あの最低な《すばらしい》日々をもう一度 (R.F.Boiran)
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1.神降臨
「あー……」
俺は言葉にならない声を出し正面上方を見上げた。視線の先には数字が表示されており今まさに500から501という数字に切り替わった瞬間だった。
「リセットしていないのか、俺の引きが弱いのか……。朝一でこれはキッツイなぁ……」
気持ちが萎えつつも正面にある黄色い液晶画面のついた筐体を再びその目で見据える。筐体の右手には投入口があり1枚20円のコインを1枚、2枚、3枚と投入し、そして今度は筐体の左手にあるレバーを叩き、中央のドラムが回転し始めたら、ドラムに対応した3つのボタンを押して回転を止めるだけの単純な作業。それを朝から始めてから、かれこれ500回以上繰り返していた。
「現在までの投資が3万か。天井が1500だから仮に天井まで当たらなければ、単純に今の3倍の9万円か……」
何も知らない一般人がこの話を聞いたら「お金をドブに捨てる気か」と言うかもしれないが、スロッターという人種が攻めの姿勢を崩す事はない。
仮に天井と呼ばれるこの台の上限の1500まで回したとしても、その恩恵で回収できる見込みはなくはない。9万円投資したとしても20万円回収できるかもしれない。可能性があるのであればそれに賭けるのがスロッターだ。
自分が席を離れた後に回したヤツが当たりを引いていく事をスロッターは何よりも恐れる。弱気になる事は死を意味するのだ。だからスロッターは攻めの姿勢を崩さない。
「まあ
が、しかしそんなに都合よく神が降臨する事はなく、数時間が経過し現在1490……
「まぢかよ……。まさか本当に天井まで行くとは思わなかったよ……」
と、ここで液晶に変化が起きた。なんとボタンが出現したのだ。このボタンはチャンスが来た時に表示されるものなのだが、ここに来てのこのボタン。嫌な予感しかしないが、とりあえず押してみる。
ボタンを押した後に出て来た文字は「激熱」。本来「激熱」とは当たり濃厚なことを示唆するものだが、この台の「激熱」は当たるかもしれない程度の示唆でしかない。現在の回転数は天井間際。普通に考えたらこれはガセ、もしくは前兆の演出だ。俺は安心してレバーを叩きボタンを押した。すると……
なんということでしょう!? 揃ってしまったではないか。図柄は「111」。ちなみにカウンタは1499だ。何度見ても1499。1500には届いていない。1500にならないと恩恵は得られないのだ。
「っざけんなよ!!!! マジ意味わかんねぇし!! 何だこのクソゲー!! アァ!? クソッタレ!!!!」
これまでに諭吉様が9枚ほど飛んでいった。怒りのあまり台をおもいっきり叩く。が、叩いたところで天井に到達する訳でもない。俺は冷静になり、とりあえず当たりを消化していく。
初期ゲーム数は100。コインを投入しなくても最低100回はドラムを回せることになる。この間、コインは1回あたり約3枚増えていく。つまり100回せるため最終的には300枚コインを得られるという事になる。そしてこの間に当たりを引き続けていく事で、コインを減らすことなくコインを増やせる訳だが、そこは己の引き次第という事になる。ちなみに天井に到達していれば仮にこの100ゲーム中に当たりを引けなくても、その後30ゲーム以内に当たる確率が90%以上という恩恵がついて来た訳だが。そんなもの俺にはなかった。
そして……
「駆け抜け……だと……」
駆け抜け。それは何事もなく与えられたゲーム数を消化する事。つまり何も引く事ができなかったマヌケということだ。
「出たコインは丁度300枚。しかしこの台で300枚はちと厳しいぞ……」
止めるにしろ続けるにしろ中途半端すぎる。止めて他の台を探すにしても、今はもう人も多くなって来た頃合いだ。目的の台に辿り着けるとは到底思えない。かといって300枚をこの台に突っ込んだとして、せいぜい120前後しか回らない。今日の流れから120ゲームで当たりを引けるかといえば難しいといわざるを得ない。しかし可能性は0ではない。スロッターという人種は少しでも可能性があるのならそれに賭けるのだ。攻めの姿勢を捨ててはならない。
朝一天井ストッパーを食らった
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下皿にあるコインの残りは数える程にまで減っていた。
「お、オワタ」
さすがにここまで来たら終戦宣言である。残りのコインを投入したところで、どうこうできる程スロットは甘くはない。そういいつつも、「ペカッ」と光るヤツなら1ゲームで当てて、そのあとも当たりを引き続ければ捲れるんじゃないか、などと都合のいい妄想に逃げようとしていた。
いやいや、そうじゃない。残り何枚だろうが、自分の考えを信じて最後まで打ってこそスロッターというものだ。ここで逃げたら今までやって来た事が全くの無駄になるぞ。一生後悔するぞ。
俺はそう奮い立たせて、最後まで攻めの姿勢を貫く事を決意した。
気合いを入れて1枚、2枚、3枚とコインを投入し、深呼吸した後にレバーを叩く。そして左側の第1停止ボタンを押した瞬間……
プチュン
目の前の液晶が暗転し、歓喜の声を上げようとしたその瞬間、俺の視界も暗転した。
「え?」
目は見えず、また妙な浮遊感に包まれていた。自分の身に何が起きたのか分からなかったが、俺にはどうすることもできなかった。
しばらくすると暗転していた視界は黄金の世界を映し出していた。
その視線の先には長く続く階段があり、その階段の先には椅子に踏ん反り返ったおっさんがいた。
この光景はやはりアレだろうか? いやアレしかないだろう。
「あんたが神か?」
「そうだ。俺が
これが俺と神の邂逅だった。
なんとなく書いてみました。
オリジナルとしていますが、たぶん何かの二次創作物に変更すると思います。
ちなみに不定期です。
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