものね。

 

 そんな気合の篭った微笑みに、カロッサさんも少し落ち着いてくれたみたい。

 

 「そうですね。皇帝陛下もアルフィン様のダンスを楽しみたいと仰られているのです。そのパートナーである私が強張った顔をしていては、全てが台無しですからな」

 

 そう言って彼は笑った。

 

 そんな私たちを見て準備が整ったと考えたのであろうロクシーさんが、楽団の指揮者に目配せをした。

 すると会場に流れていた歓談を邪魔しない程度の静かな音楽がやむ。

 それと同時に会場の貴族たちの目が一斉に此方に注目した。

 

 「それではアルフィン様、お手を」

 

 「はい」

 

 大勢の視線の圧を受けながら、私はカロッサさんのエスコートで舞踏会場の中央へと歩を進めてホール中央で足を止め、一旦少し離れたところで向かい合って私はカーテシーを、カロッサさんは一礼をする。

 そしてカロッサさんが手を広げたところで音楽が鳴り出し、それを合図に私たちはホールドしてダンスを踊り始めた。

 

 人がいる事によって反響が変わったからか、先程誰もいない会場で聞いた時は軽い感じがした音楽がしっかりとしたものに変わっている。

 いや、皇帝陛下の御前と言う事で楽団の人たちも気合が入っているのかもしれないわね。

 そんな彼らが奏でる曲に合わせて私たちはくるくる回る。

 

 「ほう」

 

 「なるほど、あのドレスにはそのような意味が」

 

 と同時に私のドレスの袖が、スカートの裾が、飾りリボンの紐がひらひらと舞ってダンスに色を添える。

 この世界には見せる為のダンス用ドレスと言うものがないのか、会場のそこかしこからは感嘆の声が漏れていた。

 そして問題の皇帝陛下はと言うと、

 

 「この曲は初めて聴くな。都市国家イングウェンザーの曲か? それにあのドレス、初めに見たときは奇妙なドレスだと感じたが、ダンスを踊る為に造られたものと見える。ダンスも拙いと本人は言っていたそうだが、あの歳で修めるのに時間が掛かる魔法も習得している事をあわせて考えれば、あれだけ踊れるのは驚きだ。彼の国は文化面に優れた国と言う事なのか?」

 

 なんて事を呟いていたらしい。

 らしいと言うのは、この時の呟きをシャイナがスキルで聞き取って後で私に教えてくれたから。

 もしこれをリアルタイムで聞いていたら、慌ててステップを間違えていたかもしれないわね。

 だって、ダンスとドレスからイングウェンザーの事を調べようとしているなんて思いもしなかったもの。

 

 ダンスを踊りながら周りを窺っていたんだけど、曲に対してもおおむね良好なようで批判的な表情をしている人は殆どいなかった。

 初めて聴く曲調だから人によっては向き不向きがあるのかなぁ? なんて考えていたんだけど、元々が宮廷音楽なんだからそれ程違和感無く受け入れられているみたいね。

 

 そんな事を考えながらも微笑みを絶やすことなく踊り続け、曲の終わりと共にホールドを解いて皇帝とロクシーさんに向かって一礼、そしてそのままそちらの方へと歩いて行った。

 

 ダンスが終わり一安心。

 無事大役をやり遂げたとほっとして気の抜けたんだけど、そんな私の目の端にある光景が写った。

 それがなんと言うか・・・どう現していいのか解らない光景なのよね。

 

 演奏を終えた楽団の指揮者がなぜかサチコに歩み寄り、握手を求めていたのよ、それも涙を浮かべながら。

 それに演奏を終えた人たちも何か大きな仕事をやり遂げたような顔をしているし。

 

 サチコ、あなた曲の確認をしに行っただけよね? その時、一体何をしたのよ?

 今も「よくやりました」とでも言いたげな目で楽団の人たち一人一人に微笑みかけたりして。

 あっ、楽団の一人がその視線を見て泣き崩れた。

 周りの人たちもそんな彼の肩を叩きながら「よかったぞ。お前、がんばっていたからな」なんて声掛けてるし。

 

 ここが貴族のパーティー会場で、その上皇帝陛下までいるって事、解っているのかしら?

 

 そんな珍妙な雰囲気も、会場にいる全員の目が私に集まっているからか特に誰も気にしている様子は無かった。

 最大の問題である皇帝も私の方を見ているから、斜め後ろにいる楽団の人たちの間で何が行われているのか気付いてないみたいで一安心。

 彼らの話し声も貴族の人たちが先程の私たちのダンスの話をしているからか、それにまぎれて気付かれていないみたいだし、彼らが後で罰せられるような事はないだろう。

 多分サチコが余計な事をしたからこそのこの光景だろうから、本当によかったわ。

 

 そのまま自分たちの席まで戻ると、ヨウコが汗を拭くためのおしぼりをポーチから出して渡してくる。

 それを手に私が化粧が崩れないよう額に軽く押し付けるように汗を拭いていると、横に座るシャイナに一人の男性が歩み寄ってきた。

 彼女のダンスパートナー、ライスターさんだ。

 

 「シャイナ様、次は私たちの出番です。お手をどうぞ」

 

 「ふふっ、ありがとう」

 

 シャイナはライスターさんの手を取ると彼ににっこりと微笑みかけてからすっと立ち上がり、共に舞踏会場の中央へと足を進める。

 そして私がしたのと同じように中央でカーテシーをした後、曲がなる前にホールドして踊りだした。

 

 彼女たちの選んだ曲はこの国でダンスを踊る時によく使われる有名な曲なんだそうな。

 

 私は初めて聴く曲なんだけど、それを選んだのには訳があるの。

 と言うのも、貴族であるカロッサさんは私とダンスの練習をする時間が取れたけど、騎士であるライスターさんはそんな時間が取れなかったのよね。

 だから特殊な曲や聞いたことがない曲で踊ることができないらしくて、それならばシャイナがそちらに合わせましょうとこの曲が選ばれたらしい。

 

 で、肝心のダンスの評判なんだけど・・・。

 

 「おおっ」

 

 「すばらしい」

 

 「寸分の狂いも無いステップ、優雅な佇まい、これ程の踊り手とは」

 

 「それにあの大きな・・・」

 

 最後のはともかく、会場中がシャイナのダンスを大絶賛、先程まで踊っていた私たちの事なんて頭から抜け落ちたみたいね。

 まぁ、ちんまい私より大きくて女性らしいシャイナのほうが見栄えもするし、スタイルもいいから目も引くのもわかる。

 それにダンスもシャイナは私と違って完璧だから、私より高評価になるのは当然だ。

 

 でもさぁ、男たちの視線がなんと言うか・・・ここにいる人たちって貴族よねぇ? 美しい人や物を見慣れているはずよねぇ? それなのにそこまで夢中になるものなの?

 やっぱりあれか? 大きい方がいいのか?

 

 そう思い、私はそっと目を下に向ける。

 そこには控えめな丘が二つ・・・。

 

 大きければいいってもんじゃないやい!

 ヨウコとサチコ、慰めるような目を此方に向けるんじゃない! それにわざわざ自分たちの胸をポーチで隠さなくても宜しい、別に悔しくなんかないんだから!

 

 どうしてこう、私の回りは胸の大きい人ばかりなのかしら? って、私がそう設定したからなんだけど。

 でもでも、参考にした元のキャラがそうなんだから仕方がないじゃない!

 アニメや漫画、ゲームでは胸が小さいと表記されているキャラでさえある程度大きいし、彼女たちは特にスタイルがいいキャラが元ネタだからそうせざるを得なかったのよ!

 

 ああ、ユミちゃんを連れて来るんだったわ・・・。

 

 そんな負の感情がダダ漏れな中、シャイナたちのダンスが終わった。

 会場に巻き起こる拍手。

 それに笑顔で答えるシャイナ。

 レース越しに見える胸元を流れる一筋の輝く汗。

 

 ・・・私、崩れ落ちてもいいかしら?

 

 そんな馬鹿なことを考えていると、ロクシーさんが私に声をかけてきた。

 

 「アルフィン様、シャイナ殿はどこであれだけのダンスを習得なされたのですか? あれほどのダンスを踊れる者は我が国にも数えるほどしかおりません。シャイナ殿が強いとはお聞きしておりましたが、文化面も精通なされておいでとはわたくし、思っても見ませんでしたわ」

 

 そうだよねぇ、ゲームキャラとして体を動かす技術に精通しているシャイナのダンスは、普通の人からは考えられないほど正確なんだと思う。

 だからこそ、あんな短期間でフォロー側のダンスを取得し、本番でも完璧と言って良いほどの完成度を見せたのだから。

 

 でもさぁ、だからと言って流石に数時間踊っただけで習得しましたなんて本当のことを言う訳にもいかないから、私は何か理由をでっち上げて誤魔化すことにした。

 

 「シャイナは体を動かす事に関しては特に秀でていますから。それに私は貴族のたしなみ程度にダンスを練習しているだけですが、彼女は体の全てを自由自在に動かす為の鍛錬の一つとしてダンスの練習をしているそうなので、あのように見事なダンスが踊れるのだと思いますよ」

 

 「そうでしたの。武術の鍛錬にダンスが役立つなんて初耳ですわ」

 

 私も初耳だよ。

 でも、ダンスを踊る時は手の指先や足の爪先まで気を配らなければ上達をしないと聞くし、案外間違っていないもかもしれない。

 ただ剣を振るう筋肉とダンスを踊る筋肉はまるで違うから、ダンスがうまい人が強いかと言えばそうでもないだろうし、強い人がダンスがうまいかと言えばこれもまた違うだろう。

 だからこの話を聞いたからと言って、その鍛錬法を取り入れようとしても多分無駄に終わると思う。

 

 まぁ、シャイナに聞けばうまく融合させた鍛錬法を思いつくかもしれないけどね、彼女はそっち方面だけはうちの中で誰よりも頭が回るから。

 

 そんな事を話しているうちにシャイナが帰ってきた。

 そしてそれが合図になったかのように会場に緩やかな音楽が流れ始め、貴族の人たちが歓談やダンスを始める。

 多分来賓のダンス披露が終わって、本格的なパーティーが始まったと言う事なんだろうね。

 

 と、ここで驚く事が。

 

 「アルフィン殿、私と一曲お願いできませんか?」

 

 そう言って手を差し伸べられたのよ。

 

 えっ? 私は女王と言う立場からダンスには誘われないって話じゃなかったの!? と思って、慌ててその手を差し出した人の顔を見れば、なんとその人はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下その人! ちょっと待ってよ、さっき私はダンスが拙いと言ったでしょ、なのになぜ私を指名するかなぁ。

 

 それにロクシーさんが横にいるのよ、それなのにそれを差し置いて私なんかと! と思ってロクシーさんに目を向けると微笑みながら頷いてるし。

 

 ああ、こうなったら断るわけに行かないじゃない。

 

 「よっ、よろこんで」

 

 私は引きつった笑いを浮かべながらも、何とか気持ちを奮い立たせて皇帝の手を取り、椅子から重い腰を持ち上げた。

 そして彼にエスコートされながら舞踏会場に足を踏み入れる。

 すると貴族たちが臣下の礼をとりながら会場から退場していき、私たちが中央まで来る頃には誰もホールからいなくなっていた。

 

 うわぁ、また注目の的だよ。

 おまけに今回のお相手は皇帝陛下、間違って足でも踏んでしまったら大事よね。

 そんな緊張感の中、皇帝が両手を広げる。

 それを見た私が近づいてホールドすると、曲が始まった。

 

 聞いたことがない曲だけど、基本どおりの3拍子だから私でも何とか踊る事ができると一安心。

 安心した所で初めて皇帝の顔をまじまじと見たんだけど・・・何この超が付くイケメンは!?

 

 まつげ長っ! 紫の瞳はキラキラしてるし、綺麗な金髪もさらっさらで、おまけに足もスラっと長い。

 頭を下げられなれている人特有のオーラと、自信に満ち溢れたその顔は少女マンガのヒーローとして出てきそうな信じられないほどの美しさを持っていて、その上長身と来たもんだ。

 さっきはシャイナに女としての敗北感を嫌と言うほど味合わされたけど、今度は彼の姿を見て元男としての敗北感を嫌と言うほど味合わされた。

 

 ・・・ホント私、この場で崩れ落ちてもいいよね。

 

 そんな状況でもまさか本当に崩れ落ちるわけには行かないから、がんばってダンスを続ける。

 そんな中ふと目を向けると、その姿がどう見えたのかは解らないけど、ロクシーさんが慈しみが篭った目を私に向けながら微笑んでいた。

 可哀想な子にでも見えたのだろうか? いやいや流石にそれは被害妄想が過ぎるわね。

 きっとがんばっている少女を見守るなんて気持ちで見ているんだよ、うん、きっとそう!

 

 そんな瞳に見守られながら、何とか一曲踊り終えて皇帝に向かってカーテシー。

 そして二人並んで自分たちの席に向かっていると皇帝が私に話しかけてきた。

 

 「アルフィン殿、パーティーが終わった後、お話でもいたしませんか?」

 

 なんですとぉ!? もしかして私、見初められた!? いやいや、あなたから見たら私はしがない小娘ですよ? 皇帝陛下、お気を確かに!

 

 突然お誘いの言葉を耳にして、あまりの事に驚き、目を回して本当に膝から崩れ落ちそうになるアルフィンだった。

 

 





 因みにアルフィンはリアルでは男でしたが、アルフィンの体に入ったまま転移したために女性の精神に変異しています。
 と言っても設定が同性愛者なのでそう簡単にジルクニフになびく事はありませんが、迫られればどきどきはします。
 まぁ、そんな展開にはならないんですけどね。


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99 モテモテ、シャイナ?

 

 バハルス帝国皇帝エル=ニクス陛下と踊った後もパーティーは続く。

 

 なんと言うかなぁ、私と皇帝が踊ったからなのか、元々この国の貴族は物怖じしないのか。

 

 「お嬢様、一曲踊っていただけませんか?」

 

 「ええ、私で宜しければ」

 

 それ程多くないであろうという私の予想はまったくの的外れだったようで、先程からシャイナへのダンスのお誘いが引っ切り無しに行われている。

 うんそう、行われてはいるんだけど・・・。

 

 この国のダンスのレベル、ちょっと低すぎない?

 

 いや、誘っている人が若い人中心だからまだダンスになれていないのかもしれないし、この辺りが辺境だから元々この様なパーティ-が少ないのかもしれないわ。

 でもさぁ、流石にこれはどうかと思うのよ。

 

 あっ、また!

 

 シャイナの相手をしている若い貴族がステップをミスしてよろめいた。

 これが私だったら足を踏まれてしまいそうなんだけど、そこは流石シャイナ、うまくかわした上に貴族の子の崩れた体勢を背に回した手で周りから解らない様に支えて、ダンスが止まらないようにしてるのよ。

 

 なんと言うかなぁ、この程度でいいのなら私もあれ程練習しなくてもよかったんじゃないかな? って思うほどお粗末な人が多い。

 そりゃあ、ある一定年齢の人たちと踊っている時はこんな無様なダンスは見られないけど、私の外見年齢くらいの子たちを相手にしている時は本当に酷いのよ。

 だって、これなら猛練習する前の私の方がまだマシなくらいなんですもの。

 

 あまりの惨状に、私はつい横にいるカロッサさんに訊ねてしまった。

 

 「カロッサさん、この辺りではあまりダンスパーティーは行われないのですか?」

 

 「いえ、そんな事はないのですが・・・。それに前に他のパーティーで見た時は彼らもあのような失敗はしなかったと記憶しています。しかし若い彼らの事、もしかするとシャイナ様とダンスを踊る事で舞い上がっているのかもしれませんなぁ」

 

 ああなるほど、それならありえるかも。

 初対面ではないライスターさんですら、さっきシャイナの姿を見て足が縺れて倒れそうになっていたくらいだし、あれくらいの歳の子がシャイナと密着したら緊張して足が付いていかなくなっても仕方がないかも。

 

 そんな事を考えている内にダンスが終わり、ひとときのダンスパートナーにシャイナはカーテシーで礼をしている。

 するとまた別の男性がシャイナの元へ。

 ホントモテモテだなぁ。

 ずっと踊りっぱなしで、ここへ戻ってくる事もできないよ。

 

 

 

 次のシャイナのお相手は50台後半か60代前半に見える、どこかの貴族家の当主らしき白髪に白いカイゼル髭の紳士。

 この人ならステップを踏み間違えるなんて事はないよね? なんて思って安心して見ていたんだけど、運悪く踊り始めてしばらくした所で他のダンスを踊っていた人がシャイナに死角から近寄ってきてぶつかりそうになった。

 

 そこはシャイナの事だからうまくかわしたんだけど、年齢のせいか男性の方がその転換に足が付いていかなかったらしく、シャイナの体をホールドしたまま後ろに倒れそうになってしまったのよね。

 でも、そんな状況でも彼女は慌てる事なく相手の体の重心を足運びと腰を捻るような動きを使って修正し、外見上ではちょっと特殊なダンスステップにしか見えない形で凌いで見せた。

 

 「危うくぶつかりそうになったようですが、シャイナ様に大事無くてよかったです。相手の組はほら、慌ててあのように体勢を崩してしまっておりますのに」

 

 「ええ、本当に」

 

 カロッサさんはどうやら、ぶつかりそうになった事に肝を冷やしてシャイナたちの動きをあまり見ていなかったみたいね。

 でもまぁその方がいいか。

 ぶつかりそうになった相手の組はまだ若い子たちだったし、あの場面で当主らしき貴族が尻餅をつきでもしていたら何かお咎めがあったかもしれないものね。

 

 それにダンスパーティーでは競技会ほど衝突は多くはないけど珍しいというほどのものでも無いし、それが元で変ないざこざが起こっても困るからシャイナの動きに誰も気付いていないのならそれに越した事はないだろう。

 

 「しかし、本当に今日は若い貴族の失敗が目立ちますなぁ。アルフィン様やシャイア様の美貌を前に見惚れていると言うのもあるのでしょうが、やはり殆どの者が初めて皇帝陛下の御前に出た事により緊張しておるのやもしれません」

 

 「確かに。彼らが陛下の御前で粗相があってはいけないと考えるのも無理はないかもしれませんね。そう考えれば陛下の目に止まるよう、失敗を恐れずダンスホールに足を踏み出している彼らは立派とも言えるかもしれませんね」

 

 言われて見れば私たちより皇帝の目のほうが緊張するよね。

 皇帝に顔を覚えてもらえるかもしれない絶好の機会だし、緊張して膝ががくがくになっていたとしても親から尻を叩かれてダンスホールに立っているのかも?

 

 そう考えるとちょっと微笑ましくも感じるわね。

 でもさぁ。

 

 私は後ろにいるギャリソンに飲み物を頼むと言う理由をつけて振り返り、そのついでに皇帝エル=ニクスの表情を窺う。

 私からしたら微笑ましいけど当の皇帝陛下からしたら他国の使者の前で、辺境の貴族とは言えこの様な無様な姿を連発されたら腹立たしく感じてるんじゃないかなぁ? って思ったのよ。

 

 で、その皇帝なんだけど・・・まったく腹を立てた様子もなく、ただ微笑んでいた。

 

 う~ん、もしかして皇帝陛下もこの状況を楽しんでるとか?

 

 そうか! これが前もってパーティーに参加する事が知らされていたのなら、この様な状況を私たちの前に晒すような事があれば烈火のごとく怒っていたかもしれない。

 でもこのパーティーに皇帝が参加したのはサプライズだ。

 こんなサプライズを王族とは言え私たちのような聞いたことも無い小さな都市国家の支配者程度が参加するパーティーで初めて行ったとは思えないもの、案外色々な所で行って若い貴族が慌てている姿を見ているのかもしれないわね。

 

 そう考えるとちょっと意地悪だなぁとも思うけど、この様な場面だからこそ人の本質が解ると言うものだ。

 突発的な事態でも冷静に行動できる者を見極めるという考えで言えば、このサプライズ参加は参加者に戦場での奇襲並みの衝撃を与えるにもかかわらず、まったく命の危険がない安全な方法でその実力を確かめる事ができるとも言えるのだから賞賛こそすれ、批難される事ではないと思う。

 

 私はこの様な方法で人の実力を計る事もできるんだなぁと、一人感心するのだった。

 

 

 ■

 

 

 「陛下、やっぱり俺は反対だ!」

 

 無骨な親父顔のバジウッドが机を叩きながら唾を飛ばしている。

 気持ちは解らなくも無いが、今更何を言っているのだ? こいつは。

 

 「誘ったのは私だぞ? 今更アルフィンとやらとの会見をどういう理由で取りやめるのだ? 部下から言われて怖くなったから会えませんとでも言うのか?」

 

 バジウッドはあの化け物との邂逅で予想以上に過敏になっているのだろう。

 私も同じだったからな。

 

 だがあの化け物相手ならともかく、私の見立てではアルフィン嬢は人としての常識の範囲内だ。

 報告通り英雄と呼ばれる者たち並みの力を持つのかもしれないが、しかしロクシーが言うにはもし戦いになった場合、自分が懇意にしている村の者たちが戦に巻き込まれるであろうからそうなる事は極力避けたいと言ったそうだ。

 

 都市国家イングウェンザーの貴族や兵たちに報告以上の力があると言うのなら我らなど恐ろしくも無いだろう。

 そして彼女は自分たちではなく、知り合った者を戦に巻き込みたくないからと言った。

 言外に我々と相対する戦力があるが、戦いになるのを避けたいと意思表示したのだ。

 なんと甘い事だろうか。

 

 しかしその甘さがアルフィンと言う娘が人であり、姫である証なのだろう。

 報告された部分だけで判断しても彼の国の戦力は我が国には及ばないまでも脅威となりえるものである。

 ならばその戦力を持って我が国と交渉をすべきなのではないか?

 

 報告にあった彼の国の家令、ギャリソンとやらならばそこから切り込んできたのであろうが、しかし代表団のトップであるアルフィン嬢が甘い言葉を口にした。

 だが臣下の者としてそれを戒めるでもなく飲み込んだと言う事は、その甘言を飲み込んでもいいと、アルフィン嬢の主張で外交を進めてもいいと判断したと言う事。

 部下ですらそんな甘い判断をする、この者たちがあの化け物と同じ存在であるはずがないではないか。

 

 「アルフィンと言う女王と会うのはまぁいい。いや、情報と俺の見立てからするとそれもできればやめて欲しいが、それは対外的に仕方がないだろう。だがシャイナという貴族も同席すると言うのはダメだ。情けない話だが、いざと言う時、何か大事が起こっても俺たちでは対処できそうにない」

 

 おいおい、あちらの言い分では都市国家イングウェンザーは立場上アルフィンとやらが女王についてはいるが、彼の国の6貴族は基本同格だと言う話ではないか。

 ならば女王とは同席するのに6貴族の内の一人とは身分が違うから会えないというのは流石に無理があるだろう。

 それに本当に断るとして、バジウッドの言う此方の警備上の理由で遠慮して貰いたいなどと伝えた場合、もしその話が外にもれて帝国内に広まるような事があれば私は18~9の小娘に恐れをなした腰抜けと呼ばれ、権威など吹き飛んでしまうことだろう。

 

 「バジウッド、ではお前は私に18~9の娘が怖いからアルフィン殿に一人で会ってくれと懇願しろと言うのだな。ふむ、お前はよほどこの国を戦乱に導きたいと見える」

 

 大貴族どもは"俺"の権威の失墜を願っている事すら解らないのか?

 

 「そうは言うが陛下も先程のダンスを見ただろう? 剣の力量がたとえガゼフ・ストロノーフ並みだったとしてもあの容姿だ、華奢なあの体の外見通りスタミナに難があれば問題は無かった。数で押せば何とかなるからな。だがあれだけパートナーを変えて踊り続けても疲れる素振りさえ見せないなんて並みのスタミナではないぞ。それも此方の策略込みでのダンスでだ」

 

 確かにあのスタミナには私も舌を巻き、思わず笑いまで起こったほどだ。

 

 一部の貴族にはロクシーから他国の騎士の力量とスタミナを見るためと称して通達をしてあった。

 その内容はシャイナと言う騎士貴族に次々とダンスを申し込み、休ませずに踊り続けさせてどの程度で根を上げるかを見ると言うもの。

 その際わざとステップを間違えたり、よろめいて見せたりして相手の集中力を乱し、スタミナをより多く消耗させるようにとも伝えておけと指示を出しておいたのだ。

 

 そしてその指示通り、皆よくこなしていた。

 少々わざとらし過ぎる面もあってアルフィン嬢が疑わしそうな視線を送った事もあったが、最終的には自己完結して納得をしていたようだから問題は無かっただろう。

 ところがだ、いくらダンスに誘おうとも、いくらよろめいたり足を踏みそうになったとしても全てうまく処理し、涼しい顔で最後まで踊りきった。

 

 ダンスと言うのは優雅そうに見えて全身運動だからな、一曲踊るだけでもかなりの体力を使う。

 ダンスの上級者ともなれば無駄な力を抜く事によってスタミナの消耗を抑える事ができるらしいのだが、それはあくまで相手も同程度の上級者ならと言う注訳が付く。

 今回のようにダンスパートナーが足を引っ張れば、例え我が国一のダンスの踊り手であろうとも3人もパートナーを変えて踊り続ければ集中力が切れてステップが怪しくなり、5人目ともなれば最後まで踊り続けられたとしても、そこで根を上げる程度にはスタミナを消耗する。

 そのスタミナの消耗速度は最前線で戦う兵士にも勝るとも劣らない事だろう。

 

 しかし最終的にシャイナと言う騎士貴族が踊った人数は、途中で一度中断したとは言え20を超えているはずだが、それにもかかわらず私の見立てではパーティーが終わった後の彼女の表情には、まだまだ余裕があるように見えた。

 

 集中力を伴う全身運動をパーティー終了までの2時間以上続ける事ができたのだから、これは同様に最前線でも2時間以上戦い続ける事ができると言う証明でもある。

 それも涼しい顔で、でだ。

 もう笑うしかないだろう?

 

 「おまけにあれはなんだ? 背中にも目がついているのか? 完全に死角だったはずだ、なぜあれを避けられる? それに男爵が全体重をかけて倒れこもうとしたのにもかかわらず体捌きだけで立て直しやがった。スタミナといい、バランスといい、あの身のこなしといい、あそこまでの武人を俺は見た事がないぞ。その上剣技までガゼフ・ストロノーフ並みか、もしかしたらそれ以上かもしれないと言うのでは辺境候の所で出会ったメイドや化け物たち同様、俺たち4人がそろっていたとしても陛下が安全な場所まで逃げるわずかな間でさえ、足止めできる自信はないぞ」

 

 そう、そして極めつけはバジウッドが言うあれだ。

 男爵には頃合を見て騎士貴族をダンスに誘い、うまく誘導して予め同じタイミングで踊るようにと指示を出しておいたダンスに不慣れな他のパートナーとぶつかるような位置取りをするようにと言ってあった。

 そしてぶつかった時にはその衝撃で足がもつれた振りをして彼女を巻き込んだまま倒れるようにとも。

 

 ところがだ、あのシャイナと言う騎士貴族、どう考えてもぶつかるはずのタイミングだったにもかかわらずバジウッドが言うとおり背中に目でもついているかのように見事に避けた。

 その上急な方向転換を利用して予定通り彼女を巻き込みながら無理やり倒れこもうとした男爵の体まで支えてダンスを続けて見せたと言うおまけ付だ。

 

 これが殺気を伴った攻撃ならば避けられる者もいるであろう、だがただ単にダンスが下手な者が死角からぶつかって来たのを避ける事など、普通はどんな達人でもできないのではないか?

 

 「はははっ、確かにあれは私の目から見ても見事だった。予めぶつかる事も倒れこむ事も知らなければ、私もあの場面には何も違和感は持たなかっただろう。それ程見事な身のこなしだったな。それにあの華奢な体で自分より大きな男爵が倒れこみそうになるのを少しの動揺も見せず、そして周りに違和感を抱かせる事すらなく支え、立て直して見せたあの胆力。我が国の騎士たちにも見習わせたいものだ」

 

 「笑い事じゃないぜ、陛下」

 

 「そうは言うが、自分に刃を向ける可能性が少ない剛の者を見ると言うのは案外楽しいものであろう? だからこそコロシアムにはあれほどの人々が足を運ぶのだからな。そして都市国家イングウェンザー女王、アルフィンの意思で彼の女傑が我々と敵対する可能性は少ないのだ。ならばあの美貌と力量を併せ持つ稀有な女性が見せた数々を愉快に思い、賛美しても問題はないだろ?」

 

 確かにあれほどの剛の者が敵に回れば厄介なのは間違いない。

 だがあのアルフィンと言う娘の態度からすればその可能性は限りなく低いのではないか?

 我らが敵対を選ばない限りは、彼女はあの笑顔をこちらに向けるだけで牙を剥く事はあるまい。

 類まれなる力を持ちながらも、戦場から遠ざかろうとするあの女王ならばな。

 

 コンコンコンコン。

 

 そんな結論を自らの中で出した頃、部屋にノックの音が響いた。

 そして此方の返事を待つ前に開けられたドアから入室して来たのは我が愛妾、ロクシーだ。

 

 「陛下、アルフィン様の化粧直しが終わったようでございます。そろそろご準備を」

 

 「そうか、解った。バジウッド、お前は何とか私に留意させたかったようだが残念ながら時間切れのようだ。私としてはアルフィン嬢と色々と話がしてみたい。時間が来てしまった以上、その場にシャイナと言う騎士貴族が同席するのも今更断る事はできないし、お前が私の護衛につくと言うのなら彼女たちの護衛であろうギャリソンとか言う執事の同席も許可せねばなるまいな?」

 

 「なっ!? あのギャリソンという執事もですか? 彼もシャイナと言う騎士貴族に負けず劣らずの力量を感じます。それだけは、それだけは御再考を!」

 

 慌てるバジウッドに私は笑いながらこう告げる。

 

 「なんだ、なんならあのメイドたちも同席させるか? 花は多い方がよかろう。あれほどの美女たちと同席するなどと言う機会はこの先あるかどうか解らないからな」

 

 「陛下、あんたって人は・・・」

 

 ふむ、どうやら諦めてくれたようだな。

 どの道"重爆"の言葉を信じるのなら女王だけでもバジウッドよりも強いと言うのだ、兵(つわもの)がいくら増えた所でたいした違いは無かろう。

 

 「ではロクシー、アルフィン殿のところまでの案内、頼むぞ」

 

 「畏まりました。それでは参りましょう陛下」

 

 ロクシーの微笑を受けて頷いた後、ジルクニフは豪奢な金髪を揺らしながら不敵な笑みをたたえ、彼の智を持ってしてもどのような展開になるか読めない会談に歩を進めながら心躍らせるのだった。

 




 ただのパーティーであっても色々な企みが張り巡らされていると言うお話でした。

 何せ相手がジルクニフですからねえ、普通にパーティーに参加するだけなんて事は当然ありません。
 でも、それを看破するなんて事をアルフィンができるわけも無く、このように翻弄されてしまっていると言う訳です。

 まぁ実際の所翻弄はされているのですが、実害は何もないんですけどね。
 アルフィンやシャイナの実力はかなり過小評価ではあるけれど、ジルクニフたちに伝わっているのですから。


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100 忌まわしき美味の記憶

 

 時は少し遡る

 

 何時までもシャイナのダンスにばかりに気を向けている訳には行かないのよね。

 今回、私が招待された本来の理由は、ロクシーさんにうちのお菓子を食べてもらう事なのだから。

 

 「ヨウコ、サチコ、ダンスも一段落したようだし、お茶の準備をして用意してあるお菓子を運んできて頂戴」

 

 「畏まりました、アルフィン様」

 

 そう言うと二人は音も無く下がっていく。

 見る人が見ればこの行動だけであの二人が只者ではないと解るのだろうけど、この会場は音楽で溢れているのだから無音で移動していることに気が付くことはないだろう。

 と言うか、まったく意味のないスキルだなぁ、ここでは。

 静かな場所だとそれなりに重宝するスキルなんだけどね。

 

 さて、ヨウコ達が帰ってくる前にもう一つ準備を。

 

 「ギャリソン、パーティーの給仕をしているメイドたちに皇帝陛下とロクシー様に持参のお菓子を食べてもらう為のサイドテーブルの用意と、同時に参加なさっている貴族たちにも振舞うから、此方が用意したお茶とお菓子を置くテーブルも用意してもらえるよう、指示を出してきて頂戴」

 

 「畏まりました、アルフィン様」

 

 よし、これで準備は完了。

 あとはお菓子の到着を待つばかりね。

 

 

 しばらくするとシャイナがダンスを一時中断して私たちの元へと帰ってきた。

 

 「どうやら準備が始まるみたいだしね。だから次の曲のお誘いをくれた人には『我が国からのお披露目が始まるみたいだから戻らなければいけないの。だから、それが終わっても気が変わらないようなら、もう一度ダンスに誘ってくださいね』って言って帰ってきちゃった」

 

 そう私にだけ聞こえるような小さな声で話して笑うシャイナ。

 どうやら私がギャリソンたちに指示を出したのを見て、次に申し込んできたお誘いを断ってきたらしい。

 それもそうか、彼女も都市国家イングウェンザーから招待されたゲストの一人なんだし、お菓子のお披露目が始まるのならその場にいなければいけないからね。

 

 「いよいよお披露目かぁ、喜んでもらえるといいね」

 

 私が手渡したおしぼりを息を切らした振りさえ見せずに受け取り、シャイナは会場に目を向ける。

 汗はかいているようだけど疲れたような様子はまるでないし、確かにこの様子なら先の宣言どおり何時までも踊り続けることが出来そうだ。

 

 「そうね。パティシエ担当や料理長たちががんばってくれたんだし、この国の貴族や皇帝陛下、何よりロクシー様に喜んでもらえたらいいのだけれど」

 

 今日持ってきたお菓子はパーティーと言う事で華やかさを優先した結果、焼き菓子ではなくケーキや器に入ったプリンとゼリー、あと意匠を凝らしたチョコレートと言うラインナップだ。

 砂糖を多く使うほど高級とイメージされているこの世界で、甘さ控えめの、素材の味を生かしたこれらが受け入れられるか正直どきどきだったりする。

 

 特に楽しみだと言ってくれたロクシーさんに気に入ってもらえるかが最大の懸念だった。

 

 

 

 しばらくしてヨウコ達が数名のメイドを引き連れてパーティー会場に入ってきた。

 引き連れてきたメイドと言っても彼女たちは別にうちの子達と言う訳ではない。

 ヨウコたちは私たちや皇帝たちの給仕の仕事があるから、彼女たちの代わりに貴族たちに給仕をする為につれて来た、この迎賓館で働いている人たちだ。

 

 用意されたテーブルに並べられていくお菓子たち、その華やかさに会場から感嘆の息が漏れる。

 並べられたお菓子たちはロクシーさんや皇帝から見ても美しいと感じるものだったのか、彼らも楽しげにその光景を眺めているようで・・・うん、とりあえず見た目は合格みたいね。

 

 しかし、私が安堵できる時間はそうは長くなかった。

 

 「皆様、準備が整いました」

 

 ヨウコの言葉を合図に取り分けられたお菓子が貴族やエスコートされて訪れた貴婦人たちに配られる。

 そしてロクシーさんと皇帝の元にもヨウコとサチコの手によってお菓子が乗った皿が届けられ、それぞれのカップにお茶が注がれた。

 

 と言う訳でまずは私からご挨拶。

 椅子から立ち上がり、前に出てカーテシーをした後、会場を見渡してにっこり。

 

 「ロクシー様からのご要望で、我が都市国家イングウェンザーのお茶と代表的なお菓子数点を持参いたしました。我が城自慢の料理人やパティシエが調理したものですから、皆さん楽しんでくださいね」

 

 続いて皇帝エル=ニクス陛下が会場に向かって挨拶をする。

 

 「我らが隣人であり新たな友人でもある都市国家イングウェンザーが主、アルフィン殿から届けられた自慢の菓子だ。皆、楽しんでくれ」

 

 そう皇帝が宣言をし、フォークを突き立ててケーキを一口頬張る。

 それを皮切りに貴族たちが手にした菓子を口に運んだ。

 

 そして次の瞬間に訪れる、会場全体を包む沈黙。

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 えっ? もしかして大失敗?

 何時までたっても誰もリアクションをしない空間に身を置く私は、もしかしたら口に合わないというレベルではなく、とんでもない失敗をしたのではないかと青くなる。

 

 甘すぎるお菓子というのはすなわち大量の砂糖を使うと言う事。

 もしかするとその砂糖を大量に使う事自体が一番重要であり、美味しいかどうかは貴族の間では気を配るべき事柄ではないのかもしれない、そんな考えが私の頭の中を駆け巡る。

 

 そう、地方とは言え彼らは貴族、仮にも国の中枢を任される者たちだ。

 己の快楽よりも国の威信や貴族の立場を優先するのが当たり前という認識であろう、なのに私はただ”美味しいだけの"お菓子を出してしまった。

 もしやそのお菓子を前に、彼らはどう反応していいのか解らないのではないだろうか? 何せ私は都市国家とは言え、他国の女王なのだから。

 

 それに思い至った私は、謝罪の為に皇帝の方へと向き直る。

 

 「皇帝エル=ニクス陛下、このたびは・・・」

 

 「・・・美味いな」

 

 へっ?

 一瞬何を言われたのか解らなかったんだけど、次の瞬間皇帝の表情が笑顔に変わり、二口目に取り掛かるためにフォークをケーキに刺したのを見て私はやっと今の状況を理解することができた。

 

 そしてその皇帝の言葉によって呪縛が解かれたのか、貴族たちも手に取ったお菓子を猛烈な勢いで食べ始める。

 どうやら今まで味わったことのないお菓子の味に、呆けてしまっていただけみたいだね。

 

 「アルフィン様、話には聞いておりましたが、これ程の美味とは。正直感服いたしましたわ」

 

 「気に入っていただけたようで、私も嬉しいです」

 

 ケーキを手に、にっこりと笑いながら話しかけてきたロクシーさんの姿を見て嬉しくなった私は、同じ様に笑顔で皇帝に話しかける。

 

 「エル=クニス陛下、我が国のお菓子は御口に合いましたでしょうか?」

 

 「うむ、これ程の物を口にする機会に恵まれたのは私でもそうは多くない。そして菓子と限定するのならばこれが初めてだろう」

 

 そう言うと、口直しにお茶を一口含んだ。

 

 「んっ!?」

 

 その瞬間皇帝の表情が驚きに染まる。

 

 「このお茶は?」

 

 「はい、我が城で飲まれているものです。香りがいいので気に入っているのですが、御口に合いませんでしたか?」

 

 お菓子と違ってお茶はこの国でもかなり美味しいものがあるもの、私の持ち込んだもの全てがこの国のものを凌駕しているなんてうぬぼれる気はない。

 お茶は種類によって風味がかなり違うし、たとえば紅茶が好きな人でもハーブティーは好まないとか、甘い香りのフレーバーティーが好きな人でも薔薇の紅茶は嫌いと言う人もいる。

 皇帝は多分始めて飲んだお茶に驚いただけなのだろう、だけどその驚き方が少し過剰気味だったので、もしかしたら口に合わなかったのかも? なんて私は考えてしまったのよね。

 

 「いや、確かに大変美味しいお茶なのだが・・・私はこれだけの美味なる飲み物をかつて飲んだことがあるのだ」

 

 ほっ。

 

 よかった、ちょっと慌てたけど大変美味しいお茶と言ってもらえたし、そうじゃないようで一安心ね。

 ん? でも、それならばなぜあんなに驚いたんだろう?

 

 「まぁ、それはどんなお茶でしたの?」

 

 そんな私の考えをよそに、皇帝の言葉を聞いたロクシーさんが興味深げに聞いた。

 もし手に入るのならば自分も飲みたいと思ったのかな?

 

 「いや、お茶ではなく柑橘系の果実水だ。それは喉越しが素晴らしく、柑橘系果実水にありがちな飲んだ後のしつこい甘みが残らない素晴らしいものだった。このお茶は種類こそ違うが、それに匹敵する飲み物だろう」

 

 へぇ、果実水って事はジュースみたいな物ってことよね、柑橘系って事はオレンジジュースかな? この世界にオレンジがあるかどうか解らないけど。

 何はともあれ、気に入ってはもらえたようだから良しとしましょう。

 

 「そのような美味しい飲み物が我が国にもあるのですね。わたくしも一度飲んでみたいですわ」

 

 「残念だがあれを手に入れるのは多分無理だ。いや、頼めば譲ってくれるかもしれないが、あれにはあまり頼み事をしたくはない」

 

 そう言いながら皇帝はなにやら思い出したようで、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 う~ん、皇帝からしても苦手な人がいるって事なのか。

 この人、なんかどんな相手でも笑顔を向けるだけでお願いを聞いてもらえそうなオーラを身に纏っているんだけど、そのオーラが通じない人がいるって事なんだろうね。

 

 でもどんな人なんだろう? ロクシーさんが言った”我が国にも”って言葉は否定しなかったからこの国の人なんだろうけど、この王様オーラと皇帝陛下のご意向を持ってしてもできれば頼み事をしたくない人って。

 

 とても気になり聞いてみたい気もするのだけれど、思い出すだけでこんな表情を見せるその人の事を聞くのはちょっとはばかられるのよねぇ。

 と言う訳で自重する。

 

 「そうだ! ロクシー様、我が国にも美味しい果樹水はございますの。この話が出たのも何かの縁ですし、陛下に御無理を申し上げなくても私の城から後日届けさせますわ」

 

 「まぁ、アルフィン様の国の果樹水ですか? それは楽しみですね」

 

 たった今思い立ったかのように両の手をあわし、笑いながらロクシーさんにそう提案する。

 

 この話を引っ張ると、なにやらトラブルに巻き込まれそうな匂いがするのよねぇ。

 だから、さっさと切り上げる方がいいだろう。

 そう思って私はロクシーさんにそう提案し、それが功を奏したのか、この話は無事ここで打ち切られることとなった。

 

 

 ■

 

 

 「んっ!?」

 

 何気なくサイドテーブルに置かれたお茶に手を伸ばし、それを口に含んだ瞬間私は絶句する事となった。

 種類が違う、味が違う、だがしかし・・・間違いない、これはあれと同じ様なものだ。

 

 「このお茶は?」

 

 「はい、我が城で飲まれているものです。香りがいいので気に入っているのですが、御口に合いませんでしたか?」

 

 口に合うとか合わないではない。

 この飲んだ瞬間、体の中から何かが湧き上がってくるような、この感覚はあの果実水を飲んだ時と同じだ。

 ただ、あの時飲んだものに比べると何かが違う。

 あれを飲んだ時は体から力が湧き上がるようだったが、これは何か頭がすっきりするような感じがする。

 

 ではまったく別のものなのか?

 いや食べ続ける事で病気が治ったり、体にいい影響を与える食事と言うのは存在するだろうが、口に入れただけで即座に効果を実感できるものなど聞いたことがない。

 ・・・いや、あるな、回復薬だ。

 あれは飲んだ瞬間に効果が出る。

 と言う事はこれは回復薬の一種なのか?

 

 「いや、確かに大変美味しいお茶なのだが・・・私はこれだけの美味なる飲み物をかつて飲んだことがあるのだ」

 

 他国の王族が私にどんなものであれ無断で薬を盛ったなどと言いだす訳にもいかず、美味なる飲み物と表現して顔色を窺ったのだが、この娘はその言葉を聞いても何一つ不審な行動をとる事は無く、それどころか褒められたとでも思ったのか嬉しそうな顔をしているだけだ。

 これではこのお茶がなんなのか解らないではないか。

 

 だがこの顔を見るに、驚かそうと言う意図は感じられない。

 それにこのお茶にも違和感は何ももっていないようだ。

 と言う事はこのお茶には何も細工をしていないし、アルフィン嬢が本当に普段から飲んでいるものなのではないか?

 

 「まぁ、それはどんなお茶でしたの?」

 

 そんな事を考えていたらロクシーが横から口を挟んできた。

 ふむ、そうだな。

 あれの説明を聞いた時のアルフィン嬢の様子も見てみたいから少しだけ説明するとしよう。

 

 「いや、お茶ではなく柑橘系の果実水だ。それは喉越しが素晴らしく、柑橘系果実水にありがちな飲んだ後のしつこい甘みが残らない素晴らしいものだった。このお茶は種類こそ違うが、それに匹敵する美味なる飲み物だろう」

 

 そう言いながらアルフィン嬢の表情を窺う。

 その反応次第ではあの化け物との関係を疑わなければならないと思ったのだが・・・ふむ、この顔は何も知らないようだな。

 この娘、パーティーの最中に観察をしていた時から思っていたが、気が抜けた時に間抜け面を晒す癖があるようだ。

 今もなにやら考えているようだが、今回もその間抜け面を晒している所を見ると思案しているのではなく何かを思い出しているのだろう。

 

 これが、此方がその顔を見てそう考えるであろうと計算しつくして私を騙していると言うのならば、私はおろかあの智謀の化け物さえも上回る本当の化け物なのだろうが、報告を聞く限りそれほどの者にしては細かな失敗が多すぎる。

 ロクシーの見立てどおり、頭は回るがまだ幼さが随所に顔を出すと言った所か。

 

 「そのような美味しい飲み物が我が国にもあるのですね。わたくしも一度飲んでみたいですわ」

 

 私が心の中でアルフィン嬢に評価を下していると、ロクシーがとんでもないことを言い出した。

 確かにあれはかなり美味なものであったし、私もできる事ならもう一度飲んではみたいと思う。

 たしかにそう思うのだが、あの化け物にあの果実水を別けてほしいなど言いだせるはずも無いだろう。

 

 「残念だがあれを手に入れるのは多分無理だ。いや、頼めば譲ってくれるかもしれないが、あれにはあまり頼み事をしたくはない」

 

 そう言いながら私はあの忌々しい化け物の顔を思い出す。

 あの化け物の事だ、私があの飲み物をほしいと言えば喜んで渡すと言ってくるであろう。

 だが、たかが飲み物を別けてほしいと言うだけの交渉だから、まさかそれを使って何かを企んだりはできないだろうなどと考えるのは、奴を相手にする場合に限ってはあまりに浅はかな考えだ。

 奴ならそのような交渉ですら何かの一手に使うかもしれない。

 そしてその一手から我が国に強烈な楔を打ち込んでくる可能性すらあるのだから、けして此方から隙を見せる訳にはいかないのだ。

 

 「そうだ! ロクシー様、我が国にも美味しい果樹水はございますの。この話が出たのも何かの縁ですし、陛下に御無理を申し上げなくても私の城から後日届けさせますわ」

 

 「まぁ、アルフィン様の国も果樹水ですか? それは楽しみですね」

 

 そんなことを考えていた私の顔はかなり酷いものだったのだろうか?

 アルフィン嬢が私が困っている顔を見て、自らの城の果実水をロクシーに届けてもいいと言い出した。

 

 ふむ、だがそれはいい。

 ならばその果実水、私も少し飲んでみる事としよう。

 そうすればあの墳墓で飲んだものと比べることができる。

 そして比べて見れば、この娘とあの化け物に繋がりがない事を確認できるであろうからな。

 




 ボッチプレイヤーの冒険もおかげさまで100話を迎えることができました。
 外伝を入れるととうに迎えていたのですが、本編で100話到達と言う事です)
 これも読みに来てくださっている皆さんのおかげです。
 本当にありがとうございます。

 話も後半に入り、ゴールが見えてはきましたがまだもう少し話は続きます。
 引き続き最後まで読んでもらえたら幸いです。

 パーティーに持ち込まれたお菓子の方はバフが付かないよう注意して製作されているのでいくら食べても効果がありません。
 ですがお茶をヨウコとサチコに入れさせたことによりジルクニフが飲むお茶にバフがついてしまった為、それを飲んだジルクニフがナザリック入り口で飲んだ果実水を思い出したと言う訳です。

 うちの主人公は相変わらず間が抜けてますよねw


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101 会談に向けての悪あがき

 

 びっくりが満載のパーティーが終わり、私たちは一旦控え室へと引っ込んだ。

 何せこの後、皇帝陛下との会談があるのだからダンス用のドレスから会談に相応しいドレスや装飾に変えないといけないし、汗や食事で落ちた化粧も直さないといけない。

 

 そして何より。

 

 「ギャリソン、バハルス帝国皇帝、エル=ニクス陛下の情報を頂戴。調べてあるんでしょ?」

 

 そう、今から行う会談相手の情報を得なければいけないのよ。

 急な事なので完璧に対応するなんて事はできないだろうけど、まったくの丸腰で一国の王と対峙するなんて度胸は私には無いから、少しでも悪あがきをしておこうと考えたのよね。

 

 そこで困った時のギャリソンさん。

 

 メルヴァとギャリソンは優秀だから、いずれ必要となるであろう情報は絶対集めていると思うのよ。

 だからこの話を振ってみたんだけど、

 

 「はい、此方が要約したものでございます。また、この中で特に注意を引かれ、詳しく御知りになりたい内容がございましたら御申し付けください。別途に詳しく解説した資料を用意してございますから、それをお渡しします。また内容でご質問があれば、私の説明できる範囲でしたら御説明致します」

 

 そう言ってギャリソンは私に3枚の羊皮紙を渡してきた。

 ほらね、やっぱり持ってた。

 ついうっかりを繰り返す私と違って彼の仕事にはまず手落ちがないから、こう時は本当に役に立つのよね。

 

 「ありがとう」

 

 私はギャリソンに一言礼を言った後、衣装や装飾品の準備に忙しそうなヨウコたちを横目に見ながら、その資料に目を通す。

 そこには皇帝の生い立ちや即位してからの功罪、イーノックカウやこの周辺地域で調査した評判、そして実際に起こったエピソードから推察される性格が書かれていた。

 

 

 

 へぇ、皇太子の頃から騎士団を掌握してたのか、これは即位後すぐに行った粛清を見越しての事みたいね。

 鮮血帝とか言われていると聞いていたからもっと荒々しい性格の人なのかと思っていたけど、帝国国民からは慕われ尊敬もされているみたいだし、今日会った時の印象や、このように前もって用意周到に準備を整えておいて時が来たらすかさず行動に移している所を見ると、実際は粗野な部分はあまりない、冷静な策略家ってところなのかしら?

 

 それに今回のはたぶんロクシーさんの発案だとは思うけど、それでも今日のようなサプライズ来場ドッキリを仕掛けるのを了承したり、いきなり私をダンスに誘ったりした所を見ると、案外茶目っ気もある人物なんじゃないかなぁ?

 

 これに関してはギャリソンの資料にはないから、ちょっと聞いてみるか。

 

 「ギャリソン、私の見立てなんだけど、今日のサプライズ訪問や私をいきなりダンスに誘ったりした事から、かなり茶目っ気がある人のように私は感じたけど、あなたの見立てではどう?」

 

 「はい。私が集めた情報からはそのような面は見受けられませんでしたが、アルフィン様が仰られる通り今日の皇帝からはそのような印象を受けました。私が集めた資料はこの近隣の者からの物のみですから、もしかすると帝都や帝城ではそのような姿を見せており、そのような評価をされているのかもしれません。しかし政略謀略に長けた人物のようですから、今日一日だけの印象をそのまま鵜呑みにするのは危険かとも愚考いたします」

 

 私はギャリソンの返事のある一部分に引っかかりを感じ、それを注意する。

 だって、誰かに聞かれたら一大事だもの。

 

 「ギャリソン、皇帝”陛下”、よ。魔法で盗聴されていないのは確認しているけど、何かの拍子で口や態度に出る可能性があるから、私たちしかいない場であったとしても言葉にする時は皇帝陛下と呼ばないと絶対にダメ。ん~、でもそうか」

 

 確かに私たちの前だけで装っている可能性もあるのか。

 でも大国の王相手ならともかく、高々都市国家の女王程度相手にそこまでするかなぁ? とも思うのよねぇ。

 だって、私を騙して罠にはめてもバハルス帝国にそれほど大きな利があるとも思えないし、一度演技をしてしまったらそれを訂正するのは案外難しいから、よほどの理由がない限りはそんな面倒な事はしないと思うのよ、私は。

 

 そうねぇ、どちらかと言うと・・・。

 

 「ねぇギャリソン、茶目っ気があるというより私の事をあまり重きに置いてないから公務の息抜きに遊んだだけって事はないかしら? 資料を見た感じ、策略家ではあるけどそれ程厳格な人って感じではないみたいだから、戦争が近づく中、地方に来て見目麗しい小娘が居るからちょっとからかって遊んでみよう位のつもりで」

 

 「アルフィン様を軽んじていると言うのですか。・・・それは万死に値しますね」

 

 ギャリソンの目に狂気が走る、っておいおい。

 

 「だからぁ、いつもは冷静なのになぜ私の事となるとそんなに沸点が低いかなぁ。後、ヨウコとサチコも殺気を振りまかないの。見なさい、シャイナは余裕の表・・・ねぇシャイナ、なぜあなたは微笑みながら愛刀の紅桜をアイテムボックスから出しているのかしら?」

 

 シャイナの愛刀、大太刀”紅桜”。

 赤い刀身に桜色の波紋が美しく、鞘から抜いて飾っておくだけでもかなりの価値を見出されるであろうそれは、シャイナの持つ刀の中でも切れ味だけなら一番と言っても良いほどの業物だ。

 でもシャイナ、そんなものを持ち出してあなたは一体何をするつもりなのかしら? 

 

 「他意はないわ。ただ無性に、この刀身を見たくなっただけ」

 

 「言っておくけど、皇帝と会うときは帯剣は許されないから持っていけないわよ」

 

 「大丈夫よ、さっきまでと同じ様にちゃんとアイテムボックスに入れて持ち運ぶから」

 

 そう、それなら大丈夫ね、ってそんな訳けないじゃない! まったく、普段はみんな温厚なのになぜ私の事が絡むとこう、好戦的になるかなぁ? それに私の予想した通りに皇帝がそう思っているとは限らないじゃないの。

 

 「あのねぇ、私の事を重きに置いていないと言うのはあくまで私の想像であって実際は違うかもしれないのに、みんなそんな調子でどうするの? 特にギャリソン、あなたは使用人統括なんだから本来ならヨウコたちを止めて諭すべき立場でしょ。真っ先にいきり立ってちゃダメじゃないの」

 

 「申し訳ありません、アルフィン様」

 

 「それとシャイナ、その物騒な物は持ち込み禁止ね。サチコに預けておきなさい」

 

 「え~」

 

 「え~じゃありません。大体、ただ会談に行くだけなんだからそんな物はいらないでしょ。第一、そんなものがなくても私たちを害する事がこの国の人たちに出来るはずがないんだから」

 

 不満そうなシャイナに私はそうきっぱりと告げる。

 私としては穏便に、何事も無くこの会談を終えたいんだから少しでも不安の残るような事は排除しておきたいもの。

 シャイナには武器などではなく、その美貌でバハルス帝国と対峙してほしいのよね。

 

 「とにかく、威嚇も敵対行為も無し! 何があっても友好的に接する事。例え挑発されても、絶対に乗ってはダメよ」

 

 「挑発? 挑発される可能性があるとアルフィンは思っているの?」

 

 私の言葉があまりに意外だったのか、それともこれまでの行動自体がただの遊びによる悪乗りだったのかわからないけど、先程までの不満顔をどこかにやってシャイナは私の言葉に飛びついてきた。

 でも、そこまで驚く事なのかなぁ? あちらがこの会談で此方を挑発する可能性があるって話が。

 

 「可能性っていうか、普通にしてくるんじゃないかなぁ? この報告書を読むと色々と策を練ってくる人みたいだし、本人は友好的だけど部下の騎士、さっき皇帝陛下と一緒に居た男の人だけど、あの人あたりが失礼な態度を取るとかはしそうじゃない? 人を驚かしたり、怒らせたりした方がその人の本質が見えるからね」

 

 これは一般的によく使われる方法で、面接で突拍子もない質問や行動を取らせて相手の反応を見るのもこの方法の一つ。

 皇帝からすれば私たちが何者で、どんな思想を持っているのか解らないのだから、此方の仮面をはいでその本音を聞きたいと思うのが普通だもの、どこかで仕掛けてくると私は考えているのよね。

 

 「なるほど、何を言われてもアルフィンは相手の挑発に乗る事はないだろうけど、私やギャリソンが自分の国の女王を蔑ろにされた時にどう反応するかを見て、私たちが何を考えているのか判断材料にするかもしれないというのね」

 

 「そう。それなのにちょっとした挑発で今みたいな反応をされてしまうと、此方に何か不利益な事が少しでもあると対立する事になるかもしれないなんて考えられてしまう可能性だってあるもの。だからこその忠告。もう一度言うけど、絶対に挑発に乗ってはダメよ。態度だけじゃなく、顔や雰囲気に出してもだめ」

 

 そう言って一拍置いてからシャイナのほうに向き直る。

 

 「シャイナ。あなたは特に気をつけないとダメよ」

 

 「えっ! 私?」

 

 私の言葉にシャイナは自分の方を指差し、大きく目を見開いて驚いた顔をする。

 

 「ええ、ギャリソンは家令だと思われているから挑発はされないと思うから、もしやってくるとしたらあなたに対してだろうと私は考えているのよ。それにボウドアの話やカロッサさんの館で鎧型の鉄塊を切り裂いた話は多分伝わっているだろうから、特にあなたがどれだけ我慢強いかを向こうは知りたいと思っているだろうしね」

 

 「なるほど、確かに私の沸点が低ければ脅威と感じるかもしれないわね。私とアルフィンは基本同格と伝えてあるから、私が激昂したときにアルフィンの静止がどれだけ効くかもわからないし。解ったわ、気をつける」

 

 「うん、お願いね」

 

 この心配については、これだけ釘を刺しておけば良いだろう。

 と言う訳で、私はもう一度羊皮紙に目を落とす。

 

 

 

 えっ!? 貴族を大粛清をしたとは聞いていたけど、実の兄弟までまで処刑したの!? ん、でもこれには注訳があるか。

 なになに、前皇帝である父は・・・母である皇后に毒殺されたぁ!? で、その事からこの様な暴挙も平気でできる程度に心が壊れているんじゃないかって言われてるの? 何それ、ちょっと怖い。

 

 私からすると想像もできない話だけど、母親が父親を毒殺するって一体何があったのよ?

 利害が対立する可能性のある親兄弟ならともかく、運命共同体でもある夫婦間でと言うのは貴族や王族の間であってもそうそうある事じゃないわよね? そんな状況になったらそりゃ心のどこかが壊れるかもしれないだろうけど、その上自身も兄弟まで殺しているってどれだけ壮絶な人生送ってるのよ、あの皇帝陛下は。

 

 そう思って先ほどの皇帝の顔を思い浮かべる。

 あの人がねぇ・・・そんな風には見えなかったけど。

 

 ぶるっ。

 

 一瞬、体が震える。

 皇帝と言う立場に居るからか、それともそういう教育を受けてきたからなのか、それはそのような態度をまるで表に出さない彼に私がなにやら恐ろしいものを感じたからだ。

 

 普通に見えるが普通ではない人。

 私はこの一文を読んで緊張し、この後に控えている皇帝との会談は特に気を引き締めて掛からないといけないと心の中で強く決意した。

 

 ところが、

 

 「すみません、アルフィン様。会談に向けて資料を読まなければいけないのは重々承知しているのですが、そろそろドレスのお召し変えをしていただきませんと、化粧直しをする時間がなくなってしまいます」

 

 「え? ああ、そうね。解ったわ。ごめんね」

 

 そんな私の強張った思考は、ヨウコのこの一言で霧散してしまった。

 と同時に、よく考えたらそこまで気負う必要はないんじゃないかも? なんて考えまで頭を擡げてきたのよ。

 

 なんと言うかなぁ、皇帝陛下が壮絶な人生を送ってきたと知って、つい私までシリアスに引っ張られてしまったけど、だからと言って私はこの国の人間じゃないし彼の人生が私たちに何か影響を与えることも多分ないと思う。

 それに気が付くと、ただ単にこれから隣国の王と会うというただそれだけの事なのに、私は何を深刻ぶっていたのだろうなんて考えて少し笑えてくるのよね。

 

 多分、ずっと自分のことを女王だと口にしているうちに自己暗示にかかって居たんだろうけど、実際の私はそんな大層なものではないんだから女王として完璧に皇帝陛下と相対するなんて事はできないとも思うのよ。

 だからこそ気を張って頑張ろうとすればするほど、どこかに無理が出てボロを出しやすくなるだけなんじゃないかなぁ。

 

 そう、私は小国の女王を押し付けられただけのあまり物を知らない小娘、その程度の認識でいくべきよね。

 できもしないのにまともに相対しようなんて大それた事を考える方が間違っているのだから。

 

 

 

 今までのシリアスモードからいつもの、のほほ~んとした思考に戻った事によって私にもかなりの余裕が出てきた。

 と言う事で、通常営業な心持ちで話を薦めることにする。

 

 「ドレスだけど今日最初に着てきた奴はロクシーさんに一度見られちゃってるから、そのまま同じものと言うのは芸がないわよね。セルニアのことだから別のドレスも数着持たせているんでしょ? 一通り見せて。あと、アクセサリーはパーティーじゃないんだから控えめで」

 

 そこまで言って私はある事を思い出す。

 

 「そうねぇ、カロッサさんの館に初めて行った時につけていた毒と麻痺、それに精神支配の抵抗が中程度上がるペンダントがあるでしょ? あれが良いんじゃないかなぁ。多分あのペンダントに関してもあちらに伝わっているだろうし、あれをつけているだけで飲食物に関して毒の有無の検査をするなんて野暮な行為をしなくてもよくなるから」

 

 30レベル程度のプレイヤーがつける装備だけど、鑑定したリュハネンさんが毒に対しては完全耐性が付くと言っていたから多分この世界で手に入る毒なら全て防げると言う事なんだろう。

 そんなものを装備しているのに毒が入っているかどうか調べる方が不自然だ。

 だからこそ誰かに毒見をさせることも検査の為の道具も使うことも必要が無くなり、またそのような行為で相手から自分を疑っているのか? と言いがかりを付けられるのを防ぐ事もできるからね。

 

 「ですが、そのような物を付けて行っては、かえって不興を買う恐れがあるのではないですか?」

 

 「それは大丈夫よ、何せあのペンダントはシャイナ曰く我が国の秘宝の一つらしいもの。皇帝陛下の前でつけるに値するペンダントだと言えると思わない?」

 

 私はそう言ってヨウコに笑いかける。

 あの時のシャイナの言葉は、こういう所でも意味を持ってくるのよね。

 まぁ、本人はあの場で思いついた事を口にしただけで、後々の事なんて考えてはいなかっただろうけど。

 

 「はははっ、なるほど、私のファインプレイと言う訳か」

 

 「そうよ、おかげでこの国の中でなら毒見をする必要はなくなったわ」

 

 そう言って私とシャイナは笑いあう。

 

 ロクシーさんと初めて会った時は本来、まるんが会うはずだったところを急遽私が会うことになったと言う体だったから使えなかった、と言うより使わなかったけど、以後はこのペンダントに活躍してもらうのが良いだろう。

 

 ・・・すみません、見栄を張りました。

 たった今思い出して使う事にしただけです・・・って、私は誰に謝ってるんだろう?

 

 「ところでアルフィン。あなたは、ここでも新しいドレスに着替える方が良いと考えるんだよね。なら私も替えたほうがいいかな? 」

 

 「今のあなたの姿のままだと会談に加わるにはセクシーすぎるでしょ。そうねぇ、シャイナは赤のドレスのイメージがあるけど、折角だから趣向を変えて別の色を選んだ方が良いんじゃないかしら? あっでも、そもそもあなたのドレスは全部背中が開いているセクシーなものだから皇帝陛下と会談する場には向かないか」

 

 ん~、どうしよう? あっそうだ!

 

 「ヨウコ、あなたとサチコのドレスも念のため持ってきているんでしょ?」

 

 セルニアの事だからきっとと思い立って聞いてみたところ、私の問いにヨウコが頷いて肯定する。

 

 「はい。私もサチコも2着ずつですが、持って来ております」

 

 「その中からシャイナに合いそうなものを選びましょう。私のドレスでも良いけどシャイナには可愛い系のドレスは似合わないし、ヨウコやサチコが着るドレスの方がイメージ的に合うと思うよ」

 

 こうして着々と準備は進む。

 

 「化粧はどうしましょう?」

 

 「薄めでお願い。威厳を出そうとしたら女王らしいメイクが良いんだろうけど、今回は皇帝陛下との会談だから返って逆効果になりそうだし、私の容姿だと無理して背伸びをしてる感が出ちゃうかもしれないものね」

 

 「アルフィン、なら私は?」

 

 「シャイナもナチュラルで。私は薄めなのに、シャイナがバリバリにメイクしてたらおかしいでしょ? それにその方が効果的だと思うしね」

 

 シャイナの美貌は華であり武器でもあると思う。

 だからこそ化粧で隠すのではなく、そのままの美しさを強調する方が良いと思うのよね。

 皇帝陛下はそんなことでごまかされたり判断を誤ったりはしないだろうけど、うまくすれば護衛の騎士やお付の人には効くかもしれないから。

 

 「解ったわ。じゃあサチコ、お願いね」

 

 「はい、シャイナ様」

 

 「ヨウコ、メイクが終わったらヘアメイクもお願い。パーティー用にちょっと豪華にしてもらったけど、今回はいつもの感じでね」

 

 「あっ、それなら私もいつものシニョンでお願い!」

 

 「「畏まりました」」

 

 

 こうして準備を進め、アルフィンたちはいよいよバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下との会談に挑むのだった。

 




 色々難しく考えてしまいそうになりましたが、アルフィンはあくまでただの一般人であり、元プレイヤーの一人でしかありません。
 知恵者でもなければ、当然本当の女王でもありません。
 それに元々がエンジョイ勢で楽しむ事を一番に考えているのですから、自分の立場を思い出せば「まっ、何とかなるかぁ」と言う思考に行き着くのが当たり前だと思ってこの様な展開になりました。


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102 それぞれの考え

 

 此方の準備が終わり、もう何時呼んでもらってもいいですよとヨウコから外で控えている迎賓館詰めのメイドさんに伝えてもらう。

 そして会談の場への案内人が来るまでの少しの間だけでも情報を集めようと、私はギャリソンが用意してくれた羊皮紙に目を落とした。

 いくら気を追わないと言っても本当に丸腰でいけるほど私は図太くないし、それでも何とかうまくできるなんて思えるほど自己評価も高くないからね。

 だけど、

 

 「う~ん、読めば読むほど私との格の違いが思い知らされるわねぇ」

 

 「いえ、アルフィン様がバハルス帝国の皇帝陛下より劣っているなどと、そんな滅相も無い事です」

 

 私の独り言に、ギャリソンが反応して即座に否定の言葉を投げかけてきた。

 でもさぁ資料を読めば読むほど、どう考えても私の方が劣っていると思い知らされるのよねぇ。

 現実的に考えて、この部分だけはきっちりと私たちの共通認識にしておかないと後々面倒な事になりかねないから、この場できちっと釘を刺しておく。

 

 「ギャリソン、私たちは何? 都市国家イングウェンザーとか言う仮初めの物ではない、本当の私たちよ」

 

 「・・・ギルド”誓いの金槌"でございます」

 

 なんだ解ってるじゃない。 

 そう私たちは国家なんて崇高なものじゃない、あくまでただの一ギルドなのよ。

 

 「そうよ。物を作り、その品物の価値を見極め、適正な価格で売るマーチャントギルド”誓いの金槌"よ。そのギルドの長が自分の価値を見誤るなんて恥ずかしいこと、できないのは解るでしょ? それなのにそのギルドが母体の仮想国家である都市国家イングウェンザーの家令であるあなたが、そんな身びいきの判断をしてどうするの?」

 

 所詮私はデザイン会社の社長をしていた程度の一般人なんだから、大国の皇帝陛下と比べて劣っているのは当たり前なのよ。

 でも、劣っている事をちゃんと認識していれば早々ヘマをする事はない。

 私だって大会社の人たちと商談をしてきた経験があるんだから、気後れさえしなければ何とかなるはず! まぁ、今回は時間が無くて情報を入れる時間が少ないから不安ではあるけどね。

 

 「幸いな事に此方が劣っているのが解る程度には情報が集まっているのだから、その事実はちゃんと受け入れておかないと。前提条件が間違っていれば全てを間違えてしまうのは解るわね? だからこそ情報は正確に、今の自分の実力と立ち位置をしっかりと見極めて商談をするのが一番大事なことなの。自分を過大評価する愚か者は、どこかで必ず失敗して足元をすくわれるだけだわ」

 

 「解りました。差し出がましい口を利いてしまい、まことに申し訳ありませんでした」

 

 私の言葉を租借し、ちゃんと理解した上で納得してくれたという事が解るギャリソンの表情を見、口調を聞いて私はほっと一安心。

 だってこれがもし口先だけで、実はまったく納得をしていないなんて状態だったら困るもの。

 私にとってギャリソンはもしもの時の保険みたいなキャラだから、各国の力関係をきちんと納得した上で冷静に状況判断し、集めた情報を基にして助言をしてくれないと困るからね。

 

 「解ってくれたのなら良いのよ。あなたやメルヴァの方が私より頭が良いのだから本来なら正確な状況判断をして私に助言してもらいたいのに、いつも私のことを過大評価して変な意見を言うからちょっと困っていたのよね。集めて来る情報は正確なんだから、後は私の実力を正確に見極めること。今回は仕方がないけど、次からはしっかりと私やシャイナたちの事を理解し、それを含めての状況判断を元に指示を出すのよ。それがこれからの宿題ね」

 

 「畏まりました」

 

 と言ってもまぁ、彼らが私の実力を正確に分析できるとは思っていないんだけどね。

 だって過保護すぎるほど過保護だし、忠誠心にいたってはちょっと行過ぎなくらいですもの。

 でも私の実力はそれほどでもないという事が頭の隅にでもあれば、いずれ適切な助言をしてくれるようになると私は信じてる。

 ギャリソンもメルヴァも、そしてその他の子たちも私なんかよりずっと優秀なんだから。

 

 コンコンコンコン。

 

 そんなことを考えていたら、ドアからノックの音が聞こえてきた。

 いけない、会話をしているうちに結構な時間が経ってしまっていたみたいね。

 ドアがノックされたという事は会談の準備ができて私たちを呼びに来たと言う事なのだろう。

 

 うわぁ、結局殆ど準備する時間が無かったよ。

 でもまぁ後悔しても後の祭りだし、時間が来てしまったのだから行くしかないだろう。

 

 「迎えが来たみたいね。それじゃあ行きましょうか」

 

 そう言って私は羊皮紙をギャリソンに渡し、ソファーから腰を上げた。

 

 

 ■

 

 

 アルフィン嬢の準備が整ったという事で、ホストである我々は会談が行われる部屋へ先に入る。

 そして此方の準備が整った所で、彼女たちの元へ案内の者を向かわせた。

 

 「さてロクシー、都市国家イングウェンザーの者たちがこちらへと来るまでの少しの間だが、今日改めてあの者たちを見た所の印象を聞かせてもらえるか?」

 

 「アルフィン様たちの印象ですか?」

 

 少しだけ考えるような素振りを見せ、そして顔をあげたロクシーは私に対してこう言った。

 

 「そうですねぇ、例えるのならしっかりとした教育を受けた箱入り娘、ですね」

 

 ふむ、少し変わった印象を受けたのだな。

 

 「箱入り娘か。なぜそう思ったのだ?」

 

 「あの方はとても頭が回ります。それに話した印象では地位ある者との会話にも慣れているようですからパーティーなどの社交の場にも何度かお出になられていると思いますわ。ああ、これに関してはあのダンスを見れば自明の理ですわね。ただ、危ういのです」

 

 危ういか。

 私は甘いと感じたが、ロクシーは甘いではなく危ういと評すのだな。

 だがなぜだ?

 

 「危うい?」

 

 「はい。アルフィン様は何と申しますか、悪意に鈍感なのです」

 

 ロクシーはそう言うと、のどを潤す為に目の前に置かれたカップに口をつけた。

 

ほうっ。

 

 そして、そう一息ついてから話を続ける。

 

 「最初に御会いした時、わたくしは彼女の素の表情を見るために、他国の来賓を迎えるにはあまり相応しくない質素なドレスで、なおかつ扉に背を向ける状態でアルフィン様に御会いしました」

 

 「お前が質素な服を好んで着用するのは相手の素を引き出す為だというのは承知している。だが今回は客人を、それも都市国家とは言え他国の女王を迎え入れるのに背まで向けたのか?」

 

 これは普通ではありえない話だ。

 通常他国の者を迎え入れる場合、重要な使者ならば入り口で出迎え、そうでない者であっても扉の方を向いて迎え入れるのが一般的なマナーであり、入ってきた時に表情が見えないなどと言うのはどちらかと言うと非常識に当たる行為なのだから。

 

 「はい。と言うのもわたくしは初め、もしかしたら都市国家イングウェンザーなどと言う国は無く、アルフィン様もその地位を語る者ではないか考えていたからなのです」

 

 「なんだと!?」

 

 これは初耳だ。

 

 「ふふふっ、だってわたくしの耳に入る話があまりに荒唐無稽なものばかりでしたもの。金貨5000枚もするルビーを他愛無い内容の報酬に渡したとか、騎士貴族とは言え鉄の塊をたやすく切り裂いたとか、幻覚でも見せられたのではないかしら? と思わせる話ばかりでしたもの。その上、この都市の騎士からの報告では妖精まで使役していると言うのですよ? わたくし、アルフィン様の事を、もしかしたら悪魔か何かが化けているのではないかしらと疑ったくらいですわ」

 

 「うむ。確かに、その話だけ聞けばそう考えても可笑しくはないな」

 

 シャイナという騎士貴族の話など、実際に先程のダンスを見るまではいくらなんでもそれは無い、まさに眉唾物ではないかと思っていたからな。

 ロクシーの見立て無しに報告だけかいつまんで聞いていたら、私も一笑に付していたかもしれない。

 

 「悪魔と言うのは古来より人を騙すのがうまいと言います。ですから不意をつき、怒らせ、その本性を見ようと考えたのですわ。ところが、結果は前に御話したとおりですのよ。わたくし、自分の馬鹿さ加減につい笑ってしまいましたわ」

 

 「一瞬驚いた後、満面の笑みを浮かべた、だったか?」

 

 アルフィン嬢は悪戯を仕掛けられ、まんまと引っかかってしまった事に対する照れ隠しであの満面の笑みを浮かべたのではないか? と、その後の会談の様子から、そう推測されるとロクシーは言っていたな。

 

 「ええ。きっとあの方は自分が試されていたなんて考えてもいなかったのでしょう。会談が始まると勤めて微笑を浮かべた表情を作られていた事から、あの笑顔は意図したものではありません。あれこそがアルフィン様の素なのでしょう。しかし、それだからこそ危ういのです」

 

 「自分が試されていたと言う事に気付かず、それを悪戯と思い笑顔を浮かべたか。確かに悪意に疎いと言うお前の見立ては間違いなさそうだな」

 

 ロクシーは頷く。

 

 「はい。でもしっかりとしている所はしっかりとしているのですよ。今回のパーティーも急だったにもかかわらずカロッサ子爵のところに使者を送り、情報を集めていたようですもの。わたくしとしては帝都のパーティーと違い、上級貴族が一人も参加しない小規模のものですから作法などにそれ程気を使わず、当日少しだけリハーサルをして双方の作法の違いを確かめた上ですりあわせ、それが難しいようなら儀典官より『急な御参加ですからアルフィン様は都市国家イングウェンザーの正式な作法で御振る舞いになります』と参加者に伝えるつもりでしたのに、蓋を開けてみたらしっかりと我が国の作法を勉強していたのです。わたくし、それを知って驚いてしまいましたわ」

 

 「ほう、あれはお前が示唆したものではないと?」

 

 「ええ、アルフィン様が予めお調べになられて、10日間の内に此方にあわせてくださったのです。どうです? あの若さで、かなりしっかりしているとは思いませんか? それなのになぜか悪意にだけはかなり鈍いご様子。そしてそれはもう一人の騎士貴族にも言えます。私の予想ですが、アルフィン様の国は特殊な事情で彼の方が女王になられていますが、実権はまた別の方が握っているのではないでしょうか? そして、そのおかげでお若いアルフィン様は、まだあまり醜い政争の場には立った事がないのでは? そう考えたのです」

 

 なるほど、それならば辻褄が合うな。

 彼女が本当に女王だと言うのならば、なぜ国許を離れてこの様な場にいても国が混乱しないのかが疑問が残る。

 だが本国には政治をつかさどる者が別にいて、アルフィン嬢は象徴、お飾りのような者と考えれば他国周辺でふらふらしていた所で何の問題も無いと考えられないか?

 

 「ロクシー、お前の言いたい事は解った。確かにその予想通りなら箱入り娘と評するのも理解できる。だが、ならなぜ私を呼んだ? 確かに面白い娘ではあるが、私とあわせる必要は無かっただろう?」

 

 「あら、お解かりにならないのですか?」

 

 そう言ってロクシーは面白そうにころころと笑う。

 うむ、この女は時に私の思いもよらない理由で動くからな、勝手な想像で話を進めるべきではないだろう。

 

 「うむ、解らないな。なぜだ?」

 

 「我が国の利になるからですよ。都市国家イングウェンザーにはかなりの価値があります。財力、希少金属、武力、魔法戦力。その幾つか、いやもしかしたらその全てが我が国に匹敵するかも知れません。そして何よりアルフィン様が良い。彼女は女王と言う立場についておられるので無理でしょうが、できたら陛下の元に嫁いでもらい、子をなして欲しいとさえ私は思っているのですよ。そうすれば聡明な御子がお生まれになるでしょうし、うまくすればあの方の膨大な魔力を受け継げるかもしれません。そうなれば我が国の未来は安泰ですから」

 

 なんだ、今度はあの娘を私にあてがおうと考えたのか。

 確かにあの娘は隣国のいけ好かない黄金や若作り、極度の綺麗好きたちのような欠点らしい欠点もない。

 だが国を守るという観点で言えば、悪意に鈍いと言うのは少し気になるな。

 

 しかし立場からロクシーは無理に私にあてがおうと言う気はないようだから、そのような心配をする必要はないかもしれないが。

 

 「ああ、でもあのシャイナという騎士貴族は良いですね。あの胆力に強さとスタミナ。頭のほうは解りませんが、あれならよい子を産むでしょう」

 

 「・・・勘弁してくれ」

 

 あの無限のスタミナを持つ女性と床を一緒にするだと? 私に死ねというのか?

 いざ実際に妻や愛妾にした場合、子をなす為ですという大儀の元、夜の営みでミイラのように性も根も搾り取られる自分を幻視して、ジルクニフは頭を抱えるのだった。

 

 

 ■

 

 

 会談が行われる部屋へと続く通路を歩きながら、シャイナは前を歩くアルフィンの後姿を見つめながら考えに耽っていた。

 

 

 

 「都市国家イングウェンザーとか言う仮初めの物・・・か」

 

 そう言えばマスターはいつも考えていたわね、お客様第一って。

 マスターが言う所の私たち自キャラは、なんとなくだけどユグドラシル時代にマスターが考えていた事を覚えているのよねぇ。

 それは多分動いている時は常にマスターが私たちの体に入っていて、いつも色々な事を考えながら動かしていたからなんだろうと思う。

  だって季節イベントやクエストをやっている時でさえ、頭の片隅ではマスターは常にギルド"誓いの金槌"のことを考え、そこに来るお客さんにどう楽しんでもらおうかと考えていたんだもの。

 

 「そうだよ、私たちは都市国家イングウェンザーではなく、ギルド"誓いの金槌”である事を忘れてはいけなかったんだ」

 

 そう、いつの間にか私たちは、この世界に来てから作った設定である都市国家イングウェンザーと言う国の住人であり、それぞれの地位を頂いていると言う"嘘"になれてしまっていった。

 私はついさっきまでそんな風には考えていないと信じていたけど、マスターのあの言葉を聞いて自分の深層心理に気が付き、その勘違いを実感したような気がする。

 

 NPCたちは私たちに従い、私たちはマスターに従う。

 ユグドラシル時代ではありえなかった実感のあるこの立場が、私を少しずつ変えていってたんじゃないかな? でもそんな中であっても、マスターだけが変わらずギルド”誓いの金槌"のギルド長のままでいたのだろう。

 

 そう、マスターは私たちとは違う。

 マスターは私たち自キャラは自分の分身であり、魂が分かれたものだと考えているようだけど、実際の所私たちはマスターよりもNPCたちに近いんだと私は考えている。

 ただユグドラシルでマスターの心に触れていた分だけ、他のNPCたちよりマスターに近い思考パターンを持っていただけなんじゃないかな?

 

 でも、この世界に来ての殆どの時間を"シャイナ"と言う与えられた人格ですごす事によって少しずつ私という"個”が作られた。

 そしてそれよって勘違いしちゃったのかもしれないわね。

 

 この世界に来た当時、マスターは言ったよね? 私たちは別に凄い存在じゃないし、メルヴァやギャリソンより劣っている所もあるって。

 あの当時からマスターは自分と言う存在をしっかりと保とうとしていたんじゃないかな?

 

 別の世界に来て、今までとはまるで違う超常的な力を持った存在に変わってしまった自分。

 でもそんな状態になってもけして流されないのはマスターの中に”お客様第一"と言う誓いの金槌の理念があるからなんだろうなぁ。

 

 「そうだよね、私たちはただ身体能力的に強いだけの存在なんだ。誰かより偉いわけでもなければ、誰かより優れた存在でもない」

 

 今日、ギャリソンが叱られているのを見て私は再認識することができた。

 自分と言う存在と力量をしっかりと認識し、お客様の好みと性格をしっかりと理解する事ができなければ心の底から楽しんでもらえるわけがないという心構えを、私"シャイナ"と言う存在は忘れていたんじゃないのか?

 そしてその認識は私たちの根底であり、マスターに仕える私たちの根幹でもあるのではないのか?

 

 そう思って目を向けると、そこには何も言わず行動を示す事でそれを教えてくれるマスターがいる。

 

 「やっぱりマスターには敵わないなぁ」

 

 ふふふっ。

 先程のマスターの言葉を思い出し、一人満面の笑顔を浮かべながら決意を新たにアルフィンの後ろに身も心もつき従っていくシャイナだった。

 




 先日感想掲示板に天城さんと言う方から感想を頂きまして、それを読んで思うところがあったのでこの話を書き上げました。

 これで全てがすっきりすると言う事はないのでしょうけど、これで少しでも違和感を緩和できたでしょうか? できてたら良いなぁ。


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103 驚愕の謝罪

 

 私たちは皇帝陛下との会談のため、メイドさんの案内で長い通路を歩いている。

 と言っても迎賓館がいくら普通のお屋敷より大きくても別にお城のように広い訳では無いから、数分も歩いたら先の方に騎士たちが守る扉が見えてきたんだけどね。

 

 だから「ああ、あそこが目的の部屋なのね」なんて思いながら歩いていたんだ。

 だけど私の予想は外れて、そこへたどり着くすぐ手前にある小さな扉の前で案内のメイドさんは止まってしまった。

 

 えっ、ここなの? と思いながら扉を見つめていると、メイドさんが振り返り、

 

 「アルフィン様、申し訳ありませんが執事とお付のメイドは、この隣室でお待ちいただくことになります」

 

 と、そんな事を言ってきた。

 へっ? 私とシャイなだけで皇帝陛下の下へ行けって事? 護衛も無しに?

 

 「ギャリソンたちは、同席できないと?」

 

 いくら皇帝陛下が偉いと言っても私は一応都市国家の女王と言う体で来ているのだから、来賓相手に流石にそれは失礼じゃないかと思ってメイドさんにそう問い掛けると、彼女は本当に申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

 

 「申し訳ありません。会談はアルフィン様とシャイナ様、そして皇帝陛下とロクシー様の四人でとのご指示なのです。この部屋はこれからお通しする部屋の控え室でして、何かが起こった時はすぐに中の扉から隣の部屋へと飛び込めるよう、陛下の護衛である四騎士のお二人もすでに此方の部屋に入られております」

 

 なるほど、会談は私たちだけで護衛やお付の者は双方隣室で控えると言う事なのね。

 ロクシーさんとの会見ではレイナースさんがついていたのに今回は護衛なしで会ってくれると言う事は、少しは私たちの事を信用してくれたと言う事かな?

 

 「中の扉には鍵は掛かっていないのですね?」

 

 「はい。緊急時に備えて、扉には鍵そのものが取り付けられていません」

 

 私の言葉にメイドさんは頷き、そう応えた。

 それを確認した所でギャリソンたちの方へと向き直る。

 

 「聞いたわね? ギャリソン、ヨウコ、サチコ。あなたたちは此方で私たちの会談がすむまで待っていて頂戴。これだけの警備の中、賊が現れる事も無いでしょうし、折角四騎士の方たちとご一緒できる貴重な機会なのですから、あなたたちもお二人と話をしてくると良いわ」

 

 「畏まりました、アルフィン様」

 

 私の意図を"正確に"読み取ってギャリソンは礼をする。

 

 その姿を見たメイドさんは、普通ならありえないような失礼なことを私に伝えると言う嫌な役回りを引き受ける事になってきっと緊張していたんだろうね、ホッとしたような表情を見せた後、ノブに手をかけてそのまま扉を開いてしまった。

 でもこれは明らかに失態なのよねぇ、本来ならば中に人がいるのだからノックをすべきだったのだ。

 

 しかしそれを省いて扉は開かれた。

 そうなると当然、私からも中にいる二人からもお互いの姿が見えるわけで・・・。

 

 ザッ。

 

 想像よりかなり広い部屋の中でソファーに座っていた二人は、そんな擬音が聞こえるようなほどの速さで立ち上がり、きびきびとした動きで私に対して頭を下げた。

 

 「寛いでいる所をごめんなさいね。私の従者たちがお邪魔するけど、宜しいかしら?」

 

 「は・・・」

 

 「はい! もちろんでございます」

 

 頭を下げられて素通りするのもなんだからと私が一声かけると、最初に顎鬚のおじさんが口を開きかけたんだけど、それを遮るようにレイナースさんが応えてくれた。

 なんと言うかなぁ、なんか褒めて褒めてとじゃれ付いてくる犬を見ているかのようだ。

 でも流石に本当に褒める訳にはいかないから、ここはお礼を言っておく。

 

 「レイナースさん、ありがとう」

 

 私はそう言うと、ギャリソンたちに中に入るように促す。

 すると3人は私に頭を下げてから部屋の中へと消えて行った。

 

 ギャリソン、遠めでしか見ることができなかった髭のおじさんの力量、ちゃんと見極めてくるのよ。

 

 そんな彼らの背中を見送りながら、私は心の中で独りごちるのだった。

 

 

 

 さて、彼らを見送って今度こそ私たちの番である。

 先程はメイドさんがノックをしないで扉を開けるというミスは犯したけど、流石に皇帝陛下が居る部屋でそんな失敗をするわけも無く、またそんなミスをするような者が中にいる者に直接声をかける事ができるはずも無かった。

 

 「アルフィン様、シャイナ様、御両名様共に御着きになられました」

 

 「うむ、ご苦労」

 

 先程の失敗が響いているのか、メイドさんが緊張の面持ちで扉を守る騎士さんに話しかける。

 

 コンコンコンコン!

 

 するとその騎士さんはガントレットの付いた硬い拳で扉を強くノックし、

 

 「都市国家イングウェンザー女王アルフィン様、ならびに都市国家イングウェンザー上級貴族シャイナ様、御両名様共に御着きになられました。お取次ぎ願います」

 

 そう声たからかに宣言した。

 う~ん、なんとも仰々しいけど、儀典官さんもパーティーでこんな感じだったし、この国ではこういうものなんだろう。

 

 そう思っていると観音開きの扉が開き、中からメイドさんが出てくる。

 そしてそのメイドさんに促されて中に入ろうとすると、そこにはまた扉が。

 ああなるほど、中にいる人を襲おうとする賊が現れたとしても、その賊がいきなり中に飛び込めないように控えの間が作ってあるのか。

 

 これなら先程の騎士さんの仰々しい宣言の理由も解るわ。

 あれくらいの声とノックの音じゃなければ中まで聞こえないのね。

 

 メイドさんに促されて中へと入ると、奥の扉が開かれて行くと同時に後ろの扉も閉められて行く。

 そして前の扉が開ききった所で部屋の奥に目を向けると、

 

 「ようこそ都市国家イングウェンザー女王アルフィン殿、シャイナ嬢。歓迎しますよ」

 

 そこには壁と天井に据え付けられた魔法の光を受けた豪奢な金髪をキラキラと輝かし、女性なら皆見とれるほどの丹精な顔に微笑をたたえたバハルス帝国皇帝、エル=ニクス陛下が両手を広げて私たちを出迎えてくれていた。

 そしてその横には初めて出会った時やパーティー会場とは打って変わって、デザインこそ控えめではあるものの、仕立ての良いドレスと数点の宝石を身にまとうロクシーさんが、静かに微笑んでいた。

 

 「お誘いいただき、光栄です。バハルス帝国皇帝陛下」

 

 私は皇帝陛下の2メートルほど手前まで進み、その場でカーテシーで挨拶をする。

 そして一歩ずれると、今度はシャイナが私の横に並んでカーテシー。

 

 「皇帝陛下、都市国家イングウェンザー貴族、シャイナでございます。以後お見知りおきを」

 

 「うむ。此方こそよろしく頼む」

 

 シャイナの挨拶を受けて、皇帝陛下はそう言うと鷹揚に頷く。

 

 その仕草を見て、とりあえずこれで挨拶は終わったからメイドさんに案内されて席につくのだろうなぁなんて思っていたんだけど、その予想は外れて皇帝陛下が少し横にずれて、ロクシーさんが少し前にすっと歩み出てきた。

  あの様子からすると、なにやら私に話があるみたいね。

 

 「アルフィン様、この度は失礼な事をしてごめんなさい」

 

 ロクシーさんはそう言うと、申し訳なさそうな顔をする。

 えっ? 何のこと?

 

 「えっと、何のことでしょうか? ロクシー様から謝罪をして頂かなければならないような事があった記憶が私にはないのですが・・・」

 

 「パーティーの事ですわ。いろいろと準備が大変でしたでしょう。最初の話ではまるで数人の令嬢との小さなパーティーに誘ったかのような言い方をしたのに、蓋を開けてみればこのようなパーティーで」

 

 なるほどその事か。

 でもなぁ、なんとなくだけどパーティーの規模は大きくなるんじゃないかと思っていたのよね。

 だって最初の印象でロクシーさんは悪戯を仕掛けるのが好きなタイプなんじゃないかと思っていたから

 

 「それにパーティーの作法も此方に合わせて頂けたようで申し訳ないわ。カロッサ家とのつながりは知っていましたが、まさか前もってご準備をなさるなど思いもよらず、ご迷惑をおかけしました。時間もあまりありませんでしたし、此方からお誘いしたのですからアルフィン様のお立場ならば自国の作法のままでも何の問題もなかったですのに、あのようにお心を砕いてくださるとは。そもそも、作法についても本来はこちらから一声おかけすればよかったのです。そこまで思い至らず、申し訳ございません」

 

 「そんな、ロクシー様からはパーティー当日に予めリハーサルをするとご連絡頂いたではないですか。その御心は、私にも十分に伝わっていましたから」

 

 正直そこまで畏まられてしまうと私も困ってしまうわ。

 だって今回はいきなりパーティー会場に呼ばれたわけでは無く、ちゃんとリハーサルをしてもらったもの。

 ロクシーさんもあの場で私の作法がおかしければ指摘をしてくれただろうし、ちゃんと此方に気を使ってくれていたのはわかっているから、ここまで謝られると正直こちらの身の置き所がない。

 

 そんな事を考えていた私に、更なる爆弾が投下された。

 

 「うむ、では私からもお詫びをしないといけないな」

 

 そう言うと皇帝陛下はロクシーさんの横に並び、なんと私に向かってほんの少しではあるが頭を下げたのよ。

 その姿に私は何をどうした良いのかまったく解らず固まってしまう。

 そしてどうやらこれはロクシーさんにとっても予想外だったみたいで、その目は大きく見開かれ、驚きに染まった顔で横に立つ皇帝陛下の顔を見つめていた。

 

 私の位置からは見えないけど、きっとシャイナもあんな顔を後ろでしてる事だろう。

 あれは、それ程衝撃的な光景だった。

 

 「ロクシーのお遊びに付き合ってサプライズ来場などと言う悪戯を仕掛けたのだからな。気を悪くしなかったか?」

 

 「いっいえ、気を悪くなどしておりません。ただ、どうしてあのような事をしたのかと言う疑問はありましたけど・・・」

 

 私は動揺したままだったけど、皇帝陛下の言葉を無視するわけにいかないから何とか再起動。

 でも流石に完全にとは行かなかったからか、少しだけ震えた声で頭に浮かんだ疑問を、ついそのまま口にしてしまった。

 

 そんな私に皇帝陛下は笑顔で答えてくれる。

 

 「アルフィン殿がパーティー会場で想像していた通りだ。私も忙しい身だからね。この地方に足を運ぶ事もあまり無いから良い機会だと考え、この辺りの貴族たちの跡取りが私の登場でどのような態度に出るか見たかったのだよ。」

 

 私が想像した通り? 陛下の口からその言葉が出たって事はカロッサさんとの会話はしっかりと聞かれていたって事よね?

 ・・・私、あの場で変な事、口走ってないよね?

 

 そんな風にあせりながらも皇帝陛下の言葉を聞いて「ああ、やっぱりそうだったのか」と私は心の中で一人納得する。

 だって私如きを驚かす為だけに、バハルス帝国ほど大きな国の皇帝がこんな辺境まで来るはずがないもの。

 ロクシーさんのお遊びと仰られているから、私に会いに来たと言う側面は確かにあるのだろうけど、実際はそれを口実にして視察がてらこの地を訪れたと言うのが本当の所なんじゃないかなぁ。

 

 そんな事を考えていた私は、意識を思考に取られている間、ずっと皇帝陛下に見られていた事に今更気が付いてあわてる事となる。

 

 「もっ、申し訳ありません陛下。陛下を前にして思考に耽ってしまいました」

 

 「構わんよ。そうなるよう、私も話を持って行ったのだからな。見たかロクシー、虚を突くと言うのはこうやるのだ。しかしロクシーもそのような顔をするのだな。良いものが見れて満足だ。皇帝が頭を下げるなどバジウッドが居たらまず間違いなく止められていただろうから、奴の進言を聞いて別室に控えさせたのは正解だった。うむ、奴もたまには良い事を言うものだな」

 

 そう言うと皇帝エル=ニクス陛下は、愉快そうに笑顔を私たちに向けた。

 まさにしてやったりと言った気分なんだろう。

 実際、私もロクシーさんもしてやられてしね。

 

 あとバジウッドさんって、たぶんあの髭の四騎士さんの事だよねぇ? 進言って何のことだろう? 話の雰囲気からすると自分やギャリソンたち護衛を別室に控えさせる事を進言したって言っているようにしか聞こえないけど、今の話の流れとはまったく関係なさそうだし。

 

 まさかその進言が、ギャリソンたちを皇帝ジルクニフから遠ざける為に自分たちも一緒に隣室に控えると泣く泣く言い出したものだなどと、夢にも思わないアルフィンだった。

 




 前回同様頂いた感想を元に作った話第2弾です。
 と言っても、元々ジルクニフがアルフィンの虚を突くために頭を下げるという場面は初めからあったんですけどね。
 ロクシーの謝罪の方は当初は無く、ジルクニフが突然の訪問を謝罪すると頭を下げ、驚いたアルフィンたちが動揺する隙に場の主導権を握ると言う展開になるはずでした。

 101話でアルフィンは挑発と言う手段を使ってくるんじゃないかって予想していますが、あまりに予想外な手だったので気を付けていたにもかかわらず引っかかってしまうと言う展開だったのです。(まぁこの話でも結果は同じですが)

 でも、元々が策を練る人ですが、単純にロクシーの悪戯に乗るような茶目っ気のある人でもあるから、この展開はこの展開でありえる話なんじゃないかな? 


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104 誤魔化せたかな?

 

 驚愕の皇帝陛下ペコリ事件の衝撃も去り、私たちはメイドさんの案内で用意してくれた自分の席に腰を下ろす。

 

 この部屋の造りなんだけど、横長の長方形で左手奥の壁にバハルス帝国の国旗に描かれているのと同じ紋章を模ったレリーフが飾られていて、私たちが入ってきた扉はその反対側、部屋の右端にある。

 因みに案内された長テーブルはレリーフが飾られた壁の方に寄せて設置されていて、逆側の扉の前にはホストがゲストを迎え入れる為にと大きなスペースが設けられている。

 私たちが先程まで立って話をしていたのはそのスペースって訳。

 そして入って右側の壁にも扉あって、確信は持てないけどこの扉がギャリソン達が居る隣の控えの間に繋がっているのだと思うのよ、方向も同じだしね。

 

 さて、紋章付きの部屋に通されたのだから私はてっきり皇帝エル=ニクス陛下はそのレリーフを背にして座るんだろうなぁなんて思っていたんだ。

 自国の紋章だし、肯定と言う立場上、その紋章を背にして他国の使者と謁見するのは当たり前の事だと思うしね。

 ところが陛下はその場所に座る事は無かったの。

 

 お誕生日席に座ると来賓である私たちと話し辛いからなのか、陛下は入ってきた扉の反対側である窓際の向かって一番左側の席に座り、その横にロクシーさん、そして陛下の向かいに私が通され、その隣にシャイナが座る事になった。

 

 「それではアルフィン殿、お招きしたのは私ですから、最初の話題は此方から。アルフィン殿はなぜこの地へと参られたのですかな? 私がロクシーから聞いた話ではこの地を訪れてから特に何をする訳でなく過ごしていると聞いているのですが」

 

 「私がこの地を訪れた理由ですか?」

 

 うわぁ、最初から嫌な質問だなぁ。

 だって私たちの城、イングウェンザー城が今の場所に転移して来たのは私の意思じゃないから特に理由らしい理由は無いもの。

 でもまぁ私たちの存在を知れば当然気になる内容だと思うし、それだけにいずれ誰かに聞かれるであろう事を想定して答えは考えてあるんだけどね。

 

 「幾つかあるのですが、一番の理由は見聞を広める為でしょうか」

 

 「見聞を広める為・・・ですか?」

 

 鸚鵡返しで疑問を投げかけてきた皇帝陛下に、私は微笑みながら頷く。

 

 「はい。これまでの私の行動がお耳に入っていると言うでのしたら、その至らなさから既にお気付きかもしれませんが、私はあまり他国を訪れた事がありません。国許では支配者となるための教育と巫女となる為の修行、魔法の勉強などをして過ごしてきたので都市の外へ出る事が殆どありませんでした。ですが修行の成果が実り、巫女の資格を得たおかげでこのように外に出る事ができるようになったので外の世界を知るために今の場所に城を築き、滞在しているのです」

 

 「アルフィンはこのように話していますが、本来なら巫女と言うのはこの若さでなれるものではないので修行中は国から出られないなどと言う事はありません。しかし我が都市国家イングウェンザーで随一の癒しの力を持つ彼女は幼い頃からすでに先代に匹敵する力を持っていたので、その力を一日も早く開花させる事にこだわった先代が、修行が終わるまでは外交上どうしても必要な場合を除いて他国を訪れる事を禁じたのです」

 

 おっ偉い! シャイナ、よく覚えていたわね。

 このシャイナの台詞、本来なら常に私と行動を共にしているギャリソンが説明するはずの物だったんだけど、もし誰かに尋ねられた時にギャリソンがその場に居なかったら困るからと自キャラたちとメルヴァ、セルニアとヨウコたちにもこの理由の補足事項を覚えてもらっていたのよ。

 

 でもさぁ、メルヴァやヨウコたち、それにあやめやまるんなら多分大丈夫だと思っていたけど、セルニアやシャイナたちに関しては本当に覚えていられるかちょっと心配だったのよね。

 まぁセルニアは抜けている所はあるけどマジックキャスターだから記憶力と言う部分ではある程度信用できると言えばできるからいいんだけど、一番の問題はシャイナだろうなぁと私は考えていたの。

 でも、そのシャイナが立派に説明できたのだから、私としては大満足だ。

 

 うん、例え補足し忘れている部分があったとしてもね。

 と言う訳で補足の補足。

 

 「とは言っても、幼い頃は私も他国を訪れていたのですよ。先代が私の出国を嫌うようになったのは私が巫女の修行だけではなく、その他にも色々と時間の取られる勉強をしていたためなのです。しかし成長し、色々な事に興味を持ち出した頃から今までのように度々他国に訪れていては修行の時間が減ってしまうからと禁止されてしまったのです」

 

 「なるほど、そのような理由で。しかしそのお話を聞いて色々と納得がいきました。我が国にも数多くの神官はおりますが、アルフィン殿のように類まれなる癒しの力を持ちながら、他の系統の技術まで修めている者は居りません。しかしそれはアルフィン殿が他の時間を犠牲にして得られた力なのですね」

 

 皇帝陛下がなにやら納得したような顔でそんな事を言ってきた。

 はて? 話的には矛盾はないような気がするけど、なぜか違和感。

 

 「それ程の事ではありませんよ。ただ詰め込んだだけで、さしたる経験も無いのですから私の実力などたかが知れていますわ」

 

 「いえいえ、アルフィン様は癒しの技のほかに建物を作る事ができるほどのクリエイト魔法を修めていると私は聞き及んでおります。その上、武も我が国の四騎士をも上回ると言うのですからわたくし、頭が下がりますわ」

 

 っ!?

 

 ホホホと笑うロクシーさんを前に、私は危うく大声を出しそうなくらい驚いた。

 だって私は、と言うかアルフィンはこの世界に転移してから戦った事が一度もないんだもの。

 なのにどうして私がそれ程強いと見抜かれたんだろう?

 

 いや、ブラフかな?

 

 「どこでそのようなお話を聞いたのかは解りませんが、横にいるシャイナはともかく、私はそれ程の力は持っていませんよ」

 

 そう思った私はロクシーさんに、にっこりと微笑みかけてこの話を否定する。

 ところが、どうやらこれに関してはある程度確信を持っていたみたいなのよ。

 

 「それこそご謙遜を。この話はロックブルズが私に語ってくれたことなのです。アルフィン様に心酔している”あの”彼女がです。ロックブルズは、いえ我が国の軍の中枢を担う帝国四騎士たちは武に関して大きく実力を見誤る事はありませんわ。それに陛下」

 

 「うむ、確かにバジウッドも同じ様な評価をしていたからな。アルフィン殿、私もロクシーも帝国四騎士たちを信頼しているのだ。その彼らの言葉である以上、我らにとってこの話はまこと偽りのないものと判断する。いくら否定した所で意味はないぞ?」

 

 そう言って陛下はニヤリと笑った。

 うう、否定しても無駄かぁ。

 でも私の本当の強さが伝わっているようにも思えないのよね。

 だってもしそうなら皇帝陛下はともかく、ロクシーさんがこんなに落ち着いて私の前に座っていられるとは思えないもの。

 

 シャイナならもしかして一人でバハルス帝国全軍と戦っても勝ってしまうんじゃない? なんて思うくらいかけ離れた実力を持っているのに、戦場に立つ機会があるとは思えないロクシーさんが如何に此方に敵意がないと言っても、そんな化け物じみた相手を前にして護衛もつけずにこれほど平然とした顔でこの場に座っていられるはずがないもの。

 

 確かに強いかもしれないけど、扉横にはメイドさんもいるし隣に護衛の4騎士がいる。

 このような場にいるメイドさんだから多少の心得はあるだろうし、例えもしもの事があったとしてもメイドさんが楯になっている間に騎士さんたちが飛び込んできて逃がしてくれるだろうと思える程度しか力量が離れていないと考えているんじゃないかな?

 

 と言う訳で、ここは素直に認めることにする。

 ここで尚もそんな実力は無いと言い続けたら、そこまでして隠さなければならないほどなのかと逆に勘ぐられる可能性もあるからね。

 

 「なるほど、そのような見立てなのですか。ならばそうなのかもしれません。ただ私自身、自分がどれ程強いのか解らないのですよ。横にいるシャイナと立ち合った場合、10回やれば10回とも負けてしまうほど実力が離れていますし、何より成長してから殆ど国を出た事がない私は当然他の国の方と試合をする機会どころか手合わせを見る機会さえも無かったのですから、他の国の方がどれほどの実力を持つのか解らないのです」

 

 クスクス。

 

 そんな私のいい訳を聞いて、隣にいたシャイナが笑い出した。

 

 「失礼。アルフィンは巫女の修行の為、兵層(モンク)の修行もしていましたから無手や棍でならばそこそこ戦えるとは思います。ですが、戦場で主流となる剣や楯は持った事もないですから帝国四騎士の方々の見立てほどの実力はないと私は思いますよ。身のこなしそのものは確かにしっかりとしていますが、それは神事を執り行う為に鍛えられたのもので戦場向けのものではありませんし」

 

 そう言うとシャイナは私の方に向き直ってにっこりと笑いながら、

 

 「アルフィン、少しだけ神楽を舞ってみては? それを見てもらえば少しは納得してもらえるんじゃないかな?」

 

 良いことを思いついたわ! とでも言いたげに、こんな事を言い出した。

 

 えっ? 神楽? 神楽ってあの神楽よね?

 

 シャイナが言っている神楽と言うのは、巫女魔法の一つの事だと思う。

 本来の意味での神楽は、神楽鈴と言う道具を持って神様に奉納する踊りを舞う行事なんだけど、ゲームにおいてはコマンドを入力するとキャラクターが舞い始めて周りの弱いアンデッドを消滅させ、なおかつ穢れた地を浄化する事により一定時間再ポップしなくする効果がある魔法だった。

 そしてジョブが巫女である私は当然神楽を舞えるし、その効果を上げるアイテムである神楽鈴も持っている。

 

 でもそうか、舞いというのは体感がぶれると美しくないから、それを見せれば私が強いと勘違いした理由付けにもなると考えたのね。

 

 「そうね。皇帝陛下、ロクシー様、お目汚しになりますが少しだけお付き合いください。シャイナがそう言うのならばきっと神楽を見てもらえば納得してもらえると思いますから」

 

 そう言うと私は立ち上がり、入り口のドア付近の空いたスペースに移動する。

 

 シャランっ。

 

 そしてアイテムボックスから神楽鈴を取り出した。

 

 「ほう」

 

 皇帝陛下がなにやら感心したような顔をしているけど、特に気にすることなく私は準備に入った。

 

 神楽は舞いではあるけど魔法でもあるから、舞えばゲームの時同様エフェクトも出るし効果も現れてしまうけど、ここには対象となるアンデッドなんて当然いない。

 だから強力な魔法であってもその効果がどれくらいの物なのかなんて解らないだろうからと見栄えのしない低レベル魔法である”素”の神楽ではなく、詠唱代わりの舞いが比較的長い中レベル帯で使われる”竜神神楽”と言う神楽を発動する。

 

 シャラン、シャラン、シャラン。

 

 すると私の周りに光の粒のエフェクトがかかり、私の舞いの動きに合わせてそれが舞い散るように広がって周りを浄化して行った。

 因みにこのエフェクトに触れたアンデッドは抵抗に失敗すると灰になって崩れ去り、成功したとしても一定のダメージを受けた上に浄化範囲にとどまり続ける限りは神聖魔法の継続ダメージを負う事になる。

 

 「舞っているアルフィンに変わって説明しますね。この神楽は穢れた地を浄化する儀式魔法で、あの周りに広がる光の粒はアルフィンの魔力によって生み出され、神楽の舞の力によりそれが拡散して広範囲を浄化します。本来は我が国の神事で奉納される舞いなのですが私たちの国の近くでは強力なアンデッドの被害により土地が穢れることがあり、その穢れを祓うためにも使われる事があります」

 

 そんなシャイナの説明を皇帝陛下は真剣な顔で聞いていて、そして私が舞い終えた途端、カーテシーで挨拶をするのを待つ時間さえ惜しいとばかりに私に問い掛けてきた。

 

 「アンデッドの穢れを払うか。それはアンデッドそのものを払う事もできるのか?」

 

 「アンデッドそのものですか?」

 

 発言の意図がつかめず、とりあえず少し考えてから答えを返す。

 

 「ええ、この神楽にはアンデッドそのものを送還したりダメージを与えたりする効果はあります。ただあくまで土地の穢れを浄化する儀式魔法なので自分より強いアンデッドにはほぼ効果がないですし、そこまで強くないアンデッドでも浄化範囲外に出られてしまってはまったくと言って良いほど意味がないので、一定以上の知性があるアンデッドにも通用しない魔法ではあります」

 

 そう、この魔法はボス戦やギルド本拠地攻略戦などで呼び出されたり再ポップする弱いアンデッド対策が主目的の魔法であり、PVPやアンデッドのボス本体相手には殆ど意味を成さない魔法なのよ。

 ユグドラシルではこの様な系統モンスターごとに色々な一定期間再ポップ禁止魔法があって、これらは安全地帯が少ないダンジョンやモンスター配置が任意でできるためにそもそも安全地帯など存在しないギルド本拠地戦で攻略側が休む為の場所を確保するのが本来の使用目的の結界魔法であり、アンデッドへのダメージはあくまでおまけ的な位置づけなのだ。

 

 「弱いアンデッドや知性の低いアンデッドにしか効果はないのか・・・残念だ」

 

 なにやら深刻そうな顔をしているけど、もしかして強いアンデッドが沸く場所があって困ってるのかも?

