小白鬼の冒険―ショウバイグィのぼうけん― (りるぱ)
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第壱話 水を運ぼう、どこまでも

 目覚めは最悪だった。

 ……いや。

 そもそも僕は、目が覚めているのか?

 

 寝床から上半身を起こす。空気は肌を刺すように冷たい。

 視界はゆらゆら、頭はふらふら。

 

 あ……そうだ……。水を汲みに行かなくちゃ……。

 

 

 肌に付いた(わら)をパラパラと落とし、のそのそと薄汚れた上着を羽織る。

 そして、壁に立て掛けてある天秤棒(てんびんぼう)を手に取る。

 

 天秤棒……ってなんだ?

 

 水桶(みずおけ)を棒の両端に取り付け、棒の中心を肩に担ぐ。

 

 何を言っているんだ、僕は……。水桶を担ぐ為の棒じゃないか。

 こんな、毎日使うような道具を……。

 

 毎日使う道具? こんなもの、使った事あったっけ?

 

 部屋を一周するように視線が動き、ボロボロな木の(ドア)に向く。

 

 汚い部屋……。そして、何もない部屋。

 馬小屋? ……でも馬はいない。

 納屋? ……でも農具も何もない。

 

 自分の腕が伸び、門の(かんぬき)を上げる。

 

 短い……小さな、白い腕だ。

 

 僕の意思に関係なく身体は勝手に動く。

 いや……、そんな事はない。この身体を動かしているのは僕だ。

 ……でも、勝手に動いている?

 

 僕は何を言ってるんだろう?

 

 外に出ると村の景色が否応にも目に映った。

 そのまま僕の足は川を目指す。

 

 寒々とした村だ。

 地面は泥でぬかるみ、

 周りの木々には葉っぱ一枚なく、みんな禿げた物。

 

 そして寒い……。

 だから、寒々とした村なんだ。

 

 泥で出来た壁に、藁葺(わらぶき)屋根の家々。

 その間に挟まれた未舗装の泥道を進んでいく。

 

 庭で芋を干していたおばさんが僕に視線を向けた。

 いやそうな顔で家に戻っていくおばさん。

 何かあったんだろうか?

 

 そして、歩く。

 延々と坂を下り続ける。

 いつものことながら長い道のりだ。

 でも、帰りは上り坂。

 もっと長い……。

 

 いつも?

 

 まぁ、いっか……。

 

 

 ようやく川に辿り着く。

 川岸で女達が洗濯物を棒で叩きながら、おしゃべりに(きょう)じている。

 僕が近づくと、話し声が止んだ。

 

 桶に水を汲み、再び天秤棒の両端に引っ掛けて肩に担ぐ。

 少し、重い……。

 でも、もう慣れた重みだ。

 

 

 長い上り坂を経て、ようやく村長さんのお屋敷に辿り着く。

 裏に回って保存庫の一室へ。

 薄暗い中、大きな(かめ)が一杯並んでいる。

 そのうちの一つの蓋を取り、汲んで来た水を流し入れる。

 "ドジャー"という水の音。

 もう一つの桶も"ドジャー"と流し入れる。

 これでようやく(かめ)の六分の一ぐらい。

 また天秤棒を担ぎ、川を目指す。  

 

 

 川から水を汲み、重くなった両肩で村への山道を歩く。

 

「お! いたいた、鬼っ子!」

 

「一人二十個な!」

 

 村の子供達だ。

 彼らは僕に向かって石を投げ始める。

 

「おっしゃ! 今俺の、一個当たった!」

 

「でめえ、動くんじゃねぇよ!」

 

 痛い……痛いよ……。

 

 天秤棒を水桶ごと地面に置き、顔と頭を押さえてうずくまる。

 前にこれを担いだままで、桶をひっくり返した事があったんだ。

 

 前に?

 

「っしゃ! 俺八個!」

 

「俺九!」

 

「お前、一個多く投げたろ!」

 

「はあ!? ざっけんなよ!」

 

「てめえらと違って俺はずっと頭狙いー」

 

「だからなんだよ!?」

 

 やっと終わった……。

 速く離れないと。

 

「超飛翔飛び蹴りー! イェーイ!!」

 

 バシャ、カン、コン、コンと桶が蹴り飛ばされた。

 こぼれた水が坂の斜面に沿って流れ落ちていく。

 

「ほら、もう行こうぜ」

 

 コン、バシャ。

 

 そう言って、違う子供が残った水桶を蹴り倒す。

 

「干し芋食いに行こうぜ」

 

「じゃなー! 鬼っ子! また明日遊んでやるよ!」

 

「ハハハハ」

 

 走り去りながらそう言い残す子供達。

 

 

 また汲み直しにいこう。

 今日のうちに、(かめ)七つ分を一杯にしないと……。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 変わらず天秤棒を担ぐ。

 もう、お月様が天に顔を出してきた。

 辺りは真っ暗。

 

 よし。

 

 水を(かめ)に注ぐ。

 

 これで、最後。

 

 報告に……行かなきゃ。

 

 

 トコトコとお屋敷の正面に回り、トン、トン、トンと村長さんの家の門を叩く。

 誰も出ない。

 もう一度トン、トンと叩いたら、門が"キィー"と内側に開いた。

 誰も居ないのかな?

 開いた隙間から中を覗く。

 

「おい、てめぇ! 入ってくんじゃねぇよ、糞ガキ! 汚ねぇだろうが!」

 

 年齢二十前後の若い男が顔を出す。確か……村長さんの息子さんだ。

 

「ほら、エサだよ!」

 

 そう言ってまるい物を遠くへと投げる彼。

 

「さっさと消えろ!」

 

 ガシャン!! と、門が閉まる。

 

 どこだろう?

 暗い中、投げられた饅頭(マントウ)を探す。

 

 饅頭?

 

 腰を屈めて、必死に探す子供。

 この子供は僕?

 

 

 あった。

 見つけた、饅頭(マントウ)

 泥を落として、早速噛り付く。

 石のように硬い。けどおいしい。

 硬い。おいしい。

 

 そう、饅頭は硬いけど、おいしいんだ。

 

 

 もう家に帰ろう。

 そして、早く寝よう。

 明日も……水を汲まないと……。

 

 

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 何週間水を汲み続けたのだろう? 何ヶ月水を汲み続けたのだろう?

 

 頭は相変わらずもやもやしたままだ。

 何か思い出せそうで思い出せない。

 

「おい、ついてきなさい」

 

 水を(かめ)に入れている最中に、村長さんから声をかけられた。

 慌てて、残ったもう一個の水が入った桶に目をやる。

 

「ほおって置いていい。ついてきなさい」

 

 村長についていき、お屋敷の中に入る。

 初めて入るお屋敷にちょっとドキドキ。

 キョロキョロしながら村長の後をトコトコ歩く。

 ――やがて、大きな部屋へと入った。

 

「これがそうか。……ずいぶんと気味の悪いガキだな」

 

 部屋の中に居たのは、青いチャイナ服を着た、サングラスをかけた人。

 やけに高級そうな服だ。

 

「これじゃあ……出せて精々二百ゼニーってとこだ」

 

「もう少しなんとかならんのか!? 今までの食事代にもならんぞ!」

 

「まぁ、無理だな。諦めろ。

 そもそも金を出して穀潰しを引き取ってやるんだ。これでも高いくらいさ」

 

「…………くっ……仕方がない……」

 

「毎度あり!」

 

 ……なんだろ? これ?

 いやいや、人買いじゃん!!

 人……買い?

 

 

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 青い服の人に連れて行かれたのは大きな家。

 大きな石畳の庭を通り、大きな大きな部屋に入れられた。

 周りには僕と同じくらいの子供がたくさん。

 

 同じくらい?

 僕って……子供だっけ?

 

 

 夜になって、大きなおじさんがやって来た。

 饅頭(まんとう)をみんなに配ってくれた。

 やわらかい、饅頭だ。

 とてもおいしい。

 ……うれしい。

 

 

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 あれから四日経った。

 毎日何人もの子供が来て、あんなに広かった部屋が人で一杯。

 そして、毎日やわらかい饅頭がもらえた。

 ここは天国だ。

 しあわせー。

 

 今、知らないおじさんが石で作られた段差の上に立っている。

 部屋の片側に、大きな石の段差があるんだ。

 うん、高さ1m、面積は縦1m×横5mってとこかな?

 ん? いち……めーとる?

 まぁ、とにかく、知らないおじさんがそこに、(のぼ)ったんだ。

 いつもやわらかい饅頭をくれるおじさんとは……違う人。

 

「今日から君達は武術を習う事になる。脱落するヤツはどんどん処分していくから、心して取り組め」

 

 ちょっ! ま! 処分って!

 しょぶんって……何?

 

「基礎体力をつけさせる。二十の班に分けろ」

 

「は」

 

 

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~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 二カ月くらい経った。

 あれから毎日、基礎体力? を付ける為に、みんなで走り回ってる。

 夜には馬歩(ばほ)をやるんだ。

 これも基礎体力なんだって。

 みんな辛そうにしてる。

 スペックの高い身体でよかったー! これって空気椅子じゃん!

 空……気?

 

 あ、斜め前にいた子が倒れた。

 気絶してるみたい。

 (ホァン)師父と(ワン)師父が気絶した彼を引きずっていく。

 連れて行かれた子はほとんど戻ってこない。

 どこいったんだろう?

 処分だよ! 処分されたに決まってるだろ! だから頑張れ! 僕!

 しょ……ぶん?

 もうしゃべるなお前は! って言うか僕は!

 

 ピッ!

 

 笛の音が鳴った。

 今日の馬歩はおしまい。

 この後はやわらかい饅頭(マントウ)の時間だ。

 やったー!

 

「お? また残ったか。 やるじゃん、白いの!」

 

 饅頭が沢山入った桶を持って、厨房の(ヅェン)さんがやってくる。

 

 そう。僕、みんなと違ってとても白いんだ。

 顔も、腕も、身体も。

 

「ほぉら、贔屓だ! でかいのをやる!」

 

 わーい!

 

 

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 もうここに来て大分経つ。みんなが言うには二年なんだって。

 こっそり聞いたんだ。

 みんな、あまり僕に近寄らない。何でだろ?

 そりゃあなぁ……。僕って白いし、いくら走っても息一つ切らさないし、白いし、表情動かないし、白いし……みんなきっと、気味が悪いんだよ。

 キミが……わるい?

 でも僕、動くのが好き! 武術するの、好き!

 

 そうだ、厨房に行かなきゃ。(ヅェン)さんがこっそり花巻(ホァジェン)をくれるって言ってたんだ。

 僕、饅頭(マントウ)よりも花巻の方が好き!

 

 厨房に行く為に、こっそりと師父達の部屋の前を通っていくけど、僕は隠れるのがすごく上手いんだ。

 なんだって気を消してるからね!

 

「餓鬼の数も二十分の一以下に減ったことだし、もうそろそろ次の段階かねぇ」

 

 あ、(ホァン)師父がいる。相変わらず見事な禿(はげ)頭だな~。

 ははは、ハゲー! ハゲー!

 僕もだよ。

 ううん、違う。生えてる。

 一本は生えてるって言わないんだ!

 

「ああ……、目の前で殺しを実演し、実戦がどういうものかを理解させてやる必要がある」

 

「それで? 生贄は? どっかから攫ってくるか?」

 

「冗談はよせ。ここがばれたらどうする? ……まぁ、適当に餓鬼共の中から選ぶさ」

 

 うわぁ……、ブルブル――。

 なんっちゅう怖い会話を……。

 花巻(ホァジェン)! 花巻(ホァジェン)

 はいはい、食い気食い気。

 

 

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 今日も今日とて武術の時間。

 みんな整列して一通り型をやった後、(ホァン)師父が前に出る。

 

「今日は実戦の看取り稽古を行う! 実際の戦いとはどういうものなのか、しっかり見て身に刻んでおくように!」

 

 そういう(ホァン)師父の手には一振りの曲刀。刀身は厚く、いかにも人を切り易そうな角度に歪曲している。

 ……くわばら、くわばら。

 

「そうだな――」

 

 言いながら僕達を見回す(ホァン)師父。

 いったい何だろう?

 花巻(ホァジェン)おいしかったなー。また食べたいなー。

 あ、師父が僕を見て笑ってる。

 て、おい! やべーよ! ロックオンされてるよ!

 ろ、ろっくおん?

 

「白いのでいっか。脱落しても娼館に売れそうにねぇし」

 

 おいおい、そんな理由!?

 しょうかんって何だ うるせー!

 

「おい! 白いの、前に出ろ!」

 

 周囲を見回すと、六人の師父達が睨みを効かせている。

 にげられない。

 

「まぁ……、一応、構えとけ」

 

 うん、構える。いつも習った通り。

 くそっ、なんとか活路を。

 

 

 

「そんじゃ――」

 

 うおっ! 

 頭を下げる。そのスレスレ上を横に通過していく曲刀。

 

「ほお……一丁前に避けやがった」

 

 くそ! 速い! 7mある距離をコンマ1秒で0にしやがった!

 

「ほれ、次いくぞ」

 

 左下から右上への斜め切り上げ。何とかバックステップで刀身をはずす。

 師父はそのまま曲刀の持ち手をひねりながら一歩前へ、こめかみを狙う横薙ぎ。再びぎりぎり頭を下げて躱す。

 後頭部に熱さと金属の冷たさ。少し皮が削られたようだ。

 

 あわわ、どうしよう。

 いいからよく見て避けるんだ、僕!

 うん! よく見て避ける!

 

「ほらほらほら」

 

 流れるような斬撃。銀色の線が縦横無尽に走る。

 今はまだ何とか避けれてはいるが、向こうの底が見えない。きっともっと速く出来るのだろう。

 そしてリーチは圧倒的に不利。こちらから攻撃できる隙間は全く見当たらない。

 

「そらそらそら」

 

 右、下、右、左、左。

 右足を少し後ろに下げて足元への斬撃を避け、そのまま片足で大きく左後ろへジャンプ。

 取り敢えず距離がとれたのはいいが、このままじゃあジリ貧だ。

 

「ほう、よく避けるじゃねぇか」

 

 感心したように言う(ホァン)師父。

 やったー! ほめられたー!

 しかし僕は見逃さない。師父の禿頭に浮かぶ血管、所謂"ピキッマーク"を。

 

「もういいだろ、そろそろ死ねや」

 

 曲刀を持った右腕を大きく左に曲げ、右半身をこちらに向けた構え。

 この体勢から繰り出されるのは確実に右斜め切り上げ。

 本気のスピードが来る。避けられるかは分からない。

 ならば!

 

「お」

 

 相手に合わせて、

 

「らぁ!」

 

 こちらも突っ込む!

 

 繰り出すのは人体で最も堅牢な部位での攻撃! 即ち頭突き!

 目標は半ばまでしか振り切れていない、右腕上腕部!

 

「やあっ!!」

 

 思わず声を上げる!

 全身全霊の気合を込めた声だ!

 

「な」

 

 全てがスローモーションに。

 向こうの踏み込みとこちらの飛び込み頭突き。それに挟まれる形となった右腕。

 師父の右腕に接触している僕の頭に、メキメキと、その破壊される音が響く。

 腕はゆっくりとあり得ない方向へと曲がっていく。落ちていく曲刀。

 跳ね上がる(ひざ)

 え!? 跳ね上がる膝だって!?

 師父の右膝(みぎひざ)が僕の腹部を目指して突き進む。

 空中にいる僕には避けようがない。

 

「ぐほ」

 

 ダメージと共に、さらに滞空時間を延ばす僕。

 左手を少し下げ、未だ空中にある曲刀を掴む師父。

 手首を返し、刃を僕に向けると、そのまま切り上げる。

 

 ダメだ。

 死ぬ。

 

 死んじゃう。

 

 死にたくない。

 

 まだ死にたくないよ。

 

 

 徐々に近づく刃。

 空中でジタバタする。

 無意味に両手を突き出す。

 

 やめろ!

 

 やめて!

 

 頼む!

 

 おねがい!

 

 どっかいってくれ!

 

 こないでー!

 

 

 あっち

 

 

 

「いけーーーーーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 目の前が真っ白になった。

 僕は……死んだのか?

 

「ふげっ」

 

 衝撃が身体全体を襲う。ん? なんだ、これ……地面?

 

 どごーん!!

 

 岩の砕ける音が、遠くから聴こえた。

 いったい何が?

 

 恐る恐る目を開く。

 (ホァン)師父は……30m離れた場所にある頑丈な石壁に、めり込んでいた。

 

「ほう……、ちょうのうりょく……というやつかのう」

 

 誰かの声が、聞こえたような気がした。

 目の前が暗くなっていく。ダメだ、緊張の連続だったんだ。もう意識を保てそうにない。

 こうなってしまったらもう寝るしかないな……。

 うん、僕、寝るね。

 ああ、おやすみ……――

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 目が覚めたら、三対の目が僕を見ていた。

 あ、最初の日に喋ってた人ー。

 石段の上でな。それに師父が二人か。

 なんだろー?

 

「ようやく起きたか」

 

 そう言って背を向ける最初の日の人。

 多分お偉いさんだよ。お偉いさん。

 おえらいさんー?

 

「すぐに立ち上がってついてきなさい。さるお方がお前に会いたがっている」

 

 師父二人に引き吊り起こされる。

 大丈夫、僕、一人で起きれる。

 

「まったく、お前ごときをお目に留めるとは……。いいかね、これはとても光栄な事なのだよ」

 

 前を歩きながら呟くお偉いさん。

 師父二人は僕の後ろ、左右二方向を固めながらついてきてる。

 

 お偉いさんが階段を上る。

 ダメ、階段は上っちゃいけない。いっぱいいっぱい()たれる。

 

「大丈夫だ。いいからついて行け」

 

 後ろから師父の声が。

 大丈夫?

 向こうからいいって言ってるんだ。ならついて行こう!

 うん!

 うう……、何だかまた頭がふらふらしてきた……。

 

 いつものように少し感覚がなくなった頭を抱え、特に何事もなく二階に上がる。

 一杯扉が並んである中、一番大きなものを開いてその室内へと入って行くお偉いさん。

 その後について僕も部屋へと入る。

 

 うわぁー、すごい。よく分からないけど、豪華!

 貴賓室ってとこかな?

 きひんし……うわぁ! テーブルの上に料理が一杯!

 ターンテーブルの上に中華……か。うまそうだ。

 うー、おいしそう……。

 

「ひょっひょっ、涎を垂らしおって」

 

 横から声が聞こえてくる。

 でも僕の目は料理に釘付け。

 

「よいぞ。好きなだけ食え」

 

 わーい!

 テーブルに駆け寄り、手づかみで料理を食べる。

 

 みんな見たことない。

 中華だな。

 うん、ちゅうかだー!

 

 はぐはぐはぐ。

 もぐもぐもぐ。

 

「ひょっひょっひょっ、慌てて食べておるわ。おい、館長。コヤツ、名は何と言う?」

 

「いえ、名は与えられておりません。元々無かったそうで……」

 

 はぐはぐはぐ。

 もぐもぐもぐ。

 なんだろ、これ? 皮の中にお肉と野菜があって……おいしい。

 餃子だ餃子! 

 うまいなー!

 

「ほう、餃子が気に入ったのか……。――――よし! ならばお前の名は今日からチャオズ、 餃子(チャオズ)じゃ!」

 

 え? そんな投げやりな……。

 なまえ?

 

「いくらなんでも、食べ物の名というのは……」

 

「いいんじゃよ。名は適当な方が大成する。うちにいるもう一人も食い(もん)の名じゃしな」

 

「はぁ……なるほど……」

 

 いや、なるほどじゃなくて、もっと頑張れよー。

 もぎゅもぎゅもぎゅ。

 美味しい!

 

「こら、何時までも食べてないで、挨拶くらいしなさい!」

 

 ん? あいさつー?

 

 ぐるっと後ろを振り向く。

 

「こちら、鶴仙人様」

 

 ……へ?

 

「万武大師の」

 

 え? うそ――。

 

「鶴仙人様だ!」

 

 

 えええええええええええええ!?

 

 

「つ、つるせんにんーーーーーーーーーー!!!?」

 

 

 ――――4年3ヶ月と5日ぶりの、頭がスッキリした瞬間であった。

 

 

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

●饅頭
 無理やり日本語で発音すると「まんとう」。中国で食べられる米と双璧をなす主食。小麦粉をこねて蒸したパン。
 パンという表現を使ったが、実際まったく似て非なるもの。パンと比べて中身が詰まっていて、ずっしりしている。パンと同じく放置すると乾いてどんどん硬くなる。中身が詰まっている為、釘を打てるくらいに硬くなる。
 昔と比べて少し普及率が減ったらしい。

●瓶
 かめ。主に水を保存する用途に使われる。中国の一部農村部では未だに現役。

●ゼニー
 ドラゴンボール世界における地球の通貨単位。200ゼニーは西の都の住人にとって200円くらいの価値しかないが、主人公の住む農村部では6万円程の価値がある。

●馬歩
 半空気椅子。馬に乗るときのポーズを地面でやる。中国武術の基本姿勢であり、主に足腰が鍛えられる。空気椅子と違って足腰を痛めない。
 作者の知り合いの武術家は、毎日テレビを見ながらこれを一時間やるらしい。

●花巻
 無理やり日本語で発音すると「ホァジェン」。饅頭の亜種であり、同じく中国の主食。小麦粉をこね、薄長く伸ばした後、花のように編んでから蒸す。饅頭に比べると食べやすいが、おかずと一緒ならやはり饅頭の方が良いのだそうだ。
 
●餃子
 小麦粉の皮に様々な具を包んだ一品。私達日本人にも馴染みの食べ物。しょうゆたれ付けてご飯と食べるととても美味しい。
 しかし中国では餃子はおかずと主食を兼ねた食べ物である。主食を兼ねる為、中国の餃子は日本の物よりも皮が厚く、それを湯で煮て食べる……まぁ、所謂水餃子。当日に食べ切れなかった分は翌日焼き餃子にする。
 因みに主人公の名前。


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第弐話 車は揺れるよ、コトコトと

 僕は今、やけにレトロな車に乗っている。

 助手席には鶴仙人様が鼻ひげをいじりながら腰掛、運転手は知らない人である。

 僕は広い後部座席に座り、小さい身体を更に小さくちぢこませていた。

 整備されていない地面を走っている為か、時折コットンコットンと車が揺れ動く。

 

 ――――思う。

 何でこんな事になったのだろうと。

 僕は受験を控えた中学三年生だ。

 それはついこの間の事のようであり、ずいぶんと昔の事のようにも思える。

 

 あるのだ。

 記憶が。

 今さっき名づけられたチャオズという名の子供として、生きてきた記憶が。

 

 僕、チャオズには親がいなかった。

 とはいえ、乳飲み子が独りでに生を繋ぐことが出来るはずもないので、まぁ、きっとある程度の時期までは世話をしてくれた人がいたのだろう。

 しかし少なくともそれは、僕が世界を認識し心に留めることができる年齢――いわば物心がついた頃にはいなくなっていた。

 所謂孤児というやつなのだが、それはこの世界、とりわけ僕がいた町においてはそう珍しい事でもなかった。

 

 町には僕のような孤児が満ち溢れていた――と言うのはさすがに言い過ぎにしても、少なくとも少数ではなかった。

 さて、当たり前のことなのだが、人は生きていく上で食料を必要とする。

 そして親のいない僕らにとって、それを得られる場は少ない。

 残飯が出るような高級飯店のゴミ箱をあさるか、微妙に心に余裕を持っている中間層よりちょい上の人たちが集まる広場で乞食をするか(因みに富裕層は完全にこちらを汚物扱いするので何も貰えない)。

 そんな数限りあるエサ場を守る為、路上に生きる欠食児童達はコミュニティーを作り、組織的に活動していた。――自らの縄張りを守り、外敵を排除する。拙いながらも組織としては当然のことを行っていたのだ。

 その為どこかのコミュニティーに属さない限り、食料調達は困難を極める。得られてもすぐに組織立った奴らに奪われてしまうのだ。(まっこと)、弱肉強食であった。

 

 ここで、話は僕の外見に行き着く。この真っ白な見た目は別に昨日今日なった訳ではない。

 ――――まぁ、ようするに、どのコミュニティーからも溢れたのだ、僕は。

 

 町での食料調達を諦め、山に入ったのはいつからだったろう。

 実りの多くある山ではない。

 草を()み、木の根を齧り、虫を呑み込んだ。そんな生活を、一年近くしていたと思う。

 あまりに食料が少な過ぎた為、大型の獣がいなかったのは不幸中の幸いだっただろう。とは言え、あんな環境でよくぞ生きてこれたものだと自分でも不思議である。

 

 ――――村を見つけたのは偶然だった。

 あの時、久々に会う人間に歓喜したかどうか、記憶は定かではない。

 しかし、とある村民の足に(すが)りついたのは、今でも鮮明に覚えている。

 

 ――いつの間にやら、小屋が与えられていた。

 あちこちに穴が開きまくった隙間風どころではないボロ小屋であったが、気味の悪い余所者の餓鬼には最高級の待遇だったのではないだろうか。

 だからあの村に対して、悪い感情はない。

 まぁ今となっては、あの扱いに思うところがない訳でもないのだが……それでも感謝の気持ちの方が勝る。

 山での生活はまさしく、地獄だったのだから。

 

 こうして地獄から天国へと移住することに成功した僕に転機が訪れる。

 中学三年生としての僕の自我が生まれたのだ。

 実際どのようにしてそうなったのかは分からない。

 中学三年生の僕が死に、無事輪廻転生を経て今の僕となり、それが何らかのきっかけで前世の記憶を思い出したのかもしれない。それとも、何らかの事故により(どんな事故だよ!?)僕の精神がこの真っ白な子に憑依したのかもしれない。

 きっと考えて分かることでもないのだろう。

 

 この頃から僕の脳内は大分カオスなことになっていた。

 異なる人物の知識を受け入れ切れなかったからか、僕は夢遊病患者のように始終フラフラしていたのだ。

 因みにここで言う知識には中学三年生である僕の人格も含まれている。人格とは知識によって構成されているものであるからして、当然と言えるだろう。

 そんな感じに二つの人格がくっ付いたり離れたり、片方が消えそうになったり、両方が対消滅しそうになったりと誰にも見えない場所でやけにドラマチックな展開を繰り広げ、二年近くが過ぎる。

 現実世界の僕は只ひたすら水を(かめ)に貯め続けるという素敵なお仕事に邁進していたのだが、どういう話の流れからか、あの寺院に売られる事となった。

 まぁ寺院と言っても、実際寺院を隠れ蓑とした鉄砲玉養成場といった所だろうが。

 

 またまた同じことを言うようだが、売られた事に関しても怨みはない。

 なにしろ寺院での暮らしは村のそれに比べると、天国と地獄だったのだから。

 そう、再び僕は地獄から天国へと移住することに成功したのである。

 いやまぁ、特に僕自身何もしてないけどね。

 

 この頃になると、僕の人格はある程度安定するようになっていた。

 相変わらず二つの人格がくっ付いたり離れたりしていたけれど、どちらかが消えそうになるということはなくなっていた。

 ――寺院での生活は楽を極めた。

 周りが次々と脱落していく中、厳しいはずの訓練を容易にこなしていく僕。

 この段階になって、ようやく自分の基礎能力が平均のそれよりも圧倒的に優れている事に気づいたのだ。

 そして中学三年生である僕がこれからの生活をある意味楽観視し始めたところで、先日の事件である。

 ……まさか、肉案山子(かかし)に選ばれるとは……。

 

 とは言え、瓢箪(ひょうたん)から駒と言うべきか、それとも人生成るように成ると言うべきか――。

 

 …………いいかげん回想と言う名の現実逃避はやめよう。

 目の前の助手席に座っている人物。まさしくドラゴンボールにおける鶴仙人である。

 そして僕チャオズ。

 

 …………。

 ……語るべき言葉が見つからない。

 まぁ、つまり、そういうことなのだろう――。

 あまりものショックからか、僕の人格が完全無欠に一つに統合されたことをここに特筆しておこう。

 

 これから僕は鶴仙人(大金持ち)の家に住み込み、使用人のように彼の世話をしつつ武術を習っていくだろう。内弟子というヤツである。

 山で雑草の毒に(あた)ってごろごろと地面を転げ回っていた頃と比べると大出世であり、むしろどこの勝ち組だよ!?と嫉妬のこもった言葉と共にうらやましがられる立場にあるんじゃないだろうか?

