パンドラ日記 (こりど)
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1話―超エンリさん伝説

9/29 改稿


「ぐはぁ!」

「セドラン!」

 

 大質量の物が空を引き裂くぶおんと言う音。重装備の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ『巨盾万軍』が轟音と共に地面と水平に吹き飛んで背後の巨木に叩きつけられた。巨大なハンマーの一撃を受けたようにざわりと木と葉が揺れる。

 

 ずるりと巨体が滑り落ちる音、「うぐぅ……」と呻く同僚の声。信じられない光景に動揺してざわめく今回彼らの手足として連れてきた風花聖典総勢20名。だが『一人師団』人類の擁護者、スレイン法国の誇る最強部隊、漆黒聖典第5次席に名を連ねるクアイエッセ・ハゼイア・クインティアは眼前の少女から目を離す事ができなかった。

 

「き、貴様……いったい何者だ?」

「そうですねぇ……ただの村娘、エンリ・エモット……かしら?」

 

(はぁ?何を言っているのだこの娘は?)

 んんっ? 金髪の少女は考えこむように可愛らしい唇にちょこんと指をつけた。緊迫した場面であるにも関わらず、どうにも間の抜けた会話である。彼の目に写る素朴な美少女の表情は可愛いらしくもどこか嘘臭く(・・・)、麗らかな森の木漏れ日の中、見ている者達の現実感も希薄になってくる。

 その小さな体から山のような重圧(プレッシャー)を感じるのだ。そんな事は自身が超越者とも言える彼の人生でも数える程しか無かった。そう彼らの隊長と謎に包まれた漆黒聖典番外と呼ばれる存在以外は。

 

(この少女も……もしや神人なのか?)

 

 スレイン法国のその長い歴史は建国当時から今に至るまで、それは即ち人類の英知と力を結集する歴史であった。

 殻らの誇りとする祖国は人類と言う世界においては最先端の先進国であり、この世界にしては例外的に国民の一人一人をきちんと管理した戸籍台帳が存在していた。

 それは時折出現する異能者や超絶的な力を発揮する先祖返りを余さず国の戦力として組み入れる為だったのだが。かく言う彼自身もそうした法国のシステムによって拾いあげられた才能の一人である。

(だが……)

 この任務にこんな展開は予想外だった。王国の辺境にこのような者が存在しているとは。是が非にでも生きてこの情報を持ち帰らなくてはならない。けろりとした顔で足を踏み出した少女に思わず一歩後退しそうになり後ろ足に力を込める。例え内心はビビッていようが指揮官である彼がそんな様子を見せるわけにはいかない、クアイエッセは森の暑さではない背中にじっとりと汗が滲むのを感じていた。

 

 

 

 

 

「はぁーまたしても今日は暇っスねぇ……」

 

 陽光がさんさんと降り注ぐトブの森の南端。カルネ村を眼下に一望できる大木の一つの枝に場違いなメイド姿が寝そべり、手と足がぷらーんとぶら下がっていた。

 世の男性諸氏が見れば庶民であれ貴族であれ目を見張るほどの美しい女性の名はルプスレギナ・ベータ。褐色の肌が健康的な特徴的な赤毛を三つ編みにふた房垂らしている、ナザリックの戦闘メイドプレアデスの一人である。

 

「退屈だなー退屈だなー、また何か村に攻めてこないっスかねぇ♪」

 

 抜けるような雲一つない青空、歌うように能天気に独り言を言い出したのは気分がいいからではなくその逆である。彼女の性癖的な好みから言って生粋のサディストの彼女には、『ちょうちょ』でも舞ってそうな平和な村の光景が純粋に欠伸が出るほどつまらないのだ。

 

 先日トロールの襲撃を退けた後、こっぴどくアインズ様から叱られた事を、彼女は無論忘れているわけでは無い。が、だからと言って彼女ルプスレギナの性格が根本から矯正されたわけでもまた無かった。

 今度はもっと上手くやろう、叱られないように。と決意を新たにしていたのは正しく彼女の犬のような気性の現れであった。流石に言い過ぎたかと思っていた彼女の上司アインズとの間には未だ決定的な意思のすれ違いが起きていたのだが、未だ両者ともそのズレには気がついていなかった。

 

 いい加減愚痴を言い飽きたルプスレギナがうつ伏せに半ば寝ていた体をぴくりと反応させた。ゆっくりと顔を上げた彼女の金の瞳はほのかに輝いているようだった。

 

「……お客さんっすか」

 ニヤリと肉食獣を思わせる笑みを浮かべると三つ編みを揺らし巨大な聖杖を引き寄せた。

 

 

 

「姐さんそろそろ帰りましょうよ……無理は禁物です」

「う、うん、解ってる。でももう少しだけ…こないだので備蓄も減っちゃったし……」

「なぁ~帰ろうぜ族長。ここいらでも危ないヤツは居るんだぜ?」

「てめぇアーグ! 姐さんに対して口の利き方に気をつけやがれ」

「……待った。リーダー……姐さんも静かに。何か来てます」

「えっ?」

 

 村から半日、森の端からは1時間と言う距離に彼女らは居た。ゴブリンと村娘と言う見る者が見れば奇妙な一団だ。少女を中心に守るようにリーダーと呼ばれたゴブリンは一際大きく立派な体格で背にグレートソードを背負っている。下っ端と思われる子供のゴブリンは別として身を伏せたゴブリンも鎧着(チェインシャツ)を着込み腰に備えたマチェットはそこらの村人では太刀打ちできないような歴戦の雰囲気を感じさせている。

 

 少女の名はエンリ・エモット、15歳ぐらいの先日村長と言う大役を仰せつかったばかりの何の変哲も無い村娘である。

 ゴブリンのリーダーの名はジュゲム、ひょんな事件で助けたアーグと言う現地のゴブリンの子供を除き、彼も含めそのメンバーの名の由来は物語に出てくるゴブリンの勇者『ジュゲム・ジュゲーム』から来ている。村を救ってくれたアインズ・ウール・ゴウンと言う高名な魔法詠唱者(マジックキャスター)によってもたらされたゴブリンの角笛で呼び出された彼らは少女に絶対の忠誠を誓っていた。

 

 ただならぬ雰囲気に一同は緊張感を高める。精鋭であるゴブリンは元より、エンリと言う少女もこの所立て続けに望まぬ形ながらも戦火を潜り抜けて生きてきている、息を飲み緊張してはいるが慌てる事なくゆっくりと腰を沈めている。声をひそめてゴブリン・リーダーが尋ねた。

 

『近いのか?どっちだカイジャリ?』

 カイジャリと呼ばれたゴブリンが無言で手合図を送り地面に耳をつける、規則正しい集団の足音が草栄えや小枝を踏む音が振動を通して彼の耳には聞こえ、小声を返す。

『あっちか……まだもう少し距離は離れてますが……獣じゃねぇな、ゴブリン、いや人か?』

 

人と聞いてエンリがびくりと震えた、村を騎士によって襲われ両親を殺された彼女にとってはある意味森獣よりも正体不明の人間は恐ろしい。

『ご、ごめんなさい、私が欲張っちゃったから』

『いえ姐さん、それよりも急いで村に帰りましょう、なるべく静かに移動して。ンフィーレアの旦那と対策を。……おいアーグ、お前姐さん先導して先に行け』

『わ、解った』

『……リーダー急いだ方がいい、こりゃかなり訓練された連中だ、人数の割に静か過ぎる』

『解った、さぁ姐さん……』

 

弓矢がそう言ったジュゲムのすぐ隣の幹に突き立ったのが同時だった。

 

 

「うひょーこれは大ピンチっすね」

 

 ワクワクと言う言葉が体から湧き出ているルプスレギナは、それでも万が一が起きる前には飛び込む準備をしながら高い樹上から高みの見物を決め込んでいた、適度にエンリ達が恐怖に晒されるのはサディストのルプにとっては娯楽である、だがエンリ達に迫る一団を眺めているうちに次第に表情が険しくなり、ふいに「チッ」と小さく舌打ちした。

 敵の総数は20と少し程度。その謎の一団の大部分は確かに彼女にとっては雑魚だが、約2名ほど彼女より一回り下か、あるいは匹敵するかもしれない存在を感じた。

 

 バトルクレリックであり人狼(じんろう)でもある彼女のレベルは60レベルにも達し、40レベルで英雄級と言うこの世界に転移して以来彼女に匹敵する者などめったに居るものでは無く、現に今までのところ警戒に値する者すれあ無かったのだ。

 だがそこは彼女は神をも凌ぐ存在、至高の御方に創造された戦闘メイド、その誇りとしても甘い予測は立てない。一回り下であれ複数を相手どればどうなるか判らず、ましてこの世界には戦力の予測するのが難しい武技やタレントの存在もあった。

 どちらにせよ全力で戦闘する必要に迫られるであろう、今更ながらナザリックの戦力を配置していなかった事を後悔したルプスレギナであったが、もはや迷ってる暇は無かった、一当たりして注意を引くか?梢を揺らし不本意ながら決意を決めた彼女が聖杖を握り締め飛び出そうとした時、高所にある彼女のさらに上から声がかかった。

 

「厄介ごとですかな?」

 

 頭上からの声にそちらを見上げたルプスレギナは、私が気配を感じなかった?ありえないと驚愕の視線を向け、再び驚きの声を上げた。

 

「パンドラ様!?」

 

 そこには森には場違いな、ネオナチの軍服に、軍帽、ピンクのつるつるとした頭に表情の無いハニワのような面持ち、ナザリックの知られざる黒歴史と言われる、二重の影(ドッペルゲンガー)パンドラズ・アクターが背を幹に預けくいっと帽子の鍔に指をかけ気取ったポーズを取っていた。

 

 

 ルプスレギナは飛び上がり膝をついて状況を説明する。

「村の周囲貴女が居なかったので一応見に来たのは幸いでした」とパンドラ

「ンフィーレアの外装コピーですか?」「特殊タレントのコピー実験の外にも彼の現地人のアルケミストとしての能力など…」「…なるほど流石はアインズ様」「いえ、司書長とデミウルゴス様の提案ですが……」

 などと言うやり取りの間にも眼下ではエンリ達小集団が、より大きな集団にゆるやかに包囲されていく、チラリとそちらを見たパンドラが口を開く。

 

「……大体の事情は解りました微力ながら、私も力を貸しましょう」

 それを聞いて表情を輝かせるルプスレギナ。

「うひょーパンドラ様のお力添えがあれば百人力っす!」

 と言ってルプスレギナは口を押さえる。パンドラはナザリック地下大墳墓の支配者アインズ様の創造した(NPC)である、領域守護者でもある彼は彼女が気安い口調で話かけていい相手では無い。パンドラの方は「お気になさらず」と気取った様に肩をすぼめた。

 

 取り急ぎおおまかな指示をパンドラから受けるとルプスレギナは完全透明化を発動しながら飛び降りて行った。

(ナザリックの智と暴の王、アインズ様の直轄の守護者パンドラ様の戦いが見れるなんて超ラッキーすよ!)

 先ほどまでの緊張感はどこにやら、降って沸いたイベントに先ほどまでの危機感が頭から抜けたルプスレギナはご満悦であった、ナザリックの最高戦力の一角であるパンドラが動いたのならもはや戦闘の心配などどこにも無いのだから。

 

 

 

「エーンちゃん♪」

「えっ?」

「当身♪」

 ふいに聞こえた、横合いからの知り合いの声、楽しげなルプスレギナの声に首の後ろに軽い衝撃を感じたエンリの意識はそれきり闇に落ちた。

 

 突然姿を現したルプスレギナに驚いたのはすぐ後ろに居たジュゲムだったが、よっこらしょと意識を失ったエンリを担ぐルプスレギナと視線を合わせ、とりあえずはその意図を察した。

 それでも何か言おうとしたが「先に行ってるっスよ」と言い放つと返事も待たず再び二人の姿が消えるまでがあっと言う間の早業である。上げかけた手を下げジュゲムは考える。これで最悪の事態だけは避けられる。自分達は?などとは言わない。彼らゴブリン将軍の角笛によって呼ばれた存在にとってはエンリの安全こそが全てに優先される。彼女さえ助かれば全ては二の次だからだ。

 

 素早く思案を巡らせたジュゲムはルプスレギナが彼女に危害を加える事だけは無いだろうという事だけは確定として次にどうするか考えた。

 敵を防ぐ、逃げ帰って防御を固める、どちらも同様に重要だ。アーグだけでも伝令に返し、自分達は敵の足止めに回るべきか?しかしそれでは村の戦闘の指揮を取る自分が先に死ぬわけにもいかない。

 先を行くアーグが「何だよ、早く来い」と戻り、殿を務めていたカイジャリが「どうした?」と追い付いて来たので、取り急ぎ事情を説明して指示を出そうとしたジュゲムは、驚愕の光景に二たび目を見開いた。逃がしたはずのエンリが「さぁ早く逃げましょう」とひょっこり茂みをかきわけて出てきたのだ。

 

「ええええーー姐さん!?どうして?ルプスレギナさんは!?」

「えっとルプスレギナさんは――あっ!ジュゲムさん大変、追い付かれて着ましたよ!」

 振り返るとガサガサと茂みを乗り越えて正体不明の人間達が姿を現してきていた。

 

 

 一方森の中を飛ぶように駆けたルプスレギナは、充分に距離を離した事を確認すると獣よけと人払いの結界をエンリに施すと周りの木々でカモフラージュを施し、大急ぎで取って返すのであった。面白い場面を見逃さないために。

 

 

 

 

「これは一体、何が起こってるんだリーダー?」

「い、いや、それが俺にも……」

「こ、これが族長の本気なのか?」

 

 三者三様に先刻からの展開に困惑している、内一匹は二重の意味で。

(多分あの人(ルプスレギナ)の仕業なのは間違いねぇ、…間違いねぇが、訳がわからねぇ)

ジュゲムから見ても目の前のエンリは声も容姿も彼の敬愛するエンリそのものだ、何もおかしいところは無い。

 ただし彼女の足元に伸びている正体不明の人間達と先刻エンリの手刀で叩き落とされた矢を除けば。

 

 人間達は皆、顔をすっぽり布で隠していてどう見ても普通では無い、だが山賊にはありえない立派な装備も統一されており、どこかの国の特殊部隊員と思われた。

3人の人間に追い付かれ逃げ切れないと戦闘を覚悟したゴブリン達を尻目に手刀を閃かせたエンリによってあっと言う間に叩き伏せられ地に這わされていた。

 呆然としていると新たに弓矢が飛来して、ハッと二人の大人のゴブリンは円形盾(ラウンドシールド)を構え直した。10本ほどの矢が飛来して地面に盾に突き立つ。だが驚愕の光景は再び展開される。守るべき主人の周りを囲もうとしたゴブリン達は見た。エンリは飛んで来た矢を事も無げに掴むと「やぁ!」と投げ返したのだ。

 スキルで加速されたかのような冗談のようなスピードで矢は来た方向に飛んで行き、くぐもった悲鳴が聞こえて来た。どこからどう見ても異状な事態である、飛んできた矢を掴む事自体おかしいが、それを投げ返して効果を上げるなど彼らには不可能だし、話に聞く人間種の最高種『英雄』とか言うレベルでも無理なのではないか?だがアーグだけは普段から大人のゴブリンに冗談半分にエンリの強さを吹き込まれている為、初めて見るエンリの真の力に圧倒されつつも興奮気味にため息を吐いていた。

 

「すっげえぇぇ……」

「ジュゲムさんカイジャリさん」

「「は、はい!?」」

「このまま退がるのは返って危険そうです、いっそ敵に一当たりして、首魁らしき者を叩いちゃいましょう」

 

「「……えっ?……えええ!?」」

 一瞬の間の後、驚愕する3匹を後にすると、エンリは「皆さんは後ろに回られないように援護をお願いしますね、とう!」とさっさと茂みの向こうに飛び出して行ってしまった。

半瞬の後我に返ったゴブリン達が続く。

 

「何を言って!?う、うわぁああ!ま…待って下さい姐さん」

「ち、ちくしょう姐さんを一人で行かせるわけにいかねぇ!俺達も行くぞアーグ!」

「お、おう!俺だってやってやる」

 

 

 

 

 

 

「……おい、生きてるかセドラン?」

「うっ……何とか、背骨がイったかと思ったぜ……危うくまたあの世行きだった……」

視線を不気味な少女から逸らさずクアイエッセは同僚と言葉を交わした。セドランもようやっと立ち上がり前に出てきた。

 

「ありゃあ一体何だ?」

眼前には暢気と言うべき表情の村娘が立っている、少し子供ぽいがもう何年かすれば辺境では珍しいぐらいの美人になりそうだ。

「わからん、解らんが……単なる村娘じゃないのは確かだ、あるいは神人なのかもしれん……糞ッあいつが居れば正確なところが解るんだろうが…」

「マジかよ、可愛い顔してんのに、件の吸血鬼といい、俺らの運勢最近どうなっちまってるんだ……」

 

 彼らと言うか最近のスレイン法国はこのところ呪われていると言うしかないほど急な不幸続きだった。情報収集していた土の巫女が謎の爆死、漆黒聖典の二人が任務中に突発的に強大な吸血鬼に遭遇して死亡、法国でも代わりの居ない神々の遺産(マジックアイテム)を使用可能な重要人物まで巻き込んで重態となっていた。

 セドランなど死亡したその当の本人である。ようやく蘇生してリハビリがてらの出動したと思ったら初回でいきなりこれであった。

 

 その到底人類では敵わないと思われた強大な吸血鬼が彼らの撤退後間も空けずに滅ぼされ、国の上層部が驚愕していた所に、それを成したのがトブの森の森の賢者と呼ばれる大魔獣を力で従えた漆黒の英雄と呼ばれる、王国の3つ目のアダマンタイトチームと言う情報が伝わり、調査に派遣されたのが風花聖典。とその一団のガードに付いた二人であった。

 だが漆黒聖典でも特に守備と森での行動に適した理由で選抜された戦いのプロフェッショナルの両名から見ても、目の前に現れた敵―謎の少女は異状でり、その戦闘能力は彼ら二人の力を大きく凌駕していた。

 

「くそっ…風花の連中を下げさせよう、おい、そこの死体を担がせろ」

 痛みをこらえ近くの風花聖典のメンバーに声をかける。

「逃げるぞセドラン、とびきり嫌な予感がする、俺が時間を稼ぐが……『あれ』を見た目で判断するなよ。うちの隊長並にヤバイと見ておけ…」

そう言うと『一人師団』の二つ名を持つ男は彼のタレントで巨大な魔獣を呼び出した。

「おいおい、ぶっとばされたから普通じゃないとは思ったけどよ。そこまでなのかよ勘弁してくれ……」

 風花聖典のメンバーからは呼び出された魔獣の巨大さに、密かな興奮とこれで勝ったと言う余裕の雰囲気が漂って来たが。漆黒聖典の二人にはそれすらも苦々しかった。

 

「「「ギガントバジリスク!?」」」

「まぁ」

 眼前に展開する光景に驚愕するゴブリン3人、可愛らしく口に手を当てたエンリは、きょろきょろと周りを見回すとおもむろに傍らの風花聖典の隊員が落とした剣を拾った。軽くそれを空中でくるくると回転させ、キャッチすると勢い良く振りかぶって投擲した。

 ヴオン!

 空気を引き裂き、風が鳴る、一瞬後、僅かな血煙が上がり、重音と共にギガントバジリスクの頭は巨木に縫いつけられていた。

 バタバタしているその姿に「バ、バカな…」と、風花聖典の面々からうめき声が漏れる。

 半ば予想していた男の口からは「……撤収だ!」と言う苦しげな声が上がり同僚も頷いた。そしてもう一匹のギガントバジリスクが召還された。

 

「なにぃ!?2匹目だと!?」

 ジュゲムは驚愕の声を上げる。

「ほう?おかわりと言うやつですかな…もとい、おかわりかしら?」

木の上から「ぶぷっ」と噛み殺すような笑い声。

 可愛く言い直したエンリがもう一本の剣を拾い上げ散歩するように前に出てくると、どよめきと共に底知れない鬼気を感じたスレイン法国の誇る特殊部隊員達は後ずさった。

 

 

 3匹目のギガントバジリスクの頭を踏みつけると、暴れるその首をエンリは跳ね飛ばした。血飛沫が舞い、戦闘が始まって以来手を出す余裕も無くゴブリン達は固まっていた、ふと見れば3匹ともその姿が消えていく、既に敵は逃げ去ったようだ。

 

「……召還魔術だったのか、あいつら一体何もんだ……」

「いやそれ以前の問題だろリーダー」

「……まぁそうなんだが、俺にも何が何だか」

「族長こんなに強かったのか、俺こんな強い人、いや生き物見たことないぞ!」

 

 

『追わなくていいんでしょうか?』

頭に響くルプスレギナ<伝言(メッセージ)〉に額に指を当てパンドラ(エンリ)は返した。横目にギクリとしているゴブリン達ににっこり微笑み返す。

『止めておきましょう、他国との過分な接触は控えるようにとの事。まずはアインズ様にご判断を仰ぎます。それで避難をお任せした保護対象の少女はどちらに?』

『はい、先導致します』

 樹上のルプスレギナの気配が移動を始める、その方向に目をやりエンリは後ろを振り返った。ビクッとした3匹のゴブリンに「みんな村に帰りましょう」とにこやかに告げた、パンドラ視点では可愛らしい村娘の仕草であったはずだ。

 

 帰路に着くパンドラ(エンリ)はご機嫌で鼻歌を歌っていたが、先導するゴブリン達は終始無言であった。頭の中は先ほどの戦闘で一杯だったが、彼らの主人の様子がいつもと明らかに違い過ぎていたから到底声がかけれる雰囲気では無かった。例えて言うなら見知った主人が急に巨大な獣のように感じていた。

『……おい、リーダー一体何がどうなって……』

『解ってる、帰ってから説明するから村まで待て』

ひそひそと話す大人のゴブリンのただならぬ様子に子供のゴブリンであるアーグは口を挟む事もできずにいた。

 

 ふいに「よっ!」とまたしても突然現れたルプスレギナに一行が目を奪われた瞬間、誰にも気づかれずパンドラ(エンリ)は身を翻し梢の中にその姿を消していた、。

 それを確認したルプスレギナは「ああっ!」と叫び後ろを指差した。ギョッと振り向いた一同はそこに居たエンリを見失い達が狼狽えた。だが同じ方向の藪の中からフラフラとエンリ・エモットが出現してきた。

 

「あ、あれみんな?」

「あ、姐さん?姐さんですよね?」

「え?何を言ってるの?」

「姿消したからびっくりしたんだよ族長」

「え?あ、ごめんなさい……よく覚えて無いんだけど、ルプスレギナさんが居た気がしたんだけど……」

 

 訳の解らないと言う顔のエンリの顔、周りを見渡しいつの間にやら姿を消したルプスレギナの事に気がついた。

何だか知らないが本日の異常事態はこれで本当に去ったようだと妙な直感が沸いてきて、わけの分からない安堵を覚えるジュゲムであった。

 

 

 彼らの遥か樹上では元の姿に戻り腕を組むパンドラと、膝をついたルプスレギナが興奮気味に話していた。

 

「メチャクチャ格好良かったですよ、パンドラ様!」

「いやいやお恥ずかしい、あの姿ではスキルも何も使えませんでしたので…単なる力技になってしまいましたな」

「それにしたって凄かったです、いやーいいもの見れました♪」

「それでアインズ様への報告は私の方からしておきましょうか?」

「え?あ、……いやーこの場合どうしたらいいでしょう…」

 

 ふと我に帰って楽しかったこの処置の仕方が良かったのか悪かったのか不安になってくるルプスレギナであった。

 

 

村に帰ったゴブリン達は迎えに出たンフィーレアと事の顛末を説明するエンリを横目に話し会っていた。

「すっげえよなぁ!凄すぎるよ族長の強さ。ジュゲムさん、オレ半分ほど信じて無かったんだけど、オレが思ってたのと山一つぶんぐらい違う、強い方に。オレもう一生族長に付いて行くぜ!」

「お、おう、そうかアーグ……まぁ頑張れ」

「まぁ……姐さんの秘めた力はまだまだあんなもんじゃないからな…」

 

はしゃく子供のアーグをよそに大人のゴブリン二人はひそひそと相談した。

『……結局あれは何だったんだリーダー?』

『いや、ルプスレギナさんが現れて……それから姐さんがおかしくなったんだが』

『おかしいってレベルじゃなかったぞ、つまりあれはあの人に変な魔法かけられたのか?』

『い、いやそれがどうにも良く解らないんだ、強化魔法にしてもあのパワーは常識外れすぎるし……』

 

 その後、現場を見てないゴブリンからなどは真面目に、「いや姐さんはマジで隠された血の力が覚醒とかそんなんじゃ?」とか「ルプスレギナさんに秘密特訓受けてるとか……」とか「よせ、そういうのを当てにすんのはヤバイ……」「と言うか姐さんがあの人みたいになるとか冗談じゃない」などなどの意見が噴出し、暫くの間、ゴブリン達の間でも物議をかもしたのであった。

 

 

 



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2話―蒼の薔薇・前編

9/30 改稿


―ナザリック地下大墳墓

 

 

 

 

「蒼の薔薇と……モモンとして、でございますか?」

 

 つるつるのピンクの茹で卵に軍帽を被ったような異形、欧州ネオナチを彷彿とさせる軍服、宝物殿領域守護者にしてレベル100の二重の影(ドッペルゲンガー)

 

 パンドラズ・アクターと呼ばれる存在は跪いた状態から顔を上げ心持ち傾げた。

 

「うむ……まぁ私が行っても問題無いのだがな、他にもっと重要な案件があって、まぁその代理と言うかな……」

 

 仰ぎ見る相手は骸骨の面差に黒を基調に紫と金の入った豪奢な漆黒のローブを纏うナザリック地下大墳墓の支配者にして彼のただ一人の造物主、死の支配者(オーバーロード)、アインズ・ウール・ゴウンその人である。

 

 宝物殿の一角、見渡す限りの眩い金貨と一面の壁を埋める至宝の数々。例えナザリックでも最高峰の役職である彼を除く守護者各位でも立ち入れない領域。骸骨の主人は顎に骨の指先を当てた、その超然とした概観からは伺い知れないが、色々あって最近ようやく慣れて来たがパンドラが彼の黒歴史(パンドラ)であった事実には変わりは無い、今でも相対してると思い出し羞恥の寸前のようなむずむずした感じが残滓のように残っている。

 意を決し気合を入れて命を下す。

 

「元より出切るのはお前しか居ない、頼んだぞパンドラズ・アクター!」

「ははっ!」

 

勢い込むパンドラズ・アクターと、ちょっと気合入れすぎたかと思うアインズ。

 

「畏まりました、必ずやご期待に添えるよう完璧っなる大英雄モモンを演じて参りましょう!」

(完璧?大英雄!?)

 「い、いや……まぁ、この度はそこまで大げさにせずともよい、大げさには、そうだパンドラよ……いいか?くれぐれもフツーにな…フツーにだぞ?確実に誰が見ても普通に『モモン』として怪しまれない範囲でサッと行って、サッと帰って来い」

 

「は、フツーですか……」

 

 大事な事なので3回言いました、とばかりにアインズはやや勢いに水をかけられたようなパンドラの量の肩に手を置くと、慌てたように繰り返した。そして、残念なのか何なのか、いまひとつ飲み込めてないような表情の読めぬ我が従者のハニワ顔を見て、説明が足りなかったかと咳払いする。

 

「ん、それで今回の事だがな……ああ、もういいから立つのだ」

 

 パンドラは礼を失しないよう注意しながらも素早く立ち上がる。彼が思うにアインズ様はパンドラ(自分)と二人の時は殊更に形式を嫌う傾向にある。例えば言葉使いからしてアインズ様曰く『二人の時はくだけた感じでいい』である。このあたりなどは主の造物主としての特別な自分に対する信頼と親しみの証と見ていいはずである、特別扱いされている自分の立場に誇りを感じると同時に他の守護者に対し若干の後ろめたさを感じる。

 

「お任せ下さい、それではごく普通の英雄モモンを演じて参ります」

 

 改めて言い含められたパンドラは敬意にカツンと踵を鳴らす。

「……ごく普通の英雄かまぁそれでいいだろ……って、ちょ、おま!それは止めろと言っただろう!」

「おぉっ!?これは失礼を!」

 思案げな主に急にそう言われパンドラは己の帽子に添えられていた手を降ろし、慌てて膝をつく。何と言う失態であるか、いかなる理由であるか不明だがシャルティア様の一件以来、この敬礼すると言う動作を造物主は人前で披露するのを殊の外避けておられていたのだ。

 いくら考えても理由はまったく解らない、個人的には大層気に入っていたのだが…などと言うパンドラの個人的事情など無論問題では無い、造物主アインズの深遠なる思考は全てに優先するのだから、何かお考えがあるに違い無いのだ。

 

 慌てて体勢を立て直し、優雅に恭しく一礼し直した、指先までピンと伸びたパンドラが信じるカッコイイ礼である。

 片手を胸、もう片方の手は白鳥の翼のように…って(それもどうよと)思うアインズを前に、パンドラはポーズを保つ、相対した主人からすると擬音で『ドヤッ』と言った感じでしかなかったのだが。

 

 アインズは力なく手をあげかけ、そして降ろす。

「…はぁ、もう…もう宜しい、それではパンドラよ、私は造物主として命じる。王国のアダマンタイト級冒険者パーティ、蒼の薔薇の面々との会合をつつがなくやり遂げてこい」

 

 ややうんざりして来たアインズは投げやりに命じ、ふと思い出したように付け加えた。

 

「…そうだ、蒼の薔薇のイビルアイ、あれには一応注意しておけ」

「ははっ、蒼の薔薇の、イビルアイ……でございますね。承知いたしました」

 

うむとアインズは頷いた。

 

 

 

 

いいか?くれぐれもいつも通りのモモンで頼むぞ?

 

 出発の段になって心配になったのか、余計な情報をこちらから出さない事、その他もろもろ、再三再四の主からの念押しにその都度、律儀に頷くパンドラ。

 本来は優秀なはずの部下を、大丈夫かなぁ?と立ち去るアインズの姿はどこか危なかしい子供を送り出すおかんのようであったが、パンドラは立ち去る主人を見送る事しばし、パンドラは維持していた姿勢をゆるゆると戻すと息を吐いた。

 

「ふぅ…」

 

 懐を探る、デミウルゴスからのお使いも兼ねている、と事前にアインズに渡されたスクロールを大事そうに確かめた。もこもこと変形を始めた体がぐんぐんと大きくなる、次の瞬間その姿はすでに見上げるような巨躯、漆黒の英雄と言われる存在、アダマンタイト級戦士モモンとなっていた。本物と違うのはヘルムの中身が骸骨ではなく、ハニワ顔なところぐらいである。

 

「では行としますか、麗しの王都リ・エスティーゼっ!」

 

 漆黒のヘルムを傾け、役に投入したパンドラは、その名のとおり役者(アクター)のように、ぶわさと派手にマント翻すと次の瞬間その姿はかき消すようにその場から転移して消えていた。

 

 

 

 

 

 部屋の外で待機していた戦闘メイド、ナーベラル・ガンマは宝物殿を出た主人に一礼するとアインズの後ろに付いて歩き出した。

 

「アインズ様、差し出がましくも口上するのをお許し下さい、私は漆黒の一員ナーベとしてパンドラ様に付き従わなくても良ろしかったのでしょうか?」

 

アインズは歩きながら2秒ほど思案して応えた。

 

「……いや今回は大した会合では無い、多分。何やら一度改めて情報交換したいと言う向こうからの要請だったが…こちらとしては急ぐ必要性も特に感じないし、断っても良かったので……いや仮にも王国で3チームしか無いアダマンタイトのPT(パーティ)からのたっての指名だ、同じアダマンタイトとは言え我らはやはり冒険者としては彼女らの後輩…やはり先輩チームの呼びかけを無視するわけにもいくまいか…まぁ、今回声をかけられたのは『モモン』との事、ゆえにチームとして漆黒まで動く必要は無かろう」

 

「なるほど、失礼致しました」

 

 ナーベラルは一礼するとアインズに付き従った。

 

 (……とは言ったもののパンドラなぁ)

 

アインズは心の中で呟いた、本来ならチーム同士の交流ナーベを伴う方がいいのだろう。

 

(…はぁ、一緒に行かせるとパンドラがナーベを御し切れるか不安だから、なんて本人には言えないよな~……)

 

 鈴木悟の口調になりチラリと後ろを伺う。我が部下ながら、戦闘メイドプレアデスのナーベラルの考えている事は美しくもその消した表情からは掴みにくい。

 能力的に優秀ではあるのだが、人間の多い場所に送るには不安な人材、それがアインズの部下としてのナーベラルに対する基本的な人物評価であった。まぁ手のかかる点ではより酷いのが後約一名居るのだが…ともう一人の赤い戦闘メイドの事も頭を掠める。

 

 そして蒼の薔薇と言えば、あのやたらとモモンに接近してくるイビルアイ―という魔法詠唱者(マジックキャスター)の事もある。

 

 突然体当たりしてきたり、腕にぶら下がって見たり、その挙動は不審の一言である。モモンに気があるなどとナーベラルなどは言うがそれは間違いなく見当違いであろう。

 ――恐らくはあれは擬態。子供であると言う見かけ、無邪気さを利用したトラップ。……かなに違いない。あれは現地人にしては破格の実力者と言える存在、蒼の薔薇の中でもその実力は抜けていた、そのような者が、無論自身のレベルには遠く及ばないにしてもだ。

 

 (ふっふ、恐らくは漆黒に対する情報収集、探り…いや、実質的にモモンと言う超級の戦士個人の正体を探られている。そう見ておくべきだろう。杞憂かもしれんが…だが最悪は組合の仕込みまで考慮に入れておくべきだろう……とにかくだ、あの魔法詠唱者(マジックキャスター)は警戒しておくに越した事はない)

 

 イビルアイの対応に一々険のある反応するナーベの事もアインズには頭の痛い問題だった。何度言っても態度を改めない……いや正確にはしばらくすると元に戻ると言った方が正確か。イビルアイにしてもナーベを敵視してるフシがあり相性が悪いようだ。いやはっきり言って牽制し合う二人の態度、余計な事で周囲の目を引くのは簡便してもらいたい所だった。

 

 まぁどちらにせよ、今回組合から受けた話の感触からして軽い交流みたいなものだろう、それぐらいならパンドラに任せても問題無いはずだ、アインズはそう結論した。

 それにしてもどこの世界でも、冒険者とて人の付き合いは変わらんな、細かいコミュニュケーションと調整。我ながら社会人的な考えだ、と含み笑いをしてアインズは頷き、後ろのナーベラルに一瞬怪訝そうな顔にさせた。

 

(面倒な上に実利の薄い付き合い……正直に言えばパスはしたいがそうもいかんのが大人と言うもの)

 

 そこで、パンドラである、やはりあやつの能力はとてつもなく便利である。王都での一軒以来、もっとどこかでテストしなくては、とはアインズも思っていた所なのだが、あれはその辺を合わせるのは上手い気がする、多分上手い、上手いに違いない……仮にも役者だし。と言うのは特に今回の会合相手蒼の薔薇はメンバーの全員が女性のチームである。それがアインズにパンドラ代理を思いつかせた。

 

 女性の扱いとかは多少動作が大げさでも問題無いはずだ、そんな事を何かの本で読んだ気がする。アインズは自身のリアル女性経験が乏しいとか自分が女ばかりの席に独りと言うのが不安であるとか、そんな理由では断じて無い、適材適所と言うやつだ、と自分に言い聞かせた。

 

 (そうだよ、第一だ、細かい接待や打ち合わせを社長自らがいつまでもやっていてどうする? 些事は部下に振り、上司はどっしりと構えている。これこそ正しい部下の使い方じゃないか、やはり勇気を出してパンドラを使う気になったのは正しい判断だ。さて思わぬ時間も出来たし久々に三助君風呂にでも入ってのんびりするか!)