 でもなぁ、範囲拡大はできるけどそれにも限度があるし、極端に広い場所を浄化して欲しいと言われても困るから、向こうが何か言い出さない限りは此方から売り込むのはやめておいたほうが良いだろう。

 

 この都市の墓地程度の広さなら中心で舞って、その後その効果が届かなかった範囲をまわりながらやれば数時間でできるだろうけど、それ以上の広さの場所なら正直面倒くさいもんね。

 

 「もし貴国の手に余るほど強いアンデッドが沸く場所があるのであれば、その場所は放棄した方が良いと思いますよ。アルフィンは確かに穢れを祓う事はできますが、あくまで癒し手です。それに彼女は我らの頂点に立つ立場ですから、戦いになるような場にはお貸しする訳には参りませんからね」

 

 「うむ、解っている。アルフィン殿をそのような危険な場所に赴かせるなど私も考えてはいないし、何より自国ではどうしようもないからと他国の女王であるアルフィン殿の力に縋ってしまっては我が国も立つ瀬がないからな」

 

 シャイナの言葉を受けて、皇帝陛下は懸案の場に私を連れて行くことはないと宣言してくれたのでホッと一安心。

 この世界のアンデッドならかなり強くても何とかなるとは思うけど、それがもし前に聞いた口だけの賢者のようなプレイヤーだったら困るし、そうでなかったとしてもこの国が兵を動かしても倒すことが出来ないような個体を私が簡単に払ったりしたら一大事だものね。

 

 と言う訳で、今の心のままにホッとした顔で皇帝エル=ニクス陛下に微笑を向ける。

 

 「その言葉を聞いて安心しました。私はシャイナと違って魔物と対峙した経験がありませんからスケルトンやゾンビのような弱いアンデッドならともかく、強力なアンデッドの前に立っても平常時の今のように心を穏やかに保って神楽を舞える自信はございませんから」

 

 当然嘘なんだけど、そう言っておくのが無難だろう。

 私たちのように装備を固めさえすれば、この世界の大抵の相手ならばダメージを追うことさえないであろうなんていうのはかなり特殊なのだから。

 

 道場で強い人が試合で強いとは限らないと言う話はよく聞くし、その試合でいくら優勝するほどの実力があったとしても初めての戦場ではその実力を発揮できるような人はまず居ない。

 ゲームの時同様、死んだり怪我を負ったりする心配がない私たちだからこそ初めての戦場でも緊張することなく実力が発揮できるのだから、そう言っておいた方が相手も受け入れやすいだろうとも思うしね。

 

 「解っている。戦場に立つ為に鍛えている兵でさえ初陣で力を発揮できず終わる者がほとんどだ。だからこそ、そのような新兵は戦列の最後尾に配置するのだが、それでさえ緊張し、怯え、体調を崩す者も多いと聞く。そのような場にアルフィン殿を立たせるなどけしてないから安心してくれ」

 

 「わたくしからもお願いしますわよ。アルフィン様をそのような危険な場所にお連れして国に帰られてしまったら一大事ですもの」

 

 皇帝陛下の言葉に、ロクシーさんがお願いと言う形で念を押してくれた。

 

 「よかったですわ。もしそのような場に連れて行かれては私、きっと震える事しかできないでしょうから」

 

 「そうだね。その時はきっと私も護衛として一緒にいくことになると思うけど、身体的に守る事はできても心までは守る事はできないから、その時はずっと肩を抱いて慰めるような事態に陥りかねないからなぁ。できればごめん蒙りたいね」

 

 なんか酷い事を言われてる気がするけど、これもシャイナなりの援護射撃なんだろう。

 

 「そんな事はありません! もしそのような場に立ったとしても、私だってシャイナにずっと肩を抱いてもらわなくても一人で耐えられます」

 

 だからそう言ってちょっとだけ拗ねてみせる。

 そうする事で、シャイナの心遣いが少しでも効果的に働くように。

 




 今年一年、私の拙い文章にお付き合いくださり、ありがとうございました。
 遅くとも来年の前半にはこのボッチプレイヤーの冒険も完結するので、来年もお付き合いいただけると幸いです。

 さて、来週は年始と言う事で1週休ませていただきます。
 次回更新は14日で、内容も今回の続きではなく外伝になると思います。

 それでは皆様、来年もよろしくお願いします。
 良いお年を。


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外伝3 年末年始

 

 

 今よりほんの少しだけ先の話。

 

 「この世界でも年の瀬は忙しいのねぇ」

 

 1年の終わりを数日後に控えたある日のイングウェンザー城、一階の中央エントランス。

 そこにはあわただしく動き回るメイドたちと、それを見守るアルフィンとシャイナの姿があった。

 

 「忙しいって、私たちは何もやってないじゃない。城の大掃除も新年の飾りの準備もみんなメイド任せだし」

 

 「そうは言うけどシャイナ、あなただってせめて自分の部屋くらいは自分たちで掃除するよってメルヴァに言った時に、彼女からどう言われたか覚えてるでしょ」

 

 そう言ってあの時のことを思い出す。

 私たちが、みんな忙しいだろうから自分たちの領域くらいは自分で掃除するから手を出さなくても大丈夫よと言ったら、メルヴァが大慌てで止めたのよね。

 

 「メイドたちの仕事(楽しみ)を取り上げる御つもりですか? 至高の御方々の私室を掃除する栄誉に預かれるのは各部屋3人ずつの計18人だけなのです。その人選でどれだけ長い時間会議が開かれたか。できる事なら、そう、できる事ならば私もアルフィン様のお部屋を掃除したかった! しかし掃除はメイドの仕事なので血の涙を流しながら私も我慢したのです。そのような状況で選ばれた者たちに、至高の方々は御自ら自室の掃除をなさるようですなどと、どの口が言えましょうか!」

 

 本当に血の涙を流しかねない表情で語るメルヴァに、私たちは何も言えなくなってしまったのよね。

 

 「確かにああ言われちゃなぁ。前にも私たちのために働くのが彼らの最大の喜びと言っていたし、それを取り上げるのかと言われたら手を出す事はできないよ。私としても、まるっきり解らない気持ちではないしね」

 

 「そうね。でもまぁ、御神像と神棚の掃除だけは私がやるけどね」

 

 私のジョブは巫女である。

 そして商売の神様に感謝し、家や会社にあった御神像と神棚を清め、新年を迎えるのは元の世界にいた時から私自身がやっていた事なのだから、これだけはけして譲れないのよね。

 

 「流石にあれだけはメルヴァも折れてたな」

 

 「それはそうよ、商売の神である恵比寿様と大黒様は私にとって大事な神様だもの。この世界に来てしまって初詣にも初えびすにも行けないのだから、せめてそれくらいはしないと気がすまないわ」

 

 流石に熊手の準備だけはメルヴァに取られちゃったけどね。

 まぁ、お札の作成は巫女のような神職系ジョブしかできないからと、熊手の中央に貼るお札だけは私が書くことを認めさせたのだから、それくらいは我慢するとしよう。

 

 ぱたぱたぱた。

 ぱたぱたぱた。

 

 私たちがそんな事を言いながら忙しなく走り回るメイドたちを見ていたら、彼女たちの足音に混じって軽い二つの足音が聞こえてきた。

 ああ、この足音は。

 

 「あっ! あるさん、こんな所にいたんだ」

 

 「あるさんとシャイナ発見!」

 

 我が城の癒し担当、ちみっ子二人組みの登場だ。

 

 「あらまるんにあいしゃ、どうしたの? 私に何か用事?」

 

 「うん、ギャリソンが探してたよ」

 

 「なんか、お手紙がとどいたっていってた!」

 

 手紙? 誰からだろう。

 

 この世界に来て手紙を貰うのは初めてだ。

 と言うのも、たとえばボウドアの村長が私たちに何か用事がある時は館のメイドに伝言を頼むし、カロッサさんが用事がある時はリュハネンさんが同じくボウドアの館に来て連絡するか、時間に余裕があるときは城まで直接訪れるからだ。

 

 例外的にボウドアの村までちょっと遠いイーノックカウにいるライスターさんから手紙が届く事はあるんだけど、そのあて先は私ではなくシャイナだから私にわざわざ手紙を送ってきた人は今までいなかったのよね。

 

 「解ったわ。ギャリソンは執務室ね? 誰からの手紙か気になるし、ちょっと行って来るわ」

 

 「はい、行ってらっしゃい」

 

 「「行ってらっしゃぁ~い!」」

 

 3人の言葉に送られて、私は転移の指輪で執務室の前へと移動する。

 

 「アルフィン様、ギャリソン様がお待ちです、どうぞ此方へ」

 

 すると執務室のドアの前で控えていたメイドが、私に気が付いて一礼し、

 

 コンコンコンコン。

 ガチャ。

 

 「ギャリソン様、アルフィン様が御見えです」

 

 ノックをした後、観音開きのドアの片方を開けて中にいるギャリソンに一言かけてから、もう片方のドアも開けて中に入り、扉の横に控える。

 

 フゥ。

 

 心の中でため息一つ。

 

 いつも思うけど、恭しすぎるのよねぇこれ。

 でもまぁ様式美みたいなものだし、やめろと言っても困らせるだけっぽいから、いつものように一言お礼を言ってから中へ入ることにする。

 

 「ありがとう。ギャリソン、手紙が届いたって? 一体誰からなの?」

 

 「はい、アルフィン様。どうやらロクシー様からのようでございます」

 

 ロクシーさん? 確か戦争も終わって今は帝都に帰っているはずよね? 一体何の用事かしら? これがイーノックカウに滞在していると言うのならパーティーのお誘いかな? なんて考えるんだけど、帝都にいる彼女からそんな手紙が届くとは思えないのよねぇ。

 

 「とりあえず見せて頂戴」

 

 エントランスにいたのにこの手紙が届けられたのを私が知らないところを見ると、ボウドアの館に届けられたのかしら?

 

 そんな事を考えながら、ギャリソンにそう言って手紙を受け取る。

 手紙と言っても封筒に入っているのではなく羊皮紙を巻いてその端を封蝋してあるだけのもので、そこには差出人が誰かなどと当然書いてはいない。

 だけど誰から届いたのか解るのは、この封蝋に押された紋章のおかげなんだろうね。

 私はこの紋章だけではロクシーさんからの手紙だなんて解らないけど、ギャリソンはきっと知っていただろうし。

 

 パキン。

 

 私はアイテムボックスからペーパーナイフを取り出し、羊皮紙の隙間に通して封蝋を砕く。

 そして、おもむろに手紙を広げて読・・・ダメだ、読めないわ。

 

 そう言えば私、この世界の文字をまだ習得していないのよね。

 と言う訳でペーパーナイフを仕舞いながら解読の魔法が掛かっているモノクルをアイテムボックスから取り出して、再度手紙に目を落とした。

 

 ふむふむ、なるほど。

 

 「どうやら帝都で行われる新年のパーティーに来て欲しいらしいわ。なんか皇帝陛下が今年一年ろくな事が無かったらしくて、悪い運気を祓うために私に神楽を舞ってほしいそうよ」

 

 「そのような事でアルフィン様をわざわざ呼びつけるというのですか? 許しがたいですね」

 

 あら、またギャリソンの悪い癖が出てるわね。

 いやギャリソンだけじゃないか、これはNPC全員に言える特徴だものね。

 でもまぁ、このままでは話が進まないから、なだめるとするかな。

 

 「まぁまぁ、そういきり立たないの。とんでもなく運が悪かったりすると誰だって神様に縋りたくなるものよ。そんな時、私のように穢れを祓う巫女と知り合えたのだから、一年の最初に神楽で清めて欲しいと考えてもおかしくはないでしょ?」

 

 「それならばあちらがこの城に訪れれば良いだけではありませんか。それなのにアルフィン様を呼びつけるなどと!」

 

 「あら、それは仕方がないのではないかしら? だってあちらは大国の皇帝なんだし、新年となれば色々な所から挨拶の人が来るでしょ? それなのにその挨拶を受ける皇帝が嫌な運気を祓う為に出かけていますでは多くの人が困ってしまうもの。その点私は気楽な立場だし、どちらが移動すれば良いかなんて一目瞭然じゃない」

 

 「しかし・・・」

 

 う~ん、流石にこれだけじゃギャリソンの引いてくれないか、ならダメ押しでっと。

 

 「それに私自身、一度帝都と言うものを見てみたいのよね。何せ私たちが知っているこの世界で一番の都市ってイーノックカウでしょ。あれでもかなり大きくて見物する場所には困らなかったんですもの、帝都ならもっと色々と珍しいものを見て回れそうだとは思わない? 何より、帝城の中を見ることができる機会なんてそうはなさそうでしょ。なのに断るなんてもったいなすぎるわ」

 

 「・・・アルフィン様がそう仰るのならば、もう反対はいたしません。差し出がましい口をきいてしまい、真に申し訳ございませんでした」

 

 無理やり自分を納得させ、そう言って頭を下げるギャリソンに軽く手を振って私はもう一度手紙に目を落とす。

 

 ふむふむ、パーティーはそれ程大規模なものじゃないみたいね。

 どちらかと言うと、他国の来賓や大貴族たちとのパーティーが年明けから続くから、それが一段落した10日に愛妾たちと一部の騎士や貴族を呼んで行われる小さなものなのか。

 ああ、だからこんな年末の押し迫った頃に手紙が届いたのね。

 

 この城から帝都まではかなりの距離があるから、もし年始に行われるパーティーのお誘いならもっと早く連絡が来るはずなのよ。

でもこれならば準備をしてから向かっても十分間に合うだけの日時があるから、今頃届けられたのだろうね。

 

 実際、もし帝都にこの城から普通の馬車で向かうとなると10日はかかると見た方がいい。

 でも、うちの馬車なら2日もあれば着くことが出来るし、なんなら誰か早く飛べる者に帝都まで転移門の鏡を運ばせてもいいもの、準備する時間はたっぷり取れそうね。

 

 「そうと決まったら派手にやるわよ。折角の帝都興行ですもの。アルフィスは無理だけど私たち5人とメルヴァ、あとヨウコとサチコも思いっきり着飾らせましょう。後、どうせ神楽を舞うのなら私一人と言うのも寂しいわね。巫女キャラの子を二人ほど連れて行って一緒に舞わせたら舞台栄えも良いわね。そうだなぁ、ギャリソン、メイドのレイとサクラを呼んで頂戴」

 

 「畏まりました」

 

 アニメや漫画の巫女キャラってカラフルな髪色の子が多いから、うちにいる巫女ジョブ持ちもそんな子が多いんだけど、あの二人なら黒髪ロングで神楽の衣装が良く似合うだろうから適任よね。

 さて、そうすると舞の振り付けをどうするかね。

 衣装の巫女服と合わせてセルニアにでも相談するかな?

 

 

 忙しなく動き回るメイドをただ見つめるだけだった私の年末は、その日を境に急に忙しくなった。

 

 「店長、巫女服の選別はもういいから。それが決まらないと振り付けの練習に入れないでしょ」

 

 「しかしアルフィン様、華やかさではアルフィン様が御選びになられたものが宜しいのでしょうけど、流石にあれでは動きづらくはないですか?」

 

 私が選んだのは結構本格的な神楽用の着物だ。

 それだけに幾重にも着物が重なっているので少し重いのだけれど、私の身体能力的にはたいした問題ではないのよね。

 もし問題があるとしたら後の二人、レイとサクラだ。

 

 「店長、私は大丈夫だけど、レイたちだとやっぱり重過ぎるかな?」

 

 「そうですねぇ、キ・マスターも取っているアルフィン様と違って、彼女たちは巫女の習得条件である僧侶と踊り子しか取っていないので身体能力的には少し劣りますから」

 

 キャラ付けのために取得したジョブだからなぁ、確かに彼女たちは前提条件しかとってない。

 他にも料理人とか、こまごまと取ってはいるけど、筋力が上がるジョブがあるわけじゃないから重い衣装は避けたほうが良いか。

 

 「そうね、なら私は今の衣装で。二人は簡略した軽い衣装でお願い。あとそうねぇ、冠とか簪も軽いものに変えたほうが良いわね」

 

 「はい、そうした方が良いと思います。また、その方が中央で踊られるアルフィン様が際立ちますから」

 

 セルニアの了承を得て、やっと衣装が決まった。

 と同時に神楽は本来、3人で踊る場合でも皆が同じ舞を舞って見せるはずなのに、私だけ衣装が違うから変則的なものになってしまいそうね。

 まぁ本当の神楽をこの世界の人は知らないし、エンターテイメントとしての舞と考えればその方が映えていいのかもしれない。

 

 

 そんなこんなで月日はあっと言う間に進み、年明け。

 年末からボウドアの村に移動していた私とシャイナ、まるんの3人はユーリア姉妹とマイエル夫人、それに村の子供たちを館に招いて、新しい年を大騒ぎしながら祝った。

 そして4日の朝、当初の予定通りアルフィスを除く5人とメルヴァ、ギャリソン、あとヨウコたちメイドと共に城から来た馬車に乗って帝都へと旅立った。

 

 

 道中については特に何も語ることがない。

 それはそうよね、だってほぼ最高速度で進んでいるんですもの。

 

 うちの馬車なんだけど、前にロクシーさん主催のパーティーに向かった頃よりさらに改良を重ね、その上まるんがイーノックカウの魔術師組合の支部で見つけた<フローティング・ボード/浮遊板>と言う魔法を組み込んだ事により、どれだけ飛ばしても馬車の中は殆ど揺れないと言う夢のような乗り物に仕上がっていた。

 

 結果、振動や車軸への影響から100キロほどが限界だったこの馬車も、今の最高速度は200キロ近くまで上がっている。

 当然こんな速度についてこられる野盗がいるはずがないし、モンスターもこの辺りにいるものでは同じくこの馬車に追いつけるものはいないのだから、問題などどうやっても起きようがないのよね。

 

 ただ、その速度で走れるのは夜間と村や町のそば以外だけだから、思ったより行程は短くならなかったんだけど。

 

 それでも出発から二日目の1月6日に帝都へと到着、居並ぶ入るための行列を横目に私たちはロクシーさんからの招待状を見せる事により、貴族用の門を通って初めて帝都へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 「流石に人通りは多いわねぇ」

 

 「そうだね。でも道は馬車が通る場所と人が通る場所が別けられているし、石畳で舗装されているから進みやすそうだよ」

 

 石畳だろうが舗装されていないでこぼこ道だろうがこの馬車には関係ないけど、他の馬車はそうはいかない。

 だからこそシャイナの言うとおり、この石畳が無ければ馬車は混雑し、渋滞を起していただろうね。

 そんな風に感じるくらいには、帝都は馬車の往来も多かった。

 

 さて、イーノックカウに行った時は、初めて訪れる異国の町って感じがして周りの建物全てが珍しかったけど、帝都は規模こそ大きくはなっているけど建物の造りはそれほど違わないから目新しさはない。

 帝都だからと言って高層建築が立ち並ぶなんて事はないからね。

 ただ。

 

 「う~ん、流石は帝城ねぇ。これぞお城! って感じがするわ。」

 

 「イングウェンザー城もお城といえばお城なんだけど、石積みの砦っぽい城だからね。やっぱりお城と言えば白壁に三角屋根のノイシュヴァンシュタイン城みたいなのを想像するから、こういうのを見ると、ああお城だ! って私も思うわ」

 

 「あたしもそう思う! 遊園地にあるお城のデラックス版って感じよね」

 

 「おっきいねぇ」

 

 「イングウェンザー城にも三角屋根、付けられないかなぁ」

 

 今のは上から私、シャイナ、あやめ、あいしゃ、まるんの感想ね。

 感想はまちまちだけど、みんな初めて見る帝城に大興奮だ。

 

 それこそこのまま城を訪れたい気分になるけど、呼ばれているのは4日後の10日、今日は今日で別の誰かが皇帝陛下に謁見しているだろうから私たちがあそこへ行くわけにはいかないので、今日から泊まる帝都でも有数の高級宿へと馬車を進める。

 参加の返事を出した所、ロクシーさんが進めてくれた宿だ。

 この宿ならパーティー用のホールもあるし、神楽の練習ができるから良いだろうって。

 

 宿の入り口には護衛が二人いたんだけど、予め話が通っていたのだろうか? 馬車の紋章を見てすぐに人を呼びに行き、

 

 「都市国家イングウェンザーの方々ですね。お待ちしておりました」

 

 と、中から身なりの良い人と従業員らしき人が出てきて、私たちを出迎えてくれた。

 

 そしてその宿で神楽の最終チェックをしたり、ロクシーさんからの使者と言う人と詳しい打ち合わせをしたり、ちょっとした観光をしたりしているうちに時は進み、あっと言う間にパーティーが行われる10日がやってきた。

 

 

 「いらっしゃい、アルフィン様。おめでとうございます。御会いしたかったわ」

 

 「おめでとうございます、ロクシー様。ご無沙汰しております。本日はお招きありがとうございます」

 

 いきなり帝城に入るのではなく、まず一番外の城壁に作られた砦のような場所で私はロクシーさんの出迎えを受けた。

 流石に何のチェックも受けずに中に入る事はできないらしく、馬車のチェックを受けたあと入場となるので、ロクシーさんは足止めされる間にでもと挨拶に来てくれたらしい。

 

 「今日はパーティーと言っても社交で忙しかった新年の慰労と言った感じですから、それ程堅苦しくはないのよ。参加者も私たち陛下の愛妾や、一部の上級貴族が参加するだけですもの。ただ、予めお教えしておかなければいけない事が」

 

 そう言ってロクシーさんは私に近づき、小声で注意するべきことを教えてくれた」

 

 「一人だけ気をつけて欲しい方がいます。辺境候閣下です。彼の方ご本人はとても穏やかで紳士的な方なのですが、その周りの者たち、特に今回も閣下がエスコートしていらっしゃるであろうシャルティアと言う美姫は、閣下に対する忠誠心が少々行き過ぎておりまして。アルフィン様ならば不況を買うことはないとは思いますが、念のためご注意ください」

 

 「ありがとうございます、ロクシー様。ご忠告、しっかりと心に留めて置きますわ」

 

 辺境候閣下か、と言う事はあの人がここにいると言う事よね。

 他の方の出迎えもしなければいけないと言うロクシーさんを見送った後、私は皆を集めてちょっとした打ち合わせを行う。

 あの人の存在を知ってから、もしもの時のためにと用意していつも持ち歩いていたステータス偽装のマジックアイテムをメイドも含めた全員が装備し、急遽私が作り上げたストーリーを説明して口裏合わせをする。

 

 急ごしらえだからよくよく調べれば嘘と解る内容ではあるんだけど、何も用意せずに赴くわけには行かないのよね。

 だって神楽を舞う時点で此方がプレイヤーだと疑われる可能性が高いのだから。

 

 

 馬車の審査も終わり、それに乗って入城、控えの間に通されたのでレイとサクラは神楽舞の衣装へと着替える。

 私はと言うと、まずは皇帝陛下への新年の挨拶があるのでこのままの姿でパーティーに赴き、神楽舞の時間が近づいたらヨウコたちと一緒に一度退室して着替え、会場に再入場をして神楽を舞うと言う流れになっている。

 

 

 「エル=ニクス皇帝陛下。新年のお喜びを申し上げます」

 

 「おおアルフィン殿、おめでとう。遠路はるばるご苦労だったね。今日は穢れを祓う舞、楽しみにしているよ」

 

 「はい、心を籠めて舞わせて頂きます」

 

 そんな皇帝陛下との新年の挨拶を経てパーティーが始まり、

 

 「これより都市国家イングウェンザーの神事、神楽舞の奉納が行われます」

 

 そしていよいよ神楽を舞う時間がやってきたので、シャイナたち自キャラ5人だけで舞台へと足を進めた。

 

 さて、ここからが正念場ね。

 

 そのまま何の挨拶もせずに始めてしまったら、きっと疑いは濃くなると思う。

 だってこの神楽は本来この世界に無いはずのものだもの。

 と言う訳で舞いを舞わない4人を連れてまずはこの舞台に上がり、私は来賓の方々に頭を下げてから挨拶を始める。

 

 「皆様、お初にお目にかかります。私は都市国家イングウェンザーの支配者、アルフィンです。以後お見知りおきを」

 

 私はそう言いながら皇帝陛下の横に座る仮面の男性に目を向ける。

 するとその人は私の挨拶に対して興味が引かれたかのように、少し身を乗り出すようなしぐさを見せていた。

 

 やっぱりお得意様のモモンガさんと同一人物なんだろうか? そんな疑問が心に擡げたけど、今はそれを確かめるべきときではないだろう。

 もし違っていた場合、ユグドラシル金貨欲しさにもし襲い掛かられたりしたら、ギルドの力関係からして一溜まりも無いんですもの。

 と言う訳で、予め作っておいたストーリーをここで疲労する。

 

 「これから披露する舞は、我が国に伝わる穢れを祓う神事です。ことの始まりは数百年前、突如どこからか6人の勇士が現れて強力な力を持つアンデッドに悩まされていた村を救い、そのリーダーがこの神楽を舞って穢れを祓う事によりその地を浄化して新たな国を開いたそうです。そして6人は我が国を支える6貴族となり、リーダーであった巫女姫が我が国の支配者となりました。今日ここにいる私たち5人はその子孫であり、私は新たな巫女として地位を引き継いだ時、アルフィンという初代の名も共に引き継ぎ、この神楽舞の舞い手となりました」

 

 私はここで一旦言葉を切る。

 そして周りを見渡した後、もう一度口を開いた。

 

 「この様な歴史があり、この舞いがあるのです。この国の方から見れば不思議な舞いでしょうが、これは見せる為のものではなくあくまで神事。派手さはありませんが、神聖なものとして御覧下さい」

 

 そう言って私は頭を下げる。

 それを合図にシャイナたちが舞台から降り、変わりにレイとサクラが私の左右に陣取った。

 

 シャラン、シャラン、シャラン。

 

 三度神楽鈴を振るい、

 

 「オン マカ キャラヤ ソワカ」

 

 大黒天御真言を唱えてから中央で舞いを舞い始める。

 すると仕切りの裏でギャリソンが神楽笛を吹き鳴らし始め、それと同時にレイとサクラも舞いを始めるのだった。

 

 

 ■

 

 

 神楽舞? 神楽ってあの神楽だよね、と言う事はあの少女はもしかしてプレイヤー?

 俺は思わぬところで出会ったプレイヤーに驚きを隠せない。

 

 横にいるシャルティアはユグドラシルの知識しかないから解らないだろうけど、この神楽と言うのは新年や夏祭りなど、色々な所で行われる日本の神事だ。

 だからこそこの世界にあるはずのないものであり、彼女がプレイヤーであると言う証拠でもある。

 

 だけどなぜ? 俺のギルドの悪評は知れ渡っているはずだし、この世界に来たのならユグドラシル金貨など、この世界では手に入らない貴重なものを奪う為に襲われるかもしれないと、自分たちの存在をひた隠しにするほうが自然だろう。

 なのになぜこの人は俺の前に姿を現したんだ?

 

 もしかしてナザリックを超える力を持つ上位ギルドの者か?

 

 一瞬俺の心に緊張が走る、そして、

 

 「皆様、お初にお目にかかります。私は都市国家イングウェンザーの支配者アルフィンです。以後お見知りおきを」

 

 この挨拶で俺はもう一度驚く事となる。

 だってこの名前に聞き覚えがあり、そしてこの名前によって掘り起こされた記憶がある人物と重なったからだ。

 

 生産系ギルド、誓いの金槌のアルフィン。

 

 現実世界でもそこそこ名の知られたデザイナーで、ユグドラシルでも他の生産者と違ってシックな家具やスタイリッシュな装備を多数発表して多くのファンを持つプレイヤーだ。

 まぁそんなものばかりではなく、オタク系ファッションやコスプレ衣装、NPCを使ったショー等々、そっち方面でも有名なプレイヤーでもあるけど。

 

 しかし、もしそのアルフィン本人なら余計に疑問が残る。

 だって誓いの金槌は少人数の生産系ギルドで、NPCも生産用やパーティー用に作られたものばかりで戦力などほぼ無いに等しいギルドなのにユグドラシル金貨だけは無数に持っていると言う話なのだから、余計俺の前に姿を現すはずがないのだから。

 

 だからこそ、もしどうしても姿を現さなければならない場合は自分がプレイヤーである事だけはけして此方にばれないようにするはず。

 名前だけなら別に珍しいものではないし、神楽舞さえ舞うと言い出さなければ俺だって気が付かなかったはずなのだから。

 

 もしかして俺がアルフィンさんのファンだと知っている? いやいや、流石にそんなはずはないだろう。

 生産者ならともかく、消費者の名前を知っている人など殆どいないはずだし、何より俺は彼女と面識がない。

 異形種でありショップでの買い物ができない俺は、町などでたまに行われていたと言う誓いの金槌の発表会にも行ったことがないのだから、俺が彼女の作品のファンだと言う事を知らないはずなのだ。

 

 解らない、なぜ彼女はこんな真似を?

 

 ところがそんな俺の疑問は彼女の次の挨拶で霧散する事となる。

 

 「これから披露する舞は、我が国に伝わる穢れを祓う神事です。ことの始まりは数百年前、突如どこからか6人の勇士が現れて強力な力を持つアンデッドに悩まされていた村を救い、そのリーダーがこの神楽を舞って穢れを祓う事によりその地を浄化して新たな国を開きます。そして6人は我が国を支える6貴族となり、リーダーであった巫女姫が我が国の支配者となりました。今日ここにいる私たち5人はその子孫であり、私は新たな巫女として地位を引き継いだ時、アルフィンという初代の名を引き継ぎ、この神楽舞の舞い手となりました」

 

 国を開いた? たった6人で? それって間違いなくプレイヤーだろ。

 

 そう言えば過去に複数のプレイヤーが同時にこの世界に迷い込んだと言っていたな。

 法国の6大神だってほぼ間違いなくプレイヤーだろうし。

 もしかしてこのアルフィンと言う子は転移してきた誓いの金槌の子孫なのか?

 

 いや、それにしては流石に容姿が似すぎだろ! ・・・まてよ、でもそれなら俺の前に堂々と姿を現したのも納得できる。

 本人が俺に襲われるなんてまるで考えてもいないのならば、ここで平然と姿を現したとしても不思議はないのだから。

 

 シャラン、シャラン、シャラン。

 

 そんな事を考えているうちに舞いが始まったようだ。

 いつの間にか舞台の上には先程の5人ではなく、アルフィンと言う娘と二人の巫女装束の女性がいて、共に踊っていた。

 

 ん? そうだ、調べてみれば良いんじゃないか。

 アルフィンと言う子がもしプレイヤーだったとしたら、きっとステイタス偽装をしているだろう。

 ではその横で踊る二人は? あの二人がNPCだったとしたら間違いなくプレイヤー本人だ。

 

 そう思い経った俺は早速踊っている右側の子を調べる。

 

 レイ・クレール

 24歳・女性/12レベル

 職業:司祭7  神楽の担い手4 料理人1

 

 その後つらつらと流れるステータスは12レベルにしては低すぎるもので、プレイヤーどころかNPCでもユグドラシルの常識から照らし合わせてありえないものだった。

 

 NPCではないのか。

 と言う事はあのアルフィンと言う子もプレイヤーではない?

 

 そう考えて今度は中央で踊るアルフィンと言う子を調べる

 

 アヤ・サトウ

 17歳・女性/42レベル

 職業:巫女12 司祭8 神楽の舞い手6 モンク3 クラフトマイスター12 料理人1

 

 アヤ・サトウ? ああ、さっきアルフィンは巫女を継いだときに名を引き継いだと言っていたな。

 しかしサトウか、どう考えても日本人の名ま・・・待てよ、プレイヤー名はアルフィンでも本名は当然別にあるわけで。

 

 「アルフィンさんの苗字、佐藤なんだ」

 

 偶然知った意味のない新事実に、今目の前で踊る子がプレイヤーかどうかなんて、もうどうでもよくなるアインズだった。

 





 少々遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
 今年もよろしくお願いします。

 外伝とは言え、アルフィンとアインズの初対面です。
 以降この二人が会うことはありませんが、とりあえずプレイヤー疑惑をもたれずにすんで一安心と言った所でしょうかね。

 因みに個人的付き合いがないアインズ様は、アルフィンの中の人が男性だとは知りません。
 実社会でも彼のデザインしたものを買うようなことがないので調べた事はないですからね。

 話変わって、どうやらweb版の方は書籍と違ってそこまでひどい世界ではないようなので初詣などは行われているのではないでしょうか?
 なので主人公は初詣と初えびす参り、そして熊手や破魔矢と共に神棚を事務所に飾っていたんじゃないかなぁと考えてこの話が出来ました。

 因みに前話に突然神楽が出てきたのはこの話の前振りです


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105 この地に居る理由

 

 バハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下との会見は続く。

 

 

 神楽を舞い終わった私が元の席につくのにあわせて、陛下やロクシーさん、そしてシャイナが元の席についた。

 

 「どうぞ」

 

 と同時にメイドさんが私の前につめたい飲み物を置き、汗をぬぐう為のハンカチのようなものを差し出してくれる。

 

 ん?  ああ、そう言えばこの国にはおしぼりは無かったんだっけ。

 

 「ありがとう」

 

  そのハンカチを見て少し不思議に思った後、その事に気が付いて一人納得した私はそうメイドさんに言いながらにっこりと微笑み、そして隣でなにやらごそごそとやっている気配がするシャイナにほうへと目を向ける。

 するとシャイナは腰のポーチから何かを出そうとしたけど、メイドさんが私にハンカチを渡したのを見てその行為をやめたようで、私に苦笑いを向けながらその手をポーチから離していた。

 

 ああなるほど。

 ヨウコ達がいないこの状況では、私が神楽でかいた汗を拭くおしぼりを出すのはシャイナの役目だと思ったのね。

 これがヨウコたちならばきっと、おしぼりは私が席についた時にはすでに私の席の前にセッティングされていたことだろう。

 それを知っているシャイナだからこその苦笑いなんだと思う。

 

 でもシャイナにそこまで求める気がない私は「気にしないで良いよ」とばかりににっこりと微笑んでおいた。

 フレイバーテキストのメイド設定のおかげで初めからできるヨウコたちと違って、こればっかりは経験を積まないとできないだろうからね。

 

 それにシャイナの立場は都市国家イングウェンザーの6貴族の内の一人と言う事になっているのだから、そんな事をそつなくこなしていたらこの迎賓館のメイドさんたちが後で怒られてしまいそうだもの、気が効かなかった今の状況の方が良かったんじゃないかしら?

 

 さて、私が出されたハンカチで汗を拭き、冷たい飲み物でのどを潤して一息ついたところで会談は再開された。

 

 「アルフィン殿、よいものを見せていただき礼を言う。ところで先程から先代と言う方がよく会話に登場していたようだ。それは巫女の先代と私は理解していたのだが、それであっているか? それとも女王の先代の事なのだろうか?」

 

 「先代ですか? その両方です。我が国は巫女に付く者が女王、正確には支配者と言う立場になるのです」

 

 「因みに先代はアルフィンの母親で、癒しの貴族家当主の奥様でもあるのですよ」

 

 皇帝陛下の質問に私が答えると、シャイナがすかさず補足の設定説明をした。

 これも予め決められていた内容で、支配者であるはずの私がなぜこの国に居ても問題がないのかの理由付けの一つでもあるのよね。

 

 「・・・そうなのですが。ではアルフィン様のお母様はすでに他界されているのでしょうか? もしそうなら、この話は・・・」

 

 「ああいえ、私の両親は共に健在ですよ。そうで無ければ私がこの様なところに出向く事などできませんでしたでしょうから」

 

 「と言うと、ご両親は国に?」

 

 ちょっと想定とは外れた流れだったけど、私がこの国に居続けられる理由の説明がしやすい流れになったわね。

 まぁ聞かれなければ話す気は無かったんだけど、もし誰にも話さないと何時までも私がここに居ても問題がない理由が付かなくなってしまうから、この会談で話が出なければカロッサさんに不自然な形で話さなくてはならなくなっただろうから、そういう意味では正直助かった思いはある。

 

 「はい。両親は他の5家の方たちと共に国で政(まつりごと)を行っています。巫女は先代が亡くなった時に代替わりするのではなく私の一族からその時最も癒しの力が強い女性がその地位に付く事になるので、今回は私がすでに先代の癒しの力を上回った為にこの歳で巫女の地位に付いていると言うわけです」

 

 「補足説明をさせて頂くと、巫女はその殆どが癒しを司る貴族であるアルフィンの家の直系から出るのですが、極まれにその親戚筋に癒しの力が特出した者が生まれる事もございます。その時は赤子の内に本家に養子に出され、巫女候補となります」

 

 すっかり補足係になっているシャイナが私の言葉に続いてくれたんだけど、残念ながら皇帝陛下の興味は私が若くして巫女の地位に着いた理由ではなく政治の話の方に向いたらしくて、その話を此方に振ってきた。

 

 「政? と言う事は国の運営は6家の貴族が行っていると言う事なのか?」

 

 説明説明っと。

 私は頭の中で、みんなで話し合いながら積み上げてきた設定を思い出して言葉をつむいで行く。

 

 「そうです。実の所、私のついている支配者というのは身分であって地位ではありません。それに巫女の修行やクリエイトマジックの習得に時間を取られていた私は政治的なことに関してはまだ勉強中ですので、父や母相手に口出しできる立場にもありません。そして何より私は国元に許婚がおりまして、結婚後、私は巫女に専念する事になり政治関係は旦那様になられるその方が仕切る事になると思うので、なおさら口を出す立場にはないのですよ」

 

 「それは支配者という役柄が与えられているだけで、政治的な力は持っていないということかな?」

 

 そんな皇帝陛下の言葉に私は微笑みながら頷き、補足説明を続ける。

 これはちゃんと話しておきたい内容だからね。

 

 「6貴族の一員である以上、政治的な力がまったくないと言うわけではありませんが、それを言ったら各家の子女であるイングウェンザー城に居る5人は皆同じ立場なので私だけが特別と言うわけではありません。ですからそうお考えになられても差し支えはないと思います」

 

 因みに5人と言ったのはアルフィスが入ってないから。

 異形種のハイ・マーマンである彼は、この世界では外に出ることができないから本国に居る許婚という設定になっている。

 そんな彼を城に居る貴族の一人に入れてしまうと、もしかしたら後々6人目をでっち上げるなんて面倒なことになりかねないからイングウェンザー城には6貴族の内、女性の5人しか居ないと言う事にしたのよ。

 

 「そもそも神聖国家である都市国家イングウェンザーは神に仕える巫女を頂点とし、その下に6貴族がいると言う形態をとっていて、私がついている巫女という地位は神事を行うとき以外は国ではあまり仕事がありません。ですから女性であり、政治にあまり口を出す権利を持たない私を含む5人は、このように長期間国を離れていてもそれ程問題がないのですよ」

 

 「なるほど。しかし神事か、では先程の神楽は」

 

 おっ、その裏設定まで踏み込んできたか。

 大丈夫、その辺りもギャリソンと話し合って決めているから問題なし。

 色々と聞かれても答えに窮しないように、細かい設定まで作っておいてあるのよね。

 

 「はい、神事で行われるものの一つです。都市国家の中央にある大神殿では年に一度、先程舞ったものより長く高位の舞を私と神官たちとで舞うことによって国全体を清め、神にその一年の加護を祈ります」

 

 「なるほど、だから先程の舞の後、この部屋が清浄な空気に包まれたように感じたのか」

 

 清浄な空気? ああ、そう言えば神楽の魔法の説明文に場を浄化する事によって一定期間アンデッドを湧かない様にする事ができるというのがあったからその効果を感じたんだろうね。

 因みに神楽の最上位だと再度汚されない限り、その場では一切アンデッドが湧かなくなるらしい。

 らしいと言うのはそう書かれているだけで、ゲーム内でアンデッドが沸く場所には常に呪いの霧が立ち込めるから、その魔法を使っても一定期間で再度呪われてしまうからだったりする。

 

 「その神事の為、私も年に一度は国元に帰らなければいけないのですよ」

 

 「年に一度ですか? でもアルフィン様の国はわたくしたちが存じ上げないところを見ると、ここからかなり離れた場所にあるのでしょう。移動にはかなりの時間を有するのではないですか?」

 

 ついに来た。

 そう思いながら、私はロクシーさんの言葉を否定する。

 

 「いえ、そんな事はありません」

 

 ここはある意味正念場だ。

 私はここである一つの虚偽事実を公表するつもりでいる。

 これ、場合によっては公表する事により問題が生じるかもしれないけど、これを言っておかないと私たちの生活がどのように成り立っているのか説明できなくなりそうだから、危険を承知で話す事にしようとみんなで話し合った結果決めた事なんだ。

 

 「私の国はロクシー様がご指摘の通り、ここより遥か遠くにあります。ですから普通に移動してはたどり着くのに1年以上掛かるでしょう。しかし私たちには移動手段があるのです」

 

 「1年以上もの時間が掛かる距離を移動する手段・・・ですか? それはどのようなものか、お聞きしても?」

 

 私の言葉に皇帝エル=ニクス陛下の視線がするどくなる。

 それはそうだろう、長距離を移動する方法はこの世界では限られているのだから。

 

 ギャリソンが調べた限りでは皇帝陛下でさえ馬車で移動しているらしいから、空を飛ぶ飛行機や飛行船でさえこの世界ではまだ実現できていないんじゃないかなぁ? それだけにその技術は、この世界のあり方を変えかねないのだから。

 

 「ここまで話しておいて秘密と言っても通るものではないでしょうからお話します。その方法は簡単です。私たちは転移を行える魔道具を持っているのです。とは言ってもそれを使ってどこへでも行けると言うわけではありませんが」

 

 私はそう言うと目の前にあるカップを手に取り、少し冷めたお茶で渇いた口を潤す。

 そして再度目を皇帝陛下に向けなおして、説明の続きする。

 

 「転移の方法は簡単です。予め設置した魔道具で二点間をつなぎ、門を開く事によって移動します。ただ、私の城から直接我が国へ跳べるわけではありません。それほどの長距離を飛ぶほどの力はありませんもの。ですから途中の中継ポイントを通り、都合3回の転移で国にたどり着く事になります」

 

 「その転移の魔道具ですが、大人数を一度に運べるのですか?」

 

 「いえ、一度にそれ程大人数が移動する事はできません。それ程の魔力を得る方法がないのです。一度の使用で飛べる人数は6人ほどが限度でしょう。そして一度使えば数日間は魔力を籠めるのに要しますからそれ程使い勝手の良いものではないのです。しかし、その使い勝手の悪さにも一つ利点がありまして」

 

 「利点、と言うと?」

 

 「使わない時に魔力を抜いておきさえすれば、悪用されないと言う事です。そして仮に片方の魔道具に魔力を注いだとしても、もう片方が空ならば転移はできません。転移の魔道具というのは諸刃の剣で、賊を一気に我が城や国に招きかねない危険なものでもあるのです。しかし現在私の城にある魔道具には魔力を溜めていません。ですからこの転移の魔道具を我が城に置いても私たちは安心して暮らす事ができるのですよ」

 

 どこへでも飛べる訳ではない、これ大事。

 飛べる二点双方に魔道具設置が必要で、その双方に魔力が充填されていないと飛ぶ事ができない、これも大事。

 この二つがある事によって脅威ではないと印象付けないといけないからね。

 あっそうそう、これも言っておかないと。

 

 「これとは別に短距離を飛ぶ道具もあるのですが、これも二点間をつなぐものですが此方は魔法の充填を必要としません。しかし一度に一人ずつしか転移する事ができない制限がある上に大変壊れやすいので、どこでも設置できるわけではありません。おまけに作るのにかなりのお金と時間、それに希少な物質が必要な為、私たちの緊急脱出用に設置してある分とそれが機能しない時の緊急用しかないので、防犯上お見せできないのですけどね」

 

 「壊れやすいか。ふむ、それは脱出した際、片方を壊す事により賊が追って来られないようにわざとそうしているのでは?」

 

 「ご慧眼、恐れ入ります」

 

 確かに転移門の鏡は片方を割ればもう片方から飛ぶ事はできなくなる。

 ギルドホームなどの転移不可の場所でもこのアイテムは使える所を見ると、これは本来そういう使い方をする事を想定して作られたものなんだろうと私も考えているのよね。

 私たちのギルドでは攻められた事がないからそんな場に直面した事ないけど。

 

 「ところで先程の長距離転移の魔道具は、簡単に持ち運びはできるのか?」

 

 「いえ、設置型なので魔道具を持ちこみ、大型の魔法陣を書くなど設置作業をしてから双方の魔道具をリンクさせて初めて使える物なのでそう簡単にはいきません。我が城の転移魔法陣も城ができてから1週間後にやっと開通したくらいですから」

 

 そんな私の説明を難しそうな顔で聞いている皇帝陛下の横で、ロクシーさんはなにやら考え事をしていた。

 そしてその考え事が纏まったのか、彼女は私にこう切り出してきたの。

 

 「アルフィン様、一つお伺いしても宜しいでしょうか?」

 

 「はい、なんでしょうか? 私に答えられることでしたらよろしいのですけど」

 

 とりあえず何を質問されても良いように考えてはあるけど、思わぬ説明が来たら困るからと私はちょっとだけ身構える。

 

 「はい、転移の魔道具は使うのが大変だと言うのは解りました。ただ一つ疑問があるのです。アルフィン様のお城を作るのに使用した資材やアルフィン様がお持ちになられた食材はどのようにして運ばれたのでしょう? 聞くところによるとワインなどのお酒もあるとのことですから此方に来てから収穫されたり調達されたわけではないと思うのですが?」

 

 「そこに気づかれてしまいましたか」

 

 これに関しても一応理由を用意はしてある。

 でも、できたらこれは話したくなかったんだよなぁ。

 

 「実を言うと、生き物でなければ転移を行うのはそれ程難しくはないのです。そして魔力もそれ程必要としません。ですから物資だけを送る事ができる、専用の長距離用転移魔道具も存在するのです」

 

 「物資だけをですか? それはどれほどの量をですの?」

 

 「そこは我が国の機密になるのでご容赦ください。この物質転移は我が国独自の魔道具なので」

 

 と、私のその一言に喰い付いて来る人が居た、皇帝陛下である。

 

 「物質転移が都市国家イングウェンザー独自の物と言う事は、他の魔道具は他国も持っているということか?」

 

 「えっ? あっはい、転移の魔道具自体は私の国がある周辺ではそれ程珍しいものではありません。どのようにして実現したのか我が国の魔道技術では解明出来ていませんが、魔道大国では各都市をつなぐ常に使える移動手段として転移門を設置している所さえありましたから」

 

 実際ユグドラシルでは都市間の移動は魔道ゲートで行われていたから、これは嘘ではない。

 どうやって実現しているのかも本当に解らないしね。

 

 そんな私の言葉を皇帝陛下は眉間にしわを寄せて聞いていた。

 う~ん、私の今の説明に何か問題でもあったのかな? そんな事を考えて彼のことを見ていると、陛下は重苦しい口調で口を開いた。

 

 「常時転移移動が出来る技術を持つ国がある、と言う事はいずれ我が国に攻め込んでくる可能性もあるということか?」

 

 あっそう言えば、そうも考えられるのか。

 でも、その疑問や不安を何時までもそのままにしておくのは得策じゃないよね、だってその不安を解消する方法はただ一つ、私の城にあるという転移魔道具を使って偵察をするしかないのだから。

 

 それはできない相談だから、ここはきっぱりと否定しておく。

 

 「それは無いと思います。あちらはあちらで大国同士がにらみ合っていますから、これ程遠くの国にまで手を出す余裕はありません。それにこう申し上げると大変失礼にあたるかもしれませんが、この国周辺に兵を寄越して占領したとしても、彼の大国からすればあまり利はありませんから」

 

 「利がない、だと?」

 

 イタイイタイ、視線が痛い。

 でも事実なんだし、しょうがないじゃないの。

 皇帝陛下の射殺すような視線にちょっとだけ怯みながらも、私は考えていることを正直に話す。

 

 「この国はアダマンタイトやオリハルコンどころか、ミスリル銀でさえあまり取れないのですから鉱石の発掘場所としての魅力はありません。それに作物も特に変わったものがあるわけではないので農業従事者の技術を得る為の侵略も無いでしょう。そして最も価値があるであろう土地と人ですが、これだけ離れていてはそれこそ意味がありません。管理をするのはもちろん、労働力として移動させることもできませんからね。ですから利がないと申し上げたのです」

 

 アダマンタイトみたいなやわらかくてあまり価値のない金属でさえ殆ど出回ってないんだもん、ユグドラシルと言う場所が現実にあったとして、そこに住む人たちがわざわざ遠出をしてこの国に攻め込むかと言えばそれはありえないんじゃないかな? 費用ばかり掛かって得られるのはPOPモンスター以下の労働力しかないんだから。

 

 そんな事を考えながら、自分の言葉にあっけに取られたような顔をしているジルクニフに微笑みかけるアルフィンだった。

 




 聞かれなかったので話してはいませんが、城にいる者の殆どは転移の魔道具ではなくゴーレム馬車を使ってイングウェンザー城にたどり着いたという設定も作ってありました。
 何せ休む必要がない上に御者無しでも100キロ以上で目的地まで自動的に走らせる事ができる馬車ですから大陸横断でもそれほど時間は掛からないですからね


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106 驚きの名産品

 

 ほんのちょっとだけ重い空気になった場に、私は少し言葉が過ぎたかな? と反省する。

 それはそうよね、だってよく考えたら皇帝陛下に対してバハルス帝国は私の地元にとっては何の魅力も無い国なんですよって言ってしまったようなものなのだから。

 

 「あの、皇帝陛下。わた・・・」

 

 難しい顔をしている皇帝エル=ニクス陛下の圧力に耐えかねた私は、とりあえず何とか機嫌を直してもらおうと、いい訳を口にしようとした。

 ところが、それを遮るように陛下が口を開く。

 

 「アダマンタイトやオリハルコンどころか、ミスリル銀でさえか・・・この言葉からするとアルフィン殿の国では、この3種は我が国よりも多く産出すると言う事なのだな?」

 

 「えっ? ええ、まぁ。」

 

 まるんが気軽に商業ギルドにミスリルやオリハルコンを持ち込んでいるから、これを否定しても意味ないわよね? そう考えた私は迂闊にも皇帝陛下のこの言葉を深く考えずに肯定してしまった。

 そしてそう言う時は必ず、話がおかしな方向へと転がるものなのよね。

 

 「それは毎年どれくらい採掘されるのだ?」

 

 「採掘量ですか? 何トンくらいだったかしら?」

 

 突然の展開に頭があまりまわっていなかった私は、迂闊にもこんな言葉を口走ってしまう。

 するとその言葉を聞いて、皇帝陛下とロクシーさんの顔が途端に凍りついてしまった。

 そしてその姿を見て、私の頭はより混乱する。

 

 えっ? えっ? 私、もしかしてまたやっちゃった?

 

 どう考えても異常事態としか思えない二人の表情を見て、心の中で大慌てで先程自分が何を口走ったのかを考えるも、それはすでに後の祭り。

 一度口に出してしまったものはもう元へは戻らないのだから下手に考えず、正直に何が悪かったのかを聞き、その返答からどうごまかすか判断すべきだろう。

 

 「・・・陛下、どうかなさいました? 私の言葉に何かおかしな所でも?」

 

 「トン・・・だと? アルフィン殿、都市国家イングウェンザーではオリハルコンやミスリルがトン単位で採掘されていると言うのか?」

 

 「アルフィン様はアダマンタイトの名も連ねておりました。まさかアダマンタイトまで!?」

 

 トン? 単位? ああ、やらかしたなんてレベルじゃないよこれ、失言も失言、大失言だ。

 とっ兎に角、何とかごまかさないと。

 

 私は何とか表情には出さなかったものの、頭の中では普段使っていない部分までフル回転させて言い訳を考える。

 そして思いついたのが、

 

 「すみません、何を言われているのか解らず一瞬呆けてしまいました。単位の事で勘違いされたのですね。ふふふ、殆ど存在しないアダマンタイトは当然として、いくらなんでもミスリルやオリハルコンが何トンも産出する事はございませんよ。ただ単に私の国では採掘されたものは全てトンで現されると言うだけの話です」

 

 と言う苦しいものだった。

 でも、いくら苦しくてもこの言い訳は通さなければいけない。

 だって、これが通らなければ本当にトン単位で産出されていると言うことになるのだから。

 

 「あくまで私の記憶にある数字ですが、ミスリルは0.4トン、オリハルコンは0.08トンあるか無いかくらいだったように思います。ただ、オリハルコンは非常に軽いため、体積だけで見ればミスリルの半分より少し少ない程度ではないかと。後、アダマンタイトですが、かなり比重の重い金属ですが、トンで現すには小さすぎる数字だった為、申し訳ありませんが記憶して居りませんわ」

 

 「ミスリルが0.4トンですか・・・」

 

 相変わらず表情は硬いものの、先程のように凍り付いているような様子はない。

 と言う事はとりあえず言い訳が通った事よね? ああ、良かった。

 

 私はなんとか無事このピンチを脱したものと思い、一人心の中でほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 ■

 

 

 多いであろうとは思っていたが、まさかミスリルが0.4トンとは。

 オリハルコンにいたっては0.08トンも採掘されるだと? それは何の冗談だ?

 

 私はそのあまり物量に言葉を失う。

 物を知らぬ者が聞けば一見少なく聞こえるかもしれないが、実はこれでもかなりの量なのだから。

 

 我が国ではミスリルはいくら鉄よりも軽いとは言え、トンどころか数十キロしか出土しないと聞いている。

 オリハルコンにいたってはミスリルよりさらに軽いとは言え、グラム単位のわずかな量しか採れなかったはずだ。

 それがこの数字、これを脅威と呼ばず何と評するのだ?

 

 私の記憶では鉄のロングソードが大体1.5キロ、その重さで換算してもミスリルだけで剣を作って1年に250本以上作れる計算になってしまうのに、実際はそれよりも軽いのだからもっと多くの剣を作る事ができるだろう。

 そしてオリハルコンは産出体積がミスリルの半分と言う話だから150本弱か、それは何だ? 神の国の話か?

 

 そして防具で考えるともっととんでもない事になる。

 フルプレートアーマーでも総ミスリル製で12着、その上オリハルコン製も5着作れるうえに、それぞれ同じ素材のタワーシールドまでつけられる豪華さだ。

 いや全身ミスリル製のフルプレートなど実際ではありえないのだから、普通将軍職がつける胸だけが希少金属のプレートで考えるべきだな。

 それならばミスリルだけで1年に40着、将軍だけどころかバハルス帝国の近衛全員に身に着けさせたとしてもミスリル鎧が2年弱で、オリハルコンでも3~4年でできる計算だ。

 

 そしてこれはあくまで年間採掘量なので、彼の国の騎士が装備する剣等の武器と楯、そして鎧は全てミスリルやオリハルコンを一部だけでも使って強化されていると考えた方がいいだろう。

 いやもしかするとそれ以上の、たとえば近衛騎士は総アダマンタイト製の装備で身を固めて・・・いや、アダマンタイトは非常に重い金属だから流石にそれはないであろう。

 だが冑の一部や胸などの重要な部分だけアダマンタイトで作り、あとは比重の軽いオリハルコンで作られている鎧ならあるのではないか? それならばアダマンタイトを使用しても普通の鎧と同程度の重さの鎧を作る事が可能であろうからな。

 

 鉄の武器ではミスリルやオリハルコンを貫く事はできない。

 そして鉄の鎧や楯でではミスリルはともかく、オリハルコンで作られた物やアダマンタイトで切っ先を強化された剣や槍を防ぐ事はできないであろう。

 

 我が軍と都市国家イングウェンザーの軍、確かに物量では我が軍が勝るだろうが・・・まともにやり合って勝てるのか? いや、もしかするとアルフィン殿が住む城の兵士だけを相手にしても、我が軍が敗走させられるなどと言う事さえありえるのではないか?

 

 目の前にいる少女は戦場に立った事がないからか、その事に思い当たっていないように見える。

 今はそれが唯一の救いか。

 

 冷静に現状を分析し、目の前にいる戦いを知らぬ箱入り娘が、我が国と争う事を頭の選択肢に入れるような事がけして無い様にしなくては、そう静かに決意するジルクニフだった。

 

 

 ■

 

 

 「結構な量が採れるのですわね。そう言えばわたくし、シャイナ様が普段は見事な鎧を身に付けているとお聞きしましたけれど、やはりオリハルコンだけで作られたものをご使用になられているのですか?」

 

 「私のですか? いえ、普通の鎧ならオリハルコンだと軽くていいのですが、加工が難しく魔法を付与すると能力が劣るものができてしまう事があるので違う金属も使用しています」

 

 ロクシーさんが、私の返事を聞いてこんな事を聞いてきたのでシャイナは嘘が混じらないようにごまかした返事をした。

 

 シャイナのはうちでも最高の素材を利用して作られた鎧だから、実はもっととんでも金属を使っているのよね、流石に言えないけどね。

 

 「では一部だけをオリハルコンで?」

 

 「はい、そうですね。それとオリハルコンだけで作られた鎧を使っている者は、我が国ではいなかったはずですよ」

 

 ロクシーさんの重ねての質問には私がこう答えておいた。

 これも嘘じゃないよ、もっと強力な素材を使っているだけだからね。

 いや、ちょっとだけ嘘があるか。

 シャイナの鎧、オリハルコンなんて1ミリグラムも使ってないもの。

 

 「そうですか。アルフィン様の国でも、オリハルコンは貴重なのですね」

 

 「希少金属ですからね」

 

 そう言って私は微笑む。

 そして同時に考える、何とかこの話題から話をそらさねばと。

 

 と、ここで予想外の所から助け舟が出されることとなる。

 それは本来この話題が一番気になるはずの人である、皇帝エル=ニクス陛下からだった。

 

 「採れる物といえば、アルフィン殿が持参した菓子だが、あれは美味かった。やはりあれも材料が違うのか? 先程物資なら国から転移させることが出来るという話だったが」

 

 急な話題の転換に少々訝しくも思ったけど、私としても話題が他に移動するのはありがたかったので早速それに乗らせてもらうことにする。

 えっと、お菓子の材料の話だったわね。

 

 「はい。小麦はエントの村でも良質の物が取れるので使用しておりますけれど、あとの卵、牛乳、蜂蜜、ジャムに使用したフルーツ、それと砂糖は我が国の最高級の物を使用しています」

 

 「砂糖もですか?」

 

 こう聞いてきたのはロクシーさん。

 えっ? 喰いつく所はそこ? って一瞬思ったけど、この国の事情を思い出して改めて納得する。

 そう言えばこの国では、塩や砂糖は魔法で作るんだっけ。

 

 「はい、我が国から取り寄せた砂糖を使用しています」

 

 そう言った後私は微笑み、一拍置いてからもう一度口を開いた。

 

 「私、砂糖と、そう、特に塩に関してはこの国にきて驚きましたわ。だって魔法で作り出しているのですから」

 

 そんな私の発言に今度はロクシーさんが驚く事となる。

 それはそうよね、だってこの国にとって、それが当たり前なんだから。

 

 「まぁ、それではアルフィン様の国では違う方法で塩を調達しているのですか?」

 

 「はい、そうです。我が国周辺には塩湖と呼ばれる、かなりの濃度の塩水でできた大小さまざまな湖が幾つかあり、そのそれぞれの周りのを岩塩と呼ばれる塩の塊でできた層が覆っているので粉状の塩は湖の水から精製した物を、そして岩塩層からは岩塩を採掘して、それを使用しています」

 

 この話を聞いて、ロクシーさんだけではなく皇帝陛下まで驚きの表情を浮かべている。

 それはそうだよねぇ、この世界では魔法で生み出すしかないと思われているものが自然に採れる場所があるなんて聞かされたら誰でも驚くと思うわ。

 

 「城の料理長が申すには、塩も岩塩も取れる場所ごとに風味や色が違うので我が国では料理ごとに違う物を使用しているそうですのよ。ああそう言えば、先程のパーティーに出されたお菓子の一部にも岩塩が使われているという話でしたわ」

 

 「まぁ、味や風味も違うのですの? あっ、もしかして砂糖も?」

 

 塩の話を聞いて、ロクシーさんが「わたくし、気が付きましたわ!」とでも言いたげな、嬉しそうな表情でこう聞いてきた。

 うん、その通り! 砂糖も当然魔法でなんか作ってません。

 

 「はい。私がこの国に来て砂糖について一番驚いたのは種類が無いことでした。それもあるのは何の混じり気も無い、ただ甘いだけの砂糖1種類だけ。これでは色々な味のお菓子を楽しむ事ができないのではないかしら? 私はそう思ったのです」

 

 「それではやはりアルフィン様の国では、塩同様色々な砂糖を使い分けているのですね?」

 

 本来は塩と岩塩の二種類しかないものがフレーバーテキストの効果で偶然増えてしまった塩と違って、砂糖やシロップは元々かなりの種類があったのよね。

 これもアイテムの種類がやたらと多かったユグドラシルだからこそだろう。

 そして料理にこだわっていた我がギルドには、その殆どがそろっている。

 

 「その通りです。我が国で砂糖と言えば、サトウキビや甜菜などの作物から作られる標準的なものや、メープルなどの樹液シロップから作られるもの、それに蜂蜜から作られるものが有名ですね」

 

 私が指折り数えながら答えて行くと、ロクシーさんが大きく目を見開いた。

 ただの甘味である砂糖にそれ程の種類があることに、よほど驚いたんだろうね。

 

 「そんなに種類があるのですか?」

 

 「ええ、それぞれ風味が違って、同じお菓子でも使う砂糖によってかなり味が変わるのですよ」

 

 実際、サトウキビから採れる砂糖でも黒砂糖と精製した砂糖ではまるで味が違うし、メープル砂糖や蜂蜜砂糖で作れば甘いと言う共通点があるだけでまるで違うものになるのは当然だ。

 そして味が変わるからこそ世界中で研究され続け、それによって新たな砂糖が生まれたからこそ現代に色々なお菓子が溢れているんだろうね。

 

 「それに先に挙げた砂糖を精製してさらに違った風味の、たとえば上品な甘さの砂糖を作ったり、糖度を高めてさらに甘い砂糖を創り出し、それを使う事もあります」

 

 「そんな事までしているのですね。それではアルフィン様の国のお菓子や果実水が美味しいのも頷けますわ」

 

 ここまでの説明で先程のパーティーで食べたお菓子を思い出したのか、ロクシーさんは笑顔を浮かべている。

 よほど気に入ってくれたみたいね。

 これなら後で切り出すあの件にも興味を持ってもらえそうだわ。

 

 「あと変わった物のでは動物や昆虫、モンスターの体液から取れる甘い蜜から作られる物があります」

 

 「何? モンスターのからも蜜が取れるのか?」

 

 少しだけ気が緩んだので、余談的な話としてこう言う物もあるよと話しただけなんだけど、何とこの話に皇帝陛下が乗ってきた。

 なんだろう? 何か心当たりでもあるのだろうか? いや、あるならこんな風に驚かないか。

 

 「はい。有名な所では鎧蜜壷蟻から取れる蜜ががよく使われていますね。樹液や花の蜜を溜め込む習性がある魔物で、お尻の所に付いた体の倍以上ある黄色い蜜袋が琥珀色になるまで熟成された個体の蜜が珍重されます。見た目はちょっとグロテスクですけど、美味しいんですよ」

 

 「蜜を溜め込むモンスターか。なるほど、虫型のモンスターなら不思議ではないか。では蜂のモンスターも特殊な蜜を集めるものがいるのではないか?」

 

 「はい、ご想像の通り、魔力を含んだ蜜を溜め込む蜂のモンスターは居ります。ただ残念ながら魔力を含んでいるので、そのまま甘味としては使えません」

 

 これはドラゴンの血等と同様錬金素材で、薬師が使うアイテムになっているのよね。

 まぁ、モンスターから取れる肉以外のものは殆どが何かの素材で、鎧蜜壷蟻の蟻蜜のように食材アイテムになるのは殆どないんだ。

 だからこそ、この話は余談なの。

 

 「これはあくまで食べられる蜜を持つモンスターもいますよ程度の話で殆どの物はそのまま口にできないものばかりですから、この話からそんなモンスターが他にもいるのではないかと探すような事はやめておいた方がいいですよ。そんなものを使わなくても、美味しい砂糖はかなりの種類、存在するのですから」

 

 「それはそうですわね。蜂蜜やシロップならば我が国にもありますから、今流通している砂糖以外のものも作り出せるでしょうし」

 

 あっ! ロクシーさんが良い方向に話を振ってくれたわ。

 早速乗らせてもらおっと。

 

 「その事なのですが、実は先程お話しました砂糖の原料であるサトウキビと甜菜なのですが、カロッサ子爵の領地であるボウドアの村に置かせていただいている私の別荘の裏手で栽培実験をしておりますの。どうやらサトウキビは気候の関係か生育が芳しくないようなのですが、甜菜の方は特に問題なく育っているようなので、先日からボウドアの村とエントの村周辺を開墾して作り始めています。うまく育てばそれを使った色々な砂糖の製法を教える約束になっているので、カロッサ子爵の領地の新しい名産品になると思います。その時は帝都でも購入していただけるようになるのではないかと」

 

 「まぁ!」

 

 「ほう」

 

 どうやらこの話はお二人ともお気に召したみたいね。

 私としてもカロッサさんには色々とお世話になっているし、これで甜菜から作った砂糖が売れてくれたら少しは恩返しになるかな?

 それにボウドアの村も今より少しは裕福になるだろうしね。

 

 まだ実際に畑で取れた訳ではないからあくまで皮算用状態ではあるが、気候をクリアした時点でもう失敗はありえないからと、一人心の中で微笑むアルフィンだった。

 

 





 モンスターから蜜が取れることにジルクニフが過剰反応したのはパーティーでのお茶の事があったからです。
 もしかしたらナザリックで飲んだジュースもただの果実水ではなく、モンスターから採れたものを飲まされたのではないかと疑った訳です。
 頭の良い人は色々考えすぎるものですよね。

 そんな事を気にしていると書籍版同様、頭髪を気にする事になりかねないんですけどねぇ。


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107 アイテムボックス

 

 砂糖の話が思いの外好意的に受け入れられたのを見て、私は少しだけ欲が出てきた。

 でもそれが元で、まさかあんな事になるなんて・・・。

 考え無しで愚かな私は、今のところはまだボウドアでの栽培はしてないけどエルシモさんたちが栽培している作物もいずれは作る事になるだろうから、この機会に売り込んで置いてはどうだろうか? なんて、つい考えてしまったのよ。

 

 

 

 「あと、これはまだボウドアの村での実験はしていないのですが、我が城では栽培に成功したのでいずれは二つの村での栽培を考えています」

 

 私はそう言うと、アイテムボックスからイチゴとブルーベリーの入った籠を取り出してテーブルの上に置いた。

 

 「先程のパーティーでお披露目をしたお菓子に使われていたジャムは、この二つのベリーを使って作らせたものですの。二種類ともとても美味なのですが、特にこの赤い方のベリーはそのまま食べてもとても美味し・・・あの、どうかなさいました?」

 

 ふと気が付くと、フルーツの説明をしている私を皇帝陛下とロクシーさんが・・・なんと言うかなぁ、あっけに取られたような、驚いて声も出ないような、そんな表情で見つめていた。

 

 はて? 何かおかしな事やったかしら?

 

 そう思ったところで、私はある事に気が付いた。

 もしかして先程のパーティーで得体の知れない物を食べさせられたと聞いて驚いてるとか? だとしたら大変だ! ちゃんと害はないと説明しないと。

 

 「えっと、確かに此方ではあまり見たことがない食材かもしれませんが毒はないですし、私どもはいつも食べているフルーツなので何の問題も無いですよ。それに砂糖を加え、熱を通してジャムにしているので保存性も上がっていますから口にして何か害になることもありませんし」

 

 慌てて言いつくろったものの、二人の表情は未だ変わりなし。

 一体どうしたって言うのよ、イチゴやブルーベリーの問題じゃないの? なら一体何が?

 

 そんな考えから私は隣に座っているシャイナの方へと目を向ける。

 もしかしたら何か気が付いているかもって一縷の望みをかけての行動だったんだけど、どうやらシャイナも何が起こっているのか解らないらしくて、私同様目が泳いでいた。

 

 ああもう! ここにメルヴァかギャリソンがいたらフォローしてもらえるのに・・・でも、常日頃なら助け舟を出してくれるであろう二人はここにはいない。

 だからこそ、ここでは私が何とかするしかないのよね。

 

 「エル=ニクス陛下? 本当にどうなさったのですか? 私、何かお気に触る事でもいたしましたでしょうか?」

 

 かと言って私程度の人間が頭を捻った所でメルヴァやギャリソンのような機転がきくはずも無いので、素直にもう一度聞く事にした。

 それで対処できないような事だった時は、またその時考えよう。

 

 どうやらそんな私の判断は正しかったみたいで、私の二度目の問い掛けに皇帝陛下はやっとフリーズが解けたかのように動き出し、

 

 「いっ今のは一体・・・一体なんなのだ? 一体どこからそれを出した!」

 

 私の前に置かれたイチゴとブルーベルーを震える手で指差して、そうまくし立てて来た。

 それも驚愕の表情のままで。

 

 「えっ? どこって、アイテムボックスの中からですが?」

 

 私は一瞬何を言われたのか解らず、そのままの答えを口にする。

 だってそれ以外言いようがないもの。

 

 「アイテムボックス? アイテムボックスとはなんだ? 私には何も無いところからそこ籠を取り出したとしか見えなかったぞ!」

 

 「わたくしもです。アルフィン様は何もお持ちになられていなかったはずなのに、いきなりこの様なフルーツが乗った籠がどこからか現れて、驚きのあまり固まってしまいましたわ。これもアルフィン様の魔法ですか?」

 

 えっと、もしかしてこの世界にはアイテムボックスって存在しないの?

 でっでもでも、カロッサさんのところでは何も言われなかったじゃない! だから私はてっきりこの世界にもあるものだと思い込んでたんだけど・・・でももし本当に無いとすると、この存在を知られたのは私最大のミスかもしれない。

 だってこれ、あまりにも有用すぎるギミックだもの。

 

 「アイテムボックスと言うのは空間魔法の一種で、品物が入る空間を異空間に創造して、そこに色々な物品をいれて運ぶ事ができる魔法です」

 

 話しながら設定を考える。

 とりあえず誰にでも使えるわけではないという方向に持ってかなきゃいけないわね、たとえばシャイナが使えるのがばれたら、もしかすると今現在も武器を隠し持っているかもしれないって疑われるかもしれないし。

 

 そうだ! 確かエルシモさんがこの世界では素養のあるものしか魔法を操れないって言っていたっけ、その設定を使わせてもらおう。

 

 「これは空間魔法を操る素養があるものしか習得できませんし、その容量も人によってまちまちです。私も御覧の通り一応使用できますが、カバンを持ち歩いても変わらない程度しか入りません。ですが、逆に言えば空間魔法を操る素養があるものならば誰でも習得できる魔法だと思っていたので、この国にない魔法だとは想像もしていなかったのですよ」

 

 「その空間魔法というのは?」

 

 「文字通り空間を操る魔法です。そうですねぇ、例を挙げるとすると空間に干渉して異空間を作ったり、二点間をつないで転移させたりする魔法が空間魔法になります」

 

 う~ん、これはどうやって切り抜けよう?

 

 皇帝陛下の質問に、とりあえずありそうな設定をでっち上げながら私は頭を抱えた。

 だって今口にした内容からすると、たとえばテレポートができるマジックキャスターならアイテムボックスは習得できることになってしまうもの。

 でも、このアイテムボックスは別に魔法でもなんでも無いから習得できるとはとても思えないのよねぇ。 

 

 「異空間を作るか。なるほど、その異空間に物を入れて持ち運ぶ事が出来るというのだな。だがそんな魔法があるというのなら警備はどうしているのだ? 先程アルフィン殿はカバンに入る程度のものしか入れることができないと言ったが、もっと大きなものを入れることが出来るものもいるのであろう? たとえば剣や槍などを」

 

 「それに関しては問題はありません」

 

 回れ、私の脳細胞!

 

 「先程も申しましたが、この魔法が使えるのは空間魔法を操る素養があるものだけです。そしてそんな大きなものを入れることが出来るほどの修練を積んだマジックキャスターが同時に剣技や槍術を極める事など到底できませんから。そしてそもそもそれだけの力をもったマジックキャスターならば武器など持ち込む必要はないですからね」

 

 確かカロッサさんのところでギャリソンが色々出していたわよね。

 ギャリソンには素手以外の攻撃をこの世界の人に見せてはダメよと、後で釘を刺しておかないといけないわね。

 素手なら私のように僧兵だと言う事でごまかしが効くけど、剣技なんて見られたら言い訳が効かなくなるもの。

 

 「それにこのアイテムボックスは入れている物の重さや体積によって魔力を消耗量が違います。私が先程出したベリー程度ならば入れたままにしても自然回復量で相殺される程度ですが、そのような重いものだと常に魔力を使っているような状況になってしまうのでマジックキャスターなら、そうでなくとも高位の冒険者ならば魔力の発露に気が付くでしょう。なので、まったく警戒されていない場所ならともかく、この様な場所に誰にも気付かれずに武器を持ち込むのは無理だと思いますよ」

 

 「魔力の発露? 聞いた事がない言葉ですが、それは一体どのようなものなのでしょうか?」

 

 「魔力の発露ですか? この国では言い方が違うのでしょうか・・・」

 

 どう説明したら良いかなぁ? と私はとりあえず悩むような素振りをして一度頭の回転を止める。

 折角頭を休めるチャンスがきたのだから、ここで一拍置いて頭を冷やそう。

 

 とりあえずごまかせる方向へは来ているのだから、この魔力の発露と言うのをうまく説明できれば何とかなるわ。

 だからここは慎重に。

 

 「説明するのがちょっと難しいですね。陛下かロクシー様のどちらか、魔法を使われますか?」

 

 「いや、私は使えない」

 

 「わたくしもです」

 

 うん、知ってる。

 ギャリソンの報告書を読んでるからね。

 これはとりあえずこの二人はマジックキャスターでも冒険者でも無いから、魔法の発露そのものを体験してもらって説明するのは無理だと言う事を知ってもらうための振りだ。

 

 「一番簡単なのは大きな魔法を発動寸前まで構築して、それを感じ取ってもらうと言うのが簡単なのですが、それでは無理ですね。では口で説明しないと言えないのですが、何と説明したら良いのでしょう? 発露と言うのはマジックキャスターが魔法を使用した時になんとなく感じる気配のようなものです」

 

 「なんとなく感じるものなのか?」

 

 「はい。魔力の流れを感じると言いましょうか・・・」

 

 と、ここで私はあるごまかし方法を思いつく。

 うまくすれば、これでこの話はカタが付くかも。

 

 「ああ、マジックキャスターでなくても隣の部屋で控えている四騎士の方々位強ければ、気を研ぎ澄ます事によってなんとなく解るのではないでしょうか。そうだ、お一方此方にお呼びして、私がその目の前で物を出し入れして見せましょう。小さなものでも出し入れの時は多少魔力が動きますもの。それを感じ取ってもらえれば」

 

 「なるほど、私たちでは解らずともバジウッドたちなら何か感じるかも知れぬというのだな。解った。おい」

 

 皇帝陛下はそう言うと、入り口前で控えていたメイドさんに顎で合図を送る。

 するとそのメイドさんは一度深く頭を下げてから入り口の扉を開けて退出して行った。

 

 あれ? 隣の部屋に行くのだからてっきりそこの扉を通って行くのかと思ったけど、あそこは緊急用なのかなぁ、わざわざ外を通ったと言う事は。

 

 そんな事を考えていると、

 

 コンコンコンコン!

 

 「バハルス帝国四騎士、バジウッド様、御着きになられました。お取次ぎ願います」

 

 そんな声が外から聞こえてきた。

 何と、ここでもそんな仰々しいことするのね。

 まぁ、皇帝陛下がいるんだから当たり前か。

 

 「失礼します。及びでしょうか、陛下」

 

 メイドさんに伴われて入ってきたのは厳つい顎鬚のおじさん。

 まぁ、私に心酔してるっぽいレイナースさんだと不正を働きかねないから、当然この人選だろうね。

 

 「うむ、ご苦労。実はな」

 

 今までの話を説明された騎士さんは私の方へと目を向けた。

 何というか厳しそうな顔をしているなぁ、緊張してるのかな?

 

 「そんな気を張ったような顔をしなくても良いですよ。あくまで目の前で物を出し入れするだけですから。」

 

 私はそう言うとにっこりと微笑む。

 ほらほら、此方は人畜無害な小娘なんですから、そんなに固くならないの。

 そういう気持ちを籠めてね。

 

 「それでは始めます」

 

 そう言って目の前にあるお茶の入ったカップを手に取り収納。

 この時ほんの少しだけ気を辺りに放出する。

 キ・マスターである私にしかできない誤魔化し方なんだけど・・・騎士さんの厳しそうな顔が難しそうな顔に変わっていた。

 

 「すみません。何も感じません」

 

 ありゃ、だめか。

 

 ふと横を見るとシャイナが「ちゃんと感じるよ?」って顔でこちらを見て小さく頷いているから、気の放出はちゃんと知覚できるレベルで出ているはずだ。

 でも感じないというのだから、実際に彼は何も感じてはいないんだろうね。

 

 残念、折角やったのになぁと、私はちょっと落胆しながらカップをアイテムボックスから取り出し、テーブルの上へと戻した。

 

 「そうですか。でも、いつもモンスターからの魔法での奇襲を警戒している冒険者やマジックキャスターならきっとその違和感を感じる事ができると思います。ですから、城で警戒にあたっているようなマジックキャスターなら魔力の流れに敏感ですから同様にできると思いますよ。それに今回はこんな小さなカップでの実験ですけど、もっと大きな、それこそ剣とかなら魔力の発露は大きくなりますから、その時は気が付くと思います」

 

 と言うか、気が付くと言う事にしてもらわないと困る。 

 どんなものでもこっそりと持ち込めるこのアイテムボックスは、それに対しての備えをしていないものにとってかなりの脅威と感じるはずだから。

 それだけに対処法が無いとなれば、それだけで此方の脅威度が大きく増してしまうもの。

 

 と、その時。

 

 「シャイナ殿は感じる事ができたのですか?」

 

 「えっ? はい、私は感じ取る事ができました」

 

 先程のやり取りを見てシャイナには解ったのだと感じ取ったんだろうか? 騎士さんは同じ戦士であるシャイナからの説明なら理解できるだろうと思ったのか、私ではなく彼女の方に詳しい説明を求めてきた。

 まぁ、実際マジックキャスターに聞くよりはその方が良いかもね。

 

 「それはどのようなものなのでしょう? 詳しく説明していただけないでしょうか?」

 

 「私がですか? いいですけど・・・なんと言うかなぁ、後ろから来る殺気のない攻撃に感じる気配が一番近いかも? たとえば誰かがいたずらで後ろから叩こうとしても気配を感じて避ける事ができるでしょ? あれです」

 

 その説明で本当に解るのか? と思ったけど、なにやら騎士さんが感心したような顔で頷いているから、もしかしたら解ったのかもしれない。

 

 この二人の会話を聞いて、騎士って、というか前衛職って凄いなぁなんて私は感心していたんだけど、そうしたら今度は皇帝が急に変な事を言い出した。

 

 「なるほど、あれはその気配を感じる事ができるレベルだからこそか」

 

 「俺もそれを思い出して納得したよ。なるほど、それを感じる事が出来るレベルだからこそ、あれを避けられたと言う訳か」

 

 そしてその言葉に騎士さんも笑いながら賛同しているのよねぇ。

 ??? 何を言ってるんだ、この人たちは?

 

 「ああ、言葉足らずでしたね。先程のダンス会場でのことですよ。私もこの者も死角からぶつかりそうになったほかのダンスパートナーを見事にかわしたシャイナ殿の姿を見て、後ろに目が付いていないのにどうやってあれに気付き、かわすことが出来たのかと先程アルフィン殿の準備を待つ間、話をしていたのです」

 

 ん? ・・・ああ、あれか。

 特にすごい事だとは思ってなかったから忘れていたわ。

 でもそうかぁ、あんな所まで見てるのね、この人たちは。

 

 そんな事に感心しながらも、この流れはアイテムボックスの話をうやむやにするには好都合だと考えた私は、シャイナの体捌きとか技量の話を膨らませる方向に会話を持っていくよう、努力する。

 

 その努力が実を結び、この会談が終わるまでこの話題は盛り上がり、無事に最後まで乗り切ることが出来たアルフィンだった。

 




 長かったジルクニフとの会談はこれで終了です。
 ただ、もう1話この章は続きますが。

 さて、アイテムボックスの魔法を覚える空間魔法の素養に関してですが、これはまた次回に書くので、ここでは「どうするんだ? これ」と言う突っ込みは無しの方向でお願いします。


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108 思惑

 

 バハルス帝国の衛星都市、イーノックカウ。

 その都市中央部にある迎賓館の一室では皇帝ジルクニフが愛妾であるロクシーと二人でアルフィンが持ち込んだワインを傾けていた。

 

 

 

 「ふむ、これも美味いな」

 

 アルフィン殿の手土産は、本来はロクシー宛であるがゆえに内訳は甘味が多くを占めており、残念ながら中にワインに合うつまみは無かったから今日のパーティーに出されたチーズやハムを合わせているのだが・・・このワインをここで開けるのは少々もったいなかったか。

 幸い頂いたワインはまだ数本ある。

 残りは帝都に持ち帰り、きちっとした食事と共に味わうとしよう。

 

 「本当に。アルフィン様はそれほど良いワインではないと仰られていましたけれど、これ程の上物は帝城のワイン倉の中にもそう多くはないでしょう。これで並みならば彼のお方が思う上質なワインと言うのは如何程のものなのでしょうね」

 

 そんなロクシーの言葉に、

 

 「皇帝陛下がいらっしゃると解っていれば我が城の最上級のワインをお持ちしたのですが・・・。それ程良いワインではないのでお恥ずかしいですが、我が国産のワインです。お納めください」

 

 帰り際、アルフィン殿が頬を染めながらそう言って、このワインが入った箱を馬車からメイドに取り出させていたのを思い出す。

 たしか手土産の中にはワインが1本しか入っておらず、それだけでは陛下と二人で飲むには少ないでしょうからこれは追加の手土産ですとロクシーに話していたな。

 

 馬車に積んである所を見るとアルフィン殿や他の貴族たちが移動中に常飲しているものだろうから、それ程良いワインではないと言うのは流石に謙遜であろうが、知っていれば最上級を持ってきたと言うからには、これ以上のワインがあるのもまた事実だろう。

 できることなら飲んでみたいものだ。

 

 そう思った私は一計を案じ、ロクシーをけしかける。

 

 「お前は王国との戦争が終わるまでの間、ここに残るのであろう。ならばアルフィン殿に頼んでみてはどうだ? 複数本手に入り、帝城にも2~3本送る事ができると言うのであれば、俺が費用を出してやっても良いぞ」

 

 「まぁ嬉しい。でも、だからと言ってお帰りになられる際に、このワインを全てお持ち帰りになられるのだけはよして下さいましね。これはあくまでわたくしへの手土産なのですから」

 

 チッ、読まれていたか。

 これを口実にこのワインは全て持ち帰ろうと考えたのだが、そうはいかないようだ。

 まぁよい、これからも都市国家イングウェンザーとつながりを持ち続ければ手に入る機会も多いであろうからな。

 それよりも。

 

 「アルフィン殿が語られたアイテムボックスの話、どこまでが本当でどこまでが嘘だと思う?」

 

 「まず、アイテムボックスと言う魔法がアルフィン様の国では特別な魔法ではないと言うのは事実でしょう」

 

 この話が出る事は予め予想していたのであろう、ロクシーは私のいきなりの話に打てば響くがごとく回答を解してきた。

 ふむ、ロクシーもそう思ったか。

 これに関しては私も同意見だ。

 でなければ、ああも簡単にアイテムボックスの存在を我々に知らせた理由が付かないからな。

 

 だがロクシーの見解を聞いておくのも悪くないだろう、そう思った私はなぜそのような考えに至ったのかた訊ねる。

 

 「その根拠は?」

 

 「あの魔法は特異過ぎます。アルフィン様が言うとおり、警戒すれば物品の持込みを防ぐことができるかもしれませんが、それは城などの重要施設だけ。全ての町の入り口にあの魔法を探知できる者を置くなど不可能です。そしてそれはとんでもない脅威になりえますわ」

 

 そう言うとロクシーは一度言葉を切り、ワインを口にする。

 そして手元にあるハムとチーズが乗った皿を前に置き、その横に新たな皿を置いて、

 

 「たとえば人は商人や旅人を装って都市に入り」

 

 まずは人に見立てたハムを空の皿へ、そして続いてチーズをハムの上へと置いて包んだ。

 

 「その後アイテムボックスを持つマジックキャスターが何食わぬ顔で武器を持ち込めば誰に気付かれることなく進入でき、中で武装すれば堅牢な防護壁を素通りしていきなり都市中枢を戦場にする事ができるのですから。私なら此方にアイテムボックスと言う魔法がないと知っていれば、あの魔法のことは絶対に伏せておきますわ」

 

 そう言ってロクシーはそのチーズのハム包みを口にして、

 

 「あら、意外と美味しいわね」

 

 そう言いながらワインをもう一口、口に含んだ。

 

 なるほど、ハムでチーズを包むことにより武装した兵士を表し、自分の口を都市の中に見立てたわけか。

 中々、面白い表現をするものだ。

 そう思いながら私もまねをして、チーズをハムで包み口にする。

 

 「なるほど、悪くない」

 

 「そうでしょう。これならばアルフィン様のワインにあわせてもそれ程悪くないと思いませんか?」

 

 確かにな。

 これをつまみに話は一時中断。

 しばらくの間私たちはワインを楽しんだ。

 

 

 

 グラス2杯ほどのワインを楽しんだ後、話を再開する。

 

 「アルフィン様は使うつもりはまるでないのでしょうけど、我が国ともし戦う事になれば家臣の誰かは使うでしょうね。そう考えると、彼のお方の愛らしいうっかりのおかげで助かったと言えますわ。ふふふっ、甘いジャムに使ったベリーの説明の為にアイテムボックスの存在を知られるなんて、何ともアルフィン様らしいですわね」

 

 確かにな。

 だがあのアイテムボックスと言う魔法、もし知らずにいればかなりの脅威になっていたであろう事は間違いない。

 

 あの場では剣や槍を持ち込めるか? と聞いてはみたが、そんなものより遥かに危険なもの、たとえば毒薬の入った小さな小瓶ならばどうだ? いや、それより恐ろしいのは疫病で死んだ生き物の血が染みこんだ布を持ち込み、それを井戸へと投げ込まれた場合だ。

 都市であれば何千何万と言う病人を出し、小さな町や村ならばそれだけで壊滅してしまうであろう事は簡単に想像できる。

 

 その二つともアルフィン殿が取り出したベリーが入った籠より小さいのだから、密かに持ち込むなどイングウェンザーの者たちにとってはたやすい事だろう。

 そしてその有用さはそれだけではない。

 

 「うむ。あのアイテムボックスなる魔法、アルフィン殿はただ物を運ぶ魔法だと語っていたが、その真の利点は軍事にこそある。もし大量の物資を入れるだけの容量を持つものが数人いれば軍の進行速度はかなり速くなるであろうし、そうでなくとも毒、疫病、麻薬等々無警戒に持ち込まれたら都市に大被害をもたらすものはそれこそ無数に存在するのだからな」

 

 「はい。いくらアルフィン様が箱入りでも、あの魔法の有用性は理解しているでしょう。でなければわたくしたちが知らないと解った時のあの表情は説明できませんもの」

 

 あからさまに顔色が変わったからな。

 あの魔法が普通に存在するアルフィン殿の国周辺ならば対処法が確立されているであろうから気楽に見せたのだろうが、その対処をまるでしていない国で自分がその魔法を使えると知らせるのは自殺行為にも等しい。

 だからこそ、知っていればけして私たちの前で使っては見せなかっただろう。

 使いさえしなければそんな魔法がある事など、こちらは想像さえしないのだから。

 

 「では空間魔法の話はどう思う?」

 

 「あれも事実でしょう。嘘を考えるには時間が無さ過ぎましたもの。アルフィン様はアイテムボックスとは何かと陛下が質問された時、『アイテムボックスと言うのは空間魔法の一種で』と仰いました。あれが話題の最後で開示された情報ならともかく、一番最初に開示された情報ですからね。その後の説明にも矛盾点は見られませんでしたし、慌てているアルフィン様がとっさに思いついたとは到底思えませんわ」

 

 確かにそうだ。

 本人は隠しているつもりであったろうが、私の目から見てあの時アルフィン殿は明らかに動揺をしていた。

 そのような精神状態であってもとっさに空間魔法などと言うありもしないものを彼女に思いつけるのか? と考えると、その力量を持つ者にしてはアルフィン殿のそれまでの行動はあまりに稚拙だし、何より今までに経験した場数が足りないように思える。

 その事からも、あの空間魔法と言う言葉に嘘はないだろう。

 

 「空間魔法は実在する。そしてその後に出た空間魔法の素養がある者ならば誰でも簡単に習得できると言うのも、また事実と言う事か」

 

 「そう言う事になるでしょうね。アルフィン様も素養があるなら誰でも習得できる魔法だから、この国にないとは思わなかったと仰られていましたし」

 

 確かにそんな事を言っていたな。

 ならば空間魔法の素養がある者を見つけ出す事ができれば、我が国でもアイテムボックスの魔法を開発できるという事か。

 我が国に存在せず、今まで聞いたこともなかった所を見るとリ・エスティーゼ王国やスレイン法国にも無いだろう。

 

 「もしこの魔法を他国に知られる事無く我が国で開発できたとすれば」

 

 「我が国は他国から1歩も2歩も先んじる事ができるでしょうね。空間魔法の素養というものを調べさせる価値はあるでしょう」

 

 降って湧いたこの重要な情報に、私たちは歓喜した。

 そうこの時は。

 しかし、この世というものはままならない。

 

 

 

 数日後、私は帝国魔法省からの報告に唖然とする事となる。

 

 「何、空間魔法などという物は存在しないだと?」

 

 何といくら調べても空間魔法というものは存在せず、と同時に空間魔法の素養を持つ者など、いくら探してもこの国では見つからなかった言うのだ。

 ばかな、アルフィン殿は空間魔法の説明で『空間に干渉して異空間を作ったり、二点間をつないで転移させたりする魔法が空間魔法になります』と言っていたではないか。

 

 「だが、我が国でもテレポートという魔法を操るマジックキャスターが一人か二人はいるという話ではないか。ならば」

 

 「陛下、まことに申し上げにくいのですが、あれはマジックキャスターが使う魔力系位階魔法でして、空間魔法などと言う別系統の魔法ではございません」

 

 魔力系位階魔法? と言う事は似て異なる魔法と言う事なのか? だが、アイテムボックスという魔法は実在しているのだから、存在しないと言うのはおかしいだろう。

 もしこの者の言うとおり空間魔法と言うものが存在しないのならば、私が見たあれは一体なんだと言うのだ?

 

 「ではあのアイテムボックスという魔法はなんなのだ? 私が見た夢とでも言うのか?」

 

 あまりに事に私はつい声が低くなる。

 そんな私に、目の前にいる帝国魔法省からの使者は青い顔になりながら必死に弁明を始めた。

 

 「そっ、そうは申しません。現に亜人が使う精霊魔法や古の原初の魔法と言うものが存在する事を確認しております。ですから我が国で知られている魔法とはまた別の系列の魔法、そう、陛下が仰られている空間魔法と言うのは、そのイングウェンザーと言う国が所持すると言う転移の魔道具に使われている魔法技術ではないかと我々は考えております。それを調べさせていただければ何か解るかもしれません」

 

 うむ、そう言われれば確かに別の系列の魔法が存在すると言う話を前に爺から聞いたことがあるな。

 と言う事はこいつの言うとおり、空間魔法は我が国に存在しない魔法技術と言う事ともありえるということだ。

 そしてその技術を使った魔道具が存在し、それを調べればもしかすると何か解るかもしれないと言うのも理解した。

 

 だがな、転移のアイテムは数が無いと言っていたし、何より城の防衛と言う観点から研究させてほしいと言っても無駄だろう。

 それを解析すれば、もしかしたらアルフィン殿の城に直接乗り込む方法が解るかもしれないのだから、例え彼女が了承したとしてもその家臣たちが許しはしないだろう。

 

 「あれは彼の国の機密、わが国の者が調べる事など不可能であろう。だが実際にそこに存在する技術であり、なおかつ素養があれば誰でも使える魔法だとイングウェンザーの者は言っていたのだ。なんとしても空間魔法というものを発見し、アイテムボックスと言う魔法を我が国に齎すのだ。優秀な帝国魔法省ならば必ずできると信じているぞ」

 

 「ははっ!」

 

 こうしてバハルス帝国の無駄な研究は、この後長い間続くことになる。

 

 





 色々と考えてはいるようですが、全て無駄に終わると言うお話でした。
 ただ、ロクシーはこれからもアルフィンと仲良くしていくつもりのようなので、国と国との関係は良くなっていきます。
 とりあえずイングウェンザーがバハルス帝国に宣戦布告したり、その逆が起こったりはしなさそうです。
 双方、メリットがないですからね。


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外伝4 帝国魔法学院への道

 

 今より少しだけ先のお話。

 

 その日、アルフィンはメルヴァから休みを貰い、シャイナと共にボウドアの村にある館を訪ねていた。

 

 

 

 「アルフィン様、カルロッテ様がお目通りを願っております。お通ししても宜しいでしょうか?」

 

 「カルロッテさんが? ええ、いいわよ」

 

 どうしたんだろう? 特に急用があるとも思えないんだけど。

 

 前回のエルシモさんとの面会で城に来た時は特別な事を話したりしなかったから、それから何かあったのかな? でもまぁ彼女が住んでいる別館やボウドアの村に、もし何か大きな問題が発生していたとしたら私の耳にも入っているはずだから、それ程大事件でもないだろう。

 

 もしかするとただ単に私たちがここに来ていると聞いて訊ねてくれただけかもしれないしね。

 

 そんな風に私は楽観視していたんだけど、どうやらシャイナはそうじゃなかったみたいで、

 

 「同じ敷地内に住んでいるとは言え、わざわざアルフィンを訊ねてくるって事は、何かあったのかな?」

 

 と、不安げな顔を見せたから、私自身はこの訪問の内容を、それ程心配していないんだよって伝えてあげる。

 

 「う~ん、どうだろう? ただのご機嫌伺いって事もありえるし、前から何か困ったことがあれば遠慮なく言ってほしいとも伝えてあるから、もし何かあったのならすでに聞かされてるんじゃないかな? まぁ私たちがこの館に来た時に聞いてもらえばいいやと思う程度の小さな問題が別館にあるかもしれないから、とりあえず会ってみないと解らないけどね」

 

 どうせもうすぐ顔を合わせるんだからと、笑いながらシャイナと話をしていると、

 

 コンコンコンコン。

 

 部屋にノックの音が響き渡った。

 

 「アルフィン様、シャイナ様、カルロッテ様が到着しました」

 

 「どうぞ、入ってもらって」

 

 いつもならノックの後すぐに開けられるドアも、今日はカルロッテさんがいるからか確認が入った。

 カルロッテさんなら別にいいのにと私は思うんだけど、この間メルヴァから「アルフィン様は我が国の支配者なのですから、メイド相手ならともかく他国の者と会う時は徹底してください」と言われてしまったのよね。

 

 まったく仰々しいったらありゃしない。

 

 まぁ、ユーリアちゃんたち子供の来客の場合だけは、来たらすぐに通しなさいと言ってあるんだけどね。

 これだけはメルヴァになにを言われたとしても折れる事はない、絶対にね!

 

 ガチャ。

 

 ドアが内側に開き、メイドに案内されるようにカルロッテさんが入って来た。

 その表情には特にあせりは無く、ごく普通に見えるところを見るとやはりただの表敬訪問だったみたいだね。

 

 「カルロッテさん、いらっしゃい」

 

 「いらっしゃい。お久しぶりね」

 

 「アルフィン様、シャイナ様、ご無沙汰しております」

 

 実際の所、つい先日も城で会っているわけだからそれ程ご無沙汰ではないのだけれど、まぁ社交辞令と言う事なのだろう。

 とりあえず立ち話もなんなのでカルロッテさんに席をすすめ、座ってもらう。

 

 「それで今日はどうしたの? 私たちが来ていると聞いて遊びに来てくれたのかしら?」

 

 「それとも食事のお誘い? 別館の子供たちともしばらく遊んでないし、それなら大歓迎なんだけど」

 

 「別館の子供たちもシャイナ様と御会いできるのを楽しみにしているので大変魅力的なお話なのですが、今日は別の話があってまいりました。実はマイエル姉妹のことなのです」

 

 ユーリアちゃんとエルマちゃんのこと?

 一体何があったんだろう? ボウドアの村からは特に何も言ってきてはいないから、怪我をしたとか言う話じゃないだろうし、何よりそんな話だったらカルロッテさんから来るのはおかしいものね。

 

 「ユーリアちゃんたちのこと? 私には何の連絡も入っていないけど何かあったの?」

 

 「はい。実はユーリアさんとエルマさん、お二人共にマジックキャスターの素養があるようなのです」

 

 えっ?

 

 私はその言葉にとても驚いた。

 だってあの二人は普通の農夫の子供であり特に魔法の勉強をしたことも無いのだから、例え素養があったとしてもあの歳でその片鱗を見せる事などあるはずが無いと考えたからだ。

 

「それは確かな事なの?」

 

「はい。私は神官なので魔法を教える事はできませんが、判定方法を知っていたのでためしに別館に住む私たちの子供とボウドアの村の子供たちを調べた所、マイエル姉妹の二人共に素養があることが解ったのです」

 

 なるほど、だから解ったのか。

 確かにそんな判定でもしなければ解るはずも無いものね。

 私はそう考え、一人心の中で頷く。

 

 そうか、ユーリアちゃんたちにマジックキャスターの素養があるのか。

 うん、それはいい事よね。

 

 特に強力なマジックキャスターになれなかったとしても、クリエイトマジックが使えればいろいろとできる事は増えるし、1位階の攻撃魔法でも使えるのなら野盗や弱い魔物から身を守るくらいできるようになるから、イーノックカウまで物を売りに行ったりする時の安全性は格段に上がるもの。

 

 「そう、それは良かったわ」

 

 私は単純にそう考え、喜んだ。

 だけど、そこでふとある事に気が付いたのよね。

 

 魔法って、どうやって覚えるんだろう?

 

 うちの城にもマジックキャスターは多数いるけど、それはゲームで魔法を覚えたのだから当然どうやって習得するかなんて知っているはずがない。

 であるからして、ユーリアちゃんたちにいくら魔法の素養があったとしても、私たちは教える術がないのだ。

 

 でも、目の前にいるカルロッテさんが私にその事を相談しに来たと言う事は当然魔法を教えてほしいと言う事で・・・さてどうしたものか。

 

 「はい。アルフィン様が操るほどでなくともクリエイトマジックが使えれば塩を生み出すことができますから、とても重宝する事でしょう。ですからアルフィン様、あなた様でなくても構いません。前に水場を作られた時にいらっしゃった方のどなたかに、あの二人の魔法の教師役になっていただけたらと思いまして」

 

 「魔法の教師ですか」

 

 そうだよねぇ、普通はそう考えるよねぇ。

 でもできないんだよなぁ・・・困った。

 

 私はどうしようかなぁと頭を捻る。

 すると、あることに気が付いた。

 

 そう言えば私たちって、この世界の人たちの前でクリエイトマジック以外の魔法を使ってないんじゃないかと言う事に。

 いや、厳密に言えばゲートも使っているけど、あれは神官でも高位になれば使える魔法だから魔力系マジックキャスターの魔法ではないのよね。

 うん、これなら何とかごまかせるかも。

 

「困ったわ。実は私たちのクリエイトマジックは魔力系魔法ではなく巫女の系統魔法なのです。ですから私が行った修行方法を教えても巫女や神官になることはできても魔力系マジックキャスターになることはできないのですよ。あなたが教えられないと言う事はそのマジックキャスターの素養と言うのは魔力系魔法の事なのでしょう? どうしましょう、私の城には護衛の騎士や治療神官はいるのですが魔力系魔法の使い手はいないのです。ああなんて事なの、折角ユーリアちゃんたちに素養があることが解ったのに教える事ができないなんて」

 

 私は芝居がかったしぐさで、がっくりと肩を落とす。

 そんな姿を隣にいるシャイナは不思議そうな顔で見ているけど、私になにやら考えがあるのだろうと口には出さないでくれていた。

 良かったわ、これで「マジックキャスターならいるじゃない、沢山」とか言われたら大変だもの。

 とにかくしばらくの間は口を開かないでね。

 

 「そうなのですか・・・。あっ、そう言えば前に私たちが住んでいた廃墟に転移の魔法で来られたセルニアさんという方は? 転移魔法が使えるのなら魔力系魔法の使い手なのではないですか?」

 

 「それはゲートのことではないですか? あれ、実はテレポートなどと違って高位神官でも使える魔法なのですよ」

 

 「そうなのですか」

 

 これは本当のこと。

 だから嘘は言ってないし、セルニアが魔力系マジックキャスターでは無いと言ったわけじゃなく彼女が勘違いしただけなんだけど、その嘘をついていないと言う部分が私の心の揺れを少なくしてくれる重要な部分だったりする。

 だってどうしようもない事意外では、あまり知り合いに嘘はつきたくないものね。

 

 「しかし、本当にどうしましょう? ねぇ、シャイナ。私たちの城の者では魔法を”覚える方法”を、そう、その手段を教える事ができないのよねぇ。あなたはどうしたら良いと思う?」

 

 そうシャイナに話を振ると、彼女は今までの話の意味がやっと理解できたようで、

 

 「ああなるほど、そういう事か。魔法の習得方法なんて私たちに解るはずないものね。だからユーリアちゃんたちに魔法をどうやって教えたら良いかを悩んでいたのか。そうだなぁ」

 

 相槌をうちながら、やっと今の状況がやっと理解できたと言い、そして今度は腕を組んで、う~んと唸りながら頭を捻り始めた。

 よし、これでシャイナがいきなり訳の解らない事を言い出す心配もなくなったから、私も本格的に考えるとしよう。

 

 さっきのカルロッテさんの口調からすると、この世界では魔法を覚えるには教える教師が必要らしい。

 でも私たち元ユグドラシルの住人には肝心の魔法の習得方法が解らないから教える事ができないし、教師になりそうな人とのツテもないのよねぇ。

 う~ん、これは本格的に困った状態なんじゃないかしら?

 

 特に名案が浮かぶ訳でも無いのに時間だけが過ぎてゆく。

 とそんな時である。

 

 「あの、アルフィン様」

 

 カルロッテさんが申し訳なさそうに声を掛けてきた。

 

 「どうしたのカルロッテさん、何か名案でも?」

 

 「いえ、名案と言うほどの事でもないのですが・・・」

 

 私とシャイナに見つめられて居た堪れなくなったのか、彼女は少し身を捩りながら思いついた考えを私たちに告げた。

 

 「アルフィン様のお城に魔法を教えられる方がいないのであれば、カロッサ子爵様に紹介していただく事はできないのでしょうか?」

 

 「あっ!」

 

 そう言えば忘れてた。

 カロッサさんなら貴族だから魔法の講師のツテもありそうだし、頼んでみる価値はあるかも。

 

 「そう言えばそうね。なんで思いつかなかったんだろう? ありがとう、カルロッテさん、早速明日にでも使いの者を出してあちらの都合のいい時にでもお願いしに伺うわ」

 

 「はい、お願いします、アルフィン様。マイエルさんたちもきっと喜ぶと思います」

 

 こうして私たちは一つの結論に達し、胸を撫で下ろすのだった。

 

 

 

 数日後、私はカロッサさんの館へとお邪魔した。 

 

 「お久しぶりです、カロッサさん」

 

 「これはこれはアルフィン様、わざわざお越しいただき、申し訳ありません。呼びつけてもらえばいつでも飛んでいきましたのに」

 

 いや、流石にそれはダメでしょ。

 

 「いえいえ、此方からお願いをする立場なのですから、来ていただく訳には行きませんよ」

 

 「いえ、例えどんな無理難題であったとしても私が足を運ぶべきでしょう。皇帝陛下でも頼み事があるからといって家臣の元へと訪れる事はないのですから」

 

 皇帝陛下"でも"って。

 えっと、カロッサさんってバハルス帝国の貴族であって、都市国家イングウェンザーの貴族じゃないよね? その言葉、皇帝エル=ニクス陛下が聞いたら怒るんじゃないかしら?

