偽書魔法少女サツキ☆マギカPSEUDEPIGRAPH PUELLA MAGI SATUKI MGICA (ジャックノルテ)
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過去編
後はあなた次第よ


「なっ!?これは一体!?まさか!?」

 そう叫んだ時、ウチの体はまるで砂上の楼閣であったかの様に、手足の先から粒子となってこの時空を越える移動空間に痛み無く散って行った。

 幾ら魔力を使っても防ぐ事は出来なかった。

 ウチの体は次々と崩れて行く。

「ウチは!ウチは!ここで終わりたくないんや!」

 そう叫びながらもウチは自身の肉体の死が最早、避けられない出来事だと認識していた。

「終わりが避けられないなら・・・。こうするまでや!」

 か細くそう呟いてウチはウチの中にある因果の1つを鎖状にして具現化して見た。

 そのまま手を離すと消滅する事無く時空の中に落ちて行った。

 どうやら因果だけならば時空間の中を落ちて行っても消滅はしないらしい。

 ならばウチの持っている全ての因果を時空間にばら撒いたらどうなるのか?

 それはウチにも分からなかったがとてつもない混乱を巻き起こす事だけは感じ取る事が出来た。

 だからこそウチはそれを実行に移した。

 ウチの体から抜け落ちた因果が次々と鎖となって時空間に流れ落ちて行く。

 痛み無く体が崩れ薄れていく意識の中でウチは走馬灯の様に始まりを思い出していた。

 アイリスと名乗る前の事を。

 ウチが《魔法少女》となった出来事を。ウチが他者の記憶を手に入れた時の事を・・・。

 

 

 ウチは歩き続ける。

 見知らぬ街を。

 ウチは探し続ける。

 自分のやりたいと思う事を・・・。

 それこそがウチが常日頃から抱いている疑問でもあった。

 ウチにはやりたいと思う事が見つからない。

 大抵の事は少し練習をすれば簡単にこなす事が出来た。

 友人関係、家事の手伝い、勉強、運動、ゲームなどエクストラ、エクストラや。

 だからこそウチは自分が本当にやりたいと思う、一種の夢とも野望と言える目標を持つ事が出来ずに怠惰な日々を送り続けていた。

(怠惰と言ってもただ無為に過ごすのではなく宿題や家事は行っている)

 今日もウチはその日に行う家事や宿題を終えて街を歩いていた。

 けれどもただ歩くだけではつまらないので知らない道を歩き何時しか知らない夕方の街を一人で歩いていた。

「退屈や・・・」

 思わずウチはそう呟く程、ウチは退屈をしていた。

 

 

「退屈なら死んじゃっても良いよね?」

 

 

「そうやな。死んでもええか・・・」

 頭の中に感じた声に答えながらウチは足元の感覚に違和感を覚えた。

 何か柔らかい何かを踏み潰した様である。

 下を見るとそこには血溜りと無数の人間の死体がありウチはその内の一人の腕を踏んでいた。

「!」

 ウチは思わず口を押さえた。

 そして周りを窺うとそこは先程まで歩いていた、知らない街の道ではなく何かおぞましい場所に立っていた事に気が付いた。

「何がどうなってるんや!?」

 ウチは口に手を当てながらともかく駆け出した。

 一刻も早くここから離れたかった。

 その時、周囲にあった複数の岩が突如として動き出し醜悪で人型をした数体の化け物と化し簡単にウチを取り囲んでしまった。

《岩の化け物》の一体がウチに向かってその手を振り下ろして来た。

 その瞬間にウチの意識は一瞬飛んだ。気が付いた時には地面に横たわっていた。

 全身に強い痛みを感じた。立ち上がる事も出来ない程だった。

 そんなウチに対して近づいて来た《岩の化け物》はその巨大な指で今度はウチの右腕を潰した。

 声にならない悲鳴を上げたウチの様子を《岩の化け物》達は嬉しそうに見ていた様にウチには見えた。

 ウチは生まれて初めて諦めていた。

 こんな訳の分からない事でウチは死ぬ。

 やりたいと思う夢や野望を手にする事無くウチは死ぬ・・・。

 それまでウチはやりたいと思う事が見つからない事にも諦めを覚えた事は無かった。

 けれどこのどうにもならない状況だけは諦めるしか無かった様である。

「ウチはここで終わりなんやね・・・」

 そうウチが呟いて死を覚悟した時だった。

 

 

 ラーリーラー。ラッリー。ラララッラッラララ。ラーリーラ

 

 

 不思議な旋律が私の耳に届いた。

 思わず音の生じた方向を見る私の視界に動く物が見えた。

 それは1人の背の高い少女だった。

 Tシャツにジーンズにスニーカーと言うラフな服装で極端に左右非対称な髪型をしたウチより年上な女性だと一瞥出来た。

 女性の唇から不思議な旋律が流れるのを聞いたウチはそれが背の高い女性の口笛だと横たわりながら感じ取った。

 背の高い女性が笑みを浮かべながら一体の《岩の化け物》の前を横切ろうとした時、《岩の化け物》は容赦無く右の豪腕を振り下ろした。

 ウチは背の高い女性が潰されるのを想像して思わず目を閉じた。

 予想していた悲鳴と何かが潰される様な音は聞こえてこなかった。

 ウチが目を開くと眼前では《岩の化け物》の豪腕を背の高い女性が左の掌だけで押さえていた。

 その背中からは余裕の様な雰囲気を感じられた。

「ふーん。中々、強い力を持った《使い魔》ね。けれど私の敵じゃあ無いわ」

 背の高い女性がそう呟いたと同時に背の高い女性の左半身が光り輝き半身だけが赤く染まり別の服を身にしていた。

 その姿になった背の高い女性は軽く左腕を振った。同時に《岩の化け物》は残りの仲間の中に投げ込まれていた。

 その様子を見た《岩の化け物》達は怒りを感じたかの様に次々と背の高い女性へと殺到して行く。

「じゃあ、今から本気で相手をしてあげるわ」

 背の高い女性がそう宣言したと同時に今度は右半身が青く輝き残る半身を青く染めた衣装に身を包んでいた。

 さらに左手には輝きと共に現れた箒が握られていた。

「さあ、お仕事。お仕事と」

 そう言って背の高い女性はその場で飛び上がると左手に持った箒を《岩の化け物》に向けた。

 同時に箒の穂先が飛び次々と《岩の化け物》へと撃ち込まれたが《岩の化け物》の硬い表皮に阻まれてはびくともしなかった。

「硬いわね・・・。ならこれはどう?」

 そう言って背の高い女性は箒の穂先を取り外すとその場に投げ捨て右手に新たな穂先を出現させた。

 その穂先は銀色に輝いていた。するとその穂先の輝きが瞬き初め回転し始めたのだとウチには見えた。

 背の高い女性は落下しながら―直後に落下スピードを急激に増すと一体の《岩の化け物》の懐に降り立つと間髪入れずに箒の穂先を突き出した。

 突き出された穂先は何の抵抗も見せる事無く《岩の化け物》の体を突き破った。

 そのまま《岩の化け物》は崩れて土塊へと変わった。

 背の高い女性は笑みを浮かべながら箒を持って縦横無尽にこの場を駆け巡ると次々に《岩の化け物》に穂先を突き刺して土塊へと変えて行った。

 最後の《岩の化け物》を倒した時、突如として大地が揺れた。

 笑みを崩さない背の高い少女の目の前に今までの物よりも更に大きな《岩の巨人》が現れたのだ。

「とうとうお出ましね。《魔女》!」

 背の高い女性はそう言うと《岩の巨人》に向かって行く。

《岩の巨人》が背の高い女性に向かって複数生えている腕を次々と振り下ろす。

 背の高い女性は腕を避けて行き避けられない物は箒で払って《岩の巨人》の懐へと飛び込んだ。

 そのまま《岩の巨人》の胸を穂先で突き刺そうとするが突如として胸から新たな腕が生えて来て穂先を押さえつけた。

 動きの止まった背の高い女性に対して《岩の巨人》は次々と複数の腕を向けて来た。

 躊躇う事無く上空へとジャンプする背の高い女性。

 その手には穂先の無い箒が握られていた。

 どうやら穂先を《岩の巨人》の体に残して飛び上がった様である。

 背の高い女性が右手を握っていた箒の柄の先へと滑らせると今度は内側に赤、外側に青を色付けた炎が灯された。

 同時に背の高い女性が急激に立ったままの姿勢で斜めに移動したと思うと《岩の巨人》の複数生えていた腕を一度に全て炎を灯した箒で切り裂いた。

 背の高い女性は地面に降りると同時に地面を蹴って跳躍しすれ違い様に炎の箒で《岩の巨人》を両断した。

 

 

「グギャアアアアアアアアア」

 

 

 ウチの目の前で悲鳴を上げて《岩の巨人》は土塊へと帰って行く。同時にこの場所を作っていた何かが崩れてこの場所は元の道端へと戻って行く。

 倒れたウチの目の前で背の高い女性は箒を投げ捨てて(同時に消滅した)、《岩の巨人》の体から落ちた何かを広い上げていた。

 それを見ながらウチは自分の体を動かそうとしたが直後に激しい痛みが体を襲い動く事もままならなかった。

「あら?どうやら生き残ったみたいね」

 気が付くと背の高い女性は笑みを浮かべながらウチを見下ろしていた。

 その時、ウチは自分がどんな表情で相手を見ているのかチラッと頭を掠めたけれどそれはどうでも良い事だった。

 どうせ助からないのならどんな顔をしていても問題は無い。

「ふーん。良い目をしているわね。けれど、この傷じゃあもう直ぐ死ぬでしょうね・・・。でもね・・・。どうせ死ぬのなら私の実験に付き合って貰おうかしら」

 そう語る背の高い女性はとても怪しい笑みを浮かべていた。

 そのままウチの体を抱えるとそのまま跳躍した。

 近くにある公園へと降り立った背の高い少女は人気の無いベンチにウチを寝かせるとウチを見下ろしていた。

 やがて握り締めていた左の手の平から赤と青に染まった小さなボールの様な物を私の額に向けた。小さなボールの先は尖っている。

「これは記憶の種(メモリーシード)。今からこれをあなたに埋め込む実験を行うわ。旨く行くかどうかは分からない。けれど旨く行く様なら怪我も治してあげるわ。ねえ。あなたの名前を教えて?」

 背の高い女性の問い掛けにウチは悩む事無くか細い声で答えた。

「ウチは・・・。彩月。菖蒲彩月・・・」

「ふーん。じゃあ彩月さん。後はあなた次第よ」

 背の高い女性はそう言うとウチの額に赤と青に染まった記憶の種と言う物を突き刺した。

 その瞬間にウチの頭の中に電気的な衝撃が走ったかと思うとウチの目の前は真っ暗になった。ウチは自分が死んだのだと思ったがそうでは無かった。

 これは始まりだった。

 別の人の記憶を辿って行く、記憶の旅が始まったのだ。

 




偽書シリーズの第三弾がスタートしました!
今回の作品は本当に批判が集中しそうな作品となりそうなので覚悟を決めて執筆したいと思います。


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魔法少女になれるんやね

 ウチが目を覚ますとそこは見覚えの無い天井だった。

 起き上がり周りを見ると腕に刺さっている点滴や独特の匂いからここが病院だと言う事が分かった。

 時間は夜中だったが傍らにあるナースコールを使い看護士を呼んで見た。

 ウチはお医者さんと看護士さんから診断を受けながらも事情を聞く事に成功した。

 それによるとウチは一週間前にヒイラギ町の公園で倒れていた所を発見されて病院に運ばれたらしい。

 外傷は無かったが意識は不明のままだった。

 その為にウチは入院していたと説明された。

 説明を聞きながらウチは眠っている間に見ていた夢の事を思い出していた。

 

 

 

 

 しばらくするとウチは病院を退院する事が出来た。

 退院後、ウチは眠っている間に見た夢の事を暇さえあればノートに書き記していた。

 

 

《人の記憶は所詮、忘却に過ぎない》

 

 

 誰が言った言葉かは忘れたがウチはその言葉がとても印象的に残っていた。

 今は筒地綾女の記憶がウチの中に残っているかも知れないがいずれは忘却してしまう。

 だからこそウチは自らに刺しこまれた筒地綾女の記憶を書き記していた。

 

 

 その少女は愛を知らなかった。

 だからこそ少女は愛を知る為に奇跡を起こした。

《魔法少女》としての契約の対価として少女が望んだのは自分を愛する少女を作り出す事だった。

 筒地綾女。流浪の《魔法少女》。キュウべえことインキュベーターから全てのルールを聞きながらもあえて《魔法少女》となる事を選んだ異端の存在。

 ウチは眠っている間、筒地綾女の人生を追体験していた。筒地綾女がまだ××××と名乗っていた時を含めて記憶の種をウチに差し込むまでの人生を追体験していた。

 ××××と言う名前だった頃の筒地綾女は確かに愛を知らない人物だった。

 だからこそ綾女はキュウべえとの契約に応じたのだった。契約と言う名の奇跡を使い筒地綾女は1人の少女を産み出した。

 朱奈。奇跡によってこの世界に産まれた筒地綾女を愛する少女。筒地綾女と朱奈は奇跡によって互いを愛する様に仕向けていた。

 ウチに記憶の種を仕込む、あの時までの筒地綾女の人生をウチは追体験していた。

 だからこそウチは筒地綾女と同じ位、《魔法少女》の契約を熟知し始めていた。

 けれどウチは契約内容を知れば知る程、ウチが《魔法少女》となる事が難しい事に気が付いていた。

 何故ならウチは筒地綾女と出合った時にインキュベーターことキュウべえの姿が見えなかった。あの時、筒地綾女はキュウべえを肩に乗せて戦っていた。けれどもウチにはキュウべえの姿が見えなかった。つまりはウチには《魔法少女》となるべき資格が無いと言う宣告とも言えた。

 ただし筒地綾女の記憶からはキュウべえが筒地綾女に語った契約内容には語られていない何かがある事を筒地綾女は感じ取っていた事を確認していた。

(それはどうにも筒地綾女に関わる事柄の様でもあった)

 ウチは《魔法少女》になりたかった。けれどもウチにはなる資格が無い。ウチはこれまで味わった事の無い葛藤を味わっていた。

 どんなに願っても決して叶わない願い。叶わなければ叶わない程、ウチは望んでいた。《魔法少女》として契約を結ぶ事を・・・。

 その為の願いは既に決まっていた。

 

 

 

 

 あれから数ヶ月・・・。

 ウチは相変わらず退屈な日常を過ごしていた。その日も退屈でウチは午後の雨の中を透明なビニール傘を翳して散歩していた。

 退屈に耐えられなくなるとウチはいつも1人で散歩をしていた。

 今日もお気に入りの自然公園を1人で歩いている。

「どうしてウチが契約出来ないんや?ウチの様に契約を望む者が出来なくてどうして中途半端な気持ちでいる奴らが契約出来るんや?ウチはルールを全て理解した上で契約をしたいと願っているのに!」

 ウチはつい声に出して不満を吐き出してしまった。そうした所でその不満が解消されないのは分かっていたけれども言わずにはいられなかった。

 その時だった。突如として日の光がウチに降り注いで来た。見上げると風の動きが生み出した偶然によって雨を降らす黒雲の間に太陽が顔を出しただけの事だった。

 傘を上げて空に視線を向けた時、ウチは見た。

 空中から音も無く流れ落ちて来た透明な鎖がまるで吸い寄せられる様にウチの元へ落ちて来る物を。思わず左手を伸ばして鎖を掴もうとした。

 けれど鎖はまるで実体を持たないかの様にウチの左手の中に消えて行った。

 ありえない現象が目の前で引き起こされてウチは戸惑った。

 戸惑いに追い討ちを掛ける様にウチの心に異質な何かが入り込む感覚が走った・・・。

 そう・・・。ウチは知っていた。この感覚は・・・。

 何らかの思いがウチの中で広がって行く。

 どす黒く暗い感情。

 余りに強烈過ぎて最初は理解出来なかった。

 でも直ぐに理解出来た。

 

 

 これは・・・。

 

 

 足元で音がしてウチはハッとした。右手で握っていた傘を落とした音でウチは正気に戻った。体が少し湿っていてウチは暫くの間、ぼんやりしていた事に気が付いた。

「何が起きたんや?ウチは一体?」

 周りには誰もおらずウチの呟きに答える人はいない筈だった。

(彩月。聞こえるかい?彩月)

 それは聞き覚えのある声だった。と言ってもウチが直接、聞いた訳じゃあない。

 その声はウチの中にある筒地綾女の記憶から聞き覚えた声でもあった。

「何処にいるの!キュウべえ!」

 ウチは周りを慌てて見渡した。そして傘を拾うと声がしたと思しき林の方向に足を向け必死に周りを見渡していた。

(僕はここにいるよ。彩月)

 そう言って近くの木の影から白くて耳の長い赤い瞳をした生物がウチの前に現れた。その生物こそが《魔法少女》との契約を結ぶ存在、キュウべえことインキュベーターだった。

「君の事は綾女が助けた時から暫く観察していたよ。君が綾女の記憶を保持している事も知っている。前は資格を持っていなかったけれど今、僕の姿が見えていると言う事は君には資格がある。理由は解らないけれど・・・。彩月。僕と契約して《魔法少女》になってよ!」

 それはウチが待ち望んでいた言葉だった。キュウべえもウチと契約を結ぶつもりでいてくれた。

「本当にウチは契約出来るんやね?《魔法少女》になれるんやね!」

 興奮するウチの言葉にキュウべえは頷いて見せた。

「そうとも。さあ彩月。君はどんな願いで僕と契約するんだい?」

 待ち望んでいた瞬間に私は喜びを隠せないでいた。

 だからウチは思っていた全てをまずキュウべえに話す必要を感じた。

「ウチはずっと待っていたんやで。キュウべえ。ウチはずっと契約をして《魔法少女》になりたかった。ウチは《魔法少女》のルールを全て理解してる。《魔法少女》がいずれ《魔女》となる事も知ってる。だからこそウチはこの命をウチが存在する宇宙の為に使いたい。だからウチは他者の因果律や魔法を奪いたい!他人の因果や魔法を奪ってウチは宇宙に貢献する最大の《魔女》となりたい!それがウチの願いや!インキュベーター!」

 ウチが全ての思いをインキュベーターに言い放った時、ウチの体に衝撃が走った。

 それは筒地綾女の記憶からも体験したのと同じ衝撃だった。体の中から命が飛び出して行く衝撃。ウチの左胸から紫色に光り輝く物が飛び出して来た。

「受け取って!それが新しい彩月の魂だよ!」

 キュウべえの言葉を受けて私は光り輝く物に手を伸ばした。

 必死さは無かった。

 特別な動きはいらない。

 ただいつもの様に焦る事無く物を取る為に伸ばした。

 握り締めた瞬間にウチの体を紫色の光が包み込んだ。

 紫色の光はウチの姿を変えて行く。

 着ていた服が黒いフリルのついたドレスに変わり右目には宝石の様な物が被さった。

 そして頭にも何か飾りが付いた見たいだがそれを見る事は出来なかった。出来ない筈だった。

 けれどもウチには見えていた。何故か解らないがウチには自分の姿をまるで他人を見つめるかの様に認識する事が出来た。

 ウチの頭には名前と同じサツキの華を模した華飾りが付けられ右目には宝石が眼帯の様に覆い被さっていた。

 その宝石は紫色に輝いておりウチはそれの宝石が自分のソウルジェムだと直感した。同時にウチはこの自分の姿を何処から見ているのかも理解していた。

 ウチの右目に覆い被さるソウルジェムを通してウチは目の前にあるキュウべえの目に写るウチの姿を見ていたのだ。

 それだけでは無く周囲の雨粒に光の反射で写るウチの姿をもウチには見えていた。まるで昆虫の様に多数の目を持った様である。

「どうやら彩月は光の反射によって回りに移る全ての光景を見つめられる様だね」

目の前にいるキュウべえはそう語ったがウチは始めての感覚に戸惑い思わず膝を付いてしまった。

「彩月。大丈夫かい?」

「大丈夫や。キュウべえ。初めて《魔法少女》になったものやから旨く能力を使えないのや」

 ウチはキュウべえに素直にウチの現状を答えていた。

「そう見たいだね。じゃあ僕も彩月の魔法をコントロールする手伝いをしてあげるよ」

 思った通りにキュウべえはウチにそう告げてくれた。

「良いの?そんな事をして?」

「大丈夫だよ。僕たちインキュベーターは《魔法少女》の手助けをするのが使命だからね。《魔法少女》が旨く魔法を使いこなせる様にアドバイスするのも僕らの仕事の内さ」

 感情の無いキュウべえはかつて筒地綾女に行った行動をそのままウチに行っていた。その事にウチは改めてキュウべえに感情が無いと言う事を実感していた。

「じゃあキュウべえ。アドバイスは後で」

 ウチの言葉は途中で切れた。ウチはその広い視界によってウチの様子を驚いた様に見つめる同じ年頃と思しき少女の存在に気が付いていた。

 気が付くとウチは駆け出して数歩で少女に追い付くとそのまま近くにある木に叩き付けた。少女は痛みからうめき声をあげ苦痛から顔を歪めウチを怯えた目で見つめていた。

「別に見られても構へんけどあんたでウチの魔法を試させてもらうで」

 ウチは右手を少女に向けた。そのままイメージする。自分の願った奇跡である相手の因果律を奪うイメージを!

 その瞬間、少女の顔に異変が生じた。どうやら苦痛が増した様により苦しげな表情となって行く。

 同時に少女の額から何かが飛び出てウチの右手に入った。

 手の中を見てみるとそれは鎖だった。白い色をした短い鎖だった。

 それは直ぐにウチの掌の中に消えて行った。

 同時にウチはウチの中にある因果が増幅された様な感じがしていた。

 ウチは因果が増幅された事を感じ取っていると目の前の少女はぐったりとしてそのまま倒れ込んでしまった。ウチの目には死んでしまった様に写っていた。

「どうやらこの少女は死んでいないみたいだね」

 キュウべえは少女の脇に立ち観察しながらウチに語りかけて来た。

「生きているの?どうして?」

 ウチは少女が生きている事に対して関心は無かったが何故、倒れたのかは興味があった。

「どうやら彩月の魔法で因果律を奪われた反作用で奪われた相手は生命力を著しく消耗して倒れたみたいだ。加減を間違えると恐らく死んでしまうよ」

 キュウべえの言葉にウチは考えさせられた。

 確かにウチはまだ人を殺すと言う覚悟を決めていなかった。

 けれども筒地綾女の記憶の中には間接的であれ自らの手を下したのであれ殺人の記憶があった。

 だからウチは筒地綾女の行った殺人を自分が行ったと思い違えていた。まだ殺人を行ってもいないのに覚悟を決めていたと思い違えていた。

 ウチはまだ殺人をする事への覚悟を決めていない。だからウチは内心、少女が生きている事に少しだけホッとしていた。

「因果律を奪われた事でこの少女は契約する事が出来なくなってしまった。けれどその分、彩月の因果は増えている。君の魔法は極めて興味深いよ。彩月」

 キュウべえの言葉にウチは目の前に意識を戻した。少女が生きているのならここに長居するのはまずい。

「キュウべえ。ウチへのアドバイスは自宅で行って貰っても良い?」

「勿論だよ。それが僕の仕事だからね」

 ウチの言葉に答えたキュウべえはウチの肩に乗っかって来た。それを見るとウチは《魔法少女》に変身した際に落とした傘を拾い上げ《魔法少女》としての変身を解くイメージを抱いた。

 イメージ通りにウチは元の私服へと戻り左の掌にはソウルジェムが変化した銀色の指輪が光っていた。

「これから楽しくなりそうや」

 ウチはとても楽しい気分を抱いていた。

 こんな楽しい気分は久しぶりや。

 



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その時は逃げ出すまでや

 ウチの目の前に《魔女》がいる。

 既にこの結界には何人かの人々が飲み込まれ《使い魔》の餌食となっていた。

 ウチは今、《使い魔》を倒し結界の最深部にいる《魔女》と対峙していた。

 ナメクジの様な体に蛾の羽を生やした《薔薇園の魔女》に対してウチは真っ直ぐに突っ込んだ。

 そこへ地面から生えて来る《薔薇園の魔女》の触手が次々とウチに向けられて来た。ウチは避ける事無く右手から先端に宝石が埋め込まれた重りの付いた鎖が伸びて回転すると《薔薇園の魔女》の多数の触手を簡単に引き裂いて行った。

 それを見たウチは《薔薇園の魔女》に近付きながら鎖に魔力を送り続けた。それに呼応するかの様に鎖の先端にある宝石が光り輝くと同時にそこからさらに何本もの鎖が伸びて《薔薇園の魔女》を拘束し締め上げて行く。

「これでどうや!」

 ウチは鎖に送る魔力を更に高めた。同時に鎖全体が光を帯びて行く。紫の光だ。その光は《薔薇園の魔女》の体を次々と溶解して行く。

「ギイイ」

《薔薇園の魔女》は悲鳴を上げるがもう手遅れだった。体は溶解し跡にはグリーフシードだけを残して《薔薇園の魔女》は結界と共に崩れ去った。

 同時にこの場所は風見野市にある公園へと戻った。

 結界に閉じ込められた人々も公園に気を失い倒れ込んで帰還している。

 ウチはグリーフシードを拾い上げると結界に巻き込まれ帰還した人々を一瞥した。

 2人だけ少女が混じっていた。

 ウチは黙って2人の少女に近付くと右手を翳した。

 2人の少女の額から水色と黄緑の鎖が私の手の中に入って消えて行った。同時にウチの中の因果が増したのを感じ取った。

「見事なお手並みだね。彩月」

 見るとウチの脇にはキュウべえが現れていた。

「キュウべえ。ちょうどええわ。ウチは幾つか質問があるんや」

「なんだい?彩月。僕に答えられる範囲なら答えてあげるよ」

 表情を変える事無くキュウべえは答えた。その様子をウチはかわいくないと感じたがそれはおいて置く。

「《魔法少女》となって暫く経ったけど《魔女》と戦うのは飽きたわ。ウチは他の《魔法少女》と戦ってみたいんや。それにウチの持つ他人の因果を奪うと言う魔法が《魔法少女》を相手にして通用するのかも試したいんや。確か・・・。筒地綾女の記憶では隣の見滝原市には《魔法少女》がいる筈やろ。今、どうなっているのか教えてくれへん?」

 ウチは言葉通りの事を思っていた。他人の因果を奪い取ると言うウチの魔法は既にこの場でも試した様に第二次性長期の少女から因果を奪い取る事に問題は無かった。けれどもまだ《魔法少女》から因果を奪い取った事は無かったのだ。これがどんな効果を及ぼすのかは非常に興味深い事だった。

「そうだね・・・。見滝原市には数人の《魔法少女》がいたけれどお互いに戦ったり《魔女化》したりで今は2人だけ《魔法少女》がいるよ。1人は佐倉杏子。この風見野市の大部分を縄張りにしている《魔法少女》だ。風見野市で活動する以上、いずれは彩月とも戦う事になるんじゃないかな?」

「そうなんや。で、もう1人は?」

「もう1人は暁美ほむら。彼女は僕が契約した覚えの無い《魔法少女》だ。その上、僕の事を敵視しているし自身の持つ魔法を隠している秘密主義者だ」

 ウチはキュウべえの言葉に違和感を覚えた。契約をした覚えが無い?筒地綾女の記憶によればそれこそあり得ない事だった。

「契約をした覚えが無いやて・・・。それってつまりは本当に《魔法少女》であるかも判らないと言う事なんか?」

 ウチの言葉にキュウべえはその小さな頭を振った。

「いいや。《魔法少女》である事は確かだよ。僕たち、インキュベーターの感知能力は人間と《魔法少女》を確実に分類する事が出来る。しかし僕が契約した覚えが無いと言うのが不可解なんだ」

 キュウべえの言葉を聞いてウチも疑問を抱いていた。

「キュウべえを解さずに契約して《魔法少女》となる事は可能なんか?」

「それについては《魔法少女》の力を使えば可能だとは思うけれど、そんな事をすれば僕たちの感知に嫌でも反応すると思うよ。重要なのはね、決して忘れると言う事の無いインキュベーターが契約を結んだ覚えが無いと言う事なんだ」

 ウチはキュウべえの言った意味を考えて見たけれど答えは出そうに無かった。ならば考えるのは時間の無駄である。キュウべえが言いたいのはきっと暁美ほむらは得体が知れないと言いたいのだろう。ウチはそう思う事にした。

「つまり暁美ほむらと戦うのは危険と言う事やね。じゃあキュウべえ。佐倉杏子と戦う事にするで。相手の姿、教えてくれへん?」

「僕は構わないよ。これが杏子の姿だよ」

 そう言ってキュウべえの目が光ると私の頭の中に1人の少女のイメージが浮かんだ。

 それは赤い髪を結って黒いリボンをして槍を構えた少女のイメージだった。それが佐倉杏子の姿だと認識したウチはすぐにソウルジェムを通して街全体を見た。

 ウチの右目に装着されたソウルジェムはこの風見野市全体を見通せる程の視界を持っていた。人々の目に写る光景と反射を通して遠くを見通す事が出来た。その視界を応用した魔法によってウチは対象となる人物のいる場所を見当てる事も出来た。

「見つけたで・・・。どうやら見滝原市の外れにいるみたいやね。じゃあキュウべえ。ウチは早速、佐倉杏子を倒しに行くで」

 ウチは早速、動こうとした。善は急げと昔から言われているからや。

「ちょっと待って。彩月。杏子は君よりもベテランの《魔法少女》だよ。今の彩月では勝つのは難しいと思う。無理に戦う必要は無いんじゃないかな?」

 キュウべえの言葉にウチは少し考えてみた。けれども勝てれば勝てば良いし勝てない様なら逃げ出すまでの事。結論は出た。

「その時は逃げ出すまでや。忠告ありがとな」

 そう言い切るとウチは魔力を足に集中して跳躍した。そのまま風見野市内のビルや建物の上を跳躍して見滝原市を目指す。幸い佐倉杏子のいる場所はここから10キロ位しか離れていない為、すぐに辿り着いた。

 ただしウチはすぐに佐倉杏子の元へは向かわずに手近の鉄塔に跳躍するとそこから佐倉杏子の方へ視界を向けた。

 ここからウチはソウルジェムを通して視力を補正すると目を望遠鏡の様にして佐倉杏子の様子を見てみる事にした。

 佐倉杏子は1人の少女を連れて線路沿いにある夜の公園を歩いていた。その少女を見てウチは驚いた。

「朱奈!まさか佐倉杏子といるなんて・・・」

 筒地綾女の記憶を受け継ぐウチは朱奈の事も知っていた。筒地綾女が奇跡によって産み出した、愛する存在。《呪いの右目》で《魔女》を引き寄せる少女。

 ウチは確かに筒地綾女の記憶を保持しており朱奈が興味深い存在ではあったけれども行方を捜そうとは思っていなかった。大して利用価値があるとも思えなかったからだ。

 右手から鎖を出すとウチは佐倉杏子のいる方向へと向けた。この鎖は空気中の振動をより広く感じる事が出来る。応用する事で離れた相手の会話を聞く事も出来た。人間の発する声は空気中に振動を発しているからや。

 すぐに相手の声がウチの頭の中に響いて来た。

 

(良し。ここで良いだろ。じゃあ朱奈。始めるからそこのベンチに座りな)

 ウチの見ている前で佐倉杏子に促された朱奈は俯いてベンチに座った。そんな朱奈の様子に佐倉杏子は怪訝な表情を浮かべながらポケットから出したロッキーと言うスティック状の菓子をかじった。

(どうしたんだよ。もしかしてそんなに嫌なのか?《呪い》を使われるのが?)

 佐倉杏子の言葉に朱奈は小さく頷いた。

《呪い》を使う?どうやらウチの知らない《呪い》の活用法があるらしい。それはそれで興味をそそられ二人の会話に意識を集中する。

(まったく・・・。別に良いだろ。大体、《魔法少女》がいなければ1人で生きて行くのも難しい朱奈をアタシは《呪い》で引き寄せた《魔女》を倒すのと引き換えに面倒を見てやってんだ。それの何処に問題があるんだ?)

 佐倉杏子の指摘を聞いて朱奈はますます悲しげな表情を浮かべて行く。それを見た佐倉杏子は溜息を付くと朱奈の右目に左手を当てた。

(さてと・・・。じゃあそろそろ始めるからな。ちょっと我慢しな)

 朱奈は諦めに近い表情を見せたが佐倉杏子に逆らわなかった。佐倉杏子の左手から魔力が朱奈の右目に流れたのがウチにも見えた。同時に朱奈の右目に施された《呪い》が発動した。

「なっ。《呪い》を強制的に発動させたやと!?」

 この現象にウチは声を出すほど素直に驚いていた。今日は金曜日では無い。だからこそ朱奈の《呪い》が発動する筈が無かった。けれども目の前で佐倉杏子は朱奈の右目に施された《呪い》に自分の魔力を送る事で《呪い》を強制的に発動させる事に成功していた。

 佐倉杏子の目の前に結界が現れ佐倉杏子はその中に《魔法少女》としての姿に変身すると入って行く。ベンチに残された朱奈は《呪い》を強制的に発動された反動によって生じた痛みで気を失い横になっていた。

これは筒地綾女の記憶には無かった出来事だった。何故なら筒地綾女は朱奈を苦しめる様な行動を行う事がまず有り得なかった。

ウチはそのまま跳躍するとベンチで気を失う朱奈の前に音も無く降りた。

そのまま朱奈の顔を見つめるとある特定の感情が湧きあがって来た。

 それは《不快感》だった。どうしてそんな感情を抱いたのか分からない。けれどもウチに生じた《不快感》を解消する為に躊躇う事無く結界に入り込んだ。

 この《不快感》は元凶である佐倉杏子を倒さなきゃ晴れそうも無い。

 ウチに襲い来る《使い魔》を倒し進み続けて結界最深部の扉の影から様子を窺うと佐倉杏子は既に《魔女》を倒してグリーフシードを拾い上げていた。もうすぐ結界は崩壊する。出来れば結界の中で倒したい。そう思ったウチは扉を開いて佐倉杏子に右手の鎖を飛ばしていた。

 けれども気付いた佐倉杏子は難なく持っていた槍でウチの鎖を弾いた。

「誰だ!」

 その声に応じてウチは扉の影から姿を現した。

 不快感を見せながら佐倉杏子はウチの事を上から下まで見つめて叫んだ。

「ふーん。どうやら同じ《魔法少女》の様だね。アタシに喧嘩を売るなんて良い度胸をしているじゃねえか!」

 そう言って佐倉杏子はウチに向かって飛び掛りながら持っていた槍で突いて来る。

 ウチは突きを避けながら鎖を槍に絡ませた。そのままウチは槍を引っ張ろうとするが佐倉杏子はニヤリと笑みを浮かべたと同時に槍の柄が分離して鎖で繋がる多節棍へと変化すると驚くウチごと引っ張られてしまった。

 ウチはそのまま結界の壁に激突し痛覚を解除したと同時に佐倉杏子は槍の石突と言われる底の部分を分銅としてウチに振り下ろして来た。

 とっさにウチは鎖を回転させて防ごうとしたが分銅はウチの鎖のガードを突き破ってウチの右肩を強打した。衝撃で倒れ込むウチだったが同時に結界が崩壊しこの場所は夜の公園に戻った。

「勝負あったな」

 佐倉杏子はそう言ってウチの首筋に槍の刃を突き付けていた。

 確かに勝負はついた。ウチは左手を背中に隠すと鎖を伸ばした。

 もうウチの目には走って来るアレが見えている。

「どうやら喧嘩を売る相手を間違えたみたいだね。アンタ、トーシロだろ?まるで戦い方がなってない。《魔法少女》を相手にするならもっと強くなる事だね。まあもう終わりだけどな!」 

 そう言って佐倉杏子はウチに槍を振り下ろそうとした。

 振り下ろされた槍はウチに届く事は無かった。

轟音と同時にウチの体は佐倉杏子の視界から真横に飛んで行った。

「なっ!?」

 驚く佐倉杏子だったが追い駆けては来なかった。恐らくは公園のベンチに朱奈を残したままだからだ。

 ウチは左腕から伸ばした鎖を伝って貨物列車のコンテナの上で横になった。

 結界から出た時点で敗北を悟っていたウチは左手から出した予備の鎖を見えない様に線路の方向に伸ばしていた。ウチの目にはたまたま貨物列車が通ったから貨物列車に鎖を絡めて逃走したけれども貨物列車が来なければ鎖で自分を引っ張り続ければ良いだけの話だった。朱奈をあの場に残して佐倉杏子が長距離を追って来ないと言う読みもあったからこそ使えた手段だった。

 けれどもウチは《魔法少女》同士の戦いで負けた事にショックを受けていた。改めてウチは筒地綾女の記憶をウチと同一視するのを改めなければならなかった。

《魔法少女》同士の戦闘でも筒地綾女は容赦の無い性格から表れる戦い振りもあって苦戦する事は無かった。

(ウチに足りないのは何やろう?魔力?経験?戦い方?全てが足りない気がする・・・。もっと強くならないといかんなぁ・・・。ウチの願いの為にも・・・)

 ウチは夜空に流れて行く星と雲を見ながらそう思った。

 これはウチが初めて行った《魔法少女》同士の戦いの経緯だった。

 ウチは佐倉杏子に敗北し逃走した。だからこそ・・・。生きているからこそ・・・。

 次は決して負けないとウチは心に誓っていた。

 



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いきなり攻撃する事、無いと思うよ

 佐倉杏子に敗北してから数日後・・・。

 ウチは風見野市にも戻らなかった。風見野市にいれば佐倉杏子と再戦する可能性があったからだ。

 ぶっちゃけた話、今のウチでは佐倉杏子には勝てない事が明白だった。魔力においても経験においてもウチは佐倉杏子に劣っていた。

 だからこそウチはより強くなる必要があった。

 その為にウチは風見野市を離れて近隣にある他の街へ赴くとそこで《魔女》や《使い魔》を倒して戦いの経験を積んで行った。

 平行して結界に囚われた人々の内、少女を見つけると因果律を奪って行った。

 相手の少女が死のうとウチはどうでも良かった。相手の少女が死んでも構わないと思って全力で因果律を奪うとより多くの因果律が奪える事にウチは気が付いた。ウチは自分が強くなる事に夢中になって行った。

 そしてその日、ウチは自分が強くなる為に新たな行動を起こした。

 結界に入り扉の影から覗くウチの目の前でインドの民族衣装であるサリーの様な服装をした《魔法少女》が《魔女》と戦っていた。

(仮に《サリーの魔法少女》と呼ぶ事にする)

 ウチは待っていた。目の前の《サリーの魔法少女》が《魔女》に止めを刺すその瞬間を。

 

 

まだ来ない。

 

まだ来ない。

 

まだ来ない・・・。

 

 

 ウチはじっと待ち続ける。ウチの目は相手の《サリーの魔法少女》が魔力を高めた時は簡単に認識する事が出来た。《魔女》に止めを刺す時、大抵の《魔法少女》は魔力を集中する。

その時こそがウチが相手の《サリーの魔法少女》を倒すチャンスでもあった。

 何の前触れも無くその時は来た。《サリーの魔法少女》が持っていた杖に魔力を集中し《魔女》を貫いた。

 同時にウチは結界の扉から飛び出すとそのまま右腕から伸ばした鎖を《サリーの魔法少女》のソウルジェムと思しき部分に叩き付け、貫いた。

《サリーの魔法少女》は驚愕の表情を浮かべていたけれども既に手遅れだった。

 ウチの鎖は《サリーの魔法少女》を殺害し、同時に《サリーの魔法少女》の攻撃は《魔女》を倒していた。

 結界は崩壊し、この場は元の路地裏に戻って行った。

 ウチの右手から伸びる鎖には《サリーの魔法少女》のソウルジェムを破壊した時に生じた《サリーの魔法少女》の因果が具現化した鎖が絡まっていた。

 ウチは《サリーの魔法少女》から抜けて具現化した鎖を右手に握り締めてみる。

 何かがウチの中を通る感覚がした。だからこそウチはその感覚が誘うままに右手を路地裏の壁に向けた。

 その瞬間、ウチの手から延びる魔力の流れに沿って蔦の様な植物が伸びて行った。

「思った通りや。ウチは《魔法少女》の魔法をも取り込む事も出来るんや!やはりウチは最強の《魔女》となる事が出来る《魔法少女》や!」

 ウチは自分の能力に歓喜していた。

「素晴らしい能力だね。彩月。確かにその能力は僕たちにとっても有益な物だよ」

 見ると路地裏にはキュウべえが現れてウチを見つめていた。

「キュウべえ!そうでしょう!ウチの魔法はインキュベーターの役に立つでしょう?筒地綾女よりもウチの方が宇宙の為の魔法と言えるでしょう!」

「そうだね。確かに彩月の能力は綾女よりも役に立っていると言えるよ」

 キュウべえの言葉にウチは満足感を得ていた。

「ありがとう。ならその返礼としてウチはこれからキュウべえの事をウチだけの名前で呼んであげるわ。ベータ―」

「君がそう呼びたいのなら構わないよ。彩月」

 キュウべえことベータ―は相変わらずの無表情でウチに答えた。

「ところで・・・。筒地綾女の記憶だとこの近くのあすなろ市に《魔法少女》のチームがいるのでしょう?プレイアデス星団を名乗る?」

「そうだね。確かにいたよ。けれども今は3人の《魔法少女》がいるだけだよ」

 ベータ―からの答えにウチは違和感を覚えた。プレイアデス星団は確か7人のチームだった筈。《魔女》との戦いで何人か戦死したのだろうか?

「3人ね・・・。それならなるべく単独でいる時を狙って戦えば良いだけの話よね」

「戦うつもりかい?」

 ベータ―の瞳は相変わらず無表情である。けれどもウチはその瞳に《別に戦おうと構わない》と言うベータ―の意思が込められているのを感じ取っていた。

「そうね。ウチが死ななければ良いだけの話しだし。ウチの実力を試すにはもって来いやろ?」

「君がそう思うならそうじゃないのかな?」

 相変わらずベーターは無感情にウチに答えた。けれどもウチはその返答を了承と捉える事にした。

「じゃあベータ―。早速、ウチにプレイアデス星団の姿を教えて頂戴!」

「分かったよ。これがプレイアデス星団の姿だよ」

 ベータ―の瞳が妖しく輝くとウチの中に1人の《魔法少女》の姿が浮かんだ。

 黒いロングの髪に薄紫の衣装を身に纏った強い意志を宿した赤い瞳を持った少女。

「これがプレイアデス星団の中で最も強い魔力を持つ《魔法少女》昴かずみ。戦うとしたら一番、手ごわいのは彼女じゃないのかな?」

 ベータ―の言葉に私は頷いた。

「後の2人は?」

 ウチに促されてベータ―は更に2人の《魔法少女》の姿を映し出した。

 青い髪に眼鏡をかけリボンの付いたベレー帽と思しき帽子を被った冷静そうな少女と茶色の髪に黒い羽の様な襟を立てたベストを身に纏った活発そうな少女がウチの頭に写った。

「眼鏡をかけたのは御崎海香。彼女はとても高度な分析魔法を持っていて相手の《魔法少女》の魔法を読み取って自分のモノにする事が出来る。牧カオルはとても高い運動能力を持ち身体を硬質化する魔法を使う事が出来る」

 ベータ―から提供された情報を元にウチは誰と戦うべきかを考えていた。

 けれども答えは既に定まっている。どうせ戦うのなら一番、手ごわい相手と戦うべき。

「どうせウチが戦うのなら《昴かずみ》よね。ベータ―。ウチは昴かずみと戦う事にするわ」

 ウチの決意にベータ―は表情を変える事は無かった。もう少し位、ベータ―は表情豊かでも良いとウチは思っていた。それが実現する事は無いだろうけど。

「ふーん。まあ彩月が戦いたいのなら僕は止めないよ」

 ベータ―は相変わらず表情を変える事無くウチの瞳を見てそう答えた。

 

 

 

 

 あすなろ市に赴いたウチは昴かずみと戦う為の準備を始めた。

 まずは穢れを吸収させ続け今にも《魔女》が羽化しそうな三つの使用済みであるグリーフシードをあすなろ市の三箇所に配置する。

(もちろん羽化すれば直ぐにプレイアデス星団が探知出来る位置に配置している)

 ウチはあすなろ市にある、あすなろドームからソウルジェムを通した目で配置した三つのグリーフシードと昴かずみ、御崎海香、牧カオルを監視する。幸いプレイアデス星団は同じ学校に通っている様で行動を共にしていた為に監視は容易だった。

 三つのグリーフシードが同時に羽化した事でプレイアデス星団は動いた。

 三箇所で同時に《魔女》が出現した為に思った通りに3人はそれぞれ単独で《魔女》に戦いを挑む為に別れて行く。

 迷う事無く昴かずみの後をウチは追った。あすなろ市の路地裏にある昴かずみの入った結界にウチも直ぐに入り込もうとすると結界は崩壊した。

 結界の崩壊にウチが驚くとその場にグリーフシードを拾い上げた《魔法少女》としての姿を見せた昴かずみが訝しげにこちらを見つめていた。

「あなた。《魔法少女》なの?あなたもこの結界の《魔女》を倒しに来たの?」

 昴かずみは人懐っこそうな笑顔を見せてウチにそう問いかけて来た。

 一瞬、どう答えようか迷ったウチだったけれども気を引き締めると右腕から鎖を伸ばすと昴かずみに魔力を使って飛ばした。

 けれども昴かずみは慌てる事無く手に持っていた杖でウチの伸ばした鎖を当てて避けた。

 ウチは少なくともかなりの魔力を込めて鎖を放った筈だった。けれどもウチの魔力に包まれた鎖を昴かずみは簡単に叩き落としていた。

 つまりはウチ以上の魔力を杖に込めてウチの魔力に包まれた鎖の方向を変えたのだ。

「いきなり攻撃する事、無いと思うよ」

 少し悲しげな様子を見せて目を伏せる昴かずみだったけれどもウチに対して言葉を続けた。

「もしかしてあなたはプレイアデス星団がまだ《魔法少女狩り》をしていると思っているの?それともわたしたちが引き起こした戦いに友達が巻き込まれたの?だとしても・・・。ごめんなさい。わたしはあなたに討たれる訳には行かない。わたしはわたしの力の続く限り、この街とわたしの大好きな人たちを守らなきゃいけないから・・・。それでも戦うと言うのならわたしはあの約束の為に負ける訳にはいかないから・・・」

 そう言って顔を引き締めた昴かずみは杖をウチに向けて来た。そこには強い意志があった。ウチが足元にも及べない強い意志が。

 無意識の内に足が竦み歩を引いていた。勝てない。絶対的な力の差から来る諦めをウチは感じていた。昴かずみの意思の大きさにウチの意識は威圧されてしまっていた。

 ウチは既に敗北感を味わっていた。精神的にも実力的にもウチは昴かずみに勝つ要素が1つも無かった。

 戦うまでも無くただ言葉と覚悟だけでウチは圧倒されていたのだ。

「こっちは片付いたわ。かずみ!」

「かずみ大丈夫か!」

 その声と共に《魔法少女》としての姿の御崎海香と牧カオルが路地裏に飛び降りて来た。

 どうやら2人は既にウチが囮とした《魔女》を倒した様だった。

 けれども飛び降りた2人もウチと昴かずみの間に漂う緊張に気付くと黙ってかずみの脇に寄り添った。

 戦っても3対1では勝ち目が無い。ウチにはもう戦う意思は残っていなかった。

「ウチの負けや・・・。正直、気持ちで負けたわ・・・」

 そう言ってウチは戦うつもりが無い証に《魔法少女》としての姿を解くと昴かずみ達、3人に背を向けるとそのまま立ち去った。

 追っては来なかった。追い討ちもしなかった。その事がウチに対して更なる敗北感を植え付けていた。

 あすなろ市を出たウチは自分でも何処を歩いているのかも分からないままにさまよっていた。

 このままではウチは誰にも勝てない。ウチには何が足りない?何が?

 その時、ふいにウチの目の前に部活帰りの女子中学生と思しき集団とすれ違った。

 ふとウチの頭にこの集団を全員殺害して因果を奪い取ったらもっと強くなれるのでは?と考えが至った。

 そんな事をするべきでは無いと意思が僅かながらに働いたけれど逆の意思がウチの中で大きくなっていた。

 そもそもウチは自分が宇宙に貢献する為に他人の因果を奪うと言う魔法を手に入れた筈だった。

 けれどもウチは自分でも思ったよりも弱かった。佐倉杏子に実力で敗北し昴かずみには意思の強さで敗北してしまった。

 ウチは強くならなければいけない。ウチが強くなる為ならウチは誰だって犠牲に出来る筈や!

