ゼロの黒龍 (無想転生)
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黒い韻龍
黒龍の召喚


ハルケギニアの王立魔法学院トリステイン。

そこで魔法を学ぶ貴族の一人、ルイズは歓喜していた。

 

 

 

ほんの少し前の話。

 

この日は生徒達において重要な日である。

春の使い魔召喚儀式。それはこの学校で二年生となったもので行われる、伝統のある大切な儀式とされている。

 

興奮や期待で胸を膨らませる生徒達は順番に使い魔の召喚を成功させ、猫や鳥やカエル…それに見たこともないような生物を次々と召喚させていた。

特に注目されたのは、この学年でもトップクラスの実力を持つ少女二人が召喚した、風龍と火龍だ。

その一方、裏で意外な少年が変わった使い魔を召喚していたが、先の二人にのまれ一部の者以外にはあまり興味を持たれなかった。

 

他の生徒達が次々と成功させ、自分の使い魔とスキンシップをとっている姿を、ルイズは羨ましそうに…そして不安気に眺めていた。

彼女はこれまで一度として、まともに魔法を成功させたことがなかったからだ。

 

ルイズ以外にも、この儀式に不安を抱いていた者もいるだろう。しかしそのほとんどは、せいぜい虫やミミズなんかを引いてしまはないか…みたいに、自分が生涯をかけて相棒とする存在が、変な生物だったり自分の嫌いなものだったりしないかという、成功の先にあるものだった。

 

だがルイズは、彼女はそれ以前の問題なのだ。

 

“ゼロのルイズ”それがこの学院での彼女のあだ名であった。

成功確率ゼロのルイズ、未だに一つとして魔法を成功させていない彼女は、そんな不名誉な名が与えられていた。

 

今宵も魔法が失敗し、何も使い魔を召喚できない場合、彼女は留年という可能性すらある。

 

そして誰もの予想通り、ルイズは最後まで残っていた。

にやけ面で嘲笑する生徒達と、心配そうな眼差しで見守る担当の教師と一部の生徒の視線を浴びながら、彼女は不安を押し殺して杖を構えた。

 

唱えるのは“サモン・サーヴァント”

この世の何処かにいる、自分の使い魔になり得る存在を呼び寄せる魔法。

 

ルイズはゆっくりと深呼吸して、その魔法を唱えた。

 

 

その瞬間大爆発が起きる。

 

結果は…

 

失敗だ。

 

 

しかしまだ一回目だと、ルイズは自分を自分で落ち着かせ、再び詠唱した。

 

しかし何度も何度も唱えてみても、起こるのは爆発のみ、使い魔の姿など影も形も見えやしない。

痺れを切らした生徒達の笑い声がブーイングに変わり始める。

 

「また失敗かよゼロのルイズー‼︎」

 

「もうやめちまえ‼︎」

 

深刻そうな顔つきで担当の教師がルイズを見つめる。

これ以上一人の生徒に時間を使うわけにはいかない、生徒達も騒ぎ始めている、何よりこれは、とても神聖な儀式なのだ。

 

しかし目の前にいる少女、ルイズことミス・ヴァリエールはとても努力家の生徒だった。

魔法の実技こそは最低点であったが、それ以外のほとんどの科目は、その稀いない努力によって学年でもトップクラスの成績だったのだ。

 

教師の心情としては、彼女に合格して欲しいという思いが強い。

 

しかしだ…と、禿頭の教師は心を鬼にしてルイズにこう言った。

「ミス・ヴァリエール…次が最後のチャンスです」

 

ルイズは心臓が鷲掴みにされたかのような嫌な感覚に襲われる。

「最後」という言葉に、ルイズの緊張感は一気に高まった。

(これが最後のチャンス…これで召喚できなかったら……いいや!絶対に成功させる!挫けちゃ駄目よルイズ‼︎)

ルイズは自分で自分を励まし、より一層心を込めてサモン・サーヴァントを唱えた。

 

「宇宙の果てのどこかにいる私の僕よ!

神聖で、美しく、そして強力な使い魔よ!私が心より求め、訴えるは、我が導きに答えなさい!」

ルイズの杖が眩く光り輝く。

 

今日一番の感情を込めて詠唱したルイズの魔法…

 

 

その結果は残酷にも…本日一番の大爆発だった。

 

 

その場にいる全員が身を屈める程の強烈な爆風。

例え召喚に成功していても、その生物は死んでいるんじゃないかと思わせる威力だ。

 

ルイズはガクリと膝から崩れ落ち、高々と上がる爆煙を眺めていた。

憎たらしいほどに濃くはっきりとした煙だ。

 

禿頭の教師、コルベールは暗い表情で眉間に皺を寄せていた。

そしてこの…努力家で勤勉な少女への、あまりにも残酷な結果に、コルベールは心の中でその現実に恨みを述べた。

 

正直、彼女が今、どんな顔で絶望に打ちひしがれているかなど、見たくもないし想像できた。

しかし伝えなければならない。この残酷な結果を彼女に…誰でもなく、自分がだ。

 

コルベールは恐る恐るルイズの方を見た。

幸いなことに、ルイズはうつむいていてうまく顔が見えない…

いや、別に幸いでもなんでもないか。どうせ伝える時には相手の目を見て言わなくてはならないのだから…それに現状が変わったわけでもない。

 

コルベールはゆっくりとルイズの肩に手を置き…伝えるべきことを伝えようとした。

 

しかしその時、周りの…他の生徒達が召喚した使い魔が、異様に怯えていることに気がついた。

 

コルベールは慌てて振り向く。

ルイズの魔法による爆煙は未だに立ちのぼっていた。

 

しかしその爆煙の中に、うっすらと何かが見える。

 

 

いる…巨大な何かが、爆煙の中に佇んでいる。

 

 

コルベールだけではない、他の生徒達もその存在に気がつき始めた。

もちろん、ルイズ本人もだ。

 

やがて爆煙が晴れ、爆煙の中にいた生物の姿がはっきり見えるようになった。

 

龍だ!

 

全身が黒い鱗に包まれた、不気味な程に真っ黒な龍…

長い尻尾に長い首…巨大な翼を携えた20メイル以上はあるその体格は、見るからにして強そうだ。

 

先の二人が召喚した龍よりも、更に強大だと思われる。

その根拠は大きさとかそんなものではなく…眠っているにもかかわらず感じられる、圧倒的な威圧感が物語っている。

 

 

ルイズはとてもとても感激した。

 

今まで幾度もゼロと馬鹿にされていた自分が、こんな立派なドラゴンを召喚できるなど、夢にも思わなかったからだ。

 

自分が召喚したドラゴン。

それが自分の目の前で、寝息を立ててスヤスヤと眠っている姿に、ルイズは心が踊った。

 

 

この瞬間は、ルイズの“メイジとして”…今までで一番幸せだと感じた瞬間かもしれない。

 

 

そしてこの事は生涯一生忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

 




少し召喚の儀式を重くし過ぎましたかね?

では次回でお会いしましょう。


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眠れる邪気

自分の召喚した使い魔に対し、ルイズはとても感激していたが、同時にもう一つの感情も存在していた。

 

それは…“恐怖”だ。

 

ルイズの心情としてはこのまま湧き上がる感動に身を任せ、今すぐにでもコントラクト・サーヴァンを行って契約に移りたいと思っている。

しかし、体がいうことをきかないのだ。

 

召喚した黒龍の方へ行くために足を動かそうとしても、まるで地面に足をくっつけられたかのように全く動かすことができない。

ふとルイズは、自分の足が震えていることに気がついた。

 

それを見てやっと、ルイズは自分の深層心理に気づいた。

恐怖していた…生物としての生存本能が警告を発するほど…深く浸透する恐怖だった。

 

ルイズの体は無意識のうちに、身を守ろうと固まっていたのだ。

 

それはルイズだけの話ではなかった。

その場にいる全員が、ルイズが召喚した黒いドラゴンの不気味な威圧感に恐怖を抱いていた。

 

担当の教師であるコルベールとて、例外ではない。

しかし彼は元軍人であり、様々な修羅場をくぐり抜けた。危険には慣れている、他の者達に比べればその恐怖も僅かなものだ。

 

(だが…)

コルベールは自分の過去を探りながら思った。

 

(眠りながらにしてこれだけの危険な香りを匂わせるものなど…果たして今までにどれだけ出会ったか…)

目の前にいる存在は正に未知。

ただわかるのは、全身から感じられるドス黒い不気味な感覚と…心底ヤバイと、自らの直感が告げていることだけだ。

 

コルベールはルイズを見た。

そう、自分の使命は彼女を…ここにいる全ての生徒を守ることだ。

もともと自分がここにいるのは、使い魔召喚の際に起こった危険を対処するためなのだから。

 

今はまだ何も起きていない。しかし、このままならまず間違いなくそれは起こる。

ならば自分は、今動かずとしていつ動く?

 

(今私が、この契約を必ず成功させてみせる!)

心の中でそう決心したコルベールは、全身に降りかかる不気味な感覚を払いのけ、ルイズを自分の後ろにおいやった。

 

コルベールはドラゴンを睨みつけながら、後ろにいるルイズにこう言った。

「今からあのドラゴンと契約するために接近します。ミス・ヴァリエール、あなたは私の後ろから近づいてください」

コルベールの言葉に、ルイズは黙って頷いた。

 

コルベールを先頭に、二人はゆっくりと、慎重に眠っているドラゴンに近づいた。

 

(幸い今、あのドラゴンは眠っている。その隙に契約を済ませてしまえば…)

そう思った次の瞬間…背筋が凍りついた。

 

ドラゴンがピクリと体を震わせたからだ。

いやそれだけではない、本当に僅かだが、ドラゴンの口角がつり上がったように見えた。

 

場の緊張感が一気に高まった。

コルベールは完全にルイズを押しのけ、自らが盾となるようにルイズの前に立ち杖を構えた。

 

気づけばコルベール以外にも、タバサとキュルケという名の二人のメイジが、コルベールの一歩後ろで杖を構えていた。

 

タバサ…これは彼女の生い立ちなども関係することなので今は省略するが、彼女もコルベールと同様に幾つもの修羅場をくぐり抜けてきた。

だから目の前にいるドラゴンがどれだけ危険な存在なのかが、なんとなくわかるのだろう。

 

一方、キュルケは二年生の中でも高い成績を収めているものの、彼女には実戦経験などまるでない。

なのでコルベールとタバサに比べれば戦力としては低く、そもそも二人に比べればこの状況の危険度も理解できていないだろう。

しかし親友であるタバサが杖を構えている…しかも相手は犬猿の仲であるルイズの召喚した(契約は完了していないが)使い魔だ。その二つが、彼女を動かす原動力となった。

 

「二人とも下がっていなさい!」

コルベールが二人に呼びかける。

コルベールにとって守る対象はルイズだけではない、ここにいる生徒達全員、もちろんそれは彼女達も含まれている。

確かに二人とも優秀なメイジだ。正直に言えばとても心強い。それにタバサは自分と同じトライアングルだ。

しかしそれは、自分の教師としての誇りが許さない。守るべき生徒達に危害が及ぶ可能性など、ほんの少しでも許すことができなかった。

 

それに相手は眠っているのだ。

いくら危険性を秘めてるといっても、多人数でゾロゾロと接近する必要はない、自分一人で事足りる。

 

二人もコルベールの指示に承諾したのか、杖は構えているのの、その場で立ち止まっている。

 

コルベールは再びドラゴンを見た。

依然変わらず眠っている、寝息まで聞こえてくる。

 

さっきのは気のせいだったのか…と、少しだけホッと息を吐いた。

しかしまだ警戒は怠らない。コルベールとルイズはそのままゆっくりと接近し、ようやくドラゴンの眼前にまで辿り着いた。

たった数メートルしか離れていないというのに、まるで旅でもしていたかのような疲労感だ。

 

コルベールは杖を構えたまま、ルイズを前に促した。

「さぁ、そのドラゴンが眠っている間に、早く契約を」

 

コルベールに指示されたまま、ルイズはコントラクト・サーヴァントを詠唱した

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

詠唱し終えたルイズはそっと顔をドラゴンの顔に近づけ、鋭い牙を覗かせる口にキスをした。

 

ドラゴンの左腕にルーンが刻まれる。

 

その瞬間、ドラゴンはパチリと目を覚ました。

 

ルイズはドラゴンが目覚めた瞬間、その眼球を一瞬だけ見ることができた。宝石のように美しく…そして怪しく赤く光っていた。

 

目覚めたドラゴンは大きく咆哮をあげた。

天まで轟きそうな巨大な雄叫び、地面はビリビリと震え、その場にいる全員があまりの爆音に耳を塞いだ。

 

ドラゴンは宝石のような真紅の瞳で、召喚者であり契約者のルイズを見つめる。

 

無意識の内に杖を握る手に力が加わっているのを感じた。

 

しかしドラゴンは何もしない、ただただルイズを見つめるだけであった。

 

「おめでとう、ミス・ヴァリエール。契約者完了だ」

コルベールは今度こそ心の底から安堵の息を吐いた。

 

 

 

その時のルイズの心情は、彼女自身にもわからない。

しかしその小さな胸には、安心感や達成感や喜びでいっぱいになっていた。

 

 

 

 

 




みんな眠ってるのにミラボレアスにビビり過ぎな気がしますね。
でも設定見ると、ミラボレアスの素材で作った装備を着けるだけで呪われる(もしくは呪い殺される)らいしですからね、妥当かもしれませんね。


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白光の導き

思ったより時間がかかりました


使い魔の召喚儀式が終わって10日が経ったころ…

ルイズは不安だった。

 

他に類を見ないほど強力な使い魔を召喚することに成功したものの、未だに魔法を成功させることができていないからだ。

流石にこの一件でルイズのことを表立って馬鹿にする者は減ってきたが、それでも周りのメイジ達からは言葉には出さずとも劣等生あつかいされているのが感じられる。

 

そして何よりの不安は…自らの召喚した使い魔のことである。

 

強さの点で言えば問題はない。

他の使い魔達はあの黒龍に一切近づくことがない程に恐れており、この間様子を見に行った時など、複数人の戦士でも倒すのが難しいと言われるオーク鬼を…しかも、3メイルもある大型を仕留めて捕食していた。

 

あの時感じた威圧感は本物だったことが頷ける。

 

これだけ強いのに何が不安か…?

簡単な話、逆なのだ。

そう…問題は“強過ぎて”ルイズが扱い切れていないというところにあった。

 

黒龍…ルイズはこのドラゴンにノワールという名をつけたが…なんにせよ、この龍はルイズの命令を全く聞かなかった。

 

無闇に暴れたり、暴走したりすることこそは無いものの、背中に乗るなどはもちろん、呼び出しにも全く応じない上に少し触れることすら許さない。

 

絆を深めようとルイズから歩み寄って見るものの相手にもされず、だいたい寝てるか何処かへ飛び回っているかのどちらかだ。

大抵の使い魔は契約を済ませれば大人しくなるし、主人の命令には服従するものなのだが…

 

使い魔のルーンにはちょっとした洗脳効果もあるらしいが、それが効いている気配には全く見えない。

おまけにあらゆる使い魔の能力である、主人の視力と聴力の代用もできない。

 

一応、餌を与える時だけは自分から姿を見せてくれるが、それでも最低限の干渉以外は全て拒絶するし、それに自分の食べ物くらい簡単にとって見せた。

 

これらの件についてネチネチと煽ってくる、ツェルプストー家のキュルケもムカついたが…

それ以上に、自分はこのドラゴンの主人である資格はあるのだろうか?いつかは自分の使い魔に…ノワールに見捨てられるのではないだろうか…という不安が、ルイズの頭の中を埋め尽くしていた。

 

「私の使い魔…ノワールはどこにいるか知らないかしら?」

いても経ってもいられなくなり、ルイズはノワールの所に行こうと、居場所を同級生達から聞き回っていた。

 

「知らないな…」

他の生徒達からすれば、あんな気味の悪いドラゴンなんかに好き好んで近づきたくはなかった。

それ故に居場所など知るわけもない。

 

「それに主人なら使い魔の居場所くらい把握してるだろ?」

もっともな意見だが、そんなことができるのならこんなに苦労はしない。と、ルイズは心の中でため息を吐いた。

 

「そう…教えてくれてありがとう、じゃあね」

ルイズは最後の方は聞こえてなかったことにして、そのまま別れた。

 

ルイズの心に更に靄がかかってくる。

 

そんなルイズを影で覗く者が一人…青い髪に小柄なルイズよりも小柄で眼鏡をかけた少女、タバサだ。

 

タバサの目は本から外した僅かな視線で、ルイズの姿を捉えていた。

 

 

 

その日の夜。

 

この学校の門番の一人である男は、不思議な光景を眺めていた。

 

目の前にいるのは一人の少女…白く美しいドレスと腰まで伸びた長髪を持つ少女だ。

その白い髪は、人が年老いたら自然に変色していくようなものでは断じてなく…普通の人間が出すのは不可能だろう、そう思わせるほどに美しい白銀の髪だった。

 

幼さと大人っぽさを持つ矛盾した美しさの顔で、目はルビーのように紅く、全身から白い光を放っている。

 

少女はゆっくりと門番の近くにまで歩いていき、ニッコリと笑いながら尋ねた。

『黒い龍を召喚した貴族はここにいますか?』

鈴の音のように穏やかで心地よい、綺麗な声だった。

 

門番は神秘的な白い光と、少女の笑顔に目を奪われていた。

黒い龍の使い魔というのは…おそらくミス・ヴァリエールが召喚したというあのドラゴン…

門番は答えた。

「あぁ、中の貴族達がそんな話で盛り上がっていた」

 

そう答えると少女は嬉しそうに笑い…

『そうですか、ありがとうございます』

と言って、トリステイン魔法学院の敷地を跨ぎ、そのまま奥に入って行った。

 

門番の男はボーッとした表情でそれを眺める。

しかしハッと我に返った男は急いで少女を呼び止めるが、少女の姿はすでになかった。

 

 

学院の中は騒ぎになっていた。無理もない、どこの誰かもわからない者が侵入してきたのだから。

平民なのか…いや、着ている衣服の美しさから貴族なのではないか?という声も上がっている。

実際は本当に人間なのかすら疑わしい。

 

どちらにしてもほって置くわけにはいかない。

ただ防御の魔法を次々と、意図もたやすく打ち破っていることから、ただものではないことはわかる。

 

しかし夜というのもあり、それほど騒ぎは広まってはいなかった。

なので生徒達の中にはこのことを知らない者も多数いる。ルイズもその一人であった。

 

結局、昼間はノワールを見つけることができなかったが、そろそろご飯をあげにいく時間だ。

食べ物を持っていれば自分から現れてくれることが多い。

 

ルイズは早速、肉を一切れだけ手に持って、大部分は使用人に任せて先にノワールが寝所にしている場所へと向かった。

 

道中、使い魔を連れている、にっくきツェルプストー家のキュルケに出会った。

「あら、奇遇ねルイズ」

わざとらしく、自分の完璧なプロポーションを強調させながら話しかけるキュルケ。

ちなみにこの行動は、体格に乏しいルイズへの嫌がらせのためだ。

 

「残念だけど、今はあんたに構ってる暇はないの」

ルイズは露骨に嫌な顔を浮かべなから答える。

 

「何よ連れないわね…

あ、もしかして…また使い魔のこと?」

ニヤケ面で尋ねてくるキュルケに、ルイズはギクリと体を震わせた。

 

「あ、あんたには関係無いでしょ!」

明らかな動揺を見せるルイズ。

使い魔の話になればまた自慢話と弄りが始まる。ルイズは早くキュルケから離れたかった。

 

「怒らないでよルイズ。あなたの使い魔が言うこと効かないからって、私に八つ当たりしないでよね。

まぁ…同じドラゴンでも私の使い魔はあなたのと違ってちゃんと言うことを聞くけど」

遅かった。ルイズのわかりやすい反応で確信を得たキュルケは、最近自分の趣味の一つになりつつあるルイズ弄りを始めだした。

 

キュルケは「おいで、フレイム」と言い、自らの使い魔を呼び寄せた。

まだ子供なのか、少し幼さはあるがそれでも6メイル以上はありそうな、しっかりとしたドラゴンだ。

全身は赤い鱗や黒い棘の生えた甲殻に覆われ、ドラゴンというよりはワイバーンに似ているのか…前足と同化した翼は巨大で逞しい。

獲物を逃がさない鋭い目に、炎を吐き出すことから火龍の一種だと思われる。

 

「どう?私にぴったりな炎のドラゴン」

キュルケは自慢気に使い魔である火龍を見せる。

 

「はいはい…すごいすごい。あんたは“微熱”だもんね」

呆れたような顔で適当に拍手をするルイズ。

しかし内心はものすごく羨ましかった。

“メイジの実力を見るなら、まずは使い魔からだ”という言葉がある。その通り、もちろん人によっては違うが腕のいいメイジは大抵すごい使い魔を連れているものだ。

ルイズの使い魔も充分に強い。しかし扱いきれていない以上、その言葉には当てはまらない。

 

しかしそれを素直に口にだしてしまうと…「まぁこれが、私とルイズのメイジとしての実力の差かしらね」なんて言われそうなのでそれはやめておく。

 

…と、そんなやり取りをしている二人の前に、一人の少女が現れた。

白いドレスに…白い長髪…学院で騒ぎになっているあの少女だ。

 

『こんばんわ』

気のいい笑顔で挨拶する白いドレスの少女。

 

「「こ…こんばんわ」」

あまりにも唐突なので、釣られて二人も挨拶を返した。

 

『あなたが…黒い龍を召喚したメイジですか?』

紅色の目でルイズの姿を写しながらそう尋ねる少女。

その目からはノワールに似たものを感じるが、ノワールの不気味な威圧感とは違ってなぜかとても安心感がある。

 

「…あ…あぁ…うん…そうだけど…」

目の前の少女の、吸い込まれそうな綺麗な目に見とれるルイズ。見知らぬ誰かと話しているというのに、自然と見つめ合う形になっていた。

 

『そう!』

少女はルイズの答えを聞き、より一層、今までで一番嬉しそうに、眩しいくらいの笑顔でニッコリと笑った。

 

『これから大変なことになるかもしれないけれど…仲良くしてあげてくださいね』

そう言ってルイズから視線を外した少女は、キュルケの隣にいるフレイムの鼻先を撫でる。

 

心地良さそうに表情を緩ませるフレイム。

少女はそれを優しい眼差しで眺めながら『あれ?あなたはあっちの世界の…』と、小さく呟いた。

 

そしてキュルケとフレイムを交互に見渡して…

『あなたたちも…よろしくね』と言い、一礼してそのまま去って行った。

 

二人はその姿を、嵐が通り過ぎた後のように呆然と眺めていた。

 

 

 

ルイズは今、夜中の暗い道を歩いている。

この先を進めば自分の使い魔、ノワールの寝所があるからだ。

 

ここまで来るのにずいぶんと時間がかかった、あの後侵入者が入っただとかでしばらく教師達に足止めされていたからだ。

しかしどうしてもノワールの元へと行きたかったルイズは、教師達には黙って、こっそりと抜け出して来たのだ。

 

(いつもの時間よりもだいぶ遅れてしまった。ノワール…お腹をすかせてるかな…?)

ふとそんな事が脳裏に浮かび、自然と早足になるルイズ。

 

(いや…別にノワールは私のことなんてまってないか…)

と、今度は別の考えが浮かび、ルイズの足は減速した。

そのまま負の感情が頭の中を支配し、ルイズの足はどんどんと重くなっていった。

 

ふとルイズは空を見上げた。

 

「きれい…」

思わずそんな声が漏れた。

 

白い光を放つ何かが、夜空を舞っていたのだ。

 

ルイズは一瞬、流れ星か何かかと思ったが、流れ星がこんな不自然に動くわけはないと、自分のその考えを否定した。

 

まったく正体のわからない謎の光体だが、なぜか不思議と不気味ではなかった。

むしろどこか暖かくて心地よい…その白い光から神秘的な神々しさすら感じられる。

 

そういえばこの光は見たことがある、ついさっきだ。

と、ルイズは自分の記憶を遡った。

 

そうだ…あれはついさっき…ほんの一時間ほど前に出会った、あの白いドレスの少女だ。

今思えば思うほど不思議な少女だった。しかしなぜか怪しいとは思えなかった。彼女を見た時の印象はそう…ちょうど今上空で輝いている、あの白光のような印象だ。

侵入者と聞いても全く危険だと思えなかったのも、頭の中ではその侵入者が彼女だということがわかっていたからだろう。

 

結局あの少女はなんだったのだろうか?ノワールと何か関係があるみたいだったが…

ルイズは上空に浮かぶ白い光を眺めながら物思いにふけっていた。

 

やがて白い光は暗闇の中に溶けるように、ふわりと消えてしまった。

 

それを見たルイズの心は、どことなく虚無感や喪失感で満たされた。

 

しかし気づけばルイズの心には、さっきまで頭の中を支配していた不安感が無くなっていた。

今はただ単純に、ノワールの元へと行かねばならない。

 

そうすれば…何かが変わる気がした。

 

 

 

ルイズは軽くなった足取りで…白光に導かれるように先へと進んだ。

 

 

 



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その龍の名は

今回は少し短いです。


ルイズはノワールの寝所へと着いた。

 

寝所といっても作りは単純である(一匹のドラゴンが作ったのだから当然だが)、この広い学院の庭…全体的に芝生に覆われているのだが、ノワールが寝所にしている直径30mの範囲は一切の芝生が根絶やしにされ、浅い大きな窪みになっている。

 

しかし妙だ。いつもならこの時間にはだいたいここで眠むっているはずなのに、ノワールの姿はどこにも見えない。

 

まだ帰って来ていないのかな?と、キョロキョロと辺りを見回すルイズ。

辺りを見回す内に、ルイズは巨大な円の中心に佇む、一つの人影に気がついた。

 

「だれ!?」

怪しい人影に向け、思わず大声をだして問答するルイズ。

 

「・・・・・」

しかし何の返事も帰ってこない。

おまけに相手は黒い衣服に身を包んでいるため、夜の暗闇に紛れて姿がよく見えない。

 

仕方なくルイズは杖を構えて、警戒しながら人影に近づいた。

 

近づくと黒衣に包まれていない顔だけは僅かに見えてきた。

結構背の高い…180以上はあると思われる男…年齢は30代前半か、20代後半と言ったところだろう。

しかし何よりも特徴的なのが、首元にまで伸びる長い黒髪からチラチラと見える…紅い瞳だ。

 

「あんただれ?」

再びルイズが、今度は静かに…そして威圧感を込めて問いた。

手に持った杖は常にこの男に向けておく、魔法の使えないゼロのルイズが使える唯一の魔法爆発。いつもはただの失敗としか捉えてはいないが、この状況においてこの魔法はかなり頼りになる。

 

それにしてもこの男…いつから学院内にいたのだろうか?

先ほど知らされた侵入者というのは、てっきりあの白いドレスの少女のことを言っているのかと思ったが、この男なのかもしれない…

ルイズは警戒を一切緩めず、目の前の男を睨みつけた。

 

目の前の男は依然として黙ったままだったが…少し間を開けて……笑っているのか…?微かに口角を釣り上げてこう言った。

「私はあなたの従者でございます。我が主よ」

低くはっきりとした、ダンディーな声だった。

 

「我が主…?何言ってるの!?あんたなんか雇った憶えないわよ!」

ルイズは杖を向けたまま、男にそう吐き捨てた。

 

自分の記憶を探ってみるかぎり、自分の実家であるヴァリエール家の中にもこの男のような使用人は一人もいなかった。

それ以前に使用人をこちらにおくるなら、家族の誰かが連絡の一つや二つ寄越してくるはずだ。

 

それもないとなると、やはりルイズにはこの男が怪しく見えてしかたなかった。

 

「いいや、私はあなたの従者であることは間違いない。

この姿じゃわかりませんかな?」

 

この姿じゃわからない…?黒衣の男の言葉に、ルイズは首を傾げた。

しかしここで再び、あるものがルイズの目に写った。

そのあるものとは…

 

「紅い瞳…あなたノワールなの!?」

いや、そんなはずはないと思いながらも、ルイズの目には何故かノワールとこの男が重なって見えた。

 

黒衣の男は少し考えるような素振りで「確か…そのような名で呼ばれていたな…」とブツブツとつぶやき、その後にルイズへ向けてこう言った。

「その通りでございます」

 

ルイズはしばらく黒衣の男の目を見つめた。見れば見るほどノワールのそれと酷似している目だ。そして今気づくと、目の下に鱗のような痣がある。

「ノワールという証拠はあるの?」

しかしまだ完全には信用しきれないルイズは、黒衣の男に自分の身を証明するものを提示しろと言った。

 

黒衣の男はほんの少しだけ戸惑ったように顔をしかめたが、ふと思いついた風に自分の手を確認して、その手をルイズに差し出した。

「あなたの使い魔という証です。

これでも納得できないと言うのなら、この場で元の姿に戻るというのもありますが?」

 

ルイズは黒衣の男の手に刻まれたルーンを見た。

間違いない、自分がノワールと契約した時につけたものと寸分違わない。

ミスタ・コルベールも珍しいルーンだと言っていた。なによりあの時のことを忘れることなどありえない。

 

「じゃあ…あなたは本当にノワール…」

 

しかし目の前の男が本当にノワールなら………ルイズの感情が爆発した。

「だったら何で…‼︎なんで話せるのに今まで一言も話さなかったのよ!!?私の話も聞かないで…!姿だってろくに見せて無いじゃない!!!」

ルイズは叫んだ。

ただ悲しかったのだ。召喚した使い魔…もちろん主人として、この黒龍を完全に操りたいという欲もあったことは否定しない。しかしそれ以上に、自分の相棒となる相手と、純粋に関係を深めていきたいとも思っていた。

別に相手は望んで来たわけではない、自分の魔法で寝ているところを強引に連れて来られただけだ。そしてなにより、自分と相手との力の差…心を開かないのも無理はなかった。

 

しかしルイズだってそんなことはわかっている。

わかってはいるが…大声で当たらずにはいられなかったのだ。

 

「私がどれだけ…‼︎あんたのことで悩んだか…」

目を真っ赤にして、泣きながら怒鳴りつけるルイズに、黒衣の男はゆっくりと片手で制止した。

 

「私も…突然わけのわからぬ地に呼び出され、それに怒りを感じ…正直に言うとあなたに警戒していました」

そう話す黒衣の男の顔が険しくなったのを見て、ルイズは少し恐縮した。

 

「しかし…」

そう言って男は表情を緩めた。

 

「私はこの10日間考えておりました。この世界を飛び回り、それをこの目に収め、これから自分が何をすべきなのかを考えました」

黒衣の男は地面に膝を付き、ルイズの手を優しくとった。

 

「そして私は決めました。あなたの使い魔になると…あなたを認め、その従者になると…

…改めて申し上げます」

 

黒衣の男は紅い瞳で、まだ少しウルんでいるルイズの瞳を見つめてこう言った。

 

「私はあなたの使い魔…なんなりと申しつけ下さい。我が主」

 

時間が止まったような感覚だった。

 

言葉で言い表せない気持ちで胸がいっぱいになった。

 

さっき抱いていた怒りなど吹き飛んだルイズは、しばらく黒衣の男を…ノワールを見つめる。

少し頬が暑くなっているのを感じる…そしてなにより、溢れんばかりに満ちたりていた。

 

「じゃあ…本当に…私の使い魔に……

………あなたの本当の名前は…あなたは何て呼べばいいの?」

ノワールはルイズが勝手に名付けた名前だ。もちろんこの男には…この龍には本当の名前があるはずと…ルイズはこの龍への呼び名を聞いた。

 

しかし対する龍はほんの少し対応に困った。

ルイズの想像とは違い、この龍は自分の名前というものに対し、大して考えたことがなかったからだ。

 

そして一つ二つの間を置き、やがて黒龍はこう答えた。

「私の住む世界の人間からは…こう呼ばれておりました」

 

 

 

 

「“ミラボレアス”…と」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い遠い…場所すら掴めぬはるか遠くの地。

そこではこんな詩が歌われている。

 

 

数多の飛竜を駆遂せし時

 

伝説はよみがえらん

 

数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時

 

彼の者はあらわれん

 

土を焼く者

 

鉄【くろがね】を溶かす者

 

水を煮立たす者

 

風を起こす者

 

木を薙ぐ者

 

炎を生み出す者

 

その者の名は ミラボレアス

 

その者の名は 宿命の戦い

 

その者の名は 避けられぬ死

 

喉あらば叫べ

 

耳あらば聞け

 

心あらば祈れ

 

ミラボレアス

 

天と地とを覆い尽くす

 

彼の者の名を

 

天と地とを覆い尽くす

 

彼の者の名を

 

彼の者の名を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルイズに忠誠を誓った、黒龍ミラボレアス。

 

果たして彼は、一体何を考えているのだろうか…

 

それはまだ…誰にもわからない。

 

 

 

 




結論から言うと、ミラボレアスは本気でルイズに忠誠を誓っていません。


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黒龍の決闘

挿絵を載せて見ました。
と言っても素人が趣味で描いたやつなので、あまり過度な期待はしない方がいいです。
もし邪魔なら、面倒かもしれませんが非表示にしてください。


爽やかな日差しが射し込む朝。

ルイズはご機嫌であった。

 

その理由はもちろん。ついにあの黒龍に認められ、自分の使い魔にすることができたからだ。

 

これでテンションが上がらぬはずがない。

昨夜は嬉しさのあまりよく寝付けず、布団の中でずっとにやけ、それを見ていたミラボレアスを若干引かせるほどであった。

 

「そういえばミラ」

朝の支度をしながら、ルイズはミラボレアスに話しかける。

因みにミラボレアスは長いので、ルイズは縮めてミラと呼んでいる。

「昨日の夜途中からどこかへ出かけてたみたいだけど、一体どこに行ってたの?」

 

「寝つけなかったので、少し気晴らしに。

何か…いけませんでしたか?」

 

「いや、別にそうじゃないけど……主人としては使い魔の動向はなるべく知っておきたいのよ」

 

「そんなもんですかね…」

 

そんな会話をしている内に、ルイズの支度が完了した。

「それじゃあ、食堂に向かうわよ。着いて来なさいミラ」

 

ドアを開けて部屋を出て行くルイズの後を、ミラは黙ってついて行った。

 

 

朝食の時間であり、たくさんの生徒達で混雑しているトリステイン魔法学院の食堂。

そこで朝食を取ろうとした矢先、ルイズはあることに気がついた。

「そういえば、使い魔は普段外で食べるのよね…連れて入っていいのかしら」

 

「ふむ…では、私は一旦外に出た方がいい…というわけですかい?」

 

「ですかいって…あんた時々口調おかしくなるわね…」

 

「そうですか?」

そんなはずは…と首を傾げるミラ。

本人の中では結構気をつけているらしい。

 

「まぁでも、たぶん中に入ってもいいと思うわ。

だって今のあんた見た目は完全に人間だし、別に使い魔は絶対に入っちゃダメって決まりもないし」

と、ルイズが言った。

 

「では、そうさせていただきます」

そんなやりとりをしながら食堂に入るルイズとミラ。

そんな二人の前に、ルイズがもっとも会いたくない人物が現れた。

 

「あれ?今日はちゃんと早起きできたのねルイズ」

キュルケがニヤニヤと悪戯っぽく笑いながら、ルイズに話しかけてきた。

 

ルイズはゲッと、顔を歪ませるも、すぐにキリッと表情を戻した。

「勝手なこと言わないでくれるキュルケ?私がいつ寝坊で遅れたのよ」

 

「遅れかけたことはなんどもあるけどね」

朝から早々に睨み合う二人、その視線の間からは火花が散っている。

 

「いいことミラ!ツェルプストー家の連中とは一切口を聞いちゃダメよ‼︎」

 

「仲が悪いんですか?」

あまりの嫌いっぷりに、少し面食らうミラ。

 

「ヴァリエール家とツェルプストー家には代々因縁があるの!まぁ家系なんて関係なく憎たらしい女だけどね」

ヴァリエール家とツェルプストー家は国境を挟んだ隣同士に位置するため、両国の戦争の際は真っ先に争っていたために、その中はあまり良いものではないらしい。

また、ゲルマニアの人々は恋愛に関して積極的であり、それ故に好色で多情などの印象を持たれている。それもあってか、ゲルマニア人であるツェルプストーは、代々ヴァリエール家の恋人を奪ってきたという因縁もあり、それが双方の溝をさらに深めている原因の一つとなっている。

 

しかしこの二人を見ていると、キュルケの方が二歳ばかり年上であり、恵まれた体型があってか…イラつきを隠せていないルイズに比べ余裕があるように見える。

おそらく口喧嘩ではだいたい勝つのはキュルケだろう。

 

「…で、あなたは誰?」

キュルケがルイズの隣に立っているミラに話しかけた。

当然だろう、昨日ルイズを見たときは、こんな人間など連れていなかったのだから。

 

「私はーー」

 

「ツェルプストー家の人間なんかと仲良く話しちゃダメって言ったでしょ」

ミラとキュルケの間に立って口を挟むルイズ。

これだけ躍起になっていたら、かえってルイズにとっては悪い方向に相手を煽っているような気がするのだが…

 

「落ち着いてくだせい。ちょっと自己紹介をするだけです」

ミラがそう言ってルイズをせいし、キュルケの前でお辞儀してこう言った。

 

「私はヴァリエール家で使用人をしている者です、ミラと読んでください」

 

「使用人…?何でわざわざ学校にまで…?」

普通、この学院にいる者は全員貴族や王族だが、家の召使いが学院にまでくることはほとんどない。

 

「あんた何言ってーー」

ルイズが口を出そうとするが、ミラの手で目の前を塞がれ遮られる。

ミラの言ってることには間違いがある。ミラはヴァリエール家の使用人ではなく、ルイズの使い魔だ。この二つは似ているようで全く違う。

 

しかしミラはそのことを承知か知らずか、ルイズを無視してこう続けた。

「最近、ルイズ様が召喚されたあの黒龍…あれの管理はルイズ様一人では難しいと判断されたため…私がここへと申し行けとおっしゃられました」

 

「も…申し行け…?」

 

「…また言葉使いがおかしくなってるわよ」

ここでちゃんと言うことができれば、少しはかっこがついたものの…ルイズは少し呆れながら口調を注意した。

 

「あっ……これは失礼…

つまりは、あの黒龍をルイズ様が完全に扱えるようになるため、私がここに配属されたわけです」

再び言い直すミラ。

とりあえずこれで、言いたいことはだいたい伝わっただろう。

 

「なるほどね〜…確かにルイズはあのドラゴンをちゃんと扱えていなかったもんね〜…」

ニヤニヤとわざとらしい笑みを浮かべてルイズを見るキュルケ。

 

当然ルイズは怒る。それも顔が真っ赤になるくらいの大激怒だ。そのドラゴンが今、目の前にいるのだから尚更だ。

 

(お…落ち着くのよルイズ。現実は全くの真逆、そう!私はちゃんとあのドラゴンを従えているのよ!

それをキュルケにわからせてやるんだから!)