 

 「カロッサさん、あなたは皇帝エル=ニクス陛下の臣下であって私の臣下ではないのですから、その例えは間違っていますよ」

 

 「はい、承知しております。しておりますが、しかし・・・」

 

 ああ、この話は水掛け論だからここで打ち切ろう。

 

 「解りました、お気持ちだけいただいておきますね」

 

 「ありがとうございます。それでお話というのは?」

 

 やっと話が進みそうなので、私はユーリアちゃんたちに魔法の素養があることが解った事、しかし我が城には魔力系マジックキャスターが居らず、その能力を伸ばすにはどうしたら良いかと悩んでいる事をカロッサさんに伝えた。

 すると、

 

 「都市であるなら私塾に通うと言う方法もあるのですがボウドアの村に住む子供なら通うのは無理でしょう。それに親と共にイーノックカウに移り住むと言うのも仕事等の面で現実的ではありませんな。ですからこの場合は魔法を教える事ができる者を、家庭教師を雇い入れるのが得策でしょう」

 

 と、カロッサさんは「わざわざ足をお運びになるほどのお願いと言う事ですから、どれほどの難題かと思えば、そんな事ですか」とでも言う様に、笑顔で答えてくれた。

 この顔からすると多分その当てもあるのだろう、それを見て私はほっと胸をなでおろす。

 

 「家庭教師ですか。カロッサさんのお顔からすると、どなたか心当たりがあるようですね」

 

 「はい、その辺りは貴族のネットワークがありますから。私どものように小さな領ではマジックキャスターの素養がある者は貴重ですから、見つかった時は教育できる者をすぐに手配できるよう、教え合うようにしているのです」

 

 なるほど。

 大きな領地を持つ大貴族ならともかく、小さな領地しか持たない人の場合は数少ない魔法使いが見つかった時はその人が冒険者などになって外に出て行かないよう、囲い込むと言う意味もあってこの様なネットワークができているんだろうね。

 特に塩なんかはクリエイトマジックが使える魔法使いが一人居るか居ないかで大きく違うだろうから、見つけたときは離したくはないだろう。

 

 「良かった。マイエル姉妹はうちのまるんちゃんが特に懇意にしている子供たちだから、何とかしてあげたいと思っていたのです。とても助かりますわ」

 

 「そうなのですか。それならば家庭教師を呼ぶ事はできますが、ある程度覚えた後は帝都にある学院に通わせた方が良いと思います。我が領地の子供ですから、私も紹介状を書きますし、皇帝陛下やロクシー様と懇意になされているアルフィン様が連名で紹介状を出してもらえればたとえ平民であっても入学する事は可能でしょうから」

 

 私が謝意を表すと、カロッサさんがそんな提案をしてくれた。

 学院への入学までさせてくれるの? ってことはこの世界の魔法技術やその習得方法まで解るってことよね。

 それは願っても無いことだし、こんなチャンスは滅多にないだろうからユーリアちゃんたちだけを送り出すのは少しもったいないわね。

 

 「それならばうちのまるんちゃんも共に学ばせてもらえないかしら? あの子はまだ小さいから教育を受けていないけど、魔法の素養はあるはずですから。それにまるんちゃんなら我が都市国家イングウェンザーの貴族ですもの。ユーリアちゃんたちと一緒に入学すれば問題が起こる可能性も減るでしょう?」

 

 「おお、そうですね。魔法学院には平民も居りますが貴族も多数在籍しております。貴族であるまるん様がご一緒なら、その子たちも心強いことでしょう」

 

 ふふふっ、うまく行ったわ。

 これでまるんちゃんに色々調べてきてもらえるし、なんなら私が通ってもいいもの。

 魔法の授業自体は問題ないし、ユーリアちゃんたちとの学院生活と言うのも楽しそう。

 夢が膨らむわぁ。

 

 そうだ、これを気に帝都にも進出すると言うのはどうかしら? そうなると物件探しを今から始めないといけないわね。

 善は急げ、明日にでもロクシーさんにお手紙を出しておきましょう。

 

 かなり気が早いものの、楽しげな近い未来を夢見て微笑むアルフィンだった。

 




 この話は本来、もしボッチ連載中にweb版が更新された時は書こうと思っていた学園編の前フリ回でした。

 この場合、まるんに主人公が入って遠目から有名人であるフールーダを見物したり、ナーベやモモンを見てこの世界にも優秀な人はいるんだなぁなんて感心したり、ジエットにグラスランナーだと見破られたりする話になるはずでしたが、web版の学園編が完結していないのでお蔵入りになった次第です。

 さて次回からいよいよ最終章に入るのですが来週は1週休みをいただき、その代わりにボッチプレイヤーとは別のオーバーロード一話完結SSを投稿します。
 ボッチとはまるで関係ない話ですが、ほのぼの路線は変わらないので、読んでいただけたら幸いです。


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最終章 強さなんて関係ないよ
109 新しいお屋敷


 

 バハルス帝国皇帝、エル=ニクス陛下との会見から数日、実を言うと私は未だに衛星都市イーノックカウに滞在している。

 本来の予定ではあの会見の次の日にはイングウェンザー城に帰るつもりだったんだ。

 ではなぜこの様なことになっているのかと言うと、それは別れ際にロクシーさんからあるお願い事をされてしまったからなのよ。

 

 

 

 

 時は会見が終わり、私が帰りの馬車の準備が終わるのを待っていた時間まで遡る。

 

 「アルフィン様、先程のお話からすると城に戻られてもさしたるお仕事はないのですよね? でしたらわたくしたちが戦争疎開をしている間、このイーノックカウに滞在していただく訳にはいかないかしら? もっと親睦を深めたいですし、何よりアルフィン様の国のお菓子や料理、お酒が楽しめなくなるのがとても残念で。あの味を私たちに伝えたのはアルフィン様なのですから、その責任は取ってくださいませ」

 

 確かに私は政治的な事はしていないと言ったけど、実際は城で色々と仕事をしているのよね。

 まぁその殆どはメルヴァとかギャリソンでもできるし、重要な判断は自キャラの一人であるアルフィスが城にいるから大丈夫と言えば大丈夫なんだけど、でもケンタウロスたちの事もあるし、流石にそれ程長く城を空けるのは不安だから何とか断ろうと思ったの。

 そこでホテルでの長期滞在は色々と不便ですからと言う理由で断ろうとしたんだけど、どうやらロクシーさんからすると、そうやって断られる事は想定済みだったみたい。

 

 「あらアルフィン様、それならば屋敷を購入されればよろしいではないですか。陛下ともお会いになり、これからは我がバハルス帝国とも親しくお付き合いしていただけるのでしょう? ならばお城から一番近いこの都市に大使館を持つべきですわ。幸いここは衛星都市。帝都とは違い、土地も館もそれほどお高くはありませんから」

 

 と、こんなことを言われてしまった。

 その上すでにある程度の目星はつけてあるらしくて、ロクシーさんが合図をすると扉近くに立っていた執事風の男性が羊皮紙を幾つか此方に持ってきた。

 どうやらそれには、この都市の色々な物件情報が書かれているらしいの。

 そこでどれくらいの値段なのかと聞いてみたんだけど、確かにそれ程高くは無かったのよね。

 

 都市国家イングウェンザーの大使館として使うのだから区画は当然貴族や裕福層が住む町の中心部なんだけど、それでも普通の館ならば金貨2000枚もあれば買えるらしい。

 実際に今、目の前にに並べられた物件は、金貨2000枚から3000枚くらいのものが多かった。

 これならばエントの村で村長に渡したルビーのほうが高額なのだから、私ならば買うのも難しくはないと考えるのは無理もない。

 

 「でも先のパーティーでイングウェンザーのお菓子や食事を周辺貴族に振舞ってしまいましたもの、アルフィン様が館を構えられたと聞けば訪れようと考える者も多いと思いますわ。ですから、わたくしとしてはこちらをお勧めしますわ」

 

 「これですか? ですが流石にこれは大きすぎるのではないでしょうか?」

 

 そう言って見せられたのは迎賓館に匹敵するほどの大きさの建物で、聞けば前領主の館だった物らしい。

 因みにその前領主は色々と問題がある人だったらしくて、皇帝陛下が即位された再に失脚、処刑は免れたものの侯爵から平民まで落とされて別の地へと飛ばされて行ったんだって。

 その際この館も解体すると言う案が出たそうなんだけど、贅を尽くして作られた館や庭は壊してしまうのは流石にもったいないからと、とある商会が買い取り、管理していたんだそうな。

 

 そんな事情なので家具や調度品は何も残ってはいないけれど、大使館として使うには相応しい建物でお勧めなんだってさ。

 

 「管理しているものが申すには、アルフィン様に買っていただけるのであれば大変光栄であり、値段の方も金貨30000枚でお譲りしても良いとの事です」

 

 これはパーティーから会談までの間に調べてきてくれた、実はロクシーさんの家令だった先程の執事さんの言葉。

 本来ならば金貨38000枚で売り出されていたらしいから、お勧めと言うのは確かだろうね。

 

 しかし、金貨30000枚かぁ。

 前にエントの村で聞いた価値で換算すると30億、とんでもない金額よね。

 まぁ、この規模なら当たり前かとも思えるけど。

 

 「前にアルフィン様の執事がカバンから出した大きなルビーならば、一つでも金貨10000枚以上の価値があると思いますわ。そしてあの時の話から察するに、複数お持ちなのでしょう?」

 

 「ええ。あのサイズのルビーならば幾つか持ってはいますが・・・」

 

 「ならばそれを手放すだけで買えてしまう程度のものですから、ここは購入してはいかがですか? 幸い、この物件ならばわたくしが滞在している館とも近いですし」

 

 う~ん購入資金の調達方まで考えられているのか、完全に外堀まで埋められてるなぁ。

 まぁ仕方がないか、ここまで用意してもらったんだから購入しよう。

 

 「解りました。ではその物件を購入する事にします。あとルビーですが、ギャリソンがまるんに同行してこの都市に滞在しているうちにイングウェンザー金貨がバハルス帝国でも使えると調べてくれましたから、わざわざ買い取っていただかなくても金貨でお支払いする事ができますわ」

 

 「そうでしたの・・・」

 

 あれ、どうしたんだろう? ロクシーさんの表情が少し曇ったようなんだけど。

 話の展開的にはロクシーさんの思惑通りに事が進んだと思っているんだけど、何か予定と違うことでもあったのかな?

 

 そんな事を考えていたら、なにやら意を決したかのような顔をしたロクシーさんが真剣な目を私に向けてこんな事を言い出した。

 

 「アルフィン様。不躾な申し出なのですが、あの大粒のルビーを、わたくしに一つ譲ってはもらえないでしょうか?」

 

 へっ? もしかして表情が暗くなって理由ってそれ?

 

 「えっ? ええ、もちろん良いですけど・・・もしかしてロクシー様の表情が暗くなったのはあのルビーを購入できなくなると思われたからなのですか?」

 

 「はい。お恥ずかしい話ですが、わたくし、あれほど大きなルビーを持っていませんの。いえ、わたくしだけではありません。あれほどの大粒なルビーは我が国がいかに広いとは言えども、数点しか存在しないと思いますわ。それだけにお金だけあっても手に入るものではなく、まさに憧れの一品なのです。ですからこれを気に手に入れようと思ったのに、アルフィン様が売らなくても館を手に入れることは出来ると仰られたので・・・」

 

 ああなるほど、確かにそんな貴重なものだとしたら手に入る機会があるのなら手に入れたいと思うだろうし、それを持ちかける口実が見つかって喜んでいたのに断られて落胆したと言う訳ね。

 まぁ私としてはそれ程珍しい物でもないから譲っても問題はない。

 でも、相場で買い取ってもらうと言うのも芸がないわよねぇ。

 だからと言って、プレゼントすると言うのもまた芸がないというか、物の価値が解らない娘だと再認識されるだけだし・・・あっ、そうだ。

 

 私は良いことを思いついたとばかりに顎の前で両手を合わせ、フフフッっと声を出して笑った。

 

 「ロクシー様、最初に幾つか見せていただいた物件がございましたでしょう? あれの一つを私にプレゼントしていただけませんか?」

 

 「最初のと言うと、比較的安い物件ですか?」

 

 私はクスクスと笑いながらコクリと頷いた。

 そしてテーブルの隅に追いやられていた物件の書類を手元に引き寄せる。

 

 「そうですねぇ・・・うん、これなんか良さそうです。立地的にも、建物の構造的にも」

 

 そう言って私は一つの物件を選び、ロクシーさんに渡す。

 それはイーノックカウの中心部にある広場近くに建てられた庭付きの洋館で、値段も金貨2800枚と用意されたものの中では比較的値段の高めのものだった。

 

 「これを私にプレゼントしていただけたら、私もロクシー様にお礼のプレゼントをお渡しできますもの。私としてはイーノックカウに拠点を構えるのならば大使館の他に我が城の者が気楽に滞在できる館をもう一つ手に入れたいですし、ロクシー様にお近づきの印を何かお渡ししたいとも思っていましたから、その願いもかなえられます。うふふっ。我ながら、なんて良い思い付きでしょう」

 

 「私はそれで構いませんが・・・本当に宜しいのですか?」

 

 ロクシーさんはあまりの事に困惑顔で聞いてくるが、私としては自分が提案した事なのだから異論があるはずがない。

 それにこのイーノックカウに私たちが滞在するのとは別の拠点を手に入れることが出来るのならば、前から考えていた"あのプラン”を実行に移すこともできるのだから、返って好都合とも言えるくらいよね。

 

 「もちろんですわ。ああそうだ、どうせプレゼントするのですからルビーをそのままお渡しするのも面白くないですわね。指輪にするにはあれは少々大きすぎますし・・・ロクシーさまはネックレスとブローチ、どちらがお好みですか? 城の職人に伝えてお好きなアクセサリーに加工してお渡ししますから」

 

 「まぁ素敵。では厚かましく、ネックレスでお願いしようかしら」

 

 「フフフッ、解りました。そのように伝えて置きますね」

 

 こうして私はイーノックカウに大使館と庭付き物件の二件を持つこととなった。

 

 

 ■

 

 

 時は現在に戻る。

 

 購入の為の金貨30000枚は流石にイーノックカウまで持ってきていないと言う事でその日は仮契約だけして、昨日その金貨をもってメルヴァがイーノックカウに到着した。

 そして先の仮契約は、そのお金を支払った事により正式な契約となって元領主の館は私のものになったらしい。

 らしいと言うのは、その場に私が立ち会ったわけではないからだ。

 

 と言うのも普通はそのような雑事には王族どころか貴族でさえ携わる事なんてありえない話らしくて、本来なら平民である商人がわざわざ城までお金を取りに来て契約するのが当たり前なんだって。

 でもここから遥かに離れたイングウェンザー城までお金を取りに来てもらうのは流石に気が引けるし、何よりそれ程の大金を運んでいる時に何かあれば大変だと言う事で、そんなことが起こりようが無いうちの馬車で運んだというわけ。

 

 何せスピードが違うし、何より殆どの行程はゲートで飛んでショートカットしているから安心安全。

 それにこの都市に長期滞在するとなるとメルヴァと打ち合わせをしないといけないから、これを気に彼女にここに来てもらったというわけだ。

 そしてメルヴァはイーノックカウに付くとそのまま商会まで出向き、馬車に同乗していたイーノックカウの館勤めになるメイド10人とで金貨が300枚ずつ入った袋100個を持ち込んで本契約、館の鍵を手に私に会いに来て事の顛末を語ってくれたと言う訳なの。

 

 さて、メルヴァが運んできたのは当然金庫だけではない。

 複数の馬車と護衛の騎士たちによって館に置かれる家具や調度品、日用品の類も大量に持ち込まれた。

 そしてその中には驚いた事に転移門の鏡まで含まれていたの。

 

 メルヴァが言うには、防犯の面から考えて少々危険ではあるけど、持ち込まないわけには行かないという判断で持ってきたらしい。

 曰く、

 

 「アルフィン様は私と一緒に城に戻っていただき、どなたかが尋ねて来られた時はこの鏡を使ってメイドが連絡すれば宜しいかと。仕事がたまっているのですから、こんな所で油を売っていてもらっては困ります」

 

 だそうな。

 

 私としてはゲートでちょくちょく帰るつもりではあったんだけど・・・そうだよねぇ、ちょくちょくじゃダメよね。

 でもなぁ、この世界に転移した時は「私たちが全て行いますから、至高の御方々は御緩りとお過ごしください。私たちはそのために生み出されたのですから」なんて言っていたのに、変われば変わるもんだ。

 確かにこれは何もしない生活なんて退屈だからと言って私が望んだから今があるんだけど、ここまで変わる必要はないと思わない?

 

 計算外だったのは面白がったあやめが「アルフィンは放っておくと坂道を転げ落ちるかのように怠けだすから、適度に監視してね。これ命令」なんて言ったものだから、生真面目なメルヴァがそれを真に受けて今みたいに厳しくなっちゃったという側面もあるのよねぇ。

 だから厳密に言えば私が望んだこととは違うんだけどね。

 

 でもまぁ実際あやめの言う通り、坂道を転げ落ちるようにどんどん怠惰になる自分が私にも想像できるから、このままが一番なんだろうとも思う。

 流石あやめ、私だけの事はある・・・とでも苦し紛れに言っておくかな。

 

 閑話休題。

 

 それで今は運んできた物を館に運び込んで、各部屋に設置してもらっている所と言う訳。

 ロクシーさんの口調からすると結構なお客さんが来るみたいだし、会談する場所や会食する部屋はきちんと用意する必要があるだろう。

 それにこれだけの大きな屋敷を購入させたと言う事は、パーティーを開くことも想定しているんだと思うから、そちらの調度品も整えないといけないのよね。

 

 だから実際に置いてみて足らないものを城にメッセージで連絡、城にあるものならばそれを、ない物はアルフィスが先頭に立ってそれぞれの職人たちに作らせて続々とゲートを使って此方に送られてきていた。

 

 「あとはそうねぇ、メルヴァ、料理人を2~3人此方に寄越して頂戴」

 

 「料理人ですか? アルフィン様は城にお帰りになられるのですよね? ならば転移門の鏡があるのですからパーティーを開く時だけ此方に寄越すのではいけないのでしょうか?」

 

 確かにこの館に住むメイドたちは全員料理スキルを持っているから自分たちで料理が作れるし、私たちが居ないのならばそれ程手の込んだ料理を食べることも無いのでわざわざ専門職である料理人NPCをこの館に置く必要は無いだろう。

 でもねぇ、ちょっと考えている事があるから数人此方に常駐して欲しいのよね。

 

 「折角この都市に拠点が手に入ったことなんだし、色々とやってみたい事があるの。その為にはこの国の食文化をもう少し知っておきたかったんだけど、前もって色々と調べていたまるんちゃんが言うには、専門的な知識がないと何がどうイングウェンザーと違うのか解らないらしいのよ。だから料理人の子たちにイーノックカウの有名なお店を回ってもらって、この町の味を見てきて欲しいと考えているのよね」

 

 「なるほど、そういう理由でしたか。それでしたら数名選抜し、この館に配置したいと思います」

 

 この館にも確かに一人はいたほうが良いと思う。

 でもこの役割を考えるとここよりも。

 

 「その事なんだけど、今まるんちゃんに付いているユミを責任者にして、中央広場近くの館の方に派遣しようと思っているのよ。ユミは味見スキルを持っている貴重な子だし、立地面で見てもこの館よりあちらのほうが有名な店や高級宿も多いから。そのほうがこの仕事には向いているでしょ」

 

 「はい、解りました。ではユミに変わるまるん様付きメイドは誰を任命しますか?」

 

 「同じ紅薔薇隊のトウコで良いんじゃない?」

 

 「畏まりました。そのように手配します」

 

 とりあえず人事面はこれで大丈夫かな? あっ、広場のほうの館も使うのならあちらの調度品もそろえないといけないのか。

 まぁあちらはそれ程広くないし、人を招くわけでは無いから各自が使う日用品以外は適当なものを見繕ってそろえれば良いかな。

 最終的にはあの館は大幅改修するつもりだしね。

 

 私がそんな事を考えていた頃、イーノックカウにある重要な情報が齎された。

 それは10日ほど前、帝国がアインズ・ウール・ゴウンという魔法使いに新たな爵位である辺境候という地位を与えて皇帝陛下の臣下にしたことを発表したと言うものだった。

 





 最終章の始まりです。
 この最後に齎された情報から始まり、世の中は少し波乱に満ちた状況になっていきます。
 この展開で、こののほほ~んとした物語はシリアス展開になって行くのか? ・・・なるなんて思っている人、居ないですよね?w


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110 加工賃を忘れずに

 

 イングウェンザー城の執務室。

 私はそこでギャリソンからの報告を受けていた。

 

 受けていたんだけど、

 

「えっ? 今なんて?」

 

「ではもう一度申し上げます。アインズ・ウール・ゴウンと名乗るマジックキャスターが辺境候と言うバハルス帝国の爵位を受け、貴族になったようです」

 

 ・・・残念、聞き間違いじゃ無かったか。

 アインズ・ウール・ゴウン。

 戦闘やギルド同士の諍いには無縁だった私ですら知っている、ユグドラシルでも最凶と言われたあのギルドが、まさかこの世界に転移して来ていただなんて。

 

 私が城に帰っている間、イーノックカウの館はメイドに任せるような話に当初はなっていたんだけど、もし急を要するような案件が持ち上がった時、それでは対応しきれないだろうからとギャリソンに仕切ってもらっていたのよ。

 そして、そのギャリソンが私に急ぎ伝えたい事があるというから何事かと思ったけど、まさかこんな内容だったなんて想像もしなかった。 

 

 そりゃあさぁ、私達がここにいるんだから他のギルドが転移してきていたとしても驚かないわよ。

 それに過去にはプレイヤーらしき人がいたらしいから、いつかは出会う事もあるんだろうなぁなんて考えた事もあったわ。

 でも選りに選って”あの”アインズ・ウール・ゴウンが同時期に、それもすぐ近くに転移してくる事は無いじゃないの。

 

「そう、アインズ・ウール・ゴウンが爵位を・・・ん? ちょっと待って。アインズ・ウール・ゴウンって”あの”アインズ・ウール・ゴウンよね? ギルドが爵位を受けたってどういう事? まさか私たちのように国を名乗った上でバハルス帝国に従属、そして爵位を得たなんて事もないだろうし」

 

 どこかの小国がバハルス帝国に従属してその一部となり、元の領地を治めるための爵位を受けたと言うのなら元国王が国名を残す為に名前を変えたというのも有り得ると思うけど、うちよりも遥かに強いであろう、あのギルドが大国とは言えこの世界の国の下につくとはとても思えない。

 

 では、もしかして虎の威を借る狐よろしく、元プレイヤーがアインズ・ウール・ゴウンの名前を騙っているとか?

 

 でもなぁ、もしプレイヤーならガチ勢でなかったとしてもこの世界では英雄になれるくらいの力を手に入れているだろうし、そんな人がわざわざ他人の名前を借りる? それも、もし本物がいたら物凄くやばいのを。

 

 そう考えると、このアインズ・ウール・ゴウンと言うのは彼のギルドの関係者と言う事なんだろうか? うん、やはりそう考えるのが妥当だろう。

 それなら爵位を受けたのはマジックキャスターだという話だから、あのギルドの魔法使いの中の誰かってことよね?

 

「ねぇギャリソン。一つ聞くんだけど、アインズ・ウール・ゴウンにはどんなマジックキャスターがいたっけ?」

 

「申し訳ございません。私はこのイングウェンザー城がまだ岩山にあった頃は城から出た事がありませんでしたから解りかねます」

 

 私の質問にギャリソンが申し訳なさそうに答えた。

 

 ああ、そう言えばそうよね。

 いつもの行動から何でも知っているような気になっていたけど、ギャリソンは元NPCだから他のギルドの構成員を知っているはずが無かったわ。

 

 でもそうなると困ったわね。

 まさか係わり合いになるなんて思いもしなかったから、私もさっぱりだわ。

 私があのギルドの構成員の中で顔と名前が一致する人といえば一人位なんだけど、あの人は死の支配者(オーバーロード)だからなぁ。

 マジックキャスターではあるけど、とても人前に出られるような外見じゃないから爵位を受けたとなるとまた別の人なんだろう。

 

 いくら私でも、アインズ・ウール・ゴウンが異形種のギルドだと言うことくらいは知っている。

 だからその爵位を貰った人は人間に化けているんだろうと想像しているんだけど、となると種族は限られてくるよね。

 

 ざっと思いつくところで、ライカンスロープ、ドッペルゲンガー、変身能力を備えた上位スライムくらいかな。

 後バンパイアやデュラハンもそうだけど、アンデッドは色々と制約があるからなぁ。

 人間に化けるとなると、色々と苦労することになるんじゃないかな?

 

「まぁなんにしても、構成員を知らない私がどんな種族なら可能かを考えてもあまり意味はないんだけど」

 

 う~ん、情報が少なすぎるわね。

 ここはやっぱり誰か人をやって調べさせた方が良いかしら。

 

 ・・・いや、やめておこう。

 下手に突いて蛇を出してしまったら本末転倒だもの、触らぬ神に祟りなし、直接此方から何かアクションを起すのはやめておいた方がいいと思う。

 ただ、最低限の情報だけは欲しいのよねぇ。

 

「私と繋がりがある帝国の情報源と言えば二人、そのうちカロッサさんは領地に帰っているから私たち以上の情報を持っているとは思えない。だから、ここはもう一人であるロクシーさんに話を聞くべきなんだろうなぁ」

 

 よし、思い立ったら即実行。

 

「ギャリソン、先日頼んでおいたロクシーさんにプレゼントするネックレスはもうできているかしら?」

 

「はい。すぐにでもご用意できます」

 

「それはよかった。なら今から使者を送って、ロクシーさんを夕食にお誘いして頂戴。あっ、もし今日都合が悪いようなら空いている日をお聞きしてね。私がそちらに合わせます」

 

「畏まりました」

 

 ギャリソンはそう言うと、準備の為に部屋から退出して行った。

 

 

 

 残念ながら当日はロクシーさんに予定があり、またその後3日ほど予定が詰まっているとのことだったので、実際に夕食会が開かれたのは4日後の今日になってしまった。

 

 あっ、その間も別に遊んでいたわけじゃなくて、私たちなりに色々と調べようとはしたのよ。

 でも、あまり大々的に調べると此方の存在を気取られそうで怖いから大っぴらに動く事もできず、殆ど何も知る事ができなくてやきもきする日々を送るだけに終わってしまったんだけど。

 

「流石にロクシーさんなら何か知ってるでしょ」

 

 自分たちの諜報能力の低さに頭を抱えながらも、とりあえずこれで何か情報は得られるだろうと気を取り直して夕食会の準備をする。

 今日はパーティーではなく、私とロクシーさんの個人的な会食と言う事になっているからシャイナたちの同席も無しだ。

 この方が此方がどうしても情報を集めたいのだと、ばれ難いだろうからね。

 

「アルフィン様、先触れが参りました。ロクシー様の馬車がまもなく到着するとの事です」

 

「ありがとう。それでは玄関でお出迎えしましょう」

 

 メイドの報告を聞き、私は座っていたソファーから腰を上げて玄関ホールへと歩を進める。

 そして到着すると同時に玄関の観音開きのドアが開かれたのでそのまま外に出ると、館外周の塀につけられた門を馬車が通り抜けてくるのが見えた。

 

「どうやら丁度良いタイミングだったみたいね」

 

 そう言いながら馬車が玄関に横付けされるのを待つ。

 そしてドアが開けられ、御者をしていた執事のエスコートで降りてきたロクシーさんを、私は笑顔で出迎えた。

 

「ようこそお越し下さいました、ロクシー様」

 

「これはこれは。玄関までのお出迎え、ありがとうございます。アルフィン様」

 

 ロクシーさんの出で立ちは、どちらかと言うと地味目。

 どうもこの方はあまり着飾るがお好きではないようで、この様な姿をよくお見かけするのよね。

 だからそれにあわせて、今日は私もちょっと地味目の白いドレスだ。

 因みにこのチョイスは、この方が内輪のお食事会って感じがしていいだろうと言うセルニアの判断だ。

 

 ホント、彼女がいなかったらと思うとぞっとするわ。

 だって私だったらきっと、馬鹿の一つ覚えのように着飾ったプリンセス然としたドレスを選んでいただろうからね。

 

 こうしてロクシーさんを出迎えた後、まずは応接室へとご案内。

 いきなり食事会場へ連れて行ったりはしないわよ。

 まずは歓談からね。

 

 ここで少しお互いの近況を話してから、今日お誘いした本来の理由である品をメイドに運ばせる。

 

「ロクシー様、先日お約束したルビーの首飾りです。デザインを気に入ってもらえると嬉しいのですけれど」

 

 そう言って私が取り出したのはネックレスではなく、まさに首飾り。

 ルビーが大きすぎるので鎖とペンダントトップだけのネックレスにするとどうにも不恰好だからと、オリハルコンの鎖で作ったレースとダイアモンドやサファイアなどの小さな宝石で作った逆三角形の下地の中央に大きなルビーがプラチナの土台に固定されてついていると言う胸元の開いたドレスに合うようにデザインされたそれは、ロクシー様の普段の出で立ちからすると少々派手に見えるものになっている。

 

 でもね、

 

「ロクシー様はいつも控えめなドレスを選ばれているようですから、このルビーで作ったネックレスを手にしても身に付けず眺めて楽しまれるのでは? と思い、それならばいっそ少し派手なものにしても良いのではないかと思いたちまして。お恥ずかしい話ですが、これこの通り少し調子に乗ってこれ程豪華になってしまいました。ですから一見すると重たそうですが、そこは素材を工夫しているので身につけてもそれ程重いとは感じないはずですわ」

 

「あの、アルフィン様? この七色に輝く鎖ですが、私の見立てが間違いでなければ・・・」

 

 うん、間違いじゃないよ。

 だって金とかミスリルだと、これだけの大きさの首飾りにするとルビーの大きさも相まって重すぎたから、軽いオリハルコンを使わざるを得なかったのよね。

 

「プラチナの鎖だとどうしても重くなりそうだったので、城にあるオリハルコンを鎖にしてみました。七色に光るのでちりばめた宝石が目立たなくなるから本当はミスリルにしたかったのですが、それだとプラチナとあまり変わらないと城の職人たちに言われてしまったもので仕方なく。やはりミスリルにした方がよかったでしょうか?」

 

「えっ? ああ、いいえ、とても美しいですわ。ただ、七色に輝く首飾りなど今まで見た事がなかったので少々驚いただけですのよ。でも、本当にこんな高価なものを頂いても宜しかったのですか?」

 

 これ程高価なもの? そう言われて私は少しだけぽかんとする。

 だって意味が解らなかったもの。

 だから私は、こてんっと小首をかしげて不思議そうな顔を晒す事になってしまった。

 

 元々今回使われたルビーがこの世界では物凄く高価なもので、それを使って作ったものを送ると予め伝えてあったのだからこんな高価なものと言われてもピンと来なかったのよ。

 

「ええ、そう言うお約束でしたから。確かにルビーは高価ですが、ロクシー様からも屋敷を一つ贈って頂いているのですからお相子でしょう?」

 

「えっ? ルビー?」

 

 ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・・・・

 

 ん? 何かおかしいぞ? お互いの認識に何か齟齬があるような気がする。 

 もう一度確認のために、ロクシーさんに贈った首飾りに目を向けたけど・・・うん、一番高そうな宝石はやっぱり中央の大きなルビーだ。

 

 確かにルビーと同じくらい高価なダイヤモンドが散りばめられてはいるけど、それは全てかなり小さなもので、全部あわせてもルビーの10分の1の価値も無いだろう。

 ああ、でも宝石=高いものと言う認識ならこの小さな宝石を見て当初よりも値段が大幅に上がっていると考えてもおかしくないのかも。

 

「ああ、周りに散りばめられた宝石はそれ程価値のあるものではないですから、気になさらなくても大丈夫ですわ」

 

「えっと、アルフィン様。本気で仰られていますか?」

 

 えっ? それも違うの?

 じゃあ、何が問題なんだろう?

 

 ・・・う~ん、いくら考えても思いつかないや。

 別に世界的に有名なデザイナーが作ったとかじゃないから、デザイン料やブランドの付加価値が付いているわけじゃないし。

 

「申し訳ありません。何がおかしいのか私には解らないのですが、この首飾りにどこかに問題がありましたでしょうか?」

 

「はぁ。本当に思い付きもなされないとは。アルフィン様の国がどれ程オリハルコンを産出しているのか、わたくし、想像もできませんわ」

 

 ん? オリハルコン? それがどうかしたの?

 だって鎖だよ、それもチェインメイルとかに使うような太い鎖ではなく、飾りで使う程度の細い鎖なんだからそれ程の価値があるわけないじゃない。

 

 私はいつも工房で、あやめやあいしゃが手にしているインゴットを思い浮かべる。

 あれ一つでこの鎖が何百メートル取れるだろう? そう考えると宝石よりも高価だとはとても思えないんだけど。

 

 そりゃユグドラシルでの単価なら宝石よりオリハルコンの方が高かったかもしれないけど、その差は微々たる物だった。

 それに対して宝石はユグドラシルの頃より10倍も値段が上がっているのだからどう考えても価値は上なんじゃないの?

 

 そんな私のはてな顔が面白かったのだろう、ロクシーさんはころころと笑う。

 

「そう言えば前にアルフィン様はルビーを小さな村の村長に情報のお礼だとお渡しになられた事がありましたね。察するに、きっと今回も同じことなのでしょう」

 

「えっ?」

 

 ちょっと待って、あれって金貨500枚だったものが実は5000枚だったと言う、ある意味笑えないエピソードなんだけど・・・もしかして今回のはそれに匹敵するほどの失敗だったりするの?

 

「アルフィン様、この首飾りに使われているオリハルコンですが、先程プラチナだと重くなりすぎるからと仰いましたわよね? ならばプラチナならばどれくらいの重さになっていたのですか?」

 

「多分プラチナで16グラムくらいだと思います」

 

 宝石類が合計200ct位あるから、あわせると50グラムを超えてしまうのよね。

 流石にこれだけ重いとパーティーでつける事はできないだろうから少しでも軽くしようと思ってオリハルコンにしたんだけど、宝石に比べると量は微々たる物だ。

 それだけにそれ程凄い値段にはならないと思うんだけど・・・。

 

「アルフィン様、あなたはオリハルコンの量だけで値段を想像されているのではないでしょうか? 確かに使われている鎖の重さだけを見れば金貨1000枚もしないろ考えるでしょう。しかしオリハルコンはアダマンタイトについで世界で二番目に硬い金属なのですから、加工するのにかなりの技術が必要となるのです。それを平板ではなくこのような細いチェーンにするとなれば大変困難で、値段も何十倍、何百倍にも膨れ上がる事でしょう。実際、これ程細く均一なオリハルコンの鎖を作れる職人はドワーフの、それもかなり腕の立つごく一部の者くらいだと思いますわよ。その鎖をこの首飾りは驚く程の量、使用しているのです」

 

 え? 鎖に加工するのって、そんなに大変なの? だって、うちの城ではみんな簡単にやってるよ?

 

「それなのに加工賃をまるで無料のごとくお考えのようなのですから、それだけ多くのオリハルコンを産出し、数多くの職人がその加工に携わっているとわたくしは考えたのです」

 

 まさかそんな所からそんな考えに至るとは・・・。

 ん? ちょっと待って! それじゃあ、加工賃を考えた場合のこの首飾りの値段ってどれくらいなの?

 

「あのぉ~、ロクシー様。ロクシー様の見立てではこの首飾りの価値はどれくらいなのでしょうか?」

 

「そうですね。どれだけ安く見積もっても金貨30万枚はくだらないと言った所でしょうか。オークションに出せばそれこそ天井知らずでしょう。国宝クラスの首飾りと言う事になるのではないかしら」

 

 マジですか・・・。

 

 すみません、どうやらまたやってしまったようです。

 私は打ちひしがれながら考える。

 これがそれだけするのなら、あれを一緒に出さなくて本当に良かったよと。

 

 メイドに言って別室に用意させている、この首飾りと対になるよう私が作ったオリハルコン糸を使って織られた布製の豪奢なドレスを思い浮かべながら、心の中でうな垂れるアルフィンだった。

 

 





 なんか変なテンションになってしまって、アインズ様の話を聞くところまで行きませんでした。
 どうもアルフィンの失敗話を書いていると楽しくなってしまうんですよ。
 こんなんだから、この物語もずるずると長くなってしまったんでしょうね。


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111 おこすあまらんち

 

 一先ずドレスの事は横に置いておくとして、いくら国宝級の値段になっているとしてもロクシーさんのために作った事は変わりない。

 

「ロクシー様、少々人前で身につけるには問題があるものになってしまいましたが、お納めください」

 

「本当に宜しいんですの?」

 

「はい。ロクシー様がつける事を想定してデザインされたものなので、もしお嫌でなければ貰ってください」

 

「そこまで仰られるのなら、遠慮なく頂く事にいたしますわ」

 

 そう言って、嬉しそうににっこり笑うロクシーさん。

 こうして問題の首飾りは無事、彼女の手に渡ることとなった。

 

 さて、こうなると問題は残ったドレスだけど、話を聞いた以上流石にあれは出す訳にはいかなくなったので一旦封印するとしましょう。

 何せデザインが大人向けな上に派手な首飾りがより目立つようシックに作られているので、うちの城のメンバーでは誰も似合わないからね。

 

 と、そこで、

 

 コンコンコンコン。

 

 ノックの後、ドアが開いてギャリソンが入ってきた。

 きっと中での会話を聞いて、もうドレスを出す事はなくなったのであろうと気を利かせて次に入ってくるはずだったメイドを下げてくれたのだろう。

 つくづくよく気が付く執事である。

 

「アルフィン様、夕食の用意ができたようでございます」

 

「ありがとう。ではロクシー様、移動しましょう」

 

「はい。どんな料理が出るのでしょう。楽しみですわ」

 

 そう言って微笑むロクシーさんと連れ立って、私はギャリソンの後について食堂へと移動する。

 

 中へと入ると、二人で食事するには少々大きめのテーブルに椅子が2脚用意されており、その上には白いスープ皿とワイングラス、そしてカトラリーとナプキンがそれぞれ置かれていた。

 その2脚の椅子の内、奥の方へと私はギャリソンによって誘われ、ロクシーさんは食堂にいたメイドの一人によってもう一つの椅子へと案内される。

 

 二人が引かれた椅子に腰掛けた所で、今日の晩餐の始まりだ。

 まずはワインが運ばれてそれぞれのグラスに注がれると、オードブルが出てきた。

 

 今日のメニューだけど、ここはあくまでイングウェンザーの大使館であってレストランではないのでアミューズは無し。

 普通にオードブル、スープ、魚料理、ソルベ、肉料理とサラダ、デザートと言う構成だ。

 

 ロクシーさんが楽しみにしていると言う事なので、イングウェンザー城から料理長に来てもらって、少々豪華な構成にはなっているけどね。

 

「まぁ、オードブルからして見た事がない物が並んでいるのですね。これが噂のアルフィン様の国のコース料理、おこすあまらんちと言うものですか?」

 

 おこすあまらんち? それって一体何の暗号って、ああ、お子様ランチの事か。

 あれ? でも、どこからそんな情報が? お子様ランチって前にボウドアの子供たちに振舞ったくらいよね?

 

「いえ、これは普通のコース・ディナーで、お子様ランチとは違うものですわ。でもロクシー様、お子様ランチの事、どなたからお聞きになられたのですか?」

 

「まぁ、違うのですか。初めて見る料理ですから、わたくしてっきり。先日カロッサ子爵がこの町を離れる前に私の所を訪れまして。その時アルフィン様からの夕食のお誘いの話をしたのですが、彼が『部下が持ち帰った情報の中にあったのですが、アルフィン様の故郷にはおこすあまらんちなる大層美味しいコース料理があるそうで、一度で良いから私もその料理を食してみたいものです』と申していたのです。ですから、今回の料理がそのおこすあまらんちなのではないかと考えたのですわ」

 

 なるほど、それでお子様ランチの存在を知ったわけか。

 リュハネンさんならボウドアの村の館に滞在した事があるし、夕食をボウドアの村長とご一緒したはずだから、その時にでもお子様ランチの事を聞いたのかな?

 

「なるほど、そういう事情でしたか。えっと、お子様ランチと言うのは確かに私たちの国の料理です。ですがどちらかと言うと、子供たちに好かれる料理を集めて作られたコースでして。確かあの時のメニューはハンバーグとエビフライ、後フライドチキンもあったかしら? そうそう、デザートにはプリンを用意したはずですわ」

 

「はんばあぐ? えヴぃふらい? どのようなものなのですか、その料理は。それにぷりんとはなんでしょう? 名前からはとても想像できませんわ」

 

「えっと、ハンバーグはひき肉を香味野菜とパン粉を混ぜて練ったものを味付けして焼いて野菜などで作ったソースをかけたもので、エビフライは海老を・・・って海老、では通じないのかしら?」

 

 そう言えばこの世界の海は真水だって話だったわね。

 ならもしかして海洋生物自体存在しないとか? ならどうやっても説明できなくなるんだけど。

 あっ、でも川海老とかもいるんだし、似た様な生物は存在するのかも。

 でもなぁ。

 

 そもそもこの世界の生き物をあまり知らない私では何かに例えて話す事などできない。

 だから、そのものズバリを見てもらうのが一番じゃないかと思うのよね。

 

「ギャリソン、今日のコースのポワソンはなんだったかしら?」

 

「七色鯛の焼き物でございます」

 

「そう、ならそれにオーロラシュリンプのエビフライをつける事は可能かしら?」

 

「今からでしたら、十分に可能かと思われます」

 

「なら、お願い」

 

「畏まりました。では失礼します」

 

 そう言うとギャリソンは私に一礼し、その後ロクシーさんにも一礼して退室して行った。

 

 多分厨房に伝えに、いや、もしかしたら城の厨房へ伝えに行ったのかも? だって、指示だけならメイドにすればいいだけですもの。

 お子様ランチの事を考えていたせいでうっかり海老の種類まで指定してしまったから、この館になかった場合はその手配もしなければいけないだろうから、ギャリソン自ら動いたのだろう。

 

「エビフライに使われている海老と言う食材なのですが、この国に似たような生物がいるかどうか解らないのでどう説明したらいいか解りません。ですから実際に見てもらった方が早いですわね。幸い魚料理の皿が出る際に付けることが出来るようなので、そこで食べていただければ、どのようなものか解っていただけると思いますわ」

 

「まぁ、それは楽しみですわ」

 

 実際に噂のお子様ランチの一品を食べられるとあってか、ロクシーさんは嬉しそうに微笑んでいた。

 

「ではエビフライは後のお楽しみと言う事で、今はこのオードブルとワインを楽しみましょう。あっ、そう言えば要望を聞かずにワインをお出ししてしまいましたが、何か他にお好きな飲み物がありましたでしょうか? 仰っていただければ、ご用意できるものならばお出ししますが」

 

「そうですか? ならばお言葉に甘えて。もしあるのでしたらスパクリンと言う、発泡する甘口の白ワインが飲んでみたいですわ。これも子爵から聞いた話なのですが、部下の騎士がボウドアにあるというアルフィン様の館で振舞われた時の話を聞いて、とても美味しそうに話す姿から此方も一度で良いから飲んでみたいと申しておりましたの。甘くて発泡するワインなんてわたくしも飲んだことがありませんから、もしこの館にもあるのでしたら飲んで見たいですわ」

 

 すぱくりん? ああ、スパークリング・ワインね。

 そうか、この世界にはシャンパンのような発泡ワインは無いのね、なら飲んで見たいというのも解るわ。

 

「幾つかそろえていますけど、甘いものがお好みですか? 発泡ワインは白だけでも辛口からかなり甘いデザートワインまでそろえていますが。いや、実際に味を見てもらったほうが早いですね」

 

 私はそう言うと、近くにいるメイドに数種類のスパークリング・ワインを持ってくるように指示を出す。

 そして。

 

「ワインセラーまで取りに行く事になるので少し時間もかかるでしょうから、しばらくはこのワインを楽しみましょう」

 

「ふふふ、そうですわね」

 

 こうしてしばらくの間、私たちはお酒を入れながら談笑する。

 そしてある程度場が打ち解けてきた頃を見計らって、何気ない話のような感じで私はロクシーさんにある話題を振った。

 

「そう言えばバハルス帝国に新たな貴族の位ができたそうですね。確か、辺境侯でしたか。名前からすると侯爵に順ずるくらいですか?」

 

「あら、お耳が早い事。ええ、私も知らぬ間に陛下が新しい友人を作られたそうで。その方に爵位を授与する際に、今までの爵位では足りぬと新たに帝国貴族の最高位として作られたそうですよ」

 

 貴族の最高位って普通公爵でしょ? その上の位を作ってまで授与したって事は、それだけその与えられた人が凄い実力を持っている証拠でもあるよね。

 と言う事は、やっぱり辺境候と言うのはプレイヤーと言う事なんだろう。

 

「それで、その辺境候と言うのはどのような人なのですか? 名前は確か、アイズン様、いえ、アインズ様だったかしら。そんな名前でしたよね」

 

「ええ、アインズ・ウール・ゴウン辺境候ですわ。爵位を与えられたのが今より15~6日ほど前とのことですから、陛下はその爵位を与えてすぐに此方に来られたのでしょうね。今思うと、いつもより少し御様子が変でしたからその事と関係しているのかもしれません」

 

 えっ? そんな前の事だったの? 私はてっきり、イーノックカウから帰ってからの話だと思ったのに。

 

「私がこの話を聞いたのは4日ほど前なのですが、そんな前の話が今頃この都市に届いたのでしょうか?」

 

「ええ。何かの命令書ならともかく、新たな貴族の誕生など地方の都市にはさしたる情報ではないですから、これでも早いくらいでしょう。今回この情報がこの速度で伝わったのも、辺境候を歓迎すると言う意味でイーノックカウの駐留軍からも一部、兵士を戦場に向かわせる必要が出てきたかららしいですわ」

 

 なるほど、確かに社交シーズンならともかく、今の時期では中央の大貴族の動向なんて地方には何のかかわりも無いものね。

 これが皇帝が変わる時のように全ての貴族が集う事になるのならともかく、公爵より上の位と言うのなら叙爵の場に呼ばれるのは本当に上位の貴族だけだろうし、それならわざわざ急いで知らせる必要がないというのも頷けるわ。

 

 しかし、この間皇帝陛下にお会いした時はすでに辺境候に就任していたのか、その時に知らなくて良かったわ。

 もし知っていても平常心でいられたかと言えばそんな自信、まったくないからなぁ、まず間違いなくそのアインズ・ウール・ゴウンを名乗る人がどんな人物か陛下に訊ねて不審に思われただろうね。

 

「そう言えば、此方にいらしてからお知りになられたと言う事は、ロクシー様もそのアインズ・ウール・ゴウン様とお会いになられた事はないのですか?」

 

「ええ。ただ、油断がならない相手だとだけ聞いています。私が会うとしたら王国との戦争が終わった後。戦勝パーティーでの事になるだろうと陛下は仰られていましたわ」

 

 戦う前から戦勝パーティーの話か。

 と言う事はそれだけそのアインズ・ウール・ゴウンと言うマジックキャスターの力が凄いと皇帝陛下は考えていると言う事よね。

 

 と言う事は陛下の前でユグドラシルプレイヤーの力の一端を見せたってことなのかしら?

 でもなあ、こう言ってはなんだけどユグドラシルの魔法って強力なのはみんな派手だから、どこかで使えば話くらい伝わってきそうなものなのよねぇ。

 

 それともまた別の理由があるのかな? ちょっと聞いてみるか。

 

「戦勝パーティーですが。まだ戦いの前なのに気の早い。でも、それだけ今回の戦争には自信があるということなのでしょうね」

 

「ええ、そこも不思議なところなのです。例年ではこの戦争は一当たりだけして痛み分けで終わるはずなので戦勝パーティーなど開く事はないのですが。私の見立てでは、無理をしていつもより陽気に振舞われていたようですから、何かあるのかもしれません」

 

 う~ん、ロクシーさんにも心当たりがないか。

 と言う事はやっぱりどこかで魔法の力を見せたと言う事なんだろう。

 

 ・・・待てよ、そう言えば!

 

「ロクシー様、話題の辺境候はマジックキャスターと言う話ですから、その方の実力がそれだけ凄いと言う事なのでしょう。バハルス帝国にはフールーダ・パラダイン卿と言う強大な力を持ったマジックキャスターがいらっしゃると言う話を私も耳にしていますわ。そのような方ならば人の魔力を見る事ができるタレントを持った方を従えているでしょうし、その見立てで今度の戦争に自信を持っているのかもしれませんね」

 

 そう、カロッサさんが神聖魔法の力を見るタレントを持っていたもの、魔力系マジックキャスターの力を見るタレント持ちがいてもおかしくはないし、もしそんな人がいるのなら周辺国最強の魔法使いを擁するバハルス帝国に所属していると考えるのが妥当だろう。

 

「魔力を見るタレントですか? そう言えば、フールーダ卿がそのようなタレントを持っているという話を聞いたことがあるような気が」

 

「まぁ、フールーダ卿がお持ちになられているのですか」

 

 何と、強力なマジックキャスターな上にそんなタレントも持っているのか。

 それは何ともチートな話ね。

 

 と、そんな事を考えながら私は鸚鵡返しをしたんだけど・・・はて? ロクシーさんからの返答がない。

 そこで何かあったのかと思ってロクシーさんに目を向けたところ、なにやら思案顔で押し黙っていた。

 

「あの、ロクシー様、どうかなされましたか?」

 

 返事がない、ただの屍のよう・・・じゃなくて声を掛けても返事がないくらい、なにやら考え込んでいる模様。

 さっきの話から何か懸念材料が頭に浮かんだみたいだから、ここは考えが纏まるまでのしばらくの間、黙って待つほうが良さそうだ。

 

 そう思ってしばらくの間、ワインをちびりちびりと舐めながらロクシーさんが思考の海から帰ってくるのを待っていたんだけど、一向にその気配はない。

 そこで流石にこのままでは不味いだろうと思った私は、意を決して話しかけることにした。

 

「ロクシー様、ロクシー様。どうかなさいましたか? どこかお加減でも? ロクシー様」

 

「えっ、ああアルフィン様、これは失礼いたしました。わたくし、ある事が気になって、つい考え込んでしまいました」

 

 私の三度目の呼びかけに、やっとロクシーさんは思考の海から帰ってきてくれた。

 しかし、ここまで深く考え込むなんて、一体どうしたんだろうか?

 

「ロクシー様、一体どうなされたのですか? 急に黙り込まれて」

 

「いえ、少し気になったことがありまして」

 

 うんそれは解ってる、じゃないと急に黙り込んだりはしないだろうからね。

 私としては、何が気になって黙り込んだのかが知りたいのよ。

 

「無理にとは申しませんが、話す事によって考えが纏まることもあります。国の大事かもしれませんが、私にはこのバハルス帝国以外に知り合いもおりませんから話したところで他国に伝わる事はございません。どうでしょう、私でよければお聞きしますよ?」

 

「アルフィン様・・・」

 

 ロクシーさんは少しだけ逡巡した後、意を決したかのように顔をあげて、まっすぐ私の目を見つめた。

 

「そうですわね。アルフィン様には話しても問題はないでしょう。というより、話しておいたほうが後々の事を考えると良いかもしれませんものね。私が気になったのは先程話に出たフールーダ卿の事です」

 

「フールーダ卿の?」

 

 はて? 先程の話の中でフールーダ卿について何か問題があるような話ってあったっけ?

 もしかしてタレントのこと? でもそれなら黙り込む理由にならないしなぁ。

 

「はい。私が気になったのはただ一点、なぜフールーダ卿が皇帝陛下と共にここを訪れなかったのかという事なのです」

 

 へっ? 来なかった事が疑問なの?

 だってここ、辺境だよ? こんな所にわざわざ、そんな凄い魔法使いが来る方がおかしくない?

 

「もうすぐ戦争になるのでしょう? ならば魔法戦力の要であるフールーダ卿がここに訪れないのは別におかしい事ではないのではないと思うのですが」

 

「いえ、絶対に来るはずなのです。なぜならアルフィン様がここにいらっしゃるのですから」

 

 なんですと! 私がいるから絶対に来るはずってどういう事なのよ?

 

 あまりの急展開に何がなんなのやら解らず、心の中で頭を抱えるアルフィンだった。

 

 




 題名、これではちょっと変かな? とも思ったけど、他に良いものが無かったので、こんなのになりました。
 一応これも伏線としてあったものではあるのですが、小ネタですからねぇ。
 本来なら題名になるようなものではないのですが、アインズ様ネタでは良い題名が浮かばなかったので仕方なく、この様な題名になってしまいました。


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112 三重魔法詠唱者

 

「ロクシー様、私がいるからと言うのはいったいどう言う? 何かの比喩ですか?」

 

「文字通りの意味ですわ、アルフィン様」

 

 いやいや、文字通りって意味が解らないから。

 私がいるからフールーダ卿が来ない訳がないと言われても、私にはさっぱり解らないのだから説明してもらわないと。

 

 頭にいっぱいハテナマークが浮かんでいる私は、とりあえずこれを聞けば答えてくれるかな? と言うワードを搾り出してロクシーさんにぶつけてみる。

 

「文字通りと言われましても解りませんわ。フールーダ卿は強力な魔力系マジックキャスターなのでしょう? ならば信仰系マジックキャスターである巫女の私とは系統が違うので、わざわざこの様な所まで出向くと確信するほど興味をもたれると、なぜロクシー様がお考えになられたか、私には理由が解らないのですが」

 

 そんな私の質問に対し、ロクシーさんは一瞬、おや? っと言うような顔をした後、なにやら一人で納得したかのように頷いた。

 う~ん、あの感じからすると、私はフールーダ卿に対して何か決定的に情報が足りなかったみたいね。

 そんな私の考えを肯定するかのように、ロクシーさんは口を開く。

 

「てっきりアルフィン様はご存知かと思っていたのですが。でも確かに正確な情報をどうしても集めなければならない敵対している国でもなければフールーダ卿の強大な力を持ったアンデッドを召喚する魔法や、帝国にとって脅威になるようなモンスターを何度も単騎で退治したと言う功績を伝え聞いているのであれば魔力系マジックキャスターと思われても無理はないですね」

 

「と言う事は違うのですか?」

 

 今の話からすると魔力系マジックキャスターとしか思えないんだけど。

 私と同じ信仰系のマジックキャスターではアンデッドモンスターを倒すのには有利だろうけどその他のモンスター相手ではそれ程の強さを持たないだろうし、精霊系は戦闘に比較的向いているけど、もう一つの系統である精神系のマジックキャスター共々、今挙げた3系統ではアンデッドの召喚ができない。

 そう、アンデッドの召喚ができるのは魔力系か死霊系マジックキャスターだけなんだよね。

 

 なら魔力系でなければ死霊系と言う事になるんだけど、基本死霊系マジックキャスターは忌み嫌われるし、何より私のような信仰系マジックキャスターと真逆の存在だから、そもそも私に興味を持つはずがないのよ。

 う~ん、やっぱり魔力系マジックキャスターとしか思えないんだけどなぁ。

 

 と、こんな風に思考の泥沼にはまった私を、ロクシーさんはあっさりと次の一言で助け出した。

 

「いえ、違いませんよ。魔力系は魔力系です。ただ、それだけではないというだけで。フールーダ卿は魔力系マジックキャスターであると同時に精神系と信仰系のマジックキャスターでもある、所謂トライアッドなのです」

 

 トライアッドと言うと三重魔法詠唱者と言う奴よね? なるほど、3種類の系統魔法を操れるから魔力系ではないと言ったのか。

 

 しかし、位階魔法の使い手で3系統の魔法を収めるというのは何とも凄い話ねぇ。

 ユグドラシルではジョブのレベル上限は15だから100レベルキャラクターなら3系統を使えるようになるのはそれほど難しくはないけど、特殊ジョブについたり高価なマジックアイテムを使わない限りは位階ごとや全体の魔法習得数の上限は変わらないから、系統数が増えれば増えるほど使える魔法の選択肢が狭まってしまうもの。

 

 例えば1位階が20種類覚えられるとして、魔力系魔法を10覚えてしまったら信仰系と精神系では合計で10しか覚えられない事になる。

 ただでさえ位階ごとに数ある魔法の中からどれを覚えるか悩むのに、それを3系統も取るなんて事は私からしたら考えられないんだよなぁ。

 私だって一応魔力系職業を取ってはいるけど、あれはフライとかの便利魔法の為だけで、覚えた魔法の殆どは信仰系魔法を選んでいるもの。

 

「なるほど、それならば解ります。魔力系だけでなく、信仰系マジックキャスターとしても優秀ならば私の魔法に興味を示すのも納得ですね」

 

 聞いた話が嘘でなければフールーダ卿は6位階まで使えるらしいし、ユグドラシル的に言えば魔力系ジョブを10、信仰系を10、精神系を10とって残りの6+アルファをそれぞれに割り振っているって所かな? いや、アンデッド召喚やモンスター討伐のことを考えると魔力系ジョブを15レベルとって、残りを二つに別けていると言った所かも。

 でも、そうなると覚えている魔法はどのような比率にしているんだろう? ちょっと気になるわね。

 

「いえ、どうやらそうではないようで、やはり魔力系の要素が一番強いようですよ」

 

「そうなのですか? ではやはり私にそこまでして会いに来る理由が思い浮かばないのですが」

 

 信仰系にそれ程力を注いでいないのならば、研究するにしてもそれこそこの国の神官の魔法でも事足りるだろうし、私が使った魔法の中にはこの世界ではあまり一般的ではないものもあったのかもしれないけど、それだとしても資料を取り寄せさえすればすむのだから、わざわざこんな辺境まで足を運ぶ必要はないもの。

 

「はい。フールーダ卿も巫女としてのアルフィン様にはそれ程興味は持たれないと思います。フールーダ卿がアルフィン様に興味をもたれるとすればクリエイト魔法の方でしょう」

 

「クリエイト魔法、ですか?」

 

 クリエイト魔法と言うと、儀式魔法と偽装して小屋を作ったあれよね。

 でも作ったのってただの浴場よ? 別に要塞を作ったというわけじゃないし、大規模な壁を作ったわけでも無いんだからそんなに興味を引かれることかな?

 

「ええ。フールーダ卿は弟子たちに常々、皆が覚えたがる戦闘にしか使えない攻撃魔法よりも、軽視されがちな汎用性の高い生活魔法を覚えるほうが事人生においては重要だと語っていたそうです。そんな彼の事ですからアルフィン様のクリエイト魔法を耳にすれば会いに来ないと考えるほうがおかしいでしょう」

 

「そんなものでしょうか?」

 

 確かにクリエイト魔法は色々と便利だと思う。

 特にこの国は人が生きて行くのに絶対に必要な塩もクリエイト魔法で作っているくらいだから、そのような考えを持つ方ならば一度私にあってみたいと思ってもおかしくは無いかもね。

 

「はい。あの魔法キチ・・・魔法に深い愛情を持たれているフールーダ卿ならば、我が国にはない建築物を創造すると言うアルフィン様のクリエイト魔法に、必ず興味をもたれるはずですわ」

 

 きっキチガイ!? ロクシーさん、今キチガイって言おうとしたよね? さっきの話でフールーダ卿はかなりの人格者だと思っていたんだけど、もしかしてやばい系の人なの?

 

「そっそんなに私のクリエイト魔法に興味をもたれると、ロクシー様は思われますか?」

 

「はい。フールーダ卿がここを訪れれば、間違いなくアルフィン様にその儀式魔法を使った建築物を創造するクリエイト魔法を見せて欲しいと頼み込む事でしょう。ああ、目を血走らせて迫るフールーダ卿の姿が目に浮かびますわ」

 

 ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ! 何よそのホラーな爺さまは。

 それにクリエイトマジックをその場で見せて欲しいなんて頼まれたら大事じゃない! だってあれ、ただのでっち上げ儀式魔法だもの。

 実際にそれだけの魔法オタクならば、周りの子たちはただのにぎやかしで、私一人だけでも小屋が創造できるって見抜かれるに違いないから、絶対に見せる訳にはいかない。

 

「そんなにですか?」

 

「ええ、それ程です。未知の魔法に触れたりする機会があれば、アレは普段の姿など想像もつかない化け・・・いえ、熱心な研究者の顔をのぞかせるはずですわ」

 

 今度は化け物ですか。

 ロクシーさんの中のフールーダ像が大体解ってきたわね。

 普段の口調が思わず崩れるほど、フールーダ卿は魔法に関してはかなりの困った人物と言う事なのだろう。

 と言う事は実際にここに来ていたら、なんとしてもクリエイトマジックを見せて欲しいと懇願されていただろうし、その時はとても困った事になったのも簡単に想像できるわね。

 

 ああ、皇帝陛下に同行してこなくって、本当に良かったわ。

 でも、それ程の魔法オタクだとすると・・・。

 

「ロクシー様の言葉からすると、フールーダ卿が皇帝陛下と共にこの地を訪れなかったのは確かに不思議ですね」

 

「アルフィン様もそう思われますでしょう。わたくしには、どう考えても異常事態としか思えません。ですから先程のように、アルフィン様の前だというのに考え込んでしまったのですわ」

 

 可能性があるとすれば私のクリエイト魔法以上に興味を惹かれる魔法の存在を知ったと言う事なんだろうけど・・・そんなの一つしかないじゃない。

 となると、フールーダ卿はアインズ・ウール・ゴウンを名乗るマジックキャスターと対面して、その魔力に魅了されたと言う事なんだろうなぁ。

 

 でもフールーダ卿ってバハルス帝国どころか、この周辺国一のマジックキャスターなんだよね? そんな人が魅了されてしまって、この国は大丈夫なのかしらん?

 まぁ私としては好都合なんだけど、後々おかしな事にならないといいんだけどなぁ。

 

「あっ、ロクシー様が仰られていた皇帝陛下の様子がおかしかったというのは、もしかして」

 

「ええ、フールーダ卿の事もあるのでしょうね」

 

 そりゃあ、自国の最大の魔法戦力とも言える人が自分以外に魅了されてしまったら心中穏やかじゃなくなるってものよね。

 私だって、シャイナやまるんが別の人に魅了されたりしたら嫌だもの。

 

 でもまぁ、皇帝陛下は終始不機嫌と言う訳ではなく、笑ってはいたから大丈夫なのかも。

 ある意味戦力の一つとして割り切るのならば、味方の魔法戦力が増した上に派閥争いも起こらずにすんだとも言えるのだから、噂のアインズ・ウール・ゴウンが人格破綻者でないのならそこまで深刻に考えるほどの事ではないのかもしれないものね。

 

「ロクシー様、フールーダ卿に関してはきっと皇帝陛下にも何かお考えがあるはずです。こちらに滞在している間、思い悩むようなしぐさが見られなかったのならば私たちが心配するほどの事も無いのかもしれませんよ」

 

「そうですわね。陛下も戦勝パーティーの話題まで出しているのですから、戦争を前に国に不穏な空気が流れていると言う事も無いのでしょう。そんな状況で私たちが情報も無くあれこれ考えても仕方がないことなのかもしれません」

 

 そうそう、厄介事は偉い人たちに任せましょう。

 私たちはこの辺境の地で、気楽にお酒でも飲んで楽しんでいればいいんだから。

 

 と言う訳で難しい話はこれで終了! 私も懸念材料である辺境候についてはこれ以上詳しい情報をロクシーさんも持っていないみたいだから頭から追い出して、今日の晩餐を楽しむことにしましょう。

 まぁロクシーさんは本音の所ではそうも言っていられない立場なのかもしれないけど、今日くらいは心の荷を降ろして楽しんで欲しいものね。

 

「話もお済みのようですので、ワインセラーより届けられたスパークリングワインをお持ちしました」

 

 私たちの様子を見て、いつの間にか帰ってきていたギャリソンが6本のワインが乗ったワゴンを押してテーブルの横へと運んできた。

 この様子からすると、話に割り込む訳にはいかないとずっと待機していたのかも。

 悪い事をしたなぁ。

 

「ありがとうギャリソン。それでは説明をお願い」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 ギャリソンはそう言うと、次々とスパークリングワインをあけていく。

 そしてそれぞれを少しずつワイングラスに注ぎ、私とロクシーさんの前に並べていった。

 

「まずは一番右から」

 

 そして順番に私たちにテイストをさせながらそのワインの説明をし、私とロクシーさんが選んだ2本を残して残りをワゴンに乗せて下げさせた。

 一度栓を抜いてしまったのだから飲まなければ炭酸が抜けてしまうのだけど、流石に飲まないものをここに置いておく訳にもいかないからね。

 うん、きっと誰かが消費してくれるのだろう。

 

 捨てたりしないよね? 

 

「新しいワインに合わせたオードブルも用意してございますが、そちらをお持ちしても宜しいでしょうか?」

 

「ええ、お願い」

 

 最初に持ってきたオードブルは赤ワインにあわせたもので、強めなチーズや生ハムを使って作られたものだったから白のスパークリングワインには、特にロクシーさんが選んだ甘めなものには合わないから用意してくれたのだろう。

 でもこれはギャリソンらしくないから、きっと料理長の指示なんだと思う。

 あの子、お酒を飲めないのにこう言う所はちゃんと気が付くのよね。

 

 少しだけワインを楽しみながら歓談した後、スープを経てお待ちかねの魚料理の皿へ。

 

「これがエビフライですか。見たことのない食材ですが、ポワソンの皿に乗せられていると言う事は水生生物なのですか?」

 

「ええ。甲殻類と言って、私の国で取れる蟹や海老と呼ばれる生き物がそれにあたりまして、大変珍重されています。かく言う私も大好きな食材なんですよ」

 

「まぁ、それは楽しみです。では早速」

 

 そう言うとロクシーさんはエビフライにフォークを刺し、ナイフを入れて口に運ぶ。

 

 サクッ。

 

 噛んだ瞬間に広がる微笑み、それはまさに至福を味わった表情で。

 

「大変美味ですわ。香ばしい衣の歯ざわりの後に来る程よい弾力。そして最後にプツっと気持ちよく噛み切れたと同時に何とも言えない旨みが口いっぱいに広がって。なるほど、話を聞いたカロッサ子爵が一度味わってみたいと言うのもうなずける味ですわね」

 

「気に入っていただけたようで、私も嬉しいです」

 

 甲殻類は人によっては好き嫌いがあるしアレルギー体質の人もいるから少し心配したけど、どうやら気に入ってもらえたようで一安心。

 そして、その後に出されたソルベでは、

 

「えっ? もしかしてこれは氷菓子ですの?」

 

「はい、柑橘類を使ったシャーベットですが、お口に合いませんでしたか?」

 

「いえ、大変美味しく頂いています。頂いていますが、まさかこの様なタイミングで氷菓子が出るとは思わなかったもので」

 

 といった一幕が。

 

 ロクシーさんが言うには帝都でもアイスクリームを口にする事はあるらしいんだけど、かなりの高級品らしくてコース料理に組み込まれることは殆どないし、あったとしても国賓を招いた時のデザートに出されるくらいで魚料理の口直しであるソルベに出るなんて事は考えられないんだって。

 

 そう言えばこの世界には手軽な電気冷凍庫なんてないから、シャーベットやアイスクリームを作ろうと思ったら高価なマジックアイテムを使うか、周りに被害が出ないよう完璧にコントロールされた冷凍の魔法が使えるマジックキャスターが居ないとダメなのよね。

 そう考えたらこのシャーベットが、かなり貴重な料理と言われても納得するわ。

 

 この後も先程のエビフライの話から気を効かせてくれたのであろう、肉料理の皿にハンバーグが付いていたり、

 

「これは・・・何と美しいデザートなのでしょう」

 

 本来はもっと単純なもので占められるはずのデザートの皿の代わりに、生クリームやアイスクリーム、そして各種フルーツをふんだんに使って作られたとても豪華なプリンアラモードが出て来てちょっとびっくり。

 でも流石にこれはちょっとやりすぎ、後で叱っておかないといけないわね・・・なんて思ったんだけど。

 

「わたくし、アルフィン様のお持ちになられた物を食べるまでは甘すぎて少々お菓子が得意では無かったのですが、此方のデザートはいくらでも食べられそうです。でもどうしましょう、こんなに食べてしまっては体型が崩れてしまうかも。ああ、でも幸せ」

 

 そう言って嬉しそうにデザートを頬張るロクシーを見て、やっぱり褒めてあげるべきかな? なんて考えるアルフィンだった。

 





 位階ごとに覚えられる魔法の上限があると言うのはD&Dでも確かそうだったと思うのでこうしました。
 因みに、よく位階魔法は位階から1を引いたものに7をかけて1を足したレベル、6位階なら5×7+1で36レベルになれば使えるようになると考察されてますよね? これはあくまで私の考えなんですけど、これってレベルなら何でもいいと言うわけじゃなくてマジックキャスター系のジョブの合計がそのレベルにならないと使えないと今は考えています。

 実を言うと、今回フールーダを出すに当たって調べ直すまでは信仰系なら信仰系ジョブの合計が上の数式に当てはまらないとその位階の魔法が使えないんじゃないかなんて思っていたのですよ。
 でも、その理論だと6位階が使えるフールーダのレベルが感想返しによると40以下である(オーバーロードwikiより)と言う事に説明がつかなくなるんですよね。
 流石に信仰系と精神系のレベル合計が5以下と言うのはありえないですから。

 と言う訳で、そのような考察の元、今回のような話になるました。


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113 訪問者

 

「壮行会、ですか?」

 

「はい。私は無理だと言ったのですが、上官の一人に何とか頼んでもらえないかと拝み倒されまして」

 

 イーノックカウのイングウェンザー大使館にある応接室。

 そこではライスターさんが、大変恐縮しておりますと言う顔で私とシャイナ相手に頭を下げていた。

 

 

 

 ロクシーさんとの晩餐の次の日、シャイナを訊ねてライスターさんが頼み事をする為にやってきた。

 と言ってもどうやら彼はシャイナが未だにこの町に居るなどとは考えておらず、訊ねたと言うアリバイだけを作って上官には知己の人が不在だったからと断るつもりで来たらしいのよ。

 でもさぁ、そんな事を知らない私は彼の訪問を受けて、わざわざイングウェンザー城にどうしましょうかと聞きに来たメイドを前にして、

 

「ああ、その人なら知っている人だし、今からシャイナと二人で行くからお茶を出して待ってもらって」

 

 とつい応えてしまった為に大使館の応接室で今、私たちはこうして顔を合わせている。

 ある意味ではライスターさんにとっては予定外であり、でも会えてしまった以上無理を承知であることを頼まなければいけないと言う、何とも困った状況になっていると言う訳だ。

 

「前に此方で普段のお付き合いのお礼にと頂いた酒なのですが、滅多に手に入らない高級酒ですので一人で独占するのもどうかと思い、折角だからと同僚や上司にも振舞ったんですよ。ところが、どうやらその味が忘れられないらしくて今回遠征に出ると言うのを口実に、『もしかしたらこの戦いで戦死するかもしれないから、最後にもう一度だけあの酒を』と頼まれてしまったのです。私からすれば後方への補給部隊派遣ですし、戦争と言っても毎年一当たりしてお茶を濁す程度のものなので、この町から向かう兵士が死ぬどころか怪我をする事すらまずないと考えているのですが、流石に上官に拝み倒されては無碍に断ることもできず、無理を承知で訪れた次第です」

 

 そう言えばライスターさんにはパーティーとかで色々と助けてもらってるから、お礼ですって何本か渡した事があったけ。

 彼はそれを自分一人でではなく、みんなに別けたのか。

 

 でも、なるほど。

 ロクシーさんも言っていたけど、どうやら城にあるワインとかビールは私たちが普段飲んでいるハウスワインのようなものでさえこの世界ではかなり上質な部類に入るらしいから、それを一度でも口にしたのなら何かしら口実ができたらそれを理由に要求したいと言う気持ちも解らないではないわね。

 

「ねぇアルフィン、どう思う?」

 

「お酒くらいなら出しても別にいいと私は思うわよ。それ程高いものでも無いし」

 

 実際の所お酒に関してはイングウェンザー城だけじゃなく、ボウドアの館やこのイーノックカウの大使館にもかなりの量に備蓄がある。

 

 普通に考えたらワインとかウイスキーとかは作るのに熟成期間がいる筈なんだけど、酒造に使っているマジックアイテムの効果なのかゲーム時代の名残なのか、材料さえ用意すればそれ程時間が掛からずかなりの高品質のものができるのよ。

 そしてその材料となるワインに合う品種の葡萄とか蒸留酒用の麦とか芋、サトウキビも地下4階層で続々と生産され続けているから尽きる事がないと来ているんだな、これが。

 

 その上ユグドラシル時代みたいにパーティー業務で消費しないのに生産ラインはそのままだから実は備蓄が増える一方なのよ。

 だって生産ラインを止めてしまうと、今度はそれ以上に場所を取る原材料がたまって行ってしまうからね。

 

 まぁイングウェンザー城の倉庫は、ユグドラシル時代はいくら入れても数字が増えるだけだったからなのかある意味マジックアイテムのような構造になっているらしくて物資が増えたら増えただけ拡張されるみたいだからいくら溜まっても困らないと言えば困らないけど、どうせ同じ備蓄をするのなら時間が経てば熟成されてより美味しくなるお酒にした方がいいと言うのも生産ラインを止めない理由だったりする。

 

「それでどんなお酒が欲しいんですか?」

 

「ワインを白と赤、それにロゼを1本ずつ。後はイスキーとか言う蒸留酒を1本ほどお願いしたいです」

 

 あら、ずいぶん少ないのね。あんなに申し訳なさそうに頼んでくるからどれほどの量かと思ったのに。

 補給部隊派遣と言う話だったけど、義理みたいなもので5人くらいしか行かないのかな?

 

「ずいぶん少ないようですが、それだけでいいのですか?」

 

 シャイナも私と同じ様な感想を持ったらしくってライスターさんにそう問い掛けた。

 まぁ彼女の口調からすると派遣される人数が少ないと感じていると言うより、これ以上は申し訳なくて頼めないと思っているんじゃないの? って感じのニアンスだけど。

 

「いえ、流石にあれだけ高級なお酒を購入するのなら、相場から逆算すると予算的にこれが限度かと思いまして」

 

「まぁ」

 

 あらなんだ、お金の心配をしていたのか。

 確かにそれならばそんなに大量に発注はできないわよね。

 だってロクシーさんですら手に入るのなら購入したいと言ってきてるくらいだから、かなりの高額を請求されると考えてもおかしくないもの。

 

 でもねぇ。

 

「壮行会なんですよね。それならば出されたお酒がそんなに少なければがっかりするのではないですか? それに派遣されるのは何人くらいなのでしょうか。後方支援と言っても10人とかの少人数ではないのでしょう?」

 

「えっと、とりあえずイーノックカウ駐留軍からは50名が派遣されます」

 

「あら、それでは先程の量だと一人にグラス一杯も渡らないではないですか」

 

「ええ、ですからワインは上官だけで、あとは蒸留酒を水で割って一杯ずつ頂くと言う話になっています」

 

 それにしたってそれだけの人数が居たらまともな水割りもできないんじゃないかなぁ。

 さびしいってレベルですらないわね、それでは。

 

「ねぇアルフィン、いいよね?」

 

「ええ、当然」

 

 シャイナがそう問い掛けてきたので、笑いながら当然でしょと返しておいた。

 そんな私の返答を聞いて、シャイナはライスターさんに笑顔を向けた。

 

「アルフィンの許可も出たことだし、ワインは赤白ロゼを各1ケースずつ、それに蒸留酒も1ケースでいいかな? 後はそうだなぁ、やっぱり乾杯にはビールがいいだろうから1樽出しましょう」

 

 シャイナの言う1ケースと言うのは720ミリリットルビンが24本入る箱の事ね。

 あとビールの樽と言うのは一般的なビールの木樽のことで、大体235リットル入っている。

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。それだけの量の代金をお支払いできるほど予算がありません」

 

「いいのいいの。さっきアルフィンが許可をくれたでしょ。これは出兵する人たちへの私たちからのプレゼントだからお金は要らないわ」

 

「別にそれくらいならたいした量じゃないしね。壮行会と言うくらいだから出兵する人だけじゃなく、見送りする人も参加するんでしょ? ならこれくらいはないとね」

 

 パーティーと考えたらこれくらいの量は必要だもの。

 と言うか場合によってはこれでも足らないかもしれないんじゃないかしら。

 

「本当にいいのですか? あれだけの品質ですと、ワインだけで金貨7、8枚はすると思うのですが」

 

「アルフィンが許可を出したんだから何の問題も無いよ」

 

「そうね。あと、参加人数が多くてこれでも足らないと言うのならもっと用意するけど、本当にこれだけでいい?」

 

「滅相もありません。これだけで十分です」

 

 まさにとんでもないと言う顔で頭を下げるライスターさん。

 私としては軍上層部がこの機会にうちのお酒を口にしてこの先定期購入をしてくれるようになれば、外貨も手に入るし在庫も減って一挙両得じゃないかとまで思っているんだから、別にそこまで感謝されることでもなかったりするのよね。

 

「それで、その壮行会は何時行われるのですか?」

 

「5日後です。出兵が7日後でその前日は休暇を与えられる事になっているので、その前日の夜に行われる予定になっています」

 

 そうよね、たとえ死ぬ可能性が殆どないとは言え出兵なんだから、万が一に備えてその前日は家族や友人、恋人との別れを惜しむ時間が必要だろうからね。

 他国から奇襲されたとか言う緊急事態でもなければ、そんな日が設定されてもおかしくはないし、なにより出兵前日にお酒なんか飲んでいては行軍にも差しさわりがあるだろうから2日前に行われるというのは理にかなっているわね。

 

「なら5日後に間に合えばいいのね。それで、このお酒はこの館に用意しておけば取りに来てもらえるの?」

 

「はい。当初は先の量だけ購入するつもりでしたので、もし手に入れることが出来たとしても私一人で運べばいいと思っていたのですが、これ程の量を提供していただけるのであれば私の小隊から人と台車を出して運ばせていただきます」

 

 たしかにあれだけの量を手荷物のように持ち運ぶのは無理だろうから人手は必要だろう。

 特にビールの木樽の重さなんか、300キロ以上だし。

 

 まぁライスターさんは小隊の隊長でもあるから、こんな急な場合でも人手を確保くらいはできるだろうから、その辺りは心配してないけどね。

 

「後ですね、これも大変申し上げにくいのですが・・・」

 

 ん? まだ何かあるの? おつまみに何か欲しいとかかな?

 

 そんな風にとぼけた事を考えていたんだけど、ライスターさんの口から飛び出したのはもっととんでもないことだった。

 

「その壮行会にシャイナ様も参加してもらえないでしょうか?」

 

「へっ、私?」

 

 突然の要請にびっくりするシャイナ。

 各言う私だってびっくりだよ、だっていきなりだもん。

 

「はい。シャイナ様の事はイーノックカウ駐留軍の中でも前から話題になっておりまして。私が林の中で助けられた事に始まり、カロッサ子爵様のお屋敷での鉄塊を切り裂いたと言うエピソード、そして極めつけは先日行われたロクシー様主催のパーティーです。当日警備にあたった者がその目でお姿を拝見して、その美しさを隊で風潮して回りまして。その為、私がアルフィン様やシャイナ様にお目通りできる立場にあることを知っている者たちが、ぜひ出兵前に一言、言葉を頂けたらと言い出したのです」

 

 ライスターさんは早口で一気にそう言い切ると、にこりと笑ってこう続けた。

 

「ですが都市国家イングウェンザーの貴族であるシャイナ様が他国の、それも地方都市の出兵壮行会ごときに参加してくださるなどとは実の所誰も本気では考えておりません。ですが、だめで元々でも一応は頼んでみろと言われたしだいです。これに関しては断られることが前提なのですが、お耳に入れておかないと立場上問題があるのでお伝えしました。ですから聞き流していただければ結構です」

 

 なるほど、あくまで話が出たから伝えましたよって事なのか。

 本当にバハルス帝国駐留軍から正式に要請が来たのかと思ってびっくりしたよ。

 

 でも軍の出兵前の壮行会か、どんなものかちょっと興味があるわね。

 

「確かにバハルス帝国の貴族であるのならともかく、他国の貴族であるシャイナが参加するのは少々おかしな話ではありますね」

 

「そうだね。私たちは戦争する相手国と何の関係も無いのだから、勝って来てくださいとか言うのもなんか変だし」

 

「ええ。ですからこれは立場上お誘いはしましたよと言うだけなので、断っていただいても何の問題もありません。そもそも高価なお酒まで提供していただいたのに、そこまで無理を言う筋合いは私どもにはありませんから」

 

 私たちからのお断りとも言える言葉を聞いても、笑いながらそう応えるライスターさん。

 その表情からは本当に断られても何とも思わないという感情が此方にも伝わってきた。

 

 そしてだからこそ、私の悪戯心がむくむくとわきだしてくるのよね。

 

「ええ、だから壮行会に激励の言葉を掛けに行くのではなく、友好国の代表として私とシャイナが来賓と言う立場で参加しますわ。いや、それならばいっその事、この大使館で開いてしまうのも手ね。それならばわざわざお酒を運び出す手間も減りますし、大使館を構えた以上これから周辺の貴族を招く機会も増えるでしょうから、この館の者たちもその練習になりますし」

 

「そうだね。確かにいきなりバハルス帝国の貴族を招いたパーティーを開くより、予行練習のような事をしておいたほうが後々いいのかもしれないな」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください! 正気ですか、アルフィン様、シャイナ様!」

 

 私たちがいきなり予想外な事を言い出したために、ライスターさんが目を白黒させている。

 まぁ、確かに普通に考えたらありえない提案だものね。

 

 私は仮にも一国の支配者だし、シャイナはその国の貴族だ。

 そんな立場の者が出兵する他国の軍人を自らの館に招きいれて壮行会を開くなんて話、聞いたことないもの。

 まさに前代未聞、常識はずれにもほどがあると言うものよね。

 

 まぁ、だからこそやる気になったんだけど。

 

「あら失礼ね、私は正気よ。確かに根回しはしないといけないけど、これはこれで我が国にも利益があることですもの」

 

「えっ!? そうなの」

 

 こらシャイナ、本当に意外そうな顔でこちらを見ない。

 確かにいたずら心が全体の80パーセントほどを占めるけど、一応私なりにメリットも考えての発言なんだからね。

 

「もう、シャイナまで何言ってるのよ。当たり前じゃない。いくら予行練習になるからと言って此方に何の得も無いのにお酒だけじゃなく、会場まで提供するはずがないでしょ」

 

「そうなんだ。アルフィンの事だから、てっきりライスターさんを驚かす為だけに言い出したのかと思ったわ」

 

 失礼な! 確かに驚いた顔が見られて楽しくはなって来ているけど、それはそれ、これはこれよ。

 

「いや、シャイナ様。聡明なアルフィン様のことですから、流石に私を驚かす為だけにこの様なことを仰られる事はないと思いますよ」

 

 私が憤慨して何かを言い出す前に、すかさずライスターさんがフォローを入れてくれた。

 入れてくれたんだけど・・・なんかごめん、半分以上はシャイナの言うとおりです。

 

 でも流石にそんな事は言い出せないから、私が考えているメリットを提示することにした。

 

「聡明かどうかはともかく、今考えている事が実行できるかどうかは私の一存では決められないことなので先程も言ったようにまずは根回しをして、実現できるようならここで壮行会を開き、私とシャイナも参加します」

 

「アルフィン様の一存では決められないと言う事は、誰かを巻き込むと言う事なのでしょうか?」

 

 あら、伊達に小隊の隊長を任される騎士をやってるわけじゃないのね。

 ライスターさんは、今までの私の言葉から何を考えているか薄々感じ取ったみたいだ。

 

「ええ。ロクシー様をお誘いして連名で壮行激励会を開こうと思います。個人的にロクシー様とは親交を深めていますが、その関係は残念ながら広く伝わっているとはいえません。今回は私たちとロクシー様の関係をこの国の騎士や兵士にも直接見せ、我が都市国家イングウェンザーとバハルス帝国とが友好的な関係を築いていると言う事をアピールするには絶好の機会ですもの。それを逃す手はありませんわ。それにイーノックカウはイングウェンザー城から一番近い都市ですから、帝国と我が国との関係が良好であると言う事をより深く理解できていれば、家族や友人を残して遠い戦場へと出兵する人たちも後方の憂い無く出立できるのではないですか」

 

「なるほど、そこまでお考えでしたか。確かにそれならばアルフィン様やシャイナ様にも十分なメリットがあると思います。出兵するものたちの中には他の都市や首都からの兵と合流した際、その話をするものも居るでしょう。そうなれば新たに友好的になった国として都市国家イングウェンザーが広く認識されるでしょうから」

 

 ああ、そう言えばそうね。

 流石にそこまで広く認識させようなんて考えてなかったけど、確かにそういうメリットもあるのか。

 

 自分のいい訳と言っても過言ではない妄言が、もしかするとこの先、本当に凄いメリットになって帰ってくるのかもとライスターの言葉を聞いてほくそ笑むアルフィンだった。




 イングウェンザー城では色々な作物や畜産物、そして各種お酒が作られています。
 また海産物もかなりの量取れている上に、中にはドラゴン等の食用モンスターまでいたりします。

 これは生産系ギルドゆえにナザリックと違って対外的な防御機構やギミックにそれ程お金を回す必要が無かったおかげなのですが、その全てが元々パーティー用の材料として生産できるようになっているものなので、その業務がなくなった今、ただただ余剰在庫が積みあがっている状態だったりします。
 イングウェンザーに居る人だけでは消費しきれないですからね。


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114 人を呪わば穴二つ

 

 

「あら、そんな事になっていたのですね」

 

「はい、そのようでございます」

 

 ライスターさんの陳情? を請けた次の日の午後、私は今日もまたライスターさんの訪問を受けていた。

 と言うのも、昨日の話をライスターさんからイーノックカウ駐留部隊への報告と許可申請を取ってもらう事になっていて、彼はその報告の為にイングウェンザー大使館に訪れたんだ。

 

 それで駐留部隊への許可申請なんだけど、此方は何の問題も無く通ったらしい。

 ではどうして上のような会話になっているのかと言うと実はこの壮行会、初めからロクシーさんも参加することになっていたらしいのよ。

 

 普通なら地方都市からの少数出兵の壮行会如きに、いくら愛妾とは言え皇帝陛下に直接ものが言えるほどの立場の人が出席する事はまずあり得ない。

 

 では何故そんな事になっているのかというと、このイーノックカウは地理的に今度戦うリ・エスティーゼ王国とは帝国全土を縦断なければ行けないほど離れた場所にあるために、毎年行われる戦争にこれまで一度も兵を出した事がないらしいのよね。

 そんな都市から初めての出兵と言う事でこの都市を治める貴族が張り切ってしまったらしくて、自ら陣頭指揮を取って大々的に壮行会を開くと言う話になったんだそうな。

 

 結果、それならば毎年戦争疎開に来ているロクシーさんにも一言頂きたいと言う事になったんだってさ。

 

「昨日の上司からのお酒を此方に売って貰えないか打診してほしいと言う話も、どうやら貴族へのゴマすりという部分もあったらしいです。何せ伯爵は先日のパーティーでアルフィン様がお持ちになられたお茶とお菓子を口にして、できる事なら一度イングウェンザーのお酒も飲んでみたいと話していたようですから」

 

「まぁ、それは光栄な話ですね。ロクシー様のお話では皇帝陛下にも気に入って頂けたようですから、きっとお口に合うと思いますよ」

 

「何と! 皇帝陛下までもがですか。私も美味しいとは思っておりましたが、まさかそれほどのものだったとは。ではもし当初の予定通り購入しなければいけない状況でしたら、かなりの出費を覚悟しなければならなかったのでしょうね」

 

 何気なく渡したお酒だもんなぁ、それがまさか美食の限りを尽くしているであろう皇帝陛下までが気に入った物だったと聞けば、どれほど高いお酒なのかと怖気付くのも解るわね。

 

 まぁ、ユグドラシル時代の価値で言えば確かに一番安いものでも1本金貨200枚はするだろうからとんでもない値段と言うのは事実だろうけど、今は地下4階層で作られている作物から作られているものだから城の維持費以外のお金は掛かっていないのよね。

 その維持費も、この世界では必要無いだろうからと転移阻害以外の防衛ギミックを殆ど全て停止してしまった為に、今は0になってるんだけど。

 

「あなたにお渡ししたのは食事や移動する時に馬車の中で飲んでいるものですから、驚くほど高級な物ではないですけどね。まぁ、皇帝陛下が口にされたのも私の馬車に積まれていたワインですから、普段使いのものなのですが」

 

「女王であらせられるアルフィン様が常飲されている物でしたか。なるほど、美味しい訳だ」

 

 あっ、今の言葉でより一層高いと思われたっぽい。

 本当に高くないんだけどなぁ、所詮はハウスワインだし。

 

 まぁ、これに関してはいくら説明しても意味がなさそうだから、ここは他の話に話題を変えたほうが健全だろう。

 

「ところでロクシー様が参加されるのは解りましたが、先程の話からするとこの都市を治める貴族も参加なされるのですよね? 私はその方と、前もって会わなくてもいいのですか?」

 

「はい。イーノックカウを治めているとは言え、フランセン殿は伯爵。王族であるアルフィン様がわざわざ前もってお会いになられる必要はないと考えます。当日、壮行会の前に時間を取っていただく事になってしまいますが、顔合わせはその時で宜しいかと」

 

 そう言えばイーノックカウを治めてるのって伯爵だったっけ。

 でも伯爵ならどちらかと言うと大貴族になると思うんだけど、そうか、バハルス帝国ほどの大国の伯爵より都市国家とは言え女王の私の方が上という認識なのか。

 

 でも何の知識も持たずに対面するのもなんだから、詳しい事を後でギャリソンに調べてもらうとしよう。

 いや、彼の事だからもう全ての情報を調べつくしているかもしれないわね。

 

「後はロクシー様ですけど、やはり前もってお会いして私からお話をした方がいいかしら?」

 

「いえ、そちらの方もすでに部隊から話が通っていると思います。お忙しい方ですから、本来は一言頂いてすぐ退席なされる予定でしたが、会場がこの大使館に変更されてアルフィン様とシャイナ様も出席なされるのですから最後まで参加する事をご希望になられるでしょう。予想される予定変更の為にも昨日の内に使者を送っているはずです」

 

 そうよねぇ、この間も別れ際に時間が作れるようなら使者を寄越すのでまたお食事をなんて言っていたくらいだから、この大使館で壮行会をやると聞いたら最後までいらっしゃるでしょうね。

 とすると、やっぱり連絡は入れたほうが良さそうね。

 

「そういう事情でしたらお会いするかどうかはともかく、一度此方から使者を送って家令同士で話し合いをさせた方がいいのではないかしら? ロクシー様も折角いらっしゃるのでしたらお好きなものをお召し上がりになりたいでしょうし、前もって言っていただければご用意できますもの」

 

「そうですね。アルフィン様がご迷惑でなければ、お願いできますでしょうか」

 

 私が言い出したことなのだから当然了解と返し、扉横に控えていたメイドにギャリソンを呼びに行ってもらう。

 そしてしばらくするとギャリソンが部屋に顔を出したので先程の用件を話し、ロクシーさんの元へと使者を送ってもらった。

 

「あの、ところで今日はシャイナ様はいらっしゃらないのでしょうか?」

 

 これでロクシーさんの事は大丈夫だろうと安心した所でライスターさんからこんな質問が飛んできた。

 

 いけない、そう言えば昨日この館にいたシャイナが今日いないの確かに不自然よね。

 しまったなぁ、今日は報告を受けるだけなので私一人で転移門の鏡を通ってきたけど、やっぱりシャイナも一緒に連れてくるべきだったわ。

 

 はてさて、一体どう答えるかな? メイドに頼んで呼んで来てもらう事もできるけど、それだと初めからここにいないのも不自然だし。

 とりあえずシャイナのジョブから考えて、ありえそうな事でも言ってごまかしておくとしよう。

 

「そう言えば朝から顔が見えなかったわね。シャイナの事だからどこかで剣の鍛錬をしているか、馬で遠乗りと言ったところではないかしら」

 

「剣の鍛錬ですか。あれほどの実力を持つシャイナ様の鍛錬、一度拝見したいものですね」

 

「私の目の届かないところで行っていますから、それは多分無理でしょう。体力的な鍛錬なら庭でもできるのに、わざわざ別の所でしているのなら今日はきっと技の鍛錬でしょう。『技と言うものは一度見られれば対策を練られるものだから、本当の技の鍛錬は味方であっても人に見せるべきじゃないのよ』って前に言っていましたからね」

 

「なるほど、武技の中でも秘技や秘伝と言われる系統の技の鍛錬なのですね。それならば誰にも見せられないと言うのも解ります」

 

 うん、とりあえず丸め込まれてくれたわね。

 ところで武技ってなんだろう? 技の系統か何かかな? 待てよ、そう言えばどこかで一度聞いたことがあるような?

 

 確かにどこかで聞いたことがあるはずなんだけど、よく思い出せない。

 技関係の流れから出た言葉なんだから戦闘系の話の時にでも出たんだろうけど、エルシモさんにこの世界の人たちの強さについて訊ねたときにはそんな話は出なかったはずだし、そもそも私たちはあまり戦闘行為をした事がないからその手の話自体殆どした事がないのよねぇ。

 

「アルフィン様、どうかなさいましたか?」

 

 そんなことを考えているのが顔にでも出たのか、ライスターさんから心配する言葉を掛けられてしまった。

 そうだなぁ、このまま疑問を抱え続けるのもあまりよくないだろうから素直に聞くとするか。

 

「いえ、先程の武技と言うのがどのようなものか解らなかったので少し考え込んでしまいました。確かどこかで一度耳にした事がある気はするのですが」

 

「武技ですか? ああ、アルフィン様は戦場には縁のない方でしょうからご存じないのかもしれませんね。いや、もしかしたらイングウェンザーの本国がある場所では別の言い方をするのかもしれないか・・・」

 

 ライスターさんはそう言って説明を始めてくれた。

 彼が言うには武技と言うのは戦士版の魔法のようなもので、肉体的な付加を伴うものの魔法のようにMPは消費しない技らしい。

 また魔法と違って素養によって覚えられるレベルが違っている訳ではなく、戦士職なら誰でも一定数は覚える事ができるものなんだって。

 

「かの有名な王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフなどは6つの武技を同時に使う事ができるそうですよ」

 

 と、ライスターさんが言うとおり力量によって同時に発動できる数が違ってくるらしくて、武技と言うのは殆どが肉体強化や行動補助の効果だからこの世界の戦士職の人は本来ならそれ程力量が離れていないはずの人でさえ、武技の同時使用数が少し違うだけでもう勝つ事は難しくなるらしい。

 

「先程秘技とか秘伝と言いましたよね? あれはどういったものなんですか?」

 

「ああ、その説明がまだでしたね。武技と言うのは技ですから発想と鍛錬によって新たに生み出すことができるのです。ですからオリジナルの強い武技を隠し持つ冒険者や騎士が結構な数いるんですよ。先程の王国戦士長が使う同時に6回の斬激を繰り出す強力な武技、六光連斬なんかはかなり有名なオリジナル技ですね。彼の場合はその立場のせいで有名になっていますが、本来は切り札としてまさに必殺の場合のみ繰り出されるので、強い武技ほど知られる事はまれです」

 

 なるほどなぁ、確かにオリジナルで作れるのなら隠したくもなるよね。

 ユグドラシルでも戦法が知れ渡ると強いプレイヤーでも対策をされてPVPで勝てなくなるって話だったもの、負けたら死んで次がないこの世界では本当の切り札は最後まで見せないと言うのは解るわ。

 

「なるほど、発想と鍛錬で作り出すことができると言うのであれば力量次第ではコピーする事も可能でしょうから、強力な武技を持つ人はその武技が自分に襲い掛からないように秘匿すると言うのは解ります。なるほど、対策されるだけでなくそういう面でも鍛錬は見せるべきじゃないのですね」

 

「はい。鍛錬法からでもどんな武技かは想像できますし、またそれがヒントになって新たな武技が生まれる可能性がある以上、強者ほど鍛錬法も含めて秘匿する傾向にありますね」

 

 ユグドラシルではそもそもスキルとかは新たに作られることが無かったから戦法が秘匿されていたけど、この世界ではスキルに当たるものまで秘匿しないといけないのか。

 大変だなぁ。

 

 ガチャ。

 

 そんな事を話していると、突然ドアが開いた。

 流石にこれにはびっくりして、私は思わず頭を抱え込んでうずくまる。

 だってノックもしないで人が入ってくるなんて、まったく予想もしていなかったんですもの。

 

 これがドアのない場所で話をしていたと言うのなら、たとえいきなり誰かが入ってくることがあっても驚かないけど、ここは来客用の応接間なんだから当然ドアがある。

 そしてそのドアの横には中も外もメイドが控えているのだから、この様な状況を私がまったく想像していなかったのも理解してもらえるだろう。

 

 そしてそれはライスターさんも同じだったみたいで、そっと顔を上げて見てみると彼は何事が起こったのかと扉の方に顔を向けていた。

 ・・・ん? あれ、向けたまま固まってないか、この人。

 

 そう思って私も扉の方を見てみると。

 

「シャイナ、なんて格好してるのよ!」

 

「あれ、どこかおかしい? さっきまで鍛錬の汗を流してたからお風呂上りだけど、一応服はちゃんと着てるでしょ。あっ、ライスターさん、いらっしゃい」

 

 そりゃライスターさんも固まるよ。

 

 確かに服はちゃんとしている。

 ゆったりとしたシルエットで半袖ではあるけど、スカートはくるぶしまで隠れるきちんとしたドレス姿だし、足もパンプスを履いているから服装だけ取って見れば確かに人前に出ても問題はない姿だとは私も思うよ。

 

 ただ問題なのは服装ではなく、シャイナ自身だ。

 彼女は風呂上りだということが一目で解るほど顔を火照らせているし、まだ乾ききっていないからか、いつもは纏め上げている髪を下ろしていた。

 

 化粧っ毛のまるでないその顔は作り物のように美しく、おまけに少し赤くなった頬によって艶やかさが上がっている。

 そして外ではあまり見せない腰まで髪が伸びたその姿は、初めて見るものなら男性であれ女性であれ、間違いなく魅了される事だろう。

 

 それに濡れた髪というのは女性の魅力を更に引き立てる効果があるのよね。

 まったく、身内だけならともかく来客がいる時にそんな姿で出てきてはダメでしょ。

 

「シャイナ、お風呂上りで熱いのは解るからそのゆったりとしたドレスはいいけど、せめて髪はちゃんと乾かしてきなさい。まだちょっと濡れてるでしょ。ほら、ライスターさんもあきれてるわよ」

 

「あら、仕方がないじゃない。この大使館には髪を乾かす魔道具がないんだから。これでも大急ぎで汗を流してきたのよ。流石に汗で汚れた姿では人前に出るわけには行かないからね」

 

「それにしたって・・・」

 

 これが普通の冒険者ならいいけど、シャイナは一応貴族と言う事になっているのだからちょっと問題なんじゃないかなぁ?

 貴族と言うものが実際はどんな生活を送っているのかなんて私は知らないけど、とりあえず濡れた髪のまま来客と会う事は多分ないと思うんだけど。

 

「まぁまぁ、ライスターさんが帰ってしまう前に挨拶くらいはしておこうと急いだんだからそう怒らないでよ。ライスターさんも、お見苦しい所を見せてしまってすみませんでしたね。・・・ん、ライスターさん? 聞いてます?」

 

「えっ、どうかしたの?」

 

 シャイナの言動がおかしかったので視線をシャイナからライスターさんの方に向ける。

 するとそこには完全に固まってしまったライスターさんの姿が。

 ああ、これはあれだ。

 パーティーの時と同じで思考が停止してしまってるのね。

 

 そう思った私はいたずら心から、一度椅子から立ち上がってライスターさんの後ろに回り、軽く両肩に手を乗せる。

 そして、

 

「ライスターさん、仮にも貴族が入室してきたと言うのに着席して向かえるというのは失礼ではないかしら?」

 

 と耳元でささやいてあげた。

 

ガタン!

 

「きゃっ!」

 

 するとその言葉に反応したのか、いきなり立ち上がるライスターさん。

 そしてその勢いで椅子が後ろに下がり、私は驚きの声を上げながら尻餅を突いてしまった。

 

「わっ! しっ失礼しました、アルフィン様。つい驚いて固まってしまって。どうぞ、お手をっ・・・うぉ」

 

 その私の姿に気が動転したのか、ライスターさんは大慌てで私のほうを向き、手を差し出そうとして・・・椅子に足を取られた。

 

 ドスン。

 

「ちょっと何やってるのよ! 早くアルフィンの上からどきなさい!」

 

 のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~! ライスターさん、あなたはシャイナ専用のラッキースケベ要員じゃなかったの? 何故私に覆いかぶさってるのよ! それに顔、顔が近い! いやぁ~誰かぁ、誰か早く助けてぇ!

 

 本来の力ならば軽く跳ね飛ばす事もできたのだろうけど、今は体にまったく力が入らない状態で私にはどうする事もできなかった。

 あまりの事に声さえ上げることもできなかったのよ。

 

 その後、ようやくシャイナの手でライスターさんが排除された事によって私は少しだけ冷静になる事ができたんだけど・・・なるほど、シャイナが前にライスターさんに色々された時はこういう気分だったのか。

 

 うん、これからはライスターさんに関してはいたずらをするのを控えよう。

 私にも降りかかってくる可能性もある事が理解できたのだから。

 

 私は邪な考えが自分に帰ってきたことで、そう深く反省するのだった。

 

 

 

「そう言えばシャイナ、よく私があなたは鍛錬に出ていて、今この大使館にいないと言う言い訳をしたのを知っていたわね。扉の外のメイドに聞いたの?」

 

「まさか。それならお風呂に入っている時間なんか無かったでしょ。アルフィンに教えてもらったのよ」

 

「え、私?」

 

「違う違う、マスターじゃ無くてアルフィンよ」

 

 ああそうだ、忘れてた。

 私が見聞きしたことで、重要だと思う事は意識が半分眠っているアルフィンがみんなに知らせるんだっけ。

 

「なるほど、それで知ったのか」

 

「うん。だから大急ぎでお風呂に入ったりしたからあんな事になったんだよ。これでも本当に急いだんだからね」

 

「なるほどねぇ。だからノックまで忘れて部屋に入ってきたのか」

 

「あっ、そう言えばノックするの、すっかり忘れてた」

 

 どうやらノックは急いでいたからではなく素で忘れていたみたいね。

 もしかしたらこの子、普段から城ではノックとかしてないのかも。

 う~ん、そう言うところは外でもつい出てしまうから徹底させないといけないわね。

 

 シャイナの平時の行動に疑問を持ち、ほんの少しだけ引き締めるべきなんじゃないかな? と心に留めるアルフィンだった。

 




 作中に出てくるユグドラシル時代のお酒の値段ですが、金貨しか存在しなかったみたいですから最低単価はユグドラシル金貨1枚。
 でも普通に考えてゲームの食料アイテムが金貨100枚以下で売られているとは思えなかったのでこの値段になっています。

 実はゲームの中と違ってバフがつかないように一手間増やして作られているので、その分コストがかかっているから本来の制作費は高くなっているのですが、これまた本文に書かれている通り防衛機構が停止しているおかげでそれすら含めて今はまったくお金が掛かっていません。

 プロローグに書かれている地下3階層の最終防衛拠点に至っては、そこを守護する二人のNPCとその部下のモンスターがいる場所以外は1階層全てが停止していると言う状況ですから、現在のイングウェンザー城はユグドラシル時代に比べて本当にお金が掛かっていない状況になっています。


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115 頭のいいバカ

 

 ライスターさんが帰った後、私はイーノックカウの大使館にいる時にいつも使っている自分の執務室戻った。

 するとそこにはギャリソンが待っていて、

 

「アルフィン様、イーノックカウを統治している貴族、エーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセン伯爵の資料でございます」

 

 そう言って羊皮紙数枚に纏めた資料を手渡してくれた。

 

 なんと言うか、もう調べてはいるだろうとは思っていたけど、まさか執務室に帰ってすぐにその資料を渡されるとは思わなかったわ。

 さすがギャリソン、何故こんな優秀なNPCを私が生み出せたのか不思議に思うくらいよね。

 我が都市国家イングウェンザーは内政を管理するメルヴァと情報や人事を管理するギャリソンの二人で回っています。

 アルフィン女王? ハハハッ、そんなの飾りですよ、てなもんだ。

 

 まぁ一応最終的な確認と承認だけは私に求めてくるから、飾りとは言え私の書類仕事はたくさんあるんだけどね。

 

 さて、自虐的なことを考えるのはこれくらいにして私は資料に目を通した。

 

 エーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセン伯爵

 

 バハルス帝国の衛星都市、イーノックカウを治める貴族で、爵位は伯爵。

 ただ伯爵ではあるんだけど地方都市を治めている事から解るとおり、同格の伯爵たちの中ではあまり上位の存在ではないみたい。

 

 私の認識だと伯爵と言えば結構な大貴族だと思うんだけど、同じ伯爵でも力がある家は役職があるから帝都やその周辺に住んでいるらしくて、中間くらいの立場の家も隣の大国であるリ・エスティーゼ王国やスレイン法国側の、バハルス帝国にとって重要な領地を治めているらしい。

 

 それに比べて情勢的にそれ程重要ではないイーノックカウや都市国家連合側の領地を治めている伯爵位の貴族は、爵位こそ高いけどそれ程大きな発言権はもっていないみたいね。

 

 外見だけど、写し絵を見る限りバハルス帝国に多い金髪で短く刈り上げられた襟足ときちっと整えられた頭髪、どちらかと言うと温和なイメージが連想される人の良さそうな人だね。

 性格は戦いとは無縁の都市を治めているからなのか武術よりも文化を尊ぶ性格で、芸術や文学に精通しているそうな。

 

 あとは美食家で帝都や他の都市で評判になっている店があるとイーノックカウに出店してもらえるよう使者を出したりもしているらしくて、そのおかげで美味しい店が集まっているからそれを求めて訪れる人も多く、数ある衛星都市の中で愛妾たちの疎開場所に選ばれたと言う経緯があるらしい。

 

 美食の都市と言う評判は多くの観光客を呼び、税収も都市の規模からすると多いから同じ伯爵位の中でもフランセン伯爵は結構裕福な部類に入っているみたい。

 ただ、なんとなく私のイメージではお金持ちの貴族=力のある貴族って思ってたんだけど、この国は今の皇帝であるエル=ニクス陛下が厳格な方だからお金よりも実力で立場が決まってるみたいね。

 

 この後は大体の資産と彼の子飼いの騎士や兵の数、住んでいる場所周辺の防備や、もし攻める場合はどのようにしたらいいかと言う作戦案などなど、正直どうでもいい事がかなり細かく書かれていた。

 

 ・・・ギャリソンは私に何をさせたいのだろうか? それ以前にもし戦争するにしてもこの都市くらいならシャイナとまるんの二人に回復役のアルフィンが居れば3人でも力押しで攻略できるのだから、そもそも作戦自体いらないと思うんだけど。

 

 いや、一所懸命調べてくれたのだから余計なことは考えないようにしよう。

 

「ありがとう、参考になったわ」

 

「お褒めに預かり、光栄でございます」

 

 とりあえず大人の対応でギャリソンにはそう言って笑顔を向けておいた。

 

 

 さて、領主の事は解ったから次はパーティーの準備だ。

 とは言ってもまだ料理とかを決める事はできないのよね。

 

 と言うのも今回の壮行会は私たちが主催ではなくバハルス帝国とフランセン伯爵が主催と言う事になっているので予算がどれくらい出るか解からないというのと、そもそもそれ以前にロクシーさんの執事とギャリソンの打ち合わせがまだだからだ。

 

 正直、兵隊さんへ提供される食事に関しては私たちは関与するつもりはないのよね。

 そこまで全て此方が用意したら、それこそ主催が私たちみたいになるし、そうなるとバハルス帝国軍の壮行会を都市国家イングウェンザーがやると言うとても変な事になってしまうからだ。

 あくまで私たちは会場を貨して、友好国の為に一部寄付をすると言う体裁を取らないといけないのよ。

 

 では何の準備があるのかといえば、それは会場をどこに、そしてどのようにセッティングするのかと言う事なの。

 この話が出た時私は単純にすべての出席者が同じ広間に集まる貴族のパーティーのようなものを想像していたんだけど、どうやらそれは問題があるらしい。

 

 と言うのも、参加する兵士の殆どは平民で、いくら壮行会とは言え参加する貴族の殆どが平民と一緒に食事をするのを嫌がるからなんだってさ。

 何とも心の狭い話だとは思うんだけど、貴族と言うのは一種見栄で生きているようなものだからそこは譲れないのでしょうとギャリソンに言われてしまっては私も引き下がるしかなかった。

 

 そしてもう一つ、一般兵士と軍高官や一部の騎士も一応別けないといけないらしい。

 此方は身分がどうのこうのと言うよりも、単純に上司が居る所では部下が心の底から楽しめないからと言う理由で別けた方がいいそうな。

 

 言われてみれば同じ部隊の直属の上司ならともかく、軍上層部の人たちが居る所で酔って何か問題を起せば大事になるからとお酒を控えようと考える人もでてくるだろうし、そうなれば本来の主役であるはずの送り出される側の兵士さんたちが残る人たちに気を使ってまったく楽しめないなんて笑えない状況になってしまう。

 そうならない為にも、食事をする場所はきちっと別けた方がいいと言う事になった。

 

 と言う訳で、今回の会場準備は4箇所で行われる事になる。

 まずは一番大きな場所を必要とする参加者全員が入ってフランセン伯爵やロクシーさん、そして私のようなゲストからの激励のスピーチを聞くメインの第1会場ね。

 

 そして後3つはそれが終わった後にそれぞれが食事をする会場で、貴族と商業ギルドや冒険者ギルドの上層部、それに大商会の頭取などイーノックカウの名士が集まる第2会場、軍上層部や騎士が集まる第3会場、そして一般兵士が集まる第4会場なんだけど、この配置が意外と大変だったりする。

 と言うのもこの3つは行き来する人が意外と多いからなの。

 

 第2会場にいる貴族や来賓が他の会場に移動する事は殆どないけど、中間管理職が多い第3会場からは第2会場にも第4会場にも移動する人が居るし、第4会場からは各部隊の隊長や、今回出兵する部隊の隊長や副隊長が第2会場や第3会場に移動することがあるそうな。

 

 中でも軍上層部が入る第3会場は出入りが一番多いらしいから、位置的には会食が行われる3会場の真ん中に位置しなければいけないんだけど、実は人数が一番少ないから適当な場所がないのよね。

 

 それに一般兵が入る第4会場も色々と考えなければいけない。

 何せ第1会場から退出するのは、まずは当然私たち来賓や貴族が一番最初、続いて軍上層部で最後が一般兵と言う事になるんだけど、一般兵の人たちが会場を出るころには第2会場での会食はすでに始まっているから、そんな会場の横をぞろぞろと歩かせる訳にはいかないのよ。

 かと言って第2会場とは反対側に第4会場を持って行くと、今度は一番出入りが多い第3会場をどこにするかと言う問題がでてくるのよね。

 

 いくらこの大使館が大きいとは言え、大人数が入れる部屋は数が限られているから第1会場と第4会場はパーティールームか大会議場と言う事になるんだけど、パーティールームの近くは小さな控え室が多いからあちらを第4会場にすると第2会場や第3会場から離れてしまう。

 と言う訳で第4会場は大会議室にするしかないんだけど、パーティールームからみて第2会場と第4会場を逆側にしてしまうと各控え室が邪魔をしてかなり離れてしまって、そのどちらに第3会場を作っても行き来が不便になってしまうというわけなの。

 

「悩むわねぇ。部屋数も多し、この館を選んだ時はまさかこんな事で困る日が来る事になるとは思わなかったわ」

 

「この壮行会の主役は出兵する兵士ですから、貴族の方々には多少我慢していただいて部屋の前を通行させるのが一番かと思いますが」

 

 ギャリソンはこう言うけど、私の貧相な頭では貴族がへそを曲げる姿しか思い浮かばないのよねぇ。

 

「う~ん、いっその事、迂回する通路を作ってしまおうかなぁ。幸いパーティールームは窓から望めるよう庭に面しているし、バルコニーの柵を撤去すればそこから外に出られるでしょ?」

 

「しかしアルフィン様、そうなると我がイングウェンザー大使館の庭をぞろぞろと兵士たちが移動することになります。確かに遠回りをすれば第2会場へ音が届くことはなくなるでしょう。しかし館の外から見れば大量の兵士が庭に展開しているかのように思えるのではないでしょうか」

 

 ああそうか、確かにそんな大人数の兵士が館の庭を移動しているのを見れば誰でも事件かと思うよね。

 う~ん、これもダメとなると・・・やっぱり貴族の人たちに我慢してもらうしかないか。

 

「そうね。やっぱり来賓の方々には我慢して頂く事にしましょう。今回は兵士たちこそが主役なのですから」

 

 そう結論付けしようとした時だった。

 

 ガチャ。

 

「まったく、何二人して馬鹿なことを話し合ってるよ。そんなの単純な事じゃない」

 

 今までのやり取りを外でずっと聞いていたのだろうか? そう言いながらシャイナが私の執務室にに入ってきた。

 そしてさらに、こう言い放つ。

 

「第1会場を兵士たちが会食する場所にしてしまえばいいだけの話なのに、一体何をそんなに難しく考えてるのかしら。まったく、これだから頭のいい人たちは」

 

「えっ? でも第1会場は最初に全員が集まるからテーブルや椅子はセッティングできないわよ。そこで会食なんてできるはずないじゃないの」

 

 そんな私に、シャイナは何を言ってるんだこいつは? とでも言いたげな顔をして更に追い討ちをかけてきた。

 

「だからさぁ、貴族の会食じゃなく兵士の食事会と考えなさいよ。立食なら来賓が他の会場に移動してからテーブルを幾つか持ち込むだけでできるでしょ。と言うより私から言わせれば兵士たちにコース料理を食べさせようと考える方がおかしいのよね。みんな気楽に楽しみたいだろうから、堅苦しいコース料理より自分の好きな料理やお酒を楽しめるバイキング形式の方がいいなんて誰でも思いつく事でしょうに」

 

 そこまでシャイナに言われてしまっても、私はぐうの音も出なかった。

 

 確かにその通りだ。

 私はこの世界に来て普段の食事の時も、ボウドアの子供たちとの食事会の時も全てテーブルを並べた会食形式だったからそれが当たり前だと無意識に考えてしまっていたのよね。

 でも言われて見れば先日行われたパーティーでも食事は立食だったのだから、それを候補に入れていなかった私のほうが少し抜けていたんだ。

 

「ありがとう、シャイナ。あなたの言うとおり立食形式すればいいと言うのなら大会議場を第1会場にする事で全て解決するわ」

 

「でしょ。アルフィンもギャリソンも頭がよすぎるから難しく考えすぎなのよね。単純に考えれば物事はもっとスムーズに行くって事もあるんだから」

 

 常識にこだわって柔軟な発想ができない、所謂頭のいい馬鹿ってやつか。

 ホントホント、今回はシャイナの言うとおりよね。

 難しく考えればいいって訳じゃない事を、今回は思い知らされたわ。

 

「本当にそうね。ところでシャイナ」

 

「ん、何?」

 

「あなた、この部屋に入る時のノックはどうしたのかしら?」

 

・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・

 

 流れる沈黙。

 褐色の頬を流れる汗。

 ただ静かに微笑む私。

 

 この後、シャイナは私から小1時間ほど説教を受ける事になるのだった。

 

 

 

 会場さえ決まってしまえば此方の準備で躓く事は何もない。

 ギャリソンとロクシーさんのところの執事さんとの話し合いも進み、第2会場以外の食事は伯爵が手配した料理人が大使館に食材を持ち込んで、冷たくなってもいい物を中心に昼間の内に作り置きをする。

 そして、どうしても作り置きができない物と第2会場の料理だけを壮行会が始まってから調理する事となった。

 あとその際にロクシーさんとフランセン伯爵の強い要望により、一部の料理とデザートをうちの料理人が担当する事になった。

 

 特にロクシーさんからは、あるリクエストが。

 それは何とわざわざ封蝋までされたリボン付きの手紙で私宛に届けられたもので、中を読んでみると、

 

「先日出していただいたエヴィフライと言うものは大層美味でした。ぜひとも、もう一度あれをお願いします。またその際、同じ系統の食材でカニと言うものがあると仰られていましたよね。ご用意できるのでしたら、それもお願いできますでしょうか? もし費用がかかりすぎると言うのでしたら、此方でお支払いいたしますので私の分だけでも。あと、デザートも・・・」

 

 とまぁ、貴族の手紙の作法に則った書き方だからこのままではないけれど、用はこの様な内容の文章がなんと羊皮紙2枚分の長文で届けられたのよ。

 ロクシーさん、かなり頭の切れる人なんだけど美食に関してはちょっと欲望が抑えられないのかも。

 まぁ喜んでもらえたら私も嬉しいし、リクエストがあるなら受けましょうとギャリソンを送り込んだのだからちゃんと用意しますよ。

 

 そうだなぁ、いっその事、ドラゴンのステーキでも出してみようかしら。

 

「アルフィン様、流石にドラゴンの肉をお出しするのは控えた方が宜しいかと。バハルス帝国の戦力では下級のドラゴンですら討伐するのは困難でしょう。しかしイングウェンザー城に居る食用ドラゴンは赤身肉のフレイムドラゴンや霜降り肉のフロストドラゴンなどの属性付きのドラゴンだけでございますから、もしそれが知られてしまいますと、いろいろと不都合が生じるのではないかと愚考いたす次第です」

 

「えっ? ああ、そう、そうよね。あははっ冗談よ冗談。流石にドラゴンのステーキを出すなんて事はしないから安心して」

 

 危ない危ない、また心の声が口から出てたみたいね。

 この癖、直さないと・・・って、絶対今のは口に出してないよね。

 と言う事は心を読まれた?