 そう思い至った瞬間にウチは《魔法少女》としての姿に変わるとそのまますれ違った女子中学生の集団にぶつかった。

 ぶつかりながらも一人一人から因果を奪って行った。

 女子中学生の集団は誰一人として何が起こったのか理解出来ないままに死んで行った。

 ウチの手の中には無数の因果が具現化した鎖が乗っていた。

 躊躇う事無くウチは鎖を握り締めた。

 ウチは自分が強くなった様な気がした。

 脇に倒れる女子中学生の集団の死体。

 けれどもウチが強くなる為には犠牲が必要だった。

 いいや。違う。

 そもそも生きていると言う事は犠牲の上に成り立っているのだ。

 なら・・・。ウチが誰かを犠牲にして強くなっても何も問題は無い筈や。

 そう。ウチの強さの為に弱い奴等は犠牲になるべきなんや。

「あはははははははははは。ウチはどうしてこんな簡単な事に今まで気が付かなかったんやろな?あははははははははは!」

 女子中学生集団の死体の真ん中でウチは1人で馬鹿笑いをしていた。

 



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ウチのしたい様にするだけや

「あははははっはははははは」

 ウチは笑っていた。より強くなったのだ。

 だからこそ喜んで笑っているのだ。

 ウチの周りには多数の少女たちが倒れていた。

 全員、共通して苦痛に満ちた表情で既に死亡している。

 ウチが殺したからだ。因果律を奪う為に。

 ここは何処かの街にある体育館。放課後に部活を行っていた女生徒を狙いウチは学校に入り込んだ。

 そして体育館にいた女子を全員殺して因果律を奪ったのだ。

 ウチは自分が強くなる事が嬉しかった。

 ふと脇を見ると女生徒の死体とウチを見て声を失っている教員の姿が見えた。

(ここにはもう用が無い)

 そう思うとウチはおとなしく教員に手を上げる事無く体育館を後にした。

 そのまま夜の公園に行くとベンチに腰掛けた。夜空はまるでウチの心の様に星が輝いていた。

「また因果律の量が増えたね。彩月」

 ふと脇を見るとベータ―が姿を現していた。

「ああ。ベータ―。そうでしょう?もうウチはかなり因果律を高めたのだから・・・。そろそろリベンジする事にするわ」

 リベンジ。その言葉を口に出したと同時にウチは心に起こる衝動を感じていた。

「リベンジ?彩月。君は一体、何をするつもりだい?」

 ベータ―は無表情で綺麗な赤い瞳をウチに向けて問い掛けて来る。

 答えは分かっている筈なのに感情が分からないから想定するどの答えを選択するか分からないから問い掛ける。

 それがインキュベーターだと分かってはいてもベータ―との会話はある程度のパターンが存在していた。

 最も多くの人々もそうであるのだろうが・・・。

「決まっているやない。ウチはウチを敗北させた2人にリベンジしたいんや。まずは・・・。ウチは佐倉杏子にリベンジしたいんや!」

 ウチは佐倉杏子に戦いで敗北した事を今だ引きずっていた。あの敗北のイメージが消えない。だからこそウチは刻まれた敗北と言う記憶に勝利する為にも佐倉杏子と再び戦い勝利する必要があったのだ。

「ふーん。杏子にリベンジをしたいのか・・・。だとしたら急いだ方が良いかも知れないよ」

 唐突にベータ―はそう告げて来た。

「どういう事や?」

「今、杏子は見滝原で暁美ほむらと一緒にいるけど明日には見滝原に《ワルプルギスの夜》が襲来するよ」

「ワルプルギスの夜やと!?」

 ウチは驚いていた。ベータ―から提供された情報。筒地綾女の記憶。その2つの情報から導き出された、最強の魔女。

 それが《ワルプルギスの夜》だった。

 かつて筒地綾女もその存在を知って興味を持ちある街に出現した《ワルプルギスの夜》を見に行った事もあったけれど余りにも実力に違いがあり過ぎるが故に対決を避けた程の魔女。

 今、世界に存在する魔女の中で最大最強と言える敵でもあった。

「あのワルプルギスの夜がこんな近場に現れるなんて思わなかったわ。けれど好都合やね。ワルプルギスの現れた混乱の中で佐倉杏子を倒せればウチはそれでええんや」

 実際、ワルプルギスの夜が現れれば見滝原は混乱するだろう。その混乱の中で佐倉杏子を見つけ出して倒せば良い。ただそれだけの事だった。

「彩月がそうしたいと言うのなら止めないけど・・・。どんな事が起こるのか僕にも予想が付かない。だから彩月。生憎だけど助言のしようが無いよ」

「平気や。ウチはウチのしたい様にするだけや」

 そう言ってウチは笑顔をベータ―に向けた。ベータ―の宝石の様に綺麗な赤い瞳にウチの笑顔が反射して写っていた。

 

 

 

 

 次の日・・・。ウチは見滝原市を訪れていた。

 既に避難勧告が出された見滝原市には人の姿は無かった。

 ウチはビルの屋上に魔力で跳躍するとそのまま視力を拡大すると佐倉杏子の姿を追い求めた。

 暫く見滝原市のあちこちを覗いていると佐倉杏子を見つける事が出来た。

 既に《魔法少女》としての姿をとって臨戦態勢を整えた彼女の脇には長い黒髪が印象的な少女が銃器を手に立っていた。

 直感と視界で感じ取った魔力からウチはこの長い黒髪の少女がキュウべえの言っていたイレギュラー、暁美ほむらだと確信した。

 暁美ほむらの影に隠れる様に朱奈もこの場にいた。

 3人は河川敷におり見滝原に迫る黒雲を佐倉杏子と暁美ほむらは睨みつけていた。

 それを見つめる朱奈の瞳には恐怖の色がありありと浮かんでいた。

 ウチは再び聞き耳を立てて盗み聞きをする事にした。

 広い視界で見つめた相手の口の動きから生じる空気の振動を見てウチは相手の会話を盗み聞きする事が出来る。つまりはウチの目の前で小さな声で喋ったとしても声に出してしまった時点でウチには筒抜けと言う事だった。

 

 

 

 

「いよいよね・・・。朱奈。あなたの呪いを使わせて貰うわよ」

 暁美ほむらはそう言ってベンチに座った朱奈の右目に右手を当てた。

 怯えた表情の朱奈は黙って頷くと暁美ほむらの行動に逆らう事は無かった。

「しっかし。本当に大丈夫なのかよ?幾ら《魔女》を引き寄せる呪いだと言っても《ワルプルギスの夜》も引き寄せられるのかよ?」

 佐倉杏子は少し懐疑的な視線を暁美ほむらに向けていた。

「やってみなければ分からないわ。けれど成功すれば少しでも有利な場所で戦う事が出来るわ」

「まあ、そうするに越した事はねーけどよ」

 佐倉杏子の答えを聞きながら暁美ほむらは自信の魔力を朱奈の右目に注ぎ込んだ。

 その瞬間、呪いが発動した。強制的に魔女を引き寄せると言う呪いが。

 同時に朱奈は呪いが原因となり右目に激痛が生じていた筈だが今回は気を失う事無く意識を保っていた。

 2人の魔法少女の眼前で黒雲の動きが変わり回りを像やサーカスの一座の様な集団を過ぎて行った。

「おい!何だこれ!?」

「ワルプルギスの夜が現れる前兆よ」

 驚く佐倉杏子に暁美ほむらは冷静に答えた。

 その時、黒雲の中から最大最強の魔女、《ワルプルギスの夜》が姿を現した。

 それと呼応する様にベンチの上に座っていた朱奈が浮かび上がると悲鳴を上げ驚きの表情のまま《ワルプルギスの夜》に飛んで行きそのまま《ワルプルギスの夜》の体内に取り込まれてしまった。

「朱奈!?おい!何がどうなってやがるんだ!?」

 驚愕の表情を見せた佐倉杏子は暁美ほむらに詰め寄った。けれども暁美ほむらもこの減少に驚きを隠さないでいた。

「まさか、取り込まれるなんて・・・。そんな事が起こるとは思わなかったわ」

「くそっ。けど、朱奈を助けるにはアレと戦うしか無いんだろ?」

 決意の眼差しを見せた佐倉杏子に押される様に暁美ほむらは頷いた。

「そうね・・・。予定は変わらないわ。ワルプルギスの夜を倒して朱奈も助けましょう」

 そう言って暁美ほむらは左手の盾を回した。

 次の瞬間、突如として予兆無く起こった多数の爆発が《ワルプルギスの夜》を包み込んだ。

「何だ!?」

 驚く佐倉杏子を見てウチも同じ疑問を抱いた。

 いくら《魔法少女》と言っても魔法を使用する際には予兆と言える動きが存在していた。

 特にウチの視界は魔力の流れをも見る事が可能だった。にも関わらず今しがた起こった爆発においてはそうした魔力の動きをウチが感じ取る事が出来なかった。感じ取れたのはせいぜい暁美ほむらが左腕の盾に魔力を集中していた事のみである。

「行くわよ。佐倉杏子!」

 そう言って暁美ほむらは魔力を足に集中すると《ワルプルギスの夜》に向かって飛び上がった。

「待てよ!」

 佐倉杏子もその後を追った。

 それを見た《ワルプルギスの夜》は空に向けている下半身の歯車を回した。同時に次々と《魔法少女》を模した《使い魔》が次々と暁美ほむら、佐倉杏子へと向かって行く。

「くそ!邪魔だぁ!」

 叫びながらも佐倉杏子は手に持った槍を多節棍に変化させると目の前の使い魔をなぎ払った。

 暁美ほむらも左腕の盾から取り出した銃器で次々と《使い魔》を銃撃して行く。

 

 

 

 

「マズイやね・・・」

 状況を観察しながらウチはこの状況が良くないと言う事を感じ取っていた。

 ウチの目的は佐倉杏子を倒す事にある。しかしこのままでは《ワルプルギスの夜》との戦いで死亡しかねなかった。

 今からでも間に合うだろうか?

 ウチはただ佐倉杏子が倒せれば良いのだ。別に取り込まれた朱奈や暁美ほむらがどうなろうと知った事では無い。

 そう思うとウチは観察を続けながらビルの屋上を跳躍し《ワルプルギスの夜》がいる方向へと向かって行った。

 その間にも戦闘は続き暁美ほむらも佐倉杏子も徐々にだが《ワルプルギスの夜》に押されて行った。

 ウチは急いだ。どうせならせめてウチが佐倉杏子に止めを刺して植え付けられた敗北感を拭いたかった。

 その時、足を速めるウチの視界の中で佐倉杏子は1体の《特徴的な使い魔》に背後から銃撃の様な攻撃を受けた。けれども縦ロールの様な髪型をした《特徴的な使い魔》の攻撃を難なく交わした佐倉杏子は振り返り様に《特徴的な使い魔》に槍を突き立てようとして急に動揺した表情を見せた。

「マミ?」

 その動揺が命取りとなった。

 ウチの視界の中で佐倉杏子は逢えなく《特徴的な使い魔》の放った銃撃によってソウルジェムを砕かれ全身から血を流しながら落下して行った。

 その瞬間にウチは足を止めていた。

 ウチは佐倉杏子にリベンジをする為に見滝原市にやって来た。

 しかし佐倉杏子が死亡したのではリベンジをする事が出来なかった。

 これ以上、この場にいても仕方が無い。

 ウチは見滝原市を出ようと歩を街の外へと向けようとした。

 この辺り全体を見渡せるウチの視界の中で暁美ほむらがビルに叩き付けられて気を失ったけれどもどうでも良かった。

《ワルプルギスの夜》の中で朱奈が生きているのを感じ取ったけれども助けようと思わなかった。

 ふと視界の中にベータ―の姿が見えた。注目して見るとピンク色の髪をした少女を連れて佐倉杏子の遺体を前に立ち竦んでいる。

「まどか。あの《ワルプルギスの夜》に朱奈が呪いの右目の影響で取り込まれてしまっている。助けられるのはもう君しかいない!」

 ベータ―がまどかと言う名前らしい少女に感情が無いくせに必死さを演出して語りかけている。

 まどかと言われた少女はベータ―の言葉を聞いて表情を引き締めていた。

 その表情には決意の眼差しがあった。

 ウチを威圧感だけで敗北させた昴かずみと同じ強い意志から来る決意の眼差しだった。

「お願い。キュウべえ!朱奈ちゃんを右目の呪いから開放してここに連れて来て!」

 そう叫んだ瞬間、まどかと言われた少女の身体からピンク色の光が飛び出して来た。

 その光の持つ魔力の波動は覚えのあるモノだった。

 ソウルジェム!つまり今、ベータ―はまどかと言う少女と契約を結んだのだ。

 そう言えばウチは他人が契約を行う瞬間を見るのは初めてだった。

 筒地綾女の記憶から筒地綾女、当人が契約を行った記憶を見た事はあったけれども・・・。

「契約は成立だ!君の願いは叶えられた。さあ、受け取って。君の願いが生んだ魔法の力を!」

 まどかと言う少女は決意を鈍らせる事無くソウルジェムを握り締めた。

 その瞬間、ウチの目の前でまどかと言う少女の姿はピンク色の髪にかわいらしい衣装に弓を構えた《魔法少女》としての姿に変わっていた。

 そんなまどかと言う少女の前に《ワルプルギスの夜》から開放された朱奈が光に包まれて飛んで来た。

 光から開放された朱奈にまどかと言う少女は優しく声をかけた。

「もう大丈夫だよ朱奈ちゃん」

「鹿目さん!?どうして!?何がどうなっているの!?」

 朱奈は戸惑った様子を見せていた。

「朱奈ちゃんを救う為に私はキュウべえと契約をしたの。だから・・・。私がこの街を守って見せる!」

「でも!?」

 何か言おうとした朱奈だったが手遅れだと悟ったのか口を閉じてしまった。

 そんな朱奈の目の前でまどかと言う少女は手に持った弓を構えた。

 ありったけの魔力を注ぎ込んだピンク色の矢を《ワルプルギスの夜》に向かって迷う事無く撃ち込んだ!

 ピンク色の矢が当たった瞬間、《ワルプルギスの夜》は大きな悲鳴と断末魔を残してバラバラにその体を崩してしまった。同時にそれまで曇っていた空からは所々から晴れ間が生じて景色を変化させていた。

 ウチは素直に驚いていた。

 まどかと言う少女が持つ魔力の量はウチの想像を遥かに超えていた。ウチはまどかと言う少女が《ワルプルギスの夜》を倒せるとは思っても見なかった。

 つまりまどかと言う少女はウチ以上の因果を持っていると言う事が証明されたのだ。

 そしてその様子を朱奈も驚いて見ていた。

「鹿目さん。わたし」

「うっ・・・」

 朱奈が話し掛けた時、まどかと言う少女は突如として苦しみ出した。

「鹿目さん。どうしたの?鹿目さん!?」

「あああああああああああああ」

 悲鳴を上げながらまどかと言う少女のソウルジェムは一挙に濁りグリーフシードへと変貌すると離れた場所に浮かび上ると同時に《グリーフシード》から湧き上がった黒い霧が人型を成して巨大化して行き全身から生えた黒い触手が四方八方へと広がって行く。

「どうして!?どうして《魔法少女》が《魔女》に!?」

 どうやらその強力な魔力を一度に全て使い切った反動でまどかと言う少女は《魔女》になってしまったらしかった。けれどもウチは新たに現れた、まどかと言う少女が変化した《魔女》が《ワルプルギスの夜》を越える《魔女》だと言う事に相手の魔力だけで感じ取る事が出来た。

 その時、朱奈の頬を傷だらけの暁美ほむらが引っ叩いていた。

 驚く朱奈に暁美ほむらは怒りを隠す事無く朱奈に詰め寄った。

「あなたの所為でまどかは《魔女》になってしまった!」

「わたしの所為!?嫌だよ!?どうして!?そんなの嫌だよ!?」

 泣き出し弁明をした朱奈に対して暁美ほむらは左手の盾から銃を取り出すと朱奈の顔に突き付けた。

「あなたがいなければ・・・。まどかは・・・」

 そう言って嗚咽を漏らし何も抵抗できない朱奈に拳銃を突き付けていた暁美ほむらだったがやがて拳銃を降ろし朱奈に背を向けると歩き出した。

「まどかが救おうとしたあなたを私には殺せない・・・。それに私の戦場はもうここじゃない」

そう言って暁美ほむらはそのまま、ウチの視界から一瞬、異様な魔力を感じ取らせて消えてしまった。

「何が起こったんや・・・」

 広い視界の中で起こった出来事にウチは誰に言う事無く思わず呟いていた。

「どうやら彩月は今、起こった現象の答えを知りたいみたいだね」

 ウチが振り向くと後ろにベータ―がいた。

「ベータ―。一体、どうなっているんや?」

「そうだね。彩月には説明してあげるよ。まず、今現れた《救済の魔女》の元となった鹿目まどかと言う少女は《魔法少女》としては破格の因果律を持っていたんだ。どうしてそんな強大な因果律を持っていたかは後で説明をするけれどまどかが全ての力を一度に解き放って《ワルプルギスの夜》こと《舞台装置の魔女》を倒したお陰でまどかは直ぐに《救済の魔女》になってくれた」

 感情を伴わない表情でベータ―はウチにそう説明をしてくれた。

「その鹿目まどかが破格の因果律を持っているのならどうしてウチに教えてくれなかったの?ウチの能力なら手っ取り早く因果だけを奪えた筈なのに?」

「けれど彩月の能力では相手の因果を全て取り込める訳では無いだろう?それに彩月が相手の因果を取り込んだ時点で僅かだけれどもロスが生じている。それなら契約させて確実に魔女化させた方が効率的じゃないか。もっともまどかに朱奈が《ワルプルギスの夜》に囚われていると教えて契約する様に促したのは僕だけれどね」

 ベータ―の言葉にウチは押し黙っていた。つまりベータ―はウチが《最強の魔女》となる事よりも手っ取り早く手に入る鹿目まどかの希望と絶望の相転移を優先したのだ。

 裏切られたと言う不快感を感じたけれどもそもそもベータ―には感情が無いのだから目の前に餌があれば直ぐに口にしてしまう事だけは予想がついた。

 それにより大きなエネルギーが得られるのであれば誰であろうと簡単に裏切る事も・・・。

「それで・・・。これからどうなると言うんや?」

 ウチは視線を目の前にいる《救済の魔女》から逸らさずにベータ―に声をかけた。

「まどかが変化した《救済の魔女》は十日かそこいらでこの星を壊滅させると思うよ。僕の見立ててでは現在いる全ての《魔法少女》が束になってかかっても勝てないだろうね。まあ後は君たち、人類の問題だ僕らのエネルギー回収ノルマは概ね達成出来たしね」

 予想より酷い返答だった。どうやら《救済の魔女》が誕生した時点でどうやらベータ―こと、インキュベーターの地球上における活動は終了するらしい。

 それに目の前にある《救済の魔女》にはウチはどんな手段を使っても勝つイメージが湧かなかった。

 このままではウチは死んでしまう。仮に《魔女》となっても宇宙に貢献する事無く死んでしまう。

 そんな事は許せなかった。ウチは《最大最強の魔女》にウチがなりたかったのだ。

「そうだ。付け加えるなら鹿目まどかがあんなに強大な因果を手に入れたのは本人の意思じゃない。言うなれば魔法の副作用によって本人も知らない間に強大な才能を手に入れたと言うのが本当の所だね」

 話を続けたベータ―の言葉はウチの萎縮していた好奇心を刺激した。

「魔法による副作用とはどういう事なんや?」

「そうだね。先程までこの戦場にいた《魔法少女》の暁美ほむら。全ては彼女の持つ魔法が引き起こした副作用と思われるんだ。今になって分かったけれども・・・。暁美ほむらが持つ魔法は時間操作の魔法。時間を停止したり、恐らくは過去へ遡る事も出来るに違いない。暁美ほむら本人がいないから確認が取れないけれども、暁美ほむらは鹿目まどかの強大な才能に気が付いてまどかを《魔法少女》にしない為に行動していたと思う。まどかが《魔法少女》を経て《魔女》になってしまえば地球が滅びてしまうからね。恐らく暁美ほむらは今、過去の時間軸にいるんじゃないかな?彼女の魔法ならばソウルジェムが穢れない限り何度でもやり直しが利くからね」

 ベータ―は淡々と事実と推測をウチに分かり易く話してくれた。お陰でウチもベータ―と同じ位、現状を把握する事が出来た。

 確実に地球は十日前後で滅ぶ。内の実力では《救済の魔女》を倒す事は不可能。

 八方塞に思えた。抜け道は無い物か・・・。

 その時、ふとウチの頭にある事が閃いた。暁美ほむらは時間に関する魔法を持っており過去に時間を遡る事も出来るらしい。

《魔法少女》であると言う事から考えれば彼女もベータ―と契約をして魔法を手に入れたと言う事になる。

 つまりウチでは無い誰かに時を遡る魔法が手に入る様な契約を行う事が出来れば過去へと赴き、この滅びから逃れる事が出来るのかも知れなかった。

 ウチは直ぐにソウルジェムを通した視界で周りを見てみた。

 けれどもこの近くには契約を結べそうな第二次成長期の少女が見当たらなかった。

 既に《救済の魔女》は急速に成長していつ活動を開始してもおかしくは無かった。

 もう一度、念を入れて視界を広げると朱奈の姿が映った。佐倉杏子の遺体に寄り添う朱奈の姿がウチの視界に写っていた。

 しかし朱奈は《魔法少女》としての契約を結ぶ事が出来ない少女だった。

 けれどもウチはふと閃きが浮かんだ。ウチの魔法は他人の因果律を奪う魔法。奪う事が出来るのならば他人に移し変える事も可能なのでは無いだろうか?

 時間が無い以上、悠長にはしてられなかった。確かめている時間も無い。

「ねえ。ベータ―。地球を去る前にウチの実験に付きあって貰ってもええかしら?」

 ウチはベータ―の瞳を真っ直ぐに見てそう言った。

「良いよ。彩月がどんな実験を行うのか興味深いからね」

 ベータ―はそう言ってウチの肩に乗っかって来た。

 ウチはビルから飛び降りると《魔法少女》としての服装を解き右手に魔力を集中させた。

 自分が今まで取り込んだ因果を全て鎖にして具現化させてみたのだ。

 朱奈に近付きながらウチは瓦礫の陰から身を隠しながら鎖を朱奈に投げ付けた

「え!?」

 自分の首に鎖が巻き付いた事に驚いた朱奈だったけれども何本かの鎖は朱奈の首筋から消えて行った。

 ウチが今、投げ付けた因果は朱奈の身体に旨く吸収されたのだ。

 ぶっつけ本番だったけれどもここまでは計画通りや。

「何!?何なの!?」

「どうやら旨く行ったようやね」

 驚く朱奈の目の前にウチは姿を現した。

「あなたは誰なの?」

 朱奈は突然、現れたウチを見て驚いた様子だった。

(ベータ―。朱奈に話し掛けてあげて。もしかしたら契約を結べるかも知れないで)

(そうなのかい?だとしたら結んでおくに越した事は無いね)

 ウチはベータ―に近距離でのテレパシーを送って朱奈との会話を促しベータ―もそれを肯定した。

(朱奈・・・。聞こえるかい?朱奈?)

「えっ!?わたしの頭の中に声が!?」

 ベータ―に話し掛けられて朱奈は驚きの表情を見せた。

(僕は君の目の前にいるよ。目の前にいる彼女の肩に乗っているよ)

 そう言いながらベータ―は朱奈の目の前に降り立った。

(やあ朱奈。僕の名前はキュウべえ。君は僕の存在は知っているよね?)

「あなたがキュウべえなの?」

 どうやら朱奈はベータ―ことキュウべえの存在を知っていたらしい。

 筒地綾女は朱奈をキュウべえと引き合わせたりはしなかったけれども佐倉杏子や暁美ほむらが朱奈をどうしたのかはウチにも分からなかった。

(僕の姿が見えて声が聞こえているのなら君にも《魔法少女》としての資格が出来たと言う事だ)

 どうやらベータ―は予想通りの行動をとってくれている。

「それってどういう?」

(朱奈。今、君は僕と契約する資格がある!)

 ベーターにそう言われた朱奈だったが直ぐに答えなかった。

 少し間を置いて朱奈は答えた。

「でも《魔法少女》は《魔女》になってしまうんでしょ?」

 流石に目の前で鹿目まどかが《魔女化》したのを目撃した後では契約を躊躇してしまうのは予想していた。けれどもベータ―の話は続いて行く。

(確かにそうだね。けれど朱奈。君には今、資格がある。叶えたい願いがあるのなら僕が協力してあげるよ)

 ベータ―にそう言われても朱奈は困惑した表情を見せるだけで何も切り出せなかった。

 仕方が無い。ここは少し助け舟を出した方が効率的やろ。

「ねえ」

 ウチが話し掛けると朱奈は困惑した表情をウチに向けて来た。

 筒地綾女の記憶にある朱奈よりも少しだけ成長した顔だった。けれども記憶よりも明るさが少なく怯えの様な感情が見えていた。

「帰りたくないんか?大切にしていた人達がいる過去に帰りたくないんか?」

「えっ?」

 言葉を旨く返せない朱奈にウチは言葉を続ける。

「奇跡を使えば、あなたを大切な人達が生きている時間に帰れるのよ。もしかしたらあなたが大切な人達を、《魔法少女》となったあなたが助けられるかも知れへんで」

 ウチの言葉を聞いて朱奈の表情から笑顔が消え真剣な表情を見せて来た。

 朱奈がどんな事を考えているのかは分からない。

 ここまで色々と助言をしたのだから出来たら契約を結んで欲しかった。

 時間を超える魔法を手に入れる契約を。

 決意の眼差しを見せた朱奈はベータ―に向き直ると口を開いた。

「キュウべえ!わたしは・・・。わたしは・・・。わたしの大切な人達がいた時間に帰りたい!」

 どうやら朱奈はウチが敷いたレールに沿った流れで契約を結んでくれた。

「うっ!」

 朱奈が胸を押さえて苦しみ出すと朱奈の胸から光り輝くソウルジェムが形成され飛び出して来た。それを朱奈は小さな手で必死に掴もうとする。

(どうやら契約は成立したみたいだ。さあ朱奈。受け取って。それが君の祈りが生み出した《ソウルジェム》だよ!)

 ベータ―に促されて朱奈は茶色に輝く《ソウルジェム》を思いっきり握り締めた。

 同時に朱奈の体は茶色の光に包まれてその姿を変えていた

 胸に大きな赤いリボンを付け薄い茶色と赤色の《魔法少女》としての衣装に朱奈は変わっていた。

 右手にはボーガンが握られている。そのボーガンの弓はSの文字をして中央に宝玉が埋め込まれた特殊な物だった。

 自信が《魔法少女》になった事に驚く朱奈と冷静に観察するウチとベータ―の眼前で突如としてボーガンの弓が左回りに回転し始めたのだ。

 それに応じて弓の中央にある宝玉が輝きを増している。

「何が起こっているの!?」

 そう言いながら朱奈はボーガンの輝きに瞼を閉じていた。

 ウチは冷静に観察し続ける。

 同時に朱奈の足元に何か幾何学的な模様が作られ始めていた。

(朱奈。君の願いは叶えられた。これからどうなるかは君しだいだよ)

 ベータ―は朱奈にそう告げたのを聞いたウチは朱奈の左手を掴んだ。

「ウチも連れてって貰うで」

「えっ!?」

 驚く朱奈だったけれどその瞬間にウチと朱奈は宙に浮かぶ感覚を感じていた。

 ウチと朱奈は落ちていた。

 朱奈の奇跡によって生じた過去と言う奈落の底へウチと朱奈は落ち続けていた。

「うぅぅ」

 苦しみながらも朱奈はそれに耐え様と必死に様子を見せていた。

 落ちていく中でウチと朱奈の体には何かがぶつかり私達の体を揺さ振っていた。

 朱奈の魔力と回りに流れる移動空間を観察すると今まで魔力の流れが激しかったのが直ぐに衰えて行く。

 もしかしたらもうすぐ過去に着くのかも知れなかった。

 けれども朱奈と同じ過去に辿り着く必要は無かった。

 ウチは握り締めていた朱奈の手を離した。

「!」

 奈落の底へ落ちて行くウチを朱奈は驚愕の表情を向けていた。

「待って!」

 朱奈がそう叫んだと同時にウチは意識を失った。

 




これにて過去編は終了です。
次回からはしゅな☆マギカと同じ時間軸を描く風見野、見滝原編がスタートします。
なおこの話はしゅな☆マギカの第1話 わたしを一人にしないでの裏側を描いた話となります。


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風見野、見滝原編
どうして君は魔法少女に?


 瞼を開いたウチの視界には懐かしい光景が見えていた。

 それは長く帰る事の無かった自分の部屋のベッドから見る天井の光景だった。

 起き上がるとウチはカレンダーを見た。

 ウチが本来いた時間から約三ヶ月前・・・。

 そしてウチの左腕にはソウルジェムが変化した銀色の指輪が嵌められている。

 つまり成功したのだ。朱奈の奇跡を利用する事に成功し時間を超え過去に戻る事に成功したのだ。

 ウチはまずこの三ヶ月前に何をしていたのかを思い出していた。

 特にどうと言う事は行っていない。ただ筒地綾女の記憶と《魔法少女》のルールをノートに書き連ねていただけだ。

 この三ヶ月前、ウチはまだ普通の中学一年生として日常を過ごしていただけだった。

 だからウチは自宅におる訳か。

 まずは日付と時間を確認しウチは直ぐに自宅を出る事にした。

 風見野中学校のセーラー服を着ると夕方の街へウチは歩み出した。幸い家に両親と姉はいなかったので揉める事は無かった。

 ウチはまず人の少ないウチが初めてベータ―と出会った公園に赴くと念の為、ウチの魔法を試す事にした。

 まずは《魔法少女》に変身を行ってみる。特に異常無く変身を行う事が出来た。

 次に両手から鎖を伸ばして見る。特に異常無く伸ばす事が出来た。鎖の先に伸びている宝石を地面に叩き付けて見る。そこから何本もの鎖が伸びて来るのが確認出来た。

 ウチは更に以前の未来で出会った《サリーを着た魔法少女》から奪った蔦の様な植物が伸びて行く魔法を試して見た。

 植物は伸びて来なかった。どうやら未来で《サリーを着た魔法少女》から奪った魔法は使用不可能になっている様だった。

 けれどもウチが持っている魔力の量は未来よりも減ってはいない。つまり因果だけは持ち越しする事が可能な様だった。

 その時、ウチはウチの事を見つめる視線を感じ取った。側の木陰からベータ―がウチを見つめていた。

「ベータ―・・・」

「君は菖蒲彩月だね・・・。どうして君は《魔法少女》に?僕は君と契約をした覚えが無いのだけれど?」

 その瞬間、ウチは魔力を足に集中するとそのまま立ち去った。ベータ―の顔は見たくなかった。ベータ―は感情を持たない分、結局は自分たちの利益を追求していただけなのだ。

 ウチの目的が《最強の魔女》となる事である以上、ベータ―にウチの目的を悟られる訳には行かなかった。特にウチが未来から来たという事だけは知られる訳には行かなかった。

 路地裏に隠れたウチは筒地綾女の記憶を元に自身から放出されている魔力を極限まで押さえた。筒地綾女の記憶によればベータ―ことインキュベーターは《魔法少女》を管理する為にソウルジェムから放出される魔力を元に感知しているらしかった。だからウチは自身の魔力を極限まで押さえて気配を薄くした。

 魔力を薄くした影響で《魔法少女》としての姿は解けてしまった。

 そのままウチは1人で風見野の街を当ても無くぶらついた。

 特に目的がある訳でも無かった。ただベータ―からウチは逃げたかったのだ。

 その時、ウチは近くで《魔女》の気配を感じ取った。それと同時に結界が揺れているのも感じ取った。

 つまりこの近くの結界の中で誰か《魔法少女》が《魔女》と戦っていると言うのがウチにも分かった。

 ウチは結界のある方向へと足を向けた。同時に魔力を足に集中して跳躍してビルの屋上に立つと同時に《魔法少女》としての姿に変身した。

 ウチのソウルジェムを通した広い視界で結界のある方向を見つめてみた。

 その方向には工事現場がありウチの魔力を通した視力は結界の外側から内部を除く事も可能だった。

 赤いポニーテールに赤い衣装を身に纏い赤い槍を構えた魔法少女が《使い魔》と戦っているのが見える。

「あれは・・・。佐倉杏子!」

 それは以前いた時間軸でウチが敗北した相手だった。

 よく考えれば過去であるこの時間軸では確かに佐倉杏子は生き残っている筈だった。

 そう思い至ったと同時にウチの中に熱い感情が沸き起こりウチは衝動的に佐倉杏子の元へ魔力を足へと集中させて跳躍した。

 数個のビルを跳躍したウチはそのまま両手から鎖を伸ばすとそのままの勢いで結界に入り込み佐倉杏子にぶつかろうとした。

 寸前で気が付いた佐倉杏子は真横に跳躍するとなんなくウチに当たるのを避けた。

「お前・・・。《魔法少女》か!アタシの縄張りを狙っているのか!?」

 叫んだと同時に佐倉杏子は槍を多節棍にするとそのままウチに振るって来た。

 右の鎖を回転させて多節棍を防ぐと左の鎖を佐倉杏子に向けた。左の鎖の先にある宝石が寸前で地面を叩くと同時にそこから5本の鎖が佐倉杏子に伸びて行く。

 当たる!と思ったが佐倉杏子の足は素早い動きを見せると鎖を避けウチから一旦、離れて距離を取った。

 お互いに動かなかった。疲れや疲労ではない。ただ相手の次の動きを予想しようと動かなかっただけだ。

「っおおおおおおおお」

 痺れを切らせたのか佐倉杏子がウチに向かって走って来る。ウチはそれに乗る事にした。

 ウチも走り出し両手から伸ばした鎖を回して盾とした。ウチと佐倉杏子の距離が縮まった時、槍を構えていた佐倉杏子は不意に槍を握っていた右手の人差し指と中指を動かした。

 同時に地面から生えて来た菱形の魔力の塊がウチの両手から伸ばした鎖を弾き飛ばした。

「なっ!?」

 驚いたウチが歩を止めると佐倉杏子はその隙を逃さずにウチの体を槍で叩き付けた。

 その勢いで壁に叩き付けられ倒れたウチに佐倉杏子は槍を突き付けて来た。

「どうやら喧嘩を売る相手を間違えた様だね」

 睨みながら前と同じ様な台詞を語る佐倉杏子にウチは内心、苦笑していた。けれどウチは思い出していた。

ウチはキュウべえからウチと初めて戦った時点の佐倉杏子がソウルジェムの秘密にまだ気がついていない事を聞いていた。

(つまり今の佐倉杏子もソウルジェムの秘密には気が付いていない筈や!)

 同時にウチは足に力を込め手から鎖を消すとそのまま佐倉杏子が握っていた槍の刃に向かって起き上がり意図的に自分のお腹を貫かせた!

「なっ!?お前、一体!?」

 ウチの計算通りに佐倉杏子は意図せずにウチを槍で貫いて驚いていた。

 この驚きぶりでは佐倉杏子は殺人を行った事が無いのかも知れない。

 槍の刃が完全にウチのお腹を貫いて貫通していた。ウチの足元に多くの血が流れた。けれど痛みは感じなかった。

 痛覚遮断をしているから槍を刺されても平気だった。

「なっ何なんだ!?一体!?」

 驚きの余り佐倉杏子がそう呟いたと同時にウチは指を動かした。

 魔力によって身体は動く。ウチは渾身の力を込めて身体を槍で貫かせたまま佐倉杏子に向かって動き出した。

「なっ!?」

 放心していた佐倉杏子だったけれどウチが動き出したのを見て正気を若干取り戻した様子だった。けれども抵抗される前に頭とお腹から血を流したウチの右手がソウルジェムと思しき宝石に触れそのまま奪い取った。同時にウチの体を貫いていた槍は消滅して佐倉杏子も普段、着ていると思われる服装に戻った。

「お前!アタシのソウルジェムを!返せ!」

 そう言って佐倉杏子はウチに向かって来ようとした。けれどウチは黙って握っていた佐倉杏子のソウルジェムを握り砕いた。

「あっ・・・」

 同時に佐倉杏子、否。かつて佐倉杏子の肉体だった物は糸が切れた人形の様にその場に倒れ込んだ。死んだのだ。今度こそ完璧に亡くなったのだ。

 ウチは佐倉杏子に勝利したのだ。リベンジを果たしたのだ。

「やった。ウチは勝つ事が出来た!ウチはリベンジを果たしたんや!」

 今、ウチは昂揚感に包まれていた。

 こんなに嬉しい事は無い。

 だから次も殺そう。次は言葉と威圧だけでウチに敗北感を叩き込んだ昴かずみだ。

 けれどその前にこの結界の《魔女》を倒さなければならない。

 ウチはそう思い直すと魔力で胸の傷を治した。同時に何かイメージがウチの頭の中に入って来た。

 両親と妹と教会に住む少女のイメージ。父親の為にベータ―と契約をした赤い《魔法少女》のイメージ。

 それが先程、倒した佐倉杏子の記憶だと感じ取るまで少し時間が懸かった。

 しかし今は結界の中で戦いを行おうとしていた。佐倉杏子の記憶を頭から締め出すとウチは結界の奥へと進んだ。

 同時に手に魔力を集中させて見る。赤い多節棍の槍が魔力によって精製された。

 試しに目の前にいた《使い魔》を切り刻んでみた。《使い魔》は悲鳴を上げてその体を崩していった。

「なーる。この槍は魔力を注ぐ事で具現化し切れ味も良くなる訳やね」

 ウチは佐倉杏子の槍を振りながら新たに手に入れた力を試す事に夢中になっていた。

 幻惑の魔力によってその形を維持しているこの槍は伸縮自在であり多節棍に変化する等、便利な装備でもあった。イメージ次第では更なる変化も期待出来た。

 ついついウチは槍で戦うのが楽しくなってしまい現れる《使い魔》を次々と突き、切り、柄で殴ったりしていると一瞬、赤い何かがウチの目に入った。

 ウチが良く見るとウチの衣装の色である黒に赤が混ざっていた。

 念の為にソウルジェムを通して空気中にある水分の反射を利用して全身を見てみる。

 するとウチのソウルジェムや衣装に血の様な赤が混ざっていた。

 どうやら佐倉杏子のソウルジェムを破壊して因果と魔力を取り込んだ事による影響だとウチにも推測する事が出来た。けれどもそれ程、重要な事では無いのでウチはそれを気にする事無く結界の奥地へと歩んで行く。

 不意に結界が揺らいだ。他の《魔法少女》でもいるのかとウチは少し歩みを速めると結界の最深部へと辿り着いた。

 そこには2体の《魔女》がいた。しかしウチの予想を外れていた。

《魔女》は共食いしていたのだ。比較的人型をしている《マダラ模様の魔女》がもう1体の《魔女》(もはや何の魔女かは分からない)を捕食していた。

「魔女が魔女を捕食しているやと!?不気味やね・・・。それに・・・。どうも不快や」

 そう叫ぶとウチは《マダラ模様の魔女》を切り付けた。

 けれども《マダラ模様の魔女》はウチの攻撃を意に介していない様だった。

 その時、結界が崩れ初め《マダラ模様の魔女》はそのまま足に力を込めている様子を見せた。

「逃がさないで!」

 そう叫ぶと同時にウチは左手を伸ばした。

 そこから赤い菱形の鎖が伸びて次々と先端が分かれて行くとそのままドーム状にウチと《マダラ模様の魔女》を包み込んだ。

 これが佐倉杏子の使っていた魔法だと気が付いたウチだったけれども《マダラ模様の魔女》はそんな事を気にする事無く菱形の鎖に体ごとぶつかって行った。

 壁となった菱形の鎖に阻まれて《マダラ模様の魔女》は倒れ込んだ。

 ウチはそれを逃さず赤い槍を構えた。多節棍とした赤い槍は両端を刃として構成されした。ウチのイメージ通りの変化をした槍を構えウチは《マダラ模様の魔女》に多節棍の刃を叩き付けた。

 顔から胸にかけて大きな切り傷を負った《マダラ模様の魔女》は叫び声を上げるとそのまま倒れ込んだ。しかし目と爪をウチへと向け今度こそ本当に敵意をウチへと向けていた。

 それを見てウチは槍を構え直し《マダラ模様の魔女》と向き直った。

 ウチはイメージする。体にダメージを負った《マダラ模様の魔女》はウチが近付いたら両手の爪で引き裂こうとする筈。注意しなければならないのは《マダラ模様の魔女》の両手、両足は一本ずつ長さが異なると言う事。つまりは動きを人間の範疇で考えるのは危険だと感じ取れた。

 まずは牽制として右手から鎖を放つべきか?それよりも一気に走って距離を詰めると赤い菱形の鎖で《マダラ模様の魔女》の動きを止めて切り刻むべきだろうか?

 少し迷ったけれどウチは後者を選択する事にした。強い意志を持って行動を行う為に足に力を込めた。

(イメージは完璧に行えている!)

 ウチはそう思いながら《マダラ模様の魔女》に向かって走り出した。

《マダラ模様の魔女》に切り掛かるイメージは出来上がっている。

 その時、突如として《マダラ模様の魔女》の脇に人影が現れたと思うと《マダラ模様の魔女》の背中を大きく切り裂いた!

 突然の出来事にウチは驚いたけれどもウチは目の前で弱っている《マダラ模様の魔女》に対して一気に槍の刃を突き刺した。突き刺された刃はそのまま開くと《マダラ模様の魔女》の体を両断した!

 体を両断された《マダラ模様の魔女》は悲鳴を上げながらグリーフシードを残して崩れ去って行った。

(今のが佐倉杏子の魔法やとすると・・・。佐倉杏子の魔法は幻惑と言う事なんやろか?)

 工事現場へと戻ったこの場所でウチはグリーフシードを拾い上げた。

 そこでウチは違和感を覚えた。何故かこのグリーフシードには他とは明らかに違う何かをウチの意思が感じ取ったのだ。

(何やろう?)

 ウチは自分の持つ魔力を注いで反応を窺ってみた。

 特に反応は無い。ならばと、佐倉杏子から奪った幻惑の魔力を注いで見る。

 幻惑の魔力によってウチが感じる違和感を直接、形にしてみようと思った。

(ただし幻惑の魔力がそんな使い方が出来るのかは分からない)

 すると何か像の様なモノが浮かんだ。

 浮かんだのは人影だった。その人影の形が鮮明になって行くと人影が少女だと分かった。

 華奢な体つきの少女の影は明確な姿へと変わって行く。それはウチが良く知る少女の姿だった。

「朱奈!?」

 それは筒地綾女が愛した少女、朱奈だった。

 けれども朱奈は泣いていた。ただただ泣いていた。

 何故、朱奈が現れたのか驚いたけれどもウチは工事現場の適当な場所に腰を下ろすともう一度、《マダラ模様の魔女》のグリーフシードに幻惑の魔力を注いだ。

 注ぎながらも波長や密度を変えて見たりして色々と試した。

 そしてウチは理解した。このグリーフシードを落とした《マダラ模様の魔女》が一体、何者なのかを。何故、朱奈の像が映し出されたのかを。

「そういう事やったんやね」

 ウチは1人、そう呟いた。誰も答える者のいない静寂の中でウチは物思いに耽った。

 様々な因果の果てにウチの手に渡ったこのグリーフシード。

 ウチの想像を越えて世界は回っている事の証明とも言えるんや・・・。

 




これより風見野、見滝原編がスタート。
物凄く惨い話となるので読む覚悟を決めて下さい。
まあでも下手だからそれ程、残酷では無いかも知れませんが・・・。


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これでウチはより強くなれる

 曇り空のある日、ウチは今、見滝原市を訪れていた。

 ウチの目は既に目的の人物を見付けていた。

 魔法がギリギリ届く位置にその人物はいた。

 鹿目まどか。破格の因果律を持つ最も《魔法少女》として高い素質を持つ少女・・・。

 学校帰りなのか友人と思しき2人の少女と歩いている。

 ビルの上に立つウチが右手を鹿目まどかのいる方向へと向ける。

 同時に魔法を放つ!

 放たれた魔法は鹿目まどかへと命中した!

 けれど鹿目まどかは何も気が付く事無く立ち去って行った

「これで当面は大丈夫やね」

 そう言うとウチはビルを飛び降りるとビルの陰から歩道に向かって歩いた。

 勿論、ベータ―に見つからない様にする為に魔力を薄くして。

 ウチが鹿目まどかに放った魔法は実に単純な効果を持った魔法だった。

 それは《鹿目まどかがインキュベーターを認識出来ない》と言う効果を発揮していた。

 ウチがこんな行動を見滝原で起こしたのも先日、手に入れたグリーフシードが原因だった。

《マダラ模様の魔女》の落としたグリーフシード。それは元を正せば筒地綾女のソウルジェムが変化した物だった。

 だからこそウチは違和感を感じ取る事が出来た。

 何故ならウチの頭の中には筒地綾女の記憶が差し込まれているのやから。

 筒地綾女の記憶の中には筒地綾女の魔力の波長等も残されていた。その魔力の波長からウチは違和感を感じ取ったと推測する事が出来た。

《マダラ模様の魔女》の落としたグリーフシードにはウチに記憶を差し込んだ以降の筒地綾女の記憶が入っていた。つまりは筒地綾女が《マダラ模様の魔女》に変化するまでの詳細な記憶が残っていたのだ。

 朱奈やベータ―との語らい。それらを楽しんでいた筒地綾女の心情。

 そして苦渋の決断の末に朱奈の記憶から自分の存在を消去しベータ―との約束を守り《魔女》と化した筒地綾女の記憶を追体験した。

 ある意味ではウチは筒地綾女と朱奈の最も理解する者とも言えた。

 でも正直、筒地綾女や朱奈の事はどうでも良かった。2人の事を知った所でウチが強くなる事に繋がるとも思えなかったからだ。

 少し話が脱線したけれどもウチが《鹿目まどかがインキュベーターを認識出来ない》と言う魔法陣を鹿目まどか本人に施したのは筒地綾女の記憶が引き金だった。

 その記憶の中には筒地綾女とベータ―があすなろ市で戦うプレイアデス星団について意見を交わした記憶が残っていた。

 合成魔法少女やインキュベーターとグリーフシードを合成したジュウべえ、あすなろ市全体に施された《インキュベーターを認識出来ない》と言う魔法陣。

 その記憶がヒントとなってウチはインキュベーターを認識出来ないと言う魔法陣が作り出せるのならば《鹿目まどかがインキュベーターを認識出来ない》と言う魔法陣をも作り出せるのでは無いかと考えた。

 結果は恐らく成功と言える様だった。ウチの目には今の所、ベータ―が鹿目まどかと接触する行動を感じる事は出来なかった。

「これで見滝原市での行動は終わったんや。次はあすなろ市へ・・・」

 呟きながらいつしかウチは五郷(いつさと)地区を歩いていた。

 歩きながらウチは不意に同じ年代の少女の声を聞いた。視線を声のする方へと向けると学校と思しき場所が見えた。魔力で強化された聴力には少女たちの多数の声が聞こえて来た。

「因果律を上げるにはちょうど得えやね」

 ウチは幻惑の魔力を使いウチの姿を景色の中にカメレオンの様に溶け込ませた。

《魔法少女》で無い限りウチの存在に気が付く事は無い。

(これで余計な邪魔が入る事も無いやろ)

 佐倉杏子から奪ったこの幻惑の魔術はとても便利な物だった。佐倉杏子の記憶によればこの幻惑の魔術はロッソ・ファンタズマ(赤い幽霊)と言うらしかった。

 このロッソ・ファンタズマと言う命名は佐倉杏子の先輩に当たる魔法少女、巴マミが名付けた物だったが本人はこの命名を嫌がっている様だった。

 ウチが使うからにはロッソ・ファンタズマと言う名前では相応しく無い。命名するのであればエレガンテ・ファンタズマ(洗練された幽霊)と名付けるのが相応しいとウチは思う。本来であればウチの髪の色やソウルジェムの色に合わせてヴィオーラ・ファンタズマ(紫の幽霊)と名付けても良かったが今、《魔法少女》としてのウチの髪とソウルジェムの色は変化し赤が混じっていた。

 恐らくは佐倉杏子のソウルジェムを砕き記憶と魔力を取り込んだ事が影響しているのかも知れなかった。これから次々と他の《魔法少女》を殺して因果と魔法を奪い続ければさらに色が変化する事がウチにも予想する事が出来た。

 そうこう考えうる内に姿の見えていないウチは学校の校門から堂々と学校内へと入った。

(確か白女とか言う有名なお嬢様学校らしかった)

 部活動を行う生徒や教師等がそれぞれ活動に勤しんでいた。

 無意識の内に唇を吊り上げ笑みを浮かべたらしいウチは両手から鎖を伸ばし思いっきり無数の方向へと伸ばした!

