ゼスティリアリメイク (唐傘)
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第一章 導師誕生
1.アロダイトの森を抜けて


よろしくお願いします。

2016/4/9
 改行を修正しました。


「やっと着いたぁ!」

 

 深い森の獣道を抜け、体中を泥と蜘蛛の巣だらけにした少年は広い道へとたどり着いた。

 

 

 少年が目指す町、レディレイクは広大な湖が隣接する王国の城下町である。この町には遥か昔から湖を司る乙女の精霊がいるとされていて、今もその伝承が受け継がれている。

 

 そしてそのレディレイクの程近い場所に、アロダイトの森という木々が鬱蒼と生い茂る深い森がある。ここは別名、「迷いの森」とも呼ばれており、森を進もうにもいつの間にか元の場所に戻っていたり、森を開拓しようとすれば不可思議な事故に見舞われたりと、中々に意味深な場所であった。

 

 

 そんな森から出てきた泥だらけの少年,スレイは自身の汚れをものともせず、視線の先にあるレディレイクの門を見て嬉しそうにしていた。

 

 そのすぐ後、スレイの後を追うようにしてもう一人、少年が獣道から抜け出てきた。

 

「スレイ!少しは慎重に行動してくれ!蛇にでも噛まれたらどうするつもりだ!」

「ミクリオは慎重に行動し過ぎなんだって。何もなかったんだから良いじゃないか」

「それは結果論だ。大体君は常日頃から・・・」

「分かった、分かったって!今度から気を付けるからさ!今はアリーシャを優先しよう?な?」

「全く・・・」

 

 後から来た少年、ミクリオの本日の説教を中断するべく、スレイは言葉を被せて自分達の目的を告げる。

 

 そう、アロダイトの森の更に奥、スレイ達の故郷であるイズチの里を飛び出してまでここまで来たのは、ある目的があったからだ。

 

 

 数日前、いつものようにジイジの目を盗んで、里の近くにあるマビノギオ神殿遺跡を探検していた時のことだった。

 

 数年前までは遺跡の入口辺りを探検するしかなかったスレイだが、体が成長するに従ってもっと遺跡の奥へ進むことが出来るようになっていた。

 たまにジイジに見つかってこっぴどく叱られることはあったが、遺跡探検を止めようという気は更々なかった。

 

 ちなみにジイジとは、スレイの親代わりを務めているその里の長だ。

 厳しくも優しく育ててくれたジイジには感謝と尊敬の念があるが、最近はちょっとうるさい。

 

 その日も親友であるミクリオと共に、意気揚々と探検をしていた。

 昔馴染みの里の皆にジイジを誤魔化すように頼んでおいたので、当分はバレる心配もない。計画は万全だ。

 

 そしていつものように新しい発見がないかと遺跡を巡っていたら、突然床が抜けたのだ。

 

 ミクリオのおかげ(・・・・・・・・)で怪我もせず、地に足をつけることが出来たスレイだが、降り立った地下空間で、2つ(・・)の発見に驚くこととなった。

 

 

 1つはこの空間を初めて発見したこと。この場所の一番目立つ台座の上には、人を導き世界を救うと言われている導師を描いた大壁画と、その傍らに導師を表したと思われる人間大の像が設置されていた。

 像の手には汚れのない、手の甲に紋章の施された手袋が取り付けられていた。簡単に取り外すことが出来たので、外して自分の手につける。自分も導師になった気がした。

 

 そんなことをしているとスレイはミクリオに呼ばれた。奥で何かが微かに動いたらしい。

 

 そして、ある意味自スレイが求めていた発見より更に驚いた2つ目の発見が、この地下空間の隅に生きた女の子が横たわっていたことだった。

 

 

 その彼女はスレイと同年代の凛とした騎士だった。

 初めはスレイだけに(・・・・・・)警戒し名前も教えてくれはしなかったが、スレイの明るい素直な性格に心を許してか、次第に笑顔を見せるようになっていった。

 スレイの愛読している天遺見聞録を彼女もよく読んでいたとわかり、話が弾んだ。

 

 仲が良くなった二人だが、彼女はずっとイズチの里に居るわけにはいかなかった。

 

 彼女が自分の町へ帰りたいとのことだったので、スレイもそのための準備を手伝うことにした。

 

 

 ジイジや里の皆は彼女に対して良い顔をしなかった。昔から人間(・・)は災いを呼び込むとされていたためだ。

 スレイの説得とミクリオが援護に回ったことにより、なんとかジイジから滞在の許可を勝ち取ったのだ。

 

 不思議なことに、ジイジは今回スレイ達が遺跡に行っていたことを咎めはしなかった。

 

 

 彼女は相変わらず自身のことを教えてくれなかったが、スレイも特に聞き出そうとはしなかった。言いたくないのには理由がある筈だと思い、特に気にしていなかったのだ。

 

 なお、彼女がこの神殿遺跡の地下空間に居た理由だが、よくわからないとのことだった。町の付近を巡回していた筈が、気づけばここにいたと言う。

 

 

 彼女の出発の日、里の皆で彼女を見送りに来ていた。

 もっとも、彼女の目にはスレイしか映っていなかったが(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 彼女は最後に、感謝の言葉と共に自身の名前を教えてくれた。

 

 私の名はアリーシャ・ディフダ、と。

 

 

 アリーシャが出発して数時間後、それは突如起こった。

 里に断末魔のように鋭い悲鳴が響き渡ったのだ。

 

 スレイは急いで声のした方角へと走る。ミクリオもスレイの後を追ってきた。

 

 声のした場所に到着したスレイ達が見たものは、既に屍と化した里の仲間マイセンと、そのマイセンを丸呑みにしようとしている狐のような男だった。

 

 スレイ達は怒りのままに戦いを挑んだが全く歯が立たず、あわや殺されるかといった所でジイジが駆けつけ、雷で(・・)男に深手を負わせ、何とか撃退することに成功したのだ。

 

 男は逃げる直前、もう主菜(メインディッシュ)はここにはいない、と言っていた。

 

 ならば、あの男が本当に狙っていたのは今までここにいた者、アリーシャだったのかもしれないと思い至り、その事を伝えるためにスレイは里を出ようと決心したのだ。

 

 

 本当は1人でアリーシャを追いかけるつもりだったのだが、親友に見透かされ、更にはジイジにまでも見透かされていた。

 そして親友に、路銀の代わりの煙管とアリーシャのものと思われる鞘付の短剣を託してくるのだから、本当に頭が上がらない。

 

 

 こうして、スレイとミクリオは里から飛び出して来たのだった。

 

 

 

「僕達の目的はアリーシャに命の危機を伝えることだ。あまりはしゃぎ過ぎるのもどうかと思うよ」

 

 ミクリオはそうスレイを窘める。

 スレイがアクセル全開で行動するなら、ミクリオがそれに適度なブレーキを掛ける。こうして2人は生まれてから17年間、唯一無二の親友として過ごしてきたのだ。

 

「ああ、大丈夫。それくらい俺だって分かってるよ」

 

 スレイが顔を引き締める。だが次の瞬間には顔をふにゃりと緩めてしまっていた。

 

 アリーシャに危険が迫っているのは十分わかっている。それでも、自分がこれまで生まれてから、人生で初めて里の外を歩いて見聞きしている。そのことに心の底から嬉しさがこみ上げて来るのだった。

 

 

「それじゃミクリオ、レディレイクに入ろう!」

「ちょっと待った」

「何・・・、わぶっ!?」

 

 呼び止められたスレイが振り向くと、突然人の頭程ある水の球(・・・)をスレイの顔へぶつけてきた。

 

「いきなり何するんだっ!?」

「君のその顔じゃ、不審人物と思われて町に入れてもらえなくなるよ。それに、顔も十分引き締まっただろ?」

 

 ミクリオが悪戯っぽくニヤリと笑う。

 確かに、今のスレイは一体どこから来たんだと思う程泥だらけだったが、遊ばれたようで気に食わない。

 

「・・・今度絶対仕返ししてやる」

「せっかく顔を洗ってあげたっていうのに酷いな。まあ、スレイは顔に出るから何か企んでいてもすぐわかるけどね」 

 

二人は悪態をつきながらレディレイクの入口へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

「こんにちは!俺達(・・)レディレイクへ入りたいんだけど、ここを通っても良いかな?」

「俺達?他にも仲間がいるのか?」

「え?あっ、いや~間違えた。あははは・・・・・・」

 

 失敗を誤魔化すスレイに、守衛は胡散臭そうに見つめている。

 

 実はこの守衛には、というより人間にはミクリオが全く見えない。

 彼の影が薄いとかそういう意味ではなく、種族として普通の人間には見えない、聞こえない、触れないという『天族』であるためだ。

 

 そして天族はミクリオだけではない。スレイ以外の里の者は全て天族だった。

 

 そのため里に滞在していたアリーシャには、ミクリオや里の皆が見えていなかった。スレイを里の住人ではなく、辺鄙な場所に住む変わり者だと認識されていたのだ。

 

 

「・・・まあいい。ここを通りたければ通行証を提示することだ。通行証は持っているか?」

「・・・・・・持ってない」

 

 それを聞き、守衛は呆れて溜息をつく。スレイの背後からも同時に溜息をつく者がいたが、それを知っているのはスレイのみである。

 

「持っていないなら、1人2万ガルド、ここで支払ってもらうことになるな」

「2万ガルド!?」

「ああ、なんてったってここは国王様のお膝元だ。他はどうか知らんがここではそれが規則だ。」

 

 

 そんな・・・。町に入るだけでもそんなにかかるのか・・・。

 

 

 スレイはガックリと項垂れる。スレイの現在の所持金は、今まで趣味で集めていたなけなしの金、たったの300ガルドぽっちであった。

 一応お金の代わりになりそうな物は持っている。ミクリオを介して渡されたジイジの煙管がそれだ。事実、これで路銀の足しにするようにとも伝えられている。

 

 だがせっかくジイジから譲り受けた大切な煙管を、こんな出だしから売却することに対してスレイは抵抗を覚えていた。

 

「そんな・・・。早くアリーシャに会わないといけないのに・・・」

「アリーシャ姫、だ。王族にでも聞かれてみろ。不敬罪で捕まっちまうぞ?」

「姫!?アリーシャってお姫様だったのか!?」

 

 どうやって町へ入ろうか悩んでいる所に、更に衝撃の事実を知るスレイ。

 

「ああそうだ。全く、お前どんなド田舎から出てきたんだ?服は泥だらけだし、そんなんじゃアリーシャ姫に会っても見向きもされないぞ?」

 

 呆れながらも忠告する守衛。実は、凛々しく綺麗な騎士姫に会おうとやってくる輩は意外と多かったりする。

現在、レディレイクでは聖剣祭という催しを行っているため、以前よりもその数は多い。

 

「どうする?スレイ」

「・・・そうだっ!ミクリオに伝えてもらえば・・・」

「僕は君以外の人間には見えないし、声を聞くことも出来ないだろ?」

「あー、そうだった・・・」

 

 本気で頭を悩ませるスレイを見かねて、守衛は近くのキャラバンを指し示す。

 

「どうしても金が足らないなら換金してこい。それで駄目なら今回は諦めるんだな」

 

 アリーシャに一目会いたいというだけなら、簡単に諦められる。

 だが、スレイ達が態々里を出たのは危険を知らせるためだ。諦めるという選択肢はあり得なかった。

 

 

 

 

「商人さん!この煙管を買い取ってくれ!」

「・・・・・・は?」

 

 スレイは心の中でジイジに詫びながら、馬の近くにいた黒服の男に勢い良く煙管を差し出す。

 だが男は呆けるだけで、特に動こうとはしなかった。

 

「お願いだ!2万以上で買い取って欲しいんだ!」

「・・・ああ、なるほど。おまえは見える(・・・)のか」

「えっ?」

 

 今度はスレイが呆ける番だった。ミクリオが見かねて助け舟を出す。

 

「スレイ。彼は天族だ」

 

 スレイは驚いて、帽子を目深に被った黒服の男を見る。

 男もミクリオの言葉に黙って肯定した。

 

 そして言葉を続けようとしたところで、赤い髪の女の子がこちらに近寄ってきた。

 

「アハハッ!確かに馬達もあたしらの大切な仲間だけど、買い取りは出来ないかな~」

 

 スレイが馬に煙管の買い取りを求めていると思ったのか、赤髪の女の子は快活に笑った。

 

「え~と、これは・・・」

「分かってるって!冗談でしょ?でも程々にしないと、買い取る商品が食べられちゃうよ?」 

 

 それを聞いてスレイは即座に煙管を馬から遠ざける。スレイの想像だが、馬が残念そうに煙管を見つめているように見えた。

 

「あたしはロゼ。ロゼ・ハウンドマンって言うんだ。よろしく!」

「俺はスレイ。こちらこそよろしく。君も商人?」

「そーだよ。あたしらは商人キャラバン隊。色んな町へ出向いて売り歩くのが仕事なんだ」

「へー、そんな仕事があるんだな」

「安く仕入れて必要な町に高く売る。それが商人ってものだからね。それで?この煙管を買い取って欲しいんだよね?」

「ああ、2万ガルド以上で買い取って欲しいんだ」

 

スレイの言葉に、ロゼは困りがちに笑う。

 

「あ~、スレイ?商人のあたしが言うことじゃないんだけどさ、査定するより先に希望の金額とか言わない方が良いよ?」

「え?何で?」

 

スレイが首を傾げる。

 

「いい?商人が査定して買い取るってことはつまり、買う側が好きな値段を提示出来るってコト。例えば10万の価値があるものを1万と言ったり出来る。それで売る側が了承したら、契約成立っ!売る側が9万も損するってことになるんだよ」

「なるほどなー」

「スレイの場合は、どんなに価値が高くても2万ガルドで買い叩けるってコトだね。しかも急いでいるみたいだから、もっと安く出来るかもね。手元のお金どれくらい?」

「えっと、300ガルド・・・」

「わ!馬鹿っ、言ったら駄目だ!」

「えっ?あ・・・・・・」

 

 ミクリオに注意され、スレイは自分の失敗に気づいて青くなる。

 反対にロゼは狙い通りと言わんばかりに、ニヤリと口を釣り上げた。

 

「はいっ!では買い取り金額は1万9千7百ガルドとなりまーす!さあ、どうするー?」

 

 にひひと意地の悪そうな笑みを浮かべ、ロゼはスレイの答えを待つ。

 ミクリオは顔に手を当て嘆き、スレイはショックで固まっていた。

 

 

 窮地(?)に陥っていたスレイだが、ロゼの頭に降った拳骨の主によって救われることとなった。

 このキャラバンの隊長である、エギーユである。

 

「このいたずら娘。客を青くさせてどうするんだ。きちんと3万ガルド、渡してやれ」

「いったぁ~っ!何も殴ることないじゃん!あたしは現実の厳しさを教えてあげた後で、ちゃんと適正な金額で渡すつもりだったんだから!」

 

 心底ホッとするスレイとミクリオ。

 ジイジの煙管を渡してきっちり3万ガルドを受け取ったスレイだったが、仕方ないとはいえジイジの愛用していた煙管を売ってしまったことに、一抹の罪悪感が過ぎっていた。

 

 

 

 

 

「はいこれ、2万ガルド」

「お、換金出来たみたいだな、では通ってよし。そうだ、アリーシャ姫なら聖剣が安置された聖堂に居ると思うぞ。聖剣祭の準備に追われている筈だ」

「わかった、ありがとう」

 

 守衛にお金を渡し、どっと疲れながらも無事レディレイクへと入ることが出来たスレイとミクリオ。

 

 あの後、黒服の天族はどこかへ行ってしまったのか見当たらなかった。天族の見えない商人達と行動を共にしていたのか、それとも偶然あそこにいただけなのか、謎は尽きない。

 

 

 レディレイクに入ることの出来た次の目標はアリーシャを探すこと。

 二人は気持ちを切り替える。まず向かうのは守衛の言っていた聖堂だ。

 

「アリーシャ、居るといいな」

「ああ!」

 



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2.聖剣祭の裏側

※一部変更しました。

穢れが満ちる時 → 悪しき心が満ちる時

2016/4/9
 改行を修正しました。


 レディレイクは別名水の都と言うだけあって、水がかなり豊富だ。

 湖はどこまでも続くかと思える程に広大で、光の波紋を映して静かに揺れている。豊富な水は工業にも利用されており、レディレイク名物の1つである大水車が町の中心で休みなく働いている。

 そして水の都は、ただ水だけが取り柄なのではない。ここ、ハイランド王国の中心であることも相まって、町のいたるところに刻まれた精緻なレリーフがこの都の魅力をまた一段と引き上げていた。

 

 守衛が言っていたように、今は聖剣祭という祭り事をしているためか町中が賑やかだ。旗などの飾りつけがそこかしこに見られる。

 

 こんなにも素晴らしい街並みを見て、ジイジに叱られても遺跡探検を止めようとしないスレイ達が、興奮しない筈はなかった。

 

 だが今町の探検をするわけにはいかない。アリーシャの命が懸っていて、自分達はその危険を伝えるためにここまで来たのだから。そう自分に言い聞かせる。

 

 

 聖堂はこの町のシンボルにもなっていたので、スレイ達は簡単に辿り着くことが出来た。

 だがまだ準備中なのか、聖堂の入口に警備の兵士が立っているだけである。

 

 アリーシャがお姫様であった以上、気軽に呼び出すことも、居場所を聞き出すことも出来ないだろう。

 

 

 スレイがどうやってアリーシャに会おうか悩んでいると、幸運なことに本人が聖堂から出て来た。持っている書類に目を通しながら忙しそうに、時折兵士に指示を飛ばすなどしている。

 

 

 ちょうど、スレイと目が合った。

 

「スレイじゃないか!どうしてここに?」

 

 嬉しそうな顔をして、スレイに駆け寄ってくるアリーシャ。

 

「アリーシャ、俺、アリーシャに会うためにここまで来たんだ」

「えっ・・・?」

 

 アリーシャの驚いた顔に、仄かに朱が差す。

 

「スレイは口説きにきたのか?」

「口説いてなんかないって!」

「口説く!?」

 

 ミクリオの茶々に思わず反応してしまい、アリーシャを更に驚かせてしまうスレイ。

 

「あ、いや・・・。アリーシャに危険を知らせに来たんだ」

「・・・!詳しく聞かせてくれ」

 

 

 

 

 

「・・・・・・そうか。そんなことが・・・」

 

 聖堂の前で話す内容でもないため、アリーシャはスレイを連れて聖堂の部屋の一室を借りる。そしてスレイから襲撃してきた男の話を聞き、アリーシャは静かに目を伏せた。

 

「ともかくスレイが無事で良かった。その・・・体の具合は何ともないのか?」

 

 天族のことは伏せて聞かせたが、男と戦ったと聞いて心配そうにスレイを見つめている。

 不覚にも少しドキッとしてしまうスレイだったが、体調に問題はないので元気であることをアピールする。

 

「見ての通りだよ。俺はへーきへーき!」

「ふふっ。・・・スレイ、私のためにレディレイクまで来てくれてありがとう。本当に感謝している。そんなにも泥だらけになって・・・」

「良いって。困ったときはお互い様だよ」

「ああ。私も君が困った時は、微力ながら力を貸そう」

「そんなに真剣にならなくて良いって。でも、そうだな、その時はよろしくお願いします」

 

 軽くおどけてみせるスレイに、アリーシャは柔らかく笑う。ミクリオもそんな二人を見て、微笑ましく思っていた。

 

「あ、そういえば、まだ用事があったんだ。・・・これ、アリーシャのだよね?」

 

 スレイはミクリオ経由で預かった、鞘に入った特徴的なデザインの短剣を荷物から出して見せる。

 

「これは・・・!ああ、確かに私の物だ!ディフダ王家に代々伝わる短剣で、いつも肌身離さず持ち歩いていたんだ。遺跡で気を失っている間に盗まれたと思っていたから、もう諦めかけていた。スレイ、本当にありがとう!」

 

 アリーシャの言葉に、年相応に照れて笑うスレイ。

 

 この短剣は、アリーシャの父、ランスラッド王より下賜(かし)されたもので、民衆の戦争による不満が増大し暴動になりかけた際、アリーシャが粘り強く交渉や仲介を行い見事抑えた褒美としてアリーシャの手元に来ることとなったのだ。

 

 アリーシャにとっては初の成功経験であり、また諦めず話し合えば必ず分かり合うことが出来るという自信の源となっていた。

 

 

「・・・スレイ、私の推薦で剣の試練に参加してみないか?既に導師役の者は決まっている(・・・・・・・・・・・・)が、この町にいる間は何かと優遇されるだろう」

「導師役が決まってる?」

「・・・現在、レディレイクでは聖剣祭という祭りが行われていることは知っているか?」

「守衛が言ってた。確か天遺見聞録では、このレディレイクに湖の乙女が眠る聖剣があって、その剣を抜いた者が導師に選ばれるんだったよね?」

 

 ミクリオもスレイの言葉に頷く。

 

「そうだ。聖剣を抜いた者が導師となり、人々に安寧をもたらす・・・。それがこの聖剣祭の流れであり、目的(・・)だ」

「・・・なるほど。つまり、祭りで不満を発散させると共に、影響力のありそうな人物を導師に仕立て上げることで民衆を安心させようとしているのか」

「なるほどなー」

「え?」

「あ、いや、何でもないよ」

 

 またミクリオの言葉につられてしまうスレイ。普段自然にミクリオ達天族と話しているため、ついいつもと同じように話してしまうのだ。

 

「でも本物の導師でないなら、剣は抜けないんじゃないか?」

「本物の聖剣なら、な」

「「・・・偽物!?」」

 

 思わずハモる少年2人。だがアリーシャの耳には1人分しか聞こえていない。

 

「ああそうだ。本物の聖剣は既になく、刺さっていたと思われる台座があるのみだ。恐らくずっと昔に導師が現れ、その時に抜かれたんだろう」

 

 淡々と衝撃的な言葉を口にするアリーシャ。

 だが考えてみれば至極当然のことだった。聖剣を抜いた者が導師となり、平和をもたらした。つまりは既にここにある筈がないのだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

  

 あまりの衝撃的な真実にガックリと肩を落としてしまう2人。アリーシャは、そんなスレイの姿を見て慌ててしまう。

 

「ゆ、夢を壊してしまって済まない!だがこの町自体、かなり歴史的な建造物が多いからスレイも気に入ると思うんだ!その、導師気分も味わえるというかなんというかっ・・・・・・!」

 

 オロオロとし出すアリーシャ。スレイは凛々しい彼女しか知らなかったため、残念な気持ちもどこへやら。思わず声を上げて笑ってしまった。

 

「アハハハハッ!ア、アリーシャ、慌て過ぎだって!」

「わ、笑わないでくれ!というか落ち込んでたんじゃないのかっ!」

「いやー、あまりに可笑しくって・・・。かっこいいアリーシャも良いけど、慌てるアリーシャも良いよな」

「ッ!もうっ!」

 

 スレイの態度についにはそっぽを向いてしまう。

 

 ちなみにミクリオは会話に入れないせいか、若干不機嫌だ。

 

「ごめんごめん。それじゃアリーシャ、推薦の件をお願いしていいかな?」

「!ああ!任せてくれ!」

 

 

 一段落着いたところで、スレイ達は剣が刺さっていたという台座を見に行った。

 せっかくだから、台座だけでも見ていくか?という彼女の提案に、スレイは喜んで頷く。

 

 

 台座のある部屋へ入ると、スレイとミクリオは目の前の光景に驚いた。

 台座に剣が突き刺さって・・・いるなんてことはなかったが、そこには赤いドレススカートを着た女性が、敷物を敷いて涎を垂らしスヤスヤと寝ていたのだ。側には食べた形跡の見られる皿や読みかけの本まで置いてある。

 

「なあミクリオ・・・。この人って・・・」

「言うなスレイ。言ったら、今まで僕らが想像してきた乙女像が崩れる」

 

 2人は小声で話していたのだが聞こえたようで、女性はゆっくりと目を覚ました。

 

「・・・はにゃ?あー、もうお掃除の時間でしょうかねー」

 

 寝ぼけていた目がスレイ達を捉え、2人とバッチリ目が合った。

 

「・・・・・・・・・あれ?もしかしてお2人共、私の姿が見えてたりします?」

「ま、まあ・・・。もしかして、湖の乙女だったりして?」

「はい・・・」

「?スレイ?」

 

気まずい冷や汗が流れる。そして一瞬の静寂の後・・・。

 

「いやあぁぁっっっ!!」

「ええっ!?」

「!?」

 

 

 

 

 

「先程は急に叫んでしまい、申し訳ありません」

「まあ俺達も女性のプライベートを覗いたんだし、お互い様ってことで」

 

 スレイは今、2代目湖の乙女であるライラと話している。

 アリーシャにはもう少しここを見ていきたいと言って、少々強引に席を外してもらった。

 

 

「それで、ライラは導師となりえる人間をずっと待っていたんだ?」

「はい。またいずれ世界が悪しき心で満ちる時、導師となるべき方を見つけるべく、わたくしはここでずっと待っていました。ここなら伝承を頼り、必ず来ると思っていましたわ」

「ゴロゴロしながらか?ご丁寧に霊体化した敷布団まで運び入れて」

 

ミクリオが呆れながらツッコミを入れる。

 

 

 天族はいくつかの性質と能力を持っている。

 基本的に、生物からは見えず聞こえず、そして触れることさえ出来ない。

 

 これは肉体に縛られている生物とは生きている(ことわり)が違うからだと言われている。 だがスレイのように、天族を知覚することが可能な人間も例外として存在する。

 

 また天族は皆、人間が持つ『魔力(マナ)』より純粋で強い『霊力』を持っている。

 霊力は術として昇華させることによって、ジイジの雷やミクリオの水のように万物を操ることが出来るのだ。

 

 ライラが行っていた霊体化とは無生物に霊力を注ぐことで、一時的に天族の理に引き込むのだ。

 霊体化された物は天族のように見えず、触れない。更にある程度なら天族の体に収納することすら出来るのだ。

 そして霊力は『穢れ』という、天族と似て非なるものに対して特効を持つ。

 そのため、穢れを払う『浄化』を行うためには天族の力が必要不可欠なのだ。

 

「き、今日は偶々ですわ!1週間に1度しか掃除に来ないからって気を抜いてた訳ではありませんわ!」

 

 自白ともとれる言い訳をするライラだった。

 

 

「それでスレイさん、貴方は導師となるためにわたくしの下へと来たのですね?」

「いや?俺は聖剣が刺さってたっていう台座を見に来ただけだよ。興味があったんだ」

 

 ライラが固まる。

 

「え?で、でもその手袋・・・」

「手袋?ああ、これ拾ったんだ」

「それずっと着けたままにしてたのか」

「だってほら、着けたら導師っぽいじゃん!」

 

 子供のように見せびらかして喜ぶスレイ。

 ライラはそれを見てガックリと項垂れる。

 

「アハハ・・・ではわたくしの使命は?・・・失敗?」

 

 見た目にも分かる程絶望しているライラ。

 

「あー、ライラ?導師になる人はもう決まってるから、落ち込まなくても・・・」

「本当ですか!?」

 

 ライラはスレイのその言葉に再び元気を取り戻すのだった。

 

 

 

 

 

 アリーシャと別れたスレイは、宿屋へと向かっていた。アリーシャが感謝の気持ちも込め、気を利かせて手配してくれたのだ。

 

 アリーシャを狙っているであろう男への対処は、兵士を増員し、またアリーシャの師匠という人にも相談してみるとのことだ。一応スレイからも護衛を提案したのだが、断られてしまっていた。

 アリーシャとしてはその心遣いは嬉しかったのだが、自分の事情でこれ以上スレイを危険な目に合わせる訳にはいかなかった。

 

 地の利もあっただろう。

 一度は運良く(・・・)撃退出来たとはいえ、スレイは一般人だ。

 

 アリーシャは、自分を助け敵を撃退し、わざわざ危険を知らせにまで来てくれた優しいスレイを、馬鹿げた王位継承争い(・・・・・・・・・・)などに巻き込む訳には絶対にいかなかったのだ。

 

 

しかし明日。聖剣祭、剣の試練でアリーシャの決意を裏切る形で事件は起こった。

 



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3.導師誕生

※隕石~の部分の比喩を詳しくしました。
※スレイの紋章の左右を間違えていたので修正しました。

9/11
※一部変更しました。
聖堂内の兵士が死亡→生存

2016/4/9
 誤字、脱字、改行を修正しました。またマルフォの一人称を私に変更しました。
2016/5/10
 マルフォの苗字を追記しました。それに加えて導師マルフォから導師サロワへと変更しました。



 聖剣祭、剣の試練当日。

 

 

 午前の部では一般人が、午後の部では貴族や王族自身、もしくはその推薦者がそれぞれ挑戦することになっていた。

 

 このような催し物の場合、普通は貴族や王族が先であることが常だ。しかしながらこの聖剣祭では、既に導師役が決まっている(・・・・・・・・・・・・)ため、このような段取りとなっているのだった。

 

 

聖堂の控え室。

 

「じゃーん!どうかな?」

 

 スレイは今、アリーシャに用意してもらった白を基調とした騎士の礼服に身を包んでいる。

 スレイの服は洗濯中だ。

 

 

「なかなか似合っているじゃないかスレイ!見違えたぞ」

「ヘヘッ」

 

 アリーシャの言葉に照れるスレイ。

 

「確かに。昨日までの泥んこ少年だとは誰も思わないだろうね」

「ウッ・・・」

「っと!その言葉は流石にマズい」

 

 ミクリオに言い返そうとしたところで止められてしまった。

 

 スレイも遅れて気づく。この流れでウッセーなどと言ってしまったら、アリーシャに勘違いされることになると。

 

 人からは見えない親友に目だけで感謝を表した。

 

 スレイ達が談笑していると、他の王族、貴族とその推薦された者達がやって来た。

 スレイはアリーシャに教えてもらった通りに敬礼して待つ。

 

「シャルル兄様にアメリア姉様!」

 

 アリーシャがやってきた王族に声をかける。

 

「元気そうだな、アリーシャ。行方不明になっていたと聞いて心配したぞ」

「ご機嫌良う、アリーシャ。何ともなさそうで良かったわ」

 

 王位継承権第二位シャルル・ディフダと第三位アメリア・ディフダが次々と挨拶をする。

 

「ご心配をお掛けしました。紹介します、アロダイトの森の奥で途方に暮れていた私を助けてくれた恩人、スレイです。この恩に報いるため、彼を剣の試練に推薦しました」

「初めまして、スレイと申します」

 

 スレイが緊張しながら挨拶をする。

 

「そうか、君が・・・。妹を助けてくれて感謝する。・・・ところで君はその時どうして森に?」

 

 シャルルがスレイを訝しむ。アリーシャが誰かに森まで連れ去られ、そこをスレイが助けたことになっていた。

 

 アリーシャからも聞かれることになるだろうと、あらかじめ簡単な礼儀も含めて教えてもらっていた。

 

「俺・・・、私はよく森に山菜を採りに行ってまして、それで迷っているアリーシャ・・・殿下に会いました」

 

 当たり障りのないように話すスレイ。

 この答えにシャルルも納得したようだった。

 

「アメリア姉様、そちらの方は?」

 

 アリーシャがアメリアの後ろに並ぶ、推薦されたであろう騎士の紹介を促す。

 

「そうね、紹介するわね。私が推薦する騎士、マルフォよ。この聖剣祭の主役(・・)をやってもらうことになっているわ」

「お初にお目にかかります。ご紹介に預かりましたマルフォ・サロワと申します。お見知りおきを」

「ああ。今日から色々と注目を集めるだろうが、頑張ってくれ」

 

 アリーシャがマルフォに言葉を返す

 

 ちなみに、シャルルは自分で挑戦することになっている。 実際は剣に触れる前に終了するが、試練に挑戦しようとしたという事実があるだけで良かったのだ。

 

「シャルル兄様、ヒース兄様は・・・、やはり来られないようですね」

「そうだな。仕方ないとはいえ、残念だ」

「謀殺されかかって以来、部屋に引きこもってしまったものね」

 

 そこで会話を切るように兵士がやってきた。

 

「失礼致します。午前の部が先程終了し、午後の部の準備が整いましたので、皆様聖堂へお越し下さい」

 

 

 

 

 

 スレイ達挑戦者は剣の突き立った台座、その檀上の脇で自分の番を静かに待っていた。 

 

 

 貴族の挑戦が終わり、遂にスレイの番が回ってきた。

 アリーシャは継承権第五位、王族で最も低いためため先にスレイが挑戦する。

 

「アリーシャ殿下より推薦。名をスレイ、前へ!」

「はいっ!」

 

 階段を一歩一歩ゆっくり踏みしめ、剣のもとへ向かうスレイ。

 

 自分は導師に選ばれないとはいえ、遥か昔の導師達が通った道程だと思うと緊張する。

 

剣の側にはライラもいた。スレイと目が合うと上品に微笑む。

 

 導師となる者を見極めるために出向いていたのだ。

 

 

 スレイが剣の前に立ち、柄を両手で握る。

 一呼吸入れて引っ張り上げ、・・・やはり剣は抜けはしなかった。

 

 

 壇上をおりる。

アリーシャが小声でお疲れ様と言ってきたので小さく微笑んだ。

 

「アメリア殿下より推薦。名をマルフォ・サロワ、前へ!」

「はい」

 

マルフォが壇上へと登り、剣の前に立つ。

そしてキンと音を立て、剣はあっさりと抜けたのだ。

 

ライラはそれに驚き、顔を伏せる。

 

 

「抜けた・・・、剣が抜けた!」

 

そんな声を皮切りに皆口々に言葉を発する。

 

「鎮まれ!」

 

一喝すると鎮まり、次の言葉を待つ民衆。

 

「皆の者よ。今まで抜けることのなかった聖剣が抜けた。これすなわち、今より地獄の苦しみが終わりへと向かうことの証である!この導師サロワが、皆を平和へと導くだろう!」

 

 マルフォが剣を高く掲げると、背後にある炎がより一層と猛る。

 

民衆の誰しもが、この導師サロワが平和で幸福な日々へと導いてくれると信じていた。

 

今この瞬間までは。

 

 

 

 

 

聖堂のステンドグラスが勢いよく割られ、そこからあの男(・・・)が侵入してきた。

 

「き、貴様!何者だ!?」

「・・・俺様かァ?俺様はそこのお姫様をブチ殺しに来た大悪党、ルナール様だァッ!クヒヒャヒャヒャヒャ!」

 

イズチを襲い、マイセンを殺した張本人、ルナールが今度こそアリーシャを殺しにやってきたのだ。

 

「侵入者め!この私が成敗してくれる!」

「クヒヒャヒャヒャ!」

 

 壇上から飛び降り剣で切りかかるマルフォ。

 ルナールはそれに嗤いながら応戦する。

 

 

「導師殿があいつを止めている今の内だ!扉付近の兵士は避難路の確保、その他の者は援護に回れ!急げ!」

 

 この聖堂内を警護していた主任でアリーシャの師匠、マルトランが兵士に素早く指示を飛ばす。

それを聞いて兵士が動く。だが何かで押さえつけられているかのように、全く動かなかったのだ。

 

「何をしている!早く開けないか!」

「そ、それが、何かで固定されているようで・・・ヒィッ?!」

 

 兵士の1人がやっと数センチの隙間を作る。その隙間から見えたのは、外で警護していた筈の同僚達の死体であった。

 そうしている間にも、状況は更に悪くなっていく。

 

既に援護していた兵士は倒され、マルフォもフラフラだ。

 ミクリオも援護しようとしていたのだが、戦いながらも周りに気を配っていたため、隙を突くことが出来なかった。

 

ルナールはマルフォの精彩さの欠いた剣を弾き飛ばし、蹴りつけて壁に吹き飛ばした。

 

「さぁて、邪魔者は片付けた。後はァ・・・」

 

ルナールがアリーシャに狙いを定める。

 

 ルナールが自分だけを狙っていると判断したアリーシャは、出口の扉とは別方向、剣の刺さっていた台座のある壇上近くへと足を運んだ。

 

「お前の狙いは私1人だろう!これ以上他の者を傷つけるな!」

「アリーシャ!この馬鹿者!!」

 

マルトランの叱責するように叫ぶがもう遅い。

ルナールは既に走り出し、アリーシャへと迫る。

 

そしてその爪でアリーシャを引き裂かんとした時、マルフォの剣を握ったスレイが凶刃を受け止めた。

 

「アァ?!」

「なっ!?スレイ、何をやっている!?君は逃げるんだ!」

「ぐぅっ・・・!アリーシャが殺されるのを知ってて、逃げる訳ないだろッ!!俺はアリーシャを助けるために、ここまで来たんだッ!!」

「ッ!?」

 

スレイの言葉に頬を染めるもすぐ苦しそうな顔になる。 そこまで想ってくれていることに嬉しく思う反面、友と思える程の人間を自分のせいで危険に晒したくはなかったのだ。

 

 

ルナールの攻撃を必死に捌くこと数度、度重なる激烈な攻撃に耐えかね、砕けてしまう。

だがその間に、マルトランがルナールのすぐ近くまで来ることに成功した。

 

「良くやった、少年!」

「チィッ、邪魔だァ!!」

 

苛立ちを見せるルナールに壇上まで吹き飛ばされるスレイ。

 

ルナールはアリーシャへと迫る。アリーシャに凶器の爪を突きつけ、マルトランへと向き直った。

 

「クヒヒャヒャヒャ!流石にお前さん程の奴を相手していたら、逃げられちまうかもしれないからなァ。こういう手を取らせてもらうぜェ」

「貴様ッ!今すぐアリーシャ姫を離せ!」

「師匠・・・」

 

 間合いを取る双方。だがじりじりと足を運び、ルナールは大きなステンドグラスに近づく。

 

アリーシャを殺してすぐ逃走を図るつもりなのだ。

 

 

一方、スレイは悲鳴をあげる体を無視してようやく立ち上がった。

 

「くそっ、早く何とかしないとアリーシャが・・・!」

「スレイさん」

 

ライラがスレイの隣に佇む。

 

「ライラお願いだ。ライラも手を貸してくれ」

「手を貸すことは確かに出来ますが、それではあの者、『憑魔』は倒せませんわ」

「あれが憑魔・・・?人間みたいなのに?」

 

憑魔とは、生物、無生物を問わず穢れに憑依され、果てに魔物のように姿が変わったしまった怪物を指す。

憑魔は強力な力を有しているため、退治は困難を極める。

ちなみに人間からは憑魔と魔物の区別はほとんどつかない。

 

 

穢れだけを殺し、宿主を救うには天族の霊力による浄化の力が必要不可欠だ。

だが憑魔の状態では浄化は厳しいため、人間の導師と協力するのだ。

 

「あれは恐らく、穢れを受け入れてますわ。あの者を倒すには天族と導師の力が必要でしょう。わたくしと、スレイさん、貴方の力が」

 

 ライラの言葉に、スレイは目を見開いて驚く。

 

「俺!?でも俺が導師になれるかどうかなんて・・・」

「なれますわ。導師の前提条件として、天族が認識出来ることですから」

 

 更にライラは続ける。

 

一度(ひとたび)導師となれば、穢れを浄化し続ける過酷な日々を強いられるでしょう。そして、救うべき人間からも、畏怖され、またその力を利用されるかもしれません。・・・その覚悟はありますか?」

「・・・・・・」

 

ライラに応えず、アリーシャを見つめる。 ルナールに拘束され、息をすることさえ苦しそうにしている。

 

「・・・わかった。俺は、導師になる。アリーシャを救うために力を貸してくれ、ライラ!」

「はいっ!」

 

スレイの答えにライラは嬉しそうに応える。

 

ライラは両手を前に突き出し、手のひらを中央に向ける。

すると、ライラの全身から光の靄が溢れ出し両手のひらの中に集まり球を形作った。

 

「これはわたくしの分身、霊力の塊『御霊(オーブ)』と言います。危険な状況ですので後で説明しますが、これをスレイさんに宿すことによって導師として覚醒します」

 

両手を出すように言われるスレイ。

すると御霊はスレイの手の中へと移り、溶けるように体の中へ入っていった。

その後すぐに熱いエネルギーのようなものが全身を巡り始める。

不意に左手の甲に熱を感じて見てみると、遺跡の手袋と同じ紋章が浮かんでいた。

 

「それは導師となった者に現れる証ですわ。そして・・・、後はあの者を倒すための聖剣ですわね」

「ライラ、剣はもう・・・」

 

マルフォが抜いた剣は、まともに使えない程砕かれていた。

 

「いいえ。聖剣ならここに(・・・・・・・)

 

言うや否やライラの体が光となり、剣を形作る。

それは炎をイメージした、見る者を圧倒させ畏怖させる、両刃の大剣。 聖剣はそのまま台座へ移動し、深々と突き刺さった。

 

『さあ、スレイさん!剣を!』

 

スレイは頷き両手で剣に手をかける。

 

 手の甲の紋章が強く輝いた。

 

 

 

 

 

人々は見た。

壇上にいた少年が剣を掴む動作をすると、まるで霞が晴れるかのように大剣が姿を現すのを。

 

そして少年が大剣を抜き放ち横に構えると、それを合図とするかのように、赤と白の綺麗な炎が剣から勢いよく噴き出すのを。

 

当然、ルナールやアリーシャからもそれは見えていた。

あまりの異常な光景に思わず見入ってしまう。

その一瞬の間にスレイは炎を噴き上げ一気に近づく。

 それはまるで、燃え盛りながら落下する隕石のごとき凄まじさ。

 

「オイオイオイ、テメェ一体なんだそりゃあ!?この女がどうなっても良いのかよォ!?」

 

焦るルナールはアリーシャを盾にとり脅迫する。

だがスレイは止まらない。ただ、一言。

 

「アリーシャ。俺を信じてくれ!」

 

果たしてアリーシャは。拘束され、苦しそうにしながらもニコリと微笑んで見せた。

 

「チィッ!」

 

人質もろとも自分を斬ろうとしていることを理解したルナールは。

悪あがきとばかりにアリーシャを手に掛けようとする。

 だがその爪はアリーシャへと届く前に凍りつき、固まってしまった。

 

「やっと隙を見せたな」

 

ミクリオはずっと待っていた。ルナールに隙ができるこの時を。

 

霊力を術として昇華した技術、天響術により冷気を発生させ、瞬時に凍らせる。

 

だがこれも憑魔にはただの時間稼ぎにしかならない。

しかし、それで十分だった。

 

「クソォォォッッ!!」

 

 吠えるルナールとスレイを信じて身を任せるアリーシャへ、躊躇なく大剣が一閃された。

 




ストックが無くなったので、次の更新は2~3週間後になると思います。


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4.神依とは

 ライラによる説明回です。スレイは一歩も動きません。

2016/4/9
 改行を修正しました。


 スレイによる炎剣の一撃をまともに受けたアリーシャとルナールは果たして、生きていた。

 

 

 拘束を解かれたアリーシャの体や衣服には斬られた跡も、ましてや火傷を負った跡すらも見受けられなかった。

 

 対してルナールは、斬られた跡こそなかったものの、全身に火傷を負い重傷だった。

 今は完全に気を失い、四肢を投げ出し倒れている。

 

 

 ライラの大剣、もとい天族が変化した神器は導師の影響を強く受ける。

 スレイの意志によって穢れと魔物以外への攻撃を選別出来るのだ。

 

 そのため大切な者には傷を負わせず、ならず者にのみ傷を負わせることが可能となる。

 

 ちなみにルナールが気絶しているのはスレイの攻撃自体ではなく、深く結びついていた穢れが殺されたことによるショックのためだ。

 

 見事ルナールを倒したスレイは、汗をかき荒い息を吐きながら、フラフラとしながらもアリーシャのもとへと近づいていく。

 

 

「ハァ、ハァ・・・アリーシャ、無事で良かった。ハァ、怖い思いをさせて、ゴメンッ!」

 

 アリーシャは首を横にふる。

 

「君はあんなにもはっきりと、私を助けると言ってくれたんだ。斬り殺されるかもしれないなんて微塵も思わなかったよ。かなり驚きはしたがな」

 

 アリーシャがそう言って苦笑する。

 

「それより大丈夫なのか、スレイ?その、大分フラついているが・・・」

 

心配そうに尋ねるアリーシャ。

 

「ハァッ、ハァッ、あはは、駄目かもッ・・・」

「ッ!す、少しここで待っていてくれ!今すぐ医者を・・・」

「ごめん、もう、無理・・・」

 

 言うやいなや体を投げ出しアリーシャの方へと倒れ込むスレイ。

 スレイを支え切れず、その場で座り込んでしまう。

 ちょうど、スレイを膝枕する形となってしまった。 ちなみに大剣は既に消え、ライラは人間には見えない天族の姿へと戻っていた。

 

「ちょ、ちょっと!スレイ!?」

 

 慌てる少女をよそに、少年は安らかな寝息を立てて爆睡するのだった。

 

「あらあら、スレイさんも隅に置けませんわね」

 

 ミクリオとライラは2人を見ながら並んで立つ。

 

「少し羨ましくはあるね」

「・・・ごめんなさいミクリオさん。わたくしの膝は既に先約がありまして・・・」

「いや、別に頼んでないし要らないから!?」

 

 

 

 

 

聖堂内にある仮眠室。兵士に運ばれここで眠っていたスレイは、ようやく目を覚ました。

 

「・・・あれ?俺いつの間に寝てたんだ?」

「お目覚めになりましたか?」

 

スレイがまだ目覚めきれない頭で状況を把握しようとしていると、横から女性の声がして振り向く。

そこにいたのは髪をツインテールにした同年代と思われるメイドだった。

 

「えっと、あなたは?」

「申し遅れました。私はアリーシャお嬢様の邸宅にてメイドをしております、クロエと申します。ただ今お嬢様は先の事件の後処理に追われているため、気がつかれたら知らせるように仰せつかっています」

 

クロエは頭を下げ自己紹介をする。

 

「アリーシャ・・・殿下の?」

「ふふっ、お2人は友人だと聞き及んでおります。気を楽にして下さいませ」

 

スレイのかしこまった言い方に、遠回しに必要ないと告げるクロエ。

 

「覚えておいででしょうか?スレイ様は悪人を倒し、お嬢様を助け出してすぐ気絶したようにお眠りになりました。お嬢様が大層心配そうになさっていましたよ?」

 

クロエは簡単に経緯を説明する。

 

「この度はお嬢様をお救い下さり、誠に有難うございました。お嬢様付きのメイドとして感謝に堪えません。それではお嬢様にスレイ様が目覚められたと伝えて参りますね」

 

 クロエはスレイに感謝の意を伝えると、アリーシャを呼ぶために退出していった。

 

2人が話している間もミクリオとライラはずっと側にいた。

 

「・・・なあミクリオ。あの人、悪人・・・あのルナールってキツネ男を倒したって言ったけど、具体的にどうなったんだ?」

 

 ミクリオにルナールのその後について尋ねるスレイ。

 

「あの後、キツネ男は気を失った状態で王城の地下牢へ連れていかれたよ。王族を殺害しようとしたんだ、情報を吐き出させてから近い内に処刑するらしいね」

 

 ミクリオは複雑な気持ちだったが、努めて冷静にルナールについて事実を語る。

 スレイも難しい顔をして考え込む。

 

 スレイがこんなことを聞くのはやはり、イズチの里で殺され遺体も残さず喰われたマイセンのことがあるためだ。

 

 殺された当初、スレイとミクリオは悲しみと、ルナールに対する怒りを持っていた。正直な所、アリーシャに危険を知らせた後はスレイ達も里へ戻り、里の皆と共にマイセンを弔うつもりでいた。

 

 敵を討とうにも自分達では返り討ちされることが目に見えていたし、どこにいるかもわからなかったからだ。

 

 

 ところが偶然とはいえ再び相まみえ、倒して捕まえることすら出来たのだ。十分な敵討ちと言える。

 

 だが処刑されると聞いて、素直に喜べはしなかった。

 

 

 仮にも友人を殺したルナールに対して、このままのうのうと生きて欲しいとは思っていない。

 また、相応の罰を受けさせてやりたいとは思っていた。

 

だが間接的とは言え、自分達が誰かを死に追いやったという現実に、なんとも言えないもどかしい気持ちになるのだった。

 

「まあ、あの男は自業自得だ。考えてもどうしょうもない。それよりスレイ、体はもう平気なのか?」

「・・・うん、平気みたいだ。でも俺はどうして眠ってたんだ?」

「それはスレイさんが『神依(カムイ)』を使わずにわたくしという剣を使ったからですわ」

 

疑問に思うスレイにライラが聞き慣れない言葉を口にする。

 

「神依?」

「はい。神依とは導師にとっての最強の切り札。攻撃力を飛躍的に上げ、敵を殲滅する秘技ですわ」

 

スレイにライラが答える。

 

「スレイのあの強さより更に上があるのか、それは凄いな。だがそれとスレイが倒れたことに何の関係があるんだ?」

「わたくし達天族の神器化は元々導師の神依と対となるもの。素の状態のスレイさんが扱うには、負荷が大き過ぎたのですわ。もっとも神依自体、かなり霊力を消耗するので、もって10分程度ですが」

 

ライラはミクリオに説明する。

 

「なるほどなー。じゃあどうすれば俺も神依を使えるようになるんだ?それと、やっぱりミクリオも神器化が出来たりするのかな?」

「神依はスレイさんが真名を持ち、協力する天族の真名を知り、そして霊力を十分扱えるようになって初めて完全な神依となりますわ。それからミクリオさんの神器化ですが、残念ながら百年程時を経た天族でないと出来ません」

 

それを聞いてミクリオは落胆する。

 少なくとも83年は待たないと出来ない計算になる。

 

「そして今スレイさんの体に宿っている御霊(オーブ)ですが、300年以上時を経た天族が作り出すことが出来る秘技ですわ」

「確か俺に、ライラ自身の分身とか霊力の塊だとか言ってたよね?」

 

ライラが頷く。

 

「御霊に意志は存在しませんが、それ以外は私の体と構造がほぼ同じです。そのためそれ自身が莫大な霊力を保有し、また半永久的に生み出すことが出来ますわ」

 

 つまり、スレイの体に霊力を作り出す内臓器官を付与した形となる。

 スレイが爆睡した原因は、剣の形態のライラを扱うための霊力が足りず、生命力で無理矢理補っていたためである。

 

 

「なるほどなー、それにしてもライラって300年以上も生きてるんだ?」

 

スレイは何となしに言ってみただけだったのだが、ライラの雰囲気が途端に変わった。

 

「・・・・・・それが何か問題でも?」

 

顔は上品ににっこりと笑っている。こうして見るとかなりの美人だ。

だがその笑顔の奥に見え隠れする何かにスレイは無意識に危険を察知した。

 

「い、いや~、ライラって上品で凄く美人、それに大人の風格もあるからさ、全くそんな感じには見えないなーって」

「まあ!スレイさんったらお上手ですわね~、ふふふっ」

 

 まんざらでも無さそうなライラに、スレイは胸を撫で下ろした。

 

 

スレイ達が話をする中、失礼するという声と共に扉が叩かれた。

アリーシャがやってきたのだ。

 

「こんばんは、スレイ。体の調子はどうだ?」

「俺はもう平気だよ。正直、ただ寝てただけだしね」

「確かに、寝ていただけだね。アリーシャの膝を枕にして。大衆の目の前で」

 

アリーシャに答えるスレイにミクリオが茶々を入れてくる。だがそんなことよりも、聞き捨てならない言葉があった。

 

「えッ!アリーシャの膝を枕に!?俺が!?」

「スレイ?」

 

やはりミクリオの言葉に思わず反応してしまうスレイ。

 

「あー、これは・・・そう!クロエさんから聞いたんだ!それで・・・」

「スレイ」

 

誤魔化そうとしたスレイに言葉と手でそれを制する。

 

「誤魔化さなくていい。・・・君には天族様が見えていて、今ここにもおられるのだろう?」

 

何と言うか迷い、スレイはミクリオ達をチラリと見る。

 するとミクリオから意外な返事が返ってきた。

 

「スレイ。実は君が寝ている間、ライラと話し合ったんだ。この先導師として活動するのなら、僕達天族を理解出来る他の人間が必要だと思うんだ」

「ええ、そしてその理解者として、アリーシャさんが良いのではないかと思いますの。如何でしょう?」

 

それを聞いてスレイは考える。

 確かに、これから導師として活動しなければならないのに、天族の存在に加え、世間知らずな自分では無用な問題を抱えてしまうかもしれない。

 民衆に対して信頼の厚いアリーシャに手伝ってもらうのは妙案におもえた。

 

「スレイ?」

「ああ、ごめん。・・・・・・うん、アリーシャの言う通り、俺には天族が見えているんだ」

「!やはりそうか」

 

スレイはもう誤魔化すのは止め、正直に話すことにした。

 

「ほら、ここに俺の親友と湖の乙女がいるんだ」

 

スレイは身振り手振りで表現しながら2人の天族を指し示す。

 

アリーシャはそんな示してくれた場所をじっと見つめる

 そして、意を決して頭を下げた。

 

「私はこの国で騎士をしております、アリーシャ・ディフダと申します。認識は出来ませんが、こうしてお会い出来て光栄に思います」

 

天族の姿が見えない人にとっては、虚空に話しかけるなど奇特な行為に映る。

だがスレイを信じて頭を下げて自己紹介するアリーシャにミクリオとスレイは感心した。

 

「アリーシャさんは本当に心が清い方なのですね」

「本当にね。アリーシャの真摯な態度に、僕らも直接返事を返してあげたいんたけど」

「声を届けるだけなら、導師であるスレイさんがいるので可能ですわ」

 

 アリーシャに直接返事も返せないと悔やむミクリオに、ライラが言葉を返す。

 

「スレイさん、わたくしとアリーシャさんにそれぞれ手を繋いでもらえますか?」

 

そう言ってライラはスレイに手を差し出す。

 スレイは頷いてライラの手を取る。ついでにミクリオもスレイの手に触れる。そしてアリーシャに断って同じく手を取った。

 

「もしもしアリーシャさん、聞こえますか?」

「ッ!はい、聞こえます!女性の声が!」

 

アリーシャの声には驚きと喜びが入り混じっている。

 

「一体どうなってるんだ?」

「導師であるスレイさんは、今や人と天族の中間と言える存在。なのでこのように仲介することも出来るようになったのですわ」

「なるほど。つまりスレイが電話線の役割をしているという事か。」

「いや、誰が電話線だ」

「君が」

 

ミクリオの言葉にツッコミを入れるスレイだが、君がと言われ反論出来ない。

 

「ふふっ、スレイの親友の天族様は面白い方だな」

「そうなんだ。ミクリオの奴、いっつもこんな感じで小言言ってきてさー」

「なっ!?誤解させるようなこと言わないでくれ!」

 

笑うアリーシャに、さっきの仕返しとばかりにミクリオのことを悪く伝えるスレイ。

それにミクリオは狼狽(うろた)える。

 

「え~、それでは初めまして。わたくしは先程湖の乙女と紹介された、ライラですわ」

「僕はミクリオだ。こちらこそ、君のような立派な人間に出会えて光栄だ。それと、僕は別に小言は多くないから」

 

ライラとミクリオがそれぞれ自己紹介をする。

 

 アリーシャが天遺見聞録でしか存在が語られていなかった、天族。

 それが本から抜け出てきたかのように自分の目の前に存在していて、自分に語りかけてくれるのだ。

 

アリーシャの心の底から嬉しさが湧き上がってくるのだった。

 

 

「さてアリーシャさん。まずスレイさんが、先の事件で導師となったことは理解していますね?」

「はい。今ではマルフォ殿ではなく、誰もが認識出来なかった真の聖剣を抜いたスレイが真の導師だと信じております」

 

先の事件でマルフォが偽物の導師だということが民衆に露見し、反発を招く恐れがあったが、スレイという疑いようのない本物の導師が誕生したことで、なんとか場は収まった。

 アメリア達に泥を塗ってしまった形となったが、本人達は気にしていないとのことだった。

 

「導師の使命は世界各地の異変を突き止め鎮めること。単刀直入に言いますが、貴方にスレイさんの補助をお願いしたいのです」




※分かりにくい方へ

天族の神器化→青○クの青○炎

神依→ガン○ムのトラン○ム

のようなイメージで書いています。


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5.国王との会談

2016/4/9
 改行を修正しました。
 叔父様→叔父上に変更しました。


 あの後スレイの旅に同行することについて、アリーシャは前向きに考えてみると言った。

 

 まだ事件の後処理をしなければならないからということで戻ろうとしたアリーシャだったが、その時部屋に扉をノックする音が響き渡った。

 

 

 

 

 

 翌日、スレイとアリーシャ、それに人から認識されないミクリオとライラは、レディレイクの上方にあるラウドテブル王宮へと登城していた。

 

 その理由はやはり導師スレイだ。

 

 混沌の世を鎮めるとされる導師が誕生したとあって、ハイランド王国からの支援等も含めて話をしたいと昨夜言伝をもらったのだ。

 

 エントランスホールを抜け、そのまま真っ直ぐ謁見の間を目指す。

 

 そして間もなくその扉へとたどり着き、スレイ達は気を引き締め入室した。

 

 

「ようこそ導師よ」

 

 玉座に座ってこちらに声をかける壮年の男性。彼こそがアリーシャの父であり現国王のランスラッド・ディフダ王その人である。玉座から少し段の下がった両隣には、宰相らしき側近とランスラッド王の弟であり継承権第一位のバルトロ・ディフダがいた。

 

 

「召喚に応じ参上致しました。アリーシャ・ディフダと導師スレイです」

「うむ。楽にして良い」

「はい」

 

 国王はスレイへ顔を向ける。

 

「さて、よくぞ参られたスレイ殿。伝承の上でしか語られていない導師に一目会ってみたくてな。しかし若いな。年はいくつだね?」

「今年で17になります」

 

 このような初めての場所に緊張しながらもしっかりと受け答えするスレイ。

 

「17か。アリーシャの2つ年下になるな」

「はい。ですが彼はその年にして余りある勇気と行動力で私を救ってくれた、立派な少年です」

「うむ、そうだな。スレイ殿、娘の窮地を救ってくれたこと、誠に礼を言う」

 

 アリーシャの誉め言葉と国王からのお礼の言葉に緩みそうになる頬をしっかりと締めるスレイ。

 

 隣にいるミクリオも、自分のことのように嬉しそうにしている。

 

「さて、ここから本題だが、導師の目的が異変の原因を突き止め浄化することだと聞いている。そして魔物になったものを戻すことも」

 

 現在は導師は救世主という認識のみで、具体的に何をするかなどは世間に知られていない。

 

 

そのため昨夜言伝をもらった後、アリーシャによって天族の存在を除いた(・・・・・・・・・)導師の目的やその力が報告されていた。

 天族はその性質から暗殺者向きだ。

 国からの後ろ暗い依頼を受けないためにも、スレイ達4人で話し合い天族の存在を伏せることにしたのだ。

 

 アリーシャ自身、必要なことならば何でも使うきらいのある国王であったが、信頼している。

 

 しかし叔父であるバルトロに対しては警戒していた。

 

 

 宰相が兵士に合図をし、箱型の檻を持って来させる。人の腰程の大きさの檻に入っていたのは、黒い靄を発生させる緑の体表とギラついた目と口が特徴的な憑魔、ゴブリンだった。

 

「これは魔物化の兆候があった城下の子供をいち早く檻に入れたものだ。浄化を頼めるだろうか?」

 

 国王はこの憑魔を使ってスレイの実力を推し量ろうとしていた。

 

 魔物化とは、近年その数を増やしている現象だ。

 突然人間が魔物に変化するため、今まで原因は謎に包まれていた。

 しかしアリーシャの報告により、導師ならどうにか出来るのではないかと、こうして導師の前に持ち出したのだ。

 

 

 憑魔へと一歩に出るスレイ。

 憑魔は檻から出ようと暴れるが、弱い個体の憑魔であるため逃げ出すことは叶わない。

 

 憑魔を弱らせて大人しくさせるため、スレイはミクリオに目で合図する。

 しょうがないとばかりに肩をすくめながらも杖を出現させ構えるミクリオ。杖は霊体化してあるため、人から見えず出し入れ可能だ。

 スレイも儀礼剣を構える。

 

「《双流放て!ツインフロウ!》」

 

 ミクリオの天響術に合わせて剣を振るスレイ。

 ミクリオの声と同時に、杖の先から水が出現する。そしてそれは2つに分かれ、水流が螺旋を描きながら憑魔へと真っ直ぐ向かい直撃する。

 螺旋の水流の直撃によりフラつく憑魔。

 

 続いてスレイが剣に霊力を纏わせ横に振ると、それは波のように前方へ飛び憑魔を切り裂いた。

 

「ほう・・・。見事」

 

 果たして憑魔の体はボロボロに崩れ去り、虚空へと溶けていく。そして残ったのは4~5歳程のまだ幼い子供のみとなった。

 

「導師の実力、しかと見た。あれで全力ではないのだろう?」

「はい!もっと強い憑魔・・・、魔物でも問題ありません」

 

 国王は聖剣祭での顛末も当然耳にしている。実力はもっと上だと確信していた。

 

「うむ。では貴殿を本物の導師と認め、国として支援しよう」

「では兄上、支援の一つとして、私から導師の旅に同行する優秀な部下を用意しましょう」

 

 今まで事の成り行きを見守っていたバルトロが口を挟む。

 

「お待ち下さい叔父上。旅の同行に関して、既に私が導師から声を掛けて頂いています」

 

 アリーシャはバルトロに対して静かに、だがはっきりと告げる。

 

「ふん、小娘が何を言う。貴様1人では導師を守ることすら出来んだろう」

 

アリーシャがバルトロの言葉に対して言い返そうと口開きかけたところで、スレイに止められる。

 

「俺・・・、私は力があるから守ってもらう必要はありません。むしろ、住民との仲介や交渉の方がよっぽど必要です。それにはアリーシャ殿下のような民衆に支持のある人間が適任です」

 

 スレイはバルトロに対して毅然とした態度で言い放つ。

 嘘は言っていないが、バルトロのアリーシャに対する言い草には少しムカッときていた。

 

「しかし導師殿、仮にも一国の姫を簡単に・・・」

「良かろう」

 

 バルトロが言い終わる前に国王があっさりと許可を出す。

 

「あ、兄上!?」

「騎士などをしている時点で、姫云々の言い訳は通らんわ。導師よ、バルトロの言っていた通り腕は未熟だが、本当に良いのだな?」

「はいっ!」

 

 スレイの返事に満足そうに口をつり上げると、国王はアリーシャへと向き直る。

 

「アリーシャよ」

「はい」

「お前は努力家なれど、未だ騎士としても王女としても半人前だ」

「・・・」

 

 アリーシャの顔が下を向く。

 

「だからこそ、この旅で国を、世界をその目でしっかりと見てきなさい」

「・・・!はいっ!」

 

 国王の言葉にハッと顔を上げるアリーシャ。そして国王の期待に応えるかのように、声を上げて返事をするのだった。

 

 

 旅の物資や路銀等の話は滞りなく進んだ。

 

 国からの依頼としてスレイ達はまず、現在原因不明の疫病で悩まされている町、マーリンドへと向かうことになった。

 道中の必要な物資を届ける者達の護衛と、被害の原因を究明することを任されたのだ。

 

 

 国王との会談は終わった。

 だがその間中、バルトロはスレイとアリーシャをずっと憎々しげに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

「あの、ミクリオさん。ミクリオさんは氷の天族ではないんですの?」

 

 

 会談が終わった後、スレイ達はレディレイクへと戻ってきていた。

 そこでライラが疑問をミクリオに投げかける。

 

「いや、僕は水の天族だ。氷の天響術が使えるのは、母さんがくれたこのサークレットのお陰なんだ」

 

 そう言ってミクリオは前髪をかき上げる。

 そこには確かに綺麗な細工の施されたサークレットがあった。

 天族にはいくつかの属性があり、それによって使える天響術がそれぞれ違ってくる。

 

 属性は8つ。火・水・風・地・氷・雷・光・闇となる。

 

 

「少し見せてもらっても?」

「ああ、構わないよ」

 

 ミクリオがサークレットを外し、ライラに手渡す。

 

「・・・やはりこれには御霊(オーブ)が宿っていますわね。・・・あら?この真名は・・・」

「ん?」

「あ、いえ、何でもありませんわ」

 

 笑顔を浮かべて誤魔化すライラ。

 天族が作り出す御霊の使い道として、2通りある。

 

 1つは適性のある人間に宿して導師とすること。

 そしてもう1つは道具に宿すことだ。

 御霊を宿した道具には、御霊を作り出した者の真名が刻まれる。

 そして道具の所持者は、御霊の属性に応じた天響術を使うことが出来るようになるのだ。

 

 

 ミクリオの場合、水系の天響術のみ使うことが出来るが、氷属性の御霊が宿ったサークレットを所持しているため氷系の天響術も使うことが可能である。

 

 

「それにしても、あのバルトロという男。どうにも良い感じはしなかったな」

「そうですわね。終始お2人を睨んでいましたし」

 

 ミクリオにサークレットを返しながら先程の会談の様子を話す。

 

「あの人、アリーシャを目の敵にしているみたいだったよな」

「うん?」

「あ、バルトロって人の話をしてたんだ」

 

 天族の声が聞こえないアリーシャにスレイが手短に説明し、ついでに話が聞こえるように手を繋ぐ。

 

「お2人を睨んでいたので心配になりまして・・・」

 

 スレイの肩に手を置き話すライラの言葉ですぐに納得するアリーシャ。

 

「確かに叔父の動きには注意を払っておく必要がありそうですね。叔父は以前暴動になりかけた際、武力で鎮圧させようとして失敗したのです。その時後釜として一任された私がなんとか鎮めたため、敵視しているのだと思います」

 

 アリーシャは表情を暗くしながら答える。

 

 実のところ、ルナールという暗殺者を差し向けたのもバルトロではないかと疑っているのだ。

 

「でもアリーシャってすごいよなー。そんな状態から民衆を鎮めて支持まで得たんだから」

「そんなことは無いさ。クロエや他の人にも手伝ってもらったし、私は、ただ諦めたくはなかったから。それに民衆の支持なら君だってあるだろう?」

 

 

 そう言ってアリーシャは視線を別の方へと向ける。

 スレイもそちらに目を向けると、疎らに集まった人々がスレイを見ていることに気付いた。

 

 

「あっ!導師様だー!」

「昨日の剣出すところ見てたぜ!すげー格好良かった!」

「最後倒れたのはダメだったけどねー」

「まあ!姫様と手を繋いで(・・・・・)歩いちゃって、仲が良いのねぇ~」

 

 人々の声に空いている手を振って応えるスレイ。

 そしてまたその声で今の状況を思い出し、繋いだ手をパッと放して離れる。

 

 それをしっかりと見ていた人々ははやし立て、2人を赤面させるのだった。

 

 

 そんな2人、というよりスレイを見て、少しだけ寂しそうにしている少年が1人。

 

「・・・ミクリオさん?どうしました?」

「・・・・・・いや。ついこの間までいつも隣を歩いていたのに、この町に来てからたまにスレイが遠く感じるなと思ってね」

「なるほど。所謂(いわゆる)ホームショック(・・・・)ですわね」

「・・・・・・・・・・・・いや全然違う。納得しかけたけど。それにショックじゃなくてシックだ」

 

 

 

 

 

 

「それにしても、手を繋いでいないと会話が出来ないというのは色々と不便だな」

「確かに。特に町中じゃ変な誤解をされかねないよな」

 

 ミクリオの言葉にスレイが同意する。

 

 するとライラがこんな提案をしてきた。

 

「ではスレイさんの真名も決めなければいけませんし、アリーシャさんと従士契約をしては如何でしょう?」

 



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番外編その1.人物紹介

 原作と差異があり、またスレイ達の容姿を書き忘れていたため入れました。

2016/3/30
 改行になっていない所を修正しました。

2016/5/10
 マルフォの苗字を追記しました。
 ルナールの項目で、憑魔を受け入れて→穢れを受け入れ順応し、に修正しました。


 スレイ達の見た目等を書き忘れていたので、こちらに追記しておきます。

 

 

 

 

 

・スレイ

 名字無し。茶色い髪と緑色の瞳をした素直な少年。

 天族ジイジに育てられた。

 体や武器の儀礼剣に黄色い羽根をいくつも付けている。

 

 

・ミクリオ

 名字無し。髪と服が水色の天族の少年。スレイの親友。

 武器として長杖を使うが、天族として年若いため力は弱い。

 

 

・アリーシャ・ディフダ

 ハイランド王国の王女にして騎士も務める女性。王位継承権第五位。

 色素の薄い茶色い長髪を白い花を模した髪留めで纏めている。

 ピンクと白を基調とした上着を着て両手両足に鎧を身に付け、槍を武器にして戦う。

 

 

・ライラ

 名字無し。レディレイクの聖堂にて導師を待ち続ける天族の女性。

 毛先の赤い長い白髪をポニーテールにして髪飾りを着けている。

服装は赤を基調とした、前半分がミニスカート、後半分がロングスカートのドレスを着ている。

 武器は霊力を込めた紙葉。

 

 

・ロゼ・ハウンドマン

 商人のキャラバン隊として各地で商品を売る少女。

 肩まで伸ばした真っ赤な髪と緑色の瞳が特徴。

 武器は双剣。

(※少々ネタバレですが暗殺者設定はありません。また原作では名字無し)

 

 

・ジイジ

 名字無し。イズチの里の長にしてスレイの育て親。

 髪や髭は白く背もスレイより小さいが、怒ると滅茶苦茶怖い。

 

 

・ランスラッド・ディフダ

 オリジナルキャラ。アリーシャ達の父親にして国王。

 

 

・バルトロ・ディフダ

 王位継承権第一位で現国王の弟。

 アリーシャを特に敵視している。

(※原作では名字無し。役職は内務大臣)

 

 

・シャルル・ディフダ

 オリジナルキャラ。王位継承権第二位。アリーシャと同じ色素の薄い短い茶髪。キリッとした男性。

 

 

・アメリア・ディフダ

 オリジナルキャラ。王位継承権第三位。アリーシャを更に大人っぽくした柔和な女性。長い髪を頭の上で纏めている。

 

 

・エギーユ・ハウンドマン

 商人のキャラバン隊隊長。ロゼの兄貴役の男性。

(※暗殺者設定無し。原作では名字無し)

 

 

・マルフォ・サロワ

 聖剣祭で導師という主役をはる筈だった騎士。

 ルナールとの戦闘で重傷を負う。

 

 

・クロエ

 名字未定。髪をツインテールに纏めたアリーシャ付きの若いメイド。

 

 

・ルナール

 名字未定。狐を彷彿とさせる吊り目の暗殺者。

 穢れを受け入れ順応いたため魔物化していなかった。

 アリーシャを狙い殺そうとするもスレイに阻止され地下牢に閉じ込められ尋問中。

(※原作では狐に見えるのはスレイ達のみ。実際は普通の人相らしい)

 

 

 

 

その他話数が進み次第随時追記予定。

 



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6.真名

副題:「女性は強し」

※真名はマオクス・アメッカを起点に考えているので、おかしく感じる方もいるかと思いますがご了承下さい。

2016/2/28
 真名の間の部分を変更しました。
 例:マオクス・アメッカ→マオクス=アメッカ

2016/4/9
 改行を修正しました。


 疫病の蔓延る町マーリンドへ向けて、スレイ一行を乗せたキャラバン隊の馬車は走り続ける。

 

 

 マーリンドへの物資は、数日前スレイが煙管を換金した商人キャラバン隊『セキレイの羽』が請け負うこととなった。

 

 彼らは人数が5人と少ないものの、どんなところにでも必ず商品を届けて売ると評判であった。

 

 

 そんな中、スレイに同行する騎士姫アリーシャは、揺れる馬車の中・・・・・・ぐったりと寝込んでいた。

 

 

「ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません、ライラ様(・・・・)・・・」

「いいえ~。従士として必要な試練ですから仕方ありませんわ」

 

 アリーシャの弱々しい声にライラが優しく応える。

 

 

 驚くべきことにアリーシャには今ライラがしっかりと見え、スレイの助けを借りずに会話することも可能となっている。

 

 実は2日前、マーリンドへ出発する前日にスレイと従士契約を結んだためであった。

 

 その恩恵として、ライラ達天族が認識出来るようになったのだ。

 そしてその代償、というより弊害としてアリーシャは今も高熱と体の激痛に苛まれていた。

 

「殆ど目を覚まさなかった昨日より随分と良くなってますわ。もう少しの辛抱ですよ」

「はい・・・」

 

 布でアリーシャの汗を拭きながら励ますライラに力無く笑顔を作るアリーシャ。

 

 今アリーシャは鎧も上着も脱ぎ、花のような髪留めも取って楽な格好で寝ている。

 

 ちなみに敷布団はライラのものを借りていた。

 

 ライラいわく、布団の内側に薄い水袋を入れ、それを羽毛で覆って作った最高の寝心地を堪能出来る布団なのだという。

 

 水と羽毛による反発性は素晴らしく、天響術で水を温めれば暖かく過ごすことも可能。

 そして更に水を抜けば小さく畳んで、収納して持ち歩くことすら可能な優れた一点物・・・であるらしい。

 

 

「あ、アリーシャ起きた?」

 

 御者席に開いている窓から、顔を覗かせてアリーシャの様子を窺うスレイとミクリオ。

 

「あ、ああ・・・。その、大丈夫・・・」

「いけません、スレイさん!!」

 

 気まずそうに顔をそらして答えようとしたアリーシャを、ライラがスレイの視線を遮るように立ちはだかった。

 

「え、何?」

「お2人共!汗の掻いた女性の寝姿を見ようなどと、言語道断ですわ!デリカシーが無さ過ぎます!」

「わ、わかった。ごめん・・・」

 

 普段からは想像も出来ないような剣幕で言い放つライラにスレイはたじたじになる。

 ミクリオも驚いてすぐに顔を引っ込めた。

 ライラの想いが伝わったのか、同じく御者席に乗っていたロゼにも怒られていた。

 全く!これだから男は・・・等々がアリーシャ達の耳に聞こえてくる。

 

「さあ、わたくしがスレイさん達を(・・・・・・・)見張っていますから、ゆっくりと休んで下さい」

 

 アリーシャの方へくるりと向き直り、優しく布団を掛け直す。

 

 意外と世話好きなようだ。

 

 苦笑しながらライラに感謝を述べ、アリーシャはまた眠りに就く。

 

 

 夢に見た天族との出会いと、素敵な真名を授けられた2日前の出来事を思い出しながら・・・。

 

 

 

 

「従士契約?」

「はい。従士契約とは、天族や穢れの見えない一般人が導師の眷属となることでそれらを認識し、共に戦えるようになる術ですわ」

「そんなことが可能なのですか?!」

 

 ライラの説明に驚くアリーシャ。

 ちなみに今は人気のない所でスレイを介して話している。

 

「では私も・・・」

「お待ち下さい」

 

逸る気持ちで従士契約をお願いしようとするアリーシャをライラが制する。

 

「従士契約には幾つかの問題がありますわ。まず従士は浄化の力が使えず、身体能力が上がるのみ。そのため従士の主な役目は敵の足止めや囮、盾役、浄化可能になるまで弱らせることなど、役目として辛く苦しいものばかりですわ」

 

 ライラは視線を下に落とし、瞳を揺らす。表情は悲しんでいるのか、憂いているのか判別がつかない。

 

「それに従士契約後、数日間は高熱や激痛に見舞われますわ。それでも、行いますか?」

「・・・問題ありません。元よりスレイの後ろでただ控えている気などありません。覚悟の上です」

「・・・・・・わかりました」

 

 アリーシャの固い決意に、ライラは一度目を閉じてから、揺れる気持ちを振り切るかのようにしっかりと目を見開いた。

 

 

「では従士契約の前に、まずスレイさんに真名をつけましょう」

 

 ライラはスレイの正面に向き直る。アリーシャを離したスレイの両手を前に差し出してもらい、優しく握る。

 

「《我より生まれし聖なる苗に息吹を与え、枝葉を伸ばしここに芽吹かん。覚えよ。導師たる汝の真名は・・・・・・『自由な旅人』(シャルテ=リレイテ)》」

 

 ライラが真名を口にした瞬間、スレイの中の霊力が一斉にざわめき体中を駆け巡る。

 勢い余った霊力の一部が光となってスレイから溢れ出し、空中へと散り消えていった。

 

「スレイ、大丈夫か?」

「・・・大丈夫。だけど、なんだか物凄かった」

 

 心配したミクリオが声をかける。

 スレイはまだ少し呆けた顔をしていたが、手を閉じたり開いたりして体を確かめていた。

 

「これで、あとはスレイさん次第で神依を使えるようになりますわ。わたくしのつけた真名は気に入りましたか?」

「ああ、すごく良いと思う!」

「確かに、これからのスレイにはピッタリかも知れないね」

 

 スレイの喜びようを見て、ライラも嬉しそうに微笑む。

 

「そして完全な神依に必要なわたくしの真名ですが、スレイさんの道を切り開く剣、『想い焦がす情熱』(リュケーネウロ=アメイマ)ですわ。共に平和な世界のために頑張りましょう」

 

 

 

 

 

「さあ、次はアリーシャさんの番ですわ」

「アリーシャ、今から従士契約をするって」

「あ、ああ!」

「ではスレイさん、アリーシャさんの両手を輪になるように握って下さい。わたくしの詠唱に続いてアリーシャさんに真名をつけてあげて下さい」

「・・・わかった」

 

 アリーシャに声をかけ、ライラの指示通りに手を握るスレイ。

 緊張した面持ちでアリーシャは目を閉じ、じっと待つ。

 ライラは2人の肩に手を置き、目を閉じ気を静める。

 

「では始めます。《導師に宿りし聖なる枝樹に新たなる芽いずる。覚えよ。従士たる汝の真名は・・・》」

「・・・《『咲き誇る笑顔』(マオクス=アメッカ)》」

 

 スレイが真名を口にするとスレイからアリーシャへ光が流れ込む。 今まで感じたことのない感触に戸惑うアリーシャ。しかし、

 

「アリーシャさん、大丈夫ですわ。怖がらずに受け入れて下さい」

「は、はい!」

 

 ライラに怖がらなくて良いと言われ、意を決して身を任せることにする。

 

 スレイから小さな光の塊ようなものが流れ込む。

 

 従士になるには導師に宿る御霊(オーブ)のごく一部を分けてもらい、それによって従士として覚醒するのだ。

 

 その御霊の一部が霊力を生み出しアリーシャの体内を巡る。

 

 体内を巡るものに暖かさを感じるアリーシャだがしかし、自分の体に合っていないようなザラつく違和感が残った。

 

「従士契約は無事終わりましたわ。目を開けて下さい」

 

 ライラに促され、恐る恐る目を開けるアリーシャ。

 そこにはスレイの他に、今まで見たことのない神秘的な装いをした男女がアリーシャを見つめていた。

 

「あなた方が、ライラ様に、ミクリオ様・・・?」

「初めまして、と言うべきでしょうか。わたくしがライラですわ」

「僕がミクリオだ。声でわかると思うけどね」

「はいっ!初めまして・・・、お会い出来て光栄ですっ・・・!」

 

 涙ぐみながらも顔全体で喜びを表すアリーシャ。

 そんなアリーシャを3人は微笑ましそうに見ている。

 

「それにしてもスレイ、先程の『マオクス=アメッカ』とはどんな意味なんだ?」

 

 涙を拭いながらスレイに尋ねる。

 その問いかけに、ライラは口元に手を当ててニコニコとし、ミクリオはニヤニヤとスレイをからかうように見ていた。

 

 スレイは頬を掻き、照れたように視線をずらしながら言う。

 

「その、『咲き誇る笑顔』・・・。今のアリーシャみたいな、花が咲いたような笑顔を想像して、つけたんだ・・・」

「ここはもっとビシッと言うべきじゃないのか?」

「ですわね~」

「う、うっせー!」

 

 茶化す天族2人。照れ隠しなのか、2人に声を上げるスレイ。

 

「・・・嬉しい」

「う、うん・・・」

 

 頬を染め、下を向きながらも感想を伝えるアリーシャ。

 たった一言だが、言い表しきれない沢山の想いがそこに詰まっていた。

 

 言葉を発しにくい気まずい沈黙が場を包む。

 

「あ、あのっ!天族様!失礼は重々承知ですが、触れても構わないでしょうか!?」

「え、ええ!勿論ですわ。ふふっ」

 

 無理矢理沈黙を壊そうと、アリーシャが慌ててお願いする。

 驚きはしたものの、アリーシャが天族に会うことを夢見ていたとわかっているライラはそれを承諾する。 差し出される手におずおずと触れる。

 そしてぱぁっと顔を綻ばせるアリーシャ。

 まるではしゃぐ子供のようだ。

 

 スレイに背中を押され、ミクリオもアリーシャの前に行く。

 ライラに倣ってミクリオも手を差し出そうとしたところで、ふらり、とアリーシャが抱きついて来た。

 

「ちょっ!?ああアリーシャッ?!」

「ミクリオ様・・・。申し訳、ありません・・・。私・・・」

 

 アリーシャの突然の行動に慌てふためくミクリオ。

 首にかかる熱い吐息、頬を赤くした潤んだ瞳に、ミクリオは熱に浮かされそうになる。

 

「ああアリーシャ、嬉しい気持ちは分かるっ!だだが少し大胆過ぎるんじゃないかと・・・」

 

 ミクリオが言い終わる前に、ライラに頭をペシンと叩かれる。

 

「何お馬鹿なことを言っているんです!先程言った高熱が始まったのですわ。早く安静にしてあげなければいけませんわ」

「あ、ああ・・・」

 

 ライラに怒られ、スレイがアリーシャを背負い安静に出来る場所へと移動する。

 

 このあとミクリオは先程の醜態をスレイに存分にからかわれたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 その翌日。

 アリーシャの体調不良で出発は延期になる予定だったが、アリーシャが目を覚まし、自分の我が儘でこうなったのだからと半ば強行に出発した。

 セキレイの羽の面々はアリーシャの容態を心配そうにしていたが、熱と痛みを抑え込んで必死に頼むアリーシャに根負けして、少しでも悪化したら引き返すという条件で了承した。

 

 ちなみに、ぐったりとしたアリーシャを連れてきたスレイは、ロゼから無理矢理連れてきたと思われ再会してすぐに理不尽な平手打ちを食らっていた。

 




次は来週金曜日を予定しています。


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7.商人娘と風の守護神

2016/4/9
 改行を修正しました。


 なだらかな山々が見渡す限り連なるフォルクエン丘陵。

 普段ならば緑生い茂り、生き生きとした動植物達に足を止める旅人も多いだろう。

 

 だが今この場所で馬車を守る彼らには、そんな景色を楽しむほどの余裕は微塵もなかった。

 

「くそっ、数が多い上にやりにくい!」

 

 スレイは馬車の屋根上で右手に儀礼剣を構え、愚痴を零す。

 

 時間は昼を過ぎた辺りのことだった。

 

 このまま今日も何事もなく進めると思っていた矢先、突然鳥型の魔物、イーグルがスレイ達に襲いかかってきたのだ。

 

 甲高い声で鳴き、鋭い鉤爪をスレイ達に向けながら迫ってくるイーグル。

 

 スレイの後ろからも、その体を引き裂かんと特攻してくる。

 

 御霊(オーブ)によりアリーシャと同じく身体能力が上がっているスレイは難なくかわし、振り向き様にイーグルを切り裂いた。

 

 今回は上手く敵を殺すことが出来たが、先程からヒット&アウェイを繰り返すイーグルに、攻撃のリーチが短いスレイは攻め倦ねていた。

 

