満たされた世界 (知恵の欠片)
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満たされた世界

 ここは私の家。私の人形がたくさんある家。人形しかいないからつまらなくないか、とか考える人もいるかもしれない。だけどそんなことまったくない。人形たちは何でも私の言うことを聞いてくれるからだ。全部私が操作してるからというのもあるけれど。

 

 そのような満たされた環境にいることで、私は一種の安心感を持っていた。私の家は、自分の世界そのもの。だれもその世界を奪うことはできない……。だからずっとこの楽しい時間が過ごしていくのだと思った……。

 

 ……、そう、あいつが来るまでは……ね。

 

「よう、今日もこの家は人形ばかりだな、相変わらず埃っぽいぜ」

 

 金髪で白黒の魔法使い、霧雨魔理沙がやってきた。たいてい魔理沙は面倒事や厄介事を私に押し付けてくるので、私はあまり丁寧な対応をしなかった。

 

「一体何しに来たのかしら?」

 

 私のそんなつっけんどんな言葉を気にせず魔理沙はこう言ってきた。

 

「なぁ、アリス、霊夢のところに遊びに行こうぜ!」

 

「……なんで?」

 

 正直わからなかった、私は自分が満たされていたからわざわざ他の人と遊ぶことで満たされる必要はなかったからだ。

 

「なんでって、なんかしらあそこに行けば楽しいじゃないか!」

 

 魔理沙の楽しみ、それは私と違い外の世界に積極的に関わって先の見えないことを楽しむことであった。それゆえに対立することもしばしばあった。今回もそのパターンのひとつである。

 

「私は行かないわ。だって面白くなさそうだし」

 

「しょうがないな、じゃあ私だけ楽しんでくるぜ!」

 

 そう言って魔理沙は箒に乗って飛んでいく。別にその時の私には特別な感情なんて湧いてこなかった。一人でいること。そうすれば誰も傷つかないし、傷つけられることもない。私はゆえに行かなかったのだ。魔理沙といると面倒なのもあるけれど。

 

 またこんな時もあった。

 

「お~い、アリス!紅魔館に行こうぜ!」

 

 この前私が冷たくあしらったにもかかわらず懲りずに私をどこかへと連れ出そうとする魔理沙。私は一応何目的なのか聞いておくことにした。まあ聞かなくても魔理沙のことだから図書館に本を強奪しに行くのかと考えたが、聞かないでいるのも何となくかわいそうだったからである。

 

「どうしてかしら?」

 

「新しい魔法を研究したいんだ、手伝ってくれ!」

 

 魔理沙は研究熱心で普段から本を盗む(本人曰く借りている)ことも全てはそれがゆえであることは私も重々に承知していた。でも私はだからといって魔理沙に協力しようなんて思わない。図書館に行くにしても私が欲しい知識は特に無い。だから私にとってのメリットは無いに等しかったのだ。だから私はいつものように魔理沙を突き放すようにしてこう言った。

 

「パチュリーに頼めばいいじゃない」

 

 私は確かに魔法使いではあるけれど、図書館の主であり、精霊魔法を扱うパチュリーの方が私に聞くより効率がいいと私は判断したからである。

 

「しょうがないなぁ、それじゃ私は絶対新しい魔法を覚えてくるんだからな!」

 

 彼女は威勢良く、それじゃまたと言い残し紅魔館へと出かけていった。

 

「……ふう、ようやくいなくなったわね」

 

 騒がしい奴も消えこの私の家、すなわち私の世界は平穏を取り戻す。わたしはただこの世界の平和を守り、私は再び人形に使役させ満たされた生活を送る。この生活は私のとって全くの当たり前のことで、何も苦にならなかった。

 

 しかし、ある変化が起きてしまう。魔理沙の様子が変わってしまったのだ。原因は私の発言にあったのだけれど。その時魔理沙はいつものようにうるさく、けれども明るそうな顔をしていた。

 

「お~い、アリス、暇だろ?私の家で酒でも飲まないか?」

 

 確かにお酒が入るのであればそれは楽しいことかもしれない。でもやっぱりこの空間こそ自分を一番落ち着かせてくれる場所だと考えていた私はこの時魔理沙の申し出を拒んでしまった。

 

「私は忙しいの、また今度誘ってちょうだい」

 