 

 僅かながらでも面倒事が減ったのは喜ばしい、アインズは心の中で快哉を叫んだ。平日なのに「会社の都合で昼から出勤ね」とでも電話で言われたような晴れ晴れとした気分だ。などとほくそ笑む。

 アインズはアンデッドであり基本的に精神は疲れない。だが体と同じようにをこに細かいチリが積もるように少しずつ溜まった有るか無しの不快なストレスは例えアンデッドになった今でも確実にあった

 仕事をするには精神と体を万全の状態に保つべきだ。リラックスタイムは必要かつ重要な措置だな。アインズは自分に対してそう頷くと足取りも軽く9階層のリラクゼーションルームに向かうのであった。

 

 

 

 

王都―

 

 

「少しよぉ、落ち着いたらどうだ?」

 

 いかつい顔をした偉丈夫、のごとき容貌をした人物は、紛れも無い性別女性である――は酒盃を傾けながら呆れたように笑った

 

「う、うるさい、私は充分に落ち着いている」

 

 王都―でも最上級に挙げられる宿屋、広々とした一階を全て酒場となってるこの場所、早朝と言う時間も相まって、広々とした空間に居るのは彼女らを除けばチラホラと言った程度の人しか居ない。もっともこの空間に居るのだから彼らとて一人残らず一般人であるはずも無く、朝から一杯やって顔を赤くしてるような彼らもまた彼女ら王国の最高峰のアダマンタイト級冒険者チーム、『蒼の薔薇』に次ぐような高位の冒険者であるのだろう。

 

 

「…立ったり、座ったり、何度繰り返せば気が済むんだ?」

 

 わざとらしく呆れたように女戦士は言った。『胸では無くて大胸筋です』の異名を取る――決して彼女の前では言ってはいけないが、高価な装備とその圧倒的な筋量と質量には歴戦の勇者の風格すら漂う。

 

「ガガーラン、イビルアイは解りやすく舞い上がっている」

「何とあの服はいつもと変わらないように見えて、全て新品、あの仮面は昨日から暇を見つけてはずっと磨いてたり……」

 

 「なんと言う無駄な努力」「いっそ仮面ににリボンでも付ければいい」と鏡に映したようにそっくりな背格好と装束の美人の忍者姉妹が同時にグラスを傾け「ニヤニヤ」と同時に棒読みした、彼方からは「う、うるさい黙れ」と調子の外れた声が飛ぶ。

 

「はいはい、ティアにティナも、みんなイビルアイをからかうのはもう辞めなさい、これでも半分大事な任務なのよ」

 

 緑色の瞳に金髪、純白の全身鎧(フルプレート)に身を包むのは蒼の薔薇リーダー、若干19歳でアダマンタイト級と言う王国の冒険者の頂点に立つ女性、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは手を叩いた。

 

「ふーん半分ねぇ……」

 

ガガーランはくっくっと笑った。

 

 ラキュースも少し悪戯ぽい笑みを浮かべイビルアイと呼ばれる人物を見る。世に、国堕としとまで言われた―知っているのは一部の限られた人に留まるのだが――膨大な魔力をその身に秘めた人物、いや少女。普段は一分の隙も無い無愛想な仮面の吸血鬼は、先刻からメンバーからのからかいにも、視線にも心あらずでそわそわとその仮面から僅かに覗く少し癖のある金髪をいじり、宿屋の入り口の方を何度も見るのであった。

 

 

 

 

―昨晩

 

「モモン殿と連絡を?」

 

 艶やかな金髪、ユニコーンの意匠の純白の鎧姿を巡らせラキュースは向き直った。

 

「そう、緊急の連絡手段やその他もろもろの情報共有」

「…と言う名目でうちの恋する乙女を何とかする」

 

 トランプに似た絵札を遊びに興じる二人の忍者、心理的にずるりと腰が滑りかけたラキュースは姿勢を改め座り直すと(ふむ)と考えた。

 

 確かに、イビルアイはここのところ長年行動を共にしている彼女から見てもここのところ充分に変である。チームの一員として決定的なミスこそ無いが、心ここにあらずと言う状態。そしてその原因もメンバーには解りきっていた。

 

(漆黒のモモン殿の事で頭がいっぱいってわけよねぇ)

 

 ラキュースとて年頃の乙女である。まるでその手の話に興味の無さそうだった親友の突然の春を応援するのにやぶかさでは無い。それにうやむやになっていた彼のアダマンタイト級冒険者モモンと誼を繋ぎ、連絡を強化するのもいずれ必要だった事である。

「うーん」と考え、双子を見やる。ティナはオチを言うのが早い、とティアが軽くチョップでツッコミを入れている。

「ガガーランは知ってるの?」

「あの筋肉は無論知ってる……と言うか最近イビルアイの調子がおかしいので、むしろあれは推奨している」

「あの病気にはアダマンタイト棒突っ込むのが一番の薬だとか言っていたが、無論乙女の私には何の意味か知るよしも無い」

 

 何とコメントしていいのか、いつもの調子にラキュースは苦笑したが、「そうね」と一つ頷いて了承した。

 

「いいわ、解ったわ、じゃあ私からラナーに話を通しておく事にしましょう。彼女からの依頼と言う形に。モモン様達と誼を結ぶのは王国にとっても、冒険者組合にとっても重要なはずだから」

 

「あいあーい!ボス、じゃそういう事でそっちは任せる」

「……媚薬は飲み物に混ぜるタイプ?無味無臭の物も用意できるが?」

「竜でもイチコロ、どんな堅物でも野獣と化すと言うイジャニーヤ秘伝の特製のヤツを……」

ふっふっとカードをめくり合いながら笑う二人

 

「お止めなさい二人とも」

 

 呆れたようにラキュースは言った、まぁ冗談ではあるのだろうがこの忍者姉妹は時々本気で言ってるのかどうか解らい時がある。『あの』イビルアイにとって恐らく初めての恋なのだ。友人として悪ふざけも程々に制止しておくべきだろう。

 

 初めての恋か、ラキュースはたと自分の年齢の事もチラリと頭に過ぎる、別に高望みしているわけでは無いのだが。

 

(…はぁ、まぁ私も人の事ばかり構ってる場合じゃないのかな)

 

 19歳。この世界――冒険者という事を考慮に入れなくても、平民や農民は15歳を前に結婚する事も決して珍しい事では無い。ましてやラキュースはれっきとした貴族なのである。しかもどちらかと言うと大きい方の、婚約だけなら10歳からでも有り得る世界なのだ。近年は親からの暗に明に催促も正直うっとおしかった。

 

 解っているのだ、妙齢と世間に言ってもらえるのもあと僅か……いやいや、まだオーバーはしてないハズ、多少行き遅れ感はあるにしても。

 ラキュースはフルフルと首を振り純粋無垢を象徴するユニコーンの刻まれた純白の鎧を見下ろした。この鎧は乙女を象徴するだけでは無く実質的に乙女でないと着れない(・・・・・・・・・・・・)そう言った魔法の品(マジックアイテム)なのである。まぁその事を知るのは一部の人間に限られるだが、無論蒼の薔薇のメンバーは皆知っている。彼女の純潔が失われば着れなくなるのだ。彼女のそう言う個人事情が筒抜けなのはある意味羞恥プレイだなぁと思うラキュースだった。

 

 

 

 



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3話―蒼の薔薇・中編

9/30 改稿


―王都・リ・エスティーゼ

 

 

 

 

 石畳に翻る赤いマントの影、漆黒の巨体に、何だ?と周囲から人の目が自然に集まる。

 

 パンドラは転移した建物から表に出た、ここは元は八本指の支部の一つだが、現在はデミウルゴスの支配下にある。通りは流石に一国の首都であるだけにあんな事件があった後でもそれなりに人通りは多い。先日の魔王ヤルダバオト襲撃により街のかなりの区画は焼け落ちたままだが、家屋の大規模な破壊は建て直しの需要を生み出し、忙しく行き来する荷車、角材を担ぐ日雇いの男たち、帳簿と物品を確認する材木商らなど朝の光の中にもそれなりの活気は感じられる。

 

 なるべくキョロキョロしないよう注意しながら、モモン(パンドラ)は無言でずんずんと人通り雑踏の中を歩みを進めた。

 

 モモン(パンドラ)の進行方向に自然に視界がゆっくりと開けていく。このところ急激に高まり始めた知名度もさることながら、その身体は見上げるような巨体の偉丈夫である。ちらちらと横目に伺う人波がそれとなくモーゼが海を進むがごとく大きく分かれていく。会合場所の宿屋はもう少し先だったはずだったはず、時間はある。ふとモモン(パンドラ)は立ち止まり考えた。

 

(思うに…女性を先に待たせておいて手ぶらで現れる英雄と言うのも少し……モモン様=至高の御方であるアインズ様がケチ臭い男などと思われても問題がありますね……)

 

 ヘルムの下のハニワ頭は見かけによらずナザリックにおいては、デミウルゴスにも匹敵する頭脳と言われている、が素早く思考する。英雄にふさわしい行動……女性、プレゼント、花束。

(フム、これですね……)

  アインズが居たら、「えっ?」と言いそうになるような結論にたどり着いたパンドラはさっと周りを見渡し、道の脇で談笑しているそこそこ育ちの良さそうな若奥様グループに目をつけ歩み寄った。

 

「そこなご婦人!」

「えっ……は、はい?」

 いきなり大きな声をかけられた女性ははじかれたようにモモンを振り返った。漆黒の戦士からのオーバーアクションに道行く人も「なんだ?」と振り返る。指名された彼女は背後に隠れるように逃げる仲間から押し出されるように彼と相対する事になった。

 

「あ、あの何か?……」

 

見上げるような巨躯の影に入り若干の恐怖と共に尋ねる。

 

「少しお尋ねしますが、花屋はどちらですかな?」

「は、花屋でございますか?」

 

 予想外の質問に虚を突かれた女性は、我に帰ると思案して薄情な仲間に視線を送った。少し失礼と、にこやかにお辞儀すると、やおら後ろを振きヒソヒソと相談を始めた。

 

 やがておずおずと街の一角の彼方を指差した、パンドラは遠くに目を向ける、確かに表にそれらしいものを並べた店が人波の中微かに見えるのを確認した。満足そうにうんうんと頷き振り返ったモモンは「感謝するご婦人方」とマントを持ち腰を折った。

 

 あっけに取られる婦人の前におじぎをしたモモン(パンドラ)は役者のようにマントを翻し「では」とずんずん遠ざかって行った。その背を見送る事しばし女性達は、わっと、突如井戸端会議に投入された新鮮なゴシップネタをを討議する。

 

「あ……あれって今噂の漆黒の英雄殿よね?」

「花屋……花屋って言う事はどなたかに花を贈られるって事よ」

「……そうなるわね、あんな有名な人にあそこで良かったのかな?」

「ううん……結構身分の高い方もこられるから多分大丈夫でしょ」

「あーん、意外と優しそうだった」

「…冒険者なんて乱暴そうな人ばっかりだと思ったけど、結構素敵ねあんな勇者なのに優雅な仕草だわ」

 

 うっとりとした視線まで送る婦人まで居る。さてこの世界では人類は強力な生物、例えばビーストマンやリザードマン果ては竜などにくらべてずっと弱い種族である。それがため強いという事、強そうな男はそれだけでモテるのだった。

 だが普段の英雄モモンはどちらかと言えば寡黙、それだけならまだ言い寄る女性は多かっただろう、だが漆黒というチームはモモンのすぐ近くに常に『美姫』と呼ばれる魔法詠唱者(マジックキャスター)が鋭く刺々しい視線を周囲に放っていることもあり二人は余人が一種の近寄り難い雰囲気を醸し出していたのだ。

 もちろんそれでも、男はむしろそれがいい、とナーベの美貌に引かれる男性は寄って来るし…そういった色恋とは無縁の縁起担ぎや子供の願掛けの親子程度なら寄っては来ていたのだが……やはり特に若い女性からはモモンと言う存在はナーベのその美しさも相まって遠い、近寄り難い存在だったのも確かである。

 

 降って湧いた英雄との意外な遭遇にきゃあきゃあと黄色い声が囀り、怪訝そうに首だけ後ろを見たパンドラは、気を取り直すと先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

「はい、いらっしゃいま……せぇええ!?」

 

カランコロンと軽やかな来客を告げる鐘の音に店番の少女は笑顔で振り返り、水差しをした笑顔のまま固まった。

 

「邪魔をする、花を所望したい!」

「はは、はい……」

 

 彼女が悲鳴を出したのも仕方ない事と言える、グレートソードを2本担いだ漆黒の全身鎧(フルプレート)の戦士と言うのは普通花屋には来ない。普段はご婦人か、貴族の小間使い、あとはせいせい線の細い身なりのいい若貴族しか現れない空間にそれは異様過ぎると言える。

 

 色とりどりの花の中を物鑑めするように、のしのし歩く姿は畏怖を通りこしていっそシュールですらあるが、圧倒されている彼女にとってはそんな思考的余裕は沸く余裕は無い、水差しを落とさずに一応の笑顔を向けられただけでも彼女の職業的(プロ)精神を褒めるべきであろう。

 

 店員の少女ははたとその黒い鎧姿を思い出した、彼女が見たのは絵姿だったが。

 

(えっ!?この人って確か)

 

 王都を襲撃したと言う恐ろしい魔王をただ一振りで打ち倒したと言う、あの新しい王国の英雄ではないか?ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ししし、失礼ですが、も…もしや……漆黒の英雄、モモン様でございますか?」

「ん?うむ、そう!私が漆黒の英雄モモン、その人である」

 

 モモン(パンドラ)はふっと誇らしげに鎧の胸を親指でドンと指した、原住民とは言え自分(パンドラ)の創造主たる主人の名を称えられるのは彼とて誇らしい。一瞬空気が膨らんだかのような迫力、まさかの事態に、少女から再度小さい悲鳴が上がった。

 

 

 モモンから妙齢の女性の集まりに参加するので、それにピッタリな花を見繕って欲しい。などと言う曖昧な注文を受け取った少女は彼女の花屋としての知識と今まで生きてきた常識を総動員して必死に考えていた。

 

(……モ、モモン様ほどの方が参加される女性の集まりと言う事はつまり貴族の集まり? ううん、話にしか聞いた事無いけどお城の舞踏会とか言うものかしら……? ええと、となると、相手の女性方は、うわっ……相当身分の高い女性…もしかしてかなり身分高い姫様とか?そんな相手に渡す花となると)

 熱を上げそうな頭で、お店の品揃えを脳裏の帳簿と確認する。そしてさりげなく、かつ恐る恐る相手の女性達の身分は相当お高いのでしょうか?と尋ねた。しばし思案した漆黒の英雄は教えられた情報、ラキュースの身分の事を思い出し、果たして彼女の恐れている通りの返答が返ってきた。

「ええ、確かにこの国でも指折りの高貴な方ですね」

 

 

「そ、それではこちらの料金になります」

 

 彼女としてはドキドキしながらかなりの額を提示したのだが、あっさりと出てきた金貨に息を呑む。庶民から見れば法外とも言える金額である。しかしながら流石は王都に3組しか無いアダマンタイト級冒険者チームのモモンと言うべきか、まったく気にかける様子も無い。この方ほどにもなれば例え冒険者などと言う身分であろうと大した金額ではないのだろう。贈られる方はどんな方だろうと思わず彼女の瞳は尊敬とも羨望ともつかぬ眼差しになってしまう。

 

 パンドラはと言うとそんな彼女の様子に気がつく事も無かった。元より宝物殿でナザリックの美しい金貨の山の中でその時間のほとんどを過ごしてきた為、現地金貨は価値を頭で理解できても美術的にも彼には興味は薄い。

 だが用意された成人男性でも一抱えもありそうな大きな花束は、至高の美術品に囲まれ、選美眼にはいささか自信のあるパンドラの目から見ても十分に立派で豪華に見えた、ゆえに恐らくは値段相応なのだろうと納得したのだった。

 

 満足したパンドラが礼を言い、店を出ようとすると、ちょうど奥から出てきた主人が上客と見たのか、催しものなら、お菓子もご一緒に持参されてはどうでしょうか?と提案してきた。少し考えこんだパンドラであったが頷いた、女性なら甘いものが嫌という事もないだろう、どうせついでなのだプレゼントが多くて困ると言う事も無いだろう。

 

「よろしい、ではすまないが、少々この当りの地理に疎くてね、案内してもらえると助かるのだが?」

 

店員の少女が旦那様に目をやると、主人は大きく頷いて了承の合図を送った。重圧から開放されたためか、少女も元気よく返事をした。

 

「ハ、ハイ、すぐそこですのでついて来て下さい」

 

 いつの間にか店の外には漆黒の英雄を見つけた野次馬達が店を覗きこんでおり、出てきた漆黒の戦士を指差したりしていた。ちょっと誇らしげに近所のお店に案内する少女の後を皆でゾロゾロ付いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

蒼の薔薇―2

 

 

 

「んん?何だ?表が騒がしいな」

 

 待ち時間を持て余して、宿の庭に出てガガーランは刺突戦槌(ウォーピック)を振る手を止め汗を拭いた。庭先からひょいと顔を通りに出したガガーランはギョッとした。

 彼女よりもでかい全身鎧(フルプレート)の戦士が巨体に負けないぐらいでかい花束を片手に包みを小脇に抱え、こちらに向かって来ており、後ろには大名行列よろしく野次馬の行列が続いていた。

 

「たのもう!」

 

 

 

 

 

 

宿屋内―、一階酒場

 

 

「何と言う事、これは意外な展開……」

「……おいおい、マジなのか…?俺ぁあれはてっきりイビルアイの勘違いってか、妄想だと思っていたんだが?」

そう言いながら美味ぇなコレと菓子を摘み口に放り込む。

「事実は小話よりキテレツなりと言う……しかも私は噂には竜王国にもアダマンタイト級のロリコンが居ると聞いた……なのであるいわ」

忍者少女二人もいやに神妙な顔つきだ。

 

「んんっ!ごほんごほん!」

 

 ラキュースがいかがわしい目つきでひそひそ話す仲間を咳払いで急いで黙らせる。

 

 イビルアイはと言うと先刻から結婚式ででも飾られていそうな、見るからに高級そうな色とりどりの巨大な花束を抱えたまま黙りこくっている。

 落ち着いているわけではない。それに抱きついた姿はあたかも話に聞く南方に生息すると言うコルア(コアラ)のようだ。頭からは湯気を上げ見事に固まっている(フリーズしている)

 仮面の下は表情は伺い知れないが、時折『も、もしかして告白』とか『ま、まだ心の準備』とか言う単語(フレーズ)がぶつぶつと聞こえてくるので、おそらくはお察しの状態だ。

 

 漆黒の戦士は先程、いやに芝居がかった感じで名乗りを上げ登場すると、おもむろに床に膝をつき手前に居たイビルアイに持ってきた花束を遅れて申し訳ないと手渡していた。

(実際は遅れてはいなかったが)

 そしてそのままの格好でチーム漆黒のモモンですとと挨拶して、心中格好いいと思ったイビルアイ・ラキュースの二人を除いたメンバー全員を唖然とさせていた。なおパンドラがイビルアイに花束を渡したのは、たまたま手前に居たからであり、まったくの偶然である。

 現在席についたテーブルの配置はモモンから時計周りに、イビルアイ、ガガーラン、ラキュース、ティア、ティナという形。

 

「え、えーと…」強引に気を取り直したラキュースは挨拶を始めた。

 

「ど、どうもモモン様…いつぞや以来、お久しぶりです、改めまして蒼の薔薇のリーダーを務めさせていただいております、ラキュースと申します…こちらは、先の戦いでご存知ですね、私達のチームの参謀でうちでは一番の実力者イビルアイ…ほ、ほら……イビルアイ!」

 

「ああ、あああ。モ、モモン様、おお、お久しぶりです!こんな素敵な花を贈って頂いておいて、どうしよう今私何もお返しが……」

 

 顔を真っ赤にして言っているとラキュースに脇を突かれた。

(仕事、先に仕事の話でしょ)

 

「そ、そうだ。あ、ああ!あのっ!この間の事件では色々と時間もありませんでしたが一日もモモン様の事を考えなかった事は……う、うわぁ!」

 

 ガガーランが耐え切れず噴出して爆笑する。ラキュースは笑顔を氷つかせたまま一筋汗を流した、ダメだこりゃと双子は肩を竦めている。

 

 イビルアイの「ちち、違うんです!今のはそういう意味では」

 

と言う叫びを聞きながらラキュースは内心頭を抱えながら残りのメンバーを紹介して行った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて用件も済みましたし、お誘いはありがたいのですが……」

 

帰らせて頂きます、と立ち上がりあっさり言うモモン。

 

 パンドラはモモンは人前ではほとんど食事は取らない、と言う設定をアインズから与えられていた。食事しながら上手い流れにもって行こうと思っていた青の薔薇メンバーは(一名を除く)予想して無かったこの展開に大いに慌て、急遽計画を前倒しす必要性を認識して目配せし合った(アイコンタクト)

 

 ラキュースは慌てて言った。

 

「ま、待って下さいモモンさん、そ、その、そう!モモン様は王都の中は未だよくご存知ない様子……どうでしょう? 今日のところは観光がてら…とは申しませんが…その、少し都を案内など?ええと王都の地理や防衛体制を見て歩くのは、けして今後のモモン様の冒険者としての活動に邪魔にはならないと思います」

 

「む」と帰りかけた足を止め考えるパンドラ。立ち上がったラキュースがその手を取って必死で促すので席に座り直した。

 確かにナザリックで待つ主の為にも王国首都の情報はいくらあっても足りないはず。自分もあまり外出の許可は降りない身だ、いつまた役を仰せつかるか解らない。だが、しかしこれは道草に当るのだろうか?

 思案する姿にガガーランも援護に声を上げる。

 

「お、おう!そりゃいいアイデアだ流石リーダー、おーっと……だがよぉ、残念ながら俺はこれから先約があってよ…童…知り合いの若い戦士に訓練頼まれてんだよなー、悪ぃが今回はお前らに頼むわ」

 

 勢いをつけガタンと立ち上がり、ダンナもそんな感じでよ、とモモンの肩をポンと叩く。

 

「……まったくの偶然だが我々も注文していたクナイの受け取りに鍛冶屋行かなくてはならない。そろそろ約束の時間、真に申し訳ないが我らもここで失礼させてもらう」

 

双子のような忍者が揃って頭を下げガタガタと席を立った。

 

「あっ! ああ! す、すいませんモモン様、そう言えば、……言い出した私が案内するのが本来筋なのですが、ラナー様へのこの件の報告をする事を…うっかり忘れていました、申し訳ありません、私もいそぎ登城しなくては……」

 

 目を泳がせ、そう言うとラキュースは、「ここにうちのチームの頭脳を半日付けますので後は何でもコレに言いつけて下さい」と言い放つ。

「え、おい?」と状況が掴めないイビルアイをモモンに押し出した。そしてメンバーは流れるように退出して行った。

 

 

 

 青の薔薇の面々が嵐のように慌しく立ち去り、人気の少ないだだっ広い高級宿屋の一角にはぽつんと座る漆黒の英雄モモンとイビルアイが残るのみ。

 

「むぅ…それでは申し訳ないが……案内よろしくお願いする事にしよう。イビルアイ……確か呼び捨てで良かったな?」

「はっ…はひ!ふつつか者ですがよろしくお願いします!」

 

 それは何やら違う気もしますが、とパンドラは慎ましく心の中で突っ込みを入れたが、表面上はわあわあと喚く仮面の少女にお手をどうぞFräulein(お嬢さん)と手を差し出したのだった。

 

 

 

 




アインズ「割と遅いな、あいつ今頃上手くやってるだろうか…」


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4話―蒼の薔薇・後編

10/3 改稿


お嬢さん(フロイライン)!何と甘美な響き……)

 

 モモンの手を取り、通りを先導する…と言うより、酔っ払った子供か夢遊病者がフラフラと大人の男の手を引っ張っているような状態であったのだが、二人を指差したりしながら遠巻きに囲む群集など今の彼女にとっては空に浮かぶ雲よりどうでもいい存在であった。

 

 実のところ先刻、イビルアイは何を瞬間言われたのか解らなかった。しかし聞けばモモン様の解説によると、ドーツ語なる今は失われた古代言語『でお嬢さん』と言う意味らしい。

 (お嬢さん)

 再び胸がジジンと熱くなり、止まっている心臓も再び鼓動を刻んでいるのでは無いかと錯覚するほどだ、やっぱり止まってはいたが。

 

 200年以上もの昔から、むしろ男など自分の足元にも及ばない存在と、ある意味無垢な少女の心のままに生きて(?)きた彼女であった。

(力だけではない、またしても私の知らない知識を披露されるモモン様、どこまで底知れないお方だろう……ああこんな素敵な男性ヒトやはりもう私の人生で二度と会えるはずもない……そしてやはりこれは告白の流れなのでははないのだろうか? まさか……いつの間にか相思相愛になっていたとは、あの時の努力・アプローチは決して無駄では無かったのだ……)

 

 荷物のように小脇に抱えられた事や歓声を上げて彼に抱きついた記憶が頭を駆け巡る。

 

 ぐっと小さな握りこぶしを固めモモンを見上げると、モモンの方もまた困ったように顔を逸らした。またしても心臓が跳ねる。

(な、なんと、モモン様も照れておられるのか、これは本当に……いける)

 

 お、思い切って勝負だ、と意を決してモモンと腕を絡ませる。傍目から見れば鎧の大男にぶらさがる幼女でしかないが、以前のように素っ気なく離れるように言われる事もない。「やった、もはや勝利確実だ」と心の中で叫ぶイビルアイだった。

 

 さて群集の後ろでは蒼の薔薇一行。

 

「……やるわね大胆、ちょっとイビルアイを見直しちゃったわ」

「と未経験のボスが偉そうに言っている」

 笑顔ですっと手を上げるラキュースにささっと頭をガードするティナ。

「……漫才もいいけどよぉ、なんか思ったより順調だな、英雄どのはマジでロリコンなのか?」

 

 周囲を見ると通りで漆黒の英雄と仮面の幼女と言う珍カップルを見て、ヒソヒソ話す声も聞こえる。当事者では無いのだが身内の片割れには違い無いので何やら後ろめたくなる雰囲気だ。

 

「……ガガーラン、人聞きが悪い、()の英雄は年下が好みなのか?とかそんなソフトな表現がこの場では求められる」とはティア。

 

 いつもは彼女ら自身がその外見の派手さからそれなりに目立つ彼蒼の薔薇一行だったが、今日に限って言えば、もっと更に目立つカップルが先行しているため、さほどの注目を集めて居ない。ゆえに尾行は容易であった。まぁ前を行く二人の周りには人が連なっておりチンドン屋の行列を囲む輪の外から眺めている、もはや尾行と呼べるような状態ではなかったのだが。

 

「しかしおせっかいな筋肉はともかく、なぜ貴女までいるボス? もう帰っていいのに」

「そ、それはやっぱりリーダーとして見届ける責任があると言うか……」

「素直になろうボス、しかし少し貴方も惨めになってないか?」

 

 うっ、と露天に二人でしゃがみ込む楽しそうな男女の姿を見ているわが身に何ともいえない気分になってくる年頃の乙女ラキュースであった。

 

 

 

一方パンドラ。

 

(さて、どうもこれは案内ではなく所謂デートと呼ばれるものなんでしょうな)

 

 チラリと傍らの自らの腕に半ば腕にぶらさがているような仮面の少女を見る。現在の状況を確認する――先ほど露天でイビルアイが物欲しそうに見ていた彼から見るとガラクタにしか見えないアクセサリーを買い与えたところ――注意対象は安い包装袋を抱えご満悦の様子だ。

 

(状況は安定。だが、どうも先刻から案内される内容も施設も脈絡がありません、この娘は本当にモモン様にご執心と見て間違い無いようですね…)

 

 最初こそは冒険者組合を覗いて見たりしてたのだが、周りを見ると今はこれはもう完全にデートコースである。流石にアインズよりは常識的な対女性観察眼を持つパンドラではあったが同時に注意を払えとアインズに指令されていた人物のこの行動。

 いささか当惑もしていた、役者アクターである彼の目からして彼女の好意は演技に見えない。この人物に注意を払えはどういう事なのか。ではこの状況をどう判断し、自らはどう動けば主の意思にそえるのだろうか?

 

 群集の後ろの蒼の薔薇のメンバーの様子を伺う。彼の鋭敏な知覚は宿を出た所から、とっくにラキュース達の行動を捉えていた。

 本気では無いにせよ忍者も含むアダマンタイト級冒険者の彼女らの尾行は隠密行動の得意なパンドラにとっては筒抜けであったのだ。

 さて自分の現状と彼女らの行動をどう考えれば整合性がつくのか? 目下のところそれがパンドラの頭脳の大部分を占めている事だった。

 当初は説明されるがままに、イビルアイの説明を冒険者モモンとして真面目に聞いているフリのパンドラであったが、時間をかけ状況整理し終えた彼の優秀な頭脳はついにアインズの指令の意味する真実にたどり着いた。

 

(……なる……ほど、そういう事ですか! 蒼の薔薇の皆さんの行動といい、憚りながら腹心である私が派遣されたワケが解りました今回の指令の狙いが読めてきましたよ……)

 

 つまり、アレ(・・)である

 

(イビルアイに注意を払えとは即ち意味するところは隠語(オシノビ)、まさかっ!我が神の懸念されていた事が現地妻のケアが狙いであったとは……なるほど、この少女に心の癒しをお求めであったか)

 

 そっとヘルムの縁に指を当て考える。イビルアイが何か言っているのに適当に相槌を打つ。そして心の内で首を振る。パンドラの脳裏に守護者総括殿と第一から第三までを兼ねる女性守護者達が浮かぶからだ。彼女らは絶世の美女であり美少女である。熱心にアインズの愛を得るべく行動していたが、そのどちらがナザリックの支配者たるアインズの横に並んでも見劣りしない方々ではあったが、男性の人格を持つパンドラから見てもいささか度を越してるのが両者共に玉にキズだった。

 

 (いかな至高の御方と言えど心にはご負担、それも無理もあるまい)

 デミウルゴスなどはアインズ様が女性に興味を示さないのは、あるいはナザリックの将来の為にならないのではないかと言っていたが、どうやらそれは杞憂であったようである。

 

 (デミウルゴスの掌握した八本指から得た裏情報と対戦したユリ達戦闘メイドの証言から推測するに、蒼の薔薇のイビルアイの正体はほぼ確実にアンデッド。レベル的に考えて国堕としと呼ばれた吸血鬼、との事でしたがなるほど同じアンデッドのアインズ様の好みに符合しますね、そこに共感があるのでしょうか?)

 この際さりげなく同じアンデッドの吸血鬼であるシャルティアの事は思考からスルーしている。

 

 (……そう考えるとアインズ様のこの度のお手回し真にお見事、派遣されたのも僭越ながら半身とも呼べる小生であるのも納得できる。 そして蒼の薔薇はフォローの為の現地組要員と見ていいでしょう……或いは、まさや彼女らすらすでにアインズ様のお手つ……おっとそこまで考えるのはシモベとして不敬ですね……)

 

 十分に満足のいく結論だ。最初から吟味したが今のところ論理のどこにも穴は無い。そしてこの事はそう墓場の底まで秘せねばならぬ。

 特にアルベド様には、時折見せる守護者統括どのの燐光を放つような金の瞳が思い起こされ、恐怖耐性があるにもかかわらずパンドラは身震いした。いざとなったらこの身を盾にしてでも修羅場は防がねばならないだろう。

 

 他方パンドラにとって偉大な創造者たるアインズがどこでどう何人女を得ようと彼のその忠誠は微塵も揺らぐ事は無い。彼自身には性欲と呼べるものは無かったが、例えイビルアイを始末しようと、愛されようと、そこは問題ではない。結論のみ、我が神アインズが満足されると言う結果のみ重要なのである、例えそれが最悪アルベド達を始め同じ至高の御方に仕える同志を裏切るような行為であったとしてもだ。

 

 (英雄色を好むとは正にこの事か……そうかアインズ様のおっしゃられた『普通の英雄』とはこの事も含めていたのか)

 

 アインズは一つの言葉に無数の意味を込めて話すと言うのはナザリックにおいては最早常識のレベルだ。だがデミウルゴスや自分であってもその意図の全てを読み取るのは容易な事ではない、かと言って一々尋ねていては無能の謗りは免れない。主人の意図したところに思考の果てようやく到達したと言う安堵に内心ホッと胸を撫で下ろすパンドラであった。

 

 (危うく、何の成果も挙げぬまま、話を聞いただけで帰還して落胆したアインズ様に無能の評価受けるところでしたか……おっといかん! 正確に任務を遂行する事を心せねば……この度の私の役目はつまり熟して堕ちる寸前の果実のようにこの娘の心を掴む事、勢い余って主の情婦にお触りなどあってはならぬ事、勢い余って宿屋に直行などと言う成り行きになれば目も当てられぬ)

 ふいに過ぎさりし輝ける時代、漏れ聞いた至高の御方の会話が天啓のようにパンドラの脳裏に閃いた、かつてユグドラシルのゲーム時代アインズがふと漏らした言葉それは。

 

『YESロリ、NOタッチとかペロロンチーノさんが馬鹿な事言ってましたねぇ(溜息)』

 (おお主よ我今まさに天啓を得たり!)

