Fate/Grail Seeker (てんぞー)
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神は超えられる試練しか与えない

 ―――1994年 第四次聖杯戦争

                ……勝者なし

 

 ―――2004年 第五次聖杯戦争

                ……勝者なし

 

 ―――2013年 ロード・エルメロイ2世及び遠坂凛による聖杯解体

                ……失敗、ロード・エルメロイ2世及び遠坂凛失踪

 

 ―――201■年 ア■リ・■ユ生誕

 

 ―――2■■■年 汚染拡大 概念侵食 アラヤ敗北

 

 ―――■■■■年 介入不可 干渉不可 カルデア敗北及び壊滅

 

 ―――観測終了。

 

 

                           ◆

 

 

 柔らかな風が頬を撫でる―――。

 

 浅い眠りの中で、意識が微睡を望んでいる。もっと、もっとこの微睡に身を落としていたい。そんな気持ちが胸を支配している。不思議と、それは心地の良い選択だった。それに、彼女が起こしに来ないという事はまだ起きなくても良い時間なのだろうと思う。

 

 起きてしまえば待っているのはそんな他愛もない日常。皆、起きれば待ってくれているであろう日常。偶には早起きも悪くないかもしれないが、生憎と今日ばかりはそんな気分にはなれなかった。だからあと少しだけ、あと少しだけこの心地よさに沈ませておいてほしい。そう願って、

 

 意識を再び閉じようとし、

 

『―――起きてくださいマスター!』

 

 

                           ◆

 

 

 ―――目を開いて一番最初に見たのは黒い布とヘドロの塊の様な怪物のドアップの姿だった。

 

「うぉぉあああぁぁ!?」

 

 すぐさま後ろへと下がる様にヘドロを蹴り飛ばしつつ、手元にあった鉄パイプを握り、それを全力で振りかぶりながら蹴り飛ばしたヘドロへと振り下ろす。なぜだかは解らないが、そのヘドロは生かしてはおけない。直感的にそんな気がしたため、蹴り飛ばし、叩きつけ、転んで動かないところに、必死で鉄パイプを振り下ろし、振り下ろし、何度も振り下ろして潰した。やがて振り下ろした回数が二十を超えた辺りで漸くヘドロは潰れ、そして溶ける様に平べったくなって消えた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……なんだこれ」

 

 鉄パイプを握り落としながら、姿が完全に消えてなくなり、もう姿が見えなくなったヘドロへと向ける。数秒前までは確かにそこにはヘドロの怪物がいた。だが今はもう、そこにはいない。いや、よく見ればそこには小さくて、綺麗な色の石が落ちている。それを拾い上げ、確認しながらポケットになんとなくしまい、そして溜息を吐く。

 

「どうなってんだこりゃ……?」

 

 心の底からそう思う。焦りと驚きの原因がいなくなった今、しっかりと周りへと視線を向ける事ができる。そうやって確認する周りの景色は―――廃墟だった。廃墟のビル、壁がはがれ、塗装がはがれ、家具の類は全部壊れてぼろぼろで、窓にはガラスがついていない、そんな光景の一室だった。息を吐きながら周りへと視線を向け、

 

「どこだここ」

 

 完全に見覚えのない場所に自分は立っている。というか廃墟に用のある人間の方が珍しい。じゃあなんで廃墟にいるんだ。しかも今のあれはいったい何だったんだ。それを考えようとして、思考が停止する。は、え、なんて言葉を零しつつ、言葉を紡ぐ。

 

「……俺、こんな場所へと来てねぇぞ」

 

 そうだ、そのはずだ。そもそも自分の最新の記憶は親に大事な話があると言われて、家に帰る途中の電車で眠ったところまでだ。新宿に行くまでにかかる一時間、軽く仮眠を取ろうと考えて眠って―――そして起きたところでこれだ。意識が若干混濁、というかはっきりしていない感覚がある。それに自分の恰好を確認する。

 

 上半身は体に張り付く様な黒いノースリーブのインナーに、その上から赤茶色のフライトジャケット、下半身は動きやすさと機能性を重視しているポケットが多めのカーゴパンツ、靴はしっかりとしたブーツであり、ベルトには軽い重みがある……何かぶら下がっている様に感じ、それに手を伸ばせば、古めかしいバゼラードが鞘に収まった状態で存在していた。身の覚えのない格好に、身の覚えのない装備。完全に自分の姿に困惑しつつ、記憶を求める。

 

「えーと……俺の名前は天白涯(あましろ がい)。あぁ、ちっと珍しい名前だけど言えるな。うん」

 

 良し、自分がなんであるかは解っているそれは良し。他の知識はどうだ? 大学生だった事は覚えているし、サークル活動で体を動かしていたのも覚えている。あまり社交的な性格じゃないからそこまで友達がいた訳じゃないが、それなりに当たり障りのない関係で楽しめていたのは確かだ。そしてそこから先、今どうしてこうなっているかを思い出そうとして―――無理だ。やはり何も思い出せない。これだけは完全に話が別らしい。

 

「さて、どうすっかなぁ……」

 

 この部分的な記憶喪失、どっかの悪戯でサバイバルゲームに放り込まれたのだろうか、なんてありえない事を考え、どうすっかな、とポケットの中に手を入れ、そこに硬質な感触を得る。一つは先程拾った綺麗な石だ。もう一つは十字架の形をしている様に感じ、それをポケットから出して手に取って見る。

 

「……あぁ、そういえば俺クリスチャンだっけ」

 

 形だけの。両親が煩いから流れで……というタイプだ。自分自身、そこまで信仰心があるわけではない、というか神の存在そのものを信じていない。Yoshua、イェホーシュア、或いはヨシュアと読む事ができる名前が掘られたその十字架をポケットの中へとしまい込み、そして溜息を吐く。とりあえずは帰り道を探して、まともな服装を探そう。そう思い、

 

『―――逃げ―――マス―――』

 

 頭にノイズが走る。いや、違う、頭の中を声が走った。その衝撃と初めての痛みに片手で頭を押さえてよろめくと、物音が部屋の外から、奥から聞こえてくる。片手で頭を抑えつつ部屋の外へと出ると、廃墟の通路が見える。むき出しのコンクリートは見ていてあまり楽しくないものだなあ、と思いつつ人かもしれない。そんな淡い希望を抱いて視線を音の方へと向け、

 

 黒い、ヘドロが固まってできた様なヒトガタがいた。そろそろこのファンタジーな状況を認めるべきなのかもしれない。小さく笑いだしながら、無貌が此方へと向き、眼球の存在しないその顔で此方を捉えた様な、背筋を凍らせる感覚がある。ヤバイ、アレに捕まってはいけない。本能的に感じるが、見ればそりゃあ解るよ、と軽く本能に反逆し、

 

 迷う事無く反転して逃げた。

 

「くっそ、なんだよこれ……! ドッキリか! ドッキリか!」

 

 全力疾走をしながらバゼラードを引き抜き、それを握りながら反転する。思考するよりも早く体が動く。目の前にまで迫ってくる無貌のヘドロのヒトガタ、高速で接近してきた姿は此方よりも早かった。だが、反転しながら戦う、という選択肢を取った此方の方が攻撃動作としては早く、向こうが此方へと追いつく前に体が動き、バゼラードを逆手に握ったまま、飛びかかる様に、

 

 顔面のあるべき場所にバゼラードを突き刺す。

 

 袈裟切り気味に斜めへと切り抜いてから反対側へと周り、足首を切り、その体を倒しながら首に突き刺し、横へと引っ掻くように切り裂きながら振り抜く。そのまま倒れた姿の頭を足で踏みつぶす。その一連の動作が体から自然に生まれた。バゼラードを握った動きから殺すまでの動き、体が勝手に動く感じでついて来た。

 

 一体、なんだこれは。

 

「どうなってんだよこ―――ッ!」

 

 怨嗟の言葉を吐くよりも早く、曲がり角からさっきのヒトガタが三体出現するのが見える。あ、コレ無理ですわ、と理解しつつバゼラードを握ったまま、全力でどこかへと向けて、走り出す。息を荒くしながら走り出す背後からぺたぺたぺた、と可愛らしい足音で恐怖の塊が迫ってくるのが聞こえる。どうしろってんだ、と吐き捨てながら通路を走り抜けていると、

 

『―――マスター―――窓の―――飛んで!』

 

「ッ、伝える事があるならもっと解りやすくやれよ!」

 

 通路の先に窓が見える。声を瞬間的に信じる事にする。何せ、その声は優しい、そしてどこか安堵を覚えるような、そんな感じがしたからだ。その緊急の喋り方は此方を案じているとも感じれる。となると飛び出す事に迷いはない。故に全力で前方へ、窓の淵に足をかけ、

 

 そして跳躍する。

 

 ―――その向こう側に見たのは廃墟だった。

 

 見える限り、廃墟が続いている。荒廃したビルなどの建造物、荒れた道路、朽ち果てた車。歳月による劣化ではなく、破壊されて、蹂躙されたような、そんな形跡が目の前には広がっている。それを窓から飛び出して落下しながら眺める。それは自分が知っているような街の光景とは全然違っていた。映画に出も出てくる様な、そんな光景だった。悪戯にしてはあまりにも大がかりすぎる。謎が謎を生んでいるが、不思議と心は落ち着いている。何故だろう。

 

『大丈夫です―――』

 

 この声を聴いていると

 

『―――備えてください』

 

 なんとかなる、そう思えるのは。

 

「―――」

 

 そう思いながら体が水の中へと沈んで行く。窓から飛び降りた先にあったのはプールだった。確認していなかったが、どうやら二階、或いは三階から飛び降りたらしい。そしてそのまま下のプールへとドボン、まるで入水の仕方を考えていなかったので、少々衝撃で体が痛いが、あの化け物共を相手にするよりは遥かにマシだ。素早く水面へと浮かび上がりながらプールの端へと移動し、バゼラードを口に咥えて体を上へと引き上げ、再び刃を握り直す。

 

「ふぅー……ふぅー……身を隠さなきゃ……」

 

 サバイバルゲームであれば、少しだけ参加した事があるし、追われているなら身を隠すのは基本だ。早くこの”耳の恋人”に次の行動があるならそれをサクっと教えて欲しいものだが、次の声は来ない。難しいのだろうか? いや、頼る事を考えてはいけない。まずは自分で生き残る事を考えなくてはならない。それにあの怪物達がまた追いかけてくるかもしれない。早く、早く離脱しなければ。そう思い、駆け足で廃墟郡へと向かって行く。

 

 周りを警戒し、視線を向けながらも一直線で廃墟の影へと隠れ、そのままビルとビルの合間の影に姿を隠す。小さいスペース、周りからは見難い場所へと自分の姿を隠し、そこで一息をつく。息を吐きながら背をビルの壁に預け、急ぎながら過ごした時間を、なんとかここで落ちつける。ふぅー、と息を吐きながら呼吸を求め、そして落ち着く。落ち着こうとする。

 

「クッソ、軽く手が震えやがる」

 

 もっとガキだったら混乱して焦って駄目になっていたかもしれない。

 

 ”大人”としての自負がそうやって錯乱する自分の姿を抑え込み、冷静に、冷静に考えさせる。とりあえず表に出るのは駄目だ。あの化け物たちが存在している。後どれだけいるかは解らないが、それでも一体でさえギリギリなのに、数体とか全くやってられない。とりあえずは生き延びる事が条件だ。この状況からどうやって?

 

 思考し、

 

『マスター……聞こえますか? 漸く馴染んできたので……声が届くようになってきた、と思うんですけど……』

 

「お―――求めよ、さらば与えられん。救いの神とはよく言ったもんだわ。とりあえずマスターって何よ新しいプレイかな? 結構好みなエロボイスだから興奮するわ」

 

『い、意外と余裕そうですねマスター』

 

 いいえ、余裕ないので虚勢を張っているだけです。男の子だもの。

 

 聞こえてくる声―――女の声に漸く、今まで自分が聞いていたのは幻聴ではないと、確信する。会話ができたという事なら少なくとも情報交換ができるという事だ。一方的な神の啓示スタイルではないのなら、ちょっとは希望が出てきた。何とか心を落ち着かせながら、息を吐き、そしてポケットの中にしまってある十字架を軽く握りしめ、そして口を開く。

 

「……とりあえず今がどんな状況か説明してもらっても良い?」

 

『はい―――と言いたい所ですが、そんな余裕がないのが事実です。最低限の情報共有だけを行いますので、今から私が言う事をしっかり覚えてください。これはマスターがこの先、生き延びるのに必要な事ですから』

 

「……ガチっぽい?」

 

『はい、ガチです。マジでガチです』

 

 このエロボイスの天の声結構ノリが良い。嬉しい誤算だなぁ、と思いつつも漸く、心を落ち着けられる。知りたい事は多くあるが、それでもそれらを聞いている間にたぶん、あの怪物に追いつかれ、襲われる。この天の声は一応、今のところは信じられる存在だ。一応は。命を助けられたという事実があるのだから、信じない理由はない。

 

「言っちゃってくれ」

 

 では、という声が響いて。

 

『まず最初に話を進めますと、私は英霊(サーヴァント)であり、貴方が(マスター)という立場にあります。私は特殊な儀式を通して召喚する事に成功する存在で、その時一緒に活動する為の肉体とか色々持ってくるわけですが、どうやら今回は何やら不備があった様で、この様にマスターの体に憑依する様な形で召喚されました』

 

 ちなみに、

 

『召喚された理由は不明です。マスターが目を覚ます少し前に気がついたばかりですから』

 

「いきなりファンタジー用語多すぎてお兄さんの頭パンクしちゃいそうだよぅ……」

 

『可愛らしく言っても気持ちが悪いだけなので話を進めますね?』

 

「手厳しい」

 

 小さく笑う程度には余裕を取り戻しつつも、話を聞く。

 

『簡単に説明すると、今のマスターの状態は”デミサーヴァント”、人に英霊を降ろした状態だと表現できます。それでも全知識と権限を保有したまま、互いの記憶と意識が別々に存在しているケースはかなり稀有だと思います。……たぶん』

 

「たぶん?」

 

『あ、あんまりそこらへんは詳しくないので……お、おっほん! とりあえずマスターは私というサーヴァントを憑依させた状態だと考えておいてください! 今のマスターはデミサーヴァントとしての最低限の恩恵しか受け切れていません。それはマスターと私が同じ肉体に同居している別々の存在である事に起因し―――』

 

「巻きで。難しい話は後で」

 

『フュージョンしているので、協力してパワー引き出しましょう? タイムリミット付きですけど』

 

「把握した。やっぱ俺は狂っていた」

 

『ま、マスター! 今の完全に信じてくれている流れなんじゃないですか!?』

 

 英霊のクセして妙にネタに反応してくれる、遊びがいのある声だと思う。いや、声が正しければサーヴァントだったか。寧ろこんなエロボイスの持ち主だったらこんなデミサーヴァントじゃなくてベッドのサーヴァントになって欲しかったよ。あー勿体ねぇ、そんな事を呟きながら、真剣に考える事を始める。サーヴァントに説明されたことを真面目に考える。ありえるのか? そんな事が?

 

 ……でも現実を否定しても意味ないしなぁ……。

 

 現実として化け物を二体ほど殺している事実と、そしてサーヴァントの声に助けられた、という事実がある。まぁ、非現実的云々を今は抜くとして、事実として助けられている事を考えると、疑い辛い。ネックなのは常識との兼ね合いなのだ。ただその常識を置いて考えれば、まるでゲームのワンシーンの様な展開だ。いや、ニチアサでもやってそうだな、これ。もしくは18禁エロゲ。大体隠れていてもバレてグロ画像になるコース。

 

 あーやだやだ、生きたいわ。

 

「えーと、サーヴァントちゃん?」

 

『ルーラーです。サーヴァントにはそれぞれ区分が存在し、私はその中でも一番特殊なルーラーを担当しています』

 

 ほうほう、成程、まるで解らないぞ。だがとりあえず解る事は、

 

「ルーラーちゃんが俺を生かそうとしているってのは解る。だからそれを信じて行動を実行するわ。とりあえず、俺はどうしたらいいんだ」

 

 そう答えると、嬉しそうな声が返ってくる。

 

『ありがとうございますマスター! マスターは魔術師です。その体には魔術回路が存在し、魔力を生み出す事ができます。私の力を引き出すにはまず最初にそれを自覚する必要があります。マスターは生命力がかなり有り余っている様ですし、魔力回路も良質な様子、これはサクっと起動させちゃいましょう』

 

「どうやんの?」

 

『此方からもアプローチをかけるので、集中してください。個人的には炎をイメージに使うのですが……』

 

 炎をイメージに集中。そう言われ、目を閉じ、精神を集中させてみる。魔術回路、そんなものが何時の間に自分の体に……そんな事を思いながら集中する。イメージは炎、それを神経や血管に沿う様に流し込み、そして広げて行くイメージ。それに呼応するかのように全身にビリ、と痛みが走り、そして何かが起動する様な、そんな感覚が感じられる。

 

『これで魔力回路を起動させましたね。サーヴァントの現界に使用する魔力は生命力を変換させる事で生み出せます。この魔力を使う事で、私を現界させる代わりに、デミサーヴァントとしての恩恵を発動させます。そうする事で生前の私の力を再現する事ができる―――筈。筈です。たぶん……』

 

「そこ不安がらないでぇ! 俺の方が不安になっちゃう!」

 

『マスター、声が大きすぎです』

 

「あっ……」

 

 立ち上がって視線を路地の入口へと向ければ、此方へと覗き込む様にヒトガタの姿がある。それも一体ではない、四、五体と揃っており、その後ろにもまだ数体隠れている様な気配さえある。うわぁ、と口から声を零しつつ、ゆっくりと後ろへ一歩下がる。その距離を詰める様に、ヒトガタが一歩前へと踏み出し、動きを止める。ノリを理解しているのかな? なんて事を思ったが、

 

『マスターの魔術回路が起動し、私の気配がし始めている事に警戒しています……戦闘態勢に入るなら今がチャンスです』

 

「あ、やっぱりそういう感じなんですね」

 

 ルーラーの声のおかげか、前よりは心に余裕ができている。ここでルーラーの言葉が本当かどうか、それを確かめよう。もしも嘘だったりしたら―――その時はその時だ。逃げても終わりは見えている。だったとしたら断崖の先を目指して飛翔するしかない。バゼラードを鞘に突き刺す様に戻し、そして、

 

「―――どうすんだっけ?」

 

『え? その、こう、フィーリングで何とかなりません? こう、ルーラー! な感じで』

 

「ルーラー!」

 

『あ、本当にやった』

 

 てめー。

 

 そう思考できたのはその一瞬だけだった。

 

「がっ―――」

 

 息を求める様に口を開きながら、体を前に折る。両手で体を抱きしめる様に掻きむしりながら、全身で感じる痛みに声の出ない悲鳴を漏らす。痛い。ただひたすら痛い。激痛が全身を駆け巡り、イメージではなく、血管の中に鉄を、神経を直接炎であぶっているような、そんな激痛が体と脳を支配する。体が内側から燃えている。そんな感覚だった。同時にぶち、ぶち、ばき、と千切れ、折れ、くっつき、変異する様な音が体内から響く。あまりの激痛に気絶する事も何らかのリアクションをする事もできず、ひたすら酸素を求めて、前に追っていた顔を空へと向け、

 

「がぁぁぁ―――!」

 

 吠え、激痛が消える。その代わりに体には魔力と力が満ちていた。げほげほ、とせき込みながら前へと向かえって一歩踏み出しながら倒れそうな体を支える。先程まで全神経を支配していた痛みもまるで嘘かのように存在していない。痛みから解放されて俯く様に視線を降ろした所で、ふぁさ、と髪が前に落ちる。編まれた長い金髪の髪だ。自分の髪色は日本人らしい黒だ。それに胸に圧迫感を感じる。黒いインナー、その胸部が妙に締め付けられるような感覚があり、そこへと視線を向ければ存在しない筈の盛り上がりが見える。

 

『マスター。私の武器には剣と聖旗がありますが、剣はそもそも修練を重ねないと怪我をします。パイクとしても活躍させられる聖旗がいいです。イメージすれば英霊に備わった武装を取り出せるはずです』

 

「―――あいよ」

 

 口から漏れる声は自分の声ではない。

 

 脳内で響くルーラーと全く同じ声だった。

 

 だけど、そんな事よりも、

 

 自身の体に起きた変化よりも、それよりも思考がクリアになって行く事が重要だった。まるで誰かと思考を重ねられているような、そんな明確さを感じていた。右手を前に突きだせば背丈を超える長槍に白い旗が結びついた武装が出現する。何処ともなく拭く風が聖旗を揺らし、その畏怖を知らしめる。

 

『主は常に我らを見守っています。その【啓示】を頭や肉ではなく魂で感じるのです。ルーラーの権能を用い、【真名看破】の力を使用するのです。そして【神明裁決】を持って裁きなさい。マスター、貴方なら出来ます』

 

「任せろ―――」

 

 聖旗を回転させながら前方へと向け、聖旗部分を槍のポール部分に絡ませ、動かしやすい状況へと変化させ、そして正面へと構える。ルーラーの【真名看破】が直接脳内へと目の前の存在、その正体を看破して送り込んでくる。把握するのは相手が悪性の塊である事、アンリ・マユの落とし子であるという事。【神明裁決】が名を暴いたことによって働き、その動きを封じる。そして天啓とも言える【啓示】が取るべき行動を、アクションをイメージとして直接脳内にイメージを流し込む。それに従う様に前へと人間にはありえない速度で接近し、

 

 伸ばす様に前へと突き刺す。

 

 一撃で落とし子を三体貫き―――滅ぼす。バゼラードでは滅多刺しにする必要があったのに、そんな労力もなく一瞬で屠ってから槍を上へと跳ね上げ、軽く回す様に踏み込み、柄の部分で目の前の落とし子を叩き、数メートル吹き飛ばしながら更に踏み込み、薙ぎ払いで落とし子を四体滅ぼし、

 

 正面の吹き飛んだ落とし子へと槍を投擲し、貫く。

 

 貫通して突き刺さった壁で巻かれていた聖旗が解除され、風に揺れる様にその姿が広げられる。先程まで絶対的な恐怖を刻んでいた怪物の姿はない。その出現がなくなるのに合わせる様に今まで体と脳を支配していた冷静さが―――ルーラーとのシンクロ状態が解除され、息を吐く。自分が立った今、成し遂げた事を再確認しつつ、一気に脳内に叩き込まれる様に増えた情報に困惑しつつ、薄く光る左手を眺める。

 

 左手には手の甲から伸びる様に複雑な文様が伸びている。

 

「これは……」

 

『―――それは令呪。サーヴァントに対する絶対命令権。それを消費する事でサーヴァントに思いのままに命令する事ができます。それは貴方がマスターである事を証明するものであり、貴方と私の絆でもあるんです。とりあえず、初の戦闘お疲れ様でした。最初はどうなるかと思いましたが、デミサーヴァントとしての力を発揮できるのであれば敵ではありませんね』

 

 令呪から視線を外し、そして自分の両手から体でへと視線を向ける。戦いに関する知識は得た。それはこの姿へと変わるのと同時に、叩き込まれる様にルーラーと共有した、というよりは教えられたという形に近い。だがなんだこれは。こんな姿、自分のものじゃない。

 

「どうなっているんだこれ」

 

 バゼラードを鞘から引き抜き、それを鏡代わりに自分の姿を確認する。

 

『え、えーと……たぶん、マスターと私の相性が良すぎた結果、肉体まで引っ張られてしまった……とか? やりましたねマスター! 私本来の動きを再現できますよ! 他のデミサーヴァントよりも一歩上手な存在ですね!』

 

 自分の姿―――というよりはおそらくは本来のルーラーの姿なのだろう、長く美しい編まれた金髪に青い瞳、白い肌にこの顔立ちはおそらく欧州系のものだと思う。結構若いような気もするが、胸の大きさからして成熟した感じもする。そう評すると美人だ、かなり。

 

「うるせぇ! お前大きなお山が二つできてマイサンがなくなった男の気持ちが解るのかよ! ってうわ、何だこの美人。可愛い、即求婚余裕ですわ。ちょっと人気のない部屋を探そう―――あ、どこも人気がないんだった」

 

『待ってください! 流石にアウト! それアウトです!』

 

「冗談だよ。冗談でも言わなきゃやってられないんだよ」

 

 息を吐きながらバゼラードをしまい、そして聖旗もしまう。見下ろす様に自分の両手を見て、それから股と胸に触れ、顔に触れ、髪に触れる。それが偽りじゃなくて、ちゃんとそこに存在する事に違和感を覚える。いや、別の誰かのものだから違和感を感じて当然なのだが。

 

『魔力を切れば元に戻るかも?』

 

「ほうほう」

 

 ルーラーにそう言われ、さっそく魔力の消費を、循環を止める。

 

 瞬間、激痛を伴いながら体が砕ける様な音を響かせながら再び変態が始まる。痛みに絶叫を上げたいが、二回目である事もあって、今度は食いしばりながらそれに耐える事ができた。今迄の痛みとはまるで違う種類の痛み。体の内側も外側も全て変質する様な、そんな痛みだった。そうやって変態が終わり、バゼラードを抜いて、鏡代わりに確認するのは黒髪の男の姿―――自分の姿だった。

 

 ただ、瞳だけは青く輝いている。

 

「……痛いのどうにかならないの?」

 

『きっとその激痛は安易に力に溺れるな、という主の声に違いません。我々は主に試されているんですよ、マスター』

 

「適当なこと言っているだろお前」

 

『テヘッ』

 

「こいつー」

 

 溜息を吐きながらバゼラードをしまい、そして周りを見て、そして溜息を吐く。とりあえずは家だ、家を目指したい。だけどその前には食料とかを確保しないといけないのが世紀末モノのお約束だったか? とりあえず当てもなく歩き始める。適当に看板でも見つければ現在位置を把握する事もできるだろう。そう思って、歩き出す。

 

「本当にファンタジーだな」

 

『納得しちゃいけないんでしょうけど、本当にそうですね。魔術の世界にいない者が見ればなおさらそうなんでしょうが』

 

「ほんと勘弁してほしいよ」

 

『試練ですよ試練。主は超えられる試練しか我らには与えません。つまりマスターはそれを超える素質を持っている故に、試練を与えられたのです。その先に救済があると信じて、今は邁進いたしましょう』

 

「そんな事よりも今夜はちゃんとご飯が食べられるのかどうか、後どうしてこうなってるかが知りたい……」

 

『そんなこと……』

 

 何やらルーラーのちょっとしたショックを受けた様な声を聴きつつも、溜息を吐き、そしてゆっくりと歩き出す。解らない事ばかりだが、幸い話し相手と教えてくれる相手は存在するのだ。だとしたら十分贅沢だろう。一人でこの荒野をさまようよりは断然マシだ。

 

「なぁ、とりあえずこのマスターとサーヴァントってのとか、魔力とかについていろいろ教えてくれよ」

 

『あぁ、そうでしたね。マスターは何やら巻き込まれ枠特有の無知っぽさがありますし』

 

 褒めてるのかけなしているのかどっちなんだそれは。

 

 あと、

 

「マスターじゃない。涯、天白涯だ。宜しくな」

 

『私はルーラーのサーヴァントとして召喚されたジャンヌ・ダルクです。宜しくお願いします』

 

「なんだかとんでもないビッグネームがでたぞぉ!」

 

 わっほぅ、と声を響かせながら廃墟を歩き始める。

 

 解る事は少ない。

 

 サーヴァントやマスターの存在の意味も解らない。

 

 あのアンリ・マユの落とし子とは何なのだろうか。

 

 何故部分的に記憶を失っているのだろうかも解らない。

 

 ただ一つ、解るのは、

 

 今が試練の時である、という事だ。




 崩壊した世界でのfate。大体の理由は冒頭で理解してもらっていると思う。

 この物語は記憶を求める物語。

 何故世界は沈んでいるのか。

 人はどこへ行ったのか。

 何故あんなところにいたのか。

 何故自分にはサーヴァントが憑依しているのか。

 答えを求め、試練を乗り越え、そして救済という終焉を受けるお話。


 ……ここ数年頭の悪いTS作品書いてないなぁ、と思ったらこうなった。書けてすっきり!

 まだ続くんじゃよ


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神は超えられる試練しか与えない Ⅱ

 ゆっくり……ゆっくり、静かに体を廃墟の影の裏に隠しながら、そこから先を伺う。視線の先に存在するのは―――鹿だ。その姿がゆっくりと足を止め、そして周りへと伺う様に視線を巡らせ、コンクリートの合間から生えた草へと首を降ろし、食べ始める様子を見る。焦ることなく右手のバゼラードを抜き、それを投擲できる姿勢で構え、そして静観する。数秒間、動く事もなく、そのまま鹿の様子を眺め、

 

『―――今です!』

 

 ジャンヌの声に合わせてバゼラードを投擲する。真っ直ぐ飛翔した分厚い刃は一直線に鹿へと向かって進み、そしてその頭に突き刺さった。そのまま、音もなく鹿が横に倒れ、動かなくなる。ふぅ、と息を吐きながら隠れていた物陰から姿を出し、そして狩猟した鹿へと視線を向ける。なんとか狩る事に成功した鹿へと近づき、その頭からバゼラードを引き抜きながらスカベンジに成功して入手した布で血を拭い、鞘に戻す。これから鹿の解体作業に入らなくてはいけないが、流石にこんな開けた場所でやるつもりはない。鹿の角を握り、それを持ち上げる。

 

「うへぇ、重い」

 

『だったら私に変身すればいいんじゃないですか? 大丈夫、私は色々と寛容ですから。多少ムラっときても、レイプに獣姦されまくった経験と比べれば粗末な事ですし、マスターが大変なのは良く理解していますから! だからこう、ちょっとジャンヌちゃんのイケイケボディにムラッときちゃっても大丈夫ですよ!』

 

「うるせぇよ! なんでそんなにイケイケなんだよお前! もうちょっと体を大事にしようよぉ!」

 

『と言っても記憶ではなく”記録”の出来事ですしね。所詮今、ここにマスターに寄生しているジャンヌちゃんとは関係のない事なんですよ、マスター』

 

 それでもレイプの話とかは空気が重くなるので勘弁してほしい。それにあれだ、

 

「変身がクッソ痛いんだよ、気絶したいのに気絶できないってレベルで。ホイホイ変身してたらなんか、こう、人間として大事なものを削ってく? そんな感じがするからあんまし手を出したくないんだよ。だから、まぁ、変身なしでもある程度フィードバック? されているみたいだし? それでいいんだよ」

 

 少なくとも武器を投げて頭を貫通する、なんて力が前までの自分にあったとは思えない。それができるだけでも十分なのだ。だからヨイショ、と声を漏らしながらもっと安全な場所、今拠点にしている場所へと向かって移動する。鹿の解体や料理の仕方はジャンヌが知っている為、その声に従って捌くだけでいいので、そこまで難しいものではない。そんな事を思いながらゆっくりと、周りにアンリ・マユの落とし子がいない事を確認しつつ、進む。

 

 退屈な時間も、ジャンヌが話しかけてくれるから飽きる事はないし、心が折れる事もない。

 

 史実ではどうだったのかは解らないが、それでも今だけは、彼女は自分にとっての聖女だった。

 

 

                           ◆

 

 

 聖杯戦争という戦いが存在したらしい。

 

 七つの英霊が聖杯という万能の願望機を求めて戦うのが聖杯戦争であり、その聖杯戦争にはそれぞれセイバー、ランサー、アーチャー、キャスター、アサシン、ライダー、そしてバーサーカーという七つの基本クラスが存在している。あくまでもそれが基本のクラスであり、ジャンヌの様にルーラー等というクラスが存在するのだとか。ジャンヌのクラス、ルーラーというクラスの役割は調停、天秤として律する事。聖杯戦争というゲームが公平に行われることを目的とした存在らしい。故に【真名看破】と【神明裁決】を保有する。真名を知られたサーヴァントはその弱点を知られる事に等しいし、ルーラーの権限であれば【神明裁決】でサーヴァントの行動自体を制限する事もできる。その権限が与えられている、特殊なサーヴァントとなっている。

 

 ともあれ、そんな聖杯戦争に関する基本的な情報をジャンヌから教わり、魔力と魔術回路に関してもジャンヌに教わった。この世界には魔術サイドが存在し、そしてその世界にはその世界だけの存在があったらしい。ジャンヌが教えてくれるそれらの話は非常に面白い事であり、そして聞き応えががあった。そんなジャンヌの話を聞きながら鹿の解体などを終了させ、その肉を干し肉として使えるように準備する。

 

 都心でスカベンジしたおかげでテントなどの道具をそろえる事は出来たが、食料に関してはほとんど腐っているか、強奪された後だった。手に入れたのも僅かな缶詰のみで、これから先旅を続けるというのには不足する量だった。だから食料を確保しなくてはいけない。そういう事もあり、従軍経験のみならずそれからくる狩猟や調理経験を生かし、ジャンヌが生活のサポートを行ってくれている。そんな訳で干し肉の製造作業を完了させると、漸く一息がつける。

 

「―――こんな生活を始めてからもう一週間か」

 

『襲われない限りは一切変身しませんし、終わったらすぐに戻ってしまうのでちょっと詰まんないかなぁ、と私は思うんですけど』

 

「うるせぇ」

 

『まぁ、自慰云々は別として―――戦う場合は私の体を使うんです。【啓示】とシンクロを使用した戦闘にも限界はあるんですよ、マスター。それに私の主武装は【紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)】である。解放しない限りはCランクの宝具として振るう事ができますので、私の姿で戦う以上は鍛錬をする必要があります』

 

「む……」

 

『それに、解決しなくてはいけない謎だってありますしね?』

 

 そう、それだ。色々とジャンヌから話を聞いて、そして理解した事があるが、それでも残る謎は大きい。その謎を追おうのが今の自分とジャンヌの目的だ―――というかそれを片付けない限りは他の行動が怖くて実行できないというのが事実だ。まず第一に何故俺とジャンヌがデミサーヴァントという形であの廃墟に放置されていたのか。第二になぜこんなにも世界は荒廃してしまったのか。第三に何故ジャンヌが召喚されているのか。この三点が最大の謎になっている。これのどれかを解決すれば、連鎖的に他の問題も解決できるのではないかと思っているのだが、

 

「ただ、解る事もあるんだよな?」

 

 えぇ、とジャンヌが言う。

 

『聖杯戦争は聖杯という制御機構を保有して初めて可能になる奇跡です。ですのでマスターが単体でサーヴァントを維持しているというのは非常に考え難い事です。ですが事実として、マスターが一人で”かなりの余裕をもって”私を維持しています。それに―――』

 

 そこでジャンヌは一旦言葉を置き、

 

『―――他のサーヴァントがまだ召喚されていません。いえ、召喚していません。ルーラーの権限に六騎の召喚権限が存在しています。マスターが希望するのであれば、サーヴァントを追加で召喚し、使役する権利が存在します。【神明裁決】の効果でその分の令呪も補充できますし、十分に現実的な案です。ですが―――』

 

「……聖杯が目に見えてないのにそれが出来る事がおかしい上に、俺みたいに魔術の”ま”の字さえも知らなかった人間がそんな事出来るのもおかしいって話だよなぁ……」

 

『えぇ、ですから、そこにマスターが肉体ごと変態してしまう理由を見つけました。相性が良いのと、”マスターが聖杯”なんですよ。私と、そしてそのほかの六騎を使役する為だけの聖杯。おそらくそれがマスターの正体です』

 

 聖杯。万能の願望機。魔力さえ溜まればどんな願いでもかなえる事ができる魔法の器。それが、俺の今の体だとジャンヌは言っている。ぶっちゃけ、信じられたものではない。ファンタジーが、ファンタジーの中でのファンタジーを語っているのだ。到底信じられるものではないが―――もう既にジャンヌの事は心の底から信じると決めている。恋心さえ芽生えているものだってある。まぁ、それは置いておき、自分の体の問題だ、その、ちょっと不安になる。

 

『だから負担を軽くする為にもサーヴァントを召喚しませんか? コストパフォーマンスが高くて継続的に戦闘の行えるランサー、魔力消費が少なくて諜報能力の高いアサシン、単独行動と偵察に警戒が得意なアーチャー辺りを召喚しておけば今の活動も遥かに楽になりますよ』

 

「ライダーとセイバーとバーサーカーは?」

 

『セイバーは大体ビームぶっぱする生き物なので。あとライダーとバーサーカーは宝具ぶっぱするのがお仕事なので、戦闘力が足りない場合にのみに召喚したい所です。ランサーは偵察兵としての能力も持っていますので、この脳筋ズよりは遥かに扱いやすいですよ。えぇ、偶にロンギヌス握っていたりして扱いにくいですが』

 

「ジャンヌゥ!」

 

『で、どうしますかマスター? 戦力の増強は割と必要だと思いますけど』

 

「また今度で。早急に召喚しなきゃいけないって感じはしない……まぁ、必要ができてからでいいんじゃないかなぁ」

 

『マスターはその認識、非常に甘いですよ。相手はアンリ・マユの落とし子、つまりはどこかにアンリ・マユが存在し、無限に子を産んでいるという事です。悪意という概念を扱う以上、相手は”無限に等しい”存在な上に単一の概念なのでどうしようもない存在です。物量で来られた場合、マスターだと一瞬で詰みますよ? そうじゃなきゃ私に変身してから剣を鍛えるべきです。【紅蓮の聖女】の重さ、振り方、使い方を徹底的に叩き込むだけで生存率が変わってきますから』

 

「うーん……こ、今度で」

 

『へたれないでくださいよー! 恥ずかしがらなくたっていいんですよ? ぶっちゃけちょっと自分がどんな風に悶えるのとか客観的に見るのは楽しそうというか気持ちよさそうというか若干倒錯的な性癖に目覚めそうというか―――』

 

「お前聖女じゃなくて性女じゃねーのか!?」

 

『死んで我執から解放されたので少々ハッチャケているだけです。一回死ぬと見えてくる世界が変わってきますよ』

 

 助けて、この聖女壊れてるの。

 

 そんな事を思いつつ、ジャンヌの言葉は正しかった。というよりジャンヌの方が自分よりも経験豊富で、知恵もあるのだ。相手に関する知識はないが、それもより強い相手、そして数が増える様であれば、未熟な自分では対応しきれない可能性が高くなってくる。そうなった場合、最低限戦えるレベルの動きか、或いは戦える人間が必要になってくる。前者は特訓、そして後者は召喚。

 

 だが真面目に考えると、どっちも不安になってくるのだ。変身はすればするほど自分自身から遠ざかっているような気がするし、後者は自分の体の聖杯? そんなものを使って召喚するとなるのだ。不安にならない訳がない。それでもどっちか、となると……やはり軍配はジャンヌの力を十全に扱えるようになることが一番大事だと思う。この一週間、何度もアンリ・マユの落とし子と戦ってきた。つまりこの先も十分そんな可能性があり得るという事だ。この先、生き残るのであれば絶対に力は必要なのだ。絶対に。

 

 何をそんなに深刻に考えているの? と言われると、

 

 この、科学の時代で、

 

 こうも荒廃してしまった街の風景を見てしまうと、一体何がここまで人を追い込んだのか、何が原因でここまで荒廃してしまたのか。

 

 ”それ”とこの先、出会うのではないかと思っている。

 

 テント道具を探している間に見てしまった。

 

 まるで急速に腐ったかのような白骨の死体に、壁に染みついて剥がれない血の跡が、壁をひたすら引っ掻いたような跡が、そして絶望と怨嗟の声を書き綴ったメモが。一体何が起きたのか、決定的な”ソレ”を証明するメモや映像は何一つとして残されていない。だが、それにまで出会っていないのは確かだ。もし落とし子程度だったら銃で何とかなっているからだ。落とし子はその程度には弱い。訓練された軍人であれば対処できるレベルだ。

 

 ジャンヌ曰く、今は”銃神話時代”である為、銃撃で十分に神秘にダメージを通す事の出来る環境だと聖杯からの情報で知っている。だからきっと、落とし子以上の怪物が存在しているのだ。そんな怪物と接触した場合、自分は生き残る自信がない。いや、ジャンヌの力を持っていて何を贅沢を言っているのか、って事だがやっぱり、足りないと思う。

 

「……んじゃあ明日から【紅蓮の聖女】振り回すか」

 

『お、ついにやる気になりましたか。指導はお任せください―――と言ってもその前に私の体に慣れる事が先決です。明日からは少しだけ大変になりますから、今日は早めに眠りましょう。ではそれまで魔術に関して勉強をしましょうか。初心者の状態を何とか脱却しませんと……』

 

「世話をかけるな」

 

 軽く謝るといえいえ、とジャンヌが苦笑する。

 

『求めるのであれば、それに応えるのがジャンヌ・ダルクという少女なんですよ。遠慮なくこき使ってください。その方が幸せですから』

 

「このワーカホリックのメサイアコンプレックスめ」

 

『酷っ!』

 

 ジャンヌとの会話を楽しみながらまた、一日が何の成果もなく過ぎて行く―――。

 

 

                           ◆

 

 

 そして翌日、全てを鞄の中に収めてから魔術回路と魔力を使用し、ジャンヌの肉体へと変わる。完全な性別と存在の変換の激痛に耐えつつも、ジャンヌの姿へと変わって自分の姿を再び確認する。バゼラードの刀身を鏡代わりに、確認するのは可愛らしい、少女の面影の残った女の顔だ。表情を作っているのが自分なせいか、ちょっとだけ険しい様に見える。笑みを浮かべてみると可愛い。うん、可愛い。何をやっているんだろうか。バゼラードを鞘に戻し、鞄を背負おうとしたところで、ジャンヌからストップが入る。

 

『私達英霊は基本的に肉体を魔力で構成されているものです。ですので服装も魔力を通して自由に切り替える事ができます。今、私と一体化しているマスターであれば同じ事ができる筈です。イメージは此方から送りますので、それに合わせて想像してください』

 

「えーと……」

 

 こういう感じのやり取りも若干慣れた様な、そんな気がする。だからジャンヌに言われたまま、目を閉じ、そしてジャンヌが送ってくるイメージを受け取り、その姿を取る自分を―――ジャンヌを想像する。数瞬後、体に僅かな重みが増え、目を開くと自分の恰好が大きく変わっている。両手はガントレットに包まれており、体は紺色をベースとした服装に所々でメイルを、肩からはマントを被り、何よりも下半身は大きなスリットの入ったスカートという恰好だ。軽く体を振るい、マントが邪魔だ。そう思うとマントだけが消え去る。

 

「お、便利だな」

 

『でしょ? いえ、私経験皆無なんですけど』

 

「ふむ……」

 

 なんとなくだが自分の何時もの格好よりも、ジャンヌのこの正装? 戦闘服? 当時の軍服? の方が”体に馴染む”という感覚がある。何時もは自分の服だとインナーのせいか胸が窮屈に感じたが、今回はその窮屈さはない。なんというか、ジャンヌの体にフィットする様に服装が設計されているような、そんな気がする。いや、実際にジャンヌの当時の活躍を考えたら、彼女専用に服を用意したとかあってもおかしくはない。先頭に立って戦う聖女なのだ、その姿は美しい程良いに決まっている。

 

『正直見ていてこっちの方が胸が苦しかったし、やっぱり着慣れた服の方がいいですよね』

 

「着てるの俺だけどな」

 

『私もマスターも同じ様なものじゃないですか』

 

 まぁ、その言葉は正しい。自分もジャンヌも割とお互いの境界線が怪しい部分はある。それでも精神衛生上の都合として俺は俺、お前はお前、と分けておかないと駄目な所があるに決まっている。とりあえずジャンヌの姿、服装でカバンを持ち上げ、肩に駆けるように運ぶ。色々詰まっている上に割と大きいから肩に食い込む様で重く感じていた筈なのだが、

 

「全く重さを感じないな」

 

『そりゃあ私は筋力Bの耐久Bですからね。英霊のEランクでさえ良く鍛えられた軍人というレベルですからね』

 

「成程、怪力女か」

 

『マスターって私に対して若干酷くないですか……?』

 

「そんなことないよー。可愛がっているだけだよー」

 

『うっそだー―――という軽いノリは置いて、真面目な話をするとまずマスターには体自体になれて貰う必要があります。こう、意識改革的に。そう、そんな風に胸を見て恥ずかしがらなくなるぐらいには。ぶっちゃけ戦闘中そうやって意識されると反応が落ちて命まで落としてしまうので。あ、今のは冗談のようでそうじゃありませんからね? マスターが死ぬと私まで連鎖的に死にますからね?』

 

「お、おう」

 

『というわけでまず初めに今日は一日中このままで過ごして貰います。移動も勿論このまま。生活も探索もこのままで』

 

「ちょまって! トイレとかどうするんですか!」

 

『やり方は教えます』

 

「そのマジ声止めろよ!」

 

 そのまま抗議に発展しようとした瞬間、

 

『背筋を伸ばせ! 前を向け! 黙って立てぇっ!』

 

 ジャンヌの声に背筋を伸ばし、真っ直ぐ立つ。ほとんど反射的な行動ではあったが、体が反応した動きだった。それに今の声は普段のジャンヌとは違い、かなり力強いものがあった。なんというべきか、ジャンヌ・ダルクの聖女としての側面ではなく、

 

『軍人でしたからね。兵を率いる真似事なんかもしていましたし、ぐだぐだ言うならちょっと厳しい手段をジャンヌちゃん、取っちゃおうかなぁ、と思います。うだうだするのは男らしくないですし。あ、そういえば今のマスターはジャンヌちゃん2号なので男じゃありませんね、すいません。ちょっとだけうだうだしてもいいですよ』

 

「なんだよそのちょっとだけ譲歩しますよって感じのスタンスは! ったく……やれるところまではやるよ……」

 

 何だかんだで自分が毎回折れている様な気がする。やだなぁ、この聖女に調教され始めてるわ。そんなくだらない事を考えながら歩きだす。履いているのは靴というよりは鋼鉄の軍靴、グリーヴだ。歩いて得る足の裏の感触が、何時ものブーツとは全然違う。普段はそんな事を気にする事さえなく一気に切り払って終わらせてしまう為、ある意味では新鮮でもあった。

 

 そんな些細な違いを感じつつも、

 

 歩きだす―――。




 じゃんぬ と いっしょっ!

 TSモノは肉体への戸惑いを書くのがお約束です。fateベースだから若干TSの趣旨から離れるかもだけど、性差に関してはちょくちょく描写したい感。折角運営に女体描写のR18ガイドラインを聞いて来たし。


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神は超えられる試練しか与えない Ⅲ

 ―――意外とキツイ。

 

『あれあれ、どうしたんですかマスター……?』

 

「こいつ……!」

 

 歩いている。廃墟の世界を、荒廃した日本のどこかを。それをジャンヌと軽口を交わしながら歩いている。ジャンヌの軽口がなければとっくの内に発狂していそうな過去の繁栄の証の様な光景を歩いている。今いる場所は高速道路の上。新宿へと続く、と前見た看板にはあった。だからきっと、真っ直ぐこの高速道路の上を歩いて進めば新宿にたどり着く事が出来るのだと思う。だからそう信じて、もう何十キロか歩いている。英霊の―――ジャンヌの体は凄い。どれだけ歩いても疲れる事はない。

 

 ただその代わり、本来の英霊の体とは違うせいか、色々と生理的な現象が発生する。

 

 たとえば―――感触。ジャンヌの服装はドレスと鎧を一体化させたような軍服だ。下のスカート部分は通気性が良く、歩いていると太ももに風が掛かり、そこは涼しい、というか恥ずかしいという気持ちがある。女性としては普通なのかもしれないが、男としては太ももに風がかかる様な事態は少ない。あるのは水着の時ぐらいだ。だから深いスリットスカートの間から入ってくる風の感覚が実にくすぐったい。スカートの下にはいている下着の感覚も、男のものとは全然違う。だからそこらへんも戸惑いが強い。何故スカートとはこうもスースーするのだろうか。なぜ女子共はこれが平気なのだろうか。

 

 まぁ、人目がない分、マシだと思っている。

 

 ただ問題は下ではない。

 

 上だ。

 

 この軍服の構造上、上半身は服を二枚重ねに来ているような構造になっている。しかもこれ、割と特殊な構造というか―――所謂”乳袋”的な構造をしている。良くフィクションやエロゲのヒロインの胸が強調されているアレである。服の下から胸が強調されているのではなく、胸その物を収納する様な形になっているとか言う、そういうアレである。ブラジャーつけてないのは感触的に解るし、たぶん、この乳袋的構造が激しい戦闘を行っても胸を痛めない様にしてある服の形なのかもしれない。何せ、まるで胸は固定されているかのようにズレない。

 

 良くフィクションで歩いているだけで胸が擦れて―――とかあるが、エロゲの遊び過ぎである。正気に戻れと教えてあげたい。ただそれとは別の問題があるのは確かだ。

 

 フランスの気候を想定した服装なのか、割と暑い。というか汗が溜まりやすい。胴体部分はメイルで守られており、それから上、上半身は二重構造になっている服に包まれているのだ。蒸れる。物凄い蒸れる。どこが? と言われてしまうと胸の間が、と答えるしかない。今は秋か冬なのか、そこそこ涼しさは感じる。が、歩き続けているのと日差しをずっと浴びていると、廃墟だらけなせいもあって、高速道路の上には影になる者がなく、熱が体に溜まって行き、汗になって表現される。

 

 それが胸の間にも溜まって、蒸れてくる。

 

『いやぁ、これは放っておくと酷くなりますから、一旦拭いた方がいいですよ。えぇ、私も困った記憶はありますよ。なので手取り足取り体のケアの仕方をちゃーんと教えてあげましょう。心配する必要はありませんよ? 普通の事ですから』

 

「お前、そうはいっているけど、物凄く楽しそうだぞ」

 

 ジャンヌの声でそうぶっきらぼうに返すと、笑う様なジャンヌの声が返ってくる。

 

『……えぇ、すみません。この状況がおかしくておかしくて……本来の聖杯戦争は遊ぶような、こういう風にふざけている余裕さえありません。戦術を用意し、戦略を立てて、力を集めて、マスターとサーヴァントと殺し合う戦いなんです。デミサーヴァントとしてマスターと巡り合う事があっても、おそらくはこんな風にからかう余裕や遊ぶ余裕さえありません。必要な情報交換を行ったら即座に体の習熟を必死に行い、そして殺しに行く……そんな感じになったと思います』

 

 本来の聖杯戦争は七人のマスターと七騎のサーヴァントが殺し合う戦いだ。普通のサーヴァントマスターであればそのまま戦う事になるし、ルーラーというジャンヌのクラスはかなり特徴的である為、場合によっては他のサーヴァント複数と同時に戦う必要さえあるのだ。そう考えると実に殺伐しており、笑う時間さえないのだろう。

 

『ある程度の緊張があるとはいえ、人を、マスターを殺す必要がないかもしれないこの状況はちょっと……嬉しかったりもします。マスターと自由に交流できますし。ですので少々ふざけが過ぎてしまうのも許してください』

 

 そう言われてしまうと何も言い返せない。神のお告げを聞いたと言って剣を取り、そして祖国のために戦った聖女。ジャンヌ・ダルクはたったの十九年しか生きる事の出来なかった少女であった。二十歳を迎える事さえできなかったのだ。彼女がどういう気持ちを抱いているかを理解する事は出来ない―――だがシンクロを通じて感じる事は出来る。ある種の後悔だ。もっと遊びたかった。もっと自由が欲しかった。聖女とはいえ、”人”であった、という事なのだろう。いや、人だからこそ聖女と呼ばれる事が出来たのかもしれない。

 

「まぁ、少し位なら……」

 

『じゃあちょっとそこらへんの物陰でぬぎぬぎとしませんか? 優しく教えますので! ちょっと双子の妹の面倒を見ているような感じで、楽しくなってきているんですよ!』

 

「ただ単にテンションの問題じゃねーかてめぇー!!」

 

『美少女が羞恥の表情で頑張ろうとしているのもなんかこう、いいですよね! あ、私が美少女でしたね』

 

「お前割と楽しんでるよな、サバ生!」

 

『楽しまなくては損ですからね―――と』

 

 ジャンヌの声が途切れ、そして【啓示】が敵の接近を警告する。

 

「サンキューカッミ」

 

『もうちょっと主に対して敬意のある話し方を……まぁ、こればかりは仕方がありませんね、信仰は自由ですから。それよりもいい機会です。【紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)】を扱う練習を始めましょう。気配や感覚からしておそらく相手はまた落とし子でしょう』

 

 ジャンヌの言葉を聞きながら右手を横へと付きだせば、パイクとそれに結びつけられた聖旗の姿が出現する。柄を高速道路の上に突き立てる様に持ち、風に聖旗をなびかせながら視線を前方へと向ければ、高速道路の外側から昇ってくる様に黒いヒトガタが―――アンリ・マユの落とし子達の姿が見える。性懲りもなくやってきたか、と呟きながら右手で聖旗を握ったまま、左手をそのすぐ下、左腰に装着されている剣と鞘へと伸ばし、導かれるままに刃を引き抜く。

 

 美しい銀色の刃は真っ直ぐ伸びた細い両刃の剣だった。握りに軽い装飾の施されたそれを左手で握り、聖旗を握る右手と半身を後ろへ、【紅蓮の聖女】を握る左手と左半身を前に出す。これが基本的に相手を迎えるスタイルらしい―――それはジャンヌのイメージで伝わってくる。

 

『まぁ、今回は聖旗を手放しても問題ありません。なにせ私が参戦していたのは大人数が入り乱れる戦争で、味方が何処にいるのかを把握し、鼓舞する為にこの聖旗が必要でしたからね。集団戦を行うのであれば聖旗―――【我が神(リュミノジテ)()ここにありて(エテルネッル)】の効果を確認し、利用するのも悪くはありません。この聖旗の性能は集団戦であるこそ意味があり、ソロだとほぼ無用なんですよね』

 

「んじゃこれはいいな」

 

 そう言って聖旗を手放す、霧散させ、そして左手の刃を右手へと持ち帰る。自分も、ジャンヌもどうやら右利きらしく、右手に持ち替えた方がしっくり来る。

 

『剣の基本は斬る、突く、払うの三動作です。私の力を使っている間は……変身している間は私とシンクロしていますが、どう足掻いても埋められない部分はあります。落とし子は弱いので気になりませんが、訓練を受けた戦士が相手となると話が違ってきます。斬る、突く、払うの三動作がどれだけ洗練されているかが剣における戦闘の重要な事になります―――まずはそれを意識して戦いましょうか』

 

「あいよ」

 

 柄を握り、刃を下へと振るい、目の前に出現した十一の落とし子を確認する。【啓示】がどれから倒すべきか、その答えを神の視点から伝え、教えてくれる。故に何よりも先に、左側で孤立していた落とし子へと向かって踏み込み、接近する。サーヴァントは誰もがステータスというものを保有しており、ジャンヌの敏捷性はAになっている。これは簡単に言ってしまえば”完全な人外の領域”と言ってしまっても良いだけの能力だ。

 

 故に踏み出した、前へと体を飛ばすだけで一瞬で相手の前まで到達する。踏み抜いた道路がその反動で砕ける音を響かせつつも、ジャンヌに言われた通り、スローモーションに見える世界で動きに気を使いながら刃を振るう。まず基本の斬るという動作。右上から斜めに切り裂き、一撃で落とし子を消滅させ、そのままステップを取る様に跳躍し、弧を描きながら次の落とし子に接近し、片足で着地しながら体を軽く回転させ、そのまま横に切り払う。

 

「重い」

 

『そうです、剣は見た目では解りませんが、鋼鉄の塊なので重いんです。勿論槍等と比べれば軽いのでしょうが、それでも重量の存在する物である事を忘れてはいけません。特に【紅蓮の聖女】はその素材を概念としている為、見た目に関係のない質量と重さを持っています。体が慣れているでしょうが、経験だけはどうしようもありません。覚えてください』

 

 それに応える様に剣を振るう。右へ、左へ、上から下へ、斜めに、そうやって剣術の基本と言われる動作をジャンヌに導かれるままに振るい、そしてジャンヌの動きから俺の動きへとダウンロードして行く。そうやって基本の三動作を一通り繰り返していると、

 

 落とし子を全て討伐し終わる。息を吐きながら剣を一回振るい、その汚れを弾く様に飛ばしてから鞘の中へと戻す。結構綺麗に動けているんじゃないかと思うが、間違いなくジャンヌならもっと上手く動くんだろう。自分は戦っている間、どうしても体のアレコレが気になってしまった、フルに動けない部分がある。だって、戦っている時のちょっと揺れる胸の感じとか、スリットの間から覗く足とか、気になってしまうじゃないか。