 つまり都合三度目の地獄から天国への移住がまさに今、現在進行形で果たされている訳だ。

 

 そして、ここがドラゴンボールと言うやけに死亡フラグ満載な世界であることが判明し、「どっ、どぉーしようー」と頭を抱えて悩むべきところであるはずなのだが、僕はチャオズである。

 

 ――――チャオズって……いてもいなくても、何も変わらないよね?

 唯一役に立っていそうな場面がナッパさんの背中に張り付いて自爆して、ナッパさんをびっくりさせるという……。

 あれ? 役に立ってなくない?

 (ちまた)ではヤムチャという三時のおやつ的な名を持ったイケメンキャラ(←ここ重要)が龍玉におけるもっとも不遇な扱いを受けているとされる風潮があるのだが、よくよく考えてみて欲しい。少し頭を冷やして静めてみれば、真に不遇なる人物が誰なのかは自ずと導き出されるはずである。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 おっとっと。

 車のブレーキに上半身がつんのめり、僕は思考の海から現実へと帰還を果たす。

 右側を向くと、延々と続く煉瓦の壁、そしてそれに(はさ)まれた門が見えた。

 門は木造の両開きであり、幅は大の大人七人が横に並んで入れるくらい。その前には門番らしき人が二人、棍棒を持って立っていた。

 車はその手前に止まったのである。

 

「着いたぞい」

 

 車から降りる鶴仙人様。バタンッとフロントドアが閉められる。

 

「これ、ちぢこまってないで降りてこんかい」

 

「うん」

 

 一言返事をしてドアを開ける僕。

 

「うんではない。はいじゃ」

 

「はい!」

 

「うむ、よいよい。素直でよろしい」

 

 そう言って背を向けて歩き出す鶴仙人様。いつの間にか門は門番によって大きく開かれていた。

 僕はあひるの(ひな)のように、鶴仙人様の後に続いてひょこひょこと歩き出す。

 高い壁の囲いに囲まれた敷地。広い庭は景観の為に植えたであろう樹木があちこちに点在し、それら全てが山水画風に剪定されている。遠くには湖と見紛うばかりの広い池があり、蓮の花らしきものが水面に浮かんでいるのが見える。 

 邸宅まで続くと思われる石畳を踏みしめること五分。デーンと目の前にそびえ立つのは中華風建築物。残念ながら、あまり建築関連に対し興味を持った事のない前世であったので、中華風建築物としか説明のしようがない。ただまぁ……とんでもなく広い事だけは僕にも分かった。

 

「おい、耳無し! 耳無しはおるか!?」

 

「はい、ここに、鶴仙人様」

 

 そう言って、小走りで屋敷から出てきたのは痩せぎすな老人。

 彼は片膝をつき、両手を深く下げた頭の上で組んでいる。

 よく見ると、鶴仙人様がそう呼んだように耳が両方とも見当たらない。

 

「天はどこにおる?」

 

「はい。天津飯様は練武場にて稽古の最中でございます。呼んで参りますか?」

 

「ふむ……、いや、わしから行こう」

 

 そのまま屋敷に入り、廊下を歩み進めること一分。

 何度も角を曲がったり、渡り廊下に出たり、また屋内に入ったりと、もう今どこに居るのかさっぱり分からない。鶴仙人様について行けばいっかとばかりに脳内マッピングを放棄する僕。

 

 ――しばらくすると、外に出た。

 ここが練武場なのだろう。だだっ広い空間に砂の地面。大小さまざまな岩が点在している。他にもアスレチックにも似た用途不明の――といっても修行に使う物なのだろうが――小さなフィールド多数があちらこちらにあり、カンフー映画的な雰囲気を漂わせていた。

 

「お帰りなさいませ。鶴仙人様」

 

 すぐこちらに気づき、抱拳礼をする青年。

 年は十四,五くらいだろうか。少し汗の浮かぶ筋肉質な身体に、額の第三の目。

 まぁ、言わずと知れた、天津飯である。

 

「頑張っておるようじゃのう」

 

「はっ」

 

 返礼もせず、手を後ろに組んだままの鶴仙人様。

 

「あぁ、楽にしてよい」

 

「はい!」

 

 そう言って天津飯は手を後ろに組み、"休め"の姿勢をとる。

 

「ほれ、ここにいる白い小僧、名は餃子(チャオズ)と言う。今日からお前の弟弟子(おとうとでし)じゃ」

 

弟弟子(おとうとでし)……でございますか?」

 

「うむ。慣れるまではお前の部屋に住まわせる。面倒を見てやれ」

 

「はい。かしこまりました」

 

「あとはまかせる」

 

 言って踵を返す。

 

「鶴仙人様! …………どうして、僕を?」

 

 思わず声を張り上げ、去ろうとする恩人に質問を投げかける。

 立ち止まる鶴仙人様。

 

「それはのう、お前が超人だからじゃ」

 

 振り返らずに話しを続ける。 

 

「そこにいる天津飯もそうじゃが、突然変異か、はたまた先祖返りか、この世にはたま~にお前らのようなものが現れる。――将来わしの役に立つと判断して今のうちに唾をつけておく、それだけのことじゃ」

 

「僕……が?」

 

 確かに身体能力はそれなりに高いとは思ったけど……。

 

「あの日お前が戦った黄燕(ホァンイェン)。あやつは幼き頃より三十年間武術を続けておった。それなりの修羅場も幾度か経験しておる。それを修行期間僅か二年のお前が倒したのじゃ。十分見初(みそ)めるに相応しい理由じゃろうが」

 

 そう……なのか?

 

「もうよいな。早くここの生活に慣れよ。そのうち、わし直々にお前に稽古をつけてやろう」

 

 

 

 

 

 鶴仙人様は立ち去る。

 冷たい空気が首をなで上げ、身体を震わせた。今は冬である。

 

 いつの間にやら夕日は西の山に半分沈み、練武場を赤く染め上げている。

 そろそろ何か話そうと考える僕に、先にコミュニケーションを図ったのは天津飯。

 

餃子(チャオズ)……と言うのか?」

 

「はい」

 

「俺は天津飯と言う、今年で十四だ。――チャオズは、いくつなんだ?」

 

「多分、八つ」

 

「……そうか。

 これからは同門だ。何かあったら遠慮なく俺に言ってくれ」

 

「うん。

 ありがとう。天津飯さん」

 

「ああ。――近しい人は俺を天と呼ぶ。同門と言えば家族同然でもある。もっと楽にしてくれ」

 

「わかった。……天さん」

 

「よし! これからチャオズの暮らす部屋へ行こう。ついて来てくれ」

 

「うん!」

 

 

 

 

 天さんに連れられたのは練武場からすぐ近くの部屋だった。

 さっと中を眺めたところ、生活に必要と思われる物がほぼ揃っており、面積もなかなかに広い。

 

(ファン)(ファン)はいるか!?」

 

 小走りで部屋に入ってきたのは天さんと同じ年頃くらいの女の子。黒い髪を頭の左右にまとめ、両側に一つずつお団子を作っている。

 

丫环(ヤーホァン)小方(シャオファン)だ。俺達の身の回りの世話をしてくれる。(ファン)、彼は餃子(チャオズ)。今日から俺の弟弟子となる。世話してやってくれ」

 

 初めてリアルで見るお団子ヘアーに内心感動を覚える。すばらしい!

 天さんはそんな僕の紹介をテキパキと済ませていく。

 紹介された彼女、小方(シャオファン)はにこにこと笑みを浮べながら、何度も頭を下げていた。

 小動物ちっくな動きに、なかなかに愛嬌のある容姿である。

 

(ファン)は言葉を話せない。耳はちゃんと聞こえているから、何があれば言い付けるといい。

……いじめないでやってくれ」

 

 もちろんだ。女の子をいじめる趣味はない。

 

「うん、わかった!」

 

 再び天さんは小方(シャオファン)に向き直る。

 

(ファン)、物置から(ツゥアン)のカプセルを一つ出してくれ。それから布団ももう一組頼む」

 

 大きめに頷いて、駆け足で立ち去る小方(シャオファン)。言われた通りの仕事をしに行ったのだろう。

 

「さて、もうすぐ日も暮れる。今日はもう夕食を食べたら休むといい」

 

 ん? 夕食?

 

「わーい! ご飯!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 夜。

 早々に照明を消し、床に入る。

 この部屋にはテレビなどの娯楽用品がなく、飯を食ったらもう寝るしかないようだ。

 

「……ねぇ、……天さん」

 

 薄暗い中、隣の(ツゥアン)に寝る天さんに話しかける。

 

「どうした? 眠れないのか?」

 

「天さんも、……鶴仙人様に拾われたの?」

 

 ――しばらくの沈黙。

 

「…………ああ、俺は十二の頃だった」

 

「そう……」

 

「…………あの頃は、酷かったよ……。

 生きるのに……とにかく必死だった」

 

「…………」

 

「裏通りでごみを漁って……。

 ――――鶴仙人様に出会うまで、名前すらなかったんだ」

 

「うん」

 

「餓死寸前の俺に、鶴仙人様がごちそうしてくださった。……天津飯を……泣きながら食べた」

 

「うん」

 

「俺の身体能力を買ってくれて、お前なら世界一に成れると、そう仰ってくださった。

 ……それまで、誰にも見向きもされなかったこの俺に……」

 

「僕も、今日言われた。すごいって」

 

「…………」

 

「……」

 

 そしてまた、しばしの沈黙。

 

「俺は、あの天津飯の味を忘れない」

 

「僕も餃子、おいしかった!」

 

「――――恩返し……しないとな」

 

「うん!」

 

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

●飯店
 はんてん。中国におけるレストランのこと。

●隙間風
 今うちのアパートに吹いている物。……寒い。

●抱拳礼
 右手拳を左手の(てのひら)に当て、拳を振るいません、暴力を振るいませんという誓いを示す。古代中国の武術関係における礼である。
 やり方は、
 左手は親指は曲げ、それ以外の指をまっすぐに。右手は拳をにぎり、左手の(てのひら)に。
 それを胸の前辺りに会わせ、円を作る感じにする。足はきちんと閉じること。
 師父、もしくは目上の人より先に下ろしてはいけない。

●丫环
 むりやり日本語で発音すると「ヤーホァン」。中国における女性使用人、メイド的な意味である。貴人の付き人から雑用まで仕事は様々。始終そばにいるのである程度可愛い子が選ばれることが多い。なぜか障害持ちの子が多いというイメージがある。
 お団子ヘアーがトレードマーク。日本でも有名なこの髪型は丫环(ヤーホァン)からである。
 そもそも、お団子を左右二つにつけた髪形から丫环(ヤーホァン)と呼ばれるようになった。(ヤー)は頭にお団子二つの髪型のシルエットを表していて、(ホァン)は輪状のものという意味である。つまり、丫の形をした輪状のもの。もろに髪型の事である。
 因みに中国ではメイド萌えよりも丫环(ヤーホァン)萌えの方が一般的だったりする。

●床
 むりやり日本語で発音するとツゥアン。ゆかではなくベッドの意である。
 日本においても"床に就く"と言う熟語があるのだが、いつから"ゆか"という意味になったのだろうか……。

●カプセル
 ホイポイカプセルのこと。言わずと知れたドラゴンボールを代表する超科学の一つである。ブルマの父であるブリーフ博士が作ったらしい。

●天津飯
 ご飯にかに玉をかぶせ、上に片栗粉でとろみをつけた餡をかけたもの。
 中華料理のようでいて実は日本料理。中国で天津飯と聞いても、「なにそれ?」と返ってくる。
 蟹が高い為、思いついた時にパパっと作る事ができない。頑張って材料を用意して作っても、感動するほど美味しい訳でもない。
 主人公の兄弟子の名前。


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第参話 技を極めよう、静々と

「どこかの体力馬鹿の亀と違って、鶴仙流の全ての技の根源は"気"の流れを操ることにある。

 "気"とは生物の体内に秘められた力の奔流。身体強化しかり、気功波しかり、まずは"気"の操り方を覚えない限り話しにならん」

 

 この場所で暮らし始めて二月(ふたつき)近く経過していた。

 天さんによる体術指導がこれまでの修行であったが、本日は待望の《鶴仙人様直々の修行・初》である。

 

「人の肉体と言う物は鍛えるにしても限界がある。だがこの限界を容易く超越させるものが"気"じゃ。――天津飯含め、お前の肉体は元々通常の人間よりはるかに強い。これ以上無理に鍛える必要もなかろう。元来肉体を鍛えて得られる力など、微々たる物じゃからな。

 …………まぁ、どこかの前時代的な脳筋亀はこればっかりやっとったがな」

 

 なるほど。

 亀仙人とはこんなところにも思想の違いがあった訳だ。

 

「まずは自身の体内に眠る"気"を感じとる修行から始めよう。

 ――ではチャオズよ、胡坐(あぐら)を組め」

 

「はい」

 

 今僕が講義を受けている場所はいつも使う室外の練武場ではなく、室内にあるお堂だ。

 目の前には六本の腕にそれぞれ違う武器を持つ高さ6m程ある阿修羅像が、"デーン"とかっこいいポーズで構えていた。

 それにしても自宅にお堂やら仏像やらがあるとは……。

 僕はまだまだ鶴仙人様のお金持ちっぷりを()めていたらしい。

 

「心を落ち着かせ、体内に存在する気の流れを感じ取るんじゃ。焦らず、時間をかけてよい。

 だが、けっして無になるでない。気とは生命の息吹――」

 

「あの」

 

「なんじゃ? 話の途中じゃぞ」

 

「あの、僕。自分の体内の気、わかります」

 

「む?」

 

「気、消せます」

 

 そう言う僕を疑心暗鬼な表情――サングラスを掛けているので雰囲気から察した想像だが――で見下ろす鶴仙人様。

 

「……ふむ、ならば消してみぃ」

 

「はい」

 

 ふっふっふ、驚愕するがいい!

 す~、ふ~、と、深呼吸を一つ。

 体内を流れる気の力を生命維持に必要な分のみ残し、"無"に近づける。

 

「ほう……」

 

 今の僕は極限までに存在感が薄くなっていることだろう。

 部屋の隅っこにでも立っていれば、常人にはけっして見つからない自信がある。

 

「まだまだ詰めは甘いようじゃが…………確かにすばらしい隠形(おんぎょう)じゃ」

 

「へへ~」

 

 鶴仙人様のゴツンと軽いゲンコツ。瞬間星が見えた。

 

「調子に乗るでない! まだまだ詰めが甘いと言うとろうが!」

 

「う~、はい」

 

 実はこれには自信があった。

 寺院にいた頃は毎日のように師父達に気づかれず、こっそりと厨房まで行っていたのだ。もちろん最初からうまく行くはずもなく、始めの頃は何度も見つかっては折檻を受けていた。だがそれでも決して諦めず、毎日毎日挑戦を続け、結果、ハイレベル――武術の達人たる師父達に見つからなかったのだから、十分ハイレベルと言えよう――の気消し術、鶴仙人様の(げん)を借りれば隠形術を習得することに至った訳だ。

 自分で言うのもなんだが、(まっこと)、食い意地とは恐ろしい物である。

 

「とは言え、自力でそこまでに至ったか……。恐ろしい才能じゃのう」

 

「えへへ」

 

「だからへらへらするでない!

 ――第一段階は飛ばしじゃ。

 次は気の流れの向き、強さ。これを感じ取れるようになってもらう」

 

「はい!」

 

「ふむ…………これだけ才能があるなら、もっと手っ取り早い方法で行こうかのう……。

 よし、チャオズ! 手を出せ!」

 

 言うとおり左手を差し出す。それを掴み、引っ張り上げる鶴仙人様。

 

「もう胡坐(あぐら)はよい。立てぃ。

 ――今からわしの気を大量に流し入れる。そら、いくぞぃ!」

 

 唐突に鶴仙人様に繋がれた手から大きな熱の塊が入ってきた。

 いや、鶴仙人様が流し入れてるんだ。こ、これが"気"!?

 

「落ち着けい。

 時間をかけてゆっくりと押し込んでやる。気の通る道を感じよ」

 

「う、うん」

 

「はい、じゃ!」

 

「は、はい!」

 

「なんなら目を閉じよ。その方が感じ取りやすい」

 

「はい!」

 

 左手から流れ込む熱。

 それは左腕を通り、身体の中心へと向かっていく。

 そしてそのまま左腿から左足。

 戻り、股間を通過して右腿、右足。

 もう一度中心を通って右腕、右手。

 またまた戻って、首を上り頭へと。

 最後に熱は左手に帰還。

 

「一周したようじゃな。どうじゃ、チャオズ。気の流れ、通り道を感じとれたか?」

 

「た、たぶん。何となく、分かります」

 

 "気の通り道"、と言う意味が分かった。

 "気"はまるで血液のように、決められた経路を伝って全身を回っていたのだ。

 

「ならば反復じゃな。安心せい、今日一日は付きおうてやる。

 ほれ、もう一度行くぞぃ!」

 

「はい!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 僕の右手に気を流し、ゆっくりと体内に押し込める作業。

 鶴仙人様は宣言通り、延々とそのルーチンワークを何時間も続けた。 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 この鶴仙人様の初修行により、僕は多くのものを得ることが出来た。

 とりあえずこの"気"を流し込まれ続けると言う行為。なんとも無いと思われるかもしれないが、酷く体力・気力双方を削られていく。

 僕がまず学習したことは、これであった。

 

「もうそろそろ限界かのう?

 今日はここら辺でやめじゃな」

 

「はぁ……はい。

 あ、あの」

 

 どこかへ行こうとする鶴仙人様を慌てて引き止める。

 ここ二ヶ月顔を突き合わせて分かったことなのだが、この鶴仙人様、あまりにも雷動風行すぎる。思ったこと、言ったことを行動に移すのが兎に角速い。思い立ったが吉日ならぬ、思い立ったがこの瞬間である。質問をしたくともいつの間にか居なくなっていた、なんてことが幾度かあった。

 

「なんじゃ? 何か気になったことでもあるなら言うてみい」

 

 立ち去ろうとするその歩みを一旦止め、振り返る鶴仙人様。

 僕は慌てて言葉を続ける。

 

「鶴仙人様の気が通る時、ほかよりもとても熱い部分がありました」

 

「……ほう」

 

(てのひら)と足の裏、あと、お腹が、熱かったです」

 

 感心したような顔で、顎髭を撫でる鶴仙人様。

 そのまま僕の問いとすら言えない報告のようなものに答えを返す。

 

「今お前の言うた場所は、"気"を集めやすい部位である。

 ――どれ、見よ」

 

 鶴仙人様は右手を胸の高さまで持ち上げると、(てのひら)を天に向ける。

 周囲の空間が歪んで見える。そう、錯覚するほどの集中力。

 

 ぼぅわっ

 

 擬音にすればこんな感じだろうか?

 鶴仙人様の(てのひら)上空6cm程に、野球ボール大の光球が浮かび、静止していた。 

 

「これが集められ、束ねられた"気"じゃ」

 

 特に自慢でもないが、僕はドラゴンボールと言う漫画を全巻持っていた。

 そこでは雑魚含めほぼ全キャラクターがオールマイティに扱える"気"。

 ここに来てようやく気づく。

 僕はこの偉大なる功夫(クンフー)に対し、どこか軽く見ていたことに。

 

「気の放出。

 どの流派においても"奥義"とされる技じゃ」

 

 昔、静電気を使って小さな雷を起すという理科の実験をやったことがある。その時のことを深く連想させる。

 白く発光し、脈動する気の塊。ジッと見ていると魂ごと吸い込まれそうだ。

 これは、本当にこの世に存在する物なのだろうか?

 感じられるプレッシャーとは逆に、ひどく現実感が薄れていく感覚。

 こんなこと、人間に出来ていいものなのか?

 

「お前が掴んだその感覚はのぅ、本来なら武術家が三十年、四十年とかけて、徐々に培っていくものじゃ。

 ――いや、現実、生涯をかけてもそこに至れん奴らは多い」

 

 自分の両手を見る。

 鶴仙人様の言うことを信じるならば、僕にはとんでもない才能があるのだろう。

 ――いつか、僕にも出来るのだろうか……?

 

「その感覚を早々に掴んだお前は"気"の放出に関する才能がずば抜けておる。

 その才能だけならば、天以上じゃな。

 なにしろ天がその境地に至るまで、一年と三月(みつき)はかかっとるからのう」

 

 まぁ、それでも破格の速さじゃがな。と続ける鶴仙人様。

 

「ほ、本当ですか!? 天さんよりも才能があるって!」

 

「ああ、嘘ではない」

 

 これにはさすがに驚愕。

 漫画では全てにおいて、天津飯より劣っていたはずの餃子(チャオズ)

 まさか……こんな才能があったなんて。

 

「その才能に驕らず、精進せい。

 お前なら鶴仙流最終奥義まで、あるいは辿り着けるやもしれん」

 

 踵を返し、去っていく鶴仙人様。

 僕はしばらくお堂でボーとしていた。

 

 考察する。

 どうやら僕には"気"の放出限定だが、天さん以上の才能があるらしい。

 しかし原作のチャオズは明らかに全てにおいて天津飯より弱かった。

 では、それはなぜか?

 もちろん年齢も理由の一つだろう。

 孫悟空と天下一武道会で初めて出会う日付は分からないが、そこまで未来ではないはずだ。

 天さんと比べ、修行に費やした年数の違いは実力の差という形ではっきりと現れるだろう。

 しかし、その後のチャオズも劇的に強くなったと言うことは無い。

 なぜか?

 ――"師"の元を離れたからだ。

 鶴仙人様の元で修行すべき期間を、独学に費やしたからだ。

 一番の成長期でもあるあの年代を、無駄に過ごしたからだ。

 実際、神の神殿で修行するまで、チャオズは大した成長をしていなかったのではないか?

 武術はパワーだけじゃない。

 先ほどの、あの気を体内に押し込むと言う未知の技術からもそれは断言できる。  

 鶴仙人様は三百年近く生きているらしい。

 その間に培ってきた功夫はとても無視出来るものではない。

 出来れば、鶴仙流は全て習得したい。

 

 ――今後の方針が大体決まった。

 まずは"気"の制御を完全にし、そしてなるべく多くの鶴仙流を習得する。

 原作ブレイクがしたい、なんて夢は僕にだってある。

 少なくとも、碌な役に立たないという自身(チャオズ)の未来を少しでも変えてみたい。

 その為にも、今はまず地味に努力だ。

 うん! よし!