そう堂々と叫ぼうとしたキュルケへの言葉は、口元に伸びたミラの手によって再び遮られた。

 

「そういうことなので、これからもよろしくお願いします」

ミラがルイズの口を抑えたまま、キュルケに向けてもう一礼する。

 

「こちらこそ」

爽やかな顔…宝石のような紅い瞳でこちらを見るミラに対し、キュルケはこんなことを思っていた。

 

(…結構いい男ね……顔もまぁまぁいいし…)

恋…とまでは言わないが、キュルケの心にほんの僅か…それこそ彼女の二つ名である“微熱”程度の小さな熱がともった。

 

「私はキュルケよ、よろしくね」

キュルケはその豊満なバストを寄せて強調し、背の高いミラに対し上目遣いになる形でそう言った。

 

色気溢れるキュルケのこの仕草、男ならば何かと反応を見せるだろうが、キュルケの目の前に立っているのは男でも中身が中身…ミラは眉毛一つ動かさずにただ見ていた。

 

一方でキュルケの方は、ミラがどんな反応をするかを見て楽しもうとしていたが、何も反応を見せないミラに対し少しムッとした顔で「じゃあね」と冷たく言ってその場を去って行った。

 

「なんでわざわざあんな嘘をついたの!?」

キュルケが席についたところでミラに解放されたルイズが、額に青筋を浮かべながらミラの行動についての説明を求めた。

 

ゼェハァと息を荒げるルイズ。長時間口と鼻を抑えられていたため、若干過呼吸になっているのだ。

 

ミラは冷静に返した。

「驚かせようと思いまして…どうせ明かすのならもっと授業中のような…生徒の集まっている時がいいかと」

 

その言葉をきいても、ルイズはまだ腑に落ちないといった顔をしていたが、他の生徒達を驚かせたい…というよりルイズの場合は見返してやりたい…との方が正しいが…ルイズもそちらの方は賛成だった。

なのでルイズはこれ以上は何も言わなかった。

 

そして他の生徒達同様、朝食を食べようと席を探すルイズ。

道中、周りの生徒達が不思議そうにルイズとミラをチラリ見ていたのが少しばかり居心地が悪かった。

 

自分の席の前に立つルイズ。

ここでミラが少しだけ考える。

(“やつ”は貴族の使用人になるのなら、細かい気遣いができなくてはならないと言っていたな…)

ミラは一瞬だけあたりを見回し、誰かから貰った助言通り、ルイズが直ぐに座れるようにと席を下げた。

 

「気が利くわねミラ」

細かいことだが、言われるまでもなく実行したミラに対し、ルイズは少し上機嫌になってそう言った。

これが人間ならばできて当然と思うが、ミラはドラゴン、正直こういう面ではそこまでの期待はしていなかった。

しかし細かい気遣いもできる、予想以上のミラの優秀さに、ルイズは「(本当にいい使い魔と契約できた)」と、更に喜んだ。

 

「あっ…そういえば……

…ごめん、あなたの朝食はまだだったわよね?」

ミラの朝食について思い出すルイズ。使い魔との行動と扱いがいつもと違っているため、ルイズの頭からはそういった細かい事情が抜けていた。

 

ミラにはいつも、牛や羊の肉をそのまま与えていた。今回もいつも通り同じ物を与えたいが…ここは貴族達の食堂であり、貴族達が食事の作法を学ぶ場所でもある。そんな場所で生肉にかぶりつく姿など、不相応この上ない。

なにより見てる方も気分が悪くなる。

 

「悪いけど…私が食べ終わるまでまっててくれない?食べ終わったら直ぐに持ってこさせるから」

 

そんなルイズの提案に、考えるように黙りこむミラ。

正直腹は結構空いている、早く食べたいが広い心を持って妥協した。

「まぁ…構いませんが…」

 

「ありがと、なるべく急ぐから」

 

しばらくすると生徒達による、始祖ブリミルと女王陛下への祈りが聞こえてきた。

そして祈りが終われば、食堂の中はナイフやフォークが触れ合うガチャガチャという音と、生徒達の賑やかな話し声で溢れかえった。

 

ルイズの食事が終わるまで暇なのでその辺をブラブラと歩き回りながら生徒達を眺めるミラ。

歩き回って時間を潰すのはいいが、嫌でも目に入るご馳走がミラを苦しめた。

 

人間の姿で人の言葉を話せるといっても、ミラはつい最近まで野生で暮らしていたドラゴンなのだ。

空腹の上に目の前にご馳走があるというのに、それを食べることができないということは、今まで本能のままに生きていたミラにとっては辛いことだった。

 

ミラは貴族達が口にしていく食べ物を、物欲しそうな目で穴が空くほど見つめた。

一瞬目の前の者を倒して食べ物を奪おうかという考えが浮かんだが、ミラは自分の顔を手で叩き、今頭に浮かんだ欲求を払いのけた。

ここで僅かにも理性が働き、耐えることができる…これが他の生物よりも優れているものの一つだろう。

 

ミラはこれ以上は危険だと考え、生徒達に隠れてご馳走が見えない…そんな位置に移動した。

 

ここならば見えるのは生徒達の後ろ姿のみ、これならば目の前に広がる欲望を駆り立てる物達からの誘惑に耐えることができる。

しかし食堂中に広がる胃袋にまで染み渡る匂いに刺激され、今度は席に座っている生徒達が美味しそうなご馳走に見えてきた。

ミラの主食は肉である、そしてそれは、人間の肉とて例外ではない。

ミラは外と自分をなるべく遮断するため、塞ぎ込んで生徒達を食い殺したいという衝動を抑えていた。

 

 

そして30分あまりの戦いの末…ミラは自分自信に勝利した。

 

食べ物を盗み食いしようかと考えた数、実に四十と三回…

目の前にいる生徒の腕や足の一本くらいならつまんでいいんじゃないかと考えた数、二十と六回…

衝動に身を委ねて食い殺そうと考えた数、十と四回…

もういっそ全滅させてやろうかと考えた数、五回…

本当に本当に、様々な思考に悩まされた長い戦いだった。

 

生徒達は食事を終え、ガヤガヤ談笑に浸っていた。

その中にいる数名の男子生徒がこんな会話をしていた。

 

「なあ、ギーシュ!お前今は誰とつき合っているんだよ!」

 

「誰が恋人なんだ?ギーシュ!」

 

「つき合う? 僕にそのような特定の女性はいないのだ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」

金色の巻き毛に胸に薔薇の花を刺したキザなメイジ…ギーシュと呼ばれる者がこの話の中心人物らしい。

 

話の内容は年相応のたわいもない色沙汰だ。

はっきり言ってミラには興味がなかったが、ギーシュと呼ばれる少年のポケットから小瓶が床に落ちたので、ミラは男子生徒達に近づいた。

 

細かい気遣いができた方がいい…と、先ほどのように誰かの助言を実行するため、ミラは小瓶を拾い上げた。

何かの薬だろうか…詳しくはないのでミラには判断できなかったが、どうせ落とし主に渡すのだから構わない、とミラはギーシュに小瓶を持って話しかけた。

 

「落し物です」

小瓶を手渡そうとギーシュの目の前に差し出すミラ。

 

「…それは僕のじゃない」

しかし否定するギーシュ。

だが小瓶は確かにギーシュのポケットから落ちた物だ、落ちた瞬間をミラは見た、間違いない。

 

しかし否定して受け取らないというのならば仕方ない、ミラは黙ってギーシュの机に小瓶を置いた。

 

「おいこれ、もしかしてモンモランシー香水じゃないのか?」

ギーシュの周りに集まっていた一人の男子生徒の言葉だ。

 

そしてその言葉を口火に、他の男子生徒達までもが騒ぎ始めた。

「間違いない!その鮮やかな紫色は、モンモランシーが自分のためだけに調合している香水だぞ!」

 

「そいつがギーシュ、お前のポケットから落ちてきたってことは……お前は今、モンモランシーと付き合っている。そうだな!?」

 

「違う、いいかい…彼女の名誉のために言っておくが…」

そう言い訳するギーシュの前に、一年生の茶色マントを来た女子生徒がやってきた。

 

「ギーシュ様、やはり…ミス・モンモランシーと…」

言い訳する暇もなく、ギーシュの頬に有無も言わさぬ平手打ちが飛び、少女は泣きながら走り去ってしまう。

 

「モンモランシー、誤解だ。彼女とはただ…」

そして今度は話に出ていたモンモランシー本人が現れた。

 

「やっぱり…あの一年生に手を出していたのね?」

モンモランシーは怒りで肩をワナワナと震わせて、ワインをギーシュの頭にぶちまけた。

 

「嘘つき!」

モンモランシーは怒鳴り声をあげてその場を去っていった。

 

これが修羅場というやつだろう。

ミラですら呆気に取られてその場で傍観していた。

そして用のすんだミラはその場を立ち去ろうとするが…

 

「まちたまえ」

ハンカチで顔を拭いているギーシュに止められた。

 

「君が軽率に香水のビンなんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。

どうしてくれるんだね?」

自分の二股を棚に上げた、まったくもって理不尽な言い分だ。相手が貴族ではなければ誰だって不満を漏らすだろう。

もっとも、ミラにはギーシュの言い分が、あまり理解できていなかったのだが…

 

しかし二人の少女と、自分の拾った香水の瓶が関係していることはなんとなく理解できていた。

要するに、自分の拾った瓶が原因で、あの二人の少女との関係が悪化してしまった…ということだろう。

「わかりました、では原因となったこの瓶を捨てます」

ミラが瓶を持って食堂の出口に移動する。

やはりわかっていなかった。ミラの結論は、言わなくてもわかるがまったくの見当違いと言う奴だ。

 

「いや!そういうことじゃなくてーー」

その行動と発言を聞いたギーシュが、必死にミラを止めようと否定するが、ギーシュが言い終わる前に、瓶は猛スピードで外へと投げ飛ばされてしまった。

あのスピードじゃあ瓶はまず割れているだろう。

 

「香水がーっ!!」

ギーシュがショックで項垂れる。

あの香水はモンモランシーが自分のために調合してくれた、ギーシュにとっては大切な物だった。

さっきは知らんぷりを決め込んだものの、ミラからは後で事情を言って返してもらうつもりだった。

それが今目の前で、無残にも台無しにされてしまったのだ。ギーシュの感情はさっきとは比べものにならないほどに怒りで燃えていた。

 

「これで万事解決ですね」

そう笑顔で言い切るミラに、ギーシュの炎は更に勢いを増した。

 

「おい君…見ない顔だがいったいどこの誰なのかな…?」

表情は影がかかってよく見えないが、声の震えと肩の震えで相当怒っていることがうかがえる。

 

「私はヴァリエール家で雇われている、ミラという者です」

ミラはギーシュの問いにお辞儀して答えた。ギーシュの怒りにはまったく気づいてはいない。

 

「そうか…雇われの身ならば…貴族に対する礼儀を知っていると思ったんだけどね…」

 

「まだ新参者なもので……こういう貴族同士の付き合いだとか恋愛だとかにはあまり詳しくは…

私のせいですみません…あぁいうのをその…二股と言うんでしたっけ?それがバレてしまって…あなた様にご迷惑をおかけしてしまあそばれまして…」

 

それを聞いた男子生徒達が大笑いし始めた。

「ははは!そうだぜギーシュ‼︎二股ばれたからってあんまいじめてやんなよ!“二股”‼︎ばれたからっ!お前が悪いんだからよぉ‼︎」

二股を強調する男子生徒達。

 

ギーシュの怒りは爆発寸前だった。

大事な香水を投げ捨てられ、周りからは笑われる始末。

おまけに目の前の、ヴァリエール家の使用人を名乗る男のふざけてるとしか思えない口調だ。

 

対するミラは特に悪気があって言っているわけではなかった。

ただ悪気がなくて発した言葉でも、相手の怒りを逆なですることはある、今みたいにだ。

 

「僕は貴族で…魔法が使えるメイジだ…

それに対して君は…いったい何だ?」

 

「魔法の使えない平民…ってところですかね?」

 

「その通りだ平民‼︎僕は貴族で君は平民だ‼︎

ならば僕は貴族として!君に礼儀を教えてやる‼︎」

風船が割れるように、耐えきれなくなったギーシュの怒りが爆発した。

 

ギーシュは胸に刺した薔薇の杖を抜き、それをミラに向けて叫んだ。

「決闘だ!場所はヴェストリ広場!そこで君に決闘を申し込む‼︎」

 

「決闘…?」

ミラの目つきが変わった。

 

「そうだ決闘だ!逃げるなよ平民」

 

瞬間、ミラの心の中で、何かがザワリと蠢いたのを感じた。

 

決闘…すなわち闘い…その言葉を聞いた瞬間、ミラの態度…雰囲気が一変した。

 

「フハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

突然大声で笑い始めたミラ。

周りの生徒達が気でも狂ったかと騒ぎ始める。

 

「いいだろう…上等だ、フフフ…受けてやるぞ小僧!」

紅の目はギロリと鋭くなって歪み、口角は不気味につり上がる。

その豹変ぶりは、周りの生徒達のザワつきが止まるほどだった。

 

決闘を申し込んだギーシュ本人も、その豹変ぶりには呆気を取られて一瞬動きが停止したが、直ぐに我を取り戻し、「先に行って待っている」と言い残してその場を去っていった。

 

「ちょっとミラ!あんた何勝手に決闘の約束なんかしてるのよ!」

先ほどの騒ぎを聞いていたらしく、ギーシュと入れ違いにルイズが駆け寄ってきた。

ミラの勝手な行動に、随分とご立腹の様子だ。

 

「あんたは私の使い魔でしょ!?私の許可も無しに勝手な行動はーー」

 

「やかましい」

ミラが吐き捨てるように言い放った。

 

「これは私が受けた決闘だ。許可などいらん、私が決める」

ルイズの目の前にはもう、さっきのような礼儀正しい従順な使い魔などいなかった。

今のミラからはあの時の…黒いドラゴンの姿の時のような恐ろしい何かを感じられた。

 

それ以上ルイズは何も言わなかった。というより…何も言うことができなかった。

 

 

「はてさて…メイジというのはどれほどの強さなのか…

楽しみだな…」

真紅に怪しく光る眼球を細め、ミラボレアスは心底楽しそうに、ニヤリと笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

 

 




少し雑でしたかね?どうもうまくいかなかった気がします。

では次回でお会いしましょう。


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運命

いやー、思ったより時間かかりましたね。


朝食を食べ終わり、一日が本格的に始まろうとしている時、ルイズは大いに焦っていた。

理由は自らの使い魔、ミラボレアスことミラと…ギーシュの決闘だ。

 

既にミラはこの場にいない、近くにいたマリコリヌという生徒にヴェストリ広場へ案内させ、決闘に向かったからだ。

 

「どうしよう…このままじゃ…」

オロオロと、動揺をあらわにしてその場に立ち尽くすルイズ。

 

「聞いたわよルイズ。あんたのとこの使用人とギーシュが決闘するんだって?随分面白そうなことになったわね」

既に他の生徒達にもその話は伝わっているのか、どこからか聞きつけたキュルケが興味本位でルイズに話しかけた。

 

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないわよ!」

 

「何をそんなに怒ってんのよ、大丈夫だって、ギーシュだってちゃんと手加減するわよ、死んだりなんかしないって」

キュルケは勘違いをしていた。

ルイズの心配は、ミラが大怪我したり、最悪死んでしまうかもしれないというところにあると。

しかし実際は違う。

 

「逆よ」

ルイズは短く否定した。

 

「逆?」

 

「危ないのはギーシュの方!あいつは私の使用人なんかじゃない!あいつは私の使い魔なの!

あいつの正体はあの、黒いドラゴンなのよ‼︎」

 

キュルケは衝撃が走ったかのように目を見開いた。

「え……それって…本当に…?」

 

「本当よ!」

 

キュルケの顔色が少しだけ青くなる。

「それは…まずいわね…

そっか…だからタバサはこの話を聞いてあんなに…大人しいあの子にしては珍しく…」

 

「?…タバサがどうしたの?」

 

「さっきまで一緒に行動してたんだけど、決闘の話を聞いた瞬間慌てて飛び出して…」

 

「タバサが…?でもそれって、ミラの正体を知ってたってこと?

どうして……私だって昨夜初めて知ったのに…」

 

「さぁ…私だってタバサとずっと一緒にいるわけじゃないし」

キュルケは手を横に軽く振って、首を傾げた。

 

「それより早く向かった方がいいんじゃない?あんたはあれの主人でしょ?」

キュルケがルイズを急かす。

主人であるルイズならば、もしかすればあの黒龍とギーシュの決闘を止めることができるのかもしれない。

キュルケはそう考えたからだ。

 

「そうね…そう!私はあいつの主人なんだから!私が止めずに誰が止めるっていうのよ!」

キュルケに言われ、ルイズは決心したように拳を握り、そう意気込んだ。

 

(そう、私があいつに気脅されてちゃダメなのよ!)

ルイズはついさっきのことを思い出した。

ルイズは恐れていたのだ。従順だった…いや、そう見せかけていたミラの豹変ぶりに…その威圧感に…

だから何も言えなくなっていた。あっさりと折れてしまったのだ。

たがそんなことではダメだ、自分はあの黒龍の…ミラボレアスの主人なのだから。使い魔と主は一心同体…何も恐れることなんてない。それをキュルケの言葉に気づかされるとは…

ルイズはまっすぐキュルケを見つめた。

 

「何よ?」

 

「別に、なんでもない」

ルイズは一言、ほんの一言だけキュルケにお礼を言おうとしたが、犬猿の仲というのもあり…なにより照れ臭かったのでやめた。

 

 

 

ギーシュとミラの決闘の話は瞬く間に広がり、ヴェストリ広場には制止する教師を押し退け生徒達が溢れかえっていた。

毎日変わらない、平凡な毎日(あくまでも貴族にとって)というものに暇を持て余しているのだろう。

 

刺激を求める者…貴族に嬲られる平民を見学に来た者…賭け目的で来た者…よくわからないまま、流れに身を任せて来た者…心配そうに遠くから眺める者……ここにいる者達それぞれが、様々な目的でこの決闘を見に来ていることだろう。

 

そんなバラバラの目的を持つ者達でも、全員が一貫して確信していることがある。

この決闘…メイジであるギーシュの方が圧倒的に勝つ確率が高いということだ。

 

誰もが心の中ではギーシュが勝利すると…そう思っていた。

 

そう…真剣な表情で二人の決闘者を見つめる、青い髪の少女以外は…

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

時は遡って昨夜。

ミラが改めてルイズの使い魔になった時よりほんの少し前。

 

僅かな明かりしかない、暗い庭の中、タバサは何者かと話をしていた。

 

目の前にいるのは彼女の使い魔、風竜のシルフィードだ。

「…韻竜?あの黒い龍が…?」

聞き辛いほど小さな声で、さも当然のように目の前のドラゴンに話しかけるタバサ。ドラゴンに話しかけたところで、答えなど返ってくるのだろうか?

 

「たぶんそうなのね、確証はないけど」

しかしその疑問は、突然聞こえてきた子どもっぽい声によって解消された。

驚いたことに、この風竜…シルフィードは人の言葉を自在に扱うことができるらしい。

 

「…主人のルイズはそのことを全く知らない様子だった」

タバサは言った。

ルイズの後をつけていたりと、彼女の行動をよく観察していたからこそ確信できたことだ。

 

「…なぜあの黒龍は何も喋らない?」

タバサは自分の抱く疑問を、同じドラゴンであるシルフィードにぶつけてみた。

 

「うーん…なんていうか…お姉様は虫と会話したことがある?」

 

シルフィードの突然の問いに、首を傾げながらも答えるタバサ。

「ない」

と言っても、タバサは人とすら会話をすることはあまりないのだが。

 

「そうなのね、虫と会話しようとする人間なんかいないのと同じ。

たぶんあの黒い龍にとって、人間なんてそんな感じなのね」

このシルフィードの話が本当だとすれば、あの黒龍が人間をどう思っているのかがわかる。

 

「人間を虫程度にしか見ていない…」

相手は韻竜(と思われる)だ。韻竜は人間よりも高い能力を持っている。それは彼ら自身も自覚している。

だから大抵の韻竜は人間を見下しているのだ。

 

目の前にいるシルフィードも、最初はタバサのことを見下していて、言うことなど一つも聞かなかった。

ほんの三日前、ある事件がきっかけでようやく認められ、ようやく今の関係に至ったくらいだ

 

「きゅいきゅい!お姉様、あれ!」

タバサがそんなことを考えていると、シルフィードが突然、どこかを差しながら叫んだ。

 

シルフィードの差した方に振り向くと、そこには白いドレスの少女が歩いていた。

見慣れない少女のことも気になったが、タバサはそれ以上に少女の歩く方角が気になった。

 

あの方角は…ルイズの黒龍が寝所にしている場所だ。

 

タバサは少女の後を追ってみることにした。

 

 

 

白いドレスの少女を追って足を進めていると、グチャグチャ…パキパキ…などと気持ちの悪い音が聞こえてきた。

「うぅ…気味が悪いのね…お姉様、本当に行くの?」

 

「静かに」

タバサがビクビクと震えながら話しかけてくるシルフィードを小さな声で制止した。

 

仕方なく黙ったシルフィードだが、本音を言うとこうして何か話してでもいないとどうにかなりそうな気分だった。

だいたいシルフィードも他の使い魔達どうよう、あの黒龍には近づきたくなどなかった。しかし自分の主人がどうしてもと言うものだから、シルフィードは嫌々ながらもおっかなびっくり後に続いていたのだ。

 

進んでいくたびに音が大きくなってゆく、おそらくこの音は黒龍によってもたらされたもの、音が大きいのは近づいている証拠だ。

 

タバサとシルフィードは(シルフィードは隠れるには図体がでかいので、人の姿に変身して)物陰に隠れた。

いよいよ黒龍の前についたからだ。

 

タバサ達よりも先頭を歩いていた白いドレスの少女が、パチンと指を鳴らして黒龍に近づいていく。

驚いたことにあの日、その場にいる者たち全員を畏怖させたあの黒龍に対し、あの白いドレスの少女は一切臆さずに、平然とした顔で近づいたのだ。

 

【ほう…こいつは驚いた、まさかお前が来るとはな】

 

辺りに低い声が響き渡る。

タバサとシルフィードは一瞬周りを見渡した。しかしすぐに今の声があの黒龍によるものだということを理解した。

 

『久しぶりだね』

あいもかわらず笑顔で話しかける白いドレスの少女。

久しぶり…黒龍の口ぶりからもそうだが、まるで以前からの知り合いかのようだ。

 

ふと、彼女の目に黒龍のそばに落ちているある物が写る。

『食事中…?

………これって美味しいの?』

白いドレスの少女が地面に転がるオーク鬼の頭を見ながら尋ねる。

 

【いや不味いな、しかし腹は膨れる】

黒龍がバリボリと、骨まで噛み砕いて答えた。

 

『ふーん…不味いならいいや』

そう言ってオーク鬼から興味を無くす少女、しかし美味しかったらどうするつもりだったのだろうか…

 

【…で、こんなところまでわざわざ、いったい何をしにきたんだ?】

 

『ちょっと風の噂で面白いことを聞いたからね、まさかあなたが人間の使い魔として召喚されるなんて』

 

【耳が早いな、もうそんなことを嗅ぎづけたのか】

 

『ちょうど“こっち側”に来てたから』

 

そんな会話を物陰で盗み聞くタバサとシルフィード。白いドレスの少女が言っていた“こっち側”とはなんなのだろうか?と、思考しながら、もっとよく聞こうと更に近づいてみた。

しかしその瞬間、タバサは四つの紅い目玉がこちらを覗いているのに気がついた。

 

『あなた達…さっきから私の後をつけていた人よね?』

 

【コソコソと隠れて何をしている?

まぁ出てこいよ。なに…とって食いはしない。ちょうど腹も膨れているしな】

 

(最初からバレていたのか…不覚)

と、タバサは自分で自分を心の中で責めながら、シルフィードと共に白いドレスの少女と黒龍の前に姿を現した。

 

「私たちもう食べれちゃうのね、だから嫌だって言ったのね」

 

【食わんと言ってるだろう】

そう言って震えるシルフィードに、表情はわからないが、おそらく呆れたような顔をしているだろう黒龍が言い放った。

 

『あなたのその格好を見るに…ここの人間…ですね?』

この建物内ですれ違った人達の中に、タバサと同じような服装をしている者が多数いたので、白いドレスの少女はそう尋ねた。

 

「そう」

タバサは顔色を変えずに、いつもの様子で短く返した。

見かけは冷静を保っているが、内心はそうもいかない。杖を握り、場合によっては死も覚悟して戦う準備をしていた。

 

『大丈夫、そんなに警戒しないで、あなた達に危害は加えないから』

 

【まぁ…その杖で何かしようと言うのなら、話は別だがな】

 

優しく穏やかに話す少女に、僅かな威圧感を込めて話す黒龍。自分の行動が既に見透かされていることに気づき、タバサは諦めて渋々杖を持つ手を下に下げた。

 

【なんだやめるのか。

私としてはここで一戦交えるのもおもしろそうだったが】

黒龍が若干笑いながらそう言ったようにタバサは感じた。

 

『ところで…あなた達の名前は?』

白いドレスの少女が黒龍の冗談半分で言った言葉を受け流し、依然と変わらない優しい口調で二人の名前を尋ねた。

 

「タバサ」

 

「シルフィード…あっ、本名はイルククゥなのね」

 

『そう、いい名前だね。

私のことは…そうだな…えぇと……そうだ“ルーツ”!私のことはルーツって呼んでね』

ルーツと名乗る少女は笑みを浮かべながらお辞儀した。

 

【自己紹介は済んだか?さっさと本題に入って欲しいんだがな】

三人の横から退屈そうな様子で口を挟む黒龍。

 

『あぁ、そうだね』

少女は今思い出したかのように黒龍の方へと向いた。

本当に忘れていたのだろうか…そして忘れるくらい大したことではないのだろうか…

そんな考えを持っている者がいても、この少女の顔を見ればそんなものは吹き飛ぶだろう。

 

先ほどまで耐えることなく振りまいていた笑顔はサッパリと消え去り、真剣な眼差しでまっすぐ黒龍を見つめていた。

『私がここに来た理由はたった一つ…あなたの答えを聞きに来た』

 

【答え…か】

 

『何について聞くのかは、あなたにもわかるよね?』

 

【あぁ、だいたいな】

そう…黒龍はわかっていた。

自分がこの世界に召喚されて以来、ずっと考えていた事…それに関係することだろう。

いや、関係するどころか、まさにそのことだろう。

 

『あなたは…あの人間の子に仕えるのか、仕えないのか。

あなたがこの世界に召喚されたのが“運命”というのなら…あなたはその“運命”に従うの?それとも抗うの?

その答えを聞かせて欲しい』

 

【仕えない…と言った場合は?】

 

『私と一緒に元の世界に戻ってもらう』

 

【やはりそうきたか…】

 

再び出てきた意味のわからない言葉…“元の世界”?

さっきの“こっち側”という言葉といい、これではまるで…

タバサは先ほどから抱いていた疑問を白いドレスの少女にぶつけた。

「元の世界…ってことは、あなた達は別の世界から来たの?」

まさか…とは頭の中で思いつつの質問だ。

 

『あー…ちょっとお構いなく話しすぎちゃったかな…あんまり人には聞かれたくない話なんだけど…

やっぱり眠ってもらうかしてから話すべきだったかな…』

少し困ったような顔でタバサを見つめる少女。何と言うか…少々抜けた部分もあるのだろうか。

 

『まぁ、すでにいろいろとこっちに流れ込んでいるみたいだし、これくらいいっか』

そう言って黒龍の方に向き直す少女。

結局答えずに誤魔化された気がしたが、彼女の反応と言動から、おそらく自分の考察は真実なのだろうと確信するタバサ。

 

『で…答えは?』

 

少女の二度目の問いに沈黙で答える黒龍。

 

『すぐに決めろとは言わない、後3日は待つ。

それまでに決めておいてね』

まだ答えはでないのかと思い、その場を去ろうとしていた少女の背後から、黒龍の低い声が響いて来た。

 

【いや、余計な配慮だ。

もうとっくに、私の答えは決まっている】

 

少女の動きがピタリと止まった。

そしてそのまま、無言でゆっくりと後ろを振り向いた。

 

タバサも声を出さず、黒龍の言葉に耳をすませた。

ルイズとの仲は良くも悪くもないが、この学院に通っている限り、ルイズとも関わることになるだろう。

つまり…答えによってはこれから先、この黒龍と関わることがあるかもしれないということだ。

少女の言葉を借りるなら、自分の“運命”もここで変化するかもしれない。

 

なんとなく…本当に根拠も確証もない話なのだが…何故かあの龍の存在が、良くか悪くか…自らの果たすべき祈願に大きな影響を及ぼすような…そうな気がしてならなかった。

 

沈黙の中、黒龍はこの場で、その“答え”を述べた。

【なってやろう、その使い魔とやらに】

つまりルイズの使い魔になると…そうはっきりと述べたのだ。

 

『本当にそれでいいの?』

 

【何度も言わせるな。

それにお前と帰ったところで、待ってるのはいつもと変わらん日々だ。こっちの方が楽しめるかもしれないからな】

 

『以外だね…てっきりあなたなら【人間なんぞに使われるか】とでも言うと思ったのに』

それはタバサも思った。実際に主人であるルイズにもまったく従ってはいなかったのだし。

 

【まぁ確かに…少し癪だがそこはなんとかなる。

それに…別に私は人間を過小に見ていたりなどしていない】

タバサは少し驚いた顔で黒龍を見つめた。

そして「話が違う」と言いたげに、その目線をシルフィードへと移した。

シルフィードもタバサと同じような顔をしている。それにシルフィードの言ったことはあくまで推測だ、だからタバサもそれ以上は何のアクションも起こさなかった。

 

【いや、逆に私は人間が好きな方だよ。

弱いくせに向かってくる姿など、実に滑稽だ】

 

「弱い…」

その言葉を聞き、タバサの眉毛のあたりがピクリと動いた。

この黒龍の言っていることが、人間に対する侮辱に聞こえたからだ。

別にタバサには種族がどうのなどという思想は特にない。しかし自分も人間だ。人間という一つの種族の一部なのだ。

それを馬鹿にされるのは、あまり気持ちのいいものではなかった

 

【そう…弱いくせに私を討ちにくるのだ…】

そんなタバサの声が聞こえたのか…黒龍は空を仰ぎ見て、答えるように呟いた。

 

【人間達は私を討ちに来る…そしてその人間達を私が打ちのめす…だがその打ちのめされた同族を見てもなお、人間は私を討ちに来る。

何度も叩きのめしても…何度ふき飛ばしても…何度潰してやっても…人間は諦めずに何度でも、何度でも私に立ち向かってくるのだ】

どこか嬉しそうに話す黒龍の声を聞いている内に、タバサは気づいた。

この黒龍は本当に人間を軽視していない、むしろこの龍の話を聞いていると、何処と無く人間への愛おしさのようなものすら感じられる。

 

【“始まりの龍”よ、お前はハンターと呼ばれる人間を知っているか?】

 

『ハンター…確か私達のような龍や、獣を討伐するために武装した人間達…

うんもちろん、私も何度か戦ったことがある。手強い人間達だった』

 

ハンター…狩人のことだろうか…いや、この少女は「私達のような」と言っている、つまり向こうの世界とやらの人間の職業だろう。だからおそらく、こちらの世界のそれとは少し違うと考えた方がいいだろう。

そんな事を考えながら、タバサは引き続き黒龍の話に耳を傾けた。

 

【私には胸部の辺りに深い切り傷がある、こいつをつけた者がそのハンターとやらだ。

大抵の傷ならば時間が経てば簡単に再生するが、こいつだけはどうも、そうはならないらしい】

黒龍がよく見えるように前足をあげ立ち上がった。

確かにその胸部には深い傷が刻まれている、まるで巨大な剣で切りつけられたような…そんな傷だ。

しかし驚いた、こんな化け物に対して刀で対抗する人間がいるとは…いや、こんな事ができる者を果たして人間と呼べるのだろうか…微妙なところだ。

 

【まったく人間というのは面白い生き物だ。

貧弱な体で私に傷をつけ、身の一部を削り取ってみせた。

特にあの人間…私に今だ癒ぬ傷を残したあの人間…奴はその中でも別格だった…

もう一度戦いたいものだな…】

穏やかな声だった。まるで輝かしい思い出に浸っているかのような、そんな話し方だった。

 

『だったら、なおさら元の世界に未練があるんじゃないの?』

 

そんな少女の問いに一呼吸間を開けて、黒龍はこう答えた。

 

【奴とは三度戦を交えた…

だが…もう奴はいない…】

悲しげな声だった、どこか儚い声だった。

 

【人語を解する猫を人間の街に遣わせて聞いた話だが、奴は十年ほど前に蒸発したらしい】

黒龍は白いドレスの少女をまっすぐ見た。

 

【それ以来人間との戦いに張り合いがなくなった。それに人間共も腑抜けてしまった。

だからもう…未練など無い。】

少女は黒龍の目を見つめる、迷いの無い目だ。心の底から自分の選択を望んでいる目だ。

 

『いいんだね?』

 

【しつこいぞ、そう言ったろう。

それにお前は昔、こんな事を話していたな?本気でかかったお前に相打った人間がいると、そしてその人間というのが、この世界にいるメイジとやらだと】

 

『確かにしたね、そんな話…憶えてたのか』

 

【フフフ…実に面白そうじゃないか、メイジ…是非とも戦ってみたいものだ】

黒龍はさっきとは打って変わって、楽しそうに言った。

 

【願わくばあの男…あの人間のように強く勇ましい人間がいることを祈るが】

 

『まぁ過度な期待はしないように』

そう言って少女はタバサの方を向いた。

 

『そういうわけだからあなた達、これからこの子をよろしくね』

再び最初と同様の、輝くような笑顔を浮かべる白いドレスの少女。

 

「・・・・・」

タバサとシルフィードは無言で応えた。

というより、あの黒龍を“この子”と呼ぶ少女に対し唖然としていた。

 

【始まりの龍よ、思ったのだがお前、最初から私がこう選択するとわかっていたな?】

 

『さぁどうかな』

 

【フン…食えんやつよ、お前が私の性格を知らぬわけがない】

 

少女は答えなかった。ただフフフッと笑っただけだ。

 

『そうだ、使い魔になるんなら言葉使いはちゃんとしないとね。

……そう言えばあなた、人の姿にはちゃんとなれるの?』

 

【あぁ、問題無い】

黒龍がそう言った瞬間、突然その体が光り始めた。

 

「これでいいだろう?」

気づけば黒龍のいた場所に一人の男が立っていた。

全身を黒龍の鱗のような黒い衣服に身を包んだ、真紅の目の男だ。

 

これに関してはタバサとシルフィードにもあまり驚きはない、元々この黒龍は韻龍だと推測していたからだ。

実際に人の言葉も話していた、だからシルフィードのように人の姿に化けてもおかしくはない。

 

『うんうん、人の姿になれるのは便利だからね。

でもこれに関してはシルフィードって子の方が上手かな』

 

「でも私の場合はいちいち服を着なきゃいけないから、そっちの方が便利そうなのね」

シルフィードが褒められて少し嬉しかったのか、照れながら言った。

しかし確かにシルフィードの言い分にも一理ある、シルフィードが人間に変身した場合、服までは作り出せず、裸のままになる。なのでいちいち服を着なければならない。

しかしこの黒龍の場合は最初から服が装備されている、だからその分手間がかからないのだ。

 

『だからこそだよ』

少女はそれだけしか答えなかった。

結局明確な答えは返ってこなかったが、その話を聞いていたタバサには、なんとなくだがその意味が理解できた。

 

「目てくれはできてるんだ、細かいことを言うんじゃない」

黒龍がほんの少し顔をしかめて言った。

 

『ダメだよそんな話し方じゃ。人間の貴族の使い魔になるんだったらちゃんとした話方じゃないと』

 

「わざわざそこまでするか…」

 

『文句言わない。ほら、私が人間に話しかける時のような口調で』

明らかに嫌そうな顔を向ける黒龍を押し切り、少女は黒龍に敬語で話すように促した。

 

「……わかりました」

逆らってもどうにもならなそうなので、いやいやながら言われた通り敬語を使うことにした黒龍。

しかし今までとは違う口調だ、絶対に話している途中で変になったりもするだろう、しかしそこはいつか慣れる、そう自分に言い聞かせる黒龍だった。

 

『よろしい。

…そろそろあなたの主人である………えーと…名前は…』

 

「ルイズ」

名前を聞くのを忘れていたのか、ルイズの名前が思い浮かばないので視線を送った少女に対し、タバサが答えた。

 

『あぁ、ありがとう。

そう、ルイズ…彼女もそろそろあなたのことを探してるんじゃないかな?』

 

「そうかもな、ここ一週間はしつこいほど私を追い回していたからな」

 

『あなたは彼女の元に行きなさい。私もそろそろこの場所を去る。

あ、その後ちゃんとまた会いに来てね。あなたに今日中に、人との接し方を教えないといけないから』

 

「今日中…だと…!?まて、それじゃあ寝る時間は…」

 

『返事は?』

 

「………はい」

今日、昼間は一睡もしていない黒龍にとって、夜をずっとレッスンに使うことはきついことだった。

しかしなぜかこの黒龍は白いドレスの少女には逆らえないらしく、本当に渋々だが承諾した。

 

少女はニッコリと笑って一同を見渡す。

『それじゃあ、私はこれで、暫しの別れということで』

そう言って少女は再び指をパチンと鳴らした。

そして眩いばかりの白光に包まれた体で宙を歩き、そのまま暗闇の中へと登って行った。

 

「これからあなたは?」

タバサが空へと登る美しい白光に目を奪われながら、隣に立つ黒龍に尋ねた。

 

「私か?とりあえず主の元へと行くことにしよう。

その後はまぁ…私の求めるものをゆっくり探すとしようか」

黒龍が紅の目を輝かせてニヤリと笑った。

 

タバサとシルフィードは、ただその地面に立ち尽くし、空を舞う白龍と…地に佇む黒龍を、その両の目でしかと焼き付けていた。

 

 

 

 

 

トリステイン魔法学院の上空。

そこはまだ学院の領空内、少女はその領内のギリギリの場所で静止していた。

そして周りには誰もいないが、“少女の姿を覗いている何者か”に対して、白いドレスの少女はニッコリと笑みを浮かべながらこう言った。

 

『これから大変なことが起こると思います。

何もできないことへの謝罪と、この言葉だけは私から送らせてください』

 

少女はゆっくりと息を吸い…こう言った。

 

『幸運を』

 

 

 

余談だが、この時の白いドレスの少女の纏っていた白い光が、とある少女に前へと進む希望を与えていたことは、光りを携えていた本人も知らないことである。

 

 




ミラボレアスとギーシュの決闘は次回です。
楽しみにしてくれていた人はすみません。


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青銅の意地

かなり時間がかかりましたが、今回は何と15000字以上!
今までの平均がだいたい4000字だったので、いつもの四倍近くはあるというわけです。
存分に楽しんでいってください。





空は晴天、暖かな日差しが振り落ちるヴェストリ広場で、ミラボレアスの心は高揚していた。

 

ここで今行われているのは決闘。

一方はギーシュ・ド・グラモン。ここトリステイン魔法学院におく“青銅”の名を持つ土のドットメイジ。

この決闘を申し立てた本人である。

 

対するは平民の使用人、ミラボレアス。

多くの者達からはただの平民と思われているが、その実態はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの召喚した黒龍そのもの。

戦おうと思ったものなど皆無のため、その実力は未知である。

 

「決闘なんてすぐにやめなさい」

ミラボレアスの主人であるルイズが牽制に入った。この決闘は主の意図に逆らうものなのだ。

 

「しつこいぞ、これは私の決闘だ。部外者に口を挟まれるいわれはない。

例えそれが主でも然りだ」

依然として拒否を続けるミラ。興奮でギラギラと燃えるように光る目には、ルイズの姿すら写っていない。

 

「それに周りの者達もこの決闘を待ち望んでいるのでな、決闘相手だって黙ってないだろう。

何より私自身がこの決闘を求めている」

と、そう気味の悪い笑みを浮かべながら話すミラに、ギーシュも割り込んで続けた。

 

「その通りだルイズ。今更決闘をやめるなんて僕が許さない。

彼は平民のくせに貴族である僕に対し無礼を働いた。だが安心したまえ、今この場で謝るのなら許してやらないこともない」

 

「無用だ、是非ともこのまま続けて欲しいと思っているくらいだよ私は」

そんなギーシュの言葉を、ミラは鼻で笑って一蹴した。

 

「つくづく無礼なやつだな君は…

まぁいい、感謝するんだねゼロのルイズ。躾が行き届いていない君の代わりに、僕が教育しておいてあげるよ」

ギーシュは薔薇の杖を取り出し腕を大きく振り、決めポーズと言わんばかりにそれをルイズとミラに向けた。

 

「・・・・・」

それに対しルイズは何も言わなかった。

ただギュッと握りしめられた拳を、怒りでワナワナと震わせるだけだった。

 

(ゼロ…!せっかく助けてあげようと思ったのに…

もういいわ…)

ルイズは冷たい目をギーシュに向け、そのまま黙って観衆の元へと下がった。

その顔は真っ赤に熱を持っている。調子に乗ったギーシュを、ルイズは見放したのだ。

 

「ちょっと、止めなくていいの!?」

 

「いいのよ」

キュルケが口を挟むも、ルイズは冷たく吐き捨てるだけだ。

 

ギーシュの身を守るために行ったルイズの静止を、ギーシュは「ゼロ」という彼女への蔑称により裏切った。

敵の真実も知らなければルイズの考えなど、もちろんギーシュにはわからない。怒りで感情の高ぶる彼のこの発言は、当然とは言いたくないが、彼がプライドの高い貴族ということを考慮すれば仕方のない事なのかもしれない。

 

しかしそれを言われた本人である、ルイズが仕方のないなどと言えるだろうか?

答えは否、そんな事は第三者だからこそ言えることだ。

ルイズにはもう、そこまでしてこの決闘を止める気など無くなった。

 

あれでも自分の使い魔だ。ギーシュを殺したりはしないだろう。

怪我はするだろうが、この学院の優秀なメイジに治してもらえばいい。少しは痛い目にあえばいい…と、ルイズは心の中で思った。

 

「さてと、君の主も引き下がってくれたようだし、早速決闘を始めようじゃないか。

当然ながらメイジである僕は魔法を使わせてもらう、文句はないだろう?」

 

「あぁ、そうこなくては面白くないからな」

 

「ふん…そんな口がいつまで叩けるかな…」

ギーシュは杖を空に掲げた。

それが何を意味するのかは、この場にいる全員が何と無くだが直感で理解できた。

この杖が振り下ろされた瞬間が、決闘の始まりだ。

 

そして今、杖が振り下ろされた。

 

同時にギーシュの薔薇の杖から、一枚の花びらが地面に舞い散る。

そこから生み出されたのは、青銅で作られた女性用の鎧だ。

 

「ほう…何もない場所から突然…これがメイジの魔法というやつか…」

素直に感心したようなミラの声だ。

 

しかし一体…あの鎧の様な物で何をするつもりなのだろうか?

ミラは自分がこれまでに戦ってきた人間達を思い出す。

確かそれぞれが鎧に身を包み、その手に持つ武器を使って戦っていた筈だ。

ならばギーシュは、自分が作ったあの青銅の鎧を身に纏って戦うつもりなのか?

 

そう思い迂闊に近づいたのが間違いだ。

近づいた次の瞬間、青銅の鎧が突然動きだし、強烈なパンチを繰り出してきたのだ。

不意をつかれたミラの腹に、そのパンチが勢い良く突き刺さる。

 

ギーシュの攻撃がもろに当たり、周りから歓声が上がった。

 

「言い忘れていたが、僕の二つ名は“青銅”でね、従って君の相手は青銅のゴーレム、『ワルキューレ』が相手をするよ」

ギーシュは自慢気に杖を弄びながら、どうだと言わんばかりの顔でミラを見た。

自分が圧倒的有利に立っている、だからこその余裕を持った表情だ。

 

対するミラはほんの少し眉根を寄せ、攻撃が直撃した腹を片手で抑えていた。

その仕草が、観衆やギーシュから見れば攻撃を受けて辛そうにしていると思われているのだが、実の所大したダメージなど受けていなかった。その口からも「やはり人間の姿では戦いにくいな…」としか出ておらず、今の攻撃によるダメージや痛みなど一切口にしていない。

 

「まぁ、少し試しながら戦えばいい話だ」

ミラはニヤリと笑って、腕をコキリと鳴らした。

 

「まだ戦うのかい?さっさと降参して謝ればいいものを…」

 

「心配には及ばない、まだまだやれるさ」

 

「そうかい…なら遠慮なく仕掛けさせてもらうよ!」

ギーシュの振る薔薇の杖に従い、ワルキューレが再び攻撃を仕掛けた。

 

ワルキューレの青銅の拳は重い、人にぶつければ簡単に悶絶させるほどだろう。

何よりワルキューレには感情も痛みもない、だから主の命令があれば何度でも、何の躊躇もなく拳を振るうことができる。

 

ギーシュの杖が何度も空を切る、一撃、ニ撃、三撃と、何度もその拳はミラへと叩き込まれた。

「早く降参したまえ!でないと君の体がもたないぞ!」

 

ギーシュが叫ぶが、返ってきたのは嘲笑うかの様な笑みだけだ。

 

「そうか…」

ワルキューレが大きく拳を振りかぶった。

ギーシュは冷徹な目で、杖をミラに突きつける。

 

「決闘には怪我くらいつきものだ、文句はないだろう?」

今日一番、さっきよりも更に勢いのある拳がミラに襲いかかる。

並の人間ならば一撃でKOされるレベルの打撃だ。

 

ただ…

 

「何っ!?」

ギーシュは驚愕した。いやギーシュだけではない、その場にいる真実を知らない者達全員だった。

 

確かに青銅の体は頑丈かもしれない、しかし所詮は青銅…

鋼よりも硬いミラボレアスの強度に勝てるわけもなく、その拳は意図もたやすく片手で防がれた。

「なるほど…まぁやはり少し劣るが、そこそこだな」

ミラはそのまま万力の力でワルキューレの拳を握り潰し、左足でワルキューレを蹴り飛ばした。

 

ギーシュは呆然とした表情で後ろに倒れるワルキューレを眺めた。

あり得ないことだ、ゴーレムであるワルキューレの体重がどれだけあると思う?それを蹴り飛ばす…ましてや握り潰すなど…できるわけがない。

ふと我に帰ったギーシュは、ワルキューレがまだ動くことを確認して、ミラを見た。

 

「正直驚いたよ、まさか君がここまで馬鹿力だったとは…」

ギーシュの表情がいっそうに険しくなった。

 

「だが今度は、そうはいかない!」

ギーシュの薔薇の花びらがワルキューレの腕を包んだ。

すると、さっき破壊された部分が修復され、その手には槍が握られていた。

 

その槍を見た観衆がザワザワとざわめく。

武器まで使い始めた、それだけギーシュも本気なのだ。

 

「武器…か…いいぞ!やはり人間は武器を使ってこそだ!」

ミラボレアスには、槍を構えるワルキューレの姿が、元の世界で戦ったハンター達の姿と重なって見えた。

ミラボレアスのテンションは更にヒートアップしてゆく。

 

その心情に反応したのか、ミラボレアスの左手のルーンが突然輝き始めた。

「何だ?」

 

瞬間、ミラボレアスの頭に電流が走った。

 

これがこのルーンの力なのか……技が、技術が、ミラボレアスの頭の中に流れ込んできた。

そしてルーンの輝きの趣くまま、ミラボレアスは左手を掲げた。

 

左手に刻まれたルーンの名は…『ガンダールヴ』。

 

その左手に現れたのは、一振りの黒い短刀。

その右手に現れたのは、頑強な黒い盾。

 

古龍の先住魔法とガンダールヴ…二つの力が黒い騎士を生んだのだ。

「ほう…これは面白い…」

ミラボレアスは興味深げに現れた盾と剣を眺めた。

 

同時に思い出すは、ハンターとの戦い。ミラボレアスはこの盾と短刀に見憶えがあった。

ミラボレアスの黒い鱗には…その強度には秘密がある。それはハンターとの戦いで勝ち取った武具に関係する。

 

ミラボレアスは倒したハンターの防具や武器を住処に持ち帰り、己の炎によって溶岩の様に溶かすのだ。

その溶けた武具を、自らの鱗と同化させ、屈強な鎧を作り上げている。

 

そう、今ミラボレアスの手にしている武器は、その方法によって我が身の一部にした数多の武具の一つなのだ。

 

「何だその剣は!?どこから出した!?」

 

「さぁな…これについては私自信もよくわからん」

そう、ミラ自信もよくはわかっていない。ルーンによって突然舞い降りた知識だからだ。

ミラは一瞬だけ手に持っている短刀を見つめ、すぐに視線をギーシュに戻した。

 

「ただ何と無くだがわかることもある。

それはこれの出し方と、これの扱い方だ」

ミラはダッシュした。左手に持つ短刀を握りワルキューレに切りかかった。

そう、ミラにはわかるのだ。人間の道具だが、自分は今までに一度も使っていないが、使い方が頭の中に入ってくる。

 

ミラの斬撃は、ワルキューレの肩の部分を切り落とした。

ミラはドラゴンだ、当然剣など一度も扱ったことのない、ド素人と言ってもいい。普通、素人にこんな芸当などできるわけもない、青銅どころか、りんご一個切り落とすことだってできないだろう。

ガンダールヴの力は剣を操れるようになるだけではなく、その使い手を達人レベルにまで引き上げるようだ。

 

「くっ」

ギーシュは負けじと杖を振った。

指示を与えられたワルキューレはミラの横に回り込み、槍を突く。

 

槍がこちらに向けて飛んできた。それを見た瞬間、ミラは反射的に、まるで操られているかのように素早く盾で槍による打突を防いだ。

そしてそのまま、流れるような動きで剣を振った。

 

横一文字に振られた短刀は、ワルキューレの胴体を捉え、真っ二つに切断した。

 

「武器を持って相手を切るか…この私がまるで、人間のような戦い方だな」

ミラはフッと笑い、地面に転がるワルキューレを眺めた。

 

「………っ」

対するギーシュは大いに動揺している。

まさか決闘を挑んだ敵が、ただの平民だと思っていた敵が、これほどにまで強かったとは。

 

だが自分はまだ全力を出していない、そのことがまだ、ギーシュに僅かながら余裕を与えていた。

 

「お互い肩慣らしはこれくらいにしようじゃないか、青銅のメイジよ。

さぁ、次は何をしてくれる?何を見せてくれる?そろそろ本気で来いよ」

ミラは笑みを浮かべなから、盾を持っている方の手でクイクイと、挑発するように手招きした。

 

「そうだね、ではご希望に答えて、本気で行かせてもらうとしよう」

ギーシュは薔薇の杖を大きく振った。

杖先から複数枚の薔薇の花びら飛び散り、やがてそれが地面に舞い落ち、七体のワルキューレを作り上げた。

 

「今度は七体だ。七体のワルキューレが相手になる。

あぁ気をつけたまえ、もちろんワルキューレ全員に武器を持たせてある」

正面にワルキューレ達を並べて自慢気に語るギーシュ。

さっきの七倍の戦力だ、目の前にいるミラは驚かない筈がない。

そして今後悔している筈だ。恐れ多くも貴族に無礼を働き、絶対に勝てない決闘を受けてしまったことに。

やっとあの、薄気味悪い笑みを浮かべて、生意気な口ばかりたたく平民を黙らせることができた。

そう思ってチラリとミラを見たギーシュだったが、その顔を見た瞬間、体が硬直した。

 

どんな顔をしていたか。

依然と変わらず笑みを浮かべていた…?