 鎖は先端から次々と分裂して行き周囲の少女だけを貫いて因果を奪い殺害して行く。

 周囲では突然、多数の少女が倒れた事による混乱から生じる悲鳴が聞こえるがそれを無視してウチは《魔法少女》としての姿に変身すると校舎へと向かった。

 勿論、姿はエレガンテ・ファンタズマで隠したままで。

 この様子なら校舎にもまだ少女がいると思われたからだ。

 校舎の入り口へと入り込むとウチの眼前に《青く長い髪を生やした少女》が2人の少女と歩いて来るのが目に写った。

 躊躇う事無くウチは鎖を3人に放った。

 ところが《青く長い髪を生やした少女》は自分に向けられた鎖を手で払い除けた。しかし共に歩いていた2人の少女からは因果を奪う事に成功していた。

「誰!?」

 共に歩いていた2人の少女が倒れたのを見て《青く長い髪を生やした少女》は叫びながら光に包まれ《魔法少女》としての姿を取った。

 中世のドレスを思わせる姿に盾の付いた斧を構えた《青く長い髪を生やした少女》を見てウチはエレガンテ・ファンタズマを解除して姿を現した。

「あんた、魔法少女!?こんな時に何をしようっての!?」

 そう叫ぶなり《青く長い髪を生やした魔法少女》はウチに斧を振り下ろした。

 けれどそれはウチが少し手前に設置したウチの幻影を切り裂いただけだった。

「なっ!?」

「終わりや」

 《青く長い髪を生やした少女》が驚きの声を上げたその時、幻影の後ろに隠れていたウチは右手に出現させた赤い槍が伸びて《青く長い髪を生やした少女》の体を貫いた。

 同時に刃は両端へと開きそのままソウルジェムごと相手の体を切り裂いた。

 声も無く崩れる《青く長い髪を生やした少女》をウチは暫く見つめていたけれど直ぐに飽きて校舎を出た。勿論、エレガンテ・ファンタズマで姿を隠して。

 校庭ではウチが多くの少女を殺した為に教師たちは混乱していた。

 ふとウチの視線に混乱する人々の中で1人の《冷めた目をした少女》が写った。

 灰色の長い髪を左側に寄せたサイドポニーの髪型をしておりかなりスタイルも良い。

 同性のウチでも羨ましい位のスタイルだ。

 けれど寂しそうと言うよりも全てを冷めた瞳で見つめる《冷めた目をした少女》は目の前の出来事にすらあまり関心を払っていない様だった。つまりは自分の思考のみに集中する強い意志を証明している。

 まるで全てを諦めているかの様な寂しさを見せた瞳に強い意志が秘められているのをウチは直感していた。《冷めた目をした少女》と同じ強さを持った瞳を知っていた。

 ウチを威圧と言葉だけで敗北させたあの昴かずみと同じ強さを宿した瞳だった。

《冷めた目をした少女》にウチは恐怖を感じ取っていた。

(もしかしたらこの少女は《魔法少女》として強い因果を持ち合わせているのかも知れない・・・)

 将来最大の敵になるのやも知れなかった。

 だからウチはそれを防ぐ為の手段を躊躇無く実行した。

「それなら今ここでリタイアして貰うまでや!」

 躊躇無くウチは鎖を放った。鎖は拍子抜けする程、簡単に《冷めた目をした少女》から因果を引き抜いてしまった。《冷めた目をした少女》は倒れ込む。

 因果の具現化した白い鎖がウチの手の中に握られていた。ウチは躊躇う事無く鎖を握りつぶした。因果がウチの体を駆け巡ってウチはより強くなった事を感じ取っていた。

 今日だけでかなりの数の少女を殺して因果を奪っていた。

 安堵感と共にウチはより強くなっていた事を実感していた。

 そして自らの強さを試したいと言う気持ちも生まれていた。

 

 

 

 

「まだやろか。まだ・・・」

 深夜の見滝原にある高いビルの屋上でウチは《魔法少女》としての姿をとって見滝原市を見続けていた。

 佐倉杏子の知識によるとこの見滝原市には巴マミと言うベテランの《魔法少女》がいるらしい。筒地綾女の記憶からも裏付けが取れていた。

 巴マミと戦う為にウチはこの見滝原市に出現している《魔女》や《使い魔》の結界を監視していた。

 どうやら巴マミは《魔女》も《使い魔》も現れれば必ず退治すると言う性格らしかった。

 ならば見滝原市に現れた結界を監視して行けば必ず巴マミは現れると思われた。

「見つけたで!」

 その時、監視していた結界の1つが突如として揺れた。

 結界が揺れる理由はただ1つ。《魔法少女》が結界の中で戦っているのだ。

 ウチは揺れた結界の元へと向かうとそのまま結界の中に突っ込んだ。

 邪魔な《使い魔》を次々と槍で切り刻み結界の最深部へと向かった。

 そこには1人の《魔法少女》がこの凸凹した結界を作り出していたと思われる《使い魔》を倒していた。

 それは黒い衣装に右目に眼帯を付け両手から鉤爪を生やした《黒い魔法少女》だった。

 明らかに佐倉杏子の記憶にある巴マミの姿とは異なっている。

「巴マミや無いのね・・・。まあええわ」

 ウチは少し落胆していた。けれどもこの《黒い魔法少女》でもウチの強さの糧にはなるのやろう。そう思って背後から鎖を飛ばした。

「うん?」

《黒い魔法少女》は鎖をなんなく手から生やした鉤爪で鎖を払いウチの方を見た。

 これにはウチも驚いた。ウチの鎖はかなりのスピードと魔力を帯びて飛ばした筈だった。

 その鎖をいとも容易く払ったと言う事はこの《黒い魔法少女》は強いのかも知れなかった。ウチは姿を現した。

「誰?ああ。同じ魔法少女かぁ。ちょうど良いや。ちょっと付き合ってよ。今とても、もやもやしているんだ」

《黒い魔法少女》はそう言って鉤爪をウチに向けている。

「まあ、ただのやつあたりだよ」

 そう言って《黒い魔法少女》はウチに向かって来た。

 速い!

 その攻撃はウチが念の為にウチの正面に囮として設置していた幻覚をも切り裂いた。

「なんやと!?」

 驚いたウチだったけれども左手の鎖で防御しながら右手に構えた多節棍に変化させた両刃の槍を《黒い魔法少女》へと振り投げた。

 ところが《黒い魔法少女》はウチの想定よりも速いスピードを発揮し右手の槍を鉤爪で払いウチの防御を掻い潜ると腹に蹴りを加えて来た。

 蹴りの勢いに吹き飛ばされたウチは結界の壁に叩き付けられたけれども立ち上がった。

 予想以上に《黒い魔法少女》は強い。だからこそウチの強さを確かめられる!

「ここまでやるとは予想外やね。まあ、ええわ。ウチの魔法を見したるさかい!」

 ウチは自身の魔力を周りの放出していた。その魔力によって凸凹した結界の風景は形を変えて平らな地面へと変化して行く。

「何だ!?」

《黒い魔法少女》は少し狼狽していた。それを見てウチは更に魔力でエレガンテ・ファンタズマを応用して虚像を作り上げる。

 ただ作り上げるだけではつまらない。その虚像は佐倉杏子の姿をしていた。

「なっ!?魔法少女がもう1人!?」

 驚きの表情を見せる《黒い魔法少女》を見たウチはそのまま虚像の佐倉杏子と共に《黒い魔法少女》に向かった。

 虚像の佐倉杏子もウチに合わせて動き始める。

「今度はウチの。いや。ウチたちの番や!」

「どんくさいくせに生意気だよ!」

 エレガンテ・ファンタズマで作られた虚像の佐倉杏子はウチが手に入れた佐倉杏子の戦い方を元に動く人形と言えた。

 ウチと2人で《黒い魔法少女》に攻撃を加えて行く。

 虚像の佐倉杏子の攻撃は実体を持っていた。佐倉杏子の使っていた魔法、ロッソ・ファンタズマは攪乱目的の魔法であり攻撃能力を持ってはいなかった。

 けれどもウチの使うエレガンテ・ファンタズマはロッソ・ファンタズマの発展系とも言え攻撃能力を持っていた。その攻撃は実体となって相手を貫く。

 槍と鎖の波状攻撃。2対1と言う状況でも《黒い魔法少女》はウチと虚像の佐倉杏子の攻撃を凌いでいた。

 けれどもいずれウチの魔法、エレガンテ・ファンタズマが効果を見せる。

「うぁ!?」

 その時、《黒い魔法少女》は足元をふら付かせた。

(今や!)

 それを見たウチは躊躇無く鎖で《黒い魔法少女》を拘束する。今度は相手が困惑していた隙を付いて拘束に成功する。

「ぐっ何を!?」

《黒い魔法少女》の悲鳴と同時に虚像の佐倉杏子は手に持った槍で《黒い魔法少女》の体を数回に渡ってを刺し貫いた。少女の悲鳴が結界の中に轟いていた。

《黒い魔法少女》が突然、体制を崩したのは単純なトリックだった。

 それはエレガンテ・ファンタズマを使いこの凸凹した結界内の見かけを変えた事による物だった。

 ウチは自身が起こした魔法である為に影響を受ける事無く凸凹を旨く避けて動けたけれども《黒い魔法少女》は視覚的には凸凹が無くなったと思って動いていた為に足元をふら付かせる結果となったのだ。

 虚像の佐倉杏子に《黒い魔法少女》が動けなくなるまで槍で刺し貫かせたウチは《黒い魔法少女》のソウルジェムを見定めると奪い取り握り潰した。

 そのまま《黒い魔法少女》は死んでしまった。同時にウチの中に新しい因果が流れ込んで来た。

「ふふっ。これでウチはより強くなれる。ウチこそが最強の魔法少女なんや!」

 崩れる結界の中で自分の強さに酔ったウチはそう叫んでいた。

 そしてウチのソウルジェムに今日だけでも青と黒の色が加わっていた。

 その時、結界は崩壊しこの場所が元のトンネルへと戻った。それにしても奇妙な事だった。結界の崩壊がここまで遅いのは妙な事だった。

《黒い魔法少女》の遺体は結界と共に消え去って行く。

「もしかしたら彼女の魔法が原因だったのかしら?」

 そう呟いたウチだったけれどもまだ《黒い魔法少女》の魔法を完全に理解した訳では無かったのでそうとも言い切れなかった。

 ウチは視界を再び広げて見滝原市を監視しようとした。直ぐに新たな結界が揺れているのを感知した。

「今度こそ、当たりやとええんやけど・・・」

 そう呟きながらウチは新たな結界へと跳躍して行った。

 



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あなたはそれで満足なの?

 

 ウチは結界に入るとすぐに《魔法少女》を探した。魔力の揺れを感知する事でこの結界に入り込んだ《魔法少女》をすぐに見つける事は出来た。

 壁際から様子を窺うウチの目の前で《使い魔》を倒していたのはウチが探していた《魔法少女、巴マミ》だった。

「そこにいるのは誰!?」

 そう言いながら結界内の壁に隠れて様子を窺っていたウチの事を巴マミは直ぐに見抜きこちらに武器を向けていた。幸いまだウチは姿を現していないがウチのいる方向は見抜かれている様やった。ベテランの《魔法少女》として巴マミの感度の良さにウチは驚嘆していた。

(流石は佐倉杏子の師匠と言うだけの事はあるみたいやね。ならここは・・・)

 ウチは悪戯半分にエレガンテ・ファンタズマを発動させた。行うべき行動は1つ。ウチの姿を佐倉杏子へと変えて巴マミの前に姿を現す。

 佐倉杏子の記憶によれば巴マミとは喧嘩別れした事が明白だったが佐倉杏子の姿を取る事で巴マミの油断、もしくは不意を付いてウチの魔法で隙を作れるかも知れなかった。

「出て来なさい!隠れているのは分かっているわ!」

 巴マミの語気は先程より強まっている。これ以上、引き伸ばすのは得策で無いと判断したウチは姿を現す事にした。ただし本当の姿ではなく佐倉杏子の姿で。

「っ!あなたは・・・。佐倉さん!?」

 巴マミは驚きの表情を見せていた。どうやらエレガンテ・ファンタズマの効果は順調の様だった。《魔法少女》としての佐倉杏子の姿を取り赤い槍を持ったウチを巴マミは佐倉杏子と認識している様やった。

「どうしてこんな所に?もしかして・・・。私から縄張りを奪いに来たと言うの?もしそうなら容赦しないわ。あの時の様には行かないわよ!」

 巴マミはそう言いながら被っていた帽子を手に持って振ると前方に多数のマスケット銃を出現させた。マスケット銃を一丁、ウチに向けて完全な臨戦態勢である。

 あの時と言うのは恐らく佐倉杏子と巴マミが決別した時の事を言っているのだろう。

 決別の時にも巴マミと佐倉杏子の戦闘は行われたが巴マミの優しさに付け込んだ佐倉杏子が勝利して風見野市へと去って行った。

 けれども佐倉杏子の記憶よりも目の前にいる巴マミは強い意志を宿していた。生半可なやり方では勝利するのは難しいだろう。けれどウチには全てのルールを知っていると言う強みと佐倉杏子の振りをしていると言う勝因がある。

「アタシはあたしの好きにやらせて貰うよ!この縄張りはアタシが貰った!」

 なるべく佐倉杏子の口調を真似たウチは槍を構え巴マミへと向けた。

「そう・・・。残念ね。もうあなたに手加減をするつもりは無いわ!」

 そう言って巴マミは躊躇無くウチに向かいマスケット銃を発射した。

 弾丸は正確にウチの膝を狙って来たが回避するとウチは多節棍へと変化させた槍を目の前で回転させ始めた。

 同時に巴マミは次々と帽子の中からマスケット銃を出現させ多数の銃撃がウチを襲った。ウチは多節棍に変化させた槍を回転させ続ける事で銃撃から身を守っていた。

 不意に槍の回転が強引に止められた。見ると多節棍に変化させていた槍が地面に沿って伸びて来た黄色いリボンによって縛られ回転を止められていたのだ。

 と同時にウチはお腹に衝撃を感じた。視界に誰かの足がお腹に食い込んでいるのを見て蹴られたと言うのが理解出来た。後方へと飛ばされるウチはそれが巴マミの足だと理解した。巴マミは多節棍の槍の動きを銃撃と同時に放ったリボンで拘束して停めると同時に飛び蹴りをウチに放っていたのだ。

 蹴られたウチは多節棍にしていた槍の柄を戻すと元の槍に戻し刃先を地面に突き刺して減速して体制を直そうとした。ところがウチの視界にはウチを追って飛んで来る巴マミが見えていた。良く見るとウチの武器にはまだ黄色いリボンが付いたままだった。巴マミはリボンを握ったままウチを追いかけて来たのだ。

 そのままの体制で巴マミが左手を突き出した。同時に無数のリボンがウチの方へ飛んで来てウチの体を引き裂いた。痛覚を遮断していたウチだったけれどもそのまま壁に激突してしまった。

 壁が壊れた瓦礫の中から起き上がったウチに対して巴マミは躊躇無く額にマスケット銃の銃口を突き付けた。

「お互いの事は良く知っているでしょう?これに懲りたらもうここには来ないで・・・」

 やはり巴マミは命を奪おうとはしない様だった。けれどもウチはそう言う訳にはいかない。だからエレガンテ・ファンタズマを発動させる事にした。

 突如として巴マミの背後に影の様な物が起き上がり人の形を成して行った。

 それは少女の形をなして行き佐倉杏子の姿を成して行った。

《虚像の佐倉杏子》はウチの意図通りに躊躇無しに背後から巴マミの背中を切り付けようとした。けれども巴マミはウチに視界を向けたまま左手から出したリボンで《虚像の佐倉杏子》を縛り上げてしまった。

「こんなごまかしが私に通用する訳、無いでしょう?」

 ウチは素直に驚いていた。まさか背後で発動したエレガンテ・ファンタズマを見抜くとは思わなかったからだ。更に視界を向ける事無くリボンの拘束で動きを封じてしまっていた。

 ウチの使うエレガンテ・ファンタズマは実体性の高過ぎる分、リボンによる拘束で簡単に動きを取れなくなっていた。

 巴マミは強い。恐らくはまともな方法で戦ったとしても勝利するのは難しいだろう。

 だからこそウチはマトモじゃない手段を取る事にした。

 ウチが地面に付けていた右手の指を僅かに動かしたと同時に赤い菱形の鎖がウチに向けられたマスケット銃の銃口を逸らすと同時にウチと巴マミの間に壁を作った。

 銃口を逸らされたと同時に巴マミは直ぐに後ろへと下がり再びマスケット銃を構えた。

 エレガンテ・ファンタズマで形成した《虚像の佐倉杏子》を消し去ると同時にウチは新たにエレガンテ・ファンタズマを発動させた。

 今度は10人程、実体を持ち攻撃能力を持った《佐倉杏子の分身体》を出現させ同時に巴マミへと当たらせた。

 多数の《佐倉杏子の分身体》が迫っても巴マミは動じる事は無かった。ただ冷静に迫って来た《分身体》をリボンで拘束しリボンから逃れた《分身体》を帽子の中から出した無数のマスケット銃を発射しては持ち替えて続け様に撃ち続ける事で《分身体》を撃ち倒して行った。エレガンテ・ファンタズマによって作られた分身体は実体と同じ攻撃力を持つが一度、攻撃が当たれば簡単に消えてしまう。

 けれどウチにはそれで十分やった。これで僅かだが時間は稼げる。

「こんな分身で私を倒せると思ったの!?」

 巴マミがそう叫んだ時にはウチはエレガンテ・ファンタズマを応用して姿を隠したと同時に移動していた。先程から隣の部屋からはウチと巴マミ以外の人間がいる事をウチは感じ取っていた。マトモに戦っても勝ち目が無いのなら人質を使い勝利するまで。

 結界内の扉を開いて見るとそこには数人の人々が倒れていたが《魔女》はいないようだった。瞬時にウチは佐倉杏子の魔法である赤い菱形の鎖を発動させると数人の人たちとウチ自身を拘束して結界内の天井に吊るした。拘束する際にウチは自分の姿を元のセーラー服を身に纏った菖蒲彩月としての姿に戻した。

 そしてウチと拘束された数人の人々の真下にはエレガンテ・ファンタズマで《虚像の佐倉杏子》を出現させると同時に拘束された人々やウチの虚像も多数、用意した。

 これを見た巴マミは驚くだろう。佐倉杏子が人質を取って勝利しようとしていると言う状況に。更には幻惑の魔法を使う事で人質を分身させて簡単には助けられない様にまでしている。

 ウチは内心でだが・・・。巴マミがこのピンチをどう乗り切るのかを少し期待していた。

 その時、結界内の扉を開いて両手にマスケット銃を構えた巴マミが姿を現した。

「この人たちは・・・。佐倉さん!」

 巴マミは結界内の天井にぶら下がり拘束されている多数の人たちを見て驚いていた。

 その真下にはウチが用意した《虚像の佐倉杏子》が不敵な笑みを浮かべている。

 なおウチは菱形の鎖や《虚像の佐倉杏子》を利用する事で多方向からこの結界内を見つめていた。

「佐倉さん。あなた・・・。そうまでして私に勝ちたいの?こんなやり方で縄張りを広げてあなたはそれで満足なの?」

《虚像の佐倉杏子》は何も答えない。でもウチはそうまでしてでも巴マミに勝ちたかった。ウチはこれ以上の問答は無用とばかりに《虚像の佐倉杏子》を巴マミへと走り出させた!

 一瞬の躊躇の表情を見せた巴マミだったけれども直ぐに表情を引き締めると続け様に2発、マスケット銃を発射した。発射された弾丸は正確に《虚像の佐倉杏子》の両足の膝を狙っている。《虚像の佐倉杏子》はウチから魔力で送られた指示通りに両足の膝を狙う弾丸を持っていた槍で2発を続け様に叩き落した。

 後僅かな距離で《虚像の佐倉杏子》が構える槍の間合いに到達する。けれども巴マミは少しも慌てる事無く両手に持ったマスケット銃を《虚像の佐倉杏子》に向けていた。

(あの銃は1発ずつしか撃てない筈?)

 ウチがそう思っていると巴マミが握っていた両手のマスケット銃が形を崩して黄色い布状に変化すると同時に2本のリボンとなって《虚像の佐倉杏子》を一瞬で拘束してしまった。拘束されたと同時に《虚像の佐倉杏子》は消え去ってしまったが。

「これは?幻惑の魔法!でもそんな!?」

 狼狽する巴マミを見てウチは自分とこの場にいる全ての人々を拘束している菱形の鎖を解除した。

 ウチと数人の人々、それに《虚像の人々》も混ざって落下して行く。

「いけない!間に合って!」

 巴マミからもウチを含めた数人の人々が落下しているのが見えている筈。けれど落下する人々の中には同じ顔の人も含まれているのだ。

 つまり幻惑の魔法を応用した虚像も混じっておりこれが魔力の消耗を狙った作戦であるのは明白だった。

 もし巴マミが縄張りを守る為にたとえ相手が昔の弟子だとしても非常に徹する事が出来るのであれば落下する人々は無視する筈。

 だが巴マミは躊躇する事無く両手を天井に向かって伸ばして多数のリボンを出現させてウチを含めた落下する人々次々とを受け止めた。

 虚像の人々は受け止められたと同時に消えて行き巴マミのリボンによって床に降ろされたウチは少し焦りを覚えた。

(このままではウチが巴マミに反撃する事が難しい。今しか反撃のチャンスは無い!)

 そう思ったと同時にウチは《魔法少女》としての姿に変身すると手に佐倉杏子の伸縮自在な赤い槍を出現させると同時に巴マミへと伸ばして行く。

 狙いは巴マミが髪飾りとして付けているソウルジェム!

 ウチに背を向けていた巴マミは不意に振り返った。

 まるでスローモーションの様に驚く巴マミの顔がウチの目に写った。

(まずい!?)

 このままでは意図せずにウチが嫌いな顔を切り裂いてしまうと言う行為に至ってしまう。

 ウチは反射的に赤い槍を構成する魔力を強引に停めようとしてしまった。

 だが急激に魔力を停めるという事は急に流れを塞き止めると同じ事。

 停めようとしたが、停めようとしたが、魔力は溢れ意図せずにウチが握り締める赤い槍へと流れてしまう。流れ込んだ魔力で暴走した赤い槍はその刃に魔力を帯びて刃を大きくするとそのまま避け様とした巴マミの首を切り裂いてしまった。

 首を失った体が倒れ、飛ばされた首がボールの様に転がって行くのがウチの目に焼き付いた。

 こんな筈では無かった。こんな惨い殺し方をするつもりは無かった。

 ウチは意図しなかったとは言え相手の首を落とすと言う惨いやり方で人を、否。《魔法少女》を殺してしまった。

 因果律を奪って殺した事はあった。けれどウチはなるべく血の出ない様な殺し方を選んでいた。

 けれどウチ自身がそのやり方を否定してしまった。

 呆然とするウチの目の前に巴マミのソウルジェムが転がって来た。

 巴マミの首が落とされた時点でソウルジェムは卵型の宝石となって転がって来たのだ。

 恐る恐るウチはソウルジェムを拾い上げようとした。手が震えて直ぐには拾えなかった。

 けれど拾わない訳には行かなかった。ウチはこの為に巴マミと戦ったのだから。

 何度か失敗してようやく拾う事に成功した時、ウチの目の前で信じられない出来事が起こった。

「!」

 その時、ウチの目の前で巴マミの死体の腕が僅かに動いた様な気がした。

(確かソウルジェムは100メートル圏内であれば離れていても肉体のコントロールは可能な筈や・・・)

 ウチの脳裏に首を失いなお戦おうとする巴マミの姿がありありと浮かんでいた。

 しかもそれは現実に起こり得る事なのだ。

 もしかしたら巴マミは自分の首と胴体が両断された事に気が付いていないのかも知れない・・・。とても恐ろしくなったウチは踵を返すとこの結界を出ようと足を速めた。

 今だけは逃げ出したかった。

 たとえどんな侮辱や攻撃を受けてもウチは逃げ出したかった。

 結界内にいる《魔女》や《使い魔》を放置してウチは巴マミのソウルジェムを強く握り締めるとただ走った。

 ただ逃げ出したかった。

 目の前の現実を拒否してウチは逃げ出したかった。

 




この話は納得が行かなかったので3回も書き直しました。
自分の中では新記録。


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アンタを殺しても構わないんやろ

 意図せずに巴マミを殺害してから一週間、ウチは見滝原市内にあるホテルの一室に閉じ篭っていた。

 巴マミを殺害した事はウチの心に予想外の棘となって引っかかっていた。

 ベッドの脇にあるテーブルには巴マミの黄色いソウルジェムが鈍い光を放っていた。

 それを見つめる度にウチの心には鋭い痛みが走った。ウチはその度にベッドの中で布団を被って何も見ない様にしていた。

 けれどもずっとそうしている訳には行かんかった。ウチは《最強の魔女》となる事を誓ったのだ。己の誓いを裏切らない為にもウチは戦いをやめる訳には行かんかった。

 とにかくウチはホテルを出る事にした。

 この時間軸に来てからウチは少女から因果律を奪ったり《魔法少女》や《魔女》や《使い魔》との戦いをする以外に筒地綾女や佐倉杏子の記憶を元にお金を得る為にATMを襲ったりガラの悪い人々を襲ったりしてお金をある程度、稼いでいた為にホテルに宿泊する事は簡単だった。

 それにこの一週間もただ閉じ篭っていただけでは無かった。閉じ篭っている間にウチは呉キリカや《青く長い髪を生やした少女=浅古小巻》の記憶を解析して完全に頭に馴染ませる事が出来ていた。

 だからこそ彼女たち、《2人の魔法少女》の力をウチの物にする事が出来ていた。

「さてこれからどうすべきやろか・・・」

 ウチは道を歩きながらこれからの事を考えていた。既に見滝原市で行うべき事は終えていた。それならば前々から考えていたあすなろ市において《プレイアデス星団》に所属している昴かずみへのリベンジを行う事も頭を過ぎった。

 しかし・・・。

「けど・・・。今のこの時間には昴かずみは存在しないんやね・・・」

 ウチは自分を納得させる為に言葉を発した。

 昴かずみ。《プレイアデス星団》に所属する《魔法少女》。彼女の誕生の経緯をウチは前の時間軸において昴かずみと戦った後にベータ―から聞き出していた。

 死亡した魔法少女を生き返らせると言う禁忌の実験を行う魔法少女とそれを利用しようとする魔法少女同士の抗争を終わらせる為に昴かずみは誕生した。

 けれどもそれはこれから約二ヶ月程先の未来に起こるべき出来事やった。

 更に突き詰めて言うなれば既にウチが過去に来てしまった影響で未来は変わりつつあると言える。

 この時間軸において昴かずみが誕生すると言う保障は何処にも存在しなかった。

 それならばあすなろ市へと赴き今の《プレイアデス星団》と戦う事に意味があるのやろか?

 それについてウチは既に答えを出していた。元の時間軸においてウチが遭遇した《プレイアデス星団》のメンバーは昴かずみ、牧カオル、御崎海香の3人だった。

 けれど佐倉杏子の記憶によればこの時間軸の《プレイアデス》星団を構成するメンバーは、和紗ミチル、御崎海香、牧カオル、宇佐木里美、神那ニコ、浅海サキ、若葉みらいの7人だった。

 ウチが元いた時間軸の記憶と佐倉杏子の記憶を統合して整理してみると恐らく和紗ミチルは死亡している筈。残された《プレイアデス星団》が和紗ミチルを生き返らせる為の合成魔法少女を作り出し始めていると考えられた。

《プレイアデス星団》を全員、倒して後に昴かずみとなる合成魔法少女をも殺せばウチは昴かずみを乗り越えたんだと思える気がしていた。

「あすなろ市へ行くか・・・」

 そう呟いてウチは自分の決心を確認していた。決意を確信へと変えるとウチはあすなろ市の方角へと足を向けた。

 見滝原市からあすなろ市へ行くには隣の風見野市を抜けて行くのが一番の近道だった。

 ウチは魔力を足に集中するとビル街や裏道を跳躍してあすなろ市を目指した。徒歩を選択したのはあすなろ市全体に張り巡らされている《インキュベーターを認識出来ない》と言う魔法陣がどれだけの影響力を持つのかを危惧した為であった。

 夕方の裏道を駆けているとウチは《魔女》の結界の気配を感じ取った。

 感知と同時にウチは結界に向かった。躊躇いは無かった。脳裏に巴マミの事が過ぎらなかったと言えば嘘となるがそれでも構わなかった。

 ウチは今、戦いを望んでいた。

 結界内でウチは次々と現れる《使い魔》を浅古小巻の斧で次々と切り刻み最深部へと進んで行く。

 使ってみると先日、手に入れた浅古小巻の使う魔力で具現化された斧は便利な装備だった。ただ切るだけでなく非常時には魔力を帯びた盾を出現させる事も出来るのだ。

 今のウチの実力では結界の最深部へと到達するのは簡単な事だった。

 最深部にいた《魔女》は人を捕食していた。その大きな手で掴み周りにいる捕獲したと思われる人々を次々と捕食していた。

「人間なんて、そんなに旨い物とも思えへんけどね・・・」

 ウチはそう呟きながら《魔女》に向かって駆け出す。同時に浅古小巻の持つ盾の魔法を発動する。

 同時に《魔女》はウチの作り出した魔力による防護壁に閉じ込められた。それを見るとウチは上空へと跳躍すると斧に魔力を集中させ防護壁ごと《魔女》を倒そうと斧を最大の力で振り下ろした。

「これで終わりや!」

 勝利を確信していたウチだったが突如として結界の内部に新たな《魔女》と《使い魔》が数匹、表れてウチに攻撃を仕掛けて来た。

 慌てたウチは攻撃を中止して左手から鎖を伸ばすと背後の地面に引っ掛けて鎖を縮めると《魔女》から一旦、距離を取った。

 そこには《魔女》が群れをなしてウチを見つめていた。姿の異なる《魔女》と《使い魔》が群れを作ってウチと対峙していたのだ。

「おかしい・・・。違う種類の魔女が群れを作るなんて・・・」

 ウチはそう呟いて自分に生じた疑問を確固たる物にしていた。

 今までウチはそんな現象を見た事が無かった。

「困るんですよねー」

 突如として少女の声がその場に響いた。

《魔女》の群れが二つに割れてそこへ1人の少女が歩いて来た。結界の中でも平然とし妖しい笑みを浮かべている少女を見てウチはこの少女が《魔法少女》だと直感した。

「わたしの下僕を勝手に殺されたら、わたしが困るんですよー」

 そう言って少女は《魔法少女》としての姿に変身した。オレンジと茶色に彩られた衣装を身に纏い先がCの文字の様に曲がった杖を持った姿に。

「あなた・・・。新人さんですか?ここがわたしの縄張りだと知らないんですか?」

 歪んだ笑みを見せて少女はウチを見下していた。

 少女が手を上げるとそれに呼応する様に《魔女》や《使い魔》も咆哮を上げた。

「今なら泣いて謝ってくれれば許してあげますよ。でないと死んじゃうかも知れませんよ!」

 目の前の少女を見てもウチは別段、慌てる事は無かった。魔力を感知する能力の高いウチは既に目の前の少女とウチを比べてウチの方が高い魔力を持っている事を感じ取っていた。更に目の前にいる少女が魔女を操る能力を持っている事を推測する事が出来た。でなければ《魔女》や《使い魔》が少女に従う訳が無い。

「ならウチがアンタを殺しても構わないんやろ!」

 そう言ってウチは浅古小巻の斧を敵である少女に向け魔法を発動させた。

「良いんですか?わたしもそこまで気が長い訳じゃないんですよ!」

 そう言って少女は持っていた杖を上に掲げた。同時に《魔女》や《使い魔》はウチに敵意を向けてウチに殺到しようとした・・・。が、途中で何かにぶつかりウチに向かって行くのを遮られていた。

「どうしたんですか?」

 訝しげな表情を見せる少女は自分の目の前にも何か壁の様な物がある事に気が付いた。

「これは!?」

 少女はようやく気が付いた様だった。何と少女と《魔女》、《使い魔》は魔法による防護壁に分断されて閉じ込められていたのだ。浅古小巻はこの防護壁を1つしか展開出来なかったがウチは膨大な魔力を持っている事から複数の防護壁を一度に発動する事が可能だった。

 ウチは躊躇う事無く少女の閉じ込められた防護壁に入り込んだ。この魔法の防護壁はウチだけは出入りする事が自由だった。驚愕の表情を見せた少女は杖を向けて光弾をウチに向けて発射した。

 速度低下を発動させたウチは少女の攻撃を容易く回避し少女の胸にポールアックスを振り下ろして躊躇無く切り裂いた。

「ギャアア」

 少女は胸を切られ、そのまま倒れ込んだ。ウチは躊躇無く倒れ込んだ少女の喉に斧を突き付けた。怯えた少女の瞳を見てウチはこれからどうするのか思案した。

 そう言えばウチは巴マミを殺害した時に意図せずに首を切り落としてしまい予期せぬ精神的な痛みで1週間程、ホテルに閉じ篭っていた。

(ならば同じ事をしてみよう。あの時と同じ事が出来るのならばウチはそれを乗り越えられたと言う事なんや!)

 斧を振り上げたウチと少女の視線があった。少女の瞳は何か懇願するかの様な色が浮かんでいた。けれどウチはそれを無視して斧を少女の喉に向かって真っ直ぐに躊躇わずに力一杯、振り下ろした。

 過去と決別する為に・・・。

 何かとても不快感のある悲鳴がウチの耳に響いたけれどウチはそれを無視した。意図しない形で巴マミを殺した時と違って・・・。心の痛みは余り感じなかった。

 動かなくなった少女を無視してウチは少女のソウルジェムを探した。僅かながら感じ取れる魔力からウチはソウルジェムを見出すとウチは握り締めた。

 いつもの様にソウルジェムをウチは握り潰した。

 同時に少女に操られていた《魔女》や《使い魔》がウチの作り出した防護壁の中で暴れ始めた。慌てる事無くウチは右手を掲げた。右手の中に先程の少女が使っていた先がCを書く様に曲がっている杖が現れた。

 杖の先が光ると暴れていた《魔女》や《使い魔》は大人しくなった。先程までの敵意を消滅させウチに対して従順な瞳をウチに向けていた。

「なるほど。これがアンタの力なのね・・・。優木沙々」

 ウチは先程までウチと戦っていた少女の名を呟いた。

 それがウチなりの戦った《魔法少女》に対する黙祷とも言えた。

 



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あすなろ編
希望を守る者よ


「あれが箱庭を包む魔法陣なんや・・・」

 あすなろ市と風見野市の境目にある地域の送電線の天辺にウチは立っていた。

 ウチの《魔法少女》としての姿には新たにオレンジ色が加わっていた。《魔女》を操る力を手に入れたウチの背後には優木沙々が操っていた《魔女》や《使い魔》が群れを作って待機していた。

 道端を歩いてすれ違う人がいると結界に引き込んで捕食する事もあったが別段、気にする事でも無かった。

それで《魔女》や《使い魔》の飢えが満たせるのならば安いモノだとウチは思っていた。

物思いに耽るウチの瞳にはあすなろ市全体を包み込む《インキュベーターを認識出来ない》と言う魔法陣がはっきりと見えていた。

この魔法陣を破壊する必要性は無かったが影響を受ける事をウチは避けたかった。

ソウルジェムを通したウチの視界が持つ強大な感知力からウチはこの魔法陣の影響を受けない方法を既に編み出していた。

それはエレガンテ・ファンタズマを使い魔法陣の影響を受けていると魔法陣に誤認させると言う方法だった。

試しに《虚像のウチ》を出現させてあすなろ市へと向かわせて見る。勿論、エレガンテ・ファンタズマを使い魔法陣の影響を受けていると誤認させた状態で歩かせた。

《虚像のウチ》は簡単にあすなろ市へと入る事が出来た。それを見たウチは《虚像のウチ》を消し去ると鉄塔を飛び降り道に立つと緊張した足取りであすなろ市へと向かった。

エレガンテ・ファンタズマは発動している。ウチは一歩一歩、大地を踏み締める感覚を楽しみながらあすなろ市へと向かった。

後、数歩であすなろ市へと入る・・・。

あすなろ市へと入った。

けれども影響は無かった。ウチの記憶の中ではベータ―ことキュウべえはいつもの姿のままだった。ウチの持つベータ―の記憶は決して筒地綾女の記憶にある様なジュウべえに変わったりはしていない。

ジュウべえこと従属するインキュベーターの事をウチは筒地綾女の記憶を通して知っていた。筒地綾女は死ぬ寸前までキュウべえと共にあすなろ市で行われた実験に関する意見を話し合っていたからだ。

「まず、今夜のホテルを探すべきやな」

 ウチはあすなろ市街へと向かうとホテルを探した。まずは拠点を確保してから《プレイアデス星団》との戦いに備えるべきやった。

 ホテルは簡単に見つかり泊まる事も簡単だった。エレガンテ・ファンタズマを使えばトランプのカードも運転免許証や保険証等の身分を現す物に変える事は簡単やった。

一番、安い客室を確保するとベッドの上に横になった。

 まずはどう戦うのかを整理しなければならない。

 この時間軸の《プレイアデス星団》は6人。いくらウチでも6対1では勝負にすらならない事は自覚していた。

 幸い《プレイアデス星団》は普段、2人一組であすなろ市内の三ヶ所に分かれて行動していた。それだけパトロールの範囲が大きいと言う事が感じ取れたが逆を言えば普段は6人全員で行動する事が無いと言う事だった。

 佐倉杏子の記憶から《プレイアデス星団》に所属する《7人の魔法少女》の能力は大体、解っている。

 そんな事を思いながらウチは佐倉杏子が《プレイアデス星団》と出会った時の事を思い出していた。今や佐倉杏子の記憶はウチの記憶と言っても良い位、ウチと同化していたのだから・・・。

 ウチは他人の追憶に心を浸らせる事にした・・・。

 

 

 

 

 その日、風見野市において佐倉杏子は師匠である巴マミと共に《狼の魔女》と戦っていた。《狼の魔女》は自身の《使い魔》と共に群れを作り巨大な結界の中で人を襲っていた。

 けれども巴マミと佐倉杏子、《2人の魔法少女》が力を合わせれば勝てない相手では無かった。次々と《使い魔》を倒し2人は《狼の魔女》に肉薄していた。

「マミさん!あたしが《魔女》を引き寄せるからその隙に!」

 そう言って佐倉杏子は赤い槍を構え6人に分身して《狼の魔女》に突っ込んで行った。

「分かったわ。佐倉さん!」

 そう答えながら巴マミはリボンを解いて大きな銃を出現させた。その間にも《狼の魔女》は佐倉杏子の分身に翻弄され次々と傷を負って行った。

 不利を悟ったのか《狼の魔女》はそのまま逃走しようとしていた。けれどもその逃げようとした方向こそが佐倉杏子の誘導したい方向だった。

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

《狼の魔女》は巴マミの放った魔力の渦に呑まれて消滅した。

「やったね。マミさん!」

 佐倉杏子は笑みを浮かべて巴マミの方を振り返った。

「佐倉さん!まだよ!結界が崩れていないわ!」

 巴マミは油断する事無く銃を構え続けていた。それを見て佐倉杏子も槍を構え直す。

 すると突如として結界が大きく揺れ始めた。

「佐倉さん!」

 瞬時に巴マミは両手からリボンを伸ばすと結界の地面や壁、天井の突起物に引っ掛けると自分と佐倉杏子の体を安定させた。

「何が起こってるんだ!?」

「この魔力・・・。どうやらこの結界には他にも《魔女》がいて結界ごと移動しているみたいね」

 驚く佐倉杏子とは対照的に巴マミは落ち着いていた。

「でも!《魔女》が移動するのなら私たちは結界のあった場所に残される筈じゃあ!?」

「恐らく私たちが結界の最深部に入り込んでいたのと、この結界がよほど強固に出来ていると言う事よ」

 振動は収まらない。巴マミも佐倉杏子も臨戦態勢を保ったまま体勢を維持する事しか出来なかった。

 不意に振動が止まった。互いの顔を見て頷いた佐倉杏子と巴マミはすぐさまリボンを離すと結界の中を再び探索し始めた。

「さあ。他の《魔女》のいる場所を探しましょう」

 巴マミに促された佐倉杏子は頷き槍を構えると巴マミに続いて結界の通路へ進んだ。

 その時、魔力によって結界が大きく揺れた。その魔力は2人にとって馴染み深い物でもあった。

「この魔力は・・・。魔法少女のだわ!」

「魔法少女・・・」

 巴マミは少し嬉しげに佐倉杏子は少し緊張を持った表情を取っていた。

 2人は《魔法少女》の魔力が感じられる方向へ足早に向かって行く。

 結界内部にある部屋と部屋を結ぶ通路には2人を通すまいと《使い魔》が次々と出現するが2人の《魔法少女》の敵では無かった。

《魔法少女》の魔力を最も強く発する扉を2人は同時に開いた。

 そこでは7人の《魔法少女》が《狼の魔女》を相手に戦っていた。

「みんな!行くわよ!合体魔法!」

 眼鏡をかけシスターの様な服装をした少女、御崎海香の号令を合図に6人の魔法少女が魔法陣で《狼の魔女》を包んで行く。

「エピソーディオ・インクローチョ!」

 6人の魔法少女の魔法陣は《狼の魔女》をしっかりと押さえ付けていた。

「今だ!ミチル!」

 軍服の様な服装をした浅海サキの叫びを聞き黒い帽子を被り白と黒の衣装を身に纏う和紗ミチルは手に持った杖を《狼の魔女》へと向け叫んだ。

「リーミティ・エステールニ!」

 和紗ミチルの手にした杖から放たれた光は真っ直ぐに伸びて《狼の魔女》に向かって行くが突如として《狼の魔女》を包んでいた魔法陣が崩れ落ちると《狼の魔女》はその場から離れた。

「私たちの魔法陣がどうして?」

「みんなあれを!」

 驚く宇佐木里美の脇に立つ飄々とした雰囲気を持つ神那ニコが《狼の魔女》のいる場所を手に持つバールで指し示す。

 その方向にはなんと《狼の魔女》が3体いたのだ。

「なっ。3体もいやがったのか!?」

 驚いていた牧カオルだったが臨戦態勢を崩す事は無かった。

「関係ない!ボクたちなら・・・。たとえ相手がどんな魔女でも勝てる!」

 そう言いながら若葉みらいは脇で武器を構える浅海サキに視線を向けていた。

「そうだよ。希望はある!あの魔女に勝って私たちがその希望になるんだ!」

 和紗ミチルの声を聞いて6人の魔法少女たちは頷いた。

 その様子をずっと見ていた佐倉杏子は脇に立つ巴マミを見た。巴マミは少し驚いた表情をしていたが佐倉杏子の視線に気が付くと頷き答えた。

「佐倉さん。あの人たちは私たちと同じ志を持った魔法少女よ!」

 巴マミの瞳と発した声には確かな確信を感じ取らせた。

「そうだね・・・。きっと、あの子達もあたしとマミさんと同じだよ!」

「行きましょう!」

「うん!」

 そう言って巴マミは結界の扉を開き和紗ミチルたち、《7人の魔法少女》の元へ向かい走り出した。佐倉杏子がそれに続いた時に《3体の狼の魔女》は《7人の魔法少女》へ向かってその鋭い爪を振り下ろそうとした。

「レガーレ・ヴァスターリア!」

 巴マミがそう叫ぶと同時に黄色いリボンが防護壁となってミチルたち7人を包み《3体の狼の魔女》の攻撃から守った。間髪居れずに巴マミは胸のリボンを解くと巨大なマスケット銃を出現させ決め技を放った。

「ティロ・フィナーレ!」

 瞬時に動いた《3体の狼の魔女》は巴マミの放った攻撃を易々と回避してしまった。

 しかしそれを見ても巴マミの表情は崩れる事は無かった。隣にいた佐倉杏子からも分かる様に巴マミは《3体の狼の魔女》の動きを見る為に意図的に威力を押さえたティロ・フィナーレを撃ったのだ。

「危なかったわね・・・。けれどあなたの言う通り、私たち魔法少女は人々の希望を守る者よ!」

 突如として現れた巴マミと佐倉杏子を見てミチルたち7人は驚いていた。

「安心しなよ。別にアンタたちの縄張りを奪うとかそんなんじゃ無いからさ」

 和紗ミチルたち7人を安心させる為か槍を肩に担ぎながら佐倉杏子は比較的、穏やかにそう語っていた。

「あなたはあの時の!?」

 和紗ミチルは驚きの表情を巴マミに向けていた。同じく巴マミも驚いた表情を見せていた。

「あなたは・・・。そう。あなたも魔法少女になってしまったのね・・・」

 巴マミは少し悲しげな表情を見せていた。同時にリボンの防護壁が大きく揺れた。

 その場にいた9人の魔法少女たちが視線を向けると何と《3体の狼の魔女》は合体して1つになると三つの首を持った地獄の番犬、《ケルベロスの魔女》へと変貌したのだ。

「ミチル!今はあの《魔女》を!」

 浅海サキの叫びを聞いて巴マミと和紗ミチルは表情を引き締めると《ケルベロスの魔女》へと視線を戻した。

「もう一度、さっきの様な魔法陣を張る事は出来ないの?」

 状況を瞬時に飲み込んだ巴マミは和紗ミチルたちに語りかけた。

「それは可能よ。けれどあの《魔女》が合体してより強くなった以上、さっきのより強力な魔法陣を敷くのは魔力を溜める時間が必要よ」

 御崎海香は持っていた双刃の槍を本に戻しながら答えた。

「なら、アタシが囮になって魔法陣を敷く時間を稼いでやるよ。見てなよ!ロッソ・ファンタズマ!」

 そう言って佐倉杏子は10人に分身するとリボンの防護壁から出ると《ケルベロスの魔女》に向かい飛び掛って行く。それを見ながら巴マミは少し溜息を付くと和紗ミチルたちの方に向き直った。

「まったく、しょうがないわね。じゃあ魔法陣の方は任せるわ。魔法陣であの魔女を動けなくしたら私とあなたの攻撃魔法で魔女を倒しましょう」

 巴マミにそう言われて和紗ミチルは少し照れた様な表情を見せたが頷いた。

「はい。これで私、お姉さんに恩返しが出来ますね」

「ええ。けど今は・・・。戦いましょう!」

 巴マミの視線の先で佐倉杏子は多数の分身と共に《ケルベロスの魔女》を翻弄していた。

 しかし《ケルベロスの魔女》も負けてはいない。口から青白い炎を吐き出していた。

 佐倉杏子がその炎に思わず怯んだ時、突如として佐倉杏子の分身の数が増えたのだ。

 ロッソ・ファンタズマを再度、使用した訳ではないのに20人程に増えた。

「なっ何だ!?」

「私が手を貸したのよ」

 驚く佐倉杏子に仲間たちと魔法陣を作り上げる魔力を溜めていた御崎海香が答えた。

「驚かないで。私は他者の魔法を読み取る事が出来る。だから魔法を増幅させる手伝いも可能なのよ」

「なるほどな。サンキュー!」

 御崎海香の説明を聞いて納得した佐倉杏子は再度、《ケルベロスの魔女》を翻弄し、その間に魔法陣の準備は終わっていた。

「今度こそ・・・。合体魔法!」

 御崎海香の号令を聞いて牧カオル、宇佐木里美、神那ニコ、浅海サキ、若葉みらいはそれぞれ《ケルベロスの魔女》を取り囲む位置へと移動した。

「エピソーディオ・インクローチョ!」

 再度、放たれた魔法陣は《ケルベロスの魔女》を完全に押さえ付けていた。間髪いれずに巴マミと和紗ミチルが同時に《ケルベロスの魔女》に向かい走りながら必殺の魔法を発動させる!