 

 まぁ、それはともあれ、

 

「どう?」

 

『まぁ、新兵よりはマシですね。私も戦う事自体はそこまで得意ではないのであまりとやかく言えませんが……だって鼓舞して指揮するのがジャンヌの仕事でしたし!』

 

「知らんがな」

 

 どうでもいいが、ジャンヌとの会話のやり取りは基本的にどっちもジャンヌの声で行われている。ジャンヌは直接脳に語り掛けているらしいが、それでも同一人物の声が互いに話しかけているのだから凄い光景だというのが良く解る。

 

 とりあえず戦闘を行ったせいか、汗が更に酷くなってきた。そろそろ本格的に水浴びか、或いは汗を拭く必要が出てきた。これをこのまま放置するとかぶれるらしいし。

 

『やーん、胸ばっかり見ちゃってえっちぃですね』

 

「人が真剣に悩んでる所をこのなんちゃって聖女は……!」

 

『あ、なんちゃってとは失礼な! こう見ても魔女認定されても正面から神学で論破して危うく処刑キャンセル出来そうだったんですよ。まぁ、結局バーニングジャンヌに進化してしまいましたけど』

 

「流石ジャンヌちゃん、俺じゃあ出来ない表現をぶっ込んでくれるぜ」

 

 勿論褒めていない。というか声は震えている。このジャンヌを歴史家諸君に紹介したら、たぶんショック死でもするんじゃないだろうか。―――まぁ、彼女が、ジャンヌが俺の為に頑張って盛り上げてくれているというのは解る。

 

 状況も出来事も風景も、現実感がなさすぎる。何を見ても夢だと思えてしまう程度には。

 

 だから、頑張ってジャンヌは馬鹿らしいことを言って、盛り上げて、そして刺激を送り続けているのだ。現実逃避しない様に、心を繋ぎとめる様に、狂わない様に。ジャンヌに変身して【聖人】のスキルがその効力を発揮してくれているおかげか、或いはジャンヌとシンクロしているおかげか、冷静にそれを考える事が出来る。この聖女にはやっぱり、助けられているんだ。

 

 そう思った直後、

 

 ―――【啓示】が背後からの危機を伝える。

 

 振り返りながら背後から聞こえる破砕の音に反応し、刃を抜こうとするが、それと同時に発生するジャンヌの声は全く違う事を命令していた。

 

『……ッ! 振り返らず退いてください!』

 

 が、遅い。既に振り返る動作を取っており、肉体構造の問題で、そこから急に動作を変更する事が出来ない。だから背後へと振り向きながら剣を振り抜いた直後、目の前に凄まじい巨漢が道路を砕きながら足場を踏み潰したのが見えた。

 

 それは下半身を赤い布で隠す巨漢だ。両手に一本ずつハルバードの様な武器を握り、そして獅子の様な白髪を生やし、その顔を馬と牛の中間のような姿をした黒い仮面を被った男だった。全身からは覇気が漲っており、仮面を被ったその姿はまさに”怪物的”という言葉が相応しかった。その体の各所をまるで黒いヘドロに飲み込まれたかのように侵食されており、尋常ならざる嫌悪感を感じる事が出来る。この巨漢は、あのヘドロから生み出されたのだ、きっと。そう考えるのには時間を必要としなかった。

 

 ジャンヌの言葉を実行しようと後ろへと下がろうとした瞬間、

 

 ―――仮面の奥の光と目が合ったような気がした。

 

『守って!』

 

 ジャンヌの声に反射的に腕が動いた瞬間、

 

 空気を薙ぎ払いながら片腕で超重量の鉄塊が振るわれる。風を砕く様に押しのけながら振るわれる暴力の象徴は一瞬で加速を完了させると防御しようとした此方の存在と、そしてその剣ごと当て、押し付け、力を籠め、

 

「―――こ、ろ、す―――!」

 

 くぐもった声で殺意を宣言し、そして暴力を振り抜いた。




 第一の刺客。

 というわけでfateつったらアレですよ、サバとしての戦いとコミュですよ。今までずっとジャンヌコミュな感じで進んできてからさあ、バトルって感じで。

 しかし絶対ノーブラだよな


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神は超えられる試練しか与えない Ⅳ

 衝撃と共に体は完全に吹き飛んでいた。高速道路の硬い感触に体をワンバウンドさせながら反対側のレーンへと吹き飛ばされ、そのまま高速道路を支える壁へと衝突し、それを砕くように貫通しながら更に奥へと吹き飛ばされ、高速道路から投げ出される様にその向こう側へ―――高さ十数メートルはあるであろう空間を吹き飛び、近くのビルの窓ガラスとフレームに衝突し、半分埋まる様な形で体の動きが止まる。

 

「ごふっ―――」

 

 口から吐血しながら全身に感じる痛みに思わずブラックアウトしそうになる。余計な思考が全て自動的にシャットアウトされ、そして体を制御する事に意識が向けられるので、妙に痛みが体中に響くように感じられる。死ぬ。そんな感覚は今までにない程強力なイメージとして感じつつも、目は開く。重い瞼を開けて視線を前へと向けると、仮面を被った巨漢が鉄塊を振り抜いた体勢で動きを止め、そして此方へと視線を向けてくるのが見える。息を荒げながらその姿を睨めば、【真名看破】のスキル効果が発動する。サーヴァントとして召喚された英霊であれば誰でも保有している特殊能力により、ジャンヌは、そして俺は相手の真の名を知る事が出来る。

 

Name:アステリオス

Class:バーサーカー

Status:混沌・悪

筋力:A++ 耐久:A++ 敏捷:C 魔力:D 幸運:E 宝具:EX

Skill:【怪力】A 【天性の魔】A++ 【狂化】B

宝具:万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)

 

 相手に【真名看破】の効力が発揮されたことによって次々と相手の情報が丸裸になり、取得されて行く。そうやって確認するのは、相手が自分よりも、ジャンヌよりもはっきりと戦う事に特化した能力を持っている相手であり、まともに戦った場合、限りなく勝機が存在しない事だった。それをステータスを見て確認し、そして痛みを通して理解した。逃げないと、逃げないと駄目だ。

 

 (ジャンヌ)では絶対に勝てない。

 

 そう理解した直後、逃亡の為に体を動かし始める。窓のフレームに食い込んだ体を力づくで引き剥がしながら、下へと落ちる。アスファルトの上へと着地、口の中に溜まった血の塊を吐きだし、荒い息を何とか整えようとし、【啓示】が再び死の予感を予知する。どうせなら逃げる道を教えて欲しい。そう思いながら、

 

『跳んでください!』

 

 迷う事無くジャンヌの声に従って跳躍し、次の瞬間発生したバーサーカー・アステリオスの薙ぎ払いからギリギリ逃れる事が出来る。次の動き、どう入るべきか、それを悩む前にシンクロさせたジャンヌの意思が導く。それに従い体を動かし、力任せに振り払うアステリオスの攻撃を回避する。もう一撃喰らうだけの余裕はこの体にはない。あのA++の筋力に【怪力】のスキル、一撃目で即死しなかった事の方が不思議だ。いや、辛うじて生きているという状態なのかもしれない。

 

 何せ、ガードに入れた右手から全く反応がない。【紅蓮の聖女】を握らせてはいるが、それでも動かす事は難しい。故に右手の【紅蓮の聖女】を霧散させ、左手に聖旗を出現させる。攻撃する訳ではないが、それでも武器を一切握っていないのよりは断然マシだ。

 

 故に後ろへと下がりながら大きく跳躍し、アステリオスから離れて行く。ジャンヌの敏捷はAランク、つまりは最上位の一角はある。Cのみのアステリオスと比べれば雲泥の差だ、逃げる事だけに集中すれば逃げられる。故に生き残る事だけに集中し、跳躍しながら迫りくるアステリオスの暴力、そして攻撃から発生する瓦礫の攻撃を回避しながら街灯の上に着地する。ふぅ、ふぅ、と息を吐きながらなんとか息を整える。

 

『【神明裁決】で制限し、そこから逃亡しましょう』

 

「―――バーサーカー・アステリオス! ルーラーの権限によって汝の戦闘行動を禁ずる!」

 

 踏み出そうとしたアステリオスの動きが止まり、武器を振るう動きが停止する。今こそ逃げるチャンス。そう思って更に遠くへと跳躍しようとした瞬間、

 

 ―――アステリオスを中心に、魔力の波動が広がった。

 

 それが原因で世界はモノクロ色に染まり、そして少しずつ風景が歪み始める。

 

『宝具―――!』

 

 宝具、それは英霊の象徴。生前の技術、或いは武器、逸話、そういったものの象徴。英霊が起こしたその奇跡が必殺の形で表現された幻想らしい。ジャンヌにも勿論宝具が存在する、それも二つ。一つは今握っている聖旗が、そしてもう一つは扱い切れていないあの剣が、その二つがジャンヌの未発動状態の宝具だ。そしてアステリオスの宝具はジャンヌの様な武装型ではないらしく、アステリオスを中心に、空間が変質して行く。素早く逃れようと頑張るが、もはや逃れられないらしい。自分の周囲の空間が完全に切り替わって行くのが風景で解る。

 

「まよえ……さまよえ……しねっ!!」

 

 アステリオスの声が響き、景色が変わった。

 

 まずは天が消え、天井が覆う様になった。その天井に届く様な石壁が出現し、道を制限し、足元も石畳へと変化する。僅かな明かりもない闇の世界へと変動した中で、聖旗が僅かに光源を生み出すかのように淡く光り輝く。周辺の空間だけでも明るく照らすそれによって見えてくるのは、

 

 ―――迷宮(ラビリンス)の姿だった。

 

『アステリオス……クレタ島のラビリンスに封印された生まれついての魔獣、反英霊。ミノタウロスとも呼ばれる有名な怪物です。まさかこんな大物と一番最初に接触するとは思いもしませんでした……』

 

「それよりもこれからどうするんだ……」

 

 ふぅ、と息を吐きながら背中をラビリンスの壁に預ける。アステリオスから喰らった一撃のせいでまだ体が痛く、自由に動かない。ジャンヌに変身せずに喰らっていたら間違いなく即死だった。そこまで考えたところで、自分の傷の治療の仕方が解らない。いや、治療キットなら荷物の中だが、アステリオスに殴り飛ばされた時に荷物は武装以外置いてきてしまった―――つまりはこの迷宮内には存在してない様に思える。どうしよう、どうするべきか。焦りが胸の内に現れ始める。

 

『マスター、落ち着いて変身を解除してください。まずは魔力の節約と、そして治療に入ります。治療の魔術に関しては私が使えますから、マスターが変身しなければ此方からやらせてもらいます』

 

「……大丈夫なのか?」

 

『幾つかの理由がありますが……大丈夫です、まずは治療を始めましょう』

 

 ジャンヌに従う様に変身を解除する。ゴリゴリと体が変態して行く不快な痛みに悲鳴を押し殺しつつも、直ぐに自分の姿へと戻る作業は完了した。そのままずるずると腰を下ろし、そして何時の間にか聖旗が消え、完全な闇が迷宮を満たしたのを理解する。その代わりに、体内をめぐる魔力がつけられた傷に反応するように熱を吸い取っているような、そんな感じが体内を満たし始める。しかし変身を解除したら完治、なんてシステムは残念ながらないらしい。

 

「ふぅー……これからどうするんだ?」

 

『まずは傷の治療を―――そしてサーヴァントの召喚を行います。私達ではアステリオスに絶対勝利出来ない幾つかの理由が存在します。それを説明しますよ?』

 

 簡単にジャンヌに返答する。

 

『それでは気分的には眼鏡をかけた女教師風に……』

 

「何時も通りでいいんだよ!」

 

『え、何時も通りのジャンヌちゃんが一番かわいい? もう、マスターがそんなに褒めても結婚しかしませんよ』

 

「愛と好意が重い!」

 

『じゃ、調子が戻ってきた所で真面目な話をしますが、アステリオスは耐久A++な上に【天性の魔】というスキルで更にその耐久力を高めています。それに比べると私は最高でも筋力がA、相手が対魔力保有していないのを考えて魔術で戦ったとしても此方の魔力もAで、強化されたA++の耐久力を抜くのはちょっと現実的ではありません。しかもこれ、【万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)】からの干渉で私達が弱体化していない場合の話です。宝具効果を考慮すると、撃破できるとは到底思えません』

 

 そこで一拍置き、

 

『【紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)】を完全開放すればEXランクへと届きますが、これは自爆技です。使用後死ぬのでない話です。私一人ならともかく、マスターまで関わるとなると到底許せる手段ではありません。なので結論として、火力不足で撃破が不可能となります』

 

 そして次。

 

『そして”属性”の話になります』

 

「炎とか水とか?」

 

『似たような話です。アステリオスは”怪物”ですから絶対に英雄には勝てません。英雄に討伐されるという運命を持った存在です。ですが私、ジャンヌ・ダルクという少女は英雄ではなく”聖女”なのです。怪物にとっての聖女とは喰らうべき餌でしかないので、能力や火力の事を抜きにしても、攻撃の通りが最悪とも評価できるんです』

 

「成程なぁー……」

 

『なので殺せません。絶対に勝てません。【壊れた幻想】で宝具を犠牲にしたとしても、【狂化】【天性の魔】【万古不易の迷宮(ケイオス・ラビュリントス)】にA++耐久突破するには無理がある過ぎる領域です。なので一番現実的な案は高火力のサーヴァントを召喚し、二対一でこの状況を突破する事です。というわけでさっさと召喚の準備に入ってしまいましょう。この宝具、迷宮化は私達を逃がさない為の仕掛けの筈です。まだ【神明裁決】でアステリオスが動けない間に、サーヴァントを召喚してしまいましょう……体は大丈夫ですか?』

 

「あと一発喰らったら逝くけどそれさえ気にしなきゃ余裕」

 

 その言葉にジャンヌがくすりと笑う。無駄に悲観しているのは自分とジャンヌには似合わない。ここまで来たように、笑いながら、ふざけながら、そうやって道を進んで行きたい。そう思い、親指の先を噛み、そしてそこから血を流す。ジャンヌが召喚の指示をしてくれる。ルーラーであるジャンヌの権限を利用すれば、サーヴァントの召喚は簡略化出来るらしい。故に血を流し、闇の床の上に魔法陣を描く。スキルの拘束力が聞いている間に、なるべく、早く、集中して描く。それが完成したら一歩後ろへと下がり、魔法陣を眺められるようにする。勿論、闇の中にいるからまともに見える事はないのだが、

 

 召喚したい、そう思って魔力を流し込めば、体内の魔力に反応するように魔法陣が淡い青色に輝き始める。魔法陣が起動し、召喚の準備が整う。

 

「え、えーと……なんか呪文でも唱えるのか?」

 

『いえ、重要なのはここから強力なサーヴァントを召喚する事です―――ポケットの中に聖晶石をしまっていましたよね? 召喚するサーヴァントの質を上昇させる位は非常に有用な触媒なので、それを利用します。ぽい、っと魔法陣の中央に投げ込んでください。召喚のランク高くなればジルは弾けるので』

 

「ジル?」

 

 聞き返しながらポケットから綺麗な色の石を取り出し、それを言われた様に設置し始める。

 

『これからの戦いのレベルに絶対について来れないので事前に弾きたい人の事です、それよりもほらアステリオスが来る前に済ませてしまいましょう。……はい、終わらせましたね。ではルーラーの権限でクラスを絞り込みます。必要なのはバーサーカーと戦えるクラスなので、必然的にセイバー、ランサー、ライダーのクラスで決まりですね。この迷宮内でアーチャーじゃキツイでしょうし』

 

「んじゃランサーで」

 

『はい、設定完了です。本当に召喚はガチャなんで、覚悟しておいてください』

 

「マジかよ……」

 

『しょ、触媒使っているから多少マシですよ! 英雄縁の品でもあれば確定なんですけど……あるわけないですし。とりあえず、準備は完了しました。後は魔力を注ぎ、そして召喚の意思を思いっきり込めてください。これでマスター内の聖杯の召喚システムを稼働させられるはずです―――』

 

 ジャンヌにそう言われ、その言葉を信じ、助けを求める。

 

 ―――この状況を圧倒的暴力、叡智をもって突破できる英霊よ、俺の力になって欲しい。

 

 願い、願う。神ではなく自分と、ジャンヌの心に、そしてどこかに届くであろう、英霊へと。神がいるかどうかは俺には信じられない。神の存在は不確かなのだ。それだけはジャンヌには悪いが、自分の考えなのだ。だから祈る時は自分自身、そして隣人に。それが問題を解決する者達なのだから。だから両手を合わせる事無く、心の中で祈り、

 

「来い、ランサーのサーヴァントよ―――!」

 

 召喚する。体から魔力が抜けて行く。魔力と聖晶石を対価に奇跡が起きる。魔法陣が輝き、そしてその中央に、純粋な相性を基準としてサーヴァントの召喚が行われる。

 

「ほう―――私を召喚したか。良いだろう」

 

 そうして魔法陣の光に照らされて召喚されるサーヴァントの姿は黒かった。

 

 竜を模した鎧甲冑を装備し、その黒い鎧はまるで竜の鱗のような装飾が施されており、女性的なフォルムをしながら威圧感と抱擁する様な懐の大きさを感じさせる。召喚されたサーヴァントの右手に握られているのは黒い馬上槍(ランス)だった。だがただの馬上槍ではなく、赤い宝石のようなトゲが何十本も突き刺さっており、釘バットの様な凶器の形をしている、そんな武器だった。ただそれは、一目確認すれば宝具である事が内包されている神秘から理解できる。一切肌を晒す事のない黒い鎧姿は、ヘルムの黒い隙間から視線を此方へと向け、そして槍を目の前に突き刺す形で支え、

 

「―――サーヴァント・ランサー。召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターという奴か?」

 

 そこでランサーは小さく笑い、

 

「宜しく頼むぞ、マスター(ルーラー)

 

「あぁ、よろしく頼むランサー」

 

 【真名看破】が発動し、その能力を確認し、勝機を得た事を確信した。

 

 ランサーであれば、アステリオスを殺せる―――この人は超一級の英霊だ。




 ランサー召喚。漸く複数サバとしての最低限の状態が構築されつつあるな。

 というわけで次回はvsアステリオス


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神は超えられる試練しか与えない Ⅴ

「―――なるほど、事態は理解した。そしてマスター、お前の判断は正しい。この状況では無理に動いたり罠を仕掛けるよりも、戦力を増強できるのであればそうするに越した事はない。つまり私を召喚して正解だ。話し合いたい事は色々とあるが……此度の聖杯戦争は今までとは趣が違い、中々愉快そうだ。私も少々楽しませてもらう事としよう」

 

 そう言って笑う様な気配を鎧の下から感じさせるランサーの存在は物凄く頼もしい。ある意味、初めて召喚した”まとも”なサーヴァントでもあるのだ。ジャンヌはデミサーヴァント、つまり自分と憑依融合しているような状態だ。だから目の前で触れ、見る事の出来るサーヴァントはこのランサーで初めてなのだ。ジャンヌよりも感動が凄い。それに見た目からして、

 

「凄いかっこいい。ジャンヌとは別物だわ」

 

『マスター、さり気なくディスるの止めましょうよ』

 

「中々愉快なのはいいが……何か策はあるのか?」

 

「ない―――!」

 

 ランサーにそう答えながら、デミサーヴァントとしての機能を発動させる。肉体が音と痛みを響かせながら男から女へと、人から英雄へと肉体を変質させる。その痛みに歯を食いしばって耐えながら、変態を完了させ、そして声を響かせながら顔を持ち上げる。伸ばした右手には聖旗が出現し、服装をジャンヌの軍服姿へと変える。そうやって戦闘の準備を完了させる。ふぅ、と息を吐きながらランサーへと視線を向ける。

 

「そんじゃ戦闘は基本的にランサーに任せる。ぶっちゃけ連携も取れないのに俺が前に出ても邪魔でしょ」

 

「あぁ、成程。変態しても中身もそのままか。その内修練を重ね、使える所まで成長するとして、宝具やスキルで後方から支援してもらった方が遥かに動きやすい。お前は後ろから私の勝利を願い、そしてそれに尽力すれば良い。結果を出してやろう」

 

 ランサーの言葉は威厳で溢れている。カリスマ的だと言っても良い。ランサーの言葉を受けて鼓舞しない者はいないだろう。統率者、そして支配者としての資質をランサーは保有している。故に、前に立つその姿は実に頼もしい。ただ、過信してはいけない。ランサーも英霊である―――即ち殺され、或いは死んだからこそ召喚できるようになった存在なのだ。殺せば死ぬ、それは当たり前の事であり、この迷宮という相手のフィールドで、間違いなく警戒しなくてはならない事だ。

 

「さて……どうやら動き出したようだな」

 

 迷宮の奥から魔獣の咆哮が響いてくる。聞き覚えのある声にそれが即座にアステリオスの咆哮だと気付く。おそらくは【神明裁決】による拘束を突破してきたに違いない。ジャンヌの【神明裁決】によって相手を拘束できる回数は一回の戦闘で一回までと決まっている。その為、誰かと連携して利用する事が出来れば、一撃で葬る事の出来る必殺のコンビネーションを炸裂させる事だって出来る。ただ、今回はもう使用してしまった為、それが出来ない。だからアステリオスに対してはランサーを信じて正面から倒す必要がある。

 

「……近づいているな」

 

 迷宮に殺意と魔力が轟いている。アステリオスが殺す為に此方へと向かってきている。真っ直ぐ、真っ直ぐ殺す為に理性を飛ばし、一直線に突き進んでくる英霊―――それを正面から迎えるために、ランサーは槍を構え、そして自分はその背後数歩後ろに待機する。恥ずかしい話だが、今はこうしないと戦えないのだ。ただ、戦いの心得はある。故に覚悟を決め、心を固め、そして息を飲み、

 

 ―――アステリオスが闇から出現する姿を見た。

 

「来たな怪物め。討伐してやろう」

 

 自分であれば間違いなく恐怖する、【狂化】で理性をトバしている狂戦士の姿、それに対してランサーは正面から喜色を浮かべる様な声で踏み出した。アステリオスが振り上げた鉄塊を潜り抜け、素早く槍を貫くようにアステリオスの胴体へと叩き込む。それを獣の様な直感で回避したアステリオスが横へと跳び、迷宮の壁を足場にし、それを筋力任せに蹴って加速し、その敏捷力では出す事の出来ない速度を繰り出す。

 

「足掻くな」

 

 その加速をランサーは見切りながらすれ違いざまに刺突を叩き込んだ。脇腹を抉るように繰り出された槍の一撃は血の軌跡を描き、突き出た宝石のトゲが傷口を再生できない様にズタズタに引き裂きながらダメージを刻む。おそらくは自分とジャンヌのコンビでは不可能なアステリオスへのダメージを、ランサーは軽々とやってのけた。とはいえ、たったの一撃。アステリオスは一切その猛威を衰えさせる様な姿は見せず、咆哮を迷宮に木魂させながらアステリオスが繰り出すその両手の鉄塊による乱舞、それを回避し、受け流しながら戦闘を行う。

 

 振るわれる鉄塊を潜り抜けるように接近し、それを察知したアステリオスの二本目の鉄塊が槍からの一撃をガードする。受けられたランサーがその威力を利用して横へと抜けながら火花を散らす様に弾き、反動の加速を得て薙ぎ払う様に槍を振るう。本来であればダメージの入らない攻撃の繰り出し方ではあるが、ランサーの槍は釘バットの様に宝石が生えている。その為、横から殴りつけるだけでトゲ突き刺さり、肉が抉れ、

 

「ぐ、お、お―――!!」

 

 魔獣の咆哮が響く。それで二人とも止まるわけはなく、動きはさらに加速して行く。魔獣もランサーが強敵であると悟り、殺す為に鉄塊を振り下ろす。それをランサーは的確に見切り、弾くように火花を散らしながら暗闇の中に光源を生み出し、そして死の踊りを加速させる。変わる変わるアステリオスとランサーの位置に目が回りそうになり―――しっかりと動きを捉える。この目は英霊のものなのだから、捉えられない訳がないのだ。だからしっかりとみて、理解し、そして、

 

「―――【我が神は(リュミノジテ・)ここにありて(エテルネッル)】」

 

 宝具を発動させる。それは英霊を象徴する必殺の象徴であり、ジャンヌの保有する二つ目の宝具、それは無敵の結界を生み出す結界宝具。聖旗を突きだす様に突き立て、そこを中心にランサーとアステリオスを分かつ様に結界を生み出す。一切の指示や警告もなくそれを行ったが、丁度攻撃でお互いに弾かれた瞬間を狙った為か、見事に分かつ様に結界がかみ合う。それによってランサーと分かたれたアステリオスが吠え、結界へと向かって攻撃を繰り出すが、それは通らない。

 

「所詮頭脳(マスター)も理性もない怪物か―――蹂躙してやろう」

 

 そう言って、ランサーは右腕で握る槍を後ろへと引いた。その動作はランサーもまた、宝具を放つ為の体勢だった。宝具を放つために魔力を要求する彼女の要請に対して応え、ランサーの体に魔力を注ぎ込む。それに反応するようにランサーの握るその槍が―――宝具が弾けるように本来の姿を取り戻し始める。固形だった槍は不定形の光の螺旋を描き、焔色と白色の混じった閃光の様な姿を取る。

 

 同時にランサーを守護していた鎧も、それに呼応するように弾ける。体を覆っていた鎧の大部分が失われ、その下に隠されていた瑞々しく豊満な肉体が晒される。背中を覆う鎧の代わりにマントが生成され、色の薄いブロンドを宝具から生成される風に揺らしながらその金色の瞳でアステリオスの姿を捉える。理性を失っているせいか、アステリオスは逃げず、攻撃を結界に無駄に叩きつける。

 

「鳴け。地に堕ちる時だ」

 

 そう言い、光の螺旋を前へと向かってランサーが、

 

 ―――アーサー王、アルトリア・ペンドラゴンが宝具を振り抜いた。

 

「その魂に永遠の終止符を―――【最果てにて輝ける(ロンゴミニアド)槍】―――」

 

 放たれた。数多くの伝説と逸話を残した王の宝具。【約束された(エクス)勝利の剣(カリバー)】に次ぐと言われる彼の王の最強の武具の一つ。それから放たれる光と魔力の波動が一直線に空間を貫き、迷宮という環境である以上、逃げ場もなく荒れ狂いながら全てを喰い滅ぼす。逃れる事も防ぐこともできないアステリオスの姿は一瞬で光に飲まれ、上半身が切断され、下半身も飲み込まれ、そしてそのまま突き抜けて―――迷宮を破壊する。

 

 粉砕された迷宮の壁、床、天井が幻の様に消え去って行く。その向こう側に新宿の高層ビルが、青空が、現代の廃墟が見えてくる。アステリオスが討たれ、迷宮が破壊されたことによって隔離されていた宝具の空間が失われ、そして再び現実へと帰還する事が出来た。【最果てにて輝ける槍】による一撃がそれでもなお正面へと貫き、大破壊を生み出しながら爆風を生み出し、髪を撫で、なびかせる。

 

「―――ごめん……なさい……―――」

 

 そんな、男の声が一瞬だけ、聞こえた気がした。だが次の瞬間には何も残らない。迷宮も、サーヴァントも、まるで最初からいなかったかのように存在しない、消え去っていた。残されたのは破壊された新宿の街並み、消耗された自分の魔力と、そして自分自身にアルトリアの存在だけだった。【我が神はここにありて】を解除しながら息を吐き、かいた汗を宝具の真名解放から来る風に乗せ、涼む。

 

「ふむ……つまらん。理性のない怪物であれば所詮この程度か。多くは求めん。精々来世では頭脳(マスター)を連れてくる事を学習するが良い」

 

 そう言ってアルトリアが【最果てにて輝ける槍】を下げる。光の螺旋の形状をしたまま、鎧が弾け飛んで、一気に露出が増えた格好のまま、アルトリアは此方へと振り返る。その顔には笑みを浮かべており、

 

「して、どうだマスター? もはや私は騎士でも王でもない。お前のサーヴァントだ。となると私の価値はそれ(戦う事)ぐらいしか存在しない。どうだ、お前のサーヴァントは望んだどおりの英雄だったか?」

 

 アルトリアの挑発する様な声に、頷く。

 

「あぁ、まさに渇望していた戦うための英雄だよ―――どっかの聖女と違って」

 

『あ、待ってください。そこで私に当たるのは卑怯だと思うんです。大体私の性能が発揮され切っていないのはマスターがポンコツなのに原因があると思います。つまり、私は悪くないんです、全部マスターのポンコツさ加減が悪いんです。丁度良い所に武において有名な方を召喚する事に成功しましたし、これを機会に鍛えて貰いましょう!』

 

「ジャンヌぅ!」

 

「……中々愉快な道中になりそうだな」

 

 呆れた様な声を漏らしながらランサー・アルトリアが黒い部分鎧姿、そのままで此方へと近づいてくる。手に握られていた宝具は既に姿を消してある。戦闘が終わり、一息がつけるようになったところで、漸く落ち着いてアルトリアの姿を確認する事が出来る。改めて確認するアルトリアには当たり前の様に股間の盛り上がりがなく、そして上半身に女の象徴とも言える豊満な胸が存在する。鎧は両肩と両腕、足、そして角の様に頭頂部の身に存在し、体を覆うのは最低限の体の保護を行っているインナーの様な服装だ。しかもこれ、下乳と横乳が思いっきり見えているので物凄く艶めかしい格好でもあるのだ。太ももも思い切り見えているし、恰好的には割と痴女っぽいかもしれないと思うが、アルトリアは一切恥じる事無くそのしなやかな肢体を見せている。

 

「ふぅむ?」

 

 その視線にアルトリアは小さく笑みを浮かべる。露骨に体を見ていたので、ちょっと恥ずかしい、というよりは罪悪感が湧く。だがやはり、アルトリアは気にする必要はないと言って来る。

 

「女性として魅力的な肉体を誇っている事は自覚しているからな、何か悪心でもない限りは特に私から言う事はないが……マスター、お前も女性としては中々魅力的な体をしているんじゃないか?」

 

『ですって、マスター』

 

「お前ら二人揃って止めてくれよ……」

 

 アルトリアとジャンヌが即座に意気投合しているのが何気に恐ろしく感じるが、このままでは旗色が悪い。話題を変える為に強引に話を変える。

 

「それよりも俺はアルトリア―――というかアーサー王が女性だって初めて聞いたよ。【真名看破】で正体を知った時はホントびっくりしたわ」

 

「歴史の闇というべきものだな。まぁ、私は元々呪いで肉体が成長する事がなかったからな、当時はまだ男か女か見分けるのが難しい年頃の少女だった。胸だって成長する前だ、そうなれば少女か少年の違いなんて所詮は裸にしない限り解ったものじゃないだろう? 女である事を隠し通すのは難しくはなかったさ―――まぁ、それが原因で円卓が崩壊してしまったがな。今更な話だが、最初から女だという事を偽らずに……いや、余計な話か」

 

 一瞬だけアルトリアは憂う様な表情を浮かべ、それを振り払った。まだ話すべき内容ではないと思ったのだろう。まぁ、仲良くなることがあれば、その内話してくれるだろう。

 

「まぁ、戦闘は任せるが良い。騎士でも王でもない、ただの従卒(サーヴァント)の立場で戦うのも悪くはない。お前の行く末を見せて貰おう―――我が名はアルトリア・ペンドラゴン。貴様が自ら弱者である事を証明しない限りはその道を切り開き、怨敵を滅する修羅として同道しよう」

 

「宜しくアルトリア。俺は天白涯だ。改めて宜しく」

 

 近づいて来たアルトリアと握手を交わし、主従の契約を改めて終わらせる。

 

「ん、そうだ。マスター、これを受け取れ。先程撃破したバーサーカーが落としたものだ。礼装の作成かサーヴァントの召喚に役立つかもしれない」

 

  そういって、アルトリアが差し出してくる掌の上に乗っていたのは虹色の美しい輝きを持った石、聖晶石だった。アルトリアの召喚に使った為、ちょうど切らしていたのだ。となると補充できて丁度良かったかもしれない。感謝しつつアルトリアから聖晶石を受け取り、もう一度だけ、アステリオスが撃破された場所へと向ける。

 

 ―――最後のごめんなさい、アレは一体どういう意味だったのだろうか……。

 

 そんな事を少しだけ悩みつつ、

 

 旅と試練は終わらない。




アルトリア
ランサー 秩序・悪
筋力A 耐久A+ 敏捷C 魔力A+ 幸運D 宝具A++
最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)
※FGO+憶測 

 公式で情報が出るか実装されれば修正します。宝具とスキル辺り

 というわけで未実装な槍トリアさんが仲間になったよ。下乳+横乳属性でありながら金髪巨乳とかいう俺を殺しに来ている姿だよ。

 FGO(リセマラ)はじめました

 ジャンヌ出るまで何週間かかるかなぁ(白目


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人はパンのみにて生くるにあらず

「此度の聖杯戦争は色々とおかしなことが多いな」

 

「……そうなのか?」

 

『ぶっちゃけた話、例外だらけです』

 

 新宿に到着してから数日が経過した。そのまま探索をせずに、デパートの休憩室を拠点にして、まずは使える物を探し回る数日を経過した。何せ、魔力さえあれば生きていけるジャンヌとアルトリアとは違い、俺だけは生身だ。睡眠をする必要もあるし、食べ物などを確保しておく必要がある。だからそういう物資の調達に数日をかけ、新宿のデパートの休憩室に限定的な拠点を作り上げていた。新宿からはいろんな場所へと繋がる”線路”と”高速道路”が存在する。もはやどちらも機能してないとはいえ、その上を走って移動すれば十分に使える。何せ、ジャンヌの肉体で走れば大体どこへでも素早く移動できるのだから。

 

 それに、アルトリアの宝具は一つだけではなかった。それもあり、移動の問題は大幅に解決されたと言っても良い状況だった。だから今はとりあえず、これ以上の旅を続ける上での準備、そして用意をしたかった。だから色々と探していたりしたのだが―――それもそろそろ自分の能力では限界がある、という結論に達しつつあった。故に入手した聖晶石使って、新たにサーヴァントを召喚しようという案が浮かび上がっていた。

 

 そしてそれを実行する事を決めていた。

 

 故に拠点としているデパートの休憩室の床に、アステリオスの迷宮で描いたものよりももっとしっかりとした魔法陣を描いている。なぜなら、アルトリアの召喚は”部分的に失敗”とも言えるものらしいからだ。それを今、ジャンヌとアルトリアが説明してくれている。

 

『まず最初に言いますと、アルトリアさんは騎士王と呼ばれるほどに高潔で、そして清廉潔白な方でした。それに死ぬまで男とも女とも解らない様な姿でした。ですので、まず第一にアルトリアさんが明確に女だと解る様な姿をしていること自体がおかしいんですよ。その上、アルトリアさんは黒に”染まって”いますよね?』

 

「あぁ、今の私は何らかの干渉、或いは汚染を受けて”騎士王の非情さ”を象徴する側面として現界している。ある程度は召喚者の資質等でどうにかなってはいるが、それでも私を知っている者が見れば一目瞭然というものだろう。アルトリア・ペンドラゴンはこんな風貌をしたことはない、と。そして【約束された勝利の剣】を保有している限りは姿が変わる事も永遠にありえない。今の私の姿はまるでモルガンの様だ」

 

 モルガン―――確かアーサー王の姉だった人物の気がする。いや、正確にはアーサー王ではなくアルトリア王かアルトリア女王なのだが。

 

「だが、まぁ、悪い気はしない。或いは”【約束された勝利の剣】の呪いがなかった私”というのはこういう姿をしているのかもしれない。そう思うと今の姿には増々愛着がわいてくるというものだ。まぁ、どうでもいい話だな。重要なのは”本来とは違う形でサーヴァントが召喚されてしまう”という事にある」

 

『ハイ、というわけで前とは違って、今回は真面目に、万全の状態で召喚します。サーヴァントがゆがめられて召喚された場合、どうなったか解ったもんじゃありませんからね。アルトリアさんの場合はなんとかなりましたが、これが次回以降も続くかどうかは一切解りません。なので今回は一切の簡略化なしで進める事になります』

 

「なるほどなー」

 

『あ、そこちょこーっと……あ、そんな感じです』

 

 ジャンヌのルーラーとしての権限には召喚などに関する情報が割と多く含まれているらしく、その指示に従いながら召喚陣を描く。やはりその内容はアステリオスの迷宮で描いたものよりも遥かに細かく、そして大量の血液を消費する物だった。作業の合間に休みを挟みつつも、しっかりとした召喚陣を描いて行く。アルトリアを召喚したときとのは違い、此方は半日程の時間をかけて描き、尚且つ霊脈というラインから魔力が流れ込む様に仕掛けを作り作成した、少々大がかりなつくりだ。それが完成してほっと一息をついてから、アステリオスから入手した聖晶石、それを召喚陣の中央に設置し、

 

 サーヴァントの召喚準備を完了させる。

 

「昔はサーヴァントの召喚に詠唱を必要としたらしいが……」

 

『今は必要ありませんね、召喚に関する知識とかが進んで、サーヴァントを召喚しやすくなっています……というわけでパパっと探したりストーキングが得意なアサシンを召喚してしまいましょう。やっぱりガチャですけど』

 

「触媒がないから仕方がないな。完全な縁か相性召喚になってしまうだろう」

 

 まぁ、そこらへんは仕方がない、と割り切ってしまうしかない。ともあれ、やる事はアルトリアの時とは変わらない。魔術回路を起動させ、魔力を生み出し、それを召喚陣に注ぎ込む。反応するように光り始める召喚陣、中央に魔力が収束し、励起しながら力が集まって行く。あの時は良く解らなかったが、ここで聖晶石が分解されながら力となって注ぎ込まれて行く。それを眺め、アサシンの到来を祈る。反応するように更に光り出した魔法陣はそこから人の姿を生み出す。

 

「―――サーヴァント、アサシン」

 

 そう喋ったのは黒いコート姿の青年だった。水色の瞳に白髪、とかなり印象的な格好をしている。だがそれよりも感じられるのは濃密な”死”の気配だ。いや、この青年はそこまで強い訳ではない。おそらく一対一の戦闘ではジャンヌ化した自分でも勝てると思う。その程度の戦闘力しかない。だがそれとは別に、濃密な死の気配を持った青年がいるのだ。強さとはかけ離れた、そんな死だ。

 

「シャルル=アンリ・サンソン。召喚に応じ参上しました」

 

 その名を聞いて納得した。

 

 ―――シャルル=アンリ・サンソン。彼は人類史上、”二番目に多くの人々を殺した男”の名前だ。少し歴史を調べた事のある人間であれば誰だって知っている。シャルル=アンリ・サンソンは処刑人だ。そういう家系に生まれ、そしてそういう業を背負わされた。本人は処刑そのものを文化から消し去ろうとしたも、それは叶えられず、マリー・アントワネット等の人間を処刑したのだ。【真名看破】が発動し、アンリ・サンソンのステータスが表示される。

 

シャルル=アンリ・サンソン

ランサー 秩序・悪

筋力D 耐久D 敏捷C 魔力D 幸運A 宝具B

【処刑人】A++ 【医術】A 【人体研究】B 【気配遮断】D

【死は明日への希望なり(ラモール・エスポワール)

 

 弱い。その戦闘力は、弱い。だが驚異的なのは【死は明日への希望なり】だ。これは条件次第では相手を即死させる宝具だ。その条件も確認すれば厳しい様で軽い様で、実に微妙な所だが―――”ハマり”さえすればどんな強敵であろうとも、一撃で滅ぼす事のできる宝具だ。それと引き換えにアンリ・サンソンの能力は低いようにさえ思える。しかし、それはいいのだが、アンリ・サンソンに関して一つ、大きな問題がある様に思える。

 

「アンリさんは……その……偵察とか、出来るんですかねぇ……」

 

「……うん……その……済まないけど……処刑専門なんだ……」

 

「聖晶石とアサシン枠の無駄遣いだったな」

 

 アルトリアのその言葉にアンリ・サンソンがショックを受けた様な表情を浮かべるが、だがアンリ・サンソンは彼でかなり優秀なサーヴァントなのだ。とりあえず話の流れをぶった切る様に口を開く。

 

「い、いや、偵察能力なくても大丈夫だから! ほら、アルトリアがいるし! 探ったりするのを本能的にやってのけるからこの人! それにこの王様大量虐殺とかやってるからきっと一発で宝具で殺せるって!」

 

「フォローになってないぞ」

 

「気持ちは受け取っておきます……が、何やら特殊な状況なようなので、とりあえずは事情の説明を受けてもよろしいでしょうか、マスター」

 

 アンリ・サンソンのその言葉におう、と答えながら頷く。当たり前だがサーヴァントには基本的な知識があっても、状況に関する知識は存在しない。だから彼、或いは彼女に直接現状を伝えないとならない。アンリ・サンソンとのコミュニケーションを兼ねて、説明と話し合いを始める事にする。

 

 

                           ◆

 

 

 話し合いに関しては少々時間がかかってしまった。気が付くころには既に外の日が落ちてくる時間となってしまっていた。だけど、おかげで今の状況とどうして召喚されたのか、それをきっちりとアンリ・サンソンへと伝える事が出来た。だから話を全て終わった後で、家具コーナーから引っ張って来たソファの上に座りながら、アンリ・サンソンは頷く。

 

「成程、そして納得が行きました。聖杯からの情報の不備、及び現状の状況に対して得心がいった。まず第一に―――これは聖杯戦争ではない」

 

「どういうことだ」

 

 アルトリアのその言葉に、アンリ・サンソンが頷く。

 

「おそらくこの面子の中で、唯一まともに召喚されているのは僕だけでしょう。だから聖杯からの情報供給を正しく受け取っている。だから幾つか答えられる質問がある―――たとえば何故、こんな風に廃墟ばかりになっているのか、とか」

 

「マジか!?」

 

『意外なところで問題が解決しそうですね。アルトリアさんとは違って早速頼りになりますね』

 

「ルーラー貴様ぁ!」

 

 この聖女はどうにかならんのか、なんて事を思いつつも、先を促す為にも視線をアンリ・サンソンへと向け、それを受けたアンリ・サンソンが頷き返す。

 

「―――やっぱり女の子はマリーじゃないと駄目ですね。ヴィヴ・ラ・フランス!」

 

 何言ってんだこいつ。正気か。

 

「ちげぇよ。……ちげぇよ……。つかお前もか。なんだ、英霊って召喚されたらどこか残念な属性がないと駄目なのか。……何自信満々な気配だしているんだよ! 駄聖女と駄騎士王お前らもだよ! ジャンヌは説明する必要は欠片もねぇけど、お前! アルトリアお前! 無駄にその体に自信満々なんだよ! どんだけ貧乳だったことに闇を抱えているんだよ! お前がその体気に入ってるのは解ったから見せつける為だけに鎧脱いだままなの止めろよ! クソ! いい加減まともなサーヴァントが欲しいなぁ!」

 

「なら次回はランスロットを呼べ。丁度殺したいと思っていたんだ」

 

「クソ! お笑い芸人のサーヴァントはいねぇのか! 主にツッコミ方面で頼りになる奴は!」

 

 まぁ、英霊だからいる訳ないよなぁ、なんて事を思いつつ一息休憩を入れ、場がある程度落ち着くまで時間をかける。そして再び真面目な話、つまりアンリ・サンソンが聖杯から得た知識に関する話になる。

 

「―――まず第一に聖杯戦争は2004年に開催された第五次聖杯戦争が最後の聖杯戦争となっています。そしてこの後、聖杯戦争を継続する為に必要と言われる大聖杯、これの解体が九年後に行われようとして―――失敗、その結果、大聖杯の中で育てられていた悪という概念、アンリ・マユが育ち、生れ落ちました」

 

 それが始まりだとアンリ・サンソンは言った。

 

 アンリ・マユが生まれた結果、災厄は霊脈、或いは龍脈を通って伝染する様に日本に広がり、その悪を体現する為の行動が成された。そうして一気に日本は滅びの道を突き進み―――それは海外にも伝染した。世界が悪という概念によって犯される事によって、神秘に関する法則も徐々に変質し、

 

「そして今のような状況が出来ている、という所までは聖杯から知識を得られました。というわけで解っている情報の共有をしたんですけど、大丈夫ですか?」

 

「……おう、とりあえず目的地は決まったしな、これで」

 

「―――冬木か」

 

 アルトリアの言葉に頷く。これは聖杯戦争ではない。だとしたら何故聖杯は稼働し、サーヴァントは召喚され、そしてこんな事になっているのだろうか? 或いはこうやって用意された自分はアンリ・マユへの対抗策なのか? こんなところで死にそうだったのに? そう思いたくはない。ただ、冬木市で聖杯戦争は行われていた……だとしたらそこにはきっと、更なる情報があるに違いない。そこへ向かうしかない。

 

「ふぅ、じゃあ明日からは物資を書き合埋めて冬木の方へと移動開始だな……場所は解るよな?」

 

「はい、勿論。それも聖杯からの知識にありました」

 

「うし、じゃあ―――」

 

 そこまで話した所で、英霊達の動きが突然止まる。そうやって何かを察知したかのように動きを止めた彼、彼女達の姿を見てどうしたものかと思ったが、

 

『……この建物内に誰かが入ってきましたね。これは―――』

 

 その言葉をアルトリアが引き継いだ。

 

「―――落とし子やサーヴァントではない、人の気配だ」

 

 生存者がいる。世界にいるのは俺達だけじゃなかった。




 マリーFCのシャルルくんが仲間になりました。

 ゲームだと若干使いにくいけど、処刑の宝具に医術とかって、普通のアサシン以上に物凄く厄介で便利な能力なんじゃないかな、と思う。とりあえず、

 サーヴァントたちはいい感じに愉快なようです。


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人はパンのみにて生くるにあらず Ⅱ

 英霊という存在は本当に凄い。

 

 忘れられた技術、知識、それらを宝具やスキルという形で保有し、自由に使う事が出来る。それでいて人を遥かに超える身体能力を保有している存在だ。普通の人間が戦えば勝てないのは道理だ。勿論、魔力という制限が英霊には存在する。だがそれさえ抜けば、英霊は恐ろしく強力な存在であり、通常では成しえない目的を達成する事さえできる。それに頼れば良いのだろうが、頼りすぎは慢心と油断を生む。何時、どこでサーヴァントが襲って来るか解らない状況で、安易な選択肢を選ぶ事は出来ない。とはいえ、安全策を取らなきゃいけないこともある。

 

 面倒な話だ。

 

 拠点にしているデパートへの侵入者を探知して一番最初にやったことは勿論、アサシンであるシャルル=アンリ・サンソンを偵察に出す事だった。【気配遮断】がDしかないのはアサシンとしては致命的だが、それは対サーヴァントを考えた場合の話だ。或いは魔術の世界でも戦える程の能力を持った存在を相手にする場合だ。ランクがDであろうとも、それは脅威的である。昼間の大通りの中、堂々と歩いても誰も気づかない。それぐらいにはスキルというものは人外染みている。故に不得意なアンリ・サンソンであっても、【気配遮断】で軽く走ってくれば、

 

 それだけで情報収集が終了するのだ。

 

「ヘルメットに銃を装備しているが、どうやら一般人の様だぞ。魔術回路が存在していないようだからな」

 

「安心して顔を合わせられるな」

 

『マスタ、成功率を上げる為にも私に変身して話し方を練習してから行きましょう、そっちの方が絶対に受けがいいですから!』

 

 この聖女返品できないかなぁ、なんて事を思いながら装備を確認し、そして白い布の形をした【礼装】を手に取り、マフラーの様に首に巻いて装備する。【礼装】とは魔術師が魔術をサポートする、或いは魔術を行使する為の道具だったりするのだが、ジャンヌには【聖人】というスキルが存在し、これを通して【礼装の作成】という能力を得ている。これを行う為にはジャンヌ変身しなくてはならないのだが、特殊な能力を持った【聖骸布】を礼装として作成する事が出来る。ジャンヌ本人がやっている訳ではない為に多少下手だが、ジャンヌに変身していない間の体の動きをサポートする、身体の強化礼装であれば作れる。

 

 おかげでサーヴァントでいうEからDクラスの身体能力は発揮できる。

 

 少なくとも落とし子相手にはバゼラードだけで戦えるぐらいには動ける。またアステリオスと出会ったら即座に殺される自信はあるのだが。ともあれ、相手が普通の人間であればこれ以上不安に思う事もない。準備を完了した所で、アルトリアとアンリ・サンソンを霊体化させた状態で移動を開始する。向かう場所はこの休憩室のある五階から地下のスーパーへ、

 

 そこへと迷う事無く移動した事を考えれば、食料を探しに来た生還者、といった所だろう。自分が調べた限り地下のスーパーは既に荒れつくされており、缶詰一つ見つけるのにかなり苦労するところだ。外で野生化した犬や鹿を狩った方が遥かに楽だし、量も多いと思う。それに塩や胡椒といった調味料はほとんど盗まれてはいない、それ単体では意味がないからだ。だから最近のサバイバル飯にはバリエーションが増えてきている。

 

 狩ってくるのは主にアルトリアだし。料理するのはジャンヌの知識だし。最近は生活も割と楽になった感じがある。

 

 そんな事を考えつつも、足はしっかりと目的地へと向かって歩いて行く。特に気配を消すとか、厄除けとか、そんな事が出来る訳ではないので、普通に落とし子がいないかどうか、それを片手にバゼラードを握った状態で気を付けつつ、確かめ、そしてクリアリングしながら進んで行く。霊体化したサーヴァントを先行させればもう少し楽なのだろうが、彼らは英霊であって、便利屋ではないのだ。使い魔として認識する魔術師が多いとジャンヌは教えてくれたが、とてもだが自分はそう思えない。

 

 ジャンヌは間違いなく聖女で俺の心を守ってくれたし、

 

 アルトリアは王の威厳と武勇を披露し、

 

 アンリ・サンソンに関してはドルオタだからそのうちの活躍に期待する。だけど人類史上二番目にたくさん人を殺したとか言う称号はさすがにキチガイすぎて若干恐怖を覚える為、ドルオタ成分で軽く緩和されているからいい感じなのでは? と思う所がなくもない。

 

 ともあれ、エレベーターやエスカレーターは壊れていて使えない。だから階段を使って下の方へと移動して行く。三階ぐらいなら飛び降りても平気なぐらいには非変身時でも身体能力は高くなっている。それでもそうやって動いてしまうと派手に目立ってしまう為、無駄な存在の気まで集めてしまいかねない。だから慎重に、警戒しつつ一気に一階まで降り、そこから地下へと移動する。スーパーの食品エリアに間違いなくいるであろう生存者の姿と合流をめざし、探し出そう、

 

 そう思った直後、

 

「―――うああああああ―――!?」

 

 銃声が連続で響き、静かになったと思い―――男の悲鳴が響く。神秘を保有する存在に対して、銃などの武器は効きが悪いらしい。だからもっと原始的な武装、剣や格闘、鈍器とかの方が良いらしい。それはともかく、急いだ方が良いのだろう。声のする方へと走って行けば、スーパーの食品売り場、そこで棚を背にする男が二体の落とし子に追いつめられているのが見えていた。

 

 その黒いヒトガタ目掛け、迷う事無くバゼラードを投げつける。

 

 背後から頭の裏にバゼラードが突き刺さり、飛びかかる様に接近し、両手でバゼラードを掴み、それを全力で下へと引っ張り、頭から背中を綺麗に捌いて開き、落とし子を殺す。それに驚愕した男が声を出す前に、蹴りを落とし子へと叩き込む。

 

 吹き飛ばしたその姿へと飛びつくようにバゼラードを逆手に握り、顔面のあるべき場所へと飛びつきながら突き刺す。

 

「死ね!」

 

 殺意を込めて何度も顔面へと突き刺す事を繰り返す。長く触れていればアンリ・マユの悪性に汚染されるらしいが、聖骸布、そしてジャンヌが保有する規格外の【対魔力】EXの能力があらゆる呪いをこの身に降りかかる事を拒否し、そして無効化する。故にアンリ・マユの落とし子から発生する怨嗟の呪いを撥ね飛ばしながらバゼラードを何度も何度も顔面へと突き刺し、そして急速に薄れて消えて行くその姿に、撃破に完了したという事を理解し、息を吐きながら立ち上がる。

 

「はぁ、はぁ……大丈夫ですか……」

 

「いや、君の方が大丈夫か、って感じなんだけど」

 

『戦い方が落第点だ』

 

『僕は個性的だと思いますよマスター』

 

 解りやすく敵対しているというのを体で張って教えたつもりなのだが、サーヴァントたちからは不評だった。やっぱりもうちょっと普通に戦った方が良かったか。まぁ、敵ではない事を伝える事は今の動きで出来たんだ。だとしたらこれで正解ではなかろうか。ともあれ、埃を掃いながらバゼラードを鞘の中へと戻し、そして片手を上げて挨拶をする。

 

「どうも、生存者……の方ですよね?」

 

「あ、新宿シェルターの者ですけど……君は見た事がないよね」

 

「あ、自分は決して! 決して怪しいものじゃないんです! ちょっと上の休憩室に寝泊まりしているだけの旅の者なんですけどね、決して怪しい者じゃないんですよ!」

 

「……」

 

 少しだけ大げさに、そう言う。

 

『ふざけるな、と怒る人間も間違いなくいます。だけどこの場における対応としては正解です。なぜなら人間というのは”解らない”存在に対して恐怖、もしくは否定を覚えるからです。こういう場合、自分から砕けた様子を、或いは人間らしさを見せる事で安心感を抱かせる事が出来ます。つまり何を言うとなるとヴィヴ・ラ・フランス! マリー! マリーを召喚しましょう!! ライダーでマリーを! 宿業で結ばれているんです僕ら!』

 

『最後の最後で何故お前は話を台無しにした』

 

『何度確認しても【精神汚染】はなしですか……おかしいですねぇ……』

 

 暗に人格否定を始めるジャンヌが一番酷い。精神汚染でも喰らってなきゃありえない発言とかお前流石に酷過ぎないかそれ、聖女なんだろお前、一応。……一応。

 

 そんな事で念話を使ってサーヴァント達と遊んでいると、相手は、助けられた男はふ、と笑みをこぼす。そして握手の為に手を伸ばしてくるので、しっかりと両手でその手を掴み、固い握手を交わす。

 

「正直ね、もうだめかと思ったよ。一応はライフルを持ってきたのに撃ってもまったく通じないし……だから私もね、もう駄目かなぁ、って思ったら君に助けられたんだ。本当に、本当にありがとう。それはそれとして、ここら辺に食料の類は残っていないかな? 探しに来たんだけど……」

 

「意外とオッサン、図太いね―――……このスーパーだったらもう何度か見回ったけど、もう見つけられる食べ物や缶詰の類はないよ。肉と魚は腐ってるし、野菜も勿論駄目。缶詰は持ち出されていて残っているのは調味料ばかり。それでいいなら調味料コーナーに行けばあるよ。基本的に保存が出来て食べられる者は全部持って行かれちゃってるよ。だから基本的に肉の類は狩猟しないと見つからないよ」

 

 周りへと視線を向けていた男が此方へと視線を向け直す。

 

「狩猟」

 

「探せば鹿とか熊とか出てくるよ。動物園から脱走した動物とかだと思うけど」

 

 実に世紀末チックな話になるが、動物園とかの施設は基本的に潰れている。そして動物たちは脱走し、自由気ままに暮らし、生きている。そのせいか、街の中でも鹿や熊の様な動物を見かける事がある。基本的にそれらを狩って食っているのが今の主食だ。本当だったらそろそろ野菜も食べたい所だが、農家は見つからないし、スーパーに並んである野菜も腐っているか強奪済みのものばかりだ。つまり、一切食えないという事だ。非常に面倒な話だが、一番安定する食料の確保の方法が現状、狩猟なのだ。

 

 【最果てにて輝ける槍】で。

 

 贅沢すぎる気がする。宝具を使って狩りして食事とか経験しているのは自分ぐらいだろう。正規の聖杯戦争であれば宝具使ってハンティングとかしなくてもいい筈だし。

 

「一応こっちでは簡易的な農業にも手を出していたんだけど……そうか、やっぱり狩猟を始めないと辛いのか……農家で飼っていたのも逃げだしちゃっているって話だしなぁ……」

 

「今ん所牛や豚は見かけてないかなぁ……? もっと郊外とかに出れば話は変わるかもしれないけど。とりあえず俺は涯、天白涯ってんだ」

 

「あぁ、ありがとう涯くん。私は三城武だよ」

 

 自己紹介をして軽く握手した所で、

 

『マスター、この人には気を付けてください。悪魔の類に魅入られている、そんな気配が彼からはします』

 

 ジャンヌがそんな言葉を放ってくる。勿論、無意味に彼女がそんな事を言うわけがない。だから軽く警戒しておくことに越したことはないが、それでも悪魔。英霊が存在するのであればまた存在しそうなものだが、

 

 落とし子を殺せもしない男が悪魔に魅入られている? ちょっと信じにくい。それでも一応警戒だけはしておく。

 

「そうだ、涯くんは私と一緒にシェルターに来ないかい? 助けてくれたから個人的にお礼がしたいし、そして欲しいが色々とあるんだ。君が旅をしてきたというなら色々と何か持っているんだろう? 物々交換でいいから、一旦シェルターの方に来てみないか?」

 

「あー……」

 

『警戒する意味はないな』

 

『純粋に好意から誘われていますね』

 

『警戒さえしておけば大丈夫ですよ、今は。……今は』

 

 なんでジャンヌはそういう言い方をするのだろうか。もし肉体を持っていたら間違いなく蹴りを一発叩き込んでいる所だろう。一瞬だけ悩んだ姿に、男、武は少しだけそれに、と口を上げ、軽くジェスチャーを取る様に言って来る。

 

「会わせたい人もいるんだ。君と同じ旅の方なんだけど、どうやら困っている、という話だし。きっとそれだけ強い君になら解決できるさ。だからさ、来ないかい、シェルターへ」

 

『怪しいようだけど、観察する限り、この人は100%善意で言葉を放っているにすぎません。……善意ってこういう状況だとなんとも疑わしく聞こえる物なんですね。まぁ、マリーの善意は全く疑わないんだけどね』

 

『おい、マスター。こいつ気持ち悪いぞ』

 

 アンリ・サンソンはそう言う事を話す前にそのドルオタっぷりをまずはどうにかしろ。アルトリアも我慢しろ。一応有能なんだよソイツ。

 

 とりあえず、他の生存者たちと会って、そしてこの日本に関する情報屋、冬木市へのルートや移動手段も探したい。シェルターがあるのであれば、訪れるのは決して悪い選択肢ではないと思いたい。

 

「はいはい、降参降参。行きますよ」

 

「おぉ、ありがとう! ここからはそんなに離れていないんだ、直ぐに案内するよ。っと、そう言えば荷物が上にあるんだっけ?」

 

「あー……そうだった。まぁ、全部鞄に詰めてあるし、拾って来るよ」

 

「じゃあデパートの前で待っているから早く来てね」

 

「あいよ」

 

 手を軽く振り、背を向けて歩き出す中、僅かに男の声が聞こえる。

 

「―――これでキアラさんも助けてあげられるな、良かった―――」

 

 そんな声を聴きつつ、荷物を取りに急ぐ。




 ヴィヴ・ラ・フランス!(挨拶

 シャルルくんがドルオタ拗らせてるけどこれも全部キアラとアンリ・マユが悪いんだ! あぁ、ナントカ院キアラさんって誰なんだろうな!

