オーバーロード~狼、ほのぼのファンタジーライフを目指して~ (ぶーく・ぶくぶく)
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第1部
OP:新たな冒険の始まり


「次に会うのはユグドラシルⅡとかだといいですね! それじゃあ」

「あ、」

 

彼はヘロヘロがログアウトするのと同時にログインした。

そのタイミングの悪さに思わず声を漏らした。

 

最後なのに……ログイン早々、意気消沈した彼に、魔王のような骸骨が振り返ると親しげに声をかけた。

 

「ジョンさん、遅かったですね」

 

彼、ジョン・カルバインに声をかけた骸骨は、種族オーバーロードの死霊術師にして防衛戦で不敗を誇ったアインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガ。

そして、異形種である事と社会人である事を加入条件にしているギルドであるから、ジョンと呼ばれた彼の外見も、例に漏れず人間種ではなかった。

 

ジョンの種族はワーウルフ。

彼は人間形態ではなく、所謂、人狼形態と呼ばれる二足歩行する獣の姿を基本としていた。

その毛並みは青と白で、鼻筋の長い狼の顔。逆立った毛がライオンの鬣のように首周りに生えている。爪は獣のように長く伸び、足はイヌ科の動物と同様の踵が地面から離れて指先だけで立つ構造の物になっている。尻には長くふさふさとした毛に覆われた尾が生えていた。

神話級の装備で身を固める上位陣の中で、普段は敢えて装備を減らし、武道家のズボンと黒帯のみ。上半身は裸で腕輪と指輪を幾つか装備し、武器を持たずプレイヤースキルを極限まで求めるスタイルは、男のロマンであるが故にカンストプレイヤーのお遊びと見られていた。

もっとも、ロマンの為にリアルで格闘技スクールに通いだすような彼に、メンバーは(特にるし★ふぁーなどは)自分たちの仲間に相応しいと囃し立てたものだった。

 

そのロマンを愛する狼男であるジョンは、失敗を恥じるかのように狼頭をかきながら、モモンガに答える。

 

「1週間ぶりでしたっけ? 最後だってのに急に仕事が忙しくなって、ギリギリのインになってしまいました」

「私が入っていない間に村を焼かれたとか?」

「ええ、異形種狩りの奴らに。ここ半年は過疎ってたから、結構、開拓できてたんですけどね」

 

ジョンは自然への憧れが強く、素朴な狩猟農耕生活を再現してみたいと、21世紀初頭に活躍したアイドルグループの活動を真似、ユグドラシルの一般フィールドに自称ダーシュ村を開拓しては異形種狩りに焼き討ちされるのを繰り返していた。

 

最後だからか、過疎ってる筈なのにPKやら詐欺取引やら増えて世紀末状態でしたと肩をすくめると、ジョンは不安と息を呑み、意を決してモモンガへ問う。

 

 

「……皆、来てくれたんですか?」

 

 

微かに震えるジョンの寂しげな声。

それに応えるモモンガの声は優しげで、この最後の一日を振り返って愛おしむ。

 

「全員ではないですけど、朝から入れ替わりで結構来てくれましたよ」

 

思い出に浸るその姿は温かくも寂しげで、ジョンは自身の寂しさを誤魔化すように軽口で応える。

 

「来てないメンバーは、きっと今頃、泣きながらアップデートデータのダウンロードしてますよ」

「ああ! ありそうですね。仕事が終らなくて今日中に家に帰れそうに無いってメールも着てましたし」

「ヘロヘロさん以上のブラック勤務が!!」

 

二人の笑い声が円卓の間に響き、そしてまた、終わりを間近に控えた寂しさの混じった沈黙が降りる。

 

 

「それ持って、玉座の間に移動しませんか?」

 

 

それを吹き払うようにジョンは、ギルド武器《スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン》を指差した。

 

「…………」

「モモンガさん?」

「あ……いえ、これはここに……」

「持って行きましょうよ。悪役らしく、ギルドの最後は玉座の間って、皆で決めましたし」

 

ギルドの象徴であり、命であり、皆と共に作り上げた思い出そのものであるそれを手に取る事を躊躇うギルド長をジョンはじっと見つめた。

PKKを繰り返し、PKギルドとしての悪名が轟いてしまったアインズ・ウール・ゴウン。魔王の軍勢と呼ぶならば、それに相応しい力を持ってやろうと皆で駆け回り、作り上げたスタッフはワールドアイテムに勝るとジョンは思っていた。

 

そのギルド武器を作り上げるために皆で協力して冒険を繰り返した日々。

チーム分けして競うかのように材料を集め、外見を如何するかで揉め、各員が持ち寄った意見を纏め上げ、すこしづつ作り上げていったあの時間。

それは『アインズ・ウール・ゴウン』の最盛期の――最も輝いていた頃の話だ。

 

だからこそ、その時に、雑談だったかもしれないけれど、『悪役は悪役らしく最後は玉座の間』と皆で話した事をやろう。それがこの場にこれなかったギルメンの意志でもあると、ジョンはこの場にいない彼らの代理と代表をするつもりで、この素晴らしいギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の長を務め続けてくれたモモンガの背中をそっと押した。

 

モモンガは少し逡巡した後――その手を伸ばし、杖――スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掴み取る。

 

手におさめた瞬間、スタッフから揺らめきながら立ち上がるどす黒い赤色のオーラ。時折それは人の苦悶の表情をかたちどり、崩れ消えていく。

作り上げられてから一度も持たれた事が無かった故にデザイン設定で上がっていても、実際に見るのは初めてのエフェクト。

こだわり過ぎのエフェクトに皆で騒がしく過ごした日々を思い出し、「……こだわり過ぎでしょう」とモモンガはステータスが劇的に上昇していくのを感じながら呟く。

象徴であり、一度も持たれなかったギルド武器を持ち出す事にギルドの最後を思う。その寂しさは、、、

 

「うわッ!?、きもッッ!?」

 

ジョンの声に木っ端微塵に吹き飛ばされたけれど。

その声にモモンガは笑みを浮かべる。この脳筋だが、自分と同じようにリアルにものを持たない彼がいてくれたお陰で、最後の数年はどれだけ救われただろう。何も考えていないようで、空気を読まないようで……実際、ほぼ間違いなく何も考えていないと思うが……誰も彼もが去ってしまったと胸が締め付けられる度に、何かしら仕出かしてくれた。

 

自分は一人ではない。それにどれほど救われただろう。

 

その想いと共に最高位のスタッフを握り締め、モモンガは努めて低い声で呼びかけた。

 

 

「行こうか、ギルドの証よ。いや――我等がギルドの証よ」

 

 

/*/

 

 

二人は円卓の間を出て歩く。

一人であれば、もうこの部屋に戻る事も無いのだと感慨に耽ったかもしれない。

けれど、二人は今日、最後だから短い時間ながら来てくれた仲間たちを思い出しながら、玉座の間へ進んでいく。

 

「そう言えば、来てくれたメンバーは最後だからとNPCの設定やAIを調整していきましたね。……ヘロヘロさんがジョンさんにルプスレギナ見てくれって言ってましたよ」

「ルプーの? それは楽しみですね」

 

10階層に降りた広間に待機しているセバスと6人の戦闘メイド。

その内の一人、同じワーウルフと設定されていた赤髪の三つ編み褐色美少女。メイド服と修道服を合わせて2で割ったような服装をしているルプスレギナ・ベータの設定を確認しようとジョンは近づいていく。

文字通り狼であるジョンの視線にさらされてもルプスレギナの表情に変化は無い。先ほどから変わらず、あるかないかの微笑を浮かべたままだった。

 

だが、ジョンがルプスレギナの前に立った時、彼女はにっこり笑ってウィンクをした。

 

「可愛い……って、こんなモーションあったっけ!? あれ、モモンガさんでは反応しない? ……条件付のモーション追加してったのか……。ヘロヘロさん即興でこんなスクリプト追加できるなら、もっと良い職場があるだろー」

 

AI担当だったヘロヘロとすれ違った事を悔やみながら、他に何か無いかと設定テキストとAIをざっと確認する。

そうすると、AIのコメントに『モモンガさんと最後までギルドを守ってくれてありがとう。ルプスレギナは第*次ダーシュ村出身とかどう?』

 

「マジか!? ヘロヘロさん、どうせなら後1年早く!! モモンガさんギルド長権限でこれ(AIコメント)を設定に書き込んで下さい!!!」

「ああ、ジョンさん。AI組んだり、外装つくったり出来ないからって、遠慮してましたっけ」

 

活動メンバーが減り、事実上、自分たちだけとなっても律儀にメンバーの作ったものだからと手を加えずにいたジョンの喜びように苦笑しながら、モモンガはルプスレギナの設定の最後に『第*次ダーシュ村出身』と書き加えた。

 

セバスとプレアデスを引き連れ、最終防衛の間を通り抜け、玉座の間への扉を開けるとモモンガを迎えるようにアルベドが控えていた。

本来、ナザリック全域を巡回している筈の彼女が最後の時に玉座の間でギルド長を待っていた。

その偶然に、AIでしかない筈のシモベたちに意志があるような気がして、ジョンは笑みを浮かべた。

 

「そう言えばタブラさんも?」

「ええ、お昼ごろに……アルベドたちの設定も何か弄ってましたよ」

 

うへぇ、タブラさん設定魔だから変更点を見つけられるかな。

そう言うジョンを横目に見ながら、モモンガはコンソールを開いてアルベドのプロフィールを眺める。

 

「「ながっ!!」」

 

プロフィール欄にびっしりと書き込まれた文字が、モモンガが軽く弾くようにしてスクロールしてもまだ続いている。

 

「久々に見たけど、流石は守護者統括。タブラさん力入れ過ぎでしょう」

「そうですね。あ、ようやく最後に……ん?」

 

最後の一文に、ジョンとモモンガは目を点にする。

 

「「……『モモンガを愛している。』?」」

 

「最後は『ちなみにビッチである。』だった筈? タブラさん改変してったんだ……」

記憶を呼び起こしながらジョンは首をひねる。

文字制限ギリギリまで書き込んだ設定だったので、彼は何回かに分けて読んだ事があるのだ。

 

「タブラさーん!! 何やってんですか!!」

 

「いやいやいや、あのギャップ萌えのタブラさんだからこそ、最後までギルドを守ってくれたモモンガさんになら愛娘であるアルベドを嫁に出しても良い……と。これはタブラさん自身が自分をネタにしたギャップ萌え? ……タブラさんには萌えないぞ。俺は」

 

二人で顔を見合わせて笑い合う。

仲間たちの置き土産で、最後までしんみりした空気とは無縁でいられそうだ。

 

二人とも両親はすでに無く、外には友達も殆どいない。彼らにはこのギルド『アインズ・ウール・ゴウン』こそが自分と友達の輝かしい時間の結晶なのだ。

 

壁には41の大きな旗が天井から床まで垂れ下がっている。

モモンガは旗のサインが表す名前を読み上げていく。一つの名前を読み上げる度に、脳裏にそのメンバーとの思い出が過る。

そんなモモンガにジョンは心からの感謝を込めて声をかける。

 

「……リアルのどこよりも、ここが、ナザリックこそが、俺の帰る場所で、今まで味わえなかった青春の場所でした。ありがとうございます。モモンガさんがギルドマスターであってくれたから、俺はここまでプレイし続ける事が出来ました」

「私も感謝しています。ジョンさんが居てくれたから……開拓とか目的を持ってプレイを続けてくれたから、私も最後まで続けられました。……また、一緒に冒険しましょうね」

 

モモンガのその言葉。また、一緒に冒険を……それはきっと、ギルドメンバー全員に共通する想いだろうとジョンは信じた。

周囲を見回す。もう時間は数秒もない。

 

 

ジョンは玉座を見上げる赤い絨毯の上に移動し、万感の思いを込め、遠く響く吠え声を上げた。

 

それはユグドラシルに別れを告げる声であり――

 

 

そして――新たな冒険の産声だった。

 

 



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第1話:玉座の間、笑う人狼。

時刻は0:00:00……1、2、3とカウントを続けている。

 

あれ? 

 

「ログアウト、しない?」

「サーバー停止が中止になったとか?」

 

玉座の上と下で顔を見合わせるジョンとモモンガ。

これまで見たことが無いきょとんとした表情のジョンの狼顔に愛嬌を感じてしまい、モモンガは小さく笑った。

 

それぞれ、サーバー停止延期のお知らせや何かないかと、コンソールを呼び出し、システムログやGMコールを確認し始める。

だが、コンソールも呼び出せず、GMコールに反応も無い。

 

 

「どうかなさいましたか、モモンガ様? カルバイン様?」

 

 

横合いからかけられた女性の声に、二人は驚愕と共に視線を向ける。

モモンガは肩を強張らせながら首だけを向け、ジョンは肩の力を抜き、腰を少し落としながら右足を引いて身体ごと向くという違いはあったが。

魔王と狼男の驚愕の視線にさらされながら、アルベドは気遣わしげな表情をモモンガへ向けている。

 

……表情?

本来ならばマクロなどで一時的にしか動かせないNPCの表情が、生きているように生き生きと動き、受け答えしている。

 

そして、ジョンは気づいた。アルベドの匂い、モモンガの匂い。だが、ユグドラシルでは匂いまでは再現されていない。いや、そもそも人間の嗅覚はそこまでの性能を持っていない。

加えて、アルベドの生命反応、モモンガの負の生命反応が視界に入れずとも、自分を中心にどこにいるかが、その大きさまでも含めてわかる。

まるで各種索敵スキル、殺気感知、生命感知、気配感知などが発動しているようだった。どれが発動してるかまではまだ分らなかったが。

これではまるで、そう、まるで本当に『ジョン・カルバインになった』ようだった。

 

そう考えてみれば、さきほどアルベドに向き直った瞬間、その瞬間の動きに何の違和感もなかった。

 

本来であれば、リアルの身体ではない違和感を感じる筈が、触覚や嗅覚の不足もなく、システムの動作補助などの違和感もなく、あくまで自然に、リアルの身体よりもスムーズに力強く動く事に何の違和感も感じなかった。

 

……本当に、さっきの動きがリアルで出来たら、自分は全国優勝どころか世界大会でもいけるんじゃないだろうか。全国優勝なんてした事はないけど。

 

そんな事を思いながら、掌をぐっぱっと閉じたり開いたりして身体の動きを確かめる。

自分は猫ではなく狼なのだが、爪も有る程度まで自分の意志で伸ばしたり縮めたり出来るようだ。これなら物を握ったり、拳を握ったりも出来そうだと思い安心する。

 

 

「なんでもない……なんでもないのだ、アルベド。ただ……GMコールが利かないようなのだ」

 

 

玉座から聞こえたモモンガの声に視線を上げれば、自ら動き出したアルベドがモモンガの下へと歩み寄り、間近に立って気遣わしげにモモンガの顔を覗き込んでいた。

ジョンからアルベドの表情は見えなかったが、アルベドが本当にモモンガを心配しているのは、気配と言うか、匂いと言うか、そう言うリアルの自分よりも鋭敏になった感覚で捉える事が出来ていた。

 

なんでもないと手を上げて応えるモモンガに対し、アルベドは再び返答を返した。

 

「……お許しを。 無知な私ではモモンガ様に問われました、GMコールなるものに関してお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会を……」

 

消え入りそうに意気消沈しているアルベドには悪いが、それを無視してジョンはメッセージを起動させ、モモンガと繋ぐ。

 

《メッセージは……使えますね。モモンガさん、匂いがするんですけど? モモンガさんとアルベドが匂いで区別出来るんですけど。おかしくないですか?》

《ジョンさん、そんなに鼻が利きましたっけ?》

《そんなわけないです。人間は体臭で個人判別とか無理ですよ。まるで良くあるネット小説の異世界転移ですね》

 

《何が起こっているかわかりませんが、事態の把握が必要です。 手分けを……いや、NPCを使ってナザリック内外の情報を収集させたいと思いますが、どうでしょう……って、何してるんですか!?》

 

思案に耽ったがモモンガが目を向けると、そこには玉座の間で型……それとも演舞だろうか……をしている狼男の姿があった。

右を払って、左を突き……こういったものをモモンガは見た事がないのだが、拳が空を突くたびに炸裂音と共に円錐型の雲(ベイパーコーン)が発生し、脚が床を踏み込む度に、ずしん、ずしんと見た目よりも遥かに重そうな音が響くのは、人間業なのだろうか。

 

《いや、この身体どうなってるのかと……》

《……それで、どうですか?》

《軽く突いてるだけなのに、絶対!! 音速超えてますよ。これ!!!》

 

音速拳だひゃっふぅぅぅー!!!と興奮するジョンの声を聞きながら、モモンガはキャラクターが保有していた高い基礎ステータスは問題なく自分達も持っているようだと判断する。

その間に型を終えたジョンは終わりの礼を玉座のモモンガに向けて行った。

 

その一礼に思うところがあったのか、アルベドは改まった態度で「カルバイン様、直答の無礼をお許し下さい」と告げてきた。

何かを恐れるようなアルベドの様子に首を傾げ、次いで直答の意味を数瞬考え、ジョンは直答を許すと答える。

 

 

「我等へと最後の別れを告げ、お隠れになった至高の方々。……カルバイン様も、モモンガ様へ別れを告げにいらっしゃったのでありましょうか」

 

 

は? いやいやいや。

 

ジョンとしては何を言ってるんだこいつは?という状態だったが、零れ落ちそうな涙を堪えたアルベドの表情に言葉を飲み込み、考えた。

どうしてそうなった? いやまて、ひょっとして……こいつら、昨日、皆が最後に来たのを覚えてるのか?

 

(数年ぶりのギルメンIN=ゲーム時間で数十数百年+別れの挨拶)*(玉座の前でギルド長に一礼する俺)=(そして誰もいなくなる)って、事か!?

 

 

そう思った上でアルベドを見れば、はらはらと金の瞳から涙を流す彼女が捨てられた幼子のように見えた。

 

 

捨てないで、忘れないで下さい。

私たちはどうなろうとも、あなたたちの役に立つ事こそが喜びです。

どうか、行かないで下さい。連れて行かないで下さい。

最後に残って下さったこの方を、どうか私たちから取り上げないで。

 

 

一人去り、二人去り、リアルの事情で誰も彼もがログインしなくなり、彼らはアインズ・ウール・ゴウンを捨てた訳ではないけれど、優先順位の違いから自分とモモンガだけが最後まで残った。

自分も残った側だから、残された側の気持ちは痛いほど良く分かる。その不安は自分のものでもあったのだ。

 

だから、笑う。

 

だから、ジョンは何の心配も無いのだと笑ってみせる事にした。

 

 

「泣くな、アルベド。何処にも行かないし、何処にも連れて行かない。

 俺はこれまで通り、モモンガさんとアインズ・ウール・ゴウンを守る」

 

 

この狼頭で上手く笑えていれば良いけれど。

 

 



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第2話:闘技場、人狼と蟲王。

2015.10.26 18:30頃修正2点。

1.切り飛ばしならが → 切り飛ばしながら
2.斬神刀皇を目の高さに上げ、残り3本の腕を右主腕に貸して構えた。→ 斬神刀皇を目の高さに上げ、残った左腕2本を右主腕に貸して構えた。

2015.11.25 17:10頃修正「デミウルグス」→「デミウルゴス」
2015.12.04 18:15頃修正「武人武御雷」→「武人建御雷」


その後、モモンガはアルベドからワールドアイテム《真なる無》を回収すると、彼女に現状動かすことが出来る階層守護者全員を第六階層の闘技場に集めるよう指示し、セバスにはプレアデスと共にナザリック周辺の調査と第九階層の警備をするよう命令した。

 

ジョンは第五層のニグレドの元に寄ってから、第六階層の円形闘技場で能力の確認を行うと決め、モモンガはレメゲトンのゴーレムへの命令権の確認。宝物殿によってアイテムの回収をしてから、第六階層の円形闘技場で合流。

その後、階層守護者に指示を出すと二人は打ち合わせし、行動を開始した。

 

 

そうして、ジョン・カルバインは闘技場でフル装備のコキュートスと向き合っていた。

 

 

「悪いな、コキュートス。モモンガさんがくるまでの肩慣らしの訓練につき合わせて」

「身ニ余ル光栄!」

 

身長2.5mに達する強大な蟲王は4本の腕にそれぞれ武器を持ち、常に冷気を纏った体や尾全体に鋭いスパイクを持ったライトブルーの外骨格は鎧を想起させて美しい。

対峙するジョンは2mに届かない程度。剥き出しの上半身は青と白の毛に覆われているが、身体の厚みは人間で言えばボディビルダーのような厚みがあり、それ以上の力強さがあった。

 

レベル的には同格。装備が貧弱な分、ステータスはジョンが不利。

武器が当たれば結構なダメージになる筈だが、危険を感じながらも、ジョンは興奮が止められなかった。

リアルでも格闘技スクールに通っていたが、試合ともなるとぶつかり合うまでが怖くて仕方なかった。一旦、痛みを感じればそこから先はなんとでもなったのだが。

 

けれど今は始まる前から、試合中に最高に集中できた時のような集中力と興奮、そして冷静さが同居していて、今の自分が昨日までの自分とは違う存在になっている事を強く実感させられた。

 

 

第六階層の守護者であるアウラとマーレは自分を大歓迎と言って良い喜びようで迎えてくれたが、今は距離をとって大人しく観戦させていた。

 

 

ジョンとコキュートスの二人は先ずは基本動作の確認から始める。

守護者達からすれば、ゆったりとした動きでの一般攻撃での攻防から始まり、武技――正拳突きなど――での攻撃、受けを丁寧に、なぞるようにやっていく。

 

幾度かのやり取りの後、動作が増える。

 

同じ、ゆったりとした動きでの一般攻撃での攻防だが、細かな足運び、体捌きを加え、ジョンとコキュートスはダンスのようにくるくると回り、お互いの位置を入れ替えながら攻防を続ける。

 

 

特殊技術も問題なく使えた。

 

基礎能力に基づく基本動作も長い修練を繰り返してきたように自然に行える。

 

 

何よりも判断の速度、把握できる情報の多さ、拳が、肩が動き出す際の初動の兆しを捉える事の容易さは、まるで時間の流れが遅くなっているようにジョンには感じられた。

その癖、基本動作や特殊技術に定められた動きしか出来ないわけではないのだ。定められた当り判定があるわけでもなく、自身の防御、耐久性を超えた打撃を受ければ、ダメージを受けるようだった。

 

この状況に不安もある。だが、それ以上に戦える事。

人間を超えた身体で、人間を超えた強者を相手に、それも仲間が創造した最高の武人と戦える。

たとえこれが夢であっても、これほどの喜びがあるだろうか。

 

 

我知らず、ジョンは笑っていた。

 

 

「コキュートス……俺は正直、みんな行ってしまって寂しかった。だけど、武人建御雷さんはお前の中にいるなぁ。ああ、楽しいなぁ、コキュートス」

 

 

狼頭を歪ませ、牙をむき出しにして、コキュートスに笑いかけた。

 

 

/*/

 

守護者中、武器戦闘で最高の攻撃力を誇るコキュートスは武人建御雷に武人として創造された。

守護すべき至高の方々の多くは立ち去り、武人建御雷に別れを告げられた事も彼は覚えていた。『どうしようもない』『残念』『もう会えない』そういった感情も伝わっていた。

故に最早、武人として守護すべき至高の方々を守護する事は叶わぬ。己の存在理由は満たされぬとコキュートスは絶望していたのだった。

 

だが、至高の方々の中でモモンガとジョン・カルバインだけが残ってくれた。自らと手合わせし、手合わせの中、自らの創造主が自分の中にいると認めてくれた。

武人であるジョンに、武人であろうとする自分の中に、最高の武人である武人建御雷の面影があると認められた。

 

その上、自分との手合わせが楽しいと言ってくれた。

 

 

コキュートスは絶望していた己を恥じた。

 

 

(ジョン・カルバイン様ヲ見ヨ。

幾度トナク己ノ大切ナ創造物ヲ滅ボサレ、幾度ト無ク打チノメサレ、自身ノ盟友タチガ立チ去リ、ソレデモ決シテ屈シナイ。

存在理由ヲ見失ッタコノ弱キ凍レル心ニ火ヲ灯シテ下サル。強ク優シキ賢狼ヲ見ヨ。

コノ身ニハマダ理由ガアル。守ルベキ御方ガイル。守ラセテ下サル御方ガイル)

 

コキュートスの複眼に強き光が宿った。

 

 

「身ニ余ル光栄! 故ニ御身ヲ守ル守護者ニ相応シクアリ続ケル事ヲ誓イマスル」

「……そうか? ありがたいな。だが、そろそろ時間だ。最後に軽く模擬戦と行こう」

 

その声に四本の腕に握る武器の重さを確かめるように何度か振るい、構えをとれば待ちかねたかのように声がかかった。

 

 

「いくぞ」

 

 

無手格闘を主とするジョンとしては、間合いで勝る(武器戦闘を主とする)コキュートスに先手を譲り、後の先を取るのが定石。しかし、敢えて先に間合いを詰めていく。

武器と無手では間合いが違う。まして体格で勝るコキュートスの間合いはジョンよりも遥かに広い。

 

だが、炸裂音と共に地を這うような低姿勢でジョンが一気に間合いを詰めてくる。

 

転移魔法と見間違うほどの速度であるが、ジョンには100レベルとしては速度特化と言うほどの速さは無い。

その速さは動きを読ませない初期動作の少なさ、構えから下に沈みこむような動きで前に出る事で相手の視界から消えるような動きを作り出し、それらを組み合わせ、練り上げた一つの技法とも言える速さだった。

 

呼吸器の構造の違いから口から息を漏らす事も無くコキュートスは構えた右主腕の武器を振り下ろす。

 

ジョンの動きを牽制する。動きを止めるなり、回避させる事に狙いを置いた動作だった。無論、100レベルに達している彼らの牽制は低レベルのものにとっては必殺の一撃になるものであるが。

 

しかし、ジョンは振り下ろされた刃の腹を左手の掌でそっと押すように払い落とす。

格闘で相手の拳を受けて払い落とす動きだったが、攻撃に、刃に、当たり判定のあるユグドラシルでは出来ない動きでもあった。

 

 

何時の間にか集結し、観戦していた守護者たちが息を呑む。

 

 

左手と左足を軸に、払い落としたコキュートスの右主腕に隠れるようにコキュートスの右側に回りこむ。右の副腕は右主腕に押さえられる形になり、コキュートスの右脇腹が無防備にジョンの前に曝け出される。

致命の一撃を繰り出すジョンの右拳を迎え撃つのは、右副腕を切り飛ばしながら突き出されるコキュートスの左副腕の一撃。

 

ジョンは突き出しつつあった拳を開き、掌で刃の腹を叩いて自身の左に誘導する。同時に右脚を軸に身体を左回転させ、コキュートスから見た身体の厚みを減らす事で反撃の刃を避けていく。刃がジョンの脇腹をかすめ、青と白の毛が舞った。

 

攻撃を攻撃で防がれたが、ジョンは右脚を軸に身体を逆回転させ、左脚を後ろ回し蹴り気味にコキュートスの後頭部に叩き込む。脚の構造が人間と違う為、踵ではなく指の付け根。いわゆる肉球で蹴る事になるが、だからと言って威力が足りないと言う事はまったく無い。

 

だが、コキュートスも最初に払い落とされた右主腕の流れに逆らわず身体を回転させている。

そのままコキュートスの長大な尾が凶悪な威力を秘めた鞭となってジョンを払い飛ばしに来る。

 

後ろ回し蹴りを繰り出したジョンの体勢は、人間であればそれ以上のアクションを取る体捌きが出来ない体勢だった。

人間であればコキュートスの尾の一撃は不回避の一撃となる。

しかし、人間を凌駕する筋力、耐久力、速度を持つ身体は繰り出した拳を開いて、刃を払う事を可能とした。

ならば、今度もヒットした後ろ回し蹴りを基点にし、左脚に力を込めて跳躍する人外の動きが可能。

 

跳躍したジョンの下で、コキュートスの長大な尾。人間には不回避の一撃が空を斬った。

 

 

着地と同時にジョンは反転。

距離を置き再び向き直った二人に、周囲で観戦していた守護者達は息を吐いた。

時間にして1秒にも満たない時間に行われた近接格闘戦。派手な魔法や特殊技術の炸裂などは無かったが、なんと濃密な瞬間であった事だろう。

 

 

武器を構え、切っ先越しにジョンと向き合いながらコキュートスは考える。

これは模擬戦、基本の動作に始まり、技を確かめた。ならば、次は力を確かめる番だろう。

 

ライトブルーの外殻が更に冷気を増したようだった。コキュートスの気配が切っ先よりも尚、研ぎ澄まされる。

 

右主腕の大太刀・斬神刀皇だけを残し、残りの腕の武器を地に落とした。

斬神刀皇を目の高さに上げ、残った左腕2本を右主腕に貸して構えた。軸足を動かし、左足を半歩下げる。

 

それは一分の隙もないほどに、最小の力加減での動き。

 

 

「武器を手放した……?」

訝しげなマーレの声に答えたのは、誰あろうコキュートス自身だった。

 

「武人武御雷様ハ仰ッタ。タッタ一ツノ生命ヲ懸ケルナラ、唯ソノ一撃ニ懸ケルベシ、ト」

 

至高の御方に、自らの創造主武人建御雷の思い出はこの身に宿っていると仰ってくださった。

ならば、迷う事など何も無い。全ては唯一撃に。この身の全てを、唯この一撃に込める。

 

 

振り上げた大上段からの一撃。逃げも隠れもしない。力と力をぶつけ合う事を望む。

 

 

否、至高の御方であるジョン・カルバインが望んでいるのだ。

守護者として、それに応える。

 

そんなコキュートスに一つ頷くとジョンも構えを変える。腕が地に触るほど姿勢を落とし、4つ脚の姿勢となる。同時にその身に秘める力を解放。クラスとして保有するモンクや格闘家。それらが操れる生命力、気が爆発的に解放され、オーラとなってジョンの周囲の空気を押しのけ、風を巻き起こし、嵐となって荒れ狂う。

 

 

「参リマス」「いくぞ」

 

 

迷い無きコキュートスの必殺の一撃と、オーラを纏ったジョンの突撃がぶつかり合う。

 

 

そして、閃光……衝撃――爆発。

 

凝縮された力が解放される衝撃が、二人をまとめて吹き飛ばし。

 

 

ブルー・プラネットが作り上げた夜空と星々が――仲間とその子らを、静かに見守っていた。

 

 

/*/

 

 

双方が吹き飛び、外骨格を大きく損傷させたコキュートスが倒れ伏し、身体を袈裟懸けに切られたジョンは血を流しながらも闘技場に立っていた。

そのジョンの足元には激突の場から2つの線が続いていた。それは激突の衝撃で押し戻された足の跡だ。

 

相打ちだろうか?

 

否、決着の際に頭の位置が高いほうが勝者と言うならば、一人立つ至高の御方であるジョンこそが勝者であるべきだ。

守護者たちは忘れていた呼吸を再開しながら、そう思った。

 

「お姉ちゃん、見えた?」

「……途中まではね」

 

戦闘特化とは言えないアウラには濃密な近接戦闘を全て把握するのは難しかった。

 

「情けない双子でありんすね」

 

自分は見えていたと勝ち誇ったように言うシャルティアであるが、ジョンの戦い方は格闘での超近接特化であり、対戦相手との読み合いによる後の先にあると考えていた。

だが、高速で行われる緻密な近接戦闘。そして、力を解放しての真っ向勝負。

 

これらを装備による底上げ無しに行っていたのだ。

 

本当に素手で、伝説級の防御を持つコキュートスの外骨格にあれだけのダメージを与えたのだ。

ならばその身に相応しい装備に身を包んだ時、どれほどの力を発揮するのだろう。

 

1対1であれば守護者最強となるよう創造された彼女であったが、接近された後にあれほど濃密な格闘戦を行いながら、自身のスキル、魔法を使用して戦闘を組み立てられるだろうか。種族としてのポテンシャルは吸血鬼が上である筈なのに、どちらが圧倒的強者であるか思い知らされた数秒間の戦闘だった。

 

「流石は至高のお方。唯、至高のお方であると言うだけで偉大でありんす」

「本当に素晴らしい戦いでございました。よろしければ私の方でコキュートスの治療を行わさせていただきますが」

 

守護者に遅れて到着したセバスはジョンに一礼し、コキュートスの治療を申し出る。

 

「任せる」

「はい、畏まりました」

 

うやうやしく一礼し、外骨格を大きくひしゃげたコキュートスに近づき治療を開始する。

相打ちで袈裟懸けに切られたジョンの出血は既に止まり、斬られた傷は既に再生を完了していた。

相打ちとは言えこれだけでどちらが勝者なのか一目瞭然であった。

 

ジョンはこの戦闘を振り返る。

 

(気の解放状態から突撃しつつ、特殊技術《猛虎硬爬山》を使ってみたけど変な姿勢からでも発動した。術理を満たせば拳と肘でなくとも、肘と肩、或いは頭と肩でも発動するのか。やはり現実になったせいか、ゲームの時よりも自由度が広がっている気がする。

それに俺の今の装備、攻撃力からするとコキュートスが一撃で起きてこない程のダメージは入らない筈。

ゲームでは単独技として使えたけれど、今回はカウンター気味に入った影響だろうか。

そうなると気を全消費する必殺技は危なくて守護者では試せない。デミウルゴスに適当な悪魔を召喚してもらうか。モモンガさんに適当なアンデッドを作ってもらうかだな。

 

 

……傷の痛みは耐えられた。と言うか興奮した。危ないなぁ、これ自分より強い奴と戦い出したら、楽しくなって死ぬまで戦いそうだ。)

 

 

そのジョンへセバスに同行していたプレアデスの一人、ルプスレギナが「失礼いたします」と声をかけ、「お使い下さい」と濡れたタオルを差し出す。

礼を言うと、ジョンは己の血で汚れた毛皮を拭う。その強者の余裕に溢れた姿にデミウルゴスは畏敬の念に打ち震える。

 

(あえて最弱の装備でコキュートスを下し、自らの偉大な力を知らしめるのみならず、繊細緻密な戦闘でコキュートスに更なる向上を促すとは! 流石は至高のお方でございます)

 

己の忠誠を捧げる至高のお方の偉大さに打ち震える守護者の前で、ジョンは治療を受けて立ち上がったコキュートスに歩み寄る。

 

「コキュートス、ご苦労だった。俺の戦闘だが、以前と比べてどうだった?」

「……以前ヨリモ繊細緻密デゴザイマシタ。牽制ノ一撃カラ必殺ノ一撃ニ至ルマデ……マルデ魂ガ入ッテイルヨウナ……」

 

言葉に詰まりながら、コキュートスは答える。

以前は魂が入っていなかったのかと、不敬とも取られる言葉であったが、他の守護者が反応する前にジョンは喜びの声を上げた。

 

 

「そうか! コキュートス、魂が入っていたか!!――ぶべらッ!!!」

 

 

だが、支配者として君臨する人狼は横合いからの爆発で吹き飛ばされた。

突然の事態に驚愕する守護者の視線の先には、

 

 

――大きく肩を上下させた死の支配者の姿があった。

 

 



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第3話:怒れる死の支配者。

アインズ・ウール・ゴウンのギルド長、モモンガは骸骨となった身を震わせて怒っていた。

信頼すべき仲間に怒っていた。

それはもう、思わず《ファイヤーボール/火球》で突っ込みを入れるぐらい怒っていた。

 

 

――それは何故かと問われれば、

 

 

(NPC達が我々を裏切り、襲ってくる可能性も捨て切れません。確認が取れるまで警戒はすべきでしょう。って言ったのに。

この人(ジョン)、どうしていきなりフル装備のコキュートスと戦ってるんだ!? しかも自分は武器なし、防具なし。嬉々としてって馬鹿なのか!? ゲームじゃない。現実だって言ったの自分だよな!? 死んだらどうするんだ!? ああ、もう怪我までして、馬鹿じゃないのか!?

 

打ち合わせしたでしょうが!? NPCたちの忠誠の確認を取るまでは慎重に警戒して行こうって!? 打ち合わせたのに、この人は……こんの駄犬はぁぁッ!!)

 

 

アンデッドの精神作用効果無効が連続して発動する程にモモンガは怒っていた。

その度に死の支配者からは絶望のオーラが吹き上がり、スタッフからはどす黒い赤色のオーラ揺らめきながら立ち上がる。時折それは人の苦悶の表情をかたちどり、崩れ消えていく。

どこから、どう見ても、怒り狂う魔王そのものだった。

 

 

(……ああ、馬鹿でしたね)

 

 

余りの怒りに精神作用効果無効が発動し、怒りが凪いで冷静になる。

 

(格闘キャラにはまって、リアルでも格闘技スクールに通いだして、数年で全国4位になるようなバトルジャンキーでしたね。

ゲームとして限界があるから、当り判定を受け流せないとか悔しがった挙句に当り判定の発生しない箇所を払って受け流すとか、気が狂ったとしか思えない事をしでかしてチート呼ばわりされて凹んでましたものね。

装備と相性の問題で爆発力はあっても、総合では上の下~中の上クラスでしたけど、現実になってその辺りが思うように出来て嬉しいのでしょうねぇ。ええ、馬鹿ですけど)

 

 

(駄犬ですけど)

 

 

幾度と無くモモンガからは絶望のオーラが吹き上がり、スタッフからは揺らめきながら立ち上がるどす黒い赤色のオーラ。

激しい怒りの感情と平静を行き来する死の支配者にして魔王。間欠泉のように吹き上がる絶望のオーラは最高位のスタッフに増幅され、守護者たちに身動きすら許さない。

 

 

「あ、あのー、モモンガさ……様」

 

 

身動きの取れない守護者達を横目に、ジョンが恐る恐るモモンガに声をかけた。

尻尾を足の間に挟み込みそうなほど腰が引けていたが、動けるだけ守護者達よりまだ増しだろう。

髑髏の奥で輝く赤い光がジョンをぎろりと睨みつける。スタッフで闘技場の地面を指し示すと、普段よりも更に一段低い声が響き渡る。

 

「ジョンさん、そこに座って下さい」

「あーでも、守護者の皆も集まったことだし……」

 

「そこに座れ、駄犬」

 

「サー! イエッサー!!」

 

地獄の底から響くようなその声に、ジョンは迷い無く敬礼し、土下座の勢いで正座をした。

駄犬ことジョン・カルバインは後日「マジで死ぬかと思った」とコメントしている。

 

 

/*/

 

 

《守護者統括のアルベドですら、こう言ってましたよね。

「我等へと最後の別れを告げ、お隠れになった至高の方々。……カルバイン様も、モモンガ様へ別れを告げにいらっしゃったのでありましょうか」

 我々がNPC達を捨てたと思っているなら、彼等が我々を裏切り、襲ってくる可能性も捨て切れません。確認が取れるまで警戒はすべきでしょうと言いましたよね》

 

「肩慣らしに基本動作から確認したのは良いでしょう。ですが、怪我するまでやる必要が何処に……

 いや、コキュートスの一撃でどの程度のダメージを受けるかとか、回復はどうなってるとか確認したかったのも分かります。

 分かりますが、それならまともに装備をしてから……」

 

《メッセージ》と肉声で同時に説教を受けながら、同時に違う話できるモモンガさんすげーとジョンは考え、自分も両方の話を理解しながら考えている事に気がつき、自分の頭の出来も変わってる事を実感する。

 

見れば、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンでブーストされているモモンガの絶望のオーラを受け続け、そろそろ守護者達も限界のようである。

 

なんとかモモンガさんを誤魔化し……げふげふ、落ち着いて貰って、本題に戻らなければ。

ジョンはきりっと擬音が出そうな程、神妙かつ真面目な表情を作り、モモンガの話に割って入った。

 

 

「モモンガさん、それは違う。

 

 アインズ・ウール・ゴウンの仲間達が離れ、守護者たちが不安になっているからこそ、俺は、守護者たちを、モモンガさんを、ギルメンを信じます。

 

 信じる事を選びます。

 

 分からないから、信じる事が出来るんです。

 だから、分らない事は良い事なんです。分からなくても信じたいと思える事が――俺たちの絆だから」

 

 

怒り狂う魔王の重圧を受け、最早、空気そのものが死に染まるような中で、それでもジョンは守護者達を信じると口にする。

その姿にアルベドは、玉座の間で不安にかられて無様をさらした自分を恥じた。同じ不安にかられても、これが至高のお方の絆の強さなのだろう。

自分達の不安も、狂気も飲み込み、それでも信じると言って下さる至高の御方の器のなんと大きな事であろうか。

 

 

「だから、俺は全開でぶつかり合わないといけない。俺は何処にも行かないし、モモンガさんを何処にも連れて行かない。

 俺はこれまで通り、モモンガさんとアインズ・ウール・ゴウンを守ると示さなきゃならない。

 

 それで裏切られたら仕方ねぇって事で。俺はその程度だったって事です」

 

 

そう言ってジョンは牙をむき出して笑った。

そんな事ありません。そうアウラとマーレは口にしたかった。

だが、怒れる死の支配者の重圧に口は動かず、恐怖ではなく己の無力に涙が零れそうだった。

 

 

「ギルメンだって、別にアインズ・ウール・ゴウンを、俺たちを裏切った訳じゃないし、俺たちを見捨てたわけじゃない。

 ただ一寸、他に優先する事があって来れなかっただけ。皆、ここにいる間は無敵の大怪獣だけど、弱い自分のままで挑む事、挑みたい事があっただけだ」

 

 

その言葉にデミウルゴスは考える。

 

至高の41人が弱いと言う世界。それはどのような世界なのだろうか。

吹き荒ぶ風は嵐となって山を削り、降り注ぐ雨は竜殺しの槍となって竜をも殺す。男子の生存率は1%を切る修羅の国だろうか。それは神器級、超位魔法、或いはワールドクラスの攻防が乱れ飛ぶ神々の世界なのだろうか。

 

 

それほどの超越者の世界に至高の41人は挑んでいると言う。

何の為に?