 

「えいえいおー!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「チャオズ、夜市(よるいち)に行かないか?」

 

 まもなく晩御飯の時間。天さんからの提案であった。

 

「お前はまだこの辺をほとんど出歩いたことがないのだろう?」

 

 ほとんどところが、まったくだったりする。

 ここに来てから一度も外に出ていない。

 

「いいの?」

 

「ああ、もちろんだ。

 俺達は別にここに閉じ込められている訳じゃない。外に出たい時はいつだって出て良いんだ。

 修行ばかりしていると出不精にはなるがな」

 

 天さんは顔に僅かな苦笑いを浮べる。

 

「うん! なら行く!」

 

「それじゃあついでに夕飯も屋台で済ませよう。(ファン)!」

 

 パタパタと慌てて走り寄る足音。

 ぐりっとした左右対称のお団子頭を覗かせ、洗濯籠を持った小方(シャオファン)が玄関から顔を出す。

 

 僕と天さんが住んでいるここは鶴仙人様屋敷の西側にある別館。

 弟子専用棟、みたいなところである。

 もっとも今現在、鶴仙人様の弟子は僕と天さんの二人しか居ない。

 今住んでいるここと同じ様な空き部屋――それなりに豪奢で結構広い――は優に十を超すが、しかし未だもって、僕は天さんの部屋に宿泊している。

 違う部屋に住むとそこを清掃する小方(シャオファン)の負担が大きくなるし、どうせ食事も基本天さんと共に摂る。このままの方が色々と便利なのだ。

 

「今日の夕飯は作らなくていい。それから出かける準備をしてくれ、一緒に夜市に行こう」

 

 コクコクと頷く小方(シャオファン)。指で洗濯(かご)を指し、そして水場の方角を指す。腿を上げてその場で駆け足をした後、手でごしごしと洗濯の動きをする。最後に洗濯物を干す動き。親指と人差し指に()を作って、"ちょっと"という意味のジェスチャー。

 

「ああ、洗濯物が少し残っているから洗っておきたいのだな。ならそれが終わってからでいい。待っていよう」

 

 またコクコクと頷く小方(シャオファン)。そして駆け足で水場へと向かっていった。

 

 ――さて、先に出る準備だけでもしよう。

 

「チャオズ、腕を伸ばせ」

 

 いつの間にか天さんが僕の外套を手にしていた。そのまま僕に着付けようとする天さん。

 言われた通り腕を伸ばし、外套に袖を通していく。

 胸の真ん中に大きく"鶴"の紋章のある外套である。

 

「日が沈むと大分寒いからな。襟巻(えりまき)も着けよう」

 

 続けて、僕の首にマフラーを巻いていく。

 

 天さんは、何と言うか、とてもお兄ちゃんしている。

 ご飯を食べればもっと食えとばかりに僕の茶碗におかずをよそい、果物を二つ貰ってくれば必ず大きい方を僕にくれる。風呂に入れば、もっとちゃんと洗ってやると石鹸を押し付け、そして寒い日には……こうして厚着を着せてくる。

 

「帽子はこっちの、暖かいほうを着けていこう」

 

 少しも煩わしくないと言えば嘘になるのだが、それにしても新鮮な感覚である。

 僕は少なくとも六年近く、こういった物とは無縁の生活をしてきたのだ。何を今更という思いと同時に、素直にあり難いとも思う。

 (なん)にしろ、くすぐったい感覚なのだ。

 

 防寒対策が完璧に施された僕を満足そうな表情で見た後、天さんも自分の外套を羽織る。因みに天さんの外套にも"鶴"のマークが左胸にワンポイントで付いている。

 準備が終わったので、小方(シャオファン)の様子を見に行こうという話になった。

 途中通る彼女の部屋に立ち寄り、彼女の外套を持っていく。

 僕達の住んでいる部屋も含めて、弟子専用棟の房間(ほうかん)には鍵は付いていない。それところが、(ドア)もほぼ常時開きっぱだ(さすがに夜には閉めるが)。

 プライバシー? なにそれ、おいしいの? 状態である。

 

 さて、小方(シャオファン)は水場にいるのだろう。

 もちろん水場、と言っても当然の如く川などではなく、厨房とくっ付いている水道のある室内である。

 灰色のセメントの壁に囲まれた中々の広い空間に、洗濯物を部屋干しするための紐が張り巡らされている。

 小方(シャオファン)は水を溜めた大きな洗濯桶でチャプチャプとやっていた。どうやらすすきの段階に入っているらしい。

 彼女は僕達に気づくと、"もうちょっと待って"と軽く手の平をこちらに向ける。

 ぎゅ~っと白い布を搾り、

 バン、バン! と振ってしわを伸ばし、目の前の紐に掛ける。

 洗っていたのは僕達がいつも汗を拭くのに使うタオルだったようだ。今掛けたタオルの隣にも五枚程同じものが干されていた。

 

(ファン)。丁度終わったのなら行こう」

 

 そう言いながら、小方(シャオファン)に外套を渡す天さん。

 受け取りながらコクコクと嬉しそうに小方(シャオファン)

 

 さぁ、行こうじゃないか。

 何年ぶりかの町だ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 この地域(国?)で一般的に言う市場(いちば)とは庶民ご用達の(ノミ)の市のことである。基本、物資流通の八割方がこれで賄われている。大きなデパートも都市中心部にはあるらしいが、とりあえず僕は行ったことがない。

 市場(いちば)は通常、複数軒の商店の集合地を中心に、前述の通りノミが跳ねるように人々が思い思いの場所に売り場を開く。

 朝市には主に荷台に積まれた野菜が売られ、夜市には玩具(おもちゃ)装飾品(アクセサリー)などの雑貨が並ぶことが多い。売っている人も商人くずれから農民まで多種多様で、地面に直接摊子(タンズー)を敷く者もいれば、荷車を改造してそこに商品を並べる者もいる。

 乞食をするにも絶好の場所であるとも言っておこう。以前いた町(あそこ)じゃ二つのグループが縄張り争いをしていて、とても入る隙間はなかったが……。

 

 そんな市場通りを目指して、僕達はやや速い歩行速度で住宅団地を突っ切る。

 見えてきたのは横幅約8m、縦幅……ちょっと先が見えない、の長い(ほろ)屋根。

 

「着いたぞ」

 

 天さんはそう言いながら先頭する。その後ろに僕、小方(シャオファン)と続く。

 

「屋台通りは向こう側だな。ここを抜けて行こう」

 

 足を進めた室内市場は――と言っても(ほろ)屋根があるだけなので殆ど外なのだが――かなり生臭い空間であった。

 

「ここは主に肉類を売っている」

 

 腐った肉の散乱する地面を踏みしめながら、そう説明する天さん。

 その(げん)の通り、市場の両端と真ん中をカウンターが縦に"ずらー"と並び、そこに様々な種類の肉が置かれたり吊るされたりしていた。自然と通路が二つ出来るわけだが、○側通行といった進行方向の決まりは特にないようで、人々は好き好きに行き来している。ちょっとした混沌(カオス)だ。

 ――それにしても汚い。

 地面には肉やら内臓(ホルモン)やら白菜の切れ端やらが散乱して二歩歩けば何か踏むような有様で、店頭に置かれた豚頭(ぶっちゃー)や吊るされている豚足(とんそく)の周りには蝿がブンブン飛んでいる。

 現代日本人の精神からすればこれはあり得ない、と言うような光景だ。

 

(ファン)、荷物になるから買い物は帰りにしてくれ」

 

 天さんの声にいそいそと羊肉の排骨(スペアリブ)を物色していた小方(シャオファン)が振り返る。

 

 う~ん。

 僕達のいつも食べていたご飯の原料がここから来ているかと思うと少し複雑な気分である。

 とは言え、今までの食生活を思うとさすがにそう贅沢なことは言えない。

 それに今の僕はどこかの新聞記事に書かれた名言のように、"なあに、かえって免疫力がつく"ような環境で約八年も過ごしてきたのだ。とっくに免疫力はついたはずだろう。実際ここ三,四年腹を下した記憶は無い。

 

 さて、僕達にとって生肉売り場は特に面白いわけでもなく、ずんずんと歩いて通り過ぎる。

 キョロキョロと肉を物色して遅れがちな小方(シャオファン)には僕が手を繋いで引っ張っている。たまに手の先から"待って、見たい"と言いたげに手を揺すられる振動が伝わってくる。

 

「だめ。帰ってから」

 

 僕がそう言うと彼女は少しションボリした顔で素直に付いてくる。そして少し間が開くと、また僕の手を揺すり始める。

 

 なんのかんので五分ほどで肉売り場を抜けた。幌屋根と生臭い空気が途切れ、空に浮かぶ半月を見ながらちょっとした開放感を味わう。

 

「ここからは雑貨が多い。何か欲しかったら遠慮なく言ってくれ、俺が買ってやる」

 

「大丈夫! 僕もお小遣い貰ってる!」

 

 天さんも多分同じだろうと思うけど、僕は毎月3000ゼニーのお小遣いを鶴仙人様から貰っている。この辺に住む人々の平均給料が月700ゼニーらしいので、結構な大金を貰っていることになるのだ。

 

「それに僕、お腹減った。先に屋台探そう、天さん」

 

「ああ、それもそうだな」

 

 どうもこの体は物欲よりも食欲の方が勝るようである。

 これも飢えた過去からの反動なのだろうか?

 

「チャオズは何が食べたい?」

 

「う~ん……よく分からないから、天さんのお勧めで」

 

「なら、久々に肉包子(パオズー)にしよう。おいしい店を知っている」

 

 それを聞いて嬉しそうにパチパチと手を叩く小方(シャオファン)

 

「あそこは(ファン)とも以前何回か行ったことがあったな」

 

 しばらく周囲の賑やかな雰囲気を堪能しながら歩き、辿り着いたのは規模の大きめな出店だった。

 何段にも重ねられた大きな蒸篭(せいろ)から湯気がもくもくと天に伸びている。そんな蒸篭が全部で三つ。その手前には粗末な机と椅子が沢山並べられ、裸電球がそれらを照らしていた。奥には掘っ立て小屋の厨房らしきものもあり、そこの窓から煙突がくの字に突き出され、なぜかもくもくと煙を吐き出し続けている。

 ひょっとしたらガスじゃなく、薪を燃やしてたりして……。

 

「おい、そこの。肉包子(パオズー)を……何皿でも良いが、この机一杯に乗せてくれ」

 

「はいよー」

 

 天さんはウェイターに注文をし(←そんなハイソなものじゃない)、それに応える八の字髭で油汚れのたっぷり染み付いたエプロンを身に着けたウェイター(←何度も言うか、そんなハイソなものじゃない)。

 そしてその辺にある机を囲み、僕ら三人は椅子に腰掛けた。

 

「楽しみにしててくれ、この店はここ界隈で一番美味い」

 

 それに続くように笑顔でコクコクと頷く小方(シャオファン)

 

「へい! お待ち!」

 

 声とほぼ同時に机に載せられる皿。いや、"お待ち!"って、ちっとも待ってないよ。

 注文から僅か七秒で持ってこられた包子(パオズー)。タイミングよく丁度あがったのかな?

 まぁ、一杯蒸してるし。

 

「旦那、どうでしょう。いい老酒が入ってますが、この肉包子とよく合いますぜ!」

 

「俺は下戸だ。それより黒酢を持ってきてくれ」

 

「へい!」

 

 小方(シャオファン)が笑いを堪えている。天さんは今年で十四。旦那などと呼ばれるような歳じゃない。確かに見た目は通常の十四歳より遥かに大人びてはいるが……。

 

「ほら、チャオズ。まずはそのまま食ってみろ。美味いぞ」

 

「うん!」

 

 包子を手掴みで頬張る。因みに包子は手掴みが正しいマナーなのだ。

 噛んだ瞬間に口内に広がる肉汁。一口、二口と噛みしめる。

 味はやや濃く、醤油につけなくともいい濃厚加減だ。生姜が自己主張をし過ぎない程度に効いていて、肉の臭みを見事に消している。肉汁は小龍包のように"ぶわ"っと出るものじゃなく、噛む度に濃厚に口内へと広がっていく感じ。皮はもちもちとしていて、その濃い目味の餡と絶妙にマッチングしている。

 なんだ、これは!? 新感覚! 店はきちゃないのにこんなに美味しい。

 本当にこれがこのみすぼらしい店から生まれたのか!?

 

「どうだ?」

 

 天さんの問いに答えずに次から次へと包子(パオズー)を口に運ぶ。

 はむはむ、はぐはぐ、あうあう、むしゃむしゃ。

 

「気に入ったようだな」

 

 そう言って嬉しそうな天さん。

 小方(シャオファン)もにこにこ顔で口を栗鼠のように膨らませ、包子(パオズー)を頬張っていた。

 

「だからこっちは手前(てめぇ)らに守ってもらう必要なんかねぇって言ってんだ!!」

 

 出店の厨房部分から響く大きな怒声。

 その声に驚愕したのか喉を詰まらせる小方(シャオファン)。必死に食道部分をトントントンと叩く。

 

「水! 持ってきてー! 速く!」

 

 叫ぶ僕。

 八の字髭のウェイターが慌てて湯ざまし水を持って来て小方(シャオファン)に渡す。

 水を飲んで"ふぃー"と一息つく小方(シャオファン)

 

「大丈夫か?」

 

 心配そうに見る天さん対して、こくこくと頷く。

 どうやら大事なさそうである。

 

「なんだどっ、てめっ! っころすぞ!、ッラア!」

 

 何らかの口論が厨房でなされているらしい。

 なんなんだろう? 迷惑な……。

 さて、包子包子。

 

「なんなのだ? あれは?」

 

 僕の心の声を代弁するようにウェイターにそう問いかける天さん。

 因みに僕は再び包子の世界に夢中である。

 

「町のチンピラですよ。石榴幇(スーリュバン)って言うらしいんですけどね。何でもよその町で抗争に負けて、(バン)ごとこっちに引っ越してきたって噂ですわ」

 

「この町は三暗会(サンアンホイ)が仕切っているはずだが」

 

「ええ、ウチも三暗会(サンアンホイ)にシャバ代払ってまさぁ。だからあの連中はお呼びじゃねぇってことなんですがねぇ……」

 

「ぶっ殺すのはこっちだ! こちとら十八年前から三暗会(サンアンホイ)に面倒見てもらってんだよ。それをチンピラ風情が一々文句つけやがって!」

 

 厨房の奥から飛び出た何かが二つ隣の椅子に”ビーンッ”と突き刺さった。

 出刃包丁だ。

 

「やんのか! っらぁ!」

 

「うっせぇー!」

 

 ドゴンッ! という音と共に一人の男が転がり出る。どうやら蹴り出されたようだ。

 それを追うようにもう一人の男。

 そして、中華包丁を両手に一丁ずつ持った筋肉隆々の爺さんが厨房よりのっそりと姿を現す。

 

「とっとと消えやがれ!!」

 

 唾を5m程飛ばしながら叫ぶ爺さん。多分彼がここの店主なのだろう。

 

「っめぇ、もう許さねぇ!」

 

 地面に転がっている方のチンピラはそう言って、懐から銃を取り出しながら立ち上がる。相棒に釣られてか、もう一方のチンピラも同様に懐から拳銃を取り出し、店主に向けた。さすがのこれには少し怯む店主。そして僕は一皿目の最後の包子を頬張り始める。

 

「まずいな」

 

 冷静に言う天さんにアワアワする小方(シャオファン)

 

「そこの二人!」

 

 声を張り上げながら立ち上がる天さん。どうやら介入するようである。

 

「その玩具(オモチャ)は少々度がすぎている。

 今なら殺さないでおいてやる! 消えろ!」

 

 座っている時に机に隠れていた"鶴"の紋章が顕わになり、それに気づいたウェイターは顔を青くしてブルブルと震えだす。

 

「ま、まさか、あなた様は」

 

 何これ? 水戸黄門?

 にしても本当に美味いな、ここの包子(パオズー)。これをあの筋肉爺さんが作ったってことだよね~。

 なんか不思議~。

 

「なんだでめぇは! 英雄気取りですか!?」

 

 銃口を天さんに向けながら()()()に近づくチンピラA。

 

 瞬間。

 チンピラAは机椅子を薙ぎ倒しながら後方へと吹っ飛び、6m先にある街路樹にぶつかり、「うぐぅっ」という空気が搾り出されるような声と共にやっと停止した。

 一体何が起きたのか、まるで理解できないチンピラB。

 

「まだ殺していない。とっとと連れて帰れ」

 

 僅かに気を開放する天さん。一般人には訳のわからない威圧感として感じ取れたことだろう。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 見事な四本足走法でチンピラAの元に辿り着き、彼を背負うなり一目散に退散するチンピラB。

 

 ん? 

 小方(シャオファン)が僕の袖を引っ張っている。

 彼女は天さんの方を指差し、首をかしげる。

 

「今天さん、あの人の胸を軽く小突(こづ)いた」

 

 そう説明してやるとふんふんと納得する小方(シャオファン)

 

「ありがとうごぜぇます、鶴仙人様んとこの旦那」

 

「ありがてぇ。本当に助かりましたぁ」

 

 天さんに頭を下げるウェイターと店主。

 

「ああ、こちらも食事を邪魔されて気が立っていた」

 

「うっ、すまねぇ……」

 

 さらに深く頭を下げる店主。

 大声で騒いだのは彼も同じだからだ。

 

「気にしなくとも良い、悪いのはあのチンピラ共なのだろう?

 石榴幇(スーリュバン)と言ったか」

 

「はい、どうも最近やり方が徐々に過激になって来まして……。

 三暗会(サンアンホイ)の旦那方にも報告するつもりです。追い出すなり吸収するなりして頂けたらありがてぇのですが」

 

三暗会(サンアンホイ)になら任せても大丈夫だろう。

 ご老公は今まで通り美味い包子(パオズー)を作っていればいい」

 

「へい! 真にあり難いことで」

 

「もういい、仕事に戻ってくれ」

 

「へい!」

 

 店主とウェイターは緊張から解放されたような表情で戻っていく。

 

「ねぇ、天さん」

 

「ん? 何だ、チャオズ」

 

三暗会(サンアンホイ)って?」

 

「ああ、ウチの下位組織、みたいな物だ」

 

「? みたいな?」

 

三暗会(サンアンホイ)は毎月シノギの三割を鶴仙人様へ献上せねばならないが、鶴仙人様には三暗会(サンアンホイ)を経営する義務はない。ただの金づるだな。

 ……いや、そもそも鶴仙人様は上がりの少ない三暗会(サンアンホイ)のことを気にすら留めておられない。と言うことは、さらにそれ以下か……」

 

 うわぁ……、ひどい……。

 

「まぁ、ウチに泣きついてきたら……気分がよければ助けてやらんでもないぞ。

 そんな関係だ」

 

三暗会(サンアンホイ)って、黒幇(ヘイバン)?」

 

「ああ、そうだ」

 

 黒幇(ヘイバン)を気にも留めない程度の扱いをするウチっていったい……。

 

「そんなことよりチャオズ、もっと包子(パオズー)を食え。うまいぞ」

 

「うん!」

 

 はまはま、むしゃむしゃ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「どうした? それが欲しいのか?」

 

 食事の後、僕らは摊子(タンズー)をあちらこちらと回っていた。

 各摊子(タンズー)の店主達は大声で呼び込みをかけ、まるで喧嘩しているような大騒ぎである。そして僕にとっては新世界なだけあって面白い商品も多い。

 そんな中、とある玩具の摊子(タンズー)にて。

 何となく見たそこは幼子の為の玩具を売っていた。きっと僕くらいの年齢の子が遊ぶものなのだろう。何となくその中にある宇宙船の玩具を手に取る。お尻にボタンが付いていて、そこを押すとブォォォーと音を立てて窓にあたる部分のライトが七色に光る。

 異世界でも子供の好みってあんまし変わらないんだな~などと考えながらそれを弄くっていると、背後から天さんの声がしたのである。

 

「ううん、別に欲しくない」

 

 本心である。

 僕は立ち上がると別の摊子(タンズー)へと移動していく。

 そう言えば小方(シャオファン)はどこにいるんだろう? 途中から三人それぞれ好きな物を見に行ったので、今は皆バラバラだ。

 

 しばらく周りを物色しながら、ゆっくりと進む。

 皿やら茶碗やらを並べてある摊子(タンズー)から顔を上げると、左前方向に小方(シャオファン)を見つけた。

 なにやら熱心に髪留めの摊子(タンズー)を見ている。手に取っては元の場所に戻しを繰り返し、そしてまた別の髪留めの摊子(タンズー)を冷やかす。

 気に入るものがなかったのかな? とも思ったか、その表情を見ると買う決心が付かないだけのようだ。やはりお給金が少ないからかな? ……て言うか、お給金、貰ってるよね?

 あれ? 立場的には奴隷ニアピンだし、ひょっとしたら貰ってないかも……。

 

 彼女は耳無しの爺さんが拾ってきたらしい。

 喋れないことを理由に捨てられたのだそうだ。以来、鶴仙人様の屋敷で丫环(ヤーホァン)をしている。

 あーなんて悲しい過去! などとは言わない。

 これくらいの不幸を持つ子は割と数多くいるのだ。むしろ彼女は拾われただけ幸運なのだろう。 

 僕と同じ、ね。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 もうそろそろ夜も遅い。僕達三人は合流し、帰ることにした。

 

「ん? チャオズも何か買ったのか?」

 

「うん! 天さんも」

 

 そして小方(シャオファン)は結局自分のものは何も買わなかったようで、手には(あみ)で雁字搦めにされている生きた鶏を一匹ぶら下げている。逆さまの鶏があちこちと首を動かしながらコッココッコとうるさい。

 

 僕達は並んで家路を歩く。

 平和なひと時である。

 

「今日は楽しめたか? チャオズ」

 

「うん! また来たい」

 

「ああ、夜市は毎日やっているからな。また今度来よう」

 

「うん」

 

 小方(シャオファン)が天さんの袖を掴んで揺する。

 

「ん? ああ、もちろん(ファン)も連れてってやるさ」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 優雅な夜の散歩を終えて家に辿り着いた僕達。

 そう、いつの間にか僕にとって、ここは家と呼べるようになっていたのだ。

 

「チャオズ、これが欲しかったのだろう?」

 

 部屋に着くなりそう言って僕に包みを渡す天さん。

 首を傾げながら包みを開けると、中には玩具(おもちゃ)の宇宙船が入っていた。

 

「うん……。ありがとう! 天さん」

 

 まったく、本当に欲しくなかったんだが……。

 

 さて、それじゃあ僕も。

 

「これ!」

 

 買ってきた二つの包みを取り出す。

 

「天さんと小方(シャオファン)にあげる!」

 

 僕から受け取った包みを開く天さんと小方(シャオファン)

 天さんの包みには帽子。小方(シャオファン)の包みには髪留めが五つ入っていた。

 因みに天さんにプレゼントした帽子は割りと高級品である。小方(シャオファン)への髪留めは廉価品だが、そこは数で勘弁願いたい。

 

「これを……俺に……?」

 

「うん!」

 

「……そうか……。ありがとう、チャオズ」

 

「うん!」

 

 照れ笑いを浮かべ、嬉しそうな天さん。

 禿げ頭がちょっと寒そうだからと思ったことは内緒(ないしょ)である。わぷぅっ。

 飛びついて来た小方(シャオファン)に抱きつかれる僕。

 どうやら大層喜んでいるようで、毎日家事で鍛え上げたその腕力を如何なく発揮し、そのまま僕を(わき)から持ち上げてぐるぐると回り出す。

 やめて~、はずかしい~。てか酔う~。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「そろそろ電気を消すぞ」

 

「うん、待って。今行くー」

 

 僕に与えられた数少ない完全なプライベートな空間。その一つがこの引き出し付きの(つくえ)だ。

 その上に、そっと宇宙船の玩具(おもちゃ)を飾る。

 

 ――本当にありがとう、天さん。

 

 

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

●雷動風行
 四字熟語。雷電のように動き、風のように行う。
 単純な動きの速さを指すのではなく、"行動"に対する速さを表現する時に使う。

●房間
 ほうかん。中華風の部屋のこと。

●摊子
 むりやり日本語で発音すると「タンズー」。茣蓙(ござ)を地面に敷いたタイプの露店のこと。
 元々摊子(タンズー)とは、ごみごみとした物が集まっている狭い空間の事を指す。母親に「部屋に摊子(タンズー)作ってるんじゃないよ!」と言われたら、それは"部屋を片付けろ"の意である。

●包子
 むりやり日本語で発音すると「パオズー」。日本語で肉まん。
 中国のどこに行っても売っている。味は美味しかったり不味かったりと店によって落差が激しい。作者の経験上、大きく豪華な店よりも個人でやっている小汚い店の方が美味い包子を出す。

●蒸篭
 せいろ。竹と杉を編んで作られた容器。肉まんなどを蒸す為の蒸し鍋。四段くらいまでなら重ねても大丈夫。

●黒幇
 むりやり日本語で発音すると「ヘイバン」。やくざのこと。
 ~~幇、~~会と、名前の後に「幇」もしくは「会」を付けることが多い。
 任侠? 何それ? な組織なので、日本のそれに比べると遥かに暴力的で怖い存在である。
 因みに鶴仙人はタチの悪さだけなら黒幇をも超える。


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第四話 飛天昇空、ビュンビュビュン

「わーーーーい!!」

 

 気っ持ちいいーー!

 

 すぅーーと思いっきり息を吸い込み。

 

「ああああああーーーーーーーー!!」

 

 出せる限り最大の音量で叫ぶ。

 こんな状況にあるなら誰だって叫ぶさ。断言するね。

 

 ただいま高度約300m。

 僕は()()でこの上空と呼ばれる場所にいる。

 

 鶴仙流招法が一つ。

 『舞空術』

 薄い膜状の"気"で身体全体を包み、それを持ち上げることで飛行を可能とする。

 一応放出系に分類される技である。

 まさに秘技と呼ぶに相応しい。

 

 この技を習得した時は、この世界に来たことに対し、手放しで感謝したものだった。

 何しろこんな体験、元の世界じゃ逆立ちしても出来ることじゃない。

 ふふふ。あはは。

 僕は、僕は自分の力で空を飛んでるんだ!

 

「キィーーーーーーーーーーン!!」

 

 おっと、これはアラレちゃんの持ちネタだ。

 やっぱりアラレちゃんもこの世界のどこかにいるのかな? 会ってみたいな~。

 いひひ、えへへ、上がったテンションが下がらないよ。どうしよう。

 

 PiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPiPi……

 

 更にスピードアップだ! などと考えていたら、ポッケにあるアラームが鳴り響いた。帰って来いの合図である。

 うん、そうだね。随分と遠くまで来たみたいだし、そろそろ帰ろう。

 

 さ!

