一般人は毒を吐く。 (百日紅 菫)
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生身の一般人編
IS学園初日です


やべえ、1話でもう一個の方に主人公の時系列追いついてしまった……


IS学園。

その名の通り、ISに乗れる少女達がISに関して専門的な勉強をする学校だ。倍率は1万を越え、普通科目ですら全国上位の、いわば天才の集まる学校。

そんな高校の入学式に、俺を含め三人の男子が参列していた。

正直理事長や生徒会長の長ったらしい歓迎の言葉なんて耳に入らない。それは他の男子も同じらしく、一人は呆然としているし、もう一人はこれからの学園生活に思いを馳せているようだ。端的に言うと妄想してる。

とりあえず、今は耐えよう。

申し遅れました、佐倉真理と申します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「では、自己紹介をお願いします」

 

1年1組の副担任らしい山田真耶先生が、生徒が一人も反応を示さない事に動揺しながらも、入学初日のHRを進めて行く。

『あ』から始まり、順番が『お』まで来た時、クラス全員が息を飲んだ。

織斑一夏の順番が来たからだ。

ちなみに俺は織斑の左隣、もう一人の、えっと、誰だっけ…まあ、そいつは俺の真後ろに座っているのだが、何故か機嫌が悪そうだ。

しかし、いくら待っても織斑一夏の自己紹介は始まらない。いや、俺はいいんだよ?名前くらいなら知ってるし、そもそもこの学園で楽しくやろうなんて思ってないし。だけどね、周りの女子が怖いんだよ。楽しくやるつもりなんてないし、たった三人とはいえお前等男子どもとも仲良くするつもりは無い。

中立であり続ける事が俺の信条だ。

だからといって、最初っから微妙な雰囲気なんて……問題ないわ。

 

「織斑君?織斑一夏君!」

「は、はいっ!?」

 

痺れをきらしたのか、山田先生が織斑一夏の名前を呼ぶ。それに反応した織斑一夏が驚き立ち上がるが、今度は山田先生が驚き、涙目になり謝罪しつつ自己紹介するよう懇願している。

傍目からみれば教師を泣かす不良生徒のようだ。

まぁ、俺にとってはやはりどうでもいい事だ。

 

「織斑一夏です」

 

だけ?いや別にいいけど。終わりなら次の奴早く始めてください。

しかし周りの女子がそれを許さない。ギラギラとした目で織斑一夏を見ている。さあ、どうするんだ?

頬杖をついたまま織斑一夏を見る。

 

「………以上です」

 

女子が全員ずっこけた。俺の後ろの奴はにやにやと笑っている。余程自分の自己紹介に自信があるのだろうか。

そんな事を考えていると、織斑一夏の頭からやけに小気味いい音が響いた。

 

「げぇっ、関羽!?」

「誰が三国志の英雄か、馬鹿者。自己紹介もまともにできんのか」

 

音の正体は織斑一夏の頭に振り下ろされた出席簿のようだ。まじか、出席簿ってそんな音出るんだ。てか暴力教師やんけ、こんなクラス願い下げだわぁ。

 

「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。私の仕事はお前たち新人を一年で使い物にすることだ。

 私の言う事をよく聞き、理解しろ。できない者はできるまで指導してやる。いいな」

 

暴力に命令形の言葉。碌な教師じゃねぇな。明日は休もうかな。

そんな事を考えていると、教室が嬌声で包まれる。織斑先生の言葉に反応したようだ。……どこにそんな反応をするようなポイントがあった?

 

「はぁ。次、自己紹介を続けろ」

「は、はい!」

 

織斑一夏の後ろに座っている女子が立ち上がり、自己紹介が再開される。

そして、俺の順番が来た。正直、ここの学園で仲良しこよしするつもりはない。これといった目標はないが、ISなんか乗るつもりはないし、IS関連の職に就く気もないからなあ。

 

「佐倉真理です。好きな物は特に無し。嫌いな物はISです。他2人の男子と違い、一般的な生まれです。よろしくお願いします」

 

周囲のざわついた雰囲気に多少気を取られながら席に着く。と同時に後ろの席で勢い良く立ち上がる。

元気いいなぁ、何かいい事でもあったのか?

 

「澵井巧だ。澵井ISコーポレーションの専属操縦者で専用機も持っている。IS学園の三年までの課程は修了してる。以上だ」

 

割と普通の自己紹介だな。自己顕示欲は強そうだけど。澵井が席に着いた瞬間、織斑先生が入って来たときとは違う嬌声が教室を包んだ。

 

「きゃ〜!」

「男子!しかも三人とも!」

「爽やかイケメンに俺様系!?」

「…もう一人はなんか普通だね」

「不細工とかでは無いけど、普通だね」

 

普通で悪うございました。というか織斑はともかく、澵井なんかの何処がいいんだ?女子で言う、男子の前ではぶりっ子して異性からは気に入られてるけど同性から見たらいけ好かないし見ているだけでイライラするような奴だぞ?あぁだから異性に人気があるんですね。

その後も自己紹介は続き、最後の一人が終わったところで織斑先生が教壇に立った。

 

「SHRは終わりだ。休み時間が終わり次第授業に入るので準備しておくように。解散」

 

それだけ言うと、織斑先生と山田先生は教室を後にした。1時間目はIS理論の授業だし、その準備だろう。一学年のIS系の授業は全てあの2人がやるらしいし。まあ、一学年つっても4クラスしかないけどな。

さて、男子三人は固まって座っている訳だが、そのせいで視線がすごい。織斑と澵井に対しての。俺に対しての視線は十割方2人との比較対象としての視線だろう。

そんな中、織斑が話しかけて来た。

 

「なあ、俺は織斑一夏。よろしくな、えっと佐倉?」

 

爽やか且つ愛想のいいあいさつ。俺の一番苦手な奴だ。関わる気のない奴からの挨拶程、対応に困る物は無い。

 

「よろしく、織斑」

「一夏って呼んでくれていいぜ?織斑だと千冬姉と被るしな」

「名字で呼ぶのは癖なんだ。悪いね」

「そっか、ならしょうがねぇな。そっちの澵井もよろしくな!」

「ああ。よろしく、佐倉、織斑」

 

割とまともな奴なのだろうか。澵井は普通に挨拶をして来た。

 

「澵井も一夏って呼んでくれていいぜ?」

「分かったよ、一夏。俺も巧でいい。佐倉は名字で呼ぶのが癖なんだっけ?」

「悪いね」

 

思っても無い事を口に出すのは結構得意な方だ。男子三人で話していると、一人の女子が近づいて来た。確か、篠ノ之?とか言ったっけ。篠ノ之は一夏を連れてどっかに行った。あの様子だと知り合いみたいだな。

 

「佐倉、名前で呼んでもいいか?」

「別にいいけど…」

「そうか。にしても役得だよな。こんな女子ばっかの高校に入れて」

 

下心満載か、お前は。

こちとら、代わってくれる奴がいればすぐにでも代わって欲しいわ。

 

「俺は別に」

 

そう言ったところでチャイムが鳴り、篠ノ之と織斑が駆け込んで来る。次いで織斑先生と山田先生が入って来た。

 

「では授業を始める。山田先生、お願いします」

「は、はい!」

 

山田先生は新任なのかかなり緊張した様子だったが、授業が始まるとすぐに集中しかなり分かりやすい授業を始めた。

授業が始まって十分程立った頃だろうか。隣に座る織斑の様子がおかしくなり始めた。常にそわそわし、俺や右隣の生徒のノートを覗き込んだりしている。ぶっちゃけ、かなり挙動不審だ。

そんな織斑の挙動に気づいたのか、山田先生が織斑に聞く。

 

「どうかしましたか?分からないところがあったら言ってくださいね。私、先生ですから!」

 

織斑はその言葉を聞いて少し悩んだ末に、手を挙げて言い放った。

 

「先生!」

「はい、織斑君!」

「ほとんど分かりません!」

 

教室の空気が固まった。後ろの席ではさっきまで織斑を嘲笑するような態度をとっていた澵井でさえ固まっている。多分この後爆笑するのだろう。俺?俺は別に驚きもしないし笑いもしない。何故なら俺も分からないからだ。さっきまではとりあえず分かったような顔をして板書をノートに写し、山田先生が言っていたことをメモったり教科書の重要な部分にマーカーしたりしていた。ここまでやっているが多分復習なんかしない。だってIS興味ないし。あ、普通科目はちゃんとやるよ?

 

「今の段階でわからないって人はどのくらいいますか…?」

 

無音。

織斑は俺や澵井を見て驚いている。お前等は分かるのか!?といった表情だ。

 

「織斑。入学前に配られた参考書には目を通したか?」

「参考書?…ああ、電話帳と間違えて捨てまし、ダッ!」

 

チョークが織斑の額を貫いた。マジでか。今時、チョーク投げる先生とかいるんだ。

 

「再発行してやるから一週間で覚えろ」

「いや、あの厚さを一週間はちょっと…」

「やれと言っている」

「……はい」

「ISはその機動性、攻撃力、制圧力と過去の兵器を遥かに凌ぐ。そういった『兵器』を深く知らずに扱えば必ず事故が起こる。そうしないための基礎知識と訓練だ。理解が出来なくても答えろ、そして守れ。規則とはそういうものだ」

 

めんどくせっ。そんな規則ガッチガチの学園に強制入学とか最悪すぎる。

そんな考えが読まれたのか、織斑先生に睨まれた。

 

「おい、織斑、佐倉。貴様等、『自分は望んでここにいるわけではない』と思っているな?」

 

ええ、まあ。実際その通りですし?

 

「望む望まざるにかかわらず、人は集団の中で生きてなくてはならない。それすら放棄するなら、まず人であることを辞めることだな」

「……なら俺は集団で生きなくても大丈夫だな…」

 

しまった。つい口に出てしまった。織斑姉弟がこっちを見て、周りの俺の声が聞こえた生徒も俺を見ている。

 

「佐倉。お前は人じゃないとでも言うのか?」

「…そうですね。織斑先生の言う事は全く持って同意しますし、実際普通の人ならそうなんでしょう。でも、俺は違います。別に、悲劇の主人公気取る気も、周りと違って俺は特別だ、なんて言う気はありませんけど、ここに入学するに当たって俺の意思は全く尊重されませんでした。この学園は治外法権らしいですけど、入学が決まったのは外での事です。そんな俺に人としての価値があるとは、到底思えません」

 

はあ。目立ちたくないのに。つい余計なことをしてしまった。まあこれで退学できるなら万々歳だし、できなかったら……どうすっか。てか退学した後もどうしよう。

 

「たかだか一回、お前の意思が通らなかっただけで人としての価値がないなんて被害妄想も激しいぞ」

「一回じゃありませんよ。そもそも、いや、後で職員室に行きます」

「そうだな。山田先生、授業の続きを」

「は、はい!」

 

授業が再開される。

結局授業なんて頭に入らず、ノートを取るだけで1時間目は終わってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

休み時間。次の授業の準備をして携帯を弄って、所謂『話しかけるなオーラ』を出していた。にも関わらず織斑は話しかけて来た。

 

「佐倉も大変だな」

「まあ、そのおかげでこの学園に来れたと思えば、多少は気が休まるんじゃないか?なあ真理」

 

なんだこいつ?織斑に対しては見えないところでだが嫌そうな面してるのに、俺には随分親しくしてくるな。あれか、織斑もイケメンだから、唯一フツメンの俺と仲良くして比較対象にしたいってか。消えろ。

 

「巧は佐倉の事名前で呼んでるのか?俺も呼んでいいか?」

「…べつにどうでもいいよ」

「わかった、真理」

 

そんなくだらない話をしていると金髪縦ロールの女子が近づいて来た。IS学園は世界にここだけしかないから、世界中から生徒が集まる。多分この女子も外国から来た生徒なんだろう。

 

「少しよろしくて?」

「へ?」

「ん?」

「……」

 

偉そうなポーズしやがって。多分俺以外のどっちか2人に話しかけているのだろうから、俺は携帯を弄り続ける。

 

「まあ!なんですのそのお返事?わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、相応の態度というものがあるんではないかしら?それと、貴方は話を聞きなさい!」

「あ?誰?澵井か織斑の知り合いか?」

「いや、俺は知らん」

「こんな可愛い娘と知り合いだったら忘れないけどな」

 

澵井は黙ってろ。

 

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試首席のこのわたくしを!?」

 

女尊男卑の典型例みたいなやつだな。関わりたくねぇな。

 

「あ、質問いいか?」

「ふん。下々の者の要求にこたえるのも貴族の務めですわ。よろしくてよ」

「代表候補生って、何?」

 

字面から想像できるだろ。多分こいつ普通科目すら危ういんだろうな。

恐らく織斑を嫌っているだろう澵井が説明する。

 

「IS操縦者の国家代表の候補生の事だ、バカ」

「バカ!?」

「まったく、信じられませんわ。極東の島国にはテレビもないのかしら……」

 

極東って…今の情勢的には世界の中心は日本だと思うけど?IS造ったのは日本人だし、この学園がある理由もISの発信地だからだろ。

 

「……で、そのエリート様が何の用?」

「本来ならわたくしのような選ばれた人間とは、クラスを同じくすることだけでも奇跡……幸運ですのよ。その現実をもう少し理解していただける?」

 

何の用かを聞いたんだよ、日本語通じねぇのか。

 

「そうか、それはラッキーだな」

「凄まじい幸運だな」

「その幸運を他のクラスにばらまいてこい」

 

織斑と澵井が残念なものを見る目で俺を見る。だって幸運なんだろ。俺はいらないから他のクラスに分けて来てって言っただけじゃん。

金髪が何かを言おうとしたタイミングで先生達が入室して来る。

 

「っ………! またあとで来ますわ!逃げないことね!よくって!?」

「よくない。二度と来るな」

「〜〜〜〜〜っ!!」

「お前、案外毒舌だな」

 

失礼な。

 

 

 

 

 

二時間目は織斑先生の授業だった。

ISの装備についての授業だったが、またしても数十分経ったところで騒ぎが起こった。

 

「ああ、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな。クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まあ、クラス長だな。一度決まると一年間変更は無いからそのつもりで。誰か立候補はあるか?推薦でも構わんぞ?」

 

誰が立候補するんだ、そんなの。と思ったけれど、推薦?そんなのあったら…

 

「はい、織斑君を推薦します!」

「私もそれがいいと思いますっ!」

「じゃあ私は澵井君を推薦します!」

「私も澵井君で!」

 

人気者は辛いな。嬉しい事ながら俺の名前は一度も上がっていない。

 

「では立候補者は織斑と澵井。他にはいないか?」

「お、俺!?俺は辞退します」

「推薦された者に拒否権は無い。他にいないなら織斑か澵井のどちらかで決定するが」

「…だったら、俺は佐倉を推薦する!」

 

やってくれやがったな。だが選挙(仮)になれば俺の無投票は確実。まるで意味が無いな。

 

「他には?いないのならこの三人の中から決めるぞ」

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

さっきの金髪が異論を申し立てて来た。納得いかないなら自薦すりゃいいじゃん。

 

「そのような選出は認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ!わたくしに、このセシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

いっその事、味わった方がいいと思う。

 

「実力から行けばわたくしがクラス代表になるのは必然。それを、物珍しいからという理由で極東の猿にされては困ります!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気は毛頭ございませんわ!」

 

うぜぇ…。しかも猿って…猿ならサーカスより猿回しだろ。

 

「いいですか!?クラス代表は実力トップがなるべき、そしてそれはわたくしですわ!大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、わたくしにとっては耐え難い苦痛で――」

「イギリスだって大してお国自慢ないだろ。世界一まずい料理で何年覇者だよ」

「なっ……!あ、あなた!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

「先に侮辱してきたのはそっちだろ!」

 

今気づいたけど、澵井って目立つためなら何でも受け入れるな。今も静観してるし。

 

「決闘ですわ!」

「いいぜ。四の五の言うよりわかりやすい」

 

なぁ、それってお前等だけの話だよな。俺関係ないよな。

 

「じゃあ俺も参加しようかな。その決闘で、ついでにクラス代表を決めればいいんじゃないか?」

「!」

 

死ね。澵井マジ巫山戯んな。しょうがない。サボるか。

 

「ハンデはどうする?」

「あら、早速お願いですの?」

「いや、俺たちがどれくらいハンデをつければいいのかな〜って」

 

直後、女子たちの盛大な笑い声。

曰く、男が女より強かったのは数年前の事。

曰く、代表候補生をなめている。

まあ、その通りなんだけど、一般人の俺でも分かる事がある。

 

「…なら、ハンデはいい」

「そうですわ。むしろわたくしがつけてさしあげましょうか?」

「いらん」

「俺もいらない。俺は会社で訓練していたし」

「ふん。あなたはどうなんですの?」

 

澵井を一瞥し、俺へと敵意を向けて来る。金髪からすれば会社で訓練していた澵井だけが敵になるんだろう。

だがそれは_______

 

 

 

_______________ISでの決闘になった場合だけだ。

 

「じゃあ貰っとこうかな、ハンデ」

「なっ、真理はバカにされて悔しくねぇのかよ!」

「黙ってろ」

「っ!」

 

織斑を一睨みし、座ったまま金髪を見る。

 

「ふふふ、ハンデはどうするんですの?」

「そうだな。じゃあ、ISを使わない事」

「「「!?」」」

「勿論、俺も使わない。要するに、生身での決闘ってことで」

 

今までの会話で一度も『ISでの決闘』なんて言葉は出ていない。しかし、ここがIS学園であるという事と金髪が代表候補生であるという事が、自然とISでの決闘という流れになっていた。だからこそ、金髪にもあれほどの余裕があったのだ。

 

「武器の使用はあり。勝敗の判定は織斑先生、お願いできますか?」

「ああ、いいだろう」

「なっ、お待ちください!」

「なんだよ。ハンデをやってもいいって言ったのはお前だろうが。それに、『女は男より強い』んだろ?代表候補生が一般人に負ける訳ないし」

「くっ!」

「さて、話はまとまったな。ISでの勝負は一週間後の月曜、放課後、第三アリーナで行う。織斑と澵井、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。佐倉の試合は明日の放課後に行う。全員準備しておくように」

「「俺らも!?」」

 

男子どもの準備は無駄になるけどな。

 

 

 

 

 

放課後、俺は職員室に来ていた。

 

「それで、政府の奴らはお前に何をしたんだ?」

 

1時間目の話の続きだ。

 

「政府じゃありませんよ。家族です。うちの家族構成は両親と俺と妹です。ただ、母親に問題がありまして、典型的な女尊男卑に毒されたタイプの人間だったんです。妹もそんな母の教育を受け女尊男卑に染まりきっていました」

 

父親は母親の言いなりだし、俺だって下手に逆らったりはしなかった。しかし、そんな母親が俺に興味を持った事件が、男子のIS適性検査だ。見事ISを動かしてしまった俺は、これまで見向きもされなかった母親に興味をもたれた。高価な宝石のような興味を。

その後、俺を研究したいという研究所にかなりの高額で俺を売り渡したのだ。国際IS委員会によって母と俺を買った研究所は逮捕されたが。

 

「…俺は家族から物みたいな扱いを受け、助けてもらった組織も、俺という価値ある物をどう扱うべきか悩んだからここに放り込んだんですよ。まあ前者に関しては大多数の男が受けていると思いますがね」

「………そうか。だがな、佐倉。ここにいる限りお前の身は守られる。少なくとも三年間はいてもらう」

「分かってますよ。それじゃ、そろそろ帰ります」

「ああ。…いやちょっと待て」

「?」

 

織斑先生は机をあさり、一つの鍵を取り出した。番号が書いてあるタグもついている。まさか…

 

「お前の部屋の鍵だ。今日から寮に住め。荷物はホテルから移動させてある」

「………わかりました。ありがとうございます」

 

 

 

 

 

職員室を後にした俺は寮に来ていた。鍵についているタグの数字とドアに書かれた番号を照らし合わせながら寮を歩いて行く。その際女子からの目線と陰口が凄まじいが、気にしない。

 

「……と、ここか」

 

2039号室。ここが俺の部屋だ。鍵を差し込み扉を開けると、そこには

 

「おかえりなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それとも、わ・た・し?」

 

裸エプロンの水色の髪をした女がいた。いや、男がしてたら多分殺ってる。

扉を閉めて番号を確認する。同じだった。

 

「…はぁ、織斑先生って抜けてんのかな…」

 

来た道を戻ろうとする。目指すは職員室だ。

 

「ちょぉっと待ちなさい!」

 

歩こうと、一歩目を踏み出したところで襟首を掴まれた。さっきの女だろうな。……え?あの恰好で出て来たの?変態じゃん。

 

「なんです?こっちは変態の部屋の鍵を渡した織斑先生に文句を言いに行くところなんですけど」

「変態じゃないわよ!え、今織斑先生に文句を言いに行くって言った?」

「言いました。なのでこの手を離してもらえると助かるというか、離さないなら強行手段に出ますけど」

「このまま歩くのかしら?それをやったら貴方が変態扱いされるわよ?」

 

ポケットを探り、携帯を取り出して見せつける。後ろでビクッとしたのが振動で分かったが、すぐに落ち着いたようだ。

 

「貴方は織斑先生の番号を知らないでしょう?どうやって連絡するのかしら?」

「IS学園の電話番号は知ってるんで」

 

そう言うと、今度こそ手を離してくれた。織斑先生はこの学園最強で最凶のようだ。

 

「わかったわ。とりあえず話を聞いてくれないかしら?」

「その前に服を着ろ」

 

 



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女子との関わりは難しいです。

部屋にいた変態は服を着た。まぁ制服に着替えた訳だが。俺?着替えてる間は外にいたよ。いくら変態といえど、女子が着替えてる空間に一緒にいる程、常識が欠けてはいない。

 

「で、着替えた訳だけど。話を聞いてくれるかしら?」

「嫌です」

「なんで!?」

 

だって服を着ろとは言ったけど、話を聞くなんて言ってないもの。

 

「あなたが何処の誰で、何の為にここにいるかなんてどうでもいいんです。いや、生徒会長さんであることは知ってますけど」

「あら。知っててくれたの?」

「入学式で挨拶してたじゃないですか」

 

いくらぼーっとしていたとはいえ入学式に出て来た人くらい覚えてる。髪の色が奇抜すぎるからな。

 

「じゃあなんで聞いてくれないのよ」

 

ぷくっと頬を膨らませる生徒会長さん。美人だし様になってるから、そこら辺の男どもなら一瞬で堕ちるだろう。しかし残念ながら俺には無意味だ。いや、可愛いとは思うよ?男が好きな訳じゃないし。でもね第一印象が変態だし、今も猫被ってる感じがするから、イマイチ信用できない。

 

「例えば、例えばの話ですよ?あなたがこの学園や国の裏事情に関わってる人物で、俺と同室なのもそれ関係だとして、あなたがその説明を俺にして、俺は平穏な生活を送れるんですか?送れるなら聞いてあげてもいいですけど」

 

今のは全部想像だ。しかし、それが真実だった場合、ただでさえ普通の生活を送れているとは言えない状況なのに、本当に後戻りできなくなる。それだけは勘弁願いたい。

 

「ふふっ。あなた、本当に一般人だったの?考え方が一般人じゃないわよ?」

「そんな事はどうでもいいんです。で、あなたが同室なんですか?」

「ええそうよ。あなたの荷物はそこに置いてあるわ」

 

窓側のベッドの脇に、三つの段ボールと二メートル程の包みが置かれていた。

うん、全部ホテルに置いといた物だ。

 

「じゃあ荷解きしますんで邪魔しないでください」

 

段ボールを開け、服やら本なんかの娯楽やらを出して、備え付けのタンスに閉まって行く。

 

「荷解きしながらでいいから聞きなさい」

「?」

「さっきあなたが言った事は大当たりよ」

「!」

 

やってくれやがりましたよ、この変態生徒会長。いや、まだ重要な事とか聞いていない。望みはあるはず。

 

「私の名前は更識楯無。更識っていうのは日本の裏で動く対暗部用暗部。いわばカウンターテロ組織ね」

 

マジぶっ飛ばすぞこの女。なんでそんな大事な事さらっと言っちゃうの。しかも結構がっつりした内容だったよ。

段ボールの中からハンガーを取り出し、制服の上着を掛け荷解きは終了した。段ボールを畳みつつ、更識変態生徒会長に質問する。

 

「もう一回言いますけど、その話を聞いて、俺は平穏な生活を送れるんですか?」

「送れるわ。むしろ、その為に今から説明するのよ」

 

ほっ。

良かった。それならすぐにでも聞こう。いくらでも聞いてやろう。

 

「まぁ、話はあっさりしたものよ。織斑一夏君には織斑先生や『天災』篠ノ之束との繋がりという後ろ盾がある。澵井巧君にはISシェア第一位の企業という後ろ盾がある。でも、君には何もない。後ろ盾どころか、元来私たちが守るはずだったあなたの家族すらいない。ひどい言い方になっちゃったけどね」

「別に気にしてないです」

「ありがと。で、なんの後ろ盾も無いあなたを、あなたを狙う組織や他国から守るために、私があなたと同室になったの」

 

ふーん。要は俺をどっかの誰かに渡したくない日本の上層部の方々がこの人をよこしたのか。なら何も問題は無い。守ってくれるなら守ってもらうし、守ってくれるなら俺が裏とか暗部とかに関わる事も無い……のか?

いや、どっちにしろ関わってしまうのか。なら、先に知っておいても損は無いか。

 

「まぁ心配しなくても大丈夫よ!IS学園は世界一安全な場所だし、代表候補生や私、世界最強のブリュンヒルデまでいるんだから」

 

確かに起きるかどうかわからないものを心配するだけ無駄だな。今は明日の試合についての方が先決だな。多少は体を動かしといた方がいいだろう。

 

「大体分かりました。じゃあ別に俺の行動が制限されるとかは無いんですよね?」

「ええ。流石に学園から出るときは前日までに言ってくれると嬉しいけど」

「了解です。じゃあ、ちょっと外に出てきます」

「?何しに行くの?ていうか、さっきから気になってたんだけど、その長いのは何かしら」

 

肩に乗せた二メートル程の包みを指差して聞いて来る。

 

「ただの物干竿ですよ。少し体を動かしてきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楯無side

 

世界に、というか日本に現れた三人の男性IS操縦者の内の一人、佐倉真理君。更識の調べや戸籍、住民票なんかを確認したところ、本当にただの一般人の彼。出生も育ちも学歴も普通としか呼べないものだった。

だからこそ、後ろ盾の無い彼の護衛に私が選ばれた。更識のトップたる私に、国からの命令が来たのだった。

そして今。顔合わせを含めた、彼の現状と私がいる理由を説明した後、彼は外に出ると言った。矢鱈と長い包みを持って。

中身はなぜだか知らないけれど物干竿らしい。何をするんだろう?

 

「ねぇ。私もついて行っていい?」

 

ちょっとした好奇心で彼に聞いてみた。

会ってほんの少ししか経ってないけれど、彼はあまり感情を表に出さないようだ。思った事は直ぐに口に出すし織斑先生に文句を言いに行くという辺り、さばさばした性格のようだけど、私が水着の上にエプロンという恰好をして邂逅した時も、家族がいないと言った時も、一切感情が表に現れなかった。しかも、会ったばかりでしょうがないとはいえ、今も私の事を警戒しているように見える。

それでも、心根はいい人なんだろう。今の私の言葉にも直ぐに答えてくれた。

 

「別にいいですよ。まぁ見ても面白いものでは無いですけど」

「別にいいのよん♪私が見たいだけだから」

 

 

 

 

 

 

 

彼と私が来たのは、武道場。今日は入学式だったため、使用している部活や人はいなかった。

 

「それで、ここで何するの?はっ!もしかしてお姉さん襲われちゃうの!?」

「帰っていいですよ。帰り道には織斑先生に気をつけてください」

 

彼は携帯を取り出して脅して来た。この子、この学園での織斑先生の立ち位置に既に気づいてるわ。

 

「すみませんが、これ持っていてもらってもいいですか?」

「別にいいけど…」

 

携帯を受け取ると、彼は包みを開けた。中に入っていたのは、言っていた通り、何の変哲も無い物干竿だった。

彼はそれを壁に立てかけ準備運動を始めた。それが終わると、物干竿を両手で持ち構えた。

ここに来てようやく彼が何をしようとしているのか分かった。

彼がやろうとしているのは槍術。

彼はおもむろに物干竿を回転させる。バトンで言う、コンタクトマテリアルに近いわね。

 

「早いわね…」

 

彼の回転はかなり早い。私も槍を使えるけれどここまで早くは出来ない。

彼は左右にぶらしながら槍を振り回している。そして、ピタッと動きを止めた。

 

「すごいわね。流石、槍桜道場の師範代なだけあるわね」

「町の小さな道場の師範代なんて大した事無いですよ。一般人はほとんどの事を、ある程度までこなしますけど、天才と呼ばれる一線を超える事が出来ません。俺にとってのある程度が師範代までだったってだけです」

 

天才、ね。

私は幼い頃から天才だなんだと褒めそやされて生きて来た。だから彼の言う事も分かる。

私が苦労もせずに覚えた事を周りの人たちは何時間も、何日も掛けて覚える事に疑問を覚えた事もあった。でもそれは幼い頃の話。今は人と人は違うものだって理解している。だから私はこう言った。

 

「ほとんどの事をある程度までこなす事が出来る事だって、才能だと思うけれど?」

「………そうですね。時に更識先輩」

「なぁに?」

「俺、明日代表候補生と試合するんですよね」

「ええ、知ってるわ」

 

IS学園はほぼ女子校だ。だから噂の周りも以上な程早い。今日起こった事でさえ、今日中には学園の生徒全員が知っていると言っても過言ではないくらいに。

だから、男性操縦者の三人がイギリスの代表候補生と決闘する事も知っているし、そのうちの一人が素手の決闘をするって言い出した事も知っていた。

まぁ大体は新聞部の薫子から聞いたんだけどね。

 

「代表候補生って、生身だとどのくらい強いんですか?」

「なんでそれを私に聞くのかしら?」

「この学園の生徒会長って学園最強なんでしょう?だったら代表候補生より強い人、少なくともどっかの国の代表候補生以上の人が生徒会長になるに決まってるじゃないですか。それに貴女は先輩なんですから普通に授業とかで習ってるはずですし」

 

別に私がロシアの国家代表と知っての質問じゃなかった。

………べ、別に知られてない事が悔しい訳じゃないんだから!

 

「で、どうなんです?」

「そうね……少なくとも、素手で拳銃を持った相手を無力化するくらいの腕は、どこの国の代表候補生も持っているわね」

「そうですか。ちなみに、代表候補生の銃の腕前とか分かりますか?」

「いえ、それは人によると思うわ。でも、あなたが相手するセシリアちゃんのISは遠距離型。生身でも相当な腕を持っていると考えた方がいいわ」

「了解です」

 

彼は少しだけ俯くと、直ぐに顔をあげて物干竿を構え直した。

そんな彼に、ちょっとした意地悪という訳でもないけど、挑発するように聞いてみた。

 

「明日の試合、勝てるの?」

「分かりません。そもそも戦えるかどうかも分かりませんし」

「?それはどういう…」

「今日は先に帰ってもらってもいいですか?集中したいので」

 

私は聞きかけた事を再度聞けずに、道場を後にした。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

道場で更識先輩と話した後、先輩には先に帰ってもらった。

 

「はっ…はっ…」

 

槍代わりの物干竿を振り回しながら型をこなして行く。

 

「九の段、雲切」

「十四の段、火消」

「二十九の段、八彩」

「四十九の段、天介」

「九十の段、囲」

 

型の名前と共に物干竿を振るう。十年も振り回せば体に染み付いたようで、名前も動きも勝手に出てくる中で、頭では全く別の事を考えていた。

俺は女尊男卑が嫌いだ。

それはほとんどの男が思っている事だ。しかも俺は日常的にそれを体験して来た。母親や妹に反抗すればすぐに名前も知らない屈強な男どもがやって来てリンチにされた事もあった。女に恐怖心があるはずの俺がなぜあの金髪にあそこまでの反論が出来たのか。それは偏に、俺を買った研究所のせいだろう。

詳しい経緯は省くが、あそこに行った事で、俺は人として最も重要なものを失った。無くしたものとは、有り体に言ってしまえばストッパーと躊躇だ。ストッパーと躊躇が無いという事は容赦と躊躇いがなくなるという事。だからあそこまで反論できた。

だがこの状態になってから武器を人に向けた事が無い。ストッパーが消え、憎き女尊男卑に染まった女がこちらに武器を向けて来た場合、どうなってしまうのか。

そもそも戦う事すら出来ないのか、それとも、相手を再起不能に、最悪殺すまで止まれないかもしれない。

 

それだけが不安だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後、俺たちはグラウンドにいた。

え?昨日?道場から帰って、シャワー浴びて、食堂で飯食って寝たけど?更識先輩とは何も無かったよ。だって帰ったらいなかったから。

今日の授業も特に何も無かった。強いて言うなら、女子からの視線がすごかった。マジで体に穴が空くかと思った。多分、他の男2人が正々堂々ISで勝負するのに、俺だけが素手で勝負を挑んだ事が原因だろう。

別に何でもいいけど…

 

「……多くね?」

 

そう。観客が以上に多い。しかも全員がオルコットを、もしくは織斑、澵井を応援に来ているのだろう、俺に向ける視線が敵意以外の何者でもない。

 

「ほんとにな。で、なんで真理は物干竿なんか持ってんだ?」

「武器だからだよ」

「ぷっ。それで戦うのか?くくっ」

 

織斑と澵井が近くに寄って来て、俺が担いでる物干竿を笑う。しょうがないだろ。師範もこれ振ってんだから。

 

「佐倉、オルコット。準備はいいか?」

 

俺とオルコットの真ん中に織斑先生が立つ。オルコットは蒼いジャージを着て、二丁の拳銃と弾倉をいくつか持っていた。

 

「わたくしは大丈夫ですわ」

「俺も大丈夫です」

「それでは、これからオルコット対佐倉の試合を始める。敗北条件はどちらかが敗北を認めるか、私が続行不能と判断した時のみだ。両者、位置につけ」

 

即席でつくられた試合開始線に立つ。オルコットとの距離は10メートル程。先手は遠距離武器を持ったあっちが取るだろう。

 

「ISではなく素手の勝負なら勝てると見込んだのでしょうが、代表候補生は素手でも強いという事を教えて差し上げますわ」

「別にどうでもいいよ」

 

織斑先生が右手を上げる。

 

「そうですか。それなら……!」

 

織斑先生がビッと右手を振り下ろす。

 

「始め!」

 

オルコットが拳銃を構え、弾を撃つ。

それを躱し、突撃しようとしたところで、何かが頭をよぎる。

思い出したのは、奴隷のように俺と親父を扱っていた母と妹の記憶。今目の前にいるのは、あいつ等と同じ女だ。俺に敵意を向け、相手も俺も武器を持っている。

頭では理解している。それでも俺は___________

 

 

 

 

 

 

 

「殺す」

 

その一言を発し、一気に距離を詰める。

 

「七十一の段…」

 

物干竿を引き絞る。オルコットは反応しきれていないのか動けていない。好都合だ。

 

「千鳥」

「!きゃっ!」

 

引き絞った物干竿を金髪の頭めがけて一気に突く。金髪は足を滑らせたようでギリギリで躱された。いや、たまたま避けられたのか。まぁいい、とどめだ。

 

「六の段…」

 

物干竿を振り上げ、腰を抜かした金髪に振り下ろす。

 

「麒麟!」

「ヒッ!」

 

目を瞑り、怯えた様子の金髪。しかしそれは金髪に当たる事は無かった。

バキッ!と音を立て、物干竿と金髪と俺の間に差し込まれた木刀がぶつかる。俺の知る限り、この場で木刀を持っていたのは織斑姉弟のみ。弟の方はかなり遠いところから観戦していたのでこの木刀は織斑先生の物だろう。

 

「試合は終了だ、佐倉。武器を引け」

「………はい」

 

かなりの威圧感を出しながら物干竿を押し返して来る。頭も冷えて来た。

俺は金髪を殺そうとした。その事実が頭の中で反芻され、途轍も無い罪悪感が押し寄せて来る。いくら憎んでいる人に近い存在だからといって、俺はこいつに何かをされた訳じゃない。

 

「今日の試合は終了だ!全員解散しろ!」

 

織斑先生がギャラリーに向かって叫ぶ。俺はその横で呆然と、ギャラリーが引いて行く様子を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、何故オルコットを殺そうとした?」

 

グラウンドの整備を終えた俺と織斑先生は尋問室にいた。オルコットは気絶し、山田先生と織斑、澵井に連れられ保健室に行った。

 

「……すみません。頭に血が上ってました」

「最後の技。あの技を受けた木刀は罅割れ、折れた。そんな技を人体の、それも頭を狙って放つなど、正気の沙汰ではない。何がそこまでお前を怒らせた?」

 

別にオルコットの言動が原因じゃない。怒ってもいない。ただ、歯止めが利かなくなっただけ。母親や妹とオルコットを重ね、武器を向けられた事に恐怖心を抱き、反撃しなければ、殺さなければと思ってしまった。その思考にストップが掛けられず、あの状態になってしまった。

 

「何でも無いです。ただ、一つだけお願いがあります」

「?言ってみろ」

 

今回の試合で分かった事が一つある。それは…

 

「今後、例え全校生徒が出るような試合があったとしても俺を出場させないでください」

「何故だ。理由を言え」

 

…………今言う事じゃないけど、なんでこんなに偉そうなんだ。

その思いが顔に出てたのか、織斑先生に睨まれた。咳をして話を戻す。

 

「オルコットに限らず、女の人と武器を持って向き合えばさっきの様になります。俺の事じゃなく、他の生徒の事を考えて、俺を女子と試合させるのは危険だと思います」

「ふむ」

 

代表候補生でさえ殺されると分かればあの状態になってしまうのだ。一般生徒が殺意を向けられた場合なんて、想像もしたくない。

しかし織斑先生からの返事は予想だにしない物だった。

 

「却下だ」

「……………何故ですか?」

「ここはIS学園だ。毎月のように試合形式のイベントがある。そこでお前の力を見せる事が出来れば、狙われることも多少は減るだろう。だからお前も精神状態くらい改善できるよう努力しろ」

 

…確かに一理ある。だが、努力すると言っても相手が女なら相手が危険だし、逆に女が相手じゃなきゃ意味が無い。もしや織斑先生が相手するのか?それは俺が危ない気がする。

 

「努力するにしても、相手はどうすればいいんですか?織斑先生が相手してくれるんですか?」

「馬鹿者。私は忙しいんだ。主にお前等男子生徒のせいでな」

「…それは、申し訳ないです」

「まぁいい。相手ならうってつけの奴がいる」

「誰ですか?」

 

俺はこの後驚愕する事になる。

あの変態の正体を知る事によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま帰りました」

 

織斑先生から解放され、俺は寮の部屋に戻って来ていた。時刻は夜の八時。

帰宅という意味も勿論あるが、もう一つ理由があった。

 

「あら、おかえりなさい」

 

部屋には既に更識先輩が帰って来ていた。バスタオルで髪を拭いているのを見る限り、風呂にでも入っていたのだろう。よって、こういう風にからかってくる事も想定内だ。

 

「もう少し早く帰ってくれば私の裸が見れたかもね♪」

 

健全な男子高校生としては残念な気もするが、正直この人の正体を知った上でそれを言われると、見てしまった時、何をされるか分かったもんじゃない。

 

「そうですね。そんな事より更識先輩」

「なあに?」

「今日の俺の試合、見ました?」

「ええ、見たわよ。代表候補生を圧倒しちゃうなんて凄いじゃない。最後の止めはよくなかったけどね」

 

どこから見てたんだ?ギャラリーの中にはいなかったみたいだし。ま、見てたんなら話は早い。

 

「その最後の止め、っていうか最初からなんですけど、何か俺、女と武器もって向き合うと我を忘れちゃうみたいなんですよね」

「へぇ。それで?」

「練習相手、頼みたいんですけど」

「嫌よ。だって我を忘れて相手を殺そうとするんでしょ?もし私が死んじゃったらどうするのよ」

「……そうですね。代表候補生ですら殺しかけちゃったんですから。国家代表も殺しちゃうかもしれませんしね。たかが国家代表というだけで頼んでしまって申し訳ありません。この話は忘れてください」

 

簡単な挑発。更識先輩はカウンターテロ組織のトップらしい。それに加え、ロシアの国家代表も兼任しているとか。

そんな人がこんな簡単な挑発に乗るとは思っていない。だからこれは布石。次の言葉で彼女を練習相手にさせる。

 

 

 

 

 

 

 

_____________つもりだったのだが。

 

 

 

「…言ってくれるじゃない…いいわ、国家代表の力を見せてあげるわ!」

「…は?」

 

嘘だろマジかチョロすぎだろこの人。え、こんな人が裏の組織のトップでいいの?百歩譲って国家代表なのはいいとして、裏の組織のトップがこんなチョロくて日本大丈夫か?

俺はそう思わずにはいられなかった。

 

「えっと、じゃあ先輩っていつなら暇ですか?生徒会の仕事も忙しいでしょうし」

「そうね、とりあえず朝なら確実に時間が空いてるわ。あとはその日の仕事量によって変わるわね」

「じゃあ早速明日の朝からお願いしていいですか?」

「いいわよ」

 

よかった。とりあえず練習相手は確保出来た。あとはどれだけ俺が冷静でいられるか、母親達と面影を重ねずにいられるかだ。それまではどうにか更識先輩に耐えてもらおう。

もう今日は疲れた。風呂に入って飯食って寝よう。

 

「じゃあ俺は風呂に入ってきます」

 

着替えを持って、俺はシャワー室に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寝間着に着替えて部屋に入ると更識先輩がベッドでゴロゴロしていた。いやどうでもいいな。なんか腹も減ってないし、もう寝よ。

 

「あら?もう寝るの?」

「ええ。もう疲れたんで。更識先輩はどうします?寝るなら電気消しますけど」

「そうねぇ…そうだ!あなたが更識先輩って呼ぶのをやめたら寝るわ!」

「は?なんて呼べばいいんですか?」

「下の名前かな。たっちゃんでも可」

「そうですか。永遠に起きてていいですよ。おやすみなさい」

 

かなりどうでもいい案件だったので無視する事にした。俺はベッドに入り枕元の電気を消す。すると、更識先輩が俺の腹の上にダイブしてきた。

 

「うぐっ!……何すんですか?」

 

若干怒気を含んでしまったが、更識先輩は意にも介さないようでニコニコと話す。

 

「つれないわねぇ。まだ九時だし遊びましょうよ〜」

「疲れてるって言いましたよね。…そういえば、昨日の夜は何処行ってたんですか?」

「気になっちゃう?お姉さんが夜に何処行ってたのか」

「特には。すぐ答えられないなら言わなくていいです」

「もう〜!…あなた友達いないでしょ」

「そうですね。いらないですし。ていうかそろそろ降りてください。重いです」

「なっ!今重いって言ったわね!?」

「人間一人を乗せてたらそりゃ重いです」

 

当たり前じゃねぇか。

 

「つまらないわね〜。そんなんじゃ彼女も出来ないわよ」

「余計なお世話です。ほら、早くどいてください」

 

顔だけをあげて、更識先輩のほうを見るとにやぁと、いたずらっ子のような悪い笑みを浮かべていた。

……もうどうでもいいから寝かせてくれ…。精神的にかなり疲れたんだよ。

 

「分かったわよ。はい、どいた」

 

そう言って更識先輩は俺の隣に寝転んで来た。簡単に言うと同じ布団に入って寝ている状態だ。

更識先輩は俺がうろたえると思ったんだろうが、甘い。確かにこんな美人が同じ布団に入っているという状況はかなり嬉しいものだが、正直言って、今日は疲れがたまりすぎて眠いんだ。しかも春先ということもあってか、夜は中々冷えている。

 

「ふわぁ〜……おやすみなさい……」

「えっ!?ちょっと!え、え!?」

 

人肌の温度の抱き枕が眠気を誘う。もう駄目だわ。明日の朝変態扱いされるかもしれないが、というかされるだろうが、その時はこの人の裸エプロン写真を織斑先生に提出しよう。

俺は更識先輩を抱きしめたまま、深い眠りに落ちた。

 



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男子の性格は面倒くさいです。

楯無side

 

今の状況を整理しよう。

構ってくれない佐倉君に、いたずらのつもりで布団に潜り込んだら抱きつかれて、佐倉君は眠ってしまった。

 

 

うん。

 

 

こんな状況、落ち着けないわよぉぉぉおお!!

なんかお風呂上がりですぐに寝たからか良い匂いするし!脱出しようにも動くと強く抱きしめられるし!彼の寝間着が浴衣で少し胸元がはだけててドキドキするし!フツメンって言われてたけど割りとかっこいいし!

って何を考えてるの!私は!?

 

「うー………」

 

小さく呻いて目を閉じる。少しだけ落ち着いて来た。

更識家当主たる私がこの程度で動揺するなんて、やるわね佐倉君!

しかし、彼に抱きしめられてから十分程度が経過したが、いつもの就寝時間よりかなり早い時間帯だ。いつもなら目が冴えている時間帯なの、だが。

 

「あら…?」

 

何故か瞼が重たくなって来た。彼に抱きしめられているからだろうか。

そういえば、人と触れ合うのなんていつ以来だろう?楯無になってからはほとんど無かったような気がする。あったとしても、それは組み手とか誰かと試合する時くらいだ。

暖かくいい匂いの中、眠る前に彼の顔を見ようとちょっと顔を上げると…

 

「……泣いてる…?」

 

彼の頬を伝う涙に疑問を浮かべたが、その疑問は睡魔によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________

 

「………ん…?」

 

腕に痺れを感じて、私は目を覚ました。

 

「?……!?」

 

目を開けたというのに、目の前は真っ暗?否、真っ黒だった。彼の髪だろう。寝起きの頭をフル回転させて昨日の事を思い出す。

確か昨日は彼に抱かれたまま寝てしまったはず…。なのに今は、私が彼を抱いている状態だ。寝ているうちに体勢を変えてしまったのだろう。彼の頭を胸に抱き寄せている。

とりあえず起きよう。彼を抱き寄せていた手を離し、起き上がる。そこで私の胸元が濡れている事に気がついた。

 

「なんで?」

 

その疑問は直ぐに解消された。彼の目元がはれていたのだ。だとすると、これは彼の涙だろう。

私は彼の目尻に僅かに溜った涙を親指で拭き取り、シャワーを浴びに浴室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「なんで彼は泣いてたのかしら?」

 

寝ている最中に泣く人はいるし、私だって簪ちゃんと喧嘩したときは泣くに泣いた。でも彼のはそういうのと違う気がする。何が、とは分からないが直感的に違うと思う。まぁ、彼と一緒にいればそのうち分かるだろう。

それより、目下の問題は彼との試合だ。昨日の試合を見る限り、攻撃されてから見境がなくなるようだった。この後の試合も私が仕掛けた後に豹変するのだろう。だからといって一瞬で制圧してしまったら特訓にならない。

この試合の最低条件は、私が彼を制圧できる事、少なくとも一度は攻撃する事、彼の攻撃を防ぎきる事の三つだ。

今は朝の五時。そろそろ彼を起こして試合をしよう。最悪、制圧する時に彼には気絶してもらうことになるかもしれない。

シャワーを止め、脱衣所に戻ると、そこには

 

 

 

 

「え?」

 

「あ」

 

 

 

 

顔を洗ったのだろう、タオルを首にかけている佐倉君がいた。相も変わらず、浴衣の胸元は少しはだけている。

対する私は一糸纏わぬ、まぁ、全裸だ。

空気が硬直する。

佐倉君はあーと呟くと

 

「すいません」

 

それだけ言って脱衣所を出て行った。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、ホントにすいません」

 

ラノベの主人公じゃあるまいし、あんなミスをするとは。

現在俺は運動場にて更識先輩にひたすら頭を下げていた。原因は二つ。

一つは昨日更識先輩を抱きしめたまま寝てしまった事。今朝起きたらいなかったから、寝た後に脱出したのかと思ったけど朝まで抱きしめていたようだ。しかし、これに関しては更識先輩も悪いのでどっちもどっちということで落ち着いた。

問題は二つ目。今朝の脱衣所での事だ。それに関する更識先輩の言葉はこう。

 

「とっさの事とはいえ顔色一つ変えずに出て行くのはどうなのかしら。せめて顔を赤くするとか慌てて出て行くとか出来なかったの?いや私も叫べなかったし呆気に取られてたけど。一応顔は整ってる方だと思ってるしスタイルだって良い方なのよ?そんな女の子の裸を見て……」

 

と、こんな感じで自画自賛と俺の反応に対する批判を延々と繰り返している。

言い訳するなら、俺はあの時寝起きだったのと湯気があった事で先輩の裸を見た訳じゃない。例え見ていたとしても覚えていない。それに先輩は確かに美人だけど、世の中には美人が苦手な人もいるだろうし、万人受けするような容姿の人間はいないだろう。

まぁこんな事を言っても無駄なので、今はこうして謝り続けている。ちなみに俺は普通に美人が好きだし、寝起きじゃなかったら顔も赤くなってたと思う。

 

「本当にすいませんでした」

「全く…。とりあえず、そろそろ始めよっか。この後授業もあるし」

 

更識先輩は昨日の試合でオルコットが使っていたものと同じ銃を取り出し、もう一方の手には木刀が握られていた。俺はなるべく冷静でいようと意識しながら物干竿を構えた。

 

それから数秒。更識先輩が見事な早撃ちで俺を狙い撃つ。俺は銃声を認識すると同時にその場から飛び退き、更識先輩に向かって走り出した。

 

「十四の段」

 

数メートル手前で体を捻り、力を込めて突く。

 

「火消!」

「甘いわ」

 

渾身の突きは木刀に軽く去なされる。だがそれだけで攻撃を終わらせるわけにはいかない。連続で突きを放ち、しかしそれも躱され、去なされる。更識先輩は木刀で突きを去なすと、強烈な蹴りを放って来る。武器を戻すには間に合わない程のスピードだ。

だが。

 

「フッ」

「なっ!?」

 

物干竿が地面に落ち、ガランガランと音を立てる。その音を聞きながら、更識先輩の蹴りを腕でいなし軸足となっている左足を払う。

そこまでしても更識先輩は反応して来る。

体勢を崩した状態から銃を捨て、手を地面につく。そこを狙い、後ろ回し蹴りのように手を払いに行ったのだが、そこに更識先輩はいなかった。

 

「ふ〜、危なかったわ。あなた、槍術だけじゃなかったのね」

「師範が合気道も修めてまして。一応、習っていたんですよ」

「「……?」」

 

ここに来て、会話をして、俺たちは違和感に気づいた。

会話が成立している。それはつまり……

 

「理性を保ててる?」

「みたいですね」

 

俺は物干竿を、更識先輩は先程捨てた銃を拾い上げ、向かい合う。

 

「じゃあなんでオルコットの時はあんなに暴走してたんでしょう?」

「ん〜……………あ」

「なんですか?」

「セシリアちゃんって教室で男子のこととか日本の事とか貶したらしいじゃない」

「ええ。…あ、そういうことですか。オルコットは俺の母親と同じ女尊男卑だって知ってたから。更識先輩は女尊男卑じゃないと前もって、まぁ知ってた訳じゃないですけどそんな感じがしたから大丈夫だった、ってことですかね」

「多分ね。なら私といくらやっても意味が無いわね。わたし女尊男卑嫌いだし」

「そうですね。じゃあ諦めますか。最悪先輩か織斑先生が止めてくれるでしょうし」

 

俺たちは一体何の為にこんな朝早くに起きたのかという、誰に向ければ良いのか分からない疑問を抱きながら、汗を流す為に部屋へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアside

 

わたくしは五時に起床し、同室の鏡さんを起こさないようにジャージへと着替える。あの男と試合をしていた時に着ていた青いジャージを。

IS学園の寮の扉は全く音が出ないため気にせずにドアを開け、グラウンドにました。そこにいたのは、学園最強と言われる生徒会長と互角の勝負を繰り広げる、わたくしを負かした物干竿を持ったあの男の姿。

 

「…なぜ……」

 

そんなに強いのに…?

 

その言葉は口に出す事が出来ませんでした。言い表す事の出来ない感情でしたので。

わたくしは彼から目を背け、校舎周りのランニングを始めました。しかし、いくら走っても、汗を掻いても、頭に浮かぶのは、あの表情。

わたくしに向けた、憎悪と殺意と怯えに満ちた、黒い表情。

昨日の夜は、女尊男卑から生まれた女性に対する憎しみだと思っていました。ですが先程まで生徒会長と勝負していた彼の顔にその感情は無く、あったのは純粋な闘気と勝利を求めるが故の鋭い眼差し。只一つ変わらないとすれば、それは、僅かに見え隠れする怯えでしょうか。

あの表情の真意が分からずに、わたくしは悶々としたままランニングを終え、汗を流す為に部屋へと戻る事にしました。

この疑問の答えが、他の男性操縦者と戦うことで理解できる事を知らずに。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

例えばの話だ。例えば、女子校の中にイケメンの男子が2人と普通の男子が一人、入学したとする。イケメン2人はちやほやされる事が安易に予想できる。では普通の男子はどうなるか?

答えは二つ。

一つはイケメン2人に手が届かなかった女子たちと知人、友人になる。数少ない男子は当然の如く、苦楽を共にする友人になるだろう。だからこそ、普通の男子からイケメンの話を聞いて心を癒すのだ。

もう一つはイケメンの比較対象とされ、劣っているが故のいじめに遇うことだ。ルックスが劣っているため、学校という小さな箱庭から排除される。

何故今こんな話をしているかというと……

 

「あんた邪魔なのよ。さっさと学園から消えて」

「てゆーか死んでよ」

 

教室に向かう途中で先輩と思われる女子に「ついてこい」と言われ校舎裏まで来たところ、さっきの台詞を言われました、はい。

オルコットと同じように女尊男卑に染まった輩のようだ。鬱陶しいので無視して教室に行こうとしたが、女子生徒の片割れが先生を呼んで俺に襲われたと言うと言って来たため、動けないのだ。

流石に女子生徒を襲うような男をこの学園に置いておく訳には行かないだろうし。そうなると俺の身の安全もとれなくなる。なのでこいつ等の罵詈雑言を聞き流しつつ、先生、もしくは更識先輩を待っているのだが、かれこれ十分も来ていない。俺を守ってくれるんじゃ無かったのか?というかこいつ等も十分も喋ってて話す事が尽きないのか?いくら嫌いな奴でも十分も喋れば言いたい事は言い終わるぞ。

 

それから5分後。ようやく彼女達は言いたい事を言い終えたらしく

 

「さっさと死になさい」

 

と、言い添えて去って行った。

腕時計を見ると8時24分。HR開始が25分で、ここから教室まで廊下を走っても5分はかかる。

俺は諦めて教室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシッと教室に音が響く。

教室に入って早々織斑先生に出席簿で叩かれた。めっさ痛い。何これ、出席簿ってこんな凶器になりうるの?

 

「何故遅れた。遺言なら聞いてやるぞ」

「せめて言い訳にしてください。っと、これを」

「?なんだこれは」

「あとで聞いてみてください」

 

渡した物はボイスレコーダー。更識先輩に貰った物だ。彼女達に連行されている途中で録音しておいた。

教室に来る途中にちゃんと撮れているか確認したが、ポケットに入っていたにも関わらず鮮明に録音されていた。

 

「ふむ。ではさっさと席につけ」

「わかりました」

 

昨日と同じ席につき教材を取り出す。

隣の織斑から大丈夫かと聞かれるが、目線だけで別にと答える。後ろの澵井はクックッと微かに笑ってる。ぶっ飛ばすぞハゲ。

 

「では授業を始める」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり難しい…!」

 

せんせー。隣の織斑君が死んでまーす。

放課後。全ての授業を終え、帰り支度を整えていると左側に誰かが来た。ダボダボの袖を振り回しながらのほほんとした空気を纏った、確実に癒し系の女子だ。

 

「さくらーん、もう帰るのぉ?」

「さくらんが俺ならもう帰るね」

「そっかぁ、じゃあ一緒に行こうよぉ」

 

自己紹介してくれたら一緒に帰ってやっても…ないわ。だって怖いもん。朝あんな事があったのに、その日の午後に女子と一緒に帰寮する奴がいたらドMかバカだろ。

 

「無理。どうぞお一人で」

「えー!なんでぇ!?」

 

それらしい理由、理由………あ。

 

「織斑先生に呼ばれてんの。職員室に寄ってから帰るからお先にどうぞ。嫌ならそこの屍か後ろのハゲでも連れてけば?」

「屍じゃねぇよ!」

「ハゲじゃねぇ」

「五月蝿い。暇ならこいつと一緒に帰ってやれよ」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、この後箒と特訓しなきゃいけないんだよ」

 

大変だなこいつも。箒っていうと、篠ノ之かな。特訓って何してるんだろ。

 

「じゃあ俺が一緒に帰るよ。どうせ暇だしな」

「はよいけハゲ」

「だから禿げてねぇよ」

「ぶー。じゃあ明日は一緒に帰ろうねー」

 

ダボダボの袖を振ってバイバーイと、澵井と一緒に教室を出た。一体あの女子は誰なんだ。

じゃ、俺も行くかな。

 

「お、行くのか?」

「ああ。用件を早く済ませて帰りたいからな」

「そっか。じゃ、俺も行くわ。お互い死なないように頑張ろうぜ」

「俺は死ぬような用件じゃないけどな」

 

教室を出て俺は職員室に、織斑は…あの方向だと道場か?に向かった。

それにしても、男子が三人いて最初に俺に話しかけてくるとは、マジで誰なんだ。

悶々と考えながら歩いていると、いつの間にか職員室についていた。入学して2日で何回職員室にくれば良いんだ、俺は。

 

「失礼しまーす」

 

数人の教師が睨んで来る。まあ女尊男卑の先生方ですけど。若干びくびくしながら織斑先生のデスクまで歩いて行く。その間にも視線の攻撃は続いていたが、織斑先生に話しかけた途端に視線が散る。マジパネェっす

 

「それで?何の用だ」

「いえ、あれは聞いてもらえたかな、と」

「ああ。監視カメラで確認して犯人も特定した。そいつらには今謹慎処分を言い渡してある」

 

速ぇ。事件は今日の朝よ?それが放課後には解決どころか判決と罰まで決まっているとは思わなかった。

 

「随分早いですね」

「世界に三人しかいない男子生徒なんだ。いじめられて死なれても困る」

 

おおう。なんだこの糞女は。新手のツンデレか?

 

「そうですか。あ、あと、更識先輩との訓練は意味がありませんでした」

「何故だ?」

「なんか女尊男卑の奴でしかあの状態にならないらしくて。多分あの辺の人なら昨日みたいになれると思いますが」

「そうか。ならば更識との訓練は中止してもいい。続けたければ続けても良いがな。用件はそれだけか?ならとっとと帰れ。私は忙しいんだ」

「わかりました。じゃあ失礼します」

 

職員室を出て、一つ思った。

 

 

 

先生なんて、大っ嫌いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 楯無

 

「お嬢様の言う通り、警戒心は高かったよ〜」

「そう。なら良かったわ」

「まあそのかわり、変態に自慢話ばっかり聞かされたけどね〜」

「…はぁ。問題はそっちか…」

 

はぁ。世界に三人の男性操縦者は皆性格に難ありね。

特にこの学園にいる事で問題になるのは2人。

佐倉真理君と澵井巧君。

佐倉君に関しては自覚してるし、生徒に危害を加えるような危うさじゃないから大丈夫だと思うけど。

問題は澵井巧。量産機ISシェア世界一位の企業の一人息子。他2人の男と違い、裕福な家庭で甘やかされて育てられ、その甘いマスクのおかげで女尊男卑も関係無く生きて来た、まさに世の男性の理想とも呼べる生活をして来た彼。

しかし、欲しいものは全て与えらる生活をしてきたせいか、彼の性格は相当にねじ曲がっている。

この学園に来て、ちやほやされる事を想像していたのか、自分と同等のルックスや関係性を持つ織斑君を見た彼は憎悪の視線を送っていたという。反対に、彼や織斑君ほどのルックスや関係性が無い彼には実に友好的に近づいたそうだ。

この時点で彼の人間性が理解できる。

この9割が女子のIS学園でハーレムでも創る気なのだろう。その為に邪魔な織斑君には何に置いても負ける訳にはいかず、既に自分以下の佐倉君には友好的にして女子から人気を取ろうとしているのだろう。弱者に手を差し伸べる優しい人、というイメージの為に。

今回本音を遣わせたのは佐倉君の警戒心がどのくらいなのか確認する為であったけど、澵井君の本性を暴く事に繋がるとは。

 

「わたしはあいつ嫌いだな〜」

「………」

 

いつものほほんとした雰囲気で基本的には人を嫌わない性格の彼女が嫌いというのだから相当だ。

 

「ごほんっ。とりあえずありがとう本音ちゃん。虚ちゃんには頼めない案件だったからね」

「いえいえ〜。今度お菓子よろしくね〜」

「はいはい」

 

相も変わらずダボダボの袖を振って本音ちゃんは生徒会室を出て行った。

それにしても、今年は厄介な年になりそうね。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職員室を出た俺は、一度寮に戻り物干竿を持ってグラウンドまで来た。

のだが。

 

「随分嫌われちゃったもんだね」

 

グラウンドを使っている部活の人たちから、非難の視線を浴びている。そんなことする前に部活をちゃんとやれ。

さて、一人で槍を振るえるとこはねぇかな。

一人になれる所を探して数分。寮の裏手にある茂みの中に、広めな広場のような場所があった。広さも申し分ないし、寮からの距離、人目の少なさ、ベンチもある。最高の条件だろう。

 

「おしっ」

 

いつものように物干竿を振るう。一の段から九十九の段までを通して息をつく。

手の中でクルクルと廻していた物干竿を地面に突き刺し、持って来たタオルで汗を拭う。

ベンチに座り、タオルを首に掛ける。

正直やる事が無い。守られる事が分かり、勉強も最初だからか割と簡単だし、ISも触りたくはないし。やべぇ、暇すぎる。

部屋に戻って本でも読むか。積ん読も溜ってるの持って来てるし。

そうと決まれば早速帰ろう。シャワーを浴びて寝間着に着替えて、本を読んで寝る。まさにニートだ。

 

「マジか…俺はニートだったのか…」

 

気づいてしまった新事実に打ち拉がれながら物干竿を引き抜き軽く拭う。

準備ができた所で、クールダウンの為にさっき来た道を歩いて行く。

 

そして、グラウンドの前を通った時だった。

前の方からお菓子を抱えた金髪の女子が歩いて来た。IS学園は日本にしかないから留学生なんてそこら中にいるし気にも留めなかった。ただ、その女子は今にも手の内から溢れそうなお菓子に気を取られ周りが見えていなかった。

そこに運悪く、ソフトボールが飛んで来たのだ。

金髪の女子が持つお菓子がもう少し少なければ、ソフトボール部の練習場所がグラウンドの反対側だったら。

そんな、たらればの話をしても仕様が無い。

あのボールが金髪の女子に当たっても、別に問題は無かった。そこが衆人観衆の前でなければ。

確かに俺はこの学園に馴染む気はない。が、目の前に簡単に助けられる人がいて、それを助けないのは、馴染むどうこうの話ではない。常識の話だ。

俺は馴染む気がなくとも、非常識な人間になるつもりは無い。

だから、動いた。

叫んでも間に合わない距離だったから、走った。

物干竿で弾き返しても良かったが、グラウンドには部活をしている連中が大勢いる。だから金髪の女子とボールの間に体を割り込ませた。

本当にギリギリだった為、キャッチする事も出来ず、前面に当てるのは怖かったのでボールに背中を向けた。

 

「いっ……てぇ………!」

 

肩に当たったボールは衝撃を吸収され、地面に落ち、転がった。

やばい、超痛い。肩外れてね?これ。

珍しく人助けしたらこれだよ。こんなに痛い思いして助けた奴が女尊男卑だったらマジで泣ける。比喩じゃなくて。寮の部屋に引きこもるレベルだわ。

そんな俺の考えは杞憂だったようで。

 

「!?大丈夫!?」

「っつぅぅ…大丈夫です…あり、一年?」

「うん。それよりも早く保健室に!」

「自力で行けるから大丈夫」

 

肩を押さえながら物干竿と走った時に飛んだタオルを拾い上げる。

 

「そんな大量の荷物運ぶならバッグ使え。周りが見えなくなる量を手で持って運ぶな。じゃ」

 

俺にラノベの主人公のような台詞を求めるな。そういうのは織斑とか澵井の仕事だ。彼女も俺なんかより彼らに助けられた方が良かっただろうに。かわいそう。

とりあえず保健室に行こう。これは確実に脱臼してる。

 

「ちょっと待って!貴方の怪我は私が原因なんだから保健室までは連れてくわ。その荷物を運ぶのは大変でしょ?」

 

うーん。そこまで言うなら…。いや、俺をだます為の罠かもしれん。保健室に連れて行くと見せかけて怪我を悪化させ、外の病院に入院させる気か?だったら断らなければ。

しかしこの荷物を持って歩くのもしんどい。しょうがない。お言葉に甘えますか。

 

「ん〜、じゃあ、頼む。俺は佐倉真理」

「私はティナ・ハミルトン。ティナでいいわ」

「おー。よろしく、ハミルトン」

「なんでよ!ティナでいいって言ったでしょ!?」

「誰がお前の言う事を聞くって言ったよ?俺は名字でしか人の事を呼ばないんだよ」

「何それ?意味分からん」

「意味分かんなくていいから早く行くぞ。肩はずれて痛いんだから」

 

知り合ったばかりだというのに言い争いながら、俺とハミルトンは保健室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よいしょっ!っと」

「っでぇぇえ!」

 

脱臼って無理矢理治すものだと、その日初めて知った。

 

 

 



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青春とは一体なんなんでしょうか。

サブタイトル変えました。


「今日は助かったわ。ありがとう」

 

保健室からの帰り道、ハミルトンからお礼を言われた。ちなみに俺の肩にはサポーターがつけられている。脱臼を治した後はつけるらしい。ただ医療技術が上がったらしく一週間もつけていれば良いらしい。その間は過度な運動は避けなければいけないらしいが。

 

「別に気にしなくていい、って無理か」

「ん、まぁね」

「まあ、見返りを求めてやった訳じゃないから、詫びもいらないんだけどな」

「そう言われてもね。助けてもらったのは事実だし。わかった、今日の晩ご飯奢るわ。それでチャラ。どう?」

「それでそっちの気が済むなら何でも良いよ」

 

そんな会話をしている内にハミルトンの部屋についたらしく、また後でと言って部屋の中に消えて行った。

連絡先も聞いたし、ある意味この学園に来て初めて自ら創った関係性だ。だからと言って、心を開く訳ではない。完全に信用できる相手なんかこの世に存在しないし、今日の晩飯を奢ってもらったらそこで関係も終わりだ。連絡先は消すかデータの奥深くに眠る事だろう。

 

「さて、シャワーでも浴びますか」

 

部屋に戻って寝間着に着替える。本を読んで、連絡が来たらハミルトンと飯を食い、帰って来て歯を磨いて眠くなるまで本を読む。

うん。ニートだ。

ヤベェな。何がやばいって、このままだと将来が危うい。

高校一年生で将来の事を真面目に考えている奴なんてそうそういないとは思うが、俺の場合は状況が違う。

そもそも俺が行こうとした高校は商業高校だ。高卒、しかも男でも公務員になれる確率が高い高校だったから選んだ高校だ。そして高卒とともに親父には離婚してもらい、親父と2人暮らしするつもりだったのだ。

IS学園は確かに偏差値は高いが、基本はISの専門学校だ。そんな所にいて、公務員になる為の勉強を普通の人間が出来るか?専門学校まで来て、全く別の勉強をやる人間がいるか?というか、公務員になるという目標自体を捩じ曲げた方が良いかもしれない。親父は重要人物保護プログラムだっけ?で守られてるし、母親も妹も逮捕された今、高卒で就職する必要は無い訳だし。

じゃあ俺は一体何を目指すべきなのか?

それを考えた時、頭が真っ白になった。

 

「………あれ?」

 

高卒で公務員になりたいと思ったのは、あの家庭環境から抜け出す為だ。

だが、それを達成した今。

俺に残っているものは何も無かった。

自らの空虚さを知ってしまった。

こんななんの変哲も無い寮の廊下で。

 

「……せめて、屋上とか青春っぽいところで気づきゃ良かったのになぁ」

 

部屋に到着し着替えを持って脱衣所に入る。更識先輩がいないのは確認済みだ。

服を脱いで自身の体を見て、正確には体に残る大量の痣を見て、理解した。

俺は母親から暴力だけじゃなく、将来のレールを貰っていたのだと。

無論、あの女がそれを理解してた訳じゃないだろう。ただ、あの女の憂さ晴らしから逃げる事が俺の目標だっただけだ。

皮肉にも俺の中身はあの女で出来ていた訳だ。だから、あの女が消えて、俺の中身も消えた。

小説の主人公ならここで苦悩して、その苦悩から逃げるために問題でも起こして、友情なんかを再確認して、友達やら恋人やらと成長するんだろう。

何度目かになる否定をしよう。

俺は主人公じゃない。

だから、苦悩はするけど問題は起こさないし巻き込まれない。友情の再確認もしない。

じゃあ今何をすべきなのか。

俺に出来る事を探そう。これから先は俺一人で生きて行くんだ。少なくとも一年以内に目処をつけて行動しなければ、選択の幅が減る。

 

「俺ってホントつまんない人間だなぁ」

 

浴室に、ため息が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side ティナ

 

「ふぅ〜」

 

部屋に入って大きく息を吐く。

さっきまではどうにか顔に出ないようにしてたけど、部屋に入ってからは顔が緩みっぱなしなのだ。

原因は分かってる。佐倉真理だ。

私はアメリカからの留学生だけど、代表候補生じゃない。だからこの学園に入学したのも知り合いからの紹介と整備科志望だからだ。

ただ私が入学する年に男性操縦者が見つかるとは思ってなかったけど。

ニュースを見たときはびっくりした。十数年も女しか乗れないって言われてたのに、ISに乗れる男が現れたこともだけど、男性操縦者が全員私と同い年で全員IS学園に入学するっていうんだから、本当に驚いた。

ニュースには顔写真も映っていて、三人の個人情報まで報道されていた。

その中で最も気になったのが、佐倉真理だった。

周りの皆は織斑一夏と結婚すればブリュンヒルデの織斑千冬がお姉様になるとか、澵井巧と結婚すれば玉の輿とか、イケメン2人の事ばかり話していたけど、私は佐倉真理の家庭事情を知った時、親近感を覚えたのだ。

私の両親も女尊男卑の風潮に流されて離婚した。

だから一家離散した彼に、皮肉にも親近感を覚えてしまった。

でもアメリカにいたときはそれだけだった。この人、私に似てるなーとか、向こうで会えたらいいなー、友達になれるかなー。そんな程度の事しか思ってなかった。

あんな出会い方をするまでは。

友達とお菓子パーティをしようとグラウンドの前を通った時だった。

お菓子を腕いっぱいに抱えていた私は周りが見えていなかった。だから、いきなり人が覆い被って来た事には驚いた。でもその人の呻き声と地面を転がるソフトボールを見て、私は彼に庇われた事に気づいた。

心配して駆け寄った私に彼は痛みに耐えながら応え、私が一年生であると分かるといきなりため口になり、それどころか大量の荷物を運ぶならバッグを使えだなんて文句までつけてくる始末。まぁその通りだけど。

この学園に来て一日二日だけど、クラスのほとんどが日本人。アメリカ人ということがネックなのか、友達という友達はいない。今日も行こうとしていたのはクラスメイトと仲良くなるためだ。集まりたい人で集まって仲良くなろう!みたいな会だったはず。まぁ彼と会った事で行けなくなったが。

友達がいない私は会に参加できない旨をメールでクラスメイトに伝え、保健室まで彼に同伴した。クラスメイトには申し訳ないが、彼とは話がしてみたかったのだ。アメリカにいた頃から気になっていたし。

日本はISの発信地ということもあり男も女も女尊男卑の風潮にかなり感化されていると知り合いに言われた事があったので、一応そこらへんにも気をつけて喋ろうとしたのだが、彼はそんなことも気にもせずため口で、ぶっきらぼうに応えた。

そして、保健室に向かう途中、呼び名やらで揉めたりしたが、終始私は笑顔だっただろう。

きっとあれが、あの会話こそが、私が友達に求めたものだ。

つまり私は、彼と友達になったと思っている。同年代の、異性の、初めての、友達。

長々と語ったが、そろそろ晩ご飯の時間だ。彼にメールを送り、着替えてご飯を食べに行こう。

初めての友達と。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『佐倉君の部屋って何号室?迎えに行くから教えてー(^v^)』

 

ハミルトンからメールが来た。と同時に右肩が重くなる。

 

「誰からのメール?女子?」

「邪魔です」

「いいじゃなーい。で、誰からなの?」

「削ぎ落として真っ平らにしますよ」

 

そう言ったら肩が軽くなった。後ろを見ると、赤いんだか青いんだか、微妙な顔をしている更識先輩がいた。さっきまではいなかったのにいつの間に部屋に入ってたんだ。流石は暗部の人間と言えば良いのか?

 

「セクハラと同時に恐ろしい事言うわね…!」

 

更識先輩が戦慄している間に手早く返信する。

 

「『談話室に行くからそこで待ってて』っと。じゃあ更識先輩、俺飯食いに行くんで」

「むぅ〜……まぁ、同学年の友達は大事だし、楽しんで来なさいな」

 

いきなり先輩ぶってどうしたんだ。まあ口に出すことじゃないし、素直に頷いてさっさと行ってこよう。

 

「じゃ、行ってきます」

「うん。いってらっしゃい」

 

寝間着の浴衣のまま、談話室へと向かう。言っても寮の中だし、大した距離も歩かず談話室へと到着した。

そこにはラフな恰好をしたハミルトンがいた。

 

「遅れてすまん」

「別にいいよ。てゆーか、何その恰好?」

「寝間着」

「へぇ〜。こっち来てから浴衣見たの初めてかも」

「ふ〜ん。とりあえず行こうぜ。何でも好きなだけ奢ってくれんだっけ」

「好きなだけは言ってないわよ!」

 

保健室からの帰り道の様に、テンポの良い会話を続け、食堂へと向かう。

その道中、すれ違う女子生徒からは奇異の視線を向けられた。主に俺では無く、終始笑顔のハミルトンにだろう。織斑や澵井ならともかく、男子の中で最も冴えない男と楽しそうに笑いながら歩いているのだから当然だろう。

それにしても、何故こいつはこんなに笑っているんだろうか。そんなに楽しいか?まぁ、ハミルトンの為にも俺の為にも、これっきりの関係にしよう。幸い、ハミルトンは一組じゃないし関わる事も少ないだろうから、そのうち記憶の奥底に仕舞われるだろ。

 

「ん?どうしたの?」

「…いや、何食おうかなぁ、と。とりあえず一番高いものとは決まってるんだが」

「高い奴って…まぁここの学食は安いから別に良いけどね」

「おお、太っ腹だな。流石アメリカ人」

「アメリカ人関係ないし!」

 

そんなこんなで食堂に着き、俺は親子丼、ハミルトンは洋食セットBを注文した。ハミルトンのお金で。

 

「つーか結構混んでるな。空いてる席は…」

 

と、俺が辺りを見回し空席を探すと、思いの他近くから声がかけられた。

 

「おい真理。ここ空いてるぜ」

 

既に食べ終えたのか、爪楊枝を咥えた澵井が手招きしていた。ちなみに俺が辺りを見回したとき、食堂にいる女子生徒からの射殺さんばかりの視線が向けられていた事を明記しておく。

 

「あー……ハミルトン、こいつと同席でも大丈夫か?」

「うん。佐倉君の友達でしょ?なら私も仲良くなりたいし」

「友達じゃねぇよ」

「おいおい、俺たち友達だろ?まぁいいや。俺は澵井巧。よろしくな、ハミルトンさん」

「ティナでいいよ、澵井君」

「なら俺も巧でいいぜ」

 

おい澵井。ハミルトンは気づいてないみたいだが、目が若干ハミルトンの顔から下に行ってるぞ。

ハミルトンはラフな恰好をしているが故に、体のラインが浮き出ている。高校生とは思えない抜群スタイルの良さが目に見えているのだ。

澵井は女が好きみたいだし、ハミルトンは顔良し、スタイル良しで澵井のお眼鏡には適ったようだ。

別に澵井がハミルトンを口説こうがどうでも良いが、こんな人がたくさんいる場所で、セクハラまがいのことはやめて欲しい。

飯を食い始め、俺が食べ終わったところで、ハミルトンが聞いて来た。

 

「ところで、佐倉君はなんで物干竿なんか持ってたの?洗濯?」

「違う。槍術の練習してたんだ。日課だし。継続は力なり、ってな」

「へぇ。槍使うんだ」

「昨日の試合もそれで勝ってたしな。代表候補生相手に」

 

澵井、お前ぺらぺら喋り過ぎだ。知ってしまった事を知らない事には出来ないって漫画で言ってたぞ。

 

「代表候補生に勝ったの!?」

「ISじゃなくて生身だけどな」

「それでもすごいよ!クラスの子が言ってたのは佐倉君の事だったのかぁ。巧は試合してないの?」

「俺は来週の月曜にやるんだ。良かったら見に来てくれ」

「行く行く!あーでも佐倉君の試合も見たかったなぁ」

 

残念そうにしているが、ハミルトン。あの試合は織斑先生がいたから死傷者が出なかったんであって、あの場に織斑先生がいなかったらオルコットの頭はスクラップだったんだぞ。まぁ俺のせいだけど。

 

「じゃあそろそろ俺は戻るわ。1人部屋だからいつでも来てくれ」

「え?お前1人部屋なの?」

 

あ、しまった。墓穴掘った。

 

「ああ。お前は違うのか?…ああ、一夏と同室なのか。大変そうだな」

「あ、ああ」

 

助かった…と、思った次の瞬間。俺を絶望させるバカの声が響いた。

 

「お!巧に真理じゃないか。一緒に食ってたなら俺も誘ってくれよ!ん?その娘は?真理か巧のルームメイトか?」

 

厄介なことしかしないのかお前は。

 

「真理…お前のルームメイトって誰だ?」

「はぁ、悪かった。女子の先輩だよ。織斑も多分女子、ってか、織斑先生か篠ノ之だろうな」

「まぁいいや。じゃ俺は先に戻る。またね、ハミルトンさん」

「もぐ…んぐっ…またね、巧」

 

澵井は織斑と入れ違いに去って行った。そして、さっきまで澵井が座っていた席に織斑が、その隣に篠ノ之が座った。

 

「巧もゆっくりしてけばいいのになー」

「俺等が来る前からいたんだ。長居させるのも悪いだろ」

 

まああいつが帰ったのは、多分織斑が来たからだろうな。教室でも、澵井から織斑に声を掛けている所は見た事がない。

 

「そうか。それよりその娘は誰なんだ?真理のルームメイトなのか?」

「違ぇよ」

「グラウンドの前で佐倉君に助けてもらったんだ。私、ティナ・ハミルトン。ティナでいいよ」

「へぇ、そうなのか。俺は織斑一夏。こっちは篠ノ之箒」

「よろしく頼む」

「うん。よろしくねー箒に織斑くん」

「一夏でいいよ、ティナ」

「おっけー」

 

さてと、後の面倒は織斑に任せて帰るか。篠ノ之もいるし、ハミルトンもそっちの方がいいだろ。

 

「じゃあ俺も戻るわ」

「え!?ちょっと待ってよ!まだ食べ終わってないのに!」

「俺もちょっと相談したい事があるから残ってくれないか?」

 

んだよ。相談なら実姉か篠ノ之にしろよ。仲いいんだろ。

仕様がなく、立ち上がりかけた腰を、もう一度席に降ろし、話を聞く体勢になる。

 

「で、なに?相談ってのは」

「いやぁ、俺って巧に嫌われてるのかなぁ、って思ってさ」

 

気づいてたのかよ。それを女子に対してもやれよ、バカじゃねぇの。

つーかこれ、なんて答えりゃいいんだ。俺は中立なんだっつの。蚊帳の外とも言う。

 

「……知らねーよ。そういうのは当事者同士の問題だ。俺がここで『嫌われてる』って言ったらお前は澵井と距離を取るのか?その時、もし澵井が嫌ってなかったら?逆もまた然りだ。そうなった時に俺の責任にされたら困るし、その質問には答えられねーな」

 

まぁ、実際は嫌われてるけどな。逆になぜか俺は好かれてるっぽい。なんでだ。いっそ嫌ってくれた方がやりやすいんだがなぁ。

 

「そっかぁ、そうだよな。サンキューな、真理!」

「俺は何もしてねーよ。ハミルトンも食い終わったみたいだし、ほんとに帰るわ」

「ああ、また明日な。ハミルトンさんも!」

「うん。またね、一夏、箒」

「ああ」

 

食堂を出る際、後ろから篠ノ之の怒鳴り声が聞こえたがスルーした。ハミルトンは振り返ったようだが、直ぐに察したのか、タタッと小走りで追いついて来た。

 

「ねぇ、佐倉君」

「………なんだよ」

「……………あのさ」

「なんだよ?」

 

二度目の返答で少し語気を荒げてしまった。だって間が長いんだもん。

 

「私も……真理って…呼んで良い?」

 

は?んなことどうでも良いわ。そんな事の為にこんな、微妙にシリアスな雰囲気創ったの?

そんな俺の感情が表情に出ていたのか、ハミルトンが、照れなのか怒っているからなのか分からないが、顔を赤くし、わたわたと手を振りながら弁明をはかってきた。

 

「だって、男子は皆真理って呼んでるじゃん!なのに私は佐倉君なんて他人行儀だし…」

「別になんて呼ばれようがかまわねぇよ」

「!ほんとに?」

「うん。大体、あいつ等だって勝手に呼んでるだけだしな」

「やった!じゃ、改めてよろしくね。真理」

 

そう言って手を差し出して来るハミルトン。え?これ握らなきゃいけないの?恥ずかしいんだけど。ほら、手を差し出して来てるハミルトンの顔が見るからに赤くなって来たよ。

 

「…早くしてよ。恥ずかしいじゃん」

「恥ずかしいならやるなよ…」

 

ため息を吐きながらハミルトンの手を取る。周りに人がいないのが幸い、と思っていたのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハミルトンと別れ、自室に戻って来た。中にいたのは何故かにやにやしている更識先輩だった。

食後のコーヒーでも飲もうとキッチンでお湯を沸かしていると、更識先輩が何の脈絡も無く言い放った。

 

「今度少年漫画でも読んでみようかなぁ。友情、努力、勝利!良いわよねぇ」

 

突然の事に、マジで何を言っているのか分からなかった。正直、ぶっ壊れたのかとも思った。

しかしその後も、何故か少年漫画の話題を頻りに振って来る事に違和感を覚えた。例え、今日少年漫画にハマったからって、わざわざ俺に振ってくるような事はしなくてもいい。

そして、彼女は人を弄るのが大好きだ。それに加えて、友情、努力、勝利を連呼する。

そこで俺は察したのだ。ハミルトンとの握手の現場を見られたという事に。

この人以外にだったら見られても大した案件にはならなかっただろうが、見られたのがこの人というだけで、事は重大案件にまで発展する。

 

「…何がお望みですか?」

「ふふっ。そうね…」

 

やはり何か条件を出して来るか。なんだ?裸エプロンをちゃっかり盗撮していたのがばれたのか?まぁばれてもバックアップは取ってあるから、いくらでも消せるがな。更識先輩が俺を脅して来たとき用に取っておいたものだが、今日使うかもしれん。

 

 

 

 

「あなた、生徒会に入りなさい」

 

 

は?

 

「嫌です」

「ええぇぇぇえええ!?なんでよ!?」

 

一々五月蝿いなぁ、この人。

友情ごっこを目撃、盗撮された程度で俺が下手に出ると思ったら大間違いだ。こっちには更識先輩の『裸エプロン写真&その時の録音データ』があるのだ。これがある限り俺たちは牽制し合うことまでしか出来ない。

大体、その写真をばらまいても困るのは俺じゃなくハミルトンだ。更識先輩は確かに性格が悪いが、いたずらなりなんなりを仕掛ける時まで他人に迷惑を掛けるような人じゃないだろう。

それに、俺自身、生徒会に入りたくないし。

 

「生徒会って更識先輩がいるんですよね?」

「ええ、そうよ」

「だからです」

「意味分かんないわよっ!えっ、私が嫌だから入りたくないってこと?」

「う〜ん、まぁ、先輩が嫌いとかではなく、先輩って仕事とかサボりそうですし」

「うっ!」

「その仕事って他の生徒会役員がやるんですよね?今生徒会役員って何人いるんですか?」

「えっと、三人?」

 

えへっ、と可愛らしく笑うが、生徒会が三人って…。更識先輩がサボるから、実質2人じゃん。

すると更識先輩はにやにやとした笑顔を張り付けたまま、話を続けた。

 

「まぁ真面目な話、この学園の生徒は部活に強制参加なのよ。でも、男子は三人しかいない。頭の回転が速い佐倉君ならこの意味、分かると思うんだけどなぁ?」

 

部活に強制参加、だと?なんだそれは。そんなの聞いてねぇよ。

更識先輩の言ったことに驚愕しつつ、理解した。

男子が三人しかいないということは、つまり、数多ある部活動に一人づつ入部するということだ。三人が全員、同じ部活に入るのはまずありえない。澵井は織斑が嫌いだから別の部活を選ぶだろうし、逆に俺は澵井と織斑に友人として気に入られている、と思う。組み合わせとしては織斑と俺、もしくは澵井と俺の二つしかない。

しかし、三人にも趣味嗜好がある。例えば俺なら、槍術部とか長刀部に入りたいが、澵井や織斑はそうはいかないだろう。

男子がもっといれば、趣味が被る生徒もいただろう。だが今いる三人は、全員が真逆の方向を向いている。

故に全員が同じ部活に入ることは無い。

だがそうなると、俺にだけ問題が出て来る。

他2人は盛大に歓迎されるだろうが、俺はむしろ、非難されるだろう。それはもう織斑達が歓迎されるのと同じくらい盛大に。

そうなると入部できる部活そのものが、ほぼ無くなってしまう。

 

「チッ…生徒会に入れば、その義務とやらが達成できる訳ですか」

「今舌打ちしたわね?…まぁそうよ。勉強はどうか分からないけど、佐倉君頭良さそうだし、うってつけだと思うわよ。仕事が終わり次第自由だし、何より美人な先輩がついてくるわ!」

「最後の情報は死ぬ程いらないです。とりあえず今週中は待ってくれませんか?考えるんで」

「ええ、全然いいわよ。どうせ生徒会に入らざるを得ないんだから。あ〜これで仕事が減るわ!」

 

俺の逃げ道が無いと分かっているからか、最早、俺が生徒会に加入することが決まったかのように伸びをする更識先輩。まぁ正直、この件に関しては、あの鬼教官を味方に付けることは難しそうだ。それは明日から追々考えよう。

 

時刻はまだ九時だ。昨日早く寝たからか、全然眠くない。ベッドに入っても良いが、昨日のように更識先輩がいたずらしに来る恐れもある。かといって、勉強をする気にはならない。そもそも俺は勉強が嫌いだ。しなくても平均点くらい取れるし。それじゃ、何すっかな……あ。

そういや、積ん読が大量にあったんだった。少しだけ持って来てたはず……………あった。でも、あれ?これフランス語だ。親父の本も一緒に持って来ちまったのか。電子辞書もあるし翻訳しながら読もう。

 

俺は本のページ数を確認し、そのページ数と同じだけのルーズリーフを用意して、ペンを片手に、フランス語の本を翻訳しながら読み進めて行った。

 

 

 

 

 

ちなみに、本のタイトルは『レ・ミゼラブル』

俺が翻訳している間、更識先輩の妨害があったのは、言うまでもないだろう。

 



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結局俺は普通の人だったようです。

眠い。

ハミルトンに会った日から一週間が経過した。今日は放課後に織斑と澵井の試合があるからか、教室が色めき立っていた。何でも、織斑に専用機が渡されるらしい。良かったね。

で、なんで眠いかと言うと、あの日から読んでいるフランス語の本を和訳しているのだが、更識先輩は五月蝿いわ、フランス語は結構難しいわで寝不足なのだ。最近の睡眠時間は一日2、3時間だし、授業はあの鬼がいるから寝れないし、最早地獄だ。

しかしあの本は面白いから早く読破したい。ならばどうする。答えは一つ。

早く帰って読む。それだけだ。

 

「おい、何処行くんだよ?」

「帰るんだよ。お前等の試合なんか興味ないし」

「おう、辛辣だなぁ、真理は」

 

事実を言っただけだろ。大体俺は一戦しかしてないんだからクラス代表には絶対ならないし、もう関係無いんだよ。

 

「なぁ、ティナ連れて来てくれよ」

 

下心丸出しか。

 

「自分で誘え」

 

バカか?バカなのか?バカさ加減が織斑と同等だぞ、お前。ハミルトンの目の前でやったら確実に引かれるぞ、それ。ついでに、連れて来たとして、もし負けたらどーすんだ?

 

「あ、真理ー!」

「………」

 

なんで毎日毎日くるんだよ、お前。隣のクラスでしょ?来なくて良いじゃん。

 

「今日巧の試合でしょ。一緒に行こうよ!」

「一人で行け。今日からサポーターも取れるし、練習しにいくんだよ」

「練習って槍の?」

「そう。一週間やってないからな」

 

一日サボった分を取り戻すには三日掛かるって言われたからな。一週間分取り戻すには、単純計算にして三週間かかる。二十一日か…長いな。

まぁ一週間やそこらで腕が鈍るような鍛え方はしてないけどな。

 

「まぁまぁ、2人で見に来てくれよ、な?治りたてでいきなり肩動かすのもキツいだろうしな」

「そうだよ。友達の試合なんだしさー」

「友達じゃねぇよ」

 

なんでこんな人を利用する気満々のやつと友達にされなきゃいけないんだ。人と関わらないようにしてる俺が言えたことじゃないけど。

 

「しょうがねぇな。行ってやるが、5分で終わらせろ。それを過ぎたら帰るからな」

「5分か、ギリギリだな」

「無理って言わないんだね…」

「まぁ会社で訓練受けてたからな。日本の代表候補生ともやってたんだぜ」

 

へー、そりゃすごいな。だからってイギリスの代表候補生に勝てる理由にはならないがな。つーか行かなくていいのか?織斑は早々に教室出たけど。

俺の顔を見て、何を考えているのかを察したらしい澵井は口の端を少しだけ上げて答える。

その顔ムカつくから今すぐやめろ。

 

「俺の試合は織斑とオルコットさんの後にやるんだ。全員が同じ条件で試合する為に俺は2人の試合を見れないんだ」

「んなの平等でも何でもねぇだろ…」

 

その呟きは誰に言ったものでも無かったが、ハミルトンには聞こえたようで。

 

「平等じゃないってどうゆこと?」

「……玄人二人に素人一人の何処が平等なんだよ。姉貴が強けりゃ弟も強いのか?ちげぇだろ」

「あ、そっか」

「オルコットさんはどうだか知らないけど、俺は容赦しないよ。試合だからね」

 

オルコットが織斑をどうしようが知らないが、俺は徹底的に織斑を潰す。試合という免罪符があるからな。

に聞こえるのは俺の妄想か?

 

「あっそ。好きにしろよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合終了のブザーが鳴る。初戦のオルコット対織斑はオルコットが勝ったようだった。見てないから分からないが、結構善戦していたらしい。さっきの言葉は撤回した方がいいかもしれんな。やっぱり血の繋がりってのはあるかもしれない。

 

「次だね、巧の試合」

「ああ」

 

にしても、IS、ね。試合で使ってる武器もスポーツと謳ってはいるけど、どれもこれも確実に人を殺せる『兵器』だ。そんなもんをよく人に向けられるな。物干竿で人を殺しかけた俺が言えた事じゃないけど。

 

「あ。出て来た」

 

俺たちから見て、向かって左側から蒼いISを纏ったオルコットが、右側から前面が白、背面が黒の、鷹をイメージするISを纏った澵井が出て来た。アンロック・ユニットだっけ?のウイングも鳥をイメージしてるっぽいな、あれは。

 

『よろしくお願いしますわ、澵井さん』

『こちらこそ、よろしく』

 

オープンチャネルで2人が会話を始める。そんなのどうでもいいから始めてくんない?帰って良いの?つか澵井はハミルトンに見て欲しいから俺を呼んだのであって、俺がここにいる必要はもう無いよね。約束した5分で絶対に帰る。

どーでもいい会話をぼーっと聞いていると、オルコットの謝罪の言葉が聞こえて来た。先週の男に対する侮辱に対する謝罪のようだ。織斑と戦って男にもいろんな人がいる事に気づいたらしい。

 

『いいよ。元から俺は気にしてないし。多分、真理も気にしてないよ』

 

なんでお前が俺の事を言うんだよ。……気にしてないけど。

 

『ありがとうございます。ではそろそろ始めましょうか』

『ああ。容赦はしないよ』

『こちらこそ』

 

そして、織斑先生のかけ声で試合が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルコットは女尊男卑の人間だ。女は男よりも優れているという腐った考えを持っている。別に俺自身が男尊女卑という訳じゃない。かといって男女平等を掲げる訳でもない。人間一人一人に優劣は存在し、今はその優劣の優れている方に女が多いだけだ。

そして、さっきの試合で負けた織斑はオルコットに劣っていたから負けた。

何が言いたいかというと、

 

「巧、強かったんだね」

「みたいだな」

 

オルコットと澵井の試合が始まって二分足らず。大型モニターに映されたシールドエネルギーの残量は、澵井が550でオルコットが200。澵井がオルコットを押している状況だ。今もオルコットの操る四つのビットから発射されるビームを危なげなく躱し、澵井が持つ二つの大型ライフルで反撃している。しかもそのほとんどが直撃している。

しかも、はったりか知らんが、四つのビットを動かしているとき、オルコット自身が持つライフルでは攻撃していない。出来ない、のだろう。

 

「第三世代兵器っていうのはね、イメージインタフェースを使った兵器なのよ」

「つまり?」

「すっごい集中力が必要」

 

使えねーな。

 

「俺はもう行くわ」

「え?まだ5分経ってないよ?」

「澵井の勝ち確定してんだろ。オルコットがどんな奥の手持ってようが、攻撃を与えらんなきゃ意味ねーよ。主兵装の第三世代兵器も当てらんないんじゃ、勝てる見込みは無い」

「一夏と巧の試合は見ていかないの?」

「教室に行きゃぁ、勝手に耳に入る」

 

俺が出入り口へと向かうと、ハミルトンがおろおろし始める。ああ、こいつは2組だから今見逃すと結果が分からなくなるのか。誰かに教えてもらえば良いんだろうけど、まだ入学して一ヶ月も経ってない状態で他クラスに知り合いが出来るとは思えない。いや、最近は帰る時にいつも俺の所に来るから知り合いはいるのか?今のこいつを見てると、知り合いなんぞいなさそうだが。

 

「はぁ。ハミルトンは見てれば良い。何も俺の練習に付き合う必要なんか無いんだから。一人がいやならあの辺の奴らに話しかけてみろ。教室で見てる限りじゃ、多分気のいい奴らだから」

「……そういうことじゃないんだけど……」

 

あの、織斑と違って難聴とかないんで。この距離で呟いたら丸聞こえだからね?