 

 私は驚愕の表情でギャリソンの顔を凝視する。

 でも当のギャリソンは涼しい顔で、何かございましたか? なんて顔をしているんだ。

 

 むう、ギャリソン、恐ろしい子。

 

 そんなことを考えながらアルフィンは白目を作り、なぜか知っていた遥か昔に流行った漫画のキャラの物まねをするのだった。

 

 




 作中で伯爵の事をアルフィンは大貴族と考えているとありますが、一般的に爵位は騎士爵、準男爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵の7つです。
 しかし公爵は王族に血が連なるものしか受ける事ができない爵位ですから、伯爵は実質上から二番目の爵位なんですよ。
 間違いなく大貴族ですよね。


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116 伯爵は芸術がお好き

 

 

 何かをやっていると時間と言うものはあっと言う間に進む。

 それは時間単位だけの話ではなく日付単位でも同じ事が起こるようで、会場の準備や部隊の担当者、ロクシーさんのところの執事さんなどとの打ち合わせをしているうちに、あっと言う間に壮行会の日が来てしまった。

 

 

 

「アルフィン女王陛下、シャイナ様、お初にお目にかかります。イーノックカウを治めております、バハルス帝国伯爵、エーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセンでございます」

 

 そう言って私の前で片膝をついて傅き、頭を下げているのはこのイーノックカウを治めている貴族、フランセン伯爵だ。

 

 この人の場合、傅いていると言っても別にカロッサさんの時のように私を神格視していると言うわけではなく、他国の女王の前だと言う事で、礼儀として傅いているみたいね。

 ただ一つ問題があるのは、ここがイングウェンザー城の謁見の間ではなくイーノックカウの大使館の玄関の前だと言う事と、伯爵の横にロクシーさんがいると言う事だろう。

 

 あまり壮行会が始まる時間ぎりぎりでは顔合わせもできないから前もって昼食を共にしながらお互いの自己紹介をしましょうと、午前中にイングウェンザー大使館まで来てもらうと言う話になっていたので私とシャイナが二人が乗った馬車が到着するとの知らせを受けて玄関前で出迎えた所、馬車から降りてきた伯爵にこのように傅かれてしまったと言うわけだ。

 

 でもここの玄関って門の真正面だから、外から丸見えなのよね。

 そんなところで、この都市の領主が傅いているのって何か問題はないのかしら?

 

「アルフィン様、ごきげんよう。本日は我が国の国民の為に、この様な立派な会場をお貸し頂き、まことにありがとうございます」

 

 それに対してロクシーさんはいつものように立ったまま、笑顔で私たちに挨拶をしてくれた。

 この人は私がこういう仰々しい事をあまり好まないことを知っていてくれるから助かるわ。

 ただね、片や傅き、もう片方は普通に挨拶してくれているこの状況って、受けている方からするとどうしたいいのか解らない訳よ。

 

 いや、私だってロクシーさんはこれでいいと思うのよ。

 でも、ここまでかけ離れていると対処に困るから、どちらかと言うとフランセン伯爵を何とかしてから挨拶してくれると嬉しかったなぁなんてことも考えてしまうんだ。

 

「ようこそ、我がイングウェンザー大使館へ。歓迎しますわ」

 

 とりあえず挨拶だけはしなければと思い、二人にカーテシーをしながら歓迎の挨拶を。

 それからシャイナが挨拶するのを待ってフランセン伯爵に立ってもらえるよう、話そうと思っていたんだけど。

 

「ささ、アルフィン様、立ち話もなんですから中で話しましょう」

 

「えっ? でも」

 

「大丈夫、大丈夫ですから」

 

 そう言ってロクシーさんは、私の腕を引いて大使館の中へと引っ張って行ってしまった。

 でも流石にこれには私もびっくりして、ロクシーさんに思わず質問してしまう。

 

「ロクシー様、宜しいのですか? 確かに私の方が立場は上ですが、傅いている伯爵をあのまま放っておくのは流石に」

 

「いいの、いいの。あれは伯爵独特のポーズみたいなものだから」

 

 慌てて取り乱している私に対して、ロクシーさんは涼しい顔だ。

 

 かって知ったる他人の家ではないけど、すでに訪れた事がある上に元々ロクシーさんの執事の紹介で買った屋敷だから彼女はこの大使館の構造をしっかりと把握している。

 だからか、ロクシーさんは歩みを止めることなく大使館の廊下をどんどん進みながら話を続けた。

 

「アルフィン様、よく思い出してください。先日のパーティーでジルクニフ陛下が会場に姿を現した時、貴族たちはどうしていました? 陛下がアルフィン様にお声をかけた後もずっと傅いていましたか?」

 

 そしてこんな言葉を私に投げかけてきたから、私はあの時のことを必死に思い出す。

 いきなりの皇帝陛下の登場で頭が真っ白になったけど、まったく記憶に残っていない訳ではないからその時の事を思い出すと。

 

「そう言えばエル=ニクス陛下の御前ですのに、招待されていた貴族たちは傅いてはいませんでした」

 

「その通りです。謁見の間ならともかく、あのような場では最大の礼を尽くすのは入場の時のみで以降は普通にするものなのです。そしてそれは誰かの館に足を運ぶような場合、その館の主人が迎えるために玄関まで足を運んで下さった時は、たとえ自分より位が高い相手であったとしても同じ様に傅くのではなく、立って挨拶するのが普通ですのよ」

 

 なるほど、だから伯爵独特のポーズなのか。

 普通なら私が玄関で出迎えている時点で傅いて挨拶するのは本来ありえないことだから、私はそれに対して何かリアクションをする必要は無かったと言う事なのね。

 

 と、そこまで話したところで、ロクシーさんがある事に気が付いて少し慌てたような顔をする。

 

「ロクシー様、どうかなさいましたか?」

 

「シャイナ様は? もしかしてシャイナ様を置いて来てしまったのでしょうか?」

 

 手を引っ張られて大使館の中へと連れ込まれたのは私だけだし、他国の貴族を迎え入れたんだから私が抜けた以上シャイナが対応するのが当たり前だよね。

 でもロクシー様はそうは考えなかったみたい。

 

「わたくしとしたことが、うっかりいたしました。シャイナ様の挨拶を待って、一緒に引っ張ってくるべきでしたわ」

 

「いえ、流石に伯爵をそのまま玄関に放置する訳にはいきませんから」

 

 そう、苦笑しながらロクシーさんに答えたんだけど、彼女からはなんとそれを否定する言葉が帰って来た。

 

「いえ、シャイナ様を残したのはわたくしの失態です。出さなくてもいい犠牲者を出す事になってしまったのですから」

 

 

 ■

 

 

 私が挨拶をしようとすると、ロクシー様がアルフィンの腕を取ってさっさと大使館の中へと入って行ってしまった。

 あまりに突然の事に一瞬呆けてしまったけれど、このままと言うわけにはいかないよね。

 だって、目の前にはフランセン伯爵が傅いたままなんだから。

 

「シャイナです。ようこそ、歓迎しますわ」

 

 とりあえずカーテシーで傅いている伯爵に挨拶をする。

 ところがこの伯爵、挨拶が終わった後も傅いたままで、一向に立ち上がろうとしないのよね。

 

 これには困った。

 だって私は立場的にただの一貴族だし、他国の貴族に傅かれた状態でどう声を掛けていいのか解らないもの。

 これがアルフィンなら女王と言う立場だから、上から立ち上がるのを許しますなんて感じの言葉をかければいいのだろうけど、私がそんな言葉を発しても滑稽なだけだろう。

 

 こんな時は誰かに助けを求めるに限る。

 そしてこの様なときに頼りになるのは何と言ってもギャリソンだ。

 と言う訳で、軽く後ろを向いて彼を探したんだけど・・・いない!? もしかして・・・いや、もしかしなくてもアルフィンについて行ったんだろう。

 彼はアルフィンの家令と言う立場なのだから当たり前なんだろうけど、でもこの場面だけでも残って欲しかった。

 

 前に視線を戻せばそこには未だ傅く伯爵の姿。

 私は途方にくれるしかなかった。

 

 

 ■

 

 

「フランセン伯爵は悪い人ではないのですが何をするにも仰々しく、また文化芸術に目が無い人でして。他国の家具や装飾、絵画や美術品があるような場所ではその度に立ち止まってしばらく見入ると言う困った所があるのです」

 

 やれやれ困ったものだと言わんばかりに目を伏せ、こめかみに手を当てて頭を振るロクシーさん。

 その表情からはあの癖さえなければと言いたげな雰囲気が此方にまで伝わってきた。

 

「ここは都市国家イングウェンザーの大使館ですから、この館はアルフィン様の国の家具や装飾品で溢れているのでしょう? あの伯爵がそのようなものを前にして素通りできるはずがありませんもの。ですからわたくしは強引にアルフィン様を引っ張って館に入ったのですが・・・申し訳ありません、シャイナ様の事まで気が回りませんでした。本来ならばわたくしの執事に案内を任せるつもりだったのですが」

 

「まぁ。芸術や文化にお詳しいとは聞いていましたけれど、そこまでとは思いませんでしたわ」

 

 う~ん、ちょっとした困ったちゃんなわけね。

 でもそうなるとシャイナを置いてきたのは確かに失敗だったかも。

 私なら何とか対処できたかもしれないけど、シャイナの場合はそっち方面は本当に疎いからなぁ。

 

「でもギャリソンも残っているでしょうから、大丈夫でしょう」

 

「申し訳ありません、アルフィン様。来客をおもてなしする補佐をしなければと思い、此方に同行してしまいました」

 

 わっ!?

 てっきり残っているものと思っていたギャリソンに、後ろから声をかけられてびっくり。

 さっきまで足音もしなかったし、気配も無かったわよね? 多分ロクシーさんとの会話を邪魔しないようにと言う配慮なんだろうけど、忍者じゃないんだからそういう事はやめるように。

 

 まぁ、でも今更そんな事を言っても始まらないわね。

 

「ギャリソン、シャイナではフランセン伯爵に質問されても答えられないでしょう。ここはいいから、シャイナの手助けをしてきてちょうだい。いえ、それよりもシャイナには私が呼んでいるからと此方に来て貰った方がいいわね。ギャリソン、伯爵のお相手はあなたとロクシー様の執事に任せます。いいですね」

 

「畏まりました。アルフィン様」

 

 ギャリソンはそう言うと、私とロクシーさんに一度頭を下げてから、来た廊下を引き返していった。

 うん、これでシャイナに関しては多分大丈夫だろう。

 私が思いつく限りで、ギャリソンは一番頼りになる助っ人だからね。

 

「ではロクシー様、伯爵が来ない事には昼食を取る事も会場の下見をする事もできませんし、控え室でお茶でも頂きながら待つことにしませんか?」

 

「そうですわね、アルフィン様」

 

 私たちはそのまま、廊下を進んで行くのだった。

 

 

 ■

 

 

「伯爵、アルフィン様もロクシー様と共に大使館の中にお入りになられました。それに伯爵が何時までもそのように傅かれていてはシャイナ様もお困りになられます。ここは一度立ち上がり、シャイナ様とのご挨拶をしてから我々もアルフィン様の後を追うべきでしょう」

 

 私が途方にくれているところで、助け舟を出してくれたのはロクシー様のところの執事さん。

 流石に有能だねぇ、私ではどうしたらいいのかまるで解らない場面をうまくとりなしてくれたよ。

 

「おお、美しい女性を困らせるのは私にとっても本位ではありません」

 

 そしてその言葉を受け、フランセン伯爵はそう言いながら立ち上がってくれた。

 よかった、これでやっとこの居た堪れない空間から開放されるよ。

 

「改めまして、バハルス帝国皇帝から伯爵の位を頂いている、エーヴァウト・ラウ・ステフ・フランセンです。以後お見知りおきを」

 

「都市国家イングウェンザー6貴族、シャイナです。本日はようこそ。歓迎いたしますわ」

 

 改めて挨拶をされたので、私はカーテシーをして改めて自己紹介と歓迎の意を示す。

 そしてそれから。

 

「それではフランセン伯爵様、どうぞ中へ」

 

「はい、それではお邪魔させていただく」

 

 やっと私は伯爵を先導するように、大使館の中へと歩を進めることができた。

 

 ところが、である。

 

「おお、これは凄い」

 

 この伯爵、困った事に新たな装飾品や家具を見つけては、その度にその場所に飛んで行って絶賛するのよね。

 

 最初は玄関エントランスの中央にぶら下がっているシャンデリアだったわ。

 

 ここには買った当初、少し派手すぎる印象のシャンデリアがぶら下がっていたんだけど、天井絵とか壁の彫刻を考えると絨毯とシャンデリアはあまり派手で無い方がいいだろうと、アルフィンがデザインしたものに取り替えたのよね。

 

 だから絨毯は上質でクッション性はいいものの、ワインレッド一色の落ち着いたものになっているからこの伯爵も特に目を引かれなかったようだけど、シャンデリアはこの国にはないデザインだからと大層気になったらしく、少し離れて見物したり、真下まで行って見上げてみたり、中央階段から2階に上がって真横から見たりと色々な角度からシャンデリアを見て回ったりしていたのよ。

 

 まぁこの時は私も、この伯爵は異国のシャンデリアに興味があるんだなぁくらいにしか思っていなかったんだけど、それが間違いだとすぐに思い知ったわ。

 だって彼、二階に上がってシャンデリアを見た時に何かを見つけたような顔をして、階段を駆け下りてきたんですもの。

 

 それで、彼が見つけたのは通路近くに花を生けてあった花瓶。

 これも当然イングウェンザー城から運んできたもので、買った当時のこの館には無かったものだ。

 それを興味深く観察し、そして絶賛する姿を見て。

 

 ああ、これはあれだ。めんどくさいタイプの人だ。

 

 そう気付かされた。

 

 そしてそれ以降は最初の通り、都市国家イングウェンザー製のものを見つけてはその度にそちらに吸い寄せられるから、実の所私たちは玄関エントランスからまだ通路に出る事さえできないでいた。

 

 う~ん、どうしよう? このままだとロクシー様をお待たせする事になりそうだし。

 マスターならうまい事やっているだろうけど、それにも限度があるだろうからなぁ。

 そう思いながらロクシー様の執事さんに目を向ける。

 

 彼なら何とかしてくれるのではないかと言う期待を籠めた視線だったんだけど、彼はどうやら伯爵のこの様な行動には慣れているらしく、特に口を挟む気はないご様子。

 もしかするといつもこの様なことがあるけど、ある程度堪能したら職務に戻るのだろうか? それならば堪能しきるまで待っていると言うのも納得できるのだけど。

 

「この先の廊下とかにも、イングウェンザー製の家具や絵画、美術品が並んでいるんだよなぁ」

 

 何せここは大使館だから来客を想定し、結構気合を入れて用意された調度品で固められているのよね。

 おまけに今日は壮行会と言う事で、普段は飾っていない絵画とかまでかけられているから、この伯爵様の目を引くものには事欠かない状態なんだよね。

 

 これ、ちょっと不味いんじゃない?

 

 どうにかして引っ張っていけないものだろうか? でもなぁ、初対面な上に相手は伯爵、位的には大貴族と言える部類の人だから力ずくで引きずって行く訳にも行かないし。

 

 と、私がそんな事に頭を悩ましていると。

 

「シャイナ様、このエントランスの魔法の明かりが取り付けられている台座なのですが、一つ一つ違ったデザインで作られていますよね? これには何か意図があるのでしょうか?」

 

 なんとフランセン伯爵が調度品の説明を私に求めてきたのよ。

 

 入り口エントランスの総合プロデュースをしたのはマスターだし、リアルの本職がデザイナーであるマスターがあえてそうしたのであればきっと意味があるんだと思う。

 でも、そんな事を私に聞かれても解るはずないじゃない! ああアルフィン助けて、マスターにこのピンチを伝えて!

 

 そんな私の心の声が伝わった訳ではないのだろうけど、ここで救世主が現れた。

 

「その台座はアルフィン様がイングウェンザー本国の神話に基づいて、12の星座を元にデザインされたと聞き及んでおります。すなわちこのエントランスを世界に見立てたとすると昼は天窓から太陽の光が、そして夜はこの魔法のランプが星明りの代わりとなって地上を照らす。そのような意図が籠められているのではないかと私は考えております」

 

「おお、なるほど! そのような深い意図があったとは」

 

 突如現れたギャリソンの説明によって、深く感心するフランセン伯爵。

 いやぁナイスタイミングだよギャリソン、本当に助かったわ。

 

 でもそうか、このランプってそんな意図があったのね。

 道理で動物とか虫とか、変なものを模っていると思ったわ。

 

「シャイナ様、アルフィン様が御呼びです。フランセン伯爵様は私とロクシー様の執事殿がご案内するように申し付かっていますから、シャイナ様は控え室の方へお急ぎを」

 

「解りました。フランセン伯爵、女王から召還の令が来てしまいました。ここからの案内はこのギャリソンがいたしますので、私はこれで」

 

「女王陛下からのお言葉では仕方がありませんな。私はこの家令殿の案内でゆっくりと参りますからお気になさらず。ではまた後ほど」

 

「はい、失礼いたします」

 

 私はこうして、やっとこの伯爵から解放されたのだった。

 

 

 ■

 

 

 私たち3人はロクシー様の提案でさっさと昼食を済ませ、それどころか小腹が空いたからと、おやつにスコーンと紅茶まで頂いていた。

 

「まだ調度品を御覧になられているのでしょうか?」

 

「フランセン伯爵のことですから、そうなのでしょう」

 

「しかし、もう3時を超えていますよ。昼食も取らずに見続けるものでしょうか?」

 

「あの伯爵なら食事も忘れてギャリソンに質問している姿が、私には簡単に想像できるわよ」

 

 それ程の時間が経っているにもかかわらず、伯爵は一向に姿を現さない。

 そんな訳でこんな事を話しながら、おなかは空かないのかしら? なんて私が考えていると。

 

 コンコンコンコン。

 

 ドアをノックする音が、控え室に響いた。

 

「どうやらお見えになられたようですね」

 

 やっと伯爵が到着したのだろうと思い、ドア横に控えているメイドに合図をして来客を招きいれてもらう。

 ところが、ドアをくぐって控え室に入ってきたのは私たちが想像している人物ではなかった。

 

「アルフィン様、シャイナ様、ロクシー様、本日はお忙しい中、壮行会に時間を割いていただき、ありがとうございます」

 

「あら、ライスターさん。それにヨアキムさんも。もういらっしゃったのですか?」

 

 そう、入ってきたのはイーノックカウ駐留軍のフリッツ・ゲルト・ライスターとその部下、ヨアキム・クスターの二人。

 どうやら早めに会場入りしたから、挨拶の為に此方に顔を出してくれたみたいね。

 

「はい。私の隊はアルフィン様やシャイナ様に懇意にさせていただけていると言う事で、ご挨拶に参りました。しかし、領主様は相変わらずのようですね」

 

「ここへ来る途中、絵画を眺めながらギャリソンさんから詳しい説明を受けておられましたよ」

 

 どうやら未だ彼は廊下で調度品を眺めているようだ。

 

 

 しばらく談笑した後、ライスターさんたちを見送り、そのあとも待ち続けること1時間ほど。

 流石にもうそろそろ準備をしなければいけないという時間になって、ようやくフランセン伯爵は私たちの前に姿を現した。

 

「申し訳ありません。まさかこれほど時間が経っているとは思わず」

 

 それも入り口に立って小さくなり、反省仕切りという顔でひたすら謝罪を繰り返しながら。

 

 かなりの時間を待たされたとは言え流石にここまで低姿勢で謝られると怒るわけにも行かず、私とシャイナ、ロクシー様は苦笑いを浮かべながらフランセン伯爵を控え室に迎え入れるのだった。

 





 善人なんだけど、かなり困った所のある伯爵のお話でした。


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117 壮行会

 フランセン伯爵が控え室に現れるのが遅れたから会場の下見などはできなかったけど、ロクシーさんとの打ち合わせはすでに済んでいたから伯爵との軽い打ち合わせだけをして、私とシャイナは衣裳部屋へと移動した。

 と言うのも今、私たちが着ているドレスはロクシーさんたちを迎え入れるためのものでパーティーに出席する為のものではなかったし、化粧やヘアメイクも同様に普段のものだったからね。

 

 この館へ来るまでにばっちりとヘアメイクやドレスアップをしているロクシーさんはちょっとした化粧直し程度で済むから控え室でもできるだろうけど、私たちはそんな訳にはいかないから一度退室したと言うわけだ。

 

 衣裳部屋に行くと、そこで待っていたのはイングウェンザーの地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長であるセルニアだ。

 今日は予めどのドレスを着てどのアクセサリーを身につけるか、後どのようなメイクをしてヘアスタイルはどんなコンセプトにするかまできっちり決められているから別にセルニアである必要はないんだけど、私としてはやっぱり彼女にやってもらった方が安心するし立場上私の身の回りに関しては自分でやらないととセルニアも思っているようなので来て貰ったというわけ。

 

「店長、今日もお願いね」

 

「はい、アルフィン様。予定よりも遅れているので早速御着替えを。それが終わり次第、ドレッサーの前へと移動してください。私がメイクを担当している間に、この者がヘアメイクを担当いたしますので」

 

 私はセルニアにそう指示されるとそのまま着せ替え人形のごとく、数人のメイドたちの手によってドレスを着せられることに。

 そしてそれが終わると今度は体に白い布をポンチョを着ているかのように巻きつけられた。

 これは折角来たドレスが化粧をする際、普段ならドレスを着る前に予め済ませておくはずの化粧落しと、新たに塗るファンデーションなどのベースメイクをする際に汚れないようにする為だ。

 

 今回は時間が押してしまっているので全ての行程を同時進行で進めなければいけないから、こんなてるてる坊主のような格好になっていると言うわけなのよ。

 

 鏡越しに横を見ると、シャイナも同じ様にてるてる坊主状態で座っていたので二人で苦笑い。

 けして他人には見せられない姿よね。

 

 でも、そんな中でも準備は着々と進み、普段なら1時間近くかけるパーティーへの参加準備をセルニアたちは30分ちょっとで全て終わらせてしまった。

 いやぁ、うちのパーティー業務部は本当に優秀よね、惚れ惚れとするわ。

 

「ありがとう、セルニア。他のみんなもご苦労様」

 

「見事な手際だったわ。店長、みんなを労っておいてね」

 

 私とシャイナは衣裳部屋にいる子たちに笑顔でそう伝えると外に出て、衣裳部屋の横にある控え室で待機していたギャリソンと合流して控え室へと足を向けた。

 途中、ギャリソンからメイン会場の準備やセレモニーが終わった後の食事、それに早めに到着したイーノックカウの名士たちやこの都市で役職を持っている貴族たちを応接用に準備しておいた部屋に通してノンアルコールのウェルカムドリンクで持て成しているなど、今のところ特に大きな問題も起こらず準備が進んでいると言う報告を聞いて心安らかな状態でロクシーさんの待つ控え室へと到着することができた。

 

 

 

 そしてそれから1時間ほど経過した頃。

 

 コンコンコンコン。

 カチャ。

 

 軽快なノックの音の後、ロクシーさんの執事が扉を開けて部屋に入ってきた。

 そして私たちのそばまで歩を進めると一礼。

 

「アルフィン様、シャイナ様、ロクシー様。パーティーの準備が整ったようですので、会場まで足をお運びください」

 

「解りました。ではロクシー様、参りましょう」

 

「ええ」

 

 こうして私たちはメインパーティー会場へ。

 そして扉は開け放たれているものの、カーテンで仕切られている入り口の前へと通された。

 

「都市国家イングウェンザー女王アルフィン様、都市国家イングウェンザー侯爵、騎士団長シャイナ様、バハルス帝国ロクシー様、ご入場です」

 

 この儀典官の声と共に、カーテンが開かれる。

 

 あっ、シャイナの説明で侯爵と言うのがあったけど、これは便宜上つけたものなのよ。

 だって前もってバハルス帝国の儀典局から、イングウェンザー6貴族ではこの国の貴族たちにどれくらい位が上なのか、うまく伝わらないと言われたからなのよね。

 

 だからロクシーさんと相談して、これからはバハルス帝国内でのパーティーに出席する時はシャイナたちの事を侯爵と言う、この国でも解りやすい爵位で表現する事にしたってわけ。

 それでその話をシャイナにしたら、私はイングウェンザーの騎士団長のつもりなんだけど、その称号は付けてくれないの? なんていうもんだから、急遽そちらもつけることになったのよ。

 

 ただ、シャイナがどうせだから当日も鎧姿で出ようかな? なんて言い出したもんだから念のためロクシーさんとライスターさんに聞いてみたところ、それだけはやめて欲しいと全力で止められてしまった。

 今回の私たちは来賓として兵たちを送り出す立場なんだから武力を誇示するような格好は困るし、何よりシャイナは私同様数少ない花の役割でもあるのだからって。

 まぁ確かにパーティーじゃないんだから参加する貴族の人たちもご令嬢を連れてくるとは思えないし、それはそれで仕方ないか。

 

 

 閑話休題

 

 

 カーテンが開くと、そこにはすでに送られる側と送り出す側の兵士たち、それに来賓の貴族や町の名士、そして主催であるフランセン伯爵までがそれぞれの席についていた。

 どうやら私たちが最後の入場みたいね。

 

 そう言えば立場的に言うと今回の参加者で一番位が上なのは女王の私、ついで侯爵位のシャイナ、そしてフランセン伯爵なんだっけ。

 ロクシーさんは立場的には貴族ではないからこの順位には入らないけど、バハルス帝国内での発言力で考えれば伯爵なんかよりずっと上だろうから、最後の入場になるのは当たり前か。

 

 私たちは会場内の人たちの視線を一手に集めて、静々と予め決められている自分たちの席へと向かう。

 この時、広間の方からは所々からため息のようなものが聞こえては来たけれど、ここにいるのが皆職業軍人たちなだけあって声に出す人は居ないみたい。

 ただ、壇上の来賓席の方からは感嘆の声が少しだけ聞こえてきたのが対照的で少し面白かった。

 

 そして、私たちが席についたところでセレモニーが始まる。

 儀典官の仕切りの元、伯爵からの言葉や来賓からの激励の言葉、そして最後に私が言葉を送る事で退屈な偉い人からの一言コーナーは終了。

 その後は実際に戦場に向かう人たちが壇上に並んだ。

 と言っても全員が並ぶ訳じゃなくて、部隊を仕切る小隊長とその副官、そして9人を一組とする分隊の隊長とその副官が並ぶだけなんだけどね。

 

 ただ、その壇上に並んだ人の中に私の見知った人がいたのには少し驚いたわ。

 なんとライスターさんの部隊の副隊長であるヨアキム・クスターさんが分隊の隊長として参加していたんですもの。

 

 どういう事なんだろう? って思うけど、ここで口に出す訳にはいかないから二次会が始まってからでも聞く事にしようと心に決めて、ここではスルー。

 壇上に上がった人たちが儀典官からそれぞれ命令書を受け取って自分の分隊の前に戻って行き、最後に小隊長がフランセン伯爵から直接命令書を受け取って、

 

「イーノックカウ駐留部隊の名を汚さぬよう、バハルス帝国皇帝のために頑張ってまいります」

 

 と、伯爵に向かって帝国式敬礼をしながら宣言をして、このセレモニーは終わった。

 

 後で聞いた話なんだけど、この小隊長さんって貴族の三男なんだそうな。

 大都市と言っていいほどの規模ではあるものの、所詮は地方の衛星都市だからそれほど役職があるわけでもないから貴族の中でも低位の貴族の三男以降は軍人になる事が多いらしい。

 でも、いざなって見たのはいいけど魔物が多くいる土地でもないし、敵国も近くにないから手柄を立てる機会も無くて出世する機会がないから、今回の遠征の小隊長の座をめぐって色々と貴族間の暗躍があったみたいなんだ。

 

 と言う事は、あの小隊長さんはその手の裏工作がうまい人と言う事なのかな? でもまぁ、貴族内での立ち回りと戦場での立ち回りはまったく違うものだから、小隊長になれたからと言って手柄を立てられるとも限らない。

 まぁ、今回は補給部隊としての参加だから、余計な欲を出して変な動きさえしなければ実績にはなるみたいだから、選ばれただけで彼からしたらもう成功したと言う事なのかもしれないけどね。

 

 

 

 さて、私たちが退場しない事にはメイン会場を兵士たちの二次会場に変更できないから、さっさと移動することにする。

 儀典官たちの誘導で入場時とは逆に私たちが一番最初に退場、そのまま貴族や名士たち用の第2会場へと移動した。

 

 当初は椅子とテーブルを用意して会食会を行おうと考えていたんだけど、兵士たちの二次会を立食にするのなら料理の関係上、全部の会場を立食にした方がいいと言う意見が出たので、此方も基本は立食形式になっている。

 とは言っても一部の人には席とサイドテーブルが用意されているんだけどね。

 

 なぜならあまり移動されてしまうと他の人たちが困るような人、代表的なのは貴族たちからの挨拶が殺到するであろうロクシーさんや私なんだけど、この様な人たちにはなるべく一箇所にとどまってもらった方が警備するほうも、挨拶をしに来る人も助かるので席が用意されているのよ。

 

 それとイーノックカウに幾つかある大商会の頭取みたいな名士の人たちの中には結構なお年を召した人もいるから、この様なずっと立っているのが困難な人たちにも予め席が用意されていた。

 

 と言う訳で私とシャイナ、そしてロクシー様は第2会場奥の壁際中央に置かれた椅子へと移動。

 そこで全員がそろうのを待ってから、改めてフランセン伯爵の短い挨拶と共に食事が始まった。

 

 

 

 なんと言うかなぁ、そこからしばらくは大変だった。

 だって、本当に引っ切り無しに人が挨拶に来るんですもの。

 

 ロクシー様はなれているからなのか余裕を持って会話をしているんだけど、私とシャイナはこれだけの人に挨拶されるなんて事、今までに経験した事がないから本当に大変だったわ。

 思えば前回、ロクシー様のパーティーにお邪魔した時は皇帝陛下がいたからこれほど人が殺到しなかっただけで、そうじゃなかったら今日と同じ様な状態になっていたのかもしれないわね。

 

 結局最初の1時間ほどは挨拶だけで終わってしまった。

 と言うかロクシーさんが、

 

「皆さま、アルフィン様はまだお若く、社交の場に出られてからそれ程たっていないので、そのように矢継ぎ早に挨拶に来られてしまっては疲れてしまいますわ。これからもパーティーなどでお会いする機会はあるのですから、今日のところはこれくらいで開放して差し上げて」

 

 と言ってくれなければ、もしかすると最後まであのような状況が続いたかも。

 まったく、中央にコネがあるわけでもない私なんかに何故あれほど挨拶をしたがるのか不思議でならないわ。

 特にギルドや商会の人たちは、私に挨拶した所で特に利益になりそうな事はないと思うんだけど、何故先を競って挨拶をしに来たがるのかしら?

 

 そんな疑問が今回も顔に出ていたのだろう、相変わらずの読心術と見まごうまでの人を見抜く力を発揮してロクシーさんが私に答えを教えてくれた。

 

「アルフィン様、イーノックカウではすでに都市国家イングウェンザーの情報がかなり広まっておりますのよ。先日のパーティーでのお菓子もそうですが、まるん様がお持ちになられた宝石や希少金属などは商会の者からすれば興味を持つなと言うほうが無理でしょう。それに」

 

 そう言うとロクシーさんはロゼの甘いスパークリングワインを、うっとりとした目で見ながら、

 

「このスパクリンのような美しく今までに味わった事がない美酒を幾種類も今日この場で口にしたのですから、その価値を正確に計る事ができる者からすれば、アルフィン様はまさに黄金を齎す女神にも等しい存在に思えているのでしょう」

 

 なんて事をのたまった。

 

 なるほど、彼らからすれば私は商材の塊と言うわけか。

 それならば殺到するのも解る気がするわ。

 

 

 そんな事を話していると、今まで貴族や町の名士がいるために声をかける事ができなかったのであろう、顔見知りが私の元へとやってきた。

 ライスターさんとヨアキムさん、そして初めて見る顔だけど、先程壇上でヨアキムさんの副官と紹介されていた少年の3人だ。

 

「アルフィン様。改めまして本日は我が国の兵士の壮行会の為に、ありがとうございます」

 

「どういたしまして。私としても色々な方とご挨拶できて有意義な時間を過ごせているのですから、改めてお礼を言ってもらうほどのことではありませんよ」

 

 私はライスターさんのお礼の言葉に、そう微笑みながら返答する。

 私と繋がりがあると言う事で壮行会の準備期間中、連絡役を担っていたからその締めくくりとして挨拶にきてくれたのかな? なら丁度よかったわ、聞きたい事と話したい事があったもの。

 

「ところでヨアキムさんはライスターさんの部隊の副隊長ですよね? なのに何故今回はライスターさんではなくあなたが分隊の隊長に?」

 

「それは隊長が騎士の称号をお持ちだからです」

 

 ヨアキムさんの話によると、ライスターさんの騎士と言う称号は貴族ではないものの平民と同列には置かれない程度には位が上らしいの。

 それが今回の任務である補給部隊の分隊長としては問題があるらしいのよ。

 

 と言うのも補給部隊は色々な所に物資を運ぶことになるんだけど、その場合相手の部隊にとって運用しやすい場所に物資を置かないといけないから当然場所を指示してもらう必要がある。

 でも此方の分隊長が騎士だった場合、相手もそれと同等以上の身分がないと指示が出せないから、部隊によっては物資が運ばれるたびにその隊の上官を呼ばないといけないなんて事になりかねないらしいのよ。

 

 そういう理由でライスターさんじゃなく、その副官のヨアキムさんが選ばれたと言うわけ。

 

「なるほど、身分が作戦の邪魔になるなんて事もあるのですね」

 

「はい。その点私ならば問題が無く、またライスター隊で副隊長を勤めている実績から分隊を任せてもいいだろうと言う判断で抜擢されました」

 

 確かに分隊単位とは言え、組織立った行動を常に指揮している人の方が隊長をやらせるには安心できるからこの配置は適格だと思うわ。

 

 ところで。

 

「そちらの方は、紹介してくださらないのかしら?」

 

 私はライスターさんたちと一緒に来た少年の事を尋ねてみる。

 多分この少年を私に紹介すると言うのも私の元を訪ねて来た理由の一つだと思ったからね。

 

「申し遅れました。バハルス帝国イーノックカウ駐留軍所属、ライスター独立小隊のユリウス・ティッカです。よろしくお願いします」

 

「元気な兵隊さんですね。覚えて置きます」

 

 一兵士だけど、わざわざ連れてくるくらいだから将来有望な子なんだろうね。

 これから先、接点があるかも知れないから覚えておく事にしよう。

 

「ところでわざわざ顔見知りが戦場に赴くのですから、私からも何か選別を渡した方がいいかしら」

 

「いえ、そのような。お言葉だけ頂いておきます」

 

 う~ん、折角知り合いがこの戦争に参加するのなら頼みたいことがあるのよねぇ。

 だからここは押し切って行くことにする。

 

「別にたいした物でもないから受け取って。と言っても、今持っているわけではないから後程ね。この壮行会はライスターさんが担当しているようですから、終了後もある程度の時間まで残っているのでしょう?」

 

「はい、来賓の方や部隊がこの大使館から撤収し終わるのを確認するまでは残るつもりです」

 

「そう。それなら」

 

 私はいつもの定位置である左斜め後ろに控えている、ギャリソンの方に振り返る。 

 

「ギャリソン、後でメイドたちにライスターさんたちが声を掛けたら私のところまで案内するようにと伝えておいて頂戴」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 そう返事したギャリソンに満足そうな笑顔を作って頷いた後、ライスターさんたちの方へと向き直った。

 

「帰る時にでも近くのメイドに一言伝えてくれればいいわ。そうすれば私のところまで案内してくれるから」

 

「ご手配、ありがとうございます」

 

 こうしてライスターさんたちが立ち去った後、千客万来で後回しになっていたこの世界のシェフたちが作った料理を試食したり、ロクシーさん用にと特別に用意してあった取って置きのカニ料理を振舞ったりしているうちに、壮行会の夜は更けていくのであった。

 




 壮行会が終わりました。
 これから戦場へ向かう彼らは、この先にどんなことが待っているのかを知りません。
 全員無事には帰ってこられるのですが・・・。

 来週ですが、ゴールデンウィーク中は殆ど家にいないので書く時間が有りません。
 なので1週休ませていただきます。
 次回の更新は13日になります。


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118 ヨアキムへの依頼

 

 

 壮行会後の立食パーティーが終了してロクシーさんを玄関までお見送りした後、私とシャイナは執務室に引っ込んで寛いでいた。

 

 これが私たち主催のパーティーなら他の来賓の人たちも見送らなければいけないのだろうけど、今回の主催はあくまでフランセン伯爵でありバハルス帝国軍なのだから、それを強調する為にも目立つ私たちは遠慮したと言う訳だ。

 

 それで私たちが執務室に入ってから1時間半ほど経った頃。

 

 コンコンコンコン。

 

 ノックの音の後、この大使館に配属されているメイドの一人が部屋に入ってきて一礼した。

 

「アルフィン様、ライスター様、ヨアキム様の両名がお見えになりました」

 

「あら、意外と早かったのね」

 

 私たちが居た第2会場は地位が高い人たちばかりだったので、そこにいる人たちが帰らなければ他の会場の人たちは帰ることができない。

 そしてその第2会場内でも一番最初にこの大使館を去ったのはロクシーさんだから、彼らがここに姿を見せたと言う事はたった1時間半ですべての人が帰ったと言う事だ。

 

 正直言って結構な人数がいたから私はこの倍は時間が掛かると思っていたんだけど、これだけ短時間で退館が完了するなんて流石は軍人さん、団体行動はお手の物って事なんだろうね。

 

「アルフィン」

 

 おっと、ぼ~としている場合じゃなかったわね。

 

「うん、解ってるわ。マス・キュア・ポイズン」

 

 私は範囲化した解毒の魔法で、自分たちがパーティーで飲んだお酒を消し去った。

 ちょっともったいない気もするけど、これから色々と話さなければいけないのにお酒の匂いをさせたままだとしまらないもの。

 

「これでよしっと。いいわ、お通しして」

 

「畏まりました」

 

 メイドはそう言ってから一礼して退室。

 

「此方でございます」

 

「ありがとう。失礼いたします」

 

「失礼いたします」

 

 そして3分程後に、二人を連れて戻って来た。

 

 パーティーから時間が経っているとは言え今日はすでに顔を合わせているのだから、私は挨拶を省いていきなり思っていたことを口にする。

 

「皆様、思ったよりも早くお帰りになられたのですね」

 

「はい。来賓の方々がお帰りになられた後は部隊毎に一度纏まって、第1部隊から順に撤収いたしましたから」

 

「あら、軍人さんはこんな場でも部隊で行動するのですね」

 

 軍人だから団体行動はお手の物だろうなんて考えてはいたけど、まさか部隊での行動までしているとは思わなかったわ。

 でもまぁ今日はかなりの人数が参加していたから、その方が混乱が無くていいと言うことなのかもしれないわね。

 

「なるほどねぇ。部隊と言えばティッカ君は一緒じゃないの?」

 

「壮行会の運営とは関係ないですし、彼は今回が初めての出征ですから家族も心配でしょう。出発するまでは少しでも一緒にいたいと思うでしょうから、うちの隊の者と一緒に帰らせました。」

 

 シャイナの問い掛けにライスターさんはそう答えた。

 確かに戦争に行くと言うのは、野盗を退治に行ったり街道を警備したりするのとは全然違うから、いくら安全な後方の補給部隊と言っても家族が心配するのは当然よね。

 

「特に彼は我が部隊では数少ない冒険者上がりではない隊員ですから、普段の作戦行動中も後方支援が中心で戦闘に参加する事はほとんどありません。ですから、後方とは言え戦場に行くというだけで緊張状態にあると思うんですよ。しかし、そんな状況でずっと居ては精神が参ってしまいますからね。家族と一緒に居ることで、少しでもリラックスできればと」

 

 こう語るのはヨアキムさん。

 この人はこういう気の使い方ができる人だから、私も後方の補給部隊の分隊長と言う役割は適任だと思うわ。

 そんな事を思いながら、その心遣いに感心していると。

 

「後方支援中心の隊員だからと自分の分隊の副官に引っ張ったんだから、ヨアキムがナーバスになりかけている彼を気にするのは当然なんですけどね」

 

 と、ライスターさんがあっさり内情をばらしてくれた。

 なるほど、そんな事情もあったのか。

 確かに自分が戦いになれていない若者を戦場に連れ出したのなら、気を配るのは当然よね。

 感心して損したわ。

 

 まぁこの話はもういいや、本題に入ろう。

 

「ヨアキムさん、今回は後方での補給がお仕事だとお聞きしましたが、あなたの分隊が行動するのは戦場から遠く離れた場所なのですか?」

 

「いえ、それ程遠く離れてしまっては前線に物資が足りなくなった時に対処できません。ですから戦闘が始まってからは戦場となるカッツェ平野にある砦か、その前に作られている人工の丘の上のように、前線からの合図が確認しやすい場所で待機する事になると思います」

 

 へぇ、毎年戦争すると言うだけあって砦まであるのか、なんか私が想像していた戦争とは少し違うなぁ。

 なんとなく何もない平原で両軍がぶつかり合うようなイメージだったんだけど、そんな前線基地みたいなものまであるんだね。

 でも、ある程度高い場所から見下ろさないと大軍の指揮なんてできないだろうし、高台や、それが無ければ砦を作ってそこから司令部が戦場を全体を見るなんていうのは当たり前か。

 

「なるほど。ならヨアキムさんは後方の戦場の状況がある程度解るような場所に配置されるのですね。それならば丁度良かったわ」

 

「丁度よかった、と申されますと?」

 

 なんとなく勢いでそう口が滑ってしまったけど、どうやって切り出そうかと迷ってもいたから結果オーライか。

 今更取り繕っても仕方がないから、私からのお願い事をヨアキムさんに伝えることにする。

 

「実は今回の戦争の事で、ひとつ気になっている事があるのです。それは何故今回に限り、これ程大規模な動因がなされているのかと言う事。このイーノックカウから毎年行われている戦争に兵が送られるのは、これが初めてなのでしょう?」

 

「ええ。ですがそれに関しては、新たに創設された辺境候と言う貴族位に叙爵されたアインズ・ウール・ゴウン様を歓迎する為と聞き及んでおります」

 

「それは知っています。しかし私が集めた情報では、そのゴウン様の事をよくご存知な方が誰一人いないのです。ロクシー様ですらご存じなかったのですよ。これは少しおかしくはないですか?」

 

 私にそう言われて、ライスターさんもヨアキムさんも難しそうな顔になる。

 この表情からすると、この情報はライスターさんたちも知らなかったのかもしれないわね。

 

 ならば好都合、これなら私の考えを理解してもらえれば余計なことを話さなくても協力してくれるかもしれないわ。

 

「私が得た情報で解ったのは、ゴウン様は偉大な魔法使いであり、皇帝エル=ニクス陛下がご自身の友であると評していることのみです。では陛下は何時ゴウン様と知り合われたのでしょうか? これはロクシー様が知らないのですからきっと疎開でこのイーノックカウに移られた後でしょうね。そしてゴウン様が叙爵されたのは皇帝陛下がこのイーノックカウに訪れた直前です。こんな短期間で陛下と知り合い、友人になった上に侯爵をも上回る辺境候と言う地位にお着きになられたゴウン様と言う方は、どのような魔法使いなのでしょうね」

 

「アルフィン様、あなたは皇帝陛下が辺境候に操られていると?」

 

「そんな事はありえません。陛下は精神支配を防ぐマジックアイテムを常に身につけておいでですから、たとえフールーダ様であってもそのような事はできないでしょうし、フールーダ様ができない事ならば他の誰にもできないと言う事ですから」

 

 ライスターさんの疑問をヨアキムさんが、すかさず否定した。

 

 へぇ、そんなマジックアイテムを身につけてたんだ。

 なるほど、前にカロッサさんたちが言っていた陛下が持っている国宝級のマジックアイテムってこれの事なのね。

 まぁ、そんなものを持っていてもこの世界で作られたものなら”あの”アインズ・ウール・ゴウン所属の魔法使いならどうにかしそうだけど、それを言うとややこしくなるから話をあわせて、他の可能性に話を持っていくとしよう。

 

「そうなのですか。ならば操られているという事はないのでしょう。では何故この様な事が起こり得たのか。私はこう思うのです。ゴウン様が想像を絶するほどの力を持ったマジックキャスターなのではないかと」

 

「アルフィン様が想像を絶するとお考えになっているという事は、アインズ・ウール・ゴウン辺境候はもしやアルフィン様の国があるという大陸の者?」

 

 おっと、ちょっと突っ込みすぎたみたいね。

 少しブレーキを踏まないと私の正体にまで話が行きそうだから、ここは否定して話の方向を修正しないと。

 

「いえ私の国周辺では、そのような名前のマジックキャスターの話を聞いた事がありません。偽名を名乗っているというのなら話は別ですかが、これが本名ならバハルス帝国のような大国の中枢にすんなり入り込めるほどの力を持ったマジックキャスターの名前ですから、城にいる誰かしらが噂くらいは聞いた事があるはずでしょう?」

 

「なるほど、アルフィン様でもご存じないと言う事は大陸中央から流れてきた者なのかもしれません。あなた様の母国周辺のように、我々が知らない場所に強力な力を持った者がいたのかもしれませんから」

 

 中央かぁ、確かに私が知らないだけで、この世界にはもっと強い人がいてもおかしくないのかもね。

 

 それはともかく、とりあえず話の修正は成功したかな? じゃあ、本題に入るとしますか。

 

「そうかも知れませんね。ただ、ゴウン様は今のところバハルス帝国と友好的な立場にいるようですが、もしもの時の備えとして何かが起こった時すぐに対処できるよう情報だけは集めておいた方がいいと私は考えています。ですからヨアキムさん、どんな事でもいいですから、ゴウン様の陣を出来得る限り観察し、その情報を私に伝えて欲しいのです」

 

 これが私がやってほしいと思っていたことなんだ。

 

 始めは出兵する部隊に隠密性の高いモンスターかNPCをこっそり紛れ込まそうかとも思ったんだけど、アインズ・ウール・ゴウン程のギルドがうちと同様本拠地ごと転移してきているとしたら絶対に監視者を放っているはずだから、断念したのよね。

 でも情報だけはどうしても欲しかったから、帰って来た兵士からなんとか話だけでも聞けないかロクシー様に頼もうと思っていたんだけど、ヨアキムさんが参加するというのなら直接頼んだほうがいいと私は考えた訳だ。

 

「解りました。どれほどの情報を持ち帰ることができるか解りませんが、私のできる範囲でしっかりと観察してきますよ」

 

「そういう事ならヨアキムは適任だ。こいつは冒険者時代は盗賊の技能を駆使して働いていたし、今でもその技を使って我が部隊で斥候をまかされているくらいだから、情報集めとその分析はお手の物だろう」

 

「まぁ、そうなのですか?」

 

 これはびっくり、本当に適任じゃないの。

 まさかこんな都合よく斥候の技術を持っている人を送り込めるなんて想像もしてなかったから、これは嬉しい誤算だわ。

 

「なるほど、ならばヨアキムさんには絶対に無事に帰ってきてもらわないといけないわね」

 

「ねぇアルフィン、予定以外のものも支援物資として色々渡した方がいいんじゃない?」

 

 私としては選別としてハイポーション等の薬を渡すつもりだったけど、確かにこれは色々と渡しておいたほうがいいのかも。

 

「そうね。ライスターさん、ヨアキムさん。少し席をはずしますね。シャイナ、その間、二人の御相手をお願い」

 

 私はそう言うと一旦退室、そして隣の部屋に入って自分のアイテムボックスの中を眺めた。

 

 とりあえず精神汚染無効は必須よね、アインズ・ウール・ゴウンは異形種ギルドなんだから兵士としてモンスターやアンデッドを連れてきそうだし、無いとは思うけどもしバンシーのような精神攻撃をするモンスターに巻き込まれたら大変だもの。

 あと一応、即死攻撃対策に身代わり札もいるよねぇ・・・あっ、時間対策! ってこれは逆に持たせちゃダメか、プレイヤーと思われたらヨアキムさん、殺されちゃうよ。

 

 麻痺はまぁ後方支援だから、もしなったとしても死ぬ事はないだろうけど毒対策は必要よね。

 後は流れ弾防止用にキャリークロウラーの糸を使った鎧下を作って渡せばいいかな? う~ん、後は何が必要だろう。

 

 私は裁縫技術を使って布装備を作りながら思案を続け、考え付くものを一通りそろえてから執務室に戻った。

 そして。

 

「ねぇアルフィン、出征時はヨアキムさん自身の荷物も持っていかないといけないのよ。それなのに追加で大型のリュックでも背負わせるつもり?」

 

「はははっ、流石に多すぎたかな?」

 

 その量の多さにあきれたシャイナから、こんな言葉を頂いてしまった。

 そうだね、ヨアキムさんはアイテムボックスを持っていないんだから普通に持ち運べる程度にすべきでした。

 

 そう指摘され、ワゴンに積まれたマジックアイテムたちを見ながらつい苦笑してしまうアルフィンだった。

 





 シャイナはあきれているだけですが、ライスターたちはワゴンに山のように積まれたマジックアイテムを見て絶句してます。
 そのせいで、ヨアキムは特に重要なもの以外碌な説明も聞かずに渡されたアイテムを身につけて戦争に向かう事になるのですが、まぁ効果なんて知らなくても発動はするから何の問題も無いんですけどね。

 因みに持っていったのはアダマンタイト並みの防御力を持つ鎧下、精神汚染無効の指輪、即死魔法用身代わり札、毒無効のペンダント、そして別の効果があると偽って渡された普通に死んだ時にイングウェンザーに死体が転移される指輪だったりします。
 ただ、そんな事はないからいいですけど、もしこのアイテムで戻る様な事があったらヨアキムは一生イングウェンザー城から出られなくなるでしょうねw


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119 アルフィンの野望

 

 

 イーノックカウの後方支援派遣部隊は壮行会の二日後、街の西入場門前で行われた出発式を経て、盛大に見送られながら出発した。

 この式典には私たちは参加してないし、当然派遣部隊にうちの子達を紛れ込ませたりもしていない。

 全てはヨアキムさんに任せて、私たちは一先ずこの戦争を忘れる事にしたんだ。

 

 だって、気にしていると何かやりたくなってしまうもの。

 でも此方が動けばそれだけリスクが高まるということだし、ヨアキムさんに渡したマジックアイテム以上の行動をしてしまうとそれが元で彼を危険な目に合わせるなんて事にも成りかねないから、忘れてしまうのが一番だと考えたってわけ。

 

 さて、いつもと同じ事をしていると経験となれで心に余裕ができるから、ふとしたタイミングで戦争の事を思い出しかねない。

 ではどうしたらいいか? 気になる事を忘れるには、それ以外のことに没頭するのが一番だよね。

 と言う訳で私は、前から計画していた事をこの機会に実行に移すことにした。

 

 

 

「当初の予定とは少し違っちゃってるけど、イーノックカウにお店を出そうかと思う」

 

 私はイングウェンザー城のいつもの会議室に自キャラたちとメルヴァ、ギャリソン、セルニアの3人を集めてそう切り出した。

 

 元々ロクシーさんがまるんに接触してこなければ、私は都市国家イングウェンザーの女王ではなく商業系貴族としてイーノックカウに向かうつもりだった。

 そしてそこで店を出し、商売を始める事によってゲームの頃同様、マーチャントギルドとしての活動を再開するつもりだったのよね。

 

 それがロクシーさんと出会って彼女の計略で皇帝エル=ニクス陛下と会う事になったり、イーノックカウにイングウェンザーの大使館を置く事になったりして、私はバハルス帝国内ではもうすっかり都市国家イングウェンザーの女王と言う立場が知れ渡ってしまった。

 だからもう私自身が商業系の貴族ですと立場を偽って商売をする事はできなくなってしまったけど、それでも私が店頭に立たなければ店を出すくらいはできると思ったのよ。

 

「あるさん、店を出すはいいけど何の店を出すの? パーティーで試していたみたいだから、やっぱりお菓子屋さん?」

 

 私のこの発言に真っ先に反応したのは、まるんだった。

 

「いや、カロッサ子爵のところでは装備を売るって言ってたから武器屋か防具屋でしょ?」

 

 それに対して、商材を何にするかと言う話をカロッサさんのところで話した事を持ち出してシャイナがこう返す。

 

 う~ん、確かにその二つのどちらでもいいと言えばいいんだけど、両方ともちょっと問題があるのよねぇ。

 

「まるん、シャイナ。二人ともいい意見だと思うけど、そのどちらも少し問題があるのよ。まずお菓子だけど、うちの料理人が作るとなると毎回わざわざバフが付かないように作らないといけなくなるから大変よね。これが一度きりのパーティーなら問題はないけど、毎日大量に作るとなると負担が大きすぎるわ」

 

「そっかぁ」

 

 私の言葉を聞いて、まるんは残念そうな顔をする。

 甘い物好きのまるんの事だから、お菓子屋さんを開くのなら色々な新商品の試食ができると思っていたんだろうね。

 でもこの様な理由でお菓子屋さんと言う意見は没。

 

「次に武器屋や防具屋だけど、基本的にこの世界の装備は脆すぎるのよ。エルシモさんに前もって聞いたところによると、収容所を作るにあたって急遽有り合わせで職人たちに作ってもらった作業服、あったでしょ? あれってこの国だと冒険者の中でも比較的上位のクラスである、オリハルコン級以上の冒険者じゃないと買えないくらいの高級装備と同等かそれ以上の防御力があるって言う話なのよ」

 

 これを聞かされた時は流石にそれはないでしょって思ったんだけど、少し考えてみたらちょっと納得、と言うのもカロッサさんのところで商材を見せた時のことを思い出したからなんだ。

 アダマンタイトで作った程度の篭手でさえあの反応だったんだから、ミスリル程度の防御力があるあの服ならそう考えられてもおかしくないのよね。

 

 ただエルシモさんが言うには、あの服の凄さはそこじゃないらしいのよ。

 

「おまけに布の服だから鎧のように重くない上に防御を優先すると、どうしてもおろそかにならざるを得ない移動時になる音も小さい。これは盗賊やレンジャーのような斥候や探索系の冒険者にとってはとんでもないアドバンテージになるらしいわ。その上嵩張らないから行商人が持ち運ぶにしても馬車のスペースを取らないから、もしあれを市場に安く流したら現在の防具産業が壊滅するって」

 

 会議室にいるみんなはあんな作業服程度でまさかって顔をしているけど、エルシモさんだけじゃなく収容所にいる他の人たちに聞いても同じ答えが帰って来たから、これって事実らしいのよね。

 農作業を始めた初日に岩ではじかれて飛ばしてしまったクワが他の作業をしている人の背中にあたってみんな大惨事を予感したのに、当たった本人は何かが当たってびっくりしただけだったのを見て戦慄したらしいわ。

 

 そして、彼らからするとこの世界基準で非常識なのはその作業服だけじゃないみたいなのよ。

 

「それにどうやら武器も同じらしくて、農作業に使っている一見ただの鉄でできているとしか思えないクワや鎌が、どれだけ長時間使おうが、長期間使おうが、刃こぼれ一つしないどころか切れ味がまったく変わらないと言うのは一体何の冗談かと聞かれたわ。驚かないでよ。この世界の武器って、毎日油を塗ったり、へこんだ所を修繕しないと使えなくなるそうなのよ」

 

 っ!?

 

 これを聞いたみんなは、あまりの驚きに言葉も無かった。

 それはそうだよね、私たちの使っている武器や防具って腐食系とか武器破壊系のような攻撃や、耐えられる限界を超えた高火力攻撃を加えられない限り壊れる事はないもの。

 

 それもそのはずで、もし戦闘を行うたびに武器や防具を修繕しなければいけないなんて事になったら、連戦できなくなってレベル上げもロクにできなくなっちゃうから、テンポが悪くてそんなゲーム、誰もやらないよね。

 そんな世界の法則に縛られた武器や防具を使っているのだから、私たちは一度作った装備を修繕した事なんて一度も無い。

 だからこそ、この事実を前に言葉が出ないほど驚いてるんだ。

 

「そんな・・・それじゃあうちの武器や防具を売ったりしたら」

 

「シャイナ、あなたの考えている通りよ。一度買えば半永久的に使える装備なんて流通させたら、装備を作っている産業は終焉を迎えるでしょうね」

 

 いや、武器破壊技はこの世界にもあるだろうからそれは言いすぎかもしれないけど、大打撃を受ける事だけは間違いないだろうね。

 だから当初からあった装備を売ると言う案も没だ。

 

「ねぇ、なら宝石を使った貴金属とかを売ったら? 何も効果を付与しなければただのアクセサリーとして売れるでしょ?」

 

「それも考えたんだけど、この世界の宝石の価値を考えるとねぇ。それに私たち基準で下手の物を作ったらすぐに国宝級になりそうだから、完璧にこの世界の価値を調べつくすまでは怖くて売れないわ」

 

 あやめの提案を聞いた私は、先日のロクシーさんの言葉を思い出して身震いする。

 あれをお見せしたのがロクシーさんしかいない時だったからよかったけど、もし皇帝陛下がご一緒の時だったらと思うと、もう作るたびにいちいちロクシーさんに確認でもして貰わなければ怖くて下手な所には出せないもの。

 

「むつかしいねぇ。じゃあ、あるさんはどんなものを売るつもりなの? それだとうちで売れるもの、ない気がするけど」

 

「そうねぇ、本来なら城の子たちの仕事を作る為に商売をするつもりだったけど、今はボウドアの館やイングウェンザー大使館、それにイーノックカウでもう一つ買った館があるからそこそこ仕事はあるのよねぇ。後は職人関係の子たちだけど、さっきも言ったように彼らが作ったものは売るわけには行かないし」

 

 あいしゃに言われて、はたと気が付いた。

 具体的に何を売ればいいかは一応考えてあったけど、その案だと職人たちは殆ど関係なくなるしなぁ。

 思わぬ落とし穴に、私は頭を抱えてしまう。

 

 ところが、考えてもいない所から援護射撃が飛んできた。

 それはなんと、いつもはあまり発言しないアルフィスからだった。

 

「ああ、職人の仕事に関しては心配しなくてもいい。この世界に来て色々と法則が変わった部分があるからその実験とかしてもらってるし、それにユグドラシルにはなかったり、この世界に来て効果が変質してしまった魔法の情報やスクロールが研究室やイーノックカウに配置されている奴らから送られてきてるから、それらを使った新しいマジックアイテムの開発実験にも人手がいるから、当分は仕事には困らないはずだからな」

 

 なんと、そんな事してたのね。

 それに研究室って、何時の間にそんなものを作ったンかしら? アルフィス、恐るべし。

 まぁ、彼は異形種だから表に出られないし、そんな事を始めるくらい暇だったんだろうなぁ。

 

 研究と言えば、私たちそのものはゲームの設定に縛られているけど、作ったものの中でマジックアイテム以外の物は確かにこの世界の物理法則に従ってるっぽい。

 サスペンションなんてその際たるものだし、馬車でマジックアイテムとあわせて使うとその運用効率が上がると言う結果も出てるんだよね。

 この様な機械的なものとの複合研究には時間と人手がいるから、そちらに着手しているのなら確かに職人に関しては仕事に困らないだろう。

 

「そうなの。ありがとう、アルフィス。それなら安心して私の考えている案を採用できるわ」

 

「それでアルフィン様、もう心は決まっている御様子ですが、イーノックカウにはどのようなものを出店なさる御考えなのでしょうか?」

 

 いよいよ私の意見と言う事で、今までだまって会議の様子を窺っていたメルヴァが私に質問した。

 会議に参加しているとは言っても、NPC三人は此方から聞かれない限り絶対に自分たちの意見を言わないから、一通り意見が出た後に私が発言しやすいように質問と言う形でサポートしてくれたんだと思う。

 

 そんなメルヴァの気遣いに感謝して、私は自分の意見をみんなに披露した。

 

「これはあくまで私の願望なんだけど、イーノックカウの中にボウドアの村の、カロッサさんの領地のアンテナショップを作ろうかと思う。まぁ実際に売るのは、私たちが提供した種子や苗から作られる野菜だったり、家畜の肉だったりにするつもりだけどね」

 

 




 いよいよマーチャント(商業)ギルドらしい活動の開始です。
 元々ボッチプレイヤーの冒険は、最強なのに力には頼らずこの世界で生きて行くと言うお話なのでこれが本筋なんですよね。
 とは言っても、細腕繁盛記を長々とやる訳ではありませんけど。


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120 ちょっと危険?な旅路

 

 

 私の願望を話してみたところ、シャイナたちからもメルヴァたちからも特に異論が出なかったようなので、イーノックカウに出す店はその方向で行くことになった。

 と言う事で、ここからは色々な所への根回しと報告の話だ。

 

「とりあえずカロッサさんとボウドアの村長の所には、この話は通さないといけないわよね」

 

「エントの村はいいの?」

 

「ああ、そっちはある程度出店への道筋がついてからでいいと思う。ボウドアの村は館近くで作物を実験栽培してるし、そこから株分けしたり植樹したりすれば果樹関係はすぐになんとかなるでしょ。でもエントの方は一から始めないといけないから、オープン時点には間に合わないと思うのよ」

 

 シャイナの問いに、私はそう答える。

 彼女としては、エントの村の開墾を手伝ったりしたからある程度思い入れがあるんだろうけど、今から作る店に並べられるようなレベルの商品をあそこの村で作れるようになるのには結構な期間がかかるだろうから、それなら初めから省いておく方がいいと思うのよね。

 

「ならあるさん、すぐにはむりでも来年くらいからエントの村もさんかできるように、何かかんがえてよ。たとえば牛をかうとかさ」

 

「牛かぁ、確かに家畜ならうまくやれば乳や卵の出荷を半年くらい先には間に合わせられるかもしれないわね」

 

 シャイナ同様、エントの村に関わったあいしゃからもこんな提案が出たので、実行できるかどうか確かめる事にした。

 確かめる相手は当然ギャリソンだ。

 

「どう? ギャリソン。地下4階層の牧場にいる家畜は、エントの村に移動させても問題なく育つと思う?」

 

「今の所収監所に作った家畜小屋でもボウドアの村に作った牧場でも問題は発生して居りませんから、育つかと言われれば問題はないでしょう。ですがその二箇所は牧草などの餌もその地でイングウェンザー城内と同じように育てて与えているものなので、エントの村に産業として起せるほどの牧場を作るとなりますと、環境づくりの面から考えても少々時間が掛かるかと思われます」

 

 そっか、確かに家畜だけを移動させてもダメよね。

 餌はまぁこの城からある程度の期間は提供してもいいけど、放牧した時に食べる下草とか他の作物を育てている場所と隔離する為の柵や家畜小屋、それに一番肝心な家畜を世話する人材の育成とかまで考えると、すぐにと言うのは流石に無理よね。

 

 特に最後の人材は今担当している者をこの城から送り込むわけにはいかないから、エントの村でしっかりと指導しないといけないもの。

 なにせ、いま従事してるのは人じゃないからね。

 

「難しいかぁ。でもまぁ、将来的なことを考えると準備だけはしておいた方がいいわ。確かエントの村の農業指導を担当したのはミシェルとユカリだったわね。収監所の管理をしているミシェルは長期貸し出すわけにもいかないから、この場合ユカリが適任かな。ギャリソン、ユカリに誰か適当な補佐を選んでおいて。後日エントにも館を作るから、そこに彼女を常駐させてエントの村の産業開発を任せます」

 

「承知しました」

 

「ありがとう、あるさん」

 

「カロッサさんからもエントの村をなんとかしてほしいって頼まれてるからどっちみち何かはするつもりだったしね。牧場と言ういい案も出してもらったから、私としても助かったわ」

 

 あいしゃのお礼の言葉に私はそう返しておいた。

 

 

 さて、エントの村はこれでいいとして、ボウドアの村は何をメインにするかなぁ。

 あっちは館もあるから色々試してるし、何よりメイドたちがいるから何かを作るにしても指導がしやすい。

 それにカルロッテさんたち、収監所にいる人たちの家族もいるから新しい事をはじめようとする時に必要となる新たな人手も十分に確保できるのよね。

 まぁ、その辺りは村長と話し合ってからでいいか。

 

「とりあえずここで話し合えるような事はある程度決まったし、会議はここでおしまい。後は根回しかな」

 

「そうですね。各方面には私が話を通して置きましょうか?」

 

「いいよ、私が直接出向くから。その方が報告を聞く手間も省けるしね。メルヴァはこのままイングウェンザーの管理をお願いね」

 

「畏まりました」

 

 何せ初めてやる事だし、どんなトラブルがあるか解らないから人任せにすべきじゃないと思うのよ。

 そうじゃないと、修正不可能になってから初めてトラブルの内容を聞かされるなんて可能性はぐっと低くなるからね。

 

 

 さて、時は金なりとも言うし、会議も終わったことだから早速動く事にする。

 まずはカロッサさんのところに使者を送って、約束を取り付けないと。

 カロッサさんは貴族だからいきなり館に押しかける訳にはいかないもの、余裕を持って5日後くらいにお会いできますか? と手紙を書いてサチコに持たせて送り出した。

 

 これでカロッサさんの方はいいから、次はボウドアの村ね。

 此方は簡単、直接乗り込めばいい。

 そう思って転移門の鏡で向かおうと思ったんだけど、そこはメルヴァに止められた。

 曰く、

 

「アルフィン様は都市国家イングウェンザーの女王になられたのですから自覚を持ってくださいませんと。御一人で気ままにお出かけになられては困ります。きちんと馬車を仕立てますのでギャリソンを供に、あと護衛としてヨウコを同行させてください」

 

 だそうな。

 

 まぁ確かに言われてみればその通りかと思って、馬車の準備ができるまで待つことに。

 そして半刻ほど経って、準備ができたとの知らせを受けて城の門のところまでいくと、そこには着飾ったシャイナとまるんが待っていた。

 

「アルフィン、一人でユーリアちゃんたちと遊ぼうったってそうはいかないわよ」

 

「そうそう。私だって二人に会いたいんだから。当然一緒に行くわよ」

 

 なるほど、二人とも遊びに行く気満々と言うわけか。

 この二人は仕事をしていないから基本自由だし、戦力的に言えばこのイングウェンザー城の実質ナンバー1とナンバー2なんだから護衛無しで気ままに行動しても問題はないだろう。

 と言うか、この二人を護衛できる存在なんてこの城にいないしね。

 

 それに反対する理由がまるでないのだから、彼女たちが行きたいと言い出したのならメルヴァも何も言わないだろう。

 ただ一つ聞き捨てならない事があるから、それだけは主張しておく事にする。

 

「私は遊びに行くわけじゃないんだけど?」

 

「あら、その割にはさっき、嬉々として転移門で向かおうとしたじゃないの。正式な話し合いをするのなら馬車で訪問するのが本当なのに単身で飛ぼうとしたって事は、半分以上遊びのつもりでしょ?」

 

「そうそう。それに会議の終わりでメルヴァに城に残るように話を持って言ったのも怪しいわ。今回は店舗を開くための業務だからギャリソンよりメルヴァや店長のほうが適任でしょ?」

 

 うっ、しっかり読まれてるよ。

 さすが私の分身である自キャラたちよね、私の考えなんてすっかりお見通しみたいだわ。

 ただ、できればその話はここでして欲しくなかった。

 

「まぁ、アルフィン様にはそのような思惑が。私に留守を任せるのはそういう理由があったのですね」

 

 ・・・言葉は優しいんだけど、その中に冷ややかな雰囲気を含んだ声が後ろから聞こえてきた。

 メルヴァである。

 

 慌ててそちらに目を向けると、凄く迫力のある微笑で私は見つめ、いや見据えられた。

 蛇に睨まれた蛙と言うのはこういう状態なんだろうか? 私はその瞳を前にして、逃げる事もできず、唯々背中を流れる冷たい汗に耐えるしかできなかった。

 そしてメルヴァはそんな笑顔を顔に貼り付けたまま、、再度口を開く。

 

「アルフィン様は私がお邪魔なのですね。それならばそうと言っていただ・・・」

「いやいや、そんな事はないから。メルヴァは私にとって、とても大切な人だから!」

 

 なんか不穏な事を口走りそうだったから、私は慌ててメルヴァの言葉にかぶせるように否定する。

 しかしそれが愚策である事に、口走ってから気が付いてしまったのよね。

 メルヴァの顔全体に広がる怪しげな笑みと、言質を取ったとばかりに細められた瞳を目にして。

 

「そうですよね。アルフィン様は私の仕える至高の御方であると同時に、私の大事な人ですもの。と言うわけですからギャリソンさん、留守は任せます。私はアルフィン様と共にボウドアの村まで参りますので」

 

「解りました、メルヴァさん。アルフィン様をお願いいたします」

 

 待って待って待って! ギャリソン、気持ちは解るけどそこで簡単に引かない! メルヴァも私の腕を取って馬車に引き摺り込もうとしないでっ。

 

「ああ、えっと。アルフィン、私とまるんは馬に乗ってのんびりいくから」

 

「そっそうね。メルヴァ、アルフィンの事、お願いね」

 

「はい、解っております。道中はアルフィン様にゆったりと馬車の旅を楽しんでいただきますわ。そう、ゲートなどアルフィン様に使って頂かなくても急ぐ旅ではございませんし、普段の疲れを馬車の中でとって頂かないといけませんからね」

 

「ちょっ、ゲートは当然使・・・はい、解りました、ゆったりと参ります。だからそんな顔しないで下さい。あと、この手を・・・いや、何でもありません」

 

 私はこうして馬車の中に連行されて行く事になった。

 誰かタ・ス・ケ・テ。

 

 

 

 30キロと言う距離が実際に馬車で移動するとなると、とても長距離なのだと言う事を私は思い知る事となった。

 いや、うちの馬車なら普通に走ればあっと言う間に着く距離なんだよ。

 でもね、普通の馬車は大体時速6~7キロで走って、なおかつ3時間も走ったら休憩するものなんだってさ。

 

 それで、そんな馬車に偽装する為には人が誰も見ていない場所でもそのように振舞わなければいけないというメルヴァの強硬な主張のもと、私たちを乗せた馬車はボウドアへと向かって行った。

 そして。

 

「アルフィン、このままだと野営になっちゃうから、私とまるんは先に行くね」

 

「ヨウコ。御者兼護衛は大変だろうけど、アルフィンとメルヴァをお願いね」

 

「ちょっと、シャイナ、まるん。ずるいわよ。待って、置いていかないで」

 

 そんなペースでは午後から出た馬車がその日の内にボウドアの村に着くはずは当然なく、野営を嫌ったシャイナたちは私たちを置いてさっさと先に行ってしまった。

 

 私としても野営をするよりも館に着いてからベッドでゆっくり寝たいから馬車のスピードを上げようと一応は提案はしてみたんだけど、メルヴァからは、

 

「何事も経験ですよ」

 

 と笑顔で却下され、結果私はメルヴァと共に馬車の中で一泊する事になった。

 それならば3人しか居ないことだし、馬車の広さにも余裕があることからヨウコも中で一緒に寝ましょう再度提案したんだけど、

 

「いえ、私は護衛ですし、睡眠不要のマジックアイテムをアルフィス様から貸していただいているので、外で警備にあたります」

 

 と、残念ながら丁寧に断られてしまった。

 いや、解ってるよ。

 私も気が付いていたもん、あのメルヴァの迫力ある視線に。

 

 あの視線を前にして、一緒に寝るなんて言えないよね。

 無理を言って悪かったわ。

 

 と言う訳で私は猛獣と一緒に、小さな馬車の中で一泊する事になった。

 

 

 しばらく進んだ後、街道横に作られた野営スペースに馬車が止められた。

 これは最初にあやめがこの道を作る際に、イングウェンザー城を訪れる人が途中で野営をする事になってもいいようにと整えられたスペースだ。

 これを作って置くようにと指示したのは自分だけど、まさかそれを一番最初に使うのが自分だとは、あの頃は夢にも思わなかったよ。

 

 この場所は魔法で草を生えにくくしている上に、キャンプ場のように平らに整地してあるから天幕や大型のテントを張るのがとても簡単になっている。

 その上、私たちが持ち運んでいるのはユグドラシル産の野営セットだから場所指定をすればその場でテントが張られ、テーブルや椅子、そして焚き火も一瞬で現れるというとても便利なものだ。

 ゲーム時代は今のようにどこにでも出せる訳ではなかったけど、MAPの所々にある安全地帯にこれを設置してテントを指定、寝るのコマンドをクリックすればHPとMPが一瞬で回復したんだよね。

 

 まぁそんな便利なものを出しはしたけど、現実世界では時間が経過しないと朝にはならないから寝るのは馬車の中だけどね。

 土の上だといくらテントの中だと言っても下が硬くて寝にくいし。

 

 さて、馬車で寝ると聞くと大変そうだけど、実はそうでもなかったりする。

 この馬車の中は元々が結構な人数が乗る事を想定されている為にかなり余裕がある上に、前後の対面式ではなく観音開きの扉部分以外の場所をぐるりと囲むようにソファーが配置されていて、その真ん中にテーブルが配置されているという造りなんだ。

 だから、そのテーブルを馬車の後ろに取り付けられている収納用アイテムボックスに片付けて、代わりにそこからオプションパーツを取り出して設置すれば大きなベットのようなものに早変わり。

 要はキャンピングカーのようにゆっくり寝る事が出来るように作られた、イングウェンザー自慢の特別仕様なんだ。

 まぁ、この仕様のせいで、メルヴァから急ぐのを却下されたんだけど・・・。

 

 私たちはヨウコがアイテムボックスから出して準備した夕食を野営セットのテーブルで食べ、夜寝るための服装にテントの中で着替えた後、

 

「ささっ、アルフィン様。明日も早い事ですから、就寝いたしましょう」

 

 と言う、いい笑顔のメルヴァに誘われて馬車へ。

 私としてはその笑顔がとても怖いんだけど、抵抗しても無駄なので覚悟を決めて中に入った。

 

 いくらなんでも此方が引くほど変な事はしないよね? 私を慕ってくれているNPCだし。

 そんな風に自分の心を誤魔化しながら私はその日、眠りに着くのだった。

 

 

 

 結論から言おう。

 何もされなかった。

 いや、何もされなかったと思う。

 

 と言うのも馬車にあつらえられたベッドに入り、魔法の明かりをメルヴァに消して貰った事までは覚えているんだけど、その次の瞬間からの記憶がまったくないからなんだ。

 私の体は仮にも100レベルのプレイヤーキャラクターだし、スリープなどの魔法をかけられたとしたら何の抵抗もせずに無条件でかかってしまうなんて事はありえないはず。

 そして昨日は警戒心バリバリだったから、疲れきって寝てしまったとか、お酒が急に回って寝てしまったという事も無いはずなんだよね。

 

 と言う事は、この現象はこの馬車の機能? テントをクリックして寝るを指定した時のように、寝る体勢をとったら睡眠に入ってしまうのだろうか? そんなことを考えていたら。

 

「しまった、馬車の機能か。切って置いたつもりだったのにぃ・・・うう、折角のチャンスが」

 

 などと、私の横で呟くメルヴァの声が聞こえてきた。

 どうやら本当にこの馬車の機能みたいね。

 よかったわ、メルヴァの失敗で助かったみたいね。

 

 ガチャ。

 私がホッと息をついていると中の物音が聞こえたのだろうか、外から扉が開かれた。

 

「おはようございます。アルフィン様、メルヴァさん。よく眠れましたか?」

 

「おはよう、今日もいい天気みたいね」

 

 扉を開けて朝の挨拶をしてくれるヨウコに笑顔を向け、私は彼女のエスコートで外へ。

 そのままテントへと足を運んで服を着替え、メルヴァと入れ替わりで外に出てテーブルについた。

 そこで朝のお茶を頂いているとメルヴァも着替えを済ませたようなので、給仕の仕事があるから自分は後でとるというヨウコを説得して3人でテーブルを囲む。

 珍しい外で取る朝食なんですもの、いつもの給仕が着いた堅苦しいマナー通りである必要はないからね。

 

 すがすがしい朝の光の元、都市国家イングウェンザーの女王と言う役割を忘れて、久しぶりに冒険者のような気分で朝食のパンにかぶりつくアルフィンだった。

 

 





 読んでいる方は解っていると思いますが、メルヴァが切って置いた馬車の睡眠機能を再起動したのはヨウコです。
 因みにこれは彼女の独断ではなく、この機能をあやめたちから聞かされていたギャリソンが指示しておいたものでした。

 まぁ、こんな機能がなくてもメルヴァがアルフィンに何かするなんて事はないんですけどね。
 間違っても嫌われる様な事をNPCである彼女がするはずも無いのですから。

 ただ彼女の荒い息の音で、アルフィンが寝不足になっていたかもしれないけど。


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121 館の裏の秘密の工場

 

 

 朝食をとった後、しばらく休んでからキャンプセットを片付けて出発。

 馬車に揺られる事1時間半ほどで、私たちは目的地であるボウドアの村へとたどり着いた。

 

 そしていつぞやのように私が来た事が解るよう、ゆっくりと村の中を通って館へと馬車を進める。

 するとそこには意外な人物が私を出迎えてくれた。

 

 ヨウコの手によって扉が開かれると、私は彼のエスコートで馬車から降りることに。

 そして彼は、続くメルヴァにも手をかしてから私に向き直り、腰を折った。

 

「アルフィン姫様、お久しぶりでございます。馬車での長旅、お疲れ様でした。」

 

「こんにちは、リュハネンさん。今日はどうして此方へ?」

 

 そう、出迎えてくれたのはカロッサさんのところに筆頭騎士であるアンドレアス・ミラ・リュハネンさん。

 彼は普段カロッサ邸で仕事をしているはずだから、このボウドアには何か特別な理由がない限り訪れる事はない。

 そんな彼がここにいるのだから、何かあったのだろうか? と私は考えたんだけど、次に現れた人物をみて私は自分の思い違いを知った。

 

「リュハネン殿は今日、アルフィン様がボウドアの村を訪れると聞いて私に同行したいと求められたのです」

 

「まぁ、そうだったの」

 

 門の影から現れたのはメイド姿のサチコ。

 なるほど、サチコは私たちのように普通の馬車並みのスピードで走らなければいけないなんて制約はないから、当然昨日の内に私の手紙をカロッサ邸まで届けられたわよね。

 その返事を持ってボウドアの館へと帰還する時に、リュハネンさんから同行したいと言われたわけか。

 

「はい、サチコ殿にはご無理をお願いしました。と言うのも」

 

 彼が語るには、昨日のカロッサ邸でこの様なことが起こったそうな。

 

 

 

 私の手紙を届けるためにアイアンホース・ゴーレムを走らせたサチコは、イングウェンザー城を出て40分後くらいにはカロッサ邸の門まで辿り着いていた。

 そして門番をしている騎士見習いのモーリッツに手紙の存在を伝え、主命であるからとカロッサ本人との面会を申し出たんだって。

 

 私のことを女神と勘違いしているカロッサさんのこと、この話を伝え聞いてすぐに今やっている仕事を全てほおり投げ、サチコに会ってくれたんだってさ。

 もう、そんな事にならないようにサチコを送り出したのに。

 先触れの手紙なんだから、別にカロッサさん本人に直接手渡す必要なんてなかったんだけどなぁ。

 

 まぁ注意しておかなかった私も悪いんだからそこはいいとして、問題はその後だ。

 手紙を受け取り、サチコの目の前で封蝋を解いたカロッサさんは早速手紙に目を通して、

 

「アンドレアス、馬車の用意を。アルフィン様にお越しいただくなんて恐れ多い。此方から窺わなければ!」

 

 なんて言い出したんだって。

 まったく、何をやってるんだか。

 

 しかし子爵であり領主でもあるカロッサさんがいきなり全ての仕事を放棄すれば、色々な事に支障が出る。

 そこで私がボウドアの村を訪れるとサチコから聞いたリュハネンさんが、その場でカロッサさんをなだめ、

 

「アルフィン姫様が子爵の予定を慮って手紙をしたため、それを手にサチコ殿がこの館を訪れたように、アルフィン姫様にもご予定があるでしょうから子爵もいきなり尋ねるべきではありません。ですからここは私がサチコ殿に先触れとして同行し、あさっての朝、子爵がボウドアの村を訪れるとお伝えしてきます。ですから子爵はそれまでに仕事を済ませ、しっかりと準備を整えてボウドアまでお越しください」

 

 そう言ってサチコに同行してきたんだってさ。

 

 

「なるほど、そういう事でしたか」

 

 そういう事なら彼がこの場にいる理由も頷けるわね。

 ただ一つ疑問が。

 

「でも、それならばわざわざリュハネンさんがお越しにならなくても、サチコに伝言を頼めばよかったのでは?」

 

「ああ、いえ、それはですねぇ」

 

 話を聞いた私が思ったことをそのまま口にすると、リュハネンさんは途端にうろたえ始めた。

 そしてその姿を見て、私は全てを察する。

 

「まぁ折角来て頂いた事ですし、リュハネンさんも普段のお仕事でお疲れの事でしょう。幸いカロッサさんが訪れるのは明日の朝、今日はお酒でも飲んで館でゆっくりとお休みになり、英気を養ってください」

 

「ありがとうございます。お言葉に甘え、今日はゆっくりと過ごさせていただきます」

 

 リュハネンさん、うちのお酒や大きなお風呂を気に入っていたって言うし、これを口実に骨休めしたかったんだろうね。

 

 そんな事に思い至った私は、彼の行動にお墨付きを与えておいた。

 そうじゃないと使者と言う立場上、彼は私と一緒に居なければいけなくなってしまうだろうし、そうなったら私の行動にも制約が出てくる。

 正直この館にはリュハネンさんに見せられない部分もあるし、この後はボウドアの館裏の視察をするつもりだったから、ずっと同行されるのは流石に困るものね。

 

「サチコ、リュハネンさんを客室にご案内して。後、誰かメイドを一人つけてあげてね。前に訪れた事があるとは言え、不便な事もあるでしょうから」

 

「承りました、アルフィン様」

 

「お気遣い、ありがとうございます。アルフィン姫様」

 

 リュハネンさんはそう言って私に頭を下げた後、サチコにつれられて館の中へと消えて行った。

 

 

 さて、館の入り口でいろいろあったけど、ここからが今日の本番だ。

 

「ギャリソン・・・は居ないんだっけ。メルヴァ、まずは館裏の実験農場の視察をします。作るように指示を出してから一度も訪れていないから、私も今どうなっているのか知らないのよね。まずはそこを見てみない事には、このボウドアの村で何を主産業にしたらいいか判断できないもの」

 

「お供します、アルフィン様」

 

 私はメルヴァとヨウコを供だって館の庭を抜ける。

 そして本館と別館の間の道を通りながら、館の裏門へと足を進めた。

 

 カンカンカンカン。

 

 するとその先は農場のはずなのに、なぜか門の向こうからは金属を叩く音が。

 その様子から農機具の修理でもしているのかしら? と思いながら裏門をくぐると、そこには意外な光景が広がっていた。

 

「なにこれ、倉庫?」

 

 そこにあったのは木造の大きな建造物群。

 パッと見、牛舎や農作物を保存する倉庫のようにも見えるけど、ただどうもそれらとはちょっと様子が違う気がするんだ。

 煙突や高い場所に換気を行う為の窓があり、おまけに先ほどのカンカンと言う金属を叩く音もそこから聞こえているので余計にそうとは思えないのよね。

 

 解らないし、気になったのだから確かめるべきだろう。

 そう思った私は音が聞こえて来ている一番近くにある建物に近づき、中を覗き込む。

 すると中で作業をしていた人たちが此方に気付き、慌てて直立不動の姿勢をとった。

 

「ドワーフ? えっと、この子たちって地下一階層の職人よね?」

 

「ええ、そのようですね」

 

 私の独り言にメルヴァがそう答えてくれた。

 うん、地下階層を統括する彼女がそういうのなら、間違いはないだろう。

 では何故その職人たちがここにいるかだけど・・・。

 

「それにこれって、蒸留釜よね。と言う事はここってお酒を作る施設?」

 

 そう、そこでドワーフの職人たちが作っていたのはウィスキーなどの蒸留酒を造るための蒸留釜だった。

 そしてこの蒸留釜は発酵が終わった後に必要となるものだから、お酒造りをするにしても真っ先に作られる事はない。

 と言う事はもしかして、ここにある他の建物って。

 

「もしかして仕込み棟や発酵棟なの? 他の建物って」

 

 この建物にある蒸留釜は全部で10基。

 目の前の蒸留釜だけはまだ完成していないものの、それでも9割がたは出来ているようだし、その奥に並んでいる9基ははすでに完成していていつでも稼動できる状態に見えると言う事は、もしかしてここにはすでに蒸留段階手前まで発酵が進んでいるものがあるってこと?

 

「いえ、それだけではなくワイン製造棟や倉、それに上面、下面発酵のビール工房などの他のお酒を製造している棟もございます。アルフィン様」

 

 そんな私の疑問に答えてくれる者が居た。

 それは私の来訪が伝えられて、全ての用事を放り出して慌てて飛んできたこの実験農場の責任者、リーフ・ロランスだった。

 

 彼女はユカリの元ネタになったアニメの登場キャラがモデルになっていて、ヒロインで生徒だったユカリと違って先生だった為、年齢設定は28歳。

 日本の農業高校が舞台の筈なのに何故かフランス人と言う設定だったから、金髪のストレートロングで青い瞳をしているザ・外国人といった外見なんだけど、中身は日本かぶれで日本茶とお米を心から愛するキャラだったりする。

 また、アニメの中では先輩の先生と居酒屋に行って、酔っ払いながら愚痴を言いあっている描写がよくされていた。

 つまり酒好きである。

 

「なるほど、この子が実験農場の責任者ならこうなるのも必然よね」

 

「そうですね」

 

 目の前にはお酒の原材料になる作物がたくさんあり、その施設をある程度自由に出来る裁量が与えられたのなら、お酒好きのキャラクターが元になっているNPCならそれを作ろうと考えるのも当然よね。

 そう思って私とメルヴァが頷きあっていると、それを見たリーフが心外ですとばかりに否定してきた。

 

 曰く、要請されたから作っているのですと。

 

「アルフィン様が前に村長にお酒を振舞われた事がありましたでしょう。その話が村中に伝わっているらしいのです。そうなれば当然飲んでみたいという事になるのですが、イングウェンザーのお酒は皆至高の方々のものですから、館を訪れたお客様に出すのならともかく村人たちに気軽に振舞う訳には行きません」

 

 う~ん、私としては今でもどんどん作られているんだから別にいいと思うんだけど、彼女たちの立場からすればそう考えるだろうなぁ。

 でも、それがこの酒造会社の工場と言っても過言ではないくらいの規模の施設建造にどう繋がったんだろうか? 村の人たちに呑ませても良いですかと、私にお伺いを立てればいいだけのことじゃない。

 

 と、そうは思ったんだけど、とりあえずこの子の言い分を先に聞く事にしよう。

 全てはそこからだ。

 

「そこで村の方たちに『この館にあるお酒は城で作られているもので、その全てはアルフィン様のものですから簡単にはお渡しできないのです』と説明しました。すると村で話し合いが持たれたのか、代表して村長が『作り方が解っているのなら、自分たちでもお酒が作れないか?』とお尋ねになられまして」

 

 あら、最初は村でお酒を造ろうって話になったのね。

 ならそのまま教えればよかったんじゃないかな? ここにこんな大工場を作らなくても。

 

「そこで城に連絡して酒造を担当している者を此方によこしてもらったのですが、彼に調べてもらった所、ボウドアの村で作られている作物は皆酒造りに向かないということが解ったのです」

 

 なるほど、確かにビールやウィスキーなどに使われるのはこの村周辺でよく作られる小麦ではなく大麦だし、ワインやブランデーの材料になるブドウも作られていない。

 そのほかにはトウモロコシとかサトウキビもお酒の材料として有名だけど、そのどちらもここでは作られていないのよね。

 

「せめて芋でも作られていたら良かったのですが、納税時の運搬の関係からか穀物は輸送が簡単な小麦が中心でして。ですから村での酒造りは断念せざるを得なかったのです」

 

「なるほどねぇ、村で作っているものではできないから村に工場が出来なかった訳だ。でも、何故断念した酒造りをここで始めたのかな?」

 

「それはですね、あまりに村の方々が残念そうでしたので、ギャリソンさんの相談したのです」

 

 なんと!? ここでギャリソンの名前が出てきたよ。

 ってことはこの酒造工場って、ギャリソンの提案だったりするとか?

 

「ギャリソンさんは私にこう言いました。『アルフィン様はイングウェンザー城で作られている色々な作物や家畜をこの地でも育てられるかどうかの実験をなされておいでです。今はまだその初期段階ですが、いずれはそれらを使った加工品の生産も始める事でしょう。それを考えるとこれはいい機会なのかもしれません。発酵などの気候が関係する実験を先にしておくのもいいのではないでしょうか』と。ですからギャリソンさんの発案で、この村ではお酒を。そして収監所ではチーズなどの発酵食品の生産実験を始めています」

 

 

 なんと、ギャリソンの指示で始めた事なのか。

 よかったぁ、早まって叱ったりしなくって。

 私のこれからの事を考えての行動なら、確かに発酵食品の製造と言うのは前もってしておく実験内容としてはいいものね。

 

「なるほど、ギャリソンの発案だからこれ程大規模な工場を作ったのね」

 

「あっ、いえ、その・・・」

 

 ん? なんだその返答は。

 さっきのリュハネンさんを思い出させるようなリーフの態度に、私はジト目で彼女を見つめる。

その視線に耐え切れずに目をそらすリーフを見て、私は確信した。

 

「なるほど、実験を支持したのはギャリソンだけど、ここまで規模を大きくしたのはリーフ、あなたなのね」

 

 ど~ん! と言う効果音が聞こえそうな勢いでリーフに指先を突きつける。

 オタクなら一度はやってみたいシチュエーションよね。

 そしてそれを受けたリーフは、誰が見ても解るほどの勢いでうろたえ、そして最後には平伏してしまった。

 

「申し訳ありません。私の欲望でギルド”誓いの金槌”の資金を使ってしまいました」

 

 その彼女の絶望に染まった様子はこの世の終わりかと感じさせられるほどのもので、私はその姿から改めて自分とNPCたちの立場を私は思い知らされた。

 

「あ~えっと、リーフ。言っておくけど、私は怒ってるわけじゃないのよ。どちらかと言うと、感心してるくらいで・・・」

 

 私はね、いくら凄い立場を与えられたとしても性根はあくまで小市民なのよ。

 そんな姿で平伏されると、かえって居た堪れなくなる訳で。

 

「私としてはね、何かボウドアの村にとって名産になるものはないかと思ってこの実験農場に足を運んだの。そしてこの酒造工場はボウドアの産業として十分に機能するものだわ」

 

 私のその言葉を聞いても、意図が解らないのかぶるぶる震えながら平伏するリーフ。

 もうやめてよ、自分が作ったキャラが私の言葉で震え上がる姿なんか見たくないよ。

 そう思っても私の気持ちはリーフに届かなくて、でも口下手な私は彼女に伝わる語彙が見つからなくて・・・。

 

「リーフさん、アルフィン様のお言葉が解らないのですか? 何時まで平伏しているのです。アルフィン様はあなたの作った酒造工場を有益と判断なさいました。ならばあなたがすべきは平伏するのではなく、工場の説明と案内でしょう」

 

 そんな時、後ろに控えていたメルヴァからリーフに向かって叱責が飛んだ。

 そしてその言葉に、慌てて立ち上がるリーフ。

 顔はまだ少し青いけど、平伏したままで不評を買うくらいならば私の為に働くべきだという意思がその表情から感じられた。

 

 私としては、そこまで思いつめて欲しくはないんだけどね。

 

「リーフ、さっきの発言はただの冗談で私は全然怒っていないのよ。なのにそこまで怖がらせてしまって。ごめんなさい、上に立つものがする態度ではなかったわね」

 

 私は自分の失態を素直に謝罪する。

 その言葉を聞いてリーフが何かを言いそうな態度を見せたけど、それを聞いてしまうともっと罪悪感に苛まれそうになったから、私は保身の為にメルヴァに声を掛けた。

 

「それと、メルヴァにも感謝しておくわ。私は言葉の選択を間違えました。でも、あなたは私のそんな失敗を指摘するのではなく、自分を悪者にしてリーフを叱責したわよね。ありがとう。でも、私はあなたが悪者になるのを良しとしません。私が間違った時はちゃんと指摘をして、苦言を呈してください。あなたは私に一番近い存在であり、イングウェンザーの統括でもあるのですから」

 

「そうそう。あるさんはたまに調子に乗って暴走するんだから、しっかりお守りしてよ」

 

「その点、ギャリソンはうまくやってるよね。こうなる前に一言入れるし」

 

 ところが、私の言葉に返答したのは目の前のメルヴァではなく別の人。

 それもかなり辛らつで、私はちょっとだけムッとしていつの間にか現れていたその二人に目を向けた。

 

「ねぇまるん、お守りってどういう事かしら?」

 

「そのままの意味よ。だってあるさん、よく失敗してギャリソンにフォローしてもらってるって話じゃない」

 

「うん、私も何度かその場面に出くわしてるわ」

 

 シャイナまで言うか! いや、それはまぁ、事実なんだけど・・・。

 

「そんな訳だから、アルフィンがあなたを叱ったのも本心じゃないし、ちょっとした悪戯心のようなものなんだから気にしなくてもいいわ。そうでしょ? アルフィン」

 

「えっ? ええ、確かにちょっと調子に乗ってしまった部分もあるし、この酒造工場が有益であるというのも事実よ」

 

「では御許しいただけるのでしょうか?」

 

「あるさんは初めからそう言ってるじゃない。元々はギャリソンの指示だったものをちょっと大げさにやっただけなんでしょ? こんなの失態と言うほどの事でもないよねぇ」 

 

 まるんが私に尋ねるような感じで聞いてきたので、私はだまって頷いておく。

 話が纏まりそうな時に余計な口を挟むと、またリーフが萎縮しちゃいそうだったからね。

 

「後、メルヴァ。ギャリソンの代わりを務めるつもりで来たのなら、ちゃんとアルフィンを押さえなさい。彼だったら、こんな事になる前に一言忠告を入れてくれたはずよ」

 

「はい、申し訳ありません」

 

 シャイナの言葉に目を落とし、反省の色を見せるメルヴァ。

 そんな彼女に、続けてまるんも言葉をかける。

 

「そうだよ。あるさんはポンコツなんだから、ちゃんとフォローしてあげないとダメじゃないの」

 

「そうそう、私はポンコツなんだから・・・って、誰がポンコツよ!」

 

「えっ? 自覚なかったの?」

 

 絶句。

 そしてシャイナの方を見てみると、まるんの言葉を肯定するかのように、腕を組みながらうんうんと頷いていた。

 

 そうか、私って傍から見るとポンコツに見えてたんだ・・・。

 

 自キャラたちの自分に対する評価を知り、茫然自失となるアルフィンだった。

 

 




 ポンコツとまでは言わないですが、かなり抜けてますよね、主人公って。
 実際ギャリソンのフォローがなければ、今までもかなり大変な事になっていたであろう場面が在りますから。

 ただ、シャイナたちも元は主人公から分かれた人格ですから、同様にポンコツな部分があります。
 上はそんなのばかりですが、都市国家イングウェンザーは優秀なNPCたちが居るおかげで、今日も問題なく運営されていますw


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122 幻獣ファーム

 

 

 気を取り直して酒造工場の視察を再開することにする。

 取り合えず今現在、どの程度の事ができるかを聞いて置かないと、この工場をどう利用していいか解らないものね。

 

「リーフ、今はどんなお酒を作っているの?後進捗状況も教えて頂戴」

 

「はい。まず作っているお酒ですが、メインはアルフィン様がお好きなビールであるラガーとエール。大麦はこの館で収穫されたものを使用しているのですが、ホップは生育状況はいいもののまだ収穫できる段階ではないので今はまだイングウェンザー城のものを使用しております。この二種類のビールは仕込から熟成を終えて飲むことができるようになるまで2~3ヶ月程ですので、すでに完成したものが樽詰めされてマジックアイテムでアイテムボックス化した倉庫に保管されております」

 

 ああ、米や麦は結構前から作っていたからあるだろうけど、ホップはビールを造ろうとでも思わなければ必要ないからまだ収穫できないと言うのは納得だわ。

 でも育成は始めているというのなら、この先は現地産の材料だけを使ってビールは生産できそうね。

 そしたらボウドアの新産業として売り出しても問題ないかも。

 

「次にワインですが、これはこの館での農業試験開始当初からワイン用のブドウを生産しており、酒造も一番最初に取り掛かっているのですが、なにぶんイングウェンザー城とは違い熟成期間が必要なもので、アルフィン様にお出しするには少なくとも後数年はかかると思われます」

 

「う~ん、それは仕方がないわね。城ではマジックアイテムを使っているから材料を入れればすでに熟成したものが出来上がるけど、ここでは普通の造り方をしてるんだし」

 

 ヌーボーとかの新酒を飲む文化が無い訳じゃないけど、やっぱりワインは多少寝かせた方が角が取れて美味しくなるからね。

 ただこれは私個人の感想だけど、あまり寝かしすぎると味がぼやけたような感じになって好きじゃなかったりするんだよなぁ。

 現実世界で高価といわれる年代物のワインをユグドラシルでも作っていたんだけど、この世界に来てからためしにそれを飲んでみたらあまり美味しくなかった。

 

 これは多分私が本当の意味でワインの味が解っていないという事なんだろうけど、これは好みの問題なのだから仕方ないよね。

 

「次に日本酒と焼酎ですが、実を言うとこの二つは比較的短期間で出来上がります。しかしそれを熟成させるのにはワイン同様結構な期間がかかりますから、やはりすぐにお出しする事はできません。ただ、日本酒に関しては新酒として若いものを冷やして楽しまれる方もいらっしゃいますので、それでしたらすぐにでもお出しする事ができます」

 

 へぇ、日本のお酒って短期間でできるのか。

 でもまぁ熟成させた方がおいしいって話だし城には出来上がったものも多いから、ここのものを急いで飲む必要も無いよね。

 それにこの二つはこの世界では未知のお酒だろうし、もし売るつもりならそれぞれに合う現地産のつまみも開発して一緒に売り出さないといけないだろうから、将来的にイーノックカウで売り出すとしても店が軌道に乗った数年後だろうね。

 

「最後にウィスキーですが、ライ麦を生産していなかったため、大麦麦芽を原料としたモルトと、とうもろこしや小麦を原材料にしたグレーンの二種類の生産を始めております。また、ピートはボウドアの村近くにある川周辺で良質なものが取れることが解っております。それに気候もウィスキーを作るのに適した環境ですから、もしボウドアの村で本格的に酒造をお考えなら、このウィスキーが一番適していると思われます」

 

 あらそうなの。

 個人的にはウィスキーはきつすぎるからあまり好みではないんだけど、向いているというのならこれを中心にした方がいいのかもしれないわね。

 他のお酒も作れるみたいだけど、この手の物はやっぱりその地の気候次第で味が変わっっちゃうから。

 

「解りました。ではこの村ではウィスキーの製造を中心にする事にしましょう。ところで他のお酒は作っていないのですか?」

 

「はい。ラムなどは原料となるサトウキビがこの地にあわないため生産できませんし、リュウゼツランも同じく適さないのでテキーラを作る事も出来ません。また、その他の有名な所ではジンは原材料となる薬草が、ウォッカは最終工程でろ過するのに必要な白樺がこの地には向かない植物なので断念しました」

 

 なるほど、お酒を作るのにも色々な種類の植物が必要になるのね、勉強になったわ。

 ん? そう言えばウィスキーって熟成する樽で味が変わるんじゃなかったっけ? そう思った私はその話をリーフにぶつけてみた。

 

「ねぇリーフ。ウィスキーを造るのはいいけど、樽はどうするの? ウィスキーって樽の種類によって味が変わると聞いた気がするんだけど」

 

「それに関してはギャリソンさんが手配をしてくださいました。イングウェンザー城の地下4階層にある森林からオークを切り出して新造の樽を作ったり、城に貯蔵されているシェリー酒の樽の一部を此方にまわしていただける手筈になっております」

 

 おお、ここでもギャリソンか、流石に有能な家令は違うわね。

 あっ、そう言えばシェリー酒は作らないのかしら? 作れば将来的に城の樽を使わなくても良くなるんだし。

 

「そうなの。ところで、シェリー酒は作らないの? ウィスキーの熟成にはシェリー酒を入れてあった樽を使うと言うのなら、ここでも造ったほうがいいと思うんだけど。それともシェリー酒の材料もここでは育たない植物だったりするの?」

 

 そんな私の何気ない発言に対して、リーフがとても困ったような顔をした。

 なんと言ったらいいのかなぁ、話してもいいのかどうか迷っているという感じ。

 話すべきじゃないとは思うんだけど、訊ねられたからには話さないと不味いかもしれないなぁって葛藤しているように見えるのよね。

 

 そんな彼女の姿を見て、私とリーフの話を後ろで静かに聞いていたメルヴァが助け舟? を出した。

 

「アルフィン様。シェリー酒と言うのは白ブドウだけを使って作られるワインの一種でございます。リーフさんはワインの製造も行っていると先ほど説明していましたから、この様子からすると製造いたしているかと」

 

「えっ! そうなの?」

 

 うわぁ、はずかしぃ~。

 

 あまりの事に私は、傍から見ればどんどん真っ赤になって行っているであろうと解るほど顔が火照って行くわ。

 

「ああ、あるさんのポンコツ伝説にまた新たな一ページが」

 

「コラまるん、それは流石に言いすぎよ。アルフィンだって知らない事はあるんだから」

 

 この失態を面白がるようにからかうまるんと、私を擁護するように窘めるシャイナ。

 ただ、私としてはまるんのように笑いにしてもらえるほうがありがたかったのよね。

 シャイナの思いやりなんだろうけど、そこは一緒に笑い飛ばして欲しかった・・・。

 

 流石にちょっと落ち込むレベルでの失敗なんだけど、だからと言って何時までも暗い顔をしているわけにもいかない。

 だってメルヴァが折角リーフを気遣って説明してくれたんですもの、ここで私が暗い顔になって落ち込んでいたらメルヴァが心を痛めてしまいそうだものね。

 

 と言う訳で、気を取り直してっと。

 

「世の中は、まだまだ知らないことばかりね。リーフも、もし私がおかしな事を言ったとしたら今のメルヴァのように教えてね。イングウェンザーの者の前でならいくら恥をかいてもいいけど、外ではそんな訳にはいかないもの。気を使って貰った挙句大失敗なんて事になったら目も当てられないわ」

 

「承知しました。これからは、気づいた時はきちっと進言いたします」

 

 そう言うと、リーフは深々と頭を下げた。

 その姿はなんとなく自分の失敗を悔いているようにも見える。

 

 う~ん落ち込んで欲しい訳でも、反省して欲しかった訳じゃないんだけどなぁ。

 でもまぁ、これ以上この話題を続けると泥沼になる未来しか思い描けないから、この話はここで終わるとしよう。

 

「そう言えばこの酒造工場を見たせいでお酒の話ばかりしているけど、今日の目的はここで育てている農作物や牧場の視察だったわ。リーフ、そちらの方も見たいから、案内してもらえる?」

 

「はい、此方です、アルフィン様」

 

 私の言葉を受けて、慌てて奥に向かって歩き出すリーフ。

 取り合えず職務をこなしていれば落ち込んだ気持ちも癒えて行くだろうし、視察がてら彼女の得意分野の農業の話でもするのが一番だろう。

 そう考えながら酒造工場群を超えて更に奥へ、すると建物の間から木でできた柵のようなものが見えてきた。

 多分、あそこから先が農場なのだろう。

 

 そしてそこにたどり着くと、数人の女の人や子供たちが畑の世話をしていた。

 

「あっ、アルフィン様。この様なところまでお越しになられるなんて、ご苦労様です」

 

 そう挨拶してきた人たちには見覚えがある。

 確か、収監所にいる人たちの家族だ。

 でも何故ここに?