いや違う。

 

冷めていた。

その顔は酷くガッカリとしたように、呆れ果てていたのだ。

 

「聞こえなかったのか?私は本気で来いと言ったんだ。

まさかとは思うが…その程度で全力ということはないだろう?」

 

「「その程度」…とはよく言ったものだ。

さっきの七倍もの戦力だぞ?さっきだって苦戦したくせに、少し武芸に富んだ程度でこの七体のワルキューレを突破できるとでも?」

自分の全力の魔法を馬鹿にされてイラつきを見せたギーシュは食ってかかるように言い返した。

 

対するミラはわざとらしく大きなため息を吐いた。

その反応が更にギーシュをイラつかせる。

 

「逆に聞くがお前、本気で…私が全力で戦っていたと思っているのか?」

冷たく光る赤い瞳がギーシュの姿を写した。

ギーシュはその目に、口では言い表せない恐怖を感じた。

 

「ガッカリだよ、お前には。

大口を叩くからどれほどのものかと思えば…そんな人形が七体揃ったところで、烏合の衆にもなりやしない」

そう言ってミラは後ろを向いた。

 

「やめだ。

こんな決闘を続けても暇つぶしにすらならん」

心底つまらなそうに、ギーシュに背を向けたまま、ミラは何処かへ去ろうとした。

 

「まて!」

しかし当然、ギーシュがそんなことを許すわけがない。

自分は貴族なのだ。決闘において、魔法すらろく使えない平民に、自らの誇る二つ名である青銅の魔法を侮辱されたのだ。我慢などできるわけもない。

 

ギーシュは背中に、何故か走る奇妙な悪寒を払いのけ、ミラを挑発した。

「暇つぶしにもならないだと?誤魔化すならもっとましな誤魔化し方を考えろ!

本当は自信がないだけなんだろ!?これだけの数を相手に…僕の魔法に勝てる気がしないだけなんだろ!」

 

しかしミラには何の反応も見られない。ギーシュの挑発に対しても、ほんの僅かな怒りすら抱いていなかった。

ただただ、依然として変わらない冷めたい視線をギーシュに向け、大きな溜息を吐くだけだった。

 

そしてその態度は、ギーシュのプライドを更に刺激することとなった。

 

「いいだろう…」

我慢の限界が来た。

今のギーシュにはもう、目の前の生意気な平民を潰すことしか頭になかった。

 

「そこまで言うのなら、僕の魔法を…!7体のワルキューレの猛攻を!その身を持って受けてみるがいい‼︎」

ギーシュは怒りのままに、槍を携えた7体のワルキューレでミラに襲いかかった。

 

7体のワルキューレはガシャガシャと激しい音をたて、ギーシュの怒りを体現するかのように、荒々しく槍をミラに突き立てる。

 

ワルキューレとミラの距離は、後僅か数サント…次の瞬間、このヴェストリ広場にボロボロになって崩れ落ちる平民の姿が現れるだろう。

 

……そう確信していた者達には、何が起こったかなど、まったくわからなかった。

もちろん、ギーシュも含めてだ。

 

 

突然、目の前が紅に染まった。

そしてその直後に、肌に強烈な熱が襲いかかった。

 

この現象を理解するのに、一体どれだけの時間がかかったか…いや、現実的にはほんの数秒ほどのことだろうが、感覚的にはその数十倍の時間が経過したように感じた。

 

……炎だ。目の前が紅蓮の炎に覆われている。

ギーシュはその炎を目の前に、ただただ呆然としていた。

何が起きたのかわからない、炎の熱など感じないほどに気が動転していた。

膝から地面に崩れ落ち、杖を落としたまま炎を眺めていた。

 

「何だ…これは…」

ギーシュは自然と漏れ出た自分の声で正気を取り戻した。

同時に襲ってくるのは、炎から発せられる高熱。それがギーシュの肌にヒリヒリと突き刺さった。

 

不思議なことに、炎の熱で熱いはずなのだが、内面…体の芯はつららを突っ込まれたかのように冷たく凍えていた。

 

身震いがするほどの冷えの正体は…恐怖。

ギーシュの視線は目の前の黒い影に釘つけになっていた。

 

「やはりこんなものか…つまらん」

ミラは炎の反射で更に紅く光る目で、炎に焼き尽くされドロドロに溶けたワルキューレを眺めた後、見下すような視線をギーシュに向けた。

 

「・・・・・」

ギーシュはもう何も言わなかった。と言うより、何も言うことができなかった。

ギーシュの目には、さっきまで見下していた筈の平民が、途方もない遥か怪物に見えていたのだ。

 

「始めは、お前が私をただの平民だと思って侮っているから、しょぼい魔法しか使ってこないのだと思っていたが…どうやらそうではなかったらしいな」

ミラボレアスがギーシュに話しかけるが、ギーシュの耳には届いていない。

必死に目の前にいる、炎を纏った化け物から逃げるために足をバタつかせているからだ。

 

「・・・・・」

ミラボレアスもこのままでは話が進まないと思い、腕を横に振って炎を消し去った。

 

炎が消えたことで焼け焦げた地面や、ワルキューレの残骸やほんのりとした肌寒さがその場に残った。

 

急激な温度の低下により、ギーシュの精神にもほんの少しだけ冷静さが取り戻された。

しかしミラボレアスに対する恐怖はまだまだ残っている。

 

「そんなに怖がるな…何もしやしないさ」

ミラボレアスが優しげな口調でギーシュに語りかけた。

 

「もっとも…これは決闘だ。

だからこれ以上お前が応戦すると言うのなら…その身は保証できんがな」

 

「その通りよギーシュ。もうやめておきなさい」

ミラボレアスの言葉に続き、ルイズが広場の中心へと進み出た。

見捨てようとも思ったが、やはり完全には見捨てることはできず、戦いの差中も杖だけはしっかりとその手に握られていた。

それが彼女の表には出さない優しい所なのだろう。

 

「……ルイズ…一つ聞きたいことがある…」

ギーシュは未だ尻餅をつきながら、ルイズに自分が抱いている疑問を問いた。

 

「僕が今決闘している相手…こいつは一体…何なんだ…?」

何故“誰”ではなく、“何”と尋ねたのかは自分でもわからなかったが、おそらくルイズに聞けば何かがわかるはずだ。

そしてルイズの口から出てきた言葉は、自分の想像していたものよりも更に衝撃的なものだった。

 

「…こいつは私の家の…ヴァリエール家の使用人なんかじゃ断じて無いわ…

こいつは私の使い魔よ!こいつの正体は、あの日私が召喚した黒龍なのよ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、見物人達とギーシュの心が大きくざわついた。

ルイズの召喚した黒龍の話はここにいる全員が知っている。中には目の前で直に見たり、召喚した現場を目撃した者達だってもちろんいるだろう。

そしてその全ての者達が、その生物の危険性について直感していた。

 

ほとんどの者達が一斉に顔を青くし、その場から大きく後ろに下がった。

 

注目の的になっている本人であるミラボレアスは何も言わなかった。

ただ残念そうに…少し悲しげな表情で周りを眺めるだけであった。

 

一方、目の前のにいるのが、そんな危険な存在だったと知ったギーシュは大いに震えていた。

今まで、闘いの差中ででも疑問に思っていた僅かな恐怖が、確信的で大きなものに変わった瞬間だ。

 

敵はあの龍…あの時ルイズが召喚した恐ろしい龍。

あの時は自分もその現場にいた。あの時感じていたものは勘違いとかでも、考え過ぎだとかでも断じて無い。

紛うことなき現実だ。

実際についさっき、トライアングルクラスの炎でワルキューレを焼き払ってみせた。

 

勝てるわけが無い。あんな化け物に。

 

さっきルイズが「もうやめておきなさい」と言っていた。

言われるまでもない、こんな闘い…負けるとわかっている闘いなど、続けていても意味がない。

相手はこれ以上応戦しなければ何もしないと言っているんだ、従おう。

そうだ、こちらから何もしなければこのまま無事に帰ることができる。

 

そんなことを考えながら、ギーシュはふと後ろを向いた。

後ろを向いたギーシュの視線に、ある人物が写った。

 

その人物と言うのが…他でもない、この決闘の原因とも言える人物であり、ギーシュの思い人である、モンモランシーだ。

ミラボレアスを恐れて後ろへ下がった観衆に逆らい、一人残ってギーシュを心配そうな眼差しで見つめていた。

 

実の所、ギーシュが本当に一番に愛していたのは、このモンモランシーだ。

つい魔が差してしまい、かわいい一年生の後輩に手を出してしまったが、ギーシュはモンモランシーのことをいつも一番と心に思っていた。

ミラに対する怒りだって、二股をバラされたことよりも、モンモランシーの香水を割られたことの方がずっと大きい。

 

ギーシュは思った。そんな大切に思っている女性の見ている前で、自分は何をしているのだろう?…と。

相手はただの平民だと思って、息を巻いて決闘を挑み、相手の本当の実力を目の当たりにした瞬間、情けなく相手に首部を垂れる。

そんな自分の姿を見て、一体彼女はどう思っているのだろうか…

いや、彼女のあの表情を見る限り、おそらくは自分のことを本気で心配してくれている。

このまま戻っても彼女は喜んで迎えてくれるかもしれない、二股のことも有耶無耶にできるかもしれない。

 

だが…本当にそれでいいのか?

愛している女性の前で…誇り高き貴族である自分が…本当にそんなことでいいのか?

 

いや…いいわけがない!

 

ギーシュは自らの尊敬する人物である、父の言葉を思い出した。

「命を惜しむな、名を惜しめ」

この言葉の先にあるものこそが、ギーシュの求めている、理想の貴族像だ。

 

そうだ!

敗色濃い難敵にも!全身全霊をもって戦い抜く!

それが自らの掲げる理想の騎士道であり、なるべき貴族だ!

 

ギーシュはガクガクと笑う膝を押し殺し、震えながらも、しっかりとその足で地面に立ち、精一杯の威勢を絞り出し、杖を構えてミラボレアスにこう言い放った。

「舐めるなよ化け物‼︎僕はグラモンの血を引く、青銅の名を与えられしメイジ!ギーシュ・ド・グラモンだ‼︎

その血と名にかけて!全力で貴様と闘ってやる!!!」

 

ギーシュの目はメラメラと燃えていた。

もうさっきまでの貧弱な自分ではない。自らの目指すべき貴族の姿に、確実に近づいている!

その確固たる自信が、ギーシュに化け物と闘う勇気を与えていた。

 

そんなギーシュの決意の言葉に場にいる全員が驚いた。

中には感動を覚えるものもいる、中には「正気か?」と言う声も聞こえてくる。

モンモランシーも悲痛な顔で「やめてギーシュ‼︎」と叫んでいる。

 

それでもギーシュは一切迷わずに、まっすぐミラボレアスを見つめた。

 

「力の差は明らかだ、勝ち目など無い、それでも私に挑んでくると言うのか?」

ミラボレアスがギーシュに問いた。どことなく、少し嬉しそうに見える。

 

「それがどうした!力の差が何だ‼︎ただ立場が逆転しただけだ‼︎

…僕は、君の言うとおり…君がただの平民だと思って油断していた…

でも実際は逆だった。弱者は僕で、強者は君だった…それは認める…

だが!僕は逃げない!それは僕が、誇り高き貴族だからだ‼︎

あぁ!闘ってやるさ!来いよ化け物‼︎せめて一矢報いてやる‼︎」

 

それは揺るぎ無い目だった。

覚悟を決めた人間の目だった。

 

ミラボレアスはこの目を何度も見たことがある。そうだ、この目はハンター達と同じ、強い人間の目だ。

 

「その目を待っていた…」

ミラボレアスは大いに笑った。

 

十数年…自らの生きてきた時間と比べれば大したことは無いかもしれないが、なぜかとても懐かしく思えた。

 

久しく見なかった強い目だ。

ミラボレアスは愛しそうにギーシュを眺めてこう言った。

 

「よく言った!ギーシュ・ド・グラモン!見直したぞ!

…フフフ…さっきの言葉は撤回しよう。

そして決闘のルールを変えようじゃないか」

ミラボレアスは溢れ出る喜びの感情を抑えながら、ギーシュに自分の提案を突きつけた。

 

「たった一度、かすり傷でもいい、一度でも私に傷を付けることができればお前の勝利だ。

いいか?これは決してお前を侮っているからとかでは断じて無い。

お前も認める通り、私とお前の力の差は明白だ。これくらいしなければ決闘とは呼べない。

…もとよりお前も勝てはしなくとも、一矢報いるくらいはしてくれるつもりなのだろう?」

 

一見、相手を馬鹿にした提案だと思うかもしれない。

しかしギーシュにはわかっていた。

さっきまで自分と闘うことすら嫌っていた相手が、本気で自分を認めていることに。

 

むしろギーシュには喜ばしいことだった。

 

「いいだろう、それで受ける!」

ギーシュは快くそれを承知した。

 

「ギーシュ!」

声の正体はモンモランシーだ。

彼女は慌ててギーシュの元へと駆け寄った。

 

「お願いやめて!あなたに勝てるわけない!」

モンモランシーがギーシュの前に立ちふさがり、必死に決闘を辞めるように懇願した。

その目には涙が浮かんでいる。

 

「モンモランシー…それはできないよ」

ギーシュが優しい口調で首を振った。

 

「どうして!?このまま続けたらあなたがーー」

 

「そう言えばモンモランシー…情けない話、君から貰った香水を割ってしまってね…もし今持っているのなら…よかったら、その…今僕に一つだけ譲ってくれないか?」

ギーシュがモンモランシーの言葉を遮ってそう言った。

 

「香水なんて今はどうでもいいじゃない‼︎そんなの後で何個だって作ってあげるわよ‼︎

だからお願い…!手遅れになる前に…負けを認めてよ!」

モンモランシーは心の底から叫んだ。

ギーシュが彼女を思っている通り、彼女もギーシュのことを思っているのだ。

 

ギーシュは、自分が彼女にこれだけ心配されていることに素直に喜びを感じていた。

だけど彼女の願いには、どうしても応えることはできそうにない。

 

ギーシュはモンモランシーの言葉を聞いてもただ、「すまない、モンモランシー」と笑いかけるだけだった。

 

そのギーシュの顔を見て、モンモランシーは諦めた。

ギーシュの覚悟を優先したのだ。

 

モンモランシーはギーシュの手に自分が使っていた香水を握らせ…

「絶対無事で帰ってきて」とだけ言い残し、元の場所に戻った。

 

「ありがとう、モンモランシー」

ギーシュは大事そうに香水の小瓶を胸に握り、一言モンモランシーにお礼を告げた。

 

「さぁ、始めよう」

ギーシュがまっすぐミラボレアスを見てそういった。

 

「あぁ、そうだな。

…今なら楽しめそうだ」

ミラボレアスはニヤリと笑って、片手に剣を出現させてギーシュに切りかかった。

 

ギーシュも同時に動いた。

杖先から舞い落ちた一枚の花びらから、一体のワルキューレが瞬時に作り出された。

 

(早い‼︎)

ミラボレアスは驚いた。

ワルキューレを作る早さだけではない、ワルキューレの強度、動きのキレ、その速度、全てにおいて先ほどよりも格段に上がっている。

 

「やはり人間は面白い」

ギーシュの確かな成長に、ミラボレアスは嬉しそうに呟いた。

 

しかしそれでも、ワルキューレはミラボレアスの圧倒的な戦闘力とガンダールヴの力の前には歯が立たず、やはり容易く破壊されてしまった。

 

(やっぱり、正面から挑んでも勝ち目はないか!)

そう確信したギーシュが一歩後ろへ下がり、錬金により地面から多量の土煙を発生させた。

 

(視覚を奪ったか…無駄なことを…私は人間ではなく龍だ。

これ位、目が見えなくとも臭いで位置は特定できる)

そう思い嗅覚を研ぎ澄ませるミラボレアス。

しかし至る所から漂うある臭いが原因で、ギーシュの位置が特定できなくなった。

 

「!?」

困惑するミラボレアスの背後からワルキューレと瓦礫が襲いかかった。

 

「チィッ!」

ミラボレアスは瞬時に背後を振り向き、ワルキューレを切り倒し、飛んできた瓦礫を盾で防いだ。

 

「僕の魔法はワルキューレだけじゃない!

ワルキューレと、錬成により無限に生み出されるこの瓦礫による二段構えの攻め、加えてこの視界だ。攻撃を避けるのは困難だろう?」

ギーシュの声が濃い煙の中から聞こえてきた。

 

「確かにな…私とて見えない場所からの攻撃は驚きもする、たがそんなことよりも驚くべきことは、お前の臭いがまったく無いことだ。

いや…無いと言うよりは紛れてよくわからないと言うべきか」

 

「君の正体がドラゴンだと聞いた時点で、嗅覚が優れていることは想定できたさ。

…モンモランシーには感謝しないといけないな」

 

「‼︎…なるほど…この臭い…あの小瓶から僅かに漏れ出ていたものとそっくりだ」

 

ギーシュの作戦を簡単に説明するとこうだ。

錬金の魔法により、絶え間無く常に土煙を出すことによってミラボレアスの視覚を潰し、自分とワルキューレに香水をつけて自分の臭いを消しつつ分散し、自分の居場所と攻撃地点を完全に隠す。

相手に傷をつければ勝ち。つまり、確実に相手に攻撃を当てることが求められるこの決闘においては、正に効果的な作戦だ。

 

「見えもしなければ臭いもしない…おまけにワルキューレの足音しか聞こえん…

やつめ、動いていないのか?いや、そう言えば飛べたんだったな」

そんなことを言いつつも、ミラボレアスは飛んできた瓦礫を躱し、足でワルキューレを砕いた。

 

しかしこの作戦には致命的な欠点がある。

それはごく単純、ギーシュ本人にもミラボレアスの位置を完全には把握できていないという点だ。

ミラボレアスがギーシュの姿を見れないのと同じく、ギーシュだってミラボレアスを見ることはできない、当然の話だ。

 

視覚を遮られ、無駄に暴れるミラボレアスの物音を聞き取ってようやく位置を特定している程度。

しかしギーシュの聴覚がそれほど優れているというわけではない、魔法の補助でようやくといったところだ。

それでも殆ど感で攻撃しているようなもの、最初の攻撃もまぐれである。

 

しかもミラボレアスの表皮は硬い。

そんな攻撃でミラボレアスに傷をつけるなど、殆ど無理と言ってもいい。

 

そんなことなどは頭には無かったが、ミラボレアスには手っ取り早やくギーシュを攻撃する、ある方法があった。

 

「面倒だ、一網打尽にするか…」

それは…圧倒的火力による全体攻撃。

言ってしまえば、「見えないのなら全部焼き払えばいい」という、シンプルな答えだ。

 

ミラボレアスの炎が、再びヴェストリ広場を包んだ。

観衆は息を飲んだ。特にモンモランシーなど、気が気でなかった。

 

一通り焼いた後、ミラボレアスは自ら炎を消火した。

辺りにはワルキューレの残骸が転がっており、地面は更に黒く焼け焦げている。

ギーシュの姿は…無い。

 

「さっきよりは幾分抑えたつもりだが、人間の体では耐え切れずに焼失したか?」

 

その言葉に、モンモランシーは今にも泣き崩れそうになった。

 

だが一部の者達は思った。

いくら何でも、骨まで完全に焼失するものだろうか。

 

瞬間、ミラボレアスの背後で一体のワルキューレが立ち上がった。

 

「何ッ!!?」

 

いや、よく見れらばただのワルキューレではない。

そのワルキューレにはギーシュが身を潜ませていた。

 

「木を隠すには、森の中ってね!」

そう!ギーシュはワルキューレの中に潜むことで身を隠していたのだ!

あらかじめ半分欠けた状態でワルキューレを一体作り、地面に転がるワルキューレの残骸に紛れていたのだ。

土煙で視界を奪ったのも、臭いを分散させたのも、位置を捉えさせなかったも、あまり効果の無い攻撃を続けていたのも全てフェイク。

全てはこの…至近距離から全力の攻撃を食らわせる為のものだった。

 

「これで!終わりだー!!!」

そして今、ギーシュの攻撃がミラボレアスの顔面を捉え、攻撃を受けたミラボレアスは背中から勢い良く地面に倒れた。

 

だが…

 

「ククク…通りでワルキューレの足跡しか聞こえなかったわけだ。

だが残念だったな、このくらいでは私は戦闘力不能になりはしない」

ミラボレアスが笑みを浮かべながら立ち上がった。

 

「いや、もう終わりだ。

自分の額をよく確かめてみるがいい」

 

「?」

ミラボレアスは額から、何か生暖かいものが垂れ落ちたのを感じた。

それが何かを確認するため、ミラボレアスは指で鼻筋をそっと撫でた。

 

「なにッ!!」

手についていたのは赤い液体…そしてこの鉄の臭い、間違いない、血だ。

ギーシュの攻撃を受けた額から、一筋の血が流れていたのだ。

 

「君に傷をつけた。これでこの決闘は僕の勝ちだ!」

ギーシュがミラボレアスを指してそう宣言した。

 

「………なるほど…人間の姿というのは不便だな…

……まぁいい…こっちから言ったことだ、認めよう」

暫く呆気に取られたような顔をしたが、すぐに気を取り戻し、ミラボレアスは拍手しながらこう言った。

 

 

「名残惜しいがここまでにしよう。私の負けだ」

 

 

その言葉を言い終わってから数秒たった後、ドッと大きな歓声が湧き上がった。

 

「本当に勝ちやがった!」

 

「凄いぞギーシュ!」

そんな声が観衆の中から聞こえてくる。

 

そんな観衆達の祝福の声を浴びながらでも、ギーシュの目は一人の少女をまっすぐ見ていた。

 

「モンモランシー‼︎

約束通り、僕は無事に君の元へ帰ってこれたよ」

 

「何が無事よ‼︎体中傷だらけじゃない!

そこら中に煤だってついてるし……

本当に…心配させないでよ…!」

モンモランシーがギーシュに迫り、涙声で怒鳴った。

 

「本当にごめんよモンモランシー…そしてありがとう、君の香水のおかげで僕は勝つことができた」

モンモランシー…彼女が見ていたから…彼女という存在が、ギーシュを最後まで闘い抜く勇気を与えてくれた。その大きな一つと言ってもいいだろう。

だからギーシュは心の底からモンモランシーに感謝していた。何より、彼女が自分のために泣いてくれていることがこの上なく嬉しかった。

お世辞ではない、実際に彼女の香水は決闘において大変役に立ったのだから。

 

モンモランシーは黙ってギーシュに抱きついた。

一瞬驚いたが、ギーシュも力強く抱き返した。

抱擁する二人の間には、空になった小瓶がしっかりと握られている。

 

「かっこよかったわよギーシュ‼︎」

と、そんなギーシュに、女子生徒達からの黄色い声援が飛んできた。

 

条件反射というのは恐ろしいものだ。

ギーシュは自分の性分を隠せず、たった今モンモランシーと熱い抱擁を交わしていたというのに、デレデレとした表情で手を振りかえしてしまった。

 

ギーシュは背後からの殺気を感じ、サァーッと血の気の引いた青い顔で慌てて振り返った。

背後では鬼の形相のモンモランシーが、体から黒いオーラのようなものを発していた。

「そう言えばギーシュ…あの一年生の…ケティに手を出した事については、まだ何も解決してなかったわよね?

…今からゆっくり話をしましょうか?」

 

「いや、でもモンモランシー…僕は今魔法の使い過ぎでちょっと…」

 

「・・・・・」

 

「何でもないです…」

何とか言い訳をして逃げ出そうとするギーシュだが、モンモランシーの無言の圧力に押され、従順に従うしかなかった。

 

「それじゃあ…“ゆっくり”話をしに行きましょうか」

モンモランシーは先頭をきって城に戻って行った。

 

「とりあえず勝利おめでとう、青銅のギーシュ。

まさか、お前に負けるとは思っていなかったぞ」

 

話しかけてきたのはミラボレアスだ。

ギーシュは一瞬だけ体を強張らせたが、昨日の敵は今日の友という言葉の通り、決闘で最後まで闘い抜いた相手であるミラボレアスに対する恐怖感も薄れていた。

 

「かなりギリギリだったけどね…もう一回も魔法が使えないってくらい。

それに君が提案したあのルールがあったからこその勝利だしね」

 

「いいや、それでも人間にしてはやる方だ。

感謝する。久しくなかった楽しい時間だった」

 

ギーシュが意外そうに、驚いた顔でミラボレアスを見た。

 

「しかし最後の方は少しあっけなかったな…

そうだ、別の機会にまたどうだ?今度は本気で…」

 

「遠慮しておくよ」

 

「…そいつは残念」

ミラボレアスがクククっと笑った。

 

「何をしてるのよギーシュ‼︎早く来なさいよ!!!」

モンモランシーが城の出入り口から叫んでいるのが聞こえてきた。

声からしてかなりご立腹なのがうかがえる。

 

「…だそうだ。早く行った方が良さそうだな、でないとお前が私につけた傷よりも更に深いものをつけられるかもしれん」

 

「あぁ、その通りだね…」

ギーシュは青い顔でモンモランシーの方へと走って行った。

 

 

「ちょっとミラ」

 

走り去るギーシュ眺めるミラボレアスの背後から少女の声が聞こえてきた。

 

「どうした?我が主ルイズよ」

 

桃色髪の少女の姿が目に入り、ミラは今まで頭の中からスッポリと消えていた自分の主を思い出した。

 

「どうした?じゃないわよ!

あなたは私の使い魔でしょ!?何で主人の許可もなく勝手に決闘するのよ!」

 

「私が闘いたかったからに決まってるだろう」

 

「あんた昨日私に忠誠を誓うとか言ってたじゃない!

と言うか、何でそんな口調なのよ!?」

 

「何でも何も、これが元々の私の話し方だ。

あれは始まりの龍に無理矢理押し付けられた口調だ、だがもう始まりの龍もいない。それに飽きたしな」

 

ミラがニヤリと笑ながらルイズの前に歩み寄り、頭を鷲掴みにしてこう言った。

「私を従えたければもっと強くなるんだな。

せめて…ギーシュくらいまでになれば、ほんの少しくらいなら言いつけを聞いてやらんでもないが…

おっと…“ゼロのルイズ”には難しい話だったか?」

 

ルイズは顔を真っ赤にして怒り、ミラの顔を殴ろうとするが、長い腕に頭を掴まれているのでその腕はブンブンと虚しく空を切るだけであった。

その様子をミラは意地悪そうな目で眺めている。

 

「しかし…そのギーシュも心意気だけは見事なものだったが、実力の方は大したことなかったな…メイジというのはこんなものなのか…

だとしたら少し…期待はずれだ」

 

「メイジの強さはドット、ライン、トライアングル、スクウェアの四つに分かれてるのよ!

ギーシュはその中でも一番下のドット!もっと強いメイジだっていっぱいいるんだから!あんたなんて簡単に倒せちゃうメイジだってね!

っていうかいい加減離しなさいよ‼︎」

ルイズが頭をガッチリと掴んでいるミラの腕と闘いながら言った。

 

「ほう…!

……それはいいことを聞いた」

ミラは明るい顔でルイズの頭を離し、ゆっくりと空を仰ぎ見た。

 

「やはりこの世界に残って正解だったようだな」

 

大空を照らす太陽を薄目で覗きながら、ミラボレアスが心底嬉しそうに呟いた。

 

 

 




あれ?主人公ってギーシュだったっけ?

あといつも細部がだれてしまうんですよね…そこを直していきたいです。


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間話《トリステイン魔法学院学院長》

トリステイン魔法学院学院長、オールド・オスマンは自分の机と睨めっこをしていた。

要因は昨夜騒ぎになった侵入者である。

 

事件の後被害を確認するため、特に宝物庫を中心に学院中を調べさせたが、生徒に危害を加えたわけでもなければ、何かを盗み出したということでもなかった。

 

『遠見の鏡』を使って侵入者が何者なのか割り出そうとしても、侵入者の魔法か何かに阻害され、所々が砂嵐のように荒れて、音にもノイズがかかっていた。

辛うじて絞り出せた情報は、侵入者は白いドレスを着た少女であることと、目的はミス・ヴァリエールが召喚した黒いドラゴンであること…

そして最後に、これは明らかに向こうを覗き見る存在…つまり自分の存在を把握しての発言なのだが…

遠見の鏡ごしにはっきりとこちらを向いて言った言葉…『幸運を』意味はよくわからなかった、しかし一種の忠告…のようなものなのかもしれない。

 

頭を抱えるオスマンの左側にある秘書の執務机では、緑髮で眼鏡をかけた美女、ミス・ロングビルが黙々と書類に羽ペンを走らせていた。

 

そしてその足元には、箱を被った何かがゴソゴソと少しずつ動いている。

箱を被った何かはそのまま、ミス・ロングビルに気づかれないように彼女の足元に近づいた。

目論見通り、ミス・ロングビルは作業に集中していて気づかない。せいぜい床に箱が落ちていると思う程度だ。

 

ロングビルの足元に到着した箱を被った何かは、ゆっくりと箱をあげその隙間から、ロングビルの太ももとスカートに挟まれた、僅かだが確かに見える小宇宙(コスモ)を覗き見た。

しかとパン…小宇宙(コスモ)を目に焼き付け、箱を被った何かは再び同じようにオスマンの元に移動した。

 

「おお、我が使い魔テリーよ、ご苦労じゃった。

して…どうじゃった?」

オスマンが自分の元に近づいてきた箱を被った生物を見て言った。どうやらオスマンの使い魔だったらしい。

 

オスマンの使い魔は被っていた箱を脱ぎ捨てた、現れたのは一匹のネコだ。

しかしネコにしては少し奇妙である、そのネコは二本足で立ち、なんと人間の言葉を話したのだ。

「はいですニャご主人、白でしたニャ」

 

その言葉を聞いたロングビルが顔を真っ赤にして、キュッと股を閉じた。

 

「でかしたぞテリーよ、また今度マタタビを買ってやろう。

しかしそうか白か…純白か…ミス・ロングビルには黒が似合うと思うのじゃが…そうは思わんか?」

 

「オールド・オスマン…今度やったら王室に報告しますよ!?」

ロングビルは顔を赤くしながら、無理に作った笑顔でオスマンに言った。

しかし隠しきれない怒りを眉間に浮き出た青筋が語っている。

 

「下着を見られたくらいでそんなにカッカしなさんな。それだから婚期を逃すのじゃ」

 

その言葉にキレたロングビルが目にも止まらぬ速度でオスマンの頬にビンタを食らわせた。

 

「きょ…今日は一段と過激だのう…ミス・ロングビル」

ヒリヒリと痛む、頬についた紅葉のような真っ赤な手の後を抑えながら話すオスマン。

 

「そんなんだから嫁のもらい手が…」

 

「まだ言いますか?」

 

「いや、冗談じゃ…」

懲りずにまだセクハラ発言を続けようとしたオスマンだが、杖まで取り出したロングビルに気脅されて口を閉じた。

 

「それにしても…前任の使い魔であったモートソグニルも、ワシの目となって城中を駆け回ってくれたりと優秀じゃったが…おぬしも負けぬくらいに優秀だなテリーよ。

本当によくやってくれている」

ちなみにモートソグニルとは、オスマンがテリーの前に使い魔にしていたハツカネズミのことだ。

二年前に寿命でお亡くなりになったため、代わりにテリーが使い魔として召喚された。

 

「照れますニャご主人」

主人に褒められて嬉しそうに毛繕いをするテリー。

 

そんな二人の会話を聞いていたロングビルが、心の中で(「何がよくやってくれている」だ、このクソジィジィ‼︎)と吐き捨てた。

 

そう、オスマンが自分の使い魔を使ってやっていることのほとんどがセクハラ目的のものだ。

モートソグニルが使い魔だった頃も、ネズミの小さい体と自分の目の代わりとなる能力を活かし、その殆どを覗きの為に使用していた。

流石に生徒にまでは手を出していないと思いたいが…実際の所どうなのかはわからない。

 

しかしこう、何度も何度もセクハラ行為をしてこられると、仕事にも集中できないし心を落ち着かせることもできない。

幸いネズミのモートソグニルと違い、今回の使い魔テリーは人間の言葉を扱うことができる。きちんと言い聞かせれば止めるようにできるかもしれない。

 

しかし、この愛くるしい生き物にキツく言うのは正直何だか心が痛む、それに本人の意思でやっているのではなく、あくまでオスマンの指示なのだ。

 

やはり一度、キツイ罰を与えなければならないんじゃ…と、ロングビルがテリーと戯れるオスマンを睨みつける。とそんな時、部屋の中にコンコンというノックの音が響き渡った。

 

「…入りたまえ」

 

ガチャ、という音とともに禿げ頭の教師…コルベールが慌ただしい様子で部屋の中に入ってきた。

 

「こんなに朝早くからどうしたんじゃ?もうそろそろ授業の始まる時間じゃろう?」

 

「それが…それどころでは…」

 

「慌てなくてもよい、深呼吸でもしてもう少しゆっくり話しなさい」

走って来たからか、息を切らしながら話すコルベールに、オスマンが落ち着けと片手を振って促した。

 

言われたとおり二、三度ゆっくり深呼吸するコルベール。

そして息を整えて、自分の言うべき事をオスマンに伝えた。

「ヴェストリ広場で生徒が決闘を始め、大変混乱になっております。

止めに入った教師も大勢の生徒達に邪魔されて、止めるに止められないと」

 

オスマンはため息を吐いた。

侵入者事件があった翌日の朝というのにこんな騒ぎを起こすとは…

「…暇を持て余した貴族ほど質の悪い生き物はおらんわい」

 

「場を収めるため、《眠りの鐘》の使用許可を求める者もいますが…」

 

「バカモノ、こんな事に宝具を使うやつがあるか」

 

「それはそうなんですが…」

 

「何かあるのかね?」

何か含みのあるいい方をするコルベールに、オスマンが尋ねた。

 

「決闘を行っている生徒の一人というのが、ミスタ・グラモンで…」

 

「あぁ…グラモン家の四男の…あそこは父親の代からの女好きじゃからのう…どうせ原因も、女の子絡みで何かあったとかじゃろうな

…で、そのグラモンがどうかしたのかね?」

 

「いえ、問題なのはミスタ・グラモンではなく、その対戦相手の方で…

ミス・ヴァリエールの使用人を名乗る男なのですが…」

 

「ふむ…ミス・ヴァリエールと言えば、例の…」

 

「はい、だから私も少し気になりまして、早急に学院長に報告をと」

 

「・・・・・」

オスマンが考え込むように髭の生えた顎に手を添えた。

 

「…ワシの記憶が正しければ…ヴァリエール家からは使用人のことなど聞かされていなかったがのう?」

チラリとロングビルの方へと視線を送ったが、彼女もそんな話は聞かなかったらしく、まったく検討もつかないといったふうに首を振っていた。

 

「そうか…ふむ…その男は本当にヴァリエール家から配備された人間なのかね?」

 

「あまり詳しくは…しかしミス・ヴァリエール本人は公認しているようですね」

 

「ならば本当に…いやしかし…ミス・ヴァリエールがその男に騙されているという可能性もある…」

オスマンは少し考える様に首を捻り、再びコルベールへと視線を戻した。

 

「眠りの鐘の件じゃが、いつでも使える様に、準備だけはしておいてくれと、伝えてくれるかのう?

今はまだ…見るだけに留めるとしよう」

そう言ってオスマンは杖を一振りした。

杖に反応して、壁にかかった鏡からはヴェストリ広場…決闘の現場が映し出された。

 

 

 

 



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番外編《珍味のカニ味噌を追え!》

時間かかってしまいました。すみません。
しかもこんな、ストーリーにまったくと言っていいほど関わりの無い話に…


ミラボレアスはとてもお腹が空いていた。

前日は一睡も寝ていなかったこともあり、決闘後すぐに眠ってしまったのだ。

目が覚めたのは翌朝、そのため夕食を食べそこない、結局あの時(昨朝)の分も決闘のゴタゴタで忘れ去られてしまい、昨日は何も食べていない状態だ。

 

今朝の分はバッチリ食べたものの、自業自得だが二食も抜かされているため、それだけではまったく足りていない。

なのでミラボレアスは今、何か食べられるものを探していた。

 

「腹が減っては戦ができぬと言うしな、何か無いものか…

……ん?なんだこれは…?」

学校周辺の草むらをガサガサと探っていると、何やらよくわからない紙切れを見つけた。

紙切れには《アイルー食券》と書かれており、肉球の形のスタンプが押されている。

 

「よくわからんが、食えなければ意味はないな」

そう言って紙切れを捨てようとしたミラの鼻に、空きっ腹を刺激する美味しそうな香りが突き抜けた。

 

「むっ…!?なんだこの匂いは?いったいどこから漂っている?」

そう不思議そうな顔でクンクンとあたりを嗅ぎまわるミラ。

匂いに釣られてその足は、操られるようにフラフラと匂いの出処へと進んでいく。

 

 

 

匂いの出処は厨房であった。

今厨房では、学院に雇われた料理人や給仕達が生徒達の朝食の後片付けを終わらせ、自分達の分を食べようとしている所だった。

 

「今日もうまそうだ、流石俺の作った料理だな」

そう豪快に笑うこの男の名前はマルトー。

その料理の腕前は、この魔法学院のアルヴィーズ食堂においてコック長を勤めているほどだ。ちなみにその報酬は、下級貴族には及びもつかない額だとか。

 

マルトーはさっそく、手に持つフォークとナイフで料理を口に運ぼうとした。

 

(何だ?誰かこっちを見てんのか?)

しかし何者かの視線を感じ、マルトーは食事の動作をピタリと止めた。

 

そして確認のため、視線を感じる方向へとゆっくり首を曲げた。

 

「なかなかうまそうな物を食べているな…人間」

そこには血走った目をギョロリと見開き、口から滝のような涎を垂らした、恐ろしい形相のミラボレアスが立っていた。

 

「おわぁぁっ!!?」

平民の中でも勇敢な部類に入るマルトーだったが、流石にこれにはたまらず飛び退いた。

 

「誰だおめぇ!!?」

驚愕した表情のまま、マルトーが目の前のミラに叫んだ。

マルトーの大声につられ、周りの料理人や給仕達の視線も、自然にミラの方へと集まる。

 

「いや、こいつは失敬…

私はミラボレアスという者だ。主人からはミラとも呼ばれている」

丁寧にマルトーを含む他の者達に挨拶をするミラ、しかしその視線は依然として料理に釘付けになっており、口からは止まることなく涎が溢れている。

 

あまりにも突然のことに唖然とする料理人と給仕達。

そんな中を、一匹のネコが割り込んできた。

「ニャ!?その紙…!それはどこで見つけたんだニャ!?」

ミラが丸めて握っている一枚の紙を指して叫ぶネコ。

 

「ほう…こんな所にも喋るネコが…確か獣人族…アイルーとか呼ばれていたかな?

あぁ…この紙切れは学院の庭で見つけたものだ」

そう言ってミラは、自分の世界にもいた種族を興味深そうに眺めた。

 

「やっぱりそうか、お前は運がいいニャ」

 

「運がいい…?」

と、アイルーは首を傾げるミラの手から、丸められた紙を抜き取った。

 

「これはおれの作ったアイルー食券ニャ、外に隠しておいたんだけど…まぁ見つけたんならこれはお前のもんだニャ」

 

「それを持っていると、何かいいことでもあるのか?」

 

「この食券と引き換えに、おれが料理を作ってやるニャ」

 

「ほう…ならば早速頼むとしよう」

と、それを聞いて嬉しそうにアイルーに料理を注文するミラ。

 

他の者達はと言うと、口も出せず、ただトントン拍子で事を進める二人の半人を眺めているだけであった。

 

 

料理の完成を待つこと、二十分ほど経過した。

「待たせたニャ」

 

「待ちくたびれたぞ、つまみ食いでもしようかと考えていたところだ」

“何を”というのは聞かない方がいいだろう。

 

ミラは楽しそうにアイルーの運んで来たお盆を自分の前に回した。

お盆の上には見事な焼け色の焼け魚…こんがり魚と言っておこう。その他には真っ白な米…山菜がふんだんに使われた味噌汁など、ここハルケギニアではなかなか見られない料理が乗せられている。

 

「これ全部おれの奢りだニャ、遠慮なく食べてくれニャ」

 

「これは…なかなか…」

アイルーの作った料理を目の前に、ミラは子どもの様に目を輝かせながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。

そして料理へと手を伸ばし、豪快にも素手でそのまま焼き魚に食らいついた。

 

「ぐっ…これはっ!?」

すると、途端にミラが苦しそうに蹲った。

 

「おい!どうした⁉︎」

料理人と給仕達が苦しそうな唸り声をあげるミラを心配して駆け寄る。

 

「喉に詰まったのか⁉︎」

 

「それとも毒か⁉︎」

 

「流石に毒のある食材とそうでない食材の見分け方くらい知ってるニャ‼︎」

一人の料理人の言葉にアイルーが憤慨だ、とばかりに声をあげる。

 

「じゃあまた失敗したんじゃ…福料理長の料理って、普段は普通に美味しいけど、失敗すると担架が必要なレベルですし…」

 

「うぅ…」

何度かやってしまったことがあるのか、返す言葉が見つからないアイルー。

 

「うっ…うう…う…」

 

「おい、本当に大丈夫か?担架持ってこようか?」

と、そろそろ本気で心配になってきた料理人と給仕達だったが…

 

「うますぎるッッ!!!」

ミラのためにためた衝撃の天然ボケに、料理人と給仕達は一斉にズッコケた。

 

「私も人間を真似て肉や魚を焼いて食ったことはあるが…焼き方一つでこうも変わるものなのか!?

いや!これは焼き方だけではこの味を生み出すことなどできん!

適度な量の塩が淡白な魚の肉といい具合に絡み合っている!脂の乗ったジューシーな肉からは噛む度に肉汁が溢れ、それが塩と調和して口の中に広がってくる!

その上しつこくない!淡白な白身の魚な分脂は脂でもあっさりとした脂だ!嫌にならない!」

興奮気味なまま、ミラは次の料理に手を伸ばした。

 

「人間の作るスープとやらの一種か…?

嗅いだことの無い香りがするな…この浮かんでいる茶色いやつの匂いか?」

味噌汁の皿を持って、匂いをめいいっぱい嗅ぎながらまじまじと料理を見つめるミラ。

 

そして一通り観察を終えた後、ミラは味噌汁の入った皿を口に付け、そのままガブガブと飲み始めた。

 

「ふむ…これもなかなか美味いものだな。

これほどまでの様々な食材の味が、こんな液体の中に凝縮されているとはな…恐れ入った。

香り…と言うべきなのだろうか?スープの深みが口だけではなく鼻の中にまで染み渡ってくる。

正直言って、植物の葉や茎などのどこが美味いのかまったく理解できなかったが…これら一つ一つがスープに溶け出し、互いに互いを引き立て合っている、おまけに長時間スープに浸されたことによってちょうどいい食感に仕上がっている。

野菜というものも、認めざるを得んな」

 

「それはいいが、その食べ方は何とかならないか?

素手じゃなく、もっとこう…ナイフとかフォークを使ってよぉ」

そうマルトーが、味噌汁を飲むミラを、苦い顔で見ながら言った。

さっきの焼き魚の時もそうだが、ナイフやフォーク…スプーンなどの食器を完全無視したミラのこの、ワイルドな食べっぷりは、食にこだわりを持つ料理人にとってはあまり気持ちのいいものでは無いのだろう。

いや、何もそう思うのは料理人に限った話ではない。

ワイルドなどといい表現を使っているが正直な話、とても下品な食べ方である。

 

「…使い方を知らんのでな」

 

「いやいや、使い方くらい知ってんだろ。

いくら平民って言ったって、ここにいる以上そのくらいの作法は知ってるもんだ」

マルトーの言う通りであった。

ここは貴族達が魔法を学ぶ学院、トリステインだ。

マルトー達のように平民の中にも、この学院に雇われる形で出入りしている者達はけっこういるが、貴族達の気に障らない程度の最低限の作法や礼儀は心得ているものだ。

貴族嫌いのマルトーとて、表ではちゃんとそれらは守っているほどである。

 

「作法か…人間の考えたマナーだとか、ルールだとか…そんなものを人間でもない私に求められてもな…」

 

「人間でもない…?」

その場にいる者達が首を傾げた。

 

「いやまて、確かお前の名前はミラって言ったな?

その顔…そしてその名前、どっかで聞いたことあるような気がするんだが…」

そう、何かを思い出そうと眉をひそめるマルトー。

 

そんなマルトーの背後から、一人の、黒髪で愛嬌のある顔立ちのメイドが肩を叩いてこう耳打ちした。

「もしかしてそれって…昨日の決闘の話じゃないですか?」

 

その言葉を聞いて、マルトーは思い出したように目を見開いた

「そうだそれだ!ありがとうなシエスタ!

あんた昨日、貴族に決闘を仕掛けた平民だろ!?」

 

「別に仕掛けたわけじゃない、向こうから挑んで来たから受けたまでだ」

その言葉を聞き、料理人や給仕達がザワザワと騒ぎ始めた。

 

「やっぱりそうか‼︎こりゃ失礼したな、我らの剣よ!」

そう豪快に笑うマルトーの目は、何故か尊敬の眼差しに変わっていた。

 

「我らの剣…?」

マルトーの言葉に首を傾げるミラ。

 

「そうだ‼︎あの偉そうな貴族と決闘し、勝利とまではいかなかったがギリギリまで追い詰めた!

正に俺達平民にとっての剣‼︎あるいは希望だ‼︎」

興奮気味に話すマルトーの言葉に、ミラは複雑そうな顔をした。

 

「勝利とまではいかなかった…か……いや、確かにその通りだがな」

実際は勝負にすらならなかった決闘に、大きなハンデを与えてまで続行したものなのだが…負けは負けなので、ミラは少し苦い顔をしながらも小さな声で肯定した。

 

「しかし、私が平民の希望や剣などというのはどうかと思うがな」

 

「何でだ?」

 

「さっきも言った通り、私は人間ですらない、もちろん平民でもな…そんな私が平民の希望など、些か滑稽な話ではないか?」

そんなミラの言葉を聞き、少し暗い表情になるマルトー。

 

「人間じゃない…ってことは、あの噂は本当だってことか?