「ミクリオ!何とかこいつらを撃ち落とせないか!?」

「さっきからやろうとしているが駄目だ!全て避けられる!」

 

 水の天響術を放つも、イーグルは嘲笑うかのようにヒラリヒラリとかわしていく。

 そしてスレイよりも弱いと判断したミクリオに狙いを定め、特攻するイーグル。

 

「まずいっ!ミクリオッ!」

「ッ!?」

 

 スレイが叫び、ミクリオのもとへ行こうとするがもう間に合わない。

 

 鉤爪が間近に迫りミクリオを切り裂かんとしたその時、先端が尖った振り子、ペンデュラムがイーグルの胸を貫き絶命させた。

 

「全く・・・。世話を焼かすな」

 

 帽子を目深に被った黒服の男が、愚痴を零しながらもミクリオを助けたのだった。

 

 

 マーリンドへ出発する当日、レディレイク前で会った黒服の天族、デゼルと再会した。

 

 デゼルはセキレイの羽に同行している天族だったのだ。

 その理由として、彼らを護るように頼まれたとだけスレイ達に教えた。

 

「これじゃ先が思いやられるな・・・。導師!俺がこのウザい鳥共を片付ける!お前はこの道の先の憑魔をやれ(・・・・・・・・・・・)!」

 

 デゼルに指示され、スレイは走る馬車のその先を見る。

 まだ距離があるため豆粒程にしか確認出来ないが、見間違いようもない黒い靄はよく見ることが出来た。

 

 

「オイお前、今から俺がどうこいつらを倒すのか、しっかり見ておけ」

「僕はミクリオだ、お前じゃない!」

「どっちでも良い。足手まといになりたくなければ見ておけ」

「・・・ッ!」

 

 

 足手まとい。

 その言葉がミクリオに二の句を接げさせなくさせる。

 

 今はスレイも導師となったばかりであるため自分と同じく弱いが、スレイには伸びしろがあり自分にはそれがない。

 

 近い将来かけ離れていくであろう実力差を思うと、暗い嫉妬が湧き出てきそうだった。

 

 

 そんな気持ちを無理矢理振り払い、今はデゼルの戦い方を観察することに専念する。

 

 

 デゼルは風の天響術を纏ったペンデュラムを自在に操りイーグルへと仕掛ける。

 しかしイーグルへと伸びたペンデュラムは、僅かに方向がズレていた。

 

「・・・攻撃が当たってないじゃないか」

「良いんだ。これは誘導(・・)しているだけだ」

 

 ミクリオを見もせずヒュンヒュンとペンデュラムを操るデゼル。

 

 やがてミクリオも気付いた。

 イーグルがペンデュラムを避けようとして、デゼルから一直線になるように仕向けられていたのだ。

 

「あいつらは獣だ。威力の関係無しに何でも避ける。だからこそ誘導してやればこの通りだ。そして・・・《贄を貫け!ウインドランス!》」

 

 デゼルの詠唱により風の刃が打ち出されイーグルへと向かってゆく。  当然イーグルは避けようとするが、ペンデュラムが邪魔をする。

 イーグルはデゼルのウインドランスを真正面から受け、全て八つ裂きにされ地に墜ちていった。

 

 

 

 

 一方その頃、スレイは疾走してくる憑魔、ハウンドドッグを待ち構えていた。

 

「あっちは大丈夫そうだな。俺も負けてられないな」

 

 ハウンドドッグのスピードはとても速く、ぐんぐんと近付いて来る。

 

 そしてそのスピードを維持したまま、スレイへと襲いかかってきた。

 

 

 引きそうになる体をぐっとこらえ、敢えて一歩踏み出す。

 

「天滝波ッ!!」

 

 

 がら空きとなっていた腹へ、霊力を纏った儀礼剣を一気に切り上げる。

 大きく切り開かれた腹から霊力が毒のように体中にまわり、悲痛な叫びを上げながら崩れ去り霧散した。

 

「ふう。よしよーし、もう大丈夫・・・あっ」

 

 スレイによって穢れを浄化された犬が目を覚ます。

 そしてスレイに気づくとすぐ、一目散に逃げてしまった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 夜。

 

「いやー、昼間は大変だったね。普段はあんなに魔物は寄って来ない筈なんだけどね」

「もっと力をつけないとって痛感したよ」

「最初にしては上出来だって!でもあの泥んこ少年がたった数日でこんなにも出世するなんてね~」

 

 スレイとセキレイの羽一行は見晴らしの良い場所で火をおこし、交代で見張りをしながら夜営をしていた。

 

「俺も導師には憧れてたけど、まさか自分がなるとは思ってなかったよ」

 

 スレイは火に薪をくべながら思ったことを口にする。

 今はスレイとロゼが見張りを担当していた。

 

「やっぱり、国から沢山支援金を貰ってるんでしょ?」

 

 指を輪っかにしてガルドを表現し、にひひといやらしい笑みを作る。

 勿論本人は冗談でやっている。

 

「うっわ、悪そうな顔。確かに貰ったけど、俺だって今度はそう簡単には騙されないぞ!」

 

 実際、殆どお金に縁のなかったスレイでも多いとわかる程の支援金を渡されていた。

 

 他にも体力回復のためのグミやボトル等のアイテム、旅のための道具一式、更にはハイランド王国領の手形や現地で融通してもらうための書状まで用意されていた。

 

 そしてもう1つ、導師の伝承に倣って、白を基調としたマントも渡されていた。

 

 今スレイは元々着ていた青い服の上に、そのマントを着ている。

 スレイとしてはアリーシャから結局貰った騎士服の方が良かったのだがマントに似合わず、また旅に向かないということでアリーシャ専属のメイド、クロエに預けることとなった。

 

「いやあたし騙してないし!ちょっとからかっただけじゃん!・・・まあ、自分で騙されないって言ってる人間程危ないんだけどねー」

 

 スレイの言葉を否定したあと、敢えてスレイに聞こえる程度の小声で独り言を呟く。

 

「どういうこと?警戒してる分、騙されにくいんじゃないか?」

 

 案の定、スレイは小声を聞き逃せず聞いてしまう。

 

「多分スレイってさ、今売られている物の価値を全然知らないでしょ?」「うん。正直全くわからない」

 

 困ったように笑うスレイ。

 

「例えばスレイがグレープグミを欲しかったとして、今売ってるのが3千ガルド。だけど適正価格は2千ガルド。お金は国持ち。さてどっちを買う?」

「うーん・・・。お金を気にしないで良いならその場で買うかな。わざわざ他を探してまで2千ガルドで買う必要もないし」

 

 スレイが選んだ方を聞いて、ロゼはうむうむと頷き満足そうにする。

 

「まあ当然そうするよね~。でももしもっと高い買い物で、売る側が不当に値段を釣り上げていたら?適正価格が分からず、懐も別に痛まなかったら?」

「買う・・・かも」

 

 スレイが眉間に皺を寄せながらも肯定する。

 

「でしょ?それでカモと思われたら気づかずにお金をふんだくられるから気を付けなよって話!」

「なるほどなー。ロゼと話してると本当勉強になるよ!」

「うむうむ。それは良かった!ではスレイ君、今の話の授業料をば!」

 

 両手を擦り合わせ、にひひとまたいやらしい笑みを作ってお金をせびるロゼ。

 勿論これも冗談である筈である。

 

「うわ、ロゼ悪どい。・・・はっ!もしかして今までの話、全部ロゼが実際にした売り方なんじゃ・・・」

「そんなことするかっつうの!!あたしは真っさらな商人掲げてるんだから!どんだけあたしのイメージ悪いんだか!」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ねえ、話は変わるんだけどさ。スレイって見えない何かを連れてるの?」

 

 ロゼの真剣味を帯びた問いにスレイはギクッとなる。

 

「えっと・・・、どうしてそんなことを聞くんだ?」

「どうしてって、そりゃ何も無いところから水鉄砲が魔物を攻撃してたらそう思うでしょ」

 

 

 確かに、スレイ1人では魔物を捌ききれず、ミクリオが天響術で魔物を牽制していた時はあった。

 スレイは何と言えば良いか頭を悩ませ、押し黙ってしまう。

 

 

 ちなみに今ライラはアリーシャの傍におり、ミクリオは少し疲れたと言ってスレイの体の中で休んでいる。

 今までイズチの里では、ミクリオ達天族は人間と同じようにベッドの上で寝ていたが、スレイのような特殊な人間がいれば、その肉体に宿って休むことが可能だ。

 

 

 スレイの態度で聞かれたくない話だと勘違いしたロゼが先に口を開く。

 

「あー、ごめん。あたしの聞き方が悪かった。実はもう知ってると思うけど、あたし達セキレイの羽には風の守護神様がついてるんだ」

「風の守護神様?」

 

 

 スレイはチラリと、馬車に背を預けて腕組みをしているデゼルを見やる。

 

「あ、今そっちにいるんだ。それでその風の守護神様も風を操るから、スレイの見えない仲間も同じなのかなーっと思ってさ」

 

 再度ごめんね、と苦笑いしながら話題を終わらせようとするロゼ。

 

 ロゼの正直な態度に、スレイも黙るのを止めることにした。

 

「・・・天族っていうんだ」

「ん?」

「見えない仲間達のこと。ロゼ達を守ってる天族はデゼルって名前だってさ」

 

 スレイが何を言っているのか理解し、ロゼは目を見開く。

 そして嬉しそうにそっかぁ、天族のデゼルかぁ、と呟いている。

 

 デゼルのいる方向へと振り向いた。そしてデゼルへ、笑顔で一言。

 

「天族のデゼル様っ!いつも守ってくれてありがとっ!」

「・・・・・・フン」

 

 返事らしい返事をせず、黒い帽子を深く被り直してそっぽを向くデゼル。

 

 ロゼにそんなデゼルの様子が判る訳もないが、ロゼは満足そうにしていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「これは、そんな・・・」

 

 朝方復調したアリーシャは、特にライラやセキレイの羽、そしてスレイと共に馬車を護衛していたデゼルに感謝の意を伝え、スレイと共に護衛としての任務を果たしていた。

 そして昼頃、あと少しでマーリンドへ到着するという時に、目の前の光景に絶句してしまった。

 

 なだらかな山々が並ぶフォルクエン丘陵、その隙間とも言うべき道の先に、今も疫病で苦しめられている町、マーリンドがある。

 

しかし今その道は、大量の土砂によって全く通行出来ない状態となっていた。

 

「刻一刻を争うという時に、これでは物資の輸送も救助も何も出来ないではないか・・・!」

 

 茫然し途方に暮れるとするアリーシャ。

 セキレイの羽も戸惑っている。

 

「これは・・・、他に何か手はないのか?!」

「・・・地の天族の力を借りましょう」

 

 スレイの悔しそうな叫びに、ライラが静かに応える。

 

「地の天族?」

「はい。ここより西にある霊峰レイフォルクに、1人で住んでいる筈ですわ。彼女の力でこの土砂をどかしてもらうのは如何でしょう?」

「・・・うん、そうしよう。それが良いと思う。アリーシャもそれで良い?」

「ああ!霊峰レイフォルクなら、馬で行けばそこまで遠くはない。ライラ様、ありがとうございます!」

「いえいえ」

 

 ライラの提案にスレイ達は決断しそれに乗る。

 

 そうと決まれば善は急げ、セキレイの羽にもそのことを伝え準備を始める。

 

 スレイの突飛な話に多少驚いていたものの、やはりデゼルのことがあってか、比較的すんなり受け入れられた。

 ロゼもフォローに回ってくれたことも大きかった。

 

 セキレイの羽はここに留まり、スレイ達は出来るだけ速く地の天族を連れて来ることで合意した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「待て」

 

 早速霊峰レイフォルクへ出発しようとしていたスレイ達を、呼び止める者がいた。

 

「デゼル?どうしたんだ?」

「俺も行く」

「え?でもロゼ達の所にいなくていいのか?」

 

 チラリとロゼ達の方に視線を向けるスレイ。

 

「風の力で周辺を調べたが、昨日の憑魔のような導師なしでは厄介な奴はいなかった。なら俺の力で移動を速めて、とっとと地の天族を連れて来る方が効率が良い」

 

 そうスレイに進言してくるデゼル。

 

 風の天族は空気そのものやその流れを操ることが出来る。

 マーリンドの状況もよくわからない今、スレイが断る理由は見当たらなかった。

 

 エギーユから馬も一頭借りる。

 

 ライラとミクリオは、移動中はスレイの体に宿ってもらうことになった。

 デゼルも己を光球に変えてスレイに宿る。

 

 スレイは乗馬をしたことがないため、アリーシャに手綱を握ってもらう。

 

『いくぞ。《クイックネス!》』

 

 デゼルはスレイとアリーシャが馬に乗ったのを見計らい、風の天響術をかける。

 馬はデゼルの風に慣れているのか、平気そうにしていた。

 

 

 目指すは霊峰レイフォルク。

 そこで地の天族の協力を得ることだ。

 




※今回から文章に区切りをつけてみました。

 次話投稿は来週金曜日の予定です。
 そのあと以降の展開を調整したいので、申し訳ありませんが期間が空くと思います。


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番外編その2.設定紹介

2016/5/10
 穢れと憑魔の項目がわかりにくいためそれぞれ分けました。
 天族の項目で幽霊や精霊に近いと書きましたが、テイルズ世界の精霊と混同されるのを防ぐため妖精と変更しました。
 導師の項目で祈祷師と書きましたが、祓っているので退魔士に変更しました。



 原作とはいくつか違いがあるので、出てきた設定をまとめておこうと思います。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

・『天族』

名字無し。普通の人間からは見えず聞こえず、触れることも出来ない。

 

天族からも生物に触れることが出来ないが、無生物には触れることが出来る。

 

霊力と呼ばれる浄化の力を使い、物の霊体化(不可視化)や少量の物品収納、そして霊力を昇華させた術、天響術を使う。

 

 スレイのような、天族を認識出来る人間の肉体に宿り休息することが出来る。

 形態としては、人型、光球型、神器型(100歳以上)になれる。 なお、人型の外見はその天族の精神に影響される。

(原作では神霊、天使の位置付けだったが、この作品では幽霊や妖精が近い)

 

 

・『導師』

 混沌とした世に現れ世界各地の異変を突き止め、鎮めて世界を平和にすると伝えられている救世主。

 その実態は多くの異変の中心となっているであろう穢れを浄化し殺す、いわゆる実戦型退魔士。

 

 天族や穢れが見え、主神により得た御霊(オーブ)から生み出される霊力を用いて天族や従士と共に穢れに立ち向かう。

 

 

・『従士』

 天族や穢れの見えない一般人が導師より御霊の一部を譲り受けることで身体能力が向上し、天族や穢れを認識出来るようになった人間。

 浄化の力は持っていないため導師の補佐が基本。

 

 

・『憑魔』

 生物無生物問わず憑依して、魔物に似た怪物へと変異した姿。

 憑魔となると体から黒い靄を発生する。

 

 

・『穢れ』

 生物無生物問わずとり憑く霊的な生命体。

(原作では罪悪感を初めとした負の心が具現化したものとなっているが、この作品では悪霊をイメージしている)

 

 

・『御霊(オーブ)

 300年以上時を経た天族が作り出すことが出来る、意志を持たない自身の分身。または霊力生成器。

 

 この御霊を天族が認識出来る人間に宿すことで導師となる。

 また道具に宿すことでその属性の天響術が使えるようになる。

(原作なし。この作品の独自設定)

 

 

・『神依』

 大量の霊力を消費することで一時的に導師の存在を上げ、強大な力を得る導師の切り札。

 神器化した天族と組むことで敵を殲滅させることが出来る。

 

 その攻撃は導師の意志によって対象を自在に選ぶことが出来る。

 使用時間は10分程度。

(原作では導師と天族が融合した状態となっており、時間は無制限)

 

 

・『天遺見聞録』

 著者不明の書物。内容は世界各地の場所の紹介や伝承、見えなくとも存在する天族やドラゴンなどを記したもの。

 

 

・『ドラゴン』

天遺見聞録に記された伝承の一つ。本では実際にいる前提の内容となっているが、一般には信じられていない。



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8.偽りの試練

 エドナ回が思ったより長くなってしまいました。
 中途半端になってしまってすみません。


 ライラの一人称を私→わたくしに変更しました。
 近日中に以前の一人称も修正しようと思います。

2016/4/9
 改行を修正しました。
 リスク→危険に変更しました。


 霊峰レイフォルクの登山口へと辿り着いたスレイ一行。馬を木に繋ぎ止め、そこで改めて頂上を見上げる。

 

 遠近感が麻痺する程の山の巨大さと、訪れるものを拒絶するかのような切り立った岩肌の荒々しさに、スレイ達は完全に圧倒されていた。

 

 

「すっごい山だなー、霊峰レイフォルクって」

「自然の偉大さを感じさせられるね」

 

 このような荒々しい山を初めて間近で見る少年2人は興味深そうに見上げている。

 

「霊峰レイフォルクは、ハイランドでも随一の高さを誇る山なのです。そして八天竜に数えられるドラゴンが棲んでいると言い伝えられている場所でもありますね」

 

 アリーシャがスレイとミクリオへ簡単に説明する。

 それを聞いてスレイは目を爛々と輝かせる。

 

 

 八天竜とは、天遺見聞録に載っている竜伝説のことだ。

 いわく、世界の何処かで眠る八天竜を決して起こしてはならない。

 一度目を覚ませば、世界は再び死と混沌に包まれるだろう、と。

 

 

「ここにあの伝説のドラゴンが・・・。なあなあミクリオッ!もしドラゴンに出会ったらどうするっ!?」

「いや出会ったら食べられて終わりだろ・・・。馬鹿なこと言ってないで正気に戻ってくれ・・・」

 

 いつの間にか冒険モードへと移行しているスレイに呆れるミクリオ。

 かく言うミクリオも、内心期待していたりもしていたが、はしゃぐ親友を見て頭が多少冷えた。

 

「本当にこんな場所に地の天族がいるのか?」

 

 デゼルが地の天族の存在を訝しむ。

 

「そ、その筈ですわ。・・・・・・大体200年程前には確実に」

「流石にその情報は古過ぎだろう・・・」

 

 ライラの危うい情報にミクリオはげんなりする。

 

「流石は天族様。やはり人とはスケールが違うのですね」

「アリーシャ。確かに天族は人間より寿命は長いが、天然天族(ライラ)を基準にするのだけはやめてくれ」

 

 溜め息を吐き頭を痛めるミクリオ。

 

「苦労しそうな導師一行(パーティー)だな。というかお前、心労で禿げるぞ」

「天族が禿げる訳ないだろう!!」

 

 当然だが完全に他人事なデゼルに、即座に反応しツッコミを入れるミクリオ。

 

 イズチに居た頃に比べ、彼の気苦労が増えているのは気のせいではないだろう。

 

 

『あなた達。漫才をしに来たのなら、迷惑だから余所でやってちょうだい』

 

 そこに突如、スレイ達に対して皮肉げに言葉を投げかける声が辺りに響き渡る。

 黄色い光球が山から舞い降り、すぐに人の姿に変わる。

 目の前に現れたのは、傘を挿したあどけない少女だった。

 手袋を右手だけにはめて傘を支え持ち、緑のリボンで結んだサイドテールの髪を静かに揺らしている。

 

 

「エドナさん!・・・ですわよね?」

「なんで疑問形?ていうかもしかしてこの子が?」

 

 疑問符を浮かべるライラに、スレイが尋ねる。

 

「あ、はい。わたくし達が探していた天族の方だと思います(・・・・)わ。ですが、以前の記憶より幼くなっている気がしまして・・・」

 

 困惑しながらもスレイの疑問に答えるライラ。

 

「あっ!わかりましたわ!貴方エドナさんの娘さんですわね?」

「天族を外見で判断するとか馬鹿じゃないの?幼く見えるのは、単にあなたが大きくなっただけでしょ。一番最初に会った時はあなた子供サイズだったじゃない」

 

 自信満々で断言したライラを、この少女、エドナはバッサリと切り捨てる。

 

 ライラは恥ずかしさで顔を赤らめ、ついでに馬鹿にされちょっと涙目である。

 

「どうせ、導師に夢中で忘れたんでしょ。あの時あなた相当色ボケてたものね」

 

 冷めた瞳をしているものの、口元をニヤつかせてエドナは以前のライラを暴露する。

 

「ちょっ!?エドナさん、しーっ!!しーっですわ!!わたくしの清楚なイメージが崩れてしまいますわ!」

「はあ?」

 

 手をパタパタと振って慌て、次に口元に指を添えるライラに思わず声を出してエドナは呆れてしまう。

 

 ちなみにこの場で、ライラに対して清楚なイメージを持っているのはアリーシャのみである。

 

 天族で湖の乙女、そして自分を付きっきりで看病していてくれたライラのイメージは、この程度では揺らぐことはなかった。

 

 

「まあいいわ。それで、わたしに何の用かしら?」

「実は・・・」

 

 スレイはマーリンドの現状と、道が土砂に埋まってしまい通行出来ないことをエドナに説明する。

 

「・・・なるほど。その土砂をわたしにどかして欲しいってことね」

「事態は刻一刻を争うのです。どうか私達に力をお貸し下さい、エドナ様」

「・・・あなた人間よね?まさか従士なの?」

 

 アリーシャの切実な訴えに、一瞬だけエドナの眉間に皺が寄る。

 

 それには答えず、エドナはアリーシャについて尋ねる。

 

「は、はい!この度導師スレイに従士とさせて頂きました、アリーシャ・ディフダと申します」

 

 突然のことに困惑するも、アリーシャは淀みなく答える。

 

「・・・主神(ライラ)から説明は受けていると思うけど、危険は承知の上(・・・・・・・)なのよね?」

「はい。危険は承知の上(・・・・・・・)です」

「・・・?まあいいわ。それで、土砂の件だったわね」

 

 アリーシャの受け答えに違和感を覚えるも、エドナは特に興味も無いため話を切り上げた。

 

「は、はい!どうか力を・・・」

「嫌よ」

 

 アリーシャの言葉を切り捨てるように、否定の言葉を被せるエドナ。

 

「そんな・・・」

 

 天族であるエドナに否定され、アリーシャはショックを受けてしまう。

 

「別に良いじゃないか!地の天族なら土砂くらい余裕だろう?」

 

 エドナの態度とアリーシャに見かねてミクリオも口を挟む。

 

「ええ、余裕ね。でもわたしは人間に協力するのは嫌。人間は嫌い。もう関わりたくないの」

 

 明確な拒絶に、思わずミクリオも黙ってしまう。

 

「おいテメェ、我が儘もいい加減にしろ」

 

 セキレイの羽の事を気にしているのだろう、デゼルも声を荒げてエドナを睨みつける。

 

 だがエドナはそんなものどこ吹く風と、相手にもしない。

 

「エドナさん頼む!本当に土砂をどかすだけで構わないから!」

「さん付けなんてしなくていいわ。媚びても変わらないから」

 

 スレイも頼み込むがエドナは頷こうとはしない。

 それでも尚スレイは諦めずに頼み込む。

 

「エドナ、お願いします!」

「嫌よ」

「お願いします!」

「嫌」

「お願いします!!」

「嫌だって言ってるでしょ鬱陶しい」

「お願いします!!」

「い・や」

「お願いします!!出来ることなら何でもするから!」

 

 スレイの最後の言葉に、いい加減飽き飽きしていたエドナがピクリと反応する。

 

「はあ。・・・わかったわ」

 

 少しの沈黙の後、諦めたように溜め息を吐いてみせるエドナ。

 

「え!?じゃあ・・・」

「勘違いしないで。これからわたしがあなたに試練を課すわ。それに合格出来たら、しょうがないから協力してあげる」

 

 後ろ手に手を組んで、さあどうする?と薄い笑みを浮かべてスレイを窺うエドナ。

 

「・・・わかった。その試練を受けるよ」

「フフッ、決まりね」

 

 エドナは目を細めて笑みを深くする。

 

「それで、何をすれば良い?」

「焦らないで。試練と言っても難しいことじゃないわ。この山頂に咲いている、白い花を摘んできてもらいたいの」

 

 エドナはレイフォルクの山頂を指し示す。

 

「花?」

「ええ。そこにお墓が祀ってあるでしょ?それに供えるための花よ」

 

 見れば登山口の脇には、祠のような石が鎮座してあった。

 台座の上には(しお)れかけた花が供えられている。

 

「レイフォルクは見ての通りの切り立った山よ。足を踏み外したら死ぬから気をつけなさい」

 

 一応の忠告はしてくれるエドナ。

 

「忠告してくれるなんて、やっぱりエドナは優しいんだな」

「ふざけないで。あなた顔見知りの死体がある家でゆっくり生活出来る?」

「・・・イイエ」

 

優しいと声をかければ毒舌が返ってきたため、スレイも閉口してしまう。

 

「ルールは今日中に花を摘んでくること。それ以外は問わないわ」

 

 簡単でしょ?とニコリと笑って小首を傾げるエドナ。

 とても少女らしく、様になっている。

 

「さあどうぞ、導師様?」

 

 そして挑発的な笑みを浮かべながら道を譲るエドナ。

 

 

 スレイ達は早速頂上へ向けて歩き出す。

 ところが、

 

「あなた達は駄目よ」

 

 エドナは閉じた傘で、ミクリオ、ライラ、デゼルの進行を妨げたのだ。

 

「どうして僕達は駄目なんだ?!僕達もスレイの仲間だ!」

「わたしは試練だと言ったわ。仲間の天族が力を貸すなんて、反則もいいところよ」

 

 ミクリオはエドナにくってかかるが、エドナは試練だからと聞く耳を持たない。

 

「大丈夫だってミクリオ。エドナの言うとおり、花を摘みに行くだけなんだからさ」

「た、確かにそうかもしれないが・・・」

「ミクリオ様。私がスレイを守りますから、どうか安心して下さい」

「・・・・・・わ、わかった」

 

 2人に説得され、渋々ながら諦めるミクリオ。

 

 2人はそのまま険しい山道を登って行ってしまった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 険しい山道をスイスイと登っていくスレイとアリーシャ。

 

 常人ならばほどなくして息を切らし立ち止まる程キツい道のりだが、身体能力が向上している2人には問題にならなかった。

 

「導師や従士の力とは凄まじいものだな。これだけハイペースで歩いても殆ど疲れないなんて」

「本当だよな。俺も体力には自信があった方だけど、こんなに楽に山道を歩けた事なんて無かったし。案外体の作りが変わってたりして」

 

 後ろを歩くアリーシャに振り向きながらスレイは足も止めない。

 警戒を怠っているわけではないが、それ程の余裕があった。

 

「それにしても、なんでエドナはあんなに人間を嫌ってるんだろう?」

 

 スレイは先程のエドナの様子を思い出す。

 

「・・・もしかしたら、エドナ様は以前人間の願いを聞いて、相当嫌な思いをされたのかも知れない。本当に嫌いなだけなら、私達とは話そうともしないんじゃないか?」

 

 アリーシャも先程のエドナを思い出しスレイに考えを述べる。

 アリーシャは、自分が真摯に訴えた時だけ嫌そうにしていたことから、その内容ではなく言葉自体(・・・・)に嫌悪感を持っていたのかもしれないと思ったのだ。

 

「・・・うん、そうかもしれない。もしそうなら、また人間を好きになってもらいたいな」

「ああ、そうだな」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ふう。やっと見えなくなったわね」

 

 スレイとアリーシャが出発して1時間が経った頃、エドナは疲れたように溜め息を漏らした。

 

「おい、約束は守るんだろうな?」

「あなたもしつこいわね。合格すれば、きちんと協力するわよ」

 

 尚も食いついてくるミクリオに対して、しっしっと犬を払うように手を振り嫌そうにするエドナ。

 

「でも安心しましたわ。断られた時はどうしようかと思いましたが、やっぱりエドナさんは優しいんですわね」

 

 ライラは安堵したように微笑む。

 

「優しい?わたしが?・・・フフフッ、どうせ1時間もしないであの子達は花も摘めずに帰ってくる(・・・・・・・・・・・)だろうし、教えてあげる」

 

 ライラの言葉に触発されてかエドナの雰囲気が変わり、言葉に含みを持たせて告げる。

 

「どういうことだ!?まさか花があるなんて嘘なんじゃ・・・!」

「嘘なんて吐いてないわ。花はちゃんと山頂にある。でもね、フフッ、一部の道が完全に崩れてるから、天族以外はまともに通れないのよ」

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「困ったなー、これじゃ先へ進めないな」

 

 その頃、スレイとアリーシャはエドナが故意に隠していた、崩落した道で立ち往生していた。

 

 

「やっぱり試練って言うからには、簡単には行かせてくれないかー」

「そうだな。もしかしたらエドナ様も、私達がここをどう乗り越えるかが見たいのかもしれない」

 

 真面目な顔をして話す2人だが、エドナにそんな意図は全くない。

 

 

 怒り狂って戻ってくると思っていたエドナの誤算は、2人が思った以上に真面目で素直だったことだろう。

 

 おもむろに崩れ落ちた道の下を覗くスレイ。

 

「うっわー、たっか・・・」

 

 覗き込むスレイはその高さに苦笑いし、顔にはビュウビュウと強風が吹き付けてくる。

 

 そしてソロソロと後ずさり、アリーシャへ一言。

 

「よし、アリーシャはここで待ってて。俺が1人で行ってくるからさ」

「は?!」

 

 笑顔を引きつらせてアリーシャに言ってのけるスレイ。

 だがアリーシャも、そんなスレイに納得出来る筈もなく。

 

「い、行くってどうするつもりなんだ!?」

「いや、壁に剣を刺して渡ろうかと・・・」

「君は馬鹿か!?そんなことで渡れる筈がないだろう!!・・・ここは従士として私が跳んで渡る!スレイはここで待っていてくれ!」

「はあっ!?そんな無謀なこと、アリーシャにさせる訳ないだろ!俺が行く!」

「いいや、私だ!!」

「俺だ!!」

 

 自分が山頂へ行くと言い争う2人。

 

 ちなみにここは険しい山道。

 一歩踏み外せば瞬く間に死へと向かう危険地帯である。

 

「仲睦まじいことだな。ならばわたしが送ってやろう(・・・・・・)

「「ッ!?」」

 

 言い争いに夢中になり、つい周囲の警戒を怠っていたスレイとアリーシャ。

 

 その隙にすぐ近くまで来ていた何者かの存在に、気付くことが出来なかった。

 

 咄嗟に声のした方を警戒しようと動く2人だが、何者かを中心に広がる闇に呑まれ、その場所から完全に姿を消し去ってしまったのだった。

 




次回投稿は未定ですが、今月中に投稿する予定です。


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9.守る者、守られる者

お待たせしました!

2016/4/9
 改行を修正しました。


 何者かによって闇に呑まれたスレイとアリーシャ。

 

 気がつくといつの間にか、雲が間近で見られる程高い、見晴らしの良い広い場所で立ち尽くしていた。

 見れば固い荒れた地面の上に、ポツンと小さな花畑や石造りの小屋もある。

 

 2人は警戒しながら辺りを見回す。

 

「アリーシャ無事!?」

「ああ!私は平気だ!だが一体何が・・・」

 

 互いの無事を確認しながらも辺りを見回し警戒する2人。

 

 そして2人は、それ(・・)を見た。

 

「これは・・・、まさか本当にいるなんて・・・」

「ドラゴン・・・!」

 

 2人が、その巨大さ故に見上げなければならない生物。

 そう、黒く、頑強な(うろこ)に身を包んだドラゴンが、この広い一帯の隅で丸まり眠りに就いていたのだ。

 

 

 言葉を失い呆然としていると、どこからともなく先程の声が響き渡る。

 

「フフフ。喜んでもらえたようだな」

 

 幼くも艶めかしい声と共に、1人の少女が姿を現した。

 

 

 濃い紫の髪を2つにまとめ、オレンジ色の花の髪留めで留めている。

 肌は病的に白く、細い指を包む手袋や扇情的にも思える露出の激しい服装により、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 

「・・・君が俺達をここへ?」

「察しが良いな。だが導師よ、せっかく山頂まで転移してやったというのに感謝の1つも無いとは、礼儀がなっていないな」

 

 言葉とは裏腹に、愉快そうにスレイ達を見つめている。

 だが何故だろうか、スレイにはその瞳に生気はあまり感じられなかった。

 

「・・・・・・」

 

 素性も目的も不明な少女に対し、警戒を緩めようとはしないスレイ。

 

「フフン、まあ良い。ドラゴンのもとへ連れてきたのは送るついで(・・・・・)だ」

「・・・何処へ送る気だ?」

 

 含む物言いにスレイが聞き返す。

 

「ドラゴンは冥土の土産。お前達がこれから行くのは、地獄だ!」

 

 そう言い終わるや否や、何処からともなく短杖を出現させる少女。

 それは自分の親友が杖を取り出す時と全く同じであった。

 

「まさか、天族!?」

 

 スレイの驚きに、少女は口元に笑みを浮かべて短杖を振るう。

 

 すると少女の近くにスレイ達を転移させた闇が出現し、そこから3体のハーピーが姿を現したのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「・・・俺は戻る」

 

 デゼルはそう言って踵を返す。

 

「ま、待ってくれデゼル!戻るってセキレイの羽(かれら)の所へか?」

「そうだ。交渉が失敗した以上、ここに留まる意味はない」

 

 デゼルはエドナを睨むがエドナはそっぽを向いている。

 

「デゼルさん、せめてスレイさん達が戻ってくるまで待ってもらえませんか?デゼルさんが居なくなると戻るのが遅くなってしまいますわ」

「断る。生憎導師には興味がない。死ねとは思わないがなんとでもなるだろう。俺が守るのはセキレイの羽(あいつら)のみだ」

 

 ライラの懇願するも、デゼルは聞く耳も持たず一蹴する。

 

「あなたもわたしと同じね」

「・・・なんだと?」

 

 足を踏み出そうとしたデゼルだが、エドナの一言でその足を止める。

 

「そうでしょ?自分の関心が有るもの以外はどうでもいい。さっきわたしが言ったこととまるで同じじゃない」

 

 エドナの皮肉に我慢ならなかったのか、デゼルは向き直り剣呑な雰囲気を漂わせる。

 

 あわや一触即発の事態になるかと思われたが、レイフォルクの頂上より響く戦闘音と鳥のような甲高い声によりそれは免れた。

 

「誰かが山頂で戦っている・・・?まさかスレイ達じゃ・・・!?」

「・・・ッ!」

 

 エドナは頂上で何かが起こっていると察すると、すぐさま地面を蹴りつける。

 すると立っていた地面が突如隆起し、エドナを高く持ち上げたのだ。

 

 ある程度高く上がったところで別の地面に降り立ち、また繰り返す。

 瞬く間にエドナは山を登って行ってしまった。

 

「僕達も向かおう!スレイとアリーシャが心配だ!」

「ええ!デゼルさん、お願い出来ますか?」

「・・・チッ。《クイックネス!》」

 

 ミクリオ達も急いで頂上を目指すことにする。

 デゼルは不満気であったが、先程のエドナとの会話がチラつくのか何も言わずに天響術をかけるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 出現した3体のハーピーは、そのスピードを活かした特攻や鋭く尖った羽を飛ばすなどして襲いかかってきた。

 

「また飛行タイプ・・・!アリーシャ!この憑魔をどうにか撃ち落とせないか?!」

 

 リーチの関係で相性が悪いスレイは、憑魔の攻撃を避けながらアリーシャに訊ねる。

 

「任せてくれ!」

 

 アリーシャはハーピーの羽による攻撃を、身の丈程もある長槍を操り一閃のもとに弾く。

 そして間髪入れずにハーピーへと迫り、気合いと共に鋭い突きを浴びせる。

 

 回避行動を取ったハーピーだが間に合わず、脇腹と翼の一部に攻撃を受けよろめいた。

 

 スレイはその隙を見逃さず、霊力を纏った儀礼剣でトドメを差そうとする。だが、

 

「わたしを忘れてもらっては困るな!」

 

 少女は短杖を振り、いくつもの闇色の球体を出現させる。

 拳大程もあるそれらは一斉にスレイへと襲いかかった。

 

 慌てて回避しようとするスレイだが間に合わない。

 闇の弾はそのままスレイに直撃するかと思いきや、スレイを守るように土壁が現れ難を逃れた。

 

「わたしの家の前で戦闘するなんて、よっぽど痛い目に遭いたいようね」

 

 音も無く地面に着地して少女を睨むエドナ。

 

「ありがとうエドナ!お陰で助かった!」

「別に。ここで気絶でもされたら、わたしの家で看病する羽目になるじゃない。そんなの嫌よ」

 

 相も変わらず毒を吐くエドナに苦笑するスレイ。

 

「以前と見た目が違うけど、あなたサイモンよね?その幸薄そうな顔は見覚えあるわ」

 

 傘の先端を少女、サイモンへ向け言い放つエドナ。

 

「フン。貴様の毒舌は相変わらずだな、エドナ」

 

 若干不機嫌になったのか、鼻を鳴らすサイモン。

 

「この子達をこんな所へ連れてきて、一体どういうつもり?」

「フフフ。なに、殺す前に、是非とも伝説のドラゴンを見せてやりたくてな」

「・・・下らない。聞いて損したわ。寝言は寝て言いなさい!」

 

 もう話す必要はないとばかりにサイモンへと走り出すエドナ。

 その進行を妨げるかのように一体のハーピーが襲いかかるがしかし、

 

「邪魔よ」

 

 ハーピーの真下から土の柱を出現させ激突させる。

 痛みに呻くハーピーの翼を掴み取り、勢いのままにめり込む程(・・・・・)地面に叩きつけた。

 

 そしてエドナは瀕死になったハーピーへ、霊力を込めた拳の一撃を見舞って浄化した。

 

 

 細腕であるエドナが何故このような怪力を発揮出来るのかというと、天族は属性毎に特性を持っているためである。

 地属性のエドナは怪力の特性を持つ。

 

 

 浄化され逃げる鳥を無視してサイモンに目を向けると、彼女は短杖を突き出し詠唱を始めていた。

 ドラゴンの目の辺りを狙って(・・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ!!お兄ちゃんっ!!」

 

 血相を変えて走り出そうとするエドナだが、最後の1体となったハーピーに体当たりされ、吹き飛び地面に手と膝をつく。

 

 エドナが再びサイモンに目を向けると、そこに映ったのは口の端を吊り上げエドナへと矛先を向ける(・・・・・・・・・・・)彼女の姿だった。

 

「《デモンズランス!》」

 

 

 巨大な黒槍が迫る。

 既に天響術を使う余裕も無い。

 

 長年、兄の事を絶望視しながら暮らしていたためか、エドナは足掻くこともせず、既に自分の命を諦めていた。

 

 心に浮かぶのは、人々に翻弄され兄に縛られた、馬鹿な人生だったと思う気持ちのみ。

 

 

 そんなことを思いながら目の前の光景を見つめていると、不意に視界に割って入る者がいた。

 

 立ち塞がるのは、マントをはためかせ両手で儀礼剣を支え持って構える、少年導師スレイ。

 

 アリーシャと協力してハーピーの1体を倒し、続いてエドナに体当たりした個体も切り捨て浄化した後すぐ、エドナが狙われていると知って無我夢中で間に滑りこんだのだ。

 その行動に考えなどまるで無い。

 

 スレイの有り得ない行動に、この場にいる少女3人は目を見開いて驚愕した。

 

 そして黒槍はスレイに激突する。

 

「ぐぅっ・・・!!」

 

 体が引き裂かれそうになりながらも懸命に耐えるスレイ。

 そして少しでも意味があると願って、剣や体に霊力を込め続ける。

 

 耐え続けても一向に威力が衰えない黒槍。

 スレイの体力も限界に近づいていた。

 

 このままスレイが力負けするかと思いきや、思いがけない異変が訪れる。

 

 突然スレイの中の霊力が体から溢れ出る程劇的に増え、スレイは黒槍を押し返し始めたのだ。

 そして気合いと共に剣を振り抜き、黒槍を明後日の方向へ弾き飛ばしたのだった。

 

「あの術に立ち向かうだけでも驚いたが、更に押し返すとはな・・・」

「どうして天族なのに憑魔を従えているのか、聞かせてもらおうか?サイモン」

 

 霊力の輝きを放ったまま、スレイはサイモンに剣を向ける。

 

「・・・さて、な!」

 

 サイモンはとぼけると、自分を中心とした闇を展開してあっという間に消えていった。

 

 

「・・・・・・ふうっ!」

 

 サイモンがここから去ったとわかり、スレイは緊張を解いて大きく息を吐く。

 

 霊力も元に戻ったようである。

 

「2人共、大丈夫だった?」

「・・・・・・大丈夫じゃないっ!」

 

 2人に声をかけるスレイだったが、駆け寄ってきたアリーシャに突然怒鳴られてしまった。

 

「え!?アリーシャ、どこか怪我を・・・」

「違う!!スレイ、君はどうしてあんな無茶ばかりするんだ!?私の時だってそうだった!一歩間違えれば君は死んでいたかもしれないんだぞ!?なのに、どうして・・・っ!」

 

 今にも泣きそうな顔でスレイに訴えるアリーシャ。

 

 エドナを背にして黒槍に耐える彼を見て思い出したのは、聖堂での事件。

 そして、ルナールの凶刃を必死に凌いで自分を守る、意外に大きな彼の背中。

 いつかその背中に風穴が空いてしまうかと思うと、アリーシャは恐くて、胸が締め付けられて仕方なかったのだ。

 

「・・・ごめん、アリーシャ。でも俺はただ守りたかっただけなんだ。今も、アリーシャの時も」

「ッ!・・・もしあの時君が死んでしまっていたら、私は君と関わったことを一生後悔していた。私が君を殺してしまったのだと」

「・・・ッ!」

 

 何も言えなくなるスレイ。

 アリーシャも目を伏せて沈黙し、少し周りを見てくると言って、スレイから逃げるように歩いて行ってしまった。

 

 

「わたしからも言わせてもらうわ」

 

 エドナに声を掛けられびくりと肩を震わせるスレイ。

 

「スレイと言ったかしら?あなた、この試練不合格よ」

「!?でもまだ時間は・・・!」

「途中で道が途切れていたでしょ?実は試練なんて嘘。もっともらしい理由をつけて、帰って欲しかっただけなのよ」

 

 エドナの告白に驚くスレイ。

 エドナは更に続ける。

 

「でもね、本当の試練だったとしても不合格にしたわ。わたしはあなたが嫌い。自分を危険に晒してまで誰かを守るあなたを認めない」

「・・・ッ!!」

「安心しなさい。マーリンドへは行くわ。あそことは全く縁が無い訳じゃないし、一応あなたに命を救ってもらった借りもあるしね」

 

 だがスレイはそれを聞いても浮かない顔をしていた。

 

「・・・?あなたに協力はするって言ったじゃない。もっと嬉しそうにしなさいよ?」

「・・・エドナは、俺が迂闊な行動したから嫌いって言ったんだよな?」

 

 エドナは先程自分が嫌いと言ったから落ち込んでいるのかと内心呆れていたが、一応聞かれたことに答えることにする。

 

「そうね。私欲のままに行動する人間が一番嫌いだけど、自分を犠牲にして他人を助けようとする、後先考えない人間も嫌い。ムカつくわ。それが何?」

 

 

「・・・エドナにまた人を好きになってもらいたかったからさ、もっと考えて行動すれば良かったなって思って」

 

 

 スレイのその言葉に、思わず見開いてスレイを凝視してしまうエドナ。

 

 数秒程見つめていたかと思うと、すぐにくるりと背中を向けてしまった。

 

「・・・・・・・・・・・・そう。それは残念だったわね。あなたのせいでもっと嫌いになったわ」

「・・・・・・そっか」

「ええ」

 

 口元は笑みを浮かべるスレイだったが、目と声には隠しきれない哀しみが宿っていた。

 

 それを知ってか知らずか、エドナは短く答えるのみ。

 

「それじゃわたしは家でマーリンドへ行く準備をしてるから、出発する時に呼んでちょうだい」

 

 スレイに背を向けたまま話すエドナ。

 

「わかった。エドナ、ありがとう」

「・・・どういたしまして。そういえばお礼を言ってなかったわ。こちらこそ、あの時助けてくれてありがとう」

「うん。どういたしまして」

 

 スレイの先程よりは幾分嬉しそうな返事を聞いたエドナは、そのまま自分の住む小さな家へと向かって行った。

 

 家に入り扉を閉める。 だがすぐには動かず、扉にもたれかかってしまう。

 

「・・・馬鹿じゃないの」

 『また(・・)人を好きになって欲しい』と言うスレイの言葉。

 これでは、以前は自分が人を好きだったかのような言い方ではないか。

 

 心に苛立ちが募る。

 エドナの耳には、もっと嫌いになったと言ってしまった後の、スレイの哀しげな声がずっと残って離れなかった。




 エドナの武器が傘なのはわかっていますが、人に似た者を傘で突き刺すというのは嫌に生々しく感じたので却下しました。

 ちなみに天族は個人でも浄化出来ますが、憑魔が強くなればなる程より困難になっていくため導師の協力が必要となります。


次回投稿は来週金曜日を予定しています。



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10.下山、そしてマーリンドへ

最近、少しスランプ気味です。
話が進んできたからでしょうか・・・?

2016/4/9
 改行を修正しました。


 サイモンとの戦いが終わり、程なくしてミクリオ達がデゼルの力を借りてレイフォルクの山頂まで登ってきた。

 

 スレイ達の無事に安堵するミクリオ達だったが、山頂の一角に鎮座しているドラゴンを見て悲鳴を上げる程驚いていた。

 

 下山してマーリンドへ向かうためにエドナを呼びに行ったスレイだったが、少し待ってと言われたため、ミクリオ達と並んで眠っているドラゴンを眺めている。

 

 

「それにしてもおっきいよなぁ、このドラゴン。あの歯なんて俺の頭ぐらい大きいよ」

「噛まれたら痛そうですわね~」

「このドラゴンを見てそんなことが言えるライラを尊敬するよ」

 

 天然なのか本気なのかわからないライラに、呆れるミクリオ。

 

 ちなみにこの場にはアリーシャも戻ってっきている。

 

 チラチラとスレイを気にする素振りを見せるが、何も言わずにいる。

 

 スレイの方も偶に視線をアリーシャへ向けるものの、目が合うと下を向いてしまうため話す切欠が掴めないでいた。

 

 そんな2人に挟まれているミクリオとライラは互いに首を傾げるばかりである。

 

 デゼルはというと、スレイ達とは離れて野鳥や景色を眺めて暇を潰していた。

 

 

「それにしてもこのドラゴン、黒い靄が無いということは魔物なんじゃないか?」

「うーん・・・」

「魔物じゃないわ。どうして黒い靄が無いのか知らないけど、憑魔の筈よ」

 

 スレイ達の疑問に答える声に振り向くと、準備を終えて出てきたエドナが近くにやって来ていた。

 

「・・・何か憑魔だと言える根拠でもあるのか?」

 

 ミクリオはまだ嘘の試練について根に持っていたため、ついエドナに険のある態度をとってしまう。

 

「穢れが入り込んでからドラゴンになるまでを、この目で見たもの」

 

 エドナは気にする風でもなく淡々と答える。

 

「エドナのお兄さん、なんだよね?」

「・・・・・・聞こえてたのね。ええ、私の兄、だった(・・・)わ。今は見ての通りの怪物だけど」

 

 以前の兄を思い出しながらも、現在の兄の姿を見つめるその目は冷めている。

 

「そんな言い方・・・」

「事実よ」

 

 スレイが非難しようとするも、被せるようにばっさりと言い捨てるエドナ。

 

「なら浄化は出来ないのか?憑魔なんだろう?」

 

 ミクリオの当然の疑問に、エドナは自嘲気味に笑う。

 

「馬鹿ね。当然試したわ。その当時の導師が死力を尽くしても、こうして眠らせたまま封印するのがやっとだったのよ」

 

 導師となった者は属性によらない、特別な天響術を使うことが出来るようになる。

 

 その1つが封印の天響術である。

 その効果は数百年ドラゴンを封じておける程絶大なものであったが、代償として導師の命を削ってしまうという大きな欠点のある諸刃の剣であった。

 

 ちなみに、封印の解除は封印を施した導師の力量以上でなければ不可能である。

 

「他に戻す方法が在るんじゃないかと探し回った時期もあったわ。でも駄目だった。もう、諦めるしかないのよ」

 

 諦めてしまった少女に悲しみの表情は浮かばない。

 この長い年月で、そんな気持ちはとうに擦り切れてしまっていたのだ。

 

 

「わたしの話はこれで終わり。早くマーリンドへ行きましょう。一刻を争うんでしょ?」

「・・・わかった。マーリンドへ急ごう」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「行ってきます、お兄ちゃん」

 

 返事はないと知りながらも、眠るドラゴンに声をかけるエドナ。

 

 

 エドナも加わったスレイ一行は急いで下山を開始する。

 天族達の協力もあってか、登りよりもかなりハイスピードで降っていく。

 

 

 移動している間、スレイはライラ達に先程襲ってきた謎の天族であるサイモンや、自身の急な力の上昇について話した。

 

 まずサイモンについてだが、ライラに聞いたところ闇属性の天族ではないかとのことだった。

 

 サイモンが放った天響術は勿論、転移は空間を歪めて闇を作る術を応用したものであり、まず間違いないらしい。

 サイモン自体については、ライラはわからないと答え、また知っている風なエドナは言いたくないの一点張りだった。

 

 

 力の上昇については、スレイの体に霊力が完全に馴染んだ証拠だと言う。

 よって、スレイはようやく完全な神依が可能な段階にまで至ったのだ。

 

 これは導師としてはかなり速い方であり、ライラはスレイには導師としての素質が高いと誉めちぎっていた。

 

 

 登りの半分の時間もかけずに登山口まで到着した一行。

 

 試練は嘘だったことが発覚したわけだが、花を供えたいと思っていたこと自体は本当であったらしく、山頂の花畑で摘んだ花を墓に供えたのだった。

 誰の墓かは教えてもらえなかったが、エドナから墓には大勢の人間が眠っているとだけ教えてもらった。

 

 

「アリーシャ。その、さっきのことなんだけどさ・・・」

 

 

 馬に乗る直前、スレイは意を決してアリーシャに話しかける。

 

 どうして無茶をして助けるのかというアリーシャの嘆きにも似た訴えに対して、未だスレイは答えを出せずにいた。

 それでもスレイはこのままにしておきたくはなかったのだ。

 ところが、

 

「・・・さっきはすまない。あまりのことに少々取り乱してしまった。もう大丈夫だ」

 

 と、手の平を返したように謝られてしまったため、スレイは何も言えなくなってしまった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「う~ん・・・」

 

 時間は日がかなり傾いた夕方頃。

 

 スレイ達を待つセキレイの羽の1人、ロゼはあっちへウロウロ、こっちへウロウロと、目的もなく歩き回っていた。

 

「おいロゼ、少しは落ち着いたらどうだ?スレイ殿とアリーシャ殿下ならきっと大丈夫だ」

「でもさー、ちょっと遅過ぎない?いつも供えてるデゼル様のご飯だって消えてなかったし、きっとスレイ達に同行した筈なのにだよ?」

 

 ロゼを見かねたエギーユが口を出すが、ロゼの不安は晴れない。

 

 ちなみにセキレイの羽では、亡くなった先代の頃から風の守護神、デゼルのご飯を供えている。 かれこれ12年間ずっとだ。

 最初は皆いつの間にか供えた食べ物が消える現象を気味悪かったものの、慣れていってしまった。

 

 

 ある日、消える瞬間を見てやろうとロゼが見張っていたことがあったが、いくら待っても消えはしない。

 

 仕方がないので、一度席を外してすぐ戻ると皿ごと消えている。

 そしてロゼは悔しい想いをすることがままあった。

 

 更に皿は後で綺麗に洗われ、そっと返却されているのだ。

 

 軽くホラーである。

 

 

「きっと山の頂上まで探しに行ってるんだって!ロゼもこっち来てトランプやろうよ!」

「そうだよ。丁度区切りも良いしね。はい、フィルの負け」

「え?あっ!いつの間に?!」

 

 ロゼの1歳年下の双子、トルメとフィルがエギーユと共にトランプに興じている。

 

 そしてあと1人、セキレイの羽のロッシュは空いた時間を利用して、帳簿の整理や備品の確認などをしていた。

 

 強制されている訳ではなく、単にそういうマメな仕事が好きなのだ。

 

 

 騒がしい双子の声を聞きながらまたウロウロし始めたところで、ふとロゼは足を止める。

 

 ロゼの耳に、急速に近づく蹄の音が聞こえてきたのだ。

 

 瞬く間に姿が大きくなっていく。

 

 走る馬に跨って、スレイとアリーシャが戻ってきたのだ。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マーリンドへの道を塞ぐ土砂の前に、エドナが傘を差して佇んでいる。

 スレイはエドナから数歩離れた場所に、その外の面々は更に後ろに控えている。

 

「それじゃエドナ、お願い出来る?」

「はいはい」

 

 スレイに適当に返事をした後、傘を支えていない方の手で目の前の土砂に触れる。

 

 霊力を流し込んで2~3秒もすると手を離して数歩退く。

 

 そしてそれは起こった。

 

 幾つも積み上がっている岩の隙間から砂や泥が川のように流れ出し、地面を這うように脇へと移動していく。 やがて誰かが押し出しているかのように、岩も1人でに転がり出した。

 

 砂や泥と同じように、勝手に脇へと移動していく岩。

 

 

 ものの1分もせずに大量にあった土砂がなくなり、元あった通り道が姿を現したのだった。

 

 

「エドナ様、この度は力を貸して頂き誠に感謝します。これでようやくマーリンドの者達に救援物資を渡すことが出来ます」

 

 後方に控えていたアリーシャがエドナに近づき声をかける。

 

「別に。ただスレイへの借りを返しただけよ」

 

 エドナの態度は素っ気ない。

 だが何を思い付いたのか、一転してエドナは明らかに何かを企んだ、含みのある笑顔をアリーシャに向ける。

 

「ねえアリーシャ。わたしはこんなに頑張ったんだから、1つくらいわたしのお願いを聞いてもらっても良いわよね?」

「は、はい!勿論です!どんなお願いでしょうか?」

 

 アリーシャは天族であるエドナの言葉を断る筈もなく承諾する。

 

「ふふっ、ありがと。そうね、考えておくわ」

 

 エドナはニコリと微笑むのだった。

 

 

「エドナはこれからどうするんだ?俺達はこれから疫病の原因を調査するつもりだけど」

「そうね・・・。とりあえずあなた達と行動を共にするわ。特に行きたい所があるわけでもないし。ああ、今からレイフォルクへ送ってくれても構わないわよ?」

「あはは、ごめん。折りを見て必ず送り届けるからさ」

 

 出来ないとわかっていて、今から帰してくれても良いと言うエドナに対して、スレイは苦笑して答える。

 

 恩人を歩いて帰す訳にもいかないため、現状、ここに留まったもらうしかないのだ。

 

 

 セキレイの羽の面々は今の光景にはかなりの衝撃を受けていた。

 

「これは、たまげたな・・・」

「デゼル様達ってこんな事も出来るんだ・・・」

 

 デゼルのことで不思議な現象に慣れているセキレイの羽も、ここまでとは想像していなかったのだろう。

 皆一様に口を大きく開けている。

 

「スレイ、今のもの凄かったね~!やっぱり地の天族様って、山みたいに大きかったりするの?」

 

 興奮したロゼがスレイへ駆け寄ってきて話しかける。

 恐らくロゼは小山ぐらいの巨人を想像しているのだと見当がつく。

 

「この子失礼ね」

「あはは・・・」

 

 険のある目でロゼを見るエドナに、スレイが苦笑する。

 

 そんなスレイの目線の低さに、ロゼが目を丸くした。

 

「え?地の天族様ってそんなにちっちゃいの?」

「・・・この子埋めて良いかしら?」

「お、落ち着いてって・・・」

 

 目を細くしだしたエドナに、スレイは冷や汗をかきながら(なだ)める。

 

「それではアリーシャ殿下、導師殿。早速マーリンドへ参りましょう」

 

 

 エギーユに促されマーリンドへ足を進めるスレイ達。

 

 だがエドナはライラを捕まえるとそこに留まった。

 今は2人きりである。

 

「エドナさん?わたくし達も早く行かないと・・・」

「さっき、どうしてサイモンのことで嘘を吐いたの?」

 

 エドナの問いにびくりと震えるライラ。

 

「そ、それは、その・・・」

「何?」

 

 狼狽えるライラに、エドナは更に詰め寄る。

 

「・・・こ、頃合いを見計らって少しずつ教えようと思っているからですわ!サイモンさんのことも含めて、衝撃的な真実が多過ぎますから」

「・・・・・・ふうん、そう。まあ好きにすれば?わたしがとやかく言うことじゃないしね。面倒だし」

 

 エドナは納得はしていないものの、もう興味が失せたとばかりに身を翻す。

 

 

 エドナが去った後、ライラは重く長い溜め息を1つ吐いたのだった。

 




 すみません、次回投稿は未定です。


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11.感染者

1ヶ月以上空いてしまいすみません!

※気持ちの悪い描写があるのでご注意下さい。

2016/4/9
 改行を修正しました。


 土砂が取り払われ、元通りとなった道を、スレイとセキレイの羽の一行は黙々と進んでいく。

 

 ここから先は疫病が蔓延る危険な場所。

 皆改めて気を引き締め直したのだ。

 

 後ろに下がって話していたライラとエドナも、ゆっくりと走らせていた馬車に乗るスレイ達に少し遅れて合流する。

 

 マーリンドの門が近付いてくると、見張りと思われるハイランド兵数名がスレイ達に気がついた。

 

「そこの者達、止まれ!この道は土砂でまともに通れなかった筈だが、どうやって来た?」

 

 兵士に呼び止められ、アリーシャが馬車から降りて前へと進み出る。

 スレイや隊長のエギーユも降りてアリーシャの後ろに並ぶ。

 

「道を塞いでいた土砂は今し方取り除かれた。我々は王国からの依頼により、救援物資を届けにきた者達だ。町へ入る許可と、ネイフト町長との面会を希望したい」

 

 一国の姫が来たことに驚く兵士。

 

「ア、アリーシャ殿下!?よ、用件は承知しました。失礼ですが、何か書状などはお持ちでしょうか?」

「ああ、これだ」

 

 エギーユも前に出て、取り出した書状を兵士に手渡す。

 受け取った兵士は、少々お待ちを、という言葉を残して町へと走って行った。

 

「町の様子はどうだ?」

「・・・酷いものです。現在は接触感染による二次被害が進行しています。お気をつけ下さい、アリーシャ殿下」

 

 アリーシャの問いに兵士は顔を下に向け首を横に振るのだった。

 

 

 十数分後、門はゆっくりと開かれた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 町へと入ったスレイ達は、マーリンドのあまりの雰囲気に息を呑む。

 

 既に日も落ちているため、当然だが辺りは暗い。

 しかしながら、それだけでは足りない陰鬱とした空気がそこら中に漂っているのだ。

 立ち並んだ建物は、普段ならばレディレイクとはまた違った赴き溢れる街並みを堪能出来るほど見事なものであるが、今はまるで幽霊が住んでいるのかと思わせるほど、おどろおどろしさを助長させている。

 

 また耳を澄ませばすすり泣く声や苦しみに呻く声が嫌でも耳に入ってくるため、以前の街並みを知っている者が見ればとても同じマーリンドであるとは認識出来ないだろう。

 

 以前は勉学に励む情熱を持った者達と、専門書から雑学書までの沢山の本に溢れた学問の町であったが、現在はその面影は欠片も有りはしなかった。

 

「アリーシャ殿下!マーリンドへようこそおいで下さいました。しかし何故貴女がここに・・・?」

 

 やってきたのは初老の男性、この町の町長ネイフトだ。

 彼は疫病が蔓延しているこの時期に、王族の姫が来たことに戸惑っていた。

 

「それは追々説明します。まずはこちらの物資を運び入れたいのですが・・・」

「おお、そうでしたな。では聖堂の裏手の方へお願いします。この度の援助、深く感謝致します」

「これは国として当然の義務ですから」

 

 馬車を走らせること数分足らずで聖堂の前に到着する。

 ここでスレイ一行は原因を探るため兵士や町長から聞き込みに、セキレイの羽は物資を聖堂の裏手に運び入れた後レディレイクへ戻るため、ここで別れることとなった。

 

 デゼルはセキレイの羽と合流したとき既に、戻る、とだけ告げてスレイ達から離れており、今は馬車の近くで腕を組み佇んでいる。

 

「君達には本当に世話になったな。心から礼を言う」

「お気になさらず。これも仕事ですから」

「そうそう、お金もがっぽり貰いましたしね、っていった~っ!?」

 

 礼を述べるアリーシャにエギーユとロゼが応える。

 ついでに、要らないことを口走るロゼの頭にエギーユの容赦ない拳骨が落ちた。

 

「う~、いたた。・・・それじゃまあスレイ、あたしらは物資を届けたらレディレイクに戻るから、またね」

「あはは・・・。わかった、道中気を付けて」

「はいよ。スレイも感染には十分気を付けなよ?」

 

 頭をさすって痛がるロゼに苦笑しながら、互いにこれからの無事を祈って忠告しあう。

 

 そしてスレイ一行はセキレイの羽と別れたのだった。

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「導師様、ですか・・・」

 

 マーリンドの町長ネイフトは、王族の者がいる手前ため息こそ吐きはしなかったが、やや失望を滲ませながら唸っていた。

 だがそれも無理はない。ネイフトとしては原因を究明するにあたって医師やその方面の研究者を何名か寄越してもらえるかと思いきや、来たのは昔話の導師を名乗る少年と王国の姫であり、とてもではないが原因を明らかに出来るとは思えない。

 

 本物の姫であるアリーシャでなければすぐにでも追い出していたかもしれない。それほどまでにこのマーリンドは困窮を極めていた。

 

「我々が頼りないことは理解しています。ですが現状は日に日に悪化するばかり。ならば別の見方で原因を探ることも必要ではないかと思うのです」

「ネイフトさん、俺達が必ず原因を突き止めます。信じて下さい!」

「ううむ・・・・・・。まあ、良いでしょう。確かにこの疫病は不可解だと医師の方も言っていましたし、国も何の考えもなく貴方方を派遣したりはしないでしょう」

 

 本当のところ、ネイフトは彼らを派遣した国に憤りさえ感じていたが、何の進展もなく状況が悪化するよりはマシかと思い直しスレイとアリーシャの調査を受け入れたのだった。

 

「それでは何からお話ししましょうか・・・」

 

 ネイフトが重い口を開く。

 

 

 事の起こりは約一ヶ月前に遡る。

 その日も普段と変わらない日だった。

 だが突如、町全体を白と緑の煙のような靄が包んだかと思うと、それはすぐに霧散し消えたのだった。

 

 そしてそんな不可解な出来事から数日後、同じ症状を訴える患者が急増したのだ。

 咳と発熱、呼吸困難、そして皮膚のいたるところにカビのような菌糸が付着しているという、今までに見たことのない症状だった。

 

 勿論ネイフト達住民は国へ感染拡大の恐れがあるという報告と共に原因を探ることとなった。

 住民達の供述をまとめると、どうも煙のような靄はマーリンドの隣にある、大樹のそびえ立つ森から流れてきたらしいとわかったのだ。

 そこで2週間程前、医師と共にやってきた兵士数名が森の様子を見に行ったものの、未だに戻ってきていないのだと言う。

 彼らがどうなったのかもわからず、町も感染が広がり死者までも出始め、もう手の打ちようがなくなっていたのだ。

 

「もう死者まで・・・」

「・・・っ」

 

 スレイは事態の深刻さにショックを受け、アリーシャは国や自分の無力さに悔しげに俯く。

 

「国の意向で感染の疑いのある私達は町の外へ出ることが出来ず、弱い子供や老人を中心に死んでいくばかり。・・・もうこのマーリンドは終わりかもしれません。それに・・・」

「・・・他にも何かあるのですか?」

「い、いえ・・・。何でもありません」

 

 不自然に言葉を途切れさせたネイフトだったが、説明を終えると今後の事で想い余ったのか頭を抱えてしまう。

 

「・・・心中、お察しします。・・・良ければ医師や兵士にも話を聞かせてもらいたいのですが構いませんか?森については勿論、感染者の治療についても話をしたいのですが・・・」

 

 アリーシャはネイフトを気遣いながら尋ねる。

 

「え、ええ、そうですな。・・・ですが兵士の方々はともかく、医師の方々は皆感染してしまい・・・。皆感染の恐怖と戦いながらも治療に専念してくれていたのですが・・・」

「まさか、もう亡くなって・・・?」

「いえ・・・。ですがもう体も動かせない者が殆どです。今までの経過を考えて1~2週間が峠でしょう」

「そんな・・・」

 

 あまりに速い病状の進行に言葉を無くすアリーシャ。

 そんなアリーシャにスレイが向き直る。

 

「アリーシャ、会ってみよう。これ以上犠牲者を出す訳にはいかない」

「・・・ああ、確かにその通りだな」

 

 沈みかけていたアリーシャの心が戻ったことを確認したスレイは、他の人間には見えていない天族達にも顔を向ける。

 

 ミクリオとライラは大きく頷いたのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「聖堂に入る前にこれだけは必ず守ってください。絶対に患者に触れてはなりません」

 

 靄の発生時、屋外にいた者が例外なく発症し、その者達の世話をしていた家族や友人を中心として拡がったことから、この疫病は接触感染型だとわかっていた。

 感染した患者が集められている聖堂へと到着したスレイ達とネイフト町長。

 一度入口の前で一度立ち止まり、ネイフトからこのような念を押されたのだ。

 

「わかりました」

 

 スレイとアリーシャが頷いたことを確認して、ネイフトは重苦しい扉を開く。

 

「うっ・・・!」

「これは・・・。酷い・・・」

 

 ミクリオとライラが口に手を当て、思わず呻く。

 スレイとアリーシャ、エドナも呻きはしないものの、顔を歪めて口をきつく結んでいる。

 そこに漂うのはカビ臭い腐った匂い、そしてそれを軽減しようとしたのだろうか、強いお香の匂いが混ざり合い、更に不快なものとなっている。

 

 そして聖堂の床を覆い尽くさんばかりに布団の上に横たえられている彼らは、正に死屍累々と言えるものだった。

 

 彼らは1人の例外もなく、皮膚のいたるところに白と緑の、苔にもカビにも見える物体が貼り付いている。

 布団にはそんなカビのような患部を擦ったせいだろう、シーツの白が汚らしい緑に染められていた。

 

「アリーシャ殿下、こちらです」

 

 ネイフトは唯一人が通れる部屋の中央を歩いていく。

 スレイとアリーシャ、天族達もそれに続く。

 

 ネイフトは立ち止まり、彼らです、静かにと告げる。

 

 アリーシャは医師だった感染者の1人の側に寄って膝を曲げる。

 人の気配がしたためだろうか、男性はゆっくりと目を開きアリーシャを見た。

 

「貴女は・・・、まさか、アリーシャ殿下・・・?」

 

 医師は無理矢理体を起こそうとするも、アリーシャに制されてしまう。

 

「そのままで構わない。君達はこのマーリンドで、病魔に侵されながらも治療に専念してくれていたと聞いた。その献身に心より感謝する」

「そんな、私共は、何も出来ず・・・。うぅっ・・・!」

 

 むせび泣く医師の手を取るアリーシャ。ネイフトは慌てるものの、アリーシャは目で大丈夫だと訴えて制する。

 

「済まない。本当なら鎧でではなく、素手で握ってやりたいのだが・・・」

「いえ、十分です・・・。ありがとう、ございます・・・!」

 

 感染が確認されてからというもの、彼は、いや、彼ら感染者は健常者から避けられるようになっていた。

 死を待つばかりという絶望の中、ただ手を握ってくれるということが、鎧の冷たさなど関係ないと思える程に嬉しかったのだ。

 

「私共の、ところへ、来たのは、治療法について、でしょうか・・・?」「・・・そうだ。もし何か糸口を掴んでいるならば教えて欲しい」

 

 アリーシャの言葉に対し、男性は悔しげに顔を歪めながら首を横に振った。

 

「この病の、治療は、不可能、です・・・。菌の抵抗力、進行速度・・・、どれもが、今までにないほど、強力なのです」

 

 絞り出すようにして発する男性の言葉に、アリーシャは愕然とする。

「そ、そんな・・・。で、ではこの疫病は止める手立てはないと・・・?」

 

 男性は先程よりもより一層顔を歪め、涙と嗚咽を流して呟いた。

 

「森も、町も、感染者も・・・!全てを燃やし尽くして、滅菌する以外、止める手立ては、ありません・・・っ!」

 

 それはつまり。

 この男性も含めた感染者全てを焼き殺すということに他ならない。

 

 アリーシャは言葉を失ってしまった。

 

 

 

 そんな時前触れもなく、男性の隣、アリーシャの真後ろの感染者が、音も無く起き上がる。

 

 だがそれは普通ならあり得ない。

 症状は既に医師の男性より重く、肌の見える部分はほぼ無い末期の状態なのだ。

 

 突然のことで一瞬呆けてしまったスレイと天族達。

 だが、カビに覆われた顔の隙間から見える、白く濁った瞳が、未だ気づいていないアリーシャへ向けられたことで我に返った。

 

「っ!アリーシャさん、後ろ!」

「え?」

 

 いち早く気付いたライラがアリーシャに警告する。だが、

 

「ヴォォァァァァッッッ!!」

 

 

 アリーシャが振り向き気付くと同時に、感染者は言葉にならない大声を上げて襲いかかったのだ。

 



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12.治療の壁

 明けましておめでとうございます。
 今年もゆっくりとですが更新していこうと思うのでよろしくお願いします。

※2016.1.13
 ハートネス→ハートレスに修正しました。

2016/4/9
 改行を修正しました。


「っ、《放て!》」

 

 杖を構えたミクリオの天響術が襲いかかる感染者の胸部を打つ。

 まともに集中せず、また短い詠唱しか出来ていない天響術は普段の威力とは程遠い。また造形はほとんど崩れ、ただの水の塊と化していた。

 それでも感染者は後ろのめりとなり、すんでの所でカビだらけの手はアリーシャの顔スレスレに空を切る。

 

 そこへスレイが呆けていたアリーシャの腕を掴んで引き寄せた。

 

「アリーシャ、大丈夫!?」

「あ、ああ。私は大丈夫・・・っ!?な、何をしている!?止めるんだ!」

 

 気が付き、スレイに無事を伝えようとしたアリーシャだったが、その言葉は途中で悲鳴へと変わる。

 

 アリーシャの視線の先。ミクリオによって倒された感染者は兵士2人によって抑えつけられ、剣を手に持つ兵士によって今にも首を切り落とさんとしていたのだ。

 アリーシャの制止も空しく、感染者の首は落とされる。

 

 一瞬の静寂の後、これに激怒したアリーシャは兵士に詰め寄った。

 

「何故こんなことをした!!民を守るべき誇り高き兵士が民を殺すなど、あってはならないことだ!!」

「も、申し訳ありません・・・。アリーシャ殿下の言う通り、確かに我々は民を守るのが務め。そこに言い訳のしようもありません。ですが殿下、恐れながらこの者は我々が首を落とす前から死んでいたがため(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)に殿下を襲ったと考えられます」

 

 王女の剣幕に気圧されながらも兵士は言葉を紡ぐ。

 アリーシャはその不可解な言葉に困惑した。

 

「・・・どういう、事だ?」

「どうやらこの病は死した者を動かし、他の健康な人間を襲って感染を広げようとしているようなのです。確か、既に町長に報告していたと思いますが・・・」

 

 そう言って兵士は町長に視線を移す。それに釣られてアリーシャやスレイ、3人の天族達もネイフトに目を向ける。

 多数の目に見つめられたネイフト町長は、顔を酷く蒼白にして震えていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 問い詰めたところ、確かにそのような報告があったことを自白した。

 報告を受けていたのに何故スレイ達に黙っていたかというと、ネイフト自身、死者が起き上がり人を襲うなどという荒唐無稽なことをとても信じられなかった。いや、信じたくなかったのだ。

 

「誠に、誠に申し訳ありませんでした・・・。私の誤った判断で、殿下に危害が及ぶところでした・・・」

 

 ネイフトはアリーシャに対し、深々と頭を下げて謝罪をしている。自分の何倍もの歳をとっている老人にここまで頭を下げられることに、アリーシャもいたたまれない様子だ。

 

「頭を上げて下さい、ネイフト町長。結果的に私には何の被害も無かったのですから。それよりも、これからの対応について考えていかなければ」

「し、しかし・・・・・・。いえ、確かにそうですな」

 

 尚も頭を下げようとするネイフトだが、アリーシャの言うことももっともであるため頭を上げる。

 

 

「アリーシャさん。少しわたくし達で話したいことがあるのですが、良いですか?」

 

 そんな時、ライラがアリーシャに声をかける。天族は普通の人間からは認識出来ないため、暗にネイフトに席を外してもらって話し合いたいのだ。

 アリーシャは無言で頷く。

 

「あの、ネイフト町長。少し導師殿と話し合いたいのですが、構いませんか?」

「え?ええ、わかりました」

 

 突然の事にネイフトは少々戸惑うものの、承諾した。

 

 

 スレイとアリーシャ、天族達は聖堂の別の部屋へと移動する。そして扉を閉めたところでライラは切り出した。

 

「アリーシャさん、実は先程あのカビを少々調べさせてもらいました。あれは恐らく、憑魔の一部ですわ」

「微かだけど黒い靄も出ていたわね」

 

 ライラ話した事実にエドナも補足する。

 

「それは本当ですか!?」

「はい。なので患部に霊力を注げばあのカビは浄化され、崩壊すると思います」

 

 その言葉にアリーシャは目を潤ませて胸を撫で下ろす。

 普通の病であるならどうにもならなかったかもしれないが、憑魔であるならスレイ達がいる。このマーリンドの悪夢を今すぐ終わらせられる、と心の底から喜んだ。

 

「だったら今すぐにでも・・・」

 

 「感染者を治療してマーリンドを救おう」とスレイが言おうとしたところでライラから「待って下さい」と声がかかる。

 

「その方法で救うことが出来るのは、病の浸食が比較的軽症の者のみ。内臓などの重要な器官を浸食された者には出来ません。そして脳にまで達してしまった者、つまり先程アリーシャさんを襲ったような方は、残念ですが手遅れですわ」

「そん、な・・・」

 

 アリーシャはライラから告げられる無慈悲な現実に言葉を失ってしまう。

 それはつまり、最初に感染したマーリンドの住民、その一次感染者は見捨てることに繋がる。

 

「だがどうしてなんだ?憑魔であるなら祓えば元に戻るんじゃないか?」

 

 ミクリオの疑問にライラは静かに首を横に振る。

 

「憑魔というものは決して幻影などではありません。元が『穢れ』という霊的なものであったとしても、憑魔は確かにこの世界の物質として存在しているのです。あのカビの浸食によって破壊された内臓器官は元に戻りませんし、皮肉にもカビがあるお陰で出血死を免れている可能性すらありますわ」

 

 

 例えば人がナイフで刺されたとして、原因であるナイフを取り除くことはとても簡単だ。しかし取り除いたからといって傷が元に戻る訳もなく、逆に出血によって死の危険を高めてしまうということだ。

 

 

「じゃあ・・・、森の中に潜んでいる本体の憑魔も浄化したら不味い、のかな」

 

 本体の憑魔を浄化してしまえば、一緒にあのカビも崩壊してしまうかもしれない。そうであるならばもう手の打ちようが無くなってしまう。

 そんな危惧を抱くスレイに、ライラは首を横に振って否定してみせた。

 

「いいえ、憑魔の切り離された部位は浄化をしなければそのまま残りますから、むしろ早急に浄化するべきですわ。出血の危険があるから取り除けないのであって、これ以上の病の進行は食い止めるべきです。犠牲を少なくするためにも」

 

 

 話し合いの末、方針は決まった。

 まずは今夜中に出来るだけ多くの軽症な感染者を浄化することによって治療し、視界が利く明日の日中に森を探索して本体を浄化することになった。

 そうと決まれば行動は速い。

 

 まずスレイとアリーシャを待っていたネイフトに軽症者の治療だけなら可能なことを説明する。少しの間話し合っただけで、導師と呼ばれる若者が、自分達では手の打ちようもなかった病を治療出来ると豪語するのだからネイフトの驚きと疑念は更に深まる。

 だが、今のところ彼らを信じる他に手立ても見つかっていない。

 

 状況も切迫しているため、ネイフトは不安を飲み込み承諾した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「導師様、次はこの人をお願いします!」

「はい!」

 

 スレイが今いるのは聖堂内に用意された一室だ。

 そこへ厚手の服で体の殆どを包み込んだ男性達が、感染者の男性を担架で運び入れてくる。

 

 男性を無駄な衝撃がかからないよう慎重に床へ降ろした彼らは、すぐさままた別の感染者を運び入れるため部屋を出て行った。

 

 

 スレイは寝かせられた男性の側に膝をつき、両手を向けて全身に万遍なく霊力を注ぎ込む。スレイの側にいたミクリオも人に不審がられない出来る範囲で手伝っていた。

 

「それじゃ後の手当はよろしくお願いします!」

「ああ!任せてくれ!」

 

 力強い笑顔で頷く医師の男性(・・・・・)

 そしてスレイは丁度運び込まれてきた別の感染者の下へと向かって行った。

 

 

 

 最初、スレイは感染者を片っ端から浄化による治療を施していこうとしていた。しかしそれはライラが提案した方法のほうが効率が良いということで変更される。

 

 まず軽症の医師を優先して治療し、後から治療した人達の手当を彼らにしてもらおうというものだ。

 

 

 感染者が軽症か重症かはライラが判断しアリーシャに伝える。それにプラスして回復した医師にも診断してもらい、その結果を感染者を運ぶ者達に伝える。そして別室で待機しているスレイ、ミクリオが浄化によって治療するという流れだ。

 

 少々強引だが、アリーシャは導師に特別な力を貰って病の程度が分かるようになったということ納得してもらった。

 

 ちなみにライラの診断方法は触診である。

 勿論天族は人間も含めた生き物には触れることが出来ない。だがそれを利用してライラは、服を少々はだけてもらった感染者に自らの腕を突っ込み、物質として体内に存在する憑魔の一部を探り当てて判断するという奇抜な方法を取ったのだった。

 

 その方法が可能かどうかを確かめるために、人の体に腕を深く突っ込んでスレイ達に「問題ありませんわ」と微笑みかける美人乙女。

 その絵面のシュールさにスレイとミクリオは顔を青くしてドン引きし、アリーシャは率先して行動する彼女に感動を覚えた。

 余談だが、冗談めかして「やってみます?」とライラがミクリオに問いかけたところ、彼は全力の限りをもって辞退した。

 

 

 初めはこれで上手くいくと思われたがしかし、医師を治療したところで問題が起きた。

 

 自分は死ぬだろうと思っていた絶望と闘病によってだろう、気力や体力といったものが無くなってしまっていた。

 

 最初につまづいてしまったことで悩んだスレイであったが、事を静観していたエドナが盛大な溜息と共にスレイに近づく。

 

 「来なさい」と短く言って、スレイの腕を掴んで聖堂の中心へと引っ張って行く。

 聖堂の中心に着くと、エドナは閉じた傘の先を地面に当てて詠唱を紡ぐ。するとそこを中心として広がる、光を放つ魔法陣。

 それは地の天族が使う天響術、『ハートレス・サークル』。

 その効果は、大地の英気を魔法陣上の天族や生物に移すというもの。怪我や病気が治る訳では無いが、これによって気力や体力といったものを回復することが出来るのだ。

 

 お礼を言うスレイだったが、「さっさとやって」と言われてしまった。

 

 

 こうして多少のアクシデントに見舞われながらも、深夜零時を過ぎる頃には軽症者の治療を終えることが出来たのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 軽症者の治療を終えたスレイ達は、後の事を医師達に任せて宿でくつろぐことになった。

 宿はマーリンドの町長、ネイフトが手配してくれたものだ。

 スレイを密かに疑っていたネイフトだったが、マーリンドの住民のために尽力してくれたスレイに対し既に疑う気持ちは持っておらず、心から感謝して考えを改めていた。

 

 宿は一部屋3人は泊まれる大きさを、男女に分かれて二部屋借りていた。人からは見えない天族3人も悠々とくつろげるようにとネイフトに頼んだのだが、何も言及されなかったもののかなり不思議に思われてしまった。

 

 

「ふう・・・。今日は疲れたな」

「だなー。俺もヘトヘトだよ。マーリンドが通れないことから始まって、エドナに協力を仰いでサイモンと戦ってドラゴンを見て。着いたら着いたでずっと霊力を使って治療してたし」

 

 ミクリオの言葉に、ベッドに大の字になって寝ていたスレイも同意する。

 

「明日は森へ入って原因の捜索だ。夜更かしして明日に響かないようにしないとね、導師殿?」

「うっせー。ミクリオは俺の母親かっての」

「母親じゃないさ。すぐにやらかす君の保護者ってところかな」

「はいはい。どうせ俺は夢中になるとすぐ突っ走る子供だよ」

 

 随分久しぶりのように感じられる軽口を言い合う2人。

 イズチの里を出てまだ1週間程であるが、初めて歩く世界は2人にとって、地図で見る距離よりずっと大きな冒険だった。

 

「今頃ジイジ達どうしてるかな・・・」

 

 結果的に知られたとはいえ、スレイ自身は何の挨拶もしてこなかった。そして成り行きとはいえ導師になって、元の生活に戻ることも出来ないだろう。

 無言で出て行った自分に怒っているだろうか、それとも心配してくれているのか、スレイは少し気にかかっていたのだ。

 

「ジイジ達か・・・。きっと今頃は君の帰りを首を長くして待っている筈さ。巨大な角を生やしてね」

「あ~、容易に想像できて嫌だ」

 

 茶化すミクリオの言葉にスレイは苦笑しながらも渋面をつくる。十中八句ジイジの第一声が「馬っ鹿もーん!!!」であることは疑いようもないからだ。

 

「・・・マイセンの弔いもしないとな」

「・・・ああ」

 

 ルナールに殺された友人、マイセンの事を思い出す。既に建てられたであろう墓にも手を合わせたかった。

 マイセンの死を思い出したことで、芋づる式に治療を断念した重症の感染者のことも頭をよぎる。

 

 とても苦しそうだった。

 痛々しかった。

 なのに自分は何もしてやれない。そんな思いが心に残っていた。

 

 

 一瞬の静寂が部屋を包む。

 

 だがすぐにスレイの「よし!」というかけ声と共に静寂は破られる。そして部屋の入口へと向かい出すスレイ。

 

「スレイ?どうしたんだ?」

「んー・・・。いや、ちょっとね」

 

 曖昧にぼかしたまま、スレイは出て行ってしまった。

 

「一体何なんだ?・・・ん?」

 

 出て行ったスレイを不審に思いながら、何の気なしに窓の外を見たミクリオ。するとそこにはどこかへ向かうアリーシャの姿があったのだった。

 

 

 

 一方、女性部屋。

 

 エドナは既にベッドに横になっており、ライラも霊体化して持っていた読みかけの本を区切りの良いところまで読んで寝るつもりだった。

 

 そこへ遠慮がちにノックされる扉。

 

「はーい。どなたですかー?」

 

 ライラが訪問主に尋ねる。と言ってもスレイとミクリオ以外には聞こえる筈も無いのだが。

 

「俺、スレイだけど。アリーシャいる?」

 

 