「ティロ・フィナーレ!」

「リーミティ・エステールニ!」

 同時に放たれた2つの強力な魔力は《ケルベロスの魔女》を飲み込み、完全に消滅させた。結界は崩壊し《ケルベロスの魔女》がいた場所には三つのグリーフシードが落下した。

 この場所は元のあすなろドームへと戻った。

「ここは・・・?」

 佐倉杏子は見覚えの無い場所に少し戸惑っていた。

「あすなろドーム。あすなろ市にあるドーム会場さ」

 戸惑う佐倉杏子に牧カオルは答えた。

「じゃあ、ここはあすなろ市に間違いないのね?」

「そうだよ。お姉さんが何処から来たかは分からないけどこれで安心したでしょう?」

 和紗ミチルの答えを聞いて巴マミは少し安心した様子を見せた。

「そうね。それから自己紹介がまだだったわね。私は巴マミよ」

「うん。私は和紗ミチル。それからみんなを紹介するね!」

 巴マミと佐倉杏子は和紗ミチルたちプレイアデス星団と互いに自己紹介を行った。

「まさか少し離れた街に大勢の魔法少女のチームがいるなんて思わなかったわ」

「私もマミさんが以外と近い場所にいるなんて思わなかった」

 巴マミと和紗ミチルは自己紹介を終えて笑いあっていた。

 その隣では佐倉杏子も御崎海香たちと会話して笑顔を見せいてた。

「じゃあ夜も遅いから私と佐倉さんは元の街へ帰る事にするわ」

 暫く9人で話した後に巴マミは時間が深夜に入った事を知るとそう告げた。

「えー?もう少し良いじゃんかよ」

「駄目よ。佐倉さん。夜更かしは体に良くないわよ」

「はーい」

 巴マミにそう言われて佐倉杏子は素直に従う事にしていた。

「待って!」

 和紗ミチルに呼び止められて巴マミと佐倉杏子は足を止めた。

「あの。これを!」

 そう言って和紗ミチルは2つのグリーフシードを巴マミと佐倉杏子に差し出した。

「貴重なグリーフシードを良いのかよ?」

 佐倉杏子は驚きを見せていた。

「良いの。このあすなろ市は私たち《プレイアデス星団》が守ります。そして風見野市を佐倉さんが。見滝原市をマミさんが守るのならマミさんと佐倉さんに渡すのが良いと思います」

 和紗ミチルの言葉を聞いて御崎海香たち《プレイアデス星団》の面々も頷いた。

 その様子を見た佐倉杏子は巴マミを見た。巴マミは佐倉杏子に向かって頷いた。

「そうね。それじゃあ、ありがたく使わせて貰うわ」

「悪いな。じゃあ貰っとくよ」

 そう言って巴マミと佐倉杏子はグリーフシードをそれぞれ1つずつ受け取った。

「それじゃあ。《プレイアデス星団》のみんな。また!」

「また今度な!」

 別れの挨拶を済ませた巴マミと佐倉杏子はあすなろドームを出ると自分の街に向かって跳躍して行く。

「マミさん。佐倉さん。ありがとう!」

 あすなろドームの入り口では和紗ミチルと《プレイアデス星団》の面々が手を振っていた。

 

 

 それこそ佐倉杏子が《プレイアデス星団》と出合った記憶だった。

 ウチは更に佐倉杏子の追憶に意識を委ねてみる事にする。

 佐倉杏子と巴マミ、《プレイアデス星団》の関わりはそう長くは続かなかった。

《プレイアデス星団》との出会いから数ヵ月後に巴マミと佐倉杏子はある出来事を境に決別し2人はそれから《プレイアデス星団》と会う事は無かった。

 巴マミは見滝原市を守り、佐倉杏子は風見野を縄張りに、《プレイアデス星団》はあすなろ市を守る為に戦い続けたのやから。

 だが佐倉杏子と和紗ミチルだけは違った。2人はもう一度、顔を合わせる事になる。

 とても良くない形で・・・。

 

 

 

 

 巴マミと決別してから佐倉杏子は荒々しい生活と戦い方をする様になった。

 常日頃から何かを食べ《使い魔》を放置して《魔女》に成長してから倒すと言う手段で必要以上にグリーフシードを集めていた。

 そんなある日、佐倉杏子は買い食いしたパンを頬張りながら風見野市内に発生した新たな結界のチェックへと向かった。

《使い魔》の作った結界ならば放置し《魔女》の作り出した結界ならば入り込んで《魔女》を倒せば良いだけの事だった。

 あすなろ市と風見野市の境目にある結界だったがこの結界は風見野市内にある大量のコンテナの置いてある埠頭街にあった。

 一瞬、あすなろ市を守る《プレイアデス星団》の事が頭を過ぎったが直ぐに打ち消した。

 巴マミとも決別した今、佐倉杏子にとっては《プレイアデス星団》も敵となる可能性を持った《魔法少女》に過ぎなかった。

 佐倉杏子がそう思いを過ぎらせた時、突如として目の前で結界が崩壊した。大きな魔力と同時に。

「何だ!?」

 そう呟きながらも佐倉杏子には何が起こったのか理解していた。

 結界の崩壊が大きな魔力の反応と同時に起きたと言う事は自分以外の《魔法少女》によって結界が破壊された事を意味していた。

《魔女》や《使い魔》がどうなったのかは分からないが佐倉杏子は大きな不快感を味わっていた。

「アタシの縄張りにちょっかい出すなんて良い度胸してるな!」

 瞬時に《魔法少女》としての姿に変身すると同時に崩壊した結界のある方向に目を向けるとツインテールの髪型をした《金髪の魔法少女》が肩で息をしながら片ヒザで立ち竦んでいた。

「おい!お前!アタシの縄張りでよくも勝手な真似をしてくれたな!」

 瞬時に怒りを沸騰させた佐倉杏子は槍を構えると《金髪の魔法少女》へと向けた。

 それを見て《金髪の魔法少女》は戸惑った様な表情を見せた。

「え!?一体、どうして?」

 どうやら《金髪の魔法少女》は《魔法少女》の事情を知らないらしい。しかし自分の縄張りを守る事に集中している佐倉杏子には関係が無かった。

「どうやら《使い魔》を倒した様だけどここでこれ以上、好き勝手な真似をさせる訳には行かないんだよ!」

 そう言って佐倉杏子は多節棍へと変化させた槍を目の前にいる《金髪の魔法少女》へと振り下ろした。それを《金髪の魔法少女》はぎりぎりの所で回避すると後ろにあるコンテナの上に飛び下がった。

「くっ。何を言っているの?《魔女》や《使い魔》から人々を守るのが《魔法少女》の筈でしょう!?」

《金髪の魔法少女》の言葉に佐倉杏子はより不機嫌な表情を見せた。それは過去に決別した巴マミと同じ様な台詞を言って来ている・・・。

 つまりはこの《金髪の魔法少女》も巴マミと同じで他人の為に戦うと言うタイプらしい。

「くだらねえな。アタシは他人の為に魔法を使ったりしない。魔法ってのは、自分の為に使う物だ!」

 自分の中に現れた苛立ちをぶつけるかの様な発言に《金髪の魔法少女》は、いぶかしむ表情を見せていたが意を決したのか注射器を連想させる様な武器を出現させた。

「ふーん。ようやくやる気になったのか。すぐに終わらせて貰うよ!」

 佐倉杏子は本気で戦おうと槍を構え直そうとした。

「待って!戦うの止めて!」

 そこへ聞き覚えのある声が響いて佐倉杏子は驚いて動きを止めた。それは相手の《金髪の魔法少女》も同様だった。

「お前は!?」

 コンテナの陰から現れた声の主を見て佐倉杏子は驚きを味わう事になった。声の主は和紗ミチル。《プレイアデス星団》の一員だった。《金髪の魔法少女》も新たに現れた《魔法少女》に驚きを隠さないでいる。和紗ミチルは佐倉杏子と《金髪の魔法少女》の間に入ると双方に手を向けた。

「佐倉さん。待って。今、キュウべえから聞いたの。この子はあすなろ市で新しく契約したばかりの魔法少女なの。風見野市に入った事は謝るから。けど、どうして戦おうとしたの?私たちは戦う必要なんて無い筈だよ!」

 和紗ミチルの言葉に佐倉杏子は何も言い返せなかった。それをごまかす為に持っていたパンを頬張ったが今は素直に味を楽しめなかった。

「人には色々と事情があるんだ。色々と変わる事もあるのさ・・・。それとも何か?アタシがアタシのやり方で戦う事に文句でもあるってのか!?」

 そう言われて和紗ミチルは少し悲しげな表情を見せた。

「変わっちゃったんだね。佐倉さん。やっぱりあのニュースは佐倉さんの事だったんだね・・・」

 どうやら和紗ミチルは佐倉杏子の身に何かが起こった事をおぼろげながら知っているらしかった。

「けど・・・。これ以上、この子と戦うと言うのなら・・・。プレイアデス星団、全員であなたの敵となるから!」

 強い決意を見せた和紗ミチルの瞳に佐倉杏子は思わず視線を逸らし横目で2人を見た。

《プレイアデス星団》のメンバーは和紗ミチルを入れて7人。更には目の前にいる《金髪の魔法少女》をも相手にしなくてはならない。

 どう考えても勝つのは難しかった。各個撃破を狙うにしても《プレイアデス星団》はチームで行動している。

「分かった。今日の所は見逃してやるよ。その代わり、二度と風見野に入って来るなよ!」

 そう言って佐倉杏子はその場から去った。

 とても気分は悪かった。

 まるで巴マミと決別した事を繰り返した様な物だった。

 嫌な思いを振り切る様に佐倉杏子は風見野市内へと消えて行った。

 

 

 

 追憶には飽きた。

 そう思うやウチはホテルの部屋を出るとそのままホテルの屋上に出た。

《魔法少女》としての姿に変身するとあすなろ市全体を見つめる。

《プレイアデス星団》の顔は分かっている。

 直ぐに彼女たちは見つかった。

御崎海香、牧カオル、宇佐木里美、神那ニコ、浅海サキ、若葉みらい。

彼女たち6人こそ今のウチが倒すべき敵だった。

いいや。敵では無い。ウチが強くなる為の贄でしか無い。

ウチはこれからの事を考えて笑みを浮かべていた。

 



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楽しませて貰おうか

 朝焼けがあすなろ市を包み込む中、ホテルの屋上に立つウチは少し思案していた。どの様にして《プレイアデス星団》と戦うのかを。

 まともに戦っても勝ち目は無い。ましては6対1ではいくらウチでも敗北する可能性を捨て切れなかった。

 幸い《プレイアデス星団》は普段、あすなろ市内において3ヶ所に分かれて街を監視していた。それを踏まえて考えれば、前の時間軸にいた時と同じ様にこのあすなろ市の3ヶ所に同時に《使い魔》を出現させれば《プレイアデス星団》としては恐らく合流するよりも《使い魔》を倒す事を優先する筈である。

 ウチは優木沙々の魔力を使いあすなろ市内の3ヶ所にウチが操る《使い魔》の結界を出現させた。同時にウチの目には《プレイアデス星団》のメンバー、御崎海香、牧カオル、宇佐木里美、神那ニコ、浅海サキ、若葉みらいは2人ずつに別れて《使い魔》の結界へと向かって行くのが見えた。

 まず狙うのは分析魔法の御崎海香と肉体強化魔法の牧カオルのコンビ。

 思うと同時にウチは魔力を足に込めて跳躍していた。跳躍しながらウチの姿はエレガンテ・ファンタズマを使い佐倉杏子の姿へと変化して行く。

 この姿なら、もしかしたら《プレイアデス星団》の油断を誘えるかも知れないと思いウチは佐倉杏子の姿を選んでいた。ただし武器は浅古小巻の持つポールアックスにしていた。

 跳躍の勢いを押さえる事無くウチはそのまま結界の中へと飛び込んだ。

 同時に結界の崩壊を感じ取ったウチは自分が《操る魔女》にテレパシーで命令し崩壊して行く結界を再構成させ御崎海香と牧カオルの入り込んでいる結界の最深部へと至る最短ルートをも構築させ勢いを付けたまま結界の最深部へと降り立った。

「アンタは!?」

 突如として結界の内部に降り立った佐倉杏子の姿をしたウチに牧カオルは驚いた表情をしていた。

「佐倉杏子・・・」

 対照的に御崎海香は驚きを見せる事無く冷静さを保ったままだった。

「よお!プレイアデス!今日はお前達に死んで貰いに来てやったぜ!」

 ウチはなるべく佐倉杏子の口調を真似ながら御崎海香と牧カオルと対峙した。

「何を言っているんだ!?別にアタシ達とアンタは戦う必要が無いだろう!」

 牧カオルの叫びにウチは特に反応を見せなかった。なるべく佐倉杏子が見せた不敵な笑みをウチは再現しているつもりだった。

「何を言ってるんだ?風見野にもお前らが魔法少女狩りをしているって話は届いているんだぜ。だったら狩られる前にプレイアデスを倒すのが当然だろ!」

 これはウチが佐倉杏子の記憶から得た情報だった。

 ウチの答えを聞いた牧カオルは絶句した表情を見せていたが御崎海香は表情を崩す事無く口を開いた。

「でも私達だってあなたが必要以上のグリーフシードを得る為に他の魔法少女と抗争しているのは聞いているわよ。縄張りを広げるのにそんな言い訳はいらないんで無くって?」

 手に両刃の槍を変形させた魔法書を持って答えた御崎海香に合わせて牧カオルも戦いの構えを見せた。

「そうだな・・・。もう言葉はいらない。お前等が死ねば良いよねえ!」

 叫ぶと同時にウチは走り出しながらエレガンテ・ファンタズマを使い10人程に分身をした。

「海香!」

「ええ!」

 牧カオルに答えて御崎海香は魔法陣で牧カオルを包み込んでウチと同じ数に分身させた。

「ウォオオ!」

「悪いけど同じ魔法で対抗させて貰うわよ」

 御崎海香の言葉に答える様に分身した牧カオルとウチが化けた分身した佐倉杏子が一気にぶつかった。

 ウチの瞳は確実に牧カオルの本体を見抜いていた。分身と分身の戦いはウチの作り出した分身が次々と牧カオルの分身を消滅させて行った。ポールアックスを盾の様に使いウチは素早い牧カオルの動きから身を守っていた。

 それを見過ごす御崎海香では無く手に持った魔法書を開きウチに向けている。

「そうは行くか!」

 ウチの意思を瞬時に伝達したウチの分身は次々と御崎海香へと向かって行く。

「くっ!」

 魔法書を両刃の槍に変化させるとウチの分身を次々と切り刻んだ。視線を向ける事無く魔力の流れでその事を感じ取ったウチはポールアックスの盾を御崎海香へと向けた。

 同時に盾は消失し御崎海香を魔力の壁に包み込んでしまう。

「海香!」

 魔力の壁に驚く御崎海香を見て驚く牧カオル。それを見てウチは更に指先に魔力を溜め牧カオルに向け放った!

「アンタ!何を!?」

 驚く牧カオルの真正面に走り寄ったウチはそのままポールアックスを真横に振り回した!

「カピターノ・ポテンザ!」

 叫びながら牧カオルは両肘でポールアックスを防ぐ為にウチへと向ける。

 普通に考えれば無謀な選択と言えた。けれど佐倉杏子の記憶によれば牧カオルは体を硬質化する魔法、カピターノ・ポテンザの使い手だった。

 両肘を硬質化させウチの攻撃を凌ごうとしているのやろう。

「だが甘いで!」

 ウチの叫びと同時に牧カオルの両肘は硬質化する事無くそのまま両断されてしまった。

「うぁああああああああ!?」

 驚愕の表情を見せた後に響き渡る牧カオルの悲鳴。

 カピターノ・ポテンザが発動しなかった理由。それはウチが直後に牧カオルに仕込んだ速度低下の魔法の効力だった。

 呉キリカから奪った速度低下の魔法を牧カオルの魔力にのみ施す。それによって牧カオルは任意のタイミングで魔法を使う事が出来なかった。

 そのまま崩れ落ちる牧カオルの体の上からウチは次々とポールアックスを何度も何度も繰り返し振り下ろした。

 ウチの魔力の壁に阻まれた御崎海香の聞こえない叫びを感じ取りながらウチの瞳は牧カオルのソウルジェムの位置を感じ取っていた。

 牧カオルの右足にあるソウルジェムをウチはポールアックスで砕いた。

 目の前には既に人の形を僅かに保っていた牧カオルから魔力と生気が消滅して行く。

 牧カオルは死んだ。

「カオル!」

 怒りを帯びた叫びにウチが振り向くと御崎海香は魔力の壁を突破して魔法書をウチに向けた。

「イクス・フィーレ!」

 怒りに満ち指先に強い力を込めて御崎海香は魔法書でウチを解析していた。

(まずい!)

「これは!?あなたは一体!?」

 驚き動きを止めた御崎海香を見てウチは正体を見破られた事を悟り佐倉杏子の姿を解きウチの《魔法少女》としての姿を現した。

「始めましてやね。ウチは菖蒲彩月。アンタを殺す魔法少女や!」

「よくもカオルを!」

 言い終わらないウチに御崎海香は両刃の槍でウチに切り掛かって来たが、ウチは旨く右手の鎖を放って絡め取ると槍を封じ左手に魔力を溜め再度、速度低下の魔法を御崎海香に向かって放った!

 動きが緩慢となった御崎海香の額にあるソウルジェムに向けウチは右手の鎖を両刃の槍から解くとそのまま飛ばした。

 真っ直ぐに宙を飛んだ鎖は御崎海香のソウルジェムを頭蓋ごと砕いた。

 目の前で再び魔力と生気が消滅し御崎海香は呆気なく死んだ。

「これでウチは更に強くなった。あはははははははははは!」

 結界の中でウチは高笑いをしてながらウチに操られている《魔女の群れ》を呼び出した。

「悪いけど後始末は頼んだで」

 ウチの言葉に答えて《魔女の群れ》は御崎海香と牧カオルの死体に群がり2人の《魔法少女》の遺体を貪り食して行った。

 それを横目で見ていたウチは以前よりも何も感じなくなっている事に気が付いた。

 ウチが強くなった証とウチは解釈していた。

 残る《プレイアデス星団》は後、4人。

 

 

 

 

 窓から差し込む朝日の眩しさでウチは目を覚ました。

 時計を見ると御崎海香と牧カオルを殺してから一昼夜が経過した事が分かった。

 昨日は殺した2人の記憶と魔力を馴染ませるのに時間を使ってしまった。

 いくらウチでも2人分の記憶を一度に吸収するのは時間が掛かると言う事が認識出来た。

 ホテルのベッドの上から起き上がるとウチは再びホテルの屋上に出た。

 屋上への通路は存在しなかったが《魔法少女》であるウチには関係無かった。

 ウチが操る《魔女》の結界を限定的に出現させて屋上までの通路を形成させれば良いだけの話だからや。

 屋上へと出たウチは《魔法少女》としての姿を取ると再びあすなろ市を見渡して見た。

 格好の雨模様であった。空から降り注ぐ雨粒の一粒一粒が光を反射してウチの視界を広げてくれる。

 どうやら残る《プレイアデス星団》の4人、宇佐木里美、神那ニコ、浅海サキ、若葉みらいは御崎海香と牧カオルと連絡が取れない事に気が付き2組に別れて探し回っている様だった。

 それならばやるべき事は決まった。

 また2人ずつに死んで貰うまでや・・・。

「宇佐木里美、神那ニコ。次はお前たちの番や!」

 叫ぶと同時にウチは魔力を足に集中し跳躍する。

 昼間だったが誰かに見られても構わなかった。別にウチは《魔法少女》である事を隠すつもりは特に無かったのやから。しかし戦う前に見つかっては本末転倒やと思い直すとエレガンテ・ファンタズマを発動させるとウチの姿を周りの景色に同化させて姿を隠した。

 これで普通の人々にはウチの姿が見える事は無くなった。

 まあ魔力で相手の気配を探知する事が出来る《魔法少女》には余り意味が無い行動やも知れへんやったが・・・。

 跳躍を続けるウチの視界は確実に宇佐木里美と神那ニコとの距離を縮めている事を示していた。

 結界に取り込める範囲へと届いたと同時にウチは《操る魔女》に対してウチと宇佐木里美、神那ニコを巻き込み強固な結界を発生させた。

「何!?」

「里美。気を付けて。どうやら結界に取り込まれたみたいだね」

 驚く宇佐木里美に対して神那ニコは冷静に動じる事無く《魔法少女》としての姿に変身した。それに促された宇佐木里美も《魔法少女》へと変身する。

 それを見てウチは凸凹した結界の影から姿を現した。

「ようこそ。ウチの結界に」

「《魔法少女》!?」

「・・・」

 ウチの事を見て宇佐木里美は驚きを見せていたが神那ニコは相変わらずポーカーフェイスだった。

「早速やけどあんたらに死んで貰うで。ウチはもうあんたらの仲間を2人、殺したんやからな」

 思いっきりの笑みを作ってウチは2人に語りかけた。この言葉に流石に2人はビクッとした表情を見せた。

「まさかあなた・・・。海香ちゃんとカオルちゃんを・・・」

「許せないね」

 思わず手で口を覆い悲しみを隠さない宇佐木里美に対して神那ニコはポーカーフェイスだがはっきりと分かる怒りの視線を見せていた。

「ウチは許して貰おうなんて思って無いで。だから試させて貰うで!」

 そう言いながらウチは右手の中指を掲げた。そこには《魔法少女》として変身しているのならばあり得ない物が嵌められていた。

 ソウルジェムが変化した指輪が嵌められているのだ。

 ウチの行動を理解出来ずに驚く2人の前でウチは黄色いソウルジェムを出現させた。

「変身!」

 黄色い閃光と共にウチの姿は変化して行く。巴マミの姿へと。

「まさか!?」

「あれって!?」

 ウチの変化に宇佐木里美と神那ニコは今度こそ驚きを隠せなかった。黄色い閃光の収まった場所には《魔法少女、巴マミ》の姿をしたウチがいたのだから。

 これこそがウチが新たに試してみたい事だった。

 ウチは手に入れた巴マミのソウルジェムをどうするべきかずっと悩んでいた。

 因果律と魔法を奪う為にさっさと砕いてしまうべきかとも考えた。

 しかし御崎海香の魔法を手に入れ新たな利用価値を見出した。

 御崎海香の魔法、イクス・フィーレは解析能力を持った魔法だった。ウチはイクス・フィーレを使い巴マミのソウルジェムを解析するとエレガンテ・ファンタズマの幻惑効果「よって巴マミのソウルジェムを完全にコントロール下に置く事に成功した。

 勿論、巴マミのソウルジェムをコントロール下に置いたと言っても姿までは変わる訳では無い。今のウチが巴マミの姿に変化したのはエレガンテ・ファンタズマの幻惑効果に過ぎない。けれども巴マミの魔法は全て使う事が可能となっていた。巴マミのソウルジェムから魔力を使う事でウチは二重に魔力を持った存在となっていた。

 最もウチが本来持つ魔力は既に巴マミの魔力を大幅に越えていたので余り意味を持たなかったが。

「巴マミの力を試させて貰うで。トッカ・スピラーレ!」

 ウチの叫びと同時に宇佐木里美、神那ニコに向かって伸ばした右手から幾重にもリボンが伸びて行く。瞬時に神那ニコは宇佐木里美の前に立つと両手の指先を真っ直ぐに伸ばし呟いた。

「プロルン・ガーレ」

 次々と神那ニコの指はミサイルへと変化するとウチのリボンに命中し爆発してリボンを千切れさせて行く。

 けれどもミサイルの爆煙がウチの視界から宇佐木里美と神那ニコの姿を隠してしまった。

 瞬時にウチは左腕から糸の様に極細に絞ったリボンをウチの周囲に張り巡らせた!

 極細のリボンがウチの回りを防御する間にウチは視界が開くのを待っていた。

 銃撃によって視界を開くのは自分の位置を相手に晒す事になるのはウチにも理解出来た為、回りを警戒しながら待ち続けた。

 煙が晴れるとそこにはウチの予想通りに多数の数に分身した宇佐木里美と神那ニコが全方位からウチに武器を向けていた。

「プロドット・セコンダ―リオか・・・」

 分身を作り出す再構成の魔法を見抜いたウチがこの行動を予想出来たのは御崎海香の記憶のお陰だった。

 神那ニコは視界を遮りプロドット・セコンダ―リオの分身を多用する事が多かった。

「手加減はしないよ」

「海香ちゃんとカオルちゃんの仇!」

 そう言いながら全ての2人の分身は手に持った武器に魔力を集中する!

 分身までもが全て同じ動きをする事にウチは宇佐木里美がファンタズマ・ビスビーリオを用いて分身全てをコントロールしている事を見抜いた。つまりは分身全てが同じ威力の攻撃を完璧なタイミングでウチに向けて来る!

「フィリ・デル・トアノ!」

 全方位から魔力を帯びた光線が次々とウチに向かって放たれて来る。

 慌てる事無くウチは自分の回りにリボンを張り巡らせる。ただ張り巡らせるのでは無くウチの回りを守る盾の様に張り巡らせ魔力を流し表面を鏡の様な鏡面状に構成する。

「アイギスの鏡」

 ウチが小さくその技の名前を呟いた時、宇佐木里美と神那ニコの放ったフィリ・デル・トアノはまるで鏡に光が反射する様に来た方向へそのまま反射された。

 驚いた2人だったが即座に回避しようとした。分身の何人かは動きが遅れ反射されたフィリ・デル・トアノに貫かれて行く。

 その結果を見るまでも無くウチは飛び上がると即座に解いた胸のリボンで巨大な銃と回転する台座を作り上げその銃身に降り立った。

「ボンバルダメント」

 ウチの小さな呟きと同時に足元にある巨大な銃から光弾が放たれた。

 それもただ放たれるだけではなく台座が回転して全方位の宇佐木里美と神那ニコの分身を次々と灰と化して行った。

 その時、不意に極細に張り巡らせたリボンが揺れたのをウチは感知した。

 リボンの揺れた方向を見る事無くウチはリボンの拘束魔法、レガ―レ・ヴァスタアリアを発動させると宇佐木里美と神那ニコを拘束する事に成功した。

 全身を拘束され口も塞がれている宇佐木里美は恐怖の色が、神那ニコにはただ冷めた瞳でウチを見つめていた。

 このまま拘束魔法で引きちぎろうかと思った時、ウチは重みを感じた。

 それは魔力を消耗しすぎた時の重みだった。

「どうやら限界のようやね・・・」

 巴マミのソウルジェムに蓄えられていた魔力は残り少なくなっていた。

 ウチは右手から2人を拘束するリボンだけを残して巴マミの姿を解きウチの《魔法少女》として姿に戻った。

 ウチの《魔法少女》としての姿は御崎海香と牧カオルの色が加わってますますカラフルになっていた。

 口をも拘束されていた宇佐木里美と神那ニコの視線から驚きを察する事が出来た。

「せめてトドメは仲間の魔法にしてやるわ」

 ウチは左手が魔力を帯びる。

「トッコ・デル・マーレ」

 そう呟くとウチは宇佐木里美と続け様に神那ニコの体からソウルジェムを抜き取った。

 左手で握り締めた2人のソウルジェムをウチが握り潰すと同時に2人は死んだ。

 宇佐木里美も神那ニコもその魔法と因果をウチに奪われ死んで行った。

「アハハハハハハハハハ」

 ウチは何故か可笑しさを感じ取って高笑いを発していた。笑いながらウチが指をパチンと鳴らすとウチが《操る魔女達》が現れた。

「食事やで。綺麗に残さず食べな」

 ウチの言葉を聞いた《操る魔女達》は拘束魔法を解いた宇佐木里美と神那ニコの遺体に群がって2人の遺体を瞬く間に食べ尽くした。

 残るプレイアデス星団は後、2人。

 

 

 

 

 あれから数時間後・・・。

 大雨の降る中、ウチはアンジェリカ・ベア―ズと言うテディベア博物館を見つめていた。

 ここには残る《プレイアデス星団》のメンバー、浅海サキと若葉みらいがいる。

 2人がいる事はウチの目を通して確認をしていた。

 同時にウチはあすなろ市を包み込む《インキュベーターを認識出来ない》と言う魔法陣が崩れかかっている事を確認する事が出来た。

 恐らく、残りの《プレイアデス星団》の2人を倒せば魔法陣は崩れ去るだろう。

 傘も差さずにいるウチを不信な目で見つめる人々も多かったがウチはそれ程、気にならなかった。

「始めるとしやすか」

 そう呟いてウチは先がCの字状に曲がっている魔法の杖を出現させた。

 優木沙々の杖である。杖を通して魔力を発動させウチが《操る魔女達》に命令を下した。

 結界を発動させる事。それもただ結界を発動させるのでは無くアンジェリカ・ベア―ズごと取り込む程の巨大な結界を《操る魔女達》に作らせていた。

 通常、《魔女》の結界は《魔女》にとっての捕食対象である人間だけを取り込んでいた。

 しかし実際には生物だけでなく無機物をも結界に取り込む事も理論上は可能だった。

 けれど検証する為には《魔女》を操ると言った特殊な魔法が必要だったが、そんな魔法を持った《魔法少女》はそう多くは存在していなかった。

 だとしてもこんなくだらない事に魔法を使う《魔法少女》もウチ位とも思えた。

 アンジェリカ・ベア―ズごと結界に取り込まれた事に2人は気が付いただろう。

《魔女》や《使い魔》の進入を防ぐ為の魔法陣がアンジェリカ・ベア―ズには施されていたがその魔法陣ごとウチはアンジェリカ・ベアーズを結界に閉じ込めていた。

 ウチは結界の最深部に《操る魔女達》と共に現していた。

《操る魔女達》によって作られた結界は優木沙々の持つ魔女を操る力と御崎海香の分析魔法、イクス・フィーレと神那ニコの持つ再形成の魔法、プロドット・セコンダ―リオ、宇佐木里美の感覚共有の憑依魔法、ファンタズマ・ビスビーリオの4つの魔法を組み合わせる事でウチが《操る魔女達》の結界を完全にコントロール下に置く事に成功していた。

 ファンタズマ・ビスビーリオとプロドット・セコンダ―リオの2つを合わせた事で結界の構造をもウチの意思で自在に変える事が可能となっていた。

 更には今、結界の壁は全てウチの目となり耳となりアンジェリカ・ベア―ズから2人の《魔法少女》が出て来たのが見えた。

「まさかボクのアンジェリカ・ベア―ズごと結界に取り込まれるなんて・・・」

「みらい。気を付けろ。この結界、何か異様だ・・・」

 驚く若葉みらいの脇で浅海サキは冷静さを崩す事無く警戒心を最大まで高めていた。

「分かっているよ。サキ。ボクも同じ異様さを感じるんだ・・・」

「ああ。この結界はみんなとも連絡を付かない事にも関係があるのかも知れない・・・みらい。側から離れるな」

「うん」

 ウチの瞳には完全な臨戦態勢を整えた《2人の魔法少女》が結界の中を進んで行くのが見えた。

 どうせ戦うのなら楽しまなきゃつまらないやね。

 ウチが楽しめる様に2人を殺してしまおう・・・。

 さあ。楽しい遊びの始まりや・・・。

 まずは2人を分断する事が先決や。

 ウチが右手を上から縦に振ると突如として結界の天井が崩落して浅海サキと若葉みらいに多数の破片が降り注いだ。

 浅海サキは瞬時に反応すると若葉みらいを抱き抱えると跳躍して破片を避けた。

 ならばと、ウチが左手に持つCの字型の杖を振ると次々と《使い魔》が浅海サキと若葉みらいの周囲に次々と現れ襲い掛かって来た。

「みらい!」

「サキ!」

 浅海サキは鞭を構え若葉みらいは魔法のステッキを大剣へと変形させた。

「ピエトラディ・トゥオーノ!」

「ラ・べスティァァァァ!」

 浅海サキの鞭は電撃を放ち次々と《使い魔》達を焼け焦げさせて行く。

 大剣を振る若葉みらいの回りからは次々と現れた縫合跡の目立つテディベア達が《使い魔》に噛み付きその爪で引き裂いて行く。

 次々と現れる《使い魔》との先頭の中で僅かだが浅海サキと若葉みらいの距離が離れた。

 それを見逃す訳が無くウチは右手を上の方向へと盾に振った。

 同時に結界の地面が突如として隆起すると壁となって浅海サキと若葉みらいを分断してしまった。

「しまった!みらい!?」

「サキ!」

 既に互いの声もソウルジェムを使った魔力によるテレパシーも届かない。

 周囲の使い魔を一掃した浅海サキと若葉みらいはそれぞれ目の前に出現した結界の扉を開いて結界の奥へと進んで行く。

 しかしその通路は交差する事の無い通路であり浅海サキと若葉みらいが合流する事は出来ない様にしていた。

 まずは若葉みらいから楽しむ事にしよう。

 ウチは結界の維持を《操る魔女達》に戻すとウチの魔法、エレガンテ・ファンタズマを発動させると佐倉杏子の姿に変化した。

 両の手から呉キリカの魔法である鎌の様な爪を出現させウチは若葉みらいの元への扉を出現させ躊躇無く扉を開いた。

 扉の開いた先には大剣を構えた若葉みらいがこちらを睨み付けていた。

「おまえは!?佐倉杏子!サキを何処へやった!」

「さあな。それよりもお前らに死んでもらうぜ!」

「殺せるものなら殺してみろ!」

 間髪入れずに若葉みらいはウチに向かって跳躍すると大剣を振り下ろして来た。

 ウチは魔力で出現させた鎌の様な右爪を若葉みらいへと向け小さく叫んだ。

「ステッピング・ファング!」

 同時に右爪は蛇口から飛び出る水の様に勢いに乗って若葉みらいへと飛びその体を傷付けた。

「がは!?」

 ウチの攻撃でバランスを崩した若葉みらいはそのまま落下して地面に叩き付けられたが直ぐに大声を上げた。

「ラ・べスティァァァァ!」

 若葉みらいの魔法に呼応して多数のテディベアが表れウチに襲い掛かって来る。

 ならば・・・!

「カピターノ・ポテンザ!」

 小さく叫ぶと同時にウチの体は硬質化して襲って来るテディベアの攻撃を弾くと同時に反撃の一撃を放った!

 左手に魔力を集中し両の手に出現させて鎌の様な爪を全て左腕に集め繋げて行く。

 鎌の様な爪は爪同士が繋がって鎖の様になり爪の数を伸ばしてその長さを伸ばして行く。

「ヴァンパイアファング!」

 小さく叫びウチは長く伸びた鎌の様な爪を若葉みらいへと振り下ろした。大剣を自分の前に翳し更には魔法で呼び出したテディベアをも集めて若葉みらいはウチの魔法から身を守ろうとした。

 大剣もテディベアも貫いてウチの爪は呆気無く若葉みらいの体を引き裂いた。

 声にならない悲鳴が響き渡るがそれを無視してウチは倒れ、意識が朦朧として抵抗する魔力を生成出来ない若葉みらいの体に上に跳躍し降り立った。

「せめてもの情けだ。仲間の魔法で死ね」

 ウチは魔力を左手に集中するとトッコ・デル・マーレを発動させた。若葉みらいの体からソウルジェムを引き抜く為。左手が若葉みらいの体に触れようとした時、ウチの脳裏に悪趣味な閃きが過ぎった。その閃きにウチは半ば苦笑するとエレガンテ・ファンタズマを発動させウチの姿を浅海サキへと変えた。

《プレイアデス星団》の御崎海香、牧カオル、宇佐木里美、神那ニコの記憶から若葉みらいは浅海サキに好意を抱いているのは分かっていた。

 だからこそウチはせめてものウチなりの情けとして止めは浅海サキの姿で行おうとした。

「みらい。私の為に死んでくれるか?」

 既に意思も朦朧なのか若葉みらいは浅海サキの声色を真似たウチの声に合わせて頷いた。

「良いよ・・・。サキの為なら・・・。ボクは死ねる・・・」

 随分簡単に了承した事にウチは内心、拍子抜けしたが左手にトッコ・デル・マーレを発動して若葉みらいから簡単にソウルジェムを抜き取った。

 左手に握られたソウルジェムの輝きに反射して若葉みらいの遺体が移った。

 その表情には僅かな安らぎが感じれた。

 ウチが化けたとは言え若葉みらいは随分と簡単に浅海サキに従っている様にも思えた。

 盲目的とも言える様に・・・。

「不気味やね。まるで・・・。そう。筒地綾女に似ている・・・」

 世界から目を背けてただ朱奈やキュウべえと共に在ろうとした筒地綾女。

 浅海サキを盲目的に慕う若葉みらいは似た者同士だとウチには感じ取れていた。

 ウチの感傷を乱すかの様に突如として結界の内部に大きな魔力の波が響いた。

 大きな魔力を使用すればそれは空間その物に波となって作用して回り全てに影響を与えるのだった。

 つまりこの結界で今、大きな魔力が使われたと言う事だった。

 再び優木沙々の魔女を操る魔力を用いて結界内の状況を見てみるとどうやら浅海サキは結界内の通路を進む事を拒むと結界の壁を魔法で破壊して進んでいた。

「後1人か・・・。せいぜい楽しませて貰おうか」

 そう呟いたウチの口は笑みを浮かべていたに違いない。ウチは左手で握り締めていた若葉みらいのソウルジェムに魔力を集中した。

「イクス・フィーレ」

 御崎海香の持つ分析魔法によってウチは他人のソウルジェムを解析して完全な支配下に置く事が可能だった。

 これで若葉みらいのソウルジェムも巴マミのソウルジェムと同じくウチの魔法の支配下に治めた。早速、試してみる事にする。

「変身」

 小さく呟くウチの声に合わせてウチの姿は若葉みらいへと変化した。

 全身から放出する魔力は若葉みらいのソウルジェムから供給されウチの外見はエレガンテ・ファンタズマを使い若葉みらいその者となっている。

 同時にウチは《操る魔女達》に命じて、若葉みらいの遺体を結界の構造変化によって《操る魔女達》の元へ送らせると数匹の《使い魔》をウチの元へと送らせた。

 ウチの目の前に数匹の《使い魔》が現れたのを見るとウチは意図的に《使い魔》を魔力の支配下から抜いた。

 突如としてウチの魔力による支配下から抜け出た数匹の《使い魔》は困惑していた。

 若葉みらいの姿をしたウチは大剣を手に《使い魔》を一匹、叩き切った!

《使い魔》の悲鳴が辺りに響き残る《使い魔》は驚き自らの目の前にいる敵であるウチに向かい闇雲に攻撃をして来た。ウチは躊躇う事無く次々と《使い魔》を切り刻んで行く。

 その最中、結界の壁の一部が突如として破壊されてそこから1人の少女が飛び出して来た。浅海サキである。

「みらい!大丈夫か!」

 ウチの予想通りに現れた浅海サキは状況を一瞥すると直ぐに鞭を構えた。

「みらい!こっちに来るんだ!ピエトラディ・トゥオーノ!」

 浅海サキの両手から電撃が放たれ次々と《使い魔》達を倒して行く。

 その光景を目撃しながらウチは浅海サキの脇に近付いた。《使い魔》が倒された事を見計らってウチは左手に魔力を集中させ浅海サキの身体に指先を伸ばし硬質化した左手を躊躇い無く突き刺した。

「うっ!?みらい!?一体、何を!?」

 突然のウチ=若葉みらいの行動に浅海サキは衝撃を受けている様だった。

 けれどもお構い無しにウチは浅海サキの身体に魔力を流し込んだ。すると浅海サキの身体は硬質化して身動きすら取れず彫像の様になってしまった。顔だけはそのまま残されて。

「みらい!?どうしたんだ?みらい?」

 困惑する浅海サキの様子はますますウチの心に喜びを感じさせていた。左手を引き抜きながらウチはその様子に答える為にとびきりの笑顔を作り浅海サキの目を見て言葉を発した。

 

 

「ボクね・・・。欲しい物があるんだ。それはボクの目の前にあるけれど簡単には手に入らないんだ。だってそれは心だから。心だけはどんなにやっても思い通りにはならないから。思い通りにしてしまったら、それは相手の心を否定してしまうからボクが欲しい心じゃ無くなる。けれどボク達は魔法少女だから心はソウルジェムに変化しているよね?もう解っているよね?ボクはサキの心が欲しいんだ。ボクはサキの事が大好きだから。だからサキの心を全てボクに頂戴!」

 

 

 他の《プレイアデス星団》の記憶から推測した若葉みらい像から想像した台詞を言ってウチはトッコ・デル・マーレを発動させた左手を浅海サキの身体に突っ込んだ。

「みらい!?やめるんだ!みらい!?」

 浅海サキの懇願とも取れる声を聞いたけれどウチは無視した。無視して浅海サキの身体からソウルジェムを引き抜いた。

 トッコ・デル・マーレの魔法によって引き抜かれたソウルジェムは肉体との繋がりを魔力によって封じ込まれ浅海サキの身体は死体となった。

 元の姿に戻ったウチは《操る魔女達》の元へ浅海サキの死体を送った。

 今ごろ、《操る魔女達》は浅海サキと若葉みらいの遺体に群がって貪り食っているだろう。

 ウチは右手に若葉みらいのソウルジェム。左手に浅海サキのソウルジェムを握り締めるとそのまま握り潰した。

 魔力と因果、それに新たな記憶がウチの中に入って来るのを感じ取る事が出来た。

 頭の中にあすなろ市を包み込む《インキュベーターを認識出来ない》と言う魔法陣が崩れた筈だと考えが過ぎったがそれはどうでも良かった。

「これで《プレイアデス星団》は全滅した。ウチ達成したんや!あははははははははははははははは」

 結界の中でウチは高笑いを上げ久々に感じる達成感を感じ取っていた。

 ウチはより強くなっている。その思いは確信があった。

 



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馬鹿な事をしたものやね

「なーるほど。これがレイトウコと言う事やね」

 結界に取り込まれた、若葉みらいのテディベア博物館、アンジェリカ・ベア―ズにおいてウチは調査を行っていた。

 アンジェリカ・ベア―ズは若葉みらいのテディベア博物館と言う一面以外にももう1つの一面があった。

《プレイアデス星団》の本拠地兼、研究所と言う一面が。

 実際、地下には神那ニコが使う研究室が作られ神那ニコや御崎海香、浅海サキはそこで魔法の研究と改良を行っていた。

(ウチの記憶によれば研究室の設置は若葉みらいも認めていた)

 そしてこの地下にはウチが最も調査を望んでいる設備、レイトウコがあった。

 レイトウコ。それは文字通り冷凍庫の意味を持っている。それもただの冷凍庫ではない。

 ここには20人以上もの《魔法少女》がソウルジェムを取り上げられ特殊な魔法陣によって肉体とソウルジェムを休止状態にして封印されていた。

《プレイアデス星団》を全員、倒してしまった事でアンジェリカ・ベア―ズに施された全ての魔法陣は崩壊しかけていたがウチがイクス・フィーレで魔法陣を解析して魔力を注ぎ込んだ事でアンジェリカ・ベアーズ内部にある全ての魔法陣は再び機能を取り戻していた。

 レイトウコの真ん中にある噴水にはソウルジェムが安置されているがその殆どが濁って《魔女》が羽化する寸前だった。

 これらを全て取り込む事が出来れば大幅に因果律を上昇させる事が可能だとウチは確信していた。ただここにあるソウルジェムは殆どが濁り切っておりこのまま取り込んだのではウチのソウルジェムが穢れを取り込む恐れもあった。

 実際、魔法少女のソウルジェムを砕き因果と記憶、魔法を取り込む過程で僅かながらもウチのソウルジェムには穢れが発生していた。

 ウチの目的は《最強の魔女》となる事。鹿目まどかの因果を取り込むまでは《魔女》になる訳には行かなかった。

「そしてもう1つ、あるんやね」

 そう言ってウチはレイトウコを出た。

 レイトウコにある噴水と繋がっている水路の真横にある通路に沿って歩くとある部分で足を止めた。そこは真上から壁に沿って水が流れており目の前の壁には水が流れていた。

「普通の《魔法少女》はちょっと見ただけじゃあ分からないやね。けれどウチには分かる」

 呟きながらウチが右手を翳すと魔法陣と隠し扉が出現した。隠し扉の施錠は魔力によって簡単に行う事が出来た。

 扉を開くとそこには十二個の棺があった。

 中に何が入っているのかを承知していたウチは躊躇無く棺の蓋を開いた。

 そこにはウチの頭に入っている、浅海サキと宇佐木里美、神那ニコの持つ記憶と寸分違わぬ姿で和紗ミチルのクローンが入っていた。

 もう1つの棺を開くとやはり和紗ミチルのクローンがもう一人、棺に入っていた。

 その背後にある小さなテーブルには合成ソウルジェムを納めた魔法陣が敷かれていた。

「12体のクローン。いや。《合成魔法少女》か。馬鹿な事をしたものやね・・・」

 口では避難する言葉を発したウチだったが特にそこまで《プレイアデス星団》を非難する気持ちは殆ど無かった。ウチはそれよりも酷い事をしている。

 それよりもウチの心に浮かんだのは《合成魔法少女》を作り出したその先にはウチを言葉と威圧だけで敗北させた昴かずみの存在だ。

 最もこの時間軸ではもう昴かずみが誕生する余地が無く再戦する事は無い。

(代わりに《合成魔法少女》の和紗ミチルを殺して能力を奪って憂さを晴らすか。まずはイクス・フィーレで合成ソウルジェムの調査を・・・)

 思考を更に続けようとした時、結界が揺れたのをウチは感じ取った。

「この揺れは・・・。侵入者ね。それも《魔法少女》や・・・」

 ウチの《操る魔女達》が施した結界に《魔法少女》が侵入すればそれはウチも感じ取る事が出来た。アンジェリカ・ベア―ズの調査を打ち切り建物の外へ出た。

 その間にウチは《操る魔女達》に指示を出して《操る魔女達》を結界の奥へ引っ込めると結界の中にある侵入して来た《魔法少女》のいる通路をウチの方へと向けた。

 これで侵入して来た《魔法少女》はウチの元へ現れる。既に臨戦態勢を整えたウチの目の前で結界の扉が開くとそこから現れたのはウチと同じく既に臨戦態勢を取った2人の《魔法少女》だった。

 2人の《魔法少女》の憎悪に満ちた顔を見てウチは驚いていた。

「何者なんや!?」

 そう叫びながらウチは驚いてしまった理由を考察していた。何故なら2人の《魔法少女》の顔はウチが倒した神那ニコと《プレイアデス星団》の記憶によれば《魔女化》して《プレイアデス星団》に倒された飛鳥ユウリに酷似していた。

 ウチは気が付いていた。酷似なんて生易しいモノでは無い。まるで同じ顔をしていた。

「死ね!」

 飛鳥ユウリと同じ顔をした少女は躊躇無く手に拳銃の様な武器を魔法で作り出すとウチに向けて続け様に撃って来た。

 銃撃程度は簡単に交わす事は出来た。交わしながらもウチは思考する事を休めなかった。

 暫くしてウチは神那ニコと同じ顔をした少女の正体は感付いていた。

「なるほど。アンタ、聖カンナやな?神那ニコが奇跡で作り出した自分の『if』の」

 ウチの言葉に黒く丸いマークの施された《魔法少女》としての姿をした聖カンナは少し驚いた様子を見せた。

「そこまで私の事を知っているなんてね・・・。そうよ。私は聖カンナ。《プレイアデス星団》への復讐を邪魔したおまえを殺す者よ!」

 叫び聖カンナは右手をウチへと向けて来た。

「レンデレ・オ・ロンペルロ!」

 神那ニコの技を放って来た事にウチは驚き回避が遅れた。

 咄嗟に浅古小巻の盾付きポールアックスを取り出すとポールアックスの盾をウチに向けて展開した。この盾は敵を閉じ込めるのにも使えるが緊急時の防御にも使う事が出来る。

 攻撃を凌いだウチは一旦、距離を取ろうとした。もしかしたら聖カンナはウチと同じタイプの《魔法少女》かも知れない。ウチと同じ様に他人から魔法を奪ったり、御崎海香の様にコピー出来るのであればかなり手強い。

「コルノ・フォルテ!」

 飛鳥ユウリ似の少女の叫びと共に魔力で出来た闘牛が現れウチに突進をして来るのが見えた。ウチは地面に魔法陣を敷くと速度低下の魔法を発動させた。

 聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女の動きが緩慢となったのを見計らいウチはエレガンテ・ファンタズマを発動させた。

 直ぐにウチは閃光と共に15人程に分身した。

「分身!?ロッソ・ファンタズマか!」

「しゃらくさいんだよ!」

 その様子を見て本物のウチは2人が分身に気を取られている間にアンジェリカ・ベア―ズの入り口へと戻った。

 どうやら事情は解らないが(解るつもりは無いが)聖カンナは《プレイアデス星団》に復讐をしたいらしい。けれど《プレイアデス星団》は全てウチが殺してしまった。

 聖カンナから復讐の機会を奪った事はどうでも良かったがお陰でウチはまた新しい魔法の活用法を閃いていた。

 ウチの好みから外れていた為、今まで使わなかった魔法を使う事にする。猫の顔をした魔法の杖を呼び出し、魔法陣を敷くとウチは小さく呟いた。

「ファンタズマ・ビスビーリオ」

 直ぐにウチは魔力の手応えを感じ取っていた。

 そしてウチの分身が聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女に全滅させられると同時に彼女達はアンジェリカ・ベア―ズの地下から天井を破壊してウチの前に飛び上がって来た。

「何だあれは!?」

 飛鳥ユウリ似の少女は驚きの表情を見せた。

 そこには同じ顔と服装をした少女が10人、ウチの回りに集まっていた。ただし額には石が埋め込まれていたり手足が人間の物では無かったり羽が生えていたりしていた。

「《合成魔法少女》の失敗作!私の仲間を何に使うつもり!」

 既に姿を現していたウチに聖カンナは憤りを隠さなかった。

「《プレイアデス星団》に復讐をしたいんやろ?ならウチがチャンスをやるで」

 同時にウチは魔法陣を張った。自分の奪った全ての魔法を組み合わせれば可能な筈だった。保障も何も無い。けれど今、ウチはこの閃きを試したかった。

 余りの魔力の余波に聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女も様子を見ている事しか出来なかった。ウチはエレガンテ・ファンタズマで閃光を放つ。一瞬でも視界が見え難くなれば驚きは倍増する筈。確信があった。

 閃光が収まり視界の戻った聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女は驚愕の表情を浮かべていた。

 何故ならウチの周りに《合成魔法少女》の失敗作がいた位置には御崎海香、牧カオル、宇佐木里美、神那ニコ、浅海サキ、若葉みらいの《プレイアデス星団》と佐倉杏子、呉キリカ、浅古小巻、優木沙々の10人が並んでいた。

 全て《合成魔法少女》の失敗作の姿形を魔法で作り変えたのである。

 ただし精神は再現されておらずファンタズマ・ビスビーリオでウチが行動を制御する必要があった。

「ウチが倒した《プレイアデス星団》と佐倉杏子、呉キリカ。あちらにいるのは浅古小巻と優木沙々にございます。さあ復讐を始めさせてあげるで!」

「何を言っているんだ!そんな人形を殺して私の復讐心が満足される訳が無いだろう!」

 怒りに顔を歪ませた聖カンナは手から円を繋げた鞭の様な物を出してウチに向けようとする。その隣に立つ飛鳥ユウリ似の少女も2丁拳銃をウチに向けた。

「さあ。ウチの記憶にある技を見せて貰おうか。やれ!」

 ウチの号令と共に《プレイアデス星団》と佐倉杏子、呉キリカ、浅古小巻、優木沙々は

感情の伴わない能面のまま聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女に攻撃を行った。

 佐倉杏子はロッソ・ファンタズマを使い分身して突っ込んで行く。その横では呉キリカが速度低下の魔法を使い聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女の速度を低下させ優木沙々と浅古小巻が武器を手に聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女に飛び掛って行く。

 ウチの目には聖カンナも飛鳥ユウリ似の少女も佐倉杏子達4人の攻撃に対処するだけで手一杯の様子に見え瞬時に判断を下し控えている《プレイアデス星団》に指示を出した。

 指示に従い《プレイアデス星団》は6人全員の足元に魔法陣を生成した。

 聖カンナが魔法陣に気が付いたのがウチの目に入った。けれどもう手遅れだった。魔法陣の準備は終え魔法が発動する。

「合体魔法!メテオーラ・フィナーレ!」

 ウチの叫びに合わせて《プレイアデス星団》6人は魔力を帯びて聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女に向かってミサイルの様に突撃する。

《プレイアデス星団》全員が魔力を帯び牧カオルのカピターノ・ポテンザで身体を硬質化し神那ニコの再構築の魔力、レンデレ・オ・ロンペルロと浅海サキのピエトラディ・トゥオーノ、和紗ミチルのリーミティー・エステールニと言う三つの魔力を組み合わせ御崎海香のイクス・フィーレで照準を合わせる。宇佐木里美のファンタズマ・ビスビーリオで全員の感覚を共有し若葉みらいのラ・べスティア=群体操作魔法で完全に同一のタイミングで魔法を発動する。

 もっとも和紗ミチルの魔力だけは御崎海香が再現した物だったが、威力は《プレイアデス星団7人》揃った時と変わらなかった。

 優木沙々が魔杖から光弾を放ち呉キリカが聖カンナを追い込んで行く。追い込まれた聖カンナの足に佐倉杏子が槍を多節棍にして絡め取り、浅古小巻はポールアックスに取り付けられた盾を展開し飛鳥ユウリ似の少女を閉じ込める。

 イメージ通りの展開にウチは笑みを浮かべると聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女に向けて《プレイアデス星団6人》をミサイルの様に次々とタイミングをずらして突っ込ませた。