 ジャンヌちゃんにフォウの丸焼きを食べさせられるだけ食べさせながら今日も生きる。


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人はパンのみにて生くるにあらず Ⅲ

「さぁ、こっちです」

 

「あ、ちょっと待って、警戒しながら進んでるから」

 

「いえ、そんな必要はないから大丈夫ですよ」

 

 そう言いながら武は新宿シェルターへと此方を案内してくれていた。警戒する必要はない、という男の言葉に対しては首を捻るしかなかったが、その言葉の答えは武からではなく、ジャンヌから来る事になった。

 

『この周辺……簡易的にですが魔術による結界が張られています。サーヴァントの様な大物には無意味ですが、落とし子程度の存在であれば寄せ付けない、そういう術式が設定されていますね。だからサーヴァント以外の存在を警戒する必要はありませんね。それにしたって来るならば事前にわかりますし。ただ……見た事のない方式ですね……魔術とは解りますが』

 

『となると、このシェルターとやらには魔術師がいるという事になるな』

 

 ―――魔術師。それは”根源”を目指す自殺志願者達、とジャンヌやアルトリアからは聞いている。戦闘ではなく基本的には研究者であり、どれだけ時間をかけてもいいから根源を目指そうとする存在でもあると。ただその産物として、ありえない怪物等が生み出されているとも。サーヴァントも、根源を目指そうとして生み出された副産物の一つだったとか、確かそういう話だった筈だ。魔術師に出会う事は―――正直良かったかもしれない。魔術師であればこの状況、聖杯戦争が行われているようで行われていないこの状況に対して何か知識を持っているかもしれない。

 

 記憶がない内に自分がどれだけ魔術に染まっていたのかはわからない。が、情報は得たいものだ。

 

「シェルターに行くのは初めてなんだけど……どういう感じなの?」

 

「基本的には地下シェルターだよ。原因不明の災害と怪物が日本を襲って、情報収集とかが全くできなくなって混乱して……まるで最初から用意されていたかのように新宿の地下のシェルターが解放されたんだ。農業が出来るスペースや、居住スペースがあったりして、結構広いんだ。まるで最初からこんな状況を想定していたかのようでちょっと不気味だけど、生きている人達はそこに集まっているよ」

 

「へー」

 

『もしかすると事前に予知か何かで災厄を予想した方々が準備しておいたのかもしれませんね。アトラス院とかが滅びを回避する為に活動している組織らしいですし。いや、まぁ、ろくな情報がない訳ですけど』

 

『憶測ばかりでも仕方あるまい。まずは確定した情報を合埋める事から始めよう。そこからであれば色々と予想する事もできよう。……あれだ、魔術師に期待し過ぎるてはいかん。私が知っているのと言えばまずはマーリンを思い浮かべてしまうが、基本的に連中は”利己的”だ。ギブ・アンド・テイクではない限りは基本的に信用してはならなん連中だ。それに魔術回路を持っている分、”自分は他人よりも優秀である”という自負を抱く劣等ばかりだ。個人的には魔術師はそこまで好かん』

 

『まぁ、会ってみれば解りますよ。マリーが最高のサーヴァントだって事がね』

 

『いい加減その口を縫うぞドルオタ』

 

『アンリさんは少々私達の事ディスりすぎじゃないですかね』

 

『あざとさで気を引こうとする聖女に平原がデフォルトのクセに立派な体を得て有頂天の騎士王。これとフランスの国民的アイドルのマリーと比べれば一体どちらが生物として、女として、そしてアイドルとして最強なのは決まっているからね。聖杯からの知識で僕は”ドルオタ”の概念に目覚めた。甘かった、甘かったよ……現代のアイドルに対する接し方、応援の仕方、その文化! 発展に目から鱗を零したと言っても良いね。僕はマリーへの新たな信仰に目覚めたんだ』

 

 ―――このドルオタやべぇ、色々拗らせてやがる。

 

『見てくださいアルトリアさん、自分で処刑したクセに何か言ってますよこの人』

 

『あぁ、そうだなジャンヌ。マリー・アントワネットを処刑したクセに何か言っているぞこいつ』

 

『うわぁぁ、マリー―――!!』

 

『ザマァミロ』

 

 誰か早くこいつに【精神汚染】を実装しろよと思いつつ、ジャンヌと二人きりだった頃よりも遥かに賑やかになった会話を楽しみ、武が先導する道をしっかり覚えつつも進む。やはり周りの景色は廃墟ばかりだ。どこへ行こうとも廃墟ばかりで―――自分の知っている新宿の姿からは大幅に乖離している。探索している時は毎回思ったが、新宿の面影のみを残した荒廃した文明の姿は悲しかった。や、落とし子やサーヴァントが徘徊している可能性がある中で、銃などの文明の兵器が効き辛い中で、衰退を余儀なくされるのは仕方のない事かもしれない。

 

「なんで……こんな風になっちゃったんだろうなぁ……」

 

「解らないよ。ただ、何が起こったかはわからなくても現実を受け入れないと死ぬんだ、頑張って生きて行くしかない。それしかないんだ……っと、こっちこっち」

 

 地下鉄へと降りる様な、地下へと続く階段を見つける。特に隠されている訳でもなく、普通に中に入って行くと、明かりのついているランプが地下へと続く階段の横についているのが見える。勿論、電力なんてものは今、供給されていない。だから当たり前の様にこの電力は、このシェルターで生み出され、そして使用されているものだ。今まで見る事のなかった電灯の存在にちょっとだけ文明を感じ、笑みを浮かべながら階段を下りて行く。

 

 その先にある鋼鉄の扉を抜ける。

 

 その先には更に階段が存在し、更に下へと下がって行く構造になっている。それを降りて行くと再び鋼鉄の扉が待っており、それを抜けた先に、漸く目的地の姿があった。

 

 そこにあるのは広い空間だった。上から光が降り注ぎ、そして照らしている。簡単に見える場所を説明するなら、”デパ地下”という言葉が近いかもしれない。ただし店舗の代わりに、簡易的で小さな家が並んでいる、という状況だが。テレビで見た事のある、避難所の姿を思い出させる様な光景でもあった。そんなシェルター内を入口から見まわし。確認しながら落とし子、敵、或いは魔術師の気配を探る。おそらくはここに来た時点で自分の事はバレているだろうとは思う。魔術師とは狡猾な生き物らしいし。

 

「さあ、ようこそ新宿シェルターへ! ……と言っても歓迎できるほど素晴らしい場所でもないんだけどね。とりあえず、我が家へと案内するよ。こっちだ」

 

 そういって武はみすぼらしい建造物の前に移動し、そしてそこが家だと言う。―――ぶっちゃけた話、人が五人もいたら辛そうな、そういうサイズの家であり、中に入って邪魔するのは少々気が引ける為、外にいるままでいいし、特に歓迎も必要はない、と言っておく。

 

「そうかい? ……じゃあこれを受け取って欲しい。ちょっとしたお礼だよ」

 

 そう言って武が部屋の中から持ってきたのは―――聖晶石だった。感謝しつつ受け取り、武から離れて、聖晶石を持ち上げ、それを眺める。

 

「……いやさ、サバの召喚に使うから聖晶石を貰えること自体は嬉しいんだよ。別に見返りを求めて人を助けたわけじゃないんだしさ。だけどさ、お礼をするって事で聖晶石をくれるって……なんかおかしくね? ちょっとズレてね? これ、普通の人間にはちょっと綺麗な石って程度の価値だろ? 命を助けてこれかよ! って気持ちがなくもないんだけど……」

 

『人の命という奇跡を前にしているのですから、我儘は言わない方が……』

 

『と、ジャンヌは言っているが私からすれば物価や相場が崩れた事によって物に対する価値観が変動したと見ている。こういう状況になってくると、人間はまず第一に安全と生活の向上を求めるだろうが、それだけではどうにもならないのが人間という生き物だ。娯楽や立場を求め始める者も多い。となれば、装飾品一つで優雅に飾れば、周りからは待望の視線を向けられるのではないのか? ”こいつは飾るだけの余裕があるんだな”、と』

 

「ほえー、流石アルトリアだな。伊達に王様やってないわけだ」

 

『滅んだけどな』

 

『それを言うな貴様! 第一どんな王が務めたとしてもブリテンは滅んだわ阿呆め。円卓が割れるとか妻が寝取られるとか一番の騎士がグレるとか一体どうなってんだ。クソな運命にも程というものがあるぞ! モードレッドめ、次に見たらケツを百叩きにして根性を鍛え直してくれる! そういうわけでだ、マスター。私からはその聖晶石を使用してサーヴァントの召喚はセイバー・ランスロット、或いはセイバー・モードレッドの召喚をオススメする』

 

 その心は、とアルトリアに聞く。

 

『個人的にヤキ入れたい―――というのは半分本音だが、我が円卓の騎士は強いぞ。並の英霊等は歯牙にかけん。私とも面識があるから即座に連携を組んで戦う事もできるからな、そこらへんの相性を見ても悪くはない。まぁ、個人的に確執があるのも事実だが、死んでからも引っ張り続ける程私も愚かではない。貧乳だった頃とは違うのだよ、貧乳とは』

 

『アルトリアさんの貧乳ディスは日々凄くなる一方ですね』

 

『そんな事よりライダーでマリーを召喚しないか? 癒されるぞ―――主に僕が』

 

 全力でアンリ・サンソンの言葉を受け流しつつ、聖晶石をポケットの中に仕舞い込む。聖晶石がこうやってサクサク見つけるのは良い事だ、何せ、増えれば増えるほどサーヴァントが召喚しやすくなるし、戦力の増強にもなる。現状、召喚できるサーヴァントはルーラーであるジャンヌを抜いて、六騎。その内アサシンとランサーは使用してしまった。となると残りは四枠になってくる。

 

 ライダー、バーサーカー、セイバー、アーチャー、そしてキャスター。

 

 この中で壱番除外する可能性が高いのは現状、キャスターになっている。【陣地作成】をベースに、拠点を形成して引きこもる事の多いキャスターは、旅を行っている此方からすれば、動きづらくなる上に戦術を組むのが面倒になってくる部類のサーヴァントだ。勿論、キャスター全体を見ればそうじゃないのも交じっているだろうが、基本的なキャスターという存在は魔術師であり、魔術師は求道者なのだ。自ら能動的に動く事はあまりない。研究や作成する事に長けているのだ。

 

 礼装の作成だってジャンヌの【聖人】を通して【聖骸布】が生み出せる。となるとキャスターを召喚する事の利点が少なくなってくるのだ。

 

 強力なサーヴァントと出会った場合の切り札としてバーサーカー、ライダー、そしてセイバーに、偵察兵としての役割を単独行動で行えるアーチャーが欲しい。アステリオスと戦った時はアルトリア一人でどうにかなったが、既に聖杯戦争のルールからは大きく外れている。相手のサーヴァントがそもそも七騎で終わる、済むという保証時自体が存在しないのだ。場合によっては同時に四体ものサーヴァントと戦う必要さえ出てくるかもしれない。

 

 ジャンヌが言うには俺が戦闘に同時参加させられるサーヴァントは二人、ジャンヌに変身しなければ同時に三人までだったら戦闘させられる事が出来るらしいが、それが限界だ。だけど、手札は多い方が良いに決まっている。だから現状、召喚は積極的に行おうかと思っている―――まぁ、流石に人のいない場所でやる事に決まっているが。

 

「とりあえず交換所へと向かうか」

 

 どこにあるかは知らないが、適当に歩き回れば見つかるだろう。そう思って歩き出そうとして、

 

 ―――何故か無性に、女を抱きたい気分になって来た。

 

 まぁ、このデミサーヴァント状態の生活が始まってから生きる事に必死だから色々とやってない事があるのは事実だし、多少そういう気分になった所でもしょうがない、のかもしれない。ただジャンヌが存在するし、どうしたものか。絶対に口に出す事も、そしてサーヴァントの三人に悟られる事もなく考えていると、

 

「―――もし」

 

「んあっ?」

 

「貴方は外から来た方ではないでしょうか」

 

 そう呼び止められ、振り返る。そこにいたのは一人の尼だった。僧衣に身を包んだ尼は露出しているのが顔と、その両手ぐらいだろうが、そんな服装であっても、隠す事の出来ない体のラインを含め、妙に蠱惑的な雰囲気を持った、女性だった。抱きたくなる女、とはまさに目の前の女の事を言うのかもしれない。初めて見かける類の女の姿に、一瞬だけ呆け、

 

『―――しっかりしろマスター、こんな年増よりもマリーの方が万倍素晴らしいぞ』

 

 ばかな事を言うアンリ・サンソンのおかげで正気を取り戻す。

 

「えぇ、まぁ、ついさっきここに来たばかりで。旅をしている途中で立ち寄っただけだけどな」

 

「まぁ、奇遇ですね。私も旅の途中でここに寄っただけなのですが、ちょっとした事情で離れられなくて……あぁ、すいません。私、殺生院キアラといいます。外からの人は少々珍しいのでついつい……」

 

 そう言って手を口の前へと持って行き小さく笑う彼女の姿は妙に艶やかだ。関係がない筈なのに、妙に脳にこびり付く様な不快感、そして色気がある。直接心に入りこんでくる様な、そんな感じがする。―――直感的に、或いは【啓示】があまり長く、この女と接するべきではないと訴えかけているような、そんな気がする。

 

「あぁ、おう、そっか。それじゃあ」

 

「えぇ、お引止めしてしまいましてすいません、それでは”また”」

 

 キアラが去って行き、軽く息を吐く。

 

『―――淫婦の気配だな。隠そうともしていない。アレはそこにいるだけで心を犯してくる怪物だぞマスター』

 

 アルトリアの吐き捨てる様な言葉を否定する者は誰もいなかった。敵対的に接しようと判断する事が彼女の前では難しい、そんな気がした。

 

『ここは早く出て行った方が自分の為かもしれませんね』

 

 ジャンヌのその言葉をいや、とシャルル=アンリ・サンソンが否定する。

 

『今すぐ殺したほうが。ああいう類は生かしておいてもいい影響を与えない。関わった時点でアウトです。……まぁ、そこまでする必要はないかもしれませんけど』

 

『うーん、【啓示】ではありませんが、なんか嫌な予感がします。早めにここを出る事に関しては賛成ですが……私としては少々、ここが不安でもあります』

 

『所詮は我々には関わらん事だから放置して進め、と私は言うがな』

 

『……どうやら意見が割れてしまったみたいですね』

 

 アルトリアは胸を持ち上げるように腕を組んで、立ち、アンリ・サンソンも肩を軽く揺らしている。ジャンヌから言葉の続きはない。つまり、判断はマスターである俺に預ける、と言う事だ。参った、こういう面倒な事は考えたくはないのだが―――とりあえず、

 

「交換所を見るだけ見てこう。そしてそっからどうするか考えよう、まだ余裕はあるんだし」

 

 とりあえずの結論をそうとし、歩き出す。




 テラニーで有名な殺生院キアラさん登場。

 近くにいるだけでマイサンが大変になるというRレートに喧嘩をCCCであのR審査になった最大の理由にしておそらく型月最悪の存在。おう、お前ちょっとテラニーしろよ。なおYAMA育ちであり、格闘でアルターエゴを撃破する猛者でありながら地上では1回殺されているとか。どっかのウルトラ求道僧も山の上にいたアルクを捕獲してお月様に向かったし、宗教家は化け物しかいないのかこの世界。

 レベルを上げる度にフレ登録しているのに数分後にはまた依頼上限に突入してるよぉ(震え声


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人はパンのみにて生くるにあらず Ⅳ

「……あ、聖晶石置いてある」

 

『探し回っていたのが馬鹿に見えるぐらいサクサク手に入るな』

 

 武の話ではあったが、シェルターには交換所が備え付けられている。これはコミュニティ内で物々交換を行う為、そして外からやって来た生存者が交換を行う為に利用する場所だ。そこには近辺で見つけた、様々な道具や食品が揃えられており、一種の市場の様な姿を構築している。そこをゆっくりと巡っていると、聖晶石を見つける事が出来た。それも今までの様に一個や二個ではなく、全部で五個程見つける事が出来た。珍しいものではあるが、どうやらこの聖晶石、落とし子やサーヴァントを撃破した際に稀に生成されるものらしく、自然消滅でも生み出される事があり、そういう理由で保有している事は一種のステータスに繋がるのだとか。ともあれ、おかげで聖晶石が全部で六個も集まってしまった。サーヴァントの召喚の安定化、及び高品質化の為の触媒として利用するこの聖晶石、これを纏めて使う様な事があれば、かなり上位のサーヴァントを召喚できるのではないかと思わなくもない。まぁ、流石に勿体ないから一個か二個、残した状態で使うのだろうけど。

 

「ほんと、探してたあの時間は何だったんだろうね。アンリを召喚してから一気に増えた感じがするわ。……運?」

 

『やめろマスター。幸運の話をするな』

 

『わ、私達の幸運そ、そこまで悪くありませんから……』

 

『でも幸運Aの僕と比べると二人の運ってクソみたいなものですよね。ドルオタを相手に運で負けていた恥ずかしくないんですか? 聖女と騎士王のクセに、一介の処刑人に負けちゃって』

 

「煽るのはそこまでだ……!」

 

 声に出して今の言葉を吐いてしまった為、周りから軽く視線を集めるので、布を軽く口元へと引っ張り、口元を隠す様にして駆け足で交換所から去って行く。荷物は大分増えた。今迄は持っていなかったヤカン等もなんとか手に入れたのだ。その為に放出したのが狩りで手に入れた鹿肉等なので、割と安い交換だったと思っている。何より聖晶石がたくさん手に入ったのが一番の収穫だ。どこか時間が出来たら、さっそくサーヴァントを召喚しよう。こればかりは後回しにしない方が全然いいのだから。

 

 というわけで、交換所を見終わってからシェルターの端へとやってくる。周りには誰にもいない事を確認してから、霊体化しているアンリ・サンソンとアルトリアを確認する。この旅は俺がマスターではあるが、同行者であるサーヴァント達とは、積極的にコミュニケーションを取りたいと思っている。まぁ、つまりはだ、今は英霊として召喚されている人物達をきっちり人間として会うかって、意見を交換しよう、と言う事だ。そう言う事で周りに視線も気配もない事を再度確認し、四人で確認を取る。ここから、どういう行動を取るべきなのだろうか? と言う事を。

 

『僕はもう一度言いますが、あの女だけは絶対に殺さなくてはならない。何人も処刑を繰り返してくるうちに人間という生き物が良く解ってくる。そしてああいう類の人間も処刑してきたから知っている、あれはどうにもならない生物ですよ。生きている限りは毒を振りまいて周りを破滅させる、そういう生き物です。だから即座に始末した方が周りと己の為になります。というわけで、殺しましょう』

 

『まぁ、私もおおむね処刑人(ドルオタ)の意見には同意だが、自分から面倒を抱き込む必要はないと思う。無駄に戦いを仕掛け、無駄に争った先に手に入るのは”自己満足”のみだ。マスターがそれを求めるというのであれば私には問題はない。だがお前が決めた事の責任はお前自身が受け止めなくてはならない。それだけは忘れるな。……というわけで私は早く冬木へと向かう事を進言する。現状、淫売にも人の事情にも関わる必要はない筈だ』

 

 アンリ・サンソンとアルトリアの言葉を聞き、そしてそれからジャンヌの言葉を聞く。

 

『私は―――少しだけ、少しだけここの様子を見た方が良いと思います。さっきの方が怪しいのは目に見えているんです。起きうるかもしれない事から目をそらすのは、人間として間違っているんじゃないかと、そう思います。ですから彼女に関して調べ、そして何か問題がある様であればそれを解決しましょう。そうやって手伝った事は何よりも己の力になるでしょうから』

 

 普段はふざけていても、ちゃんとした所では聖人としての顔を見せている。いや、それはジャンヌだけじゃない。アンリ・サンソンも、アルトリアも本気でそうすべきだと思い、そして進言しているのだ。それぞれが違う時代の英霊であり、そして戦い、死をもってその物語を閉じた英霊達だ。その声をしっかりと聴き、今、貴重な経験をしているんだよな、と自覚する。とりあえず三人のスタンスを確認する。

 

 アンリ・サンソンはキアラを真っ先に殺せと主張している。殺生院キアラは危ない女であり、今すぐ殺すのが一番良い結果に繋がると、経験から確信している。それに対しアルトリアは、その災厄が降りかからない限りは此方には興味もないのだから、そのまま放置して出ていけ、という話だ。関わらないのであれば勝手にしろという事だ。ジャンヌはこのままキアラを放置する事に不安を覚えており、ここを出るにしたって最低限キアラの事を調べ、そしてどうにかしてから、という案だ。まぁ、この中で選べるのはアルトリアかジャンヌの案になるだろう。流石に問答無用で殺すのはあまりにも剣呑すぎると思う。だからどうするかを決める。

 

「……こうしよう。まずはキアラに関して調べよう。最低限これが尾を引かない件かどうかを調べる為に。俺個人としちゃあこのまま出ていく事に賛成だけど―――アンリが殺せって言うのが気になる。だからキアラに関する情報収集はアンリが気配消してある程度追って収集、俺もそれとなく他の人から話を聞いてキアラについての話を集める」

 

 それで、

 

「もし、キアラがただのエロテロリストだったら放置、魔術師だとしてもあまり関わりたくないタイプだってのが目に見えているからそのままここを離れる。だけどマジもんのテロリストだったりしたら容赦なく殺すって事で……はい、不満な人」

 

『マスター、僕、あの年増追いたくない』

 

「はーい! マスターは個人の趣味に関してはノータッチなのでお仕事をさせようかと思いまーす! 働けドルオタ!」

 

 渋々、といった様子でアンリ・サンソンが歩き出して行くのが見える。霊体化と【気配遮断】のコンビネーションであれば、間違いなくバレる事無く監視する事が出来るだろう。それにアンリ・サンソンの嫌い方からおそらく、あの誘惑、魅了と言っても良いキアラの気配を振り払っているような様子さえある―――もしくは、誘惑されてしまったからこそ激怒を抱いているのかもしれない。まぁ、ここはいい。アンリ・サンソンはアサシンとしては三流だが、人間を見る目に関しては一流のものがある様な気がする。医者、そして処刑人としての目だろう。

 

「んじゃ、俺も情報収集と行くか」

 

「待て、マスター。流石に普通に情報収集するのもつまらないだろう。付き合おう」

 

 霊体化を解いたアルトリアがローライズの黒いダメージジーンズに、白いドレスシャツを着た状態で出現する。胸元は緩く開けられており、黒いネクタイが緩く結ばれている。何時もとは違う感じにスタイリッシュだが、女を感じさせる恰好だ。間違いなく見た目は外国人だが、英霊という所までは解らない。そうやって現代風の衣装に身を変えたアルトリアの姿を見て、

 

「ありなの……?」

 

「我々サーヴァントは基本的に魔力で出来ているからな、肉体は。だから霊体化すれば服装の状態も、体の汚れとかもリセットできる。服装を変える事もそう難しくはない。そもそも、宝具でもない限り、防具というものはあんまり意味がないからな、我らには。だから肉体同様、服装なども普通に魔力を使って切り替える事が出来る、便利な存在だ」

 

『一応言っておきますけど、私もできますよマスター。変身している間限定の話になりますが。それでも私の私服姿とかを堪能できますよ―――マスターが』

 

「見れないんじゃあとっと意味ないんじゃないかなぁ……まあ、いいや。アンリくんが必死に仕事している間にこっちもこっちで動くか」

 

「了解した。エスコートは任せたぞマスター」

 

 そんなこと言われても、彼女とか作れたこともないので言われても困る。そんな事を思いながらもアルトリアを横に置き、一緒にこのそう広くはない、シェルター内を歩き始める。ジャンヌが美少女であれば、アルトリアの方は美女になる。大人の美しさとかっこよさのある、そういう姿の持ち主だ。滅多にできる経験ではない為、内心割と浮かれつつあることは素直に認める。男なら誰だって美女を横にはべらせて歩き回りたいものなのだ―――つまりドリーム・ハズ・カム・トゥルー。

 

 くだらない事を考えつつも、しっかりとやるべき事をやって行く。

 

 殺生院キアラという女性に関する情報の収集はそう難しくはなかった。誰かに話しければすぐに彼女に関する話は聞けるのだから。

 

 ―――曰く、”善人”。

 

 ―――曰く、”聖女”。

 

 なんでもシェルターからシェルターへと渡る様に旅をしている様で、あてもない旅をしているらしく、そして立ち寄ったシェルターではお世話になる代わりに、カウンセリングなどを行っているとも言う。見た目の通り、尼らしく、真言立川流等という宗派に存在するらしい。彼女のカウンセリングを受けた結果、閉鎖的だったこの新宿シェルターも大分活気が出てきた、との事であった。口々に人は彼女を称賛し、そして感謝している。その様子や言葉にはある種の信仰を感じる事さえできた。

 

 

                           ◆

 

 

「―――あぁ、俺もキアラさんのカウンセリングには助けられたんだ! 落ち込んでいた時を少しね……。俺みたいに助けられた人は多いよ。君ももし落ち込んでいたりしたら―――あぁ、いや、君には必要ないかもしれないね。あぁ、うん。それじゃ。いや、君ももし、カウンセリングが必要だったら直ぐに頼って欲しいんだ。じゃあね」

 

 手を振りながらシェルターの住民からアルトリアを連れながら離れる。アルトリアの表情には明らかに嫌悪感と解る表情が浮かんでおり、珍しいものを見たと、ちょっと首を傾げる。他の住民から離れたところで、

 

「あの男、情欲に濡れた目で私とお前を見ていたな、大方”そういう関係”として見たのだろうな」

 

「あー……」

 

 まぁ、こんな時代、男と女が一緒にいたら大体どういう関係かは狭まれて行くだろうし、主と従卒の関係なんて思いつきもしないだろう。仕方がない、と言ってしまえば仕方がない話でもある。謝ろうと思ったが、それをアルトリアが頭を横に振って否定する。

 

「別に頭ごなしに否定する程マスターの事を嫌ってはいない。それよりも私としては本当に女として見られている事に驚いたな」

 

 そこまで話した所で一旦アルトリアは腕を組み、動きを止める。その姿へと視線を向ける。

 

「別に、話したくないならいいんだけど?」

 

「いや、もう一度言うが、私はそこまでマスターを嫌っていない。寧ろ愉快な機会を与えてくれている事に感謝しているぐらいだ。こんな状況で、そしてこんなマスターではなければ私もこのように陽気な姿を見せる事も出来ないし、他のサーヴァントと冗談を言い合う様な事さえ出来ないだろう。自分の子を認める事さえできなかった程に愚かだったからな、……私は。一々理由がなくては動く事さえできなかった程には女々しい女だったからな」

 

 だというのに、

 

「小娘には不釣り合いな野望を抱いてしまった。何故だろうな……姿が大きくなったことに心まで引っ張られているのだろうか、今ではもう少しだけ冷静に当時の事が考えれる。ギネヴィアの相手をせずにランスロットに警護を任せればそれは心が離れるのは当たり前だし、ホムンクルスとはいえ、自分の子を認める事さえできない者に国王など勤まるものか……」

 

 自虐する様なアルトリアの言葉に対して、自分は一切声をかける事が出来ない。実際、共感する事も理解する事も出来ない事なのだから。そればかりはアルトリアの”終わってしまった歴史”であって、どう足掻いても変える事の出来ない真実なのだから。だから今のアルトリアにできるのは過去を想い、そしてそれを次へと繋げる事なのだろう。本来のアルトリア、【約束された勝利の剣】を持つ、若い少女の彼女がどう思うかは知らないが、

 

「お前がそう思うならそれがで良い、それが真実……って奴なんじゃないか? 当時のモードレッドやランスロットに会えるわけじゃないし、召喚した所で100%の本人って訳でもない。だけどアルトリアは成長したって感じるんだろ? だったらそれでいいじゃねぇか。その考えで納得しろ―――とは言わないけど、少なくとも答えだって思える事があるなら、それは”カムランの丘”を経験してアルトリアが得た成果なんじゃないか?」

 

 そう言われ、アルトリアは目を閉じそうか、と短く言葉を吐き、

 

「とんだ聖杯戦争ではあるが……悪くはないな、こういうのも偶には。あぁ、悪くはないな。……ふ、時間を喰ってしまったな。そろそろ活動再開と行こうか」

 

「だな」

 

 そう答えると横にアルトリアが並び、前よりも近い様な距離で、歩き出す。その姿を見たのか、今まで空気を呼んでいたのか、黙っていたジャンヌが口を挟んでくる。

 

『いいなー……こういう時は私も体が欲しいですねー……まぁ、マスターをからかって遊んでいる方が楽しいんですけど』

 

「お前、今までの会話の余韻が台無しだよ!」

 

 先程までの少しだけしんみりとした空気が一瞬で霧散し、何時もの空気が返ってくる。まぁ実際、この空気が一番馴染む、というか慣れてしまった事実はあるのだが。そんな事を思っていると、アンリ・サンソンが霊体化した状態のまま帰って来た。どうやら成果があったらしい。片手を上げながらアンリ・サンソンの帰還を祝福し、

 

「どうだった?」

 

 その成果を聞きだす。それに対してあぁ、とアンリ・サンソンが答えた。

 

『カウンセリングという名目で男女関係なく20人ぐらいと大乱交パーティー開催し始めた』

 

「今の情報を精査した結果、今すぐ新宿シェルターから出て行こうかと思います」

 

『異議なし』

 

『はい、マスターに同意します』

 

『さ、撤収しましょうか』

 

 シリアスを返してくれ、そんな気持ちになりながらもう二度と関わらない、そう誓って出口へと向かう。




 アンリさんは1d20で正気度喪失判定で。
 そして槍トリアさんは絆レベルを3か4辺りまで上げてください。
 ジャンヌさんは最初からずっと5です。

 シリアスなんてものはなかった……エロ尼には通じなかったんや……


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人はパンのみにて生くるにあらず Ⅴ

 ―――迷う事無く新宿シェルターを出た。その選択肢に反対する者はいなかった。キアラと関わりたくない、全員の心が完全に一致した瞬間でもあった。20ってなんだ、20人って。エロゲでも多少マシな環境だったと思う。そんな事を思いながら持ち込んできた荷物を、カバンを背負ってシェルターから出る。結局、聖晶石を入手した事以外の収穫はなかった。とんでもない場所だったな、なんて事を思いながらシェルターの外の世界へと出る。シェルターの外の世界は既に暗かった―――夜になっている。シェルター内は電灯が稼働しているから解らないが、どうやら既に外は夜になっていたようだ。

 

『あんまりここから歩き回るのは良くないですね。シェルターで一晩過ごすか、或いは別の場所で一晩過ごすとしましょう……安全性を考えるとシェルター内で過ごすのが一番なんでしょうけど』

 

「ふむ、淫婦がいるシェルター内に戻るのも嫌だが、夜営の為と危険性を考慮すればまだマシな方か。判断は任せたぞマスター」

 

『答えが出ているじゃないかこれ……というか君は霊体化しないのか?』

 

 アンリ・サンソンの言葉はアルトリアへと向けられていた。アルトリアの恰好はドレスシャツとジーンズの私服姿のままであり、未だに霊体化していない。暇つぶしに姿を出したのだから、別にもう姿を消しても問題ないのだが―――まぁ、別に否定する理由は一切ないのだから、そのままでも構わない。誰かが触れられる距離にいるというのは心強い事に間違いはないのだから。とりあえずどうするか、という問題だが、

 

「……仕方がねぇ、シェルターで適当な位置を探そう。流石に夜の間にうろうろしたくはない」

 

『まぁ、そうなりますよね』

 

『嫌だなぁ……アレの近くにいるのは』

 

 心底嫌そうにアンリ・サンソンがそう言う。まぁ、突如として乱交を始めたビッチ僧の存在なんて誰だって嫌になるに決まっている。だけど、今の状況に電灯は存在しないのだ。街を歩いていても光源は頭上の月明かりしか存在しない。そんな中で探索や移動を続けるのは馬鹿らしい。懐中電灯かランプを使え、と思うだろう。だがそれはつまり的に自分の位置を知らせる行動でもあるのだ。いくら英霊であり、疲れ知らずであっても、精神的な疲労は普通に存在するのだ。彼らを万能の様に思ってはいけないのだ。

 

 彼らだって蘇っただけであって、人間なのだから。

 

『戻る前に待ってください、マスター』

 

 シェルター内へと戻ろうとすると、アンリ・サンソンに止められる。振り返りながらアンリ・サンソンを見ると、真剣な表情を浮かべていた。真面目な話をしたい、という事なのだろう。

 

『あの女―――殺生院キアラという女は少々厄介な体質を持っています。あの女は魔術とかを使用せずとも、その体から魅了、誘惑、或いは”媚薬や惚れ薬”の様なフェロモンを放出しています。視覚的ではなく感覚的なものなので調査するのは協力が必要なので無理ですが、同じ空間を過ごすだけで敵意を抱き難くなります。なのでまず、第一前提として敵意を忘れないでください。そうすれば誘惑される可能性も減るので……』

 

『マスターの精神面に関してはお任せください、そこらへんは私がきっちりしっかり守りますよ』

 

「寧ろ守られているような気もするがな」

 

『そんな事ないですよ! 私が一緒だからマスターは心が折れずにきゃっきゃうふふとアルトリアさんと遊べているんですよ!』

 

「どうでもいいがその言い方は何故か妙に腹が立つな」

 

「殴られるのは俺だから止めよう、な?」

 

 アルトリアを軽く諌めながらアンリ・サンソンの言葉をしっかりと胸に刻み、シェルター内へと戻って行く。こういう時、時計を持っていないと若干めんどくさい。腕時計でも手に入ればいいのだが、生憎とほとんど壊れていたり、ソーラーバッテリー製はかなり高額になってくる。だからまず、手に入れる事は諦める。そして渋々とシェルター内へと続く階段を下りて行く。なんだか今日に関しては疲れてしまったような、そんな気がする。

 

 サーヴァントの追加召喚は明日にしよう。

 

 そう思いつつシェルター内へ御移動し、そして人気のない場所へと移動する。仮拠点から持ち出せるものは全部持ち出してきた。召喚環境はあっちに備わっているから召喚する時はあっちに戻るとして、今夜はさっさと眠って朝を迎えてしまおう。そう判断し、さっさと寝袋を取り出し、人目が付かなさそうな場所で眠る事にする。眠っている間に関してはジャンヌは一緒に眠るが、アルトリアとアンリ・サンソンは普通に起きている。

 

「んじゃ、警戒宜しく」

 

『任されました』

 

「あぁ、良く眠ると良い」

 

『お休みなさい、マスター』

 

 仲間達の声を聞きながら体力の温存の為にさっさと寝袋の中で目を閉じる。

 

 

                           ◆

 

 

「―――起きろマスター」

 

 アルトリアの声に目が覚める。起こされた、という事は何かがある、と言う事でもある。素早く目を明け、寝袋から体を抜けださせながら目を開ける。確認する新宿シェルター内の天井のライトは落ちており、暗闇が支配している。まだ眠気を引きずる頭を何とか覚醒させながら抜け出ると、目の前にはアルトリアの姿があった。

 

「血の匂いだ。万が一に備え戦える様にしておくぞ」

 

 アルトリアはそう言い、戦う可能性がある事をほのめかす。その言葉に予想以上にヤバイ事態なのかもしれないと判断し、寝袋をそのまま放置し、そして服装はそのまま、ジャンヌの姿へと変態しようとして―――やめる。こんな場所で変態した姿が見られれば逆に不振な目を向けられるかもしれない。そこまで考えたところで、

 

 闇の中に紛れる様に歩き始める。アルトリアの示す方へと歩けば、鼻に突き刺す様な血の匂いが届き始め、案内してもらう必要もなく、異常事態が発生しているのだという事が解ってしまう。その事に警戒心を抱きつつも、新宿シェルターの中央へと、コミュニティスペースへと向かう。人が交流する為の広場のような場所だ。そこへと向かい、

 

 見えた光景は地獄、と評価してよかった。

 

 ―――全裸の男と女が大量に重なるように倒れている。数えるのが馬鹿らしい程に折り重なって倒れている全裸の男と女たちはそのまま、全員が血を流して信じている。彼ら彼女らの手の中にはナイフや包丁、フォーク、食器や武器が握られており、全員それらすべてを”自分の首へ”と何度も突き刺す様に、突き刺した痕が残っている。そうやって自殺としか思えない姿をさらし、大量の血を流しながら絶望と幸せそうな表情を浮かべ、死んでいた。

 

「なんだ……これ……は……」

 

『……最悪だな』

 

 酷いなんてものではなかった。見ているアンリ・サンソンが怒りと激しい憎悪を燃やすかのような光景だった。この光景を一目見れば解る。この死に対する敬意は一切存在しない。処刑人であるアンリ・サンソンは誰よりも死を敬っている。迎えるのであればそれはその生に感謝し、そして至高の終焉を与えるべきだと。それが処刑人としての美学でもあったが、ここにある光景は”効率的に処理する為の地獄”とでも言うべき光景だった。辺り前だが異常な光景に、気持ち悪さを覚え、

 

「うっ……」

 

『そういえばマスターは初めてですね。我慢する必要はありません。まずは視線を逸らし、中のものを吐いちゃいましょう』

 

「悪い―――うぉぉぇっ……」

 

 視線から目を背け、喉をこみ上げたものをそのまま吐きだす。体は強くなったが―――心までは強くなれていなかったらしい。頭では駄目だ、と解っていても体が反応してしまう。情けなく思っている間に、姿を現してアンリ・サンソンがアルトリアと共に調査を始めている。ジャンヌの慰める様な言葉を聞きつつ、アルトリアとアンリ・サンソンの言葉にも耳を傾ける。

 

「これは―――全員自殺で死んでいるな。薬を飲んだ形跡は……なし……あとは魔術か洗脳の類か」

 

「相変わらず胸糞の悪い光景だな。……チ、こいつら性行してたな、臭いがまだする」

 

「という事は犯人は絞り込めたな……死んでいなければ」

 

 そうやって調査を続行する二人の英霊の姿が物凄く心強く思えてくる。すっかり忘れていたが、、あの二人は何百、何千という死を見てきたのだ。アルトリアは兵団を指揮する事で大量に殺し、アンリ・サンソンは人類史で二番目に多くの人間を処刑という形で見てきた。恐らく、普通に暮らしている以上に、誰かの死がそばにある状況の方が自然で、慣れているのかもしれない。そういう地獄で彼、彼女たちは生きてきたのだろう。

 

「流石に供養したいけど……」

 

『この数ですからね……今は両手を合わせ、そして安らかな眠りを祈りましょう。たとえ作法が解らなくとも、重要なのは形式や何に祈るかではありません。その意思を抱いて、祈りの形を取る事です。形は違えど、祈る心はいっしょです。主もそれを聞き届けてくれるでしょう』

 

 どう足掻いても怪しい上に危ないし、供養をする事なんてできる訳がない。だから出来るのは安らかに眠る事を祈る事だけ。宗教に関して良く解りはしないが、それでもやり方だけだなら誰だって、自分だって知っている。両手を合わせ、祈るように俯き、そして安らかに眠る様に、そう思うだけでいい。もう少し、もう少しだけ心が直なったら正面からこの光景を見られるのだろうか。そんな事を思いつつ、

 

「―――ん? おい」

 

「あぁ、こんなものを見る事になるとはな」

 

 アルトリアとアンリ・サンソンの声に視線を持ち上げれば、

 

 ―――死体が動き始めていた。

 

 いや、正確に言えば死体には黒い泥の様なものが引っ付いており、それが傷口や穴から体に入りこみ、体を動かしている様に見える。姿は人間ではあるが、確実にパニックホラージャンルの定番とも言える怪物、ゾンビの存在が目の前に出来上がっていた。そうやって出現した一体目のゾンビを素早く動いたアンリ・サンソンが黒い、鋭い両刃で、先が丸い剣で首を一撃で斬りおとす。そうやってゾンビを一撃で切り倒すが、アンリ・サンソンが処刑したゾンビとは別のゾンビが起き上がり始め、未解放状態の【最果てにて輝ける槍】をアルトリアも取り出し、一撃振り払うだけでゾンビが三体、その胴体が両断されて完全な死を迎える。

 

 そうやって溢れ出す血、内臓、糞に更に吐き気を覚えるが、口を押えて我慢する。

 

『アルトリアさん、マスターが戦うのはどう足掻いても無理です。逃げましょう、ここは”おかしい”です』

 

「あぁ……どんなに鈍かろうがこんな事になれば人が現れない訳がないだろうからな! アンリ、マスターを逃がせ、戦うよりもそちらの方が貴様的にもいいだろう」

 

「チ、仕方がないな―――と言いたい所だが、簡単に逃げ出す事は出来ない様だ」

 

 アンリが反対側へと視線を向けるのに合わせ、自分も振り返る。そこには闇の名から這いずる様にゾンビ、そして落とし子の姿が見えてくる。どうやらこの新宿シェルターは比喩でも何でもなく、地獄になっているらしい。湧き上がる吐き気を抑えながら、堪え、そして魔術回路を起動させる。体から溢れる魔力をアンリ・サンソンとアルトリアへと送り、自分もジャンヌへと変態させる。激痛を感じつつも、生み出した聖旗を槍に巻き付けて叩けるようにし、それを支えに体を立たせる。

 

「……犯人にはきっちりと対価を払ってもらうとして、今はここから脱出しよう。俺達の墓にしたくはないからな」

 

「大丈夫ですか?」

 

 大丈夫―――な訳はない。それでも頑張らなきゃ死ぬのだ。背後に視線を向ければ鎧姿で【最果てにて輝ける槍】を解放状態へと変えたアルトリアがその槍の光で闇を照らしている。こんな状態になっても、人間の声は自分達の分しか存在していない。

 

 一体どうなっているのだろうか。

 

 そんな事を考えるだけの余裕はない。

 

「―――脱出最優先!」

 

 寝ている間に一体何があったんだ。そう思いつつ、逃亡の為の行動を開始する。




 魔性菩薩は関わった人、場所を破滅させるらしい。

 なおどう足掻いてもどうにもならなかったウルトラ求道僧も存在したらしい。


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人はパンのみにて生くるにあらず Ⅵ

 いってしまえばゾンビ一体一体はかなり弱い。戦闘力では底辺のアンリ・サンソンでさえその戦闘向きではない、処刑特化の剣で一撃で殺せる程の脆弱さだ。とはいえ、英霊となっている時点で並み居る人間を軽く凌駕するだけの能力は手に入れているので、相手にすらならないのは当たり前だ。それはアンリ・サンソンだけではない、自分にも言える事だ。ジャンヌの肉体に変態している自分は、受肉した英霊相当の身体能力を発揮できる。魔力のみで構成されている英霊と比べれば多少面倒があるのは事実だが、それでも成長する事の出来る肉体を得ている、というのは他の英霊にはない特徴であり、

 

 ―――つまりは、戦えるという事だ。

 

 振り下ろした槍が頭から股を抜けるようにゾンビを両断し、突き刺してから力を入れ、飛ばす様に槍を振るう。突き刺した先から体が吹き飛び、此方に届くことなく相手が飛んで行く。合わせるように横に振り抜きながら飛び上り、槍を叩き落とす様に振るえばそれでまたゾンビが数体、紙切れの様に一瞬で蹂躙されながら散って行く。その姿には悲鳴も、痛みを受ける様な姿もなく、ただただ無音のまま、肉が破ける音と潰れる様な音だけを響かせて死んで行く―――否、既に死んでいるのだから解放とも言えるかもしれない。

 

「マスターが戦う必要はないです。元々マスターは戦闘を行わず、後方から支援や指揮するのが本来のあり方です。ですから一緒に戦わなくても問題ありません」

 

『止めないで上げてください、アンリ。マスターは―――止まっていられない様なんです』

 

 止まれない。止まってはいけない、きっとそれはいけない事だというのが直感的に、もしくは【啓示】として伝わってくる。言葉にできない。だが胸に浮かび上がってくる感情がある。まだ吐き気や気持ちの悪さが、生理的嫌悪感が体の中にはある。それでも、自分の中にある何かが、決して、目をそらしてはいけないと言っている様な、そんな気がした。目の前の死からは逃げてはならないと。

 

『こうなってしまえば終焉を与えない限りはその魂が解放される事はありません……放置していればゴースト化する可能性もあります。悲しい話ですが、完全に活動停止する様に再殺するしかないでしょう』

 

「一旦ここから脱出したらアルトリアの【最果てにて輝ける槍】を撃って、シェルターごと崩落させるんが一番でしょう、これは予想ですけど、このシェルター内で生きている人間は一切存在しない―――そんな気がします」

 

「なる、ほど……!」

 

 槍を振るい、ゾンビを裂く。そうやって活路を生み出しながら一気に地下シェルターの入り口にまで到着する。閉まっている鋼鉄の扉はサーヴァントの筋力に物を言わせて一気に蹴り抜き、こじ開ける。

 

「アルトリア!」

 

『今戻る』

 

 念話で言葉をアルトリアへと送った直後、流星の如く闇を切り裂きながらアルトリアが一瞬で目の前に降り立った。

 

「またせたな。引きつけるように戦っていたが、ドンドン怪物共が増えていたぞ。もはや完全に生存者の気配もない。遠慮なくやらせてもらう―――【最果てにて輝ける槍】」

 

 喋りながらシェルター内にロンゴミニアドの光がさく裂し、シェルター内を光で演出しながら破壊して行く。一気に揺れ始めるシェルターから脱出する為に、振り返る事なく一気に階段を駆け抜けて行き、地上へと扉を粉砕しながら突き進み、飛び出す様に地上へと一気に出る。軽く地上の大地を滑るように着地しつつ、息を吐いて振り返る。視線をシェルターの方へと向ければ、もう一度アルトリアが【最果てにて輝ける槍】を放ち、完全に上がってくる道を粉砕したのが見えた。いくら脳のリミッターが外れた死人であろうとも、ここまで破壊されつくせば上がってくる事は出来ないだろう。

 

 逃げ切った事実に息を吐き、そしてその場に座り込む。焦りのあまりか、服装をジャンヌの戦闘装束へと変える事すら忘れていた。今更感が漂うが、服を変えようとし、

 

『あ、ちょっと待ってください。折角なら私服にしましょうよ私服! 実はコッソリト現代服の案を纏めてたんですよ! 名付けてJKジャンヌ』

 

「お静かに」

 

 戦闘が終わった事に息を吐きながら、ジャンヌから押し付けられてくるJKジャンヌのイメージをかきけし、激痛に耐えながら元の自分の姿へと戻り、その場に座り込みながら破壊してしまったシェルターの方へと視線を向ける。完全に崩落してしまった入口から出てくる人間はいないし、アルトリアが言うには生存者は一人も存在しなかったらしい。

 

「―――俺が寝ている数時間の間に一体何が起きてたんだ」

 

 視線をアンリ・サンソンへと向けるが、彼は肩をすくめ、解らないと答え、戻って来た鎧姿のアルトリアも、頭を横に振る。

 

「私が知っているのは電灯が消え、暗くなってから血の匂いが溢れはじめた事だ。その直後にはマスターを起こして行動を開始した筈だが―――あまりにも用意周到としか評価が出来ないな。まるでシェルター内にいた者全員が示し合せた様に自殺を実行し、そして守護していた結界があわせて消えた。おかげで世紀末でパニックホラーを経験する事になってしまったではないか」

 

「誰が―――と言う必要はないか?」

 

『殺生院キアラ、ですか』

 

 恐らく、この惨状を生み出す事が出来るのは彼女以外には存在しない。いや、心当たりが彼女しか存在しないとも言える。しかし、意味が解らない。なぜこんな、外道を容易く行う事が彼女には行えたのだろうか? それを考えたところで応えは出ないのだからしょうがないのだろうが、それでも悩みたくなることではある。溜息を吐きながら、久しぶりに人間との交流だったのに、なんて事を思いながら立ち上がれば、

 

「安心してください、マスター。これは間違いなくあの女の仕業です―――そしてこれは間違いなく”悪”だ」

 

 アンリ・サンソンはそれを断言した。そして、

 

「僕の宝具【死は明日への希望な(ラモール・エスポワール)り】は前提条件が面倒だ。一つ目の条件が相手がサーヴァントである場合、そのアライメントを知る事であり、それ以外の存在に関しては”その存在が明確に善か悪かをカテゴライズする”という事にあります。そのまま使えば対人宝具にしかなりませんが―――」

 

 アンリ・サンソンは言葉を続ける。

 

「―――僕が心の底から悪と断定した存在に対して”問答無用の死を与える”事が宝具の効果としてできます。相手が視界範囲内にいる事が条件になりますが。ですが次回、もしまたあの女と会う様な事があれば、問答無用で絶対に殺せます」

 

 その言葉は心強かった。なぜなら、今回の件、結果としてはアンリ・サンソンの進言が一番正しかったのだから。あの女、殺生院キアラに関しては間違いなく、一番最初に殺しておくべきだった。そうすればこんな事態が発生する事もなかったのに。まるで災害の様な女だった。ただ次回であった場合に対する対策はアンリ・サンソンの宝具でどうにかなるのだ、だったら何時までもグチグチしていてもしょうがない。過ぎ去った事は過ぎ去った事として、前に進まないといけない。

 

 今の日本に甘えを許す様な余裕は存在しないのだから。

 

「あーあ……結局どうすんだよこれ。補給できたと思った傍から吹っ飛んだぞ色々と」

 

 主に荷物の類だ。寝袋を始めとして狩猟道具、料理道具、そういう旅の為に用意しておいた道具全般がなくなってしまった。またどっかでスカベンジして入手しないと、面倒な事になってしまう。いや、既に十分めんどくさい事になっているのだが。まぁ、サーヴァントと戦うことほど面倒ではないので、それが救いなのかもしれない。はぁ、と息を吐き、ごろりと寝転がる。

 

「どうしよう。一気に冬木にまで行く予定だったけど、物資不足でそんな事言える状況じゃなくなっちまったな……」

 

「渋谷? にもシェルターはあるらしいのだ、そこへ向かって調達すれば良かろう。何、其方の運はそこまで悪いものではない。悲嘆せずとも良い、その内運が巡り、幸運が訪れる事もあろう」

 

 アルトリアの慰めが少しだけ嬉しい。しかし時間帯は夜。体力の事や魔力の事を考えるとそろそろ、もう一度眠り始めたい所だが、まずは寝床の確保をしなくてはならなくなってくる。しかしこんな夜中に移動をするとなると、明かりが必要になってくる上に、それで敵を引き寄せてしまうのはさすがに面倒だ。手加減していたとはいえ、【最果てにて輝ける槍】を二発叩き込んだのだ、魔力もそこそこ消費している。出来るならあまりうろつきたくはない。

 

 周囲へと視線を向ければ、廃墟の姿が見える。溜息を吐きながら護衛をアルトリアに任せ、アンリ・サンソンを霊体化させて歩き始める。最低限雨風をしのげる場所さえあれば、それで今夜はどうにかなる。なんでこうなってしまったのか、溜息は口から漏れるばかりで突っ切る事はない。暗闇の中とはいえ、目も段々それに慣れてくると、瓦礫を避けながら進む事もできる。

 

「一体、どんな理由でこんな事を起こしたんだろうな、キアラって女は」

 

『人はパンのみに生きるにあらず―――食べるだけ、生きるだけなら誰でも出来ましょう。ですがわれわれにとって重要なのは生きる事ではなく、その生きる事に意味を持たせる事です。生きるという事の本質、その意味を捉え、そして実行する事にこそ人の生がある。私には彼女が犯人だったとして、その行いを肯定する事も理解する事も出来ないでしょうが―――おそらく、そこには彼女だけの”生”があったのでしょう。パンを求める事以外の何かが』

 

「つかお前ら三人揃ってキアラが犯人だという根拠は」

 

「王としての経験と勘だ。なんかモルガンっぽい感じがした的な」

 

『聖女としての勘と神からの啓示です』

 

『体の汗が乾ききっていない上に性行を行ったばかりであるというのが体が見て取れるのに集団の中にはキアラの姿がなかった事から、彼女と交わった結果、こういうカタストロフックな状況になってしまったと判断しています』

 

「お前らドルオタ相手に思いっきり負けているぞ。いいのか、それで」

 

 その言葉にジャンヌとアルトリアが一瞬黙る。もしかして、このパーティーで一番の頭脳系って、アンリ・サンソンなのではないだろうか? 何気に医術をかなり高いレベルで習得しているから学歴がある事が保障されているし、アルトリアは元々ただの娘で、剣を抜いてしまった為に王となった。ジャンヌも最初はただの村娘であり、二年間の間に従軍し、成果をあげた聖女だ。

 

 明確に学歴持ってるのはアンリ・サンソンだけであり、そいつがドルオタである事実に絶望しかける。こんなのはあんまりだ。もっと高学歴のサーヴァントを召喚しないと。キャスターでスカサハとかいい感じじゃないだろうか。何人ものキチガイ戦士を育ててきたスカサハ先生なら頭が良さそうだ。

 

「ロンを放てばワンパンで倒せるから」

 

『【紅蓮の聖女】があるので』

 

『アサシンを殺すのに自爆するルーラーとか新しいですねぇ……』

 

『大丈夫ですよ。【紅蓮の聖女】の自爆コストを私とマスターで半分に分ければ命だけは助かりそうですから』

 

「ヘイ、ジャンヌちゃん! 肉体が100%俺の物だからそれ、結局コスト払ってるの俺だけだよ!」

 

「絶対マスターだけ殺すガール」

 

『【紅蓮の聖女】を発動させるだけの簡単なお仕事』

 

『流れ作業の様にマスターを自爆死させるサーヴァントとか斬新すぎて言葉もありません』

 

「そもそも俺達何の話してたんだっけ……?」

 

『これから私に変身したまま日常を過ごそうって話ですよ』

 

「こいつ……!」

 

 サーヴァント達と馬鹿な話をしていると、割と元気が戻って来た。やっぱりこうやって露骨に話を向けられている辺り、気を使われているんじゃないかなぁ、なんて事を思う。実際、人生経験に関してはサーヴァント達の方が遥かに多い筈だ。しかも、サーヴァント達は”英霊の座”なる場所に召喚された時の記憶を記録として残しているらしく、それで経験とかを溜めこんでいるらしい。

 

 なんともまぁ、複雑でカオス存在じゃないか、と思う。

 

 廃墟の中を探索し、使えそうな部屋を見つける。部屋の隅へと移動し、そこに溜まっている埃を掃い、そしてしゃがむ様に背中を壁に当てて座り込む。流石に寝転がるだけの余裕、というか道具がない。今夜はもうこのまま、しゃがんだ体勢で眠る事にする。

 

 ―――もう、なんか、色々と疲れてしまった。

 

「んじゃ、また夜の番を頼んだわ……おやすみ……」

 

「あぁ、お休みマスター。其方に良い夢を願おう」

 

『僕たちがしっかり見張っているから安心して眠ると良い』

 

『何なら子守唄でも歌いますよ? 牧羊少女ジャンヌちゃんでしたからね、こう見えても―――』

 

「うるせぇ! 眠れねぇよ!!」

 

 何だかんだで愉快な集団になりつつあるのを自覚しつつ、半分、今日の出来事から逃げるように目を閉じる。




 キアラさんとはであった時点で殺さないと手遅れというか遅すぎる。また出るかどうか怪しいけど、EXTRAにおける彼女は救済しながら自殺させる生き物だったとかなんとか。

 つまりエロは武器。マタハリかな?