 私はいつもの口調で魔理沙に返す。幾分申し訳なさを含めたつもりではあったが、その言葉をきっかけにし、魔理沙の表情が曇る。

 

「なぁ……アリス…」

 

「何かしら?」

 

「どうして私と一緒に楽しんでくれないんだ?」

 

 魔理沙が珍しく私に食い下がってくる。ただ表情は不満というよりかは悲しげな表情だった。私はそんなことに気も止めず続ける。

 

「私には私なりに都合があるの。あなたの都合に合わせられるわけないじゃない」

 

 約束というのはせめてお互いの予定を組み立てやすい数日前から立てておくべき。そうすればお互いの予定を組み立てやすいし、面倒なことも厄介なこともないだろう。だから私は断ったのだ。

 

「そうか、邪魔したな……」

 

 魔理沙は帽子を深くかぶり直し箒を持って飛び去っていく。私はそんな彼女を見送ると一人寝室へと閉じこもる。だって、私にとってはここにいるだけのほうが一番落ち着く。別に人とかかわってなくても平気な自分がいた。

 

 その時の私は、そう思っていた。しかし、それから魔理沙は私の家に来なくなった。初めのうちは毎日押し掛けられないから私もゆっくり楽しんでいられるわね、と私はそう楽観的にとらえていた。

 

 だけど魔理沙はおろか、誰も私の家に来ないままただ時だけが過ぎていく。一分、一時間、そして一日と。最初は私も人形を作ったり操ってみたりして退屈を紛らわせていた。しかし一週間たった今ようやく気づいた。

 

 ここは私の家、つまり私の世界。すべて満たされた……はずだった私の世界。何か大切なピースが失われたことに気付いた……。

 

 私はやっぱり誰かにいてほしいと思うようになってきた。だから私は魔理沙の行動を調べてみるべく、上海を使って魔理沙の行動を調べてみることにした。

私は香霖堂へと赴き集音機と撮影機を人形と引き換えに譲ってもらい、それを上海に装備させ魔理沙を尾行させた。

 

 着いた場所は紅魔館、その中の図書館へと魔理沙は入っていく。ただその時魔理沙は正門から入ることはなく、そのまま裏口から入っていく。視界が悪いあたり真正面からではなく、魔理沙の侵入経路から向かっているのだろう。そのいわゆるトンネルから魔理沙は抜け出す。パチュリーはその様子を見てただただため息をついている。

 

「悪いな、今日も来ちまったぜ!」

 

「むー、私の読書の時間が……」

 

「まあまあそんな邪険にしないで、一緒に本を読もうぜ!」

 

 パチュリーは嫌そうな顔をしつつも魔理沙と一緒に本を読み始める。会話がなくなった今上海を近づけるとバレそうなので少し距離を取る。だから少し声は聞き取りづらい。だが、二人はなんだか楽しそうに小声で話している様子だけは知り得ることができた。

 

(魔理沙……いったいどういうことを話しているのかしら……?)

 

 上海を二人が気づかなそうな本棚の影へと接近させるとなんとか会話を聞き取ることに成功した。

 

「う~ん……やっぱり感覚的にうまくいかないんだよなぁ~……」

 

 魔理沙は手のひらで魔法をイメージして繰り出そうとしているようだったが、煙さえも出ていない。

 

「じゃあこの方法もダメってことね……」

 

 私はかつて魔理沙が言っていたことを思い出した。確か魔理沙は新しい技の習得を目指してたと言っていた。おそらく今それを実際に試そうとしているのだろう。

 

 こうなれば自分の家にいながら魔理沙がどのような魔法を試しているか確認できると一石二鳥の気分でちょっと気分がよくなる。だがそれも束の間だった。それはパチュリーの一言である。

 

「そういえば、アリスにも聞いてみたらどうかしら?色々なタイプの魔法使いから話が聞ければ何かしらコツはつかめると思うわ」

 

 その瞬間私は強張った。魔理沙が私のことをどう思ってるのかこれからの魔理沙の発言ではっきりとわかってしまうからだ。

 

「ん、アリスか……あいつは―――」

 

 それと同時にとても怖かった、自分自身傷つきたくなかったからだ。

 

 

 

 そして結局私は怖くてその場から逃げだしてしまった。自分の、安心できる家から……。

 

「はぁ……私、何やってるのかわかんなくなっちゃった……」

 