「SHOOT!コネクト!」

 聖カンナの指先から放たれた魔力が自らに突っ込んで来た牧カオルに繋がり牧カオルの動きを止めたが、そんな事は意味を成さなかった。

 動きを止めた牧カオルごとメテオーラ・フィナーレの魔力を帯びた御崎海香が突っ込んだ。御崎海香は聖カンナが咄嗟に盾にした牧カオルに触れたと同時に大爆発を起こした。

「グハアァァァ」

 体中から血を流して聖カンナが吹き飛ばされて行く。魔法を解除せず魔力を帯びたまま突っ込めば魔力の暴走により爆発する。ウチの計算通りに《合成魔法少女》を元に作った《プレイアデス星団》は良いミサイルとなった。

 脇に視線を移すとウチの盾に閉じ込められた飛鳥ユウリ似の少女に向けて魔力を帯びた若葉みらいと浅海サキが飛び込み大爆発を起こした。

「ぐあぁぁあああ」

 飛鳥ユウリ似の少女は全身を焼け爛れさせて動く事も出来なかった。

「さあ。仕上げや!残る全員でトッコ・デル・マーレや!」

 ウチの号令に合わせて佐倉杏子、呉キリカ、浅古小巻、優木沙々、宇佐木里美、神那ニコの6人は手に魔力を集中させると次々と聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女の体に手を突っ込んで体の中を探った。

「やめろー!こんな事で私の復讐は!?」

「殺してやる!殺してやる!」

 聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女の断末魔をウチは聞き流していた。同時に神那ニコが聖カンナから、呉キリカが飛鳥ユウリ似の少女の体からその魂であるソウルジェムを引き抜いた。

 同時に聖カンナも飛鳥ユウリ似の少女の体は動きを止めた。

「後始末は頼んだで」

 神那ニコと呉キリカからソウルジェムを受け取りながらウチは《操る魔女達》を呼び出し聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女の体を食べさせた。

 ふとウチの視界で何かが動いたのが目に入った。動きに苦しげな様子があり好奇心を刺激されたウチが見てみるとそこにはキュウべえに似た生物が苦しげな様子で蠢いていた。

「ぐうぅぅ」

「ジュウべえ!アンタこんな所にいたんやね・・・」

《プレイアデス星団》がキュウべえの死体とグリーフシードを掛け合わせて作り出した不完全なジェム浄化装置・・・。

 ふと思い至ったウチはイクス・フィーレを使いジュウべえの体を解析し魔力を注ぎジュウべえの体を再構成しウチに敵意を抱かない様に意識を抑制した。

「お前・・・。どうしておいらを助けた?」

 ジュウべえの第一声にウチは少し首を傾げた。実際の所、自分でも理由は良く分からなかった。

「そうやね・・・。話し相手が欲しかったと言う所やね・・・。アンタなら裏切る事も無いやろ?ジュウちゃん」

「ジュウちゃん?俺の名前はジュウべえだぜ?」

「そうじゃないで。あだ名や。これからはウチの話し相手になって貰うんやからな」

 肩を竦めて語るウチに対してジュウべえは少し考えていたが直ぐに返事を返して来た。

「そうだな。どうせおいらはアンタ無しじゃ生きられない体なんだしな。良いぜ。アンタに付いてくよ。えーと?」

「ウチは・・・。菖蒲彩月や。行くで。ジュウちゃん」

「あいよ。彩月」

 アンジェリカ・ベア―ズに入るウチとジュウちゃんに続いて佐倉杏子、呉キリカ、浅古小巻、優木沙々、宇佐木里美、神那ニコも付いて来ながらその姿は元の《合成魔法少女》へと戻って行った。

 ウチが命じると6人の《合成魔法少女》は元の、いわば霊安室へと戻って行った。

 レイトウコに入ったウチは再構成の魔力で椅子を構成するとそれに腰かけ封印されたソウルジェムと魔法少女の体を見つめた。

 魔法少女の体は《操る魔女達》の餌にしてしまえば良い。ソウルジェムはゆっくりと1つずつ砕いて自分の力にしてしまえば良い・・・。

「まずはこの2つからやね」

「何をするんだ?」

 ジュウちゃんの質問にウチは笑顔で答える事にした。

「ウチはね相手の《魔法少女》のソウルジェムを砕く事で相手の魔力や因果を吸収出来るんや。まあ百聞は一見にしかずやな。見てみい」

 呟きウチは握り締めていた聖カンナと飛鳥ユウリ似の少女のソウルジェムを同時に握り潰した。

 ウチの体と魂=ソウルジェムに因果と記憶が流れ込んで来る。流れ込む記憶の中には魔法少女の感情も混じっている。ウチの心に他人の激情が流れ込む。

(ついさっき殺されたのだから激情が流れても仕方ない)

「ウガアアアアアアアアアアアア!」

 ウチは流れ込む《魔法少女》の激情に身を委ねながら叫び続けた。

 叫び心に走る痛みに耐えながらウチは自分が強くなって行く事を実感していた。

「ウチが・・・。ウチはより強くなっていくんや!」

 そんなウチの様子をジュウちゃんは興味深げに見つめていた。

 



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これが面白いんだからな

 あれから数日間、ウチはあすなろ市において《操る魔女達》の結界の中に取り込んだアンジェリカ・ベア―ズの研究室で《プレイアデス星団》の回収したソウルジェムを幾つか砕き更に因果を高めていた。

 そうやってソウルジェムを砕いて行く内に分かった事があった。

 飛鳥ユウリに似の少女の正体。それは飛鳥ユウリの親友である杏里あいりだった。

 杏里あいりは飛鳥ユウリが《魔女》となり《プレイアデス星団》に倒された事を知り復讐の為にベータ―ことキュウべえと契約をして《魔法少女》となった。

 その願いは飛鳥ユウリの命を引き継ぐ為に飛鳥ユウリとなる事だった。契約後、《プレイアデス星団》への復讐を画策していたあいりだったが同じ目的の聖カンナと偶然、遭遇し行動を共に行う様になった。

 勿論、聖カンナと遭遇したのは偶然では無く聖カンナがベーターから同じ目的の《魔法少女》が存在する事を聞いていた為に2人は行動を共にしていた。

 聖カンナ。神那ニコのIFであり《魔法少女》の奇跡によって生まれた合成人間。正確に言えば奇跡で生まれたとは言え彼女は完全な人間だった。

 違いは人間の体を通して生まれたかどうか差だけだった。

 聖カンナは当初、その事を知らなかったが飛鳥ユウリが《魔女化》する場面に遭遇し自分のオリジナルである神那ニコを目撃しベータ―に自分が合成人間だと告げられてしまう。

 神那ニコへの怒りから聖カンナはベータ―と契約して《魔法少女》となり《プレイアデス星団》に対して復讐を行おうとしていた。

 もっとも復讐を行う前にウチが殺してしまったが・・・。

 そう言えば聖カンナが奇跡によって生み出された事を考えてみると朱奈に近い存在とも感じ取れた。と言う事は朱奈もある意味では合成人間とも言えるのかも知れなかった。

 余談となるがウチが元々いた時間軸では聖カンナは《プレイアデス星団》への復讐を後、一歩の所まで行いながらも昴かずみに敗北した事をウチはベータ―から聞き出していた。

「彩月。お探しの奴がいたみたいだぜ」

 魔法で作り出したソファーに寝そべっていたウチにジュウちゃんが声をかけて来た。

「そう。じゃあウチの、いや。アタシの出番だね!」

 起き上がりながらウチの姿は佐倉杏子の姿に変わって行った。

「別に姿を変える必要なんか無いんじゃねえのか?」

 ジュウちゃんにはどうもウチが戦いの度に一々、佐倉杏子の姿を使うのが理解出来なかったらしい。

「良いんだよ。これが面白いんだからな。最近、ようやくアタシもこう言う事の面白さが分かってきたんだからな」

「どういう事だ?彩月」

 ウチの言葉にジュウちゃんは首を傾げていた。

「そうだな。そう言えばジュウちゃんにはまだ話してなかったな。アタシが、いいや。ウチの両親は舞台俳優なんや。主に変わった役を行う変人や。家でも台詞の朗読なんかをしてウチはその声を聞きながら育ったからこんな変な言葉使いになった。まあ標準語にも出来るけどな。ウチには芝居の才能が無かったようやけど姉さんにはあったから今でも両親と姉さんは舞台俳優を楽しそうに行っている筈や。けどな。最近、ウチも佐倉杏子の振りをして戦うのが好きなんや。相手は騙されているのにも気が付かずウチだけが騙したつもりになれる。虚構をさも現実である様に振舞うと言う事がとても楽しいんや。自分の経験では無い他人の人生をさも自分が経験したかの様に装いそれを見る者に錯覚させ感情を揺さ振る。それこそが演技とウチは思うんやけどね」

 そう言いながらも両親がウチの捜索届を出しているのは確かだった。ウチが元の姿で街を歩いていると警察に声をかけられる事が多かったので佐倉杏子の姿を借りて街に出る事が多くなっていた。両親に関してはいずれ御崎海香の記憶操作を使い対処する事にしよう。

「まあおいらには良く分からねえな。まあ楽しめるんなら良いんじゃ無いか?」

 呆れた様にジュウちゃんはそう答えた。

「それでええのよ。さあ、ウチの実験の始まりね」

 そう告げると同時にウチの意思を感じ取った《操る魔女達》は直ぐに行動を引き起こした。ウチが探していたある《魔法少女》を結界に取り込む為である。エレガンテ・ファンタズマを応用してウチは目の前に結界内部の映像を映し出した。探していた《魔法少女》は結界内部に取り込めた様である。

「すぐに戦ってやる。双樹姉妹」

 双樹姉妹。彼女達は姉妹と言われているが普通の姉妹では無かった。何故なら彼女達は1つの体に2つの心を持った《魔法少女》だったからだ。そんな2人はある物に執着を持っていた。それは他の《魔法少女》の持つソウルジェムだった。ソウルジェムをコレクションする双樹姉妹は獲物を求めて放浪する内に聖カンナと出会い手を組んだ。

 ただし聖カンナが具体的な行動に出る前にウチが殺してしまった為に協力関係の約束だけが残っていた。映像ではウチの結界の内部で双樹姉妹はウチが放った《使い魔》と戦っていた。

 ウチは結界を操作すると双樹姉妹のいる場所へと通路を作り上げそのまま進み結界の影から双樹姉妹を観察した。

「カーゾ・フレッド!」

 今は双樹ルカの姿で使い魔を相手に戦っていた。赤い着物の様なドレスに刀を持った武家の様な少女が次々と《使い魔》を倒して行く。

 最後の《使い魔》を倒した時、躊躇う事無く双樹ルカは持っていた刀をウチのいる方向へ向け呟いた。

「そこにいるのは誰でしょう?出て来なさい。いるのは分かっています」

 どうやらウチは気配を消すと言うのが苦手らしい。巴マミの時と言い簡単に見つかる様では都合が悪い。もう少し隠れ方を勉強する必要がある様に感じながら双樹ルカの前に姿を現した。無論、佐倉杏子の姿のままで。

「あなたは・・・。確か佐倉杏子ですね。あなたが私をここに誘い込んだのですか?」

 どうやら双樹ルカは佐倉杏子の事を見知っていたらしい。

「だとしたらどうなんだよ!」

 佐倉杏子の口調を出来るだけ、真似てウチは答えてみる。相手がウチの正体に気付いていないと言う所が少し笑えた。

「まったく・・・。少し勉強不足ではありませんか?私達に1人で勝てると思っているのですか?」

 そう叫び双樹ルカは手に持った刀で切り付けて来たのでウチは右手に槍を出現させると槍の柄で受け止め、同時に柄を開いて鎖で繋がる多節棍で双樹ルカの刀を絡め取り動きを封じた。

「これで動きを止めたつもりですか?」

 双樹ルカの質問にウチは答えずに地面に右足を突き出すとそのまま蹴り上げ多節棍となった槍の端を右手で握ったまま上空に身を乗り出すと左手に魔力を溜めて叫んだ。

「ロッソ・ファンタズマ」

 呟くと同時にウチの分身が双樹ルカの左右前後に4体ずつ現れて双樹ルカは少し驚いた顔をしていたが両の瞼を閉じて開きながら呟いた。

「カーゾ・フレッド セコンダ・スタンジオーネ!」

 双樹ルカがそう叫ぶとの握っていた刀の刀身から氷の結晶が出現すると四方へと放たれウチの分身を簡単に倒しウチの方に刀を向け言った。

「こんな分身で私を倒せると思ったのかしら?」

 けれど双樹ルカは見当違いの方角を向いていた。ウチは既に真正面に降り立っている。

「遅いのはアンタや」

 上空にいるウチが分身を双樹ルカの左右前後に4体、出現させたのは囮の為だった。速度低下の魔法を確実に発動させる時間を稼ぐ為に分身を出現させたのだ。

「!?」

 驚く双樹ルカは咄嗟に防御しようとしたがウチの動きは速く一挙に魔力を帯びた右手を双樹ルカの体に突き入れていれソウルジェムを抜き取り後ろに下がった。

 普通の《魔法少女》ならばソウルジェムをトッコ・デル・マーレで抜かれた時点で動きが止まってしまう。けれどこの双樹姉妹は違っていた。彼女達は1つの体に2つの心を持っている。だから直ぐにもう1つの人格が体を動かし出す。

「よくもルカのジェムを!あなたスキくない!」

 そう叫び双樹あやせは純白のドレスの様な《魔法少女》としての姿に変身しながら魔力で生成した洋風の剣に炎を纏わせウチに向けて来た。

「アヴィーソ・デルスティオーネ!」

 多数の炎がウチに向かって来るがウチにはスローモーションの様に感じられた。実際、双樹あやせ自身も放つ魔法の速度も速度低下の効果によって落とされていた。

 動きの遅い双樹あやせを見ながらウチはそろそろ実験を始める時だと感じ取っていた。

 既に必要な物は手に入れている。右手に握り締めた双樹ルカのソウルジェムに魔力を注ぎ解析し操作する。そうしながらウチに向かって来る多数の炎をウチの魔力で起こした圧力で弾いた。

「何!?」

「変身」

 驚き攻撃に転じる事が出来なかった双樹あやせの目の前に右手で握った双樹ルカのソウルジェムを掲げてウチは光へと包まれて行く。

 光が収まった後に双樹あやせの目に写らせたのは双樹ルカの姿をしたウチの姿だった。

 純白のドレスに刀を持った双樹ルカそのままの姿でウチは双樹あやせを視界に捉えた。

「あなたの片割れの魔法を使わせて貰うわよ」

「まさか・・・。ルカのジェムを使って!?返せ!それは私達のモノだ!」

 激情に身を委ね双樹あやせはウチに剣を振り下ろした。ウチもそれに対して双樹ルカの刀で受け止め鍔迫り合いになる。鍔迫り合いする剣と刀から溢れる炎と氷の魔力が反発し合い回りに白い蒸気が広がって行く。

「返せ!ルカのジェムを返せ!」

 その言葉を聞いてウチは少し呆れた思いを抱いた。

「何を言ってるんだ!手前らだってソウルジェムを奪っていただろう!奪われないとでも思っていたのですか?」

 挑発の為に最後に言った言葉だけは双樹ルカを真似て言って見た。効果は直ぐに現れ、双樹あやせの表情は悪鬼の如き表情へと変化して行く。

「あなた!殺してやる!ジェムなんか取らない。あなただけは殺してやる!」

「そう。でも殺されるのは私じゃない。あなたよ」

「アヴィーソ・デルスティオーネ!」

「カーゾ・フレッド」

 双樹あやせが詠唱系の炎の魔法を使ったのに合わせてウチも詠唱系の氷の魔法を放った。

 2つの相反する魔力がぶつかり巨大な衝撃派を作り出す。

 巴マミや《プレイアデス星団》、双樹姉妹の使う詠唱式の魔法は口に唱えてしまえば精神に攻撃を受けても余程、魔力が減っていなければ自動で発動する事が強みだった。逆に一度、発動した物を止める事が出来ないと言う欠点もあったが。

 また想像系や願いによって作り出された固定魔法は意思次第で威力が上限すると言う利点と欠点を持ち合わせ発動は自由自在だった。

衝撃波に吹き飛ばされながらウチは同じ様に吹き飛ばされている双樹あやせから目を離さなかった。魔力によって飛んで来た双樹あやせは再びウチに向かって来ようとしていた。

 僅かであるがウチが双樹あやせに押されていた。やはり魔力の使用頻度と使用経験の違いから来る差だとウチは感じ取っていた。

飛んで来る双樹あやせを見ながらウチは少し考えこの戦いにふさわしい結末を思い付きその為の行動を起こした。

 魔力を持っていた刀に込め目の前に魔法陣を出現させる。

「何!?」

 ウチに向かっていた双樹あやせは驚き空中で静止した。まるでそれに合わせるかの様な丁度良いタイミングで魔法陣から人影が現れ双樹あやせに向かって行った。

「があああああああ!」

 人の形をしていながらも人の理性を持たないただ戦うだけの存在。暴走した合成魔法少女《かずみシリーズ》の一体が双樹あやせに爪の生えた腕を双樹あやせに振り下ろし双樹あやせの腕を傷付けていた。

「ぐっ。何だ!?こいつは!?」

 驚く双樹あやせを見つめたウチはそのまま《操る魔女達》に結界内部の奥の階層への扉をウチの目の前に開かせるとウチは奥の階層へと降り立った。

 エレガンテ・ファンタズマとコネクトを使い双樹あやせの様子を映し出して見ると双樹あやせは《かずみシリーズ》の一体を追い詰めていた。

「時間は余り無さそうやね。まあ、ええわ。やってみる価値はあるんやから」

 言いながらウチは双樹ルカの姿を解き佐倉杏子の姿に戻ると双樹ルカのソウルジェムを左手に握り右手に御崎海香の魔法書を出現させ解析魔法、イクス・フィーレを放ち双樹ルカのソウルジェムを解析して見る。解析するとやはりソウルジェムにはウチの求める情報も存在していた。

 ウチの求める情報をソウルジェムから引き抜き今度は神那ニコのプロドット・セコンダ―リオを発動させ血の通った肉体を作り出す。肉体のコピー。クローン。双樹ルカの肉体をウチは作り出していた。

 ウチが見たそのままの姿と服装でコピーした双樹ルカの肉体が目の前で完成していた。コピーの肉体にコネクトの魔法で強制的に双樹ルカのソウルジェムを繋ぎ合わせ固定して見た。

 見る見る内に始めは生命力に乏しかった瞳に光が宿り埋め込まれたソウルジェムから魔力が放出されて行った。

「ここは・・・?あなたは!」

 始めは呆然としていた双樹ルカだったが目の前にいるウチを見て瞬時に《魔法少女》としての姿に変身すると手にした刀でウチに切りかかって来たのでウチも右手に槍を出現させ刃と刃をぶつけ合わせた。

「くっ。ならば私たちの本気を・・・!?」

 ようやく双樹ルカは体の、いや。魂の異変に気付き後ろに下がった。その肉体には1つの意識しか存在していない。双樹ルカにとってそれはあり得ない事だった。双樹と言う苗字が示す通りに双樹ルカとあやせは1つの体に2つの心を持っていた。けれども今は2つの体に心は分かれてしまっている。普段から2つの心で一心同体である双樹ルカとあやせにとって今の事態は異常事態だった。

「あなた!私たちに何をしたです!あやせのジェムは!」

 双樹ルカの台詞を聞いてウチは少し笑みを浮かべていた。慌てふためく双樹ルカの様子が可笑しかったからだ。

「ふーん。そんなに片割れの様子が気になるのか?ならアタシが見せてやるよ!」

 ウチは幻惑の魔力、エレガンテ・ファンタズマで目の前に掲げた右手の中に幻惑で作られた双樹あやせのソウルジェムを出現させた。双樹ルカの記憶から双樹あやせのソウルジェムの形状は読み取っていた為、幻惑のソウルジェムを出現させる事は容易かった。

 そのままウチの姿は光に包まれ双樹あやせの姿へと変身した。けれども双樹あやせのソウルジェムを使っていない為、双樹あやせの能力を再現する事は出来ずただ外見だけを真似ただけだったが双樹ルカへの効果は絶大だった。

「あなた・・・。あやせのソウルジェムに何を!?」

「簡単な事さ。アタシの魔法は幻惑。応用する事で他人のソウルジェムを操る事も可能なのさ」

 明らかな嘘を告げながらウチの心は苦笑していた。まあ相手が嘘を見抜ける筈が無いと感じてはいたが・・・。

「あなた。死んでもらっても構わないでしょう?」

「死ぬのはアタシじゃなくてあんたかも知れないぜ!」

 お互いの叫びがスタートの合図となってウチと双樹ルカは互いに魔力で出現させた剣と刀をぶつけ合った。

 魔力で作られたとは言え刀と剣。鉱物と鉱物がぶつかり合う度に瞬間的に火花が飛ぶ。

 ウチのソウルジェムを通して強化された視力を持つ両目にはその光景が夜空を彩る花火の様にも感じられた。しかし余り長くこの花火を楽しむ訳には行かない。ウチの定めた結末に双樹姉妹を誘導するには適度に切り上げる事が必要だったからだ。再び剣に魔力を集中すると目の前に空間移動の魔法陣を出現させ《かずみシリーズ》を一体、出現させると双樹ルカに襲い掛からせた。

「こいつは!?」

「ガアアアアアア」

 驚き守りの体制に入った双樹ルカに対して意図的に暴走させられた《かずみシリーズの一体》は容赦無く魔力で生成した杖で叩き付けていた。防戦に転じた双樹ルカを見ながらウチは結界を操作すると別の階層へと移動した。

 その場で双樹あやせの姿を解いて佐倉杏子の姿に戻るとエレガンテ・ファンタズマとコネクトと魔女を操る力を複合して結界内部の様子を映し出す。

 別々の階層で双樹あやせと双樹ルカはウチが送り込んだ《かずみシリーズ》と戦っている様子だった。 

 双樹あやせの方は《かずみシリーズ》を倒して既に別の階層へと移動していた。一方で双樹ルカも丁度良く《かずみシリーズ》を倒していた。

 2人の様子を見たウチは結界を操作して双樹あやせと双樹ルカのいる階層を繋ぎ合わせた。

 結界の階層が突如として動き出した事に双樹姉妹が驚いているのが映像から見る事が出来た。

 双樹あやせも、双樹ルカもウチを探して結界の中を歩き続けていた。距離が近い為にお互いのソウルジェムから発せられる魔力を頼りに互いを探している様子だった。

 そして・・・。双樹あやせと双樹ルカは結界の中で顔を付き合わせた。

 けれど2人の表情が変わる事は無かった。憎しみの表情のままに2人は剣と刀をぶつけ互いの魔法をぶつけ合っていた。

「ルカのジェムを返せ!」

「あやせのジェムを返して貰います!」

 同時に叫び2人は互いに相手をウチが化けた物だと思い込んでぶつかっていた。その様子が余りにも可笑しくてついウチは笑っていた。

「傑作や。お互いを本物と見抜く事も出来ずに戦いあうなんて・・・。本当に笑えるで。あはははははは」

 声に出して笑い愉快な気持ちを抱きながらもウチは目の前で映し出している双樹姉妹の戦いから目を離す事は無かった。双樹姉妹がある程度、魔力を使い切った時が勝負の時。

 ウチが計った目安によればそろそろ双樹姉妹は魔力を使い切る筈やった。予想通りに双樹ルカと双樹あやせはお互いに必殺の魔法、アヴィーソ・デルスティオーネとカーゾ・フレッドを撃ち合って魔力を消耗していた。ウチは今だと感じていた。感覚から来る直感に従ってウチは双樹姉妹の戦う階層までコネクトの魔法を使い結界を繋げていたが、まだ双樹姉妹の様子は映し出しておりウチの目を引く場面が写っていた。

 魔力を消耗し互いに肩ヒザを付く双樹姉妹。けれど双樹あやせは懐から取り出したグリーフシードを自身のソウルジェムに近付け穢れを取り除くとそのままアヴィーソ・デルスティオーネの炎を足に集中すると炎を推進力とする事でそのまま双樹ルカに突っ込んで行った。

「死ね!ルカのジェムを奪った、スキくないあなた!」

 その言葉を聞いた途端、双樹ルカは呆然とした表情を見せ呟いた。

「あやせ!?」

「!?」

 双樹ルカの呆然とした表情を見て双樹あやせもその表情から読み取れる意味を感じ取っていた。

「ルカ!?」

 僅かに双樹あやせの握っていた剣の切っ先が緩む。

「つまらないやね。この方が悲劇やろ!」

 そう呟きウチはコネクトの魔法を放った。双樹あやせの腕に取り付いたコネクトの効果によって双樹あやせの握っている剣の切っ先は真っ直ぐに戻った。同時に双樹あやせの突き立てた剣は双樹ルカの胸に深々と突き刺さっていた。剣を胸に刺され血反吐を吐き崩れ落ちる双樹ルカ。その様子を双樹あやせはただ呆然と見つめていた。

「そんな・・・。私がルカを殺したの!?」

「わ・・・た・・しが・あ・や・せを・・・殺そ・・・・とした・・」

 双樹姉妹は目の前の出来事にただ呆然として回りを探る事も出来ない様だった。

 既に双樹姉妹の背後まで回っていたウチは佐倉杏子の槍を双樹姉妹へと向けた。魔力で形を変化させる事が出来るこの槍は刃の部分を開く事で物を摘む事も可能だった。多節棍となり伸びて行く槍が双樹あやせの体を貫きソウルジェムを奪い取った。ついでウチの槍は双樹ルカの体をも貫いてソウルジェムを奪い取った。奪い取った時点でソウルジェムにはトッコ・デル・マーレの魔法が施されており直ぐに肉体とソウルジェムの繋がりが分断され双樹姉妹は互いに動く事は無かった。

「さあ。お前ら。餌の時間だぞ!」

 ウチが呼び掛けると結界の置くから《操る魔女達》が現れて早速、双樹姉妹の遺体を貪り食い始めた。

 ウチの手の中には双樹姉妹のソウルジェムがある。

 少し濁ったソウルジェムだ。

「思ったよりは楽しめたぜ。双樹姉妹」

 佐倉杏子の口調を真似てウチは踵を返すとアンジェリカ・ベア―ズへと足を進めた。

 もうウチより強い《魔法少女》はいないとウチは感じ始めていた。

 




あすなろ編はこれでお終いです。
次回の更新からは各地を放浪する「放浪編」がスタートします。


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放浪編
アンタしだいやで


 あすなろ市を後にしてから数日間が経った。各地の街を流浪したウチは今、見滝原市に戻っていた。

 今、ウチは菖蒲彩月としての《魔法少女》姿で見滝原市のビルの上にジュウべえことジュウちゃんと2人で夕焼けを見つめていた。

「綺麗ね。ウチは夕焼けって好きよ。抗えない終わりがあると言う事を認識させてくれるんやから」

「ふーん。そうかい。オイラには理解出来ないな。何事にも終わりがあると言う事だけは認めてやるけどな」

「ジュウちゃんらしい答えよね」

 答えを呟きながらウチの目は夕焼けを見ながら他のモノを見つめていた。ソウルジェムを通したウチの目は空気中の水分の乱反射等を利用して様々な角度からモノを見る事が出来た。ウチが見ていた他のモノ。それは鹿目まどかだった。

 ウチはコネクトの魔法でジュウちゃんと繋がる事でジュウちゃんの持つ《インキュベーター》の持つ感知能力を一部、コピーしていた。感知能力の概要は視認した相手が持つ因果律を正確に把握出来る事だった。擬似的な《インキュベーター》の感知能力を手に入れた事でウチのソウルジェムを通した目は視認した相手の因果律を正確に知る事が出来る様になった。

 これからは無差別に少女を襲って因果律を奪う必要が無く因果律の高い少女だけを襲うと言う効率的な行動が可能となった。

 今、ウチの瞳に写る鹿目まどかからはとてつもない因果律を感じ取る事が出来た。

 数日前に見滝原に立ち寄った際には鹿目まどかの因果律は平均的な物だった。鹿目まどかの持つ因果律が突如として上昇した理由は明白だった。数日前には見滝原市にいなかった暁美ほむらが現れてから鹿目まどかの因果律は突如として増大した。

 以前の時間軸でキュウべえことベータ―から聞いた暁美ほむらが何度も同じ時間軸を繰り返しその度に鹿目まどかの因果律が上昇しているのでは?とするベータ―の推測が正しかった事が立証されていた。前の時間軸と同じ様に暁美ほむらはこの時間軸でも鹿目まどかを契約させない為に戦っている事は様子を観察すれば分かる事だった。

 ただこの時間軸ではもう1人、時空を越える《魔法少女》が見滝原市に現れていた。

 朱奈。筒地綾女が奇跡によって作り出した、愛する存在。

 ウチの策略で《魔法少女》となった朱奈はどうやら見滝原市で暁美ほむらと行動を共にしている様だった。

 正直、朱奈の存在はどうでも良かった。時空を越える魔法は魅力的だが、その身に宿る因果律の数値は余り高くは無かった。おまけに魔力が余り安定していない、極めて不安定な《魔法少女》だった。

 恐らくはウチが他人の因果律を強引に朱奈に取り付けた事が原因で不安定な《魔法少女》となってしまったのだろう。

 いや。それだけや無いのやろう。暁美ほむらと朱奈が2人で《使い魔》や《魔女》と戦っている所も観察して見たが朱奈には戦うと言う行為を肯定し切れていない様に見えた。

《使い魔》や《魔女》との戦いすら肯定し切れない、戦うと言う事を認められすらしない幼すぎる心の持ち主。魔力が不安定なのも心の幼さが要因なのかも知れなかった。

 これがウチの朱奈を観察した感想だった。正直、もう関心は無い。

 そう言えば見滝原市全体には《インキュベーターが鹿目まどかを認識出来ない》と言うウチが作った魔法陣が張られていたがウチが魔法で再現した擬似的な《インキュベーター》の持つ感知能力を使用する分には問題は無いらしかった。

「さて・・・。じゃあジュウちゃん。行くで」

「そうだな。で何処へ行くんだい?」

「そうやね・・・。とりあえずは風見野に帰るわ。まだ時間があるから焦る事も無いんやからね。まずは手に入れた全てのソウルジェムを取り込んでからでもええやろ」

「まあ彩月が言うんならそれで良いじゃないか?」

 ジュウちゃんはそう言ってウチの肩に飛び乗った。それを見たウチはビルの裏側にある路地に向かって飛び降り《魔法少女》としての姿を解くと幻惑魔法、エレガンテ・ファンタズマを使い自分の姿を和紗ミチルに変化させ通りに向かい自然に歩いた。

 和紗ミチルの姿を選んだのには理由がある。今までウチが相手にした《魔法少女》は大抵の場合、ウチが結界の中で殺してしまう為に死体が見つからず行方不明者として警察が捜索している場合があった。一度、呉キリカの姿で歩いていて警察の職務質問に巻き込まれた事があり、ウチはそれから他人の姿を使う場合には一応の吟味をする様になっていた。

 佐倉杏子と和紗ミチル。この2人の姿は警察の職務質問に合う事は殆ど無かった。佐倉杏子は住所不定で声をかけて来る相手もいなかった。和紗ミチルは家族が既に葬儀を済ませている死亡者である為に問題は生じなかった。なおジュウちゃんはその姿をウチにしか見えないように調整させていた。

 色々な思いを瞬時に抱き考えを深めたりしながら歩いていると病院の前に差し掛かり《青い髪の少女》がウチの方へ歩いて来るのが見えた。暁美ほむらと同じ見滝原中学の制服を着た青い髪の少女は少し残念そうな表情をしていたがウチには《青い髪の少女》が持つ高い因果律を視認していた。《魔法少女》として十分通用するレベルの因果律である。

 すれ違う一瞬にウチは《青い髪の少女》からコネクトの魔法とウチの魔法を組み合わせて因果の具現化した鎖を引き抜き握り締め取り込んだ。

「え!?」

《驚いた青い髪》の少女だったがどうする事も出来ずにそのまま倒れてしまった。

 直ぐに回りの人たちがざわめき始める。

「さやかさん!」

 後ろを振り返る事無くウチの瞳は事態を見つめる事が出来た。《緑の髪の少女》が《青い髪の少女》に駆け寄っている。

「待っていて下さい!すぐに人を!」

 必死な様子を見せる《緑の髪の少女》には《魔法少女》として十分な因果を感じ取る事が出来なかった。ふと少し悪戯をしてみたくなった。ウチはコネクトの魔法を使うとウチの中にある因果の一部を鎖にして《緑の髪の少女》に投げ付けた。《魔法少女》として契約を結ぶ事が出来る程の因果を・・・。

 そんな事をした理由は単純に語れば実験だった。種を蒔き芽が出て立派な実を成した時に収穫を行えるかの実験だった。

 つまりはベータ―ことキュウべえと契約を結べる程の因果を《緑の髪の少女》に与えたのだ。これは一種の博打とも言えた。《緑の髪の少女》がどんな願いで契約をして収穫の時まで生きているのかも分からない。極端な話、願いによってはウチが不利益を被るかも知れなかった。けどウチは今、博打をしたかった。

「芽が出るかどうかはアンタ次第やで」

 ウチの呟きは《緑の髪の少女》には届かない。けれど実験と言う名の博打は始まっていた。

 

 

 

 

 風見野市に戻ったウチは直ぐに手近な森林に入るとウチが《操る魔女達》の作り出した結界の中に入り込むとアンジェリカ・ベア―ズに入り神那ニコの研究室の椅子に腰掛けていた。

《操る魔女達》には腹が減ったら人間を襲っても良いと命じていた。口数の多いジュウちゃんも傍らで眠りに付いている。

 目の前にある机には巴マミのソウルジェムと《矛盾の魔女》のグリーフシードが並んでいた。巴マミのソウルジェムは《プレイアデス星団》との戦いで強引に使用した為に穢れが溜り傷だらけとなっていた。ソウルジェムが傷だらけとなっているために魔力の流れが不安定となっている為に、まだ《魔女化》する事は無かった。

 筒地綾女のソウルジェムが変化した《矛盾の魔女》のグリーフシード。こちらもまだ穢れが溜まっていない為に《魔女》が羽化する心配は無かった。

 ウチは黙って右手に御崎海香の魔法書を呼び出すと解析魔法、イクス・フィーレで解析をして見た。思った通りの解析結果が得られた。

 やはりソウルジェムが変化するグリーフシードには元になった《魔法少女》の記憶が残留している事がある。特に《魔女》から分離した《使い魔》から得られるグリーフシードよりも《魔法少女》のソウルジェムが変化したグリーフシードならば元になった《魔法少女》の完全な記憶が入っていた。

 この《矛盾の魔女》のグリーフシードには筒地綾女の完全な記憶が保存されていた。

 巴マミのソウルジェム。筒地綾女こと《矛盾の魔女》のグリーフシード。

 これから始まる実験は命を賭けた物となるだろう。

 けれどウチは実験をやめるつもりは無い。

 これは巴マミへリベンジを行うチャンスだった。

 それだけでは無くウチに記憶を差し込んだ筒地綾女を乗り越えるチャンスでもあった。

 2つの大きなチャンスと言う名の壁をウチは乗り越える決意を固めていた。

「さあ。壁を越えて見せやしょう」

 



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以外と寂しがりやなんよ

 結界内でアンジェリカ・ベア―ズを出るとウチは結界内の一番、頑丈で深い階層へと降りて行った。

 これから行う実験がどの様な影響を与えるのか予想が仕切れないからだ。

 ジュウちゃんは一つ前の階層で置いて行きこの階層には風見野中学のセーラー服を身に纏ったウチ1人だった。

「さて・・・。初めて見ましょうか」

 小さな呟きと共にウチの実験は始まった。

 まずは実験の概要を再確認して見る。

 

 

 

○実験1

 

 巴マミのソウルジェムを用いた実験の場合にはまずソウルジェムに解析魔法、イクス・フィーレを行いある情報を抜き取る事が必要だった。

 それは肉体を構成する遺伝子やDNA等の情報。

 ソウルジェムの内部に収められていた肉体構成情報を元に神那ニコの再構成魔法、プロドット・セコンダ―リオを応用して巴マミの肉体をクローン再生して見る。

 既に双樹姉妹との戦いで行った事であり魔法の精度に関して不安は無かった。

 双樹姉妹と同じ様にクローン再生した肉体にソウルジェムを埋め込み、魂の接続をウチの魔法で補助すれば理論上、巴マミは復活する筈や。

 この実験を応用してもう1つの実験をウチは閃いていた。

 

 

 

○実験2

 

《矛盾の魔女》こと筒地綾女のグリーフシード。このグリーフシードにも解析魔法、イクス・フィーレを用いて筒地綾女の記憶を取り出す。

 ここまでは実験1と同じだった。違うのはここからである。アンジェリカ・ベア―ズに保管している《かずみシリーズの一体》の合成ソウルジェムに筒地綾女の記憶を上書きして筒地綾女の復活を試みる。

 肉体の方は合成ソウルジェムを書き換えた《かずみシリーズの一体》の肉体を再構成魔法、プロドット・セコンダ―リオで筒地綾女の肉体に作り変えれば問題は無いと思われた。

 しかしこの実験2には不安点も存在していた。特にグリーフシードから元になったソウルジェムの記憶を抜き取り合成ソウルジェムに記憶を上書きすると言う部分は《プレイアデス星団》の作り出した《合成魔法少女》、《かずみシリーズ》の製造過程で同じやったからだ。

《かずみシリーズ》は和紗ミチルのソウルジェムから羽化した《魔女》のグリーフシードから抜き取った和紗ミチルの情報を元に作られていると言う事が《プレイアデス星団》の記憶から知る事が出来た。

《プレイアデス星団》の記憶によれば和紗ミチルの記憶を埋め込まれ蘇った《合成魔法少女》は《魔女》と戦うと戦闘本能に支配された殺戮者となってしまっていた。

 これでは筒地綾女を蘇らせても同じ様に暴走する危険性が存在していたが対応策をウチは考えていた。

 佐倉杏子が使う幻惑魔法、ロッソ・ファンタズマの発展系魔法、エレガンテ・ファンタズマを蘇った筒地綾女に使い身体に何の異常も感じられないとソウルジェムと身体の感覚を惑わせてしまえば良いと考えていた。

 エレガンテ・ファンタズマの持つ強力な幻惑作用ならば、相手の身体とソウルジェムの感覚をウチの望む方向へと惑わす事は簡単だとウチは思っていた。

 

 

 

○概要の確認は終えた。実験とは名ばかりの戦いをウチは始めようとしていた。

 

 

 

SIDE M・T

「ようやく出来たみたいやね」

 そう呟いたウチの目の前には1人の裸の少女が裸体を露わにしたまま横たわっていた。

 巴マミの肉体である。

けれども目の前の肉体には魂は存在しない。魂たるソウルジェムはウチの手の中に握られている。最も目の前にあるこの巴マミの肉体はウチが新たに作り出した物で巴マミのソウルジェムとは何の繋がりも持たなかったが・・・。

「それにしても・・・。流石に裸のままじゃ気が引けるやね」

 目の前に横たわる裸体は同性のウチが見ても見事なプロポーションを持っていた。

 ウチでも視界に入れ続けては気が散ってしまう。

 そのままウチはプロドット・セコンダ―リオを発動させた。

 物体を再構成する魔法で巴マミに見滝原中学の制服を身に纏わせた。

 見滝原中学の制服を選んだのは佐倉杏子の記憶に映し出される巴マミの姿は見滝原中学の制服姿の方が印象的に写っていたからだ。

「これで良しと。最後の仕上げか」

 見滝原中学の制服姿となり横たわる巴マミの肉体にウチは巴マミのソウルジェムを投げ付けた。と同時にコネクトの魔法で巴マミのソウルジェムに接続をしてコントロール下に収める。

 ウチのコントロール下に収められた巴マミのソウルジェムから魔力が肉体に向かって流れて行く。

 魔力の流れはウチが誘導した物だった。ウチの誘導に従って巴マミの肉体に魔力が流れて行きウチが作り出した巴マミの肉体に魂が宿されて行く。

 僅かだが巴マミの肉体が痙攣した。もう直ぐや。もう直ぐ、巴マミは復活する。

 そんな事を感じて数分すると巴マミは閉ざされていた瞳を開いた。

「ここは・・・!?あなたは!?」

 起き上がりながらも周囲の状況を確認した巴マミは傍らに落ちていた自身のソウルジェムを拾いウチの存在に気が付いていた。

 ウチに注意を向けながら巴マミは周囲の様子を確認していた。

「ここは結界・・・。どうして私はここに?それよりも・・・。あなた《魔法少女》ね?」

 驚く事の無い当然の帰結とも言えた。結界の中で平然としているウチを《魔法少女》だと巴マミが認識するのは当然の事だった。

「その通りや。ウチは」

 そう言いながらウチは紫色の光に包まれて《魔法少女》としての姿に変身していた。

 否。ウチを包み込む光は紫色から虹色へと代わりウチの髪やソウルジェムは虹色に輝いていた。

 多くの《魔法少女》の因果を取り込んだ結果、ウチのソウルジェムの色は魔力を高めた時に虹色へと変わる様になっていた。

 ただしフリルの付いたドレスは相変わらず黒いままだったが気に入っているので変える気はは無かった。

「久しぶりやね。巴マミ。と言ってもアンタは今のウチと初対面やろうけど?」

 ウチの言葉を聞いて巴マミは怪訝な表情を見せた。

「あなたの言う通りね。初対面なのは確かだけどあなたは私を知っているの?」

「知ってるで。前に会った時はこんな姿をしていたんやからな」

 同時にエレガンテ・ファンタズマでウチの姿は佐倉杏子へと変わった。

「佐倉さん!?けどこの魔力は佐倉さんその物!?あなたは一体!?」

 巴マミの表情は険しさが増しウチに対する敵意を感じ取れた。佐倉杏子の姿を解きながらウチは巴マミとの言葉遊びに興じてみる事にした。

「そうや。佐倉杏子はウチが殺した。だからウチは佐倉杏子と同じ魔力を持っている。ウチは倒した《魔法少女》の魔力を取り込むことが出来るんやからな」

「!?」

 かつては弟子だった佐倉杏子が殺されたと知って巴マミはショックを受け硬直していた。

 攻撃するチャンスとも言えたがウチは攻撃するつもりは無かった。

「どういう事なの?あなたが佐倉さんを殺したのなら・・・。私は何故、ここにいるの?あなたは私をどうするつもりなの?」

 怒りと敵意の入り混じった巴マミの視線がウチを射抜く様に見つめていた。

「簡単や。ウチはアンタに勝ちたいんや!真っ向勝負でアンタと戦い勝ちたいんや!前の戦いは不本意な結果に終わってしまったから、ウチはアンタを眠らせてここに閉じ込めていた。けれど今のウチはアンタを越える力を得た。だから巴マミ!ウチと戦え!この菖蒲彩月と戦って貰うで!」

 明らか虚言が混じっていたがその事に巴マミが気付く事は無い。巴マミからはウチが首を跳ねた部分の記憶は消去している。それに巴マミの本当の肉体は結界の中に置き去りにされ何処に行ったのか分からなかった。今の巴マミの肉体はウチが魔法で作り出した代用品に過ぎない。

 ウチの叫びを聞いても巴マミは沈黙していた。

 巴マミが顔を上げた時、その表情にウチは驚いた。怒り。ただ純粋な怒りだけがウチに向けられていた。

「そんな事の為に佐倉さんを殺して、私をここに閉じ込めたのね。私はあなたを許さない」

 黄色い光に包まれ巴マミは《魔法少女》としての姿に変身し、同時に右手に出現させたマスケット銃をウチに向け躊躇無く発砲した。同時に巴マミの周りには同種のマスケット銃が大量に並び一度に多数の銃弾がウチに撃ち込まれて来た。

 ウチは右手の鎖に魔力を集中すると一気に鎖の先端から発射した。

「リーミティ・エステールニ!」

 この魔法は和紗ミチルのクローン。通称、かずみシリーズの能力をイクス・フィーレで解析する過程でウチの物となっていた。

 ウチの鎖の先端から放たれた光はウチに向かって来る銃弾を消し飛ばし巴マミに向かって照射されていたが巴マミは既に地面を蹴りながらウチの方へ向かって来ていた。それを見ながらウチは使用する魔法を思案していた。杏里あいりのコルノ・フォルテ?いいや。直線的過ぎて直ぐに交わされる。それなら範囲の広い魔法が望ましい。ならば・・・。結論を出したウチは左手の魔力で魔法を瞬間発動させた。

「ピエトラディ・トゥオーノ!」

 魔力を十分に溜めずに強制的に詠唱発動させた為に本来の威力は無かったが牽制になった。巴マミは電撃魔法、ピエトラディ・トゥオーノを警戒し地面を蹴りながら近付くと右手からリボンを放った。放たれたリボンは巴マミの手から離れながらも地面に達するとウチが放った電撃魔法、ピエトラディ・トゥオーノに伸びて来ると同時にアースとなって全ての電撃を結界の地面に流し込んでしまった。

「なっ!?」

 ウチが素直に巴マミの戦闘技術の高さに驚いていると直ぐ目の前に巴マミが近付いて来て両手から無数のリボンを放っていた。ウチは右手の鎖全体に魔力を通すと鎖その物に切断力を持たせ巴マミの放った無数のリボンを引き裂きウチは身を守ったつもりだった。

「!!」

 ウチの視線の先には巴マミが既に必殺技であるティロ・フィナーレを放つ際に使う大型のマスケット銃が構えられていた。まずい!

「ティロ・フィナーレ!」

 速度低下は間に合わない。間に合うとすれば!

 ウチの思考は瞬間的に浅古小巻の盾付きのポールアックスを選択すると左手に出現させ盾を巴マミに向けて展開した。

 展開された盾は巴マミの正面から広がり、そのまま巴マミを円形状の空間に閉じ込めてしまったが巴マミは動じる事無く魔法を発動させた。

 魔力の光線が巴マミを閉じ込めた円形状の空間を破壊して走り抜けて行ったがウチはそれをギリギリの所で交わす事が出来た。

 魔力の光線が消え去ると同時にウチは再び円形状の空間に巴マミを閉じ込めリーミティ・エステールニを放とうと構えようとした。

 が巴マミは大型のマスケット銃の銃身を折るとそこに魔力で精製した弾を装填するとティロ・フィナーレを再度、撃って来た。

 円形状の空間は再び吹き飛ばされた。

「うっ!?リーミティ・エステールニ!」

 慌ててウチはリーミティ・エステールニを放つと2つの魔力の光線がぶつかり周囲を破壊して行った。

 大きな威力の魔法と魔法がぶつかった結果、視界が遮られ今ウチと巴マミのいる結界の階層その物が崩壊しかけていた。

 ウチはリーミティ・エステールニを放ち続けながらも巴マミがティロ・フィナーレを弾込めして連射して来ると言う事を見抜けなかった自分の驕りにいら立っていた。

 考えてみれば単純な事でもある。銃ならば弾を込め直せば再度、撃つ事は可能なのだ。

 それに気が付かなかったウチはまだまだ観察力が不足しているとも言えた。

 けれども巴マミが切り札として意図的に連射出来る事を隠していたのかも知れないとも思えたが直ぐにその考えを締め出し目の前の戦いに集中し直した。

 お互いに膨大な魔力を撃ち合っていたがこんな事は何時までも続けられる訳では無い。

 魔力の量が幾らあっても一度に使える魔力の量には制限があるのだから。

 と同時に巴マミの放ったティロ・フィナーレの威力が減退して来た。

 チャンスと思ったウチが更に魔力を高めようとした時、不意に上から何かが来るのを視界が捉えた。

 見ると巴マミが飛び上がりながら新たに出現させた大型のマスケット銃を構えてティロ・フィナーレを撃とうとしていた。

 今、ウチに向けられているのは大型のマスケット銃だけの囮だった!?