あんたが、ドラゴンだって話は」

 

「事実だ。

なんだったらここで元の姿に戻って見せようか?」

 

「いややめてくれ、ここが壊れたら俺達が困る」

マルトーが若干青い顔になりながらブンブンと首を振った。

流石に目の前にいるものがドラゴンと聞いて恐怖を抱いたのか、その場にいる料理人や給仕達も一歩ミラから遠ざかった。

 

そんな反応を、ミラは少しつまらなそうな顔して眺めながら、皿の中に残っている味噌汁を再び口に入れた。

「やはり美味いな…」

 

「ドラゴンでも、料理の味はわかるのかニャ?」

 

「わかるとも、こう見えても私は結構グルメだ」

味噌汁の美味さに、思わず笑みを浮かべるミラ。

 

「へぇ〜、そりゃ、料理人としちゃあ嬉しい話だな」

すぐさま調子を取り戻したマルトーが笑いながら言った。

 

「お前も、こいつと同じくらいのものが作れるのか?」

 

「同じくらいも何も、マルトーはここの料理人!

おれよりも美味い料理を作れるニャ‼︎」

マルトーの代わりに、胸を張って自慢気に答えるアイルー。

 

「はっはっは‼︎あんまり褒めるな!照れるだろウドン!」

嬉しそうに笑ながらウドンと呼ばれたアイルーの頭を、ポンポンと撫でるマルトー。

笑っている時ですら豪快だ。

 

「しかし聞いてくれよ。

俺たちゃ料理なら誰にも負けない自信がある!確かに貴族共は好かんが、いつも最高の料理を振舞っているつもりだ。

なのにあいつらは、いつも女王陛下や始祖ブリミルばっかで、俺達にゃあ感謝の一つもありゃしねぇ。俺達の最高の料理が当然のものだって思ってやがる!

その上俺達の料理の味が理解できる奴らなんか、あの中には一握りしかいねぇ!」

マルトーはテンションが上がったのか、酒を飲んだみたいに自分の抱えている貴族への不満を、ミラにぶつけた。

 

「そうニャ!そうニャ!料理長の言う通りニャ!」

他の料理人達も同じ不満を抱えているのか、同意するようにうんうんと頷いている。

 

「それを私に言われても、どうすることもできんが…

少なくとも…全てがそうとは言わんが、大した魔法もしか使えない、威張るしか脳の無い貴族と比べれば、こんな素晴らしいものを生み出せるお前達の方が、有能だとは私は思うがな」

 

「ほんとにそう思うか⁉︎」

 

「あぁ」

本心からの答えだった。それだけミラはここの料理を気に入っているのだ。

しかしそれでも、やはり貴族側に自分を苦戦させるような人間がいれば、ミラボレアスは迷わずそちらに評価を下すだろう。

 

「いいやつだなぁー…お前は…本当にいいやつだ!」

マルトーは嬉しさのあまり、目に涙を浮かべながらミラに抱きついた。

 

「俺はもうその言葉で胸がいっぱいだ‼︎

この溢れる感謝の気持ちをお前に返そうと思う!接吻させてくれ‼︎」

そう言ってマルトーは腕に力を入れ、唇をミラの顔に近づけた。

 

「ええい!邪魔だ!離れろ!」

流石に暑苦しくなったか、ミラは迫り来るマルトーの唇を手で防ぎ、押し返した。

そのおかげで誰も得をしないキスシーンという、酷過ぎる絵面になる危機は回避された。

 

「ところで話は変わるが猫よ、このスープ…どことなくカニの風味がするんだが?」

ミラが味噌汁の匂いを嗅ぎながら言った。

 

「おぉ!よく気づいたニャ!

最近増えてきたあるカニをダシに使ったニャ」

 

「やはりな…」

 

「もしかして、カニは嫌いだったかニャ?」

少し不安そうに尋ねるウドン。

 

「いや、カニは好物だ」

 

「だったらいいニャ」

そう言ってウドンは胸を撫で下ろした。

 

「本当は“サザミソ”って言う、その味噌汁のダシに使ったカニと同種のものから取れるカニミソを使いたかったんだけどニャ…

流石にそこまでは個人では手に入らなかったニャ…あれがあれば故郷の味が再現できるんだけどニャ」

 

「サザミソと言えば…八年ほど前に発見された新種のカニか、あれは珍味と噂されているしな」

ミラに突き飛ばされた時にでも打ち付けたのか、自分の尻を抑えながら話に参加するマルトー。

 

「しかしさっきは増えてきたと言ったな?

ならば数は結構多いんじゃないのか?」

 

「確かに繁殖が進んで数は結構いるんだけどニャ、ちょっと事情があって獲るのが難しいんだニャ」

 

「事情?」

 

「とんでもなくデカイんだニャ、そのカニが」

精いっぱい大きさを表現しようとしているのか、手を大きく広げるアイルー。

 

「なるほど、要するに仕留めるのが難しいというわけか…」

そう言ってミラが考えるように黙り込む。

 

「………美味いのか?そのサザミソとやらは」

 

「もちろん、噂通りの珍味ニャ」

 

「俺も何度か食ったことはあるが、ありゃ絶品だったぜ」

二人の言葉に、ミラの期待値がどんどんと上がってくる。

 

「ならば私が直々に捕ってこよう。お前達にはそれの調理を頼む」

ミラがペロリと唇を一舐めした。

 

「捕ってくるって…今からか?」

マルトーが唖然としながら尋ねた。

 

「善は急げと言葉もある、早い方がいいだろう」

そう言って残っている味噌汁を全て飲み干し、席から立ち上がるミラ。

 

「道案内にここにいる者達から一人連れて行っていいか?」

 

「行くなら止めないけど、目的地までの地図ならかすがニャ?」

 

「いらん、地図は読めんからな」

そう言ってミラはその場にいる者達を舐めるように見渡し…

 

「そこの娘、悪いが案内を頼めるか?」

 

「私…ですか⁉︎」

ミラの目線は、先ほどマルトーにシエスタと呼ばれていた、黒髪のメイドを見て止まった。

 

「こりゃまた、何でシエスタを?」

 

「いやなに…その娘からはいい匂いがしたんでな…

それに、若い娘の方が(食欲的に)そそるだろう?」

ミラが悪そうな顔でニヤリと笑った。

 

「ひっ…!」

シエスタはその顔と発言に、今までにない程の悪寒を感じ、思わず自分の体を抱き寄せた

 

「いやでも…シエスタもここで働いてる働いてるわけだしなぁ…

ここからだと目的地まで三日以上かかる、あまり離れられても困るんだが…」

 

「…!」

マルトーの言葉に賛同し、シエスタは冷や汗まみれの顔で必死に頷いた。

 

「心配には及ばない、私はドラゴンだと言っただろう?

飛んで行けばいい、夜には帰ってこれるさ」

 

「だってよ、どうするシエスタ?

お前がいいんなら俺達の方は構わないが…」

シエスタは首を横に振った。それはもう必死に、何度も何度も振り続けた。

 

「因みに拒否権はない、嫌だと言っても無理矢理連れて行く。

…安心しろよ、何もしないさ………たぶんな」

 

シエスタは泣き出しそうになった。

 

「お…おぉ…頑張れよ…シエスタ」

これには流石のマルトーも、苦笑いしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たしてシエスタは無事に帰られるのだろうか?

 

 

 

 

 

 




はい、今回の話はここで終了です。
ちょっと無駄話が多かったですかね?
ぶっちゃけこの話、ギーシュの時に出せなかったシエスタを登場させるために作ったようなもんですからね。









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土くれのフーケ編
品評会と姫君


随分とお待たせしました。

前回の話の続きは、本編とは関係のない話なので前回の話共々番外編ということにしました。

また時間がある時に投稿しようと思います。


トリステイン魔法学院学院長、オールド・オスマンはため息をついていた。

 

「ハァ……姫殿下が品評会を視察か…急な話じゃのう…」

 

「普段ならば喜ばしいことですが、今は時期が時期ですからな」

ハゲ頭の教師…コルベールが同調するように、ウンウンと首を縦に振った。

 

「ミス・ヴァリエールの使い魔…正体不明の強力な黒龍…か…」

 

「その上始祖ブリミルに纏わる、伝説の使い魔ガンダールヴでもありますし…」

 

二人の悩みのタネ…それは言わずもがな、ルイズの使い魔ミラボレアスである。

 

二人はミラボレアスとギーシュの決闘を“遠見の鏡”で見物していた際、ミラボレアスのその実力と、ガンダールヴの印が本物である確証を得ていた。

 

故に、警戒心が更に強くなっているのだ。

 

「大丈夫でしょうかね…姫殿下に危害が加わる…なんて事にはならなければいいのですが…」

 

「そこはおそらくじゃが心配はいらんだろう…

ミスタ・グラモンとの決闘でも、相手の命まで無闇に取ろうとはしなかった。

僅かにじゃが…ミス・ヴァリエールがストッパーになっているのじゃろう」

 

「しかし…警戒しておくに越したことは無いのでは?」

 

「それはもちろんじゃ。

じゃがそれ以上にワシが不安視しておるのは、あれ程の韻竜が存在するという事実…それが王室に、または世間に漏れ出すということじゃ。

しかもそれが、ガンダールヴの力まで持っているとなると…知られればロクなことにならんのが目に見えておるからのう」

 

韻竜は絶滅したとされる生物だ。

その生き残りがいたとなれば、当然それを狙う者も現れる。

強力な力を持っている故、王室の者に見つかれば、軍事的な利用を企む者だって現れるかもしれない。

 

下手にミラボレアスの存在を世に広めれば、ミラボレアスは上記のような、様々な欲望に目を眩ませた者達に、付け狙われることになるだろう。

そしてそれは同時に、周りにいる生徒達にも危害が及ぶことを意味している。

だからできる限り、情報の漏泄は阻止しなければならないのだ。

 

「…これは一度、本人と話し合った方がいいかもしれんのう…」

 

「話し合うというのは、あの黒龍とでしょうか?」

 

「そうじゃ」

オスマンの提案に、僅かに表情を濁すコルベール。

召喚初日のこともあり、あまり気が乗らないのだろう。

 

何にせよ、しばらく気が休まらなそうだ。

と、これからの事を思うとため息が止まらない2人であった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ぶえっくしゅっ‼︎」

ミラが大きなくしゃみを放った。

 

「きゃっ!ちょっと風邪⁉︎

気をつけてよ!大事な品評会の前なんだから」

ルイズはミラの口から飛んで来た唾がかからないように、身を屈めてくしゃみを躱した。

 

「誰かが私の噂をしたような気がしてな…

しかし大事な品評会ね…そこまで準備をしなくてはならない理由が、私にはわからないんだがな…」

 

「メイジの実力を測るには、まずは使い魔を見ればいい…なんて言われてるくらいなのよ。

…それに今年は…アンリエッタ姫殿下がいらっしゃるんだから」

 

「姫殿下…ね…」

嬉しそうに笑うルイズを見て、ミラがそう呟いた。

 

王女と言うからには、ある程度の尊敬を集めるのは納得できるが、ルイズの顔を見ると、その表情には尊敬の他に…何処か昔を懐かしむような…親しい友人と会う時のような笑みが含まれている。

 

「随分うれしそうだな」

 

「そりゃあそうよ、姫殿下は国中の憧れだもの」

 

「私にはわからんがな」

ミラは人間ではなくドラゴンだ、それも人間より圧倒的に力の強い存在だ。

だから相手が平民だろうと貴族だろうと王族だろうと…ミラの目には階級など関係なく全て同じ、一人の人間としてしか写っていない。

 

だいたいミラのような、生物の頂点に君臨する存在にとって、人間の王などは無縁のものなのだ。

 

「まぁあんたがわからないのは無理もないわ。

でも絶っっっ対に!姫殿下の前で失礼な態度をとっちゃ駄目よ!」

ルイズが鬼気迫る顔でミラに念押しした。

 

「あ…あぁ、気をつけておくよ」

そのあまりの迫力に、ミラは思わず一歩後ろにさがった。

 

「それならいいのよ。

さてと…品評会の為に、何か一つ芸でもできるようにならないとね」

 

「芸か…そんなもの、火を吹くか飛ぶかくらいしか私には無いぞ?」

もっとも、ドラゴンであればただ空を飛ぶ、火を吐くといった行動だけでも、十分評価はされるだろう。

 

しかしルイズは納得しなかった。

「それだけじゃ駄目よ。今年はドラゴンの使い魔が、あんた以外にも二体いるんだから。

しかもその内の一体はキュルケの使い魔、私はキュルケだけには絶対負けたくないのよ!」

 

宿敵である、キュルケに対抗心を燃やすルイズに、ミラは(またか)と内心呆れた。

ミラとしては、ヴァリエールとツェルプストーの因縁など知ったことでは無いし、ルイズとキュルケの仲にも興味はない。

「勝手にやってくれ、自分を巻き込むな」口には出さないが、これがミラの本心である。

 

しかし、そんなミラにも、ルイズの話には同調する部分があった。

正直、その品評会とやらの趣旨も意図も、ミラにはまったくわからなかったが、ものの優劣を決めようというのなら、とりあえず優勝しておきたいと思うのが、単純な脳みそを持つミラの思考である。

 

キュルケの使い魔であるフレイムは、強力な種なのか…まだ完全には成熟していないにも関わらず、その力も口から吐く炎も、他の火龍とは勝るとも劣らない程だ。

しかしさっきも言った通り、あくまでも成熟し切れていない子どもである、ミラに比べれば見た目の迫力からしてかなりの差がある。

 

ここまでの事から、ミラの方が優勝には圧倒的に近いと言えるだろう。

が、優勝に燃えるキュルケはフレイムと共に、日夜芸の訓練に励んでいるという、その様子はルイズもミラも何度か目撃したことがあるくらいだ。

もしその訓練が功を奏していれば、フレイムはミラとの差を一気に縮め、そして優勝するかもしれない。

 

ルイズが不安視しているのはそこだ。

だからルイズは、ミラにも何か芸を覚えさせたいのだ。

 

「何か案は無い?」

ルイズがミラにアイデアを求めた。

 

「私に聞くな、そういうのはお前が考えることだろう。

……まぁ、無いことも無いがな…」

 

「ほんと⁉︎」

 

「よくわからんが要するに…私の存在をアピールすればいいのだろう?

なら無駄な小細工などいらん、堂々と振舞っていればそれでいいのだ」

ミラの出した案とは、言ってしまえば芸などには頼らず、ありのままの姿をそのまま見せる…

要するに、案が無いのがミラの出した案なのである。

 

「何もしなくてはいいって…本当にそれで大丈夫なの?」

 

「まぁ…なんとかなるだろう、まったく何もしないというわけでは無いしな…」

そう言ってミラは立ち上がり、部屋の窓を開き、そこから外へと飛び出した。

 

「ちょっと!どこに行くつもりよ⁉︎」

慌ててルイズも窓に身を乗り出して叫んだが、ミラは「私は眠いんだ」とだけいい、構わずそのまま去って行ってしまった。

 

「私の使い魔なのに…勝手すぎよ…」

本能のまま行動するミラに対して、ルイズは大きくため息をついた。

 

しかしもう既に半分諦めているのか、ルイズは明日の朝寝坊してしまうのは事と思い、そのまま就寝の準備を始めた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

翌日、トリステイン魔法学院は大いに賑わっていた。

理由は言うまでもない、アンリエッタ姫殿下の訪問だ。

 

生徒や教師…学院で働く平民達の歓迎を浴びながら、アンリエッタ姫殿下は豪華な馬車の中から、その姿を現した。

 

護衛に囲まれても尚霞むことのないその美線に、多くの羨望の眼差しが集中する。

 

歓声があがり、うっとりとした表情でじっと見つめる者もいれば、ギーシュなどの様に、恋文のようなものを呟き始めた者もいる。

 

彼女は何千年も続く王家の血族でありながら、誰もが見惚れる程の美貌の持ち主だ。

これだけの尊敬を集めるのも、納得できることである。

 

そんな中、他の者達よりも一層熱い視線をアンリエッタに送る者がいた。

他でもない、ルイズである。

ルイズは昨晩よりも更に穏やかな笑顔で、頬を赤らめながらアンリエッタの歩く姿を、ジッと眺めていた。

 

因みにミラの姿は無い。

昨晩話をしていた時も、姫殿下にあまり興味を持っていなかったことから…おそらく終わるまで、暇なのでそこらを適当にブラついているのだろう。

 

別にミラだけの話ではない。

女王といえど完璧では無いのだ、ミラ以外の人々の中にも、王女にあまり関心を持っていない者は少なからず存在する。

例えばキュルケやタバサのように、国外出身の者なんかは、他と比べてやや冷めた態度とっていたりしている。

 

とは言っても、やはりアンリエッタを慕う者の方が遥かに多い。

彼女の訪問には、学院をあげて祝福していると言っても過言ではないだろう。

 

アンリエッタは太陽のような笑顔をふりまきながら、学院長オールド・オスマン含む、トリステイン魔法学院の教師達と対面した。

「突然のわがまま、申し訳ありませんでした。ミスタ・オスマン」

 

「滅相も御座いません。

生徒共々、お待ちもうしておりました」

流石は王女と言ったところである。

強力なメイジであるトリステイン魔法学院の教師達が、綺麗に列を揃えて膝を地面につけ、頭を下げている。

壮観とも言える光景だ。

 

「今年だけは、是非ともこの目で見ておきたくて」

 

「ほう…それは?」

 

「個人的なことですわ」

ほんの少し、ドキリと冷や汗を垂らすオスマンに対し、アンリエッタは笑顔でそう言った。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

歓迎式も無事終了し、忙しさから時間はあっという間に流れていった。

 

現在は夜である。

 

「ちょっとミラ!何であんた、歓迎式にこなかったの⁉︎」

ルイズが怒った顔でミラを問い詰めている。

 

「興味が無かったんだ。

それに私は使い魔だ、教師や生徒はそうだとしても、使い魔の私は強制参加ではないだろう?」

 

「相手は姫殿下なのよ⁉︎強制とか関係なく、自ら喜んで参加するのが常識でしょ!」

 

「“人間の”常識を私に押し付けるな」

 

「…もし明日、今日みたいに品評会をすっぽかしたり、姫様に無礼な事をしたら、一週間食事抜きにするからね」

ルイズの今の一言で、ミラの体は硬直した。

 

食事抜き…ミラは自分で食べ物を獲ってきたりできるので、食事を抜かれようと飢えることはない。

しかし食べ物の質は変わる。

ここはミラにとっては異世界だ、自分で獲物を捕まえるにしても、この辺りに生息しているのはよくわからない生き物ばかり…とても味の保証はできない。

だから毎日ルイズが与えてくれる、上質な肉が食べられなくなるのは、ミラにとってはとても困ることなのだ。

 

「一週間だと…⁉︎まて!それは少しやり過ぎじゃないか?」

 

「私との約束を守れば済む話じゃない」

表情に焦りの色を浮かべるミラに対し、ルイズが淡々とした顔で言い放った。

 

「ぐぬぬっ…!」

ミラが唸ったがルイズは一切動じない。

このままでは、一週間クソまずい肉を食わされることになる。

 

ミラは考えた。

しかし考えてもどうにもならないのでミラは…

 

「誰か来たようだな、私が出よう」

別の話に切り替えることにした。

 

誰か来たというのは嘘では無かったらしい、確かに扉の向こう側…廊下の方から人間の足音が聞こえてきた。

ミラは扉の前で足音が止まるや否や、ノック音が聞こえてくる前に扉を開けた。

 

現れたのはフードで顔を隠した謎の人物、顔は隠れてわからないが、着ている衣服から女性だということだけはわかった。

 

何もしていないのに突然扉が開いたからか、フードの女は足を止めて一瞬呆然としていたが、ルイズの姿を確認した瞬間、早足でルイズの元に駆け寄った。

 

「ちょっと…!誰よあんた!」

 

「久しぶりね」

 

自分の方に向かってきた怪しい人物を前に、ルイズは警戒して杖を構えた。

しかし謎の女が声を発したと同時に、ルイズの警戒が少し解けた。フードの女の言葉の通り、聞き覚えのある声だったらしい。

 

「ずっと会いたかったわ!ルイズ・フランソワーズ!」

フードの女は顔を覆っていたフードを外し、嬉々としてルイズに抱きついた。

 

その顔を見た瞬間、ルイズの警戒は完全に解け、杖を持つ手を咎めるように強く握った。

そして同時に、その顔は驚きと嬉しさで満たされていた。

 

「姫殿下⁉︎」

そう、突然ルイズの部屋に訪問してきた人物とは、この国の…トリステインの姫君、アンリエッタその人であった。

 

 

 

 




投稿スピードが遅いので、話のテンポを進めました。

次回もこんな感じになると思います。


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土くれのフーケ

夜遅くに投稿します。

使っている機械の調子が悪く、時間がかかってしまいました。
本当にすみません。


ルイズはとても感激していた。

トリステインの姫君であるアンリエッタが自分に会いに、わざわざ訪ねに来てくれたらだ。

 

「いけませんわ姫殿下!こんな下賤な所にお一人で」

しかし相手は姫殿下である、こんな所を誰かに見られたら騒ぎになるかもしれない…ルイズは膝をつけながら、アンリエッタにそう言った

 

「そんな堅苦しい行儀はやめて、ルイズ・フランソワーズ。

今のわたくしはトリステインの姫君なんかじゃないわ、あなたのお友達である、ただのアンリエッタよ」

 

「もったいないお言葉です」

ルイズは頬を赤らめながら、心底嬉しそうに言った。

 

「本当に…久しぶりね…ルイズ・フランソワーズ。

ずっと会いたかったわ」

アンリエッタの目に涙が浮かんでいる、一国の姫というのも、色々と多難なのだろう。

ルイズはその涙を見て、心配そうな顔でアンリエッタの手をそっと握った。

 

「ごめんなさいね…お父様が亡くなって以来…ずっと心を開いて話せる人もいなくて…」

そう言って、自分の目から溢れる涙を指で拭き取るアンリエッタ。

ルイズにはアンリエッタの姿が、酷くやつれている様に見えた。

 

「…わたくしも…姫様に会えて本当に嬉しいですわ」

ルイズはアンリエッタを優しく抱きしめた。

 

「ありがとう…ルイズ・フランソワーズ」

アンリエッタも応えるようにルイズを抱き返した。

目はまだ潤んでいたが、その顔は喜びで染まっている。

 

「ほう…これが話に聞く姫殿下とやらか…」

ふと…蚊帳の外になっていたミラが、アンリエッタをじっくりと眺めながら、ルイズの隣でそう言った。

 

そしてその数秒後、ミラの腹からグゥーと、大きな音が鳴り響いた。

 

「あんたはッ‼︎姫様を相手に何てこと考えてるのよッ‼︎」

 

「い、いや…今のは偶然腹が鳴っただけだ」

怒号をあげて杖を突きつけるルイズに、ミラが両手を振って弁解する。

 

「その方は一体…?一緒の部屋にいるようだけど…」

首を傾げてルイズに尋ねるアンリエッタ。

それはそうだ、親友の部屋に…そもそも女子寮にこんな男がいれば、誰だって疑問に思うだろう。

 

「こ、こいつは私の使い魔でございます

…ほら、あんたも姫様の前でぼけっとつっ立ってないで」

ルイズがアンリエッタの前で改まりながら、ミラに対し視線を送った。

 

「いや…私は…」

嫌という程自分に突き刺さってくるルイズの視線。

それに対しミラは僅かに眉をひそめたが、一週間の食事抜きは嫌なので、渋々ながらもアンリエッタに向き合いその場で膝を付いた。

 

「お初にお目にかかります、アンリエッタ姫殿下。

私の名前はミラボレアス、我が主、ルイズ・フランソワーズの使い魔をさせていただいております」

始まりの龍やルーツとも呼ばれる…白いドレスの少女に習ったように、跪き丁寧に挨拶をするミラ。

因みにルイズのことをルイズ・フランソワーズと言ったのは、単にルイズの名をフルネームで覚えていないからである。

 

「ルイズの使い魔…?わたくしが聞いた話では、召喚されたのは黒いドラゴンだったはずなのですが…」

 

「ミラは人の言葉を解し、人の姿に変化する能力を持っています」

少し自慢気になるルイズ。

憧れであり友人であるアンリエッタに、自分の使い魔を紹介できるのが誇らしいのだろう。

 

「言葉を解し人の姿になれる…それって…まさか韻竜⁉︎

凄いわルイズ‼︎韻竜を召喚するなんて!」

まるで世紀の大発見でもしたかのように喜び、興奮するアンリエッタ。

 

実際とても凄いことだ、絶滅していたと思われていた生物を使い魔にしているのだから(我々の世界で例えるならば、ニホンオオカミをペットとして飼っているようなものだ)

大げさではなく、本当に世紀の大発見とも言えるかもしれない。

 

「お…お褒めいただき、光栄でございます」

顔を真っ赤にして照れるルイズ。

召喚できたのはただの偶然…その上自分のいうことなどろくに聞かないが、憧れの王女様にも褒められる立派な使い魔。

それを召喚できたことを、ルイズは改めて誇りに思った。

 

が…正確に言うと、喜ぶ二人には悪いが、ミラは韻竜ではなく古龍と呼ばれる別の種族である。

しかしそれらは人間の付けた総称であるため、違いなどあまり分かっていないミラには、わざわざ口に出してまで否定する気にはなれなかった。

 

「それはそうと…あなたも当然、翌日の品評会には出てくださるのでしょう?韻竜の使い魔さん」

 

「はい、そうさせていただく所存です」

 

「頑張ってくださいね、応援していますわ」

アンリエッタが太陽の様な笑顔をミラに向けた。

普通の男ならば、心が脈打つように揺れ動きそうな程の、可愛らしくて美しい笑顔だ。

 

「……さて、本当に名残惜しいですが、わたくしはそろそろ戻らないといけません」

アンリエッタが残念そうに呟いた。

 

短時間であれ、一国の王女が行方を眩ませれば、さっきも述べたように騒ぎになる可能性がある。

だから長時間ここに滞在しているわけにはいかないのだ。

 

ルイズとアンリエッタ…本音を言えば双方、どちらももっと一緒に話をしたいと思っているが、互いにそれはできないと分かっていた。

だからルイズも何も言わなかった。

 

「ここ数年間、最も楽しい一時でしたわ。

ありがとう、ルイズ・フランソワーズ」

 

「わたくしもですわ、姫様」

別れを止めることはできないが、二人はその分、互いに強く抱きしめ合った。

 

「では、ルイズに使い魔さん。

明日は楽しみにしていますわ」

アンリエッタが再び、フードで顔を隠しながら二人に言った。

 

扉を閉め、廊下を歩き去って行く頃には、口元しか顔は見れなかったが…

それでも確かに、ルイズにはアンリエッタの顔が、悲しみに歪んでいたのが分かった。

 

それが、久しぶりに再会した友人と過ごす時間が、短かすぎたことへの嘆きなのか…

それとも他にあるのか…

 

ルイズにはわからなかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

朝日に照らされる、トリステイン魔法学院。

朝日が登ったばかりであるため、辺りはまだほんのり薄暗い。

そんな中を、ロングビルは一人歩いていた。

 

薄明かりの庭は静けさに包まれていた。

動物の声も一切しない。ただ聞こえてくる音は、風の突き抜けるような音と、ゴゴゴという、奇妙な地響きにも近い何かだ。

 

この奇妙な音と薄暗さがあいまって、ロングビルの心は徐々に不安にかられていった。

 

一体こんな所でロングビルは何をしているのか…その答えは、ロングビルの目指す目的地にあった。

 

目的地に到着したロングビルの目の前に広がるのは、黒い鱗。

そう、ロングビルはオスマンの命令で、ミラボレアスを呼びに来たのだ。

 

「さて…どうしたものか…」

ロングビルが目を細めながら言った。

 

さっきの音の正体はこれなのだろう、目の前で大きないびきを立てて眠るミラボレアス。

要件を伝えるにも、相手が眠っていては意味がない。

だからと言って無理矢理起こして、もしも目覚めが悪かったりすれば命に関わる。

 

相手はオスマンという、スクウェアクラスのメイジですら警戒する黒龍なのだ。

注意を払いすぎるということはない。

 

しかしこのままでは一向に前には進まない、ロングビルはやるせない気持ちで、眠っているミラボレアスをただ眺めていた。

 

「…‼︎」

しかし次の瞬間、ロングビルの体はピタリと硬直した。

 

時間が経過し、辺りがほんのりと明るくなったからか、ミラボレアスが目を開いていたのだ。

 

ロングビルに緊張が走る。

自分でもわかる程に、杖を握る手の力が強くなっているのを感じた。

 

【だれだ?】

しかし黒龍から発せられたのは、意外にも穏やかな声であった。

その声を聞き、ロングビルはホッと胸を撫で下ろした。案外寝起きは良かったようだ。

 

【人間…それも女…見たこともないな…】

 

「私はこの学院の学院長、オールド・オスマンの秘書をしているロングビルと申します。

オールド・オスマンの命で、あなたを学院長室に案内しに参りました」

できる限り相手を刺激しないよう、丁寧な態度を試みるロングビル。

 

【学院長…よくわからんが、ここで一番偉い人間のことか?】

 

「その通りです」

 

ミラボレアスは少し黙り込んだ。

寝起きというのもあり、あまり頭がさえていないのだろう。

 

【…その学院長…オールド・オスマンとやらは優れたメイジなのか?】

 

「え?……あ、はい。

オールド・オスマンはハルケギニアでも数少ない、スクウェアクラスのメイジと言われています」

ロングビルは突然のミラボレアスの問いに、ほんの少しだけ疑問を抱いたが、ここで答えず無駄に機嫌を損なわせるわけにもいかないので、ロングビルは正直にミラボレアスの問いに答えた。

 

【スクウェア…ルイズの話では確か…四つに分けられる中でも最高クラスのメイジ…だったか】

 

ミラボレアスは自信を人間の姿に変え、ロングビルをまっすぐ見て言った。

「いいだろう、案内してくれ」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ロングビルに案内されたミラは、オールド・オスマンの居る学院長室に招かれていた。

 

現在学院長室の中にいるのは、案内をしたロングビルに…コルベール…学院長であるオスマン…そしてミラだけである。

 

「君に折り入って話があるのじゃが、いいかね?」

オスマンが威厳溢れる真剣な表情で、セコイアの机越しに話をきりだした。

 

「お前がオールド・オスマンか…

あぁもちろんだ、学院長直々の話というのなら、聞かなければ失礼だろう」

ミラが笑みを浮かべながら応えた、確かな実力を持つメイジを前に、心が高揚しているのだ。

 

一方で、コルベールはそんなミラを不思議そうな顔で見つめていた。

同時にコルベールは驚いていた。

目の前で悠々と座っているこの男が、本当にあの時の黒龍なのか⁉︎と…

 

「…で?話というのは一体何だ?」

 

「今日の昼間に、使い魔のお披露目を目的とした品評会が行われるのは知ってるかね?」

 

「あぁ知っている、この国の姫君が見学するからと、ルイズもバカに張り切っているからな」

ルイズだけではない、学院にいる他の生徒や教師までもが何日も前から忙しそうに準備をしていた。

この学院内にいる限り、知らない方がおかしな話だ。

 

「その品評会についてで…君には言いにくい話なのじゃが…」

言葉の通り、言いにくそうにしどろもどろと言葉を濁すオスマン。

相手は人間ではなく龍だ、今は大人しいが何がきっかけで機嫌を損ねるかはわからない。

だから尚更言い出しにくいのだろう。

 

「なんだ…?辞退ならできないぞ?私にも都合がある」

 

「いやいやそうじゃない。

……君には自分の正体を隠してもらいたいのじゃ」

 

「正体を隠す?」

意味のわからない頼みに、ミラは若干間の抜けたような顔になる。

 

「人間の姿に変化できることや、人の言葉を扱えることなど…王室を含む学院外の者達にそれらの事を隠し通して、君には普通の竜として振舞って貰いたいのじゃ」

 

「何故だ?隠して何の意味がある?

だいたい、既にこの学院の連中には知れたことだろう」

オスマンの言いたいことは分かった、しかしなぜそんなことがしたいのか、その意図まではよくわからない。

 

「人間の世界では韻竜は絶滅したとされる生き物じゃ。それが生きていることを欲深い者達に知られれば、君や周りの人間にも被害が及ぶかもしれん。

もちろんこの事はこの学院の者達にも呼び掛ける……それでどこまで通じるかはわからんが…

…頼む、君自身の安全の為にも、聞き入れてはくれんか?」

 

「私の身の安全など不要だ。

お前達の助けなどなくとも、自分の身くらい自分で守れる」

ミラが「不愉快だ」とばかりの顔をオスマンに向けた。

 

自分よりも格下である人間に守られるなど、始祖の龍に近い存在としての、自分のプライドが許さない。

しかし面倒事に巻き込まれるのはミラとしても好ましくない。

相手が自分の求めるような強い人間ならば大歓迎だが、虫ケラのような輩に集まられてもうっとおしいだけである。

 

「だが…まぁいい、そんなことくらいなら聞き入れよう」

 

「助かる」

ミラが顔を歪めたのには肝を冷やされたが、意外にもあっさりと聞き入れてくれたことに、オスマンはホッと一息ついた。

 

「…とは言ったが、残念ながらトリステインの姫には既にバレている」

 

「今なんと…⁉︎」

 

「昨日ルイズの部屋に訪れていた時に、そのまま正直に話してしまった。

いや…すまない、まさか都合の悪い事だとは思わなかったのでな、悪かったよ」

重大なことをサラリと言い放ったミラに対し、驚愕するオスマン。

それに対し謝罪するミラだが、言葉とは裏腹にその様子からは全く悪気を感じられない。

 

「…そうじゃったか、それは困ったのう…

だからできれば昨日の内に話しておきたかったんじゃが…」

頭を抱えて考え込むオスマン。

 

昨日にこの話を切り出せなかったそもそもの原因は、アンリエッタ王女の来訪にあった。

学院をあげての歓迎式の準備に、王室の者達との会談、おまけにアンリエッタ王女の人騒がせな失踪事件…それらによって話す時間が無かったのだ。

 

とは言っても、もうとっくに過ぎてしまった話だ。

過去のことを今更言ったところで、現在が変わるなんてことはない、今は姫様が他人に話していないことを祈るしかないのだ。

 

オスマンは苦々しい表情で溜息をこぼした。

「ふむ…仕方ない…

姫殿下にはわしの方から何とか言っておこう」

(姫殿下が話のわかる方ならいいのじゃが…)と、オスマンが頭の中でつけ加えた。

 

「なら話は終わりだな、私はおいとまさせてもらおう」

そう言ってミラは席から立ち上がり、背後にある扉に手を掛けた。

 

しかしその手は、扉に数セントの隙間を開けたところでピタリと止まった。

理由は背後から声をかけられたからだ。

「何だ?」

首を傾げながら声の方向に振り向くミラ。その視線の先にいるのは、コルベールである。

 

言いたいことが引っ込んでしまったのか…自分から声をかけたにも関わらず、聞き返されて困ったように頭をかくコルベール。

「あっ…いや……学院長の話…私の方からも頼んだよ」

明らかに他に言いたいことがあったのがわかる、違和感のある、含みを込めた言い方だった。

 

ミラも薄々それを感じていたが、わざわざ掘り下げてまで聞く気にもなれなかったので「分かった」とだけ言い、今度こそ扉の外へと出て行った。

 

部屋の中にバタンという、扉が閉まった音が鳴り響く。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

現在、トリステイン魔法学院の広場にたくさんの人が集まり大いに賑わっている。

いよいよ使い魔のお披露目会が始まったのだ。

 

大多数の二年生達が皆、この時を今か今かと待ちわびていたことだろう。

あるものは緊張でガチガチになり、あるものは自信満々でどっしりと構え、あるものは優勝を目指して自らの使い魔と共に燃え上がっていた。

 

当然ルイズも、そんな生徒達と同様に気分が高まっていることだろう…

かと思ったが、現在ルイズは大変ご立腹であった。

「もぉー!あんたが朝からどっか行ってたせいで、結局本番への打ち合わせも何もできなかったじゃない‼︎」

 

【仕方ないだろ、学院長に呼ばれていたんだ。

それに私に考えがあると言っただろう?打ち合わせなどいらん】

 

「その考えってのも、何なのか聞いてないんだけど」

 

【時期分かる、そろそろ…前に五人程度だろう】

ジト目で睨みつけるルイズを他所に、ミラボレアスが舞台の方へと目をやった。

舞台では丁度、ギーシュとその使い魔であるヴェルダンデが退場しているところであった。

因みにパフォーマンスは、薔薇を加えたギーシュとヴェルダンデがキザったらしいポーズをとるというものだった。

 

評価は良かったようで、たくさんの観客から惜しみない拍手をもらっている。

言っておくが、決してギーシュのパフォーマンスが受けたからではない。

純粋にギーシュの使い魔、ヴェルダンデが高く評価されたのだ。

 

ヴェルダンデが最も驚かれた点、それは成長速度の凄まじさである。

ギーシュに召喚されたばかりの頃…使い魔召喚儀式の時のヴェルダンデの大きさは、精々小型のモグラ程度のものだった。しかし今現在のヴェルダンデの大きさは1メイル以上ある…たった一ヶ月程で、人を乗せてもビクともしない程に逞しく成長しているのだ。

 

これだけではない、他にもヴェルダンデには驚かされる点が幾つも存在する。

まずはその体の特徴である。最初はその体の大きさや、地中を掘り進む特技を持つことからモグラの一種か何かだと言われていたが、よく調べるとまったくちがう生物なのである。

上顎に生えている二本の牙を除けば鯨にも見えるが、鯨には無いゴツゴツとした硬い岩のような肌が特徴的である。

中には龍の一種なのではないか…と称える者もいるが、推測の域を出ていない。

 

ともかく、それらの点からヴェルダンデはかなりの高評価をもらったようだ。

 

 

ヴェルダンデに続いて登場したのは、キュルケの使い魔フレイムであった。

その評価は想像通り、かなりのものである。

 

火龍というだけでも相当だが、中でもフレイムは珍しい種類のものだった。

その名は“リオレウス” 場所もわからぬ程に遥か遠くの土地から伝わってきた名称だ。

 

「フレイム‼︎」

キュルケの指示でリオレウス…もといフレイムは空高く舞い上がった。

とある土地では“空の王”とも呼ばれていたリオレウス、力強い飛翔で観客の目を集めた。

 

しかしそれだけでは終わらない。

「フレイム!」

キュルケが2度目の指示を出した。

 

キュルケの指示に従い、フレイムが今度は火を吐いた。

メラメラと燃える赤い火の玉は空中で膨張し、巨大な火の輪へと変わってゆく…

そして急降下するフレイム、フレイムはその抜群の飛行能力で、自らの作り出した巨大な火の輪を猛スピードで突き抜けた。

 

フレイムの体に撃ち抜かれた火の輪は、その風圧で散り散りに四散し、美しい火花を残して消滅した。

 

フレイムの着地の瞬間、観客席から大きな歓声が沸き起こった。

珍しい炎のドラゴンに、美しいパフォーマンス、それらが審査員の心をガッシリと掴み取った。

 

キュルケ自身にとってもこれ以上ないできであった。

おそらくギーシュのヴェルダンデも越え、今年の最高得点を叩き出しただろう。

 

 

刻一刻と迫ってくる自分の番、自分達の前にいるのは後三人…この三人退場したら、次は自分達の番だ。

宿敵キュルケの高評価に、ルイズの緊張は更に高まった。もし失敗すれば、この一週間程はキュルケに嫌味ったらしい自慢話を聞かされるという、嬉しくない特典がついてくるからだ。

 

【言っておくが、目の前で人の姿になる…何てことはできないぞ?】

 

「分かってるわよ」

他の誰かには聞こえないように、そっとルイズに耳打ちをするミラボレアス、オスマンとの約束はちゃんと守るつもりのようだ。

 

「あんたは韻竜ではなく、普通の竜として扱わないといけないんでしょ?」

ルイズも品評会が始まる前にコルベールから話を聞いていたので、その事については知っていた。だからそれをパフォーマンスに取り入れようなんてつもりはない。

 

しかし不安は無くならない、ミラボレアスは今もまだ自分の考えとやらを教えてはくれない。

「本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

【あぁ、もちろん、いけるはずだ】

不安を隠せないルイズとは対照的に、ミラボレアスはやけに自信満々だ。

 

「・・・・・」

ルイズは溜息をつきながら、舞台の方に目をやった。

残りは後一人、丁度タバサがシルフィードの背に乗り、空を飛んでいた。

 

荒々しく豪快に空を飛ぶフレイムに対し、シルフィードは華やかに美しく空を舞っている。

対照的だが双方どちらも評価は高い、しかし飛行能力においてだけは、主人を乗せても難なくそれを行えるシルフィードの方が上手だろう。

 

おそらく今年の優勝者は、キュルケのフレイム…タバサのシルフィード…このどちらかだ。

 

少なくとも、今現在の時点では確実だろう。

 

「続きまして、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」

名を呼ばれた。いよいよ出番が来たのだ。

 

ルイズは後ろにミラボレアスを引き連れて舞台へと上がった。

 

ミラボレアスも先のフレイムやシルフィードと同じドラゴンであるが、歓迎の拍手の音は小さい、皆ミラボレアスに威圧され恐縮しているのだ。

いくら檻の中とはいえど、巨大な猛獣を目の前にして平然とできる人は少ない、それと同じである。

いや、自分達とドラゴンの間に何の隔たりもない分、こちらの方が威圧感があるだろう。

 

「ご紹介します。私の使い魔ミラボレアスです。

種族はドラゴンです」

観客の何人かが「おぉー」という声を漏らした。今までに類を見ない程に獰猛そうなドラゴンだからだ。

 

「今から私の使い魔、ミラボレアスの特技を披露します」

そうルイズが言い終わると同時に、ミラボレアスが前へと進み出た。

 

前に立ったミラボレアスは紅い眼球で辺りを見回した。見知った顔に見たことのない顔、様々な顔がこちらを見ているのがわかる。

 

そしてミラボレアスはゆっくりと正面を向き、思い切り息を吸い込んだ。

ゴォオオオオと、風の音が響いてくる程に、ミラボレアスの喉奥に流れていく大量の空気、それらは一気に体内に送り込まれ、ミラボレアスの肺を膨らませる。

 

まるで空気ごと辺りを飲み込もうとしているかのような勢いに、ルイズを含む観客達全員が戦々恐々とした表情に変わった。

全員が悪い予感を抱いたのだ。

 

風の音はピタリと止まった。

同時にミラボレアスの体から熱が発せられた。

 

熱は次第にミラボレアスの口へと移動していき、そのまま豪炎となって吐き出された。

豪炎は勢いを衰えることなく、巨大な球体の形のまま宙を突き進む。

 

嫌な予感は見事に的中した。

 

その強大なエネルギーを持つ炎の球体は、触れる物を皆焼き尽くし、ドロドロに溶かす。

それは岩や鉄といった強固な物体も例外ではなく、ミラボレアスの火球は城壁の一部を抉り取った。

 

【フッ…】

自慢気にドヤ顔をルイズに向けるミラボレアス。

しかしとうのルイズにはそんなものに目を向ける程の余裕はなかった。

ルイズは無残に焼き焦がれ大穴を開けた城壁を前に「主としての責任」という言葉を頭に浮かべながら、オスマン達教師陣と共に顔を真っ青にしていた。

 

 

ーーーーーーー

 

 

発表会は一時中断となった。

当然だ、学院の城壁が大きく損傷しているのだから。

 

ルイズの方は姫殿下のおかげもあって、幸いにも厳重注意だけで事が済んだようである。

 

しかし機嫌は最悪、その怒りは当然ミラボレアスへと向けられた。

「この馬鹿ドラゴンッ‼︎何を考えてんのよ‼︎」

 

「バカはないだろ、私だって頑張ったんだ」

ルイズの自室で正座させられ、嫌そうな顔をするミラ。

 

「頑張る方向が大はずれなのよ!

というか、今までさんざん内緒にしてきたのって、結局あれのこと⁉︎」

 

「あぁそうだ、迫力あっただろう?」

 

「ありすぎよ‼︎」

 

「何をそんなに怒ってるんだ?壊れた所は自慢の魔法で直せばいいはなしだろう?」

 

「そういう問題じゃない!」

悪びれる様子の見えないミラに対し、更に怒りを増すルイズ。

ミラの言い分も理解できなくは無いだろう、いくら壊れようが簡単に戻せるのなら問題ない。

しかし人間社会ではそうはいかない。例え全てが元どおりになろうと、やったことは認めなければならないし、それを反省しなくてはならない。

とは言え、人間ですらない全く価値観の違うミラにそれを言っても、意味などまったくない。

そもそもあれだけ派手にぶっ壊したら、いくら優秀なメイジの集まるこの魔法学院といえど、そうそう簡単には直すことはできないだろう。

 

「ハァー…」

湧き出る怒りは空回り、聞き入れるという言葉のきの字すら感じられないミラの様子には、ルイズもため息しか出てこなかった。

 

「ミス・ヴァリエール」

コンコンというノックの音の後に、ロングビルの声がルイズの部屋に響いた。

 

「何か…ようでしょうか?」

話の途中で中断されたというのもあり、内心若干のイラつきを抱きながらも、ルイズはロングビルへの応対のために自室の扉を開いた。

 

「学院長、オールド・オスマンがお呼びです、少しご同行をお願いします」

ルイズに再度、嫌な予感が襲いかかった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

ロングビルに連れられたルイズはオスマンの学院長室に案内されていた。

 

またもや嫌な予感が的中しそうだ。

部屋の中には学院の教師達が重苦しい顔で集結しており、何故かその中にはキュルケとタバサの姿が見られた。

 

「よく来たのう、ミス・ヴァリエール」

オスマンに促されセコイアの机の前に移動するルイズ。

いかにも何かが起こったであろう教師達の表情に、不安が募っていった。

 

「あの…やっぱり私の使い魔の事…ですか?」

恐る恐るオスマンに尋ねるルイズ。

 

「あぁ、正しくその事じゃ」

オスマンの言葉に「やっぱり」と、ルイズがうな垂れた。

 

「“土くれのフーケ”世間を騒がせている泥棒の名前でな…恥ずべき事にこの学院に侵入を許してしまい、ある物が盗まれてしまってのう…」

 

「そんな‼︎そんな輩となんて、私は一切関わっていません‼︎」

 

「慌てるでない。

勿論じゃ、君が土くれのフーケと共謀していただのとは微塵も思っちゃおらん」

不安のあまり混乱するルイズに対し、オスマンが「落ち着け」と手で促した。

 

「じゃがちとばかし…土くれのフーケが宝物庫から盗み出した方法に問題があるのじゃ」

 

オスマンはゴホンと咳払いし、ゆっくりとこう言った。

 

「どうやら土くれのフーケは…君の使い魔があの時放った炎によって、偶然開けられた穴から侵入したらしい」

 

(あ…あ…あの馬鹿ドラゴン!!!!)