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13.似た者同士

お待たせしました!
今回はほぼ会話のみです。

※ 今更ですが、原作と術の効果が違います。ご了承下さい。
例:レリーフヒール
原作:HP毒麻痺回復→活性化による回復

2016/4/9
 改行を修正しました。


 アリーシャは淡い月明りに照らされる中、憑魔が棲みついているであろう森へと通じる門の前で佇んでいた。

 

 兵士8名が偵察のためにこの場所を通って以降、門は固く閉ざされている。

 アリーシャは不安と憂いを帯びた目でそれをただ見続けていた。

 

「アリーシャ、こんな時間に出歩いてどうしたんだ?」

「ミクリオ様・・・」

 

 真夜中に出歩くアリーシャが気になり、ミクリオはここまで追ってきたのだ。

 そんな彼の呼びかけに気付き、静かに振り向くアリーシャ。

 

 憂う瞳と月の光に淡く照らされるアリーシャに思わずドキリとしてしまうミクリオだったが、そんな雑念を心の片隅に追いやり平静を努める。

 

「その、アリーシャの心配する気持ちもわかるが今は日の出を待った方が良い。こんな暗闇で森を探索するのは流石に危険だ」

「・・・済みません、ミクリオ様。民を苦しめる元凶がすぐそこにいるかと思うとどうにも落ち着かなかったために、気付けばここまで来てしまいました。ご心配をお掛けして申し訳ありません。」

「あ、ああ・・・」

 

 アリーシャはミクリオに深々と頭を下げる。

 いつもならアリーシャと話すときにはほぼ必ずスレイが居たため、ミクリオがアリーシャとの会話で意識するようなことは特に無かった。

 だがいざ2人きりになると、アリーシャの天族への敬語が変に強調されて聞こえてしまう。緊張のため、ミクリオは次にかける言葉を早々に失ってしまった。

 少し長い沈黙が続いた後、アリーシャの方から口を開いた。

 

「・・・・・・・・・ミクリオ様。私は、スレイの従士になるべきではなかったのかも知れません」

「・・・いきなりどうしたんだ?まだ従士になったばかりじゃないか」

 

 突然そんな事を言うアリーシャにミクリオは驚く。

 

「レイフォルク山頂でのことです。エドナ様が敵の攻撃で危険だった時にスレイが自ら盾となってエドナ様を守ったのですが、私はその行為を非難してしまいました」

 

 俯きながら話すアリーシャは胸に置いた拳を強く握りしめる。

 対してミクリオは、あのバカはそんな事をしていたのか、と呆れて頭を痛めていた。

 

 

「本来なら盾となるべきは従士である私の役目だったというのに、私は咄嗟に動くことが出来ずにスレイにその役目を負わせてしまったばかりか、それに文句をつける始末。とても従士として容認出来るものではありません」

「なるほど。それで昼間から様子がおかしかったのか」

「・・・・・・はい」

 

 アリーシャは静かに頷く。

 

「結果的にスレイの行動でエドナ様は助かっていますし、それはとても喜ばしいことです。私自身も聖剣祭の時に同じように守られているので、それは本当に感謝しています。ですが、今後もスレイが同じように誰かの盾となり、それでもし万が一死んでしまったらと思うと心配でならないのです・・・!」

 

 アリーシャは瞳に涙を貯めて心情を露吐する。

 スレイの性格はよく知っているため、アリーシャの言っていることはとてもよく理解出来る。

 

 スレイは頭は悪くなく相手の言うことも素直に聞いて謝るべき時はきちんと謝る反面、頑固で夢中になると周りの言葉を聞かずに心の赴くままに動いてしまう子供っぽい悪癖がある。

 

 

 例として、遺跡で遊んだことをジイジに咎められてもどこか容認する雰囲気があれば、自分の心と天秤にかけてまた遺跡に行ってしまったり。

 また人間の生活圏へ行ってはならないときつく厳命されていたにも関わらず、知り合ったアリーシャが危険かもしれないと知るや否や誰にも告げずに里を出ようとするなど、例を挙げれば切りがない。

 

 生まれてからずっとそんな落差の激しいスレイの性格に付き合ってきたミクリオであるため、親友よりも目の前の少女の方がずっと共感することが出来るのだった。

 

 

 しかしながら、ミクリオはそれとは別にアリーシャに対しても思うことがあった。

 

「確かに、スレイのあの悪癖には僕も頭を痛めているよ」

「ミクリオ様もですか?」

「ああ。誘惑に負けて遺跡の罠を作動させることはしょっちゅうだし、問題ないと分かれば見えない橋だろうが崩れた道だろうが堂々と通る。呆れ過ぎていっそ清々しいよ」

 

 当時の事を鮮明に思い出したのか、若干青筋すら立ててつらつらとスレイの問題行動を並べていく。

 

「そ、それは大変だったのですね」

「ああ、全くだ」

 

 ミクリオのただならぬ雰囲気に若干引きながらも同情し、ミクリオも同意する。

 

「だけどアリーシャ。僕から見たら、心配になるというのは君に対しても言えると僕は思う」

「え?私も・・・ですか?」

「ああ。聖剣祭の事件の時、あれ以上犠牲を出さないために命を投げ出そうとしていたのは何処の誰だったかな?」

「・・・・・・私、ですね」

 

 聖剣祭でアリーシャは、自分が狙われていると知った上で無謀にも暗殺者ルナールに首を差し出すような真似をした。あれ以上の被害を出したくなかったとはいえ、とても称賛されるべき行動とは言えない。

 

 守り合う2人とは違う、第三者の視点から彼等を見ていたミクリオはどちらに対しても思うところがあったのだ。

 

「では・・・、私はこれからどうすれば良いのでしょうか?」

 

 困惑するアリーシャに、ミクリオは少しの間考える素振りをしてから言った。

 

「そう、だな・・・・・・。もしも、スレイが考えあってそういう無茶なことをしようとしたなら、全力でスレイのすることを手助けしてやって欲しい。スレイのことを支えてやって欲しいんだ。盾だとか従士としてだとか関係ない、信頼出来る仲間として」

「信頼出来る仲間として・・・」

 

 真剣な面持ちでミクリオを見つめながら言葉を繰り返すアリーシャ。

 

「勿論僕も君達を支える。ああ、でもスレイが何も考えていなかったら全力で引っ叩いてくれて構わないから。親友であるこの僕が保証する」

「・・・ふふっ。承知しました」

 

 やっと笑みを漏らしたアリーシャにミクリオは安堵する。

 

「言っておくけど、スレイのお守りは大変だから。覚悟した方が良いよ」

「はい、肝に銘じておきます。ミクリオ様のお陰で悩みが晴れた気がします。気遣って頂き、有難うございました」

「い、いや・・・。僕も、暗いアリーシャよりいつものアリーシャに戻って欲しかったから・・・」

 

 アリーシャに向けられる笑顔が見ていられず、どこか照れた様子で明後日の方を向くミクリオ。

 そしてついでとばかりに先程から思っていたことも切り出した。

 

「アリーシャ。その、気になっていたんだが、僕は君より年下なんだし様付けしなくても構わないよ」

 

 そう言うミクリオだったが、アリーシャは即座に否定する。

 

「いいえ、それは出来ません。天族様は皆様尊敬に値する方ばかりです。私より年下だからといって敬称を付けない理由にはなりません」

「む・・・。僕はそういうのは気にしないんだが。むしろ・・・・・・」

 

 仲間としてスレイのように呼び捨てにして欲しい、と言葉を重ねようとしたミクリオだったが、出会ってからアリーシャの頑固さもまた理解しているため、今はまだ無理だと判断してここは一旦諦めることにした。

 

「まあ、そこまで言うなら仕方ない。さあ、もう休もう。アリーシャ」

「はい!」

 

 ミクリオに促され、アリーシャはしっかりとした返事を返す。

 

 そして宿へと戻る前に何となく森の方角を見たとき、アリーシャは星月の輝く夜の空に微かに動くものを発見した。

 

「ミクリオ様。何かが飛んで来ます」

 

 夜のため見づらく、またかなり遠いため判別しにくいがそれは大きく羽ばたく鳥のようであり、背中に大きなコブのような何かが2つ張り付き一直線にマーリンドへと向かって来ていた。

 

 2人が警戒を強める中、それは徐々に近付きその全貌が明らかとなる。

 

 

「あれは・・・・・・!」

 

 そして、ミクリオはその正体に気付いたのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 扉を開けてスレイを出迎えるライラ。

 

「アリーシャさんなら先程出掛けて行きましたわ。アリーシャさんに用事ですか?」

「んー、用事って程の用じゃないんだけど・・・」

 

 珍しく言い淀むスレイにライラは首を傾げる。しかし、昼頃から微妙に距離があった2人のことをライラは思い出した。

 

「とりあえず、立ったままなのも何なのでどうぞ入ってください」

 

 ライラに促されるままに部屋へと入るスレイ。そこでスレイに背を向け、毛布をかけて横になっているエドナを見つける。

 

「あ、ごめん。もう寝てたんだね」

「ええ。エドナさんも、久しぶりの人里で疲れたのかもしれませんわね。・・・所で、アリーシャさんのことで何か悩んでいるのではありませんか?」

 

 エドナをチラリと見た後、スレイへと顔を向け直し声を落として話すライラ。

 

「・・・・・・実は、レイフォルクにいた時にアリーシャを怒らせてさ。憑魔を探す前に何とか仲直りしようと思ったんだけど、エドナに悪いしもう・・・」

「悪いと思うなら最初からこんな時間に来るべきではありませんわ。エドナさんも深く寝入っているようですし、良かったら話してもらえませんか?」

 

 部屋を出ようとするスレイだがライラがそれを引き留める。

 少し悩んだものの今のところアリーシャとどう話そうかも決まっていなかったため、スレイはライラに相談してみることにしたのだ。

 

 

 

「なるほど。そんなことがあったのですね・・・」

 

 ライラはベッドに、スレイは備え付けの椅子にそれぞれ腰かける。そしてレイフォルクの山頂でサイモンの攻撃からエドナを体を張って守ったこと、2人がその行動を非難したことを詳しく説明した。

 

「俺はエドナが危ないって思って、そしたらもう体が動いてたんだ。エドナの時もアリーシャの時も、俺はただ守りたかっただけなんだ。でも俺、2人から言われるまでそういう事全く考えた事無くって・・・」

「・・・・・・そうですね。心というものはとても複雑で、難しいものですから」

 

 床に目線を落としながら話すスレイを、ライラは優しげに見つめている。

 

「ライラ。俺はああいう時、どうすれば一番良かったんだろう?」

「・・・スレイさん。どんな場合に限らず、常に『一番良い選択』を選ぶことは不可能だとわたくしは思いますわ。今回スレイさんが体を張って守った行動が、もしかしたら全員が助かる唯一の選択だったかも知れませし、そうでなかったのかもしれません。それは誰にも分かり得ないことですわ」

 

 スレイの疑問にライラは答えはないと言い切った。

 

「なら俺は一体どうすれば・・・」

 

 どうすれば良いのか悩むスレイは、自問ともライラに聞いているともとれる言葉を口にする。

 ライラは少し考える素振りをしてからその言葉に応えた。

 

「・・・では、もし仮にわたくしが従士を、アリーシャさんを囮にして危機的状況を切り抜けようと進言したら、スレイさんは従いますか?」

「っ、そんなの駄目だっ!!」 

 

 ライラの意地悪な質問に、スレイはエドナが眠っていることも忘れて大声を上げて否定する。

 言い切ってからしまった、という顔で手で口を覆うスレイだったが、そんなスレイを見てライラはコロコロと笑う。

 

「うふふっ。スレイさんならそう言うと思ってましたわ」

 

 エドナが起きなかったことにホッとしながらも、ライラに笑われ赤くなるスレイ。

 

「では言葉を付け足しましょう。その時アリーシャさんが、『私なら大丈夫だ。私を信じてくれ』と言ったらスレイさんは信じますか?」

 

 その卑怯な問いかけに、スレイは口を開けたり閉じたりを繰り返すが言葉にはならない。

 

 だがライラは言葉を続けずスレイの答えを待つのみ。やがて、

 

「・・・信じたい。信じたいけど・・・」

 

 搾り出すような声で言った。

 

「・・・スレイさんが、初めてわたくしという『剣』を握った時のことです。スレイさんの『信じてくれ』という言葉に、人質だったアリーシャさんは笑って受け入れましたわ」

「・・・・・・そう、だった」

 

 たった数日なのにスレイは忘れていた。まさしく自分が放った言葉を。

 

「レイフォルクとは状況が違います。ですが従士であるアリーシャさんとわたくし達天族の事を、もっと信じて下さい。もっと任せて下さい。そうすれば『一番良い選択』も、きっと見つかりますわ」

 

 ライラの言葉で険しく曇っていたスレイの表情も次第に緩やかになっていく。

 

 スレイは自覚したのだ。

 自分は思っていた程仲間を信じていなかったのだと。

 いつの間にか、ミクリオに散々注意されていた悪癖が加速していたのだと。

 

「ごめん、ライラ。俺、導師になって浮かれてたみたいだ。導師なら無条件で何でも出来るって、心のどこかで思ってた」

「男の子ですもの、浮かれるのは当たり前ですわ。導師を支えるのが従士の役目。そしてお2人をサポートするのがわたくし達天族の役目。それを忘れないで下さいね」

「わかった」

 

 しっかりと頷いたスレイ。

 

 頷いたがしかし、話が終わると誘導尋問のような卑怯な質問の仕方に納得がいかなくなってくる。

 

「じゃあ、ちなみに導師の役目は?『俺が導師だー!』とか言ってみんなを引っ張り回すこととか?」

 

 勿論スレイもそんな事は微塵も思っていない。 だが先程のライラのイジワルに対して、仕返しのつもりで言ってみたのだ。

 果たして、そんなライラの反応は余裕たっぷりの微笑みだった。

 

「それ、アリーシャさんとミクリオさんに伝えても構いませんか?」

 

 ライラの言葉にスレイは目に見えて焦る。

 

「だ、駄目だって!2人にそんなこと言ったらまた怒られる!」

「うふふっ、冗談ですわ。スレイさんはお2人に弱いのですわね」

「・・・参ったよ。ライラにはかなわないな」

「当然です。わたくしはスレイさんよりずっとお姉さんなんですからね」

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ライラ。他にも聞いてもらいたい事があるんだ」

 

 スレイは改まった顔でライラに話す。

 

「森の憑魔を浄化した後で、すぐイズチへ向かおうと思う」

「イズチは確か、スレイさん達の住んでいた天族の隠れ里でしたわね?」

 

 

 スレイは大きく頷く。

 

「うん。悔しいけど、俺達の力で出来るのは浄化までだと思う。そこで、イズチで水と地の天族に協力を頼もうと思うんだ」

 

 スレイがこの2属性の天族に協力を頼む理由は、属性固有の天響術にある。

 

 1つはエドナも使っていた天響術、『ハートレスサークル』だ。体力や気力が充実しているならば、それに伴って体の回復が早くなり、また余計な病気を併発することもないだろうと思ったのだ。治療での補助的な意味合いが強い。

 そしてもう1つは水属性の天族が使う天響術、『レリーフヒール』だ。スレイは原理を良く知っている訳では無いが、これは体の細胞を活性化させて徐々に回復させるというものだ。 

 スレイが切り傷を作った時に、ミクリオが小言を言いながらもこの天響術でよく治療していたため、効果の程は分かっているつもりだ。継続的に術をかければ内臓の損傷も回復出来るのではないかと思ったのだ。

 

「なるほど。確かにそれなら重症の方達を救うことが出来るかもしれませんね」

「本当は、光の天族が居れば一番良かったんだけどね」

 

 光の天族は、失った体の部位を高速再生させることの出来る『レイズデッド』という天響術が使えるらしい。

 らしい、というのは里に光の天族は居ないため、スレイはまだ会ったことが無い。

 

「では、ミクリオさんとエドナさんに頼まない理由は何故でしょう?」

 

 ライラもある程度は察しがつくが、スレイの考えを聞きたかったのだ。

 

「ミクリオは・・・・・・、やっぱりどうしても力不足なんだ。17年しか生きてないミクリオだと、切り傷を治すのが限界なんだよ」

 

 天族の力は時の経過に左右される。内臓の損傷を治療する程の力となると、最低でも100年は超えていないと難しい。

 スレイも自分の自慢の親友を『力不足』などと評価するのはとても心苦しかった。

 

「ではエドナさんは?彼女は軽く100年は確実に時を経ていますし、うってつけではありませんか?」

 

 エドナをチラリと見ながら問いかけるライラ。

 だがスレイは首を横に振った。

 

 

「エドナは人間に不信感を持ってる。元々土砂を退かすためだけに来てもらったのに、厚意で感染した人全員に体力回復の術(ハートレスサークル)までかけてくれたんだ。命の危険を理由に縛ったら、それこそもう二度と信じてもらえなくなる。そんな気がするんだ」

 

 スレイの答えにライラは微笑みを深くする。

 

「そうですか。そこまで考えているのでしたら、わたくしは反対しませんわ。エドナさんはどう思います(・・・・・・・・・・・・)?」

 

 ライラが柔らかい笑みを浮かべてエドナに顔を向ける。

 すると寝ていたと思われていたエドナはムクリと起き上がったのだ。

 そのことに仰天するスレイ。

 

「エドナ!?起きてたのか!?」

「起こされた、のよ。あんな大声で叫ばれたら起きない訳ないでしょ」

 

 ジト目で睨まれるスレイはタジタジだ。

 だがライラはイタズラが成功したかのように、気分が良さげに次の爆弾を投下する。

 

 

「エドナさ~ん?嘘はいけませんわ。スレイさんがアリーシャさんがいるか尋ねたときに、エドナさんはわざわざ息を潜めて寝たふりをしたへははいふぁへんふぁ~!?」

「あなた、いつからそんなにお腹の中が真っ黒になったのかしらね」

 

 機嫌良く話すライラにムカついたエドナは、ライラの前に立つと頬の両端をムニムニと強く引っ張ったのだ。

 ライラの頬は絹のようにスベスベしていて、それはそれは良く伸びた。

 

「やめへくらはい~!ひひょがふはいといっへくらはい~!」(訳:やめて下さい~!思慮が深いと言って下さい~!)

 

 ひとしきりライラの頬で遊んだあと、エドナはスレイに向き直る。

 

「改めて聞くけれど、わたしはあなたが浄化を終えた後は戻って良いのね?天族は基本的に閉鎖的で引きこもりばっかりだから説得出来ないかもしれないけど、それでも良いのね?」

 

 エドナの最終確認にスレイは大きく頷く。

 

「それで良い。俺はエドナを縛る権利なんてないし、それに俺は里のみんなを信じてるから」

 

 スレイはしっかりした顔で言い切った。

 

「・・・・・・そう。まあ勝手にすれば?」

「うん。そうする」

 

 笑顔のスレイとは対照的にエドナは憮然とした表情でスレイから目を逸らす。

 

 そこへ仕返しのつもりだろうか、お邪魔虫よろしくエドナの頬をツンツンしてくるライラ。

 

「エドナさんたら、照れ屋さんですわね~」

 

 ライラの鬱陶しさに再度ムカついたエドナは、とりあえず中断していたムニムニの刑を続行することにしたのだった。

 



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14.ウチらノルミンゆーねん!

原作のスキルを出す予定が無く、また都合上ノルミンの能力・種族を変更しています。

2016/2/28
 太陽が出てすぐ~→朝方に変更しました。
2016/6/5
 サブタイトルのウチ等→ウチらに変更しました。


 遠くから近付いてきた足音が、スレイやライラ、エドナが居る女性部屋の前で止まる。そして控え目に扉をノックされた。

 

「済まない。ミクリオだが、ちょっと急用なんだ。入っても良いかな?」

「スケベ。今アリーシャが着替え中よ」

 

 エドナがミクリオをからかおうと嘘を吐く。普段のミクリオならば慌てるだろうと思われていたが、扉の向こうはとても静かだ。

 

「・・・・・・へぇ、それはおかしいな。アリーシャなら今僕の隣にいるんだが。早く開けてくれないか?」

「待って下さい。今開けますわ」

 

 冷ややかに催促するミクリオ。

 ライラはそれに応えて扉の前へ移動する。

 

 出迎えられたミクリオとアリーシャは、ヌイグルミのような2つの物体と大きな鷹を、それぞれ腕に抱えて立っていた。

 鷹は時々首を回して辺りを見回しているのみで、アリーシャの腕の中で大人しくしている。

 

 入りながらミクリオはエドナを睨むが、全く目を合わせようとしない。

 

「それで、急用とは一体・・・・・・あら?」

 

 ライラもミクリオの抱いているヌイグルミの正体に気付いた。それと同時に、一対の触角のような飾りを付けた金の兜を被ったヌイグルミと鍋をひっくり返したような兜を被ったヌイグルミがライラへ向かって飛び出した。

 

「あ、おいっ」

「ライラはんやんか~!久しぶりやな~!」

「やな~」

 

 ヌイグルミは緩い放物線を描きながらライラの豊かな胸へと飛び込もうとする。だがライラは慣れた動きで流れるように横へ一歩移動し、難なくそれを避けた。

 

 そしてヌイグルミは、慣性に従うまま偶々ライラの後方にいたエドナへと向かう。だがエドナも無言で傘を開きそれを当たり前のように防御した。潰れた声が漏れたが、エドナは完全に無視だ。

 

「・・・・・・どういうことか説明してもらえますか?」

 

 ヌイグルミを方を見ていたライラがゆっくりと笑顔でミクリオへ向き直る。

 その静かな威圧に怯えるように、ミクリオは何度も強く頷くのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 時は少し遡る。

 

 

 2人が警戒を強める中、森の方角から飛んでくる鳥らしき生き物。その生き物はミクリオとアリーシャの頭上を一度旋回した後、螺旋を描くように緩やかに2人の前へ降り立った。

 旋回していた時既に、この生き物が鷹だったことに気が付く。だが問題は鷹ではなく、その背中に張り付く2つの物体、いや、2匹のヌイグルミのような謎の生物だった。

 

 ヒョコヒョコと足を動かしミクリオ達の方へ背中を向ける鷹。背中のものを早く取ってとでも言うかのように、ピューイと一声鳴いて促す。

 

 アリーシャはこの謎生物に心当たりが無かったが、ミクリオは既に正体に気付いていたため躊躇なく鷹の背中から謎生物を取ってやる。

 

 それはノルミンと呼ばれる、とても希少な知性ある魔物だった。

 

 

 人間から見れば憑魔も魔物も、同じように理性もなく暴れまわる化物だ。

 だが天族の側から見れば憑魔と魔物は違う存在であり、またほんの数種類とはいえ理性と知性を持った魔物がいることを知っていた。

 

 ノルミンは基本的には森や遺跡、天族が集まり住む隠れ里にいることが多くその場所に定住している。

 だが大勢で暮らしているかと思えばそうでもなく、居たとしても1つの場所に2~3体が精々だ。

 

 また魔物とは言ったものの、一番最年長のノルミン以外はまるで攻撃力が無く、性格はお気楽そのものだ。ついでに少々女好きでもある。

 だが全くの無能というわけでもなく、動物との意思疎通やノルミン同士で交信することが可能だった。

 

 遥か昔からいるこのノルミンだったが、これ以外のことは天族でさえ知らない謎に満ちた生物であった。

 

 

 彼等は鷹にしがみついて森を抜け出した後、とりあえず一番近いマーリンドを目指したらしい。

 そしてマーリンドが見えると、丁度何やら話をしていた天族と人間がいたため、意を決して降り立ったのだった。

 

 森内部の現状を簡単に説明されたミクリオ達は一度皆で相談し合う必要があると考え、確実にエドナかライラがいるであろう女性部屋へと足を運んだのだった。

 

 なお、ノルミン達は抱いて運ばれるならアリーシャが良いとごねたが、ノルミンの性格を知っているミクリオが却下した。

 ちなみに、魔物は普通の生物とは違うのか、天族でも触れることが出来る。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「知らん人もおるし、自己紹介しとこか~。ウチはアタックゆーねん!よろしゅうな~!」

「ウチ、ディフェンスゆーねん~。よろしゅうな~」

 

 先程の事など微塵も覚えていないかのように、金の兜と鍋の兜のノルミンがそれぞれ自己紹介をする。

 

「俺は導師のスレイ!で、2人を運んできた天族がミクリオで、騎士の女性が俺の従士をしているアリーシャ!」

 

 スレイの紹介に合わせてミクリオとアリーシャもそれぞれ挨拶を済ませる。

 

「へ~、現役の導師(・・・・・)はんなんてウチ久しぶりに見たわ~!それでエドナはんとライラはん、どっちが主神なん~?」 

「わたくしです。・・・それで、森で何があったか詳しく話してもらえますか?」

 

 楽しそうに聞いてくるノルミンのアタックだったが、ライラに尋ねられると風船が萎む勢いで意気消沈して泣き始めた。

 

 

 ちなみにノルミンが乗ってきた鷹は、アリーシャが宿屋の人間から貰ってきた生肉をエドナがフェイントを交えながら鷹に与えていた。

 

「う、うぅ・・・ぐすっ・・・。あ、あんなぁ・・・、ウチ等森で動物達と昔からずうっと仲良う暮らしててん。でもな、大体1ヶ月前に突然憑魔がやってきてな、ウチ等を攻撃し始めてん・・・」

 

 悲しそうに呟くアタック。ディフェンスもその時の事を思い出しているのかポロポロと涙を零している。

 

「ぐすっ・・・。何とか動物の半数は森の外へ逃がせたんやけど、あとは殆ど殺されてもうて・・・。それにその後変な霧が出たかと思ったら、死んだ筈の動物達が動き出すやん?もうどうして良いかわからんようになってん・・・」

「それは・・・。それはとてもお辛かったですね・・・」

 

 アタックの話を聞いた一同は皆表情を暗くする。出会ってから普段は表情が少ないエドナでさえ、その表情に陰を作っていた。

 

「ウチは・・・、ウチは悔しいねん!ウチも兄さんや導師はんみたいに力があれば皆を守れたのに・・・。それやのに・・・・・・」

「・・・アタック。実は俺達、明るくなったら森へ行って憑魔を浄化しに行こうと思ってるんだ」

 

 スレイの言葉に顔を上げるアタック。その拍子に大きな瞳に溜まっていた涙が零れ落ちる。

 

「良かったらアタック達も協力してくれないかな?俺達、憑魔がどんな姿をしているかもわからないんだ」

 

 それを聞いてアタックの下がっていた(まなじり)が釣り上がる。

 

「わかったわ!ならウチがアイツん所まで道案内したる!皆の敵討ちや~!」

「ウチも頑張る~!」

 

 ノルミンは上に向かって短い腕を突き出し気合いを入れるのだった。

 

 

 ノルミンにはもう1つやってもらいたい事があった。

 それはノルミンの持つ、互いに交信する能力でジイジに伝言を残すことだ。

 

 予めこちらの状況を伝えておけば、後で説得もしやすいだろうと考えてのことだった。

 

 

 話もまとまりミクリオがノルミン連れて自室へと戻ろうとした所で、スレイが徐にアリーシャへと向き直る。

 

「ア、アリーシャ!」

 

 緊張した声で名前を呼ぶスレイ。

 

 スレイからチラリと見えるアリーシャの後ろにはライラがしっかり!と言うかのように握り拳を作って見つめ、エドナも鷹の方に顔を向けながらも横目で成り行きを見ている。

 

「レイフォルクでの事だけど、ごめんっ!」

「えっ?」

「俺、昔からあんまり考えないで行動してて、憧れの導師になって浮かれてた。何でも出来ると思って、周りの人の事、何も考えてなかった。だから、ごめんっ!」

 

 突然頭を下げるスレイに驚くアリーシャだったが、スレイの態度に一番驚いていたのはミクリオだった。今まで親友として接してきた彼でさえ、こんなに殊勝になったスレイを見たのは初めてだった。

 

 アリーシャはスレイの後ろのミクリオを見る。ミクリオは笑みを浮かべて頷いた。

 

「い、いや、私の方こそ本当に済まなかった!一方的に非難しておきながら、私はスレイと話すのが怖くて逃げていた。聖剣祭の時に、自分も同じことをしたというのにそれを棚に上げてしまっていたんだ。だから私の方が・・・!」

「アリーシャは悪くない!元々俺が導師としてしっかりしていれば・・・!」

「いいや、スレイは十分良くやってくれている!私がもっとしっかりしていれば・・・!」

「いいや俺が・・・」

「何を張り合っているんだ?」

 

 互いに譲らずループしかけている2人にミクリオが見かねて水を差す。

 脱線しかけていた2人は赤くなりながらも冷静になった。

 

「とにかく、俺はもっと考えて『一番良い選択』になるように頑張るから。アリーシャやみんなのこと、もっと信じるようにするから、どうかこれからも頼らせて下さい!」

「あ、ああ!勿論だ!私も君のことを全力で支えよう!」

 

 やれやれと肩をすくめるミクリオ。

 微笑ましそうにニコニコとするライラ。

 「茶番ね」と言いながらも、2人を見つめ続けるエドナ。

 

 三者三様の反応を見せる天族達だったが、3人共この不器用な2人を見守り続けるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 出発の準備を終えて朝方。

 

 スレイ達は森へと続く扉の前へと集まっていた。

 

 昨日の時点で今日森へ入り元凶を討つ事は、町長や兵士他に伝えられていた。

 そこで町長や他住民の何人かは見送りを、兵士は自分達も加勢する旨をスレイとアリーシャに進言していたのだが、2人はどちらも不要だと伝えていたため他の誰も来ていなかった。

 

 待っていたジイジからの返信だがつい先程連絡があり、なんととりあえず何名かを連れて昼頃にマーリンドに向かうから待っておれとの事だった。

 

 エドナの言葉を全肯定する訳では無いが、天族、特にジイジは人間と関わることを良しとしない。そんなジイジがそのような連絡を寄越すのだからスレイとミクリオはかなり驚いた。

 それだけではない。

 スレイ達がイズチの里を出てからマーリンドまで約1週間程かかって来ている。それを僅か半日で向かうというその移動手段が検討もつかなかった。

 

 何はともあれ、来てくれると言うのならスレイ達もそれを考慮に入れて動かなければならない。

 そのため面倒臭がって森の探索を断ったエドナとジイジ達の顔見知りであるミクリオ、そしてノルミンのディフェンスがマーリンドに残ることとなった。

 

 森へ向かうのはスレイとアリーシャ、ライラに道案内のアタックになった。

 

「道案内よろしく、アタック」

「任せとき~!ウチが敵の姿をバッチリ覚えてん、大船に乗ったつもりで頼ってな~!」

 

 

 そうスレイに告げると、その小さい体に似合わないジャンプ力でまた性懲りもなくライラに突撃するアタック。

 だがライラは流れるような動きでそれを回避し、そのままアタックの首根っこを掴んで自然にスレイの肩へと張り付けた。

 

「ぐぬぬ~、相変わらず鉄壁やな~」

「アタックさんが頼りですわ。よろしくお願いしますね」

「どうかお願いします。アタック様」

「!むふふ~、べっぴんさん2人にそないゆわれたらウチも本気出すしか無いやんな~!」

 

 ライラとアリーシャの言葉に調子を良くするアタック。

 

 そしてスレイ達は気を引き締めて森へと向かうのだった。

 



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15.苛立ち

14. 太陽が出てすぐ~→朝方に変更しました。
無言の部分を変えてみました。
近日中に真名の間を=に変える予定です。

2016/3/25 
 題名が合っていないと思ったので変更しました。

2016/4/9
 ミューズさんや→ミューズに変更しました。


 スレイ達は木々の生い茂る森の中を慎重に進んで行く。

 普段であるならば、鳥のさえずりや獣の鳴き声といった、動物達の生活の息吹が感じられることだろう。だが今は異様な程静まり返り、生物の気配など少しも感じられない。

 その代わりとして森全体から感じられるのは、まるで彼等の動向を監視するかのような、まとわりつくような嫌な気配だった。

 

「なんか、すごく嫌な感じだ……。アタック達はずっとこの森に?」

「そんな訳ないやんか~。動物達と一緒に避難した後で、憑魔が出て行ってへんか何度か偵察に来ててん。そのついでに鳥達が、導師はんがマーリンドに来てるっちゅう噂を話してたから見に来てみてん~」

「あの、アタック様。失礼ですが、その時にハイランドの兵士を見ませんでしたか?未だ8名が森へ入ったまま行方不明なのです」

 

 歩みを進めたまま、真剣な面持ちでスレイの肩に乗るアタックに尋ねるアリーシャ。

 唸りながら記憶を掘り起こそうとするアタックだったが、反応は芳しくない。

 

「ん~確か~、森の奥へ入って行ったのをチラッと見た気がするんやけど、ちょっとウチにはわからへんかな~」

 

 アタックの曖昧な回答に、気持ちを沈ませながらお礼を言ってすぐ引き下がる。

 既に2週間が経過しており、やはり生存は絶望的に思えた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「これからどないするん~?」

「いや、どうするって言われてもな……」

 

 一方、ミクリオは自分達は何をすれば良いか悩んでいた。

 

 スレイ達を見送った後、ジイジが来るであろう昼頃までかなりの時間がある。

 だがこれと言ってやるべき事も無いため、手持ち無沙汰となってしまっていた。

 

 

「ねぇ、水の坊や。名前は何て言うの?」

 

 そこへ不意に名前を聞いてくるエドナ。

 ミクリオにとってエドナの第一印象はかなり悪く、またマーリンドへ出来る限り急いでいたこともあり、碌に自己紹介をしていなかった。だがそれよりも、エドナが自分を「坊や」呼ばわりすることに引っ掛かった。

 

「ぼ、坊や?」

「まだ生まれてそれ程経ってないなら坊やでしょ」

 

 当然でしょ?という顔をするエドナ。

 

「僕はミクリオ!坊やじゃない!」

「ふーん。呼びにくいから変えて良いかしら?」

「呼びにくいって……。まあ好きに呼んでくれ」

 

 ミクリオは初対面の時からの相手を馬鹿にした態度に、エドナに対してスレイ達程良い感情を持っていなかった。

 そのため言い方も普段より適当になってしまう。

 

「じゃあミッキー」

「なんだその馴れ馴れしい呼び名は!?ミクリオと呼んでもらう!いいね!」

「ふぅ、しょうがない。ミクリオボーヤ略してミボで我慢してあげるわ」

「それのどこが我慢してると……。もういい!」

 

 怒りに震えるミクリオだったがそれをおさめる。

 こういうタイプは茶化すのが目的であって、最初から相手の話など聞く気がない。

 それにこのマーリンドの件が片付いたら晴れてこの性悪女(エドナ)と別れられるのだ。

 

 そう思えば今は我慢が必要だと思い、矛を収めたのだった。

 

「ミッキーは――」

「ミクリオだ!」

「ああ、そうだったわね。ミボ(・・)はこれからもずっとスレイについていくつもり?」

 

 からかうように薄く笑みを浮かべ、ミクリオと呼ぶことはしないエドナ。

 普段ならばこんな馬鹿にしてくる相手に答える必要はないのだが、天族としての力不足を気にしているミクリオは、思わず声を低くして聞き返してしまう。

 

「……それはどういう意味だ?」

「そのままの意味よ。17年しか生きてない坊やには導師のサポートはキツいんじゃないの?死ぬわよ」

 

 からかうような笑顔はいつの間にか消え去り、一転して真面目な顔で言い放つエドナ。

 その言葉にミクリオは目を伏せ、歯を噛み締める。

 

 

 言われなくても、自分が近い将来このパーティーの足手まといになるかもしれないことは十分わかっていた。

 

 多少の傷なら治せる。

 小動物や幼児が元の憑魔なら、なんとか浄化することも出来る。

 

 だがミクリオの、天族としての現在の限界は、そこまでだった。

 

「……まあ、時間も出来たことだし、少しは考えてみたら?離れるのなら、これから来るって言う故郷の天族と一緒に帰れば良いんだし」

 

 自覚はしているらしいと判断したエドナは、そう言い残して宿へと戻って行く。

 

 「タッキーにごはんあげないとねー」などと聞こえる独り言を呟くエドナに「も~、ゴールデンシュナイダーゆーてるやん~」と言って後ろをついて行くディフェンス。

 

 ミクリオはエドナに何も言い返すことも出来ず、独りその場に残された。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マーリンドを出発してから既に昼に差し掛かっており、当初はアタックの協力もあって1時間程で真っ直ぐ憑魔の下へと辿り着けると思われていたが、そう簡単には事は運ばなかった。

 

 森とは言ったものの、そこかしこに遺跡の残骸と見られる跡があり、また木々の開けた空間もあるこの森に限って言えば、迷うことは殆ど無い。

 それは遺跡の特徴ある残骸や、木々の間から覗き見ることが出来る、一際高くそびえ立つ大樹が目印となるためだった。

 

 では何故かと言うと、カビによりゾンビと化した動物に断続的に襲われ迎撃を余儀なくされてしまい、開けた空間を梯子するようにして遠回りをしていたためであった。

 

 

「秋沙雨っ!」

 

 前方から襲ってきた鳥や狐、野犬といった動物を、構えた儀礼剣で素早く連続で突き出し、切り裂いていく。最後に倒れていく動物の合間を縫って出て来た猪を切り上げて倒す。

 儀礼剣には霊力を流しているため、襲ってきた動物達は憑魔の一部であるカビを浄化されそのまま動かなくなっていく。

 

「くそっ!!」

 

 スレイの口から思わず文句が飛び出る。

 あれからこのような戦闘を何度行ったかも覚えていない。

 

 襲われるのだからどうしようもないとはいえ、既に死んでいる者を切りつけることは気分の良いものではない。

 まして、彼等は今自分の肩で泣いているアタックの友達だと思うと、罪悪感とやり場の無い怒りがスレイを苛立たせていた。

 

「スレイ、気持ちはよくわかるが落ち着いてくれ」

 

 横で襲い来る動物を薙ぎ払いながらスレイを心配するアリーシャ。

 アリーシャもスレイと同じような気持ちだったが、騎士として精神的な鍛錬も積んている分、まだ冷静だった。

 

「あともう少しですから頑張りましょう、ですよねアタックさん?」

「うん……」

 

 アリーシャの倒した動物を浄化しながら尋ねるライラに、アタックが言葉少なに相づち打つ。

 

 言われて冷静さを失っていたと気づいたスレイは、2人にお礼を言ってからアップルグミを口に運んで気を落ち着かせる。

 林檎の甘い爽やかな味にささくれ立った心が癒されるようだ。

 アタックにもアップルグミを渡す。かなり参っているようだったが幾分落ち着いたようだった。

 

 スレイとアタックの状態を鑑みて、どこか落ち着ける場所で少し休憩しましょう、と進言しようとしたライラだったが、その前に新たなゾンビ化した犠牲者がやってきてしまった。

 

 それは至るところに赤い染みを作った、半壊しているハイランド兵特有の鎧を着込んだ人間が6人(・・・・・)

 

「っ……!」

 

 アリーシャはやはり……、と悔しさに心を滲ませる。

 生きていればと思っていたものの、そう都合良くはいかなかった。

 

 そんなアリーシャの心中など知らずに、奇声を上げてスレイ達へ襲い掛かってくる彼等。

 スレイとアリーシャも迎え討とうと構えるが、死んでいても同族である人間であるためか二の足を踏んでしまう。

 

 そこへ、2人の前を遮るようにして立つライラ。

 

「わたくしがやります」

「で、ですが……!」

 

 2人にニコリと微笑みかけてから向き直るライラ。

 ライラが勢い良く両腕を広げると、何十枚もの紙で出来た札、紙葉が持っていた手から宙に舞う。そして紙葉はライラの火の霊力によって瞬く間に燃え上がり、種火となって周囲の空気を含み大きな炎と化す。そのまま近づく彼等との距離を詰めていく。

 

「《我が火は舞い踊る、紅蓮の業嵐!トルネードファイア!》」

 

 舞うような動きで腕を振るい、炎はライラを中心として竜巻のように燃え上がる。

 周囲にいた彼等はその火力によって一瞬の内に灰となり、猛る炎の中へと消えていった。

 

「……申し訳ありません、ライラ様」

「ごめん、ライラ。俺――」

「当然の反応ですから気にしないで下さい。ですがこのような事はこれから何度でも起こるでしょう。そんなとき、躊躇して命を落とすような事は決してしないで下さいね」

 

 ライラは優しく諭すように言う。

 

「……わかった。あと、ありがとう。気遣ってくれて」

 

 スレイはハイランド兵達のあの炎で尚燃え残った鎧の一部を見やる。ライラが敢えて強力な炎で燃やし尽くした理由は、中途半端に燃やしてボロボロになった遺体をスレイ達に見せないため、死した彼等を無用に辱めないためだった。

 

「……いいえ」

 

 燃やすことを得意とする火の天族は、少しだけ悲しげにスレイに笑いかけたのだった。

 

 

「ど、導師はん~!また……!」

 

 またもやってきたハイランド兵2人をアタックが見つけ、慌ててスレイに伝える。

 身構える3人だったが、様子が違った。動きはゾンビと化してどこかぎこちなかった先程の兵達とは違い、しっかりとした足取りでこちらに向かって手を振っている。また「救助に来てくれたのか!?」や「俺達助かったんだ!」等の叫びが聞いて取れる。

 

 後に聞いた話で、彼等は隠れられる遺跡の残骸の中で必死に身を隠し、死んだ仲間の食料や水、それと目を盗んで採ってきた木の実を消費して、ずっと救助が来るのを待っていたとのことだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ミクリオはマーリンドの住民を何となく見つめながら、ずっとエドナに言われたことを考えていた。

 

 ミクリオは、スレイがいつも自分の隣にいた親友だから、その親友が世界の浄化を担う導師になったから、自分もそのまま旅に着いていくんだと思っていた。

 

 

 だが今になって周りの状況を顧みると、自分も一緒に行くべき理由が、導師一行としての自分の存在意義が無いことに気が付く。

 

 元々旅の目的だった、アリーシャに危険を知らせるという目的は既に果たしていた。狙っていた暗殺者ルナールも今は牢獄にいるため安全だ。

 

 つい1週間程前まで同じ力量だったスレイは導師となって身体能力が上がり、尚且つ神依という切り札まである。

 

 そんなスレイをサポートしてくれる仲間も出来た。強さとして申し分がなく、また的確にスレイの歩む道を指示してくれるであろう主神のライラ。浄化が出来なくても従士となって、戦闘のサポートやスレイと他の人々を繋ぐことの出来る人間のアリーシャ。

 

 では、自分は?

 自問して、この2人以上に出来ることがないことに思い至ってしまう。

 自分が有利な点と言えば水の天族であることぐらいだが、これから旅を続けていき、もし仲間として100年以上時を経た水の天族が仲間となれば、それすら無意味となってしまう。

 

 いつか昔にスレイと約束した、『世界中の色んな場所を見て回って、色んな遺跡を探検しよう』という夢は、皮肉なことに同じ時間を生きてきたからこそ叶えることが出来ないかもしれなかった。

 

 

 

 ミクリオが頭を悩ませ苛立つ中、先程から人々の様子がおかしいことに気付く。

 皆空を指さして、口々に騒めいていたのだ。

 

 人々が指す上空に目を向けると、何か獅子のような鳥のようなものが2つ浮かんでいることに気付く。そして同時に思い至る。

 

「あれはまさか……、魔物か!?」

 

 警戒を強めるミクリオ。町の住民も落ち着きがなくなり、兵士が出張ってきた。

 だが緊張が町を包む中、魔物、グリフォンは特に何をする訳でもなくただ滞空し続けていた。 

 

 誰もが見つめる中、滞空していたグリフォンから4つの光球が降りて来る。

 だが人々はそれに構うことなく、そのままどこかへ飛んで行くグリフォンの向かった方角を見続けるばかりであり、ミクリオは人々にはあの光球が見えていないのだと気付く。

 

 それらの光球、いや、彼等天族(・・・・)は地表近くまで降りると人型となり、ミクリオの前に降り立った。

 

 そう、イズチからマーリンドまで、たった半日来る方法とは、知性ある魔物、グリフォンに乗って来ることだった。

 

 降り立った4人の天族。

 

 青色の前髪を掻き分けた髪型をした青年。水の天族、ウーノ。

 瞑っているような細い目と褐色の肌が特徴の中年の男性。地の天族、ロハン。

 イズチの里の長を務めスレイの育ての親でもある背の低い老人。雷の天族、ジイジ。

 

 そしてあと1人。ミクリオがとても良く知っている、毛先が水色の白髪を後ろで三つ編みにして纏めている女性の天族。

 

「か、母さんっ!!?」

 

 ミクリオの母であり氷の天族、ミューズだった。

 

「ミクリオっ!」

 

 喜びに弾んだ声で駆け寄ろうとしたミューズだったが、ジイジの一言により感動の再開は台無しとなってしまった。

 

「この馬っっ鹿もーーーーーんっ!!!」

 

 あまりの大音量に思わず耳を塞ぐミクリオ。これが微塵も聞こえていない人間達が羨ましくなる。そしてまた怒鳴られる大半の原因を作った、ここにはいないスレイを恨めしく思った。

 

「人間に危険を知らせる目的が果たされたのなら早々に戻ってくれば良いものを、こんな所で油を売りおって!里の皆がどれだけ不安に思っていたことか!!」

「里のみんなを不安にさせたことは謝るし、本当に悪かったと思っている。だけど聞いてくれジイジ!僕達にも事情があって―――」

「そんな謝り方で誠意が見て取れると思うてか!!特にお前の母はあれからずっとお前を想って泣いておったのじゃぞ?」

 

 ジイジに叱られ、まず目の前の心配させた母に謝らなければならないと気付いたミクリオ。

 

「……母さん。心配かけて、本当にごめん!」

「……っ!」

 

 深く頭を下げて謝るミクリオに、感極まったミューズが今度こそ駆け寄りミクリオを強く抱きしめる。

 

「貴方が無事で、本当に良かった……!母さん、貴方に何かあったんじゃないかと心配で心配で……」

「そんな大げさな……」

 

 年頃の少年らしく、照れ臭いため内心離して欲しいミクリオだが、無理に離れようとすればまたミューズを泣かせてしまうとわかっているためしばらくそのままにしておく。

 

 ミクリオが生まれる前はこうでは無かったようなのだが、ミクリオが生まれて間もなく夫が亡くなったため、ミクリオに対して度を越して心配性になってしまったのだ。

 

「母さん、そろそろ……」

 

 本題に入るためにも離れてもらいたいため、ミューズの肩を軽く叩くミクリオ。しかしミューズは離れようとしない。

 

 どうしたものかと考えるミクリオだが、ふとこの光景をエドナに見られたらまた何か言われかねないと思い宿の窓を振り向く。

 

 

 その窓に映っていたのは、ミクリオの方をバッチリと見ているエドナ。その顔に浮かべていたニヤニヤ笑いは、ミクリオと目が合ったことでより一層深くなる。

 宿の構造上、エドナがミクリオを見下ろす形になっていることも憎らしい。

 

「ミューズ。そろそろミクリオと話がしたいのじゃが良いかな?」

「あ、はいっ」

 

 名残惜しそうに離れていくミューズ。離れてもらったミクリオは放心状態となっていた。

 

「何じゃ、シャキッとせんかミクリオ!して、スレイは今どこに居るんじゃ?」

「…………あ、ああ。スレイなら今森に潜んでいる憑魔を浄化しに行ってるところだ」

 

 なんとか復帰したミクリオはジイジに説明する。スレイが導師になったことも既にノルミンを介して説明してあった。

 

「お願いだ、ジイジ。町の人達を治療してやってくれないか?僕達では、これ以上手に負えないんだ」

 

 懇願するミクリオ。初めからマーリンドに来ても良いと思う者を連れて来たようで、ウーノとロハンはジイジの答えを待つのみである。

 

「…………良かろう」

 

 意外な程呆気なく了承してくれたジイジ。

 だが次の言葉にミクリオは頭の中を真っ白にさせた。

 

 

「お前達の後始末は儂等大人が引き受ける。冒険は終わりじゃ。お前達子供は即刻イズチへ帰れ」

 

 



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16.火神招来

2016/3/25
 15.焦燥というタイトルを変更しました。

2016/4/9
 神依する前の文に、アリーシャにアタックを預けてと追記しました。

2016/5/10
 大剣をその手に掲げ→大剣をその手に携え、間違っていたので修正しました。


 ジイジから言われた言葉。「帰れ」というその一言に場の空気は静まり返る。

 数秒遅れて、ミクリオは頭が混乱する中、何とか言葉を絞り出した。

 

「か、帰れって今からイズチに………?だけど、ここからイズチまでかなりの距離が―――」

「儂等の乗ってきたグリフォンには、人目につかない町の外で待つように言ってある。ウーノとロハンをこの町に残らせるのだから、その分お前達も乗れるじゃろう。今の下界には危険が満ち溢れておる。スレイが戻り次第、すぐにイズチへ帰るんじゃ」

「で、でも、僕らは………」

「くどい」

 

 全て言わせないまま、被せるように言うジイジ。

 ミクリオは言葉を続けられず、手の平を強く握りしめ(うつむ)いてしまう。

 

 そんなミクリオを気遣ってか、ミューズはやんわりと話しかけた。

 

「ねえ、ミクリオ。貴方がスレイと一緒に世界を見て回りたいと思っていたことは知っているわ。でもね、イズチでもう少しだけ、あと10年か20年、旅立つ準備をしてからでも遅くないと思う。今回みたいに見切り発車で飛び出すよりずっと良いと、母さんは思うの」

「………………」

「その時になったら、母さんは貴方の事をきちんと見送るわ。だから、今回は我慢して帰りましょう?」

 

 子供に諭すように、ミューズは優しく話しかける。このまま旅を続けるかもしれないミクリオを心の底から心配していた。

 

 俯き続けるミクリオに、ジイジとミューズは諦めて素直にイズチへ帰ってくれるかと思った。だが顔を上げたその瞳には、ジイジ達の期待とは真逆の意志が込められていた。

 

「……………僕は帰らない」

「え?」

「僕はイズチには帰らないっ!!」

 

 ミクリオは声を大にしてジイジやミューズに言い放つ。

 

「確かにずっとスレイと世界を見て回ることを夢見て来た。10年後20年後でも旅は出来ると思う。でも僕はアリーシャやライラみたいな、同じものを見て聞くことの出来る仲間と旅がしたい!見切り発車だろうとなんだろうと、僕は今旅を続けたいんだ!」

 

 ミクリオは必死に自分の気持ちを叫ぶ。

 

「………だがの、今日まで下界を旅したお前ならわかっておるだろう。導師となったスレイは何とかなるかもしれぬが、ミクリオ。お前は天族として若すぎる」

「わかってる。だけど、10年20年なら霊力の上昇もたかが知れてる。だったら今死ぬ気で頑張ってでも、みんなと一緒に行きたいんだ!お願いだジイジ、このまま旅を続けさせてくれ!」

 

 心の内を全て吐き出すようにして叫びながら、頭を深く下げるミクリオ。

 ミューズはそんなミクリオを複雑そうに見つめていた。

 

 ジイジは今なお頭を下げ続けるミクリオを長く見つめ、重く長いため息をついた。

 

 沈黙の後、先に口を開きかけたジイジ。だが何かを察知したかのようにに突如マーリンドの森のある方向へと顔を向ける。

 

「ジイジ!」

「待て」

 

 なおも言葉を重ねようとするミクリオだが、ジイジがそれを制する。不審に思ってジイジが見つめている方向を見るが、ミクリオには何も見つけることは出来ない。先程までと何ら変わらない森の景色に見えた。

 

「………来る」

 

 そう呟いたジイジは眉間に皺を寄せて顔を険しくした。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 兵士2人を連れて森の最深部へと向かうスレイ達。兵士達の状態を考えれば、これ以上の戦闘は避けてマーリンドへ戻った方が良かったが、憑魔がいるらしい最深部まですぐそこだったため一緒に来てもらったのだ。

 最深部に辿り着き、森のより一層開けた空間に出た中心でそれはいた。

 

「導師はん、あの憑魔や~!」

 

 アタックの指す先。広い空間に王者のように居座る植物型の憑魔、エビルプラント。

 紫色をしたヒョウタン型の体に黒い目のような模様。くびれた辺りから腕のように蔓が伸び、その先端はハエトリ草のような形をしている。

 

「来ますわ!」

 

 スレイ達の姿を見つけると一直線に襲い来るエビルプラント。

 跳ねるように近づいて来ると、ハエトリ草のような腕をハンマーのように振り回し、スレイ達目がけて叩き潰そうとしてくる。

 

 攻撃を回避しつつ散開し、各々迎撃を開始する。アリーシャは突きを繰り出す傍ら、2人に攻撃が集中しないよう牽制し注意を引き付ける。スレイは振り回される腕を回避しつつ素早く切りつけ、ライラは少し離れた場所で隙を見て小規模な火弾をエビルプラントに浴びせかけていく。

 

「よし、いけそうだ!」

 

 順調にエビルプラントを押しており、確かな手応えを感じるスレイ。

 このような攻防を何度も行い、最後にアリーシャとライラに合図する。

 

「ライラ、今だ!」

「はい!《我が火は爆ぜる魔炎!バーンストライク!》」

 

 スレイとアリーシャは一斉に離れ、その隙にライラが大きな炎弾をエビルプラントに立て続けに降らせる。

 もう殆ど動くことの出来ないエビルプラントに、スレイは足早に近付き、霊力が込められた儀礼剣で切り裂き浄化した。憑魔の元となっていた一輪の植物が地面に落ちる。

 

「これでマーリンドを蝕む疫病も止まった筈だ」

「ああ、そうだな」

「お2人共、頑張りましたわね」

 

 

 だがそんな時、突然アタックが危機感を募らせ慌て始めた。

 

「あかん!これはあかん~!」

「あかんって、一体何が?」

「マーリンドが蛾みたいな憑魔に襲われてるんや~!」

「「なっ!?」」

 

 驚愕して言葉を無くすスレイとアリーシャ。

 そしてそれに追い打ちをかけるようにして兵士2人がいた方角から悲鳴が上がる。スレイ達の方へ走ってくる兵士の後ろには、今だにゾンビ状態と見られる猪が執拗に追いかけていた。

 

「なんでまだ動いてるんだ!?確かに元凶は浄化したはず、…………って、まさか!?」

 

 驚きながら遅れて気付くスレイ。

 アタックはあのエビルプラントが動物達を殺したとは言ったが、更にその後で霧のようなものが発生して動物達が動き出したと言っていた。つまりカビを撒いた憑魔とエビルプラントは別だったのだ。

 

 スレイとアリーシャは同時に兵士の方へと走り出す。そして兵士とすれ違い様にアリーシャが猪の勢いを殺してスレイが切り裂き浄化した。 

 

「無事か?!」

「は、はい。事前に気付けたのでなんとか無事です」

 

 尋ねるアリーシャに兵士の1人が答える。

 その間にもスレイ達の回りには続々と動物達が集まってくる。互いに背を向けながら構えるスレイ達。

 

「兵士の方達が無事で何よりですわ。ですがどうしましょう?また倒しながらマーリンドに戻っていたら時間がかかり過ぎます」

「…………そうだ。ライラ、レディレイクの聖堂でしたみたいに、神依の炎を噴射させてマーリンドまで飛んでいくことは出来ないかな?あれなら数分でマーリンドに行けると思うんだけど」

「…………そうですね、可能だと思いますわ。ですがスレイさんに加えて他に3人も運ぶとなると、流石に無理です。マーリンドへ到着する前に神依の制限時間の約10分が過ぎてしまいます」

 

 その答えに頭を悩ませるスレイだったが、そこで。

 

「行ってくれ、スレイ」

 

 アリーシャが油断なく構えながら言う。

 

「でもそしたらアリーシャ達が……!」

「………君が向かった後、私は彼等と一緒に隠れていたという遺跡の場所へと向かおうと思う。それほど遠くはないし、いくらかは凌げると思う。2人共、10分有ればこの導師殿がなんとかしてくれる。それまで持ちこたえられるか?」

 

 兵士2人へ尋ねるアリーシャ。ライラの言葉が聞こえないため、いまいち理解しきれていなかったが2人は大きく頷いた。

 

「よくわかりませんが、アリーシャ殿下がそこまで信じている方ならば何の問題もありません!」

「今日までずっと生き延びたのですから、あと10分くらい楽勝ですよ!」

 

 閾値を振り切ってしまったのか、少々ハイになりながら叫ぶ兵士達。それを聞いてアリーシャは笑みを浮かべて頷く。

 

「ハイランドの者は土壇場でこそ強い。私達なら大丈夫だ。私を信じてくれ!」

 

 奇しくも、ライラが例えとして言っていた「私を信じてくれ」という言葉。

 その言葉にスレイは沈黙した後、覚悟を決めた。

 

「……………………わかった」

 

 そう言うと、スレイはアリーシャにアタックを預け、ライラの方へと振り向く。

 

「俺に、力を貸してくれ!『想い焦がす情熱』(リュケーネウロ=アメイマ)!!」

「はいっ!」

 

 ライラが瞬く間に光球へと変わり、そして聖堂で見せた火を象徴するかのような両刃の大剣へと姿を変える。

 スレイが手を伸ばして柄を握ると、大剣から霊力が大量に吸われていく感覚を覚える。以前は制御しきれず倒れてしまったが、既に神依に耐えられる体となったため何の問題もない。

 そして大剣を掴んだ腕から、まるで上書きされるかのようにその姿を変えてゆく。体は染められていくかのように純白の衣装を身に纏い、所々に赤と金の模様が刻まれる。茶色かった髪は白く染まり、身の丈を越すほど長くなり1つにくくられる。スレイが至るところに身に着けていた黄色い羽は火を象徴するかのように赤く染まり、静かに揺れ動く。

 

 

「『火神、招来!!』」

 

 炎がスレイの周囲に吹き荒れる。

 これが神依。地形を変え得る程の圧倒的な力、導師の最強の切り札である。

 

 

「すごい……」

 

 姿を変えたスレイに驚きを隠せないアリーシャと兵士達。呆けている間にもゾンビ状態となった動物達が迫ってくるがしかし、スレイの大剣の一振りで発生した炎によって周囲は浄化され動かなくなった。

 

 

「アリーシャ!ここは任せた!」

「………!ああ!」

 

 スレイの言葉に驚いた顔をするも、アリーシャはすぐ嬉しそうな笑顔になる。

 スレイはそれを見届けると、大剣から炎を噴射させて一目散にマーリンドへ向かっていった。

 

「ふふっ」

「……?アリーシャ殿下、どうされたのですか?」

 

 こんな状況で笑うアリーシャを不思議に思う兵士。

 

「いや………。スレイが私に任せたと言ってくれた、ただそれだけのことなのに堪らなく嬉しくてな」

 

 油断なく周囲を警戒しながらも喜びを噛み締めるアリーシャ。

 

 そんなアリーシャを見て、導師殿が羨ましいと小声で呟く兵士とその後頭部を殴って黙らせるもう1人の兵士。

 

「さあ、導師殿が場を治めてくれた今の内だ!集まってくる前に隠れていた遺跡へ急ごう!」

「「はっ!」」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「《双流放て!ツイン―――》」

「待つんじゃ、ミクリオ」

 

 ミクリオは突如町を襲った巨大な蛾の憑魔、ペインモスに向けて天響術を放とうとする。だがその前にジイジに腕を掴まれ制止させられた。

 

「手を出してはいかん。ミクリオ、お前ではどうにも出来ん」

「だけど!憑魔に今対処出来るのは僕達天族だけだ!ジイジ達も手を貸してくれ!」

 

 ペインモスを見据えながら叫ぶミクリオ。だが誰も何の返答も無いことに不審に思い、ジイジ達へ振り向く。

 ペインモスが羽ばたきと共に放たれる霧、鱗粉によって人々が苦しめられている中、ジイジ以外は気まずそうにしながらも動こうとせず、またジイジは眉間に皺を寄せたまま何も言わない。

 

「………ジイジ?それにみんなも母さんも、どうして?………まさか、彼等を見捨てるつもりなのか?!」

「………ミクリオよ。若いお前には、理解しろと言うのは酷であろう。だが、我等天族は安易に人間に関わるべきでわない。下手に動けば人間に我等の存在が知られてしまう。人間にとって、見えぬ我等は決して尊敬などでは無く、むしろ恐怖の対象となり得るのじゃ」

「………っ!だから、だから見捨てろって言うのか?!」

 

 ジイジは肯定も否定もしない。だがミクリオの腕を掴む手は先程よりも強くなった。

 

 今この時もペインモスはマーリンドを襲い続けている。ばら撒かれた霧のような鱗粉を突っ切って、生気の感じないカビにまみれた動物も次々と姿を現していた。

 兵士達も異変を察知して次々と集まって来ているが、憑魔の鱗粉による視界の悪さも相まってかなりの苦戦を強いられていた。このまま敵が増加し続ければ瞬く間に中心部へと侵入され町は更なる地獄と化すだろう。

 

「くそっ!このっ!」

「視界が悪くて敵を把握しきれない!」

「こいつら、死んで起き上がった住民と同じなのか!?」

 

 何とか迎撃しようとする兵士達だったが、この状況に混乱しきっていた。

 そんな時、ミクリオは遠くの方から男性のくぐもった声と金属が転がる音を耳にする。目を凝らしてよく見れば、兵士の1人がうめき声を上げて地に転がっている。兵士が転がって来た先には生気を感じない猪がいた。彼はこの猪の体当たりを食らったのだったとミクリオは理解する。

 そして止めを差すつもりなのか、兵士の下へと近づいていく。

 

「まずい、あのままだとあの兵士は殺される!」

「行ってはならん!」

 

 ジイジに強く制止されるが、ミクリオはそれを無理矢理振りほどく。そしてジイジに言った。

 

「ジイジ、彼等は人間だ!スレイと同じ人間なんだ!!スレイなら僕達天族を見捨てたりはしないし、僕だってスレイと同じ人間を見捨てるわけにはいかないんだ!!」

「ミクリオ!!」

 

 ジイジを振り切り、倒れた兵士の下へ走り出すミクリオ。猪はすぐそこまで迫っていた。

 

「《双流放て!ツインフロウ!》」

 

 ミクリオの放った天響術が猪に当たり体勢を崩す。そこへ走る勢いそのままに杖を突き出し、霊力を注ぎ込んで浄化した。

 

「はあっ………。よし、これなら僕の力でも何とかなるな」

 

 倒せたことに安心し、息を吐くミクリオ。兵士は自分の身に何が起こったのか理解していない様子だった。

 

「このっ!離れろ!!」

 

 声がした方向を見ると、他の兵士が鳥に襲われながらも倒れた兵士の方へと走ってきていた。

 ミクリオはその後ろを追いかける鳥へ、天響術を放つ。

 

「《出でよ、絡み合う荘厳なる水蛇!アクアサーペント!》」

 

 ミクリオの詠唱により放たれたのは、互いに絡み合う水で出来た蛇だった。蛇は逃げる兵士を通り越し、後ろを追いかける鳥に絡まりそのまま遠くへと消えて行った。

 

 安堵するミクリオだったが、自分に覆いかぶさる影に気付き、はっと振り向く。

 そこには、ミクリオの背丈を優に超す大熊がミクリオと兵士に襲い掛かろうとしていたのだった。

 

「まずい………!」

 

 そう言ってミクリオは倒れて動けない兵士の腕を掴もうとするが、自分は人間に触れることが出来ずすり抜けてしまう事実を思い出す。普段から人間のスレイやアリーシャに触れることが出来ていたため、咄嗟の事で天族は人間に触れられないということを失念していたのだった。

 

 振り下ろされる凶爪。そこへ。

 

「《氷刃断ち切れ。アイスシアーズ!》」

「《赤土目覚める。ロックランス》」

 

 突如、地面から氷柱が突き出し大熊の爪を挟んで防ぐ。更に同じく地面から飛び出した、先の尖った石柱が大熊の体を突き刺し縫い止めたのだ。

 

「ミクリオ、怪我は無い!?」

「やっぱりミボね。こんな状況で気を抜くなんて、間抜けにも程があるわ」

 

 慌てて駆け寄るミューズと、傘を差しながら平常運転で毒舌を吐くエドナがミクリオの側に歩いてきた。

 

「母さん!?………とエドナも」

「せっかく強くて可愛くて、更には思いやりのあるわたしが助けてあげたのに随分な言い草ね。ああそっか、ミクリオ坊やは愛しいママにだけ助けてもらいたかったから、わたしにはお礼の一言も無いのよね」

「エドナが助けてくれることが意外だっただけだろう!?それから僕はママなんて言ってないし、自分で可愛いとか思いやりがあるとか言うな!全く、そんなだからお礼も言いたくないんだよ!」

 

 さもおまけというようについ言ってしまったミクリオに対してエドナは毒舌を重ね、それに対してつっこみを入れるミクリオ。

 言い争いをしながらも周りを警戒するミクリオ達。やってきた兵士は倒れていた兵士に肩を貸し、周りで起こった現象に混乱しながらも、何とか路地の方へと移動していった。。

 

「母さんと、それからエドナもありがとう。お陰で助かった。だが良いのか?ジイジの忠告を無視しても」

「家族を守るためだもの。ジイジ様も、イズチのみんなの事を想ってああ言っていたのよ。そこはわかってあげて」

 

 ミクリオは2人にお礼を言った後、ミクリオと同じくジイジの制止を振り切ってきたであろうミューズを心配する。イズチの里と、そしてそこに住む天族やスレイを大事に想っていると知っているミクリオは納得はしていないものの理解することは出来た。

 ちなみに、若干付け加えた感のあるミクリオのお礼の言葉に、エドナは誠意が無いと愚痴を零していた。

 

「で?あの子達が浄化しに行った憑魔が何でここにいる訳?」

「………わからない」

「そう。ライラがいるから殺されたとは思えないし、案外、面倒になって逃げたのかもね」

「スレイは絶対にそんなことはしない。必ず憑魔を浄化しに来るはずだ」

 

 スレイ達の身に何かあったのではないかと不安を募らせるが、それよりもミクリオはスレイを信じていた。

 

 周りを警戒していたミクリオ達は、いつの間にか周りの怒号や戦闘音が減っていることに気付く。そして程なくして、ジイジ達がミクリオ達の下へ歩いてきた。

 

「この馬鹿もんが。お前1人では、出来ることなどたかが知れてるとわかるであろうに」

「………まさか、人間達を助けてくれたのか?あんなこと言っていたのに?」

「………まあ、これほど視界が悪ければ、誰が何をしたかなど判別のつけようもなかろう」

 

 ふん、と大層不機嫌そうに鼻を鳴らしてそっぽを向くジイジ。ウーノとロハンも、やれやれとばかりに苦笑を浮かべている。

 

「あ、ありがとう、ジイジ」

「良い。それより、来たぞ(・・・)

 

 ジイジはそう言って視線を一点に固定する。それはスレイ達が憑魔を浄化しに行った森の方角だった。

 ジイジが見つめている方角を見やるも、何も見ることは出来ない。だが程なくして、ぼんやりと赤みを帯びて灯る小さな光が見て取れた。その光は見る見るうちに輝きと大きさが増し、勢いそのままに地面に落下して周囲の霧のような鱗粉を燃やしていった。

 

 そしてあらわになる、親友のその姿。

 

「スレイ………!」

 

 純白の衣を身に纏い、ライラが変化した大剣をその手に携え、多大な熱量を帯びた炎を引き連れて、導師スレイは戻って来たのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

『スレイさん!もう時間が……!』

「わかってる!一気に片を付けるっ!!」

 

 神依を発現させて一目散にマーリンドへ向かったスレイは、霧の発生とその原因の憑魔を見た。

 飛んでいた勢いそのままに荒く着地し、一刻も早く憑魔ペインモスを浄化するべく大剣を構える。

 

 やってきたスレイを危険な存在だと感じ取ったのか、町にけしかけていた死した動物達を反転させスレイを襲わせる。それと同時に強く羽ばたき鱗粉を撒いて目暗ましをする。

 

 全てがスレイ1人を狙うこの状況に対し、スレイは何の脅威も感じはしなかった。

 

「『《炎壁推現!カラミティフレア!》』」

 

 神依化し、対となる天族が神器化した大剣を持つスレイは、その天族の属性の天響術、それも極めて高い威力の神依専用の術を使えるようになっていた。

 

 突如としてスレイの眼前に巨大な炎の壁が出現する。その壁は津波のように動物や鱗粉、ペインモスへと襲い掛かり、次々と呑み込んでいく。

 動物は浄化され動かなくなり、鱗粉は燃え散り、ペインモスは金切り声を上がて燃え盛る。

 

 スレイの構える大剣は纏う炎が猛り、勢いを増す。そしてその熱により眩しい程に白熱していく。

 大剣から炎を噴射させ、スレイが跳ぶ。

 

「これで終わりだ!!!」

 

 スレイは炎渦巻く大剣を、渾身の力をもって振り下ろした。




 ペインモスという憑魔は原作にはいません。ペイン(苦痛)モス(蛾)です。
 やっとマーリンド編の終わりが見えてきました。あとはいくつか話を入れてから新章に移ろうと思います。


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17.葬送

 憑魔ペインモスを浄化した後、程なくして神依が解け元の姿へと戻るスレイ。ライラも大剣の姿からいつもの人型に戻っている。

 

 そしてスレイは、自分を見つめるミクリオとエドナ、そして一週間ぶりの見知った天族達に気付き喜色を浮かべて駆け出す。

 

「ジイジ!それにミューズさん達も来てくれ―――」

「この馬っっ鹿もーーーーーんっ!!!」

「えぇっ!?」

 

 喜んでいたのも束の間、ジイジの大音量の怒声によって再会を喜ぶ気持ちと憑魔を浄化し町を救った達成感が一気に吹き飛び、うろたえる。

 そして再び始まるジイジからの説教。ミクリオと同じく、すぐに帰って来なかったことを叱られる。また、そもそも里を出る時に一言も無かったことや、どれだけ皆が心配していたかを散々言われることとなった。

 

 ちなみにスレイとジイジのやりとりを見て、ミクリオは胸がすっとする思いだったという。

 

 そんな中、兵士が困惑気味にスレイへ近づいていく。

 彼等からすれば視界が利かない中、いくら傷を受けても怯みもしない敵を前に絶望しかけた時に、突如として純白の衣を纏った少年が現れ瞬く間に事態を収束させてみせたのだ。この展開の速さに困惑するのも無理はなかった。

 誰もいない空間に話しかけたり頭を下げるスレイを不審に思いながらも、アリーシャ王女が連れて来た導師だとわかっているため特に警戒はせず近づき状況を問う兵士。スレイから疫病の鎮静化と元凶の退治を聞き、状況を把握した兵士は町長のネイフトの所へと報告しに行ったのだった。

 

「して、イズチへ帰るという話じゃが………」

「ジイジ、俺は帰らないよ。………夢だった旅を続けて行きたいって気持ちもあるけど、それ以上にこういう現実を目の当たりにして、変えられるかもしれない力を持っているのにイズチに戻るなんて俺には出来ない。目の前で困っている誰かがいるなら助けたいって、思うんだ」

「………………それは、過酷な現実だとしてもか?」

「うん。………それに、そんな現実が全部無くなった世界を見て回ってみたいしさ」

 

 そう言ってスレイは子供のようにニカッと笑いかける。

 

「………そうか。ならばもう好きにせい。この頑固者が」

「俺の頑固さはジイジ譲りだから」

「フン。大馬鹿もんが」

 

 ジイジ譲りだと言われ、スレイを軽くど突く。不機嫌な顔を作りながらも、ジイジはどこか嬉しそうにしていた。

 

 

 そして程なくして、先程の兵士に連れられ急いでやってくる町長のネイフト。周りの状況に目を配りながらも、今だに信じられないといった面持ちでスレイへと近づいて来る。

 

「ス、スレイ殿。兵士から聞きましたが、本当に疫病は終わったのですか?」

「はい。元凶だった魔物は退治したので、もう疫病が広がることは無いと思います。重症だった人達はこれから少しずつ回復していく筈です」

 

 実際は重症患者の自然回復と合わせて天響術による回復を行っていくのだが、天族のことを話す訳にはいかないため詳しいこと言わないでおいたのだ。

 

「そうですか。………スレイ殿。このマーリンドを救って下さり、本当に有難うございます。………………スレイ殿に折り入って頼みたいのですが、貴方の作り出す炎で死者を弔ってはもらえませんかな?」

 

 感謝と共にそんなことを申し出たネイフトに、スレイは快く承諾したのだった。

 

 

「スレイ」

 

 ネイフトが離れて行った後、ジイジに呼び止められるスレイ。スレイが振り向くと、ジイジは何もない手から何やら木製の物を出現させてスレイに差し出してくる。

 

「!これ………」

「マイセンの位牌じゃ。………まだ整理はついてなかろう?」

 

 天族が死んだ場合、その体は僅か一日で崩壊し、まるで自然に還っていくかのように空気に溶けて消えていく。人間からしてみればそれは肉体の崩壊するスピードが異常に早いと感じるかもしれない。だが彼等天族は人の形を取ることが出来てもやはり人間とは違うため、これがごく自然のことだった。

 だからと言って、心情としても同じように区切りがつけられるかと言うとそうでもない。そのため天族は枝木を削って位牌を作り、死者に対して安寧を祈るのだ。

 

 すぐにでも落ち着ける場所へ行ってマイセンの位牌に手を合わしたいスレイだが、まだやることは残っている。

 アリーシャ達の安否を確かめることだ。そこでスレイは、今まで宿の中で隠れていたディフェンスに話して、ノルミンの交信能力を介してアリーシャ達の無事を確かめるのだった。

 

 それによると、1、2度危ない場面はあったものの皆大した怪我も無く、また操られていた動物の死体は完全に動かなくなったとのことだった。

 隠れた遺跡の残骸はどうやら地下に作られた小部屋のようなものであるらしく、十分に休憩を取ってからマーリンドへ向かう予定のようだ。

 

 そしてその約3時間後、アリーシャとアタック、兵士の2人は死んだ兵士の識別タグや遺品を出来るだけ持って戻って来た。

 生き残った2人の兵士はマーリンドの仲間と生きた喜びを分かち合い、そして死者を想って泣いた。

 

 その後、スレイ達は部屋の一室を借りて、いくつか流れを省略しながらもマイセンの葬儀をジイジ主導のもと執り行った。ジイジの鳴らす鈴の音を聞きながら手を合わせて祈るスレイとミクリオ。

 この時初めてアリーシャはスレイが家族にも等しいイズチの里の天族を、あの暗殺者ルナールによって亡くなっていたことを知る。言えばアリーシャは自分のせいだと悔やむと思い、スレイは言っていなかったのだ。

 

 ほんの数日前ならば正しくその通りだっただろう。間接的でも原因を作ってしまったと思い込み、必要のない謝罪を口にしていたかもしれない。だがアリーシャは少しの間俯きはしたものの、顔を上げ、真摯にスレイの目を見つめて、どうか私にも手を合わせさせて欲しいと告げたのだった。

 ジイジに許可を取ってから静かに頷くスレイ。アリーシャは位牌の前で正座をし、静かに手を合わせるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 憑魔を浄化したその翌日。

 

 マーリンドの住民のほぼ全員が町の広場に集まっていた。これから導師の炎による犠牲者の火葬が執り行われるのだ。

 

 遺体は損傷が激しいため、布にくるまれ白を多く含む花々が入れられた棺桶に安置されている。そして住民が順々に手に持った花を死者に手向けていくのだ。

 それが終わるといよいよ火葬に取り掛かる。並べられた棺桶の前に立ち、決めていた通りライラと神依化する。

 突如輝くほどの純白の衣装に包まれたスレイに驚き騒めくも、段々と声は消えていく。

 

 スレイは大剣を祈るように胸の前で掲げた後、ゆっくりと、そして静かに横に振るった。

 瞬く間に棺桶に火が付き炎は次第に大きくなっていく。そして炎の高さがスレイの身長の倍以上になった頃、周りから小さな声が所々に響いてくる。

 

 祈り、言葉を呟き続ける老人。

 肩を寄せ合いすすり泣く夫婦。

 炎の前で泣く幼い妹とそれをあやす兄。

 

 そんな悲しい声を聞きながら、スレイは炎から空へと立ち昇る白い煙を祈るような気持で見上げる。それはまるで、死んだ者達が空へと昇っていくかのようだった。

 

 

「スレイ殿にアリーシャ殿下。この度は何から何まで手を尽くして頂き、誠に有難うございます」

 

 犠牲者の火葬が終わった後、頭を深く下げてスレイとアリーシャに再度感謝の意を表す町長のネイフト。ジイジ達イズチの者とミクリオ、ライラ、エドナもこの場にいるが、当たり前のことながらネイフトには見えていない。

 

「俺達は導師の役目として、当たり前の事をしたまでですから」

 

 そう言いながらも照れるスレイ。

 

「疫病や蛾の魔物もそうですが、何より導師であるスレイ殿に弔ってもらったことで、皆の心も前向きになれたのではないかと思います。以前のような町に戻るにはまだ時間はかかるでしょうが………」

「………………俺、この町に初めて来たんです」

 

 一見脈絡のないスレイの言葉に疑問に思いながらも続きを待つネイフト。そしてスレイは笑顔になって言う。

 

「だから次にマーリンドに来た時に今よりどれだけ活気づいたのか、楽しみにしてます!」

「………ふふ、そうですな。ならスレイ殿に、マーリンドがどれだけ素晴らしい所なのかを知ってもらうためにも復興を頑張らなければなりませんな」

 

 ネイフトは顔に刻まれた皺を深くして、スレイの笑顔に応えるのだった。

 

「ところでスレイ殿。この町を救ってくれた貴方に何かお礼をしたいと思っているのですが、何かありますかな?とは言ったものの、ここにあるのは書物や美術品ぐらいですが………」

「えっ!?本が貰えるんですか!?」

「スレイ、少しは自重してくれ。はしゃぎ過ぎだ」

「ミ、ミクリオに言われなくてもわかってるって………。もし貰えるなら本が欲しいけど、旅をするには邪魔になるかもしれないし………」

 

 ネイフトから本が貰えると聞いて目を輝かせ始めるスレイだったが、すぐにミクリオに窘められる。

 小さい頃から天遺見聞録を何度も読み、他にも数冊の本を持っていたスレイだが、逆にそれだけしか持っていなかったため新しい本に飢えていたのだ。

 

 悩むスレイだったが、ふと閃いてエドナの方を見るスレイ。突然見られて怪訝な顔をするエドナをよそに、スレイは笑顔で目を輝かせるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マーリンドにある聖堂の中。

 ここには今だ重症の者達が多くいた。だが以前とは違い、カビ臭い不快な臭いは既になく、部屋のどこを見回しても清潔そのものだ。また患者の皮膚に見られていたカビは取り払われ、表面的にはもう健常者と変わらないように見える。

 

 そんな中、忙しそうに診察をしている医者達に交じって天族が2人、天響術による治療を施すためここにいた。

 

「彼等の具合は何とかなりそうか?」

「ああ、これならば問題はない。1~2ヶ月天響術をかけ続ければ、皆完全に回復するだろう」

 

 重症患者に天響術をかけるウーノと隣で様子を見ているミクリオ。先程までロハンも一緒だったが、地の天響術を全員にかけ終えると散歩に出かけてしまった。

 

 

 ネイフトと話し終わった後、スレイ達は話し合いマーリンドに4~5日程滞在することになった。

 その理由は3つ。

 

 1つは動物達の遺体についてだ。憑魔に操られていたため町や森の広範囲に散らばっており、このまま放置すればまた新たな疫病を生んでしまう恐れがある。そのため、数日に分けて探し出し、火葬または土葬することになった。

 

 もう1つは内臓にまで侵された重症者の回復の経過を見るためだ。憑魔を浄化して活動を停止したものの、今だに憑魔の一部のカビが体内に残ってしまっている。スレイ達に出来ることは既に無いが、だからと言ってそのままウーノやロハンに丸投げして、次に行く訳にはいかなかったのだ。せめて問題なく回復するとわかるまでは安心出来なかった。

 

 最後の1つは、スレイのある思い付きによるものだ。それ(・・)をするには、どうしてもある程度まとまった時間が必要だったのだ。

 

 

 そのため、今はそれぞれ別行動を取っている。そしてミクリオは、同じ水の天族としてウーノから何か学べることは無いかと思い、聖堂を訪れていたのだった。

 

「それは良かった。ところで、ウーノは霊力以外で強くなれる方法を何か知らないか?ちょっとしたことでも構わないから」

 

 尋ねるミクリオに対し、ウーノはしばし考え込む。

 

「………済まない。わからない」

「そうか………」

 

 そんな都合の良い方法など無いだろうとは思っていたものの、気落ちしてしまうミクリオ。

 

「私がお前のような歳の頃は、天響術などは1種類使えるかどうかだった。お前は十分優秀だと思うがな」

「………優秀かどうかじゃないんだ。僕は旅を続けたい。そのためにはスレイ達に並ぶ程の力をつける必要があるんだ。だから―――」

「並ぶ必要などあるのか?」

「え?」

 

 ウーノの予想外の問いに虚を突かれるミクリオ。

 それに構わずウーノは続ける。

 

「お前は思い違いをしている。仲間と旅をするとは、力や才能だけが全てではない筈だ。自分は足手まといだと思っているようだが、本当にそうなのか?この町に来るまでに何もせず、誰も助けなかったのか?」

 

 そう問いかけるウーノの言葉に、ミクリオはイズチを出てから今日までのことを困惑しながら思い返す。

 そして確かに全く役に立っていなかったとは言えなかったかも知れないと思い至ったものの、やはり自信が持てなかった。

 

「自分に自信が持てないのならば、一度仲間に尋ねてみると良い。お前の悩みに真剣に答えてくれる筈だ。何故なら彼らは、お前が一緒に旅をしたいと思える程の仲間なのだから」




 次回投稿は出来るだけ1週間以内にはしたいと思います。


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18.気難しい彼女

 活動報告にも書きましたが、遅くなってしまって申し訳ありません!
 題名通りに描写出来ていたら嬉しく思います。

2016/4/29
 アリーシャの口調に関して一文加筆しました。
 エドナ「わかったわ。一緒にいく」→「良いわ。一緒にいく」に変更しました。
 アリーシャにも誘われたことを加筆しました。


 エドナは苛ついていた。その原因はスレイの行動だった。

 

 ネイフトと話していた時、突然顔を向けたかと思えば、妙案が浮かんだとばかりに勝手に目を輝かせるスレイ。そしてエドナが頼みもしないのに、マーリンドにあるドラゴン関連の本を全て読ませて欲しいと頼んだのだった。

 ドラゴンになった兄を元に戻す手がかりを探すためだと気が付いたエドナは、そんなことをしなくて良いと言ったのだったが、自分が調べたいだけだからと言って全く聞こうとしなかった。

 

 ジイジ達イズチの天族も、ドラゴンのことについては殆ど知らないようだった。

 

 森での捜索や重症者の様子見をする一方で、書庫に入り浸りドラゴンに関する手がかりを探すスレイ。アリーシャやライラ、ミューズ、そして渋々ながらミクリオも時々手伝っていた。

 手がかりなど見つからずにすぐ諦めるだろうと思っていたエドナだが、予想に反して5日経った今も探し続けている。無意味なお節介を焼く彼ら、主にその中心であるスレイに対して、苛々を募らせていたのだった。

 

 マーリンドの町を適当にうろつくエドナ。この苛々をどうにか発散出来ないものかと思いミクリオを探すものの、近くには居そうにない。だがそんな時、エドナはネイフトを始めとした面々と今後のマーリンドついて話をしているアリーシャを見つける。

 