 目の前の霧が鮮やかに晴れるようになすべき道が示された、ような気さえした。

 

「……見たまえイビルアイ!あちらの方が開けていて景色も良いようだが、少し足を伸ばしてみないかね?」

「は、はいモモン様の行きたい所ならどこへでも!」

 

 何事があったのか急ににテンションの上がった二人の行動が更に脈絡が無くなり、ストップアンドゴーの二人を後を尾けるラキュースらは大いに慌てるのであった。

 

 

 

 更に2時間が経過し、尾行していたラキュース達にも疲れと呆れが広がり始めていた。

 見るとイビルアイはどうやら最近この界隈で人気の冷やし菓子アイスの行列に二人分を買うべく行ってしまったらしい、ようやくの一息つけそうだ、皆顔を見合わせた。ガガーランの「帰るかもう」の声に皆が頷きかけた時、ふいに変化が訪れた。

 

 イビルアイに言い含められてどうやら大人しくベンチに座っていたモモンがやおら立ち止上がり、額に指先をかざしている。

 <伝言>(メッセージ)だろうか? それは普通は冒険者組合や大きな組織で交わすものであり、無いとは言わないが個人ではかなり珍しい。

 などとラキュースが思っていると、ふいに通信を終えたモモンがこちらを見た、ギクリとするラキュースらに大股に歩き寄りとあっと言う間に青の薔薇の面々の目の前に来たていた。忍者でる姉妹まで青ざめる隠れるタイミングを失うほどの異常な接近スピード。ガガーランなども「ゲッ」とそのまま彫像のように動きを止めた。

 

「あ、ああ、あのモモン様、これはその……」

わたわたと手を挙げかける。

「すまん、申し訳ないがラキュースどの、エ・ランテルで急ぎの用件が入ったようだ」

「え?」

 

 遠見にイビルアイの並んだアイスの行列を眺める「彼女がちょうど席を外している時に心苦しいがどうかよろしく、すまぬが頼む」そう言うと右手を差し出すモモン、一呼吸置いて別れの挨拶か、と慌てて応じるラキュース、ごついガントレット同士で握手をする。

 

「貴女方のこのたびの協力にも深く感謝している、この借りはいずれまた」

と言うモモンのワケの解らぬ言葉に「は、はあ」と間の抜けた言葉しか出ない、とりあえず尾行はとっくにバレていたようだ。赤面すると共になんて人だと内心舌を巻いた。

 

 道端で王国の頂点のアダマンタイト級冒険者パーティのトップ二人が握手する姿は漆黒に金と紫の豪華な溝付鎧フリューテッドアーマーを着たモモンと純白のユニコーンが刻まれた魔法鎧マジックアーマーと言う煌びやかな組み合わせで、あたかも一枚絵のようですらあり嫌でも目立った。道ゆく人は思わずその光景に足を止め、たまたま通りすがった、こらから組合に行くのだろうか、低いランクの冒険者数グループも貴重な場面に遭遇したと憧れの視線を送っていた。

 

「では失礼」

 

 来た時と同じように唐突なオーバーアクションで一礼すると、漆黒の巨体は赤いマントを翻しやや慌しく石畳を去って行った。

 

 

 しばらくすると両手に冷やし菓子アイスの容器を持ったイビルアイが帰ってきた。キョロキョロとモモンを探す目が彼女ら蒼の薔薇を捉え、ラキュースらに事情を説明されるとガックリと肩を落とした。そうして黙って聞いていた彼女はやがてため息をつき状況を了解した。

 

「……そうか、もう行ってしまわれたか」

「ご、ごめんなさい何か事件か、急用みたいで……私がもう少しだけでも待ってもらえれば」

「ま、まぁ次があるってチビ……」

 また邪見にされたのかと思いイビルアイが落ち込んでると見たガガーランが声をかけかけるのを、「いや」と首を振った

「いいさ、また会えるからな……」

 

 その首には今日露天で買ってもらったオモチャのようなネックレスがあった。イビルアイは指先でそれ弄りながら日が傾きかけた王都から彼方のエ・ランテルの方を見やった。ガガーランが見るにその顔はどこか誇らしげだった。「まぁ勝利はもう約束されてるのだからな」などと偉そうな事を言う。そして皆の方に向き直り髪を払った。

ひゅうとガガーランが口笛を鳴らす

「あら余裕なのね?」とラキュース

「まぁな、さて……あとは何でお前らがここに居るのか、その辺の詳しい説明をじっくり聞こうじゃないか?」

 腕を組んだイビルアイは「うっ」と言う一同を見やると胸を逸らし以前の彼女の様に不敵に笑った。

「そ……そこに気がつくとはやはり天才か……」

珍しく気圧されたような双子が顔を合わせると、イビルアイの愉快そうな笑いが王都の石畳に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―ナザリック地下第九階層

 

 

「以上をもちまして報告を終わらせて頂きます」

アインズの私室にてパンドラが膝をついていた。

 

「いや、すまなかったなパンドラ。急に呼び戻してしまい、こちらで至急エクスチェンジボックスで確かめてもらいたい品があってな…時間もそろそろ気になって……それで、会合の方の首尾はどうだったのだ?」

 アインズはすこぶる上機嫌であった、パンドラを派遣したお陰で予定していた自分の業務が進み、今日一日はずいぶん余裕が出来た気がしていたのだ。

「アインズ様がお詫びになるなど」

 と平伏して報告するパンドラに「ははは、よいよい」とロール通りと言うか殿様のように事の顛末の説明に鷹揚に頷く。

 

「ほう……なるほどなるほど、あやつら蒼の薔薇との会合、協力体制は上手く築けたと見ていいんだな」

「はっ、恙なく、まさにアインズ様の思し召す計画のままかと」

「計画?……ふむふむ、そうかそうか。(何の事か解からんが)なるほど、では問題無く良好な関係が結べたようだな」

「正に良好な関係かと。特に蒼の薔薇とはリーダーであるラキュースなどとは意思連携が取れ、問題(現地の女性関係も)今後も上手く事が運べるのではないかと愚考致します……」

 

 パンドラが見るところでは、ラキュースらの協力もあり、もう彼女イビルアイは小指で押しても倒れる朽木も同然である。

 アインズもまた飲み会のコミュが取れたぐらいで大げさな奴だなとは思ったが『ほうれんそうも』も満足に出来ない部下に常日頃から頭を痛めていた折の事でもあり、パンドラがここまで言わずとも状況を整えてくれるとは嬉しい誤算だった。

 部下に任せてチーム漆黒としても友好的なネットワークが広がるのならばそれは労力のカットと言う点から見ても大変喜ばしい事である。想像以上に優秀だった自らのNPCにご満悦だった。

 

「……見事だパンドラよ、私から言うべき事はもはや無い、この度の働きご苦労であった」

「おおっ! もったい無きお言葉、このパンドラ幸せの極にございます」

 パンドラは創造主からの慰労の言葉に両手を差し上げ感激でその体を震わせた。

 

(うむうむ、そのポーズは今後の課題だが、どうなるのか少しばかり心配だったけど、やはりパンドラはなかなか優秀じゃないか! ……過去が過去だけに宝物殿の奥底に仕舞いこんではいたが、いやまったく案ずるより生むが安しとはホントにこの事だな、今度はもっと別の場所にも派遣してみるか……)

 

 そう言えばとふと思い出しアインズは尋ねた。

「……時にパンドラよアレの件はどうなった?あの(怪しい)魔法詠唱者(マジックキャスター)、イビルアイの件だ」

「ご安心をアインズ様、情報は全て私が掌握しております(墓まで持って行きます)、当然この身は例の者(現地妻)との過度な接触(おさわり)は極力慎みました、未だごく常識的(けんぜん)な範囲での距離(おつきあい)を保っているかと…」

「ほほう、流石だな」

 

(完璧じゃないか)

 もう一度ニヤリと頷くとナザリックの絶対支配者オーバーロードは内心で力強く「よっしゃ」とガッツポーズを決めたのであった。

 

 

 

―王都・数日後

 

 

 

「……そういえば、ラキュース、貴女、漆黒の英雄殿に婚約を申し込まれたんですってね?」

 

 バブゥ!と言う感じで口にしていた紅茶を噴出したラキュース(19歳)は、げほげほと咳き込み、とんでも無い事を言い放った親友、ラナーに向き直った。

「おおー」などと脇で言っている不埒忍者の事はとりあえず無視である。

 

「なな、何でそうなるのよ!? そんな事あるわけ無いでしょ、どこでどうなったらそうなるわけ!?」

 パニックである、面白そうに眺めたラナーは表情を変えずに一口紅茶を傾けると静かに続けた。

 

「…王宮ではもっぱらの噂よ? いえ正確には王都でかしら? 何でも…宿屋を埋め尽くすような花束を抱えたモモン様が貴女を尋ねてきて情熱的にプロポーズしたって……」

「はぁああ!? 何よそれ?」

 

どこでそうなった?

 「それはイビルアイだ、いや違う、いや違わないけど」と慌てふためき、そしてラキュースはあっけらかんとした表情のラナーを見る。相変わらずの世の中の全てに興味があるような無いような掴みどころのない微笑を浮かべている。

呻くラキュース、ふいに傍らのティナが、「あ」と声を上げた。

 

「……うっかり忘れてた、冒険者組合からメッセージの写し、ほいボス宛て」

 

 ティナはごそごそと懐を探ると一巻きの安そうな羊皮紙をテーブルの上に取り出した、嫌な予感MAXのラキュースが躊躇いの後にそれをひったくり、手早く蝋を切って文面に目を走らせ天を仰いだ。

 

 要約すると内容はこうであった、『でかした、うちでも半ば諦めかけていたお前にしてはまずまず上等な相手だ、婚礼の前に爵位の話もあるから、早急に帰ってこい』とのこと。

 ラキュースの頭の中に状況がリレー方式で表示されていく、漆黒の英雄、街の噂、花束、王都の噂、実家に伝わる、今ココ。

 

「ラナー……私ちょっと急用思い出した、少し実家に帰って来るからよろしく……」

「そう、叔父様と叔母様によろしくね」

「行ってらっしゃいボス」小さく手を振り紅茶をすするティア。

 

ハァ、と息を吐くと、勢いをつけて椅子から立ち上がりラキュースは「じゃあね」とやや足音高く退出して行った。それを見届けると従者もそれに従った。

「私も失礼致します、復活したうちのチビ……イビルアイが最近妙にやる気になってますので」

「そう」と頷くラナーにそう言うとティナは立ち上がりぺこりとラナーに一礼すると出て行った。

 

 残された黄金の姫はゆっくりと紅茶を最後まで飲み干すと優雅に立ち上がり、後ろの戸棚から一巻きのスクロールを取り出した。

「本当に不思議なお方ですねモモン様は……」

 

 ラナーは微笑した、人の縁など、どこで繋がるのか解からないものですねと。

 

 

 

 




「次はパンドラの設定(捏造)を説明しながら小話などでありんすえ」


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5話―尻尾の少女

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※この世界ではアルシェは生き残りましたが、妹イベントは発生しておりません、作者の好みによりweb版の設定を流用しています。 10/5 改稿


実験(ケース)Ⅰ・アルシェ

 

 

 珍しく最近ではまともな思考にふと我に返る。いや、いやだ、いやだ考えるのが怖い。怖いのだ生き残った事が、仲間を、ヘッケランを、イミーナを、ロバー……止めよう、もう考えたくない、だって今は私は幸せだもの、幸せだもの、幸せで頭をいっぱいにしなくっちゃ、怖いのはもう嫌、もっと気持ちいい事だけ考えなくちゃ……。

 

 流れる美しい銀髪に端正な顔立ち、白蝋のように輝く肌、彼女の絶対の飼い主、シャルティア様の命令はいつも突然だ。

「さっさとしんなまし」

「はい、シャルティア様、愛しいご主人様、喜んで今すぐに」

 

 今日は尻尾はいらないのだそうだ、お手づから装着していたものを外して頂き喜びに体が震える。吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)達からは蔑みと幾分かの羨望の入り混じった複雑な視線を浴びる。ポンと洗ったばかりのような貫頭衣のようなものを投げられる、それを急いで着た。「ついて来んなまし」行き先も告げずどことへもなく歩き出す主人を追う。まるでお伽噺の世界のようなナザリックの地下通路。永続光(コンティニュアルライト)が等間隔で輝く薄明かりの中を彼女は急いだ。まるで夢の中にいるようだ、それがいい夢なのか悪い夢なのか、今は絶対者の主人を見失わないように、それでいて決して走ったりしないように注意してアルシェは必死でその闇に溶けそうな小さな背を追った。

 

 今日のご主人様のご命令は一風変わっていた、アルシェはただお行儀よく座っているだけ。目の前には、ピンクのまん丸卵に奇妙な帽子を被った異形の姿がしげしげと自分を見つめている。黄色ががかった服装は彼女の知識にも無いものだ。シャルティア様にも匹敵するような強大な力を感じる。これが以前なら耐え切れず吐いてしまっていただろう。だが今は普段からご主人様の力に当てられ続け半ば感覚は麻痺している。その隣に居る男には見覚えがある。スーツ呼ばれるオレンジの装束に身を包んだご主人様にも劣らないと言う―悪魔のような男、アルシェに解るのは彼らにとって自分の存在は芋虫にも等しい無力な存在と言う事だけだった。

 

 ついとご主人の命令を待たずに上着をずらしかけたが、「ああ脱がなくて結構ですよ」とスーツ男の方から声がかかる。

 

「勝手なマネをするな」とのお叱りの声に、震え上がり許しを乞いながら体を投げ出しては這い蹲った。金髪の娘(アルシェ)に綺麗な手が差し出された、細い指、女の指。

 

見上げるとそこには 『私がいた』(・・・・)

 

 ああ、あれ?なんだろうこれは?もう私のまともと思っていた部分もおかしくなっていたのだろうか?いや気がついてないだけでもう狂ってしまったのかもしれない?本当にそうであるなら楽なのに、薄い闇に白く浮かぶアルシェ・イーブ・リリッツ・フルトの顔がこちらを見降ろして、にっこりと微笑んだ、その貌は彼女が思っていた自分よりも美しく、私って結構綺麗だったんだ…少しそう思って場違いにも嬉しくなったアルシェはアルシェに微笑み返した。

 

 

 

 

 

 

 

「やはりだめですか」

 にこやかに微笑む少女を怪訝な目つきで眺める、あれは精神はまだ正常なはずでしたが、と首を捻る。

 

「申し訳ないですねデミウルゴス」

「君が謝る必要などないよパンドラ、ンフィーレア君の件も含め、未だ一度も成功が無いのだから」

スーツの男は残念そうに肩をすくめ、アルシェの姿をしたパンドラは成長しかけの細い腰に手をあて、洒落た動作でごもっともと答える。

 

「……確かに、しかしタレントの模写(コピー)はやはりまったく出来そうな感触がありませんな」

「ふむ、まあ、元より今回のこの娘の能力は<魔力看破>是非とも欲しい能力でもありませんのでそう気にすることはありませんが……しかし今後はより有用なタレントの発見があるやもしれません。あるいは確率と言う事も有り得ますので、数をこなすことはどうしても必要になります。将来に備えると言う意味ではやはりそろそろ一度は成功例が欲しいところですね」

 

「『牧場』でしたかな?やはりタレントは簡単には見つからぬものですか?」

「……まぁ『羊』は数だけは放っておいても増えますからね、そこは気長にやるつもりですが」

 

 苦笑して頭を振るデミウルゴスの言に、貫頭衣姿のパンドラ・アルシェも少女の表情に邪悪な微笑を浮かべ「その忠勤に励むお姿さぞやアインズ様もお喜びになるでしょう」と大げさに手を挙げ応える。

 

 「デミウルゴス……私とて至高の御方に仕える者の端くれです。貴方のナザリック随一と呼ばれる智謀、私のこの身必要とあらばいつでも……それが例え100が1000回でも魂が擦り切れるまでお使い下さい。それこそが我が本望でありますゆえ」

 ダンサーが舞台挨拶をするように大きく腕をたたみお辞儀をする、見た目が細身の美少女であるだけにバレリーナのように絵になって見えた。

「感謝するともパンドラ……もちろん同じ守護者として君の気持ちは十分解っているつもりさ、だが君は同時にナザリックの偉大なる支配者アインズ様の創造物である。私としてはその事を忘れてはいけない、その身に宿る価値を思うと私の一存で使い潰すなどやはり恐れおおい事だよ。君に無理をさせるのはそれはそれでアインズ様のナザリックに連なる者を守ると言う意に反すると言うもの……さて、悪かったね、私達の実験への協力に感謝するよシャルティア。君のペットをお返しよう……おっといけない、そうだ」

 

 退屈そうに椅子に座り実験の様子を眺めて肘をついていたシャルティア・ブラッドフォールンが立ち上がって顔を向けた。

 

「なんでありんすか?」

「君のところにブレイン・アングラウスと言う吸血鬼(シモベ)がいるだろう」

 少し宙をさ迷った視線が同僚に向いた。

「ブレイン……ああ門番に使ってるアレでありんすか」

「今度(パンドラ)のところへ回してくれたまえ。吸血鬼化した事で彼の持つ武技の模写(コピー)制限がどうなっているのかチェックしておきたい」

「了解したでありんす……しかし私にはデミウルゴス達がそこまで、以前セバス達も集めていたけど現地の下等生物達の武技(戦士版魔法)とやらを集める意味が未だに良く解らないのだけど?」

 

 彼女思い出す。そのブレインを自らの部下に眷属化した戦い。戦ったブレインが自ら説明した事によって初めてシャルティアは彼が武技を使用していた事を知ったものだった。武技を使ってる事すらも解ってもらえないまま小指の先で遊んでいたシャルティアに敗北したブレイン。彼女にとって自称ではあるが人間では最強の部類に入るらしいブレインの武技ですらその程度のものでしかない。

 

 彼女が疑問を感じていたのは、ンフィーレアのようにどんなアイテムでも使えるタレントのようなものならともかく、アインズ様をはじめデミウルゴスらがそのシャルティアにして見れば、つまらないスキル、武技などにどうして拘るのかと言う事。

 シャルティアとしては武技それ自体に興味は無かったが主の考える所を―例えどれほど拙くて完全では無くても把握していなければ至高の御方に忠義を尽くすのに支障をきたすのは必至であった。

 自らその真意に気がつけないのはシャルティアにとって口惜しいものではあるが、だが知らぬままなのは更に許され難い。何かと失態の多いシャルティアとしては恥を忍んででも教えを請いたい所であった。

 

「それは早計と言うものだよシャルティア、例えば能力向上系の武技で基本能力が向上すれば1のものが2になったところで1000の君には大した問題では無いだろう誤差のようなものだ……だが1000同士の戦いではどうかね?この先そんな敵と相対する事は果たして無いだろうか、どうだい?」

 

 赤い目を細めなるほどとシャルティアは微笑して唇に指を当てた。そういえばあれ(ブレイン)が持ってた変わった武器、『刀』はシャルティアに何の意味も無かった事と思い出す、同じものを彼女と同じ階層守護者のコキュートスも所持していたが、両者の脅威度は当然だが比較にもならない。彼女とて戦闘に関してはナザリック随一を誇る存在、馬鹿では無い。要は使う者次第の武器と言うわけか。それに自分が洗脳された失態を鑑みると現地の戦力も自分達を脅かす存在が絶対無いなどとは、とても言い切れるものではない。

 

「左様ですな、またタレントに関してですが調査の結果、収穫や予知に関するもの果ては寿命に関するもあるようです。ナザリックの今後の発展の為にも下等生物とはいえ軽視は出来ないものです」ペット(アルシェ)の姿のパンドラも相槌をうつ。

(そう言えばこの(パンドラ)の頭脳はデミウルゴスやアルベドにも匹敵するのでありんしたね)

 流石はアインズ様の御手ずからによる者とシャルティアは両者の説明に納得した。

 

 「まぁ、わらわの拙い頭ではおんしらには到底敵いませんえ……ではお言葉に甘え帰らせてもらいますえ」

無邪気に笑うと、美しい銀髪の少女は淑やかに漆黒のボールガウンの端をつまんで優雅な挨拶をした。

 彼女の玩具(オモチャ)に近寄って手に持っていた白い尻尾(アクセサリー)を取り出し半透明の樹脂の方を少女の口に咥えさせ、面白しろそうに笑った。「ぷぅっくくく……あはは、口から尻尾と言うのも面白い生き物でありんすね」とろんとした目つきの少女はくぐもった喜悦の声と涎を漏らすと「ひゃるてぃあさまぁ」と呟いた。さぁいくなんし、そう言う主人に首輪から伸びた銀の鎖を引っ張られ、少女は主人の後について闇に消えて行った。

 

 

 

 

 この物語のおけるパンドラの能力(以下の能力は書籍巻末から推測した捏造混じりの設定です)

 

 コピーした対象の80%程度の能力を再現できる、80%程度とは、アインズを例に挙げるとステータスの8割及びスキルの約8割程度を指す、ただしスキルは下から約8割であり、超位魔法、10位階魔法などは使えない、9位階魔法の一部を扱える程度に留まる、端数はランダム、この法則は自分より格下のユグドラシルのメイドや魔将達に対しても適用される、尚外装のみ中身パンドラは可能。

 

 現地の人間をコピーした場合、外装と使用可能な位階魔法については全て(・・)再現できる。ステータスは元の者とパンドラステータスどちらかを選択できる、現在実験の結果タレント、武技は使用できていないが範囲を広げ調査中、また基本的に模写(コピー)の対象は彼と同じ人型の大きさ以下に限り、アウラの魔獣など大きく人型から外れるサイズものは不可である(サイズさえ合えば茶釜さんなど異形も当然可能)。

 

 外装のほとんどは至高の41人で埋まっており、これは絶対変更不可。残りの4枠を重ね撮りするように書き換え普段の業務を回している。

 

素パンドラ(パンドラ・モモン他)のステータス

パンドラが外装のみを模写(コピー)した場合全ての中身にはこれが適用される以下イメージ的な比較ステータス表、モモンはオリジナルの方。

 

・HP    モモンの1.3倍

・物理攻撃力 ややモモンより上

・物理防御力 モモンの60%程度(アインズ様けっこう硬い)

・素早さ   遥かに上、アウラらに匹敵する

・魔法攻撃  気持ち程度

・魔法防御  モモンの半分程度

・特殊耐性  モモンの半分以下

・特殊    MAX

 

 総合評価:素早さが突出している以外は攻撃力がオリジナルのモモンより、やや上回るだけであり、反面、物理・魔法共に防御力はモモンの半分程度である、さらに外装の鎧は模写(コピー)による見かけだけなので上位道具創造(クリエイト・グレーターアイテム)による恩恵を受けられない分オリジナルのモモンよりも防御面では劣化したものとなっている。

 

補足設定1・パンドラが変化できる対象(・・)は一日一体である。(ガワだけパンドラへの交代は可能)




  パンドラ・モモンの性能を見直して見ると思った以上に原作とはタイプが違う事に。防御力は一部戦闘メイドにも劣ってしまうが、敏捷性はアウラ・シャルティア戦闘職にも引けは取らないビュンビュン飛び回って片付けるスピードスタイルに。エンリ・パンドラで見られるように飛んでくる矢を掴んでモモン以上のパワーで投げ返したりできる。


 アルシェが死んでるのは嫌だからこうした、反省はしてない、でも書籍本筋だからラリパッパコース、次回webブレイン君、君に決めたー!


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6話―ハムスケ&ブレインの愉快な仲間達

小話その2 
10/7改稿


実験(ケース)―Ⅱ・模擬戦

 

 

 

 

 やあ皆の衆(それがし)は殿の忠実なる僕のハムスケでござる。初めての方もすでに某をご存知の方もよろしくお願いするでござるよ。

 さて今日は知られざる拙者達の日常の一コマを紹介するでござる。我らリザードマンの方々や多くの者を含む新参一同、と監査に来られたパンドラどのとの実験……なにやら嫌な響でござるな……訓練に呼ばれ皆が参集した時の話でござるよ。

 

 

 空気を切り裂き剣線が閃く、そして「おっとと」と言う間の抜けた声。全ては一瞬の出来事、回避され切り上げた鋭い剣先とブレインの表情が、やはりと無念の中間ぐらいで僅かに揺れた。

「やはり専門職のコキュートスどののようにはいきませんな、少しヒヤリと致します」

 言葉の内容とは裏腹に気取った格好で肩を竦め両手を広げる欧州ネオナチ風の軍服を纏ったピンクのハニワ顔の怪人、パンドラである。そして一方の男、柄に見事な装飾のほどこされた『刀』と呼ばれる特殊な武器を降ろすと対峙していた間合いを一歩退がり、溜まっていた息を「ふぅ」と吐いた。

 

「ご冗談をおっしゃいます……いやぁ、流石はお見事、と言うべきなのでしょうね……自分もあるいは、もしかしたらとは思ったんですが」

 彼は刹那の瞬間確かに見た、いや領域による補助を得て視覚外の世界で<観た>と言った方が正しいのだろうか。彼の刃がパンドラの服の一端に当たったと思った瞬間、その切っ先が透明化したようにその軍服を通り抜けていた事を。

 まぁ、流石に甘くない。苦笑して慣れた手つきでくるりと刀の刃を返すとチンと腰に垂らした鞘に収めた。

(ヴァンパイア化して能力向上したお陰と言うべきか……それでも感知出来ただけ、以前のシャルティア様との戦い、いや遊ばれた挙句、なにも解らなかった頃より少しはマシにはなったか……)

 

 クセのある青みのかかった蓬髪を簡単に後ろで縛っている。今でこそ最低限の格好をしろと彼の上司にして絶対の美と称えるシャルティア・ブラッドフォールン命じられ、に渡された簡素な服装。それ以外はある種不精な雰囲気の漂う男であったが、その一連の所作には少しでも武の心得がある者が見れば、そこにある種完成されたと言えるほど洗練されたものを感じたであろう。そして事実彼は人間であった頃は周辺国家最強の戦士と言われたガゼフ・ストローノフに匹敵すると言われた剣士であったのだ、今となっては彼にはどうでもいい過去だったが。

 

 その彼の先ほど放った技、それこそが現在はヴァンパイア化したブレインの能力を最大限まで複合起動させた彼の超級武技。『神域・神速2段』である。――はたった今眼前の人物に事も無げにかわされてしまった。

 

 確かに自分の攻撃速度それ自体は先ほどのあれ(・・)でさえコキュートス様などの通常攻撃の速度でしかないのだが、彼の主人シャルティアに限らず、ナザリックの階層を守護する者のレベルと言うのは――と彼はため息混じりに苦笑する。

 

 本来はおよそ人間であれば英雄の領域にある者であろうと回避はまず不可能の超絶の魔剣、絶技である。基本性能だけでこのブレインの超速攻撃を回避してのけるパンドラ達守護者の存在の方が常識外でおかしいのである。

 もっともそれは今の人間では無くなった彼の価値観としては当然の事だと捉えられており、悔しいと言う思いは余り無い、ヴァンパイア化して本能の部分が変わってしまったというべきだろうか、強さの序列がすんなりと受け入れられるのである。

 それはつまる所最初から立っているステージが違うと言うだけの事であるに過ぎず、例えて言うならコヨーテがライオンの強さを羨むような見当違いの感情であると感じるのである。

 住んでいる世界が違う。だがまったく過去の自分は何と狭い範囲で見当違いな道を生きて来たのかと言う思いはある。だが、それでも現在は栄えあるナザリックの一員になれたのだから結果オーライの人生と言うべきなのだろう。正確に言うと人生は終わったのだが。などとヴァンパイア剣士とでも言うべき存在になったブレインは考えていた。

 

 見学していたリザードマンとハムスケ、デスナイトらから一斉にわっと拍手が沸き起こりブレインもそちらを見る。彼らの雰囲気からはまったく心からの賞賛が感じられ上辺では無い仲間への連帯感を感じる。

 彼らとしても当然の結果かもしれなかった、だが言わばブレインは彼らの代表である。その彼が雲の上の存在と言っていい領域に手が届いたのか、あのナザリック階層守護者に、そこまで行かずとも少しでも近づいているのではないか?そういう想いは彼らにとってもわが事のように誇らしく、もしやいつかは自分達も、と言う想いを胸に抱かせ彼らの心を高鳴らせるのだった。傍目から見る以上の差を感じているブレインに取っては痛し痒しだったが。

 

 スノーホワイトの毛並みの巨大な哺乳類がのそのそとブレインに近寄る、黒くつぶらな瞳。アインズの元居た世界で言う所のジャンガリアンハムスターそのものである―サイズの違いを除けば――生き物は本当に嬉しそうに嬉々として話しかけた。

「いやあ、お見事でござったぞブレイン殿! (それがし)超興奮したでござる!! ……まったく拙者も長い事森の賢王(けんおう)などと呼ばれ数々の闘いを経て来てござったが、こんな強い人間……あ、いや今は違うようでござるが。ともかく未だかつて見た事ないでござるよ!」殿は人間じゃないから除外でござるなと小さく呟く。

 

(注・なお彼の中でエルヤーはナザリック突入時ブレインと訓練しているハムスケ達と戦う事になり、彼の開発中武技<未完成・領域・尻尾>によって遭えなく退場しているので強いと思って居ない)

 

「真にお見事ですな、我らの中では、やはりブレイン殿こそが一番の使い手と言って間違い無いでしょう」

 そう言うのは黒く光る鱗が見事なリザードマンの戦士ザリュース。

「まったくだぜ、あのスピード。正直とてもオレらが何とかできるイメージが沸かねぇわ」

 左右で大きさのまったく違う腕を組みうんうんと言うのはザリュースの親友にして戦友の巨漢リザードマン・ゼンベル。

 そして巨大な角のついた兜のを被り、見上げるような体のデスナイト、彼は血管の浮かんだ全身鎧(フルプレート)に乾いた死体のような恐ろしい表情のまま大きく何度か頷いている。

「おおっブレイン殿、この通りデスナイトどのも絶賛しているでござるよ」

 言われてブレインも仲間内でも最大級の巨躯の同僚を見上げ頭を掻く。

 「そ、そうなのか?(まったく解らんが)そこまで言われると……どうにもこそばゆいな」

 意思疎通がイマイチ良くわからない同僚達であるが付き合いの中で悪いヤツでは無いとブレインも思ってはいた。そして内心は思う、実際は惜しくも無かったんだが)と。だが普段はさしあたって門番しかこれと言った仕事が無く、ご主人からのご命令と言う以前にシャルティアに蹴り飛ばされたりしてる事が多いブレインは久々に人々が自分を絶賛する声に照れ臭そうにしながらも満更でも無いと思うのだった。

 

 

 

 

「それでいかがでしたかパンドラ様?」

「ふむ、リザードマンの諸君は予想通りと言ったところですな、通常技術の延長や身体能力による技など。あとはブレイン殿はヴァンパイア能力の模写(コピー)は可能なのですが肝心の武技は……やはり難しい、と言ったもので」ハムスケどのなどはサイズの問題から当然ながら模写(コピー)できませぬし」

 ついとハニワのあごに指をやり思案するような仕草のパンドラ。

「おおなんと、このハムスケ、パンドラどのは昔よりの殿の直参と聞いておるでござるよ、遥かに格下の某の事など、どうぞハムスケと呼び捨ててかまわないでござるよ?」

「いやいやっ! アインズ様が君を呼び捨てにして隣で私も同じにしていては、まるで小生が臣下の分をわきまえていないようでは無いかね! 君とて至高の御方に認められた栄えあるナザリックのぺっ……シモベなのだよ。新参同士と気にしないでくれたまえよハムスケどの」

 バッとハムスケ達に差し出されたアクションへの評価ともかく、言われた者達の目にはパンドラの態度に感心しているものが浮かんでいる。

「おお、パンドラどのは何とお優しい方でござるなぁ、拙者ますます感服したでござるよ」

(まったく同じ種族(ドッペルゲンガー)とあると聞いているにも関らず、こうも違うのでござるなぁ)

 そう思って、はっとハムスケはキョロキョロ周りを見渡した。常日頃、彼に接する事の多い彼女。まん丸卵が正体の戦闘メイドナーベラル・ガンマは同じ上役でも彼に非常に厳しかったのだ。とブレインが思い出したように口を開いた。

 

「あ、しかし正直、軍服……でしたか? 端ぐらいは掠めるかと思ったんですが、不遜な考えかもしれませんが万が一にも当らなくて良かったです。寸止めするのも忘れて、大事な服にご無礼をする所でした」

 実際はまったく当たる気がしなかったのではあったが、それとこれは話が別である、ブレインが頭を下げた。パンドラはと言うとちっちと一本指を立て振った。

「なになにブレイン君、この私の服は至高のお方たるアインズ様のデザインされたものではあるが、正確には下賜されたものではないのだよ。つまり私の外装の一部に過ぎない、仮にあたったとしても……」

 はあっ!とパンドラは身を翻した。一々芝居がかかったパンドラの仕草ではあるが彼らもいい加減慣れていた、だがおおと言う声が上がる。

 そこには一風変わった都市迷彩をアレンジしたメイド服に赤金色(ストロベリーブロンド)の髪が流れる戦闘メイドプレイアデス(七姉妹)の一人自動人形(オートマン)シーゼットニイチニハチ・デルタ、通称『シズ』の可憐なアイパッチの姿が出現していた。

 

「この通りぉり! ここから元の姿に戻れば何度でも復元可能なのです、お気になさらずに」

「あ、ああ……そうなのですか、なるほど、了解しました」

 

 変身するたびにリセットされるわけか。と思うブレイン。「

し、しかし何故あえて、そのお姿(シズ)に?」

 美少女になったパンドラは表情の無いシズの顔でちょっと考える仕草をした。

「……シズ殿は私の普段守る領域に入れる数少ない方でありますから、アインズ様のお使いでも宝物殿よく来られます、ですので私の外装パターンに残ってる事も多い、とそう事なのですが……?」

 それが何か?とシズ・デルタは可愛らしいアイパッチの顔を傾けた。

「あ、いえ大した事ではありません」

 慌てて手を左右に振る。普段シャルティアの行動に付き合っているブレインは、自分の上役にまたぞろ少女扮装のような変な趣味でもあるのか、ナザリックの内部は色々と彼の常識が通用しないし、などと言う疑念が晴れほっと胸を撫で下ろしていたのだった。

 

 

 

 

 

―第6階層・居大樹下

 

「へっくち」

「なぁにシャルティア? あんたアンデッドのくせに風邪でも引いたの?」

「? 変でありんすね、湯冷めでもしたのであんすかね?」




 パンドラの素早さはシャルティア並みなので、見てから超回避が可能です。ただし動き自体は専門職ほど上手くいきません。

 ※ <領域・尻尾>ハムスケがブレインの指導の元開発中の武技、領域内に入った敵を不可視(ナザリック以外)の一撃が全ての敵を葬り去る、巨体であるがゆえの死角をカバーするオールレンジ攻撃……の予定でござる。ハムスケ侍でござるよ!

 などと言うと馬鹿みたいであるが、訓練ではすでにアンデッドナイトの一撃を弾き返しておりパワーではすでに本家を上回り侮れない将来性を秘めている。
 一本なのにオールレンジとはこれいかにな攻撃は長い尻尾の先をビット(有線)のように使用するイメージ居合い。刀より自由な全方位の角度からの攻撃を可能とし、向かい合っていながら敵の背後への攻撃さえも狙える……あれ?なんかすごくね?

 ただし重量があるのでやはり本家のレベルまでの速度向上は難しそうなのが今後の課題、現在人間ブレインの領域のスピードにも遠く及ばない。

 見ていたパンドラが中二心を刺激され、超音波で暗闇を見通す蝙蝠にちなんで『フレーダーマオス』などいかがでしょう、と技名を付けようとしたが、侍のイメージから外れるので却下されている。


次話、ナーベのポンコツぶりに頭を痛めたアインズはパンドラを見て、一度こいつを連れて行ってみるかと思いつくのだが…


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7話―美姫ナーベ 前編

時期的に王都襲撃の少し前です


―七転八刀

 

 

 

―城塞都市エ・ランテル・冒険者組合内

 

 

「あっ!姐さん!どうぞこちらへ」

見知らぬ冒険者から親しげに声をかけられてナーベは眉を(ひそ)めた。見ると椅子が引かれている。

(姐さん?)