 

「………後で結果教えてくれ」

「………うん」

 

うわぁ、行きづれぇ…。どれもこれも澵井のせいだ。今から形勢逆転されてボコボコにされてしまえ。

後ろ髪を引かれつつも、その場を離れようと振り向いたら、

 

「どーこ行くのかな?佐倉君」

「!?」

 

ビビった。マジで心臓止まるかと思った。なんで気配消してんの?なんで後ろに立つの?なんでそんなに近いの?

言葉通り、目と鼻の先に更識先輩がいた。いつからいたんだ、あんた。

 

「女の子を置いてくなんて、モテないゾー?」

「元からモテないんで大丈夫です。………ちょうど良かった。ハミルトンと一緒にいて上げてください。俺は用事あるんで」

「女の子をほったらかしにする程大切な用事なの?」

「……少なくとも、俺の中では最重要事項です」

「ふーん…」

 

俺の中から母親という道標が消え、残ったものを探してみた。

がらんどうの心の中に残っていたものは二つ。

一つは父親の存在。

どうしようもない母親とそれに感化された妹がいる家族の中で唯一、俺の味方で、俺が味方だった人。

もう一つは、槍。

親父が母親に土下座してまで頼み込んで、道場に入れてもらった。師範しかいない小さな道場だったけど、師範は鬼のように強く、師範の友人達も最早人間じゃねぇだろってくらい強かった。今でも勝てないけど。

親父の優しさと師範やその友人達への感謝が、今の俺の槍術を形作っている。それをサボる事は彼らに対する冒涜だ。

昨日まではドクターストップが掛かっていたから仕方が無かったが、今は関係無い。

ならば一刻も早く習慣に戻さなくてはならない。

 

「わかったわ。じゃ、よろしくね、ティナちゃん」

「え?あ、はい」

「じゃ、さいなら」

 

2人に背を向け、俺はアリーナの観客席を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティナside

 

真理がアリーナから出て行く。その背中を私は見つめていた。

 

「佐倉君はね、あんなんでも結構辛い事受けて来てるのよ」

「え?」

 

試合を見ながら先輩が語り始めた。そういえば、私この人の名前知らないな。

 

「詳しくは本人から聞いてね。で、数少ない大切なものを、大事に、大事にしてるのよ」

「………なんでそんなに詳しいんですか?」

 

少し、ムッとしてしまった。何故かはわからないけれど、真理の事情に詳しいこの人に嫉妬してしまった。

 

「あはは、安心してちょうだい。別に彼と付き合ってるとかはないから」

「なっ!?」

「これでも生徒会長だからね。貴女達を守る為にも、彼らを守る為にも、色々知っていなきゃやってらんないのよ。彼らは事情が事情だけに、家庭の事情とかも調べなきゃいけなかったのよ」

「………貴女、生徒会長だったんですか!?」

「えっ?驚くトコそこ?」

 

いやまぁ、この学園の生徒会長って言ったら学園最強だし。真理の事情もほんの少しなら知ってる。女尊男卑の家族に生まれた男の末路は知っている。自分の父親がそうだったから。

家事から買い物からこき使われるだけ使われて、休息も貰えず、体調を崩し、それでも尚使われ続ける。

そんな父親を不憫に思いながらも、母親が怖くて何も出来なかった。

そんな両親が離婚した時、内心ほっとしていた。これでもう父親が傷つく事はないと思ったから。

でも、そんな安堵は自分の勝手な感情だと、思い知らされた。

父親の全てに絶望したような眼を見てしまった時から。

 

「ま、なんにせよ、佐倉君とは仲良くしてあげてね。彼は人嫌いの気があるからね」

「頼まれなくても仲良くしたいと思ってますから。日本に来てから初めてできた友達ですし」

「あら、お姉さんも仲良くして欲しいなぁ」

 

………正直、嫌だ。この人と仲良く出来るイメージを、全く浮かべられない。

将来的にライバルというか、何かを巡って争うような、そんなイメージばかりが浮かぶ。

 

「まぁ、よろしくお願いします…?」

「あはは、よろしくね、ティナちゃん。お、そろそろ決着かな?」

 

アリーナへと目を向けると、刀を持つ一夏を、巧が大型の重火器で一方的に撃ち続けていた。弾切れになった瞬間、一夏が近づこうと加速するが、巧の手には既に手榴弾のような形状をしたものが二つ、握られていた。その内の一つを2人の中間に投げると、それは閃光を放った。『スタングレネード』とか言うやつだろう。通常の対人間用ではなく、IS用に造られたそれは、アリーナを巨大な閃光と爆音で包み込んだ。

視界を奪われた一夏に巧がトドメを刺そうと、巨大なバズーカのようなものを両手で抱えていた。

 

「なに、あれ?」

 

不意に出た言葉に、生徒会長さんが答えてくれた。

 

「あれは…レールガンね。しかもあの砲身の長さからすると、最大威力で撃てば織斑君のシールドエネルギーどころか装甲まで貫くでしょうね」

「ええっ!?」

 

生徒会長の説明だと、レールガンというものは理論上、レールが長く加速が長時間維持できれば威力をあげることができるらしいが、様々な摩擦が存在し発射速度は入力した電流の量に正比例しない。が、摩擦や損失が無視できる間は、加速度は電流の大きさに比例するらしい。

ISが出るまでは摩擦を消す方法が存在しなかったが、ISの出現と共に世界の技術力も上がり、ISに使われている技術と併用し摩擦を消す事に成功した会社が存在するって。

 

「そ、それじゃあ、一夏が危ないんじゃ…!?」

「そうね」

「そうね、って……止めなくていいんですか!?さっき生徒を守るとかなんとか言ってませんでした!?」

「あはは、痛いとこ突くわね。大丈夫よ。流石に威力は落とされてるでしょうし、試合の規定に装備の検閲があるから、織斑先生の安全確認も取れてるから大丈夫よ」

「それなら……」

 

そして、先程のスタングレネード程ではないけれど、眩い閃光を放ち、文字通り光速の弾丸が発射された。光の軌跡を残したそれは一夏へと吸い込まれ、一夏が吹き飛ばされた。

 

「……あれ、装甲に罅入ってません?」

「…………」

 

遠目にも、一夏の白いISに罅が入っているのが確認できた。

 

「…先輩?」

 

無言になった生徒会長を見ようと、隣へ視線を向けると、そこにはある地点に赤い丸が書かれた地図が置いてあった。

 

「なんだろ、これ?」

 

試合も終わった事だし、ちょっと行ってみようかな。

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、そろそろ決着はついたかな。部屋に戻って物干竿とタオルを取り、先週見つけたベンチのある小さな広場に来てから、いつも通り(・・・・・)槍を振るった。一から九十九の段を一通り振るい汗を拭っていた。

 

「…織斑に勝ち目は無いしなぁ」

 

日本の代表候補生と戦りあってたってのが、互角だったのなら、織斑には勝ち目が無い。ISに触ったのは二、三回だろうし、織斑が貰うっていう専用機にチート武器でも搭載されてりゃ話は変わるけど。

 

「あれ?真理?」

 

…………………

 

「…………何しに来た?」

「いや、生徒会長さんが急にいなくなっちゃって、そしたらこの地図が落ちててさ。暇だしちょっと来てみたんだ」

 

お前か更識先輩。つーかなんで知ってんだ。

 

「いつもここで練習してるの?」

 

ベンチに腰掛けたハミルトンが丁寧に地図を折りながら聞いて来た。

居座るんかい。

 

「…ああ。学園に来て、ここを見つけてからはな。一週間くらいしか使ってないけど」

「ふーん。まぁいいや。練習は終わったの?」

「一通りはな。もう帰るけど」

「そっか。じゃあ帰ろっか」

 

何?一緒に帰るの?視線が凄くなるから嫌なんだけど。

 

「……そんなに嫌そうな顔しなくたっていいじゃん。友達なんだし」

「……………友達、ねぇ」

「何?嫌なの?」

「いや、友達ってのはどっから何処までが『友達』なんだろうな」

 

人間の関係性程難しいものは無いと思う。

赤の他人から始まり、知り合い、クラスメイト、友達、親友、恋人、家族。様々な関係があるが、その関係性定義は何処から始まり、何処で終わるのか。もうほんと謎。

 

「そんなの、お互いが友達だと思ってたら友達なんじゃないの?」

「あー、うん、まぁいいや」

 

こんなこと考えても時間の無駄だ。こいつとの関係も、知り合いでいいや。断じて友達じゃない。

そんなことより早く帰って本の続きを翻訳する事の方が大事だわ。日も傾いて来たし、早々に寮に戻ってシャワー浴びて飯食って本読もう。大浴場ってのがあるらしいけど、女子と男子の比率を考えて男子は使用禁止。その内澵井が覗きに行かないか心配だ。主に俺に被せられる濡れ衣が。

 

「そういえば、巧が勝ったよ、試合」

「だろうな」

 

当たり障りの無い会話をしながら寮へと入る。数人の生徒とすれ違い、その度に睨まれながら部屋へと戻る。

もうそろそろ慣れてもいいんじゃないの?俺に。毎回睨むのも疲れるだろ。

さっさとシャワー浴びて和訳の続きやろう。と思っていたのだが。

 

「あら。もう帰って来たのね」

「速いですね。ハミルトンからは試合後に急に消えたって聞きましたけど」

「生徒会長には色々あるのよ。聞く?」

「遠慮しときます。巻き込まれ体質は織斑だけで十分です」

「あっはは、そうね。それとは別に貴方に話があるのよ」

 

?なんだ?つーかさっきから何をやってるんだ?この人。

 

「話?とゆーか、さっきから何してるんですか?」

「ん〜、ちょ〜っと待ってね」

 

部屋中をがさごそと探り続けて数分。ようやく止めたと思えば、机の上にあった箱の中身をぶちまけた。

 

「これは?」

「盗聴器と監視カメラ。まぁ元々機能してなかったけどね」

「え。…なんでですか」

「もっちろん、私が全部潰したからよ。まぁそれも置いといて、とりあえず座りなさい」

「?」

 

言われた通りに、自分のベッドに座る。なんだかんだ慣れて来たな、ここの生活も。

隣のベッドに更識先輩が座るが、その手にはホッチキスで止められた数枚の紙がある。

 

「話したい事は二つ。両方とも貴方に関係する話だけど、片方は間接的に関係ある話ね。どっちから聞く?」

「じゃあ、間接的な方からで」

 

そう言うと、更識先輩は手に持っている紙を脇へと置いた。とすると、あれは直接的に関係ある話の資料か。

 

「じゃ、簡潔に」

 

区切って、言葉を紡いだ。

 

「澵井君が謹慎一週間になったわ。理由は織斑君への過剰攻撃。試合で使ったレールガンの威力の虚偽の報告によるものよ」

 

………それ、俺に関係あるか?

いやマジどうでもいいんだけど。あるとすれば、織斑が入院した場合、俺が教室で唯一の男子になる事ぐらいだが、視線さえ無視できればどうという事は無い。

てか、バカだなぁ、あいつ。戦闘能力の差を見せつけるにしたって、再起不能のぼっこぼこにしなくても、被弾無しにすれば簡単に見せる事が出来るだろうに。

 

「それだけですか?」

「……澵井君に関しての話は、これだけね。友達として心配するとか無いの?」

「友達じゃないんでなんも無いです」

「……………そう。じゃあ、貴方に直接関係のある話よ」

 

俺に直接関係のある話とは一体。今の話と更識先輩の珍しく真剣な顔を見る限り、全く良い話では無いのだろう。母親と妹関連の話か?親父の話か?それとも師範達の話か?後者の二つだったら、場合によってはこの学園を辞める事になる。

更識先輩は脇に置いた資料を手に取り、俺に渡して来た。

俺は資料の一番上に書かれている、タイトルのように大きめの文字で書かれた一行を初め、理解できなかった。

 

「『佐倉真理の人体実験による報告書』…?」

「貴方が研究所から保護されてから昨日まで、更識の総力を上げて研究所にいた人間を全員拘束し、研究内容を調べ上げたわ。そして今日。全ての調査が終わり、私の元へ報告書が来た。それと全く同じものがね」

「…………」

 

更識先輩の言葉を聞き流し、俺は資料をめくった。

二枚目からはびっしりと文字が並べられており、いっそ読みづらい程であった。そんな中でもスルッと目に入って来たものがあった。

 

「『被験者に脳の異常は見られなかった。しかし、被験者の元所持者の意向により、被験者の前では脳に何かしらの異常があるよう話し、被験者に恐怖を与えるようにする』」

「つまり、貴方の言っていたようなストッパーや躊躇が無くなった、という脳の異常は存在しない」

「…!?いや、でも、オルコットに反論も出来たし、事実、オルコットを殺しかけたんですよ?」

「反論できたのは君の元々の性格で、殺しかけたのは、女尊男卑に染まるセシリアちゃんが君の母親の面影と被っちゃったから。殺したい程母親が憎いんでしょう?」

「じゃ、じゃあ、脳に異常があるよう錯覚させたのはなんの為なんですか?まるでメリットが無いような気がするんですけど…」

「次のページを見てご覧なさい」

 

言われた通りに紙をめくる。

 

『被験者は女尊男卑の女性に恨みがある様子。さらに幼い頃から隣町の道場に通い、戦闘術はかなり高い。しかし倫理観は正常で常識もわきまえている。故に、倫理観を扇情し、元所有者の意向とともに被験者には『ストッパー・躊躇の欠落』を錯覚させ女性と相対した時の恐怖心を底上げさせる。そうすることにより、ISを使えるが女性と敵対できない、出来損ないを生み出す』

 

ああ、要するに、この女尊男卑の社会を覆す三人の反逆者となりうる者の内の一人を使い物にならなくする為か。

…………くだらねぇ。こんなものに数ヶ月も振り回されてたのか。

 

 

俺の手の中で、ぐしゃりと資料が潰された。

 

 

 

 

 




意味不明なところや、誤字脱字があれば報告お願いします。
ついでに感想貰えると、嬉しいです。


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情報があれば推理は出来ます。

楯無side

 

織斑君と澵井君の試合は最悪の形で幕を閉じた。

織斑君は気絶し、今は保健室に連れて行かれたそうだ。付添人は山田先生。姉ではあるが、2人の担任である織斑先生は織斑君が運び込まれたピットとは逆のピットへ向かったらしい。全部虚ちゃんからの情報だ。

ピットへ続く廊下を早足で歩く私は虚ちゃんからのメールを閉じ、携帯もポケットに仕舞う。アリーナにおいて来たティナちゃんには悪いがこっちも生徒会長と更識の長としての仕事がある。大目に見てもらおう。お土産も置いてきたしね。

それより澵井君が最後に使ったレールガン。あれは見るからに規定違反の威力を出していた。それが澵井君の意思によるものなのかは分からないけれど、問題は何故あれが装備の検閲を通過したのか、ということだ。

今回の試合の装備の検閲は全て織斑先生と山田先生が行っている。山田先生の検閲を通ったら織斑先生、という風に二段構えの検閲だ。

織斑君の零落白夜は最大出力を出すと相手ごと斬ってしまう恐れがあるため、ストッパーが設けられている。もし試合中にストッパーが外れれば、管制室に警報が入り強制停止させられる。

それは澵井君も同じだった筈だ。故に不思議で仕様がない。あの織斑先生の検閲を通過し、警報すら鳴らなかったらしい武器をどうやって試合で使用できたのか。

考えを纏めていると、ピット前に到着し、躊躇い無く部屋へ入る。

 

「貴様、何故あんな武器を使った?それ以前にどうやって私たちの審査を通過した。数値は全て安全であることを示していたが?」

「…………」

 

部屋の中は修羅場と化していた。

織斑先生が澵井君の胸ぐらを掴みあげ、文字通り鬼の形相をしている。当たり前だ。実の弟を危うく殺されそうになったのだから。私も、今は喧嘩しているが簪ちゃんを殺されかけたら相手を殺してしまうかもしれない。

逆に澵井君は虚ろな目で、首に力も入っておらず、まるで死体のようだった。その表情からは絶望の色が伺える。あの表情から察するに、武器の威力の誤報告は彼の意図する所ではなかったのだろう。

なんにせよ、まずはこの場をどうにかしなければ。止められる人間は私しかいないのだから。

 

「織斑先生。とりあえず彼を離してください。そんな状態じゃ、聞ける話も聞けませんよ」

 

澵井君の胸ぐらを掴んでいる腕に手を置き、2人の仲裁に入る。やっぱ怖いわね、織斑先生。

 

「…そうだな。だが何故お前がここにいる」

「一応生徒会長として来たんですけど…更識の方が良かったですか?」

「いや、この件に関してはどちらでも良い」

 

それはどっちも必要って言っているのでは……。どうやら面倒くさいことになりそうね。

虚ちゃん達は今別件で動いているけれど、人員を割かなければならなくなりそう。

 

「正直、今の彼からは何も聞き出せないと思います。更に言えば、この状態ではまともに授業も受けられないでしょう」

「ふむ。一理あるな」

「あと、彼の状態から察するに、虚偽報告は彼の仕業では無いと思います。そちらの方も更識で調べ上げます」

「ああ、頼む」

 

あと聞いておかなければならないことは、と。

 

「織斑君の様子は?」

「軽い打撲程度で済んだ。零落白夜の使用が極端に少なかった為に、絶対防御にまわすシールドエネルギーの量が多かったのが幸いした」

 

澵井君を見ると、さっきよりは落ち着いた表情をしているように見える。織斑君の無事を知ったからかな。

どうやら彼の情報をもう一度洗い直した方がよさそうだ。ハーレムを創るなんて以ての外だ。

 

「なら安心しました。では、失礼します」

 

ピットから出て虚ちゃんに電話する。今彼女には佐倉君の情報捜査の統括もやってもらっている。そろそろそれも終わるだろうから続けてやってもらおう。

数回のコール音の後、電話の向こうに虚ちゃんが出た。

 

『どうしました?お嬢様』

「少し頼みたい事があってね。佐倉君の件はどうなったかしら?」

『たった今書類に纏め終わりました。今すぐにでも渡せますが、どうします?』

「そうね……今何処にいるの?」

『生徒会室ですが…』

「じゃあ今から行くわ。頼み事もその時に」

『わかりました。紅茶を淹れてお待ちしております』

「よろしくね」

 

これでよし。とりあえず今出来る事はやった。後は生徒会室に向かって、それからね。

生徒会室へと足を向けながら、私は考える。

澵井君の情報に間違いは無い。例え日本一の企業だとしても、それが日本の中にある限り、更識の情報網から逃れる術は無い。なら、何故あんなにも情報とは違う性格が現れたのか。

二重人格なのか。ありえない想像に頭を振る。

親の七光りで甘えた生活を送っていた彼が、そんな精神状態になる筈が無い。

情報の間違いも精神状態の異常も無いとすれば、一体彼の内側では何が起こっているのか。私には想像出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室では既に虚ちゃんが紅茶を淹れていた。席についてカップを啜ると丁度いい温度となっていた。相変わらず紅茶を淹れるのが上手な従者だ。

静かに紅茶を飲んでいると、虚ちゃんが厚めの書類を持って来た。

 

「こちらが佐倉君の情報を纏めたものになります」

「ん、ありがと」

 

ぺらぺらと紙をめくっていくと、佐倉君が研究所に売られたときの記録が出て来た。

 

「!これは……」

 

ある意味、洗脳と同じ事をしている。それも、女性権利団体の地位を確立するために、中学を卒業したばかりの人間の人生を捩じ曲げて。

人を恐怖で縛り、自らの邪魔になるようなら即殺せるように、人の内面を変える。

最低だ。

 

「………虚ちゃん」

「はい」

 

書類を読み終え、研究所と佐倉君の母親と女尊男卑のこの世界に吐き気を覚えながら、虚ちゃんにもう一つの頼み事をする。

 

「澵井君の情報をもう一度洗い直して。特に、彼の母親について」

「?わかりました。しかし何故…?」

 

佐倉君に関する書類を読んで確信した。

澵井君の精神異常にも、恐らく女尊男卑が関わっている。彼の場合も、裏に女性権利団体が絡んでいる筈だ。

 

「2人の人間の捩じ狂った人生を、正すためよ」

 

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巫山戯た話だ。騙された自分が酷く阿呆に見える。

確かに、あいつ等が話していた内容を盗み聞いて、勝手に思い込んでいた。確かな確証も無く、実際に躊躇が無くなった検証もせずに信じ込んでいた。誰かを傷つけてはいけないと思って。

いや、それも言い訳か。誰に対するものでも無い。しいて言うなら自分に対する言い訳だ。

 

「…これは、俺の母親、というか、女性権利団体の仕業、ですよね?」

「!…まぁ、それだけの情報があれば、辿り着くのは容易よね」

 

チッ…本当に腹が立つ。

待てよ…。世界最強を姉に持つ織斑はともかく、世界一のISシェア企業程度の後ろ盾しか無い澵井も、女性権利団体の圧力なら潰せるんじゃ無いか…?

 

「澵井の謹慎にも、女性権利団体って絡んでたりします?」

「!!」

 

ビンゴだ。

しかし、それを知ってどうする。自分が生きていくだけで精一杯、しかもなんの後ろ盾も待たず、ましてや世界最大とも言える団体に、俺如きが復讐できる訳も無い。そもそも復讐するつもりも無い。

大体俺を戦力に数える段階で既に間違っている。女性と敵対?するわけねぇだろ。

 

「澵井は今何処に?」

「…懲罰室よ。ドア越しでも声は聞こえるわ」

「別に行きませんよ。アイツの人生、どうなろうと俺の知ったこっちゃ無いですから」

「……そう。ちなみに澵井君の事情について、どのくらいの想像が出来てるの?差し支えなければ、聞けるかしら?」

 

確か、レールガンの威力の虚偽報告、だったか。

 

「今の澵井の心理状態って分かります?」

「呆然としていて、言葉が通じているのかすら分からないわ。ただ、織斑君の安否を聞いて、軽い打撲って知ったときは安心しているように見えたわね」

 

織斑は無事なのか。で、それを聞いて安堵した、と。

レールガンの威力は澵井にとって想定外だったって事だ。

 

「澵井の母親は女性権利団体の人間ですね。どういう手を使ったかは知りませんが、澵井のISに乗っけてるレールガンの威力の情報をすり替えた上で、レールガンを撃たせる。撃たせる手段は、文字通り洗脳したんでしょうね。長い時間をかけて」

「洗脳?」

「思い込み、と言い換えても良いです。澵井のあの性格から察するに、余程裕福な生活をしてたんでしょう。親から全てを与えられて。そしていつの間にか、親の力を自分の力だと思い込んだ。しかし、今年の二月、想定外の事が起こった」

「織斑君のことね」

「はい。ですが、この時既に、澵井は自身にIS適性があることを知っていたんです」

「そんなの更識の情報網でも出てこなかったわよ?」

「……………更識の情報網はどういったものなんですか?」

「?ハッキングも人的手段も使うけれど」

 

ハッキングや人海戦術も使うということか。その更識でも見つからないということは………。

男のIS適性。女性権利団体。洗脳。ハッキングに人海戦術。

織斑のIS適性が見つかる前に澵井のIS適性が見つかっていたのは、恐らく正解だろう。その時既に、澵井は女性権利団体に目を付けられていた。

 

「………電子的記録に残さない方法は簡単です。搭乗したISを破壊してしまえばいい。勿論、コアは壊さず、ISに付属している部品を一つ残らず破壊すれば、データは漏れずに済む。幸か不幸か、ISは通信機能系を完全にシャットダウンした状態でも動きますからね。その状態で起動させ、そのまま破壊すれば、男がISに乗れる事を確認しつつ、その事実を隠蔽できる。どうですか?」

「…………そうね。確かにその方法なら電子上の情報網には掛からないわ。でも人的情報の方は?」

 

これは完全に俺の想像だ。根拠もクソも無い。大体、なんで俺が澵井の事情を推理しなきゃならんのだ。

ま、人の口に戸は立てられないからな。しかし、絶対に口封じできる方法がある。それは、

 

「…消したんじゃないですか?社会的にも、物理的にも」

「………」

 

見た人間全てを消してしまえば、情報もクソも無い。死人に口無し、ってやつだ。

それでも、一部の人間は生きてるんだろうな。

 

「じゃあ、目的は?」

「俺が出来損ないにされそうになったように、澵井も消されそうになったんですね。織斑も巻き込んで」

 

そう。要するにこれは。

 

「全て女性権利団体の地位確立の為に、男性IS操縦者を消す為の策略。それも自分たちの手を汚さずに」

 

ま、全て俺の妄想だ。物理的根拠も証拠も無い。痛い中二病のように思えて来た。うわ、きっつ。黒歴史確定やんけ、これ。

 

「……やっぱり貴方、生徒会に入りなさい」

「はぁ…え?なんで急に」

 

まだあの鬼教師になんの相談もしてないんだけど。

 

「佐倉君の考えは私とほぼ一緒。その思考力だけでも十分危険よ。後はまぁ、頭がいいって分かったからね。他の部活でその才能を腐らせるわけにはいかないわ」

 

才能、か。そんなものは無いのに。

それに、織斑先生にいくら相談してもこればっかりは校則だからな。回避不可能なら早々に諦めるべきだ。

 

「分かりました。生徒会に入ります」

「!ホント!?」

「ええ。無駄な労力は使いたくないんです」

「無駄って何よ、無駄って!」

 

更識先輩は表情をころころ変える。だって無駄なんだもん。それより頭を使いすぎた気がする。甘いもんでも食べよう。

バッグの中からのど飴を取り出し、口に放り込む。うん、甘い。

話は終わりみたいだし、シャワーでも浴びるか。

寝間着やバスタオルなんかを用意していると、さっきまで騒いでいた更識先輩が急に静かになった。振り返って表情を伺うと、どこか影が差している。

 

「どうしたんです?」

「佐倉君は今まで騙されてたのよ?なぜそんなに普通でいられるのか、それどころか澵井君の事まであっさり推理できた。動揺とか怒ったりとかしてないのかなって思って」

 

あー、別に動揺してない訳じゃないんだけどな。

 

「動揺はしましたけど、そもそも怒る理由がありませんよ」

「そう?」

「ええ。だって俺の体も脳も正常だってことが分かったんですから。これが逆に、異常でもあったんならそりゃ怒りますけど」

「……そっか」

「それに、自分の意思が介入できない事は『全部運だ』って思うようにしてるんです」

 

あの母親から産まれて来たのも運。世界が女尊男卑なのも運。

騙されたのは、まぁ微妙な所だな。

 

「割り切っているのね」

「そうでもしないと生きてらんなかったんで」

 

その言葉に更識先輩はまた悲しそうな顔をする。いや別にね?もう気にしてないんだけどね?どうせ、二度とあの人達とは一生会わないんだから。

とりあえず風呂だ。食欲もないし、フランス語の和訳も今日で終わりそうだし、ようやくゆっくり寝れるぜ。

 

「じゃあ、シャワー先に使わせて貰いますね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、朝のSHRでクラス代表が織斑に決まった事が発表された。クラス代表決定戦の戦績は、俺が一勝二敗、澵井が二勝一敗、織斑が二勝一敗、オルコットが一勝二敗だ。俺の二敗は織斑と澵井に対しての不戦敗。織斑の二勝は俺への不戦勝と澵井の反則負け。

結果、織斑がクラス代表の座に就く事になった。まぁ澵井はともかく、織斑に惚れているオルコットが戦績トップになっていたとしても、織斑にお鉢が回って来ただろうな。

 

で、放課後に織斑の就任祝いのパーティをやるそうだ。俺?最初っから誘われてないよ。織斑について来てくれって頼まれたが、「気が向いたらな」って言っといた。ああ、行く気は無い。

フランス語の和訳も終わり、日課の槍術も終えた今、俺は時間を持て余していた。

ハミルトン?ああ、撒いたよ。練習場所を知られようが、時間をずらせば何て事は無い。というわけで今日は一回も会ってないのだ。

そしてシャワー後から晩飯までの間、暇そうに本を読んでいたら、生徒会から帰って来た更識先輩が言った。

 

「そんなに暇なら澵井君の所に行って上げたら?」

 

なんでだよ。友達じゃねぇって言っただろ。

それが顔に出てたのか、それとも察したのかは分からないが、面倒くさそうな、それでいて悲しそうな表情をして話し始めた。

 

「彼、昨日から何も喋らないのよ。それだけじゃなくて、ご飯を用意しても口にしないし、あの様子だと動いてすらないんじゃないかしら」

 

へー。で?

 

「同じ男子で、彼が唯一仲良くしようとした君の声なら届くかなって思ってさ」

「嫌です。なんで俺がアイツの為に行動しなきゃいけないんですか」

「……生徒会長命令よ。なんでもいいから澵井君と話して来なさい」

 

どんだけ行かせたいんだよ。

とはいえ、口約束でも生徒会に入ると言った以上、今後はこの人の下につくんだ。上司の命令には従わなければ組織は成り立たない。

 

「はぁ、わかりましたよ。懲罰室でしたっけ?」

「ええ、ありがとう♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更識先輩との話の後、すぐに部屋を出て懲罰室へ向かった。確か、一階にあったはずだ。

階段を降りていくと、二階が騒がしい事に気がついた。どうやらパーティの準備で忙しいようだ。織斑が篠ノ之と特訓中のこの時間帯に終わらせなくてはならないのだろう。

心の中で大変だな、なんて他人事のように、いや、他人事だったわ。と呟く。

騒がしい階を通り過ぎて、そのまま一階へと降り、いくつかの部屋を通り過ぎて懲罰室の前に辿り着く。

さて、もしかしたら更識先輩が聞いているかもしれないので下手な事は言えない。かといって澵井に対して言う事なんて無いしなぁ。

 

「………よぉ澵井」

 

扉の向こう側がどうなっているかは分からないが、何かが動いた音がした。廊下に俺以外誰もいないから聞こえたような、本当に小さな音。少なくとも俺の言葉に反応しているのが分かる。

 

「災難だったな。織斑を殺しかけたんだって?」

 

最初の音以降、何かが動いている気配も音もしない。だがまぁ、別にいいだろう。俺が受けた命令は『何でも良いから澵井と話してこい』だ。こっちから勝手に話しときゃ、命令は完遂できる筈。

 

「お前の事情なんか知らねぇけど、騙されたみたいだなぁ。状況から察するにお前を騙したのはお前の両親ないし、母親だぜ?まぁそのくらい、お前も理解できてるんだろうけどな。だから更識先輩達の問いに答えられなかったんだろ?自分の口から言っちまったら、認める事になるもんな。親に利用されてたって」

 

理解する事と認める事は違う。頭で理解していても、認める事は出来ないなんて、小説や漫画では間間ある事だ。

口に出して、言葉を紡ぐという行為は、自らの思想や考察を認識させるという意味を持つ。取り戻せない状態にして、後戻りすることを不可能にする。だからこそ、澵井は答えなかった。愛されていると思っていた人間から裏切られたという事実を認めたくなかったから。

 

「今どんな顔してんのか知らねぇけど、最低な顔してんだろうな。お前みたいに、勝ち組だったやつが最底辺まで堕ちた時の表情は見た事あるからよ」

 

扉の向こう側がどうなってるのかは分からない。それに、更識先輩の命令は十分果たせただろう。

 

「ま、お前がどうなろうと知ったこっちゃねぇからもう帰るわ。でも、最後にこれだけは言っとくぞ」

 

そう。只一つ、気に食わない事がある。それは_____

 

「被害者面してんじゃねぇよ。テメェだけが被害者じゃねぇんだ。テメェも加害者だって事を忘れんな。そんで理解しろ。お前は一人じゃ何もできない、お前が今まで見下して来た人間と同列の人間だってことをな」

 

何も反応は無かった。別にいいけど、更識先輩は満足してくれただろうか。どっかで見ているんだろう。あ、いた。

廊下の角に、見覚えのある青い髪を見つけた。早足で近づくと、何故か俺の物干竿を持っていた。

 

「これでいいですか?ていうかなんで俺の物干竿もってるんですか?」

「ええ、十分よ、ありがとう。で、はいこれ」

「?」

 

言われるがままに物干竿を受け取る。なんだ、試合でもするのか?嫌だなぁ、更識先輩強いし。

 

「今から私たちの部屋に澵井君の情報を持った娘がくるのよ。だから外に出てる間、暇にならないように」

 

俺は今、初めてこの先輩に感謝している。いや、マジで。

 

「ありがとうございます。初めて先輩に感謝しました」

「うんう…初めて!?」

「いやぁ、俺が裏に関わりたくないって言ってたの覚えてくれてたんですね。じゃ、終わったら連絡ください」

「いや待ちなさい!初めてってどーいうことよ!?」

 

後ろで何か叫んでいるが、無視無視。久々に清々しい気分で振るえそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やりすぎた。

集中して練習しすぎたせいで、いつも使っている広場の地面が抉れまくってしまった。

グラウンドから整備用具を借りて、地面の整備をしてから部屋に戻る。三十分程前に更識先輩からメールを貰っていたのだが、どうやら部屋で澵井の事情を聞かせてもらえるようだ。

いいのか?個人情報だろ?そう思ったが、あの人には無意味だった事を思い出し諦めた。まぁ心の隅っこであの推理があっていたのか気になっていたので、答え合わせが出来るのは少し嬉しく思う。

で、今寮の入り口にいるのだが…

 

「あ、そこのアンタ、ちょっといい?」

「あ?」

「本校舎一階総合事務受付ってところに行きたいんだけど、案内してくれない?」

 

うわ、面倒くせぇ。つーか何処だよそれ、俺も知らねぇよ。ていうか誰?

大きなボストンバッグを肩にかけたツインテールの少女に出会った。少女というより『小女』だな。制服着てるし。

 

「悪いな、俺も分からん。他を当たってくれ」

「そっか。……アンタの知り合いに分かる人いないの?ちょっと連絡してよ」

 

うわ、面倒くせぇ。そもそも知り合いが少なすぎる。ここだけ聞くとコミュ障みたいだ。あ、コミュ障だった。

 

「はぁ、ちょっと待ってろ」

「話が分かるわね」

 

とりあえず更識先輩でいいか。生徒会長だし。

携帯で電話を掛けると2コールで出た。暇人か。

 

『あら、佐倉君からの電話なんて初めてね。どうしたの?』

「そもそも貴女と電話する事自体初めてです。迷子を見つけまして」

「誰が迷子よ!」

「うるさい」

 

小女が隣で叫ぶ。電話中は静かにしろ。常識だろうが。

 

『今のが迷子?』

「ええ。本校舎一階総合事務受付?に行きたいらしいです」

『総合事務受付ね。今何処にいるのかしら?』

「寮の入り口です」

 

電話越しに説明を受け、記憶していく。ああ、意外と近そうで良かった。説明が楽だ。

お礼を言って電話を切る。そこで、ある事に気づくと同時に背筋を寒気が襲った。

…なんの疑問も無く電話したけど、なんで俺の携帯に更識先輩の連絡先が入ってるんだ…?

 

「…どうしたのよ?」

「いや、なんでもない。それより受付の場所は____」

 

手早く説明する。俺自身も場所を知らないから更識先輩からの説明をそのまま伝えた。

 

「なるほどね。分かったわ、ありがとう」

「ああ、次からはその図々しい態度を改めてから道を訊ねろ」

「なっ!…まぁ、悪かったわね」

 

なんだ、図々しい割には謝罪は出来るのか。大分素直な性格らしい。悪い事をしたな。

 

「……なによ?」

「いや、悪かったな。軽い女尊男卑かと思ってたから」

「違うわよ。むしろ大っ嫌いね、あんな奴ら。…ねぇ、アンタ名前は?」

「佐倉真理だ。そういうお前は?」

「凰鈴音よ。鈴でいいわ」

「わかった、凰」

「なんでよ!?…まぁいいわ。なんか真理とは仲良くなれそうな気がするし」

「それはお前次第だな」

「てかなんで浴衣?」

 

軽口を叩き合いながら、それでも俺は友達にはなれないだろうと思う。

凰を見送り、俺自身も寮に戻る。その途中で懲罰室の前を通ったが、気にしない。故意にとかではなく、本当に意識もしない。

階段を上がる途中で女子特有の高い声がたくさん聞こえた。この時間になってもやってるのか。もう九時過ぎてるぞ。

興味の欠片も湧かないパーティ会場の目の前を通ったとき、俺にとって悪魔とも呼べるやつが出て来た。

 

「あ!真理!何処行ってたんだよ!?」

 

お前に教える義理は無いし、教える気もない。いいから主賓は戻れ。そして俺を帰らせろ。

 

「色々な。それより戻らなくていいのか?皆待ってるみたいだぞ」

「いやぁ、なんかこういうのは肌に合わなくて…あ、そういえばお前の事を取材したいって人がいるんだ!ついて来てくれよ!」

「いや、俺はもう帰る。悪いがその人には会えんな」

「少しだけだから!頼むよ!」

 

浴衣の袖を掴まれ引っ張られる。巫山戯るな。取材とか絶対嫌。

そんなことを思っていても織斑の力はいっこうに弱まらず、織斑に引かれる形で女子たちの間をすり抜けていく。その途中で「うわ」とか「あれ誰?」とか「織斑君は攻めね!」とか色々聞こえた。最後マジでやばそうだから関わりたくないな、絶対に。

チッ、仕様がない、最後の手段だ。

 

「おい織斑」

「なんだ、真理」

「今の時間、わかるか?」

「え?え……っと…」

 

今は九時四十五分。寮の規則では十時には部屋にいなくてはならない。それに加え、この大量の料理達。ぱっと見、片付けには三十分は掛かるだろう。その事に気づいたのか織斑は顔を真っ青にした。

 

「いいのか?一年の寮監は織斑先生だぞ」

「皆ぁ!片付けろー!織斑先生が来るぞー!」

 

ははは、残念だったな織斑。もう遅い。

 

「残念だったな織斑」

 

うーわ。ドス効き過ぎだろ。俺は全く関係無いんで解放してもらってもいいですか?

 

「今すぐに片付けろ」

「俺は参加してないし、織斑に無理矢理連れ込まれたので帰っていいですか?」

「駄目だ。今この場にいる者全員で片付けろ」

 

クッソ、何か良い案は…。

 

「更識先輩に呼ばれてるんですよ。それでも駄目ですか」

「更識か……」

 

織斑先生思案中。

 

「……仕様がないな、早く行け」

「ありがとうございまーす」

 

神は俺に味方した。ふはは、残念だったなぁ織斑。俺は先に帰る。

結果、片付けは十時までには終わらず、そこにいたメンバー全員が織斑先生からの罰を受けたそうだ。



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青い春に自覚は生まれます。

翌日。朝っぱらから疲れた顔をしているクラスメイト達を視界の端に捉えながら、昨夜、更識先輩との会話を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「澵井の事情でしたっけ?俺の考えあってました?」

 

部屋に戻るなり、開口一番聞いてみた。だって気になってるのはそれだけだもん。

 

「ええ。澵井君の両親の会社を一人一人当たって、たった一人、証言してくれた人がいたわ。佐倉君の推理通りの証言をね。その証言を元に調べて、裏も取れたわ」

 

おお、ちょっと嬉しいな。ただ一つ気になるのはレールガンの威力情報をどうやって改竄したのか、って事なんだが。

俺の表情から察してくれたのか、更識先輩はまたもや資料らしき紙束を渡して来た。

ねぇ、情報漏洩とか大丈夫なの?

 

「……………」

 

やばい。理解できない。

プログラミングやらハッキングやらの専門知識が無いから、書かれている専門用語であろう言葉が全く理解できない。

それを察してか、更識先輩が解説して来た。

いや、有り難いんですけど、そんなに俺の顔って察しやすいですかねぇ?中学の時は表情無いねとか言われてたのに。

 

「簡単に言うと、元々レールガンの威力は織斑先生達が点検した通りの威力だったのよ。というかレールガンそのものには何も仕込まれていなかったわ」

 

レールガンそのものには。という事は___

 

「…仕込まれていたのは澵井の専用機、ですか」

「その通り。専用機、しかも第三世代機は目下開発中の実験機。例えIS学園といえどISの深層システムまでは検閲できないわ。そこに付け込まれた。システムの奥底にあったのは、現役時代の織斑先生の専用機『暮桜』の単一仕様にして織斑君の専用機『白式』の単一仕様、『零落白夜』を一度だけ再現するプログラム。ただ完全再現は出来なかったのね。自身のシールドエネルギーを置換する事は出来ても、相手のエネルギーを無効化する事までは出来なかった」

 

劣化版、零落白夜、か。

 

「そのプログラムの名前は『Only Once Fool』。日本語に訳すと、『一度きりの愚か者』ってとこね」

 

『一度きりの愚か者』か。全く持ってその通りだな。一度きりかどうかは分からんが。

 

「そのプログラムの発動条件は至って簡単」

「……レールガンを展開すること」

「厳密に言えば、レールガンを展開しISをロックオンすること。発動してしまえば止める事は出来ない。そういう意味でも『一度きり』ね」

「じゃあもしオルコットとの試合で使っていたら…」

「セシリアちゃんが織斑君と同じ目にあっていたでしょうね」

 

今までの説明でほとんど納得できたが、只一つ、納得というか疑問に思う点がある。

澵井の母親は、澵井がレールガンを使う初めての相手が織斑だと知っていたのか、知っていたとするならどうやって知ったのか。

澵井は親の力を自分の力だと思い込まされていた。同様に織斑に対する敵対心も、思い込まされたものだったのだろうか。

思い返すと、澵井の織斑に対する態度はどこか不自然ではあった。嫌いな筈なのに名前で呼び合い、嫌そうな顔をしながらも楽しそうな声を出したり、極めつけは織斑に過剰攻撃をした後だ。聞いた話ではかなり青ざめていたらしい。

 

「澵井の謹慎って一週間でしたっけ」

「?ええ、そうよ。それがどうしたの?」

「いや、面倒くさいことになりそうだなぁ、と」

 

澵井がもし謝れば。織斑のあの性格を考えれば。自ずと答えは出て来る。

 

「それは置いといて。澵井の母親はどうやってクラス代表決定戦を知って、どうやって織斑との試合でレールガンを使わせたんですか?入学して一週間じゃあ武装の入れ替えなんかは無理でしょうし」

「それについても調べはついているわ」

 

意外だ。そんな事まで調べがついているなら…。

そこまで考えて、止めた。

どうせバックには女性権利団体がついているんだ。政治的にも権力を持つ団体を逮捕したところですぐに釈放されるのは目に見えている。

 

「そもそも彼が企業でしていた訓練は対近接特化と対遠距離特化だけらしいのよ。つまり漏れていた情報はクラス代表決定戦の出場者ではなく、新入生のクラス構成と織斑君の専用機の情報」

 

そうか。それならば納得は出来る。

一組で目立つ人間といえば俺を含めて六人。担任にして世界最強と名高い織斑千冬。その弟、織斑一夏。天災、篠ノ之束の妹、篠ノ之箒。ISシェア世界一位の企業の跡取り息子、澵井巧。そして男にしてISを使える俺こと、佐倉真理。イギリス代表候補生にして、イギリスの名家オルコット家の息女、セシリア・オルコット。

そして月末に行われるクラス代表戦は各国のお偉いさんが来るでかいイベントだ。その為にクラス代表になりたがる人間はいるだろうが、代表候補生がいる状況では自薦することもないだろう。

だからといって、たった一クラスに纏められた、学園に三人しかいない男子を放置することもない、のだろう。

そうしてクラス代表に選ばれるのは他薦されるであろう織斑一夏、澵井巧。その2人を女尊男卑のオルコットが見逃す筈もなく、自薦する。

担任の織斑千冬がこの三人でクラス代表を争わせるのは目に見えている。そしてその方法がISによる決闘で行われる事も。

 

「よくそれを実行しましたね。そんな穴だらけの作戦、俺なら絶対に実行しませんけど」

「澵井君にレールガンを渡す際に、対織斑君用と伝えていたらしいわ。まぁそれだけじゃあセシリアちゃんに使わないとは限らないけれど、企業の方でまた別の装備を開発していたらしいし」

「まぁ三年間ありますからね。両方を潰すチャンスはいくらでもあるって訳ですか」

 

織斑と澵井が戦う時が、そのチャンス。模擬線や訓練も含めればそのチャンスは何十回とあるだろう。

 

「報告は以上よ。何か聞きたい事は?」

「そのなんとかっていうプログラムは一回きりなんでしょう?織斑と戦う度に毎回入れ直さなきゃいけないんですか?」

「いいえ。一回きりしか使えないのは、プログラムを作動させる鍵の方。企業が作成したレールガンは織斑先生達の検閲を通ったけど、その検閲の点検科目に無い箇所にプログラムを作動させる鍵があった。その容量が一回分なの」

 

ふーん。まぁ事情は大体理解した。

しかし、俺の推理があってるかどうかを聞きに戻って来たというのに、ほとんどの説明はプログラムの話だったな。専門的な話はよくわからん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、織斑君だ!」

 

俺を記憶の海から戻したのは、クラスの女子の声だった。まぁ知り合いじゃないんですけど。ちらっと織斑の顔を見たが元気そうだ。まぁ昨日も会ったから無事なのは知ってるけど。

すぐに女子に囲まれて見えなくなったが、織斑は笑顔を浮かべていた。それが張り付けているものかどうかは俺には判断できなかったが、少なくとも澵井との仲を問題視されないようにしているものだと感じた。

 

「おはよう、真理」

「はよ」

「今朝は大変だったぜ。罰則でグラウンド十周もさせられたからなぁ」

 

それはお前等が悪い。

にしても、どっちだ?こいつが澵井のことを敵視しているのかどうかで、今後の俺の苦労が想像できる。

 

「そういや巧は?今日も来てないのか?」

「…澵井は謹慎中だ。来るのは来週の月曜から」

「そうなのか?なんで?」

「お前を規定違反の威力を持つ武装で攻撃したからだよ」

 

なんだこいつ?何も知らされてないのか?というより、澵井のことどう思ってんだ?

 

「お前、澵井のことどう思ってんだ?」

「え?友達だろ?一昨日の最後の攻撃はびっくりしたけど、あれは俺が躱せなかったのも悪いしなぁ」

 

わかった。こいつはバカだ。そして俺はこいつと仲良くは絶対になれない。

つーか俺も変な聞き方したな。「澵井のことどう思ってる?」って…。ほら、周りの女子の目が輝き始めたよ。ごめんな、織斑。悪いとは思ってないけど。

そんなこんなでSHRが始まる。適当に聞き流していると、最後の最後で織斑先生に呼ばれた。いや、何もしてませんよ?

廊下に移動して、山田先生を後ろに控えさせた織斑先生が聞いて来た。

 

「更識から聞いたが、お前は澵井の事情について知っているらしいな」

「ええ、まあ。誰にも言うつもりはありませんよ。命が惜しいですし」

 

女性権利団体に楯つくようなマネはしない。死にたくないし。

山田先生が命って、みたいに苦笑してるけど、織斑先生は真面目な顔で頷いていた。

 

「分かっているなら良い。ただし、織斑にだけは言ってもいいぞ。無論、2人だけで話せる場所で、だがな」

「いや、面倒くさいんで言いませんけど…」

 

何故にわざわざあんな事を説明せにゃあかんのだ。長いしだるいし面倒くさい。しかし、織斑先生の目が話せ、って言ってるんですよね。そんな目をするくらいなら最初っから言えよ。

とりあえず先生達から解放された俺は教室に入ろうと振り返った。そしてある人物を見つけた………んだけど、別に声を掛けなくてもいいか。

 

「あ!真理。そういえばアンタ一組って言ってたわね」

「…おう。織斑に用事か?凰」

 

ツインテールを揺らしながら駆け寄ってきたのは、昨日知り合った迷子の凰鈴音だ。SHRにいなかったし、紹介も無かったという事は一組ではなかったんだろう。

 

「まあね。いる?」

「ああ。ほれ」

 

扉の前から、篠ノ之とオルコット、その他諸々の女子に囲まれている織斑を指差す。一番人気の男子が女子しかいない教室で一人になるとああなるのか。不憫な。

つーかなんの話をしてんだ?留学生やら中国やら聞こえるが…。凰の話か?

 

「その情報、古いよ」

 

何やってんだお前は。

気づけば凰は扉の端に背を預け、片膝を立てて腕を組み、恰好つけていた。織斑達の話を遮り、乱入している。

俺は巻き込まれないように、教室から遠く離れた男子トイレへと逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

それから時間は過ぎ昼休み。食堂に行っても教室にいても居場所が無い俺は、売店でいくつかの惣菜パンなんかを買い込み、いつも練習をしている広場へと来ていた。教室からはかなり遠いが、静かでいいしベンチもある。中学に比べて昼休みの時間は長いし、リラックスできる時間もある。まさしくベストプレイス。この学園で唯一の心休まる場所だ。

 

「あ、やっぱりここにいた」

 

………こいつがいなけりゃな。

 

「何しに来たんだよお前は」

「それ前にも聞いたよ。いやぁ、一緒に食堂行こうと思ったら教室にいなかったからさ。とりあえずここかなぁって思って来てみました」

 

そう言って俺の隣に座るハミルトン。ここにはベンチが一つしかない上に大きさもそこまで大きい訳ではないので必然的に近くに座る事になる。警戒心がないんだろうか。

残り少ないパンを口に放り込み、ここに来る途中で買ったお茶の紙パックにストローを刺し、ズルズルと吸う。

 

「お前、昼飯は食ったの?」

「ううん、これから。ほら」

 

恐らく弁当を入れるであろう小さな鞄から、二つの惣菜パンといちごミルクを取り出してみせて来る。どうでもいいけど、俺いちごミルク嫌いなんだよね。

つーかどうすればいんだ、これ。俺は食い終わってるけど、まだ教室には戻れないし、こいつは今から昼飯だ。気まずいなぁ。

そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、もごもごと食べながらハミルトンは話し始めた。

 

「私さぁ、2組のクラス代表だったんだよね」

「へぇ」

「それでね、今日転入生が来たんだけど、代表代われって言って来たのよ」

 

知り合いの所業をこんな形で聞くなんて、というか凰、何してんだ。

 

「で?」

「専用機持ちだったし、私よりは可能性あるかなって思って代わっちゃった」

「ふーん。ならいいじゃん」

 

やっべ、眠くなって来た。どうでもいい話を聞いてると眠くなるよね。それに昨日の夜、『レ・ミゼラブル』の翻訳を終わらせたのが午前三時だったのもあるかも・

瞼が重い。ごめん、ちょっと…む……り………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティナside

 

「でね、って真理?」

 

お昼ご飯のパンを食べ終わって、いちごミルクを飲みながら真理に話しかけていると、肩に重みが。何かと思って見てみると……。

 

「ま、ままま真理!?」

「……すー…………すー………」

「……寝てる…」

 

私の肩に頭を乗せて、静かに寝息を立てていた。

そ、そんな恋人みたいな事を…!

周りに誰もいないのが幸いした。今、私の顔は真っ赤だろうから、誰にも見せられないよ…!

と、とりあえず今が午後の授業が始まる三十分前だから、あと十五分くらいしたら起こそう。い、いや別に、今の状況を少しでも長く、とか考えてないよ!?

動揺しちゃ駄目だ。真理を起こしちゃう。静かに、静かに過ごそう。

そんな私の決心を嘲笑うかのように、真理の頭が肩からずり落ちていく。

 

「あっ、ちょ」

 

気づいた時には、真理の頭は私の膝の上。俗にいう『膝枕』状態だ。

この状態であと十五分とか、私の心臓は耐えきれるのだろうか。いや、一周して頭は冷静になって来たから大丈夫。ただ…

 

「…くすぐったい…」

 

IS学園の制服は改造を許されているんだけど、私はめんどくさくてやってない。で、元々がミニスカートだから、太ももがでているんだよね。そこに真理の髪が当たっているから、すごくくすぐったい。

真理の少し長めの前髪をスッと払って、顔をのぞく。皆がフツメンとか言ってるけど、こうしてじっくり見てみると、肌はきめ細かくて奇麗だし、顔のパーツも整ってる。普通にかっこいい部類だと思う。それなのにフツメンって言われてるのは、目の下に出来た大きな隈と半開きの睨んでるのか眠いのか分からない目をしているからだろう。

私の膝の上で眠っている真理の頭を撫でると、寝ている筈の真理の口の端が僅かにだけど上がった。普段笑っている所を見た事が無いから、すっごく新鮮だ。

そして…

 

「…かわいい」

 

やばい、かわいい、超可愛い!普段あんなに捻くれてる真理が微笑みながら私の膝の上で寝てるとか可愛い過ぎ!

これがジャパニメーションファンが言う『ギャップ萌え』ってやつなのかしら?

変なテンションになりつつも、真理の寝顔を堪能し、気がつけば午後の授業十五分前になっていた。そろそろ起こさないと、私も真理も遅刻しちゃう。

 

「真理、真理。起きて、遅刻しちゃうよ」

 

肩を揺らしながら耳元で話しかけると、呻きながら細目を開ける。

 

「うぅん…?あぁ…わるい……寝ちゃった……………っ!?」

 

話の途中で寝てしまったことを謝りながら起きたのだが、今の状態に気づいたようだ。私の膝から飛び起きて、いつもは半開きの目をぱっちり開けて驚いている。あ、ちょっと吊り目だ。

驚きが声に出ないのか、ぱくぱくと口を開閉し私の顔と膝を交互に指差している。

 

「いやぁ、最初は肩だったんだけどいつの間にかずり落ちちゃって。起こすのも可哀想だったから、そのままにしてたんだ」

 

私が状況説明すると、真理は開いていた口を閉じ、空を仰いで呟いた。

 

「………起こしてくれよ……」

 

別に嫌じゃなかったし、むしろ嬉しかったし。私しか知らない真理が見れて、ちょっと生徒会長さんに勝った気分だよ。

 

「まぁまぁ。もうすぐ授業だし、そろそろ教室に戻ろっか」

「ああ、そうだな」

 

携帯で時間を確認した真理が頷いて立ち上がる。後ろから見てもやっぱりかっこいいと、不覚にも思ってしまう

。一夏や巧もかっこいいけど、やっぱり真理が一番……って、なに考えてるの!?

顔に手を当てると、頬が熱くなっているのを感じる。次いで顔を上げると、頭上にハテナマークでも浮かべてそうな真理が、首を傾げて見下げていた。

 

「い、行こうか!」

「お、おう…?」

 

恥ずかしくなった私は、真理の背中を押して、校舎へと向かった。

この気持ちの名前に気がつくのは、そう遠くない。

 

 

 

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

午後の授業に間に合い、帰りのSHRも終えた俺は、生徒会室へと来ていた。先日、生徒会への加入が決まったため、生徒会役員達への顔合わせの為だ。まあ更識先輩含めて三人しかいないらしいが。

生徒会室の扉を三回ノックし、「……どうぞ」という声が聞こえてから扉を開ける。

 

「失礼します。生徒会への加入が決まった佐倉です。顔合わせの為にきまし、た……」

 

部屋の中に入ってまず目に入ったものは、大量に積み重ねられた書類の束。今にも崩れ落ちそうな不安定さで机や棚の上など、至る所に積まれている。

そして次に目に入ったものは、奥の机に座る、疲労困憊の更識先輩と手前の二つの机に座る、眼鏡に三つ編みの女性と、どこかで見た事のある、こんな重い空気の中でものほほんとした雰囲気の少女だ。

帰ろう。

その言葉が脳裏を過った時には、全てが遅かった。

 

「良い所に来たわね!ほらこの席に座って!虚ちゃん!彼にも出来そうな書類を全部持って来て!」

 

疲労困憊のくせに、目にも止まらぬ速さで俺の目の前まで来たかと思うと、次の瞬間には空いた机に座らされ、目の前には大量の書類が積まれていた。

 

「ごめんなさいね。今は猫の手でも借りたい状況なので」

 

書類を置いたであろう眼鏡の先輩が苦笑しながら謝罪しつつ、俺にペンを持たせる。

ちょっと待って。顔合わせに来ただけなのに、この量はおかしくない?見た感じ五百枚はあるんだけど。

 

「あの、これは…」

「ごめんね。先週出された書類の提出が急遽明日までになっちゃってね。ただでさえアリーナの使用許可とか訓練機の貸し出し届けとかで忙しいのに、産休で休んだ先生の書類まで回ってきちゃって。この有様なのよ」

 

状況説明を求めたら言い切る前に説明された。しかも判子を押しながら。どんだけ切羽詰まってんだよ。とりあえずどうすればいいんだ?

 

「書類にサインをしてこの判子を押して提出日順に並べ直しといてちょうだい。その山は訓練機の貸し出し届けだから」

 

えぇ。並べ直すったって、この量を?しかもサインと判子を押して?

考えたって終わらない。とりあえず今はこの書類を片付ける事だけを考えよう。

 

 

 

 

その後、山が消えては現れ、ファイルを渡されては纏め直し、判子が押された書類をまとめるという作業をし続け、気づいた頃には夜の八時になっていた。

 

「はー……終わったぁ!」

 

更識先輩が手を組んで伸びをする。その姿を横目に、俺は小さくため息を吐いた。いやだって元々顔合わせだけのつもりだったんだよ?それがなんで、初日から四時間ぶっ続けの激務になるの?

とりあえず終わったんだし、さっさと練習して今日は寝よう。ハミルトンにも迷惑かけちまったし。

立ち上がって部屋を出ようとすると、目の前に紅茶の入ったカップが置かれた。

 

「お疲れさまでした。すみません、手伝わしてしまって」

「いえ…」

 

そういえばこの人の名前知らないな。あと、斜め前の机で突っ伏しているあの人も。

 

「私は布仏虚。あの娘は本音。私の妹です」

「はぁ……あ、佐倉真理です。更識先輩からの勧誘で生徒会に加入する事になりました。よろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いしますね」

 

礼儀正しい人だ。この学園では一番接しやすいかもしれない。お互い敬語で、先輩後輩で、近くもなく遠くもなく、お互いのパーソナルスペースに入らず、業務的な距離感。接しやすいというより、更識先輩やハミルトン、織斑のような鬱陶しさが無いから、気分的に楽なんだろう。

 

「じゃあ俺はそろそろ行きますね」

「ちょっと待ちなさい」

 

紅茶を飲み干してから立ち上がると、扇子を持った更識先輩が口元を隠してストップを掛けた。あ、紅茶はとても美味しかったです。

 

「行くって、槍の練習よね?」

「ええ、まあ」

 

更識先輩は扇子をパンッと開くと、そこに書いてある文字を見せながら言った。

え、何それ。その扇子どこで売ってんの?

まあそれは置いといて、達筆で書かれているその文字は、『挑戦状!』

 

「私と試合をしましょ。この前は途中で終わりにしちゃったし、佐倉君の実力には興味があるからね」

 

この人強いから嫌なんだよなぁ。まぁ、でも。

 

「いいですよ。お願いします」

「あら。受けてくれるなんて意外ね」

「そうですか?」

 

強い人と試合すんのは疲れるし面倒だけど、自分が強くなるのは嫌いじゃない。凡人の俺は十年掛けても師範に一撃も入れられないが、それでも強くはなった。更識先輩も強いんだろうが、ここで負けては師範やあの人達に面目が立たない。

そしてそれ以外にもう一つ、この試合をする理由がある。

 

「俺、白黒はっきりさせたいタイプなんですよね」

「…っ!」

 

え、なに?更識先輩がいきなり顔を赤くさせたかと思うと、椅子ごと後ろを向いて黙ってしまった。

 

「…えーっと…。あの、布仏先輩…」

 

どうしようもないので布仏先輩に助けを求めると、さっきまで突っ伏していた妹さんとため息を吐いていた。いや、吐きたいのはこっちなんですけど。

 

「落ちたね〜」

「落ちましたね」

 

そんな訳あるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………そんな訳……あるか。

 

 

 



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仲直りがあれば仲違いあり、です。

場所は生徒会室から移動し、剣道場。窓からは欠けた月が覗いていた。上弦の月と下弦の月ってあるらしいけど俺には分からんな。

準備運動を終え、物干竿を手に慣らす。試合をするのは一、二週間ぶりだ。しかも相手は生身でも学園、いや学生最強の更識先輩だ。手は抜けない、どころか気を抜いた瞬間に負ける可能性まである。

集中力を高めるための深呼吸をしたところで、更識先輩が得物を持って道場に入って来た。

 

「あ、先輩も槍を使うんですか?」

「まあね。この前は持久戦とセシリアちゃんとの試合を再現するためにあれだったけど、私の本気はこっちだからね」

 

槍使い相手は本当に久しぶりだ。最後に師範と試合をしたのが今年の初めだったから、大体四ヶ月ぶりくらいだ。

 

「さぁ、時間も遅いし、さっさとやりましょう」

 

この試合のルールは三つ。

制限時間は十分。夜も遅いからな。

どちらかが降参した時点で終了。

大けがをさせない限りは何でもあり。ここで言う大けがとは、骨折や流血だ。打撲や擦り傷はセーフ。

 

「では、始め!」

 

布仏先輩のかけ声で試合は始まった。しかし、両方とも動かない。

武道系の大会ではよく見られる光景だろう。相手の間合と自分の間合を測り、相手の隙を探す。じりじりと距離を調整し、初撃で決する為の一撃を放つ為の準備をする。尤も、初撃で決まる事なんて、相当の実力差が無い限り無理なのだが。

そうして生まれた短い沈黙を破って、更識先輩は突撃して来た。

鮮烈なその一撃は、俺の判断を一瞬鈍らせた。

 

「…くっ!」

 

物干竿の先を下げるように構えていた俺は、突き出して来た更識先輩の槍を上へと弾きとばすと、その勢いのまま回転させて、弾きとばした方とは逆の物干竿の先で顎を狙う。顎を上手く揺らせれば、脳震盪を起こせるからだ。外したときは只痛いだけの一撃だがな。

 

「うわっ!?」

 

首を傾けることで回避した先輩はバックステップで距離を取ると、クルクルと槍を右手で廻す。

 

「もー、危ないわね」

「いや、一撃で終わらせようと思いまして」

「当たれば一撃だったけどね。あまり舐めない方がいいわよ」

「舐めてませんよ。だから、本気で行きます」

 

今度はこちらから行く。

初撃を躱された後は大体乱打戦になる。ならば、姑息な策など無意味。例え相手が暗部の人間だろうと、槍を持って師範に敵う人間なんかいない。

真っ正面から突撃して、更識先輩に乱打戦の開幕を告げる一撃を叩き込んだ。

 

のだが、放った上段からの攻撃は空を切り、同時に後ろから鋭い突きが迫るのを肌で感じた。

切り下ろしの勢いをそのままに、棒高跳びの容量で物干竿を基点に跳んで躱す。…あぶねぇ。しかし、何をやったかは分かった。

古武術の歩法、抜き足を使っているのだろう。俺の呼吸に合わせて、抜き足を使い、俺の意識の外から攻撃を仕掛けて来た。古武術にも精通しているとは、暗部とか俺の護衛とかならこれ以上無いくらい安心できるが、試合になるとめちゃめちゃ厄介だな。

しかしそんな事を考えている暇もなく、空中にいる俺に向かって突きを放って来る。

 

「う…りゃっ!」

 

軸になっていた物干竿で突きの軌道をずらし、半回転して着地する。危なかった。回転してなかったら頭から落ちてた…。

それより切り替えろ。ここからが正念場だ。残り時間は、恐らく5分弱。その間に必ず決着は付ける。引き分けなんてつまらない。

この沈黙でさえ、今は惜しい。

 

「………」

「………」

 

残り5分の内の、数秒。春とはいえ、夜は涼しい。道場の床は冷たく、今も足の裏を伝ってその冷気を体に伝えて来ている。

全身に冷気が伝った瞬間、俺と更識先輩は同時に動いた。

 

「はぁぁぁああ!」

「らぁぁぁああ!」

 

最初の一撃は先程と違い、一撃で決める為のものでなく、二の攻撃三の攻撃を当てるための囮だ。しかしそれは更識先輩も一緒。

何度も木槍と物干竿がぶつかりあう。剣道場にガン、ゴンと無骨な音が鳴り響く。秒間三回は鳴っているであろうその音を聞く者は俺を含めて三人しかいない。そして、その三人は誰もが思っただろう。

願わくば、この音を聞き続けていたい、と。

しかし無情にも、音は消える。死に際に、一際輝く星の様に。

 

「………っ!」

「なっ……!」

 

乱打戦の末、両者の一振りがぶつかりあった瞬間、更識先輩の木槍は砕き折れ、俺の物干竿は中程からへし折れた。と同時に。

 

「そこまでっ!」

 

布仏先輩の鋭い声が響き渡る。時間切れ、なのだろう。

 

「はぁ…はぁ…」

「はぁ……ふぅ」

 

肩で息を整える。流石に強かった。師範程では無いにしろ、同年代の中では一二位を争う程に強かった。

だけど、勝てない訳では無いな。実力的には五分だと、そう思いたい。

 

「…やるわね、佐倉君」

「先輩も中々強いですね。同年代では、多分一番強いですよ」

「同年代?」

 

あ〜。失敗した。そういえばこの人、めっちゃ負けず嫌いだったわ〜。

いやでも、やっぱり一番強いのは師範だし、あの町には他にも強い人は大勢いるし。

 

「ええ、まあ」

「じゃあ一番強いのは誰なのよ?」

「うちの道場の師範です。俺、あの人に一撃も入れた事ないんです」

「……ふぅ〜ん?じゃあ私には勝てるって言うの?」

「………………頑張れば」

 

無言で殴り掛かって来た。布仏先輩に取り押さえられてたけど。

あんだけ戦り合ってのにまだそんなに動けるのか。元気良すぎだろ。

俺はというもの、久々の試合だったせいか、訓練が足りなかったのか、かなり疲れている。ベッドに寝転がったら、一瞬で眠ってしまいそうだ。

 

「それにしても、会長と互角とは…。佐倉君は本当に強いんですね」

「いえ。これくらいなら時間をかければ誰にでも出来ます。時間てのは、経験ですからね。経験時間が長ければ、それに基づく予測が出来る。幸い、更識先輩は更識流の色が濃いですからね。型にはまった技は対処が楽ですし」

 

師範が色々な技を知っていたおかげで、ある程度の流派なら対処はできる。使えはしないけど。

さて、腹も減ったし、帰るか。更識先輩も落ち着いたみたいだし、汗掻いたままじゃあ気持ち悪いしな。そんで早く寝る。あ〜、フランス語が出来るやついねぇかなぁ。やっぱりあの訳が合ってるか気になるし。ことはさん(・・・・・)がいれば確認してもらえるんだけどな。

いない人の事を考えても仕様がない。さぁ、早く帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………あ、物干竿どうしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、クラス代表決定戦から一週間経ち、澵井が復帰する日になった。いやぁ、やばいね。なにがやばいって……

 

「今日から澵井君復帰するって!」

「一週間も何してたんだろうね?」

「きっと会社の方が忙しかったんだよ。次期社長だろうし」

 

クラスの連中が誰一人事情を知らずに澵井の心配をしているってことだ。

澵井がどんな風になって戻って来るかは知らんが、このクラスの状態を受け入れられるかどうかは分からん。まぁそこはどうでもいいんだ、俺にとっては。じゃあ何が問題って、澵井がこの教室に戻ってくる事そのものが問題なんだよ。

自分の意思じゃないとは言え、人一人を殺しかけた人間と殺されそうになった人間、中立の人間がいる教室。なんだそれ。そんな教室、普通じゃありえねぇよ。

そして、もし織斑と澵井が仲良くなった場合が、最もめんどくさい。2人に絡まれ、織斑に付きまとう2人に絡まれ、この教室から俺の安寧は消え失せるだろう。元から無いけど。そうなればこの学園において、誰にも絡まれずに済む場所は消える。

そんなことを考えている間に、噂の人物が来たようだ。

 

「あ!澵井君!大丈夫だった!?」

 

いつか聞いた台詞だな。

それよか、隣に座っている織斑が駆け寄っていく。やっぱりお前はそういう奴なんだな。

 

「巧!大丈夫だったのか?」

「……ああ。…織斑(・・)、話があるんだ。いいか?」

「?別にいいけど…、今からか?もうすぐHR始まるけど」

「もう織斑先生には許可を取った。一時間目に間に合えば大丈夫だそうだ」

 

2人は教室を出るために人ごみを掻き分けていく。いってらっさい。

 

「真理も、来てくれるか?」

 

………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺たちは屋上に来た。ところで、アニメとか漫画だと屋上とかで飯食ってたりするけど、普通の学校は屋上って鍵閉まってるよね。少なくとも、小中は屋上は立ち入り禁止だったよ。

 

「まずは、すまなかった」

「?なんで謝るんだ?」

「試合の最後で撃ったレールガンは、ISに乗っている人間をも殺す威力を持っていたんだ。俺は知らなかったとはいえ、織斑にそれを撃った。だから、すまない」

「いや、知らなかったなら巧に非は無いだろ」

 

俺たち三人のクラス序列は分かっている。一位に織斑、二位に澵井、最後が俺。この序列が何を示すかというと、発言力の大きさだ。簡単な話、俺が噂を流すより織斑が流した方が格段に信憑性が上がる、と言った話だ。

何を言いたいかというと、屋上に俺たちしかいない今、ここでの発言は本心からのモノだと言う事だ。

澵井が謝罪したのも本心から来たものなら、織斑の言葉も本心からのもの。澵井は非を認め、織斑は許した。

俺の想像する最も面倒くさい展開になりそうだ。

 

「それでも、だ。人一人を殺そうとした事に変わりはない。本当にすまなかった。お詫びと言っては何だが、俺に出来る事ならなんでもする。そんなことで俺の罪が消えるなんて思ってないが、せめてこれくらいはさせてくれ」

 

これが、澵井の本心か。今までの態度からは考えられない、誠実な謝罪。

 

「……わかった。じゃあ…」

 

織斑が言う事は分かっている。どうせ、

 

「俺と友達になってくれ」

 

だろ?

 

「…そんなんでいいのか?」

「ああ。というか、男子が三人しかいないんだから、友達がいないとキツいって。だから、俺の事は一夏って呼んでくれよ」

「……わかった。これからよろしくな、一夏」

 

はいはいオメデトウオメデトウ。で、俺はどうすれば良いの?お前等みたいな爽やか青春は肌に合わないんだ。今にも蕁麻疹が出そうだよ。

 

「…真理。お前に来てもらったのは説明をお願いしたいからだ。織斑先生に相談したとき、お前が一番事情を把握してるって言ってたからな」

 

チッ。鬼教師め、俺に丸投げしやがったな。

とりあえず、澵井の事情と『Only Once Fool』システムの話をして、早々に屋上から去る事にした。

ここで改めて友達認定されるとか、冗談じゃない。あの2人が友達だろうが親友だろうが、どんな関係になろうが知ったこっちゃ無いが、俺を巻き込むのだけは止めて欲しい。という訳で、俺の事はうやむやにして屋上を去るのがベストなのだ。

俺は2人を屋上に残し、階段を降りていく。一時間目まではあと五分。織斑先生が許可したのは朝のHRの欠席のみだ。一時間目に遅れようものなら、脳細胞を一つ残らず殺し潰す出席簿アタックが待っている。

結果、俺は一時間目に間に合ったのだが、織斑と澵井の2人はギリギリ間に合わず、出席簿アタックの餌食となった。2人は痛がっていたものの、2人仲良く席につき、授業が始まる。澵井が俺の横を通り過ぎるとき、ボソッと「ありがとう」と言っていたが、聞こえない振りをして授業に集中する。

澵井に対して俺は何もしていない。謹慎室の前で言った事は俺の勝手な、主観的な意見であり、澵井に感謝される事では無いのだ。あの小説風に言うなら、そう……

 

君が一人で勝手に助かっただけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎ、昼休み。いつものように、いつもの広場で飯を食う。さっき小耳に挟んだ話だと、来週にクラス代表戦というものをやるらしい。俺には関係無い話だな。それより、いい加減アイツはどうにかならないのか?

 

「やっほー、真理」

 

こいつだ。昼休みくらい一人にしてくれよ。

 

「…よぉ。って、お前も来たのかよ」

「なによ、来ちゃ悪いっての?」

 

うん、まあ、来て欲しくはないよね。

俺の前に現れた2人組、ハミルトンと凰は、なんと折りたたみ式の椅子を持ち寄ってこの広場へとやって来た。居据わる気満々か。

 

「あれ?2人はもう知り合いなの?」

「この前迷子になってるのを見た」

「迷子じゃないわよっ!」

「それよりお前等は?同じクラス?」

「うん。ついでに言うと、ルームメイトでもあるのよ」

 

ほぉ。物腰柔らかいハミルトンとさっぱりした性格の凰ね。2組の担任はさぞ喜ばしいだろうな。一組のような問題児ばかりでなくて。

というか、ここに連れて来るなよ。誰にも言ってないんだぞ。お前は勝手に来たけど。いや、更識先輩の差し金だったっけ?なら更識先輩も知っているのか。安息とは程遠い場所になってしまったなぁ、ここも。

 

「あれ?真理のケータイ鳴ってない?」

「ん、ああ」

 

脇に置いておいたケータイを掴み、通話ボタンを押す。スマホって地味に使いづらくね?それは置いといて、通話口を耳に近づけると、最近聞いた、落ち着いた声が聞こえて来た。

 

『佐倉君ですか?』

「はい。何かあったんですか?布仏先輩」

 

布仏先輩はどうやら焦っているようで、この前聞いたばかりの落ち着いた声が若干上擦っている。

 

『ええ、まぁ…。会長がそちらに行ってませんか?会長印が必要な書類が残っているのに部屋を抜け出したんです。そちらに行ってないかと思いまして』

「残念ですけど、来てませんね…………あ」

「あ」

 

来てないと言った傍から、茂みの中から出て来た更識先輩。

 

『どうかされました?』

「いました。捕まえた方がいいですか?」

『お願いできますか?直ぐに私も向かいますので』

「お願いします。場所は寮の裏の広場、って分かりますか?」

『ああ、あそこですね。分かりました。すぐに伺います』

 

電話が切れる、と同時に携帯をハミルトンに軽く投げ、更識先輩に突撃。

 

「ちょちょちょ!佐倉君待って!今の虚ちゃん!?いつの間に連絡先交換してたの!?」

「分かりました、待ちます。…貴女を捕まえてから」

 

更識先輩があからさまにホッとしたのもつかの間、俺は更識先輩の背後に回り腕を取る。腕を捻り上げて拘束し、完全に動きを封じる。

ふぅ、じゅりさんと撫子さんに色々教わっといて良かった。

 

「イタタタ!え、なにこれ。全然取れないんだけど?」

「当たり前じゃないですか。あ、連絡先については昨日交換しました。急ぎの用があるかもしれないとのことだったんで」

「えぇ…。あれ?私と佐倉君って連絡先交換したっけ?」

「交換はしてません。貴女が勝手に俺の携帯に連絡先を登録したんでしょ」

「あはは、そうだっけ?」

 

こんの狸会長め。痛い目見せてやる。

 

「ハミルトン、携帯取ってくれ」

「……え、あ、ああ、はい」

 

受け取った携帯の履歴から布仏先輩の番号をタップしコール音を聞く。2コールの後に先輩が出た。

 

『はい、布仏です』

「もしもし、佐倉です」

『どうかされましたか?もしかして、会長が逃げました?』

「いえ、更識先輩は捕まえました。布仏先輩にお願いがあって」

『はぁ…。私に出来る事であれば』

「縄かなにかを持って来て頂けませんか?」

「え」

『ああ、大丈夫です。既に持ってますから。直に着きますので待っていてください』

「わかりました」

 

通話を切ったあと、背筋を冷たい何かが撫でる。

_____なんであの人縄なんか持ってんの?

 

「更識先輩……」

「……なによ?」

「布仏先輩って怖いですね」

「…じゃあ私を」

「解放しません」

 

バカかこの人は。解放する訳無いだろう。もし今解放したら、布仏先輩が持っている縄の使い道が更識先輩から俺になってしまう。

そしてそこのチビと金髪。さっきから何をこそこそとしてんだ。この人と俺はなんの関係も…無くはないな。まぁでも、上司兼ルームメイトなだけでやましい事は何も無い。それどころか、代わってくれるならこの先輩に関わる全ての関係性を代わって欲しいまである。

 

「とりあえず後で説明するから、先に飯食っててくれ」

「わ、わかった…」

 

手元に残っていた弁当をぱくぱくと食べ始める2人。

 

「ちゃんと説明はしてあげるんだ。優しいのね」

「変な誤解されるのは嫌いですし、大して苦でもないですから。聞かれて困る事もありませんし」

「ふ〜ん……。ティナちゃんとはまだ会ってたんだね」

「会いたくて会ってる訳じゃないんですけどね」

 

むしろ避けているぐらいなんだけどなぁ。最近じゃあ遭遇率も下がっているが、それでも他クラスの奴と会う確率としては高いくらいだ。

そうこうしているうちに布仏先輩が現れた。右手に縄を持って。

 

「ありがとうございました、佐倉君。これから生徒会室でお茶でもどうです?」

「お言葉に甘えて、と言いたいんですが、あの2人に色々説明しなくちゃならないんで、また後日にお願いします」

「そうですか。では今日の放課後にでも」

「はい。頑張ってくださいね」

「ええ、本当にありがとうございました」

 

それだけ言って、布仏先輩は去っていった。簀巻きにされた更識先輩を引きずりながら。

あの人だけは怒らせちゃいかんな、と心に刻んだ瞬間でもあった。

それよりこいつ等に説明しなきゃな。ついでにこいつ等がここに来た理由も聞き出す。ハミルトンはともかく、凰がここに来るのは理由があったからだろう。

 

「さて、何が聞きたいんだ?」

 

こういうのは直球で聞くのが一番良い。変に遠回りした言い方をすると、勘違いやら誤解が生まれる恐れがあるからな。

 

「じゃ、じゃあ、生徒会長との関係は?結構親しそうだったけど」

「上司兼ルームメイト。この間生徒会に入ったからな」

「ええ!?真理、生徒会に入ったの!?」

 

この反応は想定内。というか聞いてくる事はこれだけだろう。この問答で俺が嘘を吐いても意味が無い事はハミルトンも分かっているだろうし。

なのでここからは俺が聞く番だ。

 

「じゃあ俺からも質問。何故凰を連れて来たんだ?」

 

多少は躊躇うと思って投げかけた質問だが、意外にも答えは直ぐに帰って来た。

 

「それが聞いてよ真理!」

 

聞く所によると、凰と織斑が中学二年の時にとある約束を交わしたそうだ。その内容は『私の料理が上手くなったら毎日私の酢豚を食べてくれる?』というもの。分かり辛いんだか分かり易いんだか、よくわからん約束をしたものだ。

そして先日、織斑がやらかした。

織斑のアリーナでの特訓が終わったあと、篠ノ之と織斑が同室であることを知ったらしい凰は、直後、2人の部屋まで赴き、あろうことか篠ノ之に部屋の交換を申し出たそうだ。しかし交渉の相手は織斑ハーレムの中でも古参で、かつ凰の前の幼馴染みの篠ノ之箒。そんな2人の交渉が会話だけで成立する筈も無く、話を聞かない凰に向かって、篠ノ之が竹刀を振り下ろしたそうだ。まぁしかし、流石は代表候補生というべきか、竹刀による一撃をISの部分展開によって防いだ凰は「今の、生身の人間だったら危ないよ」と言って篠ノ之を織斑の後ろに下げる事に成功したらしい。

ここまで聞いた俺の感想は、『どうでも良い』と『どっちもどっちだろ』の二つだけだった。

本題はここから。

篠ノ之を織斑の後ろに下げた凰は、中学時代の約束を覚えているかと聞いたそうだ。それに対する織斑の答えはこう。

 

「ああ、鈴の料理が上手くなったら毎日酢豚を______」

「それそれ!」

「_____奢ってくれるってやつか?」

 

……………やっぱりどっちもどっちだろう。正直、俺が聞いても勘違いしそうな台詞ではある。

凰の言葉は『毎日私のみそ汁を飲んでくれる?』ってやつのアレンジ版だ。ただ、毎日酢豚はキツいと思うぞ。

閑話休題。

織斑の覚え違いに怒った凰は、クラス代表戦でボコボコにしてやると言い捨て織斑の部屋を去って行き、昨日。

放課後、特訓中の織斑に謝るよう話をつけに行ったそうだ。いや、その時点でアホだろ。その約束の意味がバレたら、お前平常心でいられるの?それどころか特訓中は常に篠ノ之とオルコットが一緒にいると聞く。その2人も暴れだすと思うけど。

そして今に至る、と。

 

「……結局、愚痴吐きに来たってことでいいのか?」

「そうよ!」

「帰れ」

 

お前の、しかも織斑に関する愚痴を聞く義理は無い。この場を知っている人間がいるのは仕方が無いが、この場の安寧を壊すものがいれば容赦無く排除する所存です。

 

「今の話を聞く限りじゃ、どっちもどっちで、どちらか一方が責められるなんて話じゃなかった。お前の言葉の足りなさと織斑への理解の無さや織斑の常識力の無さが今回の話の原因だ」

「そこは良いのよ!アタシも悪いってのは分かってるんだから」

 

じゃあなんで怒ってるんだよ。反省の色が全く見られないぞ。

 

「怒ってる理由はそこじゃないの。昨日、アタシが一夏に会いに行ったとき、あいつアタシになんて言ったと思う!?」

「知らねーよ」

「あいつ、アタシに向かって、ひ……ひんにゅう…って」

 

あー……。

俺はハミルトンと目を合わせて、どうすれば良いのかと訴える。つーか女子のデリケートな部分に突っ込むなよ織斑。常識疑うわ。しかもそのしわ寄せが俺に来てるし。

ハミルトンも目に見えてオロオロしている。確かに君スタイル良いしね。「気にする事無いよ。胸が大きくたって走る時邪魔なだけだしさ」なんて言ってみろ。凰が切れて、IS使ってこの辺り一帯を更地に変えるくらいはしそうだ。

まずいな…、俺とハミルトンじゃあこの状況を打破するのは難しすぎる。

ここから教室に戻るのに十数分。五限目が始まるのは二十五分後。あと五分で、この場に最も相応しい言葉を見つけなければ…。いや、俺は一組、こいつ等は二組。教室に戻って後は放置でいいんじゃないか?ここでこいつを放置して行っても、大会で織斑がボコボコにされる程度の被害で済む。しかも俺に実害が無い。

よし、帰ろう。

そんな俺の安直な考えはハミルトンの殺気の籠った視線で中断される。ちっ。

 

「あー…気にすんな、とは言わねぇよ。お前の気持ちは分からんしな。だけど、それを俺に愚痴られても正直迷惑だ」

「ちょっと真理!」

 

仕様がねぇだろ。今この場で凰の悩みを解決するのは不可能な以上、怒りの矛先をきちんと定めさせ、尚且つ俺に飛び火しないようにするのが関の山だ。

 

「そうよね…」

「だから、織斑を叩き潰せ。完膚なきまでに叩き潰して、お前に二度とそんな事言えないようにしてやれ」

 

所詮織斑はIS初心者だ。オルコットに勝てそうになったのも、オルコットが油断していたという理由が大多数を占める。ならば、生身とはいえ篠ノ之の竹刀による一撃を防いだ凰には勝てる見込みはほとんど無い。初心者が油断を無くしたプロに勝てる道理はないからな。ビギナーズラックが無いとは言えないが、確率は1%以下だ。

織斑も織斑で訓練しているようだが、担当しているのはオルコットと篠ノ之。篠ノ之は言わずもがなだが、オルコットも遠距離一辺倒。近接一本の織斑に師事できる事は多くない。

これだけの条件を持ってしても勝てないというなら、それは単に凰の実力不足と言わざるを得ないが、今の凰の表情を見る限り大丈夫だろう。

 

「…そうね。真理、あんた良い事言うじゃない!」

「ま、納得してくれたならいい。あと、俺は協力しないからな。めんどくさいし」

「別に良いわよ」

 

とりあえず、話が纏まって良かった。こいつ等の問題から俺を引きはがす事も出来たし、万事解決だな。

 

「じゃ、話も纏まったみたいだし、そろそろ戻ろっか」

「え?ティナ、あんたの……いや、何でも無いわ」

 

凰とハミルトンの小さなやり取りが気になったが、俺には関係の無い事だと割り切って、俺たち三人は広場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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IS学園にいると碌な事が起きません。

特になにもないまま、クラス代表戦の日がやってきた。何故かは知らんが生徒全員が強制参加の為、仕方なくアリーナの客席に座っている。右隣には澵井が、左隣にはハミルトンが座っている。なんで俺を挟むの?

 

「鈴大丈夫かなぁ」

「心配する相手、間違ってないか?」

「いや、昨日も怒ってたからやり過ぎないかなって思ってさ」

「ああ、一夏は初心者だしな。でも、今日は秘策があるみたいだぞ」

「へぇ、なんだろうね?」

 

あの、俺を挟んで会話しないで貰えます?

そういえば、ここ数日で変わったことが一つあった。それは澵井に対するクラス、学園の態度だ。

以前までの澵井の態度に不快感を抱いている生徒が少なからずいたが、この数日の内にかなり減ったようだ。今では『完璧ドS少年』だと思われていたらしいが、最近では織斑と並ぶ、『正統派ツンデレ王子系』に昇格しつつあるそうだ。

それが昇格なのかは置いといて。

今日の試合は合計六試合。最初は一組対二組、つまり織斑対凰だ。凰をけしかけた責任もあるし最初の試合くらいは見守ろうと思っていたが、今すぐにでも帰りたい。マジで帰りたい。周りの視線が痛い。

 

「あ、出て来たよ!」

 

赤いISを纏った凰が向かって右側のピットから出て来る。その手には青龍刀と呼ばれる、中国武術に使われる中国刀を握っている。ちなみに、凰が持っている青龍刀は、中国では柳葉刀と呼ばれ、刀身の幅が広いタイプの刀だ。

中学のときに、そういうのに興味を持つ事ってあるよね?ついでに言うと、俺の知識の出所は大体中学の図書室からだ。いやぁ、今思えばもの凄い蔵書量だったな、あそこ。

中学時代を思い出し、羞恥と僅かな懐かしさに思いを馳せていると、左側のピットから織斑が出て来た。

アリーナの中央で向かい合う2人は、何事かを話し始めた。一応プライベート・チャネルで喋っているようだが、いかんせん距離が遠くて何を言っているかは聞こえない。まあ何言ってるかは簡単に想像できるけどな。

大方、凰が謝れとか言ってるのに対して、織斑が理由を教えろとか言ってるんだろう。

 

「何言ってるんだ、あいつら?」

「ああ、巧は知らないんだっけ。あの2人が喧嘩してる事」

 

ハミルトンが織斑と凰の喧嘩のあらましを説明している間、俺は更識先輩から届いたメールを読み直していた。

 

『部屋に置いておいた物干竿を持って行ってね♡』

 

更識先輩との試合後、折れて使い物にならなくなった物干竿の代わりに、新しいものを生徒会の会費で購入してもらったのだ。一応形だけの遠慮はしたが、生徒会の人間が自衛するための道具を持っているのは当然だ、という謎理論の元、更識先輩の言葉に甘えて購入してもらった。だが届いたのが今朝の事だったので素振りもしていないのだ。有事の際にしっかり使えるかは疑問である。

つーか何に使うんだよ。隣に専用機持ちがいて、目の前のアリーナにも2人いる。何かあっても俺の出る幕は無い。

 

「…てわけで、2人は今喧嘩中なの」

「へぇ?俺ん時みたいに叱ってやらないのか、真理?」

 

こいつ、変わったと思ったけど、前の性格の一部がまだ残ってんじゃねぇか。

 

「…お前も説明聞いたなら分かるだろ。あいつ等の喧嘩に周りが関わろうとしたら絶対に飛び火する。いくら中立でも馬に蹴られることはあるんだからな」

「馬?」

「日本には『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』って慣用句があるんだよ」

 

説明ご苦労澵井君。師範、じゃないな。じゅりさんからもすっげぇ言われてたし。

『人の恋路は遠くから見守るものよ。間違っても介入しちゃ駄目よ?』

って、すげぇ怖い笑顔で言われたからな。それ以来、恋愛している連中には絶対に近づかないようにしている。

あれ?俺、この学校で誰とも近づけないんじゃ?

 

「そもそも俺はお前を叱った覚えは無いし、誰かを叱れる程偉くもねぇよ」

「ま、その辺は見解の相違ってやつだな。それより、始まったみたいだ」

 

アリーナでは既に2人が剣を打つけあっていた。

凰の振るう二振りの青龍刀を織斑が刀一本で防ぐ。にしても二刀流、か。

 

「鈴って二刀流だったんだねー。かっこいいなぁ」

「しかもたった数ヶ月で代表候補生になったんだろ?まさしく天才だな、ありゃ」

「お前は違うのかよ」

「嫌なこと聞くな、真理。…まぁ俺は会社で用意してくれた訓練メニューをこなしてたからな。そこらの代表候補生に比べれば、訓練の効率は良かったよ」

「ふーん。…私も二刀流練習してみようかなぁ…」

「止めといた方が良い。漫画なんかでも言ってる通り、二刀流ってのは二つの剣を振るってだけじゃないんだ。お互いがお互いの邪魔をせず、且つ連携しつつ同時に動かさなきゃならない。さらにそれと並行して相手や自分の動きも把握して、初めて『二刀流』って呼べるんだ。練習期間は一年や二年じゃ済まないぞ」

 

澵井はツンデレとか王子じゃなく説明キャラになってるな。新聞部への入部をお勧めしよう。

二刀流に関しては俺も同意見だ。もしこの三年間で二刀流を学んで代表候補生やらになりたいんだとしたら、それこそ文字通り寝る暇もなく練習するしかない。二十四時間×三百六十五日×三で二万六千二百八十時間もあればどうにかなるかもしれんな。

それにしても澵井も漫画読むんだな。あれか?海賊でゴム人間が主人公の王道マンガか?あれ面白いよな。

 

「うへぇ…大変なんだね」

「IS戦は剣だけじゃないからな。あの2人は剣で戦ってるけど、セシリアは遠距離特化だし、俺は中遠距離から手数と高火力の武装で叩き潰す。十人十色の戦い方があるんだよ」

「じゃあ真理は絶対槍だね!」

 

何故俺に振る。そもそも俺はISに乗ったことなんて二回しかないんだよ。適性検査の時と入試の時な。

入試の時は動かし方が分からない上に、相手の先生が女尊男卑だったのかボコボコにされたし。素人相手に乱射は良くないと思いますよ。

 

「そもそも俺はISに乗りたくない。槍を習ってるのだって別にISの為じゃないし、何より俺には専用機が無い」

「なんで?一夏も巧も持ってるんだから真理も貰えるんじゃないの?」

「あのな、織斑が持っているのは、織斑千冬の弟というネームバリューがあるからだし、澵井だって世界一位の企業の息子っていう理由がある。それに比べて俺には何も無い。男の稼働データが欲しけりゃ2人の内のどっちかから貰えば良いし。つまり、俺に専用機を作る理由がねぇんだよ」

 

つーか君等試合見なくていいの?今しがた結構大きな変化がありましたよ?織斑がいきなり何かに吹き飛ばされましたよ?