 気がつくと空からは大粒の雨が降り出してきた……そういえば今日は雨が降りそうな感じがしていた……。

 

 どうしよう……家に帰るのも怖い……。でも……今だったらいくら泣いてもいいよね……。

 

 ここは私の世界じゃない外の世界、だけどこの雨がそれを隠してくれるようで……。

 

 ちょっとだけ外の世界にも親近感を覚えた……。

 

 

 

 

 しばらく一人で泣き続けてしばらくした後、雨の強い降りはやみ私も落ち着きを取り戻してきた。

 

(はあ……もう二人の会話も終わってるよね)

 

 私はずぶ濡れになって冷えた体を震わせながら家へと向かった……。

 

 なんだろう、寒さのせいか幻聴が聞こえる気がする。それは私がかつてうるさいと思っていて、今もっとも欲していた主の声とそっくりだった。

 

「お~い!アリス!そこで何やってるんだ!?」

 

 いや、幻聴じゃない。私は真上を見上げる。

 

「この声は……魔理沙!?」

 

 真上に魔理沙が飛んでいた!私はとても不意を突かれ立ち尽くすことしかできなかった。魔理沙は私の様子を気にしながらもいつもの口調で話しかける。

 

「ん、どうかしたのか?変な奴だな」

 

 魔理沙は何事もなかったかのように私に近づいてくる。

 

「うわ、おまえびしょぬれじゃないか!早く私の箒に乗れ!」

 

 魔理沙は私を無理に箒に乗せ後ろから抱きしめてきた。

 

「ほら、しっかり掴んでないと落ちるぜ」

 

 私は動揺する。さっきから不意を突かれっぱなしで心臓が高鳴る。私はとっさに何か言い訳はないかと考える。

 

「え、でも魔理沙も濡れちゃうから、そんなくっつかないほうが……」

 

 だけど魔理沙はそんなことは全く気にしない。

 

「私はこのくらいじゃ風邪なんてひかないんだぜ!」

 

 私はこうして半ば強制的に家に連れ戻された。さっきから気恥かしさのせいで魔理沙の方を直視することができなかった。

 

「アリスー、さっさと風呂入っとけー、お湯は湧いたからなー」

一方魔理沙は私の家の風呂場でお湯を沸かしていたようだ。そして私は風呂に入らせられた。

 

 私はかけ湯をし、そっと湯船に入る。湯船の中は暖かく気持ちいい。この冷え切った体を包み込んでくれるからだ。だが、と私は考える。私は魔理沙たちの行動をつけていた挙句盗聴までしていた。まだその道具を片づけてないから魔理沙にそのことがばれてしまいかねない。そう考えてしまうとこの安心できる世界から踏み出すのはとても怖いことだと思えてしまってならなくなる。魔理沙は一体何をしているのだろうか。私は意を決し、服を着て、部屋に戻る。

 

 だが、ときは既に遅かった。私の予想は的中してしまったのだ。魔理沙は私の撮影していた部分を見ていたのだった。

 

 私は魔理沙の顔色を伺う。その表情に感情はなく、私は魔理沙の言ってくるであろう罵倒にものすごく恐怖した。魔理沙は私がいることに気づき、そして無言で私に近づいてくる、

 

 私は魔理沙から視線をそらすため顔を伏せる。最初からこうなりそうだって知っていた。だけどこの方法をする以外自分に最善の方法は思いつかなかった。どうすることもできない閉塞的な空間の中であがいていた。それがどんな悪いことだと気づいていても。自分をただこの場の重圧からなんとか言い逃れをしようと頭は精一杯回転していた。

 

 その時だった。

 

「お前も来たかったんなら言ってくれればよかったんだぜ」

 

 私は魔理沙の顔を驚きつつ見る。怒っていると思っていたが、その表情はいつもと同じ明るい表情だった。予想外の出来事に私の思考が止まる。しかし私はすぐに動いた。私は魔理沙を押しのける。

 

「うわっと!急にどうしたんだよ……」

 

 私は魔理沙を押しのけて録画記録を再生し、続きを見てみた。魔理沙とパチュリーが私のことに関して話し始めたこのあたりからだ。

 

 

 

 

「ん……アリスか……あいつはあいつなりに忙しいようなんだ」

 