 

「キィーーーーーーーーーーーーン!!」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ただいま!」

 

「おお、戻ってきおったか。

 ……どうやら舞空術は完全にモノにしたようじゃな」

 

「はい、鶴仙人様」

 

 着地から即座に抱拳礼に移る。

 練武場でなぜか鶴仙人様が僕を出迎えていた。

 どうしたんだろう? 今日はいないはずなのに。

 

「予定より随分早く用が片付いたのでな。お前らの様子を見に来たわけじゃ」

 

「はい。お疲れ様です。

 …………あれ? 天さんは?」

 

 ここで修行していたはずの天さんがいない。僕を呼び戻したのも天さんであるはずなので、影も形もないのは少し不思議である。

 

「天なら先に昼飯を食いに行かせたわぃ。

 ……にしてもチャオズよ……、お前は相変わらず片言じゃな……」

 

 言葉には不自由してないはずじゃが……。などとぶつくさ言う鶴仙人様。

 

 僕は今のところ、ずーっとこの片言喋り、名付けて餃子(チャオズ)喋りで(とお)していた。

 自分で言うのもなんだが、僕の本来の話し方は客観的に見ると色々とうざいらしい。

 前世でも小賢しいやら、回りくどいやら、子供らしくないやらと散々言われてきたのだ。同じ失敗を態々犯そうとは思わない。

 なのでこの喋り方をデフォルトにしようと一念発起した訳である。

 

「ところでチャオズ。もう気弾は揺らぎなく作れるようになったか?」

 

「はい!」

 

「ふむ。ちょいとやってみぃ」

 

「はい」

 

 右手掌を上に向け、集中。

 そして間を置かず、僕の掌より10cm上空に青みがかった白の、手毬大の気弾が生まれる。

 鶴仙人様の元で修行を始めてからもうすぐ二年。速かったのかそれとも遅かったのか、ようやくこれくらいのことは出来るようになった。

 

「なるほど……完璧じゃのう……」

 

 僕の功夫(クンフー)を見て花丸な評価を下す鶴仙人様。

 人は褒められれば喜ぶ生き物であるからして、どんどん褒めるべきである。そうすればその分、さらに期待に応えようと努力をするのもまた人だからだ。

 つまり僕は褒められてとても嬉しい。

 

「へへへ~」

 

 鶴仙人様の有り難い拳骨☆

 

「うぅ……」

 

 痛い……。

 

 この二年間何度も繰り返し、もはやパターン化したこのやり取り。

 鶴仙人様も諦めたのか、呆れ顔でもはや何も言ってこない。

 

「気を取り直してじゃ、チャオズよ!」

 

「はい!」

 

「……よ~く、見ておれぃ」

 

 言われて反射的に全感覚を研ぎ澄ます。

 鶴仙人様がそう言う時は大抵新技を伝授する時だ。

 いつも脈絡もなく唐突に始めるのは正直勘弁して欲しい……。

 

 静かな一呼吸の(のち)、鶴仙人様の身体全体の"気"が一息に、爆発的に増大する。

 と同時に右手人差し指を突き出す。

 感覚をひたすら鋭く研ぎ澄ませた今の僕には分かる。

 ありえないことに、その増大した圧倒的物量の"気"が()()、突き出した指に集まったのだ。

 

「どどん波!!」

 

 鶴仙人様の気が増大し、それを指に集めて放つまでなんとコンマ1秒未満!

 放たれた気弾は尾を引きながらビームの様に突き進み、練武場にある岩に接触。そのままその岩とその後ろにある岩を四つばかり貫通し、最後に山の様に積み上がった砂場に突き刺さり、大爆発を起こした! 

 

 パラパラと降り落ちる砂を全身に浴び、未だエコーを残す爆発音を耳に響かせながら、果たしてこの音を"ドゴーン"と表現すべきか、それとも"ちゅどーん"と表現すべきかなどと惚けたことを考える。

 と、鶴仙人様からお声がかかる。

 

「全身の細胞を活性化させた上でそこから"気"を一息に搾り出し、それらを指先に集めて放つ。

 これが鶴仙流絶招、どどん波じゃ」

 

 鶴仙人様は呆然としていた僕にかまわず話を続ける。

 

「どどん波の真髄はその技の()()()()にこそある。

 そもそも殺し合いにおいては、じゃ」

 

 一旦言葉を切り、手を腰に回して姿勢を正す。

 

「そこでは常に千分の一秒の世界での判断を強要され、そのいかんによって生死が決定される。そん状況において、溜めねば使えぬ技などなんの役にも立たん」

 

 ふむふむ。その為には、速さ……か。

 

「そしてもう一つの特徴は、その貫通力じゃ」

 

 鶴仙人様は腰に回した手から先ほど技を放った人差し指を前面に出し、上に向ける。

 

「どどん波は気を集めやすい掌ではなく、指を放出口とする。

 それによって……そうじゃな、チャオズ、どうなるか答えてみぃ」

 

「ホースの穴は小さい方が、水の勢いは強い!」

 

 即答する。

 波紋と一緒ですね、鶴仙人様!

 

「その通りじゃ。

 その為どどん波は他の気功波と衝突してもそれを貫き、さらには敵を即死させるだけの威力を秘めておる。

 自惚れではなく、わしのどどん波こそがこの世で最もバランスの取れた最強の放出系気功であると断言しよう」

 

 おお!

 

「これがお前の次の目標じゃ。このどどん波を完璧に使いこなせるようにせい。

 今日からわしも付きおうてやる。丁度暇が出来た事じゃしな……」

 

 再びおお!

 久々の鶴仙人様の修行だ。

 鶴仙人様は経験豊富なだけあって教えるのが非常に上手い。一人でいくら頑張っても埒が明かなかった時も、鶴仙人様の助言一つで立ち塞がっていた壁が取り除かれたことは過去に幾度もあった。

 

「ほれ、お前も飯に行ってこい。続きはまた午後からじゃ」

 

「はい!」

 

 鶴仙人様に一礼。

 よし! 踵を返し僕達の部屋へ。

 楽しい楽しいご飯の時間だ!

 

「……まったく……わしが二百年かけた道のりをたったの二年で歩むとはのう……」

 

 背後から鶴仙人様の漏らした独り言らしきものが、かすかに耳に届いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ふきふきふき

 

 円卓テーブルを囲む僕と天さん二人。

 昼食を食し、満腹の充足感に浸りながら"ふぅ"とお腹をぽんぽんと叩くこの時間。

 ハンカチを片手に、小方(シャオファン)は横で僕の口周りを拭いていた。

 

 ――正直止めて欲しい。

 前々から思っていた事なのだが、彼女は僕をなんだと思っているのだろうか?

 口くらい自分で拭けるわい!

 

(ファン)。ほら、右の端っこにも」

 

 ちょいちょい、ふきふき――。

 

 天さんに言われた通りの箇所を更に念入りに拭いていく小方(シャオファン)

 あーもう。

 天さんも天さんで。

 何でこの二人はこんなに過保護なわけ?

 

「うー」

 

 不満を示す為に唸り声を上げてみる。

 うぎぁー!

 何かが琴線に触れたのか、満面の笑顔で僕に頬ずりする小方(シャオファン)

 

「やめてー」

 

 じたばたする僕。

 と言っても、あまり力を入れすぎると彼女を傷つけてしまうかもしれないので、そんなに暴れられない。

 

「ハハハ」

 

 そして、そんな僕を見て笑う天さん。

 

 小方(シャオファン)の容姿は百人が見れば五十人が可愛いと言い、二十人が綺麗と評し、残った三十人は普通と判断するだろう。要するにクラスにいるちょっと可愛い子レベルだ。

 前世における僕は中学生であり、よくある"女子になんか興味ないやい"を表層に出しながらも本当は気になって気になって仕方がなかったりするお年頃であり、そして当然の如く男女のお付き合いなるものを渇望しながらも経験したことはない。

 とまぁ本来ならこのようにおにゃの子に頬ずりなどされたら、心の中でどこかにある聖地に向かって五体投地をした後、両手を上げて万歳を三回唱え、最後に十字を切って"エーメン"と信じてもいない神に感謝を捧げながら必死に浮かび上がるニヤつきを相手にばれないよう抑え付けていたところなのだろう。

 だがしかし。

 今の僕には、"ちょっとうざったいかな?"と言う他に特に感じるものはない。

 ――性欲が、ゼロなのである。

 第二次性徴がまだだからという理由が最もそれらしいが、それでも前世におけるこの年頃の僕はもうちょっとませていたような記憶があり、ここまで枯れていなかったように思う。

 とまぁ長々と思考のブラックホール内をお散歩してしまった訳だが、要するに、こんなほっぺをくっ付けられても僕としては暑苦しいだけなのだ。

 

 やっとこさ小方(シャオファン)を引き剥がす。

 

「ねえ。

 小方(シャオファン)にとって僕は何?」

 

 さっき頭に浮かんだちょっとした疑問を彼女に投げかける。

 本当に、この子は僕をペットかお人形だと思っているんじゃなかろうか?

 

 少し小首を傾げながら考え込む小方(シャオファン)。そして箪笥(たんす)の上にある筆記本(メモ帳)を手にとって鉛筆でさらさらと何かを書き込む。

 

 ”小弟弟(おとうと)

 

 彼女はそう書かれたページを僕に見せた。

 

 弟……ね……。

 想像した物と違い、割と真面目な答えが返ってきた。

 弟扱いというのも僕の精神年齢からすればぜひご勘弁願いたいのだが、……まぁいっか。

 肉体に引っ張られた為か、精神年齢が殆ど成長していないような気がしないでもないし……。

 

「そうだ、チャオズ。先程の練武場の爆発音、鶴仙人様のどどん波だろう?」

 

 そう僕に聞く天さん。

 

「うん。午後から修行するって」

 

「……そうか……、もうなのか……。

 チャオズの成長速度は本当に速いな……。うかうかしてるとすぐに抜かれそうだ」

 

 そう言いながらも天さんは何だか嬉しそうな顔をしている。

 

「そんなことない。

 肉弾戦、天さんのほうが全然上」

 

「チャオズはまだ手足が伸びきっていないからな。

 もう何年かすれば自然と上達するようになる」

 

「うん」

 

 生返事を返す。

 正直思うのだが、この身体ってこれ以上成長するのか?

 漫画のチャオズって、後半も殆ど容姿体格が変わってなかったような気がするのだが……。

 

「それじゃ、そろそろ行こうか」

 

 天さんはそう言って立ち上がり、僕もそれに続く。

 

(ファン)、夕食の買い物に行くなら明るいうちにするんだ。最近は何かと物騒らしい」

 

 言いながら部屋から出る天さん、そして僕。

 大丈夫だよ、心配しすぎ、とばかりにコクコクと頷く小方(シャオファン)

 

「それから、きちんと鶴仙人様の家紋が入った服を着ていくんだ。それが何よりの防犯になる」

 

 歩きながらさらにそう続ける。

 速く行けと小方(シャオファン)はシッシッと手を振る。

 

 こんな毎日を、僕は過ごしていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 とある日の午後。

 どどん波の訓練が開始してから二週間程が過ぎ、僕はなんとかかんとかどどん波()()()を放てるようになっていた。それでも鶴仙人様が言うには有り得ない習得の速さらしい。

 実感するに、僕はきっと本来のチャオズよりも速いスピードで成長している。……たぶん。

 

 とりあえず今日の修行が少し前倒しに終わり、僕は久々に何をするでもなくボーと庭で空を見上げていた。

 と、そこで人の気配を感じて目線を下げる。

 

「耳無し!」

 

 僅かに驚愕を滲ませた声で呼び止める僕。

 

 僕の前を横切って行くのは耳無しの爺さん。

 何時もなら彼のことを風景の一部と見て声などかけないのだが、今日の彼は普段と違って、目立つ装いをしていた。

 

「どうしたの、それ?」

 

 彼の衣服の六割方が真っ赤に染まっていたのである。

 ぼたぼたと滴り落ちているのは間違いなく血液だろう。

 

「血化粧……怪我?」

 

 多分違うだろうと思いながらも聞いてみることにする。

 

「これは餃子(チャオズ)様。ご機嫌宜しゅうございます」

 

 まずそう言って腕を組んで一礼する血染め姿の耳無しの爺さん。そして彼はすぐ僕の質問に答えた。

 

態々(わざわざ)ご心配いただき、有難うございます。

 これは私めの怪我ではなく、返り血でございます」

 

 やっぱりそうか。

 歩く時に身体の軸はぶれていなかったし、怪我をしているようには見えなかった。

 

 歳は六十を過ぎているだろうか。彼、耳無しはこの屋敷の管家(グァンジァ)だ。

 鶴仙人様の資産帳簿の管理から今夜のおかずまで幅広く監督している苦労人である。

 耳無しとはなんと彼の本名だ。言わずとも分かるように、名付け親は鶴仙人様である。思わず自分の名が餃子(ぎょうざ)であることに安堵を覚える程に酷いセンスであった。

 耳無しは七つだか八つだかの時にどこかから鶴仙人様が拾ってきたらしい。きっとその時にはもう両耳がなかったのだろう。以来五十年以上に渡って、ここで鶴仙人様のサポートをしている。

 

「いやいや、久々に暴れましてな。

 やはり昔程には身体が動きません。まったく歳はとりたくないものです」

 

 耳無しの爺さんは好々爺然とした笑みで言う。

 そう。彼はこう見えてかなりの達人だったりする。拳銃を持ったチンピラ二十人くらいなら、無傷で全員逃がさず葬れる程の。鶴仙人様が拾ってきた点から見ても、その才能の程を想像出来るだろう。

 とは言え、それはやはり人の範疇に納まる才能。僕や天さんのように人間を辞めてはいない。

 一応この屋敷の序列においても、僕達の方が上だったりする。 

 

「相手は?」

 

石榴幇(スーリュバン)のチンピラどもです。

 最近やけに強いお仲間が入ったらしく、かなり調子に乗っておりましてな。一昨日、三暗会(サンアンホイ)の奴らに泣きつかれたんでございます。あそこには何人か知り合いもいましたことですし、断わるのも角が立ちますゆえ――。仕方なく先頃、石榴幇(スーリュバン)の集会場を三つ程つぶしてまいりました」

 

「そう。皆殺し?」

 

「ええ、もちろんでございます、餃子(チャオズ)様。

 武を行使するのなら確実に殺す。鶴仙流の基礎理念でございますから。

 私はこれでも鶴仙流の端くれ。武の意味を鶴仙人様よりきっちり叩き込まれておりますゆえ」

 

 ははは。と照れ臭そうに笑う耳無しの爺さん。

 

「おお、そうでした。こうしてはいられません。

 今夜白白(パイパイ)様が久方ぶりにいらっしゃるのでした。お部屋の準備もしませんと。

 それでは、餃子(チャオズ)様。私はこれで失礼いたします」

 

 彼は一礼すると小走りで立ち去った。

 

 

 

 

「そうか。白白(パイパイ)様が帰ってくるのか」

 

「天さん?」

 

 いつの間にやら天さんがすぐ近くに来ていた。彼の五感はすこぶる良いので、きっと遠くから僕達の会話を聞いたのだろう。

 

白白(パイパイ)様って?」

 

 多分、(タオ) 白白(パイパイ)のことなのだろう。

 原作知識では、彼は殺し屋で鶴仙人様の弟だったはずだ。

 

(タオ) 白白(パイパイ)様は鶴仙人様の弟君でな、俺達の兄弟子にも当たるお方だ」

 

「へ~」

 

「気さくな方だから、気楽に話しかけてみると良い」

 

「うん!」

 

 気さくなのか……?

 殺し屋のイメージしか知らないからな……。後、柱で空飛んだりとか。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ハロ~。みんなの人気者、(タオ) 白白(パイパイ)だよ~ん」

 

 えー……。

 これは無いんじゃない?

 

「軽いジョークだ」

 

 はは……冗句でしたか……。

 

 そんなこんなあって、(タオ) 白白(パイパイ)様との初対面である。

 鶴仙人様は二,三言話した後どこかへ行ってしまった。今は僕と天さん、そして(タオ) 白白(パイパイ)様の三人がこの貴賓室らしき部屋を占領している。

 桃色のチャイナ服に左胸の”殺”の一文字。満州式辮髪(べんぱつ)を結い、見事な鼻鬚(はなひげ)を蓄えている。全体的には何だか緩い雰囲気なのだが、その眼光は鋭く隙がない。

 あまり敵には回したくない。

 これが僕が(タオ) 白白(パイパイ)という人間に抱いた印象だった。

 

「にしても、いつの間にやらこんなちんまい弟弟子が出来るとは」

 

 (タオ) 白白(パイパイ)様は顎に手を当てながら腰を下げ、覗き込むように僕を見る。

 

餃子(チャオズ)と言います。(タオ) 白白(パイパイ)様」

 

「……餃子(チャオズ)……どうせまた兄者が適当に付けたんだろうな――。

 チャオズ、もっとフランクに白白(パイパイ)おじさんとかでいいぞ。一応兄弟弟子(きょうだいでし)だしな」

 

「えっと……白白(パイパイ)……さん」

 

「まぁ、それでも良い」

 

 白白(パイパイ)さんは満足そうに頷く。

 

「よし! 今日はせっかく可愛い弟弟子達に会えたんだ。わたしが夕食をおごってやろう。

 天津飯もチャオズもついて来なさい」

 

「はい!」

 

「はい、有難うございます、(タオ) 白白(パイパイ)様」

 

「お前は相っ変わらず堅っ苦しいな~」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 白白(パイパイ)さんに「ヘイ、タクシー」と呼ばれた車に揺られて約五十分。

 町並みは高層ビルが立ち並ぶ都心染みたものへと変化していた。

 

 車は三階建ての皇居――もちろん中国の――のような建物の前に止まる。

 大きな看板には赤の外枠を金色で塗り潰した字で、”金玉飯店”。

 ……うわぁ……お下品……。

 

 中に入ると従業員に個室へと案内される。白白(パイパイ)さんは随分と手馴れているようで、頻繁にこういった店を利用していることが窺えた。

 そんなわけで、注文を全部白白(パイパイ)さんに任せる。

 そして十五分後、どう考えても僕達だけでは食べきれない量の料理が次々と運ばれてきた。これは……優に十人前くらいはあるだろう。

 

 僕の当初の予想とは裏腹に、その晩はかなり楽しい一時を過ごすことが出来た。

 料理に舌鼓を打ちながらの楽しい会話。

 ――いや、会話とは違うのだろう。何しろ殆ど白白(パイパイ)さん一人が喋っていたのだから。

 

 白白(パイパイ)さんはその昔漫画家の道を目指していたのだそうだ。しかしやはり険しい道であるらしく、三十才の誕生日をきっかけにその道に進むことを断念。真っ当な会社に就職して、サラリーマンとして勤めるようになった。その後いつくかの会社を転職したが、延々と同じように繰り返される仕事に満足感を得られず、兄の鶴仙人様の助言により一念発起。脱サラして、殺し屋の仕事を始めることにしたという。その時御年(おんとし)二百七十一歳。

 武術の修行自体はサラリーマン時代にチョコチョコと兄の元で積んできたらしい。その後あっと言う間に売れっ子殺し屋となり、今では”世界一の殺し屋”などと呼ばれることもあるのだそうだ。

 

 その後も殺し屋として行った場所の話、可笑しな動機で殺しを依頼してきた人の話、殺しを営む最中の逸話などなど、白白(パイパイ)さんはそれらを面白おかしく話した。

 白白(パイパイ)さんの話は殺し云々を抜いてもとても面白く、僕と天さんは必死にそれらに聞き入った。きっとこう言う人のことを話の面白い人と言うのだろう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「わたしは休暇で一週間ここに滞在する。また明日遊ぼう」

 

 屋敷に戻り、白白(パイパイ)さんは「バイバイ~」と言いながら耳無しの爺さんに案内されてどこかへ行ってしまった。多分来客用の部屋だろう。

 天さんが気さくなお方と言った意味が分かった。本当に気さくなお人である。

 

 

 天さんと一緒に弟子専用棟に戻る道中、廊下で鶴仙人様とばったり出会う。

 

「今晩は。鶴仙人様」

 

「こんばんは、鶴仙人様」

 

「ああ、お前ら、帰ってきたか」

 

 両手を腰の後ろに回しながら話す鶴仙人様。

 その背筋はピーンと伸びていてまったく老人とは思えない。

 

「はい」

 

「ご馳走になって参りました」

 

「そうかそうか。まぁ彼奴(あやつ)も弟弟子のお前らが可愛いのじゃろう。

 あの喋りだしたら止まらない機関銃のような口をなんとかしてくれたら、食事くらいわしも付き合ってやったのだがな――」

 

 話の流れから推察するに、どうやら白白(パイパイ)さんは鶴仙人様を食事に誘い、それを鶴仙人様が断わったらしい。

 

 鶴仙人様はそのまま手を顎に当て、思案顔でなにやら考えている。

 

「――チャオズ」

 

「はい」

 

「明日、白白(パイパイ)に修行を見てもらいなさい。

 彼奴(あやつ)は”気”の放出に関しては才能が皆無なのじゃが、”気”を使った身体強化、内気功においては超人の域に達しておる。

 そして何より彼奴(あやつ)は柔軟な頭脳を持っておってなぁ。わしの気づかないことも教えてやれるかもしれん」

 

「はい。分かりました。頼んでみます」

 

「うむ。わしからも言っておこう。

 それじゃあ二人とも、早めに寝るように」

 

 鶴仙人様はそう言って立ち去っていった。

 

晩安(おやすみなさい)、鶴仙人様」

 

「お休みなさい、鶴仙人様」

 

 廊下の角を曲がって姿が見えなくなるまで、頭を下げ続ける。

 

 さて、明日は白白(パイパイ)さんとの修行だ。

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

小弟弟
 末の弟という意味。小方(シャオファン)のチャオズに対する認識。

管家
 むりやり日本語で発音するとグァンジァ。家を管理する人間のこと。
 日本風に言うと執事長。西洋風に言うとセバスチャン。ヾ(・・;)ちょっ
 余談だが、セバスチャンとは西洋では割りとよくある名前らしい。とりあえず作者の友人に本名セバスチャンの人が二人いる。

辮髪
 べんぱつ。ユーラシア大陸北東地域に住む民族の伝統的髪型。
 今回登場した(タオ) 白白(パイパイ)は満州式。前髪を剃りあげ、残った後頭部の髪を三編みお下げにして後ろに垂らす。
 他にも頭頂部を残す契丹族式、両側頭部を残すモンゴル式などがある。

金玉飯店
 実在する。どうやら縁起のいい使いやすい名前らしい。下ネタ的な意味はない。
 作者は上海で一店舗、瀋陽で一店舗発見。


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第伍話 殺悪是悪、武の真髄

「よいか、武とは悪そのものじゃ。

 どんなに綺麗事を並べ立てようと、武力によって相手の意思を――生命を消すことこそが武の真髄。わしがお前らに教えた技の数々は、全てそれを目的としておる」

 

「でも……、”武”で悪い人を倒したら、それって、”善”じゃないですか?」

 

「そもそも、本質的には”善”も”悪”もこの世には存在せん。全ては人の主観による物じゃ。

 相手が悪と決めつけておるのはお前の主観。ならその悪を殺すのはお前の”独善”。

 ”独善”――、それは世間一般の常識において、”悪”と呼ばれるものじゃ」

 

「……みんなが、みんながその人を悪人って判断した時は?」

 

「みんな? それは世の中全ての人間のことか?

 チャオズよ、世の中全てに悪と評価を下されるような人は存在しない。お前が殺した”悪”は、必ず誰かしらにとっての”善”となる。ならその”善”を殺したお前は、やはり”悪”なのじゃよ」

 

「じゃあ……どうすれば……」

 

「別にわしはお前に”善”になれと言っとるわけではない。

 (はじめ)に、武の本質とは”悪”じゃと言うたじゃろうが。悪なら悪らしく武を行使し、冷酷に、冷徹に、敵となった者の未来を摘み取れぃ。

 わしはな、善の武などと綺麗事をほざいて敵を殺し、その後で、”どうじゃ、わし良い事したじゃろ?”的な態度で通りを闊歩する奴らが一番許せん。相手を殺した時点で、同じ穴の(むじな)じゃろうに」

 

「……」

 

「じゃから、武を学ぶものは必ず知らなくてはならない――――」

 

 

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「確かお前、超能力が使えるんじゃなかったか?」

 

 あっ!

 

 一夜明けて次の日の練武場。

 僕は昨日鶴仙人様から言われた通り、(タオ) 白白(パイパイ)さんに修行を見てもらっていた。

 

「ならそれを鍛えてみればいいんじゃない? そう滅多に無い能力だしな」

 

 まったく。仰る通りで。

 

  白白(パイパイ)さんはさっきから辮髪(べんぱつ)を留めているリボンの結び目が気に食わないようで、それを弄くりながら僕に話しかけている。

 

「……うむ、これでよし。

 とりあえずそこら辺の物を超能力で動かしてみろ」

 

「はい」

 

 言われるまですっかり自分にその技能があることを忘れていた。

 始めて、そして最後に使ったのが約二年前なわけで、ええっと……どうするんだったけ?

 そうだ……確か手の平をこう、突き出して。

 ――とりあえずあの岩をターゲットロックオン。

 

「んんんー」

 

 力を込めるにしてもどこに込めれば良いのか分からない。とりあえず両腕と両手に……。

 もちあがれー! 

 

 ガゴンッ、パラパラパラ。

 念じた通り、僕の身体五つ分程ある大きさの岩が独りでに浮き上がる。土に埋まっていた部分から泥やら砂やらがパラパラと落ちる。

 

 おおー! 出来たー。

 事実上これが始めての超能力行使になるのだが、予想に反してあっさりとうまくいった。

 こう、昔の自分に出来ないことが出来る度に思うのだが、本当に嬉しい。

 

「ほぉ、一発で出来たじゃないか。

 なら……、今度はそれを使ってわたしを持ち上げてみろ」

 

「はい」

 

 言われた通りに白白(パイパイ)さんを持ち上げるよう、両手の平を突き出しながら念じる。

 

 もちあがれー!

 

「んんん~」

 

 さっきと同じよう、腕と両手に力を込める。

 

 白白(パイパイ)さんは大きく馬歩を踏み、気合を入れた。

 

「ふんっ!」

 

 そうして彼は全身に気を行き渡らせる。

 ”内気功”、気による肉体強化だ。

 

「あれ?」

 

 持ち上がらない。

 

「やはりな。

 以前に超能力を使う相手と戦ったことがあったが、その時も同じだったわ。

 内気を高めると、どうやら超能力は干渉しづらくなるらしいな」

 

 うわぁ……。マジですか……。

 使えねぇ……。

 

「ふむ……、それでもほんの少しは効いているようだぞ。

 違和感程度だが、身体が硬い」

 

 腕を回し、首をゴキゴキとやりながら白白(パイパイ)さんはそう続けた。

 

「相手の身体全部を能力の効果範囲に入れるのではなく、ピンポイントで心臓や血液の流れを止めてみるのはどうだ? それなら気で防御していても、多少効くと思うぞ」

 

「――――! はい!