 次回、崩壊した中でもやり直す人々


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正直な答は、真の友情の印

 ―――拝啓お父様、お母様へ、

 

「ふふははははは! この我を喚ぶとは運を使い果たしたな、雑種! だが良いぞ! この世紀末に我を喚んだ事、褒めて遣わす! 人類の裁定者として此度の戦い、及び貴様らの活躍を見てやろう! ふ、ふは、ふははははは―――!」

 

 ―――ノリと勢いで召喚してはいけないという事実を改めて理解しました。

 

『見て解る召喚事故』

 

 ジャンヌ、そこ煩い。

 

『お、王様だ。処刑しましょう、処刑』

 

 そこ、冷静に仲間を殺す事を考えない。

 

『あー……めんどくさいなこいつ……』

 

 アルトリア、若干やさぐれてないか。

 

「さあ、この我に人の世を見せるが良い、雑種!」

 

 超めんどくさい気配。

 

 

                           ◆

 

 

 話は少し遡る。

 

 ―――話は実にシンプルに始まる。戦力の補充、増強を行うのであればサーヴァントを召喚すれば良い。聖晶石が大量にあり、そして新宿シェルターでの事故の様なことがまたないとも言えない中、サーヴァントを召喚し、安全を固めるのは当たり前の話だ。というよりも、寧ろ前よりもその事に対する危機を考えるようになった。そしてアサシンのクラスで現界しているシャルル=アンリ・サンソンがアサシンとしての偵察能力に優れていない今、重要なのは”偵察能力を持ち、危機を判断できる”サーヴァントを召喚する事だ。ぶっちゃけてしまえば、火力に関しては足りている。アルトリアの【最果てにて輝ける槍】が宝具ランクA++であって、このランクであれば大抵の宝具と打ち合っても勝利できるし、切り札としては申し分のない破壊力になっている。それに付け加え【魔力放出】や【直感】という優秀な白兵用スキルを保有している。なのでセイバーやライダー等のサーヴァントを召喚する必要性が今はないのだ。

 

 それよりも【単独行動】による情報収集と改正が行えるアーチャーのサーヴァントが欲しい。それが全員で納得した事だった。丁度聖晶石を大量に保有している事実もあり、サーヴァントを召喚する事は半ば決定されていたと言っても良い。故に新宿の仮拠点へと戻って来て数日、最低限の道具を再び調達してきてまともな状態に戻ってから、サーヴァントの召喚は決行される事となった。その際、新しいサーヴァントに誰を召喚するかが激しい議論に発展したのは言うまでもない。

 

 アーチャーを召喚すると言っているのに執拗にマリーを進めてくるドルオタ、

 

 円卓の仲間を召喚してパシらせようとするアルトリア、

 

 そして聖晶石を全ぶっぱして神霊を狙おうとするジャンヌ。

 

 結果的に、その場のノリと勢いで聖晶石の全投入は決定し、アーチャーのクラスであれば大体誰を召喚しようとも、優秀な偵察兵となるのは見えている。その為、アンリ・サンソンの意見を完全に蹴り飛ばし、ある程度アルトリアの意見を採用する事で話は進んだ。

 

 ―――と言っても、召喚するサーヴァントは触媒なしでは限定出来ない。

 

 触媒というのは聖晶石の様なアイテムになる。焦げた剣や現存する宝具、遺品、かつてのその持ち主のアイテムだったりするものだ。それらを触媒として消費する事でサーヴァントを狙って召喚する事が出来るのだ。今回に関してはアルトリアとの縁を利用する事で、アルトリアに関係するサーヴァントを召喚する、という方法を取るのだ。触媒召喚程限定的させる事は出来ないが、それでも限定できるだけ、完全なランダムガチャよりはマシな状況だ。それい円卓の者は誰もが戦闘力が高く、そして騎士であるために運用しやすいという点がある。

 

 そういうわけで行った召喚、

 

「―――ふふははははは! この我を喚ぶとは運を使い果たしたな、雑種! だが良いぞ! この世紀末に我を喚んだ事、褒めて遣わす! 人類の裁定者として此度の戦い、及び貴様らの活躍を見てやろう! ふ、ふは、ふははははは―――!」

 

 召喚されたのは黄金の”女”のサーヴァントだった。

 

 長く伸びる金髪に赤い瞳、その身に纏うのは黄金の鎧だ。上半身を覆う鎧はアルトリアを思い出させるように下乳を思いっきり見せる様になっているが―――此方はアルトリアと違って、インナーを装着して支える様な事はなく、鎧の下のインナーは胸の上半分を隠す様にしか存在していない。黄金の小手とに包まれている両手とは違い、胴体辺りは完全に体を晒しており、そして下半身は黄金のプレートスカートと黄金のレギンスに包まれている。黄金の女帝。そう表現するのが正しい人物であり、その体から感じられる凄まじいまでの王気はアルトリアに匹敵し、勝る程に感じさえするものだ。

 

 【真名看破】で相手のステータスと真名が発覚し、

 

 そうやって理解した。

 

 これ、完全な召喚事故であると。

 

 殺そう、めんどくせぇ、事故ったぁ、なんて言っているサーヴァントどもを無視し、召喚されたばかりの黄金のサーヴァント―――太古にして原初の英霊、英雄王ギルガメッシュへと視線を向ける。えーと、と言葉を置き、

 

「―――それではギルガメッシュさんの面接を始めたいと思います。あ、いや、冗談です。冗談ですから。ちょっとネタに走っただけだからぁ! そんなガチ睨みしないでよぉ! 英雄王なんでしょ!? 凄い英霊何でしょ!? だったら、こう、もっと王の懐の広さを見せるところなんじゃないですかねぇ!」

 

「王であるからこそ傲慢と自由が聞くのよ、雑種。通常の聖杯戦争であれば貴様の様な凡夫には召喚されてやらんし、召喚されたところで即刻首を刎ねてやろう。王に対する礼儀を弁えん輩を生かしておくだけ我は優しくはないからな。だが召喚されて解る―――面白い、面白いぞ、今の世は。まさに時は終わりを迎えようと直進している。この世界に未来はない。完全な虚無に世界が閉じようとしている―――故に許そう。貴様のその姿、生き様、そして世界の行く末を我に魅せるが良い」

 

『こんな事を言っているから友達がいないのだろうな、こいつは』

 

 アルトリアのその言葉にほう、とアーチャー―――ギルガメッシュが声を漏らし、そう言葉を吐いたアルトリアが霊体化を解いて出現する。それを見たギルガメッシュが軽く驚く様な視線を向け、アルトリアは深い、溜息を吐く様な動作を取る。

 

「すまないなマスター、恐らくこのぼっちが召喚されてしまったのは私の縁だ―――ロリの金髪貧乳な上にツン属性しか愛せない変態だが戦闘力だけならほぼどのサーヴァントとも優位に戦えるだけの変態だ、これから先、長い時間をかけて攻略する事が出来れば間違いなく戦力となるから許してやってくれ」

 

「槍兵貴様―――いや、待て、貴様には”記録”があるぞ―――あの小娘か! ふ、ふははははは―――! なんだその姿は! ついに成長出来ない体に自信がなくなったか? 小さい体を引きずりながら頑張る貴様の姿はそそるものがあったのだがなぁ! それに比べてなんだ、今の姿は。まるで張合いもなければ下品すぎて言葉もないな。男の誘惑の仕方でも覚えたのか?」

 

「ほう、言うな英雄王。その”下品な体”とは貴様自身にも言い返せる事なのだがな。なんだ、性別が変わった事で頭まで悪くなったのか貴様? まぁ、元々少女にしか欲情できず求婚して来るような真正の変態だからな、貴様は。そういう性癖も飲み込んでこそ王とか言うのだろうが、少々頭が悪すぎないか貴様? そんなに頭が悪いから貴様には友達が一人しかいないのだろう、納得の理由だな」

 

 アルトリアとギルガメッシュが笑いながらお互いの顔を確認し、

 

「【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】」

 

【最果てにて輝ける(ロンゴミニアド)槍】」

 

「【神明裁決】」

 

 宝具の真名を呼び、その姿を現した二体のサーヴァントの動きをジャンヌに変態しながら、【神明裁決】で強制的に拘束する。動けなくなったギルガメッシュとアルトリアの姿を見て、頭を抱える。お前らなんでこんなに相性悪いの? 聖晶石全部溶かした結果がこれだと思うと、胃が痛くなってくる。

 

「えーと……とりあえず聞くけど……お二人とも面識が……?」

 

「私もそこのロリコンも元は第四次聖杯戦争で戦い、そして第五次聖杯戦争で戦った対戦相手だ。生前に直接の面識はないが、座に記録される程度にはぶつかった、そういう関係だ。加えて言えばその金ピカは基本的に自分以外の王という生き物を認めはしない。基本的にはな」

 

「当たり前であろう? この我こそが唯一無二の王である故に、我以外は所詮模倣、贋作以外の何物でもないわ」

 

「性格最悪じゃねーかこいつ」

 

「マスター、僕的にはさっさと殺したほうが間違いなくいいと思うんですけど」

 

 何時の間にか【死は明日への希望なり】が発動されており、ギルガメッシュが黒い手に捕まれ、ギロチン台にかけられる前段階が完了していた。【真名裁決】の効果でギルガメッシュが拘束されているのは今だけだ、これが解除されればこの女が自由になってしまう訳だが―――このまま殺してガチャ枠開けるというのは、なんか間違ってはいないか? と思わなくもない。それに、

 

「ギルガメッシュってなんか、そこまで邪悪である様には思えないんだけどなぁ―――」

 

「正気かマスター。このロリコンボッチの慢心王が悪ではないと?」

 

「貴様は相当死にたいようだな」

 

「お前ら喧嘩するの止めろよ! ほんと! マジでそこのドルオタけしかけんぞ!」

 

 視線がアンリ・サンソンへと向けられ、そしてアンリ・サンソンがふ、と小さく笑い声を零す。

 

「―――もしかしてセイバー枠とアーチャー枠とライダー枠にマリーが入ればトリオ・デ・マリーユニット結成なんではないか……?」

 

「……ここは一時休戦しないか英雄王」

 

「流石の我もこれに殺されるのは嫌だな」

 

 最古の英雄でさえドン引きさせる処刑人、お前こそがナンバーワンだ、と心の中で褒めつつ、溜息を吐いて変態を解除し、自分、本来の姿へと戻りながら全員の宝具展開が解除される。先程まではある程度のテンションが、緊張感が空気中にあったのだが、それも完全に霧散してしまった。言い換えれば闘争の雰囲気、そういうものが完全になくなってしまったのだ。もうこの状態からギルガメッシュが戦闘へと引き込む様な事はしない―――と思いたい。

 

「とりあえず確認させてもらうけど―――ギルガメッシュは戦闘に参加する気も戦う気も一切ない、と見ていいか?」

 

「興が乗れば手伝わんでもないが、我自身はそこまで貴様の為に戦う理由はないからな。貴様が我がマスターとして相応しい事に足る理由を見せれば従う事も一考してやろう。だが今の貴様はただの凡夫だ。であるならば格不足も良い所だ。それでも我を従えたいと思うのであれば、数をこなせ。凡夫である事を自覚し、その生きざまを我に示せ。その輝きが星へと届かずとも、我が愛でるに相応しいものであれば―――その時はその時だ。我を喚んだのだ。失望させずに足掻け」

 

 そう言ってギルガメッシュは霊体化、これ以上は語る事はない、と黙り込み、姿すら見せなく放った。だがその存在の気配がすぐそばにある事から、決して去ったという訳ではないというのは解る。結局、戦力にもならないサーヴァントがまた増えた形でこの召喚は終了してしまった。聖晶石を全部パスるのは次回から止めようと思いつつも、

 

「……英雄王って男なんだよな?」

 

「あぁ。やはり今回の聖杯戦争はどこかおかしい。召喚されるサーヴァントにどこか不備があったり、反映される情報が歪んでいたり、不完全だったり……大聖杯が汚染されているということ以上に何かを感じる」

 

『マスターの趣味が体の聖杯内を通して反映されていたりして』

 

『私がこの姿になったのも……』

 

『我がこの性別で召喚されたことも……』

 

『僕の脳内で常にマリーの笑顔とヴィヴ・ラ・フランス! が再生されているのも……』

 

「そこまでにしろよアンリ。ジャンヌも二人を煽る様な事を言うのは止めろよ。マジで止めろよ。」

 

 意外とアルトリアとギルガメッシュ、仲がいいんじゃないかなぁ、なんて事を思いながら溜息を吐く。ギルガメッシュの召喚は間違いなく”失敗”だった。サーヴァントという立場を超越する事の出来る能力、そして実力者である事はそのステータスを確認すれば理解できる。実にめんどくさい。そう思える話だ。しかしそれはそれとして、先に進まなきゃ何もできないのだ。ジャンヌにエールを貰いつつも、

 

 何日も滞在していた新宿の仮拠点に置いてある荷物、集めた物を全て鞄の中に仕舞い込み、そして出立の準備を完了させた。

 

「さて、そろそろ行くか」

 

 次に向かう場所は決めていた。

 

 他にも新宿の様に避難用シェルターの存在するエリア―――秋葉原だ。




 女帝ギル様降臨。やっぱり金髪巨乳は素晴らしい。……ん? サバの金髪巨乳率が高い? そんな馬鹿な……。剣枠にネロちゃまを考えていたなんてことは、そんな事はまさか……? ん……? 金髪巨乳……?

 召喚リストを見直さなきゃ(使命感

 この時点でギル様は仕掛けとか正体とか大体8割方看破しているので怒ってるように見えて、内心かなり楽しんでいます。


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正直な答は、真の友情の印 Ⅱ

「っ、がぁ―――!」

 

 ビル壁を蹴りながら落下して行く。真下には影の様に黒く、そして半透明なサーヴァントの姿がある。何らかの英霊だったのかもしれない。だが【真名看破】も発動しないその影の姿―――シャドウサーヴァントはもはや英霊だった存在、或いは英霊を模して生み出された影。ルーラーとしてのジャンヌの知識が流れ込んでくる。これは英霊以下の存在。スキルはあるが、宝具が存在しない英霊の出来損ない。それでもリソースは少なく生み出せるため、無限に生み出し続けられる兵士達。英霊としての自我も薄い、使い捨ての道具。

 

 哀れだと思うなら殺せ。

 

 落下しながらシャドウサーヴァントの胸を貫き、突き刺さったままの体を振り回し、ビルのかべへと叩きつけ、穂先ごと壁に突き刺し、落下の速度を相手の体を削りながら軽減し、動きが止まったところで横へ壁を蹴り、飛ばし、そして線路の上へと着地しながらビルで削ったシャドウサーヴァントの姿を見る。体の後ろ半分を完全に削り取られた姿が霧散する様に消えて行く。槍を一回振るって横へとステップを取り、振るわれた槍を回避する。

 

『マスター』

 

 ジャンヌの声が次の行動へと導く。回避してから再び回避する様にステップを取り、足元に突き刺さった影の矢を回避する。そのまま影のランサーを一閃で始末し、500m先にいる影のアーチャーを捉え、槍を全力で投擲する。頭に突き刺さって影のアーチャーが死亡し、シャドウサーヴァントの討伐が完了する。手元に槍を戻しつつ、息を吐き、

 

「ふぅ―――なんとか一人でも勝てた、か。いや、一人じゃないけど」

 

『一心同体ですから一人で戦っている様なものですよ、マスター』

 

 周りへと視線を向ければもう敵の様子もなく、そして戦闘に参加する事無く見守っていたサーヴァント達も近寄ってくる。というより自分から戦闘に参加するな、と言ったのだ。何だかんだで自分が可能性だってあるので、ある程度は戦えるように自分を鍛えておく必要がある―――技術的な意味でだ。ギルガメッシュの言葉は厳しいが、正しい―――凡夫は数を重ねる、それのみだ。天才が凡夫の100を1でこなすのであれば、1000をこなせばよいのだ。それだけの話だ。

 

 故に、積極的に自分の力―――というには借り物なのだが、それを使う事を始めていた。未だにジャンヌの体に慣れていないのは本当だ。というか本来の性別でもないのに堂々としているギルガメッシュの方が遥かにおかしいというか凄いのだが、ともあれ、こんな状態でも戦える様にならなきゃいけないのは確かだ。アステリオスの宝具の様に迷宮を生み出され、分断される時が来るかもしれないのだ。

 

 色々考えた結果、道中の戦闘はなるべく自分で処理するべきだと判断し、実行している。だから襲撃して来るシャドウサーヴァントを一人で迎撃している。アンリ・サンソンは戦闘に関しては全くあてにならないが、それでもアルトリアは一流の武芸者である為、戦闘中にどうこう動けば良い事を指示するジャンヌよりも、もっと明確に戦いの後で修正点を伝えてくれる。

 

『―――まぁ、私は元々後方で指揮を上げ、全体の生存率を上げる事が役割でしたからね。オルレアン奪還の聖女なんて言われていますが、前線で戦う事はそんなに多くはなかったんです。ですから動き方は解っても、細かい技術的な部分に関してはアルトリアさんに聞いた方が遥かに良いでしょうね』

 

 ―――というのが、ジャンヌの言葉だ。実際、アルトリアは凄まじく強いし、口出しして来る事は厳しい。そして、そのおかげで僅かにだが成長は感じている。それでも、ギルガメッシュの言った通り、自分が凡夫である事実は変わらない。だからこそ数をこなす。数をこなす事でしか追いつけないのだから、無茶してでも数をこなさなくてはならない。それで倒れてしまったらサーヴァント達にいい感じに任せればよい。

 

 なにせ、数をこなせと煽って来たのはギルガメッシュだ。

 

 従えられないのが自分の技量不足だというのなら、それを認めさせるのが男という生き物だ。

 

「ふぅ―――うっし、休憩完了。先へ進もう」

 

 再び線路の上を歩き始める。新宿から秋葉原へと続く一本道を歩く。昔は電車が通っていたこの道も、今ではそんな様子もない、ただの廃線だ。荒廃して行く文明の姿は見ていて悲しいものがあったが、それでもこうやって、堂々と線路の上を歩けるのは心の踊る体験だった―――少々破壊してしまったばかりなのだが。それでも、昔は良く電車に乗って進んでいたこの線路を歩いて進む事になるとは一切思いもしなかった。世の中、本当にどうなるか解ったもんじゃない。

 

 そんな事を思いつつ、変態を解かないまま、歩く。

 

 ―――この体にはまだまだ違和感が付きまとう。

 

 まず第一に女の体で生理現象が発生する。月のものは幸い、存在しないのだが、それでもお腹が空いたり、トイレに行きたくなったり、そしてムラムラ来るのもある―――というかキアラと出会って以来、我慢していたのを思い出してしまって、割と辛い所はある。いい加減、何処かで一発抜いておきたい気持ちはある。ただこれ、現状何をしようとも、というかナニをしようともジャンヌに常時みられている羞恥プレイに繋がると、なんというか萎える。そのおかげで我慢できるているとも言うのだが。

 

 まぁ、色々と下世話な話もあるが、それ以外にも色々とあるのだ。体を鍛えれば更に困惑し始めるのは”重心”の問題だ。アルトリアも今の肉体で召喚された時は本来の小娘の肉体との差異、つまりは体格の違い等に一瞬で意識を切り替えて慣らしたらしいが、凡夫にはそんな事は出来ない。まだジャンヌの力を”振るっている”間であれば、力任せに攻撃するだけで良かったが、アルトリアに戦い方を教わり、技術としての形を望み始めると、それに体がついてこなくなってくる。

 

 たとえば男には股間に例のアレがあり、女の胸がない。女はその逆だ。それだけじゃなく、体のつくりも細かく変わってくる。何度も変態しているから激痛を覚える箇所を覚えてしまった。下半身が切り裂けていく感覚、骨の密度が薄れたり強まったりする感覚、体の変わって行く感覚を通して、自分の体内の構造まで変わるのは解る。詰まる話、足を前に出すという動作だけでも、大きく変わって来るのだ、体重の乗せ方、呼吸の仕方、体の動かし方などが。

 

 180cmあった身長が159cmに、体重が半分近く減っているんだからそりゃあそうなる。

 

 ジャンヌの体は自分の体と比べると小さく、そして遥かに軽い。

 

 ジャンヌの体で覚えた事を自分の体でやれば失敗するし、自分の体と同じ動かし方でジャンヌの体を動かそうとすれば、そのまま足を滑らせて三メートルぐらい吹っ飛びながら転ぶ。改めて本気で体を鍛える事の難しさを覚えた。何年、何十年とかけて武芸者たちは強くなって行く。その難しさを情報としてではなく、漸く感じられる形として認識し始めた、そんな気がする。そして、英雄王の言葉はまさに真理を突いているとまた、認識させられる。

 

 凡夫であれば数をこなせ。

 

 それ以外に進む方法がないのだから。

 

 だからジャンヌの姿のまま、服装もジャンヌの軍服姿で、道中を往く時間は増えていた。ある意味本気で戦う事を考え始めた、と言ってもいいかもしれない。最初は確かに体の変化に対して困惑したり、違和感があったり、恥ずかしさがあった―――いや、今でも違和感や恥ずかしさはある。自分以外の体だし、神聖な領域を犯している様な気分さえあるからだ。だけどそれとは別に、考え始める事もある。それはシンプルに、

 

 ”理不尽”だ。

 

 ―――新宿シェルターのバイオハザード。

 

 ショックがなかった、と言えば完全な嘘になる。吐いたし、夢に見たし、忘れる事が出来ない。死体だったとしても人間を殺すのは初めてだったし、内臓がはじけ飛ぶ光景なんてあれが初めてであり、最期であると願った。終わった直後は現実感がないから大丈夫だった。だが次の日からは冷静になって、そして思い出してしまい、軽く鬱になりかけた。ジャンヌ達がいつもの調子でネタを振ってくれなきゃそれこそ気が変になりそうだった。

 

 テンプレ的な覚醒イベントがあるわけではないが―――それでも世紀末の世、聖杯戦争等という意味不明な魔術師のイベント、サーヴァントやシャドウサーヴァントの襲撃があるのを考えたら、少しでも理不尽に対する対抗策は保有しておいた方がいいのではないか、という考えだ。もう一つ言えば、何かに没頭すればそれだけ、嫌な考えを頭から振り払う事もできる、と言う事もある。

 

 そういう事でジャンヌの姿を借りる時間は増えて、そしてジャンヌはつまらなそうに拗ねる回数が増えた。ジャンヌとしては嫌がる姿を見て楽しむのが良かったらしく、素直に変態するのを見ていると、つまらないらしい―――お前本当に聖女か、なんて事を思いつつ、

 

 線路の上を歩き―――そして確認する。視線の先、まだ遠いが、見えてきた。

 

「―――神のおっさんは言った、光あれ……!」

 

『それ、流石に不敬ですって!』

 

 即座に怒り始めるジャンヌは対照的に、若干ツボってのか後ろの方でギルガメッシュが笑っているのが聞こえた。他の皆は笑っていないのに―――笑いのツボ、というか沸点がおかしいのだろうか。ともあれ、

 

 線路を進んだ先、暗くなり始めた時間帯、夕陽の向こう側に夕闇が見える今、

 

 ―――電灯が街を明るく照らしているのが見える。

 

 文明が生きているという事の証明だった。

 

「秋葉原は生きてる―――」

 

 それは新宿でスカベンジしている時に偶然見つけたメモ帳に書かれていた内容だ。”秋葉原は生きており、頑張っている”という言葉だったが、そこについてくる内容で理解した。秋葉原は新宿がシェルターに引きこもったのとは違い、外へと出て、復興を始めたのだろう。街としての機能を取り戻し始めているのだ。その姿を見て、純粋に凄いと思う。

 

「アキバかぁ……感覚としては少し前に行ったばっかりなんだよなぁ」

 

『聖地秋葉原でしたっけ……僕のマリーに対する信仰を磨くためにはピッタリの地ですね』

 

『オタ芸を覚えるか……グッズを作成し始めるか……最近、こいつの奇行を観察するのがいい暇つぶしになって来た。偶にトリップし始める時の間抜け面は笑えるぐらい面白いぞ。その間ずっとマリーと呟いている姿にはドンビキするキモさを覚えるが』

 

『貴様はそれでいいのか』

 

『暇潰しにはなる』

 

 英雄王と騎士王の会話内容がドルオタのキモさについて。

 

 あまりにも内容がなさすぎて歴史家が知れば自殺しそうな内容だった。

 

 小さく笑いながら段々と近づいてくる秋葉原の存在に、近づく前にジャンヌが待って、と声をかける。

 

『そろそろ生活圏に入るので、その前にマスター、元に戻るかどうにかした方がいいですよ―――あ、勿論ここにジャンヌちゃんの考えた着てみたかった私服というものがあるので、それに着替えてもいいんですけどね』

 

 あ、この聖女、リアクション待ちしているな。だがそうはいかない。

 

「んじゃジャンヌのおすすめの服装とやらに着替えようじゃないか」

 

『あ、その言葉を待っていました』

 

 ―――ん?

 

『可愛そうに見えてくるほど阿呆な雑種だな……』

 

 ギルガメッシュの声が響いてくる。あれ? と思いながらもジャンヌからは楽しそうな気配と、そして服装のイメージが送られてくる。これ、はめられたな、と気づいたころには撤回するのも恥ずかしく、そのまま実行してしまう事にする。どうせ街中に入っても、人が見てないところでパパッと元に戻ればいいのだ、そんなに深刻に考える必要はない。そう思ってさっさと服装を変える。

 

 此方はノースリーブの白いトップにネクタイとミニスカート、とかなり動きやすい格好になっている。そこまで奇抜な格好じゃなかったことにほっとしつつ、いい加減この性悪聖女を体から引きはがす方法ないのか、真剣に悩み始める頃じゃないかと思い始める。

 

『マスターもまだまだですね。もう少し話術とかにも気を使う必要がありますよ。そこらへん、私と少しずつ鍛えていきましょう、アルトリアさんは若干脳筋気質ですし』

 

『待てジャンヌ。断言するがブリテンを治めていたこの私が脳筋であるのは間違いなくありえない』

 

『だが貴様滅ぼしただろう』

 

『求婚した挙句カウンターでカリバー喰らって即昇天した英雄には何も言われたくないな』

 

『貴様ぁ!』

 

『君達本当は仲が良い様に見えてきたんですけど』

 

 サーヴァント達の会話にド、と疲れながら溜息を吐き、そして魔力を高めている二人から視線を外し、秋葉原へと向かって歩き続けようとした瞬間、

 

『―――来るな』

 

 アルトリアの声と同時に【啓示】に何かが接近する感覚を得る。それに反応するように握っていた槍を構え、そして正面へと向ける。その光景の中へと、

 

 素早く、蒼い一閃が大地を抉るように着地する。

 

「おぉっと、悪いな、ここから先は簡単に通す事は出来ないぜ―――」

 

 両足で立ち、青いタイツの様な服装を取る男が赤い槍を構え、そして道を閉ざす様に立ちふさがる。

 

「―――特にサーヴァントなんかはな。答えて貰うぜ魔術師、職務質問の時間だ」

 

 蒼い槍兵―――ランサーのサーヴァントが、まるで秋葉原の街を守るかのように立ちふさがっていた。




 一目でわかるラニキ。

 TSってタグをつけているのに、TS要素が変身だけじゃないか。これだけでは詐欺である。そう考えた結果、この章ではどうやらTS縛りになりそうな事に。全てジャンヌって金髪巨乳が悪いんだ。

 復興と趣味の街、秋葉原へ。

 馬鹿と馬鹿な連中の集いの街とも言う。


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正直な答は、真の友情の印 Ⅲ

 ―――【真名看破】が発動する。

 

 それによって確認する男の名は―――クー・フーリン。有名な魔槍ゲイボルクの使い手であり、ケルト神話の戦士の一人。影の国の女王スカサハの弟子であり、フェルグスの親友であり、そしてケルト神話における最強の戦士。自分でさえ知っている様なビッグネーム、アーサー王に匹敵する超有名人であり、間違いなく大英霊だ。それが真紅の魔槍ゲイボルクを構え、此方を睨んでいる。既に魔術師である事は完全にバレているのだろう。そしてサーヴァントがいる事もバレているのだろう。

 

 ―――【真名看破】を通してクー・フーリンの宝具データを取得する。

 

 ……あ、これあかんやつや。

 

 瞬間的に絶対に殺されると悟り、両手を上げる。幸い、この体はジャンヌのものだ。多少の無茶をしても付いてくるだろう。ただダメージを喰らえば俺も等しくダメージを受ける。だとしたらやる事は簡単だ。両手を上げ、ホールドアップの状態槍を―――聖旗を振るう。聖旗は白いので、丁度白旗を上げている様な風に見える。

 

「はーい、降参しまーす、戦う意思はありませーん、旅人でーす、暴力はんたーい。ほら、白旗上げてるし許そうぜ!」

 

「……」

 

 真剣な表情でランサー・クー・フーリンは此方へと視線を向け、睨み、そして溜息を吐きながら槍を回しながら構えを解く。

 

「戦意がねぇってのは確かだな。……ま、まだ警戒中って所だが問題ねぇだろ。やらかす様な女にも見えねぇしな。とりあえずお前もマスターだよな? ”そういう”気配があるしよ」

 

 クー・フーリンの視線は此方の左腕、令呪が刻まれている腕と、そして背後の気配―――つまりはアルトリア、ギルガメッシュ、そしてアンリ・サンソンへと向けられている。彼の言葉は正しいので、それを証明する様に頷き、そして聖旗を一時的に消す。それを見ていたクー・フーリンがそっか、と呟きながら槍を肩に担ぎ、そして服装を青タイツの衣装からアロハシャツへと変化させる。警戒中とは言ったが、完全に戦闘態勢を体除したようにしか見えない。

 

「いいのか?」

 

「あん? 良いんだよ。俺の勘が嬢ちゃんは悪くはないつってるしな。後ろの御同輩からも特に殺気や敵意も感じねぇしな。っつーことは興味がねぇか、特に何もないって事なんだろ。というわけで、マスターに紹介せにゃあならん。ついてきてもらうぜ」

 

「ういっす」

 

 断る理由が存在しないし、自分以外のマスターが存在するらしいのだ―――だとしたら会っておいて損はないと思う。

 

『ふむ、ランサーか……』

 

『何かと縁のある相手ばかりだな』

 

 アルトリアの言葉はまるでクー・フーリンの事を知っているかの様な反応だ。クー・フーリンに見えない様に軽く首をかしげると、アルトリアが口に言葉を浮かべる。

 

『私とギルガメッシュが第四次、そして第五次で戦ったサーヴァントである事は知っているな? 其方に召喚される前に召喚されていた私はセイバーのクラスとして現界し、そしてランサーのクラスで現れたクー・フーリンと戦いを繰り広げもした。故に記憶ではなく座の記録だが、”懐かしい”という感覚がある……寧ろ貴様の方がそこらへんの気持ちはつよいのではないか、ロリボッチ』

 

『貴様、今罵るのが面倒になって言葉を繋げたなぁ! ……まぁいい。狗とはそこまで交流があったわけではない。特に興味は湧かん』

 

 割とドライ、というか聖杯戦争自体に興味を持っていない、と言った方が正しいのかもしれない。力を持ちすぎた結果、とも言えるが。ともあれ、とりあえずはクー・フーリンの後ろについて歩き、秋葉原の街へと近づいて行く。どうやら魔術的な結界があるらしく、近くにはシャドウサーヴァントや落とし子の気配が一切存在しない。或いは近づいて来るのは全てクー・フーリンが始末してしまっているのかもしれない。それを余裕で行えるだけの能力がこの槍兵には存在している。それでも戦車がないと本気でも何でもないらしいが。

 

 と、そう言えば、

 

「サーヴァント……でいいんだよな?」

 

『マスター、折角姿が可愛いんですから、もっと可愛らしく話しかけましょう』

 

「ん? あぁ、俺はサーヴァントだよ、ランサーのな。こう見えても割と有名な英霊だから、たぶん真名を知れば嬢ちゃんでもビビるんじゃねぇか? まぁ、そういう話がしたい訳じゃねぇんだろうけどな。あんまし腹芸とかは考えなくていいぞ、俺もマスターの奴もそういうのは得意じゃねぇから、というか好きじゃねぇから、好きに言え」

 

「じゃあ俺は結構記憶喪失な感じでアレ、サーヴァントとか割とノリで召喚したんだけど普通にサーヴァントって召喚できるもんなの?」

 

「……悪ぃ、もう一回頼むわ」

 

「記憶喪失で記憶があいまいになっていてわかんないけどサーヴァントって召喚できるもんなの? 割とノリで召喚できるから召喚しちゃったけど」

 

 頭が痛ぇ、と呟きながらクー・フーリンが頭を抱え、それを見て後ろでサーヴァント三人が笑っている。やっぱりお前ら結構仲が良いだろう、こういう時だけ団結しなくてもいいだろ! なんて事を心の中で思いつつ、クー・フーリンの後ろをついて行く。

 

「あー……記憶喪失って話だが、ぶっちゃけ規模はどれぐらいだ」

 

「なんでこんなに荒れてるの? ってレベルで」

 

「よっしゃ、俺の手には負えないな。マスターん所で全部説明すっからそこまで待っていてくれ。その方が落ち着いて話もできるだろ、お互いにな」

 

『悪い人じゃないみたいですね』

 

 そうだな、とジャンヌの言葉に答えつつ、線路を上を歩いて進む。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――秋葉原に到着する頃には完全に暗くなっていた。それでも秋葉原は生きている街だった。激安のチェーン店、コンピューターのパーツを売っている店、コンビニ、レストラン、そういう店舗に光が通っており、夜の街なのに明るく周囲を照らしていた。全ての店がそうなっている訳ではない。だが事実として、この秋葉原の街は明るく照らされていた。それは新宿とはかけ離れた光景であり、廃墟の中から再生して行く街を眺める様な、そんな光景だった。正直に言えば、嬉しいものがある。見慣れた光景が孵った来たのだから、当たり前と言ってしまえば当たり前なのだろうが、それでも安心できる風景は良い。

 

 街に入る頃にはクー・フーリンも担いでいた槍を消しているが、最低限の警戒を行っているのは見えている為、特に何かのアクションを見せる事もなく、そのまま案内される様に秋葉原の街の中へと進み、そして光の付いているビルへと連れてこられる。正面、自動扉を抜けて何かに入ると、

 

「おーい、バゼット。戻ってきたぞ。いねぇのか」

 

 クー・フーリンがマスターらしき人物の名を呼ぶと、階段から人の降りてくる気配がする。その方向へと視線を向ければ、スーツ姿の赤髪の女が降りてくるのが見える。彼女は此方へと視線を向けてから、アロハシャツ姿のクー・フーリンへと視線を向ける。

 

「お疲れ様ですランサー、後ろのが―――」

 

「魔術師そしてマスターだ。ってまぁ、大体念話で伝えてあると思うがな」

 

「えぇ、承知しています。えーと、それでは―――」

 

「涯、天白涯だ」

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツです。バゼットとお呼びください。それでは色々と混乱がある様なので、話をしましょうか。お互いに把握しておきたい事もあるでしょうし。ランサー、再び警戒をお願いします」

 

 バゼットがそう言うとクー・フーリンが溜息を吐く。

 

「そうそう誰かが来る事はねぇよ……って言いたいが、嬢ちゃんが来たばかりだしんな事も言ってられねぇか」

 

 クー・フーリンが霊体化して姿を消すと、バゼットが奥へと案内してくれる。そこにあるのは応接室の様なもので、テーブルを囲む様に二つのソファが置いてある。そう言えば今日一日歩きっぱなし、戦いっぱなしだったな、なんて事を思いながらソファに座ると、対面側にバゼットが座る。

 

「とりあえずまずは幾つか質問をさせていただきます。ランサーは害がないと判断している様ですが、魔術師であり、マスターである以上は色々とついて回る疑いもあるので―――では所属とここに来た目的をお願いします」

 

「記憶がないので所属も何もわからないし、新宿シェルターが潰れたからこっちに来たんだよ」

 

「……嘘は言ってない様ですね」

 

『魔術ではなく所作や反応から来る確認ですね』

 

 凄い事が出来るんだなぁ、なんて事を思いつつ、

 

「新宿シェルターが潰れたとは、一体どういうことか答えていただけますか」

 

「えーと……寝ている間に何があったか良く解らないんだけど、気付いたら全裸の男と女がゾンビ化みたいな状態になっていたんだよ。殺生院キアラって奴が直前まで関わっていたってのはなんか話の流れで分かったんだけど―――」

 

「―――”魔性菩薩”ですか、成程。彼女であれば関わっただけで破滅させるでしょう寧ろ良く生き残れた、と労うべきでしょうね」

 

 キアラってそんなに酷かったのかよ。やっぱりクソだな、アイツ。そんな事を重い、他にもバゼットが投げかけてくる質問を一つ一つ答えて行く。どこから来たのか、目的は、何を持っているのか、深いプライバシーやサーヴァントに関する情報には一切触れないが、それでも危険がないかどうか、そう言う事を確認する様な質問を一通り行ったところで、バゼットがお疲れ様でした、と言って来る。

 

「一応私の基準で危険がない事を確認しました。暴れないのであればこの街にいる間は普通に滞在する事が出来ますが―――あまりサーヴァントを人前に出す様な事は控えてください。シャドウサーヴァントや汚染英霊と我々のサーヴァントとの違いは分かりますが、それでも被害を受け、過敏に反応する人も多くいます。ですので、そこらへんを意識してくれると助かります」

 

 と、そこでそうでしたね、とバゼットが呟く。

 

「記憶がないから状況が上手く掴めないでしょう、魔術師的な観点から説明させてもらいます。おそらく貴女の協力を得るには説明する方が早いでしょうから」

 

「……はぁ」

 

 後ろへと振り返り、サーヴァント達の視線を確認する―――一人足りない様な気がする。

 

『サーヴァント・ドルオタならグッズショップへ”参考用に確認してきます”と消えて行ったぞ』

 

 止めろよ。というかアサシンじゃなくてドルオタのサーヴァントになってるぞソイツ。

 

 頭が痛くなるのを感じつつも、視線をバゼットへと向けて、

 

「頼む」

 

「ではまず基本的な話から始めさせてもらいます―――まず第一に話を始めるのであれば、聖杯戦争というシステムについて話をしなくてはいけません。聖杯戦争では”小聖杯”と呼ばれる聖杯と、”大聖杯”と呼ばれる二種の聖杯が存在し、冬木市で行われてきた聖杯戦争はこの”大聖杯”が存在する限りは霊脈から魔力を吸い上げ、時間をかけて再度開催される様なシステムになっています。数年前にこれを見つけた第五次聖杯戦争の生存者である遠坂凛、第四次聖杯戦争の生存者であるロード・エルメロイ二世が共同でこの解体に当たりました」

 

 大聖杯の解体が完了すれば聖杯戦争が終了する。

 

「―――ですが二人は聖杯の解体に失敗し、その後の消息を絶ちました。そして、アンリ・マユが間桐桜の体を通し、デミサーヴァントという形で顕現しました。これがこれから起きる地獄の全ての始まりです。アンリ・マユはその生まれた理由を果たそうとする。聖杯というものが悪意的な解釈を行って絶望を撒き散らそうとする」

 

「……その結果が、今、か」

 

「えぇ。アンリ・マユは子とも呼べる怪物を生み、そして取り込んでいる聖杯を通してサーヴァントのコピーを生み出し、破壊します。サーヴァントに対抗できるのはサーヴァントのみ、聖杯の英霊召喚の術式を流用し、改変する事でランサーの様に英霊を召喚する事を可能とはしましたが、聖杯を通して召喚している訳ではないので、やはり全体的な能力が落ちています。ですが、おかげでこうやって防衛するだけの戦力も捻り出せました」

 

「……これだけ聞いていればなんか、スーパーサーヴァント大戦でも初めてまだ押し込めそうな気配がするんだけど」

 

「えぇ、冬木一か所だけならぶっちゃけた話、本気でやれば地図から消せばいいのですから、問題ないでしょう」

 

 だが、

 

「―――今、この世には七つの聖杯が散らばっており、それらが原因世界全体が襲われている様な状況になっています」

 

 バゼットの語った事のスケールに、驚き、口が閉じない。

 

「一つ目の聖杯は冬木市、これはアンリ・マユに汚染されており、霊脈を通して日本を殺しています。二つ目の聖杯はイギリス、ロンドンにあります。これもまた汚染された聖杯であり、円卓の騎士と騎士王が”全員汚染されて現界”されており、フランスに存在する聖杯とその持ち主、”竜の魔女”ジャンヌと戦争を繰り広げています。ローマではロムルスを筆頭として歴代の皇帝や将軍、支配者たちが蘇り、ローマを中心に侵略戦争とローマ時代への回帰が行われています」

 

 えーと、他には何がありましたっけ、と言いながら思い出そうとするバゼットの姿を見て、

 

「まだあるのかよこれ……」

 

「えぇ、悲しい話ですがこのような状況が世界各地、七カ所で同時に行われており、それを中心に地球が悲鳴を上げています。本来であればアラヤか何かが出現しても良さそうなのですが、七つの聖杯が稼働しているせいか、いかなる次元の干渉も跳ね除けているようでして」

 

「もう嫌だこの世界」

 

 バゼットから聞かされた今の世界の事情に、軽く希望が見いだせない。

 

 世紀末とか言うレベルじゃない。

 

 地球、滅亡チョン避けだった。




 バゼットとラニキによる今の世界情勢

・日本:冬木を中心にアンリ・マユで汚染されてる
・イギリス:円卓全員黒化してフランスと戦争中
・フランス:黒ジャンヌがイギリスを皆殺しにしようと戦争中
・ローマ:皇帝たちによってローマ時代へと回帰が実行中

 どうしてこんな事になった!! 頭を空っぽにして読めるTSモノじゃなかったのか! FGOっぽさを入れるなら聖杯回収だよな! カルデアないならレイシフト無理だよな!

 じゃあ聖杯全部同一時間軸で暴れさせればいいよな

 そうやって世界規模の聖杯戦争が始まった。

 きっとバゼットさんが今の時代の魔術や認識、神秘に関するお話をしてくれるに違いない


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正直な答は、真の友情の印 Ⅳ

「―――デミサーヴァントの体に内臓された聖杯、ですか」

 

 バゼットは話した感じ、信用できそうな人間だった。というかこれで信用できないならもう誰も信用できない、というレベルだった。だから、此方が知っている事をある程度バゼットに言う事にした。この体はデミサーヴァントである事、ジャンヌのステータスと宝具が使える事―――体自体に聖杯が埋め込まれているらしく、そのおかげで複数のサーヴァントを召喚できるという事に関して。勿論サーヴァントは見せない。流石にそこまで情報を与えたくはない。

 

 バゼットは気持ちを分かってくれたのか追求してこなかったが、

 

「―――聖杯が体内にあるという事を吹聴して回らない方がいいでしょう。おそらくその手の輩であれば殺してでも研究しようとするはずです。特に今の様な法の聞かない時であれば、間違いなくそうでしょう」

 

「うす」

 

 それに頷くと、バゼットは少し考える様な仕草を見せ、

 

「……しかし聖杯の内臓ですか。私が知っている限りそんな事をやりそうなのはアインツベルン、再現できそうなアトラス院―――あとはカルデアぐらいでしょうか」

 

「カルデア?」

 

 聞いたことのない組織の名前だ。時計塔とアトラス院ならまだ聞いたことがある、というかサーヴァントから教えてもらった。しかしカルデアという名前は―――何故か……頭の中に引っ掛かりを覚える、新しい名称だった。何か、何か聞いたことがあるか、知っていたのか、どちらにせよ、気になる名前には違いない。バゼットへと視線を向け、話の先を促す。

 

「カルデアは”人類の救済”を目的とした機関であり、”魔術と科学の融合”を掲げた組織でもありました。正直、異端であり、そして嫌われている組織でもありました。魔術と科学の融合なんて邪道も良い所ですからね。”霊子ハッキング”なんて技術を開発したりしていましたが、その目的は未来を観測し、破滅を回避する事だったとか……ここはアトラス院に似ている様な気もしますが、彼方とは違ってカルデアの方は問題らしい問題を起こす事はなかったので、その存在に比べて知名度は低かったのですよ」

 

「カルデアかー……」

 

「まぁ、知っているのはそれぐらいです。数年前に裏切り者が出て”参加者全員死亡”って話は聞きましたから、それっきりですが、あそこなら聖杯と人間の融合ぐらいはやるでしょうね、研究の一つにデミサーヴァントの召喚と安定化がありましたし」

 

「バゼットって物知りだな」

 

 そうですね、とバゼトが呟く。

 

「職業柄、色々と噂話を集めたりする必要がありますからね。とりあえず今日はここまでにして、涯は休んだ方がいいでしょう。このビルには宿泊用の部屋がありますから、そこを利用してください……あ、いや、案内しますね」

 

「宜しく頼むわ」

 

「こっちです」

 

 バゼットに案内される様に部屋を出て階段を上がる―――エレベーターを動かすだけの電力はさすがに存在しないらしい。彼女の後ろを追いかけて三階まで上がり、一つの扉の前に止まると、それを開ける。中に広がっているのは安いホテルの一室の様な部屋であり、

 

「鍵はそこに置いてありますし、そこに風呂場とトイレがあります」

 

「水が出るの!?」

 

 バゼットの言葉に驚く。まさか水道が通っているなんて、と驚くが、

 

「正確に言いますと魔術を使って水を浄化しているので、ある程度水が使えます。使用の限度があるので垂れ流しでは使用できませんので、予め”洗濯の分”と”トイレを流す水”を別にバケツで分けるかどうかして確保しておいてください。少々面倒かもしれませんが、そうやって必要な分の水さえちゃんととっておけば、シャワーを浴びる事だって出来ます。タオルとかはさすがに置いてないので」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

 部屋の意外な設備に思わず敬語になってしまうのもしょうがないと思う。バゼットに部屋の事を感謝しつつ、部屋の中に入って鍵を閉め、持ってきた荷物を放り投げて奥へと進む。シンプルな構造の部屋であり、ベッドが一つ、テーブルとソファが一つずつ、トイレと風呂場が一緒になっているタイプの、シンプルな部屋だ。安いホテルと言ってしまえばそうなのだが―――今の環境、これはありえない程に豪華だとも言える。

 

 まともなベッドなんて数週間ぶりとも言える。

 

「いやっほーう!」

 

『あぁ、マスター! あ、でもこれも気持ちが良いですね……また干し草の中で眠りたいものです……』

 

 ダイブする様にベッドに飛び込み、そのまま体を沈める。気持ちが良い。ベッドで眠れるという事がここまで幸福な事だったなんて、思いもしなかった。溜息を吐きながら振り返る。ベッドの足元には姿を現したアルトリアの姿があり、腕を組みながら困ったような様子を浮かべている。そういえばイギリスは今、フランスと戦争をしている真っ最中らしい。しかもそれを率先して行っているのが円卓の騎士達だというのだから、もうどうにもならない。

 

「ってギルガメッシュもいねぇ」

 

「奴なら暇だからと歩きに出た。其方の都合も、奴にとっては些事なのだろう。後私の事に関して心配する必要はないぞマスター。今の私は王でも騎士でもなく、其方の従者でしかない。過去の縁等を気にする必要はない。いいか、マスター―――どんな問題を抱え、どんな救いを得ようとも、我々サーヴァントは既に終焉してしまった存在だ。もうどうにもならん。事実は変わらん。だから今更悩む事はないから安心しろ」

 

 ただ、とアルトリアは付け加える。

 

「少々ブリテンへと行くのが楽しみになったな。モードレッドの頭を撫で、ランスロットの顔面にマウントパンチを叩き込める機会が来たのだ、それなりに喜びもあるというものだ。……まぁ、ケイやベディヴィエールに謝るぐらいはするかもしれんな。現実を見ようとしない愚かな小娘が迷惑をかけた、とな」

 

「アルトリア……」

 

 アルトリアは完全にそこらへんを割り切っており、そして過去は過去、今は今、と理解しているのだ。聖杯でなんでも願いを叶える事が出来るならば―――それは過去の過ちを修正する事も出来るだろう。だとすれば、

 

「なんでアルトリアは召喚されてくれたんだ? どんな夢を聖杯に託したんだ?」

 

 その言葉にアルトリアが言葉を止め、そしてベッドの上へと座る。その恰好は鎧姿ではなく、私服姿だ。そんなアルトリアの姿にあわせて、横に並ぶように座ろうかと思う。元の姿に戻ろうかと思ったが―――正直面倒だった。思ったよりも疲れているらしく、このまま変態すれば気絶してしまうのではないか、というぐらいだった。だから変態する事は諦め、ベッドから起き上がり、体を引きずるように滑らせ、そしてベッドの端、アルトリアの横へと座る。地味にスカートがめくれ上がっているのでそれを片手で直しつつ、横のアルトリアへと視線を向ける。

 

 どこか、困った様子を浮かべている。

 

「そうだな……元々は……私は聖杯を欲していた。この私ではない。聖剣の呪いで成長しなくなった私は祖国の救済を願った。だがきっと、平行世界だったのかもしれない。或いは第四次か、第五次の私だったかもしれない。答えを得てしまったのだ―――万能の救済を得たところで本当に救済したかったものはもう、そこにはないのだ。救済によって洗い流されてしまったものこそが、救いたかった未来なのだ。……なんともくだらなく、そして儚いものか、救済とは」

 

「それ、俺なんかに話しても良かったのか?」

 

 そうだな、とアルトリアは言葉を探し、数秒間黙る。

 

「……マスター、私の今の願いは―――ない。ないのだよ。其方の体に宿る聖女程清らかではない。其方の相棒はたとえ善であれ、悪であれ、どんな絶望的で希望の見えない道を進もうと、それでも慈愛を持って接し、そして最後まで地獄へと同道してくれる、正真正銘の聖人だ。とてもだが私にそんな真似は出来ない」

 

『……』

 

 アルトリアの言葉に、ジャンヌは反応を見せない。聖女―――聖人―――心の清らかさ、ジャンヌのそれは俺の想像を超える領域にあった、という事なのだろうか。

 

「果たして正しい願いとは何であろうな? 其方はどう思う? 六組殺して手に入れる聖杯に価値があるのか? 私はそれが解らなくなってしまった。願ったように、契約したように英霊として聖杯戦争に参戦し、戦い抜き、そして願いを否定された。意味がないと。前も後ろも解らない、今はまだひな鳥でしかない、そんな其方にだからこそ聞いてもらいたいのだ。いや、見て貰いたいのかもしれないな」

 

「アルトリアを?」

 

 アルトリアがその言葉に視線を返し、小さく笑みを浮かべる。

 

「あぁ、どうやら、体は大きくなっていても、心は予想以上に少女のままだったらしい。鎧を着こめば体は守れる。解釈が変われば姿形さえも変わってくる。だけど、心だけはそのままだ。少女の姿をしている私も、そして今、ここにいる私も、ただ座にある記録を受けて、記憶を受け、そして向いている方向性が違うだけで―――全く同一人物、同じ心を抱く者なのだ。だからこの心だけは、どうしようもなく弱いままだ」

 

 そう言って、アルトリアはベッドに背中を倒す。そうやって目を閉じ、無言になるアルトリアを見て―――思う。やっぱり、彼女たちは英霊ではあるが、人間なんだと。生きようと、戦おうと、必死で周りを全く見ていなかった。だけで武術を教えてくれたり、戦ったり、偵察したり、守ってくれたり、そうしている間でもアルトリアは、アルトリア達は俺と同じように悩みを抱え、考え、そして結論を出そうと頑張っていたのだ。何度もアルトリアが言っているではないか。

 

 王でもなければ騎士でもない。

 

 ただの従者だ。

 

「―――あぁ、言い訳できないんだ」

 

「……そうだな、私には言い訳する事が出来ない。セイバーであれば騎士王として、呪われたセイバーであれば暴君として、そうやって言い訳する事もできただろうに。ここにいるアルトリアは、そういう立場もない、ただの従者なのだ。王ではないから相応しい誇りを、そして将来や民の事を考える必要はない。騎士ではないからその義務を、心得に縛られる事もない」

 

 ベッドに倒れたまま、アルトリアが天井へと手を伸ばす。

 

「寂しいものだな、マスター。残酷なものだ。本来の聖杯戦争はもっと短い。一週間もあれば終わってしまう。その間は毎日激闘の続きで……戦って……考えて……必死になって……あぁ、そうすれば悩む必要もなかっただろう。一番最初に抱いた願いを聖杯にくべると、胸を張って言えたのだろうな。だがこうやって時間を与えられるとどうしようもないな」

 

「……」

 

 アルトリアの言葉に茶々を入れる事も、言葉を挟む事もできず、そのまま黙って彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「体は呪いによって成長する事はなかった。常に少女の姿のまま、それを一切悟られぬように隠しながら男として振る舞い、二十数年の時を王として生きた。私があのカムランの丘で討たれるまで、三十数年の時を生きたのだ。毎年、成長して行く皆を眺め、少しずつ力をつけて行く自分の姿を眺め、成長をしていた、そう思っていた」

 

 だけど、

 

「体が成長せず―――きっと、心も成長しなかったのだ。ずっと、少女の心のまま王として振る舞っていた。だから歪で当たり前だ。マーリンは……それが解っていたのかもしれない。私はあの剣を抜くべきではなかった。今更気づいて後悔してもどうにもならない事だがな」

 

 そこまで言った所で、小さくアルトリアが噴き出す。

 

「がらにもなく語ってしまったな。すまない、どうやら其方の心の弱い部分まで似てしまったようだ。これは全体的に私を召喚したマスターの責任だな」

 

「おい、アルトリア」

 

「だから―――」

 

 と、アルトリアが此方へと倒れたまま、振り向く。

 

「少しだけ……少しだけ、抱きしめてもいいですか、今、騎士でも王でもない私が守っているものは民でも国でもなく貴方だけですから―――」

 

 それはアルトリアにはらしからぬ丁寧な言葉遣いだった。アルトリアがこんな言葉遣いをするのを自分は今まで聞いたことがない。それだけ、アルトリアは弱っていたのだろうか。或いは、これが本来のアルトリアの素顔なのだろうか。明らかに二十代半ば程はあるであろうその姿からかけ離れた、少女の様な表情を浮かべていた。

 

「……」

 

 返事をする事もなく、そのままベッドに倒れ、そして横になってアルトリアへと正面から向き合う。正直ジャンヌが黙っていてくれて良かった。今、この瞬間、滅茶苦茶恥ずかしい。それこそ気絶してしまいそうなほどに。こんな姿、こんな格好で、恥ずかしい事をしゃべっているんじゃないか? 良い雰囲気なんじゃないか? そんな事を思ったりもするが、