問うまでもない。アインズ・ウール・ゴウンの威光を知らしめる為にだ。

 

 

「俺とモモンガさんはそこでやるべき事を見つけられず、ここに残ってしまった」

 

 

(違う。断じて違う)

 

デミウルゴスは至高の御方であるジョンの言葉を心中で即座に否定する。それは不敬であったが、彼の信じる御方々がそのような理由で残るわけがないのだ。

 

『俺より強い奴に(殴り)会いに行く』と普段から装備を封じ、相対的に己を弱体化させてまで強者を求めるカルバイン様が、そのような修羅の国に旅立つ機会を捨てるなど有り得ない。至高の方々を誰よりも愛しているモモンガ様が至高の御方々と別れるなど有り得ない。

 

その有り得ない行動。それは何故か? 考えるまでもない。

 

その全て、至高の方々に比べ、遥かに脆弱な我々を巻き込まない為だ。

かつて第8階層まで攻め込まれ、情けなくも全滅した。我々守護者を巻き込まない為だ。

そして、置き忘れ、放置され、自分たちは見捨てられたと、幼子のように泣く我々シモベ達の為だ。

 

デミウルゴスは、心中で不甲斐なさを恥じ、至高の御方の秘す偉業に、慈悲深さに、心からの敬意を示した。

 

 

「モモンガさんが、そんな俺を心配してくれるのは嬉しい。

 ……けれど、でも、それでも、仲間たちと創ったアインズ・ウール・ゴウンは俺の全てで、俺の信じる仲間たちが創った守護者たち、アインズ・ウール・ゴウンそのものに殺されるなら――俺は本望だ」

 

 

(……ああ、これは効く。これまで受けたどんな攻撃よりも効いてしまう……これではセバスと同じではないか。

 

脆弱な、不甲斐無い自分たちの為に死んでも良いなどと、他の至高の方々に追いつけなくても良いとまで言って下さるこの御方は、どれほどの決意と覚悟で我々の元に残って下さったのか)

 

身を震わせるコキュートスと、嗚咽を隠そうともしないシャルティアとアウラとマーレ。

そして、血が流れ落ちる程に拳を握り締め、それでも堪え切れない涙を流すセバスに懐から取り出したハンカチをそっと差し出す。

 

「執事とは常にエレガントにあるべきではないのかね」

 

自身の頬を伝う涙など知らぬふりを通して。

 

 

この日、守護者達は自分達が守護すべき至高の御方に自分達こそが守られているのだと言う事を理解した。

 

 

《あー、たっちさんとウルベルトさん、普段は喧嘩してても、こう言う時はこんな感じでしたっけねー》

《ええ、そうですね。ところで……これで私を誤魔化したつもりですか?》

《い、良い話でまとめたのに!?》

 

 

/*/

 

その後、集合した守護者からの忠誠の儀を受けると、セバスを交えて現在ナザリック地下大墳墓がおかれた状況と今後の動きについてモモンガは指示を出す。

そして、最後の確認としてモモンガは守護者達に自分達をどう思うかと問いかけた。

 

「まずはシャルティア」

「モモンガ様は美の結晶。まさにこの世界で最も美しいお方です。その白きお体と比べれば、宝石さえ見劣りしてしまいます」

「モモンガ様が美の結晶であるならば、カルバイン様は戦の結晶。屠った数十万の熱き血潮で鍛え上げられた、モモンガ様の懐刀です」

 

《骸骨って美しいのか……》

《シャルティアはそう言う趣味ですからね。モモンガ様って繰り返してるし》

 

 

 

「――コキュートス」

「モモンガ様ハ守護者各員ヨリモ強者デアリ、マサニナザリック地下大墳墓ノ絶対ナル支配者ニ相応シイ方カト」

「カルバイン様ハ己ニ枷ヲカシテマデ、強者ヲ求メ続ケル、マサニ武人ノ鑑デアリマス」

 

《強者って……ロールプレイ重視のスキルビルドだから、ガチでやったらシャルティアに負けると思うけど》

《シャルティアのスキルビルドはガチですもんね。……落ち着いたら、シャルティアともやってみようかな》

 

 

 

「――アウラ」

「モモンガ様は慈悲深く、深い配慮に優れた素敵なお方です」

「カルバイン様は至高のお方のご威光を広める素晴らしい方です」

 

《深い配慮とかなんだよと思うけど、それでも無難に感じてしまいますね》

《ご威光を広めるって、なんだ?》

《ダーシュ村の開拓では無いでしょうか》

 

 

 

「――マーレ」

「モモンガ様は、す、すごく優しい方だと思います」

「カルバイン様は、そ、その、も、もふもふです」

 

《……なに、それ?》

《以前、ぶくぶく茶釜さんに狼形態でマーレに腹枕をしろと言われまして……子供と動物が戯れているのは良いとか……SSまで撮られて……》

《かわいいは正義って言ってましたっけ》

 

 

 

「――デミウルゴス」

「モモンガ様は賢明な判断力と、瞬時に実行される行動力も有された方。まさに端倪すべからざる、という言葉が相応しきお方です」

「カルバイン様は脆弱な我々の為に、この地に残って頂けた慈悲深きお方です」

 

《端倪すべからざるなんて始めて聞いたよ。誰だよ、それ!? デミウルゴス、お前は誰を見てるんだ》

《いやでも、モモンガさんのとっさの思考の瞬発力は凄いと思うよ。ところで、デミデミの俺を見る目が優しいんだけど……何かしたっけ?》

 

 

 

「――セバス」

「モモンガ様は至高の方々の総括に就任されていた方。そして最後まで私達を見放さず残って頂けた慈悲深き方」

「カルバイン様は力無きもの達へ手を差し伸べる事の出来る方。そして、お姿を見せた時は私達にお声をかけて下さる慈悲深き方です」

 

《そんな事やってたんですか?》

《いや、セバスはついでで……俺はルプーの顔を見に行ってただけなんだけど……すまん、セバス》

 

 

 

「そして最後になったがアルベド」

「モモンガ様は至高の方々の最高責任者であり、私どもの最高の主人であります。そして私の愛しいお方です」

「カルバイン様は、モモンガ様と私どもをお守りして下さるお方。まさにアインズ・ウール・ゴウンの騎士であります」

 

 

《ナイト・オブ・アインズ・ウール・ゴウンwww》

《やめろ、骸骨。ぶっ飛ばすぞwww いいや、アルベドの愛しいお方www》

《タブラさーーーん!!》

 

《どうすんの、この高評価》

《一体、誰を見てるんでしょうか。……ジョンさんが泣かせたせいでしょうね》

《人の所為にすんなや骸骨。うーん、あんまり、彼らの前ではおちゃらけないほうが良いか》

《もう遅いような気がしますよ、駄犬》

 

 

「……では、私は円卓でジョンさんともう少し話がある。後の事はアルベドに任せる」

 

モモンガの発言に肩をビクッと揺らす駄犬ことジョン。

 

《違いますよ。ゲームじゃない以上、ジョンさんにも装備を整えて欲しいと言うだけです》

《あー、うん、装備ね》

 

守護者達には威厳たっぷりに、内面は肩の力を抜きまくってるような二人は、そうして、指輪の力を使用して闘技場から姿を消した。

後には拝謁の姿勢で崇拝すべき主である至高の二人から、圧倒的な畏怖と恐怖で威圧され、感動に打ち震える守護者達が残されていた。

 

 



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第4話:NPCそれぞれの想い。

9/11 21時10分頃修正。

ひびだらけて(ニートな)コキュートス→ヒビだらけで

ユリとルプーの会話一部修正。茶釜さんの業が深くなりました。


二人が去った後もその場に待機していた守護者達はしばらく、誰も口を開く事は出来なかった。

死すら生温い死の支配者の圧倒的なオーラ。呼吸の必要ないシャルティアですら、呼吸を忘れ、息苦しさを覚え、自らの死を望んでしまうような圧倒的な威圧であった。

そして、それを柳のように飄々と受け流していた人狼。

 

正に自らの支配者に相応しい至高の方々であった。

 

ようやく痺れるような死のオーラの感覚が薄れ、一人二人と安堵の息をつき始める。

 

「お姉ちゃん。モモンガ様もカルバイン様も、凄かったねー」

「ええ、でも……あんなに怒っているモモンガ様。初めて見たわ」

 

 

「――私ノ責任ダ」

 

 

コキュートスはカルバインへモモンガの怒りが向けられた事に責任を感じ、自責の念に押しつぶされそうになる。

至高の御方が望んだ事とは言え、至高の御方の頂点であるモモンガの怒りをカルバインが買ってしまった。

もっと他にやりようがあったのではないか? 自らを責め、自らの行動を省み、悔やみ、力尽きそうなコキュートスはライトブルーの外殻の輝きも鈍ったようで、守護者達も見たことが無いほど弱々しく見えた。

 

流石のデミウルゴスも声をかけるのを躊躇う……ヒビだらけで今にも砕け散りそうな凍河の支配者へ、守護者統括たるアルベドは今まで見せた事の無い、天使のように慈悲深い微笑を向けた。

 

 

「先ほど玉座の間でカルバイン様がモモンガ様に一礼していらっしゃったの。その姿はまるで別れを告げるようで、……私は不敬にも

 

『我等へと最後の別れを告げ、お隠れになった至高の方々。……カルバイン様も、モモンガ様へ別れを告げにいらっしゃったのでありましょうか』

 

 そう聞いてしまったわ。

 けれど、カルバイン様は何の心配も無いのだと笑って下さり、

 

『泣くな、アルベド。何処にも行かないし、何処にも連れて行かない。

 俺はこれまで通り、モモンガさんとアインズ・ウール・ゴウンを守る』

 

 そう言って、私の不安を吹き飛ばして下さった。

 私たち守護者の不安を酌み取り、あえてコキュートスの一刀を受ける事で自分はここにいる。何処にも行かないと言う事をその身で示して下さったのよ」

 

 

だから、コキュートス一人の責任ではないのだ。

罪があるのは不敬にも至高の御方の不在に不安を覚えた自分達の全てなのだ。

そして、それは他ならぬ至高の御方によって許されているのだと、アルベドは見るものを安心させるような微笑で続けた。

自らの不安を吹き飛ばして下さった、至高の御方のように笑えていれば良いと願いながら。

 

デミウルゴスは今までに無い、本当に天使のような慈愛の表情を仲間に向けるアルベドの変化をもたらしたものが、至高の御方の偉業である事を疑う事無く、アルベドの言葉に言葉を重ねる。

 

「その通りだね、アルベド。

 モモンガ様のお怒りはカルバイン様の装備にこそあったと私は思うよ」

 

その指摘にマーレが目を白黒させ始め、シャルティア、アウラがそれに続く。

 

「あ、あれ、え、、カルバイン様の装備って……?」

「聖遺物級のズボンとベルトだけでありんした」

「確か、コキュートスの武器って……」

 

「大太刀、斬神刀皇。武人武御雷様ヨリ賜ッタ、神器級ノ武具ダ」

 

 

「「………」」

 

 

沈黙の後、アウラがカルバインと同じモンクのクラスを持つセバスに問う。モンクとは丸裸でコキュートスの必殺の一撃に突っ込んで平気なのかと。

 

「カルバイン様、正面からぶつかりに行ったように見えたんだけど。どうなのセバス?」

「……正直に言いますと、聖遺物級の防具で正面からぶつかるのは相当な無茶かと。私であれば決死の覚悟が必要です」

 

「だからこそ、真正面からぶつかって下さる姿には思うものがありんした」

 

ペロロンチーノから伝説級の防具、神器級の武具を賜っているからこそ、シャルティアも自分達守護者の為に、カルバインがどれ程の決意と覚悟で血を流してくれたのか。その深い愛に身を震わせた。

 

「まったくだね。お二人が敢えて我々の為に残って下さったと言う事に、私も思い至らなかった」

「ドウイウコトダ、デミウルゴス?」

「カルバイン様がおっしゃっただろう」

 

そう言ってデミウルゴスはその場の守護者たちをぐるりと見回すとゆっくりと両手を広げ、神の言葉を授かる預言者のように天を仰ぐ。言葉を紡ぐ。

 

「『皆、弱い自分のままで挑む事、挑みたい事があっただけだ』とカルバイン様は仰った。

 

 至高の41人が弱く、挑む必要がある世界。

 それは吹き荒ぶ風は嵐となって山を削り、降り注ぐ雨は竜殺しの槍となって竜をも殺す。男子の生存率は1%を切る修羅の国。

 そこは神器級、超位魔法、ワールドクラスの攻防が乱れ飛ぶ神々の世界。

 

 

 至高の御方々はお隠れになったのではない。

 

 それほどの超越者の世界に至高の御方々は挑んでいるです。何の為に? 問うまでもありません。アインズ・ウール・ゴウンの威光を知らしめる為です。

 

 

『俺より強い奴に(殴り)会いに行く』と普段から装備を削り、力を封じ、己を弱体化させてまで強者を求めるカルバイン様が、そのような修羅の国に旅立つ機会を捨てるなど有り得ません。

 また、至高の御方々を誰よりも愛しているモモンガ様が至高の御方々と別れるなども有り得ません。

 

 

 その有り得ない行動。それは何故か? 考えるまでもないでしょう。

 

 その全て、至高の御方々に比べ、遥かに脆弱な我々を巻き込まない為です。

 かつて第8階層まで攻め込まれ、情けなくも全滅した。我々守護者を巻き込まない為。

 そして、置き忘れ、放置され、自分たちは見捨てられたと幼子のように泣く、我々の為――」

 

 

デミウルゴスは、心中で不甲斐なさを恥じ、至高の御方の秘す偉業に、慈悲深さに、心からの敬意を示した。

 

 

「なんという偉業。そして、なんという慈悲でしょう……」

 

 

デミウルゴスの瞳からは留まることを知らない涙が溢れ、頬を伝っている。

コキュートスは感動に打ち震えるように数度頭を左右に振る。シャルティアも片手に持った純白のハンカチを目尻に当てていた。

デミウルゴスの説明で、ようやくカルバインの真意に気づいたアウラとマーレも滂沱の涙を流していた。

 

先ほどまで慈母の微笑を浮かべていたアルベドも、今は「くふー」なんて変な声を噛み殺し、ハンカチを目尻に当てている。

セバスは先ほどデミウルゴスに渡されたハンカチを使うべきか躊躇し、結局は意地を張って血が出るほど拳を握り締めながら涙を堪えていた。

 

守護者達がやっと耐えている感動に、セバスに同行していたルプスレギナは耐えられる筈も無く。

職務中だと言うのに「なんでそんな優しいんすかー!」と、素で泣きながら叫んでいた。後でセバスに叱られるだろう。

 

そんな守護者を、ナザリックの仲間達を温かい眼差しで見回しながら、デミウルゴスは懐から取り出した何枚目かのハンカチで涙を拭く。

 

 

「カルバイン様はこんな不甲斐ない私達の為に死んでも良いなどと言って下さる。

 

 これではまったく逆ではないかね。

 

 至高の御方を守護すべき我々が至高の御方に守られている。

 

 そして、我々にそれを示すために血を流す事を厭わないカルバイン様。

 しかし、万一の事があれば唯一残った盟友が……だからこそ、モモンガ様はあれほどカルバイン様にお怒りになられたのだろうね」

 

 

/*/

 

 

しんみりとした空気。微かにすんすんと鼻を鳴らすような音も聞こえる。

コキュートスはその湿っぽい空気を変えようと口を開いたが、話題の選択からして間違っていた。

 

「マーレ。カルバイン様ノ、モフモフトハナンダ?」

「ええと、その、以前、カルバイン様が第六階層の3分の2を農園にしてしまった事がありましたよね。それに怒ったぶくぶく茶釜さまに言われて、狼形態になったカルバイン様のお腹のところに、こう……」

 

な、なんだってーッ!!!(AA略

 

「至高の御方に触れて頂くどころか、枕になって頂けるとか!?」

「くふー! 私もモモンガ様に抱き枕にして頂きたい!!」

 

「ソウイエバ、ソノ後カラダッタカ? カルバイン様ガ外ニ開拓ニ出ラレルヨウニナッタノハ……」

「あっ……」

 

誰かの空気を読まない発言で、一瞬、沸騰しかかった空気は再び氷河のように冷え切った。流石は凍河の支配者。

そのカルバイン腹枕の一件に立ち会っていたアウラとシャルティアは、この冷え切った空気に思うところは同じだったか、目が合うと互いに「やれやれ」というジェスチャーをした。

 

「――カルバイン様の子狼形態でのもふもふは、特に強力無比な全種族魅了攻撃でありんす。お怒りのぶくぶく茶釜様も、同席の餡ころもっちもち様、やまいこ様。皆様、耐え切れずめろめろでありんした。居合わせたペロロンチーノ様も抵抗しきれんかったと悔しがってありんしたよ。そん後、カルバイン様はさいぜんのモモンガ様のようにお怒りになったペロロンチーノ様に攻撃されてありんしたが……」

 

ふむと、シャルティアは一つ得心がいったと言う風に頷き続ける。

 

 

「カルバイン様、総受けでありんせんか?」

 

 

なんと言う腐女子的発想。それ以上は、いけない!

 

 

男性陣と女性陣で空気にはっきりとした温度差が出た事を読み取ったのか、誰かそれ以上の不穏な発言をする前にセバスは口を開く。

 

「――御側に仕える事が私の使命ですので、私は先に戻ります」

 

「……そうね、セバス。御二人にくれぐれも失礼の無いように。それと何かあった場合、すぐに私に報告を。特にモモンガ様が私を御指名とあらば即座に駆けつけます! 他の何を置いても!」

 

それからさらに湯浴みの準備が、服は着たままでも、と喋り続けるアルベドを見ていたデミウルゴスはため息を吐き、シャルティアの纏う空気はコキュートスのように冷え切っていく。

アウラとマーレはそろそろとデミウルゴスとコキュートスの背後に下がり、セバスは……。

 

「――了解しました、アルベド。これ以上は御二人にお仕えする時間が減ってしまいますので、私はお先に失礼致します。それでは、守護者の皆様もこれで」

 

 

アルベドの止まらないであろう話をやんわりとさえぎり、ルプスレギナを従えて闘技場から去っていく。

その後、ナザリックの将来と戦力の増強、モモンガの世継ぎについて守護者間で熱く語り合ったようである。

 

 

/*/

 

 

ナザリック地下大墳墓の一角にアインズ・ウール・ゴウンが誇る戦闘メイド『プレアデス』の控えの間があった。

モモンガの指示で第9階層と第10階層の警戒レベルを引き上げている現在、この部屋には休憩中の2人の姿しかない。

 

1人はプレアデスの副リーダーであり、まとめ役でもあるユリ・アルファ。

もう1人は健康的な褐色の肌の美少女。メイド服と修道服を合わせて2で割ったような服装をしているルプスレギナ・ベータ

落ち着いた雰囲気のユリ・アルファとは対照的に、ルプスレギナはころころと表情が変わり非常に明るい。まさに天真爛漫といった感じだった。

 

「セバス様と闘技場に行ったら、ちょーど、久しぶりにお帰りになられたカルバイン様がコキュートス様と模擬戦やってて凄かったっすよ!

 タオルをお渡ししたら、ありがとうって言って貰えたっす!」

 

「きゃー」と表情を緩め、その頬を両手で包み込む。ぐるんぐるんと身体を振るのに合わせて、長い赤髪の三つ編みも尻尾のように振り回されている。

頬をピンクに染めながら、照れたように、幸せそうに笑うルプスレギナを見て、ユリも微笑ましく思い小さな笑みを浮かべている。

 

「その後、モモンガ様に火球で爆撃されてたっすけど、デミウルゴス様がそれも全部計算ずくで私たちを安心させる為だって教えてくれたっす。感動の余り、守護者様方の前で素に戻って泣いてしまったっすよ」

 

その後にセバス様に叱られたっす、うへへと誤魔化し笑いをしながら頭を掻く。その姿にユリは思う。

忠誠を捧げ、その身も心も捧げきっている至高の御方の大いなる慈悲に触れた以上、感涙に咽び泣くのも致し方ないが、この娘はその前に微笑ましいで済ますわけには行かない行動をしていた。それだけは注意して置かねばなるまい。

 

「ところで、その前にカルバイン様が広間にいらっしゃった時、職務中に、しかも至高の御方に対してウィンクをするとか何を考えているの?」

「ち、違うっすよ!? ヘロヘロ様にカルバイン様が目の前に来たらウィンクするよう勅命を頂いていたっす」

 

「! そうだったの。そうとは知らず、ごめんなさい」

 

至高の御方の勅命とあれば、何事にも優先される。

ユリの謝罪を気にしていないとルプスレギナは言葉を続ける。

 

「あ、ユリ姉。それでそれで、広間でモモンガ様とカルバイン様がいらっしゃった時にウィンクをしたら、カルバイン様は可愛いって言ってくれたっすよ」

 

再び「きゃー」と表情を緩め、その頬を両手で包み込む。ぐるんぐるんと身体を振るのに合わせ、長い赤髪の三つ編みも尻尾のように振り回されていた。

恋する乙女を通り越して、これはもうライブで目が合っただけで失神する熱狂的なアイドルファンだ。

 

尤も彼女たちからすれば、この程度は当たり前の事でしかない。落ち着いて見えるユリとて、ルプスレギナと立場が逆なら冷静ではいられないと理解している。

妹のはしゃぎぶりが微笑ましくもあり、自分では無い事を残念に思う気持ちもある。

 

だが、この妹は特にカルバイン様の開拓村ダーシュ村で生まれたとされている。その上、同じワーウルフ。

至高の41人に「そうあれ」と生み出された自分達であるが、ルプスレギナは特にカルバインと関わり深くなるよう生み出されている。

カルバインも以前からルプスレギナを気にかけており、何かにつけてルプスレギナの様子を窺いに立ち寄る事が多かった。

 

(そう言えば、ボクを創造したやまいこ様が、ぶくぶく茶釜様、餡ころもっちもち様とお喋りをしていらっしゃった時、ぶくぶく茶釜様が『幼子を自分好みに育て上げる光源氏計画は、千年を超えて受け継がれる至高の伝統』とおっしゃっていた)

 

これは……。ヘロヘロ様の勅命。これまでの積み重ね。決まりね。

 

「……これは、もう、あれかしらね」

「? どうしたっすか、ユリ姉」

「光源氏計画よ、ルプー」

「なんすか、それ?」

「カルバイン様はルプーを自分好みに育て上げた上で、御寵愛を下さるおつもりなのよ!!」

 

ユリ・アルファ、戦闘メイド『プレアデス』のまとめ役。

明確な序列を持たない他のメンバーからも姉として慕われている落ち着いた大人の女性であるユリ・アルファだが、至高の御方への忠誠も敬愛も信仰も、守護者達と比べても勝るとも劣らない。だからこその名推理。

 

「御寵愛!? そんな番だなんて!?」

 

三度「きゃー」と表情を緩め、その頬を両手で包み込むルプスレギナ。ぐるんぐるんと身体を振るのも、長い三つ編みが尻尾のように振り回されているのも、どちらも荒ぶりすぎてバターになりそうな勢いだ。

 

 

「……セバス様? はい、ルプスレギナに……はい、伝えます。はい」

 

セバスからの《メッセージ》を受けたユリは、興奮しすぎて荒ぶるルプスレギナを横目に何度か頷く。

これだけはしゃいでいる妹にこれを伝えて大丈夫だろうか? 喜びすぎて心臓が止まるのではないだろうか、自分は心臓がないので分からないが。

そんな心配をしながら、セバスからの《メッセージ》の内容をルプスレギナに伝えた。

 

「ルプー、セバス様から『カルバイン様が食事の給仕はルプスレギナにお願いしたい』って……」

「マジっすか!? 了解っす!! 直ちに向かうっす!!」

 

人間形態では出ていない筈の尻尾がぶんぶんと振り回されているのが目に見えるような勢いで走り出そうとする。

 

「ルプスレギナ、言葉遣い」

 

その言葉。ユリの叱責にびたっと脚を止めるとルプスレギナは瞳を閉じ、胸に両手をあてて深呼吸を繰り返す。

 

「はい、了解しました。ユリさん」

「はい、良く出来ましたルプスレギナ。浮かれすぎて失敗しないように」

 

 

まだ頬に赤みが残っているがこの程度であれば大丈夫だろう。

ユリはそう判断すると、仕事モードに切り替った可愛い妹に何処に向かいどうするか細かい指示を伝え始めた。

 

 




・うちのコキュートスさんは場の空気を凍らせます。

・ジョンくんの全種族魅了攻撃はPC限定。子狼形態で動物好きのツボを押えた仕草で萌え殺します(ぽてぽて歩いて目の前でころんとあざとく転がる)。可愛さに耐え切れずもふったペロロンチーノを「だが、俺だ」と成人男性の声で突き落とす。

・腐ってる女子って、即ち腐女子ですよね。



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第5話:ごめんなさいで、フル装備。

2015.9.19 23:30頃 誤字修正
2015.11.29 16:30頃 誤字修正


 

 

「誰よりも、強く、優しく、美しい! 偉大にして至高なる死の支配者、モモンガ様!!」

 

「くふーかっけぇッ!!」と叫びながらバンバンと黒曜石でできた巨大な円卓を叩く、狼男ジョン・カルバイン。

「前半だけ聞くとニチアサヒーロータイムの人見たい。骸骨なのに! 骸骨なのに!! 大事な事なので2回言いました!!!」

 

円卓を叩きながらゲラゲラ笑い、きりっと表情をつくりモモンガを見て、また大笑いする。

彼の頭の中ではオーバーロードがふりふりドレスを着て『強く、優しく、美しく』華麗に可愛くポーズを取っていた。おい……せめて30分早い時間にしてやれよ。

ただ、笑われている当の本人は、

 

「ああ、なんでこんな事に……あいつら一体、誰を見ているんだ」

 

突っ込む余裕もなく憔悴していた。

地味に静かに落ち込む分には精神作用効果無効は発動し難いようで、大切な仲間たちと作り上げた大切なギルドだが、カッコイイと思い作り上げた結晶が、意志を持ってそうあるべしとした通りに動き、二心なく自分たちをそう見てくれるのは痒かった。

心を掻き毟りたかった。

 

彼等を怒る気は無い。彼等はそうあるべしと自分達が作った通りに行動しているだけなのだ。彼等を責める事は出来ない。

 

しかし、しかしである。

どうしてこれほどに心が痒いのか。

自分が、自分達がカッコイイと思ったものが動き出し、その通りに自分達を見てくれる事が、これほどにこの胸を苦しめるのはどうしてなのか。

 

そして、どうしてこの駄犬はこんなにも楽しそうなのか。

 

「どこって俺たちが作った設定でしょ? あと、モモンガさんがナザリックを維持してたのも覚えてるようだし。パンドラにも後で会いに行きましょうよ」

「……なんでそんなに楽しそうなんです」

 

恨みがましく声をあげてしまった。

それに気がつかなかったのか、気にしなかったのか、ジョンは今やボディビルダーやクマのように分厚くなった胸板を張って答えた。

 

「リアルに友人も家族もいませんから。ぼっちですから。

 逆に俺とモモンガさんで良かったですよ。間違って、たっちさんとか所帯持ちの人を巻き込んでたら悔やみきれません」

 

「それは、そうですが……」

 

天涯孤独で職場と自宅を往復し、プライベートはゲームでだけ過ごしていたような自分達ならば戻れなくても別に構わないだろう。

だが、この場に家族持ちがいれば何としてでも帰れるよう、戻れるようにと考えていただろう。

そういった意味では確かにその通りだ。だが、自分が聞いてるのは『どうしてお前の中の中学2年生は暴れていないのか』と言う事だ。

 

 

 

「それに玉座でモモンガさん、ユグドラシルの最後になんて言いました? 『……また、一緒に冒険しましょうね』って言ったでしょう。仲間達はいないけど、仲間達の作ったNPC達が皆いて、良く分からない異世界きた。これはもう、冒険でしょう?」

 

 

 

その言葉は、痒さに追い詰められ色々とぎりぎりだったモモンガの心にすとんと落ちた。

 

「冒険……そうですね。そう思った方が楽しいですね。でもジョンさん、元々ポジティブな人でしたけど、ここまでア…でしたっけ? 違和感あるんですけど」

「はぁ、なんか身体に引っ張られてるみたいで。本来もう少し打たれ弱い性格なんですけど」

 

――打たれ、弱い? こいつ何か言ってるぞ。

 

「……私もアンデッドの精神作用効果無効の影響を受けてるのか、激しい感情とか抑制されてるみたいなんです。そのお陰で守護者達を前にしてもなんとかなったんですけど……」

 

僅かに考え、モモンガは駄犬の戯言はスルーして会話を続ける事にした。

打たれ弱いとか何処を見て言っているのか。こいつもきっとシモベたちのように思考が斜め上に飛んでるに違いない。ああ、しかし、自称と言えば、

 

「それでやっぱり、外に出てダーシュ村を開拓するんですか」

「勿論」

 

「即答かよ。……そうするとあの時間にアクセスしていた他のプレイヤーとぶつかる可能性もあります。私たちは異形種狩りのターゲットにされていましたから、最悪、ここでもPKされる事を想定しなければなりません。ゲーム終盤はユグドラシル内の治安と言うか民度も大分落ちていたんですよね」

「おうともさ」

「なら、ゲーム終盤は上位プレイヤーのイン率も落ちていましたが、世界級アイテムを装備した敵対的プレイヤーに遭遇すればそれこそ最悪です。最大級の備えとして世界級アイテムは装備していて下さい」

 

「やれやれ、どうせなら『ネコさま大王国』とか来てりゃ良いのに」

 

ジョンの言う『ネコさま大王国』とは城を拠点としたギルドで、NPCをすべて猫、または猫科の動物で作った猫好きの楽園。

拠点を欲した他のギルドが攻めた際、猫好きギルド&個人による援軍3000名が駆けつけ、連携は一切取れてなかったが、余りの人数差に攻めたギルドが力尽きて包囲殲滅されたと言う逸話がある。策士ぷにっと萌えをして、『戦争は数だな』と言わしめた籠城戦だった。

このナザリックはどちらかと言うと犬派であったが、動物好きであるが故に犬(狼)であるジョンもそのギルド戦には参加しており、他には女性メンバーとその女性メンバーに引きずり込まれたペロロンチーノも参加していた。その縁もあって他のメンバーが来なくなってからも、外を出歩いていたジョンとは細々と交流があった数少ないギルドだった。

 

そしてジョンに子狼形態でのPC向け全種族魅了攻撃を伝授してくれた大恩あるギルドでもある。

 

やれやれとゲーム時代以上にオーバーアクションで肩をすくめて見せるジョンに、モモンガは宝物庫から出してきたワールドアイテムを出して見せる。

モモンガが宝物庫から出してきたワールドアイテムそれは……。

 

大地を揺るがすもの(フローズヴィトニル)。

グレイプニル以外での状態異常無効。サイズ拡大(100倍まで)と耐久力拡大(サイズ拡大と連動)。ヴィーサルの靴で殺されない限りデスペナ無効などの能力を持つ。北欧神話のフェンリルがヴィーサルの靴で殺されるまで生き続ける運命から設定された狼系統のキャラクターが装備できる非常にニッチなワールドアイテムだ。

 

「それ、プレイヤー相手だと的が小さくなって戦い難かったんですよね」

 

そうHP100倍でも身体も100倍になるので、ダンジョン内では使えず一般フィールドで使うと他のプレイヤーの邪魔となり、突発巨大ボスイベントとして狩られてしまう。

おまけにPCのHPが100倍になっても巨大ボスと比べると数十~数百分の1にしかならないので、張子の虎ならぬ張子の狼。やわらか狼。ビッグボスw。等々散々な結果にしかなっていない。

 

使わせて貰っていた時期はダーシュ村攻防戦が(主に相手側で)盛り上がった。

 

特に大きさ100倍になると相手が小さすぎ、通常攻撃もまともに当てられず、スキルは相手の遥か頭上を空振りし、運営も攻撃力は100倍にはしてくれなかったので相手側は先ず死なない。ジョンの活動と組み合わさり、ある意味も最もネタとして活躍したワールドアイテムではないだろうか。

 

一応、ワールドアイテムであるのでステータス上昇効果等々あるのだが、最終的には喪失を恐れて、PKで奪われたと誤情報を流した上で宝物庫に仕舞いこまれていた悲劇(喜劇)のアイテムである。

 

 

「それと《準備の腕輪》とか使って、いつでもフル装備できる用意をして下さい。貴方に事故や寿命で死なれても嫌なんですよ。大地を揺るがすもの(フローズヴィトニル)を装備していればラグナロクまで死なないでしょう。私を一人にしないで下さい」

 

 

「――まるでプロポーズですね。アルベドたちに聞かれたら、俺、刺されるかも。もしくは特殊な掛算のウス=異本にされそうですよ」

「ちょっ!?」

 

誰にも聞かれてないよな?と周囲を見回す死の支配者。

円卓の間にNPCは入れないので聞かれる筈はないのだが。

 

「んで、装備、装備でしたっけ」

「ちなみにコキュートスとやった時の装備は?」

 

こんな感じですねぇとジョンが開示した装備内容は、モモンガの想像から更に3~4段は落ちるものだった。

 

ブラックベルト

武道着(ズボンのみ) プレアデスの戦闘メイド服と同程度の防御力 一応聖遺物級

リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン他

 

そのドヤ顔にモモンガは黙って杖を向ける。

火球の絨毯爆撃が開始され、円卓の間が爆炎で埋め尽くされた。

 

「どうして裸族で過ごそうとするんですか!?」

「失礼な! ズボンは穿いてるわ!!」

「……武器は? 雷神拳は? つか、あんたの神拳シリーズは神器級だろ!?」

「敢えて弱い装備で戦って、苦戦してから『くッ、こいつを使うしかないのか!?』『身体よ、持ってくれ』とかやれないだろ」

 

再び黙って狼男へスタッフを向ける死の支配者。

 

「強さの世界基準がわかってからですよねー」

 

てへぺろをやって見せるジョンに……狼頭でやられても舌なめずりをしてるようにしか見えなかったが……モモンガは疲れたように溜息をつく仕草をし、自らの『死亡時にペナルティ無しで即座に復活』する神器級の指輪を外すと、使って下さいとジョンへ差し出した。

 

 

「ジョンさんのロマンを否定するつもりはありませんが、ジョンさんに死なれたら俺、一人になってしまうじゃないですか……」

 

 

「わ、わかった。ごめん。すみません。――終了が発表された後、取引価格が暴落した時に買い集めたのがあります。だから、魔王の姿でマジ泣きはやめて」

 

その声は今にも本当に泣き出しそうで、流石にジョンも堪えた。また調子に乗りすぎてしまった。

指輪をモモンガへ押し返し、慌てながらジョンはユグドラシル全盛期と凋落期に集めていた装備をアイテムボックスから取り出し、課金アイテムをも取り出す。

デスペナ無効や軽減、蘇生、復活系の課金アイテムは単独行動で死に易かった分、かなりの量を買い込んでいたのだ。

もっとも、ここで本当に効果があるのかどうか自分の身で試したくはなかったが。

 

「あと、この1年で引退してったギルド外の友人たちから譲り受けた装備類を宝物庫へ出しておくから、パンドラに整理させておいて下さい」

 

そう言いながら、雷神拳を装備し、久しぶりに服を上下ともに着たジョン。

その姿は丈夫そうな黒い厚手の服の上から、青色の貫頭衣を纏って黒い帯で留めていると言うものだった。

胸と背中には大きな○の中に背中側に『天』、胸の側に『狼』と漢字が入っている。20世紀から続く武道着デザインの伝統らしい。

状況に応じて装備は入れ替えるが、フル装備になったのは何年ぶりだろう。ひょっとすると1500人に攻められた時以来かもしれない。

 

「精神防壁は頭装備にしないんですか?」

「すみません。それは本当に持ってません」

「ならそれは、私の方で用意しておきます。空いた腕に《準備の腕輪》を装備して良いですよ」

 

 

「マジか!? モモンガさん、愛してる!!」

 

 

ひゃっふぅぅと変な声をあげてジョンの調子の良さに、モモンガはやれやれといった風に首を振る。

精神防壁の鉢巻にしてやろうか。それともいっそ首輪にでもしてやろうか。

ああ、自分と違って耳があるのだから、イヤリングやピアス系のアイテムも装備できる筈だ。

 

「良し、そうと決まったら飯食おう。腹減った」

「……私、お腹空かないんです。アンデッドになったせいでしょうね」

 

勢い良く立ち上がったジョンへ少し寂しげにモモンガは答えた。その答えに愕然とするジョン。

 

「……マジか?」

「ええ、ですから気にせず食事を取って休んで下さい。私は自室に戻って、もう少し色々とやってみますから」

「……あんまり、根詰めすぎないようにして下さいよ」

 

アンデッドの睡眠不要、食事不要も良し悪しですね。

何かモモンガさんも食事を取る方法はないものかな。何れはラーメンとかも作ってみたいし、その時にモモンガさんに食べて貰えないのでは面白くないですよ。

 

そんな事を話しながら、二人は円卓の間から出て行く。

ユグドラシル最後のあの日、あの時、もう二度と戻らないだろうと思ったここから、また新たな冒険に向けて。

 

通路ではセバスが待っている筈だ。

 

 




一生に一度は言いたいセリフ「身体よ、持ってくれ」と言いながら立ち上がり何かに勝つ。
でも誰も気づいてくれない。その空しさを噛み締めて少年は大人になる。

稀に「こんな頑張ってる俺かっけー」と自分に酔い出す逸材が現れます。


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第6話:知られたくない秘密です。

2015.9.28 22:30頃 第6話のラストと第10話のルプスレギナのセリフがイメージとして繋がらないとの指摘を受け、460文字弱をラストに追加し、描写を掘り下げました。


円卓の間の黒い扉が開く。

黒檀で作られた扉は片側だけでも幅2mはある。黒檀は成長が極めて遅く、環境が破壊されたリアルでは手に入らない素材だ。

居住区のこういった拘りと薀蓄は社会人ギルドであり平均年齢が高い故に、現実では手に入らないもの見られないものを持てる技術と憧れと愛情で再現し続けたアインズ・ウール・ゴウンの真骨頂である。

 

開いてゆく扉に先んじてセバスは一礼し、至高の御方々をお迎えする。

 

開きかけた扉の向こうから、ジョンの飯を食おうと言う声、モモンガの自分は食べないので自室に戻るといった声が聞こえてくる。

メッセージでメイド長のペストーニャとやりとりし、モモンガの部屋の用意、ジョンの食事の用意の確認を取る。

至高の御方がナザリックで食事を取るのも久方ぶりであり、料理長達は何時声がかかっても良いよう準備万端との事だ。

モモンガの自室についてもいつも通り、いつでも使えるように用意は万全であり、セバスもメイド達も至高の御方に奉仕できる喜びをかみ締めていた。

 

「モモンガ様、カルバイン様。お部屋とお食事の用意整ってございます」

「ご苦労、セバス」「ありがとう、セバス」

「勿体無きお言葉です」

 

喜びをかみ締めるセバスを前に、中身は小市民であるところのモモンガとジョンはキャラクターをロールしながらも礼を言わずにはいられない。

これだけ尽くされると何か悪い事をしている気にもなるのだが、そうあるべしと設定したのは自分たち――多分、タブラさんかウルベルトさんだと思うが――なのだし。

 

円卓を出たジョンの威圧感は装備がレベルに相応しいものになった事で、NPCたちから見ると至高の41人に相応しいものになっていた。

 

それだけにその姿を見るだけでメイド達やセバスは感動し、忠誠を新たにしているのだが、モモンガとジョンにとってそれがどれだけ斜め上の評価なのか。当人たちが知らないのは、きっと、間違いなく幸いな事だろう。

 

 

/*/

 

円卓から現れ出たモモンガとジョン。

普段は上半身裸のジョンが、己の信念を曲げ、フル装備で出てきた事にセバスは息を呑んだ。

何故なら、その姿は1500からなる軍団に攻め込まれ、守護者たちが全滅し、集結した至高の御方41人が第八階層で軍団を迎え撃った時以来のものだったのだ。

 

幾度も滅ぼされ、幾度も打ちのめされ、それでもその身に相応しい装備を身につけず、己の信念――ジョンの言うところのロマン――を貫いたジョンがそれだけの装備を纏って出てきた。それはつまり、現状がそれだけ切迫したものだと至高の御方が受け止めている何よりの現れだ。

セバスの胸の内でデミウルゴスの言葉が繰り返される。

 

 

『カルバイン様はこんな不甲斐ない私達の為に死んでも良いなどと言って下さる。

 

 これではまったく逆ではないかね。

 

 至高の御方を守護すべき我々が、至高の御方に守られている』

 

 

力無き者達へ手を差し伸べ、生きる術を伝え、共に村を開拓していたジョン・カルバインが己の信念を曲げてまで装備の封印を解いた。

それはつまり、至高の御方々より遥かに脆弱な自分たちにこそ危険がある。守らなければならないとジョンが判断しているのではないだろうか。

そうであるならば、自分もナザリックの者達の為に出来る事を全て行うべきではないだろうか。

 

今の自分に出来る事、それは……。

 

セバスはそっとメッセージを起動するとデミウルゴスとアルベドへ、ジョンが装備の封印を解いた事を報告した。

今までは人間への姿勢、趣味嗜好の違いから、特にデミウルゴスとは距離をとっていた。

だが、ナザリックの為、シモベ達の為、ここまでして下さる至高の御方の御心を思えばこの程度、そう、己の感情など些細な問題でしかない。

 

ランドスチュワードである自分はカルバイン様が危険を感じている事に気づく事しか出来ないが、ナザリック1、2の知恵者であるデミウルゴスとアルベドならば、間違いなく至高の御方の助けになれるだろう。

 

かつて至高の御方も言っていたではないか。自分たちの真の強みは個の力ではない。組織力だと。

 

カルバイン様は仰ったではないか。コキュートスの中に武人建御雷様がいらっしゃると。

ならば、自分の中にもたっち・みー様はいらっしゃる筈。デミウルゴスの中にはウルベルト・アレイン・オードル様が、アルベドの中にはタブラ・スマラグディナ様がそれぞれいらっしゃるに違いない。

至高の御方は普段は主義主張を違えども、事あれば力を合せ、心を合せ、困難に立ち向い全てを粉砕していった。

 

 

これはきっと、神々の世界で戦う至高の御方々が我々に下された試練なのだろう。

 

 

我々もまた、至高の御方々のように心を合せて困難に立ち向い。

そして、全てを粉砕しなければ、至高の御方々の下に馳せ参じる事など出来るわけが無い。

 

これまでは行っていなかった――否、行えなかった――自分の行動。それ故にメッセージ越しにもデミウルゴスの驚きの気配が感じられる。

そのデミウルゴスへ自分の感じたものを伝えれば、言葉少なくも肯定の言葉が返ってきた。

 

そこには常にあった自分への壁のようなものは感じられず……今は遠い、仕えるべき御方の背中が、遥か彼方のたっち・みーの背中が、少しだけ近くなったような気がした。

 

 

/*/

 

 

「お食事はどちらで召し上がりますか」

 

己の感情の高ぶりを抑え、セバスはジョンへ尋ねた。

闘技場では感動の余りに無様を晒してしまった。ナザリックのランドスチュワードの誇りにかけ、これ以上の無様は晒せない。

 

「一人で食堂を使うのもな。……自室で取る。運んでくれるか」

「畏まりました」

「それとセバスは護衛を兼ねてモモンガさんについてくれ。アルベドが戻ったら交代し、本来の職務に戻れ。俺の食事は……そうだな、ルプスレギナに運ばせてくれ」

 

それで良いかと視線でモモンガに尋ねるジョン。

 

「ええ、構いませんよ」

「この辺りも後で決めて皆に通達しときましょう。モモンガさんの命令が最上位で良いけど、きちんと連絡してやらないと皆、混乱するでしょうし」

 

ホウレンソウですか。立派な社会人ですね。そう言って笑うモモンガ。

そして続ける。でも、私とジョンさんは対等な友人ですからね。

 

「ありがとうございます。でも、モモンガさん。指揮命令系統をしっかりしておくのとは別ですよ。困るのは彼等ですから」

 

ロイヤルスイートの贅を凝らした通路を歩きながら会話を続ける。

モモンガから見て、こうして落ち着いて会話をしている分にはゲーム時代のジョンと変わりないのだが、一旦、動き出すとハイテンションになりやすいような気がする。

自分にアンデッドとしての精神作用効果無効が働いているようにワーウルフにも何かあるのだろうか。

 

 

/*/

 

 

円卓の間に近いモモンガの部屋の前で別れ、ジョンは自分の部屋へ向かう。

モモンガの(もと)に残るセバスが一般メイドを供につけてくれたが、一人でも大丈夫と断ろうとし、思い至る。

 

忠誠心MAXを突き抜けてるような彼ら。そうあるべしと定められた役目を果たさなくて良いと言ったらどうなるか。

 

闘技場でモモンガを宥める為、自分を誤魔化す為に言った言葉で大泣きしたNPCたちである。

最悪、自害するかもしれない……そう思うと断る事も出来なかった。

 

溜息を飲み込み、頭をほとんど動かさずに3歩下がって後ろをついてくる一般メイドの様子を窺う。

 

狼の視界は360度あると図鑑などで知っていたが、ユグドラシルでは中の人の知覚能力に制限されるので実装されていなかった。実装されても認識できないが。

こうなってまだ数時間だが、落ち着いて見るといつの間にか360度ある視覚に馴染んでいる自分がいた。

後ろをついてくる金髪ショートの一般メイドを観察しつつ、前を見て歩くのに何の不都合もない。人間で在った事はなんと不便な事だったか。

 

(ホワイトブリムさん渾身のメイド服。服もそうだけど、41名ものデザインを良く起こしたものだよなぁ。

 ん?……あれ、一般メイドが41名って。

 ひょっとして誰の部屋付きメイドとか設定あったのか? グラースさん、どうしてたっけ? ああ、プレアデスは兎も角、一般メイドの設定までは良く見てなかったな。AIはヘロヘロさんだけど、他にも……んーメイドの設定は皆、熱が入ってたからなぁ。メイド萌えは男として当然だよな! モモンガさんにメイド属性ないのは意外だったけど)

 

一般メイドの各人の設定はどうなっていたか思い出そうとしていると、メイドが小走りにならないよう、品を失わないよう、音を立てないよう、必死になっている姿が見えた。

身長2m前後あり100Lvあるジョンと、1Lvしかない一般メイドでは歩く速度にも大きく差があるので当たり前であった。

 

プレアデスであればついてこれるだろうかと思いながら足を緩めると、メイドはほっと安堵したように息をついた。

 

 

(んー俺ってば、ここまで群れに気をつかう人間だったかな?