「………では国にはこのように報告しておきます。他に物資で不足しているものはありますか?」

「いや、当面はこれで問題ありません。それではよろしくお願い致します」

「「あ、あのっ!王女様!」」

 

 ネイフトとの話が終わった後、数人の少女が緊張気味にアリーシャに話しかけて来た。

 

「うん?どうしたの?」

 

 アリーシャが少女に目線を合わせて尋ねる。

 すると1人の少女が後手に持っていた、甘い香りのする袋をアリーシャに差し出した。中を見るとプレーンとベリー系のクッキーが袋いっぱいに詰め込まれていた。

 

「これ、お母さんに習ってクッキーを作ったんです!王女様と導師様達に、町を救ってくれたお礼がしたくて!」

「これ貴女達が作ったの?すごく良い香りね、どうもありがとう。なら私から導師様にも渡しておくわね?」

「はい!お医者様や兵士の人達にも渡さなきゃいけないから、失礼します!」

 

 赤く照れた笑顔で元気に返事をする少女。そして彼女達はペコリとお辞儀をして走り去って行った。

 

 少女達を見送った後で、アリーシャは改めて香りを嗅いでみる。バターや砂糖、そしてベリーの甘酸っぱい香りが胸いっぱいに満たすと、自然と笑みが零れていた。

 

「へぇ、それがあなたの素の話し方なんだ?」

「わわぁっ!?エ、エドナ様!?」

 

 背後から突然話しかけてきたエドナに仰天し、アリーシャは危うく貰ったクッキーを落としかけてしまう。

 

「ちょっと。しっかり持ってないと危ないじゃない」

「も、申し訳ありません。エドナ様が側にいると気づかなかったものでつい」

「別に良いけど」

 

 エドナは興味無さ気に相づちを打ちつつ、クッキーの入った袋を見ながら、わたしにも貰う権利はあるわよね?と聞いてくる。

 天族は人間には認識されないためその活躍は知られてはいないが、人々のために尽力してくれたことは明らかだ。少女も町を救ったお礼と言っていたのでアリーシャは勿論です、と頷いて袋を差し出した。

 

「それで、何で普段はあんな男っぽい口調にしてるのよ?」

 

 エドナはクッキーに舌鼓を打ちながら尋ねる。アリーシャは恥ずかし気に口を開いた。

 

「その、私がまだ騎士見習いだった頃に師匠から言葉遣いで注意を受けたのです。言葉が軟弱だと心まで弱くなってしまう、騎士としての自覚を持てと。そのため私は師匠を真似て、騎士である時はあのような口調で話すことにしたのです。ただ、王女という立場も相まって子供やお年寄りにはかなり高圧的に聞こえていたようで、その時々に応じて変えることにしたのです」

「ふーん。わざわざ男の師匠の言葉を真似なくてもいいのに」

「あ、いえ、マルトラン師匠は女性ですよ。ここ最近はローランス帝国とは小さな衝突を繰り返すのみですが、師匠は10年ほど前の戦争では『蒼き戦乙女』(ヴァルキリー)と恐れられ、その当時のハイランド王国では最強だったそうです」

 

 エドナは適当に相づちを打つ。

 

「そんなにすごい人が、よくあなたみたいな弱そうな人を弟子にとったわね。やっぱりお姫様だからかしらね」

「………はい。その通りです。騎士に憧れた私は、無理を言って師匠に頼み込んだのです。父も出来るならやってみろという姿勢だったので、簡単に騎士見習いにさせてもらえました。ですが問題はその後でした」

 

 アリーシャは当時の事を思い返して苦笑する。

 

「他の騎士見習いと同じように兵舎へ入れられ、最初の頃は毎日雑用ばかりさせられて、王女としての扱いはまるでされませんでした。師匠からは、この程度で音を上げるなら辞めろと事あるごとに言われました」

 

 事実、アリーシャと同時期に入った騎士見習いは耐えきれずに辞める者も多く、1ヶ月で当初の半分の人数となっていた。

 騎士となる者はその殆どが家を継がない貴族だ。そのため自尊心の高く、雑用を押し付けられることに我慢ならなかったのだ。

 

 マルトランはただアリーシャに辛く当たっていたのではない。アリーシャに騎士になる厳しさを身をもって教え、音を上げるまで待っていたのだった。だがマルトランの意に反して、アリーシャは2ヶ月、3ヶ月と辛い日々を順調に乗り越えていき、遂には騎士となったのだった。

 

「やっと騎士に任命された日の事は今でも鮮明に覚えています。それまで鬼のようだった師匠が優しい顔で、良く頑張ったなと初めて褒めてくれたのです。あれは本当に嬉しかった………」

「ふーん」

 

 思い出に浸るように話すアリーシャ。任命された後マルトランから数々の非礼を深く謝罪されたが、むしろ特別扱いなどせずに自身の甘い考えを叱咤してくれたことに感謝した。正式に騎士となってからはマルトランから直々に槍の手ほどきを受けたのだった。

 

 熱の入るアリーシャとは逆に、聞いていたエドナはどうでもいいけどちょっと気になった程度の興味だったので冷めたままだった。

 そんなエドナに気付き、アリーシャはしまった、と思うと共に別の話題に切り替えた。

 

「そ、そういえばエドナ様。約束していたお願いは何か決まりましたか?」

 

 慌てたアリーシャにそう聞かれ、そういえばそんな約束をしていたと思い出すエドナ。機会があれば何かお願いという名目の意地悪でもしようと思っていたが、スレイの事もあり、またどうでもいい約束だったため今の今まで忘れていたのだ。

 

「そうね………。何でも良いのよね?」

「はい!」

 

 アリーシャの気持ちの良い返事を聞いて、エドナは薄く笑みを浮かべる。

 

「じゃあ踊って」

「………はい?」

 

 アリーシャは意味がわからず疑問符を浮かべるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 アリーシャとエドナはあまり人目のつかない場所へと移動した。

 エドナとしては道の往来でアリーシャに踊らせることも面白いとは思ったものの、今から教える通称・リスリスダンスを仮にも一国の王女が人目のある中独りで踊っていた場合、彼女の社会的地位はことごとく失墜するだろう。

 

 ちょっとした意地悪が大好きなエドナだが、流石に相手の人生を奪うような悪辣なからかい方は好まなかった。

 

 エドナは貰ったクッキーを持ちながら、目の前で踊るアリーシャに厳しく指導する。

 

「全然駄目ね。いい?リスリスダンスで一番重要なのは腰よ。見る者にもこもこふさふさのリスの尻尾をはっきりと幻視させるのよ。あなたのそんな小さい腰振りじゃ、世の男共は見向きもしないわ」

「え、えっと、踊りに男性は関係ないと思うのですが………」

「あなた馬鹿?動物の踊りと言えば求愛のダンスよ」

「き、求愛!!?」

「そうよ。自分の好きな異性を落とすために、時に可愛らしく、時に情熱的に相手を魅了するの。スレイでもミボでも良いから目の前に男がいると思って踊りなさい」

「えっ!?いや、あのっ!?」

 

 内心アリーシャのあたふたする様を楽しみながら、殊更真剣ぶった顔で指導するエドナ。

 アリーシャは顔面を火を噴いたように赤くしながら踊り続ける。頭の中は既にパニック状態だった。

 

「アリーシャ。せっかくわたしが教えてあげてるんだから、もっと真剣にやりなさい」

「い、いえその!真剣にと言われましても………!」

「………はぁ。しょうがない。どうも真剣になれないようだから、とっておきの秘密を教えてあげるわ」

「とっておきの秘密、ですか?」

「ええ。リスリスダンスという踊りは腰を酷使する。それはつまり腰の強化に繋がるわ。その結果、リスリスダンスを極めれば槍の威力が倍増するのよ」

「!!!」

 

 雷に打たれたかのように驚愕するアリーシャ。

 

 だが嘘である。

 もしかすると多少の威力は上がるかも知れないが、そんなことはエドナもわからないのだ。

 

 まだ顔は赤いものの、キリリとした真剣な面持ちに変わるアリーシャ。その澄んだ瞳には先程のような羞恥や混乱は見られない。

 

「エドナ様が私を想って直々に教えて頂いているというのに、不真面目なことをしてしまい本当に申し訳ありません。見た目に惑わされた私が愚かでした」

「気にしないで良いわ。あなたなら大丈夫。きっとこのリスリスダンスをものに出来るわ。しっかりと精進するのよ」

「はいっ!」

 

 こうして更に2時間、アリーシャは踊り続け、エドナはからかい続けるのだった。

 

 

 リスリスダンスを踊り終えた後。

 

「エドナ様!この度は直々のご指導、誠に有難うございました!」

「お礼なんて要らないわ。わたしも色々楽しかった(・・・・・・・)しね」

 

 大量の汗を掻きながら、澄み切った笑顔で感謝を述べるアリーシャ。これほどまでに清々しい気持ちはマルトランとの槍の稽古で辛くも1本取った時以来だろう。エドナの嘘には微塵も気が付いていないが。

 対するエドナも、理由はどうあれ楽しかったというのは本心だった。ここまでからかい甲斐のある人間は中々おらず、また真剣に信じてくれるのだから面白かった。少なくとも、スレイに抱いていた苛々は無くなったのだった。

 

 だが、楽しかった、という気持ちを言葉にして、エドナは一転して心に陰が出来る。

 この数百年の間、エドナは楽しいなどと言う気持ちを持たずに過ごしてきた。人に裏切られ避けるようになり、ドラゴンになった兄を見捨てることが出来ずに無為に過ごす日々。明日から、またそんな生き方を続けなければならないという現実に寂しさを覚え、また人間に関わり過ぎたと後悔したのだ。

 

 アリーシャはエドナの変化を察し、尋ねる。

 

「エドナ様?どうかなさったのですか?」

「………別に。ただ、また元の生活に戻るのかと思うと少し―――」

 

 と言いかけてエドナは咄嗟に口を(つぐ)む。沈んだ気持ちに引きずられて、認めたくない気持ちが思わず口を突いて出てしまったのだ。

 言いかけて止めたエドナに、アリーシャは疑問を深める。

 

「少し………どうしました?」

「………何でもないわ。気にしないで」

「………………」

 

 会話が途切れ、沈黙が続く。そしてエドナはこの沈黙に耐え切れなくなり、どこかへ行こうと歩き出そうとした時、アリーシャが口を開いた。

 

「あの、エドナ様」

 

 エドナはピタリと足を止める。顔だけアリーシャの方へ振り向いた。そして。

 

「よろしければ、私達と共に旅をしませんか?」

「………え?」

 

 その言葉を聞いてエドナは目を見開く。

 

「今、スレイはドラゴンに関しての手がかりを探しています。この先エドナ様のお兄様を元に戻す方法が見つかるかどうかはわかりません。ですが、旅をすれば思いがけない何かが見つかるかもしれません。それに………」

「………それに?」

 

 一旦区切ったアリーシャと、その続きを促すエドナ。アリーシャは、少し照れたはにかんだ顔で言った。

 

「エドナ様が一緒ならきっと、旅がもっと楽しいものになると思うのです」

 

 アリーシャは、少し、の後に続く言葉が『寂しい』ではないかと予想した。事実それは当たっていたのだが、アリーシャはそれをそのまま聞いてしまえば、この少女は恐らく反発するのではないかと思ったのだ。そこで自分なりに言葉を探し、嘘ではない、真摯な言葉を伝えたのだった。

 

 しかしいつまでも反応が無いことに焦り出すアリーシャ。そして。

 

「あ、あの!あとリスリスダンスの他にも踊りを教えてもらいたいですし、それにっ―――!」

「プ、フフッ」

「え?」

 

 アリーシャの予想外の言葉と狼狽え様に思わず吹き出すエドナ。

 アリーシャにきちんと向き直り、言う。

 

「アリーシャの気持ちはわかったわ」

「え、では………」

「そうね。考えておくわ」

「…!はい、ありがとうございます!」

 

 エドナの答えに喜び頭を下げるアリーシャ。

 

 エドナは、アリーシャが自分の言いかけた言葉が何なのか気付いているのだろうと思った。それでもその気持ちを利用しないアリーシャに、ほんの少しだけ心の中でお礼を言うのだった。

 

 さて、旅をするにしても断るにしても、エドナがアリーシャに応えるためにはスレイの真意を聞かなければならない。

 どうして頼んでもいないのに、時間を割いてまでドラゴンを調べるのかがどうしてもわからないのだ。スレイが大層な理由を考えているとはあまり思わなかったが、エドナは納得がいかなかったのだった。

 

「スレイに聞きたい事があるから、わたしはもう行くわ。ついでだし、このクッキーも持って行ってあげる」

「承知しました。では申し訳ありませんが、お願い致します」

 

 そう言ってエドナはスレイのいる書庫へと足を運んだのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 見渡す限りに本が並べられている書庫の中で、スレイはドラゴン関連の本に囲まれながら1人頭を悩ませていた。

 そこへエドナがやって来た。

 

「あれ、エドナ?どうしてここに?」

「わたしが来たら何か問題でもあるの?」

「問題は無いんだけど、さ。勝手にドラゴンの事調べて怒らせたから」

「………もう怒ってないわ」

「………ごめん」

 

 スレイはばつが悪そうに言う。

 ネイフトに告げた後、エドナからそんなことをしなくて良いと暗に否定されたスレイだが、自分が勝手に調べるだけだからと言うと逆上させてしまったのだ。

 迷惑よ、何かのアピールのつもり?ふざけないで等々、散々言われたあとでスレイに近づこうとはしなくなった。ミクリオ達の話によると、時々遠くから様子を見に来てはいたようなのだが。

 

 エドナがそんなにも嫌がるなら止めようかと悩みもした。だがそれだとエドナは元の生活のまま、何も変えられず過ごしていくだろう。

 エドナは望んでそこに居続けたのではない。ただ兄の事を見捨てられずに側にいることしか出来なかったから、数百年の長い間を過ごすしかなかったのだ。

 

 スレイは、自分がまた人を好きになってもらいたいと思った少女が、心を擦り減らし続ける生活を送っていくことに納得がいかなかったのだった。

 

「とりあえず、はい、これ。町を救ってくれたお礼にって、女の子がくれたそうよ」

 

 スレイの様子に軽く溜息をつきながら、エドナはクッキーを手渡す。スレイは喜び、お礼を言って受け取った。

 

「それで、何か手がかりは掴めたのかしら?」

 

 アリーシャの用事を終えて尋ねるエドナ。だがスレイの反応は複雑だ。

 

「ここにある本全部調べてみたけど、直接的な手がかりは見つからなかった。でも、手がかりになるかもしれないものは見つけたんだ」

 

 そう言ってスレイは今にも崩れそうなボロボロの紙束を取り出した。

 

「何、その汚いの」

「あはは………。これはアリーシャ達が避難した遺跡の地下の小部屋あった物なんだ。殆ど風化してかすれてるけど、ほら、ここ」

「………5、体………竜?………これが何?」

「これだけだと何の意味も無いけど、これのお陰で発想の転換になったんだ。八天竜は最初から八体いたんじゃなくて、昔からあった竜の伝承に後付けされて八天竜になったんじゃないかってさ」

 

 スレイの持つ天遺見聞録には八天竜の存在が書かれていたが、詳細な場所やその年代は書かれていない。恐らくこの天遺見聞録の作者は、わざと読者に勘違いさせることを狙って書いたのではないかとスレイは思ったのだ。

 

 スレイは世界地図を取り出しエドナに尋ねる。

 

「いくつかの本ではお兄さんが300~400年前に現れたことになってるけど、それで合ってる?」

「………そうね。約350年前よ」

 

 スレイはペンでレイフォルクを円で囲み、年代を書き込む。そのまま他の伝承やおとぎ話にあった場所と年代を次々書き込んでいく。すると誤差はあるものの、大きく8つの場所に円が集中したのだ。そしてその年代はレイフォルクを含む300~400年前の5ヶ所と、それ以上の年代と思われる3ヶ所に分かれたのだった。

 

「特に古いのはこの3ヶ所。そしてその中の2ヶ所に何か手がかりがあるんじゃないかと思ってるんだ」

 

 1つはレディレイクから北東に位置する、陸から離れた孤島。

 もう1つは北のレイスノー大陸の西に位置する、一面氷に覆われているらしい地域だった。

 

 除外した場所は『竜の餌場』と呼ばれる危険地域であり、伝承から見ても関係は無さそうだと踏んだのだ。

 

「他の場所も探すとして、まずはこの2ヶ所を目標にしようと思う」

「………やっぱりわからないわ」

「え?」

「スレイ。どうして探すの?あなたの目的は何?そんなことしても、あなたに得なんて無いじゃない」

 

 スレイの話を聞いて、兄を元に戻す方法を一応は探そうと努力していることはわかった。

 だがやはり、スレイがそこまでする程の目的がどうしても見えてこなかったのだ。

 

 スレイは沈黙するが、やがて口を開いた。

 

「まず、勘違いされたくないから先に言うけど、エドナ、俺達と一緒に旅をしてみない?」

「………それは、お兄ちゃんを戻す方法を探す代わりに旅に付き合って力を貸せってこと?」

 

 だがスレイは首を横に振って否定する。

 

「違う。エドナが来ても来なくても、戻す方法は探すよ」

「………じゃあ一体何が目的なの?」

「目的っていうか、前にも言ったじゃん」

 

 スレイはニカッとエドナに笑いかけて言ってのけた。

 

 

「エドナに、また人を好きになってもらいたいってさ!」

 

 

 エドナは唖然とした。

 まずそんなこっ恥ずかしい台詞を2度も言える神経を疑い、次にそんな目的で動くスレイの頭を心底心配した。

 

「エドナのこと、ほっとけないんだ。だからお兄さんを元に戻す手伝いをしたいと思うし、旅を通じて少しでも人を好きになってもらえたらって思うんだ。旅の事、少しだけでも考えてくれないかな?」

 

 エドナはさっきまでスレイを警戒していた自分が馬鹿馬鹿しく思えた。

 ここまできて実は何か企んでいるのではないかと思わないでもないが、今までの言動や行動からしてそれほど腹芸が得意ではなさそうだということもわかっていた。

 

「はぁ。あんた(・・・)達って、本当に………」

 

 素直で不器用な、珍しいくらいの変人。

 スレイとアリーシャに対して、エドナはそう結論付けたのだった。

 

「良いわ。一緒にいく」

「えっ!ホント!?」

「ええ。アリーシャにも誘われてたしね。ただし、もし元に戻す方法を探す素振りも見えないようなら、あんたを許さないから」

「わかった。エドナ、ありがとう!」

 

 エドナは威圧するように言うが、真剣に大きく頷くものの堪える様子もないスレイ。そして笑顔でエドナに礼を言うのだった。

 

「仲間になったことだし、せっかくだからサイモンについて少し教えてあげるわ。と言ってもあなた達のことを完全に信じた訳じゃないから、わたしに関連しないことだけだけど」

「うん。俺達の事、少しずつ信じてくれればそれで良いよ」

「………ふん。それで、サイモンが憑魔を従えられる理由だけど、心当たりがあるわ」

「心当たり?」

「ええ。恐らくその理由は、闇の天族の特性である限定的な『洗脳』よ」

 

 天族はそれぞれ属性に応じた特性を持つ。エドナは闇の天族の持つ特性『洗脳』によって憑魔を操っているのだと推測したのだった。



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19.行ってきます

2016/5/7
 ミクリオが~ではないと言うのはおかしいかなと思い、~じゃないに変更しました。

 「善き運命」は表現が微妙に感じたので「小さな希望」に変更しました。


 スレイとエドナが書庫で話し合っていた頃、宿のある一室にて、ジイジはある天族を待っていた。扉がノックされる音が響く。

 

「入れ」

 

 促され入室してきた者。それはスレイの主神であるライラだった。

 

「お久しぶりです。ゼンライ様(・・・・・)

「………今はイズチの里のジイジじゃ。久しいの、ライラ」

 

 緊張した面持ちで挨拶をするライラ。

 対してジイジはライラの言葉を訂正した後、孫を見るように相好を崩す。

 

「随分、お姿が変わってしまいましたね。以前は現在(いま)のわたくしよりも背丈の大きな、雄々しいお姿でしたのに」

「そうさの。お主がイズチの里を去ってから、色々とあったのでな。じゃが極めつけはやはり、スレイとミクリオのことじゃろうな。特にスレイには、随分手を焼かされたからの。黒々としていた髪も真白になってしもうた」

 

 そう言ってジイジが額の広くなった髪を撫でつけると、ライラは思わず苦笑してしまう。昔の獅子の(たてがみ)にも似た豊かな頭髪を思い出してしまったのだ。

 

 ところで、天族の姿はその精神に影響されるため、肉体の経年劣化という現象は起こり得ない。生まれた時は皆人間と同じ赤ん坊の姿をとっており、そこから環境や心境の変化によってそれぞれ姿を変えていくのだ。

 では何故ジイジは黒髪から白髪に変わり、背丈も小さくなったかというと、その理由はスレイにあった。

 

 実はスレイには両親がいない。そしてそんなスレイを今日まで育ててきたのがジイジだった。

 親のいないスレイを息子のように、もしくは孫のように育てたことで、相対的に現在のような厳しくも優しい好々爺の姿へと変化したのだった。

 

 ジイジにとってこの姿は別段望んだものではないが、小さかったスレイやミクリオがジイジと呼んで懐いてくれた、思い出深い姿だったのだ。

 

「それにしても驚きましたわ、ミクリオさんがミューズさんの息子さんだったなんて。よく見れば顔も良く似ていますわね。父親はやはり、水の天族のレクスさんでしょうか?」

 

 ミクリオにサークレットを見せてもらった時、ライラはミューズの真名を発見した。そのためミクリオが母さんと呼ぶ人物がミューズであると気付いたのだった。

 

「そうじゃ。昔からあの2人は仲が良かったからの。結ばれるのも必然であった。だからこそ、レクスを亡くした時のミューズはとても見てはおれんかった」

「………そう、だったのですね」

 

 ジイジは遠くを見つめるようにその時のことを思い出して話す。ライラは知り合いだったレクスが既に亡くなっているを知り、心が暗く沈む。

 そしてしばらく互いに言葉を発しない沈黙が辺りを包んだ。

 

 その沈黙を破ったのはジイジだった。先程までの親しみ深い雰囲気は消え去り、これからが本題だと言うかのようにライラを鋭く見つめていたのだ。

 

「して、今日まで顔を見せに来なかったのは、黙って里を去った負い目か?」

「………申し訳ありません」

「良い。気にしておらん。じゃが、スレイの主神をしておるということは彼の者、『災禍の顕主』と接触したと見て相違無いな?」

「………………はい」

 

 ジイジの詰問に、ライラは震えた声で肯定する。

 

 

 災禍の顕主とは約1000年程の昔から暗躍する、穢れを生み出す存在のことだ。災禍の顕主は穢れによって憑魔を作り出し従える。

 ライラはまだスレイには伝えていなかったが、この災禍の顕主を倒すことこそが導師としての最終目標だったのだ。

 

 

 ライラの言葉を聞いてジイジは盛大に溜め息を吐く。

 

「この大馬鹿者が。理由は大方想像はつくが、決して関わるべきではなかったのだ。………まあ儂もスレイを導師にさせるために旅立たせた時点(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)で同罪じゃが」

 

 スレイはアリーシャに危険を知らせるため、自分で決意してイズチの里を旅立って行った。だが実は、それはスレイにそうさせるように最初から仕組まれていたことだったのだ。

 

 

 何故アリーシャは人間が来る筈の無い遺跡内部にいたのか。

 それは災禍の顕主の手の者によって運び込まれたため。そして遺跡探検に出ていたスレイ達に見つけさせるためだ。ジイジも雷の天族の特性によってそれを把握しており、また黙認していた。スレイの気を引ける人間ならば、アリーシャでなくても問題はなかった。

 

 何故新品同様の導師の手袋が遺跡にあったのか。

 手袋はジイジ自身があの場所へ取り付けた物であり、レディレイクで待つ主神になり得る誰かがスレイを見つけるための目印だった。導師に憧れていたスレイなら常に身に着けるだろうと予想出来、またそのためライラも手袋のことを言及したのだった。

 

 何故ジイジがアリーシャの短剣を所持していたのか。

 それはアリーシャが気絶していた時、災禍の顕主の手の者が盗み、ジイジに手渡していたためだった。スレイがアリーシャに付いていってもいかなくても、短剣を理由に旅立たせる予定だったのだ。

 

 

「ライラよ。スレイを待つ以外で奴等から何か言い含められてはおらぬか?」

「………いいえ。わたくしは、いずれ目印となる手袋を持つ者がレディレイクに現れるまで待てと言われただけですわ」

 

 ジイジの質問に首を振って否定するライラ。そして、ライラも疑問に思っていたことを尋ねた。

 

「何故、ミクリオさんだけではなくスレイさんにもイズチの里へ戻るように言ったのですか?下手をすれば災禍の顕主への反抗ととられかねませんわ」

 

 イズチの里を発見されどうしようもなく取引をしたとはいえ、災禍の顕主は敵だ。反抗の意思を示せば反感を買い、そして里に危害が及ぶ恐れがあることは明白だった。

 ライラは、里を大事に想っているジイジがそれを知りながらスレイに戻るように言ったことがどうしても理解できなかったのだ。

 

「あの子はまだ幼い。旅をして、もし下界に恐怖を覚えるならば匿う覚悟もしておった」

「………里を滅ぼされますよ?」

「スレイは人間だが、セレンの忘れ形見であり儂等の家族じゃ。子供が怯えるのならば親が守るは道理。里の皆にも了承は得てある。それに、もはや里は安全とは言い切れぬ」

 

 アリーシャが旅立った後、ジイジはスレイをこのまま送り出すかどうか迷っていた。送り出さなければ里に危害が及ぶとわかっていても、我が子のように育てて来たスレイを危険な運命に放り出すことに躊躇していたのだ。

 だが、そんな心の乱れたジイジの隙をつくかのように憑魔ルナールが里に侵入し、マイセンを殺害した。

 

 スレイとミクリオをも殺そうとしていたルナールを何とか撃退することに成功したが、ジイジは心中穏やかではなかった。

 災禍の顕主が取引を反故にしたのか、それともルナールの独断だったのかはわからない。だがジイジは、既に運命の歯車が動き出してしまったのだと後悔し、痛感させられたのだった。

 

「………ライラよ。お主に頼みがある」

「は、はい」

「スレイとミクリオを護ってやって欲しい。どうかあの子達を死なせないで欲しい。この通りだ」

 

 そう言ってジイジはライラに頭を深く下げる。その行動にライラは驚き慌てた。

 

「や、止めて下さいゼンライ様!?早く頭を上げて下さい!スレイさん達のことは勿論お護りします!ですが………、ですがわたくしは………」

「儂はお主がどこまで奴等と通じているかは知らん。だが、お主は昔から優しい子じゃった。儂は、信じておるよ」

「………………はい」

 

 ジイジの言葉に何とか返事をするものの、ライラの心は重く沈んだままだ。

 「信じておるよ」という言葉が鎖となって、ライラの胸を、心を強く締め付けるのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マーリンドを出発する当日。

 

 イズチの里の天族達、そしてノルミンのアタックとディフェンスは、これから出発するスレイ達一行を見送るために宿の前へと集合していた。何故宿の前かというと、馬車で町を出る時にネイフト達人間も見送りに来ることになっているため、その前に先に内輪で済ませるためだった。町を出た後は1度レディレイクへと戻り、事件の報告と次の異変の情報を受け取る予定だ。

 

「この町のことは心配するな。元気で行って来い!」

「導師はん達のお陰でめっちゃ助かったわ~!他のノルミンにも導師はん達のこと伝えておいたさかい、遠慮せずに頼ってな~!」

「また来てな~」

 

 ロハンやアタック、ディフェンスがそれぞれ別れの言葉を口にする。ノルミンの脚代わりをしている鷹も一声鳴いて別れを告げているようだった。

 

「ミクリオ」

 

 しかしウーノは別れの言葉ではなく、ミクリオに呼びかけるのみだ。ウーノが何を言いたいのかわかっているミクリオは、気恥ずかし気にスレイ達の方へ向き尋ねる。

 

「み、みんなに聞きたいことがあるんだ。僕はみんなと一緒に旅がしたい。だ、だけどその、僕はやはり足手まとい、なんだろうか?正直に答えて欲しいんだ!」

「へ?」

 

 スレイを始めとした面々は呆気にとられ互いに顔を見合わせる。だがすぐ笑みを浮かべてそれぞれミクリオに言った。

 

「ミクリオが足手まといな訳無いじゃん!レディレイクの時だってマーリンドの時だって、ミクリオがいてくれたからアリーシャは無事だったんだからさ!」

「そうですわ。ミクリオさんはわたくし達のことをよくフォローしてくれてるではありませんか」

「ミクリオ様は私の悩みを真摯に聞いて下さいました。力不足で悩んでおられるのならば、浄化が出来ない私も同様です。一緒に乗り越えていきましょう!」

「器の小さい男ね。一々自分の行動に評価を求めるだなんて贅沢過ぎる悩みだわ。だからあんたはミボなのよ」

 

 仲間達の言葉を聞いて、ようやく自分もみんなの役に立てているのだと安堵するミクリオ。エドナの不必要な毒舌も全く気にならなかった。

 

「それで、ミクリオはどうするんだ?どうしても帰りたいって言うなら止めないけど?」

 

 挑発するようにニヤリと笑みを浮かべながら、スレイはイタズラっぽくミクリオに尋ねてくる。

 答えは既に決まっていた。

 

「い、行くに決まってるだろ!少しだけ不安に思っただけだ!色々抜けている君を、アリーシャだけに任せる訳にはいかないからね!」

「あははっ!そうこなくっちゃ!でも言い過ぎ」

「ス、スレイ!?あまりやり過ぎるとミクリオ様が気を失ってしまうのでは………!」

「あ、あれー?わたくしのこと忘れてません………?」

「ライラに任せるのは不安だってことでしょ」

「がーん!」

 

 ミクリオの言葉にスレイは声を上げて笑いながら腕を巻き付けて首を絞め、それを見てアリーシャがオロオロとし、言外に色々抜けていると言われたライラはしょんぼりとして、エドナに要らない補足をされて更に落ち込んだ。

 

 そんなやりとりを見ていたイズチの里の面々の目つきはとても優しい。特にミクリオのことを心配していたミューズと相談を受けたウーノは、仲間が当たり前のように受け入れている様子を見て心から喜んでいた。

 

「ところで、どうしてわたしのこと無視するのよ?面白い反応が無いとつまらないじゃない」

 

 そう言ってエドナは、傘の腹でミクリオの尻をペシペシと叩く。スレイの腕から脱出したミクリオは咳き込みながら言った。

 

「生憎、性悪女(エドナ)を楽しませる気は微塵も無いからね。やっと君と離れることが出来て清々してるよ」

「は?何言ってんの?わたしも一緒に行くけど?」

「はぁっ!?」

 

 今日でエドナと別れることが出来ると思っていたため、勝ち誇った顔をしていたミクリオだが、エドナの言葉によってそれは一瞬で崩れ去った。

 対してエドナは初めの内は怪訝な顔をしていたものの、ミクリオが自分の同行を知らないと気付くや否や、口の両端を徐々に吊り上げていった。

 

 焦るミクリオは勢い良くスレイの方へと向き、問い詰めた。

 

「ちょっと待てスレイ!僕はそんな話聞いてないぞ!?」

「アハハ。ごめん、言うの忘れてた」

「アハハ、じゃないっ!!普通そんな重要なことは忘れないだろう!?どうしてスレイはいつもそう適当なんだ!?」

 

 笑いながら謝るスレイにミクリオはスレイの肩を掴んで揺さぶる。そんな2人を見て、アリーシャは不安気な面持ちでミクリオに尋ねた。

 

「ミクリオ様、エドナ様を最初に誘ったのは私です。あの、ミクリオ様はエドナ様のことがお嫌いなのですか?」

「えっ!?ア、アリーシャが!?いや、その、別に心の底から嫌いという訳じゃないんだ。た、ただからかってくるのがあまり好きじゃないというかなんというか………」

 

 まさかのアリーシャから自分が誘ったと告げられ、しどろもどろになってしまうミクリオ。その隙を狙ってエドナが口を挟んできた。

 

「アリーシャ、これぐらいの歳の男の子はみんな恥ずかしがって素直じゃなくなるのよ。だから安心しなさい」

「そ、そうだったのですか………。ミクリオ様、勘違いをしてしまい申し訳ありませんでした!」

「いや、違―――」

「ということで、今後ともよろしくね。ミ・ボ?」

 

 ミクリオが否定する間も与えず、言葉を重ねて微笑むエドナ。エドナの見た目相応の歳の男子ならばほぼ必ず見惚れるであろうその微笑みは、ミクリオにとってはまるで死刑宣告されたようだった。

 

 

 ミクリオやライラの様子に不安を感じながらも、気を取り直して続ける。

 

「ではスレイ、ミクリオ。道中、気をつけるのじゃぞ」

「わかってるって。ジイジも心配性だなー」

 

 ジイジの言葉に軽い調子で答えるスレイ。

 

「ミクリオ」

 

 ミューズに呼ばれて顔を向けるミクリオ。

 ミューズは引き留めたい衝動に駆られながらも、どうにか呑み込んで笑顔を作る。

 

「………気をつけて行ってらっしゃい。あまり無茶はしないようにしてね」

「わかったよ。ありがとう、母さん」

 

「「行ってきます!」」

 

 そしてスレイ達は歩き出す。ジイジ達は旅立って行く子供達の後ろ姿をずっと見つめ続けていた。

 

 スレイはまだ知らない。自分が悪しき運命のど真ん中にいることを。これから想像もつかない出来事が待っていることを。

 だがそれと同時に、ジイジは知っていた。か細くとも小さな希望がスレイの近くに巡っていることを。全くの偶然だとしても、あの短剣(・・・・)を持つ者がスレイの側にやってきたという事実を。

 

 ジイジはスレイ達がこの運命を乗り越えられることを切に願っていた。



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番外編その1-2.人物紹介

・デゼル

 商人キャラバン隊「セキレイの羽」と共に行動する風の天族。毛先が緑色をした白髪に長身で、黒ずくめの服装をした男性の天族。武器として、先の尖ったペンデュラム(振り子)を使う。セキレイの羽のメンバーからは風の守護神と呼ばれている。

 「セキレイの羽」の者達を護るよう、誰かに頼まれているようだが………?

(原作ではセキレイの羽からは側にいることを認識されていないまま同行し、一緒に旅をしていたらしい。普通は出来ない陪神契約を破棄し、ロゼの体を乗っ取って神依化し、憑魔となった親友の天族を討とうとするも返り討ちにあう。そしてロゼを助けるために銃弾となって死亡)

 

 

・エドナ

 金髪のサイドテールを緑色のリボンで結び、ぶかぶかのブーツと片手に手袋を身に着けた、少女の天族。属性は地属性で武器として傘を持ち、また日常でもよく傘を差している。そして毒舌。

 ドラゴンになってしまった兄の側を離れられず、霊峰レイフォルクに小屋を構えて暮らしていたが、スレイの願いに応じて一緒にマーリンドへと向かった。

 

 

・サイモン

 濃い紫の髪をツインテールにして橙色の花の髪留めで結び、病的な白い肌と扇情的な服装をした少女の天族。闇属性の天族で武器として短杖を持つ。

 霊峰レイフォルクにて突如スレイとアリーシャを襲った謎の天族であり、エドナとは面識がある様子だった。

(原作では珍しい無属性の天族)

 

 

・フィル

 商人キャラバン隊「セキレイの羽」のメンバー。ロゼより1歳年下の元気な少女。トルメの妹で双子。

 

 

・トルメ

 商人キャラバン隊「セキレイの羽」のメンバー。ロゼより1歳年下のしっかりした少年。フィルの兄で双子。

 

 

・ロッシュ

 商人キャラバン隊「セキレイの羽」のメンバー。整理や整備など細かい仕事が好きな男性。

 

 

・ネイフト

 マーリンドの町長。初老の男性。

(原作では町長ではなく代表となっている)

 

 

・アタック

 ノルミンと呼ばれる、知性のある希少な魔物。金色の兜を被っている。マーリンドの森で動物達と暮らしていたが、憑魔エビルプラントに襲われ逃げていた。その後導師の話を聞き、会ってエビルプラントまでの道案内をした。

(原作ではノルミン天族と呼ばれる天族の一種)

 

 

・ディフェンス

 アタックと同じノルミン。鍋を逆さにした兜を被っている。スレイとアリーシャ、ライラがアタックを連れて浄化しに行った時、ミクリオやエドナと共にマーリンドに残った。後に憑魔ペインモスの襲撃をアタックを介してスレイ達に伝えた。

(アタックと同じノルミン天族だが、鍋の兜は被っておらず、ベレー帽のような帽子を被っている)

 

 

・ミューズ

 ミクリオと同じ水色の髪を後ろで三つ編みにした、女性の天族。氷属性の天族で長杖を武器とする。ミクリオの母親。ミクリオが生まれて間もなく夫を亡くしたため、ミクリオに対して心配性な一面がある。

(原作では緑がかった焦茶色の髪をした人間の女性。「息子を目にしてはいけない」という誓約のため、大きくなったミクリオを見ることが出来ないまま死亡した)

 

 

・ウーノ

 青年の姿をした、水の天族。

(原作ではレディレイクの加護を受け持つ地の主)

 

 

・ロハン

 色黒の肌に中年の姿をした、地の天族。

(原作ではマーリンドの加護を受け持つ地の主)

 



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第二章 災禍の顕主
20.暗雲


 短いです。スレイ達は出てきません。
 次への事前準備みたいなものです。

 これに伴い3.導師誕生、人物紹介、設定紹介を少し修正しました。


 スレイ一行がマーリンドに滞在中の時のこと。ハイランド王国の王都レディレイクにて2つの不穏な動きを見せていた。

 

 

「くそうっ!!」

 

 とある屋敷で、ハイランドの騎士マルフォ・サロワは自室で独り、一般市民なら卒倒する程の高級酒を次々と飲み下していた。

 これらの酒は、本来ならば導師になった祝いとして以前から用意していた品々だったが、導師になり損ねたことでそれが全くの無駄となってしまった。

 

 現在マルフォは謹慎の命令を受けており、一日中屋敷に籠って酒をあおる生活をしていた。町へ繰り出すことは可能だが、一歩外を出れば『偽導師』として罵詈雑言を投げかけられ冷めた目で見られた。

 

 マルフォは怒りと憎しみに心を燃やしながら思う。

 これも全ては『導師』という名の称号と『聖剣』、そしてアリーシャ王女を横取りした、あいつ(・・・)のせいなのだと。

 

 自分こそが輝かしい栄光と未来を掴む筈だったのに、目が覚めてみれば全てが終わっていた。どこの馬の骨とも知らないぽっと出の小僧が真の導師として持てはやされ、対して自分は偽導師という汚名を着せられ罵られ、外を出歩くことすら出来ない日々。

 

 あの小僧(スレイ)がいなけえば今頃は、導師として名を馳せ民衆の支持と羨望を集め、強権を振るっていた筈。上手くすれば国王に近しい役職も手に入った筈。

 そしてそのためには末端の姫(アリーシャ)を伴侶として迎える必要があった。片手間に騎士などをしているものの、見た目も良く民衆の支持も厚い彼女ならばうってつけだ。マルフォは本気でそう思っていたのだ。

 

 体裁を整えるために当時は気にしていないとしたものの、内心では欠片もスレイを許していなかったのだった。

 

 

 声を抑えもせずに愚痴を零しながら次の酒に手を伸ばそうとし、周囲には既に空き瓶しか無いことに気が付く。

 マルフォは苛立ちながら声を張り上げた。

 

「チッ。誰か!酒を持ってこい!」

「はぁい、どうぞォ」

「……は?」

 

 部屋の扉へ顔を向けていると、艶やかな声と共に手に持つグラスに注がれる聞き慣れた水音。驚いて正面に向き直ると、いつの間にやら女が酒瓶を持ってそこにいた。

 

 腰まである長い髪も、肉付きの良い肢体を包むドレスも全て黒。肌は白く一目見て美人だとわかるものの、顔に張り付くニタニタとした気味の悪い笑みが全てを台無しにしている。まるで獲物を弄ぶ意地の悪い猫のようだった。

 

「ッ!?」

 

 マルフォは遅れて動こうとするも、よろけて椅子やテーブルと共に無様に転がってしまった。その衝撃で空き瓶が割れる。

 

「ちょっとォ、あたしが注いであげたっていうのに何零してんのよ。ダサい男」

「きき貴様、何者だ!?」

 

 狼狽しながら声を荒げるマルフォ。かなり酔っている自覚はあったものの、それでも誰かが部屋に入れば気付く筈であり、また音も無く真正面に立たれるなどもっての外だった。

 

「アハハハッ!あなたってホント駄目よねェ。そんなだから導師の称号も王女様も奪われちゃうのよォ。偽物導師様?」

 

 マルフォの問いには答えず、今だに立つことの出来ない醜態を嘲う女。マルフォは羞恥と怒りで容易く沸点を超え、立ち上がり割れて尖った瓶を逆さに持ち殺意を漲らせる。

 

 ところがそんなことには少しも意を介さず、女は囁く。

 

「ねェ、あなた。あのお子様導師から、全てを奪ってやりたいと思わない?」

 

 マルフォは思わず手に持っていた瓶を落として呆ける。

 

 女は口元を三日月のように歪めた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 そして所変わり、ラウドテブル王宮にある地下牢の中。ここには王宮にて犯罪を犯した者、もしくは王族をその手にかけようとした者を閉じ込めておく場所だ。ここに入れば最期、特例を除いて日の下に戻れるのは死体となった後となる。そのような特別な場所であるため滅多にここに入る者はおらず、現在投獄されていたのは1名のみであった。

 そしてそんな中、牢の格子から首を出して必死に喚き散らす男が1人。

 

「なァ、さっさとここから出してくれよォ!!王女様死んじゃいねぇんだから構わねーだろォ!?だったら未遂だって未遂ィ!!」

 

 レディレイクの聖堂でアリーシャ殺害を企て、大暴れして捕まったルナールだった。聖堂では誰もが恐怖する程の迫力を見せていたルナールだが、今はただの小物感に溢れている。

 尋問に耐えるだけの最低限の治療はしてあるものの、それ以外は放置されているため火傷は化膿し、顔や体は痣だらけだった。

 

 尋問の結果、所属する組織の名が『獣の骨』という暗殺集団であること、アジトは移転を繰り返しているため現在地が不明であること。そしてアリーシャ暗殺の経緯に関しては、『頭領』と呼ばれる上司に暗殺するように告げられただけであり、詳細は殆ど知らなかった。

 これ以上締め上げても他の情報は出無さそうだと判断され、あとは数日後に処刑を待つばかりであった。

 

 ルナールは全身の痛みと死の恐怖に苛まれながら思う。

 

 あの2人の小僧(・・・・・)さえいなければ、自分はこんなことにはならなかったのにと。あいつらのせいで自分はこんな目に遭うのだと。

 

 穢れを宿しながら正気を保ち、尚且つ魔物化しないルナールは貴重だった。頭領やその直属の部下の女も同様に穢れを宿しているため組織のトップになることは出来なかったが、それでも下っ端だった以前と比べれば天地程の差があった。たまに標的以外を殺してしまうことはあっても穢れとその力を理由に不問にされるため、ルナールの人生は正に血のように赤い薔薇色だと言えた。

 だが穢れを払われ、たかが辺境の小僧共によってそれは潰えてしまった。

 

 ルナールは、強者(・・)である自分をこんな理不尽な(・・・・)場所に追いやった、あの2人を今すぐ八つ裂きにして殺してやりたいと延々と思っていた。

 

 

 ルナールがそんなことを考えていると、暗い影から抜け出すようにして目の前に黒ずくめの大男が現れた。

 2メートルは軽く超えている背丈と、服の上からでもわかる程に盛り上がる筋肉で覆われており、熊を連想させる。だがそんな見た目とは裏腹にその瞳は冷徹そのものだった。

 

「と、頭領………!?助けに来てくれたんですかい!?クヒヒャヒャヒャ!やったぜィ!これで牢を出られるッ!」

 

 そう言ってルナールは喜び、スレイとミクリオをどうやって殺そうか既に算段を立て始めていた。すると不意にルナールの前を横切る、光る何か。目でそれを追った先、そこには長大なナイフがルナールの太腿に深々と刺さっていたのだった。

 

「ヒギャアアアアアアアッ!!?」

 

 ルナールは堪らず叫び声を上げる。

 

「い、痛ぇよォッ!!と、頭領!何でこんな―――」

「黙れ」

 

 容赦の無い重低音の声に、恐怖に引きつるルナールは痛みも忘れて口を閉じる。

 

「勘違いするな。俺が貴様を助けに来たのは貴重な人間だからでは無い。我等『獣の骨』が、貴様のような無様な醜態を晒すことを良しとしないためだ。最近の貴様は余計な行動が目に余る。恥を知れ」

「ぐぅッ………、も、申し訳ありません………」

 

 恐怖に支配されながら、ルナールは謝罪の言葉を口にする。心の底では頭領を罵倒するものの、勝てる相手ではなく処分されるのが落ちであるため従う他なかったのだ。

 

 大男、獣の骨の頭領グリーズはキラリと光る何かを投げて寄越す。それはルナールの足元に転がった。

 

「次にこのようなことがあれば貴様を処分する。肝に銘じておけ」

 

 その言葉に体を震わせるルナールだが、光る何かを拾い見たルナールの顔には、恐怖や痛みによる脂汗と共に邪悪な笑みが零れる。その顔には復讐という名の愉悦に塗れていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 時を同じくして霊峰レイフォルクの山頂。

 

 この数日、どこを見ても景色は1つも変化していない。

 この場所で唯一動きを見せていたエドナが下山していたため、まるでここだけが世界から切り取られたかのように静寂に包まれていた。

 

 だがそんな制止した世界に、外から異物が入り込む。

 

 軽快な調子で山頂へ登って来たのは、奇抜な格好をした1人の男だった。

 

 20代の年齢を思わせる若者で色黒の肌。腰にまで届く長い白髪で毛先は緑に染まっている。不真面目そうな雰囲気とは裏腹に、目は肉食獣のように鋭い。

 だがそんな彼の一番の特徴は、上半身が裸ということだった。よく引き締まった色黒の肌の上に白いペイントを施しており、下手をすれば露出狂と思われかねない程の奇妙な姿だった。

 

 男は軽く見回した後小屋へと近付き、エドナの名前を呼んでノックする。だがいくら待っても返事は無かった。

 

「ありゃ、留守か?」

 

 不思議そうに手を顎にやり首を傾げる。

 エドナならば居留守を使っている可能性もあるが、誰かがいる気配が少しも感じられない。食料でも採りに出掛けているのかとも思ったが、扉の前に微妙に積もる砂埃から見て、少なくとも数日は出入りされていないことが窺える。かといって、エドナの性格を考えるとドラゴンになった兄を見捨てて他へ移住したとも考えられなかった。

 

「どうしたもんかねぇ………」

 

 男は頭を悩ませる。男はエドナの兄が遺した願い(・・)に応えるため、今まで魔物の蔓延る北のレイスノー大陸へと旅に出ており、そして最近になってようやくその手立て(・・・)が見つかったのだ。

 そのためこうしてレイフォルクへやってきたのだが、肝心のエドナがいない。

 

 途方にくれて辺りを見回すと、封印され眠り続けるドラゴンが目に入る。そしてそのドラゴンへと近づいていった。

 

アイゼン(・・・・)。テメェは昔のまま、ちっとも変わらねぇな」

 

 男は目を細め、軽薄さの中に親しみを込めてドラゴンになったエドナの兄、アイゼンの名を呼ぶ。だがアイゼンはその声に応えることは無い。

 

 無論男も返事が無いことは承知していた。そしておもむろに腰のホルスターに手をやり、1000年前の遺物である銃、ジークフリートを抜く。

 

 銃口をアイゼンに向け指を引き金にかける。男は獰猛(どうもう)に笑った。

 

 

 




 次の投稿は遅くなるかも知れません。


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21.木立の傭兵団

 原作にはない町が登場します。ご注意下さい。

 神器という原作の名前があるのに使わないのは勿体ないかなと思い、近日中に武器化→神器化に変更しようと思います。



 細い木の立ち並ぶ緑生い茂る山林の中を、数十人程の男女が同じ方向へ歩き進んでいく。

 

 彼らは一様に鉄製の防具を身に纏い、各々剣や盾を手にしている。だが同じ装備に身を固めた彼らの集団に混じって、スレイ達導師一行と『セキレイの羽』のメンバーであるロゼがいた。

 

「まさかこの『木立の傭兵団』が、子供(ガキ)のお守りをする日が来るとはなぁ」

「ほら、ぼやいてないで目の前の仕事に専念する!」

「へいへい。お嬢は手厳しいな」

 

 小声で愚痴を零す男、この『木立の傭兵団』の団長を務めるルーカスは、ロゼに叱られて気の無い返事を返す。

 最近噂の導師と合同での魔物退治を聞いたときから、ルーカスが嫌な予感がしていたのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マーリンドの事件から1ヶ月が経過した。

 

 あれからマーリンドを出発した後スレイ一行はレディレイクへと戻り、国王に事件のあらましを報告した。例のごとく天族については話していない。報告を受け取った国王はスレイに感謝の言葉を述べると共に、金銭やアイテムの褒美を与え大いに労い、次の依頼を提示したのだった。

 

 

 まずはレディレイクの北にある、ハイランドの食料庫とも呼ばれる町グリフレットだ。ここはハイランド王国に供給される食料の半分以上を担っており、多様な農作物が豊富に採れる農業の町だ。

 だが最近、農作物を荒らす魔物のオークやアルマジロが多数出現し農作物を食い荒らされたり農家の者が怪我をする被害が続出していた。それだけならば被害の増減はあれど毎年のことであるためグリフレットを守る警備兵が魔物を退治するだけなのだが、それらの魔物に加えて後に憑魔だとわかったマウンテントロールがいたために退治は困難を極めていた。

 そのため、国よりスレイ達が依頼されたのだった。

 

 またこれと並行して、レディレイクで拘束されていた元人間の憑魔は勿論、周辺や旅の道中の魔物化した人間を浄化し元に戻すという依頼も受けていた。

 

 早速ハイランド王国の保有する馬車でグリフレットへ向かったスレイ一行は到着して間もなく、憑魔マウンテントロールを浄化した。穢れに取り込まれていたのは町で農作業に従事していた男性で、憑魔になる直前の記憶や憑魔になっていた時の記憶は無い様子だった。

 

 そしてエドナの兄、アイゼンを元に戻す手がかりを探すことも忘れていない。食料の町グリフレットへ行った際、どうにか目標の1つである孤島へ行くことが出来ないか探ったものの、結論としてここから向かうのは不可能だと判明した。

 海岸に沿うようにして山脈が築かれているため人が通れる場所は見当たらず、また船を出せるような海岸も無い。ローランス帝国からならば船があるかもしれないが、孤島の周囲は潮流の動きが激しく近づくことが出来ない。後は非現実的な手段として、空を飛んで行くしかとれる手段が見つからず、孤島はとりあえず後回しとなった。

 

 また、八天竜に関わる場所以外の伝承やおとぎ話も調査した。レディレイクの西にあるガラハド遺跡の奥には滝があり、そこにはいくら待っても現れない導師に失望した湖の乙女が、蛇に姿を転じて隠れてしまったと言う伝説がある。竜と蛇には見た目に似た特徴があり、且つ湖の乙女と呼ばれる女性が蛇に姿を変えたとのことなので調べることにしたのだ。

 結果として、滝に居たのは上半身が女性で下半身が蛇という憑魔ラミアだった。浄化はしたものの元はただの蛇であり、昔憑魔ラミアを見た誰かが勘違いしたのだとわかった。

 

 

 そしてその次の依頼は、ハイランド王国の庇護下には無いある町からの要請を受けての依頼だった。

 

 現在このグリンウッド大陸には2つの大国が存在する。アリーシャの所属するハイランド王国と、その敵国ローランス帝国だ。この2国はマーリンドの西にあるグレイブガント盆地にて散発的に争いを繰り広げており、最近では近々大規模な戦争が起こるのではないかと懸念されている。

 

 そんな2国に挟まれるようにして存在するのが、今回導師の派遣を要請した町リスウェルだった。

 リスウェルはグレイブガント盆地から北西、霊峰レイフォルクの遥か真西に位置する山間に作られた町だ。元はハイランド王国とローランス帝国の間を旅するための通り道、その休憩地点だったのだが、まだ両国の関係が良好だった頃に商人の一団が目をつけ、山を切り開いて町を作ったと言われている。

 そしてその商人の狙い通り、両国の特産物や金銭を流通させることによってこの町は大きく発展した。森や水に囲まれた自然豊かなハイランド王国からは新鮮な農作物や家畜を、工業的な開発が進んでいるローランス帝国は小麦粉や酒などの多くの加工品を流通させることで両国から一目置かれていたのだった。

 

 だがこのような板挟みの立地であるため、良い事ばかりでは無い。相手国との交易によって財を生み出すことが出来、また自国の軍を配置することが出来れば大きな牽制にもなる。そのため両国はそれぞれリスウェルを吸収しようと画策してきたのだ。

 

 しかしながら、商魂逞しいリスウェルの商人達はそれに対し屈することは無かった。町に傭兵を引き入れたのだ。

 山間部にあるリスウェルは周りを囲む山々が自然の要塞となってるため両国の派兵は制限され、また魔物退治や盗賊退治を生業とする傭兵達が酒と仕事の集まるこの場所に在留してしまったため、両国は手が出せなくなってしまったのだった。

 

 その後、両国と不可侵条約を結んだことで、流通と傭兵の町リスウェルとして特殊な位置付けとなった。

 

 

 閑話休題。

 

 そのような特殊な町の近隣の山林に、最近魔物のオオムカデが出没するようになった。初めは魔物退治の専門家(エキスパート)である傭兵が請け負っていたのだが問題が生じた。

 オオムカデは洞窟や地中に住む成人男性の背丈を超える程大きな魔物であり、天井や足元から突然強襲してくるため危険度が高い。オオムカデだけでも退治には骨が折れるというのに、それに加えて更に巨大なオオムカデらしき魔物が出現したため怪我人が続出し討伐は困難となった。

 

 そんな時にハイランド王国で導師が討伐の困難な魔物を次々と撃破しているとの噂を聞き、リスウェルの町長バジルはハイランド王国に導師の派遣を要請を決断した。

 

 だがいざ導師に来てもらうと、バジルはマーリンドの町長ネイフトと同じく失望した。年若いとは聞いていたものの予想とは違い、どこにでも居そうなただの純朴な少年にしか見えなかったのだ。しかもお付きの者は騎士をしているというハイランド王国の王女ただ1人。こちらも若く見るからに経験が不足しており、とても頼りになりそうにはなかった。

 こんな若く経験も未熟そうな男女を信用することはとても出来ず、バジルはこの話は無かったことにさせてもらおうと思ったのだが、そこに待ったがかかった。それがこのリスウェルを拠点に置く商人キャラバン隊『セキレイの羽』だ。

 このセキレイの羽は以前この導師と行動を共にしたことがあり、彼らの実力は把握している。まだ腕は未熟ながらも強さは保証出来、尚且つセキレイの羽がレディレイクに到着する前に早々とマーリンドの疫病を解決してみせたという実績もある。

 特にロゼからは、彼らには幸運(・・)が側についており、商人として絶対に損はしないと念を押されたため、半信半疑ながらも改めてスレイに任せてみることとなった。

 

 だが話はそれで終わらない。

 信用のあるセキレイの羽から太鼓判を押されたとはいえ、大人の傭兵が数十人がかりで討伐に失敗した。このまま導師と王女だけで行かせて万が一何か問題が起き、ハイランド王国との関係が険悪になることは避けたい。そのため優秀な傭兵集団である『木立の傭兵団』と、お互いの顔見知りであり仲介役として『セキレイの羽』から1人導師に同行させることとなった。

 

 そして現在に至る。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ルーカスさんとの仲介役とはいえ、ロゼも来て良かったの?」

「ん?」

「ほら、魔物に襲われる危険があるしさ」

 

 歩みを止めないままスレイはロゼを心配する。

 セキレイの羽を護る守護神ことデゼルがロゼについて来ているとはいえ、この山林の中、何処から魔物が襲って来るかわからない。念のためだろうか、ロゼは腰の剣帯に短剣を2つぶら下げているが商人なのでまともに振れないのではないかと思っていた。

 

「大丈夫、大丈夫!木立の傭兵団は破落戸(ごろつき)っぽいけどあれで頼りになるし、スレイ達だっているからね」

「おい聞こえてるぞ」

 

 ルーカスが声を上げるがロゼはあははと笑って誤魔化す。

 

「それにあたしだって護身術程度には剣も使えるしね。剣の腕だけならスレイにだって負けないよ~?」

「確かに、よく使い込まれているように見えるな」

「おっ!さっすがアリーシャ様!よく見ていますね。スレイとは大違い!」

「い、いや、剣の腕なら流石に商人のロゼには負けないと思う!俺だって、小さい頃から剣を振ってたんだし!」

 

 おどけるように笑みを浮かべてふふんと威張るロゼに、スレイはどこか悔しそうな表情を滲ませながら負けじと言い返す。

 

 

 そんな話をしていると、ルーカスが近づいてきた。

 

「さて、場所はこれくらいで良いだろう。導師殿とお付きのお嬢さんには先に言っておく。俺達はあんた達を信用していない」

 

 足を止め、数名の部下に何かを指示して先に行かせた後、ルーカスはスレイとアリーシャに向けて突然そう話しかける。

 

「ちょ、ちょっとルーカス!?いきなり何言って―――」

「お嬢は黙っててくれ」 

 

 口を開こうとするロゼを遮りルーカスは話を続ける。

 

「当然だろう?導師殿の噂は最近耳にしているが、2人共まだかなり若い。それなのに俺達魔物退治の専門家(エキスパート)よりも良い働きが出来るだなんてとても信じられねぇ。何かイカサマをして名声を上げているんじゃないかと疑っちまうんだ」

「僕達がイカサマなんてしている筈がないだろう!」

「まあでも仕方ないんじゃない?天族(わたし達)も見えなければ、自然現象みたいなものを自発的に起こせるだなんて知らないんだし」

「そうですわね~」

 

 ミクリオを始めとして天族の3人は口々に言う。

 ルーカスには天族の声が聞こえない。そしてそのまま、そこでだ、と言って一旦言葉を切る。そしてそれとほぼ同時にスレイ達の進行方向からルーカスの部下が戻って来た。

 

「仕掛けの設置は完了しました。それと、団長の指示通り1体だけ連れて来ました(・・・・・・・・・・・)

「おう、ご苦労。さて話の途中だったな。今聞いた通り、もう間もなくオオムカデが1体こちらにやって来る。もしもイカサマで無いと言うのなら1つ俺等に戦い方を教えちゃくれねぇか?駄目なら俺達が責任持って退治してやるよ」

 

 ルーカスの言葉に反応して周りの木立の傭兵団の者達からも失笑が漏れ聞こえる。

 

 魔物を引き連れて来るなど、悪質にも思える行動だがルーカスの側にも一応の言い分はあった。魔物退治を生業としている彼らにとってはスレイ達はいきなり出て来て仕事を奪おうとする同業者なのだ。国のお墨付きを盾にして好き勝手されては堪らない。今の内から実力を見ておきたかったのだった。

 

 当然のことながら、こんな挑発染みた言葉をかけられてスレイ達も良い気分などしない。だがそれ以上に怒り心頭の者がいた。

 

「ムカつくー!!仕事してない時は酒飲んで遊んでばっかのくせに、こんな時だけ偉そうにしちゃってさ!」

「何でロゼが怒ってるのさ。でもまあ、言葉はキツイけどルーカスさんの言い分もわからなくはないかな。だから俺達がイカサマしてるかどうか、きっちりとその目で確かめてもらおうか」

 

 スレイの挑戦的な言葉にルーカスはにやりと笑う。そうしている間にも地面を擦る音が徐々に近づいてきた。

 

「スレイ、僕達天族は人目があるから極力手伝えない。大丈夫か?」

「大丈夫だって!アリーシャも平気だよね?」

「ああ!」

 

 と、そこでオオムカデが顔を出し、スレイ達を見定めて襲ってきた。

 

「まずは私が!」

 

 そう言ってアリーシャは前へ出る。

 

「旋華!そして、斬華!」

 

 アリーシャは1歩踏み込み、槍を高速で回転させる。するとオオムカデは突き出した頭を弾かれ上を向いた。続いてそのまま勢いをつけて槍の切先で切り上げ、息つく暇も無く横に切りつける。

 

「あとは俺が!落星!」

 

 そしてアリーシャと入れ替わったスレイが、傷つきフラつくオオムカデへ体重を乗せた振り下ろしの一撃を硬い甲殻も気にせず斬り潰した。

 

 

「……ありゃ身体強化か?だがあんな長時間していられる訳が―――」

 

 先程の挑発的な態度とは打って変わってルーカスは2人の戦いぶりを真剣に見つめ、思考しながら小声で独り言を呟く。2人がルーカスの方へ向くと先程の表情に戻した。

 

「これでイカサマじゃないってわかっただろ?」

「……そうだな。まあ、まずまずってところか」

 

 スレイの自信あり気な笑みにルーカスは余裕の笑みをもって返す。

 

「なら今度は俺達『木立の傭兵団』の戦い方を見せるとするか。おい野郎共!!準備は良いか!?」

 

 ルーカスの声に団員は声を上げて応える。そしてルーカスが合図を送ると部下の1人が手に持っていた縄の1本に火を着けた。火はみるみるうちに遠くなり、破裂音がしたかと思うとオオムカデの鳴き声が響き渡った。

 

「あれは何をしたんだ?」

 

 ミクリオが疑問を口にする。

 

「あれは火薬ですね。オオムカデは地中からの攻撃が脅威となる魔物ですので、破裂音で驚かせ地上へおびき出す作戦なのでしょう。まだ縄が何本もあるところを見ると、オオムカデの数を調節して撃破していくようです」

「成程。これが人間の知恵というものなんだね」

 

 アリーシャの解説に納得したミクリオは感心して大きく頷く。

 

 そして程なくして目の色を怒りに変えた3体のオオムカデがルーカス達へと襲ってきた。

 

「ここが正念場だ!盾持ちは踏ん張れぇっ!!」

「「「応っ!!」」」

 

 オオムカデ達は横一列に並んで盾を構える屈強な者達へと突進していく。響く程の衝突音がその力の強さを物語るがしかし、彼らはそれを見事耐え切ってみせた。失速し動きの止まった魔物へ、何重もの太い鎖を巻き付け引き倒し、完全に固定する。

 こうなってしまえば後は楽なものだ。甲殻の隙間に剣を突き刺していき早々と止めを差していった。

 

「これは…、すごいな」

「確かに。俺達には出来ない戦い方だ」

 

 ミクリオとスレイは声に出して素直に感心しきっている。声こそ出さないものの、ライラやエドナも同様だった。

 

「すごいでしょ?傭兵ってのは如何に自分達が傷つかずに、相手の弱点を突いて無力化するかを考えて戦う人間だからね。ちょっと性格に難がある奴ばっかだけど」

 

 スレイの言葉を聞いて、ロゼはちょっと誇らしげに話す。

 

 

 傭兵は常に自らの被害を最小限にするために役割を分担し、創意工夫する。

 

 ルーカスが始めに先へ行かせた部下は斥候の役割を担い、状況の把握や有利に事を運ぶための仕掛けを設置する。皆屈強な体格の盾持ちは魔物の第一撃をその体で受け止め、攻撃する仲間が傷つかないように努める。そのようにして、彼らは堅実に、そして合理的に仕事をこなしていくのだ。

 

 ロゼからすれば、彼らは口が悪くても共に仕事をし生活する、信頼できる良き隣人のようなものだ。そんな彼らを友達に自慢しているような気分であり、ちょっとだけ鼻が高かった。

 

 ひとまず何事も無く魔物を倒して見せたルーカスがスレイとロゼの方へと顔を向ける。その顔は殴りたくなる程に勝ち誇った、満面のドヤ顔だった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 同じように戦いを繰り返し、順調にオオムカデを退治していく。この場で少数であるスレイ達は殆ど手を出すことが出来ないまま木立の傭兵団の戦いぶりを観察するのみだった。

 

 だが。

 

「団長!()が来ます!」

「まあこれだけ派手にやれば出てこない訳がないよな。導師殿、依頼としてはあんた達の獲物だが、どうする?」

「勿論、俺達が倒す。ルーカスさん達だけに良い格好はさせられないしね」

「そうかい。ならやってみな」

 

 暗に俺達が倒してしまっても良いんだぜ、という笑みを浮かべるルーカスに対し、スレイも負けじと笑みを返す。

 そうこうしている間にオオムカデよりも大きく地面を擦る音が近づいて来た。

 

 その体長はオオムカデの約3倍。隙間無く体を包む甲殻が黒々と光る、憑魔ヨロイムカデ。ヨロイムカデはスレイを敵と認識し突進して襲い来る。

 

「アリーシャ、合わせて!」

「ああ!」

 

 スレイとアリーシャは真正面で憑魔を迎え討つ。

 

「襲牙っ!」

「瞬華!」

 

 スレイの剣撃とアリーシャの突きが叩き込まれるがしかし、ヨロイムカデの強固な甲殻に阻まれ弾かれてしまった。

 

「硬っ!」

「…っ、先程のオオムカデとは段違いだ」

 

 あまりの硬さに手を痺れさせる2人。そこへライラが助言をしてきた。

 

「スレイさん、相手は憑魔ですがムカデなら寒さに弱い筈ですわ!」

「わかった!だったらミクリオ、あれ(・・)やろう!」

「ああ!」

 

 そう言うとスレイは儀礼剣に霊力を流し、それを側に来たミクリオの方へと差し出す。そしてミクリオはその剣に氷の天響術をかけた。剣は淡く薄い水色を纏う。

 

「氷月翔閃!」

「ほう……」

 

 スレイが勢い良く剣を振るとそれは、冷気の斬撃となって憑魔へと飛んで行き凍りつかせて体中を包み込む。憑魔ヨロイムカデは寒さの余り動きを止めてしまった。

 

 

 それは偶然の出来事だった。

 以前魔物を相手にしていた時の事。ミクリオが魔物を狙って放った水の天響術が避けられ、その先にいたスレイの儀礼剣に当たった。そして言葉を交わす余裕もなくスレイに向かってきた魔物へ向けて切り上げる剣技、天滝破を放ったところ、水柱が出現した。

 戦闘が終わりライラに尋ねたところ、スレイの霊力がミクリオの水の天響術に触れたことで一時的に属性が変化したとの答えが返って来た。

 

 スレイの霊力の源はライラの御霊(オーブ)であるため火の属性だと思われるかも知れないが、実は属性が無い。なのでスレイ個人では火をつけることも水を出現させることも出来ない。これは霊力がスレイの体を巡る内に属性が無くなるのか、それとも天族で無いから属性を持たないのか定かではなく、ライラもわからないことだ。

 なお、今までライラがこのことを教えなかったのは単に本気で忘れていただけだった。

 

 

「ライラ!」

「はい!」

 

 ライラの名前を呼んで今度は火の天響術を儀礼剣にかけてもらう。剣が淡い紅色を纏った。

 

「止めだ!太刀紅蓮!!」

 

 力を貯めてからの熱を帯びた強力な突進突きを憑魔に見舞う。動きを止めている氷と共に強固な甲殻を溶かし貫く。そのままの状態から霊力を流し込みヨロイムカデは浄化された。




 グリフレット川が無くなったのでその分名前を流用させてもらいました。
 またスレイの霊力の属性変化ですが、ジアビスのFOF変化のようなイメージで書いています。


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22.エリクシールの噂

 無事憑魔ヨロイムカデを浄化し普通のムカデに戻したスレイ。そして、リスウェルの町を悩ませていた原因は排除され、残りのオオムカデ討伐も問題無く終了した。

 

「俺達、結局最初のオオムカデと憑魔ぐらいしか相手しなかったなぁ」

「良いではありませんか。誰も怪我をしなかったですし」

「魔物の討伐は、普通ならば何人もの怪我人を出す大仕事だ。この結果にスレイはもっと誇っても良いと私は思うよ」

「んー、まあそう言うなら……」

 

 最初と憑魔以外の殆どの時間を木立の傭兵団の戦いぶりの見学をするだけだったスレイは、どうにも依頼を達成した実感が持てないでいた。だが実際、ルーカス達が憑魔と戦った場合、陣形は崩されかなりの被害が出た恐れもあった。

 

「導師、ちょっと良いか?」

 

 アリーシャ達と会話していたところに、ルーカスが先程より幾分気安く話しかけてきた。

 

「さっきは挑発して悪かったな。導師のお陰で大分楽に仕事をさせてもらったよ」

「こっちこそ、ルーカスさん達の戦いぶりを見て色々勉強させてもらったよ。俺、力押しで乗り切ることが結構あるからさ」

 

 詫びるルーカスにスレイは笑って応える。

 

「謝るんなら最初からしなきゃ良いのに……」

「お嬢がそう言うのも無理は無いが、これも性分なんだ。それと導師。さん付けは止してくれ。これからは同業者なんだ、呼び捨てで構わない。だがまあ、あまり魔物退治を頑張り過ぎないでくれると助かるがな」

「導師様みたいなすごい奴に頑張られると、俺達仕事無くしちまうもんな!」

「酒が飲めなくなるのは困るよなぁ」

 

 既に鉄兜を脱いだ団員達が、騒がしく笑いながら口々に言う。

 一時はスレイを大層な肩書きだけのただの少年だと思っていたために失笑したりもしていたが、剣の腕は未熟ながら噂に違わない実力を見たことである程度の理解を得られたのだった。

 

「わかった。なら俺もスレイで構わないよ。よろしく、ルーカス!」

「おう!」

 

 そしてスレイとルーカスは互いに手を差し出し、力強く握手をした。

 

「ところでスレイとお嬢さんの戦い方を見ていて思ったんだが、どうやってあんな長時間身体強化しているんだ?気の運用だと一瞬しか保たねぇし、もしかして噂のエリクシールを使っているのか?」

「気の運用?エリクシール?」

「違うのか?てっきりそうだと思ったんだが……」

「スレイ。『気』とは一般的な呼び名では『魔力(マナ)』のことだ。」

「あと『エリクシール』っていうのは不老不死の薬だとか、万病を治す万能薬、それから人智を超えた力が得られる薬とか言われてる代物だね。正直かなり胡散臭いけど」

 

 ルーカスが口にした単語に疑問符を浮かべるスレイに、アリーシャとロゼがそれぞれ補足する。

 

 

 『魔力(マナ)』とはこの世界に溢れんばかりに存在し循環する、霊力とは似て非なるものだ。人間などの生物に比較的蓄積しやすく、また無生物でも高濃度の魔力溜まりの中に長年晒されることによって魔力を蓄えやすくする物質に変化することもある。

 ところでこの魔力というものはこの世界に大量に存在し、また非常に安定した状態を保っている。それはつまり天響術として自然現象を起こせる霊力とは違い変換効率が悪く、魔力を用いての現象を起こさせることは大変困難であるということだ。1000年前後の大昔には魔力を利用する方法も存在したと数少ない文献の中に散見されるが、現在では学者も匙を投げる程に扱いにくい、ただそこにあるだけのものだった。

 

 だが近年になって、一部の騎士や傭兵などの間で昔から既にその使い方が知られていることが判明した。それは『気』という別の呼び名で知られており、体内にある魔力を波として捉えて移動させ、衝撃波を発生させたり瞬間的に身体を強化するという方法だった。遥か昔から口伝で受け継がれていたために、学者は今日(こんにち)まで知らなかったのだった。

 

 

 そして、『エリクシール』とは遥か昔に生成されたと言われる伝説上の霊薬だ。その時代によって賢者の石、天上の石、生命の水などと呼ばれ、その色や形状はおろか、固体か液体かさえもはっきりとしない。こちらも同じく大昔の文献で散見されるのみだ。

 そんな幻の霊薬だが、反対にその効果についてはばらつきがあるものの有名だ。万病に効く、不老長寿もしくは不老不死になれる、膨大な知識と人間を超えた力が得られる等、人間の欲望が刺激される効能ばかりだった。

 

「えっ、万能薬!?」

 

 ロゼの言葉を聞いて、スレイは過剰に反応する。

 というのも、スレイがここまで反応したのはやはりドラゴンのことだ。エドナの兄、アイゼンを元に戻す方法を探すと公言しており、エドナの行動に関わらず探すという名目上約束しているとはいえないが、だからといって諦めて放り出すことはしない。だがマーリンドではドラゴン関連のみを調べていたため、スレイはエリクシールのことを知らなかったのだった。

 

「ん?スレイはそんなに欲しいの?……あ、もしかして不治の病に侵された知り合いがいるから、とか?」

 

 ロゼはスレイの心中を(おもんばか)り、気遣わしそうに尋ねる。

 

「うん、まあそんな感じ」

 

 まさか伝説のドラゴンを人間に戻すつもりで使おうとしているなどとはとても言えないため、スレイは適当に言葉を濁す。

 

「それでロゼ、エリクシールがどこで手に入るか知らないかな?」

「いや、知ってる訳ないし。…あ、でも確か噂ではローランスで極少数のエリクシールが出回ってるって話だよ」

「…え?ローランスに?」

 

 そこで虚を突かれたような驚いた様子でアリーシャが尋ねた。

 

「あ、はい。エリクシールを使って兵を強化してハイランドに仕掛けるんじゃないかって話が……。って、これ噂ですからね!?どうせこんなの曖昧な情報ですから信じない方が良いですよ!?」

「何を焦ってんだ?一介の騎士様がこんな情報信じる訳ないだろう?」

「いや、この人ハイランドのお姫様だから」

「は?そりゃ本当か?」

「本当の本当」

 

 今更ながらにアリーシャの正体を知るルーカスとロゼの会話も耳に入らず、アリーシャは何やら思い悩んでいた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「じゃあ、あたしは町長に依頼達成を報告してくるから。あ、そうだ!明日は3ヶ月に1度の大市場が開かれるから、良かったら楽しんでって!」

「妙な技を持っているなら心配無いと思うが、魔物の中には人間のように武器を使ってくる輩もいる。スレイや姫様の腕だとこれから先苦労するかも知れないぜ?いつか拠点(うち)に来ることがあったら少しは指導してやるよ」

「くれぐれも!スレイは迷子になんなよー!」

 

 リスウェルに到着した後、そう言い残して各々の方向へ歩き出すロゼとルーカス達。ちなみにデゼルは町に戻って危険が無くなったと見るや、どこかへと行ってしまった。別れの挨拶を終えてスレイ達も宿屋を目指す。

 

 既に夕方に差し掛かっていることもあり、何も無ければ一泊した後レディレイクへと戻る予定だったが、明日大市場が開かれると聞いてスレイは興奮した様子で話し出す。

 

「大市場かぁ…!何か面白そうなのがいっぱいありそうだ!せっかくだし、大市場っていうのに寄ってから戻らない?」

「僕は賛成だね。ここへ来た時も思ったけど、目にするもの全てが新鮮で見ていて全く飽きない。催し事ならそれ以上に珍しいものが見られそうだ」

 

 リスウェルへ来た当初、スレイはレディレイク以上に行き交う人々と露店に陳列されている見たことも無い品々に大興奮し、仲間が止める間もなく人ごみの中に突撃しようとしていた。だがタイミング良くロゼが来て、魔物討伐を要請した町長の所へ腕を引っ掴んで連れて行ったのだった。既にその要請された依頼は完了しているため、スレイを阻むものは何も無い。

 また、表面的に冷静な面持ちのミクリオも、内心ではスレイと同じ気持ちであったため見て回りたいと強く思っていたのだが、ミクリオの代わりと言わんばかりにはしゃいでいたスレイがいたために自制することが出来ていた。

 

「私も聞いただけで実際に見たことはありませんが、露店だけでは無く大道芸人なども集まり、かなりの賑わいを見せる催しだそうですよ」

「沢山人間が来るなんて、ちょっと面倒ね」

「良いではありませんか。こういうのも旅の醍醐味ですわ!」

 

 アリーシャの説明を聞いて人間に思うところのあるエドナは愚痴を零し、逆にライラは楽しそうにしていた。

 

「でも失礼しちゃうよなー。いくら俺でも小さい子供みたいに迷子になる筈無いのにさ」

「むしろ僕は正直かなり不安だよ」

「ふふっ」

 

 スレイは去り際にロゼに言われたことを思い出して不満を口にする。そしてミクリオは率直な心情を露吐して呆れた目線を向けている。

 そんな彼らのやり取りを見て、アリーシャは思わず微笑んでいた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 翌日。

 普段でさえ活気に満ちているこの町だが、大市場が開かれる今日は更にまた一段と深い熱気を帯びている。

 

 大市場は町を挙げて行われる最大の催し事だ。売り時を逃がさない町の商人はこぞって自慢の品を店頭に並べていき、大市場の品々を求めてやってきた貴族や旅人、そして勿論町の住民達も食べ歩き見物して楽しみながら自身の欲する品を探し歩く。また自分の芸を見せて売る大道芸人などもちらほら見ることが出来る。

 

 

「見てくれスレイ!アスガード時代の紋様に似せて描かれた食器や生活用品があるぞ!」

「こっちの方がすごいって!壊れてるけど、ジイジが話してくれた1000年前の遺物の一部みたいだ!一体何の部品だろう!?」

 

 スレイとミクリオは陳列されている品々を見て回っては互いに言い合いはしゃいでいる。周りから見た場合、騒いでいるのはスレイ1人に見えるが、実は客が目当ての物を見つけて喜ぶことは大市場では日常茶飯事なので、特に誰も咎めることはしない。

 ちなみに食料や雑貨に混じって過去の歴史の品々も多数見受けられるが、当然ながら偽物が混じっていることがあるため真贋は個々人の目利きが必要だった。

 

「あんなものでよく盛り上がれるわね。男の子はみんなああなのかしら」

「スレイもですが、意外とミクリオ様も純真なのですね」

「あ!アリーシャさん、あの髪飾りを手に取って見せて貰えませんか?」

「承知しました」

 

 少年2人の騒々しさに比べて、女性陣は落ち着いたものだった。

 アリーシャはライラが指差した髪飾りを手に取りライラの前に持っていく。

 天族は無生物ならば触れることが出来るが、ここは沢山の人の目がある往来だ。不用意に触れては突然物が宙に浮いて見え不審に思われるので、代わりにアリーシャが引き寄せてライラやエドナに見せていた。

 

 お金は最初の会談時の援助金や依頼達成の報酬を受け取っており、またそれほど派手に出費していないため十分にある。女性陣が旅でも邪魔にならない小物を数点買ったのみで他の見物を優先させた。

 

 

 今度は大道芸をしている者達を見て回った。

 

 見物客が周囲に集まる中、その中心にいる男は先程から剣を呑み込んでみせたり何もない手の平から一瞬にして子兎を出現させたりしている。

 それから男は徐に何も持っていない手を口元に近づけ、中空を向いたかと思うとあっと驚くような火を吹き出した。

 

「エドナ様、凄い迫力ですね!」

「あんなのまだまだ序の口よ。火の天族のライラなら、両目から熱線を放つことだって訳無いんだから」

「え!?そ、それは本当なのですか?」

「乙女はそんなことしませんっ!!エドナさん、アリーシャさんに嘘を教えないで下さい!」

 

 見物していたアリーシャ、エドナ、ライラがそれぞれ口にする。なお、ライラは乙女はしないと答えたものの、可能かどうかについては言及しなかった。

 

 

 また別の場所では指し示すための棒を持つ指示者のもと、十数匹の大小様々な犬が輪っかを通ったり障害物を乗り越えるなどしていた。演目の最後に全ての犬が横一列に整列し、指示者の合図で揃ってワンッと鳴く。そして犬達は周囲の見物客の下へと四方八方へ走り出し、渡されていたおやつを貰いながら元気良く愛想を振り撒いていた。

 

「うおあぅ!」

 

 スレイ達に近づいて来た真っ白な犬に対し、変な声を上げて飛びのくミクリオ。

 

「ミクリオ様は犬が苦手なのですね?」

「い、いや、それほどでも……」

 

 アリーシャの問いに咄嗟に否定しようとするミクリオだが、彼が犬を苦手としていくことは誰の目にも明らかだ。

 

「ミクリオは昔、野犬に吠えられたことがあってさ。天族は見えない筈なのに不思議だよなー」

「心臓がドックドックしちゃうだけですのよね?」

「寒い」

 

 スレイは苦笑しながらあっさりとミクリオの苦手な理由を暴露し、その横でライラが渾身のおやじギャグを放つ。しかしエドナに評価をバッサリと切られあえなく撃沈した。

 

 基本的にスレイのような特殊な者でなければ天族は見ることは出来ない。だが天族が近づくと何かしらの反応を示す動物が多く、野生の第六感のようなもので気配を察知しているのではないかと言われている。この犬も第六感が何かを告げるのか、つぶらな瞳をミクリオの方へと顔を向け、尻尾をパタパタとさせている。

 

 ミクリオがオロオロとしている間に、エドナが気付かれない様にそろそろとミクリオの後ろに回り込んだ。そして。

 

「ぼ、僕は別に吠えられたから犬が苦手なんじゃない!!だ、大体彼らからしたって僕達天族が見えている筈がないしとても不気味な筈だ!そ、そうだ!それに僕達とは触れることが出来ないんだから近くに行っても無意味―――」

「どーん」

「ちょ、うわっ!!?」

 

 不意にエドナに突き飛ばされたミクリオはよろけながらも一直線に犬へと向かっていく。犬はミクリオと目線が合っていないものの、変わらず愛想を振り撒いて迎えていた。

 だが残念なことに、否、ミクリオにとっては幸い(?)なことに、天族は生物に触れることが出来ないためそのまま犬を透過して地面に突っ伏した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 イタズラを決行したエドナとミクリオがちょっとした言い合いをしたものの、それ以後はまた露店巡りを再開した。

 

「ミクリオ!あっちも見に行こう!」

「あっ、おい!スレイ!」

 

 無邪気さながらに走り出すスレイと慌てて追いかけるミクリオ。

 アリーシャはスレイのその後ろ姿を見つめ、一抹の想いに表情を曇らせていた。エドナがアリーシャの表情に気付いて話しかける。

 

「何か心配事?」

「えっ?」

「もしかして、あの暗殺者の男の事が気がかりなのではありませんか?」

 

 話しかけられ反応が遅れたアリーシャに、今度はライラが悩みを推測して尋ねる。

 

 

 事はスレイ一行がマーリンドの事件を解決し、レディレイクへと戻った時に遡る。

 意気揚々と戻ったスレイ達を、物々しい雰囲気が出迎えた。聞くと王宮で投獄されていた筈のルナールが脱獄したと言うのだ。

 

 王宮の地下牢は一般的な犯罪者の入る牢獄とは違い、より頑強に作られている。だがそんな牢の鉄格子が、飴のようにグニャリと曲げ広げられていた。そしてルナールの姿は既に無く、消息は依然として不明となったままだった。

 レディレイクでの事件をエドナは知らなかったが、この1ヶ月の旅の間に話を聞いていた。

 

 

「お姫様も大変よね」

「人里離れたスレイさん達の里にまでやって来るくらい執念深いようですし、気になりますわね」

 

 ライラやエドナの話によると、浄化された者が再度憑魔になる可能性はひどく稀であるらしい。これだけの生物、無生物が存在する中で自然に憑魔化するというのは、人生の中で何度も雷に当たるより更に低い確率だった。