 なるほどです!」

 

 そうか。超能力で相手の肉体の調子を下げればいいのか。

 心臓の動きが遅くなれば、その分血液を全身に行き渡らせる機能も衰える。そうして結果的に全ての動きが悪くなるはずだ。きっと気の練りも阻害されるだろう。

 こんな使い方があったとは、まさに目から鱗である。

 

「とりあえずもう一度わたしに使ってみろ。

 なぁに、内気は充満させておる。お前の柔な超能力で、わたしの心臓を止めることは出来ん」

 

「わかりました。

 ――では、いきます!」

 

 手の平を向け、白白(パイパイ)さんの右胸――心臓に意識を込める。

 

 むむむ……。

 

「……ほぉ」

 

 自身の左胸に手を当てる白白(パイパイ)さん。

 

「……確かに効いておるな。心なしか身体も少し重い」

 

「本当ですか? やったー!」

 

 素直に喜ぶ。

 これでまた戦闘における新たな選択肢が増えた。

 

「しかしその力、両手を相手に向けんと使えんのか? その欠点はかなり致命的だぞ」

 

「えっと……今のところは。今度からは手を使わないで出来るよう、練習します」

 

「今度と言わず今やれ。その手札は、モノに出来ればかなり強力だ」

 

「はい!」

 

 

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 さて唐突だが、後悔先に立たずという言葉がある。死んでからの医者話でも(はま)った後の井戸の(ふた)でもいい。

 そういう体験は多分誰にでもあるものなのだろう。

 だが、それが致命的で取り返しのつかないことだった場合、人はどうするのだろうか?

 さらに悪方向へ進まぬよう、今出来る最善を維持するのだろうか?

 未来を見据え、それを忘却の彼方に置くのだろうか?

 それとも、ただただひたすらに、後悔の念に(さいな)まれ続けるのだろうか?

 

 僕は――――

 

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 時が過ぎ去るのは早いもので、白白(パイパイ)さんが去ってから三ヶ月過ぎていた。季節は春。庭に並ぶ梅の木々が次々と花の(つぼみ)をつけ始めていた。

 僕の身体は寒さにも暑さにも強いのだが、それでもやはりこの季節の気温が一番心地よく感じられる。

 

 視線に力を入れる。

 ――ガゴンッという音。

 目の前に鎮座する半径5m大の巨岩は、水が(こぼ)れ落ちる速さで宙へと浮かび上がる。

 すかさず指を突き出す。

 

「どどん波!!」

 

 僕の指より発せられた気弾は巨岩をくり貫き、中心に達したところで大爆発を起す。

 

 轟音!

 

 パラパラと降り落ちる石は全て親指大までに砕かれている。

 

「にしし」

 

 完っ璧!

 

 最近最高に調子が良い。気の総量も超能力のパワーもどんどん増えている。

 成長期なのだろうか?

 修行の一つ一つに手応えを感じる。一日ごとに強くなっていくことを実感できる。

 正に修行冥利に尽きると言ったところだ。

 

 軽くストレッチしながら空を見上げてみた。

 今日は何だか町の方が騒がしい。

 なんだかんだで町まで出ることが滅多にないものだから、季節の行事にはあまり詳しくない。

 今日はお祭りでもやっているのかもしれない。

 

 さて、もうすぐ日が沈む時間だ。

 今日はこれくらいにしておくかな。休むことも立派な修行だと鶴仙人様も言っていたし。

 

 庭に咲く花を観賞しながら、弟子棟まで続く渡り廊下を歩く。

 梅の木エリアを抜けて桃の木エリアに差し掛かる。季節に合わせて芸術的に設置された庭は、見る者を飽きさせないよう様々な工夫を凝らしている。今度ここにお弁当を持って来て、三人でピクニックと洒落込むのも悪くない。

 そうだ。鶴仙人様も誘って四人で行こう。鶴仙人様はなんだかんだで僕らと食事をする機会が少ないしね。

 内弟子としては師匠のお世話も義務の一つであるはずなのだが、ここは使用人が多くてその役目を僕らが果たす必要が無い。鶴仙人様が言うには、強くなることこそが何よりの師匠孝行なのだそうだが、やはりもう少し心の交流も欲しいところである。

 

「ん?」

 

 頭両サイドのお団子をひょこひょこと揺らし、買い物(かご)を持った小方(シャオファン)が裏門に向かっていくのが見えた。

 彼女は僕が見ていることに気づいたのか、嬉しそうな顔で手を振ってくる。

 まぁ、いつものことだ。ここで無視すると彼女は()きになっていつまでも手を振り続けるだろう。そしてそれでも無視すると、どんどん近くまで寄ってきて、最終的には僕の目の前で延々と手を振り続けるのだ。前に実証したことである。

 という訳で、僕も大きく右手を上げて手を振り返す。意地を張っても誰も得をしないのだ。

 それを見て満足したのか、彼女は軽くステップを踏みながら、裏門から出て行った。

 

 僕はそのまま華々しい庭に別れを告げ、渡り廊下を曲がり、弟子専用棟へと向かう。

 今日は天さんが鶴仙人様と共にどこかへ行ったので、僕一人だ。

 

 部屋に戻った僕はベッドでごろごろしながら、最近買った冒険アクション小説を読み出す。

 ここに来た当初、僕は鶴仙人様に文字の勉強を修行の合間にして貰うよう頼んでいた。因みに先生は耳無しの爺さんだったり、その他の使用人だったりで、鶴仙人様自身から教わったことは一度もない。

 二年と少しの漢字漬けで大分文字の備蓄量は多くなってきた。小説を読んでも滅多に辞書をめくることがなくなったのは嬉しいかぎりである。

 

 またパラリと、ページをめくる。

 この静かな時間は修行ばかりの僕にとって、正に程よい心の休憩時間であった――。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 読書に勤しむうちに夕日は静かに山の向こうへと沈みだし、窓からの明かりでは満足に文字が読めない程、辺りは暗くなってきた。僕は電灯を点ける為にベッドから起き上がる。

 とそこで玄関から物音が耳に届いたので、そちらの方に足を伸す。

 

「チャオズか。ただいま」

 

 どうやら天さんが帰ってきたようである。

 と言うか、物音がする前から天さんの”気”が近づいてたことには気づいてたけどね。

 

「おかえり、天さん。お疲れ様ー」

 

 鶴仙人様と何しにいったんだろ?

 

「ああ。

 ところで、(ファン)がどこに行ったのか知らないか?」

 

 そう言った天さんの右手には大根・葱などの野菜が入った網を持っていた。

 

「厨房にいない?」

 

「いや、来た時に寄ってみたが、居なかったぞ」

 

 そう言えば彼女の”気”は感じない。

 

「なら、まだ買い物から帰ってないかも」

 

「買い物? こんな時間にか?

 …………それも今日に限って……。

 いつも早めに行けと、あれ程言っておいたのに」

 

 そう言って不安げな表情をする天さん。

 

「迎えに行ってくる。チャオズはここで待っていてくれ。

 もし入れ違いで(ファン)が帰ってきたら、決して外へ出ないよう言い含めておくんだ」

 

「どうしたの?」

 

石榴幇(スーリュバン)三暗会(サンアンホイ)が大規模な抗争をやっている。先程車で抜けてきたのだが、町は蜂の巣を突いたような大騒ぎだ。あちこちで武力衝突が起きている」

 

「!」

 

「鶴仙人様の家紋の入った服を着ているなら問題ないとは思うが、もしものこともある」

 

「うん! 速く行って!」

 

「ああ!」

 

 天さんはそう返しながら舞空術を使って浮かび上がり、そして高速で飛んでいった。

 

 彼を見送るように僕も玄関から外に飛び出す。

 

 僅かに焦る気持ちを胸に、そわそわしながら思い返す。

 彼女は鶴仙人様の家紋が入った服を……確か着ていた。

 なら事件に会う可能性は低いか。

 だが、天さんは町が大騒ぎだと言っていた。直接じゃなくとも、巻き添えになる可能性がある。

 ぐるぐると思考が回るか、九対一で大丈夫だろうという気持ちの方が勝った。

 

 それからおよそ十分程経った頃。空から中庭へ、天さんは降り立った。

 

「チャオズ! 帰ってきたか!?」

 

「ううん。まだ」

 

「……そうか」

 

 そう聞くということは見つからなかったということなのだろう。

 天さんの第三の目の知覚範囲はかなり広い。それで見つからないということは、いつも通る道には居なかったということだ。十分間も探していたわけだから、きっとその付近も広い範囲で見たのだろう。

 こうなると、本格的に何らかの事件に巻き込まれた可能性が出てきた。

 

「もう一度行ってくる」

 

 そう言って天さんは僕の返事を待たずに飛び立つ。

 

 僕はボケーっと突っ立って、小方(シャオファン)の帰りを待つ。

 彼女が何らかの事件に巻き込まれたかもしれないと言われても、急すぎていまいち実感が湧かない。何しろいつものように僕に手を振り、いつものように買い物籠を引っさげて、いつものように買い物へ出かけたのだ。その内、いつものように帰って来るに決まっている。

 そう、決まってるんだ。

 

 

 

 

 ――その日、小方(シャオファン)が帰ってくることはなかった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 昨日の夜の時点で事の次第を耳無しの爺さんに告げ、捜索隊を組織してもらった。

 そして一晩経った今は朝。小方(シャオファン)の行方は未だ掴めていない。

 抗争により町が混乱していたせいで、有益な目撃証言が得られなかったのが原因だろう。

 僕と天さんは屋敷の広間で使用人達の報告を待つ。

 

 ――お昼になった。

 無為に時間だけが過ぎていく。

 探しにいきたいが、今更僕一人増えたくらいでは何も変わらない。

 気で探せたらとも思うが、彼女の気は小さすぎて特徴もない。その為、他の一般人とは殆ど区別がつかないのだ。半径10mくらいまで近づけば分からないこともないのだが、そんな程度の探知力じゃ、この町を調べ尽くすのに一月は掛かる。そんなことをするよりも有事に備え、いつでも動けるようここに待機することこそが最善である。

 分かっている。そんなことは分かっているのだが、それでもじっとして居たくは無いのが今の僕の心情なのだ。

 

 耳無しは使用人達からの情報の整理に勤しんでいる。小方(シャオファン)は彼が拾ってきたのだ。本物の孫娘のように思っていると以前吐露していたことを思い出す。

 

『来たばかりの小さな頃は方向音痴な子で、何度も何度もお屋敷の中で迷子になっていました。

 それで私はあの子の名前を小方(シャオファン)と名付けたんでございます。

 小さな方向音痴、ぴったりな名前でしょう』

 

 そう嬉しそうに話していた耳無しは今、痛みを堪えた表情をしている。

 

 そのまま大した情報が入ることもなく、間もなく日は沈む。

 未だ彼女の死体が見つかっていないことだけが救いといえば救いか。

 

 そして時刻は間もなく深夜となった頃。

 待ちに待った有益な情報がやっとこさ入ってきた。

 

「部下の報告によりますれば、小方(シャオファン)石榴幇(スーリュバン)の下っ端共に何処かへと連れ去られたそうです。

 重体となっていたとある野菜売りが先ほど意識を取り戻しましたようで、聞き取りを行なったところ、この話が出てまいりました」

 

「それで、場所は分かるのか?」

 

 耳無しに詰め寄る天さん。

 

石榴幇(スーリュバン)の拠点と言える場所は後二箇所しか残されておりません。

 一つは町南方にある大麻の精製工場。もう一つは彼らの本拠地となります」

 

「そうか……」

 

「分担」

 

「チャオズ……。そうだな。

 俺は工場の方を見てこよう。耳無し、手練(てだれ)を二人借りるぞ」

 

「はい。どうぞ連れて行ってください」

 

 天さんは外に飛び出す。

 

「では、私めはチャオズ様と共に参りましょう」

 

「うん」

 

 外から”ドン”と轟音が聴こえた。多分天さんが飛んでいった音なのだろう。

 後に続くように僕達も外に向かう。

 

「鶴仙人様」

 

 玄関口で鶴仙人様が立っていた。

 黙って頭を下げる耳無し。

 

「……チャオズよ、わしが今まで口を酸っぱくして言ったことを思い出せ」

 

 何時もと変わらぬ飄々とした声で鶴仙人様は続ける。

 

「もし”武”を行使するのなら……分かっておるな」

 

「はい。

 行って参ります」

 

 抱拳礼をする。

 耳無しの腕を掴み、僕は真っ暗な空に舞い上がった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 僕の腕にぶら下がる耳無しに案内されて辿り着いたのは、一軒の中華屋敷だった。面積は鶴仙人屋敷の四分の一といったところで、中々に広い。

 その屋敷の上空から、適当な植木の陰に僕らは降り立つ。

 

「チャオズ様」

 

「うん、今探す」

 

 目を閉じ、意識を集中させる。小方(シャオファン)の気を思い出す。

 ――だめだ。ここからじゃ遠すぎる。

 

「もう少し近づく」

 

「はい、かしこまりました」

 

 気配を消し、屋敷の屋根に飛び乗る。

 出来れば小方(シャオファン)の安全を確保するまで発見されたくは無い。しばらくは隠密行動だ。

 

 屋根の上から屋根の上へと飛び移り、屋敷の中心部分まで移動。そしてもう一度目を閉じ、意識を集中。

 

「……」

 

 ――半径10m以内にはいない。

 集中、ひたすらに集中。

 感知範囲をうどん生地のようにゆっくりと延ばす。

 15m。20m。25m。

 

「いた」

 

 どうやらこちらの方が正解だったらしい。天さんの方は無駄足となったか。 

 彼女の気が感じられた場所を指差す。

 

「あそこ。かなり弱い」

 

「参りましょう」

 

 無音かつ素早く。

 屋根伝いに目的の場所まで移動。

 

「この下」

 

 両手に手刀を作り、屋根に突き刺す。

 そしてすばやく円形に回転。 

 

 シュッ、ガコン……。

 

 円形に切り取った屋根だったものを取り外し、横に置く。

 そして僕と耳無しは無言で中へ降り立つ。

 

 入ったのは天井裏と呼ばれる場所だ。

 小方(シャオファン)の気はこの下から感じる。

 耳を澄ます。ここからなら部屋の中の声もある程度聴こえる。

 

「おい、陽全(ヤンチェン)周琪(ヅォチー)

 交代の時間だ。次お前らだろう?」

 

「もうちょっと待ってくれよ。今、後何発で死ぬか賭けしてんだ。

 一口百ゼニーだけど、お前も少しどうよ?」

 

「もう一発イッたら行くからよぉ。

 戻ってきたら死んでそうだし、俺死姦の趣味はねぇぜ」

 

「ごちゃごちゃ言ってないでとっとと巡回行って来い!

 もう一昼夜もやってんだろうが! ……まったく、お前らも良く飽きねぇな」 

 

 一瞬脳がブラックアウトする。

 視界が真っ暗になる。

 

「へへ。残りの回数は俺が数えてやるよ。

 ほら、さっさと替われ」

 

「だからもうちょい待てって言ってんだろ! もうイクからよぉ」

 

 続けて麻酔を打たれたみたいに脳がしびれ始める。

 全身の感覚を喪失する。

 

「チャオズ様。お先に行って参ります。

 てぇあ!」

 

 耳無しが何かを言っている。

 足元が崩れる。天井板が崩れる。

 

「ハィ! ハイッ!」

 

「アギャー!」

 

「ガッ」

 

「え、お?」

 

「な、何だこいつは!?」

 

 男二人が首の動脈を切られて、ホースを強く握ったように血を噴出させている。

 その傍らには手刀を構えた耳無し。

 

 そうだ――。

 彼女、小方(シャオファン)はどこに?

 

 あ……ああ……。

 彼女は……いた。

 

 いつもお団子にまとめていた髪は解けていた。

 僕が贈った髪飾りが壊れて、地面に転がって――

 

「この糞爺が、誰に喧嘩うっ」

「テメ、どこのも、ガッ、ギャアアアア!」

 

 服を身に着けていなかった。

 その下半身には白く濁った液体が――

 

「気を付けろ! そのジジイかなりやるぞ!」

「銃だ! 誰か銃取って来い!」

 

 両腕が無かった。

 両方とも二の腕から切られている。そこに適当に巻いた汚い布が――

 

「くそっ! くそっ!」

 

「その餓鬼だ! 一緒に来た餓鬼を人質に取れ!」

 

 足が血に塗れていた。

 両足首に腱を切った痕跡が――

 

「おい! ジジイ! この餓鬼を殺されたくなか、ごっ、うげぇええぇぇえ」

 

「こ、この糞餓鬼! てめぎゃああああああ! 足が! 俺の足が!」

 

 目は見開いていた。

 何も光を映さない目を――

 

「畜生! 逃げろ! もっと人を呼べ!」

 

(リュウ)刘尚(リュウサン)が」

 

「ほっとけ! もう助からねえ!」

 

 ドダバダと足音が遠ざかる。

 そして近づいてくる、静かな足音。

 

「チャオズ様、私は(ファン)を医者に連れて参ります」

 

「腕が」

 

 部屋の隅に、彼女の腕が一本転がっていた。

 

「あれは、……もう使えないでしょう」

 

 腕は食われたように何箇所も肉がゴッソリなくなっていた。

 男達の中にカニバリズム性愛者がいたのかもしれない。

 

「僕が、飛んで……」

 

「いいえ、私の全力疾走はチャオズ様の飛行速度とそう変わりません。

 こやつ等に邪魔されないようお願い致します。

 ――そして何よりも」

 

 僕の熱せられた心が、意識が、逆に冷え切る。

 三百六十度回って元の場所に戻った感じだ。

 

「うん。

 一人も逃がさない。全員、殺す!」

 

「お願い致します」

 

 ――元の場所に戻った?

 

「ふふふ……」

 

 そんな訳がない。嘘だと思うなら自身の首を三百六十度回してみるといい。

 元の位置には戻っているだろうが確実に何かが違っているはずである。

 

 ……回りくどい表現はやめて現代風に言い直そう。

 そう、僕は、キレていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 小方(シャオファン)を耳無しに任せ、僕はもう振り向かない。

 先程の彼らが逃げていった廊下を歩み進む。

 

 随分と長い廊下だ。

 これなら待ち伏せし放題だろう。

 

「いたぞ! そいつだ!」

 

「なんだ? ただの餓鬼じゃ――」

 

「いいから撃て撃て!!」

 

 拳銃を構えながら出てきた敵は直ぐ様射撃を始める。

 

 気を高め、流す。

 身体だけでなく、体毛・衣服にまで気を張り巡らせる。

 

 鶴仙流招法が一つ。

 『鋼鶴衣(こうかくい)

 

 全身に(あた)る銃弾は、僕に痒みを与える効果すらない。

 相手は四人。

 飛んできた銃弾を三発、指ではじき返す。

 額に銃弾を受け、断末魔すら上げられずに絶命する三人。

 

「え……えっ? ひ、ひぃぃ。お、応援を」

 

 逃げる一人はわざと見逃す。屋敷中の人間を呼んで来てほしい。

 

 廊下を進む。

 角を曲がると男が三人。無言で銃弾の嵐。

 同じように指で銃弾をはじき返し、二人殺す。

 

「あぇ? あ、あーー!」

 

 残った一人は逃げずにそのまま銃を撃ち続けたので、近づいて小さく跳躍し、顎を蹴り上げる。天井に衝突した頭が潰れたトマトのように(へこ)み、絶命。

 

 廊下を進む。

 横からドアを開け、斧を振りかぶる男。

 その腹を拳で貫通。

 

「ぐほぉ、おぉ」

 

 斧を落とし、僕に覆い被さるように崩れ落ちる。

 落ちる斧を背後にいるもう一人の男に向かって蹴り飛ばす。

 

「あ゛」

 

 斧は背後にいた男の首を三分の二程切り裂き、ひゅるひゅると飛びながら部屋の壁に突き刺さる。

 腕を腹から抜き、男を振り落とす。

 クボォッという音。

 男は両手で穴の開いた腹を押さえながら呻き声を漏らす。

 背骨を叩き折っている。助からないので放置。

 

 廊下を進む。

 気の集まる方に向かってもう一度角を曲がる。

 接近戦用の得物を持った男六人。

 

「せいあー!」

 

 突いて来た槍を掴んで一気に引き込み、持ち手の男の頭をもぎ取る。

 噴水のように噴き出す血液。

 間髪入れずに手に持った頭部を気で強化して投擲。

 

「うごっ」

 

「ぎ」

 

 一人目の胸部を貫通し、二人目の顔をグシャグシャに潰す。

 

「つ、つるだ……。

 こいつ、鶴仙人とこのもんだ!!」

 

 残ったうちの一人がそう叫ぶ。ようやく気づいたのか?

 

 その間に向かって来る曲刀持ち。

 近づいて来たところに一歩踏み込み、軽く手刀を一振り。

 

「え?」

 

 腰から両断。

 (はらわた)と共にぺちゃりと床に落ちる。

 遅すぎるんだよ。

 

「だめだ……応援を、応援を呼んでくるんだ!」

 

 片方がそう叫ぶと、二人同時に逃げ出す。

 応援は口実だろう。心の中では、きっとここから逃げ出せれば何でもいいと思っているはずだ。

 ――そして、僕は追わない。

 

 ここで一息つく。

 このままだと効率が悪すぎる。

 一旦目を閉じ、広範囲に気を探知。

 バラバラの気が(せわ)しなく動いている。さすがに僕のことは屋敷全体に伝わったはずだろう。

 待つ。

 

 ――多くの気が一箇所に集まろうとしているようだ。

 待つ。

 

 ――これは僕の進行方向。彼らの目標はこの先か。

 待つ。

 

 ――どんどんこの先に人が集まって来ている。

 ならば、もう少し待とう。

 

 九割方の人間がこの先に集まったようだ。

 広さからして、ここはホール的な部屋か?

 まぁ、何でもいい。

 進もう。

 

 もう廊下に敵は出てこない。

 ほぼ全戦力をもって、決着をつけるつもりなのだろう。

 

 しばらく進むと、目の前には大きな取っ手の付いた、大きなドア。

 やはり、ここはホール的な用途に使われる施設であるようだ。

 

 取っ手を掴み、扉を押し開ける。と同時に銃弾の嵐。

 

 プシュー……。

 そして、ドオォオン!! ドオォオン!! と二連続。

 鳴り響く轟音。

 

 どうやら銃弾と共に、火箭(ロケット)弾も飛んで来ていたらしい。爆発で僕の周りの壁とドアが吹き飛ぶ。

 僕の気はほぼ減っていない。銃弾が例え眼球に中ろうと、ダメージは無いだろう。

 そして火箭(ロケット)砲は――

 

 ――ドオォォォオオオン!!

 ――ドオォオオオン!!

 

 うん、爆発音が中々に脳髄に響く。

 後強いて言えば……。まぁ、痒さくらいは感じる。

 

 僕の周りに存在していた人工物は全て粉微塵となり、周囲には大きな空間が開いていた。

 攻撃の嵐は一旦止み、不思議とホールへ入る前よりも更に静けさを感じさせる。そして僕を包み込むようにもうもうと立ち込める煙。

 きっと向こうには、僕の姿が視認できないだろう。

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガ――

 

 黒煙の向こうから閃光が走る。

 ノズルフラッシュと共に掃射される大きな弾丸は、僕の身体の至る所に突き刺さる。

 これは……多銃身回転式機関砲(ガドリング)か?

 だがそれすらも、赤子のタッチ程度しか効果がない。

 

 さて、そろそろこっちの番だ。

 

 煙はまだ晴れていない。

 その中で、全身の気を指先に一瞬で集中。

 貫通する必要はない。出来るだけ気を固形化させず、不安定な状態で放つ。

 彼らから見て、煙の中から飛び出した光。

 それは前列にいた数人の頬を掠め、人の密集している中央付近にいる男の右胸に命中した。

 光は――どどん波は男を貫通せず、中に潜った時点で爆散!

 

「うわぁぁぁああ!!」

「ぐげああああ!!」

「うぷっ!」

「痛てーよー! い、痛てーよ!」

 

 吹き飛んだ男は即絶命。だがその爆風により撒き散らかれた臓物(はらわた)や人骨が周囲の人間に突き刺さり、二次災害を引き起こす。 

 

 鶴仙流絶招、どどん波が崩し。 

 『どどん波・(さい)

 

 直ぐ様続けて第二射。

 同じく人の密集地の中央にいる男に命中させる。

 

「ぎゃああああ!」

「目に! 何かが目に刺さっ!」

「うああ!」

「グボェェェェ……」

 

 悲鳴も上がられずに爆散する男とは逆に、人骨が身体のあちこちに突き刺さり、痛みに悲鳴を上げる周囲の人達。

 

 第三射。第四射。第五射。

 

 悲鳴と怒号の五重奏がホール内に響き渡る。

 

「む、無理だ!」

「お、おれは、もう辞める! 辞めてやる!」

「逃げろ! 逃げ――」

 

 我先にと、僕が入ってきたのと違う二箇所の出入り口へと殺到する男達。

 僕の指先が光り、ポーンとまた一つ、赤い花火が咲く。

 

「開かねぇ!」

「ち、畜生! 誰だ、鍵閉めた奴!」

「蹴破れ! はやくーー!」

 

 指が光り、ボーン。

 

「なんで、何で開かねぇんだ!」

「はやく! はやくしてくれぇ!」

「死にたくねぇ、死にたくねぇよ」

 

 指が光り、ボーン。

 

「いやだー! やだー! ちくしょう!」

「開け! 開け!」

「どうなってんだよ、これ!」

 

 『超能力・念動固定』

 対象は扉二箇所。

 

 開くわけがない。

 

 そして、僕の指はまた光を放つ。

 

 

 随分と長く掛かった感覚もあるが、実際には三分も経ってはいない。

 もうこの部屋で生きている者は僕一人だけだ。

 

「うぅ……う……」

 

「あぁ……」

 

 いや、訂正。辛うじて生きている者もいるが、間も無く死ぬだろう。

 

 気を探る。

 五人が固まっている箇所を見つけた。

 向こうはまさかこの人数が負けるとは思っていないだろうから、逃げることはないだろう。

 とは言え、時間を与えるつもりもない。

 

 飛び上がる。高くジャンプだ。

 天井を突き抜け、空へ。

 そして舞空術で位置を調整する。

 

「どどん波!」

 

 例の五人固まっている箇所。

 そこに存在する気の一つに向けて、どどん波を放つ。

 どどん波により開いた屋根の穴を通りぬけ、僕は再び屋敷へと侵入する。

 

 予定通り、五人のうちの一人は床の染みと化していた。

 

「お前が、侵入者か」

 

 五十歳前後だろうか。僕に話しかけたのは端正な顔のおじさん。

 金色の、龍の刺繍がなされたチャイナ服を身に纏っている。

 天井と人間を破壊し、中へ降り立った僕に対し全く恐怖を感じた様子を見せない。

 そして、上に立つもの特有のオーラが見えたような気がした。

 多分こいつが首魁なのだろう。

 

胡江(ホゥジャン)、任せる」

 

「はっ!」

 

 そして僕の前に出たのは三十代の辮髪の男性。

 灰色のチャイナ服に黒の功夫シューズ。

 

「はぁぁぁぁぁ」

 

 馬歩を踏み、気を練り上げる胡江(ホゥジャン)と呼ばれた男。

 ……なるほど、強い。

 耳無しだと勝てないだろう。

 

「小僧、今までのように簡単にいくと思うな」

 

 今までのように?