この時、ミラボレアスに対する、本日何度目かのルイズの雷が落ちた。

 

 

 




少し今回も急ぎ気味、次回はvsフーケ。
次回こそは真剣に書いていきたいと思います。

では、また次回。


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破壊の杖

前回や前々回よりは早く投稿できました。


土くれのフーケは幸運であった。

 

自身の得意とする“錬金”の魔法すら通じないほど、この宝物庫には頑強な“固定化”の魔法がかけられているが、確かな筋の情報によると、物理的な力を防ぐ魔法はかけられていないらしい。

 

しかしこの城は元々、戦にも使用できる程に頑丈な作りだ。三十メイルもの巨大なゴーレムの拳を食らわせようと、数メイルもある分厚い壁を打ち壊すことはできない。

 

今日は年に一度の二年生達による発表会だ。

王室の者達が来訪してきたのは予想外だが、その状況で盗み出してこそ、王室と貴族達の無能さを証明でき、かつ自らの優越感を更に満たせるというものだ。

おまけに大多数の目が発表会の側に向いている、盗み出すなら今が好機だ。

 

しかしこの宝物庫を開けることができないのなら、結局はどうすることもできない。

どうしたものか、と頭を悩ませるフーケ。

 

そんな時だった。

どこからか、遠くからヒュルルルという風を切る音が聞こえてきたかと思えば、どこからともなく巨大な火の玉が突然飛んできたのだ。

 

圧巻だった。

呆然としている内に火の玉は、丁度宝物庫がある場所に真っ直ぐ向かっていき、そのままぶち当たった。

辺りに爆発音が響き渡り、瓦礫や火の粉が雨の様に降り落ちた。

 

そして、一瞬美しいとすら思わせる破壊を受けた宝物庫の壁は、巨大な風穴を開けて崩壊した。

 

フーケは驚き立ち尽くした。

しかしラッキーだ、あれだけ手こずらせた守りが勝手に壊れたのだから。

もう目当ての品…“破壊の杖”と自分とを隔てるものは1つもない。二度と訪れないであろう好機、まるで天までもが自分に味方しているかのようだ。

 

フーケは嬉々として破壊の杖を持ち去った。

この束の間の幸運が、後になって大きな不幸に繋がるとも知らないで…

 

 

ーーーーーーーー

 

 

深い森の一本道を馬車が走っていた。

乗っているのはルイズ、キュルケ、タバサ、ロングビル…そしてミラ。

その目的はただ1つ、土くれのフーケの討伐だ。

 

危険故、大人である教師達ですら誰も名乗りを上げなかった任務、だというのに、まだ子どもである3人の生徒がこの討伐任務に駆り出されていた。

 

勿論、教師側がルイズ達に対して無理矢理押し付けた訳ではない。

この編成には理由があるのだ。

 

事の発端はルイズ…その使い魔ミラボレアスが原因ではあるが、だからと言って誰もルイズに行けとは言わない、先の通り大人でも躊躇する危険な任務だ、罰則だろうとまだまだ未熟なメイジに軽々しく言えるものではない。

 

しかし、それでもルイズは自ら率先して言い放ったのである。はっきりと、私が行くと。

自分自身に課せる罰だとか、そんなものでは断じてない。

自らの…貴族としての誇りの問題だ。

もしここでフーケを捕らえることができれば、今まで自分をゼロと馬鹿にしてきた者達を見返す事ができると、そう考えたのだ。

 

キュルケとタバサは逃げるフーケを直接目撃したという理由で、やはり自ら名乗りを上げた。

もっとも、キュルケの場合はヴァリエールであるルイズへの対抗心だろう。

タバサの方はそんな二人を心配しての同行だ。

 

「この森を抜ければ、土くれのフーケが潜伏していると思われる小屋が見えます」

案内役であり、馬車の手綱を握るロングビルがそう言った。

 

敵の根城はすぐそこだ。

だというのに、馬車の上からはまったく緊張感を感じられない。

 

それもそのはずだ、何せ今回の任務を引き受けた3人のメイジ達には、一人を除いて実戦経験というものが皆無なのだ。

もっとも、貴族の生まれ…それもまだ学びを受けている学院の生徒であるため、当然とも言えるかもしれない。

 

しかし敵であるフーケにはそんなものは御構い無しだ。

相手が誰であろうが、自分を討伐するべくやって来た相手だ、それ相応のもてなしをするだろう。

 

現在討伐隊の中で、臨戦状態に入っているのはタバサただ一人だ。

他の二人は油断しきっている、ルイズの従者である、ミラボレアスも例外ではない、ご機嫌に口笛を吹いている。

これも当然と言えるだろう、圧倒的強者であるミラボレアスには、トライアングルクラスのメイジであろうと取るに足らない存在なのだから。

 

しかし油断や慢心とは恐ろしいものだ、足元をすくわれる可能性だって十分にある。

 

「馬車では目立ちます。

ここから先はフーケに警戒されないように、徒歩で行きましょう」

多少の不安を残しながらも、討伐隊を乗せた馬車は目的地の付近に停車した。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

「ここが…フーケの潜伏している場所?」

静かに尋ねたルイズに、ロングビルが無言で頷いた。

 

見た目は所々に木材の劣化が見られる、ただのくたびれた住み開き小屋だ、とても人が住んでいるようには思えない。

しかしここはあくまで一時的に潜伏している仮住居に過ぎない。それに見た目のボロさから、いいカモフラージュになるだろう。

 

討伐隊の一同はゆっくりと、音を立てずに小屋の周りを囲んだ。

敵は目と鼻の先、しかも自分よりも格上のメイジだ。

先ほどまで危機感の欠片もなかった二人にも、確かな緊張感が駆け巡っていた。

 

「ふむ…人間の臭いがあまりしないな…

中には誰もいないようだ」

 

「…罠も仕掛けられてないみたい」

ミラが鼻を使い、タバサが杖を振って、小屋の中に危険が無いかを確かめた。

 

そしてタバサはそのまま扉の取手に手を掛け、小屋の中に突入した。

小屋の中も外見と同じくらいに荒れ果て、ボロボロになっている。

「…やっぱり、もぬけの空…」

 

「私達は一応中も捜索するわ。

…ま、無駄だとは思うけどね」

 

「なら私は外を見張っておくわ」

 

「では私は辺りを偵察してきます」

 

タバサ、キュルケ、ミラが小屋の中を…ルイズが小屋の外を…ロングビルが更にその周辺を、それぞれ役割を決めてフーケの手がかりを探した。

 

「随分と埃っぽい場所だな」

ミラがむず痒そうに顔を歪めながらそう言った。

確かに部屋の中は、歩くだけで埃が飛び散る程に汚れている。

 

「ほんと、おかげで服も汚れちゃったわ。

早く済ませて、こんな所出ちゃいましょう」

 

愚痴を溢すミラとキュルケを尻目に、黙々と捜索を続けるタバサ。

その手は埃だらけのこの部屋では目立つ、やけに小綺麗な箱に触れて止まった。

「…破壊の杖」

 

「本当に!!?」

タバサの小さな言葉に反応したキュルケが、大慌てで彼女に駆け寄った。

 

普通の人間の倍近くはある巨大な箱だ、小柄なタバサの隣に並んでいるのでさらに大きく見える。

確かにそれは、学院長から事前に知らされていた物と同じものである。

 

「まさか…こんな簡単に⁉︎」

キュルケが驚くのも無理は無い、フーケにとって破壊の杖は苦労して手に入れた貴重なお宝だ。

それがこんなボロボロの部屋の壁に、無造作に立てかけられているなど、考えられないことだ。

 

当然罠の可能性も考えたが、先程と同じようにタバサが杖を振っても何の反応も見られない。

この重量からして空というわけでも無さそうだ。

 

「…とりあえず、中身を確認してみましょうか?」

キュルケの提案に無言で頷いたタバサは、そのまま箱を開いた。

 

「…これが…破壊の杖…話に聞いてた通り変な形ね」

その大きさもさることながら、その形状は杖というよりも、騎士などが使う大きな槍に近い。

しかしその先端には、まるで大砲のような銃口が備わっている。

武器というのは分かるが、槍でもなければ銃でもない…本当に奇妙な形をしている。

 

「……これは…」

 

「何か知ってるの?」

ミラ小さく呟くミラに対して、タバサが尋ねた。

ハルケギニアではまず見ることは無い武器…だがミラには確かに見覚えがあったのだ。

 

しかし破壊の杖についての情報は、ミラの口から発せられることはなかった。

突然、外で見張りをしていたルイズの悲鳴で掻き消されたからだ。

 

「今の声は…ルイズ⁉︎」

悲鳴に驚いた3人は急いで扉の方へ振り向いた。

その瞬間、小屋の天井はミシミシという音を立て、まるでテープでも剥がすかのようにいとも容易くゴーレムによって引き剥がされた。

 

「ゴ…ゴーレム!!?」

青空の見える、ポッカリと空いた天井の穴から3人を見下ろす巨大ゴーレム。

その突然の出現に、若干パニックに陥るキュルケ。

奇襲を仕掛ける筈が逆に奇襲されたのだ。驚くなという方が無理な話である。

 

そんな中、冷静に行動に移ったタバサは杖を構え、迅速に詠唱終え風の魔法でゴーレムを攻撃した。

風は渦を巻いて小型の竜巻となってゴーレムに激突する。

しかしゴーレムはまったくの無傷、ビクともしない。

 

キュルケが胸に刺した杖を取り出した。

タバサの行動で落ち着きを取り戻したのか、今度はキュルケが炎の魔法によって攻撃する。

しかしこれまた無傷、多少煙があがるものの、やはりビクともしない。

 

「やっぱ無理よ!こんなの相手に!」

キュルケがヒステリック気味に叫んだ。

 

「ここは…一時撤退した方がいい」

そう言って、タバサとキュルケは走ってゴーレムから距離を置いた。

 

走り去る二人を追うため、ゴーレムが大股の一歩を踏み出した。

しかし二歩目は出ない、ゴーレムは背中に何かが弾けたような衝撃を受け、体をピタリと硬直させた。

 

衝撃の正体はルイズだった。

ルイズがゴーレムの背後で、がむしゃらに杖を振って魔法を使用していた。

 

「何してるのよルイズ!」

キュルケが叫けぶが、ルイズは一向にその場から動こうとはしない。

それどころか、更に杖を振って無駄な攻撃を続ける始末だ。

 

「そんな攻撃であのゴーレムを倒せるわけないでしょ!あんたも早く逃げなさい!」

 

「私は逃げない‼︎」

キュルケの言葉を無視し、ルイズは更に攻撃を続けた。

しかし表面の岩がほんの少し剥がれただけで、依然としてゴーレムにダメージは見られない。

 

「その通りだルイズ、見てわかるだろ?

こいつはお前の手に余る」

今まで傍観していただけだったミラが、キュルケに続いてルイズの説得に出た。

もっとも、ミラの場合は心配からではなく、ゴーレムと一対一で戦いたいがための、邪魔者の排除を目的としたものなのだが…

 

「うるさいわね!そんなのやってみなくちゃわからないわよ!」

ルイズはミラの声も振り払い、杖を持つ手を強く握った。

 

無謀な戦いだ。

相手はルイズの攻撃を喰らっても毛ほども効いていない。

逆にもし相手の攻撃がルイズに降りかかれば、ルイズは簡単に潰されてしまう。

それほどまでに物量差があるのだ。

このまま続けても、勝敗はわかりきっている。

 

しかしルイズは逃げだそうとはしなかった。

決して背を向けようとはしなかった。

 

何故なら…

 

「私は貴族よ‼︎

魔法を使える者を総じてそう呼ぶんじゃない!」

 

ルイズは杖を前方に掲げ、堂々と言い張った。

 

「敵に背を向けないのが、貴族というのよ‼︎」

ルイズは再度杖を振った。何度も何度も、杖が空を切った。

それと同じ回数、ゴーレムの体から小さな爆発が巻き起こった。

 

しかし効かない。

数度の爆発は、ゴーレムの表面の土や岩を削ぎ落とすことには成功したが、その程度の損傷は一瞬にして修復してみせた。

 

ゴーレムは一切足を止めることなく、一歩一歩確実にルイズの元へと近づいてゆく。

硬い拳を振り上げ、確実にルイズを潰せる一撃を振り下ろそうとしている。

 

当然ルイズに、その一撃を防ぐ術などは存在しない。

 

そしてその拳は、無情にもルイズの真上から、勢いよく振り下ろされた。

 

ルイズは青ざめた顔で、ギュッと強く目を瞑った。

死を覚悟したのだ。

 

 

しかし…いつまでたっても、ゴーレムの拳は自分の体に落ちてはこなかった。

不思議に思い、ルイズは恐る恐る閉じていた目を開いた。

 

目の前にはミラがいた。

片手で破壊の杖を抱えながら、もう片方の腕でゴーレムの拳を受け止めていた。

 

紅い目が無言でルイズを見下ろしている。

 

やがてその紅い目は、ゆっくりと歪んでいった。

「グハッハハハハハハハハハハハ!!!!」

ミラの狂ったような笑い声が響き渡る。

 

「魔法も使えん貧弱なメイジがッ!あの巨大なゴーレムを前にッ!戦うだぁ⁉︎背を向けないだぁ⁉︎笑わせる‼︎」

ミラはルイズの顔に限界まで自分の顔を近づけながら、馬鹿にするかのように、歪んだ紅い目にルイズの姿を写した。

 

「この圧倒的不利の状況で、立ち向かうなど愚の骨頂!馬鹿のすることだ‼︎

少しでも勝機があるとでも思うか!!?ほんの少しでも⁉︎立ち向かえば勝てると、本気で思ったのか!!?」

 

「な、な…何よ…!」

自分の覚悟を笑われた。自分の、貴族としてのプライドを…

同時に目からは涙が溢れた。

これが駄目なら、自分はどうやったら馬鹿にされなくなるんだ?と…

ゼロ…ゼロ…ゼロ…と、魔法の使えない自分は、今まで何度も何度も馬鹿にされてきた。

ならばこうするしかない、一流のメイジでも捕まえられない盗賊…土くれのフーケを捕まえる。

そうすれば、もう誰も自分を馬鹿にする者はいなくなる。

しかしそれは否定された。お前にはできないと…

ならばどうする?いや、どうすることもできない。

ルイズは劣等感に押し潰されそうになりながら、必死に反論しようと口を開いた。

 

しかしそれは、自分を見つめる、愛惜しい者を見るかのような視線によって塞がれた。

 

「…いいだろう…少しは認めてやる、お前は私の主だ」

ミラがニヤリと笑った。

 

瞬間、ゴーレムは突然飛んできた炎と風の攻撃によって、バランスを崩しその場で倒れた。

ゴーレムの拳から解放されたミラは、直ぐに空いた手でルイズを抱えその場から離れた。

 

「ルイズ!」

先の攻撃の正体はキュルケとタバサ、そしてその使い魔であるフレイムとシルフィード、それぞれの魔法とブレスであった。

 

ゴーレムが退いたのを確認したキュルケは、その場でフレイムから飛び降りてルイズの元へと駆け寄った。

そしてそのまま、ルイズの頬を思いきり引っ叩いた。

「あんた何考えてんのよ‼︎

確かに…立ち向かうことだって大事かもしれないわ。

でも…死んだら意味ないじゃない!」

 

ルイズは無言だった。

赤くなった頬を手で押さえながら、ただ俯いていた。

 

別にルイズだって、ミラと違って戦うことが好きなわけではない。

ただ悔しかったのだ…悔しくて悔しくて仕方なかったのだ。

その心情は、ルイズの目から溢れ出る涙が物語っている。

 

「悔しいなら、その悔しさをあれにぶつけてみろ。

宣言通り戦って、あれを破壊してみせろ」

ミラが横目でルイズを見ながら、再び立ち上がったゴーレムを指さした?

 

「あんた何を言って…!ルイズを殺させる気⁉︎」

 

「落ち着けよ。何も勝算無くして言ってるわけではない」

睨みつけるキュルケを尻目に、ミラは破壊の杖を箱から取り出した。

 

「これを使えば、あのデカ物を破壊することだって可能じゃないか?」

 

「破壊の杖⁉︎…でも、使い方なんてわからないわよ」

 

「私にはわかる。

…なんとなくだがな」

見ると、ミラの左手のルーンが強く光っている。

 

ミラは破壊の杖を弄びながら、ゆっくりと俯くルイズに近づき、こう問いた

「さてルイズよ…どうする!?

私が今ここで、あれを破壊することは容易い。

だがそれで、お前の信念は⁉︎プライドは⁉︎お前の渇きは潤うか⁉︎

選べ!プライドも何もかも捨て去って私にこうべを垂れるか…!武器を取って戦うか…!決めるのはお前だ」

 

ミラの提案した絶好のチャンス…そのチャンスにルイズは震撼した。

答えは1つだ…

 

「そんなの…決まってる…!」

ルイズは拳を固く握って、涙を拭いて前を見た。

 

「私を誰だと思ってるの⁉︎

私は!ヴァリエール家の三女!フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ‼︎戦ってやる…!戦ってやるわよ!」

ルイズは鳶色の瞳をメラメラと燃やしながら、しっかりと地面を踏み締めそう叫んだ。

 

「分かったら、早くそれを渡しなさい‼︎我が使い魔、ミラボレアス‼︎」

 

「了解」

ミラボレアスはニヤリと笑った。

魔法も使えない、小さなか弱いメイジ…自分が少しでも力を振るえば、簡単に潰せそうなほどに小さな存在だ。

しかしその姿が…杖を握って啖呵を切るその姿が…

早朝にかかる薄い霧程に僅かだが、あの屈強なハンター達の姿と重なった。

 

だからこそミラボレアスは、自分の獲物をルイズに譲ってみようと考えたのだ。

 

「ッ…⁉︎重っ!

あんたよくこんなのを片手でもてたわね…!」

ミラに手渡された破壊の杖を、ルイズは端を地面につけながら辛うじて両手で支えていた。

破壊の杖は2メイルをゆうに超える程の巨大な武器だ、小柄なルイズではまともに扱うことなどできない。

 

「持てないのなら誰かに支えて貰えばいい、もともと人間一人の力など、高が知れているのだからな」

 

「そうね、じゃあキュルケ!」

 

「え⁉︎」

 

「早くしてよ!ゴーレムがこっちに来てるんだから!」

ルイズが指さす、確かに、完全に修復を完了したゴーレムがこちらに近づいて来ているのが見える。

 

「…しかたないわね」

キュルケが後ろから破壊の杖を支え、その後をタバサが続いた。

 

「…で、どうやって使えばいいの?」

 

「準備は私がしよう、お前はただ引き金を引けばいい」

そう言ってミラは、馴れた手つきで破壊の杖を弄り始めた。

破壊の杖…ミラはこの武器を見たことはあったが、その使い方までは知らなかったはずだ。

これも左手のルーンの力なのだろう。

 

「飛距離はあまり無い、ギリギリまでひきつけてから撃て。

よく狙えよ、絶対に外すな、一発撃てば暫くは撃てんからな」

耳元でそう呟くミラに、ルイズは黙って頷いた。

 

集中しているのだ。

ゴーレムは自己修復能力を持っている、足など狙っても効果は無い、確実に中心を狙わなければならない。

飛距離もないこの武器で、三十メイルものゴーレムの中心を狙うならば、ゴーレムがギリギリまで接近してきた所を狙うしか無い。一歩間違えれば潰される程ギリギリにだ。

 

瞬間、ゴーレムの動きが変わった。

さっきとは比べものにならない動きだ。一気に勝負を仕掛けに来たのか。

 

急な変化に、ルイズはパニックになりかけたが、気力で無理矢理それを押し殺し、巨大な引き金を強く握った。

破壊の杖の先端にエネルギーが充填されていくのを感じる、膨大な熱を感じる。

 

そしていよいよ、ゴーレムの足がルイズの前方1メイルを踏んだその瞬間、ルイズは破壊の杖をゴーレムの中心に向け、その爆発的なエネルギーを放った。

 

 

その一撃の名は…“竜撃砲”。

 

竜のブレスを人工的に生み出したその攻撃は…正に、一撃必殺!!!

 

 

ゴーレムはその体の中心に巨大な爆発を受け、修復不可能な程にバラバラに砕かれた。

同時にルイズ達は、今の一撃の反動によって後ろ向きに勢いよく倒れた。

 

「……やった…勝った…!」

 

「でも…こんなに強烈な反動がくるんなら、あらかじめ言っといてほしいわ」

 

「…同意」

ヨロヨロと砂を払って立ち上がる3人が口々にそう言った。

目の前には、ゴーレムの足だったものだけがポツリと立っている。

 

「それにしても…すごい威力ね、破壊の杖。

でもさっきからずっと煙が出てるけど、大丈夫かしら?」

地面に転がる破壊の杖を見ながらそう言った。

破壊の杖からは黒い煙がブスブスと溢れ出ている。しかしこれは溜まった熱を排熱している為出ている煙なのであって、むしろ正常に作動している証拠である。

 

そうとは知らないルイズ達は心配になり、破壊の杖についてやたらと詳しかったミラに聞こうとしたが…

 

「ミラの姿が…どこにも無い」

どさくさに紛れ、どこかへ行ってしまったようだ。




次回は土くれのフーケvsミラボレアスです。

ではまた次回。


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土くれの足掻き

今まで龍の姿のミラボレアスの台詞は【】を使ってましたが、今回からは『』を使います、特に意味はありませんけど


土くれのフーケは不幸であった。

 

運良く念願の破壊の杖を手に入れた所までは良かったが、その後だんだんと土くれのフーケの計画は崩れていったのだ。

 

ヴァリエール家の三女が召喚した黒龍の使い魔。

学院中を騒がせ危険視されていたあの龍が、自分を捕らえるためにやってきたのだ。

破壊の杖の使用法を知る為、学院側の人間を誘き寄せる必要があったが…まさかあの龍がくるとは思いもしなかった。

 

正直言ってまともに戦っても勝てるとは思えなかった。

スクウェアクラスのメイジですら勝てるかどうかだ、トライアングルクラスの自分では勝ち目は無い。

 

しかし相手は使い魔である、主人であるルイズを人質に取るなりして処置をすれば、倒せはしなくとも退けることは出来るはずだ。

しかも何故かは知らないが破壊の杖の使用法も知っていた。これならば本来の目的も達成できる。

 

ならば取るべき行動はこうだ。

破壊の杖を使用してゴーレムを破壊した所をしっかりと確認し、即座に人間と同サイズのゴーレムを造りルイズを拘束。

そのまま拘束したルイズを脅しに使い、破壊の杖を回収してルイズと共にその場から逃走する。

共に連れ去ったルイズは、どこか目立つ場所に拘束したまま放置すればいい、そうすれば追跡の目はそちらの方へ向くはずだ。

 

黒龍が破壊の杖を起動させるために手を加えているのが見えた。

手順は覚えた。小型のゴーレムの配置も完了した。

後はゴーレムが破壊された瞬間…その瞬間でルイズを拘束するだけだ。

 

そしてその瞬間はやってきた。

同時にフーケの背筋は凍りついた。

 

紅い目が…こちらを見ている。

 

黒龍はその強靭な脚力で、一瞬にしてこちらへと接近し…

そしてその紅の目と白い歯を妖しく輝かせ、不敵な笑みを浮かべながらこう言った。

「さて…そろそろ遊ぼうか、ロングビル…いや、土くれのフーケと言った方が正しいか?」

 

そして今に至る。

 

 

 

警戒すべき、あの黒龍にこれほどまでの接近を許してしまったのだ。

当然フーケに緊張感が走る、杖を握る手に力が入るのを感じる。

 

こちらに不備はない。ゴーレムを操作し、敵を観測できるギリギリの距離にいたはずだ。

しかも魔法を使ったカモフラージュや、木の陰に潜んだりして敵から姿を隠していた。

にも関わらずだ。

 

「一体何故…!」

 

「そんなことはどうでもいいんだ、早くやろう。

凄腕のメイジなのだろう?だったら私を楽しませてみせろ」

 

「何でわざわざ私が、あんたなんかを楽しませなくちゃいけないわけ?」

フーケは真剣な表情でミラボレアスを睨みつけたまま、挑発するように言った。

 

「お前にその気があろうが無かろうが関係ない、要は私の気分だ。

強い者と戦うのが好きなのさ」

 

「戦闘狂ってやつか…私にはわからないし、わかりたくもない感情だね」

 

「人間よりも長生きなんでな、随分と退屈している。

そんな時に刺激を求めるというのは、人間にもあることだろう?」

 

「……そうかもね…だけど、今はそんな気分じゃあ…ないんだよ!」

唐突にフーケが杖を降り、魔法を詠唱した。

 

それを見たミラボレアスは、まってましたとばかりに満面の笑みを浮かべながら、腕を鳴らしてそのまま迎えうった。

 

しかしフーケからの攻撃は飛んでこない、目の前に巨大な壁を造り出しただけだ。

 

「お前…!まさか…!」

かけ離れていく足音、自分を倒すどころか、傷つけようという意図すら感じられない魔法…ミラボレアスはフーケがしようとしている行動を理解した。

 

「当然だろ!私は兵士や戦士じゃなく盗賊だ!

悪いけど、あんたと戦うつもりなんてこれっぽっちもないよ!」

フーケはミラボレアスのいる方向とはまったく逆の方へと走り去っていった。

言葉の通り、戦うつもりなど毛ほども無いのだ。

念願だった破壊の杖を諦めるのは心苦しいが、自分の身の安全の方が大事だ。

フーケは脇目も振らず逃走した、逃げる為に、捕まらない為に…

 

ここで捕まるわけにはいかないのだ。

捕まるわけにはいかない理由がある。

 

「逃げをとったか…

しかし残念だったな、いつもの私ならば狩り以外で逃げる者を追うことはないが…今回はそうはいかん。

逃げられると思うな」

ミラボレアスは思いきり地面を蹴り、全速力でフーケを追いかけた。

 

(やっぱり、簡単には逃がしてくれないか…!)

フーケは後ろを向いて舌打ちした。

ミラボレアスの脚力は人間よりも遥かに強い、普通に逃げていては絶対に逃げ切ることはできないだろう。

 

少しでも足止めするため、フーケは小型のゴーレムを二体造り出し、ミラボレアスに嗾けた。

しかし効果はない、二体のゴーレムはどこからか取り出した二本の黒い剣を握った、右手左手それぞれの腕によって切り崩された。

ほとんどすれ違いざまの出来事だ、時間稼ぎなどまったくできていない。

 

(くっ…!速すぎる!)

どれだけ土の壁で行く手を塞ごうと、どれだけゴーレムを戦わせようと、一瞬にして次々と打ち崩していくミラボレアスに対し、早くも八方ふさがりに陥ったフーケ。

走る速度で負けている今、足止めが通じないということはつまり、フーケとミラボレアスの距離がだんだん狭まっていくことを意味する、当然その状態が続けば捕まるのは確実だろう。

 

「掴んだ、もう逃げられんぞ」

ミラボレアスがフーケのフードを掴んだ。

走っている最中に突然掴まれたのだ、フーケの首は締まり、ゴホゴホと咳き込んだ。

 

しかしそんなものはミラボレアスには御構い無しだ。

既に剣をしまったその手で、ミラボレアスはフーケにさらなる追撃を与えようとする。

 

(まずい…!)

このままではやられる、そう咄嗟に判断したフーケは、地面からゴーレムの拳だけを造り出し、ミラボレアスの顎に強烈な一撃を食らわせた。

 

「くッ…!チッ…!」

顎の下からかち上げるような攻撃、人間の体なら幾ら硬いとはいえ、多少なり脳も揺れる。

ミラボレアスはフーケのフードから、思わず手を離してしまった。

 

解放されたフーケは考えた、このまま逃げ続けても、今みたいに捕まるだけだ。

速度に歴然な差がある限り、ただ逃げても絶対に逃げ切れない。

おまけに足止めも効かないときた、どうするべきか…思考を重ねる。

 

(逃げられないんなら、“今”は逃げなければいいだけのこと…!)

フーケは杖を構えてまっすぐミラボレアスを見た。

戦うつもりだ。

 

「やっとその気になったか」

嬉しそうにミラボレアスが笑みを浮かべ、戦うために…敵を討つために一歩前に進み出た。

 

「隙だらけだよ!」

フーケの杖が空を切った。

瞬間、礫が…石が…岩が…雨のように激しくミラボレアスの体に襲いかかった。

 

常人ならば体がバラバラになっている程の猛攻、しかし相手は常人ではない、化け物だ。

その硬い皮膚には攻撃が通ることなく、ただ歩くだけで全ての攻撃は弾かれる。

 

「どうした?遠慮はいらないぞ、もっと撃ち込んでこいよ」

雨のように降り注ぐ礫の中を、笑みを浮かべながら平然と歩いてくるミラボレアス。

全身を見ても多少体が汚れただけで、ほぼ無傷である。

 

「くそ…」

フーケはギリリと歯ぎしりした。

効かないとはわかっていたが、ここまでとは予想していなかった。

たった一滴すら血を流していない…あまりにも理不尽過ぎる力の差に、苛立ちすら覚えるほどだ。

 

しかしここで諦めてはいけない、相手が油断しきっている今がチャンスなのだ。

 

フーケは再度杖を振った。

それにより現れたのは、またしてもゴーレム。

しかしさっきのゴーレムとは少し様子が違う、さっきまでのゴーレムは土や岩の塊だったが、今度のゴーレムは鉄の鎧を着せられているのだ。

大きさは2メイルほどだが、強度だけで言えば、先ほどルイズ達が戦っていた巨大ゴーレムを超えるだろう。

 

「硬いな…」

直ぐに破壊しようと攻撃を加えるミラボレアス。

しかしその怪力を持ってしても壊れない、表面だけを鉄で包んでもこうはならない筈だ、おそらく錬金によって、中身にまで細工が施されているのだろう。

 

これならいけるか…?一瞬そう思ったその瞬間、フーケの目の前が炎に包まれた。

 

「こんな森の中で…いかれてんのかい」

そう呟いたフーケだったが、今この瞬間、敵の視界が遮られているこの瞬間をチャンスととった。

 

「だけど…今なら逃げられそうだね」

フーケはニヤリと笑って、そのまま後ろを向いて、森の木々をかいくぐって逃走した。

 

その一分後程で、突如として炎は消し去られた。

木の葉や枝が焼かれ、辺り一面黒に染まっていたが、不思議とそれほど広い範囲までは燃え広がっていなかったようだ。

 

黒の中心に立つミラボレアスは、地面に転がるグニャグニャに破壊されたゴーレムを弄びながら、ため息混じりにこう呟いた。

「逃げられたか…」

 

 

ーーーーーーーー

 

 

森の中、魔法により地面に穴を開け、その中でフーケは身を隠していた。

あの黒龍から逃げ切ることには何とか成功したが、その後の事を考えると、体力の回復を優先させた方がいいと判断したのだ。

小型大型合わせて何体もゴーレムと作っている、その他にも色々な魔法を使用していた。

魔力的にも限界がきているのだ。

 

来る時に乗ってきた馬車を使って逃げようとも考えたが、あの近くには3人の小娘がいる、魔法を使っての戦闘においてはこちらの方がベテランだが、この状態で3人も相手にして勝てると思うほど自惚れてはいない。

数時間か…やはりここは、このまま身を隠して相手が諦めるのを待つしかないだろう。

しかしその場合心配なのは、やはり呼吸だ。

ここは地面の中、酸素の量には限りがある、広めに作ったからそれなりの酸素がこの場にはあるが、果たして保つのかどうか…ギリギリだ。

当然明かりはつけられない、火を焚けばそれだけで酸素を消費するからだ。

 

そんな理由もあり、現在は真っ暗な場所で一人佇むフーケだったが、その心は不思議と安心に満ちていた。

それだけあの黒龍は恐ろしい相手だったからだ、不気味な赤い目…自分の攻撃が一切通じない頑強な体…不敵な笑み…ゴーレムをも簡単に砕く怪力…どれもこれも、自分を畏怖させるものがあった。

あの時…あの怪力でフードを掴まれたあの時など、生きた心地がしなかったものだ。

 

我ながら、良くあそこまで威勢を保つ事ができた。

しかしもう大丈夫だ、あの化け物からは逃げ切った。

破壊の杖は今でも心底名残惜しいが…この判断に間違いはない、あのままだと殺されていたかもしれない。

 

フーケは安心感からか、湧き出る眠気に襲われた。

ここは安全地帯だ、あの黒龍だってこないだろう…

そう思い、フーケはゆっくりと目を閉じた。

視界が暗くなり…意識が沈んでいく…

 

しかしその直後、辺りに鈍い音が響いた。

 

フーケは一気に覚醒し、上方を睨みつけた。

そう…音は上から響いてきたのだ。

 

「ま…まさか…!」

 

やがて…一筋の光がフーケの顔を射した。

天井の穴からは目玉が1つ、こちらを覗いている。

 

あの…宝石のように不気味に輝く、紅い眼球だ。

 

「みーつけた」

紅い目はグニャリと歪んで笑みを浮かべた。

 

同時に腕が一本、こちらに向かってゆっくりと伸びてきた。

後光を浴びながら伸びて来るその手は、まるで悪魔の手のように感じられた。

ゆっくりとゆっくりと…確実にこちらを捕まえるために伸びてくる…捕まれば終わりだ、しかし…逃げ場はない。

 

フーケは声にもならない言葉を発しながら、必死に抵抗した。

しかし抵抗は虚しく、悪魔の手に緑色の髪を掴まれ、力づくで地上へと引きずり上げられた。

 

「酷いじゃないか土くれのフーケ、私との遊びの途中で何処かへ行ってしまうなんて」

耳元で囁くような黒龍の声は、妙に甘ったるかった。

それがフーケの恐怖を更に煽ってゆく。

 

「もう本当に何もないのか?まだ見せていない魔法は?

本当に逃げるだけで、もう他に策はないのか?」

買ってもらったばかり玩具で遊ぶかのように、楽しそうに笑みを浮かべるミラボレアス。

 

それとは対照的に、フーケの気分は最悪だった。

他にまだ手はないのか?そんなものがあるならとっくにやっている。

悔しいが、もうどうすることもできない。

 

「そうか…」

無言のフーケに対し、ミラボレアスが残念そうに呟いた。

 

「…逃すなとは言われていたが、生死の方はどうだか忘れたな…

まぁいい、私が捕まえたんだ、私の好きにしよう」

 

ミラボレアスが撫でるように、フーケの首筋を優しく舐めた。

首筋に気持ちの悪い感覚が走る、フーケは目をギュッと閉じ、身じろぎをした。

 

「今朝は何も食わずに出たからな…

ここでお前を食い殺すというのもいいかもしれん」

フーケに吐き気がする程の動悸が襲った。

 

こいつは…この目の前の化け物は言ったのだ。

はっきりと…自分に対する死刑宣告に等しい言葉を言い放ったのだ。

 

目の前の化け物は白い歯を覗かしている。常人の歯よりも鋭く尖った歯だ、あれで喉を噛みちぎられれば、一瞬であの世にいけるだろう。

いや、普通の人間の歯でも思いきり噛みつけば喉を喰いちぎることだってできる、むしろ鋭い分楽に死ねるかもしれない。

しかしそんなことは関係ない、楽か苦しいかじゃないのだ、死ぬということが問題なのだ。

 

「…ティファ…ニア」

フーケは自分の妹とも呼べる存在の名を呟いた。

フーケの死ねない理由とはこれのことだ、ティファニア…彼女の存在がフーケに活力を与えてくれたのだ。

 

彼女の為に…自分は死ねない!

フーケは自分にそう言い聞かせ、自らを奮い立ち上がらせた。

 

フーケはキッと目を見開き、杖が軋むほど強く握りしめ、渾身の力でミラボレアスの目を突き刺した。

 

「グッ…⁉︎ぬぅ…!」

既に戦意を喪失していたと思っていた相手からの手厚い反撃に、初めてミラボレアスが痛みで呻き声をあげた。

 

「まだ戦えたか…!」

ミラボレアスがズキズキと痛む左目を抑えながら、杖を振りかざし対面するフーケを睨みつけた。

 

フーケも対抗するように睨み返す。

その目にはもう、逃げようなどという感情は一切含まれていなかった。

フーケは心の中ではっきりと、目の前にいる化け物に勝つと、そう決心したのだ。

 

「…いい目になったな、今度こそは本当に楽しませてくれそうだ」

 

「悪いけど…私はこんなところで死ぬわけにはいかないのよ。

…あの子を残して、絶対に死ねない!」

もう魔力は殆ど残っていない。

それでも、ティファニアという存在がフーケに戦う力を与えてくれた。限界を超える力を引き出してくれた。

 

これが最後の魔法…全身全霊を込めた、本当の本気の魔法。

 

「ここで今、あんたを倒す‼︎」

フーケは今ある全て魔力を注ぎ、30メイルを超える巨大ゴーレムを三体造り出した。

 

「……見事だ」

ミラボレアスは目の前の光景に、左目の痛みを忘れる程に見惚れていた。

相手は限界寸前の人間…このような巨大ゴーレムは当然として、普通のゴーレムすら作れるかどうかという魔力量だ。

力強く立ちはだかる巨大なゴーレムを前に、ミラボレアスの心は飛び跳ねるように大きく踊った。

 

意識は薄れ…疲労困憊で今にも倒れそうになりながら、土くれのフーケは弱々しい足でしっかりと地面に根を張った。

その目はまっすぐミラボレアスを睨みつけている、その手は強く杖を握りしめている。

 

やがてフーケはゆっくりと杖を振った。

同時に三体のゴーレムが一斉にミラボレアスに襲いかかった。

 

岩の塊が、ミラボレアスの体ごと何度も何度も地面を叩きつける、その度にゴォンゴォンと地鳴りが起こった。

地面が揺れる程の猛攻を受けたミラボレアスは、その衝撃によって吐血した。

ここに来て初めて明確なダメージを与える事が出来たのだ。

 

しかしそれも長くは続かない。

ミラボレアスは先住魔法とガンダールヴの力により召喚した、巨大なハンマーを使って、ゴーレムを次々に破壊していった。

ハンマーを一振りしてゴーレムの腕を砕き、もう一振りしてまた別のゴーレムの足を砕いてゆく。

 

そしてとうとう、手足を破壊されたゴーレム達はバランスを失い、その場で倒壊した。

同時にゴーレム達を形成していた魔力の制御を失ったのか、破壊されていない箇所までボロボロと崩れていった。

 

ゴーレムの形は完全に失われた。

元から無理な事だったのだ、ここまでゴーレムが形を保っていた方が奇跡だった。

満身創痍の鼠が、猫を前にして勝てる訳がないのと同じく、フーケのゴーレムは圧倒的力の前に二つ名通りの土くれに還った。

 

だがしかし、崩れゆくゴーレムを眺めるフーケの顔には、落胆などという文字はなかった。

絶望に歪んでいるはずの口元が、うっすらと笑みを浮かべていた。

 

瞬間、土くれと化したゴーレムの残骸が一斉に動き出し、ミラボレアスの身体を取り囲む。

やがて物凄い勢いで一点に凝縮された土くれは、ミラボレアスの体に纏わりつき、その動きを封じ込めた。

 

これが追い込まれた末にたどり着いた、フーケの必勝法だ。

相手は鉄をも超える強度を持つ体…正攻法で挑んでも絶対に勝てない。

全力でやれば手傷を負わせるくらいはできるが、あくまで傷を負わせるだけである、致命傷はおろか一時的な行動不能にも至らない。

 

たがそれは、あくまで外側だけの話である。

例えどんな化け物であろうと、生物ならば共通して絶対に行わなければならない行動がある…

それは呼吸だ。

 

空気中から酸素を取り入れなければ、どんな生き物も生きてはいけない。

そう、正面から物理的な攻撃を続けても勝ち目がない事を理解したフーケは、ミラボレアスを完全に封じ込め、窒息させようと考えたのだ。

 

「生き埋めになりな」

フーケは静かにそう呟き、ミラボレアスを覆う土くれを、錬金によって鉄に変えた。

 

窮鼠猫を噛む…という言葉がある。

追い詰められた鼠でも、時には猫に噛みつくこともあるのだ。

その一撃を見事猫の喉元に喰らわせることができれば、立場一気に逆転し、猫に勝利することもできるかもしれない。

 

今のフーケは正にそれだ。

追い詰められ立ち向かい、逆に強者を討ち滅ぼさんとしている。

 

フーケは勝利を確信した。

身体中を満遍なく鉄でコーティングしたのだ、例えるならばミノムシのミノの様に…いかに怪力といえど、ちょっとやそっとじゃ破壊できない、息ができず力尽きるのが先だ。

 

「…これほどとは……よくぞここまで私を追い詰めた」

土くれが次々と覆い被さり、鉄へと変わっていく中…まだ僅かに自由だった口元から、ミラボレアスがそう呟いた。

 

「ならば私も相応に応えよう…真の姿で闘ってやる」

ミラボレアスの目が紅く光った。

 

それは一瞬の出来事だった…

ミラボレアスを拘束していた鉄や土くれは粉々に吹き飛ばされ、辺りには黒龍の咆哮が響き渡った。

 

 

確かに、窮鼠猫を噛むという言葉は存在する。

しかし今回フーケが相対したのは、猫などという可愛らしい存在ではなく…“圧倒的な獅子”であった。

 

 

フーケは地面に倒れた。

魔法を使うことによってすり減った、精神力の消耗による疲労が原因だ。

フーケは黒龍の姿を瞳に映しながら、段々と薄れていく意識に身を任せ、その目をゆっくりと閉じた。

 

『もう…終わりか…

やはり本気で戦うことはできかったか…』

地面に倒れ伏したフーケを見下ろしながら、黒龍が残念そうにそう呟いた。

 

『だが案外楽しめた、食うのは止めにしてやる。

引き渡した後お前がどうなるのかはわからんが…運が良ければまた会おう』

貴族から盗みを働いた同族だ、捕まれば無事では済まないことは、周囲の人間の様子からミラボレアスにもわかっていた。

だがそれでも…またいずれ会うことになる、なんとなくだがミラボレアスはそう思ったのだ。

 

ミラボレアスは再び人間の姿となり、主の元へ帰るため、森の中を軽快に歩き進んだ。

 

 

 

その後、ルイズ達討伐隊は土くれのフーケを捕らえた英雄として城に迎えられ、土くれのフーケは衛士に引き渡され投獄された。

 

 

 

 

 

 




土くれのフーケ編終了です。

この後2話ほど話を挟み、いよいよレコン・キスタ編に突入します。
そこから他のモンスターも続々登場しますので、楽しみにしていてください。


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二人の騎士編
幻獣と少年


今回の話で超重要人物が登場します。


ルイズは不満気であった。

 

現在トリステイン魔法学院では、土くれのフーケを捕らえたルイズ、キュルケ、タバサの三人を主役とした舞踏会が行われていた。

自分が舞踏会の主役になれることは嬉しい事なのだが…それに対する周りの反応が気に食わなかったのだ。

 

今のルイズは凄く美しい…いや、もともと綺麗に整った顔立ちをしていたが、周りの人間があまり気づいていなかったのだ。

 

桃色の髪をバレッタにまとめ、胸元の開いた白いパーティドレスを着込んだルイズは、いつもよりも一層美しさと気高さが増していた。

そんな華麗で高貴な姿と…土くれのフーケの巨大ゴーレム撃破という、討伐任務に大きく貢献したことが相まって、ルイズへの注目度が高くなって初めて周りの者達はルイズの魅力に気がついたのだ。

 

ルイズの美貌に魅了された男達が、次々とダンスの申し込みをした。

今までまったくのノーマークだったルイズが、沢山の好奇の眼差しを受けている。

しかしルイズが気に食わないのはこの事である。

今自分の周りに集まっている者のほとんどが、今まで散々ゼロだゼロだと馬鹿にしてきた者達だ。

もう馬鹿にされて悔しい思いをしたくない…その思いでフーケ討伐任務に自ら立候補したのだ、その目論見は見事達成したと言えるだろう。

しかしやっぱり…この手のひら返した様な反応は、ルイズにとって気持ちのいいものではなかった。

 

辺りを見回すと、綺麗なドレスに身を包んだキュルケがたくさんの男達に囲まれて、楽しそうにダンスを踊っているのが見える。

料理の並ぶテーブルには、可愛らしいドレスを着たタバサが、あんな小柄のどこに入るのかというほどの料理を平らげている。

その正面にはミラがいた、ミラは10人前以上はありそうな肉にかぶりついている。

普通は食べたい大きさに、自分でナイフで切り分けて食べるものなのだが、ミラは下品にもそのまま手で掴んで食べている。

その食事風景からはテーブルマナーのテの字も感じられないが、誰もそれを注意しようとする者など存在しない。

いや、注意などできないといった方が正しいだろう、わざわざミラのいるテーブルを避けて移動するほどだ、不快には思っているが、誰もそれを直接言う勇気など無いのだ。

 

なので、今現在料理の置かれたテーブルの一つが、ミラに占領されている状況にある。

近くにいるのはタバサだけだ、人付き合いを好まない彼女にとって、勝手に人が避けていくミラの近くは、落ち着いて食事ができるため居心地がいいのだろう。進みに進む食事ペースがそれを物語っている。

 

「・・・・・」

ミラとタバサの視線が会った。

瞬間、双方の動作が時間でも止まったかのように停止し、バチバチと双方の視線の間で火花が散る。

 

次の瞬間、二人はいっせいに食べるペースを上げた。

謎のアイコンタクトによって、二人の間で大食い勝負が始まったのだ。

 

「あんたねぇ…もうちょっと上品に食べられないわけ?」

大食い勝負が始まったことによって、更に酷くなったミラの食べ方に見かねたルイズが、主人としてマナーの注意をした。

 

「固いこと言うなよ我が主ルイズよ。

今はパーティだぞ?少しくらい羽目を外しても構わないだろう…いつも人間の決まりごとに縛られているのだからな」

物悲しげな表情でルイズに訴えるミラ。

とは言っても、本当に最低限のものしか守ってはいないのだが…

 

「それよりそっちはどうなんだ?