 

「……南京(ナンキン)虫にしては気がききますね」

黒く流れる絹糸のような髪に繊細な細工のような細面、通称『美姫』(びき)と呼ばれる魔法詠唱者(マジックキャスター)ナーベは彼女の為に引かれた椅子を暫しじっと見つめ、やがて無言で座った。

 

「他に何か?」

 

 明後日の方を向いたままナーベは尋ねた、きつめの視線からはこれ以上お前達下等生物(やぶ蚊)と話す事は一切無い。と言う態度が放たれていたが、言われたかなり整った顔付の男は「イエッサー何もございません、また何かございましたらまた何なりとお呼びを」と言うと酒場の端の仲間とおぼしき集団の方にすっ飛んで行った。

 そのままナーベからすると気色の悪い目でまだこちらを見つめている。ナーベとしても、これが日常的に彼女を口説きに来る下等生物(アブラムシ)ならいつもの通り「お断りします」の一言で素気無く追い払うのだが。今日は何か様子が違っていた。

 

「……?」

 

(何ですか気持ちわるいですね……)

 

ナーベは視界の端に居る7人の男達を迷惑そうに一瞥して、またそっぽを向いた。

 

 

 

 

 ナーベがちょっと使えない。

 

 最近のアインズの悩みの一つであった。漆黒チームの名声が上がるのは依然順調なのであったが、今一横の広がりが出来てない。冒険者としてのネットワークの構築が当初の目的の一つのはずだったはずなのだが……。

 原因の一つが相棒のナーベ。その正体はナザリック大地下墳墓、戦闘メイド六姉妹(プレアデス)の一人ナーベラル・ガンマ。がちっとも人間とのコミュニケーションを計ろうとしない。または改善の見込みが無い事。

 

 そしてあろう事かほとんど人名を覚えていなかったと言う事実に直面した時アインズは我がの耳を一瞬疑った。名刺交換のできないこの世界でアインズは割と必死で日々モモンとして顔を合わせる上位冒険者や都市の有力な人間を相手に名前を覚えようとしていたのだが、何と相棒と言う名の肩書きである部下であるナーベは一切名前を覚えようともしていなかったのだ。

 モモンが「ナーベあの者は誰だったかな」尋ねた時など「は、あのヨトウガの事でございますか?」などと言う答えが返ってきてアインズを心の底から愕然とさせた。比べるのもアレだがあれ(ルプスレギナ)より酷い、あれは一応名前ぐらいは覚えていたはずだ。

(私が社長なら、ナーベラルは言わば専属の第一秘書みたいなものだろう、ありえんだろコレ……)

 

そこでパンドラをナーベに化けさせて一度使ってみてはどうだろうかと言うのが今回のアインズのアイデアだった。

 

(ええと……確かパンドラの能力はスキルの大体80%程度のコピーだったよな、と言う事は8位階の8割程度で……6位階ちょいか、それだけあれば通常の依頼は十分こなせるな、表向きは3位階までしか使えない事になってるわけだし)

 チラリと見ると今回留守番を命じられて内心不機嫌な(と思われる)とは言えアインズの見た目には表にはおくびも出さ無いナーベラルが命令を待って控えている。

 

「パンドラ準備せよ」

「御意のままに、それではナーベラルどのこちらへ」

「畏まりました」

コクリと頷き近づく戦闘メイドナーベラル・ガンマ。次の瞬間そこに鏡合わせのように二人のナーベラル・ガンマがアインズの前に跪いていた。

「いつもながら見事なものよ」

(それにしても、考えてみればナーベラルもこいつと同じ二重の影(ドッペルゲンガー)なんだよなぁ、こんな事になるなら後一つでも外装取れるようにしといてもらえば良かった……)などと考える。

 

 「ナーベよ今回のこれは実験的なものに過ぎぬ、お前の普段の働きには十分感謝している、外されたからと言っていらぬ懸念などせぬようにな」

「……私ごときにもったいないお心使い感謝致します、アインズ様の決定にシモベとして不満など一片も存在するわけがございません」

ウムと頷くアインズは、とは言われても上司としては一応外された部下の不満解消(フォロー)もしておきたいんだよねと内心呟いた。

 

 

 

―エ・ランテル―冒険者組合

 

「ううーん」

「どうよリーダー?」

 

リーダーと言われた若い金髪の男は暫し腕を組んで目を瞑っていたがやがて決断した。

「よしこれ受けよう、と思う。いまいち怪しいが背に腹は変えられない……皆はどうだ?」

 

 丸いテーブルを囲む軽く男達は七人、一様に皆若い見るからに冒険者と言った帯鎧(バンデッドアーマー)鎖帷子(チェインメイル)皮鎧(レザーアーマー)と言った思い思いの格好が、頷いたり、テーブルに突っ伏したまま小さく手を上げたり思い思いの形で賛成の意を表した。首には白金と金プレートが輝いている。

「まぁもうね、うちとか選択肢なんかあんま無いし、中途半端に人数多いし」

「簡単過ぎる以来ばっか受けてては装備の更新もままならないしな」

「まったくだ]

「人数だけなら噂に聞くかの有名な帝国のアダマンタイト級パーティ漣八連よりは一人少ないが……早くこの自転車操業から抜け出して、あのぐらい有名になりたいもんだ……」

 

 金・白金冒険者混成PT(パーティ)七天八刀、彼らは中堅のやや上に差し掛かった者の集まりであったが、その懐事情は必ずしも潤沢なものでは無かった。

 まずPTの人数が多いため同ランクの他のグループより一人頭の取り分が少なかったし。では人数を減らせばいいのかと言うとこれまた戦力の低下の問題で難しかった。

 彼らの抱える事情は冒険者には何ら珍しいものでは無く、いくら王国に多くの冒険者が居るとしても存在する問題、需要と供給の問題であった。そしてどちらかと言うと余り気味な方に属するのが彼らだったと言うわけである。さまざまな事情から取り立てて突出したものが無い者が寄り集まってPT(パーティ)を組み現在に至っている。

 

 チームは白金級を主軸二人に金プレートが5人の計七人。

 戦士のリーダーのマッディと頭脳役の盗賊のトゥース、二人が白金で残りの5人が全員金プレート、戦士のウェイとサイス、弓兼第二盗賊のフライ、同じく後衛で弓装備の野伏サタナス、最後に少し耳が尖り、エルフの血が混じっているとおぼしき第一位階魔を使える自称魔法剣士サンで7人。役割が被っていて全員がある程度接近戦がこなせるのは強みだが応用が効き辛く、それを数で補っている、要は物理主体の寄せ集めと言った感じなのがこの混成冒険者チーム七天八刀(しちてんはっとう)であった。

 

「じゃ受付行ってくる」

 

 組合の受付の栗色の髪の30歳ほどの女性は手馴れた感じで書類に目を通すと、ウッディのプレートを確認した。

「はい結構です、ではこの『アベリオン丘陵近くの廃墟で目撃報告された吸血鬼らしき者とその周辺の調査、可能なら討伐』依頼

冒険者PT七天八刀が受注で確かに承りました。女性はにっこり微笑んで(営業スマイル)依頼書を受理して手早く分厚いファイルに収めた。

 

 

 

 「さて、試運転といきたい所だが」

と、いきなり難しい依頼で漆黒の名にケチがついても嫌だな。などとアインズが考えて依頼書を眺めて居た時。 受付から聞こえてきた吸血鬼言う言葉に彼は反応した。

 (ん?吸血鬼だと?)

受付の方を見やったアインズは受付の前に居る一団を見て暫し考えて一つ手を打った。

その後ろでパンドラ・ナーベはしげしげと自分のアダマンタイトプレートを手に取り眺めていた。

 

 

「しかしよリーダー、吸血鬼が相手となると、例え下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)だとしても魔眼とか色々魔法的な備えもしとかないとヤバイせ」

「はぁ、魔法の品は高いですからねぇ、こないだので使い切ってしまいましたし…」

「お前も妙な拘り捨てて、魔法一本に絞れよなサン……」

「嫌ですよ、そこは加入する時言ったでしょう、魔法も使えて戦える魔法剣士、ここだけは譲れません」

「困ったなぁ…あんまり金かけて赤字出しても本末転倒だし、ケチって魅了されたところから戦線崩壊ってのも困る、なあ?吸血鬼ってお宝溜め込んでるもんなのかな?」

「あーあ、僧侶が居ないってのはやっぱこういう時辛いよなぁ、回復職はどこも引っ張りだこだし」

「この依頼白金からの依頼だろ、一応受付が通してくれたんは、必ずしも討伐しなくていいって事で……戦力の調査に留める手もあるが…組合も渋いしなぁ…」

 

 

「んっんーああ、もしもし君達、何かお困りのようだが少しいいかね?」

「……え? 、げぇっっ!!し、しし……漆黒のモモン殿、なな、何か我々に、ご、御用でも?」

 

 突然現れたのは冒険者としては中堅でも上にくる彼らから見ても雲の上の存在の人物、今や知らぬ者などこの城塞都市(エ・ランテル)に居ない、王国全土でも3チームしかない冒険者の頂点、アダマンタイト級冒険者。人類の切り札と謳われる漆黒の英雄モモンであった。心の準備さえあれば是非ともお近づきになりたい人ではあるが、突然の事態に驚きの方が大きい。

 

「ああ、いやいや……そう構えないで欲しい、失礼だとは思うのだが、ちょっと話が聞こえてしまってね、なにか……吸血鬼だとか?もし君達が良しければ少し話を聞かせて欲しいのだが……場合によれば私は無償で君達の仕事を手伝ってもいいと考えている」

 

「……はっ?」

突然振って沸いた美味すぎる申し出に一同が驚きの声を上げる。

少し場所を変えようか、と言うとモモンは歩き出した。一介の中堅チームでしかない七天の面々がその巨大な全身鎧(フルプレート)の赤いマントの背中に従わない理由など、どこにも無かった。

 

 

「さて」

と、ある程度受付からも隣のグループからも離れた席でモモンは話始めた。男達も普段に無く真剣な表情で聞き入る。

「私達にも事情があってね、実は私がこの地に来たのは……君達も聞いた事があるかもしれないが強大な吸血鬼を追っての事でね、だからまぁ、先ほども言ったが、この件に関して我々漆黒は報酬は要らない、ただし」

「ただし?」

「組合には黙っていて欲しいのだ。これは私個人の事情によるものなんだがね……今回の吸血鬼が我々の追ってる者と同一か、どうかは別にして、ヤツに関わりそうな情報はなんでも欲しいのだよ、だが同時に情報が漏れるのは避けたい。解ってもらえるだろうか?ここまで追い詰めて来たのだからね。もしヤツに周辺に私が嗅ぎ付けたと察して逃げられてはかなわん。そしてその代わりにこの依頼で危険な場面(戦闘行為)があれば私モモンが前に出ると約束しよう。君達は報酬を得る、私は情報を得る、どうだね君達にも悪い話ではないのだと思うのだが?」

 

 一様に顔を見合わせたチーム七天八刀の面々は「……なんと」「これはついてる」「マジかよモモンさんだぜ!」と一様に言うと示し合せたように向き直った。身元は当然信頼できる、本来ならアンデッドの吸血鬼の相手なら僧侶の助っ人が望ましいのだが、相手がアダマンタイ級の二人なら補ってお釣りが十分。

 そして何より冒険者の間では何度も噂されている有名な話。漆黒のモモンの正体は亡国の王族であり、そして美姫ナーベはその従者、元は王宮付きの魔法使いの娘辺り……ではないのか?そして彼らは彼の国を滅ぼした強大な力を持った吸血鬼二匹を追ってこの地を訪れたのだ。と言うまことしやかに推測されているのを思い出す。

 なるほど彼ほどの英雄にとってはこの程度のレベルの依頼料など大した額ではないのだろう。その漆黒に金と紫の入った豪華な全身鎧(フルプレート)から見ても。

 

「解りました……うちとしては文句ありません。いえ是非ともその条件でご助力お願いします。もちろん我々の出来うる限りの事をしますし組合にも他にも絶対何も漏らしません」ウッディは身を乗り出した。

「うむ、実に結構だ、さて、ではうちのチームの魔法使いナーベを紹介しておこうか」

そう言いモモンが傍に大人しく控えていたナーベを前に出すと先ほどとは少し毛色の違う歓声が男達からわっと上がった。実は先ほどから噂の絶世の美女ナーベの事はずっと見ていたのだ。

「あの美姫と」「何か俺ら急に運が巡ってきたぜ」「もう何も怖くありません」「お前ら落ち着け」

男達は噂の美姫と一緒に冒険と言う思わぬ幸運に興奮して口々に喋っている。

 

(まぁ今回は中身は野郎……だと思うんだがな、元がアレだし大して変わらんか、知らんと言うのは幸せだな)そう思うアインズは、ともかくはサンプルゲットだとパンドラとチーム七天を見やるのだった。

 

 それにしてもと相対した者を見る。あいつの顔と似てるなまとめ役(リーダー)を名乗るウッディを見やる。

 何の因果か、以前初めての依頼で同行したチーム漆黒の剣のリーダーであったぺテルに顔立ちが良く似ていた、と言うか街で会ったらお前生きていたのかと、思わず言いそうになるレベル。髪の色と無精ひげは違っているし、少し念のため話を聞いてみたが、どうやら完全に他人の空似らしい。たまたま顔を合わせる機会も無かったようだが、それにしても世の中似たやつも居るもんだと、隣の二重の影(ドッペルゲンガー)を見やる。

 

 (やれやれ死亡フラグと言うやつか)

 縁起でも無いとは思ったアインズではあったが、彼にとっては戦闘と他チームとの擦り合わせをパンドラがどう裁くのかを見る現地実験に過ぎないものだったし、今回は組合も通してないので我々は記録にも残らん。最悪またぞろこいつらが全滅しても今回はまぁいいかと思っていた。

 

「さて、ではお互い自己紹介をしよう私は知っての通り、モモン、チーム漆黒のリーダーを勤めさせて頂いている、そしてナーベ」

「はい、ただ今モモンさんからご紹介に預かりました、ナーベと申します、一応第三位階までの魔法を使えます、皆様今回はよろしくお願い致します」

ペコリと頭を下げる。

「いえっ、こちらこそ、お二人の噂はかねがね、今回はご一緒させて頂き光栄です、お力添え真に感謝します」

ぺテルの色違い―とアインズが名付けたウッディの少し興奮した挨拶を聞き流しながら、彼はパンドラ・ナーベの受け答えに感心していた。

(いいじゃないか、まずモモンさーーん……でもない、下等生物(ダニ)発言するでもない、スムーズな受け答え上々の滑り出しだな)

思いのほか順調なパンドラの様子に期待を膨らませるアインズだった。

 

「なるほど、大体のそちらの構成については解りました、んんっそれでそちらのあー……」

内心ごくりと唾を飲みこみ次の実験を試みるアインズ。(パンドラ!)と目で促す、心得ましたと軽く目を伏せ応えるパンドラ。

「サン様は魔法剣士と言う事ですが、このチームは全員剣を扱えるようですし七天八刀と言うのと何かご関係が?」

(見事だパンドラ!……ドヤ顔は余計だが)

 こいつは何て名前だっけかと、一応覚えようとはしていたアインズだった。が初対面の人の名前を7人もいきなり覚えるのは容易な事では無い、更にその上職種までともなると……と内心いつものように不安になっていたアインズは心の中でガッツポーズをとっていた。見事に相手の名前・職業はおろか、スムーズに会話を引き受けてくれているではないか。これで神経衰弱じみた暗記とおさらばだと思うと、アインズは心中快哉を上げていた、デミウルゴスに匹敵する頭脳は伊達ではないなと。

 

 (それにしても七転八倒(しちてんばっとう)かと思ったら七天八刀(しちてんはっとう)だったのか紛らわしい……親しみやすいチーム名ですね、などと危うく恥を書くところだったぞ……この世界のやつらはどいつもこいつも中二病が入ってんのか?)

アインズは自らのネーミングセンスは棚に上げ軽く憤慨し、無言で会話の成り行きを見守っていた。

 

「ええ、よく解りましたね、うちのチーム名はとりあえずの目標として、全員が南方からたまに流れてくる特殊な武器である刀を装備しようと言うのが由来なんですよ、それで……」

「七人なのに八刀なのは私が二刀流になる予定なんですよ、魔法が使えて二刀を振るう戦士、かっこいいでしょう?」

エルフの血が混ざっているのか僅かに耳の先が尖った秀麗な顔付の男が言う。

「あーいやまぁ、うむ」モモンが何と答えるか言い淀む。

「ねーよ馬鹿、効率悪過ぎ、お前はさっさと魔法一歩に絞れよ」

「まぁとにかくそんな感じなんです、刀は高価なんでまだまだ先になりそうですけど」

「なるほど、冒険者ならばチームカラーは必要でしょうね、目立って知名度を上げるにはとても重要な事だと思います」

アインズが応えかねていたのを見て、ナーベが話を継いでいる。

「流石ナーべ女史、解っておられる」

(グレイト!)

 アインズは感嘆していた。自分が思いつかないような事まで補足してくれる上、詰まりそうになると適度に後を引き継いでくれる。パンドラの意外な会話能力の高さににアインズは驚いていた、仮にも役者(アクター)を名乗るだけの事はある、設定したのは自分だったはずだが、こんな風に機能するとは。多少キビキビし過ぎて浮ついたようにも見えるが十分許容範囲だ。

(まさかこれほどとは、予想以上の有能ぶり、もう全部こいつに任せとけばいいんじゃないかな……)

 

 その後も文字通り有能な秘書と化したパンドラに七天メンバーへの応対を丸投げして「うむ」とか「何と言ったかな」「ナーベ」などと適当な合いの手を入れているだけでいい状態に感動すら覚えるアインズだった。それで十分会議が進むのだから運転手に任せて自分は高級車の後ろでふんぞり返っているような重役にでもなったような気分である。

(はぁ~この開放感、今までの苦労は何だったんだ……最初からこうすりゃ良かったんだよ)

 

 

「それにしても吸血鬼とはそんなに、この辺りには出没するものなのですか?」

ふと疑問に思ったモモンは尋ねた、吸血鬼を追っている設定を作ったのは自分だが現地の野良吸血鬼事情など、とんと解らない。

「え?ああモモンさんはこの辺の出身じゃないんですよね、下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)ぐらいならたまに聞きますね、いえこの辺でもあまり強力なのは、そうですね数十年は。あの森の一角を吹き飛ばした件のホニョペニョコ……モモンさんが討伐したんですよね?あの国堕しの弟子だって噂のヤツの話ぐらいしか聞きませんよ。後は……それこそ国堕とし本人ぐらいですかね」

 

 ふむ確か下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)ならシャルティアの作る最下級のものと同程度であったはずである、レベル的にはこいつらでも何とかいけるのか、などと考える。

「モモンさんなら楽勝ですよ」「ホントに国堕としが来ても勝てそうだ」などと口々に言い始めている。

「ハハハ、まぁ貴方達の安全はこのモモンが保障しますよ、危ないと思ったら先に逃げてもらっても結構、私が追ってるのはカー……その弟子の一匹ですが、例え『国堕し』本人が登場したとしても一刀のもと脳天から真っ二つにして見せると君達に約束しよう」

「おお」と言う一同にアインズもまたパンドラにより楽になった気楽さから軽く請け負うアインズであった。

 

 

 

 

―出発前・ナザリック

 

「さてと一緒に行動するに辺り軽く確認しておくか、パンドラよ今回の交代の目的は把握しているな?」

「はっ、我が主の深遠なるお心の全てをとは、と多少自信がございませぬが概ねは」

 

「まぁ、細かいところは追々修正していけばいいだろう、そうだ、ナーベのキャラ……あー特徴はどうだ?理解してるだろうな?」

「左様でございますな……あまりナザリック内でお会いした回数は多いとは申せませぬが、余り下等生物(げんちじん)の事を心良く思って無いご様子、ついつい口が滑る事もあるようで」

 

「そうだな……所謂毒舌家と言うわけだが、そこら辺りを矯正して無くしていきたい、その辺お前はどう思う?」

「私自身は(カルマ値ー50)そこまで下等生物(げんちじん)の事については拘りがございませぬのですが、あまり急激にその辺りの扱いを変えるのもいかがなものかと愚考致します」

「ふむ?続けろ」

「は、そうですな……本人の努力の末言葉使いは改まって来たが、ふとした弾みにポロリと暴言を吐いてしまう、その辺りでいかがでしょう?」

 

「ふーむ、私としては下等生物(クソムシ)発言は0に控えて欲しいものだが、やはりあまり急激に美姫の対応が変わるのも変か?」

「多少の毒ならばナーベどのの美貌には良いアクセントかと、感情が高ぶったかのような場合やモモンと離れている時は思わず少し本性が覗いてしまう……などと言うのは異性から見れば魅力的に見える事もございます」

 

「……むぅそうだな、言われてみるとそうかもしれん。それにあまり完璧に修正し過ぎるとナーベ本人に戻った時また修正が大変か……コロコロ人格が変わっては美姫が躁鬱病にでもなってるみたいに見えるかもしれんな変な噂になったら本末転倒か……

 親しみやすい方向に努力中だけどうっかり口調がたまに変になっちゃう事もある意外に人間味を感じさせる美姫、まぁ今回はその辺にしとくか、よしその線で行こう。多少の暴言は(・・・・・・)私がフォローする、それでは任せたぞパンドラ」

 

「畏まりました、我が能力(やくしゃ)の及ぶ限りの全力をもって冒険者ナーベを演じてお見せ致します」

「そのポーズは封印な……あと口」

芝居がかったポーズで跪き畏まったナーベは、ニヤリとナーベの顔で微笑していた口元を慌てて覆った。

「……まぁ確かにこっちのうっかりもフォローしやすい設定だよな」

とアインズは多少の不安と共に頷いた。

 

 

 

 

 




「殿ぉ某もついて行くでござるよ!忘れないで欲しいでござる!」
「素で忘れてたわ」
9人と一匹の一行はエ・ランテルから南西へ



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8話―美姫ナーベ 中編

クレマン復活、でも本編行方不明。


―ズーラーノーン

 

 

 

――某所

 

 イレアナはただの村娘だった。とある怪しげな儀式の生贄にされかけ運命が彼女を特別な者にした。それはその儀式使われた魔法の品の、使った連中さえ知らぬ能力。或いはそのアイテムは八欲がこの世界にもたらしたのではないかとのいわく付きのものであった。死体が転がる唯中に死を超越した存在・真祖と呼ばれる吸血鬼がこの世に残った。

 

 以来100年以上が過ぎている、イレアナは死を纏う魔法詠唱者(マジックキャスター)を多数擁する集団にその身を置き、彼女自身も人を超える能力で研鑽を積んだ結果、気が付けばNo.2の地位にまで昇りつめていた。秘密結社の名をズーラーノーンと言う。

 家族も友人も最早とうの昔に追憶の彼方にあり、今やその未だ小娘のような口調とは裏腹に恐ろしい実力を秘めた真祖(ヴァンパイア)は運命に復讐するかのように全てを支配するべくそこにあった。

 

 カジットの失敗の後。新たに組織が得た情報―王国には2体の強大な力を持つ吸血鬼が来ていた事。その内一体ホニョペニョコは残念ながらもう王国に新たに出現したアダマンタイト級冒険者に倒されてしまったようだ。だが集めた情報の通りなら恐らくイレアナと同格に近い強力な吸血鬼と推測される。そしてあと一体、吸血鬼は残っているという事になる。彼女から接触してズーラーノーンに迎え入れ自分の配下もしくは片腕。そういう形に持っていければ、彼女より強大な力を誇る盟主を抑えて自分が組織の頂点に立つのも夢ではない。

 そしてもう一つホニョペニョコを倒したと言う漆黒の英雄モモン、強力な魔法の品(マジックアイテム)の使用で倒したとされているがズーラーノーンにはその正体の情報がもたらされていた。死者の大魔法使い(エルダーリッチ)それがあの英雄の正体。一体何を企んでいるのか。組織により積極的にその正体が世間に噂されてないのは盟主も自分に近い考えなのかもしれない。

 

「噂を流せばその英雄とやらは失脚するのではないか?」

腕を組む屈強な肉体の男の影。肉体の大きさもさる事ながら鍛え上げられた者だけに存在する気を白く燐光のように発していた。

「そんな簡単なわけないでしょ、あれだけの有名人にもなれば酒場の法螺話と一笑されて終わりよ。第一私にも組織にも何も利益(メリット)」が無いわ」面倒臭そうに返事をする。

 

「逃げたのだったなその情報元のクレマンティーヌとやらは」

あの子(クレマン)の性格からして復活したらすぐ復讐に行くかと思ったんだけど。モモンの正体だけ告げて行方をくらましちゃったわ。よっぽどの目にあったのかしらね……」

 クレマンの死体を回収した時はその死に様は凄惨なものだったようだ、だがあの女のしてきた事を思えば意外に可愛いところもあったのだなと言う程度の感慨しかイレアナには浮かばない。

 

 だが、結局彼女とモモン(リッチ)との詳しい戦闘の詳細も不明のままだ。死体から見て取れたのは力で押しつぶされたようだと言う事のみ。だがあれも大仰に英雄などと呼ばれる存在であるとは言え、結局は人間でしかない。瞬間的な速度には目を見張るものがあったが。リッチは魔物、単純な力で彼女を凌駕する者も居るだろう。人間とはイレアナら上位の存在とは違い所詮弱い種族なのである。

 カジットの方は残念ながら復活に至らなかった。死者蘇生はレベルの他にもさまざまな要因で失敗する事がある。今回は残されたのは灰に近いものだったし致し方ない。カジット自体は惜しく無かったが生きていればもっと情報は得られたのかもしれなかったが。

 

「で、そいつがこっちに向かってると」

 街道に配置した眷族から上がる情報一行の事は捉えていた。

「ええ、思った以上に早かったね、どっちか(吸血鬼かモモン)が食いつくかもしれないとは思ってたんだけど、楽そうなモモンの方が来たわね。問題無いわエルダーリッチなら私であれ貴方であれ相性がいい。仮に私と貴方どちらか単独でも十分なんとかなる相手だわ」

 

 クレマンティーヌは武器の相性が悪かったわね、とイレアナ。

刺突武器が主力の彼女(クレマン)はアンデッドのリッチに不覚を取ったようだが自分は真なる吸血鬼、膂力も下位吸血鬼とは比べものにならない所詮リッチは魔法詠唱者(マジックキャスター)でしかなく、魔法戦闘も接近戦もこなせる彼女の敵では無いはずだ、目の前に居る男は言わずもがなだ。

 

「倒して良いのか?」

「……成り行き次第だけどモモンは、ホニョペニョコともう一体の国堕としの弟子だって言う吸血鬼の情報を聞き出した後に、説得が可能なら部下に加えたいわね。……噂の二体が誇大評価されてなけりゃ、ただのリッチじゃないのかもね、あるいはホニョペニョコを倒したってのも裏があるのかも」イレアナは暫し考え込んだ。

 

「でも計画は問題無いわ、チェリビダッケ、あんたも居るしね」

「言われた通り近隣の村から新しい死体は調達した。ゾンビもヤツが到着するまでには、もう少し増加するだろう。あんたの第三位階魔法、不死者創造(クリエイトアンデッド)」でな」

イリアナ自体は第4位階までの魔法の使用が可能なのだが全ての能力をさらす必要性は感じて無かった。

「カジットの保有してた死の宝珠があればもっと楽できたんだけど、そうね。あれもモモンに奪われたのなら回収できたらいいんだけど」

 

 「それと……あと丘の向こうには近づかないでよね、何やら首の後ろがチリチリする、何か気分の悪いものを感じるのよねあっちから」

「何やら曖昧な話だな、丘の向こうと言うとオークどもの争っている辺りか。あの周辺の族長クラスでも我らの敵では無いと思うが、お前が言うならあるいは聖王国の聖剣使いという女聖騎士が出張って来ているかもしれんな」

 

「勘は大事にしてるの長生きするには必要なものだったわ。そうね聖剣なら確かに私にはやっかいね。まぁとにかく聖王国方面は後回し。まずは地盤を固める、モモンを倒して情報を得る、可能なら仲間に迎える。貴方なら心配はいらないでしょ、かの王国最強のガゼフ・ストローノフでも楽勝なんでしょうから」

「……個人的にはそのモモン(リッチ)よりも裏世界で徒手で最強とか言う六腕のゼロとか言う者と立会いたいものだがな。同じバトルモンクとしては…他には似たような立場から言うと帝国の武王とかな」

まぁ楽しみは後に取っておこうと男は結んだ。

 

「あんたもビーストマンの中でも変り種よね」

 立った耳、盛り上がった肩は青い毛で覆われ逞しく毛深い巨体の上に鎧着(チェインシャツ)だけの男は「否定はせん」と獰猛な表情でニヤリと笑った。その口元は鋭い牙が並んでいた。

 

 

 

「戦利品の耳などは全部こちらが頂いてますが、本当に宜しいんでしょうか?」

「構わんとも気にしないでくれ」

いつもの流れで森の賢王(ハムスケ)の威容に驚いたり称えたりした一行は道中それでも何度かは戦闘をこなしたのだが、その道中はかなりアインズを呆れさせるものだった

(これはひどい)

魔法剣士とか言う触れ込みのクォーターエルフ(サン)は戦闘開始直後によく戦闘不能になっていた。と言うのは。

真っ先に突撃しようとして「馬鹿野郎前の戦士(タンク)に強化かけてからにしろ」とサブリーダーの盗賊による怒鳴り声。慌てて鎧強化(リーンフォースアーマー)×3。自分に同じく鎧強化(リーンフォースアーマー)短剣(ダガー)を抜き放つ頃には魔力枯渇(バテ)している有様。前の漆黒の剣の見事な連携が頭にあった為かよけい酷く見える。冒険者のレベルはあちらの方が低かったはずなのだが。

 魔法使える奴が先に突撃するのも論外だが、前も前で壁役を絞れば省エネで戦えるだろうに、とアインズ。どうも全員どこかしら問題があってあぶれていたのだな。と横目でなにやら納得して彼らの戦闘を眺めていた。その間も彼の両腕は凄まじい勢いで振り抜かれ人食い大鬼(オーガ)2体を瞬く間に切り倒していた。仮にも白金と金冒険者の集団、個々の力により最終的には勝利を収めていたのだが。よくあれで仮にも金や白金まで登れたものだと逆の意味でアインズを感心させた。

「ハァハァどうでしたかナーベさん」

「とっても格好がよろしいかと思いました」

にっこりと眩しい笑顔で答えるナーベ(パンドラ)の方は順調だったが、まぁ道中はそのような感じ。

 

 

 

「それにしてもアインズ様なぜにこのご依頼を?」

旅も二日目に入り、そろそろ目的地も近い頃。距離を取り七天メンバーを偵察に先行させハムスケと二人の一行になった折ナーベ(パンドラ)は尋ねた。

「……まず我々アダマンタイト級冒険者チーム漆黒は吸血鬼を追ってエ・ランテルに滞在してると言う事になってる。その噂の補強所謂アリバイ作りの一環だな。あいつ等が黙っていようと、口を滑らせようとモモンのやる事は常に皆から注目されてるいる。リアリティと言うのは必要な事だ。……後はユグドラシルの吸血鬼の違いも興味あったのでな、実験もかねてサンプルに何体か持って帰るのもいいかもしれん」

 

「なるほど、そこまでお考えでしたか流石はアインズ様」

うむと頷くアインズは、ほとんど後付けで考えたんだが、と内心呟いた。

「設定言うのはよく解らんでござるが、また実験でござるか、その吸血鬼とやらも気の毒でござるな……やあ、あっちに見えるのがアベリオン丘陵とやらでござるな、(それがし)トブの森から出た事が無かったでござるがなかなかに見ごたえのある景色でござるな」

 

 鞍をつけて幾分乗り心地がUPしたハムスケの上でモモンもその風景に目を向ける、なだらかな丘陵がどこまでも広がって、ただただ単純に広いその景色はリアル世界ではスチームパンクの世界の息苦しい世界に生きていたアインズを少し感動させた。男の老後の幸せの一つが牧場の経営だと古い映画で見たのを思い出す。こんな所なら立地には最適だろう。そう言えばデミウルゴスも羊皮紙の開発に羊を飼ってるとか言っていたなと思い出す。

 

「それにしても、この旅のナーベどのはいつになく優しい気がするでござるよ、人間成長するものでござるなぁ」

モモンとナーベが無言のままチラリと目を合わせる。

(ややこしいからハムスケには黙っておけ)と言うのは出発前のやりとり。

今回は鞍に加え、人里離れた場所を目指しているため羞恥プレイ気分も少な目の移動はアインズには心理的にも随分リラックスできるものだった。

(はぁ行楽で一度来るのもいいかもしれないな)

などと風景を楽しんでいた。

 

「あんまあっちにゃ近寄りませんがね、亜人どもが日常的に争ってる危険地帯だそうだし」

と日の光に眩しそうに手をかざし丘陵の方を見やる盗賊のトゥース。

「ええと、目的地はそのかなり手前の方ですね」地図を確認するぺテルの色違いマッディ。

 

目的地をおぼしき場所に近づいたのは昼が中天を過ぎて少しの事だった

「あれか」

 街道から外れて西より、最後の戦闘から半日ほど経った時「ああ、ちょうどあのあたりですね」と見えてきた。

なだらかな丘陵が同じように続く手前、凹んで平らになったような場所が見える。人工的に手が加えられたのだろう、アインズは記録映像で見た古代遺跡郡跡地を思い出した、一番奥に見えるのは半ば崩落してるが、神殿のように見える。

 

「200年以上前のものですから、聖王国や王国の建国前からあるって事ですね…」

依頼を受ける時に軽く調べた情報を話すウッディ

(今回は何かと既視感(デジャヴュ)を感じるな、エ・ランテルでンフィーレアが囚われていた場所があんな感じだったな)

(行楽と言えば元のリアルでは世界遺産級なんだろうなあの廃墟とかも)

などとアインズは暢気に別の事を考えていた。

 

「まだ日没までは時間がある、探索を始めましょうモモンさ……」

地図から目を上げたマッディの目が驚愕に開かれる。

モモンは無言でナーベの手を借り巨大なグレートソードを二刀を抜き払った。

「いい気分でいたら、探索するまでも無く向こうからお出迎えか、随分サービスが効いてる観光スポットじゃないか」

 

 

 地の底から沸きだすように周りの廃墟からゾロゾロと群れをなす大量のゾンビが現れる。不死者(アンデッド)のその後ろに下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)が10体以上居るのを見て七天のメンバーからどよめきが漏れる。ゾンビなら例え倍居たとしても彼ら(七天八刀)でも問題は無い、しかし吸血鬼は手ごわい存在だ。明らかに依頼内容の想定から外れる事態だ。通常彼らだけなら逃げた方がいい状況、しかし漆黒のモモンがこちらに居れば話は別である皆の視線が集中する。

「では約束通り私が前に出よう、ナーベ、ハムスケ」

「了解致しました」

「承知でござるよ殿」

 

 

 対峙する二つの集団、モモンの考えていたのは吸血鬼がシャルティアの吸血鬼の花嫁(ヴァンパイアブライド)のように美しくはないのだな、と言う程度。やがてその下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)を割るように薄い黒絹のようなトーガを纏った一人の少女が前に出てきた。こちらはなかなかなに美しい。金色の目、白蝋のような肌、微笑からのぞく小さな牙、言うまでもなく吸血鬼だろう。「親玉か」とアインズが呟く。

「よく来たわね歓迎するわ漆黒の英雄モモン、クレマンティーヌ(・・・・・・・・)から色々と(・・・)話は聞いているわ」

 女の言葉にピクリと反応するアインズ。

むぅ、と意外なところから声が上がりアインズは傍の森の賢王を見た。

「何だ知っているのかハムスケ?あの吸血鬼の事を」

「いや、某は知らないでござるが、こやつが知ってると言ってるでござるよ殿、あやつズーラーノーンとか言う組織の、こらちょっと煩いいでござるよ」ハムスケはもごもご動く頬袋を押さえた。

(……そう言えばも居たな死の宝珠(そんなの)、それにしてもまたあいつらか)

 ズーラーノーンと言う単語にエ・ランテルの墓場で怪しげな事(死の螺旋)をやっていた集団を思い出す。八本指から徴収した裏世界の情報からでかなり手広く活動してる秘密結社だとは知っているが、まったくどこにでも現れるといささかウンザリする。お前らはイルミナティか。

 

「どういう成り行きなんですかねこれ……」

「ゾンビはともかく下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の数が多過ぎるな」

「やるしかなさそうだな、逃げてもいい事なさそうだ」

「森の賢王さん期待してるぜ」

「任せるでござるよ」

七天八刀のメンバーは緊張感を湛えた表情でゆっくりと散開しながら思い思いに弓や剣を構えた。

 

「さてモモン私達はあちらで少し二人でお話をしましょう、貴方もその方がいいでしょう?」

女吸血鬼に言われたアインズはめんどくさそうに小さく頷いて了承する。

 

(……パンドラこの場は任せる、私はちょっと放置できない事案が発生した)

(承知いたしました)

(それとこいつら(七天八刀)はかなりへっぽこだ、油断してるとすぐ死ぬからハムスケは守備に回しておけ。最悪死んでもかまわんが、後の事はお前に任せる)

(畏まりました)

 

「ハムスケよ、七天の方々を守りつつ戦え、私が戻るまで無理をせず防御に徹するのだ!」

「了解でござるよ殿!」

では行ってくるとモモンは女の後を追った。

 

 残されたゾンビや下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の群れは二人を追う気配は無い。不気味な沈黙を持ってゆらゆらと佇んでいる、それと指揮官らしい屈強な姿のビーストマンが一人。

 ナーベもふてぶてしく獰猛な笑いを浮かべたビーストマンの方を見てゆっくりと前に出た。任されたと言う事は倒して良いし倒さなくても良いと言う事である、しかしサンプルの件もあり戦闘能力を奪う程度は臣下としてやっておくべきことであろう。

 

「ええと……そこの後ろにいるクソッタレの蛆虫、このナーベがモモンさんに代わり潰してあげましょう、かかってきなさい」

 

 マントをバッと芝居かかった調子でかっこよく払う美姫、ちょいちょいと白魚のような指で不敵に笑い相手を挑発した。

暫時の空白の後、敵と味方の双方から当惑の眼差しがナーベに集まっていた。

 

「……ナーベさん?」

「ナーベどの?」

 

 む?怪訝そうに周りを見渡したパンドラは今のロールのどこか間違っていたのでしょうか?と……虫発言も適度に入れたはずなのですが、と考える。空気を読んで無い行為とはこういうものであろう、美貌であるだけに傍目には可愛くはあったのだが。

 

「貴様……人間のくせに舐めおって、ならさっそく殺ろうか、お前らあの女はおれがやる、残りをやれ」

 獣人らしき者から軽く怒気が上がり、部下のヴァンパイア達に指示が下った。ぞろりと吸血鬼達がゾンビを従え動き出す。

 

 「いくぞ皆」「応!」「ここは殿の名にかけて通さんでござるよ」

 気を取り直した味方達からの声も上がり、ゾンビと下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)の群れが向かってくるのを見て、ナーベは「さてさて」と迫り来るその前列を軽やかに飛び越えて跳躍して行った。

 




<キャラ紹介>
 『イリアナ』アイテムで吸血鬼化した真祖、強さはイビルアイより一回り下ぐらい。クレマンからちゃんと情報もらえなかった気の毒な人。

 『チェリビダッケ』吸血鬼の手下は人狼と言う事でビーストマンのはぐれ者に六腕のゼロを被せたような設定、故郷を出たところでイリアナに会って今回巻き込まれる可愛そうな人。

 ビーストマンの設定が明らかで無いので人間以上の獣人の集まりとここでは解釈しております。
纏めきれずまたしても3構成に。次回オチを回収していきます。


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9話―美姫ナーベ 後編

 パンドラは一見派手なアクション以外に欠点が無さそうに見える、だが本当に彼の欠点はオーバーアクションだけなのだろうか?