 

「おい澵井、あれは何だ?」

「お前俺の扱い雑じゃないか?」

 

んなことどーでもいいだろうが。それより織斑が吹き飛んだあれは何だ?気になるから早く教えろ。

 

「……あれは衝撃砲。空間を圧縮して砲身を作って、余剰で出た空気を弾にして打ち出す第三世代兵器の一つだよ。特徴は弾も砲身も見えないことだな」

「へー……」

「興味ないんだったら聞くなよ…」

 

聞いたら興味なくなった。

 

「良く知ってるね、巧」

「一応会社で世界中の兵器の勉強したからな。イグニッションプランの兵器は勿論、中国やらロシアやらの兵器も公開されてるデータは大体頭に入ってる」

 

さりげない『俺頭良いだろ』アピールありがとう。

それにしても織斑はよく避けるなぁ。弾はともかく、砲身も見えないとなるとかなり避け辛いだろうに。

そういやこの前の授業でハイパーセンサーの説明してたな。空間やら大気の流れ、変化を読み取れるんだっけ。

 

「多分一夏は勘で避けてる。代表候補生とかになると機体の性能を完璧に引き出そうとして、性能に頼り切りになるんだ。でも一夏はそんな細かいことは出来ない。才能の塊だよ、あいつは」

 

本当に仲良くなってんな、こいつら。

俺は横目で澵井を見る。

以前の澵井だったら、こんなに心配そうに見ないだろう。そもそも織斑ではなく凰の応援をしている筈だ。俺は女性の味方だ、なんて言ってな。しかし今は、明言こそしていないものの、織斑に勝って欲しいと思っている。

 

「ねぇ、一夏止まっちゃったよ?」

「ああ、あれをやるのか」

「あれ?」

 

こいつは織斑の練習に参加してたからな。何をやるのか知っているのだろう。

 

「真理は知ってるの?」

「知らん。こいつ等については何も知らん」

「そんなこと言わないの!友達でしょ?ちゃんと知ろうとしなきゃ」

 

叱られた。

つーか友達じゃないし。今テロリストが来て、俺か澵井のどっちかを生かしてやるって言われたら問答無用で見捨てるまである。

 

「………で、織斑は何をやろうとしてんだ?説明しろ」

「やっぱり雑だな!」

 

失礼な。お前の見せ場を作ってやってんだろ。

 

「教えて巧!」

「…はぁ。瞬時加速(イグニッション・ブースト)だよ」

「それだけ言われても分からん」

「簡単に言うと、スラスターからエネルギーを放出して、それを一度取り込み、圧縮してもう一回放出する。そのときに出る慣性エネルギーを利用して、爆発的な加速を得る技術だ」

「要するに停止状態から一瞬でトップスピードになる、ってことか?」

「いや、速度に関しては使うエネルギーに比例するから必ずしもトップスピードになる訳じゃない。一夏は零落白夜も併用するから、残りエネルギーから計算すると……良くて、時速200キロが限度だな」

「いや、200キロってかなり速いじゃん」

 

零落白夜、というのがどんなものかは更識先輩に以前聞いた。自分のシールドエネルギーを犠牲に、相手の絶対防御を強制発動させる、単一仕様らしい。

要するにこれから織斑は特攻するのか。

瞬時加速で一気に凰に近づき、零落白夜による一撃で倒す。

零落白夜というチート技を持つ織斑にしか出来ない、且つ素人にとって単純で強力な策だ。織斑の性格と合わせても、これ以上無い技と言えるだろう。

 

しかし、その技は発動しなかった。

 

たった一機のISが、天井を破壊して、アリーナに降り立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、あれ?」

 

澵井が首を傾げて、黒いISを見ている。ハミルトンも同様だ。しかし、俺は疑問なんか浮かばないくらいに不安でいっぱいだった。ISのことなんか分からない俺でも、あれが危険だと無意識で判断した。

ISとは兵器だ。アラスカ条約で軍事使用は禁止されているが、どの国でもISは軍に配備されている。しかし織斑や凰、澵井、更識先輩の専用機は軍用では無くスポーツ用。つまり兵器としての出力が抑えられ、安全とはいかないまでも、客席に張られているシールドを破壊するようなことはたった一つの例外を除いてありえない。そして、その一つの例外である織斑の零落白夜は近接用武器である為に、基本的には客席のシールドを破壊するには至らない。

だが、あのISは違う。

アリーナの天井に張られている物理シールドとエネルギーシールドを破壊して侵入して来たのだ。確実にスポーツ用のISではない。

そして、最悪なのは、天井を破壊した攻撃が客席に向けられることだ。まず間違いなく人が死ぬ。

 

「クッソ…!」

 

更識先輩に連絡を取るために携帯を取り出すが、昨日寝落ちして充電していなかったことを思い出す。一縷の望みを懸けて電源をつけるが案の定充電は無かった。

 

「おい!更識先輩の連絡先知ってるか!?」

「い、いや、知らないよ?」

「俺もだ」

 

心の中で舌打ちする。あの狸会長め、肝心な所で…。駄目だ、今無い物ねだりしても意味が無い。

とりあえず客席から出ようと立ち上がったタイミングで客席の前に物理シールドが降りる。が、正直不安は拭えない。あのISは天井という、最も固い部分を突破して来ているのだ。こんな壁一枚増えた所で危険であることに変わりはない。

一刻も早く逃げようと非常口の方を見るが、既に何十人もの生徒が押し掛けていた。あと数分でも待てば、この危険地帯から逃れられると思い待ってみるが、生徒の人数が減っているようには見えない。それどころか席から減った分、扉の前の生徒数が増えたようにも見える。

 

「まさか非常口が開いてないのか…?」

 

澵井の言葉に背筋が凍る。

アリーナでは恐らく織斑と凰があのISと戦っている。あいつらは正義感が強そうだし。しかし現状では悪手でしかない。奴の攻撃の危険性を理解しているのであれば、避けるという行為が出来なくなるからだ。だが奴らは理解してなさそうだ。

 

「おい澵井。あの扉を俺たちに被害を出さず壊せるか?」

 

澵井は数秒の熟考の後

 

「できる」

「よし。じゃあ壊せ」

「了解」

 

と、その前にあそこの邪魔な生徒を退かさなきゃな。

とりあえず注目を浴びなきゃならんが…………できるな。

 

「ね、ねぇ。何するの?」

「ちょっとどいてろ」

 

ま、緊急事態だし、しょうがないよな。

 

「澵井、銃あるか?」

「IS用のならあるけど」

「なら…………」

 

俺はシールドの前まで来て、非常口と生徒のいる範囲を見てから、シールドを見て、ある一点を物干竿で指す。

 

「ここに向かって実弾で撃ってくれ」

「あ?こんなとこで撃ったら跳弾してあぶねーぞ?」

「大丈夫。ここなら跳弾してもあいつ等に当たることはない。ハミルトン、そこから五歩以上右にずれろ」

「え、ああ、うん」

 

ハミルトンが移動したのを確認して、澵井がIS用の銃を出す。外観はリボルバー型の六発装填式だが、IS用だけあってでかい。そして何かしらの機能が付いているのかもしれないが、今は大きい音が出せればそれで良い。

 

「準備はいいか?」

「ああ」

「良し、撃て」

 

ガァン、と耳を劈くような音が響き渡る。それと引き換えに、扉の前で騒いでいた奴らが戦戦恐恐といった様子で静かにこちらへと振り返った。

俺は一番後ろの客席の背もたれの上に立ち、声を張り上げた。

 

「今から扉をぶっ壊す!さっさとどけ!」

 

二秒間の沈黙の後、言葉の意味を理解したのか扉の周囲五メートル程の空間を作る。扉を破壊するのは俺じゃなく澵井だからどれくらい離れればいいかは澵井に指示してもらう。

その間にハミルトンに指示を出しておく。これでも一応生徒会の人間だからな。反対側の客席の指示は布仏がしているから放っておくが、こちら側の生徒の避難指示は俺がしなきゃならん。

 

「おいハミルトン。扉が開いて、ある程度人数が減ったら外に出ろ。多分外に教員がいるから後はそっちの指示に従え」

「う、うん。真理はどうするの?」

「これでも生徒会役員だからな。教師共が来るまでは避難指示を出して、逃げ遅れがいないかの確認だな」

「そう……気をつけてね?」

「当たり前だ。俺も死にたかねぇしな。………ほら、そろそろ行け」

「うん。またね」

 

さて、あと一つくらいは扉を壊さないと避難が遅れる。

 

「澵井、あっちのも壊すぞ」

「了解だ」

 

澵井は部分展開していたISを消し、並走する。ところで扉はどうやって壊したのだろう。気になって聞いてみた所

 

「プログレッシブナイフって知ってるか?」

「えーっと、初号機の?」

「ああ」

 

ちょっとだけ澵井コーポレーションの好感度が上がった瞬間だった。

 

「それよりあそこの生徒はどうやって退かすんだ?銃で音立てるのも面倒いぞ?」

「…………お前はナイフ出しとけ」

 

無言で頷く澵井を横目に俺は客席に降りながら走る。今から壊そうとしている扉の前には客席へ降りる階段があり、そこには鉄製の手すりが付いている。

俺は持っている物干竿を思いっきり振りかぶり、走り幅跳びの要領でジャンプして、落下と合わせて手すりに物干竿を叩き付けた。

 

「いっ……つぅ…!…扉を壊すからそこを退け!」

 

手のひらを走る痺れを耐えながらさっきと同じように怒鳴る。つーか痛ぇ。でも物干竿は折れていない。何で出来てんだ、これ?

澵井が扉を破壊したようで生徒が流れて行く。布仏の方はどうなっているか分からないが、多分大丈夫だろう。

それより逃げ遅れがいないか確認して、俺も逃げなければ。は?澵井?知るか。IS持ってんだから大丈夫だろ。

辺りを見回して生徒が一人もいないのを確認しつつ、最初に破壊した扉まで戻る。その際に澵井に、他の生徒達の殿を努めるように言っておいた。あのISがここに来ないとも限らないしな。

 

「よし、じゃあ俺も……うおっ!?」

 

扉の前まで戻り、誰も残っていないのを確認して俺も避難しようとしたその時だった。

立っているのも危うくなる程の振動が客席を揺らした。そして、あろう事か俺から見て右側のシールドが崩壊した。

 

「……っ!」

 

その事実を認識するやいなや、俺は扉に向かって駆け出した。

冗談じゃないっ!こんな危険な場所にいられるかっ!俺はまだ生きたいんだ。生きてあの人達に、そしてあの人に恩返しをしなきゃならないんだ。

そんな決心を嘲笑うかのように、その声は俺の鼓膜を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「逃げろぉっ!箒ぃいいいい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

くそっ。

こんな性格じゃない筈なんだけどな。

手を伸ばして届く距離なら救ってやる。

届かないなら見て見ぬ振り。

他人の為に自分の命を懸けるなんて、絶対にしない。

本当に、らしくない。

誰の為とか、何かを守りたいとか、そんな高尚な理由じゃない。

ただ、あんな風に、他人に思われる人間が羨ましい。

そして、そんな人間を守って自分の優位性を確認したいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから………こっちを、向けぇぇええええ!!」

 

手に持つ槍は、誰かを守るためと教えられた。

俺は自分を守る為に槍を持った。

そんな俺が、初めて、誰かの大切な何かを守る為に、槍を投げた。

 

「!!真理っ!?」

 

いいから早くそれを倒してくれ。

きっと、今の俺は『俺』じゃない。

織斑や澵井の熱に当てられて、他人の為に動いてしまった。

今の俺は数分後には消えてしまう。

だから、今この瞬間の俺を、感じていよう。

 

目を閉じて、静かに消えて行く『俺』を感じる。

故に、反応が遅れてしまった。気づくことが出来なかった。

 

現在俺は物干竿を投擲する為に、大きな振動で崩壊したシールドの前に倒れ込んでいた。

そもそも俺の腕力でアリーナ中央にいるISに威力を落とさず物干竿をぶつけるには、位置エネルギー、つまりは高さが必要になってくる。だからこそ俺は客席の階段の最上部から跳んで物干竿を投げたのだ。そして、投げることに集中していた俺は着地に失敗し、アリーナ内からでも見える位置で倒れていたのだ。

当然、微弱とはいえ攻撃を受けたISはこちらに攻撃しようとするだろう。

だが俺はその攻撃に対して、回避行動を取る訳でも、ましてや焦りもしなかった。

別に死を覚悟した訳じゃない。

だって

 

 

 

 

「はあ。私が間に合わなかったら死んでたわよ?真理君」

 

 

俺の護衛は学園最強だからな。

 

 

「大丈夫ですよ。更識先輩の事、信用してますから」

「あら、嬉しい事言ってくれるじゃない」

「信頼はしてませんけど」

「信頼してくれてないんだ!?」

「自分の行動顧みてから言ってくれます?」

「ひど〜い真理君」

「つーか真理君ってなんすか」

「皆そう呼んでるから私も呼ぼうと思ってね。嫌だった?」

「別にいいです。どうでも」

「どうでも!?」

 

こんな危機的状況なのに、こんなに安心して軽口を叩けるのはこの人の人柄のおかげだろう。つーか背中と肩痛い。さっきまではアドレナリンのせいか全く気にならなかったけど、今になって痛みを感じて来た。あ〜いてぇ。そうだ、保健室行こう。入学して一ヶ月で何回保健室行くんだよ、俺。

 

「あら、向こうも終わったみたいね」

 

向こう、というのは織斑達だろう。終わったということはあのISを倒せたのか。とりあえず死ぬ危険性は無くなった、のか。良かった。

 

「さて、私たちも退散しましょうか。背中と右肩、痛いんでしょ?」

 

左手で肩を抑えながら頷く。それに、今はあいつ等と顔合わせたくないしな。

それら全てを含めた更識先輩の提案に乗って、早々に保健室に行くとしよう。またあの先生に怒られるのかな…。やだなぁ。

 

「俺は保健室行きますけど、先輩はどうするんですか?そういや布仏の方はどうなったんですか?」

「本音ちゃんの方は外から扉を開けたわ。虚ちゃんが中心になって整備科の子達が頑張ってくれたわ」

 

………なんで俺たちの方には来なかったんだ?理由によっちゃ指示した奴ぶん殴るぞ。

 

「…とりあえず聞きますけど、なんで俺たちの方には整備科の人たちが来なかったんですか?」

「だって澵井君がいるじゃない」

 

だと思った。

 

「それより保健室に行くの?」

「そりゃまぁ、怪我した訳ですし」

「じゃ、じゃあ私が治療してあげるから部屋に戻りましょ!真理君も直ぐに休みたいだろうし!」

 

何を言ってるんだ、この人は。

更識先輩は俺の意思を確認せずに、腕部以外のISを解除し、軽々俺を持ち上げた。大体、治療っつったって湿布貼るくらいだから、自力で出来る。つーかなんで頬染めてんの?

 

 

何故この人が俺の目の前に現れると、シリアスな雰囲気が霧散するんだろうか。

そんな疑問を胸に、入学後初の大騒動は幕を閉じたのだった。



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桜新町と週末編
その後のそれぞれです。


〜更識楯無の場合〜

 

状況を説明しよう。

謎のISが侵入して来て織斑君がトドメを刺してから、一時間が経った。

私、更識楯無は寮の自室にて湿布を持ったまま息を荒げていた。目の前には上半身裸の真理君。いや、なんか、もうさ、わかるでしょ!?毎日槍を、というか物干竿を振るっている真理君の体が不摂生な筈が無く、鍛え上げられ、所謂細マッチョな体型、且つ私が持っている湿布を貼る患部は肩や背中である為、私に背中を向けて座っている。この状態で興奮しない女子がいるなら、その子は理性の塊だね。

うん。もう確定だね。私は、真理君が好きだ。異性として、付き合いたいと思う程に。

だが、それは真理君にとってはとても迷惑な話だろう。一般人として生きて行きたいという彼にとって、暗部の長をやっている私は最も付き合いたくない人種だろう。そもそも彼が誰かと付き合いたいと思うかどうかは甚だ疑問だが。

付き合いたい。でも、その気持ちは真理君にとって迷惑になる。自分の気持ちを優先するか、彼の気持ちを優先するか。

本当に彼を思うなら、私のこの気持ちは隠し通すべきだ。でも、彼と一緒にいたい、彼に私の『名前』を呼んで欲しい。二つの気持ちを思う強さは同等だ。

自然とため息が出る。

日本を支える更識家の長の弱点の一つが恋愛ごとだなんて、誰が思うだろうか。普段人を振り回す側である自分が振り回されるとは、恋の力というのは偉大だ。

さまざまな感情が頭を駆け巡る中、私の思い人の声が静かな部屋に響く。

 

「あの、そろそろ貼ってもらえませんか?」

「え…あ、そ、そうね!」

 

とりあえず、今はこの状況を楽しんでおこう。付き合うとかどうとかはもう少し真理君を知ってからでも遅くないしね。

 

「この辺でいい?」

「はい。それにしても、先輩が治療してくれるなんてどういう風の吹き回しですか?」

「言い方に棘があるわね…。頑張った真理君へのご褒美よ」

 

どっちかって言うと私へのご褒美だけどね。パソコンのデータ容量増やして簪ちゃんと同様に真理君の盗撮ファイル作ろうかしら。

 

「ご褒美に辿り着くまでがキツすぎじゃないっすかね…」

「いいじゃない。ただの打撲程度でこ〜んな美人なお姉さんに手当してもらえるんだから」

「そもそも怪我したくないんですけどね」

「そりゃそうね。それより、意外だったわ」

「何がです?」

「篠ノ之ちゃんを守った事よ。真理君は自分の身を犠牲にしてまで他人を助けるような人じゃないと思ってたからね」

 

それが悪い事だとは思わない。人間、窮地に立たされれば他人を犠牲にする事も厭わなくなる。ただ普段、八方美人を演じているから、集団で危機に陥ったときに周りからの評価を気にせず行動したとき、その評価ががた落ちする。だったら最初から評価も気にせず行動する。真理君はそういうタイプだと思ってたんだけど。

 

「あ〜、そうっすね。俺もそう思ってたんですけどね」

「ん、心境の変化かしら?」

「いや、そんなんじゃないですよ。ただ周りの熱がすごいってだけで」

「熱?」

 

熱とはなんだ?

 

「ええ、まあ。それより、終わりました?服着たいんですけど」

「え?あ、ああ、おわっ…いや、まだ終わってないわ」

「は?だって背中も肩も貼り終わって「ないわ」る……」

 

彼の上裸なんて機会は滅多に無い。シャワーから上がってくる時も既に浴衣に身を包んだ状態で出て来るし。

後ろ姿は高性能無音カメラで撮ったから、慌てる姿とか見てみたいなぁ。

 

「そんで、何すればいいんすか?」

「え?」

「だって湿布貼り終わったんでしょう?この状態で俺に何かして欲しいんじゃないですか?」

 

な、な、なんてチャンスなの!?これはもう何してもいいんじゃないの!?

どうしよう、何してもらおう?いや、逆に私がなにかするのもあり?

 

「そ、そそうね…」

「なにキョドってんすか」

「うるさいわね!こっちだって今何するか考えてるのよ!……あ」

 

気づいた時には真理君の上半身に肌色成分は無く、無慈悲な白い制服姿になっていた。

 

「あ、ああ、あぁぁぁ………」

「そんな世界の滅亡を目の前にして何も出来なかった時みたいな声出さないでくださいよ」

「えらく具体的に表現するわね…?」

「そういや生徒会の仕事はないんですか?あんだけの事がありゃ、生徒会も大忙しなんじゃ?」

「無視?無視なの?お姉さん泣いちゃうよ?」

「泣けば良いじゃないですか。で、生徒会の方はどうなんです?」

 

せ、性格が悪すぎる…!

 

「はぁぁあ……。今回の事件は外部からの侵入だったからね。セキュリティなんかの問題もあるから、いくら権力のある生徒会でも仕事は回ってこないのよ。ま、その代わり先生達は書類やらあのISの解析やらで大忙しでしょうけど」

「へぇ〜。じゃあ何もやる事無いんすか?」

「ん〜、事件の時にどう動いたかの報告書作るくらいかな。うん。他の仕事も終わってるし来週になるまで仕事は無いかも」

 

はっ!明後日から休日だし、アリーナの調整で月曜が臨時休業になるかも。それは無いか。いや、それより休日のどっちかに真理君と遊びに行こうかしら。レゾナンスなら一日遊べるでしょうし。多分ティナちゃんも同じ事考えてるだろうか約束は早めに取り付けた方がいいわよね。

そんな脳内計画を実行する為の約束を取り付けようと私が口を開く前に、真理君の言葉が耳に入る。

 

「じゃあ土日で外に泊まって来ていいですか?」

「はっ?……はぁぁぁあああ!?」

 

そ、それって友達の家、よね?だって真理君彼女いなさそうだし…。うん、きっとそうよね…?

 

「泊まるって、どこに?」

 

内心ビクビクしながら、それでも表情は更識として、真理君の護衛としての仮面を被って聞いてみる。いや、これで彼女の家とか言われたらどんな手を使ってでも止めるかもしれない。

でもそんな思考は杞憂だったようで。

 

「桜新町の槍桜道場です。学園生活も落ち着いてきましたし、挨拶に行こうと思って」

 

桜新町。

真理君の住んでいた町の隣にあり、真理君が幼い頃から通っている町。

挨拶とは道場の師範に、だろう。あの真理君があれだけ尊敬しているのだ。なにかあれば直ぐに報告するような関係なのだろう。

まぁ行っても大丈夫ではある。入学して一ヶ月も経てば、初期に存在していた男性操縦者反対派の連中も、国に取りこもうとしている連中も少なくなっているし。

だが、真理君は泊まる、と言ってなかったか?休日である土日に、IS学園にいないと、そう言っているのか?

 

「え、えっと、護衛は必要かしら?」

 

何としてでも一緒に居たい私としては面白くない。なので言外について行くという旨を伝えてみるが、効果は無いようで。

 

「ここから一時間ちょっとですし大丈夫です。泊まりですから護衛の人にも迷惑掛けちゃいますしね」

「うーん…そんな事無いと思うけどなぁ…?」

「あ、外泊って書類とか必要ですか?」

「え?ああ、うん」

「わかりました。山田先生から貰ってきます」

 

織斑先生じゃないのは面倒くさいからだろう。いや、そんなことより。

職員室に行くであろう真理君の背中を見ながら、無慈悲にもバタンと音を立てて閉められた扉を見てから、天井を仰ぐ。

 

「ああぁぁぁぁあ!真理君とデートしたいぃぃぃいい!!」

 

私の願いが届くのは、いつになるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

〜織斑一夏の場合〜

 

俺は今真理を探している。理由は言うまでもなく、箒を助けてくれたお礼を言いたいからだ。本来なら助けられた箒が行くべきなんだろうけど、あの距離からじゃあ箒は何が起こったのか見えず、観客席も反対側だったから、誰が何をしたか分からなかったっぽい。だから俺が真理にお礼を言いたいんだけど、全く見当たらない。部屋に行けば会えるんだろうけど真理の部屋番号知らないんだよな。くそぉ、聞いておけば良かった。巧も知らないみたいだったし。

 

「……あ」

 

見つけた。

 

「おーい、真理!」

「あ?」

 

歩き去って行く背中に声を掛けたら、顔だけ振り向いてくれた。近づいてみると、紙を一枚持っている。なんだ?

 

「その紙なんだ?」

「外泊届け。土日で知り合いの家に行って来るから」

「へぇ〜。じゃあ弾の家には巧と2人で行くかぁ」

「用はそんだけか?今日は疲れたからすぐ寝たいんだが」

 

確かに普段から疲れた顔してるけど、今日はその比じゃないくらい疲れた顔をしてる。あとで千冬姉から聞いた話だと、客席にいた人たちの避難指示とかもしていたらしい。多分俺じゃあ、何も出来なかっただろうな。

 

「いや、今日はありがとう。観客の避難とか、箒も助けてもらったし」

「出来る事をしただけだ。適材適所っていうだろ。それに、扉を壊せる澵井がいなかったら何も出来なかったしな」

「それでもだよ。最終的には真理の指示のおかげで怪我する人がいなかったわけだし。だから、ありがとう」

 

でも、俺は思う。

あの場に巧がいなくても、真理ならどうにか出来たんじゃないかって。根拠も無いけど、そんな気がする。

真理は頭がいい。勉強ができるとかじゃなくて、知恵が働くタイプの頭の良さだ。だから、俺が何も出来ないと思う状況でも、真理なら何か出来るんじゃないかって、そう思うんだ。

 

「わかった。礼は受け取っとく」

「おう、そうしてくれ」

「…代わりに、篠ノ之に言っといてくれ」

「?別にいいけど、箒は懲罰室だぞ?」

「別にいいさ」

 

箒は放送室をジャックしたことで懲罰室に入れられているのだ。まぁ、仕方がないとは思う。

真理は一拍置いて、俺とは目を合わさずに言った。

 

「緊急時に冷静でいられない奴は真っ先に死んでくのがテンプレだぜ、ってな」

「はは、なんだそれ」

 

この時は軽く流していた。

真理の言葉にどれだけ重大な意味があるかも考えずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜ティナ・ハミルトンの場合〜

 

私は今、寮の屋上に来ていた。ルームメイトの鈴は疲れが出て爆睡中だ。

 

「はぁ」

 

ここに来て何度目かのため息が出る。

謎のISがアリーナの天井を突き破って来て観客席がパニックになった時、真理は誰よりも冷静に動いていた。学園中の生徒から、それも特に真理を嫌っている人間が多い一年生の観客席で、彼を嫌っている相手に指示を出し避難させていた。

彼は自分の能力を理解できている。自分に何が出来て、何が出来ないのか。そして自分一人で出来ない事があれば他人をも利用して状況を解決させる事が出来る。

それに比べて私はあの場で何をしていた?近くに冷静な真理と巧がいたからか、周りの人程パニックになる事は無かったものの、騒ぎを鎮める事も出来ず、それどころか騒ぎを鎮め、避難させようとするあの2人のお荷物になっていた。

非常口が開かれた後も真理の指示に従って避難し、途中転んだ生徒に手を貸したけれど、それだけだ。

あの場で無力な者が何かをしようとすれば、力を持つ者の邪魔になる事は分かっている。

それでも、私は真理の助けになりたかった。

 

水平線に沈み行く夕日を眺めていると、背後の扉が開かれる音がした。

誰が来たのか、知り合いだったら挨拶しないと、と思いながら振り返ると、そこには真理がいた。

 

「………え、あ、ど、どどどうしたの真理!?」

「いや、お前がどうした…」

 

今の今まで考えていた人間がいきなり背後に現れたら誰だって驚くと思う。それにしたって私もキョドり過ぎだとは思うが。

 

「部屋で更識先輩が騒いでんだよ。廊下まで聞こえて来たから、部屋に入らないで暇つぶししに来たんだ。ロビーも食堂も俺がいると空気悪くなるからな」

「あー…」

「お前も否定しなくなって来たな。まぁいいけど。で、お前は?」

「へ、何が?」

「お前は何しにここに来たんだ?」

 

って言われても、部屋は鈴がいびきかきながら寝てるから今一シリアスになれなくて、一人に慣れそうな所を考えてみたら、校舎裏の広場か屋上しかなくて、広場は真理がいる可能性があるからここに来ただけなんだけどな。

 

「ちょっと悩みがね…」

「へぇ…!」

 

私が聞こえるか分からない程の声音で言うと、真理は意外そうに声を出した。

 

「なによ?」

 

ちょっとだけムスッととして聞くと、真理はくくと微かに笑いながら言った。

 

「いや、お前でも悩む事があるんだな、って思ってな」

「失礼な。私だって悩む事くらいあるよ」

「ふーん、あっそ」

 

真理は私の顔を数秒凝視したかと思うと、つまらなさそうに表情を無くしながら私の隣まで来て、屋上を囲っているフェンスに背を預けた。

風が吹く。

彼の目を隠す程の長い前髪が風に靡いて、その下のだるそうにした半開きの目が露になる。

珍しい。素直にそう思った。彼と出会って一ヶ月くらい経ち、彼の性格なんかは理解しつつある。だから、彼が私に限らず、誰かの悩みを聞くなんて本当に珍しいと思う。

彼にとって私や巧も、周りで彼の陰口を言っている人たちも同等の存在なのだ。…と思う。そうであって欲しくないが、多分あっている。だから彼が他人の悩みに耳を傾けた事が珍しいし、その上でその場に留まることはあり得ないと思った。

 

「珍しいね、真理がこんな事するの」

「ん、ああ、そうだな。自分でも思うよ」

 

詳しく説明しなくても理解して言葉を返してくれる事が嬉しい。それが初めての友達なら尚更だ。

 

「まぁ、人に言った事を自分が出来ないのは多々あるけど、今回は出来たことだからな」

「?」

 

真理が言っていることを理解できない。何を言ってるんだろう?

 

「適材適所だ」

「?何言ってるか分かんないよ、真理」

「山田先生から聞いたよ。避難中に転んだ奴に肩を貸したんだってな」

「……それは当たり前だよ。私じゃなくても出来たことだし」

 

真理が何を言いたいか分かって来た。どうやって見抜いたのか、私が今回の事件で何も出来なかったことを悩んでいるから、励ましに来たのだろう。

人を貶すことは得意な癖に、励ますことはヘタクソだなぁ。

 

「そうだな。誰にでも出来ることかもしれない」

「うん…」

 

でも、と真理は続けた。

 

「助けたのはお前だ。そもそも、逃げる事に必死になってる奴らは周りの事なんか見ない。今回お前が助けた奴は、お前がいなきゃ助からなかったかもしれない。お前がいたから、お前だからこそ助かった奴がいるんだ」

 

彼は、真理は本当に励ますのがヘタクソだ。

そして、そんなヘタクソな励ましで元気になっちゃう私は単純だ。

 

「そっか…わたし『だから』か…」

「おう。つーか俺だったら完全に無視してるね。他人の命より自分の命」

「あはは。クズいなぁ、真理は」

「自覚してる。そんじゃそろそろ更識先輩も落ち着いただろうし帰るわ」

 

フェンスから背を離し、扉へと歩いてく。その背中に私は言い放つ。

 

「ありがと、真理!また明日ね!」

 

真理は振り返らずに右手をひらひらさせて屋上から去った。器用な癖に変な所で不器用な人だ。だからこそ、私は彼を…彼を?私は真理を、どう、思っているのだろう。

いや、それよりもやらなくちゃいけない事がある。

真理はああ言ってくれたけど、やっぱり出来る事は増やしておいた方がいい。いつか真理の隣に立ちたいなら、今よりももっと、もっと強くならなくちゃ。

私は携帯を取り出し、電話帳からある人物の名前を探す。

私にこの学園を進めてくれた、私の姉のような人。

 

「もしもし?」

『あら、久しぶりね。ティナ』

「うん、久しぶり。ちょっと頼みたい事があるんだけど、いい?」

『ふふ、私がティナの頼みを断った事あったかしら?』

「……けっこうあるよ」

『そうだったかしら?それで?』

 

久しぶりとは言ってもたった二ヶ月程度だ。

私は、今しがた芽生えた目標の為に、しなければならない事を口にする。多分、びっくりするだろうな。

想像したら少しだけ笑える。

 

「私を鍛えて欲しい。勿論、IS乗りとして」

『…ティナ。貴女整備科志望じゃなかった?』

「うん。でも、やりたい事が出来たの」

『厳しいわよ』

「臨む所よ」

 

電話越しなのに、相手の顔が見えるようだ。もう十年以上の付き合いだからかな、相手の声を聞いただけでどれだけ真剣なのかが分かる。それは向こうも同じだろう。そして私の覚悟が伝わっているなら、きっと。

 

『わかったわ。とりあえず訓練メニューを考えるから時間を頂戴』

「!ありがとう!」

『こういう時のティナは折れないって知ってるからね。それより、やりたい事って何?』

「そ、それは…」

 

少しだけどもってしまう。

ただそれは相手の好奇心に火をつけてしまったようで。

 

『!男なの!?』

「ち、違うよ!もう、頼んだからね!ナタル姉!」

 

電話越しにちょっと待ちなさいとか聞こえるけど、無視して通話終了ボタンを押す。

私は半分以上沈んだ夕日を見て、気合いを入れる。

これから、頑張るぞ!

 

 

まずは鈴を起こす所から始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜織斑千冬の場合〜

 

私は今、後輩の真耶がいるであろうIS学園の地下空間に来ていた。

一夏が倒した謎のISを極秘裏に調査しているからだ。先程調査が終わったという連絡を受け、始末書なんかの書類整理を中断して来た。ただでさえ男子生徒の入学から電話対応やら女尊男卑のバカ共から届く対応で忙しいというのに、ここにきてISの侵入者と来た。どれだけ私たちを多忙にさせれば気が済むんだ。

 

「真耶」

 

地下室に着き、コンソールを叩いてる緑髪の後輩に声をかける。

 

「あ、先輩」

「解析が終わったらしいな」

「はい」

 

真耶は座っている椅子をずらし、私にもパソコンの画面が見えるようにしてから言った。

 

「やはり無人機でした。コアも未登録のものを使用しているようです」

「ふむ……」

 

こんなことをする奴は、私は一人しか知らない。というか、今回も一夏の成長の為とかでぶっ込んで来たに違いない。

 

「先輩、心当たりが…?」

 

奴程では無いが真耶とも長い付き合いだからな。私の表情からある程度考えを読んだのだろう。

だが、確証が無い今、奴を犯人と断定するのは良くない。いや、確実に奴が犯人であると私は断定できるが、真耶を含めた、奴から見て路傍の石ころのような他人には物的証拠なりが必要だろう。

だからこそ、私は言った。

 

「無い。今はまだ、な」

 

真耶は怪訝そうに私の顔を見てから、何かを察したようにコンソールへと目を移した。そして、話題を変えるように、ある事を言った。

 

「そ、それはそうと、佐倉君は凄いですね」

「ああ、そうだな」

 

私も頭を切り替えて答える。

確かに佐倉は凄い、と言わざるを得ない。何せ、『ISを使わずに絶対防御を発動させた』んだからな。

私でもタイミングが完璧でなければ出来るか分からないのに、客席からの投擲で急所を狙い、且つ威力も落とさずに命中させる等、およそ凡人に出来ることじゃない。

 

「その、佐倉君が投擲した物干竿も一応調べてみたんですけど、物干竿自体は至って普通のものでした。強度が普通じゃなかったですけど」

「あれは更識が用意したものだからな。強度に関しては真剣とやり合っても折れない程の強さだろうな」

「あはは…。ただ、一点、気になることがありまして」

「なんだ?」

 

真耶はコンソールを操作して、佐倉の物干竿の画像をだす。

 

「物干竿自体には何も無かったんですけど、佐倉君が握っていたであろう部分に妙なエネルギー反応があるんです」

「?どういうことだ」

「解析してみたんですけど、現存するどんなエネルギーでも無かったんです」

 

どういうことだ?

これが物干竿全体であれば更識が何かしたんだろうと思える。更識じゃなくても、直前まで一緒に行動していた澵井のISにそういった武装があるのでは、と思えるが、握っていた部分だけ、とはまたおかしな話だ。

 

「これ以上の解析は出来ないのか?」

「はい。天災、篠ノ之博士レベルになればできるかも知れませんが…」

 

こいつ、実は私の考えが完全に読めてるんじゃないか?いや、そんな事より、束か…。私が頼めばやってくれるとは思うが…。

 

「害があるものでは無いんだな?」

「ええ、はい」

「なら解析はしなくていい。欠損している訳ではなさそうだし、佐倉に返しておけ」

「いいんですか?」

「ああ。じゃあ私は戻る。お前もまだ書類が残ってるんだから早く戻ってこい」

「えーっと、私の分をやって置いて貰ったりは…?」

「はは、面白い冗談を言う。私の書類はお前の二倍あるんだぞ」

「ですよね〜…はぁ」

 

ため息を吐きたいのはこっちだ、全く。

 

どうやら今日も、眠れそうにない。

 

 



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桜新町に行ってきます。

クラス代表戦の騒動が終わった週の金曜日、俺は帰りのHRが終わったと同時にとある書類を出しに、織斑先生の元に来ていた。

 

「先生」

 

教室を出て廊下を歩いてく織斑先生を引き止める。あれ、織斑先生だけでいいのに山田先生も止まっちゃったよ。まぁいいか。この人織斑先生好きっぽいし。それは関係無いか、無いな。

 

「明日から外泊してきますんで」

「ああ、外泊届けか。昨日も言ったが次からはもっと早めに出せよ」

「はい、すいませんでした」

「まあ、生徒会に入ったらしいからな。今回は更識のせいにしといてやるが、次回からは許さんからな」

「了解しました」

 

色々言われたが提出できて良かった。もう師範達には伝えてあるからな、行けなくなったら申し訳ない。

俺が内心ほっとしていると、山田先生が話しかけて来た。ちょっと目の毒なんで、胸部装甲外してから話しかけてください。え、無理?じゃあしょうがないですね。

 

「どちらに向かうんですか?」

「道場です。学園生活にも慣れて来たんで報告に行こうかと」

「へぇ〜!道場というと、佐倉君の槍術のですか?」

「はい。幼い頃からお世話になってるんで」

 

その後、二三言葉を交わして先生達と別れ、教室に置きっぱなしの鞄を取って寮へと戻る。途中、まだ教室に残っていた織斑と澵井に何か言われたが無視した。だってあいつ等より明日の方が大事だもん。

二組の前で米、中の外人2人組に捕まらないよう早歩きで通り過ぎ、さっさと靴を履き替え、寮に戻る。

部屋の鍵を開けて中に入り、ジャージに着替えてから、朝の内にベッドの上に出しておいたボストンバッグに着替えやら、明日必要なものを放り込み、確認し終えてから物干竿を持っていつもの広場へと急ぐ。

明日は朝早くから学園を出て、道場についたら師範とすぐに試合をする事になる。鍛錬を欠かした事は無いが、師範に勝てた事は無い。が、いつまでも負けっぱなしではいられない。明日に備えていつもより集中してイメージトレーニングをする必要がある。

しっかりと準備運動をして体を温め、いつもの型をこなす。それを終えたらイメトレだ。師範はスピードも力も更識先輩の比では無いくらい強い。正直今の俺では一撃もいれらない。だが、師範と試合をする時だけは許された技がある。まぁそれ使っても勝てないんだけど…。

そんな訳で、今日に限っては君等の相手をしている暇は無いんだよ、ハミルトン、更識先輩。

2人が茂みに隠れている事に気づくも、そのまま無視してイメトレを続ける。だって明日は本当に勝ちに行く。それどころか、少しでも気を抜けば瞬殺される。鍛錬始めたばっかの頃とか試合と呼べるものですら無かったからなぁ。

まぁ過去を振り返るのも程々に、頭の中で師範をイメージし、立ち回りやどこでどういった攻撃をして来るか、過去の試合を元に自分の動きと師範の動きを想定しながら体を動かす。

先輩との試合で痛感した体力不足も改善して来たし、師範から言われていた事も改善出来るように努力してきた。

 

 

二時間の特訓を終え、タオルで汗を拭きながら寮へと戻る。その際、女子からの嫌みな視線が以前より減っている気がした。まあ、どうでもいいけど。

部屋に戻ると、更識先輩がベッドに寝転んで雑誌を読んでいた。

 

「先にシャワー使わせてもらってもいいですか?」

「ええ、いいわよぉ」

 

妙に間伸びた声で了承の意を伝えて来る。つーか先輩の読んでる雑誌、表紙が更識先輩だぞ…。

更識先輩に若干引きながらもシャワーを浴び、食堂に行く手間を省く為に買っておいたおにぎりとサンドイッチを食べる。

……さっきからやけに先輩が静かだ。昨日は、そりゃもうこれ以上無いってくらいドン引きする程騒いでいたというのに。何かあったのか?

 

「あの、更識先輩?」

「……なぁに?」

 

怖っ。

 

「なんかあったんすか?」

 

え、何この人。さっきからやけに静かだし、顔に若干陰りがあるし、よくよく見るとシャワーから出てくる前と読んでるページ同じだし、極めつけはその恰好。

入って来た時は気にしなかったが、今更識先輩が着ているのは俺のジャージだ。いや、別に着るくらいはいいよ。ちゃんと洗って返してくれるなら貸すし、洗わないんだったら捨てるだけだし。人と関わらないスタンスの俺でも、最早更識先輩とハミルトンは諦めてるし。織斑?アイツは多分どうにか出来る。

 

「……なんで?」

 

だから怖ェよ。

 

「いつもの先輩ならもっとうる…騒がしいですし、無駄にスキンシップとって来るじゃないですか。珍しくそれが無いんで何かあったのかなぁ、と」

 

んー、なんかキャラじゃないな。

多分明日あの人たちに会えるから、気分が高まってるのかもしれない。

更識先輩はゆっくりと雑誌を閉じて立ち上がると、ベッドに座っている俺の肩に手を置いた。下を向いているため、前髪が落ちてその目が見えない。それが一層恐怖を駆り立てる。いや、ほんと怖い。なんかフフってちょっと笑ってるし、海外の古びた館にいる幽霊みたいだ。幽霊にしちゃ生き生きし過ぎだけどな。多分全然怖くない。初見の人は勢いで告白しちゃって振られるけど諦めきれずにズルズルと引っ張っちゃって三十代まで独身を貫いちゃうレベル。

 

「…真理君…」

「は、はい」

「………お土産、よろしくね」

「おやすみなさい」

「わぁ〜!ウソウソ!」

 

じゃあ何なんだよ。

 

「やっぱり護衛はいらない?」

「はい。ISを使わない奴らが相手なら、ここよりも道場の方が安心できますし」

「……そっか」

 

何故更に落ち込む。大体、生身であの人達に勝てる奴なんていないよ。織斑先生でさえ勝てるかどうか分かんないし。あれ?じゃあ師範て世界最強じゃね?

いや、師範が強いことは分かってる事だし。今はそれよりこの人を宥め方が先だ。

 

「IS相手だったら流石に無理そうなんで、先輩が、更識先輩が頼りになりますけど」

「……私が?」

「はい」

「…頼り?」

「そうです」

 

ほらな、チョロい。なんでこの人暗部の頭やってるんだ?

最近になってきて、更識先輩の扱い方を覚えて来た。布仏先輩からも教わったし。

この人は『お姉さん』扱いされるのが嬉しいらしい。自分が認めた身内に頼りにされるとか、お願いされると断れないようだ。

 

「ふふふ…分かったわ。お姉さんに任せなさい!」

「………まぁ、ISが出て来るなんてあり得ないけどな」

 

更識先輩には聞こえないようにぼそっと呟く。浮かれてる先輩には、やっぱり聞こえてないようで、うふふと笑っている。

 

「じゃあ大丈夫っすね。生徒会の仕事が無い事も布仏先輩に聞いてきましたし」

「むっ。何よ、それは私が言ったじゃない!」

「別にいいじゃないですか、そこは。というかそのジャージ、着るのはいいですけどちゃんと洗っといてくださいね」

「え?あれぇえええ!?」

 

驚いている更識先輩を尻目に、手持ち無沙汰な状態であることに気づく。明日の準備も終わったし、飯も少ないけど食った。訳分からん苦悩に陥ってた先輩も治って、今風呂場に行ったし。あ、ハミルトンに行くって言ってねぇな。別に言わなくてもいいけど、戻って来た時に喚かれたら面倒くさいし一応言っとくか。

俺は携帯を取り出してハミルトンにメールを送る。

『明日から学園にいないから。そこんとこよろしく。』っと。これでいいかな、いいな。

よし、本でも読むかぁ。

勉強机の棚から一冊の本を取り出す。ちなみにこの棚には読んでない本だけを並べて、読み終わった本は荷物を入れていた段ボールに詰めてベッドの下に入れてある。この前読んだ『レ・ミゼラブル』の和訳のルーズリーフはファイルに纏めて引き出しの中だ。

今回取り出したのは、アーサー王伝説の和訳版、その上巻だ。大体のあらすじは知っているが、詳しく読んだ事は無い。エクスカリバーとかめっちゃ有名だよね。

椅子に座って机の照明を調節して表紙をめくる。

そして、一ページ目を読み終わる前に、部屋の扉がノックされる。だが、当然の如く居留守を使う。だってぇ、めんどくさいんだも〜ん。読み始めたばっかで動きたくないしぃ〜。

 

「真理ぃ!明日からいないってどういう事!?」

 

Oh…。

 

「早く出て来なさい!いるのは分かってるんだから!」

 

あれぇ?帰って来たとき喚かれると面倒だからメール送ったのに、なんで今あいつが来てんだ?あれれ?

チェーンを掛けて、扉を薄く開ける。

 

「えっと、なんですかね?」

「なんですかね、じゃないでしょ!明日から学園からいなくなるってどういう事なの!?てゆうかなんでチェーンしてるのよ!」

「だって開けたら無理矢理入って来ると思ったし。しかも、いなくなるって言っても明後日には帰って来るし」

「は?そうなの?」

 

うん、そうなんです。なので今日はもう帰ってくれませんか。そして今後も近づかないでいてくれるとありがたいんですけど。

その願いが通じる事は無く、ハミルトンは未だに扉の外側からチェーンを外そうと格闘している。

 

「もう!いい加減これ外してよ!」

「嫌。つーかなんで帰らないの?」

「だって真理の部屋見てみたいし。部屋に戻ってもやる事無いし」

 

お前も同類かよ。

 

「はぁ。開けてやるからちょっと待ってろ」

 

パタンと一ページしか開いていない本を、というか奇麗な装飾がされた表紙を閉じて靴棚の上に置き、チェーンを外す。その音で分かったのか、俺が扉を開けるよりも早くハミルトンが扉を開けた。

あのですね、お前は自分の容姿を適切に評価した方がいい。今ハミルトンはホットパンツみたいな短パンにタンクトップの上からパーカーを着ている。俺みたいに平均以下みたいな奴はどんな恰好しててもダサいけど、容姿がいい奴は変にダサい服を着ると、それはもう目も当てられないくらいダサくなる。いや、別に今はダサいとか言いたいんじゃなくて、何が言いたいかと言いますと、眼福状態なんですよね、はい。多分更識先輩よりもある。

 

「…な、なに?」

「あ、わり」

 

僅かに頬を赤く染めたハミルトンが上目遣いで聞いて来る。それ、俺とか織斑以外にやったらすぐ惚れられるぞ。ちなみに俺は、誰かに好きになってもらうという事が無いという事を知っているから、織斑はクソボケ鈍感野郎だからだ。多分、寒くないのかな、くらいの感想しか出ないと思う。

 

「それより、俺の部屋っつっても何も無いぞ。更識先輩は今シャワー浴びてるし」

「まあまあ。あれ、これは?」

「今さっき読み始めたやつ。あと明日の朝は早いから、十時には寝る。だからそれまでの暇つぶし」

「へぇ〜。え、十時ってもうすぐじゃん。なんかごめんね?」

「別にいい。俺は寝るけど、更識先輩ももうすぐ出るだろうから、もう少しいてもいいぞ」

「え!?ほんと!?」

「騒がない限りはな」

 

赤の他人である女子と一ヶ月も同室で過ごせばそのくらい気にならなくなる。とはいえ、同じベッドで寝るという失態はもうしないがな。

 

「あら?ティナちゃんじゃない。どうしたの?」

「あ、こんばんは」

 

見慣れた寝間着に着替えた更識先輩が脱衣所から出て来る。さて、お互い話し相手が出来た所で、俺はそろそろ寝るかな。本当に明日の朝は早いし、多分町中を歩き回った上で試合もやんなきゃだし、ガチ目にそろそろ寝ないと明日一日辛くなる。

 

「じゃあ俺はそろそろ寝るんで、後はお二人でどうぞ」

「ああ、うん。お休み真理君」

「お、おやすみ、真理」

 

部屋の電気を消して俺はベッドに、2人は扉の方へと移動してくれる。あ、そうか。十時には部屋にいなきゃだもんな。

彼女達が二言三言話しているのを遠くで聞きながら、夢の中へと入り込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

枕元で鳴り響く目覚まし時計を手探りで叩いて音を止めながら目を覚ます。時刻は五時。軽く背を伸ばして、ジャージに着替える。

これから六時まで体を動かし、六時半までに汗を流し洗濯を済ませる。その後朝食を摂って出発だ。いやぁ、ほんとに久しぶりだなぁ。

とりあえず軽くランニングしてから、型やって終わりかな。

鼻歌交じりに廊下を歩いてグラウンドに出る。休日の、それも早朝では誰も起きてないようで、グラウンドには俺以外誰もいなかった。いえーい。さて、走るか。

寝起きの体をほぐす意味でも、準備運動を念入りにしてから走り出す。てかやっぱり広いなぁ。一周なんメートルあるんだ、これ?

 

そうして数十分走った後、誰もいないのをいい事にグラウンドで型を始め、端に設置されている大きな時計で六時になったのを確認し、寮へと戻る。その際、髪を二つ結びにした、教室で見た事あるような無いような女子とすれ違った。まぁ何も話してないし、目も合わせて無いけどな!

部屋に戻ると更識先輩はまだ寝てるようで、小さな寝息が聞こえる。

先日脱衣所の扉につけた入浴中の札を掛けて、脱衣所に入り、ジャージを洗濯機に入れてスタートのボタンを押してから、シャワーを浴びる。ゆっくり浴びてる暇は無いから汗を流して、軽く頭、体を洗ってからさっさと着替える。ちなみに着替えはなんちゃって袴だ。町の人たちはいつも変な恰好しているから、個性を出す為とか言って着せられていたもの。つまりはあの人達の趣味だ。まあ楽だしいいけどね。

洗濯機からジャージを取り出し、ハンガーに掛けて俺が使っているクローゼットの取手に引っ掛けて干す。

その後も、ぱぱっと朝飯を食い、ベッドを整え、と出かける準備を進めて行く。

 

「あ」

 

やべ。前髪どうしよ。

正直師範と試合するとなると超邪魔なんだよな。かといって切るとなると、師範以外の試合でも『あれ』使いたくなっちゃうしなぁ。

俺が軽く悩んでいると、ごそごそと更識先輩がベッドを降りて来た。

 

「…ふぁあ…おはよぉ真理君…」

「おはよーございます。寝起きで悪いんですけど、前髪ってどうにかできますかね?」

「前髪…?」

「はい」

「んー…あ!ちょっと待ってね」

 

更識先輩寝起きいいなぁ。寝惚けてたと思ったら、もう意識ハッキリしてるっぽい。今洗面台まで行ったのは顔を洗う為かな?

 

「真理君、ちょっと座ってね」

「?はい」

 

戻って来た更識先輩は手に何かを持っていた。多分髪留めの類いだろうと思い指示に従う。いやぁ、すみません。

更識先輩は俺の前髪を手櫛で軽く解いてから、前髪を分けて何かで止める。

 

「はい。これでいい?」

「ありがとうございます。只これ、落ちませんよね?」

「うん、その辺は大丈夫。まっすぐ抜けば簡単に取れるけど、それ以外ではどんな激しい動きをしても取れないようになってるから」

 

説明を聞いてから鏡で確認する。

丁度耳の上当たりに、桜の花びらのような形をしたアクセントがつけられたヘアピンが刺さっている。

 

「こんな奇麗なもの使わせてもらっていいんですか?」

「いいのよ。ていうか、あげるわ、それ」

「え、でも…」

「その代わり、今度一緒に新しい奴探すの手伝ってね」

「まあ、そのくらいなら別にいいっすけど」

 

何はともあれ助かった。明日も試合するようだったらアオさんとかにやってもらおう。あの人女子力高いし。

薄手のパーカーを羽織りボストンバッグを肩に掛け、扉に手をかける。

 

「じゃあ俺、そろそろ行きますね」

「ええ、楽しんできなさい」

「はい。じゃ、行ってきます」

「ふふ、いってらっしゃい」

 

扉を閉じる。これで明日まで更識先輩の顔を見る事は無い。まぁその後腐る程見るんだろうけど。

誰一人すれ違う事も無く寮の廊下を歩いて、外に出る。ここから本島行きのモノレールに乗って、電車に乗り換えて桜新町だ。

が、その前に倒さねばならない敵がいるようだ。

 

「真理」

「早ぇな。何してんの?」

 

寮の出入り口にいたのはハミルトン。あの、君等たかだか一泊二日してくる男子に対して大げさじゃない?今生の別れじゃあるまいし。

 

「真理に行ってらっしゃいって言おうと思って」

 

そう言ってハミルトンははにかんだ。おおう、そうですか。

 

「そうか。んじゃ、行ってきます」

「!うん!行ってらっしゃい!楽しんで来てね」

「ん、お前は友達作れよ」

「な、失礼な!」

「はは、じゃあな」

「ほい」

 

歩き出そうとしたら、ハミルトンが手を肩の高さまであげた。ハイタッチ、ということなのだろう。まぁそのくらい、いいか。

パンとその手を叩くと嬉しそうな表情を浮かべる。その顔を見てからモノレールの駅まで歩き出す。後ろでハミルトンが手を振っているのが何となく分かるが、流石にしつこいので放っておく。

 

駅までなんとか辿り着き、本島行きのモノレールに乗り込む。早い時間、且つIS学園のある人工島発だからか、乗客が俺以外いない。しかも自動運転だから運転手までいない。ははは、このモノレールは俺のものだ!

なんてバカな事を考えているうちに本島に着く。

ここからは電車に乗り換えて数駅で桜新町だ。一昨日連絡したときに、出迎えに獅堂さんと水奈さんと火奈さんが来てくれるらしい。獅堂さんには朝早くから迷惑を掛けて申し訳ないと思ってる。ちなみに水奈さんと火奈さんは俺の二つ年上だ。

と、そこである事を思い出す。

 

「和訳持ってくれば良かった…」

 

うわ、失敗したなぁ。ことはさんに答えあわせしてもらえたのに…。まぁ過ぎた事はしょうがない。今度来るときに持って来る約束でもしよう。

そんなこんなでやっと桜新町駅に辿り着きホームを出る。

いやぁ、懐かしいな。たった二、三ヶ月来ないだけでも結構懐かしく感じる。三ヶ月前は週の半分以上通ってたからなぁ。

駅周辺の雰囲気を感じながら辺りを見回していると、肩をちょんちょんとつつかれる。

 

「よう真理。遅かったなぁ」

「おはよう、真理君」

「毎度です、水奈さん、火奈さん。獅堂さんも、朝早くからありがとうございます」

「気にしなくていいよ。撫子さんや本部長からも迎えに行ってやれって言われてたしね」

 

振り向いた先にいたのは師範の母校の制服の上に白と赤のパーカーを着た水奈さんと火奈さん。パトカーに乗って窓から顔を出している獅堂さんだった。ちなみに、白いのが水奈さんで赤いの火奈さんだ。

 

「じゃあとりあえず乗っちゃって。ヒメちゃんの道場でいいんだよね?」

「いえ、事務所でお願いします。そこから歩いて行くそうなんで」

「そっか、わかった。じゃあ水奈ちゃんと火奈ちゃんも早く乗って」

「わかっとるわ!」

 

俺がパトカーの助手席に乗り込み、水奈さん火奈さんが後部座席に乗る。なんていうか、パトカーをこんな人一人を送り迎えする事に使っていいんだろうか。いや、小さい頃からやってもらってるから今更すぎる疑問ではあるんだが。

 

「それにしても久しぶりだね。以前は毎日のように来てたから、たった二ヶ月来ないだけでも寂しく感じたよ」

「俺もですよ。まさかあんな地獄に監禁されるとは思いもしませんでしたし」

「おっ、なんや真理。女ばっかの高校行っとんのに彼女も出来てへんのか?」

「水奈ちゃんも彼氏なんて出来た事無いでしょ?」

 

運転席と助手席の間から顔を出した水奈さんがニヤニヤしながら聞いて来る。が、火奈さんに速攻で論破されている。相も変わらず、姉妹仲は良好なようだ。

 

「火奈さんはモテそうですよね」

「皆騙されとんのや。この前も火奈に告白した奴がおったけど、また振りおったんやで」

「う〜!水奈ちゃん、やっぱり見てたんだ!」

「当たり前やろ。秋名達も知っとるで」

「言いふらさないでよ〜!」

 

獅堂さん、心中お察しします。

隣で苦笑いしながら運転する獅堂さんに同情の念を抱きながら、水奈さん達の会話から、師範たちが元気でいる事を確信する。まああの人達が元気じゃない姿なんて想像できないしな。

車内から見える景色も見慣れたものへと変化して来ている。あと数分もしない内に、『比泉生活相談事務所』に着くだろう。

 

「真理君は今日泊まって行くんだよね?」

「はい。道場に泊まらせてもらえる事になってます」

「じゃあ、夜は宴会だね。僕も仕事が終わり次第、撫子さんや本部長と一緒にヒメちゃん家に行くよ」

「俺なんかの為に態々すみません」

「はは、いいんだよ。真理君は住んでこそ無いけど、町民みたいなものなんだから」

「せやせや。それに、真理の為だけやないで。こういう時でもないと、宴会なんて開けへんからな」

 

これだから、この町の人たちは。

そうこうしている内に、目的の場所に辿り着く。

公園のような広場に建てられた、プレハブのような小屋。出入り口の脇の壁には、木の板に『比泉生活相談事務所』と書かれている。

 

「さて、僕はこの2人を学校に送り届けてから仕事に行くから。また夜にね」

「はい。ありがとうございました」

「また後でな。いい日本酒持ってったる」

「未成年ですよ?」

「ヒメちゃんと試合するんでしょう?怪我、しないようにね」

「心配してくれて、ありがとうございます。皆さんも事故とか、気をつけてください。じゃあ、また後で」

 

三人とそれぞれ一言ずつ交わし、パトカーは去って行った。ほんと、パトカーをタクシーのように使うよな、あの人達は。それも町民性みたいなものか。町長があれだしね。

さて、なんかちょっと緊張してきたな。三ヶ月も顔を合わせてないと、相手に顔を覚えられているかどうかすら不安になって来る。いやまあそんな事はあり得ないだろうけど。だって、十年近く通ってるんだよ?そんな奴の顔を三ヶ月で忘れるとか、それはもう鳥頭とかそう言うレベルではない。あの人達は軒並み頭良いからそんな心配はいらない。

よし、いける………!

ノックを三回してから、返事を待って中へと入る。

 

「毎度です」

「おう、来たな」

「久しぶり〜!真理ちゃん元気にしてた?」

 

中にいたのは黒いポロシャツにジーンズを穿いて、所長椅子に座ったままコーヒーを飲んでいる比泉秋名さんと、水色の髪に黒いカチューシャをつけて、裾の長いワンピースのようなシャツを着た七海アオさんだ。

というか、あれ?

 

「はい。お二人だけですか?ことはさんは?」

 

俺が来た時は大体いつも秋名さん、アオさん、ことはさんの三人が出迎えてくれたんだけど。

 

「あ〜、ことはちゃんはね、図書館。真理ちゃんが連絡して来たのが一昨日でしょ?その時にもう仕事が入っちゃってたみたいで…」

「えっと、それは、すみません」

「いーよいーよ。それよか、これからヒメんとこ行くんだろ?」

「はい」

「とーかちゃんも恭助さんも今日は何も無いって言ってたから道場にいると思うよ」

 

まああの三人は同じ家に住んでるしね。

それにしても、何回来てもこの事務所は変わんないなぁ。所員もこの2人にことはさんを入れた三人だけだし。増員しないのかな?

いや、俺が心配することじゃないか。所員の三人は師範達の中でも最も頭が切れる三人だ。事務所の今後もしっかり考えてるんだろう。

 

「お?どした?」

「…いえ。お二人も道場に行かれるんですよね?」

「うん!ことはちゃんにも道場集合って言っておいたからね!」

「真理ももう行くべ?」

「はい。師範が待ってると思うんで」

「ヒメちゃん、気合い入ってたよねぇ〜」

「そうだな。いるかや恭助もいるけど、槍同士で対等に戦えるのは真理くらいだもんな」

「そんな…。師範達にはまだ全然敵いませんよ」

 

謙遜なんかじゃあ無い。事実、俺は一度も師範やいるかさん、恭助さんに勝ったことが無い。師範とまともに戦えているのも、俺が持つたった一つの才能のおかげだし、最初はそれを使うなって言われて鍛錬してたのに今では使わなきゃ戦えやしないし。

 

「「いやいやいや。ヒメ(ちゃん)とまともに戦えてる時点で真理(ちゃん)も十分規格外だからな(ね)?」」

 

えー…。

ま、まあそれは置いといて。

 

「さて、そろそろ行くか」

「仕事はいいんですか?」

「ん、昼頃戻って来るからな。その時に終わらせるから大丈夫だろ。ことはは夜まで仕事だから来ないけど」

「んじゃあ、行こっか。道中、真理ちゃんの学園生活も聞かなきゃだしね〜?」

「それは、お手柔らかにお願いします…」

 

事務所の鍵を掛け、秋名さん、俺、アオさんの順で横並びになって歩く。うん、この感じも久しぶりだな。

その後、道場に到着するまでの間、アオさんと秋名さんによる質問攻撃が続いた。

 

 




結構駆け足で物語を進めたので箇条書きみたいになってしまいました…。
桜新町の話はもう一話か二話で終わりますが、その間の男子2人の話と楯無、ティナ組の話もやりますので、金の貴公子と銀のウサギが出てくるのはまだ先になります。
桜新町の人は原作通りなので妖怪と神がいます。主人公もそのことは知っています。


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試合の後はお昼ご飯を食べましょう。

えー、今回の話の前半戦は視点がちょくちょく変わります。ご了承ください。
更に主人公の性格がIS学園にいるときと変わっております。且つ主人公の性能、桜新町の方々の性能が若干チート化します。ついでに、桜新町偏は後一話続きます。すみません。
ついでについでに、四捨五入して一万文字あります。ごめんなさい。

とまぁ、今回は作者の実力不足、文才の無さが招いた読み辛いものとなっております。どうにか読んで頂ければ幸いです。

あと章管理始めました。



真理side

 

比泉生活相談事務所を出てから十分。アオさんからの質問をのらりくらりと躱し、秋名さんの質問に俺自身の苦労話を交えながら答えつつ槍桜道場の前まで来ていた。ちなみにアオさんからの質問のほとんどがやれ可愛い娘はいるのか、やれ仲が良い娘は出来たのか、やれ好きな娘はいるのか、という物だったので出来るだけおちょくられないような回答をしていた。

それはさておき、道場には外からでも入れるが今日は師範の家の玄関から入ってから行くことにする。恭助さんと桃華さんに挨拶するためだ。なんでも2人は玄関先で出迎えてくれるらしいが、師範だけは道場にいるらしい。どこの魔王城だ。

さて、十年に渡り通い続けてる師範の家は大きな武家屋敷のようだ。当然、扉は引き戸。ノックが出来ない、いや、しようと思えば出来るけど壊れたら怖いし、大きめの声で来たことを知らせなければならない。

 

「毎度でーす!」

 

引き戸を軽く開け、その隙間から声をかける。

 

「真理も律儀だなぁ。普通に入りゃいいのに」

「親しき仲にも礼儀ありですよ、秋名さん!真理ちゃんは偉いねー」

「子供扱いしないでくださいよ」

 

背伸びしてまで頭を撫でようとしてくるアオさんをどうにか遇いつつ、家主、ではないけどこの家に住む人が出て来るのを待つ。

数秒もしない内に二つの足音が聞こえて来た。そして、薄く開かれた扉が全開する。

 

「真理くん、いらっしゃーい!」

「よく来たな」

「毎度です、桃華さん、恭助さん」

「毎度ー!とーかちゃん、恭助さん」

 

俺の後からアオさんも続く。

この2人の兄妹は幼い頃から師範の家に住んでいる。以前聞いたことがあるが、岡山出身で町長として修行中だった師範の言葉によって桜新町で暮らすようになったらしい。現在恭助さんは町長の秘書をやってるし、桃華さんも大学時代に弓道で全国優勝したらしい。凄い兄妹だな。

 

「ありゃ?桃華ちゃん、紫はいないの?」

「はい。あ、でも、夜には元老院から直接、椎名さんと来るそうです」

「そっか」

 

桃華さんと秋名さんが話している脇で、俺と恭助さん、アオさんも別の話をしていた。

 

「真理、鍛錬は欠かしていないな?」

「勿論です。師範の教えを一日たりとも忘れたことはありません」

「あ!それ昔ヒメちゃんも言ってたよね」

「そうなんですか?」

「うん!」

 

話が脱線した。

 

「ごほん。道場でお嬢様が待っている。いけるか?」

 

一人で道場まで行けるか、ではない。師範と試合をする準備は出来ているか、という意味だ。

勿論、答えは決まっている。

 

「いけます」

「ふっ。おい、お前等。いくぞ」

「ほーい」

 

全員が靴を脱いで上がっていく。俺はついでに靴下も脱ぐ。裸足のが動き易いしね。あ、臭くないよ。

それはともかく、武家屋敷の縁側を歩き、家と道場を隔てる扉の前に着く。この先には師範がいる。

扉に手をかけた所で、悪寒が走る。

 

「皆さん、五歩以上、俺から離れてください」

 

それだけ言うと察してくれたのか言う通りにしてくれる。恭助さんだけは口元に笑みを浮かべていたが。多分師範が何をやっているか知っているからだろう。

深呼吸して、集中する。

そして、俺は扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず視界に入ったのは、俺に向かって来る一本の槍だった。

一歩前に出て、掬い上げるように槍をキャッチしてその場から離脱する。

次に目に入ったのは、黒をオレンジで挟む形で編まれたマフラーだ。

俺がさっきまでいた場所を強襲した師範が、いつも巻いているものだ。

 

槍桜ヒメ。

俺の師範にして、桜新町の町長。槍桜流槍術の使い手にして、龍の化身。この人とまともに渡り合えるのは、人間に絞ればいるかさんくらいだろう。

幼い頃から俺を鍛えてくれた俺の恩人。親父とはどういう関係だったのか知らないが、それでも親しい仲だったのだろう。門下生を作らない方針だったこの道場で、俺という異分子を、まるで我が子のように育ててくれた。まあ、鍛錬の時は超厳しかったけどな。

この人がいてくれたおかげで、俺はあのクソみたいな家で折れずにいられたんだと思う。

 

師範の一撃を避け、槍を握り直し、構える。

勝つ。今日こそ。

師範の一挙手一投足を見逃さないように、『眼』を凝らす。

行くぞ。

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

秋名、アオ、恭助、桃華の4人は道場の入り口から道場内を覗いていた。

 

「にしても、よくヒメが突っ込んで来るって分かったな、あいつ」

「勘がいいからな。お嬢様も『避けられないようじゃあまだまだね』と言っていた」

「お兄ちゃんは知ってたんだよね?」

「ああ」

 

そう。恭助はヒメから事前に、真理が扉を開けたら突撃するという旨を伝えられていた。それを真理に言うなとも。

久しぶりに訪れた弟子くらい普通に持て成してやればいいのにと思わなくもないが、真理の師はヒメだ。自分が口を出すことも無い、と言われた通りにしていたのだ。案の定、真理はそれを察し、ヒメの一撃を躱してみせた。厳密に言えば、槍の投擲とヒメの突進による二撃だが。

 

「毎度のことながら、速いですよねぇ、真理ちゃんとヒメちゃん」

 

アオが思ったことをそのまま口にする。

視線の先では真理がヒメの突きの連撃を摺り足のステップで躱している。そして、ヒメの攻撃の間を縫うように槍を薙ぎ払う。宙返りで薙ぎ払いを躱すヒメだが、真理がその隙を見逃す筈も無く、槍を突き出すが去なされてしまう。

着地と同時に、上半身が床スレスレの体勢で突進し、足下に薙ぎ払いを掛けるヒメ。真理は跳んで避けるが、次の瞬間には吹き飛ばされていた。ヒメが薙ぎ払いの勢いのまま独楽のように体を回転させ、遠心力を乗せた二撃目を放っていたのだ。

幸いにも槍の柄で防ぐことが出来たが、防いだ部分は折れているだろう。

 

「あ、勝負あったかな」

「いーや、よく見てみな桃華ちゃん。真理が飛ばされた方の壁」

「え?…あ」

 

 

 

 

 

 

 

真理side

 

 

痛ってぇ…。

跳んで避けたは良いけど、あの速さのぶん回し食らったら流石に吹っ飛ぶわ。しかも槍も折れてるし。

でも、まぁ。ラッキーと言わざるを得ないな。

壁に着地し折れた槍を師範に投げつける。この程度じゃ足掻きにすらなっていないけどな。

そして俺は、壁にかかっている竹刀を手に取った。

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

飛び出した真理は一足でヒメの懐へと入り込み、抜刀術の要領で振り抜いた。

真理がヒメから習ったのは槍術と合気道。合気道に関しては桃華も一緒になって教えていたが。

そんな真理が、まるで今までも使っていたかのように竹刀を振るえるのは何故か。それは偏に真理の才能と、それを開花させた真理の家族が原因だ。

真理の才能。それは『眼が良いこと』。

視力には十種類があり、それぞれ、静止視力、動体視力、眼球運動、調節と輻輳機能、瞬間視力、深視力・立体視、視覚反応時間、目と体の連動力、中心周辺視野、視覚化能力である。

例えば瞬間視力とは見たものを瞬間的に記憶する力であり、動体視力と合わせて使えば、動いているものを瞬間的に記憶することが出来る。

視力とはこの十種類を総じて言うのだが、真理は全ての力が高い。

するとどうなるか。相手の動き、空間、自身の行動範囲、視野の広さ等の把握。そして、『相手の動きのコピー』。

つまり、真理は他人の動きを真似することができる。

無論、アニメやマンガのように、無限に覚えて真似することが出来る訳ではない。真理が出来るのはたった一人。ヒメが高校生の時から幾度となく手合わせし、真理がヒメの元で修行を始めてからずっと見て来た人のモノだからこそ、今では見なくとも真似が出来るようになったのだ。

その人物とは。

 

「…あ、真理君来てたんですね」

 

九条院入鹿。古道居合術九条院流第13代家元。ヒメの良き手合わせ相手であり、真理にとっての目指すべき目標。

人間にして妖怪と渡り合えるほどの強さを持った人間はそう多くない。だからこそ教えを受けるのはヒメ、目標は入鹿となったのだ。

 

「おう、いるか。鈴とざくろは?」

「出前を終えてから来るそうです」

 

それだけ言って2人の試合に眼を向ける。

鋭い剣閃をいくつも放つが、所詮は物真似。偽物でしかない。本来の得物である槍も道場の壁に掛けられてはいるが、ヒメの後ろ側だ。手にする為には一度ヒメと居場所を入れ替え、その上で間合を取らなければならない。真理もヒメもそのことを分かっているのか、真理は鍔迫り合いに持って行こうとするもヒメがそれを阻止している。

 

「ちょっと…きびしそうですね」

「またヒメちゃんの勝ち?」

 

アオが少しだけ残念そうに首を傾げる。今までの試合でもこんな場面が何度もあった。それを真理があの手この手を尽くして攻略しようとするが、圧倒的な実力差故に攻略できたことは一度も無かった。

だが。

 

「………いえ、今回はひと味違うみたいです」

 

以前までは槍を取りに行くことに終始していたが、今回は違うようだ。

竹刀を持ったまま一気に後退した真理。ヒメも以前までと違うことで訝しんでいるようで攻撃を仕掛けない。真理は熊にでも遇ったかのように、じりじりとゆっくり後退し壁に掛けてある竹刀をもう一本手に取った。

そして、ヒメの真横の壁に向かって走り出す。ヒメも迎撃しようと真理に突っ込み、鋭い突きを放つ。

 

「ああ、その手がありましたか」

 

真理は跳躍し壁に足を着き、左手の竹刀をヒメに投げつけた。首を傾けて竹刀を躱すが、真理はその瞬間を狙い、先程までヒメがいた場所。つまり槍が掛けてある壁に向かって駆ける。

ヒメに背を向ける形になるが槍を取る為には仕方が無いと割り切る。が、それをヒメが許す筈も無く、すぐに追撃に出た。

 

「私と稽古するときもそうですが、ヒメさんの初撃は大抵突きで始まります。私は槍術には精通していないので分かりませんが、ああやって追いかけたり、正面から突っ込んでくるときはほぼ突きです。正面からまっすぐ突かれると距離感が掴みにくくなるからだとは思うんですけど…」

「でもそれがどうしたの?むしろあの状態じゃあ真理君負けちゃいそうなんだけど」

「まぁ、見てればわかりますよ」

 

 

 

 

真理side

 

 

後ろから師範が迫っているのが分かる。足音を聞くに、あと三秒で師範の突きが届いてしまう範囲だ。

以前までなら焦って振り向いてしまってただろう。振り返って、出来もしない迎撃をしようとして、逆に倒される。だが今回は違う。

……よし。

 

 

 

今!

目の前に迫った壁に向かって跳躍し、槍を取らずに壁を蹴って、宙返り。

一気に回転し、師範が突いて来た槍を左足で踏みつぶす。

バキィッという槍が折れる音を聞く余裕も無く、右足を後ろに踏み出し、体ごと竹刀を持った右手を横一線に振る。

ピタッと止めた数ミリ先には、師範の頬が。

 

side out

 

 

 

 

 

「…勝負、ありましたね」

 

道場内ではヒメと真理、2人の師弟が動きを止めている。

 

「ヒメさんと真理君の間には実力差があります。それ故に、今まで真理君はヒメさんと正面から倒すには竹刀を囮に槍でトドメ、といった形で戦っていました」

「…言われてみればそうだったかも」

「ですが、今回は槍を囮に剣で勝負を決めました。ヒメさんの癖、今までの試合の流れ、そして自身に出来る最高のパフォーマンス。それら全てを理解しシュミレーションしてこなければあの動きは出来ないでしょう」

 

入鹿の説明に一同息をのむ。そして思う。やっぱり真理はヒメに似ている、と。

性格は全く逆で、似るどころか喧嘩しまくりそうなのに、今まであの2人が喧嘩したことと言えばご飯のことだけだ。

2人の師弟は表面上の性格は異なるが、本質的なところでは同じ信念を持っているのかもしれない。

すなわち、『誰かの為に強くありたい』

ヒメは言わずもがな、町民と亡き祖母の為だろう。幼い頃にこの世に暮らす者として、町長として育ててくれた祖母への感謝と、町長としての自らを支えてくれる町民の為に、ヒメは強くあろうとする。

真理は父のため。そして、本人は隠しているつもりなのだろうが、桜新町に住む全ての人の為。女尊男卑を傘にかけ、事有る毎に暴力を振るう母親と妹、その暴力から幼い頃の性格故逃げることが出来なかった真理を助けてくれた父親、その父が避難場所として選び、事情も聞かずに受け入れてくれた桜新町に対する感謝。そして女尊男卑の社会を受け入れても、屈しないように強くあろうとする。

ヒメの強さは妖怪なんかの問題があるからこの町限定になってしまうが、真理の強さは人間としての強さだ。

秋名達は、その強さを自分たち以外の人たちにも使って欲しいと、願わずにはいられなかった。

 

「…凄いですね、真理ちゃん」

「ああ。俺たちがあいつと同じ年の頃は、あんなに強くなかったもんな」

 

感慨深そうに呟くアオと秋名を横目に、入鹿は道場内に入って行った。

未だに突きつけている竹刀に手を添えると、ヒメと真理、2人にしっかりと聞こえるように宣言した。

 

「この勝負、真理君の勝ちです」

 

ゆっくりと竹刀を降ろした真理は、開いた左手で小さくガッツポーズをとった。

 

「ふぅ。強くなったわね、真理」

「ありがとうございます、師範」

 

真理の後ろで立ち上がったヒメの言葉に、真理は感謝を述べる。ちなみにこれが真理とヒメが三ヶ月ぶりの再開を果たしてから初めての会話である。

 

「でも、まだまだです。今のは運に頼っていた所がありましたし、実力で師範を上回ったとは言えないですから」

 

自分が強くなる為にはどこまでもストイックな真理に、ヒメは軽いチョップを入れる。

 

「運も実力のうちよ。負けは負け、勝ちは勝ち。今はアタシに勝ったことを喜びなさい」

「………はい!」

「いや〜、初めてじゃない?真理君が勝つの!」

「そうですね。え〜と、何戦でしたっけ?」

「832戦1勝831敗だ。四年間負け続けだったからな」

「壮絶だね…」

 

真理が11歳になってからはひたすらヒメと試合をし続け、そのペースは一週間に四回。並の人だったのなら心が折れていただろう。その点から見れば、真理は一般人ではない。それこそ妖怪と言っても過言ではないだろう。

真理を囲んで今にも胴上げを始めそうな雰囲気の道場に、新たな人物が来たのは、試合が終わって五分後のことだった。

 

「おっ、試合終わっちゃった〜?」

「あ、八重さん!」

 

黒い修道服を着た、真理どころかヒメ達が幼い頃から容姿の変化が見られない、桜新町の土地神、士夏彦八重。

 

「毎度です」

「まいど〜。久しぶりだねぇ真理君。試合、どうだった?」

「真理ちゃん初めて勝ったんですよ!」

「へぇ〜!見たかったなぁ。2人の試合は未来予測してないからねぇ」

 

神である八重は、ヒメや真理、全ての人間の今までを知っている。そのことから、未来をも予測できるのだ。真理とヒメの勝負を娯楽としていた八重は、未来予測をせず、毎回のように観戦に来ていた。しかし今日は兄である士夏彦雄飛にセクハラをされていたり、りらの手品によって服を剥かれていたりと、様々な邪魔が入り遅れてしまったのだ。

 

「ま、試合も一段落したし、昼飯でも食うか」

「そうですね〜。出前取ります?」

「鈴もざくろもこっちに向かってるから無理なんじゃないか?」

「そういやそうか。……ん?」

「どうした?」

「いや、とりあえず先に居間に行っといて」

 

秋名の言葉には裏があった。その真意に気づけたのは小さい頃からの親友である恭助だけだった。

 

「わかった。よろしく頼む」

「おう、まかせとけ」

 

秋名は両手をひらひらと振ってアオに桃華、いるか、八重に真理、最後に恭助が出て行くのを見送った後、道場に残ったヒメに声をかける。

 

「お疲れさま。どうだったよ、真理は」

「強くなってたわ。アタシが鍛えたんだから、当然でしょ」

「そっか」

「次は負けないけどね!今日使った手は使えないし」

「まぁ、そうだろうな。あれ、渡すのか?」

「うん。決めてたから」

 

秋名は道場の壁に背を預けて、ヒメと話す。ヒメも折れた槍を拾いながら話す。その声は若干振るえている。

 

「それにしても、真理も変わったな」

「そうね。来たばっかりの頃はもっと暗かったし」

「とりあえず行くか。気持ちも落ち着いたろ」

「うん、ありがと、秋名」

「おう。ちなみに今日の飯は米だからな」

「どぇー!?麺は!?」

 

 

 

 

 

 

真理side

 

 

道場から移動して、屋敷の居間にて昼飯会議が始まった。ちなみに俺はお米が大好きだ。それはもうアオさんと同じくらい。そして、俺と師範の与り知らぬところで、一つの賭けが成立していたらしい。すなわち、俺が勝てばその日のご飯は米、師範が勝てば麺。つまり。

 

「いえーい!やったね真理ちゃん!」

「ちょっと見てくださいよアオさん!この米めっちゃ良いやつじゃないですか!?」

「うわホントだ!」

 

過去稀に見るくらいにテンションが上がっていた。

いやだってこの米超高いやつだよ?なんでこんなのが師範の家に置いてあんの?うらやましい。

IS学園のご飯も美味いけど、アオさんの炊くご飯が一番おいしいんだよなぁ。家で飯食えない時とか、いやほぼ毎日朝と晩飯無かったけど、稽古がある日の帰りとかはアオさんがおにぎり作ってくれたり、ざくろさんが漬け物くれたり、鈴さんがラーメン出してくれたり、秋名さんが牛丼作ってくれたりしたけど、やっぱりアオさんのおにぎりが一番美味かった気がする。それ以外も普通に美味かったんだけど、やっぱりおにぎりが一番美味かったわ。

 

「うぅ〜………麺〜…」

 

あ、師範が来た。しかも秋名さんにしがみついて。

師範は麺食いだ。それはもう俺やアオさんと喧嘩するくらい。過去師範と喧嘩したことが二度あったが、そのどちらも原因は米と麺のどちらが良いかだった。最終的には秋名さんが牛丼の米が麺になったやつ、鈴さんが宝々

蘭特製ラーメンの麺が米になったやつを作ってくれて決着が着いた。

 

「おーい。昼飯何食うか決まったかー?」

「いや、真理とアオのテンションが上がり過ぎて何も決まってない。多分このままだとおにぎりになる」

「麺〜…」

「それは諦めてください、お嬢様」

「にしたって、昼飯おにぎりはねぇわな…。おい真理とアオ!昼飯どーすんだ?」

 

え、おにぎり駄目なの?

今までのテンションが嘘のように下がり、ふと隣を見るとアオさんもズーンと沈んだ空気を醸し出していた。

 

「あはは…。夜は宴会になるんだし、昼は軽くでいいんじゃない?」

「ですよねぇ。じゃ、俺が適当に作りますか。ヒメ、じゃないな。桃華ちゃん、冷蔵庫の中身勝手に使っちゃっていいかな?」

「はい!ていうか私も手伝います!」

「おう、じゃあ頼むわ」

 

秋名さんの手料理が食えるということもあって、俺とアオさん、師範ですらテンションが上がる。それほどまでに秋名さんの手料理は美味い。学園の食堂で働いてくれたら確実に毎日行くまである。

そうして秋名さんと桃華さんが台所で料理をしている間、俺は全員から質問攻めにされていた。あれ、アオさんはここに来るまで質問して来てましたよね。まだあったんですか。

 

「さっきの試合、あれ運の要素が強いって言ってたけど、どこら辺が運だったの?」

「そうですね、師範が追いかけて来るタイミングとかですね。あれがもうちょい遅かったら多分負けてました。あのタイミングで師範の突きを躱せたから槍を壊せたんですし、師範と立ち位置が逆だったらそもそも槍を折られた時点で負けてましたし」

「…てことはアタシが突きを撃つって分かってたの?」

「ええ。師範の癖くらい分かりますよ。あれが薙ぎ払いとかだったらタイミング掴めずに槍を壊すとか不可能でしたよ」

「うっそぉ…」

「ちなみに私も知っておりましたよ」

「いるかも!?なんで組み手の時に言ってくれないのよぉ〜」

「聞かれませんでしたから」

「うぇ〜…アタシの麺がぁ〜…」

「じゃあほぼ真理君の作戦通りだったわけだ。ちなみにいつから考えてたの?」

「一年前くらいからですかね…」

「「「一年前!?」」」

「そのくらいしないと師範に勝てる訳ないじゃないですか…」

「いや、意味がわからないみたいな顔されても」

 

だって意味分かんないもん。だから次からはまた違う作戦考えないといけないし、つーか次の試合はいつになるか分かんないし、多分夏休みくらいになるかもしれんしな。それどころか、試合できるかも分かんないし。あんな物騒な学園に通っている以上、いつ死ぬかもわからん。そういう意味も含めて、今日、師範に勝てて良かった。

 

「…どしたの?」

「どーせまた何か変なことでも考えてたんでしょ。アンタそーいうとこ、ことはに似てるもんね」

「あー確かに。真理ちゃんはヒメちゃんとことはちゃんといるかちゃんを足して三で割った感じするし」

「なんすかそれ」

「そういえば、そのヘアピンどーしたの?えらく可愛らしいじゃない」

 

八重さんが額を指差して聞いて来る。

 

「ルームメイトの先輩に貰ったんです。試合するときは髪が邪魔になりますから」

「あー、確かにね。でも邪魔なら切っちゃえばいいのに」

「なんかことはさんが切るなって…」

 

確か、受験前の正月だったかな。散髪が面倒くさくて肩まで伸びてたんだ。で、師範が邪魔っていうから切った後、ことはさんに会いに図書館行ったらめちゃくちゃ怒られたんだよなぁ。なんでだろ。

 

「女の子みたいだからじゃない?」

「女子みたいですから」

「ことはちゃんは百合っこだからねぇ」

「恭助さん、この人たち何言ってるんですか?」

「いや、悪いがあの時のお前は女子にしか見えなかったぞ」

 

そんなバカな。フツメンの俺が女子に見える顔をしている訳がない。

 

「普通って中々凄いことよ?大多数の人間から同じ感想を持たれるってことはあまり無いわ。それが容姿なら尚更ね。ついでに言うと、普通ってことは顔のパーツの大きさやバランスが整ってるってことよ。だから真理君の顔はイケメンって言っても差し支えないわ」

「じゃあなんでモテないんすかね?」

「モテたいの?」

「いやまったく」

 

織斑とかを見てるとモテたいという感情が完全に失せる。元からモテたいなんて思ったことは無いけど。生きること、強くなることに精一杯だったからなぁ。

 

「まぁ敢えて言わせてもらうなら、眼ね」

「うん、眼よ」

「眼だね」

「眼ですね」

「眼?」

「真理君、私たち以外の人には睨んでるように見えてるわよ、きっと」

 

ああ、そうかも知れない。俺が心を許してるのはここの町民と親父くらいだ。

それ以外の人間は、信頼できない。

お互いにメリットが発生する契約関係ならば信用はできる。例えば更識先輩は俺を守ることで国から見返りを受けている。俺は守られ、更識という組織のメンツを保たれる。互いにメリットが発生している訳だ。しかしこれにはデメリットも存在する。即ち、俺のプライベートが極限まで減り、更識先輩も最悪命を掛けることになる。

そういった関係ならば信用は出来る。

そしてその信頼が、俺の場合は眼に現れると言う訳だ。どんまい、俺。

 

「なら、しょうがないですね」

「改善する気ゼロだ!」

 

しょうがないじゃん。

 

「おーい、皿持ってってくれー」

「はーい」

 

台所から聞こえる秋名さんの声に反応して八重さん以外の全員が立ち上がる。まぁ神様だからね。別にいいけど。

 

「真理君」

「はい?」

 

寝転んでいる八重さんが一番後ろから台所に向かう俺を引き止める。なんだ?にやにやしている時の八重さんは大抵変なことを言って来るからな。

 

「月並な言葉だけれど、いつか貴方は絶望し、大きな選択を迫られる。それはもう、世界の命運を掛けたような、ね」

「はぁ。世界、ですか」

「うん。その時、貴方がどうするかは誰にも分からない。だから、後悔しない選択をできるようになさい」

 

世界、か。

そんな選択が俺の元に訪れるなんて思えないけど、八重さんが、神様が言うのなら、それは来るのだろう。

 

「後悔するかは分かりません。後から悔いるから後悔なんですから。でも、師範達もその選択を乗り越えたんでしょう?なら、弟子の俺が乗り越えられなきゃ、師範達にも、親父にも、顔向けできません」

「……ふふ。良い答えね。さぁ、私にご飯を持ってきんさい!」

 

さっきまでは神様っぽかったのに、急に態度が変わった。

まぁそっちのが話し易いしな。

 

「分かりましたよ。ただ何を持って来ても後悔しないでくださいね」

「えぇ〜!ちゃんとおいしいもの持って来てよー!」

「はいはい」

 

どんな絶望が来ようとも、どれだけ残酷な選択を迫られようとも、俺が師範の、一度世界を救った人たちの弟子である以上、乗り越えてみせる。

その為には強くなる。

まずは、腹ごしらえからだな。

 

 




ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
一応次回からの流れを伝えておきたいと思います。
次回で主人公と桜新町の絡みを終え、出来ればティナ楯無組の触りまで持って行こうと思います。それが出来なければ、次々回でティナ楯無組、長ければその次で一夏巧組をやって、桜新町と週末編は終わりです。
その次からは金髪銀髪コンビが登場します。そのときにタグも増やす予定です。

クソ長い本編に続いて読んで頂きありがとうございました。次回からもよろしくお願いします。


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決意のマフラーは弱点を隠してくれます。

秋名さんと桃華さんの合作牛丼を食べ終え、食後の休憩を挟んでから、それぞれが別々の行動を開始していた。

師範と恭助さんは町務、秋名さんとアオさんは事務所に戻って俺が来たことで溜ってしまった仕事を終わらせに行っている。ごめんなさい。で、九条院流を継いでいる入鹿さんは警察の剣術指南に行って、八重さんはアオさんのブースターの修理、桃華さんも紫さんに弁当を届けに出かけて行った。

とまあ、こんな感じでボッチになってしまった俺は、図書館へと向かっていた。

桜新町にある図書館の蔵書は去年までで全て読破し、読んでない本は今年入荷されたものだけだ。その本を読みに行くついでに、暇だけど仕事で図書館から出れない不憫なことはさんに会いに行くのだ。

 

「あっ!真理君じゃーん。やほー」

 

後ろから肩を叩かれ振り返ってみると、エプロン姿で頭におかもちを器用に乗せている東鈴さんと、チャイナ服を着て、同じく頭におかもちを乗せている狂巻ざくろさんが立っていた。鈴さんはともかく、割と身長の高いざくろさんが頭におかもちを乗せていると威圧感が凄い。本人のぽわんとした雰囲気をも打ち消す威圧感だ。

 

「お久しぶりですー」

「お久しぶりです。鈴さんとざくろさんは出前の帰りですか?」

「うん!終わったら真理君のとこ行こうと思ってたんだけど、さっき秋名さんからメールが来たから」

「あー、でしたね」

「真理君はどちらにいかれるんですかぁ?」

「暇なんでことはさんに会いに。時間があればじゅりさんとこにも行くつもりですけど」

「そっかー。おやっさんとおかみさんも会いたがってたから帰りに寄ってみてよ」

「わかりました。じゃあまた夜に」

「またねー」

「しつれいしますー」

 

2人と別れて歩き出す。あの2人は対称的な性格してるのにいつも一緒にいる。過去に何かあったらしいが、俺は聞いてない。この町の人、妖怪は皆何かを抱えてる。だけど俺は何も知らない。

俺は、この町の住人じゃない。だから、この町の人たちの心にある傷を知らない。だけど、たった一人だけ、知っている人がいる。それがことはさんだ。

親父や師範が恩人だとすれば、ことはさんは生きる道を教えてくれた人だ。俺が母親から逃げる為に頑張ってたのは、あの人の話を聞いたからだ。

その昔、って程昔では無いけれど、俺がまだ生まれていなかった頃、ことはさんはその身に余る力で他人を傷つけたことがあったらしい。しかし、紆余曲折を経て力を制御することが出来るようになり、その過程で自分がどんな生き方をすべきなのか、その力を何の為に使うのかを考え、答えに辿り着いたらしい。

その話を聞いた俺は、自分に出来ることを考え、とりあえずあの母親から恩人の父親と共に逃げ出すことにしたのだ。無駄に終わったけど。

俺は未だ答えに辿り着いていない。

師範と戦える力を身につけ、使ったのは一回きりだけど世界最強の兵器であるISを使用でき、護衛には日本お抱えの暗部組織。

こんなにも有り余る力を持っている俺に、一体何が出来るのだろうか。この力で他人を傷つけないようにすることで今は精一杯なのに。

八重さんの言葉に自信満々に返答したばかりだというのに。

多分、八重さんの言う選択をする時が、答えを見つけるタイムリミット。

俺は、どうやって生きるんだろう。

 

「あ、着いてた…」

 

気がつけば、図書館に着いていた。

頭を振って思考を外へと追い出す。選択の時がいつ来るかは分からない。だけど、その時はまだ先だ。そしてその時にならなければ決められないことだってある。ことはさんも、アオさんやギンさんがいたから見つかったって言ってたし。

俺にはそんな人はいないけれど、今、出来ることをしていよう。『その時』が来たときに決断を下せるように。

さて、辛気くさい思考は捨てて、ことはさんを探すか。多分児童書の方に……いた。

 

「毎度です、ことはさん」

 

対称年齢8歳くらいの童話を読んでいることはさんに声を掛ける。この人、図書館にいる時の三割くらいはここにいるな。仕事しなさいよ。いや、してから来てるのか。

 

「ん…?あ!真理〜!久しぶりー!」

「うおっ」

 

児童書を閉じて立ち上がったと思うと、飛びついて来た。

 

「やっぱアンタは髪伸ばしてる方がいいわ〜!超女の子みたいじゃん。かわいいの〜」

「やめてくれません?こんな極々普通の一般男子高校生にいう言葉じゃないっすよ」

「だってぇ〜。お?可愛いヘアピンしてんじゃん。どしたの?」

「先輩から貰いました。まあ明日には外してますよ」

「え〜、もったいなーい。あ、明日は私がやったげるよ」

 

更識先輩の絡み方が誰かに似てると思ってたんだよなぁ。絶対この人だわ。むしろことはさんの方がくっついて来る。百合なら百合らしく女の子、というかアオさんに飛びついてれば良いのに。仲が良いんだし。

 

「明日は帰るだけですし、別に大丈夫です。試合もしないし」

「遠慮すんなって!それよりヒメとの試合どうだった?また負けちった?」

「いや、勝ちました」

「……なんて?」

「勝ちました。師範に」

 

そんなに受け入れがたいかな、俺が勝ったという事実が。ことはさんの人をバカにしたような笑顔がみるみる歪み、驚きの表情に変わっていく。

そんなに驚かれると流石に傷つくわぁ。

 

「……マジで?」

「マジです」

 

真顔で返すとことはさんの顔が笑顔になっていく。それはもう、二週間ぶりにアオさんに会った時くらいの、満面の笑みだった。

しかし、その笑顔はみるみると青ざめていく。え、マジでそんなに駄目なの?泣きそうなんだけど。

 

「えっと、なんかごめんなさい」

「え?あ、ああ!違うのよ!初勝利おめでとう!ショートカット、トロフィー!はいこれ!」

「ああ、ありがとうございます」

 

半妖であることはさんは言霊という、簡単に言ってしまえば言葉を実現する能力を持っている。本来は見た目や構造などの説明の後、その物質の名称を言うことで物質化を行うのだが、複雑なもの、本人が必要としたものはインストールし、ショートカットという言葉の後にインストールしたもののキーワードを言うと物質化を行える。

まあトロフィーが必要だったのかは置いといて、有り難く受け取る。てか勝ってよかったんだね、良かった。

 

「あたしちょっと仕事全部終わらせて来るわ。多分夜は早く行けるから、とりあえずこれだけ持ってどっか行ってきな。宝々蘭とか行った?」

「さっき鈴さんに会ったんで後で行こうと思ってました。じゃあ、また夜に」

「うん、悪いね」

「いえ」

 

恐らく新しい入荷本であろうそれらを受け取ってことはさんと別れる。たぶん用事でもあるんだろうな。それより司書の仕事って速く終わらせられるもんなのか?まあいいや。

図書館を出て宝々蘭に向かう。町内だし五分足らずで着くだろう。

町の景色を見ながら歩いて行く。週末だからか、町の至る所に子供の姿が見受けられる。

 

「おっ。真理じゃねぇか」

 

何なの。この町の人たちは後ろから声を掛けるのが好きなの?