私に構ってそんな所に突っ立ってないで、自分も羽目を外して楽しんだらいいだろうに…

周りの者達を見てみろ、男女で組んで何やら踊っているぞ」

ミラが瓶のコルクを口で抜き取り、瓶のまま酒をガブガブと飲みながら、辺りの者達を顎で指してそう言った。

 

「…私に釣り合う男がいないのよ」

 

「…そうか、可哀想に…相手がいないんだな」

 

「違うわよ‼︎」

哀れみの目を向けてくるミラに対し、ルイズが大声で怒鳴った。

 

「だったら私が相手をしてやろう」

 

「はぁ…⁉︎あんたが?

だいたいあんたドラゴンじゃない」

 

「確かに私は龍だ、だがこうして人の姿に化ければ、人間と同じ手足を持てる…問題ないだろう?

…むしろ喜ぶべきだ、龍と共に踊った者などそうそういまい」

 

「……というかあんた、酔ってない?」

さっきワインをがぶ飲みしたからか、顔を真っ赤にして迫るミラに、ルイズが眉をひそめながら言った。

 

「酔う…?何を言っている?私が飲んだのはぶどうジュースだ。

…まぁ、確かに少しばかり気分がいいが」

 

「いや、思いっきりワインって書いてあるし」

ルイズはそう言うが、字が読めないミラにとって、文字などというのは全く効果の無い代物だ。

おそらくぶどうの匂いがしたのでぶどうジュースだと、勝手にそう認識したのだろう。

 

「そんな事はこの際どうだっていいんだ、手足も自由に動かせるしな。

…それとも、周りの者達と同様に、こう言った方がいいのかね?」

そう言って、ミラは丁寧な姿勢で一礼し、ルイズに向け、まるで献上するかのようにゆっくりと手を差し伸べた。

 

「私と一曲、踊って頂けませんか?お嬢様」

にっこりと、優しく笑みを浮かべるミラ。

その姿からは、先ほどまで下品に料理を食い散らかしていた大男と同一人物(人ではないが)だとはとても思えない。

これも、ミラボレアスから“始まりの龍”と呼ばれる、あの存在のお陰なのだろう。

 

正直、使い魔と…しかも人間ならともかくドラゴンと踊るのには少し抵抗があったが…ここまでやっているのだ、初めてミラが人間時の姿を見せた、あの時の夜を思い出させる紳士的な態度で…ならば主人として、その好意は受け止めてやらないといけない…と、ルイズはそう思った。

 

「そこまで言うのなら、いいわ…

………喜んで」

そう言って、ルイズは差し出された手を軽く握った。

 

「だけどあんた、ダンスなんて踊れるの?」

 

「さぁ…」

 

「さぁ⁉︎」

 

「大丈夫さ、周りを見たらわかる。

こうやって、音楽に合わせて体を動かせばいいんだろう?」

 

「え⁉︎ちょ…きゃっーー」

 

その後、ルイズはめちゃくちゃに振り回された挙句…

周りの者達の目を奪うほど、美しく宙を舞った。

 

 

 

そして、酔っ払ったミラが途中離脱したため、大食い勝負はタバサの勝利となった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

空に浮かぶ国アルビオン。

その深い森の中に、まるで隠れるように小さな村があった。

 

まだ薄暗い早朝だが、村にはコーンコーンという、何かを打ち付けるような音が響き渡っている。

音の正体は、錆びた剣を背負った黒髪の少年だった、日課なのだろうか…少年は慣れた手つきで斧で薪を割っている。

「今日はこれくらいでいいかな…」

少年はふぅとひと息つき、額の汗を拭って、刃のついたほうを地面に付けた。

 

「朝っぱらから精が出るな、相棒」

少年の周りには誰もいないが、はっきりと別の誰かの声が聞こえてくる。

どうやら少年が背負っている剣はインテリジェンスソードと呼ばれる、意思を持つ魔剣だったらしい、インテリジェンスソードは刃元の金具をカタカタと鳴らしながら気さくに話しかけた。

 

「世話になってるからな…それに鍛える事もできる、だから率先してやっておかないと」

 

「そりゃ立派なもんだ」

早朝の仕事終わりにのんびりと話をする2人…いや、1人と1本。

透き通るような青い空、心地よい風、今日も平和な1日が始まろうとしていた。

 

「ここにいたか」

が、しかし…平和は一つの凶報によって崩れ落ちた。

 

林から聞こえてきた人の声、その声からただならぬ予感を感じ取った少年は、少し眉を寄せてその方向に振り返った。

 

「どうした?リン」

 

少年の目の前には、キリリとした顔立ちのハンサムな青年が立っていた。

名前はリンというらしい、慌てて走ってきたのか、銀色の髪を乱し若干息を荒らげている。

「今朝の朝刊だ、早朝から街の方に行っていたんだが…まぁ、とにかく読んでみろ」

リンと呼ばれた青年が、街に貼り出されていた記事を一枚、少年に手渡した。

 

「なんて書いてあるんだ?」

字が読めないのか、自分が背負うインテリジェンスソードに記事の内容を問う少年。

インテリジェンスソードは、目がないのにどうやって文面を読み取っているのかは謎だが、質問通り記事の内容を少年に翻訳した。

 

「トリステイン魔法学院の生徒が、土くれのフーケの逮捕に尽力したって書いてあるな」

 

「土くれのフーケの逮捕…⁉︎

フーケって…まさかマチルダさんが⁉︎」

 

「そのまさかだ、投獄されたのはチェルノボーグの監獄…

他にも色々書いてあんな…こんだけ詳細な情報が載ってるってこたぁ、ガセって訳でもなさそうだ」

 

「嘘だろ…」

黒髪の少年は言葉を失った、土くれのフーケ…もといマチルダはこの国に迷い込んだ自分、色々と事情はあれど分け隔て無く接してくれた恩人だ。

その恩人が監獄に送られたというのだ、気が気ではない。

 

「このままだとどうなる?どんな処罰が下されることになるんだ?」

リンと呼ばれた青年がインテリジェンスソードに、マチルダの処遇についてを尋ねた。

 

「そりゃおめぇ…やっこさんは貴族から盗みを働いてんだ、大勢の貴族に恨まれてる。

極刑…恐らく絞首刑か…なんにせよ、身の保証はできねぇだろうな」

 

「そうか…」

リンが静かに言った。

一見冷静そのものに見えるが、僅かに表情が険しくなっているのがわかる。

 

「…で、どうする?」

リンが黒髪の少年に視線を送った。

 

「決まってんだろ!マチルダさんを救い出す!」

自分の恩人である、マチルダを見捨てるわけにはいかない…黒髪の少年がリンの目をまっすぐ見ながら、威勢良く言い放った。

 

「そうか…なら私も手伝おう、一応…あいつは私の主人だからな」

リンが首筋に浮かぶ、使い魔のルーンを親指で指しながら言った。

 

「刑が執行されるのって、いつくらいだ?」

 

「それはわからねぇが、裁判は一週間後って書いてあるな」

 

「十分だ、わたしの足ならば間に合う」

黒髪の少年とインテリジェンスソードの話を聞いていたリンがそう言った。

 

「そうと決まれば早く行こう、マチルダさんだって不安なはずだ。

助けるなら早い方がいい」

 

「ティファニアには?黙って行く気じゃないだろうな?」

リンが黒髪の少年を睨みつける。

 

「もちろんテファには俺から言っておくよ。

…ただし、あくまで俺達がしばらくここを開けるってことだけだ」

 

「…ならいい」

ティファニアはマチルダの妹の様な存在だ、身内と言ってもいい。

そんな関係だからこそ、彼女にもマチルダの身に何が起きたかを伝える必要があるかもしれない…が、心配をかけたくないため、二人はこの事を話さないと決めた。

 

 

 

 

十数分後…二人と一本は村の外れに立っていた。

 

「準備はできたな?」

リンが黒髪の少年に問いかける、同時に誰もいない事を確認するため、辺りに警戒を向けていた。

 

「あぁ、できてる」

少年が威勢良く答えた。

その目は戦前の武人の様に、まっすぐ前を向いて煌めいている。

背中に背負うインテリジェンスソードは、無言のまま刃元の金具をカタカタ鳴らしている。

 

「よし…なら行くぞ」

リンが一歩足を前に出す。

その瞬間、眩い光がリンの体を包み込んだ。

 

光が治った瞬間現れたのは、一匹の…一角獣のような馬であった。

 

白い光と白い鬣…美しすぎるその姿は、正に“幻獣”である。

 

黒髪の少年は、幻獣のその美しい毛に触れながら、白光を放つ背に乗り込んだ。

 

『振り落とされるなよ、サイト』

 

「そっちこそ、遅れるなよ」

サイトと呼ばれた少年は、白い毛を強く握って笑みを浮かべた。

 

『フッ…』

サイトの皮肉めいた言葉に対し、幻獣は短く笑って大地を踏みしめた。

やがて幻獣の体は白い線へと変わってゆき…

 

黒髪の少年“サイト”と白き幻獣“キリン”は、雷の如く駆けだした。

 

 

 




14話目(番外編を抜けば13話目)にしてようやく、この物語の二番目の主人公にして、原作主人公のサイトの登場です。
いや長かった。


しかしここで自分の文章力の無ささに恨みます、最後の方もうちょっとカッコよくできただろうに…
どこをどうすれば良かったか、よろしければ意見を頂きたいです。



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ガリアの狩人

気付いたら一ヶ月が過ぎていた。

遅くなって申し訳ありません。


ルイズは医務室のベットで横になっていた。

理由は昨日の舞踏会で、ミラと一緒にダンスを踊ったからである。

 

「…せっかくの休日だと言うのに、ベットに釘付けだとはなぁ…」

 

「だ…誰の所為でこうなったと思ってんのよ…!」

哀れみの目で見つめてくるミラを、包帯まみれのルイズが鬼の形相で睨みつけた。

怒鳴れるものなら怒鳴り散らしている…そんな顔だ。

 

「憶えは無いな」

対するミラは、わざとらしく首を振ってそう言った。

誤魔化しているとかそういうのではなく、酔っ払っていたためその時の記憶が吹っ飛んでいるのだ。

 

「・・・・・」

全く悪気の無いミラの態度に、怒りが更に膨れ上がったルイズは、目の前のこいつを爆破してやりたいという衝動に駆られたが、医務室の担当教師の目が光っているので渋々諦めた。

 

「まぁ良かったじゃないか、今日1日安静にしていれば治る程度の怪我だったのだろう?」

 

「まぁ…そうだけど…」

ルイズは頬を膨らまし、ムスーとした態度で応えた。

 

「休みは今日だけではないんだ、明日から旅行に出かけるなりして休暇を楽しむといい、私の背に乗れば、馬などより早く目的地に着くしな」

ミラは自分なりに、ルイズを励ました。

ここで機嫌を損ねたままにして、後で食事抜きなどと言われたら堪らないからだ。

 

「…休暇で思い出したが…馬車に乗り込むタバサとキュルケを見たのだが、奴らは一体何処に行ったんだ?」

本当は興味ないのだが、話を変えるために、今朝自分が見たものについてルイズに話を振った。

 

「タバサの実家に遊びに行くとか何とか、キュルケが言ってたわ。

キュルケに聞かされて初めて知ったけど、タバサはガリア王国からの留学生だから、きっと今頃ガリアに向かってるんでしょうね」

ルイズが素っ気ない態度を取りながらも質問に応えた。

 

「ガリアか…」

ミラが顎に手を添え、考え込むようにして繰り返した。

 

ガリア王国…空の上から見下ろした事はあったが、未だその地に足をつけた事は一度もない。

一つ気になる点があるため、いつか近い内に行ってみようと思っていた場所でもある。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

時は少し遡る。

 

昨日、場所は学院長室。

そこではオールド・オスマンとミラが、木製の机越しに対面していた。

 

「ふむ…破壊の杖を何処で手に入れたのかを、教えて欲しいと?」

オスマンが自分の髭を撫でながら、目の前にいるミラをまっすぐと見据えながら言った。

もう慣れたのだろう、それに学院長の自分がいつまでも戦々恐々としてはいられない、オスマンのその表情には確かな余裕が見られ、威厳も十分に備わっていた。

 

「その通りだ、あれは本来…私の世界にいる人間が使っていた武器だからな」

 

「私の世界…?」

 

「あぁ、そういえば言ってなかったな、私はこの世界ではなく、別の世界から来た存在だ」

 

「別の世界じゃと…⁉︎」

オスマンは目を見開いて驚き、唖然とした。

目の前の龍は、衝撃的かつ重大な事をさらりと言い放ったのだ。

 

「…まぁ、突然言われて信じろと言う方が、無理な話かもしれんがな」

ミラが笑いながら言った。

意外なことに、この龍にもそれくらいの常識は持ち合わせていたらしい。

 

「……いや、信じよう。

実は私の友人にも一人、君と同じく別の世界から来たと言う者がいる」

ピクリと、ミラがこれまでに無い程大きく反応した。

それ程までに興味深い内容なのだろう。

 

調子を取り戻したオスマンは更に続けた。

「その友人というのが、他でも無い、私に破壊の杖を譲ってくれた人物なのじゃ」

 

「…詳しく聞かせて貰おうか」

ミラは「待ちきれない」と言った表情で、オスマンに視線を送って催促した。

いつもなら大して興味を持たない内容の筈なのに、今回に限っては何故か、知りたくて知りたくてたまらなかったのだ。

 

「そうじゃのう…あれは10年程前の話…その時私はガリア王国に立ち寄っていた」

そのままオスマンは静かに語り始めた。

 

 

まず始めに、ガリア王国というのはエルフの住む地、サハラと面している国でもあることを説明しておこう。

 

そしてその人物…オスマンの言う彼の友人であり、破壊の杖をトリステイン魔法学院に持ち込んだ人物は、そのサハラと呼ばれる土地からやって来たという。

その時、その瞬間を目撃していたオスマンは当然驚いた。サハラというのは砂漠地帯なのだ。いや、それ以上に、エルフというのは人類の天敵とも言われるほど恐れられた種族、双方の間で多少の交渉は行われることもあるが、好き好んで近づく人間などそうそういない。

 

訳を聞いても、男は「いつのまにかここにいた」としか答えず、砂漠に何故いたのか…何をしていたのかも分からず終いだ。

 

「その時彼はこう言っておった「自分は何処か…とても遠い所から来た人間」と。

そしてこうとも言っていた 「恐らく自分のいた場所は、こことは別の世界なのかもしれない」とな」

 

「別の世界か…」

 

「…これはあくまで私の勘じゃが、おそらく彼のいた世界と、君のいた世界は同じなのだと思う」

オスマンがミラの目をまっすぐ見ながら自分の推測を述べた。

 

そう思ったのは何も、別の世界から来たという共通点だけからでは無い。

その男は破壊の杖以外にも、様々な珍しい武具を持っていたのだ。

斧や剣に形状を変化させる武器…特殊な虫を操る棍棒など、ハルケギニアでは見られない物を含め、剣や弓…果ては防具まで、どれもこれも未知の鉱物…または生物の素材で作られていた。

 

「そいつの名前は?」

 

「シグルスじゃ、彼はそう名乗っておった」

 

「シグルス…どこかで聞いたことがあるような気がするが…どこだったか…」

 

「話を耳にしていても不思議ではない、彼は未知の武器を持って各地に赴き、様々な戦果をあげた結果…今や彼は、平民にしてガリアからシュヴァリエの称号と、領地を譲渡された英雄になっておる」

シュヴァリエとは…国家に対し大功のあった者に送られる、騎士の称号である。

純粋な実力と実績を評価されなければ与えられない称号であるため、爵位のように金で手に入れることも、世襲で受けることも不可能である。

因みにタバサもこの称号を持っている。

 

「その…譲渡されたというガリアの領土に行けば、そいつに会えるか?」

 

「無理じゃろうな…彼は忙しい身じゃ、私も最後に彼に会ったのは三ヶ月程前、偶然この国…トリステインでバッタリと出会ってそれっきり、私の方から訪ねてもだいたい留守じゃからな。

…平民での優遇故、貴族から妬みの対象にされておる、それも一か所に身を留めていられない理由の一つなのじゃろうな」

 

「そうか…」

 

「やはり…帰りたいかね?」

オスマンが残念そうに項垂れるミラを見て、憐憫の目でそう尋ねた。

 

「いや、そうでもない、帰ったところで私を待っているのは、人間の古城で食って寝るだけのつまらない日々だ。

こっちにいた方がずっと楽しめる」

オスマンはミラが元の世界に帰るため、シグルスに会いたがっていると思っているのだろう。

しかし実際は違う、ミラは帰るつもりなど毛頭ない、その男に会いたいと思ったのは、ただ単純に、シグルスという男に興味を抱いたというだけの話である。

 

「それに帰る方法なら知っている。

いや、正確には、“帰る方法を知る者”を知っている…と言った方が正しいか」

 

「帰る方法を知る者じゃと…?」

 

「一度この地に姿を現していただろう?

まぁ、あの時は大分姿を変えていたがな…本来の奴の姿はもっと恐ろしいさ、私ですら畏怖するほどな」

 

「まさか…あの少女のことかの?」

あの少女…以前この学院に侵入し、その後消息を絶ったあの白いドレスの少女のことだ。あの夜は騒ぎになった、オスマンも嫌でも覚えている。

しかしあの時の彼女の姿は…多少神秘的なものを感じたがどうさ見ても可憐な少女だった、あれから目の前の黒龍ですら畏怖させる姿など、まったく想像できない。

 

(まぁ…おそらく魔法で人間の姿に化けただけじゃろうがな…)

だがオスマンは気づいていた。

目の前の青年がそうなのだ、ならばあの白いドレスの少女も同様だと考えるのが普通だ。

 

「今の話で更にこの世界への興味が深まったよ、いつか出会いたいものだな、その男に…」

 

「もし会ったらどうするつもりなんじゃ?」

 

「そりゃあまぁ…当然…」

 

ニヤリと凶相を浮かべるミラを見て、オスマンは察した。

同時に、自分の友人について話した事を後悔した。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

ここはガレア王国の領域内、ガレアとトリステイン間にあるラグドリアン湖を抜けた先にある、とある屋敷。

 

「ここがタバサの御実家ね」

屋敷の前に停車している馬車から降りたキュルケが、伸びをしながら屋敷を見上げてそう言った。

 

家柄はいいのだろう、ガリア王国首都リュティスから、遠く離れた国の端に位置する屋敷だが、そこらじゃ見られないほどに立派である。

 

(あれ…ちょっとまって…)

ふと、屋敷を見上げるキュルケがある事に気がついた。

屋敷の門の真上にある紋章…知らぬはずがない、“ガリア王家”の紋章だ。

 

「タバサ、あなたもしかして…ガリア王家のーー」

慌ててタバサに尋ねるが、タバサは何も言わぬまま、屋敷の方へと足を進めていった。

 

タバサが到達するより前に門が開く。

中から現れたのは、この屋敷の執事だろうか…スーツに身を包んだ、眼鏡を掛けた高齢の男だった。

 

「お待ちしておりました、シャルロット様」

屋敷の執事が丁寧にお辞儀をして、タバサを迎え入れた。

 

 

その後、屋敷内の部屋に案内されたキュルケは、青色のソファーに腰掛けていた。

部屋には暖炉が設けられており、その上には巨大な額縁が取り付けられている。掲げられているのは、タバサと同じ青色の髪をした、美しい容姿の男性の絵だ。

 

「まずはお父様に挨拶したいな」

タバサの顔を見ながら、何気なくそう言ったキュルケであったが…

対するタバサは横に首を振り「ここで待ってて」と言って、この部屋を後にした。

 

取り残されたキュルケは首を傾げながら、もう一度額縁の絵を見上げた。

見れば見るほどタバサそっくりの青髪だ、おそらくあの人がタバサの父親…とても優しそうな顔をしている、別に隠す理由などないはずだ。

 

ここでキュルケは察した、タバサの父親は…目の前の額縁の絵の男は…もう既に…

 

次の瞬間、コンッコンッというノックの音が響いたので、キュルケは思考に向けていた意識を扉の方へ向け直した

「失礼いたします」

タバサと入れ違いになる形で、先程の執事の男が部屋の中に入ってきた。その手にはお盆を持ち、湯気が昇る暖かい紅茶が入ったカップを乗せている。

 

「私は、オルレアン家の執事を務めております、“ペルスラン”と申します」

紅茶を机の上に置いたペルスランが、お辞儀をしながらキュルケに自己紹介をした。

 

「私はゲルマニアのフォン・ツェルプストー、お世話になります」

 

「シャルロットお嬢様がお友達をお連れになろうとは、思いもしませんでした」

 

「シャルロット…?

シャルロットが、あの子の本当の名前なのね⁉︎」

 

「…は?」

親友の本名を初めて聞いた事で、興奮して詰め寄るキュルケ、事情を知らぬペルスランは思わず目を丸くした。

 

ーーーーーー

 

その後、キュルケはペルスランから、今までタバサが抱えてきた事情を聞き出した。

 

現在の王である兄との継承争いの末、タバサの父親であるオルレアン公が暗殺されたこと…

母親がエルフの秘薬により、心を病んでしまったこと…

タバサという名は、彼女が幼い頃に母親から貰った、人形の名前であること…

 

ペルスランはタバサの友人ならばと、キュルケを信用できる人間として、一切を包み隠さず打ち明けた。

 

「ーーそれ以来、あれだけ活発で明るかったお嬢様は、別人の様におなりになりました。

まるで…言葉と表情を自ら封印されたかのように…」

タバサの事を語るペルスランの表情は悲しげで、ぶつけることのできない悔しさを、強く握り締める拳が物語っていた。

 

「・・・・・」

キュルケは何も言わずに、黙ってその話を聞いていた。

いや、何かを言おうにも、喉から言葉が出なかったのだ。

今知った事と、知らなかった事があまりにも多過ぎたのだ。

 

元々タバサは口数が少なかったが、自分の事ととなるとこと更に何も話さなかった。だから知らなくても仕方のない事なのかもしれない…それでも、キュルケはタバサの親友として、何もしらなかった自分を責めずにはいられなかった。

 

「奥様の事があって、表だってお嬢様を亡き者にしようとする輩はいなくなりました。その代わり、王家はお嬢様の魔法の力が強い事を理由に、困難な…生還不可能と言われる様な仕事を言い付ける様になったのです。

ですが、お嬢様はこの理不尽な命令を全て完遂させました。御自分と奥様の身を守る為に、命懸けで…」

 

「ッ…」

キュルケの胸の痛みが更に強くなった。

フーケの時だってそうだ、タバサはいざという時にものすごく頼もしくかった。どんな状況でも冷静に対処できる判断力、優れた魔法の腕…

しかしそれらの裏には、まさかこんな事情があったとは…

 

「………あの子は…何故トリステインの魔法学院に?」

 

「思惑通りに行かぬ王家は、本来なら領地を下賜されてしかるべき功績にも関わらず、シュヴァリエの称号のみを与え、厄介払いの如く外国へと…」

 

「…厄介払い、か…」

キュルケが皮肉気に笑みを浮かべた、自分も同じように、厄介払いという形でトリステイン魔法学院に留学したからだ。

そしてそれがあったからこそ、二人はこうして出会い、親友になることができた。だからこそ、それ故の皮肉なのである。

 

と、二人が話し込んでいる最中、部屋の扉が開く音が聞こえてきた。

タバサが用事を済ませ、帰ってきたのだ。

 

「もう!遅いじゃないタバサ!」

タバサの顔を見た瞬間、キュルケは今まで暗く沈んでいた表情を嘘の様にパッと明るくし、いつもの調子でタバサに話しかけた。

 

「とにかく、長旅の汗を流したいわ」

さっきの話を聞き、色々とショックを受けているだろうに、それを友人の前では一切顔に出さないキュルケ。

例えどんな過去を聞こうが、変に気を使わず、憐れんだりもしない、いつも通り接し方…それが彼女の優しさなのだろう。

 

(お嬢様は本当にいいご友人を、お持ちになった…)

そう…キュルケを眺めながら、ペルスランは感慨の気分に浸っていた。

 

しかし、いつまでもそう、お嬢様の事でそういう気分にも浸ってはいられない。

今から自分の言葉で、お嬢様を危険な任務へと向かわせる事になるのだから、もちろんペルスランの意図でそうなるわけではない、五日前から届いていた王宮からの特例だ。一介の使用人が逆らえる筈もない。

 

「お嬢様…王宮から勅命書です」

ペルスランは感情を表に出さないよう、淡々とした態度でタバサに王宮からの指令を記した紙を手渡した。

 

「勅命って…」

当然、さっきの話を聞いているキュルケには、それが何を意味するのかは想像できていた。

 

「火竜山脈にて、大型火竜の討伐とのこと。

…いつ頃、取り掛かられますか?」

 

「…明日の晩」

 

「ご武運を、お祈りいたします」

短く答えるタバサに、ペルスランはそれだけ言い残し、後ろに下がった。

 

「…じゃあ、あなたが帰ってきたのは…これのため?」

 

「ここで待ってて」

キュルケの問いに対し、タバサはさっきのように小さくそう答えた。

 

「ごめんなさい、さっきの人に全部聞いちゃったの」

 

「・・・・・」

そんなキュルケの言葉を聞き、タバサは一瞬だけ目を見開き、横目でペルスランを見たが、直ぐに表情を元に戻し、キュルケの目を見て、短く…

「危険」

とだけ言い放った。

 

「だからこそ行くのよ!私だって、あなたの力になりたいわ!」

 

「・・・・・」

威勢良く言い張るキュルケだが、タバサは応えない。

悩んでいるのだろう、正直気持ちはありがたいが、あの王家の勅命だ、今までの経験でわかる、生半可な仕事ではないことは確かだ。

別に足手まといだとか思っているわけではない、キュルケが優秀なメイジだということはタバサもよく分かっている。

 

しかしそれでも…自分のたった一人の親友を、危険に晒すことはできない。

 

「失礼」

突然のノック音と共に、一人の男が部屋の中に入ってきた。

 

白い髪に白い髭…そして顔に刻まれた深い皺から、ペルスランと同じくらいの高齢だということがわかる。

しかしその体格は、全身に纏ったローブ越しでもわかる程に良く鍛えられ、ガッシリとしている。

 

「意気込んでいる所悪いのだが、その件については私が解決した。

いやはや…この歳で火龍のつがいを同時に相手するというのは、流石にキツいな」

 

「シグルス殿?おいでなさっていたのですか?」

 

「伝令がこちらの方にも来ている、と聞いたものでな、わざわざ無駄足を踏ませる訳にもいかんだろう。

それに、シャルロット殿がご帰宅なさっていると耳にしてな、挨拶も兼ねてだ」

 

「シグルスって…まさかシグルス・シュヴァリエ・ディ・ラウレンティス⁉︎

どうしてこんな所に…」

シグルスという名を聞き、キュルケが驚愕した顔でそう叫んだ。

 

「…君は…話に聞いたシャルロット殿の御友人だな?顔も知らない異国のお嬢さんにも、私の名を知ってもらっているとは、光栄だな」

シグルスがキュルケを見てそう呟いた。

皺の刻まれた顔が、優しげに緩んでいる。

 

「…知らない方がおかしいわ」

キュルケが恐縮気味にそう答えた。

相手は平民、自分は貴族という身分の差はあれど、相手はそんなものを簡単に埋め尽くしてしまう程の戦果を上げてきた大英雄…

一部のメイジや貴族にこそ嫌われているが、平民の間では劇が作られるほどの人気だ。当然知名度も高い。

 

「ほぉ…自分で言うのもなんだが、私も名が知れたものだ…

ところで、屋敷の前にいた火龍は、もしかして君の使い魔かね?」

 

「火龍って…フレイムのこと…?」

 

「フレイムと言うのか。

火龍討伐任務の直後に屋敷の前にいたものだからな、驚いて腰を抜かすところだったぞ。はっはっはっは‼︎」

豪快にそう笑い飛ばすシグルス。

その姿からは、世間のイメージである完全無欠な騎士の姿など想像もできない。

 

「勅命の件も無事解決したことだし、シャルロット殿は安心して、御友人と楽しい時間を過ごしてください。私も翌朝にはここを出ますのでな」

そうにっこりと笑みを浮かべ、タバサに笑いかけるシグルス。

こうして見ると、ただの気のいいおじいさんである。

 

「・・・・・」

対するタバサは沈黙していた。

タバサにとっては朗報この上ないのだが、なんというか…肩透かし食らった様な気分になった。

キュルケの同行にを許可するか、それともやっぱり危険だから置いていくか、あれだけ悩んでいたというのになんだか馬鹿らしくなってくる。

 

「むっ⁉︎いつも寡黙なシャルロット殿が、いつもに増して沈黙しておられる…

まさか私に仕事を取られたのを、気にしてなさるのですかな?」

 

「・・・・・」

 

「と、言わましても…ハンターたる私は、依頼に従い獲物を狩るのが仕事…他人の仕事を盗ってしまうことも稀にあるやもしれんが…そこは分かって頂けないと、私にも生活が…」

 

「⁉︎…今なんて?」

自分の聞き間違いがなければ、この男は確かに、自分のことを「ハンター」だと言っていた。

聞き覚えのある言葉だ。そう、あれは最近…あの夜に、二頭の龍が発していた言葉に、それが含まれていた。

 

「どうかしたのですかな?シャルロット殿」

考え込むタバサに対し首を傾げるシグルス。

 

ここでタバサは、自分が唐突に抱いたある疑問をぶつけた。

 

「…ミラボレアス…という言葉に聞き覚えは?」

 

「!!?…どこでそれを?」

瞬間、シグルスは一歩後退し、目を見開いて驚愕した。

それは知るはずのない言葉なのだ、理解できる筈もない…少なくとも、この世界では。

 

シグルスはゆっくりと目を閉じて調子を取り戻し、タバサの目を見て説明した

「ミラボレアスと言うのは…私の故郷に伝わる…“黒龍伝説”と言うおとぎ話に登場する、世界を滅ぼしうる力を持つという、伝説の邪龍の名前のこと…

しかしあくまでおとぎ話、シャルロット殿には関わりの無い言葉だ。

理解していただけましたかな?」

 

「・・・・・」

タバサは無言で頷いた。

 

「では私はそろそろお暇しよう。今日はもう休みたいのでな…

あ、ペルスラン殿、すまんがお茶を淹れてもらっても構わないかね?」

 

「えぇ、承知しました」

 

「ありがとう。

では、また会いましょうぞ、シャルロット殿」

シグルスは手を振りながら、ペルスランと共に退室した。

二人の足音が遠のき、部屋の中はシーンと静まり返る。

 

「嵐のようなおじ様だったわね…」

キュルケが唖然としながら呟いた。

 

「でもミラボレアスって…ルイズの召喚した龍の名前がよね?

なのに伝説上の存在だって……どういうことかしら?」

 

「…さあ」

キュルケの問いかけに、肩をすぼめてそう答えるタバサ。

 

しかし…確かにその通りだ、ミラボレアスはルイズに召喚され、今もトリステイン魔法学院にいる。確かに存在しているのだ。

ならば何故、シグルスは伝説上の存在などと言ったのだ?もちろん、本人が本当にそう思っている可能性もある。

しかし、シグルスは嘘をついている、もしくは本当の事を話していない…と、確証は無いが、タバサはそう思っている。

 

あの黒龍が自分の名を偽っている可能性も低いだろう。

嘘をつく理由がないのだ。伝説では世界を滅ぼす力を持っている程の、恐ろしい龍であるらしいが…ハルケギニアではあまり知られていない伝説であるが故、名前による相手への牽制の効果は薄い…それ以前に、そんなものは必要ないほどに、あの龍は強い。

 

何にせよ、シグルスとミラボレアスに、何らかの繋がりがあるのは明らかだ。それはさっきのシグルスの反応が物語っている。

 

思えばシグルスも相当怪しい人物である、10年前に突然現れ、あの憎きガリア王ジョセフとも関わりのある。

 

シグルスとミラボレアス…この二つの関係が果たして何を意味するのか…それはわからない、わからないが…今は何もできないだろう。

 

 

 




はっきり言って今回はつまらなかったですかね?

でも次回はレコンキスタ編。若干話に変化がありますが。楽しみにしていてください。


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アルビオン編
姫君の依頼


こんだけ早く投稿できるとは…調子がいいな。


トリステイン魔法学学院の夜、ルイズは心地良さそうに眠っていた。

よほどいい夢を見ているのだろう、「ワルド様ぁ〜」と寝言で呟き、にへーっと可愛らしい笑みを浮かべている。

 

「おい、起きろルイズ」

それに対するこの外道。ミラはルイズが抱きついている毛布と共に、ルイズを床に叩きつけた。

 

「痛っ!何すんのよミラ」

当然起こるルイズ。しかしまだ寝ぼけているのか、目をぼんやりとさせている上、いつもと比べて怒鳴り声に声量がない。

 

「いや、別に起こすつもりはなかったのだが…どうもこいつがルイズと話させて欲しいとうるさいものでな」

 

「こいつ…?」

ルイズが目をショボショボさせながら部屋の明かりをつける。

 

そこには、フードで顔を覆った何者かが、ミラに拘束されてもがいていた。

 

「誰よそいつ⁉︎」

ルイズが一気に覚めた。

 

「さぁ…近くで何やらコソコソやっていたから捕まえた、この感触からして女だろう……食ってもいいか?」

ビクリ、と体を震わせ抵抗する力を強めるフードの女だが、体を締め付けるミラの腕は強く、羽を掴まれた虫のように体をばたつかせるだけであった。

 

「…そいつの出方しだいね」

 

「アイアイサー」

 

「ちょ…ちょっとまって‼︎」

冷たく自分を見下ろすルイズと、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべるミラの顔を見て、いよいよ命の危機を感じたフードの女が、大声でそう叫んだ。

 

「って…今の声…」

それは聞き覚えのある声だった。そう、それはつい最近聞いた声…そして深く被ったフードから僅かに見える、赤みがかった髪…ルイズの顔がみるみると青くなっていく。

 

「…で、食っていいのか?」

 

「いい訳ないでしょ‼︎早く解放しなさい‼︎」

 

「私の夜食にするつもりだったんだが…」

 

「いいから早く‼︎」

渋々ながらも、拘束の手を緩め、フードの女を解放した。

 

「も…もももも、申し訳ございません姫殿下‼︎

ほら、ミラ!あんたも謝りなさい‼︎」

不審者かと思いぞんざいに扱っていた相手が、自分の尊敬するトリステインの王女、アンリエッタだったのだ。

もちろんルイズは謝った。精魂込めて…実に見事な、貴族の者とは思えない程綺麗な土下座だ。

 

「何故私も…使い魔としての使命を果たしただけだろう」

 

「い…いいのよ、顔を上げて、ルイズ・フランソワーズ。

こんな時間に尋ねた私にも非はありますわ」

ミラの馬鹿力に締め付けられ、息苦しかったのだろう、アンリエッタはケホケホと噎せながらルイズにそう言った。

 

「しかし一国の王女が、よく誰にも見つからずここまでこれたな」

ミラの言うことももっともだ、王宮は言わずもがな、ここトリステイン魔法学院も、土くれのフーケの件から警戒が厳重になっている。おまけに王都からこの学院までは馬で二時間はかかる。

いかにアンリエッタが優秀なメイジであろうが、そうそう簡単な事ではない。

 

「それは私の使い魔のおかげです、彼の能力は隠れるのにうってつけですので」

 

「彼…?」

ルイズは首を傾げた。

普通自分の使い魔を「彼」などとは呼ばないからだ。

 

「えぇ、今あなたの後ろに立っているわ」

そう言ってアンリエッタが、ルイズの背後に視線を送った。

 

釣られて後ろを振り向くルイズ。

そこには、先のアンリエッタと同じように、フードで顔を覆った小柄な男が、腕を組み扉に寄りかかっていた。

 

「い…いつの間に…⁉︎」

ルイズが驚くのも無理はない。この男はさっきまで、確かにこの部屋の中にはいなかった。

扉を開けられた訳でもなく、窓から入ってきた訳でもない、正に突然この場に現れたのだ。

 

「…この男…私と同じような存在だな?」

 

「やはり…同じ韻竜にはわかるのですね」

 

「なんとなくだかな」

 

「…ということは…あの人も…?」

 

「はい、黒龍の使い魔さんと同じ、韻竜です」

ルイズの問いに、アンリエッタが笑顔で答えた。

 

「つい三日前に契約したばかりですが…彼は十分に忠義と、その実力を見せてくれています。

まだ過ごした時間は短いですが…私は心から信用した臣下と同じくらいの信頼を、彼に寄せています」

 

「その割にはさっき助けようともしなかったな、本当に忠義とやらはあるのかね?」

 

「失礼でしょミラ‼︎」

アンリエッタを小馬鹿にする様な笑みを浮かべるミラに対し、ルイズが叱りつけた。

 

「…先程彼が手を出さなかったのは、私を見捨てたのではなく、私が止めたからです。

友人であるルイズの使い魔であるあなたを、傷つける訳にはいきませんから」

アンリエッタがそう語った。弁解しておくが、彼女のこの言葉には一切悪意はない。

ミラボレアスが弱いと言ってるのではなく、自分の使い魔に絶対的な自信がある、というだけだ。

 

「私がそいつに…負けるだと?」

 

「気に障ったのなら謝罪します」

アンリエッタが心底申し訳なさそうにそう言った。

 

「いいや、結構、実に素敵なことではないか、やれるものならば是非ともやってほしいものだ。

…なぁ、隠霧の龍よ…」

ミラボレアスはアンリエッタの言葉を受け流し、依然として扉に寄りかかったままのフードの男にそう言った。

 

「隠霧の龍…?」

 

「姿を隠す能力…間違いない。人間には“霞龍オオナズチ”と呼ばれていたかな?」

ルイズの疑問に対し、普通に受け答えするミラボレアス。

しかしその赤い眼球は、尚もオオナズチを写している。

 

「警戒でもしているか?ずっと私を睨みつけているが…

フフフ…お前にその気があるのなら構わない、私はいつでもいいぞ?それとも、ここで遊ぶには自分の主が心配か?」

ミラボレアスの言う通り、オオナズチは先程からずっとミラボレアスを睨みつけていた。いつでも戦えるように出方を伺っていたのだ。

 

オオナズチの敵意剥き出しの視線に対し、ミラボレアスは怒りなど微塵も抱いてはいない。むしろ逆である。楽しいのだ。

敵意を向ける…ミラボレアスにとってそれ即ち遊びの誘いである。ならば自分も相応の敵意を持って、相手との遊びに興じるだけだ…そう、闘争という名の遊びにだ。

 

ミラボレアスは獰猛な目をグニャリと歪めながら、一歩…また一歩とオオナズチの方へと歩いていく。

対するオオナズチも、組んでいた腕を解き、体重を預けていた扉から背を離し、臨戦態勢に入った。

 

睨み合う二頭、部屋の中には唸り声が響き渡る。

凄まじい迫力だ…まだ人間の姿であるにも関わらず、黒龍とカメレオンの様な風貌をした龍…その二頭の龍が向かい合っている虚像すら見えるほどだ。

 

「出過ぎよミラボレアス!下がりなさい‼︎」

 

「あなたもよ!オオナズチ‼︎」

 

瞬間、ぶつかり合う二つの敵意は消滅した。

 

「…いや、失礼…久しく同胞に会ったのでな、少し舞い上がってしまった。

了解だ、我が主人」

 

「・・・・・」

そう言ってミラボレアスは部屋の隅に下り、オオナズチは無言のまま、再び腕を組み扉に背を預けた。

 

両主人がホッと胸を撫で下ろす、こんな所で暴れられたら災難は免れない、両者がまだ言葉を受け入れられるだけの理性が残っていた事に、心の底から安心したのだ。

 

「度々申し訳ございません、姫殿下」

 

「いいえルイズ、私も余計な事を言ってしまいましたわ」

アンリエッタそう言い、一度大きく深呼吸をして本題に入った。

 

「…ルイズ…貴女にこんな事を頼むなんて間違っているでしょう…でも、もう貴女しか頼める人がいないのです」

アンリエッタが沈んだ顔で…今にも泣き出しそうな程弱々しい顔でルイズの両手を握った。

 

「ど…どうしたのですか姫殿下⁉︎」

突然自分の前で弱みを見せたアンリエッタに対し、ルイズが戸惑いを見せる。

 

「本当にごめんなさいルイズ…貴女は私の親友なのに…それなのに、貴女を危険に晒してしまうかもしれません…それでも、それでも私の話を聞いてくれますか⁉︎」

 

「もちろんです姫殿下!私にできる事ならば!なんなりとお申し付けください!」

目に涙を浮かべて懇願するアンリエッタに対し、ルイズがない胸を張ってそう言いきった。

 

「…ありがとう!本当にありがとう!ルイズ・フランソワーズ!」

アンリエッタは泣きながらルイズに抱きつき、心の底から感謝した。

原因はわからないが、心身ともに参っていたのだろう、ルイズがアンリエッタの体を優しく抱き返す。

 

一旦間を置き、落ち着きを取り戻したアンリエッタは、ベットに腰を下ろしながら話を続けた。

「…私は、ゲルマニアに嫁ぐ事になりました」

 

「ゲルマニアですって!!?

よりにもよって…あんな野蛮な成り上がり共の国と⁉︎」

ゲルマニアと聞いて、血族に因縁を持つルイズが口を挟んだ。

 

「随分ないい様だな、仮にも知り合いの祖国だろうに」

 

「関係ないわそんなの」

確かにキュルケの故郷もゲルマニアだ。

いつもケンカはしてるが、キュルケ個人は心底嫌っている訳ではない。しかしそれとこれとは話が別だ、自分の家とゲルマニアには因縁があるのは事実なのだから。

 

「仕方ありません、小国である我がトリステインを守るには、大国であるゲルマニアと、強固な同盟関係が必要なのです」

 

いわゆる、政略結婚というやつだ。

アルビオンの貴族が反乱を起こし、現在アルビオンの王族派は滅亡の危機に瀕している状況だ。王族派と貴族派の戦力差は絶対的である。敗れるのは時間の問題だろう、そしてアルビオンの王族派を打ち破った後、次に狙われるのはここトリステインだ。

しかしトリステインには、アルビオンの貴族達に対抗できる戦力は無い、だからこそ、軍事大国であるゲルマニアとの同盟が必要なのだ。

 

「でも…だからと言って…!」

 

「いいのよ、ルイズ。王族として生まれた以上、好きな殿方と結ばれることなど諦めていますから」

アンリエッタは、まるで自分の事の様に憤慨するルイズに嬉しく思いながら、片手を上げて怒りを静めた。

 

「…当然、アルビオンの貴族派達は、我々とゲルマニアの同盟を望んでいません。

ですから、現在アルビオンの貴族派達は、私とゲルマニア皇帝との婚姻を妨げるものを、血眼で探していることでしょう」

暗く沈んだ顔で話すアンリエッタの顔を見て、ルイズは察した。

 

「…もしかして、姫様にはその材料となり得るものの心当たりが…?」

 

図星であった。

アンリエッタはその場で顔を覆って、嘆き声をあげた。

「おお…始祖ブリミルよ、この愚かな姫をお許しください」

 

取り返しのつかない事をやってしまった、自分だけでなく、この国全ての人間を危険に晒す誤ちだ。

アンリエッタはどうしようも無い罪の意識によって、大いに感極まっていた。

 

「姫様!その婚姻を妨げる材料とは、一体何なのですか⁉︎」

ルイズが少し強い口調で、アンリエッタの肩を掴んでそう言った。

 

アンリエッタは俯きながらもポツリと、震えながら話した。

「私が以前したためた…一通の手紙です」

 

「手紙?」

アンリエッタの言葉に、ルイズは繰り返し呟いた。

 

「その手紙がアルビオンの貴族達の手に渡れば、ゲルマニアの皇帝に告発され、婚姻は破棄されることでしょう…」

 

「その手紙は…今どこに⁉︎」

 

アンリエッタは暫くの沈黙の後、めいいっぱい息を吸い込んでこう答えた。

「アルビオンの…ウェールズ皇太子の手に…」

 

「ウェールズ皇太子…⁉︎現在戦火の中にいる、アルビオン王家の皇太子様の…⁉︎

では…姫様の以来と言うのは…」

 

「勝手なのは承知しています!こんな事を貴女に頼むべきではないことも…

…もちろん、今から断ったって構いません!もともと私の失態が事の発端です。ですから…貴女に強制させるわけでには…」

 

「何を仰るのですか姫様!このド・ラ・ヴァリエール家が三女!ルイズ・フランソワーズは!親友であり主君である姫様と!我が祖国トリステインの為ならば!例え地獄の底だろうと向かって見せます‼︎

戸惑いなど必要ありません、姫様!存分にこの私目に、御命令を‼︎」

 

「本当に…今の話を聞いても尚…私の頼みを…聞き入れてくれると…?」

 

「当然です姫様!私はいつまでも姫様の友人であり、理解者です!