 視線だけを動かし、部屋の中をさっと見る。

 左隅に多数のモニター。そこには屋敷のあちらこちらが映っている。

 なるほど、監視カメラか。

 

「さぁ、かかって来い!

 でなければこちらから行くぞ!」

 

 ならお言葉に甘えて。

 

 舞空術で地面から約1cm程度浮く。

 そして直立姿勢のまま、舞空術のみを推進力に前進。

 

「な、何!?」

 

 予備動作もなく、あっと言う間に男の懐に入り込む。

 腹に拳突き。

 

「くっ」

 

 危ないところで腕での防御に成功する男。よく内気を練っているな。

 そのまま一歩下がる男に対し、僕は一歩前進。

 

「せぃや!」

 

 ちょうど射程内に入った僕の顔面を狙い、男はカウンターを打つ。

 

「なっ?」

 

 しかし、僕はそこにはいない。

 空振りする男を横目に、僕は後ろにバックステップ。

 それを見て構え直す男。

 

「ぐはぁ」

 

 僕の拳が男の胸に突き刺さった。

 たたらを踏み、二歩、三歩と男は下がる。

 そして全内気を防御に回し、全身を石のように固める。ここで一旦仕切り直しだ。

 

「……どうなっている?」

 

 答える義理は無い。

 内気を存分に練り上げ、拳に集める。

 僕は直立不動のまま、螺旋を描いて男の背中へと回る。回りながら高さを調節。

 

「な、はや」

 

「はっ!」

 

 そして僕の拳は、男の心臓を貫いた。

 

「あ……あぁ……」

 

 僕は常に舞空術で宙に浮いていた。

 僕の動きはそのまま僕の向かう方向とは結びつかない。

 前に進むと見せかけて下がり、下がると見せかけて前進。

 右へ飛びながら後ろへ下がり、直立しながら前へと進む。

 武術とは基本、相手の姿勢や動きを見て、次に来る位置を予測するもの。

 これにより、男は影幻(かげまぼろし)を相手しているかのように感じたことだろう。 

 

 鶴仙流招法が一つ。

 『鶴幻走(かくげんそう)

 

 

 息絶えた男から腕を抜き、首魁に向き直る。

 

「は……ははは、私が、この私が終わる? こんな餓鬼に――」

 

「どどん波・(さい)

 

 首魁は周囲の取り巻きを巻き込み、なんの感動もなんのドラマもなく、ただの肉片と化した。

 

 

 最後に舞空術で空に舞い上がり、気を探知。

 屋敷のあちこちに点在する気は、残り九人分。

 

「どどん波」

 

 撃つ。

 一人分の気が消えうせる。

 

「どどん波」

 

 撃つ。

 更に一人分の気が消える。

 

「どどん波」

 

 撃つ

 これで残り六人。

 

「どどん波」

 

 撃つ――

 

 

 

 

 屋敷から感じられる気が(ゼロ)になった時、僕の気の残量もぎりぎりとなっていた。

 後どどん波もどき一発と言ったところだろう。

 

 小方(シャオファン)の姿を思い出す。

 こいつらを殺し尽くしても、何も良い事は無い。

 何も解決しない。

 彼女の受けた傷は癒えない。

 くそっ。くそっ。くそっ。

 

 いくら罵声を並べ立てても、僕の心が晴れることはなかった。 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 小方(シャオファン)はベッドで眠っている。

 無表情に、只只時が過ぎ去るのに身を任せている。

 

 足の腱は何とか人工的に繋げられるそうだ。

 とは言え、前と同じように戻る訳ではない。

 走ったりすることは難しくなるとのこと。

 

 腕はもうない。

 サイボーグ手術で新たな義手を付けられるのだが、それはとても高額であるらしい。

 よしんば僕や天さんがそのお金を稼いてきても、付けられるのは肉の腕じゃない。機械の腕である。障害は死ぬまで残る。

 

 そして何より意識が戻らない。

 医者によると、出血多量で脳にダメージを受けた可能性が高いとのこと。

 そしてもしかしたら、彼女自身が自分を守る為に、その意識を閉ざしたのかも知れない。

 目覚めるのは明日かもしれないし、百年後かもしれない。

 

 

 後悔する。

 確かに遅い時間だった。町が騒がしいことにも気づいていた。

 嬉しそうに手を振る彼女を思い出す。

 

 拳を握り締めながら小方(シャオファン)を見る。

 

 なぜ、僕はなぜあの時、彼女を止めなかった。

 

 

 

 奥歯を噛み締めていると、天さんはそっと、僕の肩に手を置いた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 あれから一週間。

 鶴仙人様の関係者が石榴幇(スーリュバン)の本拠地を潰したという噂が町に流れ始めた。ウチの者が態々そのような噂を流すとは思えないので、犯人は石榴幇(スーリュバン)の生き残りか、もしくは三暗会(サンアンホイ)だろう。どうやらあの日、耳無しが動員した捜索隊のメンバーの半分以上は三暗会(サンアンホイ)の人間だったらしい。

 

「鶴仙人様のとこの坊ちゃま、有難うございます。

 これ、焼きとうもろこしです。宜しければどうぞ」

 

 こんな風に先程から、おじちゃんおばちゃん達が何かと僕に感謝の贈り物を押し付けてくる。

 

「おお、チャオズ坊ちゃま!

 坊ちゃま方が石榴幇(スーリュバン)を潰してくれたそうで。

 本当に有難うございます。あいつらの暴虐には皆辟易(へきえき)しとりました。

 坊ちゃま達のおかげで、私らはこれからも安心して商売を続けられますだ」

 

 そんな町の人々の賞賛を浴びながら、僕は夕飯の材料を買う為に市場を歩いていた。

 意図して正義を行ったわけではないが、人々からの感謝は耳にも心にも心地よい。

 

 しばらく市場を練り歩く。

 そろそろ賞賛の言葉を受け取るのが面倒臭くなってきた。僕の両手は皆からの贈り物で一杯になっている。

 

「鶴仙人様のとこの坊ちゃん、良ければこれをどうぞ」

 

 新たに貰った白菜二株を超能力で頭上に浮かす。

 これだけもらえればもう今日は買い物しなくてもいいだろう。

 ――帰ろっかな。

 

 よし、と踵を返したところで、大きな泣き声が僕の耳に届いた。

 

「わーーーーん!! えぁーーーーん! うあーーーーん!!」

 

 兄妹だった。

 兄は七、八歳くらいだろうか。憎悪に満ちた視線を僕に投げかけている。その手に繋がれた妹らしき幼子は四つに満たないのだろう。先程からこの世の終わりかと言う程に、わんわんわんわんと泣き続けている。 

  

「お前! 鶴んとこの人間だな!」

 

 反射的に「うん」と返す。

 

「おれの名前は周平(ヅォピン)

 おれは、お前らに殺された周琪(ヅォチー)の息子だ!」

 

 一瞬、浮かれていた頭が冷える。

 いつかの、鶴仙人様の言葉が脳裏を()ぎった。

 

 少女は泣く。

 

「おれ達の父ちゃんを殺したお前らを、おれは絶対に許さない!

 みんなはお前らが良い事をしたって言うけど、おれは絶対に許さない!」

 

 ――お前が殺した”悪”は、必ず誰かしらにとっての”善”となる。

 

 少女は泣く。

 

「父ちゃんはいけないことをしてたかもしれないけど、お前らだって同じだ!

 父ちゃんを殺したお前らだって絶対に悪い奴なんだ!」

 

 ――ならその”善”を殺したお前は、やはり”悪”なのじゃ。

 

 少女は泣く。

 

「みんなにちやほやされていい気になってんじゃねぇ!

 いつか絶対、絶対復讐してやる!

 お前らが悪い奴らだって、おれは知ってんだ! おれは知ってんだ!!」 

 

 ――じゃから、武を学ぶものは必ず知らなくてはならない。”武”とは――

 

 少女は泣く。

 

「殺してやる! 待ってろ!

 いつか絶対に殺してやる! 殺してやるからな!」

 

 ――”武”とは、”悪”そのものであることを。

 

 少年は石を拾い、何度も何度もそれを僕に投げつける。

 そのいくつかは僕に当たるが、ちっとも痛くない。僕の身体を傷付けることはできない。

 

 そう、これが、僕の進む道。僕の行く未来。

 

 だから僕は、堂々と、愉快そうに、”ニタリ”と笑う。

 飛んできた石を一つ軽くはじき返す。

 それは男の子の腹部に当たり、彼は腹を押さえてうずくまる。

 

「う……う」

 

「お前には無理」

 

「うぅ……。ちくしょう……ちくしょう……。

 この悪人め……この悪人め!」

 

 憎悪が込められた視線を、僕は真っ直ぐ見つめ返す。

 

「そんなの、当たり前」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 そして三ヶ月の時が過ぎ去り、季節は夏となった。

 小方(シャオファン)は依然として眠ったまま目覚めない。

 

 僕は……ドラゴンボールを探す旅に出ることを、決意した。

 

 




トリビアは自粛。


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第六話 とことこ走るよ、旅の道

「チャオズ、道中、身体には気をつけて」

 

「天さんもお達者で」

 

 僕の背中には僕の体積の二倍程ある背嚢(リュック)が背負われていた。

 中には寝袋、サバイバルキット、食料などが入れられている。

 

 今日は僕が武者修行の旅に出発する日である。

 少なくとも鶴仙人様にはそう言ってある。でなければ、まだ未熟な僕を外に出すとは到底思えなかったからだ。

 天さんには僕の目的を教えてある。最初は伝説に縋るような真似は反対されたが、僕の根強い説得で――ねちねちした説得とも言う――とうとう折れてくれた。

 この旅に天さんはついてこない。まだ鶴仙人様の元での修行を優先させたいらしく、それに何より小方(シャオファン)が目覚めた時に備えて、心を許せる人が傍にいた方が良いだろうとのこと。

 その意見には僕も反対しない。むしろ僕一人の方が色々と動きやすいので、積極的に天さんの案に賛成した。

 

「チャオズ、お前が何をする為に旅に出たいのかをわしは知らんが、どうせならより多くのことを学んで来い」

 

 鶴仙人様は何時もの姿勢――両手を腰の後ろに回した姿勢で言う。

 

 はは……、武者修行目的じゃないってバレてら……。

 この旅において、原動機つきの乗り物の使用を禁止された。修行にならないからだそうだ。

 そして意外なことに、舞空術での移動は大丈夫とのこと。一応長距離は控えめにしとけとは言われたが。まぁ、どうせ使うにしても気の総量がまだ少ない僕ではそんなに長くもたない。

 だからこの背中の背包(リュック)が重要になるわけだ。

 

「そしてさっさと目的を終わらせて帰って来い。お前に教えたいことはまだ山程ある」

 

「はい。鶴仙人様」

 

 一礼する。

 

「チャオズ様。私共の助けが必要となった時、どうぞ遠慮なくご連絡ください」

 

 と、これは今までずっと後ろに控えていた耳無し。

 出発前に彼からでかい無線機みたいな携帯電話を貰っていた。

 

「大丈夫。番号もちゃんと入れてある」

 

 辺りにいる一同を見回す。

 本当にお世話になった。そしてこれからもお世話になるのだろう。

 ここにいるのは間違いなく、僕の家族だ。

 

「毎日の型の稽古、欠かさずにやるんじゃぞ」

 

「道中腹を壊さないよう、食べる物には気をつけるんだ」

 

「金銭に貧窮した時はこの耳無しにご連絡ください」

 

「……はい。

 それでは、みんな。行って参ります」

 

 僕チャオズ、十一歳の夏。

 

 僕は故郷を旅立った。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 さて、まずはどこに行こう……と言うのはあまり考えなくていい。

 ドラゴンボールを探すのなら欠かせない道具があり、そしてその道具を手に入れられるのは一箇所しかないからだ。

 西の都である。

 正確には西の都にあるカプセルコーポレーションの一人娘、ブルマの元にだ。

 

 ここで問題になってくるのは、一体今は原作におけるどの時期であるかということ。

 もうドラゴンレーダーは完成しているのだろうか?

 

「はむ。むぐむぐ……」

 

 椅子に腰掛けながら干し肉を口に入れてもぐもぐさせる。

 耳無しが持たせてくれたこれ、美味いな!

 中までしっかりと塩味が染み込んでいて、外に振ってある七味唐辛子が程好い刺激を口内に与えてくれる。そして噛めば噛む程染み出る旨み。干し肉ってもっと味気ないものだと思っていたが……。

 

「あ、あの……お、お坊ちゃん?」

 

 僕の座っている椅子が――おバカなことに、僕に襲い掛かってきた追い剥ぎが、おずおずと僕に話しかけて来た。

 

「椅子が喋るな」

 

「ひぃっ」

 

 主人に拳を振り上げられた犬のように、3m近くある身長を小さく縮こませる追い剥ぎ。

 僕は干し肉の最後の一切れを口に入れ、またもぐもぐする。

 

「………………あ、あの~…………わたしはいつまでこうしていればいいでしょう?」

 

「うん。もう食べ終わった。今殺す」

 

「ちょっと待ってください! お願いしますお願いします! 殺さないでください!

 知らなかったんです! 本当です!」

 

「”鶴”の紋章、僕の服に大きくある。嘘つきは嫌い。やっぱり殺す」

 

「いえ嘘です、知ってました。ごめんなさいごめんなさい。いくら”鶴”でも子供なら大丈夫かな~って思ってました。すみません何でもします! お願いだから殺さないでぇ!」

 

 必死に目を”く”の字に(つぶ)り、懇願してくる。

 

「……お前、さっきまでの威勢、どうした?」

 

「ごめんなさい、ちょっと調子に乗ってただけなんです。もう二度としません。これからは犬とお呼びください。ですので、何とぞ、何とぞ命だけは!」

 

 追い剥ぎは両手を合わせ、すりすりしながら拝み始める。多分僕を……。

 

 はぁ……。ここまで卑屈になられるとどうも殺しにくい。

 ……いっか。

 

「お前の溜めたお金、全部僕に渡す。僕が満足する額があったら、お前殺さない」

 

「は、はいーー! ありがとうございますぅ!」

 

 冷や汗をかきながらにこにこと揉み手をする追い剥ぎに連れられ、彼の寝座(ねぐら)へ。

 彼は喜んで全財産を僕に献上した。

 僕が言った条件は”僕が満足する金があれば殺さない”だ。

 こう言われてへそくりを隠す度胸はコイツにはないだろう。

 

 彼が大して財宝を溜め込んでないことと、溜め込んだ財宝の殆どを宝石に替えてあったことはある意味幸運だった。問題なく僕の背嚢(リュック)に入れることが出来たのだ。でなければ次の町まで彼を荷物持ちとして連れて行かなければならないところだった。

 

「仲間はいないの?」

 

「いえ。あっしはピンでやってるもんでして。

 これでも中々名の通った――」

 

「余計なこと喋るな」

 

「ひぃっ! す、すみません!」

 

 頭を下げる追い剥ぎ。

 

「喜べ。今回は殺さない」

 

「は、はい……」

 

「喜べ」

 

「はい! や、やったー、嬉しいなぁー」

 

「それで良い」

 

「ば、ばんざーい、ばんざーい」

 

 涙目で万歳する追い剥ぎに背を向ける。

 そして地図を広げ、目を落とす。続けて指南針を水平に。

 西の都は大体この方向だな。

 まぁ、ちょっとくらいずれても仕方ない。道中こまめに道を聞いていこう。

 後、途中町に寄って宝石の換金もしたいな……。いくらになるか分からないけど、多いようなら通帳でも作ろ。

 

「ばんざーい、ばんざーい」

 

 よし。

 走りますか。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 基本徒歩の旅を始めてなんだかんだで二ヶ月。

 山を越え川を渡り野原を駆け抜けてきた。途中何回か盗賊団に出会い、ぬっ殺して資金調達。

 そして、まだ西の都には着かない。……広すぎでしょ、世界……。

 

「西の都? そりゃあっちの方だな」

 

 今僕は若い狐の獣人に道を聞いていた。

 彼は黄色いオーバーオールを身に着けて、足には緑の長靴。そして、片手に(くわ)を肩に担いでいる。

 ウチの近所の農民が着ていたボロ雑巾のような作業着と比べると随分と文化的な装いである。

 

 狐の彼のように、この世界には様々な獣人が存在する。猫だったり、犬だったり、蜥蜴(とかげ)だったり、恐竜だったり、虫だったり、ロボだったり、謎の生物だったり……。

 いやまぁ、僕はこいつらのことを獣人と心の中で呼んではいるが、実際そんな呼称は無い。

 彼らは一律して人間と呼ばれるのだ。つまり地球人類。

 ……懐広すぎだろ……地球人類……。

 

「そこをずーっと行ったとこにあんな、多分」

 

「ずーっとって……。ここ、海」

 

 それに多分って……。

 

「おう、そうだ。この海のずーっと向こう側だ」

 

「西の都?」

 

「そう、西の都」

 

「……あ、ありがとう。教えてくれて」

 

「いいんや、別にいいぞ。

 おっかさんが近くにいねぇようだが、坊主、ひょっとして迷子だったりするか?」

 

「あ、いえ、大丈夫です。

 どうもありがとうございました」

 

 そう言って軽く一礼する。

 最近どうも徐々に地域の文化レベルが高くなってきているようで、こうして僕の心配をする通行人が度々現れる。半月前までの地域では誰もそんなこと気にすらしてなかったんだが……正に人間、衣食足りてなんとやらである。

 

 狐さんが去り、僕はしばらく海を眺めていた。

 

「……」

 

 う~ん、どうしよう。

 

 実は僕は大して泳げなかったりする。水に浸かるのが嫌で、中学のプールの授業も何かと理由をつけて休んでいたりしたのだ。

 まぁ、さすがに小学校での経験分が残っているので、まったく水に浮かばないわけではないのだが……。

 いや、やっぱり長距離水泳は今の身体能力があっても無理だな。気持ち的にも。

 

 ――ここらで一旦落ち着こう。

 

 背嚢(リュック)をひっくり返して、底の方にある地図を取り出す。

 人に聞いた方が手っ取り早いということもあって、最近ではめっきり出番の減った地図である。

 

 ええっと……。ここがカバ村で、あっちってことは――。

 

 指南針を取り出す。

 ……北東、か……。

 途中、行き過ぎちゃったのかな? もはや西の都が西にない。 

 

 待てよ……、ってことは、この海の向こうか。

 

 地図に表記された西の都とカバ村を経たてる海は、大西洋程の広さがある感じだ。

 ……これを泳ぎきるの、無理じゃない?

 ――よし、飛んでいこう。

 五秒で方針が決まった。

 

 となれば、途中休む為のボートが必要である。今の僕でも飛んで横断出来る自信はあるのだが、さすがに二,三日はかかるだろう。

 買い物しに、近くの繁華街まで行こう。

 僕は浮かび上がり、繁華街のある内陸に向けて高さ10mくらいの低空飛行を開始した。

 

「わっ」

 

「おっとっと」

 

 通り過ぎる町の人たちが驚きの声を上げる。ちょっと面白い。

 途中大荷物を背負ったお婆ちゃんを見つけたので、超能力で荷物ごと持ち上げる。

 

「お? お、お?」

 

「お婆ちゃん、どこに行きたい? 僕が運んであげる」

 

「あら? あらあら、坊や、ありがとう。

 それじゃあ、この先の白い屋根の家までお願いするわ~」

 

「うん」

 

 無駄な人助けだと言うなかれ。二回に一度くらいは何かお礼が貰えるのだ。

 そうでなくても何らかの情報が得られたり、超能力の特訓にもなったりする。まぁ、良い事ずくめなのだ。まさに情けは人の為ならずである。

 

「わたし、空を飛んだのはこの年になって初めてだわ~。

 そうそう、空を飛ぶで思い出したけどねぇ。この間――――」

 

 お婆ちゃんの話しに適当に相槌を打ちながらゆっくり目に運んであげる。

 目の方は焦点を広げて、長閑(のどか)な町を高所から鑑賞する。

 なかなか良い気分だ。

 

 ――あの……すみません……。

 

 お婆ちゃんの話し声に混じって、右前方から何処かで聞いたことのあるような声が聞こえてきた。

 そちらに目を向けると、なんと、長閑な村の真ん中で、大きな亀を見つけた。

 

「海はどこでしょう? ご存知ありませんでしょうか?」

 

 亀は四,五人で遊んでいる子供達に道を聞いていたようだ。

 

「へへへ、あっちだよ、あっち」

 

「そうそう、あの山のずっと向こうだよ」

 

「それからずーっとずーっと歩くんだよ。わかった?」

 

「はい。教えて頂き、どうも有難うございます」

 

 僕が来た方向とは()()()()を指差す子供達に、頭を下げて礼を述べる亀。

 

「おう! じゃあなー」

 

「ははははは」

 

 駆けていく子供達。 

 そして亀はのそり、のそりと、まさしく亀の這う速度で山を目指し始める。

 

「…………」

 

「どうしたの? 坊や」

 

「ううん、なんでもない」

 

 …………。

 ……まさかね。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「危ないだろ! このクソガキ!」

 

 いやいや、危ないのはお前の方だと言いたい。

 ものすごいスピードで角を曲がった車――ホバリング走行している――は青信号を渡る僕の肩をかすり、ビルの壁に突っ込みそうになったところで慌てて急ブレーキをかけたのか、あわや大惨事の寸前で止まることが出来た。

 窓から顔を出して怒鳴る、青いキャップを着けた中年の運転手。

 まぁ、僕を避ける気があったことだけは評価する。

 

『ちょっと、そこの車!』

 

 案の定、お巡りさんが乗ったパトカーが追いかけてきた。

 

「やべっ。

 ………………って、あれ?」

 

 いくらエンジンをかけても進まないのは当たり前だ。車のお尻を僕が掴んでいる。

 ついでに超能力でも固定。うん、ちょっと楽になった。

 

 パトカーはタイヤもないのにキキーッと音を立てて止まり、そのフロントドアから婦警さんが降りてくる。

 

「ふぅ……。またあなた?」

 

「へ……へへ……」

 

「あなたねぇ、今回こそ免停よ、免停」

 

「いやすまねぇっ。今度から気をつけるから、なにとぞ、なにとぞご慈悲を」

 

「はぁ……あるわけないでしょ。そんなの。

 ――あら? もしかして、あなたが止めてくれてたの?」

 

 ようやく僕のことに気づいた金髪の婦警さん。

 彼女はカールする長髪をかきあげつつ、腰を下げて僕と目線を合わせる。

 

「ありがとう。

 坊や、随分と力持ちね」

 

「うん」

 

 さて、ここら辺で道を聞いておこう。丁度お巡りさんも目の前にいることだし。

 

「お巡りさん、カプセルコーポレーションのブリーフ博士の家、知らない?」

 

 

 

 飛行時間約1.5日。今僕は西の都にいる。予定していたよりも随分と早く着いたのは、僕の気の総量が増大していることが原因だと信じたい。

 そしてなんと、西の都に着いてすでに三日目。

 

 まぁ……なんだ。

 こんな発展した未来都市は初めてだし、荷物をホテルクロークに預けて、ついつい観光しちゃったわけだ。

 苦節ウン年。楽しいと思えるような環境にいなかったわけだしね。

 言うなればカンボジアや北朝鮮辺りでずっと過ごしてきたような、そんな感じ。娯楽が、エンターテイメントが発達してない場所だったのだ。大都市に興奮したのもそう可笑しいことじゃないと自己弁護してみる。

 

「着いたわ。ここよ」

 

 親切な婦警さんはわざわざ僕をパトカーに乗せて、目的地まで連れてってくれた。

 パトカーから降りる僕を周囲の通行人が「何かあったのか?」というような目で見てくる。

 さー無視無視。

 

「ありがとう。おねえさん」

 

 実はそろそろおばさんと呼ばれる年代に差し掛かると言うか間違いなく差し掛かっている婦警さんに対し、お礼と同時にお世辞も言ってみたりする。

 

「うん。これからは青信号でも気をつけてね」

 

「はい」

 

 僕の頭を思う存分撫で撫でした後、彼女はパトカーに乗って去っていった。

 

 目の前にあるのは大きな半球体の建物。

 カプセルコーポレーションだけあってカプセルをイメージしてデザインしているのだろうか?

 この西の都において半球体のカプセル型ハウスはちらほらと見かけるのだが、もしかしたらそれら全てがカプセルコーポレーションの製品なのかもしれない。

 

 さて、他にもちらほらと半球体のカプセルハウスを見かけると言ったが、目の前の建築物はある意味それらとは決定的に違っていた。

 「何じゃこりゃ!?」的に大きいのである。

 ここからは三つの半球体カプセルハウスが見えるのだが、その一つ一つが東京ドーム……は言い過ぎとして、西武球場くらいあるのだ。個人でここに住むのは(かえ)って不便ではなかろうか?

 って、今まで鶴仙人屋敷に住んでいた僕が言う台詞じゃないな。 

 

 行きますか。

 ブリーフさん家のインターホンを押す。

 少し感動。

 おおー。インターホンを、押す。なんと文化的な行為でしょ。

 

『ドチラサマデショウカ?』

 

 機械音声が流れ出た。

 

「僕、チャオズと言います。ブルマさんにお会いしたいのですが」

 

 そう、目的はブリーフさんではなくあくまでもブルマさんなのである。

 問題は仮にも社長令嬢。ここで会わせてくれるか……。

 

『ブルマお嬢様ハ学校ニ行ッテオイデデス』

 

「いつ帰って来るか分かりますか?」

 

『帰宅予定時刻ハ――はいはい、どなたかな?』

 

 機械音声から男の声に変わる。

 

「えっと……ブリーフ博士ですか?」

 

『うんうん、わたしだよ~』

 

「あの、僕。ブルマさんに、会いたいんですけど――」

 

『ブルマのお友達かな?