 

「お久しぶりです、雄飛さん。マリアベルさんも」

「お久しぶりです、真理君」

「久しぶりだなぁ、ダブルマリを見るのも」

「「やめてください」」

 

被ってしまった。

小さい学生服に学生帽を被った小学生みたいな容姿のこの人が、この区の土地神で区長を勤めている士夏彦雄飛さん。八重さんの兄だ。で、隣の金髪美人で常にコスプレ(今日はセーラー服を着ている)しているのがV・マリアベル・Fさん。その正体は百年以上を生きる、いや、死んで生き返った人造人間で不死人だ。年は22らしい。

マリアベルさんは皆からマリっちとか呼ばれている。ので、たまに俺と2人でいるとダブルマリやらマリコンビやらまりまりとか呼ばれる。なんかすみません、マリアベルさん。

 

「どこ行こうとしてんだぁ?ことはのトコには行ったみたいだし」

「宝々蘭です。ことはさんはこれから忙しくなるみたいでしたから」

「あ〜、確かになぁ。お前ヒメに勝っちまったしな。そりゃ忙しくなるかぁ」

「?なんで俺が勝ったら忙しくなるんですか?」

 

意味がわからん。あれかな?俺が勝ったら仕事を請け負う的な賭けでもしてたのかな?アオさんみたいに。でもあれだな。アオさんの賭けは俺にとっても有益だったけど、ことはさんの賭けは俺の心にダメージを与えるものだったわ。ちょっとへこむわー。

 

「言い過ぎです、区長。真理君が勘違いしてるでしょう」

 

マリアベルさんが区長の頭をポコッと叩いた。やっぱこの人は俺の癒しだわ。実年齢百超えてるけど。

 

「いてっ。まぁ明日には分かるさ。それより、宝々蘭に行くんだろ?だったらこれやるよ」

「割引券、ですか?」

「さっき貰ってな。初勝利祝いだ、持ってけ」

「…ありがとうございます。じゃあ、夜に…って来るんでしたっけ?」

「ああ。酒が出るからな。秋名のつまみも美味ぇし、良い女もいっぱい来るからなぁ」

 

この人相手だと敬語使う気失せるんだよなぁ。勝利祝いがラーメン屋の割引券なのも、晩飯に来る理由もおっさん臭いし。実際おっさんだし。しかもエロおやじ。

 

「そんじゃまぁ、そろそろ行くわ。区長ってのも忙しいもんでな」

「お疲れさまです。マリアベルさんも頑張ってください」

「ありがとう。行きますよ、区長」

「うーい」

 

タバコの煙をたなびかせて歩いて行く雄飛さん達。あの見た目でタバコ吸ってたら、他の町だったら絶対補導対称だよな。

そんなくだらない、およそ神様に対する感想とは思えないことを考えながら歩いて行き、『宝々蘭』と書かれた暖簾をくぐる。

 

「どもっす」

「おお、よく来たな真理!」

「お久しぶりです、おやっさん。特製チャーハン一つで」

「毎度!」

 

50を超えたんだか超えてないんだったか、熊のように大柄で髭と髪で顔を囲んでいるような強面の男が、宝々蘭の主人にして鈴さんとざくろさんの養父だ。奥さんは妖怪なので子供が出来なかったそうだが、可愛い娘が来てくれて良かったと昔から言っている。

宝々蘭は鈴さんたちが働く場所というのもあってか、俺や師範、事務所の人達の行きつけの店だ。普通に美味いしな。

五分もしないうちにアツアツ出来立てのチャーハンが出て来る。昼過ぎだし、夜もたくさん食べるだろうから量は少なめだ。

 

「その本はここで読むなよ」

「ありゃ、バレましたか。どうせこの時間は客もいないんだし良いじゃないですか」

「お前まで嫌なこと言うなよ…。これから材料の買い出しに行くから店閉めるんだよ」

「ああ、そうでしたか。じゃあ教会か病院に行きます」

「どっちも読書する場所じゃあねぇけどな」

「教会はともかく、病院はどうですかね。じゅりさん、患者用のベッドで寝てますし」

「そうだったな」

 

とりあえず、チャーハンを食った後は病院に行くことにした。八重さんには会ったけど、じゅりさんとりらさんにはまだ会ってなかったからね。てかやっぱ美味ぇな、ここの飯。学園にも出前してくれないかな…無理か。

ぱくぱくとレンゲで掬ったチャーハンを口に運び、三分もしない内に皿の上にあった小高い山は消え去った。よし、行くか。

二冊の本を小脇に抱え、ごちそうさまでしたと言って、伝票の上に割引券とお金を置いて外にでる。

 

「ハロウ、真理くん」

 

頭上からの声に少しだけ驚くも、この町においては珍しいものではないと直ぐに落ち着く。いや、この町でも空を飛ぶ人はほぼいないけど。ちなみに飛べる人は、ことはさんとりらさんだけだ。

 

「お久しぶりです、りらさん。警察署からの帰りですか?」

「ええそうよ。相変わらず察しの良いことで」

「皆さんのおかげですけどね」

 

そう言って苦笑する。この町で、あの人達から師事されていれば、察しも良くなる。特に秋名さんやいるかさんなんかを見てると本当に人間なのかと疑いたくなる。

 

「あの子達は色々経験してるからねぇ。それより何処に行くのかしら?」

「じゅりさんに挨拶してなかったんで病院へ。りらさんにも挨拶しようと思ってたんですけど、今会えましたし」

「あら、そうなの?なら一緒に運んであげますわ。私もお姉様から言われた仕事は終わりましたし」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

箒に乗って飛んでいるりらさんの後ろに座る。どうやって飛んでいるのか分からないが、割と力は強いようで、逆上がりの要領で乗ってもビクともしなかった。ほんとどうやって飛んでるんだ、これ?手品とか言ってるけど、手品の域軽く超えてるだろ。

 

「相変わらず身軽ですわね」

「それを言うならりらさんだって相変わらず凄すぎですよ。一体どうやって飛んでるんですか、これ」

「あら、手品のタネを知ろうなんて無粋ですわよ?」

 

また同じこと言ってる。大体、こんなん知ったって出来るわけないだろ。

そうして静かな空中散歩をして十分。病院へと到着した。

 

「お久しぶりです、じゅりさん」

「お?真理君じゃーん!おひさー」

「ただいま帰りましたわ、お姉様」

「りらも一緒だったんだ。真理くんはどうしたん?ヒメちんとの試合で怪我でもした?」

「いえ、夜まで暇なので本を読める場所を探すついでに挨拶まわりです」

「そっかぁ。じゃあここにいなよ。どうせ私たちも暇だし、夜は一緒に行けば良いし」

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

本を抱えて待合室のソファに座る。仕事が無いのはどうなんだとも思ったが、病院が暇なのは良いことだろう。

 

「そういえばヒメちんとの試合はどうだった?」

「勝ちました。まあまぐれですけど」

 

それだけ言うと、じゅりさんもりらさんも絶句した。だからなんなの?そんなに俺が勝ったらまずいの?

 

「…真理くんてホントに真人間ですの?」

「あたりまえじゃないですか」

「ヒメちんに、ていうか妖怪に真正面から勝てる真人間なんているかちゃん位だと思ってた」

 

ああ、確かにね。

そう言われれば確かにまぐれでも凄いことしたんだという実感が湧いて来る。今まで何の疑いも無く師範と試合してたから、そもそも師範が妖怪だという事が頭から抜け落ちていた。

 

「まぁそれは置いといて。真理くんはそれ読むんでしょ?私たちも仕事がちょっと残ってるからそれ終わらせるね。時間になったら呼ぶから」

「わかりました」

 

そう言い残してじゅりさんとりらさんは診察室に戻って行く。町民の検査資料の整理とか、医者にしか分からないものがあるんだろう。

俺はソファに深く座り直し、二冊の内の片方を手に取って表紙を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎ、時刻は夜八時になった。宴会は既に始まっている。というか既に混沌とした空気が滲み出て来ている。

七時に始まった宴会だが、時間が経つにつれて参加人数が増え、現在いるのは師範に秋名さん、アオさんにことはさん、恭助さん、桃華さん、鈴さん、ざくろさん、いるかさん、水奈さん、火奈さん、じゅりさん、りらさん、撫子さんに椎名さん。八重さんに雄飛さん、マリアベルさん、紫さん、何処から嗅ぎ付けたのか、緑子さん、瑞樹さん、沢木さんも来ていた。他にも宝々蘭のおやっさんや、竹村本部長なんかも来たんだけど、一杯二杯酒を飲むと、差し入れを置いて帰ってしまった。まぁあの人達は日曜も仕事あるからな。

とりあえず今師範の家にいるのは俺を含めた23人。

そして土曜だからか、大人組と水奈さんは酒を飲み、既にべろべろに酔っていた。ていうか水奈さんは高校生でしょ、なんで飲んでるの。昔かららしいけど、目の前に警察署署長がいるのに良く飲めるな。

そんな大人達を置いて、俺と火奈さん、酒に弱い事を自覚してあまり飲んでいない秋名さんとマリアベルさんはジュースやお茶を片手に、酔って倒れて行く人達を眺めつつ談笑していた。

そんな状況が続き夜十時。

じゅりさんとりらさんは病院と繋がっている自宅へ帰り、撫子さんと椎名さんも帰宅。紫さんは一回寝て酔いが醒めたのか元老院へと戻った。残りの人達は寝てしまい俺や火奈さん等無事だった4人で毛布を掛けている所だ。いや、雄飛さんだけはまだ飲んでるわ。

 

「恭助にしては保った方だったな」

「前はコーラで酔ってましたしね」

「あ、マリアベルさん、毛布一枚貰えますか?」

「はい、どうぞ」

 

全員分の毛布を掛け終わり、火奈さんは帰宅するらしい。高校生とはいえ十時を過ぎているのでマリアベルさんが送って行くそうだ。

 

「明日は何時に帰るの?」

「昼過ぎには帰ります。明後日からは普通に授業ありますし」

「そうなんだ。見送りには行くからね、水奈と一緒に」

「ありがとうございます」

「では区長をよろしくお願いします」

 

火奈さんが水奈さんを背負い、玄関を出て行った。

残った俺と秋名さんは湯のみにお茶を淹れ、縁側に座る。後ろの柱に寄りかかった雄飛さんは猪口を持っている。

 

「はー。ちょっと騒ぎ過ぎたな」

 

ははは、と軽快に笑う秋名さん。湯のみでお茶をずず、と啜る姿はとても二十代とは思えない。いや、見た目は十代後半でも通用すると思うけど、やっている事がじじいだ。ことはさんが「あいつはリアルコ◯ン君だ」と言っていたのにも頷ける。

 

「俺なんかの為にすみません。ただでさえ昔から迷惑かけてるのに」

「迷惑なんて思ってねぇよ。お前んちの事情も影羅さんから聞いてるしな」

 

影羅というのは親父の名だ。親父が俺をここに通わせるに当たって、全ての事情をヒメさんと秋名さんに話したのだ。じゅりさん達の先輩で、桜新町の先代町長である槍桜マチさんのお世話にもなっていたらしく、親子共々、槍桜家の人達には頭が上がらない。

 

「にしても、女尊男卑ねぇ…」

「この町に居ても実感は湧かないでしょう。俺の町でも珍しい方だったんですから」

「影羅さんの奥さんが他所の人だったからな。つっても高々十年前なのに良くもまぁそんなに影響を受けられたもんだよ」

「俺はちっさかったからよく覚えてませんけどね。元々男女差別には五月蝿い人みたいでしたし」

 

俺の母親はISが出る前から男女間の差別に五月蝿く、ISが出た事によって女尊男卑の思考に一気に染まったらしい。

昔は男女平等を掲げていたのに、今では女尊男卑だ。笑っちまうよ、ほんと。

 

「この町じゃあ、男女なんて些細なもんだからなぁ。性別どころか種族が違うモンが一緒になって暮らしてんだからよぉ」

「神様も居ますしね」

「俺ぁ八重と違って何もしねぇけどなぁ。お前、八重に言われたろ?選択を迫られるって話」

「ああ、言われましたね」

「お前の言葉は正しい。後から悔いる、だからこその『後悔』だ。そもそも『悔いる』って行為自体が後からじゃないと出来ないモンだからな。先の事が分からないお前等は『今』を精一杯生きる事しかできない。例えどんな選択をしようとも、その選択をした『今』を貫き通す。少なくとも秋名達はそれをやったからこそ世界を救う事ができた」

 

雄飛さんの言葉に耳を傾ける。

猪口の中に残っている酒に映った月は雄飛さんの動きで揺れ動き、その姿を留めない。秋名さんたちは揺れ動いた世界を、平和という信念の元に救った。平和という楔をこの町に突き刺し、揺れ動いた世界を止めたのだ。

 

「お前にそれが出来るか?お前が選択を迫られる時はこの町じゃない。お前が信頼している人間がいるかも分からない何処かだ。秋名達は仲間がいた。お前の信頼する人間はこの町にしか居ない。お前の親父は居場所がわからねぇしな。孤独であるお前に、世界なんていうでかいチップの賭けみたいな選択ができるのか?」

 

俺は一人だ。この町においてもそれは変わらない。いくら師範や秋名さん達を信頼していようとも、結局は外部の人間だ。この町の住人じゃない以上、師範が守るべき者ではない。IS学園という特殊な場では更識先輩が守ってくれるが、そこから出てしまえば常人以上に危険な世界なのだ。

そんな世界の為に、仲間なんていない俺が世界を救う選択ができるのかと言われれば、正直分からない。

いっそ滅びてしまえば、なんて思うかもしれないし、それでも俺は生きたい、と思うのかもしれない。

 

「でも、八重さんにも言ったように、師範達が乗り越えたのなら、俺も乗り越えなきゃいけないんですよ」

「それはお前の答えじゃねぇ」

 

俺の回答は、雄飛さんの言葉によって切り捨てられる。

 

「ヒメの弟子だろうとなんだろうと、選択するのはお前だ。その選択にヒメ達の過去は関係ねぇ。お前の想いで、お前がどうしたいのかで決めるべき選択にあいつらを巻き込むんじゃねぇよ。八重がなんで良い答えって言ったのか、教えてやろうか?」

 

そんなもの、分かっている。

 

「……八重さんは人間が好きですからね。人らしい、特に日本人気質のある答えが面白かったんでしょ」

「分かってるじゃねぇか。その上でお前はその答えを貫くんだな?」

「貫きませんよ」

 

秋名さんの顔に驚きが浮かぶ。

俺は内心、少しだけ慌てながら弁明した。てか、あの距離で話聞こえてたの?全員聞いてたんじゃね、これ。

 

「いや、師範達に顔向けできないのは本当です。その為に選択を乗り越えるのも。ただ、乗り越える為の理由が、今は師範達にしか求められないってだけです。その選択までに理由を見つける事が、俺がしなくてはならないこと。ですよね、雄飛さん」

「…わかってんならいいわ」

 

そう言って猪口を口に含む。

 

「俺ぁもう帰るわ。マリアベルも家に着いてると思うしな」

 

中身の無くなった猪口と徳利を机の上のお盆に乗せて玄関へと進む。今夜の雄飛さんはやけに饒舌だな。人、っていうか神以外のモノの未来とかにはあまり関与しないのが雄飛さんのスタイルだったのに。

それが気になったのか、秋名さんが口を開いた。

 

「今日は随分と饒舌でしたね?」

「酒を飲んで、気に入った奴らと飯食って、たまにしか見ない顔とどんちゃん騒げば舌も滑るってモンよ。今度は真理、お前とも酒を飲み交わしてぇモンだな」

「何年後の話ですか」

 

三人が同時に微笑を浮かべる。

でも、居間の状況を見る限り、酒を飲みたいとは思えないな。未成年の身で常に飲酒している水奈さんでさえ酔いつぶれてたんだから。

 

「じゃあな。明日は区の会議で俺とマリアベルは見送りに行けねぇから。気ぃつけて戻れよ」

「ありがとうございます。それじゃ、おやすみなさい」

「さいならー」

 

タバコの煙を棚引かせながら雄飛さんは帰宅した。

 

「さて、俺たちもそろそろ寝るか。真理はどうする?ここに泊まるか?俺んちでもいいけど」

「秋名さんは帰るんですよね?だったら酔ってない人が居た方がいいですよね」

「そだな。悪い、あいつ等のこと頼むわ」

「いつもお世話になってるんですから、これくらいなんとも無いですよ」

 

その後、ヒメさんや恭助さんに聞いていたのか、風呂や使っていい客間と布団の場所を聞き、秋名さんも風呂だけはここで入って行くらしく交代で入浴し、俺は布団のある客間へ、秋名さんは自宅へと帰って行った。

布団に入り目を瞑ると直ぐに眠気が襲って来た。

師範と試合したり、町の皆と顔を会わせたり、今日は色々あったからなぁ。

脱力しきった体を睡魔に任せて、俺は深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、試合や町内を歩き回った疲れが出たのか九時過ぎに俺が起き、酔いつぶれていた人達は、十時に来た秋名さんの手によって叩き起こされ、二日酔いで死屍累々といった感じで各々帰宅した。

昼過ぎに帰らなければならない俺は帰る準備を早々に済ませ、町内で顔を合わせていない人達に挨拶へ廻ったりと、時間ギリギリまで町内を歩き回っていた。

そして午後二時。

昼飯を宝々蘭で食った俺は、駅まで獅堂さんに送ってもらい、既にそこで待っていた師範と秋名さん、ことはさん、アオさん、恭助さん、桃華さん、火奈さん、水奈さんから見送りを受けていた。

 

「皆仕事があるらしくて、ごめんね?」

「いえ、ていうか皆さんもいいんですか?師範や恭助さんは町務とか、秋名さん達は事務所とか」

「いいのよ。今日は見回りくらしかしない予定だったし」

 

まぁ見送りは嬉しいんだけど、見回りにその荷物は必要なんですか?

師範の手には大きな紙袋が握られている。音から察するに、中身は布とか柔らかい物だろう。あれかな、編み物でもするのかな?今朝見た限りじゃあ、師範の家にあんな紙袋は無かったし、俺が町内廻りをしている間に買ったのだろうか。

 

「さて、真理の乗る電車ももうすぐ来るし、ヒメ」

「分かってるわよ」

 

集団の中から一歩出た師範が紙袋を突き出して来る。見送りの品、という事なのだろうか。

軽く手を浮かせて逡巡した後、紙袋の取手を取る。

 

「出して見なさい」

 

言われるがままに紙袋の中に手を突っ込む。中に入っているものは布のようだ。

それを掴んで袋から出す。

 

「これって…」

 

黒をオレンジで挟むカラーリングのマフラー。目の前にいる師範が首に巻いているものと全く同じものだ。

 

「もうアタシが真理に教える事は何も無い。師範と弟子っていう関係も今日限りで終わり」

「え?」

 

眼を閉じて粛々と言葉を続ける師範に、軽く動揺してしまう。

俺に教える事が何も無い?そんなことは無い筈。だって俺はまだ師範より弱い。まだまだ師範から教わることはたくさんある。

俺の動揺が皆に伝わったのか、俺を見ている全員が驚いた顔をしている。そりゃそうだ。ここまで動揺したのは本当に久しぶりだ。冷静に考えようとしていても、頭の中の整理がつかない。

そんな俺を見かねたのか、少しだけ慌てながら師範が言葉を紡ぐ。

 

「別に破門って訳じゃないわよ?」

「えっと、じゃあこれって…」

「免許皆伝祝い。ヒメが一人で作ってたんだぜ」

 

あの不器用な師範が一人で…!?

いや、そんなことより免許皆伝?なんで?

 

「ずっと前から決めてたのよ。真理がアタシに一度でも勝ったら免許皆伝にしようってね」

「え、いや、でも…」

「言いたい事は分かるわ。でもね、師範であるアタシが弟子のアンタに負けるっていうのはけじめがつかないのよ。だから、免許皆伝」

「つまりね、ヒメが言いたいのは、これからは対等に試合をしよう、ってことなのよ。師範対弟子じゃなくて、ヒメ対真理の試合をね」

 

ことはさんの的確なフォローが入る。言霊使いの癖に言い回しがヘタクソなことはさんにしては、分かりやすい説明だ。

でも、俺が師範と対等なんて、恐れ多いというかあまりにも実力差があるというか。

その考えすらも読まれたのか、今度はアオさんがにっこりと快活な笑顔で語る。

 

「対等っていうのは実力じゃないよ、真理ちゃん。同じ立場で、同じ高さで、同じ目線で立つってことなの。そこに実力差とかは一切関係無いんだよ」

 

同じ、立場。

俺と師範が、同じ高さに立つ。

幾度となく師範に挑み続けて来た俺が目指した場所に、立てるのか。

無論、師範達もわかっているのだろう。俺が実力不足である事を。しかし、それを含めて尚、俺をその高さに立たせてくれるのだ。

師範達の思惑は素直に嬉しい。が、それと同じくらい場違いである事が分かってしまう。

いつだって自分の道を自身の力で切り開いて来た彼らと同じ高さに、俺如きが立てる訳も無い、と。

 

「……でも、やっぱり俺が師範と対等だなんて…」

 

どれだけ厳しい稽古でも出なかった弱音が出る。

そうだ。場違いであることを自覚している事も、実力不足であることも、言い訳でしかない。

その本意は、

 

「…俺は、師範達が思っている程、強くないです。実力とかじゃなくて、中身が弱いんです。中学でも、IS学園でも、一人で居る事に平気な振りをして、友達を作る事もせず、この町に依存して来た。自分を肯定してくれるこの町の人に、依存して来たんです。どんな所でも、この町があるからって、一人になっていた。師範という、守ってくれる人がいたから、外でも一人でやって来れた」

 

その師範に、免許皆伝という称号を貰ったのは喜ばしい事だ。しかし、それは同時に俺を見放すという事じゃないのか?

澵井やハミルトン、更識先輩達には見せられない、俺の弱み。

 

「…はぁ〜」

「?」

 

俺の独白を聞いていた皆がため息を吐く。なんだ?完全に見限られたのか?それならそれでしょうがない。だって、俺は所詮、余所者なんだから。

しかしその考えは、ことはさんの言葉と、紙袋の中に入っている一枚の紙が断ち切った。

 

「真理、紙袋の中見てみなさい」

 

言われるがままに紙袋の中を覗き、中に入っていた一枚の折り畳まれた紙を取り出す。折られたそれを広げてみると、こう書かれていた。

 

『住民登録書』

 

「これって…」

「あんた今家無いでしょ?影羅さんも何とかプログラムってやつで引っ越してるらしいし。だから恭助に用意してもらったんだ」

「それにぃ、真理くんて高卒で公務員になって、影羅さんには離婚してもらうつもりだったんでしょ?だったら桜新町で公務員になって、桜新町に引っ越しちゃえば良いじゃん、ってお兄ちゃんとずっと言ってたんだよね」

「まぁ俺たちからの初勝利祝いと受け取ってくれ」

 

俺は人が嫌いだ。

上辺だけ良い面をして、心の内では何を考えているか分からない人間が嫌いだ。俺自身もそう。

でも、こうやって、気持ちを形にしてくれる事のなんて嬉しい事か。

見限られたなんて被害妄想も良いとこだ。俺は、俺自身が信頼していると思っていた町の皆を、師範達を、信頼できていなかったのだ。

 

「………あ、ありがとう、ございます…」

「あーもー!泣くなや!どうせまたすぐ戻ってくるんやから!」

「…泣いてませんよ、水奈さん」

 

泣いてなどいない。ただ、嬉しくて、にやけてしまう顔を見られたくないから下を向いているんだ。

 

「まぁ何にしても喜んでくれたなら、こっちとしても有り難いわ。提出期限とか無いからいつでも出しにおいで、恭助に」

「わかりました。本当にありがとうございます。しっかり考えて、決めたいと思います」

「そうしなさい。んで、師範として最後にアンタに言う事が三つ」

 

師範が人差し指を立てる。

 

「一つ。これからはアタシの事を師範じゃなくヒメと呼びなさい」

「前々から気にしてたもんね、ヒメちゃん」

 

アオさんの軽口をスルーしながら師範、もとい、ヒメさんが中指を立てる。

 

「二つ。体力をつけなさい。ISだかなんだか知らないけど、アンタの戦い方はどうやっても体力が必要だからね。そうね、三十分全力で動けるくらいが最低ラインかしらね」

 

首肯してヒメさんの眼を見る。少し吊り目の凛とした瞳は、真剣さのみを携えている。試合をする時と同じ眼だ。

薬指を立てたヒメさんが一度瞳を閉じて、真剣さを取り除き、慈愛に満ちた瞳で言葉を紡いだ。

 

「三つ。貴方は愛されてる。アタシ達は勿論、町民のみんなにも。そして、龍にもね。世界の誰にも愛されなくたって、誰にも肯定されなくたって、アタシ達がアンタを愛して、肯定してあげる。依存される側もね、案外嬉しいものなのよ。自分を頼ってくれて。でもこれからは対等な関係だから依存って言葉は使わない事。『助け合い』って言いなさいね」

 

…本当に、この人達は。

こんな嬉しい事を言われて、思われていて、返せる言葉なんて無いじゃないか。感無量という言葉を生まれて初めて実感した気がする。

この人達の愛に、気持ちに、今はまだ何も返せない。その事が歯痒くてしょうがない。

だから、俺はこう返すんだ。

 

「また、来ます。皆さんより強くなって、この町から貰った恩を返せるようになって」

 

マフラーを巻く。

このマフラーに決意を。この人達に貰った愛に誓いを。

桜新町という帰るべき場所が出来た事に喜びを感じて、俺の週末の挨拶廻りは幕を閉じた。

 

 

さしあたって、ハミルトンと更識先輩くらいは、多少なりとも心を許してもいいかも。

今までの俺では絶対に思いもしないような事を心に浮かべつつ。

 

 

 

 

 

 

 



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恋愛とは斯くも難しいものなのです。

ティナside

 

真理とハイタッチを交わし、駅に向かう真理の背中が見えなくなるまで手を振り続けた私は、自室へと戻る。今日早起きしたのは真理の見送りと、一つの約束があったからだ。

昨夜交わした更識先輩との約束。それは、2人だけで真理の話をしよう、というものだった。私自身、真理について詳しい更識先輩とは落ち着いて話がしてみたかったので、これを快諾した。

約束の時間は十時から。今は七時前なので、かなり時間がある。とりあえず着替えて身だしなみを整えよう。ナタル姉も、『本当に気を許した相手以外には、自分の本性を見せちゃ駄目よ?』って言ってたし。…本性ってなんだ。そりゃちょっとはだらしない恰好してるけども。今はホットパンツにパーカーを着て、軽くナチュラルメイクをしてるし、髪も下の方で二つに結んでいる。うん、ちょっとは可愛いと思う。

自室に戻ると、鈴の寝言が聞こえて来る。夢の中でも織斑君と喧嘩しているみたいだ。どれだけ織斑君にお熱なのよ。

ほったらかしにしていた自分のベッドを整え、一度化粧を落とす。ナチュラルメイクぐらいならあんまり気にならないけど、それでも化粧そのものに慣れていないからか、自室に戻って来るとすぐに落としてしまうのだ。

今日は一夏と巧も一夏の友達と遊びに行くらしいから、IS学園には女子しか居ない。更識先輩と会うのも学園内だし、今日は化粧をしなくても良いだろう。

 

「いぃちかぁ……誰よそいつぅ!」

「うわっ!」

 

背後からの叫びに驚く。びっくりしたぁ。ホントにどんな夢見てるのよ、鈴。

時刻は七時半。休日に起きるならちょっと早いくらいの時間だけど、驚かされた罰だ。もう起こしちゃお。

 

「鈴、朝だよ」

「んん……あと5ふん…」

 

しょうがない。これだけは使いたくなかったけど、起きない鈴が悪いんだよ。

 

「りーん!朝だよぉ!」

「んん…んぐぅ!?んぐっ!んんん〜!……ぶはっ!なにすんのよっ!?」

「だって鈴起きないんだもん」

 

そう言って私は、鈴の顔に押し付けていた自分の胸を離す。

鈴が胸の小ささを気にしているのは知っている。最初は私の胸をまるで親の仇でも見るように睨んでいた事も、最近はそれが緩和されつつあるのも。

だからこその起こし方だ。そもそも先に被害を受けたのはこっちだしね。

 

「〜〜っ!この無駄乳めぇ!」

「わっ、ひゃっ、やめ、りん、やめ、てぇ〜!」

 

私の胸を後ろから鷲掴みにして揉んでくる鈴から必死に離れようとして身を捩る。

離れた頃には2人してじんわりと汗を掻いていた。

 

「はぁ、はぁ……シャワー浴びて朝ご飯食べに行こっか…」

「はぁ、はぁ……うん…」

 

女子2人。彼氏なし。

休日の朝から騒いで、虚しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交代でシャワーを浴びた鈴と私は少し遅めの朝食を摂りに食堂へと向かった。

食堂に着くと、遅めの朝食と思ったのだけど休日だからか結構な人数の生徒がいた。食券を買っておばちゃんに渡す。ちなみに今日の朝食は和食セットだ。白米に焼鮭、お漬け物に厚焼き卵と日本茶の、本当に和食らしい和食のセットだ。隣の鈴を見れば同じものを頼んでいる。まあ中学生の頃、日本にいたらしいから多少は慣れ親しんだご飯なんだろう。

 

「ティナ、座る場所あった?」

「んーん。どこも満席で、2人で座れそうな場所が無いんだよね」

 

そう、2人で座れそうな場所が無い。結局は女子しかいないし相席でも全然いいんだけど、それすらも無い。

……………ただ一カ所を除いて。

 

「…冷めちゃうし、あそこで良い?」

「うん、まぁ、しょうがないわね」

 

一言の問答を交わし、納得したのを聞くと、2人でとある席に向かう。

その席は4人掛けのテーブル席で、既に2人分の席が埋まっている。まぁつまりは2人分の席が余っているという訳で。

しかし、既に席を埋めているという2人の存在が問題だ。

一人は今時女子高生とはまるで思えない程の剣道少女で、その姿は大和撫子というに相応しい容。超巨大胸部装甲と影で噂されている山田麻耶先生に匹敵する胸部装甲の持ち主。侍ガール、篠ノ之箒。

もう一人は英国貴族にしてイギリスの代表候補生。縦ロールの髪型がチョココロネに似ている事、嫌っていた一夏を試合をしただけで惚れてしまったチョロさ。それらと家名を合わせて作られた影の渾名はチョロコット。ノブレス・オブリージュ、セシリア・オルコット。

ちなみにこれらの渾名は一組の野次馬三人衆とやらが作ったらしく、二組には鈴が伝染させた。哀れ、箒とオルコットさん。

この2人に鈴を合わせたのが、今最も一夏に近いと言われる者達だ。物理的な距離の意味で。彼女的な意味だと、そもそも一夏が鈍感すぎるという事で学園中の一夏に想いを寄せる人の距離は同一らしい。

 

「ねぇ、ここ座っても良い?」

 

鈴がお盆をテーブルの上に置き、椅子を引きながら聞く。了承されなくても座りそうだ。

 

「ええ、いいですわよ。そちらの方は?」

「鈴のルームメイトのティナ・ハミルトンです。よろしくね、オルコットさん」

「セシリア・オルコット、セシリアでいいですわ。こちらこそよろしくお願いします、ティナさん。ところで、何故わたくしの名前を?」

「え!?あ、えっと、入試主席だったでしょ?だから男子と同じくらい有名だったからだよ?」

「まあ、そうでしたの」

 

あっぶなー。つい鈴が広めた変な渾名が面白過ぎたから覚えてたって言いそうになったよ。

それはそうと、席に着き箸を持つ。最初は慣れなかったけど、最近では慣れたものだ。流石にナタル姉が見てた日本のビデオみたいに飛んでる蠅を掴むことは出来ないけど。真理に言ったら『織斑先生なら多分出来る。色んな意味で化け物だから』って言ってた。

 

「いただきます」

 

鮭の身をほぐし、ご飯と一緒に食べる。うん、良い焼き加減だ。めっちゃ美味しい。

 

「ところで、あんたらなんであんなにギスギスしてたの?」

 

うおーい、いきなり突っ込んだね鈴!

そう。この四人掛けのテーブルに立った2人しか座ってなかった理由。それは、この2人が放つ異様なまでの殺気だ。このテーブルの周りにだけ吹雪が幻視できる程険悪な雰囲気だったために、誰もここに近づかなかったのだ。

 

「聞いてくださいまし!本来なら今日はわたくしと箒さんの2人で一夏さんと訓練するはずでしたのよ!」

「それなのに一夏ときたら、昨日の夜急に『巧と友達の家に行くから明日の訓練は悪いけど休みにしてくれ』等と言い出したんだ!」

 

原因は一夏か…。それなら、まあ、納得はできる。ていうかこの2人が喧嘩してたんじゃないんだ。

 

「あ〜、一夏ならやりかねないわ…」

「そういえば真理も昨日の夜、急に今日から泊まりに行くって言ってたし、男子ってそういうものなのかもね」

「え、真理今日いないの?」

「うん。なんか明日まで、槍の師範さんのところに泊まりに行くんだって」

 

昨日の夜、真理が寝た後に更識先輩から事情を聞いた。その話を聞いてから、昨日あれだけ騒ぎ立てた事が恥ずかしく思う。でも、真理の説明不足も否めないと思う。明日からいないってだけじゃあ、いつまでいないのかわからないし。

真理の説明不足を心の中で批判していると、斜め向かいに座る箒が殺気を引っ込め、興味を持ったような瞳でこちらを見ていた。

 

「佐倉は槍を使うと言っていたな。強いのか?」

「うーん…私は武道とかやってないから分からないけど、真理の練習見てる限りじゃ強いと思うよ?なんか槍と周りの木を使って一分くらい空中にいたの見た事あるし」

「強いって言うより、身軽な曲芸師みたいな奴ね」

 

当時、その姿の真理を見た時は絶句したものだ。棒高跳びの要領で跳んだと思ったら木を蹴り、槍を地面に突き立て、あの決して小さいとは言えない広場を縦横無尽に飛び回っていたのだから。無論、一、二回は地面に足を付けてはいたけど、それも一瞬の事だ。

 

「わたくしが負けたのも、ある意味では当然と言えますわね」

「お?セシリア、負けを認めちゃうんだ」

「自分の弱さを認めることも大事なことですわ。そもそも、それだけの動きが出来るという事は、幼少の頃から夥しい程の訓練をしてきたのでしょう。そんな方に、基本的にISの訓練しかしていないわたくしが生身で勝つというのは無理がある話ですわ」

 

なんてセシリアが言うけれど、代表候補生だって弱い訳じゃない。しかも、セシリアや鈴は専用機持ちだから、他の量産機に乗っている代表候補生より護身術なんかのレベルも高い。それこそ、拳銃相手でも制圧できるくらいはどこの国でも教えるらしい。

 

「ふむ…。いつか試合でもしたいものだ」

「あはは、真理ならめんどくせーとか言って断りそうだけどね」

「そうね」

 

そんな談笑を4人でしていると、周りの人達も雰囲気が柔和になったのを感じ取ったのか、いつもの騒がしい食堂へと戻すように会話を始めた。休日のため、食事を終えても談笑している人が多く、食堂から人気が引く様子は無い。その中で食堂を出て行く人は部活か、外に買い物に出かけたりしているのだろう。

 

「そういえば箒とセシリアは部活に行かなくていいの?」

「ああ。部長と副部長が揃って用事でいないのだ」

「テニス部は午後から練習ですのよ」

「へー。ティナは何の部活に入ってるんだっけ?」

「お菓子研究会。週二回は絶対参加で、あとは自由参加なんだ」

 

最近は和菓子の勉強中だ。

ナタル姉に電話して以来、とりあえず部活に顔を出しつつ、ランニングしたりして体力を付けているのだが、まぁ暇でしょうがない。そもそも、アメリカにいた頃からナタル姉やらイーリ姉の訓練に付き合っていたから体力が無い訳ではないのだ。多少は衰えていたけどね。

で、余った時間を和菓子作りの勉強に使っている。ケーキとかの洋菓子は食べ飽きたし、この前真理が美味しそうに食べているのを見て、本格的に作りたくなった。

 

「…あんた。部屋でもお菓子ばっか食べてるのに、そのスタイルまじ何なの?」

「わひゃっ!?やめてよ鈴!」

 

テーブルの向かい側から手を伸ばして私の胸を鷲掴みする鈴。いきなりの事すぎて変な声が出てしまった。いや、いきなりじゃなくても出るだろうけどね。

それに、体型は遺伝や体質、人種の問題があるから私と鈴で比べるのは間違いだと思う。比べるなら隣の箒とかにしなよ。その箒は私よりも巨乳でウエストも細いけどね。…別に嫉妬なんてしてないし。

 

「あ、そろそろ行かなきゃ」

「あー、先輩と遊ぶんだっけ?」

「うん、まあ、そんなところ」

 

気づけば九時半になっていた。今から部屋に戻って身だしなみを整えて更識先輩の部屋に向かえば丁度いいだろう。

 

「じゃあまた後でね」

「ああ、またな」

「ええ、また後で」

「またねー」

 

食器をおばちゃんに返し、部屋に戻る。

まあ部屋に戻って来てもやる事は少ないんだけど。歯を磨き直して、ポーチに携帯やら財布を入れる。どこかに行くとは聞いてないけど、突然出かけるかもしれないしね。

 

「さて、行くか」

 

部屋の鍵をかけて、先輩の部屋に向かう。真理の話をするって言ってたけど、なんの話だろう。というか、そもそも私と真理の関係ってなんだろう。私は真理のことを友達だと思ってるけど、真理は私のことなんとも思ってなさそうだし。いやでも今朝のハイタッチには応じてくれたし、少なくともこの学園の中では一番仲が良いのかな?でも眼は睨んだようなままだしなぁ。

なんて考えていると、いつの間にやら更識先輩の部屋に着いていた。真理の部屋でもあるんだけど。………羨ましい。

 

「更識せんぱーい。ティナでーす」

「はいはーい」

 

ノックの後、中に聞こえるような声量で呼ぶとすぐに返事があった。先輩も真理のお見送りをしただろうし起きてたんだね。

 

「いらっしゃい、ティナちゃん」

 

出迎えてくれた更識先輩は、水色を基調としたファッションに身を包んでいた。水色って割と難しい色だと思うんだけど、更識先輩ってば奇麗に着こなしてて凄いわ。

少しばかり驚いて動きを止めていたからか、先輩が顔を覗いて来る。

 

「…どうしたの?」

「あ、ああ、いえ。凄い奇麗だなぁ、と」

「あはは、ありがと。さぁさぁ、入って入って」

 

お邪魔しまーす、と口のなかで呟きながら中に入る。まぁ昨日ぶりだから新鮮味はないけど。

先輩に促されて椅子に座ると、前もって準備してくれていたのだろう紅茶と茶菓子を出してくれた。そして先輩も椅子に座ると、表情に真剣味を帯びて来た。カップを両手で持って紅茶を啜りながら、先輩の言葉を待つ。

真理から聞いていた話だと、先輩の真剣な表情には二つあるらしい。

一つは本当に真面目な話がある時。

もう一つは、本人以外にとっては対して意味の無い話のときだそうだ。

見分け方は、真面目じゃない話の時は顔に手を当てるらしい。

ちなみに今は右手を顔に当てている。だから紅茶を啜っているんだけどね。

 

「……真理くんに人気が出始めているわ」

 

は?

真理?人気?何の話をしてるんだろう、この人は。

 

「えっと、話が見えないんですけど…」

「そうね。順番に行きましょうか」

 

更識先輩は右手の人差し指を伸ばす。一つ目、ということなのだろう。

 

「この前の試合を覚えてる?途中で正体不明のISが乱入してきた時のやつ」

「ええ、まあ」

 

自己嫌悪に陥ったり、真理に励ましてもらったりしたからね。よく覚えてる。

 

「あの時に真理くんが澵井くんとドア壊したり、避難誘導したりしてたでしょ?あの行動で真理くんを見直す人が出て来てね。惚れちゃう人も出て来た訳よ」

 

そう言って立てたばかりの人差し指を折り畳む。一つだけかい!とも思わないでも無いけど、それよりも気になる事がある。

真理に惚れた人がいる?あの真理に?というかなんでその話を私に?私が真理のことを親友だと思ってるからかな。別に親友だからって、相手の恋愛にまでとやかく言うつもりはないけどな。

 

「…それで、なんでその話を私に?」

「なんでって、ティナちゃんも真理くんに惚れてるからよ」

 

…………………………………………………は?

 

「はあぁぁぁあああああ!?」

「うわっ、ビックリしたぁ」

「なななな何を根拠に私が真理にほ、ほ、惚れてるなんてっ!わたひは別に真理の事なんてっ!親友としか思ってないんでひゅから!」

「噛み噛みのその台詞が証拠だと思うけど…。ていうか親友だとは思ってるんだ」

 

いやまあ、日本に来て初めて出来た友達だし、助けてくれたし、ちょっとした憧れだし。

……っじゃなくて!

 

「はぁ、はぁ…ふぅ。で、なんで私が真理に惚れてることになるんですか?そもそも真理に彼女が出来たって私には関係無いじゃないですか」

「本当に?」

「え?」

「仮に、貴女が本当に真理くんのことを親友だと思ってるとしましょう」

 

仮にって。

 

「例え貴女達が親友だとしても、恋人が出来ればそっちが優先になっていくのよ?親友といっても、結局は友達だものね」

「……っ」

「それに加えて相手はあの真理くんよ?」

「……相手が真理だと、普通の人とは何か違うんですか?」

「違うわ。全然違う」

 

少しムスッとした顔で聞いてみると、最初の巫山戯た真剣な表情とは違う、本当の真剣さを孕ませた表情を見せる更識先輩。

そういえば、前に言ってたな。『数少ない大切なものを大事にしてる』って。

 

「真理くんからしたらこの学園は右も左も敵だらけ。女尊男卑の影響で中学時代の友達には裏切られ、本当に信頼しているのは幼い頃から通っている町の人達と父親だけ。その絆の中に入るには親友じゃあ、足りないでしょうね」

 

私の知らない真理の姿が、更識先輩の口から紡がれていく。

幼い頃からの付き合いで、私の知らない町の人達を信頼している真理。

中学時代に、女尊男卑の影響で男友達からすらも裏切られたという真理。

そんな過去なんて、真理は微塵も匂わせなかった。それはそうだろう。だって、この学園には彼の敵しかいないんだから。

信頼しているという人達も、誰かに裏切られたという事実も、敵に知られてしまえば狙われる。弱点とはそういうモノなのだから。

更識先輩もその事実を再度認識したのか、顔を俯かせる。

 

「護衛として同室にいる私でさえ、信用はされるけど信頼はされない所までが限界だし」

「自慢してるんですか?……いえ、すみません」

「いいのよ、別に」

 

先輩の話を聞くと、確かに真理に信頼されるには親友じゃ足りない気がして来た。いや、足りないどころか不可能だろう。

じゃあ、どうすればいいのか。

親友以上の関係といえば、もう恋人くらいしか……。

 

「こ、ここ、ここここ恋人っ!?」

「うわっ、どしたの急に」

 

また先輩を驚かしてしまった。いやいや、そんなことより。

 

「私は別に真理のこと好きとかそんなんじゃない筈っ!」

「あ、そこに戻ったのね」

「確かに助けてくれたことに感謝はしてますし、槍を振ってる姿はかっこいいとも思いますけど。でもそれは憧れの域を出ないと言いますか…」

「ふーん。じゃあ今から言う事を想像してみなさい」

「はあ…?」

「夕暮れの教室。貴女と真理くんの2人きり。『ティナ。眼を閉じて』言われるがままに眼を閉じる貴女の唇に、真理くんの唇がかさ……」

「にゃあぁぁぁあ!!ていうか今の音声なんですか!?」

「隠れて録音したのをアレンジしたの。で、どうだった?」

 

どうだったって言われても。

 

「じゃあ、今の光景を別の人と真理くんがしているのを想像してみて。私は嫌。すごーく嫌。ティナちゃんはどう?」

 

言われるがままに想像してみる。

さっきの想像した光景は凄く恥ずかしかった。でも、それと同じくらい嬉しくて幸せな気持ちになった。

そしてその光景の私がいた場所を、赤の他人がしているのを想像すると、確かにいやな気持ちになる。それどころか、こう、心の中に黒い靄が広がるような、お腹がいらいらするというか。

そうか。これが…

 

 

 

 

 

「私、真理が好きなんだ」

 

 

 

 

 

 

真理と一緒にいる事を想像するだけで幸せになる。

真理が誰かと一緒にいるのを想像するだけで絶望に等しい想いを抱く。

これが恋というのなら、私は真理に恋をしている。

そして、恋の概念なんてものは人による。十人十色で、千差万別だ。単純に言ってしまえば、今この場にいる私と更識先輩でさえ違う。

私の恋は独占的で、何よりも、真理が嫌うモノなのだろうと頭では理解した。

 

「で、どう?真理くんを好きって意識してからライバルが多いって理解してみると」

「そのライバルの一人が更識先輩なんですよね。…正直、真理の彼女になるのは絶望的なんですが…」

「あら、それは私をライバルと認めてくれるって事かしら?」

 

違うんです。いや、先輩は美人だからそれもあるんだけど。

 

「それもそうなんですけど…。私の恋心は多分、世間一般からして重いものだと思うんです。独占欲というか、所有欲?が強くて、真理が嫌いなものだと思うんですよね。真理はきっと、縛られるのも縛るのも嫌いだから」

 

私は、真理の恋人という立ち位置を争う場に上がる事すら出来ないのだ。真理の気持ちが分かるからこそ、無駄な選択をさせたくない。自分の事を無駄というのは多少心苦しいものがあるが、事実は事実だ。

だが、自分の事を諦めても、目の前に真理の恋人になる可能性を持った人がいると思うと、嫉妬してしまう。

真理と同室で、スタイルも良くて、顔もいい。国家代表で、きっとお金も持ってるし、何より一緒にいて楽しいだろう。

だが、私の考えは更識先輩のトーンの下がった声で、修正を余儀なくされる。

 

「それを言ったら私だってそうよ」

「え?」

「私の家は暗部の家系。真理くんの望む平穏、一般的な生活とは程遠い、というか全く逆の世界に私はいるのよ」

 

更識先輩の話は私よりも悲惨だった。

私の問題は、想いの問題。最悪、私自身が変わればどうにかなる。しかし、更識先輩の問題は、生まれた世界の問題だ。暗部となれば簡単に抜ける事も出来ないだろう。

でも、更識先輩はフッと、その絶望的な立場を吹き飛ばすように鼻を鳴らした。

 

「でもね。私の立場もティナちゃんの想いも、私達自身の考えでしかないじゃない?」

「ええ、まあ。でも、先輩も言ったじゃないですか。真理が望むものでは無いって」

「確かに真理くんの望む立場にはいないかもしれない。真理くんの望む想いを持っていないかもしれない。結局はそういうことなのよ」

「そういうこと?」

「かもしれないってこと。可能性の一部しか見てないのよ、私たちは。逆にいえば、真理くんが重すぎる想いを望んでいるかもしれないし、暗部に憧れを抱いてくれるかもしれない。そういう可能性もあるっていうことよ」

 

この人は本当に真理のことが好きなんだな。

私は真理の為に、親友になろうとしたけど、この人は、少ないけれどゼロじゃない可能性を自分で拾おうとしているんだ。この人と話していると、自分の愚かさや未熟さに気づかされる。あまり好きではなかった先輩だけど、こうやって凄い所を見せられると、素直に尊敬せざるをえない。

そして、その可能性を見せられて、素直に引き下がる私じゃない。

 

「……先輩」

「ん、なあに?」

「先輩が私をここに呼んだのは間違いでしたね」

「あら。私はティナちゃんがライバルじゃないと張り合いが無いから呼んだのよ?」

 

最初に言ってた事は私に自覚を持たせるための作り話だったわけだ。

 

「いや、真理くんに人気が出ているのは本当よ?」

「ええ!?」

「ティナちゃんは反応が面白いなぁー。真理くんと違って」

「そんなことより、誰ですか惚れた人は!?」

「それを知って何をするのかは聞かないでおくけれど、惚れたって言っても、付き合えたらいいなぁ位に思ってる程度だと思うわよ?セシリアちゃんに勝つ実力に、隈と半開きで睨んだような眼以外は整った顔。そこに加えて、緊急時に避難誘導して助けてくれたという事実と、織斑君と澵井君がいるせいで人気が薄い。狙うのにこんなにいい条件の男子はいないからね」

 

それだけ聞くと真理がメッチャクチャかっこいい人に見えるから不思議だ。本当の真理はリアリストで傲岸不遜に突っかかって来る相手には容赦せず、その口からは蠍よりも強い毒を吐く。そして、知らない相手でも助ける優しさを持っていて、誰よりも自分に厳しい。

 

「それに、よく知らない人が真理くんに告白しても断られるだけよ」

「真理と仲良くなる為には時間を掛けて、自分が真理を信頼している事を知ってもらわなくちゃいけないから、ですね?」

「そう。真理くんが心を開く相手になるには、何よりも時間が大事。私のように同室でも無い限りは、ティナちゃんのようにしつこいぐらいアタックしなくちゃいけないの」

 

なんかバカにされている気がする。

 

「ま、この学園にそんな人はもういないだろうから安心していいわ。それより、問題は私たち自身のことよ。いくら時間を掛けようと、真理くんが心を開いてくれなくちゃ意味が無いわ。どうにかしてもっと仲良くならなくちゃ…」

「確かにそうですけど、知り合って二、三ヶ月で仲良くなれるなら、真理の周りにはいっぱい人がいますよ。本当の問題は仲良くなった後ですよ」

「後、というと、告白のことよね」

「……更識先輩、告白した事あります?」

「された事ならあるけど……。ティナちゃんは?」

「私もされた事しか…」

 

アメリカにいた頃、ジュニアスクールで三回、ジュニアハイスクールで四回された事があったが、キザな奴とデブばかりだったからお断りの連続だった。日本に来てから、アメリカには太っている人が多かったなぁ。むしろ日本人痩せ過ぎじゃない?と思う事はあったが、ネットや雑誌を見る限りスタイルが良い方がやはりモテるらしい。真理がその統計通りかどうかはともかくとして。

しかし、初恋をしてみて分かる事は、やはり告白は恥ずかしいということだ。いや、まだしてないけどね。

 

「ま、まぁその時になれば自然と出来るわよね。ね?」

「そ、そうですね!」

 

その後私たちは真理についての情報交換や愚痴なんかを言い合い、それなりに気を許すライバルとなった。

まあ、強力なライバルだけど、最後は真理次第なのだ。先輩が選ばれようと私が選ばれようと、最悪私たち以外の誰が選ばれようと、真理を恨む事だけはしない。恋人になれなくても、親友にはなれるのだから。

私と先輩の共通の理解として、それだけは確固たるものとした。

私たちは真理が好きだけれど、真理を困らせてまで、恋人という席を取りたい訳ではないのだから。

私たちを選択してもらうのに、多少は悩んでもらうけれど、率先して困らせたい訳ではない。だからこその共通認識だ。

そんな会話をして数時間。時刻は既に午後六時となっていた。

 

「あ、お昼ご飯忘れてたわね」

「そういえばそうですね。じゃあ、今日はこの辺で」

「ええ。これからもよろしくね、ティナちゃん」

「はい。よろしくです、たっちゃん先輩」

 

お互い愛称で呼ぶくらい仲良くなった私たちが、翌日帰って来る真理に名前で呼ばれて驚くまで、あと22時間。



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男三人寄らば一人はハブられます。

巧side

 

謎のISが侵入して来た週の土曜日。俺は一夏に連れられ、一夏の中学時代の友人である五反田弾の家へと遊びに来ていた。家と言っても定食屋を経営しているらしく、一階は厨房と客席しかなかった。

店の外で顔合わせをした後、弾の部屋へと案内され、『IS/VS』というテレビゲームをしながら、学園の事を話したりしていた。

 

「で、もう一人は何つったっけ?相楽?」

「佐倉だよ。佐倉真理。口は悪いけど、すげぇ良い奴なんだ」

「へー。今度連れて来てくれよ」

「そのつもりだよ…あっ!お前それは卑怯だろ!」

「いや、これは公式のハメ技だ。卑怯じゃない」

「あっはっはっは!これで俺と巧に五連敗!一夏は弱ぇな」

「お前等が強すぎんだよ」

 

一夏が席を立つ。五連敗したら外の自販機でジュースの奢りというルールだからだ。ちなみに俺と弾はほぼ互角で、二勝二敗だ。

 

「で、だ」

「ん?」

「学園に可愛い娘はいるのか?」

 

顔は良いのにこいつに彼女がいない理由が分かった気がする。

 

「弾って本当に残念だな」

「何だとぅ!?」

「はぁ。可愛い娘はいっぱいいるよ。むしろ可愛い娘しかいない」

「いいなぁ!うらやましぃー!」

「でも可愛いのと彼女が出来るかは別物だぞ?俺はともかくとして、いつも女子に囲まれてる一夏でさえ彼女がいないんだから」

 

学園での一夏の隣にはいつも篠ノ之さんとオルコットさんがいる。俺が一夏に話そうとすると、すげぇ睨まれるし。ちなみに昼休みと放課後には凰さんも混ざる。けどまぁ、篠ノ之さん達よりかは全然話し易いし、なんというか、男友達感が強い。凰さんがサッパリした性格なのと、一夏に惚れているという事が分かっているからかもしれない。

 

「佐倉って奴はどうなんだよ。つーか一夏に彼女が出来てたら天地がひっくり返るぜ」

 

一夏は鈍感だしな。でも、真理か……。

 

「正直、真理に関してはわかんねぇな」

「仲いいんじゃねぇの?」

「俺等は仲良くなりたいんだけどな…。あ、でもアメリカ人の金髪でスタイルの良い可愛い娘が良く真理の所に来るな。名前は教えないけど」

「かぁー!結局皆良い思いしてんじゃねぇか!羨ましいぜ、クソ!」

 

真理は多分、学園の誰にも心を開いていない。

俺は真理のおかげで、自分という人間がどういう奴なのか理解することができたし、本当の自分で周りに接するようになってきた。でも、真理は違う。真理の心の内は分からないが、心を覆ってる殻も、その中身も、他者を拒絶している気がする。

しかし、その拒絶をも無視して突撃しているのがティナだ。素直に羨ましいと思う。いや、腐った意味ではないが、あの学園に男子が三人しかいない以上、友達として仲良くしたいのだ。その内の一人は今パシられてるが。

 

「おーい。これでいいか?」

「おかえりパシリ」

「パシリじゃねぇよ!罰ゲームだよ!」

 

腕の中に三本の缶ジュースを抱えた一夏が帰って来た。弾の言葉に過剰に反応しつつ、缶を手渡ししてくれる。俺のはオレンジジュースだ。炭酸は腹に溜まるからな。もうすぐ昼だし。

 

「なんの話してたんだ?」

「学園には可愛い人がいっぱいいるよなって話だよ。あと弾に彼女が出来ない理由が発覚した」

「ええ!?なんで!?」

「がっつき過ぎだ。顔は良いんだから、もっと感情とか欲望を抑えたらモテると思うよ」

 

マジかー!なんて叫んでいる弾を横目に缶のプルタブを開ける。カシュッと音を鳴らしたそれを口元に運び、程よい酸味を味わっていると、もの凄い勢いでドアが開かれる。開けた、というより蹴破ったという表現の方がしっくりくる位の勢いだ。そして、ドアの向こう側に立つ人物の恰好を見る限り、まさしく蹴破ったのだろう。蹴ったであろう右足を降ろしながら、弾と同じ赤毛を持つ少女が口を開いた。

 

「さっきからお昼できたよって何回も言ってるでしょバカ兄!」

 

短パンにタンクトップ、髪は弾がしているものと似ているバンダナで上げている少女は随分怒っているようだ。

 

「おっ、蘭じゃないか」

「え?い、一夏さん!?」

 

そして、一夏を見た時のこの反応。頬を赤らめ、動揺し、自分の恰好を隠すように手で覆い隠す。

 

「…あの娘は?」

「俺の妹。名前は蘭。お察しの通りだ」

 

また一夏か。

まあ一夏じゃなくても、知り合いやら知らない男の前にオシャレとは無縁な位ラフな恰好で出てくれば恥ずかしいだろうな。いやそれより、俺の知っている限り一夏に惚れている人間が多過ぎな気もする。中学から弾とつるんでいるなら、多少は弾に惚れている人もいそうな気もするけどなぁ。

 

「……お前本当に彼女いないの?」

「挑発か?挑発してんだなこの野郎」

「いや、なんでもない」

 

中学からこれじゃあ一夏に惚れるのも無理はないな。弾はなんというか、友達関係が限界そうだ。ギャルゲーとかで主人公への好感度とかを確認するためのキャラ、みたいな。

 

「え、えっと、そちらの方は…?」

「ああ、自己紹介してなかったね。澵井巧。一夏と同じでIS学園に通ってる。また遊びに来ると思うから、よろしく」

「は、はい。あ、えっと、五反田蘭です。お兄がお世話になってます?」

「あはは、お世話してます。じゃあ一夏、俺たちも昼飯買いに行こーぜ」

 

一夏に案内してもらって近くのコンビニにでも行こうと腰を上げかけると、胸に手を当てた蘭ちゃんに呼び止められる。可愛いんだけど、一夏狙いなんだよなぁ。

 

「あの、一夏さんと巧さんさえよければなんですけど、お昼ご飯ご一緒しませんか?」

「え、でも俺たち昼持って来てないんだけど…」

「大丈夫だと思うぜ?じいちゃんにお前等が来ること言っておいたから、余りモンになっちまうけど昼飯はある筈だ。あ、巧は良いトコの出らしいし口に合うかは分かんねぇけど」

「良いとこって…。別に食ってるもんは変わんねぇよ。毎日キャビア食ってる訳じゃねぇし。とりあえず、用意してくれるならごちそうになるよ」

 

確かに前は月一くらいで高級店に食事は行ってたけど、普段は普通の飯を食ってたし、学園に来てからはカップラーメンとか色々食うようになった。それに、次に会社に戻った後は二度と行く事はないだろうし。

あれ?そうなったら俺の専用機って没収か?いやでも真理も専用機持ってないし、大丈夫だろ。うん、大丈夫大丈夫。

 

「じゃあ行くか。早く行かねぇとじいちゃんに皿下げられちまう」

「おお。厳さんの飯美味いから楽しみだぜ!」

「あれ?蘭ちゃんは?」

「さあな。とりあえず片して行こうぜ」

 

ゲーム機やら飲み干した缶やらを片付け、弾を先頭に階段を降りる。昼飯時を外しているからか、食堂にはテーブルに数人の客がいるだけだった。

しかし、カウンター席に一人だけ、店の雰囲気に合わない服装をした少女が座っていた。正直店の雰囲気的に少女がいる事自体合っていないが、オシャレをしている事でさらに浮いている。いやまあ、蘭ちゃんなんだけど。

 

「あれ?蘭、出かけるのか?」

 

流石は一夏。蘭ちゃんのオシャレの意味を全く理解して無いどころか、怒らすとは。一回脳の検査をした方が良いかもしれない。

 

「違いますっ!」

 

そらそうだ。もうこの2人はほっとこう。

俺と弾は蘭ちゃんから席一つ分空けてカウンターに座る。一応蘭ちゃんの隣に一夏が座るように誘導しているのだが、一夏はそれを無視して蘭ちゃんから一番離れた席につこうとしやがる。

俺と弾は無言で一夏の襟首を掴み無理矢理座らせる。何だこいつ。マジで脳みそから恋愛関係の言葉とか抜け落ちてんじゃねぇの?

 

「何だよ、2人揃って」

「別に。それより、じいちゃん。こいつ等の飯は?」

 

弾が厨房に聞くと、筋骨隆々の壮漢な顔つきの男性が二つの皿をカウンター越しに渡して来た。一つは小さめに作られている事から蘭ちゃんの分だと判断し、隣り合っている一夏と蘭ちゃんに皿を廻した。そうしていると俺と弾の間から二つの料理が盛られた皿が差し出されていた。振り向くとそこには奇麗な、それでいて可愛さを含んだ妙齢の女性がいた。弾の姉か?

 

「弾、お前三人兄弟だったの?」

「いや、あれは…」

「あらあら。貴方が澵井巧君ね?嬉しいんだけど私は既婚だからね?」

「あ、そうなんですか。弾、お前お義兄さんできたの?」

 

弾は顔を手で押さえながら妙齢の女性を指差して言った。

 

「あれ、うちの母さん」

 

妙齢の女性、もとい弾の母親を二度見した後、驚愕の事実に叫び声を上げたのは言うまでもないことだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾の祖父、厳さんの紹介と孫娘への溺愛っぷりを見せつけられつつ昼飯を食べ終える頃、蘭ちゃんが一夏の周囲の事情を聞き、IS学園に入学すると言い出した。

一夏のような朴念仁も困るが、蘭ちゃんのように恋愛脳なのも困りものだな。

 

「おい蘭!兄ちゃんは反対だぞ!大体、学園の入試って筆記だけじゃねぇんだろ?巧」

「そうだな。実技試験で実際にIS乗って教師と戦うし、それ以前にIS適性が少なくともD、いやCは必要だな。男なら反応するだけで入れてもらえそうだけど、多分もういねぇんじゃねぇかな」

「ほれみろ!」

 

弾が蘭ちゃんに詰め寄ると、今度は蘭ちゃんがポケットから出した紙切れを弾の目前に突き出す。

 

「あ?……簡易IS適性検査?」

 

弾の肩口から一緒になって覗いてみると、そこには弾が読み上げた通り、紙の上の方に『簡易IS適性検査』と書かれており、その下には評価の欄がある。これは男性一斉検査のときの紙と一緒だな。そんなことより、欄ちゃんのIS適性は『A』。受験には問題ないどころか優秀すぎる成績だ。だが受験をやめさせたい弾にとっては地獄への切符のように見えるだろうな。

 

「適性A?凄いな蘭。俺よりも上だぞ」

「ありがとうございます!もし私が入学したら色々教えてくれますか?」

「別にいいけど、巧の方が教えるの上手だと思うぞ」

 

このバカは…。

いや、それよりも蘭ちゃんの入学は正直俺も反対だ。学園の人達も基本的には欄ちゃんと同じ事を考えていると思うが、それはあくまで入学した後から考えている事だ。入学する前はIS操縦者、もしくはISに関連する仕事に就く為に三年間勉強しようと決意して来ているのだ。恋愛目的で来ている生徒はほぼいない。

さて、それをどうやって蘭ちゃんに伝えるか…。

直接伝えたら泣かせちゃいそうだし、泣かせたら厳さんが怖いしなぁ。

………真理だったら、どうしただろうか。

それを考えた瞬間、今までの思考がまるで無駄だったことを理解した。新しい友人の妹が、危険性を理解せずに危険地帯に飛び込もうとしているのだ。それを注意するくらいで何をビビっているのだ。

 

「…教えるどうのより、まず学園への入学を考え直した方がいい」

「え?」

「巧…」

 

蘭ちゃんと弾の呟きが重なった瞬間、厨房からかなりのスピードでお玉が飛んで来た。首を傾げてそれを避け、投擲した本人を見る。うわっ怖。織斑先生に匹敵する怖さだよ。

必死で表情を殺しながら、厳さんと睨み合う。

 

「おめぇ、蘭の決めた事にケチ付けんのか?あ?」

「蘭さんが傷ついてもいいってんなら辞めますけど?」

「ああ?どういうこった」

 

蘭ちゃんが傷つくというワードを聞いてか、話を聞く姿勢になる厳さん。

 

「ISってどういうものか、ご存知ですか?」

「スポーツに使うモンだろ?テレビとかでもよくやってんじゃねぇか」

「表向きはそうですね。シールドエネルギーと絶対防御による安全なスポーツ」

 

とは言ってもシールドが出ても衝撃は消せないし、痛いもんは痛い。でも、蘭ちゃんの入学に反対している理由はそれだけじゃない。

 

「ではこんな話はご存知ですか?ISが発表された二年後。ISを保有している全ての国が軍にISを配備し、その年に紛争をたった一機のISが終わらせたそうです」

「……!」

 

厳さんや蘭ちゃんは首を傾げているが、弾は俺が言いたい事が分かったようだ。まあ元々蘭ちゃんの入学を反対するのにも、ISに対して危険であるという意識があるからだろう。

 

「わかりますか?ISとはたった一つで国を落とす事が出来る兵器なんです。それを使用できる操縦者は計り知れない価値を持つ」

「…でも今はナントカ条約ってので軍事利用は禁止されてんじゃねぇのか?」

「そんなものは建前に決まっているでしょう。戦争になれば躊躇なくISは利用され、その搭乗者達は常に命の危機に晒される。悪い言い方をすれば、攫われたり、その先で慰みものになる可能性だって無くはない」

 

蘭ちゃんや厳さんもようやっと話を理解し、俺の言葉に蘭ちゃんは自身の体を抱いている。

IS学園にいる人達がそこまで理解しているかは分からない。むしろここまで深読みしているのは俺や真理くらいだろう。だが、少なくとも危険であるという事くらいは理解している筈だ。この前の騒ぎに巻き込まれた人達なんかは実体験がある分、余計に感じているだろう。

 

「……やっぱり、私、考え直します」

「そうした方が良い。考え直して、それでも来たいって言うならもう止めはしない。その時は勉強も見てあげるし、入学してからは一夏が実技を教えるよ。ただ、入学するならこれだけは覚悟して欲しい。家族と離ればなれになること。そして、誰かの家族を奪う事を」

 

勿論、そんな覚悟をしている人は学園に一割もいないだろう。でも、弾や厳さん、弾のお母さんの蘭ちゃんの溺愛ぶりを見て、この暖かな家族を壊したくないと思った。

 

「…ありがとうな、巧」

「俺は思った事を言っただけだ。お前にお礼を言われる筋合いはねぇよ」

「…男のツンデレは需要ねぇよ」

「うっせぇ!」

 

俺と弾の会話を皮切りに、蘭ちゃんは笑顔に戻り、弾のお母さんと厳さんは仕事に戻った。

その中で唯一、一夏だけが沈黙したままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ俺等はそろそろ帰るか。…おい一夏?」

「え?あ、ああ」

「どうした?昼くらいからぼーっとしてるぞ、お前」

 

昼飯の後、男三人で近所のゲーセンや大きめのデパートなんかを歩き回り、日が傾いて来た頃。弾の家の近くで帰寮しようとした時に、弾が一夏の状態を指摘した。確かに三人で歩いている時もいつもより会話の数は少なかった。

 

「いや、まあな。じゃあ帰るか」

 

腑に落ちないけど、まあいいか。

 

「またな、弾。今度は真理も連れて来るよ」

「おう。楽しみにしてるぜ」

 

手を振って弾と別れ、一夏と2人で帰路につく。

歩き始めて十分程経った頃、ずっと無言だった一夏が口を開いた。

 

「ISは兵器、か」

「ん?どうした」

「いや、俺たちは普通に使ってるけど、ISって兵器なんだよなって思ってさ」

 

昼からずっと考えてたのはそれか。

 

「…昼間も言ったけどさ、ISってのは国を落とせる最強の兵器だ。でもそれはISの一側面に過ぎない」

「うん。俺もずっとその事を考えてた。ISを作った束さんは知り合いで千冬姉の親友なんだけどさ、あの人がIS作った理由は宇宙に行きたいからなんだよ」

 

そういやそうだったな。俺も篠ノ之束の昔のISに関する論文を読んだ事がある。宇宙に行ける夢のパワードスーツ。当時の俺はこんな世界にしてくれてありがとうだなんて不謹慎な事を考えていたものだが、今ではISを兵器にしてしまった人達に憤りすら感じる。

 

「でもさ、やっぱり俺は皆を守れる力としてISを使いたいんだ。そりゃ宇宙にも行きたいとは思うよ。でも、この前みたいな奴らがいるんだって思うと、束さんには悪いけど俺は力としてISを使いたい。こういう考えって駄目かな?」

 

人によっては一夏の考え方を否定するだろう。その人の考え方だって間違っちゃいない。でも俺は一夏の考え方が好きだ。

 

「いいんじゃないか?作ったのは篠ノ之束だけど、それをどう使うかは人次第だろ。ま、守るどうのってのは俺とかセシリアに勝ってから言えよ」

「分かってるよ!それに、真理にも勝たなきゃな」

「真理かぁ。アイツにはまだまだ勝てそうにねぇなぁ、俺」

「そうなんだよ。この前も皆を避難させてたんだろ?俺じゃ無理だったと思うし」

「それに真理の空間把握能力と計算スピードすげぇぞ。跳弾しても危なくない所とか一番でかい音が出る所とか一瞬で見分けるし」

「マジかよ。そういや客席からISの頭に物干竿投げてたな。あれも狙ってやったのかな?」

「客席から!?いや、あの距離だったら偶然だろ。そんなんできたら織斑先生とタメ張れるぜ」

 

その時の俺たちは、真理の実力を本当には理解できていなかった。いやだって客席からアリーナの真ん中までどんだけ距離があると思ってんだよ?百メートルとかそんなレベルじゃないよ?

その後、真理が織斑先生と決着の着かない試合を繰り広げるのを見るまで、俺たちが真理の実力を真に理解する事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、明日の準備を終え、晩飯も食べ終わった頃。目の下にうっすら隈が出来ている山田先生が部屋に来た。なんでも、明日から転入生が2人も来るらしく、しかもその内の一人が男子らしい。そこで、本来2人部屋であるこの部屋を一人で使っている俺と同室にするらしい。

 

「それは構わないんですが、一夏が部屋の調整いつになるんだって言ってましたよ」

「すみません、私たちも忙しくて…。が、学年別トーナメントが終わる頃には調整も着きますから!」

「あ、いや、無理にとは言いませんよ。まあ、一夏には伝えときます」

「本当にすみません。では、また明日」

「はい、おやすみなさい」

 

にしても、男子か。この時期にってのはおかしな話だが、まあ外国の事だろうし、色々あるんだろう。一夏に言ったらすぐに口を滑らしそうだし、噂が広まったら先生達も困るだろうから言うのは辞めとくか。あ、真理なら大丈夫かな。真理なら誰にも言わなそうだし、一応言っとこ。

真理に電話を掛けると、数コールの後に出た。

 

『佐倉です』

「もしもし、真理か?」

『なんか用?』

「ああ。なんか明日転入生が2人来るらしくてな」

『その内の一人が男子だって話か?』

 

なんで知ってんだ!?

 

『そんだけ?じゃあな』

 

プツッと通話が切れる。いや、なんで知ってんだよ怖いわ。

あ、生徒会だったっけ。もしかしたら学園の説明とかでもう会っているのかもしれない。真理の驚く声が聞いてみたかったのに残念だ。今度その新入生と一夏と協力驚かせてみようかな。

そんなことを考えていると、今度はパソコンの方にメールが来ていた。

 

「なんだ?」

 

メールボックスを開き、その送り主を見て眉を顰めてしまう。書かれている名前は『澵井 亮介』

俺の、父親からだった。

 

 

 

 

 

 

波乱の一ヶ月が幕を開ける。



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一般人の四重奏編
人が増えれば面倒事も増えます。


ピピピッと静かな部屋に鳴り響く目覚まし時計を手探りで止め、上半身を起き上がらせる。時刻は午前五時。以前より早く起きるのには理由がある。端的に言うと、体力作りだ。

 

「ふわぁぁあ…。行くか」

 

脱衣所で浴衣を脱ぎ、紺色のジャージに着替え、楯無先輩に貰ったヘアピンをつけ、昨日貰ったばかりのマフラーを首に巻く。……長いな。

 

「まあ、これも慣れ、か」

 

寝ている楯無先輩を起こさないようにドアを開けグラウンドに出る。

今日から始める朝の体力作りは、ヒメさんに言われた通り、本当に体力を作る為だけなので物干竿は部屋に置いて来てある。

さて、とりあえず走り込みから始めるか。

準備運動をした後、ゆっくり走り始める。グラウンドだけじゃ飽きるので校舎や寮の周りにも行ってみるが、やはり時間帯が早いからか誰もいない。まあその為に五時に起きたんだが。

 

「早いな、佐倉」

 

あれぇ?なんか聞き覚えのある冷徹なブラコン先生のような声が聞こえるぞ。

 

「朝からそれだけ頭が回っていれば、授業もさぞかし集中して取り組んでくれそうだな」

「おはようございます、織斑先生。先生の方こそ早いですね。まだ五時半ですけど」

「お前こそ五時から走り回っているのだろう?関心だな」

「自分の為ですよ」

 

そう、鍛えているのは自分のため。まあどんな奴でも努力するのは自分のため以外にはあり得ない。誰かの為に自分が努力するとか意味が分からん。

 

「フッ。それだけ厳しく自身を鍛えている奴もそうはいまい。お前の通ってた道場の師範には会ってみたいものだな」

 

会っても返り討ちにされますよ、とは流石に言えなかった。ヒメさんはともかくいるかさんに勝てる人類は撫子さんとか本部長くらいのものだと思う。

その後なんだかんだで織斑先生と並走し、グラウンドまで戻って来た。

 

「織斑先生は毎朝走ってるんですか?」

「いや、気の向いた時に、だな。それでも週の半分は走っているが」

 

へー。これからは鉢合わせないように気をつけよ。

 

「心配しなくてもそうそう鉢合わせることは無いさ。それより、転入生の話は更識から聞いているな?」

「ええ、まあ。どのみち、俺にはあまり関係の無い話になるでしょうけど」

 

今日から一組に2人の転入生が来るのだが、どっちも厄介な事情を抱えている。正直関わりたくない。ので、片方は澵井に、もう片方は織斑に押し付ける予定だ。まあ澵井の方は既に同じ部屋になるようにしてあるし、織斑の方も、勝手に絡んで行くだろう。そう、つまり今回どんな騒ぎが起きようと、俺には無関係なのである。

 

「…一夏では、アイツの相手は無理かもしれん。その時は、頼む」

 

織斑の方は、楯無先輩から聞いた限り、根が深いというか逆恨みというか。確かにあのバカ一人じゃあ難しそうではあるが、それでも誰かの手を借りる程じゃないと思うんだがなぁ。いや、それ以前に。

 

「珍しいですね。弟のこと、厳しくも信頼してるって感じだと思ってたんですけど」

「確かにそうなんだが、あいつは私に心酔していたからな。一夏とは、相性が悪すぎる。その点、お前は人との相性はあまり関係なさそうだしな」

 

ここで厭味を入れてくる辺り、先生もいい性格してますね。俺じゃなかったら泣いてますよ。あ、俺以外にはそんなん言わないか。

 

「……生徒会として、他の生徒にまで被害が出そうだったら介入します。当事者同士の揉め事には関わらない主義なので」

「…そうか。では、私はそろそろ戻る。職員会議があるのでな」

「俺はもう少し動いてから戻ります」

「おう、遅刻は許さんからな」

「分かってますよ。じゃあ」

 

いやあ、にしても織斑先生と2人で話すのは初めて、じゃないな。職員室でも話したわ。でも、今朝のは織斑先生というより、織斑千冬として話したって感じだったな。

場所は移動し、いつも物干竿を振り回している広場に来た。関節を動かし、軽い柔軟を済ませ、助走をつけて木の幹を走り上り枝に飛び乗る。

これはパルクールの練習だ。体を効率的に動かすには全身を使うのが良いと思って調べた所、パルクールというモノが目に入った。移動動作を使って身体能力を向上させるというものだ。ていうかネットで見た動画がすっごい格好よかったんだよね、うん。しかも便利そうだし。最近じゃあ寮部屋の窓から壁伝いに外まで降りれるようになったし。

枝から枝へと飛び移り、グラウンド脇の木まで到着した俺は、恐らく部活の朝練か何かが始まったのだろう、グラウンドにいる数十人の生徒を見て練習を切り上げる事にした。遠目に見える時計も六時半を示しているし、朝練としては中々に充実したものだった。

 

「よっ」

 

枝から飛び降り、自分の寮部屋の真下まで歩く。ここから真上を見上げれば、窓の縁や雨樋のようなものなどの凹凸がある。

先週は駄目だった。俺の自室は五階にあるのだが、最大で四階までしか上がれていない。何故なら、この寮、一階ごとに部屋の配置が微妙に違うのだ。ほんの少しずつズレている凹凸を掴んでいると、あら不思議。四階に辿り着いた頃には自室からかけ離れた場所にぶら下がっている。しかも隣部屋もかなりの距離があって、助走無しではギリギリ届くかどうかといった具合なのだ。よって、大事なのは、自分が何処にいるかを把握する事、そしてゴール地点を意識し続ける事だ。

 

「さて、今日は何処まで行けっかな」

 

軽く助走をつけて、最初の凹凸を足場に跳び、二階の窓に立つ。と、そのタイミングで窓の向こうから足音が近づいてくるのが分かった。やべぇ、ここにいたら変態扱いされる。

急いで次の階の凹凸へと移動し、そのまま四階まで移動する。自室の場所を見上げると、ジャンプしてギリギリの場所に自室の窓の出っ張りがあった。ふむ、本当にギリギリだな。

 

「…………行くか」

 

膝を出来る限り曲げ、一気に跳躍。手を伸ばして窓の縁に指を掛ける。よっしゃ、到着……したは良いけどこれ窓開いてないな。片手でぶら下がり、窓を引いてみるがビクともしない。癪だけど、楯無先輩呼ぶか。多分起きてると思うし。

窓を数回叩いて呼んでみる。

 

「楯無せんぱーい。起きてますー?」

 

数秒後、窓の向こうからかなり慌てた足音が聞こえて来た。

 

「真理君っ!?え、あれ、いない…?」

「下です下」

「え?ええぇぇぇええ!?」

 

うるさっ。

 

「あの、ちょっとどいてもらえませんか?そろそろ腕がキツいんで」

「わ、分かったわ」

「よい、しょっと」

 

腕の力だけで体を持ち上げ、窓の縁に腰掛ける。靴を脱いで部屋の中に入る。あー腕疲れたー。

 

「真理くん、何してたの?」

「ちょっとパルクールの練習を…」

「いや、壁登るのはクライミングじゃない?」

 

言われてみれば…。まあ、出来るなら出来るで困りはしないし。

それより汗を流そう。首回りがすげぇ暑いし。ヒメさん、これ巻きながら汗一つかかずにあれだけ動けるって凄いな。俺にはまだ無理そうだ。

 

「それより、シャワー使っても大丈夫ですか?」

「ええ、いいわよ。あ、一緒に入る?」

 

ニヤニヤしながら肩を見せて来るが、こういうことにはもう慣れた。だって毎日のようにやってくるんだもん。

 

「別にいいですけど、今日は朝から生徒会に行くって言ってませんでした?生徒会長印が必要な書類が終わってないって」

「むぅ〜」

「それに、入るつったって先輩水着じゃないっすか。入るならシャワーじゃなくてプールのがいいんじゃないですか?」

「えっ!?」

 

今度は何に反応してんだ?まあいいや。

タオルを持って脱衣所へ向かい、シャワー中の札をかける。脱いだ服とマフラーは洗濯機に放り込んでおく。この寮部屋についている洗濯機は一度回すと乾燥までしてくれる優れものだ。ただ皺に関してはどうにも出来ないので三十分ほど干さなくてはならないが、洗濯機が乾燥まで済ませるのに十分も掛からないのを考えると本当に便利だ。

洗濯機をスタートさせてからシャワーを浴びる。まあ男のシャワーなんて一瞬だし、洗濯機が止まる一分前くらいに出て、着替えを済ませる。やっぱり思うんだが、この制服おかしくない?

ジャージとマフラーを干し、昨日の帰り道で買っておいた惣菜パンを食べる。大体の人は食堂で食べるようだが、毎日混雑した中で朝食を食べるのは嫌なので、週に何回かは部屋で食べるようにしているのだ。むやみに絡まれたりしないし、超安全。楯無先輩も行ったみたいだし、登校するまで本でも読んでよ。アーサー王伝説とか途中、ってかほとんど読んでないし。

一ページ目をめくり、先日読んだ所も含めて最初から読み始めると、ノックが聞こえて来た。……何これデジャヴ?

居留守でいけるか?いや、つっても三十分くらいだし読書の時間は最悪無くても大丈夫…でもなぁ、面倒くさいし…。

 

「真理ーいるんでしょー?」

 

ティナか…ある程度俺の行動を理解してきてると思うし、入れて本読めば良いか。あー考えるのがめんどくさくなって来た。

読みかけ、というか読み始めたばかりの本を置いて扉を開ける。

 

「朝から何の用…かは言わなくて良いや。おはようさようなら」

「閉めるなっ!」

 

クソッ、閉める扉の間に足を挟まれたっ!

てかなんで朝っぱらからそんなに集まってんだよ。

 

「人見て扉閉めるとか、アンタは引きこもりか!」

「ああ、今この瞬間程引きこもりになりたいと思った事は無いな」

 

凰が扉を両手でこじ開けながら睨んで来る。だって、多過ぎだろ。ティナと凰、織斑、澵井に篠ノ之、オルコット。篠ノ之とオルコットに関してはほとんど話した事が無いよ。つーか何しに来たんだよ、部屋には入れないぞ。

 

「それより準備できてる?出来てないなら待つから一緒に行こうよ!」

「ティナ、説明」

「えっと、私と鈴が朝ご飯食べに食堂行ったら一夏とセシリアと箒に会って、皆で食べてたら巧が来て、じゃあ真理も呼んで登校しよっか、って話になった」

 

こういう事が起きるから食堂行きたくなくなるんだよな。まあ行かなくても安全ではないことが今実証されたけど。

 

「はあ。ちょっと待ってろ」

 

いくら準備に時間かけてもこいつ等は待ってそうだからな、諦めたほうが早い。

乾いたジャージを畳み、マフラーを巻く。シャワーに入る時に外したヘアピンで前髪を留め、昨日のうちに準備しておいた鞄を持ち外に出る。鍵を閉めたら、もうそこは地獄でした。

 

「じゃあ、行こっか」

 

織斑と篠ノ之、オルコット、凰の後ろに俺とティナ、澵井が二列になって並んで歩く。何だこいつ等。とりあえず、五月蝿い。織斑を取り合うのは勝手だがもう少し静かにして欲しい。

 

「そういや真理、そのマフラーどうしたんだ?暑くねぇの?」

「暑くないし、気にするな」

 

運動しない限りは暑くない。

 

「にしても、前髪纏めたら普通に整った顔してんじゃん。なんで今まで隠してたんだ?」

「大した理由はねぇよ。楯無先輩からこのヘアピン貰わなきゃ今でもあのままだったし」

「ふーん。でも前髪以外も長くない?そろそろ肩に届きそうだよ?」

「ああ、後ろ姿じゃ、ぱっと見女子だぜ」

「うるせぇな。これより長い時期もあったし慣れてんだよ」

「へー。あ、じゃあ文化祭の時はお前女装しろよ!」

「死にたいならそう言え」

 

女装等と巫山戯た事をぬかす奴は死んでいいと思うんだ。それを言っていいのはことはさんだけだ!いや、良くないけど、勝てないんだもん、あの人。笑って女装させながら俺の攻撃を全部躱すんだぜ?おかしいだろ。

あと隣でぶつぶつ意外と似合うかも、なんて言ってるティナさんは何なの?腐ってるの?

澵井やティナと軽く話しながら教室に向かっていたが集団で歩いているせいか、かなりのスローペースで教室に辿り着いた。三十分前に寮を出たのに、教室に着いたのはHR三分前だ。いつも一組に来る凰でさえ、時間の無さに二組の教室に直行した。

席に着くなり織斑先生と山田先生が入室。いつも通り織斑先生は窓際へ、山田先生が教壇に立つ。この人副担じゃないの?

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。ISを使う授業となるので各自気を引き締めるように」

 

なんで窓際から言うの?教壇に立って言えば良いじゃん。

 

「ISスーツに関しては届いていない者がほとんどだろう。届くまでは学園指定のスーツで参加するように。忘れた者は水着で、それすら忘れた者は、まあ下着で構わんだろう。では、山田先生お願いします」

「はいっ」

 

ちょっと待って、いいわけないだろ。下着って。アホか。無かったら授業受けさせないでいいじゃん。なんで無理矢理にでも受けさせようとすんだよ。下着なかったら全裸で受けさせんの?

 

「えーとですね、今日はまず転校生を紹介します!しかも二名です!」

 

山田先生の言葉を聞いて、自然と目を薄めてしまう。

教室の扉を開けて入って来る、金髪と銀髪の2人組。こいつらが今回の厄介ごとの種。

両方ズボンタイプの制服を着ているが、金髪の方は美少年ともとれる恰好で、銀髪の方は眼帯をした少女だ。

未だ驚きの声を上げ続ける生徒に注意を入れた山田先生が、今度は転校生に自己紹介するように促す。まあ俺は2人とも知ってますけどね。

 

「シャルル・デュノアです。この国では不慣れな事も多いとは思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

およそクラス全員が驚き、数秒時が停止したのかと思う程無音な空間が出来てから誰かが呟いた。

 

「お、男…?」

「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて、本国より転入を…」

 

やばい、と思った時にはもう遅かった。もはや兵器レベルの叫び声が、鼓膜を破りに来た。

 

『きゃああああああああああ!!』

 

しまった、以前から知っていただけに、初めて知る奴らの反応を予測してなかった。そらそうだよ。華奢な美少年が来りゃここの人達は叫ぶに決まってるよ。

 

「キタ!4人目の男子キタ!」

「美形!守ってあげたくなる系の!」

「王子!ツンデレ!クール!貴公子!」

「ヤバい!組み合わせ自由よ!」

 

ヤバいのはお前等の頭だよ。

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

「み、皆さん静かにしてください!まだ自己紹介が終わってませんからー!」

 

教師2人、というか織斑先生に注意されたからか一瞬で静かになる。完全に調教されてるな、恐怖で。

そして、山田先生に促されたもう一人はひたすらに沈黙しているのだが、赤い片目は教室中を見渡している。あ、目が合った。すげえ目つきしてるな。視線で人を殺せそうだ。ていうか自己紹介しないとHR終わらないんだけど。織斑先生どうにかしてください。あんたの弟子みたいなモンでしょ、こいつ。

織斑先生に視線を送ると、軽くため息を吐いてから転校生に注意を入れてくれる。

 

「黙ってないで挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

 

言われるなり織斑先生に向かって敬礼。軍人だってこと丸わかりの行為だ。バカなの?

 

「その呼び方はやめろ。私はもうお前の教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

俺たちの方へ向き直った銀髪軍属少女は、俺たちを見下すように言った。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

無音。全員が続きの言葉を待つが、ボーデヴィッヒはこれ以上言う事がないと言った様に目を閉じ、多分織斑先生の指示を待っている。

 

「あ、あの、以上……ですか?」

「以上だ」

 

織斑の自己紹介を思い出すな。隣で織斑が呆気に取られているが、お前も同じようなもんだったぞ。

 

「…っ」

 

ボーデヴィッヒと織斑の視線がかち合うと、机の前までツカツカと歩み寄る。うへぇ、俺しーらない。織斑先生、これは止めなくていいよね。うん。だって席の反対側にいるし、俺には無理だ。うん。

 

「貴様が織斑一夏か?」

「ああ、そうだけ、どぅわ!?」

 

織斑の肯定と同時にボーデヴィッヒの鋭いビンタがスタートを切る。それと同時に俺の後ろで動く影。

 

「転校初日に暴力沙汰はあんまり良くないんじゃない?」

 

席から立った澵井が織斑の襟首を引きボーデヴィッヒのビンタから救出。それと同時に決め台詞。なんだそれ、漫画の主人公かよ。

 

「チッ。…私は認めない。貴様があの人の弟などと、認めるものか…!」

「はあ、HRを終わりにする。各人、すぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。織斑、澵井、佐倉はデュノアの面倒を見てやれ」

 

織斑はボーデヴィッヒの相手で精一杯だろうし、よし。澵井、頼んだぞ。

 

「君たちが織斑君に澵井君に佐倉君?初めまして…」

「ああ、悪いけど自己紹介は後でな」

「織斑、先行しろ。澵井はデュノアを連れて、俺が最後尾を行く」

「おう!」

 

バカは扱い易くていいや。この順で行けば俺の心の傷も増えないし、逃げる時もこいつ等を囮に出来る。デュノアという分かり易い餌もいるしな。

教室を出るなり全員で走り始めるが、早々に肉食獣に見つかってしまう。いやいや、情報の伝達スピード早過ぎだろ。二年生もいるし、楯無先輩が情報漏洩してんじゃないだろうな。帰ったら問いつめよう。

 

「あっ!転校生発見!」

「しかも男子全員揃ってる!」

 

一度のエンカウントで何体のモンスターが出てくるんだよ。ゲームだったらクソゲー認定待った無しだぞ。

 

「いたっ、こっちよ!」

 

『逃げる』も使えないとか、クソゲー確定だ、こりゃ。

 

「織斑君達の黒髪も良いけど、金髪も良いわね!」

「しかも瞳はアメジスト!」

「見て!澵井君と手ぇ繋いでる!」

「ツンデレ王子と素直な貴公子の逃避行!薄い本が厚くなるわ!」

 

腐女子の掃き溜めか、ここは!

 

「ね、ねぇ。なんで皆騒いでるの?」

「そりゃ男子が俺等だけだからだろ。それより、どうやって逃げる?」

「織斑先生の授業に遅れたら問答無用で死ぬぞ!?」

 

俺に聞くなよ。しかしまあ、死ぬのはごめんだ。

辺りを見回し、何か使えるものを探す。

 

「………澵井、デュノアを担げ」

「了解!」

「おら、行けっ」

「え?えええぇぇぇえ!?」

 

廊下の窓を全開にして織斑を押し出す。叫び声が聞こえるが専用機があるから大丈夫だろう。

 

「澵井、次」

「お、おう」

 

なんで引いてんの?てかはよ行け。もう目の前まで来てんだよ。

 

「あ、お前はどうす、んだぁああああ!?」

「きゃあああああああ!」

 

遅いわ。デュノアを肩に担いで窓際に足を掛けた澵井を蹴り落とす。アイツも専用機あるから大丈夫だろ。というより、女子みたいな叫び声上げやがって。男子以外にバレたら、こっちだって困るのに、全く。

さて、俺も行きますか。

こういう時の為じゃないんだけどな。

 

「よっ、ほっ、織斑、邪魔」

「え?ぐえっ」

 

壁を蹴って地面まで辿り着くが、下には着地したばかりの織斑。上には窓から身を乗り出して歓声を上げる女子たち。織斑を潰した事は、少しだけ悪いと思っているが、早くどかない織斑も悪いよね。

 

「え、えっと、織斑君、大丈夫?」

「お、おう」

「真理、お前俺等なんかよりよっぽど高スペックだぞ…」

「はあ?何言ってんだお前等のがよっぽど高スペックだよ殺されてーのかテメェは。今からそのIS物理的にぶっ壊して今度はひも無しバンジーさせてやろうか」

「怖っ!」

 

他人の口から言わせて自分の格好良さを再確認とは中々癖のあることをしてくれる。

大体、俺に出来る事は誰にでも出来る事だ。槍しかりパルクールしかり、時間を掛けて練習すれば小学生にだって出来る。ISを動かせる事くらいだ、俺の異常は。

 

「それより、さっさと行くぞ。殺されたくない」

「おう。デュノア、こっちだ」

「え、あ、うん。織斑君は?」

「大丈夫だろ。いつも織斑先生に叩かれてるし」

 

ほら、もう追いかけて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年急造された男子更衣室につき、肩で息を吐いている織斑を放置して着替え始める。とは言っても、ISスーツ自体は制服の中に着ているので、制服を脱いだ後にマフラーを巻き直すだけだ。

 

「そういや俺等の自己紹介してないな。俺は澵井巧。よろしくな」

「うん、よろしく。僕の事はシャルルって呼んでよ」

「おう。で、あの無愛想なのが佐倉真理。さっき見た通りかなりの高スペックを持ってる」

 

なんか、澵井の俺への評価が異常に高い気がする。ホモなのかな…。

 

「よろしくね、佐倉君」

「ああ」

「んで、あれが織斑一夏。あとで見てれば分かるけど、かなりの鈍感野郎だ」

「へ、へ〜。よろしくね?織斑君」

「あ、ああ、よろしく。それより、早く着替えないと。転校生だからって織斑先生は容赦しないぞ」

 

たしかにな。だがまあ、俺は着替え終わってるしその心配は杞憂だな。

 

「あれ!?真理着替え終わってる!?」

「お前等が遅いだけだろ。先に行ってるからな」

「ちょっと待てって!死ぬなら皆で死のうぜ?」

「嫌に決まってるだろ」

 

いや、あの、俺を捕まえてる暇があったら着替えろよ。気持ち悪いな。こいつ等全員ホモかよ。

 

「佐倉君、ちょっとだけ待っててくれない、かな?」

「……はあ。あと二分な」

 

その言葉を聞くなり織斑と澵井は着替え始めるが、デュノアだけオロオロしている。ああ、俺の視界に入ってるからか。それは悪い事をした。

俺はなるべく自然に、ロッカーに入れたスマホを弄る振りをして、視界からデュノアを外す。その直後、素早い衣擦れの音が聞こえ、一分後に見てみると既に着替え終わっていた。早っ。

 

「そ、そういえば、佐倉君はなんでマフラーを巻いてるの?」

「…大事なものだから」

「そっか。ねぇ、僕も真理って呼んで良い?」

「好きにしてくれ」

 

ふむ、そろそろ時間だ。これ以上遅くなると本当に脳が死にかねない。

 

「おい、お前等、そろそろ行くぞ」

「あ、おう。シャルルも着替えるの早いな」

「真理はISスーツでもマフラーは巻くのな」

「五月蝿いな。俺の勝手だろ」

 

四人四通りのISスーツを着た俺たちは男子更衣室を出て、第二グラウンドへと走った。

 

 



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兵器を向けられようとする事は変わりません。

第二グラウンドには既に織斑先生の指示の元、女子全員が整列し終えていた。どうやら組別出席番号順に並んでいるようだ。俺たちが入る場所も開けてくれている。

 

「男子共も来たな。これより格闘及び射撃を含む実戦訓練を行う」

 

一二組全員が大きな返事を返す。

正直俺はISが好きではない。最初の自己紹介の時に嫌いと言ったが、恨む程嫌いという訳じゃないのだ。しかし、好んで乗りたいとも思わない。

俺のIS適性はD。IS学園の入試では落とされても可笑しくない適正値だ。それなのに俺が何故ここにいるかと言われれば、男子だから。それ以外には無い。で、なんでISが嫌いかと言うと。

遅いのだ。

一応、形式上の入試として一度ISでの戦闘をしたが、ハイパーセンサーのおかげで反応速度は早いのに、体が付いてこない。それどころか、飛べないし走れない。唯一早かったのは武装の展開くらいで、それ以外はてんで駄目。乗っているのが無駄に感じるくらいだった。

そもそも自分に必要な力は自分で身につけるという事が、桜新町に通っていたせいか体に染み付いている。ISなんていう身につけるだけで強くなれるものは性に合わないのだ。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。凰!オルコット!前に出ろ」

 

ぶつくさ文句を言いながら前に出る代表候補生2人。うーん、この授業超休みたい。あそこに見える林みたいなところでパルクールの練習したい。

 

「お前ら少しはやる気を出せ」

 

あ、小声でなんか言ってる。アイツにいいところを見せられるぞ?ああ、織斑か。凄いな、言ってる事と表情が全くかみ合ってない。良い所を織斑に見させるつもりが皆無だ。ブラコンの闇ってやつか。

 

「まあ実力を見せる良い機会よね!専用機持ちの!」

「それで?わたくしのお相手はどちらに?鈴さんでも構いませんが」

「言ってなさい!返り討ちにしてやるわ!」

「慌てるなバカ共。お前等の相手は…」

 

言葉を区切って空を見上げる織斑先生。つられて見上げると、雲一つ無い青空に、不自然な黒い点が出来ていた。

だんだんと近づいて来る黒い点は、キィィンという高い機械音と甲高い叫び声を伴っている。

 

「ああああ!?ど、どいてください〜!!」

 

なんでこっちに突っ込んで来るかな。仮にも教師でしょう。

ISを纏った山田先生が生徒の群れに突っ込んで来る。というかこのままだと俺のとこに直進コースだ。流石に生身でISに突撃されたら死ぬわ。

だが、山田先生はもう目の前まで来ている。ISというものは無駄にでかいため、最早前後左右に避ける事は不可能だろう。ならば。

 

「ほっ」

「うわぁあああ!?」

「きゃああああ!!」

 

山田先生を真上に跳んで回避。隣にいた織斑に被害が行ったが知った事ではない。てか皆避難するの早くない?いつのまにか周りに人がいなくなってるんだけど。

 

「真理、お前やっぱおかしいわ」

「こんな一般的な小市民に向かってなんて事言うんだテメェ」

「語尾がヤンキーだよ、真理。それに一般人は高速で飛んで来るISを跳んで避けるなんてできないよ?」

「四階から飛び降りたのにも驚いたけど、本当に凄いんだね、真理」

 

だから俺に出来る事は時間をかければ誰にでも出来るんだって。

それより、試合が始まったみたいだ。

 

「さて、デュノア」

「はいっ」

「山田先生が使っているISについて説明してみろ」

 

うわ、ざっくりしたリクエストだな、おい。

 

「はい。あれはデュノア社製の第二世代機、ラファール・リヴァイヴです。第二世代後期の機体で,

第三世代機にも劣らないスペックを持ちます。現在配備されている量産型では世界シェア第三位を誇り、7カ国でライセンス生産され、12カ国で正式採用されています。特筆すべきは操縦の簡易性と汎用性で、それによって操縦者を選ばない事と多様性役割切り替えを両立しています。装備によって格闘・射撃・防御・といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティーが多い事でも知られています」

 

すげっ。

何が凄いって説明と一緒に試合を終わらせる山田先生が凄い。何あれ、聞こえてるの?いや、聞こえててもぴったり終わらせるって凄くね?普通に答えてるデュノアも気持ち悪いけど。

 

「くっ…まさかこの私が…」

「アンタねぇ…射撃専門なのに、なに面白いように誘導されてんのよ!」

「五月蝿い黙れ。これでIS学園教員の実力は理解できただろう。以後は敬意を持って接するように」

 

うん、まあ、流石にあれ見てバカにするような奴はいないだろう。

 

「さて、この後は八人グループになって実習を行う。各グループのリーダーは専用機持ちがやるように」

 

指示が出ると同時に、織斑、澵井、デュノアの元に生徒が殺到する。そりゃそうだろうな。イケメンに指導される方が、あんな醜態を晒した代表候補生より一万倍くらいマシだろうしな。

人がいないのは凰、オルコット、ボーデヴィッヒの三人か。しょうがない。

 

「…………」

 

こいつやる気ないみたいだし、俺もやる気無いからWIN-WINの関係だね。

 

「……貴様、佐倉真理だな?」

「…そうだけど?」

「生身で代表候補生を破ったというのは本当か?」

 

どっから仕入れてんだ、その情報。でもまあ事実だし…いや、あの状態での勝利を勝ちといっていいのか?でもなあ、今やっても勝てると思うしぃ。

 

「おい、どうなんだ?」

「んー、まあ勝ったよ?」

「ふむ。貴様にとってISとは何だ?」

 

なんだこいつ、グイグイ来んな。

俺にとってのISか…。

 

「過剰戦力、いや、偽物…?」

「どういう意味だ。はっきり言え」

 

一々腹に立つ喋り方だな、このチビ。

 

「はあ。俺はまだまだ強くない。未だに一つの力を追いかけて、その力に指すら掛けられていない。そんな俺がISとかいうチートを使ってその力に追いつくのは、卑怯だ。それに、俺が使うにはISの力はでかすぎる。器が無いのに中身だけあっても意味が無い。ま、他にもあるけど主な理由はこんなとこかな」

「ふむ……。貴様は強い。特に心の強さは教官に匹敵するだろう」

 

目を細める。なんでこいつこんな偉そうなの?織斑先生リスペクトなのは知ってたけど、そこまで真似すると最早苛立ちしか湧いてこないんだけど。

 

「だが、織斑一夏。あいつは駄目だ。教官の栄光に泥を塗ったばかりか、それを自覚しながらのうのうと生きている」

「いや、あのさ、それを俺に言われても困るんだよ。そんな事言ってる暇があったら俺の後ろの人達をISに乗せてやってくんない?」

 

なんかいつの間にか後ろに列が出来てるんだけど。織斑とか澵井とかデュノアの所から人が減ってるのを見るに、織斑先生に叱られたんだろうな。

さて、俺は一番後ろに並ぶかな。時間的にもギリギリ回って来るかどうかだし。

 

「ふんっ。早く乗れ」

 

その後ISに乗って歩いて戻って来るという作業を全員無言で淡々とこなしていった。俺の前の人が降りる際にしゃがみ忘れるという事故があったが、跳んで乗れたから問題は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真理、昼飯行こうぜ。今日は皆屋上で食うんだって」

 

そうか。なら俺は外に行こう。だって、あれでしょ?親睦会的なノリでデュノアも連れてくんでしょ?関わりの少ない連中に新参者を含めた昼食なんて地獄以外の何ものでもない。

 

「真理ー。お昼ご飯鈴に誘われたんだけど、一緒に行かない?」

「おーティナ。丁度いいや。一夏ーそろそろ行こうぜー」

「おう!」

「ほら、シャルルも」

「いいのかな、僕までついて行っちゃって」

「いいんだよ。数少ない男子同士、仲良くしようぜ」

 

おい。俺の机の周りに集まるな。クソ、今日は購買に行かなくていいからって教室に長居し過ぎた。それでも昼休み始まって一、二分でこんなに集まるって何?いっそ気持ち悪いんだけど。

 

「ほら行くわよ!」

 

もう諦めよう。そうだ、あの場所をこいつ等に知られるより百倍マシじゃないか。

諦めて、昨日の内に買っておいたコンビニのおにぎりやパン、飲み物が入った袋を持って大所帯の最後尾につく。

そして、屋上に到着したが、その後も地獄だった。

 

「い、一夏。弁当を作って来たのだが…」

「マジで?サンキュー!」

 

篠ノ之が顔を赤らめて弁当を渡す。その様子を見ていると、ティナが弁当の具を箸で掴んで聞いて来た。

 

「真理、いる?」

「いやいらん。…いてっ」

「いいから貰っとけよ」

 

なんだこいつ。うわ、ティナの顔がめっちゃ沈んでる。なにこれ、俺のせい?