 

 切実そうなアルトリアの表情に、そういう考えもなくなり、ただそのまま、正面から抱きしめ合う。

 

「んっ……」

 

「すみません……ありがとうございます……終われば何時も通りの私に戻りますから……」

 

 そう呟くアルトリアと、ベッドに倒れ込んだまま正面から抱き合う。抱き合う腕からはアルトリアの体の熱と、そしてその柔らかさが伝わってくる。その体も、服も魔力で生み出されている筈なのに、感触は人間そのものと変わらない。やはり、生きている。彼女も、そして他のサーヴァント達も、怪物の様で―――やはり本質的には人間なのだろうと思う。

 

 ここまで柔らかく、温かく、そして優しい人物が怪物な訳がないと思う。

 

 寄せる体を伝ってアルトリアの熱、そして鼓動が伝わってくる。ベッドシーツの柔らかさ、疲労、そして心地の良い暖かさに眠気が襲い掛かってくる。襲い掛かってくる眠気に抗いたくない気持ちが浮かび上がってくる。起きた時が大変そうだい、他のサーヴァントに見られたとき、どう言い訳すればいいのかはわからないが、

 

 今はこのまま、存在を確かめ合う様に、

 

 目を閉じた。

 

『―――おやすみなさい、そしてお疲れ様です二人とも』

 

 その声に意識を閉ざした。




 アメリカ:黙示録の四騎士が確認されてるあぽかりぷすなう
 ルーマニア:吸血鬼の地獄フェア開催中

 おかしい……ちょいエロ程度を書こうと思ったら何時の間にかヒロインムーヴに。

 きっとアルトリアさんの心は聖剣抜いた時から変われなくなってしまった。ちょいチョロイ? なんて思いながらも月や冬木の聖杯戦争よりも長い時間一緒にいるからセーフと脳内処理。


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正直な答は、真の友情の印 Ⅴ

 ―――(過去)を見ている。

 

 それは(過去)だと明確に解っているのに、何故か自分の両手、両足、そして存在を確かめる事が出来た。理屈ではなく、直感的にこれは事実であり、歴史でもあると感じた。そうやって草原に佇んでいた。ここで何かをするべきなのだ。そんな使命感を胸に抱き、歩き始める。何故か迷いはない。或いはこれが(過去)だから解っているのかもしれない。そのまましばらく歩けば、静かな、そして小さな村が見えてくる。風に乗って干し草の匂いが香ってくる。足は村の方ではなく、村の横の牧草地帯へと向けられてゆ行く。馬に食べさせる為の干し草の束がたくさんある。

 

 その中の一つへと近づく。その干し草の中には長い金髪を束ねた10歳前後の少女の姿があった。干し草の中で眠っている少女はこちらが干し草を覗き込むのに合わせ、目を開け、そして笑みを浮かべる。

 

 ―――こんにちわ。

 

 話しかけられ、そして返答する。声も出るのか、なんて事を以外に思いながら、そのまま少女と話し始める。俺はどこから来たのか、何が目的なのか、見てきたものでなにが美しかったか、神は信じているか。内容は本当に当たり障りのないものだ。それに答える自分も予想外にぺらぺらと言葉がこぼれ出し、簡単に答える事が出来た。ここまで社交的な性格をしていたか、そんな事を思いながらも少女と話を続け、

 

 少しずつ日が暮れて行く。

 

 (過去)の終わりが来る。聖杯が生み出す短い奇跡が終わりを迎え始める。

 

 ―――ばいばい、旅人さん。

 

 

                           ◆

 

 

 目覚めの気持ちは悪くなかった。夢見が良かったのか、或いは寝る前が良かったのか、意外とすっきりと、そして完全に疲労が抜けた状態で起きる事が出来た。一言で表現するなら”良い気分”、そういう風に尽きる。目を開けるが、正面にはアルトリアの姿がない。先に起きてしまったのだろうか、寝る前に感じたあの体の柔らかさと暖かさは今でも忘れられない為、少々残念に思える。

 

『あ、起きましたマスター? おはようございます。すっかり爆睡していましたよ』

 

「あぁ、みたいだな。何かホント気持ちよく眠れたっぽい。やっぱベッドで眠るのと、寝袋で眠るのとでは全然違うな……」

 

『私は干し草の中で眠るのが一番好きでしたけどね』

 

 ジャンヌの言葉に引っ掛かりを覚え、首を傾げ、そして頭を横に振って立ち上がる。窓の外から秋葉原の様子を眺めれば、街中で働く人々の姿が見える。遊んでる姿はない―――誰もがこの街を復興させるために頑張り、そして歩き回っている。時折魔力の反応のある品を運んでいる様子から、何やら魔術に関しても手伝っているようにも思えるが、魔術って確か秘匿されていないと神秘性が薄れて駄目になるのではなかったのだろうか? 確かそんな話を聞いた気がする。

 

『寝ている間にアンリくんがトイレを流す為の水と、そして他に使う生活水をバケツに溜めておいてくれました、後ついでに日用品の設置も。アルトリアさんは結構前に起きてクー・フーリンさんの所へ槍談義に、そしてギルガメッシュさんはオールナイト外で遊んでいる様ですね……』

 

「ホント自由だな、アイツ」

 

 ギルガメッシュの我様っぷりに若干呆れを感じつつ、ベッドから降りて、体を伸ばす。もう既に朝食の時間を軽く超過しているのは陽の位置を確認すれば解る。今は大体―――十一時か十二時、それぐらいの時刻だろう。若干お腹が空いているのを感じつつも、いい加減ジャンヌの姿から自分の姿へ戻るか、そう思って変態を始めようとし、

 

『あ、マスター。ストップです。割と真面目にストップです。今、元に戻っちゃ駄目です。冗談でも何でもなく、マスターをそちらの姿で紹介した上に、新宿シェルターの様な件があるかもしれません。なので私の姿のままでいてください。その間は【対魔力】EXの効果でマスターを魔術干渉からの安全を確実に確保できますし』

 

「ですし?」

 

『―――男の姿になってバレると、色々とめんどくさいですよ』

 

「……おぅ」

 

 こっちの姿、ジャンヌの姿で接触した事の弊害かぁ、なんて事を呟きながら、軽く頭を抱える。そういえばバゼットとクー・フーリンにはこの姿で会い、そして己を紹介したんだ。変態を解いてエンカウントしたら気まずいってレベルじゃない。

 

「じゃあシャワーの間だけ」

 

『今はアルトリアさんもアンリくんもいないので、最低限の防御もない状態になるのは……』

 

「お前楽しんでいない?」

 

『割と真面目な話ですよ? 味方の陣地内にいたと思ったら何時の間にかイギリスの魔術師によって呪われて呪殺されそうになった、なんて事がありましたからね。正直な話、サーヴァントの一人が近くにいる状態でしたらまだしも、一人の状態だったら止めた方がいいです』

 

 ジャンヌの真面目な言葉に動きを止め、黙り、そして溜息を吐く。やっとだ、やっとまともにシャワーを浴びる事が出来たと思ったのに、なのに何でこの姿で浴びるハメになるのだろうか。やっと完全な贅沢を感じられると思ったのに。だが待て、アルトリアかアンリ・サンソンが帰ってくるのを待てばいいのではないか? そう思ったが、寝汗でべとべとの体で、久方ぶりに生活な風呂場環境、その誘惑は抗いがたい。

 

 そして屈する。やっぱり体をさっぱり洗いたい。ちょくちょく体を塗れたタオルで拭く程度の事はしてきたが、それでも本格的な水浴びに関しては綺麗な川が存在しない為、出来てはいなかった。そんな環境の中で、漸くちゃんとしたシャワーが出来るとなると、やっぱりその誘惑に屈するしかない。

 

「ぐ、ぐぬぬぬ……背に腹は代えられない……か」

 

『まぁ、正直衛生的に考えてもそろそろ本格的に体を洗いたい所ですしね』

 

 それは事実だ。だから溜息を吐きながら風呂場へと向かう前に、自分の、ジャンヌの姿をしている体を見る。この肉体をジャンヌの肉体と仮称しているが、実際は”ジャンヌに変態している俺の肉体”という風になっている。細かい話をすると、”ジャンヌの肉体”というものは厳密には存在していないのだ。サーヴァントの肉体は【霊核】という部分を中心に魔力で肉体を作りコーティングする事で形成されるらしい。デミサーヴァントとはこの霊核が人間の中にあり、サーヴァントとしての恩恵を受けている状態を指し示す。本来はそれだけだ、デミサーヴァントとして依代に下ろしたサーヴァントのスキルとステータス、それに宝具を所有するにとどまるらしい。

 

 あくまでもらしい、それが今、ジャンヌとバゼットから集めた情報によって知っている事だ。

 

 ―――デミサーヴァントに肉体の変態能力は存在しないのだ。

 

 十中八九体内の聖杯が原因なのだろうが、それだけでは決して変態能力を手にする事はないらしい。なぜならジャンヌへの変態行動はサーヴァントで言う【変化】のスキルに相当する行為だからだ。コントロールもできていない聖杯を持っているだけじゃ説明が聞かない。その為、ジャンヌとは相性が良かったから、という結論に至っているが―――ギルガメッシュはそれ以上の真相を一目で見抜いているフシがある。何時か、聞きだせるなら聞きだしたいものだ。

 

「仕方がない、浴びるか」

 

 腰に手を伸ばし、黒いミニスカートに通っているベルトを外し、それに合わせてスカートのホックも外せば、するりとスカートが下へと落ちて行く。最初はこの服装も魔力で出来ているのではないか? と思いもしたが、厳密には違う―――肉体と同じ、改造や改竄に近い形で変形し、そして魔力によって変化しているのだ。故に床に落ちても消えないし、砕けはしない。投影魔術の様に生み出されたものではないからだ。ネクタイを軽く緩めたらそのまま上を脱ぎ、スカートと合わせて両方ともベッドの上へと乗せておく。

 

『うーん、ここは茶化すかどうするか、少々悩むところですね……』

 

「意識しないようにしてんだからやめーや」

 

 脳内で喋りかけてくるジャンヌが脱ぎ方を教えてくれる為、それに従ってあっさりと下着を上下とも外し、ベッドの上に置いて風呂場へと向かう。トイレと洗面所、風呂場が一体になっている狭いホテルの典型的なスタイルだが、シャワーボックス風になっており、一応は区切られている。だからその中に入り、扉を閉めてシャワーを出す為にノブを回し―――何も出てこない。

 

「え、もしかして断水? このタイミングで?」

 

『運というか、間が悪かったですね、マスター。暖かいシャワーは我慢して、今はバケツに溜めてある水を使って体を洗いましょう、それだけでも違いますから。やり方は解りますよね?』

 

「流石にな」

 

 視線を風呂場の端へと向けると、予め大きなバケツに溜めこまれた水が見える。生活水用に溜められた水だ。こういう時の水浴び、洗濯、食器洗いとか、そういう為の水であり、それをバケツごと持ち上げてシャワールームの中へと運び込み、小さなメジャーカップの様な、バケツを取り、

 

『あ、髪の毛を先に解いてください。結んだままだと酷い事になるので』

 

「そう言えばそうだったな」

 

 本来の髪は短いからそんな事は考えもしなかったが、そう言えば形では今は、ジャンヌだったな。そんな事を思いながら髪を手に取り、指示されながらそれを解く。髪もしっかりと洗う必要があるのは勿論だが、それよりもまずは体をさっぱりさせたい。小さなバケツの方で水を汲み、それを頭の上からかけるように長し、全身を水で濡らす。デミサーヴァント化しているこの肉体が風邪を引く様な事は、スキルや宝具の干渉でもない限り、まずありえない。しかも【対魔力】EXを保有しているおかげで魔術さえも心配ないのだから凄い。だから冷たい水が体にかかった感触にちょっとだけ体が震えるが―――気持ちが良かった。

 

「あー……気持ちいいなぁー……」

 

 そうやって水を被って行き、ある程度体が濡れた所で、置いてあったボディーソープを手に取る、それを両手でこすりながら泡立たせ、それを体に手でこすりつけて行く。本当ならスポンジか何かが欲しい所だが、そんな贅沢も言える事ではない。なるべく意識しない様にまずは首の周りから、そこから胸に、谷間、胸の下、脇の下、腕、お腹、背、股の間と周り、足、足の指と旅の汚れを落とすように使い、汲んだ水で一気にそれらを流し、顔も石鹸で洗い、綺麗にする。

 

 たったそれだけでもまるで生まれ変わったかのような気分だった。まだ使える水は多い。それを頭からかぶり、体を抜けて行く水の感触を目を瞑って感じる。頭から体を滑り、下へと走って行く水の感触は肌を撫でるようにこそばゆい感触を生み出し、下へと抜けて行く。なんとも筆舌しがたいその感触に、軽い感動さえ覚える。今は自分が男か女か、そんな事はどうでも良かった。この冷たい水を気持ちよく浴びる事が出来るなら、そんな事は本当に些細だった。この瞬間の快楽は今までの悩みを吹っ飛ばすかのような気持ちよさだ。

 

「あー……気持ちいい……久しぶりの気持ちよさだこれは……」

 

『マスター、それワザと言ってませんか』

 

 実はワザと言っている。行ってみたらこれ、エロくて興奮するんじゃないか? と思ったけど自分をネタにして何が楽しいのか。アレだ、若干ファンタジー見すぎだな、と結論を入れたところで、近くのシャンプーを取り、

 

「じゃあ髪を洗うけど……」

 

『はいはい、手入れの仕方はお任せください。慣れていますから』

 

 ジャンヌの言葉に耳を傾けながら髪を洗い始める。

 

 

                           ◆

 

 

「―――ふぅ、さっぱりしたわ」

 

 風呂から出て、上半身裸のまま、下は下着と黒いホットパンツ姿で、タオルを両肩にかけ、さっぱりとした状態を楽しむ。湯上りじゃないし、牛乳もない。だがそれでも、この世界における贅沢を楽しむ事が出来、個人的にはかなり満足していた。今では水浴びの一つでさえ物凄い贅沢になったのだ―――水浴びが出来るなら飲み水を確保しなくてはいけないのだから。だから自分も、ここに来るまでは見つけた水を全部、飲み水として確保してきた。

 

 だから本当に、生き返るような気持ちで水浴びが出来た。

 

「……午後からは断水、終わっているよな」

 

『何か問題がなければ、そうなるでしょう。忘れてはいけませんよ、マスター。私達の目的を』

 

 ―――記憶を探し、そしてこの体になった理由を見つけ出す事だ。

 

 ベッドの上の服を着直しながら、改めて考える。ヒントは間違いなくカルデアだ。この名前を追えばきっと、自分の記憶にたどり着けるのだろうと思う。だけどそれとは別に、また”冬木”に惹かれるのも事実なのだ。何かが、何かが自分をあの土地へと引き寄せようとしている様に感じる。それは聖杯が聖杯を求めているのか、或いは記憶の手掛かりがそこにあるのか、

 

 判断は出来ない。

 

 だが考える事は出来る。

 

『マスター、いますか?』

 

 扉の向こう側からアンリ・サンソンの声がする。

 

「ここにいるぞー」

 

『失礼します』

 

 部屋の中に入って来たアンリ・サンソンの頭には【マリーLOVE!】と書かれていたハチマキが装備されてるが、この英霊は会うたびに残念にならなきゃいけない法則でも持っているのだろうか。インパクトが衝撃的過ぎて言葉が咄嗟に出ない。

 

『バゼット氏が続報がある、とお呼びです。……どうしましたか、マスター? 何か奇妙なものを見ているような表情で……あ、いえ、言いたい事は解りました。でも現在、マリーグッズは誠意作成中、プロトタイプしか存在しないんです。今、秋葉原の同志やマイスター達と相談し、座にも持って帰れそうな方法を模索中です。布教まではもう少々お待ちください』

 

『いや、座に帰らないでくださいよ。アンリくんだけですよ―――問答無用でアンリ・マユを即死させられるの? 座に帰られると物凄く困るんですけど』

 

『僕にはマリーの可愛さを座に布教する使命が……』

 

「そんな使命はマッハで捨てろよ。それよりバゼットが呼んでるっつーのなら行かなきゃな」

 

 歩きはじめ、霊体のアンリ・サンソンの背中をたたき、その横を抜けて前へ進む。

 

 水浴びで大分英気は養った。

 

「―――うし、行こう!」

 

 気合いを入れ直し、今日もこの世紀末で生きて行く。




 各地の大聖杯を止める為に型月世界の一部の超越者たちも地味に戦ってます。絶倫メガネとか、波動砲とか、あだ名が宣教師のアイツとか。

 大聖杯は汚染されてるし。

 エラーがおきまくってるし。

 そろそろ地球が悲鳴を上げそうだから地球のズっ友のORTくんが目覚めそうだけど

 今日も日本は平和です。なお風呂やシャワーがない場所でのバケツ水浴びは実体験です。というか現在進行形の私の生活です。


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正直な答は、真の友情の印 Ⅵ

「この時間まで眠っていたという事は、どうやら熟睡出来たようですね」

 

「恥ずかしながら―――普通のベッドってあんなにいいもんだったんだ、って感動すら覚えた。断水していたことだけが唯一の心残りかなぁ……あとはおまけでサーヴァントの環境適応かな」

 

 視線をアンリ・サンソンへと向ける。頭のハチマキへと向け、そっと視線を逸らす。英霊とはもっと、こう、スマートで、かっこよくて―――人類史上二番目に多く殺した男がこんな事でいいのか、という凄まじい幻滅と呆れと親しみやすさがある。まぁ、何だかんだで相性次第では問答無用で相手を殺す宝具を持っているサーヴァントなのだ、無能じゃないのだ。無の上はない。変人なだけだ。ともあれ、バゼットが続報があると呼び出したのだ。

 

「えーと、それで何の用なんだ?」

 

「えぇ、実はアメリカの方から緊急の話がありまして―――アメリカ大聖杯の守護者の一体、マザーハーロットが討たれました」

 

「えー……」

 

 ……アレって殺せるのか。

 

「詳細は解りませんが、それを成したのは花嫁衣裳の様な服装のサーヴァントと、そして学生服姿のマスターらしいです。というわけで、大聖杯の攻略も不可能ではない、という事も解ってきました。聖杯から常に供給されている為、消耗をほとんどしてくれない怪物ではありますが、戦えるには戦える相手のようで、この話を中心に様々な所で士気が上がってます」

 

 まぁ、なんというか、まだそんなビッグネームとかと戦った事のない自分からすれば凄まじい、としか言いようのない話だ。マザーハーロットと言えば間違いなく”神霊”クラスの怪物だ。聖杯戦争で召喚できる存在は”英霊”までであって、”神霊”は召喚できないと聞いていたのだが、どうやらその法則をぶち破って出現している大聖杯の怪物を、英霊で攻略してしまった人類の怪物が存在するらしい。

 

 どうやら自分が知らないところで、恐ろしいインフレが発生しているらしい。

 

「えぇ、そういうわけで現在士気が上がっています。”宮内庁”も段々とその力を取り戻しつつあり―――冬木へと攻め込む為の戦力が終結するのもそう遠くない話となるでしょう。悪いですけど、ランサー、アーチャー、そしてアサシンのサーヴァントを確認させてもらいました。勿論真名やスキル、宝具はなしですが……それでもかなりの霊核を保有した英霊を同時に使役するその能力、間違いなく切り札に成り得ます」

 

 どうでしょうか、とバゼットは言葉を置く。

 

「―――アンリ・マユを討伐する為に力を貸してくれませんか?」

 

 

                           ◆

 

 

 秋葉原の街並みを歩いている。その姿を凄いと思う。ある程度魔術によって防衛されているとはいえ、それでもクー・フーリンが見回りに出ないといけない程度には襲撃が存在しているらしいのだ。それでも、こうやって目に見える形でこの街が再生してきている、という事実はまさに驚くに値する事だった。街中を見回る様にゆっくりと歩きながら、崩壊から再生する最中の街並みを観察する。

 

『凄いですね、マスター。新宿シェルターは生活を豊かにする事を考え、地下に楽園を作ろうとする者達で溢れていましたが、ここにいる人達は生活を取り戻す事に情熱を燃やしています。破壊され、失ってもまた問い戻せると信じて作り直して言いますよマスター! 私、ここが好きです。多くの希望と愛で満ち溢れています!』

 

『僕としてもかなり良い場所だと思っているがさて―――とりあえずあの二人を探しに行くんですよね、マスター?』

 

「あぁ、アルトリアとギルガメッシュな、何処にいるのかは知らないけど、適当にブラブラしている内に見つけられるだろう」

 

 結局の所、サーヴァントという制約がギルガメッシュには存在するのだ。こんな世紀末では契約を切って魂喰いを始めたとしても、喰えるだけの人間を確保するのが難しいし、魔力を調達する事も難しい。だからあの黄金のサーヴァントも、絶対にこの街のどこかで時間を過ごしているだけだ、そう思って歩き続ける。アルトリアに関しては完全に心配していない。彼女に関しては心配するだけ無駄だからだ、自分よりもしっかりしていて強いのだから当たり前だ。

 

「って、そう言えば飯食ってないな。どっかで適当に喰うか」

 

『支払はどうするんでしょうか』

 

「……あ」

 

 お金が通じる訳がないし、そこらへんのルールはちゃんと聞いておけば良かった……。そんな事を思っていると、目の前から知った気配が近づいてくるのが解る。そこにいるだけで周りの空間を掌握する様なその存在感に顔を上げれば、正面からは黄金のサーヴァントが歩いてくるのが見える。服装はあの黄金の鎧ではなく、白い布の様な、胸の上半分しか覆わないシャツに、下はかなり短い、同じく白いミニスカートの様な服装だ。その両手には様々な食べ物が握られており、それを持ち歩きながらギルガメッシュは歩いており、此方に気付くとお、と声を漏らす。

 

「そこにいたか雑種。全く、我を盛り上げるマスターという立場のクセして我を探さんとは一体どういう神経をしている」

 

「いたって普通の神経だと思うんですけどねぇ」

 

『名推理ですね、マスター』

 

 まぁいい、と言ってギルは持ち歩いていた食べ物を此方へと押し付けてくる。その大半がサンドイッチ等の簡単に食べられるものであり、中には以外にもマスタードや野菜などが挟まれている。こんな状況でここまでまともな食事を用意できるのは正直驚きだ。肉は狩猟すればいいが、野菜などに関しては現状、敵が徘徊している状態では育てる事や環境を構築する事が難しい。受け取った物の内、歩いていても食べやすそうな物を片手で捕り、食べ始める。

 

「んでギルガメッシュは何をやっていたんだ? 昨日の夜から歩き回っていたらしいけど」

 

「戯け、この時代、この状況に我が召喚されたという事は即ち、今、世界は黄昏の時を迎えている。世の終わりが近づいているのだ。であるならば人類の裁定者として、人類がどういう選択肢を取り、どういう風に生きようとするのかを見るのは当然の話であろう。何よりこの星は我の庭だ。庭の主が好きに歩き回ろうとどうこう言われる謂れはないであろう?」

 

 そう言って腕を組むギルガメッシュからは一瞬の迷いも躊躇も、淀みも感じない。

 

 ―――人類の裁定者ギルガメッシュ。彼、或いは彼女の情報はルーラーとしての権限を使用する事で”聖杯”から情報が取得できる。一種の”WIKI”みたいなものだ。インターネットが死滅していて、ネットへとアクセスできないこの時代、サーヴァントの情報を調べる為に使用している。【真名看破】から来る取得情報もこれを経由した取得だと言っても良い。ともあれ、ギルガメッシュは英雄としてはかなり特殊な部類に入る。

 

 ギルガメッシュは幼年期と青年期に入る事で二面性を見せる。賢君と暴君の二面性だ。幼年期は栄えるように、そして青年になってからそれを放棄し、暴君となってギルガメッシュは支配したらしい。元々は神と人を繋ぎとめる為に生み出された半人半神の王。だがそれを放棄し、未来までを見通したギルガメッシュは自ら人類の歴史の観測者への道を選んだ。そのギルガメッシュが召喚されるとは、つまりは”そう言う事”でしかないのだ。

 

 ギルガメッシュが召喚されるだけの理由、時代が存在しているのだ。

 

 少なくとも、触媒もなしに召喚できるサーヴァントではない。

 

「まぁ、ギルガメッシュがどう思うのは勝手なんだけどさ、それでも服装にだけは気をつけてよね。そんな恥ずかしい格好の人物がサーヴァントだとか人生の汚点でしかないからさ」

 

 軽い冗談を込めてそう言い、ギルガメッシュの服装を見る。センスが悪いというレベルじゃない―――時代を間違えているという姿だ。ジャンヌやアルトリアでさえ現代の服を用意しているのに、ギルガメッシュだけ古代のままだ。その服装はどうなのよ、と冗談交じりに言葉を放った瞬間、

 

「―――雑種貴様、勘違いをしていないか?」

 

 瞬間的にギルガメッシュの背後に空間の揺らめきが発生する。高速で射出された閃光を【啓示】による予知から回避し、ギルガメッシュの殺意のある一撃を完全に回避する。それに合わせるように現界したアンリ・サンソンが宝具を発動させており、ギルガメッシュの足元に影の手を生んでいた。

 

「―――貴様がどう振る舞おうが所詮はただの雑種だ。欠片も興味はないし、貴様の為に戦う理由もない。我は我に対して不敬を働く者であればたとえマスターであろうと一切の遠慮はせず、手打ちにする。貴様には我を召喚したという功績がある故、今回はこの程度で許す。が、次はないと思え」

 

 つまり、ギルガメッシュはマスターでさえ容赦なく殺しに来る暴君であるという事だ。それは既に解っていたことだから、ギルガメッシュに対する回答は決まっている。

 

「だが俺は悔い改めない」

 

「……ほう?」

 

「そもそもお前の事を恐れるんだったら【真名裁決】と令呪使って自殺させてるわ。絶対にお前をマスターとして認めさせるって意地張ってるんだから王様ならそれぐらい察せよ、賢いんだろ? だったらちっとは凡夫の努力ぐらい察せよ」

 

 その言葉に成程、ギルガメッシュは言葉を吐く。

 

「本気で命を賭けているのであれば我も考えを変えよう。自らを凡夫と嘆き、それでも邁進するというのであれば、その生き様で我を興じさせるが良い、雑種。それが我を十分に興じさせるものであれば、また考えてやらんでもない」

 

 言葉を残してギルガメッシュの姿が消えて行く。その姿が消えた事でアンリ・サンソンが宝具を解除し、息を吐く。

 

「マスター、彼女は絶対に殺したほうがいいです。彼女は間違いなく邪魔になる。殺して空いた枠に新たな英雄を呼んだ方が遥かに良い」

 

「だけどさ、アンリくんよ。召喚してしまった手前、マスターとしての責任が存在するんだよ。なんでも気に食わないなら殺せばいい、ってのは完全に暴君の理論なんだよ。俺、アルトリアと違って王様のような考え出来ないし、アンリの様に処刑人じゃねぇからお前の様に考えられないし、ジャンヌでもねぇから何でもかんでも許そうって訳じゃねぇよ。それでも呼び出した責任ってのがあるなら、それをどうにかしなきゃ駄目だろ」

 

「それがいつの日か、後悔に繋がらない事を祈りますよ、マスター」

 

 そう言ってアンリも霊体化して姿を消す。ギルガメッシュとアンリ・サンソンは完全に水と油だな、と思う。ギルガメッシュの”暴君”という生き様は”王権の象徴を殺した処刑人”というアンリ・サンソンとはすこぶる程に相性が悪いのだ。悪と王を処刑した処刑人で、その悪の判断のラインにギルガメッシュが抵触するのだから、当たり前と言ってしまえば当たり前なのだが。

 

 それでも、ギルガメッシュを飲み込めない様であれば、この世紀末では生きる事も出来ない。そんな気はする。

 

「……さて、アルトリアを探すか。どこにいるかなぁ……」

 

 そんな事を呟き、そして再び秋葉原の探索を始める。




 任務:ギル様をデレさせろ

 大聖杯を破壊するよりも難しそうな気配がしてきた。

 秋葉原での話はまだまだ続くんじゃよ

 なおアメリカで暴れ回っているのは皆さんの予想通りお月様でマザハ的なアレをぶっ飛ばした人だよ。たぶん。まぁ、人類もまだ負けてませんよ? って話。


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正直な答は、真の友情の印 Ⅶ

 秋葉原に滞在し始めてから一週間が経過した。秋葉原の居心地の良さについつい長期滞在を行っているが―――秋葉原に留まっているのはそれ以外の理由もある。バゼットに返答はしていないが、冬木へと攻め込む為の魔術師のチームが現在、編成されている最中であり、自分も頼みさえすればそれに組み込まれる様になっている。聖杯からの完全なバックアップが受けれる英霊というのは非常に有用なのだ。その為、秋葉原から出る事に軽いストップがかかっている。勿論無視して進む事もできるが、久しぶりとも取れる文明的な生活の誘惑は甘かった。

 

 お腹いっぱい食べれる環境、

 

 節約さえすれば浴びれるシャワー、

 

 そして見張りがいなくても安心して眠れる夜。

 

 ここまで普通の生活がある事に違和感や安心を覚える日が来るとは一切思いもしなかった。基本的に日中の間は落とし子やシャドウサーヴァントの動きも少なく、バゼットかクー・フーリン、どちらか片方がいれば防衛はそれで済むらしいので、アルトリアかクー・フーリンから武術を学ぶ、という凄まじい機会にも恵まれていた。そうやって穏やかとも取れる日常を一週間、たった一週間だけ過ごした。

 

 生きて、考え、そして体を動かす一週間。

 

 ―――結論がでた。

 

 

                           ◆

 

 

「秋葉原を出よう」

 

 サーヴァント達を集め、そう言った。それはもはや決めた事だった。秋葉原を出よう、と。唐突に決めた事ではなく、元々前から考えていたことなのだ。しかし、それを宣言したサーヴァント達には驚きはなかった。何だかんだで此方の事は良く把握されているな、なんて事を思っていると、私服姿のアルトリアが口を挟んでくる。

 

『いいのか? ここで鍛えながら合流した方がいいんのではないか』

 

「いや……なんつーか……感覚的なものだけどね? 秋葉原はいい場所だよ。みんな頑張っているし、鍛える事もできるし、生活は安定するし。だけど……こう、心が逸るんだよ。先へ進め、って。こんなつまらない所で時間を稼いでいないで、早く冬木へ向かえ、って気持ちがあるんだよ。一週間だけここに留まったけど、待っている間は少しずつその気持ちが強くなっていくんだよ。……やっぱ、話を聞いて、もっと思ったわ」

 

 俺の心は、

 

「―――冬木に呼ばれている」

 

 それが自分の考えだった。冬木に呼ばれている。そうとしか表現できないのだ。冬木の事を考えれば考えるほど、魂が惹かれる様な、そんな気がするのだ。引かれるのではなく、惹かれる。あの街の何か、この魂を呼びつける様なものがある、そんな気がするのだ。秋葉原で過ごす毎日が無為だと言っている訳ではない。安定した環境で技術を鍛える事が出来るし、自分が手伝えることだってある。この一週間で、一週間前よりも前へと進めた気だってしている。だけど、それ以上に、もっと前へ、

 

 冬木へと向かって進むべきだと、本能と魂で理解した。

 

「ここ数日ギルガメッシュ以外は暇にさせていて悪かったな―――とりあえず今日中に準備を整えて出るわ」

 

「近いうちにそう言うと思って既に準備は終わっていますよ、マスター。保存食の類は既に鞄の中に入れて、何時でも旅を再開できるようにしています」

 

 アンリ・サンソンのその言葉に驚き、カバンの中を探り、そしてその中からまず最初にハッピとサイリウムを見つける。カバンから顔を上げ、アンリ・サンソンへと視線を向けると、良い笑顔とサムズアップが返ってくる。物資が不足している中で、こんな事をやっていいのか、なんて事を思うが、良い記念だし貰っておこう。そう思いつつもカバンの中を探し進めると、他にも缶詰や干し肉、水の入ったペットボトルなどがカバンの中には詰められていた。何時の間に、なんて事を思っていると、アルトリアが息を吐く。

 

『私もランサーも、鍛錬中に心ここにあらず、というのは解っていたからな。あぁ、後ランサーからの言伝だ”才能ないから槍使うの諦めろ”、との事だ』

 

 叩きつけられる言葉にやっぱり、なんて事を思いながら溜息を吐く。何だかんだで自分が鍛えても強くなれないのは解っていた。何せ、クー・フーリンは途中から技術ではなく、クー・フーリンが保有する術、たとえばスカサハから教えられた【鮭とびの術】や【ルーン魔術】を礼装化する事で、使えない様に出来ないか、或いは行動の先読み、対処法、戦士ではなく”マスターと魔術師”としての戦い方を教え始めたからだ。数日でシフトし始めたのだから、大体予想がつくが、それでも軽いショックだ。

 

「ま、しゃーない。違う方向で頑張ればいいんだ。うむ、才能がないからって努力しない理由にはならない。鮭とびの術だったら礼装化させたから何とか使えるし」

 

 流石にルーン魔術は本格的に講義を受けて勉強する必要があったが、鮭とびの術―――クー・フーリンが見せるあの異常とも言える跳躍力を再現する術を使えるようになったのだ。成果としてはまずまず、といった所だろう。そんな手応えを感じつつも、やっぱり選択は変わらない。冬木へと向かう。それはもはや決定だった。そしてそれが決定したら止まる理由はなかった。荷物はそれほど多くはない。洗面所、風呂場、そして部屋に置いてある日用品の類を全部カバンの中に詰め込めば、それで準備は完全に完了してしまう。

 

 カバンを持ち上げ、肩にかけながら部屋を見渡す。

 

「愛着がわいていても去る時は一瞬で準備が完了するのって結構寂しいな……」

 

『まぁ、それが旅ってものですよ』

 

 一回だけ部屋の中を見渡し、確認し、そしてサーヴァント達を連れて部屋を出る。部屋を出て階段を降り、下へと向かい―――そこにバゼットやクー・フーリンの姿を見つけられない。おそらくは見回りか、何処かのヘルプに出ているのだろう。このまま去るのも非常に申し訳ないし、何か言葉を残す方法はないかと思ったが―――まぁ、去れば勝手に向こうも察してくれるだろう。そう思い、さっさとビルを出て、秋葉原の街に出る。時刻は解らないが、まだまだ日は昇っている為、明るい。聖杯戦争は元々夜間にのみ行われた秘された儀式だった。

 

 日本全土が冬木の聖杯戦争の範囲に収まっている今、昼も夜も関係はない。

 

 魔術を隠す必要はない、もはや公然の秘密だ。

 

 ―――だが魔術は死なない。

 

 現在、魔術という者は秘匿される事でその神秘性を守って来た。だがそれは七つの大聖杯の暴走により暴かれてしまった。それでも神秘は維持されている。その事実がおかしいのだ。魔術は秘匿されているからこそ神秘を守る事が出来ているのに、多くの者が魔術を知ってしまったこの時代、この状況に、何故魔術が死んでいないのか。なぜ神秘が維持されてしまったのか。それは実に簡単な事だ、とバゼットは教えてくれた。

 

 ―――世界そのものが神秘の溢れていた神代へと回帰している。

 

 神霊の出現、概念汚染、暴れ回る英霊、狂える環境、そして溢れる神秘。

 

 誰が黒幕であるかはいまだに発覚してはいないが、それでも七つの大聖杯の暴走は、ありえない現象を引き起こしている。まるで七つが並列に稼働する事によって一つの大きな変化をこの世界に刻み込んでいる様に。

 

「予想外に長居しちゃったし、さっさとでるか」

 

 そのまま秋葉原の外へと向けて歩き始める。いや、折角だから礼装を使って移動しよう。そう思って右手に装着しているバングルへと魔力を通し、刻まれているルーンを通して礼装に記録されている魔術を発動させる。

 

「鮭とびの術―――」

 

 助走なしで超跳躍を行う。数十メートルを高速で一気に飛び上り、ビルの上へと着地しながら、そこから再び鮭とびの術を使用し、一気に跳躍して移動する。これだけはクー・フーリンに習っていた良かったと思う―――或いは、近いうちにここを出て行くというのを理解したクー・フーリンが予め教えてくれたのかもしれない。ただ事実として、地形をある程度無視して高速で移動する事が出来るこの術は、長距離の移動にはかなり便利であるという事だ。英霊の肉体でも行えないありえないレベルの跳躍で長距離を一気に移動出来る為、ある種の清々しさが体を駆け抜けて行く。跳躍して移動する体に風が当たり、横を抜けるのを感じながら、着地と同時に再び跳躍する。

 

「楽しいな、これは!」

 

『まぁ、霊体化している僕らは強制的に引っ張られるから移動は楽ですけど……』

 

「じゃあ問題ないな!」

 

 ある程度悪目立ちしているのは自覚しているが、これだけ派手に動けばクー・フーリンやバゼットも此方が出て行ったというのは解ってくれるだろう。そういう意味でも派手に跳躍して移動するのは悪くはない。そうやって何度か跳躍し移動を続けると、

 

 あっさりと10キロ程秋葉原から離れた位置へと到着する。着地しながら今までとは段違いの移動効率に満足しつつ、振り返り、秋葉原の様子を見る。

 

 これだけ離れていても英霊の強化された眼であれば街の様子を見る事が出来る。

 

 遠くから見る秋葉原の姿は、まるで世紀末世界のゲームに出てくる様な”街”だった。周りが廃墟であり、そして無人であるのに対して、秋葉原というエリアだけは復興途中を示す建設用の足場や明かりが存在し、それによって人の騒がしさと温かさを覚える環境が出来上っている。良い場所だった。こんな滅茶苦茶な世界でも、崩壊した中から頑張って再生しているその姿は、心を打つものがある。いや、偉そうにしているが、あの環境はいるだけで”自分も頑張らなきゃ”という気分にさせてくれる。

 

 だからこそ、心が逸る。早く、冬木へ、と。

 

 一体冬木で何を求めているのだろうか。アンリ・マユか、大聖杯か、或いは記憶の手がかりなのだろうか。まぁ、何だっていいだろう、きっと冬木へと向かえば答えが出るに違いない。そう思って秋葉原から視線を外そうと瞬間、

 

 ―――秋葉原の街から黒煙が上がる。

 

 黒煙は破壊の証だ。となると秋葉原で何かがあったに違いない。戻るべきか、そう思案した瞬間、

 

「―――マスター!!」

 

 アルトリアの声と【啓示】による警告は同時だった。鮭とびの術で素早く跳躍した瞬間、足元を粉砕する一撃が周囲一帯を粉砕し、完全に破壊していた。跳躍の最中に視線を振り返らせれば、

 

 そこにいたのは褐色の肉体を完全に黒く染め上げられた狂戦士の姿だった。目撃した瞬間に発生する【真名看破】が相手の名前を強制的に暴く。

 

 着地しながらバックステップを取り、魔力の供給を行い、アルトリアとアンリ・サンソンを出現させる。

 

「アルトリアがメインでアンリは援護! ギルガメッシュは―――」

 

『さて、足掻けよ雑種』

 

 当たり前の様に後方で腕を組み、優雅に高みの見物を決めていた。まぁ、従える事が出来ない今、こうなるのは当たり前だな、そう判断しながら黒く染まった狂戦士にアルトリア、そしてアンリ・サンソンを相対させる。パーツを除去した解放状態の鎧姿と解放状態の【最果てにて輝ける槍】を握りながら、アルトリアが笑みをこぼす。

 

「此度の聖杯戦争は同窓会気分だな……まぁいい、もう一度殺させてもらう―――大英雄ヘラクレス」

 

 神の血を引く大英雄ヘラクレス、それが完全に理性を失った狂戦士となり、絶対的な暴力となって襲い掛かってくる。

 

 逃げる事も可能だが―――逃げればギルガメッシュに見限られるだろう。つまらんと。

 

「っつーわけでだ、勝たせてもらうぜ大英雄様」

 

 襲撃を切り抜ける覚悟を決めた。




 というわけでヘラクレスさん登場。12回殺す事が出来るのだろうかこれ。

 という訳で秋葉原編も終わりが近いです。終われば閑話(アメリカ黙示録)挟んで九州へ


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正直な答は、真の友情の印 Ⅷ

「―――【神明裁決】、汝ヘラクレスの動き、及び防御を禁ずる」

 

「【最果てにて輝ける(ロンゴミニアド)槍】―――!」

 

 戦闘開始の動きは一瞬で始まった。

 

 【神明裁決】によって一瞬でヘラクレスが拘束されるが―――それを【神性】と【狂化】でヘラクレスが強引に引き千切りながら動き出す。だが、それでもヘラクレスの初動が完全に死んだ。その瞬間に正面から接近したアルトリアの零距離真名解放された【最果てにて輝ける槍】が炸裂し、ヘラクレスの上半身を消し飛ばしながらその背後の一帯をさえも消し飛ばす。対城の領域にある一撃は命中さえすれば凄まじいダメージと死を巻き起こす。ランサーとして召喚されたアルトリアの象徴とも呼べるべき宝具は十全な魔力を与えられたことに反応し、最大限の力を発揮し、廃墟一帯を完全に更地へと変化させる。

 

 普通のサーヴァントであればこれで即死しただろう。

 

 ―――だが大英雄ヘラクレスは違う。

 

「ふむ……四回……五回は殺せたか? 咄嗟にガードされたが、まぁいい。このまま殺し潰す」

 

 目の前でヘラクレスが欠損した肉体を生やすように再生していた。【十二の試練(ゴッド・ハンド)】それが大英雄の宝具であり、その不死性の正体。簡単に言ってしまえばヘラクレスは命を十一個までストックする事が出来、自動的に蘇生する事が出来る。故に十二回殺さない限りは、バーサーカー・ヘラクレスは完全な死を迎える事が出来ない。それに加え、Bランク以下の攻撃を無効化し、尚且つ死因に対する耐性までを付与する。正真正銘の化け物だ。唯一の救いは対城クラスの宝具であれば、ライフストックを貫通して殺せるという所にあるのと、無効化ではなく耐性である事にある。

 

 つまり、その防御力を抜きさえすれば、また殺せるという事にある。

 

「マスター、ランサー、時間稼ぎを頼む。”罪の確認”を開始する。まぁ、目に見えている訳だが……必要な作業だ、時間稼ぎを頼みますよ」

 

「別に……殺してしまってもいいのだろう? マスター!」

 

「受け取れ!」

 

 アンリ・サンソンがヘラクレスの姿を確認して、その罪状等の看破を始める。その間に聖旗を―――【我が神はここにありて】を巻いた状態でアルトリアへと投げ渡す。普段は槍としてしか使っていないが、そもそもこれは宝具であり、ランクAはあるのだ。未熟な自分が使えばただの武器だが、アルトリアが使えば、ヘラクレスの殺傷手段が一つ増える結果になる。故にアルトリアに握らせ、そして振るわせる。そこで再生し終わったヘラクレスの口が開く。

 

「■■■■■■―――!!」

 

「ゴリ押してくるぞ!」

 

「把握した」

 

 【啓示】で直感的に得たイメージを言葉として表現し、それを背後からアルトリアに指示する。素早く反応したアルトリアが【最果てにて輝ける槍】と【我が神はここにありて】の二槍流でヘラクレスに襲い掛かる。それに反応し、正面からヘラクレスが黒く染まった石斧を振るいながら攻め込んでくる。アルトリアの肉体とヘラクレスの肉体、どちらが優れているかなんてことは比較しなくても見れば一瞬で解る。ぶつかれば一瞬でアルトリアを紙切れの如く千切る程凶悪な石斧が振るわれ―――正面から受け流すようにアルトリアが耐えた。その動きに発生するのは魔力のジェット噴射、【魔力放出】のスキルだ。ヘラクレスとの間に存在する埋まらない体格と筋力差、それを【魔力放出】による上昇効果でごまかし、そして攻撃を受け流し、カウンターの一撃を叩き込む。

 

 反応するヘラクレスがアルトリアの攻撃を飛び越えるようにアクロバティックに回避しつつ、そのパワーを失う事のない頭上からのダンクを叩き込む。横に回避しながらヘラクレスの動きに魔力を放出しつつアルトリアは追い、押して二槍の宝具でヘラクレスにダメージを発生しようと連撃を繰り出して行く。左手で握る【最果てにて輝ける槍】で繰り出した攻撃を石斧でガードした瞬間に、心臓目掛けて繰り出される【我が神はここにありて】をバーサーカーはバク転を決める事で回避し、その距離をアルトリアは急速に詰める。反応するヘラクレスが足場を踏み抜き、目の前の大地を隆起させる事で視界を阻害し、それを殴り、岩塊を飛ばして来る。

 

「チ、流石に狂っていてもやるな」

 

 此方へも飛んでくるそれを横へと回避しながら、【啓示】の能力で流れ込んでくる危機のイメージをアルトリアへと指示にして飛ばし、アルトリアが訪れるべき回避を殺す為に動く。二槍という変則的な戦闘スタイルを取りながらも、それでもアルトリアの動きはヘラクレスへと届かんとしている。敏捷や筋力で負けているのは事実だが、それでも【魔力放出】のおかげで何とか同じレベルでの身体能力を発揮している。

 

「が―――捉えた」

 

 僅かな隙を縫う様に投擲された【我が神はここにありて】がヘラクレスの心臓を貫通し、反対側へと抜ける。そうやって貫通した宝具を此方で呼び寄せて回収しつつ、ヘラクレスの命のストックが一個、また減ったのを確認する。これでとりあえず、即座に放てる宝具効果や武装での殺害は完了した―――まだ半分、ヘラクレスの命が残っている。

 

 蘇生されたヘラクレスは死ぬ前よりも更に猛り、寄り濃密な魔力を体中から発しつつ、一瞬でアルトリアへと接近する。サイドステップで回避に入った動作に此方から鮭とびの術を付与し、上へとアルトリアを飛ばした瞬間、神速の九連撃がアルトリアのいた周囲の空間を粉みじんに砕断した。ノーモーションから放たれた宝具級の破壊力の戦慄しながらも、頭上から大地へと向かい、【最果てにて輝ける槍】の閃光が放たれた。ヘラクレスの背後へと着地したアルトリアが素早く回避し、カウンターの動作でヘラクレスの首に【最果てにて輝ける槍】を突き刺し、

 

「如何に耐性が増え様が、二連続で対城を喰らえば死ぬだろう? ―――【最果てにて輝ける(ロンゴミニアド)槍】ッ!」

 

 頭のみを集中的に狙い、集束して放たれた螺旋の光がヘラクレスの頭を完全に消し飛ばした。合計三発の真名解放で、ヘラクレスの命を六個、そして此方の宝具を武器として使ってストックを合計で七個削った。回数で言えば既にアルトリアはヘラクレスを三回殺しているのだ。

 

「当たり前だ、私を誰だと思っている。昔ならいざしらず、今の私の精神性は恐ろしく強いぞ―――はっきり言えば貴様に負ける気がしないな。潤沢な魔力、心の底から信頼できるマスター、そしてドルオタ。負ける理由がない」

 

「最近僕をオチに使う芸風流行ってませんか」

 

 ヘラクレスは失った頭部を再生させながら更に吠える。それを見て、アルトリアが冷静に呟く。

 

「ふむ、参ったな。もうロンでは殺せそうにないな。貴様はどうだ、処刑人」

 

「あぁ、準備が完了したのでそろそろ”終わらせます”ね」

 

 ヘラクレスが吠える。バーサーカーの理性では戦闘に対する本能的行動、そして反復で刻み込まれた動作しか行えない。故に蘇生の終わったヘラクレスは吠えながら直進しようとし、前衛と後衛を交代したアルトリアとアンリ・サンソンの内、アンリ・サンソンを殺す為に接近し、動きを止める。無論、ヘラクレスが自らの意思で足を止めたわけではなく、両手をコートのポケットに入れ、立ち尽くしているアンリ・サンソンの宝具が発動したのだ。闇から手が伸び、それが群衆の悪意と善意を象徴しながらヘラクレスを処刑台へとかける。

 

「―――大英雄ヘラクレス。貴方は数多くの旅人に勝負を挑んでは殺し、その死骸を飾しましたね? その行いを悪と断じ、処刑を執行します」

 

 ヘラクレスの頭上にギロチンの刃が出現する。

 

「―――【死は明日への希望な(ラモール・エスポワール)り】」

 

 ギロチンが落ち、そしてヘラクレスの首が斬り落とされる。その直後からヘラクレスの再生が始まり、耐性が生み出される。だがそれを気にする事なく、処刑人は無感情に死刑囚へと視線を向ける。

 

「師であるケイローンを毒矢で殺した事を悪として断じる。処刑執行」

 

 再び処刑の刃が落ちる。即座にヘラクレスが蘇生する。だがそれを気にする事なく、再びアンリ・サンソンはヘラクレスが成した罪を、その悪を告げ、そして新たなギロチンの刃を形成し、死を望む群衆の前で絶対的な殺害権限を発揮する。そもそも、アンリ・マユの汚染によって黒化してしまったヘラクレスはその過去の所業だけではなく、属性自体が悪へと染まっている。故に元々”理由なんかいらない”のだ。

 

 一々粗を突くように罪状を並べているのはシャルル=アンリ・サンソンという男の性格であり、美学である。

 

 だが殺す、という意思はある。

 

 故に罪状を看破する事に時間をかけ、

 

「―――断罪のギョティーヌからは絶対に逃げられない。生の行きつく先は死であるから。僕はその旅立ちを祝福し、そして祝おう―――【死は明日への希望なり】」

 

 魔力を大量に消費してヘラクレスが命のストックを増やす。が、それを殺すように次の罪状が述べられ、ヘラクレスが殺される。また殺され、そしてそのストックが尽きるまで殺され続ける。生の終焉とは死であり、死を与える役職であるアンリ・サンソンは処刑人である。その存在意義は安らかに、痛みを与える事無く、そして”効率的かつ確実に殺す”事になる。故にギロチンが生み出された。罪人を確実に殺す為に。

 

 アンリ・サンソンの宝具、【死は明日への希望なり】は実にシンプル。

 

 条件を満たした相手の殺害。

 

 アンリ・サンソンの誇りが砕けぬ限りは、処刑を止める事は出来ない。

 

「僕はしっかりとマリー達まで殺しきったんだ。君程度を殺しきれない訳ないだろ」

 

 その言葉と共にヘラクレスの首が斬り落とされ、そして全ての命を失って消滅し始める。黒い泥となって消滅して行くヘラクレスの姿と共に【死は明日への希望なり】が解除される。処刑人という性質、能力であるからこそ、一度捉えた罪人をアンリ・サンソンは絶対に逃さない。これがジャンヌ・ダルク等の正義の英霊や聖人であれば、”宗教観を含めアンリ・サンソンは宝具を実行できない”という決定的な欠陥を保有している。だがそれを抜きにすれば、一度処刑台へと運んだ相手は絶対に逃さない、最強の処刑人として君臨する。唯一、自分が考えられる限り、アンリ・マユを問答無用で殺し、そして何度再生や蘇生を行おうが殺しきれるのは彼ぐらいだろう。

 

 ―――ある意味、冬木汚染聖杯における最強のサーヴァントだと言っても良い。

 

 どんな英霊であれ、”悪”に汚染されている以上は絶対にアンリ・サンソンには勝てないからだ。

 

 息を吐き、戦闘が終了した事に安堵し、秋葉原の方へと視線を向ける。

 

「秋葉原が心配だけどバゼットなら―――」

 

 そこまで口にしたところで、

 

 【啓示】が危機の到来を告げる。秋葉原で”虹色”の閃光と爆発する魔力が感じられる。爆心地である秋葉原で凄まじい衝撃が発生するのを感知、一瞬で消え去って行くビルの姿に、呆然と眺める。

 

 その姿を、声が笑う。

 

「―――どうした雑種、忘れたのか? 大聖杯の魔力は”無尽蔵”だぞ」

 

 直後、背後に再び気配を感じる。

 

 道路の奥を歩いてくるように近づいてくるのは黒い甲冑姿の英霊だった。即座に発動する【真名看破】がその正体を暴き、

 

 ―――円卓の騎士、ランスロットである事を示していた。

 

 片手に黒く染まる剣を握りつつ、ランスロットはゆっくりと、空間を黒く染めるように、漆黒の魔力を垂れ流しながら汚染していた。

 

「余ほど我々が目につくらしいな、それ、因縁のある相手を捻り出して消しに来たぞ」

 

 ギルガメッシュの言葉の直後、ランスロットが吠える。

 

「Aaaaaaarr―――thuuuuuurrrrr―――!!」

 

「どうやら私を所望の様だな。いいだろう。誰が上なのかこの際、徹底的に叩き込んでやる」

 

 接近して来るランスロットに対してアルトリアが前に立ちはだかる様に出る。それに反応したランスロットが感情と魔力を爆発させ、

 

「Aaaaaaaar―――」

 

 アルトリアを見た。

 

 正しくはその一部を。

 

 具体的には胸を。

 

「Not Arthur」

 

「死ね寝取りクズがぁ―――!!」

 

 棒立ちのランスロットに【最果てにて輝ける槍】の光が叩き込まれる。それを跳躍しながらランスロットが宝具による迎撃を行い、凄まじい破壊と爆裂が周囲に満ちる。その光景を見ていたギルガメッシュが腹を抱えるほどに大爆笑を繰り広げる。

 

「英雄王貴様ぁ!!」

 

「良かったではないか! コンプレックスだったのだろう? まるで別人らしいぞ今の貴様は!」

 

「ランスロットの次は貴様だ英雄王! そしてマスター、ここは私に任せろ! 秋葉原で見たコミックの如く、即落ち2コマを披露してやろう!」

 

「お前それやっちゃいけない方だよぉ!」

 

 アルトリアにツッコミを入れながらも、彼女の口から微笑が消えないのが見える―――因縁はあるのだろうが、それを一切気にしない、アルトリアの姿がある。【啓示】ではなく、直感的にアルトリアであれば大丈夫だと理解し、彼女に背を向ける。

 

「バゼット達の援軍に向かうぞ!」

 

 鮭とびの術を使い、即座に跳躍して秋葉原へと戻って行く。

 

 アルトリアに全幅の信頼を置いて。




 絶対絶対に処刑するマンシャルル=アンリ・サンソンくん。

 悪認定さえ完了すれば完全に死ぬまで罪状並べてひたすら処刑を続けるお仕事。大好きなマリーやルイ16世だって所消したのに大英霊程度殺さない訳がないだろという理論。

 アキハバラ <フォトンレイ!