 もし仮にルナールが憑魔の力を手にしていた場合、またアリーシャを暗殺しに来るであろうことは想像に難くなかった。

 

「確かにあの暗殺者も気にはなりますが、そちらはそれほど気にしていません。ライラ様によって従士にさせて頂きましたので、以前のように簡単には屈することは無いでしょう」

 

 それに、と言ってアリーシャは恥ずかし気に、はにかみながら続ける。

 

「その、スレイや天族様のような心強い仲間がいるだけで、私はいくらでも強くなれるような気がするのです」

 

 王女であるアリーシャには、見たものを共有して話し合えるような対等な関係の者が少ない。そのため一般人では当たり前のような日常の会話でさえ話す機会はそれほど無い。

 だがスレイと出会ったことでそれは変わった。特殊な出会い方をしたせいもあるが、スレイは王女と知った後も変わらず接してくれた。また、尊敬する天族であるため完全な対等とは言い難いが、それでも日常的な普通の会話をすることが出来、アリーシャはとても喜んでいた。アリーシャはそんな彼らと共にいることで、マルトランから貰った騎士としての拠り所だけでなく、彼らと交わした1つ1つが支えとなって自信へと繋がる心の拠り所となっていたのだった。

 

「ふぅん。わたし達の力を当てにするなんて、随分生意気なのね」

「あっ、いえ!そのようなつもりでは決して無く―――!」

 

 薄笑いを浮かべて毒を吐くエドナに、アリーシャは誤解されてしまったと思い慌てて言い募ろうとする。だが。

 

「うふふ。エドナさんはちょっとからかってるだけですわ。そんなに慌てなくても、エドナさんはちゃんとわかってますよ」

「……ふん。でもまあ、もし何かあったら助けてあげるわ。…一応仲間なんだし」

 

 微笑んで補足するライラに、エドナは傘で顔を隠してそっぽを向く。それでもアリーシャは、エドナの言葉がとても嬉しかった。

 

「…!はい!有難うございます!」

 

 そしてアリーシャはその言葉に花が咲いたような笑顔で応えるのだった。

 

 

 

「それで?なら、他に何を心配してるの?」

「あ、それはですね……」

 

 アリーシャがエドナ達に悩みを告げようとしたところで、ミクリオが戻って来た。しかしながら、スレイの姿は無く、またミクリオも気まずそうな表情をしていることからある程度の予測が出来る。

 だがライラは念のためミクリオに尋ねることにした。

 

「えーと…。一応お聞きしますがスレイさんは?」

「その、済まない…。スレイを見失った」




 どうにかして、もっと地の文を増やせればなと思うこの頃です。


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23.大市場の陰で

 アリーシャ達はひとまず賑やかな人ごみを抜け、大市場が開催されている広場から外れた壁のように立ち並ぶ家々の間の路地の入口へと移動した。そこならば今は人通りが無いため誰かに見られる心配がない。

 

「それで?スレイを追いかけてたら人ごみに酔って、目を離した隙に見失ったから慌てて戻って来たのね?」

「…ああ、そうだよ」

 

 話をまとめて確認するエドナに、ミクリオは悔し気に俯きながら肯定する。

 

 ミクリオはスレイを見失ったのは自分の落ち度であることは十分理解しているのだが、それとは別にエドナが食いつきそうな話の種を作ってしまったことに対して後悔していた。その証拠に、エドナは人をからかう時に見せる薄笑いを浮かべている。間違っても人を責める顔ではなかった。

 

「全く何やってるのよ。幼馴染ならあの子の性格はよく知ってるんでしょ?行動を先読みして抑えておくぐらいしないと駄目じゃない」

「くっ……!」

 

 エドナに一応もっともな正論を言われ、ミクリオはぐうの音も出ない。

 ミクリオ自身、スレイと同様に人間の作った物をこれほど多く見たことはこれが初めてであり、とても気が散漫としていた。またこんなにも簡単にスレイを見失うとは思っていなかったために何をやっているんだという自責の念が強く、反論することが出来ないでいた。

 

「時間が経てば戻って来るのではないでしょうか?スレイも小さな子供ではありませんし……」

「ん~、ですがスレイさんはこのような場所も人ごみも初めてなんですよね?スレイさんの興味を引く物も沢山あるでしょうし、戻って来られるのでしょうか?」

 

 アリーシャが希望的観測を口にするも、ライラがスレイを鑑みて疑問を投げかける。

 

「む、無理かもしれない……」

 

 実はスレイと共に遺跡で迷子になり、ジイジ達イズチの里の天族に助けてもらった経験があるミクリオは更に気を重くなる。

 

 スレイは今年で17歳。だが、今この時だけは仲間から小さい子供として扱われているかのようだった。

 

「とりあえずスレイさんを待ってみましょう。いくら待っても戻って来ないようでしたら、周辺を探すか宿に戻ってみましょうか。もしかしたら1人で戻っているかも知れませんし」

 

 ライラの提案にアリーシャとミクリオは頷いて了承し、またエドナも面倒臭がりながらも了承した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

 そんな時、話し合っていたアリーシャ達のいる路地に1人の青年風の男性が広場から歩いて来た。

 彼は気分良さ気に鼻唄などを歌い、加工済みのソーセージなどの肉類や野菜、酒や菓子などの嗜好品に高価そうな食器や玩具類まで大きな箱に入れて両手で抱え込んでいた。それだけでも注意を引くには十分だが、何よりもアリーシャ達が注視したのは水色の髪(・・・・)とライラやミクリオが着ている様な神秘的な装い(・・・・・・)だった。

 

「ハハハッ!大量大量!これだけあれば一週間は盗まなくても良いな。あ、違ったか。間抜けな人間から天族様へ捧げられた僅かばかりの供物だったな。神聖な天族である俺が貰ってやったと知ったら泣いて喜ぶかもな。人間達(あいつら)単純だし」

 

 周りを見ることもせずに、大声で自分の悪事を露吐し通り過ぎていく青年天族。その慣れ切った動作から、普段からこのような盗みを働いており、また自分を認識出来ない人間を酷く見下していることが容易に窺えた。

 

 だが今この場にいるのは認識出来ない普通の人間ではない。ライラもミクリオもエドナも、そして天族を尊敬するアリーシャも目撃していた。

 

「う、嘘……。天族様が、盗みを……?」

 

 信じられないという愕然とした表情で呟くアリーシャ。あまりの衝撃的な出来事に顔色を蒼くすらさせている。

 そして青年天族はその呟きを耳にしたためかピタリと足を止め、勢いよくアリーシャ達の方へと振り向いた。

 

「お、お前俺が見えて…!?いや、そんなことよりもなんで天族がこんなに……!そっそうか、噂の導師か!!」

 

 今更ながらアリーシャ達がいたことに気付き狼狽える。そしてアリーシャを導師と勘違いしたものの、自分の悪事が露見したことを知り、青年天族は苦々しく顔を歪めた。

 

 

 そしてそこへ更にこの路地へとやって来る者がいた。『セキレイの羽』のロゼだ。

 

「ア、アリーシャ様!?何でこんなところに……!?いやそれよりも、この辺で食べ物なんかを大量に持った人を見ませんでした?」

 

 こんな路地にアリーシャがいることに驚きつつも、ロゼは急いでいるのか単刀直入に聞いてくる。

 それを聞いてアリーシャは青年天族のことだと思いつつも、本当に天族が盗みを働いたのか確かめるために敢えてロゼに尋ねる。

 

「……何かあったのか?」

「ついさっきのことなんですけど、『セキレイの羽(うち)』の知り合いの商人が食べ物やお皿なんかの商品を盗まれてしまいまして。盗まれた量が量ですからすぐ犯人が見つかるかと思ったんですけど、誰もそんな奴見てないって言うし…」

 

 ロゼは説明しながらも不思議そうに首を捻る。

 対してアリーシャは苦々しく思いながらも確信した。ロゼの言葉を聞くまでは、アリーシャは尊敬する天族が犯罪を犯していないと信じていたかった。だがこれはもう決定的だ。今だに狼狽える青年天族が犯人であるということは疑いようもなかった。

 

「天族様、貴方は―――」

「クソッ!」

「え?天族様?って、アリーシャ様!?」

 

 顔色を蒼くしながらも振り向き青年天族に呼びかけようとしたアリーシャだったが、言い切る前に青年天族は逃走を図った。アリーシャもその後ろを追いかけ、ライラ、ミクリオ、エドナがそれに続く。ロゼは未だ事情が呑み込めず、走り出すアリーシャを呼び止めるものの置き去りにされてしまった。

 

「天族様、こんなことはお止め下さい!」

「うるせぇっ!そんなの俺の勝手だろうが!ついて来るんじゃねぇ!」

 

 アリーシャの悲痛な訴えにも耳を貸すことなく、なんとか振り切ろうと走り続ける青年天族。

 逃走劇はまだ続くかと思われたが、すぐさま青年天族は足を止めることになる。

 

「もう面倒ね」

 

 痺れを切らしたエドナが、走るアリーシャの前へと進み出て走りざまに天響術を使う。地の霊力はエドナの踏み出した足から石畳の地面を伝って青年天族の前方へと行き、大きな土の壁を形成した。

 

「悪い子にはお仕置きしないとね」

「ちくしょう!このガキが!」

 

 鷹揚に構えるエドナに青年天族は悪態をつく。路地に道を遮る壁を作られてはもうどこにも逃げようが無い。青年天族は土壁を背にしてアリーシャ達を鋭く睨みつけていた。

 

「さあ、観念するんだ!」

「天族が盗みなどと、許されませんわ!」

「盗んだ物をお返しく下さい、天族様。そして謝りに行きましょう。何か事情があるのでしたら私も一緒に謝りますから」

 

 ミクリオ、ライラ、アリーシャがそれぞれ口にする。

 ミクリオやライラなどは自身も天族であるため、自分と同じ種族の者が天族としての尊厳を貶めるような行為を起こすことが許せないでいた。

 またアリーシャはこの期に及んでも何か事情があるからこそ仕方なく犯罪行為に走ったのだと信じていたかった。

 

 だが青年天族は耳を貸さず、考えを改める素振りも見せなかった。

 

「くそっ!こうなったら仕方ねぇ!」

「もう逃げ場はない。大人しくするんだ!」

 

 諦めない青年天族へ近づこうとしたミクリオだったが、破れかぶれのつもりなのか抱えていた盗品をミクリオ達へぶちまけた。そしてミクリオ達が怯んだその隙に天響術を使う。すると霧のようなものが発生して青年天族を包んだかと思うと、瞬く間に消え失せてしまった。

 

「これはっ!?」

「消えた……?」

「これは水の天族が使う天響術、『霊霧の衣』ですわ。相手から自身を隠す技ですから、まだ遠くへは行っていない筈です!」

「ならこうすれば良いわね」

 

 ミクリオは術の正体に気付き、アリーシャは戸惑いを見せる中、ライラは相手の天響術を冷静に分析する。そしてそれを聞いてエドナがいくつもの土柱を出現させる。

 

 だが時は既に遅かったようで、目の前の遮られた路地には何の反応も見られなかった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 それからアリーシャ達は来た道を戻り、待っていたロゼに犯人は天族であったこと、追い詰めたが逃げられてしまったことを説明した。

 

「済まない。投げつけられた分は拾って回収したのだか……」

 

 そう言って申し訳なさそうに盗品の入った箱を手渡すアリーシャだったが、中身は酷い有り様だった。肉類は土で汚れ、野菜や菓子類は落ちた衝撃で崩れ、酒や道具類に至っては割れてただのガラクタと化している。

 

「あちゃ~、これは酷い。ちょっともう商品にはならないかな。それにこの量を見ると、3分の1ぐらい盗られたままみたいですね」

 

 天族は少量ならば霊体化で物品収納が出来る。青年天族はそれを悪用して盗んだ物を自身に収納し、入りきらない分は霊体化したまま持ち運んでいたのだった。

 

「とりあえず、知り合いの商人達には逃げられたってだけ説明しておきます」

「本当に済まない…」

「アリーシャ様のせいじゃないですって!…まあでも、天族様にはちょっと幻滅しちゃったかなー。思ってた程神聖なものでも無いんだなって」

 

 ロゼの言葉を聞いて気落ちするアリーシャ。アリーシャも、別段人間全てに天族を尊敬してもらおうなどとは露程にも思っていない。しかし、心無い一部の天族の行動によってミクリオ達のような人と心を通わせることの出来る天族まで悪く思われることが、とても悲しく、残念に思えるのだった。

 

 だがそんなアリーシャの想いは、次に続くロゼの言葉で霧散する。

 

「でも逆に安心しました」

「……安心?」

「だって悪いことをするってことは、天族様って意外と人間っぽいってことじゃないですか。だったらセキレイの羽(うちら)を護ってくれてるデゼル様は無理矢理縛られた関係じゃなくて、あたし達の事をちゃんと気に掛けてくれてるから一緒にいてくれるってことですよね!」

 

 重くなった雰囲気を跳ね飛ばし、嫌な出来事から好意的な考え方に切り替えて明るく言ってのけるロゼ。目に見えて落ち込んでいるアリーシャを気遣うためでもあったが、それと同時に本心でもあった。

 

「所でアリーシャ様。スレイはどうしたんですか?まさか本当に迷子になってたりして?」

 

 ロゼの問いにアリーシャは苦笑する。

 

「迷子かはわからないが、行方がわからなくなっていてね」

「それを迷子だって言うんですよ!どうせ子供じゃないとか息巻いてたんだろうけど、迷子になってたら世話ないってのに」

 

 奇しくも昨日のスレイを言い当てるロゼ。後半は独り言を呟きながらアリーシャに言う。そして。

 

「わかりました!あたしも一緒に探します!」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、仕事が忙しいんじゃないか?」

「ん~、まあ大丈夫でしょう。店番はトルとフィルにでも押し付けちゃえば良いし、在庫整理はロッシュが嬉々としてやってくれるだろうし。うん、全然問題無いですよ」

 

 要するに、全部他人に押し付けるということだった。そのせいで後でエギーユから拳骨を落とされるのだが、今は知る由もない。

 

「じゃあ、少しの間そこで待っていて下さい!すぐ話をつけて戻って来ますから!」

 

 アリーシャの返事も聞かずに走り去るロゼ。アリーシャ達はそこに取り残されてしまった。

 

 

「なんと言うか、元気な方ですね。ロゼさんって」

「ただ騒々しいだけでしょ」

「だがあの考え方には感心したよ。デゼルとの間に確かな絆があるんだろうね」

 

 ライラ達天族組は口々にロゼを評する。

 

「…あのような考え方もあるのですね。少し驚かされました」

 

 一方でアリーシャはロゼの言葉に衝撃を受けていた。

 

 

 アリーシャは幼い頃に天遺見聞録を読み、天族の事を知った。そして神聖な彼らがこの世界のどこかに居るのかも知れないと、子供ながらに夢想し憧れた。やがて大きくなり、現実と想像の区別がついてからはただの小さな、そして密かな過去の憧れへと変わっていった。

 だがスレイに出会って天族が実在すると知り、過去の憧れは現実の畏敬の念へと変わった。まるで幼い頃に読んでいた天遺見聞録から、神聖な天族がそのまま飛び出して来たかのようだった。

 

 

 しかしながら、1ヶ月ちょっとの間彼ら天族と旅を共にして、ようやく気づいた事がある。それは昔から想い描いていた理想の天族とは違うということだった。

 

 アリーシャは決して天族に失望などはしていない。だが、ミクリオとミューズの親子間の愛情、エドナやデゼルのような兄や仲間を心配する気持ち、旅の道中で冗談を言ったり笑って怒る姿、サイモンや先程の天族のような相手を害そうとする者達を見てきて、天族は人間とは別世界に住む天使のような存在などではなく、地に足が着いたれっきとしたこの世界の住人なのだと改めて認識し始めたのだった。

 

 ところがロゼも、天族も人間と同じだという答えに直ぐ辿り着いてしまった。元々見えないなりにデゼルとの絆があったためでもあるのだが、アリーシャはそんなロゼに対して称賛と、ほんの少しの嫉妬を抱いたのだった。

 

 そんなことを思いながら天族達を見ていたアリーシャの視線にエドナが気付き、近寄って行く。

 

「…?どうなさいました?エドナひゃま!?」

 

 近寄って来たエドナの意図が掴めず尋ねようとしたアリーシャの両頬を、エドナはしっかりと摘まんだ。意外とプニプニしていて柔らかく、エドナのイタズラ心が首をもたげかける。

 

「ふぇ!?へふぉなひゃま!?」(訳:え!?エドナ様!?)

「なんかムカつく」

 

 理由にもならない理由で頬を摘まんできたエドナ。

 

 アリーシャが正気に戻るとエドナは両手を離した。力を調節していたのか痛みはなかったが、アリーシャは今まで頬を摘ままれたことなど一度も無く、両手て頬をおさえて顔を赤くしていた。

 

「な、な、何をするのですか!?!」

「なかなか可愛い反応するのね。ちょっと面白かったかも」

 

 アリーシャの反応にイタズラ心がおさえ切れず、エドナは笑みが表情に出てしまう。

 ちなみにこれを見ていたミクリオは、アリーシャがエドナの標的になってしまったことに同情する反面、自分の負担が減ったことに密かにほっとしていた。

 

「何か変なこと考えてたんでしょ?何とも言えないような顔をしてたわ」

「い、いえ、そんなことは……」

 

 恥ずかしさでつい否定してしまったものの、エドナがジト目で見てくるため耐え切れず白状することにした。

 

「い、言いますから!私もロゼが言っていたように、天族様も私達人間とさほど違いはないんだと思っただけでして……。その、そう思われるのは嫌だったでしょうか?」

 

 それを聞いてミクリオとライラは互いに顔を見合わせる。

 

「嫌ではないけど、正直どう反応すれば良いかわからないかな」

「う~ん、そうですわね。人間は確かに悪い部分もありますが、それは天族も少なからずありますしね」

「……ま、精神的には確かにそこまで変わらないかもね。人間だろうと天族だろうと、嫌な奴は嫌な奴だしね」

 

 エドナも思うところはある様子だったが否定することはなかった。

 

 

 この後、ロゼが戻って来たため話は終わり、スレイの捜索を始めることとなった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※ 

 

 

 

「あれ?こっちだったっけ?」

 

 人々が行き交う中、頭を捻りながらスレイは1人、大市場の人ごみの中を闇雲に進んでいく。

 

 現在スレイは絶賛迷子中であった。ミクリオには迷子にならないと豪語していたが、結局ロゼが忠告していた通りとなってしまいスレイはなんだか釈然としない気持ちだった。

 スレイには「ほーら、あたしの言った通りになったじゃん!」とロゼがニヤけてふんぞり返る姿が容易に想像出来る気がした。

 

 

 余談だがスレイは特に方向音痴で迷いやすいという訳では無い。ただ右を見ても左を見ても延々と似た形の露店が立ち並び、またイズチやレディレイクなどでは経験したことの無い、身動きに支障をきたす程に人で溢れ返っている場面に立ち会ったことでミクリオと同じように人に酔って迷ってしまったとも言える。

 

 

「そこの兄さん」

 

 そんな時、スレイは人ごみの中でそんな声を拾う。周りを見回してみればスレイから数メートル程離れたところから痩せて頬のこけた男が歩み寄って来ていた。

 

「兄さん、もしかして導師じゃないかい?」

「あ、はい。えっと……?」

「ちょっと、こっちに来てくれないかい」

 

 スレイが肯定するとすぐ男は周りに目を配り、スレイが1人であることを確認する。そしてそこから程近い壁のように立ち並んだ家々へと向かって歩き出し始めながらスレイを招き寄せる。スレイも訳が分からないままにあとをついていく。

 

 すると人ごみを抜けた先に細い路地の入口に辿り着いた。男が入っていき、スレイも後を追う。そこは普段誰も通っていないのかゴミも落ちている小汚い路地だった。そしてすぐに男は身をひるがえしスレイに向き合って言った。

 

「突然呼び寄せて悪いね。実は私は商人なんだ。導師様にどうしても買ってもらいたい品があるんだよ」

「だったらわざわざこんなところに来なくても……」

「それが駄目なんだ。私は少々特別な品を扱っていてね、盗られる危険があるからあまり人目には晒せないんだ。私が扱っている品はエリクシールさ」

「エリクシール!?」

 

 思わぬ単語に驚くスレイ。そして男はその反応を見てニヤリとする。そして懐から小瓶を1つ出してスレイに見せる。

 

「そうさ。あの伝説の霊薬、エリクシールさ」

 

 男は小瓶をスレイに手渡しよく見るように促す。中にはドロッとした、透き通りながらも毒々しい血色の液体が入っていた。

 

「……でも、どうしてこれを俺に?」

 

 スレイは小瓶を男に返しながら訝しむ。つい昨日存在を知ったばかりの物を、こんなにも都合良く手に入る機会を得られたことに疑問に思ったのだ。

 

「実は昨日、この町の傭兵と導師様が話すをの近くで聞いていたんだよ。それでよくよく聞くとエリクシールが欲しいそうじゃないか。だから今日導師様に売ろうと持って来たんだよ」

「ルーカスとの話を聞いてたんだ。…じゃあ、もしも買うとしたら値段は?」

「そりゃあ伝説の霊薬だし、値は張るね。でもまあ、導師様に買ってもらえるなら負けようじゃないか。大負けに負けて30万ガルドだよ」

「さ、30万……」

 

 値段を聞いてスレイは小声で呻く。なんとか少々の無理をすれば手が届く値段だ。ハイランド王国からの支援金やこれまでの依頼の報酬を合わせれば買うことが出来る。ただし、今後宿や食事にかかる料金を節約しなければならなかった。

 

 ただスレイは今1人であり、そんな今後にも響く大事な事柄を仲間にも相談せずに決めてしまって良いものか悩んでいた。更にこの男の持つエリクシールらしき品が本物であるという保証は無い。勿論本物であることが一番喜ばしいことであるが、偽物ならば30万もの大金を失うことはかなりの痛手と言えた。

 

「どうだい?私は兄さんが導師様だから特別に持って来たんだ。買う価値はあると思うけどねえ」

「うーん……」

「まだ疑っているのかい。なら、ちょっと味見してみるのはどうだい?」

 

 スレイがまだ渋るのを見て、男は提案する。

 

「え?良いの?」

「普段ならこんなことは絶対にしないんだが、なんたって導師様だからね。買ってもらえるなら安いものだよ。いわゆる先行投資ってやつさ」

「せ、せんこうとうし?」

「まあそんなことはどうでもいいから。ちょっと飲んでみて力でも強くなったりすれば本物だってわかるだろう?ささ、どうぞ」

 

 そう言って男はいつの間にか取り出したお猪口に小瓶の中身を少量注ぎ、スレイに差し出してくる。

 

「えっと、じゃあ折角だから」

 

 厚意(・・)を無下に出来ず、戸惑いがちにお猪口を受け取ったスレイはそのまま口に近づけていく。男はスレイが飲むその瞬間を、歪んだ笑みと欲に濁った眼差しを向けて、今か今かと待ち侘びていた。

 

 

 




 遅くなってすみません。生活環境が変わったので今以上に不定期になるかもしれません…。

 もしも原作の天族達が「人間と同じ」と言われたらどんな反応をするのでしょうか?嬉しく思うのか嫌悪するのか、書きながらふとそんなことを思いました。


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24.穢れの襲来

「おお、坊主!こんなところにいたのか!」

 

 スレイがエリクシールらしき液体を飲もうとした直前、1人の老人が年相応の渋い声の中に若者のような快活さを滲ませて、親し気な雰囲気で近づいて来る。

 老人は青い厚手の服装で背中に本を背負い、首には黄色いマフラーとゴーグルをかけている。髭も頭髪も白いがその目には老いを感じさせない無邪気さが見え隠れしていた。

 

「どこで道草を食ってるのかと心配していたんだ。全く、すぐにどっか行きやがって」

「え?え?」

 

 話についていけず混乱するスレイを余所に、スレイと男のすぐ近くまでやって来た老人はスレイの背中を叩きながら既知を装い笑う。その拍子に持っていたお猪口の中身が全て零れてしまった。

 

「ど、導師様の知り合いで……?」

 

 あとちょっとのところでこの老人に計画(・・)をぶち壊しにされた男は、平静を装いながらスレイに尋ねる。だが体の内に籠る怒気のせいか作り笑いは歪になっており、また目尻も軽く痙攣していた。

 

 スレイがその問いに答えようと口を開きかけるがそれよりも早く、老人は何も変わらず自然に答えた。

 

「いいや、初対面だな」

「は?」

「だから、この坊主とは今日初めて会ったんだ。まあそんなことよりもだ―――」

 

 あっさりと他人であることを白状する老人。その答えに思わず呆気にとられる男を余所に、まるで好好爺のような雰囲気で答えていた老人は次の瞬間、男に鋭い眼差しを向けたのだ。

 

「坊主に飲ませようとしていたその液体は何だ?」

「ヒッ!」

 

 老人の心中をも見通さんばかりの強い眼差しに気圧され、恐怖に震え出す男。そして男は理解した。この老人に自分の企みがバレているのだと。

 

「そう言えばこの町で噂になっていたな。最近、新種の回復薬だと偽って高い金で麻薬を買わせようとする輩がいるってな」

「ヒ、ヒィィィッ!!」

「おおっと」

 

 老人の威圧に耐え切れず、奇声を発しながら脱兎のごとく逃げようとした男だが、既に十分近い距離にいた老人からは逃げることが叶わず、拳の一撃を食らって気絶した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 男を気絶させた後、老人はスレイを伴いぐったりとした男を担いで町の衛兵へと突き出した。初めは突然のことで驚いていた衛兵だったが、老人から事情を聴き、尚且つ赤い液体の入った小瓶と共に男の他の所持品から多数の違法な物品を発見し密売人であることが判明したため、それが証拠となり直ぐ様御用となった。

 

 衛兵のいた詰所を離れた所でスレイが口を開く。

 

「あの、危ないところを助けてくれて、本当にありがとうございました!」

「良いってことよ。偶然目についただけだ。それに、未来ある若人が堕ちていく様なんざ見たくねえからな」

 

 頭を下げるスレイを尻目に、老人はふかした煙管(キセル)をくわえながら笑って応じる。

 

 密売人の男が老人に捕まった当初、スレイは状況から男が何か良からぬことを企んでいたらしいぐらいは理解出来た。だがスレイ自身、何の危険があったのか検討がつかず、偽のエリクシールを法外な値段で買わされそうになった程度の認識だった。

 しかしながら実際はもっと質が悪く、老人に麻薬の危険性とスレイが直面していた状況を説明され、やっと正しく理解して心底震え上がったのだった。

 

 

 まず麻薬の危険性だが、密売人の男か所持していた麻薬、仮の名前として偽エリクシールは滋養強壮と心身を活性化させる、つまり明るく元気になる効果を持つ。しかしこれはごく短い一過性のものでしかなく、効果が切れれば強い不安や憂鬱に見舞われる。また副作用はそれだけに留まらず強い依存性を示すため、服用した者は偽エリクシールを危険だと理解していても求めて止まなくなってしまうのだ。

 

 そのため男はこの偽エリクシールを導師に飲ませて金儲けをしようと企んだ。

 見た目からして若く純朴で、いかにも無知そうな少年だ。他の人間の目が無ければ偽エリクシールを飲ませることは容易に思えた。

 飲ませてしまえば後は簡単だ。偽エリクシールの依存性に陥った導師が大金を持って来るのを、ただ待てば良い。導師ならば国からの支援や依頼などでたんまり稼ぐことが出来るだろう。その金を横から掠め取る手筈だったのだ。

 

 

 これを聞いてスレイは自分がどれだけ不用意なことをしていたのか、心の底から思い知った。

 一般人でも麻薬やその依存性について知っている者はそれほどはいないだろう。ましてや、ほんの1ヶ月程前に人間の世界に足を踏み入れたスレイはそんなもの知る由もない。

 

 だがもしもあのまま偽エリクシールを飲んでいたならば、スレイの未来は最悪な方向へと向かって行っただろう。今現在ハイランド王国から受けている依頼や困っている人を助けるためにしている導師の活動も、浄化して誰かを救うためでなく金を稼いで偽エリクシールを得るためだけに活動していただろう。そうなれば、そんなスレイを見た仲間達は、スレイに対して不満を抱かずにはいられない。1人、また1人と呆れて去っていき、やがてはスレイ1人になり自滅する。そんな未来があるかも知れなかった。

 

 以前ロゼが話していたように、人を騙して富を得ようとする悪質な者がいる。天族にも様々な者がいるように、人間も様々であることを身をもって実感したのだった。

 

 

「坊主、名前はなんて言うんだ?」

「スレイって言います」

「スレイか。俺はメ―ヴィン。これ(・・)を指針に気ままに旅をするのが気に入っているってだけのただの探検家だ」

 

 そう言って取り出したのは、スレイも愛読し常に持ち歩いている天遺見聞録だった。天遺見聞録自体かなり古い書物であるが、メ―ヴィンのそれは所々薄汚れており、かなり年季が入っていることが窺えた。

 

「これ!天遺見聞録!」

 

 スレイも興奮して自分のものを取り出す。

 

「ほう、スレイも持っているのか。今時珍しいな。若い奴でこれを読むのなんざ、そういないと思っていたんだがな」

「そんなことはないと思います!現にアリー……、えっと、導師の補助をしてくれる騎士の人も小さい頃から読んでたって言ってましたし!」

「そうかそうか。そいつは嬉しいことだな」

 

 念のため、王女だと広く知られているアリーシャの名前を一応は伏せたスレイ。メ―ヴィンはそんなスレイの不審な行動を気にすることも無く、皺を深くして心から嬉しそうに顔を綻ばせていた。

 

 

「ところで、その騎士とやらはスレイを一人にしてどこに行ったんだ?一緒に行動していればスレイもあんな奴に絡まれることもなかったろうに」

「あ~……。実は騎士の人がどこかへ行ったんじゃなくて、俺が……その、迷子になったらしくて……」

 

 少し言い辛そうに頬をかき、目を泳がせるスレイ。そんなスレイの言葉にメ―ヴィンは目を丸くし、次の瞬間には盛大に笑い出した。

 

「はははははっ!そうか迷子か、なるほどなぁ!確かにこの大市場は初めての人間がよく迷うことで有名だな。よし、わかった。ならその騎士を探すついでに露店を見て回るか。まだ全部は見きれていないんだろう?」

「…!ありがとうございます!あ、それと良かったら、メ―ヴィンさんが今までどんなところを旅して来たのか聞かせて下さい!俺、最近まで自分の里を出たことが無かったから、この世界の事にすごく興味があって。確か火の噴き出る山とか白い氷で覆われた土地、砂の海に七色に光る空なんかもあるんですよね?」

「おお、良いとも。俺はどれも見たことはあるが、その全てが想像以上の絶景だったなぁ。ただし、教えるのは少しだけだ。旅の景色ってのは直接自分で見てこそその壮大さがわかるんだ。聞いたことで今から楽しみが減るのは良くないからな」

 

 スレイの表情から十分伝わってくる程の世界への好奇心に、メ―ヴィンも通じるものがあるのか殊更嬉しそうに言う。探検家としてスレイの好奇心旺盛な態度は、昔の自分を思い起こさせ、眩しいぐらいに感じるのだった。

 

 

 

 スレイとメ―ヴィンは騎士であるアリーシャを探しつつ、露店を回りながら旅の話をしている。メ―ヴィンは景色だけでなく魔物に襲われた話、人助けをした話、遺跡を訪れた際仕掛けが作動して大変な目にあった話など、面白可笑しくスレイに聞かせた。対するスレイも聖剣祭からマーリンドでの出来事、そしてその後の話なども天族やドラゴンの事を省いて嘘にならない程度にぼかして聞かせた。

 探検家であり旅人のメ―ヴィンにならハイランド王国の上層部に知られる心配はかなり低いため、天族の事を話しても良さそうな気はするが、そのような重要な事柄は出来れば仲間と相談して決めたかった。またドラゴンに関しては、レイフォルクの頂上は人間の足で行くことが出来ず、そして何より昔ならいざ知らず今となってはエドナの兄を見世物にするようで気が引けたのだった。

 

 だが天遺見聞録を指針にして旅をする程の物好きであるメ―ヴィンだ。もしも天族やドラゴンの事を教えたら大層喜ぶに違いないとスレイは考えている。ドラゴンに関しては教えることは出来ないが、天族の事ならばアリーシャ達と合流してから教えようと思っていたのだった。

 

「雪に砂漠かぁ……!見てみたいな……!」

「雪は真っ白でふわふわしていてな、手に持ったり口に含むとすぐ溶けるんだ。味は無いが食感が面白くてな、何か蜜でもあれば美味いんだろうな。砂漠に行った時は寒暖差に注意するんだ。昼は焼けるように暑く、夜は凍えるほど寒い。対策も無しに行くと絶対に死ぬから気を付けるんだぞ」

 

 メ―ヴィンはスレイの言っていた白い氷や砂の海などを説明する。

 

「おお、そうだ。それから『竜の餌場』と呼ばれるリヒトワーグ灰枯林には近づかないほうが良い。奥にドラゴンがいると言う話だがあそこは駄目だ。亡者のような魔物がうじゃうじゃいて行っても無駄に命を落とすだけだからな」

 

 スレイも候補から外したリヒトワーグ灰枯林はマーリンドで調べたようにかなり危険な場所であるらしく、行かないよう念を押された。死した者が魔物になるかは未だに不明であるが、人に似た姿のグールや黒い布を被った骸骨のゴーストが存在することは確認されており普通の人間にはまず手に負えない程に強力な魔物であると言う話だった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 スレイがメ―ヴィンと共に、露店を巡り1時間程経った時だった。突如、市場に大きな破裂音が響き渡る。そしてどよめく人々を見渡していたスレイは不意に視界の端に黒い何かを捉えた。

 

「……あれ、何かおかしい」

「ん?」

 

 スレイの異変にメ―ヴィンも気付き、同じように注視する方向を見つめる。

 視線の先。スレイ達から距離があるが、まるで空へ黒い墨の噴水が吹き上がるように下から何かが立ち昇り、それは地上に降り注ぎ始めようとしていた。

 

 スレイの頭の中で警鐘が鳴り響き、自然と黒い何かの方向へ早足になっていく。

 

「おい!スレイ!」

「ごめん、メ―ヴィンさん!もしかしたら大変なことになるかも知れない!俺行かないと!」

 

 メ―ヴィンがスレイに呼びかけるも、返事だけを残してメ―ヴィンから距離を離していく。

 そしてある程度近づいた所で、疑念は確信へと変わった。

 

「あの黒い靄……!まさか憑魔!?」

 

 近づいて肉眼で見ることが出来るようになり、それの姿が明らかとなる。

 

 それは正に火の玉のように黒い靄を全身に纏い空を飛ぶ、血を被ったような赤い色の頭蓋骨。その表情は読み取れる筈がないのに悲痛に喘ぎ、苦悶を浮かべていると理解出来た。また聞いた者を恐怖に震え上がらせるような、声にならない声を上げている。

 スレイにとってそれは今までに見たことの無い、異質な存在だった。

 

 

 それは地上へと向かって行き、今なお大市場を楽しんでいた者達や商売人達へと襲い掛かる。勿論スレイも例外では無い。だが、不思議なことにスレイ以外の人間には見えていないのか動じる様子は皆無だった。

 

 スレイは儀礼剣を抜き放ち、霊力の注いでそれを素早く斬りつける。霊力を乗せて斬りつけられたそれは、一瞬で崩れて消失した。まるで細かい砂か霧でも斬ったかのような手応えの無さだった。

 

「何だ……?憑魔にしては弱い?」

 

 そう言って訝しんでいたスレイは、周りのどよめきや悲鳴によって思考が中断され思わず目を向ける。そしてスレイが目にしたものは、その表情が恐怖と戸惑いに彩られスレイに奇異の目を向ける人々だった。

 

「あ……」

 

 それを見てスレイは遅れて自分の失態に気付く。赤黒い頭蓋骨が見えない彼らにとって、今自分がどのように映っているのかを。彼らからしてみればスレイは、人通りの多いこの場所で突然剣を抜き振り回す、危険な異常者に見えていたのだった。

 突如として向けられる、今まで感じたことの無い恐怖や嫌悪の感情に狼狽え、一瞬憑魔らしき存在が今もなお人々に襲い掛かっている現実を忘れ躊躇(ためら)ってしまう。だがその一瞬の躊躇いが憑魔らしき存在の隙を許してしまった。

 

 それらは音も無く、ずるりと人間に入り込んだ(・・・・・)

 

「なん、だ……?急に気分が悪くくくく」

「た、助けてくれ……!何かが、何かが俺の中でええぁああっ!!」

「キャアアアアアッ!!」

 

 それらに入り込まれた人間達は徐々に意識を奪われ怪物へとその姿を変貌させていく。入り込まれなかった者は周りの者達が変貌していくことに恐怖し、悲鳴を上げて逃げ惑う。それは正に阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 姿を変貌させた者達はやがて黒い靄を身体から発生させ、憑魔リザードマン、ウェアウルフ、スキュラ、トレントなどになっていく。

 

 ここでようやく正気に返ったスレイは、自分が思い違いをしていたのだと思い知った。

 

「まさか、これは……!」

 

 

 この赤黒い頭蓋骨こそがスレイが今まで戦ってきた、そして今初めて目にする存在。

 『穢れ』そのものだった。




 設定紹介でも書きましたが、穢れは原作のような憎しみや悲しみ、悩みや罪悪感などの負の感情ではなく、悪霊のようなものとしてイメージして書いています。

 また殆ど変わりませんが、原作ではワーウルフという憑魔はいますがウェアウルフという憑魔はいません。


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25.迎撃

 申し訳ありません、ここまで遅くなるつもりはなかったのですが、書き出すのに時間がかかってしまいました。


時は少し遡る。スレイとメ―ヴィンが露店を冷やかして回っていた頃、アリーシャ達もまたスレイを探しつつも露店巡りを楽しんでいた。

 

「おっちゃん!このクレープ5つちょうだい!あ、生クリームとフルーツは大盛りで!」

「しょうがねえなぁ。……あいよ!」

「ありがと、おっちゃん!」

 

 ロゼの少々無理な注文に店の店主は困ったような顔をするものの、手早くクレープ生地に具を乗せていきロゼや隣にいるアリーシャに手渡し代金を受け取る。ロゼの注文通り、生クリームやフルーツは通常の1.5倍は多く盛り付けられていた。

 店主にお礼を言ってアリーシャ達はまた歩き出す。

 

「先程もそうだが、ロゼは店の主人達と仲が良いんだな」

「仲が良いって言うか、まあ、この町の人なら殆どが顔見知りですからね。特に商人なら仕事上、提携して商品を売ったり人手が足りない時に手伝いに行ったりして持ちつ持たれつの関係ですし、結構融通してくれるんですよ」

 

 アリーシャの言葉にロゼは苦笑しつつも答える。

 戻って来たロゼと共に大市場を巡っていたアリーシャ達だったが、ロゼは露店の人間から笑顔と共によく声をかけられていた。また、クレープを買う前にも食べ物や装飾品をいくつか買っていたのだが、露店の人間は皆何かしらおまけをしてくれたり、値段を負けてくれたりなどしていた。

 

 アリーシャとロゼは人目が無い隙を窺って天族の3人にクレープを配っていく。

 クレープは天族達が触れて霊体化を施すと、瞬く間に消えてしまった。そしてその様子をロゼは残念そうに見つめていた。

 

 デゼルが今まで一度も食事するところを見せていなかったために、ロゼは今回、天族の食事風景を見られるかもしれないと密かに期待していた。初めに芋を捏ねて焼き味付けした芋餅や串焼きなどを買って配った時に、手に持っていたものが忽然と消える様子にそれは驚いたものだが、食べ物が宙に浮いたまま徐々に欠けて消えていく様子を期待していただけに肩透かしを食らった気分だったのだ。

 

「う~ん……。やっぱり食べるところは見せてもらえないか~」

「……『食べる瞬間をじっと見つめられるとわかっているのに、わざわざ見せる訳がないでしょ』、だそうだ」

「なんか悔しいなーもう!」

 

 苦笑しながらアリーシャが天族の言葉を伝える。勿論発言した主は毒舌が多いエドナだ。天族が見えず聞こえないロゼに何かを伝えたい場合、先程からアリーシャが天族の言葉を伝えていた。

 

 

 本気で悔しがるロゼを尻目に、エドナ達天族は目の前で堂々と渡されたクレープを口に運んでいく。

 

「こうも目の前で悔しがられると、なんだか少し可哀想な気がしますね。デゼルさんはロゼさん達と一緒に食事していないのでしょうか?」

「どうせ恥ずかしがって1人でモソモソ食べてるに違いないわ。何考えてるかわからないし、根暗っぽいし」

「……それ、随分偏見が入っているように思うんだが」

 

 エドナの酷い言い分にミクリオは呆れた目を向ける。

 

「うるさい。それにしても美味しいわね、このクレープ」

「生クリームの甘さとフルーツの甘酸っぱさが絶妙ですわね~」

「生地はとても薄いですし、具もひんやり冷たくてとても合ってますね」

「確かに。だが人間は天響術が使えないのに、どうやって冷やしているんだろう?」

 

 エドナやライラの褒め言葉と共にアリーシャの言葉に相槌を打ちながらもミクリオは疑問を持つ。アリーシャはロゼにそのことを伝えると、一転して得意気な様子で話し出した。

 

「それはですね、北の大陸に近いローランスの一部地域では冬に池が数十センチもの深さまで凍る時があって、その氷を切り出して専用の地下室なんかに沢山入れておくんです。地中なら太陽の熱も届きにくいですし、温度もほぼ一定に保たれますからね」

「そう言えば私の邸宅や王宮の地下にもそのような地下室があった気がするな。氷室(ひむろ)だったかな」

「はい。ただやっぱり氷室は一般の人は中々持てませんし、持っているのは王族や貴族が殆どだと思います。まあここは商人の多い町ですから、食品の保存のためにも共同で氷室を使っていたりするんですけど」

 

 ロゼの説明に聞き入っていたミクリオは感心する。

 

「人間の知恵には本当に驚かされるな。よくそんな突拍子もないことが思いつくものだね」

「まあでも、わたし達には必要ないものよね。自分で歩く冷凍庫があるし。容量極小だけど」

「…それは僕に言ってるんだよな?なら今度からアイスキャンディーもフルーツフラッペも作らないからな!」

「へぇ?アリーシャがあんなに気に入ってたのに、もう作ってあげないのね?作り方を教える約束をしておいて、一時の感情に流されて破るのね?アリーシャ可哀想に」

「こ、このっ……!!」

 

 ニヤニヤ笑いを浮かべ、アリーシャの笑顔を人質にミクリオを挑発するエドナ。

 この1ヶ月の旅の間にミクリオが得意のアイス系デザートを振舞い、アリーシャにいたく気に入られたのだ。花が咲いたような笑顔で喜ぶアリーシャに照れつつも、今度は一緒に作ると約束したミクリオだったが、それを偶然聞いていたエドナに利用されたのだった。ミクリオの悔しがる姿を見てより一層笑みを深くする。

 

 そんな2人のやりとりを見ていた人質(?)のアリーシャは困ったように笑い、そんなアリーシャを見たロゼは不思議そうな顔をするのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 全員がクレープを食べ終わり人心地ついていた時、それは起こった。視界にあった露店の1つ、その脇に積んであった人の背丈ほどもある大きな荷が突如破裂した。その荷のすぐ側にいた露店の人間や客はその衝撃で吹き飛ばされ、それを見ていた人達からは悲鳴が上がった。

 程なくして異常に気付いた周りの人々が足を止めどよめくが、すぐに安堵(・・)した。それというのも吹き飛ばされた者は、いずれも軽傷ですぐ起き上がったからだった。

 

 だがアリーシャや天族達は違う。人々と同じ景色を見ていながら、その表情は恐怖(・・)で凍り付く。それは荷が破裂したと同時に竜巻のように渦を巻きながら空へと立ち昇り、今正にこの瞬間にも黒い靄を纏った多数の赤黒い髑髏(どくろ)が雨のように降り注ごうとしている光景が目に映っていたためだった。

 

「あ、あれは何だ……?憑魔、なのか?」

「違いますわ!あれは『穢れ』です!で、ですが何故……!?」

「これが『穢れ』!?何でこんな大量に!?」

「詮索は後よ!……これはかなり不味いわ」

 

 アリーシャが無意識に呟いた独り言を皮切りにライラやミクリオは戸惑いを口にし、普段は淡々とした口調のエドナさえも切迫した焦りの感情が言葉から見てとれる。

 

 穢れを迎撃するためミクリオは長杖を、エドナは傘を、ライラは紙葉をそれぞれ手の中に出現させる。アリーシャも彼らと同じく迎撃の準備をしようと携帯していた槍の穂に巻かれている布を取り去ろうとするが、その行動にエドナから初めて聞く強い口調で待ったがかけられる。

 

「アリーシャ、今は武器を構えないでじっとしてて!」

「っ!エドナ様、私も戦えます!」

 

 エドナの言葉に対し、アリーシャは普通の人間に天族が見えないことを考慮して声を抑え気味にするものの、断固とした意志で返事をする。

 エドナからの唐突な制止の理由がわからず、まるで戦力外だとでも言われたかのような軽いショックを受けるが、穢れが徐々に迫ってきているこの状況で何もしない訳にもいかない。そのためアリーシャはそのまま戦闘準備を整えるために動こうとした。そこへライラが目線を穢れに固定したまま、アリーシャに話しかけて来た。

 

「アリーシャさん、誤解しないで下さい。エドナさんはアリーシャさんを戦力外だと言っているのではありませんわ。穢れは物理攻撃が全く効かず、有効な手段が霊力による攻撃に限られるため、アリーシャさんが攻撃しても当たらずにそのまま穢れに入り込まれる恐れがあるのです。それに、周りを見て下さい」

 

 ライラに促されてアリーシャが周りを見回すと、先程の破裂した荷や怪我人には目を向けるものの頭上より降り注ごうとしている穢れには目も向けない。それどころか、武器を構えようとしたアリーシャに不審そうな目を向ける者さえいる始末だった。

 

「彼らには穢れが見えていないのか」

「ライラ様、これは……」

「そうです。ミクリオさんが言った通り、穢れはわたくし達天族と同じように普通の人間には見えません。あれが見えないのなら、人の目には今ここで武器を構えるアリーシャさんが異常者か錯乱した者に見えるでしょう」

 

 人は自身が見聞き出来ないものに懐疑的になる傾向がある。まして多数の人間が見聞き出来ないともなれば、見えると主張する者を異常者と捉えてしまうのだ。余談ではあるが、長い歴史の中には天族などが見えたと言ってしまい、理解されずにいじめや迫害を受ける者が確実にいたのだった。

 

「でしたら早く人々を避難させなければ!このまま放っておけば彼らは憑魔となり、他の人々を襲う危険性があります」

「もう手遅れよ。それよりも迎撃して穢れを減らしつつ、わたし達が穢れに入り込まれないように最優先で守ったほうが良いわ。人間はただの憑魔で済むけど、わたし達はドラゴンになる可能性が高い。もしこんなところでドラゴンにでもなったらこの町の壊滅は勿論、周囲も甚大な被害を受けるでしょうね。第一、危険が迫ってるかどうかが認識出来ないのにどうやって避難させるつもり?」

「そ、それはっ……!」

 

 アリーシャの提案に対し、エドナはそれを鋭く切って返す。エドナは珍しいことに、受け答えすら面倒そうに苛立っていた。

 

 エドナの言い分は実際のところ、正しい。憑魔化したとしても天族の霊力による浄化を行えば、穢れは祓われ元に戻る。現状普通の憑魔ならば、ライラ、エドナ、そしてスレイの3人が浄化出来るため、多少の被害は出るものの事態は鎮静化するだろう。もし仮に普通では浄化出来ない強力な憑魔が出たとしても、神依があるため問題はない。

 

 だがドラゴンとなると話は変わってくる。ドラゴンは霊力による浄化が効かず、また普通の天族がまともに太刀打ち出来ない程に強力な存在だ。過去の導師が殺せなかったというドラゴン、アイゼンが今も存命していることから、たとえ神依があったとしても倒しきれない可能性が高い。

 倒しきれなければここリスウェルは壊滅し、また地理的に隣接している大国、ハイランド王国とローランス帝国に被害が出るのは確実だ。そして何より、そもそもスレイが変わり果てた仲間に対して剣を向けられるかどうかすら未知数だった。

 

 エドナに咄嗟に言い返そうとするアリーシャだが、説得に足る言葉が見つからない。

 アリーシャもエドナの言い分が正しいことは頭ではわかっており、一番被害が少ない方法だということも十分理解している。だが心がそれを否定しようとする。

 

 アリーシャの師匠マルトランからの教えの1つに「騎士は守る者のために強くあれ。民のために優しくあれ」というものがある。アリーシャは騎士として、自国の民でなくとも目の前の人々の危機を見過ごすことに強い拒否感を抱いていたのだった。

 

 

 そんな中、アリーシャ達と同じように空に目を向け、そしてその光景に取り乱す者がいた。

 

「な、何あれっ!?気持ち悪っ!!」

 

 アリーシャ達が話し合うのを余所に、ロゼが空を見上げたまま顔色を蒼くさせている。

 

「ロゼ…?君にはあれが見えているのか?」

「見えているのかって、あ、あんな気持ち悪いの見えてない方がおかしいですよ!」

 

 吠えるように言うロゼ。周りの人間はロゼにも不審そうな目を向けるが本人には気にする余裕もない。

 

「何故天族が認識出来ないロゼさんにも穢れが見えて……?」

「ねぇ、一体いつまで無駄話するつもり?死にたいの?」

 

 ライラがロゼの事を疑問思ったところで、アリーシャとライラはエドナから普段よりも低く威圧的な声をかけられる。その声はいつもとは違い刺々しく、明らかな怒気と強い苛立ちが含まれていた。

 

「確かに悠長にしている暇はありませんわね。ですがエドナさん、少し落ち着いて下さい」

「わたしは落ち着いているわ!!」

「……安心して下さい。適切に対処すれば、誰もドラゴンにはなりませんわ」

「!!」

 

 大声でライラに食ってかかるエドナだが、ライラの一言ではっと我に返る。

 

 エドナは以前、これに似たような光景を見たことがある。迫り来る大量の穢れや憑魔が自分と兄を襲い、自分の力が足りずに危ない所を兄に庇われた。いくつもの穢れに入り込まれた兄は刻一刻と、まるでエドナに力の無い罪と無力さをを見せつけるように、徐々に硬く鈍い光沢をもつ鱗に体を覆われていき、最後には巨大なドラゴンになり果てた。

 

 時が過ぎ、既に風化しきったと思われていたこの言いようの無い怒り、悲しみ、憎しみが、現在の光景を見たことで鮮明に思い起こさせられたために苛立っていたエドナだが、誰もドラゴンにはならないとライラに言われ正気に戻ったのだった。

 

「……悪かったわね」

「いいえ~。気にしてませんわ。それではエドナさん、わたくしが紙葉を展開して防御するので主だった攻撃はエドナさんに任せても構いませんか?」

「わかったわ」

 

 バツが悪そうに謝るエドナに、ライラはにこりと微笑みかける。そしてエドナに作戦を指示した。

 

「アリーシャ」

 

 迎撃のために前に出たエドナが不意にアリーシャに話しかける。

 

「さっきは言葉が足りなかったわ。……ごめんなさい」

 

 アリーシャの方を向いて謝罪を口にしたエドナは、顔を見られたくないかのようにさっと正面に向き直る。素っ気無くも見える態度だが、エドナが感情面で不器用なところがあることをわかっているため素直に嬉しく思った。

 

「いいえ。むしろ私の方こそ全体が見えておらず、申し訳ありませんでした。被害を最小限に食い止めましょう!」

「ええ。そうね」

 

 アリーシャの言葉にエドナは小さく微笑む。

 

「ライラ、僕はどうしたら良い?」

「ミクリオさんは霊力弾を飛ばしてエドナさんの援護をお願いします。アリーシャさんは万が一穢れが抜けて来た場合は全力で避けて下さい。それと次の憑魔に備えておいて下さい」

「ああ、わかった!」

「承知しました!」

 

 そう言い終わるとライラは腕を大きく振って紙葉をばら撒いていく。すぐさま地面に落ちるかと思われた紙葉だが、奇妙なことに規則正しく並んで空中に留まり、ライラ達を守るように広がっていく。

 火の天響術を応用した微弱な熱によって、空気を限定的に操作し浮遊させているのだ。本来、物理的な肉体を持つ魔物や憑魔には殆ど無意味なこの結界だが、霊力による浄化を嫌う穢れには効果的だった。

 

 エドナはもう目と鼻の先に迫っている穢れを見据えながら、手に持つ傘に霊力を注ぎ込む。そしてエドナはまだ傘が当たらない距離にいる穢れへ、霊力弾を乱れ撃つ。傘を振ったと同時に先端からいくつもの霊力弾が飛び出した。霊力弾に当たった穢れは砂のように崩壊して霧散した。

 難を逃れた穢れがエドナへ襲い掛かるがしかし、エドナは小さな体を駆使して軽々と避け、器用に傘を振り回して次々と穢れを薙ぎ払っていく。場違いにもそれは、踊りを踊っているかのような動きだった。

 

 ミクリオも健闘していた。ライラの紙葉の結界によって穢れの通り道が限定されているため難無く穢れに霊力弾を当てることが出来る。余裕があるときは長杖を棒術のように振り回し穢れを霧散させていく。ミクリオに棒術の師匠はいないが、幼い頃から儀礼剣を振り回すスレイと手合わせを何度もしていたため、とても様になっていた。

 

 このような攻防を何度か行うと、程なくして穢れの雨は止んだ。アリーシャ達が発生地点に近かったこともあり多量の穢れに襲われたが、結果的にそれが幸いして全体量の約半数の穢れが憑魔になることなく消え去った。残りの半数は大市場の開催されている広場を中心に散って行ったようだ。

 

そして。

 

「な、何これっ!?どうして皆魔物になっていくのっ!?」

 

 アリーシャに庇われていたロゼが他の憑魔化を免れた人々と同じように悲鳴を上げる。

 

 憑魔(・・)との第2戦目が始まりを告げた。

 

 

「ライラ、ここはもう良いわ。後はわたし達で何とか出来る。それよりもスレイの方へ行ってきて。神依ならあっという間に解決出来るはずよ」

 

 周りの人間が憑魔になっていく中、エドナは先程とは変わり冷静に状況を見極める。この場で浄化出来る者がエドナのみとなってしまうが、今度はアリーシャも援護することが出来る。また憑魔化を免れた者の中にはちらほらと堂にいった構えで武器を持つ者達がいた。この町の事情を鑑みて、傭兵だと推測出来る。

 

 だが、エドナの言葉にライラはかぶりを振る。

 

「そうしたいところですが、スレイさんがどこにいるか見当もつきませんわ」

 

 するとミクリオが思案顔でライラに言った。

 

「…もしかしたら、スレイはこの近くに居るんじゃないか?スレイは気になったらとりあえず向かって行く性格だから、あの穢れを見ていればこっちに向かって来る可能性はあると思う」

「ホント困った性格ね」

「残念だけど、それには僕も同意するよ」

 

 エドナの言葉に不承不承といった感じで肯定するミクリオ。

 

 ライラは少しの間思案した後、大きく頷いた。

 

「わかりました。ではこの近辺を探してみますわ。皆さんもお気をつけて!」

「わたし達より自分のことを心配しなさい」

「ふふっ、わかりました」

 

 エドナの言葉に笑みを漏らし、ライラは走り出した。

 



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26.それぞれの想い

 長いこと更新出来ずにすみませんでした!
 それから遅れながら、明けましておめでとうございます。


 デゼルは焦燥に駆られながら、懸命に走っていた。

 

 周りの喧騒には目もくれず、並び立つ建物の屋根を次々と渡り、時にペンデュラムを煙突などに巻き付け強引に近道して先を急ぐ。

 目指すのは自分を『風の守護神』などと言って敬い認めてくれている、人間達のいる場所。

 

「クソがっ!どうして俺はいつも……!」

 

 走る勢いで飛ばされそうになる愛用の帽子を手で押さえながら、自身を呪う。

 

 デゼルにとって賑やかなものは決して嫌いでは無いものの、好きでもなかった。そのためセキレイの羽の拠点で静かに居眠りをしていたのだが、それが裏目に出てしまった。

 

 今まで(・・・)もそうだった。自分のせいで両親も親友も死んだ。良くしてくれたある人間の傭兵団も壊滅に追い込んでしまった。

 自分の迂闊さに、そしてどうしようもない体質(・・)に心の底から嫌悪していた。

 

「頼む、無事でいてくれ……!」

 

 過去の記憶に苛まれながらも、デゼルは脳裏に浮かぶ者達の無事を切に願っていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 3ヶ月に1度開かれる大市場はこのリスウェルにとって普段以上に活気づく、一種のお祭りのような大きな催し事だ。

 しかしながら、人の流入が多くなればそれだけ金回りが良くなる半面、浮わついた人の心につけこんで悪事を企む者も出てくる。そのため町自体が保有する衛兵に加えて、多くの傭兵を雇って警備させていた。

 

 そして今回、その雇われた傭兵の中にはルーカス達『木立の傭兵団』もいた。

 彼らは町の傭兵団の中ではそこそこ大人数の兵団であり、毎度この仕事を受ける際には4~5人のグループをいくつか作り仕事に当たっていた。なお、衛兵は鎧を着用しての見回りが主だが、傭兵には服装の制限はなく非常時のための帯刀も許可されている。これは人ごみに紛れて見回り、また何か騒動が起こった時には身軽に対処するためだった。

 

 今回も変わらずグループを分け、ルーカスは露店の酒やつまみを適当に見繕ったり、知り合いの商人に顔を見せに行ったりしてゆるゆると警備に当たっていたのだが、そんな時かつてない程の騒動は起こったのだった。

 

 

「ちぃっ!」

 

 犬科特有の体毛に覆われた太い腕から伸びる鋭い爪と、大型動物さえも容易く息の根を止めることが出来る尖った牙を持つ二足歩行の狼型の魔物、もとい憑魔ウェアウルフに襲われそうになっている人の間に割って入り、ルーカスは攻撃を受け止める。

 

「なんだってこんな町中で魔物化なんかが……!ここは危険だ!リックとライナーは周りの奴らを避難させろ!トッドとケニーは俺の手伝いだ!」

「あ、ああ!」

「トッド、ケニー、何やってやがる!早くこっちに来て手伝え!」

「う、うわぁっ!?ト、トッドが!」

 

 何度も振るわれる爪での攻撃を剣1本で捌き、またその間隙に仕掛けてくる噛みつきを避けつつもルーカスは指示を飛ばす。だがケニーの悲鳴を耳にして思わず目線を向けた先には、先程までトッドのいた場所に立つ憑魔リザードマン。びっしりと鱗の生えた腕には、トッドが所持していた剣がしっかりと握られていた。

 それだけではない。そのまま周りを見渡すと他にも3人程の人間が魔物化していた。

 

「う、嘘だろう!?ちくしょうっ!!」

 

 激昂するルーカスだが予想外の出来事はまだ続く。 

 遠くの方から様々な人の悲鳴が徐々に近づいて来ることに気づきそちらを見やると、そこには顔馴染みの商人である『セキレイの羽』のフィルが、逃げる人々の間を縫って泣きながら走って来るのだった。

 そして更に、フィルを追いかけるかのようにその後ろから向かって来る1体の憑魔。しかも憑魔はその腕に2人の人間を抱えていた。

 

「馬鹿っ!こっちへ来るんじゃねぇ!!」

 

 ウェアウルフの攻撃をしのぎながらルーカスは必死に声を張りあげるも、その声は届いていない。それどころかウェアウルフとトッドだったリザードマンがフィルに興味を示し、ルーカスを避けてフィルへと向かっていく。

 

 ルーカスも一瞬遅れて追いかけるも、2体は既にフィルの眼前まで迫っていてとても間に合いそうにない。万事休すかと思われたが次の瞬間、ルーカスの目を疑う出来事が起こった。

 フィルを追いかけていた憑魔が加速し、フィルを追い越した勢いのままに憑魔達に強烈な回し蹴りを食らわせたのだ。そしてそれぞれ吹き飛び、壁に激突して沈黙した。

 

「ルーカス助けて……。トルとロッシュが怪我して……、それに、エギーユが……!」

「あ、ああ……」

 

 ルーカスの元へと辿り着き助けを求めるフィル。ルーカスもそれに応えたかったのだが、目の前で繰り広げられる光景のせいでそんな心の余裕などは残されてはいなかった。憑魔に仲間意識があるかは不明だが、同種であろうウェアウルフを躊躇なく蹴り飛ばし、また今正に付近の憑魔を倒している。

 ウェアウルフより一回りも大きいこの狼型の憑魔は、他の憑魔を倒し終えるとルーカスへと近づき2人の人間、トルメとロッシュを丁寧に降ろした。

 

「なんだってんだ、一体……」

 

 ルーカスは剣を持っていない空いている手で頭を抱え、1人呟く。すると驚くべきことに狼型の憑魔は声を発したのだった。

 

『……ルー…カス』

「なっ!?まさか……お前、エギーユなのか!?」

 

 ルーカスは事実を知ると共に愕然とした。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 女性の上半身と軟体動物の下半身を持つ憑魔スキュラが脚を大きく広げてアリーシャを覆い潰そうと襲い掛かる。しかしアリーシャはそれをバックステップで避けつつ、長槍を巧みに操り目にも止まらぬ速さでその脚を刺し貫いていく。更に痛みで大きく態勢を崩したスキュラの両肩も貫き無力化させた。

 

「エドナ様、この者の浄化をお願いします!」

「わかったわ」

 

 そう返事を返すエドナはアリーシャの倒した憑魔へと向かい浄化する。アリーシャはこの憑魔の浄化を待たずして次の憑魔へと向かっていった。

 

 

 現在、アリーシャ達は人々を守るために、率先して憑魔と戦っていた。とは言っても人目の多いこの場所では、天族は極力派手な天響術を使わずに対応していた。

 

 だがそれも限界に近づいていた。人々を守りたいという強い想いを持つアリーシャだが、満足に行動出来ない天族の穴を埋めるには足りなかったのだった。

 

「……もう無理ね」

 

 アリーシャの限界を見て取ったエドナは、そう呟くとおもむろに地の天響術で石壁を次々と出現させる。そして人々を襲う憑魔の行く手を遮り、また足元から出現させてぶつけるなどして攻撃した。

 人々の顔が驚きに染まる。

 

「お、おい!大丈夫なのか?」

 

 杖で憑魔の攻撃を凌ぐミクリオが驚いて声をかける。

 

「何が?」

「何がって、僕達が人前で術を使うのはまずいんじゃないのか?」

「……あぁ、それね」

 

 ミクリオに指摘されるもエドナは顔色を変えない。

 

「わたしは人間に恐れをなして引きこもる天族達とは違う。面倒事は嫌いだけど、必要ならやるわ。まあ、ライラは良い顔はしないでしょうけど」

 

 自分だって人間不信で山に引きこもっていたじゃないかと言いそうになったミクリオだが、なんとか言葉を飲み込んだ。口に出して要らぬ被害を受けることを賢明にも避けたのだ。

 

「で?ミボはどうするの?彼らを見捨てる?」

「っ、見捨てる訳がないだろう!僕もやる。…あと、いい加減そのミボ呼びを止めたらどうだ!?」

「嫌よ。わたしが気に入ってるんだから別に良いじゃない」

「僕は良くない!」

 

 多数の憑魔がいるこの状況の中でも言い合うエドナとミクリオ。

 

「まあそんなことはどうでも良いわ。ならこっちの憑魔の足止め、頼んだわよ」

「わかったよ、まったく……」

 

 まだ納得がいかないミクリオだが、不承不承ながらエドナに示された憑魔達と向かい合う。

 ミクリオの力では1体の憑魔でさえも、浄化は勿論のこと、倒すことさえ難しい。だが倒すことが出来なくても、仲間を援護する(すべ)はこの1ヶ月で身に着けていた。

 

 ミクリオは自分へ襲い掛かろうと向かって来る憑魔へは杖を向けずに、自分の手前の地面へと杖の先を向ける。そして水の天響術により水を生成し、そのまま水を操って前方の一面に行き渡らせた。そんな水で覆われた地面の上に憑魔は足を踏み入れるが、高々数cmの薄く張った水など何の障害にもならず、少しも気に留めることはしない。

 対象の憑魔が全て水の張った地面に踏み入れたことを確認したミクリオは、次に氷の天響術を発動させる。薄く張った水は瞬く間に全て凍り付き、向かって来ていた憑魔は全て足を止めた。

 

 水という流体を生成し操る水の天響術と流体を凍らせる氷の天響術は、非常に相性が良い。そのためこの2つの天響術が使えるミクリオは相手の行動を制限することに対してかなりの力を発揮することが出来たのだ。

 

 たった数cm程度の厚さの氷だが、憑魔は足にへばり付いた氷から中々抜け出すことが出来ないでいる。特に脚が多くその分地面と接する表面積の広いスキュラやトレントなどの憑魔は、満足に体を動かすことさえ出来ない状態だった。

 しばらくすれば抜け出しそうなウェアウルフやリザードマンなどの二足歩行の憑魔には、追加で水と氷の天響術をかけて補強した。

 

「おい、騎士の嬢ちゃん!こっちも手伝ってくれ!魔物に突破されそうだ!」

「……ああ!すぐに行く!エドナ様にミクリオ様、申し訳ありません」

「僕達なら平気さ。早く彼らの所へ行ってあげてくれ」

「はい!」

 

 天響術を使わせてしまったことを気に病むアリーシャに対し、エドナは手をひらひらと返し、ミクリオは笑みを返した。

 

 

 アリーシャ達が奮闘している中、他の商人や傭兵、衛兵達も黙って見ているようなことはせずに、それぞれ行動していた。

 

 ロゼを始めとした商人達が周囲に呼びかけ、憑魔から逃げる客達へ他の区画への避難を呼びかける。

 商人や傭兵の中には、他の区画でも魔物化が発症しているのではないかという懸念を持つ者がいたが、ロゼがそれを否定した。何しろロゼはこの魔物化の原因である穢れをその目でしっかりと見ている。被害が他の区画にまで広がっていないことは確認済みだった。

 

 見えない穢れが原因であるため他の区画が安全である根拠を示すことは出来なかったが、それでもこの町に長く居る商人や傭兵達は普段から明るく働き、そして裏表の無いこの少女の言葉を信じた。

 また、実際に他の区画からは避難する人々が流れて来ておらず、迷っている時間もないことがロゼの言葉を後押しした。

 

 そして腕に自信のある傭兵はアリーシャと同じように憑魔の相手をし、そうでない傭兵は他の区画へと通じる路地の前に集まり不測の事態に備えた。この町の構造に詳しい衛兵が先導して人々を次々と避難させていく。

 皆が一丸となって自分の出来ることをしていくことによって、そのような流れが出来つつあった。

 

 

「じゃあこの人達の事をお願いね」

 

 そう言ってロゼは浄化され気を失っている者達を信用出来る町の人間に任せる。まさかこのような事態になるとは思っていなかったために武器を携帯していないロゼは、まだこの町の信用がないアリーシャのフォローをするためについていくつもりだった。

 

「ああ……。それは構わないが、ロゼちゃん。あれ(・・)は一体何なんだい?」

 

 ロゼに代わって気絶した者を担ぐ町の男性は、視線でそれ(・・)を指し示す。視線の先では、まるで意志を持つ者が自然を操作しているかのように地面が一瞬で凍り付く、または不自然に隆起する現象が起こり、憑魔を押し留めていたのだった。

 

「詳しくはあたしも知らない。でも―――」

 

 風の守護神であるデゼルのことや天族という種族であるということはロゼも知っているが、それ以外は声も姿形さえもわからないため思ったままを口にする。だがそれでも。

 

「一生懸命あたし達を助けてくれてる、味方だよ」

 

 ロゼは自信を持ってそう言い切った。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「スレイさんは一体どこに居るのでしょう……?」

 

 アリーシャ達から離れ、ライラは独り走ってスレイを探していた。ミクリオの言葉を信じ、アリーシャ達の居る場所を基点として円を描くように捜索しているものの、中々見つけることが出来ないでいた。

 

 そうしている最中でも周りでは憑魔は人間を襲い、そしてライラ自身も同じく襲われた。そんな場合の時は止むを得ず炎弾を浴びせて、火傷で動きを鈍らせ急場をしのぐ。

 浄化はしない、というより浄化する程の余裕が無く、またスレイが見つかれば神依で憑魔を一気に浄化することが出来るため、出会った憑魔を次々と浄化する必要性が薄いという理由もあった。

 

 

 状況が状況であるため仕方なく人前で天響術を行使しているライラだが、実を言えば可能な限り人間にその存在を知られたくない、イズチの天族寄りの考え方だった。

 人間を助けても目に見えないというだけで恐怖心に駆られ、中には危害まで加えようとする者も存在するためどうしても人間への干渉には慎重にならざるを得なかったのだ。

 

 勿論ライラも目の前に助けが必要な者がいるなら、天族であろう人間であろうと助けてあげたいと思う心はある。そして現にその気持ちに従って今も憑魔から助けている部分はある。

 だがそれと同時に、自分の目的のためにはスレイが必要であるため助けている部分も少なからずあった。人間を助けなかった結果として、スレイから軽蔑されて離れられてしまってはライラとしては非常に困るのだった。

 

 

「ライラ」

 

 憑魔の動きを鈍らせ、またスレイを探して他の場所へ向かおうとしたライラへ、声をかける少女がいた。その少女は憑魔と逃げる人々の騒動の中においても誰にも襲われることも注目されることもなく、その少女の周りだけが切り取られた別世界のように静かに佇んでいた。

 

「サイモン、さん……」

 

 呼ばれたライラがその少女の名前を告げる。サイモンは薄い笑みをライラへと向けた。

 

 

 

 



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27.すれ違い

 一方のスレイは複数の憑魔に囲まれ劣勢を強いられていた。

 

 枯れ木が幹の中ほどで折れたような見た目が特徴の憑魔トレントは、まるで腕や脚のような枝や太い根を器用にくねらせスレイへと襲いかかる。スレイは左右から来る攻撃を避けつつ枝を切り落としていく。更に不気味に動く根に儀礼剣を突き刺し行動不能にした。

 

 それに息つく暇も無く、今度は剣と盾をその手に持ち人のように2本足で立つ蜥蜴の憑魔リザードマンがスレイに切り込んできた。腕力の乗った頭上からの降り下ろしに対し、スレイはかわしきれないとみて両手で儀礼剣を支えて防ぐ。

 剣のぶつかり合いによる火花が散る中数瞬の間力比べが続いたが、スレイが強引に押し込んだことでその均衡は崩れる。両手を大きく挙げた体勢となったリザードマンへ、剣を持つ腕や足を狙って剣を振るった。

 だが予想外なことにリザードマンは自らの尻尾を地面にたたきつけ即座に体勢を立て直し、更には儀礼剣の剣筋を沿うように盾で逸らされ、あまつさえスレイは反撃を許してしまった。

 

「っ…!?」

 

 突き出される剣撃に、スレイは咄嗟に体を強引に捻ってなんとか事なきを得る。導師になったことによる身体強化の恩恵が無ければ浅くない傷を負っていたであろうほどの急な回避だった。

 

 スレイは一旦リザードマンから距離を取って儀礼剣を構え直す。リザードマンも無理に追撃することはせず、盾を前面に押し出した構えでスレイに相対する。

 堂に入った構えからして元の人間は傭兵かそれに近い者であることが容易に想像でき、理性は失っていても普段から反復している行動が憑魔になっても多少は反映されていることが見て取れた。

 

 リザードマンの予想外の強さに攻めあぐねるスレイだが、このままのんびりすることも出来ない。スレイの近くには同じように憑魔と戦っている傭兵や衛兵の姿が見受けられるが皆憑魔を抑えるのに必死だ。スレイがこのまま動かなければすぐにでもこの均衡は崩れるだろう。スレイもそれを理解しているため、意を決して動いた。

 

 リザードマンは向かってきたスレイに対し、同様に盾で剣筋を変えようと動くが、今度はそうはいかなかった。

 スレイが狙ったのはリザードマンではなく、盾そのものだったのだ。儀礼剣を振るう間合いを更に1歩詰め、構える盾へ渾身の力をもって儀礼剣を叩きつける。強化による腕力に任せて叩きつけられた盾は、その力に耐え切れず一瞬にしてバラバラに砕け散る。そして盾の破壊によって大きく狼狽えたリザードマンに対し、腕や足を深く傷つけ行動不能にした。

 このリザードマンがもう戦闘出来ないと見て取ったスレイは、浄化することなく(・・・・・・・・)別の憑魔へと向かって行く。

 

 

 普段であれば憑魔は即座に浄化するのだが、今はそれが出来ない理由があった。

 浄化をしてしまえば、憑魔は大方気を失った状態で元の人間に戻る。そのため、複数の憑魔がいるこの状況では元に戻した人々が襲われてしまい、逆に危険に晒してしまう可能性があったのだ。

 

 事際、初めの1~2体はいつも通りに浄化を行っていた。だが浄化し終わった後、この混乱の中で気絶した者を介抱出来る余裕のある者など居る筈も無く、スレイの行動は著しく制限されてしまった。その後運良く傭兵が戦いに参加し、また手を貸してくれる者がいたため事なきを得たが、スレイは霊力による浄化を諦める他なかったのだった。

 

 戦闘不能となった憑魔は他の憑魔に攻撃されることはなく、ただの邪魔な障害物と化す。皮肉なことにスレイやその周りの人々は、憑魔を浄化をしないことによって現状を維持出来ていたのだった。

 

 

 

 スレイは既に十数体と戦闘を行っているものの、一向に改善しないこの状況に強い焦りを覚え始めていた。そんな時、スレイ達と戦う憑魔へと放たれる複数の炎弾。炎弾を浴びた憑魔は動きを鈍らせ、スレイは儀礼剣に霊力を注いでその炎弾の1つを受け止めた。

 

「爆炎剣!」

 

 スレイは儀礼剣を地面へと叩きつけ、炎を伴った爆発とそれにより発生した爆風によって周囲の憑魔を蹴散らす。

 

「ライラ!来てくれたんだ!」

「すみません、遅くなりました!」

 

 程なくしてスレイの下へと到着するライラ。

 

「ライラ、神依(カムイ)だ!力を貸してくれ!」

「はい!」

 

 ライラはスレイの言葉に強く頷き、光球へと姿を変える。そしてスレイの手の中で両刃の大剣へと姿を変え、それと同時にスレイもその姿を変える。

 

「『火神招来!!』」

 

 突然大きな剣を携え、更には長い白髪と白を基調とした不可思議な衣服に身を包み、赤と白の炎をまき散らすスレイに人も憑魔も等しく注目する。そしてスレイはまるで先程の戦闘が児戯だったかのように、大剣の一閃と炎によって一瞬にして周囲の憑魔を全て浄化したのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ライラが来てくれて助かったよ。俺1人じゃこの状況を変えられなくてさ」

 

 神依していられる時間は限られている。そのためスレイは一旦神依を解除して人型に戻ったライラに話しかけた。

 

「間に合って良かったですわ。ですがまだ全ての憑魔を浄化した訳ではありません。気を引き締めて参りましょう」

「わかってる。アリーシャ達の方は平気?」

「断言は出来ませんが、去り際に傭兵や兵士の方々が憑魔に向かっていく様子が見えました。今しばらくは大丈夫ではないかと思いますわ」

「そっか、それなら良かった。……ん?」

 

 再び神依化しようとしたところで、スレイはいつもとは違うライラの表情の変化に気づく。それはいつもと同じように見えてどこか硬い、何かを抑えているような表情だった。

 

「……ライラ、どうかした?」

「え?」

 

 不意にスレイに尋ねられ、ライラは何のことかわからず困惑する。

 

「なんか、少し苦しそうな顔をしてるから」

「っ!」

 

 スレイに指摘され、思わず顔に手を当て目線を明後日の方向へと向けるライラ。

 

「そ、そうでしょうか?あ、もしかしたらスレイさんを探して走り回っていたので疲れが顔に出ていたのかもしれませんね。ほら、スカートなので滅多に走ったりしませんし」

「あ、あ~…。その、ごめん」

 

 ライラが体を左右に軽く捩じってスカートをヒラヒラと揺らす。スレイはその動きを追いそうになる目を顔ごと逸らし、困ったように頬を掻く。その顔は微妙に赤い。

 

「いえいえ、スレイさんが心配してくれて嬉しいですよ。ですがわたくしは平気ですから」

「……なら良いんだけど」

「さあ、そんなことよりも今は憑魔ですわ。早く神依で浄化してしまいましょう」

 

 なおも気にするスレイに対し、話を切り上げようとするかのように急かす。スレイも異論はないため早速神依を発動させて浄化を再開させた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ルーカスはエギーユと思われる狼型の憑魔と対峙していた。

 

「エギーユ……。本当にお前なのか?」

『ああ……。他の奴らと同じように魔物化しちまったが、運良く意識を失わずに済んだようだ……。いや、この場合は運悪く、かもな』

「そんなことはどうでも良い!!お前、自分の状況がわかっているのか!?」

 

 エギーユの自嘲ともとれる言い方にルーカスは怒りを露わにして食ってかかる。

 

『そうだな、確かにどうでも良い……。なあルーカス、お前に頼みたいことがあるんだ』

「な、なんだよ?」

『こいつらと……どこかでほっつき歩いている馬鹿娘を、守ってやってくれないか。それともう1つ……グゥッ…!』

「おい、どうした!?」

 

 突然頭を押さえて呻くエギーユにルーカスが焦る。

 

『あ、頭が……、意識が、飛びそうだ……。頼む、意識がある内に俺を、殺してくれ』

「……断る」

 

 エギーユの必死の頼みに対し、ルーカスは静かに、そして絞り出すように拒否の意思を告げる。

 

 そもそもエギーユがこのような頼み事をすることは十分に予想出来たことだった。

 近年増え続けている魔物化現象には治療法が無いとされていた。つまり、魔物化した者は基本的に殺すしかないのだった。

 

『頼む……。もう、これしか方法がない。俺はこいつらを、家族を手にかけたくないんだ……』

 

 そう言って見つめるエギーユの手には鋭利な爪があり、人間の皮膚などは容易に切り裂けることは想像に難くなかった。

 

「ふざけんじゃねぇ!!何が殺してくれだ!そんな馬鹿な頼み事をするなら他を当たりやがれ!」

『ルーカス……』

 

 その時、ルーカスの前方の景色から勢い良く火の手が上がった。それは炎の赤と光のような白が混ざった不思議な色をしており、それが合図であったかのように周りからも次々と同じ炎が噴き上がった。

 

「ルーカス危ないっ!」

 

 町の様子に気を取られているとルーカス達の頭上から声が降ってきた。そしてルーカスとエギーユの間に割って入るようにして、大剣を携えた白と赤の少年スレイが降り立ったのだった。

 

「ルーカス、大丈夫だった?」

「スレイ、か?その姿は一体……」

 

 驚きを隠せないルーカスを余所に、スレイは目の前の憑魔へ炎の灯った大剣を振りかぶる。だがそれより少し早く憑魔はスレイから距離を開けた。

 

「…?攻撃してこない?」

『あれはウェアウルフより上位の憑魔、ワーウルフです。恐らく憑魔化した他の人々よりも穢れの適性が高かったのでしょう。逃げられると厄介ですわ』

「……ならあの憑魔ごとこの一帯を浄化しよう(・・・・・)

 

 スレイは周りにも目を配り気絶しているものの複数の憑魔がいることを確認し、その上でそう断言した。

 

 だがルーカスとエギーユは、その言葉に耳を疑った。

 

 憑魔ワーウルフ、もといエギーユがスレイから距離を開けたのはすぐ近くにいるフィル達『セキレイの羽』を巻き添えにさせないためだ。

 それなのにこの導師は、逃げられないようにこの辺り一帯を浄化、つまり炎で焼き払おう(・・・・・・・)などと言い出したのだ。スレイの言う浄化の意味を知らない2人はそう解釈した。

 

 大剣に今だ灯っている赤と白の炎と、いくつかの場所から火の手が上がっている町の様子から見て、スレイならば可能なのだろう。

 だからこそ、ルーカスはスレイの正気を疑った。そしてこれ以上スレイに好き勝手させないために、ルーカスは剣をスレイへと向けた。

 

 その行動に目を疑うスレイ。炎で飛び回り町に散らばる憑魔をことごとく浄化していた時、偶然憑魔に襲われそうになっている(・・・・・・・・・・・・・・)ルーカスを見つけ、助けるべく割って入ったのだ。それなのに今ルーカスは剣を憑魔ではなくスレイに対して向けている。スレイには意味がわからなかった。

 

「スレイ、お前正気か?本気で『浄化』だなんて言ってやがるのか?」

「正気じゃないのはルーカスの方だろ!?」

『……きっとルーカスさんは混乱しているのでしょう。このような状況では無理のないことですわ』

「だったら尚更早く浄化して終わらせないと!」

 

 ライラの言葉にスレイは更に浄化の意思を固め、ルーカスを無視して攻撃しようとする。

 

「止めろ!!こっちを向け、スレイ!」

 

 剣を向けられているのに、まるで何の障害にもならないかのように無視するスレイに対しルーカスは苛立ち、語気を強める。するとスレイは肩越しに振り向いた。

 

「大丈夫。すぐに終わらせるから」

 

 やる気に満ちた表情でそんなことを言うスレイ。全く意を介していないその態度に、ルーカスは切れた。

 

「止めろと言っているのがわからねぇのか!!これでも食らって気絶してろ!蒼破刃っ!」

『スレイさん、危ない!』

「うわっ!?」

 

 ルーカスが放った青みを帯びた衝撃波に、スレイはすんでのところで避ける。

 

「な、なんだあれ!?」

『っ!スレイさん!憑魔が逃げますわ!』

「まずい!」

 

 見たこともない攻撃に目を白黒させるスレイだが、その隙に逃走を図るワーウルフにライラが気づき声を上げる。スレイはすぐさま構え直した。

 

 少しでもこの場から離れようとしたエギーユだったが、立ちはだかる者がいることに気づき足を止める。

 

「止まれエギーユ」

 

 いつの間にか立っていた黒服の男に戸惑いを覚えるものの、無視しようとする。だが唐突にふわりと撫でる風によって再びその足を止めた。

 

「安心しろ。お前は元に戻れる」

『風の、守護神様……?』

「『《原始灼光!エンシェントノヴァ!》』」

 

 エギーユが驚きに目を見開くその時、スレイとライラが唱えた直後から辺りを赤の輝きが照らし出した。

 

 ワーウルフの頭上に出現したのは、煌々と燃え盛る緋色の太陽。その輝きは直視することが出来ず、その身に届く熱量がその炎球の異常な熱を強く物語っている。

 

 そして、宙に浮いていた緋色の太陽は狼の憑魔へ向けて急速に落下した。着弾したと同時に巻き起こる大規模な炎の爆発。それは倒れていた周辺の憑魔も、逃げる人々も飲み込み、更にはスレイやデゼル、後ろにいたルーカスまでも飲み込んだ。

 

 ルーカスは炎が迫りくるその瞬間、死を覚悟した。一目見て体の欠片も残らないだろうと思われたその炎に巻かれたが、ルーカスの予想に反して体が燃えることはなかった。

 