なんか澵井が顎をクイクイやってるけど、これ俺のせいなのか。

 

「やっぱ貰うわ。どれくれんの?」

 

うわ、今度はめっちゃ笑顔になった。そうだよな、友達に味見して欲しい時もあるよな、うん。

 

「えっとね、これ!」

「どーも」

 

そう言って箸で掴んで差し出された出し巻き卵にパクつく。ふむ、中々美味しいな。そういやお菓子研究会に入ってるって言ってたな。卵を使うのは得意なのかな。

出し巻き卵を味わっているとティナが凄い見て来る。あ、感想か。

 

「美味いよ」

「!へへへ、ありがとう!」

 

さて、五月蝿いぞ、お前等。

 

「なんか、僕たち邪魔者みたいだね」

「そうだな。一夏はハーレム、真理は甘い空間を無意識に作り出して。あ、シャルル昼飯持ってないよな。これやるよ」

「え、いいの?」

「ああ」

 

お前が誘って来たんだろうが。

まあいいや。さっさと食って休もう。俺の昼休みは飯に三分の一、休憩に三分の二を当てるのが基本だ。朝練してるし、放課後も稽古があるからな。今日の放課後は生徒会に顔出すけど。

 

「皆さんもいかがですか?」

 

俺とティナ、澵井とデュノアの前にいきなり差し出された箱の中にはサンドウィッチが入っていた。オルコットが作ったのだろうそれは見た目は綺麗にできているし、匂いも美味しそうではあるんだが…なんだろう。冷や汗が止まらないんだが。不幸中の幸いというか、差し出されているのは俺だけではない。誰かが食って大丈夫だったら食べよう。

 

「うわあ、美味しそうだね!セシリア料理できたんだ〜」

「ええまあ。初めて作ったんですのよ」

「初めて!?凄いな…」

 

ちょっと待て。不安要素が増えたぞ。

 

「真理はどれ食べる?」

「え、いや、俺はいいや。腹一杯だし」

 

うん、ほら、卵焼き食ったし俺。だから、睨むな澵井。お前女たらし止めたんじゃねぇのかよ。女子を泣かせるな的な視線を向けるな。

 

「でもほら美味しそうだよ?」

「…わかった、食うよ」

 

お前等が食った後にな。

 

「澵井、お前どれ食う?」

「俺?うーん、じゃあ卵サンドで」

「僕はツナを貰おうかな」

「じゃあ私はこのサラダのやつ貰うね」

「…俺はお前等が食って一番美味そうだったやつにするわ」

 

これで食わずに危険かどうか分かる。そもそも料理に危険もクソも無いんだけど、本当に怖いんだよ。なんか禍々しく見えて来たし。

さて、どうなるか…。

 

「いただきまーす……っ!?」

 

駄目なやつだったっぽいな。堪えてるけど涙目になってるし、デュノアとティナに至っては顔真っ青にして今にも倒れそうだ。

それより、ここまで人に害のある食い物を作るオルコットに聞きたい事がある。

 

「オルコット」

「はい、何でしょうか?」

「このサンドウィッチを作る時に味見はしたか?」

「いえ、していませんが…」

「……ちなみにこれには何が入ってる?」

 

ティナの手から奪った食いかけのサンドウィッチを見せながら聞く。いや、味見をしてない時点で大概頭おかしいんだけどね。

 

「確か、レタスにハム、チーズと香りが悪かったので香水を少々と、色がお料理本と違っていましたので、からしとマヨネーズと油と…」

「ああ、もういい。ちょっとこいつ等と保健室行って来る。お前等行くぞ、歩けるか?」

「お、おう…悪い」

 

澵井は立てるが、ティナとデュノアは顔を俯かせたまま動けそうにない。どんだけ破壊力あるんだ、このサンドウィッチ。それに香水は調味料じゃない。

しょうがない、ティナとデュノアは担いで行こう。と、その前に。

 

「オルコット、口を開けろ」

「え?」

「いいから。早く口を開けろ」

「こ、こうですか?」

 

小さく開けた口に、ティナのサンドウィッチをねじ込む。うむ、中々上手く決まったな。

そして、自分の作ったサンドウィッチの絶望的なまでの味を舌で感じているオルコットに一言。

 

「今度からは味見をして人間の食えるものを作れ。それと…」

「っ…?」

「今度俺の前で食い物を祖末にしたら、代表候補生だろうと女だろうと容赦はしねぇ。お前がこの世で一番苦痛だと思う事を一週間続けて二度と料理なんて出来ないようにしてやるからな」

「ひっ…!」

 

怯えてるけど、俺の言ってる事はまともだからな?アオさんだったら相手の頭ん中で考えてる事をひたすら暴露し続けるとかその位はやるからね?

 

「澵井、デュノアを担げるか?」

「う、おう…ごめん、やっぱむり…うっ」

 

駄目だこりゃ。こいつも歩けそうにないな。しょうがない、全員担ぐか。背中に一人、脇に二人かな。

 

「ティナ、背中乗れ」

「う、うん…」

 

で、後は澵井とデュノアを抱えてっと。

 

「真理、俺も手伝おうか?」

「いや、それよりお前はその兵器をどうにか処理してくれ。お前等、急ぐけど、吐くなよ?」

 

屋上から出て階段を駆け下りる。出る間際に後ろで凰と篠ノ之が慰めるようにオルコットと料理を教える約束を交わしていたが、例え美味くなっても食べたくないな。

一階にある保健室を目指し、階段を飛び降りつつ三人の状況を見るが、かなりヤバい。顔色が真っ青を通り越して白くなってる。確実に人に害のあるものが含まれていたんだろうな。

二分足らずで保健室に辿り着き、足で扉を開ける。

 

「すいません、急患です」

「はいはー…って、凄い状況ね。とりあえずこのソファに座らせてあげてから事情を聞きましょうか」

 

その後事情を話すと、薬を飲んで寝かせておけば午後の授業は出られないが放課後には治るらしい。担任の先生に伝えてね、と言われ保健室を後にした。

あと一分もしない内に午後の授業は始まるが、事情を話せば出席簿による脳細胞破壊落としを回避できるだろう。あ、ティナは二組だっけか…。凰に伝え、らんねぇな。連絡先知らねぇや。チッ、直接行くか。

チャイムを無視して階段を歩いて登り、先に二組の教室へ寄る。

 

「失礼します」

 

一応ノックはしたが、俺が入ると同時に教室がざわつく。すみませんねぇ、織斑とか澵井じゃなくて。ていうか澵井は今保健室で寝込んでます。

 

「あら、佐倉君?どうしたの?」

「あーっと、ティナ・ハミルトンが昼休みに劇物を食ったので保健室で休んでます。先生が言うには午後の授業は全部出れないそうなんで」

「あらまあ。分かったわ。伝えてくれてありがとう」

「んじゃ、失礼しました」

 

さて、次が一番の難関だぞぉっと。あの鬼教師に言い訳が通じるのか。

よし、いざ勝負っ!

 

「遅れてすいません」

「事情は織斑に聞いた。早く席につけ」

 

おっと、少しだけ織斑の好感度が上がったぞ。毛一本分くらい。

席に座る前にオルコットをちらっと見ると、かなり暗い顔をしていた。まああんだけまずい食いもんを好きな人に食わせてたんだから、そりゃ落ち込むよな。

しかし、俺は悪くない。この学園で信用してみようと思った二人の内の一人を殺されかけりゃ、流石に慌てるし少しは怒る。これが桜新町の人だったら問答無用でひも無しバンジーだったけどな。

それは置いといて、授業の準備を済ませて座る。俺はIS関連の授業だけは割と真面目に受けているのだ。最初はそれはもう完全に聞き流して板書しかしてなかったけど、実習で乗るって楯無先輩に聞いてからはしっかり授業を受けている。だって危ないじゃん。授業を受けている時の心境は取扱説明書を呼んでる時と近い。危険物を取り扱うから、あながち間違いでもないんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日の授業が全て終わり、俺は織斑、篠ノ之、オルコットを引き連れて保健室に来ていた。いや、俺が連れて来たんじゃないのよ?勝手について来たんだよ。

で、何をするかと言えば。

 

「皆様、申し訳ございませんでした!」

 

オルコットが謝罪をした。いや、本当だよ。無駄にしたのが米だったら土下座させてからノーパラグライダースカイダイビングだったよ。

さて、こいつ等も回復したみたいだし、俺は生徒会室に行くかな。今回のアホ共のせいでやる事が増えたのだ。しかも、楯無先輩のせいでちょろっと暗部関係の話も聞いちゃったし、最悪だよ。って思ってたら、どうやら紫さんが働いている元老院が暗部関係らしく、割と見知った話だった。楯無先輩も危険性の低いものを選んでくれてるらしいが、晴れて俺も世の裏側を知る住人になってしまったようだ。ちなみに紫さんは暗部の調査等で使用される機器の開発部門の主任をしているらしい。椎名さんは元老院のトップだし、思いのほか身近に暗部の人間が多くて驚いた。

 

「じゃあ俺はそろそろ行くわ」

「どこ行くの?」

「生徒会」

 

それだけ言って保健室を後にする。

生徒会室までそこまで遠くないので、桜新町の町歌を鼻歌混じりに歌っているうちについてしまった。

 

「ツンデレツンツンっと。失礼しまーす」

「お、来たわね。どうだった?彼女達の様子は」

 

楯無先輩が扇子を開くと、そこには『延頸挙踵』の文字。それ読める人中々いないと思うんだけど。

 

「ボーデヴィッヒは資料通りでしたよ。デュノアは、あれもう隠す気ないっすよ。多分フランスも駄目元か、ハニートラップで寄越してるでしょ」

「だよねぇ。でも駄目だよー?窓から突き落としちゃ」

「いいじゃないっすか。あいつ等は皆IS持ってるんだし。それより、どうするんですか?あの調子じゃあ女子にもバレますよ?」

「大丈夫よ。多少女の子みたいでも男子って言い張ってればある程度騙せるのよ。女子校なら尚更ね」

 

どんだけ男に飢えてんだよ。その内織斑とか澵井襲われるんじゃねぇの。ていうかなんで窓から突き落とした事知ってんだ。あれか、あの女子の集団に混ざってたのか?人に頼んでおいて自分は楽しんでたのか。腹立つ〜。

 

「じゃあ引き続き監視よろしくね」

「了解です」

 

ん?良い匂い。

 

「佐倉君、どうぞ」

「あ、ありがとうございます。そういや布仏は?」

 

布仏先輩から紅茶を貰いながら聞いてみる。午後の授業が終わってからすぐに教室を出たから見てないんだよな。多分いたと思うけど。

 

「ああ、本音ならアリーナへ行っていますよ。織斑くんや代表候補生、転校生と澵井君が特訓するので監視に行ってもらっています」

 

うげぇ、あいつらあんなモン食ってんのに特訓してるの?

 

「真理君ちょっと見て来てくれる?ちらっとで良いから。で、それ報告したら今日は終わりでいいわ」

「メールかなんかで言ってくれりゃそのままアリーナ行きましたよ…?」

「べ、別にいいじゃない!」

「二つも報告事項があると混ざってしまう可能性がありますから」

「そ、そうよ」

 

ああ、そういう。始めからそう言ってくれりゃあいいのに。なんで態々不審がられるような態度をとるんだこの人は。てか布仏先輩の紅茶美味過ぎだろ。何これ、本場のやつより美味いんじゃないの?そういやことはさんも紅茶淹れられるらしいけど飲んだ事無いな。ルーシーおばあちゃん直伝っていうから結構期待値高いし。

 

「了解しました。じゃあ、行ってきます」

 

生徒会室を出て、アリーナへ向かう。どこのアリーナかは知らないが、多分第二アリーナかな。

 

 

 

で、実際第二アリーナにいたんだけど、何だこれ。

何故かISの射出口で専用機と思われるISを展開して、アリーナの地面に突っ立ってる織斑、デュノア、澵井、オルコット、凰、篠ノ之に肩に乗っかった砲台みたいなものを向けているボーデヴィッヒ。一応皆ISをつけているが、アリーナの端っこには、監視をするためだろうがISの訓練をしている布仏と、恐らくISを交代で使うためなのかISスーツのままの生徒が二人。

うーん、とりあえず布仏に事情を聞いて来るか。

アリーナの中へと入り、織斑達に気づかれないように布仏に近づく。

 

「布仏、どういう状況?」

「え、佐倉君!?」

「おー、さくらーん。なんかねぇ、らうらうが喧嘩を仕掛けて来たみたい〜」

「本音、どういう関係!?」

「生徒会の関係だよ」

 

にしても、行動起こすの早過ぎだろ。転入初日だぞ。澵井も言ってたじゃん。バカなのか、アイツは。

 

「ふむ…。じゃあ俺は客席で見てるかな。こっちはよろしく」

「りょ〜かい!」

 

そう言ってアリーナから出ようとした時だった。視界の端に写ったボーデヴィッヒのISの肩部についている銃口がこちらを向いた。

 

「っ!?布仏!剣出せ!」

「え?う、うん!」

 

最悪でも布仏はISを着けているから助かるが、俺や他の二人がまずい。撃ってこないとは思うが、撃って来た場合はマジで死にかねない。最近俺こんなんばっかだな。

ISを着けていない二人を布仏の後ろに移動させ、俺は布仏の横に立つ。できれば俺が乗って壁になった方が被害は少なくて済むが、布仏が降りたタイミングで撃たれれば全滅だ。

 

「それ以外に剣は?」

「もう一本入ってるよ?」

「じゃあそれ出せ。そんで貸せ」

「う、うん」

 

出してもらった剣を両手で持つ。重くて細かく振るのは無理そうだが、大振りならいけそうだ。てか軍人なら生身の人間にあんな巨大な兵器向けんなよ。

 

『そこの生徒!何をしている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 

おせぇよ、何してたんだ担当の教師は。

さて、ボーデヴィッヒも消えたし俺も生徒会室に戻るかな。

 

「あ、これ戻しといて。悪かったな、無駄に緊張させて」

「いやいや!本当に撃って来てたら危なかったし、ありがとう!」

「本当だよ!助けてくれてありがと!」

「たっちゃんかいちょーにも伝えとくね〜」

 

何故?

まあとりあえず迷惑がられてないらしいのでさっさと帰る事にする。あと無駄に緊張させたあの銀髪は絶対に許さん。その内なんかあったら速攻で織斑先生にチクってやる。チクるのがダサい?そんなん知るか。やられたらやり返す。相手が一番嫌がる事で!

とまぁアリーナでの出来事を報告し終え、いつもの広場でいつものように物干竿を振るっていると、いつものようにティナが来た。

 

「真理〜今日はありがと〜」

「ああ、気にすんな。俺も腹立ったし」

「それって、なんで?」

 

何顔赤らめてんの?普通に目の前に食材の無駄を詰め込んだ食べ物が出たら腹立つだろ。

 

「あ〜…そうだよね…。それより!明日から私もここ使って良い?」

「は?もう使ってんじゃん」

「そうじゃなくて!ここで私も特訓していい?ってこと!」

 

特訓?てか、別に俺のものじゃないから許可はいらないけどな。

 

「別にいいけど?俺のじゃないし」

「そっか。えへへ」

「明日から特訓するにしろ、今日はもう休んどけ。口直しに美味いもん食って寝ろ」

「あはは、セシリアには悪いけど、ちょっと刺激的過ぎたからなぁ。真理はどうするの?そろそろ食堂も空くと思うけど」

「俺も汗流してから食いに行く。一緒に行くか?」

「うん!」

 

その後、毎度の如く、浴衣の俺とラフな恰好のティナが飯を食っていると、織斑一行が現れ、ぎゃいぎゃい騒ぐ一行を見ながら食事を終えた。

そして、事は起こった。

晩飯を食べ終え、ティナと別れて部屋で本を読んでいると、一通のメールが届いた。

 

「…澵井?」

 

嫌な予感しかしない。むしろ良い方に考える方が無理だ。

内容は、『今すぐ俺の部屋に来て欲しい』

しかも一斉送信で織斑にも送っているようだ。

とりあえず、まだ生徒会室にいるであろう楯無先輩に連絡しなくては。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『デュノアの正体がバレました。澵井の部屋へ向かうので、その後はよろしくお願いします』

 

 

さて、話を聞きに行くか。

既に知っているデュノアの身の上話を。

そして、その決断を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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故に私は助けません。

巧side

 

真理が保健室から出ていった後、シャルルが一夏達の特訓について行くと言うので俺もついて行く事にした。同じ部屋になる訳だし、言いたくないがあんな劇物を食った後に運動して倒れでもしたら大変だからだ。多分俺も参加するんだろうけどな。

第三アリーナに着き、箒が訓練機、一夏とセシリアと鈴、シャルルと俺が専用機を身につけ、早速特訓を開始したのだが、いかんせん説明の仕方が独特すぎる。箒は擬音のみ、鈴は感覚を連呼、セシリアは俺でも注意しないレベルのミリ単位で口頭説明。箒や鈴は当然として、セシリアの説明でも分かる人間は少ないと思う。

そこで救世主のように現れたのがシャルルだ。一夏の駄目な点を分かるように、懇切丁寧に伝え、どう改善すればいいのかを教えている。俺はというと、一夏の説明担当を外された三人に国語の授業中だ。

 

「まず箒。擬音だけじゃ細かい説明が出来ていないだろ?一夏だって専用機を持っているんだし、もう少し細かく分かり易く説明してやれ。鈴もどんな感覚かくらいは言ってやってくれ。感覚感覚だけじゃ身に付くもんも身つかない。セシリアは逆に細か過ぎだ。何度とかより、どういう動きをすれば効果的かとか色々あるだろ?」

 

全員俯いてしまっている。しかし、突然鈴が顔を上げた。

 

「だったらアンタはどうなのよ!アタシ達にそれだけ言うってことは、それだけの実力があるって事よね!?」

 

うーむ。それを言われると弱いな。正直機体に頼っている所は大きいし、訓練機でやれと言われたら弱くなるだろうし。家で作っている機体なら別だけど、あれはこの学園に設備されてないしな。元々軍用に作られたものだったからなぁ。

 

「鈴さん。悔しいですが、巧さんの実力は本物ですわ。あのような第三世代兵器を使えている時点で、実力は代表候補生と同等かそれ以上でしょう」

「くっ、セシリアの言う通りだ、鈴。しかし!一夏に特訓を頼まれたのは私なのだ!何故こんなにも増えている!?」

 

それは知らない。俺はシャルルについて来ただけだし。

 

「あ、それが巧のIS?へー、かっこいいね!」

「そうか?…まぁ、そのうち没収されるけどな…」

「え?何か言った?」

「いいや、何も」

 

はは、と笑って話を逸らす。

真理の話を聞いたり、自分で調べたりしているうちに、俺の母親が女権団の人間であることが分かった。そして先日、ついに会社から呼び出しがかかった。今度の学年別トーナメントが終わり次第、会社に一度ISを提出しろと連絡が来たのだ。恐らくそのタイミングで没収されるのだろう。かなり気に入ってたのになぁ。

 

「それより、一夏はどんな感じだ?」

「とりあえず僕のアサルトライフルを貸してるよ。遠距離武装の特徴を掴んでもらうには、自分で使うのが一番だからね」

 

一夏の方を見ると、ターゲットに向かってアサルトライフルを撃っているが、どれも中心からかなり外れた所に着弾している。多分近接武器しか無いから、自動照準機能とかセンサー・リンクとか無いんだろうな。俺じゃああの機体は使えそうにないや。

 

「そういえば巧って、あの澵井コーポレーションの御曹司なんでしょ?」

「ん、ああ、そうだな。でもシャルルだってデュノア社の御曹司、だろ」

「まあ、ね。そのIS、第三世代だよね?主武装は遠距離?」

「いいや、違うよ。俺の主武装は…」

 

言う直前で、砲撃音が聞こえる。音の方へ視線を向けると、ピットの射出口にもう一人の転校生、ラウラ・ボーデヴィッヒがISを纏って立っていた。

 

「織斑一夏。貴様、専用機を持っているらしいな。ならば話が早い。私と戦え」

 

俺たちを見下しながら言う彼女が一夏に強い憎悪を抱いているのは一目瞭然だった。まあHRの時点で明らかではあったが、どうやらかなり一夏に執着しているらしい。過去にあの二人の間に何かあったのか、それとも彼女の一方的な憎しみか、一番ありえないのは一夏が何かをして忘れていることだが、それは無いと思う。鈴との約束も、その真意が伝わってこそいなかったものの、しっかりと憶えてはいたし。

 

「嫌だ。理由がねぇよ」

「貴様になくても私にはある」

 

ボーデヴィッヒは手を握りしめながら言った。

 

「貴様さえいなければ、教官が大会二連覇の偉業を果たしていた事は容易に予想できる。だから、私は貴様を許さない」

 

あいつが執着しているのは織斑先生か。

織斑先生___織斑千冬はISの世界大会『モンド・グロッソ』の第一回優勝者だ。その圧倒的な実力から第二回大会でも優勝することは間違いないと言われていた。事実、決勝まで危なげなく勝ち進んだ彼女は、しかし決勝の舞台に現れなかった。

その事に一夏が関係しているのか?

 

「……また、今度な」

「ふん。ならば、戦わざるをえないようにしてやろう」

 

直後、ボーデヴィッヒの肩部についているレールキャノンが火を噴いた。

しかし、慌てる事無く俺とシャルルが動く。

シャルルは物理シールドを展開して一夏の前へ。そして俺は、一瞬で展開した肩から生えた二本の機械腕と本来の腕の合計四本の腕で、俺自身が三人は入りそうな超巨大シールドを展開して一夏、シャルルの更に前へと出る。大した反動も無く、レールキャノンから放たれた砲弾を防ぐ。

 

「…朝にも言ったようにさ、転校初日に問題起こすのは良くないぜ?ラウラ・ボーデヴィッヒ」

「ドイツの人は随分沸点が低いんだね。ビールだけじゃなく、頭もホットなのかな?」

 

シールドを量子変換し、今度はアサルトカノン『ガルム』を展開したシャルルが俺の隣に並ぶ。こういう所はしっかり男なんだな。窓から蹴落とされたときは女子みたいな叫び声上げてたけど。いや、あの高さから落ちれば誰だって甲高い叫び声になるよな。

 

「貴様等…。フランスの第二世代型と親に頼らねば生きられない雑魚が私の前に立ちふさがるとは」

 

ボーデヴィッヒの目が細められ、俺と一夏に向く。

 

「織斑一夏、澵井巧。貴様等如きが専用機を持っているのが私には不思議でならない。貴様等より佐倉真理の方がよっぽど強く、有意義に使えるだろう」

 

そんなこと、俺たちが一番良く分かってる。アイツは俺等なんかよりも強く、賢い。専用機を貰うのなら俺たちなんかより真理の方が相応しい。それでも俺たちの手に専用機が渡ったのは、真理よりも立場が良かったからだ。世界一位の弟と世界一位の企業の息子。メディアからすれば一般人だった真理よりも注目がいくのは当然だった。

でも、だからこそ、与えられた力を自分のものにして、誰かを守れるくらい強くなろうとしてるんだ。

 

「そんな事、分かってるさ。でもな、その力で復讐しようとしてるお前に何かを言われる筋合いはねぇよ!」

 

俺たちに向けられる視線が更に鋭くなる。しかし、今度は俺も睨み返す。

だがその睨み合いはすぐに中断された。ボーデヴィッヒが何かを見つけ、視線とともに肩のレールキャノンの砲口の向きを変えたからだ。

 

「ならば、貴様達にあの行動が取れるか?」

「あ?…!」

 

視線の先には、ボーデヴィッヒのレールキャノンに対抗する為だろうか。IS用の剣を両手で重そうに持ち、そのISと共に並び立つ真理の姿があった。

確かに真理の力があれば一度くらいなら砲弾を弾けるだろうが、その一度で恐らく腕や足の骨は折れるだろう。

だが、真理の目に迷いは無かった。背後に生身の生徒が二人いるのもあるのだろうが、確実に砲弾を跳ね返すつもりでいるのが分かる。

 

「織斑一夏。貴様、人を守りたいらしいな。そんなもの、貴様ごときに出来る訳がない。何故か分かるか?弱いからだ。誰よりも弱く、誰かの経歴を汚し、強くなる努力している振りをしているだけだからだ」

「っ!」

 

一夏が飛びかかろうとするが、シャルルに抑えられる。しかし、今のは俺も腹が立った。

そのタイミングで放送が入る。

 

『そこの生徒!何をしている!学園とクラス、出席番号を言え!』

 

この騒ぎを聞きつけた教師なのか、アリーナの担当の教師なのか。俺には分からないが、少なくとも教師が来るくらいには危険な状態である事は理解した。

 

「…ふん。今日は引こう」

 

ISを解除したボーデヴィッヒがピットへと消える。俺たちを包んでいた緊張感も消え、微妙な空気が流れる。

そんな空気を変えてくれたのはシャルルだった。

 

「そ、そういえば、それが巧の主武装?」

「あ、ああ。俺のISの名前は鷹修羅。まあ、名前の通りだな。この二つの複腕をイメージインタフェースで動かしてる。もう一つあるんだけど、まだ完成してないらしいんだよね」

「へー。巧の銃の腕があれば、かなり強いんじゃないか?」

 

剣呑な空気だった一夏も、普段通りに戻って話しかけて来る。箒達もいつも通りだ。

 

「いや、俺が使えるのはこのニ本が限界だ。本来ならあと二本腕がつくし、左右の視界が二つの画面になって見れるようになる『ホークアイ』って機能がつく」

 

だがそれをやれるだけの能力が俺にはない。ISはハイパーセンサーによって目を瞑っていても360度見えるようになっていて、俺のISはそれを二つの画面として前面に映せるようになっている。要するに、広がった視界を画面にすることが出来るのだが、複腕をイメージインタフェースで動かす上に、画面を見ながら戦闘するとなると脳の負担が多すぎるのだ。故にホークアイもあと二本の複腕も俺では使えないのだ。

 

「へー。とりあえず今日はおしまいにしよっか。慣れないことして疲れただろうし」

「そうだな。俺は剣一本で頑張るよ」

「そ、そうだ!一夏は剣だけあればいいんだ!」

 

その後、箒と鈴とセシリアと別れ、男子更衣室で着替えていると一夏がシャルルに詰め寄った。上裸で。いやそれはヤバい。変態というかホモっぽくて怖い。

 

「なあ、巧もそう思うだろ?シャルルってなーんか俺等と一緒に着替えたがらないよな。シャワーも浴びないし」

 

別にそんくらいいいだろ。なんだお前。お前の脳内じゃ男は裸を見せ合わせなきゃいけないのか?何処の阿部さんだよ。

 

「別にいいじゃん。大浴場が使えるならともかく、男同士で裸を見せなきゃいけないわけじゃないし」

「でもさあ、あるだろ?こう、裸の付き合い的なやつがさ」

「だからそれは温泉とかの話だろ。それともなんだ、お前はシャルルの裸が見たいのか?」

「ええ!?や、やめてよ一夏!」

「そんな事は言ってねぇだろ!?」

 

いや、言ったよ。それと同じ意味の事をお前は言ってる。

 

「とりあえずシャルルは先戻ってて。これ部屋の鍵。俺と同じ部屋だから、安心していいぞ」

「うん、ありがとっ!」

 

シャルルは上着を羽織りながら出て行った。

そして今度は俺が一夏に詰め寄る。

 

「一夏、お前はもっと行動する前に考えろ」

「え?」

「相手と仲良くなりたかったら何をしても良い訳じゃないだろ?シャルルには体を隠したい理由があるのかもしれないし、それ以前に人前で着替えるのが恥ずかしいのかもしれないだろ」

「俺は気にしないぜ?」

「お前や俺が気にしなくても、シャルルが気にするって言ってんだ。せっかく男子が四人に増えたんだ。仲が悪くなるのはお前も望まないだろ?」

「…分かった、気をつける。あとでシャルルにも謝りに行くよ」

「ああ、そうしてくれ」

 

俺たちは着替え終え、それぞれの部屋へと戻った。未だに一夏が箒と同室であることに腹を立てたセシリアと鈴達とで一悶着あったが先に帰らせて頂いた。関わっても碌な事にならなそうだったからな。

部屋に入るとシャワー音が聞こえる。シャルルが入っているのだろう。その内出て来るだろうし、その後俺も使おう。流石に一緒に入るには狭いし、男同士で入るとか気持ち悪いし。シャルルはちょっと女子っぽいけど。

さて、出て来るまで暇だし、必要な事をやっておこうかな。

真理の部屋は女子と同室らしく、シャワールームの扉に『シャワー中』という札を掛けているらしい。男子同士とはいえ、シャルルは裸を見られたくないみたいだし必要だろう。本当なら板とかがいいんだけど今は無いし、紙に『シャワー中』と書く。扉にクリアフィアルをテープで貼付け、中に紙を入れる。よし、即席だが掛け札代わりの完成だ。

その時、シャワーを終えたシャルルが扉を開けた。幸い、俺は扉から離れていたから良かったが、問題はそこではなかった。

 

「はあ〜、コルセット忘れちゃっ…た、巧!?」

「えと、ただいま。シャル、る?」

 

バスタオル姿で出て来たシャルルには、胸があった。胸というより、あの、女性の象徴的な、母性の象徴的なアレがあったのだ。

 

「き…」

「き?」

「きゃあぁああああああ!!」

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ということです」

 

くだらなっ。

澵井にメールで呼び出され部屋に到着すると、中には既に織斑がいた。そして、シャルル・デュノアが女であること、それに気づいた経緯を聞かされた。

初日で気づかれる事にも驚きだが、バスタオル一枚で出るデュノアにも呆れを通り越して驚いた。ちなみに俺は楯無先輩から聞いていたため、デュノアが女であることは知っていた。その目的も聞かされてはいるが、本人から聞かされるまでは泳がせるようにとも言われていた。

 

「それで、結局シャルルは何が目的で男装してたんだ?」

「それは…」

 

こいつから自供とれないと楯無先輩も動けないし、軽く揺さぶりかけるか。なんで俺がこんな事しなきゃいけないんだ、まったく。

 

「わざわざ性別を偽って転入してきたんだ。それなりの理由があんだろ」

「………うん」

 

さて、場は整った。後はこいつが何を話すか、そしてその話を聞いてこいつ等がどうするか、だな。

 

「僕の父親はデュノア社の社長なんだ。男装して君たちに近づくように、あの人に命令されてんだよ」

「命令って…父親なのにか?」

「僕はね、愛人の子なんだ」

 

俺は知っていたが、今初めて知る二人はかなり驚いている。でもま、探せばありそうな話だ。今時日本にもストリートチルドレンがいる時代だし。

 

「二年前に母が他界した時に初めて知ったんだけどね。それで、色々検査しているうちにIS適性が高いと分かって、非公式だけど社のテストパイロットをしてたんだ」

 

あ、楯無先輩から連絡来てる。壁に寄りかかって、三人に見られないようにメールの内容を確認する。内容は『部屋の前に到着したわ。今どうなってるのかしら?』とのこと。これは、なんと言ったらいいんだろう。

 

「父に会ったのは2回くらいで、最初は本邸に呼ばれた時…あの時は酷かったよ。いきなり本妻の人に殴られたんだ。『この泥棒猫の娘が!』って。参るよね……母さんもちょっとくらい教えてくれてたら、あんなに戸惑ったりしなかったのに」

 

駄目だ。まだ必要な事を聞いてない。デュノアの身の上話は楯無先輩に聞いたし、目的も知っている。だが、本人からの自供が無いと意味が無いのだ。

つーか同じ話を二度も繰り返されるとかだる過ぎ。校長の話を聞いてる気分だ。

 

「それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥ったの」

「…イグニッション・プラン。第三世代ISの開発に手間取ってるからか?」

「巧にはわかっちゃうか…」

「何だよ、そのイグニッションなんたらって」

 

イグニッション・プランとは、EUの統合防衛計画の名前だ。現在は第三次イグニッション・プランの次期主力機を選定中で、トライアルに参加しているのはイタリアのテンペスタⅡ型、イギリスのティアーズ型、ドイツのレーゲン型の三つだ。

フランスのデュノア社は確かに世界ISシェア第三位という地位を確立してはいるものの、所詮は第二世代。ここで第三世代を開発できるだけの技術力がある事を知らしめないとならない。

IS開発には莫大な資金が必要だ。それこそ、国からの援助が無ければ開発など到底無理だ。

しかし、デュノア社は第三世代を形にすることが出来なかった。元々第二世代最後発のため、データも時間も不足していたらしい。そのせいで、既に政府から予算を半分カットされ、トライアルで選ばれなかった場合は援助を全額カット。ISの開発許可も剥奪されるそうだ。

 

「で、でも、それがどうして男装に繋がるんだ?」

「会社の広告塔、か?」

「鋭いね。でも、それだけじゃないんだ。…同じ男同士なら、君たちに接触し易いでしょ?」

 

そうだ。それが聞きたかった。

 

「つまりね、君たちのISのデータを盗むように、あの人に言われているんだ」

 

俺はボイスレコーダーを停止して、楯無先輩にメールを送る。『自供取れました。でも、まだいてもらって良いですか?』と。生徒会としての仕事は終わったが、俺個人が聞きたい事がある。

 

「…それで、シャルルはどうするんだ?」

「皆にはバレちゃったし、本国に戻されるんじゃないかな。デュノア社は、潰れるか他企業の傘下になるか。でも、僕にはどうでもいいことかな」

 

諦めたように話すデュノアを見て、俺は聞きたい事を飲み込んだ。これがこいつの選択ならば、尊重しようじゃないか。所詮、出会って一日の知り合いにも満たない関係だ。切り捨てるのなら早い方がいい。

 

「そうか。話は終わりだな?」

「うん。話したら楽になったよ。聞いてくれてありがとう。それと、嘘をついててゴメン」

 

話を聞き終えた澵井が口を開く。

 

「…それで、シャルルはどうするんだ?」

「どう、って。時間の問題じゃないかな。フランス政府も真相を知ったら黙ってないだろうし、僕は代表候補生を降ろされて、良くて牢屋、かな」

 

それを聞いた織斑と澵井が初めて怒りを見せる。デュノアが、自分の人生を諦めている事に。

それに関しては俺も腹が立ってはいるが、助けようなんて気は起きない。

 

「それでいいのか?」

「いいも何も、僕には選ぶ権利が無いから、仕方ないよ」

 

同じ経験をした者は、他者に同じ経験をさせまいとする者がいる。この二人がまさにそうだ。

 

「親がいなけりゃ子供は生まれない。だからって、親が子供に何をしてもいいなんて、そんなバカな事があるか!」

「そうだ。生き方を選ぶ権利は誰にだってあるんだぜ?」

「そう、かな」

 

今、こいつ等の言葉でデュノアは変わるんだろう。だが、それは甘えだ。他者に言われた救いなんて、脆いものだ。あの時助けるなんて言っといて、いざ助けられなかったらすぐさま切り捨てる。責任なんてものはそこに発生しないのだから。

 

「親が子供に何をしてもいい訳がない?そんなバカな事があるんだよ。生き方を選ぶ権利は誰にでもある?そんな訳ねぇだろ。生き方を選べない奴だっている」

 

笑顔になりかけていたデュノアの顔が止まる。澵井も織斑も、自分の言った事を否定されて、止まっている。

 

「…な、何が言いたいんだよ?」

「そうやって無責任に救いを差し伸べるな。お前みたいに、自分の力で誰かを救えるなんて勘違いしてるバカは見ていて腹が立つ」

「何だと!?」

 

織斑が怒鳴る。

 

「じゃあ聞いてやるよ。お前に一体何が出来る?」

「そ、それは…あ」

 

何かに気づいたように織斑は生徒手帳をだし、ぺらぺらとめくっていく。そして、目当ての項目が見つかったのか、手を止め、それを読み始める。

 

「特記事項第21、本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家・組織・団体に帰属しない。本人の同意が無い場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする。つまり、この学園にいる限り、三年間は安全だろ?その間になんとかすればいいんだ!」

 

ふむ。一見話が通ってるように聞こえるが…。

 

「その三年間でお前はどんな力を身につけるんだ?世界三位の企業相手に勝てるだけの力をお前が身につけられるのか?いや、それ以前に三年間ここが安全なんて言い切れないだろ。男装した程度で簡単に入れる学園ならいくらでも潜入できる。あいつの問題は、今すぐにでもどうにかしなければならない問題だ。それが無理なら諦めろ。大体、デュノア本人が諦めてんだ。お前等がどうこう言うものじゃない」

 

この間のように、謎のISが侵入してくるかもしれないしな。

それ以前に、俺は許せないのだ。助かる努力もしていない奴が、他者の力を借りて助かる事が。助かる努力をしていた奴が助からなかったのに、悲劇のヒロインぶって助けてもらうことを望んでいる奴が。

そんな俺の気持ちとは裏腹に、織斑が俺の胸ぐらを掴んで壁に押し付ける。

 

「…離せ」

「お前は!友達が苦しんでるのに助けないのか!?」

「ああ、助けない。そもそもお前等を友達なんて思った事は一度も無い」

「っ!だとしても!助けを求められてんだぞ!?」

「デュノアがいつお前に助けを求めた?俺にはアイツが助かる事を諦めて捕まる覚悟をしていたように見えたがな」

「それでも!あの話を聞いてたんだろ!?助けないなんて、何考えてんだ!?」

 

保身のことしか考えてねーよ。でもそれ言ったら殴られそうだな。

 

「さっきも言ったけどよ。今時子供を子供と思わねー親だって一杯いるんだよ。それでもいつか助かるって頑張ってる奴がいる。俺の知り合いにもいたよ。けどな、そいつは中学一年の頃に死んだ」

「…っ」

 

デュノアが息を飲み込む音が静かな部屋に響く。

小学生の頃、女尊男卑の風潮が強くなりだした頃の話だ。

母親から奴隷のような扱いを受け始めた頃。そんな時に出会ったのが、同じ境遇の男子だった。次第に学校にも絶望してく俺が、唯一学校で話していた男子だった。小学校を卒業し、それでも女尊男卑の影響に晒され続けるだろうと覚悟して中学校に進学したが、そこで待っていたのは絶望だけだった。

その男子は両親からの虐待に加え、学校でいじめに遭い、教師にすら暴行を加えられていた。

そこからの話は簡単だ。過酷な毎日に、それでも未来に希望を持っていた彼はとうとう折れ、ある日の下校時刻に校舎の屋上から飛び降り自殺をした。

 

「なら、なおさら助けたいと思わねーのかよ!?」

 

はあ。もう、いいや。

胸ぐらを掴んでいる織斑の手首を握り、捻って外す。そしてその手を押し返す。澵井とデュノアの前で尻餅をつく織斑。その三人に向かって、言い放つ。

 

「助ける力も無いのに、無意味な目標を掲げるのはやめろ。お前みたいに現実を見ずに高すぎる理想を掲げるやつは、いつか必ず周りを巻き込む」

 

この学園で、俺が信頼したい人物は二人しかいない。それ以外にならどう思われようがどうでもいい。その二人に嫌われたら、所詮そこまでだったって事だろう。

 

「ま、真理。落ち着けよ、な?シャルルの事は俺も頑張るから」

「お前ごときに何ができる?親に見限られる程のクズだったお前が、人を助ける?調子に乗るなよ。所詮親の権力にしか頼れないお前が何を頑張るってんだ」

 

だから、大丈夫。嫌われるくらい、慣れたものだ。そもそもこいつ等に好かれたいなんて思ってないしな。

 

「…僕は……頑張るよ。今からでも、自分を助ける為に頑張るよ…!」

「…シャルル…」

「だから何だ?他人に言われたから頑張る?巫山戯るな。未遂とはいえ親の命令で犯罪を犯したお前に、救いなんてもうねーんだよ。大人しく法の裁きを受けろ」

 

そろそろ消灯時間が迫ってる。この辺で俺は帰るか。

 

「俺はもう部屋に戻る。お前等、つっても織斑だけか。さっさと部屋に戻るんだな」

 

部屋から出ようと扉に手をかけると、織斑に声をかけられる。振り返ってみると、織斑が拳を振りかぶっていた。でも、遅い。

拳を左手で去なして、腹を蹴りとばす。何すんだよ、危ねーな。

 

「ぐっ…」

「一夏!大丈夫か!?」

「あ、ああ。…真理」

「あんだよ」

「お前は絶対に倒す。お前が間違ってるって、認めさせてやる!」

 

それじゃ、駄目だ。分かっているのか、織斑。お前のそれは、正義では無い事に。他者を他者と認めない故の行為である事に。

だがそれを言ってやる程、俺は優しくないんだよ。

 

「ああ、期待してるよ」

 

扉を開いて廊下に出る。階段への曲がり角を曲がると、壁に寄りかかって口元を扇子で隠す楯無先輩がいた。この人ここで聞いてたの?聞こえるもんなの?

 

「ここで聞いてたんですか?」

「あはは、流石に聞こえないわよ。さっきまで扉の前にいたわ」

「そっすか」

 

どちらともなく二人で歩き出す。まあ、同じ部屋だしな。

その道中、楯無先輩が苦笑じみた笑顔を浮かべながら言った。

 

「あの話、よく出来てたと思うわ」

 

あの話、というのは、俺の友人が死んだという話だろう。俺の事を調べていた楯無先輩には分かったようだ。あの話が嘘だと。

 

「あの話のモデルは貴方でしょう?」

「…俺はそんなに被害妄想酷くないですよ」

 

まあでも、当たりではある。あの話は俺の経験にある程度の脚色をしたものだ。事実、俺が虐待じみた事をされていたのは両親ではなく母親と妹からだし。死んでないし。

 

「これからどうするの?私が言った事はしてくれたし、織斑君達と敵対することはないのよ?」

 

その言葉でボイスレコーダーの存在を思い出し、楯無先輩に手渡す。

 

「どうぞ。別に、敵対なんかしてませんよ。そもそも仲良くした覚えはないですし。俺がこの学園で信頼してるのは楯無先輩とティナだけですし」

「なっ!」

 

顔を赤くしている楯無先輩に気づかず歩いて行く。

信頼する人間は少ない方がいい。だが、アイツは気づいただろうか。俺が残したヒントに。

気づかなければデュノアの人生に汚点がつく。俺はそれでも構わないが、本当に助けようと思っていたのなら、気づけよ、澵井。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真理君、君は本当に優しいね…」

 

 

 

 

 

楯無先輩の呟きは、俺の耳には入らなかった。

 




いやぁ、前々から書きたいと思っていた所が書けました。


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未成年の炭酸飲酒は禁止です。

翌日からクラスや学園での雰囲気が激変した。

今までは休み時間のたびにウザいくらい周りに集まっていたのに、織斑と澵井が俺に近づいてこないからか、誰も俺に近寄らなくなっていた。まあ入学初日あたりに考えていた事が現実となったわけだが。

そんな中でも俺に話しかけてくるのがティナだ。相も変わらず昼休みになれば俺について来て一緒に昼飯を食い、放課後も、どこで習って来たのか徒手空拳の稽古を俺の隣でやっている。

 

「なあ、別に俺に付き合わなくていいんだぞ?」

「別に嫌々付き合っている訳じゃないよ?真理の噂も聞いたけど、私は真理がそんなに嫌な人だとは思ってないから」

 

だそうだ。まあ、有り難い事だ。

そういえば、澵井は俺のヒントにまだ気がついていないようだった。気づけばあっちから接触してくるだろうし、ヘタに触れないようにしておこうと思う。

一番の問題は織斑だ。あいつが俺を負かすとなれば、もうすぐ始まる学年別トーナメントがうってつけだ。まだ公表されていないが、タッグマッチになる予定だし、多分デュノアか澵井と組むだろう。俺も負けたくないけど、IS乗ったら勝てないしなぁ。強い奴と組めればいいんだけど、そうそういないし…。

あ、いた。強くて、織斑に敵対心抱いてて、俺の事をそこまで嫌ってない奴。

 

「真理ー、そろそろ終わりにしない?」

「ああ、そうだな」

 

六時になり、お互い稽古を終えた俺たちは部屋に戻る。これも最近の習慣だ。ティナと一緒に部屋まで戻り、晩飯も一緒に食う。放課後はほとんどティナと一緒に過ごしている。まあ、悪くない。

 

「ねぇねぇ、もうすぐ学年別トーナメントってあるじゃん」

「あるな」

「誰が勝つと思う?」

 

晩飯の最中、ティナがそんな事を聞いて来る。でも、そうだな。普通に考えてみれば…。

 

「ボーデヴィッヒ、デュノア、澵井の誰か、だな」

「なんで?セシリアとか鈴は?一夏とかも」

「代表候補生として考えればその二人はそこまで強い訳じゃない。ビットも衝撃砲も、研究すれば避けられるし。織斑は論外だ。一撃必殺を持ってても、代表候補生には当たらない。で、そうなると、ボーデヴィッヒとデュノアは情報がほとんど無い状態だからその時点で有利だし、澵井も第三世代兵器を見せてない。情報ってのは初心者でも勝てるためのツールだからな。それの有無で勝率はかなり変わる」

「へー。まあ、今の私たちじゃ専用機持ちには勝てないけどねー」

「そらそうだ」

 

まあ今回に限っては、単純な戦闘力だけで勝敗が決まったりはしないがな。

それより、どうすっかな。タッグマッチ公表は明日だし、それ以降に接触するか?そもそも俺と組んでくれっかな…。まあなるようになるか。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない。そろそろ戻ろうぜ」

「うん」

 

食器を返し、食堂を出ようとすると、前から織斑と篠ノ之、オルコット、凰の四人が歩いて来た。そして、織斑があからさまに睨んで来る。…うぜぇ。

あっちの女子三人にティナも雰囲気を察したのか、急に黙ってしまう。ま、俺は気にせず通り過ぎたが。しかし振り返らなくても分かる。後ろで織斑が未だに睨んで来ている事に。いやいや、そんなにやってたら流れでデュノアの正体バレそうなんだけど。バカじゃねぇの。

後からついて来たティナが小声で聞いて来る。

 

「ねぇねぇ、一夏と喧嘩でもしたの?」

「俺とあいつじゃ喧嘩は起きねぇよ」

 

友達じゃないし。

 

「もう。またそういうこと言う。友達は大事にしないと駄目だよ?」

「いやだから、俺とあいつは友達じゃないんだって。ティナと楯無先輩がいれば十分だし」

「えっ!?」

 

顔を赤くしているティナを放置して歩き続ける。

とにもかくにもボーデヴィッヒに頼むのは明日でいい。恐らく今日の行為でボーデヴィッヒに話しかける奴はそうそういないだろうし、ボーデヴィッヒ自身も基本的に周りの生徒は無視だろう。あいつが興味を持っているのは今の所、男子三人と、かろうじて専用機持ちの代表候補生。そしてアイツにとって絶対の存在、織斑先生くらいだろう。まったく、アイツは親離れできない子供か。いや、あながち間違いではないか…。

 

「あれ?巧じゃーん。一人?」

「…あ、ティナ、と真理か…」

 

なんで立て続けに来るんだよ…。お前等ワンセットで来いや。お前等のせいでティナに色々言われんのは俺なんだぞ。

 

「一夏ならさっき食堂に入ってったよ」

「ああ、知ってる。シャルルが体調悪くてな。俺も飯食ったらすぐ戻るんだ」

「転校したばっかだしね〜。お大事にって言っといてね」

「ああ、伝えとく」

 

そう言って澵井は食堂に向かったが、俺はというと、横からの批難の視線をできるだけ気にしないようにするので精一杯だった。

 

「真理、巧とも喧嘩したの?」

 

やっぱり。

 

「だから喧嘩する程の仲じゃないんだよ。それに俺は悪くないし」

「も〜。まあ、あんまり私が言う事でもないけどさ。男子は三人しかいない訳だし、仲が悪いままってのは良くないと思うよ?」

 

一理あるとは思う。しかし、俺とあいつ等は本当に相性が悪い。まさに水と油。犬と猿。きのこたけのこ。紫さんと恭助さんなみに相性が悪い。

自分の力で誰かを守りたいと考えるあいつらと、自分のために力をつける俺とではそもそも相容れないのだ。逆にボーデヴィッヒとは悪くない相性だとは思う。あいつは力を戦闘力と考えるタイプだが、俺はその考えが嫌いではないからだ。

 

「ん、まあ、考えとくよ」

「うん!」

 

その後ティナと別れ、部屋に戻ると楯無先輩が神妙な顔つきで書類を読んでいた。前にもあったな、なんて思いながらベッドに腰掛けると、音もなく楯無先輩が隣に座る。てか近っ。俺と先輩の間に隙間が無いんだけど。

くだらない考えは置いといて、先輩の持っている書類に目を落とす。そこにはドイツ、VTシステム、といった、どう考えても良い方に考えられない単語が並んでいた。

VTシステムについては前に布仏先輩に聞いた。裏に関わる事を決めた際に、ISに関する、普通の生徒なら関わらないような内容を教えてもらったのだ。

その内の一つがVTシステム。正式名称『Valkyrie Trace System』IS世界大会、モンド・グロッソの優勝者のデータを再現するシステムで、要するにほぼ織斑千冬のコピーだ。大会の回数が増えるにつれて、ISの世代も代わり、性能も上がってはいるが、操縦者の性能だけで言えば織斑千冬が最強だからな。

 

「それ、俺嫌ですからね」

「まだ何も言ってないじゃない」

「てか無理ですよ?IS初心者にはきっついです」

「まあ、そうよね〜。これどうしようかしら」

 

楯無先輩は学年が違うし、俺はIS初心者。条件からして、恐らく学年別トーナメント中に発動する。逆に言えば、トーナメントさえ乗り切れば発動する確率はガクンと下がる。それでもゼロになるとは言えないが、おそらくほぼ発動する事はない。

一番いいのはトーナメントに参加せずに、ISを一度分解してVTシステムを取り除く事だが、あいつの性格上それはあり得ない。次善の策としては発動条件を満たさないようにトーナメントを勝ち抜く事。その場合一番注意しなくてはならないのは織斑戦だ。タッグマッチになる事から、織斑はデュノアか澵井のどちらかと組む筈。オルコットや凰もあり得るが、勝つ為に組むなら前者のどちらかだろう。

となると、澵井やデュノアレベルを抑えられる人物と組んでもらい、織斑に圧勝してもらう。だがそんな人物はこの学年にはいない。

俺も組もうとは思っていたが、正直これに関わるのなら組まない方がいい。

 

「ドイツの方からは何か言われてるんですか?」

 

立ち上がって備え付きの冷蔵庫からお茶が入っている筈のペットボトルを取り出す。ふたを開けるとプシュッと空気の抜ける音。

 

「んーん。なーんにも言われてないわ」

「へぇ」

 

何も、ということはどうなっても良いということだろう。嫌になるね。

そう思いつつお茶を飲むと、喉に刺激が。

 

これ、お茶じゃないわ…。

 

その後の記憶は、俺にはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

楯無side

 

いつまでも書類とにらめっこしていたって何かが変わる訳じゃない。気分転換に私も飲み物を飲もうと思い、立ち上がる。すると、寝間着の裾を引っ張られる。この部屋には私と真理くんしかいないから、必然的に裾を掴んでいるのは真理くんになる。VTシステムについて何か考えがあるのかと思い、振り返るとそこには。

 

「…せんぱい…どこいくんですか」

 

顔を赤くし、どこか潤んだ瞳で、上目遣いで私の裾を掴む真理くんの姿。

え?なにこれ?てか誰?なにこの可愛い子?

普段の真理くんとはかけ離れた、むしろ別人にしか見えない彼の姿にVTシステムの事など脳内から吹き飛び、鼻からは愛が溢れそうになる。心無しか真理くんの目が垂れ目になっているように見えるし、長くなった髪のせいで中性的どころか女子に見える。

 

「いっしょにいてくれないんですか…?」

 

可愛過ぎっ!

 

「い、いるいる!一緒にいるわ!」

「ん」

 

もう一度隣に座り直すと、私の肩に頭を預けて来る。何これ。何これ!?こんな恋人みたいな!あれ、私たちって付き合ってたっけ?いやいや、現実を見なさい更識楯無!

真理くんが甘えてくれるのは嬉しいけど、なんでいきなりこうなったのかを確かめないと。といってもさっきまでは普通だったし…。そういえばさっき何か飲んでたわね。

真理くんの向こう側に置いてあるペットボトルへ手を伸ばし、ラベルを確認。

 

「緑茶?でも中身違うわね」

 

そういえば真理くんって、元一般人だからか作った麦茶を空いたペットボトルに入れて冷やしてたわね。あ、そういえば、いたずらしてやろうと思って私がコーラ入れた奴もあったわね。

ふたを開けるとプシュッという音。匂いを嗅いで見ると炭酸と甘ったるいコーラの香り。

 

「もしかして、炭酸で酔ってる…?」

 

いやいや、まさかね。ビールとかならともかく炭酸は無いでしょ。

…………………でもねぇ。

 

「せんぱい、ねむい」

「え?」

 

ど、どうすればいいの?とりあえず、私がどいて、ベッドで寝かせてあげればいいのかしら。てかやっぱり酔ってるわね。炭酸で酔うなんて、真理くん唯一の弱点じゃないかしら。

 

「もうねる…」

「え、ちょ、まっ…」

 

デジャヴー!

抱きしめられて真理くんが上で私が下で真理くんの顔が胸にでもやっぱり可愛くて!!

ヤバいヤバい。でもほら、二回目だし。もう慣れたっていうかね?もう抱き返す余裕すらあるし。前回と違ってまだ眠くならないしね。

 

「…やっぱり、可愛いなぁ」

 

私の胸で小さく寝息を立てている真理くんの頭を撫でながら、VTシステムの事を考える。正直無理矢理にでも外さなければならないモノだけれど、今年の一年生に任せてみようかとも思う。専用機持ちもいるし、なにより真理くんがいる。好きな人とか、そういう偏見を除いても、真理くんには期待してしまう。そういう何かがある。

まあ、きっと大丈夫でしょう。

それより今の状況の方が大丈夫じゃない。可愛過ぎでしょ。

 

「えへへ。よしよし」

 

にへらーと緩んでしまう顔を気にする事無く、私の上で寝ている真理くんと自撮りのツーショットを量産し、パソコンに送る。

真理くんが寝てから一時間程経ち、真理くんも私の上から横にずれ落ちている。

静かに、丁寧に真理くんの拘束を外しベッドを整えて、自分のベッドに戻、らずに真理くんのベッドに潜り込む。うんうん。良い匂い。暖かい。幸せ。

私は未だかつて無い幸福感で満たされながら、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やってしまった…。

翌朝、五時。朝練に行くこと無く、ベッドの縁に腰掛けて頭を抱えていた。

まさかお茶ではなく炭酸を飲んでしまうとは。学園生活に慣れて来て気が抜けていたか。炭酸だけに。いや、くだらないこと言ってる場合じゃねぇよ。

俺にとって炭酸とはアルコール度数の高い酒と一緒だ。恭助さんも炭酸で酔うが、俺の場合は退行というか、いわゆる甘え上戸になる、らしい。らしいというのは、俺にその時の記憶が無いからだ。以前炭酸で酔った時は、ことはさんに抱きついたまま寝ていた。まあ中学上がる前だったからギリセーフかと言われればそうなのかもしれないが、当事者としては恥ずかしくて死ねるレベルだった。

それは置いといて。入学初日辺りにも楯無先輩と一緒に寝た事があったが、その時はお互い様で事は済んだ。しかし、今回は完全に俺の落ち度だ。土下座で済めば良いんだけど。

 

「…んん……」

 

ああ、起きちゃった…。しょうがない。腹を括ろう。

 

「おはようございます、楯無先輩」

「…おはよー、真理くぅん」

 

まだ寝ぼけているが、目が覚めたらすぐに思い出すんだろうなぁ。とりあえず先に謝っとこう。

 

「昨日はすみませんでした。俺炭酸でも酔っちゃう体質で、なんか甘え上戸になるらしくて…。俺に出来る事ならある程度何でもするので通報だけは勘弁してくれませんか?」

 

ベッドの上で土下座する。かなり覚悟しての土下座だったが、返って来た言葉は以外にも柔らかい言葉だった。

 

「んー…じゃあ三つお願い聞いてくれる?」

「はい」

「一つは、今日公表されるタッグマッチの相方はラウラちゃんにしてくれる?」

「まあ、元々そうするつもりだったんで別にいいですけど、VTシステムはどうにも出来ませんよ?」

「それは別にいいわ。発動してもすぐに逃げていいし」

「じゃあ、了解です」

 

ふむ、中々の好条件だった。一つ目は。

 

「二つ目は今度一緒に買い物行きましょ」

「そんなことならいくらでも」

 

そういや髪留めのお礼もしてなかったな。しっかり返さないといけないし、このお願いも俺にとっては願ったり叶ったりだ。

 

「三つ目は、…………ぃ」

「え?すいません、もう一回言ってもらってもいいですか?」

 

もにょもにょと口ごもる先輩に再度問い直す。さすがに俺でも聞こえなかった。織斑なら何かを言った事すら分からなかっただろうな。

 

「だから!また一緒に寝て欲しいって言ってるの!」

「は?」

 

なんだそれ。意味分からん。

 

「なんかね?真理くんと一緒に寝ると熟睡できるのよ。今までは更識として仕事で一杯一杯だったし…。たまにで良いのよ!お願い!」

 

いや、俺は別にいいんだけど。中学の時もヒメさんとかことはさんとかアオさんとかと一緒に寝た事あるし。

 

「まあ、先輩がそれでいいならいいですけど」

 

それを聞いた楯無先輩の顔がパアァっと明るくなる。今までどんだけ熟睡できてなかったんだ。

まあそれはそれとして、まだ時間あるし朝練してくるか。先輩も許してくれたし。あー良かった良かった。今後はもっと気をつけないとなぁ。良い教訓になった。

 

「じゃあちょっと朝練行ってきます。多分今日も窓から入るんで鍵開けたままで良いですよ」

「あ、私も行っていい?」

「俺に決定権はありませんよ」

「じゃあ行こっか!」

 

その後、グラウンドでいつものようにランニング、雑木林のような場所でパルクールの練習、最後にもはやクライミングと化した壁登りをしていたら、楯無先輩に驚かれたが、なんだかんだ楯無先輩もこなしていた。まあ肩で息をしていたけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後。織斑に睨まれたりしながら授業を終えた俺は、生徒会室に行くついでにボーデヴィッヒを探していた。無論、タッグマッチのパートナーを頼む為だ。

もう既に公表はされている。ティナには前もって組めない事は伝えてあるし、もしボーデヴィッヒと組めなかったら当日の抽選になる。そうなったら一回戦負け、良くても二三回戦出場が限界だろう。そもそも相手方が俺に対していい印象をもっているとは限らないし。むしろ最近の織斑達との険悪な雰囲気を読んでか、悪い印象を持っている人の方が多い。そうならない為にもボーデヴィッヒとは確実に組みたい。

で、今何処に向かっているかというと。

 

「第三アリーナで代表候補生三人が模擬戦してるらしいよ!」

 

とのこと。まあ俺に言って来た訳じゃないが。

廊下で騒ぎながら第三アリーナに向かう生徒達の流れに乗って、俺も第三アリーナへと向かっているのだ。代表候補生三人ならオルコット、凰、ボーデヴィッヒで間違いないだろうし。デュノアなら男子が、って言われる筈だし、四組にもいるらしいが専用機を持ってないらしいし。

問題の第三アリーナに来てみれば、ボーデヴィッヒ一人にボコボコにされる凰とオルコットの姿。そして、怒りの形相で今にも飛び出そうとしている織斑。

やっべ、この後どうなるか分かっちゃった。デュノア、止めろ!俺の仕事が増える!

 

「やめろぉぉお!」

 

ああ、駄目だった。終わった。

織斑がISを展開し、単一能力を使って客席のシールドバリアを切り裂いて飛び出す。ふざけんなよマジで。脳内に現れた楯無先輩がにっこり笑顔で始末書を押し付けて来る。布仏もいないし、確実に止められなかったとか言って俺の責任になるやつだよ。

これから来るであろう始末書に頭を抱えながらもアリーナ内を見ていると、ボーデヴィッヒが手を突き出し、その目前で停止している織斑の姿があった。ああ、あれがドイツの第三世代兵器『AIC』ってやつか。

アクティブ・イナーシャル・キャンセラーの略で、簡単に言うと相手の動きを空間ごと停止させるものだ。

いやいや、そんなことより。とりあえずこの周辺から人払いをしないと。シールドバリアは自動復旧とかしないから流れ弾が来たら危ないし。

 

「あー、流れ弾の危険があるので、死にたくない人は破壊されたシールドバリアから離れてくださーい。流れ弾で怪我をした場合は撃った本人と織斑一夏に責任がいきまーす。治療費も学園が払いまーす。ただ怪我でなく即死した場合はその他諸々に消えない心の傷を負わせる事になりまーす。その責任は当局では負い着れませんのでご了承下さーい」

 

この時避難しながらこれを聞いた生徒が「この人、自分の責任にする気ないな…」等と思っていた事を俺は知らない。だって言ってる俺も避難させる気ないし、実際俺の責任じゃないし。

そんなこんなで斬られたシールドバリア周辺から人気が無くなると、アリーナ内で織斑先生が生身でIS用ブレードを持ち、ボーデヴィッヒのプラズマブレードを受け止めていた。ありゃあ俺じゃ無理だな。てか生身で受け止めるってどんだけだよ。マジの化けもんだな、ありゃ。

織斑先生の一喝で両者が引き、ピットへと戻って行く。オルコットと凰は思いの外重傷なのか、織斑とデュノアに運ばれていた。

さて、俺も目的を果たしに行きますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Bピットへ行くと、タイミング良くボーデヴィッヒが制服姿で出て来た。

 

「よう」

 

軽く声を掛けると、俺に気づいたボーデヴィッヒが振り向く。ふむ、あれだけ動いた後なのに涼しい顔して汗一つかかないとは。流石軍人。よく鍛えられてる。

 

「何か用か、佐倉真理」

「ああ。今度の学年別トーナメントは知ってるか?」

「当然だ。先程教官もおっしゃっていたしな」

「じゃあそれがタッグマッチになったことは?」

「いや、それは初耳だ」

 

じゃあまだ誰とも組んでないな。ていうか織斑先生が言ってたの?さっき?絶対さっきの続きはそこでやれとか言っただろ。

 

「なら俺と組んでくれ」

 

ボーデヴィッヒは少しの間顎に手を当てて思案すると、考えが纏まったのか顔を上げた。転校初日から変わらない無表情で。

 

「私は確かに貴様が強いと言ったが、それは心と生身の戦闘においての強さだ。軍でも調べたが貴様のIS適正値はD。ISの搭乗経験は一時間にも満たないだろう。そんな貴様と組んで私にどんなメリットがある?」

 

ふむ。実に正しい。織斑の一見筋が通ったような話とは違って、しっかり問題の芯を捉えている。それはあいつがバカなだけか。

にしてもメリットね。VTシステムの事言っても俺にはどうする事も出来ないからメリットにはならないしなぁ。

 

「…そうだな。織斑と一対一の勝負をさせてやる」

「どういう意味だ」

「タッグマッチである以上、織斑が組むのはデュノアかそれ以外。澵井は事情があって織斑と組めないし、それ以外の方も篠ノ之が最有力候補だ。オルコットや凰の可能性もあるが、さっきの勝負を見た感じ、ダメージレベルが高くて出れるかどうか怪しい」

「確かにな」

「でだ。もしデュノアが出れば俺の一言で一対一にしてやれるし、篠ノ之の場合はもっと長い時間一対一にしてやれる。二人じゃなくても、もしお前が組んでくれて、一回だけ俺にISの稽古をつけてくれればどうにでもなる」

 

これでどうだ。織斑を叩きのめしたいボーデヴィッヒには魅力的な話だろ。

 

「ふむ。確かに魅力的だが、相手が二人でも私は勝てる。その内の一人が織斑一夏なら尚更だ。よって貴様の提示した条件ではあまりメリットとは言えんな」

 

チッ。中々良い提案だったと思うんだがなぁ。じゃあ第二案だ。

 

「じゃあ今の提案にもう一つ情報を足そう」

「ほう?」

「もし俺と組まず、別の奴ないし当日の抽選で相方を決めた場合、味方に裏切られる可能性がある」

 

黙って先を促すボーデヴィッヒ。これともう一つで乗ってこなかったらお手上げだ。その場合は俺が当日の抽選に賭ける事になる。

 

「そうなった時に一番最悪なのは、お前の相方が澵井で織斑の相方がデュノアの場合だ。三対一になれば流石にお前でも勝つのは厳しいだろ。お前の第三世代兵器の特性的にも多数を相手にするのはあまり得策じゃない。それ以外の場合でも常に背後から狙われる可能性がある限り、俺以外と組むのは得策じゃない。その点俺はお前に織斑を叩き潰して欲しいし、痛いのは嫌いだ。ISに乗って本気になったお前を止められる訳ないし、裏切る要素が他の奴より低いと思うんだが」

 

まあ正直この話は机上の空論だ。ここの生徒は普通に真面目だし、誰と組もうと勝つ意欲を持っている。しかし、その生徒を見下しているボーデヴィッヒからしてみれば納得できる話でもあると思うのだ。

そして、俺の思惑はギリギリ成功した。

 

「…仕方があるまい。貴様の穴だらけの空論に乗ってやろう。そもそもメリットが有ろうと無かろうと、貴様よりマシな生徒なぞいないだろうしな」

 

なんだよ、俺の考え損かよ。最初から俺と組む気だったならそう言えよ。無駄に頭使ったじゃねぇか。腹立つぅ。

まあもう一つの方じゃ乗って来るかどうか分からないし、良かった良かった。ちなみにもう一つは、ボーデヴィッヒの第三世代兵器の特性とその弱点を知ってるから俺を敵に回さない方がいいよ、的な話をするつもりだった。その場合、情報を手に入れたルートは織斑先生から聞いたとでも言っておくつもりだった。男子の中で俺だけ専用機を持っていないから公平を期す為に周りより情報を持つ、というハンデの為に。とでも言って。

 

「んじゃあ、まあ、トーナメントではよろしく」

「ああ。訓練はいつやるのだ?」

 

そうだなぁ。感覚忘れないためにできるだけトーナメント近くがいいし。多分楯無先輩が生徒会長権限使って訓練機貸し出してくれると思うし。

 

「トーナメント二日前がいいな。訓練機の貸し出しも出来るようにしておく」

「了解した。時刻はまた連絡してくれ」

「ああ、わかった」

 

こうして、俺とボーデヴィッヒのタッグは完成した。

 

 

 

 

 

この時から決まっていたのだろう。いや、俺がボーデヴィッヒと組もうとした時から決まっていたのかもしれない。

俺が、あの力を手にすることは。

 

 

 



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罪には罰が付きものです。

ティナside

 

放課後、ここ最近の習慣となっている徒手空拳の稽古をしに広場へと向かう。MMAを基本としたナタル姉直伝の拳法だ。整備室の大きなスクリーンを使ったビデオ通話で全身の動きと型を習い、それをひたすら繰り返して自分の動き易く力の入り易いものへと昇華する。それがナタル姉に教わった特訓方法だ。

まあ元々MMAの基礎は習っていたし、後はそれをどれだけ自分のモノに出来るか。正直、真理と同等とまではいかないが、せめて肩を並べて戦えるくらいには強くなりたい。

今日は真理が用事で遅れるということで、一人で稽古をしていたのだが、一通のメールが来た事で中断することにした。そのメールの内容が。

 

『セシリアと鈴が怪我して保健室に運ばれた』

 

そのメールを確認し、急いで保健室に駆けつけてみれば、そこにいたのは割と元気そうな鈴とセシリアの姿。しかし、ところどころに巻かれた包帯は怪我の大きさを示し、特に頬に張られたガーゼが痛々しく見える。

 

「鈴、大丈夫?」

「平気よ。別に助けてくれなくても良かったのに…」

「そうですわ。あのまま続けていれば勝っていましたわ!」

「あのなぁ…」

 

鈴の言葉に同調してセシリアが一夏に言う。その間私は巧とシャルル君から事情を聞いていた。

どうやらボーデヴィッヒさんに一夏を想う気持ちをバカにされたらしく、二対一での喧嘩をしたらしい。しかし、ボーデヴィッヒさんの強さにボコボコにされ、ISが強制解除されても続けようとしたボーデヴィッヒさんに今度は一夏が怒って観客席のシールドを裂いて飛び込み、それに続いて巧が二人を救出。その後一夏とボーデヴィッヒさんの間に入った織斑先生によってトーナメントまでの私闘を禁止され、今に至るらしい。

うーん、この前観客席から避難した身としては、シールドを壊すのはやめて欲しいと思う。でもまあ、二人を助ける為ならしょうがないかな…。

 

「それで、怪我の具合はどうなの?」

「こんなの怪我のうちに入らな、イタタタッ!」

「そもそもこうやって寝ている事自体無意味、つうぅっ!」

 

かなり痛いらしい。まあISが強制解除されるくらいだもんね。

そんな二人に無理をするなと言って聞かせる一夏を、私と巧とシャルル君で微笑ましく見ていると、大きな音を立てて保健室の扉が開いた。ちなみに保険医の先生は二人の治療を終えてから職員室に行った。担任に怪我の具合を報告する為だ。

で、誰が来たのかと思えば、もう見慣れたマフラーに桜のヘアピンをした真理だった。

真理はこちらを一瞥もせず、手に持った紙を見ながら全員が見える位置まで来ると、ため息を吐いてから言った。

 

「客席のシールドを破壊した罰で織斑一夏のアリーナの使用を二週間禁止とする。また、反省文十枚を担任へ提出。学年別トーナメントへの出場は認めるが、訓練中の専用機の使用は二週間禁止。以上」

 

それだけ言うとくるっと扉の方へと向かう。多分生徒会の仕事で来たんだろうな。大変だなぁ、なんて思っていると、真理の肩を掴んで引き止める巧の姿が目に映る。ん?どうしたんだろ。

 

「…なんで一夏が罰を受けなきゃいけないんだ?」

 

ほんの少し気まずそうに顔を顰めた後、巧がそう聞いた。でもそれって聞くような事かな?シールドを壊したんだし、しょうがない事なんじゃないの?

真理も同じ事を思ったようで、面倒くさそうな顔をしている。

 

「答える必要性が無い」

「…待ちなさい!」

 

真理が巧を振り切り退室しようとすると、今度は鈴が大声で呼び止める。

 

「確かに一夏はシールドを壊したわ。でもそれはアタシ達を助けるためだったのよ。それなのに罰を受けるのは筋違いなんじゃない?」

 

鈴の言葉を聞いた真理が分かり易くため息を吐く。そして、私たちに振り返ると、一夏にその鋭い眼を向けて威圧するように聞いた。

 

「織斑、お前のやりたい事ってなんだっけ?」

「そんなもん、大事な人を守る事に決まってんだろ!」

「そうだな」

 

前にも聞いたけど、と付け加える真理。

 

「今回した事も大事な人を守る為だからしょうがない、と」

「…悪いとは思ってる」

「んなこたどうでもいいんだよ。お前は大事な人を助けるためにシールドを破壊した。何にも考えず、周りに何十人と人がいる場所の、安全を確保するためのシールドをぶっ壊した訳だ」

 

ああ、そういう事か。確かにそれじゃあ、さっきの罰も納得がいく。当事者達としてはしょうがないことだし、助けてもらった側からすればヒーローみたいな事だけれど、シールドという安全装置が無くなった側からすれば急に危険に晒された事になる。真理はそのヒーローのような活躍の悪い部分の罰を与えにきたのだ。いや、生徒会の仕事で報告に来ただけだけどね。

真理の言葉で鈴やセシリア、箒も、そして一夏も巧もはっとその真意に気づいたようだった。

 

「で、でも二人はこんなに怪我したんだぞ!」

「だからなんだ。代表候補生同士の、しかも二対一の試合でボコボコにされるなら弱い方が悪いに決まってるだろうが。あと話を逸らすな。今はお前の話をしてんだ」

「っ!」

「そもそもお前は自分の言ってる事の重さを理解しているのか?してないよな、さっきの反応からして」

 

重さ?大事な人を守るという事の重要さってこと?

 

「おも、さ?」

「『大事な人を守る』。言い換えれば大事な人以外どうなっても良いってことだ。だから今回も周りの事なんか考えずにシールドをぶっ壊した。他人と大事な人を区別して、命の重さに差を付ける。お前がその事の重さを理解しているなら文句を言うつもりは無かったよ」

 

その言葉に激昂したのは、一夏ではなく箒だった。

 

「貴様!一夏がそんな事を思っている筈が無い!」

「お前の話は聞いてない。相手の事も考えずに暴力を振るうお前が他人を語るな。だけど、そうだな。そもそも織斑の願いが間違っているってのは賛同してやる」

「ど、どういうことですの?」

「アンタ、さっきまで散々一夏の事否定してたじゃない」

 

鈴とセシリアがベッドの上から真理に聞く。セシリアに至っては少し怯えているように見えた。

真理はそんな二人を無視して一夏に語りかける。

 

「お前は大切な人を守りたいんじゃない。大切な人を傷つける奴を叩き潰したいんだ。自分の考えに賛同してくれない人間を、自分の世界から排除して平和を保つ。実に合理的だ」

 

ここにきて私は疑問を憶えた。

何故、真理はこんなに皆と敵対するような事を言っているのか、と。

普段の真理なら鈴の声を無視してさっさと保健室から出て行った筈だ。それなのに、今真理は一夏を否定するような言い方ばかりを選んで、皆の敵になろうとしているように見える。

 

「まあお前の考えなんてどうでもいい。親代わりの織斑千冬にどんな事を言われて来たのか知らんが、その調子じゃ流石のブリュンヒルデも手に余ったか」

「お前!千冬姉をバカにするんじゃねぇよ!」

 

真理の襟首をつかみあげる一夏を、真理は冷ややかな眼で見ている。

 

「…世界一位を獲ってもこんなのが弟じゃ報われねぇな」

「お前ぇぇええ!」

「貴様!」

「アンタそれは言い過ぎなんじゃないの!?」

「そうですわ!」

 

私とシャルル君、そしてさっきからずっと黙りこくり、顎に手を当てて何かを考えている巧以外からの叱責を、真理は半笑いで受け流している。自分の言葉を信じて疑わない。それを体現していた。

私はというと、真理の言葉も事実だと思うし、一夏の言葉もまた一つの事実だと思う。私には二人の気持ちが分からないからどちらの味方にもつけない。本来なら、鈴達みたいに好きな人の味方につくものなんだろうけど。

皆からの叱責の中、真理は考え込んでいる巧を一瞥し、全員に非難めいた視線を投げかけてから保健室から出て行った。

 

「一体あいつは何なんだ!」

「あいつ、初めて会った頃より性格悪くなってんじゃないの?」

「まぁまぁ、真理には真理なりの考えがあるんだよ」

「シャルルさんは優し過ぎますわ!」

 

真理がこんなに責められているのに、私にはどうする事も出来ない。それが酷く心苦しかった。

真理の言い分もわかる。でも、あんな言い方をされれば誰だって怒る。結局私はどっち付かずなのだ。友達を失いたくないけど、ここで皆に同調する振りをして真理の悪口を言うなんてあり得ない。

私、どうしたらいいんだろ。

そんな事を思っていると、外からドドドドという地鳴りのような音が聞こえて来る。その音はどんどん近づいてきて、ついには保健室の中に突入してきた。大量の女子生徒が。

 

「織斑君!」

「澵井君!」

「デュノア君も!」

 

あ、もしかして学年別トーナメントがタッグマッチになったから男子に申し込みに来たのかな。私?私は同じクラスで同じ部活の子と組んだよ。前もって真理に組めないって言われてたし、正直今回のトーナメントは専用機持ちと代表候補生以外、あんまり意味ないだろうし。

 

「な、なんなんだ?」

「巧、何か知ってる?」

「え?いや、知らない」

「「これ!!」」

 

先頭にいた女子が突き出した一枚の紙。そこには案の定、タッグマッチになる旨が書かれていた。ていうかこれどっかの掲示板から破ってきたよね。紙の上の方ちぎれてるし。

 

「私と組もう、織斑君!」

「私と組んでください澵井君!」

「デュノア君!私と組まない!?」

 

女子に巻き込まれないように箒と一緒に鈴達のベッドの側に移動する。

すると、申し込みの嵐の中、一夏が全員に聞こえるように叫んだ。

 

「悪い!俺たちもうタッグ決めてんだ!なっ、巧!」

 

タッグを決めてる、という言葉で私の周りの三人が反応した。ドンマイ。

 

「いや、悪いけど、一夏はシャルルと組んでくれ。俺、やる事できたから!」

「ええっ!?た、巧!?」

 

巧はそれだけ言い残すと、窓から外に出て走り去って行った。ど、どうしたんだろ?

ま、いっか。女子たちも「かっこいいー!」とか「男子同士ならしょうがないねー」とか言って保健室から出て行ったし。

あとは、この二人を鎮めるだけだ。

 

「一夏!あ、あたしと組みなさいよ!幼馴染みでしょ!」

「いえ!クラスメイトである私と!」

 

無駄な足掻きをする二人を鎮めたのは、一組の副担の山田先生だった。

 

「駄目ですよー。お二人のISの状態を確認しましたけど、ダメージレベルがCを超えていました。当分は修復に専念しないと、後々重大な欠陥が生じさせますよ。ISを休ませる意味でも、トーナメント参加は許可できません」

 

二人は渋々引き下がり、話を理解できていない一夏にシャルル君が説明している。そして私は山田先生の後ろ、保健室の扉の影にいる織斑先生に手招きされていた。

皆に気づかれないように出て行くと、織斑先生が聞いてきた。

 

「佐倉がここに来たな?」

「は、はい」

「お前とアイツの仲が良いのは知っている。だからハミルトン、お前に聞くんだが、アイツは何を話して、中の奴らとどうなった?」

 

私と真理の仲が良い。つまり、私はみんなの中で唯一中立であの現場を見ていた、ということ。真理と仲良くなる為には、真理を贔屓目で見ない事も重要だから。真理は私と楯無先輩を信頼すると言ってくれた。それは私たちを対等に、肩を並べたい人と認めてくれた証拠だ。だからこそ真理をまっすぐ偽り無く見ようと思うし、真理もそうしてくれているはず。

私は、保健室での出来事を伝えた。私の主観で、でも私情は挟まないように。

話を終えると、織斑先生はため息を吐いた。

 

「まったく…。しかし助かった。お前も行って良いぞ」

「はい」

 

私は保健室に戻る事無く、広場へと戻った。後で部屋で鈴に話を聞けばいいし、そもそも話はほとんど終わってるしね。

 

 

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

黙々と目の前に積まれた書類に判子を押しては隣に積み上げていく。最初に生徒会室を訪れたときより少ない書類だが、それでも不思議に思う事がある。

 

「楯無先輩」

「何かしら…?」

「どうすれば三日でこんなに書類が溜まるか教えて欲しいんですけど」

「………………」

 

まあ、気にしない事にしよう。

織斑がアリーナのシールドをぶっ壊した事を報告し、それに対する罰と余計な事を伝えに行って戻ってくれば書類仕事。生徒会って大変なんだなぁ。そういや俺って生徒会のなんて役職に就いてんだ?下っ端だし庶務か?

 

「え?副会長でしょ?」

「副会長って布仏先輩じゃないんですか?」

「私は会計です。本音は書記ですし、佐倉君が副会長になって頂けると私たちとしても大変助かります」

 

それってあれですよね。楯無先輩が脱走した時に仕事を代わりにしてくれる人がいるから的な助かりますだよね。

 

「いやでも俺って一番下っ端ですし、庶務とかの方がいいんじゃないでしょうか」

「いれば有り難いけど、役職的に副会長の方が優先して埋めなきゃだしね。最悪庶務はいなくてもいいし」

 

うーわー。先輩が二人揃って後輩をいじめて来るー。

あ、訓練機の貸し出しの話をしてなかった。

 

「楯無先輩、トーナメント三日前に訓練機の貸し出しお願いします」

「いきなり話が変わったわね。まあいいけど。それで?真理くんが正規の申請をしないで頼んでくるのも珍しいね」

「まあ、こっちも話が急だったもんで。やっぱ駄目ですかね?」

「私を誰だと思ってるの?生徒会長権限で___」

「ありがとうございます」

「最後まで言わせて!?」

 

別にいいじゃん。しかも想定内どころか予想通り過ぎてこの人大丈夫かって心配したくなるわ。

それよか、書類もきれいさっぱり消えたし稽古にでも行こうかね。この時間ならティナもいるだろうし。あれ?さっき保健室にいたような。まあいいか。多分飯の時に連絡来るしね。

 

「じゃあ俺はそろそろ行きます。訓練機の件、よろしくお願いします」

「はいはーい。真理君も澵井君から連絡来たらよろしくね」

「すぐにでも連絡しますよ。俺にはどうする事も出来ませんからね」

「君が考えたんじゃないの…」

「そうでしたっけ?」

 

少しの談笑後、生徒会室を後にした俺は物干竿を持って広場へとやってきた。いつも通り槍の稽古を始めるが、やはり思うのだ。型を繰り返し、いくらキレのあるものになっても、俺は強くなれているのだろうか、と。

なので、稽古のやり方を変えてみる事にした。ついでにトーナメント用の練習も兼ねて。

ISというのは基本的に空中戦だ。俺のように生身の戦闘を得意とするものとしては、地に足がつかない戦闘は苦手中の苦手。相手の土俵どころか相手の構える獄中のようなものだ。何も出来ずに嬲られるようなもの。まあ飛ぶ相手を見ればある程度飛べるとは思うが。

問題は空中での戦い方だ。俺みたいな生身の戦闘しかしてない奴は、踏む込みや重心の位置を常に気にしながら動く。空中でもある程度動けるが、上半身を捻っての一撃とか全身を使っての大振りの一撃とか、地に足がついている時と比べればお粗末に過ぎる。だからといってISに乗ってしまえば地面では戦えない。

ついでに言えば、俺の適正値はD。IS戦闘には不向きどころの騒ぎではない。授業で乗ったときも、動かそうと思った数秒後に動いたりとタイムラグが凄まじい。無理矢理動かす事も無理ではないが、かなり重い。少なくとも俺では全力で動いて一分持つかどうかと言った具合だ。

故に俺がすべきは、思考の先送り。それに伴った動きと思考のずれを当たり前にする事。

 

「…はっ、せいっ」

 

頭で二手三手、それより多くの先を考え、相手の考えを読み、遅れた思考で体を動かす。

でも、やっぱ難しいな。イメージと動きが一緒になっちまう。イメージは先の事を、体は終わったイメージ通りに。

試合でも先の事を考えたりしているが、それでも優先しているのは『今どう動くべきか』だ。遅れた思考、終わった思考で体を動かそうとしても、結局は自分の動きを『今』考えてしまう。だが、適正値が低い俺はこの戦い方を身につけなければならない。

 

「………ははっ」

 

何を考えてるんだろうな、俺は。身につけなければならない?そんくらい、出来るに決まってるだろ。

 

俺は、槍桜ヒメの一番弟子なんだから。

 

自然と溢れる笑みを抑えながら集中しなおそうと物干竿をクルクル回していると、茂みからガサガサと音が聞こえてきた。誰だ?ティナか?そう思って視線を向けると、現れたのは。

 

「ここにいたのか、真理」

「…お前かよ」

 

汗だくの澵井巧だった。

 

「お前に聞きたい事が有る」

 

汗を拭いながら、しかしその顔は何かを覚悟した者の面構えになっている。恐らく、俺が二度残したヒントにようやく気づいたんだろう。

だが、まあ。

 

「八時に寮の屋上へ来い」

 

今は駄目だ。それに、その役目は俺のじゃない。

澵井は俺の言葉に頷き、広場から出て行った。

さて、アイツが気づいたという事は、織斑と組むのはデュノアになるな。ボーデヴィッヒとの訓練も方向性が決まるし良かった良かった。あ、先輩に連絡しとかないと。もうちょい気づくの遅いかと思ってたけど、案外早かったな。保健室のヒントが効いたのか?まあいいや。これでめんどくさい案件が一つ減ったし。

 

「あ、真理。稽古はもう終わり?」

「おう。まあ、そうだな。ティナの稽古終わるまではいるつもりだけど」

「そ、そう…」

 

あ、嫌なのかな?