 

 そう思ってリーフに視線を送ると、簡単に答えが返ってきた。

 

「別館に住んでいる方々です。この方たちが最初に別館に入られた時に、アルフィン様が条件として農作業の手伝いをしてもらうと仰られたと聞いているのですが、もしかして此方で働いてもらってはいけなかったでしょうか?」

 

 先ほどの事がまだ心の片隅にあるのか、不安そうにそう説明するリーフ。

 ただその様子に気づく事無く、話を聞いてそう言えばそんな事を言ったっけなぁなんて思い出していた私は、能天気に返事を返した。

 

「あら、別にいいわよ。のんびり農作業するくらいなら別館の中で閉じこもっているより健康的だもの。あまり大変な事をやらせていたら叱る所だけど、そんな訳でも無いんでしょ?」

 

「はい。大変な作業は城から此方に移したシモベたちに担当させているので、彼らには比較的楽な作業を受け持ってもらっています」

 

 ん? シモベ? その言葉に疑問を持った私は、もう一度農場へと目を向ける。

 するとそこには、農作物に付いた虫をついばんでいるグリフォンや、リンゴなどの果樹を手に付いた鋭利なはさみで起用に剪定しているシザー・スコーピオン、そして蔓を器用に使って畑の雑草を抜いているトレントや道具を引きながら畑を耕すオルトロスの姿があった。

 

 ・・・何この幻獣動物園は? 大丈夫なの? 奥さんたち、怖くないんだろうか。

 そう思ってもう一度よく見てみると、グリフォンやオルトロスの上には子供たちが乗って次ぎはどの畑の番だとか言ってるし、シザー・スコーピオンには恰幅のいい女の人がどの枝を落とせば風通しや日のあたりが良くなると指示を出していた。

 

 しっかり共存してるのね。

 

 その姿には何の恐れも無く、それどころか普通の家畜より力を持つゆえに作業するにはより便利な動物たちだと考えているであろう様子まで見て取れるんだよね。

 なんと言うかなぁ、女の人と言うのは本当に強いなぁと思わされるよ。

 そして子供たちも子供たちで、まるで初めから自分たちの為に用意されたペットか乗り物とでも思っているかのようにグリフォンやオルトロスを乗りこなしていた。

 

 う~ん、この二種類のモンスターはレッドとかブルーなどの属性が付いてない下位の、所謂カラーと呼ばれるドラゴンなら捕食するくらい強い魔物なんだけどなぁ。

 それがまるで牛や馬扱いだ。

 

 まぁここでならリーフもいるし、何の問題も無いからいいか。

 でも、念のため釘は刺しておかないと。

 

「ねぇリーフ、あの子供たちにはここで働いているシモベたちの事、外で話さないようにってちゃんと言い聞かせておくのよ。彼ら、ボウドアの子たちとよく遊んでいるんだから」

 

「えっ!? ぼっボウドアの子供たちに知られてはいけなかったのですか・・・」

 

 えっと・・・もしかしてもう知られちゃってる?

 リーフのその反応を見て、私の背中に冷たい汗が一筋流れた。

 と、その時である。

 

「リーフさ~ん、みんなまだお仕事、終わらない? って、アルフィン様だ!」

 

「アルフィンさまだ! ほんとにいた!」

 

 後ろから聞き覚えのある声が。

 私は、ギギギッと音がするかのようにゆっくりと首を回して後ろを振り向いた。

 するとそこにはユーリアちゃんとエルマちゃん、そして村の子供たちの姿が。

 

 それを見た瞬間、ふっと現実逃避のために空を見上げる私と、横でだらだらと汗を流すリーフ。

 私はこの先どう対処したらいいのか解らず、ただ立ち尽くすのだった。 

 

 

 

 それから数分後、私はある意味信じられない光景を目にしていた。

 飛んでいるのである。

 何がって? グリフォンがよ。

 それもボウドアの子供たちを背に乗せてね。

 

 何をやってくれるかなぁ、普通ありえないでしょ。

 どこの世界にグリフォンで遊覧飛行する子供たちがいるのよ。

 いや、ここに居るんですけどね。

 

「ねぇリーフ。ここにいるシモベたちと、この世界の住人との力の差がどれくらいか知ってる?」

 

 私はそう言いながら遠い目をする。

 その隣ではリーフが土の上で正座させられていた。

 

「えっと、どれくらいでしょうか?」

 

「そうねぇ、あそこで子供を背に乗せてるグリフォンなら単体でも一番近くにある都市、イーノックカウを壊滅に追い込めるくらいかしら」

 

 そんなグリフォンさん、嬉しそうに飛んでるわ。

 本当にこの村の子供たちに懐いてるみたいねぇ。

 あんな姿を見せられたら今更引き離す訳にもいかないし、何よりそんな事をしてあの子たちに嫌われたくはない。

 と言う事はこの現状のままここを運営するしかないんだけど、流石にこれが外に漏れると困るわ。

 

 さてどうしたものか。

 

「ねえアルフィン」

 

「何よ、シャイナ」

 

 私がこの現状に頭を抱えていると言うのに、シャイナはさっきまでユーリアちゃんたちと一緒にグリフォンの一匹に乗って空の散歩をしていたのよね。

 ホント能天気でうらやましい限りだわ。

 

「もういい加減、リーフを許してあげたら? 彼女にとってはここに居るシモベたちは仲間なんだし、危険な存在と言う認識が無かったんだから。それに事実子供たちには何の危害も与えてないんだし」

 

「それはそうなんだけど、このシモベたちがここにいるという事を村の子供たちに知られてしまったというのが問題なのよ。これがもし帝国の人たちに知られたらどうなると思う? 自分たちでは絶対に対処できないモンスターがここの子供たちにこんなに懐いてるのよ。この村を脅威と考えてもおかしくないでしょ」

 

「それはそうだけどさ、もしばれてもこの世界の人たちではどうする事もできないんだから問題ないじゃない?」

 

 甘い! メープルシロップに砂糖と蜂蜜を混ぜて煮詰めたくらい甘いわ。

 人の恐怖と言うのはそんな簡単なものじゃないのよ。

 特にすぐ近くのエントの村や衛星都市イーノックカウの住人は、その恐怖心から何をしでかすか解らないわよ。

 

「とにかく、この子達に言い聞かせないと。この場所のせいでボウドアの村が孤立するなんて事になったら大変だもの」

 

 と言う訳で、ここで遊んでいる子たちを集める事にした。

 因みにリーフは正座させたままである。

 私がどれだけ怒っているのか周りに伝わるように、少なくともこの騒ぎが解決するまではあのままでいてもらおう。

 展開によっては、ユーリアちゃんたちが危ない目に会うような話なんだから許すわけにはいかない。

 

 

 

「みんな、ここに居る子たちのこと、どう思ってるのかな?」

 

 私の問い掛けに、子供たちはお互いの顔を見合わせてひそひそ話し合っている。

 多分私の横でずっと正座させられているリーフの姿を見て、何かを感じ取っているのだろう。

 

「ユーリアちゃん、あなたはどう思ってるのかな? 私に教えてくれる?」

 

「えっと、みんな可愛いよ。それに大きな鳥さんや顔が二つ付いてる犬さんは背中に乗せてくれるし」

 

 そんなユーリアちゃんの言葉に、子供たちは皆賛同の声をあげる。

 

 うん、やっぱり馬みたいな乗り物扱いなわけか。

 と言う事はこの子たちはこのモンスターがどんなものか知らなくて、その存在をまるで怖がっていないと言う事なんだろう。

 ならそれを前提に話をすべきだよね。

 

「実はこの子たちはね、本来はとても凶暴なモンスターなのよ」

 

「うそだぁ」

 

「みんなこんなに大人しいよ」

 

 そんな私の言葉を聞いて子供たちはそれを否定する声をあげた。

 それはそうだろう、ここに居るモンスターはみんな私の城から連れてきたシモベであり、人とは絶対に敵対しない存在なんだから。

 それが解って貰えている事を確認して、私は心の中でホッとする。

 これならな何とかなりそうだと。

 

「うん、解っているわ。実はこの子たちはそんなモンスターの中でも特殊な子たちで、みんなも知っている通りとても大人しいのよ。でも他の人たちには違いが解らないから危害が加えられないように、私たちが保護してる子たちなの」

 

 私の話を真剣な顔をして聞いている子供たち。

 一度そんな彼らの顔を見渡した後、私は話を続ける。

 なんだか騙しているようでちょっと心苦しいけど、こんなに仲良くしているこの子たちとシモベたちを引き離さずに済ますためにはこの話を纏めるしかないのだから、ここはあえて泥をかぶろう。

 

「だから他の人たちにばれないように今まで城の中で匿って来たんだけど、それをこのリーフがそれを知らずにあなたたちに見せてしまったのよ。でもね、もしここにこの子たちがいる事が外に知られたら、きっと討伐隊が編成されてみんな殺されてしまうわ」

 

「そんな!」

 

「こんなに良い子たちなのに、かわいそうだよ」

 

 まぁ実際には討伐隊が編成されたとしても、逆にその討伐隊が全滅させられるだけなんだけどね。

 でもそんな事はこの子たちには解らないだろうから口々に可哀想だと訴えてきた。

 私はそんな彼らの言葉を肯定し、この子達の存在を秘密にして欲しいと頼む。

 

「そうでしょ。この子たちの安全の為にも、この場所で匿っている事が外にばれては絶対にダメ。だからね、みんなには秘密にして欲しいのよ。もちろんお父さんやお母さんにもね」

 

「お母さんたちにも?」

 

「ええ、そうよ。みんなと違ってお父さんやお母さんも、この子たちが本当はどれ程恐ろしいモンスターなのかを知っているはずですもの。いくら大人しいと言っても、もし知ってしまったら不安になるでしょ。もしかしたら、もうここには来てはいけないって言い出すかもしれない」

 

「そんなの、やだ! ピイちゃんたちともっと遊びたい!」

 

 そう言ってグリフォンの首に抱きつく女の子と、目を細めながらなすがままになっているグリフォン。

 てか、ピイちゃんて呼ばれてるのか・・・伝説級の幻獣なのに。

 まぁ外見は鳥の一種みたいだから、子供が付けたらこんな名前になってもおかしくないか。

 

「そうでしょ? だからみんな、黙っておいてね」

 

「うん! 僕、秘密にするよ」

 

「私も!」

 

「私も誰にも言わないよ!」

 

 口々にこの場所の事を秘密にしてくれると約束してくれる子供たち。

 

 よかったわ、これでもう安心ね。

 

 その姿を眺めながら、私は満足そうに頷くのだった。

 

「・・・私たちは、ばれても良かったのかしら?」

 

 少しはなれた場所で私の話を聞いて、そう呟く別館の奥さんたちの声には気付かない振りをして。

 

 




 後々、この村の子たちはグリフォンライダーとかオルトロスライダーとか言われる冒険者になるのだろうか?
 もしなったとしたらアダマンタイトどころの騒ぎじゃないでしょうねw

 因みにアルフィンたちはこの後、子供たちとの交流タイムに突入。
 とても楽しい時間を過ごすことになります。
 ただ、そのおかげでリーフの事はすっかり忘れ去られ、ずっと正座させられる事に。
 それに気が付いたまるんが慌ててアルフィンを呼びにいく事によって、やっと開放される事になりました。

 その後、アルフィンがメルヴァに説教されたのは言うまでもありません。


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123 役割は人それぞれ

 

 

 取り合えず農場のシモベたちに関してはこれで問題はないだろうと、視察を再開。

 リーフの話によるとこの農場では魔法やマジックアイテムを使わず作物を栽培しているので、ここで収穫できたものは全てボウドアやエントの村でも問題なく育つということが確認できたらしい。

 

 因みにこの試験場で育てられている農作物はイングウェンザー城地下4階層から持ち込まれた現実世界の作物をベースに品種改良されているものなので、この世界の流通している農作物に比べて遥かに味が良く、収穫量も多い。

 それに冷害や病気にも強いので極端な不作に陥る事はないだろうから、ボウドアとエントの村は作物をこれらの品種に替えるだけでも飢饉とは縁のない土地に生まれ変わるだろう。

 

 それにこの世界と私たちが元居た現実世界とでは農作物は微妙に違っているから、ここで作られている一部の農作物はこの二つの村以外で生産される事はない。

 これもこの地域の強みになるんじゃないかな? 特に果物関係はそのまま食べるだけで無く、それぞれの村の人たちの手によってジャムやお菓子、ジュースなどに加工して売り出すつもりだから、これから出店するつもりのイーノックカウのアンテナショップでも主商品になってくれるだろう。

 

「この時点でお酒に果物類、そしてそれらで作った加工品と、お店に並べる品物の目安が大体付いてきたわね」

 

「そうだね。ここで作っているものだけでもオープン時の店に並べるくらいの量は採れるだろうし、後は店で売れ筋の物を中心に各村で生産を始めてもらえば、それらをこの周辺の名産品にできると思うよ」

 

 まるんとそんな事を話しながら農場を一回り。

 試食用にここで採れたリンゴなども試食させてもらって、取り合えず農場の方の視察は終了した。

 

 

 

 と言うわけで次は牧場の方なんだけど、なんか嫌な予感がするのよねぇ。

 前にあいしゃからエントの村に牧場とか作れないかって聞かれた時に、地下4階層で動物の世話をしているのが人じゃないからエントへは派遣できないと考えていたんだけど、まさかここにいないよね?

 あれ、グリフォンたちとは違った意味で外に出しちゃいけない魔物なんだけど。

 

 そんなことを考えながら、やってきました試験牧場。

 ここには牛や馬、豚や鶏などの家畜を育てる実験をしている。

 そして、その育てる役をここでもボウドアの館別館の女性たちが手伝っていたんだけど・・・その中にやっぱりいたよ、サテュロスたちが。

 

 サテュロスと言うのは上半身は人間で下半身は山羊、馬の尻尾と山羊の角を持つ魔物で、お酒と音楽をこよなく愛する魔物だ。

 神話的には好色で悪戯好きと結構面倒な魔物だけど、ゲーム時代は運営がその手の事に厳しかったからかもう一つの特徴である豊穣の化身らしい働きをイングウェンザー城ではしてくれていたんだ。

 ただ現実の世界に転移してからは、もう一つの欲情の塊と言う面を見せるようになったから常に見張りをつけないといけないと言う面倒な魔物になってしまっていて、それだけにあまり城の外に出したくないシモベでもあるのよ。

 

 因みにこのサティロス、豊穣の化身と言われるだけあって住み着いた場所の農作物が豊作になるんだけど、実はその他にもある特徴があって、なんとそこに住み着いただけで牛も馬も羊も繁殖力が高まって、とにかく牧場の家畜の数が全種類異常に増えるの。

 

 これだけ聞くと良い事ぽいけど、サテュロスが現れた殆どの農家では養える限度を超えるほど家畜が増えてしまって、最後には餌代を賄えなくなって結果的に破綻してしまったり、そこまで行かなくても農場拡大のために借金を負ってしまったりする為に、豊穣の厄神とも言われていたりする。

 まぁ、お金がある農場では現れて欲しいそうだけどね。

 

 因みにイングウェンザー城では、とっても怖い見張りが常に近くにいたからメスの魔物に手を出す事も無く従順だった。

 その見張りと言うのが・・・ああ、ここにもやっぱり居た。

 

 私が見つけると同時に彼らも此方に気が付いたらしく、代表らしき者が私のところへと挨拶する為にやってきた。

 

「アルフィン様、シャイナ様、まるん様、ようこそお越しくださいました。試験牧場へようこそ」

 

「ご苦労様。ここにいる人たちは収監所にいる人たちの奥さんや子供なんだから、くれぐれもサテュロスに悪戯されないよう見張っておいてね」

 

「解っております。我らドラゴニュートはこれくらいしかお役に立てないので、しっかりとお役目を果したく思います」

 

 ドラゴニュート。

 彼らはドラゴンのような外見をした亜人で、かなり強い種族だ。

 基本的に戦闘を主とする種族なので生産系は苦手なんだけど、ユグドラシル時代では生産系ギルドとは言え一応他のプレイヤーに攻撃される可能性があるから防衛用NPCとして配置されていたんだよね。

 

 ただ、この世界に転移してきてからは彼らの立場って結構微妙だったのよ。

 生産系の子たちでも能力的に言うとこの世界では過剰戦力だし、何かに襲われる心配も無いから防衛の為に働いてもらう機会も無い。

 でも何でも良いから仕事が欲しいと言うので、メルヴァが苦労して捻出した仕事がサテュロスたちの監視だったと言うわけだ。

 

「ところでリーフ、サテュロスなんか連れてきたら家畜が増えすぎて困るんじゃない? それ程広くないんでしょ、ここ」

 

「確かに増え続けてはいますが、今の所はこの牧場内だけで大丈夫です。また今のペースで家畜が増え続ける事を念頭に、ギャリソンさんからの指示でボウドアの村長に農場を作る場所の手配を頼んであるので、そこが整い次第そちらに順次家畜を移動させる予定です」

 

「あらそうなの」

 

 将来的にはボウドアの村でも牧場を開こうと思っていたけど、ギャリソンが先にその準備をしてくれていたのね。

 まだ先のことだと思っていたけど、前に何気なく言った一言から全てを察して手配し、前もって整えておくだなんて、なんて優秀なNPCなんだろう。

 

 ん? 待って。

 と言う事は、予め指示を出しておけばエントの村でもすぐに牧場が開けていたんじゃないかしらん? ・・・ダメだ、これ以上考えると自分とNPCたちとの落差に落ち込みかねない。

 

 少し危うい思考に捕らわれそうになったので、私は一度考えをやめて同行しているみんなに牧場の感想を聞こうと、後ろを振り向いた。

 

「ギャリソンさんたら、アルフィン様が城にいらっしゃる時もたまに居なくなっていたと思ったらこんな事をやっていたのですね・・・。不味い、不味いですわ、このままではギャリソンさんの株ばかりが上がってしまう。私も、私も何か手を打たなければ」

 

 すると後ろでは怪しい空気を振りまきながら、メルヴァがぶつぶつとこんな事を呟いていた。

 ・・・メルヴァも私からするとかなり優秀なんだけどなぁ、優秀な子は優秀な子で色々大変なのかもしれない。

 ただ、流石にこの状況を放置するとおかしな事を始めそうだからと、私はメルヴァに一言声を・・・掛けようとしてまるんに止められた。

 

「あるさん、ここで声をかけるのは逆効果だよ。メルヴァはメルヴァなりにあるさんの役に立とうと考えているんだから、ここはそっと見守ろう。なに、失敗したって良いじゃない。私たちがフォローすれば良いんだから」

 

「そっ、そうね。どんな理由であれ、確かに本人がやる気になっているんだから止めるべきじゃないわよね。ありがとう、まるん」

 

「どういたしまして」

 

 そうか、確かに言われてみればその通りだ。

 別に悪い事をたくらんでいるわけでも無いんだから、止める必要は無かったわ。

 まるんのおかげでその事に気付けた私は、未だぶつぶつ言っているメルヴァの事はそっとしておく事にした。

 

 

 ■

 

 

「まるんったら、黒いなぁ。メルヴァをあのままにしたら暴走してアルフィンが酷い目に合う姿が簡単に目に浮かぶのに、声をかけようとするのを止めるなんて。まぁ、面白そうではあるけど」

 

「あら、ならシャイナが声を掛けてあげれば良いじゃないの。そうしないって事はあなたも同罪」

 

「まぁ、確かにそうなんだけどね」

 

 そう言って悪い笑顔を浮かべるそんな二人に、アルフィンは最後まで気が付く事はなかった。

 

 

 ■

 

 

 さて、気を取り直して牧場の視察を再開。

 

 最初に訪れたのは牛舎ね。

 一口に牛と言ってもここには色々な種類の牛がいて、黒牛のように食肉用の牛もいればホルスタインのように牛乳を搾るための牛もいる。

 またその種類も豊富で、

 

「今現在、食肉用の牛8種類、牛乳を搾るための牛4種類が飼育されております。また、餌もボウドアの村で栽培した色々な物を食べさせて、ここで飼育するのに一番適した種を選定しているところです」

 

 リーフが言うには色々な牛を飼うことにより、将来的にボウドアではどんな品種を育てるべきか選んでいるそうな。

 これは馬や豚でも同じらしくて、ただ単に美味しいと思う種類の牛を育てようとしても、その場所に合わなければうまく繁殖しなかったり、うまく育てられなかったりする可能性があるからなんだってさ。

 

「今のところはサテュロスの力で繁殖はうまく行っていますが、生まれた子がどのように成長するかを見極めなければなりませんので」

 

「なるほど。生き物だけにその辺りは注意して見ないといけないのね」

 

 と言う事は将来的にエントの村でも牧場を開くって話になっている以上、あちらの館も早めに作って飼育試験を始めないといけないのか。

 いくら同じ領地内とは言え、そこそこ離れているのだから二つの村の環境が同じと言う事は有り得ないもの。

 

「ねぇメルヴァ、将来的にエントの村にも牧場を作る事になっていたでしょ。いくら近いとは言え、ボウドアとエントでは気候も違うし、その地に合う家畜も違うと思うのよ。だから明日、カロッサさんに会った時に前倒しでエントの村の館建設の話をします。あなたはこの視察が終わった後、城に戻ってどの場所に館を建てたらいいのかを調べるよう、エントの村に人を送って頂戴」

 

「解りました、アルフィン様」

 

 私がそう指示すると、メルヴァが恭しく頭を下げて承知する。

 さっきもギャリソンばかりが私の役に立っている事に気を揉んでいるみたいだから、これで目に見えて私の役に立ったと言う実績を作らせてあげられて良かったわなんて考えていたんだけど。

 

「その事なのですが・・・」

 

 ずっと黙って私たちに付き従っていたヨウコが、申し訳なさそうな顔をして私たちの会話に割り込んできた。

 

 ・・・もしかして。

 

 私とメルヴァの間に緊張が走る。

 

「アルフィン様は昨日の会議でエントの村にユカリさんを派遣するから、その補佐を選ぶようにとギャリソンさんに指示なさいました。ギャリソンさんはその後アルフィン様の供としてこちらに向かわれるおつもりでしたから、出発前に全ての仕事を済ませて置く為に馬車の準備と共にメイドたちに指示を出してユカリさんの補佐役の選定とエントの村に作る館の場所の選定を指示されていました」

 

「確かにユカリの補佐を選定してねとは言ったけど、まさかその場でそこまでやっていたなんて・・・」

 

 彼は、どこまで優秀なんだろうか? そして哀れなのはメルヴァである。

 

「なんて事なの、あの短い時間にそんな事まで・・・。どうしましょう、このままではアルフィン様は全ての事をギャリソンさんに頼むようになってしまいかねません」

 

 またも暗黒面の顔が表に浮かんでくるメルヴァ。

 ぶつぶつ言うその姿は妙な迫力があって。

 

「メルヴァ、そんなに思いつめないで。あるさんはちゃんとメルヴァの事も頼りにしているから大丈夫よ。だからここは押さえて」

 

「そっ、そうだよ。メルヴァはいつもイングウェンザー城の全てを仕切ってアルフィンの役に立っているじゃないか。見えないところで支えるのも大事な仕事だよ。だから大丈夫、落ち着いて」

 

 さっきは私を止めたまるんまでもが、そんな姿を見て血相を変えてメルヴァをなだめてだした。

 そしてそれに追随するようにシャイナまでもが声を掛け、そして私に目配せをして何か言うように促してくる。

 

 私としてはメルヴァの雰囲気が怖すぎて言葉を失っていたんだけど、流石にこうなってはそんな事は言ってられない。

 取り合えずメルヴァの近くまで行き、私は彼女の目をまっすぐに見据えて話しかけた。

 

「メルヴァ、何か思いつめているようだけど、あなたとギャリソンでは立場も役割も違うわ。今のギャリソンは都市国家イングウェンザーの女王である私の家令と言う立場であり、私の仕事の補佐をするという役割を担ってるの。だからこそ、うちの3人の統括者の中でも色々と表立って動くのは彼であることが多いわ。でも、だからと言って彼が一番役に立っているかといえば、それは違うと私は思うのよ」

 

「アルフィン様・・・」

 

 急な事で動揺しているのか、メルヴァは不安げな表情で私を見つめる。

 そんな顔を見て一瞬、こんな優秀な子に私如きが何偉そうな事を言ってるんだろう? なんて考えたけど、今はそんな事を言っている場合ではなさそうなので、その思いを胸の奥にしまって私は話を続けた。

 

「例えばセルニア。彼女は普段、目だって役に立つ事は無いでしょ? でも店長がいなければ、私はこの世界でパーティーに出席する時にどんな服装やメイクで行けば良いか解らず困ったでしょうね。まぁ、その度に着せ替え人形にされるのはちょっと困りものだけど」

 

 私はそう言って苦笑い。

 そんな私を見て、メルヴァは釣られて少しだけ微笑んだ。

 

 うん、良い傾向だ。

 このままの勢いで押し切ろう。

 

「でも店長がいるからこそ、私は安心してこの世界の人たちの前に都市国家イングウェンザーの女王として立つ事ができるわ。どう? セルニアは裏方だけど、ギャリソンよりその功績は下だと思う?」

 

「・・・思いません」

 

「でしょ? メルヴァ、あなたも同じ事なのよ。あなたの対外的な今の立場は都市国家イングウェンザーの宰相です。すなわち、国家の代表であり、国を動かし守る立場なのよ。実際、今現在のイングウェンザーを切り盛りしているのはメルヴァ、あなたでしょ。あなたがいつも城にいてくれるから私たちは外に出ていても安心していられるのよ」

 

 ここで一度言葉を切ってメルヴァの瞳を見つめ、そして両の肩をガシッっと掴む。

 

「メルヴァ、自分がやっている事にもっと自信を持ちなさい。前から言っているけど、私はそれ程優秀じゃないの。だからあなたやギャリソン、セルニア、そしてその他の城の子たちに支えられてやっと立っているのよ。あなたにはこれまで通り支えてもらわないと私が困るの。解った? 解ったら返事!」

 

「はい。解りましたアルフィン様」

 

「うん、宜しい」

 

 私はメルヴァの返事に満面の笑みで答えた。

 勢いだけで乗り切ったけど小難しい事を言ってこの子たちを煙に巻けるほど私は頭がよくないし、それなら自分が思っている事をそのままぶつけるしか無いんだから多分これでよかったんだと思う。

 

 

 メルヴァが暗黒面に落ちる事無く、今まで通りの彼女でいてくれる事にホッとするアルフィンだった。

 

 





 目立つ功績をあげる人がいると、どうしてもあせりますよね。
 傍から見ると地味でも役に立っているのに、そういう人を見て自分を卑下する人がたまにいますが、そういう人がいて初めて社会が回るのも事実です。
 メルヴァの場合はまさにイングウェンザーの縁の下の力持ち的な立場なんだから、別に大活躍しなくてもいいのですが、同僚が優秀すぎるとついあせってしまう事もあるというお話でした。


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124 公然の秘密でした

 

 

 草原の中を延びる一本の街道、その上を一台の馬車と護衛であろう鎧を着た男を乗せた馬車が土煙を上げて疾走する。

 その姿は何かに追われでもしているのかと見まごう程ではあるものの、その後ろには何も続くものはなかった。

 それもそのはずで、その旅路を急ぐ馬車は貴族の紋章を掲げており、この国で貴族の馬車に手を出すようなおろかな野盗はどこにも居ないからだ。

 

 今の皇帝が即位する前ならば貴族の馬車とて、この様な少ない数の護衛で移動をするなどと言う事は無かっただろう。

 しかし今は現皇帝の政策により国軍が動きやすくなったおかげで、この帝国の治安は格段に良くなってきている。

 その上もし皇帝の臣下である貴族が襲われる様な事があれば、それすなわち皇帝に弓を引くののと同じ事であり、すぐさま討伐部隊が組まれて派遣されるだろう。

 

 そして、たとえその討伐隊からうまく逃げおおせたとしても、馬車であろうが装飾品であろうが貴族の持ち物を売りに出したとたん、その場所に軍の部隊が差し向けられるのだ。

 これではどんな盗賊団でも逃げ通せるはずも無い。

 

 そんな割に合わない事をする者などこの世に存在するはずも無く、だからこそ貴族たちが紋章を掲げる馬車はこの帝国内限定ではあるが常に安全に移動することができた。

 

 ではその安全な馬車が何故このように疾走しているのか。

 それはただ一つ、今向かっているボウドアの村に一秒でも早くたどり着く為であった。

 

 

「まだか、まだ着かんのか」

 

「子爵。いかにこの馬車でも、これ以上の速度で走るのは危のうございます」

 

 疾走する馬車の主人であるカロッサ子爵は、居ても立ってもいられないのか馬車に同乗する老婦人、カロッサ家のメイド長相手に声を荒立てたのだが、しかしそこは年の功、彼女はやんわりと子爵をたしなめる。

 

「都市国家イングウェンザーから頂いたこの馬車だからこそ、これ程の速度で走ることができているのは子爵にもお解かりでしょう。その馬車でさえ、これ以上の速度で走れば車輪が跳ねて転倒してしまう可能性があります。しばしご辛抱を」

 

「ぐぬぬっ」

 

 こう言われてしまってはカロッサも黙るしかない。

 事実この馬車は普通ではありえない、30キロを超える高い速度で走っていた。

 それだと言うのに普通の速度で走る馬車と比べても格段に揺れが少なく、また大きめの石などを踏んだとしても車輪が跳ねる事も殆どなかった。

 

 それもそのはずで、この馬車には実験的に作られた魔道ダンパーが仕込まれているのだ。

 これはあやめ、あいしゃ、アルフィスの3人による共同開発で生まれた機構で、本来のダンパーはオイルや圧縮空気が入った筒の中を穴の開いたピストンが移動することで衝撃を受け止め、スプリングと併用する事でその効果を最大に発揮するものなのだが、それだと概観を見ただけで仕組みが解ってしまい、この世界には似つかわしくない。

 と言う事でダンパー自体は普通にオイルを使ったものを使用し、風魔法によってそのスプリングの代わりをする現代技術とマジックアイテムの融合と言う、ギルド”誓いの金槌”製らしいマジックアイテムになっていた。

 

 そのような物が仕込まれた特別仕様の馬車ではあったが、車軸は金属製であるものの車輪自体は普通の馬車と同じ木製の輪を鉄で補強しただけのものなので、タイヤと違ってあまりに早く走りすぎれば衝撃を吸収しきれなくなってしまう可能性がある。

 そうなれば脱輪したり転倒したりしてしまうので、これ以上早く走る事はできなかった。

 

 余談だがイングウェンザー城が採用している馬車は、車体にこの魔道ダンパーとサスペンション、そしてフローティング・ボードの魔道具を使用している上に、車輪にもベアリングやコンフォータブル・フォイールを使用した特別仕様であり、だからこそたとえ100キロを超える速度を出した所で何の問題も無かった。

 

「そう急がずとも、ボウドアの村は比較的近い場所にあるのですから後しばらくすれば到着いたします。ここは心静かに、あまり急いては表情に表れ、それは到着したとしてもすぐに戻る事はありません。アルフィン様にそのようなお顔を見せるわけには行かないのではありませんか?」

 

「・・・確かにそうだな。すまぬ」

 

 カロッサとしても生まれた時から屋敷に居るこの老婦人に窘められては、これ以上強く出ることもできなかった。

 こうして静かになった馬車の中で老婦人は静かに微笑み、座席そばに据え付けられている<くーらー>と呼ばれるマジックアイテムから冷えた果実水を取り出し、同じく取り出したグラスに注いでカロッサに渡す。

 

「アルフィン様との謁見前ですからワインではなく、果実水で申し訳ございません」

 

「いや、ありがとう」

 

 細やかな気遣いに感謝し、カロッサは冷たい飲み物で興奮して熱くなっていた体を冷やすのだった。

 

 

 ■

 

 

「アルフィン様。街道警備のシモベからの報告によりますと、カロッサ子爵様がもうすぐ到着なさるそうです」

 

 ボウドアの館にある、私たちが食事をする為に誂えられた部屋。

 そこでメルヴァを含む私たち4人で朝食後のお茶を飲みながら寛いでいると、館のメイドの一人がそう報告をしに来てくれた。

 

「ありがとう。じゃあ館の前で出迎える事にしましょうか」

 

 今日の私付きであるヨウコにそう伝えると、彼女が椅子を引いてくれたのでゆっくりと立ち上がる。

 するとヨウコがすかさず私の身だしなみに乱れがないかチェックをして、座っていた事により少しだけ皺になっていたスカートを調えた。

 

 とまぁ、どこぞのお嬢様の朝の風景のような光景になっているけど、普段はこんな事は当然しない。

 だけど今日は人に会うということで特別だ。

 

 私同様、シャイナやまるん、それにメルヴァもメイドたちに服装をチェックしてもらって準備完了! 部屋を出て屋敷の玄関へと進み、そこから外に出て外門のところまで移動してカロッサさんの到着を待つ。

 

 

 しばらくすると、そこにカロッサさんを乗せた馬車が到着した。

 そして執事さんがまず御者台から降り、馬車後ろに据え付けてあるボックスからステップを取りだ・・・そうとしたタイミングで馬車の扉に付けられた窓が開けられ、そこからニューっと手が伸びて来た。

 

「子爵、おやめください。はしたないですわ」

 

「ええい、黙れ」

 

 そんなやり取りが馬車から聞こえる中、その手が扉に引っ掛けられていた金属製のかんぬきを外してまた扉の中へと引っ込んだ。

 そして。

 

「アルフィン様、お久しぶりでございます。一刻も早くお目通りしたいと思い、このカロッサ、急ぎ参上してございます」

 

 扉を開けるとカロッサさんが身軽に馬車から飛び降り、私の前に膝をついてそう挨拶をした。

 う~ん、なんか前よりも私への態度が悪化してる気がする。

 何かあったっけ? っと考えたんだけど、特に思い当たる事がないんだよね。

 

 そんなカロッサさんの姿に首を捻っていると、リュハネンさんが館から出てきた。

 

「遅れて申し訳ありません、アルフィン姫様。本来なら私こそが真っ先に門へと参じて子爵を出迎えなければならないものを」

 

 そう言って頭を下げるリュハネンさんと、その姿を見て少し慌てるような素振りを見せる館のメイドたち。

 あら、どうやら私たちにはカロッサさんの到着を知らせたのにリュハネンさんに知らせるのを忘れたのか。

 これは後で説教だな。

 

「いえ、その様子からすると館のメイドから連絡が行かなかったのでしょう。私どもの落ち度ですから、こちらこそ申し訳ありません」

 

 そう言って私はリュハネンさんに頭を下げる。

 どう考えても私たちの落ち度なんだから、ここは素直に謝るべきだろう。

 そして何より。

 

 そう思いながらメイドたちの方を見るとみんな青い顔をしていた。

 

 私のこの態度がどんな説教よりあの子たちには効くだろうからね。

 後でしっかりお説教はするけど、こうしておけば次からは失敗しないはず。

 そう考えればここで頭を下げる事なんて、私にとっては何のことも無いのだ。

 

 頭なんていくら下げても減るもんじゃない。

 それでメイドたちの教育ができるのなら安いもの、いくらでも下げてあげるわ。

 

「あああアルフィン姫様、頭を、頭をお上げください。そのような事をされては」

 

 ただ、この行動には一つ、大きな弊害があったみたいなのよね。

 それは私が頭を下げた事によりリュハネンさんが物凄く慌ててしまったと言うのと、怨念とも見紛うほどの怒りの念がカロッサさんからリュハネンさんへと向けられた事だ。

 

 その怒りの波動の凄まじさに、私は更に首を捻る事になる。

 だってどう考えてもおかしいもの。

 

 最後に顔を合わせた皇帝陛下が出席されたパーティーでは未だに私のことを女神だと疑っている素振りはあったものの、ここまで極端じゃなかったのよね。

 なのに今のカロッサさんは信仰する神様に頭を下げさせた、まさに神敵を目の前にしたような怒り様なんだもん。

 どう考えてもおかしいよ。

 

 まぁ、解らないものはいくら考えた所で結論が出る訳も無い。

 だからカマをかけてみることにする。

 

「カロッサさん。前から私はそうではないと言い続けているのに、まだ女神扱いしているのですか? あなたの今の行動はどう考えても他国の王族に対して自分の家臣が行った事に腹を立てている行動には見えないのですが」

 

「いえ、確証が取れた以上女神であるアルフィン様を人と同等に扱うなど、このカロッサ、とてもできません」

 

 へっ?

 

 いいいっ、今なんて言ったの? 確証が取れた? なんの?

 

「女神の確証が取れたって、そんなはずは・・・」

 

 そう言って私はシャイナやメルヴァの方を見る。

 でも、私が解らない事を行動を共にしていた彼女たちが解るはずも無いんだよね。

 だからリュハネンさんの方を見たんだけど。

 

「子爵、アルフィン姫様が女神様であると確信したとしても、ご本人がその扱いを望まないのですから今までどおり接するべきだと申し上げたのではないですか」

 

 そんな事を言いながら苦笑していた。

 

 ちょっと待って、って事はリュハネンさん中でも、私のことは女神であると確定してるって事? 

 何でこうなった!

 

「何を言うか。アルフィン様は伝説の幻獣を複数使役し、あまつさえその幻獣を農作業の手伝いにお使いになられるほどの大いなる御方なのだぞ。その女神様を人と同じ扱いするなど、できるはずが無かろう」

 

 ほへ? げげげ幻獣って・・・なんで!? 子供たち、ちゃんと口止めしたよね?

 

 私は”昨日”子供たちにちゃんと口止めしたことを思い浮かべながら、何故この話がカロッサさんに伝わっているのか解らずプチパニックを起した。

 

「それはそうですが、昨日も子供たちの遊び相手にもさせていらしたご様子ですから、アルフィン姫様はそれが人の身にとって大変な事だとはお考えになられていないのでしょう。ならばこれも前に見せていただいた篭手と同じ様なものです。我らは外部には伝えず、今までどおりお仕えすべきだと私は申し上げたではないですか」

 

 子供の遊び相手にしていることまで知ってるんだ・・・。

 話を聞いてみたところ、館に滞在していたリュハネンさんは昨日、シャイナや子供たちがグリフォンにのって遊覧飛行をしているところをばっちり見ていたらしい。

 それだけに私が驚いている事が不思議だったようで。

 

「秘密にしているおつもりだったのですか?」

 

 そうリュハネンさんに驚かれてしまった。

 

 

 またこの後、村で事情をしっかり聞いてみた所、どうやらボウドアの村では館裏で伝説の幻獣であるグリフォンやオルトロスを飼っている事は公然の秘密だったらしい。

 

 なにせピイちゃん(グリフォン)たちが毎日仕事終わりに子供たちを背に乗せて空を飛んでいるのだから、子供たちがほぼ毎日遊びに来れるほど近くにある村の人たちが気付かないはずも無く、その他の魔物に関してもどんな魔物かまでは理解していないものの村の子供たちが、やれ二首の大きな黒い犬(オルトロス)の背に乗って走っただの、大きな動く木(トレント)の蔓で作った滑り台で遊んだだのと言う話を夕食時に親たちに自慢げに話すのだから、気づくなと言うほうが無理な話だろうね。

 

 そして子供たちに秘密にしておくようにと念を押したおかげで昨日一日だけは子供たちは誰も魔物の話をしなかったらしい。

 でも、そんな日が一日くらいあっても何の不思議ではないから親たちは誰も不審に思わず、未だに村人たちはこの話が秘密であるなんて考えていないようだとの事だった。

 

 何の事はない、亭主ならぬ知らぬは私ばかりなりと言う状態だったんだよね。

 この話を聞いて、私は全身の力が抜けて行くような錯覚に陥った。

 

 思っていた以上にこの世界の、いやこの村の人たちは物事への対応力が高かったみたいだ。

 

 

 傷心の中、なんとか立ち直った私は片膝をついて臣下の礼をとるカロッサさんを立ち上がらせて、館の中へと招き入れる。

 その際、彼はずっと私のことを女神として扱おうとしたんだけど、今の私はそれに抗う気力も無かったので放置。

 そのまま客間に押し込んで、私は一旦休ませてもらう事にした。

 

 だって、このままでは話が出来る状態じゃなかったもの。

 主に私の精神が。

 

 

 必死に隠そうとしていた強大な力を持つ魔物たちの事を、まさか村人たちが許容しているなどとは夢にも思わず、なんとか隠し通そうとしていた自分行動が全て無駄骨だったと知って寝込みたくなるほど頭が痛くなるアルフィンだった。

 

 





 122話でアルフィンはうまく口止めできたと思っていたようですが、ちょっと考えれば誰でも解りますよね。
 グリフォンは子供たちを背に乗せて”空を”飛んでいるんですから。

 ただそれを最初に目撃した人たちは、まさに自分の目を疑った事でしょう。
 でも子供たちに聞いて見れば、その魔物たちが畑で害虫をついばんで駆除していると言うのですから、みんなああ、あのアルフィン様なら不思議でもないかと納得しただけのことです。

 実の所、ボウドアの村は牛や馬がいないし、害虫にも悩まされているのでなんとかその幻獣たちを貸してもらえないかとアルフィンに進言するよう村長がせっつかれて居たりします。


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125 価値観の違い

 

 

 部屋に引きこもる事小1時間、私はなけなしの気力をなんとか振り絞って倒れこんでいたベットから体を起した。

 そして部屋の隅で控えていたヨウコに、

 

「化粧直しとヘアメイクをするから衣装係の子を呼んで頂戴」

 

 そう頼んだ。

 

 すると彼女は一礼して部屋を出て行ったので、

 

 ポスン。

 

 私はもう一度枕に抱きつくようにベッドに倒れこむ。

 

「はぁ。そっか、それはそうよね。空飛んでたんだもん、みんな」

 

 言われてみれば当たり前で、いくらこの館が村の外にあるとは言ってもその姿が見えないほど離れている訳ではない。

 ならば、けして体が小さくはないグリフォンがこんな所の上空を飛んでいたら流石に気付くわよねぇ。

 でもなぁ、『秘密にしているおつもりだったのですか?』には参った。

 

 あまりの自分の間抜けさに、どんどん顔が火照って行くのが解る。

 その上、この後もう一度顔を合わせないといけないのよねぇ。

 その事実がどんどん私を追い込んでいた。

 

「このまま城に逃げ帰ろうかしら?」

 

 なんて事まで考えてしまったけど、そんな事ができないのは自分が一番解っているのよねぇ。

 

 ゴロン。

 

 私は枕を抱えたまま大きなベッドの上を転がり、天蓋を見つめる。

 

 ここで逃げたところでいずれは顔を合わせないといけないし、時間が経てば経つほど心が折れて会いにくくなるのが解っているのだから、なんとしても今日中に顔を合わせないといけない。

 

「はぁ~」

 

 私はぎゅっと枕を抱きしめ、大きくため息をついてから体を起してベッドに腰掛ける。

 そして枕に顔をうずめながら、勇気を振り絞ってなんとか覚悟を決めた。

 

 コンコンコンコン。

 

 するとそれにタイミングを合わせたかのように部屋にノックの音が響き、ドアが静かに開けられる。

 どうやら衣装係のメイドがヨウコに連れられてやってきたみたいだね。

 

 

 

 30分後、私は化粧直しを済ませて部屋を出る。

 

 私の心はまだいつも通りとまでは行かないけど、ドレッサーの鏡越しに徐々に進んで行くメイクやヘアセットの様子を見ているうちになんとか人前に出られる程度までには回復していた。

 これならカロッサさんとの会談も、多分大丈夫だろう。

 そう思った私はヨウコを伴って部屋の外へ。

 

 ・・・本当に大丈夫かなぁ? いやいや、ここで弱気になってはだめだ。

 

 もう一度部屋に取って返したくなる弱気な気持ちをなんとか抑え、私はカロッサさんたちが待っているであろう、応接間へと歩を進めた。

 

 

 すると予めもうすぐ私が部屋から出てくると聞かされていたのか、その途中でシャイナとまるんがメルヴァを伴って待っていてくれたのよ。

 どうやら2人とも凹んでいるであろう私と一緒に会談に出てくれるつもりみたいで、

 

「なんか今日のアルフィンは頼りないから一緒に行ってあげるよ」

 

「そうそう。あるさんは打たれ弱い所があるからね。私たちがフォローしてあげないとって思ってさ」

 

 なんて言いながら笑ってくれた。

 なんとも頼りになる自キャラたちである。

 

 

 こうして孤立無援では無くなったので、少しだけ安心して応接間へ。

 

「アルフィン様がいらっしゃいました」

 

 扉前に居たメイドがノックをして扉を開け、中にいるカロッサさんたちに私の到着を知らせる。

 

 本当ならこの館でも帝国からのお客様相手にはイーノックカウの大使館のような感じで到着を知らせるべきだってメルヴァとギャリソンは主張したんだけど、私としてはここの事を別荘のように思っているからあまり仰々しくしたくないのよね。

 確かに立場的に考えたらおかしいかも知れないけど、だからこんな感じにしているってわけだ。

 

 さて、そんな知らせに続いて私たちは入室した。

 この場合、カロッサさんたちより私たちの方が立場が上なので入り口で挨拶すること無くそのまま入室したんだけど、そこで私は驚くというか、呆れる事となった。

 

 だって。

 

「子爵、おやめください。アルフィン姫様も困惑なさっておいでですよ」

 

「何を言うか、アンドレアス。お前も早く膝をつかんか」

 

 リュハネンさんはいつもどおり頭を下げて私たちを出迎えてくれたんだけど、その主人であるカロッサさんが仰々しく片膝を付いて私たちを出迎えたからなのよ。

 

 さっきその対応をされて私が部屋に引っ込んだというのに、ここでもまだ続けるの!? って私は大層困惑した。

 まあ、グリフォンの事で私を完全に女神認定してしまっているカロッサさんだから、何を言っても無駄なのかもしれないわね。

 

「あ~、カロッサ子爵殿? アルフィンは今日、ボウドアの村の事であなたと話し合いがしたいとお伝えしてると思うのですが・・・。そのような体勢では話がしづらいと思います。ですからお立ち頂けませんか?」

 

「しかし・・・はい、シャイナ様。失礼いたします」

 

 でも、流石にこのままでは話し合いができないと思ったのか、シャイナがそう声をかけたのよ。

 それでもカロッサさんは一瞬逡巡したような態度を取ったんだけど、じっと無言で見つめるシャイナの顔を見てあきらめて立ち上がってくれた。

 

 ああ良かった。

 私が何を言ってもきっとあのままだったろうから、この態勢のまま会談をしなければいけないのかと思って困っていたのよね。

 ありがとうシャイナ。

 

 

 カロッサさんが立ち上がったので、私たちはテーブルへと移動する。

 ここではイングウェンザーの紋章のレリーフを背にした一番の上座、所謂にお誕生日席に私が座り、シャイナたち3人が私から向かって右に、そして左側にカロッサさんとリュハネンさんが座った。

 

 因みに護衛で来たモーリッツ君と同行したメイド長さんは別室で休んで貰っていて、執事さんのみ私に対していつもギャリソンが付く場所である、カロッサさんの左斜め後ろに立っている。

 そして私たちをここまで案内したヨウコは、扉の横に並んでいるこの館のメイドたちの元へと移動した。

 

 私としては執事さんにはカロッサさんたちと共に座ってもらってもいいと思うんだけど、ギャリソンだっていくら席を勧められたとしてもいつだって頑なにあの位置から動こうとしないから、きっとそう声をかけたとしても執事さんはあの位置から移動はしてくれないだろうね。

 

 

 全員の前にお茶が置かれ、それを私が一口飲んだところで会談が始まった。

 因みに私がお茶に口をつけたのは、一番立場が上の私が口をつけないといくら口が渇いたとしても誰も目の前のお茶に手を付けられないから、全員の前に出されたら必ず口を付けてくださいとメルヴァとギャリソンに言われているからだったりする。

 面倒だけど、こういう積み重ねが会議を円滑に運ぶ為には必要なんだそうな。

 

 

「まずは本日、わざわざこの館まで足を運んでいただき、お礼申し上げます。本来なら私たちが窺うべきでしたのに」

 

「いえ、アルフィン様にご足労願うなど恐れ多い」

 

 私の言葉に机に突っ伏す勢いで恐縮するカロッサさん。

 なんか毎度の事になっているけど、とりあえずこの態度を何とかしてもらわないと話が進まないので口からでまかせの事情説明から。

 

「頭を上げてください。何度も申していますが、私は女神などではありません。今回グリフォンやオルトロスのことでわた・・・」

 

「ちょっ、まっ待って下さい! おおお、オルトロスまでいるのですか!?」

 

「馬鹿者! アルフィン様のお言葉を遮るとは何事だ!」

 

 オルトロスと聞いて狼狽するリュハネンさんと、その態度に激怒するカロッサさん。

 どうやらグリフォンは知っていても、オルトロスまではばれていなかったみたいです。

 ・・・右前方のシャイナやまるんの視線がちょっと痛い。

 

「おほん。あ~何がいるかは置いておくとして、この館裏にいる魔物たちはおとなしく、人に害を与えるものではありません。これらの魔物は此方では凶暴とお聞きしていますが私の国がある場所ではあのようにおとなしく、農作業を手伝ってくれるような存在なのです。ですから私が女神の力を使って従わせている訳ではないですし、それ以前に何度も言うように私は女神などではありません」

 

「しかし!」

 

「子爵。アルフィン姫様のご意向です。姫様は女神として扱われるのがお嫌いなのは子爵も良くご存知でしょう。ここは今までどおり、臣下としてお仕えすべきかと」

 

 いや、臣下でも無いからね。

 カロッサさんはバハルス帝国の貴族であって、都市国家イングウェンザーの貴族じゃないから。

 

 思わずそう口に出しそうになったんだけど、メルヴァが目配せをしてくれたのに気が付いて思い留まった。

 いけない、ここでそんな事を言い出したらまた話が進まなくなってしまうわ。

 それに幸いリュハネンさんの言葉でカロッサさんも納得してくれたらしく、今まで通りの対応をしてくれると約束してくれたので一安心。

 こうしてやっと話を先に進める事ができる体勢になった。

 

 

「今日、カロッサさんに聞いていただきたい内容なのですが、まず最初にエントの村のことです」

 

「エントですか? おお、と言う事はあちらにも何か新しい産業を起こしていただけると言う事でしょうか?」

 

 カロッサさんの言葉に私は微笑んで頷く。

 

「はい。前に農業指導に訪れたシャイナとあいしゃから、エントにも何か作ってはどうかとの話がありまして」

 

 そう言うと、名前を呼ばれたシャイナが頭を下げる。

 それを見たカロッサさんたちも、嬉しそうにシャイナに礼を返していた。

 

「そこであいしゃの意見を採用してで牧場を置くという話になったのですが、しかし今のままでは動物を移動させるにしても餌となるものの生産体制もできていませんし、何より動物たちを育てるノウハウをエントの村の人たちは持っていません。ですからその指導者を送り込むために、エントの村近くにも我がイングウェンザーの館を建てるべきでは? との話になりまして。そこでカロッサさんへお願いなのですが、エントに館を置くことをカロッサさんから私共に依頼していただきたいのです」

 

 ボウドアの時は彼らを助ける為に使った魔法の代金として土地をもらったという口実があったけど、今回は何もないからね。

 だからカロッサさんから私たちに土地を提供するから館を置いてほしいと依頼をしてもらおうと思ったってわけ。

 

「おお、それは此方にしても願ってもない事です。エントの村長からも、なんとかアルフィン様にボウドア同様、館を建てて頂けないかと陳情されておりましたから。まことにありがたい申し出です」

 

 あら、前に訪れた時にそんな空気ではあったけど、カロッサさんに陳情までしてたのね。

 まぁあの頃は私もエントの村に館を置くつもりはなかったし、あいしゃのお願いがなければ実際作る事もなかったと思うから、もしカロッサさんに頼まれたとしてもあの時点では断っていただろうなぁ。

 

「あいしゃがエントの村の子供たちの事を思って私に頼んだことですから。ただ、館を作ってもすぐにエントに牧場が作れるわけではありません。まずは前回エントに農業指導を行ったユカリを送り込みますから、エントに人たちには彼女の指示で家畜たちの餌の生産準備をお願いしようと思います。受け入れ準備ができるのには多分1年ほどかかるでしょうし、それから家畜を少数入れ、その指導方法を周知させる期間を経てから本格的に家畜を飼い始めるとしますと産業として成り立つのは4~5年後になるでのはと私は考えています」

 

「そんな短い期間で!? ありがたい。少数の家畜でさえこの様な辺境では手に入れることが難しいというのに、牧場をそんな短期間で作って頂けるというのでしたら、此方としては何もいう事はありません。流石はアルフィン様だ」

 

 えっ!? 私としてはそんな先になってしまうよって意味で話していたのに、これでも短い期間にできるって考えるものなの?

 

 牧場が本来どれくらいの期間で作れるものなのか解らないけど、実を言うとうちの子たちを総動員すれば半年もかからずに大規模農場を作る事ができる。

 餌なんかシミズくんの眷属を総動員すればそれこそ1~2週間もあれば牧草地帯を作る事も出来るだろうし、家畜を逃がさないための柵を作ったり飼うための厩舎を建てるのも魔法を使えばあっと言う間だ。

 家畜の世話も初めの内は苦労するだろうけど、たとえ病気になったとしても魔法で治す事ができるから最悪な状態になるなんて事もありえないしね。

 

 でも流石にそれをやってしまっては不味いだろうと言う事で4~5年と言ったんだけどなぁ。

 やっぱり10年くらいと言うべきだったのだろうか? まぁ、今更何を言っても後の祭りだけどね。

 

「解りました。それではエントの村に館を作り、牧場を開く計画を進める事にします。その際の土地に関しては現在、ギャリソンが選定するようにと指示を出しているそうなので、それが決まり次第エントの村長と話し合い、後日カロッサさんの所に連絡させますので建築依頼と土地の移譲などの承認をお願いします」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 とりあえずエントの村に関してはこれくらいだろう。

 もっと長いスパンで考えるとその他にも農作物の種類を増やしたいんだけど、人が増やせる訳じゃないんだからそう簡単にはいかないのよね。

 まぁ裕福になれば自然と人も増えるし、その辺りはじっくりと腰をすえて考えるとしましょう。

 

 さて、次に話すべきはっと。

 

「次にですが、実は近い内にイーノックカウに店を開こうと考えているのです」

 

「おお、そう言えばアルフィン様は前にもそのような事を仰っておりましたな。ではいよいよ都市国家イングウェンザーの商品を扱う店をお開きになられるのですか?」

 

 そうだよね、前にカロッサさんとこの話をした時はうちの城の職人が作ったものを売るって話をしたもの、そう考えるのが普通だよね。

 

「いえ、我が国とバハルス帝国では物の価値観が違いすぎる事が解りましたからイングウェンザーの物を直接売る様な事は断念しました」

 

 でも、色々な事情があるからそれを断念したことを伝え、

 

「ですから、前々から色々と指導をしているボウドアでの作物や、この館で試作した物を売り出す店舗を開こうと思っています」

 

 新しく企画した店のコンセプトを伝えた。

 

「この館での試作品をですか?」

 

 いきなりこんな事を切り出されて、話が良く見えないという表情のカロッサさん。

 まぁ、それはそうだろうね。

 

 店を出すという以上は、それなりの生産量がなければ年間を通して商品を供給する事なんかできない。

 それだけに試作品といわれる程度のもので、どうやって店を開くのだろうと考えるのは当然の事だ。

 

 だからその説明の為に、私はメイドに合図を送って予め準備させて置いたものを運び込ませた。

 最初に出したのはカットフルーツ。

 リンゴや梨、メロンにパイナップルだ。

 

「店で売るものですが、まずはこのような果物たちです。ここにある物は特別な方法で保存したものですので常に全種類そろう事は無く、季節ごとに売ることができる物は変わりますが、帝国で生産されている果物に比べて大変糖度が高い上にここでしか生産されていないものばかりなので商品価値も十分あると思います

 

 そう言ってからカロッサさんたちに試食を促す。

 するとそれぞれの果物の甘さに驚いたような顔をしたので、その姿を見た私は心の中でガッツポーズ。

 イーノックカウで食べた果物はどれもこれもそれ程美味しく無かったから、絶対に受けると思ったのよね。

 

 カロッサさんたちの顔を見て確信した。

 これらなら絶対に話題になるし、売れるはずだ。

 

「そして出す店も貴族の館や大商会が並ぶ区画ですから、多少高額で売り出そうと考えているので館裏で生産している程度の量でも品切れになることは無いと考えていますよ」

 

「大丈夫でしょうか? これ程の品なら多少高い程度では貴族や富豪ならこぞって買い求めようとするはずです。出荷量によっては常に売り切れになるやも知れませんぞ」

 

「いえいえ、褒めていただけたのは嬉しいですが、そんな事は無いと思いますよ」

 

 取り合えずリンゴ一つでちょっといいレストランでの1食分くらいと言う、ボッタクリ値段で売るつもりなのよね。

 だから私は、その金額を伝えたらきっと納得してくれると思ったんだけど。

 

「いかほど店頭に並べるおつもりで? アルフィン様、その程度の数では店を開いた当初はともかく、ある程度知れ渡ってしまえばその値段ならば朝一で売り切れるでしょうな」

 

「ええ。特に貴族はパーティーで出す目玉として欲するでしょうから、社交シーズンでは争奪戦が繰り広げられる事は火を見るより明らかでしょう」

 

 ・・・それほどのものなのか。

 

 この世界の食糧事情、と言うか現実世界の品種改良によって糖度が上昇した果物の価値がどれほどの物であるのかを思い知らされて、とても驚かされるアルフィンだった。

 

 




 今でもフルーツパーラーとかに行くと驚くような値段で果物が売られていますからね。
 メロンなんか5~6万とかするものも普通に売られているのですから、多少高くても買う人は買うのでしょう。

 特にイングウェンザーの作物はみんな、今は絶滅しているものの品種改良が進みきった果物の情報を基に作られているので、品種改良と言うものがまったく行われていない現地の果物と比べたらこれくらいの評価を得られたとしてもおかしくないのでしょうね。


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126 これもダメなの!?

 取り合えず果物に関しては保留と言う事で、次の商品をプレゼンする。

 

「では次にこれを」

 

「これは・・・パンですか?」

 

 そう、これはこのボウドアの村で作った小麦粉を使って作られたパンなんだけど、ただ普通にこの世界で流通しているものとはちょっと違うのよね。

 

「しかしこのパン、やけに白いですね。と言う事は麦を粉にする前に一粒一粒丁寧に選定して発育が悪いものや不純物を取り除いたという事でしょうか?」

 

「いやそれだけではないぞアンドレアス。これだけ白いパンを作るとしたら小麦を突いて粉砕するだけでなく、さらに石臼でひいて細かくする必要がある。帝城で開かれるパーティーに出た事があるが、そこで出されたパンはこのように丁寧に処理がされた粉を使って作られておった。しかしアルフィン様、これ程の手間をかけた物を店頭に並べるとなると、かなりの労働力が必要となると思うのですが?」

 

 おお、さすが小麦を税として扱っている領の領主とその部下だけあって、このパンの特異性がよく解ってるわね。

 

「良くご存知ですね。確かにこのパンに使用した小麦粉は細かくなるまで製粉したものを使用しています。ただ多くの労働力がいるかとどうかと問われれば、実はそんな事はないのですよ。ちょっとした道具を使用して作られているので」

 

「道具、ですか?」

 

 この世界は魔法があるからなのかあまり化学が発展していないのよね。

 これは機械を開発するよりも魔法のほうが遥かに利便性が高いからなんだろうけど、すべての人が魔法を使えるわけじゃないんだから、普通の村で使うというのなら簡単な道具を作って作業させた方が効率がよかったりする。

 

 その道具に最適なものをつい最近見つけたものだから、あやめとあいしゃに頼んで作ってもらったのよね。

 そしてためしに昨日、ボウドアの村長に頼んで力のない老人を一人紹介してもらって、その道具を使って小麦粉を挽いて貰ったってわけ。

 それで今、私たちの目の前にあるパンがその小麦粉で作ったものだったりする。

 

「ええ。先ほどカロッサさんが仰られた通り、この小麦は一度細かく粉砕したものを最終的に石臼で引いて細かくしたものを使っているのですが、そのどちらの行程も人の手では無く道具を使って、それも1人の老人の手によって行われました。確かに小麦に混ざった不純物や生育の悪いものを取り除くには人手が要りますが、その程度の作業なら子供たちでもできるので人手を増やさなければいけないと言うほどの事でもないですし、年老いてもう農作業を引退している人はエントにも居るでしょうから、もしあちらでもこの製粉作業をするというのならその人たちに担ってもらえば何の問題も無いと思いますよ」

 

「なんと!}

 

 製粉作業の大変さを知っているからであろう、カロッサさんたちの驚きは大変なものだった。

 実際普通にこのレベルの小麦粉を作ろうと思ったら、水でふやけさせた小麦を突いて荒く砕いた後、石臼で丹念に引かなければできないものね。

 その上小麦粉を細かくする石臼は大きく、回すだけでもかなり力が要るから普通は若い男の人が担う作業ですもの、それを老人1人がやったと聞かされれば驚くのも無理はないでしょうね。

 

「それでアルフィン姫様、その道具とやらはどのようなものなのでしょう? アルフィン姫様が所有する強力なマジックアイテムを使用していると思われるのですが、そのような貴重なものを村人に貸し与えて下さっても宜しいのでしょうか?」

 

「ああ、そんな心配は無用ですわ。マジックアイテムは確かに使用していますが、それ程強力なものでも高価なものではありません。イーノックカウで見つけた、ただ回転をするだけのどこにでもあるマジックアイテムを動力として使用しているだけですから」

 

 このマジックアイテムを中古品を扱う露天市で見つけた時は驚いたのよね。

 だって使い道が殆どないからって二束三文で売られていたんですもの。

 そのマジックアイテムを売っていた人に聞いたところ、これも前に聞いた口だけの賢者が発案したものらしくて、どうやら彼はこれを発動機として使いたかったみたいなのよ。

 

 でも彼は動力が回転から生み出されることは知っていたみたいだけど回転速度や回転の方向を変える方法が解らず、さらにそこからどう発展させればいいかを誰も思いつかなかったから、ただ一方向に回り続けるだけのものが残ったんだってさ。

 

 それでもつい最近までは一応低い所から高い所へ物を持ち上げるのに使われてはいたらしいんだけど、巻き上げたロープをわざわざとかないと再度使えないという不便さがあり、1位階魔法であるフローティングボードが開発されてからは低位のマジックキャスターがその役目を担うようになってお役ごめん、市場に安く大量に出回ったってわけなのよ。

 

 まぁ口だけの賢者に関しては私が元居た世界では小学校くらいしか行ってない人もたくさんいたらしいし、技術職にでもついていなければクランクやギアの仕組みなんて知らないだろうから仕方ないとして、もしこの世界にも普通に科学と言うものが広まっていたらこのマジックアイテムは産業革命に繋がりかねないほどのすごいものなんだよなぁ。

 

 でも誰もその有用性に気がつかなかったおかげで、私はそれを享受できるという訳だ。

 

「回転、ですか?」

 

「ええ。私の国では回転の力を色々な物に利用する技術があるのです。ですからこのマジックアイテムを使えばスイッチ一つで小麦をついて粉砕する事も、その粉砕されたものを石臼で更に細かくする事もできるのです」

 

 まさにどやぁぁぁってな感じで、私は小さく胸を張る。

 このマジックアイテム、売られていた分を全て買い上げたから他にも色々作れそうなのよね。

 こっそりボウドアとエントの村を機械化して、他の場所より有利にしちゃおうかしらなんて事まで考えてる。

 

 実際これがあれば小型の手押し式耕運機とかも作れそうだし、やろうと思えばねじ式フリクションプレスとか木工旋盤まで作れるから農作業だけにこだわる必要まで無くなるのよねぇ。

 夢が広がるわぁ。

 

「なるほど、そのような道具があるのであれば小麦を粉にするのも簡単でしょう。なるほど、だからこそのこの白く柔らかいパンと言う訳ですか」

 

 カロッサさんは私の説明を聞いて納得し、嬉しそうに頷いていた。

 ただ、このパンのいい所はそれだけじゃないの。

 

 ここで使われた小麦はパンに合うようタンパク質含有量が多くなるように品種改良したものを使用してるからパンのきめが細かく、風味もやわらかさもこの世界のパンに比べたら段違いなのよね。

 

 その上、実はこの小麦、少量ではあるけれどボウドアの村の人たちに自分たちの畑で育ててもらった初めての収穫物だったりする。

 そしてこの村の普通の人でも無事育てられる事が確認できたと言う事で、今現在畑にまかれるパン用の小麦の種は全てこの品種にすでに変更されているんだ。

 と言う訳でこれは私たちの館で試作した先ほどのフルーツとは違って、正真正銘ボウドアの村産のもので作った新名物と言っていいものなのよ。

 

「このパンは実は売り物ではありません。ボウドアの村の小麦粉を使えばこんなパンが焼けますよと言う宣材、要は試食品です。ですから、実際に店頭で売るのはこの小麦粉の方なのです。試食品ならパン釜などを増設しなくても、普通の調理場で作る程度で問題ないですからね」

 

「おお、確かにそれならば何も問題はないでしょうな」

 

「しかしアルフィン姫様、此方の商品もある程度の値をつけなければ大変な事になってしまいませんか?」

 

 へっ、どうして? 確かに品種改良はされてるけど、これは言ってみればただの小麦粉だよ?

 そう思って聞いてみたところ。

 

「先ほども子爵が仰られましたとおり、この様な高品質の小麦粉は帝城のパーティーなどでしか使われて居りません。ですから、安価でこの様なものを売り出したりしては、イーノックカウの市場が混乱してしまうのではないでしょうか?」

 

「あっ!?」

 

 そこまで考えてなかった・・・。

 単純にいい物を作って売ればそれでいいと思ってただけに、世の中ままならないものである。

 

 結局この小麦粉は私たちの店では売らず、村の特産品として商業ギルドにおろすことになってしまった。

 ボウドアの村はこれで少し裕福になるだろうけど、同時に私は店の目玉商品を一つ失う事になってしまったってわけだ。

 

 

 うう、もうこうなったら次よ次! 本当は店が軌道に乗ってから徐々に出すつもりだったけど売るものがないのだから仕方がない。

 私は取って置きの商品であるお酒を、オープン時から投入する事にした。

 

 でも流石に今日はカロッサさんたちに見せるつもりが無かったから用意してないのよね。

 と言う訳で、扉横で待機しているヨウコに声をかけた。

 

「ヨウコ、館裏に行ってリーフに工場から今出せるものをビンにつめて持ってくるようにと伝えて」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 ヨウコはそう言って一礼した後、客であるカロッサさんたちにも頭を下げてから退出して行った。

 たぶんビールくらいしか出せないとは思うけど、ここは仕方がないよね。

 

 ああ本当なら他の種類もあわせて、きちっと売る体勢を整えてから出したかったんだけどなぁ。

 そんなことを考えながらがっくりしていると、カロッサさんが私に問い掛けてきた。

 

「あの、アルフィン様。一体何が出てくるのでしょうか? ビンにつめてと仰られておりましたが・・・はっ、まさかこの村で酒造を!?」

 

「えっ? ええ、まだ初期段階でお恥ずかしいのですが、色々なお酒の製造を始めております。ただ、まだ始めたばかりで殆どの者が熟成が足りず商品にできる段階になっておりませんの。ですから店を開いた時点ではまだ置くつもりはなかったのですが・・・」

 

 そんな事を言っても、売る物がないのだからどうしようもない。

 苦渋の選択だけど、ある程度店の体裁は整えないといけないもの、仕方がないよね。

 

「なんと! イングウェンザーの酒が、ついに売り出されるのですね。おおこれは喜ばしい」

 

 ああ、そんなに期待されてもなぁ。

 せめてワインが出せればいいんだけど、リーフは後数年は待って欲しいと言っていたし、ウィスキーもそうだろう。

 それに日本酒や焼酎に関してはまったくの新しいお酒だから、呑み方を知らないこの世界の人たちに受けるかどうか解らないもの、いきなり店頭で売るなんて怖い事はできないのよね。

 

 だからこそ売り出せるのはたぶんビールのみ、そしてそのビールにしても本当なら買ったその日は冷えたものを飲める容器を作ってから売り出したかったのに、その試作にも入っていない状態で売り出さないといけないなんて。

 酒好きとしては、まさに苦渋の選択だ。

 

 いっその事、城で作っているワインとかも売っちゃおうかしら? でもなぁ、あっちのは本当に高品質だから店頭に並べても普通の人は買えないくらいの値段にしないと釣り合いが取れないだろうし・・・。

 

 そんなことを考えながら待つこと20分ほど。

 

 コンコンコンコン

 

 ノックの音と共に、ヨウコがリーフを伴って帰って来た。

 

「大変お待たせして申し訳ありません。準備に手間取ってしまいまして」

 

 そう言ったリーフはワゴンを押していて、そこには数本のビンが並んでいた。

 そしてその横にいるヨウコも何故かワゴンを押していて、その上には複数の小さなクローシュ(料理の上にかぶせる、お碗型の蓋の事ね)が並んでいる。

 と言う事はお酒だけじゃなく、それに合うおつまみも持ってきたってことかしら?

 

「アルフィン様、お出ししても宜しいでしょうか?」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 私がクローシュの下には何があるんだろう? って気になってる事に気付かず、リーフがそう言ってきたので私はそう許可を出した。

 すると彼女は一礼して最初のビンを開け、人数分のグラスに注ぎ始める。

 

 グラスに注がれたのは白く泡立つ金色のお酒、エールかラガーかは解らないけど間違いなくビールだ。

 そしてそれを確認したヨウコが最初のクローシュを開けると、その下からは薄切りされたチーズとクラッカーが出てきた。

 

 なるほど、確かにチーズクラッカーならあまり味もきつくないし、お酒の味を見るにはぴったりのアテよね。

 

 それを人数分の小皿に分け、この館付きのメイドたちが各人の前に並べて行く。

 ただ、まるんの前にだけはビールではなく果実水が置かれたけどね。

 一応彼女もお酒を飲める年齢ではあるんだけど、外見上どう見ても10歳くらいの子供だから、ここは遠慮してもらう。

 

 そして全員にいきわたった所で、リーフが口を開いた。

 

「まずはビールです。ボウドアの工房では帝国で広く飲まれているエールも製造していますが、今回はラガーをお持ちしました。チーズクラッカーと共にお召し上がりください」

 

 その一言と共に、全員が口をつけたんだけど・・・。

 

「なっ!? アルフィン様、これは!?」

 

 カロッサさんとリュハネンさんに物凄く驚かれてしまった。

 ただ、その驚きは私の期待するものじゃなかったのよね。

 

 2人ともラガーは前に飲ませた事があるから、今日改めて飲んだからと言って当然こんな反応はしない。

 では何にこれほど驚いたかと言うと。

 

「これはまた。単純そうなものですが、この軽くて香ばしい口当たりがなんとも。特にチーズとの組み合わせがたまりません」

 

 そう、彼らが驚いたのはクラッカーだった。

 なんとこの世界にはクラッカーと言うお菓子がなかったみたいで、物凄く驚かれたのよね。

 

「えっと、クラッカーと言うお菓子の一種なのですが、この様なものは帝国にはないのですか?」

 

「ほう、お菓子ですか。帝国ではお菓子と言うものは甘いものしか見かけませんから、この様な香ばしさを前面に押し出した軽い塩味のものはパーティーなどでも見たことがありませんな」

 

「子爵が言う通り、この様なものは街中でも見かけた事はありませんね。チーズにしてもハムと一緒に食べたりパンにのせて食べる事はありますが、このように薄い焼き菓子に乗せて食べると言うのは初めてです」

 

 そう言えばこの世界のお菓子ってみんな物凄く甘かったっけ。

 それに小麦は芋に比べて高いから、わざわざこんな薄焼きのお菓子なんか作らずに普通は食べ応えのあるパンやスコーンにしてしまうだろうから戦地へ携帯食で持っていくとかでもなければ作られる事はないかも。

 それにクラッカーって見た目はかなり貧相だから、パーティーとかに出したとしても誰も見向きもしなさそうだからなぁ。

 小麦をメインで食べているのは裕福層なんだろうから、誰も作ろうとさえ考え無かったとしても驚く様な事じゃないのかも。

 

 

「これはどのように作られているのでしょうか?」

 

 余程気に入ったのか、リュハネンさんがヨウコに直接そう質問した。

 まぁ私に聞かれても困るし、料理などするはずのない一国の女王が知っているとは誰も考えないだろうから妥当な選択だろう。

 そしてその質問に、ヨウコはしっかりと答えてくれた。

 

「小麦粉に少量の塩とオリーブオイル、そして水と胡椒などのスパイスを入れてよくこねます。そしてそれを均等になるよう1ミリほどの厚さに伸ばしたらフォークで穴を開け、ごらんのような大きさに切ったものをオーブンで焼けば出来上がります」

 

「なるほど、こんな薄いものにオイルや胡椒まで使われているのですか。美味しい訳だ」

 

「因みに今回はラガービールの味を損なわないよう、この様なレシピで作られましたが、値段の高い胡椒は入れず、変わりに粉チーズやハーブを入れる場合もございます」

 

「なんと、そのような作り方もあるのか」

 

 これにはカロッサさんも感心仕切りだった。

 因みに私もクラッカーはよく食べるけど、作り方なんて知らなかったから一緒になって感心していたりする。

 

 と、その時だ。

 

「ねぇアルフィン。これ安いし、ハーブクラッカーならボウドアの作物だけで作れるからお店で売ってもいいんじゃない?」

 

 ビールと一緒にチーズクラッカーを楽しんでいたシャイナがそんな事を言い出したのよね。

 それを聞いた私は、

 

「う~ん、流石にこんな地味なのは売れないんじゃないかなぁ。それにボウドアでは牛とかの家畜をまだ飼育してないからチーズも作れないでしょ? だからチーズクラッカーとして売り出すこともできないし」

 

 なんて返事をしたんだけど、リュハネンさんは違う考えのようだったのよね。

 

「いえ、アルフィン様。確かにこのクラッカーだけでは弱いでしょうけど、このチーズを乗せて食べると言うのは売りになると思います。別にアルフィン様のお店で完結されなくてもイーノックカウには色々なお店がありますから、他の店の商品にあわせる一品として置いてみるのもいいのではないでしょうか?」

 

 この一言が決めてとなり、クラッカーがイーノックカウの店に並ぶことが決定した。

 

 世の中、何が幸いするか解らないものだね。

 

 まさか当初売るつもりだったビールではなくアテで出てきたクラッカーがここまで受けるとは思わず、嬉しい誤算に心の中で1人にんまりするアルフィンだった。

 

 




 この世界の戦争って大部隊で移動して、両陣営がそろってから始めるっていうのんびりした物みたいだから色々な場所を転戦するって感じじゃない上に、両陣営とも普通に食事を作って食べてそうだからクラッカーのような小麦粉を使った携帯食なんて持ち運びそうにないですよね。
 だからこんな物がいきなりで出てきたら、そりゃ驚くでしょ。

 それに移動が多い冒険者でさえ燻製肉で作ったシチューと固焼きのパンを野営時に食べてるくらいだから、この手の携帯食自体それほど多くの種類は作られていないでしょうね


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127 貴族の金銭感覚

 

 カロッサさんとの会見の三日後、私はイーノックカウへ向かう馬車に揺られていた。

 

「ねえあるさん、毎回馬車で移動している振りをするのも大変だから、そろそろイーノックカウの館にも転移門の鏡を置いたってロクシー様に一言入れてもいいんじゃない?」

 

「ダメよ、あれは警備上の関係でボウドアの村の館にしか置いてないって事になってるんだから」

 

 今回同行している自キャラは、まるんだけ。

 彼女はイーノックカウの商業ギルドにすでに顔を出しているから、つなぎとして同行してもらっていると言う訳だ。

 

「それならさぁ、ボウドアの館とイーノックカウの館をつないだら? それなら直接城に飛べないから問題ないんじゃない?」

 

「なるほど、それなら大丈夫かも」

 

「ですがアルフィン様、イーノックカウへ入るには門での検査を義務付けられています。いくら友好的な関係を築いているとは言え、他国である都市国家イングウェンザーが直接防御壁の内側へ入る事ができるマジックアイテムを設置するなど許可してもらえないのではないでしょうか?」

 

 これはカルロッテさんの言葉。

 今回の訪問では商業ギルドで文書を交わしたりする必要があるだろうから、書記官として同行してもらっているんだ。

 因みに他の同行者は御者台に座るギャリソンと白いアイアンホース・ゴーレムに乗った鎧姿のいつもの2人と、今まるん付きになっているトウコの4人。

 つい先日までまるんにつけていたユミは市場調査のため現在イーノックカウの別館駐留になっているから、今回の訪問で久しぶりに紅薔薇隊の4人がそろうって訳だ。

 

「そっか、確かにそう考えると無理っぽいわね。まぁ馬車での移動って言っても、その殆どはゲートでショートカットしてるんだから今のままでもいいかな」

 

「それはそうなんだけど、今回みたいにわざわざ日にちを開けないといけないのは無駄っぽいんだよなぁ」

 

 ボウドアの村からイーノックカウまでh結構離れているので、普通ならかなりの時間がかかる。

 でも、うちの馬車の場合は普通の馬車よりも遥かに早く走れることがある程度知れ渡っているので、3日と言う短い時間でたどり着いても怪しまれないだろうと考えて、今回はこれだけの時間を空けたというわけなの。

 

「それに関しては実際にそれだけの時間を掛けてるわけじゃないし、それに馬車で移動するのにもそれなりのメリットはあるのよ」

 

「メリット?」

 

「ええ。ボウドアでもよく行っているでしょ? 馬車での移動なら私たちがイーノックカウに来ている事が他の貴族や街にある商会に広く伝わるってメリットよ」

 

 今では都市国家イングウェンザーがもたらす品物の価値がある程度知れ渡ったおかげで、大使館に私たちが滞在しているとわかると面会を申し込まれる事が多くなっているんだって。

 まぁその殆どは館で働いている子たちが対応してくれてるから私が対応した事はまだ無いんだけど、これからは違ってくるのよね。

 

 と言うのもイーノックカウに店を出すと同時にイングウェンザー城で作られているお酒もロクシーさんを初めとした一部の貴族や大商会に売り始めようって話になったからなのよ。

 

 これは先日のカロッサさんとの会談で出た話なんだけど、実はボウドアで作ったお酒を試飲している時にカロッサさんからこう言われたの。

 

「アルフィン様、ボウドアの村で作られた酒の販売もいいのですが、できればあなた様のお城で作られている酒類の販売も少量でいいですから解禁していただけないでしょうか? 実はイーノックカウに居る下級貴族や領主であるフランセン伯爵とその家臣たちから、なんとか手に入れられるように頼んでもらえないかと、いくつもの手紙が毎日のように我が屋敷に届けられていまして」

 

 ってね。

 私としてはつながりをより強くする為に隣国との戦争が終わってロクシーさんが中央に帰るまではイングウェンザー産の酒類を彼女にだけ売って、それ以外の人に売るのはもう少し先まで控えるつもりだったんだけど、私が考え無しに先日の壮行会に出してしまったものだから、そこで飲んだ人たちの押さえが効かなくなってしまったんだって。

 そこでリュハネンさん共々主従に拝み倒された結果、根負けして少量をカロッサさんが提示したちょっと法外じゃない? って金額で売る事になったってわけ。

 

「本当は今度オープンする店でお酒を売るインパクトが薄れちゃうからあんまり売りたくないんだけど、あそこまで頭を下げられちゃうとねぇ」

 

「カロッサ子爵なんか、最後には平伏してたもんね。まぁあれはどちらかと言うと、口実ができてこれ幸いとあるさんを崇めてただけっぽいけど」

 

 とまぁそんな訳で全部とは言わないまでも、これからはある程度の面会申し込みは受けると言う話になって、それならばその時に新しく作るイーノックカウのお店の宣伝もしたらいいんじゃないかって話になったの。

 と言う訳で、私たちがイーノックカウに来ているという事を広く知ってもらえる事にもメリットが生まれたわけだ。

 

 

 そんな話をする事、数十分。

 

「アルフィン様、イーノックカウの東門が見えてまいりました」

 

 私たちを乗せた馬車は無事、イーノックカウへと到着した。

 

 ギャリソンが門兵相手に簡単な手続きを行った後、いつものように貴族やそれに準じた者だけが通る事ができる特別な門を通って中へ。

 街の中へと入ったと言う事で、打ち合わせ通りヨウコたち3人は都市国家イングウェンザーの旗を取り出し、それを掲げながら馬車と共にイーノックカウの街中をゆっくりと進む。

 これにより、この馬車が我が国のものだと周りに伝わるって寸法だ。

 

 ・・・本当は私、反対だったのよ、これ。

 でも、

 

「宣伝をなさるおつもりでしたら、むしろやるべきだと私は考えますが?」

 

 とのメルヴァの一言にギャリソンが、

 

「確かに。アルフィン様の到着を街の者に知らせると言うのでしたら、この方法はかなり有効です」

 

 なんて賛同したもんだから、こんな事になっちゃったと言う訳なのよ。

 てな訳で、そんなさらし者状態で進む私たちの馬車は結構な時間をかけて、やっとイーノックカウ大使館へと到着した。

 

「ああ、精神的にどっと疲れたわ」

 

「そうだね。トウコたちが旗を掲げるだけでこんなに目立つものだなんて思わなかったから私もびっくりした。あるさん、見えてた? 道を歩いてた子供がこっちに手を振ったのを見たサチコがその子に向かって手を振り返したもんだから、それから周りの子供たちがみんな一斉に手を振り出して、最後には道行く人たちまでみんなこっちを注目してたわよ」

 

 今回、ヨウコたち3人は冑をつけていなかったんだけど、それも影響したんだろうね。

 綺麗なお姉さんが馬上から手を振りながら愛想を振りまくもんだから、余計に注目を浴びてしまったのよ。

 結果、私たちの馬車はどこぞの遊園地のパレードのごとく、町の人々の注目を浴びてしまったってわけ。

 

 そりゃ気疲れするってもんよね。

 

 と言う訳で私は一刻も早く部屋に引っ込んで休みたかったんだけど、そうは問屋がおろしてくれなかった。

 

「ようこそイーノックカウへ。今回はとても派手な御入場でしたのね、アルフィン様」

 

 そう言って私たちを館の前で出迎えてくれた女性がいた。

 ロクシーさんである。

 

 どうやら彼女は東門に私たちが到着したとの知らせを聞いて館にやってきたそうなんだけど、いつもなら彼女が館を訪れる頃にはとっくに到着しているはずの私たちが何故かまだ到着していなかったものだから執事に頼んで調べてもらった所、何故かパレードをしながらこの大使館に向かっていると聞いて驚いていたんだそうな。

 

「お久しぶりです、ロクシー様。これには色々と事情がありまして」

 

 私は苦笑いしながら彼女を伴って館の中へと入って行った。

 

 

 ロクシーさんには一旦応接室に入ってもらい、私たちは別室へ。

 これは今の私たちが馬車での移動用にと、比較的楽で動きやすい服装をしているからだ。

 

 まるんと彼女付きのトウコはロクシーさんとご一緒する必要はないからいいとしても、私は流石にそのままでと言う訳にはいかないから来客を持て成す服装へと着替えないといけないし、同じく私付きのヨウコとサチコも鎧姿からいつものメイド姿へと着替える必要がある。

 だから大急ぎでその準備に入ったって訳なのよね。

 

 とは言ってもロクシーさんをそのまま放置する訳にもいかないので、控え室へと移動する間に指示を出しておく。

 

「ギャリソン、館のメイドにお茶とお菓子の手配をお願い。あと折角ロクシー様がこの館を訪ねてきてくれたのですから、馬車に積み込んであるボウドア産のお酒とクラッカー、それに果物やサンプルの小麦粉を用意しておいてちょうだい」

 

「畏まりました」

 

 そう言って頭を下げた後、下がって行くギャリソンを見送ってから私たちは控え室へと入って行った。

 そして30分程後。

 

「いってらっしゃ~い」

 

 準備を終えた私は、ラフな格好のままでお菓子片手に手を振るまるんに、そう言って見送られながらヨウコたちを伴ってロクシーさんの待つ応接室を訪ねた。

 

「お待たせして申し訳ございません、ロクシー様」

 

「いえいえ、わたくしも此方でお茶とお菓子を頂いておりましたから」

 

 そんな簡単な会話の後、ロクシーさんが今日この大使館を訪れた用件を訊ねてみたんだけど、どうやら特に用事があるわけでも無く、たまたま時間が空いているときに私たちがこの街にやってきたと報告を受けたから訊ねただけだったみたい。

 

「わたくしはあくまで皇帝陛下の愛妾でしかありませんから、そう毎日用事があるわけではありませんからね」

 

 なんて言いながら笑っているところを見ると、案外暇してるのかもしれないわね。

 実際、帝都にいる時なら色々とやることもあるんだろうけど、このイーノックカウへは仕事ではなく疎開の為に来ているのだから、来た当初ならともかく、ある程度時が過ぎればパーティーや表敬訪問も一巡して暇になるというのも解る。

 だからこそ、私がこの街に来たと言うイベントに飛びついたのだろう。

 

「ところで今回はどのような用件でこのイーノックカウへ? まるで凱旋パレードのように国旗を掲げながら街を移動なされたのにも、なにやら理由があると先ほども仰られていたようですが」

 

「ええ。実は近々このイーノックカウに店を持つことになりまして、それに伴い私がイーノックカウに到着したのを知らせると共に、店頭に掲げる我が国の国旗もイーノックカウに広く周知させようかと思いまして」

 

 最後のは完全に後付けだけど、こうでも言わないとあのパレードのような騒ぎをうまく説明できなかったのよね。

 だから、こういう理由をでっち上げたってわけ。

 

 そして私は予め用意してもらっておいた、イーノックカウの店舗を開く時に店頭に置く予定の品々を運び込んでもらってロクシーさんの前に並べて行った。

 

「まぁ、そのようなお店を開かれるのですか。しかし折角アルフィン様がお店を開かれるのに、置かれる商品はイングウェンザー産では無いと言うのは少し残念ですわね」

 

「あら、品物自体はボウドアの村で生産されたものですが、果物の品種やお酒などの加工品は私の国の製法で作られているものですから、この街の人々にもきっとご満足していただけると思いますよ。ああそうだ、折角だからロクシー様にも試食していただきましょう」

 

 私はそう言うと、メイドに頼んで果物を一つ切ってもらう。

 お出しするのは今日持ってきた物の中で一番高価な果物、メロンだ。

 

 綺麗な網目の入った皮にナイフを入れるとその下からは瑞々しい綺麗な黄緑色の果肉が顔を出し、それと同時に部屋の中に充満した芳醇な香りによって、その実が完熟していることを周りに伝える

 

 そしてメイドの手によって種が取り除かれ、8つに切り分けられたメロンのワンピースが皿に載せられて、スプーンと共にロクシーさんの前へと配膳された。

 

「メロンでございます。ご賞味を」

 

 初めて見る果実にロクシーさんは一瞬戸惑いの色を見せたものの、これまで私たちが出したものは全て美味だったのだからこれもきっとと傍らのスプーンに手を伸ばし、一口分をすくって口に運ぶ。

 

「っ!?」

 

 その表情の変化は劇的で、先ほどまでほんの少しの警戒の色があったその表情は、次の瞬間満面の喜色に彩られた。

 その顔を見ただけでロクシーさんがこのメロンと言う果物を気に入ってくれたのだと伝わり、私はホッと胸を撫で下ろす。

 

 

 正直、メロンは口に合わないって人もいるから心配してたのよね。

 

 今日お出しした物は甘さも香りも申し分無いし、普通ならだれもがおいしいと言ってくれるであろうものなんだけど、完熟したメロンは独特の香りと酸味が苦手だって言う人もいるのが少し心配でもあったのよねぇ。

 でも他に果物にはない甘みと強烈な個性のある味だからと、リンゴとか梨では無く、一番インパクトがあるメロンを私は選択したんだ。

 そしてその判断は正しかったみたいね。

 

「この果実も店頭に並べるのですか? それはさぞかし話題になることでしょう」

 

「ええ、カロッサ子爵もそのように仰られましたわ。ただ、私としてはこれを金貨1枚ほどの値段で販売すると伝えると、それ程安くてはあっと言う間に売切れてしまいますよとご忠告を頂いてしまって」

 

「金貨1枚でですか? まぁそんなに安く求める事ができるのでしたら、社交シーズンなどは各家がこぞって押し寄せるでしょうね」

 

 そっか、やっぱり金貨1枚では安すぎるんだね。

 正直メロン1個10万円と言うのは高すぎるだろうって思うんだけど、カロッサさんだけじゃなくロクシーさんまで同じ意見だと言うのであれば間違いはないだろう。

 ならば折角の機会だし、ロクシーさんにどれくらいの値段をつければ適当なのかを聞いたほうがいいかな。

 

「ロクシー様もそう思われますか? 私としてはメロン1玉で金貨1枚と言うのは少々高すぎると思っていたのですが、帝国にない珍しい果物ですから皆様それに価値を見出しておられるのでしょうね。それでは・・・」

 

「ひと、玉、ですか? と言う事はまさか、アルフィン様が仰られた金貨1枚と言うのはワンカットではなく、この果実一個の値段なのですか!?」

 

 ロクシーさんにメロンをどれくらいの値段で売ったらいいのか聞こうと思って話していたら、その途中で言葉を遮るようにロクシーさんがそんな事を、驚愕の表情を浮かべながら聞いてきた。

 

「はっ! すみません。はしたない真似をしてしまいました」

 

 と次の瞬間、ロクシーさんは慌てて私に頭を下げる。

 これはきっと私の言葉を遮って発言してしまった事を謝っているんだろうけど、正直私としてはそれどころじゃなかったのよ。

 なぜなら先ほどのロクシーさんの発言があまりに衝撃的過ぎて、私の頭の中がパニック寸前に陥っていたからだ。

 

「いっいえ、それは特に問題はありませんわ。そんな事より・・・もしかしてロクシー様はお出ししたメロンワンカットの値段を金貨1枚と聞いて、それでもなお安いとお感じになられたのでしょうか?」

 

「えっ? ええ。このようにとても美味で、なおかつ他では手に入らないものですから、それくらいの価値は十分あるとわたくしは考えますよ」

 

 なんと! じゃあ、ロクシーさんはメロン一玉で金貨8枚以上の価値があると判断したってわけ? 流石にそれはないでしょ。

 私はそう考えたんだけど、ところがよくよく聞いてみれば、これだけのものならばそれ位するのは当たり前の事らしい。

 

「貴族同士の晩餐では特に珍しいものが出ない場合でも1人金貨10枚くらいの料理をお出ししますし、アルフィン様から頂いたワインですが、あれほど上質なものでしたらやはりボトルで金貨10枚はいたします。あのメロンと言う果物は大変珍しい上に1つで8人分取れますでしょ? それならばそれらと同じくらいの価格であったとしても、わたくしはおかしくはないと思いますよ」

 

「そうなのですか。無知を晒してしまい、お恥ずかしい限りです」

 

 私は貴族と言うものを甘く見ていたみたいなのよね。

 後で調べてみたら貴族ってそれ程高くない位の家でも、一日で最低金貨10枚は生活費に使うんだって。

 そりゃあその中には光熱費とか住宅などの維持費、それに衣服等の費用も含まれているから食費だけでそれだけのお金を使っているわけじゃないけど、これがパーティーとなるとそれくらいのものを出すのは当たり前なんだってさ。

 貴族、恐るべし。

 

「しかし、その金額で驚きになられているところを見ると、アルフィン様はいつもご自分が振舞われているものが周りからどれくらいの評価を受けているのかも、ご存じないのではありませんか?」

 

「えっ? ええ、まぁ」

 

 はい、まったくご存知ありません。

 でも普通の貴族のパーティーで金貨10枚と言うのなら、ちょっと聞くのが怖いくらいの話になってそうね。

 そして私のそんな考えは、ロクシーさんの口から出た次の言葉で肯定されることになった。

 

「ふふふっ、わたくしと陛下との共通認識では、もし帝城でのパーティーにアルフィン様付きの料理人をお貸しいただき、都市国家イングウェンザーの食材も融通していただけるのでしたら小さなパーティーでも一人当たり金貨50枚、総額で金貨50000枚をお支払いしても惜しくはないという話になっておりますのよ。あっ、当然ワインなどの飲み物の値段は別にお支払いして、ですわ」」

 

 絶句。

 確かに高くはなるだろうけど、元の金額が大きいのだからせいぜい2倍をちょっと超えるくらいの金額を提示されると思っていた私は、その言葉に何も言えなくなってしまった。

 

 ロクシーの口からあまりに大きな数字が飛び出した為に、何をどう表現したらいいのか解らず、ただただぽかんとした表情で固まるアルフィンだった。

 

 





 125話でカロッサ子爵たちに出した時もカットフルートと表記してましたよね? 実は彼らもアルフィンが提示した金額はあのカットフルーツ一個の値段だと思っていました。
 彼らの常識から照らし合わせると、これ程珍しく信じられないほど甘い果実一つの値段としてはあまりに安すぎるのでそう考えるのは当たり前なんですよね。

 因みに今回の上質なボトルワインの値段や貴族が一日に使う生活費とか晩餐での一人当たりの金額ですが、実を言うと別に私がかってに考えた訳ではなく、いつも参考にしているD&Dのルールに書いてある金額だったりします。
 驚きですよね。

 アルフィンは私たちに近い価値観を持っているので、まさかこんなに凄い金額が使われているなんてまったく思っておらず、自分の常識で話してしまったためにロクシーから本来の価値を知らされて驚いたという訳です。
 色々価値の違いに驚いてきたこの物語ですが、実はまだまだ驚くようなものはあるんだよと言うお話でした。


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128 無茶振りの末に

 

 果物の値段にちょっと打ちひしがれていたけど、折角ロクシーさんに色々と聞くことができる機会なのだからと、気を取り直して次の商品へ。

 

 今度お出しするのはお酒だ。

 

「ロクシー様、いつも私がお出ししているものに比べると少し劣るのですが、ボウドアの村でも酒造を始めておりまして。そこでできたものを試飲していただきたいと思うのですが宜しいでしょうか?」

 

「まぁ素敵。アルフィン様に出していただけるものでしたら、喜んで試飲させて貰いますわ」

 

 ロクシーさんがそう言ってくれたので、私はヨウコに頼んで数種類のお酒を持ち込んでもらった。

 

「よかった。当初は満足できる完成度のものはエールとラガーのビール2種類だけだと私は考えていたのですが、先日カロッサ子爵に飲んでいただいたところ、その他にも幾つか売り出せると言っていただけたものがあったので、ロクシー様にも感想をいただけたらと思っていたんですよ」

 

 そう言いながら、私は自らロクシーさんの前に置かれた専用のグラスに薄い黄金色の液体を注ぐ。

 その酒を注ぐとグラスの底から小さな泡が一筋の糸のように登り、その美しい姿は見るだけで華やいだ気分になるものだった。

 

「前にロクシー様にはスパークリング・ワインと言う発泡ワインをお出ししましたでしょ? そちらもボウドアの村での製造自体は始まっているのですが、あれは製造に最低でも15ヶ月、普通なら3年は寝かさなければいけないものですのでまだ当分は出荷できません。ですが、先日ボウドアと我がイングウェンザー城の間にあるものが沸く場所が見つかりまして、それを使うことによって似たようなものをより安価に製造する事ができましたの。それがこれです」

 

 そう、これはあるものを発見したことによって飲めるようになった、現実世界ではおなじみのお酒なんだ。

 

 

 

 実は少し前に館のメイドから、ボウドアの村長が密封できる丈夫な金属製のミルク缶のようなものを作ってほしいと言う要請をしてきたので製作して渡しましたって報告がきたの。

 その話を聞いた私はそんな物を何に使うの? って聞いたんだけど、そしたらケンタウルスの縄張りに近づくのを領主であるカロッサさんの先代に禁止されてからはずっと汲みにいけなかったんだけど、村長が子供の頃は村から東に10キロほど行った先にある泉から湧く不思議な水をよく飲んでいたそうで、要請があった缶はその水を運ぶ為に必要なんだそうな。

 

 どうやら私たちの城ができてケンタウロスの脅威が無くなったという事で久しぶりにその水を汲みに行こうと思ったらしいんだけど、何十年も放っておけば金属製の缶なんて錆びてしまうのも当然で村にあったものは全て使い物にならず、その代わりのものを作れませんかって話だったそうなのよね。

 そこでその水がどんなものかを聞いてみたところ、その返答を聞いて私は飛び上がって喜んだわ。

 だってそれは私たちの城の中でさえ、得ることができないものだったのだから。

 

 そのあるものと言うのは炭酸水、それも実際に汲みに行って初めて解ったんだけど、かなりの強炭酸で鑑定してみた所飲むのにも何の問題もなし。

 その上かなりの勢いで湧いていて、その日持っていったガロン缶10本があっと言う間にいっぱいになってしまったほどなのよ。

 おかげで私はビールとスパークリングワイン以外の炭酸飲料を、この世界で初めて飲むことができたわ。

 

 ただ、その時点では私はその炭酸水とお酒が直結しなかったのよね。

 ところがボウドアでは昔からワインをその炭酸水で割って飲んでいたと言う話をリーフが聞いていたらしくって、それを基にして開発したものを先日のカロッサさんとの会談で出してくれたのよ。

 それが今、ロクシーさんの前に出したものってわけ。

 

「ボウドアの村で取れたリンゴと言う果実の内、傷みがひどいものを絞ってできたジュースを甲類焼酎と言うアルコール度数は高いものの癖や香りが少ないお酒に混ぜ、そしてボウドアの近くで汲む事ができる炭酸水で割ったリンゴチュウハイと言う飲み物です。スパークリングワインとはまた違った果実の味わいのあるお酒で、とても美味しいんですのよ」

 

 リーフが言うには、乙類と違って甲類焼酎は純粋なアルコールに近いものを作ってからそれを水で割って作るから寝かさなくてもいいんだって。

 ただ村の作物からでも作れるし製法も解るからと試作してみたものの、水増しして作るという行為がなんとなく安っぽく感じて私たちに出すのは不敬だろうからと村人にだけ振舞うつもりでいたらしいんだ。

 だけど、でもカロッサさんとの会談で急遽出せるお酒を全部持ってきてと言われて、それならば村での評判もいいからとあの日は持ってきてくれたというわけだ。

 あれは本当にファインプレーだったわ。

 

 

 

 初めてのお酒と言う事で、ロクシーさんは口をつける前に香りを楽しむ。

 するとその今まで嗅いだ事の無い甘く芳醇な香りに、ロクシーさんの表情が華やいで行き、そして一口。

 

「まぁ、美味しい。とても美味しいですわ、アルフィン様。ワインほど酒精が強く無く、軽い口当たりの上にさわやかな甘みとこの弾ける泡が爽快感を増して。炭酸水は私も口にしたことがありますが、少々苦味を感じてしまって苦手でしたのよ。でも、このように甘みのある果実とあわせると、とても美味しいのですね」

 

「ええ。アルコールを入れずに果実の汁とあわせる事によってできる、炭酸の果実水もとても美味しいですよ。それに今、私の城ではこの炭酸水の発見により、料理人たちが新たな飲み物の開発にかかっておりますわ。ああ、それが一日でも早く完成しないかと、私も楽しみにしていますのよ」

 

 そう、私は炭酸の発見によってある夢の飲み物の復活を企んでいた。

 

「まぁ、アルフィン様がそのような表情をするほどの飲み物とは! それは何と言う飲み物ですの?」

 

「本国のある周辺地域でも最高の発明とまで言われている飲み物、コーラですわ。これはそのまま飲んでもよし、アルコールを割る水代わりに使ってよし、甘味として肉や魚を煮てもよしと、まさに万能の飲み物ですのよ。しかし、転移の魔道具を使ってしまうと炭酸が抜けてしまうので取り寄せる事が出来ずにいて、とても残念に思っていたのです」

 

 コーラのレシピ自体は図書館から見つかったから材料さえあれば今すぐにでも作れるのよ。

 でもその中には一般的な料理に使われる事のないコーラナッツなどの謎材料も含まれていて、そんなものは当然我が城にはどこを探してもあるはずがない。

 ただ、その殆どがカレーの香辛料とかぶってるし、他のライムとかも良く使う材料だから足りないものをなんとかほかのもので補えないかと今試行錯誤しているってわけ。

 

 因みについ先日もある文献からコーラナッツにはカフェインが入っていると言う事がわかったから、コーヒーを少し加えてみたというものを飲んだんだけど・・・まぁ、完成はまだまだ先かもね。

 

「残念ながら我が国でも出回っていたのは他国からの輸入品でレシピが解らない為に完成までにはまだ程遠いのですが、その折にはロクシー様も一緒に飲んでくださいますか?」

 

「ええ、喜んで」

 

 私たちはこうしてまだ見ぬ夢の飲み物の事で、しばらくの間盛り上がるのだった。

 

 

 それからしばらくは別のお酒の試飲。

 若いとは言え、今までとは違った品種の葡萄で造られているために味わいは十分だとカロッサさんから太鼓判を押された新酒のワインや、甘さが強くて多少角があったとしても許容できると判断されたデザートワインを飲んでもらい、どの程度の値段なら妥当かと言う助言をロクシーさんから貰ってそれをメモしていく。

 そして酒類の最後として、今はまだ完成していないけど将来的には出来上がる酒のサンプルとしてブランデーを出してみたんだ。

 

「外見上はこの国でもたまに見かける蒸留酒に酷似していますけど、これはワインのような果実を使って作られるお酒を更に蒸留して作られているので、甘くてとても芳醇な香りが特徴のお酒ですの。ですので香りを楽しむためにも普通の蒸留酒と違い、氷を使って冷やしたり水で割ったりせずにそのままお召し上がりください」

 

「これは・・・かなり薫り高いお酒ですのね。それに酒精がとても強くて。ただ、わたくしが飲むには少々きつすぎるお酒ですわ」

 

「そうでしょうね。私もこのお酒は強すぎてあまり飲みません。香りはいいのですけどね」

 

 ウィスキー同様このブランデーと言うお酒はとてもアルコール度数が高いんだけど、一般的にはなにかで割る事なく手の平の温度で暖めながら飲むものらしいんだ。

 ただ、普段ならちょっときつすぎるから、この手のタイプのお酒を私はあまり好まない。

 でも、このブランデーの用途は飲むだけじゃないのよねぇ。

 

「あら、と言う事はアルフィン様はわたくしもあまり好まないであろうとお考えになられていたのですか。では何故この場に、このお酒を?」

 

「それはですね、まずはこの甘い味と香りを知っておいて欲しかったからなのです」

 

 そう言うと私はヨウコに目配せをした。

 すると彼女は新たなワゴンを私たちの元へと持ってきて、そこに置かれていたクローシェを開く。

 そこから現れたのは、小麦色した四角い焼き菓子だった。

 

「これはブランデーケーキと言うお菓子です。先ほど出したブランデーは飲むだけではなく、調味料としても優秀なんですよ」

 

 ヨウコの手によって切り分けられたケーキを口にしている間に、ブランデーがどのような料理に使われるのかを私はロクシーさんに説明して行った。

 肉を焼く時や魚のバターソテーの香り付け、それに色々なお菓子へ使用する等、甘い香りが合う料理に幅広く使えることをアピールしたの。

 そしてそのような用途で使うというのであれば大きなボトルで売る必要は無く、小さな容器に小分けして売ることも可能だから貴族だけでなく一般にも広く売り出せるのではないかって話したのよね。

 

「それと帝都にもアイスクリームがあるとお聞きしました。ロクシー様、でしたらブランデーはこのようにして楽しむ事もできるのですよ」

 

 試食会の最後にサプライズ! その言葉を合図にアイスクリームが運ばれてくる。

 私がそのアイスに先ほどのブランデーを少量振りかけるとメイドたちが一斉動き出し、その手によって窓のカーテンの一部が閉じられて部屋が少しだけ暗くなった。

 そしてそんな中、私は指先に魔法で小さな炎を灯し、

 

 ボッ。

 

 その火を近づけると青白い炎がアイスからゆらゆらと立ち上り、ブランデーの甘い香りが周りに広がって行く。

 現実世界では良く見かける演出だけど、貴族の前で魔法を使ったり炎を振りかざしたりする事などないこの世界では、多分見たことも無い光景だったんだろうね。

 ロクシーさんはその炎を見て、うっとりとした顔をしていたんだ。

 

 

 

「あら、演出だけかと思いましたら先ほどのブランデと言うお酒の甘い香りがアイスに移って、とても美味しくいただけるのですね」

 

「ええ。あれは美しさに味が伴う料理法なんですよ。私たちの国にはこの他にも炎を使った演出の料理があるのですが、こちらでは料理人が目の前で調理するという文化がないようなのでお見せできないのが残念ですわ」

 

 鉄板の上で焼いているステーキにブランデーやラム酒をかけて炎が上がるフランベなんて絶対に盛り上がると思うけど、実際いきなり目の前でやられると驚く上に結構な熱量だから貴族の前でそんな事をしたら料理人の首が物理的に飛びそうですもの、調理場では行われているかも知れないけど誰もやって見せようなんて想像もしないだろうね。

 

 ところがそれにロクシーさんが興味を示してしまったんだ。

 

「まぁ、料理でもそのような演出が? アルフィン様の国では料理さえ芸術なのですね。わたくし、是非とも一度拝見したいですわ」

 

「フランベをですか? できないことはないと思いますが」

 

 そう言ってヨウコのほうに目を向けると彼女は小さく頷いた後、部屋を出て行く。

 あれは多分厨房へ今から用意できるかを聞きに行ってくれたんだろうなぁ。

 

「今ご用意できるかどうか確かめに行ったようですから、少しお待ちくださいね」

 

「いくらでもお待ちしますわ。今までアルフィン様がそう仰られて、用意できなかった事はございませんもの」

 

 ああ、そう言えば今までも何度かこんな事があったけど、その全部かなえてきたんだっけ。

 まぁ今までは叶えられない程の無理難題は無かったもんなぁ。

 それにできる事なら別にやって見せても問題はないと思って今まで来たからこそ今の縁があるのだろうし、その事に何の後悔も無いけどね。

 

 そして待つこと数分。

 

 コンコンコンコン。

 

 ノックの後、厨房へと聞きに行ってくれたヨウコではなくギャリソンが部屋に入ってきて一礼。

 

「お待たせしました。ロクシー様、アルフィン様、庭でお見せする用意が整いましたので、ご案内します」

 

 そして彼がそう言うと、扉が開かれた。

 なんと、てっきり聞きに行っただけだと思っていたのに準備まで済ませてきたのか。

 ギャリソンがヨウコに代わってここに姿を現したのも、彼女がその準備の為に色々な所への伝達をして回ってるからなんだろうね。

 

 その行動力に内心驚きながらも、私はロクシーさんを伴って庭へ。

 するとそこには日陰を作るためのターフが張られており、その下には椅子とテーブルのセットが、そしてそこから少し離れた所にはなんとすでに大きな鉄板を乗せた魔道コンロが設置されていたのよ。

 

 よくもまぁ数分でこれだけの準備を済ませたものねぇ。

 家を建てたりするのとは違って魔法でなんとかなるものじゃないから、これだけの事を数分でこなすなんてさぞ大変だったろうに。

 

 私はこの瞬間、改めて自分の周りにいる者たちの優秀さを思い知ったわ。

 

「鉄板が熱くなるまでもう少々時間がかかりますから、此方でもう少しの間お寛ぎください」

 

 そう言ってギャリソンに誘われてテーブルに着くと、すかさずグラスに注がれた白い泡を携えた黄金色のお酒が出され、そのアテとして後でロクシーさんにお見せするつもりだったクラッカーがチーズと共に皿に盛られて出てきた。

 なのでその説明をしながら、

 

「これも店に出す予定ですのよ」

 

 なんて話していると、その内にどうやら鉄板に火が入ったようで。

 

 ジュウッ!