 あと貧乳じゃなきゃ王様じゃないらしいです。


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正直な答は、真の友情の印 Ⅸ

「―――バゼットォ!!」

 

「即行で勝負をつけますよランサー!」

 

 クー・フーリンが一瞬で白い空虚なセイバーへと接近する。七色の光を漏らす剣から放たれた閃光は秋葉原の街を飲み込み、そして破壊する事無く”消し去った”のだ。ある種の完全破壊だと言っても良い。あの剣からもう一度攻撃を放たせてはいけない。それが己とクー・フーリンの共通意識だった。二発目は間違いなく秋葉原そのものを吹き飛ばす。一撃目はクー・フーリンのルーン刻印された【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)】と、対軍投擲法を用いた影の国の戦闘技術を組み合わせた事である程度相殺まで追い込む事が出来た。だがそれでも相手の方が肉体的に、そして宝具の格が勝っているとしか言えない。聖杯を利用しない不正規のサーヴァント召喚で戦力を補充したのは良かったが、やはり本家聖杯戦争で召喚されるサーヴァントの様に魔力を供給できない為、ランクが些か下がってしまう。それでもサーヴァントに対抗できるのはサーヴァント、これ以外の選択肢は存在しない。

 

 即座に殺す準備として【斬り抉る戦神の剣(フラガラック)】を展開したが、展開した直後から相手は一切の必殺行動を止めている―――此方の情報が相手に伝わっている、或いはばれていると見てもいい。速攻で勝負を決めるならクー・フーリンの【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)】で一撃必殺を狙うのが順当だが、相手が対策してきていないとは思えない。故に現状、【斬り抉る戦神の剣(フラガラック)】を展開したまま、クー・フーリンと共に接近戦を挑み、プレッシャーを与え続ける。

 

 正面からアスファルトの大地を砕きながら拳を繰り出す。反応するおそらくはセイバーは後ろへと滑りながら七色の光を光らせ、それを薙ぎ払う様に攻撃を叩き込んでくる。鮭とびの術で跳躍する様に回避した瞬間、その隙間を埋めるように襲来したクー・フーリンの槍が背後から首を貫きに接近する。弾かれる槍が回転しながら素早く五閃の斬撃を生み出し、そして刺突が回避される。その動作に付け込む様に着地、砕いて撃ち上げた大地を殴り飛ばし、砲弾代わりにしながら同時に接近する。素早き切り払われた砲弾の影から、正面から奇襲する様に殴り込む。素早く叩き込むジャブを回避させられるが、直後に繰り出すフリックとストレートが心臓を肉の上から潰す様に叩き込む。一般人であれば防弾ジャケットの上から”弾けさせる”だけの威力を持った拳だが、攻撃を受けてセイバーは軽く吹き飛び、ビルに衝突し、動きを止める。

 

 その姿を眺めながら呟く。

 

「感触としては【天性の肉体】……という所でしょうか。恐ろしく肉と骨の密度が高いです。高ランクの【戦闘続行】があったら恐ろしいですね―――心臓を穿っても戦えそうです」

 

「めんどくせぇな。生き物なら生き物らしく心臓潰れたら死んでおけ、ってな」

 

「それを貴方がいいますか」

 

 ケルトの戦士クー・フーリンの最期は壮絶なものだ。腹を裂かれ、腸が漏れ出たが、それをクー・フーリンは柱に巻き、体を縛り付けて叩き続けたのだ。まぁ、なんとも生き汚いというべきか、早く死ねという言葉に関しては決して彼が言えることではない。おそらく、心臓を失くしても、霊核を破壊されてもクー・フーリンはしばらくの間、戦い続ける事が出来るだろう。

 

「真名は何だと思いますか?」

 

「少なくともこっち関係じゃねーな……んでどうするよ」

 

 ビルから体を剥がし、起き上がった空虚なセイバーを見る。何処か空虚な気配が漂う彼女は剣を握り、ダメージがなかったかのように足を踏み出す。

 

「―――何時も通り、正面から堂々と圧殺します」

 

「ハッ、そうこなくっちゃなぁ!」

 

 とびでてくるセイバーが此方を狙って来る。クー・フーリンと比べてまだやりやすいと判断したのだろうか。全員と服装に刻んだルーンに魔力を送り込んでその力を発揮させる。接近して来るセイバーにカウンターを叩き込もうとし、外され、迫ってくる剣に対して更に踏み込み、振り下ろしに合わせて肘を曲げ、相手の脇の下に絡む様に体を密着させ、そのまま両手を絡んで掴み、足で相手の足を踏み、密着したままセイバーの姿を抑え込む。

 

「ランサー―――」

 

「その心臓、貰い受けるッ!」

 

 跳躍も加速も入れず、最高速に一瞬で到達した槍が赤い残像を描きながら死となって飛翔し、死の運命を決定された相手へと叩き込む。それはまるで時空間を歪めるようであり、密着している結果、同時に心臓を貫くはずだが、体に一切触れる事無く、セイバーだけを突き刺して後方へとその姿を刺し貫き、飛ばす。

 

「【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)】―――ッ!」

 

 絶死の魔槍の一撃が突き刺さり、心臓を貫いた。セイバーは吹き飛ばされながら穴の開いた胸を抑え、ビルに叩きつけられ、魔力を爆発させるように上昇させながらその剣を振り上げた。死ぬ前に破壊出来るだけ破壊するというスタンスだろうか、

 

「【軍神の(フォトン)―――】」

 

「―――後より出でて先に断つ(アンサラー)もの―――!!!」

 

 真名解放の瞬間に【斬り抉る戦神の剣(フラガラック)】を発動させる。それによってセイバーの心臓の穴が更に大きく穿たれ、完全に向こう側までが見える穴となったが、それで体を揺らす事もなく、セイバーはそのまま、死んだ肉体を強引に動かし、七色の閃光を放つ剣を前方へと向けた。

 

「【―――(レイ)】」

 

 そして放たれる閃光。

 

 その前に一つの影が落ちてくる。

 

「【真名看破】―――汝、アルテラ、【神明裁決】を以って動きを禁ず!」

 

 落ちてきた姿は―――デミサーヴァントは着地した衝撃に痛そうな表情を浮かべながら、虚空から白い聖旗が巻きついた槍を取り出し、行動禁止を強引を打ち破って剣を振り抜くセイバー・アルテラの前に立った。

 

「【我が神はここにあり(リュミノジテ・エテルネッル)て】―――!」

 

 広げられた結界が閃光を包んだ。

 

 

                           ◆

 

 

 ―――間に合ったぁ……!

 

『本当にギリギリってタイミングでしたね、マスター。【神明裁決】を使ってからではないと絶対に無理でしたね』

 

 マジかぁ、なんて事を思いながら押しつぶされそうな程響いてくる虹色の閃光、それに全身に力を入れて耐える。服装は既にジャンヌの軍服に変化している。その鎧と軍靴が体を下へと押さえつける重りの様になって、攻撃を無力化する。威力は完全に殺しているが、その圧力だけで吹き飛ばされそうになり、歯を食いしばってそれに耐える。七色の閃光が秋葉原の街に広がらぬように、それに耐えている間、背後から声が響き、体に活力が満ち、

 

「ルーン魔術だ! 食いしばれ嬢ちゃん!」

 

 クー・フーリンは確かルーン魔術を極めた魔術師でもあり、キャスターの適正さえも保有するサーヴァントだった筈だ。その援護のおかげで、喰いしばる程度の力が湧いてくる。大聖杯の汚染か、或いはバックアップがすさまじいのか宝具の威力は凄まじいが、それでも、出力は死んでいることが原因か段々と下がって行き、

 

 そして、消える。

 

「……神の鞭……と呼ばれた……私でも壊せないものが……あるのか」

 

 そう呟いた少女の姿は胸の穴を中心に、罅割れ、歪に砕け散った。その姿が破片となって完全に散ったところで息を吐き、宝具である【我が神はここにありて】を降ろす。危なかった。本当に危なかった。もしヘラクレスの討伐が遅れたりしていたら、今の一撃が”完全に秋葉原を消し飛ばしていた”だろう。英霊アルテラ―――或いはアッティラ大王。フンヌ族の戦士であり、文明の破壊者。その存在は徹底した”対文明英霊”であり、何よりも築き上げられた文明や財産を滅ぼす事に特化している。そんな英霊が秋葉原へと宝具を放てば、一瞬でここが地図から完全に消え去ってしまう。悪あがきというか、どうやら無理やり大聖杯の泥によって戦闘を続行していたらしいが、それも力尽きた今、意味はなくなった。

 

「ふぅー……間に合ってよかった」

 

「すみません、非常に助かりましたが……」

 

「あぁ、うん。冬木へと向かおうと思ってたんだけどね。ヘラクレスに襲われて、今でもランサーがバーサーカー・ランスロットの足止めをしているよ。これからランサーの回収と援護に戻るから―――」

 

「えぇ、では―――」

 

 発言し、動こうとした瞬間、

 

 ―――何かが接近し、バゼットの心臓を貫きながらその姿を吹き飛ばした。

 

「ッ―――」

 

 一瞬で反応したクー・フーリンが槍を動かし、迎撃の行動に入るが、超高速の存在は”人間”の知覚を超えている。デミサーヴァントとはいえ、スペックを十全に発揮しきれていない自分ではその戦闘が欠片しか視認できず、認識したのは自由に形を変える不定形な超高速存在が、クー・フーリンの槍が突き刺さった瞬間、変形しながら刃を伸ばし、クー・フーリンを殺そうとし、クー・フーリンが槍を手放し、後退しながらルーン魔術で焼いた所だった。その次の瞬間には何時の間に赤い槍が握られており、

 

「―――【刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)】―――!!」

 

 宝具の軌道が襲撃者の心臓を捉え―――貫通し―――そして”無傷”の姿へと再生し、そして再びクー・フーリンの姿へと接近し、刹那の攻防の結果、その姿を一気に吹き飛ばした。【啓示】が迎撃しろ、そして同時に逃げろと全力で叫んでいる。この相手は”戦ってはいけない”レベルの、格上のサーヴァントだ、と。戦っても絶対に勝てない類のサーヴァントである、と。そう叫んでいる。その証拠としてバゼットが、戦闘力では自分を上回っている彼女が即死させらている。その事実に呆然としたが、

 

『マスター、回避してください! アンリくんでは肉壁にすらなりませんから下がっててください!』

 

 ジャンヌの言葉に反射的に回避の動作に入る。それで攻撃を回避するが、此方がそこから次の動きへと入る前に、それよりも相手の次の動きの方が早く、その肉体を剣や槍、斧へと変形させるように、獣の如く地を這いながら接近して来る。荒れ狂う土塊。そう表現できる存在は殺意も悪意もなく、ただただ荒れ狂いながら接近して来る。殺される、そう反応した次の瞬間には【我が神はここにありて】を再び握り、咄嗟で発動させていた。

 

 無敵の守護の上から攻撃が叩き込まれ、体が吹き飛ばされる。

 

 バウンドした道路を粉砕しながら転がり、そして体勢を整え直そうと立ち上がる。だがそれよりも早く相手が接近して来る。まさにイカレたとしか表現のしようのない速度、そして実力。まだクー・フーリンが生きて、立ち上がろうとしている。彼に任せて鮭とびの術で逃げれば生き残れるだろうが―――。

 

「ッァ―――!」

 

 無理やり体を反応させるように動かす。【啓示】を通して受け取るイメージをダイレクトに体に反映する事で、最善の動きを取ろうとする。勿論、ジャンヌも同じ事が出来るだろうし、彼女よりも遥かに下手だが、それでもすれ違いざまに叩き込まれてくる無数の武装の嵐、それをギリギリの所で回避に成功する。そこから即座に【真名看破】を発動しようとするが、発動する前に相手が視界から逃れる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息を吐きながら視界から消え、高速で移動する相手を追おうとし―――無駄だと悟り、視線を外す。

 

『どうした雑種、諦めたか』

 

「人の心が読める王様なら解ってんだろ、まだ諦めてねぇって。それよりもほら、アドバイスくれよ。王様なんだからなんか色々と方法とか知っているんじゃないか? んン? ―――ぐっ」

 

 喋っている途中で接近してきた怪物を回避しようとし、しきれずに体が弾かれる様に吹き飛ばされる。ビルの壁に着地し、上へと向かって跳躍する姿を相手が先回りする。その姿を迎撃しようと槍を伸ばせば、それよりも早く体から槍と鎖が伸び、それが此方の体を、肌を浅く抉る。痛みを喰いしばって堪えながら、壁を蹴って逃れようとするが、それよりも相手の方が早い。

 

「■■■■■■―――!!」

 

 空中を跳び、逃れようとする体に追いついて攻撃が叩き込まれる。

 

 体が吹き飛ぶのを認めず、体勢を整え直そうとするが、そのまま壁に衝突し、肺から空気を叩きだされる。それでも体を壁からはがし、そして壁に足をかけ、立つ。荒く息を吐きだしながら、必死に勝機を模索する。視線を素早く周りへと向ければ、クー・フーリンが復帰し、そしてバゼットも何故か生き返っている。つまりまた二人が使えるという事だが―――戦力は絶望的だ。だからと言って諦める気は一切ない。

 

「まだだ―――三人で動きを止めればアンリで処刑できる」

 

『悪いが無理だよ、マスター。あのサーヴァントは一目見れば解る。”罪がない”んだ。まるで生まれたての子供の様な存在で、宝具の対象にする事が出来ない。すまない、この戦闘、完全に僕は役立たずだ』

 

 舌打ちを吐きながら戦闘を開始しようとし、

 

『―――ふ、当たり前であろう。そもそもアレは生まれたての姿を表現したものだ。罪等存在する訳がなかろう』

 

 ギルガメッシュの声が疑問に答えた。そして新たな疑問が湧いた。

 

「……あのサーヴァント、知ってるのか?」

 

 早すぎて【真名看破】で姿を捉える事さえできないあの不定形のサーヴァントをまるで知っているかのようにギルガメッシュは口に言葉を浮かべ、そして、

 

「どうやら大聖杯の主とやらは相当貴様と我を消したいようだな」

 

 答えにならぬ答えを放ち、そして姿を現した。

 

 ―――そのギルガメッシュの姿は召喚された時と同じ、胸からの上半分しか覆わない黄金の鎧に黄金のプレートスカートとレギンス姿であり、ギルガメッシュの戦装束姿だった。

 

「―――喜べ雑種! どうやらこの戦い、我が戦う意味が生まれたようだ」

 

 そう言ってギルガメッシュは大地の上に降り立った。痛みを堪えながらそれを追う様に着地し、ギルガメッシュの背後に立つ。それを気にする事なく、まるでギルガメッシュは守る様に、そして指示を受ける為の様に、正面に立ち、そして右手に、空間の揺らめきから一本の筒を繋げた様な形をした剣を抜いた。

 

「エアよ、寝覚めで少々不機嫌であろうが、しばし、此度の饗宴付き合ってもらうぞ―――」

 

 エアと呼ばれた剣を抜いたギルガメッシュに反応するように、不定形の怪物が動きを止め、視線を完全にギルガメッシュにのみに向ける。その瞬間、何故ギルガメッシュが戦う気になったのか、相手が誰であるのか、そして何故こんな状況になったのかが理解できた。

 

「―――どこの誰だが知らんが、我の前に良くもこの様な事を出来たものだ」

 

「■■、■、■ェ■■ュッ―――!!」

 

「行くぞ雑種―――」

 

 ―――原初のエルキドゥ。

 

 英雄王ギルガメッシュの唯一の友。

 

 おそらくこの世界でただ一人だけ、無条件でギルガメッシュの油断も、慢心をも排除し、相対させ、尚且つ”ギルガメッシュを殺せる”存在。

 

 大聖杯を操っているのが誰であるかは知らない。

 

 だが”ソイツ”は間違いなく本気で殺しに来ている。

 

 超一級の英霊であるヘラクレス、ランスロット、そしてアルテラに加えエルキドゥというギルガメッシュ以外には対処不可能なサーヴァントまで出現しているのがその証拠だ。

 

 だが同時に、

 

「―――貴様に人類最古の王というものを見せてやろう」

 

 それはギルガメッシュを無条件で戦場へと駆り立てる、諸刃の刃でもある。




 次回、原初のエルキくんvs慢心もクソもねぇよギルちゃん

 唯一正面から殺せるサーヴァントってこいつぐらいじゃないの……? って思ったりもしなくはない。


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正直な答は、真の友情の印 Ⅹ

「敗北があるとすればそれは貴様の采配が至らぬ事である事を胆に銘じろ雑種(マスター)!」

 

「おすっ!」

 

「ならば良い! ふはははははは! 行くぞエア! 相手が相手だ、一切の出し惜しみはせんぞ!」

 

 そう言って、乖離剣エアをギルガメッシュは前へと突き出した。ドリルの様に回転する赤黒い筒は輝きながら破壊の光を生み出し、その進路上の存在全てを砕きながら直進する。反応したエルキドゥが凄まじい速度でそれを回避し、ギルガメッシュの横へと回り込んでくる。即座に装備している礼装の効果を発動させ、ギルガメッシュに強制回避効果を付与する。エルキドゥから放たれた十数の槍の同時攻撃を回避しつつ、

 

「もっと早い攻撃を(Quick)ッ!」

 

「ならばこれであろう!」

 

 ギルガメッシュの頭上に黄金の揺らめきが生み出され―――二桁を軽く超える次元の扉が開く。否、宝物庫の扉だ。【王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)】、その扉が開かれ、射出するという形で待機に入り、超高速で動くエルキドゥに対して、マシンガンの様に宝具が打ち出され始める。その速度はすさまじく早く、尚且つ数が多すぎる。打ち出した瞬間には既に次のが装填されており、そして打ち出す準備が完了している。マシンガンと表現したが、目視する限り、それはマシンガンという表現には温すぎる。正しくその脅威を表現するなら、

 

 メタルストームという言葉が一番合うだろう。

 

 暴風の様に吐きだされる宝具が大地やビルに突き刺さりながら、余すことなくエルキドゥへと向かって放たれる。それをエルキドゥは異常としか表現できない速度で移動し、【王の財宝】の掃射から逃れる。そう、異常、そうとしか表現の出来ない速度だ。もはや相手の正体は解ったため、相手のステータスや情報が入りこんでくる。バーサーカー・エルキドゥ、それは別の言葉では”原初のエルキドゥ”とも、”荒れ狂うエルキドゥ”とも呼ばれる、生まれたての存在を表現されたエルキドゥだ。生まれたばかりであり、人の形を持たず、万物に変化する土塊であるエルキドゥは神話の時代の怪物としての側面を最大限に発揮している。その役割は、

 

 ギルガメッシュを討伐―――殺す事。

 

 原初のエルキドゥの機能はその全てに特化している。

 

「ふ、ふは、ふははははは! 流石だなぁ―――!」

 

 故に【王の財宝】の掃射をジグザグの動きを咥えながらビルの影へと瞬間的に回避する事で原初の獣が回避を完了させながらギルガメッシュへと接近する。瞬間的にギルガメッシュとエルキドゥの戦闘を見て、”このままでは確実に負ける”という事を悟り、ギルガメッシュの”敗北する理由は俺にある”という言葉の意味も悟る。大聖杯のバックアップに加え、バーサーカーとして全てが強化されているエルキドゥに対して、ギルガメッシュはサーヴァントという枠に抑え込まれている為に、その能力が制限されていると言っても良い状態だ。原初のエルキドゥと対等に戦うにはサーヴァントという枠が邪魔しており、

 

 その枠を超えて実力を発揮させられるのがマスターという存在だ。

 

「―――【神明裁決】を宣言する! ルーラーの権限を用い、令呪の使用を執行する―――!」

 

 【神明裁決】は本来、ルーラーがサーヴァントを止める為に令呪を行使する能力であり、サーヴァントを止める事など副産物でしかない。令呪を使う事が本来の機能であり、抑止力としての能力が本命だ。ただこの能力は、召喚する度にサーヴァントに対応した令呪が二個生える、という風に現在はなっている。故に、ギルガメッシュに対応する令呪が二画、存在する。

 

「―――令呪を一画を以って宣言する、汝ギルガメッシュ、心の赴くままに戦え、と!」

 

 そして、

 

「―――二画目の令呪を以って宣言する、汝ギルガメッシュ、勝利せよと!」

 

 ギルガメッシュの手綱を完全に投げ捨て、ギルガメッシュを止める、或いは自害させる為の最終兵器である令呪を完全に放棄し、そしてそれをギルガメッシュの強化に当てる。令呪二画の強化を得たギルガメッシュの全身に魔力と覇気が満ちる。令呪の使い方にギルガメッシュが笑い声を上げながら【王の財宝】による射出速度を倍加させる。それはさらにエルキドゥを追い込むようであり―――届かない。

 

「鮭とびの術―――!」

 

 見えた瞬間、ギルガメッシュの腰に腕を回す様に掴み、その体勢を崩さない様にしながら秋葉原の外へと出るように跳躍する。

 

「市街地では絶対に勝てない、好き勝手破壊出来る所まで誘導する!」

 

「丁重に我を運べよ雑種(マスター)? 今の我は機嫌が良い、少々手荒でも許してやろう―――!」

 

 鮭とびの術で超跳躍を行いながら秋葉原から離れようとする姿を、追撃する様にエルキドゥが追撃にやってくる。空に浮かび上がったところで隠れ場所を失くしたエルキドゥへ襲い掛かる様に、百を超える【王の財宝】の扉が開き、視界全てを覆う様に赤い残光だけを残して死の暴風を巻き起こす。空に巻き起こる破壊の領域に、轟音と爆風が響く。が、その間を縫う様に、エルキドゥの姿が変形する。形を持たない土塊は一本の槍へと姿を変え、

 

 ―――そして空間を貫いた。

 

 そもそもエルキドゥ自身が一つの神造兵器である。自由に姿を変え、そしてその機能を十全に発揮できる兵器、ギルガメッシュという凄まじい数の宝具を収集した黄金の王に対応する為に、たった一つの身で何十何百という宝具に対応、適応できるように、エルキドゥは様々な神造兵器へとその姿を変形させる。そうやって、槍へと変形したエルキドゥがやったことは簡単で、空間と空間を貫いた、A点からB点へと貫き、

 

 そして真横へと接近しただけだ。

 

 まさに神話の時代に名を連ねるのに相応しい怪物っぷりだった。

 

「来ると解っていたぞ」

 

 だがそれを既に読み切っていたギルガメッシュの乖離剣エアから天地を断つ破壊が放たれる。赤い螺旋の渦に巻き込まれたエルキドゥの姿が半分に両断され、四つに両断され、切り裂かれ、後ろへと吹き飛んで行く。秋葉原のビルの上へと着地し、軽く振り返り、エルキドゥの姿が再生に入っているのを見て、ギルガメッシュがもう一度エアを叩き込む。虚空が再びギルガメッシュの無二の愛剣によって断てられ、通常のサーヴァントであれば問答無用の死を与える。が、エルキドゥは地に落ちながら再生を開始する。崩れた土塊が再び集合し、荒れ狂う獣の姿を取り始める。

 

「戯け、奴を滅ぼせるのは死の運命か我の最大の一撃のみだ。来るぞ」

 

「クソッ!」

 

 一直線にエルキドゥが迫ってくる。逃げるように秋葉原の外へと向かって鮭とびの術で逃亡し、【王の財宝】とエアで迎撃に入る。それが来るのを理解していたかのように、エルキドゥが空中を蹴って無理やり軌道を替え、足を砕くのと再生を行いながら空中を跳ね、地と着地し、更に加速し、その動きで衝撃波を生み出し、破壊しながら接近して来る。逃れきれない。そう判断した直後、ギルガメッシュが此方を片手で掴み、放り投げ、

 

 正面からエアでエルキドゥとぶつかり、吹き飛ばされながら空中で体勢を整え直し、そのままエアを放った。秋葉原の外へと両者が吹き飛ばされながら攻撃を止めはしない。もはやギルガメッシュも遠慮なく攻撃を放てる環境となった。その頭上に、エルキドゥの足元に、背後に、空間の四方八方に【王の財宝】が展開され、宝具による十字砲火が開始される。超高速で射出された宝具が一切の逃げ場を許す事もなく破壊を撒き散らしながら、エルキドゥの回避動作と攻撃動作を合わせ、復興を始めた秋葉原の外のエリア、隣町はドンドン更地へと変形して行く。

 

 その光景は壮絶の一言に尽きる。

 

「ふはははははぁ! いいではないか! 我も乗って来たぞ。ん? 貴様はどうだ―――エルキドゥ」

 

「■■■■■■■■―――!!」

 

 獣の咆哮に楽しそうな声を漏らし、エアが再び放たれる。天地を両断する破壊の赤い真空派は破壊を生み出し、それを回避したエルキドゥが変形し始める。それが【啓示】に宝具の解放である事を理解させられる。

 

「ギルガメッシュゥ―――! 宝具を使って来るぞ!」

 

「王律権バヴ=イルを使う、我が宝物庫を開けよ!」

 

 笑いながらギルガメッシュがエアを握り、構える。回転を始めるエアに合わせるように、ギルガメッシュに大量の魔力が収束し、そして空間そのものが悲鳴を上げ始める。また同時に、エルキドゥの周りの空間も、エルキドゥの変形と共に悲鳴を上げ、砕かれる様に力が湧き上がる。ギルガメッシュをサポートする為に体内で魔力を生成し、それを一気にギルガメッシュへと送り込む。それでも撃ち負ける、と【啓示】が危機を示す。

 

「財は使ってこそかぁ! ドルオタの分の令呪もぶっ込む!! 魅せてくれ、英雄王の所以たる姿を!!」

 

『ちょ』

 

 【神明採決】によって確保しているシャルル=アンリ・サンソンの令呪二画を消費し、更にギルガメッシュを強化する。それに合わせるようにギルガメッシュの背後、【王の財宝】の中からエアの力を増幅させる様な、未知の宝具が出現する。それが更にギルガメッシュの力を高め、周囲を更地へと変えながら、

 

 三つの渦をエアの前に生み出す。

 

 生み出された三つの力場はまるで一つ一つが凝縮された銀河の様であり、それが混ざる様に一つの力に形成される。

 

「―――原初を語る。元素は混ざり、固まり、万象織り成す星を生む―――」

 

 そして、人類最古の地獄が地上に形成された。

 

「―――【天地乖離す開闢の(エヌマ・エリシュ)星】」

 

 ギルガメッシュが宝具を放つのと同時に、またエルキドゥも、その宝具を完成させる。

 

「【人よ、神を繋ぎ止め(エヌマ・エリシュ)よう】」

 

 それは、その宝具の発動だけは溢れる閃光と共に、だが謳う様な美しい、男とも女とも解らない、そんな声によって宣言された。ギルガメッシュの保有する乖離剣エアによる【天地乖離す開闢の星】は【対界宝具】、世界そのものに対する攻撃と取れるレベルの宝具である。それに対するエルキドゥの宝具は【対粛清宝具】の【人よ、神を繋ぎ止めよう】。それは”ギルガメッシュを殺す為だけの宝具だ。世界すらも切り裂いた一撃、そしてギルガメッシュを粛正する為にだけ生み出された怪物の、粛清する為だけの宝具。それはギルガメッシュという滅ぼすべき相手を前にしている為、最大の威力を宿して輝き、光の楔となって真正面から、エアから放たれた衝撃波とぶつかる。

 

「ぐぁっ―――」

 

 その衝突の衝撃はあまりにも凄まじく、神話の再現と呼ぶしかない状況だった。ギルガメッシュとエルキドゥが戦いを繰り広げている点を中心に、更地になるどころか地形が変化し、生物が生息の出来ない環境に変貌しつつ、空間に無の虚空を生み出しすらあった。神話の時代の圧倒的暴力、数多くの宝具を超える凄まじい破壊、ぶつかり合った衝撃だけでも体が震え、そして意識が飛びそうになる。それを歯を食いしばりながら耐えつつ、正面へと視線を向ける。

 

 完全にギルガメッシュとエルキドゥの一撃は拮抗していた。

 

 それに反応するようにギルガメッシュがもう一度乖離剣エアを振り上げる。何をしようとしているのは理解している。そして、それに対応するエルキドゥが二射目を放とうとする。止める方法はない。必要なのは上回る事であり、そして勝利する事である。

 

「―――アルトリアの分の令呪だぁ、もってけぇ―――!!」

 

 更に二画、使い時だと判断し、ギルガメッシュへとその力を叩き込み、

 

「―――大義である、未だかつてには届かずとも、魅せてやろう【天地乖離す開闢の星】―――!」

 

 再び【天地乖離す開闢の星】が放たれ、【人よ、神を繋ぎ止めよう】がエルキドゥから放たれ、ぶつかり合う。正面からぶつかり合った最高ランクの宝具は辺り一帯を焦土へと変えながら、

 

 世界を閃光で包んだ―――。




 これが神話だ。

出力
エルキ>ギル (大聖杯バックアップの為
相性
エルキ>ギル (ギル粛清するぞー時代な姿の為
テンション
ギル>エルキ (わぁい、エルキだー

 この戦いだけでギルに令呪6画ぶち込んでいるという


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正直な答は、真の友情の印 Ⅺ

 【天地乖離す開闢の星】がエルキドゥの宝具とぶつかって地点は次元の断層が崩壊しながら全てを飲み込み、そして神話を再臨させていた。飲み込まれてしまえば絶対に助からない。そういう神話がぶつかり合った結果、その果てに残ったのは―――静寂だった。秋葉原から離れて戦闘を行った為、秋葉原自体への被害は一切存在しない。その代わりに、ギルガメッシュの放った攻撃の後に、大地に残ったのは―――無だった。何も残らない。道路も、家も、草も、廃墟も、埃の一つさえも残さない。原初の地獄。それがぶつかり合った果てに残されたのは綺麗に破壊された世界であり、まるで鋭利なものに抉られたかのように綺麗に一帯が消失していた。そこで、上半身の鎧が吹き飛んでしまったのか、上半身が裸の状態でギルガメッシュは乖離剣エアを握ったまま、動きを止めていた。エルキドゥの姿が見えず、即座に駆けつける様にギルガメッシュの横へと跳び、着地する。

 

「ギルガメッシュ! ギルガメッシュ!」

 

 声をかけると、それに反応するようにエアを握っていた手を降ろし、それを【王の財宝】の中へと他の宝具と共に収納して行き、胸を強調するように腕を組みながらギルガメッシュが口を開く。

 

「騒ぐな雑種……見て解ろう、我は無事だ」

 

 そう言って健在である事をギルガメッシュは示し、安堵の息を吐く。と、ここでランスロットと戦っていたアルトリアの方が気になり、アルトリアの片目を借りてそちらの状況を確認してみる。が、戦闘を行っている様子はなく、此方へと向かって来る最中だったようだ。倒せたかはどうかは解らないが、話を聞けば解るだろう。

 

「しかし……」

 

 改めてギルガメッシュ対エルキドゥで無に帰された範囲を見る。半径数キロという空間が完全に消失している。これで”サーヴァントとして召喚された英霊は劣化している”為、相対的に宝具の威力まで下がっているのだから、凄まじい話だ。これだけの破壊を生み出してもまだ、ギルガメッシュは全盛期の力を発揮できていないのだ―――令呪を六画叩き込んだ結果はあった、と言う事なのだろうか? これだけの力を発揮できるサーヴァントがいると解ると、心強い。だからほっと息を吐き、そしてギルガメッシュにどう声をかけようかと言葉を悩んでいると、

 

「―――ま、逃がしてしまったのは些か手落ちといった所か。喜べ雑種(マスター)、此度の聖杯戦争、我にも戦う意味が出来た。これより貴様の言葉に従って動く事を喜び、その感謝を胸に精進に励むが良い。最後のあの判断、アレだけは良かった」

 

「え、ちょ、ちょっと待って! ギルガメッシュ! 英雄王! AUO! おい、ちょ、マジで消えるな! 逃がしたって何!? え、エルキドゥ殺し切れなかったの!? マジで? アレで!? 令呪六画ぶっ込んだのに!? 殺しきれなかったってちょ、待て、シャレにならないって! AUO! 返事をしてくれAUOォ―――!! 嘘だと言えよぉ―――!!」

 

 ギルガメッシュが笑い声を響かせながら姿を消して行く。マジで姿を消して反応すらしなくなった。アレが、エルキドゥが、まだ無事で、その内襲い掛かってくるんだぞ? ギルガメッシュの【天地乖離す開闢の星】でさえ倒しきれなかった怪物が、再び、襲い掛かってくる。考えるだけで青ざめる、そういう内容だった。ぶっちゃけた話、英霊最強候補のギルガメッシュでどうにもならない存在とか、ドルオタみたいな相性即死で一撃死させる以外には殺害方法が存在しない。

 

 そうなってくるとまた、英霊を召喚する以外にどうにかする事が出来ない。だが現状、自分が知る限り、英霊級でどうにかできそうな存在は思いつかない。それこそ”神霊級”であればまた話は違うのだろうが―――やはり火力でごり押ししかないだろうか? となるとセイバーかライダー辺りにインド系の大英雄を召喚し、それで焦土作戦を行う必要があるのかもしれない。まぁ、それも聖晶石を集める必要がある。今の所、一つも聖晶石がない為、召喚は行えない。割と急務な気がしてきたが、どうにかしなくてはならない。

 

「どうやら私で最後だったようだな」

 

 大跳躍からアルトリアが着地し、合流して来る。その姿にそこまでダメージはない。鎧の一部にかすれたような跡はついているが、血や切り裂かれたような傷は一つも存在していない。

 

「ランスロットめ、結局最初から本気じゃなかったのか、或いは手綱を握られていたのか、どうも本気で戦わなかったおかげでお互い、流しあうだけで戦いが終わった。まぁ、殺そうと思えばお互い、ただで済むわけがないから助かったわけでもあるが―――それでも去り際に”Not Arthur”はさすがにキレたぞ」

 

 円卓の騎士は芸人か何かか。そんな事を思いつつ、アルトリアを霊体化させる。そしてそのまま、大地に片膝をつくように休息を取る。魔力を消費し過ぎて、体が軽く疲労しているのだ。【天地乖離す開闢の星】が何発か、【死は明日への希望なり】が最低で七発、【最果てにて輝ける槍】が一発、それに加えて【我が神はここにありて】まで使った。正直、聖杯が体に内臓されているからと言って、宝具のぶっぱなし過ぎではないかと思う。しかし、そのおかげで助かったのだからまた、あまり文句を言う事も出来ない。とりあえずは旗槍を大地に突き刺し、それを支え代わりに立ち上がる。

 

 この襲撃を受けて解ったことがある。

 

 ―――このサーヴァントの連続襲撃は”俺を殺す”為の刺客だ。

 

 円卓の騎士、ギリシャの大英雄、そして英雄王唯一の友。どれをとっても超一級の英雄であり、刺客として送り込んでくるのであれば、最強クラスの実力の持ち主だ。正直な話、対策や、対応するサーヴァントを保有していなければ、一切勝利する事が不可能とも言えるレベルのサーヴァントだ。今回勝てた事に関しては純粋に運が良かったのが一つ、そしてもう一つはジャンヌの【真名看破】を保有していた事で、即座に相手に対して対応できた、という事実にある。英霊との戦い、聖杯戦争における戦いでは相手の真名を理解するのが最重要というのは決して嘘ではない。

 

 歴史に名を連ねる大英雄であるからこそ、死因や生前の戦闘方法などの情報が色濃く残っているのだ。【真名看破】はそれを手っ取り早く理解する為の方法であり、そうする事によって的確に相手に対する対処方法を組む事が出来るようになるのだ。ヘラクレスの無限処刑然り、エルキドゥに対する【天地乖離す開闢の星】の全力支援然り、生き残るための選択肢を選びやすくして来る。そういう恩恵が相手の真名を看破する事にはある。

 

 おかげで今回は生き残れたが、襲撃されるという事は、

 

 自分が、はっきりと誰かの、敵の、邪魔になっているという事だ。

 

 ―――その誰かが間違いなく大聖杯であるのは確かだ。

 

「……ここにはいられないなぁ」

 

 呟きながら秋葉原に背を向けて歩きだす。もう、秋葉原どころか人がいる場所に留まる事は出来ない。今回で解った、理解してしまった。自分は狙われる立場にあったのだ。それでももっと先へ、冬木へと向かわなくてはならない。【啓示】がそう自分に伝えてくるのだ。自分の道は前にしか存在しないのだ、と。だからそのまま前へと、秋葉原から離れる様に歩き出すと。背後に足音を感じ、振り返る。

 

「よう、何処へ行くんだ」

 

 魔槍ゲイボルグを肩に乗せたクー・フーリンの姿だった。自分がエルキドゥを引っ張り出した後でもまだ戦闘があったらしく、クー・フーリンの体は所々傷がついてボロボロになっているが、それでも戦闘はこのまま行えそうな、そんな気配があった。だからクー・フーリンへと向き直り、軽く頭を下げる。

 

「今まで本当に世話になった事は感謝してる。でも今回の件で確信した。俺は冬木に行かなきゃ駄目だ。何かが到達を嫌がってる。阻んでる。今回の襲撃はそれだ。たぶん、人目の多い所に来たから、ここにいるってバレちまったんだ。俺がいるから―――なんて事は言わないけど、それでも待ちきれないから先に冬木へ行くよ」

 

「別に止め様とはしねーよ。それよりほれ、バゼットからのプレゼントだ」

 

 クー・フーリンが何かを投げてくる。それを受け取り、確認する。片手で握る事が出いる大きさのそれは、スマートフォンの様に見える。ちゃんと充電されているが、この時代、スマートフォンなんてほとんど意味のない道具のようにも思えるのだが、

 

「それを使えばなんか解らんがどんな場所にいても話せるし、魔力で充電する事もできるらしいぞ。カルデアの魔術と科学を複合させた技術を流用しただかなんだか。俺にはようわからんが、便利だって事は解った。とりあえずもってけ。んじゃ、元気でやれよ」

 

 クー・フーリンはそう言うと何かを言うわけでもなく、そのまま立ち尽くす。そんなクー・フーリンへと半眼になって視線を向ければ、クー・フーリンがなんだよ、と視線を返してくる。

 

「いや、クー・フーリンって結構付き合いがいい奴だよなぁ、って。スカサハとかオイフェ相手にブイブイ言わせてたクセに割といい奴だなぁ、って」

 

「おう、なんつったってあの頃は生きてたし若かったからな! まぁスカサハのあの病みに関しちゃあ偶に怖くなることも―――っていらねぇことを言ってるんじゃねぇよ!! 今はちょい年取って反省している俺なんだからそこはいいんだよ。いや、まぁ、気に入ったら口説くけどさ」

 

「フラれそう」

 

「ストレートに言うなよ!! うるせぇよ! 早く行けよ!」

 

 笑いながらクー・フーリンに手を振りながら背を向け、歩き出し―――鮭とびの術の術で一気に秋葉原から離れる。跳躍の間、空から地上へと落ちる間に、秋葉原へと視線を向け、そして動くことなく見送ってくれているクー・フーリンへと視線を向け、笑みを浮かべてからそのまま、九州へ、冬木へと向かって突き進む。

 

『マスター、荷物を置き忘れているのを忘れずに』

 

『……そういえばすっかり忘れてたな』

 

『あのようなゴミは捨て置け、財は集め、使ってこそだ』

 

「すいません、旅に必要な道具であってゴミじゃないんですけどアレ」

 

 溜息を吐くが、それでも顔に張り付いた笑みは消えない。この先、どうなるかはわからないが―――それでもこの騒がしさがなくならない限りは、なんとかなりそう。そんな気はするのだ。

 

 ともあれ、

 

 とりあえずクー・フーリンや人の見えない場所に行ったら、元の男の姿にいい加減戻りたい。




 エルキドゥ、及びランスロ逃亡成功。ギル様でも殺しそこなったようです。今こそインドを呼ぶ時。

 次回は幕間を挟んでドンドン冬木へと。


 FGO,薔薇礼装限凸完了……! たぶん近いうちにウチのジャンヌちゃんが装備して、絶対死なない聖女ごっこでもしてくれると思います。


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Apocalyps

 ―――私はまた、一匹の獣が海から昇って来るのを見た。

 

 ―――それには角が十本、頭が七つあり、

 

 ―――それらの角には十の冠があって、

 

 ―――頭には神を汚す名がついていた。

 

 ヨハネ黙示録第13章より。

 

 

                           ◆

 

 

  それは七つの首を持った赤い獣だった。黙示録に描かれた通り、角を持ち、冠を被り、そして四足大地を歩く冒涜の獣だった。その背には服装を一切着る事はなく、そして黄金のアクセサリーを身に纏う、金髪の女がいた。その姿は男女関係なく劣情を抱くものであり、人間であればそれを見て、問答無用で武器を投げ捨て、そして抱かれるために体を差し出すだろう。たとえその前に赤い獣に喰われるという現実があったとしても、それを気にさせる事なく、人は自殺の道を選ぶ。億が一、那由他が一、その女へとたどり着け、抱かれる事が出来るのであれば、それだけでいい。それ以外のものは何ももういらない。名誉も、家族も、友も、全ていらない。抱かれる事さえできればいい。

 

 そう思わせる女―――大淫婦マザーハーロットが黙示録の獣に騎乗している

 

 その黙示録の獣と大淫婦が支配する精神汚染の空間、それに真っ向に相対するように立つ、二つの姿がある。一つは奇抜だが情熱的な赤い服装の少女であり、もう片方が学生が着る様な制服に身を包んだ青年だった。明らかに場違いと評価できる組み合わせだった。神話に紛れ込んだ生贄、被害者、それが今、二人を象徴する言葉だった。どんな人間であろうとも振り払う事の出来ない大淫婦の気配を二人は最大限の状態で受ける場所にある。故にこれが普通の者であれば、間違いなくその気配に心を溶かされてしまうのだろう。

 

 が、

 

「ふむ……クラスはライダーって所か」

 

「ハイサーヴァントとなってくるとクラスとか怪しい事になってくるからぶっちゃけ括るだけ意味がないと思うがな! 主にリップやリリスの事だが! しっかし姿かたちはまるっきり違うが、感じる力の質は割と似ているものがするぞ奏者」

 

「あぁ、それは解ってる……けど、さて、どうするかなー。月とルールが違うからマトリックスもないし図書館で検索する事も出来ないしなぁ……」

 

「奏者よ、最後は余との愛とご都合主義のコンビネーションでどうにかするとはいえ、あまり不安になる様な言葉を言うべきではないのだと思うが」

 

「そうだな、セイバーの言う通りだな」

 

 そう答え、”奏者”と呼ばれた青年は鋭い視線を黙示録の獣と、大淫婦へと向けた。不思議な事に、男装の少女”セイバー”と”奏者”は誰もが溶かされるであろう大淫婦の領域において正気を保つどころか、まるで何時も通りの様に活動をしていた。サーヴァントと呼ばれる英霊であれば、まだ分かる。彼らにはスキルや宝具、逸話や伝承が存在し、そのおかげで精神汚染を無効化する程度の事はやってのける。何よりも脅威的であり、そしてマザーハーロットの気を向かせたのは青年の存在だった。

 

 ―――その青年に特別な事は何もなかったからだ。

 

 肉体を構成しているのは普通の人間と同じ血肉である。その体の内にある魔術回路は多い方ではあるが、全身が魔術回路なんてデタラメな事はない。伝承保持者ではないし、血脈を以って神秘を後世へと伝える一族でもない。混血でもないし、なんら、特別な肉体を保有した青年ではない。故にマザーハーロットの気配に当てられる被害者側の筈である青年は、まるで意に返す事もなく、マザーハーロットと黙示録の獣を正面から見ていた。ありえない。そう表現できる様子だった。だが現実として発生している。青年は淫気に溺れない。

 

 そのトリックは簡単な話、

 

 ”対峙し、そして退治した”という経歴を持っているだけの話だ。

 

「様子を見るか……GABBGA」

 

「と言いつつノリノリではないか!」

 

 傍目、意味の解らない言葉を放ったように見える奏者の言葉をセイバーは受け取り、相手が動き出すのと全く同じタイミングで踏み出した。黙示録の獣の上に騎乗するマザーハーロットは騎乗する獣を操り、素早くセイバーに接近し、そして七つの首で噛みついてくる。それをセイバーは的確にガードしながら、瞬間的にカウンターを叩き込み、素早く攻撃と攻撃をぶつけ合いながら大ぶりの攻撃を黙示録の獣へと叩き込み、流れるようにガードへと移行、守ってから素早い斬撃を叩き込み、後ろへと跳ねた。その距離に合わせる様に奏者が後ろへと下がった。

 

「ふむ、ABBは完全に外れであったな! ……なんか今の言い方は月の方を思い出してイラっと来るぞ」

 

 セイバーの方には短い接近戦の間で喰らった斬撃のダメージが赤い痕となって刻まれていた。片手を前に突き出した奏者はその傷をあっさりと治療するが―――黙示録の獣に至っては傷痕すら存在していなかった。カウンターや素早い斬撃の類、それらは全て黙示録の獣に命中したが、そうであっても彼我のサーヴァントの格が違いすぎる。生物としてのスペック、領域が違うのだ。

 

「少々めんどくさいからちょっくら余が持っている事にしよう! 皇! 帝! 特! 権! である!」

 

「……GGAGGA?」

 

 笑いながらセイバーが突撃する―――その刃には先程までは存在しなかった【神殺し】のスキルが乗っている。【皇帝特権】を通して自由にスキルを獲得したセイバーはそのまま青年の指示に従い、故にその刃は神話の登場人物である黙示録の獣に良く突き刺さる。一瞬の接近に反応した獣の連続の噛みつきを連続でガードしながらそれを弾くように飛ばし、踏み込み、一撃、斬撃を通してから再び防御に入る。すかさず入りこんでくる連撃のガードに成功してから受け流し、カウンターを叩き込み、

 

「余は楽しい!」

 

 大きく一回転しながら速度の乗った剣を頭上から叩きつけた。美術品の様なまともな造形が成されていない焔の様な剣を振るっているくせに、その一撃は強く、素早く、そして響く。その衝撃にあわせて後ろへと跳び、再びセイバーは距離を取るが。

 

「ぐぬぬぬ、全く通っておらんぞ奏者よ! 敵はどうやら”神話強度”が余よりも遥かに高い様ではあるな」

 

「ムーンセル内とは違って地上では歴史の深さで神秘量が変わるから、神話の時代になると神話強度等が出てきてまともにダメージが通らないんだっけ? 困ったなぁ、読みは通るんだけどな……ならやり方を変えるか」

 

 呟く青年に合わせてセイバーが剣を構える。それを見ていたマザーハーロットが面白そうに微笑む。攻撃する機会なら何時でもあった。だがそれを彼女が実行しないのは、明確に彼女がこの二人組を舐めているからに違いない。いや、確かに本気を出せばおそらく、セイバーも、そして奏者も、一瞬で滅ぼせるのだろう。それが”神霊”というカテゴリーに入る存在の理不尽さなのだから。故に低次元の攻撃を受け付けない黙示録の獣の上で、初めて見る、自分の領域でも正常に活動する青年の姿に彼女はときめいてすらいた。どうやって自分という毒で甘く溶かそうと、それしか考えていない。

 

 それを理解している故に、青筋をセイバーが浮かべる。

 

「勝手に奏者を誘惑するでないわ!」

 

 踏み込んだセイバーに対応するように黙示録の獣が動き出す。だが更にセイバーが加速する。

 

「―――天幕よ、落ちよ! 花散る天幕(ロサ・イクトゥス)!」

 

「……見切った、BGAAA」

 

 背後へと高速で切り抜けたセイバーが相手が振り向く時間を利用し、大ぶりの斬撃を叩き込む。その直後に反応する獣の薙ぎ払いをガードで受け流し、素早くカウンターを成立させながら一瞬で獣の上へと踏み乗ったセイバーがマザーハーロット、そして獣の頭を二つ、切り裂くように抜け、奏者の横へと戻ってくる。それに合わせ、指揮の最短距離を維持する為に奏者が下がる。

 

「見事だ奏者よ! だけど通じてない! 余、泣きそうだ!」

 

「よしよし……神話強度じゃなくてこれは”伝承保護”の類―――”私は神話を達成しなければ死にません”という類のアレだな」

 

「ぐぬぬ、結局神秘の強度差で殴れないのが原因ではないか!」

 

「まぁ、確かに神秘が強ければ殴りとおせる訳だけど―――」

 

 そこで奏者が黙る。セイバーの神秘はそこまで悪くはないが、とても濃いというレベルでもない。奏者がセイバーと共に相手をした太陽の騎士であれば、その宝具で強引に傷をつける事もできただろう。生憎と、そこまでの神秘がセイバーには存在しない。故に不可能な選択だった。そればかりは月とは違う、無情な”システム”とも言えるかもしれない。月とは全く違う法則、全く違う世界。それは逆風となって奏者とセイバーに襲い掛かっていた。今迄戦っていた環境と、そしてここでの違いというものもあるかもしれない。

 

「まぁ、それでも―――」

 

 と、口を開き、

 

「―――そんな事よりも、私と遊んでくださらないのかしら?」

 

 マザーハーロットがついに言葉を放った。その一言一言が呪詛だ、口を開くだけで多くの人間をそうした様に、音で魅了し、そして直接脳髄に理性を飛ばすように誘惑する。ただその声を受けて、奏者は溜息を吐きながら頭を横に振る。

 

「露骨なエロはセイバーで見慣れているしなぁ……」

 

「奏者よ、余の一帯どこがエロいのだ。これはただの男装だぞ」

 

「そのセンスからして終わってるのに何で気付けないんだろうなぁ……というわけで、残念ながらノーサンキュー。あまり、露骨なエロってのは好きじゃないんだ。健全な格好に隠されたチラリズムの方が個人的には趣味でね。だから俺を誘惑したいなら最低限現代のファッション誌に目を通してから着エロについて学ぶんだな!」

 

「奏者よ。結局話がエロに戻っているぞ」

 

「流石大淫婦……!」

 

「ふふ、愉快な方ですわね」

 

「まぁ、月で一番愉快な男かもな―――月の男ってもう俺一人だけどさ」

 

 その言葉にマザーハーロットが首を傾げる。だが、奏者が面白い事を言っている事だけは理解している。その為、面白そうに彼女は笑った。その笑みや笑い声には一切の邪気や悪意が存在しない。当たり前だ、彼女は殺そうと思って人間を殺そうとしていないし、殺そうとも思っていないからだ。ただ、彼女と関わった結果、勝手に人が堕落して自滅してしまうのだ。或いは彼女が騎乗している黙示録の獣、それが勝手に食い殺すのだ。ならば”仕方がない”と割り切るしかない。”そういうものだ”と納得するほかはない。

 

 大淫婦に悪意はなくても、その存在自体が純粋な悪なのだ。

 

 ―――これが人類史上二番目に多く人を殺した処刑人であれば、問答無用で即死させた相手だろうし、それは確実に成功するだろう。

 

 それだけにこの存在の悪の純度は高い。無意識や意識的にという言葉は意味をなさい。

 

 純然たる悪のみで構成されているのだから。ただ、それも、奏者から言わせれば、

 

「―――最強最悪の宝具よりはマシだな」

 

「うむ、それは間違いないな」

 

 それでも過去を想いだし、前よりは良かったと言う。”ルールが違う”から比べられるものではないが、それでも規模的には大分マシになっていると、そう断言し、そして奏者は、改めてマザーハーロットを睨む。今までの様な様子見に徹する様な視線ではなく、明確に敵を倒すべきだと判断し、そして倒す為に向ける、戦意ある、戦士の目だ。

 

「詰めるぞ”ネロ”。出し惜しみはなしだ宝具も神話礼装も解放する」

 

 奏者の言葉にセイバーが笑みを浮かべる。

 

「然り! 浪費してこその財である! 我が名はネロ・クラディウス! 我が才を見よ! 万雷の喝采を聞け―――」

 

 セイバー―――暴君ネロが剣を掲げる。それに合わせる様に世界がネロに飲まれて行く。マスターである奏者を、サーヴァントであるネロを、黙示録の獣を、そしてマザーハーロットを黄金で出来る広大な世界の中へと閉じ込める。美しくも輝くそれは、

 

「しかして讃えよ! ―――【招き蕩う黄金の劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)】を!!」

 

 黄金の劇場だった。ネロを中心に展開された黄金の劇場、展開されるのと同時にネロを称える様に光り輝き、そして辺りに漂う淫婦の気を洗い流す。その中央で踊るようにポーズを決めるネロの服装は光と共に変化して行く。赤い、情熱的な服装からもっと原始的で、きらびやかで、しかし火山の情熱を感じさせるような服装―――礼装へ。

 

「再び告げよう! 我が名はネロ・クラウディウス! マスター・岸波白野のサーヴァントであり、月の聖杯の覇者であると! 讃えよ、奏でよ、そして踊るが良い! そうやって迎えるが良い―――余と奏者の勝利を!」

 

 煌びやかな劇場と服装に包まれたネロを見て、漸く、黙示録の獣が警戒をする様な意識をネロ、そして白野へと向ける。

 

 【招き蕩う黄金の劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)】と神話礼装。

 

 それを展開する事により、神話を殺すに至る次元へと至ったのだ。

 

「ネロ!」

 

「―――奏者よ、この剣、其方に捧げよう―――童女謳う華の帝政(ラウス・セント・クラウディウス)!」

 

 瞬間、踏み込み、黙示録の獣の背後へと回り込みように切り込んだネロの動きは一撃で黙示録の獣の七つ首の内、その一つを問答無用に切り飛ばした。瞬間的に反応した他の首が四足獣にはありえない反転速度を見せながらネロの横へと回り込み、その逃げ場を殺すように六つの首で追い込み始める。それに反応し、白野が指示を出しながらネロが刃を振るう。迫ってくる獣の首を一つ一つ確認し、指示を受け取りながら明確に見切る。

 

「余が持っている!」

 

 【心眼(偽)】を取得し、回避する。

 

「踏み込む故に持っていることにした!」

 

 【魔力放出(炎)】を取得し、踏み込みと火力を増強する。

 

 【皇帝特権】という化け物染みたスキルを最大限利用し、ネロ、そして白野が黙示録の獣とマザーハーロットへと正面から挑む。人類が”知性と理性と性欲”を保有する限りは覚者でもない限りは打倒できないと言われている大淫婦を相手に、おそらくは唯一、何のペナルティを受ける事もなく正面から戦える男。

 

 ―――既に月で淫婦には勝利している。

 

 故に的確に、そして確実に見切って指示を出すのみ。

 

 ”情報は出揃っている”のだから。

 

 岸波白野は諦めない。

 

 ネロ・クラウディウスは愛する奏者を裏切らない。

 

 ―――アメリカ黙示録の大淫婦討伐の幕はこうして上がった。

 

 ―――これは既に終了した物語。

 

 ―――神話の赤き竜はここにはいない。

 

 ―――人々を導く救世主は”絶対に来ない”。

 

 しかし、それでも、聖杯によって生み出された偽物の黙示録、神話。

 

 ―――これは既に終了した物語。

 

 月から降りてきた二つの存在によって大淫婦を滅ぼした、という物語の一幕。

 

 人類は、まだ、戦える―――。




 お月様からやって来た最後の助っ人。

 ご都合主義はない。

 ゲームのリセットボタンはない。

 それでも前に進む事だけは諦めない。

 覚者も波旬も大淫婦も月もぶっ飛ばしてやるからかかって来い。

 ザ・主人公の短い活躍のお話であった。


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求めよ、さらば与えられん

 ―――炎上汚染都市冬木。

 

 それが冬木市へと与えられた名だった。聖杯解体の失敗から連鎖する様に発生したアンリ・マユの生誕と日本の大規模霊脈汚染から始まる大陸の悪属性化、それは全て冬木という都市を中心に広がっているものであり、冬木はその悪逆性を象徴するかのように”消える事のない炎”で常に燃え続けているのだ。否、正確に表現すると違う。冬木という都市は時代の特異点と化しているのだ。神霊という存在が降臨した結果、冬木市は歪んだ、時代から切り離されてしまった。まるでビデオをリプレイしているかの様に、冬木の死者達は解放される事のない、燃え続ける地獄で死に続ける。そして時が止まった歴史の特異点では永遠に炎は消えず、燃え続けているのだ。地獄。。それは一目見て理解できる地獄。逃げ場のない地獄。死んでしまえば魂まで汚染され、そして冒涜されてしまう地獄だった。

 

 悪神アンリ・マユが住まう、降臨する大地。

 

 それが炎上汚染都市冬木。

 

 九州に位置すると言われる冬木市への道は遠く、そして険しいものだ。普通に九州へと向かおうとするなら、まず絶対に車か、或いは電車、最低限そういう乗り物が欲しくなってくる。少なくとも関東から九州への移動手段が必要になってくる。だがシャドウサーヴァント等の出現でインフラが破壊された今、国内を移動する手段は野生で捕まえる馬か、或いは徒歩、もしくは自転車というものが現実的になっている。だがそれでは移動までに時間がかかりすぎる。冬木に到着するまでは永遠に時間がかかる。その間にまた複数の襲撃を受けでもすれば、それでゲームオーバーになるのが見えている。消耗した令呪は回復する事がないのだから。つまり時間をかければかけるほどピンチになって行くという事実があった。故に早急に冬木へと向かうべく、移動手段が必要になった。

 

「―――そんなもの飛べばよかろう」

 

 ギルガメッシュのその一言で全てが解決された。

 

 

                           ◆

 

 

 空を飛んでいる。

 

 高速で空を飛翔する多面い使用しているのは飛行機絵はなく―――古代の叡智だ。【天翔る王の御座(ヴィマーナ)】と呼ばれる小型の船の様な形をした戦車は、古代インドにおいて戦争に使われる兵器であり、そして飛行する機能を備えた飛行船でもある。その原典とも言えるものをギルガメッシュは【王の財宝】の中に保有しており、そしてそれを取り出した。武器のみならず乗り物の類まで所有している事には正直呆れさえするが、それでも通常の聖杯戦争において、”ギルガメッシュを召喚すれば勝利する”という言葉に関しては全力で同意しなくてはならない。

 

「この我が力を貸すというのだ―――愚か者を滅ぼしに往くぞ。貴様は落ちぬようにしっかりと捕まっていろ雑種」

 