 

「……迷惑なら先戻るけど?」

「いや、迷惑じゃないよ!そ、そうだ!何もしないなら私の稽古見ててくれない?重心の位置とか足運びとか変になってないかとかでいいからさ」

「そんくらいなら全然いいけど」

「じゃあ、お願いね」

 

ティナは準備運動を、俺は柔軟をして、それから一時間。ティナの稽古を見ながら、時にアドバイスをしたりして過ごした。途中で楯無先輩に連絡もしたが。なんていうか、メールの履歴がほとんどティナと楯無先輩なんだよな。あと時々布仏先輩。

ティナの稽古が終わり、二人揃って部屋へと戻る。なんか毎日こんな感じだな。

部屋の中には制服姿の楯無先輩がベッドで寛いでいた。

 

「皺になりますよ、それ」

「あら、おかえり真理君。もうすぐ時間だから待ってるのよ。雰囲気に合わせた衣装は必要でしょう?」

「俺は気にしませんけどね。主人公染みた奴らには必要かもしれませんが」

 

廊下で自分の状態に気づいちゃうような俺には必要のない感性だな。

 

「知ってる?人は誰もが人生の主人公なのよ」

「知ってますよ。てか、何なんです?なんていうか、こう、気取ってて腹が立つ感じです、今の先輩。あれですか、久しぶりの出番だから気がイっちゃってるんですか?」

「何よー!その通りですー!生徒会室と部屋でしか出番無いから、偶の出番に恰好付けようとしてるんですー!」

 

メタいなー。

それよか、汗流さなきゃ。マフラーも洗わなきゃだし。

 

「じゃあ俺シャワー浴びますんで、出る時には一言ください。こんな時間になったのは俺のせいですし、先輩が帰ってくるまでは起きてますから」

「それは嬉しいけど、晩ご飯はどうするの?ティナちゃんと食べるんでしょ?」

「今日は断ってきました。万が一にも食堂で澵井に会ったら嫌ですし、先輩に仕事任せてるのに暢気に飯は食えませんよ」

「真理君…!ありがとー!」

 

飛びついて来る楯無先輩を空中で止め、近くにある俺のベッドに押し返す。うつぶせになったまま動かないが、時間になったら勝手に動くだろう。

俺はシャワー中の札を掛け、汗を流し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

楯無side

 

あー、良い匂い…。じゃなくて。

名残惜しいけど、真理君のベッドから降りる。添い寝の約束も取り付けてるし、なんだかんだ抱きついても振り払ったりしないしね。

それより、澵井君と会うための準備をしなければ。自分の机から一冊のファイルを取り出す。澵井コーポレーションに関する資料を纏めたもので、澵井君に渡す為にある程度情報を削ったのだ。それでも澵井君が必要としている情報は十二分に載っている。

 

「真理君。そろそろ行ってくるわ」

 

シャワー室の前で声をかけると、中の水音が止まる。

 

「お願いします。戻ってきたらお茶でも淹れますね」

「…それは、早く帰ってこないとね」

 

自然と溢れる笑みのまま、再開された水音が小さく響く部屋を後にする。目指すは、真理君が澵井君に指定した寮の屋上。

まったく、自分の事になると無頓着なのに、人のお膳立ては上手いんだから。今日はいい感じに風も吹いていて、且つ満月だ。恰好付けるなら絶好の月夜。

いつもの扇子を持って屋上へ上がり、安全の為のフェンス際に立ち、満月を見上げる。背後から見れば月に私のシルエットが被る形だ。うむ、カッコイイ。

 

「さて、そろそろね」

 

腕時計で時間を確認する。秒針が長針と重なり、八時になったと同時に屋上の扉が開かれる。

まだ振り返らない。

向こうが声を出すまでは、無言で居続ける。

人事を尽くし、尽くす為に助けを求める者にこそ、力を貸す。

それが、生徒の長たる生徒会長の、私の矜持だ。

 

「…………あなたは?」

 

彼はこれから自分の過去と向かい合う。

その時、彼はたった一人で戦う事になる。それでも戦う意味は一人じゃない。誰かの為に戦う彼には、力が必要だ。

だからこそ、私は。

 

「私は貴方達生徒の長、生徒会長の更識楯無。貴方の戦いの手助けをする者の名前よ」

 

振り向き口元を隠すように開いた扇子には『助太刀』の文字。

月を背に、私は不敵に笑ってみせるのだった。

 



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それぞれの戦いが始まります。

学年別トーナメント当日。

俺はボーデヴィッヒと供に第三アリーナのBピットにて、量産型IS打鉄の装備確認をしている。ボーデヴィッヒは専用機を持っていて、武装も充填できているのだが、初心者で、しかもいつになるか分からないがデュノアと一対一で戦う必要がある俺は武装もそれなりに必要なのだ。

 

「確認するぞ。織斑以外と戦う時はお前が可能な限り早く相手を殲滅。その間に俺はISの動作にもっと慣れておく」

「ああ。慣れる前に終わらせてしまったら悪いな」

「別にいいさ。何の為にお前に訓練してもらったと思ってる。話を戻すぞ。織斑相手のときは、相方のデュノアを俺が引き受ける。ただ、確実に止めていられるのは1分。良くても5分が限度だ」

 

いくら訓練したと言っても、あっちは代表候補生で、こっちは初心者なのだ。練習している時間も段違い。俺はその差を、俺の持つ卑怯な才能で埋めるのだ。相手の努力を踏みにじるからあまり使いたくないし、ヒメさんとの試合以外では使う気も無かったが、使うと決めた以上は本気でやらせてもらう。

 

「5分もあれば十分だ。さて、そろそろ組み合わせが出るぞ」

 

備え付きのディスプレイに目をやると、丁度トーナメントの組み合わせが発表されたところだった。自分たちの名前を探して右から左へと指差して確認していると、最後の方に名前があった。というか最後だ。しかも、左側の一番端という事は初戦を指し、さらにその相手はまさかの。

 

「…初っぱなから織斑相手かよ」

「ふん。いきなり奴を潰せるとは運がいいな」

 

お前は運が良いかもしれんがこっちとしては三日ぶりのISに慣れる為の時間が無くなって困ってるんですけど。

 

「……作戦変更していいか?」

「聞こう」

「最初に一分だけで良いから二人を引きつけてくれ。その後はさっきの作戦通りに」

「まあ、いいだろう」

 

こうして作戦が決まり、アリーナへ出るまでは武装の確認をして過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で、現在アリーナにて四機のISが向かい合っていた。ボーデヴィッヒは織斑と、俺はデュノアと。デュノアは俺と目が合うと、気まずさからなのか眼を逸らす。随分とまあ、嫌われたもんだね。別に好かれたかないけど。

逆に織斑は、俺のことをちらっと見るだけで、何も話してこなかった。多分、ある程度は予想してたんだろう。その上で、IS初心者の俺には勝てると見込んでボーデヴィッヒに集中してる、と。

 

「試合が始まったら、デュノアは俺に、織斑がお前に突っ込んでくる筈だ。基本的に俺はお前の後ろに回るから、防御に専念してくれ」

「了解した」

 

三日前の訓練で憶えたプライベートチャネルでボーデヴィッヒに指示を出す。

俺が訓練でした事はたった一つ。

飛ぶ事。

俺にとっての一番の課題を、ボーデヴィッヒの実演をひたすら見続け、実践する。それをひたすら繰り返した。

 

『両者準備はいいですね?それでは試合、開始!』

 

山田先生のアナウンスで試合が始まる。それと同時に、俺はボーデヴィッヒの後ろに隠れるように移動する。

 

「叩きのめす!」

 

織斑が叫びながらボーデヴィッヒに突進。その後ろから追従しながらデュノアが銃を展開している。やはり付け焼き刃のコンビネーションを取りながら攻めて来るか。

昨日のボーデヴィッヒとの作戦会議通りだ。奴らの考えとしてはデュノアが俺を倒し、その後ボーデヴィッヒとの二対一を仕掛けるつもりだったんだろう。俺があいつ等ならそうするし、一番効率的だ。その初手として、二人で連携することを見せて牽制する事も予想通り。二人で連携するとなれば、集中力を削ぐ事も出来る。

だから、その意図さえ読めていれば対処は簡単だ。代表候補生二人を相手に一方的にボコボコに出来るような奴なら尚更な。

 

「開幕直後の先制攻撃か。分かり易いな」

「そりゃどうも。以心伝心でなによりだ」

 

AICで空間に固定された織斑を尻目に、ひたすら動作確認する。うん、この分なら一分もいらねぇな。

もういける。

 

「ボーデヴィッヒ、もういけるわ」

「早いな。だが、嬉しい誤算だ!」

「何か知らないけど、そう簡単にはやらせないよ!」

 

サブマシンガンのような銃を両手に持ったデュノアが織斑の背後から出て来て乱射する。その程度じゃ、トリガーハッピーは名乗れねぇぜ、デュノア。

AIC発動中は動けないボーデヴィッヒに代わって『葵』という近接ブレードで弾丸を防ぐ。多少の被弾には目を瞑ろう。

さて、そろそろ一対一の状況を作りますか。

 

「デュノア!」

 

オープンチャネルで会場全体に聞こえるように叫ぶ。

デュノアはかなり頭がキレるタイプだ。戦闘中も織斑や凰みたいに感覚で動くタイプじゃなく、俺や楯無先輩のように考えながら動くタイプ。俺が挑発しようと乗る事無く俺を潰しつつ織斑のフォローに回るだろう。

だからデュノアと一対一になるには、デュノア本人に何かを言っても意味が無いのだ。

 

「何かな?」

「織斑もボーデヴィッヒと因縁が有るみたいだし、男同士サシの勝負をしようぜ!」

「……そんな挑発に僕が乗るとでも?」

 

乗らざるをえないんだよ。

今、学園中で俺の噂が流れてる。特に、他の男子と比べて卑怯とか卑劣とかクソ野郎みたいな噂が。そんな中、噂の本人が人気者の貴公子転校生に勝負を挑めばどうなるか。

 

「そんな奴やっちゃえ!」

「デュノアくーん!ぼこぼこにしてー!」

「アンタみたいのが調子にのるな!」

 

当然、ギャラリーが騒ぎ立てる。人気者のデュノアとしては勝負を受けざるをえなくなる訳だ。勿論百パーセント成功するとは思っていないが、そもそも向こうの作戦も先に俺を倒す事なのだ。互いにメリットがある中で、俺たちにとっての一番のメリットは、デュノアが織斑のフォローに回れなくなる事。俺を倒してからじゃないとフォローに回れないというのは、こちらにとってかなりのアドバンテージだ。

 

「…やってくれるね」

「乗らなくてもいいんだぜ?その代わり、俺と同じ卑怯者のレッテルを貼られるけどな」

 

そもそもどういう話から俺が卑怯者になったのかわからんけど。

 

「なら、君をさっさと倒すだけだよ!」

 

俺とデュノアは、織斑とボーデヴィッヒから同時に離れ、互いに武器を構える。

一度息を深く吐き、全身から力を抜く。

今からイメージするのは二人分。移動はデュノアを、攻撃と防御はいるかさんを。

 

「いくよ!」

 

さっきと同じマシンガンで弾丸を大量に吐き出して来る。でも、さっきとは状況が違う。武器を構えていて、後ろに何も無い。ならば後は存分に刀を振るだけだ。

いるかさんならこんな弾丸の雨くらい、無傷で通り抜ける。イメージしろ。全ての弾を弾きとばし、その先の相手の動きを。

 

「なっ!?」

「…ふっ…!」

 

重っ。

三日前の訓練で何故移動の練習だけしかしていなかったのか。それは、上半身の動きだけなら、俺が無理矢理動かした方が早いからだ。

ISを動かすには、体からの電気信号をISに伝えなきゃならない。本来ならそっちの方が効率的に、より早く動かせるのだが、俺の場合はISを動かすより、ISを纏ったまま動かした方が速く動けるのだ。ただその分、疲れ易くはあるのだが。

 

「やっぱ重いな。で、こんなモンか?」

「まだまだ、いくよ!」

 

デュノアが乱射しながら俺の周りを旋回し始める。一対一は引き受けてくれてるみたいだし、とりあえずは織斑達の事は思考から外しても大丈夫か。

その場でデュノアの旋回に合わせて回りつつ弾を弾く。しかし次の瞬間、一定の距離を保っていたデュノアが剣を持って目の前にいた。

 

「うおっ」

「さすが、初見でも防ぐね」

「臨機応変って言葉を知らんのか」

 

これがボーデヴィッヒが言ってた『砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)』か。

鍔迫り合いをしていたと思いきや、持っていた剣が突然銃に変わる。弾丸を弾きつつ距離を取るが、今度は銃が剣に変わり、鍔迫り合いになる。聞いてた通りだな。めんどくさいにも程がある。

基本的に一つの武器しか持たない生身の戦闘では不可能な戦術だ。高速切替(ラピッド・スイッチ)という戦闘と同時進行で武器を呼び出す技術が無いとできないらしいし、楯無先輩も出来ないって言ってた。

つまりこの勝負、俺が読み勝つか、デュノアの高速切替が勝つかで決まる。

 

「らあっ!」

 

剣を振り切って無理矢理距離を取り、すぐに急降下。頭の上を多数の弾丸が通り過ぎる。

んで、すぐに近接ブレード。

 

「とみせかけた近接射撃だろ」

 

デュノアが持つマシンガンの銃口をブレードの腹で塞ぐ。

 

「だったらこうだよ」

 

塞いでいた銃口がブレードの切っ先になり、押し込まれる。だがそれも予測済みだ。

ブレードを傾けつつ、右足を振り上げる。巴投げのような形だ。またもや頭上を、今度はブレードが通り抜けるが、今回は一緒にデュノアも通っていく。

 

「うそっ!?」

「落ちろ」

 

勢いそのままにデュノアを下にしたまま地面に突っ込む。桃華さんから合気道習っておいて良かったぜ…。

さて、かなり疲れてきた。そろそろ三分くらいか?割と互角に戦えたと思うが、そろそろ限界だ。汗の量が尋常じゃない。

 

「…結構疲れてるみたいだね?」

「ああ。お前等と違って力づくで動かしてるからな。正直今ので気絶してくれてた方が有り難いんだが」

「それは無理な相談だね。一夏がまだ戦ってるし、何より、まだ切り札を出してないからね」

「ああ?そりゃ…ってそれはマズいわ」

「ごめんね!」

 

俺が下敷きにしていたデュノアがいつの間にか展開していた盾。その後ろから飛び出したかなり大きめな杭によって、その威力の余波で壊れた盾と供に吹き飛ぶ。

 

「ぐっ……!?」

 

痛ぇ…!腹に直撃したそれによって、シールドエネルギーがゼロになり、俺の試合は終わった。

やっぱ付け焼き刃じゃ駄目か。アリーナ中に響く罵倒の中、ISを纏ったまま壁際の被害がなさそうな場所で観戦を決め込んだ。

 

「ははは!甘いな織斑一夏!」

「ぐっ…!」

 

ボーデヴィッヒの振るう二振りのプラズマブレードを、織斑が雪片弐型とかいうブレードで必死に防いでいる。しかし、完全に防ぎきれていないのかアリーナの巨大ディスプレイに表示されたシールドエネルギーの残量が少しずつ減っている。

 

「これで終わりだ」

 

ブレードだけを弾きとばし、AICで織斑の動きを止める。肩の大型レールガンが光り始めた。あれでトドメをさすのだろう。痛そうだなぁ。

 

「あ」

 

ボーデヴィッヒの背後にデュノアが這い寄る。

マズいな…。

勝負に夢中で忘れてたけど、ボーデヴィッヒのISにはVTシステムが組み込まれてる。できれば俺が倒される前に織斑を倒して欲しかったが、ボーデヴィッヒが甚振っていたのと、俺が思いの外早く負けたせいで二対一になってしまった。本来の実力を出せば互角に戦えるだろうが、織斑相手に昂っているせいで、頭が回っていない。その状態で冷静で頭が回り、サポートも主戦闘もこなせる、且つ様々な武装を持っているデュノアが相手となれば、本来の実力どころか半分の力も出せないだろう。

 

「まだまだ終わらせないよ!」

「チッ…邪魔だ!」

 

どうする。俺じゃどうしようもないから楯無先輩を呼びにいくか?駄目だ。別のアリーナにいるだろうし、呼びにいってる、もしくは先輩が来る前にVTシステムが起動してしまう。

織斑先生に頼むか?無理だ。訓練機が無ければ、流石のあの人でも止められない。その訓練機はほぼトーナメントに貸し出しているし、残りも倉庫だ。間に合わない。

あいつ等三人に試合をやめるように言うか?一番不可能だ。VTシステムなんて眉唾ものの存在を俺が言っても信じてくれる訳が無い。

俺がそうこう考えている間に、ボーデヴィッヒが壁に叩き付けられた。ISの装甲も所々の傷が目立つ。確かVTシステムの発動条件にはダメージレベルの低下とかがあった筈。いくつだったかは流石に憶えていないが、そろそろ条件を満たすと思う。

先輩にも言われているし、俺が助けなきゃいけない必要はないんだが…なんだろうな。ある一つの考えがあるからか、切り捨てる事が出来ない。あークソっ。こんな悩むなら考えつかなきゃ良かったのに…。

 

「とりあえず、やるならISは降りなきゃ駄目だな」

 

ISを解除し、急いで降りる。ついでにマフラーも外す。視界の端にはデュノアがさっき俺を吹っ飛ばしたシールドを展開し、ボーデヴィッヒの腹部に当てていた。

ここからあそこまで走って十秒。間に合うか?

 

「なっ…!?シールドピアース!?」

 

ガン、と鈍い音が響く。あと七秒。

 

「もう一発いくよ!」

 

もう一度、先程より鈍い音が響く。あと三秒。

 

「うぅあぁああぁぁあぁあぁあああぁあ!!」

 

ボーデヴィッヒの絶叫が響き渡り、専用機のシュヴァルツェア・レーゲンから発生した黒い泥の様なものがボーデヴィッヒをISごと包み込む。まだ、まだ間に合う。

 

「デュノア!引け!」

「え、う、うん!」

 

未だ形を留めていない泥に飛び込み、手探りでボーデヴィッヒを掴もうとするが、いない。もっと中に入り込む。息を止めて、泥の中を泳ぐように進んでいくと、指先に機械ではない柔らかい何かが触れる。ボーデヴィッヒで間違いないだろう。

しかし、泥と絡み付いているのか引っ張ってもほとんど動かない。

 

「んぐっ…」

 

ならばと思い、多分ボーデヴィッヒの背中側に回り蹴り出す。思いっきり足で押し出すと、泥が一瞬だけ晴れた。

 

「織斑!頼むぐっ」

「おい!真理!?」

 

織斑がボーデヴィッヒをキャッチしたのを最後に、俺の視界は真っ黒に染まり、意識も暗闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

「生徒…会長?」

 

風が吹き、満月が輝く屋上で、目の前の女子生徒はそう告げた。

本来この場にいるべきは俺と真理の筈だ。それなのに何故生徒会長がいる?

 

「ええ。あと、真理君なら来ないわ。彼には他にやる事があるからね」

「そう、なんですか。じゃあ…」

「貴方の事情なら知ってる。デュノアちゃんが女子だって事も、その為に貴方が自分の家族と戦う事を選んだ事も」

 

そこまでバレているのか。

そもそも、この人の事は以前から知っていた。この学園に入学する以前に調べた時、ロシアの国家代表であることと、学園最強であること。だが、実物を目にした事はこれで二度目だ。しかも一回目は入学式の時だったから、ほんの少ししか見えてなかったし。

でも、何故この人がこの場に来たんだ?いくらこの学園の生徒会長が生徒の中で最強の人物だろうと、俺がやろうとしている事を知っている理由にはならない筈だ。仮に真理に教えてもらったとして、何ができる?戦力の足しにするとかか?

俺が考え込んでいると、頭の中を読んだかのように更識先輩が答えて来る。

 

「私がここに来た理由は三つ」

「三つ?一つは真理が来れないからですよね?」

「ええ、そうよ。そしてもう一つは、私が暗部に関わっている人間だから。貴方が貴方の会社に交渉なりなんなりする時に必要な情報を渡す為に来たの。真理君のような部外者には見せられない情報とかもあるからね」

 

はい、と言ってどこから取り出したのか、一冊のファイルを渡される。

軽く確認しようとパラパラとめくってみると、かなり仔細な情報が書き込まれていた。その中で一番目を引いたのは、社員の名簿だ。名前の脇に『女』と書かれていたり、所々にマーカーで引かれている名前もある。

 

「これは…?」

「それは女権団に加入している人物よ。名前にラインが引かれているのはその中でも横領や男社員とか女尊男卑に当てられていない人間を不当な理由で会社を辞めさせたり、まあ本当に救えない愚か者達ね」

「こんなにたくさん…」

 

いや、それよりも一番聞きたい事があるんだった。

そういう意味じゃ、この場に来たのが真理ではなく、ここまで詳細に情報を集められるこの人で良かったと思う。

 

「一つ、お聞きしてもいいですか?」

「いいわよ。何かしら?」

「……俺の両親は、いや、親父は、本当に女権団と繋がってるんですか?」

 

俺が一番聞きたいこと。父さんがどちら側の人間なのかという事。

母親が女権団なのは知っている。真理から聞いたし、自分でも調べた。何より、一夏を殺しかけたレールガンを俺の専用機に仕込んだのが母親だ。じゃあ父親は?父さんは基本的に開発部門で指揮を執っているような人だ。顔を合わせる事自体少ない。だが、月に数度会うときは決まって笑顔を浮かべていた。あの笑顔も嘘だったのか?

 

 

「それは、貴方が本人に直接聞きなさい」

 

 

「…教えてはくれないんですか」

「だってそれは貴方の戦いだもの。私は力を貸すけれど、介入する気は無いわ」

 

そうだよな。いや、その通りだ。

それより、もっと建設的な話をしなければ。

 

「それより、先輩が来た最後の理由っていうのは何なんですか?」

「最後は、お礼を言って欲しいからよ」

「お礼…?ああ、ありがとうございます。力を貸してくださって」

「どういたしまして。でも、お礼を言って欲しいのは私じゃないのよ」

 

じゃあ、誰に?

その答えはすぐに出た。

 

「…真理に、ですか」

「そう。今回の事はほとんど真理君が考えた事だから。貴方の家の事を調べたり、この後貴方が家族に会う場所を学園にしてあげたり、そういう実行する部分は私がしているけどね」

 

そういえば俺がここに来たのも、保健室での真理の言葉の意味を考えたからだった。真理のくれたヒントに気がつかなければ、俺も、そしてシャルルも助からなかっただろう。いや、まだ助かるための道のスタートに立っただけだ。

というか、この先輩、場所って言ったか?

 

「とりあえず、私が貴方に出来る事はそのファイルを渡す事。貴方とご両親の三人をこの学園のプライベートルームで会わせる事。そして、貴方が考えている事を実行する時の補助。このくらいね」

「プライベートルーム?そんなのがあるんですか?」

「ええ。貴方のご両親を学年別トーナメントに招待する。他にも企業の人間がくるから不自然な事じゃないわ。その時に防音の個室へと案内するから、貴方はそこに行けば良いわ」

「それは、ありがとうございます」

 

本当に有り難い。もし俺の話が他社の人間に聞かれたら、うちの会社が倒産とまではいかないが縮小する事になるだろうし、俺の考えも実行できなくなる。

シャルルを救う為には、どうしても母親が、最悪父親がいなくなったあの会社が必要なのだ。

ファイルを持つ手に自然と力が入る。

 

「……親っていうのは、子供にとって重圧なのよね」

「?急に何を…」

「過度な期待。無言のプレッシャー。一番近しい存在だからこそ、私たち子供が持つ別の顔を知らない」

 

更識先輩の言葉が胸に刺さる。

俺がクズだった頃。親から全てを与えられていた頃。周囲の人間を格下に見て、優越感に浸って、そんな時でも追われていたモノがあった。

それが、親からの期待。と思い込んでいたモノだ。

 

「私たちは親に頼らないと生きていけない。それは貴方や私だけじゃなく、親に虐待されていた真理君や親代わりの姉しかいなかった織斑君も例外じゃない。だから貴方が進む道は、通った人が限りなく少ない例外中の例外。親が知らない貴方は、その道を貫き通せるのかしら?」

 

親への反逆。それは、子供にとって親からの解放という憧れと同時に、その道の険しさに誰もが諦める泡沫の夢だ。

様々な感情が入り乱れ、最終的には感謝の気持ちの方が強くなる。

だが俺は、その気持ちを押し殺して、あの二人へ反抗する。

俺をクズに育てたとか、そういった気持ちは一つもない。だってそれは俺の責任だから。感謝が無いと言えば嘘になるけれど、それ以上に俺は、友達を救いたいんだ。

 

 

真理に救われ、一夏に赦された。

 

 

だったら今度は、俺が助ける番だろう。

あの二人への感謝は忘れないし、まだ返せない。

でも、今の俺でも救える人がいる。俺より辛い思いをした人がいる。

 

だから、救おう。

 

あの二人に恥じない友になる為に。

 

「俺には、やりたい事が出来たんです。それを成すためなら、どんなに険しい道だろうと進みます」

 

覚悟を決めろ。

俺にはもう、逃げ道が無い。だが、それでいい。

逃げる必要は無い。救う事だけを考えろ。救った後の事を考えろ。

俺にはそれを出来るだけの力があると、信じ込め。

 

「いい顔してるわ。覚悟を決めた人の顔。そんな貴方に最後のプレゼントよ」

 

更識先輩がスカートのポケットからUSBメモリを取り出す。小さなそれを俺の手のひらに置いた。

 

「これは貴方がご両親との話を終えた後に使いなさい。必ず役に立つわ。本当は、そのファイルにいれるつもりだったんだけどね」

「わかりました。何から何まで、本当にありがとうございます。全部終わったら真理にもお礼を伝えにいきますね」

「うん。よろしくね。真理君、やる必要が無いのに、本当に無理して頑張ってくれたから。本人は、後から増える面倒事を先に終わらせるだけです、って言ってたけど」

 

ああ、確かに真理なら言いそうだ。二人して苦笑する。

これだけの事を考えられるくらい凄い奴なのに、いや、だからこそかな。自分がやっている事の凄さを知らずに、誰もが出来る当たり前の事のように言うんだ。時間をかければ誰でも出来るって言って。

だから、しっかりお礼を伝えよう。お前は凄い奴なんだって、正面から言ってやろう。

 

無事に全てを終わらせて。

 

 

差し当たっては、このファイルの内容を頭に叩き込むことから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 



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禍根の残る話と残らない話です。

暗闇の中にいた。周囲は何も見えず、自分の体すら見えない暗闇の中。

目の前に、一つの画面が現れた。

 

「……これは」

 

エコーがかった声が暗闇に響く。

画面に映されたのは、何かと戦っている織斑とデュノア。そして、その背後で壁に背を預けて休んでいるボーデヴィッヒの姿。

あいつがISを纏ってるってことは、どうやら俺の目論みは失敗したらしい。

VTシステムが発動した時、戦わずして止めるにはどうすれば良いか。それを考えた時、思いついたのが、媒体となっているISを無理矢理にでも引き離す事だった。

だが、ボーデヴィッヒをISごと引き離しても俺がこんな暗闇にいるというこの現状からすれば、完全に失敗で、見当違いだったんだろう。

 

『汝…力を欲するか…?』

 

突然、頭の中に声が響く。

これがVTシステム発動条件の一つの、搭乗者の意思確認ってやつか?ISには意思があるって言ってたし、この程度なら天災じゃなくても可能だったようだ。

本来、発動するには力を求めることが必要らしい。俺じゃ発動できなかっただろうな。

 

「要らねぇよ」

 

自分が扱う力は、自分で手に入れる。

それが俺のルールだ。

手に入れた力を使いこなす事も必要だし、強さだと思う。でも俺は自分で扱えるまでは力を持たない。力のために器を作るんじゃなく、力を入れるために器を作る。それは、俺が弱いからだ。

 

昔、ことはさんの話を聞いた。

 

堕ちて、半妖の力を手に入れて、恭助さんを傷つけた話を。

 

その話を聞いた時、俺はただただ怖かった。自分も、行き過ぎた力を持った時、誰かを傷つけてしまうかもしれない、と。

ことはさんはその過去を乗り越え、力を飼い慣らしたが、大事なものがあの町と父親しかいなかった俺は、それらを傷つけたくないと、必要以上に怯えた。

だから俺は身の丈に合わない力はいらない。成長した今でもそれは変わらない。

 

 

 

 

______変わらない、筈だった。

 

 

 

 

『…力を…望め……私の………存在…意義を……』

 

 

そうか。こいつには意思がある。それは、生きていることに他ならない。

そして生きている以上、死にたくない、消えたくないと思うのは自然なことだ。

今、ISが無い状態でもシステムが動いている意味は分からないが、きっと俺が脱出してしまったら消えてしまうんだろう。

だったら。

 

「力は望まない。お前の存在意義も、俺には満たせない。だけど、一緒に戦う事はできる」

 

『一緒…に……?』

 

こいつは人が望んだ力で戦う事を存在意義としている。

俺はこいつの力を望まないし、身を任せる事もできない。

 

「そうだ。俺と一緒に戦おう。誰かを傷つける為じゃなく、誰かに認めてもらう為じゃなく、俺たち自身の為に」

『私た…ちの……為…』

 

感覚で利き腕を動かす。

 

りらさん曰く。

握手とは、敵意が無いという意思表示。利き手を開いて見せるのは武器を持っていないと相手に示す為。

 

「俺の才能も、お前と同じ、人真似なんだよ。偽物だ」

『…偽物……』

「だけどよ、偽物が本物に勝てないなんて、そんな道理はねぇよな」

 

開いた手のひらに何かが触れる感触。個体ではなく、液体でもなく、かといって気体でもなく。

何かは分からないが、そこからは確かに熱が伝わって来る。

 

 

 

『………私の力を…貴方に…託す……一緒に……』

 

「ああ、約束だ」

 

 

暗闇が晴れていく。動かなかった体に、何かが纏わり付いていく感覚。でも、不快じゃない。

いつの間にか画面が消え、本来の視界が戻って来る。

目の前にいるのは、驚いた顔の織斑とデュノア。視線を右に向ければ、俺が脱ぎ捨てた量産機とマフラー。そうだった。マフラーを脱ぎ捨てたんだった。ヒメさんから貰った大切なものなのに。

VTシステムの泥に突っ込むときより重い体を動かしてマフラーを拾いにいく。

 

「もっと大事に扱わなきゃな」

 

マフラーを巻きなおして、自分の体を見る。

腕には籠手。足にはブーツ。腰には膝下までの、袴を模したスカートアーマー。上半身はISスーツのまま。頭には、見えないが何かが乗っていて、その全てが黒色で統一されていた。

これをあの泥から生み出したとしたら、明らかに質量が合ってない。

 

「ん、ああ。そういうことか」

 

突如目の前に現れた画面を見て、質量の疑問に納得する。画面には『言霊』と書かれていた。

確か、ことはさんは…。

 

「ショートカット、『刀』」

 

言葉通り、刀身から柄まで真っ黒な刀が現れた。

つまりはそういうことなんだろう。

 

「真理ぃいぃいい!」

 

低空飛行で突撃してきた織斑の剣を、黒い刀で受け止める。

 

「なんだよ」

「お前、それが何か分かってんのか!?」

「お前こそ、これが何か分かってんのかよ」

「それは千冬姉の偽物だ!今すぐに棄てろ!」

 

偽物、ね。

 

「嫌だね。俺はこいつと一緒に戦うって約束しちまった。それをお前にどうこう言われる筋合いは無い」

「うるせぇ!お前がなんと言おうと、それを叩っ斬る!」

 

それがお前の正義なんだな。自分の考えに賛同しないものを否定し、力で潰す。守りたいものを脅かす悪は倒す。悪かったな、澵井の部屋でお前の正義を正義じゃないなんて思っちまって。

そうだ。正義なんて曖昧なものは千差万別。人の数だけ正義があり、正義の数だけ悪がある。そんな簡単なことを失念していた。

そしてお前にとっての悪は、倒すべき悪は俺とこいつなんだろう。

でもな、お前が悪だと断ずるのは、俺の正義なんだ。それを否定されれば、俺だって腹が立つんだ。

 

 

「やってみろカスが。俺たちが偽物だって言うなら、その偽物で本物(テメェ)を潰してやる」

「っ!?」

 

 

黒い刀を振り切り、距離を取る。トーナメントの事も、もはや頭に無い。今考えているのは、目の前の正義を叩き潰す事だけだ。

 

「うぉおおぉおお!」

 

再度突進して来る織斑に向かって、同時に走り出す。

このISとも言えない偽物にはPICが搭載されていない。当然の事ながら飛行する事は出来ない。だが、トレースシステムの名に恥じぬ働きはしてくれていた。

ボーデヴィッヒの専用機の第三世代兵器『AIC』を僅かながらコピーする事に成功していた。まあ簡単に言えば、足裏が踏んだ空間を固める機能がついている。もっと分かり易く言うならば、空中でも踏ん張れるということだ。

だから、こんな動きも出来る。

 

「ショートカット、『鞘』」

 

織斑とすれ違った後、壁に足をついて停止するように空中に足を付ける。そして、生み出した鞘へ納刀し、振り返ったばかりの織斑へ最高速で接近する。

 

「くっ…!」

 

剣を持つ腕に狙いを定めて、脳内に浮かべた入鹿さんと同じ動きを再現する。一瞬でこぶし大の石を粉々にする、あの超速の剣技を。

 

またもや入れ違った俺は、刀に目をやる。刃が毀れ、刀身に罅が入ってしまっていた。

偽物だけに、大した耐久力じゃないらしい。今後はもっと考えて使わなければ。だが、それに見合う傷跡をあちらにも残せている。

 

「なっ…!?ISの腕が…」

 

織斑の専用機の右腕はボロボロだった。やはり俺じゃあ入鹿さんみたいにはいかないか。

 

「それが偽物の力だ。今度はもっとお前にも分かるような偽物を使ってやるよ」

「ちっ!なめんじゃねー!!」

 

残った左腕で刀を握った織斑が、思い切り振り下ろす。それをステップだけで躱し、次いで迫って来る下段からの逆袈裟斬りをバック転で回避。着地と同時に放たれた突きは、首を傾けるだけで避け、後ろ回し蹴りで剣を持つ手を弾きとばす。

 

「うあっ!」

「ショートカット『刀』。いくぞ」

 

刀を左手に持ち、思い切り振り下ろす。辛うじて避けた織斑に、今度は下段からの逆袈裟斬り、そして突き。

逆袈裟から躱しきれずに、最後の突きが織斑の胸に直撃する。

 

「うぐっ!……げほっ……お前…それは…」

 

流石に気づいたようだ。そりゃそうか。自分の剣を真似されれば、誰だって気づく。

 

「ほら、来いよ。叩っ斬るんだろ?」

「う、うおぉおおぉお!」

 

織斑が剣を振るう。全方位から迫る剣は、それこそ嵐のようで、織斑の天才性を伺わせる。いかに怒っていて、その剣が単調になっていても、力強さと鋭さだけは失われない。

だが、俺はその剣を真似し、織斑が放つ剣と真逆から黒い刀を叩き込み、相殺する。それが、俺の才能だ。相手が入鹿さんやヒメさんのように格上の相手じゃない限り、相手の動きを真似して、鏡のように動くことができる。

 

「ショートカット『刀』」

 

剣戟の応酬の中、砕け散った刀を手放し、新しい刀を出現させる。

今ので分かったが、この黒い刀は五回の剣戟で砕ける。まあ細いし、元はあの泥のようなものだろうし、しょうがないだろう。

 

「わかったぜ!お前のその刀、五回で砕けるみたいだな!」

 

織斑にも気づかれていた。だが、そこはさしたる問題ではない。バレているのなら、それに見合う罠を張れば良い。

問題は、生み出せるモノの量だ。

あの泥の一部が今俺が纏ってるIS擬きで、残りが『言霊』で生み出せる武器の量。刀一本にどれくらい使われているか分からない上に、パッと見た感じの元の質量から考えると、生み出せる刀の本数はそう多くない。砕けた刀分の泥が何処に行ってるかも分からないとなると、これ以上の無駄遣いは出来ない。

 

「ああ、そうみたいだな」

 

一気に決める。

最初の入鹿さんのコピーの時は刃が毀れて罅が入った程度だった。あのときの斬撃の回数は七回。つまり、織斑と打ち合わなければ、刀の耐久値は1.5倍になる。

ならば話は簡単だ。

近づいて斬る。それだけだ。

最速で近づき、最多の剣を放つ。

 

「行くぞ…『四音』」

 

新しく生まれ変わったVTシステムを呼ぶ。もはやこいつは只のシステムじゃない。ISと一緒だ。意思があり、操縦者と供に成長する。

俺はこいつと。

 

「強くなる!」

「くっそ…!お前等みたいな偽物に負けるかぁあぁあああぁあ!」

 

織斑が放つ上段からの最速の一撃を見る。

今日一番の速さで、今日一番のキレだ。

流石、天才。流石、本物。

その一撃に込められた重さは、偽物の剣を振るう俺には計り知れない。

俺だって本物を持っている。それでもなお、偽物の剣を振るうのは、織斑が偽物を悪だと言うからだ。

どんな本物だって、最初は偽物なのだ。それを否定する事は、全ての努力とそれに費やした時間を否定することだ。

 

 

 

 

 

それだけは赦せない。

 

 

 

 

 

 

「堕ちろ。自分のルーツも知らないカスが」

 

織斑の渾身の一撃を身を捩って躱し、刀を振るう。

入鹿さん程でないにしろ、真人間としては中々のスピードを誇る俺の最高速度の剣戟は、すれ違い様に十回斬りつけた。

 

「がはっ………!」

 

ISを強制解除された織斑が地に堕ち、俺はようやく周囲を見回した。

誰一人として声を発さない観客席。

こちらを見て驚愕しているデュノア。

辛うじて見える放送室でも、先生達が動いていない事がわかる。

 

 

 

 

「はぁ、事情聴取かな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

「あいつら、初戦で当たるのか…」

 

歩いている最中に見つけたディスプレイに表示されたトーナメント表を見て呟く。どうやら一回戦目にして一夏とシャルルコンビとボーデヴィッヒ、真理コンビがぶつかるようだ。

あの二組は皆がみんな因縁染みたものを持っているからな。簡単には終わらないだろう。

それより、自分のやるべき事をやらなくては。

 

今俺は更識先輩が用意してくれたという来賓用のプライベートルームに向かっている。既に両親は来ているらしく、後は俺が話をつけるだけだ。

手が震える。足が竦みそうになる。それでも、止まろうとは思わない。

俺自身の為に、シャルルの為にこの勝負、絶対に勝たなくてはならない。

そうでなければ俺に気づかせてくれた真理に、場を整えてくれた更識先輩に顔向けできない。

 

「…………よし」

 

震える手を握りしめ、気合いを入れなおす。

両親がいる部屋の前に辿り着き、扉の前に立つ。

ここから、俺は生まれ変わる。過去は清算できないけれど、未来は作れる。俺の未来も、シャルルの未来も、自分たちで作る為に、俺は。

 

「絶対に、勝つ…!」

 

扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部屋は嫌になるほど静かで、同じくらい、怒気と殺気で溢れていた。

 

「…何故、トーナメントに出てないのかしら?」

 

この部屋に溢れる怒気の根源であろう、俺の母、澵井茜が静かに喋り出す。依然として視線はアリーナの中で向き合っている男子のタッグに向けられている。

 

「やる事が、しなければならない事が出来たから、です」

「やる事?それは私の命令を無視してでもやらなければいけない事?」

「はい」

 

やはり、怖いな。

真理に諭されてから、会社の事やそれにまつわる社員の不祥事なんかを調べて、更識先輩に貰ったファイルで裏をとったりして、戦闘態勢だけは整えた。

だが、いざその時になると、そんな準備等無意味だったと感じる程に恐怖でいっぱいになる。

しっかりしろ。ここでの結果が、俺とシャルルの未来に繋がるんだ。

 

 

 

「……貴女を、澵井コーポレーションから排除します」

 

 

 

言った。これで、もう二度と後戻りは出来ない。

俺の言葉を聞いた母が取った行動は、怒る事でも怒鳴り散らす事でもなく、ただため息を吐いただけだった。

 

「今までアンタが好き勝手生きて来れたのは誰のおかげ?私がアンタに全てを与えてきたからでしょ?」

「…感謝はしてます。でも、学園に入って、色んな人に出会って、俺は変わったんです」

「で、それが何?アンタが変わって、私が会社から排除されるのに、なんの関係があるの?」

「友達を救いたいんです。そのためには女権団に属している人を全て排除しなければなりません。貴女以外にも女権団に所属している人は知っています。その人達にも例外なく辞めて頂きます」

 

この言葉にも、ため息を吐くだけ。

なんだ?もっと焦ったり、怒鳴るもんだと思ってたが。いや、そもそも俺がこの人の性格を深く知らないから、どういうタイミングでどういう反応をするかが分からない。家族なのにな。

 

「ふーん。理由も、アンタがしようとしている事も分かったわ。でも、その後の事を考えたの?」

「後……?」

「アンタが、私や他の人を理不尽に解雇して、その人達のその後の人生、どうなると思ってるの」

「理不尽じゃ、ありません。貴女達が横領していることも、女権団に情報を流出させているのも知っています。全員、刑務所で暮らしてもらいます」

 

自分のすることが正しいなんて思っちゃいない。フィクションの中なら、悪人すらも善人に変える事が出来るが、現実じゃそんなの無理だ。ましてや、社員の半数に近い人数で、時間もないこの状況じゃあ、排除するしかない。

 

「…その中に女権団に無理矢理入れられて、無理矢理横領させられている人がいても、アンタは全員を刑務所に送り込むのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どんな事情があろうと、例外はない。例え恨まれようと、全員刑務所送りだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ずっと考えていた事だ。

俺たちから見た女権団の恐ろしさは、組織の巨大さと、その過激さにある。電車で隣に立った男に痴漢の冤罪を被せたり、町ですれ違った男を恐喝するのは当たり前。それどころか女尊男卑の思想に染まってない女を、奴隷のような扱いを受けている男に襲わせ、無理矢理女権団に入れたりもする。

だから、当然の如く、無理矢理やらされている人間のことも考えた。

 

考えた末に、見捨てる事を選んだ。

 

一夏なら全員を救う方法を模索するだろうし、真理だったら考えるまでもなく割り切るだろう。

でも俺は一夏でもなければ真理でもない。一番助けたい人の次を考えてしまう。そんな人間なのだ。だからこそ、ギリギリまで考え、更識先輩から貰った情報を網羅し、そこからさらに考えた。

そして、決めたのなら曲げない。曲げてはならない。そこが曲がってしまえば、強さが、信念が、なにより目的がブレる。

 

 

 

 

 

「ふふ……」

 

「?何を笑ってるんですか?」

 

 

 

 

入室してから一度も顔を見ていないが、怒っているものだと雰囲気で察していたのだが、それが急に霧散した。

それどころか、和やかな雰囲気になった気がする。一度も喋ってなかった父さんも、なんか含み笑いしてるし。

な、なんなんだ?

 

 

 

「あっははははは!もう駄目!例え恨まれようと、全員刑務所送りだキリッ。だってさ!ぷぷ、あはははは!」

「おい、笑い過ぎっくく、だぞ、ふふふ」

 

 

 

膝を叩いて爆笑する母に、それを収めようとしつつ笑っている父を見て、俺は呆然としてしまった。

そもそもあの二人が笑みでなく、本当に笑っているのを今まで見た事が無い。いや、そうじゃなくて。

 

 

「ちょっと待て。は?アンタ今の状況分かってるのか?」

「ええ分かってるわよ。ぷぷ。アンタが私を解雇しようとしてるんでしょ。ま、やってる事は無意味だけど、それだけ成長してるってことだし、茶々は入れないようにしてたんだけど」

「長かったなぁ。何年だ?」

「んー、2、3年じゃないの?中学くらいからだし」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!何の話をしてるんだ!?」

 

話がまったく見えない。成長?2、3年?なんの話だ?

 

 

「簡単に言うとだな、巧」

 

 

ようやく振り返り、俺を見る父、澵井亮介と視線が合う。

 

「お前が独り立ちできるように、全部俺たちが仕込んだドッキリだった。ってことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああぁあぁああああ!?」

 

長い人生の中で、一番驚き、叫んだ日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、一から説明してくれるんですよね?」

 

予備の椅子を引っ張りだし、両親の椅子の向きも変え、二人と俺で向き合う形で座っている。当然、説明の為だ。

ドッキリだかなんだか知らないが、説明してくれないと意味が分からない。ついでに言うと、更識先輩と真理も加担してた事になる。

 

「まぁ結論から言うとね、甘やかし過ぎたアンタを叩きなおす為に楯無ちゃんのお母さんとかにも協力してもらってたのよ。ついでに女権団の人間を辞めさせることができたら尚良し、って感じね」

「いやいや。その時点で聞きたい事が二つはあるんだけど」

「なによ?」

「更識先輩と結託してたんですか?そんで、母さんも女権団に所属してるんじゃないの?」

「あはは。楯無ちゃんのお母さんと同級生でね、楯無ちゃんは何も知らないわ。知ってるのは従者の虚ちゃん。今頃楯無ちゃんに謝ってるんじゃないかしら。で、私は女権団には所属してないわ」

「いや、でも、真理が言ってたし、『Only Once Fool』は?あれを使えって言ったのは母さんだって聞いてるけど」

「それに関しては完全に俺のミスだ。茜を責めないで欲しい」

「ミス?」

「ああ。俺が開発部門の主任をしているのは知ってるだろ?だが、俺の知らない所でお前の専用機に勝手に積まれていたんだ。武装を使えって言ったのも女権団の人間だ」

 

ちょっと待って欲しい。頭が追いつかない。

というか、どこからがドッキリだったんだ?俺がISに乗れるって分かったのは一夏よりも前だし、その時に話を聞いていた人はいつの間にか会社から消えてて、真理の話を聞いて殺されたのかと思っていた。今回俺が戦おうとした理由にはそれも含まれていて、人を簡単に殺すような会社はあってはならないと思った。

いやいや、待て待て。まだ混乱してる。

 

「えっと、そもそも、いつからそのドッキリは始まってたんだ?」

「おっ、敬語が外れてきたね」

「こんなバカな事する人達に敬語なんか使ってられるか!」

「バカとは酷いな。で、いつからって言うと、お前がISに乗れると分かった時から、だな」

「ISに乗れることが世界にバレたら問答無用で学園に入学させられる。女子率99%を超える学園なら流石のアンタでも参っちゃうだろうし、何より寮に入ってもらえるからね。私たちの力に頼らず、生活してもらうにはうってつけだったのよ」

「じゃ、じゃあ、俺がISに乗れるって分かった時にいた人達は?会社からいなくなってたから殺されたのかと思ってたんだけど」

「ああ、その人達なら女権団の人間を除いて普通に働いてもらってるわ。当時は社宅で暮らして貰ってたの。流石にあの時期からバレちゃうと面倒な事になるしね」

 

殺されては無かったのか。良かった…。じゃなくて!

 

「ちょっと待って。整理させて」

「そんなのするまでもないわ。アンタがISに乗れる事が分かった時点でこのドッキリを思いついて、性格が変わったっていう話を聞いたから、今日私たちがこの場に来てる。で、私たちは問題ないと判断した。それが全てよ」

「俺の性格が変わってなかったら?そもそもなんで変わると思ったんだ?」

「まあ色々あるけど一番は、千冬ちゃんがいるから、かしらね」

 

その一言で全て納得してしまった。

口ぶりから察するに、織斑先生とも交流があるようだが、織斑先生はその程度で贔屓にするような性格ではない。普段の一夏を見てれば、むしろ身内にこそ厳しいことが分かる。

 

「まあ、何はともあれ」

 

 

 

「大きくなったな」

「大きくなったね」

 

「「巧」」

 

 

「……!」

 

 

いかん。不覚にも、うるっときてしまった。

今まで見た事も無い、いや、俺のせいで出せなかったであろう両親の満面の笑みを見て、俺自身も頬が緩む。

 

「うん。ありがとう」

 

初めて、心からのお礼を言った気がする。

こんな俺を見捨てないで、更生する機会をくれて、家族として愛してくれて。

 

でもまだ、やらなきゃいけない事が残ってる。

 

「…まだ、やらなきゃいけない事があるんだろ?」

「うん。友達を、助けたいんだ」

 

俺と違って、シャルルは家族に傷つけられてる。昔も、今も。真理が言うように、今助けなきゃ、未来だって家族に盗られてしまう。

 

「大丈夫。アンタなら出来るわ」

「俺たちも力を貸すよ」

「……でも…」

 

今まで借りてばかりだったのに、また、しかも自分が決めた事のために力を借りるのは気が引ける。今更、と言われればそれまでだけれど。

 

「遠慮すんなよ。今までとは違って、お前に好き勝手させる為じゃない。お前が決めた事を応援するために力を貸すんだ」

「それに、さっきのアンタの口ぶりから察するに、決めた事は曲げないって思ってるんでしょ?なら、目的の為に私たちを利用するくらいしてみなさい」

 

そうだった。そもそも、自分の目的の為に俺は母さんを辞めさせようとしていたんだった。

だったら、迷うな。使えるものは何でも使え。

 

 

 

「………力、貸してもらいます!」

 

 

「うん」

「良い顔だ」

 

 

 

「じゃあ、詳しく話していこう」

 

 

 




次回、真理の反省&楯無からの説教回


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反省は未来への道標です。

すみません。活動報告に書いた通り、パソコンが壊れてしまい、スマホで書いても何故かデータが消えるという…。
言い訳ですね。
パソコンは新しく買いなおしましたし、今後はもっと早く更新できるよう精進します。


ではどうぞ。


正座って、時と場合によって辛くなったりするんだな…。

そんな馬鹿な事を考えている俺は、生徒会室にて、布仏先輩と並んで正座していた。この人が楯無先輩に怒られている構図はかなり珍しく、先ほど出ていった布仏妹も驚いていた。

そう、俺たちは今楯無先輩に怒られている。

何故かと言われれば、俺は危険な行動をとったからで、布仏先輩はどうやら楯無先輩の親とか上司みたいな人に頼まれて、澵井に関する偽の情報を楯無先輩に渡したらしい。

なんとも言えないが、その上司みたいな人はきっとイイ性格をしているに違いない。

 

「虚ちゃんは私の従者でしょ?いくら私のお母さんからの指示でも、本来仕えている私を騙すのはよろしくないんじゃないかしら?」

「仰る通りです」

 

正座し、目を瞑った布仏先輩は、いかなる処罰も受けるといった体で、その姿はいっそ格好良くすらある。やってることは反省の証の正座なのに。

 

「ただ、今回の件を提案なされたのは奥さまですが、最終的に決定を下したのは私です。澵井様方の事情をお聞きし、事情を知る人物は可能な限り少ないほうが良いと判断しました。また、本来の事情をお嬢様に話せば、澵井コーポレーションに潜む女権団の人間を排除する為にお嬢様の仕事が増えると思い、勝手ながら独断で行動させていただきました」

「仕事が増える?一企業のために、裏のトップが動くんですか?」

「確かにね。いくら世界一の企業といっても、所詮は企業。世界二位の企業も日本にあるし、私が動く必要はないわよね?指示くらいは出すけれど、実際に動くのは虚ちゃん達なわけだし」

 

つい口を挟んでしまった。だが、本当に疑問なのだ。楯無先輩が言ったように、実質的に楯無先輩がすることは指示を出すだけ。それに、口ぶりから察するに女権団の人間も割れている。ならあとは実力行使で捕まえるだけだ。さらに言うなら、今ここで話してしまっては、結局楯無先輩が動くことになってしまう。布仏先輩もそれをわかっているはずなのに、わざわざ自分の主を騙すようなことをし、今すべてを話している意味がわからない。

 

「いいえ。本来ならば、お嬢様が動く必要はありません」

「…本来なら?」

「はい。佐倉君、あれが見えますか?」

 

正座しながらある方向を指さす布仏先輩。そのしなやかな指先が示す方へと視線を向けると、そこには。

 

「………ああ…」

 

 

 

 

 

 

 

今にも崩れそうな程積み重なった書類の山が。

以前はもう少し高かったはずだ。俺や布仏先輩が協力して、あの高さまで減らしたんだが、そうか。あれが原因か。

 

「一昨日まで、昨日提出の書類が溜まりに溜まり、生徒会室からお嬢様を出すことすらできませんでした」

「うっ…!」

「そんな中、澵井様方の事情を聞き、女権団の人間を排除しなければならないことを知ったら、お嬢様は何をしてでも抜け出すでしょう」

「うぐっ!…だ、だったらそこだけ言わなければよかったじゃない!」

 

抜け出すことは否定しないのな。

 

「無理です。芋づる式にすべてを語らなければ説明はできません」

 

布仏先輩はそこで息を吐くと、楯無先輩を責めるような視線を納め、反省している姿勢を見せた。

 

「しかしながら、私が独断で行動し、お嬢様へ偽の情報を伝えたのもまた事実。更識家の従者にあるまじき行為をした事への罰は、いくらでもお受けいたします」

 

うわ、楯無先輩がちょっと可哀想になってきた。

確かに布仏先輩がしたことは裏の組織だろうと表の組織だろうと許されないことだけれど、今回はその原因が主人にある。楯無先輩の度重なる脱走とさぼりさえなければ、スケジュール的にあの書類の山は今より半分以上少なかったはずだ。そうなれば布仏先輩も嘘を吐く必要はなかっただろうし。

しかも事実がどうあれ、仕えている主に偽の情報を渡したのだ。当主で主の楯無先輩が、従者の布仏先輩に罰を与えなくてはならない場面だろう。

どーすんだろ、これ。

 

「………虚ちゃん」

「はい」

 

 

「一週間の自室謹慎よ。授業とご飯以外は部屋にいなさい」

「了解しました」

 

 

それってつまるところ、ただの休暇じゃない?楯無先輩が広げてる扇子にも有給休暇って書いてあるし。

楯無先輩から謹慎処分を言い渡された布仏先輩は、正座による痺れも無いのか、スッと立ち上がり「それでは失礼します。真理君も騙してしまう形になり申し訳ありません」と言い残して部屋を出て行った。確かに推理が間違っていたのは残念だが、結果的には予想より良い方向に進展しているし、そもそも俺にはあまり関係のない話だからな。

さて、じゃあ俺も帰るかな、っと。

 

 

「待ちなさい、真理君」

 

おっとっとぉ?やっぱりダメかぁ。

 

「真理君には聞きたいことと言いたいことがあるんだからね?」

「また今度じゃダメですかね」

「ダメに決まってるでしょ」

 

そらそうだわ。だって

 

 

 

「なんで織斑先生と戦うことになったのかな?それも明日に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約一時間前。織斑を切り刻んだ俺がピットへと戻ると、そこには呆れ顔の織斑先生とひどく疲れた顔をした山田先生が待っていた。

 

「まったく。貴様はどれだけ無謀なことをしたかわかっているのか?」

「俺もまさか無傷で助かるとは思いませんでしたよ。それについては結果オーライってことでダメですかね」

 

あからさまにため息を吐くと、楯無先輩からもらった桜のヘアピンと並ぶようにつけられた黒い十字架のヘアピンを見る。

ピットにつくなり元VTシステムの『四音』はこの姿へと変わった。専用機なんかの待機形態と同じものなんだろう。

 

「それが…」

「はい。四音っていうらしいです。そんで多分、俺以外には使えないでしょうね」

 

言いながら十字架のヘアピンを外し、織斑先生に手渡す。元々はISと同じくらい凶悪な兵器だ。学園側としても、俺に渡すにしろ渡さないにしろ、十全な調査を行いたいところだろう。

 

「ああ。山田先生が軽く解析してくれていたが、おおよそ普通のISでは無いな」

 

だからこんなに疲れてんだ、山田先生。仕事増やしてすみません。

 

「さて、もう一つ聞きたいことがある」

「織斑のことですか」

「そうだ。あいつと何を話し、何故戦った?」

 

織斑先生の視線が鋭くなる。その中には織斑を叩き潰した怒りと生まれたばかりの兵器を簡単に扱った俺への怒りが含まれている。あれ?俺が怒られてるだけじゃん。

俺は睨まれながらアリーナでの出来事を語った。織斑の言動から俺がどう思ってああいう行動にでたか、事細かに。だって俺だけ怒られるのとか不公平だからね。

 

「偽物、か」

 

俺の話を聞き終えた織斑先生は、ポツリとつぶやいた。それは、俺が頭にきた原因でもある。

 

「あいつ、本当に剣道やってたんですか?自分がどうやって強くなったかも理解していないのに」

「まったくだな。だが」

 

頭に衝撃。次いでやってくる鈍痛。どうやら出席簿で叩かれたようだ。いってぇな、なにすんだこの鬼教師は。

 

「お前はもっと冷静だと思っていたぞ。自らの正義を否定され怒るのはいいが、もっと周りの状況を見ろ。おまえならできるだろう」

「………はい」

「罰として、織斑の更生を手伝え」

「は?更生?」

「偽物は悪じゃないことを証明するのに力を貸せ、という意味だ。私が言ったところで、お前に散々否定された後じゃ素直に聞き入れるとは思えん」

「はぁ。具体的に何をすればいいでしょう」

 

織斑先生は少しだけ口角を上げて、入学してから一度も聞いたことのない楽しそうな声で言った。

 

 

 

「明日、私と戦え」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということです」

「ということです、じゃないわよ!」

 

俺だって納得しているわけじゃない。俺と織斑先生が戦っているのを見た程度で織斑の考えが変わるなんて思えないし、織斑の考えを否定したからといって改めさせたいわけでもない。

でもまあ、罰だしな。うん、しょうがない。

 

「……真理君、ちょっと楽しみにしてる?」

 

いや、だってなぁ。

 

「相手は世界最強なんでしょう?俺の中で一番強いのはヒメさんですし、どのくらい強いのか気なるじゃないですか」

「はぁ…。確かに真理君は強いわ。生身なら私と同じか、それ以上よ。でもね、織斑先生は私でも歯が立たないくらい強いの。この世界で織斑先生と同等に戦えるのは二代目ブリュンヒルデだけとも言われてるくらいね」

 

楯無先輩が呆れたような顔で力説している。が、全て右耳から入って左耳から抜けていく。ついでにあくびをしたときに口からも抜けていった。

織斑先生が強いのは知ってる。俺が敵わないこともわかってる。だが、それがどうした?

昔から自分よりも圧倒的に強い人たちを相手に、ボコボコにされてきた。それでも、いつか勝ちたいと思って、力を磨き、研鑽し、挑んで、敗れて、また鍛錬を積む。

 

そうやって強くなる。そうやって、本物になる。

それに。

 

「前にも言ったじゃないですか。白黒はっきりさせたいタイプだって」

 

一瞬きょとんとした顔になる楯無先輩だが、瞬きしたあとにはすでにさっきの呆れた顔に戻っていた。

 

「はぁ、まったく。普通なら挑む前から勝敗がわかってる試合なんてしないとお姉さんは思うんだけど」

「急にお姉さんぶられても。それに、戦る前から勝敗が決まってる試合なんてこの世にありません」

「……わかったわ。もう止めない」

 

よかった。わかってもらえたようだ。まあわかってもらえなくても試合はするんだけど。

 

「でも!試合は私も見るし、何より怪我はしないこと。私だけじゃなくてティナちゃんにも心配かけることになるからね」

「了解です」

 

もとよりそのつもりだし、織斑先生も本気でやって生徒に怪我をさせるような人ではないしな。

 

「とは言ったものの、勝算はあるの?」

「無いですね。でも、楯無先輩とやった時よりは強くなってると思いますよ、俺」

「それは桜新町に行ったからかしら?」

「結果的にはそうですね。ヒメさんに負けてたらあまり変わらなかったでしょうけど」

「え、師範さんに勝ったの!?」

「言ってませんでしたっけ?」

「聞いてないわよ!」

「まあまあ、今言ったんだから許してくださいよ」

「……」

 

頬を膨らませてむすっとしている。大分前にもこんな顔をしていたことがあるが、その時は猫を被っているような感覚であまり好きじゃなかった。でも、今は楯無先輩の素の表情が出ているようで、普通にかわいいと思う。俺じゃなかったら好きになってただろうな。

 

「んで、ヒメさんに言われて、今まで使えなかったものが使えるようになったんです」

「使えなかったもの?なにそれ」

「それは明日のお楽しみですよ」

 

口に人差し指をあてると、渋々納得してくれたのか楯無先輩は頬を赤くしながら生徒会長席の椅子に座ってくれた。

 

 

 

 

「暑いなら窓開けましょうか?」

「違うわよ!」

「そうですか。あと、その書類は俺手伝いませんからね」

「えー手伝ってよー!」

「嫌です」

 

 

いつも通りの会話を経て、さっきまでの非日常が終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

 

 

「じゃあ、そういうことで」

「ああ、明日までに終わらせるから、そっちも頼んだぞ」

「………その、ありがとう」

「もうそれは聞き飽きたわ。アンタも上手くやるのよ?」

 

じゃーねー、と手を振って二人そろって待たせていたのであろう車へ乗っていく。

シャルルを助けるための計画を父さんと母さんと相談した後、学園であったことなどを軽く話していると、すでに夕食時になっていた。二人はレストランを取ってあるとかで、今帰ったところだ。

見送りが終わった俺は、夕食を摂るために食堂へと足を運んだ。そこには死屍累々といった風体の女子生徒が大量に発生しており、足を踏み入れるのを躊躇ってしまう。

そんな中、テーブルでご飯を食べている黒髪と金髪を見つける。

 

「なあ、これどうしたんだ?」

「巧か。さあ、俺にも分かんねぇ」

「トーナメントが中止になるからじゃないかな。データを取るために一回戦は全部やるみたいだけど」

「へぇ、そんなに試合したかったのかねぇ」

 

この時、俺たちは全く知らなかったのだ。このトーナメントで優勝すれば男子の誰かと付き合うことができるとされていたことを。

それよりも気になることが一つ。

 

「お前ら真理と戦ったんだろ?どうだった?」

 

シャルルのことで話し合っていたから試合を見れなかった。だから何の気なしに聞いてしまったのだが、どうやらミスチョイスだったようだ。

一夏の顔が強張り、シャルルも困ったような表情をしている。

 

「…なんかあったのか?」

「試合の途中でボーデヴィッヒさんが変なシステムに乗っ取られちゃったんだ」

「は?それ大丈夫だったのか?」

「うん。でも、真理がそのシステムを飼いならしちゃったみたいで、ISみたいになったそれで一夏と戦って勝っちゃったんだよ」

「は?」

 

意味が分からない。変なシステムとやらを飼いならした?真理が?てかシステムって飼いならせるものなのか?しかもそれで一夏に勝った?

 

「えっと、まあ、真理は相変わらず規格外だな…?」

「本当だよ」

「で、一夏が不機嫌なのは?」

「それは…」

 

シャルルが言い淀んでいると、問題の一夏が口を開いた。

 

「あいつが使ったのは千冬姉の偽物で、俺と戦ってる時も俺の剣を真似してたんだ」

「剣を?真理って槍使いじゃないのか?」

「分かんねぇ。けど、あんな偽物の剣に俺は負けたんだ…!」

「へ~…」

 

多分一夏は悔しさと真理への怒りで不機嫌になってるんだろうな。

俺は見ていないが、変なシステムとやらが織斑先生のデータを流用したもので、それを真理が使いこなした。そして、一夏の剣術を真似して、おそらく最後まで槍で戦うことはなかったんだろう。それが真理の意志なのか、システム上そうなっただけなのかはわからないが。

真理に本気で戦わせることもできず、あまつさえ姉のコピーを使う真理に自分の剣術を真似されたのだ。悔しいし、怒りもする。

 

「俺はその場にいなかったし試合も見てないからわかんないけどさ、真理にも考えがあったんじゃないか?」

「だとしても!試合なのに本気で戦わなかったんだぞ!?」

「それ以上に伝えたかったことがあったのかもしれないだろ?」

「伝えたかったことってなんだよ?」

「それは分かんねぇよ。俺は真理じゃない。そういう可能性もあるってことを言いたいんだよ。一度、真理と話してみたらどうだ?」

 

一夏は苦々しい顔をし、悩みの百面相をした後、呟くようにポツリと言った。

 

「……わかった」

 

そんな一夏を微笑ましくシャルルと見ていると、食堂の入り口から山田先生と真理が歩いてきた。噂をすればなんとやら、だな。

 

「佐倉君の言う通り、全員食堂にいましたね。凄いです!」

「いえ、そんな大したことじゃないです」

 

大したことあるだろ。なんでわかるんだよ。

それより、山田先生は何しに来たんだろう。どうやら真理も山田先生に連れてこられたみたいだし、男子全員に話があるのはわかるのだが。

 

「どうしたんですか、山田先生?」

「朗報です!」

 

朗報?というか山田先生が胸を張ると、主張がすごいな。何が、とは言わないけど。

 

「…巧のエッチ」

「え、なんで俺だけ?」

 

シャルルにジト目で見られてしまった。

 

「なんとですね!男子の大浴場使用が解禁になりました!」

 

そんな俺たちに目もくれず、山田先生は自分のことのように喜びながら話してくれる。

確かに俺たち男子は学園の男女比率的に大浴場を使えなかったし、使えたら嬉しいな、みたいな話はしていたけれど、タイミングが悪かった。それはもう、自宅で浮気現場を目撃してしまったくらいタイミングが悪かった。

 

「おぉー!本当ですか!?」

「ええ!元々ボイラー点検があって生徒は使えない日だったんですけど、点検自体は終わったので男子の皆さんに使ってもらおうって計らいなんですよ!」

「ありがとうございます!山田先生!」

 

さっきまで不機嫌だった一夏が山田先生の手を握ってぶんぶん振り回しているが、俺とシャルルは二人で目を合わせて固まっていた。

一夏は風呂が好きだから嬉しくて忘れているのだろうが、シャルルは女なのだ。

 

「さあ、皆さん着替えを持ってきてください!鍵は私が持っていますので、浴場前で待っていますね!」

 

走り去る山田先生を呆然と見ながら、一夏の肩を叩く。少し不思議そうな顔をして振り向く一夏に指でシャルルを指し示す。

あ、なんて言ってるが、本当にどうしよう…。

 

「と、とりあえず、着替え持ってくるか…」

 

その言葉に全員が頷いて、解散していった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、皆さん来ましたね!」

 

浴場前で山田先生が手を振っている。

さて、どうするか…。

 

「あれ?佐倉君、着替えはどうしたんですか?」

 

そういや、何も持ってないな。

 

「ああ、部屋に戻ったら楯無先輩から連絡が来まして。生徒会の仕事があるそうなので、今日は遠慮させていただきます」

「そうでしたか。では、また今度ですね」

「はい」

 

真理はマフラーを靡かせながら去ってしまった。あいつ、多分面倒ごとになると思って早々に逃げやがった…!

でも、正直助かった。いや、頭数が減ればいいって問題じゃないか。

 

「では、皆さんはどうぞ!出るまでは私がここにいますので」

 

三人で無言のまま脱衣所へと入る。

さて、どうするか。

 

「…一夏と巧で入ってきなよ。僕はいいからさ」

「いや、シャルルが入って来いよ。俺らは部屋のシャワーでいいし。な、一夏」

「え、お、おう」

 

断言しろよ。

 

「じゃ、じゃあ、交代で入ろっか。先に巧たちからで」

「んー、じゃあそうするか」

「おう!サンキューな、シャルル!」

「ううん、じゃあ僕向こうで待ってるね」

 

シャルルが俺たちから見えないところに移動したところで、服を脱ごうとしたら、扉の開く音がする。なんだ?山田先生か?山田先生だとするとまずいな。さすがに教師の前でほぼ裸はまず過ぎる。

しかし、それは杞憂だったようで、入ってきたのは真理だった。

 

「どうした?」

「織斑先生が織斑を呼んでる。今すぐ来いってよ」

「な、なんで」

「知るか。じゃあな」

 

それだけ言ってまた出て行ってしまった。

 

「な、なあ」

「行ったほうがいいだろうな。怒らせたら何があるかわかんないし」

「だよなぁ…。はぁ、久しぶりの風呂なのに…」

 

どんだけ風呂好きなんだよ。

愚痴りながらも脱ぎ掛けてた服を着なおして、脱衣所から出ていく一夏。かわいそうに。織斑先生からの呼び出しじゃあ無視できないもんな。

 

「ね、ねぇ。一夏出て行っちゃったけど、どうしたの?」

「織斑先生からの呼び出しだってさ。俺一人だから早めに上がれると思うから」

「う、うん。ご、ごゆっくり…?」

 

服を脱ぎ終えてから、タオルを持ってすぐに浴場へ。

 

「おお、でけぇな…」

 

少しつぶやくだけでも声が響く。さすがに大人数が入れるだけあって、そんじょそこらの大衆浴場なんかとは比べ物にならないくらいの広さだ。湯の種類も五種類はある。シャワーも大量にあるし、サウナやジャグジーもある。なんだこれ。ちょっと高級なスパくらいあるぞ。

とりあえずかけ湯をし、体や頭を洗ってから風呂に浸かる。

 

「っあぁ~……」

 

久しぶりの風呂だからか、すごい気持ちよく感じる。まるで自分の体が湯船と一体化しているような感覚だ。

そうして湯船に浸かってグダグダしていると、カラカラという音が聞こえてきた。真理は絶対来ないだろうし、一夏が用事を済ませて戻ってきたのかな。

そんな感じで、俺は完全に油断していた。

 

「お、お邪魔します」

 

入ってきたのは、シャルルだった。

 

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 

なんだ、何をしに来たんだシャルルは。

今は背中合わせで風呂に浸かっているのだが、完全に出るタイミングを逃した。しかもこの状態で一夏が来たらさらにヤバい。倫理的にも風紀的にも問題だらけだ。

 

「…俺、上がるよ」

 

出来るだけ静かに、あまり深刻にならないような口調で言う。ここで俺が取り乱したりしたら、何のために入ってきたかわからないが、シャルルもパニックになってしまうだろう。

だからこその言葉と行動なのだが、それはシャルルに止められてしまった。

 

「待って!」

「はい!?」

 

驚いて声がひっくり返ってしまった。

 

「巧に、聞いてほしいことがあるんだ」

 

その真剣な声に、浮かしかけた腰を下ろして、背中を向けて座りなおす。さっきまでと違い、女子と風呂に入ってることによるドキドキはなくなり、いや、あるわ。だって後ろに裸、よくてもタオル一枚の同年代の女子がいるんだよ?しかも美人。この状態で無心になれる奴を俺は男と呼ばない。

 

「前に、部屋で話したことなんだけど…」

「…!」

「僕、真理に言われて気づいたんだ。あの人に巧たちのデータを盗むように言われたのは事実だし、その前もいろいろグレーなことに関わってきたんだ」

 

そういえば、父さんたちも言ってたな。デュノア社は色々薄暗いことや、時には暗部が出動するような事案までしているそうだ。ただ、シャルルが代表候補生であることからわかるように、国が関わってるためにそういった追及から逃れていたそうだ。

 

「でも、その全部があの人のせいってわけじゃないんだって。真理の友達の話を聞いて、僕には、助かる意志が無かったんだって。僕は心のどこかで悲劇のヒロインを演じてたんだよ」

「…………」

「あの時、一夏がかばってくれたけど、やっぱり努力していない人が助かるのは努力している人に失礼だからね。だから、僕、あの人と話してみようと思うんだ」

「…そう、か」

「うん。でもね、そう思ったのは、巧のおかげなんだよ?」

「俺の?」

 

俺、何かしたっけ。

 

「二人が帰った後、巧がああ言ってくれたから、僕は学園に残ろうと思ったんだ」

 

あの時の言葉か。今思うと、ちょっと恥ずかしいんだがな。いや、今は俺の羞恥心なんてどうでもいい。

シャルルが助かりたいと、助かる努力をしようと思うのなら、俺が話そうと思っていたことはまさに渡りに船だ。

 

「なあ、シャルル。俺も話したいことがあるんだけど、いいか?」

「?別にいいけど、その前にもう一つだけいい?」

「あ、ああ」

「シャルロット・デュノア。それがお母さんがつけてくれた僕の本当の名前」

「シャルロット…。うん、そっちのほうが似合うよ」

 

シャルル改め、シャルロットとは背中合わせのままなのに、微笑んでいることが分かった。

 

「シャルロット。俺さ、今日両親と話したんだよ。詳しいことは省くけど、俺のことを考えてくれててさ、いい人たちなんだ。だからさ、シャルロット」

 

 

チャポンと音を立てて、湯船が跳ねる。その音につられて、シャルロットも振り返ってくれる。

アメジストの瞳を見ながら、俺はこう言ったんだ。

 

「俺の会社に来ないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『俺は、一夏や真理みたいに俺がシャルルをどうしたいかなんて言えない。シャルルの未来はシャルルにしか決められないから。でも、それでも俺の願望を言うのなら、シャルルにはここにいて欲しいと思う。折角知り合えたんだし、何より、俺はシャルルと一緒にいたいしさ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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本気の試合に破壊はつきものです。

今回、というか前からそうですが、主人公がマジでぶっ壊れ性能です。そろそろチートタグ付けようか迷ってきました。


 

 

翌日。どうやら昨夜のうちにデュノア社にかかわる事案は解決していたらしい。すべてのことの顛末を知った楯無先輩から話を聞くと、デュノア社が澵井コーポレーションに買収されたらしい。

なんでも、デュノア社を実質取り仕切っていたのはロザリー・デュノアというシャルロット・デュノアの義母だそうだ。父親のシリル・デュノアは彼女との政略結婚以降、お飾りの社長だったらしいが、シャルロット・デュノアをIS学園に潜入させるという計画を知り、夫人にぞんざいに扱われていた本当の娘であるデュノアを逃がすチャンスだと思い、急いで計画を進めたらしい。

そして昨夜、澵井コーポレーションがその財力を持ってしてデュノア社を買い取り、フランス支社として運営していくことになったそうだ。もちろんひどい女尊男卑で女権団に入ってる連中は軒並み排斥。ロザリー・デュノアは過去に犯した罪を白日の下にさらされ、刑務所へと収監された。

要約すると、澵井とデュノアの本当の親はいい人で、罪を犯した奴らは更識家の力であぶりだされて逮捕。で、澵井の頼みかは知らんが、デュノアを助けるために澵井コーポレーションがデュノアの保護とついでに会社の買収をした、ってところかな。

 

世界一位の企業と日本一の暗部組織が組むとこうなるのか。マジで怖い。

 

 

 

 

「みなさん、おはようございます…」

 

あんなことがあった翌日でも学園では授業があるらしい。俺らはともかく、教師である山田先生の疲れようを見ると、俺たちのためではなく教師のために休日にしたほうがよかったんじゃないかと思うぞ。

 

「えっと、今日はですね…転校生を紹介します、というか、紹介は済んでいるというか…」

 

もう大体理解できた。今度は失敗しない。

耳を塞ぎ、この後来るであろう絶叫に備える。前回は気が抜けてたからな。

 

「じゃあ、入ってきてください」

「失礼します」

 

入ってきたのは金髪にアメジストの瞳。そして、以前はなかった胸のふくらみと、丈の短い女子の制服。

 

「シャルロット・デュノアです。今まで騙していてごめんなさい!できれば、改めて、よろしくお願います!」

 

勢いよく頭を下げるデュノア。大方ごめんなさいだとか、改めてよろしくとか言ってるんだろうが、耳をふさいで外界の音を完全にシャットダウンしている俺には何一つ聞こえない。

 

「「「ええーーー!?」」」

 

爆音を背中で受け止める。音ってのは空気振動で伝わるから、耳を塞いでいても大きい音であれば体に伝わるのだ。

にしても、でかすぎね?行ったことないけど、ライブとかのスピーカー並みに振動が来たんだけど。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんとでした、ということです。……はぁ、また寮の部屋割りを組みなおさなきゃ…」

 

かわいそうに、あいつらのせいで仕事が増えたんですね。

 

「デュノア君って女だったの?」

「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったってわけね!」

「男子って更衣室一緒に使ってたし、知らないってことは…」

「そういえば昨日、男子が大浴場使ったって!」

 

うわ、なんか巻き込まれてる。つーか廊下の方から不穏な音が聞こえるんだけど。

 

「一夏ぁっ!」

 

凰が扉を蹴破るなりISを展開する。それと同時に肩に装備されている衝撃砲がチャージを始めた。うわ、俺まだ四音返ってきてないんだけど。てか教室でそんなもんぶっ放したら、中にいる人間皆死ぬだろ。大量殺人鬼になる気か、こいつは。

 

「うわぁっ!俺は昨日風呂に入ってないっての!」

「問答無用!」

 

問答はしろ、この猪娘が。

織斑を除く全員が教室の後ろへ避難する。織斑先生、あんたは避難しないであいつらを止めてください。試合する前に死ぬんですけど。

とか何とか思っているうちに衝撃砲が発射され、教室に轟音が響き渡る。しかし、衝撃はこない。

顔を上げて前方を見ると、なんて言ったっけ、ああ、シュヴァルツェア・レーゲンだ。とにかくISを纏ったボーデヴィッヒがいた。AICで相殺したんだろう。あー助かった。

 

「助かったぜ、サンキュ___むぐっ!?」

 

あ。

 

「お、お前を私の嫁にする!これは決定事項だ!異論は認めん!」

 

やっべぇ、あれ俺のせいかな…。ちらっと織斑先生の方を見ると、ため息を吐きながら頷かれた。マジかー…。ま、バレなきゃ大丈夫か。

昨日、ピットで織斑先生と話した時に、もしボーデヴィッヒが助けられたことを覚えていたら織斑のおかげってことにしといてください、とお願いしといたのだよ。俺が助けて感謝、とか辞めてほしいし。

 

「真理」

「あ?」

 

いつの間にかボーデヴィッヒが目の前にいた。しかも名前呼びで。別にいいけど、こいつ一夜で変わりすぎじゃね?

 

「お前は私の兄だ」

「何言ってんだお前」

「日本では、時に同意し背中を押してくれ、時に叱ってくれる者のことを兄と呼ぶのだろう?」

「お前を叱った覚えは無いし、そんな習慣はない。ついでに俺を兄と呼ぶな」

「ではお兄ちゃん、と」

 

話聞かねぇな、こいつ。

 

「やめろ」

「では兄上」

「切り刻むぞ」

「兄さま」

「…はぁ。勝手にしろ」

「では一番呼びやすい兄様、と」

 

おい教官、笑ってんじゃねぇぞ。このままだと呼び方的に俺はアンタの義弟になるんだぞ。そんなの死んでもごめんだわ。

 

「ぷっくく…な、なあ兄様?」

「お前後でグラウンドに出ろ。その腹立つにやけ面が二度と出来なくなるように整形してやるから」

「それ絶対に殴ってだよな!?」

 

当たり前だろうが。ついでに試合の前のウォーミングアップにもなるしな。

隣で喚く澵井を無視してため息を吐く。

目の前には、凰とオルコットがISを、篠ノ之が刀を取り出して織斑に詰め寄り、それをボーデヴィッヒが守る形で向き合い、教室後方ではデュノアと澵井がピンク色の雰囲気を作り出し、それに他の生徒が詰め寄っている。

その日のホームルームは入学以来、もっとも騒がしいホームルームだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、なんで生身の試合なのにアリーナなんです?」

 

放課後、織斑先生に連れられて来た場所はなぜかISの試合を行うアリーナだった。え、試合って生身じゃないの?

 

「お前が本気を出すのに武道場では狭いだろう?かといってグラウンドは部活の連中が使っているからな。貸切るのは面倒だ。ここのアリーナは使う者が少ないし、一時間程度ならいくらやっても大丈夫だ。織斑たちにもハイパーセンサーの使用を許可しているし、お前はあいつらのことを気にしなくてもいい」

「まぁ、そういうことなら…」

 

確かに本気でやるなら武道場は狭いな。てか多分、床踏み抜くし。

 

「アップは済んでいるか?」

「はい」

 

軽く首や腰を回すと、視界にアリーナの観客席が入る。俺から見て右側には、織斑たち一年の専用機持ちたちが、左側には楯無先輩とティナがいる。

さて、そもそも誰かのために戦うのが嫌いな俺だが、信頼している人が見ているのに不甲斐ない結果は見せたくない。すなわち、これは俺のための闘いだ。織斑先生と織斑の事情とか知ったことか。更生とか知らん。

ただ、俺のために、俺の見栄のために、織斑先生と戦ってやる。

 

「そうか。なら、どこからでもかかってくるといい」

 

木刀を持ち、構えとも言えない自然体で立つ織斑先生。

一見隙だらけに見えるが、その実、どこから攻撃されても対処できるのだろう。…考えても仕方ないか。

 

「そんじゃあ…行きます!」

 

 

一歩、二歩目で地面を踏み抜き、一気に加速する。いつかの楯無先輩の時のように、顎をを狙う。しかし、当然というべきか、木刀ではじかれる。

だがそれは想定内。どころか予定通りだ。

物干竿を回し、近距離のまま空いた腹へ叩きつける。

 

「…っ」

「ふむ、なかなか早いな。だが」

 

本気で叩きつけた物干竿は木刀の柄で止められていた。って、まずいっ!

 

「それがお前の本気か?」

 

織斑先生の鋭い横なぎをしゃがんで避け、距離を取る。

いやぁ、想像以上に強いな。ヒメさんに匹敵するかも…。

 

「そんなわけ、ねぇでしょうが!」

 

最高速で近づき、同じく走り出した織斑先生の足元に突きを放つ。織斑先生は一瞬だけ動きを止めた。その一瞬を見逃さずに、棒高跳びの要領で空中へと身を投げ、切り払いに突き、滞空時間内に可能な限りの攻撃を仕掛けるが、そのすべてが迎撃される。

着地と同時に、今度は織斑先生が連撃を仕掛けてくる。織斑とは全く違う、けれど似た剣筋がいくつも飛来する。

 

「くっ…!」

 

物干竿を回して捌き、捌ききれないものは回避していく。

桜新町に戻る前だったら避けきれなかっただろうな。

 

「今のを全て回避されるとは思わなかったぞ。良い眼を持っているな」

「悪夢の産物ですけどね」

 

ヒメさんに免許皆伝とともに、『眼』の使用許可も貰っていた。俺の判断でいつでも『眼』を使っていいと。

俺と織斑先生は同時に動き出し、アリーナの壁際を走りながら打ち合う。立ち位置を変え、時に相手を跳び超えつつ、しかし、相手を狙う武器だけは止まることなく走り続ける。

 

「ははは!私もここまで本気で戦うのは久しぶりだぞ!」

「はぁ、そうです、かっ!」

 

 

戦闘狂(バーサーカー)かよ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティナside

 

 

たっちゃん先輩に言われ、真理と織斑先生が試合をするというアリーナに一緒に来ていた。向かい側の客席には一夏達がいる。

 

「…これは」

「……想像以上ね」

 

楯無先輩が思わずこぼした言葉に無言で頷く。

現在、私の前には一つのディスプレイが浮かんでいる。たっちゃん先輩の専用機のハイパーセンサーで見たものを映しているのだが、ISのハイパーセンサーをもってして映しているものが動いてる生身の人間だと誰が信じるだろうか。

 

「私と戦った時より強くなってるって聞いてたけど、少しどころの騒ぎじゃないわね」

 

アリーナの中では織斑先生と真理が縦横無尽に駆け巡り、物干竿と木刀を打ち合っている。だが、その速さが尋常ではない。もはや裸眼では捉えられないのだ。

今も壁際を走りながら戦っている。

 

「…本当に、凄い」

「凄いだけじゃないわ。アリーナの一周は十キロ近くある。そこを走りながら、あの織斑先生の攻撃を捌き、躱しながら、時に反撃する。生身の戦闘力だけで言えば、各国の国家代表を軽く凌駕しているわ」

 

確かに体力面もすさまじいけど、徒手空拳を習い始めたばかりの私には、織斑先生の攻撃を捌ききる真理の技術に目がいってしまう。

速く、鋭く、そして強烈な織斑先生の剣戟を、寸分違わず物干竿で撃ち落とす姿に見惚れてしまう。格好いいというのもあるのだが、何より美しいと思ってしまった。

織斑先生の振るう木刀が真剣に、真理が振るう物干竿が本物の槍に見える。

二人がぶつかり合う度に聞こえる音が、まるで花火のように全身に轟く。

滴る汗が、舞い上がる砂埃が、たなびくマフラーが、アリーナ内の全てが、戦っている二人によって、無駄なものが一つもない舞台へと変わっていた。

 

「…いいなぁ」

 

いつか、私も。

零れた呟きは、虚空へと消えていく。

今はそれでいい。いつか、真理と肩を並べて戦える日まで、この日のことを忘れないように、私は胸の前でぎゅっと両手を握った。

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

壁を蹴って織斑先生を飛び越え、アリーナの中心へと戻る。

 

「はぁっ…はぁっ…」

 

体力作りしてなかったらもう死んでたぜ。

それくらい疲労感が溜まっている。走ったことによる疲労も勿論あるが、一番は集中しすぎたことによる脳の酸欠だろう。

織斑先生の剣はその一撃一撃が、文字通りの必殺だ。それを捌き、躱すために集中して眼を凝らす。それを走りながら続けていたのだから、酸欠になってもおかしくない。

 

「どうした?もう終わりか」

 

くっそ。試合を申し込んできたのは向こうなのに、こっちが申し込んで負けてるみたいな口調がメチャクチャ腹立つ…!

 

「はぁっ…何言ってんすか。まだまだこれからでしょう!」

 

正攻法じゃ敵わないのはもう分かった。だったら…

 

「十九の段!」

「っ!?」

 

織斑先生の数メートル前の地面に物干竿を突き刺し、大きく振り上げる。

 

「大蜘蛛!」

 

大きく抉り取られた地面が織斑先生へと襲い掛かる。第二アリーナのように地面がタイルのようになっていたら出来なかった技だ。

さて、織斑先生はどこに躱す?右か、左か、それとも上か。いや…。

 

「セイッ!」

「ですよね…!」

 

壁のように迫っていた地面を突き破って突撃してきた。でもまぁ、想定内だ。

突撃の勢いのまま木刀を振り下ろす織斑先生。

 

「はぁあぁああ!」

「九の段、雲切!」

 

切り払いをぶつけて相殺するが、回転することで威力を減らしているのか、ダメージになっているようには見えない。相変わらずの化けモンだな、クソッ。

ならば、大蜘蛛のように広い範囲を攻撃しつつ、俺が反応できるような技でいくしかない。

 

「十八の段、蜘蛛ノ子!」

 

一足で出来るだけ高く飛び、物干竿を勢いよく叩きつけ、地面を砕いて土砂を四散させる。これならどこへ避けても眼で追える。……いや、織斑先生相手に後手は失策だ。俺自身も突っ込むしかない。

 

「追って九十の段!」

 

物干竿を左側へと構え、土砂の後ろから織斑先生を狙う。

どっちだ、どっちへ避ける…?

どこへ避けても追えるように、歩幅を合わせて、眼を凝らす。

 

「!チッ…!」

 

織斑先生は土砂を避けることなく、その身に当たるであろう土砂だけを木刀で弾き飛ばした。

まさかあの数の土砂を弾き飛ばすとは思わなかったが、想定外の好都合だ。

 

「囲!」

「ハァッ!」

 

木刀と物干竿がぶつかり合う。その風圧で舞っていた砂埃が吹き飛び、マフラーが揺れ、お互いの髪が靡く。

遅れてやってきた衝撃によって二人ともはじけ飛ぶ。

 

「くっ………はぁあ!」

「いっ、つ……あぁあぁあ!」

 

が、すぐに駆け出し、もう一度武器をぶつけ合う。その度に吹き荒れる衝撃と風圧が砂埃を舞い上げ、吹き飛ばす。

でも、このままじゃジリ貧だ。もう一度、別の搦め手で…!

 

「十九の段!」

「!同じ手は通用せんぞ!」

 

さすが織斑先生、戦闘中の言葉はしっかり覚えている。物干竿を地面に突き刺し、技名を叫べば、反応してくれる。

大蜘蛛は地面を抉り取って、ひっくり返す技。当然、ヒメさんのように妖怪の怪力を持っていない俺には負担が大きくなる。習得時に最初に躓いた技が大蜘蛛だ。そもそも普通に力を入れた程度じゃ、壁のように地面をひっくり返すなんて芸当はできない。

なら、どうやって習得したか。

 

「なっ…!?」

 

地面に突き立てた物干竿から手を放し、迎撃しようと振るった織斑先生の手首をつかんで捩じり、足を払う。

 

合気道。そして、妖怪医直伝の骨と筋肉の使い方。

それらを学び、応用することで、妖怪と同等の力を発揮することができた。

 

桃華さん直伝の合気道で織斑先生の態勢を崩し、その一瞬で物干竿を掴む。

 

「…っ、波打!」

 

横向きに倒れ行く織斑先生の胴に向かって、地面に突き刺さった物干竿で切り上げる。

地面すれすれを飛んでいくが、左手で自分の体を押して空中で回転しながら態勢を整えている。どうやらまたしても木刀で防がれたようだ。一体どんな反射神経してんだよ…。

 

「合気道か。忘れていたな」

「にしても、直撃だったと思うんですけどねぇ…」

「ふん、あの程度で勝ったと思われては心外だな。お前が相手にしているのは仮にも一度は世界最強になった者だぞ?」

「俺の中での一番は、あの町にいるんで」

「そうか」

「つーかこんなんで、本当に更生とかするんすか?」

「…もう、してるだろうさ。お前らは、良い友人に恵まれているからな」

 

その言葉で、客席で何が起きているかを察する。友人じゃないんですけど、という言葉を飲み込んで、集中しなおす。

本当に、便利な説明役だよ。

少ない問答もそこそこに、再度ぶつかり合う。

アリーナの中心は、爆心地と化していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

HRの騒動が終わり、昼休みにいつもの皆にラウラを加えて飯を食べていると、一夏が思い出したように言った。

 

「あ、そういえば今日の放課後、第五アリーナに皆を連れて来てくれって織斑先生に言われてたんだった」

 

 

そんなこんなで皆揃ってアリーナの客席に来てみると、アリーナの中央に獲物を持った織斑先生と真理がいた。

それを見るなり、一夏の顔色が変わる。

 

「なんで、あいつが…!」

 

ああ、そういうことか。

一夏の考え方次第だし、真理の考えじゃあないな。発案は織斑先生かな。まったく、面倒な役回りをさせるよ。

多分、一夏が偽物に対して強い嫌悪感を抱いているから、それを解消ないし、和らげようとしてるんだろうな。武道経験者ならわかるはずの、本物は偽物から生まれることを思い出させるために。

そんで、俺やシャルロット、ラウラにその説明をさせようって魂胆なのだろう。俺は一夏のことをよく知っているし、シャルロットは中立の立場から、ラウラも軍隊で鍛えた経験から。自分で言うのもなんだが、説明役にはうってつけの人材がそろっている。…箒やセシリア、鈴は一夏に心酔しているところがあるからな。ついでにその辺も解消してもらうってのもあるんだろうけど。

 

 

 

そんな感じで、織斑先生の思惑を理解し、試合を観戦していたのだが…。

 

「は、速い…!」

「人間離れしてるとは思ってたけど、まさかここまでとは…」

「教官と互角にやり合うとは、流石兄様だ」

 

ラウラは感心しているが、俺たちの驚きはそれどころじゃない。

至る所で真理の身体能力高さを見てきたが、それがまさか、織斑先生と互角に戦えるほどとは思いもしなかった。それだけじゃなく、地面を大きく抉ったり、壁を走ったり、ましてや武器がぶつかった衝撃で砂埃が吹き飛んだり地面が捲り上がったりするなんて、誰が予想できただろうか。

ハイパーセンサーを使わなければ目が追い付かない二人の試合を見ながら、一夏達の方を確認すると、全員が驚いた表情を浮かべていた。

しかし、一夏だけが真理を睨み始めた。

 

「千冬姉、何やってるんだよ…!」

 

どうやら、真理の槍術までも偽物だと思っているようだ。

俺は以前ティナに真理と一緒に稽古しているという話を聞いていたから、真理の槍術が本物で、織斑先生に匹敵するほどの強さを持っているのだとわかる。が、この前の試合で真理に対して歪んだ価値観しかない一夏にとって、真理の技量は全て誰かを真似した偽物なのだろう。

 

「…織斑先生の表情を見る限り、かなり本気でやり合ってるみたいだけどな」

「そんな訳ねぇだろ!千冬姉が手加減してなけりゃ、一瞬で…」

「いや、あの威力で手加減してるとしたらこの世に勝てる人間はいないと思うんだけど」

「それに、もし手加減してるとしても、僕たちじゃ束になってもあそこまで戦えないよ」

「そうだな。その点、兄様の戦闘能力は並外れている。教官もかなり本気でやっているようだし、教官同様、兄様に私たちが挑んでも返り討ちにされるだろうな」

「うぐっ…!」

 

中立、そして、織斑先生直々に鍛えられた人から見ても、真理の実力は織斑先生と拮抗しるようだ。

ふむ。もう、直接仕掛けるか。

 

「なぁ一夏。もう認めたらどうだ?」

「認める?何を」

「真理の実力を、だよ」

「!」

「あの試合で真理がVTシステムを使ったことは知ってる。その上で一夏の剣を真似してお前が負けたことも」

「だったら…!」

「でもさ、真理のあの実力があれば、剣なんか使わなくても、むしろ使わないほうが簡単に勝てたと思うんだよ。それでも態々剣で戦ったのには理由があるんじゃないか?」

「理由?なんだよ、それ」

 

まあ、俺の想像で当たってるかどうかはわからないけどな。投げやりに任された以上は勝手にやらせてもらうよ、織斑先生、真理。後でそっちで合わせてくれよ?

 

「お前、昔剣道やってたんだってな」

「ああ、それが?」

「始めたとき、何を思って剣を振ってた?」

「何って…」

 

爆心地で笑いながら剣を振ってる織斑先生を見る。

きっと、一夏は織斑先生に憧れて剣道を始めたんだろう。始めたきっかけが織斑先生じゃなくても、剣道をするうちに織斑先生を目標にしただろうな。

目標を決めて、その人みたいになりたくて、その人を真似して、自分の力に変えていく。

 

偽物っていうのは、本物になる途中の、誰もが通る道のことなんだ。

 

 

「真理はたとえシステムでも、偽物ってだけで壊されることに腹が立ったんじゃないのかな。剣術に関してはなんで見ただけで真似できるのかわからないけど、あの槍術を得るための過程で、偽物がどれだけ大切かを、本物になるためにどれだけ必要なのかを知ってたからこそ、偽物の剣で戦ったんじゃないのかな」

「…偽物が、本物になる……」

 

呟きながら、試合を凝視する。織斑先生が木刀を振るい、それを防いだ真理が吹き飛ばされているが、すぐに駆け出し、今度は織斑先生を吹き飛ばす。

きっと真理の剣は本物になることがない偽物だ。あの織斑先生の剣をかわせるほどの動体視力で一夏の動きを見切って動いていたのだろう。真理ほどの身体能力があれば、一夏の動きくらいはコピーできるだろうしな。

でも、真理には偽物だけじゃなく、自らの時間と努力で積み上げてきた本物がある。だから、その本物になるまでを大事にしてるんだろうし、それを忘れた一夏に怒りを覚えても仕方がない。

 

「それにしても、すっごい体力。あれだけ動いてまだあんなスピードで動けるなんて」

「そうですわね。もはやISに乗っていなくても戦えそうですわ」

「あはは、確かに」

 

一夏や一夏に惚れている女子たちもさっきの話を聞いて、多少なりとも納得してくれたようだ。

ふぅ、これで俺の役目は全うできたかな。

にしても…。

 

「本当に長いな…」

「ああ。かれこれ一時間は戦ってるんじゃないのか」

 

今も戦っている二人の間からは、衝撃波が発生し、砂埃を舞い起しては吹き飛ばしている。

まったく、真理は本当に規格外だよ。

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!」

 

織斑先生の突きを体を反らして躱す。その風圧が顔を殴る。

 

「っ、りゃっ!」

 

物干竿を持つ位置を穂先に変えて、クロスカウンターのように突き出す。

槍には刀にはない特殊なメリットがある。

 

「あぁああぁあ!」

 

突きを躱した織斑先生は、俺の物干竿を持つ手の位置を確認したのか、後方へと跳んだ。ほとんど拳の間合いだから、距離を開ければ届かないと踏んだのだろうが、甘いな。

槍の間合いは千変万化。それこそが、槍のメリット。

 

「チィッ!」

 

体を半回転させて、背中を向けたまま、持ち手とは逆の穂先で突く。持ち手が片側に寄って間合いが狭いのなら、当然反対側の間合いは広くなる。織斑先生が跳んで開けた距離は、丁度間合いの範囲内で最高の威力を出せる位置。

しかしそれでも攻撃は通らない。

自然と口角がつり上がる。この程度で諦めると思われてたら心外だ。

手を滑らせて物干竿の中心に持ち替え、パパッと回転させる。

 

「っはぁ…はぁ…ふっ」

「はぁっ…はぁ…っ」

 

もう、何度目だろうか。木刀と物干竿がぶつかり、地面が捲り上がる。息も絶え絶えになりながら、衝撃を殺して、至近距離で何度も打ち合う。

武器をぶつけ、身体を捻って躱し、薙いだ物干竿を躱され、反撃を跳んで避ける。

身体が温まり、発揮できる身体能力のすべてを出し合っているのに、決着がつかない。最初は涼しい顔をしていた織斑先生も、汗で髪が頬や額に張り付いている。

しかし、ここで集中を切らすわけにはいかない。どちらかの集中が切れた瞬間が、この試合が終わる時だと、分かっているから。

 

「ぐっ…!」

「!貰った!」

 

押し切った瞬間を狙って、織斑先生が横なぎの一撃を放つ。

ここまでやっといて、負けてたまるか…!

 

「よっ、とぉ!」

 

跳び、迫る刀に合わせて膝を曲げ、押し出されると同時に膝を一気に伸ばす。跳んでいる最中に二度回転し態勢を整え、物干竿を地面に突き刺して減速しつつ着地。

 

「くっ、やるな…」

「どうも、です」

 

前傾姿勢で飛び出す。織斑先生の方が僅かに速いが、ぶつかる際に一番大事なのはタイミングだ。

踏み込み、振るう腕、身体の捩じり。それがそろって初めて再高威力を出せる。

 

 

俺たちは同時に踏み込み、同じ速度で得物を振るう。

 

織斑先生が振るう木刀を『眼』が捉える。

 

躱せる。

 

それを確信し、最高速で物干竿を振りながら木刀を凝視し、木刀が鼻先を掠めようとした、その時だった。

 

 

 

 

『アリーナの閉館時間です。生徒は速やかに退館してください。繰り返します……』

 

 

 

数ミリ動かせば顔に触れるというところで、木刀が、物干竿が止まっていた。

急に止めたそれらの運動エネルギーが風圧となって、織斑先生の髪を、俺の髪とマフラーを靡かせた。

 

「はぁ…はぁ…はぁ、終わりか」

「はぁっ…はぁっ…っ…はぁ、そうみたい、っすね、はぁっ…納得は、できないですけど…」

「はぁっ…。仕方があるまい。どうやら、向こうも終わっているようだしな」

「そう、ですか…」

「ああ。罰は終わりだ。しっかり休めよ」

 

織斑先生は汗でへばりついた髪を払うと、出口へと歩いて行った。

俺は広いアリーナの真ん中で一人ため息を吐く。

疲れた。本当に。足は気を抜いたら立てなくなりそうだし、物干竿を持つ手も、幾度となく織斑先生の剣を受け止めたことで痺れている。元々は織斑の更生目的の試合だったのに、最終的にはヒメさんとの試合以上に決着をつけたくなってしまった。

ヒメさんとの試合は、妖怪と真人間である故に、寸止めか自己判断で終了することが多かった。しかし、今回は試合の最中に無言ではあるものの、決定的な一撃を決めたほうが勝ちという、ある種暗黙の了解のようなものができていた。

結局、決着はつなかったものの、スタコラ帰る織斑先生の足には疲れは見えず、負けを感じてしまう。

 

「いや、帰るか…」

 

反省は後からいくらでもできる。今日はさっさと休もう。

出口に向かって歩きつつ、観客席を見る。織斑たちはまだいるようだが、ティナと楯無先輩の姿がない。

 

「帰った、のか」

 

別にいいけど、あれだけ本気で戦ったのには彼女たちに対する見栄の為でもある。なんかこう、せめて最後までいてくれたほうが俺的には嬉しかったが、まあしょうがないか。

割り切ってアリーナを出ると、前から見慣れた金髪と蒼髪が走ってくる。ああ、迎えに来てくれたのか?