この忠義と友情は誠のものであり!今後一切、崩れることはございません!」

ルイズは地に膝を着き、アンリエッタの目を燃える瞳で真っ直ぐ見つめながらそう言い切った。

まだ十七にして完璧な忠義と、その証明。熟練の騎士ですら、その姿には感動を覚えるだろう。

 

「ルイズ…私のお友達…貴女は…本当に…」

アンリエッタは再び感激の涙を流し、ルイズの両手を握った。

してもしきれぬ感謝の気持ちが、涙と共に溢れ出る。

 

「お話はお聞きしました姫殿下!このギーシュ・ド・グラモンも、姫殿下のお力になりたく存じ上げます!」

 

「ギーシュ!!?」

 

扉の方から大声がしたため振り向いてみると、そこにはギーシュが、オオナズチに襟首を掴まれ猫の様にぶら下がりながらも、ルイズに負けず劣らずの威勢で、自らを推薦していた。

 

「あんた今までの話を聞いていたの⁉︎」

 

「ウェルダンデと夜の散歩をしていたら、やたらとこの部屋をウェルダンデな気にするものでね、少し様子を探ってみたら、なんと麗しの姫様の声が聞こえてきたものだからね」

何故か自慢気にそう語るギーシュ、確かに彼の足元にはウェルダンデがノソノソと歩いている。

 

「それで、聞き耳を立てて盗み聞きしてたというわけね…」

ルイズが呆れ半分でそう言った。

いくら姫様の声がしたからと…使い魔に連れられてとは言え、女子の部屋に聞き耳を立てて様子を伺うとは、前から女性にたいしてはたらしだったり問題はあったが、更にやばくなってきているのではないか…

と、ルイズは本気で心配になった。

 

「まだ小さな幼体とは言え、我々と同じ種族…同族の匂いにでも釣られたか?」

 

「え…?そうなのかい?」

ウェルダンデを見ながらポツリと呟いたミラの言葉に、ギーシュが反応した。

 

「あぁ、今は未熟だから無理だが、成長すれば我々の様に、人語を解したり人に化けたりできる魔法を身につけられるかもしれんな」

 

「ギーシュのウェルダンデにそんな秘密が…?」

 

「発表会でも評価が高かったですものね」

三人はウェルダンデが実は凄い生物だったことを理解した。

 

「あぁ、そう言えば貴方はグラモンと名乗っていましたが…もしかして、あのグラモン元帥の?」

 

「息子です!」

 

「まぁ!それは頼もしい!」

アンリエッタは感激しながら、オオナズチに「降ろしてあげて」と、ギーシュを解放するように命じた。

 

「では、貴方も私の力になってくれるのですね?」

 

「もちろんです」

オオナズチに降ろされたギーシュは、地面に膝を着きそう答えた。

 

「宜しくお願いします」

アンリエッタは優しい笑顔をギーシュに向けた。

 

その瞬間ギーシュは、感動のあまり飛び跳ねながら、そのまま窓の外へと飛び出してしまった。

結構な高さに位置する部屋だが、ギーシュもドットとはいえメイジだ。フライなどで体を浮かせれば怪我もないだろう、だから誰も気に留めなかった。

 

「旅は危険に満ちています。アルビオンの貴族達は、貴女達を止めようと躍起になってくるでしょう。

ですから貴女達に護衛を一人つけます。…本当はもっとつけたいのですが…」

 

「わかっています。気持ちだけありがたく頂戴しますわ、姫様」

ルイズはそう言って、人のいい笑顔で笑いかけた。

それを見たアンリエッタが、申し訳なさそうに頭を下げる。

 

もちろん、護衛の数がもっと多ければ、ルイズが傷つく可能性も格段に下がるだろう、しかしこれはあくまでも隠密任務である。

フーケの時とは違い、やるべきことは敵と戦う事ではなく、目的地までの到達と、依頼された物品の回収だ。

むしろ戦いなど起きず、何事もなく辿り着けるのが理想的である。

 

アンリエッタがマントの中から、花押が押された手紙をルイズに手渡した。

「これをウェールズ皇太子に渡せば、直ぐに要件は伝わるでしょう」

 

続いてアンリエッタは、自分の右手のクリス指につけていた指輪を外し、そのままルイズに手渡した。

「母君から授かった「水のルビー」です。私から送れるせめてものお守りですが…もしもお金に困ったら、売り払って資金にしていただいても構いません」

 

ルイズはアンリエッタから授かった水のルビーを、無言のまま丁寧に自分の薬指に付けた。

水のルビーの名に恥じない、青く美しい宝石のついた指輪だ。

 

「この任務には、トリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンの猛き風から、貴女方を守ります様に」

アンリエッタは両手を合わせ、ゆっくりと水のルビーに旅の安全を祈った。

 

古くからの友情を確かめるように見つめ合う2人…そんな2人の傍で、ミラボレアスは遠足前の子どものように、楽しげな笑みを浮かべて先を見据えていた。

 

 

 

 

 

一方、チェルノボーグの監獄では、何者かの手助けによって、土くれのフーケが脱獄した事が確認された。

 

 

 

 




文字数が6666文字だった。
いい事あるかな


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アルビオンへ

最近忙しく、投稿が大幅に遅れてしまいました。

申し訳ありません。





ルイズ達は、薄く立ち上る朝靄の中、馬に鞍をつけていた。

ここから馬で、アルビオンへのフネが出る港町へ向かうらしい。

 

「・・・・・」

ミラが馬を眺めながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

 

「ダメよ」

 

「私は何も…」

 

「いいえ!今食べてみようとか考えたでしょ⁉︎

まったく…あんたさっき朝ごはん食べたばっかだって言うのに、どれだけ食い意地はってるのよ」

ミラが馬を見て、あらぬ欲求を抱いていたようだが、出発前から貴重な足を胃の中に送る訳にはいかない、当然ルイズからのお叱りを受けた。

 

「まったくもう!」と腹を立てて腕組みをするルイズに、ギーシュが近づいた。

「…なぁルイズ、僕のウェルダンデを連れて行きたいんだが」

 

「ウェルダンデって、モグラのように地中を掘り進む龍でしょ?」

 

「その通り、地中を掘り進む速さは馬にも負けない程だ」

 

「でも連れて行けないわ。私達は今からアルビオンに行くのよ?」

アルビオンは上空3,000メートルに浮かぶ浮遊大陸だ。

一部の飛行能力をもつ生物以外、フネでしか渡るしか方法は無い。もちろん、地中を掘り進む動物など論外である。

 

「そんなぁ…ここでお別れなんて…そんなの辛すぎるよ」

ウェルダンデのゴツゴツとした体を抱きしめながら、ギーシュは露骨にショックを受けた。

 

ウェルダンデは慰めるように、長く突き出た牙でギーシュの肩を軽く叩くが、突如ピタリと停止し…操られるようにルイズの元へ近づいて行き…そのまま押し倒した。

 

「なっ⁉︎ちょ、何すんのよ⁉︎っていうか重い…!潰れる…!」

ルイズがウェルダンデを突き放そうと暴れるが、ウェルダンデの体重にのしかかられ、まったく身動きが取れないでいる。

それでもウェルダンデはルイズにのしかかり、ルイズの右薬指にはめられた指輪に鼻を近づけていた。

 

「あぁ、なるほど…指輪か、ウェルダンデは宝石が大好きだからね。いつも僕の為に貴重な宝石や鉱石を見つけてくれる、土属性の僕にはぴったりの使い魔さ」

この状況でも、鼻高々にウェルダンデの自慢をするギーシュ。彼のウェルダンデ愛は相当なものである。

 

「言ってないで助けなさいよ!」

 

「…先が思いやられるな、我が主よ」

ミラがやれやれと首を振り、ルイズを助け出そうとウェルダンデを持ち上げようとした。

 

その瞬間、どこからともなく風の塊が飛んできて、ルイズの上に乗っているウェルダンデを吹き飛ばした。

 

「誰だ⁉︎」

ギーシュの声だ。ウェルダンデを攻撃され、怒りを帯びている。

 

ミラが赤い目で朝靄の中を睨みつけた。

その視線の先からは、羽帽子を被った長身の男が、ゆっくりと現れた。

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ。

済まないね、自分の婚約者が襲われてるのを見ては、ジッとしていられなくてね」

 

「ワルド…様…⁉︎」

優しい笑顔でギーシュに謝罪するワルドと名乗る男を見て、ルイズが惚けた顔で声を漏らした。

 

「久し振りだね!ルイズ!僕のルイズ!」

ワルドが満面の笑みでルイズに駆け寄り、ルイズの体を抱き上げた。

ミラとギーシュの二人が、ポカンとした顔でそれを眺めている。

 

「お久しぶりですわ、ワルド様」

 

「ははは、相変わらず軽いなきみは、まるで羽のようだ」

顔を赤らめ、されるがままに抱きかかえられるルイズに、そんなルイズを愛おしそうな視線で見つめ、笑顔を浮かべるワルド。

事情はわからないが、何やら、辺りがピンク色の空間に包まれたような気がする。

 

「ふむ…で、王女が護衛の為に寄こしたというのは、お前であっているか?」

 

声をかけられ、二人の微妙な視線に気がついたワルドは、ルイズを地面に降ろし、羽帽子のつばを整えて二人に対面した。

「その通りだ。

…そういう君は、土くれのフーケを捕まえたという、韻竜の使い魔だね?」

 

「何故それを知ってる?」

 

「王室の方でも君の噂は広がっているさ」

 

任務で共に行動する以上、自分から話しておこうとは思っていたが、既に相手には知られていたようだ。

どこから漏れたのか、オスマンの努力も虚しく、結局ルイズが韻竜を召喚したという話は、あらゆる場所に広がっているらしい。

 

「姫殿下もつい最近、透明化の能力を持つ韻竜を召喚してね、その実力を目の当たりにしたが、相当なものだった。

それと同じ韻竜である君には期待しているよ。もちろん…グラモン元帥の息子である、君にもね」

ワルドが気さくな態度でミラとギーシュに握手を求めた。

ミラは「あぁ」と言って握手に応え、グリフォン隊への憧れというのもあり、ギーシュは興奮気味にその手を強く握り返した。

 

「さて、出発前に確認といこう。

我々の目的はアルビオンのウェールズ皇太子より、姫殿下の手紙を回収することだ。

アルビオンへは当然フネでいく、その為には港町であるラ・ロシェールまで馬で行かなければならない。

知っての通り、現在アルビオンの王室は貴族派連中と交戦中だ。悲しいことだが、状況から見てアルビオンの王党派の敗北は、時間の問題だろう。

時間は限られている、なので今夜中にはラ・ロシェールに到着しておきたい。通常ならば馬でも二日はかかる道のりだが、途中の駅で馬を交換しながら進めば、不可能ではない筈だ。

長時間馬を飛ばし続けるのはキツイかもしれないが、頑張って付いて来てほしい」

真剣な顔で、今回の任務についてをざっと説明するワルド。

 

彼の言うとおり、今回の旅はのんびりとはしていられない。アルビオンの王党派は劣勢だ、敗北は確実、それも七日と経たない近い内に、アルビオンの王族は滅びるだろう。

ルイズ達の到着よりも先にアルビオンが滅びれば、目的の達成は絶望的だ。そしてその、アンリエッタがウェールズに渡したという手紙は、アルビオンの貴族派の手に落ちるだろう。

そうなればゲルマニアとの同盟は破棄され、今度はトリステインがアルビオンと同じ運命を辿ることになる。

それだけは阻止しなければならない。

 

「夜までぶっ通しで走り続けるというのは確かにキツイな…でも、行くと決めたからにはそれ位のことはやらなくてはね」

 

「馬に乗るだけだろう?何がどう疲れるんだ?」

 

「君は乗馬の経験なんて無いだろうから、わからないかもしれないが…乗馬にだって技術がいる。全力で飛ばすならなおさらね。

それが数時間…半日以上と続くんだ、かなりの神経をすり減らすことになる、その上止まることのない上下の揺れ…振り落とされないように手綱を握り続ける為、握力の疲労だってある。

まぁ、どれも人間基準の話ではあるがね」

 

「なるほどな…」

 

「ん…?」

ここでギーシュはある疑問を抱いた。

それはたった今、自分が言葉に出して言ったことなのだが…

 

「そういえば君…どうやってラ・ロシェールまで行くつもりだい?」

 

ギーシュの問いに、ルイズが「あっ…!」と、声を漏らした。

完全な凡ミスだった。それも気づくのが遅すぎた。アンリエッタから大役を貰い緊張していたというのもあったが、普通に考えたらわかることである。

 

ミラはドラゴンだ、馬になど乗れる筈がない。

長時間連続走行による疲労だとか、それどころの話ではなかったのだ。

 

「どうしよう…」

 

「大丈夫だろ、乗っていればその内慣れる」

そうお気楽に言うミラであったが、ルイズにはとてもそうは思えなかった。

 

あるのはただただ不安だけ、ミラから一定の距離を開け、決してそれより先は、一歩たりとも接近しないワルドのグリフォンを見て、ルイズはうっすらと勘づいていた。

 

「おわっ⁉︎」

案の定、ミラは恐怖で暴れまわる馬に振り落とされ、後頭部から地面に叩きつけられた。

 

「…やっぱり」

ルイズが手で顔を覆いながら呟いた。

訓練されたグリフォンですら恐れを見せる生き物だ、訓練のされていない馬の背に乗せたら、こうなるのは当然のことである。

 

「馬に乗れない以上…置いていく他ないな…」

 

「心配には及ばない、本来の姿となって移動すればいい話だ」

ワルドの言葉にミラは否定の意を唱えるが…

 

「ダメよ、あんな目立つ姿で移動はできないわ」

隠密行動…任務の性質上、敵に自分達の行動を悟らせないことが第一である為、その案はあっさりと却下された。

 

「ならどうしろと?」

ワルドの言う通り、この場に置いていくという手もあるが、ミラの実力は嫌と言うほどしっている。

ルイズ自信、できれば連れて行きたいと思っているのだが、現実はそうもいかない。

 

「…思ったんだけど、別に敵の目に触れさせても構わないんじゃないかな?」

声を出したのはギーシュであった。

 

「あんた話を聞いてなかったの⁉︎

私達の動向は、アルビオンにもゲルマニアにも悟られてはいけないのよ⁉︎」

何度も言わせないで!と、イラついた様子で、ルイズがギーシュの提案を却下した。

 

「そんな事は僕にも分かっているさ、だけど敵に見つかってはいけないのは僕達だけだろう?」

ギーシュがルイズを静止させながら、話を続けた。

 

「ミラには僕達が走っているところを、上空からついてきて貰えばいいんだ。

考えてもみなよ、普通、あんな不気味な龍に近づこうなんて輩がいるかい?僕なら絶対に回避するね」

ギーシュの提案を聞き、ルイズは少し考え込んだ。

 

確かにその通りかもしれない。

目立たない行動ばかりを考えて盲点になっていたが、龍が飛んでいる真下を人間が走っているなど、普通の者なら考えもしない。

例えそれが使い魔だとしても、ミラボレアスのような、姿を見ただけでも畏怖させるような化け物に、進んで近づきたいと思うような者は、まず存在しないだろう。

 

目立ち過ぎると考えたが、逆に人避になるかもしれない。

 

「…それもそうね、じゃあその方法でいきましょう」

ルイズも納得したらしく、ミラの同行が許された。

 

「感謝するぞ、ギーシュ。

御礼に今度、オーク鬼の肉を獲ってきてやろう」

 

「遠慮しておくよ」

ミラなりの好意ではあるが、オーク鬼の肉など、食べたいと思う者はまずいない。もちろんギーシュもその一人である。

 

ギーシュはミラの御礼をやんわりと断った。

 

「話が終わったのなら早く行こう、さっきも言った通り、時間が無いんだ」

 

「ミラ」

 

「分かっているさ」

ルイズの指示で、早速その姿を元の姿へと変化させた。

黒い鱗に紅い眼球、恐ろしい風貌のドラゴンが姿を現す。

 

「…なるほど、君の使い魔を見た者は、皆口を揃えて恐ろしいと言っていたが…実際に見てその気持ちが分かったよ」

額から汗を流しながら、ミラボレアスを見上げるワルド。

 

しかし流石はグリフォン隊の隊長と言ったところか、他の者と比べて、その表情には余裕が見える。

 

ワルドはそのままルイズの隣に向かい、皆に聞こえるくらいの声量で、こう言った。

 

「皆、これから向かうのは戦地であるアルビオンだ。

もちろん安全は保証できない、向かう覚悟はできているな?」

 

ワルドの問いかけに対し、ルイズとミラとギーシュの三人は、ただ無言のまま、首を縦に振った。

 

覚悟はできている。ということだろう。

 

「では行こう!」

ギーシュは馬に、ワルドとルイズはグリフォンの背に跨り、ミラボレアスは翼を広げて空を飛んだ。

 

そして早朝の中、三体の影はトリステインを飛び出した。

 

 

 

 

しかし彼らは気づいていない。

トリステイン魔法学院を抜け出したルイズ達の後を、微熱を抱いた一人のメイジが、羨ましげに見つめていた事に…

 

 

 

 

 

 

 

 




少し短かったかもしれませんが、また次回


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サイトとフーケ

駄目だ、まったく書ける気がしない。

他のも殆ど手付かずの状態でしたが、何とか一話だけできました。






ラ・ロシェールの港町…そこで一人の少年と幻獣は困惑していた。

 

「チェルノボーグの監獄から、土くれのフーケが脱獄⁉︎

それも何者かの作為によるものだって⁉︎」

 

土くれのフーケ…本当の名をマチルダ、投獄されていた彼女を助けに行こうとしていたサイトとリンであったが、偶然手に入れた朝刊に、土くれのフーケ脱獄の記事が記されていた為、その足をラ・ロシェールで止めていた。

 

「おい、幻獣さんよ、おめぇさんには何か心当たりはねぇのか?」

インテリジェンスソードであるデルフリンガーが、サイトの隣にいる白髪の青年に尋ねた。

 

「特には…奴に他に仲間がいるとは聞かされていないしな。

だいたい、私は奴の使い魔と言っても、ティファニアの御守りばかりで奴の仕事に関わった事は殆どない」

 

「まぁ、おめぇさんは走るだけでも目立つから、泥棒稼業には向かないだろうからな」

 

「じゃあ、一体誰なんだ?マチルダさんの脱走に手を貸したっていう奴は…」

 

サイトとリン、デルフリンガーが頭を悩ませるが、答えがでる気配は一向にない。

 

「このままでは埒があかないな、私が奴の居場所を探ってみよう」

リンが片方の目を手で抑え、祈るように、何処かへと念を送った。

 

使い魔には共通として、主人の目になる能力が与えられている。

その能力を応用し、マチルダの見ている視点から、彼女の居場所を見出そうとしているのだ。

 

「見つけた…

…が、これはどういう事だ?」

 

「何だ⁉︎何が見えたんだ⁉︎」

サイトも、人間に関わらず使い魔ではあるが、その主人はマチルダではない為、サイトにはリンの様に、マチルダの見ているものを見る事はできない。

 

それ以前に、何故かサイトには視覚の共有能力は備わっていないのだ。

 

サイトは、何かおかしなものを見たのか…不思議そうに眉根を寄せて疑問を浮かべるリンに、何を見たのかを問いた。

 

「……何故かは知らんが…どうやら奴は、この町にいるらしい」

 

「どういうことだよ?」

 

マチルダの居場所は割り出せたが、謎は更に深まるばかりであった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

ルイズ達は予定通り、その日の夜までにラ・ロシェールに到着できた。道中、馬の交換以外では、立ち止まる事もあまり無かったからだろう。

遠くの方で、山賊の様な武装した集団が見えたが、やはり上空でミラボレアスが目を光らせていたからだろう、おかげで襲われることもなく、スラスラと進む事ができた。

 

「今夜はここで宿をとろう。

もうフネは出航してしまっただろうし、何より皆疲れもある、そんな状態で戦地に向かえば、かえって危険だ」

ワルドはグリフォン隊の隊長だ、この中では誰よりも判断能力に長けている。ルイズ達は一切の否定もなく、ワルドが乗ったグリフォンに続き、ラ・ロシェールに入っていった。

 

「はぁ…」

 

「どうした?疲れたのか?

まぁ、かくいう私も、休憩無しでここまでの飛行には、疲れをかくせないがな」

深くため息をつくギーシュに対し、ミラがそう言った。

 

「いや…まぁ…乗馬での走行もそうだけど…

今日はなんか…精神的にも疲れたよ…」

何かを言いたそうに、目の前のワルドとルイズに視線を送るギーシュ。

それが何を察しているのかは分からない為、ミラの頭に?が浮かんだ。

 

空を移動していたミラには分からない事だが、地上を走るルイズとワルドからは、絶えず甘い雰囲気が漂っていたのだ。

 

二人は婚約者…それも久しぶりに会ったという訳なのだから、多少は仕方ないが…

常にルイズへ向けて甘い言葉を囁き続けるワルド、それに対し、顔を赤くしながら照れるルイズ。

耐え難い、ピンク一色の空間に包まれながらの乗馬によって、ギーシュは身も心も擦り減っていた。

 

自分がモンモランシーに言い寄っている時も、周りはこんな気分だったのだろうか…

これからは、公然の前で女性との戯れはなるべく控えようと、ギーシュはそう思ったり…やっぱり思わなかったりしたという。

 

「しかしそんな疲れも、この町を見渡していると癒されていく様な気がするよ」

ギーシュはうっとりとした表情で町を眺めた。

 

「ここにある建物は全部、一つの岩を彫って作られたものなんだ。

土系統のスクウェアメイジによる、言わば匠の技だね」

岩と一体化したような造りの建物を指差し、ギーシュが嬉しそうに説明した。

 

彼もこの町を造ったというメイジと同じ、土系統のメイジだ。そして彼の趣味は石を用いた彫刻造り。

ドットであるギーシュにとって、話に出てきたメイジとは雲泥の差はあれど、いつかはそんなメイジになりたいと、憧れを持っているのだろう。

 

「何であんた達がここにいるの⁉︎」

 

突然、ルイズの叫び声が聞こえてきたので、ミラとギーシュは慌てて前を向いた。

 

そこには、見た事のある二頭のドラゴンを連れた、これまた見た事のある赤い髪の少女と、青い髪の少女が立っていた。

 

言わずもがな、キュルケとタバサ…そして使い魔のシルフィードとフレイムである。

 

「随分なご挨拶ね、ヴァリエール。

朝方、あんた達が出かけていくのを見たから、タバサと一緒に後をつけて来たのよ」

 

タバサと一緒…と言えば聞こえはいいが…

実際は無理矢理連れて来たのだろう、パジャマ姿のまま、不機嫌そうに本を読んでいるタバサを見て察した。

 

「あのねぇ、ツェルプストー…これはお忍びなのよ?」

 

「あら、そうなの?それなら早く言いなさいよ。言わなきゃ分かんないわ」

全く悪気の無い調子で話すキュルケ。というか話し方の時点で、悪気などある訳が無かった。

 

「まぁ本当は、あんた達が山賊や夜盗にでも襲われたら、助けてあげようとでも思ったんだけど…それはいらなかったようね」

キュルケがミラを覗き見ながらそう付け足す。

 

「どころで、この方は?お髭が素敵ね」

キュルケが今気づいた様な風に装いながら、ワルドの方に近づいた。

 

「素敵なお髭の貴方、情熱はご存知かしら?」

色っぽい仕草でワルドに言い寄るキュルケ。

 

その姿を見て、ルイズは一瞬にして「最初から目当てはこれね」と、キュルケの企みを見抜き、そんなキュルケに対して心底呆れた。

 

「君の好意は嬉しいが、それ以上近寄らないでくれたまえ。

私の婚約者に、あらぬ疑いをかけられたくはないのでね」

しかしそんなキュルケに対し、ワルドは苦笑を浮かべながら、キュルケを優しく押し返した。

その目でルイズを指しながら。

 

「あら?なぁに?あなたの婚約者だったの?」

つまらなそうに言うキュルケに対し、ワルドが黙って頷いた。

 

ショックで項垂れるキュルケであったが…

惚れっぽくて冷めやすいと自称する通り、ここまで追いかけて来たにも関わらず、諦めるのは早かった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

ラ・ロシェールの裏路地に、一軒の酒場があった。

看板も外れかけ、外装がボロボロになっているその酒場は、もっぱら傭兵やゴロツキのたまり場となっている。

 

そんな店の中で、大人数が集まり、なにやら話し合いが行われていた。

 

その中心にいるのは、二人のメイジ。

一人はローブを着込んだ仮面の男…もう一人はスタイルのいい、緑色の髪の女…何を隠そう、今脱獄事件で騒ぎになっている、フーケ本人である。

 

「何?翌日の仕事を破棄するだと?」

仮面の男が威圧を含めて、傭兵にそう言った。

 

「あんた達に言われた通り、ターゲットを監視してたが…

見ただろう⁉︎あいつらが連れてたあの黒いドラゴン!あんなのがいるなんて聞いてねぇぞ‼︎

無駄死にはごめんだ!金は返す!だから俺達は降りさせてもらうぜ‼︎」

どうやら、ルイズ達が遠目に見た集団は彼らだったらしい。

ルイズ達を襲う様に雇われていたが、ミラボレアスの姿を見て、戦意を喪失してしまったらしいのだ。

 

「それを聞いて、そうかと見過ごすとでも思うのか?

貴様らは色々と知りすぎている、依頼を受けないのであれば、ここで死体になって貰うぞ?」

仮面の男が杖を向けて、傭兵達に脅しをかける。

 

傭兵達は「ヒィッ」と、悲鳴をあげた。

 

「だが安心しろ、別にお前達があのドラゴンの相手をすることはない。そっちは我々で対処する」

 

「…本当か?」

 

「あぁ、だからお前達は予定通り、依頼を果たせ」

 

仮面の男の言葉に、心底安心して、景気付けに酒を飲み交わす傭兵達。

そんな彼らを尻目に、仮面の男はフーケに話しかけた。

 

「どうした?何を不安そうな顔をしている?土くれのフーケ」

 

「私は一度、あのドラゴンに敗北している、それも完膚なきまでに…」

弱々しい声でそう呟くフーケ。

その顔は荒々しい泥棒ではなく、一人の…普通の女性の様にか弱々しかった。

 

「まさかと思うが…お前も抜け出すなんて言わないだろうな?」

 

「それは無いさ、あんた達に従う、それが条件だろ?

…ただ、やっぱり…」

 

「…目的は撃退でも討伐でもなく、あくまで時間稼ぎだ」

 

「分かってるよ、それくらい」

 

黒いドラゴン…ミラボレアスの相手をする者というのは、フーケの事である。

仮面の男は訳あって、あまり派手に動く事はできない、そんな条件下で、ミラボレアス相手に程度戦う事ができるのは、現時点では彼女しかいない。

仮面の男の言う通り、目的は時間稼ぎだ。生半可な者が相手をしても、一瞬で叩き潰されるのがオチである。

 

しかしフーケには、未だトラウマとも言える、ミラボレアスに対する恐怖心が残っていた。

ミラボレアスの顔を思い出すだけで、背筋が震える程である。

それを察したのか、仮面の男もあまりキツイ言葉はかけなかった。

もちろん、余計なプレッシャーを与え、フーケが任務に失敗したり、使い物にならなくなるのは困るというのもあるが…彼も血も涙もない鬼という訳ではない。

 

しかしここで辞めていいと言う程、彼は優しくない。

どれだけ怖かろうと、やるべき事はきっちりとやってもらう。辞めたいと言えば辞められる程、甘い世界ではないのだ。

 

フーケもそれは重々承知している。

しかしそれでもやはり、一度刷り込まれた恐怖心というものは、なかなか消す事はできない。

 

(土くれのフーケ程のメイジに、ここまで恐怖を与えるとは…)

フーケを見ながら、仮面の男はミラボレアスの危険度に対する警戒を、更に高めた。

 

「おい…本当にここにいるのか?」

 

「最後に視覚を共有した時は、確かにここを写していた。

…というか、それほど不思議な事でもないだろう?奴も泥棒なんだからな」

 

「いや、まぁ…そうかもしれないけどさ…」

酒屋の入り口からだろうか、どちらも聞き覚えのない、正体不明の声が聞こえてくる。

 

「おい、誰だ?」

 

「怪我したくないなら出て行きな、今は俺達の貸切だ」

二人のゴロツキが来訪者を追い出す為に席をたった。

 

今はなるべく、人には聞かれたくない話をしている。

例え誰が来ようと、力づくで追い出されるだろう。

 

もっとも、相手が自分達よりも弱ければの話だが…

 

「ぎゃあああああ‼︎」

突如として酒場の中に、青白い閃光と、男の野太い悲鳴が走る。

 

「何だおい!何があった⁉︎」

場が騒然とざわめき始めた。

無理もない、何かが光ったと思えば、突然大の男が二人も気を失ったのだから。

 

来訪者は倒れた男を跨ぎ、堂々と酒場の中に侵入してきた。

一方は錆びた剣を背負った、黒い髪の少年、もう一方は丸腰の白い髪の青年。どちらも若く、とても強そうには見えない。

 

「てめぇらがやったのか⁉︎クソがッ!」

その場にいたゴロツキの一人が、来訪者二人に掴みかかった。

しかしその手は二人に伏せる事なく、途中でピタリと止まった。

 

再び青白い閃光が走り、顔の横を通過したからだ。

ゴロツキの男は背後の、青白い閃光によって開けられた穴に目を向けながら、驚愕の表情で停止していた。

 

「誰だ?お前達は」

仮面の男が静かに問いた。

 

どうやら相手はただ者ではなかったようだ。

子どもだと思って油断していたが、その肉体は逞しく、戦闘用の訓練を積んでいる事が見て取れた。

 

白い髪の青年の方は、黒髪の少年程体格は良くないが…

杖を使わずに、ライトニング・クラウンに近い魔法を放っていた。これは明らかに、先住魔法だ。

 

人間の天敵と言われるエルフ…そんなエルフ達の使う魔法と同じものを行使してきたのだ、もっとも油断ならないのはこの男の方である。

仮面の男は警戒するように、白い髪の青年を睨みつけた。

 

「失礼、別に敵意がある訳じゃない。

いきなり脅しかけられたので、少々威嚇しただけだ。用が済めばすぐに出て行こう」

白い髪の青年が、静かにそう呟いた。

手にはバチバチと、目に見える程の電気が蓄電されている。

「手を出せば丸焦げにする」と、暗に警告しているのだろう。

 

「用が済めば…だと?お前達の目的は一体なんだ?」

仮面の男が堂々とした態度で、来訪者に問いただした。

 

「人探しだ。土くれのフーケという女盗賊を探している。

私は奴の使い魔だ、ここにいるのは分かっている。話をさせてほしい」

 

「使い魔…だと?」

目の前にいる者は、どう見ても人間にしか見えない。

使い魔などと言われても、納得のできる話ではなかった。

 

しかし隣にいる人物、目の前の相手が探しているという土くれのフーケの動揺を見る限り、ただの戯言などではないことは明らかだ。

 

とはいえ、はいそうですかと信用できる話でもない。

特に今は極めて重要な任務に就いている最中、得体の知れない人物と関わるなど以ての外だ。

 

だが無視もできない。

今ここで、あの白い髪の青年と戦うことになれば、こちらにも多大な被害が出るだろう。そちらの方がデメリットはでかい。

 

どうしたものか…と、仮面の男が沈黙のまま考えていると、事の中心であるフーケが声をかけてきた。

 

「あいつらは私の知り合いだ。目的は私だってんだろ?なら私がどうにかしてみせるよ」

 

「知り合い…というのは間違いないんだな?

なら奴は本当に、お前の使い魔なのか?」

 

仮面の男の問いに、土くれのフーケは無言で頷いた。

 

「……ならばここはまかせよう」

にわかには信じがたいが、当の本人であるフーケが言うのだから間違いはないのだろう。

 

もちろんフーケも嘘をついている可能性はある。しかしもしそうだったとしても、フーケには何のメリットも無い。

 

このままにしていても、使い魔と主という関係上…主人であるフーケ側のこちらにはなにも不利益なことは無いはずだ。

フーケのみを信用しなくてはならないというのは、少しばかり苛立たしいが、今はそうするしかない。

 

仮面の男はそう判断した。

 

「そっちも何か言いたいことがあるようだけど、こっちにも言いたい事はある。

取り敢えず、表に出て話をしようじゃないか」

 

「リン、そしてサイト」と付け加え、土くれのフーケは出入り口の前に立って目で誘導した。

 

フーケに続いて酒場の外へと出て行くサイトとリン。その3人を、酒場にいる者達は、黙って見送ることしかできなかった。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

翌日、宿泊した宿の酒場で目を覚ましたミラは、ラ・ロシェールの街をぶらついていた。

 

昨晩は酒を嗜んでいたワルド達につられ、ミラもご馳走になっていたのだ。

しかし元から酒には余り強くなかった事も重なり、人間体のまま飲んでいた為か、どうやら酔いが回って酒場で眠りこけてしまったらしい。

 

そのままでは酒場の店員にも迷惑がかかるので、ルイズ達はミラを起こし、部屋に連れて行こうと努力はしたのだが、眠っているところを起こされて不機嫌なミラに暴れられた為、宿の主人に謝って泣く泣くその場に放置することとなった。

それに関係するのか、今朝のギーシュからは何故か、バーベキューのような香ばしい匂いが漂っていた。

 

ともかく、そんな事もあったからか、今朝はルイズからの大目玉を喰らい、散々な朝だった。

 

アルビオンへのフネの出航は、二つの月とアルビオンの大陸の位置関係により、本来は明後日であったが、ワルドが交渉を行った結果、足りない分のフネの動力をワルドの風の魔法で補う事と、最上級の積み荷と同等の金額を払う事を条件に、今日の午後には出版できることになった。

 

出航時間までにはまだ余裕がある。

なのでミラは、開いた時間を散歩で埋めることにしたのだ。

 

「空に浮かぶ大陸か…私のいた世界にはそんなものはなかった」

ラ・ロシェールに吹く風をその身に浴びながら、ミラはこれから向かうべき目的地に思いを馳せた。

 

何か素敵な出会いがありそうだと、今からでも心が踊る。

 

そんなミラに、二つの影が近づいていた。

その影に気づいたのか、無言のまま振り向くミラ。

 

「お前が…ヴァリエールとかいう貴族の使い魔か?」

相手は少年だった。おそらくギーシュと同じくらいだろう、錆びた剣を背負う少年が、こちらをまっすぐ睨みつけていた。

 

「いかにも、私はルイズ・フランソワーズの使い魔をしている」

ミラは答えた。

同時に目の前の少年が剣を抜く。ミラも応戦するように身構えた。

 

「俺の名前はサイトだ。悪いがここで、倒れてもらう」

 

堂々と名乗りを上げるサイトであるが、対する白い髪の青年…リンは明らかに動揺を示していた。

「まったく…安請け合いするべきではなかったな、奴らもとんでもないものに手を出したものだ」

 

ミラボレアスは目を細めながら、自分の前に立ち塞がる二人を睨みつける。口からは威嚇するかのように炎が漏れ出ていた。

「理由は分からんが…それは私に、戦いを挑むということか?」

 

不気味な赤い目を向けられ、リンは一歩後退した。

しかしサイトは恐れない。それどころか、より一層威勢を増してこう答えた。

 

「その通りだ‼︎」

 

答えを聞き、ミラボレアスは一瞬目を見開いらくも、直ぐにニヤリと白い歯を見せた。

 

「まったく人間というのは…やはり馬鹿な生き物だな」

 

ミラボレアスは一歩踏み出した。

その体からは、景色が歪んで見えるほどに熱気が放たれる。

 

「いいだろう、ならばかかってこい人間。

望み通り、潰してやる」

 

その場の空気が一変する。

 

しかしミラボレアスは気づいていない。

今この時に、自分の主であるルイズに危機が訪れていることに。

 

 

 




評価も低くなってきたし、もう誰もあんまり見ていないだろうと思って後回しにしてましたが、「続きはまだか」というコメントを頂き、「そこまで言われたらやるしかないだろう」と、頑張りました。

今後も、できるだけ早くできるように頑張ってはみます。


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閑話《学院を訪れた英雄》

サイト対ミラボレアスを楽しみにしていた方はすみません。

間に一つ話を入れます。
閑話とは言え、後々のストーリーに結構関わることも言ってるので、できれば飛ばさずに見て欲しいです。


本日のトリステイン魔法学院は騒然としていた。

 

理由はとある訪問者だ。

訪れたのは平民である。だがもちろん唯の平民ではない。

 

そもそも唯の平民ならば、貴族達が学びを受けるこの学院に、アポも無しにいきなり訪ねて来るなど、許されるはずもない。笑われて門前払いを喰らうのが落ちだ。

しかし其の者には、それができる程の社会的な地位と度胸が備わっているのだ。

 

彼の名はシグルス・シュヴァリエ・ディ・ラウレンティス。

平民にしてシュヴァリエの称号と、ディ・ラウレンティスという領土を与えられた正真正銘の大英雄である。

 

その名はガリアの者でありながら、ここトリステインの貴族達にまで届いている程だ。

 

目的は分からない。ただ彼は、この学院の学院長である、オールド・オスマンの古くからの友人であるらしく、「話をさせて欲しい」という理由でこの地を訪れたのだ。

 

コルベールに案内され、オスマンのいる学院長室にへと向かって行くシグルス。そんなシグルスの…英雄の姿を一目見ようと、大勢の生徒達が周辺に押し寄せていた。

誇りを重んじる貴族達だ、身分の差はあれど、シグルスの挙げてきたもののような、華々しい戦果はかっこよく思うのだろう、多く者が…特に男子生徒が中心に、シグルスに羨望の眼差しを向けていた。

 

しかし中には当然、面白くなさそうな様子の者や、憎らしげな顔でシグルスを睨みつける者もいた。

 

「どうぞ。ここがトリステイン魔法学院学院長、オールド・オスマンの執務室です」

コルベールが一礼して、シグルスを学院長室の扉へ促した。

 

「どうもありがとう。ミスタ・コルベール…でしたかな?

急に無理を言って申し訳ない。君達にも都合があるだろうにな」

 

「いえ、お気になさらず。オールド・オスマンに早急に話すべき事があったのでしょう?」

 

「然り、最近耳にした事について、少し…な」

 

何処か、誤魔化そうとするような口ぶりのシグルスだが、コルベールにはおおよその検討はついていた。

シグルスは対化け物専門の騎士だ。その事から踏まえるに、おそらく目的は、ミス・ヴァリエールの召喚した使い魔、ミラボレアスの事だろう。

 

王室の者達が見学する品評会でも、その強力な力を大いに発揮していた。

一体どれほどまで…どのような噂が流れているのやら…

 

扉の中へ入って行くシグルスの姿を眺めながら、コルベールはこれから起こるべく、物事の道行きを案じていた。

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

「よく来たのうシグルス。そこに腰掛けてくれ」

オスマンは穏やかな顔で客人を迎え入れ、使い魔であるテリーに運ばせた椅子に、シグルスを座らせた。

 

「久しぶりだなオスマン。また髭が伸びたかね?」

 

「うむ、相変わらず絶好調じゃ」

セコイヤの机越しに談笑を進める二人の老人。しかしその顔は、まだまだ若々しい明るさに包まれていた。

 

「…それにしても、君がこの学院に直接訪ねにくるなど、珍しいこともあるものじゃな。

大丈夫なのかね?貴族の中には君を好ましく思っていないものもおる。この学院とて、それは例外ではない筈じゃ」

 

「正直言えば、あまり来るつもりは無かった。だが早急に、君に話しておきたい事があったものでな」

 

いくら大きな戦果を挙げようと、いくら貴族並みの扱いを受けようとも、平民は平民である。

むしろ優遇されればされる程、シグルスを疎ましく思う貴族は増えるだろう。例えそれが、当然として受け取るべき相応しい代価だとしてもだ。

 

もちろん全員とは言わない。貴族やメイジと言えど、殆どがシグルスの実力を公正に評価している者ばかりだ。

だがやはり、一部の者達には、平民である事が原因で、嫉妬や妬みの対象になってしまうことも事実なのである。

 

それもただ、心の中で思っているだけならば構わないのだが…中にはそれを、行動に移す者までいるから困り者だ。

具体的にいうと、根も葉もない噂を流し、シグルスに対する世間の印象を下げるといったものから…酷い時には実際に命を狙うといったものまである。

 

こういった事から、シグルスはなるべく、貴族の集まるような場所からは遠ざかって暮らしているのである。

 

「あぁ、ありがとう。…しかしこの部屋、君と君の使い魔だけしか居ない様だが…

以前言っていた美人秘書とやらはどうしたね?少し楽しみにしていたのだが」

紅茶を運んできたテリーにお礼を言いながらも、その部屋に本来居るはずの役職の人間がいない事に、疑問を持つシグルス。

 

「ミス・ロングビルの事かね?

実に残念な事に…彼女の正体は土くれのフーケであった為、泣く泣く憲兵に引き渡す事になってしまったんじゃよ」

 

「あぁ、例の…私が君に譲った“あれ”を盗んだという盗賊か。

てっきり私は、君のセクハラが原因で逃げて行ったとばかり思っていたが…」

もっとも、シグルスの推測もあながち間違いだとは言えないだろう。

破壊の杖という目標があったからこそ耐えていたが、ロングビルもオスマンのセクハラには心底うんざりしていたからだ。

 

「…それで、ちゃんと取り戻すことはできたのかね?」

 

「あぁ、バッチシじゃ。破壊の杖はちゃんと元の場所に…この城の宝物庫の中に戻しておるよ」

 

「破壊の杖…か、君もなかなか分かりにくい名前をつけたものだな。どう見ても杖には見えんだろうあれは」

 

「だって元の名前長いんじゃもの…なんだったかね?言ってみてくれんか?」

 

「…“除槍機能型遠距離圧熱竜撃砲”のことかね?」

シグルスが噛みそうな程に長ったらしく、物々しい兵器の名前を口にした。これが破壊の杖と呼ばれる武器の、本来の名称らしい。

 

「あぁ!そうじゃった!そうじゃった!そんな名前じゃ。相変わらず長ったらしい名前じゃのう、とても覚えきれん」

 

「あれは珍しい武器だぞ、私の故郷にも数える程しかない」

会話に熱の入ったシグルスが、破壊の杖について自慢気に語り始めた。

 

「元々はガンランスと呼ばれている武器でな、私の同業者の中では一般的に扱われる代物なのだが…あれはそれを改造して作られたものだ。

その名の通り、銃としての機能と槍としての機能を備え持つガンランスに、槍としての機能だけを取り外し、銃としての機能を強化した」

シグルスが腕を大きく広げ、銃を撃つような素振りをして話を続ける。

 

「その際、元のガンランスよりも更に武器の丈が大きくなってしまい、扱い難くなったが…その威力、射程距離共に通常のガンランスの三倍はあると言えるだろう」

 

話を聞く限り、とても高性能な武器に思えるが、シグルスは苦い顔で「ただ…」と付け加える。

「通常のガンランスですら使用者の身の丈よりも長い上、そこから更に銃身を伸ばしたのだ。当然重量もそれなりに増加した。結果ーー」

 

「とても人間の手で扱えるような代物では無くなった…と」

「本末転倒じゃな…」と、呆れたような顔でオスマンが言葉を遮った。

 

「うむ…そうだ。もちろん腕っ節に自信のある者ならば使用できる、そうでない者も、数人で支えれば使えない事はない。

…まぁ、撃つ“だけ”ならな」

 

「それじゃあ使用できるとはとても言えんな、君の様な者には特に…な」

オスマンが窓から空を眺めながら答える。

こんな物の為に何年も学院に潜入し、やっとの思いで盗みだした所を捕まったのだ。土くれのフーケが哀れに思えてきたのだろう。

 

「…つまり君は、私に不良品を押し付けたというわけじゃな?」

オスマンが笑みを浮かべながら、不機嫌に眉を釣り上げる真似をする。

 

「いやいや、確かに装備して戦うには向いていないが…君が思ってる程使えない代物ではないぞ?」

オスマンが本気で怒っている訳ではない事は理解しているが、勘違いしてもらっては困る。と、シグルスは破壊の杖の利点についてを語り始めた。

 

「まずこれを、人間一人で持ち運べる大砲と考えてくれればいい。

これの威力は君もよく知っているだろう?連射は効かないが…普通の大砲よりもよっぽど威力が高い。

なので大砲も乗せれないような、小型の商船などに積み込むのがいいだろうな。猛獣や盗賊に襲われても一撃で撃退できる。十分に使えるさ」

 

「まぁ…兵器としての価値があろうがなかろうが、いずれにせよ、破壊の杖を兵器として使用するつもりはない。ここは学びの場じゃからな、精々変わった魔法道具として、観賞用に宝物庫の中に入れておくだけじゃ」

 

「そうか…それは残念だが、武器を使わなくて済むならば、それに越したことはないな。

元々あれは君に譲り渡した物だ、好きにするといい」

 

ここは魔法学院。戦いとは無縁な場所であるが故、例えどれだけ優れていようと、武器などというものは必要としないのだろう。

自衛の為に兵を配置する事はあるが、それはあくまで自衛の為、必要最低限以上の兵力は、この学院には相応しくない。これがオールド・オスマンの見解であった。

 

「…しかし、いくら君が女性にだらしないとは言え、盗賊一人に宝物庫を荒らされるとは…」

 

「女性にだらしないは余計じゃろう」

 

「では、否定できるか?」

 

「・・・・・」

否定できない。という意味だろう、オスマンは黙って口を閉じた。

 

「…認めたくは無いが…お互い、老いたものだな」

ゴツゴツとした手に深い皺が刻まれているのを見て、シグルスは深くため息を吐いた。

 

「そうじゃな…人間というのは、老いだけには勝てない生き物じゃ」

 

オスマンは使い魔であるテリーを見た。そして前任の使い魔、ハツカネズミのモートソグニルを思い出した。

自分の目となり、この城を駆け回っていた使い魔ももう、高齢のため老死してしまった。

長年付き添った使い魔が老死する…召喚した当時は考えてもいなかった事だ。それだけ長く生きたということだろう。

 

「若い頃が懐かしいな…とは言え、ほんの八年前の話だが」

 

「あの頃は君も、まだ無名の騎士じゃったな」

 

二人の老人はゆっくりと目を閉じた。輝かしい思い出に浸るように、懐かしさを抱きながら、記憶を過去へ遡らせていた。

 

「村を食い尽くした暴食竜…黄金の毛皮を纏う獣…山のように巨大な龍に、天を貫く巨大な蟹…

どれもこれも、君と共に行った仕事は一筋縄ではいかなかった」

オスマンが言った。

 

シグルスとは友人関係でもあり、仕事仲間でもあったのだ。

以前はよく四人で戦いの日々を送っていた。何処か遠くから流れてきた化け物達を相手に、生きるか死ぬかの、正に決死の戦いであった。

 

「今でも時々、命がある事を不思議に思うよ。

あれは全て、君が元いた世界とやらから、流れ着いた生物なのじゃろう?」

 

「そうだ。凄まじいだろう?