 

 肉の焼ける音と、おいしそうな脂の焼ける香りが辺りに広がった。

 それに釣られて私とロクシーさんの視線が鉄板とその上で肉を焼く料理人に注がれたんだけど、そんな私たちの視線など気にもならないとばかりに彼は華麗な手つきで肉を焼いて行き、やがて待望のクライマックスが訪れた。

 

「行きますよ」

 

 ボワァァッ!

 

 料理人が合図と共に、手に持ったビンからブランデーを鉄板に振り掛けると大きな火の手が上がり、その炎の熱が少し離れた私たちの元まで届いたのよ。

 次の瞬間にはその炎はクローシュをかぶせられることで消されてしまったんだけど、それまでの炎の演出にロクシーさんは大興奮! 凄いですわ! を連発し、目を輝かせて料理人に向かって拍手を送っていた。

 

 その肉が切り分けられた後もロクシーさんが我が国の魚介も気に入っている事を知っていたギャリソンが用意してくれていたので、海老やホタテなどの貝類も同じ様にフランベしてお出ししたものだから彼女の興奮は食事が終わるその時まで続いた。

 

「凄い熱量でしたわね。私、驚いてしまいましたわ。ですが、この料理が貴族の前でできないとアルフィン様が仰られた意味も同時に理解しました。人によってはあの炎に恐怖を感じる方もいらっしゃるかもしれませんもの」

 

「ええ、ですからパーティーなどには向かない料理法ですの。我が国でも、この様な料理法を取る店の中には調理する厨房とお客様の席との間に透明な壁を作って、この演出を見せている所もあるんですよ」

 

「まぁ、それならば安心してこの料理法を拝見することができますわね」

 

 そう言ってロクシーさんは笑った。

 ただ、その後がちょっと問題だったのよね。

 

「アルフィン様、わざわざ透明な壁と仰られた所を見ると、都市国家イングウェンザーでは簡単言われてしまうガラスとは、また違った材質でその様な物を作る技術が確立されているのですね。でしたら貴族が訪れる場所においても安全ですし、イーノックカウにお店を出されるのでしたらそれと同時にこの演出を見せるレストランを開きませんか? エヴィなどは無理だとしても肉や野菜でしたらこの街でもそこそこの良いものが手に入りますし、料理法自体は特別変わったものではありませんでしたから人手が足りないという事でしたら料理人も此方が手配しますので、一度お考えになって頂けませんでしょうか?」

 

 どうやらロクシーさんの無茶振りはこれで終わったわけじゃなかったみたいです。

 

 料理法や材料の事を指摘され、その上透明な壁を作る技術があることまでうっかり喋ってしまった為に断る方法が思いつかないなぁと、半分あきらめの境地に至るアルフィンだった。

 





 なにやらおかしな展開になりましたが、まぁ大問題になるようなタイプのハプニングではないので、アルフィンの事だからのほほ~んといつものようになんとなくこなして行く事でしょう。

 あと本編に書くつもりでしたが、なんとなく蛇足になりそうだったので後書きで補足。
 イーノックカウで出す商品はこのほかにも色々と用意されました。
 それはカロッサ子爵から別に全てをボウドアで完結しなくてもいいのでは? と言う言葉を受けて、チーズやイングウェンザーで作られた食品などを取り入れた食品をレパートリーに加えたからです。

 例えば揚げクラッカーにチーズを挟んだもの(リッ○サンド)とか、塩味で棒状の焼き菓子にチョコレートをコーティングしたもの(○ッキー)とかw

 前者はともかく、後者は間違いなく騒ぎになるでしょうね。
 没で正解だったかな?



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129 新素材と二つのギルド

 

「え? アクリル板、作れないの?」

 

「そんなの、当たり前だろ」

 

 ロクシーさんを見送った後、私は一度城へ帰ってさっき提案された料理店に設置する透明な壁、すなわちアクリル板の製作をアルフィスに依頼しに行ったのよ。

 ところが彼から帰って来た言葉は無理の一言だった。

 

「どうして? アクリル板の作り方だったら図書館にある私が集めた本の中にあるはずでしょ。あれは店の装飾とかにも使うし、なにより合成樹脂はファッションにも使うものだから、私の持っている資料集の中にその製造方法の資料が入ってないなんて事はありえないもの」

 

「ああ、確かに作り方が書かれた本は見つかるだろうし、道具職人の技術を持つ俺なら作る事もたやすいと思うよ。でもな、それはあくまで材料がそろっていればの話だ。原材料になる石油が無いのに、どうやって作れって言うんだ?」

 

 あっ! そう言えばそうだ。

 合成樹脂の原材料である石油はバクテリアやプランクトン等の死骸からできているのだから、探せばこの世界でもどこかに埋蔵されているとは思うのよ。

 海にいるプランクトンはともかく、病気になる人がいる以上バクテリアはいるはずだからね。

 

 でも、どこにあるかも解らない油田を探すために大陸中に人を送るなんて事はできないし、何よりそんな事をしていては見つかるまで何年掛かるか解ったもんじゃない。

 と言う訳で、アクリル板の製作は断念する事になった。

 

「それじゃあ別なもので作る必要があるわよね」

 

「耐熱性があって透明度が高ければいいんだろ? それなら牧場にいるエンシェントシルバードラゴンの翼膜でいいんじゃないか? あれならアクリル板なんかよりよっぽど強度が高いし、熱にも強い。ピッタリじゃないか」

 

 はぁ~。

 

 そんな能天気なアルフィスの言葉に、私は深いため息を洩らす。

 解ってないなぁ、そんなの使えるわけないじゃない。

 

「あのねぇ、高々10レベルそこそこの騎士が皇帝陛下の近衛兵になるような世界なのよ。そんなところにエンシェント、それもドラゴンの中でも最強クラスのシルバードラゴンの素材を使えるわけないでしょ!」

 

「そうか? 最強クラスって言ってもカラーの中でだろ? 属性竜にもいたってないドラゴンのエンシェントなんて、この城の牧場で飼われているドラゴンの中でも最下級だぜ? それにギャリソンが調べた話じゃこの世界にもグリーンドラゴンを倒した奴がいるらしいし、属性竜であるフロストドラゴンが人の住む場所近くの山に住んでるって話じゃないか。ならそんなに心配するほどの事じゃないだろ」

 

 そんな事を言ってアルフィスは笑うけど、私からしたらとんでもない話だ。

 グリーンドラゴン? 一応色つきの名前だからカラードラゴンに含まれてるけど、あれの強さはグラウンドドラゴンと同程度で20レベルに満たないパーティーでも倒せる最弱の部類に入るドラゴンじゃない。

 それに対して同じグリーンドラゴンでもエンシェントとなれば、少なくとも40レベルはないと挑めないのよ? それがドラゴンの中でも強い方に入るシルバーやゴールドのエンシェントとなれば、この世界の人間ではどう逆立ちしたって太刀打ちできないモンスターだって事くらい解らないのかしら?

 

「とにかく、エンシェントシルバードラゴンはダメよ。店が評判になれば偵察に来る人も出て来るだろうし、その中にもし鑑定ができる人が混ざってたら大騒ぎになっちゃうでしょ」

 

「ああ解ったよ。でもさ、ならどうするつもりなんだ? 透明で強度がある素材なんて、そんなにないぞ」

 

 そうだなぁ、モンスターの素材には透き通っているものも結構あるけど、透明となると殆どないのよねぇ。

 となると、やっぱり鉱物を使って作ったほうが早いかなぁ。

 

「鉛の含有量を少し高めて強度を上げたクリスタルガラスを作って、お客さん側を天然樹脂でコーティングするのが一番かなぁ。これならよっぽどの事がないと割れる事はないだろうし、調理側はガラスのままだから油汚れを掃除するのも楽だしね」

 

「それが一番手っ取り早いか。でもいいのか、マスター。これってこの世界にはない技術なんだろ? 化学物質から作るアクリル板ならともかく、クリスタルガラスならこの世界の人間でもまねできるんじゃないか?」

 

「う~ん、そうなのよねぇ。だから本当は避けたかったんだけど、他にいい案が浮かばないから仕方ないじゃない」

 

 私としてはあまり現実の世界の技術をこの世界に流出させる気はないのよね。

 と言うのも、あからさまにこの世界のものではない技術だと悪目立ちするからなのよ。

 

 例えば今度売り出す果物とかなら過去にこの世界に来たプレイヤーが残したものを地方の村で細々と作り続けている人がいて、それに目をつけた人が売れると考えたとしてもおかしくはないし、たとえそこから私たちが注目されたとしても一応バハルス帝国の友好国という体裁はとってる上に逃げ道となる我が国のバックボーンストーリーも考えてあるからいいんだけど、今までには無かった現実世界の技術が急速に広まったとなるとそうはいかない。

 それを伝えたのは新しくこの世界に来たプレイヤーじゃないのか? って誰でも考えるだろうからね。

 

 アインズ・ウール・ゴウンを名乗るものが現れた以上、私たちがプレイヤーであるという情報はあまり広めたくないのよ。

 それだけにクリスタルガラスはあまり世に出したくはないんだけど、ロクシーさんにもう店を出すって約束しちゃったから仕方ない。

 あのギルドは異形種ギルドだから流石に美食を求めて色々な町で食べ歩きをするなんて事も無いだろうし、ましてやこんな辺境の街に開いた店に偶然立ち寄るなんて事は有り得ないだろう。

 それにたとえこの技術が広まったとしても最初は中央の大貴族の間でしか使われないだろうから、流石に私たちのレストランがその技術の発端だなんて余程の事がない限り気付かれないはず。

 

 そんな希望的観測で、私はクリスタルガラス製作にGOサインを出したんだ。

 

 

 

 さて、ロクシーさんと共同で出す店に関してはこれでいいとして、元々のお店を開く準備も始めないとね。

 と言う訳でその晩はイングウェンザー城に泊まって、次の日の朝早くにゲートを開いてイーノックカウの大使館へと戻った。

 

「あっお帰りなさい、あるさん。アルフィスとの話し合いはもう済んだの?」

 

「ただいま、まるん。ええ、ちょっと不本意な結果にはなったけど、とりあえず問題なく進むと思うわ」

 

 朝食のフルーツと甘々の生クリームがいっぱい乗ったパンケーキを食べていたまるんに帰還の挨拶をして、私も食堂のテーブルにつく。

 とは言っても私はもう城で朝食を済ませてきたから、ここではお茶を飲むだけなんだけどね。

 

 

 館のメイドに出してもらった紅茶を一口含んでから、まるんに今日の予定を伝える。

 

「まるんの食事が終わって少し休んだら、まずは商業ギルドに顔を出すわよ。出店をするに当たって色々と手続きもあるだろうし、その他にも店を出す際の説明も聞きたいからね。その後はユミちゃんたちがいる別館へ。あそこに1階を改装して店を開くつもりだから間取りの確認とかをしなきゃいけないし、どうせならロクシー様に頼まれたレストランもあの館の庭に建てちゃおうって考えてるから、どこに建てたらいいか視察しないといけないものね」

 

「なんか忙しい一日になりそうだね」

 

「そうね。でも今日の予定の殆どは、これからの前準備だからそれ程大変ではないと思うわよ」

 

 そんな話をしながら、私たちは朝ののんびりとしたひと時を楽しんだんだ。

 

 

 

「ここが商業ギルドなのね」

 

 私たちはイーノックカウの中心部にある大きな建物の前にいた。

 石造りの立派な建物であるそこは、まるんの話によるとギルドとは言っても商工会議所のようなもので、各種手続きや税金の相談、それに商売に必要なお金の融資とかもしてくれる場所なんだそうな。

 

 中に入ると長いカウンターと、そこに並ぶ各種受付が私たちをお出迎え。

 

「まるんとカルロッテさん、それにギャリソンはここに来た事があるんでしょ? ならギャリソンに案内してもらえば大丈夫かな?」

 

「はい。お任せください、アルフィン様」

 

 あまりの受付の多さにちょっと気後れしたけど、ギャリソンの事だからどこに行けば何ができるかまでしっかりと把握しているだろうから大丈夫。

 私はその後を付いて行くだけで目的の場所へとたどり着く事ができるはずだ。

 

 と言う訳で、お役所特有のたらいまわしにあう事も無く、出店するにはどうしたらいいのか、届け出は開店のどれくらい前までにすればいいのか、この町の税率はどうなっているかなどを聞き、そして最後に手続き時に提出する書類を手に入れてこの商業ギルドでの用事を全て終了。

 ただその間に掛かった時間はたった1時間弱で、まさかこんなに早く終わるなんて思ってなかったから別館に訪れると連絡してある時間にはまだかなり時間があるのよねぇ。

 

 この手の事には時間が掛かるのが当たり前だと思っていたから、私はてっきり昼前中はかかるのだろうと考えていたのよ。

 だから向こうには遅めの昼食を取ってから向かうなんて言ってあるから、今から向かったりしたら昼食の準備などで余計な手間をかけさせてしまうだろう。

 それでもきっと「私たちはアルフィン様方にお仕えする為に生まれてきたので」なんて言いながら対処してくれるんだろうけど、彼らにはちゃんと仕事をあてがってこの街に駐留させているのだから、そんな彼らに無理をさせるのは私の本位ではない。

 

 と言う事で急遽予定変更! 冒険者ギルドと言う所にも行って見る事にしたんだ。

 

 

 

 冒険者ギルドと言えば色々な物語に出てくる、荒くれどもの集まる無法地帯! そんなイメージを期待して、わくわくしながら向かったんだけど。

 

「ああ、やっぱりあるさんも私と同じ様な事を期待してたのか」

 

 まるんからこう指摘があったように、その外見は私が想像したものとはまったく違っていて、中に入ってからも誰かに絡まれるなんて事も無く、すんなりとカウンターまでたどり着く事ができてしまった。

 

「いらっしゃいませ、イーノックカウ冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」

 

 その上、受付の女性からはそんな明るい対応をされてしまったものだから、私の中の冒険者ギルド像はガラガラと音を立てて崩れて行くのだった。

 

 

 

 さて、そんな状態になってはしまったものの、折角ここまできたのだから何もせずに帰るのはつまらないだろう。

 だから私は、前にまるんたちがこの冒険者ギルドを訪れた時と同じ様に、情報をもらう事にしたんだ。

 

「確か冒険者ギルドは情報を扱っていたはずよね? ここに居る家令から説明は受けたけど何か追加で新しい情報が入っているかも知れないから、それを聞いてみたいわ」

 

「それでしたらこれを。後、前に来た時にリーナと言う受付の方に担当していただいたのですが、その方はいらっしゃいますか?」

 

「はい。呼んで参りますので、少々お待ちください」

 

 ギャリソンは何やら木札のようなものを受付の子に差し出して、前に担当してもらった人を呼び出した。

 それに興味が引かれた私は、さっきの木札は何かと聞いてみた所、

 

「前にここを訪れた時、支払った額よりも情報の価値の方が低いからと渡されたものです。新たに必要な情報が出てきた場合、あれを出せばギルドにある情報なら教えてくださるとのことでした」

 

 との答えが帰っていた。

 ああなるほど、情報に対してあんまり多く貰いすぎていたりすると、色々と不都合がでそうだもんね。

 特に相手が貴族やそれに連なる相手だったりしたらたとえ冒険者ギルドほどの大きな組織だとしてもかなり面倒な事になりそうだもの、それ用の対策って訳か。

 

 こうして待つこと2~3分、受付の奥の扉から2人の女性が現れた。

 1人はさっきの受付嬢だから、もう一人がリーナって言う子なんだろうね。

 

「お待たせしました。では前回と同じ様に部屋を用意してありますから、こちらへ」

 

 そう言うとリーナであろう受付嬢はカウンターを出て二階へと繋がる階段へと私たちを案内したので、私たちもその後に続く。

 で、つれて来られたのは二階にある一番奥の扉の前で、まるんが言うには、

 

「またこの部屋なんだ。あるさん、ここって商談用の部屋なんだって。意外と豪華なんだよ」

 

 だそうな。

 そんなまるんの子供っぽい言葉に受付嬢は笑顔を浮かべて扉を開けたんだけど、次の瞬間、何故か彼女は石にでもなったかのように固まってしまったのよね。

 

 あれ、どうしたんだろう? 部屋の中に先客でもいたのかしら? そう思って開け放たれたドアの向こうに視線を送ってみたけど、そこは誰もいない空室だった。

 と言う事は部屋が理由じゃないんだよね? なら何故?

 

 そんな急に固まってしまった受付嬢を見て、一番驚いていたのはカルロッテさんだ。

 

「どうしたのリーナさん、何か問題があった?」

 

 この言い方からすると、カルロッテさんはこのリーナと言う受付嬢と知り合いみたいね。

 そう思ってまるんに視線を送ると、

 

「うん。前ここに来た時に、カルロッテさんがそんな事を言ってたよ」

 

 と答えてくれたから間違いないだろう。

 なら彼女に任せておけば、リーナさんが固まってしまった理由も解るはず。

 なので私たちは一旦引いて、全てをカルロッテさんに押し付けたんだ。

 

「ねぇリーナさん、大丈夫なの? もし何か大きなトラブルがあったのなら、下に行って応援をつれてくるけど」

 

「・・・カルロッテさん」

 

「なに? 私が出来ることなら何でも・・・」

 

「あなた、前に都市国家イングウェンザーで働く事になったといっていたわよね?」

 

「ええ、言ったわよ。それがどうかしたの?」

 

 へぇ~、前来た時にそんな話までしてたのか。

 と言う事はこの二人、結構仲がいいんだろうね。

 ただの冒険者とギルドの受付嬢と言うだけの間柄なら、今の就職先の話なんてするはずないもの。

 

「先ほど、前回あなたがお連れしたお嬢様が、そこにいらっしゃる美しい女性の事をあるさんと御呼びしたように聞こえたんですけど」

 

「え? ええ。確かにそう仰られたわ」

 

 あれ? なんか話がおかしな方向に行ってない? なんか嫌な予感がする。

 

「と言う事はもしかして、あのお方は?」

 

「ええ、今私が夫と共にお世話になっている都市国家イングウェンザーのアルフィン様よ」

 

 その言葉を聞いた後のリーナさんの行動は本当に早かった。

 100レベルの私ですら、一瞬その動きが見えないんじゃないかって錯覚するほどだったもの。

 で、そのリーナさんがした行動と言うのが、

 

「平にご容赦を! アルフィン女王様。そんな偉い方とは知らず、とんだご無礼をいたしました。私のような者ではなく、うちのトップであるギルド長がすぐにお相手しますので、いや、させて頂きますのでもう少しだけ、もうお少しの間だけご辛抱ください」

 

 THE・土下座。

 これ以上ないほどの見事な平伏だったのよねぇ。

 それを見た私がカルロッテさんのほうに眼を向けると、

 

「すみません。前回ここを訪れたときに私の身の上話としてアルフィン様のことを少しお話したのを彼女が覚えていたようで」

 

 少しだけ困った顔をしながらそう話してくれた。

 なるほど、だからまるんが私の事をあるさんと呼んだのを聞いて、気が付いたのか。

 

「でも、そう言えばアルフィン様をご案内するのですから、ギルドマスターに対応してもらうのが当然でしたね。すみません、私も失念していました」

 

「いいのよ。私だって別にそんな対応をしてもらおうと思ってなかったんだし、商業ギルドでもそうだったでしょ? それにこの人を指名したのはギャリソンですもの、カルロッテさんに落ち度はないわ」

 

 あんまり仰々しい扱いを受けるのは好きじゃないのよね。

 だから、できる事ならこのリーナって人に担当して欲しいんだけど・・・。

 そう思って視線を下に向けてみると、そこには未だ額を床に擦り付けんばかりに見事な土下座を披露する受付嬢の姿が。

 

 そんなリーナの姿を見て、ここからどうやって普通の対応をしてくれるまで持っていけばいいのだろう? と、首を捻るアルフィンだった。

 

 





 作中に出てきた都市国家イングウェンザーのバックボーンストーリーと言うのが気になった方は、外伝2 年末年始で語られているのでそちらをどうぞ。

 最近は地位の高い人ばかりが登場しているために忘れがちですが、本来なら一国の女王が突然目の前に現れたら、平民ならこんな風になってしまうでしょうね。
 まぁそれ以前に、こんな所にふらふらと現れる女王なんてものもいないでしょうけど。

 暗殺の恐れがない(と言うか、この世界の者では暗殺なんかできっこない)アルフィンだからこそ周りが止める事も無く、こんな行動ができていると言うことなんでしょうね。



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130 辺境候の新たな情報

 

 紆余曲折あって、なんとかリーナという受付嬢に接客を担当してもらえるようになった。

 その決め手になったのがギャリソンが言った次の言葉だ。

 

「あなたを指名したのは私です。その理由は今日、アルフィン様がこの冒険者ギルドを訪れたのはお忍びの行動ですからギルド長に対応して頂く訳にも参らず、かと言って見ず知らずの方に対応してもらうのも不安が残ります。しかしカルロッテ様のお知り合いである、あなたならば信用にたると私が判断したからです」

 

 こう言われたリーナさんは、やっと土下座の体制をといて私たちの対応をしてくれる気になってくれたと言うわけなのよ。

 まぁ、それでも未だにちょっと腰が引けてるんだけどね。

 

「そっそれではアルフィン様、今日はどのような情報をお求めでしょうか?」

 

「そうねぇ、一応報告は受けてはいるけど、まずはおさらいとして前回まるんが聞いた話を聞かせてもらおうかしら。中には新たな情報が加わった物があるかもしれないもの」

 

「畏まりました」

 

 そう言うと、リーナさんはなにやら手元のバインダーのようなものを開いた。

 たぶんあれは顧客情報みたいなもので、前にどんな情報を売ったのかとかが書かれてるんだろうなぁ。

 だってすぐに説明を始めずに、しばらくその書類を見続けた後、新しいバインダーのようなものを開いてやっと私たちに説明を始めたんですもの。

 

「前回まるん様に一番最初にお話したのは、このイーノックカウの警備を担当している兵士が、戦争を前にして少し減っていると言う話です」

 

 リーナさんが言うには、毎年この時期になると帝国と隣の王国とが戦争をする為に兵士が減ってしまい、そのせいで裏路地などまで警備の目が届きにくくなって治安が少し悪化するからあまり近づかない方がいいらしい。

 でもさ、それって変じゃない? だって、今回特別編成の部隊を送り出すまではイーノックカウからは兵士を送った事が無かったんでしょ。

 なら戦争が起こるからと言っても、去年までは兵が減るなんて事は無かったはずなんだけど。

 

 その事をリーナさんに聞いてみると、ある意味当たり前な答えが帰って来た。

 

「バハルス帝国では普段、主要街道の警備は中央の帝国軍から兵士を出して担っています。これは平時にも兵士たちに仕事を割り当てる為なのですが、しかしこの時期になるとその兵士たちの内、ある程度の数が出兵の為に中央に戻されてしまいます。ですから毎年その補充の為にイーノックカウ駐留軍からそちらにまわされるのですが、今回は新設された爵位を叙爵なされましたアインズ・ウール・ゴウン辺境候様の歓迎の為に6万もの大軍団を戦争にと投入するとの事で、主要街道だけじゃなくこの周辺の街道警備兵まで中央に呼び戻されている状況でして。そのような理由から、今年は近辺の街道警備にまでイーノックカウの駐留兵士が狩り出されています」

 

 なるほど、戦争には行かないけど、国軍がやってる仕事が回ってくるから街の中の警備がおろそかになるってわけね。

 それなら納得するわ。

 

「続いて、前回はアンデッドの出没例が増えているという話をお伝えしましたが、この件に関しては定期的な見回りによってすでに収束しております」

 

 その話を聞いてホッとした表情を浮かべるまるん。

 なんだろう? たとえゾンビ映画みたいに大量発生したとしても、私たちからすればこの世界の兵士でもなんとかなる程度のアンデッドなんて物の数ではないと思うんだけど。

 う~ん、もしかして現実世界になってお化けが怖くなったとかなのかなぁ? でも、図書館の首なし伯爵とかは平気みたいだし。

 今度聞いてみるかな?

 

 そんなたわいも無いことを私が考えているうちにも話はどんどん進んで行ったんだけど、前にロクシーさんが話してくれたフールーダとか言う魔法使いの噂話とか、どこかの野盗が帝国の名前を騙って村を襲っていたらしいけど、ガゼフと言う戦士長によって退治されたとか、どうでもいい話が続いたのよね。

 

 でも次の話で、私はとても驚く事になったのよ。

 

「そう言えばカーミラと言う吸血鬼の情報をノービスの冒険者が伝えたって話、しましたよね。王国の冒険者ギルドからの情報によると、彼、その吸血鬼を倒した功績で大出世したらしいですよ。おまけにその師匠に当たる人がなんと、今回この帝国の新しい貴族として迎えられた辺境候様だと言う話です」

 

 なんと! まさかこんな所でアインズ・ウール・ゴウン辺境候の新情報が聞けると思っていなかったから、ホントびっくりしたわ。

 その上、辺境候の情報はこれだけじゃなかったのよね。

 

「その上辺境候様は帝国の名を騙る野盗たちの討伐にも手を貸したと言う話ですから、元は王国にいたマジックキャスターなのかもしれませんね。それを帝国に寝返らせたと言う事ですから、皇帝陛下も辺境候様が帝国貴族に名を連ねた事を今回の戦争で大々的に広めようと大軍団での出兵を決断なされたのかもしれません。王国にとっては、対外的に見てそれだけの存在を敵国に奪われたと恥を晒す事になるのですから」

 

 なるほど、私のようにギルド拠点と共になのか単独でなのかは解らないけど、噂のアインズ・ウール・ゴウン辺境候と言うのは王国側のどこかに転移してきたって事か。

 なら帝都にさえ近づかなければそうそう接点を持つ事はなさそうね。

 リーフさんの説明からそんな事を考えていた時に、ふと隣を見ると、まるんがなにやら難しそうな顔をしていたのよ。

 一体どうしたんだろうって思ってたら、変な事を聞きだしたのよね。

 

「リーフさん。私の記憶違いで無ければモモンでしたっけ? 情報を伝えたその銅の冒険者の名前」

 

「ええ、そうです。記録では黒いフルプレートアーマーの戦士で、名前はモモンとなっています」

 

 へぇ、モモンか、ん? モモン? どっかで聞いたような。

 

「それで、そのモモンですが、小さなころに吸血鬼に村を滅ぼされたんですよね? で、アインズ・ウール・ゴウン辺境候の弟子であると」

 

 えっそうか、弟子! 物凄く大変な情報なのに、アインズ・ウール・ゴウンの名前が出てきたことでそっちに気を取られて気が付かなかったよ。

 でも、転移してきたはずのアインズ・ウール・ゴウンが弟子を取るなんて事はありえないから、そのモモンって冒険者もギルドアインズ・ウール・ゴウンのメンバーかNPCって事で・・・ん? モモン? それって、もしかしてギルド長のモモンガさんの偽名なんじゃないの!?

 

 いやいや、うちのNPCたちの態度を見るとギルドメンバーへの忠誠度や好感度は振り切ってるみたいだから、もしかしたらNPCが潜入するのに使った偽名をギルド長であるモモンガさんの名前から一部頂いたって事もあるか。

 

 でも、どちらにしてもこれってある意味凄い情報よね。

 モモンがモモンガさん本人ならアインズ・ウール・ゴウンは別のギルドメンバーって事だしNPCだったとしても単独転移ではあり得ないと言う事になる。

 

 そっか、そのどちらだったとしてもナザリック大地下墳墓もこの世界に転移してる可能性が高いって事なのか。

 ますます触らぬ神に祟りなしって状況になったって訳ね。

 

 よし、帝都にはたとえロクシーさんに誘われたとしても近寄らないようにしよう! 私はこの時、そう硬く心に決めたんだ。

 

 

 

「あるさん、そのモモンって言う冒険者」

 

「ええ、間違いなく関係者よね」

 

 どうやらまるんも私と同じ結論に達したみたいね。

 

「そっか、と言う事は帝国と王国、どっちにも手勢を送り込んだって訳ね」

 

 ・・・どうやら違ったみたいです。

 でもそっか、そう言う考え方もできるんだね。

 

 私はどちらか片方、またはその両方がギルドメンバーなんじゃないかな? って考えたけど、言われて見ればその両方がNPC(手勢)である可能性もあるって事よねぇ。

 いや、もしかするとその可能性の方が高いかも? だってあそこは異形種ギルドだからギルドメンバーはみんな人型をしてないだろうし、その点ホムンクルスとかドッペルゲンガーとかなら人に混ざるのは簡単ですもの。

 それに、前にメルヴァが言ってたわよね? 私が1人で外出すると身代わりになって死ぬことができませんって。

 もしナザリック大地下墳墓が一緒に転移してきているとしたら同じ様な考え方を向こうのNPCだってするだろうから、少なくともモモンの方はNPCって事か。

 

 確かめてみるべきかなぁ? でも、外にNPCを派遣してるって事は何かしらの意図があるって事だし、それがもし他のプレイヤーをあぶりだそうとしているって意図があったとしたら調べるって行為自体が私たちにとって命取りになりかねないし。

 

 うん、これに関しては一人で考えるべきじゃないと思う。

 所詮私はその手の専門家でもなんでもないし、元エンジョイ勢のデザイナーでしかないんだから、この手の事でユグドラシルの最前線で他の上位ギルドと抗争を繰り広げていたガチ中のガチ勢であるアインズ・ウール・ゴウンのメンバーとの知恵比べをして勝てるわけないもの。

 どちらかと言うとメルヴァとギャリソンに争いは避けたいと伝えて、その上でどうしたらいいかを丸投げした方が絶対にいい結果にたどり着けると思うのよね。

 

 と言う事で、私はこの事について考えるのを放棄した。

 なんか、私っていつもこうだよなぁ。

 でもまぁ、下手に突き進んで失敗するよりはいいか。

 

 

 

「アルフィン様」

 

 とその時、不意に私の右肩に手が置かれた。

 どうやら私自身、いつの間にか思考の海に捕らわれて周りの声がまったく聞こえていなかったみたいで、それに気が付いたギャリソンが私の意識をこちらに戻すために声を掛けてくれたみたいね。

 

「ごめんなさい、少し考えに耽ってしまっていたわ。それで今は何の話になっているのかしら?」

 

「はい。現在はこの国の冒険者事情の話を、リーフさんから説明をしてもらっている所です」

 

 ああ、確かエル=ニクス陛下の政策で街道警備や弱いモンスターの討伐を帝国軍が行うようになって低級の冒険者の仕事が無くなっているって話を聞いたって言ってたっけ。

 エルシモさんたちが野盗に身を窶す事になったのも、確かそれが原因だって話よね。

 この国に住人にとってはいい事なんだろうけど、それによって野盗が増えると言うのならそれはそれで考え物のような気もするなぁ。

 

 まぁ、私が考えてどうなるって物でもないけど。

 と言う訳で、私はその話に興味がないとリーフさんに伝える事にする。

 

「解ったわ、ありがとう。でも、冒険者の実情については私が聞いてもどうにもならない事ですから、再度説明して頂かなくてもいいわ」

 

「解りました。では、他にお知りになりたい事はございませんか?」

 

 これで前回まるんが聞いた内容は全て説明し終えたようで、リーフさんからそんな事を聞かれてしまった。

 他に聞きたい事かぁ、そうだなぁ。

 

「もうすぐリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国との戦争が始まるそうですけど、今はどのような状況なの?」

 

「戦争ですか? そうですね、例年通りですと会戦はもう少し先になります。先日もイーノックカウから部隊が出発しましたが、ここから戦場になるカッツェ平原までは帝国国内を縦断しなければいけないので馬車での移動だとしても半月以上かかりますし、中央から戦地に赴く兵士でも重歩兵などは装備が重いのでそれを運ぶ馬車の速度も遅く、そう簡単にたどり着く事が出来ないのでかなりの時間を有するのです」

 

 そっか、取り合えず戦力がそろうまでは戦争なんてできっこないし、別に奇襲作戦とかじゃないからお互い悠長に構えていて、両方の戦力がそろってからさぁ始めましょうって感じなのかな?

 特にバハルス帝国にとってこの戦争は、収穫期にリ・エスティーゼ王国の労働力を動員させて国力を削ぐと言うのが目的だろうから余計にのんびりと戦争の準備をしているのかもしれないわね。

 

「なるほど。じゃあ、戦争の流れはどんな感じなの? 開戦前にお互いから戦士を出して一騎打ちをさせるとか、弓の的当てとかをしたりもするのかしら?」

 

「いえ。どのような情報をお聞きになられたのかは解りませんが、戦争ですからその様な事はいたしません。お互いの戦力がそろい次第、両軍がカッツェ平原に兵を進めて陣形を整え、その後どちらかが進軍を始める事で戦争が始まります」

 

 そっか、なんか日本の昔の合戦みたいなイメージがあってそんな事を聞いたけど、いくらのんびりとした戦争だと言ってもお互いの兵士自慢をするなんて悠長な事は流石にしないか。

 どっちかって言うと、中世ヨーロッパっぽいもんね、この世界の戦争。

 

「なるほど。それで会戦した後はどんな感じなのかしら?」

 

「そうですね。例年ですと、まずはバハルス帝国軍が先に進軍し、リ・エスティーゼ王国側がこれを受け止める形で戦いが始まり、その後数日間当たっては引き、引いては当たるを繰り返してお互い大被害を出さないよう慎重な戦いをおこなった末に、ころあいを見て両軍が兵を引いて戦争が終わると言う流れでしょうか」

 

 そっか、本当に一当たりして簡単に引くって言う貴族のお遊びみたいな戦争なのね。

 いや、実際に貴族のお遊びで戦争をしてるのかも。

 

 リ・エスティーゼ王国にとっては戦争で農民を多く失う様な事があれば、それすなわち労働力の多くを失うって事だし、バハルス帝国にしたってこんな戦争で職業軍人を失っては面白くないだろう。

 特に帝国は育てるのにかなりのお金をつぎ込んでいるであろう兵士を、ただ農民を減らして王国を疲弊させるなんて事の為に失うなんておろかな事はしないだろうから、変な言い方になるけど死者は本当に最小限しか出さないように、安全第一で戦争してるんじゃないかなぁ?

 

 でも、と言う事はそう簡単に決着は付かないだろうから、結構長い間戦争してたりするのかなぁ?

 

「そうなのね。では、戦争してる期間はどれくらいになるのかしら? バハルス帝国の意図から考えると、あまり短くても意味がないような気がするけど」

 

「はい、アルフィン様の御察しの通り、本格的な戦闘が行われないにもかかわらず会戦してから短くても1週間以上、長ければ半月ほど続きます。そして戦争終結時も、お互いがお互いに睨みを利かせながらの撤退になるので完全に撤兵するまではそれ以上に期間を要しますね」

 

 そっかぁ、と言う事は兵士は移動の期間も考えて最低でも2ヶ月以上拘束されるってことなのね。

 収穫期に毎年こんな事をしてるって言うのに、専門の兵士を育成せずに毎年農民を徴集してるって言うのなら、王国って言う国は本当に無能しか居ないって事なのかも? 帝国側の意図なんて子供でも見抜けるだろうから、こんな方法に何時までも付き合うなんて事は普通はしないものだからね。

 そしてそんなお遊びのような戦争だけど、今回はアインズ・ウール・ゴウンを名乗るマジックキャスターが参戦する。

 

 今回の戦争が王国にとって最後の戦争にならなきゃいいけど。

 

 外見は異形種だからと言っても中身は普通の人だから現実の戦場に出て大魔法を放って大量虐殺をするなんて事、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る人物がプレイヤーならそう簡単にはやらないだろうけど、もしNPCだったら大変な事になるかもしれないわね。

 

 でもまぁNPCなら超位魔法は使えないし、大規模魔法なら一発受けた時点で何百人も死ぬだろうけどそんな被害を受けたら流石に即敗走するだろうから、そのNPCがよっぽどの無茶をしない限りは大丈夫かな?

 大丈夫だといいなぁ。

 

 遠い戦場に思いをはせて、願わくば動員されただけの多くの農民たちが無事、自分の家に帰ることができるよう祈るアルフィンだった。

 





 この世界での行軍は戦国時代の日本みたいなもので、かなりの時間が掛かるから戦争が始まるまでにもかなりの時間を有すると思うんですよね。
 それに戦争自体も相手が動くまではじっと見ていたり、挑発の為に隊列をわざわざ変えてみたりとかなりのんびりと行うようなので、これまた戦国時代の戦争のように時間が掛かることでしょう。

 ただ、今回は・・・。

 さて、来週なのですが金土日月と居ないので更新ができません。
 ですのですみませんがお休みさせていただきます。
 と言うわけですので次回更新は8月19日になります。


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131 塩とアイスクリーム

 

 冒険者ギルドを出た後、私たちはこの街でも比較的美味しいと言われているレストランへと移動する事に。

 私たちが今居るイーノックカウは治めているフランセン伯爵の趣味が高じて国中のいたる所から有名なお店を誘致しているそうで、そのおかげで町から出ることなく帝国中の地方自慢の料理を堪能できるんだそうな。

 

 それで今、私たちが向かっているのは帝都にある有名な高級レストランの二号店らしい。

 

「ユミちゃんからの情報によると派遣している城の料理人たちが食べに行ったレストランの中では、比較的マシな方だって話だよ」

 

「マシな方って。美味しいお店って訳じゃないの?」

 

「うん。シェフの腕自体は確からしいんだけど、私たちの城の食事に比べると食材と調味料の関係でどうしても落ちるんだって。特にこの世界の塩や砂糖は魔法で作られているから、それを使った料理はどうしても味が平坦になるんだって前にユミちゃんがそう言ってたよ」

 

「そっかぁ、確かに塩が美味しくないと料理の味が落ちるって言うのは解る気がするなぁ」

 

 まるんからこの世界の料理事情を聞いて、私はちょっと納得してしまった。

 いい塩梅とか言われるとおり塩加減によって料理の味は変わるものだし、その塩の良し悪しでも味は大きく変わってしまうもの。

 これは塩をただ舐めただけでも解るくらい大きく違ってしまうものだから、その塩が美味しくないのではいくら腕の立つ料理人でもどうしようもないって事なんだろうね。

 

「塩や砂糖を魔法で作れるって聞いた時は凄く便利だなぁなんて考えたけど、そう考えるといい事ばかりじゃないんだなぁ」

 

「うん、あるさんの言うとおりだと思うよ。例えばクッキーを作るにしても普通の砂糖を使うのと黒砂糖を使うのとでは味が全然違っちゃうし、ちょっとしたパウンドケーキでもメープルシュガーやハニーシュガーを使えば香りが物凄く良くなるもん。塩や砂糖がどれだけ大事かなんて言うまでも無いことだよね」

 

 まるんは彼女らしく、甘いもので例えて私に調味料が如何に大事かを説いてくれた。

 でもそっか、塩よりも砂糖の方が味がダイレクトに伝わるから、魔法で作り出すよりも原材料になる樹液を精製したものを使った方が料理やお菓子はおいしくなるだろうなぁ。

 

「今まではあまり気にしてなかったけど、私たちがイングウェンザー城で色々な塩や砂糖を手に入れる事が出来るのって実は物凄く幸せな事なのね」

 

「うん、そうだよ。だから地下4階層に海を設置して場所によって違う味の塩が取れるようにしたり、小さな塩湖を何個か置いて色々な成分の岩塩が取れるようにして置いて本当に良かったね」

 

 そう言って笑うまるんの姿を見て、ギャリソンは微笑を浮かべながらまるで自らが仕える主を自慢するかのように、私にある事を教えてくれたんだ。

 

「アルフィン様、実は地下4階層で色々な塩が取れるようになっているのはまだイングウェンザー城が元の位置にあった頃、まるん様がそのように整備するようにと手配されたからなのでございます」

 

「へぇ、そうなんだ。ありがとうね、まるん」

 

 私のそんな褒め言葉に複雑な表情を浮かべるまるん。

 まぁ、まるんからするとその指示を出したのは私だって知っているから当然なんだけど、私がまるんを使っている時に設定したんだから彼女の手柄であるのは間違いないんだし、アルフィンとしてはまるんにお礼を言うのが正しいと思うのよね。

 

 そんなたわいも無い話をしているうちにレストランに到着。

 私たちがまだ冒険者ギルドにいるうちにサチコが一人、先にレストランに訪れて予約を入れてくれていたので、私たちは特に待たされること無くレストランの二階にある個室へと通された。

 

 そこで出される料理は昼食と言う事で本格的なコース料理ではなく、サラダ、スープ、メイン、デザートの4種類。

 最初にバスケットに入れられた結構な量のパンとデザート以外の料理が出されて、それを食べ終わる頃を見計らって最後にデザートが出てくると言う構成だった。

 

「なるほど、塩と砂糖が大事だって言うのはよく解るわね」

 

 何と言うかなぁ、味が少し尖ってる感じがするのよね。

 

「確かにそうだね。メインはソースである程度誤魔化せてるけど、スープはあんまり色々入れられないからなんだろうけど、特にそう感じたなぁ」

 

「そうですか? 私にとってはとても美味しい料理と思えるのですが」

 

 私の感想にまるんは頷いてくれたけど、カルロッテさんからするととっても美味しく感じたみたい。

 多分この違いは料理系ジョブを取っているかどうかの違いなんじゃないかな?

 普通の人ならそこまでは感じないのかもしれないけど、駆け出し程度でも料理人のスキルがある私たちにとっては、この違いがはっきりと解ってしまうんだと思うのよね。

 

 私の趣味で入れていたジョブだけど、転移してしまった今では入れるべきじゃなかったかなぁなんて思うことがあるのよ。

 だってもし持ってなかったら、このお料理もカルロッテさんと同じ様に心の底から楽しめたのかもしれないものね。

 

 まぁ今更そんな事を嘆いても仕方がないし、その程度の違いが解るだけで料理自体は合格点レベルなのは間違いないのだからしっかりと堪能する事にしよう。

 

 こうして私たちはメインまですっかりと食べ終え、しばらくの間雑談をしていると最後にデザートがお目見えした。

 

「アイスクリームでございます。生クリームを凍らせたデザートですから、解ける前にお召し上がりください」

 

 ここで出てきたのはなんとアイスクリーム。

 

「帝都でアイスクリームが食べられると言うのは知っていたけど・・・そっか、この店は帝都からの出店だから出て来てもおかしくはないわね」

 

 中央では食べられているものでも、こんな地方都市では滅多に味わう事ができないものだろうから、このアイスクリームをデザートとして提供すれば評判になると思う。

 最後に出す事で客の満足度を大きく上げることができるだろうから、作る事ができるのならこれをデザートに持ってくるのは正しい選択なんだろうね。

 

 ただ。

 

「う~ん、やっぱりバニラは入ってないか。それにとりあえずアイスクリームになってはいるけど、なんとなく重たい感じがするわね」

 

「多分自然分解した生クリームを使ってるから脂肪分が多すぎるんじゃないかな? 後、魔法で凍らせようとしたからだと思うんだけど、少し凍ったものをかき回してもう一度凍らせるって言う方法で作ってるんだと思うよ。おかげで氷が混ざってシャリシャリするし」

 

 魔法では徐々に冷やすなんて器用な事はできないから、こうやって作るしかないって思ってるのかも? 一応幾つかやり方はあるんだけど、それはアイスクリームの作り方が完全に確立されているから私でも思う付くだけで、一から作り出すとなると結構難しいんだと思う。

 まぁ、いずれは誰かが気が付いてもっと美味しいものができてくるだろうけど、まだアイスクリーム製造の初期段階では仕方が無い事なのかもね。

 

「アルフィン様、まるん様、一つお聞きしても宜しいですか?」

 

「ええ、いいわよ。私に答えられる事だといいんだけど」

 

 とその時、カルロッテさんがちょっと驚いたような顔で私たちに質問してきた。

 それでその質問の内容と言うのは、こう言う物だったの。

 

「このアイスクリームを作る事が出来る職人は非常に限られていると聞いているのですが、お二方はもしかしてその製法をご存知なのですか?」

 

「ええ、知っているわよ。そう言えばカルロッテさんは城でアイスクリームを食べた事、無かったっけ?」

 

「いえ、主人との面会の折に何度か頂いてはいるのですが、まさかアルフィン様がその製法をご存知とは思いませんでしたので」

 

 言われて見れば一国の女王がお菓子の作り方に精通してるって言うのはおかしな話か。

 でもまぁ今更否定するような話でもないし、元々カルロッテさんの前で色々とやらかしてる私だからアイスクリームの作り方を知っていても別におかしいとは思われないよね。

 

「アイスクリームって、私たちの国では面会時に子供たちに振舞うくらいには一般的なお菓子なのよ。だからその製法もある程度は一般常識として知られているの。まぁ知っていると言うだけで、私がうちの城の料理人たちみたいにおいしいアイスクリームを作れるかと言われれば、それは無理なんだけどね」

 

「そうだよ。面会の時、チョコやイチゴのアイスクリームを食べた事、あるでしょ? あんなアレンジができるくらい、イングウェンザーじゃ広く知られてるお菓子なんだよ」

 

「なるほど、そうでしたか。ですからイングウェンザーのアイスクリームはこちらで頂いたものより美味しいのですね」

 

 もしかするとこのアイスクリームも過去にこの世界の迷い込んだプレイヤーが伝えたものなのかもしれないけど、この出来を見る限りそのプレイヤーは現物を広めたんじゃ無く、こんなものが作れるはずなんだって言う程度の説明しかしてないんじゃないかなぁ?

 だとすると今出された物は生クリームに砂糖を混ぜてただ凍らしただけじゃなく、きちんと固まりきる前に一度かき混ぜると言う改良を加えているんだからむしろ賞賛されるほどの出来だと思うのよね。

 

 でも長い年月かけて研究され続けた物より発展途上の物の方が味が落ちるのは仕方がない事だし、だからこそ私たちが日常的に食べているものの方が美味しいのは当たり前なのよね。

 

 私たちはこの後、カルロッテさんに聞かれるまま、やれ凍らせながら攪拌をしないと口解けが滑らかにならないだとか、ここまで生クリームが濃いのなら少しだけ牛乳を混ぜた方がいいだとか、素人が思いつく程度のアイスクリームの作り方を話しながらちょっとだけもったりとしたデザートを楽しんだ。

 

 と、この日は個室のおかげで周りには誰もいないからってこのように言いたい放題だったんけど、この話には後日談があるんだ。

 

「え? あのレストランの味が変わったの?」

 

「はい。デザートのレベルが一段上がったと、イーノックカウの食通の間では話題になっているそうでござます」

 

 ギャリソンの話によると、前から評判だったアイスクリームに更なる工夫を凝らしたそうで、少し重かった味がすっきりとして、口溶けもかなり滑らかになったそうなのよ。

 

 ・・・あれ? それってもしかして。

 

 誰も聞いて居ないと思って話した内容を、もしかしたら扉の外にいた店の従業員に聞かれてしまっていたのかも? そんな事を考えて、

 

「これからは個室だからと言っても、少しは言動に気をつけに後いけないわね」

 

 と、ちょっとだけ反省するアルフィンだった。

 

 




 オーバーロード本編でアイスクリームの話が出てきた時に、ああこれもプレイヤーが伝えたんだろうなぁって思ったんですよ。
 だからこの話をどこかで書けないかなぁと前々から思ってまして、この週は執筆の時間があまり無く、短編しか書けなかったと言う事で閑話的にこのエピソードを入れる事にしました。

 今私たちが日常的に食べているアイスも日本に伝来したころは今日の話に出て来るものと同じ様な感じだったらしいんですよね。
 前にどこかの観光地で食べた事があるんですが、べったりしているのに氷の粒のようなものが入っていて、かなり変わった味だなぁと思った記憶があります。
 それ以降もアイスは物凄く進化していて、私自身初めてハーゲンダッツを食べた時はこんなに美味しいアイスクリームがあるのかと感動したものです。

 イングウェンザーの料理は私たちよりも未来の味を再現しているのですから、この世界の料理人もそれと比べられてはたまったものではないでしょうね。


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132 NPCの思いが重い

 

 

 レストランでこの世界での最高レベルの昼食を堪能した後、私たちは大使館とは別にもう一つ購入したイーノックカウの館に向かった。

 

 そこは先日まで紅薔薇隊のユミ・フォーチュンを責任者に、その元でイングウェンザー城から派遣した料理人たちがこのイーノックカウのレストランや屋台の料理や接客、それに相場を調べる拠点となっていたんだけど、ついに私が決心をしたと言う事で館そのものを店に改装する事になっているの。

 

 私たちが乗る馬車が貴族や大商会が集まる区画の中央広場近くにあるその屋敷の近くまでたどり着くと、その門の前で一人の小柄なメイドが佇んでいるのが見える。

 そこで出迎えてくれたのは少し前までまるん付きのメイドだった、紅薔薇隊のユミ・フォーチュンだった。

 

 館前の鉄門はこの馬車が近づいてくるのを確認した彼女の手によってすでに開け放たれているからそのまま門を通り過ぎる事もできたんだけど、折角出迎えてもらったので私たちは館前ではなく門の前に馬車を止めて、そこで降りる事にする。

 

 馬車が止まり、ステップを用意してもらってギャリソンにエスコートしてもらいながら降り立つと、ユミちゃんは私たちに歩み寄り、一礼して出迎えの挨拶をしてくれた。

 

「アルフィン様、まるん様。お待ちしておりました」

 

「あらユミちゃん、お出迎えありがとう。でも、何時から待っていたの? 大体の時間を連絡してはあったけど、私たちが何時来るかなんて解らなかったのに」

 

「いえ、まるん様よりこれから向かうと<メッセージ/伝言>を頂きましたので、出迎えの為に門の前に到着したのはつい先ほどでございます。」

 

 その言葉を受けてまるんの方へと目を向けると、彼女はしてやったりと言うかのような満面の笑顔でVサインをしていた。

 なるほど、専属は外れたけど関係は続いているって事ね。

 

「そうなの。まるんちゃん、気が効くわね」

 

「ふふふっ、そうでしょう。連絡は必要だって思ったからね」

 

 まるんは得意満面にそう言ったの。

 そしてその後、きちっと爆弾も落としてくれたわ

 

「あるさんったら先触れ、出さないんだもん。あのままだったら、門を自分たちで開けないといけないでしょ?」

 

「あっそっか。面目ない」

 

 言われてみればその通りだ。

 まぁギャリソン辺りは館が見えてきた時点でヨウコたちを少し先行させて門を開けさせるつもりだったんだろうけど、ここはイーノックカウでも上流階級の人たちが生活している場所なんだから、その2人のどちらかを先触れとして出すべきだったかも。

 普通貴族や王族ならそうするだろうからなぁ、ちょっと反省。

 

 とまぁ私はこの程度の軽い反省だったけど、まるんの言葉を聞いて物凄くショックを受けている者も居る。

 ギャリソン、ヨウコ、サチコ、トウコの4人だ。

 他家への訪問じゃなく自分たちの別宅へ行くだけなんだから別にそこまで気にする事でも無いし、まるん自身も軽い気持ちで私にそう言っただけなんだろうけど、それを聞いたこの4人はまるでこの世の終わりのような顔をしてるのよね。

 

「4人とも、どうしたの? そんな顔して」

 

 まぁ理由は解ってるけど、そのままにしておく訳にも行かないからとりあえずそう聞いてみる。

 すると4人を代表してギャリソンが暗い顔をしながら私に向かって頭を下げて、辛そうに口を開いたのよ。

 

「私どもが不甲斐ないばかりにアルフィン様がまるん様より叱責を受ける事になってしまい、大変申し訳なく思います。本来なら死してお詫びする所ですが、アルフィン様より頂いた職務を放棄するわけにも行かず。罰は城に帰った後にお受けしますので、ここはそのままお仕えする事を御許しいただきたく」

 

 重い! 重すぎる! ってか、何であの程度の事で私がまるんに叱責された事になるのよ。

 確かに申し訳ないって一応謝ったみたいにはなってるけど、あれもまるんの言葉に軽く乗った程度のことだし、ただの会話でしょ。

 

 まったく、この子たち、たまに物事を必要以上に重大に考える事があるよねぇ。

 今回の事なんてたいした事ない失敗で、ああ次からは気をつけなくちゃいけないわねぇ程度に考えればいいだけの事なのに、それが何故死んでお詫びするまで行っちゃうかなぁ。

 

 そしてそのギャリソンの言葉を受けて大慌てなのが、まるん。

 まさか自分が軽い気持ちで言った言葉がギャリソンたちをここまで追い詰めるなんて思っても居なかっただろうから、軽いパニックになっちゃってるのよね。

 

 とまぁ、こんな状況を放っておく訳には行かないので、さくっと対処しておく事にする。

 

「てい!」

 

 ぽすっ。

 

「なっ!?」

 

 下げていた後頭部にいきなりチョップを落とされて、驚きのあまり顔をあげて目を白黒させるギャリソン。

 しかしそんな彼の反応などほったらかし。

 

「てい! てい! てい! てい!」

 

 ぽす、ぽす、ぽす、ぽす。

 

 私は続けざまにまるん、ヨウコ、サチコ、トウコの4人にもチョップの雨を降らして行った。

 まぁチョップと言ってもツッコミのようなもので何にも痛くないだろうけど、私から落とされたと言う事実が痛かったのか、全員が落とされた頭を両手で押さえて首をちょっとすくめてる。

 サチコにいたってはちょっと涙目になってるくらいだし、この子たちには思いの他効いたみたいね。

 

 そんな様子を見渡して、私は満足しながら両手を腰に当てて言い放つ。

 

「ギャリソン、なぜこの程度の事で死んでお詫びするなんて話になるの? あなたがそんな事を言い出すから、まるんちゃんがパニックになってしまったじゃない」

 

 そう指摘されて自分の失態に気付き、身を硬くするギャリソン。

 

「申し訳ありません。短慮が過ぎました」

 

 ああ、動転しててそこまで気が回らなかったって表情ね。

 うん、そこでしっかりと反省してなさい。

 

 続いて、

 

「それにヨウコ、サチコ、トウコ、あなたたちも同じよ。あなたたちがそんな感じで真に受けてたら、まるんちゃんがこれから軽い気持ちで冗談を言おうとしても、その姿が頭をよぎって我慢する事になるでしょ」

 

 そう、まるんも別に本気であんな事を言ったわけじゃなく、ちょっとした冗談くらいのつもりだったはずなのよね。

 なのにそれを真に受けて青い顔をされたんじゃぁ、まるんだって驚くわよ。

 

「「「申し訳ありませんでした」」」

 

「特にトウコはまるんちゃんの専属メイドになってるんだから、その辺りはしっかりしてもらわないとね。いつもいつも私がフォローできるわけじゃないんだから」

 

「はい、以後気をつけます」

 

 この辺りはしっかりと釘を刺しておかないと。

 まるんとあいしゃは・・・なんと言うか天真爛漫すぎる所があるからなぁ。

 その発言に一々こんな感じで反応されたりしたら、まるん自身が大変だろうしね。

 

「そしてまるん、あの程度でパニックにならない。ギャリソンたちだって、ちゃんと話せば解るんだから。それに私が自害なんて許すわけないでしょ? だからそこまであわてないの」

 

「ごめんなさい」

 

「うん、解れば宜しい」

 

 みんなきちんと解ってくれたようなので、この話はこれでおしまい。

 そう私は思ってたんだけど、

 

「あのぉ~、アルフィン様」

 

 突然後ろから声をかけられたのよね。

 その声の主はカルロッテさん。

 

「カルロッテさん、どうかした?」

 

「いえ、いつものアルフィン様らしくて私としてはいいと思うのですが、ここは屋敷の外。差し出がましいようですが門の前ですから、対外的な口調でお叱りになられたほうが宜しいのではないかと思いまして」

 

「あっ!」

 

 そう言えばそうだった。

 よくある事だからつい場所の事なんてまるで考えずに、いつもの口調で叱っちゃったよ。

 おまけにチョップまでしちゃったし。

 

 ここ、中央広場が近いから結構人通りも多いのよねぇ。

 またやっちゃったかな? そう思ってちょっと凹みかかったんだけど、そこに救世主が現れた。

 

「大丈夫です、アルフィン様。この館の扉周辺と外門周辺には外部に聴かれては困る内容を急いで伝えなければならない場合を想定して、機密保持のため常に遮音するマジックアイテムを使用しております。ですから、先ほどまでのアルフィン様の発言は、外を行きかう者たちには何も聞こえては居りません」

 

 そう言ってくれたのは紅薔薇隊の中で唯一怒られていなかったユミちゃん。

 彼女にはこの館を任せていたんだけど、そんな仕掛けをしてたのね。

 でも確かに緊急な事とかがあれば遮音の魔法をかける時間も惜しいだろうから、ここのように人通りの多い場所では予めそのようなマジックアイテムを設置しておいたほうがいいと言うのは道理よね。

 

「それにそのお姿も後ろに大きな馬車がございますから、注視して此方を探っている者でも居なけれ見られる事もなかったでしょう。そしてそのような監視者が居ない事は、この館を任されている私が保証いたします」

 

 そして監視者に対する対処もばっちりと言う自信に溢れたそこの言葉に、私はちょっと頼もしさを感じたのよね。

 そんなユミちゃんを前に小さくなる他の紅薔薇隊の3人。

 ああ、別にそんな風になる必要はないんだけどなぁ。

 

 これはユミちゃんが普段こなしている役割を報告しているって言うだけの事で、彼女たちも普段はきちんと役割をこなしているんだから別に彼女が特別優秀だという事でも無いんだから。

 

 自分の失敗はすっかり忘れて、そんな事を思いながらNPCたちを眺めるアルフィンだった。

 

 





 アインズ様しか居ないナザリックではありえないけど、もし別のメンバーがいっしょに転移していて同じ様な事が起こったとしたらもっと酷い事になるかもしれないですね。
 なにせワールドアイテムで操られていたのに、シャルティアがアインズ様に刃を向けたと言う理由であんな風になるんですから。

 誰かがアインズ様の失敗を指摘して、それを聞いた守護者が死んでお詫びすると言い出す。
 その守護者を必死に思い留まらせようとするアインズ様!

 お前が死んだから生き返らせるのにユグドラシル金貨5億枚消費する事になるだろうが!(心の声)

 いかん、ギャグにしかならないやw


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133 店舗用建材の価値

 

 

 何時までも門の前に居るわけにも行かないので中へ。

 今日ここを訪れた理由から、何をやるにしても取り合えずは図面でしか知らないこの館の間取りを実際にこの目で確かめない事には話は始まらないもの。

 

 入って真っ先に思ったのは、実際に見てみると意外と狭いんだなって事。

 庭付きの屋敷とは言っても、ここは大使館と違ってそれ程大きいわけじゃないのよね。

 

 確かにこの周辺の館と比べれば庭は広くて館も2階建ての大きな建物なんだけど、今大使館で使っている館のようにパーティーを開いたりするようなホールは無く、部屋数もそれ程多くはない。

 だからこそ、常日頃イングウェンザー城や大使館で生活している私からすると、狭く感じてしまっても仕方のない事なのだろう。

 

 では何故私がそんなこの館を気に入ってロクシーさんからプレゼントしてもらおうって考えたのかと言うと、館の間取りと敷地内に建てられている位置が私の思惑にあっていたからだったりするのよね。

 

 この館は外門から入って左側奥に館が建ち、そして手前と右側が大きな庭園が広がっていると言う造りになっていて、館の入り口もそれにあわせて建物の真ん中ではなく中央である右寄りに作られてるの。

 そして扉から館に入るとそこはこじんまりとしたレストランくらいの少し広めな空間になっていて、その左奥からは奥に向かって通路が伸びている。

 因みに上への階段はその通路の中央辺りにあって、折り返し式の階段を採用する事で二階も一階と同じ様に通路を奥側に通し、全部の部屋の窓が玄関のほうを向くような間取りになっていた。

 

 実を言うと私はこの扉をくぐってすぐの空間が気に入って、この館をロクシーさんにねだったのよね。

 だってちょっとしたお店をやるにはもってこいの広さだし、それに店を拡張したいのなら隣の部屋との壁を壊したり、右側にある庭園側を増築すれば簡単に広げられそうだったんですもの。

 

 ただ、この館を手に入れたときに比べて少しだけ話が大事になってるのよねぇ。

 だって私としては店を開いたとしてもそんなに人は来ないだろうなんて軽く考えていたのに、店を開けば人が押し寄せるだろうってカロッサさんやロクシーさんに軽く脅されたんですもの。

 だから最初からそれに対応できるよう、この館を改造するつもりで今日はここに訪れたんだ。

 

 

 広めなエントランスのような場所は今、テーブルと椅子が置かれてちょっとした休憩所みたいになっていた。

 だから私は間取り確認の間、まるんたちにそこで待ってもらえるよう声をかける事にした。

 

「取り合えず間取り確認してくるから、まるんたちはそこに座ってお茶でも飲んで休んでて」

 

「うん、解った。ユミちゃん、お茶とお菓子、お願い」

 

 するとまるんは早速お菓子を要求、でもそこは長い間まるん付きメイドをしていたユミちゃんだけにちゃんと心得ていて、

 

「畏まりました、まるん様。お菓子はパウンドケーキで宜しかったですか? それともクッキーをお持ちしましょうか?」

 

 私たちの訪問にあわせてお菓子を数種類用意してくれていたみたい。

 そしてそんな気遣いに対してまるんはと言うと、それがさも当たり前かのようにずうずうしい返答をする。

 

「う~ん、両方持ってきて」

 

「はい、ではそのようにいたします」

 

 打てば響くとはこの事か言わんばかりのこの様な二人の会話に私を含め、みんなが呆気に取られていたんだけど、当の本人たちにとっては当たり前の会話だったのか何も気にする事無くまるんはテーブルに向かい、ユミちゃんは一礼してから奥へと下がっていった。

 

 まぁ何時までもあっけにとられているわけにも行かないので、私は後の事をギャリソンに任せて館の奥へ。

 まずは広間の隣にある部屋へと入って行った。

 

 中に入るとそこは応接間として使えそうなくらい大きな部屋で、そこで私が真っ先に確認したのは壁と柱、そして梁だった。

 店舗を広げる以上壁は取り払わなければいけないけど、そうすると当然館全体の強度が下がる。

 だからその時は、どこをどの程度補強しなければいけないかを見る必要があったのよね。

 

「う~ん、流石お高い屋敷だけあって結構頑丈な作りになってるわね、柱も太くていい木を使ってるし。それに壁も中に空間が作ってあるのかな? 隣の音が此方まで漏れないようにしてあるわね。でも・・・」

 

 そのような造りになっているという事はそれだけ重く、頑丈だと言う事でもあるのよねぇ。

 そして二階もこの壁と同じように作られているだろうから、当然かなりの重さであろう事は簡単に予想できるのよね。

 

「壁を取り払うとなると何かで補強する必要があるんだろうけど、あまり太い柱を立てると景観的にもお客様の動線を考えるにも邪魔になるのよねぇ。う~ん、いっその事、特殊金属で天井と壁を補強してしまった方が早いかな?」

 

 鉄やミスリルだと重いけどオリハルコンならアルミの代わりになるだろうし、強度も鉄より高いから建材としては理想よね。

 壁沿いの柱をオリハルコンで造ったH鋼入りに取り替えればそれだけで十分な強度になるだろうし、屋根も同じ様にオリハルコン製の板と梁で補強すれば・・・いや、この場所だけでも屋根そのものをオリハルコンにしたらどうかな? それなら二階にある程度の人数が上がっても問題は無くなるし、階段を設置して二階部分も店舗にすれば総床面積は2倍近くになるもの。

 

「それなら簡単な飲食スペースも作れそうだし、客集めにはいいかも」

 

 お酒に関しては庭にレストランを作るからそちらで提供する事にして、こっちでは簡単なお菓子とお茶を楽しめるようにすれば、お客様も寛ぎながら買い物ができていいわよね。

 そうだ! それなら天井の半分を取り払って、二階の飲食スペースから買い物ができる一階を見下ろすって感じにした方が良さそうね。

 

「となると屋根のどこを残すかも重要になってくるわ。イメージ的には店の奥半分がバルコニーのような二階構造になっているって造りの方が店に入った瞬間開放感があるからいいと思うんだけど、庭があるのは玄関の方、南側なのよねぇ。う~ん、それならいっそ玄関の位置を変えてしまおうかなぁ? 館の中央に入り口を移して東側の屋根を残せば外の庭園が窓から望めるもの」

 

 そうなると階段は新たに作る入り口の横、壁沿いがいいかな? それなら買い物をしない人でも喫茶店代わりに利用してもらえるかもしれないし。

 あっ、あと北側の屋根も少し残しておけば館奥に厨房を作って、そこから物を運べるようになるし、そうなれば軽食ぐらいなら出せるようになりそうね。

 

 最初のころはあれもこれもって考えても回せないだろうからそこまでやるつもりはない。

 だけど、後々のことまで考えて初めから店舗設計をして置かないと。

 とにかく最初が一番肝心なのだから、しっかりと図面とイメージ画を作って、それから工事にかからないとね。

 

 

 こうしてある程度の構想をまとめて、私は一旦まるんたちが待つ入り口へと帰る事にした。

 一応草案は決まったけど、誰かに話したほうが他にもいい意見が出るかもしれないからね。

 

 

「お帰りなさい、あるさん。考えは纏まった?」

 

「ただいま。そうねぇ、大体の考えはまとまったわ。だから、みんなにも聞いてもらって意見を貰おうかと思って」

 

 私はそう言うと、とりあえず今の構想を一通り話してみたんだ。

 すると殆どのみんなは特に何の意見もなさそうだったんだけど、ただ1人だけ物凄く驚いたような、信じられない事を聞いたとでも言いたそうな顔をしている人が居たのよね。

 

「カルロッテさん、どうしたの? 私の案の中で何か問題点があったとか? いや、もしかするとこの国の禁令に触れるような内容が含まれてたのかしら」

 

 それだとちょっと困った事になるから見直さないといけないわねぇ。

 でも吹き抜けにバルコニー式の二階席があるお店なんて、この世界でも普通にありそうだし・・・まさかすでにある館をリフォームしてはいけないなんて法令があるわけじゃないよね? いやいや、それならカルロッテさんも最初にこの話を聞いたときに言い出してるか。

 

 色々考えてたけど答えが出ないのでカルロッテさんの返事待ちの状態なんだけど、何故か一向に話し出そうとしない。

 いや、どちらかと言うとあまりの事に驚きすぎて声が出ないって状態っぽいなぁ、あれは。

 

「カルロッテさん、とりあえず落ち着いて。何にそんなに驚いてるのかは解らないけど、まずは深呼吸。それから目の前のお茶を一口飲みなさい。そうすれば少しは落ち着くから」

 

 私がそう指示を出すとカルロッテさんは無言でコクコクと頷き、大きく深呼吸。

 それからゆっくりと目の前のカップを手に取って一口、口に含んだ。

 

 ハァ。

 

 すると胸につかえていた何かが取れたかのようにカルロッテさんは大きくため息をつき、それからカップを静かにおいてから、やっとその口を開いてくれた。

 

「アルフィン様、一つお聞きしてもよろしいですが?」

 

「え? ええ、いいわよ。私に答えられる事ならだけど」

 

 あれ? 聞きたいことがあるって事は、私の案の中のどれかが禁令に触れてたとかじゃないの?

 そう思いながらも、何か問題があるのなら聞くべきだろうと考えた私はカルロッテさんからの質問に答える事にした。

 

「ありがとうございます。ではお聞きしますが、アルフィン様は先ほど柱や屋根の材料として何をお使いになると仰られましたか?」

 

「ん? オリハルコンだけど、何か問題があった?」

 

 私の言葉を聞いて、カルロッテさんはまたも驚きに声を無くしてしまう。

 でも何で? オリハルコンなら軽くて丈夫だし、建材にもってこいだと思うんだけど。

 

 そりゃぁアダマンタイトとかの方が丈夫かもしれないけど、あれって鉄より重いから建材としては向かないのよね。

 だからこの選択がベストだと、私は思うんだけどなぁ。

 とまぁそんな事を考えていたんだけど、どうやら私はちょっと思い違いをしていたようなんだ。

 

「おおおオリハルコンですか? やっぱり私の聞き間違いでは無くオリハルコンを使って屋根や柱を作るとアルフィン様は仰られたのですね!?」

 

「えっ、ええ。オリハルコンなら軽くて丈夫だし、アルミがない以上これが一番建材に向いていると思ったから」

 

 その一言を聞いて、目を見開きながら声をあげるカルロッテさん。

 彼女からすると、今の私の言葉はとても信じられない事だったみたいなのよ。

 

「向いているも何もオリハルコンですよ! 金よりも遥かに希少で価値があり、世に出回っている量もほんの少量であるオリハルコンを、アダマンタイト級冒険者でさえ武器や鎧の一部にしか使用していないと言われるオリハルコンを柱や天井の材料に使われると、アルフィン様はそう仰るのですか!?」

 

 ・・・あれ? またなんか間違った?

 でもでも、今回はロクシーさんに渡したペンダントと違って平板をちょっと加工したものやH鋼を作るだけだからそんなすごい技術はいらないし、それくらいならこの世界の職人だって作れるでしょ?

 そうカルロッテさんに言ってみた所、

 

「技術ではありません、量です! 柱に天井って、そのオリハルコンで何本のロングソードが打てると思ってらいっしゃるのですか!?」

 

「えっと、硬い金属だしそれ程多く使わなくてもいいと思うから、多分100本は作れないと思うけど・・・」

 

 私のその言葉を聞いた瞬間、カルロッテさんはひっくり返ってしまった。

 どうやら彼女にとってこの数字はそれ程のショックを受けるものだったみたい。

 

 でも私からするとたいして希少なものでもないし、正直言ってあいしゃが作るゴーレムなんてそれとは比較にならないくらいのオリハルコンを使うからなぁ。

 

 ロクシーさんも鎖にする技術には驚いていたけど、プレゼントにオリハルコンを使っている事自体はそれ程驚いて無かったから、そんなに衝撃を受けるなんて思わなかったもの。

 それに皇帝陛下との謁見の時も年間80キロくらい採れるって話しても普通の対応をされたからなぁ。

 今回なんて高々4~50キロくらいしか使わないんだから、別にそこまで驚かなくてもいいのにって思うんだけど。

 

 なんにしてもオリハルコンを使うとこの世界の人はそれくらい驚くと言う事が、予め解ったのは本当によかった。

 柱に関しては周りを木材で囲って普通の柱みたいにするつもりだったし、屋根も金属のままだと硬い感じがするから絨毯を敷いたり下から見える部分は飾り板を取り付けようなんて思っていたけど、階段の手すりに使う支柱なんかはキラキラして綺麗だからそのまま残そうなんて思ってたのよね。

 

 うん、やっぱりそこも色を塗るか違う建材を使う事にしよう。

 

 

 

 とにかくカルロッテさんが気絶してしまったので話は一時中断、そのままにしておく訳にもいかないので壁際にあるソファーに寝かせて<ヒール/大治療>をかける。

 

「う~ん」

 

 するとその効果か、カルロッテさんは目を覚ましてくれた。

 そっか、ヒールは気絶にも効くのか。

 魔法って本当に万能だな。

 

「大丈夫? 気分は悪くない?」

 

「えっ? あっ、はい。大丈夫です。少し驚いただけですから」

 

 少し驚いただけの人間は気絶なんてしません。

 でもまぁ、意識を取り戻してくれたのは良かった。

 あのままずっと気絶されたままだったら途方にくれるところだったもの。

 

 

 さて、カルロッテさんも復帰した事だし、この館の改装方針の話し合いを再開する。

 とは言っても私の草案には誰からの不満も指摘も出なかったので、とりあえずはこの方向で進める事になったのよね。

 

 よくよく考えるとギャリソンたちNPCはよほどの事がない限り私の意見に異議を申し立てる事はないだろうし、まるんは戦闘職一辺倒のスキルビルドだからこの手の事を聞いたところで何も帰ってこないのは当たり前の事だった。

 

 最後の砦であるカルロッテさんもお店のデザインなんて考えた事もないし、そもそも冒険者としてのランクもそれ程高く無かったから高級店なんて私たちと一緒に行動するようになるまでは行った事もなかったのだから、問題点に気づけと言う方が無理な話。

 と言う訳で、この店のデザインはこの案を元に、城に帰ってもうちょっと細かいところまで詰めてから図面を引く事になった。

 

「さて。この館はこれでいいとして、問題はレストランの方ね」

 

「あれ? あるさん、前にそっちは大体決まってるって言ってなかったっけ?」

 

 うん、その通り一応案はできてるし、店の間取りやデザインも決まってた。

 でもさぁ、折角この館に併設するのなら統一感を持たせたいじゃない。

 と言う訳で白紙とまではいかないけど、ある程度の見直しをしようと思うのよね。

 

「う~ん、こっちの店で喫茶コーナーみたいな事をやるって決めたでしょ。ならあっちは食事とお酒がメインで行こうと思うのよね」

 

「必然的にそうなるよね」

 

「うん。でもフランベのような炎の演出をするとなると酒場みたいな造りにするわけにはいかないから、必然的にカウンターとライブキッチンのお店になるよね。そうなるとゆっくりお酒を楽しめる場にはならないって思わない?」

 

 私の当初の構想としては、円形のライブキッチンを中央に配置してその周りにカウンターを、そして壁際にはテーブル席を配置しようって思ってたのよ。

 でもそれだと炎が上がるたびに驚きの声が上がって雰囲気なんて出ないと思うのよね。

 

「でもさぁ、コンセプト的に考えたらそれはどうしようもないんじゃないかなぁ。お客さんにフランベで楽しんでもらうって言うのなら大きな炎の演出が不可欠なんだし」

 

「そうよねぇ」

 

 でも常に中央で炎が上がってたら、やっぱりゆったりとした気分にはならないと思うのよ。

 だって炎は人を興奮させるし、そうなればどうしてもレストランの中は騒がしくなってしまうからね。

 だからと言っても中にはゆったりとお酒を楽しみたいと思う人もいるだろうから、そういう人のことを考えると今のままではなんか駄目なような気がしてきたのよね。

 

「それに折角此方の店舗に併設するのなら統一感も欲しいじゃない。でも、今のままだとまったくないのよねぇ」

 

「それならばいっそ、此方の店舗と同じ様な構造にしてみてはどうでしょう」

 

 いい案が浮かばずに途方にくれかけた時、カルロッテさんからそんな提案が出されたのよ。

 

「同じ様な構造?」

 

「はい。レストランの方も二階のバルコニー席を作ってはどうでしょう? 炎の演出は1階でのみ行い、2階からは一階を見下ろすようにするんです。そうすれば統一感は出ますでしょう?」

 

 バルコニー席かぁ。

 確かにいい案ではあるんだけど、あれには一つ大きな問題があるのよねぇ。

 

「このレストランはフランベを見せる為にどうしてもお客さんが居る所にキッチンを置かないといけないでしょ? そうすると調理した匂いは必然的に上にのぼるのよね」

 

「あっ、そうか! それにフランベして飛ばしたアルコールも二階席に全部行っちゃう事になるね」

 

 そう、まるんが指摘した通り、このタイプのレストランはバルコニー席を作るのには致命的に向いてないのよね。

 

「そうですか・・・いい考えだと思ったのですが」

 

 私たちの言葉を聞いて項垂れるカルロッテさん。

 その姿を見ていると、なんとかできないかなぁってつい思ってしまうんだよね。

 

 だから頑張って頭を捻った結果、私の中にある案が浮上した。

 

「そっか、匂いが問題なら塞いでしまえばいいんだ」

 

「えっ、あるさん。塞ぐってどういう事? 壁を作っちゃったら炎の演出を見る事ができなくなっちゃうよ」

 

 まるんが言う通りレストランのコンセプト的に2階席に壁を作る事はできない。

 でもさぁ、ガラスの壁ならどう?

 

「どうせライブキッチン用にクリスタルガラスを作るんだから、二階席にもクリスタルガラスで壁を作っちゃえばいいじゃない。それにそうすれば音もある程度遮断できるから静かにお酒を楽しみたい人にもいいでしょ?」

 

「なるほど。確かにそれなら匂い問題は解決するね」

 

 クリスタルガラスの前に手すりを用意すれば子供がぶつかって割れる心配も減るだろうし、これは案外いい考えなんじゃないかな?

 

 それに炎の演出はフランベだけじゃない。

 料理やアイスクリームにかけた強いお酒に火をつけるなんて演出もあるんだから、お客さんの要望によっては貸切の場合に限り、そのガラス壁にカーテンをかけて、そういう楽しみ方をしてもらうって方法もあるものね。

 

 こうしてレストランの構想も纏まり、これでやっと本格的なデザインに入る事ができるとホッとするアルフィンだった。

 

 





 オリハルコンですが、読者目線だとジルクニフがイングウェンザーのオリハルコン採掘量を聞いて肝を冷やした事が解っていますが、アルフィンからすると誤魔化せたと言う事は自分が言った量は驚くほどではなかったと考えてるんですよね。
 だからこそカルロッテさんがとんでもない量だって言ったとしてもピンと来てません。

 まぁ普通に考えると国全体での年間採掘量の約半分を使うと言えばそれだけですごいことなのですが、それ自体が口からのでまかせですからね。
 この世界でのオリハルコンの価値をあまり解っていないのですから、何を言った所で本当の意味で理解する事はないでしょうね。


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134 驚きのネタ晴らし

 

 建物に関しての概要が決まったと言う事で、今度はレストランを建てる場所を決める事にする。

 この場合外に出て実際に見ながら決めるよりも庭を含めたこの土地の図面を見て決めたほうが間違いが起こりにくいと言う事で、ユミちゃんに用意してもらってそれを机に広げて考える事に。

 

「う~ん、取り合えず今の館の横にある庭園は残したいのよね。館二階の喫茶スペースから見えるようにしたいし。ならレストランは南東側に作る事になるんだけど」

 

 どうしよう? 館とレストランをつなげれば雨が降ったときも濡れずに移動できるようになるけど、そうなると匂いの問題も出てくるしなぁ。

 なにより、そんな造りにしたら正門側から館横の庭園へ行く事ができなくなってしまうのよね。

 

 折角いい庭があるのだから、お客様も気軽に寛げるように椅子やテーブルを置いたりして自由散策ができるようにしたい。

 となるとやっぱり二つの建物は独立させた方がいいか。

 

「そうね。あれもこれもって欲張っても何もいい事はないもの。建物は各自独立させる事にしましょう。さて、そうなるとレストランの入り口をどこにしようかなぁ。見栄え的に言うと西側中央って事になるけど、せっかく二階席を作る事にしたんだから、そこの窓からはこの館の喫茶スペース同様に庭が見えるようにしたいし」

 

 こうして私は1人、店舗の構成を考えて行く。

 そしてまるんやギャリソンがこれに関して口を出す事は無く、彼らはただ私の仕事を隣で見つめるだけだった。

 と言うのも、まるんは私の現実世界の職業が何かを知っているからプロの仕事に素人が口を出しても意味がないと考えているし、ギャリソンはギャリソンで私が何かを考えている時は何時も隣に控えてはいるけど、自分の意見は求められない限りけして口にする事はないからなの。

 おかげで私はこうして1人、自分の世界に引き篭ってデザインの仕事に集中できるって訳。

 

 と、ここで私はまるんたちの事を考えたおかげで、ある失敗に気が付いた。

 久しぶりのデザイン系の仕事が楽しかったから、ついカルロッテさんの事を忘れてしまっていたのよ。

 

「ごめんなさい、カルロッテさん。つい夢中になって忘れてたわ。ここに居ても何もやる事もないし、退屈だったわよね」

 

「いえ、そんな事は」

 

 そうは言ってくれたけど、彼女がいる場所を見ればこちらに気を使ってくれていたのは間違いない。

 だって私の邪魔にならないよう、一人少し離れたソファーに座っていたんですもの。

 だから私は彼女に退席を許す事にした。

 

「そうねぇ、カルロッテさんもこの館は初めてでしょ? ここにはいいお庭があるのだから、折角の機会ですもの。少し散策してきたらいいと思うわ。ユミちゃん、案内をお願いできる?」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 こうしてカルロッテさんを送り出した私は、1時間ほど再度レストランの配置について頭を悩ませた後、やっと配置図の草案を完成させる事ができた。

 

 と言う訳でその配置草案図を元に、まるんやギャリソンを交えてのディスカッション。

 2人には私1人では気が付かなかったような細かい問題点を指摘してもらい、微調整を繰り返してはつぶして行く。

 これが職人の手によって作られる建物であるのなら、問題点が出てきてもその場である程度修正できるからここまで綿密に決める必要はないんだけれど、このレストランは私の魔法で一瞬にして出来上がってしまうからそうは行かないのよね。

 

 と言う訳で見つけられる限りの問題点や修正点をあぶりだすのに更に1時間以上を要してやっと全ての行程が終了、後はこれを元に私が図面を引き、コンセプトイラストを描いて内装を決めたら完成だ。

 

 まぁ中に搬入する椅子や机、キッチンの設備なんかをアルフィスに作ってもらう必要はあるんだけど、その辺りは彼に丸投げしてしまっても問題はないと思うのよねぇ。

 別に特別おかしなデザインにすると言うわけではないのだから、彼に任せておけば使いやすくて見栄えのするものをうまく作ってくれる事だろうし。

 

 

 丁度そのころ、カルロッテさんも庭の散策から帰って来たと言う事で、一度みんなでお茶をしながら休憩。

 そしてその後、ユミちゃんに次に私が来るまでにやっておいて欲しい事の指示を出す事にしたんだ。

 

「やって欲しい事は二つ。この図面を元に、レストラン建設予定地の周りを白い布で囲って目隠しを作っておいて欲しいのと、それができたらその目隠し布周辺とこの館の改装予定の場所に遮音の魔道具を設置しておいて欲しいのよ」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 私の指示に対して何の質問も返さず、二つ返事で答えるユミちゃん。

 それに対して、まるんは私が何故こんな指示をしたのかが解らないらしくて質問してきたのよ。

 

「遮音の魔道具は工事の音が周りの迷惑にならない為なんだろうなぁって事だとは解るんだけど、なぜ白い布で目隠しするの? あるさん、レストランは魔法で作るんでしょ。ならそんなの必要ないんじゃない」

 

「本当はそうなんだけど、前にボウドアの村で館を作るのに儀式魔法なんてのをやっちゃったからなぁ。あの程度の小屋を作るのでさえあそこまで派手な儀式をしたのよ。ならこのレストランを作るとしたら、どれくらい大げさな事をやらないといけないと思う?」

 

 自分の質問に対して帰って来た私の説明を聞いて、まるんは納得したとばかりに小さく頷いた。

 

「そう言えばボウドアに作ったのって村にある家より小さい洗濯小屋だったのに、あるさんを含めた7人の魔法使いで作ったって事になってるんだっけ。でも今度作るレストランはこの屋敷に近いくらいの大きな建物なんだから、それを魔法で作るとなるとそれこそ20人くらいでやらないとおかしくなっちゃうか」

 

「そうなのよねぇ。それに魔法で作るなんて言ったらそれこそロクシー様が見学したいって言い出しそうでしょ? だから対外的に城から職人が来て作っているって事にしたのよ」

 

 まぁロクシーさんくらいなら問題はないと言えば問題ないんだけど、これがもしフランセン伯爵や、それこそ皇帝陛下がごらんになりたいだなんて言い出したら大変だもの。

 そんな危険はなるべく避けるべきだから、今回はそういう事にしておいた方がいいと私は考えたのよね。

 

「でもあるさん。なら館の改装部分も目隠しした方がいいんじゃないの? こっちも魔法でやるんでしょ?」

 

「ああ、ここに関しては本当に城から木工職人たちを呼んで作ってもらうつもりよ。実際にこの場所で人が働いて作っているのを見せれば、中で何も作ってなかったとしても通りがかった人たちは、目隠しの中も同じ様に人が働いているって思うでしょ。それに私としてはこの世界の建築方式にも興味があるから、魔法で一気にやってしまうよりもきちんと解体して、構造を調べたいのよね」

 

 この世界と私たちがいた元の世界では、当然建築のやり方が同じではないはずなのよね。

 まぁ調べた所で私たちの技術よりも劣っている部分ばかりだろうけど、中には目から鱗のような技術がないとは限らないもの。

 折角の機会だから、その辺りも調べて置きたいと私は思ってるのよ。

 

 と、ここで私はさっきまで黙って聞いていたカルロッテさんが、おずおずと手を上げているのに気が付いた。

 あれ?、どうしたんだろう。

 ここまでの話の中で、カルロッテさんが疑問に思うような事ってあったかしら?

 

「どうしたのカルロッテさん。何か質問でも?」

 

「はい、アルフィン様。一つどうしてもお聞きしたい事がありまして」

 

 やっぱり何か聞きたい事があったようで、カルロッテさんはそう言うと一度居住まいを正し、私に真剣なまなざしを向けてこう質問をしてきたの。

 

「もしかして、アルフィン様は御一人で館を創造する事ができるのですか?」

 

「へっ?」

 

 えっと、どういう事?

 

 私はカルロッテさんの質問の意味が解らず、呆けてしまった。

 いや多分言っている通りの意味だとは思うんだけど、なんで今更? って思ってしまったのよね。

 そんな私の姿を見たまるんが、

 

「ああ、そう言えばカルロッテさんってあるさんとあんまり行動した事、なかったっけ。なら仕方ないか」

 

 と、なにやらフォローらしき事をする気になったようで、私たちの会話に割り込んできたんだ。

 と言う訳で折角気を回してもらえたのだから、ここはまるんに任せる事にした。

 

「いい機会だし、折角だから知っておいて貰ったほうがいいよね。あのね、伊達にあるさんは私たちのトップ、女王に君臨しているわけじゃないの。そりゃあ純粋な戦闘力と言う事ならシャイナにはかなわないけど、事魔法に関しては私たちの中でもトップクラスにすごいんだから。でも対外的にそれが解っちゃうと色々と問題が起こりそうだから、それがばれないように色んな事をやって誤魔化してるんだよ」

 

「では、あの洗い場を作った時の儀式魔法も?」

 

「うん。確かあれはギャリソンだったよね? 普通に作っちゃうとこの国の偉い人たちに伝わった時、警戒されるといけないから儀式魔法に偽装しましょうって言い出したのは」

 

 ああ、そう言えばそうだった。

 あの時私は普通に作るつもりだったのに、ギャリソンがこの世界の住人の魔法技術が低すぎるからって、そう提案してきたんだっけ。

 懐かしいなぁ。

 

 と、私は彼女たちの会話をそんなのんきに構えて聞いてたんだけど、次のカルロッテさんの言葉で事態は一変する事になる。

 

「周りの目を欺く為に・・・。そうですか、だからギャリソン様はあれほど美しい、まるで何かの舞台を見ているかのような演出が凝らされた儀式魔法をアルフィン様にご提案されたのですね」

 

「ううん、あれはあるさんの発案」

 

 事情を聞いて、それならばあの派手な魔法にも納得が行くと一人頷いていたカルロッテさんなんだけど、まるんがあっさりと真相をばらしてしまったものだから、彼女は一瞬固まった後、ギギギッと音がするかのような動きで私の方へと驚愕の目を向けてきたのよ。

 

 いやいやまるんちゃん、それは言わなくてもいい事だから。

 

 そうは思っても言ってしまったものは仕方がない。

 テヘペロって誤魔化そうかとも思ったけど、そんな事をすればカルロッテさんの中の私への評価は地に落ちそうだったからやめにして、きちっとした答えを返すために私は頭をフル回転させる。

 で、出した答えというのがこれ。

 

「あら、折角儀式魔法に偽装するんですもの。より派手なものにした方がその儀式を見た人が気軽に頼む事ができない魔法なんだって考えてくれるでしょ? だから仰々しく幾つもの魔法陣を描いたり、服装もいつものとは違ったものにして特別感を出したのよ。それに光の演出も、魔法陣を描いただけでは偽装と疑われかねないから、ちゃんと魔力を通して起動しているって見せたかっただけよ」

 

 ちょっと苦しい気もするけど、筋は通ってるでしょ?

 その証拠にカルロッテさんも半信半疑ではあるけど、少しは納得したような顔をしてるしね。

 

 

 そんなカルロッテさんだったけど、やがて自分の中でこの話を纏める事ができたらしい。

 

「そうですね。私も魔法を使いますから、もし儀式魔法に必要だと言って描かかれた魔法陣が最後まで起動しなければ不審に思ったかもしれません」

 

 だってこんな事を言い出したんですもの。

 と言う訳でカルロッテさんからの疑惑はこうして無事、解消されたと思うわ。

 

 そしてこの後、どうせここまで話してしまったのだから物はついでと言う事で、彼女にはある程度の情報を教えておく事にした。

 毎回のようにこんな風に驚かれても困るし、何よりいざと言う時に知って居るか居ないかで事態大きく変わる事があるかもしれないからね。

 

 流石にユグドラシルの話や私たちの本当の力を全て開示する訳にはいかないけど、私が高度の治癒魔法や蘇生魔法を使えるって事やまるんが実は高度な攻撃魔法を使用できると言う事、それにやろうと思えば要塞のようなものを一瞬で想像できるという事まで彼女には話しておいたんだ。

 

「なるほど。では私たちが今住んでいる別館もアルフィン様が?」

 

「ええ。私が魔法で作ったものよ。はじめて会った頃に言ったでしょ? 一つ建てるのも二つ建てるのもたいして変わらないって」

 

「そう言えば・・・って、ええっ!? ではもしかして別館だけで無く、ボウドアの村の本館も魔法で建てられたものなのですか?」

 

「そうよ。あの程度の館なら要塞を作るよりも簡単だからね」

 

 それを聞いたカルロッテさんはまさに絶句といった状態。

 そしてその後、搾り出すように、こう言ったのよ。

 

「まさかイングウェンザー城もアルフィン様が魔法で・・・」

 

「いや、流石にあれは無理よ」

 

「よかった。もしその通りだと言われたら私、どうしようかと」

 

私からのその返答に心の底から安堵したのか、カルロッテさんはそう言って小さく笑うのだった。

 

 





 カルロッテはよくアルフィンやまるんと一緒に行動しているのですが、実はその力をまるで知らなかったんですよね。
 だからいつかそれを知らせなければいけなかったと思っていたのですが、その機会が中々訪れなかったので今になってやっと教える事になりました。

 因みにまるんが強力な魔法が使えると教えてはいますが、当然超位魔法の事なんかは秘密ですし、せいぜい4とか5位階程度の魔法が使えるんだろうなぁ程度に考えるように説明をしています。
 流石にこの世界最高の魔法使いと言われているフールーダより、こんな子供の方がすごい魔法が使えると聞いたらまた気絶しそうですからね。


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135 そう言えば要るよね

 

「ところであるさん、この館の改装は職人を連れてくるとして、その資材はどうするの? このイーノックカウで調達?」

 

「ああ、それに関してはイングウェンザーから運ぶつもりよ。だってどう考えてもこの街では手に入らない素材があるんですもの」

 

 内装に使う透明な素材として大きなクリスタルガラスを用意しなければいけないし、屋根や柱、それに壁の補強に使うオリハルコンもこの街、と言うかこの国で調達できそうにないからどうしてもここに運び込む必要があるのよね。

 

「そっか。ねぇ、でもそれだと量が問題にならない?」

 

「量が?」

 

 はて? この館を改装するのに必要なだけしか城からは持って来ないんだし、その程度なら森林地帯や鉱山地帯から獲ってこなくても備蓄してある資材だけで十分賄える量なんだから別に問題になるほどではないと思うんだけど。

 ところが、問題なのはそこじゃなかったみたい。

 

「うん。だってレストランは魔法で作るんでしょ? なら運びこまれる資材の量は本来よりかなり少なくなるんだから、それを誤魔化す方法を考えておかないと、周りから怪しまれることになるんじゃないかなぁ?」

 

「ああそっか。そう言えばそうよね」

 

 レストランを作るとなると、それ相応の資材が必要となる。

 それなのにこの館の改装に必要な分だけを運び込んだら、確かに周りから見ればおかしいと思われるのも道理よね。

 

 でもなぁ、レストランを作るほどの資材となるとかなりの量よ? そんなものまで城から持ってくるとなると、流石にちょっと大変よねぇ。

 う~ん、まさかレストランを作る工程ではなく資材をどう誤魔化すか、それも少ない量をどうやって多く見せるかに頭を悩ませる事になるなんて思いもしなかったわ。

 

 まったく想定していなかった事態だけに、正直言って何の手も浮かばない。

 そこで私は、いつものようにギャリソンを頼る事にしたんだ。

 どう考えてもこの手の処理に関しては、彼の方がいい案を出してくれるはずだからね。

 すると案の定キャリソンは私たちが話しているのを後ろで聞きながら何時質問されてもいいようにと予め考えてくれてたみたいで、さっそくその腹案を聞かせてくれたんだ。

 

「アルフィン様、資材に関してはイーノックカウで調達するのが宜しいかと、私は愚考いたします」

 

「イーノックカウで?」

 

「はい、そうでございます」

 

 今は少ない資材を多く見せる方法を考えてるのよねぇ? ならこの街で買ったらもっと誤魔化しにくくなるんじゃないかしら。

 私はそう思って頭を傾け、何故? って問い返したんだけど、そしたらギャリソンはその理由を懇切丁寧に教えてくれた。

 

「そもそも資材の量を多少誤魔化すと言うのならばともかく、持ち込む何倍もの量に見せる事は不可能でございます。ですから、本来必要とされる量を調達し、その後必要のない分を外に運び出す方が遥かに簡単だと私は考えます」

 

「確かにそうね。アイテムボックスもあるし、そもそもゲートを使えばもっと簡単に街の外まで運び出せるわ」

 

「はい。ですからこの館の改装とレストランの建物を作る資材はこのイーノックカウで調達し、内装や家具、それに食器やカトラリーなどだけをイングウェンザーから調達する事にすれば、この問題は解決すると思われます」

 

 なるほどねぇ。

 そもそも誤魔化そうって考える事自体が間違いって事ね。

 でもさぁ、なら買った資材はどうするんだろう? そう疑問に思った私はそれをギャリソンにぶつけてみた。

 そしたら彼はあっさりと答えてくれたのよね。

 

「エントの村は現在、牧場建設の為に結構な量の資材を必要としております。ですからそちらの一部に使用するのが宜しいかと」

 

「ああ、そう言えばそんな事を言ってたわね」

 

 館などと違って柵や家畜小屋、それに農作物や牧草を入れておくサイロは作る魔法がないからちゃんと資材を用意して作らなきゃいけない。

 だからその資材をイングウェンザーから運ぶって話になっていたんだけど、その一部をこのレストラン建築用に買った資材で賄おうってわけか。

 

「はい。現在は魔法での整地及びシミズくんさんの眷属による牧草地帯の土壌改善を行っておりますが、それもまもなく終了いたします。ですからこのタイミングでの資材購入は我が国としても都合が良いとも言えます」

 

「解ったわ。この館の庭に目隠し布が設置され次第、資材購入の手配をしてその中に運ばせる事にしましょう。あっ、そうなるとゲートが使える魔術師も必要になるわよね。ギャリソン、魔女っ子メイド隊の中からゲートが使える子を数人、いつでも派遣できるように手配をお願い」

 

「畏まりました」

 

 とりあえず資材問題はこれでクリア。

 えっと、後何か問題はあったっけ?  そう思って周りの顔を見渡すとカルロッテさんが何やら物申したそうな顔をしていたので、声をかける事にした。

 

「カルロッテさん、なにか気付いた事でもあるの?」

 

「あっいえ、気付いたと言うほどの事でも無いのですが」

 

 彼女はこう前置きをしてから、思いついた事を私たちに話してくれた。

 店はいいとして、従業員はどうするのかと。

 

 ・・・そう言えばそうじゃない! レストランのシェフはロクシーさんが用意してくれる様な事を言っていたからいいけど、ボーイやウェイトレスまでは手配してくれて無いだろうし、なによりこの館に作るエントやボウドアの物産を売る店舗に関しては彼女はまったくの部外者なんだから全てこっちで用意しなければいけないんだったわ。

 

 私の現実世界の職業では店舗のデザインや建築の際の視察はする事があったけど、従業員の手配に関しては施主様がやる事だったので私の頭からはすっかり抜け落ちていたのよね。

 

「あれ? あるさん。私はてっきり、従業員には城のメイドを派遣すると思ってたんだけど違うの?」

 

「流石にそれは無理よ。一時的に派遣するのならともかく、ずっとお店を続けるとなると、その全員を城からの派遣メンバーで賄うのは非現実的だわ。休みも必要だし」

 

「いえ、我らはアルフィン様の為なら休みなど・・・」

 

「ストップ! 黙りなさい。そんなの許すわけないでしょ」

 

 実際命じれば彼女たちは一日も休まず仕事を続けると思うわよ。

 でもゲーム時代ならともかく、現実になったこの世界でそんなことを続けていたら体を壊してしまうかもしれないもの。

 だからこそ、イングウェンザー城でも強制的に休みは取ってもらうようにしているのよね。

 

「それに全員を城のメイドで賄うとなると、それはその店にいる全員が同格と言う事になるでしょ? そうなると何か問題が起こった時に誰の意見で事態を収拾すればいいのか、とっさに解らないなんて事もありえるもの。それを避けるためにも城からはレストランとショップ、それぞれに経理やフロアの責任者として2~3人を派遣する程度が一番なのよ」

 

「なるほど。じゃあどうするの?」

 

「そうねぇ、取り合えずお店の方はやっぱり生産している人が関わって欲しいわよねぇ。となるとボウドアの村人の誰かに任せたいと思うけど」

 

 でもそうなると、村を出てこの町に住んで貰うことになるのよねぇ。

 まぁ月単位で交代してもらうって手もあるけど、それでも大変なのには変わらないし。

 

 やっぱりボウドアで条件を提示して希望者を募るのが一番かなぁ? なんて考えていたんだけど、そこでカルロッテさんがおずおずと手を上げた。

 

「どうしたの? カルロッテさん」

 

「アルフィン様。この館の店なのですが、別館に住んでいる女性たちに任せてはもらえないでしょうか?」

 

「えっ? でも、今はみんなボウドアの裏にある農場の仕事があるんじゃないの?」

 

 実を言うとその案を考えなかったわけじゃないのよね。

 でもこの間ボウドアに行った時にみんなが館裏で働いているのを見てるし、各自の生活ができあがってしまっているのなら無理にそれを壊すのもどうかなぁって考えてたのよ。

 でもカルロッテさんは違う意見だったみたい。

 

「はい。確かに別館のみんなも農場で働かせていただき、生きがいと言えるものを得ました。しかしそれだけに、自分たちが作ったものがどのようにして売られ、そしてどのような人たちが買って行くのかを見たいと思うんじゃないかと思いまして。そう考えると、中にはここで働きたいと考える人もいると思うのです」

 

「なるほど」

 

 言われてみればその通りかも。

 実際オープン当事に店に並ぶ物のほぼ全ては館裏の農場で作れたものになると思う。

 となるとそれを作った人を関わらせると考えた場合、ボウドアの村人たちより彼女たちの方が適任と言えるわね。

 

「解ったわ。ではそうしましょう」

 

「ありがとうございます、アルフィン様」

 

 このお店の方は多少広いとは言え、必要な従業員は下のフロアに5人、上の喫茶コーナーに3人と言った所だろうからその人数を定期的に入れ替えるって形でいいかな?

 流石に在庫管理やお金に関してはうちの城から派遣しないといけないだろうけど、そのほかの役割を別館の人たちに頼めると言うのであれば、この館のお店の従業員問題は解決するわね。

 

 では次にレストランの方だけど。

 

「やっぱりレストランの従業員は募集するしかないわよね」

 

「そうですね。そちらまで担うには、私たちだけでは人数が足りませんから」

 

 う~ん、でもそうなるとどうやって人を集めるかだけど、これが中々いい案が浮かばない。

 流石にこの館前に募集の張り紙をするわけにはいかないし、コックだけならともかく、フロアの従業員までロクシーさんに頼むわけにもいかないし。

 と言う訳でまた頭を悩ます事になったんだけど、ここでまた新しい助け舟が。

 

「アルフィン様、宜しいでしょうか?」

 

 これに関してはユミちゃんが何かいい考えがあるらしく、控えめに声を上げてくれた。

 

「なに、ユミちゃん。何かいい考え、あるの?」

 

「はい。レストランの従業員と言う事でしたら、元々がロクシー様からの提案ですのでアルフィン様と連名で募集していただけるよう申し入れて、承諾が得られ次第商業ギルドで募集するのがいいと思います。バハルス帝国皇帝陛下の事実上の后であるロクシー様と都市国家イングウェンザー女王アルフィン様、そのお2人が名を連ねての募集ですから商業ギルドとしても身元が確かな者かどうか、しっかりと調べて採用してくれると思うのです」

 

 なるほど、確かにその方法ならよく解らない人が紛れ込む心配はなさそうね。

 

「解ったわ、そうしましょう。私の名前はともかく、この国で皇帝陛下が関わってくるような案件に下手な人材を連れてくるなんて事、できるわけないものね」

 

「いえ、アルフィン様のお名前の方が・・・」

 

 私の言葉を受けて、ユミちゃんが慌てて何かを言い出したけどこれに関してはスルー。

 なにを言い出すのかは解っているのだから、いちいち付き合っていても仕方がないのよね。

 と言う訳でギャリソンに指示を出す。

 

「ギャリソン、そう言う事だからロクシー様への手紙を出します。羊皮紙とペンを用意して頂戴。カルロッテさんも、代筆をお願いね」

 

「「畏まりました」」

 

 こうして取り合えず従業員問題も片付いたっと。

 さて、後は何かあったっけ? ああそうだ、門番! お店をやる以上は門番もいるわよね。

 

 あっ、でもうちの前衛職ってみんな女の子なのよねぇ。

 見栄えはいいし、門の前に立っていても威圧感がないのは来るお客さんにとってはい事なのかもしれないけど、問題を起す人を遠ざけると言う意味ではあの子達は見目麗しすぎるのよねぇ。

 下手をすると、かえってそう言う人たちを引き寄せてしまうかもしれないわ。

 となると、やっぱり男の人がいいと言うことになるんだけど・・・。

 

「店前に立たせる門番はどうしよう? これもやっぱり商業ギルドで募集したらいいと思う?」

 

「う~ん、流石にそんなのは商業ギルドでも集められないと思うよ」

 

 やっぱりそう思うよね。

 まるんからも私自身が思っていたのと同じ答えが帰って来たので、この意見は断念。

 と言う訳でこの世界の住人であるカルロッテさんに、何かいい案はないかと訊ねてみたんだけど、

 

「冒険者では長期の依頼はできませんし、かと言ってロクシー様に頼ろうにも、あのお方もこの街の住人ではないのでそのようなツテはないと思いますから・・・」

 

 と、いい案は帰ってこなかった。

 そっか、となるとやっぱり聖☆メイド騎士団から誰か適当に見繕ってもらって、交代で立ってもらうしかないのかなぁ。

 そう結論付けようとした時、まるんが急に思いついたように、こんな事を言い出したのよ。

 

「そうだ、別館の人たちをここの従業員に使うのなら、収監している人たちを門番にしたら?」

 

「収監されてる人たち? って事はエルシモさんたちを門番に使えって言うの?」

 

 これは流石に予想外。

 だって彼らは悪い事をして収監されてるのよ。

 なのにその刑期中に外に出して働かせるなんて、そんなことをしていいのかしら?