 炎の爆発が収まると、ルーカスは周りを見回した。そこには地面も木々も人々も、焦げ跡一つない光景が広がっていた。変わっていることがあるとすればそれは、憑魔となっていた人々が元の姿に戻っていることだった。

 

「よし、浄化完了!あと神依していられるのは10秒ぐらいかな?」

「ええ、その通りです。大分感覚が掴めてきたようですね」

「まだなんとなく、だけどね」

 

 神依を解いたスレイは人型に戻ったライラに話しかける。これでほぼ全ての憑魔は浄化され、残るは辛くも浄化を免れた憑魔だけとなっていた。ここからはアリーシャ達と合流しつつ、各個撃破していく目算だった。

 

「驚かせてごめん、ルーカス。平気?」

 

 スレイは口を半開きにして茫然自失となっていたルーカスへと歩みを進めながら声をかける。その呼びかけに反応して、ルーカスはゆっくりとスレイの方へと向いた。そして。

 

「お前は……、一体何なんだ(・・・・)?」

「……え?」

 

 ルーカスの、明らかに恐れの入り混じった表情に、スレイは思わず歩みを止める。

 その問いは何者であるかなどという生易しいものではなく、明らかに人間か、それとも化物かという意味が含まれていた。

 言ってしまった後で、ルーカスは自分の失言を後悔したかのように顔を歪め口をつぐむ。

 

 対してスレイは今し方自分に発せられた言葉に凍り付いていた。

 

 スレイからしてみれば、ライラが変化した神器の大剣もその炎も、スレイ自身の意思で人や物が燃えることはないと知っている。だがそれを知らないルーカスは、いや、知っていたとしてもルーカスは同じ言葉を口にしただろう。

 

 例えば初めて見る何も燃やすことのない炎があったとして、その情報を信じて炎に身を投じることの出来る人間がどれほどいるだろうか。答えはほぼ全ての人間が躊躇し、足をすくませる筈だ。

 火はそれほどに、人に死を連想させやすいものだった。

 

 

 ルーカスはスレイを避けるように通り過ぎると、自分の部下や『セキレイの羽』のフィル、そして周りの人々を促して避難を再開させる。ルーカス達からはまた憑魔が襲いくるかどうかがわからないためだった。

 時折スレイを気にするように視線を向けるが何も言わない。気絶したエギーユを肩に担いで、他の人々と共に静かにその場をあとにした。

 

 

「スレイさん……」

 

 ライラは気遣わしげに声をかけるがスレイからの返事はない。ただ顔を俯き、拳を強く握り締めるのみだった。

 

 

 



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28.暗殺者再び

「導師」

 

 デゼルの呼びかけにスレイはハッと気を取り直す。

 

「な、何?」

「その…なんだ、エギーユを助けてくれたことだが、礼を言う」

「お礼を言われるほどのことじゃないって。あの憑魔がエギーユさんだったなんて浄化するまで気がつかなかったけど、助けられてホント良かったよ」

 

 言いにくそうに帽子を深く被るデゼルに対し、スレイは軽い調子で答える。

 

「それより、みんなの後を追わなくていいの?俺とライラで殆ど浄化したとはいえ、多分まだ何体かの憑魔は残ってるはずだからデゼルが付いて行った方が安全だと思うけど」

「そうしたいのは山々だが、まだロゼが見つかってねぇ。先に避難している可能性もあるが……」

「ロゼさんなら、今はアリーシャさん達と行動を共にしていますわ」

「何だと?どういうことだ?」

 

 デゼルの疑問に答えるようにして、ライラはロゼに会ってからこれまでの経緯を順を追って説明した。それを聞いたデゼルは渋い顔を作りため息までつく。

 

「盗人探しから始まって迷子導師の捜索にその仲間の手伝いか…。いつものこととは言え、あいつの何でも首を突っ込みたがる性格は困ったものだな」

「ま、迷子じゃなくてちょっと道に迷っただけだって!」

「ええ、わかっていますから。そういう訳でして、避難誘導が済めばロゼさんとも後で合流できると思いますわ」

「…わかった。なら俺はこのままあいつ等についていく。ロゼには『セキレイの羽』が先に避難していると伝えておいてくれ」

「わかりましたわ」

 

 スレイのささやかな抵抗は笑顔で軽くあしらいつつ、ライラはデゼルと話を進めていく。そして話し終えるとデゼルは足早に去って行った。

 

 

 

その約15分後、恐らく浄化し損ねたであろう憑魔を捜索しつつ、スレイはアリーシャ達との合流を果たした。避難はほぼ完了したようで、周辺はほぼ無人となっていた。

 

「おーい、みんな!」

 

 アリーシャ達へと大きく手を振るスレイ。それに気づいたアリーシャ達がスレイとライラの所へ駆け寄ってきた。

 

「あー!やっと迷子が見つかった!ほーら、あたしの言った通りになったじゃん!」

「だから迷子じゃないって!ただ少し長く露店を見て回ってただけだって!」

 

 会って開口一番、ロゼはスレイが言うだろうと考えていた言葉を一言一句間違いなく言い放つ。それに対してスレイは殆ど反射的に言い返す。

 

神依(カムイ)の炎でスレイとライラ様が無事合流出来たと知って安心したが、それまでは皆少なからず君のことを心配していたんだ」

「う、そうなんだ……。みんな、心配かけてごめ――」

「で、寂しくて泣いちゃった?」

「エ、エドナ様!」

 

 アリーシャの言葉に素直に謝ろうとしたスレイだったが、言い終わる前にエドナが茶々を入れてきた。

 

「泣いてない!ちょっと離れたぐらいで泣く訳ないだろ!」

「へぇ、スレイも成長したね。小さい頃、遺跡探検で迷子になった時は怖さと寂しさでわんわん泣いていたのに。次の日は一日中ジイジの服を掴んで離さなかったものだから、ジイジもかなり困っていたね」

「あらあら」

「なんとも可愛らしいですね」

「何それ、もっと聞かせなさい」

「え、何なに?どうしたの?」

 

 スレイを見失ったことをエドナに責められたためか、その原因を作った本人に仕返しするように話すミクリオ。その顔は面白半分でミクリオをいじるエドナととてもよく似ていた。

 そんなミクリオの言葉にライラとアリーシャは微笑ましそうに笑い、エドナは面白そうなものを見つけたというような顔で話の続きを聞きたがる。ロゼは天族が認識出来ないため疑問符を浮かべるばかりだった。

 

「スレイが小さい頃遺跡で――」

「だーっ!アリーシャもわざわざ説明しなくて良いから!勝手に離れて迷子になってごめん!もうこれで勘弁してよ~」

 

 そろそろ本気で参ってきたスレイにライラとアリーシャはクスクスと笑みを浮かべ、ミクリオとエドナは仕方がないというように肩をすくめる。ロゼも、天族が見えないながらもスレイやアリーシャの雰囲気から察した。

 

 

「アリーシャ様の言いかけたことが気になるけど、まあいっか。ありがとね、スレイ。あたし達の町を守ってくれて。町を代表して…って訳じゃないけど、感謝してる」

 

 だがスレイは首を振る。

 

「完全には守れなかった。大市場や露店は滅茶苦茶になったし、大勢怪我をしたと思う。それに、死んだ人だって……」

「あーもうっ!そういう辛気臭いのはいいから!」

 

 周りの惨状に落ち込むスレイに、ロゼは鬱陶しいとばかりに声を上げる。

 

「確かにスレイの言う通りかなりの被害が出たし、正直なところ死傷者だって少なからずいると思う。大市場だって当面は開催できないだろうね。でもねスレイ、スレイ達が偶然でも町にいて、戦ってくれたからこそこの程度の被害で済んだの。それを喜びこそすれ、自分を責める理由になんかならないよ」

「ロゼ……」

 

 後の調査でわかることだがこの事件はロゼの言う通り怪我人は多く、また十数名の死者を出した。だがスレイ達がいなければ憑魔は広場だけに留まらず町全体に行き渡り、壊滅していた恐れもあった。それを最初の段階で食い止めることが出来たことは確かに意味があったのだった。

 

「ほら、男ならビシッとする!もう1回言うけど、この町を守ったのはスレイなんだから」

「……俺だけの力じゃ駄目だった。仲間やロゼ達町のみんながいたおかげだ」

 

 ロゼの言葉に幾分元気を取り戻すスレイ。だがそれと同時に心に影が差す。思い起こすのはルーカスの得体の知れないものを見たかのような恐怖の張り付いた表情と困惑に彩られた瞳。

 

 それがスレイの心に今なお焼き付いているのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 その時、憑魔の悲鳴染みた叫び声が轟き、スレイ達に緊張が走る。

 その方角へと急いで向かったスレイ達の目の前には、剣で胸を貫かれ、既に息絶えた憑魔とフードを目深に被った者が1人。

 

「ケダモノめ。襲う相手すら判別できないとはな」

 

 フードの男はそう言いながら憑魔を足蹴にして剣を引き抜く。その拍子に鮮血がどっと溢れ返った。

 

 スレイは急いでライラ方へ振り向く。スレイの表情からは今からでも浄化は間に合うのか、という思いが伝わってくるがライラは首を振る。

 

「……残念ですが」

「そんな……!?俺達なら浄化をすれば助けられたのに……!」

 

 憑魔としての肉体は浄化されない限り残る。だが既に死んだ憑魔を浄化した所で、元になっていた者が生き返ることはない。

 

「ふん、浄化か。噂通り、私から奪った聖剣で好き放題しているようだな」

 

 フードの男は剣についた血を振り払うとスレイ達の方へと向き直る。そして。

 

「私から全てを掠め盗った卑しい盗人め。私の聖剣を返してもらおうか」

 

 男がマントのフードを脱ぎ去った。かつてレディレイクの聖堂で導師になる筈だった騎士マルフォ・サロワが、スレイを憎悪の込もった瞳で睨んでいた。

 

「あ!聖剣祭での……!」

「サロワ殿!?」

 

 スレイとアリーシャが同時に驚き声を上げる。

 

「そうだ。今の今まで忘れていた、といったところのようだな。この偽導師め」

「待ってくれサロワ殿。確かにあの聖剣祭で導師という役目を負うはずだった貴殿に恥をかかせる形となってしまったことには大変心苦しく思う。だがスレイはこの災厄の時代に生まれた、本物の導師なんだ。納得出来ないことは重々承知しているが、いきなり盗人だの偽導師だのと罵るのは如何なものか」

「……殿下はその者の従者、いえ、従士というものになられたとお聞きしましたが、相違ないですか?」

「そ、そうだ」

 

 マルフォはアリーシャの言葉などまるで耳に入っていないかのように振る舞い、アリーシャに質問を投げかける。アリーシャは投げかけられた問いに肯定しながらも、マルフォの異様な雰囲気にたじろぐ。そして次の言葉にここにいる誰もが耳を疑った。

 

「そのような下賤な者に洗脳されて、お可哀そうに。ですがご安心下さい。私が貴女にかけられた呪いを解き、解放して私の従士にして差し上げましょう。それに――」

 

 スレイ達が驚愕する中、マルフォが目線を横にずらす。そして。

 

「貴女が湖の乙女ですね?なんと美しい……」

 

 ライラへしっかりと目線を合わせた。

 

「わ、わたくしが見えているのですか?」

「勿論ですとも。ああ、これほどの美しさを持つ聖女を今まで目にすることが出来なかったとは、確かに聖剣祭の時点では私の導師としての素質が足りていなかったのでしょう。ですが、私はそれを克服しました」

 

 芝居がかった仕草で胸に手を置き話すマルフォ。だがライラはマルフォの言い分に異を唱える。

 

「そんな、あり得ませんわ。人の素質はそう簡単に変わるものではありません。従士契約も無しにこんな短期間で天族を認識出来るようになるなど……」

「ですが現実に私は貴女の姿を眼で捉え、貴女の声を耳で捉えています。ああ、それにしても美しい。私が正式に導師となった暁には貴女も私のものにして差し上げましょう」

「ひっ……」

「うわ、こいつ気持ち悪っ」

「男として最低ね」

 

 そう言ってマルフォはねめるような視線でアリーシャとライラを交互に見る。一見平静を装っているがまるで隠せていない情欲に塗れた不快な視線に晒され、ライラ思わず悲鳴を漏らしてスレイの後ろへと後ずさり、アリーシャは毅然と槍を構えているものの微かに震えている。ロゼやエドナもその言動に引いていた。

 

 

 

 

 

「だが、その前に掃除が必要だな」

 

 

 

 

 

「あぐっ!!?」

「ライラ!?」

 

 突然、死角から飛び出してきた何者かがライラに近づき、勢いのままに腹を殴りぬく。その衝撃でライラは吹き飛び、何度も転がり突き当りの壁に背中を打ちつけ気絶した。

 ライラのもとへ行こうとするスレイだが、男がそれを阻む。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャッ!久しぶりだねェ。お前さん達に会いたくて会いたくて仕方なかったぜェ!」

「「キツネ男!?」」

 

 スレイとミクリオが同時に声を上げる。聖剣祭で捕まえ、その後牢から脱走した細い目に裂けたような口の男、ルナールだった。

 

「キツネ。間違っても聖女は殺すなよ」

「旦那に言われなくてもわかってるってェ。ヒャヒャヒャッ!」

 

 聖剣祭では敵同士だったが、2人の会話からは現在協力関係であることが窺える。

 

「レディレイクではよくも邪魔してくれたねェ。お礼がしたくて牢屋から出ちまったよ」

 

 狂った笑みを浮かべながらスレイを睨みつけるルナール。スレイはマルフォとルナールに挟まれる形となっていた。

 

「スレイ!」

 

 助けに向かおうとするアリーシャのもとへ、どこからともなく繰り出される複数の投げナイフ。咄嗟に気づいて後退したところをルナールと同じ装束と揃いの仮面を被った者達が8名、アリーシャとロゼを取り囲む。

 

「何だ、お前達は?」

「我らは暗殺集団『獣の骨』。姫殿下の命、貰い受けに参上した」

 

 8名の内の1人がアリーシャの問いに答える。この8名の中ではリーダー格と思しき人物だ。アリーシャは武器を持たないロゼを背中に庇いつつ、その男へと向き直る。

 

「ならばこの娘は私とは無関係だ。直ちに解放しろ」

「ちょ、ちょっとアリーシャ様!?」

 

 黒服の男達に囲まれながらも毅然とした態度で言い放つ。だが男達は冷笑をもって返答した。

 

「それは承諾しかねる。確かに我々の情報にはない娘だが、今現在行動を共にしていたのが運の尽き。姫殿下と共に死んでもらう。娘、恨むのならば姫殿下を恨むがいい」

「はぁ!?何それ、意味わかんない!」

 

 ロゼは自分が殺されることも納得出来なければ、それでアリーシャを恨む道理もなく、男の理不尽な言い分に怒りを露わにしていた。

 

 

「まずいわ」

「ああ、わかってる!」

 

 エドナの言葉に焦りを隠せないミクリオが肯定する。この状況、この布陣に強い危機感を覚えたエドナが地の天響術で場を乱そうとしたその時、音も無くエドナに忍び寄り手に持ったナイフで刺し殺そうとする者がいた。

 

 エドナは直前に気づき、ほぼ無動作で土壁を出現させる。出来た壁越しに聞こえる、ナイフが壁と接触するガリガリとした音と、その直後に遠のく気配。その気配へ向かってエドナは更に土柱をいくつも出現させるも当たった気配はしなかった。

 

「まさかあたしの奇襲が失敗するなんて、おチビちゃん勘が良いのねェ」

 

 壁と柱を引っ込めると、何事も無かったようにそこに立っている黒服の女。

 

「ハァイ、初めてまして。あたしは暗殺集団『獣の骨』のシャムよォ。これでも一応幹部なの。短い間だけどよろしくねェ」

 

 嫌悪感を催す満面の笑みと共にそう告げる暗殺者の女シャム。エドナは閉じた傘の先端をシャムへと向け、臨戦態勢をとる。

 

「ミボはわたしの後ろにいなさい。いいわね」

「僕も戦える!せめて手助けだけでも――」

「駄目よ。あんたとあの女とじゃ格が違いすぎる。見ればわかるでしょ」

 

 そう言われてミクリオは再度シャムを苦々しい思いで見る。シャムの体からは憑魔の証である黒い靄が濃く噴き出していた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「キツネ。お前はあの子供2人の方へ行け」

 

 ルナールはマルフォの言葉に数秒睨みつけるものの、すぐに笑みを浮かべて身を翻す。

 

「ケッ…まあ良い。あの青いガキも俺様の手で始末したかったしなァ。それに何でかは知らねぇが、頭領から導師のガキを殺すな(・・・・・・・・・)っていう指令も来てるしねェ」

 

 そう言い残してミクリオ達の方へと向かうルナール。遠目からでもエドナの対峙している女が憑魔であるとわかるのに、更にルナールを行かせれば状況は絶望的となる。そのためスレイはルナールを行かせまいと追おうとした。だが。

 

「貴様の相手はこの私だ」

「ぐぅっ…!邪魔するな!」

 

 襲いかかってきたマルフォの剣を儀礼剣で受け止めるスレイ。全力で力を込めるスレイだが、予想に反してその力は拮抗した(・・・・)

 

 スレイやアリーシャには、導師や従士になった恩恵である身体の強化がある。そしてマルフォには黒い靄が無いため憑魔ではない。なのにそれをもってしても目の前のマルフォを強引にはじき返すことが出来なかったのだった。

 

「そんな、こんなに力を込めている、のに、どうして……!」

「言っただろう、私は克服したと。自惚れていた貴様の優位はもはや無い。今ここで切り捨てられないことが実に口惜しい」

 

 マルフォはスレイにその暗い瞳を向ける。その瞳の奥には激しい嫉妬と憎悪が垣間見えた。

 

「貴様が恨めしい、貴様が妬ましい、貴様が憎いっ!!だからこそ、貴様には仲間の死という罰を受け絶望するがいい!」

 



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29.分断

 3/1 第2章のタイトルを変更しました。
トルメとフィルの上下を間違えていたので訂正しました。 姉弟→兄妹
   ドラゴンアイゼンの鱗の色を間違えていたので訂正しました。 赤→黒 
 
 何で赤だと勘違いしていたのか謎です。


 アリーシャとロゼをとり囲む暗殺者8人の内、アリーシャの前方に位置する3人が弾かれたように動く。1人が突出して前を走り、他の2人がその男に追随する格好だ。

 

 先頭の男はアリーシャに対し、長大な短剣を両手に持って正面から斬りかかる。短剣の軽量さと技量による素早い斬撃に、アリーシャは接近戦による長槍の不利などものともせず迎え撃つ。槍と2本の短剣が何度もぶつかり合い、金属音を響かせながら交錯した。

 

 そこへその間隙を縫うように、後から来た2人の男がアリーシャの左右から攻め立てる。攻防が加速し、常人ならばただの一瞬で八つ裂きにされてしまうその容赦のない速度に、アリーシャは臆することなく見事に対応して見せた。

 騎士として今まで培ってきた訓練が活かされていると共に、従士になった恩恵による身体能力の上昇がこれを可能としていたのだった。

 

 だが暗殺者達の攻撃はこれだけに留まらない。アリーシャが応戦している間にロゼにも魔の手が迫る。

 アリーシャの後方から2人の男がロゼに斬りかかり、それを察知したアリーシャは前方の3人を大振りの一閃で牽制しつつ、出来たそのわずかな隙に槍を滑らせ1人の胸に強烈な石突きの打撃を見舞う。

 槍を素早く1回転させもう1人も迎え撃つつもりだったアリーシャだが。

 

「こんの!」

 

 その前にロゼが相手の腕をつかみ取り自分に引きつけ、仮面の被った顔面にひじ打ちを食らわせる。更に畳みかける様にして男の胴体に膝蹴りの一撃を見舞った。

 

「アリーシャ様、1人じゃこの人数を相手にするのは無理ですって!」

 

 徒手で構えながら叫ぶロゼ。構えからして素手ではなく短剣を基盤とした護身術を使えると言うのは本当のようだ。

 

 暗殺者達は想定外の出来事にアリーシャ達から一度距離を置く。胸を強打された男は気を失っているが、ロゼの攻撃を食らった男はまだ健在だ。

 

「ほう。姫殿下はこれを凌ぐか。しかもあの娘、武術の心得があると。だが……」

 

 1人が倒れ7人となった暗殺者だが、リーダー格の男は慌てることもなく淡々と言葉を口にする。そしてリーダー格の男が片手を上げ、振り下ろすと同時に他の6人が一斉に動いた。

 

 アリーシャに5人、ロゼに1人襲いかかる。

 先程はロゼがただの娘と侮っていたために油断していたが、今度はそうはいかない。やはり徒手空拳のままでは男の短剣をかわす他なく、ロゼは守勢に回っていた。

 

 またアリーシャも同じく守勢に回っていた。3人から5人に増えたことにより攻撃が更に加速し、とても全てを防げるような状況ではなくなっていた。

 懸命に防いで致命傷は避けているものの、アリーシャの体には既に肩や太ももなど、十数ヶ所に傷を受けていた。

 

 現状、アリーシャ達の分が非常に悪い。退路は塞がり、この暗殺者達は練度の高い連携攻撃を仕掛けてくる。また無理にこの陣形から抜け出したところでリーダー格の男がまだいるため戦闘は不可避であり、これでは動きようがなかった。

 更にロゼへの攻撃だが、わざと致命傷を避けているようだった。アリーシャにロゼの安否を常に気にさせることで注意力を散漫にさせ、徐々にアリーシャを切り刻んでいこうとしていた。つまり、なぶり殺しにしようとしていたのだった。

 

「これでも仕留め切れぬか。だが動きが徐々に鈍くなっているな。ここはどうだろう?無様な悪あがきなどせずに、王族として潔く自害しては如何かな?」

 

 暗殺者達が攻撃を止めると、リーダー格の男が口を挿んでくる。相手を馬鹿にしたその物言いに続くように、周りの男達もせせら笑う。仮面で顔は見えないが、その表情が相手を卑下した薄笑いであることは容易に想像がつく。

 

「くっ……。せめて突破口さえ開ければ、君だけでも逃がすことも出来るかも知れないのだが……。こんなことに巻き込んでしまって済まない、ロゼ」

 

 傷つきながらも毅然として構えを崩すことなくロゼに詫びるアリーシャ。

 

「あたしはスレイやアリーシャ様を見捨てて逃げるなんて真似、しませんから。……それに、まだ勝機はある!」

 

 そう言うや否や、ロゼは飛び込むようにして倒れていた男の短剣2本を奪うと、軽やかに体を捻って着地し暗殺者達に向き直る。

 

「駄目だロゼ!この者達はかなり腕が立つ。君の護身術が通用することは理解しているが、生半可な技量では太刀打ち出来ない!」

「大丈夫ですって、あたしを信じて下さい。商人は信じてくれる人に損なんてさせませんから」

 

 この状況の中、何でもないかのように笑みを向けるロゼ。構えは変わっていないが、短剣を持ったことで雰囲気が変わった気がした。

 

「先に死にたいようだな」

「か弱い女の子としては凛々しい騎士(ナイト)様の背中に守ってもらえるのは嬉しい限りなんだけど、やっぱり後ろにずっといるっていうのはあたしの性に合わなくて、ね!」

「ふん。やれ」

 

 ロゼがリーダー格の男へ向けて走るのと指示が下されるのは、ほぼ同時だった。

 

 3人の男が一斉に斬りかかる。だが斬り付けたその場所にロゼの姿はなかった。曲芸に似た軽やかな動きで正面の男の頭と肩に着地し、蹴りつけてそのまま進む。蹴られた男は突伏した。

 思わず呆気を取られたものの2人の男が気を取り直して襲いかかるが、ロゼはその攻撃を流れるように避け、ついでに1人に踵を落として昏倒させた。

 そしてロゼとリーダー格の男が激突する。

 

「もしや傭兵の端くれか?」

「残念はずれ。あたしはただの商人!」

 

 2刀の短剣同士の熾烈な剣戟が繰り広げられる。ぶつかり合う刃と身のこなしを駆使した攻防は長く続くかと思われたがそうではなかった。一際甲高い金属音が響いたと同時にお互いが距離を取る。

 

「痛ったー……」

「こんな小娘にこれほどの技量があるとは……。だが、どうやらこちらに一日の長があるようだ、……なっ!?」

 

 己の優位が揺るがないことに笑みを浮かべた男だったが、すぐに自身のある物が無いことに気づき狼狽える。その反応にロゼはしてやったりというニンマリとした笑みを零す。

 

「あっれ~?どうしたのかな~?」

「き、貴様……」

「いや~、売れそうだと思ったんだけど残念、鋳造品の安物か~。売れて20ガルドってとこかな」

 

 ロゼの手の中にあったのは、見覚えのある仮面。あの攻防の最中、何度も見下した言動をするこの男の鼻を明かしてやりたいと思っていたロゼは、素顔を隠すこの仮面を奪ったのだった。あまり特徴のない、どこにでもいそうな冴えない面が露わになる。

 

「こ、この…たかが商人風情がぁ!!」

「商人舐めんな!!」

 

 劣等感のためあまり人に見られたくない素顔を晒され、更に一泡吹かされた男は怒りを露わにする。ロゼも負けじと声を張り上げるのだった。

 

 

 

 ロゼの想定外の戦いぶりに他の暗殺者の男達は数瞬目を奪われていた。だが。

 

「がっ!?」

 

 仲間の悲鳴にはっと気を取り戻す。アリーシャがまだ健在であるということを思い出したのだ。

 敵が呆気に取られているこの好機をアリーシャが逃すはずがない。既に1人を昏倒させ、そして今ロゼに蹴られて倒れていた男も気絶させた。残りはリーダー格の男を除いて3人。

 

「お前達の相手は私だ!」

「……あまり図に乗るなよ」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 スレイは焦っていた。

 

 ライラはルナールによって吹き飛ばされ、他のみんなもそれぞれ分断されてしまった。

 すぐにでも助けに行きたいのに、目の前のハイランド王国の騎士マルフォがそれを邪魔する。

 

 マルフォの言葉を信じるならばまだライラは生きており、周囲から聞こえる戦闘音が続いており仲間がまだ健在であろうことは窺えた。

 スレイはマルフォを一刻も早く倒し、仲間のもとへ加勢したかった。だが果敢に攻めて、いくら攻撃しようともマルフォの守りを崩すことが出来ず、不安と焦りだけが募っていた。

 

「……っ、どうして俺の剣技が通じないんだ!?」

「剣技だと?剣の振りも大きく無駄な動きも多い貴様のそれは、剣技などと呼ぶに値するものか!それになんだその剣は?儀式用の装飾剣ではないか!」

 

 スレイの攻撃を既に見切ったマルフォは、今度は攻勢へと転じる。

 憎悪と憤怒の混じった、だが何年もかけて訓練を積んだ確かな剣技に防御や回避がやっとの防戦一方となる。

 

「どうして貴様のような小僧が導師に選ばれる!?どうして私が辛酸を舐めねばならない!?どうして貴様だけが持て囃され、私が惨めにならねばならない!?」

 

 マルフォは憎しみを叩きつけるかのように何度も乱暴にスレイに斬りつける。何者かにスレイを殺さないよう止められている風だったが、現状ではスレイが剣を受け損ねれば死にかねないほどに苛烈だった。

 

 2人の剣が一際強くぶつかり合い、その衝撃で互いに後退し、幾分距離が生まれる。スレイは今の内に上がっていた息を整える。マルフォも手が止まったことで少しばかり冷静さを取り戻したようだった。

 

 

 これを機と捉え、スレイはマルフォを説得しようと試みる。

 

 自分が導師となってしまったために立場を失ってしまったマルフォ。数奇な偶然(・・・・・)によってあの時スレイが導師になったとはいえ、聖剣祭の段取りをぶち壊してしまったことは申し訳なく思っていた。

 

 だからこそ、同じ導師を目指した者として現在の世界の状況を理解してもらえれば戦いを止めてくれるかもしれないと期待した。

 

「サロワさん、その、聖剣祭で導師としての立場を結果的奪ってしまったことは本当にすみませんでした。でも今この世界には災厄が満ちている。魔物だけじゃない、人や物に取り憑いていろんなものを滅茶苦茶にする『穢れ』だって蔓延っているんだ。俺は導師としてこの災厄を静めるために――」

「そんなもの、関係あるものか!!」

 

 スレイの言葉を遮り声を荒げるマルフォ。

 

「貴様は私から地位も、名誉も、将来までも奪った!ならば今度は私が貴様の全てを奪う番だ!」

「だからって、俺への復讐のためにみんなを殺そうとするのは間違ってる!大体、どうしてアリーシャまで殺そうとするんだ!?アリーシャはハイランド王国のお姫様で、少なくともさっきまでは自分の従士しようとしていたのに!」

 

 スレイが叫ぶようにマルフォを非難する。その言葉に、マルフォは初めて怒りや憎しみ以外の表情を出した。ニタリと笑う、心の芯から底冷えしそうな程の暗い愉悦だった。

 

「そうだとも。アリーシャ殿下には私の従士に、そして伴侶となってもらう。私と2人でハイランド王国の象徴となるのだ。だが、そうなるには殿下は貴様という『呪い』に蝕まれ過ぎた」

「の、呪い?」

「貴様と共に過ごした記憶、貴様に対する感情がある限り、殿下は私のもとへは来て下さらないだろう。だから殺すのだ!殺してその全てを消し去るのだ!そうすれば殿下も私を支え、共に歩んで下さるだろう」

「そんなこと、出来るはずがないだろ!」

 

 スレイは声を張り上げて否定するがマルフォは意を介さない。

 

「貴様はどうやって私が導師の資格を得たと思っている。不可能を可能にする方法を手に入れているからに決まっているだろう」

 

 芝居がかった演技で間を作るマルフォ。それは自分に陶酔しているようにも見えた。

 

「エリクシールだ。『あの方』から頂いたエリクシールによって私は覚醒したのだ。万能薬たるエリクシールを死した殿下にも使えば不可能ではないのだよ。だから、後は貴様らのみだ。貴様の仲間を血祭りに上げ、『あの方』にとって用済みとなった貴様を葬ることが出来れば、全てが終わる!そして私の全てが始まるのだ!」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 エドナはミクリオの腕を掴んで引き連れ、1ヶ所に留まらずジグザグに、あたかも飛ぶように走り回っていた。その場に突っ立っていれば敵が容赦なく仕掛けてくる。

 

「ヒャヒャヒャッ!」

 

 心底楽しげに哄笑する敵、ルナールが壁伝いを走りショートカットして襲い来る。エドナは走りながら即席の土壁を出現させ阻む。

 

 スレイを囲んでいたかと思えばエドナ達の方へとやってきたルナール。そしてそれからというもの、ミクリオを執拗に狙い続けていた。先程の攻撃もエドナが防御しなければミクリオに当たっており、エドナには今のところ眼中にないようだった。

 

「やりにくいわ」

 

 エドナは眉間に僅かに皺を寄せる。

 

 何度も攻撃を仕掛けてくるルナールもそうだが、一番の問題はシャムと名乗ったあの女だった。ルナールの騒がしい物音に紛れ、死角から無音で迫ってくる。そのため一瞬も気を抜くことは許されなかった。

 

 エドナはルナールからの攻撃を避けるため、三角跳びの要領で地面と壁を蹴り上げ空中へと躍り出た。

 

「エドナ!空中は駄目だ!」

「アハハッ!おバカさんねェ!」

 

 この状況に痺れを切らしたのか、動きを変えたエドナ。自分から回避のままならない空中へと飛び出したエドナを嗤い、それを隙と捉えたシャムが何本もの投げナイフを一斉に投擲する。だが、エドナはふっと不敵な笑みを零す。

 

「《ロックトリガー》」

 

 エドナが唱えた瞬間、地面からいくつもの尖った大きな石柱が隆起した。突如出現した石柱にシャムとルナールは堪らず回避を余儀なくされる。そしてその石柱の中の1つがシャムの投擲した投げナイフを全て弾き、エドナはそのまま流れるように着地した。

 

 『ロックランス』から派生した地の天響術『ロックトリガー』。あらかじめ地面に術式を仕込んでおくことで、起動言語を唱えれば発動する罠系統の設置型天響術である。ただし、霊力は霧散しやすいため設置していられる時間は短い。

 

 エドナはただ攻撃を逃れるために闇雲に走り回っていたのではなかった。走り回りながら要所要所に天響術を仕込み、機を見て発動させこの状況を打破しようと目論んでいたのだった。

 

 エドナは同じく横に着地したミクリオを引っ張り顔を寄せる。

 

「良い?よく聞いて。このままだと、遠からずわたし達はあの性格の悪いキツネとネコの餌食になるわ」

「その割にはまだ余裕がありそうだな。ついでに性格が悪いのはエドナも一緒――痛たた!耳を引っ張るな!」

 

 エドナの言葉に真顔で言いかけたミクリオの耳を、呆れた表情をしたエドナが引っ張る。

 当然、力加減はしている。でなければミクリオの耳が痛い程度では済まされない。

 

「いちいちうるさい。そこで、ミボにはあのキツネを引きつけて時間を稼いで欲しいの。見た限り、あんたにとてもご執心みたいだし」

「その言い方は冗談でもやめてくれ」

 

 ミクリオは盛大に嘆息する。

あのような狂気染みた男に追いかけられるなど百害あって一利もなく、嬉しいはずもない。レディレイクでアリーシャ殺害を見える形で邪魔したために逆恨みしているだろうことは容易に想像出来ていた。

 

「ミボもまだ余裕がありそうね。それで、やってくれる?」

「……ああ。やる。倒せなくても、足止めくらいなら……」

「バカミボ。わたしがいつ戦ってって言ったの?逃げながら引きつけてって言ったのよ」

 

 ミクリオは自分の手に持つ杖を強く握りしめ意思を強くするが、それは即座に否定される。

 

「良い?絶対に戦っては駄目よ。今のあんたじゃ勝ち目なんてまず無いわ」

「……」

「バカミボ、返事は?」

「……っ……わかったよ。……いや、違う!バカミボには同意していないからな!」

 

 慌てるミクリオを余所に、エドナは何も言わないものの勝ち誇るようにふっと笑みを作る。そして話は終わったと示すようにこちらを見上げるルナールやシャムへと向き直り見下ろすのだった。

 

 

 

 エドナが片足をあげ、そして降ろして地面につけると、石柱は溶けるように崩れ砂になっていく。そして周囲に舞う大量の砂煙。

 エドナとミクリオは足場を失い重力に従うままに落下して、もうもうとした砂煙へと飲み込まれていった。

 

 視界の悪い中、ルナールとシャムは標的を探して周囲に目を凝らす。

 

「《――!ツインフロウ!》」

 

 すると突如、ルナールの横合いから詠唱と共に放たれる水の螺旋。気づいたルナールが手刀の一閃で瞬く間に散らしてしまう。

 水の螺旋が舞う砂を吸着したことにより、一瞬だが線状の空白地帯が生まれた。そして見えたのは、踵を返しルナール達から逃げるかのように反対方向へと向かうミクリオの姿。

 

 ルナールは裂けたかのようなニヤついた笑みを浮かべ、そちらの方向へ足を運ぼうとする。だが。

 

「ちょっとォ、何誘導に引っ掛かってるのよ。先にあのおチビちゃんを始末するわよォ」

「あァ?」

 

 シャムがそれに待ったをかけた。気分を害され、苛つき気味に首だけ動かすルナール。

 

「アンタがあの青いボウヤを追いかけている隙におチビちゃんがあたしを倒す作戦よォ。のこのこついて行ってあげる理由なんて無いわよ」

「うるせェッ!!俺様に指図するんじゃねェ!!俺はあのガキをぶっ殺さねぇと気が治まらねェんだよォ!」

「アンタ、また無様な醜態を晒す気?」

 

 激昂するルナールだが、シャムのこの一言にピタリと動きを止める。レディレイクでの失敗及び投獄され情報を吐いたことにより、獣の骨でのルナールの立場は非常に危ういものとなっていた。

 

「……あのガキをぶっ殺すのなんざすぐ終わるさ。なぁに、ちょっと首を捻ればいい。だから頼むから行かせてくれよ、なァ?」

 

 一転して卑下た笑みを作り、気味の悪い猫なで声で頼み込むルナール。ルナールのその明け透けな態度に、シャムは心の中で侮蔑を送ると共に関心を無くし、そして言った。

 

「……あっそ。勝手にすればァ?」

「クヒヒャヒャヒャッ!感謝するぜェ!」

 

 シャムの言葉を聞くと同時に喜び勇んでミクリオのいる方向へと向かっていくルナール。

 そうこうしている内に砂煙は晴れ、開いた傘をクルクルと回して佇むエドナの姿が露わとなった。

 

「逃げても良かったのに、あたしに殺されるために待ってたのねェ。偉い偉い」

「わたしが逃げればあなたはすぐ標的をスレイかアリーシャに移すわ。それで面倒な事になるよりは、今ここであなたを倒してしまった方が後々楽だもの」

「プッ、アハハハッ!!おチビちゃん、あたしを倒せる気でいるの!?ホント可愛いったらないわァ、アハハハ!!」

 

 耳障りな嘲笑を無視し、エドナは傘を閉じる。

 

「ええ。当然」

 

 そして、不敵に笑った。



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30.ミクリオの決断

 ミクリオは走る。憑魔によって破壊され残骸となった数々の露店の間を通り抜け、避難によって人っ子一人いない中、憑魔ルナールに追いつかれまいと懸命に足を動かしていた。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャ!仲間を置いて自分は逃げるのかい?」

 

 後方からの愉快そうな笑いが徐々に、だが確実に近づいてくるのがわかる。追いつかれれば命はない。そんな命を賭けた鬼ごっこを、ミクリオは既に10分前後続けていた。

 

「《……霊霧の衣!》」

 

 追いつかれそうになる度に自身の姿を隠す水の天響術、霊霧の衣を発動させる。ミクリオの力量では持って十数秒。何とか捻り出したその貴重な時間に出来るだけルナールとの距離を空け、また地面を凍らせるなど思つく限りの小細工を仕掛けていた。

 

「まぁたこれかよ。これで一体何度目だァ?」

 

 足を止め、ルナールは少しばかり苛ついたように頭をガシガシと掻き毟る。そしてその十数秒後には背中を向けて走るミクリオの姿が露わとなる。

 

 ルナールは今度は追いかけることはしなかった。そしておもむろに両手の平を上に向ける。すると手の平から青い炎が噴き出し、それを胸の前で重ね合わせた。

 

「少しは俺様を楽しませなァ!《フレイムボール!》」

「憑魔が天響術を……っ!?《双流放て!ツインフロウ!》」

 

 異常に気づいたミクリオは振り返り、咄嗟に天響術『ツインフロウ』を放つ。

 

 水の螺旋と青い炎弾が惹き合うかのように一直線にぶつかり合い、その瞬間、蒸発した水が水蒸気となって霧をつくり周囲を白く染め上げた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 エドナは随時土壁を展開しつつ、地の天響術『ロックランス』を立て続けに発動してシャムを追い詰めていた。

 

 客観的に見ればシャムはエドナの攻撃に手が出せず攻撃を避けるばかりであり、エドナが優位に立っていると言えた。だがエドナはシャム、というよりはこの憑魔に対してある違和感を抱いていた。

 

 憑魔であり人間であるのに、まるで思考を放棄しているかのように単調な攻撃ばかり。

 しかも今だに走る姿が見えていても足音が全く聞こえないという不可解な現象。そして頭の奥に引っかかる、何か忘れているような感覚。

 

 その答えに思い至ったと同時に事態は動いた。足を止めたかに見えたシャムのナイフに異様な気配が集まり出すのを感じ、エドナは次に来るであろう攻撃が何であるか悟った。

 

「っ!《障壁(すだ)く、肉叢(ししむら)に!》」

「真っ二つになりなさい!《ウインドリッパー!》」

「《バリアー!》」

 

 シャムによって放たれた歪んだ空気の層の一閃は真っ直ぐエドナへと飛んでいく。その空気の層は展開していた土壁に接触すると、何の抵抗もなく通過した。

 だがただ通過したのではない。その証拠に土壁は崩れ、その断面はまるで元からそうであったかのように綺麗な平面を晒していた。

 

 間一髪でエドナが発動させた透明な連続した六角形の障壁、地の天響術『バリアー』。無詠唱で簡素に作り上げた土壁とは違い、霊力を練り上げて作られたこの障壁はとても強固だ。歪んだ空気の層は障壁に接触するも、今度は通過せずに霧散した。

 

「聞こえない足音に今のカマイタチ……、空気を操る風属性の特徴ね。そういえば忘れてたわ。強力な憑魔は天響術に似た術を使ってくることがあるってね」

「あたし達は憑魔が使う術で単純に『憑魔術』って呼んでるけどねェ。でも残念。十分油断してるからいけると思ったのに」

「お生憎様。あなたにあげられるような命なんて、少しも持ち合わせていないのよ」

 

 

 シャムを倒すにはまだ時間が必要であるようだ。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 水と炎の衝突によって突如霧が発生し、ルナールを見失ってしまったミクリオ。どこにいるのかわからないものの、相手も条件は同じと思っていたその矢先。

 

「そこかなーっとォ!」

 

 ミクリオのすぐ横をルナールの鋭い爪が通り過ぎる。

 

「な、なんで……!?」

「オイオイ、俺様は暗殺者だぜェ?気配を探る手段の1つや2つ身につけてるなんざ当たり前だろォが。今回はレディレイクの時のようなヘマはしねぇ、しっかり殺すぜェ。雑魚のくせに俺の邪魔しやがったんだからなァ!」

「くそっ!」

 

 脱兎の如く逃げるミクリオに、ルナールは再び両手に青い炎を灯し始めた。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャ!逃げろ逃げろッ!それで丸焦げになって後悔しなッ!そーらッ!」

 

 狂ったように笑いながら炎を振りまくルナール。その余波で水蒸気の霧が晴れてしまい、ミクリオはまたしても霊霧の衣を纏って姿を消す。

 

 だがルナールは楽しげに嗤っていた。

 

 弾かれたように走りだし、気配のする空間を引き裂く。

 だが結果はルナールの想像とは違っていた。機嫌を損ねたルナールは指を伸ばして槍のように形作った腕で相手の胸に勢い良く突き入れる。

 ルナールの腕に胸を抉り、突き破った確かな感触が伝わってきた。

 

 

 

 ミクリオは果たして、無事だった。

 咄嗟に霊霧の衣で身を隠し移動したは良いが、ルナールが追ってきていた。だがミクリオにとっては幸いなことに途中で方向転換したのだった。

 

 ミクリオは物陰に隠れルナールの動向を窺う。先程までミクリオに執着していたルナールは屈みこんで何やら別の作業に没頭していた。

 

 最初は訝しげにその様子を見ていたものの、ミクリオは何をしているか理解したと同時に口を手で覆って押し殺し、身を竦ませた。

 

 

 ルナールが天族を殺して食べている最中だったのだ。

 

 その天族はつい少し前、人間相手に盗みを働いていた同じ水属性の青年天族だった。ルナールはマイセンの時と同様、殺した天族を頭から丸呑みし少しずつ飲み下していた。

 

 その様子に目を背け、必死に声と吐き気を我慢する。気がつけば走り出していた。

 ミクリオは恐怖に震えながら思う。

 

 偶然青年天族が近くにいたから自分と間違えられ犠牲になっただけで、本来ならば自分がああなっていたのだと。

 

 怖い。死にたくない。一刻も早くルナールから離れたい。ミクリオの胸にはそんな感情が止めどなく溢れ、渦巻いていた。

 

 既に20分以上の時間は過ぎており、もう十分稼いだように思えた。それならばもう安全な場所へ逃げてしまっても良いのではないか。ミクリオはそう、ふと思った。

 

 だが現在スレイ達の動向がわからない中、もしも戦闘が継続していた場合エドナはルナールとシャムに殺され、更にそのままアリーシャやロゼも殺されるだろう。

 スレイやライラもどうなるかわかったものではない。

 

 

 だが天族として力のない自分にはどうしようも出来ない。

 自分はエドナに言われた役目を果たしたのだ。自分は良くやった。これ以上は、仕方ない。

 

「――わけないだろうっ!!」

 

 ミクリオは足を止め、気づけば叫んでいた。

 

 自分は良くやった、これ以上は仕方ない、そんな言葉は単なる言い訳にしかならない。

 このままスレイ達に何かあっても自分は危険に遭遇する度、こんな言葉を何度も言い続けるのか。

 自分はこの旅路の危険さが十分に理解した上で、それでもみんなと共に旅をしたいからついて来ているのではないか。

 この先自分の手に余る事などいくらでも起こる。その度に言い訳を用意し続けるのか。

 

 ミクリオは長杖を強く強く握りしめ、葛藤する。脳裏にここ1ヶ月の旅の思い出が思い返される。

 

 そして、ミクリオは決断した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……ちィ、逃がしたか」

 

 青年天族を食べ終えたルナールが再びミクリオを探すものの、既にこの付近にはいないようだった。引きつける狙いがあるのならつかず離れずを維持するだろうと楽観視していたが、どうやら本当に逃げ出してしまったらしいことを知り、盛大に舌打ちする。

 

 逃げてしまったのならどうする事も出来ない。ルナール戻ろうと踵を返したその時だった。

 

「キツネ男っ!!お前の狙いはこの僕だろうっ!!僕はここだ!!」

 

 周囲に響き渡る声。その声の主は、先ほどまでルナールが追っていた天族のもの。

 それを耳にしたルナールは口の端が裂けたかのような笑みを作る。

 

「……クヒヒャヒャヒャ。面白いねェ」

 

 

 

 ミクリオは目を瞑り、ルナールが来るのをじっと待っていた。恐怖心は拭いきれておらず、体が微かに震えている。そしてついにその人物はやってきた。

 

「全身恐怖が丸出しになってるぜィ。ほぅら、力んで腕がガチガチ」

 

 ほどなくしてやってきたルナールがミクリオを見て顔をニヤつかせたが、次の瞬間には怪訝な顔つきに変わる。

 

「……?何だァ?」

 

 それはとても不自然な状況だった。ミクリオを中心にして深さ数十センチ程の水が半径十数メートル程の円を作り、それ以上広がることなく留まっていたのだ。

 そんなルナールを無視してミクリオは尋ねる。

 

「……聞きたいことがある」

「あァん?」

「僕の事も殺して食べるつもりなのか?」

「わかり切ったことを聞くんじゃねェよ。だが、すぐには殺さねェさ。仲間の元へ連れて行って悲惨な死に様を見せたその後で、ひと思いに殺してやるよ。お前さんがどんな顔をするか、今から楽しみで仕方ねェ」

「……天族の体内には、量や質の差はあっても必ず大量の霊力がある。そしてその霊力はお前達憑魔にとっては浄化という毒にも等しい危険なもののはずだ。なのに、なんでお前は天族を平気で食べることが出来る?」

 

 天族の持つ霊力には程度の差こそあれ浄化の力を持つ。なのにこの憑魔はそれに影響された様子もなく、マイセンや青年天族を食らっていた。それがどうしても腑に落ちなかったのだ。

 

「……クヒヒャヒャヒャヒャッ!何を言うかと思えば、そんなことか。だがまあ、お前さん達捕食される側からすれば、自慢の毒が効かねェんだ、そりゃあ気になるよなァ?良いぜェ、今俺様は最っ高に気分が良い。教えてやるよ。……お前さん、さっき質がどうとか言ってたが、天族には浄化の力が強いヤツと弱いヤツがいることは知ってるよなァ?」

「……」

「その違いはどれだけ長生きしてるかってことだが、俺が言いたいのはそうじゃない。お前さん達の持つ霊力っていうのはな、容れ物としての(うつわ)が正しい器でなくなれば、つまり死ねば変質して俺達憑魔にとって無毒になるんだよッ!」

「……ッ!?」

 

 ルナールの言葉を聞いたミクリオは驚愕する。そんな話はイズチのみんなからもライラからも全く聞いたことがなかった。

 

「長生きしてるヤツは美味くてねェ、味が濃くて脂身みたいにトロっとしてるんだ。だが俺様の一番の好物は死んだ直後のヤツでねェ、まだ完全には変質しきってない霊力が俺をビリビリさせてきやがって、最高に愉快なのさ。そいつの最期の悪あがきみたいでなァ!」

 

 狂ったように哄笑するルナールに対し、ミクリオはついに瞑目する。始めからわかっていたことが、ルナールがまともな人間性を有していないことを改めて実感したのだった。

 

 

「さて。どうやら他に聞きてぇことはないようだし、おとなしく俺様に捕まっちまいなァ!!」

 

 話も終わり、ルナールは水の張られた地面を疾走する。ミクリオは逃げ出したい衝動を必死に抑え、今一度長杖を強く握りしめた。

 

「クヒヒャヒャヒャヒャ。この水で俺様の足を鈍らせようってのかい?もしそうなら、残念だったねェ」

 

 憑魔であるルナールは常人とは筋力が異なる。そのため普通ならば足を取られかねない水の深さでさえ、ほとんど何の抵抗なく走っていた。

 

 だがミクリオも、ただ相手の速度を落とすためだけにこの大量の水を用意したのではない。狙いは別にあったのだ。

 

「《ツインフロウッ!》」

「うおッ!?」

 

 普段とは違い、術名のみの詠唱を行うミクリオ。そして更に、水の螺旋は長杖から放たれることはなくルナールの足元(・・)から発動した。勢い良く噴き上げる水の螺旋がルナールの体を掠める。

 

 前半部分の詠唱はそもそも、術のイメージを固めるための下準備のようなものだ。下準備が既になされているならばそれだけ詠唱を短縮出来る。実際、ライラやエドナは炎弾や土壁などを放つ時など、無意識にイメージを形作り無詠唱で発動させていた。

 

 ミクリオの場合、事前に水を用意したことで術の詠唱を短縮させたのだ。更にこの足下に広がる水の領域内であればどこからでも水の天響術を発動させることが出来る。

 これは普段、エドナが石柱や土壁を自身と距離が離れていても発動させている様子から参考にしたのだった。

 

「なァるほど。このための水って訳かい。だが甘えェ!」

 

 意図を察知したルナールは直線で狙うことを止め、右へ左へとジグザグに走りを変えた。

 ミクリオは続け様に天響術を発動させるもルナールの動きについていけず、噴き上げる水を掠らせることさえ出来ない。そうしている間に瞬く間に距離が詰まり、ルナールに首を掴まれ絞められてしまった。

 

「ぐぁっ!?」

「捕まえたぜ。黄色いガキは丸呑みにするとして、お姫様はどうするかねェ。レディレイクではお姫様だけ焼かれなくて、あれは不公平だったよなァ。そうだ、今度は俺様の炎で豚みたいに丸焼きにして、魔物の餌にするってのはどうだい?クヒヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

 喉を押さえつけられ喘ぐミクリオを傍目に、ルナールは自身の勝利を確信し、既に次の事に考えを巡らせる。だがミクリオの方を見ると何か言いたげに口をパクパクとさせている。ほんの少し、指を緩めた。

 

「っハァ、ハァ……。お前の、負けだ……!」

「……あァ?――ガガボッ!?」

 

 ミクリオの言葉に眉をひそめるルナールだったが、突然頭上から多量の水を浴びせかけられ何が起こったのかわからず混乱する。ミクリオはその隙にルナールの手を蹴り飛ばして抜け出し、足元の水を全てルナールのもとへ集中させた。

 

 頭上からの水の正体はつい先程何度も発動させた水の天響術『ツインフロウ』だ。ルナールは攻撃のためだけだと勘違いしていたがそうではなく、最初からミクリオの立つ円の中心に落ちてくるよう調整してあったのだ。

 そして上下から挟むように浴びせて出来上がる、水の檻。球体のオブジェと化したその中心でルナールは手足をバタつかせ必死にもがいていた。

 

 

 ミクリオは知っていた。ルナールという男は異常な事態に陥ると周りが見えなくなることを。

 

 聖剣祭でアリーシャが人質に取られていた時の事。神器化したライラの大剣で炎を噴き上げながら突進してくるスレイに圧倒され、数瞬の間ルナールは周囲の警戒を疎かにした。

 

 それを覚えていたミクリオは隙をついて水で一気に閉じ込める作戦を思いついたのだった。

 

 

 デゼルは捉えられない敵をただ闇雲に狙い撃つより、誘導することを教えてくれた。

 ルナールの動きを捉えることが出来ないと理解しているミクリオは自身を囮として使うことにした。絶対的有利が揺るがない力の差があり、なおかつ今までの行動からルナールが享楽的な性格であることを理解していた。 そのため、下手に動かなければすぐに殺される可能性は低いだろうと踏んでいた。

 

 

 旅の道中、ライラに何故紙葉を武器にするのかと尋ねたことがあった。

 ライラは、火は物が燃えることによって発生し、空気を含んでその勢いを増すのだと教えてくれた。そのため最初の小さな火種をつくるために燃えやすい紙を使っているのだと言っていた。

 

 そのことを思い出したミクリオは、両腕から青い炎を発生させるルナールも原理は同じなのではないかと思ったのだ。

 

 

 ルナールの指の1本から髪の毛先まで空気には触れさせない。少しでも空気に触れ炎を発生させてしまったら水の檻を壊される恐れがあるためだ。

 

 地面にも足を触れさせるようなことはしない。憑魔であるルナールならば脚力に任せて脱出してしまう恐れがあるためだ。

 

 ミクリオは全神経全霊力を集中させて水の檻の維持に費やす。

 ルナールが為す術なく出鱈目に暴れるが、完全に気を失うまでは絶対に解く訳にはいかなかった。

 

 

 水の檻を維持しながらミクリオは思う。

 

 これでスレイやみんなと対等に並び立てると。

 

 天族として若いがためにライラやエドナには天響術の力が足りず、スレイと手合せして覚えた杖術も導師となったスレイや本職の騎士であるアリーシャには比べるべくもない。

 しかし、こうして格上の憑魔を無効化することに成功したのだ。また以前のように、親友であり相棒としてスレイの隣に立てると期待した。

 

 

 だがそんなミクリオの心情をあざ笑うかのように、突如ミクリオの視界がブレた。

 

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……あ、う……」

 

 気がつくとミクリオはいつの間にか地面に横たわっていた。全身が酷く痛み、体も動かせそうにない。どうして自分は倒れているのだと目だけを何とか動かして周囲を見回し、そして理解した。

 ミクリオはルナールに集中するあまり、浄化し損ねた憑魔リザードマンの接近に気付かなかったのだ。どうやら元の傭兵の持ち物であろうその手に持つ棍棒で強く殴りつけられほんの少しの間気絶したのだった。

 

 憑魔を見ていたミクリオは、その後方を見るなり青ざめる。ルナールが全身から水を滴らせながら立っていたのだった。

 

「お、俺が……俺様がこんなガキに、こんなにもコケにされただと……?」

 

 ゆらりとした覚束ない足取りで一歩一歩憑魔に近づいていく。そして。

 

「っざけるなアァァァァァァ!!」

 

 ルナールが感情を爆発させ、憑魔の背中から腕を突き入れた。そして憑魔は瞬く間に燃え上がり、やがて黒く炭化しボロボロと崩れ落ちた。

 

 

 目を吊り上げ血走らせたルナールが、今だ横たわっているミクリオへと向かっていく。その表情から、今ここで殺すことは容易に見て取れた。

 ミクリオには何故かその光景がとても遅く感じられ、しかし自分は確実に死ぬのだという実感がとても鮮明に感じられた。

 

 

 ミクリオは自身の無力感に涙を零しながら思いを巡らせる。

 

 自分は選択を誤ったのかもしれない、素直にエドナの言葉通りに行動していれば誰も死ぬことのない未来があったかもしれない。

 

 スレイやジイジは死んだ自分に対して何と言うのだろう。母にどうやって詫びればいいのだろう。アリーシャやライラ、エドナは悲しんでくれるのだろうか。

 そんな取り留めのない思いが浮かんでは消えていくのだった。

 

 

 

 ミクリオとルナールの距離があと数歩と迫った時、それは起こった。

 重厚な破裂音が響いたとほぼ同時に、衝撃波の弾丸がルナールを横に吹き飛ばす。反対方向からは人影が徐々に姿を現した。

 

「男の勝負に横やりを入れるのは俺の流儀に反するが、これ以上は見てらんねぇぜ。だが、なかなか頑張ったじゃねぇの。ボウヤ」

 

 

 白い長髪に白い線状の模様を施した色黒の上半身、不真面目そうな雰囲気を纏い、遺物である銃を手に持つ男が風のように颯爽とやってきたのだった。



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31.風の乱入

 1ヶ月以上も空いてしまい申し訳ありません。

 気持ち悪い描写があるのでご注意下さい。


「誰だテメェエエエッ!!俺様の邪魔しやがってエエエッ!!」

「おーおー荒れてるねぇ」

 

 流血した肩を押さえて起き上がったルナールは、突如現れた色黒の男に対し食いつかんばかりに激昂する。だが濃密な殺気を向けられている本人は至って涼しい顔をしていた。

 

「俺は通りすがりのやさしいお兄さんってところだ」

「ふざけやがって!!よくもやってくれたなァアアッ!!そのガキを庇うってんならテメェから――」

「殺すってか?」

 

 怒りを撒き散らすルナールに対し、男は軽薄ながらも鋭利な刃物を思わせる鋭い言葉と共に銃口を向ける。

 

「俺も狂った憑魔なんぞに情けをかけるつもりはねぇ。浄化なんて生温い。死にな」

 

 そう言って男は引き金を引いた。銃口からはまるで空気が圧縮されたかのような無色の弾丸が破裂音と共に勢い良く撃ち出される。

 だがその直前、男の明確な殺意を感じ取ったルナールが無事な方の手に青い炎を灯し、自身を隠すようにして炎を前方に覆い広げた。急激な速度を伴った無色の弾丸は青い炎の幕を撃ち貫くもルナールの姿は既になく、少し離れた場所で背を向けていた。

 

「……俺様をコケにしたテメェは、絶対に許さねェ。次こそ必ずぶっ殺してやるからなァ」

 

 ルナールはミクリオに向けて静かに怨嗟の言葉を吐くと同時に、炎を巻き上げ完全に姿を消したのだった。

 

 男はルナールが完全にこの場所を去った事を確認すると銃を下ろしてホルスターにしまい、倒れるミクリオへと近づいていく。

 

「大丈夫か坊や……って気絶しちまったのか。ったく仕方ねぇな。よっと」

 

 既に意識を失っていると見て取った男はミクリオの腕を引っ張り上げて肩に担ぐ。

 

「さて、と。それじゃ導師様とのご対面といくか」

 

 そして男は歩き出した。今だ戦闘音の鳴り止まない場所、そして自身の目的である導師のいる場所へと。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 襲い来る暗殺者の男を相手に、ロゼは怯むことなく応戦していた。男の鋭い剣も体術から繰り出される蹴りなども受け流し、ロゼ自身も隙を見ては蹴りや肘打ちなどの攻撃を織り交ぜ果敢に攻めていた。

 

「……惜しいな。貴様のその身軽さと剣の腕ならばすぐにでも我らの精鋭として働けるだろう。娘、我ら『獣の骨』に入る気はないか?頭領に掛け合ってやろう」

「冗談!暗殺集団なんて願い下げだっての!」

「ならば死ぬがいい!」

 

 男はロゼの返答を聞くや否や剣速を上げ仕留めにかかる。徐々に押されていくロゼは、遂には男に短剣を2つとも弾かれてしまった。男は慣れた手つきで短剣を逆手に持ち替え、吸い寄せられるがごとくロゼの首に突き立てるかと思われた瞬間だった。

 

「ぁ……が……っ!?」

「え!?な、何!?」

 

 突如武器の短剣を手から滑らせ、首を押さえて苦しみ出す暗殺者の男。そしてロゼは男の急な様子の変化に動揺する。

 

 その様子はまるで背中に棒を差し入れたかのように背筋をぴんと伸ばし、血が滲むのではないかと思えるほど無性に喉を掻き毟っている。そしてよく見ると暗殺者の喉に見えない細い紐のような痕があり、またロゼの見間違いでなければ暗殺者の靴の爪先がわずかに浮いているように見えるのだった。

 

 

 アリーシャはつい今し方相手にしていた暗殺者の最後の1人を倒し、残るロゼと戦っている暗殺者を倒すべく加勢しようとしていた。だが様子がおかしいことに気づく。

 

 従士であるアリーシャは見た。暗殺者の男の首に細い紐が食い込むように巻きつき、今なおもがいている男を宙づりにしている様子を。そしてその紐の先を。

 

 

 建物の屋根に立つ、帽子を目深に被った黒服の風の天族、デゼル。

 

 デゼルがペンデュラムの紐を勢い良く引くと同時に、暗殺者は飛ぶように空高く舞い上がっていった。

 

 

 

 エドナと戦っていたシャムへ、それ(・・)は突如砲弾のように急激な速さで向かってきた。シャムが咄嗟に避けるのと入れ替わるようにして地面に着弾したそれは、赤い体液を盛大に飛び散らせ周囲にぶちまけた。

 着弾点に残るのは血で汚れきった黒服と、見るも無残な肉塊のみ。

 

 犯人は一目でわかる。肉塊からするすると離れていくペンデュラムの先には、今正に残酷な所業を行ったにも関わらず何でもないように屋根の上に悠然と立つ黒服の男がいたからだ。

 

「テメェらのその揃いの黒服と仮面。そして何よりも風が教えてくれる、染み付いたこの胸糞悪い血の臭い。暗殺集団『獣の骨』だな?」

 

 デゼルは冷え冷えとした瞳でシャムを見下ろす。

 

 

 風の天族の特性『風読(かぜよ)み』。空気の微細な流れや匂い、音などから周辺の状況を把握するというものだ。これにより周囲のある程度の障害物は勿論、生き物などの居場所も把握出来る。

 

 ルーカスやセキレイの羽についていき風読みで周囲を警戒していたデゼルだったが、不意に避難路とは逆の方向へと走る者達の動きを捉えた。しかもその者達の放つ臭いは忘れたくても忘れられない、デゼルの憎悪を強く掻き立てるものだったのだ。

 

 そしてデゼルはその場を離れ、ここに至る。

 

「……そうよォ。だったら何?」

「……やっとだ。やっと見つけた。これで俺は復讐を果たすことが出来る」

 

 デゼルは両手を強く握りしめ、暗い歓喜に打ち震える。

 

「復讐?あたし、あんたみたいな根暗な男なんて知らないわよォ?」

「テメェが知らなくても俺には知ったことじゃねぇ!!ブラド達の仇は俺が取るんだ!テメェら全員、微塵にして惨たらしく殺してやる!!」

 

 そう言うが早いか左右のペンデュラムを巧みに操りシャムへとけしかける。だが左右2本のペンデュラムは直接シャムへは向かわずにその前方で地面に潜ってしまう。狙いが外れたのかに思われた次の瞬間、ペンデュラムはシャムの周囲から飛び出し、瞬時に半球状の網目の檻を形成した。

 

「これで逃げ場はねぇ。テメェが何かするよりも速く風を纏ったこの檻を収縮させて細切れにしてやる」

「さっさと殺すんじゃないのォ?」

「殺す。だがその前にアジトとテメェらが頭領と呼ぶ存在、そして組織の協力者を洗いざらい吐いてもらおうか」

 

 虫を見るような眼差しを向けるデゼル。だがシャムには余裕の表情が無くならず、遂には声を上げて嗤って見せた。

 

「……何が可笑しい?」

「残念だけど、どれも叶わないわねェ。命を握ったなんて勘違いしてる馬鹿な男に教える義理なんてないもの」

「……ならとっとと死ね」

「それも無理ねェ。暗殺任務には失敗しちゃったけど、並行して進めてた実験(・・)も終わっちゃったから撤退させてもらうわァ」

「させるかっ!」

 

 見切りをつけたデゼルがペンデュラムを引き檻を収縮させるが、その前にシャムはまるで沼に落ちたかのように唐突に影の中へと沈み込んでしまった。周りを見渡せばいつの間にかアリーシャとロゼが倒した暗殺者達も露と消えてしまっていた。

 

 あとに残ったのはシャムの耳障りは嘲笑のみだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 マルフォの猛攻をすんでのところで回避し続けていたスレイだったが、突如マルフォに異変が生じた。体から憑魔特有の黒い靄が立ち昇り始めたのだ。

 

「な、なんなのだこれは……!?」

 

 自身から放出される黒い靄を見てマルフォは激しく動揺し、そうしている間にも黒い靄は加速度的に量を増し、遂にマルフォは完全に飲み込まれ見えなくなってしまった。

 

 そして変化が訪れる。

体は消え去り身に着けていた鎧だけが残り、内側は黒い靄で満たされている。顔だった場所からは目と思しき1つの赤い光点が生まれる。

 マルフォは甲冑の憑魔アーマーナイトと化したのだった。

 

 だが変化はそれだけに留まらなかった。憑魔に変化した後もボコリ、ボコリと耳を塞ぎたくなるような異音を響かせて歪に膨らんでいく。

 

「な、なんだ……?」

「スレイ!呆けてないで早く浄化しなさい!」

 

 目の前の異常事態に茫然自失となったスレイにアリーシャ、ロゼと共に駆け寄ってきたエドナが叱咤する。

 我に返ったスレイはアーマーナイトの鎧の隙間から儀礼剣を突き刺し浄化を試みるが、

 

「浄化出来ない!?どうして!?」

 

 黒い靄は一旦減少するものの、浄化することは出来なかった。

 

「そんな!?あの憑魔は浄化出来ないのですか?」

「普通の憑魔よりも黒い靄がかなり濃いわね……。多分、あの憑魔の力がスレイの浄化の力を上回っているのよ。こうなるとあとは神依による浄化しかないわ」

「で、ですが、今スレイと神依出来るのはライラ様しか……」

「……」

 

 アリーシャの言葉に、エドナは無言を貫いた。

 

「……っ、なんとかしないと!」

 

 焦るスレイは身を翻しライラの元へと走っていく。その間にもアーマーナイトは歪に膨らみ、元の3倍程に巨大化していく。そしてスレイのあとを追うようにゆっくりと動き出した。

 

「ライラ!ライラ頼むから起きてくれ!ライラっ!」

 

 駆け寄ったスレイが何度もライラに呼びかける。だがライラは気を失ったまま、肩を揺さぶられても反応はない。

 エドナがアーマーナイトの進行を阻もうと地の天響術で壁を作るもすぐに壊されてしまう。そして遂にスレイ目前へと迫り、緩慢な動作で体同様に歪に膨らんだ既に剣と呼べないそれを振り上げた。

 

「スレイっ!!」

 

 アリーシャの叫びが合図となったかのようにアーマーナイトの剣がスレイとライラ目掛けて振り下ろされる。

 

「……っ、ライラごめんっ……!《導師の剣になれ。《想い焦がす情熱(リュケーネウロ=アメイマ)》!》」

 

 スレイが真名を告げると同時に意識がない筈のライラの体が光に包まれ赤い光球に姿を変える。そしてすぐに神器としての大剣に姿を変えた。

 大剣を素早く掴み取り神依化したスレイは、即座に振り返り振り下ろされた歪な剣を大剣で受け止めた。

 

「ぐううっ……!!」

 

 振り下ろされたことによる力と上乗せされた重力によって過大な威力となったそれを、スレイは歯を食いしばって懸命に耐える。この衝撃によって足元の地面は陥没していた。

 

 衝突の瞬間を何とか耐え切ったスレイは上乗せされていた重力の無くなったこの僅かな隙にアーマーナイトの剣を弾き、浄化をせんと炎を纏う大剣を振りかぶった。だが。

 

『……………バ』

 

 不意に、アーマーナイトから何かが聞こえた気がした。そして。

 

「……?何か言って――」

『貴様サエ……貴様サエイナゲレバ私ハアァァァァァァッ!!!』

「……っ!?」

 

 恨みと嘆きに満ち満ちた怨嗟の声に、スレイは(おのの)き動揺し、思わず剣を止めてしまった。

 そのまま立ち尽くしていると神依が解け元の姿に戻る。残されていた神依化の時間が切れたのだ。

 

「スレイ、ライラ様を連れて逃げるんだ!!早くっ!!」

 

 アリーシャの叫びを余所に、アーマーナイトは再度剣を振り上げる。

 

 そして振り下ろされ始め万事休すかと思われたその時、強烈な緑色の閃光がアーマーナイトの胸を貫き、大きな風穴をあけた。

 アーマーナイトはゆっくりと傾ぎ、遂には大きな音をたてて倒れてしまった。

 

 

 一同は何が起こったのかわからないといった様子で、だが閃光の放たれた方向を一斉に注目し、遺物である銃を構えた男を見つけた。

 

「ミ、ミクリオ!?」

「……ザビーダ?」

 

 スレイとエドナがそれぞれの名前を呼ぶ。

 

 ミクリオを肩に担いだ、長髪で色黒の肌に不敵な表情をした男、ザビーダが憑魔アーマーナイトに止めを差した張本人だった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ようエドナ、久し振りだな。そしてハジメマシテ、導師殿御一行」

 

 ザビーダはエドナには親しげな顔を見せる一方、他の面々、特にスレイにはどこか挑発するような、もしくは嘲るような顔を向けてくる。

 

「しっかしまあ女の子が多くて随分華やかだねぇ。人間嫌いのエドナちゃんまで口説き落としてるとかやるじゃん」

「おまえ、ミクリオに何をした!」

「おいおい、恩人に向かってそれは無いんじゃねぇの?俺様はこの坊やの命を助けてやったんだぜ?そして導師殿、あんたの命もな」

 

 スレイはマルフォだった憑魔アーマーナイトに目を向ける。浄化はされておらず、完全にこと切れていた。

 

「……なにも殺す必要は無かったのに」

「なら、坊やがちゃーんと勝って浄化でもすれば良かったんじゃねぇ?」

「それは……」

 

 ザビーダのもっともな言い分にスレイは言葉を詰まらせる。

 

 ザビーダの言う通り、スレイがすぐに神依で浄化をすればこのように殺されることもなかったのだ。

 だがスレイはマルフォの叫びを聞いて躊躇してしまった。あの言葉はそれほどまでにスレイにとって衝撃的で、心に刺さるものだったのだ。

 

「とりあえず、この坊やは返すぜ」

「わ、私がお引受けします」

 

 そう言ってアリーシャが歩み寄っていく。

 

「……お譲ちゃん、ひょっとして従士かい?」

「は、はい。アリーシャと申します」

「へぇ……。俺様はザビーダ。よろしくなアリーシャちゃん」

 

 ザビーダはスレイとは打って変わってにこやかにアリーシャの手を取った。

 

「今はボロボロだがなかなか頑張ってたぜ?キツネっぽい格上の憑魔相手に負けてなかったからな。邪魔さえ入らなければ勝ってたんじゃねぇの?」

「そうなのですか……。ミクリオ様、こんなに傷だらけになって……」

 

 ザビーダからミクリオを引き受けたアリーシャは沈痛な面持ちで肩を優しく抱きしめる。

 

 アリーシャ自身、ルナールという憑魔に殺されそうになった経験があるためにその強さは良く知っている。それなのにミクリオは自身の不利をものともせず戦いザビーダから見て負けていなかったと言わしめるのだから、どれだけ無理をしたのかは想像に難くなかった。

 

 

「さてと、肩の荷も下りたことだし、俺様の用件を済ませるとするかね。まあ単刀直入に言うとだな、導師殿にアイゼンの封印を解いてもらいたいんだよ。まさか封印による結界で攻撃が当たらねぇとは思わなかったもんでね」

「封印を解くって……。もしかしてドラゴンを元に戻す方法が見つかった!?」

 

 スレイの驚きと期待を余所にザビーダは呆れと、そしてやや剣呑な雰囲気を滲ませた。

 

「元に戻す、ねぇ。……なぁ導師殿。まさかとは思うが、エドナちゃんを口説いた方法ってのはアイゼンを元に戻してあげるからついて来て、とかか?」

「違うわ。スレイとはそんな約束はしていないわ。ただ一緒に旅をして、楽しむついでに人間嫌いが少しは良くなればって事で誘ってきたから一緒にいるだけよ」

「……そうなん?俺様てっきりそうだと思ったんだがなぁ」

 

 エドナに言われザビーダは呆気を取られた表情になり、早々と剣呑な雰囲気を霧散させた。

 

「元に戻す気がないなら、お前の目的は――」

「アイゼンを殺すこと。ドラゴン退治ってことだな」

「……!お願い、やめて」

 

 エドナは普段のような平静さとは違い、儚げな声で懇願する。

 

「そんなこと言われてもなぁ。狂って手のつけられない憑魔や、自分の大切な者すら忘れたようなドラゴンを殺して解放してやることが俺の流儀なのさ」

「そんなことはさせないっ!」

「……ま、導師殿はそう言うんじゃねぇかと思ってたよ。なら今しばらくはお預けってところだな」

「どうして……どうして殺すんだ!殺さなくても救える方法があるかもしれないのに!」

「……逆に救える方法なんて無いかもしれねぇ。淡い期待で無駄に長引かせて取り返しのつかない事になるよりは、殺してやった方が救いになるかもしれねぇだろ?少なくとも俺はそう信じてる」

 

 さっきまでの嘲りや挑発的な態度ではない、殊更真面目な態度でザビーダはそう言い切った。

 

「もう、聞きたくないわ。用件が済んだならさっさと帰って」

「連れねぇなエドナちゃん。せっかく久し振りだってのに――」

「帰って!!早く!!」

 

 地の天響術『ロックランス』をザビーダの喉元に突きつけ、エドナは大声で叫ぶ。その声には悲痛さが入り混じっていた。

 石槍を突き付けられてもなお変わらないザビーダだが、エドナの様子を見てこれ以上のことは諦め溜息をついた。

 

「……わぁーたよ。だがよ、エドナちゃん。いつまでも目を背けてたって何も変わらねぇんだぜ?」

 

 んじゃな、という言葉を残し、ザビーダは去って行った。

 

 

 

 



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32.導師の宿敵

 夜になり、雨がしとしとと降り続いている。

昼間の魔物化の大量発生という騒乱がまるで嘘であったかのように、町は静まり返っていた。

 

 そんな先の見えない暗闇の景色を、スレイは窓越しにぼんやりと眺めていた。その心には昼間に起こった様々な出来事に対するいくつもの思いを抱えて。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ザビーダが去って程なくして町の衛兵がスレイ達の下へと駆けつけた。

 

 町長の指示で広場は一時封鎖とし、またこの騒乱を治めた中心的な人物としてスレイ、アリーシャと、同じく居合わせたロゼに対して事情聴取と現状の説明のために町長から至急の呼び出しを受けた。

 

 だがスレイ達からしてみれば、重傷を負い今も気絶しているライラとミクリオを放って行くわけにもいかない。また比較的軽傷ではあるものの、アリーシャの手当てもしたい。

 そのため後日町長のもとを必ず訪れると約束し、とりあえずは宿へと向かうこととなった。

 

 宿へ向かう前にロゼにはセキレイの羽の事を伝えておく。エギーユ達が怪我をしていると知ったロゼは少しの間取り乱した様子だったが、デゼルから命に別状はないことをスレイを介して聞くと落ち着きを取り戻した。

 

 デゼルは暗殺集団『獣の骨』を逃がしたことで酷く苛立っていたがそれ以上の動きは見せず、ロゼは挨拶もそこそこにデゼルと共に急いで駆けて行った。

 

 

 スレイがライラを、アリーシャがミクリオをそれぞれ背負い宿へと急ぐ。

 意識があればスレイの中へ入り休んでもらうことも可能だが、それが出来ない以上は背負って運ぶ他ない。

 

 宿についてすぐに5人が泊まれる大部屋を借りる。普段は男女別々の部屋を借りるのだが、今回は事情が少し違う。暗殺者が再び襲撃して来ないとも限らず、そうなればライラとミクリオが気絶している現状で人数を分けては対処が難しいとの判断だった。

 

 マーリンドの時と同様に見かけの人数に合わない部屋を借りるスレイとアリーシャに首を傾げる宿の主人だったが、急いでいるスレイ達の意を汲み早急に部屋を用意してくれた。

 

 早速2人をベッドに寝かせ、男女のベッドの間に衝立てを置いてからミクリオとアリーシャの手当てに取りかかる。

 

 手当てとは言ってもミクリオの場合は天族であるため、人間のそれとは少し違う。人間などの生物とは体の構造が異なるものの、物には触れることが出来るという性質から手当ては基本的に傷口の洗浄のみとなる。

 回復を阻害する恐れのある汚れなどの不純物を取り除けば、あとは自然回復に任せるかライフボトル等のアイテムを使うか、もしくは天響術を使う他はないのだ。

 

 お湯や手拭い、包帯や消毒薬などはアリーシャが怪我をしていることもあり、すんなりと借りることが出来た。

 

 そしてスレイはミクリオを手当てし終え冒頭に至る。

 

 

 

 衝立ての向こうでは鎧や上着を脱いだアリーシャとエドナが向かい合って座っている。

 エドナが手拭いをお湯に浸けて絞り、アリーシャの傷口付近の汚れを拭き取った後消毒液を湿らせた綿を当てていく。

 

「……っ」

「……痛い?」

「い、いえ……。これぐらい何とも――っ!?」

 

 笑顔を取り繕うアリーシャに対し、エドナが消毒液を直接振りかけた。途端に痛みで言葉を無くすアリーシャ。

 

「痛いなら素直に言えば良いのに」

「……申し訳ありません」

「アリーシャ大丈夫?今痛そうな声が聞こえたけど」

「大丈夫だ。心配しないでくれ」

 

 アリーシャの声にならない声を耳にしたスレイの心配する声に、アリーシャは明るく努める。

 

 傷を消毒し終わるとエドナは次に包帯を巻いていく。

 あまり手当てをしたことがないのか、それとも久しぶりなのか巻き方にぎこちなさが感じられるが、それと同時に普段よりも真剣に取り組んでいることが窺え、アリーシャにはそれが微笑ましくも感じた。

 

「ミボが起きたら傷跡が残らないように、すぐに天響術で綺麗に治してもらいなさい」

 

 アリーシャは苦笑する。

 

「エドナ様はミクリオ様に厳しいですね」

「当然でしょ。わたしのせっかくの忠告を無視したんだから。……真面目な話、今回は運が良かっただけでわたし達の誰かが、特にあなたとミボは死んでいてもおかしくなかったわ」

「……」

 

 エドナのいつになく真剣な眼差しに、アリーシャは返す言葉が見つけられない。

 

「あんな囲まれた状態で助かったのはあのロゼって子が偶然居合わせてて、偶然敵と渡り合えるぐらい強かったから。ミボだってそう。あのキツネが格下と侮っていたその隙を上手く突いたんだと思うわ。その上でザビーダに助けてもらったってところかしらね」

 

 エドナの指摘は正しい。

 完全に包囲され後手に回ってしまっていたあの状態ではアリーシャ1人で抜け出すことは到底不可能だった。

 暗殺者の何人かを倒すことが出来たとしてもそのあとはなぶり殺しにされるだけだっただろう。

 

 心苦しげな表情で聞いていたアリーシャだったが、想いが堰を切ったかのように唐突に深々と頭を下げた。

 

「……誠に、申し訳ありませんでした」

「え?」

 

 急に頭を下げられエドナはきょとんとしてしまう。

 

「今回の事件は私の不徳の致すところでした。牢から逃げ出した暗殺者が仲間を連れて近く報復に来るだろうことは容易に想像出来ていたはずなのに、私は以前とは違うと楽観視して十分な備えを怠りました。その結果私の命だけでなく、仲間の命までも危険に晒してしまいました。従士として本当に愚かな、恥ずべき行いです。弁解のしようもありません」

 

 それを聞いてエドナは片方の手を額に当て頭を抱える。

 今回の事はアリーシャ1人の責任ではなく、エドナ自身もアリーシャを責めたい訳でもなかった。だが真面目過ぎる目の前の彼女はそうは取らなかったようだった。

 エドナは間違いを正すべく口を開く。

 

「ち――」

「違う!!俺達の誰も、アリーシャをそんな風に、は……」

「「あ」」

 

 

 が、突如として衝立てを退けて会話に割って入るスレイ。だが言葉の途中で自分がやってしまった行動の意味を遅れて理解する。

 

 スレイの登場によって固まった女性2人。

 アリーシャは傷の手当てのために上着を全て脱いでおり、今は上半身下着のみだ。自身の今の姿に気づいたアリーシャはさっと顔を赤らめ、無言のまま静かに上着で前を隠す。

 

 だがスレイは今見た光景が衝撃的過ぎたのか動こうにも動けない。白磁のような綺麗な肌、意外にある胸、引き締まった腕や腰など、隠されてなお目に焼きついて離れてくれない。

 そのまま動けずにいるとスレイの下方から声がかかってきた。

 

「このスケベ。いつまでそうしてるつもり?」

 

 いつの間にかすぐそばまで近づいてきていたエドナだった。冷え冷えとしたその声と瞳には普段の無関心さとは別の呆れと軽蔑、そして怒りが入り混じっている。

 

「ごごめんっ!覗くつもりじゃなかったんだ!ただ会話が聞こえてそれで……!」

 

 顔を赤くしながらも正気に戻ったスレイは慌てて弁明するが、その間にもエドナは中空から傘を出現させ、いかにもこれで殴るかのような雰囲気を醸し出している。

 

「言い訳は良いからさっさと――」

「出ていく!今出ていくから!」

 

 そしてスレイはエドナの剣幕に押される形で急いで部屋を後にした。

 

 

「あ、ありがとうございます、エドナ様」

 

 包帯は巻き終わっているためアリーシャは服を着なおす。

 

「全く……。けど、わたしもスレイと同意見よ。あなた1人の責任だなんて誰も思ってないし、ましてあなたやミボが弱いからでもないわ」

「しかし……」

「しかしもですがも要らない。そういうの鬱陶しい。あなた1人で注意していれば防げるだなんて、驕るのもいい加減にしてちょうだい」

「も、申し訳ありません」

「謝れば済むと思ってるの?反省なさい」

「申し訳――あっ」

「謝ろうとしたわね?反省なさい」

「は、反省します……」

「そうよ、反省なさい。フフッ」

 

 笑い声が聞こえたため顔を上げるとそこには、いつもの人を弄っている時のエドナの楽しげな表情。

 これを見たアリーシャは自分がからかわれていることに気づき、安堵すると共につられて笑みが零れる。

 

「エドナ様は意地悪ですね」

「こんなのまだまだ序の口よ。反省し終わったなら次にどう活かすか考えましょ」

「はい!」

 

 自責の念で沈んでいた表情から一転、アリーシャは力強く答えるのだった。

 

 

 

「んぅ……」

 

 その時横になっているライラから声が漏れる。

アリーシャとエドナはそれに気づいた。

 

「ああ、エドナさん……そんな姿になってしまって……」

 

 どうやら夢を見ているらしく、感情を押し殺したような声で呟いている。

 

「……夢の中ではわたしはドラゴンにでもなってるのかしらね」

 

 自嘲気味に呟いたエドナに、今度は自分が元気づける番だとばかりに意気込み口を開きかけるアリーシャ。だが、そんな必要は皆無だった。

 

「山盛りパフェの食べ過ぎです……。子豚さんになっているではありませんか……うふふふっ……」

 

 自嘲的な笑みが一気に剥がれ落ちる。そしてアリーシャの口は閉じ、代わりに冷や汗が頬を伝う。

 

「……随分と楽しそうな夢を見てるじゃない。なら良い夢が見られるように、もっと深く眠らせてあげるわ」

「エ、エドナ様落ち着いて下さい!夢です!ただの夢ですから!」

「……ふあ?」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「ライラごめんっ!」

 

 呼び戻されたスレイは開口一番、ライラに深く頭を下げた。

 