 ウチがその事を理解した時、巴マミはウチに止めの一撃を撃とうとした。

「これで!うっ!?」

 突如として苦しみ出した巴マミはウチの目の前で苦しみながら地面に落下した。

 呻き声を上げながら苦しむ巴マミを見ながらウチの目は巴マミの魔力の流れに異常がある事に気が付いていた。

 魔力を精製する巴マミの魂、ソウルジェムに無数のヒビが見え始め同時に急速な魔力の消耗による穢れが出始めていた。

「これは・・・。一体、どうして!?」

 困惑する巴マミの目の前で突如として身体が崩れ始めた。

 巴マミのソウルジェムとウチが作り出した肉体との繋がりが断線し始めていた。

 ウチが魔法で新たに作り出した巴マミの肉体は肉体その物を維持する為の魔力を巴マミのソウルジェムからの魔力によって補う形となっていた。

 けれどこれは一般の《魔法少女》全てに当てはまる事でもあった。

 肉体が急速に崩れ始めた理由。

 恐らくは巴マミが自分の限界を超えて急激に魔力を消耗した事が原因だと推測する事が出来た。

「何が起こっているの?ナ・ニ・・・が・・・?」

《魔法少女》の姿を維持する事も出来ず、地面に倒れ込み、自身に起こった異変を認識する事が出来ないままに巴マミの新しい肉体はただの土塊に戻った。

 土塊の中からウチは巴マミのソウルジェムを拾い上げた。

 そのソウルジェムには無数のひびが入っていた。

「どうやら失敗したようやね」

 そう言いながらもウチは既に気持ちを切り替えていた。

 次は筒地綾女を実験するだけや。

 

 

 

SIDE A・T

「なるほど。それで私を蘇らせたと言う訳ね。けれどそれは間違いじゃないの?私はあなたを殺して自由になるわ。朱奈を取り戻す為に!」

 そう言いながら筒地綾女は左手に握った箒の穂先をウチに向け躊躇無く撃って来た。

 巴マミとの戦いで凸凹だらけとなったこの階層には隠れる為の障害物が多数ありウチはその内の1つに身を隠して攻撃を凌いでいた。

 お互いに《魔法少女》としての衣装を身に纏いウチと筒地綾女は直ぐに戦い始めていた。

「まさかこうなるやんてね・・・」

 呟きながらウチは筒地綾女を蘇らせた直後の事を思い返した。

 

 

 

 ウチが蘇らせた筒地綾女はウチの姿を認識すると同時に瞬時に《魔法少女》としての姿に変身すると同時に攻撃を仕掛けて来た。

 左の掌に出現させた魔法の種(マジックシード)を割り武器である箒を出現させるや否やウチに飛び掛りながら穂先で突いて来た。

 針の様に鋭い穂先がウチに刺さろうとする寸前で幸いウチも《魔法少女》としての姿を取っていた為に左手の鎖で弾く事が出来たが。

 勢いは落とせずウチは後方に吹き飛ばされた。

 結界の壁にめり込んだウチに対して筒地綾女は膝蹴りの体制で飛んで来るのが目に写りウチは右手の鎖を目の前に向かって伸ばした。

 魔力の通った鎖は筒地綾女に引き寄せられる様に伸び先端から五本に分裂すると筒地綾女に向かい伸びて行った。

 5本の鎖が自分に向かって来るのを見た筒地綾女は直ぐに膝蹴りの構えを解くと右手から何かを投げ付けて来たとウチが認識したと同時に巨大な塵取りが出現して五本の鎖の行く手を阻んだ。

 勢いを付けたままの筒地綾女は正面に出現した巨大な塵取りを蹴って後方へと下がるとウチと距離を取った。

 巨大な塵取りが消失した時にはウチはこの階層にある障害物の1つに身を隠していた。

「そう言えば、あなたの顔は見覚えがあるわね」

 突如として筒地綾女はウチに声を掛けて来た。けれどウチは直ぐには答えずに様子を窺う事にした。

 これは筒地綾女の駆け引きの一種かも知れなかった。

「そうだ。確か私の記憶を埋め込む実験を施した子ね。確か・・・。菖蒲彩月(ショウブサツキ)だったかしら?どうしてあなたは契約しているの?契約は出来ないと《キュウたん》から聞いていたのに?ねえどうして私はここにいるの?私は朱奈と別れた後、《魔女》になる筈だったのにどうして?落ちない程の穢れが溜まった筈なのにどうして私のソウルジェムは濁っていないの?」

 筒地綾女は現状に困惑している様だった。ウチは引き抜いた記憶から《魔女化》する部分だけを引き抜いて筒地綾女を再生させていたが、筒地綾女は自身が《魔女化》しない事に違和感を覚えている様だった。

「教えてあげてもええで」

 ウチは筒地綾女の駆け引きに乗る事にした。どの道、ウチの瞳は集中すればどの角度からでも筒地綾女の事を覗く事は可能だった。

「全てはウチの実験の為や」

 ウチはそう言ってウチ自身が契約を行った時点から今に至る事を筒地綾女に話した。話の間、筒地綾女は攻撃して来る事は無く黙ってウチの話しに耳を傾けていた。朱奈が《魔法少女》となった事を知った時には怒気とも思える気配を発したが、それを無視してウチは話を続けた。

「そう。《究極の魔女》となる事があなたの目的なのね。菖蒲彩月さん。朱奈を《魔法少女》にして破滅する世界から救ってくれたのは礼を言うわ。けれど分からない事が1つだけあるわ。どうして私を蘇らせたの?そこだけは理解に苦しむわ。敵にチャンスを与えるなんてあなたどうかしているんじゃない?」

 筒地綾女もウチの行動を理解出来ない様だった。

「簡単な事や。ウチはウチに記憶を与えて《魔法少女》となるチャンスを与えたアンタを乗り越えたいんや。だからウチはアンタにもチャンスを与えたんや。ウチに勝利して自由になるチャンスを」

 ウチの言葉を聞いて筒地綾女は暫く沈黙していた。数秒か数分に渡る沈黙の末に左手に握り締めた箒の穂先を躊躇無くウチに向け発射した。

「なるほど。それで私を蘇らせたと言う訳ね。けれどそれは間違いじゃないの?私はあなたを殺して自由になるわ。朱奈を取り戻す為に!」

「まさかこうなるやんてね・・・」

 障害物に身を隠しながらウチは筒地綾女の切り替えの良さに驚きを感じていた。

 もう筒地綾女はウチを殺して自由になるつもりでいた。少しだけウチは筒地綾女を蘇らせた事に対して後悔を感じていたが、倒せば済む話だとウチも気持ちを切り替えていた。

 そう思ったと同時に筒地綾女が左手に握った箒の穂先をドリルの様な物に変えて障害物に隠れるウチを障害物ごと砕こうとする筒地綾女の姿がウチの目に写り慌ててその場から跳躍し離れた直後に筒地綾女が障害物を破壊したのがウチの目に写った。

 ウチを捉えた筒地綾女の視線とウチの視線が重なりウチと筒地綾女はお互いの顔を見た。

「ふふふふふ。ふぁはははははは!」

 筒地綾女は声を上げて笑っていた。ちょっとだけウチは驚いたけれどウチも笑顔を作り声を上げる事にした。

「あはははははははははは!」

 ウチも声を上げて笑い出す。出来るだけの笑顔を見せて。

 笑顔の筒地綾女が床を蹴ってウチに迫って来る。

 ウチは佐倉杏子の槍を出現させると槍の刃を開いて面積を大きくした。

 刺突力は落ちるがウチには使い易い形だった。 銀色の穂先の箒とウチの槍がぶつかり合い、摩擦による火花が引き起こされ筒地綾女が箒を振り下ろせばウチは槍でそれを受け返し、ウチが槍を振り下ろし筒地綾女も受け返し、ウチに箒を振り下ろす。

 そんな攻防が幾度か続いた後にいきなり筒地綾女は右手に握っていた物をウチに向かって投げて来た。

 三つの魔法の種(マジカルシード)。種類は恐らく痛み(ペイン)か武装(ウエポン)のどちらかだと当たりを付けたウチは瞬時に左手からチェーンを出現させ回転させ、その際に生じる突風で魔法の種を吹き飛ばしウチは次の攻撃に移ろうとした。

「甘い」

 筒地綾女が呟き地面を蹴って飛び上がったと同時に吹き飛ばされた三つの魔法の種から茶色の箒の穂先が出現しウチに向かって針の様に鋭い穂先を発射して来た。

 無数の針がウチに迫って来るがウチは臆する事無く筒地綾女の狙いを悟った。

三つの魔法の種から出現した穂先から放たれた針の様に鋭い穂先によってウチの移動出来る方向は限定されていた。

 上空に飛び上がった筒地綾女は唯一残した逃げ道に現れたウチを狙うつもりなのは明白だった。ならばウチは意表を付く事にした。

「メテオーラ・フィナーレ」

 呟きと同時にウチの身体は破壊の魔力に包まれウチは魔力を推進力として飛び上がりウチに迫る針の様に鋭い穂先に飛び込んだ。

 ウチの身を包み込む破壊の魔力が針の様に鋭い穂先を次々と破壊して行く。

 驚く筒地綾女の表情が見えたと同時にウチは筒地綾女の方へメテオーラ・フィナーレを発動したまま飛び上がっていた。

 筒地綾女は危うく身を交わしたが、すれ違い様に破壊の魔力に包まれたウチの身体が筒地綾女の右手を吹き飛ばしていた。

 メテオーラ・フィナーレを解除し落下しながら筒地綾女とウチは向き合っていた。

 右腕を吹き飛ばされたにも関わらず筒地綾女は笑顔のままだった。ここまで来るとウチも筒地綾女に対して狂気を感じていた。

 笑顔でいられる理由は感じ取っている。痛覚を遮断し続け痛みを感じていないからだ。

 余裕の表れだとしても右腕が吹き飛ばされてなお笑顔でいられ続ける筒地綾女の心の強さをウチは凄いと感じていた。

 しかし・・・。どうにもおかしいと言う事も感じていた。表情に変化が無さ過ぎる。

 まるで何も感じる事が出来なくなっているかの様な・・・。

 次の攻撃をどうするかウチが思案しつつも相手から目を離す事は無かった。

 筒地綾女とウチの視線が交差するが筒地綾女の表情に変化は現れなかった。

「おかしい・・・」

 その時、突如として筒地綾女の顔が歪んだ。

 見間違いではなく歪んだのだ。何が起こったのか分からないウチの目の前で突如として筒地綾女の失った右腕が再生した。

 それもただ再生したのではない。

 その腕は《矛盾の魔女》の腕だった。

 驚くウチの目の前で笑顔のまま、筒地綾女はその姿を《矛盾の魔女》へと変貌させ、この結界から出ようと暴れ始めていた。

「これも失敗と言う事やね」

 ウチは既に実験の失敗を悟っていた。筒地綾女からは自身が魔女化した記憶は消去した筈だった。素体として使った《かずみシリーズ》の肉体も少し作り変え、元の人格は完全に消去した筈だった。

「原因は・・・。ウチが全てを知っていると言う事やね・・・」

 つまりは筒地綾女が魔女化して《矛盾の魔女》となった事をウチが知っていたが故に引き起こされたと感じ取る事が出来た。

ウチがいくら蘇らせた筒地綾女から記憶を消去したとしてもウチ自身が知っていたのでは、いいや。知り過ぎていた事が僅かな因子となり筒地綾女は《矛盾の魔女》へと変貌してしまったのだ。

 もしかすると蘇った筒地綾女はウチとの会話や視線等と言った行動から僅かながらも本来の自分が《魔女化》した事を感じ取ったのかも知れなかった。

 暴走する《矛盾の魔女》はウチの事を無視してこの結界から出ようとしていた。

「悪いけど、逃がす訳には行かないで」

 ウチは優木沙々の先がCの字状に曲がった杖を呼び出すと《矛盾の魔女》をコントロールしようと試みたがまったく通じる事は無かった。

 考えてみれば簡単な事である。《矛盾の魔女》は相反する二つの感情を持ち相反する事を属性としている。恐らくは矛盾の属性を持つが故にコントロールする事は困難なのかも知れなかった。

「仕方ない。じゃあこうさせて貰うで」

 ウチは呉キリカの速度低下の魔法陣を発動させ《矛盾の魔女》のスピードを極端に遅くした。

 矛盾の魔女の動きが緩慢になるのを見て取ったウチは、そのまま走り寄ると若葉みらいの大剣を呼び出すと《矛盾の魔女》を一刀両断の元に切り裂いた。

「グギャアアアアアアア」

《矛盾の魔女》は大きな悲鳴を上げてグリーフシードを落とす事無く絶命した。

「せめて・・・。筒地綾女のままで殺したかったなぁ・・・」

 ウチは素直な感想を思わず口から漏らしていた。

 それこそがウチの偽り無い気持ちだったのだから・・・。

 

 

 

○実験報告

 

 ウチがジュウべえことジュウちゃんのいる階層に戻って見るとジュウちゃんは退屈そうに欠伸をしている所だった。

 欠伸をすると言う事は本物のベータ―ことキュウべえと違って眠気があるのかも知れなった。と言う事はジュウちゃんには精神的な疲れも存在するのだろうか?

 そんな事を思いながらウチはジュウちゃんに声を掛けた。

「ジュウちゃん。実験を終えて来たわ」

「随分と粘ってたな。彩月」

 近付きウチの肩に乗っかったジュウちゃんは言葉を続けた。

「けれど彩月も諦めが悪いよな。同じ実験を10回も繰り返すなんてな」

「それだけ戦いたい相手だったと言う事なんよ」

 そう・・・。ウチは実験を10回も繰り返していた。

 巴マミを5回。筒地綾女を5回、生き返らせて戦い、身体が途中で崩れるか《魔女化》するかで満足の行く戦いを行う事が出来なかったが僅かな楽しさがあったのが救いだった。

 巴マミ。筒地綾女。この2人はウチが永遠に戦う事が出来ない相手となってしまった。

 けれどもそれでも良いと思う心情がウチにはあった。永遠に追い越せないかも知れない相手を追い越そうとするが故に人は進歩を止めないと何処かで聞いた事がある。

《最強の魔女》を目指すウチは出来るだけの進歩を止める訳には行かなかった。

「さて・・・。疲れたしウチは眠る事にするわ。ジュウちゃんも一緒に寝ましょう」

「何でオイラが彩月と寝なきゃ行けないんだよ?」

「あーら。ウチはこう見えて以外と寂しがりやなんよ。一緒に寝てくれてもええやない」

「随分とあからさまな嘘だな。まあ仕方が無いから一緒に寝てやるよ」

「ありがとう。ジュウちゃん」

「まあ一応は主人だからな・・・」

 ジュウちゃんと気晴らしの会話をしながらウチは結界内にあるアンジェリカ・ベア―ズを目指して結界の中を進んで行った。

 



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それは否定できへんな

「随分と久しぶりやなあ。この街に帰るのも」

 呟きながら歩く彩月の瞳に映るこの街の景観は色あせて見えていた。

 何故か分からないが、今はもう色あせて見える。

《無数の魔法少女》の因果を吸収してからどうにも景色が色あせてしまった気がする。

 戦っている時、《魔法少女》として戦っている時だけは、この瞳に映る世界が輝いて見えている気がする。正確には眼帯となったソウルジェムを通してみる世界だけが輝いて見えていた。

「彩月」

 聞き覚えのある声に振り向くとそこには、クラスメートの石菖香乃木(せきしょうかのき)が帰宅する様子を見せていた。

「香乃木か。久しぶりやな」

「学校サボって何してんのさ?」

「色々や。つまらない学校よりも夢中になれる事を見つけたんや」

「それ、あてといるのがつまらないと言ってるさ?」

「そうは言ってへんやろ?」

「そう聞こえたさ。学校、サボってこれからどうするんさ?心配してる人もいるさ」

「心配?そうかあ。けどなあウチの事を理解してる人なんておらんやろ?」

「何が言いたいんさ?」

「ウチの理解者なんていないやろ?」

「それは・・・。否定しないさ。彩月は分かりにくい人間さ」

「それは否定できへんな」

「本心が見えない様に妙な言葉遣いを使って誰からも本心を隠してるんさ」

「・・・」

「達観した振りをして高見から下界を見下ろすつもりになっている。今の彩月はそんな所じゃないんさ?」

「!?」

 本質とも言える部分を香乃木に当てられて彩月は反射的に手に魔力を貯めていた。

 それは心の本質を覗かれた事への憤りか、怒りか。

 魔力を貯めた右手が香乃木に向かい動こうとした瞬間、車のクラクションが響いたと同時にハッと我に返り今の瞬間に自分が行おうとしていた行動に動揺した。

(ウチは!?ウチは今、香乃木を・・・。何でそんな事・・・)

「どうしたんさ?彩月」

 急に沈黙した彩月の顔を覗き込む香乃木に彩月は、恐ろしさを覚えていた。

 これ以上、この場にいたら何をするか分からない事が恐ろしかった。

 駆け出し香乃木から直ぐに離れた。

「彩月!」

 香乃木が叫んだが無視して走り続けた。

 とにかく彩月は今、この場から離れたかった。慌てて自分が《魔女》を支配下に置いて結界を操作出来ると思い出し結界の中に入り込んだ。

 先程の行動への驚きと疲弊からその場に座り込んだ。

「どうして・・・。ウチは、どうしてあんな行動を取ったんや?」

(ウチを侮辱したんだから殺して当然やろ)

「違う。ウチは、香乃木に指摘されるまでも無くウチがそうだと知っていた。知っていてそうし来た」

(心の秘密を知られるのは、許さへん。ウチの心はウチだけの物や。誰かに指摘されて得え物や無い!!)

「嫌や。ウチは、友達を殺したくない!?何でウチは!?ウチは今まで人を、《魔法少女》を殺して・・・。えっ!?ウチは・・・。人を・・・。殺していた・・・」

(そうや!!お前は殺している。殺して楽しんでいた。怒り、楽しみ、悔しがり、努力した。人を殺す為の努力をしていたんや!!)

「違う!?あああああああああああああああああ」

 愕然とした彩月が叫び終えたと同時に目の色が虹色へ変わった。

「そう。だからウチは、《魔法少女》を殺し強くありたい」

 そう語る彩月は、今までの彩月では無かった。多くの《魔法少女の因果》を取り込む事によって強くなる《魔法少女、菖蒲彩月》。

 因果を取り込む過程で、因果の持ち主である《魔法少女》の人格が持つ正も不も取り込んでしまう。本人は気が付いていなかったが、彩月自身の人格に取り込んだ因果が作用して二重人格に近い状態になっていた。

 そして今、人間だった菖蒲彩月の人格が殺人者の人格に飲まれた。

「さあ、次の街へ行くで」

 狂気的な笑みを浮かべ彩月は新たな街へ向かう。

《魔法少女》を殺す為に。

 

 

 夜のホオズキ市に到着した彩月はビルの屋上に立って魔力を探っていた。

「近い・・・。近くに4人、いや。も一人、魔力を隠しとるけど確実におる・・・」

 呟く事で実感を新たにしながら彩月は魔力だけで相手の動きを察知していた。

「4人がバラバラに分かれた。周囲のパトロールかいな?熱心な事やな。まあ、ウチには都合がええけどな」

 相手の動きを魔力で感じ取ると彩月は一番近い位置にいる相手の元へ跳躍する。

 数個のビルを蹴りながら跳躍すると、お目当ての相手がいるのが目に入った。

 ピンク色の髪に大きな鎌を持ちビルの間を走っている。だから先に回り目の前に跳躍して降り立つことにした。

「なっ!?あぶなっ。アンタ、同業者!?」

 何か言っているが無視して呉キリカから奪った速度低下魔法を使い魔力の源、ソウルジェムの位置を探って見る。背後にある事が分かり直ぐに背後に赴くと手に出現させた呉キリカの鎌で一気にソウルジェムを破壊した。相手の魔法少女は声を上げる事無く絶命した。

「まずは一人。成見亜里紗。ウチの糧になって貰ったで・・・」

 成見亜里紗の記憶が激流の様に頭に流れ込むが、この因果を取り込む儀式もだいぶ慣れて来た。

「随分と勝手な事をしてくれるね。お姉さん」

 突然、響いた声に驚くウチの目の前に闇の中から一人の少女が姿を現した。

 胸には蝶の様なアクセサリーを付けているが、発する魔力から《魔法少女》である事は明白だった。それよりも問題なのは、発している魔力が先程感じていた5人とは異なる物だと言う事だった。どうやら気配を隠すのに長けている《魔法少女》らしかった。

「キュウべえの言った通り、《各地の魔法少女》を殺し回っている《虹色の魔法少女》の話は本当だったんだね。他の街がどうなろうと私はどうでもいいけど、この街で好き勝手されるのは、迷惑何だよね!!」

 突如として目の前にいた少女の姿が消えた。驚き同時に

「あははは。こっちだよ」

 彩月の背後から声がしたと同時に後ろにいるのが見えた。咄嗟に佐倉杏子の編み込み結界を展開する事で攻撃は防げた。

「ふぅん。キュウべえの言う通り、色んな魔法が使えるみたいだね。でもそれだけじゃ私に勝てないよ!」

 再び少女の姿が消えようとした時、彩月は咄嗟に別の魔法を展開した。

「そんな魔法で!?」

 少女が彩月の死角から現れて手にした短刀を彩月のソウルジェムである眼帯に突き立てた瞬間に違和感があった。手ごたえが無い。咄嗟に少女が跳躍してその場を離れると彩月が、先程まで少女が背後を向けた位置に立っていた。

「何をしたの?」

 少女は彩月が何をしたのか分からず不愉快な様子を隠さなかった。

「簡単や。どうやらウチの視界に干渉した見たいやけど、生憎やな。ウチは幻惑使いやで。こんな事も出来る!」

 彩月がそう告げると彩月の隣にもう一人の彩月が具現化した。

「なっ!?」

「言うとくけど、攻撃は実体やで!!」

 そう言って二人の彩月が少女に迫る。

 二人の彩月が赤い槍を構えて少女に次々と攻撃を加えて行く。

「・・このッ・・」

 追い込まれ思わず距離を取った少女はその時、異変を感じ取った。

 どうやら少女の策略が計画通りに上手く働いたらしい。

 それなら策略を守る為に時間稼ぎと危険因子の排除の為にここで戦う必要は無い。

「残念だけどここまでだね。お姉さんとは、また遊んであげるよ」

 少女は彩月にそう告げると現れた時と同じ様に姿を消した。

 彩月に追うつもりは無かった。深追いして罠にハマっては今までの苦労が水の泡となる。

 それに彩月も異変に気が付いていた。

 初めに感じた《魔法少女》の反応は五つ。

 ここで殺して四つになり、今感じるのは三つになっていた。

 どうやら戦闘があったらしく一人死んだらしい。

「まあ良いさ。ウチも一つは手に入った。次はどうするか、考える時間が欲しいしな」

 彩月も《操る魔女》の結界を開いてその場から姿を消した。

 後に残ったのは《魔法少女》だった少女の死体だけだった。

 

 

「さてと今日はどうするかあ?」

 結界で一晩過ごした彩月は朝食のパンを食べながらホオズキ市内を散策していた。

 これからどうするのかは、正直決めていない。

 あの少女を探そうにも何処にいるのか見当も付かない。

 むしろ向こうがウチを探している気もする。

(来るなら来てほしいで。探す手間も省ける)

 それが正直な彩月の感想だった。

(年齢が中学生位なこの辺りの中学校周辺を当たるか?)

 周囲を見渡すと中学生と思しき生徒達が登校している様子が映った。

 彩月自身も年齢や外見的にも中学生に見えかねないが、今は幻惑魔法、エレガンテ・ファンタズマによって自身の姿を、スーツを着た成人女性に見える様にしていた。

 その時、彩月の目にセーラー服を着た少女の姿が目に映った。その少女の顔は昨日、彩月を衝撃して来た少女その物だった。少し髪型が違う様に思えたが、《魔法少女》への変身前だからだと考えれば合点が言った。

(見つけたで!)

 駆け出す彩月は、一気に呉キリカの速度低下魔法を使用して距離を詰める。

 そして少女のソウルジェムの反応を直ぐに見抜くと直ぐに少女の足元に魔法陣を展開して浅見サキから奪ったピエトラディトゥオーノを最大出力で放った。

 全身を燃やしながら少女は声にならない悲鳴を上げている。

 今回の攻撃は彩月だからこそ成功したと言える。そもそも速度低下魔法とピエトラディトゥオーノを同時に発動させる魔力等、《普通の魔法少女》は得られない。

 菖蒲彩月が他人の因果を取り込む《規格外の魔法少女》だからこそ成し得た攻撃だった。

 そしてもう一つ、《魔法少女の不文律》を無視したからこそ成立したからとも言える。

《魔法少女の不文律》とは、明確な定義は無いが、どんなに対立している《魔法少女》でも一般人に感知される様な場所、白昼堂々の戦闘は避けると言う傾向がある。

 それは《魔法少女》の存在が一般人に漏洩するのを防ぐ事で余計な騒動を持ち込まないと言う暗黙の了解とも言える事だった。

 今回、彩月はそれを無視して白昼堂々の攻撃を決行した。彩月の姿は幻惑魔法で他人の姿に置き換えている。周囲では少女が突然、燃え上がった事でパニックが起きて警察や救急車を予防している人もいた。

 その時、少女のソウルジェムが砕けて因果が魔法陣を通して彩月に吸収された。

「!?この子は・・・。別人・・・。なんか・・・!?」

 因果と記憶を取り込んだショックで足をふらつかせる彩月は、その時空気を切って飛んで来る何かの音を捉えた。驚いてその場から離れた彩月の視界に飛んで来た手裏剣の様な刃物が目に入り、避けられた刃物が飛んで戻る先に、昨日戦った少女の姿があった。

 先程、戦った少女とは瓜二つの顔をしている。

「双子なんか・・・」

「よくも茉莉を・・・。私の妹を!!」

 少女は直ぐに《魔法少女》に変身するやいなや彩月に襲い掛かって来た。

 流石に彩月も幻惑魔法を解き《魔法少女》に変身して佐倉杏子の槍を構えて白昼堂々の戦闘を決行した。

「なんだ!?」

「何!?」

「えっ!?」

 周囲にいる一般人は驚いていた。中には携帯電話のカメラを向けている者もいる。

 少女の握る二刀の手裏剣と彩月の槍がぶつかり合いながら彩月は戦いながら優木沙々の支配魔法を使い《魔女》を呼び出すと周囲の人間を次々と捕食させた。周囲に阿鼻叫喚の地獄が広がって行く。

「なっ!?どうして《魔女》が!?」

「感謝するんやな。目撃者はウチが処分させて貰ったで」

「バッカみたい!!そんな事に意味なんて無いでしょ!?」

 武器のぶつかり合いでは、埒が明かないと判断した彩月は搦め手の魔法を使う事にした。

「ここいらで勝負を決めさせて貰うで!エレガンテ・ファンタズマ!」

 彩月が魔法陣を展開した瞬間に少女の視界が一瞬揺らいだが直ぐに元に戻った。

 気にする事無く少女は彩月に武器を向け明確な殺意をぶつけようとする。

「これであなたを壊してあげる!!」

 少女が彩月に向かって一気に距離を詰めようとした時、突然何かにぶつかった。

「いた・・・。何が!?」

 少女の少し先には彩月がいる。警戒した少女が手にした手裏剣を目の前に突き出すと何かにぶつかる手ごたえがあったが、目の前の景色に変化は無かった。

「これ、幻惑!?」

 少女は理解した。幻惑魔法で自分の視界が操作されていると言う事を。

「遅いで」

 少女の理解は遅すぎた。理解した瞬間、少女の視界に映らない彩月の握る魔力で伸ばした槍が少女のソウルジェムを砕いていた。砕いたソウルジェムから因果と記憶が流れ込む。

「ああ・・・。そう言う事なんやな・・・。日向茉莉(マツリ)、華々莉(カガリ)。アンタらの因果頂いたで」

 一度に《二人の魔法少女》の因果を取り込んだ影響か激しい頭痛を感じた彩月は《支配下の魔女》の結界に入り込んで座り込むと一息付いた。

「さて・・・。暫く休んだら・・・。狩りの再開やな・・・」

 魔力を極端に消耗した彩月は気が付く間もなくその場で眠りに付いてしまった。

 

「起きろよ!彩月!」

「なんや?ジュウちゃんか?どうしたんや?」

「外で異変が起きてんだぞ?見に行かなくて良いのか?」

「異変?なんや?一体?じゃあ見に行くかぁ・・・」

 ジュウべえに促されて彩月は仕方なく結界の外に出ながら《魔法少女姿》に変身すると幻惑魔法で自身の姿を周囲から隠した。直ぐに妙な魔力を感じ取った。ソウルジェムが、はめ込まれた眼帯を通して魔力の流れる方向を覗いてみる。

 この片目眼帯は空気中の水分に乱反射する光を通して何処でも見通す事が出来る。

 彩月の目に映ったのは、茜ヶ咲中学校と言う学校だった。

 校内はパニックに陥っている。彩月は結界の中を集中して覗いてみる。

 それは《魔女》が出現して次々と生徒や教師を結界に取り込み殺戮していたから。

 一人の《銀髪の魔法少女》が《魔女》に戦いを挑もうとしたが何故か頭を押さえて苦しんでいた。

 そこへ《魔女》が次々と攻撃を加えて《銀髪の魔法少女》に致命傷を負わせてしまった。

 全て諦めた表情を見せた《銀髪の魔法少女》は、全ての魔力を握った剣に集中した。

「まさか!?」

 慌てた彩月だが、もう間に合わない。

 銀色の髪に炎の輝きを照らし返しながら炎の魔法を集束させて行く。

 爆発が起こった。彩月には直ぐに分かった。

 自爆だ。

 あの《魔女》を倒すのが困難と考えた《銀髪の魔法少女》は全ての魔力を集束させて爆発させる事で自爆したのだ。

「全く。これじゃあウチが因果を奪えんやないか・・・。まあ、しょうがないんやな・・・」

 苦笑して自嘲しながら彩月は再び結界に戻った。

「オイラの言う通りだったろ?」

「ジュウちゃんの言う通りやな。今回は骨折り損のくたびれ儲けやな」

 ジュウべえの指摘を失敗として認めながら彩月は結界の中に取り込んでいたアンジェリカベアーズの内部に戻った。中に置いていた椅子に座ると天井の一点を見つめていた。

 差し当たってのやる事が無くなり暇を持て余してしまっていた。

「退屈やし・・・。記憶でも覗くか・・・。ジュウちゃん。ウチは記憶を覗いているから暫くほっといてくれや」

「分かったよ。じゃあオイラも昼寝してるぜ」

 ジュウべえはその場で丸くなると昼寝を始めた。

 それを見届けると彩月は退屈しのぎの遊びとして記憶を覗いてみた。

 成見亜里紗、日向茉莉の順に記憶を見ていて違和感があった。どうやら両者は記憶を操作されている形跡がある。先程、殺した日向華々莉は、日向茉莉と双子の姉妹であり、何故か妹にも記憶を操作していた。

「なら・・・。日向華々莉の記憶を覗けばええ訳やね」

 続いて日向華々莉の記憶を見る。華々莉が契約した経緯が分かり何をしようとしていたのかも導き出す事が出来た。しかし華々莉が行おうとしていた事は、全て彩月によって破綻してしまった。目的が見いだせた以上、これ以上、華々莉の記憶を覗くのは意味が無い様にも思えたが覗き続ける事にした。記憶によれば、華々莉は契約してから暫くして筒地綾女に出会っていた。筒地綾女と出会って記憶操作の魔法を使う技術を授けるとそのまま分かれた。朱奈とも顔を合わせていた。華々莉は日向茉莉の仲間である《魔法少女》も全員、華々莉による記憶操作によって導かれる様に茉莉の仲間となっていた。

 記憶を覗いていると意外な者が映りだした。

「朱奈!?」

 予想外の朱奈が映りだして彩月は華々莉の記憶を読む事への集中力を上げていた。

 

 

日向華々莉の記憶

 

 その日、日向華々莉は記憶操作をした天乃鈴音に廃墟に出現した《魔女》を倒させていた。鈴音に施した記憶操作は、《魔女》と戦う事が出来るまで操作する事が出来ていた。

 死角から鈴音の視界を操作する事で自らの姿を隠しながら鈴音が《魔女》を倒す所を目撃していた。

「ふふ・・・。記憶の操作は上手くいってるね・・・」

 華々莉の視界には、《魔女》の肉体が崩壊して、油断無く武器の構えを解かない鈴音の姿が映り自身の操る記憶操作魔法の精度の高さを確信していた。

《魔女》の肉体が崩壊した時、華々莉は違和感があるのに気が付いた。

 鈴音も同時にその事に気が付いた様子を見せていた。《魔女》の肉体が崩壊してグリーフシードがあれば出て来るのだが、代わりに一人の少女が出て来たのだ。

 リュックを背負って薄汚れた服を着ている少女は胸に致命傷と言える傷を負い、誰が見ても死が間近に迫っている事が明らかだった。うつ伏せに倒れた少女の横顔を見た瞬間に華々莉は見覚えがあり直ぐに思い出す事が出来た。

 華々莉が唯一、魔法を教えると言う取引に応じた《魔法少女、筒地綾女》が連れていた《呪いの右目》を持つ少女、朱奈。

 その時、鈴音は少し悲し気な表情を見せていたが、朱奈に止めを刺す為に手にした剣を振り上げた。表情は動揺し涙を流している。

「ごめんなさい・・・。さよなら」

(まずい!?)

 この様子では鈴音の記憶操作はまだ完成していない。ここで朱奈を殺させたらこれまでの精神操作が無駄になる危険性がある。華々莉は、慌てて鈴音の意識を操作した。

 鈴音の視界から自分と朱奈の姿を消して驚いた隙に更に記憶を操作する。

《魔女》を倒してグリーフシードは落ちなかった為、帰宅しようとしていたと。

 記憶操作は上手く行き鈴音は武器を降ろすとその場から立ち去った。

 廃墟から立ち去った鈴音は、華々莉が用意した帰宅場所へ帰っていたのは魔力を感知して確認できた。

「あーあ。せっかく助けて上げようとしたのに、これじゃあ助からないか・・・。まあ仕方ないよねー」

 華々莉は足で朱奈の身体をひっくり返すと息をしているか確認した。

 もう虫の息なのは明らかだった。朱奈はこのまま死ぬ。

 華々莉はもう朱奈の存在に興味を失いこの場から去ろうとした時、

(こんばんわ。華々莉。どうやら君の計画は順調みたいだね)

 と華々莉の脳裏にキュウべえからのテレパシーが届き廃墟の窓にキュウべえが姿を見せていた。

「キュウべえ。うん順調だよー。まあ、この子は死んじゃうけどねー」

(ふむ。朱奈がこんな所にいるなんて僕にも予想外だったよ。華々莉、一つだけ訂正しても良いかな?)

「何を訂正するの?」

(朱奈は死なないよ。いや。死なせない方法があると言った方が良いのかな?)

「どういう事?」

(華々莉。朱奈の右目にある呪いに魔力を注いでご覧。そうすれば君にも有益な事が起こるよ)

「ふーん。まあ試してあげても良いよ」

 華々莉は朱奈の生死その物は、どうでも良かったが、キュウべえの言う事も少しだけ気になったのでやってみる事にした。

 虫の息の朱奈の右目にある呪いに魔力を注ぎ込む。すると呪いが発動して周囲にいた《使い魔》をこの場に誘導して来た。

《使い魔》は早速、結界を張った。華々莉は少し苛立ちを覚えていた。

「はあ。呪いに魔力を注ぎ込めば《魔女》や《使い魔》を引き寄せられるんだ。《使い魔》じゃ外れだね。バイバイ!」

 憂さ晴らしを兼ねて武器である手裏剣を出現させて《使い魔》を切り刻み消滅させた。

「キュウべえ。これの一体、何の意味があるの?」

(朱奈を見てごらんよ)

 華々莉が朱奈の方を見ると何と朱奈の胸にあった大きな傷が治っていた。先程まで虫の息だった息も整っている。

「これはどう言う事?」

(朱奈の右目にある呪いが、結界の修復作用によって朱奈の身体が負っていた致命傷を修復したんだ。朱奈は例え死んだとしても右目の呪いがある限り仮死状態になる。仮死状態か重症を負った状態で《魔女》の結界の内部に入れば結界の修復作用によって傷は立ち所に治るんだ。たとえ朱奈の死体を燃やしてもその瞬間に呪いが強制的に発動して《魔女》をおびき寄せて朱奈を生き返らせるよ。それに右目の呪いは、魔力を注ぎ込めば曜日を問わずに使用する事も出来るから君にも有効だろう?)

 キュウべえの説明を聞いて華々莉は顔をしかめていた。

 正直な所、キュウべえの性格は熟知していたが、余りに趣味の悪い話に嫌悪感も抱いていた。

 その時、朱奈が目を開いた。

「気が付いたの?」

 華々莉が朱奈の顔を覗き込むと朱奈は口を開いたり閉じたりしたが、言葉は出なかった。

 朱奈の瞳の焦点は合っていない。誰がどう見ても正気を失っているのは明らかだった。

「ねえ、朱奈は正気を失っているみたいだけど何があったの?」

(そうだね・・・。色々あったよ。見てみたいかい?)

「そうだね。暇つぶしに見てあげるよ」

 華々莉はキュウべえの提案に乗る事にした。

 

 

 キュウべえから見た朱奈の記憶

 

 その日、朱奈を隠れ家に捕らえていた《3人の魔法少女》から解放された。

 捕らえていた《3人の魔法少女》は、ヒュアデスと言う協力者から情報を得た《二重人格の魔法少女、双樹姉妹》によって肉体を破壊されて、ソウルジェムは双樹姉妹のコレクションに加えられていた。

「へー。あなたが《魔女を引き寄せる少女》なんだ。何だか男の子みたいな服装をしてるのね」

 双樹姉妹はそう言って隠れ家の中で蹲っている朱奈を見ながらそう言った。

「さて・・・。《ヒュアデス》の情報通りに三つのソウルジェムを手に入れました。あなたの事はどうしましょうか・・・」

 そこまで言葉を続けて双樹姉妹は異変に気が付いた。朱奈は何の反応も示さない。

 不思議に思ってリュックを抱えて蹲る朱奈の顔を無理にこちらに向けると完全に正気を失っている事が直ぐに分かった。顔も含めて全身に打撲の後があり虐待を受けてるのは明らかだった。

「成程・・・。話には聞いていましたが、既に正気を失っているんですね。可哀想に」

 口に出した言葉には何の同情心も含まれていない。

「何をしているの?」

 その時、隠れ家の入り口にフードを被った少女が表れた。声と体格から少女だと察する事が出来るが顔は影に隠れて見えなかった。

「ああ。ヒュアデスさんですか?言えねえ。情報通りにソウルジェムを入手したんですけど、この子をどうしたら良いのか判断が出来なくて」

「・・・。正気を失っている」

「ええ。生憎ですけど、この子の精神を治す術は持ち合わせていませんわ。これ以上は、私達には助けられないでしょう?」

「そうだね。じゃあこうしよう」

 そう言ってヒュアデスは朱奈を立たせてポケットから出したグリーフシードと似て非なる種、後にイーブルナッツと呼ばれる種を朱奈に投げ刺した。

 その瞬間に瘴気が朱奈の身体に蔓延して朱奈の身体を包み込んで、朱奈の姿を《魔女モドキ》へと変貌させていた。

「ははは。確かに正気を失っているのなら、この方が幸せなのかも知れませんね」

「行け。行って人間を襲え」

 ヒュアデスと言われた少女の命令に従って朱奈が変貌した《魔女モドキ》は隠れ家から出て行った。

「行っちゃったわね。スキくないから見逃してあげるわ」

 双樹姉妹は聞こえてはいないが《魔女モドキ》に向かってそう告げた時、ヒュアデスは姿を消していた。

「まあ良いでしょう。有益な情報を流している間は利用させて貰いますよ。ヒュアデス」

 そう告げると双樹姉妹も隠れ家を後にした。

 それから《魔女モドキ》に変貌した朱奈は各地で人を襲い《魔法少女》と戦い血を浴びて行った。時折、朱奈の姿に戻っても正気を失っている朱奈は何も覚えていられなかった。

 

 

 日向華々莉の記憶

 

「ふーん。何だか私以外にも、色々と企んでいる人がいるんだね」

筒地綾女と別れて朱奈が正気を失い、《魔女モドキ》となった経緯を知って華々莉(カガリ)は少しだけ朱奈に同情していた。

「勿論、私と同じ様に交換条件で協力しているんでしょ?」

(いいや。彼女達、ヒュアデスの一派は僕たちが干渉できない場所で行動しているから僕たちは協力はしていない。干渉できなくなる前に助言だけはさせて貰ったけどね)

「協力しているじゃない。さて・・・。この子の事はどうしようかな?」

 華々莉は少しの間、思案して直ぐに答えを出した。

「そうだね。あのお姉さんには色々教えて貰ったから、お姉さんの代わりにあなたに借りを返してあげる」

 自分でも気まぐれな回答だと思ったが、筒地綾女への借りを返すのに朱奈を利用する事にした。朱奈の頭に手を翳して記憶を操作し始める。

(何をするんだい?華々莉?)

「うん。可哀想だから正気に戻してあげようかなって。少しだけ記憶をいじれば問題無いでしょ。あの双樹姉妹とか言う子が解放したと言う記憶にね」

 キュウべえに答えながら華々莉は朱奈への記憶操作を開始していた。

 これから朱奈は《魔女モドキ》になる前、双樹姉妹に発見された時には正気のままであり双樹姉妹によって自由の身となり解放され各地を彷徨っていたと言う記憶を付け足す。

 朱奈が《3人の魔法少女》に囚われる前には行っていた事と同じ事の筈だった。

「ところでキュウべえ。お姉さんは《魔女化》したの?」

(綾女の事かい?《魔女》になって何処かにいるのは確かだよ)

「ふーん。もしかしたら《魔女》になったお姉さんと、この子が再会するかも知れないね。そうしたらドラマチックなんじゃないのかな?」

(僕には分からないよ)

「相変わらずだね。まあ別に良いんだけどね」

 話している内に朱奈に対する記憶操作は完了した華々莉は、付いてくる気の無いキュウべえをその場に置いて朱奈を廃墟から公園に連れ出した。夜の公園の中で朱奈をベンチに寝かせると華々莉は自身の《魔法少女》としての変身を解くと朱奈を揺すってみた。

「ねえ起きて。こんな所で寝るなんて良くないよ」

 華々莉が声を掛けながら揺すると朱奈は目を覚ました。

「あれ・・・。わたし・・・。どうしてこんな所に・・・」

「私がさっき公園を通ったらベンチに寝てるのを見たんだよ」

 朱奈の反応を見て華々莉は記憶操作が上手く行き、朱奈が正気を取り戻している事を確認出来て満足だった。

「そう・・・なんだ。わたし・・・。行かなきゃ。ありがとう」

 朱奈はそう答えて華々莉の前から去って行った。

 視界から朱奈の姿が見えなくなると華々莉も公園を後にした。

「元気でね・・・。せっかく記憶を操作して正気を取り戻したんだから、少しはマシになったでしょう?」

 誰に言う事無く華々莉は呟いたが誰も答えない。

「これから私の復讐が始まるんだから、余計な物には出て行って貰わなきゃ」

 

「成程。そう言う経緯だったんか。けど全部お終いやな」

 日向華々莉の記憶を一通り見た彩月は華々莉の行おうとした復讐の意味を知った。

「これからどうするんかなあ・・・」

 先の見通しが無かった彩月だったが、朱奈の姿を華々莉の記憶で見た事で、自分を未来から過去に連れて来た朱奈もこの時間にいる事を確信していた。

「そろそろ風見野に帰るか・・・。それに見滝原の様子も見ないといかんなあ・・・」

 これからをイメージした彩月は暫く眠りに付く事にした。

 いかに《魔法少女》でも眠気には勝てない。眠る事は人間と《魔法少女》、双方にとって必要な精神衛生上必要な行動と言えた。

 だからこそ、彩月は眠る。

 これから大きな戦いが待ち構えている事を無意識に悟り眠り始める。

《最強の魔女》になると言う目的の為に。

 




これでサツキ☆マギカのエピソードは完成しました。
ようやく物語を作り終えて一段落付きました。


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終極編
幸福な魔法少女なんやから


 風見野市内・・・。

今、この街にはウチが《操る魔女達》の作り出した結界がありその中にはアンジェリカ・ベア―ズと言うテディベア博物館がある。

ここは《プレイアデス星団》と言われる《魔法少女》達が研究所兼、拠点として使っていた場所でウチは暫くの間、ここで過ごしていた。

《プレイアデス星団》が回収した《魔法少女》のソウルジェムを砕き魔法と因果を吸収するのは骨が折れた。既に濁り始めているソウルジェムを砕くのは穢れをも取り込む事になるのでウチが《操る魔女達》には何匹か犠牲になって貰ってグリーフシードになって貰うと穢れを落としてから魔法と因果を取り込んでいた。

最もグリーフシードに大量の穢れを吸わせれば、また新しい《魔女》が生まれるので、新しい《魔女》を優木沙々の魔法でコントロールすれば良いだけだったが。

ソウルジェムを砕いて、因果と魔法を取り込むのは記憶ごと取り込んでいた為に2つ取り込むと8時間ほど精神的な負担から行動する事は出来なかった。

行動出来ない間は割と暇なので大抵は眠って過ごしていたがたまにウチはアンジェリカ・ベア―ズ内にある研究室にあるパソコンでインターネットを見たりしていた。

しかしインターネットを見る為には一々ウチが魔法で回線を繋がなければならない為にインターネットは徐々に使わなくなった。

その代わりに風見野市内にある書店の内部にある本を丸ごと結界内に取り込んで本を読み漁っていた。

読み漁る中で花言葉の本をウチは気に入って読み漁っていた。

今日もジュウちゃんと一緒に本を読み漁っていた。

「ねえジュウちゃん。ウチは菖蒲彩月。ウチの苗字も名前も花言葉に変換出来るんよ」

「へー。どう言う意味になるんだよ?」

「菖蒲は情熱。彩月は幸福。まさにウチを現しているやない。ウチは情熱を持って《最強の魔女》となろうとする幸福な《魔法少女》なんやから」

「こじ付けだな。オイラにはとても理解出来そうも無いな」

「まあそれで良いのよ」

 ウチはベータ―がウチの気持ちを理解出来ないと言っても見逃す事にした。

「花言葉は理解出来ないが彩月にはこの花こそが相応しいんじゃないか?」

 そう言ってジュウちゃんが起用に長耳でページをめくると1つの花を指し示した。

「アイリス。これはギリシャ語で虹と言う意味に由来した名前の花だ。《魔法少女》姿の彩月の髪とソウルジェムは虹色をしている。虹色の《魔法少女》にはピッタリな花だろう?」

 ジュウちゃんの言葉にウチは納得していた。そう。ウチの髪とソウルジェムはウチが《魔法少女》に変身すると同時に紫色から虹色へと変化していた。

 それは様々な《魔法少女》や少女から因果を奪い去った罪人の証とウチは捉えていたが・・・。

「そうやね・・・。アイリスか。覚えておく事にするわ」

 そう答えながらウチは再び花言葉の本に視線を戻した。そのページにはアザレアの花が写っている。そのツツジ科の植物の写真を見た時にウチは筒地綾女が奇跡で作り出した少女、朱奈を思い出した。

 やがて鹿目まどかの因果を奪おうとすれば鹿目まどかを守ろうとしている暁美ほむらと朱奈と戦わなければならない事をウチは感じ取っていた。

 そしてもう1人相手はいる。志筑仁美。彼女は驚いた事にウチが気紛れで《魔法少女》としての因果を与えた少女だった。観察してみると志筑仁美は暁美ほむらと同じクラスの生徒であり、《魔法少女》となった事で自然と暁美ほむらと手を組む事になったらしい。

 けれど関係は無い。ウチの前に立ち塞がるのなら倒して行くまでや。

 ウチは近い将来の戦いに向けて思いを馳せながらも今はジュウちゃんとの読書を続ける事にした。

 

 

 

 

 あれから数日・・・。時は来た。

 ウチの因果は既に以前と比べ物にならない程の量となっていた。今のウチならば《ワルプルギスの夜》でさえも倒す事は十分に可能だろう。

 最早、暁美ほむらや志筑仁美、朱奈とは比べ物にならない程、巨大な因果をウチは手に入れていた。

 見滝原市を訪れたウチの目には鹿目まどかが志筑仁美と歩いている姿が目に写っていた。

 今日は休日であり2人とも私服を着て散歩をしている様だった。

 ウチの目には見える。暁美ほむらは離れた場所を歩いている。朱奈は近くの河川敷で魔法の練習をしている・・・。

 ビルの上から4人を見張る事などウチにとっては容易い事だった。

「さて・・・。始めやすか」

 そう呟くとウチは《操る魔女達》のいる結界の中へと入り込んだ。

「とうとう始めるのか。彩月」

 結界の中にいたジュウちゃんがウチの側で語りかけて来る。

「ええ。と言っても直ぐに鹿目まどかの因果を奪う訳では無いわ」

「じゃあ何をするんだ?」

 ウチはここで初めてジュウちゃんの方を向き答えた。

「暁美ほむらや朱奈、志筑仁美にもリベンジを行うチャンスは与えるべきなんよ。今日は前哨戦と言った所ね。それともう1つ、試したい事があるんよ」

「また何か実験か?」

 ジュウちゃんは少し呆れ気味な顔をウチに向けていた。

「そうやね。今試したいのは・・・。出生の秘密を知ったら少女はどうなるか、や」

「どう言う事だよ?」

 そうか。ジュウちゃんは知らない。朱奈が誕生した本当の秘密を・・・。

「まあ見てのお楽しみよ。ジュウちゃん。もしかしたらとても面白いモノが見られるかも知れへんで」

「そうかい」

 ウチの言葉にジュウちゃんは困惑した様子を見せながらも頷いていた。

「さて・・・。まずはここからや!」

 ウチは《魔法少女》としての姿に変身するとコネクトの魔法をしようして結界と接続をした。これでウチの思う通りに直接、結界を操作する事が出来る。

 ウチの操作通りに結界は蠢き、志筑仁美と鹿目まどかを結界内に取り込み別々の階層に閉じ込める事が出来た。志筑仁美のいる階層には外との入り口を設けて暁美ほむらと朱奈が現れた時の備えを施し、志筑仁美には数匹の《使い魔》を放っておき、時間稼ぎの準備も出来ていた。

 結界内部の様子もウチの目に写っている。驚く鹿目まどかに対してウチはコネクトで接続するとエレガンテ・ファンタズマを使い眠らせ、結界を操作して作り出した檻に閉じ込めておいた。檻の前には最近、ウチが操った《鎧の魔女》を配置して万一の場合に備えていた。

 志筑仁美は既に《魔法少女》としての姿に変身すると《使い魔》を相手に戦っていた。

 風の魔法を持ち自らの拳を武器とする《魔法少女》。志筑仁美の戦い方を見てウチは笑みを浮かべていた。

どうやら収穫の時が来たらしい。ウチが蒔いた種は見事な芽を伸ばし花々を開いたのだ。

(暁美さん!朱奈さん!聞こえますか!?)

 不意に志筑仁美が暁美ほむらと朱奈にテレパシーを送っているのがウチにも聞こえて来た。

この結界の中でテレパシーを使えば全てウチに筒抜けになってしまう。

 ウチは少しだけ結界の入り口を広げると暁美ほむらと朱奈に志筑仁美のテレパシーが届き易い様にした。

(暁美さん!朱奈さん!聞こえますか!?)

(志筑さん。どうしたの?)