 

 そう考えたからこそ、それはちょっとと難色を示そうとしたんだけど、どうやらそう考えたのは私だけみたいなのよね。

 

「流石はまるん様、それはとてもいい案でございます」

 

「まるん様、主人たちをこの街で働かせていただけるのですか?」

 

 ギャリソンはまるんの意見を褒め称え、カルロッテさんは期待に目を輝かす。

 う~ん、でもさぁ、本当にいいの? そう思ってギャリソンに聞いて見たんだけど、彼からは、

 

「もちろんでございます。彼らは罪を犯したと言っても誰も殺害して居りません。それに犯罪もシャイナ様の活躍で未遂に終わっており、事実上の罪は傷害のみです。それに模範囚であれば多少の減刑があってもおかしくありませんし、監視をつけた状態であれば奉仕活動として外で働かせると言うのも更正させると言う意味では一つの方法ではないかと」

 

 なるほどねぇ、そういう考え方もあるのか。

 そうやって私は感心し、頷きかけたんだけど、

 

「それに至高の御方であるまるん様がお決めになられた事なのですから、それはこの国の法などよりも遥かに重く、全てに優先されるべき事なのです!」

 

 と言う一言で、一気に吹き飛んでしまった。

 そうだよね、そう言えばギャリソンならそう考えるのも当たり前だったわよね。

 各言う私はこの一言で遠い目をするようになり、その間にまるん主導でこの案は正式に採用される事になってしまったのだった。

 

「まぁまぁ、あるさん。あの囚人たちがこの館に配属されたからと言って、今更脱走なんてするわけないじゃない。というか、あれだけ餌付けされて、その上あの環境に慣れきってしまってるんだから、多分刑期を全うしてもあの収監所から出てこないと思うわよ」

 

「確かにそうなんだけど・・・はぁ、そうね。それに家族がここで働いてるのなら余計に脱走なんてしないだろうから、別館からこの店の従業員として派遣されている期間は、その旦那さんたちをここに交代で送る事にしましょう。流石に門番は2人くらいしか要らないだろうし」

 

 ただ、後々ボウドアの人たちもこの店で働いてもらう事になるだろうから、彼らが門番としてこの館で働くのは我が国の法律に則っての刑罰による奉仕活動だと言う事を、村長にだけは話を通しておかないといけないかもね。

 

ちょっと面倒だなぁとは思うものの、カルロッテさんからの期待と感謝の視線を浴びて今更この話を覆す事などできないアルフィンだった。

 





 よくよく考えると、エルシモさんたちって傷害事件は起してるけど強盗は未遂なんですよね。
 おまけに被害者の村人たちもその傷害で負った怪我はアルフィンの手によって無償で全部治されてるし。

 それに完全に模範囚状態で毎日まじめに畑仕事をしながら農業試験に従事しているので、ちゃんと都市国家イングウェンザーの役にも立っています。
 現実世界でも海外では社会に戻りやすいよう、刑期終了が近づいた人は普通の人に混じって生活するようになっている国もあるし、日本でも北海道とかでは塀のない畑で働いているのですから、今回のように自分たちより遥かに強い事が解っている監視が要る状況なら奉仕活動してもいいんじゃないでしょうか?

 まぁそれ以前に、私なら毎日高級ホテルに泊まっているようなあの環境を捨てて逃げるなんて事、絶対にしませんけどねw


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136 ダメ出し

 

 

 イーノックカウに出店する二店の概要が決まってからは、とても忙しい日々が続いた。

 資材とか人の手配なんかはギャリソンに丸投げしておけば大丈夫なんて思っていたんだけど、実際は書類の確認をしたり許可を出したりとやることが満載だったのよね。

 

 

 

「ねぇメルヴァ。レストランの従業員だけど、指導員として誰を送り出せばいいと思う?」

 

 うちの城は職人とかメイドとかは多いからその手のことに対する指導員には困らないと思うけど、レストランとなるとやっぱり勝手が違うと思うのよね。

 だから私はメルヴァに相談をしたんだけど、私からこの話を聞いたメルヴァは一瞬ぽかんとして、

 

「アルフィン様、何故私にそのような質問を? 我が城にはその道のスペシャリストがいるのですから、悩む必要はないでしょう」

 

 なんて言葉を返してきたのよ。

 スペシャリスト? えっと、それって誰の事だろう。

 

 私はメルヴァが何を言っているのかまったく解らず、小首をかしげて彼女を見つめたんだ。

 そしたら、

 

 はぁ~。

 

 そんな私を見たメルヴァは大きなため息をつき、少し頭を抱えるようなしぐさをした後にこう言ったのよね。

 

「アルフィン様。都市国家イングウェンザーの女王として忙しくお過ごしに成られているうちに、ギルド誓いの金槌のギルドマスターとして送った日々をお忘れになられたのですか?」

 

「誓いの金槌の日々・・・って、ああそうか!」

 

「はい。我が城にはアルフィン様が接客業務のスペシャリストとしてあれと創造された者が、地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長、セルニア・シーズン・ミラーがおります。彼女以上にこの任が相応しいものなど考えられませんわ」

 

 ああ、そう言えばそうだった。

 元々セルニアはコンセプトレストランの統括兼店長として生み出したんだから,確かにその道のスペシャリストよね。

 

 この頃はずっと私がパーティーや貴族と会う時の身の回りを任せてばかりだったから、すっかり忘れていたわ。

 でもそうね、店長以上の適任者はいないと言われれば、まさにその通りだろう。

 

「そう言えばそうよね。ありがとう、メルヴァ」

 

 私はその事を思い出させてくれたメルヴァにお礼の言葉を送り、その場でメッセージの魔法を発動させる。

 

「セルニア、聞こえる?」

 

「はい、アルフィン様。どうかしました?」

 

 相手は当然セルニア。

 今まで何をやっていたかは解らないけど、私が声をかけると彼女はすぐにいつもの調子で答えてくれた。

 

「今から私の執務室まで来る事ができる? ちょっと話があるんだけど」

 

「解りました、すぐ行きます」

 

 このように彼女からは色よい返事がもらえたので私は上機嫌でメッセージを切ったんだけど、その様子を見ていたメルヴァはその様子が気に入らなかったみたいなのよね。

 

「アルフィン様。何度言えば解っていただけるのでしょうか? あなた様はこの城の主として、都市国家イングウェンザーの女王して、私たちにはただご命令していただければよろしいのです」

 

「へっ? 今、ちゃんと命令したでしょ? 来てって」

 

 変な事言うなぁって思いながら私はメルヴァにそう返したんだけど、それを聞いた彼女は何故解ってもらえないんですか? とでも言いたそうな顔をする。

 

「先ほどのメッセージでアルフィン様は、セルニアさんに今ここに来る事ができるかとお尋ねになられました。これが問題だと言っているのです」

 

「えっ! そんな事を言ってたの?」

 

「そんな事ではありません。アルフィン様が大変御優しいのは解っておりますが、少しは今のお立場を考えて発言していただかないと。下の者に伺いを立てる王などおりません。少し前ならともかく、今やこの世界の皇帝とも席を共にされる事もあるのですから、とっさにそのような態度が出てしまわぬよう、日ごろから気を付けておきませんと」

 

 う~ん、言っている事は解らないでも無いけど、身内だけの時までそんな堅苦しい事を言われてもなぁ。

 確かに気をつけなきゃとは私も思うけど、普段からそんなに気を張ってたら疲れちゃうじゃない。

 

「確かにそうかもしれないけど、私が皇帝陛下と謁見する時はメルヴァかギャリソンがいつも傍らにいてくれるんでしょ? なら私が何か失敗をしそうになったら二人が助けてくれるはずだから、そこまで堅苦しく考えなくてもいいと思うんだけどなぁ」

 

「いえ、ですが・・・」

 

「あら、メルヴァは私を助けてくれないの?」

 

「いえ、けしてそんな事はありません!」

 

「ならいいじゃない。頼りにしてるわよ」

 

「はぁ。」

 

 と言う訳で何とか口八丁手八丁でメルヴァを丸め込み、彼女を黙らせることに成功した。

 大体さぁ、アルフィンとしてはそうだろうけど、他の子に入ってる時はフリーダムだったら結局は同じ事だもん、だからそこまでする必要はないって思うのよね。

 もしやるのなら自キャラ全員がそうしなきゃいけないって事になるけど、まるんやあいしゃがそんな事をできるとは思えないからなぁ。

 

 コンコンコンコン。

 

 そんな時、執務室のドアからノックの音が聞こえてきた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します。セルニア様が到着なさいました」

 

 ノックの音を受けて私がそう返事をすると扉が開かれ、部屋付きのメイドの案内でセルニアが入ってきた。

 実はこれもつい最近、メルヴァの発案で始まったのよね。

 

 メイドだろうが統括者だろうが私が作ったNPCはみんな同格だから今まではこんなこと、イングウェンザー城ではやってなかったんだけど、ボウドアの館に続いてイーノックカウの大使館やアンテナショップがある館、それにエントの村にまで新たな館を創造する事になったと言う事で、出向したメイドたちが戸惑わないようにと私の執務室だけはこのシステムを採用したんだってさ。

 

「ありがとうございます」

 

「いえいえ」

 

 ただ初めたばかりと言う事で城の外で人と接する事があまりないセルニアなんかはまだこのやり方になれていないらしく、ドアを開けて案内してくれたメイドに頭を下げてお礼を言ってたりするんだけどね。

 その姿がなんとも可愛らしくて、私はちょっとだけほっこりとする。

 流石我がイングウェンザー城の癒し担当だ。

 

 

 扉前にいるメイドとのやり取りを終えた後、セルニアが小走りで私のところまでやって来た。

 それについてメルヴァは何も言わないんだけど、あれはいいんだろうか?

 

「アルフィン様。何か御用事ですか?」

 

「ええ。あなたにちょっと頼みたい事があってね」

 

 そんな事を考えていると、セルニアが私に話しかけてきたので、頭を切り替える。

 

「イーノックカウに今度店を出す事は知ってるわよね。あなたにそこの従業員の指導を頼みたいのよ」

 

「指導ですか? いいですけど、どのような指導をすればいいですか? 私がやるって事はコンセプトレストランの時のように何か物語のキャラクターの扮しての接客? それともやっぱり舞台での歌やダンス、それに演技の指導でしょうか?」

 

 ああ、そう言えばセルニアに頼んだら、こう考えるのが普通よねぇ。

 だって誓いの金槌のコンセプトレストランはそう言う店だったんですもの。

 でも今回はそう言う訳ではないから、この考えだけは正しておかないとね。

 

「いいえ、今回は普通のレストランよ。・・・あれ、ちょっと普通じゃないのかな? いやでもまぁ、接客に関しては普通のレストランでいいのかなぁ」

 

「???」

 

 私自身がよく解ってないのにその話を聞いていたセルニアに解るはずも無く、彼女は小首をかしげながら頭いっぱいにハテナマークを浮かべている。

 そして彼女なりにこの状況は不味いと思ったんだろうね、セルニアは私にそのレストランの概要は説明して欲しいって言ってきたんだ。

 

 

 言われて見れば当たり前で、それを説明しないで指導を頼んでも何をしたらいいか解らないよね。

 と言う訳でセルニアにレストランのコンセプトを話して店の間取りを描いた図面とかを見てもらったの。

 

「アルフィン様、これじゃダメですよぉ」

 

「えっ、なにが?」

 

 そしたらなんと、セルニアからダメ出しを貰っちゃったのよ。

 でも何が悪いんだろう? 結構時間をかけて作った案だし、城に戻ってからも図面を引きながら問題がありそうな所を少しずつ修正したんだけど。

 そう思った私は、セルニアにそのままぶつけてみた所、こんな答えが帰って来た。

 

「この店ってロクシー様からの提案で作られたんですよね? なら普通のお客様とは別に、貴族の方が来ても警備上問題がないように別の入り口とそこに繋がる個室を作らないと」

 

「ああそっか」

 

 そう言えばそうよね。

 私は貴族相手のお店の設計なんてした事が無かったから、つい普通のレストランみたいなつもりで間取りを考えていたのよ。

 個室にしても、必要な時はクリスタルガラスで仕切られただけの二階席を使ってもらえばいいなんて考えてたんですもの、確かにそれでは警備上問題があるわよね。

 だってそれでは一階席から魔法で攻撃されたら防げないし、なによりその二階に上がるには普通の入り口から入って店内の階段を上ってもらう必要があるんだから。

 

「後ですねぇ、全部のライブキッチンをクリスタルガラスで囲うのもどうかとも思いますよ?」

 

「えっ、でもフランベに慣れていない人ばかりなんだから、その方がいいんじゃないの?」

 

 そして続けて出たセルニアのダメ出しに、私はちょと困惑する。

 だってこれはロクシー様から出た意見なんですもの。

 でもセルニアとしてはちゃんとした理由があってのダメ出しだったのよね。

 

「はい。初めてのお客様にはクリスタルガラスで遮られていると言う安心感は必要だと思います。でも二度目以降のお客様はどうでしょうか? 目の前で上がる炎の熱と立ち上る香りと言う演出を全て捨て去ってしまうのは、やっぱり私には愚作だとしか思えないんですよね」

 

「そっか。そう言えば確かに繰り返し来店されるお客様相手なら、クリスタルガラスは無い方がいいのかも」

 

「はい。ですから店の間取り自体を大きく変えて、四隅にクリスタルガラスで仕切られたカウンター席の半円形ライブキッチンを置き、そのクリスタルガラスはいつでも撤去できるようにしておくのがいいと思います。そうすれば後々仕切りを作る事によって、クリスタルガラスがある場所とない場所の二種類を置く事ができますから」

 

「なるほど。あっでも待って、そうなると店の真ん中の空間が開いてしまうんじゃないかしら?」

 

「はい。ですからそこには円形のバーカウンターを置いて、お酒の注文はそこからお出しするのがいいと思います。ライブキッチンはどうしても温度が高くなるので、お酒の事を考えると別の場所に纏めてしまった方がいいですからね。それに後々クリスタルガラスを撤去するのならライブキッチンから直接お料理をお出しできます。そうなれば料理をキッチンから運ぶ給仕も減らせますから、初めからお酒を給仕する者と分けておいたほうがいいと思うんですよ」

 

 ・・・なんと言うかなぁ、初めからセルニアに相談してから間取りを決めればよかったよ。

 

 この後もどんどん出てくるセルニアからのダメ出し。

 外観や入り口の場所なんかは何も言われずにすんだけど結局私が最初に作った一階席の原案は殆ど残らず、それどころか危うく二階のバルコニー席まで個室を作らないといけないからって却下されそうになったのよね。

 でもそれだけはアンテナショップとの統合性を持たせなきゃいけないからって、なんとか死守。

 

「そうですね。それならいっそ3階建てにして個室はそこに作る事にしましょう」

 

 その結果レストランはなんと本館より高い3階建てにしたらどうかなんて、セルニアは言い出したのよね。

 う~ん、でもそれは流石に問題があるんじゃない?

 

「えっ? でも個室は貴族用として作るのでしょう? なら3階まで上がってもらうのは大変じゃないかしら?」

 

「階段ならそうでしょうね。だから魔道具で運んでしまいましょう」

 

 魔道具で? でもさぁ、このレストランにそんなこの世界に無い物をポンポンと投入していいのかしら?

 そう思ってセルニアにぶつけてみたんだけど、

 

「アルフィン様は前に回転の魔道具を見つけてこられましたよね。ならそれを見て更に発展させたと言えば2~3人乗りのケーブルカーくらいなら作っても問題ないんじゃないですか? 錘を使えばば力不足は補えるし、そもそも魔道具の製作技術はイングウェンザーの方が優れているってもう伝わってるんですから」

 

 って、あっさりと返されてしまったのよね。

 と言う訳でこの世界では多分どこにも無いであろうケーブルカーがレストランに設置される事になってしまった。

 

 クリスタルガラスといい、ケーブルカーといい、本当に大丈夫なのかしら?

 

 





 さて、セルニアに相談したらダメ出しを喰らってしまいましたが、実はこの後別の人からもダメ出しを喰らってます。
 それはイングウェンザー城の料理長。
 お店のデザインはアルフィンも経験した事があるんですけど、キッチンのデザインなんてした事がないですからね。
 専門家に見せたら問題点がどんどん出てくるって言うことをセルニアに相談して知ったアルフィンは、この後料理長も呼んで図面を見てもらったところ、同じ様に山のようなダメ出しを喰らったと言うわけです。

 何事も使う人に聴いてみないと解らないって言うお話でした。


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137 レストラン創造

 

 見せ掛けの工事が始まってから半月ほどたった頃、私はイーノックカウの店舗にする予定の館を訪れた。

 

「なに、あれ?」

 

 するとそこには確かに私が指示を出した通り、庭の一角には大きな白い布で作られた目隠しが作られていた。

 そう、作られてはいたんだけど、でも何故かそこには現地の言葉で大きくなにやら文章らしきものが書かれてたんだよね。

 と言う訳で無言でユミちゃんの方に目を向けると、彼女はそう言えば説明してませんでしたと済まなそうな顔をしてから、私にこう説明してくれたんだ。

 

「あれはですね、この国の言葉で消音の魔道具使用中って書かれているんですよ」

 

 ユミちゃんが言うには工事が始まったすぐの頃、館の改装現場から工事の音が聞こえてくるのに白い目隠し布の中からは音が聞こえてこないから、まだ工事は始まらないんですか? って何度も近所の人から聞かれたんだって。

 

「そこで改装と違ってレストランのの建築は大きな音が出るので、近所への迷惑を考えて消音の魔道具を使用して音を消しているんですと説明したんです。実際に消音の魔道具は入り口付近にも使用してますから、そこへ連れて行ってこれの大掛かりなものなんですよって話せば皆さん納得してくださいました。ただこのように質問をする人がこれからも出てくるのならその度にいちいち説明していては大変と言う事で、白い目隠し布に解りやすいよう、あのように文字を書かせたと言うわけです」

 

 なるほどねぇ。

 説明を受けて納得した私は、ユミちゃんを伴って白い目隠し布の中へ。

 するとそこには大量の資材が積み上げられていた。

 今日、私がここに来た理由はまさにこれで、この資材をエントの村へ運ぶ為のゲートを開く為なんだよね。

 

 うちの城には私を含めてゲートを開ける者は結構いるんだけど、この館とエントの村の両方に行った事があるのは私以外居ないらしいのよ。

 まぁ言われてみれば納得で、まるんはこの館に来た事があるけどエントの村に行った事がないし、あいしゃはエントに行った事があるけどこの館に来た事がないのよねぇ。

 私以外で両方に行った事があるといえばシャイナだけど、前衛職の彼女はそもそもゲートが使えないから意味なし。

 

 と言う訳で、私が来るしか無かったってわけなのよね。

 

 因みにエントの村には今、メルヴァと店長を含むゲートを使えるNPCが数人待機していて、彼女たちは私が今から開くゲートでこの館に来る事になっているんだ。

 そうすればこれからは彼女たちもここにゲートを開く事ができるようになるから、私が毎回出向く必要が無くなるからね。

 

「さてと。それじゃあ、さっさと開くかな。<ゲート/転移門>」

 

 呪文を唱えると目の前に黒い渦のようなものが形成される。

 よしこれで、ここを通ればエントの村へといけるはずだ。

 

 と言う訳でさっさとゲートを抜けると、そこにはメルヴァをはじめとした城のNPCたちが一列に並び、頭を下げた姿勢で私を出迎えてくれた。

 

「あら、別に全員で待っていてくれなくても良かったのに」

 

「そうは行きません。アルフィン様自らが魔法を行使されるのですから、配下である我々が全員で出迎えるのは当然です」

 

 相変わらずこの手の事になるとメルヴァは堅いなぁ。

 まぁ立場上仕方がない部分もあるし、何よりこの話は私が何を言ってもやめる事はないだろうからここで切り上げた方がいいよね。

 と言う訳で。

 

「まぁみんなそろっている事だし、さっさとイーノックカウへ向かうわよ。<ゲート/転移門>」

 

 先ほどと同じ様に目の前に黒い渦のようなものが構築されたので、私は先陣を切ってその渦をくぐる。

 するとそこは先ほどと同じ白い目隠し布の中で、そにはユミちゃんが先ほどと同じ位置に立って私たちを出迎えてくれた。

 

「お帰りなさいませ、アルフィン様」

 

「ただいま。とは言っても、まだ出かけてから数分も経ってないけどね」

 

 そんな冗談のような挨拶をしているうちに、私が開いたゲートを通ってエントの村にいた子たちがこの館へ続々とやって来る。

 これからは魔女っ子メイド隊から選抜されたこの子たちがこの館に常駐し、交代でこの目隠し布の中に運び込まれる資材をゲートを使ってエントの村に運ぶ手筈になっているんだ。

 

「へ~、ここがアルフィン様が作られるレストラン予定地ですか。まだ何にもないんですねぇ」

 

「何を言っているのですか、セルニアさん。そんなのは当たり前でしょう。ここに建つレストランはアルフィン様が魔法で創造なされるのですから、何かあったら邪魔になってしまいますわ。ですから、予め整地するのは当然です」

 

「ああそっか。メルヴァさんの言うとおりです!」

 

 そしてそんな子達といっしょに来たメルヴァと店長はと言うと、周りの景色を眺めながらこんな漫才みたいな事を話してたりするのよね。

 まぁ店長がそんな感想を持つのも解らないでも無いけどね。

 だってこの場所はちょっと前までは庭だったのに、レストランを魔法で建てる為にと今では何もないただの平地になっているんですもの。

 でもまぁ、この平地の風景も今日で見納めなんだけどね。

 

「それじゃあ取り合えず今現在搬入されている分を運び出して頂戴。これだけの資材があれば外装くらいまでなら出来上がってもおかしくないだろうから、資材を運び終わり次第、館を創造しちゃうからね」

 

「解りました、アルフィン様。では皆さん、手分けをして運び出してください」

 

 私とメルヴァの号令の元、資材の運び出しが始まった。

 そんな光景を見ながら、私はこれから立てるレストランの図面の最終確認をする。

 ユグドラシル時代はこの様なアレンジタイプの館を作る時はエディターで設計したものを使ってたけど、ここにはそんなものは当然無いから自分の頭の中にしっかりと叩き込む必要がある。

 とは言ってもここ数日、ずっとこの図面とにらめっこをしていたんだからもうほぼ完璧に頭に入ってるんだけどね。

 

 ただ今回は魔法だけでは作れないものがあるから、それを後で取り付ける部分の規格を間違えないように最終確認をしているって訳なのよ。

 

「アルフィン様。資材の運びだし、終了いたしました」

 

「ご苦労様。じゃあ早速始めるわね」

 

 私は予め決められているレストラン建築場所の前に立ち、頭の中で図面を立体的にイメージする。

 そして、

 

「<クリエイト・パレス/館創造>」

 

 力ある言葉をつむぐと、私のイメージ通りの幻の建物が目の前に構築されて行く。

 やがてそれが完全な形になると、その建物は現実のものとなり我々の前に姿を現した。

 

「えっと、エレベーターを付ける場所はっと・・・うん、大丈夫みたいね」

 

 館が無事出来上がったのを目にした私は、すぐに裏手の広場に回って後々取り付けることになっているケーブルカー式エレベータの設置場所である壁とその入り口となる3階の隅を確認してホッとため息をつく。

 今までも色々な家をゲームの中で作ったけど、流石に3階に入り口がある家やケーブルカー用の土台なんて作るのはこれが初めてだからなぁ。

 特に今回はエディターじゃなく自分の頭の中で構築されるものだから、実際に出来上がったものを見てみない事に安心できなかったのよ。

 

「これで建物はよしっと。それじゃあここもやっちゃいますか。<クリエイトガーデン/庭創造>」

 

 建物を確認して、これなら作り直す心配はなさそうだと思った私は、レストラン裏手の小さな広場を庭に作り直した。

 だってこちら側に貴族用の門を作るつもりなんだかr、平地のままってわけには行かないからね。

 と言う訳で、私のここでの魔法作業は全て終了、後の細かい事は作業している子たちに任せておけばうまくやってくれるよね。

 そう思った私は、一仕事終えてホッと一息ついた。

 

「おめでとうございます、アルフィン様」

 

 するとそんな私に、メルヴァが駆け寄ってきて祝福をする。

 その顔は本当にいい笑顔で、それを見た私は、ああ、知らないうちに心配をかけてたのかも知れないなぁなんて思ったんだ。

 だから、

 

「ありがとう、メルヴァ」

 

 って彼女の目を見つめながらそう答えたの、心の底からの感謝を込めた笑顔でね。

 

 

 

 さて、とりあえずこれで箱はできたけど、今日の仕事はこれで終わりじゃないんだよなぁ。

 と言う訳で次は中に入っての作業だ。

 

「メルヴァ、アルフィスからちゃんと預かってきてる?」

 

「はい、アルフィン様。きちんとお預かりして、アイテムボックスに入れてあります」

 

「そう、じゃあ行きましょう」

 

 何の事かを口にしなくてもそこは以心伝心、ちゃんと解ってくれていたので私はメルヴァと店長、それにギャリソンを伴って館の中へと歩を進める。

 そして私たちがたどり着いたのは1階の調理場奥の小さな部屋が二つ並んでいる場所だ。

 

「えっと、どっちがどっちだっけ?」

 

「広い方が冷凍庫です。冷蔵庫に関しては各階に作った小部屋用の魔道具や箱型のものを後で運び込む予定ですので」

 

 そう、この二つの部屋はそれぞれ冷凍庫と冷蔵庫にするための部屋だったりする。

 私の考えではその二つに関しては始め、後から魔道具として運び込むだけで済ますつもりだったんだけど、城の料理長が言うにはそれではレストランで使うには小さすぎるし、なにより複数の料理人が同時に使う事ができなくて困るから部屋そのものを魔道具で冷蔵庫と冷凍庫にした方がいいって言われちゃったんだ。

 

 因みに冷蔵庫より冷凍庫の方が大きいのは長期保存用に冷凍したものは一箇所に纏めればいいけど、冷蔵のものは各階で必要になるから別々に用意した方がいいと言う料理長からの助言でこうなったのよね。

 と言う訳で冷凍室を作る魔道具を1個、そして冷蔵室を作る魔道具を3個アルフィスに作ってもらって、メルヴァには運んできてもらったって訳なのよ。

 

「それとですが、アルフィン様。この魔道具とは別に、アルフィス様が冷蔵庫を複数製作しているので、その置き場所を考えておいてほしいとのことです」

 

「冷蔵庫を?」

 

「はい。私にはよく解りませんが、アルフィス様が仰られるにはレストランと喫茶室を作るのであれば必要だろうから、との事です」

 

 ん? 喫茶室の方はわかるけど、レストランには各階に冷蔵室を設置するのに、また別の冷蔵庫を置くの?

 一体何に使うんだろうって私が首を傾げてると、その姿を見たセルニアが教えてくれた。

 

「それはきっとドリンクのビンやデザートをディスプレイしながら冷やす、ガラス扉の冷蔵庫を作られているのだと思いますよ。あれがあるとないとではやっぱり違いますからね」

 

 ああなるほど。

 そう言えばグラスを冷やしてたり、色々なドリンクが並んでたりする冷蔵庫があった方が見栄えはいいわよね。

 ガラス自体はこの世界でもあるんだし、冷蔵庫の魔道具も富裕層にはある程度普及してるんだからそれを組み合わせて店舗用の冷蔵庫を設置するのもありと言えばありね。

 

 そう思い立った私は早速設置場所を考える事にする。

 

「取り合えずレストランの方は中央に作るバーカウンターの中で決まりよね。ライブキッチンにおいても仕方ないし」

 

「でもアルフィン様、お肉とかもディスプレーすると見栄えがしますよ」

 

「ああそっか。確かに食材によっては料理人の後ろに置いて、お客様に見せるのも有りね」

 

 こうして私はセルニアとああでも無いこうでも無いと相談しながら、冷蔵庫の設置場所を決めて行く。

 そしてその場所が大体決まった頃。

 

「アルフィン様、ロクシー様がお越しになられました」

 

 ユミちゃんがロクシーさんの突然の訪問を知らせてきたのよ。

 

 あれ、今日は何の約束もなかった筈だけど? って思いながらも、訪問を受けたのと言うのなら挨拶に顔を出さないわけにも行かない。

 

「メルヴァ、店長、ロクシー様がお見えになられたみたいだから行かないといけないの。ここお願いね」

 

「「畏まりました、アルフィン様」」

 

 と言う訳で二人にレストランを任せて、私は館の応接間に通されていると言うロクシーさんの元へと向かった。

 

 

「お待たせしました、ロクシー様」

 

「これはこれはアルフィン様。突然の訪問、ご迷惑じゃなかったかしら?」

 

 私が応接間に着くと、ロクシーさんは椅子から立ち上がって私に挨拶をし、続けて突然の訪問にお詫びを入れた。

 

「いえ、それは大丈夫なのですが、今日はどうなされました?」

 

「はい。イーノックカウの門番からアルフィン様がこの都市にいらっしゃったとの報告を受けたので、それならばもしお時間があるようでしたらレストランで働くシェフの紹介をと思いまして」

 

 ああなるほど。

 私はこの頃、色々と手を広げた事のツケで仕事がたまってしまってるから城に篭ってるもんなぁ。

 こんなチャンスが無いとシェフの紹介ができないって思ってわざわざ来てくれたってわけか。

 確かにここから城まではかなりあるから、シェフの紹介だけで足を運ぶなんて事はできないだろうし、このチャンスを逃す手はないよね。

 

「どうでしょう? アルフィン様にお時間があるようでしたら今から大使館の方にシェフたちを連れてくるよう、連絡をいたしますが」

 

 なぜ大使館? って一瞬思ったけど、そう言えばレストランで出す料理の為に大使館の調理場でしばらくうちの城のシェフといっしょに練習するって話だったっけ。

 そう思い立った私は、一応後ろに黙って控えていたギャリソンにこれからの予定を聞いてみたところ、

 

「この館の視察は一通り終えていますから、問題はないかと」

 

 との返事が返ってきたので、私はロクシーさんに笑顔を向ける。

 

「大丈夫のようですから、ご一緒致しますわ」

 

 そしてこう、了承の返事をしたんだ。

 




 着々と開店準備が整っていきます。
 次回は多分このレストランも無事開店の日を迎えると思いますし、アルフィンたちも平和な日々を送っているのですが、世の中の方はと言うと・・・。

 さてさて、どうなる事やら


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138 料理人とご対面

 イーノックカウにある都市国家イングウェンザーの大使館。

 ロクシーさんに誘われた私はレストランとアンテナショップの改修メルヴァたちに任せて馬車に乗り、ここを訪れた。

 

「お待ちしておりました、アルフィン様、ロクシー様。どうぞ此方へ」

 

 すると大使館に常駐するメイドたちに出迎えられて、厨房へと誘われる。

 彼女たちが言うには、どうやらそこにはロクシーさんによって新しく開くレストランのために集めた料理人たちが私たちよりも先に到着して待っているそうなんだ。

 

 私としては厨房では無く応接室かどこかの部屋で待たせればいいのになんて思ったんだけど、料理人たちにとって今日は顔合わせと言うより腕を見せるつもりで来ているみたいなので、一度会ってから着替えて厨房に行くよりこの方が早いと考えたみたいなのよ。

 

 と言う訳で厨房へ通されるとそこには調理服を着た初めて見る顔が数人、頭を下げて私たちを出迎えたんだ。

 

「この方たちがロクシー様推薦の料理人たちですね」

 

「はい。まだ若い者が多いですが、いずれもこの町の有名店で働いている将来有望な者たちなのですよ」

 

 言われて見ると確かに若い人が多いように見える。

 と言っても別に10代と言うわけじゃないけどね。

 

 流石に見習いレベルの者をロクシーさんが紹介するはずもなく、多分だけど色々な店で10年ほど修行した人を集めたんじゃないかなぁって顔ぶれがそこには並んでいた。

 

「名店で長年修行している者たちでもよかったのですが、ここでは今までとはまた違った料理を覚えなくてはならない事もあるでしょうし、それならばすでに自分の味が出来上がった者たちよりこの様な将来有望な料理人の方が新しい調理場や料理法になれるのも早いと思いまして。」

 

「そうですね。料理は国によって根本から違う場合もありますし、若い方のほうが柔軟に対応できそうですもの。ロクシー様の心遣い、感謝いたしますわ」

 

 ベテランほど新しい環境になれるのは大変だと思うし、何より自分の腕に自信がある人ほど新しい事に挑戦しようとは中々しないものね。

 これくらいの人たちの方が、珍しい料理法や新しい設備の使い方を抵抗無く覚えてくれると思うわ。

 

 この後は料理人たちの自己紹介。

 それぞれがどの店でどのような立場を任されてきたのかを話してくれたんだけど、私はイーノックカウの店の名前なんてまったくと言っていいほど知らないから、ニコニコしながら聞き流す。

 多分凄い名前が並んでるんだろうけど、知らないのだから感心して見せるよりもその方がいいと思ったからね。

 

 

 それが一通り終わると、彼らにはこの大使館の厨房の設備を見てもらうことにしたんだ。

 何せ私たちはこの世界の厨房と言うものを知らないんですもの。

 もし普通はないようなものがあったり、使い方が大きく違うものがあったりしたらいけないものね。

 

 と言う訳で、彼らをこの大使館の料理人たちに預けて私とロクシー様はここを去ろうとしたんだけど、

 

「あの、アルフィン様。もし宜しければわたくしも見学させていただいても宜しいですか?」

 

 なんとロクシーさんがこんな事を言い出したのよね。

 

「えっ? ええ、いいですけど、厨房ですから変わったものは無いと思いますよ」

 

「そうかもしれませんが、わたくし、厨房と言うものに入った事があまりございませんの。ですから少々興味がありまして」

 

 ああなるほど、確かにロクシーさんのような立場の人は自分で料理なんてしないだろうし、それに興味があるからと言って入ろうとしても火を扱っていたり刃物があったりして危ないからと入れてもらえないかもしれないものね。

 それだけに、これはいい機会だと思ったのかも知れないわ。

 

「そうでしたか。でしたら私もご一緒しますわ」

 

「ありがとうございます、アルフィン様」

 

 と言う訳で、私とロクシーさんは料理人たちとともに調理場見学をする事になった。

 

 まぁそうは言っても所詮は調理場ですもの、特に変わったものがあるわけでもないんだからすぐに終わるだろうなんて私は思ってたのよね。

 ところが料理人たちに設備を説明しているうちに、大使館の厨房がこの国の基準で考えるとかなりおかしなものだった事が判明して行ったんだ。

 

「全てのシンクにコックを捻るだけで水が出てくる小さなたるが付いているのですが、もしかしてこれはマジックアイテムでは・・・」

 

「魔道コンロがこんなに!? それに子牛が丸ごと焼けるほど大きな魔道オーブンまで。まさかこれと同じものが、これから働くレストランにもあるというのか!?」

 

「このグリル用の鉄板、まさか場所ごとに温度が変えられる!? って事は複数の魔道具が使われてるって事なのか?」

 

 どうやら普通の厨房ではこれだけの魔道具はそろってないみたいなのよね。

 そりゃあ一つ一つ取れば名店と呼ばれるような店に行けばあってもおかしくはない程度の物なんだけど、料理人全員分の魔道具がそろっているとなると、それは流石にちょっと異常な事らしいのよね。

 でもさぁ、これでも一応大使館なんだし、王族が出入りする場所の調理場なんだからこれくらいあってもそこまで驚くことじゃないんじゃないかなぁ? って私は思うんだ。

 多分帝城の調理場に行けばこれくらいの設備はあると思うもの。

 

「あの、アルフィン様。あれは何でしょうか?」

 

 私がそんな事を考えながら驚いている料理人を見ていると、ロクシーさんが何かに興味を惹かれたように私に尋ねてきたんだ。

 だからその指し示す方に目を向けると、そこには観音開きの扉が付いた金属製の大きな箱が幾つか並んでいたのよね。

 

「ああ、あれは。そうね、見たもらった方が早いでしょう」

 

 そう言うと、ロクシーさんを伴ってその箱の前へ。

 するとその私たちの行動に興味を引かれたのか、大騒ぎしていた料理人たちも集まってきたんだ。

 

 厳密に言うとこれと同じ物はレストランに入れる事はないんだけど、似たようなものがあるんだから見せておいた方がいいだろうと思った私は、料理人たちが集まるのを待ってその扉を開いた。

 

 するとそこからは冷気が漏れ出し、それと同時に灯る魔法の光が箱の中を照らしてそこに整理されて入れられた食材たちを浮かび上がらせる。

 そう、この金属の箱は大型の冷蔵庫なんだ。

 

「アルフィン様、これは?」

 

「ああ、ロクシー様は厨房に入られたことが無いのですからご存知ありませんよね。これは冷蔵庫と言って、食品を冷やして長持ちさせるマジックアイテムです。料理人の方々はご存知ですわよね」

 

 私がそう声をかけると料理人たちは皆、首を縦に振る。

 これは口だけの賢者がこの世界に齎したマジックアイテムの一つで、この魔道具がすでに広く普及している事を知っていた私は、その光景に満足げに微笑んだの。

 

 と、ここまでで終わらせて置けばよかったのに、私はまた余計な事をしてしまう。

 

「あと、こちらの二つは少し特殊でして」

 

「まぁ、どのようなものなのですか?」

 

 そう言うと私は一番淵に並べられた箱の扉に手をかけた。

 すると中からは先ほどとは比べ物にならないほどの冷気が立ち込め、そして魔法の光によって凍りついた食材たちがその姿を現したんだ。

 

「これは更に中の温度を下げて、物を凍らせて保存する冷凍庫です。此方の箱は中の温度がマイナス60度で長期保存用。そしてとなりにある冷凍庫はマイナス20度で普段使う食材を入れておいたり、氷を作ったりするのに使われるんですよ」

 

「「「「えっつ!?」」」」

 

 一斉に固まる料理人たち。

 はて、何かおかしな事を言ったかしら?

 そう思ってロクシーさんを見てみると、

 

「そうですか、便利なものなのですね」

 

 私の説明を聞いてこんな事を言っている所を見ると、どうやら彼女は料理人たちのように驚いているわけではないみたい。

 じゃあこれは料理人たち特有の驚きと言う事か。

 でも何で? って思ったから聞いてみたところ、

 

「氷は普通マジックキャスターが作るもので、魔道具でそれ程の低温を作り出すものなど聞いたことがない」

 

 だの、

 

「マイナス60度って、人を殺せるほどの温度じゃないですか! そんな強力な魔道具を食材保存に使うなんて!」

 

 だのと、口々に驚きの声をあげたのよね。

 それを聞いて、ロクシーさんも目を見開いて私の顔を見だした。

 う~ん、そう言えば確かにマイナス60度ならこの中に閉じ込めちゃえば人、殺せるよね。

 

 まぁやってしまったものは仕方ない。

 何よりこれと同じようなものを冷凍倉庫としてレストランにも設置するんだから、そういうものなんだよと納得してもらうしかないのよね。

 と言う訳で、

 

「一瞬でその温度まで下げる攻撃魔法と違って、これは時間をかけてその温度まで下げる魔道具ですからそれ程大げさなものではないですよ。そもそも入れたらすぐに凍りつくような魔道具だったら、危なくて取り出せないでしょう。ほらこの通り、物を取り出しても私の手は凍ったりしないでしょ?」

 

 そう言って実際に物を取り出して見せて、料理人たちを無理やり納得させた。

 しかしそっか、似たようなものがあっても全部がこの世界にあるわけじゃないのね。

 これからはちゃんと注意しておかないと。

 

 

 

 この後、もう少しだけ調理場の中を見て周り、社会見学は終了。

 料理人たちを大使館の子たちに預けて、私とロクシーさんは応接室に移動した。

 

 と言うのも、実を言うとあるものを試して欲しかったからなんだ。

 

「ロクシー様、折角来ていただいたことですし、一度召し上がっていただきたいものがあるのですが」

 

「わたくしにですか?」

 

 先日の話し合いでエルシモさんたちにレストランの門番として働いてもらう事になったんだけど、その話の最中に私はある事を思い出したんだ。

 それは彼との話し合いの時に出した、ある物の事。

 

 冒険者として働いていたエルシモさんも知らなかったのだから、もしかするとロクシーさんも知らないかもしれないもの、もしそうならレストランや喫茶室の目玉に使えるかもって思った私は、それをロクシーさんに出してみようって思ったんだ。

 

「ええ。とは言っても特に変わったものではないんですよ。パンの一種ですから」

 

「パン、ですか?」

 

 そう私がロクシーさんに出すのは別にこの世界に無いような、特別な食べ物ではない。

 どこにでもある、でも少しだけ作り方が特殊なだけの、ただのパンだ。

 

「ええ。ですがこの国では見かけた事のないパンですから、気に入って頂けたらと思いまして」

 

 私はそう言うと、いつもと違って扉前に控えているギャリソンに合図を送る。

 彼には調理場見学の前に、用意してもらえるよう頼んでおいたのよね。

 

 そしてその合図を見たギャリソンは一礼すると一度退室し、そしてワゴンを押しながら再度入室してきた。

 そしてワゴンに乗っていたのは二種類のパン。

 

 一つは三日月の形をしたもので、もう一つは長方形をした少し大きめなもの。

 ギャリソンはまずその内の一つ、三日月形の方を皿にとって私とロクシーさんの前に差し出した。

 

「これはパイですか? いや、それにしては少し形が」

 

「このパンは私たちの国ではクロワッサンと呼ばれているパンです。小麦粉の生地にバターを挟み、それを薄く延ばしては折りたたみ、それを何度も繰り返したものを一つ分に切り分けて、巻いた物を焼き上げた薫り高いパンですわ」

 

 私はそう言うと、クロワッサンを半分に割って見せる。

 すると部屋中にバターのいい香りが立ち込め、鼻腔をくすぐった。

 

「パンにバターを、ですか? それはまた贅沢な」

 

 するとロクシーさんは驚いたような顔をしてからクロワッサンの端を一口分だけちぎって口に運ぶ。

 そしてぱぁっと花が咲いたかのような笑顔を浮かべると、何度もクロワッサンを口に運んであっと言う間に完食してしまった。

 このクロワッサン、香りをたたせる為に結構大きめに作ってあるんだけどなぁ、なんて思いながらその光景を見ていた私は、ふとある事が気になった。

 

「ロクシー様? 先ほどパンにバターを使っていると話した時に、それはまた贅沢なと仰られてましたよね? でもパイにもバターを使われますでしょう? ならばパンに使われていてもそれ程驚かれる事ではないと思うのですが」

 

 そう、作り方こそ練りこむのと挟んで何度も伸ばすっていう違いはあるけど、普通パイ生地にもバターは使うのよね。

 ならこのクロワッサンにバターを使っていると聞いても、別にそれ程贅沢と感じるなんて事はないと思うんだけど。

 私はそう考えて質問したんだけど、ロクシーさんからは驚くような答えが帰って来たんだ。

 

「まぁ、都市国家イングウェンザーではパイにまでバターを使われるのですか? 我が国では植物油は使用しますが、バターのように高価なものを使用する事はありませんわよ」

 

 ロクシーさんが言うにはバターは作るのに物凄く手間がかかるから、普通はそんな贅沢な使い方はしないんだって。

 そう言えば遠心分離機がないこの世界でバターを作ろうと思ったら、わざわざ牛乳や生クリームを容器に入れて長時間振り続けないといけないんだっけ。

 なら確かに、こんな贅沢な作り方はできないね。

 まぁ、うちの場合は多分魔法で作るかゴーレムがその作業をしているのだろうって思ってたから、気にもした事も無かったわ。

 

 でもなるほど、それならこれを食べたエルシモさんが驚くわけだ。

 

「そうですか。これが気に入っていただけたら新しく作るレストランにお出しできると思ったのですが」

 

「そうですね。もし出すことができれば皆様に喜んではいただけるでしょうけど、これだけの香りがする程多くのバターを使用されるとなると、かなりの値段を取らなければならなくなるでしょうね」

 

 そっか、じゃあ貴族相手ならともかく、気軽に出す訳には行かないか。

 正直期待が大きかっただけに、ちょっと意気消沈。

 

 でもまだ大丈夫、私にはもう一つのパンがある。

 と言う訳でギャリソンにもう一つのパンを、イギリス食パンを出してもらうことにした。

 

 優雅な手つきで特殊な形のパン切り包丁を使って、食パンをカットして行くギャリソン。

 彼はそれを皿の上に乗せ、赤いジャムの入った器と供に私とロクシーさんの前へ置いた。

 

「まぁこれは変わった形のパンですわね。それにかすかな香りが。此方にもバターを使用なされているのですか?」

 

「はい。こちらは食パンと呼ばれているもので、ご指摘のようにバターを使用しております。ですが、それは取り出しやすいよう焼き型に塗ってあるだけですから、それ程多くは使用して居りませんわ。まずはそのまま、そして二口目からはお好みでジャムを塗ってお召し上がりください」

 

 ロクシーさんはパンを手に取ると、

 

「まぁ」

 

 と小さく声を洩らす。

 と言うのもこの食パンはとてもやわらかく、普通のパンのつもりで持ったからかその形を大きく変えてしまったからなのよね。

 

 それだけにロクシーさんは一度皿に戻し、その上で食パンを一口大にちぎった後、ゆっくりと口に運んだ。

 

「これは、とてもやわらかいですわね。それにこの真っ白な断面。此方はやはりボウドアで作られたと言う小麦粉を使用しているのですか?」

 

「はい。先ほどのクロワッサンもそうですが、このパンの使用した小麦粉はボウドアで生産されたものです」

 

 ボウドアで作っているこの小麦粉はこの世界のものでは無く、イングウェンザー城にある品種の種をボウドアに撒いて作ったものだからかなり美味しいのよね。

 まぁ、その小麦に関しては商業ギルドで扱う事になってしまったからアンテナショップで売ることはできないけど、それで作ったパンなら出してもいいよね? って思って、今日ロクシーさんに食べてもらったってわけなのよ。

 

「やはりそうでしたか。しかし、それだけではこのやわらかさは説明できません。まだ他にも秘密がおありなのでは?」

 

「秘密ですか? いえ、特にないと思うのですが」

 

 ロクシーさんからそう問われて私はちょっと驚いてしまった。

 だってこのパン、別に変わった作り方はしてないはずなんですもの。

 この世界のパンは形こそ丸パンやロールパンの様な形状のものばかりで食パンは珍しいかも知れないけど、ちゃんとワイン酵母を使って発酵おさせてるからやわらかいのよね。

 確かにパン用のイースト菌を使用しているという点では違うかも知れないけど、その程度の違いでこんな反応されるとは思わなかったんだ。

 

「宜しいでしょうか?」

 

 このように私が困惑していると、そこにギャリソンが口を挟んできた。

 と言う事はこの世界とこの食パンの違いを説明してくれるって事よね? ならいつものように任せましょう! 彼ならば万事解決してくれるはずだもの。

 

「何かしら、ギャリソン」

 

「アルフィン様、まずこの国で流通している小麦粉よりもボウドアで栽培されている小麦粉の方が保水率が高い事が解っております。これがロクシー様がやわらかいと感じた一因だと思われます」

 

「まあ」

 

 ある程度予想は付いていたけど、やっぱり品種か。

 でもそれをまずと言ってあげた所を見ると、もっと別の理由があるって事よね? それはなんだろうって思って聞いたら。

 

「しかし、それよりも大きな違いがございます。アルフィン様、バハルス帝国のパンには脂質がほとんど含まれて居りません。この国のパンは強力粉と砂糖、そして塩を混ぜたものに水とワイン酵母を加えたもので作られているのです。これでは固いパンが出来上がってしまうのは仕方がないことかと」

 

「そうなの? ではうちのパンは何か入ってるって事よね」

 

「はい。イングウェンザーの厨房ではパン生地に牛乳を混ぜ、そして少量のバターを練りこむことによって脂質を補っております。この脂質と小麦の保湿作用により、この柔らかな口当たりを実現してるのです」

 

 ・・・バター、生地にも練りこんでるのか。

 まぁ、それなら美味しいのも頷けるってもんよね。

 

 そしてそれを聞いたロクシーさんはと言うと、

 

「そうなのですか。ならばボウドアで作られている小麦粉と牛乳を使えばこのパンに近いものが作れるのですね?」

 

 とギャリソンに詰め寄っている。

 ああ、ボウドアの小麦はこれから商業ギルドで扱うんだから手に入るのか。

 だったらこの反応も解るわ。

 

 興奮気味のロクシー様を横目で見ながら、私はそんな事を考えてたんだ。

 

 

 

 それから半月の時が過ぎた。

 明日はレストランとアンテナショップのお披露目の日と言う事で、私はイーノックカウの大使館に訪れ、自室で寛いでいたのよ。

 そんな時。

 

 コンコンコンコン。

 

 部屋に響くノックの音。

 

 こんな時間になんだろうとは思ったけど、ここは大使館の中だ。

 不審者がいるはずもないので、

 

「どうぞ、開いてるわよ」

 

 そう言って入室を許可すると、そこに立っていたのはギャリソンだった。

 

 なんだろう? なんかいつもと違う。

 

 私の後ろでいつも控えてくれている彼とは、なんとなく雰囲気が違ったのよね。

 だから私は居住まいを正して、ギャリソンの次の言葉を待ったんだ。

 多分、あまりいい知らせではないだろうからね。

 

 そんな私の聞く体勢が整ったのを確認してから、やっとギャリソンはその重い口を開く。

 

「アルフィン様。帝都に遣わしている者より連絡がありました。帝国と王国の戦争が終結したようでございます」

 

「えっ?」

 

 ちょっと待って! それってちょっと早すぎない?

 




 パンの内容だけで驚きすぎたおかげで出してませんが、エルシモがらみで思い出したんだからロクシーの反応次第ではもしかすると29話で出てきた物凄く手間のかかっているスフレオムレツサンドを出していた可能があるんですよね。
 もし出していたらきっと、初めて食べたロクシーは本当に驚いたと思いますよ。
 何せ今までアルフィンに出された数々の料理と違って、素材は普通なのに料理人の技量によって最上級の美味として作り出されたものを食べさせられる事になるのですから。

 もしこれを出されていたらロクシーはきっとこう思ったことでしょう。
 都市国家イングウェンザー、恐るべしと。

 まぁ食べる前にスフレオムレツのサンドイッチに使われている、柔らかすぎるパンに驚くでしょうけどね。


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139 街は大騒ぎ

「戦争が始まったでは無く、終結したの?」

 

「はい、そのように報告を受けました」

 

 前回報告を受けた時の話からすると、そろそろ会戦したって言う報告が来るとは思ってたのよ。

 ところがギャリソンから伝わったのは会戦では無く終戦。

 ならもっとずっと前から戦争は始まってたって事? いやそれならギャリソンは私に知らせていたはずよね。

 

 あっ、それ以前に。

 

「待って、ギャリソン。あなたは今、帝都に遣わしていた者から報告を受けたと言ったわよね? そんな事をして大丈夫なの? アインズ・ウール・ゴウンを名乗る貴族が帝都内に監視の者を放っていないとは思えないのだけど」

 

 帝都に人を送っていたと聞いた私は少し不安になってしまった。

 だって、それが元で私たちの存在が相手に伝わってしまうかもしれないもの。

 

 まぁ異形種ばかりの最凶ギルドとは言ってもそれはユグドラシルの中でと言うだけで、この世界に来た彼らが同じような行動をしているとはとても思えない。

 中身は普通の人たちだろうからね。

 

 だけど生産系ギルドの自分たちでさえこの世界に敵は居ないと思えるほどの力を持ってしまっているんだから、その力におぼれて理性が効かなくなっているなんて事もありえるのだから念の為警戒はすべきだと思うのよ。

 少なくとも辺境候の座に着いたアインズ・ウール・ゴウンと言う人の、人となりを確認するまではね。

 

 だからこそ最凶ギルドの存在を確認した以上、此方からは動かないと言う事になっていたはずなのにギャリソンが帝都に人を送っていた聞いた私は、その事を攻めずに居られなかったんだ。

 

 でもそこはギャリソンの事、私の不安は杞憂でしかなかったみたいなのよね。

 

「はい。ですからイングウェンザー城からは誰も派遣して居りません。イーノックカウの商業ギルドへの依頼の形で人を募り、戦争の会戦と終結、それに大きな動きを早馬で逐一報告してもらえるよう手配しておいたのでございます」

 

「商業ギルド? 冒険者ギルドではなくて?」

 

「はい。冒険者は戦争には参加しない決まりがあるようですので、冒険者ギルドに戦場の偵察依頼を出しても受注してはもらえません。それに対して商業ギルドには戦況に応じての情報が必ず入ってくるはずですから依頼いたしました」

 

 なるほど、言われて見れば納得。

 確かに戦争と言うのはある意味大きな商業活動ですものね。

 

 これによって多くの人と物資が動くし、その趨勢に伴って経済も大きく動く。

 戦争が長引きそうなら物資調達の為に物価は上がり、逆の場合は大量の物資が手付かずで戻ってくるのだから物価は下がってしまうかもしれない。

 だから戦争の最新情報を商人たちが常に収集しているというのは、言われて見れば当たり前の話なのかもしれないわ。

 

「なるほど、その情報網から得たのがさっきの終戦ってわけね」

 

「その通りでございます」

 

 そっか、ならこれはまず間違いない情報ね。

 本来なら1ヶ月前後続くはずの戦争が数日で終わってしまったって事は、戦争の為に蓄えておいた物資の殆どがそのまま戻ってくるって事ですもの。

 そんな物価を大きく左右するような情報がもし偽物だったらと考えると、かなりしっかりと調査しない限り依頼主に伝えるなんて事はありえないだろうから。

 

 でもそうなると、本当に戦争が数日で終わったって事よねぇ。

 

「もしかして、戦争にアインズ・ウール・ゴウン辺境候が自分たちの本拠地にいる戦力を投入したとか?」

 

 うん、これならあっと言う間に終わってもおかしくないと思う。

 何せグリフォンとかオルトロスのようにこの世界でも有名な魔物はたくさん居るし、それこそ下級のドラゴンでも数匹戦場に並べておけば、それを見た王国貴族やその兵士たちは戦うまでも無く逃げ出すだろう。

 

「そこは商業ギルドですから、そこまで詳しい事は解って居りません。ただ、開戦前に辺境候の軍がバハルス帝国軍に合流したと言う情報は入っておりますから、その可能性は高いかと」

 

 やっぱりかぁ。

 まぁ戦争が速く終わったのはよかったわ。

 下手に乱戦になって戦争が長引いたりしたら、いくら後方とは言えヨアキムさんやその副官の少年、ティッカ君が怪我をしたかもしれないもの。

 

「なんにしても、戦争がそんなに早く終わったんだからイーノックカウから出兵した人たちは誰も怪我なんかしてないだろうし、1ヶ月もすればヨアキムさんたちが帰ってくるでしょう。詳しい報告は彼から聞けばいいわ。今はそれより明日の開店の方が大事よ」

 

「はい、アルフィン様」

 

 こうしてバハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の戦争の話は、私の頭の中からすっかり消えてしまったんだ。

 

 

 

 と言う訳で次の日、イーノックカウのフランベレストランとカロッサ領のアンテナショップは開店の日を迎えた。

 とは言っても別に広く宣伝したわけでもないし、折角だから開店前に来賓の前で軽く挨拶くらいはするつもりだけど、大々的に開店セレモニーとかをするわけでもないんだから初日はお客さんなんか殆ど来ないだろうって思ってたのよね。

 

 だからその日の朝、私たちはゆっくりと過ごして開店時間に間に合うくらいの時間に馬車で大使館を出たんだ。

 

「なんか今日は道が混んでるみたいね。事故でもあったのかしら?」

 

 だけどどうやらそれは失敗だったみたいで、今日に限って道がかなり混んでいて馬車が中々進まないのよね。

 おまけに店の近くに行くとなにやら人も多くなってきてるようで、私たちが進んでいる方向へと馬車道の両横にある歩道も人であふれ出したんだ。

 

「この先に中央広場もありますし、もしかするとそちらで催し物が行われているのかもしれませんね」

 

「ああ、なるほど。そんな日に私たちの店の開店が重なっちゃったわけか。でも、それは人が多く出てるって事よね? なら運がよかったって事なのかな?」

 

 カルロッテさんは、この人通りの多さを見て祭りか何かが中央広場で開かれてるんじゃないかって予想したみたい。

 言われて見れば確かにこの人の多さは祭りを連想させるわね。

 

「はい。この時期ではありませんがイーノックカウの中央市場で開かれる収穫祭の日は、伯爵様が国中から集めた名店がそろって中央広場に出店するので他の都市からもかなりの数の観光客が訪れるそうなんです。私は知りませんでしたが、今日開かれている催し物も同じように人が集まっているのなら、広場近くの店にも多くの人が訪れてくれると思いますよ」

 

「まぁ、そうだったら嬉しいわね」

 

 私はカルロッテさんの言葉を聞き、開店当日から多くの人で溢れる店とレストランを思い浮かべて思わず笑みを浮かべる。

 まぁ実際にそんなうまく行くなんて私も考えてはいないけど、これだけ人が出ていれば食事をするところはどこも満員だろうから、レストランやショップ二階の喫茶コーナーくらいは結構人が入ってくれるかもしれないわね。

 そんな事を考えながら、中々前に進まない馬車の中でカルロッテさんとゆったりとした時間を過ごしたんだ。

 

 

 それから約一時間。

 アンテナショップとレストランの開店予定時間を過ぎても、私たちは未だ馬車の中にいた。

 

「ねぇギャリソン、いくらなんでも進まなさすぎじゃない?」

 

「はい、アルフィン様。私もそう思い、先ほどヨウコにこの先を見てくるよう先行させました。ですからしばらくすればこの混雑の原因も解るかと」

 

 私がそろそろじれる事くらいギャリソンにも解っていたみたいで、何故馬車がこんなに進まないのかを調べるよう先手を打っていてくれた。

 で、しばらくするとヨウコが帰って来たんだけど、その理由というのが一度聞いただけじゃちょっとよく理解できなかったんだ。

 

「えっと、それはどういう事なの?」

 

「はい、ですからこの馬車の渋滞はお屋敷を先頭に続いているのです」

 

 ・・・えっと、もしかしてこの渋滞、私たちの店へ行くための渋滞って事? いや、まさか。

 ありえない理由を聞かされた私はちょっと困惑したんだけど、そんな私を更に困惑させる使者がこの後やってきたんだ。

 

「アルフィン様、伯爵家の旗を掲げた馬車が迎えに来たようです。いかがなさいましょう?」

 

 御者台に居るギャリソンが、前方の小窓を開けてそんな事を言って来たのよね。

 だから私は少し身を乗り出してその小窓から外を見ると、確かにフランセン伯爵家の旗を掲げた小さな馬車が私たちの馬車の前に停まっていた。

  おまけによく見ると、馬車道には警備の兵のようなものまで居て、その馬車が通れるようにする為か、前に並んでいた馬車を淵に寄せるよう誘導を始めていたものだから、ちょっとびっくり。

 

 えっと・・・ここまでしてくれるって事は、この騒ぎはもしかしてフランセン伯爵のせい?

 

 ありえるなぁ。

 今回オープンするレストランはロクシーさんと私の2人で計画したものだから、普通ならこの町の人にこれだけ広く知られているなんて事はないはず。

 でもこれにフランセン伯爵が絡んで来たら? 当然全ての住人が知る事になってもおかしくないわよね。

 おまけに食道楽として広く知れ渡っているフランセン伯爵が広めたレストランとなれば、この騒ぎが起こってもおかしくないかも。

 

 まぁなんにせよ、ここまでしてもらったんだから乗らないわけには行かないわよね。

 

「解ったわ。それじゃあ伯爵の好意に甘えて馬車を乗り換えましょう」

 

「畏まりました。アルフィン様」

 

 こうして私たちは自分たちの馬車をフランセン伯爵家の者に預け、用意された小さめの馬車に乗り換えたんだ。

 

 

 

「此方に馬車を止める事はできません。中央広場が臨時の馬車置き場になっているのでこのまま直進してください!」

 

「レストランは本日、すでに予約で満席になっております! 明日以降の予約を希望の方はスタッフの指示に従ってこの列の最後尾にお並びください」

 

「ショップ二階の喫茶コーナーは入場者が多すぎる為に現在閉鎖しており、入り口横の臨時カウンターでのテイクアウトのみとなっております。また列最後尾は館裏手まで延びていますので、ご希望の方はそちらにお回りください」

 

 ・・・ホント何事よ、これ。

 

 私たちを乗せた馬車は伯爵家の手配で、全ての馬車を追い越して無事館へと到着。

 流石にこの混雑では正門から入る事は叶わなかったからレストラン裏手にある貴族用の入り口から中へと入ったんだけど、ギャリソンのエスコートで馬車を降りた途端こんな声がそこかしこから聞こえてきたんだ。

 

「アルフィン様。申し訳ありません。このような事になってしまって」

 

「お疲れになったのではないですか? アルフィン様。わたくしもまさかこんな事になるとは思わず、つい伯爵に今日の事を話してしまいまして。本当に申し訳なく思っておりますわ」

 

 予想外の展開に私が目を白黒させていると、馬車の到着の知らせを受けたのかフランセン伯爵がロクシーさんと共に私たちの元へとやってきた。

 2人の口調からすると、どうやらこの騒動はやっぱりフランセン伯爵が原因らしいわ。

 とは言っても別に彼に悪意があったわけじゃないのよ。

 彼は彼なりにロクシー様からこの店の開店日を聞いて、盛り上げてくれようとしただけみたいなんですもの。

 

「私はいつも贔屓にしているレストランのオーナーや、この町の貴族たちに話しただけのつもりだったのですが、その者たちから商業ギルドに話が伝わってしまったようでして」

 

 ただ彼が思っていた以上に私たちの国のお酒や料理の評判がこの町で広がっていたみたいで、商業ギルドに話が伝わるとすぐさま調査が入り、レストランでは貴族や大商会の経営者等の一部の金持ちだけじゃなく平民でも利用できるように色々な値段設定の料理を出す予定だとか、ショップ二階の喫茶コーナーは近所に住む人たちに普段から使ってもらえる価格帯設定にするみたいだって事が知られていたらしいのよ。

 

「その上ショップでは都市国家イングウェンザーの果物を使用したジュースや、前にわたくしが試飲させて頂いたチュハイと言う新しいお酒を販売する事まで知られてしまったらしく、この様な騒ぎになってしまったようなのですわ」

 

 なるほど、確かに話題の店がオープンすると言う情報が出回ったというのであれば一種のお祭りのようになっても仕方がないのかもしれないわね。

 新たにオープンする店と言うのはただでさえ注目を集めるのに、それが我が都市国家イングウェンザーとロクシー様の共同経営。

 おまけにその貴族どころか他国の王族が絡んでいる店を普通の人たちでも気軽に使えるとなれば、実際にお金を使わなくてもただ見に行くというだけで楽しめそうだもの。

 これだけの人が集まってもおかしくはないわね。

 

「それだけではありませんぞ、アルフィン様。あれです、あれが人々の関心を更に呼んでいるのです」

 

 そう言ってフランセン伯爵が指差したのはケーブルカー式エレベーター。

 でも何故? 動いているときならともかく、ただそこにあるだけなら一見すると3階へ急な階段が付けられているだけのようにも見えるのだから、そんなものに注目が集まるなんておかしいくない?

 

「あれが、ですか? でも、動かしては居ないようですし、それならばあれが何か解る者はいないと思うのですが」

 

「アルフィン様。確かに今日はまだ動かしては居りません。ですがオープンに先立って安全確認の為に何度か試運転はいたしましたわ。わたくしも一度乗せていただきましたもの。あれは貴重な体験でしたわ」

 

 実際に乗った時の事を思い出したのか、うっとりとした表情を浮かべるロクシーさん。

 そして、

 

「どうやらその試運転を見た者たちがその様子を色々な所で話して周ったようで、人を高い所へ運ぶ魔道具というものを一目見ようと集まった者も多く居るようなのです」

 

 その試運転が評判となってより人を集めたようで、今も何時動き出すのかと楽しみにしている人たちがエレベーターが見える側の道や庭園に溢れていると、フランセン伯爵は私に教えてくれたのよね。

 

「ですが、今日は3階の個室は使用しないという事になっていたのではないですか?」

 

「はい。本来はこれ程の人が集まるなど予想もして居りませんでしたので、簡単なオープニングセレモニーの後、レストランの二階席で少数の招待客とささやかなパーティーをする予定でございました。しかし、あまりの人出の多さに二階席も予約ですでに埋まってしまいまして。それに招待客たちも、あのエレベータの噂を聞いたらしく」

 

「ああ、本人たちも乗れると思って楽しみにしてるわけね」

 

「はい、そうなのです」

 

 フランセン伯爵の言葉で私は納得した。

 確かに他にはない人を高い所へと運ぶ魔道具が設置されたレストランの開店披露ですもの、招待された人たちはそれに乗れると思ったとしても仕方がないわね。

 

 でも急に会場を変更しても大丈夫なのかしら? 私はそう思いながら店の入り口のほうへと目を向ける。

 建物が邪魔で実際にその様子をここから眺める事はできないんだけど、ここまで聞こえてくる喧騒から人員的にそれだけの余裕はないように思えたんだ。

 

「アルフィン様。大使館より人を此方に派遣しても宜しいでしょうか?」

 

 すると私の心を読んだかのようにギャリソンが、そう提案してくれたんだ。

 うん、流石に頼りになるわね。

 

 私は1も2も無くその提案に乗る事にした。

 

「そうね、この状況では元々ここにいる者たちだけでは対応できないでしょうし、何よりこれだけの人が集まっては商品が午前中も持たないでしょう。急いで手配するように連絡をお願い。後、フランセン伯爵」

 

「はい」

 

「申し訳ありませんが、どこかの道を閉鎖して頂けないでしょうか? 大使館から物資を運ぶにしても、この混雑ではたどり着くことができませんわ」

 

「解りました。おい、すぐに手配しろ」

 

 と言う訳でギャリソンに指示を出すと彼は一礼してこの場を後にし、続いてフランセン伯爵にお願いすると、彼は近くに居た執事にすぐ手配するよう指示を出してくれた。

 

 と言う訳でとりあえずは一安心かな? なんて思った私が甘かった。

 

「ところでアルフィン様、もう一つお願いがあるのですが」

 

「お願いですか?」

 

 ホッと一息ついていた私に、ロクシーさんが申し訳なさそうに話しかけてきたのよね。

 で、その内容はと言うと・・・。

 

 

 

「おお、あれが噂の白銀の姫様か」

 

「噂どおり、とても可愛らしい!」

 

「アルフィン様ぁ~! きゃあ~、こっちを見て手を振ってくれたわ」

 

 私は動物園のパンダか、それともどこかのアイドル歌手か。

 今私はゆっくりと昇っていくエレベーターにロクシーさんと2人で乗り、その上から観衆へと笑顔を振りまきながら手を振らされている。

 と言うのも、

 

「申し訳ありません、アルフィン様。試運転の時、つい楽しくなってエレベーターが登って行く時に手を振りましたら、集まった人々に思いの他喜ばれまして」

 

 ロクシーさんがこんな事をしたせいで集まっている人たちが私もやってくれると期待しているそうで、もしやらなければ暴動に発展してしまうかもしれないって言われちゃったんだ。

 

「アルフィン様~! ロクシー様ぁ~!」

 

「バハルス帝国、バンザ~イ! 都市国家イングウェンザー、バンザ~イ!」

 

 なにやらよく解らない盛り上がりの中、たっぷりと時間をかけて登って行くエレベーターの上から笑顔で声援に答え続けるアルフィンとロクシーであった。

 

 




 戦争から新オープンの話題のスポットまで、商業ギルドの情報網は優秀であると言うお話でした。

 さて、戦争が始まって、終わりました。
 その理由は語るまでも無く皆さんご存知でしょう、何せ先日アニメで放映したばかりですから。
 でもそれを知らなければアルフィンのように考えてもおかしくないと思うんですよね。
 あまり知られていないモンスターならともかく、ドラゴンが何匹も相手陣地に居たら、私ならまず逃げ出しますからねw


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140 別れ

 

 レストランとアンテナショップの混雑は開店してから2週間たった今でもまだ続いている。

 私としては調理法が目新しいだけで、他のレストランと比べて料理が特に優れているわけでは無いと思っていたから混雑は1週間も続けばいいところだろうと思っていたんだけど、そんな私の見通しは甘かったと言う事なのだろう。

 

「アルフィン様。喫茶コーナーとレストランで出されているデザートなのですが、これだけでお店を出しませんか? わたくしとしては帝都に出店していただけると嬉しく思うのですが」

 

「はぁ、帝都にですか」

 

 実際に店を開いてみたら、どうも前もって人が押し寄せると脅かされていたフルーツよりもスイーツ関係の方が話題になっているみたいなのよ。

 そもそもこの世界のお菓子は物凄く砂糖を使うから全般的に値段が高い。

 それだけに一般の人はあまり食べる事ができなかったみたいなんだけど、私としては安い材料でも美味しいお菓子を作れるって事を知っていたからそれを店に並べたのよね。

 そしたらそれが受けたらしくって、人を呼んでるって訳。

 

「はい。まだ使者が訪れていないので内密な話なのですが、王国との戦争が早くも終結したようなのです。となればわたしく、帝都に帰らなくてはなりませんもの」

 

「そう言えばロクシー様は戦争が終わるまでの疎開の為に、この都市を訪れているのでしたね」

 

「そうなのです。ですがそうなると此方での生活では当たり前に食す事ができたものが口にできなくなるのが悲しくて。特に泡立てた生クリーム! わたくし、喫茶コーナーに出すからとパンケークの試食をいただいた時、上に乗っていた白くてふわふわしたお菓子が貴重な生クリームを泡立てたものだと聞いて本当に驚きましたのよ」

 

 いや、ロクシーさんが生クリームを食べた時に貴重な物だって言い出した時は私も驚いたわよ。

 どうやらこの世界では生クリームを生乳から作る技術がないらしくて、搾った牛乳から自然分離したものだけしか存在しないなんて思わなかったもの。

 でも前にレストランで食べたアイスクリームに、なぜわざわざ向かない上に手に入りにくい自然分離した生クリームを使っていたのかが解ってって納得したわ。

 それしかないのなら、多少口当たりが重くなっても乳脂肪分が多い物を使わないわけにはいかないものね。

 

「これまで生クリームと言えば料理のソースに使ったりアイスクリームに使ったりする事はあったのですが、泡立てた物と言うのは口にしたことがありませんでしたもの。ですから早速わが家のパティシエにそれを教えて作らせたのですが、どうしても口当たりが重くて。牛乳を入れるなどして試行錯誤を繰り返しているようなのですが、なかなかあの味が出せなくて困っているのです」

 

 そりゃ、うちは遠心分離機で作ってるから乳脂肪分の調整もできるからなぁ。

 濃い生クリームを牛乳で割るのに比べたら味がいいのも当たり前よね。

 

「レストランで働いている者に聞いたところ、あの生クリームは大使館においてあるマジックアイテムで作られていると聞きました。先日の冷凍庫にも驚きましたが、流石にマジックアイテムに関しては我がバハルス帝国も都市国家イングウェンザーには叶いませんわ」

 

 あれ? なんか勘違いしてない? 遠心分離機に仕上げたのは確かにうちの子達だけど、マジックアイテム部分はこの国のものなんだけど。

 このようにロクシーさんに下手な勘違いをされたまま帝都に帰られると、凄いマジックアイテムを作り出す都市国家があるって話題になりかねないわね。

 もしそうなったら辺境候の耳にも届きかねないし、ここは否定しておいた方がいいだろう。

 

「あらロクシー様。生クリームを精製している道具には確かにマジックアイテムを使用していますけど、それは我が国で作られたものではありませんわよ。あれは前にお話した小麦を製粉する時に使っている回転するだけのマジックアイテムを使用して作られた道具ですわ」

 

「まぁ、そうなのですか? わたくしてっきり」

 

「ええ。回転と言うものは色々使えるんですのよ。生クリームを泡立てるのにも、その回転のマジックアイテムを使って作られた道具を使用していますし。あの魔道具をこの国で見つけることができたのは本当に運がよかったですわ。それまでは魔法を使ったり、人の手を使わなければなりませんでしたもの」

 

 ホントあれは掘り出し物だったわよねぇ、あれのおかげでいろんな物が作れたもの。

 投売りしてくれた人たちに感謝だわ。

 

「なるほど。アルフィン様の国は一つのマジックアイテムで色々な事をなす技術が優れているのですね」

 

「はい。有益で強力な力を秘めたマジックアイテムを作り出すのは長い時間を掛けた研究が必要ですが、今あるものを応用して新たの道具を作り出すのは発想力が豊かな者さえ居ればすぐにでもできますから」

 

「そうなのですか。ではあのエレベーターも?」

 

「はい。あれも基本的には幾つかのマジックアイテムの集合体ですわ。回転のマジックアイテムもあのエレベーターには使われておりますのよ」

 

 私がこの一言を言った瞬間、ロクシーさんの目が光ったような気がした。

 と同時に、私は誘導尋問に引っかかった事に気が付く。

 

 そうだ、すっかり忘れてたけど、本来この人はこういう人だったよ。

 はじめて会った時同様、すべてを見透かすような目で私は見据えられ、私は観念する。

 ああ、私が知っている限りのエレベーターの作り方、全部聞くまでは帰ってくれないだろうなぁ。

 

「と言う事は我が国の技術でもあのエレベータの魔道具は作れると言う事ですか?」

 

「どうでしょう? あのエレベータの作り方を全て把握しているわけではありませんから、私の口からはなんとも言えませんが・・・ただ、使われているマジックアイテムは全てこの国で調達したものの筈ですわ」

 

 これは本当のことだ。

 アインズ・ウール・ゴウンの存在が明るみに出た以上、この世界の人間には作り出せないほど強力なマジックアイテムが無ければ作れないものをこんな大々的に出す訳にはいかないからと、色々と工夫してあれは作られたからね。

 

「そのマジックアイテム、差し支えなければ教えていただけませんか? もちろん対価はお支払いいたしますから」

 

「いいですわよ。どの道一度世に出てしまえば研究されていずれは誰かが真似をするのでしょうし、その程度の事で宜しいのでしたら両国の親善と言う事で無償でお教えいたしますわ」

 

 元々この国の都市に設置した以上はいずれ話さないといけなかっただろうし、何よりありふれた技術であるって事が広まってくれた方が私としてはありがたいので、これもいい機会なのかもしれない。

 と言う訳で、使われているマジックアイテムを私は羅列する。

 

「えっと、確か使われているのは先ほど話した回転する魔道具。快適な車輪、軽量な積荷、こんな所でしょうか」

 

「えっ、それだけですか?」

 

「はい。後は技術的に解決されているのでマジックアイテムはこれだけのはずですわ」

 

 そう、たったこれだけのマジックアイテムがあればあのエレベーターは作る事が出来るのよね。

 仕組みは簡単、人が乗るエレベーターワゴンに快適な車輪と軽量な積荷を設置する。

 これによって変なゆれに悩まされる事はないし、乗っている人たちの重さも表示してある最大積載量以下なら軽量な積荷を起動することで30キロ以下まで落とす事ができるんだ。

 それでワゴンと釣り合う様に調整した錘を3階から下ろせば、回転の魔道具の力だけで人を上に運べるって訳。

 

 因みに今簡単に説明した通りに作ると錘のワイヤーが下についてもワゴンが3階に着かないから3つの滑車を使ってワイヤーの長さを調整したり、軽量な積荷のオンオフができるスイッチをエレベーターワゴンの扉の外に設置したりとこの外にも幾つかの細かな工夫もされてるんだけどね。

 

 ただこのエレベーター、新しくマジックアイテムを開発したわけじゃないから色々不便なのよね。

 軽量な積荷のオンオフの為に上と下に1人ずつ人を置かないといけないし、回転のマジックアイテムも一定方向にしか動かないからギアを切り替えないと上り下りの方向の切り替えができない。

 そして何より非常時にブレーキをかけられるよう斜めに敷かれたレールの上を走るから、設置するのに場所を取っちゃうのよねぇ。

 緊急時のブレーキとして浮遊の魔道具が使えたら垂直式のエレベーターにしたのに。

 ホント残念。

 

 とまぁ使われているマジックアイテムは教えたものの、この作り方までは教えてないから実際に作るには結構時間がかかるだろうなって私は思ってるんだ。

 だってこの世界、魔法が発達しているせいなのかギアのような機構的なものがあまり進んでないみたいだからね。

 登りだけなら簡単に出来るだろうけど、下りに関しては結構苦労するんじゃないかな?

 いや、それ以前に吊り上げる為のワイヤーとか作れるのかなぁ? あれは長くて柔軟性のある針金をかなりの本数作らないと出来ないんだけど。

 

「しかしなるほど、皇帝陛下の馬車に使われているほどのマジックアイテムが使われているのであればあの乗り心地も納得ですわ。それにそれ程高価なマジックアイテムを馬車にではなくただ上の階に上るためだけに、それも城やお屋敷では無くレストランに設置されるのですから、いつもの事ながらアルフィン様の財力には恐れ入ります」

 

「はっ?」

 

 あれ? 確かこの魔道具に関しての話はカロッサさんのところで聞いたはず・・・いや待って、カロッサさんから聞いたのって確か快適な車輪だけだったような?

 

「あの、もしかして・・・軽量な積荷ってもしかして貴重なマジックアイテムなのですか?」

 

「はい。余程困窮しているのならともかく、普通の暮らしをしている貴族なら快適な車輪は馬車に着けているでしょう。けれど、軽量な積荷までとなるとかなり珍しいと思いますわ。皇帝陛下は常に鎧を着た騎士たちを同乗させますが、普通の貴族はその様な事、ありませんもの。それだけに作られる数も少なく、値も高価になっていると聞き及んでおります」

 

 なるほど、需要がないから高いってわけか。

 でもそんな高いって言うのなら真似される可能性は低かったかもしれないわね。

 よかった、ロクシーさんに使われているマジックアイテムを話しておいて。

 誰かが真似してばれるだろうって高をくくってたら悪目立ちするところだったわ。

 

「なるほど。ではあまり意味のない情報でしたね。設置する場所を取るので城や砦には使えませんし、普通の館につけるにはお金が掛かりすぎますもの」

 

「そうでもないと思いますわよ」

 

 エレベーターとして使用するにはお金が掛かりすぎるみたいな話をしていたからてっきり意味のない時間を取らせたと思ったんだけど、どうやらロクシーさんはそうは思わなかったみたい。

 でもなぜ?

 

「そのお顔からするとお気付きになられていないようですわね。先ほどの情報はわたくしどもの盲点を付いたものでしたのよ」

 

 私の顔を見て、ロクシーさんは微笑む。

 やはりアルフィン様は戦いに向かない御方ですわねと。

 

「わたくしたちはいままで軽量な積荷を馬車の重さを軽減させるマジックアイテムと捕らえておりましたの。しかし言われてみれば当たり前の事ですが、重さを軽くするのは馬車でなくてもよかったのです。例えば崖の上に砦を作る際、今まではフローティングボードのような魔法を使って物資を歩いて運ばなければいけませんでした。しかしこの軽量な積荷を使えば崖下から引き上げる事が可能になりますわ。そうなれば資材運搬の時間が短縮されて敵の妨害を受けにくくなりますもの、その恩恵は計り知れません。その上その作業も人力ではなく回転のマジックアイテムによって行うことができるのですから、その分警備に人を回せますから安全性も高めることができますでしょう? その他にも城壁の上から落とす岩や油の運搬、バリスタの矢や投石器用の岩を運ぶのもこれを使えばかなり楽になりますわ」

 

 ああなるほど、私はエレベーターをただ高い所にあがるためだけのものだって考えてたけど、ロクシーさんは戦争を有利に運ぶ為の道具に使えると考えたわけか。

 確かにそれならば多少お金が掛かっても作る意味はあると思う。

 人力と時間をお金で買うと考えれば合理的だし、なにより一度作ってしまえば壊れるまで使い続けられるのだから、その方が最終的には安く付くだろう。

 

「どうやら私は少し早まったのかもしれませんね」

 

「いえいえ、我がバハルス帝国が強大になれば友好国である都市国家イングウェンザーにも何かと利になる事が多くなると思いますもの。これからも色々と教えていただけると助かりますわ」

 

 う~ん、今回は完全にロクシーさんに一本とられてしまった形だなぁ。

 まぁ私の場合、政治的なことでロクシーさんに勝とうと考えるほうが間違ってるのだろうから仕方がないといえば仕方がないんだけど・・・うん、これからは情報開示する前には必ずギャリソンかメルヴァに相談することにしよう。

 

 

 

 そんな事があったりするうちに時は流れ、王国との戦争が終結したと言う報告がイーノックカウにも正式に届けられた。

 と言う事はロクシーさんとの別れの日が来たと言う事だ。

 

「ロクシー様、今まで色々とありがとうございました」

 

「いえ、此方こそ有意義な日々を送らせていただきました。アルフィン様と出会い、送ったこのイーノックカウでの日々、生涯忘れる事はないでしょう」

 

 明日の早朝、このイーノックカウを出発すると言う事で訊ねてくれたロクシーさんと私は最後の挨拶を交わす。

 

「此方こそ、楽しい日々でしたわ。また来年もこの時期になったらいらっしゃるのでしょう? 再会の日を楽しみにしていますわ」

 

「あら、それより帝都には遊びに来ていただけませんの? わたくしとしては先日お話した通り帝都にもアルフィン様の店を出していただきたいですし、それならば開店場所の相談もしなければならないでしょ?」

 

 帝都かぁ、アインズ・ウール・ゴウンを名乗る人が居る場所の近くには行きたくないんだけどなぁ。

 でも、この仲良くなった女性の笑顔を見ていると断るのも忍びない。

 

「そうですわね。まだ何時とはお約束できませんが、帝都に出店いたします。その時は相談に乗ってくださいましね」

 

「まぁ嬉しい。約束ですわよ」

 

 一気に花が咲いたかのように笑顔になるロクシーさん。

 こうして私たちは帝都での再開の約束をして、別れの日を迎えたのだった。

 

 そしてそれから十数日後、出兵した部隊が、ヨアキムさんたちがこのイーノックカウに帰還した。

 

 





 どんなものでも兵器に転用できる、その事を戦争を知らない世界から来たアルフィンは指摘されない限り気が付きません。
 ですからこうして簡単に情報を開示してしまうんですよね。

 でもまぁ、それを警戒してピリピリするよりついうっかり離してしまうほうがアルフィンらしいのではないでしょうか

 さて、ロクシー様が去り、ヨアキムが帰ってきます。
 そしてこれにより王国と帝国との戦争の顛末をアルフィンが知り、いよいよ話はラストに向かって行くことになります。


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141 ヨアキムからの報告

 

 リ・エスティーゼ王国との戦争に参加するためにイーノックカウから出発した部隊が帰って来た。

 だから私はてっきり大々的に帰還式典でも開くんじゃないかと思ってたんだけど。

 

「どうやら体調不良を起しているものが多く、式典を開く事ができないようでございます」

 

 ギャリソンが言うには戦争によって怪我をした人は一人もいなかったらしいんだけど、心的疲労によって殆どの人が体調を崩してしまったらしいんだ。

 う~ん、前線ではないとは言っても戦争だからなぁ。

 バハルス帝国軍の兵士とは言え、普段は他国から遠く離れたイーノックカウに住んでいる人たちだから魔物の討伐ならともかく、実際に人と人との殺し合いの場に出た事がある人なんか殆ど居ないと思うのよね。

 それだけに戦争で心を病んでしまっても仕方がないと思う。

 

 昔あったって言う現実世界の戦争でも、やっぱり帰って来た人たちはどこかしらおかしくなっていたって言うし、それだけ戦場と言うのは精神に負担をかける環境なのだろう。

 

「精神的なことでは魔法でなおす事もできないし、私たちでは何もできないわね。せめて美味しいものでも食べたり飲んだりして静養できるよう、ライスターさん経由でお酒と料理を差し入れておいて頂戴」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 こうして兵士たちが帰還してからも数日の間はヨアキムさんからの報告を受けることもなく、私はレストランやアンテナショップの視察などをしながら過ごした。

 

 

 

「戦争に行った兵士たちが次々と除隊してるの?」

 

「はい。そのようでございます」

 

 私がギャリソンからそんな報告を受けたのは、戦争から部隊が帰って来た日から10日ほどたった頃。

 どうやら余程戦争に行った経験がつらかったのか、参加した人たちの多くが兵士と言う仕事をやめてしまっているらしいんだ。

 

 でもたった一日で終わったって言うのに、戦争ってそこまで過酷なのかしら?

 

 今の所ライスターさんからはヨアキムさんが除隊したって話を聞かないから大丈夫なんだろうけど、こんな話を聞かされるとちょっと不安になるのよね。

 シャイナがライスターさんにはじめて会ったのは野盗のアジトを襲撃した時だって言うし、対人戦を経験した事はあるって話だから大丈夫だとは思うんだけど、もしかしたら私が頼んだ偵察によってより凄惨な現場を見ることになってしまったかもしれないもの。

 実際に自分でその場に居るよりも、他の人たちが殺しあっている現場を見るほうが心に負担がかかってしまう事があるかもしれない。

 そう思うとちょっとだけ、いやかなり心配になるんだ。

 

 しかしその心配は杞憂に終わる事になる。

 

「アルフィン様。ライスター様から使者が参りました。ヨアキム様からの報告の為の謁見申し込みでございます。日時は此方に任せるので、連絡を頂きたいとの事でが、いかがなさいましょう」

 

 実はその数日後、ライスターさんから謁見依頼が入ったんだ。

 

「まぁ、ヨアキムさんは大丈夫だったみたいね。よかったわ」

 

 報告に来られるって事は、ヨアキムさんは戦争に行っても心に傷を負ったりはしなかったみたいね。

 さて、では何時会うかだけど・・・私としてはいつでもいいのよねぇ。

 ロクシーさんが帝都に帰ってしまってからは正直絶対に外せないような用事があるわけじゃないし。

 

「ギャリソン。私としては別に今日でも明日でもいいんだけど、流石にそれだと向こうの準備が間に合わないわよね」

 

「はい。このような場合は相手方の予定も考え、数日開ける方が宜しいかと」

 

「解ったわ。では5日後の午後に大使館で会うと伝えて」

 

「畏まりました。そのように伝えます」

 

 こうしてヨアキムさんからの報告を受ける事になったんだ。

 

 

 そして当日。

 

「本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。アルフィン様」

 

「いいえ、戦場の様子を聞かせて欲しいと頼んだのは私ですもの。此方こそ時間を取らせてしまって申し訳ありませんわ」

 

 社交辞令を交えた挨拶と供に、私はライスターさんとヨアキムさんを大使館の応接室で出迎えた。

 私と同席しているのはギャリソンと秘書官のような役割を担ってもらっているカルロッテさん、そして、

 

「アルフィンの我侭を聞いてもらえて助かったわ。ヨアキムさん、ありがとうね」

 

「いえいえ、シャイナ様。そんなお言葉、私如きにもったいないです」

 

 ことが戦闘の話と言う事でシャイナにも同席してもらった。

 本当は魔法戦闘の話もあるかもしれないからって、まるんにも同席してもらうかと思ったんだけど、

 

「私の外見を考えてよ。戦争の報告会に子供が居たらおかしいでしょ?」

 

 って言って断られてしまった。

 まぁ確かに本来なら子供に聞かせる話じゃないだろうし、何より人と人との殺し合いの話を子供の前でしろと言うのも酷と言うものだろう。

 と言う訳でまるんの参加は断念、この四人でヨアキムさんからの報告を受ける事になったんだ。

 

「それでは立ち話もなんですから席へどうぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 2人に席を進め、私たちもテーブルにつく。

 とは言っても、ギャリソンは相変わらず私の斜め後ろだけどね。

 

 こうして全員が席につくと、メイドたちの手によって各自の前にお茶が置かれていく。

 多分ちょっと長めの話になるだろうから、のどを潤すものがないと大変だろうからね。

 そしてそれが全員に行き渡ったところで、いよいよヨアキムさんからの報告会が始まった。

 

「まずはどこから話しましょうか」

 

「取り合えず順序だって話してもらえるかしら。いきなりクライマックスから話されてもどうしてそのような状況になったのかうまくつかむ事ができないかもしれないもの」

 

「ええそうですね。では私たちが戦場となるカッツェ平原に到着した所から話しましょう」

 

 話によると、ヨアキムさんたちがカッツェ平原に着いたのは戦争が始まる1週間ほど前だったんだって。

 それで到着したその場でどこに配属されるかが決められて、彼らは当初の予定通り後方の砦勤務になったそうなんだ。

 

「そこは戦場からは少し離れているのですが、大きな建物と物見やぐらがあるおかげで戦場を見渡せるようになっておりまして、将軍たちはそこから指揮を取る事になっていました。それと同時にその場所は到着した兵たちが集まる場所でしたから、戦争が始まってからよりも、むしろその前と戦後が一番忙しい部署でした」

 

 前に聞いた時はてっきり小さな砦があるだけだと思っていたけど、ヨアキムさんの話からするとそこって今回参加した全軍6万人が駐留できるほど大きな砦だったらしいのよね。

 だからそんな場所に配属されたヨアキムさんは、ある意味物凄く大変だったみたい。

 新しく部隊が到着するたびにその人数を確認して報告、砦のどの場所に入ってもらうのか指示を聞いては部隊を案内しなければいけなかったらしいからね。

 

 そしてそんな忙しい日々を送っていると、会戦の3日前に突如ヒポグリフが3匹飛来したそうなのよ。

 

「どうやらそのヒポグリフはロイアル・エア・ガードと呼ばれる皇帝陛下直轄の近衛隊の騎士が操る魔物のようで、その3騎の内の一匹には帝国4騎士の1人である、「激風」ニンブル・アーク・ディル・アノック殿が乗っておられました」

 

 帝国4騎士ってあれよね、レイナースさんが含まれてる帝国最強の4人。

 そっか、流石王国との戦争だけに、そんな人も参加するんだ。

 私はその話を聞いて、てっきりそう思ったんだけど、どうも違ったみたいなのよ。

 

「どうやらニンブル殿は先触れだったようでして、辺境候閣下の馬車がまもなく砦に到着するとの事で、その指示により砦の到着門近くに居た者たちは全て整列させられて最敬礼で迎えるよう指示が出されたのです」

 

「へぇ、最敬礼で」

 

 最敬礼ってあれよね、前に皇帝陛下がロクシーさんのパーティーにお忍びできた時に貴族たちがやってた奴。

 辺境候は侯爵よりも上って話だし、やっぱり大貴族相手だと最敬礼で迎えるものなのね。

 

「はい。最敬礼で迎えるのは本来、皇帝陛下の御前や他国の王族を迎える正式な場でしか行われる事のないらしいです。それをあのような砦で行う事になるとは思いませんから、将軍や騎士たちも驚いていました。それに私もそうですが、周りにいる兵士たちは最敬礼なんて聞いたこともなったのでやり方がわからず、皆大慌てでしたよ」

 

 あら、普通は大貴族相手でもやらないのね。

 まぁそれだけに、この新しく辺境候という貴族位に付いたものはバハルス帝国にとって大事な存在であると知らしめるのが目的だったんだろうけど・・・そこまでするって事は皇帝陛下もアインズ・ウール・ゴウンを名乗る者がそれだけ脅威だと感じてるってことかな。

 

「そしてその後、見たことも無い旗をなびかせた荘厳な馬車が到着しまして、我らは合図と共に最敬礼しました。いやはや、冒険者上がりの私としてはあのような場に参加した事が無かったので、少し感動しましたね」

 

 貴重な体験だったって笑うヨアキムさん。

 でも次の瞬間、彼は真顔になってこう言ったんだ。

 

「しかしそんな感動をしていたのは流石に私たちだけだったようでして。我々のような下っ端は遠く離れた場所から頭を下げていたので気楽でしたが、馬車近くにいた騎士たちはまるで凍りついたかのように緊張に身を硬くしてました。中には少し震えている様なものも見受けられましたから、あの様子からすると辺境侯閣下はかなりの使い手なんだろうとその騎士たちの姿を見て思い知らされましたよ」

 

 ああ、そうか。

 私やシャイナはいくら強くても人間種だから周りに威圧感をもたれる事はあまりない。

 でもアインズ・ウール・ゴウンを名乗る以上は辺境候はきっと異形種のはず。

 ならばある程度の力を持っていて、なおかつその存在に近づく事ができたのなら、本能的に身の危険を感じてもおかしくはないかも。

 たとえその中身が元人間のプレイヤーだったとしても、存在から感じる気配はその異形種のものだからね。

 

「そのまましばらくは辺境候閣下が将軍たちとなにやら話しこんでいたので、私たちはともかく近くに居た騎士たちは大変だったでしょう。極度の緊張感のまま直立不動を保つ。一種の拷問みたいなものですから。しかしあくまでそれは拷問のようなものであって拷問じゃありません。本当の意味で拷問だったのはその後でしょうね」

 

 そう言ってヨアキムさんにやりと笑った。

 最初の頃こそ畏まった話し方をしてたけど、だんだん興に乗ってきたのか口調が冒険者っぽくなってきてるわね。

 でもまぁ畏まった言い方をされるよりは私もその方が気楽だから注意はせずに、そのまま話を聞く。

 するとヨアキムさんから、ある意味この戦争のクライマックスなんじゃないかって思えるような話が飛び出したんだ。

 

「辺境候閣下の部隊が到着したとの報告があったようで、砦の門が開かれたんです。するとそこから入場してきたのはなんだったと思います?」

 

「そうねぇ、ドラゴンでも入ってきたの?」

 

「へっ? いやいやアルフィン様、そこはもう少し弱いものを言ってもらわないと。流石に世界最強の魔物であるドラゴンでもいたのかってなんて言われてしまっては、どんなものが出てきても霞んでしまいますよ」

 

「ああそうね。ごめんなさい」

 

 いけない、いけない。

 戦争が一日で終わったって聞いてドラゴンでも並べたのかしら? なんて思ってたからつい口に出してしまったわ。

 でもそうよね、先にドラゴンなんて出されたら、たとえ武装したサイクロプスの軍団が入場してきたって聞かされても驚かないもの。

 ちゃんと聞き手の方も気をつけて発言しないと、面白さが半減してしまうわ。

 

「それで何が入場してきたの? もったいぶって話すくらいなのですから、それ相応の軍だったのでしょう?」

 

「はい。なんと入場してきたのは冒険者の間でも出会ったらすぐに逃げろと言われているスケリトル・ドラゴン。そしてその背にはタワーシールドを持った黒い鎧のアンデッドが乗っていました」

 

「あら、やっぱりドラゴンだったんじゃない」

 

「いえ、シャイナ様。スケリトル・ドラゴンはドラゴンの名を関していますが、実際はアンデッドの集合体でございます」

 

「あらそうなの? ギャリソン」

 

 もうシャイナったら。

 ドラゴンのアンデッドならドラゴン・ゾンビかドラゴン・スケルトンでしょ。

 それにそもそもスケリトル・ドラゴンはアンデッドの中でも弱い部類に入るんだし、ドラゴンと同列に扱ったらうちに居るドラゴンたちに怒られるわよ。

 

「はははっ、この話を聞いてそんな反応ができるとは流石シャイナ様ですね。しかしその数を聞いたらきっと驚くと思いますよ」

 

「あら何匹いたの?」

 

「その数300です。どうです、驚いたでしょう? 私なんかあの姿を見ただけで、イーノックカウに帰りたくなりましたよ」

 

「まぁ、300もいたの」

 

 それなら掃討するのに5分くらいかかりそうね、と言うシャイナの小さな声は多分私にしか聞こえてなかったと思う。

 でもさぁ、もし聞こえたら大変なんだから口にしないの。

 そう思った私は視線だけでシャイナに注意をしておく。

 

 すると私の意図がちゃんと伝わったみたいで、シャイナは私にだけ解るよう、小さく頭を下げて苦笑いをしたんだ。

 

「それで、スケリトル・ドラゴンの上にいたのはどんな名前のアンデッドだったの? ずっと戦場に居たんですもの、流石に解っているんでしょ?」

 

「はい。どうやらデスナイトと言うアンデッドらしいです。帝都からきていたマジックキャスターが言うには、あれもかなり凶悪なアンデッドらしくて、小さな町なら1体紛れ込むだけで壊滅する恐れがあるくらいなんだそうです。いやぁ、そんなのがスケリトル・ドラゴンの上に乗ってるんですから、相手をしなければいけない王国軍は大変だなぁって思いましたよ」

 

「大変だなぁって。王国の兵士ってその殆どが招集された民兵なんでしょ? それじゃあ勝つどころか戦いにもならないじゃないの。ああだから普段なら1ヶ月はかかるって言う戦争が一日で終わったのね。王国軍がその辺境の軍勢を見て逃げたしたから」

 

「いえ、それが違うんですよアルフィン様。その軍は確かに戦場に整列はしましたが一歩も動いてはいませんし、王国軍もその脅威に気付いていたのかどうかは解りません。ですからその軍団が元でこの戦争が終わったわけではないんですよ」

 

 違うのか。

 てっきり辺境候がつれてきたアンデッド軍団に恐れをなして逃げ出したとばかり思っていた私はちょと意外に思ったんだけど、その後のヨアキムさんが”笑顔のまま”言った次の言葉を聞いて私は納得した。

 そう納得してしまったんだ。

 

「戦争が一日で終わったのは、いや数時間で終わってしまったのは辺境候が放った魔法によって王国軍が壊滅してしまったからなのです」

 





 大虐殺の始まりです。
 この後何が語られるのかは皆さんご存知だとは思いますが、なら何故ヨアキムはこんなに気楽に話せているのか、疑問に思う人も居るかもしれません。
 それは単純な理由で、彼が元冒険者だからです。
 訓練によって強くなった兵士や騎士と違い、冒険者は常に命のやり取りに身をおいて強くなって行くのでたとえどれほどの脅威を前にしても冷静にその状態を分析できるようになっているんですよね。
 書籍版でレイブン侯の元に居た元冒険者チームが山羊たちを前にしても冷静に対応していたのと同じ理由だと思ってください。
 ただ、帰還から報告までに日数はあいてますが。

 後、所々に出てくる日数ですが、これは私が勝手につけた物ですから正確な数字ではございません。
 ですから違うんじゃないか? と思われたとしても、この話ではそうなんだと広い心で見逃してやってください。


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142 山羊と大量破壊兵器

 ヨアキムさんが言った壊滅と言う言葉に応接室の中が静まり返る。

 と言うのも、私を含むイングウェンザー関係者はその言葉でどれほどの魔法が使われたのか、想像したからだ。

 

 例えばウィザード系の第10位階魔法にメテオスウォームと言う魔法がある。

 この魔法は任意の4箇所に火の玉を落とし、その爆発によって範囲内にいるものに火と物理の両ダメージを与える魔法なんだけど、この魔法のえげつない所はたとえ壁などの後ろに隠れたとしてもそれを回り込んでダメージを与える所だろう。

 もしこの魔法を密集した軍隊の真ん中に落としさえすれば、この世界の兵士のレベルではレジストできないだろうから一箇所に付き数千、4箇所あわせて2万人以上の兵士を殺す事さえできると思うんだ。

 

 因みによく似た魔法にメテオフォールと言う魔法があるけど、これはレイドボスなんかに使う魔法で、破壊力はこのメテオスウォームに近いものの範囲というより1体の巨大モンスターに対してのダメージを与えるタイプの魔法だから、こちらはあまり戦争には用いられないだろうね。

 

「そうなの。それは余程強力な魔法だったのでしょうね」

 

 実際にそんな魔法が用いられたとしたら、王国軍の方はパニックだったでしょうね。

 そしてそれ以上にアインズ・ウール・ゴウンを名乗っている人は慌てたんじゃないかな? ゲーム時代ではこの魔法を使ったとしても傭兵NPCはともかく、プレイヤーなら大ダメージを受けるかも知れないけどその殆どが生き残るはずですもの。

 そんなつもりで撃ってみたらそこにいた人達が皆死んでしまっていた。

 その光景を前に、彼は何を思ったのだろう?

 

 そんな魔法を放った方の気持ちを思いながらこう口にしたんだけど、その後のヨアキムさんが語った話を聞いて私はもっと凄い状況だったのだと知らされることになる。

 

「ええ、最初に辺境候閣下が魔法の準備に入られた時は青白く光るドーム型の魔法陣が展開されまして、その美しさに皆目を奪われていたのです。まさかあの後、あれほどの凄まじい魔法が放たれるなど想像もしていなかったのですから」

 

「青白く光る・・・ドーム型の魔法陣?」

 

 それってまさか超位魔法!? そんなものを使ったの?

 流石にこれは私もまったく予想していなかった。

 なぜならそんな魔法を使わなくても、この世界の住人相手なら5位階の範囲魔法でさえも耐えられないのだから。

 そんなところに一度使ってしまうと同陣営では一定時間使えなくなる、切り札ともいえる超位魔法を何の備えも無く放つなんて考えもしなかったものだから。

 

 最初に超位魔法を使うなんて・・・もしかして自分たち以外はこの世界にプレイヤーは存在していないと思ってるの?

 

 先ほども言った通り、超位魔法は一度使ってしまったら一定時間使う事ができなくなってしまう。

 それに前兆を見せれば誰かが防ごうとしてくるはずだから、相手が隙を見せるか此方の妨害ができなくなる状況を作ってからでなければ普通は使わない魔法でもあるのよ。

 それだけに、そんな超位魔法を一番最初の魔法に持ってくるなんて普通は考えられないんだよね。

 

 そんな私の考えをよそに、ヨアキムさんの軽快な、ちょっと明るすぎる報告は続く。

 

「ええ、その魔法陣が弾けて消えた瞬間、なにが起こったと思います?」

 

「何が起こったんですか?」

 

 超位魔法と言うものは色々な物があるが戦場で使われるものに限定するのなら、その殆どは広範囲殲滅魔法だ。

 それだけに私たちイングウェンザー城の住人はその次に来る答えを想像できたんだけど、唯一カルロッテさんだけは超位魔法と言うものを知らなかっただけにこう訊ねてしまった。

 そしてその質問を聞いて、私はカルロッテさんをここにつれて来た事を後悔し始めたんだ。

 

「黒い風のようなものが吹き抜けてそれを浴びた王国軍の右翼にいた者たちが、馬も人も、貴族も平民も訳隔てなく、約5万もの兵士たちが全て一瞬にして崩れ落ちたんです」

 

「っ!?」

 

 息を飲むカルロッテさんと、笑顔のままそれを語るヨアキムさん。

 これを見て私は解ってしまった。

 ヨアキムさんもかなりの精神的ダメージを負っているんだと。

 

 確かに人や魔物との戦いには慣れているかもしれない。

 でも、そんな光景に出会うことなんか、普通に生きている人たちは経験した事が無いはずですもの。

 こうして報告できていると言う事は耐える事は出来ているんだろうし、傷付いた心も多分時間が癒してくれるだろうとも思う。

 でも、こうして顔に笑顔を貼り付けて居ないと報告ができないくらいには、今の彼の心は傷ついたままなのだ。

 

「解ったわ。無理をしなくてもいいから。報告はここまでにしましょう」

 

 それが解った以上、この報告会は続けられない。

 多くの人がその戦場に出ているんだから、時間が経てばかなり正確な情報を得る事はできるはずですもの。

 だからこそ、ここでヨアキムさんの傷をさらに抉るような事は止めてしまおうと思ったのよ。

 

「いえ、最後まで報告させてください」

 

 ところがヨアキムさんからはこんな言葉が帰って来たの。

 その顔にはまだ笑顔が張り付いたままではあったんだけど目だけは真剣そのもので、その目を前にした私はただ頷く事しかできなかったんだ。

 

「解ったわ、続けてください。でも無理はしないでね」

 

「ありがとうございます、アルフィン様。では続けます」

 

 そう言うとヨアキムさんは一度お茶に手を伸ばし、一口含んだ後、報告を続ける。

 

「どこまで話しましたか・・・ああ、王国軍の右翼約5万が倒れ伏した所でしたね。私たちはその光景に言葉を失いました。なんと凄い魔法だろうと。しかし、そこでこの魔法は終わったわけではなかったのです。異変は戦場の上空に起こりました。先ほど王国軍の右翼を吹き抜けた黒い風が天に昇り、それが消えた後には真っ黒な、それこそまばゆい夏の太陽の光でさえ照らす事ができないほどの闇を連想させる黒い球体が浮かんでいたんです」

 

 そこまで聞いた私はこの超位魔法の正体を知った。

 <イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢>

 ユグドラシル時代、その異様さと共に、その派手な演出から異形種プレイヤーたちが好んで使っていた超位魔法だ。

 

「そしてその球体はやがて地上に落ち、5体の5メートルを超える異様な魔物を生み出しました。多分この魔物たちこそがこの魔法の正体なんだと思います。何せその魔物たちが動き出すことによって、王国軍は文字通り壊滅したのですから」

 

 5体も? いや、あの魔法は確か最初の即死魔法で死んだ数によって次に召還される山羊の数が変わったはず。

 たとえ一ケタ台のレベルの者しか居なかったとしても、5万人も殺したのならそれくらい出てきてもおかしくないのかもしれないわ。

 

 

 実の所、この魔法って威力と言う点で考えれば超位魔法の中でもそれ程高いわけじゃないのよね。

 何せこの超位魔法は即死魔法と言う性質上、スキルなどを乗せて破壊力を上げることができないんですもの。

 

 そして肝心の即死効果がある最初の黒い風も100レベルのプレイヤーなら対策を何もしていなかったとしてもある程度の確立でレジストして生き残るだろうし、即死耐性が多少なりとも上がる装備をつけているのなら余程運が悪く無い限りはまず死ぬ事は無い。

 また、それによって多くの傭兵NPCは倒されるかもしれないけれど、それを生贄にして現れるあの黒い山羊は90レベル以下な上に体が大きいから攻撃魔法や弓などのいい的で、そんなの生き残ったプレイヤーたちからすればたいした脅威では無いからね。

 

 でも、これがこの世界で使われたとなるとそうはいかない。

 

「多くの触手と蹄の生えた強靭な5本の足を持つ黒い蕪を大きくしたような形の魔物、それが山羊のような鳴き声をあげて触手を腕のように振り回しながら王国群の中を駆け回ったのです。その強さは私たちが出合った事がある、どの魔物より凄かった。もしドラゴンより強いと言われても、納得するほどでしたよ。それが5体もいるのですから、王国軍に逃げ場などあるはずも無く」

 

 きっと多くの人が逃げ惑ったのだろう。

 でも逃げ切れるはずがない。

 たとえ馬を使って逃げたとしても、レベル90近いと言われているあの山羊の方が早いだろうから逃げ切るのは不可能だったはずだ。

 もし逃げられる方法があるとすれば、敵は5匹しか居ないんだからその間をすり抜けて敵陣へ、バハルス帝国の軍の方へ降伏を訴えながら全力で逃げるしかなかっただろう。

 あの魔法で生み出される山羊は自軍の兵を巻き込むことを避ける程度には頭がいいはずだから、そうすれば多分助かったと思うんだ。

 まぁ、そんな事を戦場で思いついた人が居たとも思えないんだけどね。

 

「すばやく撤退を開始した部隊もあったようですが間に合わず、最終的には20万人は居たであろう王国軍の半分以上が死亡しました」

 

 まさに声も出ないとはこの事だろう。

 いや私がじゃなく、この話を聞いていたカルロッテさんの様子が、だ。

 青い顔をして小刻みに震える彼女を見て、私は本当に後悔していた。

 まさかこんな事になるなんて。

 

 戦争なんだから多少衝撃的な話を聞く事になるかもしれないとは考えていたのよ。

 でもカルロッテさんは元冒険者なんだし、普通の人よりはこの手の話に耐性があるだろうって、簡単に考えてしまったんだ。

 でも、ここまで来て下がらせるわけにはいかない。

 だって中途半端なところで話を終わらせることが出来なかった以上、最後まで結末を聞かせたほうが後々に残る傷は癒えやすいだろうと思うから。

 

「そう、大被害だったのね」

 

「アルフィン様はそれ程衝撃を受けていないようですね」

 

 話を聞いてその感想を洩らす、そんな私の言葉に答えず、ヨアキムさんは逆に質問を返してきた。

 何故この話を聞いてショックを受けていないのかと。

 言われて見ればその通りで、もしこの魔法を知らないのであればそんな魔法の存在を知った私が錯乱しないのはちょっとおかしいよね。

 

 なるほど、私が報告会をやめようと言った時にヨアキムさんが続けると言った理由はこれか。

 

「もしかしてアルフィン様はこの魔法の存在を、アインズ・ウール・ゴウンを言う存在をご存知だったのではないですか? だから私に戦争の詳細とアインズ・ウール・ゴウン辺境候の様子を報告するよう、依頼されたのではないですか?」

 

 そうよね、そんな魔法を見せられては私の意図がどこにあるか気付いてもおかしくはないと思うわ。

 でもここで肯定するわけには行かない。

 だって私たちがユグドラシル出身だと言う事を知るという事は、何の対抗手段を持たないままなのにプレイヤーから狙われるようになる可能性だけが跳ね上がると言う事なのだから。

 

「そうね。私は戦争で起こったこの悲劇を聞いても、それ程の衝撃を受けていません」

 

「ではやはり」

 

「いえ、そうじゃ無いわ。別に辺境候閣下の強さを知っていたわけでも無いし、その魔法をあらかじめ知っていたわけでも無い。ただ私が元いた場所では過去、もっと凄惨な破壊が、それも特殊な力を持った存在によってではなく普通の人間が作り出した一つの兵器によって行われた歴史を知っていたから、ただそれだけなのよ」

 

 私はヨアキムさんに語った。

 過去、私たちの国で起こったことを。

 人が作り出した兵器によって多くの人が、それも兵士ではなく普通に暮らす人々が焼かれ死んで行ったという話を。

 

「その兵器が空から投下されたことによって一瞬にして10万人近くの人が死に、その傷が元で数週間の間に更に3万人以上の人が死んだそうです。そしてその兵器の恐ろしい所はそれとは別に50万人以上の人々が病魔に犯されたことでした」

 

 私が話した内容にヨアキムさんは言葉を失う。

 それはそうだろう、私もその被害写真を見、話を聞いたときは物凄いショックを受けたのだから。

 

 そして私は語る。

 それと同等の悲劇が起こったと聞いたとしても、私の頭の隅にその兵器の存在がある以上、酷いショックを受けたりはしないのだろうと。

 

「その兵器は私の国だけでなく、近隣の国でも条約によって使用は禁止され、最終的には全てなくなりました。しかしここにはその条約はありません。私が恐れているのはその兵器がまた作られ、使用されることだったのです」

 

 ここからはただの作り話。

 強大な力を持つ魔法使いが何の前触れも無く辺境候という今までにない地位に着いた事を聞いて、裏に何かあるのではないかと疑った事。

 そしてその辺境候が戦争に参加すると聞いたこと。

 マジックキャスターと言う触れ込みではあるものの、もしそのような兵器を操り、その大威力を持ってこの世界では誰も成し遂げられないほどの強大な力を持つマジックキャスターを名乗っていたとしたら取り返しがつかなくなる。

 そう思った私は、ヨアキムさんにその様子を探るようにお願いしたんだと言って聞かせたんだ。

 

「なるほど、そのような心配をなされていたのですか」

 

「ええ。ですがそのような魔法を使ったと言うのであれば、ゴウン辺境候閣下は本当に強大な力を持つマジックキャスターだったと言う事なのでしょう。ただ、かなり規格外の力を持った方のようですが」

 

「はい、その通りだと思います。ところでアルフィン様、一つお伺いしても宜しいですか?」

 

「なんでしょう? 私に答えられる事だといいのですが」

 

「先ほど、兵器を使われた後も50万人以上の人々が病に犯されたと仰られていましたよね? ならその兵器が使用された場合、私も危なかったのではないですか?」

 

 あっ、そっか。

 確かにあれが使われたらヨアキムさんたちも灰をかぶるわよね。

 でもまぁ、それに関しては言い訳できるから問題なし。

 

「そうね。でもそこにアインズ・ウール・ゴウン辺境候閣下もいらっしゃったんでしょ? ならその兵器は使われる事は無いわ。だって自分やバハルス帝国軍も巻き込まれて病魔に侵されるもの。私が心配したのはそれを持っているかどうかであり、もし持っているのなら力を示す為にそれに類似する兵器を使用すると思ったからよ。病魔に犯される心配がない武器の中にも1万人くらいなら殺傷できるものもあるのだから」

 

「恐ろしい話ですね」

 

「ええ。できれば二度とあのような兵器が作られないことを願うわ」

 

 とっさに思いついた本や映像媒体でしか知らない歴史的な事実を並べ、なんとか話をうやむやにする事ができてよかったと思うアルフィンだった。

 




 未来の世界で核兵器はすべて廃棄されたという事実はオーバーロードの世界にはありません。
 これは私のオリジナル設定なので、どこに書いてあるなどの質問は無しの方向でお願いします。

 因みにですが、原作者の話によるとオーバーロードの世界では火薬は無いし、あっても爆発しないそうなので通常兵器を作る事はできません。
 ですがそんな事をアルフィンは知る由も無いので、この話をでっち上げた後、本気でプレイヤーが作ったりしないよね? って1人心配になったりもします。

 でも現実世界もこの話に出てきたアルフィンたちの居た未来みたいに、核兵器が無くなるといいんですけどね。
 隣の国が核兵器を持ったから日本も持った方がいいって主張する人の話を聞くと毎回、「そんなの、血を吐きながら続ける悲しいマラソンですよ」って言う、ウルトラセブンの名台詞が浮かんでくるんですよね。


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143 魔王の黒い篭手

 

「しかしそうですか。そんな魔法が使われては戦争の継続なんてできませんよね」

 

「ええ。生み出された黒い魔物たちはまさに災厄としか言いようのないモノたちでしたよ。でもそれは王国にとっての脅威であり、恐怖でした」

 

 そう言ったヨアキムさんは、一度小さく震える。

 

「でもその後、あの戦場にいた帝国の兵たちも震え上がる事になったのです」

 

 そしてその後に起こった事を私に語ってくれたんだ。

 アインズ・ウール・ゴウン辺境候が黒い篭手が着けた方の腕を戦場に向けると、倒れ付した敵兵たちからその腕に向かって無数の青白い小さな玉のようなものが光の帯を引いて集まり、その篭手に吸い込まれていったのだと。

 

「あれは・・・死んでいった王国兵士たちの魂だったのではないでしょうか。10万を超えるそれらが篭手に吸い込まれる光景は幻想的であり、また自分の魂も一緒に吸い込まれてしまうのではないかと言う恐怖を呼び起こす光景でもありました」

 

 黒い篭手に吸い込まれる魂? そんなものを集めるマジックアイテムってあったかしら?