 確かにギルメンは大事に思っていたけれど……ま、良いか。)

 

 

そうこうしている内に自分の部屋の前に到着する。

扉には月を背景に遠吠えする狼を図案化したマークが刻まれている。勿論これもウルベルト、るし★ふぁーと言ったメンバーが頑張ってデザインし、製作してくれたものだ。

自分は材料を集めてくる係りだった。彼らに自分のネーミングセンスがモモンガ以下と言われたのも懐かしい思い出だ。

 

 

思い出に微笑み、仲間達の作り上げた作品に惚れ惚れしながら手を伸ばしたが、扉は触れる前に勝手に開いて行く。

 

 

自動ドアかと首を捻ったが実際はメイドが開けてくれていた。機械などで済むところに敢えて人手をかけるのが、本当の贅沢だと誰かが言っていたような気がする。

誰だっただろうか。

部屋の中には既に何人かのメイドがおり、食卓の用意を行っていた。

 

その様子にプライバシーはなさそうだとジョンは感想を抱く。

 

(うーん『ぬふぅぅぅぅ』で『らめぇぇぇ』な俺の貴重なウ=ス異本は何処に隠せば良いだろう)

 

そう考え、何一つコレクションは持っていない今の自分に気づいた。

同時に恐るべき事実に思い至る。

 

(あっちの自分が死んでたら、変死とかで部屋を調べられるのか? ウ=ス異本とかPC内のコレクションが白日の下に曝さ、れる……だと?)

 

 

(え、ちょっ、うわああぁああああ、や、やめてくれぇぇぇ」

 

 

頭を抱えて転がりまわりたい。

いや、既に頭を抱えて蹲っていた。結果、

 

 

「「「カルバイン様!?」」」

「カ、カルバイン様!? どうしましたったったすか!? セバス様に連絡を! 治療魔法は私が試すけど、ペストーニャ様へも!!」

 

 

私室に入った瞬間、突然、頭を押さえて蹲る至高の御方を目にしたメイドたちは大混乱に陥った。

 

「え? っちょ……まっ」

 

こんな事でセバスやペスを呼ばれたら何と説明すれば良いのか?

なんだその羞恥プレイは。

慌てて駆け寄ってきたルプスレギナの腕を掴んで引き寄せながら立ち上がり、ぐるりと周囲を見回すと部屋を飛び出そうとしている一般メイドの姿がある。

 

(うわぁ、パニクった筈なのに指示を受けて的確に行動できるとか凄いね。社会人の鑑だね。でも、いかせないよ)

 

「待て!」

 

短く鋭い声で制止する。

至高の御方の強い声にメイド達は凍りついたように一瞬で静止した。

 

「大丈夫だ。なんでもない。……驚かせて、すまない」

 

凍りついたメイドたちを見回し、軽く頭を下げ、メイドたちが慌てる前に頭を戻す。

 

「久しぶりの自室で気が抜けた。……少し、嫌な事を思い出しただけだ」

 

そう言ってメイドたちの様子を窺うが、本当に自分を心配してくれたのか、蒼白な顔色で皆こちらを見上げている。

彼女たちが理解できる形でもう少し説明し、安心させた方が良いだろう。リアルでは自分を心配してくれる人なんてモモンガさんぐらいしかいなかったのだ。

自分の奇行一つで卒倒しそうなほど心配してくれる人がいる。人に必要とされる喜びを感じながら、ジョンは考える。

 

(まさかこんな美少女達へ、真っ正直にウ=ス異本とコレクションが曝されるショックで頭を抱えましたとは言えない。言いたくない。仮に知られて『うわぁ』とか、『ぷーくすくす』とかやられたら死ねる。

それを正直に言うぐらいなら、ウルベルトさんばりに自分の中の中学2年生を全開にし、世界を敵に廻して『宜しい。ならば戦争だ( ー`дー´)キリッ』とかやる方がまだマシだ。

せっかく自分達を崇拝するような眼で見てくれているのに、それの幻想をぶち壊してどうするよ。自分の設定と彼女たちが理解できる嫌な事……)

 

 

「また、村を焼かれたのが、な……一度ぐらいは、勝ちたかったなぁ」

 

 

我知らず、ルプスレギナを掴んだままの手に力が入った。

リアルでは近づいた事も無い美少女を前にカッコつける事に照れがあったのだ。

それを堪える為に力が入ってしまったのだが。

 

「……ッ。カルバイン様」

 

その言葉にルプスレギナを始めとするメイド達は、至高の御方を悲しませ、苦しめる人間達の罪の重さを想い、瞳を伏せた。

ジョン・カルバインの自らの力を封じ、勝利を遠ざける姿勢は理解できなかったが、敬愛する至高の御方の意に従わぬ人間の罪深さは理解できたのだ。

 

本来であれば、至高の御方に対して、人間という下等生物は頭を下げ、生命を奪われる時を感謝して待つべきなのだから。

 

偉大な狼――狩人であるジョン・カルバインの獲物として選ばれた以上は、喜んで狩りの獲物となり、御方を楽しませる為に、生命を奪われる時を輝かせるべきなのだ。

決して、至高の御方を悲しませ、勝利を渇望するかのような声をあげさせて良いものではない。

 

(カルバイン様の玩具に選ばれておいて、カルバイン様を楽しませる事も出来ないなんて本当に使えない奴らっすね。私だったら、ちょーはりきって頑張るっすよ。手足の一本二本もげても、回復魔法で治して少しでも長く楽しんで頂くっすのに……)

 

人間の価値観、思考からすれば狂人のそれであったが、ナザリック地下大墳墓の者達は至高の御方の為であれば、どのような苦痛も喜びに変えてしまうというこの事実に、モモンガとジョンは何時の日か気がつくのだろうか。

 

 

 




死んだ後、PCの全データをどう消去するか。
情報化社会に生きる男子一生の問題だと思います。


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第7話:至高の御方にフルコース。

2015.9.21 8:40頃 修正:抑制されているので→抑制されており

作中の情景描写におきまして『オーバーロードと大きな蜘蛛さん』粘体スライム狂い様より御許可を頂いております。
この場を借りてお礼申し上げます。



(……My私室。ひさしぶりで初めまして。超広いよ)

 

ジョンの私室は……と言ってもギルドメンバーの部屋は全て同じつくりなのだが……扉から入ると中は2階分の高さがあって天井が高く、広い部屋と言うかジョンの感覚でいくと広間になっていた。

扉から真紅の絨毯が延び、部屋の突き当たりは高くなっており、その上では鉄刀木でできたシンプルかつ重厚な2メートル以上あるエグゼグティブデスクがその存在感をアピールしている。

その後ろ左右には別室に繋がる扉があり、間違いなく言える事は寝室だけでもジョンのリアルの自宅よりも相当広い。

ロイヤルスイートをイメージしているだけあり、寝室だけでも主寝室、客用寝室があり、更に巨大な浴室、バーカウンター、リビング、料理人が料理する為のキッチン、ドレスルームなど、それら数多の部屋全てが自室となるのだ。

 

(帰ってゲームするだけだったので、ワンルームで問題なかったんだ。

 それだけだ。か、悲しくなんてないぞ。

 犬だけに、わん!ルームなんつって!! なんつってー!!! ……狼だけどな)

 

廃課金者で小市民だったジョンからすると広すぎて悲しくなる前に落ち着かない事この上ない。

狼の習性と合わさり、穴を掘って、そこにすっぽり埋まって眠りたいぐらいだ。

 

もっとも今はそんな事をするわけにも行かず、メイドたちに礼を言って用意された席につく。

自分の感謝の言葉に感激され、気にするなと手を振るのも早くもパターン化しつつあるような気がする。

 

お礼の言葉一つでこれだけ感激されると嬉しくなって次も言ってしまうジョンだったが、現実のウ=ス異本をどうするかで思わず頭を抱え、メイドたちに心配されてしまっていた。なんとか真実は誤魔化したものの、今度は力加減を間違えてルプスレギナの腕を危うく握り潰すところだった。

 

自分の馬鹿力に驚き、詫びながら気功治療を行ったのだが、ルプスレギナがうっとりした顔で『…流石っす』みたいな事を言う意味がジョンにはさっぱり分らなかった。

 

 

(いや、君。今危うく手首を握撃されるところだったんだよ? 設定通りなら再生持ちの人狼は治る怪我だと思うけど、きっと痛いよ? なんで皆して性癖上級者になってるんだよ……? まさか俺も!?)

 

 

ジョンに理解できたのは何故かやる事なす事びっくりするほど高評価になっていく事だけだった。

取り敢えず、嫌われたりはしていない事に安堵し、先ほどの事は無かったことにして食事のメニューを聞いてみる。

 

「ルプスレギナ、食事のメニューはなんだい?」

 

側に控えたルプスレギナがはいと返事をしてから、いつに無く真面目な表情でメニューをそらんじる。

 

「食前酒に黄金の蜂蜜酒をご用意させて頂いております。

 オードブル一皿目はダゴンとハイドラのマリネ風サラダ。

 二皿目は知恵の鮭のスモークとホウレン草のキッシュ。

 ナザリック自家製パン。小麦はケレースの小麦を使用しました。

 スープはチキンコンソメスープ。

 メインディッシュ一皿目はノーアトゥーンの海老のグラタン。

 お口直しに青春のリンゴのソルベ。

 メインディッシュ二皿目はムスペルヘイムのフレイム・エンシャント・ドラゴンのフィレ肉ステーキ。

 デザートにはフリッガの苺のショートケーキ。生クリームはグラス・ガヴナンの乳を使用しております」

 

(……意味がわからない。コンビニ弁当はないのか。

 い、いや、現実を見よう……まさかのフルコースだ。

 そうだよ。設定的にここはロイヤルスイートだもの。そりゃ至高の御方にジャンクフードとか出すわけないですよねー。なんならペストーニャと一緒にドックフードでも良いんだけど。やっべ。フルコースなんて食べた事も見た事もないぞ)

 

 

ジョンがテーブルに目を落とすと、無数のナイフとフォークとスプーンが左右に整列し一点の曇りも無く輝いている。

箸でお願いしますと言えれば、どれだけ楽な事だろう。

だがこれも、メイド達が至高の御方がお使いになるのだと一生懸命磨いたものに違いないのだ。

 

(どうすんだ、これ。

 モモンガさんに……いやいや、あの人だって知らない。そんな金あったらユグドラシルに課金してた人だぞ。俺もだけど。

 そう言えばモモンガさん、ガチャでレアアイテム狙ってボーナス突っ込んでやっと出たのに、やまいこさんが500円で当りを引いたりしてたっけな――……え、えーと、えーと、あ、あれだ。20世紀末から連載されてて色々と伝説の格闘漫画でこんなシーンあったぞ。

 

 

 確か……、

 

 

『外側から使用しろ』

『この料理ならスプーンがいい』

 

『あ、ハイ…』

 

 

 これだッッッ!!!

 

 よ、良し、このナイフとフォークは外から使えば良いんだな。

 

 ありがとう。ありがとう!!

 

 まさかこんな時に役に立つとは思わなかった。お礼に後で『当てない打撃』とか『消力』とか再現できないか練習してみるからね。

 そろそろ100年に1回の武闘会が作中2回目だっけ? もうやったんだっけ? 続き読みたかったな。

 

 それにしてもメニューのモンスター名に色々と心当たりがあるんだが、ひょっとして俺が採取してきたものを中心にしてるのか。

 聞いた方が良いのかな。

 でも、こいつら俺たちの為にって凄い一生懸命だしな……気がついてんなら、聞いて、喜んで見せた方が良いんだろうな。

 マニュアル通りの心の篭ってない対応しか受けた事無いから、気後れするけど、何もしないのも申し訳なくなってくる。

 モモンガさんみたいにロールするキャラをそこまで作ってないから、口調も安定しないし、ああ、もう、なんであの骸骨はあんなすらすら口が回るんだ)

 

 

ジョンは八つ当たり気味に支離滅裂に思考を走らせながら、ルプスレギナが注いでくれたグラスを手に取り、黄金の蜂蜜酒を光にかざす。

 

その上品な金色はまさに黄金。

 

もともと蜂蜜は糖分に富み、浸透圧が高いので微生物の発生が抑制されており、常温でも保存が利く。

その蜂蜜を水で割って数日放置するだけで、蜂蜜に含まれていた酵母が働き出し、糖分が分解されてアルコールになる。極めて簡単な製法から蜂蜜酒は古代から人々に愛され飲まれていたらしい。今は蜂蜜そのものがほとんど手に入らないが。

 

このメニューはクトゥルフ神話に出てくる『黄金の蜂蜜酒』が元ネタになっており、ゲーム中は飲むとビヤーキーが召喚できたり、知覚力にバフが付く料理だった。

旧支配者などを種族に選んだ人やクトゥルフ神話ファンだけでなく、バフ狙いでそれ以外のプレイヤーにも良く飲まれていた。

 

思い出を蘇らせながら口に含めば、少しトロリとして甘味が強い蜂蜜酒が咥内を満たしていく。口の形が人間と違う為、飲み方を工夫する必要があったが、それも直に出来た。

黄金の蜂蜜酒の香りを楽しみながら眼を閉じれば、仲間や友人たちがこの酒を飲みながら唱えていた呪文が思い出され、笑みが浮かぶ。

 

 

「確か……。いあ いあ はすたあ! はすたあ くふあやく ぶるぐとむ ぶぐとらぐるん ぶるぐとむ! あい あい はすたあ! ――だったかな」

 

 

オードブル一皿目が『ダゴンとハイドラのマリネ風サラダ』とクトゥルフ神話関係のメニューが続く事も思い出が刺激された原因だろう。

タブラ・スマラグディナは勿論クトゥルフ神話のファンであったし、他にもクトゥルフ神話系の異形種を選択しているメンバーもいた。彼らクトゥルフ神話のファンは、ゲーム内でギルドの枠を越えて交流しており、邪神だらけの大集会を開いたりしていたが、興が乗りすぎ、会場の森を更地にするほど大暴れした事もあった。

 

後日、何故か主催ギルドでは無く、アインズ・ウール・ゴウンが諸悪の根源とされ、主催ギルドの長が謝罪にきたのをモモンガが笑って許したり、正義に燃えて討伐に来たPCをウルベルト達と一緒に嬉々として返り討ちにしたりしたものだ。あの悪役ロールは楽しかった。タブラにはワーウルフはゴシックホラーだから、もっとこう、じわじわくる恐怖を演出しないとダメだと演技指導もされた。

 

そんな楽しい日々、輝いていた日々を思い出しながら、ダゴンとハイドラのマリネ風サラダを待つ。

ゲーム中では巨大なタコかイカのような触手が生えていたが、その姿にクトゥルフ神話ファンのギルメン達が『違う。(ダゴンとハイドラの姿は)そうじゃない』と、騒いだりもした。

 

どんな味がするのだろうか。

 

料理スキルで調理しても、嗅覚、味覚で楽しむ事は出来なかったので非常に楽しみだ。

仲間たち、特に自然を愛したブルー・プラネットと野外料理も楽しみたかったとジョンは残念に思う。

 

蜂蜜酒の度数は低く、毒無効もあって酔いは回らないはずだったが、甘い口当たりとアルコールの刺激が少しは精神を弛緩させてくれるように感じていた。

 

「ルプスレギナ……ああ、ルプーと呼ばせてもらうぞ」

「は、はい。ありがとうございますっす…ます」

「俺の事も、ジョンで良い」

 

ルプスレギナは愛称で呼ばれた喜びで、美しさと愛嬌を併せ持つ顔を輝かせ、次いで、語尾が素に戻った事に気づいて赤面し、最後にナザリック地下大墳墓のメイドとしての矜持を呼び起こし、精一杯の格好をつけて言い直し、一礼した。

 

 

「はい、いいえ。守護者の皆様も許されておりません事をメイドが許される。恐れ多い事でございます」

 

 

それはユリを始めとする姉妹達が見れば『誰!?』と驚愕するような姿だった。

ルプスレギナとしても、これが他の至高の御方の言葉であれば喜んで応じていただろう。

 

アルベドやシャルティアがモモンガへ想いを向けるように、自分が想いを向けていた同じワーウルフであるジョン・カルバインは、ずっと以前から自分の想いに応えて下さっていた。自分を至高の御方々に伝わる至高の伝統『幼子を自分好みに育て上げる光源氏計画』の対象として選んで下さっていた。

そんな御方の前で、どうして無様な姿を晒せようか。

 

だから、ルプスレギナは、ジョンが自分の返答へ感心したように頷いた事に、心からの喜びと安堵を感じていた。

 

「そんなものか……なら、取り敢えずこの食事中だけで良い。俺も砕けた感じで話をする。お前と――ルプーと、気の置けない会話をしながら食事がしたい」

「はい。承り……承ったっすよ」

 

ルプスレギナの砕けた物言いにジョンはようやく肩の力を抜いて、気を緩める。

同時にジョンの周囲を威圧するオーラも緩み、ルプスレギナと一般メイドたちの呼吸も楽になった。

 

「うん、それが良い。今日の献立だが、俺が仕留めて来たモンスターを中心に組んでいるのか」

「はい。料理長がジョン様が仕留め、持ち帰られたモンスターを中心に腕を振るったっす」

「どうりで……。料理長に心遣いありがたく思う。旨い飯を頼むと伝えてくれるか」

 

「はい。伝えるっすよ」

 

 

/*/

 

 

料理がジョン専用のキッチンから銀のワゴンで運ばれてくる。それをミスなく完璧に配膳するルプスレギナはこれまでにない喜びを味わっていた。

同じ人狼である至高の御方から給仕を指名されたばかりか、愛称で呼んでいただけ、名を呼ぶ事を許され、その上、話し相手までさせていただけるとは。

 

「オードブル一皿目はダゴンとハイドラのマリネ風サラダでございまっす」

「口調は砕けても給仕に乱れはないんだな」

 

幸せすぎて呼吸が止まりそうだったが、なんとか堪えて奉仕を続けている。だが、それは至高の御方にはお見通しのようだった。

からかうようなジョンの言葉にかーっと頬が熱くなっていくのをとめられない。

 

「さ、流石にそこまでは出来ないっすよ」

 

ルプスレギナはなんとかそう返すのが精一杯だ。

その様子を微笑ましげに眺め、ジョンは配膳されたダゴンとハイドラのマリネ風サラダに意識を向ける。

 

角切りにされたタコとイカの足っぽいものがあるが、どちらがダゴンでどちらがハイドラの足かジョンには区別がつかなかった。

片方が1cmほどの厚み。もう片方、細いほうが長さ3cmほどに切られており、レタスときゅうりなど数種類の野菜と彩りにプチトマト。

 

(旨い)

 

噛むとぶつりと千切れるダゴンかハイドラの脚の食感と、コリコリと弾力のある歯ごたえのもう一方のそれ。噛むほどにコズミックなパワーが染み出してくるようだ。

瑞々しい野菜と共に口に入れたプチトマトが弾け、咥内にトマトの酸味と甘みが広がる。それだけでは無く、ほど好いほろ苦さはブラックオリーブだろうか?

それらをチーズとオリーブオイルが包み込み、それぞれを活かしながら調和させている。

 

バフ目当てで料理をつくり、材料を集めたりしていたが、こんなにも美味いのならこの味を味わう為だけに食材を集めにいけるだろう。

少なくとも自分は行く。

食べる前は料理バフはどうなっているかなどと思っていたが、そんなものはもうどうでも良い。

 

 

ただ美味いものを食べる。

 

 

それがこれほど心を満たしてくれるものだと、自分は今まで知らなかった。

 

 

/*/

 

 

「二皿目は知恵の鮭のスモークとホウレン草のキッシュっす」

 

運ばれてきた料理を見てパイみたいだなとジョンは思った。

 

彼はキッシュを食べた事がなかったので、一般的にキッシュがパイ生地・タルト生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉やアスパラガスなどの野菜を加えて熟成したチーズなどをたっぷりのせオーブンで焼き上げた料理だという事も勿論知らなかった。

 

 

「あと、料理長からつまみ食いしないで、鮭の脂も余さず全部パイの中に閉じ込めましたと伝言っすよ」

 

 

知恵の鮭は北欧神話ではなくケルト神話に由来するものだが、ゲームの常で、北欧神話だけではモンスターやアイテムが足りず色々な神話からエピソードや神、モンスターなどを取り込んでいた。

この知恵の鮭はフィン・マックールが焼いている最中に跳ねた脂を舐めてしまい、師匠であるドルイドに先んじて食べたものにあらゆる知識を与える加護を得てしまった事もゲームの設定の中にあったが、NPC達はそれも知っているようだ。

 

「そんな故事もあったな。もっとも、既に何匹も食べているんだが……あまり、頭が良くなった気がしないな」

「そんな事ないっすよ!」

「モモンガさんたちと比べての話だよ」

 

ルプスレギナはジョンの自虐を慌てて否定したものの、ジョンの言葉に至高の御方同士の事かと納得する。

確かに前衛職のジョンと魔法職のモモンガではそういう感じがする。なんと言うか自分と同じ――否、自分と同じなど恐れ多い。自分が同じ、○○っぽい感じがするのだ。

 

「……納得、しやがったな?」

「も、申し訳……」

「ああ、すまん。許すから気にするな。気の置けない会話と食事がしたいと言ったのは俺の方だ。じゃれあって見たかっただけだ」

「ありがとうございます!! ……って、酷いっすよー」

 

思わず口を尖らせて言ってしまえば、今度は調子に乗ったジョンに「お前はそうしている方が可愛いな」と言われてしまい。ルプスレギナは今度こそ真っ赤になって沈黙した。

至高の御方に玩具のように弄ばれているという事実に、ナザリックの全ての作り出された存在がそうであるように、ルプスレギナも全身を甘美な快感に震わせる。

人間の希望が絶望に転じる瞬間を観察するのが大好きな彼女だが、捕らえた獲物を半殺しにして弄ぶようなジョンの嗜好の対象に選ばれた事を誇りに思い、更なる悦びに満たされていた。

 

 

最もジョン本人に聞けば、獲物を半殺しにして弄ぶ。そんな猫のような趣味は持ち合わせていないと否定するだろう。

 

 

取り分けられたキッシュを頬張るとパイ生地はサクサク。中はふんわり。

食感の変化と共にじゅわっと知恵の鮭の旨味を閉じ込めた汁が口の中に広がっていく。そして、その汁を受け止める鮮やかな緑色のホウレン草の甘み。

工場産の野菜しか食べた事の無いジョンにとって、それらは未知の力強さだった。

 

「ん? ……この香りは?」

「クミンの香りとクリームチーズっすよ」

 

科学調味料ではなく本物の香辛料! ジャンクフードに挟まっているスライスチーズ以外のチーズ!

 

ユグドラシル中の財を集めるとか言って、料理の材料も集められるだけ集めていて本当に良かった。

説明文に『強い芳香とほろ苦み、辛みがあり…』と書いてあるのは知っていたが、料理に使われるとこれほど味に深みと奥行きを出すものだったのか。

だが、これだけ美味いものだったと知っていれば。

 

「……失敗したな」

「どうしたっすか?」

「ああ、知恵の鮭をこれだけ美味い飯にしてくれるなら、知恵の蛇も捕まえておけば、美味い蒲焼が食えたんじゃないかって思ってな」

 

一匹しかいない筈なのに何度も取れる知恵の鮭。

だからと言って簡単に取れるものではないのだが、世にも貴重な食材を蒐集しつくした至高の御方。

 

その食材以外の、他の……知恵の蛇も捕まえ、蒲焼にすれば良かったと残念がる姿に、ルプスレギナは自分の食い気は人狼として間違っていなかったのだと喜びを感じた。

 

 

「ジョン様なら、世界蛇でも何でも幾らでも捕まえられるっすよ」

 

 

ルプスレギナはそう言って、向日葵のような笑顔を浮かべた。

 

 




今回は恋する乙女の見栄っ張りです。
このナザリック地下大墳墓は見栄っ張りと知ったかぶりと勘違いで運営されております。


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第8話:食後にスイーツをどうぞ。

作者の妄想と希望と浪漫100%でございます。
こんな妄想を形にするなんて『コイツ馬鹿なんだな』と生暖かい目で見やって下さい。
多分、喜びます。

2015.9.23 6:40頃修正 蜂蜜鮭→蜂蜜酒


「ナザリック自家製パン。小麦はケレースの小麦を使用しました」

 

大分打ち解けたのかルプスレギナはにこにこと笑顔で配膳をしてくれている。

ジョンとしても常に畏まっていられては、自分も気を張り詰め続けなければならないので疲れてしまう。

 

それにしても――ジョンは考える。

 

このパンは自分が大地の女神の下からとってきた小麦で作られているが、種籾は残っていただろうか。

ゲーム的には畑に蒔いて収穫まで現実時間で数時間だったが、流石に現実でそれは無いだろう。畑の土もきちんと作らないと育成も悪くなるだろう。

連作障害は……やけに記憶が鮮明に蘇る。

 

これはひょっとして、先ほどの料理のバフだろうか。

 

黄金の蜂蜜酒には知覚力へのボーナス。知恵の鮭を使った料理には知性へのボーナスがあった。

ステータス画面を開ければ直にわかるのだが、己の主観が頼りとなると分り難い。

 

 

(ステータス画面と言えば、モモンガさんの《星に願いを》でコンソールが開けるようにはならないものだろうか?)

 

(消費される経験値もフレンドリィファイヤが解禁されている今なら召喚したモンスターを殺して獲得できるかもしれない。

《強欲と無欲》で吸わせれば経験値があるかどうかもわかるだろうし、蘇生実験が無事に済めば、自分がモモンガさんに殺されて経験値を《強欲と無欲》に吸わせ、レベルダウンの後に召喚モンスターを狩ってレベルアップ出来るのか。レベルアップするとどうなるかを検証するのも良いかもしれない。

だが、死んだ場合にログアウト状態となって消滅とかではモモンガさんを一人にしてしまう。理想は敵対的なソロプレイヤーを発見し、捕獲。実験する事だろう)

 

 

ワーウルフは人狼形態では筋力と敏捷が増強され、知力が減少する。その減っている頭の回転が急に良くなった気する。

もっとも、100Lvの知力が半減していても、リアルの自分より頭が良いのだろうなとも同時に思った。

 

 

/*/

 

 

「スープはチキンコンソメスープ。隠し味にマンドラゴラっす」

「ルプー。……隠し味は教えて良いものなのか? 隠れているから、隠し味じゃないのか?」

 

「うへぇぁ」

 

後頭部に手をやり、可愛らしく舌を出すルプスレギナ。

そんな気安い表情を見せてくれるようになった事を嬉しく思いながらジョンは食事を続ける。

 

「まあ、教えてもらわなければ分からないからな」

 

スプーンですくって口へ運ぶ。舌先にぴりっとしたスパイシーな刺激。それが味に深いコクと旨みをもたらしている。

だが、自分の知ってる鶏と違う気がする。

 

「……チキンって、鶏だよな?」

「いえ? これはコカトリスっすよ」

 

人間には毒っすね。そう言って「てへへっ」とルプスレギナは笑う。

 

このスパイシーな感じはひょっとして毒かとジョンは思う。病気無効、毒無効を持ってるから、確かにジョンには問題ない。

人間種より遥かに丈夫であるからこそ、少々の毒も美味く感じるのだろうか。確か河豚などの毒があるものは高級食材とされていたらしい。

 

「……今度、バジリスクを狩ったら試してみるか」

 

取り敢えず食べるんすか!?ジョン様、食いしん坊だったんすねぇとルプスレギナは感心する。

 

「ほう? じゃあ、ルプーはいらないんだな」

「えっ!? あー、ちょ、ちょーっと食べてみたいっすね」

 

 

/*/

 

 

「メインディッシュ一皿目。ノーアトゥーンの海老のグラタンっす♪」

 

目の前の陶器製の丸皿の中では焦げたチーズとふつふつと煮立ったホワイトソースが黄色と狐色で美しい斑模様を作り、その上には千切ったパセリが彩を添えている。

そして、海老は海老でも高レベルモンスターの巨大な海老だ。

チーズの焦げた香ばしい香りと共に、一口大に切られた海老とマッシュルームはチーズのコクと塩気、ホワイトソースの柔らかな味わいと甘味、それら様々な具材に包まれながら、ホワイトソースを纏ったマカロニと玉葱と共に甘く、口の中で優しくとろけていく。

 

「美味しいっすか?」

「ああ、美味いな」

 

温かい食事。

食卓を囲んで……いるわけではないが、共にいてくれる存在。

 

美味い飯を食べてもらう。その為に力を尽くした愛情や敬意の篭った料理。

これらはなんと自分を満たしてくれるものなのだろうか。

 

コンビニやスーパーで買い物をし、一人きりで食べる食事。

それが当然であって何も感じなかったが、今なら言える。自分は寂しかったのだ。

 

一人きりの部屋。一人きりの世界が寂しくて、ユグドラシルにのめり込み。

皆が去った後も立去れず、モモンガと二人で最後までしがみついていたのだ。

最早、あの一人きりの寂しい部屋。一人きりの寂しい世界、食事には戻りたくない。

 

ホワイトソースはほんの少しだけ塩が効いていた。

 

 

/*/

 

 

「お口直しに青春のリンゴのソルベっす」

 

北欧神話の中のりんごは若さの秘密を得る不死と豊穣を象徴する果実として語られている。

しかし、当時の北欧人はりんごを知らなかったと言う。

野生の林檎がないわけではないが、それは小さい果実で食用にもならず、珍重されることもなかった。

 

そんな話を、タブラがモモンガへ聞かせていた事をジョンは思い出していた。

 

このリンゴのソルベは生クリームを混ぜて適度な滑らかさも保っている。滑らかな口当たりの中にシャリシャリとした食感が程よくブレンドされ、リキュールの香りと苦味が良いアクセントとなって、口に入れると冷たい甘さが雪のようにふわっと溶けていく。

それでいて甘さが口の中にべったりと残る事も無く、爽やかなリンゴの香りが春を告げる風のように鼻に抜けてくる。

 

 

ふっと息をつき、ルプスレギナを見てみるとメイドとして完璧な姿勢を保っているが、眼の輝きだけは興味津々と手の中にあるソルベに注がれていた。

 

 

その姿に、食事を前に自分の器の前で『僕、良い子にしてるよね』と、やたらと良い姿勢で待つ犬の眼を連想した。

存在しない筈の尻尾がぱたぱたと振られているような気もしてくる。

ペットを飼っている昔の動画などで『ついつい甘やかしてしまう』とあったが、確かにこんな眼をされては甘やかさずにはいられないだろう。

 

「ルプーは食べた事があるのか?」

「至高の御方の食材を食べるなんてとんでもないっすよ!?」

 

尋ねてみれば、わたわたと両手を振りながらそんな事を言う。

考えてみれば、自分が食べる為に採ってきたものなのだから、忠誠心的に彼女たちが食べないのも当然か。

ギルドメンバーが減っていく中、ナザリックの維持コストを下げる為、リング・オブ・サステナンスを集めて主要NPCに行き渡らせ、モモンガと2人だけでもナザリックを維持できるように節約してきたのだ。

つまりは十分な餌を巣に持ち帰れなかった自分の不甲斐無さの結果だ。狼としてのプライドがちくりと痛む。

 

「許す。ほら、食べてみろ」そう言ってソルベを掬ったスプーンをルプスレギナへ差し出す。

「うぇ!? あ、あーんっすか!?」

 

わたわたとこれまで以上にあたふたするルプスレギナへ「食べないのか?」と、からかうように問いかけながら、スプーンを更に突き出す。

 

「あぅ、え、ええっと……い、頂くっす」

 

理性と感情がせめぎあい、結局、食欲が勝ったらしい。

緊張しているのか頬を赤らめ微かに震えながら、半目になってスプーンを咥えるルプスレギナ。

その彼女の口の中でふわっとソルベが溶け、銀糸を引いてスプーンが口から離れると――

 

 

ぽん! 軽快な音を立てて白い煙が上がった。後には10歳ぐらいになったルプスレギナの姿があった。

 

 

「ええッ!?」

「あーやっぱりか。料理バフで子供になるのがあったからなー」

 

驚くルプスレギナの腋に手を差し込むと、軽々と膝の上に抱き上げ、ぐりぐりとその頭を撫で回すジョン。

 

このちびルプーはペロロンチーノとぶくぶく茶釜が見れば泣いて喜ぶ可愛らしさだ。

自分とペロロンチーノなら『YesロリータNoタッチ』的にアウトだが、ピンクの肉棒であるぶくぶく茶釜でも、絵的に陵辱ものになるのでやはりアウトだ。

胸の中でザマー見ろと、この場にいない仲間たちへ言ってみる。

 

「小さいルプーも可愛いな」

「ええッ!? な、なんでジョン様はなんでもないっすか!?」

「さぁ、どうしてだろうな?」

 

答えは状態異常無効装備をつけてるからであるが、今はあたふたしているちびルプーを堪能するのが重要だった。

 

(茶釜さん、確かに可愛いは正義だ。

 ペロロンチーノ。君は良い友人だったが、リア充なのがいけないのだよ)

 

ルプスレギナたちの服はマジックアイテムでもあるので身体が小さくなっても、サイズも自動的に変わる。なので残念ながら、ありがちなハプニングは発生しない。

 

 

ぽん! 再び軽快な音を立てて白い煙が上がる。

 

 

「一口だからこんなものか」

「あ、戻ったっす」

 

そう言ったジョンの膝の上には、元に戻ったルプスレギナの姿があった。

急に身体のサイズが変わった為、バランスを取るのにジョンの首へ手を廻すルプスレギナであるが、それに調子に乗ったジョンはルプスレギナの背中と膝裏に腕を回し、更なる爆弾を放り込む。

 

 

「そろそろ、メインディッシュを頂こうかな?」

「ええッ、私っすか!?」

 

 

ジョンに抱き上げられ、見つめられて、真っ赤になりながら、何やらごにょごにょと口にし始めるルプスレギナ。

何を言っているのか聞こえてはいるが、その姿に玉座の間でのモモンガとアルベドのやり取りを思い出す。

アルベドのように特定の個人を愛している設定はなかった筈だが、NPCたちの忠誠心などはどこまで突き抜けているのだろうとジョンは首を傾げる。

ジョンは知る由も無いが、プレアデスの認識では、ジョンはルプスレギナに対して光源氏計画を発動中の策士となっているのだから宜乎。

 

「冗談だ。次を頼む」

 

そう言って床に下ろせば、しょぼーんとするルプスレギナ。心なしか頭巾の耳型も萎れているように見える。

ルプスレギナのそんな姿を見ても、ジョンは人間の時と違って理性を失うほどムラムラしなかった。繁殖期ではない所為だろうかと考える。

 

狼の雄は繁殖期の雌の尿や分泌物に含まれる性フェロモンを、上顎の切歯骨の後ろにある「ヤコブセン器官」と呼ばれる副嗅覚器で感知し、性的に興奮する。

人間であった時は精嚢が充填されればムラムラきていたが、この身体だと狼などと一緒で精嚢がないのだろうか。

そうだとすれば、性フェロモンを感知しない限り、そこまで自分は興奮しないのかもしれない。これはどう検証すべきだろう。

取り敢えず、そう、取り敢えずは欲求が無いわけでは無いし、これはもっと落ち着いてから――そう、後で考えよう。

 

そうしよう。

 

これは決して未使用者にありがちなヘタレでは無い。脳内でるし★ふぁーがこんな顔『δ(^q^)プゲラww』をしていたが、断じて違う。

 

 

/*/

 

 

「メインディッシュ二皿目はムスペルヘイムのフレイム・エンシャント・ドラゴンのフィレ肉ステーキっす」

 

炎の国の巨人を倒す前に出てくるモンスター。やまいこさんの強化の為にウルベルトさんとたっちさんが炎の巨人と氷の魔竜どっちに行くか喧嘩して、最終的には両方回ったものだ。炎の古竜は氷の魔竜より小さく、炎熱対策がしやすい上にボス属性ではなかったので、特殊技術の練習も兼ねて結構な数を狩っていた。

 

熱く熱せられた鉄の皿の上にどんと置かれ、ジュウジュウと音を立てる大きな――重量にして1kgは――ありそうなステーキ。

付け合せには八つ切りのフライドポテトと、甘くなるよう茹でられた鮮やかなオレンジ色のニンジン。更に濃い緑の葉野菜が添えられて見た目にも食欲をそそる。

 

ごくり。

 

既に結構な量を食べたのだが、肉の焼ける香ばしい匂いに唾を飲み込む。

この身体は相当の大食いのようだった。その上、狼だけあって肉は別腹らしい。このサイズでもまだまだ2~3枚は食べられそうだ。

 

先ずはメインをと肉にナイフを入れていく。本来固い筈のドラゴンの肉は柔らかくナイフを受け入れ、切断面からは赤身が覗く。

ほどよく赤身が残っていながら、表面は香ばしく焼かれているミディアムレアだ。

 

切り分けた肉を噛み締めれば、滋養あふれる熱い肉汁がじわっと咥内に広がる。一噛み毎に力が染み渡り、身体から力が湧いて来るような味だった。

古典的ゲーマーの間ではドラゴンステーキを食べるのが冒険者の夢とまで言われていたらしいが、そこまで拘りの無かった自分が今、五感でドラゴンステーキを味わっている。そんな感慨深いなどと言う感情も吹き飛ばす、力強い旨味がこの肉にはある。

 

人間の時と違い何度か噛んだら、染み出した肉汁と共に柔らかくなった肉をごくりと飲み込む。

 

しっかり噛むよりも、こうして喉越しで肉を味わう方がこれまでにない美味さと満足感を得られた。

これも異形種になった影響だろうか。確かに犬や狼などはそんな食べ方をしていたような気がする。

 

気づくと鉄の皿の上は付け合せまで綺麗になくなっていた。満足気に息をつくジョン。

 

 

「食後のお飲み物は如何致しますか?」

 

 

笑顔のルプスレギナに問われ、ジョンは照れて、頭を掻きながら珈琲を頼んだ。

 

 

/*/

 

 

「デザートにはフリッガの苺のショートケーキ。生クリームはグラス・ガヴナンの乳を使用しているっすよ」

 

あとグラス・ガヴナン(豊穣の牝牛)の乳はキッシュとかの生クリームにも使われてたっすと、ルプスレギナは続ける。

 

北欧神話の神々の女神フリッガに関する伝承で、彼女は幼くして死んだ幼児をイチゴに埋めて、密かに天国に送り出す。イチゴは子供が変化した姿なので、それを食べることは子殺しに繋がるという解釈もあるらしいが、そうするとソリュシャンはイチゴも食べるのだろうかと考え、悲鳴が好きとか設定にあったから食べないだろうなと一人で納得する。

 

ケーキは上に苺がひとつ、スポンジには生クリームが1層と苺が挟まっていた。挟まっている苺の鮮やかな色が目を引く。

スポンジはきめが細かくしっかりとした甘さ。そこに生クリームのふわっとした甘さを味わうと、最後に苺の酸味とさわやかな甘さが現れて美しいハーモニーを奏でる。

それらが一緒になって溶け合い流れた後にブラックの珈琲を流し込めば、その苦味が甘さと一緒に流れていき、後には珈琲の香味が余韻となって残っている。

 

 

「ごちそうさま。美味い飯だった。料理長にも伝えてくれ。それと……楽しい時間だった。ルプー、これをやろう。『古の守り』だ」

「ふへっ!? そ、そんなわけには」

 

慌てるルプスレギナにジョンは首を横に振ってみせる。

 

「お前が敬語も抑え、気の置けない会話をしてくれたおかげで楽しかった。俺の我侭ですべき事をさせなかったのだから、礼をするのは当然の事だ」

 

そう言ってルプスレギナの手を取ると『古の守り』と名付けたアミュレットを握らせる。100Lvには非力だが、50Lv前後では十分に強力なアイテムとなる性能がある。

 

「これからも宜しく頼む」

「は、はひっ、こちらこそ、宜しくお願い致しまっすす」

 

緊張の余り変な語尾になってしまっているが、一般メイド達は至高の御方に手ずから褒美を賜ったルプスレギナへ羨望の眼差しを向けていた。

そんな一般メイド達をジョンは見る。

メイドとして完璧な立ち姿を崩さず、自分に振り回されるルプスレギナのフォローを見事にしてくれた一般メイド達へも何かやるべきだろうとジョンは考えた。

 

「……お前達にはこれをやろう」

 

椅子から立ち上がり、メイド達へ歩み寄りながら、アイテムボックスから人数分の『それ』を取り出すと手ずから授けていく。

手渡されたメイド達は驚きで声を失っていった。

 

「……こ、これは……カルバイン様の、お姿……ですか?」

 

メイドの一人が渡された『それ』を抱きしめながら、震える声でジョンへ問う。

渡された『それ』は、デフォルメされた人狼のぬいぐるみ。ジョンと同じ青と白の毛並みになるよう染色された愛嬌のあるモフモフ尻尾も可愛らしいぬいぐるみだった。

 

「ああ、自作だよ。この間は村の開拓が進んだから材料を揃えられてな。作ってみた」

 

ジョンはなんでも無い様に答えると「料理長にはこれを。俺の予備の蛸引包丁だ。刺身を作るときにでも使ってくれ」そう言って挨拶に出てきた料理長に包丁を渡す。

そうして、振り返ると自分の受け取った『古の守り』と一般メイドの貰った『ぬいぐるみ』を見比べているルプスレギナの姿があった。

 

(戦闘メイドだから戦闘に役に立つアイテムと思ったけど、ルプスレギナもぬいぐるみが良かったのか?)