 ブルマは今学校に行っててねー。案内を向かわせるから中で待ってるといいよ~』

 

 ドアが独りでに開いた。

 ……。

 …………。

 ………………。

 ええっと……。

 

「あの……、入って――」

 

 下半身は車輪、上半身は人型のロボットがドアから出てくる。

 僕と同じくらいのサイズしかないミニガンタンクは、メイド服を身に着ていた。因みに顔はリアルな人のそれではない。

 

『ドウゾ、コチラヘ』

 

 随分あっさりと……。

 

 メイドロボ(?)に言われるまま付いて行く。

 玄関を抜けるとあたりは植物園のような景観だった。名も知らぬ木、草花は其処彼処(そこかしこ)に生えている。とは言え、ちゃんとデザイン性を考慮して配置してあるようで、乱雑に木々が生い茂るジャングルのような不快感はない。

 よく見ると草や木の影に犬、猫、謎の毛玉などの動物がちらほらと。寝てたり、毛繕いしたり、追いかけっこしたりで皆思い思いに過ごしていた。

 そして人に飼われる動物だけあって、今し方入ってきた外来人である僕を怖がる様子を全く見せない。

 

「あはは」

 

 年甲斐もなくウキウキしてしまう。

 動物は好きだ。

 癒される。

 

 動物の走り回る植物園を案内されてしばらく歩く。人工的な物なのだろうが、高い天井から辺りを照らす光は気持ちがいい。

 やがて、東屋的なものが視界に入った。ここが目的地かな?

 

「コチラデオ待チクダサイ」

 

 案の定だったようだ。中にあるテーブルセットに案内される。そしてメイドロボ(?)は立ち去らずに近くに控えた。

 

「何カゴザイマシタラ、オ言イツケクダサイ」

 

 うなずいて、とりあえず椅子に座る。

 帰って来るまでここで待っていよう。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「あらあら、あなたがブルマのお友達ね」

 

 しばらくすると、三十代後半と(おぼ)しき女性がお菓子の乗った盆を手にやってきた。

 名前は何だっけ? 僕の記憶が正しければ、この人はブルマのお母さんだ。

 

「いえ、あの、ちが――」

 

「あらやだ、可愛いわ~。ここまで一人で来たの~? あ、どうぞ、お菓子食べて~」

 

 菓子の載った盆をテーブルに置きながら話し続けるブルマのお母さん。

 

「いえ、あの――」

 

「ブルマも随分と小さなお友達がいたのね~。

 ねぇ、ちょっとおばさんの話聞いてよ。最近ブルマが構ってくれなくて――」

 

 あ、この人、人の話を聞かないタイプの人だ。旅先でもたまにいたし……。対処法は逃げるか、気が済むまで話を聞いてあげること。

 ――まぁ、いっか。暇潰しにはなるし、話を聞いていよう。お菓子でも食べながら、ね。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ブルマオ嬢様が御帰リニナラレマシタ」

 

「――てね、あたしはこう言ったのよ。旦那なんか無視して好きにすればいいわって、あら、あの子ったらやっと帰ってきたのね」

 

「母さん? あたしの友達が来てるって聞いたけど。

 …………ってキミ、誰?」

 

 歩いてきたのは短パンにへそ出しシャツの女の子。肩には軽そうな小さなカバンをぶら提げている。青緑の髪は肩に少し触れるくらいで、髪留めなどつけずに自然に流している。

 うん、間違いない。ブルマさんだ。

 

「僕、チャオズです。ブルマさんとお話ししたいことがあって――」

 

「そう、それで母さんが勝手にあたしの友達だって勘違いしたのね」

 

 彼女は一瞬で全てを察したようだ。さすが長年家族をやっていない。

 まぁ、始めに勘違いしたのはお父さんの方だけどね。

 

「ねぇ、ブルマ~。チャオズちゃんをウチの子にしてもいい? 可愛いの~」

 

「もう、馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ! それといつも言ってるけど、母さんは勝手に人の会話に入ってこないでちょうだい!

 ――あたしに何か用があるんでしょ? ならあたしの部屋で話しましょ」

 

 歩き去りながら手でちょいちょいやるブルマさん。そして娘に怒られたおばさんは「うぅ」とか言っている。

 

「それじゃあ、あの、失礼します」

 

 一礼する。

 

「うん。チャオズちゃん、またおばさんの話に付き合ってね~」

 

「はい」

 

 もう一度礼をして、ドアの前で待ってくれているブルマさんを追いかける。

 

「大変だったでしょ? 母さんの話、長い上につまらないのよね」

 

「いえ」

 

 相槌を打つだけの簡単なお仕事でした。

 

「むかしからあーなのよね。もうちょっと緊張感とか持ってくれないかしら」

 

 あの人にそれを求めるのは無茶振りだろう。

 

「さぁ着いたわ。適当に椅子に座ってて。

 飲み物何がいい? コーヒーとジュースあるけど?」

 

「じゃあ、ジュースで」

 

「OK」

 

 そう言って部屋に備え付けてある小型の冷蔵庫からジュースを取り出し、グラスに注いでストローを挿す。続けてコーヒーサーバーらしき機械のボタンを押し、カップにコーヒーをドリップさせていく。これは自分用なのだろう。

 

 ブルマさんの部屋はあまり女の子らしいものではなかった。二十畳ほどある部屋の右半分はコンピュータやら工具やら謎の機械――加工用かな?――やらに、乱雑に埋め尽くされていた。左半分にはたんすやベッドなどの生活用品が置かれていて、かなり綺麗に整頓されている。

 ベッドに置かれている熊のぬいぐるみが唯一女の子らしい持ち物だろう。

 ……まぁ、僕の女の子の部屋に対するイメージは中学生で止まっているわけで、あまり参考にならないかもしれないけど……。

 

「それで? あたしとお話ししたいって?」

 

 と僕にジュースを手渡しながらブルマさん。

 

「はい。

 あの、ブルマさんはドラゴンボールって知ってますか?」

 

 僕がそう聞いた瞬間、ブルマさんは身体を乗り出す。

 

「あなた、ドラゴンボールを知ってるの!?」

 

「は、はい」

 

「ちょっと待ってて」

 

 いそいそと部屋の右半分側にある謎の機械の中から何かを取り出すブルマさん。

 それは……うわぁ、きれい……。

 

「こないだウチの倉庫の整理をしてたら見つけたの、綺麗でしょ?」

 

「うん、本当、綺麗」

 

 なんとも不思議な玉だった。火蛋白石(たんぱくせき)のようなオレンジ色の玉。中に星が浮かんでいる。透明ではないのに、なぜか中の星だけがどの角度からもはっきりと見えていた。

 ドラゴンボールである。

 

「それで文献を調べてみたのよ!」

 

「七つ集めると、何でも願いが叶う」

 

「そう! そう書いてあったわ!

 それでこのドラゴンボールを解析してみたらなんと微弱な電波を発していることが分かったの! 今はどんなに遠くにあってもその微弱な電波を拾ってくれる装置を作製してるわけよ」

 

 うわぁ……。原作前だったか……。

 いや、まだ望みはある。問題はどれくらい前だってことで――

 

「来月から学校が長期休暇に入るから、それまでには間に合わせて見せるわ!

 小旅行も兼ねて、ドラゴンボールを探しに行こうって思ってるの!」

 

 終わった……。

 彼女はその小旅行でこの世界の主人公と出会う。小方(シャオファン)ところが、この地球全ての生命体の運命を左右する出会いだ。さすがにこれを邪魔するわけにはいかない。

 

「それで、あなたどうしてドラゴンボールのこと知ってるの?

 もしかしたら持ってたりする?」

 

「ううん。ウチのご先祖様の日記に書いてあって」

 

「ここに一つあったことも?」

 

「違う。それは占い師が占った」

 

「占い師? ……本当にあたるのね……」

 

「うん。僕もびっくり」

 

 ああ……嘘がすらすらと……。

 

「それで、どうするの?

 あなた、この辺の子じゃないでしょ? 服装が違いすぎるもの。もしかしたら、結構遠くから来たんじゃない?」

 

「どうもしない。ドラゴンボールが見られたから、満足」

 

 そう言ってジュースを飲む。

 葡萄ジュースだった。

 

「そう? あたしとしては連れてってあげてもいいんだけど……あなた、まだ小さすぎるものね。割と過酷な道中も覚悟しなきゃいけないから、いくらなんでも無理か……」

 

「うん」

 

 ついては行かない。

 悟空の人脈は殆ど全てこの旅で築いたものだ。そのどれか一つがズレても本来の未来より悪くなる可能性がある。そんな危険は冒したくない。

 

 僕の意思表示を聞いて、ブルマさんはドラゴンボールを差し出す。

 

「もっと見てもいいわよ。せっかく来たんだし」

 

「ありがとう」

 

 素直にそう言ってドラゴンボールを受け取る。

 手の中でぐるぐる回しながら眺める。本当に不思議な玉だ。

 

「なんなら今夜うちに泊まってく? うち部屋いっぱい余ってるし。

 さすがに一人……ってことはないわよね。親御さんも呼んで来ていいわよ」

 

「大丈夫。僕一人で来たから。

 ええっと……、お世話になります」

 

「本当に?

 すごいのね……最近の子供って……」

 

「明日からしばらく観光します。宿、まだ決めてないから助かりました」

 

 後半部分は本当のことだ。荷物はまだクロークサービスに預けたままだが、昨日まで居たホテルは今朝引き払ってきた。元々今日決着をつけてここを出るつもりだったのだ。

 しかし今は少し考える時間が欲しい。

 前半部分の出任せ通り、もうしばらく観光していくのも悪くないかもしれない。

 

「なら滞在中はずっとうちに居てもいいわよ。母さんもあんたのこと気に入ってるみたいだし」

 

「はい。ぜひ。

 ありがとうございます」

 

 こうして、しばらくここに泊まることになった。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 夜。与えられた客室で僕は横になる。

 部屋の掃除も僕のお世話も全てロボットがやっていた。確かにこれなら泊まっていけと軽く言えるかもしれない。全てが全自動化されているのだから。

 

 ふぅ……。

 これからどうしようか……?

 とりあえず今年一杯は手が出せない。

 ドラゴンボールは願いを叶えると一年間ただの石に戻ってしまう。なら小方(シャオファン)を治すのは再来年になるのか。青春真っ只中の二年は貴重なんだけどな……。

 あーー時期が悪かった。

 まさかのドンピシャだよ。

 はぁ……再来年まで何をしよっか? 帰ろっかな……。修行の続きもしたいし。

 でも折角出てきたしな……。

 

「チャオズ様、夕食ニナリマス」

 

 そうこう考えているうちにロボットが晩御飯をワゴンで運んできた。

 早速ベッドを下りてテーブルにつく。

 

「ドウゾ」

 

 食事の載った皿を一枚一枚テーブルに並べる。それが終わると、ロボットは壁の端によってジッと立った。

 僕は久々のナイフとフォークを両手に持ち、今夜のメインであるステーキを切り分ける。

 うん、美味しい。

 肉を齧りながらサラダ皿に入っているミニトマトをフォークで転がす。

 

 ドラゴンボール、本物は綺麗だったな……。あれなら普通に宝石としても価値があるだろうね。まぁ、そうでなきゃ色んな人に拾われたりしないか……。拾った人もまさかあれからシェンロンが出て来るとは夢にも思わないだろうな……。

 ……シェンロンか……。本物見てみたいな……。

 そう言えばシェンロンが最初に出てくるのはどこでだっけ……?

 

 フォークで転がしていたミニトマトを挿し、口へと運ぶ。

 

 ん~と?

 そうだそうだ。たしかピラフ城だ。

 

 噛み締める。美味しい。

 酸味よりも甘みの方が強い。

 

 そこでピラフ一味にドラゴンボールを奪われて、そしてシェンロンを呼び出されて……。

 

 ……ん?

 あれ?

 

 これ、もしかしたら――

 いけるじゃん。

 おおー! 全然いけるじゃん!

 そうだよ。そうだったよ。

 シェンロンだってギャルのパンティを出すくらいなら小方(シャオファン)を治したいはずさ。

 

 そうだった。原作においてはピラフの世界征服を阻止する為、ウーロンが横からギャルのパンティを要求したんだ。酷いことするよね~。やる気があるんだからやらせとけばいいのに。世界なんて誰が上に立ってようとそうそう変わらないんだからさ。

 

 よしっ!

 作戦は決まった。

 ドラゴンボールは掻っ攫わずに願いだけを掻っ攫おう。

 これで、ピラフ達以外は誰も損をしないはずだ。

 

「えへへ~」

 

 そうと決まればピラフ城を探さないと。

 パオズ山と牛魔王の家の近くで、砂漠っぽい場所だったから……ま、地図を見れば大体の場所は分かるか。

 後はそこら辺を飛び回って探してみよう。

 やることは決まった。

 いひひ~、楽しくなってきた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 ブリーフさんの家に滞在して三日後。僕は帰ることを告げて別れの挨拶をした。

 おばさんは大層別れを惜しんでくれて、最後に抱きついて来て、そのまま離してくれなくて大変だった。そしてブルマさんにやめなさいと怒られていた。

 何だかんだで西の都の名所観光も粗方し尽くした。もうここに残ってやることはない。

 

 さて。

 この三日間に思いついたもう一つの作戦を実行に移す為、僕は携帯電話を取り出す。

 忘れてはならない、この地球はこれから様々な強敵に出会うのだ。

 そのための備えを今のうちに、出来るだけしておくべきである。

 人事を尽くして天命を待つというやつだ。僕に今出来るだけの人事を尽くそうと思う。

 

 耳無しの番号を選択して通話ボタンをブッシュ。

 コール音に耳を傾ける。

 

『はい、耳無しでございます』

 

「耳無し? 僕、チャオズ」

 

『これはこれはチャオズ様。お久しゅうございます。

 本日はいかがなさいましたか?』

 

「調べて欲しいことがある。大丈夫?」

 

『はい、大丈夫でございますよ。どうぞ仰ってください』

 

「うん。まず、パオズ山の周辺にいる兎の筋者(すじもの)の所在情報が欲しい」

 

『かしこまりました。パオズ山の近くで、兎の極道の所在情報、でございますね。

 それなりの数になるかと思いますが、よろしいでしょうか?』

 

「うん。データで送って。それと極道じゃなくても、似たようなことをしてる人でもいい」

 

『はい、かしこまりました。では後程データをお送りいたします』

 

「もう一つ。

 占いオババって呼ばれる凄腕の占い師の居所が知りたい」

 

『はい。占いオババっと……。こちらの方は何が特徴はお有りでしょうか?』

 

「えっと……。ものすごく占いがあたって、ものすごいお金を取る。

 でもオババの用意した武術家と戦って勝てば、お金が要らなくなる。結構有名らしい」

 

『なるほど。では、こちらも調べて参ります』

 

「お願い。頼んだ」

 

『いえいえ、存分に頼ってください。チャオズ様。

 他にも何かございますか?』

 

「今の所ない。

 ありがとう。必要になったらまた電話する」

 

『はい。そう言えばチャオズ様の近況はどのようなものでしょうか? 天津飯様が気にされておいででしたよ。

 鶴仙人様も口にこそお出しになりませんが、たまに遠い目をする時がございます』

 

「うん、えっとね――」

 

 その後、二十分程お互いに近況報告をしてから電話を切った。

 うんうん、頼れる人脈があるっていいね! これで情報が来るのを待てばいい。

 

 よし。

 ここから僕の計画が始まる。

 ふっふっふ……。

 サイヤ人だか宇宙の帝王だか知らないけど、()()()の恐ろしさを見せ付けてやる。

 




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

原動機
 げんどうき。エンジンのこと。

指南針
 しなんしん。南を指す針。つまりコンパスのこと。
 因みにコンパスと言っても綺麗に丸を書く為のあれではない。

ブルマの家のサイズ
 実際、西武球場程はない。
 チャオズが小さいからより大きく感じただけだったりする。
 本当のサイズは、せいぜい球場真ん中のフィールドくらい。それでも十分大きいが……。

蛋白石
 たんぱくせき。西洋名はオパール。
 火蛋白石とはファイアーオパールのこと。オレンジ色の半透明な宝石である。


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第七話 極悪非道、白の鬼

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 黒色★収入だより                   盗賊同志会報 第二百十八号

▲▼▲▼▲▼▲▼▲▼                   

 

 夏の暑さもすっかり和らぎ、過ごしやすい秋の季節となりました。

 読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋……と沢山の秋があります。しかし、私達にとっては何と言っても旅行の秋ではないでしょうか。この季節、夫婦親子連れのカモがそれこそ鴨のように数多く街道をやって参ります。皆様におかれましても気持ちの良い紅葉が舞い散る最中(さなか)、鋭意的に鴨狩りを楽しんではいかがでしょう。いつもと違う気分が味わえるかもしれません。

 さて、お仕事に邁進するのも良いのですが、季節の変わり目は体調を崩しやすくもあります。やっと涼しくなったと油断してはいけません。特に今年は新型ウイルスが猛威を振るっています。くれぐれも衛生管理にご注意いただき、絶好の略奪日和をご満喫ください。

 

 

 

 

❖白鬼速報

 

 約三月(みつき)前に現れ、各地に多大なる被害の爪跡を残した小白鬼(ショウバイグィ)。一旦沈静化したかのように思われたが、近日パオズ山付近にて二十日ぶりに確認された。

 今回犠牲となったのは、パオズ山(ふもと)東側に居をかまえる構成員八十三名の大所帯、百胆団(バイダントァン)。生存者一名の大惨事となった。謹んでご冥福をお祈り申し上げる。

 

 当編集部は百胆団(バイダントァン)唯一の生存者、百胆団(バイダントァン)会計を勤める留林(リュウリン)様(仮名)に、当時のお話を伺うことに成功した。

 以下はその取材の様子である。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

編「こんにちは、(リュウ)さん。今回の取材をお受けいただき、ありがとうございます。

  この度はとんだご災難で、心中お察し申し上げます」

 

留「いえ。おれもあの恐怖を誰かに伝えたくて……。

  はは……見てください、おれ、手の震えが止まらないんです。あの日からずっと……」

 

 そう話す(リュウ)さんの両目は赤く腫れ、右手が小刻みに震えていた。

 

編「それでは早速、当日の様子をお教え下さいますか?」

 

留「…………。

  ……あの日、おれらの半数くらいが酔っ払ってました。いえ、酔っ払ってるのはいつものことなんですが、あの日の前日は運よく商隊が通って、それを囲んで皆殺しにして、分け前も一杯みんなに行き渡って……。それで前の晩、みんないつもより多く飲んでたんです」

 

編「なるほど。皆さん、いつもよりも弱っていた状態だったんですね」

 

留「いえ! そんなこたぁありません!

  ほんと、うち等は酔っ払っているのがいつものことなんです。むしろ酔ってた方が理性とかタカとかがもろもろ外れて、素面より強いくらいなんで」

 

編「つまり、戦闘力的には変わらなかったと」

 

留「ええ。

  ……最初に誰が言ったか、酔い覚ましにみんなで川で泳ごうって話になりまして。それで大所帯でぞろぞろと川に向かってったんです。

  それで……それで……丁度街道を横切ろうって時、あ、あいつ、がっ、け、来たんです」

 

 (リュウ)さんは震える手で湯飲みを持ち上げ、お茶を口に含んだ。

 どうやら当時の恐怖を思い出して、混乱しているようである。

 私は彼が落ち着くのを見計らい、話の続きを促した。 

 

編「どんな様子でしたか?」

 

留「……餓鬼が、背中に大きな背包(リュック)を背負っていました。まずはそれが最初に目を引いて……。それでみんなついでだし、軽くぶっ殺して背包(リュック)持ってくかってなりまして……」

 

編「なるほど。まぁ当然ですね」

 

留「みんなあのでかい背包(リュック)を誰が持つかでじゃれ合いみたいな軽い口喧嘩してたんですけど、その時おれ、ちょっとやばいかもって思ってたんです。

  おれ、黒収だよりを毎週欠かさず読んでて、どうもあの餓鬼の特徴が黒収だよりの速報に載ってる小白鬼(ショウバイグィ)と似てる気がして……」

 

編「ご愛読ありがとうございます。

  その似てたとは、具体的にどんな風に?」

 

留「……真っ白な顔して、八歳くらいの餓鬼で、服にでかでかと”鶴”の文字がありました」

 

編「我々がリサーチした通りですね」

 

留「ええ、速報に書いてあった通りで……。あ、あの時、おれがもっと強く言ってれば……。

  でも、誰だって思わないじゃないっすか、自分がそういう災害に行き当たるなんて」

 

編「はい。得てしてそう言うものなんです。”まさか自分が”、と考えてしまいますから……。

  思い出すのはお辛いでしょうが、それからどうなりましたか?」

 

留「まずはお頭が脅しを入れました。どうせ最後には殺すんですけど、みんな人間の怯える表情とか大好きで、基本脅しから入るんです」

 

編「なるほど、古くからある良き手法ですね」

 

留「そうしたらいきなり、お、お頭の、く、く、首が、ぐるぐるって、ぐるぐるって回って、と、飛んでったんです」

 

 (リュウ)さんはここで一旦話を切り、湯飲みの中のお茶を飲み干した。

 そうして気持ちを落ち着かせるように一息つくと、視線を再び私の方に向け、続きを話し始める。

 

留「……おれらみんな訳が分からなくて。だって、首が独りでにぐるぐる回って飛んでったんですよ? おれ含めてみんなポカーンとしてました。あの餓鬼だって少しも動いてませんでしたし、関連付けて考えられるわけないじゃないですか」

 

編「ふむふむ。それは小白鬼(ショウバイグィ)の超能力ですね。こちらでもその情報は報告されています。正直眉唾物でしたが……どうやら本当のようでしたね。あ、続きをどうぞ」

 

留「そ、それで、あの餓鬼、にやりって、わ、笑ったんです。

  おれはもう真冬にストーブでぬくってるところを、背中から氷柱(つらら)突っ込まれたような気分になりました。金玉縮み上がっちまって、全身鳥肌が立って……。

  あいつ、笑った顔がまるで悪魔みたいで……。今でも、ゆ、夢に」

 

編「”白鬼笑”ですね。噂になっています。

  なんでもアレに出会って生き残った人は、皆それを思い出しては震えるそうで」

 

留「おれ、逃げなきゃやばいって、みんなにアレのこと知らせなきゃって、そう思って……。

  でも、おれ、アレに注目されたくなくて、だから小声で言ったんです。でもみんな聴こえてないみたいで、とりあえずよく分からないから得物持って突っ込んでいって……。

  ……最初に死んだのは波西(ブゥオシー)でした。アレの指が光ったかと思ったら、はっ、破裂したんです。

  ……気の良い奴でした……。よくおれと一緒に女攫って犯したり、逃げる餓鬼追っかけて殺して遊んだり……」

 

編「親友だったんですね……」

 

留「それで前日の夜に、里のお気に入りの娼婦に自分のガキが出来たって、それで次のでかい略奪が終わったら足を洗いたいって、酒を飲みながら言ってたんです。

  ……畜生、何であいつが死ななきゃならなかったんだよ!」

 

編「それは死亡フラ……いえ、ご愁傷様です」

 

留「よく分かんないうちに波西(ブゥオシー)が破裂して、でもそれだけで終わらなかったんです。あいつ、丁度おれらの真ん中辺りに居て、それが破裂したもんだから体の破片が周りの奴らに突き刺さったんです。

  …………もう、阿鼻叫喚でしたよ……」

 

 (リュウ)さん当時の様子を思い出したのか、悲痛な顔をした。

 

留「やっとみんなやばいって気づいて、半数くらいが逃げ出したんです。もう半数は向かって行きましたけど……。

  おれは真っ先に泣いて謝りながら逃げましたよ。へ、へへ……もしかしたら、俺が生きているのって、そのおかげかもしれませんね……。

  ……おれのこと、臆病者だって笑いますか?」

 

編「いえ、状況が状況ですし、仕方のなかったことでしょう。

  実際(リュウ)さんの行動は正解でしたよ。様々な生き残った遭遇者からの証言の統計によりますと、どうも泣いて謝るのが一番生存確率が高いようですから。

  それでは、(リュウ)さんはもうその先を見てないんですか?」

 

留「確かに全部は見てませんけど、何が起ってるのかはなんとなく……。超能力だと思いますが、アレが空に浮かび上がりましたから……。

  それでまた”ピカッ”って、指先が光るんです。

  光るたんびに誰かの悲鳴が響いてました。波西(ブゥオシー)のようになったんでしょうね……。

  おれはもう、いつ自分の番が来るか気が気じゃなくて……その時は生きることだけ考えて走りました。ごめんなさいごめんなさい言いながら出来るだけ誰も来ない方に逃げましたよ。巻き込まれるのは御免なんで……」

 

編「そして見事逃げ(おお)せたわけですね」

 

留「逃げ……遂せれたんですかねぇ……。

  あの後森の中で九時間くらい土下座してました。いつ見つけられてもいいように……。

  おれ……本当に逃げ遂せられたんですかねぇ? 今でもアレが追っかけて来てる気がして……。

  …………う、うぅぅぅ……」

 

 ここで留林(リュウリン)様が嗚咽を漏らして泣き始めたので、取材はここまでとなります。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 今までの報告からまとめた小白鬼(ショウバイグィ)の情報をここに公開する。皆様自身の安全の為にも、是非参考にして頂きたい。

 小白鬼(ショウバイグィ)は八歳前後の子供で、真っ白な顔をしている。大きな背包(リュック)を背負っているとの報告も多数上がっている為、これも事実だろう。

 そして”鶴”の紋章が入った服を身に着けていることが多い。

 

 運悪く出会ってしまった場合、八割五分死ぬとの統計結果が出ている。生存率は限りなく低いと言わざるを得ない。

 しかしそこで諦めてはいけない。そんな時の為の、生存率を上げる三カ条をここに記そう。

 

 