 

「真理ー!」

「真理君、すごかったわね!」

 

手を振ってくる二人に振り返そうと手を上げると、足の力がふっと抜け、踏み出していた右足の膝から崩れ落ちそうになる。

 

「おっ…?」

 

しかし、俺の体が床に落ちることはなかった。

 

「ふぅ、危なかったね」

「お疲れ様、真理君」

 

ティナと楯無先輩が倒れかけた俺の体を抱きとめてくれていた。

その事実は、俺自身が自分の体重すら支えられないほどに疲労していることの証拠でもある。それでも意地を張りたいのが男の子ってやつなわけで。

 

「悪い、もう、大丈夫だから。楯無先輩もありがとうございます」

 

二人から離れようとするが、どうにも足に力が入らない。完全に体力がなくなったようだ。いやでも、意地のこともそうだが、普通に汗だくで気持ち悪いだろうし、早く離れないと。

 

「もう。無理しないの」

「そうよ。もう歩くのもきついんでしょ?」

「いや、でも俺汗掻いてますし…」

「それくらい気にしないよ。ほら、肩貸してあげるから、帰ろ?」

「あ、流石にマフラーは取ったほうがいいんじゃないかしら」

「…ありがとう、ございます」

 

ティナに肩を借り、マフラーを先輩に預ける。

今こうできるのも、彼女たちを、あの町同様に信頼できているからだろうな。

 

翌日、疲労が抜けきらなかった俺は、当然の如く授業中に寝てしまい、最初の数回こそ奇跡的に織斑先生が見逃してくれたが、通算五度目の居眠りにて見事脳天に出席簿を叩き落されたのだった。

…つーかあの先生なんで通常営業なの?アリーナぶっ壊すような試合していつも通りっておかしくない?

織斑先生への妖怪疑惑が出て、秋名さんに調律で祓ってもらおうか本気で悩んだ。

 

 



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お買い物は大変です。

遅くなってすみません。本当にすみません。
まあ、そんなに楽しみにしている方がいるのかはわかりませんが…。

今後も、恐らくこのペースになるかもしれませんが、長い目で見てやってくださいお願いします!


「失礼します」

 

プシュッという軽い音とともに開いた扉をくぐると、中にいる織斑先生と山田先生がパソコンのモニターから顔を上げた。

 

「来たな、佐倉」

「朝早くからすみません」

 

現在の時刻は朝7時。朝から稽古をしていると、織斑先生がやってきて「お前の専用機を返すから第一整備室に来てくれ」と言われたのだ。四音がなくても別段困りはしないが、あいつと約束したのは俺だし、俺の専用機になった以上は常に持って責任を負うのが筋だろう。

稽古を切り上げた俺は軽くシャワーを浴びてから、第一整備室に来たのだ。

 

「いえ。それで、何か分かりましたか?」

「ああ。既存のISとは生まれた過程も、その存在も違うため『擬似IS』の四音と呼称するそれについて、大まかに二つ、お前に伝えなければならない」

「はぁ」

 

二つ。思ったより少ないな。

 

「まず一つ。この擬似ISはお前以外には起動することができない。その上、お前が持っているとき以外はISとしての反応すら示さない」

 

つまり、専用機以上に専用機、ということか。澵井たちが持っているような専用機はあいつらの手元を離れてもISとしての反応はあるが、四音は俺から離れたらただの鉄の塊、黒いヘアピンになる、と。

 

「紛失した場合を考えれば他のISより安全ですね」

「そういう言い方もできるが…、お前ならわかっているだろう」

「もし解析されて量産が可能になったら、ISコアを必要としないISが生まれることになる。そうなれば世界の軍事バランスが崩れる、ですよね」

「ああ。だから肌身離さず付けていろ。絶対に失くすな」

「了解です」

 

まあ、あの泥のようなものから作られたわけだから、そう簡単には量産できないだろう。

 

「そして二つ目。お前が一夏との試合で使った兵装とそれ以外の兵装についてだ」

「…よく解析できましたね。俺以外には起動できないんですよね?」

 

素直に驚いてしまった。

起動もできない、反応すらしない機械から、それだけの情報を抜け出せたなら収穫としては十分だろう。というか俺が起動して、そこで解析すればよかったんじゃ…。

 

「ああ」

「私たちが解析を始めたときに、兵装の情報だけが表示されたんです。その後、システムやあの泥の成分から生まれた金属について調べようとしたんですが、まったく反応も示さず、エラーばかり出てしまって…」

「で、だ。お前が試合で使った兵装の名前だが、音声認識型武装製造システム『言霊』というらしい」

「………」

 

言霊。そこから連想されるものはただ一つ。言霊使いであることはさんだ。

あの時は何となく感覚で使っていたが、名前がわかるとその使い方わかりやすくなるし、汎用性も高くなる。名前って大事だなぁ。

 

「どうした?」

「いえ、何も。それで、ほかにも武装があるんですよね?」

「ああ。言霊を含めて、四音には四つの兵装が積まれていた。『言霊』を含め、『広域読心(サテライト)』『調律(チューニング)』そして最後が…」

「最後が?」

 

何故溜めを作る。織斑先生、あなたにそういうのは求めてません。

しかも、そのラインナップからすれば最後の一つも予想がつく。ことはさんにアオさん、秋名さんとくれば、最後は…。

 

「表示されなかったんです」

 

………。

 

「は?」

 

どう考えても、流れ的に『龍槍』だろ。俺には過ぎた代物だが、なんていうかこう、流れとかそういうのってあるだろ。

 

「兵装は四つあったんだが、最後の名前の欄だけ文字化けしていてな。何か心当たりはあるか?」

 

…そういえば、龍槍そのものを見たのって、道場に通い始めた頃に数回だけだな。小学生のころにはもう無かったような気がする。

でも、ヒメさんたちの会話を思い出してみれば、存在しているのは確かだろう。どういうことだ…?

 

「…あるっちゃあるんですが、ほぼ無いに等しいですね」

「そうか。まあ、いい」

 

パソコンに繋いであった待機形態の四音を手渡され、それを桜のヘアピンと並んで頭につける。

 

「ひとまずお前に返す。今度の臨海学校で装着時のデータを取るかもしれんから覚えておけ。それまでに模擬戦するときは私に声を掛けろ」

「了解です」

 

模擬戦はしないと思うけどなぁ。

それよか、臨海学校か。何も準備して無いな。

 

「佐倉君は臨海学校の準備出来てますか?織斑君たちはレゾナンスに買い物に行くそうですが…」

 

げっ、マジか。

 

「まぁ、大丈夫です。じゃあ、用事があるんで失礼します」

 

一礼して整備室を出る。入った時と同様にプシュッという軽い音が鳴り、扉が閉まった。

にしても、織斑たち、ってのが何人くらいを示しているんだ?多分、グループが二、三個できてると思うんだけど。

 

「ま、いっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「真理くんや、その恰好は…?」

「これから行くのは道場じゃないよ?」

 

学園の最寄り駅。そこには、青いジャケットにミニスカートとブーツを合わせた楯無先輩と、へそ出しのシャツの上にパーカーを着て、デニムとスニーカーを合わせたティナ。

そして…。

 

「……私服、持ってなかった…」

 

ヒメさんたちに貰ったなんちゃって袴にパーカーを着た俺。

俺が制服以外の服を持っていたのは小学生の頃だけだ。中学の時には制服と学校指定のジャージ、ヒメさんたちに貰った袴と、秋名さんと恭介さんのおさがりのジャージと寝巻用浴衣。それしか持ってない。特に必要無かったし、今持ってるので十分だ。

だから、今日出かけると決まった時も、制服でいっかぁ、とか軽く考えていたが、当日になって私服で来てなんて言われて箪笥を開いてみれば、あら不思議。私服と呼べるものが一つもない。

仕方なく、袴におさがりのパーカーを着てきたのだが、場違い感が凄まじい。服に対して興味はないけれど、自分がズレていることくらいは理解できる。

 

「別に悪くはないんだけど、これから行くところって…」

「レゾナンスだからねぇ」

 

むっ。そこまで言われると言い返したくなるぞ。

 

「じゃあジャージか浴衣か選んでください」

「「ごめんなさい」」

 

自分で言っといてなんだけど、謝られるとちょっとへこむな。

そんなやり取りがあった後、俺たちはモノレールに乗り込み、大型ショッピングモール『レゾナンス』に向かった。

元々は楯無先輩との約束であったヘアピンのお礼を買いに行く予定だったのだが、臨海学校も近いということでその準備もついでにすることになった。そこで、楯無先輩からティナを誘って行こうという提案を受け、メールしてみれば、「行く行く行く!!」と眼を輝かせて承諾。そして、今に至る。

 

「さて、まずどこから見て回ろっか?」

 

出入り口に置いてあった案内図を片手に、楽しそうにティナと話し合う楯無先輩。しかし俺は、こういった大型施設に来たことがないので会話に参加できない。というか何がどこにあって何を売ってるのかすら分からない。

入り口のゲートをくぐった瞬間から目新しいものが多く、ついでに人も多くて酔いかけている。情報量が多すぎるぞ、ショッピングモール。

 

「真理、行こ」

 

俺が酔いかけてる間にどこに行くか決めたのか、ティナが俺の腕を引っ張る。軽くたたらを踏むが、足取りを戻すとティナが腕に絡みついてくる。

 

「…邪魔なんだけど」

「あ、ずるーい!私も私もー!」

 

そういって今度は楯無先輩が右腕に絡みつく。

柔らかいし、いい匂いだし、役得ではあると思うが、歩くとなるとすごい邪魔。

 

「はぁ、邪魔、ですっ」

 

両腕を勢いよく振り上げ、二人の拘束を外す。

 

「あー、もう」

「むー。まあしょうがない。早く行こっ!」

 

ティナと楯無先輩が手をつないで、俺がその後ろをついていく。その途中、何度か視線を向けられた。美少女二人と歩いていることへの妬みの視線だったり、残念なものを見る目だったり、基本的にはその二種類だ。居心地悪いなぁ。

 

「それで、最初はどこに行くんだ?」

 

 

 

 

 

 

そうして連れてこられて来たのは…。

 

「服屋?」

 

何故服屋なんだ。臨海学校は制服で行くし、寝る時も確か旅館の浴衣着用だった筈だ。服を買う必要はない筈なんだけど。

 

「だってぇ、そのままの恰好だと流石に、ねぇ」

「だいじょーぶ!私たちがコーディネートしてあげるからさ」

 

ああ、要するにダサい服を今すぐに変えろってことね。

 

「じゃあ、任せるわ」

 

そう言うと二人そろって店の奥へと消えていった。

ため息を一つ吐いてから、店内にあるベンチに腰かける。軽く店内を見回してみると、客はかなり少なかった。というか俺と楯無先輩、ティナしかいない。これが女性用の店だったら単に人気がないと判断するところだが、向かいの女性客用の店は客で満員なところを見ると、やはり女尊男卑の弊害なのだろう。この店は大げさに反映されているようだが、レゾナンス内の他の店を見ても男性用の店は儲かってないように見えるし、そもそも店舗数が少ない。

やべぇな。ここで女尊男卑の奴らになんか言われたら騒ぎを起こさずにいられるかな、俺。

 

「真理ー!ちょっと来てー」

 

ま、あの二人がいれば大丈夫かね。

 

「はいはい」

 

思考を切り替えて、ティナと楯無先輩の元へと向かうと、既に更衣室に選んだ服をかけてあるらしく、おとなしく着替える。正直俺に服飾のセンスは無いので、着替えた自分がダサいのかどうか分からないが、二人が選んだセンスを信じて更衣室から出る。

 

「「おぉ~」」

「似合ってんのか、これ?」

「似合ってる似合ってる!」

「本当はもっと選び倒したいんだけど、今日の目的はそれじゃないからね」

 

そうだね。でもその言葉を聞くと、そのうち俺の服を買いに来るって聞こえるからやめようね。

あれ?そういや、この服って俺が買うの?

 

「あの、この服って俺が買うんです?」

「うん。私たちそんなお金持ってないし」

「俺も持ってねぇよ」

 

え、ちょっと待って。

一縷の望みをかけてティナと同時に楯無先輩へと顔を向ける。

 

「ふっふーん。私が払っておいたわ。貸し一よん、真理君」

「ありがとうございます。やっぱ国家代表ともなると服代くらい、はした金みたいなモンなんですか?」

「んー、お店にもよるけど、貯金に響くって程ではないわね」

「へー!凄いんですね、国家代表って!知り合いにも一人いるんですけど、生活の仕方が庶民と大して変わらなくて…」

 

ちょっと、この人の交友関係が凄いんですけど。楯無先輩も含めたら少なくとも国家代表二人と知り合いってことでしょ?ティナ、お前だけは普通だと信じていたのに。

とまぁ、予定外の荷物がいきなり増えたが、本来の目的を果たすために次なる目的地を目指して歩き始めた。

 

「臨海学校っていうと、やっぱり水着を買うのかしら?」

「そうですね。たっちゃん先輩は去年行ったんですよね。どんな感じでした?」

「そうねぇ。一日目は遊ぶだけだったから楽しかったけど、二日目以降は大変だったわ。専用機持ちは機体の整備やパッケージの導入に、稼働訓練。訓練機の方は確か、訓練機のパーツ整備、だったかしら」

 

面倒くせぇ…。

 

あれ、俺はどっちに振り分けられるんだ?

専用機を持ってはいるけど、パッケージとかは無いし。あれか、兵装の確認とかやるのかな。名前がわかってる兵装の中じゃ『言霊』しか使ってないわけだし、『広域読心(サテライト)』とか『調律(チューニング)』を実際に使ってデータ取り、みたいな。

正直、俺も使ってみたいし。

 

「あ、水着売り場ここだね」

「じゃあ、男女で売り場違うみたいだし、あの辺のベンチ集合でいいか?」

 

適当に指で示しているが、俺の話は一つも聞いてない。ついさっきも見たような光景で先が思いやられる。

どうせあれでしょ。俺の水着選ぶとか相談してるんでしょ?

 

確かに服のセンスは無いが、ヤバいのとマシな服の違いくらいは判る。つーか黒とか青とか選んでおけば大体セーフだろ。

パッと見て、黒の生地に青いラインが入った半ズボンタイプの水着を手に取る。

 

「これでいいでしょ?先に買っておくからティナも買ってこい。ちょっと用事済ませたらあそこのベンチで待ってるから」

 

返事を聞かずにレジへと歩く。

店員がレジでコチャコチャしている間にチラッと背後を見てみると、二人の姿はなくなっていた。

包装された水着を受け取って、店のロゴが入った袋を片手にエスカレーター脇の案内図を見る。今いるのが西側だから、目的地とは逆方向だ。

 

 

先日、ことはさんと連絡を取っていた。元々は近況報告のようなものだったのだが、話の流れでレゾナンスへ行き、そこで臨海学校の準備や楯無先輩へのお礼の品を買うことを話すと、怒涛の勢いで喋りだした。

 

『え?先輩女子と同級生の女の子と買い物?水着とプレゼントを買う?お礼?そんなのプレゼントと一緒でしょ。ああ、ヘアピンのお礼ね。は?選んでもらってお金だけ真理が払う?なーに言ってんのよ!秋名みたいに鈍感じゃないんだからちゃんとアンタが選んで渡すのよ!センス?そんなんどうだっていいのよ!ちょ、アオー!真理が女子にプレゼント贈るんだって!』

『えー!?もひもひまりひゃん?…ゴクンッ、ぷはっ。女子へのプレゼントだって?安心していいよ!女子力の塊である私がちゃーんと教えてあげるからね!まずは相手の雰囲気と性格と特徴を教えてもらおうかな。え?やだなー、二人ともだよー。片方だけにあげてちゃ不公平でしょ?お礼ならちゃんと別で相談してあげるから。へ?そだよー。お礼はちゃんと二人きりになってから渡してあげてね!で、特徴は?ふんふん。青髪の美人で猫っぽい先輩と、金髪美人でさっぱりした性格で、ちょっとことはちゃんに似てる、と。先輩ちゃんの方からヘアピンを貰ったんだよね?じゃあ先輩ちゃんのプレゼントの方からアドバイス伝えてくね、ちゃんとメモして、最後は自分で決めるんだよ?まず________』

 

途中からアオさんに代わり、そのアドバイスは二時間にも及んだ。ことはさんもそうだが、ノンストップでしゃべり続けるアオさんには言霊使いであることはさんも真っ青だっただろう。いや、あの二人はあれで通常運転だっけか。

結局、二時間近くぶっ通しで話すアオさん相手にグロッキーになりつつも、楯無先輩とティナ宛てのプレゼントを決めた。レゾナンス内にある店舗を調べ、すでに予約もできている。

あとは受け取って、先ほどのベンチまで戻るだけなのだが、脳裏に山田先生の言葉がちらつく。もう悪い予感しかしないんだよなぁ。

その予感を裏付けるように、後ろから肩を叩かれる。

 

「真理、お前も来てたんだな」

 

振り返ると、そこにはパラメーターがカンストしてそうなほどオシャレな姿に身を包んでいる澵井とデュノアがいた。…オシャレとか言ってるから俺には服飾のセンスがないのだろうか。今度からシャレオツって言おう。ダメか。

 

「……ああ。じゃあな」

「待て待て。ちょっと話があるんだよ。俺も、シャルも」

 

さっさと二人から離れようとすると、澵井に腕を掴まれ止められる。何だよぉ。じゅりさんの助言通り、恋愛してる連中から離れようとしたのに。

澵井の後ろにいるデュノアに視線を向けると、こくんと小さく頷かれた。

 

「はぁ。俺も用事があるんだ。手短に頼む」

 

 

 

 

 

人が少ない通路へと移動する。

さて、話を聞くのはいいが、そもそもこいつらと話すことなんかあっただろうか。デュノアの顔を見る限り楽しそうな話ではないだろうし。

 

「んじゃあ、俺の方から」

 

デュノアが話しづらそうだったからか、元々そういう順番にしていたのか、澵井が話し始める。

 

「ありがとうな。真理が所々でヒントを出してなきゃ、シャルを助けられなかった。父さんと母さんと和解できた切っ掛けにもなったし、本当にありがとう」

 

なんだ、その話か。

確かに織斑の部屋で、俺や織斑のように今すぐに使える権力がなければデュノアは助けられない、といったような話をした。あれは、逆説的に言えば、すぐに使える権力があればデュノアを助けることも可能だということを澵井に伝えるためだった。

まあ、他にも手段はあっただろうし、あれが最善の手だったという訳じゃない。

そして何より、澵井が両親と和解したことに関して、俺は何一つ関与していない。それどころか、入学直後あたりに織斑を殺しかけた原因にした覚えがある。一度は不仲を深める原因になりかけた俺に感謝することなど一つもないのだ。

 

「別にデュノアを助けるためにヒントを出したわけじゃない。お前が両親と和解したことも、俺は何もしてない。俺に感謝するのは筋違いだ」

「お前ならそう言うと思ったよ。だから、真理は気にしなくていい。これは俺の自己満足のための感謝だ。ま、後から感謝求めてくれてもいいぜ。その時は澵井コーポレーションの総力を挙げて感謝を示してやる」

 

そういってニヤリと笑う澵井の顔は、あまりにも清々しく、腹立たしかった。

 

「いらんわ。で、お前は?」

 

ニヤケ面の澵井を無視してデュノアへと話を振る。こっちは楯無先輩とティナを待たせてるんだ。いや、水着選びに熱中して待ってないかもしれないが。

とりあえず、話はさっさと終わらせたい。最悪、二人と合流する前に織斑御一行にエンカウントする可能性がある。そうなったら、また聞きたくもない話を聞かされることになるだろう。

 

「僕も巧と一緒で、真理に感謝を伝えたくて。直接助けてくれたのは巧だけど、真理も僕のために動いてくれてたんだって聞いたから。何か、お礼をしたいなって」

「だから、お前のために動いたわけじゃない。お前が来たことで増えた仕事を処理しただけだ」

「それでも、助けてくれたことに変わりはないよ!僕にできることならなんでもする。だから、お礼させてくれないかな」

 

面倒くせぇな。こいつに頼むことなんかねぇよ。ISの訓練しようったって、代表候補性より優秀な国家代表が身近にいるし、生身の戦闘だったら負ける気がしない。勉強も先輩がいるし、英語もティナが…。あ。

 

「お前、フランス語できるんだよな?」

「え?う、うん」

「日本語もその分だと完璧だよな」

「完璧、って程じゃないけど、うん。問題は無いよ」

「じゃあ寮に戻ったら、ファイルと原作渡すから、フランス語の和訳が正しいか確認してくれ。礼ならそれで充分だ」

「真理がいいならそれでいいけど…」

「いいんだよシャル。それが真理なんだから」

 

なんでお前が俺を語るんだ。ぶっ飛ばすぞ。

 

「で、何の本を和訳したんだ?つーかフランス語できるんだな」

「レ・ミゼラブル。読みだけしか出来ないから合ってるかどうかわかんねぇんだよ」

「あ、それなら読んだことあるし、原作はいいよ」

「そうか。じゃあ頼むわ」

「ううん。むしろその程度じゃこっちがいいのかな、って気になっちゃうよ」

 

話は済んだようで、二人はもう一度「ありがとう」と言ってから去っていった。その後ろ姿を見ていると、途中から手をつなぎ始めた。おーおー、仲の良いことで。

ため息を一つ吐いてから、目的の店舗へと足を進める。案内図を確認すると、すぐそばまで来ていたらしい。

店内には女性客がちらほらといたが、どうやら女尊男卑ではないらしく、俺が入っても大した反応を見せない。まあ全ての女が女尊男卑って訳じゃないしな。学園を見ても、女尊男卑は割と少数派だ。

レジの店員へと声をかけ、予約しておいた商品を受け取る。楯無先輩へは二つあり、一つは寮に戻ってから渡すので、鞄へとしまっておく。

そして、来た道をそのまま引き返す。が、途中、見たことがあるような茶髪ツインテールと金髪縦ロールを見かけたが、関わりたくないし、話しかけられたくもないのでバレないように少しだけ回り道をした。

それがいけなかったのか、というかそれが原因だとしたら、あのバカ二人を殴りたくなる。

バカ二人が原因なのか、その前に話しかけてきたイチャイチャ美形アホカップルがいけないのか、そもそもそいつらと関わりを持ってしまった俺が悪いのか。

一体何が原因なのかはわからないが、ただ一つ。絶対に原因の一つであるのは、連れ二人が美人過ぎたことだろう。

 

 

集合場所にしておいたベンチへと戻ると、そこには数人の男に囲まれている、楯無先輩とティナの姿があった。

 

 

 

アオさん、あんだけ喋っておいて、こういう時の対処法は話してなかったな。

 

 



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忙しい休日の終わり方です。

ティナside

 

「じゃあ、ちょっと買ってきますね!」

 

真理と別れ、女性用水着店に入店してから数分。たっちゃん先輩も夏用の水着を買うらしく、お互いに選びあっていた。が、元々目星をつけていたのかたっちゃん先輩はすぐにお目当ての品を見つけ、すでに購入を済ませていた。

そして、私も先輩にアドバイスを貰いつつ、勝負水着を選び、レジへと向かったのだ。

事件が起きたのは、その直後のことだった。

 

軽く店内を見直して、真理が指定した待ち合わせ場所のベンチでたっちゃん先輩と喋っていたら、突然6人の男に囲まれてしまった。全員かどうかはわからないが、キツイ制汗剤の臭いと真理からは感じたことのない男臭さに包まれ、つい顔をしかめてしまう。

私とたっちゃん先輩は、お互いがお互いを守れるように喋っていた時よりも近づき合う。

 

「君たちめっちゃ可愛いね~。俺たちと遊ばない?」

 

リーダー格のような男が話しかけてくる。赤いタンクトップに銀のネックレスをして、肩からのびる腕はゴツゴツと筋肉質で、力技で掴まれたら逃げ出せそうにない。

だが、たっちゃん先輩はこういうことに慣れているのか、毅然とした態度できっぱりと拒否の姿勢を示す。

 

「申し訳ないけど、私たち人を待ってるの。あなた達に構ってる暇はないわ」

 

かっこいい…!IS学園内にファンクラブがあるのも頷ける。

しかし、男たちは私達の傍から離れない。それどころか、さっきより近づいてきている気さえする。

 

「へぇ~、待ってる子も女の子?じゃあその子も一緒でいいからさ。男でも一緒に連れて来ていいし」

「つーか、君外国人?ハロー、日本語分かる?」

 

私の近くにいた、太り気味の男がニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべながら顔を近づける。

大丈夫、アメリカでもこういうことはあったし。あの時はイーリ姉が瞬殺してたけど。

 

「あなた達と話すことはありません」

「あははっ!振られてやんの!」

「うるせー!大体、こんなエロい恰好してんだから、誘ってるに決まってんだろ!」

「痛っ!」

 

仲間同士でおちょくられたのが腹に立ったのか、私の手を握って引っ張る。

どんなにISが使えて、戦う術を身に着けても、所詮は男と女。幼いころは大した違いがなくても、成長すれば当然、膂力に差が出る。それに、今私たちが返り討ちに出来たとして、罪に問われなくても、それは女尊男卑の力だ。私たちはそんなのに頼りたくない。

 

「ティナちゃん!」

 

たっちゃん先輩が男の手を払って、私を抱き寄せる。掴まれたところを見るとあざになってしまっている。

 

「なぁ、俺たちと来たほうが楽しいぜ?それに、力づくで連れてかれるより、自分らから来たほうが楽しいと思うぜ?」

 

 

 

「あの、二人の知り合い?」

 

 

たっちゃん先輩の肩に、リーダー格の男が腕を回そうとした、その時だった。

ガサガサと袋を揺らしながら、男たちをかき分けて騒ぎに入ってきたのは、私達が選んだ服をキレイに着こなした真理だった。

 

 

Side out

 

 

 

 

とりあえず、二人とこの臭そうな連中が知り合いかどうかを確認しなくては。そう思って聞いたのだが、どうやら違う上に二人の反感を買ってしまったようで。

 

「違うに決まってるじゃないっ!」

「失礼にも程があるよ!」

 

失礼にも程があるのはアンタらだろ。確かに嫌な目に合ったようだが、そこまで言ってやるなよ。

 

「ああっ!?ふざけんなよクソ女!」

「調子乗ってじゃんねぇぞ!?」

 

前言撤回。俺が失礼でした。

 

「まぁまぁ。とりあえず、消えてくれませんか?俺たちまだ用事あるんで」

 

楯無先輩に触れようとしてたタンクトップのオールバック野郎に声をかける。どうやらこのクソグループのリーダーのようだからな。

 

「ああ、俺たちも今まさにその話をしてたんだよ。お前も来ていいからさ、俺たちと遊ばねぇ?」

「遊びませんし、二度と関わりたくないです。目障りなのでさっさと消えてください。特にあそこのデブの体臭がキッツいんで早く連れてってもらえます?」

「…………テメェ、下手に出てりゃいい気になりやがって…!」

 

あ、やべ。つい本音が出ちゃった。

リーダーみたいなやつが拳を握って、左手で俺の胸倉をつかむ。身長差があるため、引っ張られてつま先立ちになってしまう。

 

「やっちまえ!」

「亮君はな、空手で都内ベスト32なんだぞ!」

「歯ぁ食いしばれや!」

 

亮君とやらが拳を振りかぶる。当たればそれなりに痛いだろうし、胸倉をつかまれたこの状況じゃ、逃げるのも難しい。歯を食いしばって痛みに耐えたほうが得策だろうこの状況で、俺は、フッと笑ってしまった。

それが相手の怒りに拍車をかけたのか、額に血管が浮き出ている。

 

「死ねぇ!」

 

叫び声とともに拳が迫る。が、胸倉を掴んでいた手を捩じって外すとともに、掴んでいた手を迫っていた拳にぶつけて相殺。自分で自分の手を殴るというのは、見ていてなんとも痛そうだ。実際、手を振って痛みを軽減させようとしている。

 

「なぁ。そろそろ行っていい?アンタらの相手してるだけで、すっげぇ時間無駄にしてる気分なんだわ。てか無駄にしてるんだよ。というわけでもう行くから。お前らもさっさと消えろ」

 

楯無先輩とティナの腕を軽く掴んでその場から離れる。こういうのはさっさと離れたほうがいい。当然、背後に気を付けながら。

まあ、大丈夫だろ。仮にも空手という武道をやっていたんだ。相手の実力と自分の実力の差くらいわかるだろう。

 

「…ふ、ふざけんな!ぶっ殺して……うがっ!?」

 

はいはい、こういうの相手に少しでも期待した俺がバカでした。

背後から殴りかかってきた赤タンクトップのみぞおちに肘を撃ち込む。本当にこいつ都内32位以内に入ってんのか?つーか32位ってどうなんだ?

 

「いい加減にしろってのが、分かんねぇのか…?」

 

赤タンクトップを含め、先ほどまで楯無先輩とティナを囲んでいた男どもを睨む。それだけ、相手は臆したように一歩、足を引いた。

 

「消えろ」

 

その一言で、彼らは一目散に逃げ出していった。どうやら、ようやくわかってくれたらしい。この二人と出かけるたびにあんな奴らの相手をすることになるのだとしたら、出かけるのも考えもんだな。

うっとうしい奴らが消えたことに安堵していると、両側から服を引っ張られる。

 

「?なんです?」

「いや、助けてくれたのは嬉しいんだけど、いつもより怖い顔してたから、不安になっちゃって」

「そうか?」

「うん。でも、もう普段のだるそうな真理だから安心したよ」

「そりゃよかった。で、楯無先輩は?」

「いやぁ、助かったっちゃ助かったんだけど、あれだけ騒ぎを起こしちゃうと、ね」

 

楯無先輩が前に視線を向け、俺もつられてそちらに視線を向けると、そこには鬼がいた。違った。織斑先生がいた。

やっべ、終わったなこりゃ。つーかなんでいるんだよ。そもそもこういうイベントは俺じゃなくて織斑とか澵井の仕事だろ。

俺が絶望して現実逃避している間にも、鬼のようで、修羅のようで、般若のような織斑先生は近づいてくる。よく見ると、その後ろに山田先生が苦笑いしてついてきている。

 

「…はぁ。地獄だな」

 

 

 

 

 

 

 

「災難だったね」

「まさか織斑先生が来てたなんて」

「…それ、慰めてる?」

 

織斑先生にこってり絞られた後、レゾナンス近くのカフェへと来ていた。レゾナンスと学園行きのモノレールが出る駅の間にある割には、学園の生徒が少なく、かなりの穴場のようだ。

 

「まぁまぁ。それより、これからどうする?用事は済んだし」

「あ、そういやこれ」

 

用事という言葉で思い出した。

レゾナンス内のショップで受け取った、綺麗に包装されたプレゼントを二人に手渡す。

 

「?何これ?」

「あー、何というか…」

 

俺の言葉を聞きながら、ガサガサと包装を解いていく。

 

「あ…」

「綺麗ね」

 

アオさんの二時間アドバイスを聞いて、俺が最終的に選んだプレゼント。

ティナには、桜を模した、小さめのイヤリング。

楯無先輩には、桜を模したシルバーのタイニーピン。

どちらも桜をモチーフにしたのは、何となくだ。桜新町で毎年桜を見ていたからかもしれない。

ティナも楯無先輩もよく動く人たちだから、できるだけ邪魔にならず、かつ目立ちすぎないようなものを選んだつもりだ。正直、いろいろ調べまくって、頭がパンクしそうになったりもしたが、ギリギリプレゼントを決められた。

まあ、澵井のように、これも俺の自己満足だから喜んでくれてもくれなくてもいいんだが。喜んでくれるに越したことはないけど。

 

「ありがとう!どう、かな」

 

ティナが髪を耳にかけて、渡したばかりのイヤリングを耳に着ける。うん、似合ってると思う。

 

「似合ってるよ。ね、先輩」

「そうね。私は制服に着けようかしら。ありがとう、真理君」

「いえ、普段から二人には助けられるし、そのちょっとしたお礼みたいなもんです」

 

さて、無事プレゼントも渡せたし、俺の用事は全部済んだな。あとは二人の用事が終わってるかどうかだけど。

 

「私も大丈夫かな。たっちゃん先輩は?」

「私も大丈夫よ。もうすぐ五時になるし、そろそろ帰りましょうか。二人は今日も稽古するんでしょう?」

「ええ、まあ。楯無先輩も来ます?」

「それいいね!たっちゃん先輩も来てくださいよ!」

「そうねぇ…じゃあお邪魔しちゃおうかしら」

 

満場一致で学園へ戻ることが決まり、席を立つ。にしても、結構美味しい紅茶だったな。今度ことはさんとアオさんを連れてこようかな。

カフェを出て駅に向かい、丁度発車するところだったモノレールに乗り込む。車内にはそこそこの人数が乗っており、どうやら全員レゾナンスからの帰り道のようだ。あのショッピングモール、立地は良いし、なんでも揃うしでIS学園の生徒や教職員が愛用してるんだろうな。売上とか凄そう。赤字とか無縁なんじゃないか?

そんなどうでもいいことを考えながら、IS学園前駅に到着し、流れに乗って降りる。そして、学園の校門まで来ると、そこには、ここ数か月で見慣れた顔があった。

 

「あ、虚ちゃん。どうしたの?」

 

布仏先輩を知らないティナが小声で、誰、と聞いてくるので、先輩たちの会話の邪魔にならないように俺も小声で返す。

 

「生徒会の会計で三年の布仏虚先輩。だいぶ前に、広場に楯無先輩を捕まえに来たことがあったろ」

「ああ、あの時の」

 

ティナに説明してる間に先輩たちも話が終わったのか、楯無先輩が申し訳なさそうな顔をしている。

 

「二人ともごめんね。ちょっと仕事が入っちゃったから稽古に行けそうにないわ」

「生徒会関係ですか?」

「いいえ、家の仕事」

「それじゃあしょうがないですね。また今度一緒にしましょう!」

「ええ」

 

そう言い残して、布仏先輩に話を聞きながら校舎の方に向かっていく。多分生徒会室に行くのだろう。

更識家の仕事なら裏に関係するものだろうし、俺に何の指示も出さないってことは、俺は必要ないんだろう。だったら態々首を突っ込むこともないし、放っておこう。

 

「生徒会長も大変だねぇ」

「そうだな。学校生活においてやりたくないことベスト3には入りそうだ」

「それってベストじゃなくてワーストじゃない?」

「確かに。そんじゃ、後でな」

「うん!」

 

自室へ駆け戻っていくティナを尻目に、俺も自室へ向かう。楯無先輩が直接生徒会室に向かったなら俺が鍵の管理をしなきゃならんし。

あ、デュノア戻ってきてんのかな。連絡先しらないけど、一応和訳したファイル持って行っとくか。広場に向かう途中であいつの部屋に寄って……部屋変わったんだっけ。澵井とまだ同じ部屋なんだっけ?あれ、まあいいか。最悪澵井に渡しておけば。

いつものジャージに着替えて、物干竿とタオル、水分補給用のペットボトルとファイルを持って部屋を出る。しかし、今日は厄日のようだ。運が悪いにもほどがある。…ことはさん、俺は呪われてるのかもしれません。

 

「……真理」

 

今日何度目かのため息。ここ最近ため息吐きすぎじゃね、俺。ため息で幸運が逃げていくなら、多分俺の幸運マイナス値いってると思う。

そんな幸運低下の原因、織斑一夏が俺の部屋の前に立っていた。部屋に入る前には周りに誰もいなかったのに。

 

「なんか用か?俺用事あるんだけど」

「あの、悪かった」

「何が」

 

主語述語はしっかりしろ。お前は会話の内容がごっちゃになるおばさん主婦か。

 

「真理の力を偽物だ、とか言っちゃって…。千冬姉との闘いや、巧から話を聞いて、お前がどれだけ努力してきたのか、わかった気がする。その努力をバカにして、本当に悪かった!ごめん!」

「…あっそ。じゃあな」

 

織斑先生への報告は、いいか。姉弟だし、雰囲気でなんとなく察するだろう。恭介さんと桃華さんもそういうの察してたし。

会話が終わり、広場へ向かおうとしたのだが、何故か織斑に肩を掴まれる。

 

「…なんだよ」

「いや、仲直りの印に晩飯でも一緒にどうかなって思って」

「用事があるっつってんだろうが」

「それ、俺もついて行っていいか?」

「ダメ」

 

織斑を無視して早歩きで進むも、ひたすらついてくる。鬱陶しいなぁ、ストーカーのようだ。もうあの広場のことを知ってる人間は少なくないけれど、こいつにバレたらそれこそ光の速さで人に伝わっていくだろう。そうなったら最後、織斑ハーレムに俺の憩いの場が乗っ取られてしまう。

仕方がない。ファイルを渡すのは諦めて、織斑を撒こう。本気で逃げれば余裕で撒けるだろう。

よっしゃ、行くぞー。

そう意気込んでダッシュしようと前に目を向ければ、ジャージに身を包んだティナの後ろ姿が。まさに前門の虎、後門の狼だ。まさか運の悪さがここまでとは。

 

「あ、真理…と一夏?」

「おう、ティナ。ティナもどっか行くのか?」

「え、ああ、うん。ちょっとトレーニングにね」

 

振り向いた直後は笑顔だったティナが、織斑を見て苦い顔をする。

 

「それって真理と一緒にか?」

「えっと、うん」

「なぁ、俺も行っていいか?トレーニングなんだろ?あ、箒たちも誘っていいか!?」

 

うぜー。しつこすぎて腹立ってきた。

 

「え、えっと…」

「わかった。道場行ってるから勝手に呼んで来い」

「サンキュー!」

 

よし、行ったか。

 

「いいの?道場なんて言っちゃって」

「いいだろ。無駄に人数多くなって薄い内容の稽古するより全然良いし。つーか一緒にやる必要性無いし」

「そう、だね……」

 

しまった。今の言い方じゃティナも要らないみたいになっちゃったな。俺が言いたかったのは、人数が多すぎると喋ったりして集中できなかったりするから、少人数のが良いってことだ。別に俺自身は居ても集中できることはできるが、ティナのように誰とでもコミュニケーションが取れてしまう人間は、織斑ハーレムのようなうるさい連中がいると集中しづらいだろう。何か聞かれれば律儀に答えるだろうし。

弁解、というか訂正するために俯いているティナに話かけようとすると、急にがバッと頭を上げた。

 

「ど、どうした」

「真理」

「ん?」

「私と、戦って」

 

……は?

 

「戦う、っていうのはあれか。試合するってことか?」

「うん。やっぱり、目指してる壁の高さを実感しないと、強くなれないと思うから」

 

ふむ。俺のことを壁として見てくれるのは非常にうれしい限りだが、試合ともなると勝手が違うからわからんな。基本的に俺は挑戦者側だ。この学園で楯無先輩と試合したときも、織斑先生と試合したときも。言わずもがな、桜新町にいる時も。

だから、こう、言っちゃ悪いが、自分より弱い相手に戦いを挑まれる経験は今まで無かった。オルコットの時もハンデ貰ったし。

何より、徒手空拳相手に怪我をさせない自信がない。一撃で終わっては試合にならないし。

 

「…条件が二つある」

「何?」

「一つは柔道場で試合すること。外でやってお前に怪我させない自信がない」

「怪我くらい気にしないよ!」

「練習試合で怪我をするのは割に合わない。そんなんで怪我するくらいならやらないほうがマシだ」

「うっ…」

「二つ目。俺が槍を使わないこと」

「え…?」

 

槍で怪我をさせてしまうのなら、俺も徒手でやればいいだけだ。幸い、桃華さんのおかげで合気道だけでもかなりの実力があると自負している。

 

「俺が合気道だけでお前の相手をする。この条件でいいなら試合をする」

「………わかった。今は、それでいいよ」

「よし。じゃあ行くか」

 

行く先を変えて、柔道場を目指す。柔道場は剣道場と隣接されていて、恐らく織斑たちがいるか、後から来るだろう。

だが、今日の予定は変更された。ティナと試合をしたら、俺は帰る。桜新町でもそうだった。稽古か、試合か。その日のうちにどちらをやるか決めたら、どちらかしかしない。試合のすぐ後に反省して稽古することも大事だが、それ以上に体を守ることのほうが大事だ。そしてそれ以上に、メリハリが大事なのだ。戦うのか、戦うための力を付けるのか。その目的意識だけで、稽古だろうと試合だろうと、その質が段違いに変わる。

 

「さて、とりあえずアップだな。半になったら試合開始でいいか?」

「うん、オッケーだよ」

 

柔道場につくなり、各自でアップを始める。隣の剣道場には誰もおらず、織斑たちは後から来るのだろう。

それより、合気道主体で、というか合気道だけで試合をするのは久しぶりだ。俺が合気道を使うのは槍術の補助くらいで、搦め手、槍を落とすといった、槍から手が離れた時のその場凌ぎ的要素が強い。習った以上、当然毎日型の稽古はしていたし、問題なく戦えるだろうが、不安は残る。

考えながらアップしていると、織斑ハーレムと澵井とデュノアが入ってくる。だが、今あいつらに構っている暇はない。

 

「お、試合でもするのか?」

「終わったら俺ともやってくれよ!」

「………うるさい。今話かけんじゃねぇよ」

 

時計を見れば、長針が6の文字を指している。時間だ。

 

「ギブアップするか、動けなくなったら試合終了だ」

「りょーかい」

 

ティナと向かい合い、自然体で立つ。合気道の基本は相手の攻撃を無力化して制すること。つまり、防御技や返し技の形だ。まあ、桃華さんに教えてもらったのは会派、流派のようなものは関係なく、無駄な力を使わずに相手を制する方法で、本当の合気道とは言えないものだ。教わった時も、技のようなものは一切教えてもらってない。相手を見て、効率よく相手の力をそのまま相手に返す練習しかしなかったし。野良合気道といっても過言ではない。

だが、それにも理由がある。元々、槍を失った時でも戦えるために教えてもらったから、技のように、決まった動きを教わるのはあまりよろしくなかったのだ。

それは置いといて。

ティナの武術はMMA。なんでもありの総合格闘技だ。打撃も蹴り技も関節技も、当然絞め技、寝技もある。正直、分が悪いが、壁と認識されているんだ。負ける気はない。

 

「行くよっ!」

 

ボクシングポーズのように両腕を構えたティナが攻めてくる。間合いを計るのは無駄だと判断したんだろう。

対して俺は一歩も動かない。いつでも動けるように全身の力を抜き、右手をティナに向ける。

そして、勝負は一瞬だった。

 

「うわっ!…っく」

 

開幕先制のティナの拳を去なし、腕を掴んで引っ張って足を払う。それだけでティナは宙を舞い、その間に腕を捻れば、背中を畳にたたきつける結果となる。しっかり受け身をとり、一度距離を離す。

 

「ほら、どんどん来い」

「言われなくても!」

 

パンチと蹴りを絶え間なくなく打ち込み、反撃の隙を与えないようにしているようだが、それらすべてを余裕をもって回避し、踏み込む足を畳につく前に払ってやる。それだけで体制を崩してしまうが、腕をついて下半身を持ち上げ、蹴り技主体で攻めてくる。カポエイラの技術も取り入れているようだ。厄介な。

 

「はぁ!」

 

流石に俺の技術じゃ足技相手に合気道は使えない。必然的に躱すことしか出来なくなる。すり足で前後左右に移動にしながら、ティナの上段からの蹴りを躱し、すれ違うように逆立ち状態のティナの背後へと移動する。流石に逆立ち状態での回し蹴りまでは習得していないようで、地に足を付ける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

「いつでもギブアップしていいぞ?」

「じょーだん!」

 

先ほどと同じように拳や蹴りを放ってくるが、そこに最初のキレはない。しかし、こういう状態の相手こそ、気を付けなければならない。手負いの獣を相手にするのと一緒だ。最後まで諦めず、現状で相手を倒せる最善の一手を考えている。だからこそ、こちらもそれを返すために思考を止めない。

躱し、捌き、力を流す。

そして、ティナの体が俺と接近した時。

俺の襟と袖を掴み、身体を反転させて腰を入れて持ち上げる。いわゆる、背負い投げだった。

MMAにまさか柔道を取り入れてくるとは。

 

「おおっ!」

 

投げられそうになっている俺を見て、織斑たちが歓声を上げる。

しかし、何度も言っているが負ける気はない。

引かれている襟と袖からティナの手を外し、左手でティナの肩を押して空中へと飛び出る。背負い投げされる直前の位置へと戻る。拘束を外されたと理解したティナは即座に背後にいる俺を攻撃するため、裏拳を繰り出す。背後への相手に、裏拳は優秀な対処法だ。最短で、最速で、力が入り、身体の向きを変えられる技だ。

だが当然それも視えている。

体を背後へと反らして鼻先を掠めていく拳を見送る。次いで襲い掛かってくる右ストレートを右手で払って無力化し、引っ張りつつ足を払う。背中から畳に落とす。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

「終わりだな」

 

玉のような汗を掻き、胸を上下させているティナを見てそう宣言する。ふむ、なかなか強かったし、短期間でこれだけの強さなら、今後俺よりも強くなるだろう。俺もうかうかしてられない。

 

「やっぱり強いなー真理は。俺とも試合しようぜ!」

 

ティナを見ていろいろ考えていると、織斑が話しかけてくる。だがしかし、俺はティナと試合をしたら帰ると決めていたのだ。ティナが帰るかどうかだけ聞いて、さっさと退散しよう。

 

「いやだ。ティナ、俺は帰るけどお前はどうする?」

「はぁっ、ちょっと、休んでから、帰るよ…。真理にも、ちょっと、待ってて欲しい、んだけど…」

「じゃあその待ってる間に試合しようぜ!まだ大丈夫だろ?」

 

ティナ、その優しさに見せかけた悪意のある発言はやめてくれ。

つまりこう言いたいのだ。私の息が整うまでの間、織斑を相手してあげて、と。

 

「……はぁ、少しだけだぞ」

「よっしゃ!サンキューなティナ」

「ううん、大丈夫大丈夫」

 

壁際にティナを運んで、壁に寄りかからせる形で座らせてから、織斑の相手をすべく柔道場の真ん中へと戻る。

この学園に来てから、今まで俺が決めていた自分ルールとでも言うべきものが壊されている。

だがそれも悪くないと思っている自分がいるから不思議だ。

 

その後、ティナが回復するまでの間に、腹いせで織斑を何度も畳にたたきつけ、関節技を幾度となくかけてやった。

悪くないと思ってはいても、ルールを破らされれば腹は立つものだ。こればかりはしょうがない。

 

 

 

後日。織斑が俺のせいで腰が痛いと公言しているのを聞いた腐女子連中が噂を加速させ、楯無先輩とティナに本気で心配された。つーかティナ。お前は現場にいて、原因の一部でもあるんだぞ。



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海は人をどうにかします。

 

「ここは…?」

 

見渡す限りの暗闇。以前にも来たことがあるような気がするが、いつだっただろうか。

既視感を覚え、とりあえず歩いてみる。一寸先も見えないが、自身の体だけは見える。以前は自分の体すら見えなかった気がするが。

 

「真理」

 

不意に名前を呼ばれ、振り返る。

 

「ことはさん?」

 

聞き覚えのある声に名前を呼んでみるが、そこには何もない。ただ暗闇が広がっているだけだ。

 

「真理ちゃん」

「アオさん?」

 

またも名前を呼ばれ振り返るが、やはりそこには暗闇が広がっているだけだった。

 

「真理」

「……真理」

「秋名さん?ヒメさん?」

 

誰もいない暗闇の中、名前を呼ばれては振り返るが、暗闇が広がっているだけ。

そこで俺は思い出した。

そうだ。ここは、四音の中だ。初めて入った時は自分の体すら見えなかったが、何故か今回は自分の体だけが見えている。それに、以前は泥の中のような、水の中のような浮遊感があったが、今は地面があって広い空間があるように感じる。

しかし、いくら空間が広がっていようと、見えなければどうしようもない。

人は視界を遮られるとまっすぐには進めない。だから俺も、自分が今どこを歩いているのか全く分からない。慎重に歩いているからか、もともと無いのか、障害物らしきものには掠りもしないが、少しだけ不安になってくる。

そんな俺の心のうちを見透かすように、今俺の近くにいる信頼している人間の声が聞こえる。

 

「真理!」

「真理君!」

 

声の方に顔を向けると、光がさしていた。

 

「ティナ、楯無先輩」

 

自然と足は加速していた。

光に向かって駆けていくが、その距離が縮まることはない。

走りながら目を凝らすと光の下に、六つの影が落ちていることがわかる。

 

「ティナ!楯無先輩!」

 

 

俺は、水の中にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……り…」

 

誰かに呼ばれてる。

 

「……まり……」

 

でも、どうしてだろう。さっきまでの声と違って、鬱陶しさしか湧いてこない。

 

「真理!」

「…だれ?」

「巧だよ」

「…………誰?」

「うぉい!」

 

隣で騒ぐ澵井を無視して窓の外を見る。

夏特有の入道雲と、その下でキラキラと輝く海。その先に見える水平線には船らしき小さな影がある。

俺たちIS学園の一年生は現在臨海学校に来ていた。

 

「おい聞いてんのか真理!」

「ああ。あれだろ、隣がデュノアじゃなくて残念なんだろ。悪いな。俺もお前じゃなくてティナのが良かった」

「ちっげぇよ!」

 

うるさいな。こちとら昨日の夜に楯無先輩が騒いで寝れなかったんだ。

 

「巧、僕の隣が嫌だったから真理の隣にしたの?」

「え、いや、違うぞ!ほら、お前のせいで変な誤解が生まれたぞ!」

 

知るか。

俺たちがバスで向かっているのは『花月荘』という旅館だ。さすが各国合同の学校だけあって、臨海学校という名の遠足ですら掛ける金額が違う。

 

「そろそろ目的地に着く。全員席に座れ」

 

織斑先生がバスの助手席から振り向いて言う。決して大きくない声なのに何故かバスの中に響いて、騒いでい た女子達が静かになる。統率がとれ過ぎてて気持ち悪い。何?軍隊なの?

落ち着いた様子の澵井が座席に座り直し、小声で「後で覚えてろよ」と言ってくるが無視する。どうせ何もしてこない。

そして、十分後。バスが止まり、全員が降りた目の前には、かなり立派な旅館が建っていた。

どうやら旅館からそのまま海に出れるようになっているらしく、浜辺と隣接する小屋が、本館の渡り廊下で繋がっている。

 

「ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

「「よろしくお願いします!」」

 

生徒が皆揃って頭を下げる先、出入り口の前には着物姿の女将さんが立っている。が、何やら見覚えがあるような、無いような…・。

 

「今年の一年生は元気があってよろしいですね。あら、こちらが噂の?」

 

女将さんが列の端っこに並んでいる俺を含めた男子に目を向ける。…やっぱり見覚えがあるな。しかも、俺の記憶にあるということは桜新町関係だろう。んん?

 

「ええ、まあ。今年は男子がいるせいで浴場分けが難しくなってすみません」

「織斑一夏です」

「澵井巧です。よろしくお願いします」

「清州景子です。ふふ、皆いい男の子じゃないですか。しっかりしてそうな感じがしますし、それに…」

「それに?」

 

織斑先生が女将さんの言葉を繰り返す。

 

「久しぶりね、真理君」

 

女将さんが俺に話しかけてくる。そこで俺は彼女が誰なのかを思い出した。

 

「あ、景子さん…!?」

「覚えててくれたんだぁ。おっきくなったねぇ」

 

彼女の名前は清州景子さん。昔、桜新町に稽古に行っているときに知り合った、雄飛さんや八重さん達と同じ、神様だ。確か神無月に出雲に行く際に寄ったところに鉢合わせたのが出会いだった気がする。いかんせん、幼い頃に二、三度会っただけなので忘れていた。しかも一年おきだったからな。

手を握ってくる景子さんと「お久しぶりです」なんて言い合っていたら、隣の澵井や織斑が驚いた表情で大声を出す。

 

「お前、知り合いなのか!?」

「千冬姉は知ってたのか!?」

「うるせぇよ。昔ちょっとな」

「そうだったのか。申し訳ありませんが、そろそろ…」

「ああ、すみません。真理君もあとでね」

「ええ」

 

そう言って女子生徒たちの案内を始める景子さん。移動する女子の列から抜け出した布仏が近くに寄ってくる。

 

「ね~、三人の部屋ってどこ~?しおりに書いてなかった~。遊びに行くから教えて~」

 

その言葉に動いていた女子の列が止まる。だが残念なことに俺たちも自分の部屋を知らないのだ。多分原因は澵井と織斑だけどな。

 

「それが俺たちも知らないんだよ」

「廊下で寝たりしてな」

「うわ、嫌だなそれ」

 

俺景子さんのとこ行こ。

 

「男子ども。お前らの部屋はこっちだ、ついてこい」

 

布仏含め、立ち止まった女子達をスルーして俺たちは織斑先生についていく。

生徒用に割り当てられた部屋とは真逆の、教員用の部屋の方向へと向かう。ああ、そういう感じか。

 

「お前らの部屋はここだ」

「え?でもここって」

 

扉にがっつり教員室と書かれた扉の前に案内される。ああ、やっぱり教員用の部屋を使わされるのか。

 

「最初の予定ではお前らを三人部屋にする予定だったのだが、そうすると就寝時間を無視した女子達が押し寄せることが安易に予想できたからな。ただ二人部屋が二つになってしまったから誰か一人は私と同じ部屋になる」

 

俺と澵井は目を合わせる。考えることは一緒のようだ。

 

「あざっしたぁ」

「失礼します」

 

教員室の隣の部屋に揃って入る。目の前に実の姉弟がいるのならばその二人を同じ部屋に入れるのは道理だろう。あーあーやだやだ。ブラコン教師は職権乱用するし、シスコン野郎は同じ部屋で姉と寝れるし、あの二人にとっては良いことづくめだ。夜中に隣の部屋から変な音とか声とか聞こえたらどうしよ。

 

「なぁ、今日は早く寝ないか?」

「ん、ああ。そうだな」

 

部屋の奥に荷物を置き、一息つく。

予定では今日一日は自由時間だ。恐らくほぼ全ての生徒が海へ繰り出すだろう。ようするに浜辺が人でごった返すのだ。そんなところ行きたくない。

というわけで、とりあえず景子さんのところへ行くことにした。

 

「真理は海行かないのか?」

「ああ、後でな」

 

部屋を出て従業員を探す。女将をやってるくらいだし、聞けばすぐにわかるだろう。

廊下の先にいた従業員を捕まえて聞いたところ、今は使っていない客間の清掃をしているそうだ。場所も聞き、お礼を言ってからその部屋に向かうと、座布団に座ってお茶を啜っている景子さんがそこにいた。

 

「…仕事しなくていいんですか?」

「ふふ、それを言うなら真理君も海に行かなくていいの?」

「俺は自由時間ですけど、景子さんは仕事でしょう」

「あはは、そりゃそうだ。大丈夫。うちの授業員は優秀だし、ちゃんと予測できてるからね」

 

どうやら一日分くらいの未来予測をしているようだ。それが今日だからなのかはわからないが、割と頻繁に使用しているらしい。俺が知っている神は未来予測をつかってもそんなにオープンにしていないから、正直異色な神である気がする。

 

「ところで、そのマフラー。ヒメちゃんのと似てるけど、どうしたの?」

「免許皆伝祝いに貰ったんです」

 

何故か部屋に入った直後からおいてあるお茶を飲みながら答える。どうやら俺がここに来ることも予測していたらしく、いまだに湯気が立っている。

 

「へー!そりゃよかった。八重ちゃんは元気にしてるかい?」

「ええ、そりゃもう」

「ふーん」

 

お茶を啜りながら、景子さんの目がスッと細くなる。睨んでいるわけではない。何かを見通すような、そんな目だ。あの目はそう、予測した未来の断片を伝える雄飛さんや八重さんの目に似ている。

 

「雄飛くんは、何か言ってた?」

 

何か、とは俺の未来のことだろう。

雄飛さんが言っていた、世界を賭ける戦いと、八重さんが言っていた俺の選択。

正直、今もなお実感は湧かないが、神が予測した未来ならいずれ必ず来るのだろう。

俺は雄飛さんたちが言っていたことをそのまま景子さんに伝える。それを聞いた景子さんは「そっか」とだけ呟いて、湯飲みを傾けた。

 

「…じゃあ、そろそろ仕事に戻らなきゃ。真理君も遊びに行っておいで」

「はぁ、もういいんですか?」

 

空になった湯飲みと俺の湯飲みを持って立つ景子さんに問いかける。

景子さんが聞きたかったのは桜新町の近況報告なのか。多分、そうじゃないと、俺は思う。ただの勘でしかないが、なんとなく、そう思うのだ。

 

「……じゃあ、最後に一つだけいいかな?」

「ええ、別にいいですけど」

 

こちらに背を向けたままの景子さんは、こう言った。

 

「真理君は、水の中にいる夢を最近見た?」

 

水の中にいる夢。

 

「ええ、今日ここに来る途中でそんな夢を見たような気もします」

「そう…ありがとう。じゃあ、真理君も楽しんできてね」

 

今度こそ部屋を出る景子さん。

壁に遮られているからか、俺がすでに海に行くかどうか悩んでいたからか、景子さんの呟きは聞こえなかった。まあ、聞こえるはずはないのだけれど。

 

 

「もう、明日なのね。雄飛くん、八重ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、これからどうしようか。

海に行くのもいいが、今から着替えるのも面倒だなぁ。ティナたちと水着を買った手前、着ないわけにはいかないんだが、どうしても面倒臭さが勝ってしまう。

仕方ない。部屋で本でも読んでいよう。

 

「あ、いた!」

「え?」

 

部屋に戻ろうと廊下を逆戻りしていくと、目の前に、おそらく水着の上に上着を着たティナ、凰、織斑、澵井、デュノア、ボーデヴィッヒにオルコット。え、なんで?怖い怖い。

そして彼らは全力でこちらへ向かってきた。

 

「え、何々?怖っ」

 

人間というのは不思議なもので、大質量の物体が向かってくると逃げ出したくなるようだ。

 

「逃げた!」

「待てぇぇええ!」

 

怖ぇえ。なんで?なんでこんなに追ってくるの?俺何もしてないじゃん。

 

「一夏とセシリアは入り口に!巧とシャルロットとラウラは部屋で!行くよ鈴!」

「「了解!」」

「あれー?ティナってそんな統率とれる奴だったっけ?」

「アンタのことを一番理解してるのがティナだからよ!さっさと捕まりなさい!」

「まず捕まえようとする理由を教えろ。さすれば止まってやらんこともない」

「なんで上から目線なのよ!」

 

ギリギリ捕まらない距離を保ちながらバック走しつつ話を聞く。そもそもお前らがそんなに鬼気迫る表情で迫ってこなければ逃げることもないんだけどな。

 

「いつまで待っても来ないから探しに来たのに、部屋に帰ろうとしてるから!」

「ああ、そういうこと。…………疲れたから帰っていい?」

「ダメよ!アンタを浜辺まで連行できたら千冬さんがお願い叶えてくれるんだから!」

 

うわ、あの教師生徒を生徒に売りやがった。

 

「その代わり、真理が一人で水着になって織斑先生のところまで行けたらなんでも一つ買ってくれるって!」

「よっしゃ乗った」

「早っ!?」

 

なんでもってことは、高くて手が出なかったあの本とか、あの本とか、あの本とかを買ってくれるんだろ?テンション上がってきた。

バック走を辞め全力で走る。数秒でティナと凰を振り切り、自室にたどり着く。しかしこの部屋の中にはすでに澵井とデュノア、ボーデヴィッヒがいるのだろう。どうやって入るか。

 

「……正面から行くか」

 

幸い水着を含めた、海に行く準備はしてきた。纏めておいてあるから回収自体は簡単だ。

部屋に入り、速攻で荷物を取って部屋を出る。恐らく荷物を取っている間にドアと窓は固められるだろう。しかし、固める人員によっては簡単に突破できる。

ドアを開けて荷物まで一直線に走る。驚いた様子の三人も、さすがに落ち着いた三人なだけあってすぐに出入り口を封じる。

だが、これなら突破可能だ。

 

「残念だったな真理。この狭い部屋で逃げ切るのは無理だろ?」

「…ああ、そうだなっ」

 

じりじりと迫ってくる澵井をフェイントで躱し、ドアの前に立ちふさがるデュノアの肩を掴んで耳打ちする。

 

「通してくれたら、今夜この部屋で澵井と二人きりにしてやる」

「!…行って」

 

デュノアは簡単に見逃してくれた。

 

「うぉーい!シャルぅ!?」

「シャルロット何をしているのだ!」

「ごめん…あの誘惑には耐えられなかった…!」

「おのれ真理ぃ!」

「流石兄様、簡単にシャルロットを篭絡していくとは…!」

 

後ろから追いかけてくる音が聞こえるが、こっちにはまだ着替えと織斑ハーレムが残っているのだ。一気に突き放す。正直こいつ等相手に走力で負ける気はしない。相手が織斑先生や楯無先輩なら捕まっていた可能性もあるが、唯一可能性のあったティナも置いてけぼりだ。普通に鬼ごっこ形式で誰かに捕まることはそうそうないだろう。

とりあえず、男子用の更衣室までは来ることができた。ここの入り口を封鎖されてたらさすがにまずかった。

 

「さて、あとは織斑先生がどこにいるかだな」

 

着ていた服とマフラーをロッカーにしまい、真新しい水着とジャージの上着を着て浜辺につながるドアを開ける。

そこには…。

 

「…多すぎだろ」

 

織斑たちを筆頭に、浜辺では一二組の連中がこちらを見ていた。

欲望に負けて俺を捕まえようとしているのだろう。普段俺のことを毛嫌いしている奴すら参加させるとは、恐るべきブリュンヒルデだ。

しかし、俺にだって欲はある。

ブリュンヒルデともなれば、そのポケットマネーも一般人の俺とは比べ物にならないだろう。

ならば、原作の千夜一夜物語の全巻セットを買うくらい余裕だろう。今ではアラビアンナイトと称され、数多のファンタジー小説の原典とも呼べるものだ。概要くらいは知っているが、やはり独自でも原作を和訳しながら読んでみたいと思うのは、ことはさん譲りのビブリオマニアの宿命なのかもしれない。

 

「ふふ。いくら真理でもこの人数を相手に千冬姉のとこまで辿り着くのは不可能だろ!」

 

一同を代表して織斑が高らかに宣言する。両サイドからは追いついてきたティナ、鈴組と澵井、デュノア、ボーデヴィッヒが来ている。

確かにこの人数相手に遠くに見える、黒いビキニを着た織斑先生のとこまで辿り着くのは困難だろう。つーかあの人笑ってね?腹立つわぁ。

だが、俺だって辿り着かなくてはならないのだ。欲望のために。

 

「プロボクサーのモハメド・アリの言葉を知ってるか?」

「?なんだよ」

 

「不可能なんて、ありえない」

 

助走をつけて織斑たちを跳び超え、人口密度の薄い場所を縫うように駆けていく。砂に足を取られるとすぐに体力がなくなるので、基本的に足を止めてはならない。ひたすら足を動かし、人を躱し、時に襲ってくる代表候補性どもを撃退しつつ織斑先生のもとへ向かう。

すると、突然バレーボールが飛んできた。

 

「うおっ…なるほど。それで、勝敗の条件は?」

「私にそのボールを当てられたら、お前になんでも奢ってやろう」

 

最後に立ちふさがったのは、ゴールである筈の織斑先生だった。

恐らくこの前の試合の決着を、ここでつけようということなのだろう。しかし、今回は負けるわけにはいかない。ここまで来て負けたら、本気で泣く。帰って部屋にこもる。

それに、俺はヒメさんと違って球技は得意なのだ。

じりじりと円を描くように間合いを計り、時は来た。

 

「っふん!」

「甘い」

 

軽くジャンプして空中で体を捻りながらボールを投げる。

それをひらりと躱す織斑先生。

だが残念だったな。狙いは織斑先生本人じゃない。

 

「あいたっ!」

「なにっ?…っく」

 

後ろにいた澵井にボールがぶつかり、跳ね返ったボールが織斑先生の脇腹に当たる。

はっはっは、これで千夜一夜物語は俺のものだ!ふはは、数万円の本がタダで手に入る。これほどの喜びはそうそう無いぞ。

 

「先生、奢り、楽しみにしています」

「いや、お前それはずるくないか?」

「そんなことは無い。跳ね返ったボールで当ててはいけないなんてルールは聞いてない」

「……しょうがない。あとで何が欲しいか聞かせろ」

「了解っす」

 

 

 

 

 

 

 

 

午後六時半。大広間にて、一年生全員が夕食を摂っていた。

織斑先生主催の一対数十人の鬼ごっこの後、ティナとともにバレーを見たり、参加したり、織斑先生VS俺の第二次ボール合戦が始まったりと、久々に体を動かして遊んだ気がする。

その後、夕飯の為に一年生全員が集まったが、どうやらクラスもバラバラになっているようで、一番端に座っている俺の隣にはティナがいる。

そして、何よりも不思議なのが、俺を睨んでいたであろう視線の数が減っていることだ。

元々俺にどう接すればいいか分からなかったらしい連中が、浜辺での一件で接し方を決めたらしく、時々話しかけられたりもした。

 

「美味しいねぇ、このマグロ」

「ああ。お前、ワサビ食えるんだな」

「んー、まあね。知り合いが日本食大好きでさ、よくお寿司とか行ったりしてたからね」

「ふーん。俺の中の外人のイメージはあれだったけど」

 

持っていた茶碗を膳に置き、左手で織斑とその両脇にいるデュノアとオルコットを指さす。

デュノアはワサビの山を丸ごと口に放り込み、オルコットは正座で苦しんでいる。日本語は達者なのにそういう知識は無かったんだな。

 

「あはは、私も最初はあんな感じだったよ。それより、真理の部屋って織斑先生の部屋の隣なんだよね?」

「ああ。来るなら鬼に気を付けろよ」

 

騒ぎ過ぎた織斑たちを叱りに来た先生を見ながら言う。あ、姉弟間の怪しい密事が起こるかもしれないから早めに風呂入んなきゃ。

しかも澵井の横で寝なきゃいけないのか。気持ち悪ぃな。

 

「……ティナと同じ部屋がよかったなぁ…」

 

そっちのが安心して寝れるし、むさくるしくないし。

 

「えっ!?」

「え?何?」

「今、わたし と同じ部屋がよかったって…」

 

どうやら声に出てたようだ。だが別に聞かれて困るもんじゃないし、そこまで焦る必要はない。なのに、なんでティナは顔を赤くしてるのか。やっぱり男子と女子じゃ恥ずかしがるポイントが違うからかな。

 

「ああ、いつも一緒にいる人と同じ部屋の方が落ち着くだろ?」

「あ、ああ、そうだねっ!うん、そうだよね…」

 

 

 

そんなやりとりがあったが、無事夕飯も終わり、今は男三人が風呂に入っている。俺たちに割り当てられた時間は一時間。やはり女子の比率が高いからか、女子と比べれば三分の一程の時間しかない。それでも俺としては十分だ。それに風呂に入りたくなったら、ヒメさんちの風呂に入れるし。あそこの風呂、ヒノキ風呂なんだよ?凄く

ない?

 

大した会話もなく、風呂から上がり、澵井と一緒に部屋に戻った。

のだが。

 

「んっ…おい、少しは加減を、あぁあっ…!」

 

隣の部屋から謎のあ…声が聞こえるのだ。多分マッサージかそこらだろうが、澵井は勘違いして顔を赤くしてるし、廊下の方から音が聞こえるから織斑ハーレムとかも勘違いしながら聞いているのだろう。うわ、とっばちりがきそうな予感しかしない。つーかこいつ初心なんかい。

 

「な、なぁ、真理?」

「俺ちょっとお茶買ってくるわ」

「はぁ!?お茶なら備え付きの冷蔵庫に入ってんじゃねぇか!逃げるなら俺も連れてけ!」

「じゃあ上せたから涼んでくる。あと、お前が思ってるようなことは起こってないぞ」

「どう見ても上せてないだろ!ていうか、ほら」

 

俺と澵井が黙ると。隣の部屋から、織斑先生の嬌声(笑)が聞こえる。が、すぐにその声は途絶え、代わりに入り口の方からドタバタと何かが倒れる音が聞こえる。見つかったか。

すると今度はこっち側に向かってくる足音。

 

「おーい、巧、真理。もう一回風呂行かないか?」

「俺たちの入浴時間はもう終わってるだろ?」

「いや、みんな上がったらしくてさ、十時までは使っていいんだってさ」

「へぇ~。んじゃ俺は行こうかな。真理はどうする?」

「俺はいいや」

「そっか。じゃあ行ってくるな!」

 

二人を見送り、鞄から本を取り出そうとする。こういう時のために一冊持ってきているのだよ。アーサー王伝説の続巻だ。湖の騎士ランスロットが、アーサーの王妃であるグィネヴィアとの不義を描いた部分だ。

さて、と。敷いてある布団の上に寝転がり、表紙を開くと、隣部屋からドンドンという音が聞こえる。隣の部屋から、ではなく、がっつり壁を叩いているようだ。出てけ、ということだろうか。

 

「はぁ。外行くか」

 

勝負の結果とはいえ、奢ってもらうのだ。多少の命令くらいは聞いておこう。本を閉じ、浴衣のまま外へと出る。

外に出れば、少しだけ欠けた月が穏やかな海に反射して、二つの月が出来ていた。

 

明日は、満月のようだ。



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コイバナは女子の必須科目です。

ティナside

 

臨海学校初日の夜。

なぜか私は、教員用の部屋で正座していた。しかも、自分のクラスの担任でもない織斑先生の部屋で。

隣には私を引っ張ってきた鈴を含めた、一夏のことを好きな四人と、巧ともう付き合ってるんじゃないかってくらい親密なシャルロット。もうこのメンバーだけで何を言われるのか分かってしまう。帰りたい…。

 

「そんなに緊張するな。なにも取って食おうって訳じゃない。…ちょっと待て」

 

そう言って織斑先生は壁を数回叩く。もしかして、部屋にまだ真理が残ってたのかな。気配がまったくなかったし、それに気づける織斑先生もやっぱり格が違うなぁ。…あ、扉が閉まる音。

 

「邪魔者がいなくなったところで。ふむ、飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」

「え…!?え、っと…」

「なんだ、すっと言え。ハミルトン、デュノア」

「じゃあコーヒーで」

「僕はオレンジでお願いします」

 

どうやらこの集会の目的をなんとなく察している私とシャルロットならすぐに答えられるだろうと思ったらしく、こちらに振ってきた。本当はいらないし、すぐにでも部屋に戻りたいけど、帰れなさそうだし貰っておくことにしよう。

その後、備え付きの冷蔵庫からぽいぽいと飲み物を投げ渡し、最後にビールを一缶出した織斑先生が、私たちの正面に座る。

プシュッとプルタブを開けた織斑先生は、ごくごくとビールを飲み始める。その姿は、家にいる時のナタル姉と酷似していた。

 

「ふぅ。さて、本題に入るとするか」

「あの、本題って…」

「それより、今飲んでいいんですか?仕事中なんじゃ…?」

「気にするな。それに口止め料はもう払ったぞ」

 

皆があっ、という表情をするが、どうせこの後は寝るだけなんだし、もうプライベートでいいんじゃないかな。大体、この部屋一夏と織斑先生の部屋なんでしょ?もう家じゃん。家族しかいないならもはや家と同じじゃん。

 

「それよりも、だ。お前ら、あいつらのどこがいいんだ?」

 

ド直球!あまりにもストレート過ぎて、ツンデレ三人組が顔を真っ赤にしている。あ、シャルロットも照れてるな。

 

「まずは一夏のほうからだな。どうなんだ、ん?」

 

うわ、酔っ払いおやじみたいな絡み方だなぁ。

織斑先生の問いに、照れ隠ししながら箒から答え始める。

 

「わ、私は別に…以前より剣の腕が落ちているのが腹立たしいだけです」

「あたしは、腐れ縁なだけだし…」

「わたくしはクラス代表として、もっとしっかりして欲しいだけですわっ」

「そうか。では一夏にそのように伝えておこう」

「「「言わなくていいですっ!」」」

 

ちびちびとコーヒーを飲みながら会話の行方を見守る。そういえば、今コーヒー飲んじゃったら寝れないんじゃ…。

私が自分のチョイスを公開しているうちに、会話はどんどん進んでいく。今度の標的はラウラだ。でもま、三人に比べればツンデレの要素は薄いし、答えはシンプルなものだろう。

 

「で、お前はどこが好きなんだ?」

「…つ、強いところでしょうか」

「いや、弱いだろ」

 

ばっさりと切り捨てる。やっぱり自分の弟には厳しいんだなぁ。真理が言ってた通りだ。身内と認めた人には、他より厳しく当たる。それが織斑先生だって。まあ元から厳しいから、身内側からすればもう少し優しくして欲しいだろうけどね。

 

「いえ、強いです。少なくとも、私よりは」

「そうかねぇ。まあ、強い弱いはともかく、役には立つな。料理も家事もできるし、マッサージも上手い。付き合える女は得だな。欲しいか?」

「「「「くれるんですか!?」」」」

「やるかバカめ」

 

くく、と笑いながら、狙いを変える。今度はシャルロットと私だ。そして二本目のビールを開ける。いやいや、さすがに二本目はまずいでしょう、なんて言えるわけもなく。

 

「で、お前らはあいつらのどこがいいんだ?」

 

シャルロットと目を合わせる。

 

「僕は、その、優しいところです。それに、一緒に歩んでいける、って思わせてくれたから、ですかね」

 

シャルロットの言葉を聞いて、なるほどと納得してしまう。

確かに巧は一夏や真理とは全然違うタイプだろう。いや、一夏と真理も正反対くらい違うと思うんだけど。それを言うなら、正反対、じゃなくて、遠い、かな。

巧は、なんていうかこう、地に足がついている気がする。鈍感じゃないみたいだし、いろんな意味で私達と、シャルロットと同じステージに立っていると思う。

 

「ま、確かにな。あいつは一夏のように能天気でもなければ、佐倉のようなタイプでもない。競争相手もいるだろうが、お前を警戒してても出せないみたいだしな。……なんでくっついていないんだ?」

「なっ!?べ、別にいいじゃないですか!まだ、そういう関係じゃないってだけで…」

「ははは、そうだな。だが不純異性交遊はバレないようにしろよ。世界に三人だけの操縦者だ。それがバレたら、私の仕事が増える」

 

もうっ、と憤慨するシャルロットを尻目に、織斑先生と私の目が合う。その眼はさっきまでのふざけた雰囲気じゃなく、少し真面目な視線だった。

 

「そして佐倉のことだが、正直、あいつのことは私にも読み切れん。学園であいつに一番詳しいのはお前と更識だろうな」

「そう、ですね。真理を好きになるなんてまた、随分な茨道を選んだもんですよ」

「だろうな。一夏の話じゃないが、強い弱いで測れば、あいつは確実に『強い』方だ。それも、単純な戦闘力は私を超えるだろうし、精神的な強さも尋常じゃない。あいつのIS適性がC以上ならばモンドグロッソ最年少優勝も夢じゃないくらいな」

 

でしょうね、としか言えなかった。真理は、以前言っていた。

今の自分には、目指すべき夢がない。だから、目指した人を超えるために、今を生きている、って。だから真理は稽古を怠らないし、強くなることに迷いがない。一心不乱に強くなる。

それに加えて、簡単に人を信頼することを良しとしないあの信条。

そもそも真理と仲良くなること自体が難易度A以上のクエストみたいなものだ。そこからさらに恋愛関係に持っていこうなど、もはや不可能としか言いようがない。

 

「実際に戦ったことのある身としても、真理さんの実力は凄まじいと思います。しかし、それは生身の話であって、ISに乗ればまた話は変わってくるのでは?」

 

セシリアが織斑先生に聞く。

確かに、真理の強さは生身でないと発揮できないものではあるが、仮に、その生身での力を十全に使えるISがあれば、それはもう歯止めが利かないほど強くなるのではないだろうか?

そして、真理が獲得したとも言うべき、あの黒いISのようなものは、まさにそれなのでは、という予測が頭の中で行われる。

 

「いや、あいつは必要な強さならば全て手に入れられる器を持っている。佐倉自身はあらゆる才能が無いと思っているようだが、それは違う」

「…真理が天才だとでも言いたいんですか?」

「それは違う。だからそう睨むな」

 

つい睨んでしまっていたようだ。真理の努力を蔑ろにしたように聞こえてしまったからだが、どうやらそれは違うらしい。

 

「あいつは天才ではない。が、自身の努力を受け入れる器に際限がないんだ」

「努力を受け入れる器?」

「そうだ。強くなるための努力、知識を吸収する努力。誰しもがそういった努力をする中で思う不安や心配、悩みを、あいつは全て許容する。努力する過程で捨てるものなど一切ないとでも言うように、な」

「………」

「そして、あいつの過去を鑑みれば、誰かを好きになる、誰かを自分の唯一無二にするといったことは難しいだろう。お前らも、一夏も澵井も含めてだが、家族に問題を抱えている」

 

言われてみればそうだ。普段の行動からは考えられないが、ここにいる全員が、家族に何かしらのコンプレックスを抱いている。

一夏と織斑先生は両親を失っているし、セシリアもそうだと聞いた。鈴の両親は私の親と一緒で離婚したらしいし、シャルロットと巧の親も、少し前まで大変な立場にあったらしい。ラウラに至っては、両親がいない。

真理も、言わずもがなだろう。

しかし、織斑先生が言いたいのは、さらにその先だった。

 

「佐倉が抱えている過去は、見る者によっては大したことがないと言われてしまうかもしれない。私や一夏のように物心ついたころに親がいないというのは、これ以上なく生きづらいものだし、篠ノ之は姉が特異過ぎる故の苦労を負ってきただろう。オルコットや凰、ハミルトンのように親がいなくなる経験もまた耐え難いもので、ラウラのように、そもそも生まれが特殊ならば成長するにつれて疑問が浮かんだり精神的につらい時期が来るだろう」

 

確かに、私も親が離婚したとき、というより、正確には離婚した後だが、後悔したりしてナタル姉やイーリ姉の家に入り浸ったものだが、それでも真理の過去が大したことないなんてことは無い。

 

「だが、あいつが経験してきたものは、私達には理解できないものだ。私達は両親の喪失とそれに付随する悲しみや生きていく上での苦労ならば理解できる。そういう意味ではデュノアと澵井が一番佐倉に一番近いが、それでもあいつの苦しみとはまた別だ」

「………」

 

誰もが、口を閉じて織斑先生のお言葉を聞く。

そもそもこれって恋愛の話じゃなかったっけ、などといえる雰囲気ではなくなっていた。きっと織斑先生は酔うと饒舌になるタイプなのだろう。

 

「あいつは典型的な女尊男卑の被害者だ。血のつながった家族がいながらも、同じ家で暮らしながらも、幼少期から奴隷のように扱われ、果ては物のように売られる。現代の風潮の被害者でありながら、その風潮に逆らう特異性を見出されてしまった。それがどれだけ辛いものなのかは、想像するだけでもゾッとするよ」

 

もし、もしも自分が真理の立場だったら。

そんな地獄ともいえる、いや実際に生き地獄だろう場所で、自分を失うことなく生きていけるだろうか。

 

「佐倉は、誰よりも戦うことに関しての才能を持っている。本人は無自覚だろうが、天才とはまた別の才能を持っているんだ。そして、戦うということは何も誰かとぶつかり合うことだけじゃない。あいつは、自分の運命と戦っている」

「運命?」

「そうだな、人生と言い換えてもいい。要するに、あいつにとって生きることが戦いであり、戦いこそが生きる道なんだ。人と競い合うことでもなく、誰かと争うことでもなく、ただ歩くことすらも、戦いなんだ」

 

織斑先生は、そこでぐい、と缶ビールを傾けた。

そんな織斑先生を見て、疑問が湧く。すなわち、『なぜこんなにも、真理のことを気にするのか』だ。

私が見た限りじゃ、織斑先生と真理の関わりって、あの試合くらいしかない。アリーナを生身でボコボコにしたあの試合。あれ以上の関わりなんて無いように思えるが、なぜこんなにも、あえて言うなら、自分の弟である一夏の話を差し置いてでも真理の話をしているのかが、不思議でしょうがなかった。

 

「まあ、それはお前らも変わらないがな。…さて、そろそろ一夏が戻ってくる。お前らも戻っていいぞ」

 

私たちがここにきてから、というか一夏達を追い出してからもうすぐ一時間だ。いくら風呂好きでもさすがに戻ってくるだろう。

慌てて自室に戻る為に立ち上がる皆を尻目に、私は、ビールを飲む織斑先生を見る。さっきの疑問が頭から離れないから。

皆が慌てて入り口に向かう中、私は聞いた。

 

「織斑先生」

「なんだ」

「なんで、そんなに真理のことを気にしているんですか?」

 

皆が部屋を出て、鈴が私を呼んでいたが、私はこの答えを聞くまでは出れない。出て行ってはいけない気がした。

しかして、織斑先生はこう答えた。

 

 

「……佐倉が被害者なら、私は加害者だからだ。…そら、もう行け」

 

 

追い出されるように部屋を後にする。

織斑先生が加害者?どういうことだろう。

 

「何してたのよ。とりあえず、もう戻るわよ」

「う、うん」

 

鈴に引っ張られて生徒用に割り当てられた部屋に向かって歩き出す。が、すぐに何かにぶつかる。

 

「あいたっ」

 

硬いけど、弾力があるそれの正体を確かめようと、一歩引いてみれば、目の前にいたのは真理だった。その後ろには一夏と巧がいる。この三人が一緒に歩いているのなんて、珍しいを通り越して事件じゃないの?

さっきまでの思考が全部吹き飛ぶくらい、衝撃的な画だった。

 

「何してんの?」

「むしろ真理がどうしたの?」

「こいつ、一人で海にいたんだぜ」

「…………」

 

後ろから真理の肩を掴んで巧が言う。なにそれ、その位置ずるくない?代われ。

そんな煩悩をよそに、真理は鬱陶しそうな顔をしながらも、何故かシャルロットを見てた。なんで?確かにここにいる人はみんな可愛いし、浴衣姿のシャルロットは超可愛いけど。見られてるシャルロットもちょっと困ってるじゃん。ほら、真理、見るなら私にしときなよ。

 

「…俺も風呂入ってくるわ」

「マジか。俺ももう一回行こうかな」

「気持ち悪いから来るな。じゃ、十時までは戻らないから」

 

そう言って真理は来た道を戻っていった。温泉に行くのだろう。

皆が不思議そうな顔をしている中、シャルロットだけが何かひらめいた顔をしていた。なんだ、二人で通じ合ってるんじゃないよ。と思ったが、すぐに真理の考えを理解した。

要するに、巧とシャルロットを二人にしてあげようてことなんだろう。多分、昼に追いかけっこしたときに逃がしてもらう条件か何かで言ったんだろうな。

 

「じゃあ、私たちも早く戻ろうか。一夏も織斑先生が呼んでたから早く戻ったほうがいいよ~。…巧、上手くやりなよ」

 

鈴の肩を押し、箒やセシリア、ラウラも無理くり部屋に連れ戻す。まあ巧狙いの子はここにはシャルロットしかいないから大丈夫だろう。皆(一夏以外)すぐに察したようで、シャルロットに小声で激励してから部屋に戻る。

 

「兄様は優しいな。何故普段から『ああ』しないのだろうか」

 

帰り道、ラウラが呟くように言う。

その問いに答えられるのは、私か更識先輩くらいのものだろう。

 

「真理は信頼こそ簡単にはしないけれど、基本的に人を助けずにはいられないんだよ」

 

本能、というか。

桜新町で育った影響故、というのは私達の知るところではないけれど。

なんだかんだ言いながら、人を助ける。誰かの助っ人になる。

自分のために戦うことが、誰かのためになってしまう。

それが真理で、そうでなければ真理じゃない。

 

「だから私は、真理が好きなんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

「えっと、じゃあ、部屋来るか?」

「うん!」

 

廊下に取り残された俺たちは、ひとまず部屋に入ることにした。真理と同室だけれど、あいつが風呂に行ったなら入れても大丈夫ということだろう。つーかなんで唐突に風呂に行ったんだ…?

 

「へぇ~。私たちの部屋とはちょっと違うんだね。それに凄い片付いてる」

「まぁ初日だしな。旅先の旅館であんまり散らかすと片付けも大変になるし、やっぱり人がいると汚くもできないよ」

「男の子でもそういうのはあるんだね」

 

そう言って、窓際というか縁側というか、とにかく襖で仕切られた位置に設けられた椅子に、机を挟んで座る。窓からは海が見え、月が反射して煌めいている。

まあそんなことよりもシャルの浴衣姿に目を奪われているのだが。

 

「あれ、この本なんだ?」

「アーサー王伝説、しかも英語?真理も読書家だねぇ」

「つーか臨海学校に持ってくるなよ…。そういえば、真理に頼まれてた和訳の確認は終わったのか?」

「うん。久しぶりに読んだけど、すっごい面白かったよ!真理の解釈の仕方とかも相まって、前読んだ時より面白かったかも」

「あいつは本当に何でもできるな」

 

いや、そんなこと話してる場合じゃない。

真理が帰ってくるまであと十五分くらい。多分、皆俺たちの関係を進めるために、無駄に気を使ったのだろう。その心遣いは嬉しいが、その積極性を自分たちの恋に使ってくれと思わなくもない。

そんな現実逃避もむなしく、やはり話は恋愛方向へと向かう。

俺だって一夏のように鈍感な訳じゃない。シャルの気持ちには、俺の自惚れじゃなければ気づいてる。そして、俺自身の気持ちも。

 

「巧はさ、どんな女の子が好き…?」

 

顔を赤らめて、俯き加減に聞いてくる。少しはだけた胸元から、陶磁器のような白い肌がのぞいていた。それは反則だろう。

普段三つ編みにしている髪を下ろしていることもあって、いつもは見られない艶やかさが出ていた。正直、今この娘に迫られたら、反射的に襲ってしまうかもしれない。そこまで理性を捨てているつもりはないけれども。

 

「……シャルは、どうなんだ?どんな奴が好きなんだ?」

 

逃げ。

一夏のように鈍感じゃないから、怖い。

思春期なんかとうにやり切ったように思っていたが、どうやらそうでもないらしい。俺は、シャルが俺のことを好きなんだと思っている。でも、それが勘違いだったら。思春期特有の、思い込みだったら。

そして、それ以上に、シャルを助けたのが、俺じゃなかったらという考えが、よぎるから。

あの場で最初にシャルを助けたいと叫んだのは一夏だ。シャルを助けるために最初に動いたのは真理だ。

俺は何もしていない。

あの後、一夏が真理の言葉を無視してシャルを助けるために動いていたら、きっと本当に助けられただろう。

真理が本気で動いていたなら、きっと俺よりも早くシャルを助けていたかもしれない。

あそこにいた三人にシャルを助けられるチャンスがあったし、それはきっと、シャルが好きになっていた可能性も全員にあるということなんだろう。

 

「あ、いや、やっぱいいや!それより…」

 

シャルの話を聞くのが怖くて、無理やり別の話に持っていく。ここで、俺以外の名前が出てくるのがたまらなく怖い。それを聞いてしまったら、今までの関係には戻れない気がして。

でも、シャルはそれを許してくれない。

 

「僕は、巧が好きだよ」

 

唐突だった。

 

「恋愛対象として、ずっと一緒にいたい思う相手として、巧のことが、好き」

 

いや、俺が話を振ったんだ。唐突なんかじゃない。

真剣な表情のシャルに、どう返していいかわからなくて、俯く。いや、ただ嬉しくて、照れてしまって、赤くなってるであろう顔を隠したいだけだ。

しかし、さっきの疑問が再度頭に浮かぶ。

 

「…それは、俺がシャルを助けたからじゃないのか?」

 

「え?」

 

俯いたまま、シャルの顔を見ずに問う。

 

「あの時。シャルを助けたのが一夏や真理だったなら。いや、俺じゃなかったほうが良かったのかもしれない」

「…巧」

「俺がやるより、もっとシャルにとっていい結果になったかもしれない」

「巧」

「シャルが好きになってくれたのは凄い嬉しい。でも、その好意を、素直に受け取っていいのか、わからないんだ」

 

自分でも、バカなことを言っているのはわかっている。人の好意を蔑ろにしていることも。

だけれど、やっぱり不安なんだ。

可能性があっただけに。

 

「巧。顔を上げて?」

「?…っ!?」

 

 

 

キスをされた。

 

 

「ぷはっ……巧。僕は、巧が好き。いろんな可能性があった『かもしれない』。でもそれは、過去の可能性なんだよ。いろんな分岐点があって、いろんな分かれ道があった。その中で、僕は、巧を好きになる道を選んだだけのことなんだよ」

「……」

 

キスをされたことによる衝撃から動けずにいる俺の横に移動してくるシャル。俺はシャルの動きを眼で追うのが精一杯だった。

 

「確かに巧に助けてもらったことが、巧を好きになった理由の一つだと思う。それでも、今まで、まだ短いけど一緒にいたことでもっと巧を好きになった。この気持ちは、今確かにここにあるものなんだよ」

 

隣で俺の手を握ってくる。

ああそうか。簡単なことだったんだ。

俺はバカだ。今、こんなに優しく、可憐で、俺のことを好きだと言ってくれる娘がいるんだ。

過去の可能性なんて、今はどうでもいいじゃないか。人の気持ちにとって一番大事なのは『今』だろう。

 

「巧。僕は、巧のことは好きだよ」

「シャル。俺も、シャルのことが好きだ。俺と付き合ってほしい」

「うんっ!」

 

椅子から立ち上がって、シャルを抱きしめる。

こんなこと、シャルと話す前だったら出来やしなかっただろうな。

 

「…あ」

「ん、どうした?」

 

身長差がある故に、俺の肩からかろうじて目を出しているシャルが、声を上げた。

 

「時間が…」

「あ、そうだったな。そろそろ真理も帰ってくるだろうし、シャルも戻ったほうがいいな。送っていこうか?」

「あはは、さすがに大丈夫だよ。じゃあ、また明日ね?」

「ああ。また明日」

 

せめて入り口まで送っていこうと、一緒に部屋を歩く。

正直、俺はこの時、浮かれていたのかもしれない。よく考えたら、初めての彼女だし、めっちゃ可愛いし、相思相愛だし。

だから、足をすくわれたのかもしれない。いや、正確には、『足を滑らせた』のだけれど。しかも、二人とも。

 

「きゃあっ!?」

「うお、っとぉおう!?」

 

シャルが、俺が寝る予定だった布団で足を滑らせた。俺はというと、シャルが後ろに倒れたから、咄嗟に支えようと手を伸ばし、そのせいで体重移動がうまくできずに右足を畳で滑らせた。

流石にシャルを下敷きにすることだけは避けようと、転んでいる最中にシャルと位置を変えるように回転する。

ギリギリでそれは成功したようで、背中に結構な衝撃がかかる。

 

「いっつぅ…。大丈夫か?」

「う、うん。ごめんね」

「大丈夫ならいいんだよ。ほら、真理が帰ってくる前に行かないと」

 

しかし、噂をすればなんとやら。いや、すでに十時を過ぎていたから、しょうがないと思うが、本当にタイミングが悪かった。珍しいことに。

 

「……」

 

ドアを開けた真理が、こっちを見て立っていた。何というか、ゴミを漁るカラスをみるような目でこっちを見ながら。

 

「あ、いや、違うんだ真理!」

「別に変なことをしてたわけじゃ…!」

 

慌てて弁解する。これが一夏やほかの女子だったら容赦なく、弁解の余地など与えられなかっただろうが、真理ならば…。と淡い期待をかける。

とうの真理はといえば、手に持っていたスマホをパパッといじると、こちらにレンズを向けて、数回、パシャパシャと音を立てた。写メを撮ったのだろう。

いやいや、冷静にそれを見てる場合じゃない。

 

「あ、あの、真理…?」

「お邪魔しました。発情期だったとはつゆ知らず、お前らを二人きりにした俺にも責任はあるからな。せめて、十一時までにはそのマウンティングとその他諸々を終わらせといてくれ。その間に俺は織斑先生に報告したり、ティナに伝えたりしてるから。大丈夫。この写メ見せて嘘偽りなく、しっかり伝えておくから。まあ、そのあと大人になった責務として質問攻めにあうだろうけど。じゃあ」

「ちょっと待ったぁ!」

「やめてぇえ!」

 

こうして、波乱の臨海学校初日は、月が上るとともに幕を下ろしたのだ。

 

 

父さん、母さん。可愛い彼女が出来ました。

 



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音の幕開けです。

臨海学校二日目。

今日は昨日と打って変わって、丸一日IS訓練に費やされる。専用機持ちと訓練機組に分かれて行われ、偽物ではあるものの、専用機を持っている俺は当然専用機持ち側で参加することになる。これについては、責任の一端どころかほぼ俺の責任なので、文句は無い。どころか、ここに来る前に先生が言っていた兵装の確認を出来るだけありがたいと思っている。『言霊』も使ったが、ほぼ勘で使用していたので今日は、バグなのか使用できない『龍槍』と思われる兵装以外の『言霊』『広域読心』『調律』を展開、起動して稼働データを取っていく。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

何故か遅刻したボーデヴィッヒに罰を与えてから、織斑先生の指示が飛ぶ。

総勢八人の専用機持ちが織斑先生に連れてこられた場所は、訓練機組からは見えない岩陰だった。まあ、専用機のすべてが各国の第三世代機だからな。見られてはマズイものもあるのだろう。しかし、それならば俺たちが同じ場所にいるのもまずいのではないだろうか。俺の場合はどこの国のISでもないから別に大丈夫だと思うけど。あのIS学園の設備でさえ解析不能だったのだから、ちょろっと見たくらいじゃ解析なんかできないだろうし。

そんなことより、専用機持ち、特に代表候補性達が少しだけ困惑している。いや、デュノアだけは澵井の横で口元が緩んでいるけど。

 

「先生。箒は専用機を持っていませんよね?」

 

そして、凰が全員の疑問を代弁した。

そう。専用機持ち組の中に、何故か専用機を持っていないはずの篠ノ之がいるのだ。朝からため息を吐いている織斑先生を見れば、何となく事情を察せられるが。

 

「いや、篠ノ之には今日から専用機が…」

 

そんな織斑先生の声を遮る叫び声が、後ろの崖の上から聞こえる。

 

「ちーちゃーーーん!」

 

その叫び声に全員が振り返ると、後ろの崖を垂直に駆け下りてくる人物が。垂直はヤバくねぇか。

その人物は青いエプロンドレスを身にまとい、頭には機械仕掛けのうさ耳を付けている。数年前、白騎士事件が起きた直後にテレビで見た、『篠ノ之束』その人だ。

今朝の織斑先生の状態と、天災篠ノ之束、そしてその妹で本来なら訓練機組の方にいるはずの篠ノ之箒。

それだけ条件がそろえば、誰にだって篠ノ之がここにいる理由がわかる。

 

「やあやあちーちゃん!会いたかったよ!さあ、今すぐハグハグしよう!すぐに愛を確かめ__ぶへっ!」

「うるさいぞ、束」

「うぐぐ、相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ!」

 

二人のやり取りに呆気を取られ、俺たち生徒は呆然とその再会劇を見ていた。しかし残念ながら、ここには二人ほど篠ノ之束の関係者がいた。

 

「やあ!」

「……どうも」

 

篠ノ之束はこちらに振り返ると、篠ノ之に声をかける。返す反応は随分とよそよそしかったが。うちとはまた違った確執が、篠ノ之家にもあるんだろう。姉が指名手配されているんだったらそれも当然か。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

拳が、天災の脳天を叩く。

 

「殴りますよ」

「殴ってから言ったぁ!箒ちゃんひどーい!」

 

…いい加減、どうにかしてくれんかね。そんな非難めいた視線を織斑先生に投げかける。篠ノ之束、めんどくさいから博士でいいか。博士の紹介をするにしろ、帰らせるにしろ、捕まえるにしろ、今現在、この場にいる人間に指示を出せるのは織斑先生だけだ。ならば早いとこ指示を出してほしい。

そんな俺の視線を受けた織斑先生は、午前中だというのに、数十回目のため息を吐いてから言った。

 

「束。自己紹介くらいはしろ。うちの生徒が困る」

「えぇ~、しょうがないなぁ。私が天才の束さんだよー、終わりぃ」

「まともに自己紹介もできんのか」

 

ダメだこりゃ。楯無先輩と違って、完全な天才タイプだ。自分の世界だけで、自身を成立させている天才。こういうのには関わらないのが一番。

しかしそれは織斑、篠ノ之を除いた俺らに限るが。

 

「それで、姉さん。頼んでおいたものは…」

「ふっふっふ、大空をご覧あれ!」

 

そんな彼女らのやり取りを見ながら、隣にいた澵井が小声で話しかけてくる。

 

「なぁ、なんで天災がここに来てんだ?何か知ってるか?」

「知らねぇよ。そもそも篠ノ之と大して関わってない俺より、お前らのが知ってるんじゃねぇの?」

「うーん。そうは言っても、俺も特別仲がいいってわけじゃないしな。シャルはなんか知ってるか?」

「え?うーん…あ、最近ちょっと思いつめた表情はしてたかな」

 

そもそも、篠ノ之って織斑以外と親しくしているところって見ないよな。あんま知らないけど。

 

「思いつめてる?なんで?」

「……だからか…」

 

織斑を狙い、今のところ最有力候補であるのは篠ノ之、オルコット、凰、ボーデヴィッヒの四人。篠ノ之がコンプレックスを抱える原因は、四人の中で篠ノ之だけが持たないものだ。

すなわち、『専用機』。

そして、姉がコンプレックスの原因の発明者ならば、どれだけ不仲でも、手に入れるために頼っても何ら不思議ではない。むしろ博士がここにいることに納得できてしまう。

そしてどうやら、俺の考察は当たっていたようで、空から巨大な八面体の物体が落ちてきて、砂浜に突き刺さり、次の瞬間、八面体が消え、中から赤いISが出てくる。なんなんだ、アニメか。物体が着地した際の暴風で、マフラーに砂が付着する。雰囲気に拘るのは良いけど周りに迷惑をかけるのはやめろ。天災じゃなくて人災だよ。

 

「これが箒ちゃん専用IS、『紅椿』!全スペックが現行ISを上回る束さんお手製のISだよ!」

 

もはや嫌な予感しかしない。あらゆる面で現行のISを上回っている最強の兵器を、たかが姉が凄いだけの女に与えるなよ。代表候補生でさえ、色恋沙汰で可笑しくなるのに、最初っからおかしい奴に与えたらどうなるかわかったもんじゃない。

 

「真理、どう思う?」

 

そんで、なんでこいつはすぐに俺に聞くんだ。

 

「…まぁ、良い方に転がる気はしねぇな」

 

どころか、確実に一回はマズイことが起こるだろうな。

少なくとも一度、最初のISである白騎士を発表するときにミサイルが撃ち込まれているんだ。その博士が作ったISともなれば、また同じようなことが起こる可能性は十分にある。

 

「さーて、紅椿はしっかり箒ちゃんに馴染んでるみたいだし、う~ん…」

 

俺たちが話している間にパーソナライズやフィッティングが終わったらしく、篠ノ之は上空に飛んでいた。二振の刀型の武器を持ち、試し切りと言わんばかりに振っている。驚くべきことに、その切っ先から斬撃やビームが出て、雲を吹き飛ばしていた。こっわ。

そんな篠ノ之の下。同じ篠ノ之でも、頭が良すぎて狂っている方の篠ノ之が、俺たちを見定めるように鋭い視線を向けてくる。

そして、俺と目が合った。合ってしまった。

 

「うん!お前でいいや。おい凡人、箒ちゃんと戦え。そのぶっ細工なISもどきでね」

「は?」

「ほら早くしろよ」

「おい束…!」

 

今分かった。こいつ、自分と親しい人間以外は同じ人間と思えないタイプの奴だわ。

だがしかし、そんな扱い、当の昔に受けすぎて慣れている。今更思うことなど何もない。

 

「別にいいっすよ。ただ、博士の新作ぶっ壊しても文句言わないでくださいね」

「あ?お前なんかに壊せる訳ないだろうが。殺すぞ」

 

博士の言葉を無視して、織斑先生と話す。

 

「先生、ついでにデータ取ってもらえますか?」

「あ、ああ。だが、いいのか?」

「大丈夫でしょう。それに、浮かれてるガキには現実を見せたほうが、後々やりやすいんじゃないですか?」

「…そうだな。では頼んだ。だが、無理はするなよ」

「はい」

 

そして、四音を展開する。

袴型のスカートアーマーに、五指が出ている籠手。鎧のようなブーツに、今は倒れている猫耳のような突起。そのどれもが黒く、唯一色がついているのはマフラーのオレンジ位だろう。

 

「ショートカット、槍」

 

言霊で槍を出す。アーマーと同じ黒い槍を持って、空を蹴って上空にいる篠ノ之と同じ高さにたどり着く。

 

「佐倉、お前と戦うのは初めてだな」

「んー、そうだな」

「お前は確かに強いが、この紅椿と私に勝てると思うなよ」

「そういうのどうでもいいから。お前から動いていいぞ」

「っ…舐めているのも今のうちだ!」

 

二刀を持って、突撃してくるが、普段二刀流の訓練もしていないのであろう。動きが緩慢だ。

先ほど見た、飛ぶ斬撃やビームも直線にしか進まないようで、回避も非常に楽だ。この分だと身一つで勝ててしまいそうだ。

でも、この勝負は四音のデータ取りも兼ねている。まあ、動くサンドバックを相手にしていると思おう。まずは…。

 

「?」

「どうした!反撃してこれないのか!?」

 

篠ノ之の言葉は無視する。

それよりも、何故か言霊以外の武装が起動しない。なんでだ?