 

ルプスレギナも意外と女の子してるなぁとジョンはのん気に考えていたが、彼女らにしてみれば至高の御方の似姿をその本人から頂けるなど望外の喜びであり、そこに実用性など入る余地はないのだ。つまりはそちらの方が彼女らにとっては価値が高い。物の価値とはそれを扱う者の主観によると言う事をジョンは失念していた。

だが、その見比べているルプスレギナの様子が余りに可愛らしかった為、ジョンは一つ調子に乗って、ルプスレギナをからかい始めてしまった。

 

「なんだ、ルプー? 物欲しそうな顔をしているぞ」

「えっ!? い、いやぁそんな事ないっす、よ」

「そうか? 実はまだあるんだが、なら……これは仕舞っておくかな」

 

ルプスレギナとしては手ずから褒美を貰っておいて違うものが良いなど言える筈もないのだが、目の前でもう一つぬいぐるみを取り出されては眼で追ってしまう。

 

「……え、ええっと、その、私もそっちが……」

「ん? なんだ」

 

自分の気持ちを知りながら、焦らすようにからかうジョンの意図をルプスレギナは正確に読み取っていた。

この御方は自分に羞恥を忍んでそれが欲しいと言わせたいらしい。

自分がこれほど弄ばれるとはなんと言うことだろう。羞恥で頬がかっと熱くなっていくのが止められない。

だが、至高の御方がそれを望んでいるならば、羞恥に耐えてそれを口にしなければならないだろう。

 

(うう、恥ずかしいっす。でも)

 

 

「ジョン様のぬいぐるみ! 私も頂きたいっす!!」

 

 

言い切った。

言い切ったが、羞恥の余り頬が熱い。視界もなんだか滲んでいる。

 

(うう、メイドにあるまじき失態っす)

 

ルプスレギナは両手で頬を押さえて羞恥に耐える。

 

 

「あーーすまん、構い過ぎた。俺が悪かった」

 

 

羞恥のあまり眼に涙を溜めたルプスレギナ。

その姿にジョンはようやく調子に乗り過ぎた事を悟る。

 

だが、悪かったと謝っても、ここではジョンが言えば全ては是となるのだ。謝ったところでジョンが悪かったなどと彼女達が認める訳が無い。

ルプスレギナを宥め様と頭を撫でてやるが、そう簡単には激情は治まらないものだ。

 

「ひっく、ジョ、ジョン様は、わ、悪、くく、な、っいっす、よ?」

「セバスやペス、ユリには内緒にしてくれよ? 俺がルプーを泣かせたと叱られるのは良いが、俺の所為でルプーが叱られるのは嫌だからな」

「な゛んでそ、んな優しいん゛すかー!!」

 

(うぉっ失敗した!?)

 

ルプスレギナを撫でながら一般メイドにも声をかけたが、かえって感極まったルプスレギナが本格的に泣き出してしまった。

結局、ジョンは椅子に戻ってルプスレギナを膝の上に乗せ、彼女が落ち着くまで頭を撫で続ける事となったのだった。

 

 

 

後日、事の詳細をしったナザリック地下大墳墓が支配者のコメント

「爆発しろ。この駄犬ども」

 

守護者統括のコメント

「モモンガ様がお望みとあらば、私は羞恥プレ(以下略)」

 

 




好きな子を構い過ぎて泣かした事のある男子は挙手をお願いします。

手を上げた奴――けっ、このリア獣め。

うううううらやましくなんてないんだからなッ!!


……アイス買って来よう。


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第9話:探しものはなんですか。

ジョンが食事を終え、その色々な片付けも済んだ頃、周辺の魔法探査を任せていたニグレドからメッセージが入った。

南東に何者かに蹂躙されて焼かれた村、南西には無事に見える村を見つけたと。どちらもナザリックから半径10km圏内ぎりぎりであり、襲撃者はその範囲では探知できない。

ナザリックから見て北側には森林と山脈があり、そこから広がる森を避け、南に広がる平野の辺に村があるように見えるとの事だった。

 

どうするか。

 

襲撃者が今回の探知範囲におらず、大きな生命反応も見られないのであれば危険はそこまで大きくない筈。

ジョンは少しだけ考えるとメッセージをモモンガへ繋いだ。

 

《モモンガさん、夜が明ける前に焼かれた村を調査して来ようと思います。ユグドラシルでは補助でしかなかったレンジャーの追跡なんかが、今は使い物になる筈です》

《一人で行くとか言わないですよね?》

 

PKKで勢子や囮担当だったからこその心配だろう。

出来ればアウラを連れて行きたいが、守護者達には仕事を割り振っている現在、レンジャーを持っている自分が行くのがベストだ。

 

《人間種のみの村らしいので、セバスとルプー、ナーベラルを連れて行こうと思います。あと俺も人間形態を取ります》

《わかりました。それなら私もニグレドのところからバックアップに入ります》

 

しかし、さっきまで食事摂ったら休むと言っていた自分を笑う。

 

だが、ゲームが終わったら仕事に出るのと変わらない筈なのに、身体の奥から尽きること無い泉のように湧き出てくる気力の充実感はどうだろう。

自分の行き先を自分で決め、自分で行動する事がこの充実感をくれるなら、リアルで自分の成すべき事を見つけ出した仲間達が去って行ったのも宜乎。

 

 

《あとジョンさん。調査が終ったら村人を埋葬して下さいね》

《そのつもりですけど……何か見落としありました?》

《もし人間種のプレイヤーに遭遇しても、埋葬してやっていれば敵対的な行動を取り難いだろうと思います》

《ぷにっと萌えさんの教えが生きてますね。俺、そこまでは気づきませんでしたよ》

 

感心した調子のジョンへ、モモンガは何かに怯えるように問いかけた。

 

《一つ伺いたいのですが、ジョンさんはどうして村人を埋葬してやろうと思ったのですか?》

《え? 昔は動物が死んでたら、埋めてやったそうですよ》

 

不思議そうに返すジョン。

 

《正直に言います。私は……いや、俺は、村人が死んでると聞いても何も感じません。埋葬だって純粋に利益だけを考えての事なんです》

 

モモンガが無い筈の唾を飲み込んだようだった。そして、言葉を続ける。

 

《アンデッドになって同属意識、人間への帰属意識が失われたみたいなんです。鈴木悟と言う人間の残滓が、この身体にこびり付いているだけのような気すらします》

 

恐れ、不安、自身が人間以外の何かになってしまった事へのそれは、精神作用効果無効で打ち消されていたが、じわりと滲み出す汚泥のようにモモンガの心にこびりつき離れてくれない。

 

《なんか問題ですか?》

《え?》

 

《俺たち、元々TVの向こうで戦争や災害、テロや事故で人が死んでたって関係なくゲームしてたじゃないですか? モモンガさんは俺の仲間。俺はモモンガさんの仲間。その意識が変わってないなら、俺たち何も変わってないでしょう》

 

ジョンはモモンガの不安をそれがどうしたと笑い飛ばした。

自分達は元々そんな程度の同属意識しか持ってなかったではないか。自分も、モモンガも、自分達の関係も何も変わってない。

ただ、姿が変わっただけだ。何時も通りに何も考えていない風に、けれど、だからこそ、心からそう思っている風に答えて、ジョンは笑って見せた。

 

 

《モモンガさんがどう思っていても、俺から見て、モモンガさんは何も変わっていません》

 

 

汚泥のような不安はなくならないけれど、ジョンの言葉に胸のつかえが取れたようだった。

暗く冷たくわだかまる恐れは消えないけれど、恐れる暗闇を照らしてくれる陽の光が差し込んだようだった。

 

気安く、無意識に、そんな距離まで踏み込んでしまうジョン。それ故、リアルで友人が出来てもすぐに無くしてしまっていたが、だからこそ、モモンガにとっては大切な友人だった。

 

――ありがとう、ジョンさん。

 

 

/*/

 

 

ジョンはナザリック地下大墳墓の入口、中央霊廟から外へ出た。

素晴らしい夜空がそこにはあった。

 

「……凄い夜空だ。ブルー・プラネットさんにも見せたかったな。後でモモンガさんも地上に引っ張り出さないと」

 

月や星の明かりだけで草原の草が揺れる青い世界が広がっていた。眼の性能が上がってる所為かも知れないが、本当に星の明かりだけで世界が見える。

仲間が愛した。仲間が憧れた自然がここにはあった。

ただ空を見上げて見回しているだけで、感嘆の息が漏れる。

 

「ああ、綺麗だ。皆にも見せてやりたかった……」

 

美しい青い世界に心が揺さぶられ、視界がじわっと滲む。そのまま夜空を見上げて数秒、瞳をぎゅっと閉じて耐えると再び眼を開いた。

立ち止まり、休憩するのはもう少し後だ。今はまだ、行動しなければ。

 

そう決意したジョンの視線の先、空の彼方にぽつりと小さな影が見えた。鳥、にしては高度が高い。

水平に移動している動きではなく、垂直に近い動きでこちらに向かって降下しているように見える。

 

レンジャーの常時発動型特殊技術《タカの目》が働き、視界の中でその影だけがズームされたように拡大された。

本来は命中率と射撃武器の射程に修正の入るものだが、こういった風に機能するらしい。

 

比較物がないので大きさが今一はっきりしないが、体長2~3mの巨大なアリのような生物。その背には蝙蝠のような皮膜の翼があり、律動的に羽ばたいていた。

脚は2対しかなく上の脚は腕になっているようだ。1体、2体……全部で12体の気味の悪い飼いならされた、訓練されたように動く異形の群れは、間違いなくこちらに向かって飛んで来ていた。

 

徐々にそれらが絶えずキーキーと金切り声を上げたり、ガーガーとしゃがれた音を立てて飛んでいるのが聞こえてくる。

どこかで見たデザインを極限までリアルに再現するとこうなるのだろうか。確かに何処かで見た事のある存在だった。

 

 

「まさかと思うけど、バイアクヘー?」

 

 

(これこそ「うへぇぁ」だ。なんでだよ。確かにさっき黄金の蜂蜜酒飲んで呪文唱えたけど、笛は吹いてないし、そんなスキルは持ってないぞ!?)

 

取り合えず各種感知スキルで敵意は感じられないので、自分が召喚した扱いになっているのだろうと思う。

ようやく索敵探知圏内に入ったのか、ナザリック・オールド・ガーダーが上空に対して警戒態勢をとり始める。

 

「ナザリック・オールド・ガーダー、攻撃を停止。別命あるまで警戒態勢を維持」

 

アンデッドでは無い自分の命令を聞いてくれるのか、内心どきどきしながら発したジョンの声に従うナザリック・オールド・ガーダー達。

そして、バイアクヘー達は、不揃いな墓石が魔女の歯のように突き出した乱雑さと、下生えの刈り込み具合とが強烈な違和感を生み出している中央霊廟正面に降り立った。

 

手ごろな大きさで《フライ/飛行》とほぼ同じ速度で飛行できるバイアクヘーは、ワールド間の移動も出来る利便性からクトゥルフ神話系のスキルを取るPC達によく乗り物代わりに利用されていた。

レベル的にはナザリック・オールド・ガーダーとそう変わらず、特殊攻撃も特に持っていないので、例え敵対行動を取られても問題ないだろうとジョンは判断していた。

 

1体を前に出すV字型に並んだ彼らは先頭の1体が、キーキーと聞き取り難い高周波が混じったような声を上げ始める。この辺りはゲーム中と変わりない。意思疎通は出来ないが、召喚者の命令は理解するだけの知性はあった筈。

 

 

「王ノ加護ヲ受ケシモノヨ召喚ニ応ジ……」

 

 

その声の意味が理解できた時、ジョンは思わずバイアクヘーを指差し驚愕の声を上げる……事はなんとか堪えた。

 

(アイエェェぇシャアアアァベッタタァぁぁ!?)

 

「……参上シタコレヨリ我等ハ」

 

 

「バ、バイアクヘー? どうして声が、いや、黄金の蜂蜜酒飲んで呪文は唱えたけど笛は……」

「ソノ拳ニ宿ル王ノ加護ガ黒キハリ湖マデ汝ガ声ヲ届ケタノダ」

 

 

雷神拳、風神拳、その他の装備こそしてないが黄衣の王の衣など、所持している神話級アイテムの作成時にぶち込んだデータクリスタルや外装の設定上ハスターが関っていた。つまりゲームが現実になったことで本当にハスターと繋がりが出来たと言うのだろうか。

もう一つ、彼らの声の音とジョンが理解する声に明らかに差異がある。

バイアクヘーの声が止まっても言葉の意味が続く。彼等の言語は速度が異常に速いのか、ジョンが意味を理解している彼らの声は彼らが口――だと思う。コキュートスの口の辺りに似ているので――を閉じても数秒続いていた。

 

(魔法による翻訳? でも誰が? それともこの世界そのものに翻訳魔法?)

 

後でモモンガへ報告しなければと考え、次いで既に従属している様子のバイアクヘー達を見下ろす。

ゲームの中ではスキルで召喚されていた彼等。バフを得るための料理。そして、正式な手順ではないが触媒となるアイテムと呪文で彼らは呼び出された。

現実なのだから、こちらが儀式を行いそれが相手に届けばそれは聞き届けられる。なんの不思議も無い……のか。

だが、クトゥルフ神話のものどもは偶然に単語が並んでも召喚された筈。タブラなどが、そう言った偶然に召喚された神話生物を題材にした小説もあると話していた事があった。

図書館に行けばクトゥルフ神話はある程度揃っている筈だから、確認できるだろう。問題は本物の魔導書になっていたら、どうしようと言う心配だ。

確かクトゥルフ神話では日記でも魔導書になる場合があった筈。その事実にジョンは蔵書を確認する恐怖に震えるが、同時に希望を感じていた。

 

「バイアクヘー、しばし楽な姿勢で待機だ」

 

自分が思い至った考えに興奮し、震えながら、メッセージをモモンガへ繋ぐ。

 

《モモモンガさん、バイアクヘーが来ちゃいました! 大変ですこれ!? 凄いですよこれ!?》

《ジョンさん、クトゥルフ神話系のスキル持ってましたっけ?》

 

《持ってません持ってません。持ってないのに来たって事は彼等、本物の旧支配者の奉仕種族です。彼等がいるって事は旧支配者も、外なる神々もいるって事ですよ》

《旧支配者って良く分からないけど強大な種族とか、次元の狭間に封印されている神々みたいな設定でしたっけ?》

《いや、そこじゃないっす。旧支配者を種族で取ってたギルメンいましたよね。旧支配者が時間や世界を跨いで存在してるなら旧支配者を取ってた仲間が――俺達がこうなったように――そこにいる旧支配者になってるかもしれません。場合によっては召喚で呼び出せるかも……》

 

 

《探しますか!》

《探しましょう!》

 

 

ジョンの天啓(思いつき)にモモンガは即答で答えた。

もし向き合っていたならば、骸骨と人狼ががっしりと手を組んだように力強い言葉のやりとりだった。

 

《ところでこれ、セバス達になんて説明すれば》

《タブラさんの所為にしましょう》

 

大錬金術師の異名を持ち、各種神話に造詣の深かったタブラ・スマラグディナが何か残していたなら有り得るかもしれない……が、自分なら兎も角、モモンガがギルメンの所為にすると言うのにジョンは違和感を覚えた。

 

《タブラさんのマインドイーターはネタ的に遡ればクトーニアンですけど……何でもタブラさんの所為にするのは一寸。るし★ふぁーさんなら兎も角……。モモンガさん、アルベドになんかされた?》

 

《……仕方ないですね。私の言う通りに》

《今の間はなんだ? まさか!!》

《いいですか、セバス達が》

 

モモンガが必死に話を逸らそうとする様にジョンは眼を見開く。これは面白い事が起こっているぞ、と。

 

《え? うそ? 骸骨って●●●ついてたの?》

《黙って聞かないと助けてあげませんよ》

《サー! イエッサー!!》

 

 

悔しいので、パンドラズ・アクター並のびしっとした綺麗な敬礼で応えて見せた。

 

 

/*/

 

 

「お待たせ致しました。」

 

セバスがルプスレギナとナーベラルを伴って霊廟から出てくる。

プレアデスの二人は、メイドとして隙の無い動きで御淑やかにセバスと合せて一礼してくる。

食事の際に見せていたルプスレギナのくるくると移り変わる表情からすると別人のようだ。

 

それを見ながらこちらも上位者として振舞わなければと、ジョンも見栄を張って、それらしく答えてみせる。

 

「ん、ご苦労。先ずは任務の前にこいつらを紹介しよう。……来い」

 

その声に中央霊廟正面で待機していたバイアクヘー達が飛び上がり、キーキーガーガーと金切り声やしゃがれた音を立て始める。

異形のその姿をセバスは見た事があった。名状し難き姿を持つ至高の御方が使役していた存在の一つだった。

 

「この者達を覚えているか、セバス。そうだ。我等が盟友の一人が使役していた『黒きハリ湖』より来たりし、翼ある貴婦人バイアクヘーだ。

 しかし、我等が盟友が戻ったわけではない。我等と盟友は今、遠き断絶の彼方にある。夢見るままにまちいたる盟友たち。

 だが、我が声は虚無の空を越えてバイアクヘーへ届いた。ならば我等は銀の鍵の門を越え、盟友たちへ声を届ける事も、再び行き来する事も出来るだろう。

 

 探すぞ、セバス。

 

 銀の鍵も、門も、何処かにある筈だ。この世界全てを手に入れ、タンスと言うタンスをこじ開け、日記と言う日記を紐解いて、この世の神秘全てを手に入れるぞ」

 

「はっ!!」

 

《ふぅ、こんなものでしょう。》

《すげぇ、なんでこんなセリフがすらすら出てくんだ。しかもセバス達の目がきらきらしてる》

《組織のトップは夢を語らないといけないんですよ。先週読んだ本に書いてありました》

《どこの自己啓発本だよ》

 

それにしても、組織としてか……社会人としては下っ端で使われる立場ばかりだったが、こういう時、自分はどうすれば良いのだろうか。

 

『次の現場行くぞって言われたけど○ソ上司。何するとも何用意しろとも言わねぇから、行った先で、何であれが無いこれがないって言い出してYO』

 

誰の愚痴だったろうか。ああ、自分の愚痴だ。

確かにそんな事は良くあった。事前の段取り、連絡が無く、始めてから当然の不備が出ては怒られ、怒られながら『だったら先に言えよ、○ソが!』と何度、胸の中で罵った事だろう。

セバス達を見回す。やる気に満ち溢れた目だ。

このやる気を失わせるようでは《上司/群れのリーダー》失格だろう。自分がやられて罵った事を行わず、自分がしてもらいたかった事をすれば良いのだろうか。

 

 

「バイアクヘーを迎える為、先に出てしまった。本来であればナザリック内部でお前たちに伝えるべきだったのだが、先ずはすまない。そう言っておこう」

「そのような事を為されずとも」

 

「俺が為すべきと思った事を為さねば、俺はいつか俺自身が忌避していた存在になってしまう。だから、セバス。言わせてくれ。俺の段取りが少々悪かった。すまない」

「勿体無いお言葉です」

 

セバスにありがとうと返し、顔を見ながら話を始める。

 

「さて、今回お前たちとはここから南東に10km程にある焼き討ちされたと思われる人間種の村を調査に向かう。ニグレドの探知によれば10km圏内に人間の集団と言えるものは、南西10kmの位置に同じく人間種の村――こちらは無事だ――があるだけで、襲撃者らしきものは発見できなかった。また、先にセバスが1km範囲を調査したように危険なモンスターも探知にかかっていない。

人間種の姿しか発見できてないので、異形種に対して忌避感がある事も予想される。その為、今回は完全に人間形態を取れる者のみでチームを編成した。俺も人間形態を取る」

 

そう言って人狼形態から人間形態へ姿を変える。

銀髪金眼、褐色肌の逞しいウルフカットの青年で、勿論リアルのジョンとは似ても似つかない。

 

《銀髪金眼イケメンですね。ジョンさん》

《ちっくしょーめー、あ、俺が畜生だ》

 

珍しくジョンを囃し立てるモモンガ。

 

ジョンが自分の外装ネタにしたのは20世紀末から続く異形種格闘ゲームのキャラクターだ。

狼だから眼は金色で、勿論ゲームなのだから人間形態はイケメンだよねと、軽い気持ちから人間形態を作った。厨二病を発症していた初期はそれでも良かった。素直に俺かっけーと悦に浸れた。

 

だが、アインズ・ウール・ゴウンに入り、異形種のまま超カッコイイ・ロールをするウルベルトやタブラ、モモンガ達を真近で見て痺れた。

イケメンが、カッコイイのは当たり前。人間からかけ離れた容姿でロールし、それで尚もカッコイイと感じさせる。これこそ真のかっこ良さだと信じた。

それ故、パンドラズ・アクターに悶えるモモンガのようにジョンは己の人間形態を恥じた。

課金アイテムで変える事も出来たが、己の戒めとして敢えて残し、いつの日かウルベルトやタブラのような超カッコイイ・ロールが出来るようになろうと誓っていたのだ。

 

端から見れば、どう見ても厨二病を拗らせたようにしか見えなったが、ジョンにとっては『イケメンが、カッコイイのは当たり前』その戒めのセリフは、モモンガにおける『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』と言う、たっち・みーの言葉に等しい重みを持っていた。

 

 

もっとも、そのセリフが誰のセリフなのかは、発言者の厨二病が完治している可能性もある為、ここでは伏せて置く。

 

 



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第10話:仕事は段取り8分です。

ルプスレギナはワーウルフ5Lvで人間、狼の姿になれるようなので、ここでは5Lv毎に形態を増やせるとしています。
ジョンはワーウルフ10Lvあるので、人間、狼、人狼の3つの形態を持っている。
以前の話にあった子狼形態は、料理効果で子供になった上で狼形態を取ったと言う事で考えています。

2015.10.25 11:30頃 4行目の「数秒後~」からのジョンの人間形態の描写を差し替え。

ぶーくがイメージしてたのはジョジョとかの身体で、戦士としての意味で均整のとれた肢体と描写したつもりでした。
が、一般的には「均整のとれた~」だと細マッチョ(原作8巻417項挿絵デミウルゴス)みたいな感じのイメージだと指摘を受けて、ぶーくのイメージが伝わるよう強調修正。
ジョジョとか、ネギまのジャック・ラカン見たいな身体かっこいいと思うんだけど、筋肉嫌いって人が意外と多くて残念。



「……俺も人間形態をとる」

 

その言葉と共にジョンの身体が蠢き出す。青と白の毛並みは小波の様に震えながら短くなっていき、鼻筋の長い狼の顔は短く小さくなっていく。

数秒後、身長2m前後あった大柄なワーウルフの姿は一回り小さい身長190cm前後の青年の姿となった。野性味溢れる褐色の肌、逞しく筋肉のついた肢体、ぶっとい上腕二頭筋、見事に割れた腹筋に分厚い大胸筋。見事な戦士の肉体の上では、鋭い金の瞳が輝き、銀の髪はトップ部分をオオカミのたてがみのように立たせた所謂ウルフカットと呼ばれるスタイルだった。

 

セバス達も初めて見るジョンの人間形態だった。

初めて見るその姿に、気がつかない内に不躾な視線を送ってしまったのだろうか。眉をひそめたジョンへ、セバスは即座に3名を代表して謝罪をする。

 

「失礼致しました」

 

プレアデスの、特にルプスレギナがいつもより浮ついている気配をセバスは感じ取っていた。

 

(ジョン様の人間形態! 初めて見たっす!! ぐぎゃ!?)

(ルプー。御前よ)

 

鈍い音がし、ルプスレギナの目に涙が滲む。ナーベラルが浮ついたルプスレギナのつま先を、踵で踏みつけたのだ。

セバスもジョンもそれに気がついていたが、セバスは『出発前に一つ釘を刺さねばなるまい』と考え、ジョンは『TPOに応じて、しっかり出来る娘じゃなかったっけ?』と考えていた。

ジョンは更に、或いはアルベドやシャルティアのように設定が何か化学反応を起こしているのかもしれず、それが予期せぬ危機を招く可能性まで考えたが、ルプスレギナが可愛いので、『ま、良いか』とそれ以上考えるのを止めた。

 

「なんでもない。モモンガさんにメッセージで人間形態をからかわれただけだ。

 俺にとって人間形態は未熟さの象徴だからな。自分の未熟さをまだ気にしているのかとからかわれた。あまり取りたくなかったが、確かにその通りだ。使えるもの(パンドラとか)は全て使わなければならない。ありがとう、モモンガさん(モモンガさんもパンドラを出してね♪)

 

ジョンはセバスに、お前達に眉をひそめたのではないと手を振ってみせると、次いで自分の足元を見て一つ重要な事に気がついた。

 

「おっと、裸足だったな」

「何か、お持ちしますか?」

「大丈夫だ。予備の装備がある」

 

ジョンの人狼形態の足はイヌ科の動物と同様の踵が地面から離れて指先だけで立つ構造になっている為、靴が装備できない。

その為、人狼から人間形態へ移行したジョンの脚は裸足になっていた。

「2番セット」

キーワードに反応し《準備の腕輪》がジョンの装備を格納され、登録されている2番目のものと一瞬で入れ替えた。

 

その姿は草色のクロークを纏って、その下には深緑色を主体とし金糸の刺繍の入った前合わせの服。その上から黒い帯と胸当て、足元はブーツ。

アメリカのスペースオペラの宇宙騎士の衣装をモチーフに、ホワイトブリムにデザインして貰った装備だった。

武器もナックルの雷神拳から、穂先が光で出来ている短  槍(フォトンランサー)とクロスボウに変わっている。

 

「お似合いでございます」

「お世辞でも嬉しいぞ。これはホワイトブリムさんにデザインして貰ったものだからな。ただ、性能としては聖遺物級だから今回は使わない。自分のセンスの無さに悲しくなるが、足りない所は仲間やお前達に支えて貰えば良いだけだ。俺もお前達の足りない所を支えよう」

 

そう言いながら、ブーツと靴下を脱いで脇に置き登録解除。もう一度《準備の腕輪》を起動させ、武道家装備に戻ると靴下とブーツを履く。

 

(ホワイトブリムさんにデザインして貰った外装を主武装にして置けば良かった。武道着に『天』『狼』ってなんだよ。作った当時はカッコイイと思ってたんだけどさぁ。ああ、フル装備になる度に凹む。フル装備になりたくない)

 

履き替えたブーツは防具としては聖遺物級だが、足音を無くし、足跡を無くす能力を持っている。ユグドラシルではレンジャーなどの追跡スキルにペナルティを与える効果を持っていたが、現実となった今では自分の足跡で他の足跡を荒らさずに済むのではないかと期待しての装備だった。

 

靴を履きながら、第五階層から見ているモモンガ達へも伝わるようブーツの性能を説明し、続けてセバス達へその意図も説明した。

 

 

/*/

 

 

「さて、今回の調査チームに於いて現地指揮者は俺が務める。次席としてセバスを指名する。調査中に俺が不在の場合、また不測の事態によって俺が指揮を取れなくなった場合はセバスの指揮に従え。セバスも倒れた場合はルプスレギナ、ナーベラルの順とする。現地調査班は俺、セバス、ルプスレギナ、ナーベラルの他にシャドウデーモンとバイアクヘーだ。第五階層氷結牢獄よりニグレドとモモンガさんが魔法により監視とバックアップを行う」

 

跪く3人を前にジョンは説明を開始していた。

ジョンとしては霊廟入口で跪いていられると自分の段取りの悪さに泣きたくなるので、立ってほしいのだが、この状況でセバス達が『楽な姿勢で話を聞け』と言っても聞く筈も無く、止むを得ずそのまま説明を続けていた。

 

(次からは会議室つくって説明しよう)

 

会議室なんて何の役に立つんだよと思っていたジョンだったが、こうも上下関係をびしっとされると、打ち合わせの為に本当に必要なものだったと心底納得できた。

失って気づく大切さよ。

 

 

「目的はこの世界の情報を少しでも多く、生きて持ち帰る事だ。決して生命を粗末にするな。3名それぞれの役割と全体の流れを説明する」

 

 

そして、繰り返し、生命を粗末にするな。勝手に死ぬなと繰り返す。

一般メイドですら、下手をすれば自害する勢いだったのだ。

 

況や第九階層で最後の盾となって散る為に作られたセバスとプレアデスならば、もっと簡単に生命を投げ出すのではないかとジョンは危惧していた。

 

こんな事になるのなら『プレアデスとセバスの役割はあくまでも時間稼ぎ』などと考えもしなかったのに、と思っても後の祭りである。

これでルプスレギナが自分の盾になって死のうものなら、後先を考えずに暴れまわる自信がある。

 

 

「セバスにはルプスレギナとナーベラルの盾となる事。現地人間種と接触があった場合、年配の男という外見と、物腰から勝ち得る信頼を期待している。万一戦闘が発生した場合、盾となる優先はナーベラル、次いでルプスレギナだ。

 俺が盾を必要とする場合は、お前たち全員を捨て駒にしなければ離脱できない窮地だ。

 その場合のみ先の命令を無視し、独自に行動する事を許す。だが、これだけは覚えておけ。俺はお前たちを失うのは耐えられない。勝手に死ぬ事は許さん」

 

 

作戦『生命を大事に』を繰り返す。

 

 

ルプスレギナやナーベラルに自分の盾になられても困るのだ。パーティで行動する以上は、ジョンとセバスで盾役と前衛にならないとパーティが機能しない。

特に自分とセバスは戦闘用クラスの構成が近い事もあり、装備の分だけ自分の方がステータス上は勝るだろうとジョンは考えていた。

 

だが、ユグドラシルでは近接戦を主とする戦士職は、実は特に対人戦に於いて人気が低かった(注:この話ではです)。

これはユグドラシルは『ダイブ』してプレイする関係上、現実で強い人はユグドラシル世界でも強かった。

 

事実、世界ナンバーワンプレイヤー「ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイム」は総合格闘技の現役チャンピオンであったし、ギルド最強であったワールド・チャンピオンたっち・みーとて、現実では警察官であり、警察官である以上、柔道、剣道の有段者であった。

 

つまり、現実から離れ、現実の自分以上の存在となる事を楽しみたくとも、戦士職を選べば現実の柵から逃れる事は出来なかったからである。

 

レベルを上げても、CPU戦なら兎も角、現実での努力が、才能の差が、見せ付けられるクラスで対人戦を楽しめる人間がどれほどいるだろうか。

話が逸れた。

 

ジョンとしては能力を発揮できる設定で創られたセバスよりも、こうなったばかりの自分の方が能力を活かしきれないのではないかとの不安。

そして、不安を解消する為にこそ戦闘経験を望んでいたのである。

その為には自ら前線に立ち敵対者とぶつかり合う必要があった。故に自分を大事に扱われては困る事から、自分が窮地に陥るまでは手を出すなと命令していたのである。

 

 

/*/

 

 

「セバス、モモンガさんからワールドアイテムは受け取ってきたか?」

「はッ、こちらに」

 

そう言って、世界アイテム真なる無(ギンヌンガガプ)を見せたセバスにジョンは一つ頷く。

 

「良し。モモンガさんから説明があったと思うが、確認の為、俺からも説明する。今回の任務中それはお前に預ける。万一ワールドアイテムを持たなければ対抗し得ない直接攻撃、間接攻撃があった場合に備え、ナザリック外部で活動する守護者級の者達には、活動に際してワールドアイテムを預ける事とした。無論、それだけの危機が発生した場合はワールドアイテムの使用を許す。躊躇わず使用しろ」

 

セバスの返答に頷き、ジョンは次にルプスレギナへ指示を出した。

 

「ルプスレギナ。今回の調査においてお前の役割は重要なものだ。心して聞け。

現地到着後、《死者との会話》を使用し、死者から情報を収集する。お前の能力であれば1人あたり5つ前後の問いが取れるだろう。数十人の犠牲者から何を聞きだすかはバックアップについているモモンガさんがその都度メッセージで指示を出す。その後、《レイズデッド/死者復活》《リザレクション/蘇生》《ワンド・オブ・リザレクション/蘇生の短杖》による死者の蘇生実験を行う。蘇生した場合は『手当てをしたら意識が戻った。今はまだ眠っておけ』とでも言って眠らせておけ。蘇生させた事は伏せろ。回復魔法に関しても、どれほど普及しているかが情報不足だ。これについても伏せろ。手当てをしたとだけ言っておけ。蘇生した者は後々の人間種勢力との交渉で役に立つと期待されるので、良き隣人として振舞え。蘇生の短杖を渡しておく」

 

厳しい表情を作ってルプスレギナに蘇生の短杖を手渡すと、最後にナーベラルに向い口を開く。

 

「ナーベラル。お前の役割は現地で俺たちの安全を確保する目であり耳だ。

 現地到着後、《パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化》をアイテムで使用。《フライ/飛行》で上空から《ラビッツ・イヤー/兎の耳》を使用の上で、周囲の警戒にあたれ。何かあればメッセージで連絡をしろ。上空から魔法攻撃がし易いよう、この任務中、俺の《飛行のネックレス(フライ/飛行)》と《姿隠しの兜(パーフェクト・アンノウアブル/完全不可知化)》を預けておく」

 

 

各自への重要事項を説明し、どの程度の理解しているか見回すが、全員が跪いてるので今ひとつ分り難い。

やはり会議室は必須のようだと、ジョンは内心で溜息をつく。

 

 

「現地到着後は、先ず村の周囲にシャドウ・デーモンとバイアクヘーで警戒網を敷く。セバスとルプスレギナはその場で待機し、ナーベラルは上空からの監視を開始しろ。その際、バイアクヘーは音を立てずに行動できないので、ルプスレギナとナーベラルで《消音》と《透明化》の魔法をかけてやれ。

 ルプスレギナ、《完全不可視化》は俺達だけで良い。場合によってはバイアクヘー、シャドウデーモンをわざと発見させ、その指揮官として傭兵モンスターを召喚。彼らを捨て駒とし、俺達は《転移門》で撤収する」

 

これは、ぷにっと萌えさんの教え『僕はやっていない』だ。

そして、最後にジョンは彼らから反対意見も出るだろうが、この調査の肝である自分の為すべき事を説明し始める。

 

「村へは異論もあると思うが、最初は俺が一人で入る」――手をあげ、何か言いかけたセバスを遮る――「言いたい事はわかる。だが、既に生命反応は無い事が確認されている。罠や強力なアンデッドなどの可能性も低いだろう。

 

 現状、村は襲撃された時の状態を保っていると予想される。そこで襲撃者の足跡、村人の足跡や戦闘の痕跡から襲撃者、村人の人数、可能ならば戦闘能力の推測なども行いたい。その為、技能のある俺一人で村に入り、出来る限り痕跡を損なわずに調査したい。時間経過によるリスクはこの――腕輪を示す――《ヨグ=ソトースの腕輪》で固有時間制御を行い出来る限り短時間で済ませる」

 

 

守るべき存在であるジョンが一人未知の領域へ踏み出す事を良しとしなかった彼等であるが、事前調査で最低限の安全は確認してある事、レンジャーの追跡で痕跡を調査する事を説明されては納得せざるを得ない。

 

戦闘痕からの戦闘の推測であるならば《リアルシャドー》――ユグドラシルでは戦士系クラスが対戦相手やモンスターのデータを呼び出し、安全に仮想空間で仮想的に戦闘訓練を行う為のスキルだった――で、セバスも行えたかもしれない。

 

だが、レンジャー技能との併用で精度を高める事、全体のリスクを低減する為に固有時間制御まで使って短時間で済ませるとなると、装備とクラスの関係でジョンしか行う事が出来ない。

 

 

「その後に死体を集め、《死者との会話》での情報収集と蘇生検証を行い死体は埋葬する。死体を集める際に成人、老人、子供、男女のそれぞれの数をセバスが集計しろ。

俺はその段階で周辺の畑と家畜を調査し、この辺りの気候、農業生産力や技術力に関して調査を行う。生きた人間と接触する前にある程度はこの世界の情報を手に入れたい」

 

 

この辺りになるとスキルによるものより、開拓RPの為に現実で調べ身につけた知識――ブルー・プラネットと語り合った自然のあれこれ。古代から現代に至るまでの農業、狩猟、人間の自然との関わりを語り合った事――が生きてくるだろう。どんなものが作られているのか、どんな農具を使っているのか。殲滅された村を調査に行くのだが、ジョンには犠牲となった村人を悼む気持ちはまったく無かった。

 

人間が自然とどう向き合い、どう生きているのかを知る事が出来る喜びで胸が一杯だった。

 

 

「移動は飛行で行う。シャドウデーモンは影移動でついて来い。

 行きは飛行を使って周囲の地形を視認し、帰りは《転移門》を使用する予定だ。

 ここまでで何か質問はあるか?」

 

 

/*/

 

 

質問はあるかと3人へ問いかけたが、自分の経験と照らし合わせ、自分から言い出すのは難しいだろうなとジョンは考えた。

だからと言って、こちらから質問するのもパワハラのようだなと思ったが、何も無いままにも出来ず自分からジョンは彼らへ問い掛けた。

 

「ルプスレギナ、何か疑問に思った事はあるか?」

「どうしてわざわざ埋葬するのですか?」

 

今度はきちんとTPOを弁えた口調と姿勢で語るルプスレギナ。その姿を微笑ましく思いながらジョンは答える。

 

「人間種の姿しか見えないと言う事は、人間種が強力で異形種を駆逐したと推測しておくべきだ。そうであるならば死体から情報を抜くと言う行為は人間種の倫理観に触れ、敵対的な行動を選択される可能性が高い。人間種がどの程度の力を持つか分らない以上、情報を抜いた後でも埋葬し、彼らの良き隣人を装う事で無駄な争いを避ける。もしくは心理的に手出しを抑制させる効果を期待しての判断だ。

 付け加えるなら、他者を踏み躙るならば、己も踏み躙られる覚悟は持っているべきだ。その覚悟も無く弱者を踏み躙る者は、滅ぼしたくなるほど不快であるし、その犠牲者は弔ってやっても良い程度の哀れみを感じるからだな」

 

「至高の御方のご賢察に感服致しました」/(私はジョン様に玩具にされても全然OKっすから、人間を玩具にしてもOKっすね♪)

 

ジョンが知れば『違う(問題は)そうじゃない』と言ったかも知れないが、現在の彼はルプスレギナがきちんとTPOを弁えた所作に安堵し、後で褒めてやらなくてはと考えていた。

 

(今度は村を開拓する時、連れて行って貰えるっすかねぇ。一生懸命に開拓した村が襲われ、全てが炎の中に消える時の村人を特等席で見たいっすよ。

 その炎の中で人間達を叩き潰しながら遠吠えを上げるジョン様。うー、ゾクゾクしてきたっす。

 自分で集めて開拓した村を、敢えて襲わせて、人間を蹂躙しながら、村人の縋る様な眼が絶望に染まっていくのを同時に見る。

 流石はジョン様、素晴らしいご趣味っす)

 

ジョンとルプスレギナの認識はこれだけ大きく外れていたわけだが。

 

 

/*/

 

 

「ナーベラル」

「申し訳ございません。カルバイン様、私は《転移門》を取得しておりません」

 

恐縮したような涼やかな声と共に、跪き、低い位置にある黒いポニーテールが更に低い位置へ下がった。

 

「ああ、お前達のスキルは把握している。帰りの《転移門》は俺が用意する」

 

(アイテムでね。タブラさん達には『だからお前はダメなのだ』と言われたネーミング《大魔術師の魔除け/アミュレット・オブ・○ードナ》で。……結局、ネーミングセンスも、モモンガさん程のオリジナリティ持てなかったな、俺)

 

ナーベラルはルプスレギナと違い裏表なくクールビューティーであるけれど、やはり何がしかのギャップは欲しかったなと、ジョンは考えていたが。

 

(魔法職で無いにも拘らず、《転移門》まで当然のようにお使いになられる。流石は偉大なる至高の御方です)

 

ナーベラルからの評価も鰻上りだった。

ジョンからするとアイテムの力はアイテムであって、自分の力では無いのだが、ナーベラルからすれば、それがアイテムの力であろうとも、それを蒐集し、貴重な素材を集め、作り出したのは至高の御方であり、その過程も含めての評価である。

だから、それがアイテムによるものでも彼女の評価が上がっても下がる事はないのだ。

 

まして、自分達も至高の御方の手足となって働く為に生み出された道具なのだとナーベラルは思っている。至高の御方の安全を確保する為の眼となり、耳となる。

道具として存在する自分達を道具として使って頂ける。これに勝る喜びはない。

好みとしては殺すとか壊すとかの任務が良いのだが、その内それも頂けると思っている。

 

 

その時こそ、ぱーっと殺せば良い。

 

 

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「セバスは何かあるか」

「ございません。ご配慮、ありがたく。慈悲深き至高の御方へ、心よりお礼申し上げます」

 

セバスはそっと頭を下げた。

二人の質疑応答の間にセバスも彼なりに考えていたのだ。

 

犠牲となっている人間達から情報を取るだけではなく、埋葬を許すジョンの慈悲深さに尊敬の念を強めた。

自分の知恵ではデミウルゴスには及ばないだろうが、それでも至高の御方のお考えを自分なりに噛み砕き理解に努める。

 

戦闘が発生した場合、後衛である(前衛寄りだが)ルプスレギナとナーベラルの盾が必要となる。ジョンが盾となった場合、至高の御方の盾となって散る為に存在する自分達はそれを良しとせず、ジョンとの連携が取れなくなる可能性がある。そうならないよう二人の盾として自分を用意し、現地で調査を行う際の指揮者不在に自分を充てる。

 

至高の御方々の中で、ジョンは勢子や囮となっていた。その御方が盾を必要とする場面では、自分達は役に立てないだろう。

それでも、自分達の気持ちを汲んでその場合は全ての命令に優先し、盾となる事をお許し下さる。

 

それで尚、死ぬなと言って下さる慈悲深き御方。

 

 

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《ルプスレギナは《死者との会話》なんてもってたんですね》

《プレアデスに関しては、メイド属性の無いモモンガさんより詳しいですよ》

 