パンドラ(開けてはいけない)の箱

 

 

「さて、色々聞きたい事はあるだけど、まずは貴方が追ってるあと一体の吸血鬼の事から聞こうかしら」

 十分に距離を取りイリアナは振り返った。赤い瞳に黒く薄いトーガを白い肌に纏った姿は少女と女性の中間の魅力を漂わせその美しさは妖艶でさえあった。残念ながらモモンには性欲が残滓程度しか残って無かったのでこの場では意味を成さなかったのだが。

 立ち止まったモモンは少し考え込むような素振りを見せた後言った。

「……その前にお前に聞いて置こう、お前はズーラーノーンとか言う組織でどの程度の地位にいる?なぜお前の組織は私の事を吹聴して回らなかった?」

モモンは魔力で形成されたヘルムを脱ぎ消し去った。骸骨の貌が顕になる。

 

 むっとした表情に一瞬なったイレアナは現れた予想通りのモモンの容貌に余裕を取り返し、笑みで応じた。

「……いいでしょう、私の名はイレアナ、秘密結社ズーラーノーンのNo2、組織が貴方がリッチだと言う事を吹聴しなかった理由ですって?ずいぶんとつまらない質問ね今をときめく英雄さん?そんな噂一つで築かれた評価がひっくり返るわけないじゃない、世間はそこまで簡単なものじゃないし、私達も暇じゃないわ」

少しは考えろと馬鹿にしたような口調で答える。

 

(ふむ、デミウルゴスが以前似たような事を言っていた気がするが、つまり偉い人(モモン)が問題無いのだと振舞っていれば、周りが勝手にフォローを始めるとつまりはそう言う事か。なるほどな、噂が広まったらどうしようなどと神経質になり過ぎていたか。心配して損した)

「……そうかその程度の問題(・・・・・・)だったのか、なるほどなつまらん質問をしたな」

モモンの上位道具創造(クリエイトグレーターアイテム)による漆黒の装備は全て消え去り、豪奢なローブを纏う死の支配者(オーバーロード)の姿が現れ、ため息をついた。

 雰囲気が一変し黒く周囲の空気が塗り替えられていく、空間そのものが淀んでいくような感覚をイリアナは覚えた。

 

 

 何だこれは?イリアナは一瞬ビクリと反応した自分の体に驚いた。(なぜこの真祖たる私が死者の第魔法使い(エルダーリッチ)ごときに気圧される?)

「顔色が悪いな?」

 何故かため息をついてるモモン(リッチ)にひどく腹が立つ。なぜこのように余裕で居れるのか、力の差さえ解らないと言うのか?それとも第八位階などと言うハッタリと思われるアイテムを、まさか本当に所持しているとでも言うのか?そして同時に後ずさりしそうになる自分にも腹が立った。

 

「今度は私の方の質問に答えてもらうかしら?貴方達の追っている吸血鬼の事だけど……」

「吸血鬼か……ああ、あれは俺のウソだ両方共な」

全部を言い切る前にあっさりとした言葉で遮られた。今こいつは何と言った?

「ホニョぺ……はぁ!?う、嘘って……な、何よそれ?私を馬鹿にしてるのか!」

 

唖然とし次いで激昂するイリアナにこれ以上語る事は無いとアインズは続ける。

「馬鹿になどしてない、いやいや本当に悪かったな、反省はしてないが」

「な、舐めた口を……あたしの実力も解らない雑魚(リッチ)が、少し痛い目を見るがいい、くらえ魔法最強化(マキシマイズマジック)……」

「いきなり地獄の炎(ヘルフレム)

ポッと小さな黒い炎がイリアナの胸先に灯った。

「ギィっ?ギィヤァああああああああぁぁぁあぁぁぁぁ!!!…… …!? 」

 唐突にもたらされた焦熱。彼女(イレアナ)の抵抗値を遥かに超えた地獄の炎が瞬時に全身を包む。即時に消滅しなかったのはさすが高い復元力を持つ真祖と言うべきか。だが白い肌が瞬く間に黒い石炭のように炭化していく。

 消す事も留める事もできない指先からどんどん消滅していく肉体。何が起きているのか理解しきれず、イリアナは恐怖と混乱にめちゃくちゃになりそうな思考の中、渾身の力を振り絞って非実体化して逃走を図った。

「ほう、霧になって逃げるか、まぁ吸血鬼だから想定内なんだがな、本当にシャルティアの劣化バージョンだな。今度こそサヨナラだ、星幽界の一撃(アストラルスマイト)

 無慈悲の高位魔法の一撃が更に追加されイリアナの意識は切れ切れになり四散して行く。物理攻撃の一切を無効化しているはずの自分を更に理解できぬ恐ろしく強大な力が捩れ消し去っていく。

 私はもうただの村娘ではない。死を超越した存在。それが何故こんな事になぜ。実力の一片も示せぬまま何者にやられたのかもさえ定かでなく。全ては彼女の解らぬまま、この日唐突に真祖(ヴァンパイア)イリアナはこの世から消滅した。

 

「……そう言えばサンプル(お土産)の事忘れてたな、いささかやり過ぎ(オーバーキル)だったか、ズーラーノーンの情報でも吐かせて……まぁいいそのうちまとめて潰すとしよう。さて向こうはどうなったかな?」

再び上位道具創造(クリエイトグレーターアイテム)により装備を纏いモモンに戻るとパンドラに『もう片付けてもいいぞ』と<伝言(メッセージ)>を飛ばし死の支配者(オーバーロード)は元来た道をのんびり戻り始めた。

 

 

チェリビダッケは嘲笑した。

―計算外

ナーベ(パンドラ)は細い体に荒く息をついていた。壁面に叩きつけられた体を剣を支えに体を持ち上げる。勇び飛び込んで電撃(ライトニング)でゾンビを打ち倒しこの笑っている獣人(ビーストマン)まで迫ったまでは良かったのだが。

「……くっ」

 ナーベ(パンドラ)の表情には苛立ちがあった。見くびっていた相手戦力の事を、それは認めよう。だがまさか魔法抵抗の手段の無さそうな獣人が不意打ちに叩きつけた広範囲に広がる二重最強化(ツインマキシマイズ)電撃球(エレクトロ・スフィア)を回避したのは想定外だった。広範囲の呪文で体力を削り、優位に戦闘を進めるつもりのはずであったのだが。

ナーベは瓦礫の破片をパラパラと体から落としながらよろりと立ち上がった。

 

「そもそも魔法詠唱者(マジックキャスター)が俺の前に立ったのが間違っている、あほうが」

ぎっと睨みつけられた獣人は可笑しそうだ。

 3位階魔法までしか使えないナーベとしての縛りはあったものの、いざとなればコピー能力の上限8位階の8割、6位階魔法があるという事にいささ心のゆるみがあったと言うのか。至高のお方に直々に創造された身をもって何と無様な慢心だったのか。頭を振ると男が隣の戦闘に目をやった。

 

「ほう、やはりやるではないかあの魔獣、お前よりもあちらの方が強いのではないか?」

 見ればハムスケが武技を発動していた。<領域・尻尾>(未完成)は背後から忍び寄った下位吸血鬼(ヴァンパイア)の首を振り向きもせず一撃の下叩き落していた。なおも空いた爪の横殴りでゾンビを体格差を生かして打ち払い吹き飛ばす。下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)に二人一組で当たっていた七天のフォローにも目を配り、八面六臂見事な働きぶりと言えるだろう。少しづつ戦況はこちらに有利になっている、だが押されているにもかかわらず男はそちらを眺め余裕の表情だった。それがパンドラには屈辱でしかない。

「ナーベどの!」吸血鬼を薙ぎ払いながらもハムスケがこちらに声をかける。

 

 本来のナーベラル・ガンマが魔法詠唱者(マジックキャスター)であるため元々物理防御・物理攻撃のステータスは共に高くない。さらにその基礎能力を80%しか発揮できないパンドラが近接職に劣るのはある意味仕方ない事だ。だがその差がここまでとは。とパンドラ自身の実戦での戦闘経験の少なさもその一因であった。宝物伝をほとんど出た事が無く格下相手しか戦った事が無い事が今更ながらパンドラの戦闘に響いていた。

 

 ハムスケ達がまた心配げに声をかけてくる。よくやってるはずの味方の声が妙にわずらわしい。

「ハムスケこっちはいいからそちらに集中しなさい!」

 自身の声に苛立ちが混じるのを感じる。口調からはいつものパンドラらしい余裕が失われていた。憎憎しげに眼前の敵を睨む。

 

「おのれ……たかが獣人風情が……」

「ふん、弱者の分際でよく吼える。では強がったままあの世に行くがいい貴様がこのザマではモモンとやらも大した事なさそうだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)さっさと片付けて後はやつ(ハムスケ)と遊ぶとしよう」

 その一言にぷつりとパンドラの中で何かが切れた、この下等生物(糞の塊)は今何と言った?至高の御方であると同時に我が造物主でもある偉大なお方に対して。

 ナーベの美しい瞳孔が開いたように大きくなり目が見開かれる、チェリビダッケにとっては間の悪い事に、時同じくして彼の主からの命も飛んで来た。

「パンドラよ『もう片付けてもいいぞ』(手加減しなくていいぞ)

(承知……致しました…我が主よ……)

 真珠のようなを歯ギリギリとかみ締められていたのがゆるみ狂気のように微笑んだ。かろうじて残っていた最後のラインを何かが超えた。

 

 目の前の者の気配が一瞬ぶわりと膨らんだ気がしてチェリビダッケは戸惑いを覚えた、しかし瓦礫を背に立っているのはすでに剣を握るのもおぼつかない両腕を垂らした瀕死の女性魔法詠唱者(マジックキャスター)それは依然変化はない。何だ?

「……さっさとお前を始末して残りの連中も片付けて、何っ!?」背中からたてがみがぞわぞわと立ち上がる。

 前に出ようとしたチェリビダッケはナーベから放たれるどろりとした視線に貫かれ、今までの人生で味わった事の無い恐怖を感じた。

 

「ナーベどの今助太刀するでござるよ!」

「ねえ……いらねぇ…んだよゴミカスが…」

「は!?」

「いらねーんだよ糞がぁ!さがってろって言っただろうが、どいつもこいつも、この私の邪魔を、く、くぅ……下等生物(クズ)どもがぁあああああああああああ!」

 

 質量すら伴ったような絶叫が美姫から響き渡り、ゾンビと吸血鬼を粗方片付け助勢に駆けつけたハムスケと七天の半数の面々は突然の事態にギョっとして立ち止まった。

 ナーベの後ろ姿からはゆらめくような鬼気がどす黒い炎のように立ち上がり、対峙している獣人のその顔は蒼白で恐怖に歪んでいる。

「し、しかし」と言い掛けたマッデイに再度怒声が叩きつけられた、大の男が震え上がるような大音量だ。

 

「誰にっ!誰がこの私に、はい以外の返事をしていいと言った!!!このナーベに対して否と言っていいのはモモン様だけだ!!口でクソたれる前と後に私に何か言う時は“Sir”と言え。分かったか、このウジ虫ども!!!!」

仰天したハムスケ、動転する七天八刀の面々。

 

「さがれって言ってんだよ糞どもがぁ!何度も言わせんじゃねええ!!ケツを蹴られたいのか?こいつは私が直々にぶっ殺す!……これ以上下らん駄々を捏ねるなら先に貴様らのタマを切り取るぞ!!」

 ベッと唾を吐き、ぎらりと振り向いたナーベの目に一同はギョッとした。爛々と光り完全に据わっている。

全員の腕に鳥肌が立っていた。

 

「ら、ラジャーでござるよ、退がるでござるよ皆、というか某の本能が逃げろと言ってるでござる!」

全身の毛を逆立たせたハムスケが、もう我慢できないと体ごと後ろに転がって退がる。

「わ、わかりました、引くぞ皆、ナーベさんは俺達のために言ってんだ……たっ多分、任せて信じろ」

「ああ姐さん頑張って!」

命令に従うと言うよりは危険地帯からの退避と言った感じで一行はわっと一斉に後ろに退がった。すでにアンデッドは全て退けたようだ。

 

ぶつぶつと呪詛のようにナーベ(パンドラ)の独り言は続く。

下等生物(クズ)が貴様っ……わっ、私だけならっいざ知らず、しこっ至高の……アイっ…モモンさんの事まで、いい怒りで頭、頭っががっあぁあああああああ!!」

ぐるりと首が回され、瞬間目の前の女の姿が消えた。

「うぉっ!?」

 反射的に背後から閃いた剣先をチェリビダッケの鋼のような拳が弾いた。無意識に反撃の後背撃(バックブロー)を放つち、そして宙を切る。

 狂気のように大きく口を開け笑った表情が薙いだ軌跡から消え、50メートルは離れた中空から長い黒髪とたなびかせ見下ろしていた。

 

「な、なるほど、転移魔法に飛行それが貴様の切り札か、だが残念だったな所詮は女の細腕、不意を突いたぐらいでは俺は倒せん」

 自らの心に沸いた不安を掻き消すように喋る。魔法にそれほど詳しくないチェリビダッケにはその魔法がどの程度すごいものかは正確には解らなかった。恐らくは第5か第6位階、だが凡そイリアナと同格か一回りは下と踏んで幾分落ち着きを取り戻す、それなら相性次第で覆せるはずだ。

 どれほど高位であろうと魔法詠唱者(マジックキャスター)なら自分が有利。多少強力になろうが射線の解る雷の呪文など回避は容易い、現に今不意打ちの剣一撃であれ鍛えた肉体は弾き返した。落ち着いて対処すれば問題は無い、さらなる強力な呪文が来ようと避けてみせる。

 ギリギリと鋼のような肉体を軋ませる、全ての状況に対処するべく。どこに現れようと避わし、その瞬間に捕らえ殴殺してくれると身構える。さらに彼の奥の手の一つ、影分身の術を起動させた。術者の4分の1程度の力しか持たないが、ずるりと這い出した影は死角を無くし、かつ術師の目くらましにはなるだろう。

 

「もう一度やって見るがいい、次に接近した時がきさまの最後、どんなに強力だろうとおれのスピードなら呪文はかわしてみせる」

「ハァ?ハハァアアアアア?テメェええ勘違いしてんじゃねぇええええ!死ね下等生物(ガガンボ)、ここからが本番だ潰されて悲鳴を上げろぉあ!」

ナーベの姿が歪んだ、転移、ではない、なぜなら。

 

「ぐはぁ!」

 とてつもない衝撃が腹部を襲い、チェリビダッケは吹き飛んだ一つ壁面を粉砕して小石が水面を刎ねるように地面を掠め、二つ目の壁に轟音と共に叩きつけられる。

 先ほどまで自分が居た場所に小さなこぶしから煙を上げるナーベの姿があった。見下ろすと自分の腹筋からも強烈な擦過による煙が薄く上がっていた。単純に殴られたのか(・・・・・・・・・)、嘔吐感がせり上げ、内臓に損傷を受けたのかゲプりと血の混じったものを吐き出した。

 

 パンドラのステータス。それは単純な物理攻撃では素手で人を抱き潰し人食い大鬼(オーが)を一撃で両断するアインズをも上回る。そして素早さは階層守護者達の中にあってもトップクラスなのだ。つまり先ほどの一撃は数トンクラスの拳大の物体が音速を超えるスピードで正面から打ち込まれたと言う事である。

 戦車砲の直撃に匹敵する攻撃を受けチェリビダッケはだが尚生きていた。恐るべき強靭な防御力はビーストマンとして人類を基本性能で大きく上回り、更にバトルモンクとして極限まで鍛えた肉体をスキルで強化した賜物だったが。もしこれが普通の人間であったなら彼は熟したトマトを壁面に叩きつけたような有様になっていたであろう。

 

 ヨロヨロと立ち上がったチェリビダッケはだがダメージは甚大だった。彼の本能は頭が痛くなるほど危険の警告を打ち鳴らしていた。先ほどの攻撃は回避できぬと悟り。せめてと再度影分身で二体に分かれる。だがすでに目の前にはもうつるつるの卵に黒絹のような髪を垂らした狂気の笑みを讃えた美姫(ナーベ)が迫っていた。反射的に防御に上げたはずの左腕が宙に舞っていた(手刀だと?)驚愕するチェリビダッケの耳にナーベの声が響き渡る。

「死ね「Hitzeflimmern(ヒッツェシュライアー)!」

 

瞬間チェリビダッケは七体のナーベに取り囲まれていた。(分身七つ身!?馬鹿な)忍者のスキルも持つ彼がそう思ったのは暫時。

 人間の動体視力を遥かに上回る敏捷性によって七体に分裂したナーベの手刀によりチェリビダッケは一瞬にしてバラバラに分解されてその残骸が地に落ちていた。見ていた七天とハムスケの面々からどよめきとやがて歓声が上がる。

 

「なんだありゃぁ!?」「すげええ!」「武技か?」

 「いや忍術ってやつだぜ多分」「おおお最後の技はこの森の賢王の目を持ってしても見えなかったでござるよ!」

「いやったあああ!ナーベの姐さん!」

 口々に叫んで喝采がおき、だがハムスケを含め未だ皆近寄ろうとしない。それは七体に分裂したナーベが次々に消え独り佇む美姫が未だぶつぶつと下を向き目が爛々と輝いていたため。

 

ドドドドドドドドドド、轟音を上げる列車のように漆黒の巨躯が駆け付けたのはその時だった。到着と同時にゴンと言う音が低く響き渡る。ガントレットなのでかなり痛そうだ。ハムスケ達一同から、うっと声が漏れる。

「ぷぎゃっ……」

 アンデッドなのに息を尽いてるように見えるのは多分それだけ中の人(アインズ)動揺が激しいと言う事なのだろう。

「ななな、何をやってんだお前は!、それにっ何だ?今のは何だ?Hitzef……何とかって聞こえたぞ…」

 声をひそめながら怒鳴ると言う器用な事をするモモン。ドイツ語らしきものが聞こえた為自分の中の黒歴史が抉られるように思い出される。しかしパンドラに忍術が使えるなんて設定は無かったはずだ。汗腺機能など喪失しているはずなのにヘルムの表面にびっしょりと汗が流れてるような気がする。一体これはどういう事態だ?

 

「はっ……??これはモモンさま、こ、これは一体??」

 キョロキョロと見渡すナーベ(パンドラ)聞きたいのは俺の方だと心の中で叫ぶモモン。感情がジェットコースターの様に上下してその都度沈静化される。

 

 はっと我に返ったパンドラが説明する

「おおっこれはお恥ずかしい、Hitzeflimmernですな、あれこそは……こんな事もあろうかと宝物殿で練習していましたものでしてニンジャの分身の術を私なりに再現したものでHitzeflimmern(ヒッツェシュライアー)(陽炎)などと一応名付けたのですが……」

「ばか者そんな事は聞いてない、なんだこの事態は!」

「はっ!?ははっ…も、申し訳ございません、そうか……私は何という…至高の御身の前でなんたる失態を、戦闘中に我を失うとはこのパ……ナーベ直ちにこの場にて命をもってお詫びを!」

「よっよせ馬鹿者!今はそんな事を言っているのでは……というかなぜ脱いでるんだお前!」

ナーベはその場に座りこみ上着を脱ぎ捨てて肌着をたくしあげていた。

「こ、この場にて切腹を……」

「なっ……!?ど、どこからそんな設定を引っ張ってきたお前ドイツだろ!」

お前はシュバルツ・ブルーダーか、と昔みた古典アニメのドイツニンジャの顔が頭に浮かんだ

 

「殿お!すごかったでござるよナーベどのは」

「ぐっぐむぅ……」

 モモンの様子からこれはもはや安全と見ておっとり刀で駆け寄って来たメンバーに半裸のナーベ共々囲まれ、モモンもこれ以上詰問を挟む事ができぬと悟り口をつぐむ。

 一方、ナーベ。上着を脱ぎ捨て、マントを広げた上に正座し晒した白いお腹に剣の刃を当てる。どう見ても自害である。その光景にハムスケ達が声を上げる。

 

「おおっ!ナーベどの何だか解らんが落ち着くでござるよ早まってはいかんでござる!」

「あ、姐さん何だか解らないけど落ち着いて」

 慌てて剣を振り回すナーベから光り物を取り上げようと七天八刀のメンバー。だがあらわになったナーベの抜けるような白い肌とこぼれそうな胸に目が釘付けになっていたのを誰が責めれるだろうか。

 

「モ、モモンさんも、姐さんの何が貴方の逆鱗に触れたのか解りませんが落ち着いて、一緒に止めて下さい」

「お、おれは落ち着いている!」

「は放して下さい、モモンさんのお怒りを、今すぐ不肖の身の始末を」

「モモンさん!事情は解りませんがPT内暴力(ドメスティックバイオレンス)はいけませんよ特に女性には」

ちっ、ちがああああああああぁう!!

なおも剣を振り上げるナーベの姿に心の中で絶叫しながら、また精神が何度も安定化する漆黒の戦士モモンだった。

 

 

 

 

 

 

ボコンと地面が盛り上がり腕が突き出した。

 

「はぁはぁ……さっ最後の力を振り絞っての空蝉の術…と土竜の術だったが、逃げ切ったぞ、ちくしょう……なんだあのバケモノ女は」

最後の攻撃を避けられたの奇跡に近い。左手を失ったと同時に攻撃の寸前で全力で逃げ出したのが功を奏したに過ぎない。それでも脱出の際に逃げ遅れた体は一瞬の内に切り刻まれダメージは深かった。

 だが逃げ切った、残った右手で這いずり半身を起こす。生きてさえいればビーストマンである彼なら回復してすぐ歩く程度はすぐできるようになるだろう。逃げて逃げて今は無理でもいつか復讐してやる、たかが人間がこの俺に恐怖を与えるとは許されん。そう牙を剥いたチェリビダッケの頭上に影が差した。

 

 見上げると丘陵地に場違いなオレンジの派手なスーツを着た男が夕焼けの日を背後にグラサンをくいっと傾けた。

チェリビダッケは全身に鳥肌が立つのを感じた。ついさっき感じたものに匹敵する、もしくは凌駕する強烈な悪寒に襲われ冷や汗がとめどなく流れる。

 

「んん?気分転換に少し遠出の散歩に出てみれば……これは珍しい毛並みの羊が居ますね、交配実験が捗りそうです」

「なっ何を……」

「伏せ」

「うおぉ!?」

 デミウルゴスの<呪言>によって何か言いかけたチェリビダッケは地面に体が押し付けられる。渾身の力を込めてビーストマンの彼が身を起こそうとするがピクリとも動けない。まるで背に自重の数十倍もある金属塊でも乗っているようである。これはつまり両者のレベル差の隔絶を示しているのだが、そんな事を彼が知る由もない。

 

 地面に押し付けられブルブルと体を痙攣させるチェリビダッケの頭をデミウルゴスは「ふむ」とガシリと掴むと、ポイとリンゴでも放るように後ろに控えている魔将の方に投げた。

 

「さて思わぬ拾い物もありましたしそろそろ牧場に帰りますか、もう一仕事して来ましょう。アインズ様もきっとこの空の下、今もどこかでお働きなのでしょうからね」

 偉大なる支配者アインズ様のためにも一刻も早く成果を出して行きたいものだ、とスーツ姿の悪魔はチェリビダッケの首を猫のようにつまんだ配下の魔将を従え夕日の中へ消えて行った。

 

 

 

 

―ナザリック地下代墳墓

 

 

アインズの前には戦闘メイド・プレアデスが一人、ナーベラル・ガンマが跪く。

 

「面を上げよ」

「はっ」

 

アインズは色々身に染みた今回の事を思い出し、ふぅと息をつく。そして己の信じる威厳ある主人の態度を崩さないよう注意しながら慎重に言葉を選び声を出す。

 

「ナーベラル・ガンマよ、私はこのたびの実験により……つくづく、そうだな、モモンのパートナーはやはりお前しかおらぬと、そう痛感した」

 無くて初めて解った、今までの方がまだマシだったのだと言うその事実に。

叱責の言葉を待っていた所に予想外の言葉を賜りナーベが目を見開く。

「そんな、何ともったいないお言葉、わが身に余る光栄と存じます。ですが……アインズ様、愚かな私には未だ自分の至らぬ部分が修正しきれておらぬ気がいたします、本当にそのような私でよろしいのでしょうか?」

不安そうな部下の目にアインズは一つ頷くと演技でも無く優しげに言った、彼にも思うところはあったのだ。

 

「良い、良いのだナーベラル・ガンマよ。思えばささいな問題だったのかもしれぬ、謝罪が必要なのはあるいは私かもしれないのだ。そう、私は……お前の、ナーベの悪いところばかりに注目していた気がする。だが、いい所には気がつけていなかったのかもしれぬ。上に立つ者としてそれは失格だな。……ゆえに、お前の全てを許そうナーベラル・ガンマよ」

ナーベラルは全身を感動で震わせた、何という慈悲深さなのか、部下の無能を処罰するどころかわが身省み罰するなど。

「アインズ様が謝罪などと、このナーベラル・ガンマ、プレアデス一人の名に恥じぬよう、これまで以上にこの非才なる身の全力をもって今後もお仕えする事を誓います」

「うむ」

アインズもまたしみじみとした想いを込めて頷いた。

 

 

 その後、アインズにより、ナーベ、パンドラ計画はお蔵入りの封印となり。エ・ランテルの冒険者の間では美姫に関する「素手でビーストマンの首を刎ねる」だの「実はイジャニーヤの姫」などの眉唾ものの伝説が酒場の法螺話に加わる事となったのだった。「姐さんはすげぇ!」と言う一部熱狂的なファンと共に。

 

 

 




 パンドラは製作者のアインズさん(偏執者)の影響を受けてるから仕方ない、思い通りにいかないのと、アインズ様を侮辱されたのが重なり、この事態に。
 アインズ様はすぐ沈静化するけど、パンドラはそれが無いのでクールダウンがちょっと大変と言う設定も。
 普段のパンドラ、宝物殿で日々暇を見つけてはカッコイイポーズ、カッコいい技を研究中、この辺も製作者の影響を受けている。
※もちろんここだけの設定。

 分身7つ身は敏捷ステータスに物を言わせた力業、技ではありません念のため。コキュートス辺りに言わせると「無駄ナ動キガ多イガ意味ガ有ルノカ?」となっております。



次回フールーダさん


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10話―星に願いを 前編

少女回収



―進路相談

 

 

 

ナザリック地下第6階層―

 

 見事な白髭を膝下までたくわえた英雄然とした老人、眼差しは優しさと英知の底にほんの少しの危うさを秘めている。それが解る人間などほとんど居ないが。魔法詠唱者(マジックキャスター)フールーダ・パラダイン彼の名前である。帝国の元主席魔法使い。人類最高の魔法の天才。伝説の13英雄をも超える存在。数々のおくり名を持つ彼は壇上から生徒を見渡した。

 

 多くの魔法を学ぶ生徒達の視線、その目には真剣にその英知を学ぼうと言う姿勢が見てとれ彼を大いに満足させる。これこそが奥深い魔道を学ぶのに必要なものである。

 むろん個々の才能は重要である。だが真摯に魔道の深遠に学ぼうと言う者達を前にすると彼自身をも初心に帰してくれるようなのだ。一部例外はあるにしても。

 

 かつて或いは箔を付けるためや出世の道具として教えを請うフリをする連中を相手にしていた帝国時代よりも、以前も多くの弟子を抱えていたが、あるいは今現在彼自身の師を得、ゆっくりと干上がって行くような焦りが無くなった今こそ、後進の指導と言う意味でも最も純粋に魔法について自分は取り組めているのかもしれぬと感慨がある。と生徒から声が上がった。

 

「フールーダどの、(それがし)とデスナイトどのが座れる席が無いのでござるが、殿に直訴して作っていただけないでござらぬか?某は元よりこの体勢でも普段と変わらぬので平気でござるが、彼だけ正座なのは可哀想でござる……む?デスナイトどの我らの間で遠慮など無用のものでござるよ」

 最後列のハムスケとデスナイト。恐ろしげな悪魔の角を生やしたヘルムがゆっくりと手を左右に振るのは、ありがたいがお気持ちだけ、と言うところだろうか。

 

「う、む……まぁ検討しておこう、しかし私ごときからアインズ様へのお願いなど余りにも恐れ多い事だが」

「フールーダどののお立場もありますしなぁ」

とはザリュース。

「私まで参加させて頂けるとは思ってもみませんでしたわ、夫共々感謝致します」

 非常に珍しい全身白一色、瞳だけが薄紅色のアルビノ(白子)のリザードマン、今はザリュースの妻のクルシュ。

 

「俺はまだ伸びる余地はあるんですかねぇ、まぁ自分で強化魔法とか昔もう諦めてたんでありがたいんですが」

と小さな机を前に大股で椅子をまたぐ吸血鬼のブレイン。

 

「それにしてもまさかこの私がデスナイトに魔法座学を教える日がこようとはな……」

 感慨深いと言うには複雑過ぎる思いが老魔導師の胸中に沸く。短い間に何と彼を取り巻く環境は変わった事か。

「フールーダ殿、差別はいかんでござるよ、彼とて同じ大事なナザリックの仲間でござる」

「む、これは失礼した、私としたことが、確かに彼が成長すればそれはナザリックにとっても素晴らしい成果……」

 

 後列の目立たないところにはピニスン・ポール・ペルリアなど辺りは机に突っ伏して寝ている。そしてもう一人逆に最前列の目を赤く腫らした人間の少女が一人。フールーダ個人にとって苦い思い出だった少女、もはや半ば諦めていた者との再会であった。

 

「お主の事はずっと残念に思っていた、まさかこのような場所で……よくぞ生きておったアルシェ・イーブ・リリッツ・フルト、そして今は学ぶ時だ、涙を拭きしかと我が教えを受けるといい」

「はい……フールーダ様、まさか私の事などを覚えておいで…だとは……」

 途切れ途切れにやっとアルシェはそうかつての師に伝えた。フールーダからも惜しまれる天賦の才があったにもかかわらず家の事情から彼の元を去り、ワーカーとして野を迷宮を駆け巡る日々、そしてナザリックへの進入した日を最後に彼女の運命は終わっていたはずだった。

 

「礼ならばお言葉添えをして下さったセバス様、ユリ様に言うがいい。私だけの力ではどうにもならぬ事だったのだよ。例えどうにかしたいと思ってはみても結局は見捨てていたかもしれん」

フールーダの声には久しぶりに人の上に立つ者に相応しい老賢の慈愛と、わが身の卑小さを思い知った者にしか無い苦さの混ざり合ったものが感じられた。

 

 ここはアウラの許可を得てナザリック参入組で自薦、他薦で集められた者達がフールーダに魔法の手ほどきを受けるべく設置された青空教室。と言っても黒板と簡単な壇上が作成してあるのを除けば、帝国でも子供向けの学び屋にあるような椅子や机が各自に配られているに過ぎないのだが。

 半円形にゆったりとした配置で彼の生徒達がフールーダの言葉を待っている。

 近くの水辺では多頭水蛇(ヒュドラ)のロロロが半身を浸して寝ている。地下であるにもかかわらず眩しいほどの陽光、満足気に頷いたフールーダはそれらを一瞥して教鞭を取った。

 

「さて、では始めるか、まずは基礎の……む?」

「失礼いたしますフールーダ様、アインズ様がお呼びとの事です」

 教室の横、青い芝の上にアウラのそば周りの世話エルフの一人が立っていた。さらに後ろには使いの者らしき死者の大魔法使い(エルダーリッチ)の姿。

 

「なんと我が師が?」

一同の目も何事が起きたのかと視線が言っていた。

 

 

 

 

 

 

「師よ、お招きに応じ、急ぎまかりこしましてございます」

「おお、授業中に呼び立てしてすまんなフールーダよ、ちょうど関係者が集まったのでな。悪いとは思ったが急遽この済ませてしまう事にした」

「はっ?いえ、それは構いませぬが。教室とて、ご好意により開かせて頂いておる趣味のようなものでして……お詫びなど、とんでも無き事。しかし済ませてしまうとは?」

「うむ、それよフールーダ・パラダイン。今回は……お前の進路の相談をしようと思う」

 

「は?進…路にございますか」

半世紀どころではない、たっぷり2世紀は縁の無かった単語に目を瞬くフールーダ。

 

ナザリックの死の支配者(オーバーロード)アインズ・ウール・ゴウンは重々しく頷いた。

 

 

 

 

 

「しかし師よ、進路と申されますと……?」

人類最高の魔法詠唱者(マジックキャスター)天才の中の天才と言われたフールーダも当惑を隠せない、驚きの目で師とその背後に控える三人の強者を見つめる。

 

 まずはナザリックの支配者、アインズ、骸骨の表情が心なしか機嫌が良さそうだ。

その斜め後ろに、黒髪に白磁の肌、そして異形の角と堕天使の翼を持つ絶世の美女、ナザリック守護者統括アルベド。

 反対側に同じように控えるのは少女と女性の絶妙の間に存在する美の結晶、吸血鬼の闇の姫、シャルティア・ブラッドフォールン。

 そしてアインズの背後に控えるのはスーツ姿の細いが、強大な力を感じさせるサングラスの男、スパイク付の尻尾をたなびかせる第七階層守護者デミウルゴス。

 

 3者がそこに居るだけで10万の軍をも圧倒する力の存在をフールーダは感じた。その主人が軽い調子で話を続ける。いけない雰囲気に圧倒されては、とにかく師の発言を聞き逃してはとフールーダも気を張り詰めるべく丹田に意識を集中させる。

 

「まぁ、つまりだな、お前もいい年だからな、ポックリ逝かれてアンデッド化……でもいいかと思っていたのだが、デミウルゴス辺りの進言もあってな。

 つまりお前の不死化について一度全員主要なメンバー意見も聞きたいと思ってこのような運びとなった。

 お前の今回のこれはこれから先ナザリックの為に働く現地の人間の出世のモデルケースともなるだろう。お前の意思ももちろん尊重するので、拒否も含め自由に思うところを申してみよ」

「な……なんと!?不死ですと?!」

 フールーダが仰天したのも無理は無い。それは全ての魔道を志す者の究極の到達点の一つだ。それを聞いただけでフールーダーの頭から拒否などと言う単語はすでに弾き飛ばされていた。

 例えアインズの『拒否』と言う言葉のところで守護者達3者から投げつけられた視線『よもやアインズ様の慈悲深いご提案を蹴るなどという不敬を犯すわけが無いであろうな?』などと言う殺気混じりのものに晒されなくても、である。即座に彼は体を投げ出した。

 

「きょ、拒否などとんでもございません!それがいかなる形であろうと。例えこの身が人に在らざる存在になろうと、むしろそれこそが本望でございます師よ!」

 眼前に立つ主人の骸骨の姿はフールーダにとって一種、究極の憧れの具現化した姿である。初めてアインズに相対した時のように目に狂気を宿しその足元に今すぐ這いずって行きたい気分でいっぱいであった。

 

「そうかそうか、では話を進めよう」アインズは機嫌良く続けた。

 

「今回お前に示す進路は大きく分けて3つ、まず一つ、死者の大魔法使い(エルダーリッチ)を経て更に上を目指す道」

ガバリと顔を上げ即座に何か言おうとするフールーダをアインズは手で制す。

「まぁ最後まで聞け。お前の意思は良く解ったが。次に二つ目、シャルティアの眷属として吸血鬼として第二の人生を……まぁ人生でいいよな?始める」

 

 ごくりと喉を鳴らすフールーダ、それはそれで魅力的な道である、吸血鬼は年を経る毎に強力になり、元より身体能力は脆弱な人間を遥かに越える存在だ。先に吸血鬼化した生徒のブレインの永遠を密かに羨んでいたのも確かなのである。彼のようになれば無限に魔導を極めれる。アインズは3本目の魔法の指輪の嵌った骨の指を立てる。

 