第一条、いきなり襲い掛からない。

 子供が大きな背包(リュック)を背負って一人で道を歩くと言うのは、一見かなり好条件な物件に思える。しかしそこでちょっと待とう。ひょっとしたらそれはフェイクかもしれない。

 襲い掛かる前に必ず獲物が上記の特徴に当て嵌まるか確認するよう習慣付けることをお勧めする。

 小白鬼(ショウバイグィ)に襲い掛かり、尚且つ生還した例は、今のところ僅か一件しか確認されていない。殆どの場合、襲い掛かった瞬間に殺害されてしまう。獲物の事前検証を怠ることは死に直結することもあるのだ。

 

 

第二条、命乞いをする。

 第一条に従い行動したが、しかしすでに小白鬼(ショウバイグィ)の前に出てしまった、または見つかってしまった場合、この第二条が有効である。

 なんと今現在、小白鬼(ショウバイグィ)との遭遇から奇跡的に生還した人の全てが命乞いをしたと記録にある。

 皆様には長年盗賊をされて来た誇りがあるだろう。そして部下の手前、そんな無様な真似など……! なんてこともあるかもしれない。

 しかしそれら全てをかなぐり捨てても、この項目を実行に移す価値はあるのだ。

 人の命は一つしかない。例え培ってきた誇りを失ったとしても、親愛なる部下からの信用が失墜したとしても、生きている限り、やり直しが利く。だが、死んだら全て終わりである。

 是非ご自身の生命を大切にしていただきたい。

 

 

第三条、財宝を差し出す。

 さぁー、ここまでくれば生還までもう一息。

 命乞いをした者に対し、小白鬼(ショウバイグィ)は高確率で全財産の献上を要求する。

 これを拒否したことにより殺害された例も数件確認されている為、無策で断わらない方が身の為である。惜しい気持ちは分かるが、ここは断腸の思いでお宝を全て差し出すことが最も安全だろう。

 また献上金が少ないことにより不興を買い、四肢を切断されると言う事例も数件確認されている。少ないなどと文句を言われない為にも、ある程度の財宝を貯蓄することをお勧めする。

 未確認の情報ではあるが、小白鬼(ショウバイグィ)はホイポイカプセルに価値を見出さないと言う報告もされている。ひょっとしたら、余剰財産をホイポイカプセルに替えておくことで損失を減少させることが出来るかもしれない。

 

 以上の三カ条を遵守することで、飛躍的に生存率を上げることが出来ると当編集部は推測する。

 後日再来の可能性に備えて、本拠地を別の場所に移すこともやっておきたい。

 

 それでは、最後に運悪く災害に出会ってしまった皆様に助言を一つ。

 「蟻がロードローラに突っ込むのは勇気ではない。只の自殺である」

 

 また次回の白鬼速報でお会いしましょう。

 

 

 

 ※当編集部では小白鬼(ショウバイグィ)の情報を広く募集しています。

  有益な情報提供者には金一封を差し上げます。どしどしご応募ください。

 

 

 

 

▼今週のトピックです

 

 今年で四才になるサーベルタイガーの小梅ちゃん。激汗団(ジーハントァン)の熱い(おとこ)達に囲まれ、今日もマスコットとして大活躍です。

 そんな小梅ちゃんの嬉しいニュースです。

 先週火曜日、小梅ちゃんからめでたく元気な四つ子の赤ちゃんが産まれました。

 小さく、ふわふわな赤ちゃんに団員一党はメロメロ――――

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「どうも、すみませんでした!」

 

「すみませんでした!」

 

 何だろ、この状況……。

 

 ここはパオズ山から約600km離れた場所。

 辺りに植物を見かけなくなり、岩ばかりが立ち並んでいる。

 一面黄土色の砂漠一歩手前な景色は、まさしく荒野と呼ばれるものである。

 

 そこに”荷物置いてけ”と脅しをかけて来た追い剥ぎさん。

 

「さっき脅しをかけられたような……」

 

 彼らは僕が何かする前に突然目を皿のように見開いて驚き、そして揉み手をしながら謝罪してきたのだ。

 

「やだなぁ~、坊ちゃんったら~。あれはジョークですよ、ジョーク」

 

「そ、そうですよ! もう、ヤムチャ様ったら~」

 

 脅したことを謝罪したばかりなのにそれをジョークと言う。僕の予想以上に彼らもテンパっているのかもしれない。

 

『ま、まさかさっきの今で遭遇するとは……』

 

『ここは平身低頭の一択ですよ、ヤムチャ様』

 

 なんかこそこそ喋っているが、全部聴こえている。

 天さん程じゃないにしても、僕の五感も一般人より遥かに上なのだ。

 とは言え、意味が分からない。さっきの今とはどう言うことなのだろう?

 僕は以前こいつらと会った記憶はない。例え彼らが僕の良く知る人物だったとしても――。

 

 しかしこの流れは歓迎すべきである。ここで彼らへの過剰な干渉は避けるべきだ。

 ここまできて未来が変わってしまったなんてことになったら、僕がドラゴンボール探しを自粛したのが馬鹿みたいである。ここで立ち去れば影響はほぼないだろう。

 もちろんバタフライエフェクトが起こる可能性は完全に否定できないが……こうなってしまった以上、そこはもう諦めるしかない。

 

『なぁ、プーアル。本当にこいつがあの小白鬼(ショウバイグィ)なのか? 只の餓鬼じゃないか。

 と言うか、例え本物でもオレなら勝てそうな気がするのだが』

 

『ダメですよヤムチャ様。今までそう言って何人もの人が殺されて来たんですから』

 

 変わらず小声でこそこそと喋っている二人。

 とうやら、僕に襲い掛かるべきかの相談のようだ。

 

『いや、見ろよ、あの油断しきった姿。今なら確実に殺れる――』

 

『ヤ、ヤムチャ様っ』

 

 そろりそろりと腰にある曲刀に手を伸ばすヤムチャさん。

 僕には油断した覚えが欠片もないのだが、一体どこを見てそう判断したのだろうか?

 ヤムチャするなぁ……ヤムチャさん……。

 

「あ、あれ?」

 

「ヤムチャ様! 身体が動きません!」

 

 『超能力、念動固定』

 

 対象はヤムチャとプーアルの全身。

 

「こ、これが小白鬼(ショウバイグィ)の超能力。クッ!」

 

 僕の念動固定に抗おうとするヤムチャ。

 この頃の彼は感覚で気を使っているから、僕の超能力を解除するのは難しいだろう。

 しかしこうして超能力で固めたのはいいが、このまま放置したら、効果が切れた頃にまた追いかけてきそうだ。

 

 仕方ない。少し脅しておこう。

 無造作に右手人差し指を差し出す。

 

「どどん波」

 

 ――バコッ、バコッ、バコッ、バコッ、ちゅどーん!

 

 強めに撃ったどどん波はヤムチャの頬を(かす)り、彼の後方へと飛んで行く。

 そのまま荒野に立ち並ぶ石柱を四つ打ち壊し、約400m先の地面に当たって爆発。空に小さなきのこ雲を作り上げた。

 

 空から砂と小石がパラパラ降り注ぐ中、ここで念動固定を首だけ解除。

 曲刀に手を伸ばそうとしたポーズのまま、首を後ろに向けてきのこ雲を見上げるヤムチャとプーアルの二人。

 プーアルは無意識になのか、”あわわわわ……”と呟き、ヤムチャは目を丸くして鼻水が飛び出た表情で固まっている。いや、固めたのは僕だが。

 

 そして僕の方を向いて”ニコッ”と笑うヤムチャさん。

 

「あの……坊ちゃん。実は僕、坊ちゃんに全財産をプレゼントしたいな~と」

 

「はい! 金貨・宝石、何でもありますよ!」

 

 念動固定を解除。

 

「いらない。帰れ」

 

「「はいっ! 失礼しました~」」

 

 ヤムチャとプーアルは同時に跳躍し、プーアルはヤムチャの肩に飛び乗り、ヤムチャはバイクに飛び乗った。うん、お見事! いい連携だ。

 

 二人の乗ったバイクは”ブルルルン!”と音を立て、土煙を上げながら走り去っていく。

 

 ――よかったですね、ヤムチャ様。もうけですよ、もうけ。

 

 ――何も変わってないだけだ。

   情報を提供するぞプーアル。金一封が貰えるらしいからな。

 

 二人の乗ったバイクは遠ざかっていく。

 最後に少し気になることが聴こえたな……どこかに情報を提供するとかなんとか……。

 話の流れからして、情報とは僕のことだろう。

 

「……?」

 

 僕の情報を誰が好き好んで買うのだろうか? 

 謎である。

 

 さて、余計な”気”を使ってしまったが誤差の範囲内だ。

 休憩はこれくらいにして、飛んでいこう。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 西の都を出てから約半月が経過していた。

 今回は少々急を要するので、殆ど飛行の旅となった。鶴仙人様の言いつけを破ることとなったが、まぁこれは仕方ない。臨機応変に行こう。

 そして舞空術を使い続けたおかげか、僕の気の総量が順調に増加している。

 これは嬉しい誤算の一つと言えよう。

 

 さて、まず僕はパオズ山に向かい、そこを旅の始点とした。

 原作において僕が覚えている地名がパオズ山しかなかったからである。

 とは言え、これからどの方角に進むべきかとパオズ山(ふもと)の山賊団アジトで悩んでいたら、以前耳無しに頼んでおいた情報が携帯に届いた。

 パオズ山周辺で極道的なことをやっているうさぎの情報である。

 

 どうも耳無しは”パオズ山周辺”と言う曖昧な指示に対し、かなり広い範囲の解釈で調べてくれたみたいだ。パオズ山を中心に半径3000km程の情報が僕の手元に届いている。

 しかしやはり”うさぎ”のカテゴリーに属する獣人やくざは少ないのか、名簿にある名は全部合わせても二十三人しかない。

 そして、その中に覚えのある名を見つける。

 

 兎人参化(とにんじんか)

 

 そう言えばこんな変てこな名前だったな~と、ついでに前世も思い出して、少しノスタルジックな気分になる。

 

 ブルマさんが旅に出る九月まで残り十一日。

 長期休暇が十月に終了すると言っていたので、そこから逆算して考えると、彼女が孫悟空と出会い、物語が始まるまでもうあまり時間の猶予はない。

 その前に兎人参化(とにんじんか)を配下にし、ピラフ城を見つける。

 これが僕のとりあえずの目標である。

 

 パオズ山を出発し、ヤムチャとエンカウントしたのは二日前。そしてつい先日、フライパン山を上空から見学した。

 燃え盛る火炎山を見て、感動がじわじわと僕の内側から溢れ出す。

 今僕はまさに、ドラゴンボールにおける初期の舞台の真っ只中にいるのだ。

 

 

 

 ぼーと飛んでいたら、いつの間にか荒野を抜けていた。

 辺りには背丈1m~10m程の巨大きのこが樹木のようにあちこちから伸びている。

 地面の土は未だに水分の少ない乾いたもので、巨大きのこ以外の植物は見当たらない。

 そして進むごとに、巨大きのこの数はどんどん増えていった。

 

 僕は巨大きのこを避けながらの飛行を続けていた。

 この何だかファンシーな光景を楽しむ為に、地表すれすれでの超低空飛行を行っているのだ。

 

 

 そして、このきのこの回廊を飛び続けて、二時間が経過した。

 

 

 

「えい」

 

 すれ違い様に巨大きのこにパンチ。

 ボコッと(えぐ)れるきのこの幹。

 結構硬い。通常の樹木とほぼ同じくらいだ。

 面白い。本当にこの世界は不思議で一杯である。

 

「あ」

 

 顔を前に向けると、視界が一気に広がった。

 巨大きのこの森を抜け、砂色の町が見えてきたのだ。

 突き出た丸い屋根や三角錐の屋根。石造りの家が数多く立ち並ぶ町並み。

 中々に広そうである。これだけの面積があれば、都市と呼んでも差し支えはないだろう。

 

 よし。

 飛行スピードを上げて町の中へ。

 

 

 

 

「わわ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

 シュタッと着地する僕に驚く周りの通行人。

 気にせずに通りを進む。驚愕した人々も特に大騒ぎすることなく、いつもの生活に戻っていった。

 そもそもこの世界では、人間が空から降りてくるのはまぁ、珍しいだろうが有り得ないことではないのだ。伊達に種族が多いわけじゃない。少々の非常識は皆、”あら、びっくり”程度で終わらせてしまう。

 

 キョロキョロと辺りに目を向けながら大通りを歩く。

 町全体がオリエンタルチックな砂色である。街路樹のように巨大きのこが道の両脇に並んでいて、先へと続いていた。

 所々椰子の木が首をもたげているのを見て、”久しぶりにきのこ以外の植物を見たな~”などとどうでも良い事を思う。

 

 道には駱駝(らくだ)を引くターバンの男性、巨大きのこの下では井戸端会議をしているヒジャブや二カーブの女性。まさにアラビア~ンでイスラム~な光景である。

 僕はそんな異国情緒溢れる景色の中を歩いていた。

 

 そのまま通りを進んでいると、辺りは徐々に活気のある空気に包まれていった。

 喧騒が耳に届いたのだ。

 一歩進むごとに、それらは段々と無視できないボリュームへと変わっていく。

 

「らっしゃいっらっしゃいっ!」

「ナツメヤシ~! 甘い甘~いナツメヤシ! 1kgたったの百三十ゼニー!」

「採れたてだよ~! 今朝採れたて~!」

「舶来品! 舶来品! 舶来品の壺はいかが~!」

 

 うん、うるさい。

 故郷の蚤の市を思い起こさせる。どうやらここは市場らしい。

 

「ほい、坊主坊主。ちょっとこっち来て見」

 

 露店の中から、フェズを頭に被った髭のおっちゃんが僕を手招きする。

 なんだろ?

 

「坊主、観光だろ。

 おっちゃんマームール売ってんだ。甘くて美味しい老若男女誰もが気に入る」

 

 なんだ。呼び込みか。

 

「おやつにしてよし、お土産にしてもよし。

 おすすめだよ~。今なら特別に安くするぞ~。どうよ?」

 

 んっと……。

 うん。買ってこう。丁度小腹も減ったしね。

 

「いくら?」

 

「なんと一袋たったの六百ゼニー! さーどれにする?

 こっちはナツメヤシが入ってて、こっちは胡桃(くるみ)だ」

 

「何枚入ってる?」

  

「う~ん。十二,三枚くらいかな?」

 

「うん。買う」

 

「毎度あり~」

 

「五十ゼニーで」

 

「…………え?」

 

「お腹減ったー。はやくー」

 

「いや、坊主。五十じゃなくて六百……」

 

「はい、五十ゼニー」

 

 流れる動きで五十ゼニーを手渡す。反射的に受け取るおっちゃん。

 

「う、うん。いや、じゃなくてね」

 

「ナツメヤシの方で」

 

「は、はいってそうじゃなくてね」

 

 またしても反射的に僕にマームールが入った袋を手渡すおっちゃん。

 

「適正価格」

 

 袋を持ちながら僕はにこにこして言う。

 さっき、原材料のナツメヤシが1kg百三十ゼニーで売られていた。これくらいのサイズの袋に入ったマールームならこんなもんだろ。

 それに、僕が五十ゼニーを渡したらおっちゃんは反射的にそれを受け取ったのだ。きっとそれだけ常日頃から、この程度の小銭を受け取ってきたのだろう。

 僕の商品要求に対し、これまた反射的にマールームの袋を渡したのも、心の中でおっちゃんがこの五十ゼニーという値段に納得しているからに他ならない。

 

「いや、まいったね~。

 でもこれだけの量があれば、適正価格は百ゼニーくらいだよ。

 さすがに五十ゼニーと言うのはねぇ……」

 

 苦笑いするおっちゃん。

 僕は受け取った袋を開けてみる。

 

「かなり砕けてる。不良品だから五十ゼニー」

 

「いやいや、そんな、砕けてないマームールなんて大きい百貨店にしか売ってないよ」

 

 うん、そうかもしれない。

 僕のこれはただのいちゃもんだ。

 しかし、すでに商品を僕に渡した時点でアドバンテージはこちらにある。

 ここで僕が何も言わずに立ち去れば、それで交渉の余地なくこの件は終わりだ。

 

「道教えて。ボーナスあげる」

 

「道? 坊主、迷子だったのかい」

 

「うん、そんなもの。

 うさぎ団の本拠地が知りたい。どこか分かる?」

 

「う、うさぎ団って……、あんな物騒なとこに何しに行くつもりだい、坊主」

 

 さすがに驚いた顔をする。

 

「大丈夫。待ち合わせ」

 

「待ち合わせって……あんなとこで……?」

 

「知ってる?」

 

「あ、あぁ……。

 ここの道を真っ直ぐ行って市場を抜けて、最初の大きな交差点を右に曲がる。そっから延々と歩いて二十分くらいだな。そしたらでっかい人参(にんじん)の建物があるから……まぁ、見りゃ分かる」

 

「ありがとう」

 

「いいか坊主、あそこに近づくんだったら本当に気をつけろよ。

 待ち合わせしてる奴に会ったらすぐ離れるんだ」

 

「うん。分かった」

 

 ポケットから三千ゼニーを取り出し、露天のカウンターに置く。

 

「はい。ボーナス」

 

「お、おーー!?」

 

 そのまま踵を返し、立ち去る。

 どうせはした金だ。今の僕は割りとお金持ちなのである。

 

 ふふんっと、ちょっといい気分になって市場を歩く。

 辺りは変わらず売り子の呼び込みの声に満ちていた。

 

「赤い、赤いりんご~! 甘い、赤いりんご~!」

「ねえちゃん、無花果(いちじく)なんてどうだい。いや保障するから、ウチのは絶対に酸っぱくねぇって」

「マームール! さくさくマームール! 三十個入りで三十ゼニー!

 はい、安いよ安いよ~! マームール、三十個入りで三十ゼニー!」

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ……ボーナス、上げなくてもよかったかも。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「……」

 

 目の前に大きなオレンジ色の人参(にんじん)がある。

 もちろん本物ではなく、人参の形をした三階建ての建築物だ。

 

「…………」

 

 僕の頬に一筋の汗が流れる。

 すごいセンスである。

 ヴィオラートに通じるものを感じる……。

 

 前にも述べたことがあるが、僕がここに来た目的は兎の獣人、兎人参化(とにんじんか)を配下に引き入れることである。

 

 僕は考えた。

 地球人の身体能力ではどう逆立ちしても強力な異星人には勝てない。

 基礎能力がまるで違うのだ。

 ならどうするのか。

 負けることが地球人類の存亡に関わる為、簡単に諦めることは出来ない。

 そしてここを現実として生きていく以上、全てを完全に主人公に放り投げるのもなんだか不安である。

 

 僕は再び考え込んだ。

 そもそも、単純な身体能力だけのガチンコ対決で強力な異星人に勝とうとすること自体間違いなのだ。

 素手で老虎(ろうこ)に挑む人はいるのか?

 いる訳がない。

 もしいたとすれば、それ阿呆(あほう)か独歩さんである。

 まともに戦って勝てない相手は、それ以外の方法で無力化しなければならない。

 つまり僕ら地球人に必要なのは、虎に対する猟銃のような、そんな切り札だ。

 とは言え、地球の科学技術で作り出せる兵器が奴らに通じるとは思えない。

 戦車は怪獣に踏む潰されるのがお約束なのである。 

 

 さて。

 この地球上には摩訶不思議な生命体、通称人間が数多く存在する。

 その中には反則的な一芸に秀でたものが、少数ながらもいるのだ。

 ならばそれを利用して行こうと言うのが、今回の僕の行動理由である。

 

「おい、糞餓鬼! てめぇ、さっきからウチの前を何ウロチョロしてんだよ」

 

「ははは」

 

 人参の中から兎耳(うさみみ)軍服のおっちゃんが二人出てきた。

 頭をすっぽり覆うパイロット用の軍用帽子とゴーグル足す(うさ)な耳。

 ……一体誰得なのだろうか……? と言うか、暑くないのだろうか?

 そして可笑しなことを言う。

 僕は玄関の前にジーと立っていただけで、ウロチョロなどしていない。

 

「今俺ら丁度暇してんだよ。どうだ? 暇潰しにお兄さん達が整形してやろうか?」

 

「おいおい、怯えてんじゃねぇか、ぎゃははははは」

 

 片方のおっちゃんがなんか自分のことを”お兄さん”とか図々しいことを言っている。そしてもう片方は笑い上戸のようだ。ついでに目も悪いらしい。

 とりあえずこいつらには用がないので軽くぱんち。

 

「うんぎゃっ」

 

「うぷっ」

 

 前にいる兎耳をブッ飛ばし、後ろにいる兎耳にぶつける。

 

「な、な、こ、こいつ、やべーぞ」

 

「あ、あにきー、来てくれーあにきー!」

 

 軽すぎたか。

 這って人参の中に戻りながら、あにきなる人物を呼ぶ二人。

 

「なんだ? どうした、お前ら」

 

「まったく、人騒がせな」

 

 呼ばれて出てきたのは髭の生えたデブと煙管(キセル)を咥えたノッポ。

 同じく兎耳に軍服のファッションだ。

 顔に付けたゴーグルが日の光を反射してピカッと光り、左胸のデフォルメされたうさちゃんマークが愛らしく微笑んでいる。

 そして二人の左腕に”うさぎ団”の腕章。

 

「あ、あの餓鬼がー」

 

「助けてくれよーあにきぃー」

 

「……マジで言ってんのか、てめぇら?」

 

「こんな子供に……だからいつまでたっても仮団員のままなんだよ、お前らは!」

 

 縋りつく下っ端に蹴りをくれてやるノッポ。

 

「で、てめぇはなんだ? 糞餓鬼」

 

「二,三発で勘弁してやろう。そうしたら消えていいぞ。

 そら、じっとしてろ」

 

 状況を把握しているのか把握していないのか、意味不明なことを言う二人。

 とりあえずこいつらには用がないので軽くぱんち。

 

「うんぎゃっ」

 

「うぷっ」

 

 前にいるデブをブッ飛ばし、後ろにいるノッポにぶつける。

 

「な、な、こ、こいつ、やべーぞ」

 

「お、親分ー、来てくれー親分ー!」

 

 這って人参の中に戻りながら、親分なる人物を呼ぶ二人。

 ……なんかデジャヴュ。

 

「どうしました、あなた達。人騒がせな……」

 

 出てきたのはチャイナ服にサングラスのうさぎ。

 間違いない。目当ての人物だ。

 

 

 耳無しから送られた資料によると、名は兎人参化(とにんじんか)

 うさぎ団という少数精鋭の黒幇(ヘイバン)を率いている。

 彼の能力はその名の通り、人参化。

 触れた生物を人参にすることが出来るのだ。

 

 原作漫画において、彼は敗北した孫悟空により強制的に月へと放逐される。

 その後、天下一武道会で大猿と化した悟空を元に戻す為、亀仙人が月を破壊。

 月と共に木っ端微塵となった可哀相なうさぎさんである。

 

「で、でも、あの餓鬼がー」

 

「情けない声を出すんじゃありません。まったく、こんな子供相手に――」

 

 うさぎさんが絶句し、立ち尽くした。

 サングラスがズレ、口は半開き。目は大きく見開いている。

 

「あ、あなた達!

 喧嘩を売る時は相手を見て売りなさいとあれ程言ったでしょ!」

 

 うさぎは引き攣った笑みを浮べながら、揉み手で近づいてくる。

 

「すみません、坊ちゃん。

 ウチの馬鹿共がご迷惑をお掛けしたみたいで……」

 

「お、おやぶん!?」

 

「どうして!?」

 

「黙りなさい! そして良く見るのです。あの胸の”鶴”の一文字を!」

 

 僕の胸を指差すうさぎ。

 

「あ……あー!」

 

「これは坊ちゃんが鶴仙人様(ゆかり)の者である何よりの証明!」

 

 うわぁ……。

 鶴仙人様、こんなとこにまで影響あるの?

 

「そして白いご尊顔に大きなお荷物。

 この方こそ今(ちまた)で有名な暴れる災害! 小白鬼(ショウバイグィ)様その人なのです!」

 

「え? ……ひっ、ひぃぃぃ~!」

 

「こ、殺さないでくれ~!」

 

 え?

 それ、どこの(ちまた)

 で、何? その変な二つ名みたいの。

 

「と言うわけですので、どうかお許しください。

 何でも致しますので、お命だけは……」

 

 深く頭を下げるうさぎ。

 

 それにしても……………………いひひ。

 何でもするとは、何と言う棚牡丹(たなぼた)

 

「うん。

 ならお前、僕の子分になる」

 

「え?」

 

「選択権はない。拒否したら殺す」

 

「え!?」

 

「お前を鍛える。一緒に来い」

 

 超能力でうさぎを持ち上げる。

 何しろ触ったら人参になってしまうからね。

 

「うーわわわわわ」

 

「お、おやぶん~」

 

「置いてかないで~」

 

 手を伸ばすデブとノッポ。

 

「ん。ならお前らも来る」

 

 超能力でこの二人も持ち上げる。

 

「え? い、いや~、あの」

 

「ちょっと遠慮したいかな~~なんて――」

 

 僕も空に浮かび上がり、持ち上げたこいつらと共に飛行を開始。

 

「ひ、ひ~~!」

 

「いやーー!」

 

「なんでおれまで~!」

 

 さー、楽しい楽しい修行の時間だ。




今日のトリビアをキミに
用語解説 出た順

黒色収入
 灰色収入とは出所が不明瞭な収入のこと。主に賄賂など。
 では、それが黒色になるということは……。

ヒジャブ
 イスラム教女性が身につける髪を隠す為の頭巾。
 髪は隠して顔を出す

二カーブ
 イスラム教女性が身につける髪を隠す為の頭巾。
 目だけ出し、顔を全て隠す。

フェズ
 トルコ帽子のこと。
 背の低いバケツ型の帽子。頭頂部から房が垂れ下がっている。

マームール
 クッキーでアーモンドやらピスタチオやらナツメヤシやらレーズンやら胡桃やらを包んだもの。腹にたまるなかなかのボリューム感。サイズは一般的に小さめのまんじゅうくらいある。

ヴィオラート
 某にんじん村のにんじん大好きな錬金術師。

独歩さん
 愚地独歩(おろちとっぽ)。素手で虎を仕留めちゃうすごいお方。


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