ゲームではPCとは《死者との会話》を使わずとも会話(チャット)できたし、モンスターの死体からは会話で有益な情報(一定パターンの会話はあった)は取れなかった為、雰囲気作りに存在したようなスキルの一つだ。モモンガにとっては低レベルの魔法であるが、スキルツリー的に流石に取得していなかった。

 

だが、ギルメンの誰かが言ったのだ。ナザリック地下大墳墓において死人に口無しは許されないと。

だからといってペストーニャに取得せるのも違う。

ならば、ルプスレギナに取得させ、『死人に口無しと思ったっすか? ざーんねんでした』と言わせよう。

モモンガも知らないプレアデスの取得スキルのエピソードである。

 

余り使い出の無かった魔法の話題に思い出したのだろう。そう言えばとモモンガが別の魔法を話題にする。

 

 

《死にスキルと言えば魔力系第一階梯《小さな願い》ってどうなったんでしょう》

 

 

指先に火を出したり、本を取ったり、靴紐を結んだりするような魔法使いっぽい演出用の魔法だが、ユグドラシルではコンソールから装備の切替も出来たので死にスキルの一つだった。大錬金術師タブラ・スマラグディナは取っていたように思う。

使用時間も長く、現実で持っていれば便利な魔法だったろう。

 

《俺、メッセージを取ったときに取得しました。さっき試したら、指先に火が出せましたよ》

《どうしてそんなの取ってたんですか?》

《最初にメッセージ取った時、残り2つ埋めるのに取ったんですよ》

 

魔法職になるつもりはなかったので、生活、開拓に便利そうな低レベルの魔法を取得したというRPの一環だった。

実際、おまけ程度に攻撃魔法をとっても高レベルの戦闘では牽制にすらならない。

クリスタル・モニターでこちらを見ているであろうモモンガへ、ジョンは《小さな願い》を使ってみせる。

 

指先に種火を作り出し、ふっと吹き消し「ふっ、燃えたろ?」と、ドヤ顔をして見せた。

モモンガとの会話で調子に乗った彼は、今の状況を完全に失念していた。

 

 

「カルバイン様? 今のは?」

 

 

訝しげなセバスの声に「はッ!?」と正気に帰るが、時すでに遅し。

 

《うぎゃー ! 氏ね記憶よ死ねー!! も、モモンガさん、セバス達の記憶操作を!!!》

《そのぐらい自分で頑張って下さい。あと、アルベドとニグレドにも見られてますよ》

 

 

「こ、これはそう、これは……(もう無理だ。俺にはモモンガさんほどのアドリブ能力がない。くッ)……恥ずかしいところを見せたな。昔見た武道家(?)の台詞だ。敵を炎で焼き尽した後に、こんな事を言っていたのを思い出して、な」

 

 

やけくそでそれらしく誤魔化し、後は分かるだろう的な微妙な表情をセバス達に向ける。

アルベドとニグレドの方は後で考えよう。どちらにしてもニグレドは氷結牢獄から出られないのだから、アルベドさえなんとか出来ればなんとかなるだろう。多分。

 

 

その表情をどう受け取ったのか、ルプスレギナは元気良く、「はい! 敵がいたら炎で焼き尽くせって事っすね!!」と笑顔で応えてくれた。

 

ナーベラルは何を感激したのか「ご配慮ありがとうございます。接近する愚かな下等生物は至高の御方の安全の為、速やかに焼き尽くします」との事。

 

 

「あ、う、うん……ありがとう」

 

「「勿体無いお言葉です」」

 

 

なんだろう。『ぷークスクス』とかされた訳ではないのに、凄く居た堪れない。

 

 

/*/

 

モモンガ:「ジョンさん人間形態だとセリフ長いですね」

ジョン:Σ(゚д゚lll)ガーン

 




ユグドラシルは「ダイブ」してプレイする関係上、現実で強い人はユグドラシル世界でも強いと言う点を自分なりに解釈して見ました。


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第11話:とんだブラックギルドである。

・料理効果によるステータスアップは今回で時間切れとなります。
・オリジナルスキルの効果は創作です。現実にある技術をゲームで使えれば、こんな事まで出来たら良いなとぶーくが妄想したものです。
・バッドステータスについての考察、解釈がありますが、この物語においての解釈、演出となります。
・農業、技術、科学、魔法、世界情勢についての考察がありますが、あくまで作中の登場人物の想像であり、現実世界において正しいものとは限りません。
・現地人のLvが描写されますが、あくまでぶーくの解釈による定義であり、主人公達は目安としてこのぐらいとじゃないかなと、数字を口にしています。

2015.11.29 16:30頃 誤字修正


 

ジョンが到着した時、村はまだ燃えていた。

木の燃えていく煤くさい匂いも、人間の肉が焼けていく香ばしい匂いも、嗅いだ事は無いのにそうだと理解できた。

もう殆ど鎮火していたが、燃え方に一部不自然なところがあった。恐らくは油を撒いて燃やしたのだろう。

 

ジョンの人間形態は特殊能力のほとんどが使用できなくなり、ステータスも大きく下がる。

その為、明かりの魔法か、暗視の魔法を使っても、下手をすれば痕跡を調べられないのではと心配していたが、流石は100Lvの身体。その心配は杞憂であった。

地面を舐めるように顔を近づけ、匂いを嗅ぎ、足跡を調べ、家屋にある戦闘の傷――柱の傷や、血の飛び散り方――を調べる。

 

リアルにおける彼はそう言った技術が存在するとしか知らなかったが、その技術をゲームで取得していたジョン・カルバインの身体は、モモンガが魔法を使うように取得していた技術を使って見せた。

 

足跡などの痕跡から、獲物の種類、大きさ、状態を推測するレンジャーの《追跡》――ゲームではワンダリング・モンスターを発見したり、モンスターの進路を予想したりする補助的なスキルだった――。

 

格闘家の《リアルシャドー》はPCやモンスターと対戦練習を行うスキルだった――設定では戦闘の痕跡やこれまでの経験から相手を想像しながら行うシャドー・ボクシングの極致。達人ともなると戦闘の痕跡を見るだけでどんな戦いが行われたか理解でき、観戦者にまで自分の想像を見せる事が出来るとなっていた――。

 

これらスキルがあるから出来る筈との彼の認識と、ジョン・カルバインが行える事が一致した。

 

その時、リアルの彼では判別できない痕跡の数々が組み合わさり、痕跡から意味を持った記録へと移り変わる。

何も語らぬ筈の焼かれた村が、村人の死体が、雄弁に最後の時と失われた日々の暮らしを語り始めた。

 

 

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孫を庇って背後から切り付けられ、死んだ老人がいた。

燃え落ちた家屋の中では腹を串刺しにされた父親と、その眼前で襲撃者のお楽しみに使われたと思しき娘の死体があった。

手を繋いだまま殺されている幼子の死体もあった。

 

村人の死体は隣人を犠牲に自分だけが生き延びようとした者は見受けられず、素朴すぎる生活ながら家族、隣人と手を取り合って逃げようとし、殺されていた。

 

この殺戮を行った集団は、村を包囲し、皆殺しにしながら中央に村人を追い立てて行ったようだった。村の周辺には逃げた村人を狩る係が4名。これは騎乗し、弓を装備していたように思える――運良く逃れた村人の死体に刺さる矢を発見した。騎乗射撃で仕留めている事から、馬具として鐙が有り、同時にそれなりに錬度の高い集団ではないかと予想される。

 

集団は全体で30名ほど。最終的に中央に集めた村人を5名前後だけ残し、皆殺しにすると、その後は略奪もせずに撤収している。

 

 

村の人口からすると成人男性の死体が少ないが、連れ去られた形跡は無い。お楽しみに使われた女性の死体も一部で、基本的にそういった用途にも使われず女子供も無差別に皆殺しになっている。子供は男女とも数は揃っていた。疫病の様子もないので、疫病の感染拡大を防ぐ為の焼き討ちでもないようだ。

 

戦闘とも言えない殺戮の跡を調べるが、歩行の靴跡と比べて凹みが深くなっていない。つまり、戦闘時の踏み込みが浅い。武器を振るう力が強くないので、地面に加重が掛かっていないのだ。そうなると武器の威力もお察しと言える。現実における人間の身体能力を大きく逸脱しない範囲の身体能力だと、《リアルシャドー》と《追跡》で調査を行ったジョンは判断を下した。

 

 

仮に村人をLv1とするなら10Lvは超えない。どんなに高くても20Lvは超えないだろう。

自分達が一般人にすら劣るかもしれないとのモモンガの心配は、取り敢えず払拭できたのではないだろうかとジョンは思った。

 

 

その後、50名ほどの騎乗の集団が村に入っている。この集団は村人の生き残りを回収し、少数が来た方向へ戻り、残りが先へ進んでいた。

 

村人の歩幅と靴跡のサイズと比較するとこの集団も人間。村人の靴跡の凹みと比較し、重量の重い最初の集団は重武装。次の集団は軽装備と思われる。時間は何日も経っていない。昨日の昼間に襲撃され、その日の内に次の集団が来たものと思われる。

 

犠牲者の成人男性が少ない点を考慮すると、現在この地域は戦争状態。後方かく乱のゲリラ戦だろうか? 徴兵された兵士の士気を挫くなどの。

 

 

ここまでの調査で分かった事をメッセージで報告し、ジョンはセバスとルプスレギナを村の中に呼び入れると、村の中央で殺されている村人たちからの情報収集と死体を村の中央に集めさせる。

 

 

その間に今度は、畑の状況、作物。種籾の保管場所をジョンは調べる。こちらは荒らされていない事から軍、山賊などによる略奪ではない事が分る。

畑では春蒔きの大麦、燕麦、豆などが焼かれもせずに夜風に揺れており、収穫まで数ヶ月はあるように見える。時期的には今は夏なのだろう。

麦が作られている事から考えると比較的、雨が少ない気候とジョンは考えた。

 

作物の中にジャガイモがある事に驚いたが、連作障害を起こしており、ジャガイモがあるのに三圃式農業に達していない。地球の歴史とは進歩の進み方に違いがあるようだった。

ジャガイモは渡来の作物ではなく、元々この地にあったのだろうかと考え、気がつく。

この芋は、どうみてもユグドラシルのゴールデン芋に見える――いや、そのものだった。プレイヤーが時間差で転移してきているのだろうか。

 

畑の土の状態、村での糞尿の処理、衛生状態から見ると全体的に農業技術が低く、生産性も低く、文明基盤が脆弱に思える。

 

魔法および科学技術は全体的に低いが、軍事に特化していると予想した。農業生産力が脆弱で多くの人口を支えられない。国力が低い国家なのではないだろうか。

流石にこれが標準なら、世界的に人間の文明は近代にも達していないだろう。

 

 

家屋は荒らされていたが、家畜、貨幣は手付かずだった。村人を殺し、油をまいて家屋を焼く。本当に殺戮だけが目的だったようだ。

 

 

村人は貨幣は多少持っていると言うだけで村の中に商店は無い。これは村は基本的に自給自足で貨幣経済は機能しておらず、領主に税を取られるだけの古い時代の農村のように見える。

農具は基本木製。刃先だけ鉄製の農具が僅かにあるだけであり、これでは土を深く耕せないので収穫量も余り望めないだろう。

 

しかし、家を焼いた油は揮発性の高い油が使われていた。農業レベルから推測した文明水準からすると、これは一般的には手に入らない特殊な物質になると思われる。魔法や錬金術で作り出せるとしても、農村がこれだけ低レベルならば、国などが保有し、秘匿するレベルのアイテムだろうと思う。先に魔法および科学技術は低いが軍事に特化しているとジョンが予想した根拠でもある。

 

そうなると秘匿技術と思われる揮発性の油を大量に使用できる部隊が村を襲撃し、数名の生き残りを態々残す状況から、前段の後方かく乱を行う特殊部隊との線が濃厚に思える。

文明のレベルからすると、そのような特殊部隊を揃える段階では無い――もっと単純な戦争をしている時代――と考えられるので、魔法などの他の要因について、もっと情報を集める必要がある。

 

また、森が近くにあるのにもかかわらず、余り森を活用している様子が見られない。

禁忌の森になっているのか、人間にとって危険すぎる森なのか。

ルプスレギナの方に余裕があれば、これも死者に質問してもらうとしよう。

 

 

/*/

 

 

村の中央で折り重なるように死んでいる村人へ、ルプスレギナは一人ずつ魔法をかけてはモモンガの指示に従って質問を投げかけ、情報を収集していった。

《死者との会話》で死者は自発的に語らず、話を簡単に答えようとする為、言葉を変え、重ね、同じ事を何度も聞く必要があった。

 

しかし、死者は偽りは述べずに答えるので、根気強く問いを重ねれば情報を手に入れる事が出来た。ルプスレギナ単独では飽きてしまったであろう地道な作業も、モモンガの二人羽織ならば何の問題もない。

 

そして、集積された情報をまとめると下記のようになる。

 

 

ここはリ・エスティーゼ王国の辺境。隣国バハルス帝国と王国は中央に山脈を挟む事によって国境を分けている。その南方に広がるトブの大森林の辺にこの村があり、国境近くに王国と帝国で取り合う城塞都市がある。ここ数年は帝国が毎年収穫期に城塞都市を狙って攻めてきており、毎年、村の男手が収穫期に徴兵されてしまうので、税を納めるのも苦しく、口減らしの人買いや村を捨てて逃げ出した廃村もあると言う。

 

そして、その城塞都市からさらに南方にもう1つ国家がある。

スレイン法国。国家間の領土関係を簡単に図に示すと丸を書いて、その中に逆になったTをいれると大雑把だが分り易い。左がリ・エスティーゼ王国、右がバハルス帝国、下がスレイン法国。それ以外にも国はあるらしいのだが、村人の知ってる世界はこの程度であるらしい。

 

この三ヶ国では人間種が優勢だが、その他には人間種以外が多く、人間種は弱い種族であり、トブの大森林も人間種の領域ではない。踏み込んで薪や薬草などを得るもの簡単ではないが、この辺りは『森の賢王』と呼ばれる魔獣の縄張りになっており、百年以上もの長きに渡り、『森の賢王』が森から零れ落ちるモンスターを防いでくれている。

 

更に歴史と言うよりも、御伽噺であるが600年前にこの世界に降臨した六大神によって人類は生き残ることが出来たと伝えられ、スレイン法国を中心に信仰されている。

六大神は長くこの地を守ったが、500年前に現れた八欲王が瞬く間に大陸を支配し、六大神最後の生き残りである死の神スルシャーナを殺害してしまった。

彼ら八欲王は仲間割れと竜王との争いによって滅んだと言う。後に残ったものは位階魔法と「ネームレス・スペルブック」だけであり、八欲王の居城と言われた空中都市も南方にある砂漠の中に消えたと伝わっている。

そして200年前は魔神が世界を荒らし回り、十三英雄によって封印された。

 

ジョンが気にしていた貨幣については村の中では使わない。年に一度来る商人から農具や何かを買う時に使うだけ使うと言う事で、使う貨幣は銅貨と銀貨だった。商人でもなければ、こんな農村で金貨など使う機会は無いらしい。

 

 

/*/

 

 

《こんなところですかね、ジョンさん》

《人間種が強いかと思ったら、まさか弱いとは》

 

ここまでで分かった事をお互いに確認し合う。本来なら帰還してから行うべきではあるのだが、思考加速の魔法を使い――ユグドラシルではミニゲームのクイズなどの思考時間延長ぐらいにしか使えなかった――互いの思考を加速させる事で通常よりも遥かに高速でメッセージで情報交換をしていた。

 

《次は蘇生実験ですが、ルプスレギナのMPが尽きるまでやらせても良いですか? MP切れで気絶するのか、それとも行動は出来るのかを確認しておきたいです》

《魔法職には重要なポイントですね。良いですよ》

 

特に危険も無い様だし、気絶したなら担いで帰りますよとジョンは簡単に考えて返事をした。

 

 

/*/

 

 

今日は本当に目まぐるしい日だとルプスレギナは思う。

幼い頃からの憧れでもあった至高の御方に名を呼んでいただけ、お傍に仕えたばかりか、こうして外の調査に同行し、魔法を使っている。

 

(でも、流石にちょーっと、疲れてきたっすよ)

 

《死者との会話》それ自体はそれほどMPを消費するものではない。だが、それも100名近い死体から情報を抜き取るとなると話は別だ。

自分一人なら確実に飽きたであろう作業も、至高の御方の統括であるモモンガに指示を受けながらとなると普段に倍する集中力で行う事が出来た。

 

だが、これで任務は半分だ。

 

次は《レイズデッド/死者復活》《リザレクション/蘇生》《ワンド・オブ・リザレクション/蘇生の短杖》による死者の蘇生実験だ。

これも普段ならば問題ないMP消費だが、1回ずつ試せば良いのだろうか。確認の為、尋ねるとMPが尽きるまでだと言う。

 

(力尽きるまでって辛いっすね。でも、倒れたらジョン様が運んで下さるって言って下さったっすから、ちょー頑張るっすよー♪)

 

レイズデッド、リザレクションを1回、2回とかけていくが、村人は蘇らず、死体は灰化して崩れ去る一方だった。

MPの消費が増えるに従い段々と、ルプスレギナの健康的な褐色の肌も血の気を失い、顔色も悪くなっていく。

 

だが、彼女にとっては、気分も悪くなり、吐き気するら覚えてくる中で、ジョンに気分はどうだ? 身体の状態はどうか? と道具の性能を確かめるように事細かく聞かれ気遣われる事は喜びであり、MP喪失による気分の悪さも忘れてしまう。

 

まあ、本人が良いなら良いのだが、気絶するまで魔法を使えとはとんだブラックギルドである。

 

 

《モモンガさん、何使っても灰化してますよ》

《どうやら5レベル以下でもデスペナが発生するようですね。ジョンさんの見立て通り、村人達がレベル1なら通常の復活手段ではデスペナを支払えずに消滅してしまっていると言う事ではないでしょうか》

《今度はレベルがありそうな奴を捕まえて実験したいですね》

 

二人はメッセージでやり取りを行いながら、呼吸が荒くなってきたルプスレギナの様子を観察し続ける。

 

「MPの使いすぎで、頭ががんがんするっすよー」

 

心なしか耳のような形をした帽子もへたりとしてきているように見える。

そんな状況でも言われた通りに魔法を使い続ける健気なルプスレギナを心配しながら――心配しても力尽きるまでやらせる鬼畜(人狼)だが――ジョンは《魔力の精髄》でMP監視を行っているモモンガに確認する。

 

《モモンガさんどうですか?》

《MPはまだありますね。MPが尽きて気絶するなら、MPの減少を体調不良という形で認識しているのかもしれません》

 

モモンガの見立てではMPの半分前後で疲労を感じ始め、残り2~3割から頭痛などの症状が出てくるようだ。

最後の1~2割を使うには決死の覚悟で力を振り絞る必要があるのではないだろうか。

実際、気絶するまで何かをすると考えれば当然の事だろう。ゲームとは違うのだ。ただ、肉体的なバッドステータスの影響を受けないアンデッドであるモモンガならば、影響がまた違う可能性がある。これは後日にシモベのアンデッドを使って検証しなければならないだろう。

 

ところで、とジョンは話題を変える。

ジョンの視線の先には薄汚れた家畜の姿があった。

 

《家畜と作物(種籾)持って帰りたいなぁ。ちゃんと世話するから良いでしょう、ギルド長》

《いけません。元の場所に返して来なさい》

《お願い、ちゃんと面倒見るから。第六階層で》

《茶釜さんに怒られたのを忘れたか》

《一週間、一週間で良いから、取り敢えずキープで》

 

はぁ、とモモンガは溜息をついた。

 

《仕方ないですね。一週間だけですよ。それを過ぎたら処分して下さい》

《ひゃっほおぅ! リアル家畜ゲットだぜ!! モモンガさん、ありがとう!!! あ、おっと》

 

メッセージ越しに喜びの奇声が聞こえ、次いでMPが尽きて意識を失ったルプスレギナを支える様子がクリスタル・モニター越しに見えた。

 

まったく、この調子に乗る友人は喜びもストレートに表してくれるので、ついつい甘やかしてしまう。

一週間と言ったが、一週間で外に出せないようなら魔法で眠らせるなり、冬眠させるなりしておくのも一手だろう。

そんな甘々な事を考えているモモンガの傍から、ぎりぎりと歯軋りのような不穏な音が聞こえてきた。

ぎょっとしたモモンガが見たものは、

 

 

「ル・プ・ス・レ・ギ・ナ~! 羨ましい、羨まし過ぎる!! 私もモモンガ様に姫抱っこされたい!!!」

 

 

般若のような表情で、ぎりぎりとハンカチを噛む守護者統括の姿と、クリスタル・モニターの向こうでジョンに横抱きに抱えられたルプスレギナの姿だ。

タブラさん、貴方の娘はどうしてこんなにぶっ飛んでるんですか。ギャップ萌えってこう言う事なんですかと、半ば現実逃避気味に考えるモモンガだった。

 

その様子をニグレドから聞いたのだろうか。クリスタル・モニターに映るジョンは視線を上げ、こちらへ視線を送ると「つまり、こう言う事かアルベド」と変な声色を作って語りだした。とても嫌な予感がした。

 

「必死に職務を遂行し、力尽きたアルベド。そのアルベドを優しく抱き上げたモモンガさんは『良くやった、アルベド』『モモンガ様のお役に立つ事こそが』『アルベド、お前こそが私の最愛の……』『ああ、モモンガ様!!』そして、二人の距離は限りなくゼロへ近づき……」

 

「最愛! 私が!! モモンガ様の!!!」

 

頬を朱に染めて、両の手で包み込み身体をぶんぶんと振るアルベド。

もし、ユリ・アルファがこの場にいれば、ルプスレギナのそれとはレベル差から来る次元の違う(主にぶんぶんしている速度とか威力とか)乙女の恥じらいに、流石は守護者統括との感想を持っただろう。

ニグレドは可愛い方の妹の可愛らしい行動に微笑み、ナザリック地下大墳墓が支配者モモンガは、

 

 

《なんて事してくれるんですか》

《え? アルベドはモモンガさんの嫁でしょう。タブラさん公認の》

 

 

すっとぼける駄犬(ジョン)を、帰って来たらぶっ飛ばしてやろうと心に決めた。

 




この駄犬は守護者統括を応援しています。

シリアスは今回で終了。またしばらく、ほのぼのする予定です。


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第12話:ナザリック花の園(健全

今回は男性が全然出てきませんが、ハーレムではありません。私は癒されるなぁ。

・クリエイト系魔法に対する独自解釈があります。
・リング・オブ・サステナンスの効果に対する独自解釈があります。
・バイアクヘーは稀にものを食べる事もあるらしいです。まったく関係ありませんが、私はミ=ゴの方が好みです。

2015.10.1 7:00頃 ルプスレギナとナーベラルの方が → ナーベラルの方が へ修正。


最終的に村人の死体はほとんど残らなかった。

ルプスレギナによる蘇生実験とMP使いきりの確認で灰化(ロスト)してしまっていた。

結果、蘇生した村人は無く、ジョンの村人1Lv説の補強と、ユグドラシルにあったデスペナが5Lv以下でも設定通り存在している事が確認された。PC用の設定である特別な加護とやらがなければ、自分達も5Lvまで下がればロストするのかもしれない。敵対的なプレイヤーで実験しない限りは自身の死亡は避けるべきだろう。

 

残った村人の死体は蘇生実験中にセバスに掘らせた穴へ、灰と一緒に埋めてやり、墓標代わりに杭を立てる。

 

一応、人を埋めてやったのだから、これだけでは味気ないとジョンは考え、インベントリを開くと開拓時に使う種から花を中心に適当に選んで蒔いておく。

その際、セバスの視線がデミウルゴス並みに優しくなったのを感じ、ジョンは『男が花とかw』と笑われてるのかと見当違いの心配をしていた。

 

勿論、カルマが極善のセバスは、ジョンの行いを『弱き者達の痛みを思い、慰めの花を手向ける慈悲深き御方』と思って見ており、ナーベラルの方がジョンの行動の意図が掴めず疑問符を浮かべた後、自身の価値観に合わせ、ジョンの行動を『人間の死体を養分にする植物を植えているに違いない。これこそ人間の有効活用。至高の御方の真の開拓と言うものだ』と解釈し、納得。感心していた。

 

家畜は回収し、ナザリックに持ち帰った。ジョンはその内の牛4頭をバイアクヘーにくれてやった。

バイアクヘー達は牛を生きたままバラバラに解体しながら、夜明けの空を遠き星へ去っていく。大気圏を抜けたらフーン・ドライブで黒きハリ湖へ戻るのだろう。

この空の向こうにアルデバランがあるのなら、仲間達のいる星もあるのだろうか。

SANチェックもののバイアクヘーを見送りながら感傷に耽るジョンの認識はもう大分、地球と土星(サイクラノーシュ)ぐらいは正気から遠く離れているような気もするが、自分がおかしくなっているとジョンは感じていない。

 

それよりも家畜は第六階層に入れて貰えなかった。

 

帰還した時にはナザリック地上部分の片隅に、クリエイト系の魔法で作り出した家畜小屋が用意されていた。

モモンガが気を利かせて用意してくれたものだ。

第六階層では開拓関係を遣り過ぎない事と言う茶釜さん達との約束があったので、ほどほどのラインに自信が持てないジョンは、モモンガの気遣いをありがたく使わせて貰う事にする。

 

ただ、家畜小屋は全体的に黒い――黒曜石で出来ているのだから黒くて当たり前だ――いかにも死霊術師と言った感じの出来上がりだった。家畜小屋だが。

石造りの建物と言うのは昼間暑くて、夜寒くないだろうか、とか。環境が変わりすぎても良くない筈なので、数日は魔法で無理やり眠らせ、暴れないようにしないといけないだろうとか。心配になったが、ただの動物というのは初めての経験なのだ。どの程度のものなのか非常に興味がある。

 

中を覗くと必要な設備は最低限揃っていて、ジョンは首を傾げた。

 

ブルー・プラネットなら兎も角、モモンガであれば家畜小屋は知らない設備である筈だ。

メッセージでモモンガに確認してみても、家畜小屋として作った。詳細は魔法任せと言う事なので、クリエイト系魔法も今後細かく実験検証して貰って行く必要があるだろう。

自分の想像通りなら、かなり楽が出来る筈だ。

 

 

/*/

 

 

「……知らない天井っす」

 

ぱちりと目を開いたルプスレギナは、覚えの無い天井に首を傾げた。

至高の御方のご命令に従いMPが枯渇するまで魔法を使い気絶したのは覚えている。

MPを使い過ぎ、呼吸をしても、息を吸っても苦しくなる感覚と、がんがんと痛む頭。

 

張り詰めた糸が切れるよう、ぷつりと力尽き、闇に閉ざされていく視界と「良くやった」と言う至高の御方の賛辞と逞しい腕に抱えられる感触。

 

うん。覚えている。

それが何よりのご褒美だ。

 

思い出し緩んでいく頬を止められない。かっと熱くなる頬を両手で押えれば燃える様に熱く、その熱が更に自分を熱くする。

自分にだけ向けられた「良くやった」と言う声と腕を思い出せば

 

うひゃ~~っ!!

 

ルプスレギナはベッドの上をごろんごろん転がった。

転がりすぎて起き上がった時、ちょっと目眩でくらくらするほどだった。

 

「ルプー、落ち着いて」

「……!?」

 

効果はばつぐんだった。

ぴたっと凍りついた様に停止するルプスレギナ。そのまま油の切れたブリキ人形のように――聞き覚えのある声、ユリ・アルファの方へ――ギギギと顔を向けていく。

 

「ユ、ユリ姉、いつから……」

「最初からかな。それより気づいてる?」

「何がっすか?」

「自分のいる場所」

 

天蓋付きの馬鹿でかい寝台。永続光を間接照明に使った柔らかい光。落ち着いた雰囲気だが、贅を凝らした見慣れた第九階層の内装。

ぐるりと周囲を見回したルプスレギナの心臓が激しくタップダンスを踊りだす。

 

「あの、まさかと思うっすけど、ここって……」

「うん、カルバイン様の寝室だよ」

「やっぱりー!」

 

カルバイン様を呼んでくるから、そこで待ってるんだよ。そう言って出て行くユリへ――「ユリ姉、ちょっ、まっ」――待ってと手を伸ばすが、可愛い妹の懇願と至高の御方のご命令、どちらが優先されるかは言うまでも無い。

ルプスレギナはあうあうと毛布を顔まで引き上げてみるが、それで羞恥がおさまるわけもない。らしくなく、耳まで赤くなっている自覚があった。

 

 

「起きたか。無理をさせてすまなかったな」

 

 

人狼形態に戻ったジョンが、ユリと幾人かのメイドを引き連れて寝室に入ってくる。

そのジョンの姿はナザリックに戻った事で楽な姿に着替えたのだろう。昨日の闘技場で見た――見慣れた姿――武道着のズボンを穿いただけの姿に戻っていた。

青と白の毛並みが美しい。その逞しい上半身が視界に入ると、ルプスレギナは咄嗟に瞳を伏せ、自分の両の頬を手で覆ってしまっていた。

 

(え? あれ? なんでこんなドキドキするっすか!? 恥ずかしくてジョン様の方を見れないっすよ!?)

 

主人の寝台の上で恥らうルプスレギナの姿は、一般メイド達の眼にはどう映っただろうか。

しかし、メイド達の先頭に立つのは、艶やかな茶色と白色の毛並みのシェットランド・シープドッグの頭を持ったメイド長。つぶらかな瞳には英知と慈悲が宿り、ルプスレギナを見やるその顔には慈母の微笑みが浮かんでいた。彼女こそがアインズ・ウール・ゴウンの全メンバーに愛されたメイド長、ペストーニャ・S・ワンコである。

 

至高の御方にメイド長と、目上の存在を前に寝台の上とは余りに不敬。ルプスレギナは慌てて寝台から降りようとしたが、ジョンに手で制される。

それでも、なんとか精一杯かっこつけてジョンの労いの言葉に答えてみせた。

 

「そ、そんな事はございません。至高の御方のお役に立つ事こそが、私達の喜びです」

「そうか。ありがとう、ルプスレギナ。昨日はご苦労だった。今後は俺の私室と食事中は、昨日と同じように砕けた物言いとジョンと呼ぶ事を許す」

 

(え! えーっと。昨日は昨日の食事中だけだったすけど、今日はユリ姉もペストーニャ様もいるし、この場だけじゃないってことっすから、これからはずっとジョン様と呼んで良いって事で――)

 

目をぐるぐるさせながら、困った顔でジョンの背後にいるユリ・アルファとペストーニャの顔を見比べるルプスレギナ。

普段まず見る事の出来ないルプスレギナの困り顔を微笑ましく思いながら、ユリ・アルファは一つ頷いて見せる。

ペストーニャも一目で分かる慈母の微笑みで頷いた。

それを見て、ルプスレギナはようやく返事をする事ができた。

 

「はい、ジョン様。ご配慮頂き、ありがとうございます」

 

その返答にジョンは満足そうに頷くと、ペストーニャへ《魔力の精髄》の使用を命じる。

 

「畏まりました、わん。《魔力の精髄》……はい、ルプスレギナのMPは全快しております、わん」

 

ペストーニャの言葉にジョンは使い切ったMP回復にユグドラシル通り通常6時間必要で、リング・オブ・サステナンスの効果で90分に短縮されている事が確認できたと安堵の息をつく。その息をどう受け取ったのか、ペストーニャはジョンへ苦言を呈する。

 

「ジョン様、最初から力尽きるまでと言うのは……その、老婆心ながら、些かルプスレギナには刺激が強すぎるのではないでしょうか、わん」

 

「ん? そうか……そういったつもりはなかったんだが、心配をかけてすまないな、ペス。以後、気をつけるよ」

「お聞き届けいただき、感謝の言葉もございません。わん」

 

そう話す青と白の毛並みの勇猛な人狼と、茶色と白の毛並みの慈母の微笑みを浮かべるシェットランド・シープドッグの人犬の姿をしたメイド長。

並び立つ二人の姿が、絵に描いたような似合いのカップルにルプスレギナには見えてしまった。

 

 

(ペストーニャ様も、ジョン様と呼んでるっすか? ……胸がちくちくするっす。なんだろう、これ)

 

 

/*/

 

 

ルプスレギナは正体不明の胸の痛みは置いておき、取り合えずは食事を取る事にした。

本当であればジョンの朝食の世話もしたかったのだが、自分が寝ている間に食事はすませてしまっていた。今回はユリが担当したそうだ。

羨ましい。――いや、自分は昨日させて頂いたのだし、ご褒美まで頂いているのだから、羨む必要は無い筈だ。

 

「うーん、ちょーと浮かれすぎっすかね?」

 

ルプスレギナを知る者が聞けば驚愕するであろう自戒の言葉を漏らしながら、シモベ用の食堂に入っていく。普段の彼女からして有り得ない言葉が出てくる時点で、浮かれているとの自己分析は間違いない。

白を基調とした食堂の装飾は控えめであり、機能性が前面に出ている点が、至高の御方が住まう第九階層の他の場所と違うところだ。

 

守護者、領域守護者、メイド長、セバス、プレアデスと言った主要な面々は、モモンガとジョンから賜ったリング・オブ・サステナンスなどで疲労や飲食が不要となっている。

だから、本来の意味での食事は必要ないのだが、精神の楽しみの為に食事を楽しむ事があった。あのデミウルゴスやコキュートスでさえ、副料理長のバーを訪れる時があるのだから、食事の重要性が窺い知れる。

 

ちょうどお昼時であり、食堂は一般メイドのホムンクルス達で一杯だった。

彼女達は皆が容姿端麗だが、ホムンクルスの選択ペナルティの一つによって大変な大食漢になっているので、彼女達の食事量を考えてか、ビッフェスタイルが取られていた。

姦しいメイド達が楽しげに会話をしながら食事をとっている。ここはナザリック内部で唯一、騒がしく華やかな場であった。

 

だが、ルプスレギナが扉を開けた瞬間に、喧騒が止む。

 

何事かとルプスレギナは周囲を見回し、お昼時に有り得ない静寂に料理長も何事かと食堂に顔を覗かせた。

静寂の中、一般メイド達の中から何人かが立ち上がりルプスレギナに歩み寄ってくる。それは昨日から何度も顔を合せていた一般メイドの三人組、シクスス、フォアイル、リュミエールだ。

 

シクススがルプスレギナの手をとって食堂の中に招き入れ、フォアイルとリュミエールが後ろで扉をそっと閉める。

 

「なんか、あったっすか?」

 

訝しげな声を上げたルプスレギナを、3人はきらきらした瞳で見上げると。

 

 

「「「お話聞かせて((o(´∀`)o))ワクワク」」」

 

 

「え?」

 

 

「私、ルプスレギナがカルバイン様と一夜を(任務で)共にしたって聞いたんだけど」「アルベド様が羨ましいって、自分もモモンガ様の御寵愛を頂けていないのにって」「昨晩のお食事の際に一緒にいただかれてしまったとか」「泣くまで焦らされて御強請りさせられてから御褒美(ぬいぐるみ)を頂いたのよね」「シャルティア様が流石はペロロンチーノ様の御親友って」「カルバイン様が気絶するまで離して下さらなかったって聞いたわよ」「流石は至高の御方」「それでルプスレギナが倒れたから、気付け(MP賦活)にメイド長が呼ばれたって」

 

 

「「「本当なの?」」」

 

 

レベル差もあるのでそんな筈はないのだが、ぐいぐいと迫ってくる3人に気圧されながら答える。

と言うか、どこをどうしたらそんな話になるのだ。

 

「え? えーと、カルバイン様が凄いのと私が気絶したのは本当っすけど、それは……」

 

「「「きゃーーー!!!」」」

「シクスス、聞いた?」

「聞いたわ、フォアイル。リュミエールも聞いた?」

「聞いたわ!」

「「「きゃーーー!!!」」」

 

一般メイド達全員が息を呑んで聞き耳を立てていたのだろう。黄色い悲鳴が食堂全体から上がり、静謐を旨とする第九階層全体に響き渡りそうだ。

 

 

「え?」

 

 

なんだこれは? どうしてこんな話になっている?

 

(本当に御寵愛を受けたなら兎も角、このままじゃ変な噂を流したと私がユリ姉に粛清されるっす!? 昨日もセバス様に怒られて、ナーちゃんに足を踏まれたばっかりっすよ!?)

 

絶対に、自分じゃないと言っても信じて貰えない自信が、ルプスレギナにはあった。

誤解を解こうと一歩を踏み出した足が止まる。後ろから肩を非常に強い力で掴まれ、振り向かせられる。

そこには爛々と輝く金の双眸があった。

 

「ル・プ・ス・レ・ギ・ナ~」

 

(あ、一番やばい人きたっす)

 

そこにあるのは、自分よりも先に至高の御方に寵愛を受けたと嫉妬に燃える守護者統括の姿であった。

幸いなのはアルベドがモモンガ愛である事だろうか。

 

「私ですら玉座の間でモモンガ様に胸を揉まれただけなのに! 至高の御方に姫抱っこされて、そのままお持ち帰りとか……」

「「「きゃーーー!!!」」」

 

「違うっす! アルベド様、違うっすよ!! 私は魔法の使い過ぎで倒れただけで、ペストーニャ様は全快したか確認に呼ばれただけっすよ! てか、アルベド様も見てましたっすよねぇ!?」

「「「「えーー↓↓↓」」」

 

「こほん。そ、そうだったわね」

 

目を逸らすアルベド。

人の事は言えないが、この守護者統括様、狙ってやってるんじゃないだろうか。ルプスレギナは疑う。

 

しかし、そのルプスレギナの疑惑は姉妹達の手によって、追及する間も無く叩き潰された。

 

「でも、カルバイン様がルプーをご自分の寝室で休ませたのは本当よね」

「私室ではルプーは名前で呼んで良いってぇ」

 

「ソーちゃん、エンちゃん」

 

口元に手をあてて流し目で語るソリュシャンと、両手を高く挙げて楽しげな様子のエントマ。

この妹達がどこでそれを知ったのか。そして背後で上がる一般メイド達の黄色い悲鳴と歓声。

 

「ルプーが戻った後、ベッド直さなくて良いって。カルバイン様そのままお休みになられた。良い匂いがすると」

「シズちゃん!?」

 

無口なシズにまで、しかも自分の知らない事まで知られているとはどう言う事だ。

 

 

(と言うか、私が使ったベッドそのままでも良いって。良い匂いがするって、そんな――うきゃ~~っ!!)