 と言うか、魂を集めて何かをするなんて事自体、ユグドラシルには無かったのよね。

 なら集めていたのは魂じゃないって事になるんだけど・・・じゃあそれはなんだったのかって話よね。

 

 生き物を殺す事によって得られるもの、それをゲーム的に考えると導き出される答えは一つしかない。

 経験値だ。

 

「ならもしかして、その篭手って」

 

「は? アルフィン様、今なんと」

 

「なんでもないわ。今話に出てきた集められたものが何かを考えていたら口を付いて出てしまったの。しかし魂を集めると言えば悪魔だけど、辺境候閣下は皇帝陛下が友人としてバハルス帝国に、それも新たな爵位を作って貴族として招いたのでしょ? ならその正体が悪魔である筈が無いわよね。ならばそれは魂ではなかったのではないかしら」

 

 これが経験値イコール魂と言うのであれば悪魔でなくても集めるだろうけど、倒したキャラクターを蘇生させても得られた経験値が減らない所を見るとそれは否定されるのよね。

 それでさっきの話の戻るけど、ユグドラシルプレイヤーが敵を倒して手に入るものは経験値とドロップアイテム。

 この場合、死体はそのままそこにあるんだからドロップアイテムと言う可能性は無いわよね。

 ならばその青白い玉は経験値と考えて間違いないだろう。

 

 でも私の知っているアインズ・ウール・ゴウンに所属しているプレイヤーがカンストまで経験値をためていないなんて事はちょっと考えられないのよね。

 ならば何万人倒したところで経験値はそれ以上得られないはずなんだ。

 

 でも、その経験値を溜めておけるマジックアイテムがあったとしたら? そう考えた私は、一つのワールドアイテムを思い出す。

 そうか、《強欲と無欲》ね。

 

 強力なマジックアイテムの使用や一部の超位魔法には経験値を消費するものがあるし、死んで蘇生された場合も経験値は失われる。

 それだけに余剰経験値を溜めておけるマジックアイテムがあればと、戦闘系ギルドの人たちはみんな考えるの。

 で、そんな話になると毎回出てきたのがこのワールドアイテムだ。

 

 この《強欲と無欲》は黒い篭手《強欲》で余剰経験値を吸収し、経験値が必要な行為を行う時には白い篭手《無欲》からその経験値を出して使う事ができるって言う、ユグドラシルプレイヤーなら誰もが欲しがるワールドアイテムなんだ。

 そっか、あれってアインズ・ウール・ゴウンが所持してたのね。

 

「なるほど。ではアルフィン様には、何か思い当たる事でもおありなのですか?」

 

「ごめんなさい。魂ではないと仮定した場合、それはなんなのかと考えてみたのですが・・・。でも残念ながら確信には至らない程度の事しか思いつかなかったわ」

 

「そうですか」

 

 流石にゲーム的に考えたら経験値を集めてたとしか考えられないなんて言えないものね。

 だから私はこう誤魔化すしかなかったのよ。

 

「しかしあれが魂ではなかったとすると、帝国の騎士たちの呟いた言葉を辺境候閣下はどう受け取ったのでしょうか?」

 

「騎士たちの言葉? 帝国の騎士たちはなんと言っていたの?」

 

「私と同じようにあの光景を見て辺境候閣下が魂を集めていると感じた者たちが、誰からともなく言い出したのです。魔王だと」

 

 魔王か、そりゃそう思うわよね。

 大量虐殺魔法を使うわ、その殺した兵士たちから魂を奪うわ、そんな存在を見たら誰だって悪魔か魔王だって思うもの。

 でも流石に人が苦しむのを喜びに感じると言われている悪魔が王国兵士に苦しみを一切与えず一瞬で殺したりはしないだろうから、魔王の方だって考えてもおかしくは無いわね。

 

「なるほど、魔王か。騎士たちがそう呟いてしまうほど、その光景は怖かったのでしょうね」

 

「ええ。吸い込まれる光の玉があまりに多く、かなりの時間吸い取っていましたからね。あれが一瞬ですんでいればまた違ったのかもしれませんが、魔王と言う呟きが後方にいた俺のところにまで届くほど長く吸い込んでいたのですから、その間はみんな震え上がってましたよ」

 

 まぁ10万以上の経験値の玉ですもの、いくらワールドアイテムだと言っても短時間ではすまないでしょうね。

 そして吸い込まれる魂を間近で見せられる兵士たち。

 さぞ怖かったでしょう。

 

 魔王様、我々は味方ですから間違えて一緒に魂を吸い込まないで下さいなんて考えてた人も居たんじゃないかな?

 

「そしてその青白い玉を全て吸い込んだ後、辺境候閣下は両手を広げ、こう言ったのです」

 

 おっ、まだ何かあるのね。

 

 一体何を言ったのかと思ってヨアキムさんの次の言葉を待った私は、それを聞いて唖然とする事になった。

 

「喝采せよと。我が強大なる、至高なる力の行使に対し、喝采を送れと言ったんですよ。あの虐殺行為に喝采を送れと」

 

「まぁ」

 

 流石にこれは予想してなかったわ。

 でも、これで一つの仮説が立つわよね。

 

 もしかしてこのアインズ・ウール・ゴウンと言う人物、未だにゲームの中にいるような感覚なんじゃ無いかしら。

 

 いや、流石にこれが現実だと解っているとは思うわよ。

 でも、それが受け入れられないんじゃないのかしら。

 

 私はいい、性別は逆転したけどちゃんと人間の姿でこの世界に存在しているのだから。

 でも異形種の姿でこの世界に転移したとしたらどうだったろう? その辛い現実を受け入れられないんじゃないかしら。

 それならば現実逃避をして、これはゲームの延長だと思い込もうとしてもおかしくないと思う。

 

 そしてもう一つ考えられるのは今の、人ではなくなってしまった自分の体に精神が引っ張られているのではないかと言う事。

 私だって前にシャイナ達に指摘されたもの、女の子化してるってね。

 ならば異形種の体で転移して、その姿で長い間そこにいる事によって精神が異形種寄りになっているのかもしれないわ。

 

 それならばさっきの喝采せよも説明が付くもの。

 

 ゲームの中で超位魔法《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢》はその派手さから使うと盛り上がったって話だし、ゲームの頃の気分でいるのであればポーズをとって喝采しろなんて言ってしまってもおかしくないかも。

 まぁそれでも普通は実際に人を大量に殺す事になるんだから、少しは躊躇すると思うわよ。

 でも精神が異形種の体に引っ張られてるとしたら? そこに罪悪感は殆ど生まれず、ただゲームの時同様にみんなに賞賛されると考えてもおかしくは無いんじゃないかな。

 

 そこまで考えて、私はある一文を思い出した。

 

「人を一人殺したら人殺しだが、数千人殺せば英雄になる、か」

 

「えっ?」

 

「これは私の知っている古い言葉。人を殺せば殺人者のはずなのに、戦争で数千人を殺してもそうは呼ばれず逆に英雄扱いされる。辺境候閣下はこんな気持ちだったんじゃないかなって思ってね」

 

「戦争で数千人を殺せば英雄。確かにそうですね。ならば辺境候閣下の行いは、確かに英雄と呼ばれてもおかしく無いでしょう」

 

「ええ。ただ、それを目にした人たちには受け入れられ無い事でしょうけど」

 

 本人は英雄のつもり。

 でも敵兵とは言え多くの人々を一方的に虐殺したのには変わりなく、その様子を見て英雄だと考える者は殆どいないだろう。

 それが成立するのは実際には人が死んでいないゲームの中や、実際に人が死んだとしてもそれはお互いが殺しあう戦場でのことであり、祖国を守る為に死力を尽くした人たちだからこそ、そう呼ばれるのだ。

 ただ闇雲に人を殺してもそれが賞賛される事はけしてないし、そのような行動をすれば回りは敵兵の姿を自分に重ね合わせて恐怖するだろう。

 

「これは私の考えであって、事実とは違うかもしれませんか・・・。辺境候閣下は、今回この魔法を使う事によって自分が味方する軍に1人の犠牲者も出なかった事を誇っているのではないでしょうか」

 

「誇る、ですか?」

 

「ええ。戦争である以上、ぶつかり合えば両軍とも多少なりとも犠牲者は出ます。しかし今回、バハルス帝国側には1人の犠牲者も、それどころか怪我人さえ出ていませんよね。閣下の中ではそれが最良であり、今回の魔法を使った事を賞賛されると思ったのではないでしょうか」

 

「なるほど、だからこその喝采せよ! ですか」

 

 アインズ・ウール・ゴウンを名乗るプレイヤー、彼の周りには今回の行動が間違っていると指摘してくれる人はいるのだろうか? もしかして一緒に転移したプレイヤーたちも異形種だから、同じようにその体に精神が引っ張られてしまっているのではないだろうか?

 

「エル=ニクス陛下のご友人になり、バハルス帝国の貴族になったと言うのですから、本当に魔王と言う訳では無いと思います。なぜなら、本当に魔王ならば人である陛下と友誼を結ぶ事も無ければ人の国と共に歩もうなどとも思わないでしょうからね」

 

「ではアルフィン様は、辺境候閣下が人であると仰るのですか?」

 

「それは解りません。ですが」

 

 私は一泊置いてこう答える。

 

「少なくとも人と話し合い、人と分かり合える存在ではあると思いますよ」

 

 本当にそうであってほしいと言う願いをこめて。

 

 





 今回の話を読んで真実とはまったく違うし、ここまで間違った見方をするはずが無いと考える方もいると思います。
 でも読者と違って主人公は神目線を持っていません。
 また前にも本編で書いた通り、自分の精神が本当に女性に変質してしまっていると言う事に気付かず、ただ単に女性の体に精神が引っ張られていると思っているんですよね。
 だからアインズ様の心がアンデッドに変質しており、人であった頃の残滓だけで人っぽく行動しているなんて想像もしていません。
 結果、こんな結論を出していると言うわけです。


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144 シャイナたちの失敗

 

 

「まぁ、一瞬で?」

 

「はい。その場に居た警備の者の話によると、本来は2万もの兵が駐屯する広大な広場に巨大な漆黒の塔が、堅牢な要塞が辺境候閣下の魔法により一瞬で建てられたそうです。翌朝私もその要塞を目にしたのですが、その姿はまるで御伽噺に出てくる魔王の城のようでした」

 

 戦争の話はそれ以上何もなかったようなので、話はその事後の話題に移っていた。

 そこでヨアキムさんが一番詳しく教えてくれたのが、この一夜城の話。

 

「その要塞に一緒に入ったのは第8軍を率いるレイ将軍のみなので中の様子は解りません。ですが真新しく見えるその要塞の大きな門が開く時、周りにはまるで軋む様な音が鳴り響いたそうで、その様子はまるで地獄へと続く門が開くようだったそうです」

 

「恐ろしげな外見に軋みながら開く扉ですか。なんだかホラーハウスの舞台装置のようですわね」

 

 これは私の想像だけど、ユグドラシルの頃から異形種である自分たちに合わせた外見の建物が建つように設定してあったんじゃないかしら。

 これが私が今設定してあるみたいに白壁で真っ赤なとんがり屋根のキラキラした外見の要塞が建ったりしたら、やっぱりイメージに合わないもの。

 でも内装までおどろおどろしかったりしたら使いづらいだろうし、中は案外普通の作りなんじゃ無いかなぁ。

 

 そんな事を考えながらも、私はそれを口にしない。

 だってそんな事を言い出したら何故そういう考えに至ったのかって聞かれるだろうし、聞かれたとしてもその理由を話せるはずも無いからね。

 

「ええ、案外アルフィン様が仰っている事が当たっているのかもしれません。周りは皆、魔王と辺境候閣下の事を呼んで畏怖していましたから、そこまで言われたのならいっそもっとそれらしくしてやろうと閣下が思われたとしてもおかしくはありませんからね」

 

「まぁ、うふふっ」

 

 魔王って言われたから拗ねてそんな外見にしたって言うのか。

 それはそれでありえそうだけど、新たに要塞の外見を設定する時間は流石になかっただろうから、そんな理由でその要塞の外見が魔王城ぽかった訳じゃないと思うわよ。

 でも、面白い意見だからちょっと乗っておくかな。

 

「でも、それなら中身は普通なんじゃないかしら。だって中には将軍以外入れなかったのでしょ? それなら、雰囲気作りの為にわざわざ薄暗くして使いにくくする意味が無いもの」

 

「ああ、そうですね。それにその要塞の中では辺境候閣下だけでなくフールーダ様もお休みになられたようですから、お化け屋敷のような場所ではいくら堅牢な要塞でも落ち着かないでしょう」

 

 そんな私の意見にヨアキムさんは賛同してくれた。

 とその時、私は視線を感じたのでそちらの方に目を向けてみると、その視線の主はライスターさんだった。

 でも一体何故?

 

「どうかなさいました?」

 

 そう思った私はその視線の意味を問い掛けてみたんだ。

 そしたらその質問には答えてもらえず、代わりにこんな事を聞き返されたのよ。

 

「アルフィン様、確かあなた様も同様に館を魔法で作り出せましたよね?」

 

「えっ? ええ、確かに私もきちんとした前準備と補助に数人のクリエイト魔法が使えるマジックキャスターをつければ小さな館を作り出せますわ」

 

 ああなるほど、規模は違うとは言え同じ建物を作るクリエイトマジックですもの、疑いの目を向けてもおかしくは無いわよね。

 ところが、彼が疑いの目を向けた本当の理由はそこじゃなかったみたいなのよ。

 

「なるほど、確かに私が聞いた話ではボウドアの館前に小屋を作った時は幾つかの魔法陣や祭壇を予め用意し、何人かの補助役のマジックキャスターを従えて魔法を行使したと聞き及んでおります。ですが、実際はそのような者たちがいなくても御一人で作る事が出来るのではないですか?」

 

「あら、何故そう思われたの?」

 

 いきなりぐいぐいと来るライスターさん。

 でも本当に何故だろう? 彼が急にこんな事を言い出した理由がまったく解らないのよね。

 ところがその理由を聞かされて、私はなるほどと感心させられることになる。

 

「それはですね、ヨアキムが先ほど辺境候閣下が一瞬にして巨大な要塞を魔法魔法で作り出したと語った時に、同席されているボルティモさんがアルフィン様に驚きの視線を送ったからですよ」

 

「カルロッテさんが?」

 

 そう言われて視線をカルロッテさんに向けると、彼女は青い顔をしてぶるぶると震えていた。

 ああ、これはとんでもない失敗をしてしまったって思ってそうね。

 

「あ・・・アルフィン様、私・・・」

 

「あらあら、そんなに気にしなくてもいいのに。結び付けられると面倒そうだなぁとは思ってはいたけど、絶対に秘密にしなければいけない話でもないですもの。たいした失敗ではないから、落ち着いて」

 

 私はそう言ってカルロッテさんに微笑みかけてから、改めてライスターさんに視線を移す。

 

「まさかそんなところまで見てるとは思わなかったわ。流石小隊とは言え隊長をしているだけの事はあるわね」

  

「お褒めに預かり、光栄です」

 

 なんか芝居がかってるなぁ。

 いつものライスターさんとちょっと雰囲気が違うし、なにやら緊張しているような感じもする。

 って事は、私たちとアインズ・ウール・ゴウン辺境候との関係を疑ってるのかな?

 

 まぁ、見詰め合っていたって意味なさそうだから、こっちから切り込んで見る事にするか。

 

「それで、ライスターさんは私たちと辺境候閣下が繋がっているとお考えですか?」

 

「いえ、それは無いと思います」

 

「あら、それはなぜ?」

 

 私がそう聞くと、ライスターさんは視線を私から少しずらす。

 

「えっ、私?」

 

 突然見つめられて、驚きながら自分を指差すシャイナ。

 そう、彼の視線が捉えたのは私の隣に座っている彼女だった。

 

「ええ。私が気になったのは、ヨアキムが辺境候閣下の魔法の話をした時のシャイナ様の表情です」

 

「隊長。大事な報告の場で俺やアルフィン様の話に集中せずに、またシャイナ様ばかり見てたんですか?」

 

「馬鹿、茶化すな。今は”一応”真剣な話をしているのだから」

 

「はい、解りました! 隊長殿」

 

 急に始まった二人の漫才に毒を抜かれた私たち。

 そしてどうやらそれは同時にライスターさんの緊張もほぐしたみたいね。

 多分彼の緊張を察したヨアキムさんが、失敗したり失言をしたりしてしまわないようにと、とっさに考えての行動だったのだろう。

 ホント、いいコンビだ。

 

「それで、シャイナはどんな表情だったのかしら?」

 

「はい。先ほどの辺境候閣下の魔法ですが、その威力を聞いた時、シャイナ様は笑ったのです。まるで獰猛な肉食獣のような顔をして。そしてその後はヨアキムの話など聞かずに、その場ではどのように動くべきか考えておられる御様子でした。ですよね、シャイナ様」

 

「そうなの?」

 

「はい、その通りです。面目ない」

 

 私の問い掛けに、首をすくめながらうなずくシャイナ。

 

 あちゃあ、でもまぁ彼女は元々戦闘職で脳筋だからなぁ。

 きっと戦場で使われた超位魔法を聞いて、もし自軍に使われていたらその後どう動くべきだろうか? なんて考えてたのだろう。

 で、それが顔に出ちゃって、ライスターさんにばれたって訳か。

 

「なるほどねぇ。で、その表情からシャイナは辺境候閣下の魔法を知っていると判断して、他に誰かがボロを出さないかって私以外にも注目していたわけね」

 

「はい。流石にアルフィン様と、執事のギャリソン殿からは何も読み取れませんでしたが、幸いボルティモさんがボロを出してくれました」

 

 笑顔でそう語るライスターさん。

 多分さっきは緊張から硬い表情で発言してしまってカルロッテさんを動揺させてしまったから、今度はこんな表情で話したんだろうね。

 それが功を奏してなのか、こんどは彼女も震えだす事はなかった。

 

「そこまで言われたのなら話すけど、御察しの通り私も1人で館くらいは作れるわよ。ただ、辺境候閣下が作り出したって言う要塞は現物を見てないから作れるかどうか明言はできないわ」

 

「なるほど。では規模はともかく、要塞は魔法で作れるというのですね」

 

「ええ、作れるわよ。ただ、もし作ってもシャイナなら一刀で破壊できる程度のものしか作れないけど」

 

 私はそう言って笑う。

 まぁ、シャイナが完全武装で集中に時間をかけた前衛版超位魔法のような攻撃の前では、クリエイトマジックで作った要塞では誰が作っても同じでしょうけどね。

 所詮一瞬で作れるものなんだから、ガチビルドでその上ガチ装備で固めたカンストキャラの一撃に耐えられるはずが無いもの。

 

 しかしそんな事を知らないライスターさんは、私の言葉をそれ程堅牢なものを作れないと取ったみたい。

 だから別の方法で切り込んできた。

 

「では辺境候閣下のような要塞は作れないとして・・・アルフィン様。先ほどの辺境候閣下の魔法、アルフィン様なら、都市国家イングウェンザーの軍勢なら耐えられますか?」

 

「私たち? そうねぇ、軍勢ならまず無理ね。多分同じように壊滅すると思うわ」

 

「軍勢ならねぇ。って事は、そうじゃなければ耐えられるって聞こえますが?」

 

「あら、うふふっ。そう聞こえたかしら?」

 

 なんかどんどん砕けた会話っぽくなってきたわね。

 なんとなくいつもの感じっぽくなってきたみたい。

 

 まぁ知らない仲でも無いんだしと、私はちゃんと口止めしてから話す事にした。

 

「ここからは他言無用。誰にも、たとえ皇帝陛下や自分の上司、それにカロッサさんやリュハネンさん相手でも黙っていて欲しいんだけど出来るかしら? できないって言うのなら話せないけど」

 

「それってもう耐えられるって言ってるのと同じじゃないですか。でもまぁお約束しますよ。そうしないと、どうやって防ぐのか教えてもらえなさそうだし」

 

 そう、破顔して答えるライスターさん。

 

 そうよね、もし振るわれたら最後、けして防ぐ事はできないと思っていた脅威から自分たちの身を守る術があるかもしれないと知り、実際にその方法を知っているって人がもし目の前に現れたら、どんな事をしてもそれを聞きたいと思うのは当たり前だろう。

 そして隊長に続いてその部下も、ヨアキムさんもけして洩らさないと約束してくれた。

 

「ありがとう。じゃあ話すけど、私を含む数人であればその魔法に対抗できると思うわ」

 

「その方法は?」

 

「単純な話よ。まず最初の即死効果だけど、それに対抗するマジックアイテムを私を含め何人かは常に装備しているわ。まぁ、それでは耐えられない類の魔法もあるんだけど、その場合は身代わりになっているアイテムもあるのよ」

 

 そう言って私は一枚の小さな護符を取り出す。

 

「これが身代わりの護符。もし私の装備を突破するほどの即死魔法がかけられたとしたら、この護符が身代わりになってくれる。そして当然これはここにいる私たち全員が、カルロッテさんも含めて持っているわよ」

 

「なるほど、それなら最初の魔法効果で死ぬ事は無いでしょうね。では次の魔物は? あの黒い化け物はどうするのですか?」

 

 実を言うと此方が誰も死ななければ山羊は生まれないのよねぇ。

 でもそんな事をライスターさんが知るはずが無いし、私が知っていてもやはりおかしい。

 だから正攻法の対処を話しておく。

 

「単純な話よ。シャイナを含む、私の城の子たちが対処してくれるわ」

 

「しかし、王国軍を蹂躙した化け物ですよ? いくらシャイナ様が強いと言っても」

 

「多分だけど、話を聞いた限りでは大丈夫なんじゃないかなぁ」

 

 今まで横で黙って聞いていたシャイナが口を開く。

 その表情は勇ましく、まるでライオンの笑顔のようだった。

 

「人を吹き飛ばし、踏み潰す。そして馬よりも早い。そうね、確かにそれだけを聞けば凄いと思うわよ。でも別に大地を割ったり一瞬で周りを焦土に変えたってわけじゃないんでしょ? なら大丈夫。こっちにはアルフィンもいるんですもの。彼女の補助魔法を受けた上で戦えるのであれば、私たちが負ける事は無いわ」

 

「では、アルフィン様たちならば辺境候閣下にも勝てると?」

 

「あ~、それはまた別の話よ。と言うか、相手が1人で此方が全戦力を投入できると言うのなら勝てるとは思うわ。でもね、そんな都合のいい場面は無いと思うのよ」

 

 シャイナの話を聞いて辺境候を押さえ込めるのではないかって期待したライスターさんに、私は苦笑いを浮かべながらこう答える。

 だって、わざわざギルドの名前を名乗って世に出てきているのよ? それも自分たちのギルドがどう思われているのか知っている上で。

 なら1人きりで転移してきたなんて考えるほうがおかしいわよね。

 

 流石に41人全員で来ているとまでは思わないけど、そこそこの人数は転移に巻き込まれているだろうし、何より私たちがそうなんだからあちらも自分たちの本拠地であるナザリック大地下墳墓ごと転移していることだろう。

 ならば正面からぶつかれば負けるのは私たちの方だ。

 

「私たちはね、私の居城と偶然そこにいた者たちだけでこの国近くに飛ばされたのよ。本来の場所にいた人たちから借りられる戦力全てでぶつかれば勝てたかも知れないけど、今の私たちでは到底無理ね」

 

 これがもしユグドラシル時代の事で、私が懇意にしていた戦闘系ギルドの人たちが一緒ならまた話は違っていたかもしれない。

 でも悲しいかな、ここには私たちしかいないんだよね。

 

「それに辺境候閣下がその力の全てを見せたとも思えないでしょ?」

 

「はい」

 

「だからね、私が言えるのは閣下が放った魔法に対抗できるかどうかだけなのよ。それにもう一つ。あまりに強大な力を持っているから怖くなるのも解るけど、辺境候閣下はあなたたちの国であるバハルス帝国の貴族、すなわち味方なのよ。それなのにどうやって対抗しようなんていつも考えてたら、とっさにそれが態度に出てしまうんじゃないかしら。その方が問題なんじゃないの?」

 

「アルフィン様の仰る通りです」

 

 うん、ちゃんと納得してくれたみたいね。

 

 本当は何を考えているのかなんて解らないけど、バハルス帝国に近づき、皇帝と友誼を結んで貴族にまでなったんだからすぐに戦争になるなんて事は無いと思うんだよね。

 だから今は触らぬ神に祟りなし、幸い辺境候閣下がいる中央から遠く離れた場所にいるんだから、下手に目立たずにいるのが一番よね。

 

「ところでアルフィン様。その身代わりの護符とやらを譲ってはもらえないでしょうか?」

 

「えっ、別にいいけど・・・これって即死系の魔法にしか効果ないわよ。そんなのを相手にする事、無いでしょ?」

 

「ええ。ですがもしもと言う時に」

 

「それって辺境候閣下の魔法を想定しての事よね? なら余計にやめておいた方がいいわ」

 

 どう考えても耐えられた方が不味いわよね。

 

「それってどう言う?」

 

「自分の即死魔法を耐えた相手よ? 普通なら興味を持つでしょ。そうなった時のほうが、私は恐ろしいわね」

 

「ですが、死んだら終わりですよ!」

 

「えっ? ん~、ああそうね。確かにそうだわ」

 

 私の反応に疑いの目を向けるライスターさんとヨアキムさん。

 ああ、これは・・・。

 

「大丈夫よ、その時はアルフィンが生き返らせてくれるから」

 

「こらシャイナ!」

 

「やっぱりアルフィン様は使えるんですね。蘇生魔法、レイズ・デッドを」

 

 想像通り、ライスターさんたちは私が蘇生魔法を使えるのだろうって思ってたみたい。

 まぁ、これも何か事故があって誰かが死んだら使う事になっていただろうし、さっき以降の話は他言無用って言ってあるからばれてもいいか・・・なんて思っていた私が馬鹿だった。

 

「レイズ・デッド? そんな低位魔法使ったらほとんどの人が耐えられずに灰になっちゃうじゃないの。でも大丈夫、アルフィンはトゥルーリザレクションも使えるから、ライスターさんの部隊の人たちは何時死んでも、そうたとえ粉々になって死体が残ってなかったとしても生き返る事ができるわよ」

 

「ばっ、このっ、なに言い出すのよ、シャイナ!」

 

 隣に脳筋の考え無しがいるのを忘れてた! 

 そしてこの発言がその場の空気を一気に過熱する。

 

「灰にならない? って事は一般人でも耐えられる蘇生魔法が存在するって事ですか?」

 

「そんな魔法があるのなら・・・アルフィン様、もしもの場合はぜひ!」

 

 幾ら元冒険者ばかりで構成されているライスター小隊と言えども、伝令や後方の補給部隊の中には5レベル以下の人たちもいるのだろう。

 

 シャイナの言葉に目の色を変えたそんなライスターたちを前に、頭を抱えるアルフィンだった。

 

 





 アルフィンはうまく立ち回っていましたが、その周りが問題でした。
 そりゃそうですよね、カルロッテさんは元冒険者とは言え一般人だし、シャイナは・・・まぁあれですから。

 因みにライスターがアインズ様の超位魔法の話をしている時にシャイナを見ていた理由ですが、実はヨアキムが指摘したとおりです。
 ずっと見とれていて、そのおかげでその変化に気付けたんですよね。
 と言う訳で、あれはアルフィンが言ったような理由ではなく、まったくの偶然ですw


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145 結論ありきだよね?

 

「アルフィン様。王国との戦争についての報告はここまでなのですが、実は一つ知恵をお借りしたい事があるのですが」

 

「知恵を?」

 

 一通り蘇生魔法の話で盛り上がった後、ライスターさんからこんな事を切り出されたんだ。

 

「はい。実は我が部隊にいたユリウス・ティッカの事なのです」

 

「えっと、確かヨアキムさんと一緒に戦争に行った若い兵士さんの事よね? って事は」

 

「はい。あの戦争での辺境候閣下の魔法を見て、少々情緒不安定になっておりまして」

 

 ああ確か彼はヨアキムさんと違って冒険者上がりでは無いって話だったし、後方支援や補給が主な任務だと言っていたからイア・シュブニグラスの作り出した山羊とその後の辺境候による経験値吸収を見て心を病んでしまったのね。

 

「そう。でもごめんなさい。私は傷や病気を治すことはできても、心に関してはどうする事もできないのよ」

 

 記憶そのものを消してしまって、その恐怖体験を無かった事にする事はできる。

 でもそれはその人の人生の内の一定期間を奪う事でもあるし、なによりその記憶の空白によってまた新たな傷が生まれないとも限らないのよね。

 なにせ戦争からすでに結構な時間が経ってしまっているから、その間に負った不安による心の傷まで消すとなると空白期間があまりに長くなってしまうのだから。

 

「心に負った傷に関しては魔法ではどうにもならない事は私も知っています。ですから、彼の不安を取り除いてほしいと言う話ではありません」

 

 あら違うんだ。

 なら何の相談なんだろう? いや、そう言えば相談じゃなくて知恵を貸して欲しいって話だったわよね。

 

「実は今回の事で兵士と言う仕事が怖くなったようでして、ユリウスは除隊する事になりました。この様な場合、普通は出身の村に帰ることが多いのですが、今回はそうできない事情がありまして」

 

「事情? 村に帰っても暮らしていけないとかですか?」

 

 村自体が貧しかったり、荒地にある村で辺りの畑を作れるような場所は開墾しつくしてしまった為に今以上に人口を増やす事ができないなんて話はよく聞く。

 

 もしかしたらティッカ君の住んでいた村も同じようなところなんじゃ無いかな? それならシミズくんとその眷族を派遣すればお金なんて無くっても簡単に開墾できるし、たとえ本来なら農地に向かない場所だったとしても強引に畑にしてしまえるから、それでなんとかなりそうだけど。

 

 そんな事を考えながら話を聞いたんだけど、実はそうじゃなかったみたいなのよね。

 

「いえ。ユリウスが生まれた村はこの近辺でも比較的大きな村ですし、彼の実家も出兵前にわざわざこのイーノックカウまで激励に来られるほどお金に余裕がある村の名士に当たります。だからこそしっかりとした教養を身につける事が出来たし、そのおかげで計算や書類仕事が中心の後方支援と言う仕事に着くことが出来たんですよ」

 

「あら、それなら村に帰っても何の問題も無いよう無いがするのですけど」

 

「はい。村に帰っても生活すると言う面でいえば何の問題も無いでしょう。では何故ユリウスが村に帰れないかと言うと、それは村で飼われている山羊が原因でして」

 

 山羊? ああなるほど、確かにそれでは村に帰る事はできないわね。

 

 イア・シュブニグラスが生み出す黒い魔物は子山羊の様な声をあげながら暴れまわる。

 その姿を見、その声を聞きながら辺境候閣下の光の玉吸収を見て心を病んだティッカ君からすれば、山羊の鳴き声を聞くだけで震えが止まらなくなったり、吐き気を催したりしてもおかしくは無いだろう。

 

「そっか、確かにそれじゃあ村に帰るわけには行かないわよね」

 

「そうなのです。ですから我々としても除隊せず、配属を変えて街の中での仕事をしてはどうかと言ったのですが、兵士詰め所では日々訓練が行われている為に剣戟の音がどうしても耳に入ります。それが戦場を思い出させて負担になっているそうでして」

 

 精神的に参っているのであれば、そんな事でさえ負担になるって事なのか。

 

 なんとか軽減させてあげたいけど、こればっかりはなぁ。

 一度そのような物から離れて、ゆっくりと心安らかに過ごすしか方法は無いのかもしれないわね。

 

「なるほど。ではティッカ君の心の傷がいえる場所がどこか無いかって言う相談なんですね」

 

「あ~、そうと言えばそうなのですが、違うと言えば違うとも言えます」

 

 はて? 今までの話の流れからするとそうとしか思えないんだけど。

 

「どういう事でしょう。ティッカ君をどうにかしてあげたいと言う話なのではないのですか?」

 

「はい、ユリウスを何とかしたいのは確かです。ただ少し違うのは何とかしたのが彼1人では無いと言う事なのです」

 

 ライスターさんが言うには、今回イーノックカウから戦争に参加した者の内、結構な人数がティッカ君と同じような状況に陥っているようなんだ。

 でも牛や馬と違って飼うのにそれ程人の手が要らず、値段も手ごろで繁殖力もある山羊は殆ど全ての村が飼っているからその人たちも村に帰る事はできない。

 

 ならば他の仕事につけばいいかと言うと、そう簡単な話では無いらしいのよね。

 

「まだユリウスは書類仕事ができますから、条件があまりいいとは言えませんが職が無いわけではありません。しかし兵士の殆どは体力に自信はあっても、その他の事は何もできない者が多いのです。そんな奴らが数多く除隊する事になったので本当に困ってしまっているんですよ」

 

「なるほど。だから相談ではなく知恵を借りたいという話だったんですね」

 

 ティッカ君1人ならそれ程難しい話じゃない。

 いま城のメイドが担当しているレストランやアンテナショップの事務や会計をやってもらえばいいだけの話だからね。

 

 でもそれなりの人数が除隊するとなると流石にうちだけで雇用はできないし、残った多くの失業者たちをどうしたらいいかって考えると、この街の上層部も頭が痛いでしょうね。

 

「はい。それにこの話はこれで終わりでは無いんですよ」

 

「えっ、まだ何かあるんですか?」

 

「ある意味当たり前の話ではあるのですが、今回の戦争で除隊する兵士がいるのはイーノックカウだけではありません。あの戦争に参加した6万人の兵士の内、3500名以上、全軍の約6パーセントもの除隊者を出しそうなのです。そしてその内の少なくとも3分の1はこのイーノックカウ周辺へと流れてくると予想されています」

 

 何故そんな事に?

 

 バハルス帝国は大国であり、その国土も広い。

 それだけに除隊した人たちがある程度出たとしても、その多くは拡散してしまうのが普通だと思うんだけど。

 

 だから私は何故そんな事になると予想されているのかをライスターさんに問い掛けると、彼は苦笑いしながらこう言ったんだ。

 

「みんな怖いんですよ、辺境候閣下が。だから少しでも遠くへ、戦場であり閣下が自らの領地であると主張するカッツェ平原やエ・ランテルから離れたいのでしょう。そう考えた場合、帝国の東の果てにあるこのイーノックカウは彼らにとって安住の地のように思えるのではないでしょうか」

 

「そっか、そう言えばロクシー様も戦争からの疎開でこのイーノックカウに滞在していたんでしたね。この国の国民がカッツェ平原から離れようと考えた時に、真っ先にここを思いついたとしてもおかしくは無いかもしれません」

 

 でもだからと言って、はいそうですかと受け入れるわけには行かないだろう。

 

 いくらこのイーノックカウが大きな都市だと言っても、いきなり1000人以上の、それも職も持たない人たちを受け入れられるはずが無い。

 それだけの人数となると消費する水や食料も莫大な量になるし、なにより住む家が無いのだから。

 

「だから知恵が借りたいか。それでフランセン伯爵はなんて言ってるの?」

 

「イーノックカウの部隊から除隊する者たちはともかく、帝都方面から来る者たちは流石にこの街で受け入れるわけには行かないそうです。ですから途中の町や村、近隣の都市がある程度受け入れるようにして欲しいと中央に書簡を送っているようなのですが、そちらも・・・」

 

「ああ、残りの3分の2の一部が流入してくる事になるんのでしょうから、手が回らないと返答がきたんですね」

 

「はい」

 

 さて、どうしたものか。

 

 このままでは難民と化した元帝国兵士たちが、イーノックカウの防御壁周辺で立ち往生って事になりかねない。

 もしそうなったりしたら辺りの村からこの都市に届く物資の搬入が滞る事になりかねないし、最悪の場合その兵士たちがその人たちを襲う野盗になるかもしれないのよね。

 

「伯爵様もかなり頭を痛めている様子です。この近辺の村も当然山羊は飼育しているのでそちらに割り振るわけにも行かず、かと言って邪魔だからと討伐するわけにも行かないですし」

 

「それはそうよ。仮にも帝国兵士だった人たちでしょ? 今は心を病んでしまっているからイーノックカウ駐留の軍だけでも蹴散らせそうではあるけど、流石にそんな非人道的な事は許されないわ」

 

「解っています。ですから困っているんですよ」

 

 う~ん、一番いいのはイーノックカウで一旦受け入れて、その後どこかに移り住んでもらうことなんだろうけど。

 

 いくら1000人を超える人数とは言っても一月や二月くらいなら滞在させる事は可能だと思う。

 ここは仮にも衛星都市なんだから宿もあるし、最悪中央公園にテントを張ったりしてそこに一時的に押し込んでしまえばいいんだから。

 

 でもここで問題になるのはその受け皿よね。

 

「どこか山羊を飼っていない村とかは無いの?」

 

「無いでしょうね。山羊は縄張り意識が強い動物で畑に放って置けば勝手に害獣を排除してくれる便利な家畜ですし、乳にも滋養がありますから重宝される家畜なんですよ。それに牛や豚より安いですから、山羊を飼っていない村なんて想像もできませんね」

 

 となると新しく作るしかないわよねぇ。

 そう思ってライスターさんの方を見ると・・・ああ知恵を貸して下さいじゃなく、何とかしてくださいって顔ね。

 

 そっか、初めからそのつもりだったのか。

 

 でも流石にそうは言えなかったから、知恵を貸してくださいなんて言い方をしたのね。

 それならそうと、初めから言ってくれればいいのに。

 

「で、それはあなたが考えたの? それとも誰かの入れ知恵?」

 

 私がそう問い掛けると、ライスターさんはにやりと笑う。

 その顔は、解ってもらえると信じてましたよと言わんばかりだったのよね。

 

 そして私の問いに対して、正確に返答をしてくれたんだ。

 

「フランセン伯爵様を筆頭にイーノックカウの貴族たちが話し合い、どうにもならないからと帝都に泣きついた所、ロクシー様がアルフィン様なら何とかしてくださるわとの手紙を寄越したそうです。曰くイングウェンザーのレストランや甘味処をバハルス帝国に全国展開する為には、どのみち生産拠点を作らないといけないでしょうから、あのお方ならうまく活用してくださるでしょう、との事です」

 

 そっか、ロクシー様が。

 

 でも解ったわ。

 関係ないと言ってしまえばそれまでだけど、同じ元プレイヤーが起してしまった不始末ですもの、私が引き受けましょう。

 

「仕方ないわね。でも流石にすぐには無理よ。準備が要るもの」

 

「はい、解っております。ですからすでに当面の間、イーノックカウに流入した者たちを滞在させる為の場所の検討に入っております」

 

 まぁ、この話を持ってきたって事はそうでしょうね。

 なら後はどこに村を作るかって事だけど。

 

「カロッサ子爵には了解は取ってるの?」

 

「子爵様にですか?」

 

「あら、新たに村を作るのなら私の城から一番近いカロッサ子爵の領地に作るのは当たり前でしょ?」

 

 まさかこのイーノックカウのすぐ近くに作るなんて考えてなかったわよね? そう思ってライスターさんに話すと、彼はかなり意外な顔をしたんだ。

 

「バハルス帝国内に、新たな村を作ってくださるのですか?」

 

「えっ? だって元帝国軍の兵隊さんたちの村を作るんでしょ? なら当たり前じゃないの」

 

 何を言ってるんだか。

 私はそう思って笑いながら返したんだけど、どうやらあちらはそうは考えていなかったみたいなんだ。

 

「今回は都市国家イングウェンザーの力によって何も無いところに一から村を作るのですから、この様な場合は都市国家イングウェンザーの領地になるのは当たり前の事です」

 

「でもそこに住むのはバハルス帝国の元兵士であり国民なんでしょ? ならそれっておかしくない?」

 

「この場合は難民ですからね。」

 

 ライスターさんは笑いながらこう話す。

 難民がよその国に流出したり流入したりするのはよくある事だと。

 

「確かに今現在はまだバハルス帝国の国民ですが何かを生産して国に税金を払う存在では無いですし、むしろその税金を浪費させる存在になっています。ですがアルフィン様が村を開き、そこで働いて生産された品物を帝国に輸出してくだされば関税が入りますし、その食材を使って帝国内に店を開いていただければそこからも税金が発生して帝国が潤うのですから、こちらとしてはどちらでもいいんですよ」

 

「そんなものなの?」

 

 確かに税金は払ってないだろうし、難民として滞在し続ければ炊き出しとかでかなりのお金は使わなければならなくなるとは思うわよ。

 でも、つい先日までは帝国兵士として働いてくれてたんだから、どうでもいいと言うのは流石に、ねぇ。

 

「そんなものです。それに考えても見てください。新たに土地を開墾して村を作るとなるとそれこそ莫大な金がかかるんですよ。それを変わってくださるのですから、これが敵国に流出すると言うのならともかく、同盟国相手なら1000人くらい喜んで差し出しますよ」

 

 なるほど、そのお金と労力を此方に押し付ける代わりに村の権利をお譲りしますから、建設をお願いしますって訳か。

 うん、それなら納得。

 

 どちらにしろこの難民状態の元兵士たちの受け入れ先は作らなければいけないんだけど、そんな予算は無いからそれができる人に丸投げする代わりに、その対価として国民を差し出したって訳か。

 

 乱暴な話ではあるけど、戦後であまりお金の無いバハルス帝国としてはこの元兵士が野盗に化けたりリ・エスティーゼ王国やスレイン法国に流れるよりは、私たちが村を建設して引き取ってくれるのが一番と結論付けたって事ね。

 

 それに私たちとしてもレストランや甘味処を全国展開するのなら生産拠点は必要だもの。

 そう考えるとこの申し出は願ったり叶ったりよね。

 

 ん? 全国展開!?

 

「ちょっと待って! さっきロクシー様からの手紙にはレストランや甘味処の全国展開って書かれてたの?」

 

「ええ。アルフィン様はそうお考えのようだから、人手は必要と考えてお受けくださるでしょうとの事でしたが」

 

「そんなの初耳よ。そりゃ、帝都には出すって話はロクシー様としましたけど」

 

 何故かその話が全国展開にまで広がっちゃってるし。

 こんな話がもし事実のように広まってしまったら大変だ、きちんと否定しないと。

 

「そんな話はまだ・・・」

 

「ああ後ですね、皇帝陛下からもできれば酒類もその村で生産して、バハルス帝国に輸出してもらえるとありがたいとのお言葉を受け取ったとも書かれていたそうですよ」

 

 陛下、あなたもですか。

 

 この話を聞いて、もう後戻りはできないんだなぁと思い知らされるアルフィンだった。

 

 





 と言う訳で、都市国家イングウェンザー初の領地として村が開かれることとなりました。
 都市国家なのに別の領地があるとはこれ如何に。
 この村、ボウドアの村やエントの村との間にはすでに道が整備されているし、交流するのも簡単でしょうから意外と速く発展するかもしれませんね。
 それに伴って大きくなる二つの村。
 カロッサさん、子爵からもっと上の爵位になってしまうかも。

 さて、長かったこのボッチプレイヤーの冒険も次回で完結です。
 後もう少しだけ、お付き合いいただけると幸いです。


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最終話 最強なんて意味ないよね

 

 村を作る場所がバハルス帝国内ではなく私たちの土地として新しく開拓される土地に決まったと言う事で、大事な事を決める時にはいつも行われるイングウェンザー城首脳会議が地下6階層にあるいつもの会議室で開かれていた。

 

「私たちにとって、初めての領地開発になるのよね。なら自重しなくてもいいかな」

 

「えっ、いいの?」

 

 私の呟きにまるんが反応する。

 

 そうよね、今までは私が周りに自重するようにって言い続けてきたのに、いきなりこんな事を言い出したらこんな反応が返ってきてもおかしくない。

 でも今回は都市国家イングウェンザーがこの地で開く初めての村なんだから、中途半端なものを作りたくは無いのよね。

 だから自重と言う言葉はちょっと横において、私たちが作る事ができる最高の村を作ってしまおうって思ってるんだ。

 

「と言う事は畑や牧場、果樹園なんかだけじゃなく、建物もみんなうち基準のクリエイトマジックで作っちゃってもいいのかなぁ?」

 

「えっと、流石にそれはダメ。この世界の人たちが住むんだから、家とかはこの世界基準で作るわよ。でも、その為の整地は魔法でやるし、建物に使う木材やレンガなんかの建材は全部城にいる職人たちに作らせるし、建築もゴーレムにやらせて一気に建てちゃうつもり。そのゴーレムの作成と制御に関してはあいしゃに頑張ってもらうからね」

 

「うん! がんばるよ」

 

 あいしゃの元気のいい返事に、私は笑顔を浮かべて頷いた。

 

「それじゃあ、あたしは? 畑や果樹園を作るのならあたしの力も要るんでしょ?」

 

「そうね、あやめには植物の精霊を使って城の果樹園から色々な果物の木を移植してもらわないといけないし、畑を作ったり村の中の整地をしたりするのには土の上位精霊であるダオ、ザイルの力が必要だからね。かなり働いてもらうわよ」

 

「解ったわ。あたしに全部任せて!」

 

 あやめはそう言うと拳で胸を叩く。

 う~ん、ちょっと張り切りすぎだなぁ、これは農業担当のユカリをつけた方がいいかな?

 

「それで私は何をしたらいいの?」

 

「あるさん、私も何かしたい」

 

 そんな張り切る二人を見てシャイナとまるんも声をあげる。

 大丈夫よあせらなくっても、ちゃんと二人にも役目があるから。

 

「シャイナにはエントに行って貰うわ」

 

「え~、新しい村を作る仕事じゃないの?」

 

 不満があるのは解るわよ。

 でも、こっちもこれからの事を考えると物凄く重要なのよね。

 

「新しい村の仕事じゃなくて悪いけど、あの村の牧場を開く仕事も大事だもの。何せあそこが稼動しないと乳製品やお肉が手に入らないでしょ。そうなるとロクシー様から頼まれているレストランや甘味処の全国展開なんて夢のまた夢ですもの。新しい村ができてもエントの村の牧場が軌道に乗らないと全てが台無しになる、物凄く大事な仕事なのよ」

 

「そっか、解ったよ。でもそんな仕事、私にできるかな?」

 

「そこは大丈夫。ミシェルをつけるつもりだし、ある程度形ができたら追加でボウドアからリーフも応援を送るつもりだから」

 

 エントにはシミズくんとその眷族がいるから牧草関係は問題なく育ってるだろうし、ミシェルがいれば牧場を開くまでは問題ないと思うのよね。

 そしてそこに今、ボウドアの村で実際に実験農場を任せているリーフが加われば失敗しようが無いわ。

 

 えっ、ならシャイナは要らないんじゃないかって? そんな事は無いわよ。

 NPCたちにとって私たちプレイヤーキャラクターがいるというのはそれだけで励みになるもの。

 いるといないとでは、その場の雰囲気が全然違うものになると思うわ。

 

「それでまるんだけど、ある意味一番大変かも」

 

「なにをするの? 何でも言って」

 

「それはね、ゲートが使える子たちを率いて城で作った建材を村に運んだり、あやめが移植する城の果樹園にある果物の木を運ぶ仕事を頼むわ。ただ本当に何度も色々な所にゲートを開く事になるから、NPCたちのMPにはいつも気をつけてね。まるんが一緒にいるとあの子達、頑張りすぎちゃうだろうから」

 

「うん、解った。わたしがちゃんと目を光らせるから大丈夫」

 

 そう言ってまるんは胸をそらした。

 所謂エッヘンのポーズって奴ね。

 そしてそれを見たシャイナがすかさず飛んでいくとその場で抱き上げて、可愛い可愛いと言いながら頬ずりを始める。

 

「や~め~ろぉ~! わたしは子供じゃないって、いつも言ってるでしょ!」

 

「でも可愛いのには変わらないからいいのよ」

 

 まぁこれはいつもの事だから放って置こう。

 

「で俺はあれか? 村で使う魔道具の作成って所か」

 

「アルフィスは流石に解ってるわね。ええそうよ。果樹園や畑を開く以上害虫よけの魔道具は必要だし、一応ため池のようなものはクリエイトマジックで作るつもりではいるけど川も湖も無い場所に村を作るんだから水が湧き出る大樽は当然複数必要になる。それに城の職人たちが建材を作るために動くことになるから、それの監督もしてもらわないといけないのよね。だからかなり大変よ。できる?」

 

「問題ない」

 

 アルフィスはただ一言そう言って、頷くだけだった。

 

 ホントキザと言うかクールというか、なんで私の分身なのにこんな感じなんだろうか? それともあれか、もしかして現実世界にいた頃の私の中にこうなりたいって願望があったのかな? う~ん、今の私では想像もできないや。

 

「それでアルフィン様。私たちには、どのような役目を?」

 

 最後にメルヴァ、ギャリソン、セルニアの3人が私に自分たちの仕事を聞いてきたので、各自に役割を振って行く。

 

「メルヴァは城の維持管理。いつもと変わらないと言えば変わらないけど、多くの子が今までと違った配置で動くから思わぬところで問題が発生することが考えられるわ。なれた仕事だからと言って気を抜かないでね」

 

「承知しました」

 

「次に店長。新しい村に来る人たちは元兵士と言う事で男性の方が圧倒的に多いのよ。だからある程度生活が落ち着くまでは食事なんかに不自由すると思うのよね。だからその人たちが食事をとれる料理屋を何店舗か開く準備をしてもらうわ。何せ兵士だけでも1000人くらいいるらしいもの。中には家族を連れてきたり恋人を連れてきたりしてる人もいるだろうけど、多分その殆どの食事を賄わなければいけなくなるだろうから、かなりの数よ。お願いできる?」

 

「私の本来の役職はイングウェンザー城地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長ですよ? その分野は私の本職、任せてください!」

 

「そして最後にギャリソン。あなたは私と一緒にイーノックカウに行って貰うわ。私はそこでフランセン伯爵と難民状態の元帝国兵士たちについての話し合いをしなければいけないから、その手伝いをして頂戴」

 

「畏まりました、アルフィン様」

 

 こうして私たち誓いの金槌の幹部、いえ、都市国家イングウェンザーの幹部の仕事は決まった。

 後は各自がきちんと自分の役割を果たし、無事開村の日を迎えるべくがんばるだけね。

 

「ところであるさん、新しい村はどこに作るつもりなの? やっぱり城の近く?」

 

「違うわよ。そんな所に作ったらバハルス帝国との行き来も大変になっちゃうじゃない。だから私としてはイングウェンザー城とボウドアの間に通した街道の中間辺りがいいんじゃないかな? って思ってるんだ。確かあの辺りにも将来商隊が行き来するようになった時、楽に野営ができるようにって開けた場所を用意してたでしょ? あそこを拡張して村にするつもり」

 

「ああ、あそこか」

 

 あそこならボウドアの村から15キロちょっとの位置にあるし、何よりすでに街道が整備されてるから難民の移動もスムーズにできると思うからね。

 

「それじゃあみんな、色々と大変な事もあるけど、力を合わせて乗り切りましょう」

 

「「「「「「おぉ~!」」」」」」

 

 こうして動き出した私たちはそれぞれの場所で頑張った。

 そりゃあ色々と問題は起こったわよ。

 でも今回は自重と言う事場をどこかに置いてきての作業なんだから、その全てを力技でねじ伏せたんだ。

 

 ただ、

 

「ねぇ、なぜエントの村と新しく開く村、その両方に酒造用の工場ができてるのかな?」

 

 何故かまったく予定になかった施設ができあがったという報告を受けた時は、私も流石に開いた口が塞がらなかったわ。

 

「だってバハルス帝国の皇帝からお酒を作って輸出して欲しいってアルフィンが言われてたから、リーフを寄越したって事はそういう意味なのかって思って」

 

「えっとね、お酒って果樹園でとれるくだもので作るんでしょ? なら必要なんじゃないかって思ったの。だってあるさん、お酒好きでしょ?」 

 

「そうよ、あたしとあいしゃは良かれと思って作ったのよ!」

 

 それぞれの村を担当していたシャイナとあいしゃ、そして果樹園を担当していたあやめの言い分はこうだった。

 

 う~ん、新しい村にはいずれは必要だとは思っていたけど、今から住む人たちは村での生活に慣れるだけでも大変だろうから、そんな人たちが酒造りまで覚えるのなんてとても無理だろう。

 だから酒造所を作るにしても、それは果樹園や畑の管理にある程度なれてからだと思ってたのよね。

 

 それにエントの村はそもそも牧場を作ってるんだから、お酒を作ろうにも材料が無いじゃないの。

 まったく、考え無しなんだから。

 

「まぁいいわ。作ってしまったものは仕方が無いし、酒造り要員として城から職人を送る事にするわ。新しい村に来た人たちもお酒くらい飲むだろうし、ボウドアの村にあるのにエントの村に無いというのも軋轢を生む原因になるかも知れないからね」

 

 こうして何故かイングウェンザー産のお酒を作る場所だけが物凄く強化されるのだった。

 

 

 そんなこんながありながらも新しい村の施設は全て出来上がり、後は入村する人たちを受け入れるだけになった。

 それまでにかかった期間はなんと3ヶ月。

 そして同時にエントの村の牧場まで、その短期間で整備し終えてしまったのよね。

 

 いやぁ、ちょっとやりすぎたかしら。

 

 まぁ、やってしまったものは仕方ない。

 できたのだから素直に喜ぶ事にしましょう。

 

「ところでアルフィン様。この村の名前はどのようなものにするおつもりですか?」

 

 そんな事を考えていると、メルヴァからこんな話を振られたんだ。

 ああそう言えばそっか、村を作ったんだから名前は必要よね。

 

 始まりの村だからファーストの村? でもなぁ、それは流石にちょっと安易すぎるし・・・ファーストビレッジとかファーストハームレットだとちょっと長いわよねぇ。

 よし、ファーストビレッジを少し捩って。

 

「そうねぇ、ファビレッジの村なんてどう?」

 

「どのような意味の言葉なのですか?」

 

「始まりの村って意味の外国語をちょっといじった造語よ。なんとなく響きがいいでしょ?」

 

「はぁ」

 

 なんとなく安直だなぁなんて思われていそうだけど、この後自キャラたちに聞いて回っても特に反対意見は出なかったから決定。

 無事名前も決まった事で、この村の準備は全て整ったんだ。

 

 

「ええっ!? アルフィン様、もう準備が整ったんですか?」

 

「と言う事間もしや、その村の家は全てアルフィン姫様がクリエイトマジックでお作りになられたのでしょうか?」

 

「まさか。そんな事をしたらいくら私でも魔力切れで倒れてしまいます。村にある家は全て城の者たちが建材を作り、それを組み立てて作ったものですよ」

 

 取り合えず準備ができた事を近隣の領主であるカロッサさんに報告。

 何せエントの村に作っていた牧場も完成させてしまったから、城からどれくらいの家畜を移動させるかを話し合わないといけないし、なによりシャイナが無断で要らない施設まで作ってしまったからその報告もしないといけないからね。

 

「えっとその村には果物の木の移植も終わり、畑の造成も終わっていると。なんと! エントの村の牧場も平行して作業をしてもう開く事ができるのですか!? 確かもう少しかかると言うお話でしたよね?」

 

「ええ、思いの他皆が張り切ってしまったもので。私もこれには驚いているのですよ」

 

「それにボウドア同様、酒造所までエントに作っていただけたのですか!?」

 

 ギャリソンが渡したファビレッジの村とエントの村の現状が書かれた羊皮紙を見ながらカロッサさんとリュハネンさんは驚きの声をあげる。

 ああ、それは私の意思じゃないから。

 シャイナが勝手にやったことだから。

 

 でもまぁ、そんな事を言えるわけも無いので、ここは黙って笑っておいた。

 

 

 ■

 

 

 アルフィン様がお帰りになった後、私はアンドレアスと二人で話し合っていた。

 

「準備だけでも1年はかかると仰られていたのに・・・まさかこれ程の大工事をこの様な短期間で終えてしまわれるとは。アンドレアスよ、どう思う?」

 

「はい。やはり今回も城をお作りになられた時や短期間で30キロもの長い街道をお作りになられた時同様、神の国から数万人の兵を呼び寄せて作らせたのではないかと」

 

「やはりお前もそう思うか」

 

 アルフィン様が女神である以上、我々の想像を絶するほどの速さで工事をなしたとしても今更驚くような話ではない。

 きっと今回も前回同様、神界から神兵を呼び寄せたのだろう。

 だがアルフィン様は自らが神である事を御隠しになりたいようだから、我らはただ感謝し、その御意向に沿って行動するだけだ。

 

 この力技の工事を前にして、カロッサ家主従の勘違いは更に加速して行くのだった。

 

 

 ■

 

 

 イーノックカウにいる難民たちをファビレッジの村に移動させるための使者にはヨウコとサチコ、それにユミとトウコの4人編成チームである紅薔薇隊が選ばれた。

 

 でも実を言うと、最初は私自身が行くつもりだったのよね。

 ところがこれに反対したのがメルヴァとギャリソン。

 

「おやめください。女王自ら村民受け入れに赴くなど、聞いたこともありません」

 

「アルフィン様にはイングウェンザー城でお待ち頂き、全ての移住が終わってある程度村が動き出したころ、視察という名目で訪れるのがいいかと私は愚考いたします」

 

 私よりはるかに頭のいい二人にこのように言われてしまっては、我侭を通すわけにはいかない。

 そしてそれと同時に、私の自キャラたちも貴族と言う立場から行くべきじゃないって言われちゃったものだから、結局私は初めての自分の領地が開くその瞬間をこの目にする事ができなかったんだ。

 

 そして人々が入村してから10日後。

 

「皆がこのファビレッジの村に住まう事を許し、これより都市国家イングウェンザーの民となる事をここに宣言します」

 

 初めてボウドアの村に訪れた時と同じ恰好、同じ馬車でファビレッジを訪れた私は、予め用意されていた簡易玉座に移動。

 そこに座らされると一緒に来たメルヴァが私の左斜め前に立って羊皮紙を広げ、先ほどの通り宣言する。

 私はそれを見守った後、一言も発することなく村を後にする事になったんだ。

 

 ・・・初めての私の村なのに。

 

 まぁ、女王が村人と交流する国なんて聞いたこと無いから仕方ないと言えば仕方ないんだけどね。

 

「あっ、アルフィン様だぁ!」

 

「アルフィンさまだぁ!」

 

 でもちょっとだけ悲しかったからボウドアの村に寄ってもらい、ユーリアちゃんとエルマちゃん、そしてその他のボウドアの子供たちと触れ合って癒されるのだった。

 

 頑張ったんだもん、これくらいいいよね。

 なんて思ってたら、帰った後シャイナとまるんに怒られた。

 

「行くんだったら私たちにも声をかけてよ。<メッセージ/伝言>で連絡をもらえたらゲートで飛んで行ったのに!」

 

 はい、ごもっともです。

 

 

「えっと、このファビレッジの村、初代村長に任命されたエルシモ・アルシ・ボルティモです。私と村役場に務めている者たちは皆元冒険者ですがアルフィン様の元、都市国家イングウェンザー流の農作業を学ばせていただいたおかげでここにある果樹の世話や畑に植えるこの国の作物についての知識は一通り覚えていますから、解らない事があれば聞きにきてください。また、何か村の中で問題が起こった場合も自分たちで無理に解決しようとせず、村役場に報告をお願いします。我々が対処できるのなら我々が、それが無理と判断した場合は城から応援が来る事になっていますので。それでは皆さん、よろしくお願いします」

 

 ファビレッジの村の初代村長にはエルシモさんが就任し、収容していた元野盗たちの多くは一緒に村役場へ働きに出る事になった。

 

 これは収容所で長い間農業実験をしてもらっていたからうちの作物に詳しいし、何より元々バハルス帝国の住人なのだから、今回村に入った人たちを率いるのならうちのNPCたちより適任だと思ったらね。

 

 実際エルシモさんは野盗たちのリーダーをやっていただけあって統率力もあるし、意外と面倒見もいいから村長に向いてるんじゃないかな?

 そしてそれに伴ってカルロッテさんもファビレッジの村役場へと移動、村長夫人兼村の司祭として怪我人が出た時には癒しの力を使ってもらう事になった。

 

 あっと、ファビレッジの村に移動したのはカルロッテさんだけじゃないよ。

 村役場に就職した人たちの家族も一緒に移動、そして彼女たちはいずれ開く酒造所の管理運営をやってもらうつもりだ。

 当然うちの城から人を派遣してるから素人ばかりとは言え大きな失敗はしないだろうし、またこのおかげで思ったよりも早く皇帝陛下のご要望を聞けるようになるんじゃないかって思ってるんだ。

 

 

「わぁ、獣人だ! こんな所にセントールが!」

 

 その日、ファビレッジの入り口では人と馬が合わさったような獣人とそれにまたがる黒髪のハーフエルフがいきなり現れた為に、近くにいた者たちが驚き、大きな騒ぎが起こりそうになっていた。

 

 そしてセントール呼ばわりされた老ケンタウロスは、そんな騒ぎを一瞥するとこう吐き捨てる。

 

「まったく。間違えるでない。我等はケンタウロス、あやめ様に忠誠を誓うものじゃ。あのように恥ずかしげもなく言葉を解す存在を食べるような野蛮な者どもと一緒にされたくないわ」

 

「まぁまぁ、そうは言っても見たことがない人にとっては同じように見えるのですから仕方が無いですよ」

 

「ルリさんはそう仰いますが、わし等からするとあのようなものたちと一緒くたにされるのは我慢ならんのじゃ」

 

 年老いたケンタウロスは自分の背に乗る少女の言葉に、不満そうな態度でそんな言葉を返した。

 そしてそこに遅れて到着する3頭のケンタウロスと、その先頭を歩く金色の輝く長い髪をなびかせるケンタウロスの肩に乗って不満げに腕組みする小さな妖精。

 

「もう! 何勝手に先に行ってるのよ! あやめ様に言いつけるわよ」

 

「何を言ってるんですか、シルフィーさん。あなたが寄り道したせいでフェルディナントさんたち3人が巻き添えをくって遅れただけじゃないですか」

 

 顔を合わせた途端に始まる二人の言い争い。

 それはシルフィーのドロップキックがルリの額に炸裂した事をきっかけに、掴み合いの喧嘩に発展して行く。

 

「もう。また始まっちゃいましたよ。二人とも本当は仲いいのに、何故定期的にこんな争いをするのでしょうね」

 

「あれはあの二人にとってのコミュニケーションの一種なのだろう」

 

 そんな二人を見ながら白いケンタウレと黒いケンタウロスがそんな会話をしていると、村の奥から1人のメイド服の女性が大慌てで走ってきた。

 

「何事ですか! って、ケンタウロスさんたち!? そうか、もう到着したんですね。お待ちしておりました。私はイングウエンザー城所属のココミ・コレットと申します」

 

「これはご丁寧に。わしはチェストミールと申す。そしてこの金色のがフェルディナントでこの黒いのがテオドル、そして唯一のケンタウレがオフェリアじゃ」 

 

「チェストミール老、説明するにしても金色はないでしょ。失礼しました、私はフェルディナント。そして私を含むこの4人がケンタウロス4部族を代表する各族長です」

 

「テオドルだ」

 

「オフェリアです。よろしくお願いしますね」

 

 フェルディナントに続いて挨拶する二人のケンタウロス。

 そしてその挨拶が終わるのを見届けると、早速フェルディナントは今日ここに呼び出された理由をココミに問い掛けた。

 

「私たちはルリさんとシルフィー様に、あやめ様たちの国が新たな村を開いたので、それに伴う仕事があるから来るようにと言われて訪れたのですが、まだ詳しい話を聞いては居りません。我々は一体どのような事をすればいいのでしょうか?」

 

「えっ、ルリさんたち、なにも話さずに連れて来ちゃったんですか?」

 

 そう言って喧嘩をしている二人に目を向けるココミ。

 すると先ほどまで大騒ぎしていた二人は息のあった様子で同時に目を背けた。

 この様子からすると、ちゃんと自分たちの失敗を認識しているのだろう。

 

「まったく。あの二人は後でアルフィン様に叱っていただくとして」

 

「「なっ!?」」

 

「それでは、ここでの仕事について詳しい説明をさせていただきます」

 

 ケンタウロスたちにはこの村で取れた作物をボウドアに運ぶ際、その馬車の護衛を頼みたいと伝えた。

 

 その理由は人が護衛に付くと馬車に乗れば積荷をその分減らさなければならないし、徒歩で付いていけば移動速度が落ちてしまう。

 しかし馬と同等の速度で移動できるケンタウロスが護衛についてくれれば、馬車本来の速さで荷を運ぶ事ができるから頼んではどうかとアルフィンは考えたのだ。

 

「なるほど。ですがいいのですか? もし我々がそのボウドアの村とやらに行った場合、先ほどと同じ様な事が起こると思うのですが?」

 

「ああ、大丈夫です。ボウドアの村には都市国家イングウェンザーの館がありますし、それにその・・・かなり特殊な状況にある村なので」

 

 ココミは思う。

 グリフォンやオルトロスがいてその背にまたがり遊ぶ子供たちがいる村に、今更ケンタウロスたちがイングウェンザーの使いだと現れたからといって誰が驚くのだろうかと。

 

「そうなのですか。そちらに問題がないのであれば我らケンタウロスはあやめ様の、そして都市国家イングウェンザーの庇護下にあるのですからその仕事、我らが勤め上げる事を約束しましょう」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると助かります」

 

 笑いながら握手をするココミとフェルディナント。

 しかしこの時のフェルディナントはまだ知らなかった。

 荷を運ぶ馬車を引くのが普通の馬ではなく、疲れを知らないアイアンホース・ゴーレムである事を。

 

 結果ケンタウロスたちは村と村の間を移動する際はほぼ毎回全力で走らされる事になり、最後には族長たち4人がそろって、

 

「お願いします。馬車は私たちが引くから、もう許して下さい」

 

 と、後日あやめに懇願する事になるのだった。

 

 

「此方が頼んだ事ではあるんですが、本当にいいんですか?」

 

「ええ。後方支援を任されるだけあって数字にも強いし、在庫管理もしっかりしてるもの。私としてはこんないい人材を紹介してもらえて、むしろ助かってるくらいよ」

 

 イーノックカウのアンテナショップ二階にあるベランダ席では私とライスターさん、そしてヨアキムさんの3人が、1階入り口横のレジカウンターで仕事をするユリウス・ティッカ君を見ながらお茶を飲んでいた。

 

 実は今、ティッカ君はセルニアの指導の下、このアンテナショップとレストランを行き来して色々な仕事を体験しながら経験を積んでいるんだ。

 と言うのも先日、私からある役目を告げられたからなのよね。

 

「確かに使える奴ですが、まさか帝都の支店長を任せていただけるなんて」

 

「ユリウスもまさかこれ程の好条件で雇ってもらえるなんて、夢にも思ってもなかったでしょうね」

 

 先日正式にうちで雇う事になったティッカ君なんだけど、面接したり実際に色々な仕事を任せてみたところ思いのほか優秀で、これならいっそどこかの部署を任せてみてもいいんじゃないかって話になったのよ。

 と言う訳で軽く話を振って見た所、雇ってもらったからには何でもやりますって返事が返ってきたものだから、冗談半分で、

 

「そうねぇ、なら帝都に今度出す甘味処の支店長、やってみる?」

 

「ええっ!? いいんですか?」

 

 って言ってみたら、こんな答えが帰って来たんだ。

 

 そこで大丈夫なの? って訊ねてみると、彼は戦場に立つのは怖くなったものの、辺境候に対しては私がライスターさんたちに語った話を聞いたおかげか、今では少しでも遠くに離れたいと思うほど怖がってはいないみたいだったなかったのよ。

 それならば本人もやる気になっているみたいだし、イーノックカウの店でしっかりと研修してもらった後にイングウェンザーの甘味処帝都支店の支店長をやってもらう事になったんだ。

 

「まだまだ教える事はあるし1人で任すには頼りないところはあるけど、帝都の店はまだ出店場所さえ決まっていないのだから時間は十分あるもの。その間にセルニアがしっかりと仕込んでくれるだろうし、もし開店までに間に合わなくても開店当初はうちの城から数人助っ人を送り込むつもりだから何の心配も要らないわよ」

 

「そこまでしてもらえるとは。ユリウスは果報者ですね」

 

 そう言いながら私たちは改めて働くティッカ君に目を向ける。

 実際に命のやり取りをする訳ではないけど、この国の文化の中心である帝都での出店なんだからそこはある意味戦場だ。

 私たちはその過酷な場所での戦いを、彼が無事に乗り切ってくれることを祈るのだった。

 

 

 そして更に月日は流れた。

 

 出店場所の手配や帝都の貴族に紹介と言う名の宣伝をしてくれたロクシーさんのおかげで、帝都のレストランや甘味処の出店は大成功。

 そしてその後も酒類の増産やエントの牧場で作られる食肉と乳製品の増産、それにファビレッジの果物の生産も軌道に乗って品切れの心配がなくなったおかげで店舗数が飛躍的に増えて来てるし、このペースなら本当にあと数年でバハルス帝国内全ての主要都市へ出店が実現してしまうだろう。

 

「まさかロクシー様が勝手に言い出した話が、本当に実現する事になるなんてねぇ」

 

「本当よね。出店場所の選定の為に今じゃこの国の隅から隅までうちの子たちが派遣されてるもの。おかげで私もゲートで飛べるところが増えたし、バハルス帝国内なら殆どの場所に一瞬に行けるようになったわ」

 

 私はイングウェンザー城の自室でシャイナとお茶を飲みながら、そんな話をしていた。

 

「そうよね。でもこの状況って帝国側からしたらある意味かなりの危機なんじゃない? だって今のアルフィンは、やろうと思えばどこにでも軍勢を送り込めるんでしょ。なら戦力もあるんだし、帝国を占拠してそれを足がかりに世界征服に乗り出そうなんて野望を持ったりしないの?」

 

「そんな訳ないじゃないの、めんどくさい」

 

 村が一箇所増えただけで仕事が凄く増えたのに、世界征服なんてとんでもないわよ。

 そんなの忙しくなるだけで、私には何のメリットも無いじゃない。

 

「それに辺境候がいるもの。いやよ、ガチ勢の戦闘系ギルドと戦うなんて」

 

「それもそうよね」

 

 そう言いながら笑いあう二人。

 

 確かに私たちはこの世界では最強の一角かもしれない。

 でもそんな力は別に要らないのよね。

 

 うちはマーチャントギルド、そしてその理念はこの世界に来た後も変わらないのよね。

 だからこそ商売をしてお金を稼いで、その金を使って楽しく暮らす。

 そんな人生を送るのが一番私たちらしいと思うんだ。

 

 そんな人生観の元となったもう一人の私、佐藤 祐樹はもうどこにもいないけど、その理念は私の意思とともにこの都市国家イングウェンザーという国の考えとしてこの城の子たちや新たに国民たちの中に残って行くと思う。

 

 そう、私たちにとって、この世界で最強である事なんて何の意味もなかったんだよね。

 

 





 最終回はボッチプレイヤーの冒険オールスター大集合でお送りしました。
 オリジナルキャラクターで名前が出てるキャラは殆ど出てきたんじゃないかな? まぁ、中には名前だけしか出て来なかった人もいるけど。

 3年以上続いたんですよね、この物語。
 ちゃんと完結できてよかったです。

 最後は出ているキャラクターたちが笑って終われる物語を目指したのですが、どうでしたでしょうか? またオーバーロードらしくないと言われてしまうかな?
 でも、ここまで読んでくださった方々には楽しんでもらえたんじゃないかと勝手に思っています。

 さて、とりあえずボッチプレイヤーの冒険の本編はこれで終わりです。
 ただ、今まで書いたものを読み返した時、番外編1で次は宝物庫のNPCの話を書くと予告していたのにすっかり忘れていたんですよね。

 と言うわけでそれも書くことにしました。

 ただ少し前に活動報告でも触れましたが、今すでに小説家になろうの方で新しく連載を始めてしまっているのですぐに書くことができません。

 ですから次回更新は年末の休みに入ってからアップしたいと思います。

 では最後に。
 それでは皆様、3年以上の長い間、こんな駄作にお付き合いくださってありがとうございました。
 本当に感謝しています。
 そしてもしこれからも私の作品を読んでいただけたら、幸いです。


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外伝5 金庫番の少女は遠き母を思う

 

 

「カゴメさん、髪の色はこんな感じでいい?」

 

「う~ん、もうちょっと明るめのグリーンがいいかなぁ」

 

 声が聞こえる。

 

「了解。で、外見はこれくらいの歳でいいの? ちょっと幼すぎないか?」

 

「元ネタのキャラがこれくらいの年齢だからね。能力とあわせるとちょっとアンバランスだけど、こんな感じのプレイヤーも結構居るから問題ないでしょ」

 

 なんだろう、凄く暖かい。

 

「ねぇカゴメさん、流石にこれは目が大きすぎない? それに、黒目も大きすぎでしょ。殆ど白目が無いんだけど」

 

「あるさんは解って無いなぁ。創世記のアニメや少女マンガのキャラはこうだったのよ。そして黒目の中にはハイライトでいっぱい星を飛ばすの。これこそが古き良き時代の乙女キャラよ。今は目が大きすぎるって感じるかもしれないけど大丈夫。3Dモデリングデーターでちゃんと顔全体のバランスを確認しながらデザインしたから違和感は無いはずよ」

 

 体に流れ込んでくる魔力。

 

「真っ赤な大き目のリボンにポニーテールって。流石にベタなんじゃ?」

 

「だぁ~かぁ~らぁ~、漫画やアニメの創世記を模したキャラだって言ってるでしょ。この子の設定と外見、そして私の古き良き時代の少女マンガの知識を総動員した結果、この髪型がベストという結論に達したんだからこれでいいの」

 

 そしてその魔力によって再構成される体。

 

「へぇ~、かなりフレーバーテキストも書き込んでるんだね」

 

「ええ。うちのギルドだと外見もガチの戦闘系ばかりだから、こんな可愛い子は作らせてもらえないもの。折角好き勝手に作っていいって言ってもらえたんだから、思いっきりこだわって作ったわ。」

 

「でも、ちょっと腐りすぎなような?」

 

「あら、あるさんが耽美系BLキャラはダメって言うから女の子にしたのに、それでもまだ何か文句があるの?」

 

「いや流石に設定とは言えBLは・・・まぁあくまでテキストだし、いいか」

 

 ああ、私が構成されて行く。

 

「もう十分に堪能した? それじゃあ、起動するよ」

 

「ええ。お願いするわ」

 

 新たな命の創造。

 

「あるさん。本当に私が名前をつけてもいいの?」

 

「うちのポイントで作ったんだから所属は誓いの金槌になるでしょ? でも一緒に創造したんだから、名前くらいはカゴメさんがつけてよ。そうしないと、私だけが親みたいじゃないか」

 

「そうね、ありがとう。」

 

 目を開くと、二人の女性が私に微笑みかけてくれていた。

 

「あなたの名前はケイコ。そう、ケイコ・タテバヤシよ」

 

「よろしくね、ケイコちゃん」

 

 これが私、ギルド誓いの金槌改め、都市国家イングウェンザーの宝物庫統括を任されている私の、始まりの記憶。

 

 

 

「ケイコちゃん、いる? 頼まれた物、図書館から持ってきたよぉ」

 

 私がいつも通りクッションを置いた3人掛けソファーの上でカゴメ様の蔵書であるウスイホンを読んでいると、ほわほわした声が宝物庫に響き渡った。

 

 あの声はセルニアちゃんだね。

 

 彼女は地上階層統括&コンセプトパーティーホール責任者権店長って言う長い肩書きをアルフィン様から頂いている私のお友達だ。

 

「ここだよぉ~。いつものソファー」

 

「あっ、いた。もぉ! またソファーの上に寝転がってだらだらしてるし。そんなんだとアルフィン様に怒られるよ」

 

「大丈夫よ。私の役目はこの宝物庫の管理だもん。この場所に転移してからは新しい宝物が運ばれてくる事もなくなっちゃったし、元からあるものに関しては全部完璧に把握してるから、別に何してもいいのよ」

 

 そう、私の役目はこの宝物庫(アルフィン様は金庫って言うけど、金庫って言うには流石に入っているものが凄すぎるのよねぇ)に運ばれた物を鑑定したり、種類別に配置して志向の方々が使いたい時にすぐにお出しできるようにしておく事なんだ。

 

 これでも元の世界にいた頃は結構忙しかったのよ。

 しょっちゅう色々な物が運ばれてきていたから、私のもう1人の創造主であるカゴメ様の蔵書や映像媒体を見る暇もなかったもの。

 

 でもこの世界に来て私の生活は一変したわ。

 だってそれからは一度も新たなアイテムが運ばれてこないんだもん。

 おかげでここも開店休業状態。

 

 一応アルフィン様が新たに発行なされたイングウェンザー金貨はサンプルとして10万枚くらい運び込まれたけど、あれって形こそ金貨だけど作業区画においてあった金のインゴットに銅を混ぜて作っただけのものだからユグドラシル金貨と違って魔力も篭っていないおもちゃのコインみたいな物だもん、本来なら宝物庫に置くほどのものでもないんだよね。

 

 だがら実質何も運ばれて来て無いってことなの。

 

 まぁ、暇になったおかげでカゴメ様の蔵書を読む時間ができたし、セルニアちゃんを初めとして、城の子たちがよく遊びに来てくれるから退屈はして無いんだけどね。

 

 たた。

 

「そう言えばセルニアちゃん。アルフィン様ってお姫様になったのよね? それに他の至高の方々も貴族になったとか。やっぱりお忙しいの?」

 

「う~ん。アルフィン様はかなりお忙しいみたいだよ。いっつもメルヴァさんがお仕事してくださいって、書類をいっぱい執務室に持ち込んでるし。それにこの世界の国の貴族や皇帝とも仲良くなったみたいで、そっちからも色々お願いされちゃってるから余計に大変みたいだよ」

 

「そっか。だからここに来てくれないのかなぁ?」

 

 元の世界にいた時は手に入れたアイテムを持ってきてくれた至高の方々が、この世界に来てからは一度も顔を見せてくれないんだ。

 

 それにアルフィン様と一緒に私を創造なされたもう一人のお母様、カゴメ様も。

 

「あっ、でもまるん様やあいしゃ様はあまりお仕事無いみたいだから、遊びにきて下さいって言えば来てくれると思うよ。頼んでおこうか?」

 

「ありがとう、お願いね。ところでセルニアちゃん。カゴメ様にはお会いする事、できた?」

 

「ううん。アルフィン様が言うには、私たち誓いの金槌以外では悪名高い最凶ギルド、アインズ・ウール・ゴウンしかこの世界に来てないみたい。だからカゴメ様が所属してるギルドも、この世界には来て無いんじゃないかなぁ?」

 

 そっか。

 

 私もなんとなく、そうなんじゃ無いかなぁって思ってたんだ。

 だってカゴメ様は至高の方々と違って、新しいアイテムとかが無くてもよく私に会いに来てくれてたんだもん。

 

「カゴメ様はこの世界にはいないのか。・・・でも、できる事ならもう一度会いたいなぁ」

 

「ケイコちゃんにとっては、もう1人のお母さんだもんね」

 

 セルニアちゃんが言うには、至高の方々にもこの城が別の世界に転移した理由は未だに解っていないらしい。

 それだけに元の世界へ帰還したり、また誰かをこの世界に呼び寄せるのは多分無理なんだろうとは思うんだ。

 

 でももう一度だけ、どんな形でもいいからカゴメ様に会いたい。

 そしていつもみたいに微笑みながら、可愛いよって頭をなでて欲しい。

 

 けして叶う事が無い願いだと解ってはいるけど、そう願わずにはいられなかったんだ。

 

 





 ギルド誓いの金槌の宝物庫を守る100レベルNPC、ケイコのお話でした。
 ケイコはドラマCDでNPCたちにもゲーム時代の記憶があると語られていたので生まれたキャラクターです。

 ポイントを消費して創造したのは確かにアルフィンですけど、別の人がビルドの構築をしたりフレイバーテキストを書いたりしたらその人も創造主といえるんじゃないかって思ったんですよね。

 ゲーム時代の記憶が無いのならそんな事は理解できないだろうけど、ちゃんとその記憶があるのなら理解してもおかしく無いんじゃないでしょうか。


 さて本来はこの話で終わるはずでしたが、流石にこの内容で終わるのも後味が悪いですよね。

 なので1月2日にもう一話だけアップします。

 まぁこちらは新作ではなく、12月の始めにうちのHPだけでアップした物に加筆修整を加えた物ですが。

 本来はこんな話が外伝シリーズの先にはあったんだって言うIF話ですから、人によっては思うところもあるかもしれませんがお付き合いいただけたら幸いです。

 それでは皆様、良いお年を。


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番外編 アルフィンと小さな男の子

 

「えっ? 大使館とレストランを調べているらしき男の子がいる?」

 

 帝国内の色々な都市に支店を出す為にしばらくの間帝都に出かけていたんだけど、城に帰る途中で顔見せに寄ったイーノックカウのレストラン.。

 そこで修行の一環で店長代理として働いているティッカ君からそんな報告を受けたんだ。

 

「はい。初めはレストランの付近でよく見かけたらしいのですが、その頃はその男の子の服装から近くの村の子供が話題になっている店を見に来ているものだとばかり思っていたのです。喫茶コーナーの料金は安めに設定してあるとは言え、村にすむ子供が気軽に入れるわけではありませんから、同じように遠巻きに眺めて行く子供はよく見かけるので」

 

「へぇ、そんな子も多く居るのね。そっか、ならそんな子達も気軽に買えるような値段のものを開発して、新たに屋台として出すべきかしら」

 

 つい、その怪しい男の子よりも遠巻きに見る事しかできない子達のほうに気が行ってしまって、こんな事をつぶやいてしまった。

 すると、苦笑しながらも私の意見に頷いてくれるティッカ君。

 

「そうですね。本格的なデザートは無理だとしてもクッキー一枚とかシロップを塗っただけのクレープとかならそんな子達でも気軽に買える値段で提供できますから」

 

 そしてそんな提案までしてくれたのよ。

 うんうん、この子なら帝都に行っても、うまく甘味処の店長を勤めてくれそうね。

 

「そうね。では屋台に出すものはそれくらいの値段設定で開発する事にしましょう。ところで私から逸らしておいて悪いけど、怪しい動きをしていると言う男の子に話を戻しましょう」

 

「はい。先ほども申し上げた通り、初めはこのレストラン周辺をうろうろしている他の子供たちと同じように思っていたのですが、ある時大使館から来られたユミ様がその男の子に目を留め、こう仰られたのです。あの子、大使館の付近でもよく見かける子ね、と」

 

 ユミちゃんがねぇ。

 

 因みにユミちゃんだけど、帝都からファビレッジの村に住民を移送した後は、またこのイーノックカウに赴任してもらっているんだ。

 だって彼女、まるんと一緒に行動していたおかげでこの街の人たちとある程度交流があるし、商業ギルドでも顔が売れてるから新しく人を連れてくるより都合がよかったもの。

 

 と言う訳で、今は大使館の主任駐在員として働いてもらってるんだ。

 ただ、本人は騎士として生み出されたNPCだから、苦労してるみたいだけど。

 

「なるほど、ユミちゃんがそう言うのなら本当に大使館とレストランの両方に出没しているんでしょうね」

 

「はい。ですから我々もそれ以降はその男の子に注意を向けるようになりました。するとこの子供は他の子達と違って店の商品ではなく、店そのものに注意を向けていると解ったのです」

 

 なるほど、それは確かにちょっと怪しいわねぇ。

 でも、男の子ってのが引っかかるなぁ。

 

「ひとつ聞くだけど、その子って幾つくらいの子なの?」

 

「はっきりとは解りませんが10歳前後かと」

 

「えっ、そんなに小さい子なの?」

 

 なるほど、それなら確かに少年ではなく男の子だ。

 

 しかしそうなるとますます解らないわねぇ、何でそんな小さな子が大使館やレストランを探ってるのだろうか?

 

 バハルス帝国はエル=ニクス皇帝陛下のおかげでかなり治安がよくなっているから、イーノックカウのような大きな都市では窃盗団や強盗団のような組織は殆ど存在しないのよね。

 

 そりゃ人が集まる場所なんだからまったく無いとは言わないけど、いくらお金がありそうだと言う情報があったとしてもレストランはともかく他国の大使館を襲おうと考えるほどの大きな組織は無いはずなんだ。

 だからその子が、大使館員やレストランの従業員に怪しまれないよう送り込まれた見張りと言うのは考えづらいだろう。

 

「その男の子の意図が解らないわねぇ。で、その子の身元はまだ解ってないの?」

 

「現在ユミ様がお調べになられているようなんですが、気が付いたのがつい最近なのでまだ判明しておりません。ただ、服装からイーノックカウの住人では無く近くの村の子であろうと言う事で、そちらを中心に調べているようです」

 

 ティッカ君が言うには、街と村とでは着ている服そのものが違うらしいんだ。

 

 殆どの場所に石畳が敷かれ、そうでないところも人々が行き交う為に踏み固められているせいで歩きやすく汚れづらい街の服装と違い、農作業や狩りなどで汚れやすく、枝などに引っ掛けて破れたりする可能性が高い村では多少ごわついても厚手の布地を使った服装をしているそうなんだ。

 

 でも言われて見ればその通りよねぇ。

 ボウドアの村の子達を見てもみんな厚手のズボンで、女の子たちもスカートを穿いている子は一人もいないもの。

 

「なるほど。まぁユミちゃんが動いているのなら、すぐに解るでしょう」

 

「私もそう思います」

 

 こうして私ははじめてその子供の存在を知ったんだ。

 

 

 それから半月ほどたったある日。

 

「アルフィン様。イーノックカウ大使館を任せているユミが、ご報告したいことがあると面会を求めております」

 

「あら、なにかしら」

 

 ギャリソンがユミちゃんから何か報告する事があると聞かされたとき、私の頭の中からはレストランや大使館の周りを探っていると言う男の子の事はすっかり忘れ去られていた。

 

 何せ新しい村を開くと言う作業には私が承認しないといけない事が思ったより多くて、この頃は書類仕事に追われていたんですもの。

 その上、いよいよ帝都に甘味処の第一号店舗を開く日が近づいてきてたから、そっちの準備とかもあったしね。

 

 そんな訳でユミちゃんから、、

 

「件の男の子の身元が判明しました」

 

 と言われても一瞬、何の事か解らなかったのよ。

 でも流石に少し考えたら思い出したわよ、別にボケるような歳でも無いしね。

 

「えっと・・・ああ、レストランや大使館を調べて回っているって言う男の子の事ね。で、どこの誰だったの?」

 

「はい。グランリルと言う村に住む。ルディーンと言う少年のようです」

 

 ユミちゃんの報告によると彼は親に捨てられたのか8歳の時に村近くで保護された子供らしくて、今はカールフェルトと言う狩猟を生業としている夫婦に養子として育てられているんだって。

 

 貧乏だからと言っても奴隷が禁止されているこの周辺国では子供を売るわけにいかず、かと言って口減らししなければ家族全員が飢え死にしてしまうからと、比較的裕福な村近くに子供を捨てていく事は意外とよくあるらしいのよ。

 

 裕福な村の近くにと言う所が、親としては捨てるにしてもちゃんと生きていて欲しいと考えての事なのでしょうね。

 

「しかし、そのような境遇の子は女の子が多いそうで、働き手になる男の子が捨てられる事は殆どないそうです」

 

「まぁそうでしょうね。でも、男の子ばかり居る家ではそんな事もあるんじゃないかしら?」

 

「はい。ですが、この子に関してはもうひとつ不可解な点がありまして」

 

 不可解な点? 子供が捨てられるのはよくある事なのよね? なら一体どんなことが引っかかったんだろう。

 

「その子が何か特別な能力でも持っていたの?」

 

 親が気付いていなかっただけで、実は子供に特別な才能があったとしてもおかしくはない。

 何せ捨てられたのは8歳の頃だと言うし、そんな小さな頃では素質があったとしても自分の専門分野でもなければ気が付く事はまれだろうからね。

 

 ところがユミちゃんが言う不可解な点と言うのは、私のそんな予想をはるかに上回るような内容だったんだ。

 

「はい。その子は8歳の時点ですでに神聖系と魔力系、両方のマジックキャスターとしての能力を身につけていたそうなのです」

 

 はい? って、なによそれ。

 

「そんな子が捨てられるわけ無いじゃない。だってこの世界では素養が無ければ魔法は使えないのよ。それなのに8歳の時点で二つの系統の魔法を使えるなんて天才と言う言葉でさえ生ぬるいほどの才能じゃないの。どこの誰がそんな子を捨てるって言うの?」

 

「はい。だから不可解なのです」

 

 不可解なんてもんじゃない、どちらかと言うと怪しいと言えるような話だろう。

 

 まぁ迷信じみた考えの村があって、そこで二系統の魔法を操るなんて子供が生まれたものだから悪魔付きとでも思われて捨てられたなんて事があったのかもしれないけど・・・いや、流石に魔法が普通にある世界ではそんな事を考える人は居ないか。

 

 それに。

 

「なるほど。8歳で二系統の魔法を操り、我がイングウェンザーの施設に興味を示す、か」

 

 こう考えると、その子供の正体が見えてくるわね。

 多分その子はユグドラシルプレイヤー、それも、もしかすると私を知っている人なのかもしれない。

 と言うのもその子がレストランだけじゃなく、大使館の方も調べているからなんだ。

 

 これがレストランやアンテナショップだけなら、元の世界の果物や料理を振舞う場所ができた事で気になったとしても不思議ではない。

 でもそれなら大使館まで調べようとしているのはおかしいもの。

 

 美食の街であり、その手の情報に敏感なイーノックカウの住人やオープン前から店の存在を知っていた一部の貴族や大商会の人たちはあの店に私たちの国の出資が入っているって事を知っているだろうけど、アンテナショップで売られている産物はカロッサ領の物だと言う触れ込みで売っているし、レストランで振舞われている料理も基本はこの国の食材を使っているから、近隣の村に住むようなオープンした後で店を知った人たちには都市国家イングウェンザーとロクシー様の共同経営だなんて解るはずがない。

 

 ならばどうして大使館に目をつけたのか? それは多分私たちのギルド、誓いの金槌の紋章が国旗として大使館の門に掲げられているからだと思うのよね。

 

 ユグドラシル時代のうちのギルドを知っている人ならあの紋章を知っていてもおかしくは無いもの。

 だから気になって調べていたら、レストランにも私たちが関わっていると言う事にたどり着いて、そちらも調べ始めたと考えれば納得がいくわ。

 

「子供の姿をしたユグドラシルプレイヤーか。解ったわ。引き続き調査を・・・いや、実際にその子に会ったほうが早いかも」

 

「お会いになられるのですか? でも、もしその者に害意があったとしたら危ないのでは」

 

「う~ん、確かにそれはそうなんだけど、もしその子が本当にプレイヤーなんだとして、こちらに害意があるとしたら多分気付かれるような行動はしないと思うのよね。それにどちらかと言うと、気付いて接触してきて欲しいって考えているんじゃないかしら」

 

 プレイヤーだとしたら此方の情報収集能力についてある程度想像がつくと思うのよ。

 だって都市国家と名乗っている以上、単独転移で無い事は解っているだろうからね。

 

 それなのに此方に気付かれるような行動をあえてしていると言うのなら、きっと接触したいんだと思う。

 

 捨てられた子供として生活しているって話だから、その子は単独でこの世界に転移してきて不安だったんじゃないかな? そんな時に見た事がある紋章を見つけたら、その紋章の持ち主に会ってみたいと思うのは当たり前だと思うのよ。

 

「でもまぁ、もしもって事もありえるから、当然私一人では会わないわよ。護衛として持っている最高の装備を身につけたシャイナとまるんについてもらうわ。あの二人が居れば、相手がワールドチャンピオンでもなければそうそう遅れをとる事も無いだろうしね。それに会う場所も大使館の中にしましょう。あそこならもし仲間が居たとしても、乱入はできないもの。それなら安心でしょ?」

 

「はい。それでしたらたとえ相手に害意があったとしても大丈夫ですね」

 

「それじゃあ、その男の子と接触して招待状を渡してきてね。よい返事がもらえるといいのだけれど」

 

 

 それから数日後、ルディーンと言う少年とコンタクトが取れたとユミちゃんから連絡があった。

 

 そして実際に顔を合わせる日時も決まり、その当日の大使館応接間で私とシャイナ、そしてまるんの3人は執事のギャリソンを伴ってそのルディーン君と対面する事になったんだ。

 

 

「ほんとに、本当にあるさんだ! まさかまた会えるなんて」

 

 これが件の少年、ルディーン君の第一声。

 

 挨拶を交わす前に、こんな事を言いながら満面の笑みを浮かべる少年を前に、私は困惑しきりだ。

 だって私、この子にまるで見覚えが無いんですもの。

 

 そう思ってシャイナとまるんの顔を交互に見るも、二人ともはてな顔だ。

 

 まぁ、私が解らないんだからこの二人が解るはずも無いわよね。

 でも目の前の男の子は興奮しきりで、喜びを体全体から発しているんですもの、困ってしまうのも仕方ないわよね。

 

 ところが、次の一言で場の雰囲気が一変する。

 

「あるさん、後ろのギャリソンが普通に動いてるって事はNPCたちもこの世界に来て普通に動くようになったのね。じゃあケイコは? やっぱりあの子も動いてるの? あっ、それに私の蔵書! もしかしてあれもこっちの世界に」

 

「ちょっ、ちょっと待って! もしかしてあなた、カゴメさん?」

 

「そうだけど?」

 

「そうだけどって・・・解るかぁ!」

 

 カゴメさんと言うのはユグドラシル時代に懇意にしていた幾つかの戦闘系ギルドの一つを纏めていたギルドマスターで、キャラ、リアル共に女性のプレイヤー。

 そして我がイングウェンザー城の宝物庫の番人をしている100レベルNPC、ケイコ・タテバヤシのスキルビルドを構築した人物だ。

 

 後、外見も私と一緒にああでも無いこうでも無いと言いながら作っていたのでケイコはうちのNPCにも関わらず、この人の子供と言っても過言では無い存在なのよね。

 

 ただ、フレーバーテキストも彼女に任せたのはちょっと不味かったかも。

 おかげでケイコはオタクな上にちょっと腐ってる女の子としてこの世界に顕現してしまったもの。

 

「いやぁ悪い悪い。目の前にあるさんが居るもんだから、つい昔のつもりで話しちゃったよ。て言うか、こんな口調だったわよね、私って」

 

「と言うと、普段は違うの?」

 

「えっと・・・うん。僕、この世界に来てからなんか性格も変わっちゃったみたいで、普段はこんな感じでしゃべってるんだ。でも、あるさんを前にしたら、つい懐かしくなってちょっとの間、昔に戻っちゃったみたい」

 

 私に問われて頭が冷えたのか、今の自分がいつも話していると言う口調で話し出すカゴメさん。

 

 ユグドラシル時代はちょっとハイテンションな感じのしゃべり方をする人だったのに、ルディーン君はどちらかと言うとおとなしい少年と言った雰囲気の、ゆっくりとしたしゃべり方に変わっていた。

 

「そっか。カゴメさんも私同様、この世界に来て今の体に魂が引っ張られたのね」

 

「魂が引っ張られるか。うまい言い回しだね。でも確かにそうかもしれない。今の自分って、このキャラを作った時にメモ程度に書いたテキストの性格に近くなっているもん」

 

 カゴメさんが言うには、彼女はユグドラシルを引退してギルドメンバーと一緒に他のゲームで遊んでいたらしいんだけど、ユグドラシルがサービス終了すると聞いてキャラを作り直して最終日にログインしたそうなんだ。

 で、その時に作ったのがこのルディーン少年のアバターなんだってさ。

 

「前はゴリゴリの前衛だったから、最後は魔法を使ってみたくってね。で、どうせなら神聖系も魔力系も両方使える賢者のジョブにしたって訳。器用貧乏だけど、最終日だけログインするつもりのキャラだから強さにこだわる必要も無いからね」

 

「確かに」

 

 カゴメさんの言葉に、私は解る解ると笑顔を向ける。

 

「でも意外だなぁ。カゴメさんのアバターは屈強な女戦士だったし、腐ってる方の趣味も耽美系ばかりだったでしょ? それなのに最後は小さな男のこのキャラを作るなんて。もしかしてショタも入ってたとか?」

 

「しまった! これだけは隠し通してたのに」

 

 私の指摘に、つい口調が昔に戻ってしまうカゴメさん。

 

「って事はもしかして、そのキャラ」

 

「うん。元の私から見ると、どストライク」

 

 そう言っておなかを抱えて大笑いするカゴメさん。

 そしてそんな姿に、私も、シャイナも、まるんも、そしてギャリソンまでもが笑顔になる。

 その姿はそれ程楽しそうだったんだ。

 

 

「ところでカゴメさん。今は近くの村で生活しているのよね? 不自由は無いの? なんならうちの城に来てもいいけど」

 

 比較的に裕福な村だとは聞いているけど、それでも所詮はこの世界での基準でだから色々と不便はあるだろう。

 そう思って提案してみたんだけど、カゴメさんは静かに首を横に振った。

 

「ううん。グランリルの村には拾ってくれたお父さんとお母さんが居るし、お兄ちゃんとお姉ちゃんも居るもん。だからお家に帰るよ。でも、誘ってくれてありがとうね、あるさん」

 

「そう。でも何かあったらすぐに言ってね。この大使館に来てくれればすぐに私に伝わるから。あっ、そうだ。それより転移門の鏡をひとつ渡しておこうか。アイテムボックスに入れておけば破損や盗難の心配も無いし。何より城に居るケイコにも会いたいでしょ」

 

「ケイコかぁ。でも、こんなに変わっちゃったし、会っても解んないんじゃないかなぁ」

 

「そうかも知れないけど、あなたはあの子の生みの親の一人でもあるんだから、会って話せばきっとカゴメさんだと解ってくれると思うわ」

 

 そう、NPCたちとその生みの親との絆はとても強いもの。

 実際に会って接し、話し合えばきっと解ってもらえると思うんだ。

 

「それに蔵書もうちの図書館に残ったままだし」

 

「あるさん。それをこのタイミングで言うかな?」

 

 二人して大爆笑。

 そしてしばらく語り合っているうちに、とうとう別れの時が来た。

 

「今度グランリルの村にも顔を出すよ。転移門の鏡を通ればすぐだし、一度行っておけばゲートでいつでも行けるようになるからね」

 

「それはそうだけど、最初は馬車で来てよね。転移門の鏡は普段、アイテムボックスに入れっぱなしにするつもりだから」

 

「あっそっか。解った、ちゃんと馬車で伺う事にするわ。カゴメさんもイングウェンザーに来てよね」

 

「ええ。ケイコにも会いたいし、蔵書も読みたいからちゃんと行くよ。後ね、今の僕はカゴメじゃ無くてルディーン。ルディーン・カールフェルトだから、これからはちゃんとルディーンって呼んでね」

 

「解ったわ、ルディーン君」

 

 こうして再会を約束して彼女、いや彼は帰っていった。

 

「さて、窺うとなったらグランリルの村にも何かお土産が必要よね。ギャリソン、グランリルの村にはどんな支援をしたらいいかを調べておいてね。後、村をどの領主が治めているかも調べておいて頂戴。皇帝陛下の目が光ってるから変なのは居ないと思うけど、発展したとたん人が変わるような人だと困るし」

 

「アルフィン様。グランリルは近くの森で色々な素材となる魔物が獲れるため、帝国の直轄領となっております。ですからロクシー様に文を送ればそれでいいかと私は愚考いたします」

 

 流石ギャリソン、予め調べておいてくれたのね。

 ならさっさとロクシーさんに手紙を書かないと。

 

 予想もしてなかった懐かしい友との再会。

 これから彼女、じゃなかった彼とどんな風に付き合っていこうかと考えると、わくわくが止まらないわね。

 

 

 そしてそれから数日たったある日のイングウェンザー城。

 

「えっと、初めまして・・・って言った方がいいのかな? 僕の名、っ!?」

 

 その日、私はルディーン君と引き合わせるために、ケイコを地上階層にある応接室に呼び出したんだ。

 

 そこで緊張でがちがちになっていたルディーン君が、恐る恐る自己紹介を始めたんだけど、彼の顔を見るなりケイコがいきなり大粒の涙をこぼし始めちゃったもんだから私もルディーン君も大慌て。

 

「ちょっとケイコ、どうしちゃったの?」

 

「もしかして、私と会う事で何か不具合が!?」

 

 この世界に転移する事で意思を持って行動し始めたNPCたち。

 そんな彼らとそこそこ長い間一緒に行動してきたけど、今までは誰もこんな反応を示した事はなかったのよね。

 

 でも、アバターを変えて現れたのはルディーン君が始めてだから、私たちはそれによってケイコに何か異常が起こったのかもしれないって思ったんだけど。

 

「その気配は、カゴメ様・・・ですね。ああ、まさかもう一度お会いできる日が来るとは」

 

 どうやらそれは私たちの杞憂だったみたい。

 

 そっか。

 NPCたちは外見ではなく、その存在を感じ取って私たちに仕えてくれているんだね。

 

 そう言えばユグドラシルでは別の種族に変わる為のアイテムなんてのもあったし、外見が変わったくらいでは認識できなくなるなんてこと、無いのかもしれないわね。

 

 自分より小さくなってしまった創造主に抱きつきながら延々と涙を流し続けるケイコと、その頭を小さな手で優しく撫でているルディーン君を見ながら、私はそんな事を考えていたんだ。

 

 




 番外編でした。

 私が今、小説家になろうで書いている作品を読まれた方はお気付きだと思いますが、あの世界はボッチの世界の地名をそのまま利用しています。
 というのも、元々はルディーン少年はボッチプレイヤーの冒険に登場するはずだったキャラだからなんですよね。

 最初の予定では外伝1でちょっと触れて、外伝2で宝物庫の番人をしているケイコの話を書き、そしてこのルディーン少年が本編に登場するという流れのはずだったのですが、あまりにオーバーロードではないだのオリジナルでやれだのと言われ続けたので、流石にオリジナルのユグドラシルプレイヤーを追加で出すのは断念してお蔵入りとなったわけです。

 なので今回は外伝ではなく、番外編とさせていただきました。

 さて、これでボッチプレイヤーの冒険は終了です。
 3年以上の長い間、お付き合い頂き、ありがとうございました。

 本来ならこの後、総括として活動報告にボッチ全体の後書きを書くつもりだったのですが、今日親戚が着てしまったのでそちらを書く時間が有りません。
 ですので、それはまた明日書きます。

 3年間の締めなので、もし宜しければ、そちらも読んでいただけたら幸いです。

 それでは皆様、今まで本当にありがとうございました。
 また会う日まで、ごきげんよう。


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