「あなた、また何かやらかしたのかしら?」

 

「なんだよ、私はそんな悪いことやる人間に見えるか?」

 

「あえてツッコムのはやめるけど、いつもアリスが来ない理由はいつも「忙しい」じゃないの。だからあなたが見に行かなくても大丈夫なの?」

 

 魔理沙はそう聞くと真面目な目つきをしてこう話す。

 

「あいつはなかなか強情だからな、一人の世界が一番だと思い込んでいるから、すぐにその状態から助けを求めないと思う、たぶん今でも、そう考えているのかもしれない……。だけどいずれそうじゃないって気づくはずだ。誰かと一緒に居れば楽しいって思えるようになる。だから私はあいつが耐えきれなくなって誰かと一緒にいたいって思うようになったら、その時はいつでも助けようと思ってる」

 

「なるほどね、魔理沙らしいわね、私もアリスとはいろいろと話してみたいから今度はあなただけで押しかけてこないでね?」

 

 魔理沙は得意げな顔をしてこう言う。

 

「ああ、任せとけ!」

 

 二人が一度会話をやめたタイミングで二人は上海に気づいた。

 

「あら、あれってアリスの人形じゃない?」

 

「ん……?ああ、そうだな……」

 

 魔理沙は上海を拾ってこう言った。

 

「アリス……聞いてるんだろ、見てるんだろ?だったらちゃんと本人が来いよ。そんなに外の世界が怖いか?私がお前だったらとっくに死んでるぜ。そんな小さな世界から……今すぐ私が連れ出してやるから待ってろよ!」

 

………………ここで記録は終了していた。

 

 私は正直あっけにとられてしまった……まさかこんなやりとりが起きているとは思わなかったからである。

 

「とりあえず、これ、返しておくな。」

 

 私はとてもびしょぬれになった上海を返された。その上海を見て私は魔理沙もびしょぬれであることに気づいた。私は気付かないほど動揺していたのかもしれない。とにかく……、私は言わなければいけないことがある……

 

「魔理沙……ごめんなさい……、私は……怖かったの……」

 

 私は魔理沙を見つめる。今度ばかりはもう目をそらすという逃避行為なんてせずに。魔理沙も私の全てを見透かすような鋭い視線をこちらに向けていた。

 

「魔理沙……私はもっとあなたを信用する・・・だから私のことも……」

 

「……まかせろ」

 

 魔理沙はそんな私の言葉をしっかりと聞き、力強く応える。私はほっとしてか魔理沙に抱きついた。冷たい服と雨の匂いを感じた。

 

「お、おい!濡れるぜ!」

 

「いいのよ……だからこのままでいて」

 

 私はこの雨の冷たさの中に心の温かさを感じていた。だから何も気に留めなかったのだ。

なにより、私の家という不定の安心ではなく、この心地よい形ある安心をずっと感じていたかった。

 

 しかし……

 

「ハ……ハ……」

 

 ん?魔理沙、どうかしたのだろうか、と私が思った次の瞬間である。

 

「ハックション!」

 

 私は魔理沙を離し、顔を眺めてみる。魔理沙は最初は驚いたような顔をしていたが、次第に気恥かしさのためかどんどん顔が真っ赤になっていく。そんな様子の魔理沙に私は追い討ちをかける。

 

「今どきハックションなんてくしゃみあんまり聞かないわ。ベタだし」

 

 魔理沙は目をそらしながら反論してくる。

 

「う、うるさいな……私だって体が冷えてるんだぜ……」

 

 正直もう少し空気を読んでほしかった。でもこのいつ終わるかわからない安心感こそ、私が本当に求めていたものではないかと思う。このいかにも魔理沙らしい私の励まし方にただ苦笑が漏れた。

 

 

 

 

 ここは私の家、そして私の世界。私の為の完璧な世界。でもね……

 

「お~い!アリス!早く紅魔館行こうぜ!」

 

「ええ、たまにはいいわね。今日は何をするのかしら?」

 

「新しい技が完成したんだぜ!それで弾幕勝負だ!」

 

 たまには外の世界、そこに積極的に私を連れ出してくれる友人もいいのかもね。

 




この作品は短編ですが、動画内にておまけの部分でこの先の弾幕バトルのシーンもあります。要望が多ければ書いていこうとは思いますが、現時点ではそれは考えていません。


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