 

 

「それだッ!!」

「アルベド様?」

 

「そうよ、それよ。私もモモンガ様がお休みになられる際に、私の匂いでモモンガ様を包んで差し上げれば……」

「あのモモンガ様はアンデッド……」

 

良い事を聞いたとアルベドは、ありがとうルプスレギナと両手をとってぶんぶん上下に振る。

ルプスレギナが突っ込みに回るとはどう言う事だ。誰か完全なる狂騒でも使ったのか。

そして、アルベドは不意に正気へ戻ると、食堂を覗いていた料理長へいつもの凛々しい守護者統括のアルベドとしての顔で告げる。

 

「料理長、後でセバスからあると思うけれど、今晩も至高の御方にお食事の用意を。カルバイン様が4名分をお望みよ」

 

そう至高の御方の言葉を伝えると、今度はアウラと打ち合わせがあると嵐のように食堂を去っていく。残された食堂では、ユリが不思議そうにルプスレギナへ訊ねていた。

 

「ルプー、自分でギンギンとか言ってるけど、自分が言われるのはダメなのかい?」

「ユリ姉ぇ。だって、ジョン様は特別なんですよぅ」

 

 




あらすじにペストーニャがライバル予定とか書いておいてやっと登場です。
ほのぼのすると話がまったく進まなくなります。他所様は1クールで書籍1巻終ってるのに、うちはまだ半分進んでないとか……

当初の投稿予定では5話以降、4日毎の投稿予定でしたが、そのまま行くと村が作中に登場するが10月末となり、投稿を始めて一ヶ月半も村が出てこないのは引っ張りすぎではないだろうかと自問自答しまして、現在、投稿速度を上げております。

来週中にはカルネ村が出て一区切りつく(?)予定です。


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第13話:至高の晩餐会。

・今話で『ワールドアイテム』と単語が出てきますが、第5話でワールドアイテムを一つ捏造してしまったので、将来ナザリックのワールドアイテム11個が判明した際に辻褄を合わせやすくする為の処置です。
・オリジナル魔法が出てます。D&Dの魔法を参考に独自解釈しています。

・今話と次話には人によってはオーバーロードの否定と受け取れる独自解釈(だと思います)が存在します。ぶーくはモモンガさんやナザリックの面々の救済が欲しいと書き進めておりますが、許容できる範囲は個人によって違いがありますので、場合によっては不快に感じる方もあるかもしれません。

二次創作における独自解釈、捏造は心の健康を損なう場合もあります。
用法用量を守って正しくお使い下さい。(私が言われる方ですね。すみません。

2015.10.20 7:00頃 誤字修正コンプクレックス→コンプレックス


この世の全ての財宝が集められたようなナザリック地下大墳墓宝物殿を、ジョンは《フライ/飛行》で進んでいた。

源次郎が整理したのだが、余りに量が多くなり金貨や宝石、聖遺物級未満のレアリティの低いアイテムは、既にもう無造作に保護の魔法だけをかけて積み重ねられている。

ドラゴンであれば喜んで寝床にするのではないだろうか。

 

見慣れている光景だが、現実になると迫力が違う。ゲーム時代は放置したアイテムでも現実となってはカッコ良く見えるかもしれない。あれとかこれとかどうだろうと考えている内に宝物殿の奥の扉へ辿り着く。

 

宝物殿の奥の扉、黒い闇が扉の形をとったような扉に浮かび上がった金の文字。それに対応するパスワードで扉を開くと、ジョンは更に奥へ進む。

 

 

『Ascendit a terra in coelum, iterumque descendit in terram, et recipit vim superiorum et inferiorum. 』

「かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう……タブラさん、早くこないとタブラさんの分なくなっちゃうよ」

 

 

常になく、その声は寂しげでもあり、何れ仲間が戻ると信じているようでもあった。

 

開かれた闇の扉の向こう。これまでとは打って変って、整理の行き届いた博物館の展示室のような中をジョンは歩を進めていく。

目的地は終着の待合室だ。がらんとしたその部屋にはソファーとテーブルだけがおかれ、それぞれの壁には各宝物庫からの出入口と霊廟への入口が口を開いている。

 

 

「ようこそおいで下さいました、至高の41人が御一人カルバイン様!」

 

 

カツンと踵を合わせる音と共に、現れたパンドラズ・アクターがオーバーアクションで敬礼をした。

ご苦労と、ジョンもパンドラと比べれば、大分、砕けた敬礼を返す。

 

モモンガからすれば悶える動く黒歴史だが、ジョンからすれば『軍服+オーバーアクション+びしっと決まった敬礼=カッコイイ!!!』である。

つるっとしたタマゴ顔に、マジックで塗りつぶしたような黒い3つの丸でしかない眼と口も好印象だ。表情の無い顔で、表情が無いからこそのオーバーアクション。

良い。とても良い。(グッド、ベリィィーグッド)

 

「ご依頼ありましたアイテム、無事に発見致しました」

 

互いに敬礼を解くとパンドラは早速ジョンに依頼されて捜索していたアイテムを取り出す。

それはハンカチの上で鈍く輝く、飾り気の無い指輪だった。

 

「ありがとう、パンドラ。これはレア度の低いアイテムだが、重要度で言えば、今後はモモンガさんにとって神器級に匹敵するアイテムとなる。この短時間で良く見つけてくれた。お前がいてくれて本当に良かった。ありがとう」

「勿体無い御言葉です!」

 

ジョンの感謝の言葉にパンドラズ・アクターは勢い良く踵を打ち合わせ、指先までピンと伸ばした綺麗な敬礼で応えた。

モモンガがギルメンの思い出を残す為に創造した彼は、宝物殿から出た事が無かった。

その彼が至高の御方より初めて頂いた感謝。それが自らの創造主たるモモンガにとって極めて重要なものであった事に、パンドラズ・アクターは心から感謝し、忠誠を新たにしていた。

 

ジョンからすれば、現実となった宝物殿の中からレア度の低いアイテム――この場合は魔力系第四位階の魔法が一つだけ使える――を雑多な平置きの中から探すのはゲーム時代の検索機能でもなければ無理な話であったし、規模の小さい自室のドレスルームも探せば同じ物がある筈だが、自分で探すより宝物庫の領域守護者であるパンドラに頼む方が早いと食事の際にメッセージを送り、アイテム捜索を依頼していたのだった。

 

パンドラは設定上マジックアイテム・フェチであるし、モモンガに創造されただけあって律儀に平置きのアイテムもある程度把握している――モモンガも自身の取得魔法700以上を暗記している――だろうと考えての事だった。

 

 

「いや、本当に助かったよ。これだけある宝物を把握してるとか、流石はモモンガさんのシモベだ」

 

 

ジョンの言葉に感極まった様に静止するパンドラズ・アクター。

そんな彼を前に、ジョンは課金アイテムのインベントリ拡張バックを幾つも取り出す。ショートカット登録などは出来ないが、ギルドを持たないPCも大量のクリスタルなどを保有できるよう追加されたアイテムだ。当然、廃課金者であるジョンが持っていない訳も無い。

 

「これはアインズ・ウール・ゴウン以外の者達から貰ったアイテム類なんだが、俺も中身を全部見ていない。整理して宝物庫にしまって置いてくれないか」

「今、この場で少々覗いても宜しいですかな?」

「構わないぞ」

 

宝物庫に追加される久しぶりの外部からのアイテムと言うことで、マジックアイテム・フェチであるパンドラズ・アクターはフェチズムを刺激されたのだろう。

早速許可を取り、ざっと中身へ目を通し始める。

 

「ふむ、確かに何人分ものアイテムが雑多につめられておりますな。――これは!?」

「どうした?」

 

「ご覧下さいカルバイン様」

 

驚愕の声を上げたパンドラズ・アクターに示された拡張バック。パンドラに示されたアイテムの魔法鑑定の結果はジョンには分らないが、ユグドラシルで最重要アイテムであったそれは、見ただけで何か理解できてしまった。

 

「ワールドアイテム、だと?」

 

搾り出すようなジョンの声は一瞬の後に宝物庫全体に響くほどの大音声となった。

 

 

「――あああほかぁぁぁ! 引退するからって!! サプライズにもほどがあるわぁぁぁッ!!!……メッセージと動画スクロール? これは……はぁ、こっちの方がマジでサプライズだ。パンドラ、ワールドアイテムは使わないから、このまま片付けてくれ」

 

 

/*/

 

 

モモンガの私室もジョンの私室と見た目は同じだ。

二人とも自室は特にカスタマイズをしていないので、デザイン担当が製作したロイヤルスイート私室基本セットの厳かで趣きのあるつくりそのままである。

 

その扉から延びる真紅の絨毯の先、階段を上って巨大な執務机がある広間は、メイド達によって晩餐の用意が済まされ、既に食事も始まっていた。

 

前々回のジョンの食事は、今朝の早朝と言っても良い時間だったが、今回はナザリック時間で19時少々、夕食に相応しい時間と言ったところか。

壁際には凛と背筋を伸ばした姿勢で一般メイド達が立ち並び、一歩前にプレアデスとセバスが並んでいる。

 

長テーブルの主人席にはモモンガ、その右手側の席にはアルベド、左側にシャルティア。主賓席には人狼形態のジョンの姿があり、食事を取りながら、主にジョンとモモンガの間で会話が弾んでいるようである。

 

しかし、広間にいる者達はメイドどころか、シャルティアやアルベド、セバスですらも、気もそぞろにモモンガへちらちらと視線をやるのを止められないでいた。

 

上座に座る至高の41人の頂点たるモモンガ。

 

だが、その姿はなんと黒髪黒目の青年だった。骸骨ではなく、きちんと肉があり皮もある生身の姿。

それは彫りの深い顔立ちで温厚そうに見えるが、眼差しは鋭く獲物を狙う鷹のようだった。服装はいつもの豪奢なローブではなく、ジョンが持つものと同じ、ホワイトブリムのデザインした宇宙騎士の衣装をモチーフにした前合わせの服で、色だけがローブと同じく藍色を主体とし、金糸の刺繍の入ったものとなっていた。

 

「モモンガさん、良く似合ってるじゃないか」

「こんな方法、良く思いつきましたね」

 

黒髪黒目の青 年(モモンガ)が感心したように声をあげる。その声は間違いなくモモンガのものだった。

料理長が腕を奮った料理に舌鼓を打つその姿に、ジョンは目を細めながら、水も飲めただろうと問う。

 

 

「ええ、飲めましたし、食事も美味しく頂けています。

 魔力系第四位階魔法《自己変身》。自分より強いものには変身できないし、肉体的な弱点――呼吸の必要性――も再現されるし、肉体的な強さも精々50Lvぐらいまでしか再現できないと使い出の無い魔法でしたが……」

 

 

まさかこんな使い方があるとは……モモンガはしきりに感心していたが、ジョンがそれに気がついたのは偶然だった。

 

食事の際にクミンの香りのような、ゲームではフレーバーテキストに記載されているものまで現実になっている事に気がつき、過去、弱体化する為に良く使っていたアイテムの効果、魔力系第四位階魔法《自己変身》のテキストに『変身した生物の通常の範囲内での基本的な肉体能力を得る(スライムの酸の分泌など特殊攻撃に属するものは得られない)』と言った説明があったのを思い出したのだ。

 

変身した生物の呼吸方法を得られる。通常の範囲内での基本的な肉体能力を得る。

 

これは逆に言えば、呼吸をしなければ死ぬと言うことだ。

呼吸の必要があるのなら、新陳代謝をしていると言う事だ。ならば、通常の範囲内での基本的な肉体能力に同じ新陳代謝である《飲食の必要性》も含まれるのではないだろうか?

そうであればモモンガを《自己変身》させれば食事を共にする事も出来るのではないだろうか。

 

ジョンはそう考えたのだ。

 

そうして宝物殿から《自己変身》の効果が込められた指輪をパンドラに捜索させ、モモンガを説得して人間に変身させた。その際、モモンガのイメージで変身させると自分だけ元の(鈴木悟の)姿になると思われたので、クリエイトツールを使って人型の外装イメージを予め設定しておいたりもした。

 

だが、この方法はモモンガが一人で転移していたならば、決して使わなかっただろう。

 

ステータスが50Lv相当まで減少すると言う事は、下手をするとプレアデスにも劣る能力になるという事だ。アンデッドが持つ様々な肉体的特殊能力も変身中は封じられる(精神作用無効化、魔法使用能力など内面に属するとされるものは基本的に維持される)。何より窒息死、首切りによる即死など、物理的に大幅に弱体化する事を、慎重なモモンガは決して受け入れなかっただったろう。

 

しかし、この世界線におけるモモンガには、共に転移した仲間がいた。

共に背を守りあう仲間。最後までナザリックを共に守った仲間。

その仲間がシモベ達を信じ、シモベ達がその信頼に応える姿を見せていた事が、モモンガにこの選択肢を選ばせた。

 

其れは夢幻の中で見る奇跡に違いない。

 

この透き通るような奇跡の雰囲気は、モモンガがとても大切に想うNPCの一人であるアルベドのとても荒い鼻息と、仲間であるジョン本人によってぶち壊されていたけれど。

 

 

「これで、アルベドを阻む障害がまた一つ減ったな!」

 

 

そう言って、ぐるるッと喉を鳴らすような笑い声を上げるジョン。

 

「く、くふー! カルバイン様、ありがとうございます!!」

「あ、あの、カルバイン様。カルバイン様は、私……わらわは、私は、モモンガ様に相応しくないとお考えなのでしょうか」

 

席次の関係でモモンガから見て、2番にアルベド、3番にシャルティアとなっている事。またジョンが用意したモモンガの外装がアルベドと同じ黒髪であった事にも不安を覚えたのだろう。シャルティアは郭言葉モドキも崩れ、縋るような目でジョンへ問いかける。その姿にジョンではなく、罪悪感を覚えたモモンガがフォローに入った。

 

「そ、そんな事は無いぞ。シャルティア、お前は我が友ペロロンチーノさんが作り出したNPCだ。そのお前が私に相応しくないなどあるわけがない」

「ああ、モモンガ様」

 

 

「おい骸骨、無闇に好感度を稼ぐんじゃあない。――シャルティア、俺は今からお前に辛い事を伝えなくてはならない。俺は、今のお前の想いを応援してやる事は出来ない」

 

 

「「「え?」」」

 

 

三者三様に驚愕する中、何時になく真剣で真摯な眼差しでシャルティアに語りかけるジョン。

脳裏には熱くエロを語った友の姿。自身の理想を詰め込んだシャルティアの素晴らしさを、言葉では語り尽くせぬと、しかし、それでも語り続けた友の姿が蘇っていた。

 

「ペロロンチーノさんは自分の理想全てを詰め込んでシャルティアを創造した。お前の全て……胸のサイズにコンプレックスを持ち、パッドをメガ盛りで恥じらう様さえも、ペロロンチーノさんの理想の姿。今、ナザリックに残る41人の2人、俺とモモンガさんでは設定的にお前がモモンガさんに想いを寄せてしまうのもわかる。だが、俺にとってお前は――()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 

「嫁! 私が!! ペロロンチーノ様の!!!」

 

 

「最初からペロロンチーノさんはそのつもりでお前を創造したんだ。ペロさんと再会できる可能性もまだある。だから、お前の大事なものは、ペロロンチーノさんの為に取っておいてほしいと俺は思っている」

 

「も、勿体無いお言葉です」

 

く、くひっ、くひひひっ。

変な笑い声のような音を漏らしながら「嫁、私が、ペロロンチーノ様の」と、壊れた音声再生機の様に繰り返すシャルティア。

 

「……シャルティアの誕生秘話もしたし、せっかくだからアルベドの話もしようか」

 

「私の、ですか?」

「タブラさんが自分の理想を詰め込んだんじゃないのですか?」

 

「違うよー。タブラさんはアルベドをモモンガさんの嫁って定めてったけど、実はこれ、俺達の総意に近いって言ったら……どう思う?」

 

「え?」

「至高の御方々の総意!!」

 

ジョンの言葉に、アルベドは恍惚とした表情で自身の創造主であるタブラ・スマラグディナと、この場にいない41人へ感謝の祈りを捧げ始める。

何か言いたげなモモンガを遮り、ジョンはにやりと笑って話を続ける。モモンガは、まったくもって嫌な予感しかしなかった。

 

「モモンガさん。ギルマスの側に仕える守護者統括をつくるのにあたって、タブラさん一人でアルベドを作ったと本当に思ってる?」

「? それはどういう……」

 

訝しげなモモンガへジョンは「例えばアルベドの鎧、ヘルメス・トリスメギストス。神器級のあれだって、タブラさん一人じゃ素材集め切れないよね。タブラさん、たくさんNPCつくったけど、アルベドの装備はずいぶん整ってるって思わない?」そう言って、ニヤニヤと笑い出す。

 

「モモンガさん、自分の気に入らないNPCを側に置いた? 守護者統括として受け入れた? 設定が化学反応起こして一寸(?)暴走気味になったけど、外見とか側に控えてくれるとことか、どうだった? 好みに合ってたんじゃない? 嫁と言われても否定しなかったよね?」

 

「え?」

 

「アルベドを作るにあたっては皆で協力して、モモンガさんの好みをリサーチしたんだよー。いやーモモンガさん中々自分の好みを口にしないからさー♪」

 

本当に大変だったよーと、とうとう腹を抱えて笑い出すジョン。まさかメイド属性が無いとは思わなかったけどさーと、何が可笑しいのか笑い続ける。

 

 

「ええー!?」

 

 

驚愕するモモンガを余所に、ジョンはアルベドへせっせと「そう言うわけだから、お前の製作には俺達のほとんどが関わっていたんだゾ☆」と教え込む。

 

「絶対に設定を書き換えるって思ってたけど、最後まで弄らなかったからタブラさん、自分で書き換えたんだね。まったくさー、改変前後で文字数ぴったり一緒とか凝り過ぎでしょうー」

 

「で、では私は始めからモモンガ様のお側に……」

「俺達は最初からそのつもりだったよ」

 

く、くふふふーと変な声を上げながら悶えるアルベドに「がんばれ、アルベド。お前がナンバーワンだ」と、何処かの野菜王子のセリフをせっせとかけてやる駄犬。

 

「ああ、至高の御方々。偉大なる支配者にして慈悲深き私の創造主。不敬にも一時でも至高の御方々の不在に不安を覚えた私に、このような幸せを下さり、誠に、誠に、ありがとうございます。私は、私は――愛する御方を愛する為に生まれてきたのですね」

 

細く白い指を組み、この場にいない41人へ祈りを捧げるアルベド。その金の瞳からは、はらはらと喜びの涙が溢れ出す。これだけ見るならまさに聖女のよう――驚きの白さだ。

シャルティアはシャルティアで、壊れた音声再生機のように「嫁、私が、ペロロンチーノ様の」と繰り返しながら、涙どころか鼻からポタポタと忠誠心の発露が溢れ出て、目も虚ろな感じになっている。

 

そんな二人の様子に、またNPC達を泣かせてしまったとジョンは頭を掻く。

それはそれとしてだ。

 

 

「あ、ルプー。ドラゴンの霜降りステーキをもう1枚頼む。今度はレアで。あとデザートのアイスもマシマシでお願い」

 

 

まあ、二人とも100Lvであるし、多分、大丈夫だろう。

 

《おいこら駄犬、あんまり調子に乗ってると超位魔法喰らわすぞ》

《モモンガさんの好みを“皆で”リサーチしたのはマジだよ》

《マジか!?》

《あと言い出したのは、るし★ふぁーさんだから。俺じゃないから》

 

《ふーん》

《お願い、信じて》

 

 

日頃の行いって大事です。大体るし★ふぁーさんの所為なのに自分の所為になるとか。

そう言えば、何処かの駄犬も姉妹に「印象って、大事よね」と、言われていたとか。

 

 

/*/

 

 

無事に(?)食事も終わり、応接室のソファーではモモンガを中心にして左右にアルベドとシャルティアが座る。

食後の紅茶や珈琲の香りが漂う中、その向い側でジョンは動画スクロールを展開し、上映の用意を行っていた。

 

「最後のダーシュ村防衛戦の後、一緒に開拓してた人達から引退するからって色々貰っていたんだけど。今日、宝物殿でパンドラと開けてみたら、びっくり。なんと『【最終回】さようなら僕らのダーシュ村【防衛戦】』ってタイトルのついた動画が入ってました。あー悪い事したな、全然気がつかなかった。お礼のメールも送ってないよ」

「はあ、それは良いんですが、この状況は?」

 

左右を肉食系女子に挟まれ、居心地悪げにモモンガが言う。ジョンはその表情をしばし眺めると。

 

「……シャルティア。すまないが、今日はアルベドに譲ってやってくれるか」

 

そのジョンの言葉にシャルティアは立ち上がり、モモンガへ一礼して下がる。

間髪を入れず「シャルティア、そこで寂しそうな表情を作った後、小さく微笑んでからモモンガさんへ一礼するんだ」と、ジョンから演技指導が入る。

言われた通り、素直に表情を作り、一礼し直すシャルティア。

 

「……ッ! シャルティア……」

「なっ!?」

 

効果はばつぐんだった。

シャルティアの寂しげな表情に息を呑み、思わずと言った風に声をかけてしまうモモンガ。それに驚愕するアルベド。

一瞬の後、そこにはアルベドへ勝ち誇った表情(かお)を向けるシャルティアがいた。

 

「カ、カルバイン様! 私にも、私にもご指導を!!」

「嫌でありんすねぇ、おばさんは。せっかく、モモンガ様のお好みの姿を頂いたのに、それを生かせないとか」

 

《お前いま演技指導を貰ったろ。なんと言うブーメラン》

《はあ、本当に俺の事リサーチしたんですね》

《エロとフェチについては、ペロロンチーノさんが頑張りました》

《ペロロンチーノォッ!!!》

 

メッセージでそんな話をしながら、上映の用意を終えたジョンはモモンガとアルベドの座るソファーの方へ戻る。

腕を組み、二人を見下ろしながら考えると、アルベドをソファーの端に移動させ、モモンガを引き倒してアルベドに膝枕をさせる。

 

当然、驚き、次いでNPC達の皆に見られている事に羞恥を覚えたモモンガは立ち上がろうとしたが、アルベドは守護者統括としての能力を存分に活かし、先ほどのシャルティアのような寂しげな表情で微笑みながら、静かに問いかけた。

 

「……モモンガ様、ご迷惑でしょうか?」

 

そう言ってのけたのだ。

 

「……ッ! い、いや、そんな事はない。そんな事はないぞ」

 

そして、起き上がろうと力の入ったモモンガの肩にそっと手を乗せれば、モモンガは力を抜き、アルベドの膝に身を預ける。

モモンガが自ら身を預けた事に、アルベドはこれまでに無い幸福と達成感を感じていた。微かに聞こえるシャルティアのギリギリと言う歯軋りも良いBGMだ。

 

《アルベド、GJ! 今日はそのまま肩とか頭を撫でる以上はするなよ。モモンガさん逃げるから》

《カルバイン様、今日は誠にありがとうございます。このアルベド、心よりの忠節を誓います》

《って、アルベド。涎、涎》

 

 

セバスに(涎を)拭く物を取らせているアルベドを見ながら、ジョンは(うーん、モモンガさん大丈夫かなぁ)と、チョロイン過ぎるギルマスを今更ながら心配していた。

 

 




・《自己変身》はD&Dの魔法を参考に効果を解釈し、描写しました。
 精神作用効果無効はなくなりませんが、人の温もり(物理)は感じられます。

ジョンは5~8話にかけて、次のような段階を踏んで今回の行動に出ました。
1.この世界の食材を集めてラーメンとか作って、モモンガさんと美味い不味いとわいわいやりたい。
2.料理長の飯美味ッ!! これはモモンガさんにも食べさせなければ!!
3.肉体がアンデッド(骸骨)になったから、飲食不要。
4.骸骨でなければ良いんじゃね?
5.変身って漢のロマンだよね?

次回は【最終回】さようなら僕らのダーシュ村【防衛戦】視聴となります。


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ED:さようなら僕らのダーシュ村。

・今回の回想シーンですが、守護者達からすれば現実ですけど、ゲーム時代の動画なので、殺る方も殺られる方も、一部を除いてみんな楽しくロールプレイして遊んでいます。
・色々な考えがあるかと思いますので、ぶーくの考えをあとがきにまとめておきました。
・うちは「ほのぼの」です。
・紛らわしいですが、最終回なのはユグドラシルのダーシュ村です。第14話もあります。

2015.10.5 7:00頃 弟→第


モモンガの応接室で動画スクロールの再生が始まった。

ソファーにはアルベドに膝枕されている人間の姿のモモンガ。その左右にシャルティアとジョン。

セバスとプレアデス、一般メイド達も控えているが、彼らも画面が見えるようにとジョンは全員を自分達の背後に控えさせた。

 

画面の中では、爽やかな青空。疾走感のあるBGMが流れ、切り開かれていく森にカメラが移りながら、次々と開拓村のメンバーを紹介していく。

村人の殆どを、モモンガもNPC達も知らなかったが、異形種のみならず、人間もエルフもドワーフもいる事に驚いていた。

 

村長として紹介されたのは、赤い帽子を被った体高1mを超えるデフォルメされた巨大なアヒル。

 

村長がジョンでは無い事に驚くモモンガへ、ダーシュ村が回数を重ねていったら「村長がやりたい」と、バードマンでアヒルを作ってきたノリの良い奴がいたから任せたとジョンは説明する。ダーシュ村の村長として、川に流され海まで泳いだり、村で作った投石器で飛ばされたり、村長として素晴らしい活躍をしたとジョンは笑う。

 

勿論、モモンガはそれが何かのネタなのだと理解したが、NPC達はダーシュ村の村長とはそう言ったものなのだと理解した。

 

最後にジョンの紹介になると、ジョンの背後に楽器を持った4人の人狼形態のワーウルフと、鍬を持った年老いた直立する巨大な猫の姿があった。

NPC達は誰も彼らを知らない筈だったが、ルプスレギナだけが「あっ」と小さく声を漏らした。

 

 

「ルプー、わかるのか?」

「はい、よく覚えていないっすけど、小さい頃、お世話になった気がするっすよ」

 

 

この4人のワーウルフと1人のワーキャットはジョンのサポートキャラクター《チーム時王》だ。

サポートキャラクターは拠点NPCと違い。ソロでも作成できるPCに紐付けされたNPCだった。

 

過疎、新規対策に導入されたシステムでもあり、初期状態では1名毎に課金して最大3名。課金でキャラクター登録枠を広げた上で、登録課金する事で追加でサポートキャラクターを作成できる。ギルドの拠点NPCとの違いは一般フィールドを連れ歩け、それにより1人でもパーティが組める事が最大の利点だった。1Lvからスタートし、PC同様のレベリングを行わなくてはならないなど、拠点NPCとは幾つかの違いがある。

 

最大Lvが50Lvに制限されており、中盤以降は傭兵NPCを使う方が効率的だが、自分でスキルビルドを行えるので生産系スキルを取得させて、生産系PCが助手として使っている事が多かった。

 

ジョンはナザリック内部でサポートキャラクターを召喚した事は無いので、NPC達は知らない筈であったが、ダーシュ村出身と設定に書き加えられたルプスレギナだけは覚えている気がするという認識に変化していたようだ。

 

 

やがて、動画の中では森が切り開かれ、畑を開墾し、家を建て、水車や風車が建てられ、羊を飼って毛を刈り、フェルトが作られ、ジョンがログハウスのウッドデッキで自身をデフォルメしたぬいぐるみを作っているところが映される。

 

 

そして、ジョンが何かに気がついたように顔を上げた。

 

 

空の色が変わり、森の中から人間を主とした一団が村へ襲い掛かってくる。

火を放ち、畑を燃やし、家を打ち壊し、村人達に襲い掛かる。

 

 

だが、村人達も唯の村人ではなかった。手加減一発、岩をも砕く。一人一人が一騎当千の強者達だった。

剣が煌き、超位魔法が飛び交い、村人も襲撃者もお互いに次々と倒れていく。

 

 

攻め手も守り手も、どう見ても守護者達と同格。或いはそれ以上の強者が多数存在していた。

 

 

(これがカルバイン様が築き上げたダーシュ村)

 

セバスは畏怖と感動に打ち震えていた。

ジョンの開拓村が焼き討ちにされると知識の上で知ってはいた。

人間は弱い生き物と思っていた。だが、これはなんだ?

守護者達を全滅させた1500の軍団に等しい攻め手と、それに対抗している村人。

 

至高の御方、カルバイン様とは弱きものをこれほど強く育て上げられる御方なのか。

そして、一人ナザリックから離れ、モモンガの守るこの地を遠くから守って下さっていたのか。

 

拳を震わせ、滲む画面を見逃すまいと必死に目で追い続ける。

 

 

実際は毎週行われるダーシュ村攻防戦――面白そうなネタ――に釣られたプレイヤーが、数年かけて集いに集った結果なのだが、再生されている動画はどう見ても現実の光景へと変質しており、ダーシュ村とは村人が第十位魔法や超位魔法を操り、戦士職の奥義が繰り出される。何処かの自称剣士にして美少女魔道士の故郷のような魔境と化していた。

 

これを愉快な状況と笑えるのは、プレイヤーだけであろう。

 

つまり、この場でこの映像作品をネタとして楽しんでいるのは、モモンガとジョンだけであり、NPC達は初めてみるダーシュ村攻防戦の凄まじさに圧倒されていた。

自分達が下等生物と見下す人間、ナザリック外の種族達の想像を絶する戦い。村人とはこれほどまでに強く逞しい存在だったのか。

 

デミウルゴスが言った至高の御方々が挑んでいるという神々の世界。それはこれを更に超える高みの彼方にある次元なのだろう。

 

この世界に転移し、モモンガが自分達は一般人にすら劣るかもしれないと慎重に事を運ぶ理由を、この場にいる者達は今こそ心底理解した。

 

 

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輝く鎧を纏った光の騎士が下卑た笑いを上げてアヒルの村長へ切り掛かる。

恐怖からか、脚をもつれさせ転ぶアヒルの村長。

 

「村長!!」

 

直立猫の姿をした村人の一人が駆け寄ってアヒルの村長を助け起こす。

けれど、もう光の騎士の無慈悲な剣は目の前だ。

直立猫は村長を庇う様に抱きしめ、ぎゅっと眼を閉じる。

剣が肉を貫く鈍い……しめった音が、した。

 

「――ッ、ぐッ……あ、ぼ……!!!」

 

見上げた直立猫とアヒル村長の瞳に映ったのは自分たちを守って、光の騎士の剣に貫かれた少年の姿だった。

 

「な……なん…でにゃ……?」

 

その少年は彼らの中でも力弱く、光の騎士に対抗できる筈もなかったのだ。

直立猫のそれには答えず、熱に浮かされたように少年は呟く。

 

「……俺を守って……父さんは死んだ」

傷口からはドクドクと鮮血が溢れ出し、生命と共に零れ落ちていく。

「俺は……俺を守ってくる人を、死なせたくない……守りたいと思った」

痛みを堪え、自身を切り裂く剣を押さえつけ、泣きそうな表情で続ける。

 

「……でも……守れなかった」

 

震える腕で振り上げた剣を光の騎士へ叩きつける。

だが、それは造作もなく避けられ、我が身を貫く剣も引き抜かれ、溢れ出す鮮血と共に力尽きたように片膝をつく。それでも剣にすがり立ち上がろうと力を振り絞る……でも、立てない。

不甲斐無いその姿に、光の騎士は呆れたように声をかける。

 

「こんなPKしてもペナルティつかない奴らに、何マジになってんだ。馬鹿か、楽しく殺せば良いだろ?」

 

血を吐きながら、少年の剣に縋る手に力が篭る。

 

「……PKだとか、ペナルティだとか……そんなのどうでも良いんだ。人は、馬鹿でも、優しい生き物だって俺は俺で証明する」

「馬鹿は馬鹿でもヒーロー気取りの馬鹿か!」

 

込み上げる嘔吐感は無くならない。熱血は気管を焼き、抉られた胸はそれ以上に痛む。

腕は震え、剣を持ち上げるどころか握力も失せ、取り落とす。けれど、まだ諦めない。

PKされていた自分を助けてくれた人がいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「馬鹿だからッ! ヒーローが要るんだッ!! 俺達もそう生きれるって信じる為にッ!!!」

「所詮は子供騙しだろぉッ!」

 

「――ッ、ぐッ……あ、ぼ……!!!」

 

もう一度、腹を貫かれた。ねじ込まれた剣が腸を食い千切る怖気の走る音が聞こえる。

 

「馬鹿が、そのまま死ねッ!」

「あ、ああ……」

 

目を見開き、打ち揚げられた魚のように口を開く。

少年が微かに残った息で必死に言葉を紡ぐのを、勝ち誇った表情の光の騎士は恨み言を聞いてやろうと顔を近づける。

 

「なんだ?」

「……俺の、勝ちだ」

 

少年は剣に貫かれ、死に瀕しながら、誰にも分からない笑顔を見せた。

それは、多分……生命ある限り、こう生きてやろうと人が決めた時、自然と出る決意の笑みだった。

 

「ああ?」

「ぐッ……村長達はもう、安全に……なった。そし、て……」

 

横合いから、青と白の人狼が飛び込んでくる。

飛び込んできた勢いそのままに光の騎士へ飛び蹴りを浴びせ、着地と同時に体勢を崩した光の騎士に掌底を打ち込み、一歩踏み込む。背中合わせになると自分の背中で体当たりし、前後に揺さぶられた光の騎士へ止めの双掌打を叩き込んだ。

 

浮き上がった光の騎士へ、青と白の人狼――ジョンは、双掌打を打ち込んだ掌を重ねて向けると、左の風神拳、右の雷神拳を発動させる。重ねた拳から雷を纏った竜巻が発生し、光の騎士を更に打ちのめし、吹き飛ばす!!

 

「……あん、た…も、終わ…りだ」

 

死にかけた少年は、死に瀕して、それでも笑う。

俺が勝てないなら、勝てる人がくるまで時間を稼げば良い。

力が足りても足りなくても、自分のやる事に何の違いも無かったのだ。

気がつくのが、遅すぎたかもしれないが、それでも……。

 

「しっかりしろッ!!」

「ジョンさん……」

 

瀕死の少年は、かつて自分を助けてくれた()と同じギルドに属する人狼を見上げる。

 

自分は守りたいものを守れず、世界に絶望し、世界を流離い、絶望の闇は濃くなった。

何処にも人の優しさなど無いのだと諦め、帰ったここでは、仲間達がまだ戦っていた。

 

人の足を停めるのは「絶望」ではなく「諦観」

人の足を進めるのは「希望」ではなく「意志」

 

そうだった。それだけだった。今更……もう遅いかもしれないが、最後に自分が望み、憧れた自分になりたい。

世界が無情、人間が無情でも、自分がそうでなければ……。

 

自分も人間なのだから、自分がそうならなければ、世界は無情、人間は無情って命題を覆せると、自分はただ信じて行動していれば良かったのだ。

 

気づくのが遅すぎた。

こんな情けない自分が運命に打ち克てるとしたら、それは一瞬。

だが、それは信じるに足りる一瞬だった。

 

だって、彼は来てくれたのだから。

 

 

「ギルドの人たちにも、よろしく…伝えて。――助けて貰えて、嬉しかったよ」

 

 

少年は笑って死んで逝った。

 

 

ルプスレギナには理解(わか)らなかった。

自分達が積み上げた大切なものが暴力に踏み躙られ、自分自身の生命さえも失われていくこの時に、どうしてダーシュ村の者達は逃げず、戦い、絶望もせず、笑って満足そうに死んでいくのだろう。

 

(なんでこいつら絶望しないっすか。ジョン様がいるから? でも、笑って死んで逝くとか。こいつらってジョン様のおもちゃっすよね? なんで大事なものを壊されて死んでいく奴らが笑ってて、ジョン様が悲しそうなんすか? なんか……すかっとしないっすね)

 

玩具としてではなく、彼らを自分の身に置き換えて見てみれば、今のルプスレギナにも理解できる筈であったが、人間=下等生物=玩具であるとの意識は強く。

 

ルプスレギナには未だ理解(わか)らなかった。

 

 

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モモンガから見るその動画は、最初こそDQNばかりだったが、優先的に狩られていったのか、途中からノリの良い奴らばかりになって、狩る側も狩られる側も皆楽しそうだった。楽しそうにロールプレイで小芝居をし、殺し、殺され、仲良く死んでいく。

 

異形種が画面に飛び込んで来ると「今だから言える!」と叫び出した。

 

「覚えてないと思うけど! たっち・みーさん、死獣天朱雀さん、モモンガさん……」

 

「ズルイ!」「俺も!!」「乗り遅れるな!!!」と言った声が入り、幾人もの生き残りがカメラに向かってそれぞれ、てんでバラバラにアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの名前を呼ぶ。

 

「「餡ころもっちもちさん、ウルベルトさん、ぷにっと萌えさん……」」

「「……ヘロヘロさん、ペロロンチーノさん、ぶくぶく茶釜さん、タブラさん、武人建御雷さん、たりすまんさん、源次郎さん、ブルーさん」」

 

「ありがとう!」「アインズ・ウール・ゴウンに助けて貰って良かった」「嬉しかったよ!」「ゲームを今まで続けられました」「楽しかったです!」「骸骨がヒーローに見えた、どうしてくれるw」

「またいつか、ユグドラシル2とかあったら」

 

 

『一緒に冒険しましょう!!!』

 

 

そうして、ロールプレイによる寸劇の時間は終ったのか、口々に自らが助けられたと思しきアインズ・ウール・ゴウンのメンバーの名前と、感謝の言葉を叫んでは、攻め手に突撃し、次々と打ち倒されていく。

それは異形、人間の区別無く、全ては覚えていないけれど、確かにモモンガも見覚えのあるアバターが幾人かいた。

 

彼らはアインズ・ウール・ゴウンに所属こそしなかったものの、助けられた事を忘れていなかった。DQNギルドと呼ばれていても、これだけのプレイヤーが最後の最後に、感謝を伝えに集ってくれていたのだ。

 

ひっそりと、孤独に人目を避けながら、狩場と宝物殿を往復した数年間。

 

あの輝かしい日々はいつか戻ると信じ、ジョンの誘いにも乗らず、只管にアインズ・ウール・ゴウンを、ナザリックを守り続けた。

外でナザリックを守り続けてくれた友人には、これだけの仲間がいた。そして彼らは、こんな自分の名も呼んでくれていた。

リアルに何も無く、ギルメンだけが特別な輝きを放っていた。ギルメンだけが人の絆を教えてくれた。

 

けれど、でも、もしかしたら、彼らとも友となれたのではないか。

 

人の温もりと言うものは、自分が思うよりも案外、ありふれたものだったのかもしれない。

たっち・みーが手を差し伸べてくれた。そこから集った仲間たちが、自分の知らない人の温もり、優しさを教えてくれた。

それが何より嬉しかった。特別だった。

 

 

彼等も――そうだったのだろうか。

 

 

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動くものも殆どいなくなり、まさしく屍山血河、死屍累々となった村の中、スポットライトに照らされて、Yシャツに蝶ネクタイ、スラックス姿のマイクを持った場違いな男の姿が浮かび上がる。男はオーバーアクションで身振り手振りでショーの開始を宣言した。

 

「今日は特別サプライズゲストを用意してるんだ。一度は伝説のDQNギルドと戦ってみたかったと言うこのお方、世界ナンバーワンプレイヤー『ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイム』総合格闘技の現役チャンピオォォォン!!!」

 

ダラララッと期待を持たせるBGM。ぱっと画面奥がライトで照らされ、そこに見えたプレイヤーの姿に、まだ生きていたジョンが絶叫した。

 

「勝てるくぁぁぁっぁぁぁ!!! てかあんたリアルのトーナメント中じゃねぇのぉッ!? サインくれよッ!!」

「日本語難しいねぇ、HAHAHA!!」

 

「嘘つけぇぇぇぇ!! あんたゲーヲタで日本語ぺらぺらだろぉッ!! ――(おお、駄犬が突っ込みで息を切らしている)――今ここには(AOGは)俺一人だけど良いのか?」

「たっち・みーさんとはトーナメントで戦った事ある。むしろ伝説の幕引き、俺じゃ不満か」

 

「ああ、くそ! フル装備持って来れば良かった……これ以上は無い相手さ」

 

「チッチッチッ、俺が挑戦者なんだろ」

口でもチッチッチッと言いながら、立てた指を振り、ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムはジョンに合わせ、装備を落とす。

それを見ながらモモンガは、格闘系は強くなるほどバカっぽくなっていくのだろうかと結構、失礼な事を思っていた。

 

「実力的にはこっちが挑戦者だけど、ありがたいな。それじゃ精一杯カッコつけさせて貰う――アインズ・ウール・ゴウンが末席に連なるジョン・カルバイン。ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイム、相手にとって不足なし!!」

 

大見得を切って、ジョンは最強のPCの前で構えた。

 

 

/*/

 

 

このPVPは100Lv同士の真っ向勝負だった。

 

だが、それは高位魔法の飛び交う魔法使いの戦いとも、通常見られる高レベル戦士の戦いとも違い、大技の少ない基本動作の応酬から始まった。

 

双方が挨拶代わりと虚実の別なく拳の弾幕をぶつけ合う。

自身が100%の力を発揮する為にビルドされたワールドチャンピオン。ロールプレイの遊びがあるジョン。その中身も世界1位とアマチュアの国内4位。

ジョンは一見互角に見えても、自分が心技体全てにおいて劣っている事を初撃で思い知らされていた。

 

打ち込んだ拳が相殺されると見越して溜めを作らず、後ろ向きに回転しながら腰を落とし、チャンピオンの横手に回りながら足元に水面蹴りを放つ。

打ち込んだ脚に大木を蹴ったような感触。大地に根を張った大木を蹴った感触にジョンは身を投げ出しながら、脚を振り上げ、チャンピオンの顎を狙う。

振り上げた脚は空を切り、ジョンの胴体のあったところを通過するチャンピオンのローキックが風を巻き起こす。

 

バク転で起き上がるとチャンピオンと向かい合った。

 

ジョンからすれば、実力に違いが有り過ぎ、遊ばれてるか稽古でもつけて貰っている心境だ。

どちらがどれだけ上位にいるのか。その差を知り、緊張で表情を強張らせるジョンをしばしチャンピオンは眺め、にかっと肉食獣のような満面の笑みを浮かべた。

 

 

「……DQNギルド呼ばわりされてるけど、ちゃんと強いじゃないか。チートでもなんでもねぇよ。ここ数年はワールド・チャンピオンつっても、キャラクターの性能に頼った奴等ばっかりで、たっち・みーさんみたいにちゃんと強い奴がいなかったんだぜ。トーナメント出てくれば楽しかったのに――俺が」

「荒れっぷりが酷くてさー。気が小さくてねー」

 

 

ジョンは弱いなりにまだマシだと言うチャンピオンの言葉に表情を和らげる。

自分が最強などと思った事は無い。いつだって上には上がいた。知力において、武力において、デザインも、ネーミングも、造形も、人望も、何だって自分を上回るギルメンがいた。

そんな自分に勿体無い仲間と共に築いたアインズ・ウール・ゴウンの名はユグドラシルに響き渡り、最後の最後に自分の前に最強のワールド・チャンピオンを引きずり出した。

 

ここに至り、勝てる勝てないなど如何でも良い事なのだ。

 

仲間と築いたこの名、誇りを背負い、『力が足りぬ』たったそれだけで、どうして無様を晒せよう。

神でも、人でも、悪魔でも、生命を賭けて守りたいものがあるから戦う。ならば、力届かぬと知ったところで諦めるなど、どうして出来ようか。

 

そう思えるだけの思い出をくれた仲間達に感謝を。

 

感謝を決意に、思い出を覚悟に変えたジョンの表情。それに思うところがあったのか、チャンピオンが言葉を続ける。

 

 

「いや、ホント惜しいわ。弱くて負けたのにキャンキャン吠える奴ばっかりで、がっかりだったんだぜ」

「アマチュアを褒めすぎだよ、チャンピオン。……最後まで、がっかりはさせないつもりだ」

 

 

二人の間の空気が際限なく張り詰めていく。

現実には有り得ないが、二人の間の空気、空間が、双方からの重圧で押し潰され、歪んで行く。

その歪み、押し潰される緊張が、砕け散る瞬間。ついに二人が動く。

 

一瞬、閃光のように交差する影。

 

派手なエフェクトも、効果音も発生しなかった長い一瞬が過ぎ、

 

 

「ジョン・カルバイン、あんた強かったぜ!」

「あははは! 流石チャンピオン!! 強すぎて涙出てくらぁ。ああ、くそ、勝ちたかったなぁ」

 

 

ジョンの胸は大きく陥没し、対してチャンピオンは無傷。

これはワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムと、ジョン・カルバインの埋め難い実力差を物語っていた。

 

その事実を前に、それでも笑いながら、涙を零しながら倒れていくジョン。

だが、そこに恨みや憎しみの感情が見えない為だろうか、二人の間には何時かの再会、再戦を誓うような清涼な空気があった。

 

誰も彼もが倒れ、廃墟となった村の中にワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムだけが一人立つ。

 

カメラが引いて行き、村全体が画面に入ると画面が徐々に暗くフェードアウトして行く。

同時に重低音の効いた荘厳なBGMが始まり『伝説のギルド、アインズ・ウール・ゴウンはワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムの手によって幕を下ろした』とナレーションが入って、エンドロールが始まった。

 

そして、エンドロールの最後に心からの感謝を、とメッセージが入っている。

 

『アインズ・ウール・ゴウンの皆さんへ心からの感謝を。この動画は一般公開用とは別Ver.です。一般公開Ver.では本当にギルドが壊滅したかのように偽装工作しておきます。残り僅かですが、最後まで冒険を楽しみましょう!!』

 

 

/*/

 

 

「……それで、最後は侵入者がまったく来なかったんですね」

 

余韻に浸るようにNPC達が誰も口を開かない中、モモンガは静かにジョンに語りかけた。

 

「ん、俺達が知らない所で恩返ししてくれた人が結構いたようだよ」

「私がやってきた事は……無駄ではなかったんですね」

「ギルメンも、それ以外の人たちも、皆、ありがとうってさ」

 

ずっと一人だった。ギルメンだけが孤独を癒してくれた。人の善意、友情を感じられたのは、人を信じられたのは、ここでが初めてだったのだ。

失くしたくなかった。汚したくなかった。

だから、仲間が誰かを助けたいと言えば手を貸した。PKされている者がいれば手を差し伸べた。

リアルに何も持たない自分だが、いつかは彼らと同じようになれるのではと信じた。

 

けれど、リアルを持つ仲間達が一人去り、二人去り、寂しさに耐えられず、もう捨ててしまおうかと迷い。

自分は結局、何も持てないままなのではないかと涙を流した。

 

瞳が熱い。

 

今もこの耳に残っている。

アインズ・ウール・ゴウンを、仲間達の名を、自分の名を呼ぶ声と感謝の言葉。

自分は一人ではなかった。

思い出に目を向けるばかりで、自分は目を閉じていただけだったのか。

 

自分もあの素晴らしい友と同じようになれていたのか。

 

「私……いや、俺にも、ジョンさん。……俺にもギルメンの他にも――」

「あの人達は皆、モモンガさんを友達だと思ってるよ、きっと、間違いなく――モモンガさん?」

 

瞼を震わせて涙が零れる。

誰かの温もりに支えられながら、嗚咽を漏らしながら、髪を撫でる優しい手に張り詰めた糸は解れ、優しく、温かい闇に包まれ、意識は沈み込む。

そうして、モモンガの意識は微睡みに溶けて、堕ちていった。

 

 

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「お休み、モモンガさん。……仮初めでも、良い夢を」

 

《自己変身》で50Lv相当の人間になったモモンガが、アルベドの膝を枕に眠りに落ちている。

 

(俺達、リアルで一人きりだったけど、決して孤独ではなかった。少なくとも、そう信じられるだけで俺は救われたよ)

 

食事をし、会話を楽しみ、思い出に心を震わせ、涙を流した。

泣くと言うのは心の代謝の一つだ。泣いて、寝て、精神をリセットすれば気持ちも落ち着くだろう。

 

 

あれだけDQNに恨まれていたアインズ・ウール・ゴウンを、この本拠地を、数年間に亘って数人で守り通したモモンガの知謀は綺麗事だけではなかったのだ。それを知る身からすれば、村人の埋葬、殺戮死体。それに同情しない程度で自己否定などモモンガらしくもない。

PKKで、ナザリックの維持で、あれだけ悪辣な手段を取れる人が、何をナイーブになっているのか。

 

 

大方、最後の一週間だからと碌に寝ないでユグドラシルにログインし、ギルメンを待っていたのだろう。

 

 

美味い飯を食べて、ゆっくり寝て、そして何時もの調子を取り戻して貰いたい。

 

「アルベド、そのままモモンガさんが起きるまで膝枕しててくれ。変身が解けるまで後8時間くらいはある筈だから、静かにな。涎も垂らすなよ、絶対だぞ。静かに出来るなら、額か頬にキスするぐらいは許す。一度だけだぞ? それ以上は、ダメだ。お前絶対に自制できなくて、モモンガさんを起こすからな」

 

無言でコクコクと、モモンガを起こさないように静かに頷くアルベド。

そう言う可愛らしい姿も見せてやれば、モモンガさん即堕ちるのにとジョンは思ったが、見ていて面白いので当分黙っていようと決める。

 

セバスに毛布をかけさせ、アルベドと一般メイドを残し、全員を静かにモモンガの私室から退出させる。

 

「シャルティア、今日は貧乏くじを引かせて悪かったな」

「いえ、ペロロンチーノ様が私をどうお思いだったのか知れて幸せでありんす」

「そうか」

 

廊下に出て、シャルティアに詫びれば、これまでに見た事が無いような可憐で幸せそうな微笑みを返してくれた。

これはペロロンチーノも堕ちると、ジョンが確信する笑顔であった。

自身の創造主が何を思って自分を創造したのか知れた事が、心の余裕に繋がり、この笑顔に繋がっているのだろう。

 

「ジ、ジョン様、胸の傷は? 手当ては必要っすか?」

 

何か泣きそうな顔でルプスレギナが自分の身を案じてくる。

先ほどの動画、ヨトゥンヘイムの一撃の事を心配しているのなら。

 

「ルプー、あれはもう一週間ぐらい前の話だ。とっくに治ってる」

 

ルプスレギナに録画なのだから、今、怪我をしている訳でないと説明するも、今度はセバスが口を挟んでくる。

 

「では、ここしばらくはどちらに?」

 

NPC達は本当に心配性だ。そもそも今朝方、一緒に村の調査に行って来たではないかと呆れながら答えた。

 

「セバスまで。……ったく、一回殺されたけど蘇生アイテムがあったから問題ないよ。ちょっと(リアルが)忙しくて帰りが遅くなって悪かったよ」

 

 

「「「一回、殺された?」」」

 

 

廊下の気温が十数度落ちたような寒気だった。360度の視界の中、NPC達の目が据わっているのが分かった。

作者が年を取らない事で有名だった漫画のような、【ドドドド】という効果音が聞こえてきそうな空気だった。

 

え? ヤバ、俺、地雷ふんだ?