 ギルガメッシュの心変わりは劇的だった。おそらくはエルキドゥというギルガメッシュ唯一の友が敵として召喚されたことに、それを理由にギルガメッシュが慢心を捨てた事にあるのだろう。決して、ギルガメッシュが心を開いたわけでも、此方を認めたわけでもない。指示には従う、が、それでもギルガメッシュは己を曲げようともしないし、助けようともしない。ただ単に、エルキドゥと戦う為、そしてエルキドゥを召喚した者を殺す為だけに、ギルガメッシュは全ての慢心を捨て、本気で戦う事を決めたのだ。この世でおそらくは唯一、ギルガメッシュを本気にさせる事が出来る理由でもあった。この男―――いや、今は女だが、彼女はたとえ、自分の命の危機であろうとも、絶対に本気を出そうとはしない。自分が本気を出す為には理由が必要であり、それを満たさない限りは殺されても出さない。

 

 それが英雄王という存在の傲慢さ。

 

 最古の王にのみ許されたその態度と考え。

 

 それに従う様に【天翔る王の御座(ヴィマーナ)】に乗った。玉座を持つその船の上にギルガメッシュは座り、そしてその横に、玉座に捕まる様に立つ。霊体化した他のサーヴァント達がしっかりと乗ったのを確認し、【天翔る王の御座】が上昇する。ギルガメッシュの思考操作によって操作される古代の船は助走を必要とせずにその場で上昇し、そして一気に加速する様に前へと飛び出す。空気抵抗なんてものは古代の叡智で完全に無視し、ありえない速度で飛行する。慣性の法則を無視した加速と速度を見せる【天翔る王の御座】は一瞬で東京の上空を抜けて行くように飛翔し、そのまま九州方面へと向かって突き進んで行く。それをギルガメッシュは玉座の上で足を組む様に、鎧姿で空の旅を堪能している。

 

「すげえ! ギルガメッシュこんな宝具まで持ってたのか! マジすげぇ!」

 

「ふはははは! そうであろうそうであろう! 讃えるが良い、この英雄王の財宝を! ふむ、なんだ、雑種とはいえ少しは話が分かる奴ではないか。いいだろう、この英雄王のちょっとしたドライビングテクを見せてやろう!」

 

『私、物凄く嫌な予感がぁ―――』

 

 ジャンヌがそう言葉を放った瞬間、【天翔る王の御座】が逆さまになった。

 

「ふぉぁっ!?」

 

『あ』

 

 アンリ・サンソンが足を滑らせて落ちた。

 

「ドルオタァ―――!!」

 

「ふはははぁ!」

 

 笑いながら急カーブを放ち、アンリを船体に叩きつける様に回収しつつ、スピンを加え、高速でドリフトを決めながら英雄王ドライブが日本の空に炸裂する。もはや神秘の隠匿なんてことは一切気にせず、通常のドライバーが峠でキメる様に、ギルガメッシュが笑いながら【天翔る王の御座】でテクニックを決めていた。死にそうな表情を浮かべているアンリ・サンソンとは裏腹に、アルトリアは笑いながら立っていた。

 

『もっと速度は出ないのか英雄王! これならまだドゥンスタリオの方がマシだぞ!』

 

「ほう、言ったな? ならば見せてやろう、これが速さだ!」

 

『仲間に殺される……!』

 

「ヒャッホ―――!」

 

 玉座にしがみつく手に力を込めつつ、更に加速し始める【天翔る王の御座】の姿に大声で叫び、風を感じる。楽しみながら、眼下で変わって行く景色へと視線を向ける。巡る巡る景色を確認する。東京の街並みは既に消え、田舎の風景が一瞬で現れては消え、どんどんと場所は変わって行く。突き進めば進むほど見える場所は変わり、山の上を超えて行く様に飛翔しながら更に日本を横断する様に【天翔る王の御座】が突き進んで行く。やがて、段々と関東圏を抜け、関西圏へと突入し始める。一瞬だけチラリと見える建造物のおかげでどこだかを軽くだが確認できる。アレ、京都や大阪じゃね? なんて事を考えて関西圏を横切れば、

 

 段々と、”冬木の気配”を感じ始める。

 

 冬木の気配とはつまり濃密な”悪”の気配だ。冬木にいるのは強大な悪の神、アンリ・マユ。神話を見てもそれに匹敵するほどの存在は稀であり、そして概念に通ずるサーヴァントである故に、問答無用でその力を世界に浸透させる事が出来る。極悪としか表現できない存在は、そこにいるだけで周囲へと影響を与えるのだ。故に、たとえ関西からでもその存在は感じる事が出来る。そして九州へと近づけば近づく程、その気配と悪意は濃密に空気に乗って伝わってくる。普通の人間であれば発狂する様な空気だが、それをものともしないサーヴァントがここには揃っている。精神への干渉はそのサーヴァントとしての我の強さで跳ね除け、そして【聖人】としての加護が自分を守ってくれている。故に近づきつつある悪意に対しては平気であり、

 

 そのまま臆することなくギルガメッシュが【天翔る王の御座】を前進させる。

 

 関東から関西へ、そして更に九州圏へと入るのはギルガメッシュの宝具をもってすれば、簡単すぎる事だった。

 

 だが九州へと入った瞬間、ギルガメッシュの操作が変わる。直進させていた【天翔る王の御座】を横へとロールさせる様に回避動作に入る。遅れて次の瞬間には【天翔る王の御座】があった空間を閃光が突き抜けていた。視線を背後へと向ければ、ボディコンの様な服装姿の女が翼の生えた白馬の上に乗っており、それが空間を貫いたという事が解る。回避に成功した【天翔る王の御座】を追いかけるように背後から白い閃光となって追いすがってくる。それに反応するように歯を食いしばってジャンヌへと姿を変え、スキルを発動させる。

 

「―――敵はライダー・メデューサ! ギルガメッシュ船長! 迎撃するのでーす!」

 

「砲門開けぇ―――い!」

 

『ノリがいいですね』

 

『英雄王は割とおだてられると気分良くなって奮発するタイプだからな。コツを掴めばコミュニケーションは難しくはない』

 

 なのにお前、良くぶつかるよな、と思ってはいけない。

 

 それでもおだてられたか気を良くしているのか、ギルガメッシュは上機嫌に笑いながらその背後に【王の財宝】の揺らめきを生み出し―――そして一気に十数の宝具を射出した。高速で中空を駆けて行く宝具の軌跡をライダー・メデューサは白馬、ペガサスの上に乗ったまま素早く飛翔し回避する。だが回避した所で宝具は直角に曲がり、そのままメデューサを追い掛ける。【王の財宝】での射出にそんな機能は存在したか? とは思うが、英雄王の蔵の中は底なしだ、そんな事が出来てもおかしくはないだろう。メデューサは逃れる様に加速し―――そして反転し、閃光となって宝具を体当たりでかき分けながら接近して来る。背後から迫ってくるその姿へと向け、

 

 アルトリアが槍を構えた。

 

「主砲―――発射ぁ―――!」

 

「【最果てにて輝ける槍】」

 

 アルトリアから放たれた槍の一撃が背後から接近して来る姿を到達よりも早く貫き、そして滅ぼす。だがそれと同時に【天翔る王の御座】の前方からまるで流星の様な輝きが迫ってくる。【天翔る王の御座】を超える速度で放たれてくる流星の一撃、それを聖旗を前へと突き出す事で、

 

「―――【我が神はここにありて】!」

 

 無効化する。

 

「無敵ではないか我が軍は!! フハハハハ!」

 

 更に加速しながら、向かって来る。再び空を切り裂くように流星が煌めく。宝具による遠距離狙撃攻撃だろうか、おそらくはアーチャーの仕業だろうが、これだけでは自分やギルガメッシュでさえ判別は不可能だ。【我が神はここにありて】でそれを正面から無効化しつつ、四度目の無効化に聖旗が少しだけ、前よりも焼けた様な痕を見せ始める。【我が神はここにありて】は使えば使う程宝具が崩壊する。その代わり、今は聖杯と直結している恩恵で時間さえあれば回復させる事もできるのだが―――短い時間の間に連発し過ぎが原因だ。

 

『空中戦になると役に立たないですね、僕は』

 

「空中適応できている方がおかしいんだよ……ギルガメッシュ!」

 

「戯け、解っておるわ!」

 

 【王の財宝】が展開され、それが弾幕となって正面からの流星を防ぐ壁となる。俺を囮に【天翔る王の御座】が高度を下げて行き、一気に地表へと向かって落下して行く。素早く移動しながらも地表スレスレの所まで下がったところで、【天翔る王の御座】から飛び降りる。ギルガメッシュも飛び降り、そして宝物庫の中へと宝具を収納する。空を見上げればそこにはサーヴァントの姿はなく、相手を振り切れたことが解る。息を吐きながら元の姿へと戻り、そしてアルトリアとギルガメッシュ霊体化させる。体を低くしながら着陸した所の近くにあった林の中へと飛び込み、軽く身を隠し、

 

 数分経過する。

 

 変化はなし。

 

 完全に振り切ったとは思わないが、それでも大分接近には成功したな、と思っておく。

 

「さて、ここは、どこかなっと」

 

 周りを伺いながら林から出て、そして周りへと視線を向ける。周りに見える光景は住宅街のものだ。ルーラーの特権を用いてサーヴァントの気配を感じれば、大量のシャドウサーヴァントの気配を比較的に、近い場所に感じる。その方角へと視線を向ければ、廃墟が視界にあり、その向こう側が見えない。だからその上へと移動するように裏手の壁の上から昇り、元々は二階建ての家だった場所の屋根の上へと移動する。そこから見える光景は、廃墟と荒野ばかりだった。

 

 だがまるで壁を隔てた、隣街へと視線を向ければ、

 

 風景はがらりとその姿を変える。

 

 ―――見える限り広がるのは炎と泥。

 

 黒く汚染され、そして炎によって燃え続ける都市の姿だった。少々手前の方で着陸させてしまったが、それでもどうやら目的地へと到達する事が出来たようだ。

 

『記録の事が経験だとすれば、この感覚を懐かしいというべきなのかもな』

 

『ふん、変わらんな』

 

 アルトリアとギルガメッシュの声はどこか、懐かしむ様な色がある。サーヴァントという存在は召喚される際に戦闘の記録を時間の概念を無視して英霊の座は集積する。その為、ギルガメッシュとアルトリアには第四次、第五次聖杯戦争の”記録”が存在している。一体、過去の面影が一切存在しない炎上都市を見て何を思うのだろうか―――なんて考えても無駄だ。やる事は決まっているのだから。

 

「冬木を……大聖杯を潰す」

 

 何故か、それが使命感として胸に焼き付いていた。

 

 この風景を見て、それは半ば義務のようにも思えた。




 冬木が見えてきたので漸くfateらしく見えてきましたが、お話的にはクライマックスですよ。前から言っているけど、この人たちの活躍は冬木をクリアしておしまいなのです。

 勝っても負けても。


 FGOオリオンイベ、礼装持たせて初級集会が効率一番いいらしいですね。

 フレサポに送り出すリダが団子礼装持ってると効果発揮するらしいので、採用率上がりそうですよ


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求めよ、さらば与えられん Ⅱ

「……流石冬木付近というべきか、警備が厳重だな」

 

 そう呟きながら完全に骨のみで構成された兵士、竜牙兵の横を抜けて歩く。視覚に頼らず、臭いにも頼らず、魔術的に動いている兵士は魔術的な干渉で相手の位置を把握する。その為、魔術から感知されない状態であれば、絶対に見つからないという凄まじく間抜けな特性を竜牙兵は保有している。故に英雄王の蔵、【王の財宝】の中におさめられている宝具の一つ、【ハデスの隠れ兜】を被る事で魔術的に、そして光学的に身を隠している。魔術的に、そして光学的に身を隠す事を可能とするこの宝具は臭いや体温、気配といったものはさすがに消す事が出来ない。が、そう言う相手となってくると霊体化したサーヴァントでさえ見抜いてくる為、【ハデスの隠れ兜】も意味をなさないだろう。ただ今は、竜牙兵から身を隠しつつ、街の調査を進めている。

 

『小賢しい、雑兵なぞ吹き飛ばせばよい―――と言いたい所だが、悪くない判断だ雑種。そもそも相手は無尽蔵にサーヴァントを生み出せるという環境にある。我がエアを抜けばたいていの問題は解決するであろう。だがそれも限度がある。我の動きが万が一封じ込まれることがあれば、残る守りは二騎―――』

 

『そうですね、正直に言えば僕の宝具は対人属性の宝具なので複数で攻められるとどうしても詰みます』

 

『私も一騎当千の実力を誇る、サーヴァントとしては一級のランサーだ。だが流石に英雄王の如く無双する事は出来ない。同時に相手が出来るとして三体が限界だろう』

 

『三体同時に相手できるという時点で割と凄いんですけどね……』

 

 つまりサーヴァント一同、戦略としては”忍ぶべし”という結論に至っている。今いる場所は冬木市の隣の都市であり、炎上と汚染がまるで壁に隔たれている様に発生していない都市だ。その代わり、巡回する様に大量の竜牙兵が存在し、まるで軍隊の様に統率された動きで五体からなる一グループを形成し、徘徊している。手に握っている武器は様々な物であり、槍だったり双剣だったり、統一性は見えないように見えるが、互いにカバーできるような武器を握っている様に見える。つまり、ある程度は戦術に則った動きを取る事が出来るかもしれないのだ。

 

 実にめんどくさい。

 

 竜牙兵の横を抜けて商店街に入る。英雄王に被らせられた【ハデスの隠れ兜】がしっかり頭の上にある事を確認しつつ、商店街を歩く。元々は人がいて、そして活気にあふれていただろう商店街だったが、今はもう、人の姿は見る影もなく、完全に倒壊した建物ばかりであり、人の気配どころか竜牙兵の姿すらなかった。住宅街も見て回ったが、損傷がかなり激しい家屋が多かった。それはつまり、

 

『―――破壊の痕は”外から中”へと向けたものがほとんどでした。恐らく、炎上した冬木の人々を殺した直後に襲われたのが此処なのでしょう……』

 

 小さく、祈りの言葉を呟くジャンヌの声に耳を傾けつつ、付近を観察する。が、やはりどこまで行っても潰れた建造物しか周りには見えない。念入りに破壊でもされているのだろうか? そんな事を想っていると、まだ破壊されておらず、そして中に入る事が出来そうな店を見つける。”三枝雑貨”と書かれたその店舗の入り口を抜け、中に入る。数年間放置されているのか、中は今まで入って来た建物同様、埃だらけだ。口に聖骸布を当てるという豪華な礼装にハンカチの代わりを果たしてもらいつつ、家探しを始める。と言っても、既に略奪された後の様な痕跡が多く、周りには荒らされた痕跡しか存在しない。それでも粘り強く何かを求め、店舗の奥の住居スペースへと入りこみ、そのまま家探しを続行する。

 

 それでも求める様な魔術的痕跡や、ヒントの類は見つからない。新聞も大半は焼けていたり、ぼろぼろになっており、情報を読み取る事が出来ない。溜息を吐きながら外れか、そんな事を想っていると視界の端に光るものが見えた。視線をそちらへと向ければ、写真立てが見える。その中におさめられているのが制服姿の子供たちが並ぶ姿だった。見た事のない制服姿だが、三人の女が一人の赤毛の青年を囲む様な写真だった。年齢はおそらく高校生ぐらいだろうか、まだ平和だった時代の記録だ。

 

『―――シロウ、だな』

 

 そう呟くのはアルトリアの声だった。確か衛宮士郎という青年が前のアルトリアのマスターだったという話は聞いている。経験ではなく記録としての話だが、それを記録として能に保有しているのだから、アルトリアもどこか感慨深げな声が混じっていた。ただギルガメッシュは士郎に思う事があるのか、何処か嘲笑する様な、そんな声で呟く。

 

贋作者(フェイカー)か、この時代であればさぞや理想を叶えやすそうであろうな』

 

贋作者(フェイカー)?」

 

 聞いた事のない単語だ。アルトリアが霊体化したまま、説明を入れてくる。

 

『衛宮士郎という魔術師はとある理由から固有結界という魔術を保有している。その為、特異な事に、剣であるならば、それがたとえ宝具であろうと劣化したコピーを生み出す事が出来るという異常さを保有していた。その凄まじさを其方なら解るだろう?』

 

 衛宮士郎という魔術師は人間のまま、ある程度の制限を無視して宝具を使用できる―――本来は英霊の専売特許であるそれを人間が使えるって時点で凄まじくバランスブレイカーな所、一つではなく複数という点でもはやどうにもならない。つまり衛宮士郎は相手の弱点を把握する事が出来るなら、それに対応した宝具を使って戦う事が出来るのだ―――まあ、あくまでも想像と理論上の話だが。だがそれにしたって凄い事だ。

 

『ふん、だが所詮は贋作よ。本物には到底届かん』

 

『とか言っているがコイツのクリティカル的弱点だからな』

 

『騎士王貴様ぁ!』

 

『ん? やるのか? やるのか英雄王? エアを抜くか? 抜いちゃうか? 怒ったから直ぐにエアを抜いちゃうのか?』

 

『貴様、クラレントを投げつけるぞ! 余程カムランりたいようだな!』

 

『英雄王貴様ぁ!』

 

『騎士王も英雄王もほんと仲がいいですよね。口論にとどめてくれている辺りが』

 

 アンリ・サンソンの言葉の通り、アルトリアもギルガメッシュもここら辺は口論だけにとどめてくれているから助かっている部分だ。おそらくこの二人が本気で戦えば、またあのアキハバラの時の様に、地形が変わってしまうのだろう。まぁ、最終的にギルガメッシュが勝利しそうなイメージだが。【天地乖離す開闢の星】を見て以来、アレに勝てそうなサーヴァントというものがまるで思いつかない。現状、ギルガメッシュを殺せるのは本当にエルキドゥぐらいではないのかと思っている。だからエルキドゥを警戒していればいいのだが、エルキドゥには最高クラスの【気配察知】のスキルが存在し、おそらくは冬木に入った瞬間、此方の存在を察知される。つまりは簡単に冬木へと踏み込む事も出来ない。

 

 ―――残された武器は三体のサーヴァント、ジャンヌの力、そして令呪三画だ。

 

 これでどうにかやりくりして冬木へと潜入し―――そして大聖杯を、アンリ・マユを破壊しなくてはならない。それがまるで使命感の様に胸に焼き付いていることが一番気になるが、それでも冬木まで来てしまった自分が今、やるべき事なのはそれぐらいだと思っている。少なくとも、大聖杯を見れば何か、何か自分の存在に関するヒントを得られるはずだ。溜息を吐きながら衛宮士郎の写真のある部屋から出て、そして再び商店街の方へと出る。相変わらず冬木は炎に染まっており、その炎は燃え広がる姿を見せない。状況は若干面倒だと言える。今は【ハデスの隠れ兜】が機能しているがいいが、これ以上の宝具をギルガメッシュから借りるのは難しい。その財に頼るのはギルガメッシュの特権であり、此方の権利ではないのだから。

 

「しかし、その衛宮何某は一体どこで何をしているんだろうねぇ。聖杯戦争の生き残りって事なら間違いなく戦力になりそうだけど」

 

『さあ……? しかし私が聞いた話ではリン―――あぁ、冬木のセカンドオーナーだが、彼女が付いて一緒に行動していた、という話だな。ただリンは聖杯の解体へと冬木に戻り、その際失踪している。その時シロウが同行していたのであれば―――』

 

『良くて死んでいて、最悪取り込まれていますね』

 

 取り込まれる、そんな場合があったら実に恐ろしい話だ。ギルガメッシュに対する唯一のメタ存在との話でもある。そんな存在を相手にしたいとは思わない。何せ、ギルガメッシュが倒れれば、その瞬間に敗北する事はほとんど決まっているようなものなのだ。せめて、この体の内にある聖杯、それがもう少し自分の意思で使う事が出来れば話は違っていたのだろうが、それでもそれは出来ない事なのだからしょうがない。それよりも、今はもっと建設的な話をするべきだろう。竜牙兵に聞こえない様に、見つからないように瓦礫の中へと体を潜ませ、霊体化したサーヴァント達だけに聞こえる様に小さく呟く。

 

「ぶっちゃけ、どうやって冬木に入る?」

 

『言っておくが、空は無理だぞ。もう解っているかもしれないが、狙撃されている上に飛行して来るサーヴァントにも狙われる。【天翔る王の御座】でかなり速度は出せるが、それでも因果率に干渉する様な宝具があれば、迎撃し難いという弱点がある。空から行けばどこからでも見られてしまうという事はどこからでも狙えるという事だ』

 

『ついでに言えば陸路も駄目だぞ。既に地平が雑兵と怨霊共で溢れかえっておるわ。我が手を下せば容易に切り開く事が出来そう―――あの贋作者がいても、だ。もはや我に慢心し続ける理由はない。早急に事態を終わらすべく開幕からエアを抜く事に否はない。だがそれとは別に、【斬り抉る戦神の剣】等を食らわされれば流石の我であろうと死なない道理はない。そこらの雑種に負けると言っている訳ではないが、それでも”万が一”が存在する。雑種、貴様が案を出してみろ、どうやってこの状況を突破するかを』

 

 楽しそうに笑い声を零すギルガメッシュは今日も絶好調だなぁ、なんて事を思いつつ、視界を冬木の方へと向ける。

 

 炎上している冬木は大きく枠分けて二分できる。新都と旧都の二地区だ。中央に流れる川によって二分されているこの冬木市の内西側に位置する旧都の方、その奥の山になんでも大聖杯は存在しているらしい。そこに行くのが、今の目標だ。森で囲まれているから道から外れて森の中を通って、何かを一瞬考えるが、

 

 良く考えたら短い距離ならともかく、長い距離を歩けば確実に見つかりそうな気がする。

 

「うーん……―――ん?」

 

 地形を確認し、首を捻り、警戒網を想定し、

 

 そして理解した。

 

「これならノーマークで行けそうだわ」

 

『ほう』

 

 冬木潜入作戦が始まる。




 三枝ちゃん……。

 というわけで次回、冬木へ。エンディングが段々と見えてきたなぁ。


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求めよ、さらば与えられん Ⅲ

 ゆっくり、ゆっくりと、進んで行く。

 

 前へと向かって速度を出さないように、音を殺して、しかし着実に前へと向かって進んで行く。見られる心配はない。【ハデスの隠れ兜】がその仕事を成しているから、光学的、魔術的に察知される事はありえない。ならば匂いは? それもあり得ない。体臭よりも濃い匂いが今は全てを塗りつぶしている。なら後は音と気配だ。だが今いる場所に対して気配を察知させる事は難しいし、エルキドゥの気配の感知能力にしたって、範囲外の場所に今はいる。エルキドゥは大地を通して相手の存在を感知する事が出来るらしい。つまりはその範囲外から侵入すれば警戒網を抜ける事が出来るという訳だ。

 

 ―――即ち海路。

 

 冬木市には港が存在し、そして海に隣している都市だ。アーチャーのシャドウサーヴァントが海へと視線を向けているのは事実だが、それでも【ハデスの隠れ兜】を被れば、波に隠れて気配を紛らわせる事が出来るし、潮の臭いで体臭を誤魔化す事もできる。ジャンヌの姿になればサーヴァントの身体能力と体力でまるで疲れ知らずかのように泳ぎ続ける事が出来る。そんな事もあり、地に足をつける事無く、【ハデスの隠れ兜】で隠密状態を維持しながら海側から接近する。かれこれ数キロはこの状態で泳ぎ続けている。警戒網に引っかからない様に一旦後退し、日本海側に大きく出る様に泳ぎ、そのまま沖の方から冬木の奥、旧都の北西にある森の方を目指す。

 

 海の中は海の中で幻獣等が存在するが、それらに関しては【ハデスの隠れ兜】だけで十分なため、襲われることはない。だから後は泳げるだけ泳ぐのみ。隠密状態で何時間か時間をかけながらゆっくりと泳ぎ、そしてやがて、上がれそうな大地を見つける。山と海に囲まれている冬木市、その西側には山が広がっている。海から上がった森を横断すれば、大聖杯が存在する”大空洞”へとあっさり近づく事が出来る。サーヴァントが多いのは市街地の部分である為、森を突破してしまえば此方のもんだ。あとは見つからない様に気配を殺しながら進むだけでいい。

 

 ―――数時間という時間をかけ、冬木市の北西の海岸に到着する。

 

 素早く海岸の上に上がってから身を低くし、体を乾かす前にそのまま素早く走って前方の森の中へとロールしながら入りこむ。そのまま木の裏へと背を当て、しゃがむ様に体勢を屈め、ルーラーとしての特権、サーヴァントの位置把握能力を活用する。自分の聖杯とは関係のないサーヴァントである場合は少々難しくなってくるが、それでも捉えられはする。それで森の中に、及び近くにサーヴァントがいない事を再度確認して息を吐く。

 

「うへぇ、びしょびしょ」

 

 びしょ濡れのジャンヌの体を見る。彼女の軍服が体に張り付いて気持ちが悪いが、それを脱いで乾かす様な余裕が今あるわけでもないから、このまま我慢する。だけどそれでも胸の間とかがちょっと感触的に気持ち悪い。どこか余裕があれば一回変態を解除し、そして再変態して乾いた状態になるのだが、あんまりそういう事をやりたくはない―――変態は今でも痛いし。

 

『しかし、上手く行きましたね。海を泳ぐって言った時は正気を疑いましたが』

 

『悪い手ではなかろう。実際、海に関しては幻獣や海魔等が警戒を行っている。それが現在の世界だ。だから警戒する必要がないのだ、泳ぐ者はおらんだろうし、船なんか存在もしないだろう』

 

『とはいえ、流石に焦ったがな』

 

『で、これからどうします?』

 

「どうする……って大空洞を目指すしかないさ」

 

 息を吐きながら立ち上がり、そして事前に確認した冬木の地図を脳内で思い浮かべつつ、森の中を歩き始める。時間帯はまだ昼前で、晴天が見える程の良い天気なのだが―――冬木は常に薄暗い。まるでここだけが災害の時から前進していないかのように時が停止しており、空は常に夜の闇に包まれている。この森は幸い、燃えていない為、夜と影の闇が利用できる。それに身を隠しながらこっそりと闇の中を縫う様に進んで行く。視界が悪い為、足元に気をつけなくては転びそうになる事がある。だからそれに注意しながら木の根や枝を回避し、ドンドン森の中へと踏み込んで行く。

 

『慣れた動きだな』

 

 それはアルトリアが放った言葉だった。そうか? と首を傾げながら歩みを止める事なく森の中を進んで行く。

 

『あぁ、森の中の歩き方を知っている者の動きだ。どこかで習ったのか? 前々から思っていたが、探索の手順などに関しては妙に手際がいい』

 

 アルトリアの言葉に首を傾げる。そんな事を言われてもそういう覚えはあんまりない。何度かサバイバルゲームを遊んだ程度のインドア派の人間だ。そういう特別な設定とかを期待されても困る。いや、今、現在進行形でジャンヌに変態しているという特殊な設定が存在しているし、聖杯が体にはあるし、サーヴァントを連れているという面白状況なのだが、それを抜きにすればそういう特別が自分にはあったような―――そんな事はない気がする。自分はあくまでも普通の青年だ。魔術回路があったのは驚きだが。そんなものだろう。

 

『ふむ、そうか。いや、少し気になっただけだから問題がないのであればそれでいい』

 

『煮え切りませんね』

 

『特に疑問を抱いている訳ではないからな。それにあまり無駄話をして気を散らしたい訳でもないからな。疑問があったら終わった後で解く事にする』

 

 どこか男らしいアルトリアの言葉に内心で苦笑し、そのまま前方へと向かって進む。迷わない様に時折、木にマーキングを施しつつ、完全な暗闇の中を月光と遠くに見える火災を光源に、進んで行く。やがて、遠巻きながら闇の中に、何か建造物があるのが見えてくる。完全に朽ちている様にも見えるその建造物は城の様に見える。大空洞へと向かう道中にある場所になっているが、サーヴァントの反応はないし、そのまま直進する。そのまま数分後、見ていた空間へと出る。

 

 やはりそこにあったのは朽ちた城だった。激しい戦闘があったのか、破壊されている様に朽ちている。城の裏手から到着してしまったので、一応の確認の為、前へと回ろうとすると、

 

『アインツベルン城だな』

 

「アインツ、ベルン……」

 

『聖杯戦争等という馬鹿げた夢を追い掛けた者共の夢の痕よ』

 

『……聖杯の知識によりますと、アインツベルンが歴代の聖杯戦争の主催者的立場にあり、開始の際に関しては主導してきた一族らしいですね。現在の大聖杯戦争の元凶ともされ、”一族全てが殺されている”らしいです』

 

 アンリ・サンソンの言葉を聞き、この大災害の元凶ともなるのであれば、それもそうなるよなぁ、とは思う。アインツベルン―――聖杯戦争を通して”魔法”を成し遂げようとした一族であり、そして聖杯戦争において”小聖杯”を提供した一族でもある。ホムンクルスに小聖杯を組み込む事によって自衛させるという手段を生み出した。そう、まさに自分と同じ状態を。今、自分の体の状態はアインツベルン製小聖杯搭載型のホムンクルスと同じ様な存在だと思えばいい。ただ一つ違うのは彼方が聖杯戦争の完成用の部品であり、此方は大聖杯破壊用の切り札、という点だ。それはそれとして、相当狂気の込められた一族であり、一族が皆殺しにされたことに関してはもはや当然のだとしか言う言葉がない。

 

『これは―――』

 

 アインツベルン城の表側へと回ると、アインツベルン城の入り口、城門前の大地に突き刺さる様に見た事のある石で出来た剣の様な斧の様な武器が存在している。色はもっと黒かったが、一回だけ、秋葉原で見た事がある―――そう、バーサーカー・ヘラクレスの武器だ。それがまるで守護するかのようにアインツベルン城の前に突き刺さっている。何故こんなものが、なんて思ってしまう。ヘラクレスも、そのマスターであるアインツベルンの少女も、第五次聖杯戦争で死亡が確認されている。だからこんなものがここにあるのはおかしいのだ。

 

『―――贋作だな。ふん、忌々しい。贋作者め、ここに来ていたな』

 

「え?」

 

 城門の前へと進み、ギルガメッシュに贋作だと評価されたヘラクレスの武器へと触れる。質感も、そして神秘の籠り具合も完全に本物だ。振れて、そして超重量のそれを持ち上げて、両手や片手で振り回してみるが、何処から見ても偽物、或いは贋作である様には思えない。再びこれを大地に突き刺し直し、衛宮士郎という魔術師の魔術、その能力に関して感嘆を零す。宝具を再現できるという事だったらしいが、確かにこんな風に生み出す事が出来るのであれば、凄まじい。

 

『所詮は贋作よ、真に迫る事はない』

 

『貴様の贋作嫌いはどうでもいいから』

 

 アルトリアも割とズカズカ言うよなぁ、なんて事を思っていると、目の前でヘラクレスの武器がガラスの様に砕け散って、そして姿を消して行く。その事にちょっと驚きつつ、アインツベルン城から離れようと思い―――足を動かすのを止める。再び視線をアインツベルン城へと向ける。

 

『どうかしましたかマスター?』

 

「いや―――ちょっとだけ探索していくか」

 

 ジャンヌにそう返答しつつ、ちょっとだけアインツベルン城に興味が湧き、そのまま崩れた扉を抜けながらアインツベルン城の中へと進んで行く。空いた天井から月光の光が差し込み、アインツベルン城にはわずかながら光源が存在しており、完全な闇に包まれることはなかった。それでも異様に暗いのは事実だった。この暗闇には中々慣れないよな、なんて事を思いながら扉の先、ホールへと入る。崩れている所は多いが、それでも元々は美しい場所であったのが見れば解る。広いホールに赤いカーペット、そして中央奥には巨大な階段が存在し、二階へと続いている。床……それに壁等はおそらく大理石で出来ているのだろう、崩れているのが残念だが、おそらく損傷がなければこの城そのものが一つの芸術品として楽しめたのかもしれない。

 

「まぁ、もう何も残ってないとは思うけどあ、アインツベルンって事は聖杯戦争に関連する何かがあるかもしれないだろ? 聖晶石でも落ちていれば御の字って事で、軽く探索しよう」

 

『貧乏臭いぞ雑種! 我と共に戦うというのであればハサンな姿を見せるではない、我の品格まで疑われるわ!』

 

『ハサンとはなんだ』

 

『憐れで貧乏で貧相な者を指し示す言葉だと我は聞いているぞ』

 

「こいつ……!」

 

 ギルガメッシュには一切悪気がなく、心の底から、本気でそう思って行っている辺りが実にギルガメッシュらしい。ナチュラルに人を見下してディスる事をどうにかできないのだろうか。いや、出来ないからこそ英雄王なんて存在なのだろうが。溜息を吐きながらどうしようもないな、こいつら。そんな事を想いながら二階へと上がろうと思った瞬間、

 

 ―――閃光が視界を埋め尽くした。

 

「くっ」

 

『マスター!』

 

 ジャンヌの焦ったような声に対して、アルトリアとアンリ・サンソン、ギルガメッシュの反応はない。瞬間的に目を瞑りながら、手で目を覆い隠し、警戒する様に聖旗を取り出そうとし、

 

 出現しない事に気付く。

 

「ッ!?」

 

 いや、それよりも体に違和感を感じる。体が妙に重い。まるで元の自分に戻ってしまったような、そんな感覚だった。回復して来る視界に目を開き、確認する自分の姿は何時もの、男の己の姿だった。

 

「マスター! 無事ですか!」

 

「……ジャンヌ?」

 

 声に引かれる様に視線を横へと向ければ、何故かそこには実体を保有したジャンヌの姿があった。それはありえない事だ。ジャンヌはデミサーヴァントとしてその存在を組み込まれている為に、体を得る事が出来ない。ジャンヌへの変態能力も聖杯の生んだ奇跡の様なものなのだ。だからここにジャンヌの姿があるのはおかしい。だがそれ以上に、周りの変貌も凄まじい。

 

 崩れ果てていたアインツベルン城はその荒れ果てた姿を見せずに、完全に在りし日の美しき姿を見せている。大理石に床、窓から差し込む光が中央階段の手摺を輝かせ、豪華な装飾が施された、美しい芸術品の美を晒している。

 

「いったい何だってんだこりゃあ……」

 

「状況が把握でいませんが、【対魔力】を突破されて干渉されたのは間違いありません。それに他の三人がいないのもおかしいです―――マスター、警戒を」

 

 何時の間にか聖旗を手にしていたジャンヌが守る様に前に立っていた。そうやって第三者視点から彼女の姿を見るのは実に新鮮だったが、それを堪能するだけの時間と余裕は残念ながらなかった。警戒の為にバゼラードを鞘から抜いて構えつつ、視線を周りへと廻らせ、

 

「―――ようこそアインツベルン城へ、貴方達を歓迎するわ」

 

 少女の声がした。視線を中央階段の上へと向ければ、その上でスカートを軽く持ち上げて礼を取る白髪の少女の姿が見えた。確か、アインツベルン製のホムンクルスは白髪に目が赤い特徴があるなんて話を聞いていたが、

 

「私が現在の城主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

 

 第五次聖杯戦争で小聖杯の役割を果たした少女。

 

「それじゃあ……お茶にしようかしら」

 

 軽い調子で彼女はそう言った。




 礼装がドロしない今日この頃。まぁ、種火とモニュメント狙いだからいいけど……。

 これを終わらせたらなんかfateで書こうかと計画中。それにしても話が進めば進むほど真面目にTSがいらなかったな! って感じになってくる。まぁ、何時もの事ですが必要のない馬鹿要素はどっかで消えて行く運命。


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求めよ、さらば与えられん Ⅳ

 気づけば中庭で優雅なティータイムを過ごしていた。

 

 白い円形のテーブルにジャンヌと横に並んで座りながら、イリヤスフィールと相対する様に座っている。テーブルの上にはティーセットが置かれており、イリヤスフィールの背後には待機するように立つ二人の白い服装の恐らくはメイドが控えている。彼女たちがサーブした紅茶のカップが目の前にはあり、何故か自分もジャンヌも、流される様にここ、アインツベルン城の中庭でティータイムを過ごす事になってしまっていた。なんでだろうな、なんて事を思いながら視線だけを横へと動かし、ジャンヌへと向ければジャンヌがカップを持ち上げ、それを口へ運んでいるのが見える。それを少しだけ傾け、優雅な動作で紅茶を飲んでいた。

 

「どう? 毒は入っていないでしょ?」

 

「……だ、そうですよ、マスター。飲んでも大丈夫そうです」

 

 ジャンヌが飲んで大丈夫な所は既に確認してある。だからそれを信用し、温かいティーカップを片手で持ち上げ、それを口元へと寄せて傾ける。―――物凄く久しぶりに飲む紅茶は美味しかった。物凄く美味しかった。言葉で表現する事は難しいが、少量の砂糖しか入ってない筈なのに、えらく久しぶりなせいかそれが物凄く甘く感じ、思わず感動してしまった。あぁ、そういえば紅茶ってこんな味だったよな、と妙な事を思い出してしまう。機会がなければ数年飲まない人だっているだろう。だがそれは”何時だって飲める”と言う環境にあっての話だ。飲みたくても絶対に飲めないなんて環境にある今、どれだけ高級品か、美味しいものか、そういうのは判断が付かなかった。ただ甘く、美味しいという事実だけが脳髄を駆け巡って支配する。あぁ、これが紅茶の味だったか……そんな感想を抱きながら泣きそうになっている。

 

「ふふふ、余程酷いものばかり飲んでいた様ね。おかわりはまだまだあるから心配する必要はないわよ」

 

 そう言われて少々がっついていたかもしれない、とちょっとだけ恥ずかしさを感じながらカップを降ろす。そうやって心の余裕をいくばくか取り戻しつつ、視線を周りへと向ける。ここは―――アインツベルン城だ。しかし少し前まで見えていた闇夜の荒れ果てたアインツベルン城ではなく、在りし日のまだ無事だった頃の姿だ―――何年も前の、健在だった頃の姿だ。今となっては絶対ありえない姿だ。この中庭だって現実では荒れ果てている筈だ。

 

 そう、現実では。

 

 ここはおそらく現実ではない。なぜならイリヤスフィールが生きているからだ。確実に彼女は心臓でもある小聖杯を抜かれたことによって死亡している。それは”歴史であり、事実”でもあるのだ。故にこうやって、目の前であどけない姿を晒している彼女はありえないのだが、何故だか、彼女に関しては警戒する必要はない、そんな風に感じる事が出来る。だから軽く息を吐き、そして落ち着く。状況に”嵌っている”以上、焦ってもしょうがない。

 

「ふぅ、紅茶の味というものを久しぶりに思い出した。文明の味だ……」

 

「流石にそこまで言われるとちょっと引くわ。でも、そう、貴方の所は今そんな風になっているのね。随分と大変そう」

 

「大変も何も、決死の思いで冬木へと来たと思ったら何故かティータイムに突入しているから大変も何も現在進行形で頭の中が大変だよ」

 

「ふふふ、そうねぇ。あんまり簡単に答えを出しちゃうとつまらないのよね、こういうのって」

 

 そんな事を言われても困る。どうやらジャンヌとは完全に分離していて、【啓示】さえも発動しなくなっている。だから戦闘となったら間違いなくジャンヌ頼りだし、EXクラスの【対魔力】で防げないこの現象を行ったのがイリヤスフィールとなると、正直勝てる気もしない。ただ戦う必要はない、そうもどこかで感じている。彼女は敵ではない、と。心に、頭に直接語り掛けてくる何かがある。

 

「でも、あんまり長くこの状況を作っていられる訳でもないし、仕方がないから簡単にお話を進めちゃいましょうか。折角こうやって会えたのに、少しだけ残念ね」

 

「……? 俺の事を知っているのか?」

 

 そうね、とイリヤスフィールは言葉を置き、彼女は自分自身を指差してから此方へと指を向ける。

 

「私は貴方と同じ”物”。だけど貴方と私は違う……って所かな?」

 

「答えになってない」

 

「あら、質問すればなんでも答えが返ってくると思っているのかしら?」

 

 正論だ。ただ、イリヤスフィールは此方に関して、こっちが把握していない情報まで保有している様だった。意味ありげに言葉を漂わせ、そして意味ありげに仕草を向けてくる―――物凄く聞きだしたい。だけど強引にやったところで、一番の火力担当であるアルトリアもギルガメッシュも、何故かここにはいない。左手の手の甲に存在する令呪はそのままだ、ジャンヌの分の三画が残ったままだ。それを通してアルトリア達のパスは確かに感じ取れるが、念話等は通じていない。つまり連絡は不能だ。令呪を消費して召喚するというのもアリだが、それは最低、イリヤスフィールが敵意や戦意を見せた場合に限る手段だ。

 

 言葉に出さず悩んでいるこっちの事を察したのか、小さくイリヤスフィールが笑みをこぼす。

 

「ふふ、少し意地悪しちゃったかしら? ごめんね、でもあまり余裕がないのよ、私も。所詮は本物の欠片でしかないし……よっと」

 

 そう言うとイリヤスフィールは椅子から可愛らしく降り、こっちよ、と言って歩き始める。ジャンヌと視線を合わせ、席から立ち上がり、イリヤスフィールの後ろを歩いて追い掛ける。それを確認したイリヤスフィールがうんうん、と声を漏らしながら頷き、話を続ける。

 

「さて、私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン―――第五次聖杯戦争において小聖杯の役割をはたして死んだ可哀想な子よ。そう、私は小聖杯として改造された時点で生き残る運命なんか用意されていなかったのよ。貴方と違って、私にはサーヴァントを召喚する様な能力はなかった。だからサーヴァントが死ねば魔力が蓄積されるだけ、ドンドン死期が近づいてくる。最初から破滅しか用意されていない戦いだったのよ、聖杯戦争は。残酷ね、親の気持ちを裏切ってしまって」

 

 親―――そう、イリヤスフィールの両親も聖杯戦争の参加者だった。衛宮切嗣という”魔術師殺し”で有名な男とアインツベルンの小聖杯、アイリスフィール・フォン・アインツベルン。この二人が第四次聖杯戦争でアルトリアのマスターとして戦い、勝ち残り、そして最後の最後で”間違えた”為に冬木市は災害に見舞われたと言われているが、その真実は聖杯そのものがアンリ・マユによって汚染されている為、どう足掻いても聖杯はまともに機能していなかった、という事だ。聖杯戦争は最初から破綻している。

 

 ―――第四次、及び第五次では聖杯戦争は最初から悲劇で終わる様に出来ていた。

 

「全く、本当に余計な物を作ってしまったわよね? まぁ、一番余計だったのは過去の聖杯戦争でアンリ・マユを召喚しちゃった事なんだろうけどね。なんていうか……”私の考えた最強のサーヴァント”を本気で実行しようとするからこうなるのよ。それが通じるなら苦労しないってのに。まぁいいわ、全ては過ぎ去ってしまった過去だもの。私が死んだことも、凛が失踪した事も、全部消えない現実として残ってしまっているわ」

 

 イリヤスフィールはそうやってアインツベルン城の外へ、城の背後へ誘い、導き、そして小さな十字架が突き刺さっている大地の前へと立つ。その空間だけはまるで今までの煌びやかなアインツベルン城が嘘の様に荒廃しており、現実のぼろぼろな姿を覗かせている。その前に立ったイリヤスフィールはくるりと体を回し、此方へと視線を向けてくる。

 

「ここはお墓―――私のお墓。そう、私は死んじゃっているの。聖杯戦争で小聖杯としての機能を保有している心臓、それを引き抜かれて即死しちゃった。でもね、全ての戦いが終わった後で引き抜かれた心臓と一緒に私をここに埋めてくれたの。ちょっと暗くてジメジメしていて人が少ないから暇で暇でしょうがないんだけど、それでも良く手入れをする為に来てくれていたから、私的にはそこまで問題はなかったの―――」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは死亡している。だったら今、ここで、見ている彼女は何か? 死者は話さない、だとしたら、これは間違いなく―――奇跡。奇跡が越した産物。ネクロマンシーなんかではなく、奇跡なのだ。”夢と現実の狭間”で揺蕩う様に、時間に縛られる事のない世界でイリヤスフィールは最後の時を過ごしているのだ。それはおそらく、

 

「―――私の心臓、小聖杯には少量だけど魔力が残されていた。だからこれが最後の奇跡。本当はだらしのない弟を助ける為に使いたかったけど……たぶん、これがあの子を一番助けるから。ううん、これ以外に方法はないと思っている。きっと、今、この日本で大聖杯を破壊する為のキーとパーツを揃えているのは貴方だけよ? あとは自分を理解するだけ……」

 

「自分を理解するだけって―――」

 

 そう言われても、自分には記憶はない。それでもなんであるかは理解している。自分は、

 

「―――いいえ、違うわ。貴方は”魔術師でも人間でもないわ”。元々は人間だった。でも今は違う。それは決して聖杯のせいではないわ。それに貴方は近いうちに気付くわ。同じ聖杯の同朋として、貴方は助けてあげる……もう、ここからあんなシロウやサクラの姿を眺めているのは辛いだけだから」

 

 悲しそうにイリヤスフィールはそう言った。だが待て、どういうことだ。俺は人間ですらないとは。そんな事を急に言われても困る。イリヤスフィールは此方の事を此方以上に知っているかのように振る舞っている。その事に困惑する。だが彼女が悪感情を抱いていないのは伝わってくる。なんというか―――必死なのだ、彼女は。恐らくはこの時間を作るだけでも限界を超えているのだろう。だから静かに、イリヤスフィールが光になって消えて行く姿を見る。

 

「さて、こんなものかしら……これも必定の流れだと言うなら運命は残酷なものね……ま……次、目覚めた時はもっと楽しい未来か……愉快な―――」

 

 その先は小さすぎて聞き取れない呟きだった。ただ彼女は目を閉じて光になって―――イリヤスフィールはその墓の前で霧散した。その粒子が徐々に消えて行くのを眺めながら、呟く。

 

「結局、何だったんだろうな」

 

「その答えは持ち合わせておりません。ただ、彼女が必死に、誰かを救おうとして、そしてその意思を託したという事は解りますよ、マスター。彼女は彼女の信仰に殉じました。その意思を受け取り、前へと進むのが生ある者としての義務です。彼女の事を忘れず、進みましょう」

 

「……そうだな」

 

 ジャンヌの言葉を受け取り、頷く。まだ良く解りはしないが―――何か、自分の中でカチリ、と嵌った様な気もする。これがなんだかは解らないが、それでも、それはこの先、大聖杯と戦ううえでは必要なパーツであるようにも感じた。

 

 自分を理解する為のパーツ。

 

 それを認識し、目を閉じる。心臓部の聖杯が稼働し、奇跡を奇跡で打ち払い、目を開けた次の瞬間には再び、荒れ果てたアインツベルン城のホールに立っていた。息を吐きながら確認する自分の姿は、ジャンヌのもののままだ。イリヤスフィールが作って夢と現実の間に存在する時間、そこから帰って来たのだ。息を吐きながら足元へと視線を向ければ、そこには聖晶石が一つ、少し大きめのが落ちているのに気付く。それはきっとイリヤスフィールからの最後のプレゼントなのだろう、その使い道を即座に決めながらポケットの中へと押し込み、アインツベルン城へと背を向ける。

 

「これ以上は何もなさそうだし、さっさと大空洞へと向かって、こんなばかげた戦いをさっさと終わらせようぜ」

 

『マスター、まだ到着したばかりですよ』

 

「いや、いいんだ。アンリ。先輩に十分と貰ったから」

 

 呟きながらアインツベルン城へと背を向け、歩き出す。向かう場所はこのまま真っ直ぐ南西へ、ここからはほど近い、大空洞、

 

 ―――大聖杯の在処へ。




 イリヤちゃん死亡済み。だけど心臓に残っていた魔力でホロウみたいな空間を作って残っていたというだけの話。きっと聖杯が起こした唯一の優しい奇跡。

 皆、士郎がどうなってるか今回の会話で大体理解したかもしれない。

 主人公の正体、解ってきたかな?


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求めよ、さらば与えられん Ⅴ

 アインツベルン城を出て更に南西へと進めば、巨大な山が見えてくる。この地下に大聖杯は安地されている。森を抜けてきたため、山の裏手から到着する。身を低く、気配を殺しながら【ハデスの隠れ兜】を被ったまま、ギルガメッシュとアルトリアに確認する。

 

「……ここから宝具の真名解放で貫ける?」

 

『そこの駄王はともかく、我なら可能だが、その場合一斉に感知したサーヴァントが全方位から襲い掛かってくる―――我らに逃げ場はないぞ。まぁ、自殺したいのであれば話は別だが、貴様がそこまで死に急いでいるとは我は知らなかったぞ』

 

「ひでぇ。……まぁ、つまり正面の入り口から中に入らなきゃダメ、って事か。はいはい、解りましたよ。ズルは駄目なんですねー。クソが、正面から堂々と行けばいいんだろ! 戦術の基本は奇襲と暗殺なのに……」

 

『間違ってはいないんですけど、どちらかというとそれをされる側のサーヴァントだらけなんですよね』

 

 身を低くしたまま山の正面へと回る様に歩きだしながら考える。英雄王も騎士王も暗殺されてもおかしくない王様サイドの生物だし、ジャンヌは聖女だから魔女裁判にかけられて殺された。全体的に殺されるサイドの人間ばかりだよなぁ、なんて事を思いながらゆっくり、ゆっくりと、気配を何とか殺しながら進む。だがそれでも解っている。山の正面、おそらくは入口にはずっと立っていて、動かないサーヴァントの気配があるという事に。ルーラー特権でそれを感知している。だからこそ背後から一発決めたかったのだが、そんな簡単に物語は終わらせてくれないらしい。

 

 そんな事を想いつつ時間をかけ、大空洞の正面を確認する事の出来る場所へとやってくる。林の中から確認する大空洞の正面は荒地であり、唯一の入り口らしき場所の前には、人影が存在している。それは目を瞑るように静かに佇んでおり、守護する様に不動のままである。ここから狙撃すれば殺せるか? と一瞬だけ考えるが、【啓示】がそれをするな、と警告して来る。直後にカウンターで殺されるイメージが脳内に湧き上がってくる。狙撃すれば逆に此方が殺されるらしい。

 

『……気付かれているな、隠れるだけ無駄の様だ』

 

 アルトリアがそう言った直後、入口の前で目を閉じていた姿が目を開き、此方へと視線を向けてくる。アルトリアの言う通り、無駄らしい。唾をゆっくりと飲み込みながら、今、ジャンヌに変態している事を再確認しつつ【ハデスの隠れ兜】をギルガメッシュへ返し、立ち上がり、荒れ地に立つ。此方へと向かって来るサーヴァントの気配はない。その唯一の気配は目の前の、守護している存在だけだ。正面、50m程の距離を開ける様に相対すると、相手の姿が良く確認できる。

 

 それは一人の男の姿だった。

 

 肌はまだ浅い褐色の色であり、髪色は軽い赤みが残った灰色をしている。服装は上半身が袖のないプロテクターの様な黒いボディスーツに、下半身が動きやすい黒のロングパンツだった。不動のままの姿は此方へと視線を向けてくる。射抜く様なその視線に捉えられ、動きが一瞬だけ止まるが、何かを口にする前に、

 

「―――久しいな、シロウ」

 

 アルトリアが姿を現した。それに反応するように相手は―――おそらくは衛宮士郎は、驚く様な表情を浮かべる。それは解放されている鎧姿のアルトリアへと向けられており、全身を確認してから胸へと向けられ、そして首を横へと振る。

 

「アルト―――あ、いや、すまない。初対面だ。アルトリアではないな、うん」

 

「貴様もランスロットも確認するところはそこか、ぶち殺すぞ貴様ら」

 

 迷う事無く【最果てにて輝ける槍】を持ち上げるアルトリアの姿をなだめるようにまぁまぁ、とその肩を抑えて宝具の真名解放を抑え込む。今の軽い会話で、まだ士郎が正気を保っているというのは良く解る事だ。だからアルトリアを抑え込みつつ、視線を士郎へと向ける。視線を受けた士郎は少しだけ笑いを零していた。それはなんだか、悲しげな笑いだった。

 

「……お前が衛宮士郎か」

 

「あぁ、そうだ。君は……その様子を見るからに、大聖杯を破壊しに来た魔術師といった所か。ご苦労様、とできたら労いたい所だけど、生憎、完全に縛られていて歓迎する事が出来ないんだ。悪い事は言わない。今すぐ逃げろ。その気がないならここで俺を殺して先へと進め。ここまでやって来たのなら何も言わずともそうするのだろうけどな」

 

 自虐する様な色が士郎の言葉にはあった。それを見て、アルトリアが口を開いた。

 

「シロウ―――貴様、しくじったな」

 

 アルトリアの言葉に士郎はゆっくりと頷いた。

 

「俺は―――遠坂が失踪したと聞いて、桜がアンリ・マユに体を奪われたと聞いて、俺は倫敦を出て、単身で冬木へと戻って来た。桜を解放して、遠坂を見つけるつもりで来た」

 

 遠坂凛、間桐桜、そして衛宮士郎は密接な関係にあった、という話は知っている。どこで聞いたかは思い出せない。きっと暇な時にアルトリアから聞いたのだろう。

 

 士郎は話を続ける。

 

「結局、大聖杯まで到着した俺はそこで桜がもはや彼女じゃなくて、彼女の姿をした全く別の生き物である事を理解した―――だから彼女を殺そうとしたんだ。予め対策を施してあったし、撃破する直前にまでは追い込めたんだ」

 

 だけど、と士郎は言う。

 

「俺には殺せなかった。最後の最後で、桜の姿をしているという事で刃を振り下ろす事が出来なかった。一を切って九を救う事も、九を切って一を救う事もできなかった―――」

 

 自分自身に失望するかのような色が士郎の声にはあった。

 

「その結果、今ではこうやって縛られて仲良く奴隷(サーヴァント)の一つだよ。こうやって意識だけは抵抗しているけど、駄目だ。ここから離れる事は出来ないし、体は言う事を聞きやしない。ここを通りたかったら絶対に俺と戦う必要にはなる」

 

 成程、とアルトリアは頷きながら士郎から視線を外し、此方へと視線を向ける。

 

「ではさっきの恨みがあるからサクサク殺して進むとしようマスター」

 

「感慨もクソもねぇのな、お前」

 

「竜の逆鱗に触れたのだから当然だろう」

 

 ぶんぶんと振り回すアルトリアの姿を見て溜息を吐いていると、大空洞の向こう側、士郎の横へと着地する様に飛んでくる姿があった。両足で大地を踏みしめながら真っ直ぐアルトリアへと視線を向ける姿は黒い甲冑に包まれている。秋葉原で目撃した事のあるサーヴァント―――バーサーカー・ランスロットだった。吠える様に登場したサーヴァントの直ぐ横で士郎は剣を生み出し、それをランスロットは掴み、赤黒く侵食し、己の宝具へと変える。それを確認しつつ、右手のポケットに手を突っ込み、聖晶石を取り出す。

 

「これ以上語る必要もないだろう、止まる気もないなら」

 

 そう言って士郎はその両手に黒と白の中華剣を生み出す。それは士郎が戦闘状態に入った、と言う事の証拠でもあった。直後、ランスロットが首を捻る。

 

「Arrrrrthuuuuuuurrrrr―――?」

 

「何故疑問形なんだというかまた胸を見て判断したなこの騎士の屑が! 良し、解った、貴様は絶対に殺す」

 

 正面からアルトリアとランスロット、そして士郎が放った宝具がぶつかり合い、大空洞の前で爆発と突風が発生する。その瞬間に親指で聖晶石を上へと弾き、そして心臓と一体化している聖杯を起動させる。この体が一つの聖杯であると認識すれば、もはや召喚の為に魔法陣を利用する必要はない―――なにせ、聖杯の使い方に関してはたっぷりと、見せて貰ったばかりなのだから。だからイメージする。衛宮士郎に対してぶつけるべき英雄を。

 

 ランダムにではない。

 

 聖杯を通して、この場に一番召喚されたがっている英霊を、その縁を因果の中から選んでピックアップする。

 

 そうやって召喚される英霊は一人。

 

「お前の家族ならお前できっちりケリを付けろ―――キャスター!!」

 

 聖晶石が空間に溶けるよう消費され、召喚が成される。

 

 宝具の衝突によって起きた爆風を吹き飛ばすように魔力が発生し、集束し、そして合わさる事によって一つの女の姿を生み出す。赤い外縁を着て、編まれた白髪、赤い瞳の女は士郎が握り締める黒と白の中華剣と全く同じ剣を握りながら着地し、召喚されるのと同時に前へと向かって、士郎へと向かって直進し、宝具をぶつけ合う。直後、士郎とキャスターの武器がぶつかり合い、破壊され合う。