考えられるのは、発動するのに条件があること。もしくは、ワンオフのように使用するほどの稼働時間、経験がたりていない。あとは…

 

「?何故武器をしまう?」

「ああ、気にするな。お前には関係ないから」

「っ!」

 

今まで戦った、まあ織斑しかいないけど、ISとは比べ物にならないほどの速さで攻撃してくるが、全て最小限の動きで回避していく。

それより、おそらく四音の武装は二つ以上同時展開ができない。桜新町のあの人たちのように、持てる能力は一つずつ。それをISという力を使って、たった一人で扱えるようにしているのだ。同時展開などできなくて当然だろう。

そして、さっきまで展開していた槍をしまうことで気づいたのだが、言霊で出した武器は、解除した時点でストレージに戻るようだ。つまり、ほぼ無限に武器を生み出せることになる。

 

「くっ!舐めるなぁ!」

 

篠ノ之の渾身の突きを回避して、左手の刀を救い上げるように奪い取る。

 

「…調律」

 

本来、自分以外のISの武器は、持ち主が使用承諾して、登録しなければ他人が使えないようになっている。銃であれば打てなかったり、織斑のような刀であれば、あの特殊機構が動かなかったり。

しかし、『調律』はそれらの使用承諾など無関係に人の武器が使えるようになる。

秋名さんの調律は、次元を超えるためのものだが、四音の調律は、セキュリティを超えるもののようだ。要するに、武器の使用権を乗っ取り、奪い取るものなのだ。本家の調律風に言うなら、四音に他者の武器を合わせるもの、だ。

しかし、本家同様、使用には代償が生じるようで、一撃も被弾していないのに、シールドエネルギーが減っている。しかも、相手の武器、しかも遠距離武器か特殊機構吐きの武器等がなければ意味がない。まあIS戦闘において、ほぼ確実に武器が使用されるからそこは不安に思う必要は無いが。

 

「ふむ。こう、か」

 

篠ノ之から奪い取った剣を振り、エネルギーを飛ばす。うっわ、これエネルギーガンガン削られるやんけ。いらねぇー。

 

「貴様…っ!それを返せ!」

「ほらよ」

「っ!?」

 

瞬時加速と同様か、それよりも早い速度で突っ込んでくる篠ノ之に剣を投げつける。当然反応しきれずに自分の武器でシールドエネルギーを削ることになっている。

 

「ぐっ!」

 

こちらを睨む篠ノ之を冷めた目で眺めていると、織斑先生から通信が入る。

 

『おい、試合は中止だ。一度降りてこい』

「なっ、勝負はまだ…!」

『緊急事態だ。早くしろ』

「了解」

 

篠ノ之がキッと一睨みしてから降りていくのを見てから、俺も降下する。ほぼ自然落下だが、途中壁を蹴るように、何度か足をついて減速し、砂浜に降り立つ。

 

「緊急事態だ。移動するぞ」

 

いつの間にか来ていた山田先生と、逆に消えている博士の存在を無視して、訓練機で稼働訓練をしている人たちの方へと速足で移動する。

 

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼動は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機する事。以上だ!」

 

その言葉にほぼ全員がざわつくが、

 

「さっさと戻れ!以後、許可なく室外に出たものは拘束する!いいな!」

 

という言葉に、見事に統率された動きを持って、片付けを開始し旅館へと戻っていく。この人、すげぇ…。

 

「専用機持ちのお前らにはやってもらいたいことがある。私についてこい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅館の一室。大型のモニターや、ハイスペックそうなパソコン。どうやら学園から持ち込んだ機材をここで広げているようだ。教員が数人で動かしているし、なにより、足元に広げられた空中投影型のモニターを使うために、暗くされている部屋が、事態の重要性を引き上げているように感じられる。

 

「約二時間前、米国本土からハワイに向けて試験飛行中だったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型軍用IS《銀の福音シルバリオ・ゴスペル》が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

その説明を聞いただけで、もう嫌気がさしてきた。軍用ISとかアメリカ・イスラエルの共同開発とか、暴走とか、すでに情報規制だけで楯無先輩と布仏先輩が過労死しそうなんだけど。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから2キロ先の上空を通過することが分かった。時間にしておよそ五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

二キロ先、ねぇ。アメリカからハワイに向けて移動していたのが、なぜこの近辺を通るのか。

 

「教員は学園の訓練機を用いて空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう。 それでは作戦会議を始める。意見のある者は挙手するように」

「はい」

 

俺が考えている間にも会議は進む。最初に手を上げたのはオルコットだ。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

「よかろう。ただし、これらは二カ国の最重要軍事機密だ。決して口外するな。情報漏洩が認められた場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

「了解しました」

 

俺たちの目前に広げられた投影型ディスプレイに、目標のデータが表示される。

ISの名称は銀の福音。広域殲滅を目的とした特殊射撃型の機体で、全方位への攻撃が可能。全方位の攻撃といえば、凰の龍砲もだが、連射性能が段違いのようだ。

 

「この特殊武装が曲者って感じはするね」

「攻撃と機動の両方に特化した機体・・・・厄介だわ」

「いずれにせよこのデータでは格闘性能が未知数だ。偵察は行えないのですか?」

 

代表候補生たちが話を進めていくが、織斑や篠ノ之はついていけていない。澵井は膨大な情報を精査しているようで、話こそしていないが、状況についていけてはいる。俺自身も、まあ、ついていけてるとは思う。頭のどこかで俺には関係ないと思っているからかもしれないが。

 

「多分無理だろう。超音速で移動している物体へのアプローチは一回が限度。偵察を行っている間に、俺たちが追い付けなくなる。ですよね?」

「ああ。澵井の言う通りだ」

 

その問答で、全員に同じことが思いついたのであろう。織斑に視線が集まる。

 

「…え?」

 

織斑の単一能力、零落白夜なら、確かに一撃必殺で撃ち落とせるだろう。何せ、当たれば強制的に絶対防御を発動させるのだから。

しかし、その作戦には問題があるだろう。

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

「それしかありませんわね。ですが問題は――」

「どうやって一夏をそこまで運ぶか、だね。エネルギーは全部攻撃に使わないといけないから、肝心の移動をどうするか」

「しかも目標に追いつける速度が出せるISでなければいけない」

「超高感度ハイパーセンサーも必要だな」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!お、俺が行くのか!?」

 

全員そろって「当然」と答える。

 

「織斑。これは訓練ではなく実戦だ。もし覚悟が無いなら無理強いはしない」

 

織斑先生すら、無理強いはしないと言っている言葉の中に、多少なり期待がこもっているような気がする。

しかし、ならばその覚悟について、もっと具体的に語るべきだろう。

だが、そんなことには気づかずに、織斑が答える。覚悟を見せる。どこまで深読みしているかは、わからないが。

 

「…やります!俺が、やってみせます」

「よし。では、具体的な作戦内容に入る。現在、この専用機持ちの中で最高速度が出せる機体はどれだ?」

 

オルコットが挙手。

オルコットの機体であるブルー・ティアーズには、現在イギリスから強襲用高機動パッケージの『ストライク・ガンナー』が送られてきているらしい。訓練時間も二十時間以上と、この中では適任者であるといえる。

 

「一応、外した時の為と、ここに向かってきたときのために、保険と拠点防衛組に分かれたほうがいいだろうな」

「では私と兄様、鈴で拠点防衛組を務めよう。私と鈴の機体では超音速にはついていけないし、兄様の機体も長距離移動は無理だろう」

「そうね」

「異議なし」

 

とんとん拍子で会議が進んでいく中、篠ノ之だけが一言もしゃべらない。喋れない、のだろう。だが、そんな彼女を擁護するように、天災は現れた。本当に厄介なことしかしないクソ兎だな。

天井から現れた博士は、作戦の最終決定を下そうとしたタイミングで振ってきた。

 

「ちょっと待ったー!その作戦はちょっと待ったなんだよ~」

「…何だ。邪魔をするな」

「まあまあ。そんなことより、今の作戦よりいい作戦が私の頭にナウ・プリーティング!」

 

しかし、この博士のことだ。織斑、篠ノ之以外のことをそこらに転がっている犬のクソ程度にしか思っていない為に、俺らに自爆してこいとでも言うのかもしれない。絶対に嫌だな。

 

「ここは断・然!紅椿の出番なんだよ!」

「なに?」

 

どうやら自爆攻撃ではなかった。だがそれよりも成功確率の低そうな作戦だ。天災らしからぬ、頭の悪そうな作戦だが、多分この人、人の心がわからないんだ。いや、俺もわかるわけではないけど、それ以上に人の感情を理解していない。感情が、人の行動にどのくらい影響を与えるのか、もっと言えば、どれだけパフォーマンス力を低下させるのかを全く理解していないのだ。

天災であれば、感情に左右されることもないのだろうが、凡人の俺たちは感情によって実力が左右される。

だから、浮かれている篠ノ之が、いくら最新鋭の最強兵器を持っていようとも、その性能を生かせないのであれば、この作戦に、しかも要に入れるべきではない。

筈なのだが。

 

「ほら、パッケージなんかなくても、展開装甲を調整すれば…ホラね!」

 

その後の博士の説明によると展開装甲とは、パッケージを必要とせずに、局面に合わせた性能を発揮できるものらしい。具体的には織斑の零落白夜がそうだ。しかし、織斑のISに装備されている展開装甲が一つに対し、紅椿は全身に装備されているようだ。

何という宝の持ち腐れ。

それに、IS開発をしている科学者たちが知ったら膝から崩れ落ち、灰になることだろう。

 

「…調整にはどれくらいの時間がかかる?」

「七分あれば余裕だねっ!」

「篠ノ之。やれるか?」

 

織斑先生が聞く。

その問いに、命がかかっている作戦だというのに、篠ノ之は笑って答えた。

 

「は、はいっ!」

「よし。では本作戦では織斑・篠ノ之の両名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三〇分後。各員、ただちに準備にかかれ」

 

何か言いたげなオルコットを無視して、作戦会議は終了する。

だが、これでは失敗する可能性のが高いままだ。いくら第四世代機が一機あっても、それを扱うのは初心者だ。せめて代表候補性が一人は連れて行ってほしい。

代表候補生達が不安そうな眼で篠ノ之を見て部屋を去っていく。そんな中、俺はと言うと、博士がいなくなるを見計らっていた。

織斑たちが失敗すれば、接近する経路を逆算されてこちらに敵機が向かってくる可能性がある。そうなった場合、一番被害にあうのは、専用機を持っていない人だ。

つまり、ティナが殺される可能性もある、ということだ。

それだけはごめんだ。

織斑が死のうが、篠ノ之が死のうが知ったことではないが、ティナが死ぬことは許容できない。それほどまでに、ティナは俺の生活に欠かせない存在になってきている。

桜新町と、ティナと楯無先輩。この三つで、今の俺は成り立っていると思う。

そして、調整のために篠ノ之姉妹と織斑が部屋から出ていく。残ったのは、俺と織斑先生、後はなぜか澵井の三人。

 

「先生。作戦に僅かながら変更をお願いします」

「…言ってみろ」

「博士には内密に、織斑、篠ノ之両名の後に二人、専用機持ちの出撃を希望します」

「何故、とは聞かん。後発の二名は誰だ?」

「オルコットとデュノアを推薦します」

「ふむ…」

 

オルコットのパッケージの量子変換が終わってしまえば、出撃してからでも戦闘中には間に合うだろう。そして、デュノアの安定性があれば、四人より後に出ても耐えてくれそうではある。さらに情報収集能力にも優れている遠距離系のオルコットがいれば、安定感は増すのではないだろうか。

そう思っての立案だったが、それは澵井に却下されてしまう。

 

「いや、その後発組は俺と真理、お前でやった方がいい」

「…そうだな。澵井、お前の機体に高機動パッケージは?」

「ついていませんが、鷹修羅は一つの機能を抑える代わりに、別の機能を高めることができます。紅椿や福音ほどではないにしろ、高機動は可能です」

「よし。なら…」

「ちょ、ちょっと待ってください。なんで俺なんです?安定性と情報収集能力に長けたデュノアとオルコットの方が…」

「その二つならお前も持っているだろう」

「確かに持っていますが、二人よりISに関する知識が欠けています」

 

今更自分の能力を過小評価しても意味がないから正直に答えるが、それにしても、俺よりあの二人のほうがいい。

 

「その点は俺がカバーするから大丈夫だ。何より、さっき見せた調律?があれば、もしかしたら暴走を止められるかもしれないだろ?」

 

そうか、その考えは無かった。しかし多分、それは無理だ。

 

「調律で使用権を奪えるのは武器だけだ。ISを乗っ取ろうとすれば、エネルギーが切れるだけで、奪えはしないと思う」

「それを抜きにしても、お前の機動力は狭い範囲ならば、専用機持ちでも随一だ。それに、発案者はお前だろう?」

 

それを言われると弱い。自分だけ安全地にいて、他人を危険地帯に放り込むのは流石に気が引ける。しかも、自分が行っても同じ結果を出せるのならば尚更だ。

 

「…了解しました。織斑たちが出撃した五分後、俺たちも出撃します」

「ああ。織斑たちが接敵し、二人で倒せないとお前らが判断した場合、もしくは二人のうちどちらかが戦闘不能になった場合に行動を開始。その後は現場各自の判断で動いてくれ。だがお前らの役目は福音の足止めと情報収集だ。それだけは忘れるなよ」

「「はい」」

 

こうして、俺たちの作戦会議は終了した。

澵井とともに部屋を出ると、専用機持ち達も部屋に戻ったのか、廊下には人気がなかった。

 

「お前が自分から面倒ごとに首を突っ込むのは珍しいな」

「ああ、自分でもそう思うよ」

「しっかし、なんで後発組が二人なんだ?」

「今回の作戦、先発二人は確実に失敗する。浮かれた篠ノ之は当然、織斑も覚悟が足りていない」

「覚悟?」

「福音は無人機じゃない。零落白夜を全力で叩き込めば中の人間ごと真っ二つだ。接敵したときに気づくだろうから、戦闘は恐らく長引く。燃費の悪いあの二機じゃあ長期戦は無理だ」

「だろうな」

「なら、大事なのはその後。可能な限り戦闘区域を維持し、福音の戦闘データを集めなければならない。そして、増援が来るまで耐えつつ、増援が来てからも戦闘を続行する。専用機持ちは俺たち含めて八人。織斑たちも補給してから増援に来ると考えれば、戦線維持に割ける人数は二、三人。三人でもよかったが、増援組が多い方が、作戦の幅も広がるし、何より、コンビの方が連携を取りやすいだろう」

 

コンビなら、学年トーナメントでやっているし。

俺の考えを澵井に全部伝えると、納得してくれたようで、うんうんと頷いている。しかし、俺のことを言うのなら、こいつだって態々自分から危険地帯に飛び込もうとしている。飛んで火にいる夏の虫、だ。

 

「ふーん。元一般人とは思えないな」

「まあ、国家代表にいろいろ教わったからな。一般人じゃあ、もうやっていけないのかもしれないし…」

 

一般人のままでは、この先を生きていけない世界に、俺は来てしまっている。男子二人のような後ろ盾がない以上、自分の身は自分で守らなければならない。それに加え、信頼している人間だってできてしまった。であればやはり、元一般人にならなければいけない、のかもしれない。

 

「そっか…」

「ま、運が悪かったんだよ、俺は」

 

そう。生まれた時から運が悪かった。だからこの程度、なんともない。

そして、30分後。

作戦が開始された。

悪夢が、来た。

 

 

 

 

 

 



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阿修羅は音と踊ります。

巧side

 

作戦会議の最中、提示されている資料から、俺はその暴走した機体の危険さに戦慄していた。会社でISの製造部門に行ったりしていた分、ここにいる専用機持ちの中では一番、この作戦の危険度を理解しているつもりだった。

セシリアが、鈴が、シャルロットが、ラウラが中心となって会議は進んでいき、傍から見れば俺たち男子と箒だけが取り残されるように見えただろう。しかし、実際に取り残されていたのは一夏と箒だけで、俺と真理はにたような考えを持っていた。

会議が終了するころになって現れた篠ノ之博士。その博士が提示した作戦は、天災が考えたものにしてはあまりにお粗末なものだった。それは天災故の自信だったのかもしれないが、俺たち凡人からすれば不安しかない作戦で、要になる一夏と箒に至ってはIS初心者で、正直に言ってしまえばこの中で一番弱い二人だ。そんな二人が、代表候補生でも倒せるか怪しい敵に、新型ISを用いたところで勝てる筈もない。

だから、言っても聞かなそうな天災博士が退室した後に織斑先生に作戦の変更、もしくは増援の提案をしようと思っていたのだが、真理に先に提案されてしまっていた。

その案は、俺が考えているよりも現実に則しているものだった。

中・遠距離の機体を操るシャルとセシリアを後発として、敵機体のデータの収集と戦線維持を行わせる。代表候補生の中でも、その二つの役割をこなすにはうってつけの人材だろう。

しかし、だ

 

「いや、その後発組は俺と真理、お前でやった方がいい」

 

それは同時に、危険な任務でもある。戦線維持に努めなくてはいけない分、一夏達よりも危険だ。

そんな任務に、彼女を行かせたくない。

だから俺は、真理を危険に巻き込んだ。

こんな事態に、私情を挟んではいけないことくらいわかってる。真理が提案した案の方が、福音を落とせる可能性が高いってことも。

それでも、自分の彼女を危険な目に晒すのは、嫌だった。

 

それに気づいたのは、出撃した後だった。いや、ただ目を反らしていただけだ。

そんな俺の我儘のせいで、俺たちは真理を失った。

 

 

 

 

 

Side out

 

 

 

織斑と篠ノ之が、織斑先生と博士に見送られて出撃した後、博士がいなくなったのを見計らって澵井の背に乗る形で俺たちも出撃した。篠ノ之の専用機『紅椿』は、流石世界初の第四世代機、しかも篠ノ之博士が作成しただけあって、その加速スピードは尋常ではなかった。花月荘を出て五分後には、すでに接敵し、戦闘が始まっていた。

つまり、俺たちが出撃したときには当初の、一撃必殺の作戦は失敗していたのだった。

しかしそこは流石第四世代機とでも言うべきか、IS初心者である篠ノ之が操縦しているにも関わらず、軍用ISと互角に渡り合っていた。

だが、それも時間の問題だった。

 

「あと二キロで戦域に入る!準備はいいか!?」

「あたりめーだ。つーか、こっからは俺らであれを相手にすんだぞ。気合い入れろよ」

「は」

「…なんだよ」

「いや、真理にそんな事言われるとはな、ってな。…そろそろ接敵だ。俺は一夏と箒を下がらせるから、その間、福音の相手は頼むぞ」

「りょーかい」

 

言霊を使って槍を呼び出す。

澵井のハイパーセンサーに映った情報では、福音の主武装は背中に装備された両翼から放たれるエネルギー弾らしい。それを回避、もしくは迎撃しながら戦線維持をするには、無限に替えの利く言霊が最適だと思ったのだ。

にしても、浮かれている篠ノ之が澵井の話だけで引き下がるだろうか。考えるまでもなく、下がらないだろうな。それどころか、チームプレーを無視して一人で突貫していきそうだ。そうなったとき、一番良いのは篠ノ之一人で福音を倒せること。しかしこれはほぼ無いと言っていいだろう。次善は、篠ノ之を男三人でフォローすることで倒すこと。これはまあ、無くはないが、確実に途中で織斑がエネルギー切れで落ちる。それまでに倒せなければ後はドミノ式に潰される。

だからこそ、何が何でも篠ノ之には下がってもらいたい。あいつはいないほうが全体の生存率が上がる。現状ではそういう存在だ。

なら、俺がやらなくてはいけないことは、澵井が篠ノ之を説得するために十分な時間を稼ぐこと。

 

「いくぞ!」

 

戦闘が開始する。

そして。

一人、墜ちた。

 

 

 

「は?」

 

間抜けな声が漏れる。

視界に映っているのは、ボロボロの装甲から煙と破片をまき散らしながら落ちていく織斑と、それを追いかけて抱きかかえる篠ノ之。

二人の背後の海には、小さな漁船のような影が見える。恐らく、あれを庇ったのだろう。

戦域の封鎖をしている先生どもは一体何をしているのか。

しかし今はそんなことを気にしている場合じゃあない。戦闘は続いている。

 

「澵井!二人の保護と織斑先生に連絡!」

「分かってる!」

 

澵井の背から飛び出して、福音に突っ込む。俺の役目は福音を落とすことではない。であれば、態々近づく必要はないのだが、織斑が落とされ、篠ノ之と含めて回避できない状態であれば、福音の攻撃対象を俺に集めなくてはならない。一応澵井もついているから大丈夫だとは思うが、可能な限り流れ弾を出さないようにしなくては。

 

「一夏ぁ!一夏ぁっ!」

「箒!一夏を連れて戻れ!あれの相手は俺たちがする!」

「一夏…!私のせいで…一夏ぁ…!」

「くそっ…!織斑先生!」

 

澵井の声が遠くなるのを感じつつ、数発のエネルギー弾を弾きながら福音に迫る。俺が出せる最高速度とはいえ、相手はIS。しかも軍用という学園ではつけているはずのリミッターを解除している代物で、主武装は遠距離だ。相手が悪いにもほどがあった。

 

『何があった!?』

「封鎖してるはずの海域に漁船が入ってます!」

『何だと!?』

「それを庇って一夏が落とされました!篠ノ之は放心状態で…」

『佐倉はどうしてる』

「今は一人で福音の相手をしています。だから早く援護に行きたいのですが…!」

『分かった。お前は援護に行け。篠ノ之はこちらからの通信でどうにかしてみる』

「了解!」

 

オープンチャネルで話しているのか、二人の会話がこっちまで聞こえるが、それは下策だ。

 

「ダメだ。もし二人が再起不能になったら、次の出撃する奴らの不安を煽ることになる。澵井はそのまま二人の護衛。篠ノ之が復活したら援護でいい」

「でも、それだと真理が!」

「今は大丈夫だ。…ふっ!」

 

高速移動する福音を追いながら、バラまかれるエネルギー弾を弾き、言霊で武器を呼び出す。

大丈夫とは言ったけど、先のことを考えると今のペースはマズイ。

四音にはスラスターがついていない。つまり、他の ISより体力の消耗が激しい。まあそれ故に、適性Dの俺がスムーズに動かせているのだが。

しかし、それがどういうことかというと、今の全力で動くペースは一時間が限度だろう。それも、途中から澵井の援護があって、だ。このまま、澵井が来なければもっと早く限界が来る。

 

「チッ!おい箒!」

「……一夏…」

「篠ノ之箒!一夏を助けたいなら話を聞け!」

「ッ!?」

 

壊れては作り、弾いては近づき、全力の移動と、度重なる言霊の使用で喉はカラッカラだ。それでも、なんとか食らいつき、全身装甲の、フルフェイスのヘルメットのような頭部の奥に人影を見た。一瞬だったが、あれが搭乗者なのだろう。目を瞑り、無理な機動のせいか気絶しているようだった。

 

「一夏を連れて花月荘に戻れ。ここにいても邪魔なだけだ。戻ったら先生たちの指示に従うこと。戦闘データは織斑先生に渡せ。いいな」

「あ、ああ…」

「よし。二人の安全が確保される場所までは護衛してやるから行くぞ」

 

視界の端に、徐々に離れていく三人を捉える。戦域は福音を中心に十キロほどを目安にしている。つまり、あいつらを早々に戦線離脱させるためには、俺が福音を遠ざければいいのだ。

 

「ハァッ!」

 

四方八方から迫りくるエネルギー弾を、身体を回転させながら薙ぎ払う。砕け散った槍の代わりに、言霊で刀を呼び出して空を駆ける。

しかし、あれだけの弾幕を張りながら、あの無茶な高速機動を行えるって、どんだけエネルギーあんだよ。こっちは自前の体力しかねぇってのに。ある程度の体力の消耗は四音が軽減してくれてるとはいえ、結局は人対機械のようなものだ。体力が切れる前に集中力が切れればその時点で負ける。

躱した弾が旋回して後ろから来るが、空を蹴って背後を一閃。その勢いでさらに半回転して、福音に迫る。だが、やはり遠い。

遠距離武装さえあれば、直接攻撃して警戒させるくらいできるかもしれないのに。

 

「…!」

 

そうか、無いなら作ればいい。

本来の言霊の使い方は、むしろそっちだ。

となると、ことはさん程のミリオタじゃない俺には情報が必要だ。

 

「そもそも、何を出せばいいんだ…?」

 

銃には全く明るくない俺だ。こんなことならことはさんが浮かれた時にする話をもっと真面目に聞いとくんだった。

 

「うおっ」

 

福音が上空からバラまく、雨のようなエネルギー弾を搔い潜り、時に落下する時に加わる強烈なGに耐えて直撃だけは回避する。くっそ、遠距離武装がどうの以前に、あの無限に思えるエネルギーと、それを吐き出す翼をどうにかしないと。どうやら武装はあれだけのようだし、エネルギー弾も躱せない量じゃない。

問題はあのスピードだ。

 

「真理!」

 

そう思っていたところで、澵井がやってくる。

 

「おせぇよ」

「すまん。でも、無事でよかった」

「あたりめーだろ。それより、俺じゃあれに追いつけねぇ」

 

もっと四音に乗り慣れていればどうにかなったかもしれないが、今の俺じゃあれには追い付けない。まあ邪魔さえなければ超音速で飛べるような機体だ。人の身で追いつけたら苦労はない。

 

「だろうな…。まあ俺が追い付けるかって聞かれりゃ、微妙なところだが」

「いや、あれに追いつけないのは俺に遠距離武装がないからだ。福音の動きを阻害できるような牽制さえあれば格闘戦に持ち込める」

「じゃあ…」

 

そう言ったところで、俺と澵井の間に光の弾が撃ち込まれる。

しかし作戦は整った。

アイコンタクトだけで頷き合い、俺が突貫し、その後ろで澵井のISの腕が増える。…増える?澵井の肩から生えている腕が、二本増えていた。

 

「なんだそりゃ…」

 

恐らく第三世代兵器なのだろうが、あれは断トツで使いにくそうだ。

腕に限らず、本来存在しない部位を動かすのはかなり難しいはず。しかも日常的に使っている腕とくれば、命令系統がこんがらがって、動かしたい腕を動かせない、なんて事態もあるだろう。

そんな考えは的外れだったようで、澵井は四本の腕を動かし、福音の退路を塞ぐように牽制している。

 

「真理!」

「分かってる!」

 

福音の動きが止まる一瞬を見極めて、間合いを詰める。

 

「ショートカット…」

 

やはり、攻守を同時に行うのは難しいのか、先ほどよりかなり遅い。

 

「槍」

 

福音の左肩から脇腹にかけて、袈裟懸けに斬る。躱されこそしたが、シールドエネルギーは削れたはず。態勢を崩した福音に、畳みかけるように槍を振るい、蹴り飛ばす。

しかし、今後はもう簡単にはいかないだろう。

ISに意思があるということは、人工知能のように、経験を積むことで進化していくのだろう。つまり、先ほどの連携も知識として学ばれ、対策を取られる。人間ではない分、その対策も適切で、確実に対処される。

ならどうするか。

 

「お前が送ったデータってどれくらいだ?」

「……一時間、はかかるだろうな。戦闘が始まってからのデータは五分ごとに送るようにしてるけど」

「そうか」

 

澵井が言うには、織斑先生の元に送ったデータで、福音を倒すための作戦立案するには一時間はかかるらしい。さらにそこからここまで到着する時間を含めれば、二時間はここで戦わなくてはいけない。しかも、俺のISに比べて通常のISである澵井の専用機は、エネルギー切れが早い。

とすると、俺たちだけで福音を停止させることも考えたほうがいいかもしれないな。

方法は三つ。

シールドエネルギーを削り切るか、操縦者を引きずり出すか、操縦者ごと破壊するか。

とりあえず三つめは最後の手段だ。いくら暴走している機体を止めるためとはいえ、企業所属か国家代表のどちらかであるはずの人間を殺せば問題になるだろう。その下手人が後ろ盾のない男性操縦者となればなおさらだ。

であるならば、残りの二つ。

だがどちらもかなり難しい。せめてあと一組専用機持ちのコンビがいてくれればどうにかなるかもしれないが、いや、いたとしても難しいだろうな。

 

「おい真理!」

 

どうやって福音を停止させるかを考えていた俺は、戦場においてやってはいけないミスを犯した。

 

「あ?…っづぅ!」

 

澵井の声に反応して前を見てみれば、目の前に光の塊が迫っていた。

反射で回避は不可能と悟り、それでも被弾する箇所をずらそうと身を捩る。そうして被弾した左肩は、骨折したような痛みと熱を持ち、槍を持つことすらままならない。

 

「大丈夫か!?」

「っ…ああ。それより、今ので方針を決めた」

「?どういうことだ」

「操縦者を引きずり出す。福音は全身装甲だけど、装甲自体はそこまで厚いわけじゃない。中の奴もISスーツは着てるみたいだし、装甲を切り抜いて引っ張り出す」

「…俺は何をすればいい?」

 

片手で持てる刀を言霊で創造し、今だ降り注ぐエネルギー弾の雨を躱しつつ、シークレットチャネルで澵井に説明する。

 

「さっきとは別の手段で、さっきより福音を止めてくれ。できるか?」

「難しいな…。でも、やってやるさ」

「頼んだぞ」

 

具体的な説明は一切ない。それでも、やれると言い切るのならば、安心して任せられる。

それよりも、だ。

肩を怪我して槍と刀を使い分けられなくなったのは痛手だった。持久戦だったのなら、不規則にその二つを持ち替えなくてはならなかった。だが、それが出来なくなった以上、早々にケリをつけなくてはならない。

シールドエネルギーを削り切るには、正直時間がかかる、と思う。何せ相手は軍用機。情報も少なく、こちらが持っているデータは戦闘データだけだ。エネルギーの量はわからない。

あれほどの高機動と弾幕を張りながら、未だにその機動力と弾幕は薄れない。

ならば、早期決着の望みがある、操縦者を引きずり出す方が得策だろう。

 

「織斑先生、聞こえますか?」

『聞こえている。後発の作戦を検討中だ』

「申し訳ありませんが、戦線維持はあと三十分が限界です。今から、福音の操縦者を引っ張り出しますが、失敗した場合に備えて、専用機持ち達の戦闘許可を出しておいてください」

『ちょっと待て!何があった?』

「左肩を負傷しました。既にこちらでの作戦は始まってますので、織斑先生はバックアップをお願いします」

 

こっちでの判断は俺らの方が優先度が高い。それでも一応織斑先生に伝えたのは、花月荘の守備を高めてほしいからだ。

俺たちが失敗した時のことを考えて、だ。結局は織斑たちの時と一緒で、ティナが生き残れる可能性を少しでも上げておくためだ。本当は楯無先輩とかに来てほしいが、それは無理。

 

『…わかった。だが、出撃時にも言ったように、無理はするな。無理だと判断したらすぐに撤退しろ』

 

少しの逡巡の後、織斑先生はそう言った。

まあ、いい落としどころだとは思う。

 

「了解しました」

 

さて、と。

やまない弾丸の雨の隙間を縫いながら、澵井と福音の動きを把握する。

実弾のアサルトライフルを四丁同時展開し、機械腕を含めた四本の腕を使って鉛玉の嵐を打ち出す澵井と、俺がいる下方と、澵井がいる正面に、エネルギー弾を撃ち込み続ける福音。

俺がするべきことは、澵井が福音の足止めに成功した瞬間に間合いを詰め、装甲をくり抜いて操縦者を引きずり出すこと。そこで重要になるのは、位置取りだ。

一瞬で間合いを詰められる距離で、且つ俺と澵井にヘイト値が分散するような位置取りがベスト。

つまり。

このエネルギー弾の雨をひたすら凌ぎ切らなくてはならないのだ。

 

「おい!まだか!?」

「ちょっと待て!」

 

左肩を負傷して、重心が取りづらい今、躱し続けるのもキツイものがある。しかもこの四音にはPICが存在しない。PICの発展形であるAIC擬きはあるというのに、だ。まあ、そっちの方が動きやすいからいいんだが。それよりも、PICが無いということは、重力を相殺できていないということなのだ。つまり、移動したときの振動や、四音によって強化された身体能力による強烈なGがモロにフィードバックする。

要するに、左肩がメチャクチャ痛ぇ。

 

「十秒後に突っ込め!」

 

澵井が叫ぶ。それと同時に、声に出さずにカウントを始める。

アサルトライフル二丁を収納し、同時に機械腕がさらに二本増える。しかし、福音からの攻撃の被弾量が増え始めた。オルコットの第三世代兵器のビットと一緒で、機械腕が四本になると動けなくなるのかもしれない。

しかし、こっちもそれを気にかけている場合じゃあない。

澵井が捨て身になっているのならば、この作戦に二度目は無い。

一度でケリをつけるために、集中力を高めろ。成功をイメージし続けろ。

 

「四」

 

目測で距離を測り、つかず離れずで福音を睨む。

 

「三」

 

澵井が、左右それぞれの二本の機械腕で抱えるような、巨大な銃を展開した。

見た目は一般人が想像するようなスナイパーライフルだが、大きさが尋常ではない。それが二つだ。ただ破壊するための兵器であるようにしか見えない。

 

「二」

 

澵井がアサルトライフルを収納し、本来の腕で引き金に指をかける。

そして。

 

「一」

 

長大な二つのスナイパーライフルから、それに見合った大きさの弾丸が発射された。

閃光弾のごときマズルフラッシュを視界にとらえた瞬間、膝を曲げる。

 

「零」

 

空中でぶつかった巨大な二つの弾丸は弾けて広範囲に散らばり、曲線を描いて福音に集中していく。

それに追従するように飛び出して、回避不能により動きを止めた福音めがけて一直線に突っ込む。

小さな隕石に全方向から叩かれる福音のみぞおちから胸部にかけて、いるかさんの太刀筋を真似して四角く切り抜き、最後の一辺を切り払った流れで刀を投げ捨てる。

言霊で召喚した武器は、俺と一定以上の距離が開くと同時にストレージに返還されるのだ。

装甲を失った胸部に見えているISスーツを掴み、福音の頭と腹に足をかけて操縦者を引きずり出す。バキバキと切り抜いた端からひび割れ、徐々に操縦者が姿を現す。

その操縦者の意志とは裏腹に、福音の腕が動き、俺の顔に向かってくる。だがそんなことはお構いなしに、力任せに操縦者を引っ張る。

 

「っくぁ………ぁあああっ!」

 

やっとの思いで引きずり出した操縦者を、勢いそのままに澵井へとぶん投げ、福音を蹴り落とす。機能を停止したのか、抵抗なく海へと落ちていく福音を見ながら、荒れた息を整える。

 

「…終わったのか?」

 

機械腕を消し、福音の操縦者を横抱きにした澵井が近づいてくる。

 

「…多分、な。そいつは?」

「生きてはいるけど、中までは分かんねぇ。早く戻って検査させた方がいいだろうな」

 

まあ、長距離の超音速飛行に、一時間弱の高機動戦闘を立て続けに、しかも無理やりやっていたんだ。中身がシェイクされていても不思議じゃない。

本当なら、海に落下した福音の停止を確認してから、この操縦者を花月荘まで連れて行くのがベストなのだが、如何せん、最後の攻防で澵井はエネルギーが切れかかっているし、俺も左肩が脱臼している、と思う。ティナを庇った時とほぼ同じ痛みだから、多分あってる。

とりあえず、福音の探索は警戒網を張っている先生方に任せるとして、俺たちは花月荘に戻ろう。

そう提案した、次の瞬間。

 

「なっ!?」

 

福音が落ちたあたりから、燐光が漏れだし、煙のように大量の水蒸気が出ていた。

 

「は。フラグ回収が早すぎるだろ…」

 

呟きながら、頭を回転させる。

恐らくあの光は福音が放っているものだろう。そして、どうやってかは知らないが、あの無尽蔵にも思えるエネルギーが海水を蒸発させている。

つまり、操縦者を失い、装甲を破壊されながらも、福音は稼働している。

 

どうする。

 

福音がさっきと同程度動けるのなら、こちらに勝ち目はない。いや、多少鈍くなっていたとしても、勝てる見込みは1%あるかないか。それくらい、俺たちは満身創痍に追い込まれている。

 

どうする。

 

今ならば逃げ切れるだろうか。

海上に姿を現していない今なら、澵井の専用機の全速力で花月荘まで戻れるか?

いや、もし逃げ切る前に福音に捕捉されれば、態々拠点に近い地点で戦うことになる。しかも勝てる見込みがほとんどない状況で、だ。

それはダメだ。再三考えたように、あそこにはティナがいる。他にも、生身の人間がいる。神様である景子さんもいるにはいるが、神様は基本的に人間同士の諍いに割り込まない。たとえそれで、世界が滅びようとしても、だ。

であれば、流れ弾による危険性が増す分、あそこに近づけるのは得策じゃあない。

 

どうする。

 

こうやって考えている間にも、水蒸気の量は増え、光も増してきている。時間は少ない。

 

 

「真理。この人抱えて花月荘に戻れ」

「…あ?」

 

澵井が、横抱きにしていた福音の操縦者をこちらに差し出す。

 

「花月荘に戻ったら、お前の戦闘データと、これから送るデータを合わせて、さっさと作戦練って戻ってこい。肩外れてても、現場指揮くらいはできるだろ?」

「そんで?お前はどうすんだ」

「福音の足止めをする。エネルギーが少ない分、焼け石に水くらいにしかならないけど、無いよりはマシだろ」

 

たしかに、合理的だ。

だが、問題が多い。

例えば、俺の機体じゃ長距離の移動に向いていないから、澵井の足止め時間が長くなくてはいけないこと。

例えば、海上に出てきた福音が、先ほどより強くなっているかもしれないということ。

例えば、確実に澵井が落とされるということ。

 

例えば、俺が残って足止めすれば、それらの問題を減らせるということ。

 

だから。

 

「……っづぅぅ!」

 

左肩に右手を当て、無理やり骨を入れる。じゅりさん達に骨格やら筋肉の話を聞いといてよかった。

 

「お、おい、何やってんだ?」

 

入れたばかりの左肩をグルグルと回す。ズキズキと普通に暮らしていれば考えられないくらいの痛みが続いているが、とりあえず動く。

 

「その女はお前が連れて帰れ。足止めは俺がする」

「何言ってんだよ!」

「感情論は抜きにしろ。最終的に福音を落とすためには、後の作戦にお前は必要だ。俺の機体じゃあ、三機以上のチーム戦に向いていない。なんでか分かんねぇけどあいつのスピードにも追いつけるようになってたし、ここに残るのは俺が最適だ」

 

実際、澵井が残るより足止めは長くできるだろう。足止めが長くなるということは、戦闘が長くなるということ。そして、戦闘が長引けば、その分データが増える。

澵井が残るより多くの戦闘データを織斑先生に送れば、作戦の幅も広がる。対策もとれるようになる。

それに、俺も死ぬつもりはない。

 

「今から全力で花月荘に戻れ。そんで作戦を決めろ。織斑が起きてなけりゃ、お前らがあれを仕留めることになるが、途中から織斑が復帰してくることも考えて作戦を練れ。いいか。俺のことは考えるな」

 

澵井が花月荘まで戻るのに多く見積もって三十分。そこまで耐えれれば、俺は離脱できる。福音のスピードがいくら速いと言っても、初速から音速を超えるわけでもあるまい。

 

「で、でも…!」

「いいから。今行かなきゃ、その分俺の負担が増える。……頼むぞ」

「!…わかった。死ぬなよ」

「誰が死ぬか」

 

そう言い残して、澵井は飛んで行った。あいつも被弾しまくってか体中痛いだろうに、よく動くなぁ。

さて。

逃げ場はない。福音が俺を無視してどこかへ行くか、結局何も起こらずに終わるかすればいいのだが、それは希望的観測が過ぎるだろう。

装甲に穴をあけ、操縦者を力任せに引きずり出し、海へ叩き落した張本人が目の前にいる。

AIであろうとなんだろうと、そんなやつが目の前にいれば危険だと判断して排除するために動くはず。だから、戦闘は避けられない。

 

「ショートカット、槍」

 

言霊で槍を生み出す。たった三度目の起動だというのに、一回一回の内容が濃密すぎて慣れてしまっていた。

ここから先は、俺が死ぬか、福音が落ちるまで終わらない戦いだ。

『眼』を凝らし、槍を構え、必要ない情報を最大限切り捨てていく。

ビュオッと風が吹き、マフラーが揺れ、長くなった髪が流れた。

 

そして、巨大な水柱を上げて現れたのは、まごうことなき『天使』だった。

 



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音の喪失と六色の光です。

巧side

 

銀の福音の操縦者を抱えて海上を飛ぶ。生身の人間、しかも内側を痛めているかもしれないので大したスピードは出せないが、それでも影響がギリギリでない速度で、拠点である花月荘を目指す。

先生たちが包囲している戦域はとっくに脱出し、花月荘まではあと十分もかからないだろう。

それでも、俺の焦りは止まらない。

 

「真理…っ」

 

戦場に残してきた真理の左肩は完全に脱臼していた。無理やり入れたようだが、痛みで動かすどころではないはず。

それに真理の専用機がいくら低燃費だからといって、あれだけの戦闘を長時間続けているんだ、近いうちにエネルギーが切れる。そうなれば未来はただ一つ。

死あるのみ、だ。

その未来を実現させないためにも、早く花月荘に戻らねば。

そんな思いとは裏腹に、花月荘に到着したのは、それから十五分後だった。飛行中に操縦者が吐血したために、スピードをかなり落とすことになったのだ。

 

「織斑先生!」

 

花月荘裏手ににある砂浜に降り立ち、待機していた医療班の先生に操縦者の女性を預け、作戦会議をした部屋へと急ぎ、ノックも無しに扉を開け放った。

 

「真理からの通信は!?」

「…澵井か」

 

部屋の中には織斑先生を含め五人ほどの先生方が、それぞれのパソコンを使ってデータの精査を行っていた。その中の一人、部屋の中で最も大きなモニターの前に座っていた山田先生が話し始めた。

 

「戦闘データは送られてくるんですが、やはり苦戦を強いられているようで通信には応えてくれていません」

「じゃ、じゃあ作戦の立案はまだできていないんですか?」

 

山田先生の前にあるモニターには、一人称視点のゲームのように揺れながらも、ひたすらに福音が映っているウィンドウが開かれていた。どうやら真理の視界をそのまま表示しているようだが、なにか違和感を覚える。

そして、その疑問は苦渋に満ちた織斑先生の言葉ではっきりした。

 

「…お前が撤退した後、福音が第二次移行した。結果、今までの戦闘データはほとんど意味を成さず、現状佐倉から送られてくるデータを精査している。が、大幅な性能上昇と第二次移行に伴う単一能力の発現により、データ収集はほぼゼロから、ということになっている」

「なっ…!?」

 

第二次移行。

それは、ISが発表された時点まで遡っても五指で足りるほどしか見られていない、ISの進化だ。その条件は未だ解明されておらず、ISコアのブラックボックスと並んで研究者たちを悩ませる議題の一つだ。

そして、第二次移行にはその希少性に見合うだけの価値がある。

カタログスペックの五倍以上の性能を発揮するのは当然、過去に第二次移行をした機体のすべてが単一能力を発現させている。一夏の零落白夜は単一能力ではあるが、第一次移行の機体だ。

第二次移行した機体の単一能力は、まさしく一騎当千。

それほどの機体を相手に、真理はまだ生き残っていた。

 

「今、どれくらい解析できているんですか?」

「……衛星からの映像がジャミングされていて、情報源は佐倉だけ。福音のスペックの三割も解析できていない」

 

俺がここに戻ってくるまで三十分弱。福音のスペックを完全に把握するまで、少なくともあと一時間以上はかかるということになる。

だが、そんな時間は無い。

真理は怪我をしているし、それでなくとも福音が第二次移行しているのだ。むしろ、今ギリギリでも耐えていられる方がおかしい。

 

「じゃあ、三割でもいいので出撃許可をください!真理は満身創痍なんですよ!?」

 

鷹修羅は応急修理とエネルギー補充に出している。しかし、それもあと十分もあれば終わるだろう。その間に、解析されたデータと、俺の戦闘データを元に予測を立て、作戦をくみ上げる。そうすれば少しでも早く真理を助けられる。

しかしそれは、きっぱりと断られてしまう。

 

「ダメだ。許可できない」

「何故!?」

「ジャミングの正体も看破できていない。福音の情報も少ない。何より、お前を含め、専用機持ちは冷静ではない。そんな奴らを出撃させても、織斑のようになるのが関の山だ」

「でも!それじゃあ真理はどうなるんですか!?」

 

織斑先生に一歩詰め寄り、胸倉を掴み上げようとした瞬間。

モニターから掠れた真理の声が聞こえ、薄暗い部屋を照らすほどの光があふれた。

 

『戦域読心(サテライト)!!』

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水柱を上げて現れた福音は、先ほどまでと姿形が変わっていた。

俺が破壊した胸部のアーマーは修復され、完全に塞がっていた。そして、何より目を引くのが、背中の光の翼。さっきまでは機械でできていたはず。これが本来の姿なのか、何かしらの要因を以て変化した姿なのか分からないが、ただ一つ言えることは、死ぬかもしれないということだ。

 

「あー。死にたくねぇな…」

 

まだやりたいことがある。言いたいことがある。会いたい人がいる。

学園に来てからというもの、四六時中誰かが近くで騒いでいた。昔は、桜新町でしか得られなかった温もりが、学園では常に身近にあった。

いつの間にか俺は、ティナや楯無先輩だけじゃなく、あいつらにも心を許していたのかもしれない。

 

「……なんにしろ、生き残んなきゃ全部終わりだ」

 

無人の福音と目が合った気がした。

瞬間、眼と鼻の先に福音のフルフェイスがあった。

 

「っ!?」

 

咄嗟に距離を取り、言霊で槍を生み出すが、すでに目の前には、さっき散々弾いたエネルギー弾が壁のように迫っていた。

 

「ぐっ…!」

 

被弾しそうな弾だけを弾くが、弾そのものの威力も上がっているのか、五発ほど弾いたところで槍が壊れる。加えて、左肩を無理に動かしていることもあって、最大限力を発揮できない。

壁の隙間を抜けるように躱し、福音の全体像を再び捉える。光の翼が目を引くが、ところどころ変化している箇所もある。そして、先ほどの大量の光の弾丸。海に叩き落す前と比べて、弾の大きさや形状も変わっている。移動速度に関しては比べるべくもない。

そこから導き出される答えは、変化ではなく、『進化』。

 

「第二次移行か!」

 

機械音の悲鳴を聞きながら、エネルギー弾『銀の鐘』を回避し続ける。その最中に花月荘との通信を入れて、俺の視界を四音と共有して先生の元へと送る。これで、俺がやるよりもデータの解析が進むだろう。一応俺との戦闘データも一分ごとに送っているが、さっき澵井が送っていたデータのほとんどは無駄になっただろうな。スペックの予測を立てるだけならできなくもないだろうが、所詮は予測。戦闘データがあるに越したことはない。

言霊でひたすら槍と刀を生み出し、『銀の鐘』を回避し続ける。刀で裂き、槍で叩き落し、上へ下へと強烈なGを受けながらも、視界には必ず福音を捉える。

が、突然目の前に福音がいた。

 

「なっ……ゴハッ!」

 

いつ移動しやがった?いや、それより広域殲滅型の武装を持ったうえで、こんだけの威力のパンチを打てんのかよ…。

近・中・遠距離で隙なしの機体。第四世代機なんて目じゃねぇくらい完成されてんじゃねぇか。

殴られた衝撃をそのままに後ろに跳ぶ。格闘戦まで高レベルでこなすとなれば、もはや俺に勝ち目はない。だがそれは負けを意味するわけでもない。

勝てない以上、こちらから攻めるのは愚策だ。幸い、高レベルの格闘性能を有しているとは言っても、近接は俺の方が上。しかし問題は、福音の移動速度と銀の鐘の弾数だ。無限に思えるほどのエネルギーを持つ福音が放つ銀の鐘は、対処しきれる量じゃない。こちらは言霊で一々武器を出さなくてはいけないから、そのラグは身一つで躱さなければならないのだ。

まさしく、福音一機が『戦争』そのもの。

 

「ショートカットォ!」

 

戦争相手に、人間一人じゃ敵うはずもない。考えろ。生き残る術を。

 

「槍槍槍槍ぃ!」

 

出現した槍を振るい、銀の鐘を振り払い、時折攻め込んでくる福音の拳と槍を交える。

だが、このままではジリ貧だ。エネルギー切れで海に落ちるのもそう遠くない。

くそっ。

内心で毒づく。

福音が上空へと飛び上がる。距離が開けば、銀の鐘による嵐の苛烈さが増す。追従するように空を駆け、その間も言霊を使い続ける。しかし、言霊には致命的な欠陥が存在するのだ。

第三世代機はイメージインタフェースを用いた、つまり創造力で動かす兵器だ。その点、言霊は言葉により兵器を生み出すものだ。汎用性は言霊のほうが高いだろうが、その分、喉を酷使する。

つまるところ、喉を酷使する。ことはさんでさえ、使い過ぎれば声を枯らす。

その上全力で動きまくっているのだ。もはや喉は限界だ。言霊で生み出せる武器もそう多くない。

 

「……また捨て身になるとはな」

 

言霊を使えない以上、俺に身を守る術はない。ならば、攻撃手段があるうちに、福音を多少なりとも戦力低下させて、後に任せた方がいい。それに、賭けになるがデータ収集を大幅に進められる武装もある。問題はそれを俺が使いこなせるかどうかだが、どうにかするしかない。

そうなると、チャンスは福音が近づいてきた瞬間。作戦はいたってシンプル。

 

「その羽、もいでやるよ…!」

 

光の翼を片方でも欠損させれば、機動力も弾幕も薄れるだろう。そうなれば、後発組の作戦もやりやすくなるはずだ。

上空から放ってくる銀の鐘の収束砲を紙一重で躱し、持っていかれた籠手に目もくれずに福音を見つめる。

必ず存在するはずの隙を逃さないように、『眼』を凝らす。

先刻の澵井のように、多少の被弾は気にすることもなく、ひたすら福音との間合いを計り、時を待つ。

既に袴型のスカートアーマーは半分ほどが吹き飛び、右手の籠手は存在しない。黒いブーツもサンダルのように足裏の部分しか残っていないような惨状だ。

そして、左手の籠手が吹き飛ばされた瞬間、福音が動いた。

瞬間移動のような刹那での移動を、感覚と極限まで情報を削った視界で捉える。

痛む左肩を無視して、両手で握った槍を持って、膝が胸に付くくらいの低姿勢で突進する。すれ違いざまに振り上げた槍は福音の右翼を半分に切断し、高エネルギー体に触れたからか砕け散っていた。

しかし、十分な戦果だ。

だがもう一つ、やれることがある。

本家の生態電流を読み取るほどの力は無いが、機械を動かす命令系統を読み取るくらいの力はあるであろう、サトリの力。

劣化版の俺には、広域と呼べるほどの読心は無理だが、このくらいなら。

 

 

「戦域読心!」

 

 

頭部についている猫耳型のヘッドアーマーが立ち、そこから蒼い稲妻が空へと昇り、辺りが白く照らされる。

頭に流れる情報の奔流によって、脳が熱で溶かされるような苦しみに耐えながら、福音の命令を読み取る。

どう動くか、どこまで動けるのか。そして何より、どういう戦闘を行うのか。

機械である以上、必ず何かしらの行動パターンがあるはずだ。こうされたら、こう返す。だが、ISコアは進化する人工知能のようなものだ。意志を持っている。そのパターンは百や千じゃ利かないだろう。

だがそれでも、そのほんの一部でも読み取ることができれば、後から来る奴らが倒してくれるだろう。

 

「ぐ…ぎぎ…ぁあぁああああ!」

 

脳は破裂しそうなくらいの激痛に苛まれ、福音の情報を花月荘の作戦本部に送ってる最中にも銀の鐘による攻撃は続いている。

スカートアーマーや籠手、ブーツといった装甲はすでに消え失せ、足裏のAICも片足を失っている。そんな状態でISの攻撃を受ければ、無事ではいられない。

……ここまでか。

視界いっぱいに映る福音の光の翼。それが俺を包み込んだ。

エネルギーによる乱気流が全身を打ち、至る所が骨折し、筋肉は断裂、内臓も傷ついているだろう。

そんな状態だというのに、痛む体の力を抜き、背中から落下していく。

 

「…あとは、頼む」

 

風を受けて視界に入ってきたヒメさんと同じマフラーを見ながら掠れた声で呟く。

俺にやれることは全部やった。

あとはあいつらが、やってくれるだろう。

衝撃とともに、俺は意識を失った。

 

 

 

 

 

巧side

 

あれから、数時間経ち、太陽は水平線の向こうに消えていった。

モニターが白く光り、その光が収まった後、会議室にあるパソコン全てが一斉に福音のデータのダウンロードを始めた。第二次移行した後のカタログスペックから、実戦時の稼働データ。一部兵装のような機密、そして何より、単一能力の正体が分かった事が大きい。

しかし、それに喜べるはずがなかった。

何せ、福音のデータと引き換えに、俺たちは真理を失ったのだから。

いや、失ったのではない。俺が、真理を海に落としたのだ。

 

「…先生。出撃許可を」

 

俺の責任だ。無理に作戦を変更し、真理をあの戦場に残してきた、俺の。

ならば、せめてもの償いとして、俺が福音を落とさねばなるまい。そんなことで真理が報われるなんて思わないし、ティナや更識先輩が救われるとも思っていない。

それでも、俺のせいで失った人と、その人を思う人たちの悲しみを背負うためにも、真理が残してくれたデータを無駄にしないためにも、俺は福音を落とす。

涙を流すのは、その後だ。

だが。

 

「……ダメだ」

 

ぶちっと、頭の中で何かが切れる音がした。

そして、全身に回ってきた熱をそのままに、織斑先生の胸倉を掴み上げる。

 

「いい加減にしろよ!データは十分揃った!これ以上何を待つってんだ!?」

「…解消されたのはデータ不足だけだ。それ以外、何も解決していない」

「っ……もういいっ!」

「さ、澵井くん!どこへ…」

「出ます。福音を落としてきます」

「待て。命令違反だぞ」

「別にいいです。例え専用機を剥奪されようと、今行かなきゃ、俺は俺を許せません」

 

誰もいない廊下を歩きながら考える。

会議室に送られてきたデータは、鷹修羅を使えば簡単に手に入る。その鷹修羅も、すでに応急修理とエネルギー補充は済んでいるだろう。それ以外に必要となるものといえば、福音の現在位置。そして何より、福音を落とすための作戦だ。

今は福音を落とすことだけを考えろ。全てはそれからだ。

鷹修羅の修理をしてくれた先生たちから、鷹修羅の待機形態であるペンダントを受け取り、砂浜に出る。そして、会議室のデータを覗き見て、福音のスペックを脳内に叩き込む。

真理がこれを一人で相手していたのかと思うと、ゾッとする。そして同時に理解する。俺の罪は、福音を落とした程度じゃ償えないということを。

そんな覚悟を決めていた俺の肩に、誰かが触れた。

 

「巧」

「…シャル。それに、みんなも」

 

振り向いた先には、シャルを先頭に、箒、鈴、セシリア、ラウラが立っていた。

 

「行くんでしょ?」

「ああ。二次移行した福音のデータはハッキングした。一夏と真理が残してくれたものを無駄にしないためにも、福音は絶対に潰す」

「そっか…真理も」

 

俺の言葉から、真理がどうなったか察したようだ。

場の空気が一瞬重くなり、皆の顔に影が差す。この悲しみも俺が齎したのだ。

ギリ、と奥歯が鳴る。

 

「じゃあ、行って、グエッ!?」

 

鷹修羅を起動させて、飛ぼうとしたその時、後ろから襟首を引かれて尻もちをつく。強化繊維でできたISスーツが喉を絞め、息どころか意識が飛びそうになった。

 

「福音の居場所、わかってるの?」

「いや、それは…」

「作戦っていうのはさ、一人でやったって大した効果は無いんだよ。皆でやるからこそ意味がある」

「そうよ。それに、はらわた煮えくり返ってんのは、アンタだけじゃないの」

「わたくし達だって、仲間がやられて黙ってはいられませんわ」

「それに加え、兄様まで落とされたと知って、私たちが大人しくしている訳がないだろう」

「……すまなかった、巧」

「箒?」

「私の不甲斐なさが、一夏を真理を、そして巧の心を傷つけた。それを知って、私はISを手放そうとした。でも、違うんだ。私がすべきことは、力を手放すことじゃなく、今度こそ力に溺れないで福音を倒すことなんだ」

 

その顔は、戦域から俺が連れ出た時とは打って変わって、覚悟を決めた者の顔をしていた。元々の雰囲気と相まって、まるで一本の刀のようだ。

シャルが差し伸べてくれた手に、俺自身の手を重ねて立ち上がる。

 

「みんな、気持ちは一緒なんだよ」

「ああ、みたいだな」

 

少しだけ気持ちが軽くなる。

 

「よし、じゃあ作戦会議だ。十分後には出るぞ!」

「「おお!」」

 

 

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴side

巧が作戦立案をし、ラウラがドイツ軍IS部隊からの報告で福音の位置を特定した。その間、セシリアはパッケージの最終調整、シャルも武装の確認をしていたのだが、アタシはといえば、携帯とにらめっこしていた。

画面にはティナの電話番号が表示され、通話ボタンが急かすように点滅している。

 

「……真理のやつ、勝手に落ちてんじゃないわよ」

 

真理が福音にやられて、海に落ち、行方不明であることは巧に聞いた。そして、それを聞いて真っ先に脳裏に浮かんだのが、ティナだった。

箒が落ち込んでいたのは、自身のせいで思い人がやられたという責任感。だから、アタシはその責任から逃さないために、向き合わせるために箒の頬を叩いた。多少私怨も混じっていたけれど、最終的に箒は立ち上がってくれた。

だが、ティナは違う。

アタシが言うのもなんだが、ティナは真理のことが好きだ。真理は気づいていないようだが、周りから見ればもう付き合ってるんじゃないかってくらい仲が良いし、ティナも隠す気がないようだった。

だからこそ、真理の行方不明をティナに伝えるべきか悩んでいた。

本来なら、伝えるべきではないだろう。

この作戦は軍事機密に触れるような極秘作戦で、それを一般人であるティナに伝えるのは代表候補生として絶対に間違っているし、まだ行方不明というだけで、生きているかもしれない真理を探してから伝える方が友達として正しいのかもしれない。あの真理のことだ、作戦が終わったらすました顔で旅館でお茶を啜っていても不思議じゃない。

だが、それでも、恋心を寄せている人が知らずのうちに消えていることは、伝えたほうが、いや、伝えるべきではないのだろうか。

それも、アタシ達のように自分の心を押し付けるだけの恋心ではなく、相手を尊重し、自分の幸せより相手の幸せを一番に願うティナには、伝えなくてはならないのでは。

その自問自答を繰り返し、時間経過でディスプレイが消えること五回。遂にアタシは、通話ボタンを押した。

数回のコール音の後に、つながる。

 

「もしもし、鈴?」

「…ティナ」

「どうしたの?」

 

捜索もしていない今、事実を伝えて、態々不安を煽るようなことを、親友に対してするべきなのだろうか。

 

「あ、あのね…」

 

通話状態でも言い淀むアタシの声を聴いて、ティナは何かを察したようだ。

 

「…真理に、何かあったの?」

 

正直、察しが良すぎると思う。

出会った頃はもっとのんびりしてたはずなのに、と内心で親友の謎の成長を感じる。

 

「…うん。詳しくは言えないんだけど、真理を探さなくちゃいけなくてね」

「そっか、うん……これから探しに行くの?」

「うん…」

 

もしかしたら、探すどころか、アタシ達まで落とされるかもしれないけれど。

流石に、そんなことは言えない。ただでさえ、好きな人がいないこと、もしかしたら帰ってこないかもしれないということを暗に伝えているのだ。これ以上、無意味に不安にさせるのは絶対に間違っている。

でも、ティナは、電話越しに言ってきた。今のアタシが失っている強さで。

 

「大丈夫だよ」

「!」

「真理は必ず帰ってくるよ。どんなにボロボロになっても、必ず。だって、鈴が、皆が探してくれるんでしょ?きっと、助けてもらうのを嫌がって、無事に戻ってくる。だから、私はここで待ってる」

 

ティナは信じている。

真理を、アタシ達を、そして、自分が信頼している人たちとの絆を。

だったら、その信頼と絆に応えなきゃ、親友なんて言えないじゃない!

 

「…任せなさい。絶対に、真理を連れて帰るわ!」

「うん、頼んだよ」

 

絶対に、福音を倒して一夏の仇を取り、真理を助ける。

再度心に刻み込み、ISを展開する。

 

「準備はいいか?」

「ああ」

「勿論ですわ」

「僕もいける」

「準備完了だ」

 

目前には、色の違う専用機を身に纏った仲間の姿。

昨日までだったら対抗心満載でこんなに落ち着いていられなかったのに、今はみんなが頼もしくてしょうがない。

機械腕と鷹のようなカスタム・ウィングが特徴的なISを纏う巧。

唯一の第四世代機である紅いISの箒。

パッケージによって薄くなった蒼い装甲のセシリア。

黄色の万能機であるシャルロット。

黒く、肩の巨大化したレールガンが目に付くラウラ。

そして、アタシの専用機『甲龍』

作戦も、福音の居場所も定めたアタシ達に唯一無いものといえば、織斑先生の出撃許可くらいのものだろう。

 

「帰ったら、織斑先生のお説教よ。覚悟しときなさい」

 

その言葉に、険しい顔をしていた皆の雰囲気が、僅かに和らぐ。

 

「さあ、行くわよ!」

 

親友のために。仲間のために。

アタシ達は、決戦へと挑む。

 

 



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鷹の希望は槍と白と金の乙女です。

遅くなって本当にすみません。


セミの鳴き声が聞こえる。夏のジリジリとした太陽が、道を熱し、陽炎が立ち上る。

 

「よっ」

 

不意に肩を叩かれ振り向くと、自分の身長に合わせるように腰を曲げた比泉さんと五十音さんがいた。最初に訪れた時と同じ服の二人を見上げ、すぐに視線を落とす。

 

「……こんにちは」

「こんにちは。どしたの?」

「………」

 

心が安らぐような笑みを浮かべる五十音さんと目も合わせずに、歩く。目指す場所は、通い始めて一年になる道場、槍桜道場だ。

視界に広がるのはアスファルトの黒だけ。僕の心象を視界に映されているようで、とても気分が悪い。かといって、空を見上げるほどの気力もない。

一年前、お父さんに連れてこられた桜新町という、僕が住んでいる町の隣町。あの日から、週に一二回の頻度で通っている。母親がいない日、母親の機嫌がいい日。全ては母親によって決まっている。家事は僕とお父さんで分担しているが、どちらかが少しでも母親の機嫌を損ねれば容赦の無い叱責と暴力が待っている。お父さんがミスしているところは見たことが無いので、ほとんど僕のせいだけれど。

昨日は、小学校で日直の仕事や委員会の仕事が重なって帰りが遅くなってしまった。都合の悪いことにお父さんも残業で、結果晩御飯がいつもより一時間遅れてしまった。

その罰として与えられたのが、見えない場所に与えられた打撃痕だった。

 

「また光希さんに何かされたのか?」

「………」

 

無言を返す。ここ一年で、この町の人は僕が桜新町に来る前に何をされたか、僕の様子から察している。

ただ、母親に何かを言えば、その反撃が僕に来ることを知ってからは、ここで慰めてくれるようになった。それが、僕としては心苦しい。

 

「……大丈夫です。もう、慣れましたから」

 

本当なら、普段と変わらない様子でこの町に来たいんだけれど、僕はそこまで感情をうまくコントロールできない。その時々の感情が、そのまま外に出てしまう。

 

「そっか。…ことは、ヒメとアオ、あとは暇そうにしてる奴ら呼んできてくれ」

「あいあーい」

 

五十音さんが離れていくのを感じながら、道場に向かう。歩く際に揺れるランドセルが、服の下の痣に当たって、すごく痛い。だけど、慣れた痛みだ。

ここ一年、母親からの躾という名の暴力を振るわれ続け、痛みにはもう慣れたのだ。体の痛みは感じなくなって、あの家にいる間は、心が死んでいる。

 

「よっしゃ。行くぞ、真理」

「うわっ…」

 

いきなり抱えられ、なすすべなく比泉さんの肩の上に座らせられる。いわゆる肩車だ。

視点が代わり、地面が遠くなる。代わりに視界に映ったのは、桜新町のシンボルである七郷だ。詳しいことはわからないけれど、あれがあるからこの町には妖怪が集まるらしい、というのをお父さんから聞いたことがある。

 

「あの、どこに行くんですか?」

「ついてからのお楽しみだよ。ま、とりあえず行くぞー」

「おわっ」

 

そうして、肩車されたまま町を行く。この町の人たちは、いつきても笑顔で、楽しそうで、仲が良くて、羨ましい。うちとは大違いで、元気に歩き回ってる同い年の子たちに嫉妬してしまう。

 

「真理は頭がいいな」

「え?」

「ヒメとやってる槍術も筋がいいみたいだし」

「あ、あの、比泉さん?」

「あんだけ毎回ボコボコにされてるのに休まず来るしな」

「それは…」

 

いきなり褒められて、どう反応すればいいか分からない。

自分のことを頭がいいだなんて思ったことは無いし、槍術だって師範に手も足も出ないどころか瞬殺されている。ボコボコって言ったって、手加減されているから、母親からの暴力に比べればどうってことは無い。

当然の事を褒めるだなんて、本当にどうしたのだろうか。

 

「お、いたいた」

 

そう言って右手を振る比泉さんの視線を追って前を見ると、そこには師範を始め、七海さん、五十音さん、岸さん兄妹が、七と記された七郷の前で手を振っていた。

 

「遅いわよー」

「悪い悪い。んじゃあ上行くか」

「ほいほーい。真理ちゃんは秋名さんが連れてくんですかー?」

「流石に無理だなぁ。恭助、いけるか?」

「ああ、問題ない」

 

とんとん拍子で進んでいく会話を聞きながら、この人たちは一体何をするつもりなんだろうと首を捻る。

そして、訳が分からないまま、岸さんの背にしがみついて、七郷の巨大なしめ縄に降り立つ。いや、登り立つ、かな。

 

「いい天気ねー」

「あ、あれいるかちゃんじゃない?」

「本当だ。一緒にいるのは撫子さんかな」

「お、ミナカナだ。獅堂さん、また迎え遅れたっぽいな」

 

岸さんに下ろしてもらってから、しめ縄の端に立って町を眺める人たちを見る。ずっと過ごして見慣れている筈の町を、楽しそうに見ている。

……いいなぁ。

 

「どう?そろそろ町には慣れた?」

 

そう思っていると、輪の中から外れた師範が、腕を組んで隣に立っていた。

 

「…はい。皆さんよくしてくれますし、優しい人ばかりですし…」

「家の人とは違う、って?」

「そう、ですね。お父さん以外の人にここまで優しくしてもらったのは初めてでした」

「だから、うちの町と真理の家でのギャップが激しい、ってことね」

「…はい」

 

肉体的にも、精神的にも厳しく辛い家と、稽古の時は厳しいけれど、それ以外では皆が皆優しい桜新町。

最早比べることすら烏滸がましいほどに違い過ぎる。天と地すら近いと言える位かけ離れている。だからこそ、僕はこの町に馴染めない。心からこの町に染まることができないんだ。

 

「まあ、アタシ達にはアンタの辛さは分からないわ。アタシ達は親がいないけど、その分、町に、町の皆に育てられたからそういう悩みとは無縁だったしね」

 

親がいなくとも子は育つ。それが実現されている町は、かなり珍しいんじゃないだろうか。

 

「だから、アタシ達は、アタシ達に出来ることをしようと思うわけよ」

 

「え?」

 

師範の言葉に、思わず振り向く。

 

「アタシ達は、皆に育てられた。だから、アタシ達が、真理の皆になってあげる」

 

そう言って差し伸べられた手を見つめる。僕はこの手をとってもいいのだろうか。お父さんがまだ救われてない。家に帰ればまたあの地獄の日々が待っている。

この手を取れば、この町の優しさを享受できるのだろう。しかしそれは、あの家での生活との落差に、日々絶望することになるのでは。偽物の幸せを掴んで、一人虚しく歓喜に踊ることになるのでは。

そんな不安が、晴天を覆う雲のように押し寄せる。

でも。

 

「大丈夫。別に甘やかすために言ってるわけじゃないんだから」

 

五十音さんが苦笑しながら。

 

「そうそう。なんならヒメちゃんとの稽古の方が厳しいしね」

 

七海さんが屈託ない笑顔で。

 

「あはは、言えてる。それに、逃げることを心配してるなら全然気にしなくていいと思うよ?」

 

岸さんが優しく語り掛けて。

 

「そうだな。俺たちだって悪く言えば逃げてきた者だ」

 

岸さんのお兄さんが頷き。

 

「お前は十分頑張ったよ。これからも頑張らなきゃだろうけど、その羽休めのために、そんで、頑張れる力をつけるために、この町にくればいい。誰も咎めはしねぇよ」

 

比泉さんが目線の高さを合わせるようにしゃがんで、くしゃっと頭をなでる。

たったそれだけ。

されど、その言葉達が。

その笑顔が。

差し出された手が。

僕の心を溶かし、救ってくれたのは、未来永劫忘れることのない出来事になったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

______ああ、そうだった。あの暖かさを忘れるわけには、そして失うわけにはいかない。それに、最後にあの暖かさを感じたのはいつだっただろう。

 

過去の記憶を再生し、今までの自分を遡る。

 

そして見つけた。

 

 

金髪の彼女と、蒼髪の貴女。

そして、二人と出会った場所で関わった、喧しい奴ら。

 

鬱陶しい程に迫りくる彼らと、一緒にいるだけで安らぐ彼女たち。

 

あれら全てが、今の『俺』を構成している。

 

始まりは、あの町。

そして、未だ俺を育ててくれてるのは、関わる人間全てだ。

誰もかれもが、俺の成長につながっている。

 

ならば、また会いたいと思うのは、不自然なことではないはずだ。

 

 

『龍槍・希桜』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巧side

 

「鈴!下がれっ!」

「分かってるわよ!セシリア、出過ぎるんじゃなわよ!」

「承知しておりますわっ」

 

セカンド・シフトした福音と再接敵してから、数十分が経過した。

真理に斬られた片翼を回復させるように海上で停滞していた福音に、ラウラのレールガンで先制攻撃を加え、箒と鈴の前衛組、俺とシャルの中距離組、そして、高機動パッケージを纏ったセシリアと、高速移動ができないラウラを遠距離組へと配置して挑んだ戦い。この編成において重要なことは、ただひたすらにセシリアとラウラに福音の目を向けないことだ。

真理が残してくれた情報によると、セカンド・シフトした福音の単一能力は、ほぼ100%に近いエネルギーの回収だ。それが、福音の永久機関にも思えるエネルギーの源だった。

であれば、有効なのはエネルギーの回収をさせる前に倒すこと。もしくは、地道に少しずつ削っていくこと。

エネルギーの回収と言っても、それは銀の鐘や移動に使ったエネルギーの回収だ。回復している訳じゃあない。

そこで思いついたのが、俺たちの役割を完全に分けてしまうことだった。勿論、場合によっちゃあ近接戦闘を行うこともあるが、基本的には近・中・遠距離で役割分担している。

 

「シャル!」

「了解!」

 

箒と鈴が福音から離れた隙を狙って、俺とシャルがアサルトライフルの引き金を引く。合計六門の掃射による弾丸の嵐は、高速移動する福音にもある程度命中する。しかし、決定的な攻撃力には劣る。

そこで。

 

「セシリア!ラウラ!」

「いきますわよっ!」

「了解した!」

 

俺やシャルのさらに後ろにセシリアが、そして、福音へギリギリ攻撃が届く距離に固定砲台と化したラウラを配置し、超遠距離から福音を狙う。

俺たちの場合、真理のような反則的な反応速度を持っていない上、常に誰かが福音の動きを阻害しなくてはならない。箒と鈴が引き離されたら俺とシャルが、そしてセシリアとラウラが隙を見て遊撃する。そうでもしないと、あの銀の鐘の雨と、エネルギー収束砲、そして、真理が落とされた技によって瞬く間に全滅してしまう。

 

「こんのぉおお!」

 

鈴が分割した双天牙月を手に、衝撃砲を撃ち、牽制しながら福音へと迫る。その背後からは、箒が刺突によるビームで福音の動きを阻害していた。

つまるところ、これは持久戦なのだ。

被弾しないように、コンビを組んでローテーションを回して攻撃対象を分散させていく。それが俺たちにできる『最適解』だった。

 

「うぅりゃあぁぁぁあああ!」

 

福音の拳と鈴の青龍刀がぶつかり、衝撃波が生まれる。出撃時から感じていたが、鈴の気合の入りようが、みんなと違う気がする。

皆、思い人である一夏と、仲間である真理が落とされた事に、福音に対して、そして自分自身に対して怒りを感じているようだが、鈴はそれ以上に何かがあるように感じる。しかしそれは、不安を煽るようなものではなく、どこか安定感を持った強さだ。

 

「シャル、エネルギーは?」

「もう四分の一は使っちゃった」

「てことは、鈴は半分、箒はもっと食われてるか…」

 

この作戦の弱点は近接二人のエネルギー消費が、他と比べて激しいことだ。福音の動きを阻害してると言っても、福音の基本スペックは広域殲滅型にしてスピード特化の機体。そしてセカンド・シフトによる近・中・遠距離の強化に加え、基本性能の上昇、中でも悪質なのが、初速から三秒で音速近くまで加速することだ。

それを妨害するために、本体よりも移動の妨害を目的として弾丸をばら撒いているが、それでも並みの機体では追いつけない。

それゆえに、スピード用のオートクチュールを付けた甲龍と世界で唯一の第四世代機の紅椿という高速近接戦闘が可能な機体を操る鈴と箒に前線を任せたのだが、やはりその分エネルギーの消費が激しい。低燃費を売りとしている鈴のISでさえエネルギーをかなり消費している。やはり決定打を打てるISが紅椿だけなのが辛いな。

 

そして突如、機械音の悲鳴を上げながら、鈴と箒を振り切り福音が猛スピードでラウラがいる方向へと空を駆けていく。

クッソ、狙撃場所を逆算された!

 

「俺が行く!シャルはセシリアを守れ!」

「わ、わかった!」

 

鷹修羅の翼を模したウイングスラスターを全開にして、ラウラの元へ向かう。俺たちの中で確実に上位に入る強さをもつラウラだが、福音とは壊滅的に相性が悪い。シュヴァルツェア・レーゲンの一番の強みであるAICが、福音相手には通じないかもしれないからだ。

多大な集中力を必要とするAICでは、全IS中でも一二位を争うスピードを持つ福音を捉えられない。せめて囮がいれば活用できたかもしれないが、捉えたところで真理が落とされた攻撃の餌食になってしまう。

 

「逃げろラウラぁ!」

 

チャネルがあることも忘れて叫ぶ。

片側の翼が欠けているにも拘らず、福音は俺を引き離し、ラウラへと迫る。ラウラも移動してはいるんだろうが、俺らの中では遅い部類に入る。

クソッ、遠距離組と距離を離したことが裏目に出た。

誰か一人が落ちればそこから部隊が崩壊してしまう。そうなったら、一夏と真理が何のために体を張ったのか分からなく、そして、あいつらが残してくれたものを無駄にしてしまうことになる。

真理は、一人だったら逃げることもできた。それをしなかったのは、俺たち全員でかかれば、福音を倒せると判断したからだ。

 

「それすら…親友が託してくれたものすら、守れねぇのかよ!」

 

音速まで加速し、ソニックブームを生み出しながら、福音を追う。

歯を食いしばり、PICが作動してなお襲うGに耐え、白い軌跡を残す福音の背に縋りつく。そして遂に黒いIS、ラウラが見えた。

肩に増設したレールガンを量子変換しているようだが、あれではすぐに追いつかれてしまう。

 

「クッ、速すぎるッ…!」

 

海面付近に停滞していたため、上空へと逃れるラウラが舌打ちするが、しかし福音がラウラに追いつくことは無かった。

 

 

「な、んだ…?」

 

 

 

 

福音の左翼を、桜色の槍が貫いていた。

 

 

 

 

「槍…?」

 

 

まさか、と思いつく。

槍が刺さっている向きを見て、海面を見る。下から上に突き刺したような向きで刺さっているのであれば、当然飛来したのは海からということになる。

投擲。海。そして、槍。

そこから導き出される答えは…。

 

「兄様っ!?」

 

ラウラも同じ答えに辿り着いたのか、いつもの呼び方で真理を呼ぶ。

だが、ハイパーセンサーで海面付近を探っても人影すら見当たらない。だが、あの槍は絶対に真理が投げたものだ。それだけは間違いない。

色々気になるが、今は福音を相手にしなくては。

停止している福音を通り過ぎて、ラウラを抱えてシャルたちの元まで飛んでゆく。

 

「すまない」

「いや、相手はAI。狙撃場所を変えているとはいえ、逆算されることを作戦に組み込んでおくべきだった」

「終わったことだ。それより、これからどうする?」

「………」

 

これだけ戦っても、福音のエネルギーは半分削れたかどうか。やはり、箒だけでなく、一夏がいなきゃだめか。

高攻撃力の武装さえあれば、無いものねだりなんかしなくて済むのに…ッ。

 

「巧!ラウラも大丈夫?」

「ああ。だが…」

 

どうする。

福音は今槍を抜くために留まっているが、それも長くない。早く、早く立て直さないと…。

だが、鈴も箒もエネルギーは少ない。ラウラも今の無理な加速で無駄にエネルギーを使ってしまった。もはや最初に建てた作戦を行うことはできない。

お互いがお互いをかばい合いながらじゃあ福音には勝てない。

クソッ、全員の機体が全快の状態じゃなきゃ、勝てないのかよ…!

 

「巧…」

 

シャルが呼んでいるが、それどころじゃない。このままじゃ全滅だってありうる。情報があっても、指揮が俺じゃダメなのか…。

近接、遠距離、エネルギー量、速度、機体性能…。俺たちの情報と、福音の情報が頭の中でグルグルと廻る。

どうする、どうする、どうする。

真理はいない。一夏もいない。皆のエネルギーだって多くない。

 

「…勝てない…」

 

口をついて出た言葉が、脳内でリフレインする。

ダメだ、あの天使に勝てるイメージがまったく見えない。

そうこうしているうちに翼から槍を引き抜いた福音が、追いついた箒の刀と拳をぶつけあっていた。

二本の刀を操る箒を完璧に捌き、援護射撃を放つセシリアのレーザーさえ躱して見せる。その無駄のない動きに、勝てないというイメージが強くなる。

そして、とうとう。

否、来るべき時が来たというべきか、セシリアが福音の翼に捕まり、真理を落としたエネルギーの乱流に包み込まれ、海面へと落ちていく。

 

「セシリアッ!」

 

箒と格闘戦をしているところを狙っていたために、スコープを除いていたところを狙われたのだろう。一瞬で距離を詰めた福音は、一切の抵抗を許さずにセシリアを倒した。

海面に向かって一直線に落ちていくセシリアをシャルが追いかけ、巨大な水柱を上げた。

 

「く……ッソがぁぁあああ!!」

 

その光景に耐えきれず、機械腕を四本展開し、一夏を殺しかけたレールガンを四つ展開する。そして、ずっと持っていたマシンガンで牽制しながら、レールガンを撃つ。

撃ち終わったレールガンを量子変換し、即座に別の武器へ持ち替える。シャルのようにラピッド・スイッチはできないが、それでも展開速度はかなり早い方だ。その技量の全てを用いて、大小さまざまな弾丸を撒き散らす。

鷹修羅は、人間が扱いやすいようにハイパーセンサーを調整し、広い拡張領域に入れた武装を一度に多数展開するための複腕をイメージ・インターフェースで動かす機体だ。

そのコンセプトは、並列思考を用いて、単体または多数を相手取り、人間である限り必ずできる隙を最低限まで機体の補助で削った、人用ISなのだ。ハイパーセンサーは360度目を閉じても見えるように設計されているが、人間である以上、それを十全に扱うことは難しい。しかし、鷹修羅ならば、三つのモニターとしてハイパーセンサーを切り離して表示することで、可能な限りすべてを見渡すことができる。

しかし、鷹修羅に搭乗するにあたって必要なのは、高度な並列思考。会社内で最も高い数値を出した俺でさえ、鷹修羅の本来のスペックの六割も出せていなかった。

そもそも、第三世代機のイメージ・インタフェースを使用した兵器を二つも積んでること自体異例なのだ。しかも、直接戦闘とは関係のない機能が一つ、そして、その両方が並列思考を用いるという、異常に異常を重ねた前例のない機体が鷹修羅という機体なのだ。

そして今、その機能を全開放し、眼球の奥が締め付けられるような痛みを無視しながら、福音を追う。

 

「待てッ!」

 

背を向けつつ、その翼から落とす福音を狙い撃つ。今の俺の眼には、福音しか映っていない。

故に、周りが見えていなかった。

 

「鈴!」

「っ!?」

 

背中越しに聞こえた声に反応してモニターを確認すると、大量の銀の鐘に囲まれた鈴が、ギリギリのところで回避と迎撃を行っていた。

その光景に、言葉を失う。

 

セシリアが落とされ、シャルがそれを追って、無事かわからない。俺の独断専行で、今度は鈴が危険な目にあっている。

誰のせいだ?福音か?いや、決まっている。俺のせいだ。

シャルたちの言葉に甘えて皆を引き連れて、作戦も考えたのに、それを無駄にした挙句、勝手に暴走して皆を危険に晒している。一夏の傷も、真理が残したものも無駄にして、俺は一体、何をした?

 

「アタシは、大丈夫ッ!……箒!」

 

「あ……」

 

鈴の援護に向かおうとしていた箒の背後に、福音がいた。あの距離では、もうどうしようもない。

呆然とその光景を眺める。

それはまるで、映画のようで。

コマ送りのように、破れかけた福音の翼が箒を包みこもうと広がっていく。鈴が、ラウラが、何かを叫んでいるが、何も聞こえない。

そして、福音の翼で箒が見えなくなった。

 

 

 

と同時に、福音の体を撃ち抜かんとする一筋のレーザーが空を切り裂いていく。

 

 

 

「光…?」

 

 

 

 

 

「大丈夫か、箒」

 

 

 

 

 

白い騎士、織斑一夏が、復活した。

 

 

 

 

 

「一夏…?」

「おう。皆も無事か?」

 

どこか変わった白式を纏った一夏を見る。その体に傷は無く、どこからどう見ても無事であることが伺えた。

しかし、一夏の無事を素直に喜べない。だって、一夏の問いに、答えられないのだから。

だがそれも、杞憂に変わる。

ザザッ、というノイズとともに通信が入る。

 

『…き…える…?…僕は大丈夫だよ!セシリアも大事には至ってないみたい!』

『ふ、不覚を取りましたわ…』

 

その声に、ようやく心が安堵する。

 

「よう、巧。死にそうな顔してるけど、大丈夫か?」

「ああ、助かったよ…」

「おう。それで、どうする?」

「どうする、って言われても、俺じゃあ福音に勝てる作戦なんか…」

 

そう。一夏が無事なのはよかった。シャルとセシリアが無事だったことにも安心した。

だが、それは福音に勝てるということではない。問題は解決していない。

俺を含め、一夏以外はエネルギーが半分を切っているし、一夏も単一能力を使えばすぐにエネルギーが尽きる。そうでなくても、何故か大型スラスターが増設されているのだ。エネルギーなどあってないようなものだろう。

そして何より、あいつを倒すための作戦がない。

 

「いや、巧にしかできないさ」

「な、んで、そんなことが言えんだよ…」

「俺たちの中で、俺たちを一番うまく使えるのは、俺たちを一番よく知ってる巧だろ?」

 

一番、知っている?

 

「俺はまだ皆の心をわかってやれてない。特に女子はな。そんで、箒たちも、いつも一緒にいるけど仲がいい人って決まってるだろ?その点、巧は皆をわかってる。理解してる。だから、俺たちのリーダーは、お前なんだ」

 

「いや…でも、真理の方が…」

 

「大丈夫だ!俺たちを理解してるって点じゃあ、巧は真理より優れてる!俺が保証する!だから、巧の指揮で、俺たちを勝たせてくれ」

 

胸の奥が、熱くなる。

一夏が信じてくれてる。皆が信じてくれてる。そんな自分を、自分が信じてやれずにどうする。

俺には、皆を福音に勝たせてやれるだけの力があると信じ込め。

シャルを助ける時に、できていたことじゃないか。

 

「…わかった。少しだけ時間を稼いでくれ。絶対に勝つぞ」

「おう!」

 

笑顔で返事をして、みんなと連携を取る一夏。それを見つつ、頭を回転させる。複腕と『ホークアイ』を止め、作戦を練ることに集中する。

ただ、さっきまでフルで併用していたからか、頭がスッキリしている気がする。これなら…!

 

「決定打は一夏…となると、やっぱり当初の作戦を軸に、皆で囲っていく、か」

 

だが、やはり問題はエネルギーの量だ。せめて、全員のエネルギーが半分以上あれば…。

そう思っていた矢先に、光明が差す。

 

「巧!」

「箒か?」

「ああ、手を出せ!」

 

言われるがままに手を出し、その手が箒に握られた瞬間。金色の光に包まれたと思ったら、急激にエネルギーが回復し始めた。

 

「な、これは…!?」

「単一能力らしい。名は『絢爛舞踏』」

 

まだ専用機になって一日しか経ってないのに単一能力が発現したのか。いや、それは置いておこう。今は、エネルギーが回復したこと、そして、そのおかげで福音を倒す算段が付いたことを素直に喜んでおこう。

 

「助かった!皆には?」

「もうやった。巧が最後だ」

「了解。作戦を皆にも伝えるから、チャネルは開いといてくれ」

「わかった」

 

エネルギーの問題は無くなった。となれば、あとは俺の作戦に全てがかかっている。

だが、作戦は至ってシンプル。基本はさっきと変わらない。

 

「いいか!鈴とセシリア、箒と一夏、俺とシャルとラウラで組む。一夏と箒は俺たちが福音の隙を作ったら、エネルギーを全部使って叩っ斬れ!鈴とセシリアコンビは、セシリアを主体に鈴はセシリアの護衛。福音がセシリアに少しでも近づいたら全力で守れ。それ以外は二人とも遊撃。ただ全員そうだが、近接戦闘は禁止。一撃離脱に専念しろ。そして俺たちは、奴の機動力を削ぐ。シャルとラウラは銀の鐘の対処を優先しつつ、実弾で福音の本体を狙ってくれ」

「巧はどうするの?」

 

今度は失敗しない。

一夏と箒にはトドメを。鈴とセシリアは機動力を活かして遊撃。福音の機動力を削ぎつつ、エネルギーも削ってもらう。そしてシャルとラウラ。二人には本体を狙ってシールドエネルギーを削ってもらう。

そして、俺は。

 

「奴の翼を吹き飛ばす。準備の間は二人と同じように動くが、合図をしたら離れる。そのタイミングで、一夏と箒も準備してくれ」

「「了解!」」

 

二人の返事を聞いて飛ぼうとする。が、シャルがプライベートチャネルで不安そうな声で、こう聞いてきた。

 

「…大丈夫、なんだよね?」

 

その言葉は、暗に死ぬ気じゃないよね、という意味を含んでいた。

さっきまでの俺だったら、無言を返すしかなかっただろう。だけど今は、こう返す。

 

「当たり前だ。一夏が生きてる。真理だってきっと生きてる。そして何より、シャル、君が生きてる。昨日なったばかりとは言え、彼女を一人にするわけないだろ。…一緒に、帰ろう」

「!…うん!」

 

複腕とホークアイを展開し、実弾の銃を展開する。そして、視界の端に、58%という表示を確認する。

頭痛は無い。この調子なら、アレが発動できる。それまで、絶対に誰一人落とさねぇ。

 

最終ラウンド、開幕。



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