 スレイが謝るのは他でもない、気絶しているライラに対して『真名』を行使したことだった。

 

 ライラが意識を失ってからの経緯はアリーシャとエドナが既に伝えてある。誰かが死にかねない危機的状況に陥っていたと聞かされたライラはスレイ達全員の容体を酷く心配していたが、全員無事だとわかるとほっと胸を撫で下ろした。

 

 スレイの謝罪にライラは微笑みながら首を横に振る。

 

「そのような状況では仕方のないことですわ。だからスレイさんも気にしないで下さい」

「でも……」

「わたくしはスレイさんが間違ったことをしたとは思いません。むしろこの場合は最善の方法だったと思いますわ」

 

 

 天族の真名には、それを知る導師からの強い強制力が働く。

 

 それはライラのように意識が無い、もしくは薄弱な者には何の抵抗も出来ずに実行させられる程効果が強く、しっかりと意識を保っている者でも真名を用いて命令されれば無視することが出来なくなる。

 そのため真名を知る者は基本的に本人か親や兄弟のような近しい者にのみに限定され、余程の事があったとしてもそうそう他者に話すことは無い。

 

 しかしながら裏を返せば、真名を教えられるということは親兄弟と同等に、真名を預けるに値すると評価されることに他ならない。

 

天族にとって真名とは、相手に寄せる信頼の証でもあるのだった。

 

 

 ちなみにスレイやアリーシャのような人間の真名にはある一部を除いて強制力が無い。導師の神依化や従士契約の際に用いられるのみだった。

 

 

「……わたくしもスレイさんに謝らなければならないことがあります。実はまだスレイさんに話していないことがあるのです。それは導師のなすべき使命とその宿敵、『災禍の顕主』についてです」

「導師の……宿敵!?」

 

 そしてライラは語り出す。

 

 導師の使命は浄化の力を操り穢れを鎮めることだが、それは使命の根幹ではない。

 導師の真の使命とは穢れを生み出す大本の存在、『災禍の顕主』を倒すことだと、ライラは言う。

 時代の流れの中で多くの憑魔が跋扈(ばっこ)する背景には必ず災禍の顕主が存在し、時に人間の世界でも暗躍しているのだとも。

 

「その災禍の顕主は今どこに?」

「……わかりません。ですがスレイさんには災禍の顕主を追う前に、どうしても今の世界の一端でもその足で歩き、その目で見て、世界を知って欲しかったのです。……スレイさんはこのような大事な事を今まで隠していたわたくしを軽蔑しますか?」

 

 ライラは真剣な眼差しでスレイに訴えかける。

 スレイは目を閉じてしばらく考え込んでいたが、やがて首を振って笑いかけた。

 

「軽蔑なんてしないし、ライラの言うことは最もだと思う。もしも俺が導師になってすぐにそんなこと言われたとしたら多分全然実感湧かなかったと思うし、旅をすることに対して消極的になってたかもしれない。ライラは今まで隠しててすごく辛かったと思うけど、そのお陰で災禍の顕主にも立ち向かえると思うんだ。だからありがとう、ライラ」

「スレイさん……。良かった……」

 

 ライラは緊張が解けたかのように肩の力を抜く。だがすぐに気を引き締めた。

 

「災禍の顕主について、もう1つお話ししなければならないことがあります。矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、実は災禍の顕主は今から約350年前に一度倒されているはずなのです」

 

 

 




 原作とは真名の設定が違います。ご注意下さい。


 内容には関係ありませんが、アリーシャが前を隠す箇所で「いそいそと」という言葉を使おうとしていました。
 ですが調べたところ、静かに急いでという意味ではなく、わくわくやうきうきといった表現に近いことを知りました。
 軽く驚いたと共に、いそいそとにしていたらアリーシャは隠したのに見られて喜ぶ変態さんなるところだったと思ってしまいました。


次話投稿は説明回を途中で切ったため1週間以内には出来ると思います。
 


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33.今後の方針

 何週間も遅くなってしまい本当に申し訳ありませんでした。

 今回は説明回となります。

 アルトリウスという名字が出ますがテイルズオブベルセリアとは何の関係もありません。

2017/8/19
 真名が強制力を持つという部分で導師→人間などに変更しました。


「倒されている……?だけど災禍の顕主が元凶なら、今の時代には憑魔は存在しないんじゃ?」

「わたくしも後から伝え聞いただけなので詳しくは知らないのです。ですが作戦(・・)は確かに実行され、多大な犠牲を払いながらも討つことに成功したと聞いていますわ」

「作戦って?」

 

 ライラは1呼吸の間をおいて静かに口を開く。

 

「導師13人とその従士、天族による大規模な災禍の顕主討伐作戦です」

「「!?」」

 

 息を呑むスレイとアリーシャ。エドナは知っていたようでただ黙って聞いている。

 

「導師が13人も!?」

「ライラ様、導師というのは1人ではないのですか?」

「いいえ。ここ300年を除いたいくつもの時代では導師が複数人いることは珍しくはありません。そして、その中でも350年前は突出して導師が多く現れたのです」

 

 導師となるには天族が認識出来ること、そして300年以上時を経た天族から御霊(オーブ)を与えられることが条件となる。

 条件自体が揃えば導師が複数現れることは自明の理であった。

 

「13人の導師は互いに協力することなく、それぞれ各地で浄化を行っていました。ですがある時、1人の導師が北の大陸に居るという災禍の顕主の討伐に端を発したのです。導師が13人もいる今こそ一致団結して災禍の顕主を倒し、後世を平和なものにしよう、と」

 

 ライラは続ける。

 

「導師の方々は国に召し抱えられた者や世間と確執があった者、束縛されたくない者など様々で、最初は耳を貸してもらうことすらありませんでしたわ。ですがあの方の、ミケル・アルトリウス様の地道な説得の結果、数年をかけて結託することが出来たのです」

「とても立派な方だったのですね」

 

 アリーシャの言葉にライラは嬉しそうに微笑む。

 

「はい。とてもお優しくて、心の真っ直ぐなお方でした。いつか人間と天族が共存する村や町を作りたいと、子供のような眼差しでいつも嬉しそうに口にしていましたわ。導師としての才能もスレイさんと同様に満ち溢れた方でした」

「それからライラの想い人でもあったのよね?」

 

 エドナが口を挟むとライラは耳を赤く染め上げ俯いてしまう。

 スレイやアリーシャはライラの普段あまり見せないような様子に微笑ましく思いながらも、スレイは意を決して尋ねる。

 

「それで、作戦はどうなったの?多大な犠牲が出たって言ってたけど……」

 

 紅潮していたライラが平静に戻っていくのがわかる。いや、平静を通り越して気持ちが暗く沈んでいくのが手に取るようにわかった。

 

「先程もお伝えした通り、災禍の顕主は討たれたと導師パワント様から直接お聞きしました。ですが戻られたのは数人の天族と、導師パワント様お1人だけでした」

「「…っ!?」」

 

 ライラが詳しく聞き出すと、災禍の顕主を目指していた導師パワント達はその最中に憑魔と魔物の大群に襲われたのだと言う。

 各人が散り散りになって対応する中、ミケルを含む導師数人とその天族だけがその大群を突破し更に前へと進んで行った。憑魔や魔物との激戦を繰り広げていたパワント達であったが、憑魔の力が急に弱まったとほぼ同時に離れた場所に光の柱が立ったのだ。

 災禍の顕主が討たれたと確信したパワントが勝利を喜んだのも束の間、光の柱の方角より突如現れた黒い奔流に飲み込まれ意識を失った。

 

 パワントが意識を取り戻した時には何故か元いた場所から遠く離れた場所で倒れておりすぐに戻ったものの、そこには苛烈な戦闘の痕跡と、(おびただ)しい人間と魔物の遺体、そして息があるため消滅していない何名かの天族のみだったと言う。

 

「遺体の中には導師の方々もいたそうですが、人数が合わなかったそうです。恐らくは導師パワント様と同様にどこかへ飛ばされてしまったのでしょう」

「ライラはその作戦には参加していなかったんだよね?」

「……はい。同行を願い出ましたがまだ100年を経ていない若輩でしたので、この時ばかりは頑なに拒否されてしまいました。あんなことになると知っていたなら無理矢理にでも付いていきましたのに……」

 

 ライラは心の底から悔恨を滲ませる。

 

「わたくしはミケル様がまだ生きていると信じ、あの人を探す旅に出ました。ですが見つからないまま、月日だけが無情にも過ぎていきました。……そうこうしている間に憑魔が力を取り戻し、恐らくは討たれたはずの災禍の顕主が復活したと知ったわたくしはレディレイクへと赴き、導師の出現をずっと待っていたのです」

 

 話の途中、ライラは一瞬だけ、僅かに目を伏せた。だがそれは誰にも気づかれることはなかった。

 

 

「過去にそのようなことがあったのですね……」

「導師の英雄譚はいくつも読んだことがあるけど、そんなの初めて知った。確かにこんな話、簡単に話せるものでもないよな。話してくれてありがとう、ライラ」

 

 ライラは微笑みだけ返し、アリーシャとスレイはこれまでの話に衝撃を受け難しい顔をして考え込む。

 

「……今の時代に俺以外にも導師がいる可能性は無いのかな?過去に導師がたくさん存在した時代があったなら、今の時代にだって他に導師がいるかも知れない。ライラはどう思う?」

「わたくしは正直なところ、スレイさん以外の導師がいる可能性は限りなく低いと思いますわ。導師の存在はスレイさんが思う以上に人々に大きな影響をもたらします。今日まで旅をした中で1度も他の導師の噂を耳にしたことがないので、いないと考えるべきでしょう。それに天族を認識出来る人間が御霊(オーブ)を持てば導師になれるとはいえ、この時代では特に厳しいと言わざるを得ませんわ」

 

 

 ライラが言うには現在は様々な悪条件が重なっているため導師が現れにくいのだ。

 

 まず大前提として天族を認識出来る程の適性、才能を持った人間が昔よりもかなり少ないのだと言う。

 また災禍の顕主討伐作戦に起因することであるが、200~300年以上の時を経た天族のほとんどが作戦に参加し亡くなったことで、昔に比べて天族自体の数も激減しているのだ。

 そして何よりも、多くの同胞を人間の作戦で亡くしたことで人間に対し強い不信感を抱く者が多くなり、結果天族は人里に寄り付かず、認識云々以前の状況となっているのだった。

 

 

 さらには御霊の特異性も導師の出現を阻害する一因となっている。

 

 御霊とは天族の体と造りがほぼ同等の、300年時を経た天族が生涯の中で1つだけ生成することの出来る意思を持たない霊的構造体である。天族を認識出来る者が持てばその者は導師となることが出来、また物に付与すればその属性の天響術を使用することが出来る道具と化す。

 

 それだけではない。天族の体と造りがほぼ同等ということはつまり、代用が利く(・・・・・)のだ。瀕死の重症を負ったとしても時間的、環境的余裕があれば1度だけ復活することが可能だった。

 また物に付与した場合、人間などに知られれば強制力を持ってしまう真名が刻まれてしまうことなどから、御霊を手放す天族はそうそういないのだった。

 

 

「天族にとって御霊とは、簡単には手放すことの出来ない命綱のようなものです。そしてそれを手放すということはそれ相応の覚悟と意味が込められているということになりますね」

「ライラはそんな大切なものを俺に……」

 

 スレイはそう言って神妙な面持ちで自身の胸に手を当てる。

 

「それだけの覚悟があると受け取ってもらえれば嬉しいですわ。覚悟という意味でならミクリオさんのお母様もそうなのでしょう。ミクリオさんのことを本当に大事に想っているのですね」

 

 そう言ってライラは優しげな視線を眠っているミクリオに向ける。

 

 ミクリオは幼少の頃から額のサークレットを身に着けている。それはつまりミューズがどれだけミクリオを大切に想っているかの表れでもあった。

 

「ちなみにですが御霊を応用すれば人間……というよりは導師が天族に転生することも可能ですわ。最も、確実にとは言えませんが……」

「へぇ~そうなんだ。導師が天族に生まれ変わるなんてあんまり想像出来ないけど、もし俺が天族になったらミクリオと何百年でも遺跡巡りしてそうだな」

「まあ」

「スレイらしいな」

 

 実感がまるで湧かないため軽く流すスレイに対し、ライラは口元に手を添えて笑みを浮かべ、アリーシャは同意するように頷き、エドナは無言ながら呆れた表情をする。

 

「でも、そうか。もし本当に災禍の顕主が復活してるなら今の俺達だけじゃ太刀打ち出来そうにないから何とかならないかと思ったんだけど、俺以外の導師は望めそうにない、か」

「そうなりますわね」

 

 真剣な表情に戻ったスレイの言葉にライラは同意する。

 と、そこでアリーシャから声がかかった。

 

「スレイ。災禍の顕主については勿論懸念すべき問題だが、とりあえずは今後の方針を決めないか?」

「今後の方針?」

「良いんじゃない?今回の事で色々反省点も見つかったみたいだし」

 

 アリーシャの言葉にエドナが後押しする。アリーシャはそれを嬉しく思いエドナへ顔を向けるも、何故かぷいっと顔を背けられてしまった。

 心当たりがないため疑問符を浮かべるアリーシャだが、気を取り直してスレイに向き直る。

 

「今回、私達は暗殺集団の思い通りに分断され、対処が後手に回ってしまった。そして憑魔が……いや、憑魔の力を十全に操る人間(・・・・・・・・・・・・)が敵となったことで、今までとは異なる戦いを強いられることになってしまった」

「……うん」

 

 スレイは自分の掌を見つめてアリーシャの言葉を噛み締める。

 

 今日まで憑魔や魔物と多く相対してきたスレイ達にとって、動物または植物寄りの姿をしたそれらは純粋な力は強いが本能に任せた直線的な攻撃が多く、対処の難しい相手ではなかった。

 だが今回は違った。相手は人殺しを生業とした暗殺者に、確かな剣の技術を身につけた騎士だったのだ。

 しかもその内暗殺者2人は憑魔の力を使いこなし、導師の力が覚醒したと勘違いしていたものの、騎士マルフォも憑魔の力を有していた。

 

 憑魔化し理性を失った人間と戦ったことはあれど、憑魔の力を使いこなした上で殺意を持って襲ってくる人間とはほぼ初めての戦闘であり対処し切れていない面もあった。

 

「そこでなのだが、ハイランド王国に戻ったら人に相対する心構えと技を身につけるためにも、私共々マルトラン師匠(せんせい)に稽古をつけてもらうというのはどうだろう?師匠は槍の名手だが剣の心得もある。きっとスレイの力になってくれるはずだ」

「俺の剣術は我流だし、稽古をつけてもらうのは良いかもしれない」

 

 スレイは同意する。

 イズチの里で何度もミクリオと手合せしていたとはいえ、師匠と呼べる存在がいない。

 

 一度剣を扱う者に自身の腕を見てもらうことは有益であるように思えた。

 

「あと、天族か従士になってくれる人間を探して仲間にしてみるのも良いんじゃない?仲間が増えれば不測の事態でも対応出来るようになるかもしれないし」

「仲間か……。確かにその方が心強いかもしれないな」

 

 エドナの提案を聞いたスレイが頷く。

 

「でしたらロゼさんをわたくし達の旅に誘うというのはどうでしょう?」

「え?ロゼを?」

「ロゼさんでしたら面識がありますし、何よりわたくし達天族の事情を知っていますわ」

「彼女の戦闘を真近で見ましたが、剣の腕前も相当なものでした」

「あの子商人なんでしょ?ならアイテムを買ったり、国を行き来する時も融通が利きそうよね」

 

 女性3人がロゼについて意見を出す中、スレイは1人難しい顔をする。

 

「けどロゼが仲間になってくれるとは思えないけどなぁ。俺から見てもセキレイの羽の商人として誇りを持ってるみたいだし、難しいんじゃないかな」

「……そういえばあの子、穢れは見えていたのにわたし達天族は見えてなかったわよね。普通そんなことってあり得るのかしら」

「ない……、と思いますわ。ですがわたくし達への接し方も演技には見えませんでしたし……。デゼルさんがセキレイの羽に同行している事もそうですが、何か事情があるのでしょうか?」

「待って、もしあの子が仲間になったらあのデゼル(まっくろくろすけ)も付いて来るの?ならわたしは反対よ。暗殺者だとしても、あんなに躊躇なく人を殺せる天族なんて絶対まともじゃないわ」

 

 エドナはデゼルの常軌を逸した行動を思い出し眉間に皺を寄せる。スレイやアリーシャも複雑な表情を浮かべた。

 

 以前の印象では無愛想ながらもセキレイの羽の者達を大切に想っていることが窺うことが出来た。

 だがそれに反して今回、獣の骨の暗殺者に対して苛烈なまでの憎悪の感情を見せ、実際に暗殺者の1人を惨殺した。何かしらの事情があるにしてもスレイ達にとってはデゼルの行動はあまりにも行き過ぎであるように映ったのだった。

 

 

「とりあえず仲間のことは今は置いておこう。実は俺も、今後のことで少し考えていたことがあるんだ。災禍の顕主やドラゴンのことにも気を配っていくとして、それと一緒にエリクシールについても調べていこうと思ってる」

 

 アリーシャやライラ、エドナはそれぞれ意外そうな顔をする。

 

「それは万能薬としてドラゴンを元に戻せるかもしれないから、だけではありませんわよね?」

 

 ライラの問いかけにスレイは頷く。

 

 騎士マルフォと戦っていた時のこと。マルフォは導師として覚醒したのは『あの方』からエリクシールをもらって使ったのだと口走っていた。

 

 だが実際は導師になったのではなく、最期は歪な憑魔となってザビーダに討たれた。

 もし文献に記されている通りの本物のエリクシールであるならば憑魔に変化するはずがなく、またその前に見た液体の偽エリクシールも穢れ特有の黒い靄は見えなかったため、穢れや憑魔に結びつく気がしなかった。

 

 そのため、スレイは導師として憑魔に変化するエリクシールを調べてみようと思ったのだった。

 

 

「まさか、スレイはそれを飲んだのか!?」

 

 話を聞いていたアリーシャが鬼気迫る顔でスレイに詰め寄る。

 

「飲む寸前だったんだけど、旅の人が助けてくれてさ」

「そうか……。良かった」

 

 偽エリクシールを飲んでないとわかりアリーシャは安堵する。

 

「そんなに不味いものなの?」

「はい。依存性が強く、飲んだ者は偽エリクシールを求めて止まなくなると聞きます。我がハイランド王国でも密かに出回っているようで、多数の貴族が手を出し、身を崩しています。取り締まろうとはしているのですがなかなか出処が掴めず……」

「恐ろしいですわね……」

 

 エドナの問いに答えたアリーシャの言葉を聞き、ライラは悲しそうな表情を浮かべる。

 

「『あの方』だとか、アリーシャやエドナが聞いた『実験』だとか気になることもあるし、災禍の顕主にも関係があると思うんだ。どうかな?」

「私は賛成だ。もしかしたら偽エリクシールの根絶にも繋がるかもしれない」

「穢れを祓うのは導師の務めです。わたくしも異存はありませんわ」

「まあ良いんじゃない?」

 

 アリーシャ、ライラ、エドナはそれぞれ頷いた。

 

 



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34.風の傭兵団

 前話の真名の強制力の部分を一部変更しました。


 他にもいくつかの事柄を話し合った後、夜が更けたこともあって就寝する流れとなった。

 

 念のため、暗殺者の襲来を危惧して武器はすぐ動けるよう手元近くに置いておき、その日は眠りに就いた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……ん……朝?」

「おはよう、ミクリオ」

 

 雨が上がり、顔を出した太陽の陽ざしに照らされてミクリオは目を覚ます。するとすぐに小さい頃から聞き慣れている声が耳に届いた。

目を向けると、スレイが服も装備も整った準備万端の状態でベッドに腰掛け笑いかけていた。

 

「……スレイ?」

「あれ、もしかして親友の顔忘れた?」

 

 どこか反応の鈍いミクリオに、スレイは悪戯っぽく笑う。

 

「……っ!ス、スレイ!他のみんなは!?誰か怪我は!?痛っ……!」

「全員無事だよ。怪我はアリーシャが軽傷で、一番重傷だったのがミクリオ自身。だから落ち着けって。とりあえずライフボトルでも飲んでさ」

「良かった……。ありがとうスレイ」

 

 昨日の事を思い出したミクリオは捲し立てるが、スレイの言葉を聞いて安堵の息を漏らす。そして手渡されたライフボトルを受取り一気にあおった。

 

 

 

 飲み終わったことを確認したスレイは、昨日の事の顛末と宿に着いた後の話し合いの内容を順を追って説明した。

 

 

 その中で、ザビーダという天族がミクリオを助け、またスレイ達の所まで送り届けたことに驚いていたが自身が生きている理由に納得していた。

 

 

 また御霊(オーブ)の特異性と、人間もしくは物に付与することへの重要性と真名を知られる危険性について聞いたミクリオは、神妙な顔つきでそっと額のサークレットに触れた。

 

 ミクリオは以前、ライラにサークレットを見せたことがある。

 その時は深く考えずにした行動だったのだが、それが如何に危険を孕んだ行動であったかを知り、自身の軽々しさを反省した。

 

 ライラであったから良かったものの、もしもサークレットが悪意のある者の手に渡れば悪用されていたかもしれない。

 また今では天族もしくはスレイのように勉強した者以外は殆ど読むことの出来ない古代語であるが、仮に真名を理解出来る他の人間の手に渡った場合ミューズに危険が及ぶ可能性もあった。

 ミクリオはこのサークレットを一層大事にしていくと誓うと共に、大切なそれを幼い頃から預けてくれていた母に感謝するのだった。

 

「でもミクリオが大丈夫そうでホント良かったよ」

「心配かけたみたいだね」

 

 気が抜けたように笑うスレイにつられるようにしてミクリオも笑みを返す。

 

 

 そうこうしている内にアリーシャ達も目を覚まし、ミクリオが無事だと知って安堵していた。

 そしてミクリオはエドナの宣言通り、早々に申し訳なさそうにするアリーシャの傷を天響術で治療させられ、更にはエドナから恨みがましい小言を延々と聞かされる羽目となった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 宿を出たスレイ達昨日約束した通り、町長の元へと向かった。

 

 到着した町長宅にはロゼとエギーユともう1人、風の天族デゼルが既に来てスレイ達を待っていた。デゼルは昨日の激高した様子が嘘であったかのように普段と変わらない無口さで佇んでいる。

 ロゼはスレイとアリーシャを認めると気軽に手を振って挨拶をした。

 浄化による反動で気を失っていたエギーユも既に回復したため、セキレイの羽の団長としてロゼに同伴したのだった。

 

 そしてスレイとアリーシャは町長に事の次第を説明した。

 

 

 

 はじめは天族や穢れの事を伏せ、自分達が魔物化した人達を元に戻す術を知っているため鎮圧に乗り出したというように話を進めていたのだが途中、ロゼに遮られた。

 

 ロゼはこの町長は信用出来る人物だと前置きした上で商人は嘘や詐欺には特に敏感なこと、そのため荒唐無稽でも素直に話した方が良いこと、そして現状で導師スレイの町での評価があまり(かんば)しくないことを告げた。

 

 

 その理由としてこの町に導師が来ていることはある程度周知であり、その翌日の大市場で狙ったかのように魔物化が大量発生したことだ。そのため導師が町に災いを引き入れたのではないかと噂されているのだ。

 

 またスレイやアリーシャの周辺で不可解な自然現象を目撃している者も多数いるため、導師は見えない魔物を引き連れているのではないかという憶測が飛び交い、更には導師が炎を操って撒き散らし被害を拡大させたとの情報まで流れているため、魔物化鎮圧のために奮闘していたことを差し引いてもあまり良い印象は持たれていなかった。

 

 

 しばらく悩んだ末、スレイは天族や穢れの事も含めて話すことにした。

 町長バジルは天族などの存在をにわかに信じることが出来ず唸っていたが、ロゼやエギーユの話と照合して、スレイの話が事実であると受け取ったようだった。

 

 

 説明を終えたところで、バジルからは改めて町を窮地を救ったことに対する感謝の言葉と共にアイテムや礼金が贈られた。

 

 そして以降の町の滞在も自由にして構わないという言葉をもらったものの、住民が導師に対して不安を抱いているため目立つ行動は控えて欲しいと言い含められた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 町長宅を出るとエギーユがスレイに話しかけてきた。

 

「スレイ殿。このあと何か予定はあるか?」

「えっと、殿はやめてくれませんか?なんかエギーユさんに言われると居心地が悪い感じで……」

「ならスレイと呼ばせてもらうか。それでどうだ?」

「予定っていうか、これからルーカスに会いに行こうと思ってます。多分、昨日の事で誤解したままだと思うから」

「ほう」

 

 エギーユはスレイを感心したという風に見つめる。

 

「丁度良い。実はその事でスレイを誘おうと思っていたんだ。あれはタイミングが悪かったとはいえ、俺にも責任の一端はある。一緒に行っても構わないか?」

「…!是非お願いします!」

 

 エギーユはルーカスと知り合いであるらしく、また今しがた町長への説明を近くで聞いていたこともあり、『浄化』についても理解している。

 

 スレイは快く受け入れることにした。

 

 

 

 商人と傭兵の町リスウェルは大きく3つの区画に分けられる。

 

 商人と彼らに関連した倉庫などがある区画。傭兵が暮らし、練兵場や酒場などがある区画。そして今回大市場が開かれ、また騒動の中心となった町の5分の1を占める広場の区画だ。

 この広場の区画は通常、ハイランド王国やローランス帝国からの荷物の積み下ろしや仮置き等に使われ、また3ヶ月に1度は大市場の会場として使用されていた。

 

 

 エギーユがスレイ達を連れ立って向かったのは傭兵の暮らす区画にある酒場の1つだった。

 入ろうと扉に近づいたところで、逆に中から人が出てきた。男性はエギーユ達の姿を認めて目を丸くする。

 

「エギーユの兄貴に、お譲……?ここに来るなんて珍しい……って、導師!!?」

 

 そしてそのままスレイへと目を向けた彼は目を剥いて驚く。

 

「ルーカスは居るな?少し話をしに来たんだが」

「い、居ますけど……今はちょっと機嫌悪いんでまたにした方が……」

「安心しな。悪いようにはならないさ」

 

 言葉を濁す男性を安心させるように肩を叩き、エギーユは店内へと入って行った。スレイ達もそれに続く。

 

「へぇ~、人がたくさんいてすごく賑やかだ」

「どうやらここは食事処でもあるみたいだね」

「かなり繁盛してるようですわね~」

「でもちょっと煙草くさい」

「そうですね」

 

 スレイは興味津々で周囲を見回し、ミクリオは珍しそうに酒や食べ物に注目している。

 ライラは活気のある店内の雰囲気に楽しげにし、エドナはそこかしこからの煙草の臭いに鼻を摘まんで顔をしかめ、そんなエドナに同調するようにアリーシャは困ったように小さく笑みを浮かべた。

 

 そんな風に眺めながらエギーユの後ろを歩いていると、とうとう目当ての人物を見つけた。

 ルーカスは1人で席に座って酒を飲んでおり、まだ日中だというのに既に瓶を3本空けていた。ルーカスの対面には飲みかけの酒や食器があることから先程の男性と一緒に飲んでいたのだと窺えた。

 

「ようルーカス。昨日は世話になったな」

「あ?エギーユ?げっ……」

 

 気さくに話しかけたエギーユにルーカスは小さく驚き、そしてスレイを見ると如何にも顔を合わせたくなかったとばかりに不機嫌そうに顔を背ける。

 

「何しに来たんだよ。導師まで連れて来やがって……」

「大したことじゃない。俺達と導師との間にちょっとした行き違いがあっただろう?それを解消しに来たんだ。ロゼ、悪いが少し殿下達と席を外してくれ」

「んー、わかった。じゃあアリーシャ様に天族様、あっちの奥の席に行きましょう。あそこなら周りに注目される心配もないし。特別にセキレイの羽(うち)が奢りますよ!」

「え?いやしかし……」

 

 

 エギーユに促されたロゼがアリーシャの背中を押して移動していく。認識されなくても盗み聞きは良くないだろうと判断したデゼルを含めた天族4人も2人のあとについて行った。

 

 席に着いたスレイとエギーユは注文を終え、いまだに気乗りでないルーカスに話し始めた。

 

 

 

「『浄化』は魔物化した奴を元に戻すことで、撒き散らしていた火は魔物だけに効く特殊な火だと……?」

「ああ、どうもそうらしい。どういう原理かは見当もつかないが、実際俺や周りの建物は焼け跡1つ無かっただろう?」

「確かにあれだけ派手に焼かれて無傷なのは不思議に思っていたが……」

 

 ルーカスが考え込むように唸る。

 

「ちゃんと説明しなくてごめん。急いでいてももう少しやりようはあった筈なのに……」

「あーいや……。そのなんだ、俺も色々ありすぎてまともに聞ける状態じゃなかったからな。はずみでジジイの技(蒼破刃)まで使っちまったし」

 

 頭を下げるスレイに対してルーカスはばつが悪そうに、また照れ臭そうに頬を掻く。

 

「何照れてんだ。気持ち悪いな」

「う、うるせぇ!」

 

 ルーカスは恥ずかしさを隠すように注がれている酒を一気に飲み干す。

 

「悪かったなスレイ。誤解していたとはいえ嫌な態度を取ったことは謝る。まあそこでだ、詫びと言っちゃあなんだがお前の剣術を少し見てやるよ。それとついでだ、俺の技も教えてやるよ。気になるだろ?」

「それってあの飛ぶ青い斬撃のこと!?」

「おう、それだ」

 

 ルーカスはニヤリと笑い、スレイは目を輝かせる。

 飛ぶ斬撃を覚えれば剣では届かない空中の敵を攻撃することが出来る。断る理由はなかった。

 

 ルーカスは目で、別に構わないよな?というようにエギーユに確認を取る。エギーユは好きにしろと言わんばかりに肩を竦めて見せた。

 

 2人のやり取りを見ていたスレイは先程から思っていたことを口にした。

 

「少し気になってたんだけど、2人は結構長い付き合い?」

「ん?まあな。俺達は元々同じ傭兵団にいた仲でな、もう20年近くになるか?」

「そんなところだな。『風の傭兵団』と言って昔は結構名の知れた傭兵団があったんだが、ある大仕事で罠に嵌められてな、壊滅しちまったんだ。生き残った仲間の内、俺やロッシュ、そして小さいロゼ達は足を洗って団長が生前やりたがってた遺志を継いで商人に。ルーカスは団長が培ってきた傭兵の技術を腐らせたくないと言って『木立の傭兵団』を立ち上げたって訳だ」

「そうだったんだ……」

 

 スレイはこれを聞いて納得する。

 今まで特に気にしていなかったが、思い返せば道中魔物に襲われる危険性がある旅商売をしているのに傭兵を連れていなかったり、魔物をそれほど恐れていなかったりと、どこか商人らしくない芯の強さを覚えていた。

 

「あのローランスの皇子さえいなければ今頃は――」

「その辺で止めとけルーカス。少し酔ったんじゃないか?」

「ああ、そうかもな。くそっ……」

 

 愚痴を零し始めたルーカスをエギーユが抑える。

 なんとなく気まずくなった場の雰囲気を壊すようにロゼが割って入ってきた。

 

「ねえねえ、もう話は終わった?」

「ああ、今終わったところだ」

「じゃあさ、スレイにちょーっとだけお願いがあるんだけど良い?」

「何?」

 

 ロゼは期待に目を輝かせながら、周りには聞かれないようスレイに小声で話す。

 

「お願い!スレイの力で天族様と話をさせて!」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ルーカスと別れた後、人目の無い場所へと移した。

 

 どうやらロゼはアリーシャからスレイを介せば見えなくても天族の声を聞くことが出来ると聞いたようで、何とかデゼルと話せないかと思っていた。だが、

 

「断る」

 

 デゼルは頑としてそれを拒否した。理由を聞いても答えず、かといって興味がない訳ではないようで静かに事の成り行きを見守っていた。

 

「デゼル様と話してみたかったんだけどなー。どうしても駄目だって?」

「……そうみたい」

「そっか~、残念」

「俺も直接礼を言いたかったんだが、本人が嫌なら仕方ないか」

 

 スレイが再度デゼルに目を向けて尋ねるも即座に拒否が返ってくる。ロゼやエギーユは残念がったがどうしようもなかった。

 

「ではわたくしが話をするということで良いのでしょうか?」

「悪いけどお願い」

「わたくしは構いませんわ」

 

 困り顔のスレイに対してライラは微笑みかける。

 いくらか気分の落ちたロゼとエギーユも、これから話す相手がレディレイクの伝承で有名な『湖の乙女』だとわかると緊張で姿勢を正した。

 

 スレイがライラとロゼ、エギーユに手を差し出す。互いにその手を握った。

 

「初めましてロゼさん、エギーユさん。わたくしが湖の乙女、ライラと言います。いつもスレイさんがお世話になっていますわ」

「お世話になってるって言われたらそうかもしれないけど、今言うこと?」

「うふふふ」

「ほう、流石は湖の乙女。鈴を転がしたような澄んだ良い声だ」

「まあ!そう言ってもらえると嬉しいですわ」

 

 冗談程度に恨みがましい目を向けるスレイにライラはころころと笑い、ライラの声を聞いて感嘆の言葉を漏らしたエギーユに対しては満更でもない風に喜んでいた。

 

 

 だがロゼの反応がないことに全員が訝しんでいると、突然ロゼが膝から崩れ落ちた。

 

「ロ、ロゼ!?」

「ロゼさん!?」

「え…何、これ……。あ、頭が…すごく重い……」

 

 スレイとライラが叫ぶ。ロゼは大粒の汗を浮かべて息を乱し、異変に耐えるように手で頭を押さえていた。

 

「い、一体どうしたのでしょう……?」

 

 既に手を離したライラが予想外の事態におろおろとし、見守っていたアリーシャ達も心配そうに駆け寄ってくる。

 

 そんな中、デゼルだけはロゼを見つめたままその場から動こうとはしない。

 

「……あるいはと思ったが、やはりまだ駄目か」

 

 デゼルの発したこの独り言は、誰にも聞かれることはなかった。

 

 



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35.束の間、そして開戦

 周りが心配する中しばらく頭を抱えていたロゼだったが、徐々に症状が和らいだのかフラつきながらも立ち上がった。気を抜けば転んでしまいそうなロゼの肩をアリーシャが支えて休める場所へと連れて行く。

 

 そんな2人の後ろ姿を心配そうに見つめながら、スレイはライラに尋ねた。

 

「ロゼ、大丈夫かな……?ライラ、天族の声を聞かせることに副作用とかは……?」

「いいえ、そのようなものはありませんわ。現にアリーシャさんやエギーユさんは何ともありませんし」

「だよな。だけどそうなると、ロゼ自身に何か原因があるのか」

「……これは推測ですが、先日の穢れを認識していた件も踏まえると、もしかしたらロゼさんは元々スレイさんと同じように天族を認識することが出来ていたのではないでしょうか」

「だけど僕達に対して何も反応を示していなかったようだけど?」

「うーん……。天族を認識することに対して何らかの拒絶反応を起こしているのかもしれませんわね」

 

 そう話すライラだが、自信がなさそうに眉をひそめていた。

 

 

 エギーユに確かめたところ、ロゼは風の傭兵団が壊滅させられた直後から一部記憶に齟齬(そご)が生じるようになったのだと言う。

 そもそも実は最初にデゼルを発見したのがロゼであり、当時の風の傭兵団の中で最初にロゼの言葉を信じ、またデゼルの存在を認めたのが団長ブラドであった。

 初めは団員の誰もがデゼルの存在を信じていなかったのだが、ロゼが小さなつむじ風に支えられて遊んでいたり、団員の危機を不思議な風が防いだことが立て続けに起きたことで徐々に信じる者が増え、そのお礼として食事を供えたことが切っ掛けでデゼルは『風の守護神』として受け入れられるようになったのだった。

 

 エギーユ曰く、当時幼いロゼが宙に浮かんでキャッキャとはしゃぐ姿を見た時は「肝が冷えた」そうだ。

 

 そんな一風変わった生活が続いていたがある日、風の傭兵団は罠にかかり壊滅した。

 その後ロゼはデゼルを認識できなくなった上、デゼルに関連する過去の記憶だけが曖昧になったのだと言う。

 

 現在ロゼの知っているデゼル(風の守護神)はそれ以後の記憶であり、デゼルとセキレイの羽はこの微妙な関係をこれまで続けてきたのだった。

 

 

「実はロゼにはこの事を話してないんだ。悪いがこのまま黙っておいてくれ」

「教えてあげないんですか?」

「まあなんだ、ロゼには余計な不安を抱えて生きて欲しくないってところだろうな。団長達が死んだあの時の記憶があやふやなら、その方が良い。風の守護神様には申し訳ないと思っているがな」

「俺は気にしていない」

 

 スレイとエギーユが話す中、会話を側で静かに聞いていたデゼルが独り言のように呟いた。

 

「……本人は気にしてないみたいです」

 

 それを聞いたエギーユは少しだけ表情を緩めるのだった。

 

 

 

「心配掛けちゃったみたいでごめんね。なんか急に(なまり)でも詰め込まれたみたいに頭が重くなってさー」

 

 回復したロゼはスレイ達に謝り、そしてもう1度挑戦しようとしたがエギーユに止められ、今日のところはこれでお開きとなった。

 

 だが宿へと戻る間際。

 

「そういえばスレイやアリーシャ様ってどこで宿泊してるの?……ん?て言うか天族様って夜どうしてるの?宙に浮いてるの?」

 

 スレイが苦笑する。

 

「俺の体の中で休むこともあるけど、基本的に俺やアリーシャと同じようにベッドで寝てるよ。大通り近くの宿で大人数用の部屋を借りてるんだ」

「何それ!?周りから見ても不自然だし、何よりお金が勿体ないじゃん!だったらウチに来なよ。町にいる間使ってる家があるから、そこで寝泊まりすれば良いよ」

「ま、家と言うよりは半分倉庫みたいなものだがな」

 

 一階に買い付けした商品などを保存貯蔵し、二階は簡易的なベッドや椅子を備え付けたいかにも行商人らしい建物だ。

 

 スレイは暗殺者が襲撃してくる可能性についても話したが、エギーユは態勢が万全でない騒動直後の夜に来なかったのなら当面は問題ないだろうとのことだった。

 またデゼルが言うには、夜中は普段から風の特性を使って周囲を警戒しているため、何かあればすぐわかるそうだ。もっとも、デゼル自身は『導師』という心配の種を受け入れること自体にやや否定的ではあったが。

 

 スレイ達は相談した上でこの町での導師の評判があまり良くないことなども考慮に入れて、町に滞在する数日の間だけ泊めてもらうということでロゼの厚意に甘えることにした。

 

 ただし、無料(タダ)でとはならなかった。

ロゼはセキレイの羽の仕事を少しで良いから手伝うという、ちょっとした条件を後から付け加えたのだ。

 

 まるで意地の悪い猫のようにいやらしく笑うロゼの頭にエギーユの拳骨が落ちるのは、その直後のことであった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 次の日の朝。セキレイの羽の拠点、もとい家で目を覚ましたスレイとアリーシャは、早速ロゼに呼び止められセキレイの羽の制服を手渡された。

 スレイとアリーシャが着替えに行っている間、セキレイの羽の面々は集まり着替え終えるのを待っていた。

 

「今更だが客人として扱っても良かったんじゃないか?たった数日間だけだろう?」

 

 団員の1人であるロッシュが思ったことを口にする。

 

「いやまあそうなんだけどさ~。スレイって年齢の割にちょっと世間知らずっぽいし、経験させるのに丁度良いかな~と思って。それにほら、『セキレイの羽の家訓第一条、働かざる者食うべからず!』だし?」

「でもハイランドのお姫様まで働かせるのはちょっとまずくない?」

「下手したら僕ら、ハイランド王国から罪に問われたりして」

「い、いや~『スレイが働くなら私も!』って押し切られちゃって……。やっぱまずいかな?」

「ま、どうにもならなかったらロゼ1人に押し付けるさ。『こいつが(そそのか)しました』ってな」

「ちょっ!?エギーユ、それ酷くない!?」

 

 答えたロゼにフィルとトルメが口を挟み、エギーユが悪乗りする。そうして焦るロゼをからかうのだった。

 

 

 程なくしてスレイとアリーシャが戻ってきた。天族達も一緒だ。

 

「私はあまりこういう服を着たことが無いのだがどうだろう、似合うだろうか?」

 

 そう言って立つのはトルメやフィル、ロッシュが着ている標準的なセキレイの羽の制服を着たアリーシャだ。青いベストに長袖のシャツとズボンという作業向きの格好に、何故か眼鏡まで着用していた。似合うからと言ってロゼが押し付けた伊達眼鏡だ。

 

「ほお」

「似合ってますよアリーシャ様!」

「そ、そうか?」

 

 普段とは違う装いに戸惑うアリーシャ。落ち着かないのか、それとも恥ずかしいからか手が所在なさげに眼鏡へと伸びる。

 

「もうバッチリです。まるでウチに有能な秘書がやって来たかのようですよ。という訳で、どうです?なんならこのままウチに就職しません?今ならお給料に色もつけますよ?」

「いやいや、その人お姫様だって」

「ロゼって基本ブレないよね」

 

 どこかの山吹色の菓子を贈る悪徳商人よろしく笑いを浮かべるロゼと、そんなロゼを既に見慣れている兄妹。

 ちなみに賃金を決めるのはエギーユであり、ロゼはその立場にはいない。

 

「申し出は有難いのだが、私にはハイランドの王女という立場と騎士という役職が既にある。行商というものに興味がない訳ではないのだが、済まないが遠慮させてもらおう」

「あはは、冗談ですよ冗談っ。言ったみただけですから気にしないで下さい。じゃあ次、スレイは……」

「へへー。どう?似合う?」

 

 話を移したロゼに、スレイは子供さながらに腕を広げて見せて返答を待つ。だがロゼの答えは。

 

「う~ん……。微妙」

「服を着ているというより着せられてる感じだね」

 

 ロゼと、そしてミクリオがそれぞれ言った。

 

「うっせー」

「ん?何か言った?」

「あ、いや何も」

 

 思わず文句が口を衝いて出たスレイだが、ロゼに勘違いされないよう慌てて惚ける。そんな様子に笑いを堪える親友を無言で睨みつけた。

 

「それにしてもスレイはホント似合ってないよね。何でだろ?」

「ふむ……。童顔の割に体つきがしっかりしているせいかもしれないな。肩や首回りは苦しくないか?」

「あ、はい。平気です」

 

 スレイはロッシュに尋ねられ意識を戻した。

 

 

 

 2人のお披露目も終わったところで仕事の話に移った。

 

アリーシャはロッシュの後について現在抱えている在庫の確認や整理整頓などを手伝うこととなった。

 スレイはロゼ達がキャラバンでハイランド王国を巡った際に預かった住民宛ての手紙や小包み等を配達する仕事を任されることとなった。

 

 

 道中に魔物や動物に襲われる危険のあるこの世界では遠い村や町への伝達手段はそれほど多くはない。

そのためセキレイの羽のような商人に手紙等を託すことはままあったのだ。

 

 

「はいこれ!無くさないでね。それから地図はこれ。印はつけてあるから」

「わかった」

「今度は迷うなよ?」

「わかってるって!」

 

 手紙やら小包やらを手渡すロゼはからかいながら見送った。

 スレイが出て行ったあと、コーヒーの入ったカップと紙をそれぞれ持ちながらエギーユがロゼに近づいてくる。

 

「ロゼ、次に売る商品のリストだ。買い付けておいてくれ。値切り交渉は任せた」

「りょーかーい」

「……スレイは上手くやれるかねぇ?」

「今の時間は人通りも多くないし、大丈夫でしょ」

「そうじゃない。この町じゃ噂はすぐ広まっちまう。人相が知られている上に、ご丁寧に耳に羽飾りなんて目立つ物を着けたままじゃ、自分から導師だって宣伝してるようなもんだ。何かしら言われて心が折れなきゃ良いんだがな」

「まあなんとかなるでしょ」

「適当だなぁ」

「いやそうでもないって。町のみんなはスレイがどんな人間かよく知らないから、困惑してるだけなんだと思う。だから実際に話してみれば、きっとスレイの誤解も解けるんじゃないかな。ほら、『百聞は一見に如かず』って言うし、ね?」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 拠点を出たスレイは地図に示された1番近い場所へと向けて歩き出す。手紙や小包は多いため重量は相当なものであるがスレイにとっては苦にもならない。

 

 通りには人がまばらに行き交っているのだが、彼らの殆どはスレイを見ては驚き、ジロジロと凝視しながらも避けるようにして通り過ぎて行く。

 悪い噂が立っていると知っているため何も言わないスレイではあるが、容赦のない不快な視線にいたたまれない気持ちになる。

 

「待ちなさいスレイ」

 

 するとそこへ、歩く後ろから声がかかる。傘を広げて歩み寄る少女の姿をした天族、エドナだ。

 

「わたしも一緒に行くわ」

「え?」

「ただの暇潰しよ。迷子になられても面倒だし、また敵が襲って来ないとも限らないし。優しいわたしに感謝なさい」

 

 スレイの手から地図をサッと取り上げると数歩先を進んで振り向き、したり顔で挑発する。緑色のリボンが猫の尾のようにふわりと舞って揺れている。

 

「ありがとう、エドナ!」

「……ハァ。ミボなら面白いくらいに釣られるのに、スレイだとやりにくいわ。それと、ミボとライラは来ないわよ。ミボは倉庫にある物に興味津々って感じだし、ライラはカモミールやローズマリーのハーブを見つけてはしゃいでいたわ」

 

 並んで歩き出し挑発の意を介さず素直に笑顔を向けるスレイに対し、諦めたように溜息を漏らしたエドナはどこか照れ臭そうに顔をしかめるのだった。

 

 

 

 エドナの道案内の下、特に道に迷うこともなく順調に配達していった。

 だがやはりと言うべきか、受取りの際にスレイが導師であると気づき、貼り付けたような作り笑いを浮かべる者、必要以上に怯える者、罵声を浴びせる者など様々だった。

 

 しかしながら、応対した人々の中には違う態度を取る者もいた。

 

「甘酸っぱくて美味しいわ。次は梨か葡萄辺りが食べたいわね」

「全部は食べないでよ?アリーシャ達の分もあるんだから」

「失礼ね。そこまで食べないわよ」

 

 配達を終えて戻る道中のこと。

 艶のある真っ赤な林檎にかじりついて食べるエドナに、スレイは苦笑する。

 

 この林檎はある家に配達しに行った際に貰ったものだ。

 相手はスレイを噂の導師だと気づいたものの邪険な態度は取らず、むしろスレイの人となりを確認するかのように話しかけてきた。

 そしてある程度言葉を交わした後で「町を守ってくれてありがとう」と言いながら半ば押しつけるように渡して来たのだった。

 

 これはこの一軒だけではなく何軒もあった。

 そのため、今やスレイの腕には手紙や小包の代わりに大根や南瓜といった野菜や林檎や梨、葡萄といった果物などを大量に抱えることとなった。

 スレイ1人では抱えきれず、エドナにも持ってもらっている程であった。

 

「良かったわね。思っていた程嫌われてなくて」

「……うん」

 

 スレイは少しだけ嬉しそうに頷く。

 

 

 町を守ろうとした行動の結果として避けられ怯えられるであろうことはロゼの噂話を聞いた時から覚悟していた。しかしながら実際に目の前でその現状を突き付けられると、覚悟していた筈なのに胸が締め付けられ、酷く悲しくなった。

 

 だがそんな人達ばかりでは無かった。少数ながら肯定的に見てくれる人がいたことでスレイは少しだけ救われた気がしたのだった。

 

 エドナはそんなスレイの様子をジッと見つめていた。

 

 

「……でも、やっぱり人間は勝手よね。助けてもらったのに平穏な普段の日常に戻ったら腫れ物を扱うようにして、勝手に恐れて、勝手に決め付けて。中にはそうじゃない人間もいるけれど……本当に馬鹿みたい」

 

 そう話すエドナの顔には何の表情も浮かんで来ない。否、無表情に徹することで感情を抑えているようにも見える。

 

「……俺は…少しだけわかる気がする」

「え?」

「きっと怖いとか恐ろしいって気持ちが強すぎて、どうしようもないんだと思う。そのせいで人の良さ…みたいなものが隠れてしまってるだけなんだと思う」

「……」

 

 エドナは懐疑的な目を向けるが何も言わない。

 

「俺が動けなかったせいで死んだあの人は、俺が導師になったことで自分はなれなくて、酷く俺を憎んでた」

「本来ならお祭りで導師の称号を得られる筈だったのよね?でもどっちにしろ本物の導師じゃなかったんだし、仕方ないんじゃない?」

「そうじゃないんだ。あの人があそこまで俺を憎んでるなんて、知らなかった。天遺見聞録を読んでから憧れていた導師になれたことが嬉しくて嬉しくて、他の誰かのことなんて考えもしなかったんだ」

 

 スレイは歩みを止め項垂れる。

 

「浄化しようとしたあの時、自分がどれだけ心の底から恨まれてるか、憎まれてるかを知って、無性に怖かった。早く浄化しないといけないのに、少しも動けなかったんだ」

 

 スレイはこれまで生きてきた中でジイジや他の天族に怒られたり叱られることはあっても、恨まれたり憎まれるといったこととは全くの無縁だった。

 そのためマルフォから向けられた明確な悪意に初めて晒され、恐怖したのだった。

 

「この町の人達も多分同じで、俺のことが怖くてどうしようもないんだと思う。それも当然だよな。神依(カムイ)の力は普通じゃ有り得ない程強いし、俺のことなんてよく知らないだろうしさ。だから「馬鹿みたい」とか簡単に切り捨てないで欲しい、かな?」

「なんで疑問形?」

「なんて言うか、押しつけがましかったかなって思って」

「そうね。……でもまあ、一応心に留めておくわ」

 

 スレイの微妙な態度に白けるものの、エドナはそう口にした。

 

 

「……スレイは、導師をやめたくなった?」

 

 あれからしばらく無言で歩いていた2人だったが、突然エドナがそう切り出した。それを聞いてスレイは首を横に振る。

 

「俺はやめないよ。て言うか、そう簡単にやめられるものでもないと思うけど。俺はもう、自分の恐怖に負けて誰かを見殺しにするようなことはしたくない。導師として、その称号に見合うようにもっとしっかりしていきたい」

「ふーん…そう。導師として、ね。でもスレイが思うほど導師は清廉潔白な英雄でもないと思うけど」

「と言うと?」

「ライラが言ってたでしょ、昔は13人も導師が居たって。どこかの困っている民衆を救ったなんて英雄らしい話もあれば、権力と称号を笠に着てやりたい放題していたなんて悪い話も沢山あったのよ」

「そう、なんだ」

 

 ずっと導師というものに憧れを抱いていたスレイは少なからず衝撃を受ける。

 

「でもまあ、スレイが思うような導師になれば良いんじゃない?スレイは変な奴だけど、悪い事をする人間じゃないんだし」

「……うん。ありがとう、エドナ」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 セキレイの羽の拠点に場所を移してからの数日間は、忙しくもあっという間に過ぎていった。

 

 

 潜伏していたであろう憑魔は、町の組織力による捜索の協力もあって速やかに浄化することが出来、浄化は完了したとの結論に至った。

 

 約束していたルーカスとの鍛練も順調に進んでいた。

 自己流ではあるものの殆ど型が出来ているスレイの剣術は今から矯正するには時間がかかり過ぎる上、まかり間違えば逆に弱くなってしまう可能性があった。

 そのためルーカスをはじめとした木立の傭兵団と実戦形式で戦いながらその都度調整を繰り返した。

 

 また『蒼破刃』は普通であれば年単位の修行が必要なためルーカスはとりあえず技の概要と基礎だけを教える予定であったのだが、魔力(マナ)に似た霊力を普段から扱っているスレイは僅か1日足らずで習得してしまった。

 これにはルーカスも教えがいがないと驚きを通り越して呆れ果ててしまった。

 

 

 情報もいくつか集まっていた。

 行動の指針としてエリクシールを追うと決めてそれにまつわる逸話や伝承を探したが、以前ロゼが話していた以上の情報は見つからなかった。

 だが偽エリクシールの件は先日スレイを騙して捕まった商人に問い質すと、ローランス帝国の首都ペンドラゴで偶然知り合った男性に貰ったもので、上手く売り捌けたなら次から継続的に融通すると言われたという情報を得た。

 

 それから、『穢れ』を運んでいた荷物の発送元が判明した。

 発送元はペンドラゴにある教会神殿で、職人の街ラストンベルやその他の村々を経由してこのリスウェルに運び込まれていたのだった。

 

 

 これまで天族と共に過ごしてきたスレイや王女や騎士としての立場から人々と接してきたアリーシャにとって、仕事とは名ばかりの町の人々との交流はとても刺激的な日常だった。

 今だに町全体では導師を敬遠しているものの、スレイの人柄を認めて普通に接する人も少なからずいた。

 そしてそれは天族3人にとっても同じであり、スレイやアリーシャに付き添いながら見かけるいくつもの日常の光景はとてもありふれていて新鮮なものだった。

 

 町の滞在はこれからのために必要に駆られてのことだったが、スレイは導師としての立場で尊敬されるだけでは見えにくい、導師が目指すべき『平和』のあり様を少しだけ垣間見た気がしたのだった。

 

 

 だがスレイはすぐに知ることになる。

 『平和』という日常がこの時代において如何に崩れやすく、危ういものなのかを。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 スレイ達は話し合った末、明日にはハイランド王国へ出発しようと決めた矢先のことだった。

 

「失礼する!こちらにアリーシャ殿下がご滞在していると聞いて伺ったのだが、誰かいるか!」

 

 突如女性の大声と共にドアを強くノックする音が響き渡る。

 何事かと思いセキレイの羽の面々やスレイ達が駆けつけドアを開けると、そこにはハイランド王国の鎧を着込んだ黒髪の女性騎士と、その後ろに同じく女性の騎士が数名並んでいた。

 

「シレルじゃないか!それにクレムにガネット、シェリー達まで!……何があった?」

 

 知った顔の騎士達に驚いたのも束の間、尋常ではない様子にアリーシャは表情を一変させる。

 先頭に立つシレルは口を開きかけるがスレイやセキレイの羽の面々を気にして口を閉じ、目でアリーシャに伺いを立てる。

 

「良い。話せ」

「……では。姫様、バルトロが兵にグレイブガント盆地への移動を命じました」

「グレイブガント盆地……!?ローランスとの国境に位置する緩衝地帯……!!」

 

 聞くや否やアリーシャは唇をきつく結んで考え込む。

 そばで聞いていたエギーユやロッシュの顔にも緊張が走っている。

 

「アリーシャ?」

「……緩衝地帯に兵を向かわせるということは当然ローランスへの進軍と見るのが妥当だ。衝突は免れないだろう」

 

 アリーシャは苦々しい顔つきのままスレイに向かい合った。

 

「ローランスとの開戦だ」

 

 

 




 やっと投稿することが出来ました。実に10ヶ月ぶり……。

 取り敢えず出来るだけまた執筆していこうと思います。


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36.戦争

「進めぇっ!!我がハイランドの力を見せつけてやるのだ!!」

「迎え撃てぇっ!!勝利は我らローランスにあり!!」

 

 暗澹(あんたん)とした曇り空の下、両国の兵士は剣を掲げ叫び声を上げて激突する。

 金属の耳障りな剣戟はそこら中から響き渡り、敵を殺さんと無数の矢が飛び交う。人の集中する場所には火炎を纏った岩石や大槍が投石機あるいは投射機によって互いに撃ち込まれ、容易く、そして消費されるように次々と命を落としていく。

 正に戦場(そこ)は地獄だった。

 

「これが、こんなものが戦争……!?」

 

 天族三人と共にグレイブガント盆地へと駆けつけたスレイは全景の見渡せる崖の上に立ち、顔を歪ませ呟いた。

 

 見ようとしなくても目に入る、人同士が争う姿と倒れ伏した死体の数々。

 兜で顔が見えないせいもあるのだろう、ここにいる幾万の兵士は一人ひとりが心と感情を持つ人であるというのに、まるでただの記号と化したかのように現実味がなかった。

 

 離れているというのに鉄と土埃の臭いが鼻を突く。

 この臭いの元は剣か。

 それとも血か。

 

「恐ろしいな」

 

 天族であるミクリオ達にとってもこの光景は酷いものであるようで、一様に顔を強張らせている。

 

「行くのですね。スレイさん」

「うん」

 

 ライラがスレイに対し、改めて意思を問う。

 

「導師として、俺はこの戦争に関わる。世界の異変を、災厄を鎮める事が導師の使命なら、この戦争だって放っておいて良いなんて思えない。ついて来てくれるみんなには悪いとは思うけど」

 

 そう言ってスレイは三人の天族に目を向ける。

 

「ホントよね。戦場の真っ只中に突撃するとか、ついていく身にもなって欲しいわ」

「おいエドナ!」

 

 ミクリオがエドナの言葉を咎める。そんなエドナだが言葉とは裏腹にスレイのもとを去る気は無いらしい。

 そんな様子にクスクスを笑みを零すライラは、居住まいを正してスレイに向き直る。

 

「……わかりました。ですがスレイさん、これだけは言わせて下さい。戦場には数多の暗い想念が満ちていて、貴方はそれらに傷つけられるかもしれません。それでもどうか、自分の内にある正しいと思う気持ちを見失わないで」

「大丈夫。俺のやるべきことは変わらない。ここが誰の戦場であってもだ!行くよ、みんなっ!」

 

 そしてスレイは天族と共に戦場へと(おど)り出た。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 シレル達と再会してすぐに、アリーシャは彼女達と今後の方針を話し合うため地図を広げていた。

 

「姫様、恐らく数日中にはローランス軍と衝突すると思われます。マルトラン教官率いるヴァルキリー隊はマーリンドまで移動後、姫様の到着を待つ手筈となっています。如何なさいますか?」

「流石は師匠(せんせい)、いつも行動が迅速だ。兵を率いている者は?」

「ランドン師団長です」

「ランドン……。確かバルトロ(叔父)の派閥に属する者だったか」

「はい。今回の一件、陛下や他の殿下の方々は関与しておりません。バルトロの独断によるものです」

 

 アリーシャはシレルから話を聞きながら現在の状況を整理していく。

 

 ちなみにヴァルキリー隊というのは教導騎士であるマルトラン直属の隊であり、マルトランが過去の戦場で『蒼き戦乙女(ヴァルキリー)』と呼ばれていたことからその名がつけられている。また隊には女性が多く在籍していることも要因の一つとなっている。

 

「シレル、ローランス側の情報は何かあるか?」

「いえ、確かな事は何も。ですが、これだけ大規模ならば恐らくは『黒獅子卿』なるものが軍を指揮するのではないかとの噂が出ております」

 

 黒獅子卿とはここ数年の間に囁かれるようになった正体不明の人物だ。皇帝の側近であり、軍やその他の権限を有しているとされるが正確な名前はおろか、姿までもが謎だった。

 

「そうか……。ここからマーリンドを経由してグレイブガント盆地へ向かうとなると、どんなに馬を走らせても開戦には間に合わない。となると取れる手段は互いの侵攻を止めつつローランス軍を撤退させ、かつハイランド側もランドン師団長を説得して手を引かせることだが……。駄目だ、時間も戦力も足りない……っ」

「戦力って言うと、ローランスとやり合うためのですか?」

 

 アリーシャが停戦への活路を模索する中、口を閉じていたエギーユが割り込んできた。

 

「そうではない。戦争に参加するのではなく、あくまで戦争を止めるための戦力だ。その時既に始まっているであろう戦場に割って入り、戦火の拡大を防ぐ戦力。そしてランドン師団長を説得するための護衛としての戦力だ」

「護衛って、一応拠点はハイランドの領域内でしょう?何故護衛をつけるんです?」

「想像だがローランス兵が潜入してくる可能性がある。侵攻してくる兵を切り崩すなら回り込んで挟み撃ちした方が効率が良い筈だ。それと……恥ずかしい話だが、叔父は私の存在を酷く疎んじている。その派閥の者達も恐らく同様だろう。流石に無いと信じたいが、戦争の最中であることを好機とみて刃を向けて来るやもしれない」

「それはおっかねぇ。だが、なるほど……。前者はともかく、後者なら当てがあります」

「それは?」

「ルーカス率いる『木立の傭兵団』です。まあ、代金は吹っかけられるかもしれませんが」

「だが彼らは請け負ってくれるかどうか……。傭兵は戦争などの国家間や勢力間などの因縁が付き纏う争いには参加しないと聞いたことがあるのだが?」

「ハイランドの傘下に入ってとなると断ると思いますが、護衛ならば大丈夫でしょう」

 

 アリーシャは少しの間思案する。

 

「助かる。ではすぐに連絡を取ってもらえるだろうか?」

「わかりました」

「シェリー、この者と共に行って交渉してきてくれ」

「承知しました、姫様」

 

 町の傭兵は普段、商人やその荷物を魔物や盗賊から守る護衛任務についていることが多い。戦争に参加するとなると傭兵は使い捨ての道具として使われる可能性があるため請け負うことは無いに等しかったが、護衛であれば請け負ってくれる可能性はあった。

 それが既に面識のあるルーカスならば可能性は更に高くなる。

 

 

 エギーユとシェリーは交渉のため出て行った。

 

 

「あとは戦場だが……」

 

 アリーシャは眉間を寄せて頭を悩ませる。

 

 両軍の間に介入する以上、生半可な実力では意味をなさない。だからと言って両軍の衝突を放置すれば戦争は激化し、止めるタイミングを失うだろう。

 

 アリーシャが師と仰ぐマルトランならば実力的に申し分ないが数の不利が圧倒的だ。いくら『蒼き戦乙女(ヴァルキリー)』と謳われた英傑と言えども数万を超える兵の衝突を止めることなど不可能だ。

 可能性があるとすればただ一人。

 

 だがアリーシャは自分達の戦争に()を巻き込むことに対して、そしてひいてはそれにより()が後に被るであろう影響に対して、強い躊躇(ためら)いを覚えていた。

 

 そんな時、今まで事の成り行きを見ていたその()が動いた。

 

「アリーシャは俺達の仲間だ。困っているなら手を……」

「スレイさん」

「スレイ、それは駄目だ(・・・・・・)

 

 手を貸す、と言いかけたスレイの言葉をライラが遮り、すぐ後にアリーシャも首を横に振る。

 

「これは国同士の争いだ。私が君の従士だから、仲間だからという理由で君を巻き込むわけにはいかない」

「スレイさん。貴方はこの時代において、ただ一人の導師です。であるならどの国にも属さず、常に中立でなければなりません。戦争に介入するとなれば貴方は両国から注目されることになりますわ。それがどのような意味を持つか、おわかりですか?」

「人智を超えた力は必ず勝利をもたらす。人間達はどんな汚い手を使ってでも手に入れようとするでしょうね。あなたを……いえ、導師の力を便利で強力な兵器として」

 

 アリーシャとライラがそれぞれ口にし、エドナが意味について補足する。

 

「……」

「ここは慎重になったほうが良いんじゃないか?」

 

 押し黙るスレイへ、ミクリオは諭そうとする。

 

「策が無い訳ではないんだ。私がランドン師団長を説得する間、マルトラン師匠やヴァルキリー隊にはハイランド軍の後方から兵に戦線からの撤退を訴えてもらうつもりだ。叔父の独断による侵攻戦だからローランスとしても深追いはして来ないだろう。停戦すれば後は国同士の交渉の場へと持っていけば事は治まる。道のりは険しいがやってやれないことはないはずだ」

 

 アリーシャもスレイを安心させるかのように今考え付く案を提示する。だがそれは見方によっては自身に言い聞かせているようにも見て取れた。

 

「……わかった。なら、俺は一人の導師としてこの戦争に介入する」

「「「!?」」」

 

 その言葉に一同が驚く。

 

「スレイさん、戦争とは互いの事情と思惑のぶつかり合い。己の正義を掲げながら争う双方はどちらも悪となり得ます。そこに導師が介入するということはどのような結果を招くかは、わかっていますね?」

「わかっているつもりだ。それでも俺はこの戦争を見過ごせないし、止めたい。それはアリーシャの願いだけじゃない、導師としてみんなを守りたいんだ。そしてこれが、今の俺に出来ることだと思うから」

「スレイ……」

 

 

 スレイはライラの問いに対し、力強く断言した。

 

「済まない。感謝する」

 

 

 アリーシャは自分の願いをくみ取ってくれたスレイに対し、心の底から礼をする。

 

 そしてそれぞれ停戦へ向けた行動を開始した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 当初は拮抗していたかに見えていた両陣営だったが、時間の経過と共にハイランドが押され出した。というのも、この戦争は先にハイランドが仕掛けたにもかかわらず、まるで侵攻を予期していた(・・・・・・・・・)かのようにローランス側の軍備が整い過ぎていたのだ。

 

 そのためあちらこちらでハイランド兵が敗走を始めた。だがこれは戦争であり、また国同士の侵攻戦である以上、ここで進撃を止める理由など何一つ無い。

 

 勢いづいたローランス軍が逃げるハイランド兵を追撃しようとしたその時だった。

 

「蒼破刃っ!」

 

 青い衝撃波の連続に先頭にいたローランス兵が次々に倒されていく。

 

「な、何だっ!?」

「おおっ!あれは……!」

「ど、導師様だ!我らが導師様が加勢に来て下さったぞ!」

 

 突然の事態に戸惑うローランス兵とは反対に、ハイランド兵は導師の出現によって活気づく。

 

「狼狽えるな!セルゲイ団長と同じ気の使い手が一人増えただけのこと!さっさと片付けてしまえ!」

 

 ローランス兵の誰かがそう叫んだことを皮切りに徐々に気を持ち直していき、スレイに対し剣を向け突進してくる。だが。

 

「行ってらっしゃい!《天紅(てんべに)!》」

「《出でよ、絡み合う荘厳なる水蛇!アクアサーペント!》」

 

 ライラの放った鳥の形をした炎がスレイ達の周囲を旋回するようにローランス兵を牽制し、ミクリオの放った水蛇が次々と蹴散らしていく。

 

 ここでようやくスレイが只者ではないと知ったローランス兵は異質なものと対峙しているかのようにたじろいだ。

 

「敵の進軍が止まったぞ!我らも導師様に続けぇ!!」

 

 この瞬間を好機と捉えたハイランド兵が気炎を上げて突撃しようとする。しかしそれは彼らにとって予想外の形で遮られてしまった。

 

「な、何だこれは!?導師様、これは一体何のつもりですか……!?」

 

 突如、ハイランド兵の目の前で石柱が隆起したのだ。それも一本だけではない。いくつもの石柱がハイランドの進行を邪魔するように等間隔に並んで出現したのだった。

 

 地の天族であるエドナの仕業であるが、普通の人間には天族を認識することは出来ない。そのため今も背を向けローランスと対峙している導師スレイの仕業だと、誰もが思った。

 

「ローランス、ハイランドの双方に告ぐ!今すぐに戦いを止め戦場から退け!」

 

 スレイは大声を張り上げ両軍の撤退を促す。この介入によって戦闘が中断しているこの場所での声はとても良く響いた。

 はじめは意味がわからず動きのなかった両陣営だが、スレイの意図を理解したのか除々

に困惑が広がっていく。

 

 進軍しなければならない、だが不可思議な術を使う者が邪魔で進軍出来ない、という膠着状態のまま時間だけが過ぎていく。そんな中、果たして動きがあった。

 ローランス側がじりじりと後退を始めたのだ。

 

 わかってくれたと期待しかけたスレイだったが、そうではなかった。

 

「どうやら撤退する気は無いみたいね」

「君に大槍と矢を集中させるように密かに命令していたよ」

 

 そうスレイに伝えるエドナとミクリオであるが、どうやって知ったのかと言うと文字通り何も隠すことは無い、動きを不審に思った二人が堂々と正面から近づいて盗み聞きしたのだ。

 

 普通の人間には認識されないことを利用した、天族にしか出来ない芸当だった。

 

 

「放てぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 距離を十分に取ったローランス軍から号令が響くと同時に放たれる、丸太程もある尖った大槍と数えられない程の大量の矢。それらがスレイ目掛けて一斉に襲い掛かる。

 

 だがスレイに焦りの色は欠片も見られない。

 

「ライラ」

「はい」

「『火神招来』」

 

 瞬く間に神依化したスレイ。炎の纏う大剣を一閃させると同時に、大槍も無数の矢も全てが一瞬にして焼失した。

 すぐに神依を解除する。戦場には不気味な静寂が包まれた。

 

あれ(・・)は本当に人間なのか……?」

「ば、化け物……っ」

「こ、殺される……!」

 

 そして次第に漏れ聞こえる、スレイ(導師)を恐れ、怯える声。

 畏怖の感情が戦場全体に行き渡った頃合いを見計らい、スレイは再度口を開く。

 

「ローランス、ハイランドの両陣営に今一度告ぐ!戦いを止め、今すぐ退け!!」

「ぐ、ぐぅっ……!て、撤退だ!撤退するんだっ!!」

 

 命令が響くと共にローランス軍は徐々に撤退していく。ハイランド軍も同様であった。

 

「良かったの?」

 

 辺りが静かになった頃、おもむろにエドナが尋ねた。

 

「……うん。今は、これで良い。多少強引でも早く戦争を終わらせた方がいいと思うから」

「スレイ……。彼らにもいつかわかってくれる人がいる。ルーカス達がそうだったようにね」

「……そうだな。そうだと良いな」

「そうですわ。信じましょう」

「うん」

 

 沈んでいたスレイの表情に少しだけ笑顔が戻るのだった。

 

 

 

「――感傷に浸る余裕などあるのか?導師」

 

 滑り込んできた声に気づき周囲に目を向けると、そこには闇の天族サイモンが不敵に口元を歪めて立っていたのだった。

 



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37.災禍の顕主

 スレイと天族がグレイブガント盆地へと向かった一方で、アリーシャとマルトラン率いるシレル達『ヴァルキリー隊』と、迅速な移動も考慮して人数を絞ったルーカス率いる『木立の傭兵団』は、グレイブガント盆地から程近い砦へと馬を走らせていた。

 

 

 

 リスウェルを出発したスレイ達はまずマーリンドに向かい、駐留していたマルトラン達との合流を果たした。

 

 そこからスレイと天族三人は戦場(グレイブガント盆地)へ行き両軍の交戦状態を断ち切りに、アリーシャはマルトラン以下『ヴァルキリー隊』と『木立の傭兵団』を引きつれランドンが指揮している砦へとそれぞれ向かったのだった。

 

 

 ちなみに、今回ロゼ達『セキレイの羽』は同行していない。

 一介の商人である彼らが同行したところで出来ることはごく限られており、また団長であるエギーユ自身が同行を認めなかったのだ。

 風の天族デゼルも同様である。

 

 その代わりに彼らはグレイブガント盆地へ向かうための食糧やその他の備品、移動のための馬などを方々に手を回して用意してくれた。

 もちろん無料などではなく、後にアリーシャによってハイランド王国から支払われることになっているのだが。

 

 出発の際、『セキレイの羽』は見送りに来ていた。エギーユとロッシュは普段より幾分真剣な表情で。トルメとフィルの双子、そしてロゼはスレイやアリーシャと年齢が近いこともあり、とても心配気な表情でそれぞれ見送っていた。

 

 

 

「姫様見えました!あの砦です!」

 

 ところどころに隆起した岩がそびえ立つ悪路を馬で駆け抜けていく。

 焦燥に駆られながらも皆無言で走らせていると、シレルが砦を指差した。

 

 砦が見えた事でアリーシャは緊張が高まり、自然と手綱を握る手に力が入る。

 

 そこへ、何かに気づいたマルトランが鋭い声を発した。

 

「来るぞっ!」

「っ!?」

「やっ!」

 

 一瞬反応が遅れたアリーシャへ、前方から放たれた何本もの矢が襲い来る。その内の一本はアリーシャに命中する矢筋だったが、その前にシレルの剣によって撃ち落とされた。

 

 直後、馬から転がり下りたルーカスが流れるような動作で蒼破刃を繰り出していき、岩陰に潜んでいたローランス兵を次々に打ち倒していった。

 

「二人共すまない、助かった」

「御無事で何よりです」

「護衛が俺らの仕事ですから。それより、どうやら囲まれているみたいですぜ」

 

 ルーカスが言うが早いか、続々とローランス兵が剣を片手に姿を現す。よく見れば崖の上からも射手が狙いを定めていた。

 

「もうこんなところにまでローランスの部隊が……!」

 

 ローランス兵がハイランド領に侵入し砦を攻略しにかかることは事前に予測がついていた。だがその予測を上回り、既に砦の目と鼻の先まで迫っていたのだった。

 

「アリーシャ、抜け道を行くぞ!」

 

 手綱で馬の鼻先を別方向へと向けるマルトラン。アリーシャや他の騎士数人もそれに倣う中、ルーカス達『木立の傭兵団』は馬上から降り武器を構える。

 

「ここは俺達『木立の傭兵団』が引き受けます。お嬢さん方は先に行ってください」

「この人数を相手にあなた達だけでは厳しいでしょう。私達も加勢します」

 

 シェリーを皮切りに『ヴァルキリー隊』の約半数が馬から降りる。

 

 騎士達も、ここでローランスの進撃を抑えなければすぐにでも砦に攻め込まれると理解していた。そしてその前に狙われるのは、無防備に背中を晒して疾走するアリーシャ達であるということも。

 

 ルーカスは彼女らの行動に一瞬驚くもすぐににやりと笑う。それに対してシェリーはフッと笑みを零した。無言の会話といった風だ。

 

「アリーシャ!」

 

 マルトランが急かすように呼びかける。アリーシャは彼らに感謝の意を述べてこの場を後にした。

 

 

 

「アリーシャ・ディフダだ。通せ。ランドン師団長は今どこにいる?」

「で、殿下!今は戦の最中です、どうかお待ちを……!」

 

 追い縋る砦の兵を余所に、アリーシャは立ち止まる時間さえ惜しいとばかりに早足で砦内を突き進む。マルトラン以下『ヴァルキリー隊』の面々もそれにつき従う。

 

 どよめく兵士の中を突っ切り、内部の構造から当たりをつけて強引に部屋に立ち入った。

 

「アリーシャ姫がここに?馬鹿者!あの小娘がこんなところにおるか!」

「ランドン師団長」

「…っ!」

 

 入口に対して背を向けていたランドンは報告した部下に対して罵声を浴びせる中、アリーシャの声を耳にしてピタリと動きを止める。

 

「これはアリーシャ姫、最前線に何のご用でしょう?」

 

 くるりと向き直ったランドンが威圧的かつ値踏みするような視線を向けるが、アリーシャは毅然とした立ち振る舞いで視線を跳ね返す。

 

「今すぐローランスの陣に使者を送り、停戦しなさい」

「……はて、バルトロ閣下からはそのような命令は受けておりませんが」

「この戦争はバルトロ(叔父上)の独断によるものだ。もう一度言う、即時停戦しなさい。これは命令だ」

「命令、ですか……。聞けませんな」

「っ!」

 

 ランドンが片手を上げると同時に周囲で様子を窺っていた兵士達が一斉に剣を抜く。穏便に済まされないことは明白だった。

 

「姫とその仲間を捕らえよ」

「自国の王女に剣を向けるとはどういうつもりだ!第一、そんな権限など――」

「生憎だが、私はバルトロ閣下から全権を預かっているのだ。大人しく捕まりはするまい、怪我を……、いや、姫やその仲間が暴れて万が一殺してしまったとしても致し方なかろう」

「貴様……っ!」

 

 アリーシャへの不遜な振る舞いにシレルは激昂するが、ランドンは何食わぬ顔でふんぞり返る。

 

 と、そこで今まで事の成り行きを見守っていたマルトランが前に出た。

 

「ランドン師団長、彼らに剣を収めるように言え。同じ国に尽くす者として、打ち倒すには少しばかり心苦しい」

「ぬかせ!『蒼き戦乙女(ヴァルキリー)』だか何だか知らぬが、たかが女の騎士如きにこの数で勝てる筈もなかろう!やれ!」

 

 自身の勝ちは揺るがないといった表情で兵に号令を下すランドンに対し、マルトランは救いようがないとばかりに一つ小さなため息をついた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「サイモン……!」

 

突如として姿を現したサイモンにスレイ達は警戒の色を強める。

 

「導師。よもやこれで戦争が回避された、などと思うまいな?」

「っ!どういう意味だ?」

 

 サイモンは相も変わらず生気の乏しい瞳と貼り付けたような笑みで見据えながら、ゆっくりとスレイの問いかけに答えた。

 

「どうもこうもない、言葉のままの意味だとも」

 

 サイモンは続ける。

 

「戦争とは人の感情であり、欲望であり、そして本能だ。他者が憎い、他者の持ち物を奪いたい、他者とは相容れない、そんな単純にして根源的な心の発露の結果が戦争(これ)だ。貴様がしたような小手先の介入などでは、到底止められぬさ」

 

 くっくっと嗤うサイモンに対し、ライラが不満げに形の良い眉を寄せて尋ねる。

 

「回りくどいですわね。サイモンさん、貴女は何が言いたいのですか?」

 

サイモンはニィ、と口元を更に歪めた。

 

「例えばの話だが」

 

 勿体ぶるようにゆっくりと言葉を続ける。

 

「民衆を想い、また彼らからも愛されている姫が敵国の人間に無残に殺されたとなれば、その国の者達はどんな感情を抱き、結果どんな行動に走るのか、知りたくはないか?なぁ、導師よ」

「なっ!?まさか……アリーシャっ!!」

 

 アリーシャを殺して戦争の激化を促そうとしていると悟ったスレイは、神依化して一目散に砦へと向かって行った。

 

 引き止める素振りも見せず彼らの飛んでいく様をただ見つめ続ける少女はぽつりと言葉を零した。

 

「行くといい、導師。我が主は貴様と相対することを望んでおられるのだからな」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「うぅ……」

「つ、強い……」

 

 砦の兵士達が大きく円を描いて倒れ伏し、そこかしこでうめき声を上げている。

 一様に重傷ではあるが命に別状はない。

 

 この散々たる状況を作ったのは、今も円の中心で油断無く構える戦乙女達であった。

 

 囲まれた状況から襲いかかられたものの、日頃マルトランに厳しく鍛えられているために慌てる者は誰一人としていない。

 それぞれが機敏に動くことで危なげなく対処し、結果アリーシャ達は全くの無傷であった。

 マルトランに至っては鎧袖一触といった様子だった。

 

「この馬鹿者共っ!何を手こずっているのだ!?」

 

 ランドンは先程より数歩下がった位置から部下を激しく責め立てる。

 だが実力差を思い知らされた残りの兵士達は、武器を構えるものの完全に怖気づいてしまっていた。

 

「ランドン師団長」

「っ!」

「停戦の合図を、今すぐに」

「うぐぐぐっ……!」

 

 アリーシャは揺るがぬ意志を瞳に宿して正面のランドンを射抜く。対するランドンは青筋を立てながらも何も言えず、ただ睨み返すのみだった。

 

 

 

 長く続くかと思われた睨み合いだが、それは唐突に終わりを告げる。

 

 アリーシャとランドンの丁度中間に突如出現する巨大な黒炎。

 その揺らぎから出てきたのは、人間(・・)だった。

 

 くすんだ黄金色の髪と髭に黒衣の衣装を身に纏った背の高い男性。顔には深い皺が刻まれ、瞳には見た者を畏怖させる冷徹な意思が宿っている。

 

 

「なっ…!?き、貴様は誰だ!?どうやって入ってきた!?」

 

 男は狼狽えるランドンを無視しアリーシャへと視線を向ける。

 見据えられたアリーシャは男から目が逸らせず、指の一本さえ動かせずにいた。

 

 この場の誰もが見えない中、従士となったアリーシャだけがそれ(・・)を見ることが出来た。

 

 男の全身から噴き出す漆黒。黒い靄、などという程度では済まされない猛り狂う黒い炎。

 スレイ達と共に数々の憑魔を見てきたアリーシャでさえ、異様の一言だった。

 

「見えるか。従士となった姫とはお前だな」

 

 狙いを定めたを定めた男は悠々と歩み出す。

 

「しっかりしろ、アリーシャ!」

「っ!せ、師匠(せんせい)!」

 

 凍りついたように男を見つめて動かないアリーシャを、マルトランが叱咤して正気に戻した。

 

「お前達は下がれ。アリーシャもだ。私が時間を稼ぐ間にこの砦から逃げろ」

「なっ!何を仰るのですか、マルトラン様!状況はまだ飲み込めていませんが、こちらに向かってくるあの男を抑えるぐらいは――」

「駄目だ。あれ(・・)はお前達では到底敵う者ではない。私も……」

「そ、そんな……!」

「……師匠にもあの者がどのような存在か、わかるのですか?」

「いや。だが恐らくは魔物化の類なのだろう?私の勘が告げているのだ。あれ(・・)はもはや人間ではない」

 

 言葉を交わす間にも男は悠然と向かってくる。威厳と畏怖に満ちたその様は正に絶対強者としての余裕を表わしているかのようであった。

 

「ど、どいつもこいつも、私を馬鹿にしおってぇぇぇっ!!」

 

 そんな時今まで静かだったランドンが突如激昂したかと思うと、剣を乱暴に引き抜き男の無防備な背中へ突撃したのだ。

 

 だがランドンは直後にこの行動に後悔することになる。

 膂力を乗せた渾身の突進であったのだが、剣は男の背中に刺さらなかった。いや、刺さるどころか触れることすら無かったのだ。

 

 まるで見えない薄い壁にでも阻まれているように刃がまるで通る様子がない。

 何とか突き入れようともがいている間に、男はまるで羽虫を振り払うように無造作に腕を振るう。ランドンは衝撃で壁に激突し、瓦礫に埋もれて動かなくなった。

 

「行けっ!」

「…っ、はっ!姫様こちらへ!」

「師匠……っ!」

 

 シレルに促されアリーシャが傍を離れると同時に、男はいつの間にか抜いた剣をマルトランへと振り下ろす。大槍で受けるがその剣撃は非常に重く、体中を軋ませる。

 彼女でなければあっという間に押し潰されていただろう。

 

「ぐぅ……っ!ローランスの指揮官、黒獅子卿とお見受けする……っ。軍を撤退させる心積もりは?」

「愚問」

 

 そして始まる一方的な攻撃。剣速は速く、加えてまるで破城槌に体を晒しているような重い剣撃に何度も耐え抜いたマルトランであったが、遂には完全に受け切ることが出来ずに吹き飛ばされ、床に転がされることとなった。

 

 

 倒れたマルトランには見向きもせずに、恐怖を助長させるように再び歩み始める。

 

 だが不意に男は足を止めた。壁のある一点を見つめ続ける。

 

 アリーシャ達は不審に思いながらも足を進めていると、突如男が見つめていた壁が赤熱し、溶解し出したのだ。

 

「アリーシャっ!」

「スレイ!」

 

 溶解した壁から現れたのは、神依化し片手に大剣を手にしたスレイだった。アリーシャが名前を呼ぶ中、スレイは飛び込んだ勢いそのままに異常な黒炎を放つ男へと斬りかかる。

 

 大概の憑魔ならば一刀に斬り伏せ浄化することの出来るその剣撃を、男は素手で事もなく受け止めた。

 

「なっ……!?」

 

 スレイは男から大剣を引き剥がそうとするが、驚くことに導師となり体が強化されているスレイの力でも全く微動だにしない。

 その間、男はスレイをじっと見ていた。

 