「そして最後、若返りである」

「………………………………」

 フールーダは瞠目した、先の二つの煌びやかな宝石のような選択肢もだが3番目の提案もまさしく人の見る永遠の夢である。長年老いに怯えてきたフールーダの体におこりのように震えが来る。感動とも恐れともつかぬものは甘露のように頭から全身に染み込んでくる。いくら蓋をしても少しづつ漏れていくような若さと言う時間。学べば学ぶほど空しくなっていた日々が過去のものとして頭を過ぎ涙さえ浮かぶ。

 またかつてのように力溢れる、尽きぬ源泉がその身の内にあるような日々を取り戻せると言うのか?やり直せると言うのか?今度はかつての自分には存在しなかった偉大なる師について学ぶ事が。

 

「そ、それは!……」

アインズはまたしても無言でフールーダを制する。

 

「さてそこまでを踏まえてもらった上で私の最も信頼する部下達の意見を聞こう、まずはシャルティア」

 呼ばれた吸血鬼の姫はアインズの前につっと出た、優雅に黒いゴスロリのポールガウンの端をつまんで挨拶する。

「はいアインズ様、それではわらわから意見を言わせて頂きましんす。眷属化がやはり一番。これ(フールーダ)はもうかなり劣化してはおりますが、私が眷属とすれはそれ以上の劣化は押さえられりんす。そしてその上忠誠心も今以上、完全に保障されます。まさに完璧、一石二鳥の良案だと思われますえ」

自慢そうに小さく鼻を鳴らす、これ以上のものなどあるまいとその顔が言っている、絶対に至高の御方のお役に立てるのは私だと。

 

「ふむ、次アルベド」

「はい、アインズ様、考える余地も無く死者の大魔法使い(エルダーリッチ)がよろしいかと、一つはこの者(フールーダ)は元々魔法詠唱者(マジックキャスター)であります。同系統のリッチに進むのが最も自然であるかと。その上この度はアインズ様がお手づから作成なさるとの事。史書長も現地の技術を持った者の加入を望んでおりました。まさしくこれこそどこにも疑問の余地を挟む事の無い最上の選択かと」

ふん、とシャルティアが言葉を挟む。

「眷属の吸血鬼としても魔法の使用には問題ありませんえ、現にこの私がそう。アインズ様のお手をわずらわせる必要などございません。この程度のごときなら私達の手で済ませてしまうのが宜しいかと」

「あら、アインズ様の手によるリッチならば、それはもはやただのリッチではないわ。そのような素晴らしい者の誕生を祝うのこそ我々のあるべき姿。それが解らないのかしら?」

 

「双方止め、二人とも控えよ」

「ああなんだと?」「何かしら?」すごい顔で睨み合っていた二人は即座に揃ってお辞儀をして謝意を示した。

「両者の考えはどちらも一理ある。だが先に、デミウルゴス意見を」

 

「左様でございますな、私としては吸血鬼化(眷属化)アンデッド化(エルダーリッチ)どちらでも宜しいかと思います、ただし今回に限り第3の選択、若返りを推奨致します」

「ほう、理由を聞こう」

「はい、まず吸血鬼化(眷属化)アンデッド化(エルダーリッチ)どちらにしてもこの者に施した時点でやり直しが効きません。

 吸血鬼化は施したその時点で老化は止まりますがこの者(フールーダ)の場合はすでに老人。

 またエルダーリッチはユグドラシルにおいては最初からアンデッドのスケルトンリッチの者がかの<死者の本>などを使用し転職するのが一般的ですが。

 こちらの世界ではまず生きている彼を死者にしてからアンデッド化せねばなりません。結果は同じかもしれませんが万が一を考えますと最初の実験に使うのはリスクが大きいかと」

 

 チラリとデミウルゴスはフールーダを一瞥した。彼自身からすれば取るに足らない強さのフールーダであるがナザリックと彼の奉ずる主人にとっては重要度は別である。

 

「そこで今回はまずは若返りをもって将来への猶予期間と致します。その間に他の価値の低い人間でリッチ化をの実験を試すも良し、状況を見て吸血化するも良し、選択を先延ばしにするのがよろしいかと思われます」

 

「なるほど……どうだ?シャルティア、アルベド、何か反対の意見はあるか?」

「ございません、アインズ様、先延ばしにして将来、吸血鬼化する選択があるのならば、あえて急ぐ必要も無いと考えますえ」

「確かにアインズ様の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)製作はイグヴァなどで前例がございますが、すでに高位……6位階程度ではございますが使える生きた人間、どのような影響が出るかも解らない事を考えると、あるいは劣化も考慮し完全を期す為には保留も良いでしょうか」

 

うむと頷くアインズにデミウルゴスが補足する。

「何よりこの者の名前は人間社会にはそれなりの影響力を持ちます、今すぐナザリックに仕舞い込むには少し惜しい人材かと、帝国やその他の国に対する牽制や使者など、色々な使い道があるでしょう」

「良かろうデミウルゴス、では決まりだな。『若返り』を選択する事とする。異存があれば今聞こうフールーダよ。また最初に言っておく。この『若返り』のために使う魔法は10位階を越えたところにある『超位魔法・星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)』と言う、今回はそれを使用する」

「い、異存など何も!…そ、それよりも、じゅ、10位階を越えるですと!?」

 

 フールーダのみならずこの世界においては人が使える限界が凡そ6位階、10位階と言うのは神話・伝説に伝えられるだけに過ぎない。先だっての王国軍を虐殺した恐ろしいこの世のものとも思えぬ召還魔法が超位階魔法だとはアインズから聞いてはいたが。同様の魔法を使用すると無げに言う。そのような呪文にまみえる事ができる機会を得られるだけでも、フールーダのような魔道に生涯を捧げた人間にとっては目の眩むような奇跡的な幸運だ。

 

「そうだ、そしてこの魔法で若返りを行うのは、こちらの世……ごほんっとにかくお前が初のケースとなる。正直に言えば私も試す機会を探っていたのでな。…まぁ危険はほぼ無いとは思うが、どのぐらいの時間若さを留めれるのかも不明だそれで……」

 

「お受け致しまする!何卒!、何卒その実験に我が身をお使い下さい!例えそれでこの身が消滅したとしてもそれで本望でございます!」

平伏したままゴンゴンと頭を打ち付けるフールーダに軽くドン引きするアインズ。

「お、落ち着くのだ我が弟子よ」

(確かにこっちの世界に来てユグドラシル魔法は色々変質してるけど、星に願いを(ウイッシュ・アポン・ア・スター)はシャルティアの時に結果的に試運転したしそこまで危ない魔法じゃないとは思うんだけどなぁ……)

 

「えっあー……まぁ、覚悟は出来ているようだな。うん、時に尋ねるがお前は今何歳だったかな?」

「はっ……年でございますか?そうですな…正確なところは定かではありませんが、200年以上だと…」唐突な質問に答える声が途切れ途切れになるのは、フールーダが魔法キチで、研究に没頭して200年から先は良く数えていなかったためだ。

 

(その辺りはどう思うデミウルゴス?)

(は、流石に少々予想がつきませんが、初老から壮年の辺りまで若返るのではないかと思われます。老人のままでもよし、行き過ぎて青年の辺りまで行ったとしても、この者も人間社会では大魔法使いで通っておりますれば引いては魔道王国の力の宣伝にもなるかと)

(なるほど、大魔法使いならそんな事があっても(若返っても)仕方ないと言うやつだな)

(まさに左様でございます)

 

 「良かろう」とアインズはバッと懐からワールドアイテム・強欲と無欲を取り出した。

重厚でおどろおどろしい悪魔の相貌と繊細で無垢なる者を連想させる天使の対となるガントレットに「おお」と声が上がる。

 

 希少アイテム流れ星の指輪(シューティングスター)の回数はまだ残っていたが、補充できない物を使うのはもったいないとの考えから。確かマーレに使わせていたの経験地が溜まってるはずだと、手元のそれを確認してアインズは頷く。問題無く使用できそうだ。

「よし問題無い、ではフールーダよ、この場にて若返りの儀式を取り行う覚悟は良いな?」

「ははぁ!いつでも、いかようにも!」

 

「さて始めるぞ、超位魔法、星よ我は願う(I WISH)

 二百以上の願いの種類の中でも若返りはポピュラーな選択肢、多分大丈夫だとは思うが一応大目に経験地を消費したアインズは投入した経験地を無駄にしない為にも気合を入れて叫んだ。結果、思った通りの選択肢が出現し人知れずホッとしたアインズは勇んでそれを選択した。

 

まばゆい光に包まれフールーダの体は一瞬の後に変化していた。

アインズの目が驚愕で赤く瞬く。階層守護者達からも「おぉ…」と軽くどよめきが起きた。

「な、……何だと?」

 

 




後編へ続く
フールーダタグ追加、我ながら誰得なんだ…


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11話―星に願いを 後編

ショタルーダのビジュアルイメージ、荒川アルスラーンの殿下をso-bin絵で再現したみたいな感じで、でんかわ!…あくまで私個人のイメージで


―智謀の王

 

 

 

 

「……ば、馬鹿なこれは……」

「これは流石に私にも少々予想外でした……」

 

デミウルゴスほどの者をもってしても、この驚くべき眼前の光景に半ばほど口が開いたままだ。

 

「フ…フールーダよ、お、お前女だったのか?」

愕然とするアインズの顎がカパッと開いた。

「……いえ、恐れながらアインズ様、それは少々……これはマーレと同系統の…その、事案かと存じます」

 デミウルゴスの冷静かつ控え目なツッコミが入る、「おおっ」とアインズ。確かにアインズはどこかで見たことある光景だと思っていた。そうこれは、かつ、業の深さでは仲間の中でも最高と言われた茶釜さんの作成したマーレ(男の娘)と良く似た雰囲気が漂っているのだと。

 

 そこに居たのは癖の無いサラサラの銀髪、くりくりした淡いブルーの大きな瞳、桜色の艶やかな唇、女の子と見まごうばかりの白皙の美少年。年の頃はまさにマーレらと同年代だ。きょとんとした表情でぶかぶかのローブの中に埋もれていた。

 

 おずおずと自分の手を見つめていた少年、ここでは仮にショタルーダと呼ぶ事にする。がデミウルゴスに向けられた手鏡により己の姿を確認し、ついで歓喜の可愛らしい声を爆発させた。

 くるりと輝くような笑顔を顔いっぱいににアインズの足元にダイビングした。あまつさえ、そのまま「師よぉお!!」と泣きながらアインズのつま先をぺろぺろしようとして、アインズを大いに慌てさせた。ローブがはだけて白い肢体が覗いて非常に一部筋の人が喜びそうな光景である。女性守護者から喜悦と悲鳴のミックスした叫びが沸く。

 

「……こっこれは美少年と美の結晶たる御身の絡み!これはこれで極上の組み合わせ。美味しい構図でありんすえ!」と紅潮させた頬に鼻息を荒くするシャルティア

 ペロロンチーノぉ!と心の叫びを上げるアインズ。

「ああああ!アインズ様のおみ足にぃい!私もっ私もぉおお!」と桃色絶叫ボイスを上げるアルベド。すでに獲物を狙うようににじり寄っている。

「よよせっ!よすのだアルベド、フ…フ…フールーダよ、お前もちょっと落ち着け、とりあえず離れろ。ちょっ、この構図は世間的にも色々不味い」

 目に狂気を映し赤い舌から唾液を垂らし息を荒げる美少年に足に頬ずりされ、もう片方の足にはアルベドが抱きついている。

 恐慌に陥った死の支配者(オーバーロード)が一人後ろに引いていたデミウルゴスの助けを得て威厳を取り戻すまでしばらく時間が必要であった。

 

「アルベド及び傍観してたシャルティアも同罪、謹慎二日」言い渡されてしゅんとする階層守護者と守護者統括。

フールーダも追って沙汰と言う事でとりあえず教室に戻るように指示をされてこの日は解散となったのであった。

 

 

 

 

 教室に帰ったフールーダは何事も無かったかのように授業を再開したのだが。それを見て当然騒然とした一同。

 そんな中、リザードマンの夫婦は「フールーダ様は人間なのに脱皮がお出来になったのか」と愕然とし。ピニスンとハムスケは意味が解らないなりに「すごい」「すごいでござる!」を連呼し。

 アルシェはなどは「し、師が……こんな、可愛い」と言って頬を染めると、ナザリック入り以降のシャルティア(ご主人様)の調教の成果か、思わず下の方に伸びた指で……げふげふっん!だったりで、平素と変わらなかったのは黙々と書き取りをしていたデスナイトぐらいのものだった。ブレインはそんなカオスな教室の様子に頬杖を付いたまま「こいつは色々やべぇ…」と一言、呟いたと言う。

 

 

 

 

「なるほどそれで小生にお鉢が回ってきましたか」

「パンドラ様にはお忙しい中、ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ない」

 

 老フールーダに頭を下げるショタルーダ(仮)。ガタゴトと言う整備の良くない道を進む車輪の音が僅かな振動と共に聞こえてくる。こんな道であるにもかかわらずこの静音と心地よい乗り心地は快適な車輪(コンフォータブル・ホイールズ)という魔法のアイテムによるショック軽減と空調及び魔法による軽量化の賜物だ。

 室内の豪奢な装飾と高級なホテルと変わらぬ高級でゆったりしたクッション。見るものが見ればそれだけでこの馬車が並の人間の財力で到底はまかなえぬ物である事が解っただろう。

 

(とにかくなってしまったものはしょうがない、しばらくはパンドラに老フールーダを代行させて、ボロが出そうなところは、すぐ近くに本人を付けて対応させよう、とにかく怪しまれないようにいつもと同じである事を最重要に演技をしてくれ)

 と言うアインズのいつも通りのその場しのぎの発案によって二人は帝国に向かう馬車の中であった。

 無論二人ともアインズの言葉を額面通りに受け取ってはいない、普通に対応するつもりではあるが、その結果が自分達ごときでは思いもよらぬ遠大な計画の一部であるに違い無いと心から信じている。

 

「ちょうどフールーダどののタレント調査の番で幸いでしたな、ストックの中にフールーダどのの外装パターンがありましたのは。不幸中の……と言っていいかどうか解りませんが」

「パンドラ様の存在、真にナザリックになくてなならぬもの、この身もこの度はおかげを持ち、助かりましてございます。このご恩は必ずや」

「いやいやこれも私の任務、至高のお方の為でありますゆえ。それに小生一人では経験不足ゆえフールーダどのの代役が不安、それが為貴方にお付き合い頂いているのは私も同じ事、お気になさらずに」

 老フールーダの外装のパンドラは景色を眺め、鷹揚に手を振り、少年フールーダは深くお辞儀をした。

 

「しかしフールーダどのも中々見目麗しい美童であられたのですな、まぁ私は人間種でありませんので姿形が整っているという程度しか解らないのですが、異性からもてたのではありませんかな?」

「さて、この身は幼少の折より魔導の道に没頭しておりまして、家が裕福だったせいもありほとんど人付き合いがありませなんだな、気がつけばいい歳でありましたし、ようやく魔法に自信が持て始め、帝国の皇帝に見出された頃にはすっかり爺でありましたな。結婚の経験も無くずっと独り身でありました」

「ほう、なるほどそのような事情が、人生色々と言うやつですな」などと人に在らざる二重の影(ドッペルゲンガー)は呟いた。

 

 窓から見える空は青く、老フールーダ(パンドラ)の視線を追って少年(フールーダ)の目も雲を追う。

「それにしても<飛行(フライ)>でひとっ飛びといかぬのも、なかなか人の世は面倒ですな」

「真その通りかと、魔法を使えばすぐの距離でも形式と言うものが……私個人としても馬鹿馬鹿しいとは思うのですが」

 若者のような言葉の老フールーダがおどけた顔で長い髭をしごき、銀髪のの美少年、ショタルーダが老人のような言葉で魔法の偉大さを確認し機嫌良さそうに相槌を打った。

 

 

 

 バハルス帝国、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。鮮血皇帝と呼ばれる苛烈な手腕で知られる現帝国の支配者は金髪にとても整った顔立ちを歪めて気難しげな表情だった。

 視線の先には信頼する秘書官ロウネ・ヴァミリネンと帝国最強の4騎士の筆頭、バジウッドの顔。

 

 フールーダがその体を投げ出して、あの恐るべき魔導王アインズ・ウール・ゴウンの支配するナザリック地下大墳墓……今となってはどこが墳墓なのだとジルクニフは言いたかったのだが―入りをしてからかなりの時が過ぎた。

 

 定期的に続く連絡会議。それは表向きは友邦であるナザリックの欲するところを知りたいジルクニフと、理由はよく解らないがデミウルゴスらに交流の維持を進められたアインズによって開かれていた会合で、そのナザリック側の使者として選ばれていたのが元帝国最高の魔法詠唱者(マジックキャスター)にして魔法学院の長、諜報活動の要でもあったフールーダであった。

 

 両者それぞれの思惑から選ばれた同意の下の人選ではあったのだが、未だにジルクニフにとっては、己の切り札だった人物が、敵方、例え表面上だけは味方であったとしても、敵の代表で自分と相対していると言う事実は毎回面白いものではなかった。しかも今回は何故か予定日がずれ込んでいた。確かにナザリックからその旨の連絡は来ていたのだが。一体何があったと言うのか、またぞろ嫌な予感のするジルクニフであった。

 

 

「しばらく見ないうちになかなかに良いご身分になったものだなフールーダよ」

「お褒めにあずかりまして光栄ですな皇帝陛下」

いささか以上に気取った返答にむっとジルクニフ。ほんの一瞬顔をしかめた。すぐさま不敵な微笑を浮かべた顔に戻ってはいたが。

(む、今のはどういう意味でしょうか?」

(はて自分にもよく解りません、ジルの負けず嫌いな性格からして何かの牽制と思われますが)

(ふむ、ナザリック入りして日が浅いのに従者を付けているとは、と言ったところですかな)

パンドラ・老フールーダは、はっはは、いやそれほどでもと笑った。

一瞬虚を突かれたようなジルクニフはすぐさま体勢を整えなおしてにこやかに会談は進んだ。

 

 会談は概ね順調に推移し帝国からはナザリックの欲しいもののリスト。帝国の土地の使用権や通行に対する便宜など、ナザリックからは……これといった要求が帝国から無かったのでアインズからの友誼の言葉と友好関係の確認などが行われた。事実上この交流は帝国によるナザリックへのご機嫌伺いと、彼らの要求するものからアインズの狙いを知ろうとする情報収集活動的なものだったのでその性格上仕方ないのではあったが。

 

 

 いつに無くきびきびした動きの老人とは思えぬフールーダと今回からと付随していた経歴不明の謎の美少年を見送ったジルクニフはしばらくの間無言だった。

 時折、「まてよ」「いや…しかし」とぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。怪訝に思ったロウネとバジウッドだが、こうなった時の皇帝がいらぬ口をきかれるのを事のほか嫌っているのを長いつきあいから知っていた。慎ましくじっと皇帝の思索の果てが来るのを待っていた。

 扉の脇には四騎士の一人、唯一の女性である、『重爆』レイナース・ロックブルズがうつむき加減で時折ハンカチを取り出しては顔の半面にあてている。会議の内容にはまったく興味が無さそうだ、まぁ彼女はそういう契約で帝国に仕えているのだから仕方ないのだが。と言うのは同僚の『雷光』の思うところ。

 

 やがて深い思考の海の底から浮上してきたように、苦しそうな表情でジルクニフは言った。

 

「……そうか!違和感の正体、理解したぞ、おそらくは…あの従者の少年がフールーダだ…違いない、本物と思われた方、あちらは、おそらくは影武者か何かだ。」

 恐ろしいほどの強い視線と言葉でジルクニフは告げる。

 

 数瞬の沈黙

 

「そ、そんな馬鹿な、陛下いくら何でもお戯れを」

「いや、陛下それは流石に…」

 当然の反応である、親しい側近二人はジルクニフがここ最近の心労がたたって精神に異常をきたしたのでは無いかと半ば本気で危惧した。

 

  そんなセリフを聞きたいわけではないのだ、オレだって信じたくない、自分とてこれ以上の面倒事はまっぴらなのだ。

 ギラリと二人を睨みジルクニフの心が叫びをあげる。

 不自然な挙動のフールーダ、今回から急に同席した従卒の少年、ジルクニフの鋭い観察眼はそれら全てを見逃しては居なかった。

 

  謎の少年がかつて長い時間ジルクニフと居たフールーダがよくしていた癖を、まったく同じように行って居た事を。最初は偶然だと思った。だが何度も確認するうち、老人のフールーダが若干の答えに詰まった時、助け舟を出したのはその年端もいかぬ少年だったのだ。もちろん両者は自然を装ってはいたが、ジルクニフのような騙しあいの世界に生きる人間には見てとれるほどそれはハッキリと見えた。

 

 彼はこの嗅覚を持って権謀渦巻く宮廷においても貴族どもを駆逐して来たのだ。絶対の自信があった。あの少年はフールーダだ信じ難いが間違い無い。

 いかなる魔法を使ったのか解らないが……『あの』魔導王なら若返りの魔法ぐらい使えたところで何の不思議もない。

ちっ… 『若返り』と言う呟きをジルクニフの口もらした時に何か舌打ちの音が聞こえたがこの際それはどうでも良かった。

 

「お前たち、あの少年がフールーダだとして今回の魔導王の狙いが見えないか?」

「ど、どういう事ですか陛下?」

ジルクニフ自身も今ようやく辿り着いた自分の考えをまとめながら、苦悶の表情でゆっくりと喋り始めた。

 

「まず最初にフールーダの影武者だ、お前たち、私も含めてだが当初は誰もあれが偽者だなどとつゆほども疑わなかっただろう。それほどの偽装技術を持っているにもかかわらず、フールーダそれ自身の演技は違和感を覚えるほど大げさな動作だった、これがどう言う事か解るか?」

 

「い、いえ…」

「さっぱり解らないですが、たままた中身が演技が下手な奴じゃなかったのでは?」

 

「愚か者……そんなわけがあるか、あの見事な偽装だか変装術を駆使する術者がそんな初歩的なミスをするか、間違いなくあれは偽者である事が露見しても構わないと言う事、つまり挑発行為だ」

「むむ」

「つ、つまりは?」

 

「あれは脅しよ、我々が気が付く事もできないレベルの偽装術、言わば『いつでもお前たちのそばの者が自分達の部下と入れ替えできる、いつでも見ている、いつでも殺せる』そう言って来ておるのよ、それがまず第一段階」

「な、なんと、しかし第一段階とは?」

 

「……その上で少年のようなフールーダの存在だ、先に立つのが偽者なら本物がどこかと言うのは我々が真っ先に考える事。我々の洞察力を読んだ上であえて、本物のフールーダを……方法は解らぬが魔法による変装か、もしくは本当に若返らせて、目の前、この場に出す。……その意味を考えさせる為にな」

 

「最後が良く解らねぇんすけど、フールーダの爺さんが本当に若返ったりしたとして、帝国に何の脅しになるので?」

「……いいか良く聞けバジウッド、若返りとはすなわち不老不死の一種だ、何度でも若返れれるならそれは不死と変わらん言う事になる。定命で、また寿命の短い人類にとっては永遠の夢でもある。

 国の力ですでに我々帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王の国との間に、軍事力、文化力どちらも大きく水を開けられている、そこに奴らが更に人を若返らせる事まで可能、死ななくて済むかもしれない。などと言う話が加わったらどうなると思う?」

 

 ごくりと喉を鳴らして青ざめた優秀な秘書官が答える

「恐怖……による支配なら打ち破る事はできるかもしれませんが、そんな事まで可能となれば、自分から望んで、かの魔導王の元に人々が雪崩れをうって身を投げ出すやもしれませんな……その支配を望むやもしれません……」

 ジルクニフは大きく頷いた。

「その通りだヴァミリネン、あってはならん事だが、今回はその事を軽く匂わせて、その力の存在を印象付け、こちらの出方を伺っているのかもしれん、外からだけでは無く、人の心の内からの支配。くそっ……あれが魔法による幻影、偽装によるハッタリだと言う可能性もあるが……甘い予想はするべきではないのだろうな」

 ジルクニフは豪奢な金髪を指で掻き苦悶する。

 

「アインズ・ウール・ゴウンやはり恐ろしい奴だ……その真の恐ろしさはやはり強大な魔法では無い、どこまでも悪魔のような智謀よ、ただ一回の会合でここまでの布石を打って来るとは、次回の会合までにもっと譲歩するべき案を……いやしかし一体やつは何をこれ以上望んでいるのだ、解らん……だが何か行動を起こさねば」

 

つるつるのお肌…ちっ、と言う呟きが聞こえてきたが、そちらは努めて無視をする。

 どうにかして奴に怪しまれぬように今は耐え、人類の大同盟を組まねばならぬ、ジルクニフの苦悩は今日も深い。

随伴する側近二人も深刻な顔を見合わせるのであった。

 

 

 その後帝国との間驚くほどの有利な不平等条約が締結されるのだが、アインズがその理由に思い当たらず「流石アインズ様」の合唱にわけのわからないまま頷いていた事は言うまでもない。そのうちフールーダの若返りは予想以上に短く半年をもってその効力が切れ、一回目の実験は終了しパンドラもこの任を解かれた。

 

 若返っていた間のフールーダだが、その間なぜかアインズが自分が近づくのを避けているような気がして大いに気に病んでいた。「この身いついかなる時でも好きなようにお使い潰し下され!」と必死にアピールはしていたのだが、師の反応はどこか他所他所しいもので、そんな主の様子に少年フールーダはこの世の絶望を味わっていた。

 またアインズはアインズで「この体いついかなる時でも好きなようにして下さい!」などと人前で叫ぶ美少年(フールーダ)に色々とドン引きして、こんな子を連れて回ってたら世間体が悪いってレベルじゃないだろ、と言うか魔導王にそんな趣味(ホモでショタ疑惑)などという噂が立ったらどうする!と密かに恐れていたのであった。

 

 両者の懸念は魔法の効力が切れると同時に消え、元通りになった相手を見てアインズ・フールーダの師弟両名はそれぞれの胸を撫で下ろしたのであった。

 

 

 




雷光「ど、どう言う事ですかジルクニフ様!?」
ジル「つまりショタルーダとはああでこうで、魔導王の狙いは……だったんだよ!」
ロウネ・雷光「な、なんだってー!?」
重爆「転職したいなー……ちっ」

 誰も使わないなら先に使わせてもらうぜ!と言うことでオチはアインズの行動は全て人類滅亡……もとい狙いがあると深読みしてくれる皇帝ジルクニフにさせて頂きました。


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12話―副料理長の悩み

季節柄どうかなーと思ったり、これ書いてる時点で少し寒かったり。


―料理は心

 

 

 

 

トントントントントン、リズミカルな音が響きジャージャーと何かを炒める音がする。

 

二つのまったく同じキノコの頭が厨房の中を時折行き来している。

 

「申し訳ありませんね手伝っていただいて」

「いえいえ私のコピー(80%)では副料理長の全てスキルを再現できませぬゆえ簡単な事しかお手伝いできず申し訳ない」

「なにをおっしゃいますか、料理は下ごしらえがもっとも手間を食うのです。そこを大幅に手間を省けて大いに助かっておりますよ」

「そう言って頂けると、ですな」

「……あのパンドラどの、包丁を持って踊るのはちょっと」

「これは失礼」

 

 くるくるりと回った男がピタリとその回転を止め謝罪した。

 双子のような二つの茸頭。彼らの種族名は一方を茸生物(マイコニド)と呼び、もう一方は二重の影(ドッペルゲンガー)と言った。

 

「ふぅ、ようやく一段落つきましたかな……副料理長どの」

「そのようですな、お疲れ様でしたパンドラどの」

一般メイド、及びエクレアなどの一部男性使用人などが集う昼食タイム(戦場状態)はようやく終わりを告げていた。

「副料理長はいつもこの作業量を一人で?」

 下ごしらえの取り置きなどで対応いたしております、と副料理長。

「……料理スキルを持っている者が少ないので致し方ありません。一般メイドも未だに料理スキルは習得の道が見えませんし」

 以前黒焦げの物体をアインズ様に献上せざるをえなかった事を思い出す。幸いな事に慈悲深い至高のお方はお怒りにもなられず、気にかけるなと仰られておりましたが。

 

 ふと気が付くと下を向いたまま長く沈黙するキノコ頭。

「この程度のお手伝いなら今後何度でもと言うところですが、他にも何かお悩みがありそうですな?」

「これは申し訳ありません……パンドラどの」

「小生も裏方の役柄でございます、同じような立場の者同士どうぞ何事かあればご遠慮無く」

 少し躊躇った後副料理長はとつとつと語った。

 

 「そうですね……私の持ち合わせている料理のレシピにもやはり限りがございますので……先を思うとその辺りは多少不安はございます。少しづつ増やしてはいるのですが」

 幸か不幸かナザリックにはそれほど飲食を必要とする者がおらず一般メイドやプレアデスの方々にも彼の提供するメニューは好評だった。

 「新しいレシピを開発するにしても私一人では限界がありますし相談する相手もございません。何より本当に今の状況で十分アインズ様のお役に立てているのか悩み所ですかな……」

 

 また黙り込む。彼の料理は能力向上などの効果をもたらす非常に特殊なものも含むものなのだが、流石に食べてもその端から骨の間を抜けてしまうアインズ相手には意味を成さない、よって彼が料理を直接アインズに振舞った事も当然未だ無かった。

 どこか寂しそうな横顔、キノコなので正面も側面も実際はあまり変わらないのだがとにかく―を見てパンドラもその気持ちを深い所で察するものがあった。彼自身も長い間宝物殿を守るだけにひたすら、その長い時間を費やしていたのだから。

 

「なるほど、同じ至高のお方に仕える身として、そのお気持ちは解る気がいたします……」

 間接的に主の役にたつのはそれはそれで重要な事だと頭では解ってはいても、例えば料理にその腕を振るう存在なら一度は守護者としての自分達がそうであるように、そのスキル(料理の腕前)を直接至高のお方に披露し、あわよくばお褒めのお言葉なども賜る事を夢見たりもする事だろう。

 

 

 しばらく二つのキノコの頭は同じように宙を眺めて沈黙していたが一方が口を開いた。

「…………………………そうだ一つ思いつきましたぞ福料理長どの」

「何がでございますかなパンドラ様?」

「先の件です、レシピの開発ならば、まずはいっそ直接本人達方へ。ナザリックの同士諸君に聞き取り調査をしてみてはいかがでしょうか?」

「ほう?」

「食事不要と言う者がナザリックには多いですが、それは食事が出来ないと言う意味でありません、皆の料理の好みを聞いて回れば何かしら今後のヒントが得られるのでは無いでしょうか?」

 

「……なるほど、そういえばアウラ様になどは私からも定期的に特別(スペシャル)バーガーなどを提供していますな、コーラなどのお飲み物も考えて見れば彼女らの希望でした。

 デミウルゴス様などは、たまにバーにいらっしゃる折は美食ぶりがその会話の端々に感じられます……」

 軽い軽食やつまみめいたものも出したりする事があるのだが、デミウルゴスの食に対して発揮される博識ぶりにも副料理長は一目置いていた。

 

「さようですな、それにデミウルゴスどのならば福料理長がアインズ様に直接貢献できる妙案などお持ちであるかもしれません」

「それは……どうでしょうか?しかし本当にそうならば嬉しいのですが……」

「まぁ、物は試し、兎に角も行ってみましょう。善は急げと申しますし。まずは、女性の守護者の方々は今日は第6階層でお茶会との事ですので私も発案者としてご一緒しましょう」

「かたじけないパンドラどの」

 

 

 

 

「ずばり女体盛りでありんすえ」

いきなりですか、と副料理長はメモを持ったまま一瞬停止し軽く頭を振った。パンドラは元に戻りいつものナチ軍服に腕を組んで椅子を勧められた料理長の後ろに立っている。

「……それは微妙に料理のレシピではないかと」

「ええー」とシャルティア。「ペロロンチーノ様は究極のメニューのトリだと言ってたのでありんすえ?」とか何とか。

 

「何を考えてんのあんた、いや聞くまでも無いけど」とはこの階層の守護者アウラ、たっぷりと蜂蜜の入った紅茶をちびりと舐めた」

 まったく同じことを考えていたアルベドなどは「ま、まったくビッチには困ったものね」とどもりながら言いかけ、思い直したように「あら、でも平らな分確かに盛りやすいかもしれないわ」などと発言元とにらみ合っている。

 

「アウラ様はいかがでしょうか?」

ため息をついたアウラにパンドラ。

「私?そうねぇ……普段頼んでるバーガーの他には、あれはぶくぶく茶釜様が昔私達にご用意してくださった物をそのまま頼んでた(リクエスト)だけだし……マーレとあたしは野外任務が多いから木の実や果実をそのまま食べたりで、肉を焼いて塩をかけるとか多いかな、うーん、ごめん役に立てそうにないかも」

「左様でございますか……」

 

「スッポン料理とかマムシの姿焼きとかヤモリの串焼きとかが効くと聞いたんだけど?」

何かを期待して目を爛々と光らせるアルベド。何に効くのかは、あえて聞かない方がいいのでしょうな、と心の中で呟くパンドラ。

「……材料さえあれば作れますが、あまり一般メイド達には受けが良くないかと」

「何を言っているのアインズ様の事に決まってるじゃない!至高のお方のご健康にかかわることなのよ!?」

「アルベド様……使用方法によってはかえって我が主の健康を害しそうな気もしますが、根本的にアインズ様は食べられませぬゆえ」パンドラがフォローを入れる。

 

「はぁーやっぱり駄目なのかぁ」とやさぐれるアルベド。

「不敬にあたるのかもしれないでありんすが、ポーションと同じようにアインズさまの御頭から、かければ同じ効果があったりしないのでありんしょうか?」

「そっそれは流石にっ……でも水が滴るいい男とも言うわよね」一瞬アインズの頭からトカゲの黒焼きが垂れ下がっている光景を幻視する男二人。

虚を突かれた、と言うようにアルベド。

「垂れた分はわらわが舐め取って差し上げれば問題ありんせんえ」

「……てめぇ!天才か!?と言うか舐めるのは私に決まってるでしょおお!」

「はぁ……あたしはこの先の人生何度、何言ってんだこいつらと言わなきゃならないんだろう……」

そう愚痴るアウラを後に二人は、これ以上の聞き取りの必要性を感じず静かに礼をして立ち去るのであった。

 

後ろから「あああっ美肌効果料理ぃ!」「それだ!」と言う声が聞こえてきたが、それはもうまたの機会でいいだろうと判断するキノコであった。

 

「さて、では一度デミウルゴスのところへ行ってみましょう、ナザリック一の知恵者たる彼なら何か良い知恵が浮かぶかもしれない」

「そうですな、マーレどのはコキュートス殿の治めるリザードマンの村へ行っているようですし、二人にお伺いするのは、また今度と言う事でよろしいかと、第7階層へ向かいますか」

 

 

 

「……なるほどお話は解りました、私の考えで良ければ喜んで協力しましょう」

 いつもながらナザリックの仲間に対しては非常に親身に相談に乗る煉獄の支配者であった、途中案内してくれた紅蓮といいこの階層の者たちは恐ろしげな見た目とは裏腹に常に紳士的である。

 

「そうですな……こんな考えはいかかでしょうかね。アインズ様に味そのものは確かに無意味。ですが料理は目で楽しむと申しますし何かアインズ様のご記憶の……琴線に触れるようなものを作ってさしあげればいかがしょうか?」

 なるほど、と茸生物(マイコニド)、一般論に過ぎないのだがね、とデミウルゴス。

 

「なるほど……しかしデミウルゴス様、私は厨房に篭っておることが多かった為、残念ながらそのようにアインズ様ともあまりお話した機会がございませんでした……思いつくところが残念ながら」

 

「おお、それなら私がお役に立てそうですな。恐れ多くも至高のお方の似姿の外装コピーさせていただいた折に断片的ではありますが、アインズ様と至高のお方の会話を漏れ聞いております。その至高のお方との会話にのぼった料理を再現して献上してみてはいかがでしょうか?」

 

「非常にいいアイデアだねパンドラ、私自身も至高の御方のご賞味されたものなどは大変に興味がある。完成した際には是非一声かけていただきたいものです」

「なるほど、もちろんですともデミウルゴス様、しかし至高の御方のお話を聞くだけでも法外の幸せではありますがどう致しますかな……」

「アインズ様には私の方から意見具申をしておこう」とデミウルゴス

そう言うと<伝言(メッセージ)>でアインズに連絡を取る。

「これは恩に着ますデミウルゴス様、ではパンドラどのご苦労をおかけしますがアインズ様の元までご一緒願えますか?」

「承知仕りました」

 