だが見事討伐する事が出来れば、得られるものも大きい。また一緒にやるつもりはないか?」

 

「それは御免こうむりたいのう。もうあそこまで無茶はできん。

それにこの生活も、案外気に入っているのでな」

 

「美人の秘書を雇って、セクハラ三昧の生活がかね?」

 

「いちいち茶化してくるのう」

悪戯する子どもの様に笑うシグルスに、オスマンが頭をかきながら言った。

 

「昔…と言えば、“彼ら”は今も元気に暮らせているだろうかのう」

 

オスマンの言葉がきっかけで、シグルスの頭に、ある二人の人物の顔が浮かび上がってきた。

 

「彼ら…か、きっと元気に暮らしているさ。

彼らはたくましく…そして強い。それに長寿故、私達よりも長生きなのに若々しいしな」

 

「はっはっは、そうじゃのう、私の杞憂じゃったな」

シグルスの言葉を聞き、オスマンは自分の心配を笑い飛ばした。

 

彼らというのは、オスマンとシグルスが共にモンスターを狩っていた頃に出会った、二人の仲間のことである。

彼らは事情あって、ハルケギニアに住む人々との関係はあまりよくない。彼らにとってこの地は住みやすいとは言えない場所であった。

しかし彼らは強い。災害そのもののような化け物が相手でも、物怖じせずに立ち向かえる程に勇敢な人物だ。

ハルケギニアに貼られたレッテルなどに挫ける程、柔ではない。

 

「アルヴィースはエルフの住むサハラで暮らしているから会えないが、ネフィリムには5ヶ月ほど前にこの国、トリステインで偶然会う事ができた」

 

「おぉ!そうかね!元気にしていたか?」

オスマンが満面の笑みでシグルスに尋ねた。久しく会っていない友人の報せに、心から嬉しく思っているのだろう。

 

「あぁ、元気だったよ、それに相変わらずデカかった。とても130歳とは思えないな」

 

「竜人族…じゃったな。君の故郷にいたという、人間よりも長寿で頭がいい種族だとか…

その中でも、彼は特別な存在なのじゃろう?」

 

「あぁ、1000年に一度しか生まれないという長身の竜人族だ。

私も彼程大きな者は、ドンドルマの大長老くらいしか見た事がない」

 

大長老とは…シグルスのいた世界に住む、100サント…いや、100cmは優に超える巨大な竜人族のことだ。

大都市ドンドルマの指導者であり、若い頃は老山龍と相撲を取り、尻尾や頭を一刀両断したと伝説の残る武人でもあった。

シグルスも持っている、彼が脇差として使う刀すら、普通の人間の背丈程もある太刀だ。それだけでもその体格の大きさが伺える。

 

「確か今は…タルブの村という所に住んでいるらしいな」

 

「ほう…タルブの村か、それはいい、今度休暇を取って会いに行ってみようかのう」

 

「それはいい、彼も喜ぶだろう」

シグルスが笑みを浮かべながら、飲み終わったカップをテリーに手渡した。

 

「しかし…タルブの村か…あそこは確か、この城で給仕として働いている、シエスタという可愛らしい娘の故郷だったかのう…

それに、“竜の大角”が眠るという伝説の残る地…じゃったな」

 

オスマンがキラリと光る目でシグルスを見た。

「これは君の専門分野じゃないかね?」と、暗に語っているのだろう。

 

「私も調査したことはあるがね…伝説に通ずるような生物は発見できなかったよ。

強いて言うなら、大猪が一匹いたくらいだ。あれは立派な牙を持っていたが、角ではないな、それも伝説になる程のものだとはとてもおもえん」

 

オスマンの察しの通り、この伝承はシグルスにとっても大変興味深いものであったが、肝心の姿は影すらも拝めなかったらしい。所詮は伝説と言ったところだろう。

シグルスは肩を竦めながら話した。

 

 

竜の大角とは…タルブの村に伝わる二頭の竜の戦いから生まれた伝説だ。

一頭は飛竜…その剛力で何もかもを粉砕し、咆哮によって大地を震わせ、空気を鳴らしたと言われる程の、恐ろしい存在であったらしい。

そしてもう一頭…これが竜の大角と呼ばれる、巨大な角を持つとされる竜だ。聞いたことも無いような不気味な鳴き声をあげ、その巨大な角で対面する飛竜を串刺しにしたらしい。

当時の村人達は、その巨大な角を持った竜の姿こそは見ていないが、その独特な鳴き声に、飛竜が刺殺された瞬間を目撃した事から、この伝説は誕生したそうだ。

もっとも…今となっては、それを本当だと考える者は極めて少ないのだが…

 

 

「ミスタ・コルベールも、その伝説にえらくご執心らしくてな、熱心に資料を集めておるよ」

 

「ほぉ…彼が、何か見つかるといいがな」

 

セコイヤの机越しに、談笑を続ける二人の老人…しかしここで、オスマンの一言により、学院長室に漂う雰囲気は一変した。

 

「ーーさて、話はここまでじゃ。君も私と世間話をする為に、ここまで来たわけじゃないのじゃろう?」

先程まで笑っていたオスマンの目が細くなる。オスマンは真剣な眼差しで、シグルスの目を見て話を切り出した。

 

「あぁ、その通りだな」

シグルスの目も切り替わる。

椅子にもたれ掛かっていた背を起こし、獲物を抉るようなハンターの目でオスマンにこう問いた。

 

「風の噂で聞いた程度なのだが…この学院に学びを受ける生徒が、ある変わった龍を、使い魔として召喚したという話をきいたのだが…

君の方で、何か心当たりはあるかな?」

 

心当たりはあるか?という聞き方ではあるが、その目には確証を得た上で聞いていると、暗に示している。

何かは分からない…しかし警戒すべき何かが召喚されている事は確かだ。と、そう語っている。

 

(これは…隠し通せんか…)

この学院の生徒達にも、この情報を外部へ流すことは禁止していたが、やはりそれだけでは限界がある。

 

このまましらを切るのもいいが、おそらくいつか知られることだろう。ならば今ここで話した方が、偏った情報を知ってしまうよりはいいだろうと、オスマンは判断した。

 

「……できれば他言無用で頼みたい」

 

オスマンの言葉に、シグルスは黙って頷いた。

 

「ーートリステインでも有数の貴族である、かのヴァリエール家の三女が、黒い韻竜を使い魔として召喚した」

 

「…韻竜?確かそれは、とっくの昔に滅んだのではなかったのか?」

 

「生きておるようじゃ、驚くべきことにな」

 

オスマンは正直に話した。

その韻竜は自らの事をミラボレアスと名乗っていたことと、別の世界からやって来たという情報は除いてだ。

嘘は言っていない、そこまでは外部へ漏れていない筈だ。

 

あの黒龍…ミラボレアスもシグルスに興味を持っていた。そしてあの好戦的な性格だ…

合わせてはならない。シグルスの実力は知っている、そう簡単に負けるとは思わない。しかし、無用な争いは避けさせなければならない。

 

「しかし、何故隠す必要がある?高等な使い魔を使役することは、メイジにとっては誇らしいことなのだろう?」

 

「君も知ってる通り、韻竜は絶滅した種族だ。

その生き残りがこの学院で使い魔として召喚されたんじゃ、公に知られれば、良からぬ企みを抱く者達が大量に押し寄せてしまう」

「そうなれば…分かるじゃろ?」と、オスマンが付け加えた。

 

「本当にそれだけか?」

 

「それだけ…とは?」

 

鋭い目で問い詰めるシグルス。

疑いを向ける友人の目に、思わずオスマンは目を見開いた。

 

「その龍は私の故郷…もとい、私のいた世界に、何か関係があるんじゃないかね?」

 

(鋭い…!)

オスマンが冷や汗を流した。

 

シグルスが疑っているのは、オスマンが最も知られたくない情報についてだ。

何としても切り通さなければならない。オスマンは感情を表に出さず、首を傾げながらこう言った。

 

「そんな訳ないじゃろう。だとすれば、私から君にとっくに話している筈じゃ」

 

「まぁ…それはそうだが…」

真っ直ぐに目を見て話すオスマンに、吃りながら返すシグルス。

 

確かに、相手は信頼すべき友人だ。その友人が何のために自分に嘘をつくというのか…

シグルスは考え込むように沈黙した。

 

「ーーいや、すまない。疑うという訳ではなないんだ。しかし気を悪くしたのなら謝っておこう」

 

「良いのじゃ、気にするな」

 

詮索を諦めたのか、素直に謝罪するシグルスに、オスマンは心の中でホッと息をついた。

 

「お詫びと言ってはなんだが…一つ唄を教えよう。私の故郷の唄だ。

少し物騒な唄だが、子どももよく歌っている、興味深い唄だ」

 

「ほう…唄とな?」

 

穏やかな表情に戻して話を切り替えるシグルスに合わせ、オスマンも先ほどの談笑の時のような顔に戻った。

何故突然唄など…という疑問も頭に浮かんだが、向こうから話を変えようとしているのに、わざわざ水を差すこともない。オスマンは興味深げに、シグルスの唄とやらに耳を傾けた。

 

シグルスがゴホンと、咳払いする。

そして1秒…2秒と間を開けた後、シグルスはその唄を歌い始めた。

 

「数多の飛竜を駆遂せし時

伝説はよみがえらん

数多の肉を裂き 骨を砕き 血を啜った時

彼の者はあらわれん

土を焼く者

鉄【くろがね】を溶かす者

水を煮立たす者

風を起こす者

木を薙ぐ者

炎を生み出す者

その者の名は ミラボレアス

その者の名は 宿命の戦い

その者の名は 避けられぬ死

喉あらば叫べ

耳あらば聞け

心あらば祈れ

ミラボレアス

天と地とを覆い尽くす

彼の者の名を

天と地とを覆い尽くす

彼の者の名を

彼の者の名を」

 

「ミ…ミラボレアス…じゃと…⁉︎」

驚愕のあまり、オスマンは思わず声を出してしまった。

 

しまった!と思い口を塞ぐが、もう遅い。おそらくここでこの唄を歌い始めたこと自体が罠だったのだろう。

シグルスの目は再びハンターの目に戻り、真っ直ぐオスマンを見ていた。

 

「やはり…!やはり、そうか…!」

シグルスはソファから立ち上がり、声を震わせた。

 

その顔からは、ハッキリとした動揺が見て取れる。

大方の予想はできていたが、できれば外れてほしかった。と、思っているのだろう。

 

「韻竜とは…確か人の言葉を介し、人の姿に化けられるのだったな…

そして君はさっき…ミラボレアスの事を韻竜だと言っていた…」

 

シグルスは静かにオスマンに詰め寄った。しかしその目は充血するほど見開かれ、瞳孔も開いていた。

 

「喋ったのだな…⁉︎人の言葉を…!それも人の姿で…!」

 

シグルスに似合わぬ動揺のしように、オスマンは僅かに狼狽えながらも、シグルスの目を見たまま、その問いに対して短く頷いた。

 

「………そうか」

それだけ言って、シグルスは崩れるように椅子に座り込んだ。

 

「何故…その事を黙っていた?」

シグルスは椅子の背もたれに寄りかかりながら、横目でオスマンにそう尋ねた。

 

「君を騙そうとしたわけではない。あの龍は君に興味を持っていた。

君を思っての事なのじゃ、誓って嘘ではない」

オスマンは懇願するように、両手を上げて弁解した。

 

その目は「友を裏切ってはいない」と、炎のように輝いていた。

その目は嘘偽りない、真実だけを語っている目だった。

 

「…いいだろう、君を信じよう」

シグルスが目を閉じながらオスマンを許した。

 

「しかし…これだけは言っておこう」

シグルスは再び体を起こし、真剣な表情で、ソファから立ち上がってこう言った。

 

「そう遠くない未来、このトリステインに…いや、このハルケギニアに危機が訪れる。そう、絶対に避けられぬ危機だ」

 

「危機…じゃと⁉︎それはミス・ヴァリエールの召喚した、ミラボレアスによってか⁉︎あれはそれ程までに恐ろしい存在じゃったのか⁉︎」

シグルスの警告を聞き、椅子から立ち上がって驚くオスマン。

当然だ、世界を巻き込む危機などと言われ、冷静でいられるわげがない。

 

「…私は全身に様々な傷を負っている。その中でも、今疼くのはこの傷だ」

シグルスはその身に纏ったローブを脱ぎ捨て、屈強な上半身を露わにした。

 

痛々しい姿に、オスマンが思わず目を細める。

 

痣…火傷…凍傷…切り傷等…様々な傷痕が、その筋骨隆々な肉体に刻まれていた。

その中でも一段よく目立つ、胸から腹にかけて刻まれた、深い火傷の痕を指さしてこう言った。

 

「これはミラボレアスのブレスを、まともに受けてしまった時のものだ。もちろん私は油断などしていない。準備も万端だった、溶岩の熱にすら耐えられる、銀火龍の鎧を持ってしてもこれだ」

シグルスは再び服を着なおし、話を続けた。

 

「私の世界でもミラボレアスという名は伝説上での存在だ。信じない者も多い。しかしこれは史実だ。黒龍ミラボレアスは確かに存在する。

……自分で言うのもなんだが…少なくとも、このシグルス・シュヴァリエ・ディ・ラウレンティスでも倒せなかった化け物が、この国に潜んでいる…ということだけは覚えておいてくれ」

 

「…分かった、君の話を信じよう」

目をつぶってこめかみに指を当てながらも、オスマンは小さく頷いた。

 

目の前いるのは英雄だ…何よりも自分の友人である。そこまで言うのなら、信じざるをえないだろう。

 

「じゃがどうやって対策すればよい?」

 

「奴は過去に、当時最大の栄華を誇ったという、大国“シュレイド”をたった一頭で滅した化け物だ。まともに挑んでも勝ち目はないだろう」

 

一国をたった一頭で滅した…その言葉を聞き、オスマンは生唾を飲み込む。

 

「だがそれ以前に、奴をこのタイミングで倒してはならない。絶対にだ」

 

「何故じゃ?」

 

「他にも脅威は残っているからだ」

 

「なんじゃと⁉︎」

 

オスマンは戦慄した。

他にも脅威は残っている…つまりミラボレアスと同レベルの災害が、複数存在するということだ。

 

「つまり…一国を容易く滅してしまうような脅威が、このハルケギニアに幾多も潜んでいると…⁉︎」

 

シグルスは答えない。だがその顔は険しかった。

 

「…その無言は、肯定と取ってもよいんじゃな?」

 

シグルスは無言のまま目を背けた。

オスマンは倒れそうになる体を杖で支えながら、受け入れ難い事実に頭を抱える。

 

部屋の中に沈黙か流れた。聞こえるのはお茶の片付けで話を聞き逃していた、オスマンの使い魔テリーだけだ。

 

そして暫しの間を開けて、シグルスは静かに語り始めた。

 

「時期にこのハルケギニアに…歴史が傾くような大事件が起きるだろう…

であれば分かってくる筈だ、訪れる脅威というものが」

 

シグルスは大きく息を吐き、椅子の横に立てかけられた剣を強く握った。

 

「また君の力を借りる時がくるかもしれんな…いや、君の力だけではなく、その時にならば、アルヴィースやネフィリムの力も必要になるだろうな」

 

「“ペシュメルガ”の復活…というわけかのう」

疲れ切ったかのように、やつれた顔で椅子に座り込んでいたオスマンが呟いた。

 

「ミラボレアスとは“避けられぬ死”を意味するらしい。それに対して“死に立ち向かう者”という名は、うってつけだろう?」

そう言いながら、シグルスはオスマンの方を向いて笑みを浮かべた。それにつられてか、オスマンの顔にも自然と笑みが溢れる。

 

「…さて、私はそろそろお暇させてもらおう」

 

「もう帰るのかね?」

荷を纏め始めるシグルスに対して、オスマンが尋ねた。

 

「あぁ、もう用件は済ませたのでな」

 

「そうか、止めはせんが、その前にマルトーの所でランチをご馳走になったらどうかね?」

 

「む…?あぁ、そうだな、頂いておこう。あそこの料理は絶品だからな」

 

「それがいい、厨房の料理人達も喜ぶじゃろう」

 

オスマンは満面の笑みでそう笑い、扉の取っ手に手をかけるシグルスの背中を見送った。

 

「ーーそうだ、言い忘れていた」

ふと思い出したかのように、シグルスは数センチ開いていた扉を再び閉め、オスマンの方へと振り返った。

 

「ロマリアとレコン・キスタには気をつけろ。

黒龍伝説はーー」

 

バタンと、学院長室に扉が閉まる音が鳴り響いた。

 

オスマンは驚愕して、目を見開いたまま固まっていた。

シグルスが最後に言い残した言葉…たった一言であったが、背筋を凍らせるには十分な言葉であった。

 

我に帰ったオスマンは、机の棚にしまってあったパイプを吸った。

以前ならばロングビルに止められ、ゆっくりと吸うことはできなかったが、今もう彼女はいない。

プカプカと宙に浮かぶ煙を眺めながら、そばに寄ってきたテリーの頭を撫でた。

 

パイプを吸ってリラックスできたのか、心に平静さを取り戻したオスマンは、窓から空を見上げてこう呟いた。

 

「…これから忙しくなりそうじゃわい」

 

 

 

 

 

二頭の龍が咆哮をあげた。

 

空に浮かぶ大地の上では、溶岩を纏った黒い龍が…辺りを火の海へ染めていく。

 

神聖なる始祖の眠る国では、天をつらぬく角を携えた黒龍が…天候を操り世界を地獄に変えていた。

 

あの時、かの英雄はこう言ったのだ。

 

「黒龍伝説は“一つではない”」

 

…と。

 

 

 

 



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挑むは伝説、新米ハンターの戦い

2ヶ月も経ってしまいました。

申し訳ありません。






土くれのフーケ…もといマチルダは困惑していた。

 

もはや自分の家族とも言える存在が、自分を探しに来ていたからだ。

 

「どうしてあんた達がここに?」

自分を探してやってきた二人…サイトとリンに、フーケが苦い顔で自分を探しにきた理由を尋ねた。

 

「マチルダさんが牢獄にいれられた、なんて話を聞いたら、じっとなんてしてられる訳ないだろ?」

 

「右に同じだ、お前の救出の為にわざわざ出向いてきた。

私は一応お前の使い魔だからな、黙って見殺しにする訳にもいかない」

 

「・・・・・」

フーケは一層暗い顔で黙り込んだ。

気持ちはもちろん嬉しい。嬉しいのだが…

 

正直今の自分を見られたくはなかったし、知られたくなかった。

盗賊稼業の事は彼らも知っている。だが今回することはそれではすまない。今回の件は戦争に直結し、間接的に大勢の人を殺すことになる。

いくらマチルダがアルビオンの王族達を憎んでいようと、それとはまったく関係の無い人間を巻き込むことになるのだ。

 

いくら二人でも……特にサイトは大きく反発するだろう。

 

だが言わなくてはならない、流石にここまできて何の説明もなしとあれば、それこそもっと大きな反発を買うことになる。

 

マチルダは、チェルノボーグで仮面の男と結んだ契約を、全てサイトとリンに話した。

 

「じゃあマチルダさん、あんたはその、レコン・キスタとかいう奴らに協力するのか!?それも戦争の為!」

 

「あぁその通りだよ、だからあんた達はテファ達と一緒に、安全な場所に避難するんだ」

声を荒らげるサイトに対し、マチルダが目もくれずに冷たく言い放った。

 

「そう言われて、はいわかりましたって帰るわけないだろ!こんなんじゃ納得いかない!」

 

「納得できなきゃどうするのさ、これは私が決めたことだ。

これが今まで私が生きてきた道さ、後から来たあんたなんかに、指図されるいわれはないよ!」

 

睨みつけるような鋭い目でサイトを睨み、マチルダはピシャリと言い放った。

 

彼女は本気だ。サイトは言葉に詰まってしまった。

確かに自分は、この世界に召喚されてからまだ半年しか経っていない新参者だ。マチルダの泥棒稼業の事を知ったのもつい最近だし、彼女はサイトが来るずっと以前から闇の中で生きてきた。あれこれ口を出すのは間違っているのかもしれない。

 

彼女には彼女の生き方があり、また、そうしなければならない理由があった。

サイトもそれは理解しているつもりだ。

 

ただ…理解しているつもりでも、たった一つだけ、どうしても放ってはおけない事があった。

 

「じゃあ何で…何でそんなに震えてるんだよ!!」

 

言葉では強気に見せていても、マチルダの体は確かに震えていた。怯えていた。

表情にも出ていない、ほんの僅かな変化だが、サイトにはそれが分かっていた。確かに過ごしてきた時間は短い、しかし家族のように接してくれた。そんな相手の変化を、気づかない筈がなかったのだ。

 

サイトは真っ直ぐフーケの目を見た。

 

「取り敢えず、戦争の件は後回しだ。そんな状態のあんたを放ってはおけない」

 

サイトは力強い目で拳を握り、フーケに向かってこう言い放った。

 

「俺が行く!理由は分からない。何をそんなに恐れているのかも分からない。

だけどあんたは大切な、俺の恩人だ!家族も同然だ!一人じゃ抱えきれないような重りを背負ってるんなら、俺も一緒に背負ってやる!例え拒否したって、無理矢理にでも背負ってやる!」

 

「あんたには関係のない事だって言っただろ!あんたが来るよりずっと前から私はこうやってーー」

 

「なら俺だってそうだ‼︎もう子どもじゃない!マチルダさんと出会う前から、俺はハンターとして戦ってきた!」

 

フーケの言葉を遮り、サイトは更に叫んだ。

 

「確かに俺はまだ新米かもしれない!まだ狩れないモンスターだって多い!

でも俺だって!訓練を終えた一人前のハンターなんだ!戦える!俺だって戦えるんだ!!」

 

いつの間にか…サイトの目には涙が浮かんでいた。

そしていつの間にか…サイトは「頼む」と、フーケの前で頭を下げていた。

 

「だからマチルダさん…!悲しい顔をしないでくれ!俺を頼ってくれ!

俺の勝手な押し付けかもしれない…でも!俺はマチルダさんやテファには、ずっと元気で笑っていて欲しいんだ」

 

マチルダは言葉が出なかった。

気持ちは嬉しい、この上なくだ。そしてできるものなら、サイトのこの申し出を受け、少しでもこの震えから逃れたい。

 

しかしそれは駄目だ。敵はあまりにも強大過ぎる。

サイトの実力では、残念だが死にに行くようなものだろう。

 

フーケは唇を噛み締め、沈黙した。

 

「こいつはこうなると聞かないぞ。どうする?」

 

「そうだぜ、せっかく相棒がここまで言ってんだ。

男にこうまで言わせたら、素直に頼ってやるのがいい女ってもんだぜ」

 

自らの使い魔であるリンと、サイトの持つ、インテリジェンスソードのデルフリンガーの声だ。

 

「そう心配すんな。相棒にゃあ俺達が付いてる。

この伝説の名剣デルフリンガー様に、先住魔法を操る幻獣のキリンがな」

 

デルフリンガーがいつもよりも激しく、金具をカタカタと鳴らしてそう言った。

隣で腕を組むリンもまた、素っ気ない態度を取りながらも、デルフリンガーの言葉に同意するように頷いている。

 

マチルダはサイトとリンとデルフリンガーの三人を、順番に見回した。

とても心強く感じる…先程まで心の中で燻っていた不安が、青々とした大空の様に晴れて行くのを感じる。

 

何故だかこの三人なら、どんなことがあろうと、全て何とかできるような気がしてきた。

 

マチルダは口元に笑みを浮かべながら、サイトに優しく語りかける。

 

「本当に…やってくれるんだね?」

 

「あぁ!もちろんだ!!」

 

サイトが力強く返事を返す。

 

「相手はとんでもなく強い。あんたじゃ死ぬかもしれない。

それでも後悔せず、私の為に引き受けてくれるのかい?」

 

サイトは無言のまま頷いた。

 

「ーーそれじゃあ…頼んだよ」

 

マチルダは最後まで躊躇し、言葉に詰まりながらも…その言葉を言った。サイトの待ち望んでいた言葉をーー

マチルダは黒龍との戦いを、サイト達に託したのだ。

 

(…私は本当に、勝手な女だね)

 

そう自称気味に笑うマチルダの後ろで、サイトは腹をくくるように、拳を硬く握り締めた。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

サイトはデルフリンガーを構え、黒龍ミラボレアスの正面に立っていた。

 

前に立つだけでも分かる。相手は強い。マチルダの話していた通り…いや、それ以上だ。

 

殺気と覇気がビリビリと肌に突き刺さる。ハンターであるサイトには、大型のモンスターと相対した経験が何度かあるが、ここまでのものは初めてだ。正直逃げ出したいとも思える。

 

だがそうはいかない。約束したのだ、必ずここでこいつを食い止めると。そう誓ったのだ。

 

それはリンとて同じであった。

リンは敵の正体を知っている。それがどれだけ恐ろしい存在なのかも、サイトよりも深く知っている。

だがサイト1人を残して、自分だけ尻尾を巻いて逃げる訳にはいかない。

敵は想像を絶する化け物、勝ち目は限りなくゼロに近い。しかし逃げる訳にはいかない。リンは戦う事を選んだ。

 

ミラボレアスが動いた。

爬虫類のような紅い眼球でサイト達を捉え、ジリジリと迫り寄る。

 

そして一瞬、動きがピタリと止まった直後、強烈な脚力で一気にサイトに襲いかかった。

 

黒い剣が、サイトの体を切り裂こうと迫ってくる。

サイトはそれに対し、背中に掛けたデルフリンガーを抜いて応戦した。

 

「ぐっ…!くそっ…!」

 

ギリギリと腕を震わせながらも、デルフリンガーの刀身でミラボレアスの剣を受け止めるサイト。しかし腕ごと体を潰されそうな程の腕力の差に、苦痛の声が漏れ始める。

 

「離れろ!!」

 

すかさずリンの、援護のための雷撃攻撃がミラボレアスを撃ち抜いた。

 

リンの放った強烈な雷撃は、人間体であるミラボレアスの肌に、突き刺さるような鋭い痛みを浸透させる。

 

「今のも魔法か…?ギーシュやフーケとも違う、それでいてキュルケの火の玉よりも強い雷撃だ」

 

ミラボレアスが雷撃で焼け焦げた肌を撫でながら、再び笑みを浮かべた。

 

「…おい相棒、もういっぺんあいつと剣の打ち合いをしてくれねぇか?」

サイトの手に握られているデルフリンガーが言葉を発する。

その声はいつもよりも、真剣な声であった。

 

「剣の打ち合い…?そりゃあいつがあのまま剣で戦うつもりなんだったらそうなるだろうけど…何でだ?」

 

「いや、少し気になる事があってよ。あいつはもしかしたら、俺の探してた使い手かもしれねぇ」

 

デルフリンガーの言葉に驚き、サイトは自分の手元を見下ろした。

しかしゆっくりと話している時間はなさそうだ。

 

ミラボレアスが再び、サイトを目掛けて突っ込んできた。

 

今度は切りつけるような剣の形状ではない、突き刺すような槍の形状をしている。

 

サイトは迫り来る刃を寸前で、横へと跳んだ。

武器を片手に持ちながら地面に手をつき、そのまま前方へと一回転する。

 

地面を転がるサイトの目を、ミラボレアスの紅い瞳が写した。

すぐさまミラボレアスは方向転換し、サイトの方へと槍の先を向け、再び突進攻撃を仕掛けた。

 

それに合わせて、再びサイトも剣を構える。今度は交わすだけではない、ギリギリまで引き寄せ、真横から切りつけるつもりだ。

だが当然リスクはある、避けるのが遅れれば突き飛ばされるだけじゃ済まないだろう。下手をすれば串刺しにされ、そのまま死ぬ…何てことも十分にありえる危険な賭けだ。

 

とは言え、サイトだってハンターなのだ。この程度の危険など、危険の内には入らない。

 

サイトはデルフリンガーの刃先を真横へ傾け、迫り来るミラボレアスに意識を集中させた。

 

しかし、ミラボレアスはサイトの眼前でその足を止める。

リンの雷撃が再びミラボレアスに襲いかかったのだ。

 

刃物をも弾くミラボレアスの硬い皮膚でも、リンの身の内に染み渡るような雷撃をまともに受ければ無事では済まない。

ミラボレアスは片手に持つ盾で、飛んできたリンの雷撃から身を守った。

 

「いいぞ!リン!」

 

ミラボレアスの意識が雷光へと向いた瞬間、サイトは一気に駆け出した。

ミラボレアスの持つ槍をくぐり抜け、デルフリンガーの切っ先を、渾身の力でミラボレアスの懐に突き立てた。

 

「硬い…!」

 

しかしその刃はミラボレアスの硬い皮膚に妨げられ、勢いよく弾かれる。力を込めた分反動も凄まじく、サイトは足を一歩二歩と、思わず後退した。

 

バランスを崩さぬように、足に力を入れて踏ん張るサイトの目線が、ミラボレアスの紅い眼球と重なった。

 

サイトの顔が蒼白に染まる。同時に背中には凍りつくような悪寒が走った。

しかしそれとは対照的に、辺りの温度はみるみると上昇していく。

 

気がつけば、最早熱いだとか、そんなレベルの温度ではなくなっていた。地面に生えた雑草に火が付き、熱気が火傷しそうな程に肌を焼く。

 

「やばい…!」

 

サイトは直感した。次の瞬間に、何が起きるのかをーー

 

爆発的な熱気が放出された次の瞬間、サイトの眼前が赤に染まった。巨大な紅蓮の炎が、サイトの体を包み込んだのだ。

 

身を焼かれるサイトは、炎の熱から逃れようと必死に藻搔いた。

しかし逃れられない。逃げようとするサイトよりも速く、炎は瞬時に燃え広がった。

 

「があああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

苦しみの中、大声で叫び声をあげるサイト。しかし無慈悲にも、炎は弱まることはなく、寧ろ更に勢いを増して燃え続ける。

 

そんな中で…苦痛の叫びの中で、デルフリンガーは声を荒らげて叫んだ。

 

「オレを使え相棒ッ!!」

 

激しく燃え上がる炎ににも負けない程に、デルフリンガーの刀身が眩く輝いた。

その言葉が何を意図しているのかは分からない。サイトは暗闇の中で僅かに光る灯火に頼るように、無我夢中でデルフリンガーを胸の前に突き立てた。

 

熱が引いてきた。デルフリンガーの錆びた刀身が、美しい刃文が描かれた真剣に変わり、炎を吸収していたのだ。

 

やがて、ミラボレアスの炎は全てデルフリンガーに吸い込まれ、一切の後も残さずに完全に消火された。

 

「見たか相棒!これが俺の力だぜ!」

 

「どうだ!」と言わんばかりに、デルフリンガーがいつもより強く金具を打ち鳴らした。

 

「あぁ…!凄ぇよデルフ!お前がいなきゃ今頃やられてた」

 

サイトが力強くそう答えるが、やはりダメージは深刻なようだ。

喉は焼かれ、ただ呼吸するだけで強く痛み…フラつく足を懸命に支えながら、顔を歪めて必死に立っていた。

 

「随分と辛そうだな、立つだけで精一杯なんじゃないか?」

 

ミラボレアスが紅い目でサイトを見下ろす。

 

「うるせぇ…!俺はまだやれる!」

 

「それはそれは、ご立派だな。だがーー」

 

弱味を見せずに、ミラボレアスに対して堂々と睨みつけるサイトであるが、足に鋭い痛みが走ったのか、そのまま崩れるように膝をついた。

 

「体はついていけていないようだな」

 

ミラボレアスが立ち上がる事すら出来ないサイト見下して、その姿を鼻で笑った。

 

サイトは立ち上がろうと、足に力を入れた。

しかし立てない。痛みと脱力感に呑みこまれ、まったく動かすことができないのだ。

 

「クソッ…!」

 

悔しさから、サイトは負傷した自分の足を殴りつけた。

もちろん逆効果だ。骨の芯まで響くようなさらなる痛みが、サイトの足に駆け巡った。

 

「…やれやれ、威勢の割にはもうギブアップか?これなら昨日戦った土くれのフーケの方がまだ楽しめたぞ?」

 

そう言いながら、ミラボレアスは挑発するように、わざとらしく大きな欠伸をした。

 

だがサイトにとっては、そんな欠伸よりも、ミラボレアスの発した「土くれのフーケ」という言葉の方が、よっぽど大きな挑発だと受け取れた。

 

「土くれの…フーケ…マチルダさんか…!」

 

「なんだ知り合いだったのか?なるほど、大方仕返しに来た…と言ったところか?だが勘違いするなよ、私は主人の通う学院から盗みを働いたフーケを捕らえただけだ。人間の社会じゃあ、こちらの方が正当性というものはあるだろう?」

 

「・・・・・」

 

サイトは返す言葉が出なかった。

事実そうだ。悔しいが、ミラボレアスの言葉は的を得ている。

 

自分にとってはどれだけ大切な存在であろうが、盗賊は盗賊。盗みは盗みだ。当然ながら、取り返す側に是がある。

 

そんな事はわかっている。だがそれでも…あの怯えていたマチルダの姿を思い出すと、その歩みを止めることができなかった。

 

「何度も同じ手をくうと思っているのか?」

 

「ぐあっ…!」

 

突如ミラボレアスが横を向き、再びミラボレアスに電撃を放とうとしたリンの足を、ボーガンで射抜いた。

 

足に矢が刺さり、リンの足から血が流れる。傷口に、矢先から滲み出た赤黒い光が流れ込み、魔法で電気を作り出そうとする働きを阻害する。

 

「龍属性の攻撃か…?」

 

リンの不自然な様子を見たサイトがそう言った。

実際にそれを使うモンスターとは戦った事がないが、龍属性には他の属性攻撃を消し去る特徴があるらしい。

 

「妙だな…その手に持つ人間の武器。何処から取り出したのかもそうだが、何故お前がそんな物を扱える?」

 

頭で顔を歪めながらも、リンがそう問いただした。

 

「どうやら私は特別な使い魔であるらしくてな…詳しくは私自身もよく分からんが、その力と私の力がうまい具合に結び合ったのだろう」

 

ミラボレアスがガンダールヴの印を見せつけながら言った。

 

その印に一番素早く反応したのは、サイトの剣、デルフリンガーだ。

 

「その左手…やはりそうか。おめぇが俺の探していた使い手だな?」

 

「ほぉ、これを知っているのか。そして探していたと…だが残念だったな。私は別に剣など欲していないし、こうやって武器を使って戦うのも、私にとってはお遊びに過ぎない事だ」

 

「へっ、残念なもんかよ。おめぇみてぇな武器を雑に扱いそうな化け物、こっちから願い下げだ」

 

「そうかい。だがどうする?電撃を扱うメイジは、足を射抜かれまともに動けない。お前の持ち主は既にボロボロだ。この状況をどうやって切り抜ける気だ?」

 

絶対的に優位に立った今、ミラボレアスはその余裕から笑みを浮かべて敵を見下した。

 

力尽きる寸前に対し、ミラボレアスは五体満足で健在だ。

状況は絶望的…だがサイトには策があった。慢心しきった龍の鼻っ柱に、痛い一撃を食らわせる方法があった。

 

「誰が…ボロボロだって?」

 

サイトは笑った。

そして腰に付けたポーチに手を突っ込み、ガラス瓶を取り出した。

ガラス瓶の中には緑色の液体が入っている。サイトはそのまま、何の躊躇いもなく、ガラス瓶の栓を抜き、緑色の液体を全て飲み干した。

 

するとどうだろうか、先程まで立ち上がれない程にボロボロだったサイトの体が、立ち上がり、走れる程に回復していた。

 

「いくぞリン!!」

 

サイトが合図を送るように、リンに向かって叫び声をあげた。

そして再度ポーチの中に手を入れ、取り出した物をミラボレアスに向けて投げ飛ばした。

 

「何だ…?」

 

ミラボレアスがサイトの投げ飛ばした玉を注視した。

見た所、ただ変わった形をしただけの玉であり、当たったとしても、とても攻撃力があるとは思えない。

食らっても無傷だろう。しかし邪魔なのには違いない。ミラボレアスは飛んできた玉を払いのけようと腕を伸ばした。

 

ーーミラボレアスは気づいていない。既にもう手遅れだという事に。

“見る”という行為そのものが、敵の術中へと嵌る、大きな一歩なのだ。

 

瞬間、サイトの投げた玉は、ミラボレアスの眼前で炸裂した。

 

「目がぁぁぁぁぁっ!!!」

 

景色が真っ白に染まった。

激しい閃光が、ミラボレアスの眼前を中心に、一気に宙を駆け巡ったのだ。

 

正に目も眩む程の光である。直視してしまったミラボレアスの眼球は、一時的にその機能を低下させ、瞳も開かない程の痛みがミラボレアスを襲う。

 

すかさずサイトが、デルフリンガーでミラボレアスに斬りかかった。

しかし、サイトの技術とデルフリンガーの切れ味では、ミラボレアスの硬い表皮を傷つけることは叶わない。

 

切ると言うよりは、殴ると言った方が正しいだろう。そしてサイトのデルフリンガーは、確かに敵の体に切り傷をつける事こそはできなかったが、弾かれた際に、ミラボレアスの体に確かな衝撃を加える事には成功した。

 

「ぐおっ…!?」

 

視力を失い、平衡感覚の一部を損なった為、ミラボレアスの足はフラフラと定まらない、不安定な状態へと変わる。

そこへデルフリンガーの一撃が加わり、ミラボレアスのバランスは完全に崩壊し、ミラボレアスは膝から一気に崩れ落ちた。

 

「こっちだ化け物!」

 

「調子に乗るなッ!!」

 

ミラボレアスが龍の咆哮の様な、おぞまじい叫び声を上げる。

目を潰されて頭に血が上っているのだろう。ミラボレアスは聴覚と嗅覚を頼りに、挑発してその場を走り去る、サイトの後を追いかけた。

 

「こっちだ!」

 

サイトが再び叫んだ。

明らかに何処かへ誘い込んでいる様子だが、逆上して冷静さを失ったミラボレアスはそれに気づかない。

 

ミラボレアスは呼ばれるがままに、サイトに誘導され、罠が設置された場所へと誘い込まれた。

 

サイトはある一定の場所を、大きく輪を描いて避けて走った。その場所は巨大なネットが張られ、土が少し盛り上がっている。

 

しかしミラボレアスはそれに気づかない。

 

「何だ…これは…?」

 

その場所へ足を踏み入れた直後、ここにきてようやくミラボレアスは、自信に降りかかった異変に気がついた。

 

「まさか…私は今、落ちているのか?」

 

突然の浮遊感…足元が崩れていく感覚…そう、ミラボレアスは落下していた。

サイトはミラボレアスと戦う前に、あらかじめこの場所に、大型のモンスターをも沈める巨大な落とし穴を掘っていたのだ。

 

「かかった!」

 

ミラボレアスの落ちていく姿をその目で確認し、サイトは次の行動へと移った。

 

「小細工を…!だが視力は戻った、こんな所…直ぐに脱出してやる」

 

ミラボレアスが穴の中から上を見た。鋭い目つきで上空を…地上を睨みつける。

そして身動きを封じている土や石を払いのけ、強靭な握力で穴の中から這い上がった。

 

「時間稼ぎご苦労だ。だがそれでさようならだな、人間」

 

ミラボレアスの手が地上を掴んだ。

高熱を身に纏っている。再び炎を出すつもりだ。

 

「その前に自分の周りを見回してみるんだな」

 

赤い目が真っ直ぐサイトを睨みつける。

口調こそは冷静だが、怒りはまだ静まっていない。ミラボレアスの目にはサイトしか写っていなかった。

 

そしてそれが、自分を窮地に追い込むことを知らずに…

 

「これは…!人間の…!」

 

巨大な赤いタル…それが、ミラボレアスの側に大量に配置されていた。

 

爆風と轟音が吹き荒れる。

サイト達の目の前は、タルいっぱいに詰まった火薬が爆発し、爆炎と煙に覆われていた。

 

「やったか…?」

 

腕で顔を覆いながら、サイトは爆炎の中を覗き見た。

かなりの威力の爆発だ。大きな岩でも簡単に吹き飛ばせるだろう、それだけの大火力が備わっている。

 

ーーだが、しかし。

 

『死ぬかと思ったぞ、こいつめ』

 

背筋が震える。

声が僅かに低くなってはいるが、確かにあいつだ。

確信できる、あの赤い目が…黒い煙の中で不気味に光っているのだから。

 

『流石に脆い人間の姿では、あの爆発には耐え切れなかった。

こっちに来て初めてだ、死ぬかもしれんところまで追い込まれたのはな』

 

サイトは絶句した。

罠まで周到に用意してまで挑んだ、その挙句の結果がこれだ。

 

(やっぱり俺は…ハンターとしてはまだ…!)

 

ミラボレアスの口の中から火が漏れ出した。

今度こそは確実に、サイトを焼き殺すつもりだ。

 

絶対絶命。

ーー瞬間、ミラボレアスに再び閃光が襲いかかった。

 

駆け抜けるは、一頭の白い幻獣。

キリンがバチバチと、鬣から青白い電気を発しながら、サイトとミラボレアスの間に立ち塞がった。

 

『!!?…なるほど、お前か…随分と人間に化けるのが上手いらしいな、全く気がつかなかったぞ』

 

ミラボレアスが一瞬、驚いたように目を見開きながらも、すぐさま警戒するように目を細め、キリンを睨みつけた。

 

キリンは答えない。堂々とした態度で佇んだまま、小さくサイトにこう促した。

 

『退くぞ』

 

キリンはそのまま、角をサイトの服に引っ掛け、首の力でサイトを持ち上げ、自分の背に乗せて駆け出した。

 

『逃すかッ!!』とばかりに、ミラボレアスが咆哮をあげる。

走り去ろうとするキリンに目掛けて、口から火炎弾を吐き出して追撃した。

 

しかし火炎弾は、空中で火花を散らして弾け飛んだ。

キリンが空中に生み出した雷で、火炎弾と相殺させたのだ。

 

その隙を見計らい、キリンは更にスピードを上げ、その場から全速力で逃走した。

 

『このまま逃すと思うな』

 

猛スピードで駆け、点になったキリンを追うため、ミラボレアスが翼を広げた。

 

しかしここで、ミラボレアスは空の異常に気がついた。

 

フネが出ていたのだ。

自分が乗る筈だったフネが既に、空の上を飛んでいた。

 

もともとこの任務に同行した目的は、これから向かう戦地に用があったからだ。置いていかれるわけにはいかない。

それにあのフネには、おそらくルイズが乗っている筈だ。一人のまま放ってはおけない。

 

キリンの後を追うのは諦め、ミラボレアスはフネへと飛び立っていった。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

『ここまで来れば安全か…』

 

街が遠くに見える場所まで走って来たキリンが、息を荒らげながら、ミラボレアスが追ってきてないかを確認する為、後ろを見回した。

 

「勝てなかった…!任せろって、自分から言ったにも関わらず…!」

 

キリンの背の上で、サイトが心底悔しそうに、歯を食いしばり拳を握り締めた。

 

『そう悲観するな、勝てなくても仕方ない。あれは私から見ても化け物だ』

 

 

静まりかえる空間の中…その中で、サイトの無念に吠える声が、辺りに響き渡った。

 

 

 



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