「お前が新たな導師か」

『スレイさんいけません!今のわたくし達に敵う相手では……!!』

 

 ライラが叫ぶ中、男は変容する。

 大剣を受け止めていた腕は二倍以上に膨れ上がり指は鋭く尖っていく。

 同時に元から高い身長が更に増していく。

 髪と髭は伸びて境目が無くなり、くすんだ黄金色の(たてがみ)へと変化した。

 

 ここまで来てスレイはこの男の正体に思い至る。

 

「まさか……お前は……!」

『我が名はヘルダルフ。そしてお前達導師の宿敵』

 

 

 

「災禍の、顕主……!!」

 



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38.守るための力

『フン』

 

 災禍の顕主、ヘルダルフは掴んでいた大剣ごとスレイを投擲(・・)する。

 砦の壁を易々と貫通し、勢いを失わぬままスレイは急降下した。

 

 地面はすぐそこまで迫っている。

 このまま激突すれば瀕死の重傷を負うことになるだろう。

 

『スレイさん!』

「くぅ……!!」

 

 体をねじりなんとか体勢を変えたスレイは大剣から迸る炎で落下の勢いを削ぎ、更には激突寸前に地面に突き刺した大剣と足で強引に抵抗を強めることで無事に着地した。

 

「大丈夫かスレイ!?」

「ああ、なんとかだけど……」

 

 スレイの体から飛び出したミクリオの切迫した声が届く。エドナも体から出てきた。

 

 だがほっとしたのも束の間、眼前に黒い陽炎が現れ、揺らぎの中からヘルダルフが姿を現したのだ。

 

「っ!」

 

 咄嗟に剣を構え直すスレイ。

 対するヘルダルフは何の構えも取らぬまま、無表情でスレイを睥睨(へいげい)している。そして。

 

『未熟よな』

 

 絶対強者の余裕を崩さぬまま、挑発とも取れる言葉を投げかけるのだった。

 

 そう言われて何も思わないでいられる程スレイはまだ大人ではない。自然、柄を握る手に力がこもる。

 

 だがそこに待ったをかける者がいた。ライラだ。

 

『無茶ですわ!今のわたくし達では束になっても敵うはずがありません!撤退しましょう!』

「駄目だ!」

『ですがっ!』

「これはもう、ただの戦争なんかじゃない!ここで俺達が戦わないと戦いは止まらないんだ!それに、今逃げたらこいつはアリーシャを殺す。そうなったらもう戦争は誰にも止められなくなる!」

『スレイさん……』

 

 スレイの叫びに、ライラはついに何も言うことが出来なくなる。

 

『逃げるのならば好きにすると良い。だがお前の後ろにはお前の従士と、そして幾万の無辜(むこ)の民が控えていることを忘れるな』

 

 敵に言われずとも解っている。

 自分はこの時代にただ一人の導師なのだと。

 世界の災厄を鎮める救世主なのだと。

 

 だが『導師』という称号がこれ程までに重いと感じたのは、これが初めてかもしれなかった。

 

 そして元より、スレイにはアリーシャを見捨てるという選択肢はない。

 

 

 選択肢ははじめからただ一つだった。

 

 

「全く、君って奴は……。だから放ってはおけないんだよ」

 

 ミクリオから盛大な呆れと共にこの戦いに付き合おうという気持ちがその声から伝わってくる。

 

「……わたしは納得いかないわ。『また人を好きになってもらいたい』とか言って連れ出しておいて、勝手に心中するなんて嫌よ」

「エドナ!そんな言い方は――!」

「でも」

 

 エドナがミクリオの言葉を妨げる。

 

「スレイやアリーシャみたいな『変なヤツ』に死なれたら気分悪いし迷惑だから、手伝うくらいはしてあげるわ。何よりこの髭ネコの態度とか気に食わないし」

 

 そう続けたエドナの表情は傘で見ることは出来ない。

 

 

「みんな……。ここで、災禍の顕主を倒すんだ!」

 

 スレイ達はヘルダルフに対峙する。

 

『眩いばかりに無垢よな。そしてあまりに無知。ならば全力で来るがいい、導師』

 

 

 そして導師と災禍の顕主の戦いが幕を開ける。

 

 

 

「『《龍幻残火!バーニングエコー!》』」

 

 唱えると同時にスレイの体と大剣に炎が纏わりつく。そのままヘルダルフへと斬りかかった。

 

 ヘルダルフはその巨大な腕で難なく受けるも、炎がまるで蛇のように纏わりついて来る。それは受ける回数を重ねるごとに増していく。

 

『攻撃や防御の度に受ける炎の応酬か。だが我には効かぬ』

 

 その言葉通り、まるで堪えた様子を見せないヘルダルフは炎を無造作に振り払いスレイに殴りかかる。

 

「《障壁集く、肉叢(ししむら)に。バリアー!》」

 

 だがエドナの張った無色の障壁がそれを阻む。しかし威力を殺しきれず、途端にひび割れる。

 

「っ、なんて馬鹿力なの」

 

 スレイが回避した直後には障壁は硝子細工のように粉々に砕け散ってしまった。

 

「駄目だ、中途半端な攻撃じゃ歯が立たない!……二人共、一瞬で良いから奴の動きを止められないか?」

「全く面倒ね」

「やってはみるけど期待はできないぞ!」

 

 二人のそれぞれの返事を聞いたスレイはヘルダルフから距離を取り、腕を伸ばして構える。

 逆にミクリオとエドナは距離を縮めていく。

 

 

 先に仕掛けたのはエドナだ。地面に片足をつけるとそこを起点に亀裂が生じていく。それは生き物のように素早くヘルダルフを囲むとすぐに、ヘルダルフの立っていた地面が一気に陥没した。

 

「地の天響術はただ地面を突き上げるだけじゃないわ。こういう使い方だってあるのよ」

 

 すかさずミクリオも仕掛ける。

 

「《出でよ、絡み合う荘厳なる水蛇!アクアサーペント!》」

 

 ミクリオが唱えると杖の先から二頭の水蛇が出現し、縛るようにヘルダルフに巻き付く。

 

「凍てつけ!」

 

 その状態のまま水蛇は凍りつき氷の拘束具と化した。

 

 

『今ですわ、スレイさん!』

「『《原始灼光!エンシェントノヴァ!》』」

 

 拘束されるがまま身動き一つしないヘルダルフに、スレイは灼熱の太陽を降って落とす。

 陥没した地面で爆発し、轟々と燃え続けるそれは大抵の憑魔ならばひとたまりもないだろう。

 

「やったか!?」

 

 燃え盛る炎の中、一抹の不安を抱えながら赤く彩られた影を見つめ続ける。

 

 不意に、影の中に黒い光が見えた。それはヘルダルフの掌に集束し黒さを増していく。

 それが攻撃の前兆であると気づいた時には遅かった。

 

 放たれた光は炎をかき消し、ミクリオとエドナを余波で吹き飛ばし、スレイに直撃する。

 大剣で受け止めたスレイはその衝撃に耐えていた。だがほんの一瞬、神依(カムイ)が途切れたような感覚を覚え、同時に力が抜けていく。

 

その一瞬で全ては決した。

 

 疑問を挟む余地もなく弾き飛ばされるスレイ。威力を殺したために重傷は負っていないものの、反動で地面に倒れたまま動くことが出来なかった。そこへいつの間にか歩み寄っていたヘルダルフに体を掴まれてしまう。

 

「スレイっ!」

 

 ふらつきながら叫ぶミクリオ。

 

 スレイは巨大な腕から抜け出そうと必死にもがくが、そうこうしている間にヘルダルフの纏う濃密な黒がスレイへと流れ、そして侵食していく。

 

 直後、弾かれるように腕から脱出は出来たものの、神依は解除されスレイとライラは地面に倒れこんだ。

 

「スレイっ!」

「うぅぐっ……!っがはっ…はっ…!!」

 

 駆け寄るミクリオ。スレイは何とか起き上がるも、突如込み上げた嘔吐感によって吐き出してしまう。

 ライラにはエドナが駆け寄るが、どうやら気を失っているようだ。

 

「どう…して……っ」

『神依が解除されたのか。あれは確かに切り札たり得る威力を持つが、お前のような未熟な神依では干渉して解除することなど容易い』

 

 さも当然のように話すヘルダルフは追撃することもなく、今だ膝をついたままのスレイを睥睨し続ける。

 

「はっ…、はっ……!」

『恐ろしいか?死の予感、甘美であろう?』

 

 

 怖い。

 ヘルダルフの言う通り、スレイの心は恐怖一色に染められつつあった。

 

 体格差もさることながら、スレイの目にはヘルダルフが異様に大きく映る。

 切り札の神依も通じず、全てが無駄に思えてしまう。

 

 体が抗うことを止めたかのように全身に力が入らない。まるで立ち上がる気力すらヘルダルフに奪われてしまったかのようだった。

 

 

『……なんだその目は?』

 

 だがそれでも。

 スレイは気丈にもヘルダルフを見つめ返していた。

 

 

 敵わないと知ってもそこで諦める訳にはいかない。

 

 導師としての責任だけではない。スレイはもう、自分の恐怖や絶望に負けて誰かを見殺しにするような真似だけは絶対にしたくなかったのだ。

 

 

 スレイの心が今だ折れていないことを見て取ったヘルダルフは掌を向け黒い靄を放つ。靄がスレイと傍にいたミクリオを包んだかと思うと、まるで重力に押さえ付けられたかのように二人は身動きが出来なくなる。

 

『よく見ておくがいい』

 

 スレイから目を離し、砦の方へ体を向けると片方の手を引き絞り大仰に構え、そしてその巨大な手の平には全てを塗り潰すような漆黒の光が集束していく。

 

 

 スレイを今度こそ絶望に落とさんがためと言うように。

 

 

「あれはさっきの……!」

「や、止めろ……っ!」

 

 ヘルダルフが何をするのか理解したミクリオとスレイは必死にもがき声を絞り出す。

 

 エドナが止めようと天響術を放つも咆哮一つで術がかき消え、ライラ共々吹き飛ばされてしまう。

 

 

『我を憎め。我を呪え。その胸に宿る絶望を糧に強くなれ』

 

 

 災禍の顕主は、止まらない。

 

 

「アリーシャ――――ッ!!」

 

 スレイが力の限り叫ぶ中、無情にもそれは放たれた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 一方、導師スレイと獅子のような魔物になった大男が去った砦内は静まり返っていた。

 

「スレイっ!」

 

 アリーシャはスレイが投げ出され崩れた壁から乗り出し叫ぶ。

 周囲の者はその声にはっと我に返る。

 

 アリーシャの傍には騎士クレムが、気絶しているマルトランにはシレルや他数名の騎士が駆け寄っていく。

 砦の兵士は副団長の指示の下、被害状況の確認や負傷者の手当てに動き始めていた。

 

 副団長は一度アリーシャを見るものの拘束等の指示は出さなかった。

 指示を出していたランドンが倒れた今、自国の王女を拘束または殺害などという無茶な命令に従うべきではないと判断したのだ。

 

 アリーシャはスレイが無事であることを確認するとほっと息を吐くも、憑魔がスレイを追って行ったことに不安を滲ませていた。

 

 

「っ!姫様危ない!」

 

 突然クレムが鋭い声を発すると同時にアリーシャに飛びつき共に転がされる。

 アリーシャが何事かと見回すと、そこにいたのはハイランドの鎧と勲章を身につけた、熊とも狼ともつかない醜悪な顔をした人型の憑魔が立っていたのだった。

 

 ついさっきまでアリーシャのいた場所には幅広の剣が振り下ろされ、床に食い込んでいる。

 

『小娘エェェェェッ!このランドンのぶ武功を邪魔立てししおっテ、ゆ許さぬゾォ!』

「ランドン師団長…!」

 

 微妙にろれつの回っていない叫びが砦全体に響き渡る。アリーシャへの恨みが憑魔化してなお、意識を繋いでいるようであった。

 

 見れば先程までランドンの倒れていた場所には何人もの兵士が血を流して倒れている。

 

 

「師団長が魔物に!?」

「と、とにかく取り押さえろ!」

 

 砦の兵がランドンを取り囲むが邪魔だとばかりに次々となぎ払われていき、アリーシャだけを睨みつけ直進していく。

 

「ひ、姫様お逃げ下さい!私が――!」

 

 震える手で剣を構えるクレムが言い終わる間もなく幅広の剣が振り下ろされる。

 あわや両断されるかというところで、クレムはアリーシャに押し出され事なきを得た。

 

 

 ランドンを挟む形でクレムとは反対側に回り込んだアリーシャは槍を構え対峙する。

 

『砕ケ散れェ!』

 

 ランドンの振るう力任せの猛攻を何度も受け続けるアリーシャ。

 

 技量はマルトランと比べるべくもないが、憑魔化した影響もあり一撃一撃が非常に重い。

 ついには耐えきれず槍を落としてしまい、その隙にアリーシャは首を掴まれ高々と持ち上げられてしまった。

 

「ぅくっ…!」

「姫様っ!」

『ハハハハハ!オワ終わりダ小娘!貴様の首をミ見レババルトロ卿もヨ喜ばレレだろウ!オ王座についテワタ私二高いチチ地位をオオ――!』

 

 既に支離滅裂になりつつあるランドンは首を掴んだままアリーシャに剣の切っ先を向けた。

 

 次の瞬間には殺されるかも知れないという状況の中で、アリーシャはふと、スレイの声が聞こえた気がして崩れた壁から眼下を覗く。すると、黒い強烈な光を見た。

 憑魔がこの砦にあの光を放とうとしているのだと理解出来た。

 

 導師であるスレイをああも簡単にあしらう憑魔だ。あれが本当に災禍の顕主であるならばこの砦を破壊するなど容易いだろう。

 

 

 

 悔しい。

 

 アリーシャの胸にそんな想いが込み上がる。

 

 国を守るために騎士となったのに、周囲に守られ続ける弱い自分。

 従士であるにもかかわらず、導師の助けになれないばかりか足枷となってしまう自分。

 王女であるが故に新たな戦争の火種となるかもしれない自分。

 

 そんな自身の至らなさに無性に腹が立ち、そして自身の無力さに悲しくなり自然と涙が流れる。

 

「私にも……みんなを守れる力があれば……っ!」

 

 

 堪え切れない想いを露吐したその時だった。

 

『ナ、何だコレハ!』

 

 アリーシャを刺し殺そうとした刹那、それを阻むように光の膜がアリーシャを包み込んだ。

 

「コホッ…い、一体何が……?」

 

 アリーシャは痛む首を押さえつつも自分の状況に困惑する。

 

「姫様、剣帯から光が……!」

 

 クレムの言葉を聞いて見てみると確かに光は短剣から発せられていた。取り出した短剣を鞘から抜き放つとそれは一層の光を放つ。

 そこには光り輝く古代語の文字がはっきりと刻まれていたのだ。

 

「これは……『真名』……?」

 

 アリーシャには古代語は読めない。だが、旅の途中でスレイ達に聞いたことがある。

 天族が作り出す御霊(オーブ)と呼ばれるものを道具に宿すことで、その天族の属性の天響術が使えると。

 

 そして道具にはその天族の真名が刻まれるとも。

 

『ガアアァァァ!!』

 

 獣のようなランドンの叫びに我に返ったアリーシャは短剣を握りしめランドンに立ち向かう。

 ランドンとしての意識はもう残っていおらず、獣のように咆哮するのみ。

 

 力任せに強引に振り回す剣を、アリーシャは輝く短剣で受けた。すると今度は何の反動もなく、驚く程あっさりとランドンの剣を断ち切ったのだ。

 

「はああっ!」

 

 アリーシャは勢いのままにランドンへ迫り、躊躇なく短剣を突き刺す。

 

 

 天響術が使える道具とはつまり、憑魔を浄化する霊力が宿っているということ。

 

 ランドンの獣染みた姿は刺された箇所から崩壊を始め、浄化されていく。

 元の姿へと戻ったランドンは意識を失ったまま床に倒れるのだった。

 

 

 アリーシャは急いで外に目を向ける。既に憑魔の攻撃は放たれており、それはあと数秒もせずにこの砦を瓦礫の山と化すだろう。

 

 もう砦からの退避は間に合わない。

 このままでは皆が死んでしまう。

 

 そんな考えが()ぎる中、アリーシャはここにいる皆を守りたいと強く想う。

 すると、その想いに応えるかのように短剣の光がアリーシャの槍へと移り包み込んでいく。

 

 

 槍を手に取った時、アリーシャはある奥義を思い出した。

 

 師匠であるマルトランが得意とする秘中の奥義であり、また今日まで自分が習得出来ていない技。

 だが、今この一瞬だけは自分もその境地に届くと確信する。

 

 

 迫り来る黒へ、アリーシャは槍を腰だめに構えてしっかりと見据え、心を落ち着かせてその時を待った。

 

 自身の射程に届いたその時、アリーシャは満を持してその秘奥義を放つ。

 

「この一瞬に全てを賭ける!翔破、烈光閃っ!!」

 

 繰り出したのは目にも止まらぬ一槍必殺の連続突き。

 

 視認不可能な槍の一突き一突きが流れるように真っ直ぐな軌跡を幾筋も刻み、光の天響術と相まって流星のようにも見える。

 

 衝突し、僅かな時間拮抗した黒と白の光。だが徐々にアリーシャが押され始める。

 光の天響術で威力が上乗せされたとしても、ヘルダルフの攻撃を相殺するには至らなかったのだ。

 

 アリーシャが最後の一突きを繰り出したと共に槍を覆っていた光は黒い光へと吸い込まれ、遂には強い衝撃波を伴い爆散した。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ミクリオと共に地面に縫い付けられたまま、爆発の余波に晒されるスレイ。

 

 だがそんなものはどうでもいいとばかりに必死に砦へと目を凝らす。

 

 そこには爆発の衝撃波を浴びて半壊した砦。もう砦としての機能を果たすことは出来そうにないが、それでも倒壊することなく建ち続けていた。

 そして遠目からでも見える、傷つき槍を杖代わりにしながらも懸命に立つアリーシャの姿だった。

 

 

『従士が光の天響術だと?威力を削がれたか』

 

 

 訝しむヘルダルフを余所に、スレイとミクリオは自身に対し強く憤っていた。

 

 

 ヘルダルフの口ぶりからアリーシャが何かをしたのだろう、最悪の事態は免れた。

 

 だが次はもうない。

 

 

 

 災禍の顕主に縛り付けられるまま、ただ見ていることしか出来なかった。

 

 誰かを見殺しにしたくないと誓いながら、放っておけないと口にしながら、今目の前でアリーシャ達が殺されそうになっても何も出来ずにいる。

 

 スレイとミクリオは、それが悔しくて悔しくて堪らなかった。

 

 

 そして二人は強く想う。災禍の顕主に打ち勝つ力が、みんなを守れる力が欲しいと。

 

 

 スレイとミクリオの想いが完全に重なったとき、それは起こった。

 

 

『ほぉ』

 

 スレイ達の変化にヘルダルフは関心を寄せる。

 

 水色の光を伴った斬撃が舞った直後、黒い靄の拘束は払われ立ち上がったスレイ。だが普段とはその様相は異なっていた。

 

 

 体全体から微かな水色の光を宿し、特に儀礼剣と導師の手袋を着けている左手の甲の紋様はその光が強く激しい。

 緑色だった瞳も今は澄んだ水色に彩られており、服の変化はないがそれはまるで神依を彷彿とさせる姿であった。

 

 そして何よりの変化は、スレイの姿に時折ミクリオが残像のように重なって映るという不可思議な状態であるということだった。

 

 

 それは正に一心同体。

 スレイは、いや二人は儀礼剣の切先をヘルダルフへ向ける。剣の光はより一層激しくなる。

 

『憎むでもなく呪うでもなく、守るために強さを得るか。成程、正しく導師よな』

 

 ヘルダルフはスレイの変化にこの時初めて笑みを浮かべて見せた。

 

 

「『俺達(僕達)の力の全てを、この剣に注ぐ!』」

 

 ヘルダルフへと迫る二人。

 互いに振り上げた剣と拳が激突する。

 

『無駄な足掻きだ』

「『それでも!俺達(僕達)は諦めない!』」

 

 両者供譲らない押し合いの中、ヘルダルフは二人の負けられないという想いの強さに、決定的な一歩を許してしまう。

 

「『うおぉぉぉっ!!』」

『ッ!?』

 

 一閃。

 攻めぎ合いに打ち勝った二人はヘルダルフに対し、確かな一筋の傷をつけたのだ。

 

 

 

 だが、そこまでだった。

 

 

 突如スレイとミクリオは弾かれるように分離した。地面に倒れた二人はピクリとも動けない。

 

 

 地面に伏したままのスレイを静かに見下ろすヘルダルフ。

 

 やがて、何故かスレイや天族に止めを刺すこともなく踵を返して立ち去ろうとする。

 

「ま、待て……!」

 

 ヘルダルフの不可解な行動に理解が追い付かないスレイは朦朧とする意識の中、気がつけばヘルダルフを呼び止めていた。

 

『導師。今はその時(・・・)ではない』

「どういう…意味だ…?」

『ローランスへ来るが良い。その時こそ我らの雌雄を決する時だ』

 

 

 ヘルダルフはそう言い残して黒い陽炎に飲まれていく。

 姿が見えなくなる頃にはスレイは気を失っていた。

 

 

 

 意識を取り戻したのはそれから三日後のことだった。

 




第二章のメインはこれで終わりです。
あとは第三章へ続くちょっとしたものを書いて次に移ります。


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39.悪謀蠢く

明けましておめでとうございます。

そして遅くなってしまい申し訳ありません。


今回は短く、またスレイ一行も出て来ません。


以前タイトル『暗雲』にて頭領をベアドとしましたが、風の傭兵団団長ブラドと似ているのでグリーズに変更しました。


 ハイランド王国ラウドテブル王宮内、円卓の間にて。

 

 

 王位継承権第一位であると同時に内務卿も務めるバルトロを始めとした面々が集っていた。

 

 

「話が違うではないかバルトロ卿!今回の戦争、ローランスにいる内通者の手引きによって楽に侵攻出来るのではなかったのか!?」

 

 怒りを露わにしてバルトロに食ってかかるのは軍事機密等の管理を担うマティア軍機大臣。

 

 先の戦争でバルトロが軍を動かすにあたり、あらゆる便宜を図っていた。

 

「ローランスに一杯食わされた、ということであろうな。幸いなことに導師の介入で事無きを得たのだ。全く、導師様々だ」

「バルトロ卿!冗談を言っている場合ではないのだぞ!?陛下の許可を取らずに大規模に兵を動かしただけでなく、危うく我らが領土に攻め込まれるところだったのだ!我らの立場が危ういのだぞ!?」

「わかっている」

 

 感情のままに叫ぶ軍機大臣であったが、バルトロの煮え滾る感情を押し込めた腹の底から出したかのような低い声に思わず言葉を詰まらせる。

 

「このままでは我らは責任を追及され、最悪地位剥奪もあり得る。それに引き換え、あの小娘や導師は戦争を止めてみせたことで、私のものとなる筈だった手柄を横取りした挙句、更には民の支持を集めたのだ。これでは私は道化ではないか!」

「まあ確かに、姫殿下と導師に支持が集まっているのは些か問題ですな」

 

 ローランスとの戦争は今やハイランド全土に知れ渡っており、見事停戦させてみせた導師スレイとアリーシャ王女の知名度は急上昇していた。

 

 一部ではスレイを英雄視する声まで挙がっているのだ。

 

「愚民共ときたら一時の情勢にすぐ流されおって!」

「これは速やかに手を打たねばならぬでしょうな」

 

 吐き捨てる軍機大臣とは対照的にナタエル大司教は平静を保っている。

 

 今回の件には関わっていなかったため、自らの地位を心配する必要がないのだ。

 

「気楽なものだなナタエル大司教。傍から見ている分にはさぞ愉快であろう?」

「いやいや、私も内心では恐々としておるよ。なにせ『導師』などという目に見える偶像に好き勝手されてしまっては、我ら聖職者の権威が奪われる一方だ。かと言って簡単に処理できる訳もなく、頭が痛いことこの上ない」

「やはり、導師を取り込むことが一番手っ取り早い方法であろうな」

 

 頭を押さえる仕草をしてみせる大司教を余所に、ハイランドの法に精通するシモン律領博士が口を挟む。

 

 

 

 導師スレイ。

 

 聖剣祭の折、アリーシャ王女の推薦人として現れた謎の少年であり、現在は伝承通りの存在となりつつある世界の救世主。

 

 

 彼がすぐにでもバルトロの側につけば戦争の件は有耶無耶となり、同時に失われつつある権威も回復するだろう。

 

 だがそれにはどうしても排除しなければならない存在がいた。

 

「となれば、障害は姫殿下ですな」

「忌々しい小娘め」

「どうにか姫殿下を失脚させ、導師を我々の配下に置くことが出来れば良いのだが……」

 

 導師と接触するには、常にその傍らにいるアリーシャ王女がどうしても邪魔になる。

 

 引き離しさえすれば導師と言えどもただの少年、興味関心を引くものを提示すれば(なび)く可能性もあるだろう。

 

 

 問題は靡かなかった場合。

 

 バルトロ達が懸念しているのは特に、二人の関係についてだ。

 

 公式的には若き導師とそれを補佐する従者であるが、彼らは一ヶ月以上もの間二人旅(・・・)だ。

 

 ともすればそれなりの関係になっていたとしても不思議ではない。

 

 

 その繋がりが権威の独占か主従の信頼か、あるいは友情か恋愛かは知るところではないが、その場合は無理に事を進めれば導師を明確な『敵』と認識される恐れがある。

 

 導師スレイだけを取り込みアリーシャ王女を排斥するにはそこが不安材料であったのだ。

 

 

 

 三名がどうやって導師を取り込むが意見を出し合う中、バルトロは黙って考えを巡らせていた。

 

 

 現在内通者とは連絡が取れず、ローランス側の状況は全くもって掴めていない。

 

 戦場へと赴いた兵達は後数日もすればレディレイクに帰還するとの報せを受けている。

 

 その報せによれば一時魔物化したランドン師団長は意識不明のまま拘束され、また導師も魔物化した者との戦闘で意識を失っていたが今は回復しているという。

 

 導師が意識を失っている間にはアリーシャ王女が出来る限り付き添っていたとの話も耳にしていた。

 

 

 

 アリーシャ・ディフダ。

 

 バルトロは最初、その存在に気にも留めなかった。

 

 現国王()の末娘で王位の継承権も低い、ただの小娘。

 どこぞの有力な貴族と婚姻でも結んでくれれば利用できる。その程度の認識だった。

 

 ある時、アリーシャが騎士見習いになったと耳にしたバルトロは思わず声を上げて笑った。

 

 騎士として身を立てるということはもはや王位を諦めていることと同義であり、王女としての本分さえ捨てるこの変わり者を滑稽とさえ思った。

 

 

 だが月日が経つにつれ、アリーシャを慕う声が増えだした。

 

 兵や民の中でアリーシャの実直さ、ひた向きさに心を動かされる者が出てきたのだと言う。

 

 そして今や導師の従者にまで登りつめた。

 

 

 

 疫病の蔓延した街であろうと、戦争のただ中であろうと躊躇せずに向かうその行動力が。

 

 

 導師スレイや教導騎士マルトランなど、飛び抜けた才を持つ者達を惹きつけるその人望が。

 

 

 民を愛し、国を良くしていきたいと願うその理想が、バルトロにとっては酷く邪魔なものであった。

 

 

 自分が王座を取ることが出来たとしても、あの小娘は必ずや今後の障害となる。

 

 そう結論づけたが故に暗殺を生業とする者共に依頼を出したというのに未だに生き残っている。

 

 このレディレイクに戻ってくる好機を逃してはならない。

 

 

 早急に始末をつけなければならない。

 

 

 バルトロは暗い決意を新たにするのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ラウドテブル王宮内のある一室にて。

 

 濃い暗闇を月明かりだけが照らし出す中、髪も服もまるで整えられていない青年がベッドに腰かけたまま、静かに俯いていた。

 

 傍目には生きているのかすら怪しい青年だが、不意に生気を取り戻したように動き出した。

 何の彫像品も置かれていないただの壁へと視線が移る。

 

「おや。意外と遅かったですね」

 

 そしておもむろに言葉を投げかけたのだ。

 

 その呼びかけに呼応するように暗がりの闇が一層濃くなり、仮面をつけた大柄な男が湧き出るように姿を現した。

 

「……」

「導師と湖の乙女以外の仲間の殺害に失敗したそうですね。聞いていますよ、一人も殺せなかったばかりか逆に仲間が殺され、しかも狐には逃げられたとね」

「……黙れ」

 

 男は殺意を強くさせるが青年は困ったように笑みを浮かべるだけ。

 

「あれは我ら獣の骨の恥晒しだ。見つけ次第必ず処分する」

「処分、ですか。(いささ)か勿体ないですね、あれほど憑魔としての適性が高い者はそうはいないというのに」

「どれだけ適性があろうと中身が矮小であればどうにもならん。所詮は我ら獣の骨の信念も理解できない小者だったというだけだ」

「信念、ですか」

 

 青年は面白そうに笑う。

 

「そういえば、エリクシールの効果は如何でした?」

「どうせ知っているのだろう?あんなにも早く暴走するのでは使い物にならん」

「そうですか……。やはりまだ改良の余地がありそうですね」

「しかしよくも(うそぶ)いたものだ。エリクシール(あれ)に死人を生き返らせる効果などないのだろう?」

 

 思索に耽っていた青年が一瞬何のことかわからないといった顔をするも、すぐに合点がいったという表情になる。

 

「ああ、成程。『王女を殺してエリクシールを使えば、従順でキレイな王女として生き返る』と言った事ですか。一応間違ってはいませんよ?死体でも憑魔にはなれますから。まあ『生き返る』というよりは『起き上がる』と言った方がより正確ですけどね」

 

 そう言って悪戯っぽく笑う彼に、獣の骨の頭領グリーズは仮面で隠された顔をしかめる。

 

 

 実験台となったマルフォに同情している、などということは全くない。

 

 この青年とは協力関係にはあるものの、自らの信念と大きく違えるならば殺害も視野に入れてはいる。

 

 だがこの目の前の青年は、どこか得体が知れない。

 

 要人を幾度も葬ってきたグリーズであったが、相手の力量を見極め不意を突くことに長けた暗殺者としての本能が敵対するなと告げているのだ。

 

 このろくに筋肉もついていない青年に対し、確かな恐怖を宿していたのだった。

 

「おや、どうかしましたか?」

「いや……」

 

 グリーズの沈黙を不思議に思ったのか、問いかけてくる。

 

 だがそんな他愛のない一言でさえ、まるで全て見透かされているようで、とても居心地が悪い。

 

 そのためグリーズはそうそうに切り上げることにした。

 

「しかし経緯の報告をするつもりだったが、無駄足だったようだな」

「いえ、助かります。協力関係を維持する上で直接会うというのは重要ですから」

「思ってもいないことを。では失礼する、ヒース王子殿下(・・・・・・・)

 

 皮肉気に畏まって頭を下げて見せて闇に溶けていくグリーズを見送った青年ヒース・ディフダは、まるで糸が切れたかのように唐突に生気を消失させ再び俯くのだった。

 

 




1~2時間ほど後でもう一話投稿します。


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第三章 タイトル未公開
40.見えるモノが違う


 ハイランド王国ラウドテブル王宮の一室にある書庫。

 

 整然と並ぶ本をぎっしりと抱えた本棚がひしめくその隙間、人一人が通れるような狭い場所にその少年はいた。

 

 少年は脇に何冊もの本を抱えたまま、空いた手で目についた題名の本を手に取ってはパラパラとめくり、自身の知りたいものでないとわかると棚に戻してはまた別の本を手にする作業を黙々と続けていた。

 

「スレイ」

 

 すると棚の隙間を縫うように現れた水色の髪の天族ミクリオがその少年、スレイに声をかけた。

 

「そっちは順調?」

「そう見える?」

 

 言葉と共にため息交じりの笑みを零すその姿は、成果の程を雄弁に物語っていた。

 

 

 

 出兵していたハイランド軍と共にレディレイクに戻ったスレイとその一行だが、門を越えるや否や予期せぬ歓待を受けた。

 

 情報というものは人間などよりよほど足が速く、そのため既にローランスとの衝突と、そして導師スレイとアリーシャ王女がそれを見事休戦に持ち込んだ事が知れ渡っていたのだ。

 

 自分に向けられる様々な感謝の声に驚きを隠せないスレイであったが、アリーシャの采配によって何事もなく王宮へと入る事が出来たのだった。

 

 

 国王への挨拶も済ました後で王宮内の客間を宛がわれたスレイであったが、休養もそこそこにここ数日は書庫へと出向いていたのだった。

 

 

 

「ドラゴンの伝承はマーリンドで見たものばかりで、ドラゴン自体に関しては創作が殆ど。エリクシールも似たようなものだし、災禍の顕主に至っては名前すら出てこない」

「僕も魔物や薬品関連を当たっては見たけれど、これと言って収穫は無かったね」

「やっぱり本だとこれぐらいが限界かな。あとは各地の遺跡を回るとか、伝承を頼りにアイゼンさん以外のドラゴンを探してみるか……」

「だけど旅の合間にいくつかの遺跡に寄ってみたけれど手がかりは無かったし、ドラゴンがいるかもしれない場所もハイランド王国ではレイフォルク以外無かっただろ?」

「そうなんだよなぁ。……ローランスへ行ってみれば、何か見つかるかな」

「それは……今の情勢では難しいだろうね。それにローランスには……」

「うん。わかってる」

 

 ミクリオが言い淀んだ理由を察するスレイは頷く。

 

 

 スレイも分かっているのだ。

 

 ローランス帝国へ行けば新しい発見があるかも知れない。

 そこでならドラゴンやエリクシールについてより詳しく調べられるだろう。

 

 だがあちらには導師の宿敵、災禍の顕主ヘルダルフがいる。

 戦場ではまず間違いなく手加減していたヘルダルフに、スレイは手も足も出なかったのだ。

 だからこそ今相対する訳にはいかない。

 

 ヘルダルフが去り際に残した『今はその時ではない』という言葉。

 

 思惑は定かではないが、それはスレイにとっても同様であり、『その時』までに力を蓄え導師として災禍の顕主と渡り合うまでに成長しなければならないのだ。

 

 そのためのヒントは、既にある。

 

 

「ところでそれは?」

 

 ミクリオに呼び掛けられ思索を中断する。

 その視線はスレイの脇に抱えられた数冊の本へと移っていた。

 

「ああ、これ。ドラゴン関連の本を探してる時に見つけたんだ」

 

「『歴史の導師、その軌跡』『遡る精霊信仰』『グリンウッド大陸遺跡大全』……。二つはわかるけど、この『遡る精霊信仰』は?」

「もしかしたら天族と関係があるんじゃないかと思ってさ。この著者はあらゆる過去の痕跡から、何千年も大昔の人々が自然現象を敬い畏れ『精霊』として祀っていたんじゃないか、という考察を書き記しているんだ。『現代に残る『天族』という存在の源流はここにあるのではないか』って」

「なるほど。だけど、僕からしたらこの著者の考察は見当違いだと思うよ。僕達天族からの視点で見れば、認識出来ない人間が一時期天族を精霊と呼んでいた時期があっただけだと考えた方がよっぽど自然だ」

「それはそうなんだけどさ」

 

 天族に育てられたスレイとしてもミクリオの言い分の方が正しいだろうと考えている。

 

「でもそうすると天族の起源は何なのかとか、どうして天族と人間の姿がほとんど同じなのかとか、そんな疑問が湧いて来ない?」

「まあ、そうだな」

「実際にはミクリオの方が正しいとしても、この著者のように俺達では気づけない視点を知る事で『当たり前』が『疑問』に変わるってとても面白いと思うんだ!」

「……確かに。天族と人間の姿が同じことが自然だと無意識に思っていたけど、そう言われると不思議に思えてくるね」

「だろ?」

 

 二人は語り合いながら本棚の道を進んでいく。

 

 このような掛け合い、もとい意見の述べ合いは昔からよくやっていたことだ。遺跡探検の際、よく意見を述べ合っては相手を言い負かし、時に納得し合ったりしていたのだった。

 

 そうこうしている内に二人は長テーブルや椅子が並べられた開けた場所へと出た。

 

 そこには二人の女性天族であるライラとエドナが、片や上品な佇まいで、片やつまらなそうに、それぞれ手に持つ本を読んでいたのだった。

 

「お二人共お帰りなさい。なにやら楽しげな声が聞こえていましたが、お探しの本は見つかりましたか?」

「全然駄目」

「あらまあ」

 

 ライラに首を振って困ったように笑うスレイ。 

 

「だから言ったでしょ。人間が書いた本にドラゴンやら災禍の顕主やらの事が正確に綴られていたら、それこそ不自然よ」

 

 ドラゴンやその他の関連の本を探す前に忠告していたエドナは、眠そうにふわぁ、と欠伸をする。

 

「で、そういう二人は何を読んでいるんだ?見たところ関係無さそうな内容のようだけど」

 

 ミクリオが呆れながら尋ねる。記憶が確かならばこの二人にも頼んでいた筈だ。

 

「最初は探していたんですけれど、飽きてしまいまして……。わたくしはこの『物語』シリーズですね。主人公の少年もしくは青年が異性と出会うところから始まり、次第に仲間を増やし次々と訪れる困難と立ち向かいながら、最後は世界を破壊しようと目論む敵に打ち勝つ王道の冒険小説ですわ」

 

 そう言ってライラが見せたのは年季の入ったかなり厚みのある本だ。シリーズと言うだけあって『交響の物語』や『明星の物語』など、多数の話があるようだ。

 

「意外だな。てっきり恋愛小説物を読んでいるとばかり思っていたのに」

「勿論恋愛もありますわ!主人公を想い続ける幼馴染といった一途な恋模様から主人公を中心に構築されるドロドロの相関模様、果ては物語によっては幼馴染を殺しに来た暗殺者や担任教師まで虜にする主人公など様々ですわ!」

「と、虜って……」

「更に!親友同士のすれ違いや葛藤、仲間の裏切りなど、ドキドキさせるような展開が目白押しなのです!」

「ああ、そう……」

「どうです?ミクリオさんも一度読んでみますか?」

「い、いや…遠慮しておくよ」

 

 ライラが拳を握り力説しているが、何故だろうか。

 

 先程『当たり前』が『疑問』に変わる事が面白いと言っていたスレイと同じように純粋に目をキラキラさせているというのに、ライラからは全く別方向の気配が感じ取れる。

 

 少なくとも前半の説明はともかく、後半の説明で色々と台無しなので少しも読もうという気は起きなかった。

 

 そしてミクリオは心の中でライラとの距離をそっと空けるのだった。

 

 

 エドナが読んでいるのは本にしては珍しい薄い手帳だった。

 

『神秘のネタ帳』という意味深な題名から何が書いてあるのか気になるものの、読んでいるエドナがそれはもう非常につまらなそうにしていることから面白いものではないのだろう。

 

 というより、目線さえ動いていないのだから、恐らくは読んですらいない。

 

 

 そんな中、スレイが気になっているのはエドナの傍にある一冊の本だった。

 

「……『魔女と呼ばれた導師』?」

「…!」

 

 手に取ろうとするその前にサッとエドナに取り上げられてしまった。

 

「たまたま見つけたから、暇潰しに読んでただけよ」

「どんな内容だったの?」

「大したものじゃないわ。導師が貴族を騙して殺したってだけの話よ」

 

 それを聞いたスレイの表情が明らかに曇るが、エドナはそれを無視するように早々と棚に戻してしまった。

 

 

 

 そこへ見覚えのあるツインテールのメイドがやってきた。

 アリーシャ付きのメイドであるクロエだ。

 

 

 スレイを見つけるなり歩み寄って来る。

 

「またここにいらしたのですね。…もし何かお探しの物があるのでしたら、私共もお手伝いしますが?」

「大丈夫、俺達…っ、俺一人で十分だから!」

「……そうですか」

 

 つい当たり前のように天族達も含めて考えてしまうが、認識出来ない一般人からはこの書庫にスレイ一人だけに見えるのだ。

 それを思い出し慌てて言い直す。

 

 そんなスレイの態度に何やら思案気なクロエであったが、気を取り直して自身の用件を話す。

 

「お嬢様とマルトラン様が訓練場にてお呼びです」

「俺を?」

「はい。何でもスレイ様に教えたい技があるのだそうです」

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「来たな」

 

 訓練場ではアリーシャとマルトランが待っていた。

 

「お嬢様、お連れしました」

「ああ。ありがとう」

「では導師殿。クロエから聞いているだろうが、今から貴殿に私の技を伝授したい。構わないかな?」

「あ、はい!」

 

 スレイの返事に頷くと、マルトランは地面に突き立てられた太い木の棒に藁が何重にも巻かれた目標に対峙する。

 

 普段はこれで剣技の訓練をしているのだろう。

 

「…ふっ!」

 

 マルトランが槍の先を地面から空中へ、滑らせるように振るうと同時に放たれる衝撃波。

 地を這うように突き進み目標に激突すると、それは根元から裂けて木屑を撒き散らした。

 

「――『魔神剣』。この技の名だ」

「…槍なのに『剣』?」

「この技を編み出した初代は剣を使っていたと聞く。だが見ての通り、槍でも放つことは出来る。他の武器でも同様だろう」

「なるほど。そういえばこの技、蒼破刃に似てるような……」

「ほう。その技を知っているのか」

「はい。『木立の傭兵団』のルーカスが俺に教えてくれました」

「そうか。先を越されてしまったな」

 

 マルトランは言葉に反して面白そうに唇の端を吊り上げる。

 

「ちなみにアリーシャはこの技は習得済みだ」

「そうなの?」

「ああ。私は師匠(せんせい)と違って溜める隙が生じるから、あまり使っていないんだ」

「では導師殿、やってみてくれ」

「はい!」

 

 スレイは魔神剣を習得するべく、マルトランの指導を受けるのだった。

 

 

 

「師匠、私は……?」

「アリーシャは別の技の習得だ。まだ完全にものにしてはいないのだろう?」

「…!」

 

 そう問われ、これからする技がマルトランが得意の秘奥義『翔破裂光閃』であると思い至る。

 

「見ていたのですね。お恥ずかしい限りです」

 

 尊敬する師に未熟な部分を見られていたとあって、アリーシャは羞恥で顔を赤くする。

 

「何やら不思議な力が技量や威力を底上げして放つことが出来たようだが、そのような力に頼らずとも出来るようになっておかねばな。なに、今のお前ならばすぐに習得出来るだろう」

「はい!」

 

 

 そうしてスレイとアリーシャはマルトランの的確な指導の下、各々の技を完全に習得することが出来たのだった。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

「……何だ?騒がしいな」

 

 異変をいち早く察知したのはアリーシャだ。

 

 技の習得を終え、更にはマルトランとの模擬戦までしたスレイとアリーシャは、一足先に戻ったマルトランと違い訓練場でしばし休息を取っていた。

 

 だが普段とは違う周りの喧騒に気づき、スレイと共に己の武器を手に取り、警戒を強める。

 ミクリオ達天族も同様だ。

 

 

 怒号が除々に近づいてくる中、大きな跳躍と共に黒い靄を纏った獣がスレイ達の目の前に降り立つ。

 

 ハウンドドッグ。

 以前にも戦ったことのある犬型の憑魔だ。

 

「憑魔!?何でこんな所に……!?」

「詮索は後ですわ!」

 

 驚くスレイだが、ライラの言葉で疑問を頭の隅に追いやり構える。

 

 そして儀礼剣に霊力を流し始めたところで異変は起こった。

 

「な、ん……っ!?」

 

 胸を押さえ膝から崩れるスレイ。

 その異常な様子にアリーシャ達も気づいた。

 

「ぐうぅっ……!」

「スレイ!?」

「スレイ!?どうしたんだ!?」

 

 ミクリオやアリーシャが呼びかけるが、反応する余裕もない。額には汗が浮かんでいた。

 

 その一瞬を好機と捉えたのだろう。

 ハウンドドッグは鋭い牙を見せつけ獰猛に噛みつこうとする。だが。

 

「余所見は禁物ですわ!」

 

 その言葉は果たしてアリーシャ達に言ったものか、もしくは憑魔に言ったものなのか。

 

 ライラの放った多数の炎弾が次々に命中し、倒れたところを浄化して元の犬に戻した。

 

 

 

 皆が心配そうに見つめる中、時間が経過すると共にスレイの表情が和らいでいく。

 

 やがてアリーシャへと顔を向けた。

 

「も、もう大丈夫だから……」

「しかし……!」

 

 スレイが言うようにもう痛みは引いているようで、心配させないようにアリーシャに笑いかける。

 その顔を見て言葉を続けられず、とりあえず医者に診てもらおうと提案しようとするアリーシャだったが、続くスレイの言葉を聞いて頭の中が真っ白になった。

 

 

 

「――ところでアリーシャ、みんなは?」

 

 

 

「…………スレイ?何を、言って……?」

 

 言葉の意味を図りかねたアリーシャは眉を顰めるがしかし、嫌な予感が頭の中で警鐘を鳴らしている。

 

「ミクリオやライラ、エドナがどこに行ったのか知らない?さっきまでそこにいた筈なのに、急にいなくなったんだ」

 

 一瞬の間を要して、アリーシャは即座に振り返る。

 だが天族達は変わらずそこにいて、スレイの眼前に立っている。

 

 それが意味するところは、たった一つ。

 

「まさか、そんな……っ!」

「嘘……」

「スレイ、冗談だろう?頼むから答えてくれ!スレイっ!!」

 

 ライラは信じられないというように手で口を覆い、エドナは目を見開いて呟く。

 

 スレイの親友、ミクリオは目の前の事実を恐れるように、自分の声が届けと願うように叫ぶ。

 

 だがスレイはそんな親友に瞳を向けることもなく、何の反応も示すことはなかった。

 

 

 

 スレイは天族を認識出来なくなったのだ。

 







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41.真の仲間

「……え、あれ?なんで……まさか、俺……っ!?」

 

 アリーシャの尋常でない様子に、遅れて自分の身に起きていることを悟るスレイ。

 

 焦りと不安を織り交ぜながら目をよく凝らし、どんな小さな声も聞き逃さないとばかりに耳にも集中するが、何も変わらない。

 

「ア、アリーシャ…。みんなは…ミクリオは、今どこに……?」

 

 周囲の静けさに耐え切れなくなったスレイが呻くように尋ねる。

 

 アリーシャは無言のまま、指し示すように顔をある方向へ向けた。

 恐らくはその眼差しの先に、ずっと一緒に過ごしてきた唯一無二の親友がいるのだろう。

 

「……ミクリオ?」

 

 誰もいないその場所へ呼びかけてみる。

 

 だが、何も返ってはこない。

 

 実際にはその間もミクリオは幾度となくスレイに呼びかけているのだが、それを知るのはアリーシャと天族のみである。

 

 

 これがただの冗談であれば、どんなに良かっただろう。

 

 わっ!という声が響くと同時にミクリオ達が姿を見せ、皆一様に悪戯っぽく笑っていたなら、どんなに安心しただろう。

 

 

 まるで細い崖の道を目隠しで歩くかのように、覚束ない足取りでミクリオのいるであろう場所へ歩き、手を伸ばしてみるが空を切るだけ。

 

 

 ミクリオは視線も交わらないまま、自分の目の前で必死に手を振るう親友の滑稽(こっけい)な姿に、言いようのない(むな)しさと悲しさが湧き立つ。

 

 そしてついに耐えられないとばかりに膝から崩れ落ちた。

 

 今にも泣き出しそうな、くしゃくしゃに歪んだ酷い顔だった。

 

 

「どうして……っ、なんで、こんな……っ!!」

 

 ミクリオの悲痛な声が辺りに響くが誰もそれには答えない。

 

 

 自分の世界から取り除かれたかのように。

 自分が世界から切り離されたかのように。

 

 誰もいない。

 そこに存在していない。

 

 天族を認識出来ないということがどういうことなのかを、スレイは本当の意味で思い知ったのだった。

 

 

 

 どれだけの時間そうしていただろう。

 アリーシャはこれではいけないとばかりに頭を振ってスレイに話しかける。

 

「……とりあえず、私の屋敷に行かないか?ここに居るよりはまだ落ち着けるはずだ」

「…………そう、だね」

 

 今だ放心しているスレイだったが、何とか返事を絞り出す。

 

「ライラ様にミクリオ様、エドナ様もそれでよろしいですか?」

「……そうですわね。そうした方が良いでしょう」

 

 ライラは肯定し、エドナも頷いた。ミクリオは微動だにしないままであったが、ライラに促され何とか立ち上がった。

 

 

 そこへ一人の騎士がアリーシャの元へと駆け寄ってくる。

 

「姫様、お怪我はありませんでしたでしょうか!?」

「…大事ない。こちらへ来た魔物(・・)は私達で対処した。一体何があった?」

「それが…貴族街に迷い込んだ犬が突然魔物化したようです」

「そうか……。被害は?」

「目立った被害はありません」

「ならば良い。引き続き周辺の警護を頼む」

「はっ。承知いたしました」

 

 騎士はアリーシャに敬礼して去っていく。

 

 アリーシャ達もその場を後にした。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 ラウドテブル王宮から逸れた貴族街。

 その先にアリーシャの邸宅があった。

 

 ラウドテブル王宮とは比べるべくもなく、王女が住むにしてはややこじんまりとしている。

 建物の造りはしっかりとしていて開放的なテラスには光が十分に射し、庭は質素であるが上品に整えられていた。

 

 そしてそれはアリーシャの雰囲気にとてもよく似合っている。

 

 

 普段、アリーシャは側仕えであるただ一人のメイド、クロエと共にこの場所に住んでいるのだった。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。……如何されたのですか?」

 

 戻ってきた主人に対して恭しく頭を下げるクロエだが、アリーシャやスレイの表情が陰っていることに気づき、心配そうに尋ねる。

 

「いや……。クロエ、お茶の準備を――」

 

 頼む、と言いかけたところでアリーシャはある問題に気がつき、ライラ達天族に目を向ける。

 

 

 クロエを含め、一般人には天族が認識出来ない。

 

 そのため彼女にお茶を頼んだ場合、アリーシャとスレイの二人分のお茶しか用意されないことになる。

 

 だが実際には天族を含め五人いるのだ。

 

 来客用の椅子は揃っているため問題はないが、カップなどの食器等はそうではない。

 不必要に多く頼めば不審に思うだろう。

 

 だからといって尊敬するライラ達天族を居ない存在として扱うなどと、アリーシャにとって全くの論外だ。

 

 天族の存在は出来る限り秘密にする方針である以上、彼女に給仕をしてもらうわけにはいかなかったのだ。

 

「お嬢様?」

「ああいや、なんでもない。…お茶は私が準備しよう。クロエは仕事に戻ってくれ」

「え!?いえ、お客様がお出でになっているというのに、お嬢様にそのようなことをさせるわけには参りません。どうか私にお任せ下さい」

「それは……」

 

 言い淀むアリーシャへライラが合いの手が差し伸べられる。

 

「わたくし達のことは気にしないで下さい。その気持ちだけで十分ですから」

「わたし、お茶より甘いお菓子が欲しいわ」

 

 エドナの要求に思わずクスリと笑みを浮かべるアリーシャ。

 申し訳ないと目で伝えつつも、女性天族達の気遣いに心から感謝した。

 

「……そうだな、では頼む。蜂蜜を使ったうんと甘いお菓子も用意してくれ。茶葉は心が落ち着けるものが良いな」

「畏まりました」

 

 一礼して屋敷へ入るクロエを見届けると、アリーシャはスレイ達に椅子を勧めた。それぞれ着席していく。

 

 誰もいないはずの椅子がひとりでに動いたことでスレイはそこに天族の誰か座ったのだと知るが、それは何の気休めにもならない。

 

 

「スレイさんとミクリオさん……かなり参ってますわね」

 

 スレイとミクリオは先程より落ち着きを取り戻しているが、やはりまだ顔色は優れない。

 

「そうね。それにあなたもね」

「…え?」

 

 そしてエドナの指摘するように、ライラもまた普段の透き通った色白の肌が青みがかっており、その心中が穏やかでないことを如実に物語っていた。

 

 

 そうしている内にクロエがワゴンを押して戻ってきた。

 

 日光の光を反射する純白の見事な陶器の数々に、ケーキやクッキーなどの多数の焼き菓子が所狭しと乗せられていた。

 

 蜂蜜特有の甘い匂いが漂ってくる。

 

「ありがとう、クロエ」

「恐れ入ります。普段であれば私が給仕を務めさせて頂きたく思うのですが…。席を外した方がよろしいでしょうか?」

「導師殿と積もる話もある。そうしてくれると助かる」

「畏まりました。それでは何か御用がございましたらお呼び下さいませ」

「ああ。……すまないな」

「滅相もございません。それでは失礼いたします」

 

 最低限の準備を手早く終わらせたクロエは、アリーシャとスレイに一礼し屋敷の奥へと戻って行った。

 

 

 待ってましたとばかりに焼き菓子を物色するエドナだが、あることに気がついた。

 

「…ねえ、カップの数が多いわよ」

「え?」

 

 見ればカップの数は六つ。

 スレイとアリーシャだけであるならば、明らかに過剰だ。

 

 しかしこの場に普通は見えない誰かの分まで想定していたのなら、それは納得のいく数だった。

 

「彼女は感づいていたようですわね」

「……そのようですね」

 

 カップの数が余計に一つ多いことからも確信していた訳ではないのだろう。

 

 アリーシャは要らぬ気苦労を背負わせてしまっているという一抹の罪悪感と共に、良く出来たこの自慢のメイドを、主人として誇らしく思った。

 

「言うまでもないとは思いますが、彼女は信頼に値するのですね?」

「はい。私が保証します」

「でしたら何の問題もありませんわね。とりあえずそのことは置いておいて、スレイさんの現状について話しましょう」

「スレイは……もう一生このままなのか?治す方法は?」

 

 アリーシャはお茶の準備を進めていく。

 

 そんな中、ミクリオが内心の焦りを現すかのようにライラに投げかける。

 それに対してライラは静かに首を振った。

 

「わかりません。わたくしも、このようなことは初めてですから」

「そんなっ!?」

「ミクリオ様、どうか落ち着いて下さい」

「……っ」

 

 興奮するミクリオを宥めるアリーシャ。

 

「ミクリオ、何か言ってた?」

 

 そこへスレイが尋ねてくる。

 スレイからして見れば、天族達の状況を知る手がかりがアリーシャしかないのだ。

 

 親友の名前が出れば尚更気になるというものであった。

 

「治す方法がないか聞いたミクリオ様に、ライラ様がわからないと答えたんだ。そしたら――」

「ミクリオが怒鳴った、って感じかな。ああ見えて結構怒りっぽいからなぁ」

「……はぁ。まったく、誰のせいだと思ってるんだ」

 

 親友の焦る姿を想像し苦笑するスレイに、ミクリオの焦りが萎み、呆れに変わっていく。

 場の雰囲気もいくらか和らいだようだった。

 

 

「落ち着いたようで何よりですわ」

「そこににいる、のほほんとした誰かさんのお陰でね」

「うふふっ。…では順番に整理していきましょう。まずスレイさんの症状についてですが、やはり突然認識出来なくなるというのは通常あり得ないことですわ」

「……何が原因があるということか?」

「はい。そして発症のタイミングが先程霊力を使った直後ですので、霊力に関連した変調であると考えると、思い当たる原因が二つあります」

 

 ライラは細い指を二本立てる。

 

「一つはかの者、災禍の顕主の黒い靄に侵食され、干渉されたためでしょう」

 

 災禍の顕主に掴まれた際、スレイは干渉されて神依(カムイ)を強制的に解除されている。

 その時嘔吐していたことからも変調の切っ掛けになったと言えなくもない。

 

 

 そしてもう一つは。

 

「……僕と融合した神依モドキのせい、か」

「……はい。恐らくは」

 

 最後の一幕、スレイとミクリオは融合し、神依にも似た力でヘルダルフに一矢報いた。

 

 だがそもそもミクリオは神器化することが出来ず、スレイと神依を発現させることが出来ない。

 更に付け加えるなら、あれが神依であったかどうかすら不明なのだ。

 

 であれば、スレイにどんな変調が起こったとしても不思議ではない。

 

「わたくしが思うに、どちらかもしくは両方が原因でスレイさんの体に急激な負荷がかかり、天族を受け入れることの出来る器としてキズ(・・)が出来てしまったのではないかと考えますわ」

「キズ、か……」

 

 ライラの説明にミクリオは腕を組み、考える。

 

「仮にライラ様の言った通りだとすれば、それは自然に治癒するものなのですか?あるいはミクリオ様の天響術で傷を治すことは出来ないのですか?」

「自然に治るのであればそれに越したことはないのですが、こればかりは何とも言えませんわね」

「肉体的な傷なら僕でもどうにか出来るかもしれないけど、天族を受け入れることの出来る器のキズと言われても、どこを治せば良いのかわからないな」

「精神的なもの、と捉えた方が良いでしょうね。……アリーシャさんありがとうございます。あら、美味しい」

「この香りはカモミールですね」

 

 お茶を注ぎ、手際良く渡していく。

 

 

 ちなみにスレイはアリーシャからカップ受け取り時折口をつけ、そして話す言葉に真剣に耳を傾けつつ、テーブルの上からひょいひょいと消えていくケーキやクッキーに目を奪われては、興味深げに頷いていた。

 

 

 アリーシャ、ライラ、ミクリオの三人が頭を悩ませる中、お菓子を摘まんでいたエドナが口を開く。

 

「いっそ見えなくなったままの方が良いんじゃない?」

「なっ……!いくら何でも言って良いことと悪い事があるだろう!?」

「そうですわエドナさん!あんまりですわ!」

 

 ミクリオとライラが叫ぶがエドナに意を介した様子は見られない。

 

「……どうして、そのように思われるのですか?」

 

 アリーシャは自分も思わず言いだしそうになる気持ちを抑え、エドナに真意を問いかける。

 

 

「三すくみって知ってる?」

 

 エドナはケーキを手に取り、三角形の頂点の位置に均等に並べる。

 

「憑魔は人間に害を為し、その憑魔を導師が浄化する。なら導師は?」

 

 一つ一つ指で示し、最後に三つ目のケーキを持ち上げるとパクリと食べてしまった。

 

「人間に破滅させられる。期待され、疎まれ、勝手な欲望に翻弄され、大抵の導師は悪い結末を迎えるわ」

「……っ。それは導師の宿命ですわ。それに、スレイさんがそうなると決まってるわけではありません」

「そうね。でもだからこそよ」

「……何が言いたいんだ?」

「導師としての『力』を持っていてさえ、宿命から逃れられずに大半は自分を犠牲にする。なら『力』を失った導師の末路はもっと悲惨なはずよ。元に戻るかも知れないなんて下手な希望を抱いたまま導師を続けたら、きっとスレイはボロ布のようになって、死ぬわ」

「……」

「だったらいっそ全部投げ出して、普通の人間として暮らしていった方がこの子にとって幸せかもしれないわ。まあ、最初の内は相当大変でしょうけど」

 

 エドナの辛辣な物言いにアリーシャ達は押し黙る。

 

 スレイがまた認識出来るようになる事が一番望ましく、それを前提に物事を進めていくことがこれからの最善だろう。

 

 だが同時に、治るという確かな保証が無い以上『もしも』の場合も考慮しておかなければならないのだ。

 

 

 アリーシャがスレイに今までの話を伝えると、しばらく考えた後で笑みを浮かべて言った。

 

「…ありがとう、みんな。なんか俺、すげー嬉しい」

「へ?」

「は?」

「はあ?」

 

 ライラ、ミクリオ、エドナが揃って呆気に取られる。

 明らかに今の状況で出るような言葉では無かったからだ。

 

 スレイが気にせず、いや気づかずに続ける。

 

「みんなの事が認識出来なくなって、どんな話をしてるんだろうとか、嫌な想像ばかり浮かんできて不安だった」

「スレイ……」

「けどアリーシャの話を聞いて、みんながこんなにも俺のこと真剣に話してくれてるってわかって、嬉しいって思ったんだ」

 

 相変わらずミクリオの声は届いていないが、スレイは目の前に彼らがいると信じているため、話す言葉は淀みない。

 

「俺は、導師の使命を投げ出したりはしない、というより続けていきたい、かな。戦争のこと、ドラゴンのこと、災禍の顕主のこと。色んなことを知って、そのままにしたくないって思ったから。導師を続けていけるかはわからないけど……」

「……馬鹿ね。導師の使命なんて、ぱーっと忘れちゃえば簡単なのに」

 

 エドナが独り言のように呟くが、聞こえているのはアリーシャと天族のみだ。

 

 

 

「……天族の皆様、先立つ無礼をお許し下さい」

 

 突如アリーシャが立ち上がり、天族達へ謝罪した。

 

「…?はい……?」

 

 アリーシャの唐突な行動に意味を図りかねた天族三人は顔を見合わせる。

 その間にアリーシャは移動し、ミクリオの後ろに立つとそっと両肩に手を置いた。

 

 ミクリオの頬に朱が交じる。

 

「ア、アリーシャ?」

「スレイ。ここに君の親友、ミクリオ様がいらっしゃる」

 

 そういうと次にライラ、その次にエドナへと歩み寄る。

 

「こちらには湖の乙女のライラ様が。こちらにはエドナ様がそれぞれいらっしゃる」

「ちょっと。わたしには何もつけてくれないの?」

 

 顔を上げて睨むエドナに、アリーシャは微笑んだ。

 

「ふふっ。そうですね…妖精のように可愛らしいエドナ様、ですね」

「フフン。なら良いわ」

「イタズラや悪口ばかりで全く悪びれないからか。なるほど、言い得て妙だな」

「……」

 

 (すね)をガツンと蹴り込む。

 声にならない悲鳴が上がった。

 

「スレイ、覚えているか?聖剣祭で君が意識を失い、そして目を覚ました後の事だ」

「勿論。懐かしいな、もう随分前のことみたいだ」

 

 天族がいることを悟ったアリーシャに、スレイは身振り手振りで表現し、教えたのだった。

 

「あの時の感動は今でも胸に残っている。私にとっては忘れることの出来ない思い出だ」

 

 その時まで本の中だけの存在だった天族の声を聞いた時。

 そして従士契約をして初めて天族を目にした時。

 

 かつての少女(アリーシャ)が夢見た世界が、現実となった瞬間だったのだ。

 

「君がまた認識出来るようになるのかどうかは、私にはわからない。導師を続けるのか、それとも辞めるのかも、君自身が決めることだ。だがこれだけは言える。私は君の従士として、そして友として、君が宿命などというものに押し潰されない様に支えになりたい。私はこれからも君の助けになりたいと、心から思っている」

「アリーシャ……」

 

 真っ直ぐな瞳に見つめられスレイは心は揺れる。

 

「……なあ、アリーシャ。アリーシャはあの時、どうしてすぐに天族の事を信じられたんだ?正直、今もまだ不安なんだ…。多分俺、アリーシャがいなかったらすごく取り乱してたと思う。それなのにどうして……」

 

 不安を露吐するスレイに対し、アリーシャはくすりと笑みを零した。

 

「私があの時すぐに信じられたのは君のお陰だ」

「俺の?」

「ああ。聖剣を抜いたから、ということもある。だがスレイはあの時、そこに天族様がいることがごく自然であるように笑顔で話していた。天族様の存在も信じていたが、何よりも君を信じていたから」

「俺を……信じた?」

「ああ。君が今、私を信じてくれているように」

 

 今のスレイが、かつてのアリーシャだっただけのこと。

 今のアリーシャが、かつてのスレイだっただけのこと。

 

 信じることに大層な意味などは無く、ただそれだけなのだ。

 

「そっかぁ。そうだよなぁ……。よぉし!」

 

 スレイは心を切り替えるように顔を叩いて気合いを入れる。

 

「くよくよするのはもう止めだ!今すぐどうにかなることでもないし、みんなは確かにここにいる。今はそれだけで十分!」

 

 

 迷いや不安を全て取り去ることは出来ないが、今はこれで良い。

 完全に頭を切り替えたスレイはアリーシャと今後の事を話し始めるのだった。

 

 

 

「……真の仲間か」

「は?」

「何ですか?それ」

 

 一方、調子の戻ったスレイを見て表情を和らげる天族三人。

 

 そんな中、ミクリオが事も無げに呟いた言葉にエドナとライラが疑問符を投げかける。

 

「以前ジイジが言っていたんだ。『同じモノを見聞き出来ねば、共に生きる仲間とは言えん』って。その時はスレイと同じ『天族を認識出来る人間』だけがスレイの本当の仲間になれると言っているんだと思っていたけれど……」

「今は違うと?」

 

 ミクリオは頷く。

 

「例えばリスウェルで襲撃してきた暗殺者は、スレイと同じように『天族を認識出来る人間』だった。けどあいつらがスレイの本当の仲間だなんてことは絶対にない。なら、今見聞きしているものが違うスレイとアリーシャは?」

「まあ、有り体に言っても仲間と言えるかもね」

 

 話し合う二人を見てエドナが相槌を打つ。

 

「僕もそう思う。ジイジが言っていた『同じモノ』というのは『全く同じ景色』ではなくて、『たとえ見え方が違っても同じ本質』なんじゃないか、とね」

 

 今のスレイとアリーシャの景色は同じモノではない。

 

 だが彼らは互いの見ている景色をそれぞれ信じ、異なる考えを理解し、共感している。

 同じ本質の柱を別々の視点で見つめ、その違いを正しく受け入れている。

 

 ミクリオはジイジの言っていた『仲間』とは、この二人のような関係を示していたのではないかと思ったのだ。

 

 

「なるほど~。考えさせられるお話ですわね。ところで、そうなると人間でないわたくし達はどうなるのでしょう?」

「え?いや……仲間なんじゃないか?」

「何ですかその煮え切らない態度!ミクリオさんは、わたくし達はスレイさんやアリーシャさんの真の仲間ではないと言うのですか!?」

「急にそんなこと言われたって答えられるわけないだろう!」

「エドナさんはどう思います!?」

「どうでも良いわ」

「そんなぁ!」

 

 二人の同意を得られずよよよと泣き崩れるライラ。

 そんないかにも演技ですと言わんばかりの胡散臭さに呆れた顔をするミクリオであったが、ふと視線を感じて目を向けると、スレイが凝視していた。

 

 そしてミクリオの勘違いでなければ、確かに視線が合った(・・・・・・)のだ。

 

「……スレイ?まさか、僕達が見えて……?」

「薄らとだけど、段々見えてきた!声も……!」

 

 それからは大騒ぎだった。

 

 

 ライラは喜びつつもほっと胸を撫で下ろし、エドナは嫌みを言いつつも口の端が上がっていた。

 

 ミクリオは破顔させ、目端に涙を浮かべてスレイと喜び合っていた。

 

 アリーシャはそんな二人を見つめ、心の底から嬉しそうに笑っていた。

 

 

 

「ところでさっき仲間がどうとかって話してなかった?」

「その辺りから聞こえていたのか。それは――」

 

 ミクリオが説明するとスレイは納得したように頷き、そしてさも当然のように言った。

 

 

「そんなの決まってるじゃん。アリーシャもミクリオもライラもエドナも、みんな俺の大切な仲間だよ!」

 




如何でしょうか?

原作等では割とあっさりめなので、見えなくなったらどう感じるのだろうと考えながら書いてみました。


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42.赤裸々

 スレイは3人の騎士に囲まれていた。

 

 

 普段から愛用している儀礼剣を手に、距離を取りながら油断無く構える。

 対する騎士の武器は二人が剣を、一人が槍をそれぞれ手にしている。

 

 剣を持つ二人がスレイに迫る。

 一人は正面から、もう一人は横合いから繰り出す刃を受け止め弾き、時に避けながら相手と自分の位置取りに注意しつつ、必要に応じて力の強弱をつけて儀礼剣を振り、優位に立ち回る。

 

 死角に入られないよう動き回り、槍を向けられれば剣を交える騎士達を常に間に立たせて盾にし攻撃させない。

 

 騎士達の連携に隙が生じたところで、スレイは状況を一気に崩すために技を繰り出した。

 

「魔神剣!」

 

 振り抜かれた儀礼剣から放たれる地を這う衝撃波に騎士は体ごと吹き飛ばされ、丁度後ろにいた槍を持つ騎士を巻き込み仰向けに倒される。

 

 技を繰り出した際の隙を逃さないとばかりに騎士が剣を振り上げるが、スレイはそれを易々と避けて反撃した。

 

「蒼破刃!」

 

 至近距離で青い衝撃波を受けた騎士は咄嗟に剣で防御するも、大きく弾き飛ばされる。

 

 仲間がクッションになったことで地面に叩きつけられなかった騎士が起き上がり、剣に手を伸ばそうとしたところで喉元に儀礼剣の切っ先を突き付けられ、戦闘は終了した。

 

 

「それまで!」

 

 やや低めの女性の声が周囲に響き渡る。

 

 

 

 スレイは現在、レディレイクの訓練場にて教導騎士マルトランの指導の下、多対一の戦闘訓練を受けていた。

 

 

 ここ最近は城下の人々や兵士達と交流しつつ、大小様々な依頼を受けていた。

 

 そのため導師スレイの評判は上々だ。

 

 

「ふむ。以前に比べて大分動きが良くなったな」

「ありがとうございます!」

 

 スレイは素直に礼を述べる。

 

 

 聖剣祭でマルトランが見たスレイの戦いぶりは、剣を扱えるが戦闘経験に乏しく、まだまだ未熟なものだった。

 

 だが今はルーカスやマルトランによる戦闘訓練で足りていなかった技術が補われ、スレイ独自の剣技を十分発揮出来るようになっていた。

 

 スレイの技術が急激に伸びたのはルーカスやマルトランの的確な教えのためでもあるが、その他にイズチで培われた反射神経や勘の良さ、導師になったことによる身体的な強化に加え、生来の素直さなどがしっかりと噛み合ったためであった。

 

 

 儀礼剣を引いて目の前の女性騎士に手を差し伸べるスレイ。

 握手をするように握り返し立ち上がる。

 

「大丈夫?」

「はい。我々は日頃からマルトラン様からの鍛練を受けています。これくらいは何でもありません」

 

 怪我を心配するスレイに女性騎士は笑顔で応じた。

 

 

 

 再び天族を認識することが出来たスレイだったが、完全に治った訳ではなかった。

 

 今は元通りだが、霊力を使うと途端に見えなくなり胸に激痛が走る。と言うのも、痛みとミクリオ達が見えなくなる恐怖に耐えて一度検証したため判明したことだ。

 

 

 まず霊力は一瞬しか使うことが出来ず、使うと胸に激痛が走ること。

 そして一度使うと再認識出来るようになるまで一時間程待たなければならないことの二つ。

 

 認識出来るようになってからスレイも交えて話し合ったが、やはり治療の案は出なかった。

 そのためとりあえずその事は脇に置き、当分は極力霊力の使用を控えつつ、鍛練や情報集めに注力しようということになった。

 

 先程まで行っていた女性騎士達との戦闘もその一環だ。

 

 

「お疲れ。調子はどう?」

「うん。大分感じが掴めてきた。憑魔や魔物を相手にするのと、人を殺さないように加減して相手にするのとじゃ、かなり勝手が違うみたいだ」

「そうだね。普通の人間に比べて君は力が強くなっているんだ。気絶させるつもりがうっかり殺してしまったとなったら、取り返しがつかないことになる」

「だな。ルーカスやマルトランさん達に感謝だ」

 

 話しかけてきたミクリオに相槌を打つ。

 

 

 イズチという特殊な環境で育ったスレイは、対人戦闘の経験が乏しい。

 

 ミクリオとの手合せは何度もあるが、それでも子供のチャンバラの延長上に過ぎない。

 しかもミクリオは純粋な杖術使いではなく、水の天響術を主体とした戦い方だ。

 そのため本気で剣を振るうのはウリボアなどの獣や魔物が相手だった。

 

 

 また、導師となって肉体が強化されたことにより力の加減が困難となった。

 

 憑魔や魔物であれば全力で剣を振るっても問題はないが、相手が人である場合はそうはいかない。

 力任せに振るえば盾を破壊出来る程なのだから、その力で人の頭や胴を攻撃すればどうなるかは想像に難くない。

 

 

 ここ数日の鍛練である程度の手加減のコツを掴んだのだった。

 

 

「マルトランさん、俺はこれで戻ります」

「ああ。いつでも来ると良い。今度は私自らが相手をしよう」

「えっと、お手柔らかにお願いします」

 

 好戦的に微笑むマルトランにスレイは苦笑いを浮かべる。

 

 アリーシャから聞いたところによると、マルトランは素の状態であのヘルダルフと数合打ち合ったとスレイは耳にしている。

 

 神依(カムイ)を使わずにこの女傑に勝つのは難しいだろうな、とスレイは思ったのだった。

 

 

 

「それで、これからどうする?」

 

 王宮内に宛がわれたスレイの部屋に戻る途中、ミクリオが尋ねる。

 

「うーん、そうだな……。とりあえず憑魔の情報を集めて浄化していこう。災禍の顕主の事は今は置いておくとしても、憑魔は放っておけない」

「わたくしは賛成ですわ。ですが浄化は……」

「俺の体が元に戻るまでの間は、みんなに頼ろうと思う。それまではみんなに迷惑かけると思うけど……」

「全くだわ。ミボも浄化は弱くて当てにならないし、ホント男は頼りにならないわね」

「…っ」

 

 エドナの言葉に反応するミクリオだが、エドナに言い返す間もなくライラが割って入る。

 

「まあまあ。わたくしとエドナさんに、アリーシャさんも浄化が出来るようになったのですから良いではないですか」

 

 グレイブガント盆地からの帰還中、ライラはアリーシャの短剣を調べていた。

 

 短剣には確かに光の天族の御霊(オーブ)を宿しており、アリーシャが憑魔の浄化や天響術を行使出来たのもこのためだった。

 

 

 だが同時に不可解な事もある。

 

 アリーシャによると、この短剣はまるでアリーシャの意志を汲み取ったかのように、自動で天響術を発動させたのだと言う。

 

 御霊は意志を持たない霊的構造体、つまり端的に言い換えるならば『浄化』や『天響術』の機能が備わっているだけの、ただの『物』だ。

 

 そのためミクリオのように所持している者が能動的に行使しない限り、自ら効力を発揮するようなことはあり得ない。

 

 

 剣の腹に刻まれていた真名にしてもライラやエドナには見覚えのないものであり、天族に取って大事な御霊を何故この短剣に宿していたのかも全くの謎であった。

 

 またライラ達天族は短剣を使っての光の天響術を発動させることが出来ず、アリーシャは試行錯誤の末微弱ながら行使出来た。

 

 そのため、目下アリーシャは天族達の指導を受けながら術の行使の練習中である。

 

 

「万が一わたし達でも浄化出来ない憑魔が現れた時はどうするの?」

「その時は俺とライラが神依で浄化する。一瞬だけ霊力が使えるってことは、神依でも同じだろうから」

 

 様々な弊害はあるがその場合は致し方ない。

憑魔を浄化しないまま放置することなどは出来ないのだ。

 

「そう。なら良いわ」

 

 エドナも納得する。

 

 

 

 そうこうしている内に扉の前へと到着した。

 

 部屋は来賓の者を泊める場所だけあって細やかで上品な意匠がそこかしこに見られ、寝室やラウンジ、ダイニングなどいくつも扉で仕切られている。

 

「情報集めも大切ですが、まず先に汗を流しては如何ですか?朝からずっと動いていましたし」

 

 模擬戦を長時間続けていたスレイはよく動き回っていた。

 

 そのため多量の汗をかいており、青い上着の所々が色を濃くしている。

 

「確かに汗でベトベトだし、このままだと服も臭くなりそうだ。ミクリオ、いつものあれ(・・)よろしく!……ミクリオ?」

「…え?あ、ああ。わかったよ」

 

 思いつめたような顔をしていたミクリオは、スレイの声にはっと顔を上げて頷いた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 アリーシャは手に持つ報告書に目を通しつつ、王宮内の通路を一人歩いていた。

 

 報告書の大部分は今回の戦争のものであり、その中には『木立の傭兵団』や『セキレイの羽』への請求書類も当然含まれている。

 

 緊急事態であったために、平素であれば目も眩むような金額が記載されているが、それは手続きをすることでハイランド王国が支払うことになっているので問題は無い。

 

 それよりもアリーシャの頭を悩ませているのは報告書と共に自身の手の中にある一通の封書であった。

 

 

 スレイ達の部屋に到着したアリーシャは扉をノックする。

 

「はーい。アリーシャさんですか?」

「そうです。スレイは今居ますか?」

「ええ。今開けますね」

 

 そう言ってライラは扉を開けて出迎える。

 

 促されるままに入室したアリーシャ。

 

 だが周りを見回してもスレイの姿は見当たらない。ミクリオもだ。

 

「どうなさいました?」

「スレイに渡す物があるのでこちらに赴いたのですが、スレイは……?」

「スレイさんでしたら――」

 

 ライラが伝えようとするその前に、側にいたエドナが急に割り込んできた。

 

「大変よアリーシャ。スレイが変なの……!」

「…!スレイがどうしたのですか!?」

 

 一瞬驚いたアリーシャだが、エドナの普段では見られない狼狽えた様子にただならない気配を感じ取る。

 

「ここに来るまでにひどい汗をかいていたの。それで、戻ってくるなり閉じ籠って……」

 

 そう話すエドナの声は、震えている。

 溢れ出しそうな感情を抑えるようにエドナは顔を両手で覆い、一層しおらしい仕草を見せる。

 

 その姿は華奢な少女の見た目も相まって、とても儚げだ。

 

 アリーシャには、エドナが今にも泣き出しそうに映った。

 

「エドナ様、スレイは今どこに!?」

「その扉の向こうにいるわ。スレイは今頃……っ」

「っ!」

「あっ、待って……」

 

 ライラの制止も聞かず、アリーシャはドアノブに手をかける。

 

 

 今思えば、スレイにはたまに物事を自分で抱え込もうとする節がある。

 

 平気そうにはしているが、今の天族が認識出来なくなるかもしれない状態は、精神的には相当辛いに違いない。

 

 胸に走る激痛も、思っていたよりもずっと深刻だったのかもしれない。

 

 従士であるというのに体調の変化に気づけなかった事を悔やみ、自責する。

 

 

 ミクリオ様の姿が見えなかったということは、スレイと一緒にいるのではないか。

 もしかしたら少しでも痛みを和らげようと天響術を使っているのかも知れない。

 

 

 そんな想像がアリーシャの脳内を瞬時に駆け巡る。

 

「スレイ、無事かっ!?」

 

 そしてアリーシャは、勢い良く扉を開け放った。

 

 

 

 

 

「――ちょうど裸でいると思うわ」

「あ」

「え?」

 

 アリーシャの後ろから聞こえてくるエドナの楽しげな声。

 口を半開きにするミクリオ。

 

 そしてアリーシャへと振り向くスレイ。

 

 

 

 

 ――時が固まった。

 

 

 

 

「なっ…なっ…なっ…なっ……!!?」

 

 扉を開けたままの体勢で動きを止めるアリーシャ。

 そして瞬時に顔を真っ赤に染め上げた。

 

 目はこれでもかと見開かれ、口をパクパクと開いたり閉じたりを繰り返している。

 その様は酸欠状態を起こしているようにも見え、事実、この瞬間は息の仕方など頭から吹き飛んでしまっているに違いない。

 

 

 何故そのような様相になったかと言えば、答えは単純。

 目の前のスレイがほぼ全裸だったから。

 

 正確にはパンツのみ着ている状態だが、どちらにせよ普段顔以外の肌が見えないスレイとは、露出の度合がまるで違う。

 

 更には引き締まり、かつ筋肉のついた肌を伝う汗が微妙に光を反射させ、よくわからない妖しさを引き出していた。

 

 

 ミクリオはと言うと、スレイの横で水球を浮かべていた。

 

 スレイから受け取った衣服を石鹸と共に水球に放り込み、水流を操作して撹拌(かくはん)していた。

 要するに洗濯をしているのだ。

 

 水の天族であるミクリオは自在に水を操作出来る。

 そのため洗うことは勿論、水分を抜いて乾かすことも容易だ。

 

 水の天響術は日常生活において、非常に便利な術と言えるのだった。

 

 

「きゃああああっ!」

「えぇっ!?」

 

 我を取り戻したアリーシャが叫び声を上げる。

 裸を見られた側であるのに、何故か叫ばれたスレイは非常に困惑した。

 

 ちなみにライラは顔を赤くして手で顔を覆いつつも、細い指の隙間からばっちり見ており、エドナに至っては取り繕おうともせず、ニヤニヤ顔を浮かべて上から下までしっかりと視界に収めていた。

 

 

「う…ぁ…ああの、こ、これはその…わざとではなくて!だ、だから……!」

 

 アリーシャは明らかに狼狽していた。

 何か言わなければと思いながらも、空回って上手く言葉に出来ない。

 

「と、とりあえず良いから、早く閉めて!」

「す、すすまない!」

 

 バンっ!と音を立てて閉められる扉を背にして、アリーシャは疲れ切ったように息を切らしていた。

 

「興奮した?」

「してませんっ!!」

 

 アリーシャはエドナの言葉を即座に否定する。

 

 興奮はしていた。

 ただしスレイの裸を見たからではなく、見てしまったがための羞恥によるものだが。

 

「スレイのくせに、なかなか良い体してたわね」

「普段は服や衣でわかりませんが、思った以上に鍛えられてましたわね」

「子供っぽい顔は減点ね。でも後五年か十年もすれば良い男になりそう。ね?アリーシャ?」

「わ、私に振らないで下さい!」

「どうして?筋肉のついた男の体って芸術的だと思わない?」

「た、確かに鍛え上げられた武人の肉体は、そ、その…芸術的だと思いますが……」

「アリーシャさん、はしたないですわ!」

「い、いえ!あくまで一般論で、私がそういう趣味という訳では……」

 

 そう言いつつ、脳裏に浮かぶのは先程見た光景だ。

 

 程良く盛り上がった胸や腹筋、くっきりと浮かぶ鎖骨、背中からお尻にかけての引き締まったラインなど、思い出しただけで顔が熱くなってしまう。

 

 はっと気がつくと、目の前にはエドナのニヤニヤ顔がそこにあった。

 

「興味、あるんでしょ?」

「いえ、その……」

「あるんでしょ?」

「……な、無いことも無いかもですが……」

「ふぅん。……エッチな子ね」

「ハレンチですわー!」

「なっ!ち、違います!私は――!」

 

 アリーシャの必死な弁明もエドナとライラには届かない。

 ガールズトークはしばらくの間続くのだった。

 

 

「全部聞こえてるんだけど……」

「全く、何やっているんだか……」

 

 そして、扉の前で話しているために、アリーシャ達の会話はスレイ達に筒抜けであった。

 当事者であるスレイは耳を赤くし、ミクリオは処置なしとばかりに呆れ返っていた。

 

 

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 

 

 騒ぎが治まりスレイも着替え終わった頃、ようやく本題に入ることが出来た。

 

 アリーシャにはまだ赤みが残り、微妙にスレイを直視しようとしない。

 

「それで、俺に渡したい物って?」

「あ、ああ。これなのだが……」

 

 アリーシャは封書を手渡す。

 

 受け取って開いて見ると、どうやらそれはハイランド王国国王からのパーティの招待状であった。

 

 

「これは?」

「今回の君の活躍を祝して、という名目でパーティが開催される。その主役として是非出席して欲しいそうだ」

 

 そう告げるアリーシャの顔は曇っていた。



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