 

「ちょっ、セバス、シャルティア、怒るな。ああ、ルプー泣くな。ユリ、ちょっとルプーをっておおい、そっちもか!?」

 

【殺された】はNGワードだった。

怒気とオーラを漏れ出させるセバスとシャルティアを宥め、「死んじゃダメっすー!」と泣き出したルプスレギナをユリに任せようとするが、プレアデスも一般メイドも泣き出しており……どうすりゃ良いんだ、これ?

 

 

モモンガには久しぶりに安らかな夜が訪れたが、ジョンの騒がしい夜はまだまだ始まったばかりだった。

 

 




汚れ(涎)もこなせるとか守護者統括マジ有能。

今回の展開については色々な感想があるかと思います。殲滅戦による欝展開を期待されていた方には申し訳ないのですが、積み上げた積木を横からばーん!されるのは確かに面白くないものですが、我が身で考えると嫌なだけではゲームを止めてしまうと思うのです。

そして、AOGは伝説のDQNギルド、PKギルドと呼ばれていても、PKK(プレイヤーキラーキラー)を行うことを目的とした自警団的な集まり「最初の9人」を前身としていますし、ウルベルトさんの「―――ここまで来たならば、その勇者さまたちを歓迎しようぜ。俺たちを悪とか言う奴が多いけど、ならその親玉らしく俺たちは奥で堂々と待ち構えるべきだろ」このセリフからも、自ら望んでPKをしておいて、やり返されたら逆恨みする人たちからの評価を受け、厨二病らしく「なら、真の悪って奴を見せてやるぜ!」的な発想に至ったとぶーくは感じます。

確かにAOGのメンバーは善人ではなく「非常に我侭な人達」であっただろうと思いますが、ナザリックの作り込み、ロールプレイの為にキャラをネタビルドし、その上でPVPに勝ちに行く姿勢を見ると、メンバーがそれぞれに美学を持ってゲームを行っていた人達なのだと思います。

そう言った人達は恨みも買うでしょうが、味方になってくれる人達も少なからず存在したと思います。故にナザリックを守る為、AOG以外に友となれる者はいないと瞳を閉じ、自ら孤独を選んで、狩場と宝物殿を往復してたモモンガさんはそれに気がつけなかっただけだと、ぶーくは信じます。

ですから、焼き討ちすらもポジティブに受け止め、楽しみに変えられたジョンがいたからこそ、今回の話のようなイベントが発生し、モモンガさんは過去の自分にも可能性があった事を知り、仲間達と作ったものを守るだけではなく、それを背負って外へ踏み出していく事を選び、自分は一人でも孤独ではなかったと信じて欲しくて、このような展開としました。


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第2部
第14話:ようやく異世界デビュー。


・オリジナルスキルが出てきます。現実にあるとされる技法の漫画的解釈です。



「モモンガさん、おはよー。久しぶりの睡眠はどうでした?」

 

朝食を終えたジョンがモモンガの部屋を訪ねると、遠隔視の鏡を前に骸骨が不思議な踊りを踊っているところだった。

部屋には紅茶の香りが残っており、モモンガは朝食を楽しめたのか。それとも紅茶の香りを楽しんだのか。どちらにしても良い傾向だとジョンは思う。

 

「アンデッドに疲労というバッドステータスは存在しませんので、疲労は感じてませんでしたが……なんだか頭が軽いと言うか、すっきりしたと言うか、不思議な感じです。感じないだけで疲れていたのでしょうかね?」

 

作業を中断し、振り返ったモモンガの言葉にジョンは肩を竦めて答えた。

 

「そりゃ、皆が挨拶に来るからって、ずっと待機してたんでしょう? 疲れもしますよ。……アルベド、週一でモモンガさんに守護者達と食事を摂らせるから、その日はモモンガさんの枕になるか、添い寝してやってくれ。当面、それ以上(ギシアン)は無しだ。出来るな?」

「勿論でございます! 愛する御方の為であれば、どのような苦難でも耐えられます!」

 

あ、そこは耐える苦難なのね。男女が逆じゃない? などとジョンは思い。

続けて、こんな事になるのなら、もう少しソフト路線に設定すべきだったかと考えたが、(一部のリア充を除いて)俺ら童貞だしな。この位の方が返って良いよなと、自分を納得させた。

モモンガが「え?」とか言っていたが、本気で嫌なら「え?」以外のリアクションをとるので無視をする。

 

(あー、俺も、添い寝とか同衾とかしたいなー)

 

誰か余計なお世話を焼いてくれないかなーと、ルプスレギナを眺めながら自分からは言い出せないヘタレのジョンであった。

 

「? カルバイン様、如何なされましたか?」

「いや、なんでもない」

 

視線に気づいたルプスレギナに頭を振って答えていると、モモンガは今気がついたとジョンへ問う。

 

「ところで、何故にルプスレギナを供に?」

 

モモンガの問いにジョンは疲れきった様子で頭を掻く。

 

「あの後、セバスにめちゃくちゃ叱られて。動画でワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムに()られてたろ。あれが地雷だった……」

「それで回復役にルプスレギナを連れて歩けと。愛されてますね、ジョンさん」

 

確かに生きているジョンに回復役は有用だろう。アンデッドの自分には通常の回復魔法やポーションは意味がない。

ポーションも蘇生アイテムも大量に持っているし、モンクでもあるので気功治療も出来るし、人狼の再生能力もある。そんなジョンが、自分より低レベルの回復役を連れていても邪魔になるだけだが、()()するとはそんな理屈では無いとモモンガは思う。

 

そう思い、ジョンを心配したであろうルプスレギナを見れば、ジョンの背後に控えていたすまし顔の彼女(ルプー)がモモンガへ一礼してくる。

目を細め、ジョンを頼むと言った意志を込めて軽く頷き、視線をジョンへ戻す。

 

自分が仲間達を愛していたように、仲間達の残したNPC達も自分達を愛してくれているのだと、今日のモモンガは信じる事が出来た。

 

自分はここで友人と言うものを初めて知った。だから、ここは特別で、彼らの残したアインズ・ウール・ゴウンを何を犠牲にしてでも守りたかったのだ。

だから、そう、だからこそ、『アインズ・ウール・ゴウンそのものに殺されるなら――俺は本望だ』

 

そうだ。ジョンの言葉の通りだ。

 

何よりも大切だった仲間達の残したNPCも信じられず、どうして仲間達の残したアインズ・ウール・ゴウンを何を犠牲にしてでも守りたいと言えるのか。

 

 

「セバスの叱り方が、たっちさんそっくりで断れなかったんですよ」

「それは確かに断れませんね」

 

他にもシャルティアはフル装備になって、ワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイム殺しに行くって聞かないし、返り討ちになるから止めろって言ってるのにと、ジョンの話は続く。

仲間達の心の欠片はNPC達一人一人の中に宿っていた。

和を重んじ、仲間を大切にしていたペロロンチーノ。メンバーが何かやらかす度に正座させ、叱ってくれたたっちさん。

仲間達は今ここにいないけれど、仲間達の心の欠片は確かにここにあった。

 

 

……しかし、セバスの叱り方は、たっちさんそっくりなのか。自分も注意しよう。

 

 

「うっかり死んでもいられない。モモンガさん並みに愛が重いよ」

「ええ、ですが――それも悪くない。私は死に損ない(アンデッド)ですけどね」

 

自身の境遇、アンデッドである事も笑いに変えたモモンガを、ジョンは目を細めて笑った。

 

そして、モモンガの側に控えるアルベドを見る。普段の優しげな微笑とは違い、飛び上がらんばかりに上機嫌なのが見て取れる。

そのアルベドが右手でさする左手の薬指には、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが燦然と輝いていた。

 

「お、アルベド、その指輪は?」

「はいぃっ! この指輪は今朝、モモンガ様より忠義の証として……」

 

「え?」

「え?」

 

ジョンの驚愕にアルベドも驚き、しばし、天使が通り過ぎた。

忠義の証としてでも、至高の御方の持ち物であるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを頂いたのは不敬だったのだろうか……そう、アルベドが不安を感じた頃。

 

 

「モモンガさん、そこは一晩、膝を貸してくれた感謝とか、これからも俺を支えてくれ( ー`дー´)キリッとか言葉を添えて渡すとこじゃないの?」

 

 

人の事なら幾らでも言える。安定のヘタレであった。

 

「いや、でもジョンさん、アルベドみたいな美人にそれを言うとか……」

「美人! 今、私の事を美人と仰いましたか!?」

「あ、いや」

 

一晩眠ってリラックスした所為か、ぽろっと余計な事まで言ってしまう残念モモンガになっていた。

 

「いえ、私、耳はかなーり良い方でございます。今確かに『美人』と。きゃーーー!!!」

「お、落ち着くのだ。アルベド」

 

アルベドは金の瞳をギラギラと輝かせ、狂乱する。モモンガに宥められているが、紫のオーラも漏れているところを見ると、変なスイッチが入ったようだった。

「式の準備ですか! それとも子作り? 私いつでも準備は……!!」

今日も守護者統括アルベドは平常運転だった。

 

 

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その後、アルベドが落ち着くのを待って、遠隔視の鏡でニグレドの探知に引っかかった南西の村を見てみる事にした。

予め位置が分っていた為、さほどの時間も掛からず村の様子が鏡に映し出される。操作方法はモモンガが朝食後に多少弄って把握していた。

 

近くには森があり、村の周囲に麦畑が広がる。まさに牧歌的という言葉が似合うそんな村だ。

モモンガは村の風景を拡大しようとして、違和感を抱いた。

 

「祭り?」

 

朝早いと言うのに人が慌しく家に出たり入ったり、走ったりしている。

俯瞰図を拡大し、モモンガは有る筈の無い眉を顰めた。

先日ジョンが調査した村で確認した遺体と同じようなみすぼらしい格好の人々が、きちんと鎧を身につけた騎士風の者達に追い回されている。一方的な光景。

騎士達が剣を振るう度に1人づつ村人が倒れていく。村人達は対抗手段がないのだろうか、必死に逃げ惑うだけだ。それを追いかけ殺していく騎士達。麦畑では騎士が乗っていたであろう馬が麦を食べている。

 

これは虐殺(PK)だ。

 

モモンガは一方的なその光景に胸がむかつく気分を覚えた。

 

一方のジョンは、虐殺の様子から調査した際の戦闘力予想がそれほど外れていないと確信し、逃げ惑う村人と殺戮を行う騎士を観察していた。

殆どの騎士は淡々と村人を切り捨て、村人達は互いに助け合いながら逃げているが、調査した村のように中央に追い立てられているようだった。

 

モモンガは村の光景を見渡す俯瞰まで拡大すると、鋭く視線を送り、生きている村人の居場所を見つけようとする。

ある箇所を映した時、一人の少女が騎士を殴り飛ばす光景を目にした。

そして、妹だろうか? より小さい女の子を連れて逃げようとするが、背中を切られ倒れる。それでも妹を守ろうと、逃がそうと手を伸ばし続けていた。その光景に、モモンガの隣から喜色溢れる声が上がる。

 

 

「おお! あのコ、(妹を守るのに)騎士を殴って(自分の)拳を砕いたぞ!? ナイスガッツだ!!!」

 

 

その言葉にモモンガが反応する前、既に鏡の中では飛び蹴りで騎士を爆散させている駄犬(ジョン)の姿があった。

 

 

「え?」

「ジョン様!?」「カルバイン様!?」

 

 

ジョンの居た場所には、アイテムで開いたと思しき《転移門》が口を開いている。

 

 

「ナイスガッツだ! お嬢ちゃん!!」

 

きらーんと、某ゲキ眉先生のように牙を剥き出し、()()の姿のまま笑うジョンの姿に……モモンガは膝から崩れ落ちた。

 

 

「「モ、モモンガ様!?」」

 

 

(え? 何?

昨日、自分で『人間種の姿しか発見できてないので、異形種に対して忌避感がある事も予想される。その為、今回は完全に人間形態を取れる者のみでチームを編成した。俺も人間形態を取る。 ( ー`дー´)キリッ』とか言ってたよな?

だから、俺もこの姿で出るの躊躇ったのに、なんで駄犬(アイツ)は飛び出してんだ? しかも部屋着(武道着のズボンのみ)装備のままだし……。

 

 

……料理長の料理(知力向上バフ付)を毎日くわせないとダメなのかなぁ)

 

 

/*/

 

 

ジョンは少女を追いかけてきた騎士の片割れをスキル《カキエ/聴勁》を発動させながら、片手で顔面を掴んで掴み上げていた。

 

《カキエ/聴勁》はユグドラシルでは『…皮膚感覚を通して相手の動きを察知し、反応する技。それにより、粘りのある動きを作り出す…』と言った説明で、近接戦での命中と回避のボーナス。接近戦限定での盲目耐性が付与されるスキルだったが、ここでは触れた相手の反応や筋力、身長体重などから動作を予想、察知する事でゲーム時代の性能を再現しているようだった。

 

(10Lvぐらいだろうと思って手加減したつもりだったけど、まさか蹴った奴が鎧ごと爆散するとか。うーん、リアルの人間より強いみたいだけど、比較物がないからな)

 

騎士は必死になって逃れようとジョンの手を掴んだり、叩いたりしているが、Lv差がありすぎて何の影響も与えられていない。

ジョンはもう一つスキルを試してみようと、スキルを発動させ、掴み上げていた騎士の腹を殴る。今度は爆散もせず、気絶で済んだようだ。

 

アウラのモンスターテイムの際に多用されたスキル《手加減》である。

 

拠点NPCであり、ナザリックから出られなかったゲーム時代のアウラの為に、ぶくぶく茶釜の指揮の下《手加減》《峰打ち》等を取得していたメンバーはモンスター捕獲に引き回されたものだった。

たっち・みー、弐式炎雷、武人建御雷。そして、たっち・みーと喧嘩しながら、火力職の癖にきっちり補助魔法まで駆使し、最後までフォローしてくれたウルベルト。なんだかんだ言って、仲間思いで面倒見の良い悪の魔法使いだった。

 

 

気絶した騎士と爆散した騎士の頭部を拾って、まだ機能している《転移門》へ放り込むと、メッセージをアルベドへ繋ぐ。

 

 

《アルベド、今すぐ宝物殿まで一っ走り頼む。パンドラをモモンガさんの部屋まで連れて来い。獲物を確保したから、パンドラにタブラさんモードで《脳喰らい》させて、こいつらの記憶を喰わせろ。その後、モモンガさんとパンドラで思考時間加速の魔法で情報のやりとりを高速メッセージでやってもらって、モモンガさんに作戦考えさせてくれ。

 

あと、ニグレドにバックアップを。もし、覗いてくる奴がいれば反撃と逆探でこの世界の魔法のレベルを調べさせろ。

アウラとマーレに隠密に長けたシモベをつけ、村を包囲させて索敵を頼む。何か発見しても手を出さず、見つからないようにさせろ。村の周囲には俺も眷属を放っておく。アウラとマーレは万一の際の撤退援護だ。

 

騎士のレベルは遠隔視の鏡での観察と直接蹴った感じからすると10Lv以下、おそらく5Lv前後。脅威度は低いが装備(の見た目)がしっかりしてる。囮かもしれないから油断するな。先日の調査からすると、最低もう一つの別勢力のグループがある。

 

モモンガさんは取り敢えずは来ないでバックアップ。頭脳担当でよろしくと伝えてくれ》

 

 

前線に必要なのは思考の瞬発力。思考と視界は常に広く持ち、その上で必ず敵を上回る数で組織的に行動する事。後衛に全体の情報を見る総指揮官を置いて行動すべし。

 

それはギルメン達による薫陶のたまものだった。ぷにっと萌え、ウルベルトやたっち・みー、ぶくぶく茶釜などの教えは、ダーシュ村攻防戦で場数を踏んだジョンに確かに根付いていた。特によく覚えてるのは、簡潔で覚え易かったウルベルトの悪の組織五か条だ。

 

 

この場合はこれだ。

ウルベルト悪の組織五か条その4『常に組織で行動しろ』

 

 

アルベドから了解の返事を受けてメッセージを切ると、ジョンは助けてしまった少女達へ向き直る。

 

「大丈夫か?」

 

返事が無い。震えており、血と汗などの匂いからすると、相当に緊張しているようだ。

近づくと、びくりと二人が身体を震わせる。片膝をついて少女の顔を覗き込むが、怯えの色が濃い。

骸骨と比べれば、全然、愛嬌のある生物らしい顔立ちをしていると思うのだが、何が悪いのかと首を傾げる。

 

「……人狼、知らないのか?」

 

ぶんぶん、こくこくと音が出そうな勢いで首を縦横に振る少女達。背中を切られてるわりに元気な娘さんだとジョンは思う。

(それにしても人狼を知らないのか? 首を縦横ってどっちだよ?)

これは失敗したかもしれない。だが、こんな時はウルベルトの悪の組織五か条を思い出せ。

 

 

ウルベルト悪の組織五か条その3『失敗しても気にするな』

 

 

良し、反省終わり。

もう一度、首を傾げ、この子らを安心させるには何を言えば良いか考える。

 

「そうか。じゃあ……そうだな。実は俺、毛深くてさ。そう、俺は一寸だけ毛深い! 通りすがりの旅人って事でどうだ?」

 

ジョンの無理やりな解釈に、氷結牢獄に移動したモモンガがクリスタルモニター越しに盛大に突っ込みを入れていたが、その彼とて別の世界線では帝国奴隷市場で買ったひょろい奴隷とデスナイトを入れ替え、同一人物だと押し通したのだから、ある意味似た者同士だろう。

 

その無理やりな解釈を言って見せると、ジョンは肩を竦め、安心させるようにおどけ、「あんまりにも毛深くて人里に近づけないんだよなー」と、がっくりと肩を落として見せる。

様子を窺えば、取り敢えず会話の出来る相手と思ってくれたようだ。

 

「妹か? その娘を助けるのに騎士を殴ってるのが見えて手を出した。……怪我は大丈夫か?」

そう言って、下級治癒のポーションを取り出し少女に差し出す。

 

「治癒のポーションだ、わかるか?」

「え、ええと私の知っているポーションと色が……」

「え? 違う? 色?」

 

予想外の一言にポーションを自分の目の前で光にかざす。

 

「薬師の友人が作るポーションは、青色です」

 

間の抜けた調子でポーションを光にかざす仕草が可笑しかったのか、少女は表情を少しだけ和らげて自分の知っているポーションの色を教えてくれた。

 

「作り方が違うのかな? 薬効成分が違うと不味いな」/《モモンガさん、生きてる方の騎士。そいつの腕でも脚でも切り落として、ポーションかけて見て下さい》

 

それなら気功治療で治そう。気配とか感知できてるから、大丈夫だろう、多分。

 

「ポーションが体に合わないと不味いから、普通に手当てする。背中を見せてもらっても良いか?」

「は、はい」

 

まだ、震えているがそれは恐怖では無く傷の痛みだろう。結構な深さの傷なので、そろそろ手当てしないと本格的に不味いだろう。

姉が傷を見せようと身体を動かすと、姉に抱えられていた妹が不安に揺れた瞳でジョンを見上げてくる。

 

「狼さん、お姉ちゃん、食べない?」

「ネム!」

 

恩人に何を言うのかと叱る姉と、姉を案じる妹――ネムに、ああ、とジョンは納得する。

古くには狼は害獣を追い払う聖獣であったが、人の領域においては時に人間を襲う害獣でもあったのだ。

それでなくても子供など丸飲みに出来そうな狼の頭がついてるのだ。怖くないわけがないだろう。

 

「人語を喋る奴は、ドラゴンしか食べないよ。お嬢ちゃん、考えて見ろよ。鶏絞める時に『止めて! 殺さないで! 食べないで!』って命乞いされたら食べ難いだろ?」

 

両手を羽根のようにパタパタしながら、コケーッコッコと鶏の真似をしながらネムにおどけてみせる。

 

だが、ドラゴン。

てめーはダメだ。苦労に見合った美味さがあるし、どうせこっちを見下してるんだから、美味しくステーキにして食ってやる。

ああ、ドラゴンステーキ美味かったな。

 

 

「うん……狼さん、ありがとう!」

「あ、あの! 助けて下さってありがとうございます!」

 

少女達の真っ直ぐな感謝に少々照れ、手を振って答えると少女の背中の手当てを始める。

(本当に手当てなんだけどな)

照れ隠しに内心そんな事を考えながら、少女の背中に手を当てると気功治療で傷を癒す。

同時に続けて発動させた《カキエ/聴勁》で少女の身体能力を推定する。把握した少女の能力値とLvを1~2Lvと仮定すると、騎士達のそれはやはり5Lv前後だろうとジョンは判断する。1LvUPでのステータス上昇率が分らないので、あくまで推定だが。

 

「うそ……凄い、魔法?」

 

少女は右手を触り、続けて背中を触る。

急に痛みがなくなった事が信じられないのか、何度か自分の右腕を触ったり叩いたりしている。

 

その様子に喉を鳴らして笑うと、ジョンはこの世界に来て始めて、サポートキャラクター5名全ての召喚と眷属召喚《狼》を行った。

 

召喚した狼はムーンウルフ。ユグドラシルではLv20程度の雑魚だが、騎士のレベルからすれば十分すぎる強敵だろう。

それを20体と50Lvのサポートキャラクターの5名ならば、それが生産系であっても十分過ぎる戦力である筈だ。召喚時間を把握して置く為、時計のタイマーをセットしつつ、召喚した者達を見回す。

 

狼とは精神的な繋がりが出来ているようで、服従の意思や命令を待ち望んでいる事が伝わってくる。この程度の感覚であっても、彼らを周囲に展開するだけで簡易的な警戒網がつくれそうだった。

 

 

「リーダー、開拓……じゃ、無いみたいだね」

 

 

4名の人狼形態のワーウルフが、設定した通りにリーダーとジョンへ呼びかけてくる。

 

その事にジョンは少しだけほっとした。

 

わいわいと楽しく開拓をやっていると設定に書き込んでいたお陰か、ナザリックのNPC達のように問答無用で五体当地してくる雰囲気で無い事に安心したのだ。

実際は忠義の塊であっても、表面上は気の置けない感じでつきあえるなら十分妥協できる。

 

「この先の村が騎士に襲われてる。4人は村人を助け、騎士を村の中央に追い立ててくれ。騎士のレベルは推定10Lv以下。情報が取れるに越した事は無いので、なるべく殺さないように。

 サペトンはこの場で、この姉妹を護衛して下さい」

 

サペトンと呼ばれたのは5体目のサポートキャラクターでワーキャット。体長1m少々の年老いた直立猫の姿をしていた。

 

「あいよ。このお嬢ちゃん達の面倒だな。おぉ、ルプーちゃんのようにめんこい子だなぁ」

「サペトン。ルプーはもう大きくなってるよ」

「そうだけ? おら、もう呆けちまったかな」

 

ゆったりとした喋りの直立猫のサペトンは喉を震わせて笑う。

少女達は丸くて白い、もふもふの直立猫に目を輝かせている。やはり、もふもふは正義か。

 

「狼は各員に2頭ずつ付ける。残りは村の周辺に展開させ、伏兵の警戒を行う」

 

ぐるりと見回し、ジョンは自分の言葉が《チーム/群》に伝わっているかを確認する。

それぞれが頷き返し、瞳に十分な理解の光がある事を確認し、ジョンはこの世界に来て最初の《チーム/群》の狩り。

その開始を宣言した。

 

 

「良し、じゃあ、行くぞ! チーム時王、Go!Go!Go!」

 

 




・駄犬なので名乗っていません。名乗りを忘れてます。エンリとネムの名前も聞いていません。
・チーム時王(サポートキャラクター)はゲーム的には眷属召喚や騎乗生物召喚扱いだったので、デスナイトなどと同じく召喚時間に制限があるとしています。


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弟15話:今は悪魔が微笑む時代なんだ。

キング・クリムゾンッ!
戦闘シーンは消し飛ぶッ!


2015.10.10 10:40頃
感想で誤字指摘を受け、一度修正しましたが、ネタとして美味しかったので、第15話タイトルのみ誤字に戻しました。兄より優れた~以下略。

2015.11.29 21:10頃 誤字修正


 

 

「助けて! お願いします! 何でもします!」

「助けて、助けて、神様!」

「神よ、お助けください」

 

村の広場に追い立てられ、死ぬを待つばかりだった40人ほどの村人達とは別に、数十人の騎士達が手足を砕かれ、大地に転がされ、口々に命乞いをしていた。

彼ら騎士達は多少手間取ったものの順調に虐殺を進め、村人の生き残りを一箇所に集めつつあった。後は集めた村人を適度に殺して、幾人か逃がして任務は終わる――その筈だった。

 

だが、村の外から突如として現れた。狼を引き連れた人狼達に、騎士は次々と手足を砕かれ、狩りの獲物のように広場に集められた。

 

村の周囲に展開させていた4名の騎士も捕らえられ、この辺りでは見ない巨大な狼に脚を咥えられ広場へ引き摺られてきていた。

手足を砕かれたロンデス・ディ・グランプは痛みを堪えながら、冷めた目で、自分と同じように転がされ、すすり泣きながら命乞いをする部隊の者達の声を聞いていた。

 

神の御名の下、人類の力を結集する為、無辜の民を殺して廻っていた自分達だ。天国になど行ける筈もなく、罪深い自分達は地獄行きだろうと常々思っていた。

一日が終る度、命乞いをしながら死んでいく村人の姿が瞼の裏に映って離れなかった。

 

だが――それも、今日で終わる。

 

ベリュース隊長の醜い命乞いを聞きながら、ロンデスは手足を砕かれ、泥に塗れながら、寧ろ心の平穏を感じていた。

 

 

「ああ、良いぞ。()()お前達を殺さない」

「は、ほ、本当ですか!」

 

 

人狼リーダーの返答にベリュースの声が喜色に染まる。周囲の騎士達からも安堵の息が零れる。

馬鹿が。ロンデスは一人心中で叫ぶ。

俺達は命乞いをした相手に情けをかけた事があったか。自ら踏み躙った相手を助けた事があったか?

ありはしない。全て神の御名の下に殺してきた。

 

ならば、この人狼の言葉も、俺達を助けるものである筈がない。

 

 

「村長はいるか!?」

 

人狼のリーダーは村人達へ声をかける。

それほど大きな声ではなかったが、内に秘める強大な力を感じさせる力強い声だった。

 

その声に従い、村人達の中から40歳ぐらいだろうか? 日に焼けた肌に年の割りに深い皺を持った男がおずおずと進み出てくる。

がっしりとした身体つきで、日々の労働を積み重ねてきた結果なのだろう。白髪が多く、髪の半分ぐらいが白く染まっていた。

 

人狼のリーダーは、騎士の持っていた剣を拾うと刃を掴み、柄を村長へ向けて突き出した。

 

「お前達が()ったらどうだ? 剣を拾い、武器を取り、仇を討ったらどうだ?」

 

人狼の問いに村長は躊躇っているようだった。

当たり前だ。徴兵されているからと言っても農民兵は訓練もされず、数合わせに戦場に並べられる存在なのだ。

村長は躊躇い。

青と白の人狼は、村長とその背後の村人達を見回しながら言葉を続ける。

 

「妻を殺され、父を殺され、母を殺され、子供を殺され、仲間を殺され、それで嵐が過ぎるのを待つのか?

こいつらまた来たら、また家族を差し出すのか?

殺れよ。

自分達に手を出せば、どうなるか教えてやれ。黙って殺される奴は、何度も殺されるだけだ」

 

静かな声だった。荒野を渡る風のようにびょうびょうと厳しく、何も無いような声だった。

その声に村人達の中から、一人、二人と、覚束無い足取りで村人が進み出てくる。その表情(かお)は惨劇のショックと恐怖、過度の緊張で強張り、何の表情も表れていない。

目だけが爛々と憎しみと怒りに燃え、家族を失った悲しみに冷え切っていた。

 

「そんな! 約束が!!」

 

ベリュースの声を、人狼が嘲笑う。

 

 

「は? 同族殺しって善なのか? 悪だよな? だったら、自分らの目的、理想、信仰、欲望の為に他人の犠牲を強いるお前等は悪だ。だが、誇りある悪ならば! いつの日か、自らも同じ悪に滅ぼされる事を覚悟する。俺は、最強の悪の魔法詠唱者(スペルキャスター)ウルベルト・アレイン・オードルから、そう教わったぞ? だから――喜んで死ね」

 

 

声も無く、剣を拾い、槍を拾い、杭を拾い、鋤を拾い、老若男女の区別なく騎士達を取り囲んでいく村人達。

一言も無く自分達を取り囲み見下ろす村人達に震え、怯え、騎士達は恥も外聞もかなぐり捨てて泣き叫び出した。

 

「おかね、おあああ、おかねあげまじゅ、おええええ、おだじゅけて――」

「やめて、やめてやめて」

「助けて、お願い。助けて」

「嫌だ! 神様!」

 

その声に凍った村人達の表情に火が灯った。

 

「「「うわぁあぁぁああぁぁぁぁぁ!!!」」」

 

悲しみ、憎しみ、怒り、そんな人間的な感情ではなく、襲われたから反撃する原初の衝動に突き動かされ、村人達は手に持った剣を、槍を、杭を、鋤を振り下ろす。

 

村人達の力では騎士の鎧を貫く事は出来ない。がんがんと鎧を叩く音が響き、それに混じって湿ったモノを叩く音が続く。

鎧から出ている手足、顔を叩かれ、貫かれ、一撃では死ねず、気を失えば、中途半端な一撃の痛みで眼が覚める。

村人達にその気が無くとも、騎士達は結果として自分達がこれまで与えてきた苦痛と恐怖を味わいながら、次々と嬲り殺されていった。

 

 

/*/

 

 

自分を見下ろす村人の顔は、憎しみに染まり、人を殺す事に怯え、それでも押えきれない怒りに染まり。それは眠る前に瞼に映る。悲しみ、泣き叫ぶ村人達の顔と重なって、ロンデスは深く息を吐いた。

 

鎧を叩くガンガンと響く音。顔面を突かれ、砕ける歯、折れた鼻、激痛が意識を失う事を許さず、直に失血死する程の流血も無い。

地獄のような苦しみだ。地獄のような死に方だ。

だが、悪くない。

 

自分には似合いの死に方だ――死の神よ、感謝します。

 

 

ロンデス・ディ・グランプは村人に突き回され、痛みにのた打ち回って、死んだ。

 

 

/*/

 

 

粗方の騎士を殺し尽くすと村人達は獲物を放り投げ、膝から崩れ落ちて抱き合うと、失った家族の名を呼びながら慟哭する。

騎士を殺し、殺された家族を思い、号泣する村人達。

 

その光景を見ながら、ジョンはメッセージでチーム時王の面々に指示を出していた。

 

ヤーマ、コークスは墓地に墓穴を掘って。

マッシュ、ナーガンは遺体を集めて、4人で後は土をかけるところまで用意しておいて。

俺は騎士達を《転移門》でナザリック送りにしてる。

 

サペトンはさっきの女の子――え? エンリとネム?――その二人を村まで連れてきて下さい。

 

ちゃー、そう言えば、名前も聞いていなかった。

潔く死んだのは一人だけか。モモンガさんに潔く死んだ奴の死体だけ《保存》かけて取っといて貰おう。

 

 

強者による弱者の一方的な殺戮の場面は見ていて気分が悪い。

だからと言って今、愛する者を失い。仇を討ち、号泣する村人達を見ていても、特に共感も抱かない。

ああ、悲しんでいるのだな、と言う事は分るが。

 

自分の愛する者が失われた訳ではないのだから、当たり前だ。

想像は出来るが、共感は出来ない。

 

エンリが妹を守る為、全霊を込めて騎士を殴りつけた場面の方が、ぐっと来るものがあった。

これがモモンガの言う人間では無くなったと言う事なのかとジョンは思う。

 

思うが、肩を竦める。だから、どうした。と。

ギルメンが好きで、彼らと築き上げたナザリックの皆を愛している。

それは変わっていない。それなら、自分は構わない。

 

 

しかし、と考え続ける。

 

 

死体は速く片付けないと病気の原因になるし、血の匂いで獣やモンスターが寄ってくるかもしれない……?……おかしい。先日、調査した村は獣やモンスターに荒らされた形跡がなかった。この辺りに獣やモンスターが少ない? いや、森には豊かな生態系があった。何らかの原因……森の賢王が守ってるとか言っていた。それで森から肉食獣やモンスターが出てこないので、ここに人間が住めるって事なのか?

 

頭を振って、降って湧いた疑問を後回しにする。

 

PKされていた人を助け、ポーションなんかを分けてやった事もある。殺戮にあった村も、一種の災害(PK)にあったようなものだろう。

災害復興として考えると、死体の身元確認をし、埋葬。その後は何をするのだろうか。

 

 

「やっぱ、飯だよな」

 

 

考えながらも、手際よく騎士の死体――まだ生きている者もいたが気にせず――《転移門》を開いてナザリックへ送る。最初はまたモモンガの部屋に送ったが、ニグレドのところにいると怒られたので、氷結牢獄へ《転移門》を開き直した。

 

遺体の収集に一区切りついたマッシュを呼び寄せ、襲われた家からテーブルや椅子を運び出し、炊き出しの用意を始める。

 

 

マッシュは打ち壊された扉を爪で裂き、「リーダー、まな板。まな板にしようぜ!」と言い出し、「まな板なら持ってるだろ?」とジョンが返せば、「オマエは全然、まな板のスゴさを分かってない!!」と返ってきた。

 

ユグドラシルでは理想でしかなかったNPC達の姿がここにあった。ずっと想像の中でしかなかったNPCとのやり取りに、思わず笑顔になり、気分も良くなる。

 

「リーダー、何作る?」

「人も多いし、とん汁は?」

「もう一品、何か作ろうぜ。バーベキューは?」

「召喚時間、そこまでないぞ」

「いやいや、リーダー。焼くだけまで用意しとけばいけるって」

「そうかー? まぁ、それなら用意してみるか」

 

いつか、仲間達にも自身の創造したNPC達の、この生き生きとした姿を見せてやりたい。

 

 

サペトンが魔法で作成した馬車と馬で村に戻ってきたエンリとネムは、感謝もそこそこに父母の姿を求めて駆け出していく。遠隔視の鏡で見ていた感じ、父親はだめだろうが、母親は無事であると良いなとジョンは思う。

ジョンは手首に巻いた時計アイテムを見る。5人の召喚時間は半分ほど残っていた。

 

インベントリから食材を取り出し、サペトンに《物品作成》で竈や鍋、燃料を用意して貰う。上位の魔法と違い鉄や土などの通常の物質しか作れないが、開拓用の道具を作り出すにはこれで十分過ぎる。

そうして、炊き出しの準備を始めた頃、ひとしきり泣き、落ち着きを取り戻した村長が、恐る恐ると言った風にジョンへ近づいてきた。泣き腫らした顔のエンリとネムも一緒にいる。その後ろには生き残った村人達も恐る恐るついてきている。

 

ワーウルフを見た事が無いなら、恩人とは言え恐れるのも仕方ない。だからこそ、先ほど助けた二人を繋ぎに連れてきたのだろうとジョンは考え、先に声をかける事にした。

 

 

「エンリとネムだったか? 両親は見つかったか?」

「……」

「そうか」

 

 

黙って首を振るエンリ、再び泣き出したネムの頭を軽く撫でてやりながら、村長へ向き直る。

 

 

「村長、埋葬はいつでも出来る用意はした。あと飯だ。こんな時は飯食って、騒いで寝るに限る」

「ッおおお、そんな、何から何まで……村を救って頂き、本当に、本当にありがとうございます!!」

 

少女達――エンリとネム――を助けた時と同じ、素朴な真っ直ぐな感謝にジョンはたじろいだ。

PKで人を助けた事もある。その時も感謝された事もあった。

だが、これほどまでに真っ直ぐな感謝は無かったような気がする。生命が、生活が懸かっている故なのだろうか。僅かに数十人。世界から見れば僅かな数だが、これほどの人数に真っ直ぐな感謝をぶつけられた事は、ジョンも無かった。だから、思わず確認してしまう。

 

 

「俺達は人間じゃない、ぞ?」

「それでも! それでもです!! 私達はもう死ぬしかなかった。その私達を、村を、救って頂き、本当にありがとうございます!」

 

 

村人達からすればジョン達は、王も、貴族も助けに来てくれない自分達に突如現れた、力無き者を救ってくれた英雄にも等しい存在だった。

自分達を救い、仇を取らせてくれた。自分達が泣いてる間に墓穴を掘り、遺体を集め並べ、誰が何処に眠るのか分るようにして待っていてくれた。

人間では無いかもしれない。だが、自分達を救い、気遣ってくれる恩人に感謝しない理由があるだろうか。

 

村長の、村人達の感謝を受け、人狼(ジョン)は「あー」と頭を掻き、困ったように視線を逸らすと、次いで口を開いた。

 

「村長、俺達は……遠く離れた所で様々な種族と共生して村を開拓してたんだが、人間を中心にした軍勢に村を滅ぼされてな。安住の地を求めて流離っていたんだ」

「……それは」

「だから、隣村が皆殺しになってるのも見つけたが――埋葬はしてやったが――、人間同士の殺し合いに関わる気はなかった。でも……この娘が妹を助けようと騎士に殴り掛ってるのを見てな。仲間を助けたいって思う気持ちは同じなんだなって、つい情に絆されて手を出した」

 

 

その言葉に村長は思う。

この方は人間に村を滅ぼされたのに、この娘の勇気を見て我々に手を差し伸べてくれたのか。

人狼の声は不思議と背後で様子を伺う村人達にもよく聞こえた。

 

 

「それで村長。

この辺りは戦争してるんだよな。村の生き残りが見た感じ、40人ちょっと。成人してる男は10人もいない。40人の内、半分は子供だ。

村長、徴兵は免除して貰えるのか? そうでないなら、今年の収穫は見込めず、徴兵で男手が取られた後に残った女子供は山賊なんかの餌食じゃないのか? 戦争から運良く生き残り、帰還した数人の村人が見るのは誰もいなくなった廃墟じゃないのか? 俺には村を捨てるしか無い様に思えるぞ?」

 

 

青い人狼の未来予想図に村人達は息を呑んだ。

確かにそうだ。今の状況ではそこまで頭が回らなかったが、これほどまで村人が、男手が減った状態では最早冬を越す事も難しい。

ましてや、もうしばらくすれば、また戦争に男手が取られるだろう。襲撃されたからと言って免除はされまい。

確かに最悪の状況は終っていない。来年を生きる為には、命懸けで村を捨てるしかない。

 

 

「村長、村人はどこか行く当てがあるのか? なけりゃ、今死ぬか、後で死ぬかしかないぞ」

 

 

「どうすれば……」

「それを決めるのは俺じゃないぜ。あんたらが決めなきゃならない問題だろ」

 

 

人狼の突き放す言葉はそれでも優しく。

 

 

「けど、俺にも出来る事はある。

この手を取るか? 人間以外と共に生きるか?」

 

 

獣毛に覆われ、鋭い爪のある手が差し出される。

王国は、王は、貴族は、誰も助けに来てはくれなかった。年に一回税を取り立てにくるだけで、自分達に関わりの無い戦争に男達は連れて行かれ、帰ってこなかった。

 

これは人間の手ではない。

 

だが、この手は自分達を助けてくれた。

暴虐の騎士を打ちのめし、自分達に仇を取らせてくれた。関わりの無い隣村の者達をも埋葬し、自分達の家族の埋葬の用意までしてくれ、弔いの宴まで用意してくれた。

 

同じ人間の手は、決して助けてはくれず、奪っていくだけだった。

自分達を食らう化け物かもしれないが、今この時に、間違いなく自分達を助けてくれた人ならざる者の手。

 

 

自分達は誰と、どう生き、どう死ぬのか。

 

 

「この手を取るなら、生きる術を教えてやる。生きる力を鍛えてやる。

共に飯を食い、共に泣き、共に笑い、共に戦い、共に生きてやるよ」

 

 

村長とその背後の村人達を見回し、青い人狼(悪魔)が囁く。

 

 

「人間だけの国を捨て、この手を取るか?」

 

 

人狼が笑ったようだった。

 

 

/*/

 

 

あの駄犬(バカ)……。

 

氷結牢獄に移動し、そこからジョンの様子を見ていたモモンガは頭を抱えていた。

村人を助けて、戦闘能力の確認だけ行えば良いものを調子に乗って、そこで開拓を始めるとは……。

 

(やり口が歴史物好きだったギルメンに見せられた国盗り物語みたいなんだが……開拓は、大丈夫なのか?