 朱奈の答える声が聞こえて来た。どうやら上手く行っているらしい。

(朱奈さん。私(わたくし)は今、突然、出現した結界の中におりますの。ただ私の友達も巻き込まれてしまって・・・)

(話は聞かせて貰ったわ。直ぐに行くわ)

 暁美ほむらも志筑仁美のテレパシーに答えて来た。これで2人ともウチの結界にくる事が確実となった。

(判りました。お二方をお待ちしております・・・)

 そう答えて志筑仁美は《使い魔》との戦いを続けていた。

「さて・・・。じゃあ次の準備やな」

 そう言いながらウチはエレガンテ・ファンタズマを使うと自らの姿を佐倉杏子へと変化させた。

「どうして佐倉杏子の姿になるんだ?」

 再度のジュウちゃんの質問に佐倉杏子の姿をしたウチがなるべく佐倉杏子の口調を真似て答えてみた。

「そうだな。暁美ほむらと朱奈。この2人はアタシ、佐倉杏子と面識があるからな。この姿ならもしかしたら油断を誘えるかも知れないからな」

 ウチが前にいた時間軸では暁美ほむらと朱奈は佐倉杏子と行動を共にしていた。

ならば佐倉杏子の姿を取れば少しは戦いを優位に進められるかも知れなかった。

「そんなに上手く行くものかねえ?最初から全力で潰しちゃえば良いだけだろ?」

 ジュウちゃんは呆れている様子だった。

「分かってねえな。これが楽しいんだよ。待ってな。面白いモノが見られるからな」

 ウチは言い切りジュウちゃんをその場に残して鹿目まどかのいる階層を目指して歩き出した。

既にウチの目には志筑仁美と合流した暁美ほむらと朱奈の姿が目に写っていた。

 必死に戦う朱奈の姿を見てウチは佐倉杏子の姿のままで笑みを浮かべた。

「朱奈。アンタは筒地綾女の事を忘れたまま戦い続けているけれどアタシが思い出させてやるよ。それと・・・。筒地綾女が隠した出生の秘密も教えてやる・・・」

 ウチはこれから起こる戦いと本当の事を知った朱奈がどうなるのかを楽しみとしながら戦いの場に向かった。

 

ウチの手の中にエレガンテ・ファンタズマを応用した映像が映し出され暁美ほむらと志筑仁美、朱奈の様子が写っていた。

3人が《鎧の魔女、バージニア》のいる、鹿目まどかの囚われた空間に辿り着いたのを見たウチは出番が来た事を知った。

 結界を操作して目の前に暁美ほむら達3人と鹿目まどかのいる階層に繋ぐドアを出現させ走り抜けると佐倉杏子の赤い槍を槍投げの要領で暁美ほむら達、3人の目の前に投げ付けた。

突然、投げ付けられたウチの赤い槍に驚いた暁美ほむら達、3人は足を止めドアから降り立ったウチの顔を凝視して驚いた顔を見せていた。

「あなたは佐倉杏子!?」

 驚愕の表情を浮かべた暁美ほむらはウチを見てそう叫び武器を持ち直していた。

 笑みを浮かべたウチは瞬時に距離を詰めると朱奈に向かって左手を翳し菱形の鎖を朱奈に向かって出現させ壁際に朱奈を拘束した。

「朱奈!」

「朱奈さん!」

 朱奈が拘束されたのを見て武器を向けた暁美ほむらと志筑仁美を視界に捉えたウチは、投げ付け、地面に刺さった赤い槍を引き抜くと幻惑魔法、エレガンテ・ファンタズマを使うと2人に分身し暁美ほむらと志筑仁美に同時に襲い掛かった!

「え!?」

「何ですの!?」

 ウチの容赦無い突きや多節棍となった槍の攻撃に暁美ほむらと志筑仁美は防戦一方となっていた。

「くっ」

 暁美ほむらは左手の盾から取り出したナイフでウチの攻撃を受け、志筑仁美はその素早さを生かしてウチの攻撃を交わしていたと思った瞬間。

「初対面の方に申し訳ありませんが・・・。これ以上は私も許容できませんわ!」

 叫ぶと同時に志筑仁美の右手のグローブに取り付けられたソウルジェムの輝くと分身体のウチと距離を詰めるとそのまま右手で正拳突きを行って来た。

 余りの威力にウチの分身体を構成していた菱形の鎖ごと分解して消え去ったが、志筑仁美は暁美ほむらと戦っていた本物のウチをも突き、吹き飛ばした。

 ウチが結界の壁に吹き飛ばされ、倒れたのを見て《鎧の魔女、バージニア》が動き出そうとしたのをウチは起き上がり右手を上げて制した。

「あなた・・・。誰なの?」

 突然、暁美ほむらはウチに武器を向けながらそう呟いた。

「私の知っている佐倉杏子は分身もしなかったし《魔女》を操るなんて魔法は使えなかったわ。姿は佐倉杏子だけれど・・・。あなたは佐倉杏子じゃ無いわね」

 もう気付かれた?けれどウチは暁美ほむらがウチを本物の佐倉杏子で無いと気が付いた事に悔しさ半分、嬉しさ半分を感じ関心もしていた。

自然と口頭に笑みを浮かべ宣言する事にした。

「へえ。案外、簡単にばれちゃう物やね。そうよ。ウチは佐倉杏子じゃ無い。ウチは・・・」

 エレガンテ・ファンタズマを解除してウチの本当の姿を暁美ほむら、志筑仁美、朱奈に見せ付けた。虹色の髪。虹色のソウルジェムが取り付けられた眼帯。誇り高き黒い衣装。

 ウチの真の姿を見せ付けながら視界に入った朱奈を見て、ウチに悪戯心が湧き上がった。

 朱奈に対して少し言葉遊びをするのも悪くない。

 閃きがウチの頭を走っていた。ウチは筒地綾女の記憶を受け継ぎし筒地綾女とは似て非なる者。

その思いを膨らませ偽名を口走る。

「始めまして。ウチは・・・。そうや。アイリス・アザレアと名乗る事にするわ」

 ウチの偽名を聞いても拘束されたままの朱奈や暁美ほむら、志筑仁美の表情に余り変化は無い。

 この偽名の意味は直ぐに分かるモノでも無いやろ。そう思い言葉を続けた。

「どうやらあなた達はあの子を助けようとしている様やけど、それはウチに勝てなきゃ無理な相談やね!」

 ウチの叫びを合図に《鎧の魔女》が暁美さんと志筑さんに向かって動かすと同時にエレガンテ・ファンタズマを使うと浅海サキの姿に変わった。

「今度は・・・。確か浅海サキだったかしら?これはどう!ピエトラディトゥオーノ?」

 ウチが構えた乗馬鞭の先から電撃が放たれ暁美ほむら、志筑仁美を襲った。

「くっ!」

「痺れますわ・・・」

 苦痛に顔を歪ませる暁美ほむらと志筑仁美に容赦無く《鎧の魔女、バージニア》にその豪腕を振り下ろさせたが、寸前に苦痛に顔を歪ませながら駆け出した志筑仁美が暁美ほむらを引っ張り交わしていた。

「ふーん。ウチじゃやっぱり同じ精度じゃ使えないや・・・。じゃあやっぱりこっちかな?」

 魔法の精度を確認したウチはまた別の魔法を使おうと別の《魔法少女》の姿を取る事にした。結局の所は遊びであり結果はどうでも良い。

そう思いながらウチはその姿を呉キリカへと変化させた。

「あれは!?呉キリカ!?」

 ウチの姿を見た暁美ほむらは驚きを素直に現していた。

 どうやら呉キリカと暁美ほむらは顔見知りらしい。

「へえ。この人の事は知っているんやね。まあウチの魔法の練習にはなるわね!」

 言いながらウチは両手に魔力で構成された鉤爪を精製すると同時に速度低下の魔法を暁美ほむらと志筑仁美に仕掛けた。

 ウチを迎撃しようとする暁美ほむらの動きが緩慢なのを見てウチは速度低下の魔法が成功した事を感じ取った。

「暁美さん!」

 暁美ほむらの様子を見かねた志筑仁美が脇から飛び出すと腰に挿していた扇子をウチに向かって、大きく振って来た!

巻き起こる風の刃がウチと《鎧の魔女、バージニア》に次々と切り傷を負わせた。

傷を負いながらもウチは速度低下の魔法が志筑仁美に効果を及ぼしていない事を感じ取っていた。

魔力の流れを見るウチの瞳は志筑仁美から流れる魔力がウチの速度低下の魔法を相殺している事を見抜いた。

「そっか。速度を上げる魔法を使っているから速度低下が聞かない訳やね」

 傷付き膝を付いていたウチが呟いたと同時に目の前から暁美ほむらが消え、瞬間的に離れた場所に姿を現したのだ。

 頭の中に疑問が浮かんだがそれを考える暇も無くウチの足元から連鎖的な爆発が起きた。

 咄嗟に痛覚遮断を行うと同時に皮膚が焼ける匂いが鼻に漂ったが無視して硬質化魔法、カピターノ・ポテンザで身を守ると同時に魔力で強引に身体を再生させた。

ウチの脇にいた《鎧の魔女、バージニア》は崩れ落ちてグリーフシードを落としたのを感じ取るとウチ、本来の姿に戻ると朱奈の前に駆け寄り菱形の鎖を使った防御壁を張り巡らした。

ウチの事を朱奈は恐怖と不安の入り混じった瞳で見ている。

「危ない所だったやね。体を硬質化する、カピターノ・ポテンザだったかしら?が間に合わなきゃウチも死んでいる所やわ」

 少し傷を負いながらもウチは暁美ほむらと志筑仁美に対する憎まれ口は忘れなかった。

「朱奈さんを離して!」

 志筑仁美は躊躇う事無くウチの作った菱形の防御壁に魔力の帯びた拳を叩き付けたが途端に弾かれてしまった。

 暁美ほむらも武器をこちらに向けていたがウチは手を上げて暁美ほむらを制止した。

「安心し。これ以上、ウチは戦うつもりは無いで。その証拠に」

 ウチはそう言いながら囚われていた鹿目まどかを開放した。

「まどかさん!」

 それを見て志筑仁美と暁美ほむらが鹿目まどかに駆け寄り様子を確かめていた。

「良かった・・・」

 思わずそう呟いた朱奈の顔をウチは覗き込んだ。

 驚いた朱奈の瞳をウチは楽しんで見ながら語りかけた。

「けどまだウチの用は済んでいないのよ。ウチは出来る事を行う主義やから今、朱奈に出来る事をして上げるわ」

 ウチにそう言われた朱奈は怯えた表情を見せていた。そうした朱奈の様子がウチの被虐心を刺激した。

「ウチが朱奈の無くした記憶を戻してあげるわ!」

 ウチは右手に御崎海香の魔法書を出現させると右目のソウルジェムに魔力を集中し朱奈に対して施された記憶の封印をイクス・フィーレで解析すると記憶の封印を解除した。

 見る見る内に朱奈の表情が変化して行く。

「そうだ・・・。わたしは・・・。思い出した・・・。わたし、どうして忘れていたの?わたしの大切な人の事を・・・。綾女ちゃんの事をどうして!?」

 力一杯に叫んだ朱奈を見てウチの被虐心を満足させると同時にもっと、心の満足を求めるウチも存在していた。

 急激に記憶が戻った事で朱奈は困惑していた。その様子を見て暁美ほむらと志筑仁美は心配そうに朱奈を見つめていたけれどそれはウチには関係無かった。

ウチは菱形の鎖の拘束から朱奈を開放した。座り込んだ朱奈を見てウチは更に残酷な言葉を投げ掛ける事にした。

正直、朱奈がどんな顔を見せるのかウチは知りたかった。

「どうやら思い出せた様やね。筒地綾女の事を。だからウチは筒地綾女が朱奈に隠していた事も教えてあげるわ」

 ウチの言葉を聞いた朱奈はビクッとすると幼い子供の様に地面に額を擦りつけて耳を手で覆い目を瞑った。

ある意味では正しい行動とも言えた。

朱奈はこの世に生まれてから三年間しか経っていないのだ。

「聞きたくない!わたしは思い出せただけで良いの!聞きたくないの!」

 朱奈はウチに叫んだが、無駄な事だった。

《魔法少女》にはテレパシーがある。

ウチはテレパシーをこの場にいる《魔法少女》全員が聞こえる様にして言葉を思い描いた。

(無駄よ。テレパシーがあるのだから朱奈はウチの話を聞くしか無いのよ)

 朱奈は嫌々する様に頭を振った。

そうした行動でもウチの被虐心は高ぶったけれどそれだけじゃあ満足とは程遠かった。

ウチは最大の痛みを伴う言葉を思考した。

 

 

(だって朱奈。あなたは筒地綾女が奇跡で作り出さした存在なのよ)

 

 

ウチの言葉に朱奈は呆然としていた。暁美ほむらも志筑仁美も驚愕の事実に言葉を失っている様子だった。

朱奈の思考は次々と変化して行く。

(わたしが綾女ちゃんの奇跡で生まれた存在!?じゃあわたしには元々、記憶も家族も無いの!?)

(そうよ。朱奈には記憶も家族も無いわ。奇跡から生まれたのだから何も無いわ)

 朱奈の思考は自分には記憶も家族も無いと言う事をウチに付き付けられて混乱していた。

 ウチは駄目押しをする事にした。

「信じられないのなら証拠を見せてやるわ」

 ウチは再びイクス・フィーレを行うと朱奈にある記憶を見せた。

 それは筒地綾女がベーターことキュウべえと契約を結んだ記憶だった。

 夜の森の中で筒地綾女とベーターが契約を結び、契約の対価として朱奈を誕生させた記憶・・・。

「朱奈。これが真実なのよ。あなたは筒地綾女の願った奇跡によって生まれたの」

 記憶の中で朱奈は自分が奇跡によって誕生させられたと言う紛れも無い事実を付き付けられていた。

ただ呆然と地面に蹲っている朱奈を見てウチは満足を感じていた。

 視線を暁美ほむらと志筑仁美に向けると2人は朱奈の様子を見て驚きを見せていた。

(追撃されても困るんやな。あの魔法を使うか)

 そう考えるとウチは今まで使わなかった《魔法少女》の魔法を使う事にした。

 右腕に黒と緑色の巨大なグローブを出現させ正面に向ける。

「これでウチの用は済まして貰ったわ。それじゃあまた会いやしょう」

 黒と緑のグローブから閃光が走り朱奈達、3人は思わず目を瞑っていた。

 その隙にウチは結界を操作すると目の前にアンジェリカ・ベアーズに繋がるドアを設けるとその場を立ち去ると同時に結界を離れた場所に移した。

 すべき事は全て済ませた。

 

 

 

 

 

「ふう。やっぱり3対1は、いくらウチでもキツイやね・・・」

そう言いながらウチはアンジェリカ・ベアーズ内部の研究室の椅子に腰を降ろした。

つい先程までウチは暁美ほむら、志筑仁美、朱奈の三人と鹿目まどかの安否を巡って戦って来たばかりだった。

もっとも今日の戦いはあくまでもウチの顔見せ程度と最初から考えており、少し手合わせをして、朱奈にサプライズを施すと撤退した。

「彩月。一体、何をして来たんだ?」

 ジュウちゃんはウチが一体、何をして来たのか、気になっている様子だった。

「そうやな。ウチが戦った3人の中で、朱奈だけは特別な存在なんよ」

「どう言う事なんだ?」

「朱奈はな・・・。ウチに記憶を植え付ける実験を行った《魔法少女》、筒地綾女が奇跡によって生み出した少女なんや」

「奇跡によって生み出された少女!?」

 ウチの回答にジュウちゃんは驚いた表情を見せていた。

「説明するとやな・・・」

 ウチはジュウちゃんに向かって筒地綾女と朱奈の知る限りの記憶を話した。

 筒地綾女は既に《魔女化》しウチが倒した事。朱奈は筒地綾女に関する記憶を失っている事を・・・。

「だからウチは朱奈の記憶を戻してやったんや。そのついでに朱奈の出生の秘密も無理やり教えて上げたんやけどね」

 そう。ウチは先程、行われた、暁美ほむら、志筑仁美、朱奈との戦いの中で朱奈に対して解析魔法、イクス・フィーレを応用して封印されていた記憶を復活させた。

同時にウチは筒地綾女が朱奈を奇跡によって生み出した記憶を朱奈に植え付けていた。

朱奈は自分がどの様にして生まれたのかを知らなかった。

記憶喪失だと筒地綾女に思い込まされていたのだ。

だからこそ本当の出生を知ってしまえばショックを受ける事は簡単に予想する事が出来た。

「本当の事を知った朱奈がこれからどんな顔をするのか、これから見物やで」

 ウチの言葉にジュウちゃんは表情を変える事は無かったが返答はした。

「随分と残酷だな」

「それがウチなのよ」

 そう。それがウチ、菖蒲彩月ことアイリス・アザレアの本質・・・。

 




章のタイトル通りにここから《さつき☆マギカ》は最終章に入ります!
菖蒲彩月の最後の戦いを目撃せよ!
待て!次回!


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ウチと戦う。違うんかい?

 暁美ほむら、志筑仁美、朱奈の3人と戦い、朱奈に残酷な事実を突き付けた翌日・・・。

 ウチはコネクトの魔法とエレガンテ・ファンタズマを応用して暁美ほむらの自宅にいる朱奈の様子を観察していた。

 頭から毛布を被った朱奈は少しも動こうとしない。

 一方で暁美ほむらの方にもコネクトを引き伸ばして観察すると暁美ほむらは自宅を訪ねて来た志筑仁美と公園で言葉を交わしていた。

「それで暁美さん。朱奈さんの様子は・・・?」

「あの子は・・・。今、ずっと考え事をしているわ」

「そうですか・・・。暁美さんは朱奈さんの秘密を知っていたのですか?」

「どうしてそう思うの?」

「暁美さんは朱奈さんの出生の秘密を聞きながらも驚いた様子を見せませんでした。そこから推測してみただけの事です」

「そうよ。理由は話せないけれど私は朱奈の秘密を知っていたわ。けどれ私は本人に伝えるつもりは無かったわ」

「どうしてですか?」

「これは・・・。朱奈が自分で知ろうとしなければいけない問題よ。他人が簡単に教えて良い問題では無いわ。朱奈が自分の意思で知りたいと願うのならば教えるべきだと私は思うわ」

「暁美さん・・・」

「そうかも知れませんわね・・・。暁美さんの言う通りかも知れません・・・」

 会話の内容から察すると志筑仁美は暁美ほむらが朱奈の秘密を知っていて黙っていた事を感付いていた様だった。

 志筑仁美の観察力の高さにウチは驚きと同時に感嘆していた。

 敵として戦うのに相応しい《魔法少女》だとウチは志筑仁美の事を見直していた。

 すると暁美ほむらと志筑仁美の前にベーターことキュウべえが現れた。

 ベーターは余程、ウチに対して危機意識を持っているのか、出来うる限りのウチの情報を暁美ほむらと志筑仁美に話していた。

 しかし暁美ほむらはその表情から察するとベーターの事をまったく信用していない事が見えていた。

 ベーターが立ち去った後に暁美ほむらと志筑仁美はウチを倒す事を互いに誓っていた。

 その一方で朱奈の様子を見てみると朱奈はまだ沈んだままだった。

「まだ、戦う時では無いという訳やね」

 ウチはもう少しだけ待つ事にした。

 たとえ相手が朱奈でもリベンジの機会は与えるべきだとウチは思っていた。

 

 二日経ったが朱奈は相変わらずアパートに引き篭もったままだった。

 正直、ウチは待つ事に少し飽きていた。

「まったく。主体性の無い子供じゃあ何時まで経っても埒があかへんね!」

 強い調子でウチは叫んでいた。幸いここは結界の中にある、アンジェリカ・ベアーズ内の研究室であり大声を出そうと文句を言われる事は無かった。

「だからと言って何か出来る訳でも無いんだろ?だったら待つしかねえじゃねえか」

 そう言ってジュウちゃんは欠伸をしていた。

「そうでも無いんやで。ウチにはこれがあるさかい」

 そう言ってウチはコネクトを朱奈に接続した。

 幸いコネクトは相手に気付かれずに接続を行えると言う魔法である為に朱奈は接続された事に気が付く事は無かった。

「さて・・・。送り込むイメージは・・・。これや!」

 ウチは頭の中に筒地綾女のイメージを浮かべた。次にキュウべえの事を思い浮かべた。

 ウチの予想通りに頭の中に過ぎった筒地綾女とキュウべえのイメージを見た朱奈はアパートを出ると河川敷の工事現場にやって来ていた。

(キュウべえ!いるなら出て来て。わたし、聞きたい事があるの!)

(どうやら僕に質問があるみたいだね。朱奈)

 朱奈のテレパシーに答えてキュウべえが姿を現していた。幸い、ベーターはコネクトの事は気が付いてないか、気が付いているが指摘する気が無いらしく話そうとはしなかった。「ねえ・・・。キュウべえ・・・。正直に答えて。わたしは本当に奇跡で生まれたの?」

「そうだよ。君は奇跡で生まれた。その事に間違いは無いよ。本当は朱奈と綾女が生きている間は誰にも伝えないつもりだったけどね」

 ベーターと朱奈の会話は暫く続いていた。やがて朱奈は決定的な質問をベーターに口走っていた。

「キュウべえ。綾女ちゃんはもう死んじゃったの?」

「うん。綾女はもうこの世にはいないよ」

 

 

(綾女ちゃんがもういない・・・)

 

 

 その言葉を聞いたと同時に朱奈が涙を流している事をウチは感じ取っていた。

「世話が焼ける子や」

 このまま朱奈が悲しみに沈んでしまうのも困ると感じ取ったウチは朱奈に対して鹿目まどかのイメージを送り付けた。

 三日前の戦いで囚われた鹿目まどかのイメージ。

 ベーターと契約をして《魔法少女》となり《魔女化》してしまうイメージ。

 幸い三日前の戦いでウチは朱奈の頭から朱奈の記憶を引き抜き鹿目まどかと朱奈の関係性を把握してより効果的にイメージを送る事が出来た。

 それと戦いたいと言う欲求を朱奈に送り込んでいた。

 朱奈の心に戦うと事への肯定が生まれ始めているのをウチは感じ取っていた。

「ねえキュウべえ。私、戦っても良いのかな?」

「君が《魔法少女》として戦う事に僕に異論は無いよ。もし戦いたいのなら戦えば良い。けれどそれが命懸けだと言う事は解っているんだろう?」

「わたし・・・。あの《魔法少女》。アイリス・アザレアと戦う!鹿目さんを守る為に戦ってみせる!」

 ベーターの言葉に力強く頷いた朱奈はその場にベーターを置いて行くと街へ繰り出しいた。どうやらウチが送り込んだ戦いたいと言う欲求に従って行動しているらしい。

「少し試してみるか」

 そう呟いてウチは《操る魔女達》の《使い魔》を一匹、朱奈の近くに派遣して結界を張らせ、意図的に朱奈に感知しやすい様に魔力を放出させた。

 感知と同時に結界に飛び込んだ朱奈は手に持ったボーガンを接近戦用の形態に変えると衝動のままに《使い魔》を切り刻んで倒していた。

 この結果にウチは少し驚いていた。主体性の無い朱奈ですらウチの魔法の影響でここまで好戦的にする事が出来たのだ。

「朱奈!?」

「朱奈さん!?」

 そこへ暁美ほむらと志筑仁美が結界のあった裏通りに現れた。学校帰りなのか2人とも制服姿のままである。

「暁美さん。志筑さん。ごめんなさい。わたし、決めたの。鹿目さんを守る為にわたしは戦うの!」

 朱奈の力強い宣言を暁美ほむらと志筑仁美は驚きの表情を見せていた。

 ここまで朱奈の様子を覗いて見てウチは機が熟したと感じていた。

 ウチはコネクトのコードを一本だけ結界の外へと出して目の代わりにして鹿目まどかを探してみた。

 直ぐに1人で歩いている鹿目まどかを見つけウチの結界に引き込んで面倒の起きない様に気を失わせた。

「さて・・・。それじゃあ、宣言させて貰うで」

 ウチは朱奈、暁美ほむら、志筑仁美の3人にテレパシーを送った。

(どうやら決意は固まったようやね)

「アイリス・アザレア!」

 ウチのテレパシーに驚いた暁美ほむらと志筑仁美は《魔法少女》としての姿に変わると朱奈と共に周囲を警戒した。

(朱奈も立ち直った様やし、ウチとの決着を付けようやないの?もう既に鹿目まどかはウチが捕らえさせて貰ったわ)

「なっ」

「まどかさんを!」

「鹿目さん・・・」

 三人の驚く反応はウチの満足する物だった。

(ここから少し離れた跨道橋でウチは待っているわ。3人との決着が着くまでは鹿目まどかに危害を加えるつもりは無いから安心し)

 ウチは一方的にテレパシーを切った。

「いよいよ総力戦と言う事か」

 ウチの横に座り込んでいたジュウちゃんが語りかけて来る。

「そうやな。そうだ。ジュウちゃんに頼みがあるんやけど良い?」

「なんだい?彩月」

「ここからはウチの事をアイリスと呼んで欲しいんや。彩月とは呼ばずに」

「どうしてだ?」

「ここからウチは菖蒲彩月としてではなくて《究極の魔女》を目指す、アイリス・アザレアと言う《魔法少女》として戦いたいんや!演じたいとも言えるんやけどね」

 それがウチの衝動とも言えた。もうウチは以前の菖蒲彩月とは異なる存在と言えた。

 無数の《魔法少女》の記憶を持ち命すら弄んだ最低の《魔法少女》。

 ウチはもうとっくに菖蒲彩月では無くてアイリス・アザレアとなっていた。

「分かったよ。アイリス。他に頼みはあるのか?」

 ジュウちゃんは早速、ウチの頼みを聞き入れてくれた。

 そこだけはベーターの兄弟と言える性質だった。

「そうやな。じゃああの3人の道案内を頼むで。結界の階層は今から組替えて置くから闘技場にあの3人を連れて来て欲しいんや」

「闘技場へ連れて行ってどうするんだ?」

「ウチは万全の状態の3人と戦って倒したいんや!闘技場にはウチが2体の《魔女》を用意しておく。どうせ瞬殺やろうから、その時に生じたグリーフシードで三人のソウルジェムから穢れを取り除いて万全な状態でアンジェリカ・ベアーズに案内して欲しいんや」

 ジュウちゃんは結界の中を散歩しており構造を良く知っている為、この役目はジュウちゃん以外は出来なかった。

「あいよ。任せておきな」

「じゃあ跨道橋までの入り口を開くで」

 ウチの言葉と同時にジュウちゃんの目の前に跨道橋までの入り口が開いた。

「じゃあな。アイリス。3人を連れて直ぐに戻るぜ」

「頼むで。ジュウちゃん」

 ジュウちゃんを見送りウチは研究室を出てアンジェリカ・ベアーズの入り口に持って来たパイプ椅子と折りたたみ式のテーブルを置くと頬杖を付いて座った。

 魔力を温存する為にまだ《魔法少女》としての姿では無くこの間、購入したお気に入りなボーイッシュな服姿に着替えてウチは待っていた。

 獲物がウチの目の前に現れるのを。

 獲物が現れるまでの間にウチは鹿目まどかを結界の最深部へと閉じ込めていた。

 そこには《魔女》も《使い魔》も存在しない、孤立した階層だった。

 ウチが負けたら《操る魔女達》は見滝原市から一時的に離れる様に魔法で指示し鹿目まどかは安全に開放される様にしていた。

 ウチが負ける事は無いだろうが、もしウチが負けた時に鹿目まどかが開放されないのは暁美ほむら、志筑仁美、朱奈のリベンジに対して失礼な気がした。

「まだやろか・・・。まだ・・・」

 ペットボトルのジュースを飲みながらウチは待ち続けた。待ち人が現れるのを・・・。

 やがて離れた場所で起こった振動を感じ取ったウチは待ち人が来た事を悟った。

 時は近い。逸る気持ちを押さえてウチはパイプ椅子に座り頬杖を付き続けていた。

 3人分の足音とジュウちゃんの足音がウチの耳に響き暫くするとウチの脇に《魔法少女》の気配が現れた。

「アイリス。3人を連れて来てやったぜ」

 ジュウちゃんがウチに対してそう報告して来た。

「思ったよりは速かったやね。ご苦労さん。ジュウちゃん」

 ペットボトルのジュースを片手にウチが振り向くとジュウちゃんの背後に暁美ほむらと志筑仁美、朱奈の3人が《魔法少女》としての姿を取りウチの前に揃っていた。

 3人の目にはウチに対する敵意が見えていた。あの朱奈にすらウチに対する敵意があった。もっともその敵意はウチが増幅させたモノだが・・・。

「まどかは何処?」

 そう言って暁美ほむらが一歩踏み出そうとした瞬間にウチは右手を軽く振って菱形の鎖がウチの前に張り巡らされ暁美ほむらは足を止めた。

「まあ、待ちやしゃい。鹿目まどかなら無事や。ほい」

 ウチが右手を上げてコネクトとエレガンテ・ファンタズマを組み合わせて魔法陣を作り出すとそこに鹿目まどかの姿を映し出した。

「今はまだウチに危害を加えたら待機している《魔女》が鹿目まどかを襲う魔方陣を敷いとるからウチに何かしない方が得えと思うけど?」

 ウチの言葉を聞いて暁美ほむらはウチを睨みながら押し黙った。

 志筑仁美も朱奈も険しい顔をしてウチを見つめる事しか出来なかった。

「そう。それで得えんや。じゃあまずは・・・。話したい事があるから話させて貰うで。戦うのはその後でも得えやろ。暁美ほむらさん、志筑仁美さん、朱奈。ウチの名前、アイリス・アザレアと言う名前を聞いて何か引っかかる事は無いんか?朱奈」

「え?」

ウチに名指しで指名されて朱奈はビクッとしてウチを見つめていた。

「そうやな。難しかったかも知れないやな。じゃあウチから教えたるわ」

 立ち上がりウチはソウルジェムを右手に出現させ魔力を高めるとソウルジェムと髪の色が紫色から虹色へと変化し直ぐに戻した。

 堂々と仁王立ちするウチを見る朱奈にウチは言葉を続けた。

「ウチの名乗った、アイリスはギリシャ語で虹を意味する。これは私のソウルジェムに由来させたんや。まあそれは置いといて、ウチが言いたいのはアイリスがアヤメ科の植物。アザレアはツツジ科の植物だと言う事や。もう解ったやろ?」

 ウチの言葉に朱奈の顔色が見る見る内に変わった。

「アヤメとツツジ!?どうして綾女ちゃんと同じになるの!?あなたは誰なの!?」

 朱奈は驚きウチに向かって叫んでいた。

「そうやね。一言で言うならウチは朱奈を作り出した筒地綾女の記憶を持ち合わせていると言う事やね」

「綾女ちゃんの記憶を!?」

「そうや。筒地綾女の魔法を使った実験によってウチは筒地綾女の記憶を引き継いでいる。アイリス・アザレアは朱奈に向けた暗号ゲームだったけれど朱奈が分からなかったのは残念やな。本当の名前は別にあるけれどそれはまあどうでも良い事やな」

 椅子から立ち上がりとウチは《魔法少女》としての姿に変身した。

 紫の髪に黒い衣装を身に纏い右目にはソウルジェムを眼帯の様に掛けた誇り高い姿。

 魔力の高まりに呼応して紫色の髪とソウルジェムは輝きを増して虹色に変わって行く。

「さて。ここからが本番や。けれどその前にウチの目的を話させて貰う」

 笑みを浮かべたウチに対して暁美ほむらも志筑仁美と朱奈もウチに対して恐れを感じているのがウチにも感じ取る事が出来た。

 既にウチの魔力は目の前にいる3人の《魔法少女》よりも高いレベルに至っていたのだ。

「ウチは3人の目的は察しも付くし予想も出来る。けれどそっちは何も解らないじゃあ不利やろ?だから話したる。まずは・・・」

 ウチは右手を目の前にいる3人の《魔法少女》に翳した。

 ウチの様子に身構えた暁美ほむらと志筑仁美、朱奈だったが突如として志筑仁美と朱奈のソウルジェムが光を増してウチの魔力に反応していた。

「何!?」

「朱奈さんも!?」

 自分のソウルジェムがウチの魔力に反応した事を志筑仁美と朱奈は狼狽していた。

 その様子を見て暁美ほむらも驚きを見せていた。

「どう?驚いたみたいやね。ウチの魔力に反応するのは当然や。朱奈。志筑さん。あなたたち2人はウチが《魔法少女》としての資格を与えたんだから!」

「!!」

 ウチの言葉に志筑仁美と朱奈は顔色を変えていた。

 無理も無い。自分達の願いを叶える因果律を与えたのが敵であるウチだったのやから。

「まあタネを明かせば簡単な話や。ウチの願いは《他人の因果律や魔法を奪う事》やから。奪った因果率や魔法はウチが取り込む事も出来るけど逆に他人へ入れ込む事だって出来るんや。この能力のお陰でウチは朱奈を利用してあの未来から脱出する事が出来たんや。おかげで多くの《魔法少女》や《魔法少女としての素質を持った少女》を殺して因果律を奪えたから感謝しなきゃいけないやね」

 愉快な気持ちで種明かしをしたウチを志筑仁美と朱奈は不快感を示していた。

「やはりあなたが朱奈と一緒に未来から来た少女だったのね。因果律を取り込む・・・。まさか!?あなたの狙いは!」

 言いながら暁美ほむらはウチの目的に感付いた様子だった。

「どうやら気がついたたみたいやね。そや。ウチの目的は破格の因果律を持つ鹿目まどかの因果律を奪う事や」

「そんな事の為にまどかさんを拉致するなんて・・・。許せませんわ」

 純粋な怒りを抱いた志筑仁美はウチを睨んでいた。

「おお、怖い。まあ怒るのも無理はないやね。因果律をウチに取られた相手は大抵の場合、死んでしまうやね。良くても意識不明や。志筑さんも見た筈や。見滝原病院の前で」

 種明かしを聞いた志筑仁美は驚愕した様子を見せた。この場にいる3人の表情が次々と変化して退屈しないとウチは感じていた。

「まさか・・・。あなたがさやかさんをあんな目に!?」

「そうや。と言ってもウチが気まぐれに他人の因果律を志筑さんに投げ付けなかったらさやかと言う人は助からなかったやろね」

「けれどそれはあなたがさやかさんから因果律を抜いたからでしょうに!」

 般若の様な顔で睨む志筑仁美にウチは恐れを抱かなかった。

 既にウチの魔力は志筑仁美を超えている。まだ喋る余裕もあった。

「まるで般若やね。まあさやかと言う人の因果律はウチにも取り込めたけれど鹿目まどかの因果律は取り込めるかどうかはウチにも分からない。因果律にも相性があるさかい。けれど取り込める可能性がある以上、ウチはやらして貰うで」

「あなたは一体、何になろうとしているの?因果律を奪って最強の《魔法少女》にでもなりたいの?」

 的外れな暁美ほむらの質問にウチは笑いを抑える事が出来なかった。

「あはははははははは。まさかそんな事を目的にしている訳が無いやろ。ウチの目的はその先や。《魔法少女》の先は一つしか無いやろ?」

 そう叫びながらウチは手の平から巴マミのソウルジェムを出現させた。既に取り返しの付かない程の穢れが溜まり、羽化が始まろうとしていた。

「まさかそのソウルジェムは!?」

「あれは!?」

 朱奈と暁美ほむらは巴マミのソウルジェムを見て狼狽していた。そう言えば朱奈は前の時間軸では巴マミに助けられていた。

「ふーん。どうやら知っているみたいやね。そう。これは巴マミのソウルジェム。そろそろ羽化する時や無いかしら?」

 言いながらウチは真上に巴マミのソウルジェムを投げ付け、右手に先端がCを書く様に曲がった魔法の杖、優木沙々の魔法の杖を出現させると魔女をコントロールする力を応用する事で魔力を送り巴マミのソウルジェムの羽化を速めさせた。

「さあ。ウチが操る《魔女》の誕生を喜びなさい」

 目の前で巴マミのソウルジェムが砕け、魔力を放出しながらグリーフシードを生み出し急速に人型の形を成していく。あっという間に巴マミの面影を持つ《魔女》が誕生した。

「《おめかしの魔女》の誕生だな」

 ジュウべえは誰に言う事も無く呟いていた。

「どういう事ですの?どうしてソウルジェムからグリーフシードが?まさか・・・。今まで倒した《魔女》と言うのは全て《魔法少女》だったと言うのですか?」

 狼狽した志筑仁美を見てウチは志筑仁美が《魔女》の正体を知らなかったと感じ取る事が出来たので説明をする事にした。先程から面白い表情の変化を見せた礼とも言える。。

「どうやら志筑さんは知らない様やね。今ウチが見せた通りや。《魔法少女》はいずれ《魔女》となる存在。ソウルジェムの穢れがグリーフシードで落とせない程、溜まり切った時、ウチたちは《魔女》と化す。世界に対する恨み妬みから呪いを増幅させて《魔女》と化すケースもあるけれど・・・」

「そんな・・・。私(わたくし)達は《魔女》となる為に《魔法少女》となったのですか!?」

 驚き叫ぶ志筑仁美を見てウチは言葉を返し続けた。

「そうとも言えるやな。1つだけ付け加えるのなら《魔女》の一部は《使い魔》が人間を捕食して成長したモノや。だから全ての《魔女》が元々《魔法少女》と言う訳や無い。最も《魔女》から分裂した《使い魔》が成長して《魔女》となるのだから元は《魔法少女》の一部だったと言う事やな」

「一体、どうしてそんな!?」

 狼狽する志筑仁美の様子に可笑しさを感じながらウチは話を続けた。

「全てはこの宇宙の為やさかい。キュウべえ、本当の名前はインキュベーターと言う地球外生命体のやけど。インキュベーターが私たちに奇跡と引き換えに《魔法少女》にして最終的に《魔女》となって貰うのは訳があるんや。全てはこの宇宙の為や」

「宇宙!?」

 朱奈も志筑仁美も唐突に出て来た宇宙と言う言葉に驚きを見せていた。

 けれども暁美ほむらは相変わらずのポーカーフェイスであった。

 全てを知っている為に出て来る余裕だとウチは感じた。

「インキュベーターの話によればこの宇宙のエネルギーは目減りしていく一方らしいや。だからこそ宇宙の寿命を延ばす為に私たちを《魔法少女》にする。第二次性長期やったか?その年齢の少女が持つ感情の希望と絶望の相転移がソウルジェムをグリーフシードに帰る瞬間に莫大なエネルギーが発生するらしいや。それを回収するのがインキュベーターの仕事やさかい」

 志筑仁美も朱奈も驚きの余り言葉を挟む事は無かったのでウチは話を続けた。

「まどかの因果律を奪いたいと言うのは分かったわ。あなたはそれで何がしたいの?《魔法少女》が最後には魔女になると言う事を知りながら何故、まどかの因果律を狙うの?」

 この言葉を聞いてウチは確信した。やはり暁美ほむらは何も分かっていない。笑いが込み上げて止める事が出来なかった。

「ふふ。あははははははははははは」

 突然笑い出したウチを見て暁美ほむらは憮然とした表情を見せ、志筑仁美と朱奈は驚き何も言えない様子だった。笑いが収まりウチは話を続けた。

「鹿目まどかの因果律を奪おうとしている理由は簡単や。ウチは見たんや。あの破壊された見滝原で鹿目まどかが地球を滅ぼす《最悪の魔女》へと変化するのを!だからこそウチは鹿目まどかの因果律を奪いたいんや。そしてウチこそが《最強、最悪の魔女》となってこの宇宙に貢献したいんや!」

 ウチの目的を聞いて暁美ほむらと志筑仁美は驚きを見せていた。けれど朱奈だけは違った。はっきりとウチに対する怒りを見せていた。

「そんな事、絶対にさせない!」

 そう言いながら朱奈はボーガンをウチに向けて来た。

 しかしウチの前には菱形の鎖の防御壁が今だ健在であり脅威とはならなかった。

「そうよ。私は・・・。まどかを守ってみせる」

 朱奈が戦おうとするのを見て暁美ほむらも左手の盾から取り出したマシンガンをウチに向けて来た。

 けれど志筑仁美は拳を構えなかった。

「志筑さん?」

 怪訝な表情で志筑仁美の方を見た暁美ほむらに合わせる様に志筑仁美は顔を上げた。

 その表情には絶望が表れていた。

「私(わたくし)達《魔法少女》が《魔女》を生み出すのなら、戦っても意味は無いじゃありませんか!?それどころか私(わたくし)達もいずれ《魔女》となってしまう・・・。何の為に戦えと言うのですの!?」

「それは・・・」

 暁美ほむらは直ぐに答える事が出来ない様子だった。朱奈も同じく答えられない様だった。迷う事無くウチは志筑仁美に発破を掛ける事にした。

「何を言っているや?志筑さん。まだアンタは《魔女》にならないんや。だとすればやる事は1つやろ。ウチと戦う。違うんかい?」

 思いがけないウチの言葉に暁美ほむらも朱奈も志筑仁美を驚いていた。

「ここでもしウチと戦わずに鹿目まどかや暁美ほむら、朱奈の3人を見捨てたらアンタはその事を後悔してしまうで。仲間を見捨てて勝手に《魔女化》なんてウチは最低と思うんや。どの道、ウチが勝利すればあなたも殺される運命なんやで。だったら可能性は低くてもウチと戦って勝利を探るのが正しい事やろ」

 まだ志筑仁美は気持ちを決めかねている。もう一押し必要やな。そう思いウチは言葉を続ける事にした。

「志筑さん。ウチがどうしてこんな事を説明するのかと言うとウチが負けず嫌いやからや。この間、戦った時も正直、負けたと思った。舐めてかかったから受ける筈の無い傷を受けた。ウチはその傷を受けた自分が許せないんや。だからあの時、ウチは撤退した。アンタ達3人と本気で真っ向勝負を行う為に。だからウチと戦いなさい。ウチと戦って鹿目まどかを助けた後に《魔女化》の事は考えなさい。でないとウチがあなたを殺しちゃうで」

 ウチの発破が聞いたのか、志筑仁美は顔をしかめていたが、一度目を閉じて深呼吸し呼吸を整えると拳を構えてウチに向けて来た。

「確かにアイリスさんの言う通りですわ。私(わたくし)ははまどかさんを見捨てる事は出来ません。だからこそアイリスさん。あなたの誘いに乗って戦って差し上げますわ!」

 開眼した志筑仁美の目には決意の色が浮かんでいた。

「暁美さん。朱奈さん。まどかさんを助ける為に・・・。戦いましょう!」

「ええ。」

「はい」

 志筑仁美の言葉に暁美ほむらも朱奈も頷く。

 ようやく戦いが始められそうだった。

「その意気や!それでこそウチも戦いがいがある!ジュウべえ!例の通りに!」

「あいよ」

 ウチに答えたジュウちゃんがアンジェリカ・ベアーズのドアを潜り走り去って行く。

「ジュウべえが鹿目まどかの元へ辿り着いたら魔法による防御壁は解けるわ。それが戦いの合図や。それとウチが負けたら鹿目まどかは無事に結界から出る様に魔法をかけたから安心しい」

 ウチの言葉に3人の《魔法少女》は答えない。

 暫くするとウチの目の前にある菱形の鎖の防御壁は消滅した。

「行くわよ!」

「ええ。行きましょう!」

「うん。鹿目さんを助けなきゃ!」

 叫びながら3人の《魔法少女》がウチに襲い掛かって来た。

 ウチの望む戦いが今、始まろうとしていた。

 



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ウチは嫌いじゃないで

 ウチに向かって暁美ほむらを先頭に志筑仁美と朱奈の3人が駆け出そうとして来る。

 それを合図にウチは《おめかしの魔女》に銃撃をする様に魔力で命令した。

 命令通りに《おめかしの魔女》はリボンの様な腕を大型のマスケット銃状に変化させると、そこから巨大な魔力の光線を発射した。

「散って!」

 咄嗟に叫んだ暁美ほむらは側にいた朱奈を突き飛ばし、光線に飲まれるかと思われた。

 そこへ志筑仁美がその素早さを生かして暁美ほむらを抱えて光線を交わした。驚き起き上がった朱奈の目の前に暁美ほむらを抱えた志筑仁美が現れた。

「危ない所でした」

 ウチと並んだ《おめかしの魔女》を睨みながら志筑仁美はそう呟いた。

「ふーん。このままじゃあつまらないか。ウチが少し盛り上げるか」

 右手に魔力を集中させコネクトを通じて憑依操作魔法、ファンタズマ・ビスビーリオを発動させたウチはアンジェリカ・ベアーズの中から《2体のかずみシリーズ》呼び出した。

 アンジェリカ・ベアーズの壁を破壊して現れた同じ顔を持ち黒い先の尖った帽子に黒いマントと長い黒髪をなびかせた《2体のかずみシリーズ》に暁美ほむら達、3人は驚きの表情を見せていた。

「さて。ウチの実験を試させて貰うよ。コネクト!」

 叫びウチはコネクトを《2体のかずみシリーズ》に繋げると魔力を送り込んだ。

 同時に《2体のかずみシリーズ》の肉体が魔力によって強制的に変化して行く。

 ウチの想像通りに《2体のかずみシリーズ》は呉キリカと飛鳥ユウリへと変化させた。

「あれは一体!?」

 志筑仁美が見せた驚きの表情はウチを楽しませてくれる。礼も兼ねてウチは説明をした。

「うまく行ったやね。ウチの記憶を元に《合成魔法少女》をウチに忠実な私が倒した《魔法少女》の姿へと作り変える。呉キリカ、飛鳥ユウリ。いえ。杏里あいりだったわね。この2人にも相手をして貰うわ。更に」

 言いながら飛鳥ユウリでは無く杏里あいりだったやね。

 と思いながらウチは右手を下ろすとそれを合図に次々とウチが《操る魔女達》が10体、集まりウチの前に壁となった。

 ウチの前に《操る魔女達》を壁の様に設置したのは、暁美ほむらの魔法を警戒したからである。

 前回の戦いにおいて暁美ほむらの魔法が時間を停止させるらしいと言う事はウチにも推測する事が出来た。

 時間を停止しての不意を付いた攻撃に備える為に《操る魔女達》を集めて盾にしたのだ。

「さあ!鹿目まどかを助けたいのなら本気で戦いなさい!出ないと・・・。ウチに負けてしまうで!」

「負けるつもりは無いわ」

 ウチが声に暁美ほむらが言葉を返したと同時に一瞬の違和感と同時に10体いた《操る魔女達》が爆発に飲み込まれ、倒されてしまった。

 ガランガランと大きな音を立てて暁美ほむらの周りには無数のロケットランチャーの本体が落ちて来た。

 けれど暁美ほむらの表情はウチの予想通りに翳っていた

「しまった」

 ウチの指示通りに《おめかしの魔女》のリボンの様に伸ばした腕が暁美ほむらの右足に絡まっていた。リボンの腕はウチがエレガンテ・ファンタズマで見えない様にしていたから暁美ほむらも対応し切れなかった様や。

「くっ」

「暁美さん!」

「朱奈さん!前を見て!」

 苦悶の声を上げる暁美ほむらに気を取られた朱奈に志筑仁美は敵に集中する事を促していた。

 その様子を見たウチが魔力で合図すると同時にウチが魔力で作り出した呉キリカと杏里あいりが朱奈と志筑仁美に向かって走り出した。

 一方で《おめかしの魔女》と暁美ほむらはリボンで繋がったまま銃撃戦を行っていた。

 暁美ほむらが左手の盾から出したマシンガンと《おめかしの魔女》が全身のリボンを変化させて銃撃を返していた。

 それを見るとウチは魔力の放出を押さえ込むと同時にエレガンテ・ファンタズマを発動させ姿を隠すとアンジェリカ・ベアーズの屋根に登って戦いの様子を観察して見た。

 幸い、暁美ほむら達、3人は目の前の戦いに夢中で姿を隠したウチにまで気を回す事は出来ない様子だった。

 眼下では朱奈が杏里あいりと戦い、志筑仁美が呉キリカと戦っていた。

 ウチの予想では朱奈は杏里あいりに勝てるとは思えなかった。

 朱奈の人を傷付ける事を肯定する事が出来ない性格では《魔法少女》同士の戦いでは生き残れるとはとても思えなかった。

 予想を裏切る事無く朱奈は杏里あいりに壁際に追い詰められていた。

「コルノ・フォルテ!」

 止めを刺すべく杏里あいりがそう叫ぶと同時に杏里あいりの目の前に魔力で出来た牛が現れた。

 ウチが作り出した杏里あいりにはウチが敵と指定した暁美ほむらや志筑仁美、朱奈を倒す為だけに動くロボットだと言えた。

 だから目の前にいる敵を倒す事に手を抜く事はまずありえない。

 コルノ・フォルテが朱奈に突進したが朱奈は怯えながらも目を閉じる事無く、逸らす事も無かった。

 朱奈も少しは成長している様にウチは感じ取っていた。

「朱奈さん!」

 追い詰められた朱奈の様子を見た志筑仁美は瞬時に腰に刺していた2本の扇子を引き抜くと、両の手に握り魔力を集中すると突風を巻き起こして飛び上がり、そのままの勢いで朱奈に迫るコルノ・フォルテを体当たりし押し飛ばした。

 魔力を帯びた状態で体当たりを敢行した志筑仁美の思い切りの良さにウチは心の中で舌を巻いていた。

 その時、朱奈が腰のポーチからパイプ上の物を杏里あいりへと投げ付け、パイプ上の物は爆発を引き起こした。爆煙であたりが見えなくなったが

「志筑さん!煙を払って!」

 と言う朱奈の声に合わせる様に志筑仁美の引き起こした風が煙を払い朱奈の姿が見えた。

 朱奈はボーガンを剣状にして全身を焼かれて苦痛に倒れ込んだ杏里あいりに対して躊躇う事無くボーガンを振り下ろした。

「ああああああああ!」

 鋭利な刃物と化した朱奈のボーガンは朱奈の叫びに合わせる様に杏里あいりの体は両断されてしまった。

「ふーん。朱奈が勝つとは思わんかったわ」

 ウチは正直な感想を口にしていた。最も志筑仁美の力を借りてようやく相手を殺せたのだから朱奈1人ではどうなるとも言えなかったが・・・。

 直後に杏里あいりを倒して呆然とする朱奈に対して呉キリカが迫り両手の手に伸びる爪を振り下ろそうとするが、志筑仁美が握り締めた扇子から突風を発生させて呉キリカを吹き飛ばした。

「朱奈さん。しっかりしてください!まだ戦いは終わっていません!」

 言いながら志筑仁美は呉キリカの真横に瞬間的に移動する。実際には単に地面を蹴って跳躍しただけなのだが余りの素早さに瞬間的な移動と呉キリカは錯覚させられていた。

 両の手に握り締めた扇子に魔力を集中させ志筑仁美は扇子を斜めに振った。同時に突風が発生して呉キリカを上空に吹き飛ばし、志筑仁美自身も呉キリカの真横に飛び上がると右手に魔力を集中して突きを放った

「ハア!」

 志筑仁美の風の魔力が呉キリカの肉体を歪ませ、その身体は黒い肉体となって消滅した。

「勝負あったか・・・」

 ウチは《2体のかずみシリーズ》をベースに再現した杏里あいりと呉キリカの敗北でこの実験は失敗したと感じていた。

 杏里あいりの肉体が黒い肉体となって消滅して行った時、朱奈と志筑仁美の脇を銃撃が掠め、2人が視線を銃撃の方へと向けたのを見てウチも銃撃の方向を見てみる。

 そこでは暁美ほむらが《おめかしの魔女》とリボンで繋がった状態のまま一進一退の銃撃戦を行っていた。

「朱奈さん!暁美さんをお助けしなければ!」

「うん!」

 朱奈と志筑仁美が暁美ほむらの方に駆け出そうとした時、暁美ほむらは右足の絡まったリボンをマシンガンの銃撃で断ち切ったが、それが次の行動の引き金となった。

 ウチの指示通りに《おめかしの魔女》は左腕を地面に垂らすと暁美ほむら、志筑仁美、朱奈の3人を巻き込んでリボンの檻に閉じ込めてしまった。

「さてどうするんや?」

 ウチにはリボンの檻内部の様子が見えている。3人がこれをどう切り抜けるのか見物だと感じていたが正直、どうでも良かった。

 暁美ほむら、志筑仁美、朱奈の3人が相手では《おめかしの魔女》が勝利する事は無いだろう。ウチはコネクトの魔法を伸ばすと《使い魔》と戦う暁美ほむらへと接続をした。 

 暁美ほむらの持つ時間に関する魔法に対処する為には暁美ほむら本人にコネクトを繋ぐのが一番、手っ取り早い。

 正直に言って前回の様な不意打ちに対して次もカピターノ・ポテンザを使った防御がウチに出来るとも思えなかった。

「志筑さん。頼みがあるのだけれど・・・。私と朱奈が《魔女》と《使い魔》の注意を分散するからその間にこのリボンの檻を破ってくれない?一瞬で良いの。一瞬でも破れれば私の魔法が効果を発揮するわ」

「そうなのですか?それなら暁美さんにお任せします。魔力を溜めるのに時間が掛かるのでその間はお願い致します」

 やがて《おめかしの魔女》との戦いの中で暁美ほむらが志筑仁美に語りかけたのがウチにも感じ取る事が出来た。

 ウチは暁美ほむらの全身を流れる魔力の動きに集中する。ソウルジェムから発生した魔力が左手の盾からマシンガンを取り出すのに反応しているのが感じられる。

 それだけでは無く暁美ほむらの視界もウチの頭に写り込み、暁美ほむらが《使い魔》を銃撃しているのを見る事が出来た。

「行きます!」

 その時、志筑仁美が両の手に溜めた膨大な魔力を振りながら開放すると竜巻が発生して次々とリボンの檻を構成するリボンを引き裂いて行った。

 右足に繋がれていたリボンをも竜巻に切らせた暁美ほむらは迷う事無くリボンの檻が無くなり露出した地面に駆け出すとその場で左手の盾を回転させた。

 瞬間、暁美ほむらの魔力がこの空間に弾けるのを感じると同時にウチの目の前で全ての物が停止していた。

 滞る時の中で動いているのは隠れているウチと繋がる暁美ほむらのみ。

 動きを止めた《おめかしの魔女》の回りに暁美ほむらは躊躇無く手榴弾を次々と投げ付けて行く。

 多数の手榴弾が投げ付け、暁美ほむらが左手の盾を構え直したと同時に弾けた魔力が元通りになるのをウチは感じた。

 大きな爆発が起きて《おめかしの魔女》と《使い魔》は爆発に飲み込まれ、存在を消滅させて行く。

 傍らでは魔力を消耗し過ぎた志筑仁美がその場に崩れ落ち暁美ほむらと朱奈が駆け寄ろうとしているのが見えたのでウチは姿を現した。

「生憎、まだ戦いは終わって無いで!」

 そう叫びながらウチはアンジェリカ・ベアーズの屋根の上から飛び降りた。

 ウチの姿に気が付いた暁美ほむらは右手のマシンガンの撃って来たが、ウチは全身の痛覚を遮断している為に気にする事無く飛び降りる事が出来た。

 ただし痛覚を遮断していると言っても目とソウルジェムだけはガードしていた。

 ソウルジェムは急所であり目は再生するまでに視界が遮られるのを防ぐ為である。

 地面に降りると同時にウチは魔力を両の手に集中する。出し惜しみは無しや!