 

 が、即座に同じ武器が二人の手には握られていた。

 

「平行世界の果てよりお姉ちゃん参上ぅ! グレてしまった弟に気合いを入れる機会に感謝するわマスター!」

 

 アーチャーとキャスターのクラスを二重召喚(ダブルサモン)されたキャスター・イリヤスフィールは士郎と全く同じ、投影術による宝具投影を行ってそれをぶつけ合い、相殺しながら戦闘を開始する。その横ではランスロットとアルトリアがぶつかり合う様に戦闘を開始する。困惑する素人は他所に。楽しそうに笑いながら成長した女の姿をしているイリヤスフィールが再び士郎と宝具をぶつけ合い、砕き、そして新たに宝具を投影しながら相殺する。そうやって踊る様に、宝具を砕き合いながら戦闘を始める。

 

「イリヤ……!」

 

「どうしたんだよシロウ、グレちゃって。何があっても諦めないのが正義の味方じゃなかったの? ま、お姉ちゃんが軽く焼き入れてあげるから覚悟するんだね!」

 

「ヘラクレス連れていた時から容赦のなさが変わってないなぁ!」

 

 そう言ってイリヤスフィールの攻撃を迎撃する士郎はどこか楽しげだった。それを見つつ、振り返る。ルーラーの感覚に他のサーヴァントの接近を感じる。派手に戦闘を始めてしまったのだから、やはり感知されてしまったのだろう。アルトリアとイリヤスフィールが察してくれたようにランスロットと士郎を押し退け、大空洞への道を開けてくれる。本当ならここで更に戦力を足止めに置いておきたいが、対アンリ・マユ用のシャルル=アンリ・サンソンと、そして対大聖杯用のギルガメッシュは絶対にはずす事が出来ない。もっとサーヴァントを召喚できていれば、と悔やみながら迷う事無く疾走する。

 

「負けるなよ!」

 

「当たり前よ」

 

「其方も幸運を」

 

 サーヴァントの身体能力で駆け抜ければ一瞬で中へと飛び込む事が出来る。背後から聞こえてくる剣戟を振り払いながらそのまま奥へと進んで行けば、段々と体に纏わりついてくる”悪意”のプレッシャーが増して行くのが解る。走りながら盗み見るギルガメッシュの表情は一切変化がないが、アンリ・サンソンの方はどこか、ピリピリしている様にも見える。確実に大聖杯へと近づいてきている。それを確信しつつ、足を止める事なく、一気に前へと進んで行き、

 

 三十秒ほど、足を止める事もなく全力疾走すれば、そこに到達する。

 

 大空洞と呼ばれるその空間は凄まじく広く、思った以上に埋め尽くされている空間だった。

 

 大空洞の一番奥には黒い泥に染まった赤黒い異形のオブジェが存在し、それから泥が絶え間なく流れ出ており、どこかへと注がれているのが見える。それが空洞の八割を占めており、僅かに残ったのは今ある岩肌の足場と、ここへと通じる空洞への道だった。

 

 感じる強烈な”ハイ”サーヴァントの気配に視線を泥の海の中へと向ければ、そこには一つの姿が見える。

 

「あぁ」

 

 白い髪にしなやかな肢体持つ、女の姿。まるで泥を服の形に固めたかのような奇妙な衣装に身を包んでおり、毒々しい色と気配をする、そんな存在だった。彼女が間桐桜であり―――悪神アンリ・マユであると理解し、即座にギルガメッシュを攻撃の為に出そうと口を開こうとし、

 

 ―――体も口も動かない事に気付いた。

 

 それは妙な感覚だった。意思はそこにあるのに、体が言う事を聞かず、唇を動かす事も出来るのに、言葉だけが出てこない。ジャンヌの【対魔力】が機能していないという事は魔術以外の干渉だろうと、そう判断しながら響いて来た声を聴く。

 

「ようこそ、私の腹の中へ―――いただきまぁす」

 

 直後、理解したのは部屋の全てを埋め尽くすように泥が溢れ出した事だった。

 

『マスター! 令呪で―――』

 

 ジャンヌの焦る声に反応して令呪を消費した直後、

 

 泥が世界の全てを埋め尽くした。




 このお話は割とサクサクというか、30話前後で終わらす予定で書いてあるので、割とクライマックスです。いつもいつも詳細に話を書き込んでいるせいで話数が伸びつつあるので、主人公視点のみで書いてると大分早い感じに。

 術弓:アチャ子、或いはイリヤ

 士郎&バサスロ「not arthur」


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求めよ、さらば与えられん Ⅵ

 聞こえる。感じる。犯されている。

 

 ―――死ね。

 

 死ね、死んでしまえ。死んでくれ。死んで欲しい。死んでよ。死にな。死んで。死ね。

 

 死ネ。

 

 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね―――。

 

 それは悪性だった。それは悪意だった。それは嫉妬だった。それは怨念だった。それは底なしの悪だった。悪、そうとしか表現する事が出来ない。悪、その言葉のみが当てはまる。―――悪だ。それ以外に見つけられる言葉がない。この世に悪という物質があるとすれば、それは今、間違いなく全身を愛撫する様に触れているこの泥である事に間違いはなかった。全身を犯すように触れ、しみこんでくる底なしの悪はそこにあるだけで精神を破壊する様に犯してくる。直接脳に、そして体に絶望を叩き込んでくる。指向性のかけらもない、ただの悪、そして泥―――悪神アンリ・マユの一部にしてその体を構成する悪。それがこの泥の正体だ。それを悪意に心と体を犯されながらも、同時にルーラーの力で観察していた。

 

「あ―――ガ―――か―――」

 

『マスター!』

 

『ちぃ、厄介なものよ。出れば即座に分解される―――サーヴァント殺しの泥か。えぇい、雑種! しっかりせんか! 貴様が意識を手放せば我らは沈み、崩壊するぞ!』

 

『ち、奴を狙えない……この泥から抜けなきゃ宝具を発動できませんよマスター!』

 

 サーヴァント達の声がするそれに反応して口を開けて声を出そうとするが、口を開けた瞬間、その中に泥が流れ込んでくる。息を奪われながらも何故か呼吸と苦しみが同時にやってくる。令呪を真っ先にギルガメッシュとアンリ・サンソンの保護に使ったから、令呪の効力が切れるまでは二人は無事だろうが、問題は自分の体と、そしてその中にあるジャンヌの霊核だ。肉体という物理的障害があるから今はまだいいが、どんどんアンリ・マユによって悪性に染め上げられている。体の端から侵食される様に、聖人が堕とされて行く感覚を得て行く。

 

「ぐ、ぎ―――」

 

 歯を食いしばり、頭の中に響く呪詛を耐えようとして、吐き気がこみ上げてくる。吐こうとしても何も出ず、逆に泥が体に中に入りこんでくるだけだ。段々と意識がもうろうとして行く中で、何かをしなくてはならない。何かを。その何かが解らない。そうすればこんな泥、どうにもならないという事が解っている。

 

 いや、待て、何故そう思った。

 

 そもそも、疑問に思う事がある。

 

 ―――最近、何かがおかしい。

 

 違和感を抱いたのは森を抜ける時に、アルトリアが此方の動きを指摘した事だ。あんなレンジャーみたいな動き、出来る訳がない。そんな動きをした経験があるわけじゃないし、誰かに教わった訳でもない。自然と動かしたらそんな風に体が動いただけだ―――半ば機械的に。必要な時に必要な情報を取得した、そんな感覚があった。悪意と泥の中へと沈み、目を閉じ様とするのを―――活力を込めて開く。状況は変わらない。最悪で最低な気持ちで、意識が侵食される様に喰われて行く。士郎はこの悪に抗って意識を止まっているのか。驚異的だと評価するしかない。自分は今、この悪の概念に飲まれかけている。あと数分もすれば完全に意識を奪われるか、塗りつぶされてしまうだろう。

 

 でもそれを怖いと思う事はない。

 

 既に意識の消えて無くなって行く経験はあるのだから。

 

「あ―――ァ―――」

 

 そして思い出す。

 

 そう、前にもこんな経験は一度あったのだ。体がだるくなって、動かなくて、そして全てが意識の底へと沈んで行き、思考する事が出来ずに真っ暗になってブラックアウトして行く感覚。その果てで何も考えられず、何も感じず、終わる。そう、濃密な死の感覚。それは自分の命が言える瞬間の感覚だ。自分の命が蹂躙され、潰えて行く瞬間。それが今、熱烈な終焉の気配に目覚めつつあった。薄れて行く意識の中で思い出す。

 

 ―――自分は、一回死んでいる―――。

 

 そう、一回死んでいたのだ。それを唐突に思い出す。カチリ、とまた一つ何かが嵌った様な気がする。記憶の”サルベージ”を行う。脳へとアクセスし、そこを通して自分の記憶を―――脳に記録された記憶を閲覧して行く。そうやって取り戻して行く、自分がなぜ死んだのかを。なぜこうなったのかを―――そしてイリヤスフィールの言葉の真意を。なぜ彼女と自分が同じ同朋ではあるが、全く別の存在であるのか。彼女は正しく此方の存在を理解しており、それを理解させる為のセーフティを解除したのだ。

 

 おかげで思い出した。いいや、違う。理解した自分がどういう存在であるかを。

 

 ―――人間ですらなかった。

 

『マス、ター……?』

 

 アレ程体を狂わすように汚染していた泥が無力化されて行く。体の芯まで犯していたの悪性が一気にその意味を失い、不快なだけになる。泥の中で、泳ぐように体を起き上がらせ、そして上も下もない空間で立つ。理解した。完全に理解してしまった、自分と言いう存在を。なぜ、ジャンヌに変態出来たか、何故アルトリアを引けたか、何故人類の裁定者であるギルガメッシュを引けたか、何故アンリ・マユに対してクリティカルに突き刺さる能力を持ったアンリ・サンソンを引いたか、何故平行世界で生き残ったイリヤスフィールを召喚できたか、

 

 何故、記憶がない状態で無事だったのか。

 

『―――どうした、今更自分が何者であるかを気付いたか?』

 

 ギルガメッシュの言葉に色はない。此方に対してその言葉を投げてくるだけで、その向こう側にある意味を教えてくれない。ただ解るのは、ギルガメッシュが今、本当の意味で此方を試している、という事だけだった。そう、忘れてはならない。ギルガメッシュは暴君であり、人類の裁定者。人類の行く末を眺める観察者。傲慢の始原の王。始まりの英雄王。その考えは簡単だ―――気に入らないなら殺す。それだけの話だ。そして、

 

「”抑止力”は好かない、って事か」

 

『然り』

 

『抑止力って―――いえ、待って、マスターが―――』

 

 ジャンヌの言葉に割り込む泥はもはや自分には通じない。汚染ではなく分解をしようとしているが、無尽蔵の聖杯の魔力を分解するには時間がかかりすぎる。だから泥をのどの中に流し込まれつつも、言葉を吐きだす。

 

「あぁ、そうだ―――俺は抑止力だ。この星に残った最後の―――抑止力の端末」

 

 抑止力(カウンターガーディアン)、それは滅亡を止める為のシステムだと言っても良い。本来であればもっと強力な形で出現するはずだった抑止力はしかし、七つの大聖杯の同時励起によるアラヤとガイアの限定封印、それによって力を失っている。その為、抑止力が用意できたのは、”一番達成率の高い肉体に抑止力の種”を与える事だった。

 

 それが天白涯という男の体であった。

 

 カルデアの実験により、サーヴァントを使役する為に、そしてデミサーヴァントの素体として選ばれた才能のある青年だった。だが彼はこのパンデミックを”生きて乗り越える事が出来なかった”のだ。故にその死体が損傷する前に、腐る前に、残された最後の力で抑止力が形成した、大聖杯による聖杯戦を終結させる為のご都合主義。今、この体、人格、考えを形成しているのは、生きていたころの天白涯の記憶であり、”活動しやすいようにサルベージされたもの”だ。

 

 つまり限りなく人に近い様になってはいるが、そもそも人間ですらない。

 

 世界の端末なのだ。

 

 それを自覚すれば、抑止力の端末としての能力が蘇る、理解できる。悪性汚染を無効化したのも抑止力としての能力の一つでしかない。常に中立中庸、ブレる事のない抑止力という属性、それがある故に汚染や洗脳、概念による接触を無力化し、無効化する。抑止力としての能力の一端が既に発動している。

 

『して、答えろ。貴様はどうするのだ』

 

 ギルガメッシュの問答。

 

 それに対して迷う事無く答える。

 

「決まっているだろぉがぁッ! 抑止力だとか、生まれた意味だとか知ったこっちゃねぇなぁ! 一度死んでいるのはショックだけどよ、陳腐だけど言わせてもらうぜ、俺は俺よ。この先、聖杯を破壊したら抑止力の干渉が増えて俺という存在は消えるかもしれないけど―――」

 

 それでも、

 

「もう一度貰った命だ、好き勝手暴れ回らせて貰うぜ! 使命感なんてファック・アンド・ファック!」

 

 抑止力の端末である以上、行動は無意識的に、そして意識的に全て制限され、誘導され、そして確定される。だったら楽しまなければ損だ。システムなんかで悲しんではいられない。笑って、馬鹿やって、そして自分の意思で前へと踏み出す。グジグジウダウダやっているのはもう通り過ぎた。そんなものはいらない。混乱したりショックしたりするのはジャンヌに変態したときに大体経験し終えた。

 

「抑止力だって解ってんなら話は簡単だ、”聖杯破壊レース”だオラ、馬鹿やるんだってんならとことんやり通さなきゃ意味がねぇ、まずはこの臭いのを吹き飛ばすぞギルガメッシュ!」

 

『―――』

 

 睨むように視線を向けてから、ギルガメッシュは口を開き、

 

 ―――【王の財宝】を展開した。

 

 爆風が汚泥をふきとばし、汚泥に囲まれた空間に小さな余裕を生み出した。その中で立つギルガメッシュは、愉快な物を見つけた、それを隠す事のない表情を浮かべ、そして笑った。

 

「ふ、ふは、ふははははは―――! 良いぞ、悪くない。貴様は凡夫だが、その性根は我が愛でるに相応しいものよ。死を受け、世界に遊ばれた者よ! 誇るが良い、貴様を我がマスターと認めてやろう! これより貴様の刃として我が刃を振るい、如何なる敵であろうとも地獄を見せてやろう……!」

 

 頼もしいギルガメッシュの言葉に笑みを浮かべる。あぁ、そうだ、この感じだ。胸の底から湧き上がってくるこの熱い感覚、これは死んでいても、世界の操り人形でもなく、自分だけの感覚だ―――どこまでも突き抜けて馬鹿にやって行こう、

 

「じゃあ見せて貰おうか、その地獄を」

 

 その言葉に、やはりギルガメッシュは笑って応えた。

 

「この我に慢心を捨てろと来たか! 何とも傲慢なマスターよな! だがそれで良い、踊るならば最後まで馬鹿のように踊れ、それが貴様に一番似合う装飾だ! 救世主等という称号は捨て去れ、そして己の足で選ばれた道を往くが良い」

 

 そう言い、【王の財宝】からギルガメッシュがその愛剣、乖離剣エアを引き抜いた。本来ではありえない事だ。ギルガメッシュが誰かに言われてその宝具を引き抜く等とは。だがそれが今、ここでは発生していた。ギルガメッシュはマスターとして認め、そして従う事を良しとしていた。故に乖離剣は引き抜かれ、回転を始める。その正面には魔力の嵐が発生し、泥を引き裂きながらその余波だけで世界を崩壊し始める。囲んでいた汚泥はそれで吹き飛び始め、世界が再び大空洞へと戻って行く。三つの力場がエアの前に展開され、合わさり、そして時空を崩壊させる一撃へと昇華されて行く。

 

「―――死して拝せよ、【天地乖離す開闢の(エヌマ・エリシュ)星】―――」

 

 そして、放たれた。

 

 世界を分断する至上の宝具、その一撃が、本気の【天地乖離す開闢の星】が大空洞を消滅させながら放たれる。その正面に存在するアンリ・マユは汚泥から出現した此方の姿を目撃し、軽く驚く様な表情を浮かべ―――そしてノータイムで迎撃に入った。僅かな時間で汚泥を重ね合わせ、降下し、それを物理的な障壁としながら無限に溜めこまれた怨嗟そのものを衝撃として【天地乖離す開闢の星】に対して叩き返してくる。これが英霊同士の戦いであれば間違いなくギルガメッシュが圧倒し、一瞬で殺しただろうが、相手は大聖杯そのものである”神霊”のサーヴァント、

 

 僅かに負けるのみで勝負は終わり、大空洞を吹き飛ばしながらその汚泥を夜天の下に晒す。

 

「あら……戻ってきちゃった。駄目じゃないですか……ちゃんと食べられてくれなきゃ」

 

「ふん、どうした聖女、処刑人。呆けているのであれば我一人で全部持って行くぞ」

 

 そう言うギルガメッシュの上半身には一切鎧も服装も纏われるものはなかった。右手には乖離剣が握られており、左腕には【天の鎖(エルキドゥ)】で【王の財宝《ゲート・オブ・バビロン》】、その宝物庫の鍵を巻き付けている。体には今までにはなかった赤い刺青が浮き上がっており、正真正銘の本気を。ギルガメッシュが現していた。そんなギルガメッシュを阻む様に、正面、(アンリ・マユ)の横に汚泥に似た色のサーヴァント―――エルキドゥが出現する。絶望的とも言えるその状況、

 

 シャルル=アンリ・サンソンがコートを脱ぎ捨て、片手に処刑刃を握り、出現した。

 

「やれやれ、ここで全て任せっぱなしにするとあんまりにも情けなさすぎますからね。あんまり、正面戦闘は得意じゃありませんけど―――まぁ、今のこいつらには負ける気はしません」

 

「当然であろう。この我が付いている。全く、汚染なんぞされおってからに―――」

 

 正面、直ぐ前にギルガメッシュとアンリ・サンソンが立ってくれている。そして後方には未だに戦い続けるアルトリアとイリヤスフィールの気配もある。

 

 ―――ここが日本解放のクライマックスだ。

 

『マスター、全力でサポートします、勝ちましょう!』

 

「あぁ―――」

 

 聖旗ではなく【紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)】を抜き、それをまっすぐ(アンリ・マユ)へと突きつける。

 

「―――勝つさ、絶対にな」

 

 それに応える様に影の英霊達の咆哮が響き、汚泥から新たに影の英霊達が”無限”に生み出される。地獄が形成されるのと同時に、乖離剣がうなりを上げながら回転し始める。背後に【王の財宝】を展開しつつ、もはや完全に逸脱してしまった、”友だった汚泥”をギルガメッシュは眺め、視線を外し、そして(アンリ・マユ)へと視線を向けた。

 

「―――良い開幕だ。死に物狂いで謳え雑念―――!!」

 

 そして、決戦の幕が明けた。




 抑止力だってヒントは所々バラ撒いてたけど(理解力や召喚されるサーヴァント、状況に対するクリティカル)、気付いていた人はいたのかな? とりあえず、次回が最終決戦になると思います。

 抑止力の端末の効果:洗脳・汚染効果無効、因果や概念による勝利を無効、伝承や逸話による死の否定を無効、神秘強度の否定と無視。

 というのを大体想定している。まぁ、短めの作品なので割と好き勝手な感じかもしれない。どっかで神話礼装持っている人が暴れているし、型月主人公勢って全員どこか性能ぶっ壊れてるし正直これぐらいは……。

 ともあれ、CCC版cosmic air流しながら次回かなぁ、という感じで


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求めよ、さらば与えられん Ⅶ

「これ以上穢す事は許さん」

 

 【天地乖離す開闢の(エヌマ・エリシュ)星】と【人よ、神を繋ぎ止め(エヌマ・エリシュ)よう】が正面からぶつかり合う。脈度する魔力と魔力がぶつかり合う。本気を出したギルガメッシュの背後には十数を超えるエア専用のサポート宝具が展開されており、それが【天地乖離す開闢の星】の威力を徹底的に引き上げる。しかし汚泥に完全侵食され、大聖杯そのものから供給を受けているエルキドゥの魔力は無尽蔵であり、大聖杯そのものがここにあるという状況である以上、その威力はサーヴァントという枠に押し込まれているギルガメッシュを限定的に上回る。そもそもエルキドゥの宝具である【人よ、神を繋ぎ止めよう】は対粛清宝具、アラヤやガイアといった抑止力の力を放つものであり、星や人類の敵へと叩き込む為の宝具である―――即ちギルガメッシュキラーな宝具となっている、

 

 【天地乖離す開闢の星】と【人よ、神を繋ぎ止めよう】がぶつかる直前、前へと出て、エルキドゥの標的を此方へと無理やり切り替えさせる。

 

「―――お前は俺を粛正出来ないだろ?」

 

 抑止力では抑止力を裁けない。究極的に星と人類の為に活動するシステムである抑止力に対して、対粛清宝具は”完全に無力”になる。エルキドゥの宝具は俺という存在の前では完全に無力化され―――【天地乖離す開闢の星】に食い荒らされる。一気に食い破る様に抜けた宝具がそのままアンリ・マユとエルキドゥを飲み込み、その姿を一瞬で、多数の黒化英雄達共々一気に滅ばした。だがその先で汚泥の中に浸っているアンリ・マユの姿は無傷だった。今度は最初の時の様に汚泥を盾にするとも武器にする事もなかった。ただそこに立っているだけで無力化したのだ。

 

「もーぐもぐ」

 

 まるで気にする事無く汚泥が天蓋を生み出した。巨大な津波の様に降り注ぐ汚泥、それを【王の財宝】から射出された数本の剣が空間に突き刺さる事によって氷結させ、そして凝固させる。

 

「【死は明日への希望なり】」

 

 そうやって実体を得た汚泥をアンリ・サンソンが一撃で処刑し、アンリ・マユと此方の間にあるすべての汚泥を一撃で殺し消した。対悪の究極処刑人。アンリ・マユの一部をそうやって蹴散らした瞬間、二撃目の【天地乖離す開闢の星】がアンリ・マユへと向かって放たれた。天と地を断つ神話の”権能”が地上に新たな神話を刻む様に放たれた。生み出された魔力の嵐はそれだけ冬木の天に暗雲を生み出し、雷鳴を響かせながら狂える時間の世界に罅を入れ、崩壊を進める。それを正面から受けたアンリ・マユはしかし、無傷の状態で新たに生み出した汚泥の中にいた。その背後の大聖杯も完全に無傷であり、【天地乖離す開闢の星】からのダメージは一切受けている様には思えない。

 

「威力が足りない、というわけではありませんね」

 

「戯け、彼我の神話強度と伝承保護による防壁だ。崩すには少々骨が折れ様が―――」

 

 神話強度と伝承保護。即ちサーヴァントが保有するルールだ。神霊として召喚されているアンリ・マユは宝具ではなく神話の時代の”権能”を保有している。今は物理法則になる事で失われてしまった”権能”という神々のシステム、神霊と大聖杯という形があるおかげで、それを一切遠慮する事無く相手は行使する事が出来る。そしてアンリ・マユは神話において創造神に当たる存在であり、同時に”究極の悪”として描かれる存在でもある。故にその存在を打倒できるのは”究極の善”でしかない。即ちアンリ・マユにダメージを通す事が出来るのは、

 

 アライメント:秩序・善の存在のみになる。

 

 即ち善悪二元論。悪を倒せるのは善のみである。

 

 そして究極の悪を倒せるのは究極の善のみである。

 

 半端な善では絶対に悪を倒せない。

 

 ギルガメッシュのアライメントは混沌・善。シャルル=アンリ・サンソンのアライメントは秩序・悪。アンリ・マユの条件である秩序・善のサーヴァントは別の場所で戦っているアルトリアやイリヤスフィールを含めて、一人も存在しない。対悪特攻宝具である【死は明日への希望なり】は間違いなくアンリ・マユを一撃で殺すだけの能力を持っているが―――その前に伝承保護を破壊するか、或いは突破する手段が必要になってくる。それさえ突破すれば、アンリ・サンソンで一気にあの相手を殺す事が出来る。

 

「迷い、悩むか? 安心しろ、我が貴様の妄言を叶えてやる。遠慮なく大言壮語を吐くが良い、マスター」

 

「うし―――攻めるか」

 

 前へと一歩踏み出した此方の姿を見て、あぁ、と間桐桜の姿をして悪神は呟く。

 

「来るんですか。抗っちゃって。可愛いですね」

 

 汚泥が溢れ出す。大地から、聖杯から、空から、空間を割る様に溢れ出す。創造神でもあるアンリ・マユの権能は悪という属性に染まっているが、その範疇であれば好きに万物を生み出す事にある。故に溢れ出す汚泥はそれと同時に無数のサーヴァントを生み出す。影の英霊達。それは黒化しており、そして理性を蒸発させられている。しかし、それでも本当の英霊達である。宝具を保有し、そして戦う力を持っている本物の英霊を大聖杯の魔力を通して無尽蔵に生み出している。無限に生み出される戦力は普通のマスターとサーヴァントであれば間違いなく即死する環境ではあるが、

 

 ”星”という味方が存在し、ギルガメッシュが本気を俺の為に出してくれる今、もはやそんなものは関係ない。

 

「邪魔だ―――」

 

 乖離剣エアが放たれる。赤い真空波がそれだけであらゆる英霊を滅ぼし、道を生み出す。【王の財宝】から放たれた巨大な斬山剣(イガリマ)が強引に開いた道を破壊しながらあらゆる存在を粉砕し、そして汚泥に囲まれるアンリ・マユへと衝突し―――弾かれた。同時にギルガメッシュが【王の財宝】の鍵剣を巻き付けた左手を振るう。そのアクションに従って【王の財宝】が開く―――500丁を超える宝具が出現し、絨毯爆撃の如く攻撃を降り注ぎ始める。その中、アンリ・サンソンと共に弾かれた斬山剣の上へと乗り、そのまま一気に前へと向かって進み、【紅蓮の聖女】を握り締めながら前へと出る。滑るようにその巨大な刀身の上を伝って行き、そのままアンリ・マユへと向かって一直線に飛び込む。

 

 それを迎撃する様にサーヴァント達が前へと飛び出すが、即座に処刑台が形成され、一瞬でサーヴァント達の首が撥ね飛ばされる。そうやって空いた隙間に着地し、刃を振るいながら正面のアンリ・マユへ接近する。泥の中に溺れる様に座り込んでいるアンリ・マユはそのまま動くことなく、服装のスカート部分がまるで鞭の様にしなり、動きながら襲い掛かってくる。それを【紅蓮の聖女】弾き返し、ジャンヌと意識を完全にシンクロさせながら彼女の経験と意識を同化させる。フルスペックの状態で刃を振るい、アンリ・マユの一撃を弾いた所から刃を返し、

 

 アンリ・マユの頬に傷痕を生んだ。

 

「っ―――」

 

 アンリ・マユの表情に初めて、完全な驚愕の表情が生まれた。それはそうだ、Cランクの宝具でその体にかすり傷とはいえ、傷が生み出されたのだから。それはアンリ・マユが保有する概念が突破されたという事にしかならない―――そう、ジャンヌだ。ジャンヌだけがアライメントで秩序・善という属性を保有しているのだ。究極の善という位置に存在するジャンヌは唯一アンリ・マユを害する可能性を持ったサーヴァントである。それ故にアンリ・マユは汚泥を使った汚染を行おうとしたのだ。だがアンリ・マユが驚いた本当の理由はそこではない。

 

 今、アンリ・マユを保護する伝承が崩壊した、という事実にある。

 

抑止力(馬鹿)を舐めるなよ。これで善悪二元論は通じない」

 

 究極の善(ジャンヌ)が傷を生み、そして抑止力がそれを通して伝承の破壊を行った。それによって善悪二元論が崩壊し、究極の善性以外でもアンリ・マユを害する事が出来るという結果が生み出される。その瞬間、背後に隠れていたアンリ・サンソンが前へと出る。

 

「【死は明日への希望なり】―――」

 

 処刑台が形成される。一瞬でアンリ・マユを捉えた処刑人のギロチンにはアンリ・マユが掛かっており―――それは崩れる様に別の英霊へと姿を変えた。神代の魔術を用いて下僕と場所を入れ替えたアンリ・マユは必殺される事が可能になったため、逃れた。ギロチンが堕ちた瞬間には既に離れていた姿はしかし、

 

「ふははははははぁ―――!!」

 

 【天地乖離す開闢の星】が放たれた事によって失敗する。真っ直ぐ大聖杯へと向けて放たれた神話はその前へと出現したアンリ・マユの泥とアンリ・マユ自身によってガードされ、相殺される。瞬間、汚泥の波と影の英霊が数百騎、戦闘を終わらせるために襲いかかってくる。展開される【王の財宝】を受けて消滅しながら新たに生み出される影の英霊の軍団は、もはやギルガメッシュか、或いはそれと完全に同格のエルキドゥが聖杯クラスの魔力を保有するマスターと契約していなければ、間違いなく全滅している状況だ―――そう、ピンポイントにこの状況を打破する為の手札は揃えられている。それでも手番を間違えれば、全滅する。そういう綱渡りの状況で戦っているのだ。抑止力(救世主)といっても完全でも完璧でもない。それは自我が残っている、或いは存在していることが何よりの証拠だ。

 

 だからそれを抱きつつ、アンリ・マユを殺す為の手を取る。

 

 左手を前へと伸ばし、アンリ・マユが【天地乖離す開闢の星】を喰らって硬直した瞬間を狙い、令呪を二画、消費する。

 

「今がチャンスだぞ―――」

 

 そうやって発動されたのは強化や回復ではなく―――転移現象だった。別地で戦闘を繰り広げていたアルトリアが出現し、動かないアンリ・マユへと【最果てにて輝ける槍】を迷う事無く放ち、相手が回避する動作に無理やり移行させる。そしてそうやって回避した相手の動きの先で、

 

 背後に転移でサーヴァント・イリヤスフィールが稲妻の様にジグザグの刀身を持つ短刀を逆手に握り、出現した。

 

「―――破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

 

 突き刺さった。

 

「か―――」

 

 アンリ・マユが放てた言葉はそこまでであり、間桐桜とアンリ・マユにあった契約が強制的に解除され、その姿が剥がされる。桜の体から剥がれる様に黒い泥とその衣服が剥がれ落ち、桜の姿を抱いたイリヤスフィールが跳躍して一気に離れる。桜というマスターと依代を失ったアンリ・マユはそこで消える―――事はなく、汚泥を集め、吸収し、固め、そして数百という無尽蔵に生み出したサーヴァント、それを圧縮しながら自分の体の骨として集めて融合させ、人の背丈を超える、神話の黒い怪物の姿へと変貌する。大聖杯への繋がりは汚泥を通して未だに存在しているらしく、その魔力は溢れあまり、肉体を失って弱まるどころか強化されている。

 

 ―――月の青年がこれを見れば、数百の英霊を取り込んで強化した様子をまるでかの女の様だというだろう。

 

 実際、そう言う次元の存在に神霊とはある。英霊とはそもそも次元が違う存在であり、大量の魔力を喰らう代わりに、ありえない権能を行使する事が出来る、究極の幻想。故にその姿は衰える事無く、咆哮が響き、それだけで次元が震動し、

 

「―――体は剣で出来て(I am the bone of my sword)いる」

 

 炎が走った。それは悪神と大聖杯を分断する様に、汚泥を悪神から分断する様に、決戦の世界を生み出すように展開される。ギルガメッシュの宝物庫から展開される宝具がそれを支援し、そして世界を押し広げる。

 

血潮は鉄で心は硝子(Steel is my body, fire is my blood)―――」

 

 桜が解放された事により、同時に彼も破戒すべき全ての符を通して解放されていた。故に出現するその歩みと共に世界は侵食されて行き、悪神はそのリソースから分断されて行く。悪神アンリ・マユを討伐する為の最後のキーであり、切り札―――それは無限に再生し、そして永遠に戦い続けられる無限のリソースを保有した悪神をそのリソースから分断する為の人材。

 

「幾たびの戦場を超えて(I have created over a thousand blades)不敗」

 

ただ一度の敗走もなく(Unaware of loss)ただ一度の勝利もなし(Nor aware of gain)

 

 それはありえない光景だった。贋作者と罵られる存在を同じ戦場で許容し、肩を並べる行為等。だがそれは今、発生した。或いはそれこそ星が導き出した必然の流れの一つなのかもしれない。だがそんな事は当事者たちにはどうでも良かった。広がった炎は一瞬で世界を荒れ地へと作り変え、そして贋作の剣をそこに突き刺した大地を生み出す。

 

担い手はここに独り(Withstood pain to create weapons)―――剣の丘で鉄を鍛つ(Waiting for one's arrival)

 

「ならば我が生涯に意味(I have no regrets. This is the only path)は不要ず」

 

この体は(My whole life was)―――」

 

 だが立った。剣の丘に。もはや躊躇する理由も、敗北する理由も、悪に屈し続ける理由も、その全てを捨て去った、正義の味方が―――衛宮士郎が、その本気を、そして殺意を見せる事の出来る完膚無き悪を見据える。

 

「―――無限の剣で出来ていた(”Unlimited Blade Works”)

 

 固有結界・無限の剣製が展開される。それは展開されるだけでその役割を終えた。固有結界という空間を形成する事により、完全に悪神アンリ・マユをその供給源である大聖杯から切り離し、その汚泥からも切り離し、その身一つの状態へと隔離した。これが通常の英霊であれば、全く無意味だと言っても良い。だが神霊は違う。神霊という存在は大聖杯のリソースを占領して漸く召喚できる存在。その暴威はあらゆる次元を突破し、空間を拳一つで粉砕する程にある。だが、それを維持する為の大聖杯から離れたとなると、話は変わってくる。

 

 その姿が揺らぎ始める。

 

 もはや語る言葉はなく、伝える事も何もない。

 

 アンリ・マユが世界を破壊しようと咆哮を轟かせながら拳を振るい、世界に亀裂を叩き込むのと同時に【天地乖離す開闢の星】と【最果てにて輝ける槍】が同時に放たれる。超級の宝具の掃射により、一瞬でアンリ・マユの両腕が消し飛ぶ―――再生する為の汚泥も、魔力を供給する大聖杯も存在せず、

 

 もはや逃れる術はない。

 

「良き来世を―――」

 

 闇色の群集の手が伸びる。狂気に染まり、まるでスポーツを求めるかのように処刑を求めた民衆の手がアンリ・マユを人間の様に捉え、その処刑台へと連行した。入れ替わる為の影の英霊も、泥ももはやない。絶対悪の存在をもはや逃がす事はなく、ギロチンの刃がセットされる。紐に繋げられ、そして吊るされている極厚のギロチンの刃、アンリ・サンソンがこの悪神の為だけに用意した特別な刃、

 

「【死は明日への希望(ラモール・エスポワール)なり】」

 

 それを握った刃でロープを切り裂き、

 

 断罪のギョティーヌを落とした。

 

 ―――数百という保有されていたサーヴァントの命やあらゆる耐性を貫通し、アンリ・マユの首が落とされ、即死した。

 

 悪神アンリ・マユ―――その完全討伐が完了された。




 Qなんで勝てたの?
 Aメタしか用意しないから

 おそらく次回、最終話かな。それにしてもドルオタが真面目な姿に違和感を感じる(困惑


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神は言われた”光あれ”

 カンカンカン、と鉄を叩く様な音が聞こえる。人が作業する声に耳を傾けつつも、フード付きのパーカーの下に素顔を隠し、歩く。

 

 周りには崩れた建築物を撤去し、その代わりに仮設住宅としてテントなどを張っている姿が見える。比較的損傷が少ない家や店舗に関しては崩さず、そのまま修復しようとしている大工の姿が見える。急ピッチで建設作業が周りでは進められており、多くの人々が作業に興じている。その誰にも、暗い表情はない。皆前を向いてこの街を復興させようと、頑張っている姿が見える。何せ、ここから始まり、そして国が終わったのだ。ならば再び爆心地であるここから始めるのも、道理なのだろう。そう言う事もあって、数日前までは一切見る事のなかった多くの人手がここにはあった。僅か数日、数日だけで環境は激変した。

 

 ―――アンリ・マユ討伐。

 

 この日本と東アジアを汚染していた特大の巨悪、アンリ・マユを潰した事により、影の英霊と汚泥の怪物、そして霊脈に対する汚染は終了した。既に生み出された分と汚染された分は確かに残っているが、大聖杯の一つは確かに破壊された。故に大聖杯によって押し込まれていた星の自浄機能が僅かばかりながら復活し、日本が再生し始めている。今、冬木に来ている建築家達は冬木解放、大聖杯の破壊を聞いて宮内庁より派遣された貴重な職人たちであり、冬木を対策本部として使うために建築を進めている働き手達である。まぁ、確かに大聖杯、或いは聖杯戦争が始まったのはこの地だ。だとしたら調査の為にも、対策本部をここに立てるのは正しいのかもしれない。

 

 パーカーの下で姿をジャンヌの方へと変態させる―――自分本来の姿は割と有名になってしまった為、有名人であるジャンヌの方が今は目立たない、とはなんとも皮肉な事なのかもしれない。そんな事を考えながら歩く先は決まっている。空を見上げれば夜の闇も、火災の黒煙も、暗雲も存在しない。それらは全てアンリ・マユの打倒と共に消滅し、綺麗な朝日が降り注いだ。今では晴天が頭上を祝福する様に輝き、今までの闘争が嘘だったかのように世界を彩っている。そう、終わった。戦いは終わったのだ―――少なくとも日本では。

 

 アンリ・マユが倒れたら後は【最果てにて輝ける槍】と【天地乖離す開闢の星】を大聖杯へと叩き込むだけの簡単な作業。それで大聖杯はこの世から跡形もなく完全に消滅した。それで、この国を苦しめた最悪の悪意は消え去った。

 

 何ともあっけない終わりだった。

 

 歩く。

 

「復興が始まってるなぁ」

 

『それは勿論そうですよ。人は諦めず、前へと進み続ける力を持っているのですから。これぐらいの事では諦めませんよ』

 

『戯け、人は傲慢なだけだ。己の境遇に納得できないのであれば納得するまで探求し、変えて行く。それだけの話だ』

 

 まぁ、大体ギルガメッシュの言った通りだろうし、同時にジャンヌも正しい。満足できないし、前へと進む気持ちもある。両方といった所だろう。ともあれ、冬木の新都から大橋を渡って旧都へと向かう。新都は比較的無事な建造物が多かったのだ。爆心地である大空洞は冬木の西端に存在し、それは冬木の旧都の近くにある。つまりは旧都が一番の被害を受けていたことになるのだ。実際、旧都の光景は酷い。焼け落ちた家屋、崩壊している道路、荒らされ切った住宅街―――此方は新都よりも復興が大変になるのは目に見えている事だ。だが現状、国と魔術師が支援に力を入れている今、何時かはここも再生するだろうとは思っている。

 

 そのまま旧都へと入ると、入手した情報に従う様に崩れた道路や家屋を抜け、比較的旧都の奥の方へと来る。ある種の高級住宅街になっているこのエリアの一角に、大きく土地を取る豪邸が、武家屋敷の様な家が見える。此方も壁は崩れてはいるが、旧都の方にしては割と綺麗に家の形が残っている場所でもあった。崩れている門を踏み越える様に中に入ると、屋敷の横の庭らしき場所に立っている二つの姿が見える。一人目は赤い外苑を装着している白髪のサーヴァントの姿、イリヤスフィールであり、もう一人は完全に灰色になった髪色の男の姿、衛宮士郎だった。パーカーを降ろしながら元の姿に戻ると、その魔力の反応からか士郎が此方に気付く。

 

「お、おはよう涯。その様子からすると、あんまり楽しそうじゃないな」

 

「そりゃあお前も一緒だろ」

 

「俺は元々準封印指定だし、悪い意味で目立っているから注目される事には慣れているんだよ」

 

 固有結界。それは世界を塗り替え、塗りつぶす魔法に近い魔術。それを行使する事が出来る士郎の存在は貴重であり、サーヴァントの宝具を抜きにしてそんな事が出来る存在はもはや片手で数える事が出来る程度にしかいないだろう。少なくとも自分の知識の範囲内では、二人ぐらいしか知らない。そんな士郎が悪目立ちするのも難しくはない話だろう。何せ、この男は”正義の味方”なのだから。

 

「全く、変わらんな貴様は」

 

 そう言って出現したアルトリアに対して士郎が言葉を放つ。

 

「セイバー……いや、今はランサーだったっけ。お前の方が変わりすぎで俺的にはもはや何がなんだか、って感じだよ。俺が知っているアルトリアはもっと小さかったんだけどなぁ……」

 

「初めに行っておくぞシロウ―――私はあの少女の姿でも中身的には三十路前後だぞ。私の今の姿は多少のイレギュラーはあるが、聖剣の呪いがなかった場合の私だ。故に本来はこれぐらいあるぞ。背も、胸もな!」

 

「そこで胸を張るなよアルトリア。俺が恥ずかしい」

 

 後ろからアルトリアの頭の後ろを軽く叩く。振り返ったアルトリアが不満そうな表情を向けてくるが、ギルガメッシュは笑っているのでこれでいいだろう、と思う。軽く息を吐きながら士郎、それからイリヤスフィールへと視線を向ける。

 

「んで、そっちの調子はどうよ」

 

「おー、魔力の量が多くて割と自由にさせてくれるマスターで私的には一切問題なし! 成長した弟の姿を確認する事も出来て、お姉ちゃん属性としては非常に大満足って感じよ。しっかし実家は何時か滅ぶんじゃないかなぁ、とか思ってたけど皆殺しかぁ―――ざまぁ」

 

「おいおい、イリヤ……」

 

「いやぁ、だってどっからどう見ても外道連中だし? 生まれてきたのはアインツベルンのおかげだけど、何処からどう見ても擁護可能な所はないし。寧ろ早めに滅んだ方がいいでしょ、全体的に。何処からどう考えても馬鹿ばっかりだし。今、はっきり言うけどバーサーカーの召喚に成功したとき、あのまま本家潰そうかどうか一瞬考えた」

 

「おい」

 

 士郎の声にイリヤは笑って、そして霊体化して応える。まぁ、サーヴァントが楽しそうにやっているならそれでいいが、士郎が若干怒っている様な姿を見せている。とりあえず、着物、あるいは浴衣で楽な姿を見せている士郎へと視線を向ける。ここ数日全く会っていなかったが、どうやらアンリ・マユに捕らわれている状態から大分復調してきているらしい。

 

「ま、元気そうで良かったよ。間桐桜の方は?」

 

「あぁ、桜はまだ目覚めないよ。衰弱しているとか肉体的に問題があるとかそういう訳じゃないんだけど―――やっぱり長期間自我を押し込められて肉体を強奪されていたのが響いているみたいなんだ。たぶん目覚めるまではあと数か月はかかるかもしれない。……悪い、とりあえずは桜が目を覚ますまではどこにも行かないって決めているんだ、助けになれなくて悪いな」

 

「いや、最後の固有結界だけでも助かったし、これ以上ヒーローが増えたら俺の活躍まで喰われちまうから、後からゆっくり俺の武勇伝を聞きながら悔しがって追いかけてくるんだな! ま、追いついたころには俺が世界を救っているんだろうけどな」

 

「ははは……まぁ、活躍の場が残っていないのが一番なんだろうけど、困ったらいつでも呼んでくれ。桜の事に関して目処が付いたら飛んでいくからさ」

 

 手を叩きあう様に合わせ、がっしりと握手を組んでから手を離す。士郎は悪い奴ではない。心には歪さを抱えているが―――寧ろ、そう言う部分がないと”突き抜ける”事が出来ない。そしてこの混沌の時代、こういう突き抜ける事の出来ない人間は淘汰されて行くばかりだ。だから歪んでいても、それでも真っ直ぐ歩いて貫ける者であれば、歓迎すべきなのかもしれない。ところで、と士郎が声をかけてくる。

 

「涯はこれからどうする予定なんだ? 確か抑止力の端末なんだっけ? 俺が知っている奴よりは全力で人生をエンジョイしている様に見えるけど、結局はどう動く予定なんだ?」

 

 そうだなぁ、と呟く。まぁ、ほぼ確実に日本を出て海外に出る、という所は確定しているのだ。もはやその事に迷いはない。自分の意思で抑止力が敷いたレールを歩き、そして自分らしさを貫きながら世界を救うつもりなのだ。だからやっぱり、世界に出るしかない。なら目的地はどうするか、という話だ。

 

「個人的に考えているのはアメリカ、或いはイギリスとフランスなんだよな。ルーマニアの”吸血帝国”に関しては聖堂教会が専門のチームを組んで戦争中らしいし、手を出す必要はなさそうな気がする。アメリカはマザーハーロットが落ちたから大聖杯の守備能力が落ちているらしいし、イギリスとフランスに関しては―――」

 

 アルトリアが出現する。

 

「私がいるからな。私の宝具は【最果てにて輝ける槍】だ―――つまりこれを握ってカムランの丘へと向かえば、円卓の崩壊を再現する事が出来る。モードレッドがいなくてもクラレントであれば英雄王の蔵を漁れば出てくるだろう。そこでいい感じに、こう、霊核に突き刺さらない感じで刺し違えればいい感じに再現して円卓を滅ぼせるだろ」

 

「頭大丈夫? 平気? 結婚する?」

 

「其方の方が頭大丈夫か」

 

「……ふふ……俺の知っているアルトリアと違う……」

 

 あぁ、やはり士郎の召喚したアルトリアと、このアルトリアとでは性格が全く違うらしい。まぁ、それも当たり前かもしれない。サーヴァントは召喚される際に、”側面”なんてもんを抽出されて召喚される場合もある。その事を考えると同じサーヴァントでも、全く違う属性やアライメントを持っていたりする場合がある。セイバー・アルトリアと、ランサー・アルトリアもそういう話なのだろう。

 

「んで、今日はどんな用事なんだ?」

 

「あぁ、いや、そろそろ戦力補充しようと思ってライダーを追加しようかなぁ、って思って。だから召喚する土地借りようかな、って。少し広めの場所があった方が召喚しやすいし」

 

「お、んじゃあ是非とも使ってくれ。土地だけなら余ってるしな」

 

 士郎の言葉に苦笑を漏らして横へと視線を向けると、

 

 頭にマリーハチマキを装備し、何時もの黒いコートの代わりにマリー法被を装着し、テニス選手が取る様な待機の構えを取りながらこっちを無言で見つめる、ドルオタなサーヴァント、シャルル=アンリ・サンソンの姿があった。こいつ、これで人類史で二番目に多く人間を殺しているんだよなぁ、と思い出すが、全くそうは思えない。しかしこいつ、あのアンリ・マユ討伐戦では間違いなくMVPというか、こいつがいなかったら固有結界から逃げられ、戦闘が更に長引いていた上に大聖杯と融合させられていたかもしれないんだ。

 

「検索したけどマリー・アントワネットはヒーラーとして凄く優秀なサーヴァントだし、召喚するつもりだから安心してくれ」

 

「……」

 

「無言で体を揺らすなよ」

 

 お前、タンバリンでも叩きそうな動きをしているよな。それを口から吐きだすのを我慢しつつ―――大聖杯破壊、及びアンリ・マユ討伐で得た拳サイズの聖晶石、それを使う事にする。これだけ良質な触媒であれば、間違いなく最大スペックの状態で召喚する事が出来るだろうと思う。抑止力としての機能を利用すれば、狙ってサーヴァントを召喚する事など容易い。ただ一応、振り返りながらアンリ・サンソンに確認する。

 

「……マリーさんってどんな感じ?」

 

「特徴を捉えるなら赤の装飾、白髪、そしてスラットしているが無駄のない体形ですよ。彼女こそがフランスとも言える、絶世の美女です」

 

「おう、解ったから高速で体を揺らすのを止めろよ」

 

 ドルオタを視線から外しながら聖晶石を指で弾き上げる。魔法陣を描く必要なんてない。召喚を行う事は聖杯の機能に刻み込まれている。それを理解し、そしてその機能を稼働させるだけでいいのだ。後はマッチングした条件のサーヴァントを英霊の座より引き上げれば良い。魔力を、聖晶石を消費し、そして聖杯を稼働させる。

 

 目の前で魔力の嵐が吹き荒れ、それが一瞬で広がり、そして終息して行く、一つの形へと。

 

 赤い装飾を見に纏い、

 

 美しく長い白髪を持っていて、

 

 スラっとしてはいるが、一切無駄のない肉体をその服装の下に隠している、

 

 絶世の美―――男子だった。

 

 黄金の鎧を見に纏った美男子は光の中から出現する。

 

「サーヴァントライダー・カルナだ。召喚に従い―――」

 

 そこまで召喚されたライダー、カルナが喋ったところで、

 

「あぁああああぁぁぁぁァァァァァ―――!! マリー! マリーじゃない! うわぁぁ!! マリ―――」

 

 光景を目撃していたドルオタが一瞬で正気を蒸発させて血涙を流しながら発狂した。それを数秒間、何かをするわけでもなく士郎とカルナと三人で眺めると、

 

「……」

 

 空気を読んだのか、見ていたカルナがそっと、光に溶ける様に消えて行こうとする。

 

「消えるなぁ―――!!」

 

「そんなことしなくてもいいから!!」

 

「マリィ―――!! マリア―――! マリアじゃなぁぁい―――!」

 

 ドルオタの絶叫と英雄王と騎士王の爆笑が響く中で、

 

 冬木は、そして日本はここしばらくは存在していなかった、完全な平和を取り戻していた。

 

 ―――だがこれは、長い旅の始まりでしかない―――。




 くぅー、疲れました! これにて完結です。日本解放で終了しましたが、後六つもある聖杯を追い掛けるのは200話超えるシリーズになるのでみんなの脳内で留まらせておいてください。

 とりあえず実装前のアルトリア・オルタランサーを一番乗りでSSにぶち込めただけで満足です。

 ついでにFGO系列SSで一番乗りで完結出来た感じでも割と満足。

 ついでに言えば女帝ギルがマスターに対してデレたので満足です。

 ドルオタァ!

 ジャンヌも好きだけど女帝ギルの金髪巨乳っぷりはストライクなんだよなぁ、これが……。ともあれ、言いたい事は色々とあるので、裏設定とかプロットの開示とかで、それは次回のあとがきにてと言う事で、

 1か月間、お疲れ様でした


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あとがき

 ドルオタァ!(挨拶

 

 というわけで一か月間、お付き合いありがとうございました、てんぞーです。

 

 当初はTSを使った頭を空っぽにして書けるFGO二次を目指した所”うし、プロット作成するか!”と意気込んだ時点でもうこの原型ができちゃって、やっぱり最終的にTS要素が飾りになる、残念な感じになってきました。もう後半のころは”しっかり書き終えよう”って感じの方が強かったですわ、えぇ。そんな訳でFate/Grail Seeker完結です。タイトルは直訳すると「聖杯探し」って事です。大聖杯を求めて旅をする彼の冒険を一言で表現した訳ですね。

 

 ん? 一言……?

 

 まぁ、そんな訳でして、構想した直後からプロットによって殺されたTS要素ですが、定期的に書かないと欠乏症みたいな病気なので、気にしない方向で。

 

 とりあえず、何時もの裏話という感じのあれで。

 

 まず涯くん。

 

 物語開始前に死んでいます。

 

 元々は一般の大学生でしたが、優秀な天然の魔術回路を保有している原石であり、両親に売られてカルデアへ、デミサーヴァントの実験として聖杯を組み込んだ場合は―――というケースの成功例だったのですが、世界規模のパンデミックが発生した際に死亡してしまった不運の青年でした。その肉体を確保し、ある程度改造を施して再利用したのが抑止力(現在の中身)であり、その時円滑任務を行う為にサルベージされた記憶と人格が、この主人公の涯の人格となります。つまり大前提として”人格も能力もサーヴァントも抑止力としての存在”なんですね。

 

 本人に自覚があろうがなかろうが、確実に抑止力にとっての利益になる存在、という風に生み出されている訳で。そう言うわけで最初に選ばれたジャンヌの役割は「精神安定剤で対アンリ・マユ伝承突破」という意味でした。つまりジャンヌちゃんのおかげで正気を保っている感じで。

 

 サーヴァントにはそれぞれ役割があって、

 

 アルトリア……対ブリテン、円卓を崩壊させる鍵

 

 ギルガメッシュ……対神話級の英霊、神霊に対するメインアタッカー

 

 ドルオタァ!……悪に属する神霊を殺す処刑人

 

 アチャ子……固有結界による隔離+世界で活躍する聖杯戦争関係者とのコネクション

 

 という感じに、いろんなマスターや環境、サーヴァントを相手に活動、支援が行えるようにサーヴァントは抑止力によって誘導、選出されています。なお、

 

 カルナ……最大武装召喚、”槍”持ち

 

 と言う事で、メイン盾と対神戦闘を想定した、”神霊殺し”というポジションとしての召喚が抑止力としての目的でした。ちなみにまだ選出されていない剣と狂は、

 

 セイバー……両儀式orモードレッド

 

 バーサーカー……なし。

 

 ルーラーに1枠取られているのでバーサーカーを抜けば7枠揃うって感じで、大体こういう感じのパーティーを想定していました。死の概念はなかったら式でバッサァー! ってやっちゃうか、ブリテンはモドレ+アルトリアで円卓崩壊TASをする感じか、アラヤとガイアさんは何時もその事で喧嘩しています。

 

 ぼくのかんがえたさいきょうのよくしりょくぱーてぃー。

 

 と、まぁ、大体そんな感じです。ちなみに各国の状況は

 

 日本……解放完了、これから復興始めるけど余裕はない

 

 アメリカ……黙示録の四騎士が人口を10分の1まで減らし、偽りの救世主が出現する

 

 ローマ……神祖が守護し、歴代の皇帝たちが守護し、ローマの法に従う者を守る唯一の安息地

 

 ブリテン……貧乳王「お前ガチャにいねーからぁ!」

 

 フランス……邪聖女「貧乳ぷげらwwwかわいそww」           ヴィヴ・ラ・フランス>???

 

 ルーマニア……ロイヤルストレート死徒フラッシュ大集合だドン!

 

 月……白野「なんじゃこりゃああ」

 

 というのが世界全体の状況であり、割とヤバイのばっかりで安息地はガチでローマのみです。ローマだけは守ってくれているけど、それはあくまでもローマ時代への回帰を承諾し、法に従う事を決めた場合にのみの話な! ちなみにローマ時代はホモォ! が普通だったり女性は奴隷だったりと色々とエキサイティン! な時代でもありました。特にテストには出ません。割と一番のとばっちりは全く関係なかったうえに無理やり時代を合わせられた上に月から引きはがされたはくのマンですが、彼は主人公なので不満を吐く事は許されません。

 

 まぁ、だいたいこういう世界でそーゆー展開です。

 

 メタサバ用意して聖杯へゴーゴー―――ローマ大聖杯も非常に邪魔なので、最終的には解体確定している訳ですが。

 

 なお、凛、エルメロイ二世ですが、普通に生き残っています。飲み込まれる寸前で宝石剣使って平行世界の移動を気合いと根性と魂で達成して、ちょっと戻ってくるのに苦労しているだけです。そのうちゼルレッチに助けられる形で貧乳王の所へと援軍として送られてくる感じですよ。

 

 息抜きに書いたという所で所々適当だったりもしますが、今回も楽しく書けたので、それはそれで良かったんではないかなぁ、と言う事で。割と設定無視な所が多いんですけどね。

 

 まぁ、そこらへん、公式でガンガン後付や修正で変わってくるから細かく守ってても意味ねーやって感じはありますけど。

 

 次回作はプリヤでなんか考えています。こう、桜ヒロイン的な(殺すけど)。

 

 FGOでこのまま何か書けたらいいのですが、現在の解放コンテンツだとオルレアンまで書いてそこで終了、というのが現実なので、FGOは要素だけ、という感じにこのSSはなっちゃいましたね。

 

 まぁ、FGOの主人公をオリキャラ! 或いは士郎に! ってのは既に周りで確認してみているので、こっちでは引き続き”FGO要素のあるfateSS”なんか書いてみたいなぁ、なんて感じに。

 

 とりあえず主人公の構想は大分固まってきていて、YAMA育ち、NOUMMINの子孫とか、そこらへんをひっくり返した魔術回路0の純物理アタッカーな感じを目指したり。

 

 ともあれ、あとがきも大分吐きだしたのでここまでと言う事で、

 

 また次回作までお疲れ様でした。



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