 

 

 畏まって参上した、福料理長(キノコ頭)黒歴史(パンドラ)と言う珍しい組み合わせに、眼窩の赤い光を瞬かせるアインズだったが、話を聞いて非常に興味を引かれたようで、その場でにて許可を下ろした。

「ほう、それは面白い、ならば私も直々に協力しようではないか」

「な、なんと!?アインズ様ご本人がですか?」

意外な話の成り行きに副料理長のみならず、パンドラも驚愕を隠し切れない。

 

「うむ、その話を聞いて私もひとつ脳裏に閃くものがあった、まぁ脳は無いのかもしれんが……会社の仲間と忘……んんっ!至高の世界で何度か食した事がある料理に心当たりがある。皆で食べるのにはそれが最適やもしれん」

「皆でございますか?」とパンドラ

「その通り、この料理は皆で食べてこそ真価を発揮する類のものなのだ、所謂パーティ向けと言うやつだな。至急各階層守護者に<伝言(メッセージ)>を飛ばそう、早速今夜にでも執り行うぞ」

 妙にウキウキした感じですでに額に指を当て連絡を取り始めているアインズに二人とも戸惑うばかり。パーティ向けと言う事は集団に対してバフ効果のあるものなのだろうか?とその言葉の真意を必死で考える。

 実はリアルぼっちの時間が長くブラック勤めであったせいもあり。彼の短い生涯に数えるほどしか無かった鈴木悟としてのリアルの年末年始の記憶を思い出していた。できればギルメンとのオフ会でもやりたかったものだとの後悔もまた沸く。

 しかし彼らの息子や娘と言うべきNPCらとその機会が得られるとなればそれはまた望外の喜びである、アインズとしてはその企画で頭がいっぱいになり鼻歌でも出てきそうなほどだ。仲間、パーティ、響く笑い声なんと甘美なひと時だろうかと想像を膨らませる。

 

 「で、ですが」と非常に控えめにではあるが料理の責任を預かる副料理長はおずおずとアインズに申し出た。

「お、恐れながら至高の御方たるアインズ様には言うに及ばず、階層守護者の方々にも召し上がって頂く料理となりますと、下準備無しにいきなりと言うのは……少し不安が、調理を預かる者としては万全を期したく……情けなくはあるのですが準備に少々お時間が不足しているかと」

 

 アインズはすでに各階層守護者達に<伝言(メッセージ)>を送りながら恐縮する副料理長にニヤリと笑った。

「そこは心配いらぬぞ副料理長、この料理は非常に準備が簡単なのだ。お前達は私が指示する材料を用意して切っておくだけで良い、味付けは……相談するとして後は私が仕切るので心配はいらぬ、味噌や醤油はあったな?第一今回私のやりたいのは食べる側ではなく料理する側に回る事だしな」

 

至高の御方が料理をする!?最後のアインズのセリフに驚愕のあまり立ち尽くす二人。

アインズは「やはり最初はシンプルに水炊きで、いやチャンコか。いやいやアンコウ鍋なんか憧れるなぁ……」などとぶつぶつ喋っていた。

 

 

 

 「よかろう、皆準備はいいか?」骸骨の頭をキリッと手ぬぐいでまとめ、どうやって着ているのか男用割烹着姿のアインズ魔法によりリサイズされていてぴったりだ。急遽アイテムボックスに死蔵していた衣類データの季節ものの中から引っ張りだしてきたものだったのだが。その後ろでは副料理長が未だ事の成り行きにどう反応していいのか解らず彼らしくもなくオロオロしていた。

 無論彼自身も山と用意された食材の傍らに立って材料の補充などの為スタンバイはしているのだが、本来は彼がサービスする相手が席につかず、一緒にサービスする側として立っているのだ。

 恐れ多くて落ち着かない事甚だしい事だった。無論それは彼だけの事では無く、サービスを受ける側もそれは同じようで、テーブルについた階層守護者らの顔は畏れと緊張で引きつる寸前である。

 

 至高のお方はそんな事は気にする様子もなく、菜箸と呼ばれる長めの箸を片手にキビキビと全体の音頭を取っている。勝手に箸を付けようとした不届きな者には容赦なく絶望のオーラレベル1などが飛んで「きゃん」とか言わせている。

 急遽第9階層食堂にしつらえられた会場で大きめのテーブル席は2つ。当初はアインズ様の発案が止まらなくなり一般メイドやフールーダ達も呼ぼうなどと言い出して居たのだが。時間が無い事と今回は第1回と言う事でと、副料理長ら皆の必死の取り成しにより、なんとかアインズにもしぶしぶ納得してもらってこの数となっていた。

 またここで使用されているテーブルなのだが普段一般メイド達が食堂のバイキング形式で利用する大型の丸テーブルを流用しているものなのであった。アインズにはそれが彼の考える鍋のイメージと少し違っていたようで「なんか中華っぽいな」というアインズの鍋に対するこだわりもこの辺りで少しかい間見え、これまた次回からはもっとそれっぽくしようと改善点と言う事でアインズ自身も己を納得させていた。

 

 

 二つのグループ。まずは階層守護者達が囲むテーブル、ドレスやスーツ姿のアルベドやシャルティア、デミウルゴスが箸を構え鍋を囲む姿はなかなかに壮観だが、コキュートスの青い巨体が4つの腕で受け皿と小さな箸を掴む姿はやはり一番目を引く。もう一つはプレアデス達が囲むテーブル。各自何やら一抱えの大きさの袋を持ち各自待機状態。全員が緊張の面持ちでアインズの命令を今や遅しと待っている。

 

 

 最終チェックのためにアインズが厳しい目つきで各テーブルを見て回り、食欲からと言うより極度の緊張感で皆喉を鳴らす。コキュートスなどは「コノ緊張感、戦ノソレニ劣ラヌ…」などとのたまう程である。無論純粋に食欲からゴクリとなっている狼娘なども中には居たのだが。

 

「よし、待たせたな皆。十分に鍋の温度も上がり煮えにくいものにも火が通ったようだ。肉は入れっぱなしだと硬くなるので注意するように、さぁ食べるがいい」

 

「ははっ」一斉に唱和する守護者及びプレアデス一同、アインズ様の言う『正しい作法』に従い一斉に「いただきます」を唱和した。

 

「はふはふ、このつみれって言うのほいひーねマーレ」

「お、お姉ちゃん食べながら喋るのは良くないよ」

 

「ううー、やっぱりこの箸と言うのは難しいでありんす、もう少し練習しておけば……なっアルベド!?」

その横アルベドの箸がしらたきと肉を次々にさらって行く。なんと言う箸さばきなのか、大きさの大小にかかわらず得物の扱いには一家言あるコキュートスもその流麗な動きに目を奪われる。「ヌウ、見事ナ」

「ふふん……私はこう見えても家事百般をタブラ・スマラグディナ様から、そうあれと設定されているのよ。箸の扱いなどお手のものだわ」

 

「ぼ、僕は箸は難しいので今回は匙を使わせてもらってます」

「マーレそれは『蓮華』って言うのよ、茶釜様から聞いた事があったわ。ちなみにあの御方は『とうにゅう鍋』なる種類の鍋がお好きだと言われていたわ」

ふふん、と得意そうに語るアウラに「おぉ」と守護者達から嘆声が漏れる。至高の御方に関する新しい情報だからだろう。

 

「ふむ、この人間の耳のこりこりした感じも良いのですが、椎茸の歯ごたえも悪くありませんね……」

と言いかけてはっと副料理長を見る、すまないねと口をつぐむ。お気になさらずにと目で頷く副料理長。

 

「ちょっとアルベド一人で肉取りすぎぃ」

「野菜もバランス良く取るのが美容にも良いのだよアルベド?」

「このトーフと言うのは味がありませんえ……」

「イヤ、コレハ悪ク無イ……好ミダナ」

「えっ!?見た目からしてコキュートスって樹液みたいな甘いのしか食べられないのかと思ってた」

「違ウ……好キ嫌イハムシロ少ナイ方ダ」コキュートスは解ってないなと首を振る。

「なるほど……って、ちょっと鍋のそっち側凍ってるんだけど?」

「熱イノハ苦手ナノデナ」

「いい加減にしたまえコキュートス、これは流石に鍋の範疇を越えている」

「野菜が一部フローズンになってるわね……」

 シャリシャリと白菜の凍ったものを齧るアルベド。

 

 アインズは満足そうに楽しげな皆の様子を見ていた、これこそが彼の夢見た光景だった。そんな想いとは別に時折材料の盛ったザルを片手に肉の減り具合などに鋭い目を光らせて逐次新しい食材を投入していく、そのたびに守護者らが恐縮するのだが、まだ煮えてない肉を取ろうとしたマーレらに優しくだが断固とした注意を与えるなど、その鍋奉行ぶりはなかなかのものだ。

「パンドラ、お前も遠慮せずに食べるのだ」

「はっ……今回はこのような事態になった事、真に申し訳ありません。アインズ様にこのような恐れ覆い事をして頂いた挙句に、シモベたる自分がこのように席についたままなど……」

「ハハハ……今更何を言っておる、お前は私の代わり(NPC)なのだから、むしろ私の分まで食べるのこそが主に対する真の奉公と知るがいい」

 アインズは我ながら今日は自然体で何か風格が出てるんじゃないかと思い上機嫌だ。

 おおと声が上がり、なんとお優しい、流石はアインズ様慈悲の王でもありんす。などなど階層守護者各位からも口々に主の態度に感動の声が上がる。

 

「……畏まりました。しかし副料理長どのにも申し訳ありません、私一人発案者の中で座っているようで」

 傍らに立つ副料理長を見やりパンドラ。しかし、せっせと材料の乗った皿を運んでいた副料理長は初めて気がついたと言う風に顧みた。

「いえいえ、なんの。私も最初は戸惑いましたが、今は大いに感謝しております……確かに思っていたところとは少々違うかもしれませんが、皆様と、それに何よりアインズ様にも大層お喜びいただけたようです。このような発想はとても私だけでは思い至る事はできなかったでしょう」

 

「その通りだパンドラよ、料理とは食するだけが楽しみにあらず、振舞う方に回ってみてもそれはそれで楽しい物なのだ。現に私は今十分楽しんでいるぞ。さあ副料理長そんな事より早く次ぎの材料を持つのだ、肉が切れかかっておるではないか」

「おお、何ともったいなきお言葉。承知致しました、ただちに次をお持ちいたします」

 

 一礼した茸生物(マイコニド)の副料理長は非常に満足そうに、あるはずの無い喜びの表情をそこに浮かべているようにパンドラには見えた。

 

 

 

一方プレアデスの席

 

「と、言う事で私達も早速指定された『鍋』をやってみるっすよ!」

「何か始める前から嫌な予感がするのだけど……」とはナーベラル

 「何言ってるっスかナーちゃん、アインズ様のお好きな料理と言う事ならやらない手はないっすよ!」

「それはそうだけど……各自好きな材料を持ち寄ると言うのは一体…」

 

 ぐつぐつと煮え立つ鍋の上には魔法の効果により闇がどんよりとゆたっていて彼女の目をもってしても見通す事はできない。この闇は暗視などスキルの一切拒否する仕様で、当然プレアデスの全員もそのいかなる能力も中身を見通す事が出来なかった。箸を持ったまま皆、異様なその鍋を前に戦慄していた。

 

「アインズ様言ってた、これが……『闇…鍋』」

「たしかに闇がかかっているけど……」とソリュシャン。ちらりとアインズ様の方を見た、期待でいっぱの目で見つめている。ならば恐らくは大きな間違いは無いはずだ。

「ええアインズ様が仰るには、仲間の連帯感を高めるのに最高とされる鍋の形態がこの『闇鍋』なのだそうよ。

 

 アインズの説明を思い出す。

(よいかユリよ、私もこの鍋は残された記録映像を見た事があるだけで、実際に私も参加した事はない。だがこれは鍋をやる以上は避けては通れぬ非常に重要なネ……道なのだ。それと……あと重要なルールだが一度箸を付けたモノは絶対に鍋に戻してはならない、らしい。それがマナーなのだ、たぶんな。後は頼んだぞ)

 

 そう言われては至高の御方に仕える身としてもプレアデスのリーダーとしても否などあろうはずもない。あとは覚悟を決め全身全霊をもってプレアデス全員でこの闇鍋に挑むのみ。

 

「みんな準備はいいわね?」

「言われた通り…好きなもの……持ってきた」オイルの汚れがある袋をすっと掲げるシズ。

「私もぉ、たくさん持ってきましたぁ」産地直送お、エントマ。

「シズ……それなんかタプタプしてるんだけど、あとエントマのそれは何か激しく動いているわね……」

「これ…栄養価……とても高い、一応……ゼリー状?」

なぜ疑問系なの?と若干引きつった表情のナーベラル。

 

「カルネ村の近くに居たのたくさん捕まえてきたっス悪霊犬(バーゲスト)とか色々!」

「私のは王国で捕まえたオーソドックスな人肉なんだけど……」

「はいストップ、ソリュシャン、ルプスレギナ。アインズ様のご命令は伝えたはずよ。ルール(マナー)何を入れたのか事前に言ってはなりません!」

 ごめんなさいっす申し訳ありませんと頭を下げる二人の戦闘メイド。

 

「では、こほん、こちらのテーブル、プレアデス番外会『闇鍋』を開始いたします」

 ユリ・アルファの厳かな宣言と共に一斉に材料が投入された。ザラザラ、どぼん、ピキーピキーなどと色々な異音が魔法の闇の中でぐつぐつ煮える鍋の中に消えていく。

 

「………今何度か光ったような」

「何かがうねうね未だ鍋の表面が蠢いているような気がするっすけど……」「刺激臭が感じられますわね」「甘いようなぁ苦いようなぁ複雑な香ぃ」「んんっ皆覚悟はいいですね?」「で、では……開始!」

 

 ざざざっと一斉にプレアデス達の箸が魔法の闇の中に突入し、思い思いのモノを掴んでは浚っていく。もう彼女達に引き返す道はない。前進あるのみである。

 

もぐもぐ、ガリガリ、ごきゅごきゅ、ぷちぷち………

 

「おごぉおおぅっす!なっ何か自分のお肉にかかってるソース?なんすかコレ?すごい濃いんですけど!?」

「肉……硬い」

「箸をつけたものを鍋に戻すのはご法度よ、覚悟して最後まで食べるのですシズ」と言うか青黒いそれは肉なのかと思ったが心を鬼にして命令するユリ。彼女も何か触手ぽいものがのぞく口元を抑えている。

「くすん……動作不良を予告する」ともぐもぐと口を動かすシズ。

 

「うっ………こいつ口の中で動き回ってるわ、これまさかエントマの…」

 口を押さえて無表情のまま青くなると言う事態、それでもそのまま噛み潰すナーベラルは流石であった。アインズ様のご提案になった物を戻すなど最初から選択肢は無い。口の端から白いものが少し滴るのを無言でナプキンでぬぐっている。

 

「た、耐性持ちの私が気が遠く……なってきたんだけど、こ、これは一体……」

ぐらりとしたソリュシャンの持つ取り皿には虹色の液体が光っている。その中には毒物のほとんどを体内で無効化できる彼女をして戦慄させる半透明の塊がぶるぶると震えている。

 

「あーこれはぁ当たりですぅ、肉付たぶん大腿骨ぅ、こっちは正体不明のお肉ぅ」

元気のいいのはエントマ他一名。ボリボリぷつぷつ、ゴリュッという音が響き渡った。

「なんか私もビンビンになってきたっスよぉお!」

 

 隣のテーブルの後ろからは先ほどまでワクワクしながら見ていた彼女達の主も、ぐるぐる目を回しながらガツガツと鍋を書き込むメイド達の姿に流石に「うわぁ…」と一言つぶやき次第に一歩引いていた。

 流石に悪い事したかと思い視線をそっとそちらのテーブルから逸らしている。

 今や物理的に首まで回る娘さえ居て、さながらそのテーブルは魑魅魍魎の麻薬パーティの様相を見せていた。

 これじゃ『るし★ふぁー』さん辺りがやりそうな事だよ、とそこまで危ないモノは入ってないと思うんだけどなぁ……と思うアインズであった。

 

 

 

 

 

「……で、今日はシズとソリュシャンそれにナーベラルの3名。プレアデスの半数がダウンしていると」

「も、申し訳ありませんアインズ様、誠に……」

 忠義の塊のような彼女らをして行動不能に追い込むとはどんな状態であろう、恐るべきは『闇鍋』実際それでも這ってでも任務に出ようとしたのをアインズとの相談後、半強制的にベッドに縛りつけてきたユリの表情にも疲れが見える。

 

「いや、よい、お前達の全てを許そうユリ・アルファよ。私としても悪いなとは思いつつも予想以上に楽しかっ……いやまさかアレを最後まで食べるとは流石に……んんっ、気にするな、闇鍋の完食、真に大儀であったな。皆にもよく、特に3名には気にせずゆっくりと休むように伝えてくれ、これは命令だと」

 

「は?はい、アインズ様の寛大なお心使い、この場に居ぬ者も代表しまして、このユリ・アルファ深く感謝いたします」

 

 跪くユリ・アルファの姿に、自分の好奇心の為に流石に悪ノリし過ぎたかとアインズも多少の居心地の悪さを味わっていた。でもまぁ材料持ち寄ったのはプレアデス自身だし、そこまで俺悪くないよね?と自己弁護もしていたのだが。

 

「うむ、しかし。エントマ、ルプスレギナ当りはまぁ解るとして、ユリ、お前も結構胃が丈夫なのな……」

「え? は、はぁ……お、お褒めに預かり恐縮でございます」

 

 

 

 ともあれナザリック大地下墳墓の主はこの一件で大いに鍋の楽しさを満喫し、この後も第二回、第三回と開催される事になる鍋の会なのであったが。そこには常にアインズの鍋奉行助手として副料理長の姿があったと言う。両手に皿を持ち忙しく鍋の間を飛び回る事になった彼の願いは、とりあえずは今回叶えられたと言えるのではないだろうか。

 

 




「鍋と言えばカニもいいよな、あっ……」
「イエ、アインズ様、微妙二違イマスノデ。ヲ気二ナサラズ……」
「割と同系統食いも多いよね鍋って」

料理長の話書いてたら、いつの間にかナザリック鍋大会になってたでござる。
次回はちょっと10年くらい未来の話になるかなーと。


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13話―少女と少年の見るナザリック

10年後はエンリさんは何やってんだろう


 『今日は非常に非常に素晴らしい日である、この私の10年の長きに渡る長年の成果がようやく形になったのである。アインズ様の為。アインズ様の、この私の最も敬愛ィ△%◆$==(興奮の余り筆跡が乱れている) ……のだ。デザインも、人員は……まだその数は少々心もとないものではあるが、我が手塩にかけし軍団はデザイン、戦力、その他もろもろの面から鑑みても必ずや主のご満足頂けるものと確信するものである。ここに簡素ながら我が溢れる想いを記すものなり』 

                                                                宝物殿・応接の間にて パンドラズ・アクター

 

 

「つぅいにっ!この日が来ました!!」

サラサラリと書き記すとパンドラは手帳を懐に仕舞いこみ、バッと両手を高々と掲げた。

 

 

 

 

「おっ……」

 

 ブレイン・アングラウスは声を荷を両手に抱えたまま、そちらを見て足を止めた。

地下深く長い通路が何本も交差する。足元は石畳、その気配は乾いた中に死者の匂いを内包する墓地のそれである。

 

「どうしたでござるかブレインどの?」

「んー、ああ、どうやら下へ(・・)向かってるようだな」

「おおーあの子達(・・・・)でござるか」

ハムスケの一抱えもあるような大きな瞳がくりくりと動く。

 

ざっざっざっざっざ、一糸乱れぬ規則正しい足音と共に影が伸びている。

 

 またぞろ何かあるのかねぇ。

 男は高級そうなアンティーク調の家具――人間の成人男性が6人がかりでようやく動かしそうなテーブルを軽々と持ち上げながら、ひょいと片手をはずし顎を掻いた。

「何をぐずぐずしているのです、急いで運びなさい、シャルティア様がお怒りになられるわよ」

「おっと、はい、ただいま!」

「はいでござるよ!」

 滑るように先を行っていた吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が音も無く戻っていた。その声は少々苛立ち気味だ。気分屋の主人が一旦癇癪を起こせば彼女もいつ消滅するか解らない身なのだ。

 背中に大きな風呂敷包み――中身は下の工房で作ってもらったシャルティア様の怪しい玩具が入っているはずのハムスケも慌てたように歩き出す。

 

「言うまでもありませんが、急いだからと言って角をぶつけたりでもしたら、お前の首を撥ねますからね」

 そんな権限は彼女には無い、勝手な事をすれば、それはそれで彼女の身の破滅だ。だがそんな事はおくびにも出さすブレインも答える。

「もちろんシャルティア様の御使用になるもの、私としても細心の注意を払って運ばさせていただきます」

 

 明るく元気良く、笑顔でブレインは応えた。「ふん」と言うとぷいと顔をそらし、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)は吸血鬼と骨兵士の列の先頭に戻って行った。戦えばブレインの負ける相手では無いがそんな事は関係がない。ナザリックにおいては彼の方が地位は下であり、何より彼の心から敬愛する美の化身シャルティア様の為に働くのは心からの願い。なのでブレインのその言葉にも表情にも嘘は一欠けらも無い。

 「こないだまで赤ん坊だったあれらも形になるのか……」

もう一度チラリとそちらを見た、時の経つのは早い、吸血鬼(ヴァンパイア)になった彼には特に。規則正しく影の行進は続いている。

 「ブレインどの急ぐでござるよ」

 「おう、今行くよ」

 

ざっざっざっざっざ、足音はブレイン達から、遠ざかって行った。

 

 

 

 

 

 

 

―少女A

 

私のもっとも古い記憶は鋼の小手が視界に広がり自分の体が持ち上げられる感覚。その手の正体がクソッタレな(アイツ)のものだったと認識できたのはずっと後の事であるのだが……にんまりした顔も覚えている……。

 (アイツ)の名前はクレマンティーヌ……気まぐれと言われる性格の私も生みの親の事には一応興味があったので、調べて回ったのだが。ナザリックの方々の中を聞き取り(・・・・)回った結果はと言うと……聞くんじゃ無かったとしか言いようの無いものだった。

 

 私の母(あれ)がしでかした事は、およそこのナザリック地下大墳墓では到底許されない大罪に当たるものだった……。何せ偉大なる支配者アインズ・ウール・ゴウン様に直接歯向かった挙句、その眼窩に剣をぶっさして(しかも二本)果てたと言うのだから。その後復活して逃げたらしいが。

 私が未だこのナザリックの土の一部になって居ないのは助命して下さったニグレド様、ペストーニャ様、及び何かと我々に目をかけて下さるセバス様ほか上位の方々のお陰だ、何を置いてもあの方達だけには恩を返さなくてはいけないと思う。

 

 ともかく私は生まれた時から逆賊の子と言うありがたくもないご身分だったのだが。つまり私は10年程前、赤子の頃にナザリックに捨てられていた。魔法によって残された映像にはアインズ様も少々驚かれたそうだ。

 癖のある金髪の髪を肩の辺りで切りそろえると赤い目といい、あの時の無礼な女、つまりお前の母親にそっくりだ……とは戦闘メイド・プレイアデスの一人、ナーベラル様のありがたいお言葉。

 

 当時はもう、かの『カッツェの大虐殺』の後であり。アインズ様が魔導王としてエ・ランテルから勢力を拡大なされれいた頃だから……あれ(クレマン)なりに人間社会の行く末と子供の将来を見越して私をナザリックに預けて育てさせたんじゃないのか?と言うお言葉をアインズ様より直接賜った事もある。

 が、んなわきゃない。どうせめんどくさくなったか、もしくは鳥の一部には託卵と言って他人に自分の子供を育てさせる行動があるそうだ。その辺りだろう。死んでればいいのだが、未だ行方不明だ、生きていたらぜひ殺してやりたい。それがナザリックにとってもあれにとっても恩返しと言うものだ。

 

 

 

―少年B

 

 謁見の間には多数の仲間が集まっていた。訓練された我々ではあるが緊張と興奮で軽くざわめいている。ここには何度か大人数が集まった事があるのだが、そういう時、外様の僕達は大抵最後列の壁際なので、最前列に来たのは初めてだ。

 こんな玉座のすぐ下に集まり整列した我々は、黒と金を基調にした隊員の服装もあり、それなりに華美で大人数なのだが、この広い空間内では中央に寄り集まったようでなんとも心もとなくも思える。

 

 おっと自己紹介が遅れてしまった。僕達は年齢が10から15歳前後の少年・少女からなる、200名ほどの見習いの集団である。最低でも第2位階の魔法を操り、魔法以外の才能、特定武技やタレントを見出された者や、同じ魔力系でも信仰魔法5位階まで使いこなす者なども少数居る。

 上位10名ほどは4位階まで操る超エリート集団である。そして自分はその上位の10名のリーダー格と言うわけで一応男子組でも最強なのである。地上ならオリハルコンクラスの冒険者ぐらいは楽勝で殺せるのではないかと思う。女子組のトップは魔法こそ第3位階だが最年少でありながら武技を3つも使いこなす天才猫娘なども居る。

 客観的に見ても自分達は地上における人間の大人の最強集団に匹敵するものだと、そういう自負があり、それは事実だと誰もが信じている。200名そこらではあるが、戦い方によっては数千の帝国騎士団でも殲滅できるのではないかと。

 

 構成メンバーのほとんどは10年前の王都の事件……つまるところデミウルゴス様による大量の人間捕獲(・・・・・・・・)の時、ナザリックに入り、そのままペストーニャ様とニグレド様の連名によって助命された子供の生き残り。その中から特に厳選され才能が認められた者達の集まりだ。

 

 将来的には主にナザリック外にて活動を行う予定なのだが――と上の方より説明を受けている。

 

 ざわめきが止まり一斉にみな膝を突いた、触れの声がこのナザリック地下代墳墓の最上位者、アインズ・ウール・ゴウン魔導王様がデミウルゴス様などと伴われて来た事を告げた。

 

 

「まずはお前達の親代わりである二人から代表してニグレドから話がある心して聞くがいい、ニグレド」

 

 呼ばれて場所を代わったニグレド様はいつになく厳しい表情に見えた。と言ってもお顔の表皮が無いので少々わかり難いが、長年の付き合いでそのお優しさは隊員の誰もが知っている。今更怖がる者など誰もいない。だが今日は少々様子が違った。

 

「あなた方は今日までナザリックに育まれ、私およびペストーニャを親代わりとしてきました。私達も本当にあなた方をわが子のように大事に育ててきたつもりです、しかし今日よりあなた方が子供である事は終わりとなります。本日これよりは命令次第でその場にて躊躇無く死ぬ事も厭わぬ兵士となるのです。そう命じられる事もあります。そしてそれを命じるのは私達かもしれません……」

 

 それから始まったニグレド様の演説は最初は考えるように穏やかに話していたのだが……口調がだんだんに熱を帯び、最後の辺りは叫ぶような場面まであった。生まれて初めて見る慈母の鬼気迫る姿に半ば恐怖を覚えて涙ぐむ女の子まで居たぐらいだった。

 

「……お前達は死を恐れますか?ナザリックのため、いいえアインズ様ためにその心臓を捧げる事が怖いですか!」

「否、断じて否ですニグレド様!」「私達は死など恐れません!」「愚かな地上の者どもを導くのは我らが責務!」「死ぬのがアインズ様の為になるのならば、ご恩この場にて直ちに!」「全員命にて証明いたします!」

 

それらの言葉を聴いたニグレドは身を震わせた。

 

「ああ、ああ、何て素晴らしい子達なの!それでこそ私の愛し子達。今日が最後です、だからあえてそう言いましょう!今日より兵士となる我が子らよ、この場に居ないペストーニャも同じ想いであると確信して言いますわ!ありがとう、そしてナザリックとアインズ様にその命を捧げるのです!」

 感情の極まったニグレドが舞台役者のように両手を上げる。わが身を抱きしめ、再び片手を天上に捧げるように高く差し出す。両目からは涙が顔筋だけの頬を伝う。皆もその激情に身を委ねる。

 

ニグレド様!、ニグレド様!ペストーニャ様!ペストーニャ様!アインズ・ウール・ゴウン万歳!ナザリックに栄光あれ!

 

 ニグレドの熱演がようやく終わり壇上から去ってもその熱気は残っており。端で見ていたアインズも、普段そういう部下達の熱狂に慣れてる彼でさえ引くようなものが感じられた。

 

「ご、ご苦労」

「はっ」

 

 入れ替わるようにアインズが出て行き壇上に立ち鷹揚に手を振る。泣き腫らしたような少年少女の団体に見つめられると言う妙な居心地の悪さを感じていた。

 

 アインズの簡単な挨拶が終わり熱狂的な万歳の唱和が少年少女から上がりかけ、骸骨の手によりピタリと止まる

 

「す……素晴らしいぞ!皆の者、その忠誠、実に嬉しく思う。私としても、ナザリックの支配者としてその若い未来に非常に明るいものを感じる物だと、そう確信するものである」

 

 ピカピカと数度精神安定のエフェクトが発生する。次の瞬間またわっと万歳三唱しそうな少年らを、幾分慌てて――決してその仕草には現れないように注意しながらであるが。制する。

 アインズが感じるところだが、ある意味この少年・少女達の熱狂度はナザリックの者達とは別の意味で怖いぐらいすごい。

 命を惜しまないと言う点では同じだが、何やらおかしな宗教団体の壇上にでも立っているような気分になる。いやより率直に言うと自分が大昔の独裁者にでもなったかのようで怖い。

 

「あー、ごほん、ではこの後はパンドラより具体的なこれからの説明を聞くといい」

 

ゆっくりと席を自分の作ったNPCに譲る。代わって舞台の袖に待機していたパンドラは恭しく頭を下げ、交代した。

 

 

 

 

 壇上の袖から意外なほど静かなパンドラの訓示と言うか演説のようなものを見やりながら、アインズはヒッ○ラーユーゲントとしか表現しようの無い集団を目で示し何気なさを装い、そっと我が腹心達に尋ねた。

 

「その、何だ……デミウルゴスよ、あの集団のなんだがどう思う?

「どう?と申しますと」

パンドラの演説に時折、うんうんと頷きながら拍手していたデミウルゴスはアインズに向き直った。

「つまりその少々、熱意が大きすぎないかな、などとな」

「なるほど、しかしあれはアインズ様の偉大さとニグレド様達の慈悲に触れての事、普段の訓練は私もよく視察しましたが、地上のどの特殊部隊にも劣らぬ精神的強さもございます、心配はいらないかと」

 

「……そうか、ではそうだな、あの衣装だ、少々その何だ、あれらのものは現地のと比べて多少浮いてはいないか?」

 

 二呼吸程の思考の後「ああ」とデミウルゴスは頷いた。アインズとしてはこの特徴的過ぎる制服を着た少年少女達が世界各国に魔導王の配下として集団で派遣される光景を想像すると。万が一仲間やプレイヤーが居てその目に止まったらと思うと。

 アインズ・ウール・ゴウンが、と言うか俺が、おかしな思想に被れているようにしか思われないのではないかとかなり胃にくる光景だった。できれば止めてもらいたかった。

 

「……なるほど、アインズ様のご懸念はもっともかと、しかし彼らの任務は多岐に渡りますゆえ、諜報などには少々問題がある部分もあるやもしれませんが、返ってあれは公式な外交の場などでは十分に機能的かつ高貴な印象を与えかつ威圧的でもありますので、その方面ではかなり効果を発揮するものではないかと思われます」

 

 ですのでまったく問題はありません。そう言われ、小さくアインズは頷いた。いやそうだけど、そうじゃないんだ。と別の方向に救いを求めた。

 

「アルベドよ……お前はどう思う?それでもだな、その思うに少し派手ではないだろうか?」

もう少しこう、せめてこの世界っぽく、と言いかけるアインズにアルベドは白い華の咲くような笑顔で応えた。

 

「あの衣装、まさに流石は仮にもアインズ様のお作りになられたパンドラの発案かと、アインズ様の美的感覚を受け継いだ見事な……ちょー美しい、斬新かつ華麗な中にも剛毅なものが感じられます。まるで美の理解できぬこの世界の下等生物どもの衣装など及びもつきません。まさに至高の衣装であると有象無象の虫どももアインズ様のご威光を思い知る事でしょう」

 

「そうか、そう思うか、まぁ、そうだな……」

 力なくなりかけた声を無理に威厳をこめて言い、アインズは頷いた。この辺はもうしょうがないのかもしれないと半ば諦め気味だ。

 この世界のと言うよりアインズを除く守護者全員を含めて全ての者があのデザインがカッコイイイと思っているらしい。それはもはや明白だ。しかし、だ……この光景。

 

 どこから見ても第三帝国です本当にありがとうございました。

 

      どうしてこうなった?

 

 キラキラ光る少年少女のこちらを見る目から顔を逸らし、ゲッペルスのように上手いこと扇動してるパンドラを見てアインズは額を覆った。

 この際総統(ヒューラー)などと呼ばれなかっただけまだマシなのだと考える他ないだろうと。あの軍服の趣味はパンドラ経由なのは間違いないが、それは引いては過去の自分の趣味なのだから。だが問題は方向性だ。

 

 狂信的な人間の集団を幼年期から厳選に厳選を重ね育て上げ、のちのちにはナザリックによる人間社会全体の支配に役立てると言うデミウルゴスとパンドラの発案。

 それ自体はいいと思ったのだ、何しろいくら何でもナザリックの人員だけでは世界全部は掌握できない、アンデッドは増やせるがそういった面では足しにはならぬ。絶対裏切らない、もしくはそれに近い現地の人間の確保は必要な事なのだ。ならば自家育成も悪くない。そう思った。

 

 放置してパンドラやデミウルゴスに任せ、忘れていたらこのザマである。整列した子供達は初めて会った頃のエンリぐらいの年頃に見えるが、全員が煌びやかな、ネオナチ、ドイツ軍服のレプリカを着て誇らしく背筋を伸ばし、この世界でも美男美女の上にエリートの自負を持つ者に特有のオーラまで出ている。不覚にも「ちょっとカッコいいかも……」などと迂闊にもアインズも思ってしまうほどそれっぽい(・・・・・)

 

 見ればかつて自ら手を下したクレマンティーヌの子供も並んでおり、あれが女子組のトップなのだとか。あれの親を殺した。それ自体は何の後悔も無いアインズも、気がつけば鳥を殺したらその卵を見つけて、気がついたら雛が孵って懐いていた。みたいな妙な状態である。

 

 思えば始まりは、一通り守護者の一同に労を労う品が行き渡った後の事。ふとパンドラにも平等にせねばと、欲しい褒美を言うよう命じたのだが、まさかこんな事になるとは。

 

「ひとつ聞きたいのだがパンドラよ、これはこれはどの程度までの規模を目指しておるのだ?」

「部隊規模でございますか?(フュー)…アインズ様」

「……おい?」

「は?いえ、ゆくゆくは師団、まぁ差し当たりは旅団規模はと考えております。もちろん団長は不肖、この私パンドラが責任を持って勤めさせていただこうと、旅団長が謎の人物の軍団と言うのもアリかな、と思うのですがいかがでしょうか?」

沈黙を持って答えたアインズは別の話題に転じた。

 

「……コキュートスのリザードマン軍団の事を考えれば、お前がそういった部隊を欲するのも仕方ないのかもしれないが……」

「ナザリックの博愛精神や、その思想の世への浸透の為にも宣伝なども力を入れ、ゆくゆくはそちらの部隊の設立するのも視野に入れるべきかと」

「……確かに宣伝活動や思想統制もある程度は必要なのかもしれないが」お前の先ほどの演説もやけにそれらしかったなとアインズ。

 

「資料作成のために最古図書館(アッシュールバニパル)にて至高の御方の残されし文献の閲覧のご許可を頂きましたので……時間もあり読み漁ってしまいましたので、そちらもいつなりともお役に立てるかと」

「図書館、なるほど……そうか」

 

 そういう情報源もあったと思い当たるフシがある。仲間の中にミリオタや独裁者の歴史が大好きな人が居た事を思い出す、あの人の残した資料か……と見当をつける。

 ありし日にはパンドラ作成の時にも色々とあの人と話が盛り上がったなと思い出す。懐かしい思い出だが因果が巡ってこうなったかと思うと、軽く頭痛がしてアインズはまた話題を変えた。

 

「それで、ペストーニャ達は自室に引きこもってしまったか」

「まぁ彼女の場合は子離れもさる事ながら、イメージが叩き壊されるのもあるでしょうから」とパンドラ。

 叩き壊してる本人が言う事かとは思うが。本人達がやりたくない以上、厳しく親離れさせる儀式は必要である。

 仮初の母子関係が続くとナザリックにとって好ましくない弊害が起きるので踏ん切りが必要なのでは?とはデミウルゴスも言っていた事。

 

「うむ、まぁペストーニャ達にも普段色々迷惑をかけている事だ……しばらくはそっとしておいてやれ」

 

アインズ様万歳!ナザリックに栄光あれ!アインズ・ウール・ゴウン万歳! ナザリックに栄光あれ!アインズ・ウール・ゴウン万歳! ナザリックに栄光あれ!アインズ・ウール・ゴウン万歳! ナザリックに栄光あれ!アインズ・ウール・ゴウン万歳! ナザリックに栄光あれ!