「ウチの武器を見したるわ!」

 相手である暁美ほむら、志筑仁美、朱奈の3人を睨みつけながらウチの両手から鎖が出現した。

 ウチの高揚感に魔力が呼応して鎖の先端に付いている宝石が虹色の輝きを増して行く。

 アイリスが両の手に魔力を集中させると鎖が現れた。

 その鎖の先には丸い宝石の様な物が付いている。同時にウチは暁美ほむらとのコネクトの繋がりを断った。全ての魔力を戦いで使用する為である。ただし暁美ほむらの魔力にはオマケを施しておいた。

 朱奈がボーガンを私に向け志筑仁美は膝を付いて立ち上がろうとしていた。

 戦うと言う意思は失われていない。

 2人の様子を見ながら暁美ほむらは左手の盾を回転させた。

 しかし何も起きなかった。再度回転させても魔法が発動しなかったのだ。

「発動しない!?一体何故!?」

 暁美ほむらが狼狽した姿はウチを楽しませてくれた。だから説明をしてあげた。

「生憎やけど《おめかしの魔女》との戦いで暁美さんの魔法はコネクトで解析させてもろたわ。解析ついでにウチが少しばかりいじらせてもろた。ウチを倒さない限り盾を使った魔法は使えないで」

 暁美ほむらの時間停止魔法の正体は知ってはいたが敢えて説明をしなかった。もしも志筑仁美と朱奈が暁美ほむらの持つ時間停止魔法を知らないのであれば対処法を編み出す様な情報の漏洩は避けるべきやと一瞬でウチは思考していた。

 ウチの言葉を聞いて暁美ほむらは直ぐに表情を正すと、完全なポーカーフェイスとなり左手の盾から黙って新しいマシンガンを取り出した。どうやら左手の盾から武器を取り出す事は何の支障も無いらしい。

「たとえ魔法が使えなくても・・・。あなたに負ける訳には行かない」

 躊躇無く正確に暁美ほむらはウチに向かってマシンガンを発射して来た。

 両手の鎖を回転させ銃撃を防ぎながらウチは言葉を返す。

「その意気や!それでこそウチもリベンジの遣り甲斐がある!」

 両手の鎖を銃撃から身を守る為に回転させたままウチは走り右手の鎖を回転させたままの勢いで暁美ほむらへと投げ付けた!流星の様に飛んだ鎖の先にある虹色に輝く宝石が暁美ほむらの身体に叩き付けられそのまま跳ね飛ばした。

「暁美さん!」

 続けて志筑仁美が叫んでいるのを視界に入ったと同時に魔力を右手の鎖に集中して飛翔させると今度は志筑仁美へと鎖を向けた!

「志筑さん!避けて!」

 朱奈は大声を上げたが、志筑仁美は冷静さを崩す事無く両腕を交差させウチの鎖の衝撃に備えていた。大きな音を立てて鎖が志筑仁美に衝突したが手応えから言っても対してダメージは与えられなかった。

「志筑さん!」

 吹き飛ばされた志筑仁美に朱奈が駆け寄ろうとしたのが見えたからウチはそのまま朱奈の真横に跳躍すると力を込めて朱奈に叩き付けた。悲鳴を上げて倒れ込む朱奈を見てウチはもう少し挑発する事にした。

「どうや?このままじゃあ鹿目まどかはウチに殺されてしまうで!」

 挑発の効果は直ぐに現れた。暁美ほむらも志筑仁美もゆっくりと力強く立ち上がった。

 ふと足元を見ると朱奈も立ち上がろうとしているのが目に入ったので更なる挑発の意味も込めて朱奈の背中に思いっきり鎖を叩き付けた。

 悲鳴を上げて倒れ込む朱奈の背中からは血が流れていた。

 同時に強い魔力が発するのを感じたウチはその方向に視線を向ける。

 それは怒気を含んだ魔力だった。魔力を発していたのは志筑仁美だった。誰が見てもはっきりと分かる程、強い怒りをウチに向けていた。

「志筑さん!これを!」

 その時、咄嗟に暁美ほむらがウチに銃撃を加えながらグリーフシードを志筑仁美に投げるのが見えた。銃撃への対処と同時にグリーフシードを鎖で弾く事も出来たが敢えてそうせずに反撃のチャンスを3人に与える事にした。

 ソウルジェムの浄化を終えた志筑仁美は瞬時にウチとの距離を詰めようと一歩を踏み出そうとした。

「ウチは嫌いじゃないで。諦めないのは!」

 叫びウチは右手で回転させた鎖を地面に叩き付けると同時に魔力を放出した。ウチの魔力に呼応して鎖の先端にある宝石が虹色に輝き地面から無数の鎖を出現させ志筑仁美に襲い掛かった。必死に動いて志筑仁美は無数の鎖を避けていたが脛を擦られ転倒した。

 そのチャンスを逃すウチでは無く無数の鎖を起き上がろうとする志筑仁美へと向けようとした。

「やらせないわ!」

 叫び暁美ほむらが左手の盾から取り出したと思われるロケットランチャーをウチに向かって撃ち込んで来た。慌てる事無くウチは右手に御崎海香の防御魔法を発動させ、攻撃を防いだが回りは煙で見え辛くなっている。ウチが目に魔力を集中しようとした瞬間、

「はあ!」

 気合の声と共に志筑仁美がウチとの間合いを詰めるとウチの顎を右手で殴った。殴られて後退しながらもウチは踏ん張り立ったままの姿勢を取り続けた。口から血が流れたが気にする程では無い。

「カハッ。中々、やりおるね。これならどうや?」

 ウチは足元に魔法陣を出現させ、志筑仁美はその事に驚きを見せるながら動こうとして再び驚きの表情を見せていた。

 傍らでは暁美ほむらが自分の腕の動きをいぶかしんでいた。

「速度低下の魔法や。今、この空間全体の速度を私と同じ速度に抑え込んだ。ここからはウチとガチの殴り合いと行こうや!」

「望む所ですわ!」

 ウチの説明を聞いて迷う事無く志筑仁美はウチに言葉を返し右手で殴って来た。

 一進一退の攻防が続く。

 志筑仁美の右手の突きを身体で受けるとウチは両の手に出現させた鎖を解くと思い切りの力を込めてモーションを見せた志筑仁美の左手を右の拳で叩き落とした。

 同時に足に力を込めてウチは右足で蹴りを放ったが志筑仁美は右手で防御すると同時にそのままウチに対して体当たりをして来てウチは吹き飛ばされたが、右手から出現させた鎖を地面に引っ掛けて体制を立て直し、足に力を込めて地面を蹴り魔力を右手に集中し志筑仁美の頬に渾身の右ストレートを放った。

「くぅ・・・!」

 ウチの右拳を頬に受けて志筑仁美は片膝を追って倒れ掛けていた。

「!」

 それを見た暁美ほむらが拳銃でウチを狙おうとしたのが見えたがウチは躊躇う事無く志筑仁美の首を左手で掴み志筑仁美の身体を盾にした。暁美ほむらは躊躇の表情を見せたが拳銃をウチに向けたままだった。

「これでもウチを撃てるんかい?」

 これで撃ってくるかどうかで暁美ほむらとの戦いの形が定まるとウチは感じていた。

 暁美ほむら目には覚悟を決めたと言う色がウチにも感じ取る事が出来た。

 その時、背中の方に衝撃を感じ取り身体が揺れたのをウチは感じ取っていた。

 身体の揺れを感じ取ったのは全身から放出した魔力の感覚だった。

 驚いて背中の方を見るとウチの背中に切りかかって来たのは朱奈だった。

 ボーガンを鋭利な刃物の携帯に変形させてウチの背中を切ったのだ。

 ついで左腕に衝撃を感じて視線を戻すと志筑仁美の右足がウチの左足を蹴り飛ばし、衝撃でウチは志筑仁美の首から手を離してしまった。

 それを自覚する間も無く暁美ほむらの拳銃から次々と弾丸が放たれてウチの身体の数箇所に穴を開けて血が吹き出てウチはよろけた。

「中々、やるやね・・・。痛みを感じていたら死んでいたわ・・・」

 言い終わるか終わらないかの内にウチの足に急に何かが挟み込んで来た。足元を見ると何と朱奈が自分の左腕でウチの足を挟み込んでいた。

「何をする気や?ウチの脚から離れな!」

 そう言いながらウチは朱奈に鎖を叩き付けようと右手から鎖を出現させようと魔力を集中したが鎖は出現しなかった。

「どういう事や?ん!?」

 呟き周囲を見てみると朱奈のボーガンの弓が宝玉の輝きと共に右回りに高速で回転し多量の魔力を放出して朱奈とウチを取り囲む様に魔法陣が敷かれていた。

 ウチはこの魔法陣は見覚えがある。時間移動をする時に現れた魔法陣!?

「まさか朱奈。ウチを連れて時間を移動するつもりやの!?」

 ウチの広い視界の中で暁美ほむらがハッとした表情を見せたのが見え、志筑仁美が困惑している様子も見えていたが今の戦いには関係が無かった。

「そうだよ。わたしもアイリスもここにいちゃいけないの!わたしとあなたがこの時間に来てしまったからわたしの大切な人は死んでしまった。だから・・・。もうこれ以上、誰も死んで欲しくない!わたしとアイリスはここからいなくならなきゃいけないの!」

「何を勝手な事を!ウチはまだやりたい事があるんやから朱奈だけが何処かに行けば良い!」

 ウチは再び鎖を出現させようと魔力を集中してみたが鎖は出現しなかった。

「何でや!?何でウチの鎖が出ない!?そうや・・・。そう言う事や!この魔方陣の下では朱奈の魔法以外は使えないんや!なら、拳で叩きのめすまでや!」

 そう言ってウチが右腕を振り上げた直後、右肩に暁美ほむらの拳銃が撃たれ、更に志筑仁美が腰から引き抜いた扇子をウチの右手に投げ付け朱奈を助けようとしていた。けれど痛覚を遮断しているウチには無意味な事だった。

「こんなんでウチは止まらないんや!」

 叫びウチは朱奈の背中を殴り付けた。朱奈は悲鳴を上げたけどウチの足から手を離さなかった。

「もう遅いよ。わたしとあなたは元いた場所に帰らなきゃ駄目なの!」

 朱奈の言葉に呼応する様に魔方陣と私のボーガンは輝きを増して行く。

「朱奈!ウチは筒地綾女の記憶を持っているんやで。ある意味では綾女に最も近い存在や。なのにどうしてウチの邪魔をする!」

 本当ならエレガンテ・ファンタズマを使って筒地綾女の姿を装って語り掛けたかったが朱奈の魔法陣が存在する状態ではエレガンテ・ファンタズマを使用する事は出来なかった。

「ちがう!あなたは綾女ちゃんの記憶を持っていても綾女ちゃんじゃない!本物の綾女ちゃんはわたしが悲しむ様な真似を絶対にしない!あなたはただ自分の欲望の為に綾女ちゃんの記憶を利用しているだけ!」

朱奈は各個たる意志を持ってウチに反論をして来た。少し生意気やね。

「そうや。だからこそや。だからこそ記憶を利用しているウチを離して貰わないと困るんや!」

 ウチが再度、力を込めて右の拳を振り上げた時、朱奈の魔法陣が輝きを増していた。

(暁美さん。志筑さん。お願い。鹿目さんを助けて上げて!)

 朱奈が暁美ほむらと志筑仁美に送ったテレパシーがウチにも聞こえて来る。

 直後にウチと朱奈は魔法陣に中に飲み込まれて落花しているのか上昇しているのか分からない状態で何処かに向かっていた。

 このままでは朱奈が契約をした未来へと向かってしまう。

「こんな事でウチは諦めたりしないで!」

 そう言いながらウチは足にしがみ付く朱奈に再度、右の拳を振り上げようとした。

 朱奈はウチをじっと見ていた。けれど拳を動かそうとした時、魔力が動いた事をウチは感じ取っていた。掌の中から鎖が勢いを持って伸びて行く。

「どうやら移動空間ではウチの魔法も使えるんやね!」

 叫びウチはありったけの力を込めて朱奈の顔面に鎖を叩き付けた。

 ところが鎖は移動空間において予想外の挙動を示し勢い余って朱奈のソウルジェムを傷付けてしまった。

「うっ」

 完全に砕けはしなかったが朱奈のソウルジェムはひび割れ、全身の魔力が徐々に抜けてきている様だった。力の抜けた朱奈はウチを離してしまいウチと朱奈は離れて流されて行く。けれどウチは全身から放出する魔力で自身の体勢を整えていた。

 ここから脱出する為には朱奈の魔法が必要なのはウチでも理解出来た。

「今度は朱奈の魔法をウチは頂く事にするや!」

 ウチは朱奈の魔法を奪う為に魔力で朱奈の元へ迫ろうとした。その時、小さな砂粒の様な物が流れるのがウチの視界に入った。

 それはウチの手から流れて来たのだ。痛み無くウチの手は見る見る内に分解され崩れて行く。

「なっ!?これは一体!?まさか!?」

 そう叫んだ時、ウチの体はまるで砂上の楼閣であったかの様に、手足の先から粒子となってこの時空を越える移動空間に痛み無く散って行った。いくら魔力を使っても防ぐ事は出来なかった。ウチの体は次々と崩れて行く。

 その時、朱奈が移動空間内から消えたのがウチの視界に写った。魔力を失った事で移動空間からはじき出されたらしい。もうウチはここから出る事も出来ない。

「ウチは!ウチは!ここで終わりたくないんや!」

 そう叫びながらもウチは自身の肉体の死が最早、避けられない出来事だと認識していた。

「終わりが避けられないなら・・・。こうするまでや!」

 か細くそう呟いてウチはウチの中にある因果の1つを鎖状にして具現化してまだ残っている左手に具現化して見た。そのまま左手を離すと消滅する事無く時空の中に落ちて行った。

 どうやら因果だけならば時空間の中を落ちて行っても消滅はしないらしい。ならばウチの持っている全ての因果を時空間にばら撒いたらどうなるのか?それはウチにも分からなかったがとてつもない混乱を巻き起こす事だけは感じ取る事が出来た。

「これが最後の実験や・・・」

 だからこそウチはそれを実行に移した。ウチの体から抜け落ちた因果が次々と鎖となって時空間に流れ落ちて行く。

 痛み無く体が崩れ薄れていく意識の中でウチは走馬灯の様に始まりを思い出していた。

 アイリスと名乗る前の事を。

ウチが《魔法少女》となった出来事を。ウチが他者の記憶を手に入れた時の事を・・・。

 

 

 

 走馬灯の様にこれまでの人生を振り返りながらウチの身体は次々と分解されて行った。

 痛みは無い。

 あるのは無力感だけ。

 最早、どうする事も出来なかった。

 やがて視界が暗くなって行きウチの身体が完全に消滅した事をウチは感じ取っていた。

 何も感じる事も考える事も出来なくなりウチは・・・。

 



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アンタに伝えたい事があるんや

 走馬灯の様にこれまでの人生を振り返りながらウチの身体は次々と分解されて行った。

 痛みは無い。

 あるのは無力感だけ。

 最早、どうする事も出来なかった。

 その時だった。眩い程の光がこの時空を超える移動空間に現れたのだ。

 優しいピンク色の光が真っ直ぐにウチの元へ真っ直ぐに向かって来たのだ。

 身体が消滅する寸前のウチだったけれどもこの現象には強い興味を感じた。

「何やろ?」

 ただウチはこの光を以前にも見た様な気がしていた。

 優しいピンク色の光はウチの元へと到達するとその姿を少女へと変えた。

 慈愛に満ちたその少女は鹿目まどかだった。

「鹿目まどか!?」

 驚くウチだったけれども鹿目まどかの両手がウチのソウルジェムに触れるとウチのソウルジェムは浄化され形を失って行く。

「!?」

 驚愕したウチだったけれどもこの今まで感じた事の無い慈愛とも言える感情の前では怒りや憎しみも無意味だと悟り、鹿目まどかの慈愛を受け入れる事にした。

「ウチの負けや・・・」

 前にも同じ事を呟いた気がしたが思い出せなかった。ウチのソウルジェムは分解されウチの意識は自分でも分かる様に消えて行く。

 

 気が付くとウチは河川敷の草原に座っていた。

 背後にある大量の風車を見てここが見滝原市だと瞬時に理解した。

 服装は風見野中学のセーラー服を着ていた。

 けれど時空を超える移動空間にいた筈のウチが何故ここにいるのか理解出来なかった。

 それにこの場所には違和感があった。人がいない。回りにある筈の人、否。命の存在感をまるで感じ取る事が出来なかった。

「ここは・・・。見滝原市じゃ無いんか!?」

 自分で言ってみても馬鹿げていると思えていた。ここまでの幻覚を使える《魔法少女》をウチは知らない。

「そうだよ。ここは見滝原じゃないの」

 背後を見ると何時の間にか現れた鹿目まどかが見滝原中学の制服を着て立っていた。

「じゃあここは何処なんや?」

「ちょっと説明が必要かな。だから説明をするね」

 鹿目まどかの話によれば、ある世界の鹿目まどかが《全ての魔女を生まれる前に消し去りたいと。全ての宇宙、過去と未来のすべての魔女をこの手で!》と言う願いを叶えた結果、宇宙を再編した代償として鹿目まどかの存在は1つ上の領域にシフトして概念となり、ここには鹿目まどかが導いた《魔法少女》の魂が集まる場所の様だった。

「どうしてウチに話し掛けて来たんや?ウチの事を知っていて話し掛けて来たんか?」

「うん。彩月ちゃんにはどうしても説明が必要だと思ったから。それに話し掛けているのはあなただけじゃ無いよ。私はみんなに話し掛けているから」

 どうやらウチの本名、菖蒲彩月と言う名前も含めて知っているらしい。ただ彩月ちゃんと呼ばれるのは意外と言えば意外だった。

ウチと鹿目まどかは横に並んで草原の上に腰を降ろした。

「彩月ちゃんに話して置きたいのはね・・・。宇宙を再編して行く過程でどうやっても彩月ちゃんの願いは叶えられないの」

「どういう事なんや?」

 鹿目まどかの言葉にウチは怪訝な表情を向けた。

「それはね・・・。彩月ちゃんが自分の魔法で自分に因果を与えたからなの」

「話が見えないで。それこそあり得ないんや無いか?」

「そうだね。じゃあ見せてあげる」

 鹿目まどかがそう言ったと同時にウチと鹿目まどかは時空を超える移動空間の中に立っていた。目の前には移動空間の中で身体が分解されて行くウチの姿がある。

「今の私になったから彩月ちゃんに何があったのか見せて上げる事が出来るの」

 鹿目まどかの言葉を聞きながらウチは目の前の景色に意識を集中した。

 すると移動空間を流れるウチが自身の身体から因果の鎖を次々と移動空間に流れさせていた。

 すると流れる因果の鎖の1つに鹿目まどかが指を刺した。

 その鎖にはどうにも言葉には形容出来ない様などす黒い感情が込められているのがウチにも分かった。

「これの鎖が彩月ちゃんを《魔法少女》として契約する為に手に入れた因果なの」

 そう言われてウチは全てを悟っていた。

「つまりこの時、ウチが流した因果の1つが過去のウチに入り込んでウチは《魔法少女》となる事が出来たと言う事なんね」

 ウチの言葉に鹿目まどかは頷いた。そして目の前の景色は雨の中の自然公園へと写った。

 そこにはビニール傘を差して歩いているウチが写っていた。風の動きが生み出した偶然によって雨を降らす黒雲の間に太陽が顔を出した時、空から流れ落ちた因果の鎖が傘を差していたウチに流れ込んでいた。

 流れ込んで来た鎖から発せられるどす黒い感情に従いウチはキュウべえと契約をした。

「あの時、ウチは因果を受け取っていた・・・」

 ウチがそう呟くと同時に回りの景色は河川敷の草原へと戻った。

「これで分かったと思うけど説明は続けるね。私の願いは《全ての魔女を生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来のすべての魔女をこの手で!》と言う願いに基づいて宇宙は再編されているの。けど彩月ちゃんの願いは《魔女》の存在を前提とした願いだし、彩月ちゃんには元々、《魔法少女》になれる程の因果を持っていなかった。だからね。新しい宇宙では彩月ちゃんは《魔法少女》になる事が出来ないの」

 鹿目まどかの丁寧な説明を聞いてウチは得心していた。正直、全ての魔女を消し去ると言う壮大な願いを叶えた鹿目まどかにウチは憎しみを抱く事も無かった。むしろ負けたとさえ思っていた。

「どうしてそんな無茶な願いを叶えられたんや?そんな強力過ぎる願いの代償を理解していない訳や無いんやろ?」

 ウチの質問に微笑を浮かべながら鹿目まどかは口を開いた。

「そうだね。私の存在は《ただの概念》になってしまったかも知れないけれどこれからの私はいつでもどこにでもいるから・・・。私は1人じゃ無いから・・・」

 とても敵わない優しい人。それがウチの抱いた鹿目まどかへの印象だった。

「そうやな。別にウチは《魔法少女》になりたかった訳でも無いし《究極の魔女》になる事も単に出来そうだから行っただけや。もしも他に遣り甲斐のある事があればウチはきっとそっちに夢中になったんやろうからな・・・」

 正直なウチの気持ちでもあった。他人の因果や魔法を奪う自分自身にウチはほんの僅かだが嫌悪感を抱いていた。他人の魔法を自分の物にした所でそれは自分自身がゼロから作り上げた才能でも能力でも無い。結局は自分の無い薄っぺらな存在やったんや。

「宇宙の為だとか何だかんだ言った所で、ウチはただ退屈しのぎをしていただけなんや」

《魔法少女》のアイリス・アザレアを演じていたのだってそうだった。

 楽しんで演じていたけれども本質的にはただ退屈を凌いでいただけだった。

 鹿目まどかに向ける訳でも無くウチはウチ自身に関する感想を淡々と述べていた。少しは気持ちの整理が付いた。

「説明は終えたんやろ?ウチはどうなるんや?」

「確かに説明は終えたけど彩月ちゃんにはまだ頼みたい事があるの」

「何を頼みたいんや?」

 鹿目まどかは真剣な表情でウチを見ている。物凄く断わりづらいとウチは感じた。

「これから仁美ちゃんと朱奈ちゃんにも説明をするんだけど彩月ちゃんにも立ち会って欲しいの。彩月ちゃんが因果を与えた仁美ちゃんや朱奈ちゃんも願いを叶えられないから、彩月ちゃんにも立ち会って説明をして欲しいの。正直、私だけじゃ説明しきれる自信が無いから・・・」

 少し自信無さげに頼み込む鹿目まどかを見てウチは驚いていた。ウチでは想像し得ない壮大な願いを叶えた《魔法少女》がウチにそんな事を頼み込むなんて。この様子では断わるのは無理そうやった。

ウチは諦める事にした。どの道、もうウチは願いを叶える事が出来ない。だったら鹿目まどかの頼みを聞くのも一興とウチは思う事にした。

「仕方ない。ええで。ただ少し聞きたい事があるんや。何でここは見滝原の河川敷なんや?鹿目さんは何か思い入れでもあるんか?」

 ウチの言葉に鹿目さんは静かに首を横に振った。

「違うよ。ここは私と彩月ちゃんが唯一すれ違った場所だから。ここが私と彩月ちゃんが出会った場所だから」

 鹿目まどかの意外な言葉にウチは言葉を失っていた。

 同時に目の前の景色が変わって行く。

 夕焼けの見滝原の河川敷。1人で河川敷を歩いている少女がいる。

 ウチだ。小学生の頃のウチが1人で河川敷を歩いていた。

 そこへピンク色の髪を生やした1人の少女が両親と思しき人達と手を繋いで歩いて来る。

 鹿目まどかだった。

 言葉すら交わさず2人はただすれ違っただけ。それでもウチと鹿目まどかは既に出会っていた。

 何時の間にか目の前の景色は元の河川敷へと戻っていた。

「そうか。そうやったんや。もうウチはあなたに出会っていたんやね」

「うん。私と彩月ちゃんはここで出会っていた。じゃあ朱奈ちゃんと仁美ちゃんの所に行こっか」

「そうやな。ウチにも責任があるからウチも説明したるわ。ただ。鹿目さん。1つだけ頼みがあるんや」

「私に出来る事なら」

「ウチの事は彩月ちゃんでは無くアイリスと呼んで欲しいんや」

「良いけどどうしてなの?」

「志筑仁美や朱奈と戦ったのは菖蒲彩月や無い。《魔法少女》のアイリス・アザレアだからや。せめて最後にアイリスを演じさせて欲しいんや」

「分かったよ。アイリスちゃん。じゃあ行こっか」

「そうやな」

 鹿目まどかと共にウチは光に包まれる。

 これがウチにとって《魔法少女》アイリス・アザレアを演じる最後の舞台だった。

 せめてウチらしくいよう。

 ウチはそう思い舞台へと向かった。

 

 最後の舞台は終わった。

 ウチはアイリス・アザレアとして志筑仁美と朱奈に対する説明を終えていた。

 後は世界が再編されるのを待つばかりやった。

 ウチは今、虚空に立ち竦んでいる。

 けれど足元から世界が再編されて行くのを感じ取る事が出来た。

 ウチの瞳には字空間を流れる因果の鎖の行き着く先を見つめる事が出来た。

 青い鎖は別の時間軸にいる持ち主と共鳴して取り込まれ、持ち主の少女から《魔法少女》としての資格を失わせた。

 黒い鎖や白い鎖も同じ様に少女から《魔法少女》として契約する資格を失わせていた。

 ウチがばら撒いた鎖は別の時間軸にいる持ち主に取り込まれると《魔法少女》としての資格を消滅させてしまうらしい。

 反対に資格の無い少女でもウチと同じ様に鎖を取り込めれば《魔法少女》としての資格を手に入れる事が出来た。

 ウチが時空間に流した鎖は運命を変化させてしまう。

 様々な少女の運命が変化しそれに応じて周りの人間の運命も変化して行く。

 時空間を流れた鎖の影響を見ながらウチは1つだけやり残した事を思い出していた。

 朱奈に会いに来たあの人にもウチは伝えたい事があった。

「鹿目さん。最後に1つだけ頼みがある。ウチは・・・。筒地綾女と話がしたいんや!」

「あら?私に何の話があるのかしら?」

 ウチが願いを叫んだ直後に筒地綾女はウチの目の前に現れていた。

 相変わらずのTシャツとジーンズのラフな姿だ。

「アンタに伝えたい事があるんや」

「何を伝えたいのかしら?」

 筒地綾女は余裕を感じさせる笑みを浮かべてウチの返答を待った。

 どうやら話を聞くつもりはあるらしい。

「感謝や」

「?」

 ウチの言葉に筒地綾女は戸惑いの表情を見せていた。

「ウチに記憶を与えてくれた事の感謝や。アンタの記憶があったからウチは《魔法少女》アイリス・アザレアを演じる事が出来た。アンタには感謝してる」

「感謝なんてする必要は無いと思うけど?菖蒲彩月さん。私は確かに私の記憶をあなたに埋め込んだけれど成功したからあなたを助けただけで成功しなければあなたを見捨てていたわ。その証拠に私はあなた以前にも記憶を植え込んだ相手がいたけれど失敗したから全員、殺してしまったわ」

 迷いの無い筒地綾女の言葉はウチの心に刻み付いた。

「それでもウチは感謝してるで。綾女さん」

「蘇らせた私を殺しといて良く言うわ」

 複雑な笑みを浮かべる筒地綾女につられてウチは苦笑した。

 そう言えばウチは筒地綾女を蘇らせる実験を行い蘇らせた筒地綾女を5回も殺していた。

「そうやったわね。でもそれだけウチはアンタを乗り越えたかったんや」

「褒め言葉と受け取るわ」

 筒地綾女は少し呆れた様子を見せていた。

「師を乗り越えるのが弟子の役目やろ」

「確かに彩月さんは私の弟子とも言えるわね」

 初めて筒地綾女は混じりけの無い笑みを浮かべていた。

 その笑みがウチに新たな疑問を与えていた。

「綾女さん。世界が再編されたらあなたはどうなるんや?」

 何となくウチはそんな質問を筒地綾女に口走っていた。

 聞くべきでは無い質問だったかも知れないけれど質問をせずにはいられなかった。

「鹿目まどかさんに教えて貰ったけど、私の死は避けられないわ。以前の時間軸よりも少しだけ長く生きられるけれど結局、私は朱奈を残して死んでしまうのよ」

 淡々と筒地綾女はウチの質問に答えていた。答え方に迷いは無かった。

「それでええの?」

 ウチの言葉に筒地綾女は直ぐには答えなかったが、やがて思い口を開いた。

「良いのよ。だって私は朱奈に生きていて欲しいのよ。朱奈には生きて幸せな人生を送って欲しい。それが私の真の願い何だから。愛する朱奈が生きる世界を私は受け入れるわ」

「でもアンタは死んでしまうんやで。残された朱奈はどうなるんや?」

「大丈夫よ。朱奈は1人じゃ無いから。あなたが朱奈の側にいるから」

 筒地綾女の言葉にウチは混乱した。ウチが朱奈の側にいる!?

「ほら見て。鹿目まどかが宇宙の再編を願った世界の朱奈の側にはあなたがいるわ」

 筒地綾女とウチの目の前に何処かを歩く朱奈の姿が写っている。朱奈は眼帯をして風見野中学のセーラー服を着ていた。その横を歩くのはウチだった。

「あなたは他の世界のあなたを見ていないのね。この世界では彩月さんは朱奈の友達となっていた。世界が再編されてもそれは変わらないわ。あなたと朱奈は必ず出会う必然となっているのよ」

 必然。筒地綾女に下された結論にウチは直ぐに答えられなかった。

「きっと彩月さんに私が記憶を与える実験を与えた所為でこうなったのかも知れないわね。あなたはきっと無意識の内から朱奈と出会う事を求めていたのかも知れないわね」

「そっそんな事って・・・」

 と呟いた所でウチは気が付いた。筒地綾女の口元には笑みが浮かんでいる。

 その表情は悪戯心が見えた。

「もしかして冗談か?」

「あら。流石に私の記憶を持っているだけの事はあるわね。そうよ。冗談よ。記憶の影響があったとしてもあなたはあなたの意思で動いているわ。朱奈と会ったのは全て偶然に過ぎないわ」

「質の悪い冗談やね」

 少しウチは筒地綾女に恨みがましい視線を向けたが筒地綾女は気にする事は無い様子だった。

「そうね。でも人間は出来事に理由を付けたがる物なのよ」

「それが人間と言う事なんや」

「そうよ」

 筒地綾女の答えを聞いてウチは少し考えて見た。

 もしかしたら世界が再編された後もウチは朱奈と出会うのかも知れない。

 現にある世界ではウチと朱奈は友達になっていた。

 可能性は等しくあるのだろう。

「綾女さん。もし世界が再編された後も朱奈と出会う事があればウチは朱奈と友達になって見るわ。案外、面白そうやからね」

「ええ。私の弟子である彩月さんなら朱奈の友達に相応しいかも知れないわね」

 その言葉を最後にウチ達は世界が再編される波に飲まれた。

 怖さは無い。ただウチは初めて未来に対して肯定的な思いを抱いていた。

 

 

○エピローグ

「退屈やね」

 教室で自分の席に座りながらウチ、菖蒲彩月は思わず素直な気持ちを口走っていた。

 これまで生きていた人生でずっと退屈を感じていた。

「ウチも契約が出来たら退屈や無くなるのに・・・」

 契約。それは己の魂を奇跡と引き換えにする事でこの世に蔓延る《魔獣》と戦う《魔法少女》へと少女を変化させる儀式。

 しかしウチには素質は無い様だった。

 こんな事を知っているのは過去に《魔獣》に襲われたウチは筒地綾女と言う《魔法少女》に命を救われ、筒地綾女の記憶を引き継いだ存在だからかも知れなかった。

 確かにウチは筒地綾女の記憶を引き継いで《魔法少女》の事を本物の《魔法少女》並に知る事が出来ていた。

 けれど半年以上経つとウチは筒地綾女に命を救われた事が本当の出来事だったのか自信が無くなっていた。

 あれは良く出来た長い様で短い夢だったのかも知れないとウチですら思う時があった。

 そんな事を考えているといつも通りクラスメートが現れて着席して席を埋めて行く。時間になったらチャイムが鳴って担任が来てHRが行われる筈だった。

 教室の引き戸が少し大きな音を立てて開き担任が入って来た。けれど今日は担任だけでなくてウチ達と同じ風見野中学のセーラー服を着た少女を連れていた。

少女の顔を見た瞬間、ウチは様々な思いが込み上げるが言葉にする事は出来なかった。

(朱奈!?)

 それは筒地綾女が奇跡によって生み出した少女、朱奈だった。幻ではなくその姿はウチの中にある筒地綾女の記憶と寸分違わぬ姿だった。朱奈の存在は筒地綾女の存在が夢では無く本当の存在だと言う事を証明していた。つまりウチが持つ筒地綾女の記憶も全て本物だったと言う証明だったのだ。

 担任は朱奈を編入生だと紹介していたがウチの耳には届かなかった。

 筒地綾女の朱奈への思いがウチの中で駆け巡っていた。

 休み時間にクラスメートと会話する朱奈を近付いて観察する。

クラスメート達の質問に朱奈は少し戸惑う様子を見せながらも嬉しそうに答えていた。

 けれどウチは朱奈がここにいると言う事はもう筒地綾女がいない事に気が付いていた。

 ウチに記憶を差し込んだ時点で筒地綾女は自身の消滅を覚悟していた。

 覚悟はしていたが朱奈を1人にする事を筒地綾女は躊躇っていた。

 その為に自身の記憶や思いを何らかの形で残せないかと実験を行っていた。

 《魔獣》に襲われ重傷を負ったウチはその実験のテストケースとして筒地綾女に命を救われた事をウチは筒地綾女の記憶から知っていた。

 ウチは朱奈に近付き当り障りの無い言葉を掛けて見る事にする。

「筒地さん。クラスの雰囲気はどうや?」

「えっと。良いよ。落ち着いて授業を受けられるから良いと思う」

 少し戸惑いと驚きを見せながらも朱奈は答えた。

 その様子を見てウチは朱奈を『面白い少女』だと感じていた。

 チャイムが鳴ったのでウチはそれ以上の言葉を交わす事無く席に戻る。

 放課後になるとウチは他のクラスメートで帰る朱奈の後をそっと付けていた。

 クラスメートとお喋りをしながら歩く朱奈は少しずつだが筒地綾女といた時に見せていた人見知りを克服しようとしている様に見えていた。

 やがて朱奈は風見野中学から数十分離れた所にあるウチも評判が良いと聞いているグループホームに入って行くのが見えた。

 どうやら朱奈はグループホームに引き取られたらしい。

 今、ウチの中には安堵する気持ちと好奇心が入り混じっていた。

 安堵する筒地綾女の感情。朱奈に興味と言う名の好奇心を抱くウチ。

「明日。ここで朱奈を待とう。ウチは朱奈と・・・。友達になりたいんや。筒地綾女の記憶がきっかけやとしてもウチは・・・。朱奈と・・・。共にいたい・・・」

 気が付くと一筋の涙がウチの頬を伝っていた。

 誰の涙だろう?

 ウチが流した涙には違いない。けれどこれはきっと筒地綾女の嬉し涙だったのだろう。

「綾女さん。ウチは朱奈の傍にいる。きっとウチは・・・。その為に記憶を受け継いだのかも知れないんやな・・・」

 口に出したこの言葉はウチの勝手な自己満足かも知れなかった。実際、筒地綾女は単なる実験の為にウチに自分の記憶を与えていた。その実験が成功したのかどうかウチには分からない。

 だからウチは・・・。

 朱奈との出会いを素直に喜ぶ事にした。

 気が付くと退屈をしていない。

 ウチは初めて退屈から開放され楽しげな足で帰路を歩いていた。

 それまで退屈しか感じていなかった人生に対してウチは初めて楽しさを感じていた。

 

END

 




これにて《さつき☆マギカ》は最終回です。
《すずね☆マギカ編》も近い内に必ずアップします。
ただし本編には余り関わりが無い内容となりそうですが・・・。
近い内に偽書シリーズの第4弾をアップしたいと思います。


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設定集
素案集


偽書魔法少女さつき☆マギカ

 

風見野市に住む菖蒲彩月は日常の楽しさを見いだせなかった。

ある日、たまたま歩いていると結界に巻き込まれ魔女と使い魔に殺されかける。その時、魔法少女の筒地綾女が現れて彩月を助けた。けれど彩月は死にかけていた。綾女は彩月の命を助ける代わりに魔法を使った実験を施す。

記憶の種を用いた綾女の記憶を彩月へと転写する実験を。

結界から生きて帰った彩月は一週間も意識不明だった。

一週間後には意識を取り戻し綾女の記憶を自分の物にしていた。

しかしキュウべえの姿が見えない事で契約を結べない事に悔しさと諦めを抱いていた。

半年後、ある雨の日に何がが入り込むのを感じた彩月は街をさ迷うキュウべえと出会う。

キュウべえは急に彩月が資格を得た事に違和感を覚えるが契約する事に同意する。

綾女の知識をノートに書いて整理していた彩月は他人の因果率を奪い自分の物にしたいと願う。

魔法少女となった彩月はまず他人の因果を奪ってみた。

因果を奪い力を強めた彩月は魔女を倒し続け魔女が多いとされる見滝原市に赴く。

そこで彩月は佐倉杏子が朱奈の右目の呪いを強制的に発動させ魔女を引き寄せるのを目撃してしまう。

杏子の行動に何故か不快感を抱いた彩月は杏子に戦いを挑むが苦戦して貨物列車に飛び乗り逃亡する。

なお、朱奈は呪いを強制的に発動された影響で気を失っていた。

その後、彩月は無差別に少女を襲う過程で因果率の高い相手を見抜いて襲う様になる。

その過程であすなろ市でプレイアデス星団を名乗る昴かずみと戦うも敗北し逃走した。

 

プレイアデス星団に敗北した彩月はますます無差別に少女を襲い因果率を取り込んだ。

見滝原市にワルプルギスが現れた時、杏子にリベンジをすべく現れた彩月だが杏子は死亡していた。

見滝原市を去ろうとした彩月はまどかがワルプルギスを一撃で倒し魔女化するのを目撃し更にはほむらが時間移動したのも目撃した。キュウべえからまどかが変化した救済の魔女が地球を短時間で滅ぼす事、暁美ほむらが何度も過去を繰り返している事で鹿目まどかが魔法少女として破格の才能を持っていたと聞かされた彩月は朱奈に過去に戻る奇跡を起こさせようと目論み、朱奈に魔法少女としての因果を与えた。

キュウべえが彩月にまどかの事を話さなかったのは彩月が因果率を100%取り込める訳では無くロスが生じているから。

朱奈の起こした奇跡で過去に向かった彩月は途中、朱奈と離れた余波で三ヶ月前に流れる。

彩月は早速、風見野市市内で杏子を見付けるとリベンジした。

既に魔力だけならば杏子をも上回っていた彩月は杏子の槍で自分の体を突き刺させ動揺した所をソウルジェムを破壊して能力を奪った。

杏子の能力を奪った手始めに戦った魔女は『魔女喰らいの魔女』

能力は杏子から奪ったロッソ・ファンタズマの改良版、ヴィオーラ・ファンタズマ・エレガンテ

紫の幻影、洗練

見滝原市に来た彩月は綾女の記憶からプレイアデス星団の用いた魔法を応用して見滝原市全体に鹿目まどかをインキュベーターが認識できない魔法をかけた。

その足で魔法少女、呉キリカ、荒古小巻を殺害する。契約前の美国織莉子と千歳ゆまを因果率を奪い殺害する。

また巴マミと遭遇し苦戦の末にソウルジェムを奪い取る。

この段階でジェムを砕かなかったのは急激に能力を取り込みすぎて魔力が不安定になった為。

その後、あすなろ市に行く途中で優木佐々を倒し魔女を操る力を手にする。

 

No.3

杏子は弟子の頃はマミさんと呼んでいた。

 

あすなろ市ではプレイアデス星団は12体目のかずみを処理して意気消沈する海夏と牧カオルを殺害。

ついでサキとみらいを。

最後にニコと里美を殺害した。

あすなろ市の魔方陣は崩れた。

ところがプレイアデスへの復讐を邪魔された杏里あいりと聖カンナの襲撃を受けるも返り討ちにし殺害した。

またジュウベエもコネクトの力で手駒にしてインキュベータの監視の目を掻い潜る為のセンサーにした。

かずみシリーズを一体、倒して上総ミチルの力を手にしかずみシリーズを操り、アンジェリカベアーズを結界内に取り込んだ。

そしてあすなろ市を出る際に双樹姉妹を倒して付近の市町村で少女を殺害し続けた。

この時期にホオズキ市で戦った形跡がある。

この頃から他人を演じる事に快感を覚える。

そして舞台俳優である両親と姉の気持ちを理解する。

その過程で見滝原にたちよった際に美樹さやかから因果を奪い気まぐれに志筑仁美に因果を与えた。

ジュウベエの持つインキュベータの感知能力によって彩月は他者の因果率の強さを感知して因果率を上昇させて行く。

手にした因果、全てが体に馴染んだ時、鹿目まどかを襲撃する。

その際にほむらと仁美、朱奈と交戦してまだ因果が馴染んでないと考え後退した。

ただし後退の際に朱奈の記憶を戻す。

記憶を戻し差し込む過程で彩月は朱奈の記憶を引き抜く。

佐倉杏子が何故、朱奈を助けたのか知りたいと思ったから。

 

最終決戦の後、時空を漂う彩月はまどかに救われる。まどかに救われ円環の理に来て彩月は自分に自分で因果を与えた事に気が付く。理の中で筒地綾女と会った彩月は綾女に感謝を伝える。

再編された世界でも彩月は綾女に記憶を埋め込まれる。風見野中学で転校生が来る。それは綾女の作り出した幻の少女、朱奈だった。それまで彩月は綾女に助けられた出来事を夢か幻に思っていたが事実だと確信する。

夢とも思った綾女の記憶を事実と受け入れた彩月は朱奈と友達になる。

 

放浪編それは否定できへんな

 

ホオズキ市へ向かおうとする菖蒲彩月は途中でクラスメートの石菖香乃木と再会する。

最近、学校に来ない事を咎められふと魔法を使って香乃木を黙らせようとするも寸前で思いとどまり逃亡する。

 その際に何で彩月自身はそんな事を思ったのか、平気で友達を殺しても良いと思った事によって自らの狂気に愕然とする。

 夜にホオズキ市に到着した彩月は成見亜里紗を殺害しキュウべえから得た情報によって日向華々莉をおびき寄せようとしていた。

 イレギュラーの出現に現れた華々莉と戦うも互いに認識操作魔法を使用して相殺されて勝負は付かなかった。

 その間に詩音千里は鈴音に殺害され、奏遙香と日向茉莉は警戒をする。鈴音は姿を消して姿を見られなかった。

 次の日の朝、茉莉が歩いていると彩月と遭遇。彩月は華々莉だと勘違いして殺害した。

 そこへ妹を監視していた事で事態に気づいた華々莉と戦闘になるも、彩月の魔力はアップして茉莉の魔法を組み合わせた事で幻惑を周囲に広げる事が出来て華々莉の能力が無効化され殺害される。

 直後に茜ヶ咲中学から《魔女》が出現する。

 そこには、成見亜里紗、奏遙香、天乃鈴音の死体があり、魔女にも共食いした形跡があた。彩月はついでに魔女を倒すとその場を去った。

 結界の中で彩月は華々莉の記憶を覗いていた。

 華々莉が何をしようとしていたのかも知るも興味深い記憶があった。

 それは、朱奈に関する記憶だった。

 朱奈は過去に双樹姉妹に救われたが、その時、既に心が壊れかけていた。

 結界の中で朱奈は死んでも結界の修復作用が呪いの右目に干渉してすぐに生き返らせるのだった。

 自分が何度も死んでいる事に気付き壊れかけていた朱奈に双樹姉妹は化け物になれば考えなくて済むとイーブルナッツを与え魔女モドキにしてしまう。

 やがて朱奈は魔女モドキとなったままにホオズキ市に到着し鈴音に倒され解放されるも、鈴音は朱奈を魔女と判断して殺そうとする。

 しかし華々莉が記憶操作し鈴音は朱奈を見失う。

 華々莉は朱奈が綾女の大切な人だと知っておりどうするか、考えて朱奈から死んでいた間の記憶と魔女モドキとなった記憶を操作して封印した。

 やがて朱奈はまた各地を彷徨う事になる。自分が何度も死んだ事を忘れたままに。

このきっかけで彩月は見滝原市に足を向ける事になった。

 

 

 



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