 

 

 なおも続く謁見の間のネオナチ子供版の唱和の中で、パンドラ、デミウルゴス、アルベドの拍手も加わり、もうどうにでもなーれ。と思うアインズだった。

 

 

 




浚われた子供たちはどうなったのか?
子供―教育―パンドラ―軍隊。という流れでこのような話になりました。
男の子ばかりでも味気無いのでクレマンティーヌの娘入れてみました。10歳前後なら5年生ぐらいですかね。
まぁ魔法少女もそのぐらいから戦ってるからいいかなと。


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14話―至高の宝石箱

「はぁ……降ってきちゃんたか」

 

エンリ・エモットは最悪だなー…と薪を背負いなおした。小さい頃以来だろうか、この辺りで雪が降るなんて。

「すごい、すごーい!」

妹のネムは初めて見る空と村の光景に興奮して走り出してしまった。

「お姉ちゃーん! こっちこっち!」

「あ、ちょっと、走ると危ないでしょネム!」

慣れた場所ではあるが草原と言っても下に何があるか解らない。

「っと、姐さん、自分がちょっと行ってきますわ」

 

お願いします、と言うエンリに頭を下げてゴブリンさんが慌てて道を外れて駆けて行くネムを追いかけていく。

 鉛のような曇天だ。今にも垂れて来そうな空から本当に落ちてくるチラホラと粉のような雪。

すでにカルネ村にめぐらした外敵を防ぐための立派な柵にもうっすらと白くトッピングされたように積もりつつある。ぽつぽつと明かりが各家に灯り、村全体が冬特有の薄暗さと相まって幻想的に浮かび上がる。

 もっとも新村長などと言う彼女の村娘と言うしか無い年齢に対して重すぎる立場にあるエンリにはそんなメルヘンな気分は沸かない。めったに見れない光景に綺麗とか、そんな事よりも、間近に迫った冬の生活がより厳しくなるんだろうな、などと言う厳しい現実が先に見えてしまい溜息しか出ないのだ。

 それでも、と見やると我が家の扉が開くのが見えた。明かりの中から線の細い前髪の長い青年――ンフィーレアがゴブリン達に押出されるように出てきて、サムズアップしている彼らを後ろに、大きく手を振るのを見るとエンリは少し心が温かくなる気がして、死すら身近になる厳しい村の冬をなんとか越せそうな気がして笑顔で手を振り返すのだった。

 

 

 

「ふぅむ……雪か」

 遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)でナザリックの周囲を見ていたアインズはあれこれと操作していた手を止めていた。

 遠くアゼルリシア山脈を背景に降る雪に見入る。自然と言うのは美しいものなのだな、骸骨の脳裏には遠い遠い故郷の事が思い出される。

「ブループラネットさんじゃなくても何かいいなぁ……」

 自らの超位魔法でも擬似的な事はできるかもしれないが。かつてアインズが生きていた世界は風景のほとんどは擬似だった。スモッグに覆われた空、泳ぐ事のできない海、それが彼にとってリアル(本物)と言うものであり、窓に映る美しい景色は電子見せるの嘘だった。そんな世界しか知らない自分が今アバターの身になって初めて本物の自然に感じ入っていると言うのは何とも皮肉なものだ。

 ふとアインズは雪の舞う光景を見て思い出した。

我が故郷(日本)は別にキリスト教と言うわけでもなかったはずだが、いい加減なもんだったなぁ……まぁいいか」

アインズは額に手を当てるとパンドラを呼び出した。最近元気の無い友人の娘も気になっていたし、上に立つ者として自分が趣向を凝らすのもいいだろうと。

 ごそごそとアイテムボックスから取り出した嫉妬マスク(運営狂ったか)を机の上に置いてコンコンと指先で突いた。

「今回は忌々しいこれの出番は無いな、まったくいい思い出では無かったが」

 

 

 

 

第6階層―ロロロの水辺近く

 

 

「はいはいオーライ、オーライ、切った材木はそっちにまとめて置いてね、ハムスケーもうちょい引っ張って」

 

 はいでござるよー。と響く返事に頷く現場監督。オーライオーライと繰り返す。その意味は未だに良くわからないのだが流石はアインズ様のご指導下さったお言葉、汎用性に優れている。などと考える黄色いヘルメットからは、ちょこんと尖った耳が覗いている。現場監督と言うには小奇麗過ぎる格好と子供なりに均整の取れたすらりとした肢体のダークエルフ姉。

 

「アウラ様ー!あちらの方は下生えの雑草や小石の取り除き完了致しました」

「はいはーいご苦労ーさん、じゃ今度は向こうでエルフ使ってるフールーダを手伝って来てね」

 

図面を片手に手を振る守護者に遠慮がちにブレインは返した。

「……あー、あちらも大体大体片付いたようですね」

「それにしても外はそろそろ冬だと言うのにここは暖かいでござるなぁ」

「外は雪みたいだよーナザリックの偉大さ、引いてはアインズ様の偉大さを常に想ってなさいよね。んー、じゃあそろそろ休憩にしよっか、私やアンタとかはそんなの必要無いと思うんだけどねー」

 

 彼女自身は疲労・睡眠などのバッドステータスを無効化するアイテムを装備しているし、ブレインは吸血鬼である、二日や三日ぶっ通しで使ったところでどうと言う事は無いだろう。大体これ(ブレイン)の主人のシャルティアも潰れても構わないと言ってたし。とアウラはブレイン達を見やり考える。

 だが基本人間種のエルフやフールーダ達は違うのだと。基本平気である我々でさえ適度に休息を取れと言うのが慈悲深いアインズ様の命である。本当はずっと働いていたいのが彼女及びナザリックに生きる者の総意のはずなのだが。主がそう言う以上、全ての部下達をそう扱うのが主の意思であり、アウラに課せられた責任である。

 

「了解です、しかし今度は随分広く切り開きましたね……、ぉわあ!」

 倒木に座りこもうとしたブレインは跳ねるように立ち上がった。

「何かねー子供育てる施設とか作るらしーよ、私としてはあんまり気が進ま……って何? ……うひゃあ!」

 ブレインの視線を追って背後を見たアウラも背筋を伸ばす。

 

「い、いらっしゃいませアインズ様」

アウラは言ってから、しまったと言う表情になる。

「さ、先ほどは思わず声などを上げてしまい失礼を――」と言い掛け。同じく声を上げたブレインは直立不動でヴァンパイアがかくはずも無い背に汗をかいていた。

 

「よい、面を上げよ両名とも、建設作業ご苦労である」

 

 

 

「何か御用でしょうか?」

少し離れた場所で作業していたマーレも呼ばれ魔獣のフェンから降りて横に並んだ。ブレイン達は離れた場所から何が起きるのかと恐々としてこちらを見つめている。

 

「うむ、少し場所を借りたくてな、確かここら辺を広げているのを思い出して、ここが場所的に良さそうだろうと」

「場所、でございますか? そんなナザリック地下代墳墓の支配たるアインズ様が借りるなどと――」

「そ、そうです御命令いただければナザリックのどこであろうと――」

「ああ――いや、よいのだ二人とも、今日は」

 

アインズはきょろきょろと周りを見渡すと一本の巨大な木に目をつけた。横幅はともかく縦の高さは彼女らの住んでる大樹に匹敵するだろうか。

「あれがいいかな、アウラよ」

「は、はい何でしょうか?」

「以前そこのハムスケらと一緒にトブの森の奥で守護者一同で戦った事があるだろう―あれは、そう―たしか魔樹。その時の事は覚えているか?マーレはどうだ?」

「えっ?ええもちろん覚えています」

「は、はい覚えています」

 確か思った以上に弱かったから守護者全員で『手加減』して殺さないようにと、しかし呼吸をあわせた攻撃になるように苦労した戦闘を思い出し姉弟は目を見合わせる。しかしそれが一体何の話に繋がるのかさっぱり予想がつかない二人だった。

 

「その時に最後、あれに星を落として燃やしてしまっただろう、あれの元ネタ……正式なバージョンがあって、そちらはパーティの飾りつけのものなのだが」

「え、えーと?」

 キョトンとして必死に理解を及ばせようとしているアウラとマーレを見てアインズも自分の途中が飛び過ぎる説明の悪さに気が付いた。

「ああ我ながら説明が要領を得ないな……、つまりあれに見える樹に飾り付けをして、その周りで守護者各位の慰労パーティをやりたいのだ。準備を頼めるか?」

「あ、ああ。なるほどそういう事ですか。解りました、ではただちに!」

「ぼ、ぼくはどうしましょう?」

「うむ、マーレは各階層守護者に伝達と、セバスとプレアデスも誘ってみるか……そちらも頼む」

「は、はい承知致しました!」

 

 

 集まった守護者一同とセバス・プレアデスの面々はボードに張られた紙に書かれた図――到底上手いとは思えないものだったが。アインズお手製のものだったので、そんな事は彼らに関係無かったが――を食い入るように見ていた。慰労などと言われてた時は全員が「アインズ様が何をおっしゃる」と固辞したのだが、アインズが是非ともやりたいと言う以上それはナザリックにおいては決定事項である。現地組のシモベの頭として末席に控えるフールーダも含め、すでに皆頭を切り替えて主人の望む結果を完全に具現化するべく、これ以上無いほど真剣な表情になって説明を聞いている。

 

「……と、言うわけでこの図のようにあの樹を飾り付けて欲しい。ナザリックにあるものなら、防衛やよっぽどのものでない限り私の名において使用するのを許す。私はパンドラと別の準備をするので料理は副料理長らに、後の会場の準備は任せたぞ」

御意と平伏する一同。

 

「……では私は皆様のお飲み物などの手配などして参ります」とセバス。

「ふむ、会場のセッティングの監督は私とアルベドで行いましょうか」

「よろしいですわデミウルゴス、フールーダ、貴方以下の者、他に上位者の居ないものはお前を通してえこちらへ指示を仰ぎなさい」

「承知致しました」

「ならばあちしは、コキュートスなどは上背もありますゆえ一緒に飾り付けの手伝いをお願いしますえ、それとプレアデスらもこちらで」

「承知シタ、シャルティア、配下共々、我等ヲ上手ク使ッテクレ」

「畏まりました」とユリ

さてこっちのサプライズも用意するかと、アインズはパンドラと自室に帰って行った。

 

 

 ナザリックの中にもドームの内部に写る日が落ちる頃、アインズは会場に戻ってきた。パンドラはタイミングを見計らって登場させるつもりだ。6階層の森の端の開けた場所はデミウルゴスらの手腕によって絨毯の上に巨大なテーブルや椅子が用意され、会場はお洒落なパーティの雰囲気に整えられている。

 全体は上座と下座のように分かれているらしく、中心部分に守護者らが、そこから遠い場所にハムスケやブレイン達が居るようだ。

 流石はデミウルゴスとアルベド見事な手際だなと感心して仰ぎ見る。巨大な樹もアインズの指示通り順調に立派に飾り付けられているようで周りの人影は最後の調整なのか、こまごまとした整理に入っているようだ。

 

「ふむ思った以上に立派だな」

 アインズ自信はこのようなパーティに実際に参加した事は無いが、皆が思い描く豪華なクリスマスパーティとはこのようなものだろうとご満悦だ。

 綺麗に飾られたテーブルの上には所狭しと豪華な肉料理や林立する酒類、色とりどりの花が飾り付けられている。

 ただアインズが想っていたクリスマスパーティと違うのはよく見るとウインナーのように見えるものが人間の指だったり、フルーツポンチのようなものに入っているのが杏仁豆腐の代わりに色とりどりの目玉だったりするのだが、アインズも流石に毎度の事なのでその辺は適当に見ないふりをして間を歩いて行った。これが皆の好物なのだから仕方ないよな、と。

 だが途中どう見ても人類の生首が7つほどまとめて苦悶の表情で丸焼きにしてテーブル中央に鳥と一緒に飾ってあるのだけは少し好奇心に負けて思わず近くのメイドを呼び止めてしまい「あれは何だ?」と尋ねてしまった。

 結果はメイド曰く。あれはアインズ様のご指示にありました『七面鳥』と言うものが現地におりませんので皆で相談した結果デミウルゴス様にご指示を仰ぎ、あのような形になりました。何かご不満でもございますのでしょうかと言う不安そうな顔だったので、いや、いい」と足早に立ち去る事になったのだが。

 

「あ、アインズ様ぁ」

 頭を振ってツリーの方に来たアインズの前に今日は無礼講と言う事前の指示によって、くだけた感じの口調のプレアデスの一人エントマが和服姿の前を合わせて、とっとと駆け寄って来た。

「どうぞぉこちらへ、シャルティア様ぁアインズ様がおこしになられましたぁ」

「まぁアインズ様、どうぞこちら来て下さいませ、良くご覧下さいませ、私と……コキュートスのシモベも動員してたった今仕上がった所でございますえ」

 相変わらず怪しい廓言葉のシャルティアの後ろでは闇に浮かぶ会場の明かりの中まだヴァンパイアブライドや、大型の昆虫人が忙しそうに片付けに動きまわっている。「さぁコキュートスも」とシャルティアに促されぬっとそれ自体が会場の飾りのように青く輝く巨体が姿を現す。

「オオ、アインズ様、私ナゾハ美的ナ感覚二自信ガアリマセンノデ、シャルティアノ言ウママ二従ッテ居タダケデスガ……」

 

「何、そのように卑下する事は無いぞコキュートスよ、御苦労だな。いや私も自分でツリーを飾りつけた事などは無いし……んんっいや、立派な出来栄えだぞ、見事だなシャルティア」

「お褒めに預かり光栄でありんすえ、しかし材料の調達にはプレアデスの各員、デミウルゴスなども手を貸してくれましたゆえ、後でそちらの者達にもお褒めの言葉をかけて頂ければありがたく」

 褒められて得意になっているのかシャルティアはいつになく気分に余裕があるようだ。失敗の多い彼女だが、こういう表情を見せるのは久しぶりだとアインズも相好を崩す。イベントを開いた甲斐があったと言うものだ。

「ほう、なるほどな殊勝な考えだぞシャルティア。後でみなにも良く言っておこう、私も今日は皆を驚かせるような仕掛け(しかけ)を用意した。特にお前は驚くぞシャルティア?」

「私がでありんすか?それは楽しみですアインズ様」

 

「ふーむ、しかしナザリックによくこんなパーティ用の飾りのボールが大量にあったものだな、ん?」

しげしげと上を見上げ万遍無くキラキラに飾り付けられた巨大ツリーの近くまで来たアインズは友人の残したものかなと。感心して手近な飾りのボールを手にとって見た。そして沈黙する。

 

「……シャルティア、これは?」

「はい、そちらの飾りボールはデミウルゴスが用意してくれた、彼の牧場近くに出没する、なんとか言う亜人間の『干し首』が手ごろなサイズだったのを白く塗ったものでありんす」

「……うむ、そうか」

「ああーそれっ、アインズ様!あたしとナーちゃんが主に塗ったんっすよアインズ様!」

「よしなさいルプスレギナ……申し訳ありませんアインズ様。このような事しかお手伝いできず」

「い、いや……そんな事はないぞ、二人ともご苦労であった」

 まぁこんな事だろうなーとは心のどっかで思ってたけどね、とメイド達の前でアインズはツリーを見直した。 何か異界でも召還できそうなアイテムに見える干し首がたわわに実っているようだなとツリーを見直した。赤や黄色にも塗られているのでこの数は大変だったろう。離れて見れば綺麗だなーうん。

 完全なる狂騒とかひっ被ってたら今頃エライ事になってただろうなとアインズは胸を撫で下ろいていた。

 

 アインズはふと見るとツリー全体にかかっているモールが動いた気がした。

「……何か今動かなかったか?」

「ああーあれは大丈夫ですよぉアインズ様、私が用意したぁ、パールホワイト・ギガリンゴドクガの幼虫ですぅ」

「幼虫……そうか」

 よくよく見るとツリーに掛かっているのは、もぞもぞ動く、人の腕ぐらいの太さと巨大な毛虫であるようだ。ツリー全体に掛かっているそれは雪の代わりのオブジェなのが本来の意味なのだろうが、確かに白い毛はとても繊細で一見するととても綺麗だ。しかし今ギガドクガとか言ったなとアインズは反芻した。

「あれは近づいても大丈夫なのか?」

「はいぃ、あの程度なら人間はともかく(・・・・・・・)私達には無害ですぅ、あ、でもぉ危なそうなあれら(ツアレやフールーダ)とかには、近づかないように言い含めてありますぅ」

 セバスと一緒に飲み物の配膳に動き回っている人間の娘の方を見る。なるほどツリーの周りにハムスケ達が居ないのはそういう事かとアインズは頷く。

 

 他にもキラキラ光るものや、半透明の虹色に輝く結晶なども全部聞いていては多分気が滅入ってきそうなでアインズは質問を切り上げようと思った。

「なるほど、皆大儀であったな……では最後に、あー……あの天辺に付いてるキラキラしたのはあれは何だ?」

星じゃなくて、丸いように見えるんだがと、あーあちらはぁと答えかけたエントマを制してポールゴシックの吸血鬼の少女が前にでる。

 

「あれは私の私物から用意しましたのですえ」

ギガ盛りにした胸を逸らしてシャルティア。

「……で何だ?」

「はい、私の部屋にあった『鋼鉄の処女(拷問用具)』の頭の部分がちょうどいい大きさと思いましたので、捻りとってヴァンパイアブライド(シモベ達)に金ぴかに塗装させて取り付けさせてみました」

可愛く、いかがでしょうか?とたずねる。

 

「う、うむ実に見事な飾り付けだった、(魔除けには最適だなとコメントするわけにもいかず)では今度は私が今回の為に用意したスペシャルゲストを紹介しよう!」

アインズは手を上げた。

 ゲスト?と皆が動きを止め、視線が集中する。彼が指差す方向の暗闇の中に魔法によるものなのかスポットライトが集中して一人の人物を浮かび上がらせた。

 

一瞬の間を置いて全ての守護者、メイドの一人に居たる全てのものからどよめきが漏れた。事情の解らない者達を除いて。

「な、何とあの方は……」

「セバス様、ご存知のお方ですか?」

 尋ねるツアレの視線の先で剛毅なセバスの表情が揺れている。

「お、おおおお、あの方はいやしかし『あれ』は……」

 デミウルゴスが呻く。プレアデス達もざわめく中、ユリとアルベドは目を見合わせた。彼女達は一瞬の驚きからすぐに理解に及んだ。彼女達はこれと似た状況をすでに経験済みであったので。

 

「………あれは一体?アインズ様?」

 呆然と立ち尽くしたシャルティアがのろのろとアインズを振り仰ぎ尋ねた。彼女の最も大事な人の姿がそこにあった、激しい歓喜の中、だがあれは違う(・・・・・・・)と彼女の本能の冷静な部分がその事を伝えていた。

「お前の造物主『ペロロンチーノさんだよ』中身はパンドラだがな」

 

アインズは愉快そうにシャルティアの肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ナザリック第五階層・氷河

 

 水晶が輪のように連なる中心、大白球(スノーボールアース)で外の監視を行っていた雪女郎(フロストヴァージン)は常時激しい吹雪の為ホワイトアウトしているようないつもの雪原の光景の中に金髪がチラチラとするのを発見して氷のような表情に僅かな驚きを浮かべた。

「まぁ……あれはマーレ様、皆すぐにお迎えに上がりますよ、コキュートス様にもお知らせして」

 その場に居た日本で言う雪女のような外観の全員そっくりな彼女達は目配せしあうと、滑るように移動し彼女の上司のコキュートスに知らせる者とマーレに迎えに行く者とで別れて行った。

 

 

「守護者マーレ、今回ハ何カナ?」

 巨大なテーブルとイスは部屋の主のサイズに合わせたように巨大で氷で出来ているにもかかわらず不思議と溶ける気配の無いものだった。四つの腕の内細い複腕で席を示されマーレはちょこんと座った。

「ああーいえ、そのコキュートスさん、今日はですね、先日の『くりすますぱーてぃ』の件なんですけど」

「オオ、アノ話カ。マッタク、ペロロンチーノ様ノオ姿ヲ見タ時ハ肝ヲ潰シマシタナ、イヤ、アノ時ハ、少々シャルティアガ羨マシク私モ……」

「そ、その事で、ですね、アインズ様から新たにご提案がございました」

「何ダト?……ソレハ一体?」

「ええと、あのぉ」

とごそごそと急いで、しかし大事そうにラミネート加工されたものを腰のポシェットから取り出し、おずおずとコキュートスの前に差し出した。コキュートスの複眼が驚愕で怪しく光った。

「ム?コレハ…写真カ? ナ、何?……コ、コレハ!?」

ガタンと立ち上がり、カギつめのような複腕で傷を付けないように器用に載せたそれを見るコキュートスの手は震えていた。そこには至高の41の一人

 ぶくぶく茶釜を真ん中に双子のダークエルフ、アウラが満面の笑みでピースを、マーレがはにかんだように笑っていた。

 

 

 

 

「ほう、コキュートスの分も撮り終わったのか、どれどれ……」

「はい、こちらになります」

 

 アルベドから受け取り、机の上に広げられた写真をアインズは取り上げた。

 大体解っていた事だが。シャルティアで様子を見たクリスマスプレゼントに彼ら、彼女らの造物主との写真を――計画はアインズの思ってた通り結局全員が希望するものとなり、あの日以来一日一人の至高がナザリックに再臨して地下大墳墓のどこかで撮影会をする運びになっていた。

 

「これは何と言うか……壮大な感じだな」

 写真の中央には雄雄しく剣を掲げる至高の41人の一人である武人建御雷の姿があった。その周りを囲むようにコキュートスとその眷属達がさまざまなポーズで見えぬ軍団に挑んでいるような構図だ。

 これを一枚撮る為に結構なシモベの数を動因して撮影したらしく、恐らくは戦争などをテーマにした勇壮な戦絵巻のようなものなのだろう。しかしアインズが見るに出演してるキャストが怪物揃いなお陰で大昔の特撮映画の怪獣ポスターのように見える。他のものも見てみると全て構図違いの物でありアインズに言わせるとやはり劇場映画っぽい。

「はい、何度も撮りなおしたようですよ、このサイズに引き伸ばしてくれとコキュートスも頭を下げますものですから特別仕様です」

言われて見ると写真にはいくつかサイズがありコキュートスらが武人建御雷を一緒に写っているものは全て大判だった。

「リテイクの嵐か、あれで見かけによらず結構凝り性なところがあるからなぁ…」

 

 別の写真を取り上げる。

 マーレとアウラは個別に撮ったものと。茶釜さんに抱きついているようなものもあったが、ユグドラシル時代にはどちらかと言うと茶釜さんが二人をいじってるような構図が多かったのでアインズにも珍しいものだった。これは中身がパンドラだから遠慮が無いのか、などとアインズは一人納得していた。

 

 シャルティアはパーティの後自分の領域ににパンドラを撮影に引っ張って行ったようで別の写真も撮ったようだ。アインズはそちらも取り上げて2,3枚を見てそっとそれを机の上に戻して顔を骨の手で覆った。

 「ペロロンチーノぉ……いや、これはパンドラのせいもあるのか……?止めろよな」

 最後の辺りは消えるような声だったのでアルベドには聞こえたかどうか。

 上下黒の下着のようなものに着替えたシャルティアが酔っ払っているのか、別の理由なのか頬を染めてパンドラ――ペロロンチーノの腕に抱きついていたり、別の写真ではかつて友が語っていた伝説の旧世紀のスクール水着らしき姿で何のつもりか四つんばいになって妖艶なカメラ目線を送ってきているもの。など彼女の部屋は怪しい拷問道具満載なのでいかがわしい事この上ない――

 

「アインズ様も無礼講とおっしゃいましたし。シャルティアがこうなるのはある程度無理もございませんわ」

 苦笑して珍しく恋敵を擁護するアルベドにアインズは、いや無いだろ、むしろあれはパンドラなのだがと心の中で続けた。しかし、と思う。

 考えてみれば相手がパンドラだからシャルティアもここまではっちゃけてるのかもしれない、行楽地の記念撮影のノリなのだろう。そう信じたいアインズだった。

 

「そういえばデミウルゴスの分も終わったか?」

「はい、デミウルゴスはウルベルト様単独の写真を一枚だけ撮りまして、すでに彼の牧場の方にアインズ様の像と一緒に飾ってあるそうです」

「ほう?一枚だけか? そう言えば見当たらんな」

「ええ、多分あれもアインズ様に気を使ったのかと……本人からは『アインズ様の限り無き深いお心遣いに表現出来る感謝の言葉も無く、今後一層の忠誠を誓います』との事です」

「私に気を? ふむ、そうか……」

 アインズはイマイチ何の事か解らなかったがとりあえず頷いた、こういう時には骸骨は知的に見えて便利だ。ほどなくアルベドが疑問を補足してくれた。

 

「今のナザリックの支配者は唯一アインズ様だけですから、アインズ様の目に付く中では……例え写真であろうとも彼の忠義の第一がアインズ様を差し置いて、例え自分の創造主であっても別の者――ウルベルト様に向いているような御懸念を抱かせてはならない。……デミウルゴスの考えるのは、そんなところではないでしょうか」

「……うむ」アインズはそうだったのかーあいつも堅苦しいほど義理堅いなと思いつつ別の一枚を手に取る。

 

「これはセバスだな、ほう」

 セバスは毅然とした彼の性格らしくかつての友。たっち・みーの斜め後ろに控えるように直立不動の姿。別の一枚はツアレと一緒に写っているものもあり、たっちさんに仲人してもらってる見たいだなとアインズは微笑ましく思った。

 次々に写真を手に取る、プレアデスの面々も源次郎さんの膝で丸くなっているエントマや、一緒に写る恐怖公。いつも通りの無表情を赤く染めたナーベラル、創造主の隣でノリノリのVサインのルプスレギナ。それを嗜めるユリなど、もちろん彼女自身も彼女の造物主と一緒に。皆思い思いの姿で写真に写っている。

 

「今日も撮影はしているのか?」

「はい、本日は9階層でペストーニャや一般メイドが合同でですね、確か今日の至高のお方のお姿は……」

 アインズは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)を起動させた。アルベドもそちらを見る。

 

 音声は伝わらないが、食堂を片付けた即席撮影会場が見え、画面を調整すると、シクススやフォアイルら他たくさんのメイド達が5,6人のグループに別れては入れ替わりで何度も写真を撮っているのが見えた。

 今日のパンドラは彼女らメイドのデザインを手がけたホワイトブリムさんに化けているようで、メイド長やエクレアら執事助手らは後ろで監督に回っている。

 見ていると撮影の合間に握手を申し込んで撮影してもらっている娘も出てきたらしく、この辺は相手がパンドラならではなのだろう。

 すぐに現場はアイドルの握手会のような様相を呈して、音も無いのに黄色い声が聞こえてきそうだ。

 ペストーニャ達を慌てさせているが、その彼らも前に押し出されて握手を促されている。エクレアは慌てて整理しているつもりなのか何かを喋っているようだ、くるくると会場の中を走りまわっている。メイド達からは無視されているようだが。

 

「盛況なようだな」

「はい、ここまでの撮影は全てそうでしたが、本来は至高のお方全員のお姿を拝見するのはナザリック全シモベの願い。なのですが、流石に人員も膨大なものになりますので……今日などはこのような形に。皆アインズ様の御慈悲に深く感謝しておりますわ」

「連日あれではパンドラも大変そうだな」

「本人はようやく皆さんのお役に立てて光栄です、と申しておりました」

「……ふむ、そうか」

 

 あれも長い間放って置きっぱなしだったと、アインズは鏡から視線を外して背もたれに体を預けた。一枚アウラ達の笑顔の写真を手に取る。

「こんな事でお前たちに喜んでもらえるならもっと早くにしておけば良かったか……」

 

 言いかけた言葉を飲み込んだアインズは沈黙した。アルベドはそんな主を優しく見つめていた。主がアルベドに語りかけているわけでは無いと判断したから。

 再び口を開いたアインズはとつとつと区切るように言葉を吐き出した。

 

「……パンドラを宝物殿の奥深くにしまい込んでいたのは、ある意味私は、彼らを――私の友人である至高の41人の似姿を積極的に使う事を無意識に避けていたのかもしれん……」

「…………」

「彼らの能力を日常的にパンドラをもって使っているとな……本当に彼らの存在が過去のものになってしまったのを認めたようで……いやそんな事は彼らの帰還と関係無いのにな。そう言えばお前には以前私の作った下手糞なゴーレムも見られてしまっていたな。馬鹿な事だ……お前には恥ずかしい事ばかり見られているな」

「アインズ様がお望みならば至高の御方達もいかようにも残されたお力を振るわれる事に何の異議も無いに違いありませんわ、最後までナザリックに残って私たちを見守って下さるお方……慈愛の御身であらせられるアインズ様のなさりたいようになされば宜しいと思います……」

 アインズは返事をせず賑やかな食堂の光景を写す遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の映像を切り替えて外の景色を眺めた、今日も雪は降っているようだ。

 

 

 

 

 そして日程は進んだ。守護者のうちでもアルベドだけは自分は最後でいいと言っていたため。最後の日をアインズの自室でパンドラと3人で迎えていた。彼もまたその態度は守護者統括として好ましいものだと感心していた。

 

「さて――最後になったがアルベドよ、待たせて悪かったな、同じ創造主であるニグレドらは先に撮影を済ませたのでお前の番だ、パンドラよ」

「畏まりました」

 了承したパンドラはすでに至高の41が一人、擬人化した水死体の蛸がボンテージを着込んだような外観のタブラ・スマラグディナの姿でアルベドの方に歩み出た。

 

「ご無礼失礼致します、少々お待ち下さいアインズ様、それからあなた(・・・)も」

「ん? どうしたアルベド」

 

 豪奢なテーブルを回り、カメラを持って自ら二人の姿を撮ろうと出てきたアインズは怪訝な表情を――実際には骸骨なので解らなかったが浮かべ、パンドラもまた足を止め主とアルベドの会話を待っている。

 

「私が撮影する事に関して遠慮してるなら事前に言っていたように無用の事だぞ?」

いえ、そうではありません、アルベドは首を横に振った。

「私はタブラ・スマラグディナ様とご一緒に写真に写るのは遠慮したく思います(・・・・・・・・・・)

 

「……なんだと? それはまた……どうしてだアルベド? タブラさんと一緒の写りたく無いと言うのか?」

 

 アインズは驚いていた、それもそのはず。彼がこれまでの支配者として振舞って来た中でさんざん目にしてきたこと。

 このナザリックのどのNPCの誰であれ、その直接の創造主達と例え似姿であれ写真に収まりたいと言う思いは強烈なものがあるはずだ、と思っていたからだ。そしてそれはこれまで十分に確認してきていた。現にこれまでの全員がそうであったのだ、あの沈着なデミウルゴスでさえ例外は無い。守護者の中でもどちらかと言うと情念が激しい方であるアルベドがその親たるタブラさんとの撮影を辞退するなどアインズは想像もしていなかった。

 

「それは一体……?」

 アルベドは奇妙に澄んだような穏やかな表情で淀みなく答えた。

「はい、私は今現在はこのナザリックの守護者統括として最後まで残られたアインズ様をお支えする身です。それはいわば家を出て他家に嫁いだようなもの――これは私の決意表明とお受け取り下さい」

戸惑うアインズにアルベドは微笑を浮かべ続けた。

「むろん創造主たるタブラ様……親への恩情は一時たりとも忘れる事などございませんが。それはつまり心の中にはタブラ・スマラグディナ様は常にご一緒に居られると言う事……ですから私にはご一緒の写真など無用なのです」

「それは……しかし」

「――ですので」

アルベドはアインズの前に跪いた

「ですので私はアインズ様とご一緒の所をタブラ・スマラグディナ(・・・・・・・・・・・)様に撮って頂きたく、そうする事によって我が造物主たる親娘の独立を認めて頂きたい祝って頂きたいと……つまりはそれが私の願いでございます」

 

「むぅ……」

 アインズは跪き顔を伏せたままのアルベドとパンドラ(タブラ)の間を視線をしばらく往復させ、そして彼なりにどこか納得したのか手をあげた。社会人として親の元を離れた事などが彼の心を過ぎったのかもしれない。

 

「……良かろうそれがアルベドの願いならば、パンドラよこちらへ来い」

「はっ」

「それでは……アルベド?」

「今日だけですので、この程度は……よろしいでしょう?」

 悪戯ぽく小悪魔のように微笑みアルベドはそっとアインズに寄り添った。その視線は恋人を自慢してるようにタブラ・スマラグディナに送られていた。少し戸惑ったアインズも、まぁいいかとパンドラに目で合図した。

「では撮ります、お二人ともご準備を」

「うむ」

「はい」

 

 ファインダーをのぞき込んだパンドラは一瞬アルベドが奇妙な笑みを浮かべたような気がして指が止まった。

「どうしたパンドラ?」

「あ、……いえ、これは失礼おば、では改めまして!」

 

 再びファインダーを覗き込んだパンドラは今度はパシャリと問題無く撮影を終えた。

撮った映像を見直す、そこにはアインズの隣でいつも通り(・・・・・)絶世の美女の咲き誇るような笑顔しか無かった。

 

「よし、これで全員終了だな。なかなか大げさな事になったが、やれやれだな……」

「はい、アインズ様、うふふ、腕を組んでもう一枚は駄目でしょうか?」

「んん……ごほん、アルベドよ、今回はこの辺で終了、終了だ」

「まぁ、今回!? という事は次回ならば宜しいのでしょうかアインズ様!? くふふっ!!」

「お、おいアルベド? ま、まぁその何だその話はまた今度と言う事で。よしパンドラ、お前もご苦労だった、今日は下がってよいぞ」

「ははっ畏まりました、ではっ、私は宝物殿へ戻り待機致します」

 

 バッと身を翻すとパンドラはタブラの形から元の軍服姿に戻っていた。膝をつき一礼し立ち上がる。くるりと踵を返し入り口でもう一度頭を下げる。

 はて、と小さく視線を上げる。今またアルベドどのが薄く笑ったような?

 

 入り口を守る巨大な衛兵の虫が頭を下げるのに小さく手で返しパンドラは彼の領域への帰路につく。ふともう一度だけと振り返ると閉じようとするドアの隙間からチラリと室内の様子が見えた。

 今日の守護者統括どのは事の他ご機嫌のようで、今もまた主のそばで楽しそうに戯れている。珍しいと言うべきか受けるアインズもまんざらでもないご様子だ。

 まぁ、それ自体は悪い事では無い。パンドラはこれ以上は主人のプライベートと心得て視線を外した。

 デミウルゴスではないが、お二方の仲の良いのはナザリックの将来の為にも好ましいものには違いない。先ほど胸に沸いた小さな違和感を追い払ってパンドラはコツコツと宝物殿への薄暗い通路を歩き始めた。

 

 今日のような良き日がずっと続くようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンドラ日記 終わり。




 今回でパンドラ日記は終わりとなります。また作中のアルベドがタブラさんに関してどう思っているかと言うのは独自解釈になりますのであしからず。

 兎にも角にも最後まで書けたのは、拙文をここまで読んで下さり。評価や感想を下さった方々のおかげです本当にありがとうございました。ではまた。


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