開拓と国盗りと災害復興と内政と、ウルベトさんの悪の教えが混ざって化学反応してるようにしか見えないんだが。

炊き出しとかやりたいだけだよな、絶対に、あれ)

 

《まだ王国の戦力も把握仕切ってないのに、何してんすか?》

《勝てないからこそ、勝つ為に努力するのがロマンじゃないか》

 

一応、王国を敵に回すところまでは考えていた事に安心するモモンガ。

 

《何を馬鹿な事を、ナザリックが……ああ、ナザリックではないですね、そこ。……なら良いか》

《なんか良い案ありました?》

 

ナザリックが危険に曝されると激昂するも、精神無効化作用で沈静化され、大きく息を吐いた。

冷静に考えれば、その村がアインズ・ウール・ゴウンの拠点と認識されれば、結果的にナザリックは安全になるし、特に問題は無い。

アウラに建設させている避難所もあるし、正、副、予備とあると思えば何の問題も無い。

そこまで考えた上での行動と思えば、何の問題も無い。

 

無い筈だ。

 

あの駄犬(バカ)が、そこまで考えていれば。

 

(ぷにっと萌えさん、たっちさん、ウルベルトさん。どうやって、あの駄犬に戦闘の心得を仕込んだんですか? ……結構、スパルタだったな――駄犬だけに身体で覚えさせるしかないのか?

 

けれど、まぁ、『また一緒に冒険しましょう』か)

 

 

冒険ならば、浪漫を取って危険を受け入れる事も必要だろう。

自分にはそこまでぶっ飛んだ事は出来ないが、ジョンの行動を見習い。もう少し、思い切った攻めの姿勢で今後の行動を決めてみよう。

 

 

/*/

 

 

鏡の向こうでは、ジョンの手を取る村人達の姿と。

 

 

「ここをカルネ=ダーシュ村とする!」

 

 

高らかに宣言するジョンの姿があった。

 

 

ここに異世界に転移して、最初のダーシュ村開拓が(ようやく)始まった。

 

 




ロンデスさんって真面目で苦労性っぽいから、こう任務で病んでしまう甘さのある人ではないかと妄想しました。

15話目にしてようやくダーシュ村を名乗りました。
村への来客はまだ続くので、本格的に開拓するにはもう少し2~3話かかりますが、取り合えずダーシュ村を宣言する所まで辿り着いたので、ストックを溜める為、更新をしばらく(1週間ほど)お休みします。

次回、モモンガさんの思い切った攻めとは?
第16話【攻めて、笑えよ】お楽しみにw


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第16話:攻めて、笑えよ。

2015.11.30 誤字修正


 

カルネ=ダーシュ村の広場は村人達の声と音で騒がしくあったが、どこか空虚な――悲しみを抱え、堪えて、それでもあえて明るく振舞っているような、そんな空々しくも力強い空気があった。

 

共同墓地での埋葬、葬儀はジョン達《チーム時王》の助力もあり、一度で終える事が出来た。

その後は、弔いの宴だ。ジョン達《チーム時王》が用意したとん汁とバーベキュー、インベントリから出した酒に水、村人達からすればとんでもないご馳走だったが、ジョン達は開拓村でつくったものだと笑って話す。何れはこの村でも、村人達でも作れると笑った。

 

 

何度も村を焼かれたが、何度も村を再建した。

 

 

様々な種族と協力し、様々な種族と知恵を出し合い、過去の人々から知恵を学び、失敗を繰り返して作り上げたのだと楽しそうに彼らは笑う。

もう逢えない村人達はたくさんいるけれど、自分達はそうやって生きてきたのだと笑う姿に、村人達は眩しそうに目を細めた。

 

いつか、自分達もこれほどのものをつくれる様になるだろうか。

否、自分達もこうなりたい。どのような苦難も悲しみも、笑って話せる彼らのようになりたいと村人達は思った。

 

 

「あ、悪りぃ。リーダー」

「時間か?」

「ああ、またな」

 

 

村人達にせっせとバーベキューを焼き、焼き方を教えていた《チーム時王》の面々が空に溶けるように消えていく。

急に消えた恩人達に驚き、一人残った青い人狼ジョン・カルバインに「あの方達は、一体何処へ?」と聞けば、彼は寂しそうに笑って答えた。

 

「さっき何度も村を滅ぼされたって言ったろ? あいつらは今、実体が無い幽霊みたいなもんさ。俺の力で現世に引き止めているけど、そんな長い時間は実体を保てないんだ」/(拠点NPCみたいに出っぱなしだと良かったのに。……デスペナでリビルドも出来るし、それも利用してきたから、今更文句を言うものじゃないけど)

 

 

その言葉に村長は思う。思ってしまった。

狼とは時に聖獣とされると言う。

死んだ者を現世に留めておくなど人間業ではない。この方は伝説にある竜や英雄の如き神の御使いなのでは……と。

 

 

殺された仲間を思い、寂しげに笑う人狼の姿に村人は幻視してしまった。

 

 

その村が幾度滅ぼされようとも、その人狼は弱きモノ達へ、その手を差し伸べる事を止めなかった。

幾度も村を滅ぼされ、幾度もその身を滅ぼされ。

また、救えなかった。また、守れなかった。そう慟哭し、大地を叩き、何も出来ない己を呪い。それでも諦められずに戦う力を、守る力を磨いてきたのではないかと幻視してしまった。

 

 

それら全ては事実ではなかったが、村人達はそう信じてしまったのだ。

 

 

そんな村人を他所にジョンはマイペースにのんびりとした調子で、これは本当はあいつらと合奏する曲なんだがと何処からか取り出した弦楽器で演奏を始める。

それはこの苦痛多きこの世界で、それでも喉が枯れるまで希望を謳う歌。手を広げ、腕を伸ばし、自分にも何かが出来る筈だと信じる歌だった。/お好みのBGMをおかけ下さい。

 

 

/*/

 

 

(サポートキャラクターも眷属召喚も制限時間は変わっていないんだなー。呼び出しっぱなしで開拓するのは無理かぁ)

 

ジョンは村人達のシリアスを他所に、気楽に演奏しながら、気持ち良く歌っていた。

 

泣き、笑い、よく食べた事で、子供達はうとうとし始めている。そんな子供達を見ながら、生き残った大人達はこれから子供をどう面倒見ていくのか相談し始めているようだった。

男手など10人を切っているが、それでも誰も子供達を持て余したり、見捨てようとしないのは好感が持てる。

 

 

そんな周囲を見回しながら、のんびりとしていたジョンにモモンガからのメッセージが繋がる。

 

 

村を襲った騎士達から得られた情報は、村人よりも遥かに詳しく世界情勢をモモンガへ教えてくれた。

ジョンが疑った通り、彼らは囮部隊であり、王国戦士長を抹殺する為の餌であったようだった。王国への内部工作により戦力を削がれた戦士長は、本日中にはカルネ村で本命部隊に捕捉され、抹殺されるだろうと言うのが彼らの見方のようだ。

 

《それでジョンさん、すみません。隊長格が大した情報を持って無くてですね。副隊長が実質的な隊長だったようなんですよ。ジョンさんに取り置きを頼まれていた死体がそれだったのですが、情報の為にパンドラ(タブラさんモード)に(脳を)食べさせてしまいました》

 

あちゃーと残念がるジョンへ、モモンガは慌てて言葉を続ける。

 

《ああ、でも他の騎士で蘇生実験をしたら脳が無くても蘇生できましたから、大丈夫ですよ。ええ、蘇生させた騎士をもう一回殺して蘇生したら灰化したので、騎士は5~10Lvの間で間違いないようです。実質的な隊長だったわけですし、蘇生1回ぐらいは平気な筈です》

 

 

情報の為なら止むを得ない事であるので気にしていないとモモンガへ伝え、それよりもモモンガが取ろうとしている行動が彼にしては随分と思い切ったものだと指摘する。

 

 

《彼らの言う戦士長が、私達から見ると随分と低レベルみたいなんですよ。それ以上の強者の情報もありませんし、そうであればプレイヤーはまだ近くにいない。もしくはまだ活動を始めていない可能性もありますが、廃村でジョンさんが拾ってきた芋を見ると転移時間が大きくずれている可能性の方が高そうです。

後はですね。一緒に冒険しましょうと言ったじゃないですか!

だから、いっその事、世界を征服するつもりで冒険するのも良いかなと思いまして。きっと、るし★ふぁーさんや、ウルベルトさんなんかが悔しがる大冒険になるでしょうね!》

 

話している内にモモンガの口調が何時に無く高揚してきているのが、ジョンには分かった。

 

 

《おおッ! モモンガさん、やる気だねッ!!》

《ええ! ……それでこの殺戮劇ですが、王国と法国は当事者ですが、帝国は関わっていないようです。ですが、その村を利用して周囲三カ国に揺さぶりをかけます》

 

 

などとモモンガとメッセージで話している間に村人達は幾つかに分かれ、荒らされた家屋の片付け、子供達の世話、宴の片付けを始めていた。日が暮れる前に今晩の寝床を確保しなければならないようだ。全体の采配は村長がとっていたが、子供達の世話や片付けなどは村長の妻が女達へ指示を出しているようであった。

 

それの姿を見ながらジョンは立ち上がり、鍋に残ったとん汁に《小さな願い》で保存をかける。正式な《保存》の魔法ではないので長期保存は無理だが、冷蔵庫がなくとも一晩ぐらいなら保存が利くような感触だった。バーベキューの残り物にも後で食えるよう、同じように保存をかけてやると村長を探して歩き出した。その背中を村の女達が羨望と神の使いを見るような目で見ていたのだが、本人は人狼が珍しいのだな程度にしか思っていない。

 

村長を見つけ、モモンガから伝えられた事をさも自分が考えたかのように話すと、村長は村人達と相談し、ジョンの前に連れてきたのはエンリ・エモットだった。

 

帝国の陣地へ赴き、村を襲った帝国騎士をカルネ=ダーシュ村に住み着いた人狼が掃討したとの話を伝える為のメッセンジャー。

危険度は帝国の出方が未知数の為、同じく未知数。最悪、生きては帰れない可能性もある。それでなくとも女の一人旅は危険極まりないだろう。エンリは年頃であるし、顔立ちも愛嬌があり整っている。

だが、村の再建に貴重な男手を使う訳にはいかない。両親を亡くした子供で、一人でも行動が出来(年頃の男子は戦争と今回の殺戮でいなくなってしまった)、妹がいる彼女が出るしかなかったのだと言う。たとえ彼女が戻ってこなくても、妹は村で面倒を見るという約束のようだった。

 

 

「カルバイン様、助けてくれて、本当にありがとうございました」

 

 

ぺこりと頭を下げるエンリ。

ジョンは頭をがしがしと掻く。自分が人間形態で行く方が安全確実なのだが、しかし、それよりも相手が警戒しないから。相手の本音が読みやすいからという理由で少女を送り込むのだ。モモンガの考えもわかるし、合理的なのもわかる。ユグドラシルでもPKの為、ナザリックを守る為、幾らでも悪辣な手段を取って来たのだ。

 

だが、真っ直ぐに自分へ感謝を向けてくる少女を捨駒に使うのは心に効く。

拾った子猫や子犬を必要だからと交通量の多い道路へ放り込み、無事に戻ってくるのを待てる動物好きがいるだろうか。

 

 

《あのーモモンガさん、この娘、助けちゃダメ?》

 

 

やはり、このヘタレには無理だった。

悪っぽく振舞っても最後でヘタレる。戦闘指揮は兎も角、情報心理戦になるとヘタレる。

ウルベルトとぷにっと萌えにヘタレ認定されただけの事はあった。

 

 

《ダメです。心を鬼にして下さい》

《くッ、直接、向き合ってないからって》

 

 

「エンリはそれで良いのか?」

「?」

「行けば生きて帰ってこれない可能性もあるんだぞ?」

「村はこんな状況です。再建する為には皆、自分に出来る事をやるしかないんです。今の私に出来るのはこのぐらいですから」

 

そう言って、広場の向こう。子供達を見る。

別れはすんでいるだろうが、それでも寂しげな瞳で自らの姉を見ているネムの姿があった。これが場合によっては最後の別れになるかもしれない。そんな必死さが姉を見る視線に込められている気がした。

 

 

「それにカルバイン様は流離っていたのですよね。ここに落ち着くのは本意では無かった筈です。ですから、今度は助けていただいた私達の番です」

 

 

死を覚悟した透き通る笑顔でエンリはそう言った。

 

「……ッ!」

 

それを言われると弱い。

とうとう耐え切れず、ジョンは天を振り仰ぐとモモンガと先ほど取り決めたキーワードを、天へ届けと大音声で解き放つ。

 

 

「善意には善意を。悪意には悪意を。盟主よ、我は願う! 我が善意に善意を以て応えた人の娘に一度の加護を!」

 

 

駄犬(ヘタレ)め。ここでそれを言うか》

《すみません。すみません。ホントすみません》

《まぁ、俺も時機を計っていたので構いませんけどね》

《え? 俺が弄られてた、だと?》

 

 

ジョン(100LvPC)の大音声にびりびりと村が震え、村人達の耳が音を拾えなくなった静寂の中、広場の中央に闇を垂らしたような黒が生まれた。

 

それは黄昏時の終わりに見える紫の空の色を斑に溶かし込みながら大きく広がり、その中から死の気配が噴出し始める。

村人達が肩を抱き震える中、そこから死そのものが歩み出してきた。

 

異様な杖を持ったおぞましい死の具現。

骸骨の頭部を晒しだした化け物。

まるで闇が一点に集中し、凝結したような存在。

 

空ろな頭蓋骨の空虚な眼窩の中、流れ出したような血にも似た色の光が灯っている。

それはまさに死の神の姿。

圧倒的な存在感、死の気配に耐え切れず、村人達は一人残らず平伏した。

 

「至高にして偉大なる死の支配者。我等が盟主よ」

 

人狼の死を称える声に応えず、それは広場の正面を異様な杖で指し示す。瞬時にそこにあった家を吹き飛ばし、高さ30mに達しようかという教会がそびえ立っていた。

 

 

「これは我が家である。……我が名はアインズ・ウール・ゴウン。生には生を。死には死を以て応えよう。いずれ我が下へ来るまで良き生を生きるが良い」

 

 

血色の光がジョンを眺め、次いで平伏し、自らの矮小さと迫り来る死に震えるエンリを捉える。

見られている。ただ、それだけで、エンリの血は凍り、生命が流れ出していくような恐怖、身を押し潰す重圧に襲われ、心が砕け散りそうだった。

 

 

「……その姿に惑わされず、己の心を信じた人の娘。善意で我が盟友と接した者、失敗を恐れぬ者よ。

それが生ある者の勇気。必要ならば他の為に火に飛び込む決意。

力の大小ではない。その覚悟こそ我は愛でよう。それこそが人の生き方だ」

 

 

ゆっくりと骨の手が突き出され、両手で隠せるぐらいの小さな角笛を二つ取り出し、エンリの方へ無造作に放った。

二つの小さな角笛は、平伏するエンリの前に不自然な動きで音も立てずに地に着いた。

 

「取るが良い。それが旅路の助けとなろう」

 

それだけを告げ、死の具現は再び、黄昏時の紫の空を斑に溶かし込んだ闇の中に消えていった。

村には静寂が残り。

 

 

 

ジョンが「あー死ぬかと思った」と間の抜けた声を上げるまで、村はその静寂に押し潰されていた。

 

 

 

《ジョンさん、あとで教会の中に転移門の鏡《ミラー・オブ・ゲート》を設置しておきますよ。開拓は構いませんが、ちゃんとナザリックに帰って来て下さいね》

《これがッ……モモンガさんの攻めッッッ》

《一緒に冒険するのでしょう? ふふ、一度、ジョンさんを振り回して見たかったんですよね》

 

 

モモンガがこの演出をやると言い出した時にはジョンは驚いた。

だが、メッセージ越しにも分る。ここ数年なかったモモンガが楽しそうに笑う気配。

 

なので、少々話が大きくなりそうだが、悲壮な顔で入られるよりは全然良いとジョンは受け入れた。

受け身な正義の味方よりも、夢と浪漫を語る我侭な悪の組織こそが自分達に相応しいのだ。

 

 

(それにしても、モモンガさん。楽しそうだけど、こっからどうすんだろ? 何か考えてるんだろうけど、えらく楽しそうなんだよなぁ。本当に何するんだろ? ……ああ、エンリちゃんに小鬼将軍の角笛の使い方を教えてあげないと)

 

 

/*/

 

 

ジョンは、エンリに小鬼将軍の角笛の使い方を教え、村人達にほぼ創作に基づく先ほどの説明をした。

 

自分達、人狼の群は夜や死を支配するものを盟主としている。村人達に分りやすく言うと守り神のようなもので、群のリーダーに許された守り神の直接的な援助を願う盟約によるもので、先ほどのあれは現れた。この地に流れてくるまでに残った最後の1回を使った事。エンリへの助力を叶える代わりに、盟主は自分達人狼にここで生き、自分を崇めよと教会を残したのだと。

 

そうジョンは説明しながら、悪意ある人間は騙しても心が痛まないのに、同じ人間でも純朴と言うか純真な人を騙すのは、どうしてこんなに堪えるのだろうと自問していた。

一寸でも疑ってくれれば、疑いを晴らすのに一生懸命やれるのに。素直に全部を信じられると罪悪感が半端なかった。

 

 

そんな中、村人達は先ほどの死の神降臨に気を取られていたが、ジョンは周囲を警戒しているシモベ達からのメッセージで村に近づく騎兵を察知していた。

村の中央を走る道の先に数体の騎兵の姿が見える。やがて、騎兵達は隊列を組み、静々と広場へと進んでくるだろう。

 

 

「エンリちゃんは村の人を教会の前に集めてくれ。危なくなったら教会の中に逃げるんだ。村長は俺と一緒に広場へ。何、同じに日に()()()()()()襲撃は続かないさ」

 

 

村長はそうですなと苦笑を浮かべ、エンリは村人を集める為に駆け出した。

ジョンと村長はそのまま広場中央まで歩み出て、騎兵達が集うのを待つ。

 

この20名程の騎兵達は全員とも同じ紋章の全身鎧を着ているが、各自カスタマイズがされ、予備武器を持ち、騎士というよりは歴戦の戦士集団のように見えた。

しかし、全員が兜をかぶらず頭部をさらしているのは何か理由があるのだろうか。表情(かお)を見せる事で村人を安心させる事まで考えていたら大したものだ。

ジョンはそんな事を考えながら、戦士集団の動きを窺う。

 

 

その中から馬に乗ったまま、1人の男が進み出た。

 

 

年齢は30前後、極めて屈強な体つきをした偉丈夫で、ジョンは内心で渋い叩き上げの戦士だと喝采を上げる。

しかし、村を襲っていた騎士達と比べれば、全体的にレベルは高いが、自分達ナザリック勢にとって脅威にはならないレベルだ。

騎士達の記憶を丸ごと喰らったパンドラのクリスタルモニター越しの首実験によれば、これがスレイン法国が狙っている王国最強の戦士ガゼフらしい。

 

そのガゼフの鋭い視線がジョンを射抜く。

 

襲撃されている村を回っていたら、村長と並んで人狼が立っていました。これは警戒もするだろうとジョンは思う。

けれど、いきなり襲い掛かってこない程度の理性はあるようだと安心する。

 

「私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らしまわっている帝国の騎士たちを討伐するために王のご命令を受け、村々を回っているものである」

「王国戦士長……もしや、あの……?」

 

村長の口から微かな呟きが漏れた。ジョンは辛うじて「知っているのか、雷電!?」と口にするのを耐えた。

一応、聞いておかないと不自然だと、モモンガからメッセージ(突っ込み)が入ったので、隣に立つ村長へ聞く。

 

「村長、あれは誰だい?」

「商人たちの話では、王国の御前試合で優勝を果たした人物で、王直属の精鋭戦士たちを指揮する方だとか……すみません。本物かどうかは、私には判断が……」

 

申し訳なそうにする村長へ「見た事がないなら仕方ない。気にするな」と返す。

「村長だな」ガゼフの視線が逸れ、村長に向かう「そして、横にいる者は一体誰か教えてもらいたい」

 

 

「この方は私達を救って下さった人狼(ワーウルフ)のジョン・カルバイン様です」

 

 

村長は即答し、ガゼフも即座に馬から飛び降りた。そして、重々しく人外(ジョン)へ頭を下げる。

 

 

「この村を救っていただき、感謝の言葉もない」

 

 

その行動に騎乗の戦士達からどよめきが起こる。

無理も無い。王国戦士長という地位がこの国においてどれほどのものかはわからないが、特権階級にあることは間違いない。そんな彼が人間ですら無いものに敬意を示しているのだから。

ジョンもその行動に素直に感心していた。レベル差がかなりあるので、ガゼフは気づいてるかは分らないが、この広場の中はジョンの間合いである。仮にそれが分っていなくとも、人間よりも肉体的に優れた異形種の前で無防備に頭を下げる度量は、並大抵のものではない。

だから、ガゼフの誠意には誠意で応える事にした。

 

 

「あーいや、戦士長。すまないが、貴方の感謝を受け取るわけにはいかない」

「どう言う事ですかな?」

 

 

若干、困ったようなジョンの返事に、訝しげな表情でガゼフは尋ねる。その疑問に答えたのは村長だった。

村長は、先のエンリのような、死を覚悟した透き通った表情でガゼフへ答える。

 

 

「戦士長様、私達は王国を抜け、カルバイン様の手を取り、カルネ=ダーシュ村として村を再建していきます」

「……村長、それは」

「はい、王様から討伐隊を差し向けられるのも覚悟の上です。ですが! 村の男は私を含めて10人を切りました。今年も戦争に取られては村の者達は冬を越すことも出来ません。今死ぬか、後で死ぬかの違いならば! 私達は私達を助け、共に生きると仰って下さったカルバイン様と共に生きたいと思います」

 

 

村長の言葉にガゼフとその部下達は怒りではなく、急所を打ち抜かれたような悲痛な表情を浮かべた。

 

一方のジョンは(あれ? もうそこまで覚悟してくれてたの? なんでこんなに入れ込んでくれてんの?)と胸中で疑問符を浮かべ、次いで、戦士長達の表情にある理解と共感が気になり一つ問う。

 

「戦士長。失礼だが、戦士長と部下の皆さんは平民出身なのだろうか?」

「その通りだが、何故?」

「村長の覚悟を理解した上で心を痛めたように見えた。村人達の生活を理解した上で共感しているなら、平民かと思ったんだが……」

 

ガゼフはジョンの言葉に納得し、感心したように頷き答える。

 

「俺自身、平民の出であるし、部下達にも辺境の村出身が何人もいる。モンスターに襲われ、戦火に焼かれる度に力有る者が救いに来てくれる事を俺達も願った。だが、現実は誰も来なかった。ならば、そうではない事を我等が示そうとした……我々は遅かったのだな」

 

そのガゼフの姿勢。

現実は、人間はそんなに捨てたものではない。

そう自らを以て証明しようとする姿勢にジョンは覚えがあった。

 

ダージュ村でロールプレイで同じ事を言っていた奴がいた。

『人は馬鹿でも、優しい生き物だと、俺は俺で証明する』だったか。

 

世界が変わり、人が変わり、それでも変わらないものもあると、ジョンは嬉しくなる。

(でも、ガゼフは徴兵を否定しなかったよな?)

 

 

「戦士長。ここで間に合っても、徴兵されたら数年後に村は立ち行かなくなるぞ? 戦士長には政での協力者はいないのか?」

「政の……」

 

虚を突かれた表情のガゼフに、「あれ?」余計な事を言ったかなと、ジョンは不安になる。

(ぷにっと萌えさん達に教育される前の俺並みに脳筋か、この人?)とりあえず、話を逸らそう。

 

「ああ、それと戦士長は見ていると思うが、隣村も襲われてたぞ。埋葬はしてきたが」

「そ、それは、ありがたい」

「その時の戦士長の足跡は50名前後あったけれど、今の人数を見るとその他に3~4つ村が襲われたのか?」

「……」

「これは俺の独り言なんだが、人間弱いんだよな? 弱いから国を作ってるんだよな。こんな事で殺し合ってどうするんだ。人間だけで生きていけないなら、他の種族と共生すれば良いじゃないか。なんで人間だけで生きなきゃならない?」

ガゼフは人狼の言葉に息を呑み、それに答えようとした時だった。一人の騎兵が広場に駆け込んできた。息は大きく乱れ、運んできた情報の重大さを感じさせる。

 

 

「戦士長! 周囲に複数の人影。村を囲むような形で接近しつつあります!」

 

 

《モモンガさん、こんなんで良いの?》

《ええ、王国は王と貴族で勢力争いをしているようです。貴族側は絵に描いたような悪徳貴族が多いようですし、最高戦力はガゼフのようですから武力的な脅威度は低いでしょう。

厄介そうなのはスレイン法国ですが、これも内部に火種を投じて身動き取れないようにします》

 

 

駄犬の引き紐(リード)、離すな危険。

 

それでも言わせてほしい、駄犬だけの所為では無い筈だ。

 




モモンガさんは逸般人。
次回、『その日、運命に出会った』



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第17話:その日、運命に出会った。

課金は偉大なり。

キング・クリムゾンッ!
戦闘シーンは消し飛ぶッ!

ガゼフさんの見せ場は書籍版準拠です。原作買って読んでね!

2015.10.22 9:00頃 位階魔法の『第』が『弟』になっていたのを修正。
2015.10.22 18:00頃 多種族→他種族 修正。
2015.11.30 誤字修正


 

「……天使達よ、ガゼフ・ストロノーフを殺せ」

 

冷徹な言葉に重なる無数の翼のはためき。

ガゼフがせめて、と決死の覚悟で走り出そうとした時、すぐ横から声がかかる。

 

「そこまでだ」

 

まるで魔法のように、その場に現れた青い毛並みの人狼。

続けて聞こえた。「戦士長、伏せろ」との声。ガゼフは身を投げ出して大地に伏せた。

青い人狼はガゼフの前に一歩踏み出しながら、振り被った腕を大きく振るう。

 

ズンと大気が震えた。

振るった腕が風を巻き起こし、突風と衝撃波が人狼を中心に円形に広がり、周囲を喰らい尽くす。衝撃波が走ったのは一瞬だったが、その結果は歴然として残る。

 

「……あり、ありえない……」

 

誰かのつぶやきが風に乗って聞こえる。それほど信じられない光景が広がっていた。

総勢40体を超える天使。それらが全て、人狼の腕の一振りで消滅していた。

 

対抗魔法による召喚解除ではない。衝撃波に飲み込まれた天使達が消滅していく姿はダメージによるもの。この人狼は腕の一振りで天使を全滅させるような衝撃波を発生させたという事だった。

ゾワリとニグンの全身が震える。脳裏にガゼフの言葉が蘇る瞬間、人狼の大音声が草原に響き渡った。

 

 

「控えよ! 人間! 我等が盟主(大魔王様)の御前である!!」

 

 

人狼の背後に闇を垂らしたような闇よりも黒い色が生まれた。それは黄昏の空の色を斑に溶かし込んだ闇の色で世界を侵食し切り取る。その中から死の気配が噴出し始め、人の身には許されない虹色が混濁する領域を踏み越えて、何者かが『こちら側』へ踏み出してくる。

 

歩み出て来たものは、死そのものだった。

 

異様な杖を持ったおぞましい死の具現。

骸骨の頭部を曝けだした化け物。

まるで闇が一点に集中し、凝結したようなその存在。

 

それをニグンは知っていた。

 

空ろな頭蓋骨の空虚な眼窩。その中に流れ出した血にも似た色の光が灯っている。

それはまさに死の神スルシャーナの姿だった。

圧倒的な存在感、圧倒的な死の気配。これを六大神に仕える自分が間違える筈が無い。間違えるなどあってはならない。

 

ニグン・グリッド・ルーインは迷う事無く、その場に跪いていた。

 

 

「死の神……! スルシャーナ様ぁっ!!」

 

 

死の神の姿をしたものが杖を一振りすると、一瞬の後に左右に骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に跨った死の騎士(デス・ナイト)が10体。蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)が2体。その先頭には全身を甲殻で覆い、白銀のサーコートをゆったりと纏った異形の騎士(ロードナイト)が立っていた。

その白い異形の騎士が持つ巨大なグレイブは、白銀色の高貴な魔法のオーラを漂わせ、腰には見事な装飾を施された――長剣にもサイズ的に見える――大剣を下げていた。どちらもニグンから見れば、漆黒聖典の扱う神の残した武具とも思える強大なオーラを放つ。

 

 

異形の騎士達は一糸乱れぬ動きで剣を携え、死の神スルシャーナへ剣を捧げる。

 

 

その場を満たす圧倒的な死の気配、物理的に押し潰されるような重圧に耐え切れずニグンの部下達、ガゼフの部下達は残らず跪き、平伏し、恐怖に耐え切れず自傷する者達まで現れていた。

 

 

やはりそうか。

モモンガはニグンの反応から判断する。

かつてスルシャーナと言う名の死の支配者(プレイヤー)が存在し、彼らの神となり、同じくプレイヤー(八欲王)に殺された。

 

 

「それはお前達の名。私はアインズ・ウール・ゴウン」

 

 

その言葉に跪いたニグンがはっと顔を上げる。ニグンの黒い瞳を、血の色をした空虚な眼窩の中の光が覗き込む。

ニグンは自らの心どころか魂までも、暗き深遠の神に覗き込まれ、飲み込まれるような恐怖を覚えた。

ゆっくりと骨の手が突き出され、他ならぬニグンを指し示す。

 

 

「かつて、人を救おうとした。だが、拒絶された。

 ならば、人ならざる者を救い。人を滅ぼすしかない」

 

 

その言葉にニグンは魂から震え上がった。

命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神。

そして、他の五神よりも強大とされる神。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「そ、それは大罪人が……我々は人類の為、人類の力を結集させる為にっ!!」

 

 

神を拒絶したのは大罪人なのです。我々は貴方様の加護を必要としているのです。

我々こそが神に従うスレイン法国の切り札たる六色聖典。我々こそが貴方様の愛した人類を愛し、その未来を守護する者なのです。

神よ、貴方を拒絶したのは我々ではないのです。どうか、どうか。

 

そのニグンの心を読み取ったように死の神が言葉を続ける。

 

実際は魔法《ESP》を使用して表層意識を読み取っての事だ。

ユグドラシルではセットしたキャストタイム中のスキルを読み取る魔法だったが、ここでは表層意識を読み取る魔法に変化していた。低レベル魔法であるので簡単に防御できる筈だが、彼らは防御手段を講じてはいないようだった。

 

 

「思い上がりも甚だしい。人類だけで生きれるとは愚か。私の心を理解できていないようだ。力弱き人間ならば、他種族と寄り添い共に生き、共に死ね。それが、より良き生となり、より良き死となる」

 

 

人類至上を掲げるスレイン法国の方針を真正面から否定する神の言葉。

しかし、大罪人によって自分達人類の許から放逐され、今再び、その尊き姿を現した神の言葉を、ニグンは否定する事が出来なかった。

 

 

「それで、私の領域でお前達は何をしている? 死は私の支配するところ。いずれ来る命を私以外の者が、無下に奪うのは多少不快だ」

「お、お許しを、お許しを」

「ならば、汝の信仰、汝の全てを我へ捧げよ。そして、汝の信仰、汝の全てを以て、汝が成すべき事を成すが良い」

 

 

「さ、捧げます。私の信仰、私の全てをスル……いえ、アインズ・ウール・ゴウン様へ捧げます」

 

 

その死の神の左右に控えていた異形異能の姿に、ニグンは気づいていなかった。

片側にはあの人狼が、逆の側には悪夢の凝結としか思えない異形の姿があった。

 

それは人の身体に歪んだ蛸にも似た生物に酷似した頭部を持っている。刺青で何らかの文字が刻まれた肌は水死体の如き白で、粘液に覆われたような光沢を持つ。黒一色に銀の装飾を施されたぴったりとした何かの革のような服を着た異形の者がニグンの前へ歩み出てくる。

 

まさに異形としか言えないその存在は口脇から生えた、太ももの辺りまでありそうな六本の長い触手をうねらせながら、ニグンの頭部を触手で覆いつくす。

瞳の無い青白く濁った目と頭部を覆いつくす触手と頭が割れるような激痛。

 

 

それが、ニグンの見た最後の光景だった。

 

 

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エンリが教会の前に村人を集め終わった時、その扉の前には大きな狼がいた。

行儀良く座り、村人達を見る眼は深みのある英知と強大な力を感じさせ、それはとても唯の狼には見えなかった。

 

また騎兵が村に近づいてきている。

村の救世主、人狼のカルバインに危なくなったら、あの神様がつくった教会の中に逃げろと言われた。

なら、この狼も人狼なのだろうか。

 

エンリが声をかけようとした時、狼はすくっと立ち上がった。

 

驚くエンリ、村人の目の前。ほんの数秒にも満たない時間で狼は、赤髪の三つ編み褐色の美女。

メイド服と修道服を合わせて2で割ったような服装の女性になっていた。

その瞳だけは狼の時と同じ色。カルバインと同じ金の瞳のその女性は、淑やかな動作で一礼し、口を開いた。

 

 

「始めまして。私はカルバイン様のメイドにして、アインズ様に仕えるルプスレギナと言います」

 

 

これまで見た事もない美貌の女性に誰も口を開けない中、ネムだけが子供ゆえの純粋さか、それともジョンと向き合った経験によるものか、ルプスレギナへ問いかける事が出来た。

 

 

「狼さんの……お嫁さん?」

「おおっ!? 良い子っすね!! 私の中のお気に入りランクがぐぐっと上昇っすよ!!!」

 

 

ネムの声にルプスレギナは笑顔を向ける。

その満面の笑顔は、その場の者達が全て引き込まれてしまうほどの華やかな太陽のような輝きを放っていた。

 

「ま、あなた方は今のところは安全っすよ。仮にもお客様にこんな口を向けるのは不味いことなんすけど、そこは許してほしいっすねー」

 

まるで別人ではと思われるような、冗談めかした口調でそれだけ言うと、最初のメイドに相応しい表情に戻った。

その急激な変化に驚くと同時に、ルプスレギナという女性にあっているようにエンリは感じた。

 

「アインズ様の家は、今日はあなた方を迎え入れます」

 

口調を戻し、村人へ一礼して扉を開けたルプスレギナに促され、エンリ達村人は教会の中に招き入れられた。

扉を抜け、教会の内部に入ると、そこは城塞都市(エ・ランテル)でも見たことが無い立派な聖堂だった。

 

まるで空のように高い天井。広く真っ直ぐに主祭壇まで延びる通路には深紅の絨毯。その左右には悠々と五人はかけられそうな信徒用の長椅子が並び、塵一つない静謐な空間を作っている。

突き当たりの壁、主祭壇の背後には壮麗なステンドグラスが飾られ、もう黄昏時だと言うのに光を放っていた。

 

 

エンリ達は攫われてきた小動物を思わせる雰囲気で、落ち着かなく周囲をきょときょとと見渡している。

まるで、お姫様が出るような物語に入り込んでしまったような、夢のような煌びやかな世界。自分達がいて良い世界ではない。

 

血と泥と埃で汚れた自分達が入って、本当に良いのだろうか。

 

けれど、ルプスレギナはエンリ達を主祭壇まで案内し、長椅子を勧める。

本当に座って良いものか、互いにきょときょとと顔を見合わせる村人達の様子にルプスレギナは小首を傾げ、また満面の笑顔になって村人達へ語りかけた。

 

「汚れとか気にしないで座ってほしいっすね。座ってもらえないと私がジョン様に怒られてしまうっすよー」

 

そして、よよよ、と泣き真似をして見せる。

エンリとネムにはルプスレギナのその姿に、自分達を落ち着かせる為、あえて馬鹿な事を言い、おどけ、肩をすくめて見せたジョンの姿が重なって見えた。

 

「狼さんといっしょー」

「うん、そうだね。カルバイン様にそっくり。……あの、お二人は恋人同士だったりするのですか?」

 

安堵感から生じた好奇心に負けたエンリの質問に、ルプスレギナは一瞬だけ口ごもり、誰を指した言葉か理解し、顔を真っ赤にする。

 

「え? うへへへへ。そう見えちゃうっすか? うへへへへ。お世辞言ってもこれ以上はサービスしないっすよ。うへへへへ」

 

いやお世辞というより単なる疑問なんです。

そんな思いは口には出さない。流石にエンリといえども空気を読むことぐらいは出来る。いや、完全にでれでれに蕩け切ったルプスレギナを前に、そんなことを口に出来る人間がいるはずが無い。

良かった変な事を聞かなくて。エンリはそう内心で安堵した。

 

ルプスレギナは顔をぐいっとエンリに近づけ、声を落とす。

 

「まだそんな事なってないっすけどね。ずっと憧れの方だったっすけど、専属メイドにして頂いて、ジョン様と名前で呼ぶ事までお許し頂いたっすよ」

「そうなんですか……」

「ジョン様になら玩具にされて泣かされても、手足の一本二本ぐらいかじり取られても、全然おっけーっす……うへへへへ」

「そ、そうなんですか……」

 

エンリも少女として他人の恋話には興味がある。しかし、なんというか前半は兎も角、後半はなんだろう? 泣かされるとか、手足の一本二本かじり取られてもとは、どう言う状況なのだろう。

羞恥に頬を染めながらの話だから、自分の知らない何か性的な比喩なのだろうか。乏しい知識で想像し、エンリも頬を赤く染めた。

 

こほん。

 

しばらく、変な笑い声を上げていたルプスレギナであったが、咳払いをして居住まいを正すと。

 

「エンちゃんとネムちゃんがあんまりにも良い子っすから、ちょーっとサービスするっすよ」

 

全然あらたまっていなかった。

そのまま浮かれた様子でルプスレギナが主祭壇に掲げられている鏡を何事か操作すると、鏡に村の外で戦うガゼフの姿が浮かび上がった。

 

血を流し、歯を食いしばり、ガゼフが剣を振るう度に天使が倒れるが、部下の戦士達も次々と倒されていく。

 

自分達を守り、血を流すガゼフの姿を見て、鏡に向かって祈り始める村人達。

 

「……私が知ってるダーシュ村と違うっすね。ダーシュ村の村人はこんな時、全力全開で相手を殴り返してたっすよ。なんかもー手加減一発、岩をも砕くって感じで」

「私達もそうなれるでしょうか」

「さぁ? 私は知らないっすね。でも、ジョン様は鍛えてやるって仰ったっすよね」

 

突き放すようなルプスレギナの言葉に子供達の中から、応じる声が上がった。

 

「僕、強くなる。カルバイン様や戦士長みたいに強くなって、今度は僕も皆を守るよ!」

 

それは絶望の中で笑う声。絶望を否定し、自分達にも何かが出来るのだと、先行くものの背中に憧れる声だった。

ジョンやモモンガならば眩しく思っただろう。ジョンならば強くなれと背中を押し、モモンガならその意志に憧れ、眩しそうに目を細めただろう。

しかし、ルプスレギナは疑問に思うのが精一杯だった。

 

(おおう? なんか眩しいっすね? さっきまで死にそうな表情(かお)してた村人達が、弱いくせに何か覚悟を決めた表情(かお)になったっすよ。絶望と苦痛に表情を歪ませた後は、虫見たいにプチッと潰されるだけじゃないんすか? うーん?)

 

「悔しい。どうして僕は子供なんだ。なんで力が無いんだ。もっと強ければ、父さんだって……」

「強くなって、カルバイン様にも村の皆にも、もうこんな悲しい思いはさせない。いつか、今度は俺も戦う!」

 

お? やっぱ絶望するっすか? さっきの騎士は良い表情(かお)したっすね。

 

『おかね、おあああ、おかねあげまじゅ、おええええ、おだじゅけて――』

 

でも、あれと違うっすよね? どっちかって言うと晩餐の後に見せて頂いた特典映像の少年っぽいっす。そーすると、この玩具=村人が死んだら、やっぱり、ジョン様は悲しまれるんすかね? うーん。どうすれば、あ、でも、壊して……『ルプスレギナ、お前には失望したぞ』とか叱られるのは嫌っす……。

 

ジョンに相談すると言う事には思い至らない駄 犬(ルプスレギナ)だった。

 

その遠隔視の鏡による覗き見は、自分の勇姿を村人にまで見られたくないモモンガに咎められるまで、ジョンが腕の一振りで天使を全滅させるまで続けられた。

 

 

/*/

 

 

全身の脱力感が酷い。

体の中がドロドロになっているようだった。

異常な疲労感だ。どれだけ過酷な運動をしてもこれほどの酷い状態になった事は無い。

 

ニグンは重い瞼を必死に開ける。

 

眩しい光が目の中に飛び込んでくる。自分は一体、どうしたのか。ここは何処で、自分はどうなったのか。

 

「復活したようだな。だが、死の領域より魂を引きずり出した影響で弱っているか。ニグン・グリッド・ルーイン、我が力を受け、再び立ち上がるが良い」

 

身体に、いや魂にだろうか? 直接、力が注ぎ込まれている未知の感覚があった。

一息毎に身体に力が吹き込まれ、身体がより強靭に、高位の存在に進化していくような感覚だとニグンは思った。

 

 

モモンガが使ったのは過疎対策の新規ユーザー優待アイテム。使うと経験値が1Lvから10Lvに上がるだけの数量が加算されるアイテムだ。無論、ユグドラシルが95Lvまではレベルが上がり易いとは言っても、例えばこれだけで30Lvまで上げようとすれば7~8個は必要となるだろう。

 

カンスト組には意味の無い(1時間モンスターを狩った方が早いし金貨も手に入る)アイテムであったが、モモンガとジョンはこれと抱き合わせになっているアイテム目当てに大量に購入していた。ガチャの外れアイテムとして、一時期大量に供給された事もあった。ジョンはサポートキャラクター用にある程度は使っていたが、スタック数が多くインベントリを圧迫しないので邪魔にならなかった。その為、モモンガとジョンは二人合わせると馬鹿馬鹿しい数を保有していた。

 

それをモモンガはニグンへ5個使った。

ジョンが見るところニグンの気はガゼフを勝るとも劣らない程となっていた。レベルにして30前後。彼らの言う英雄級と言う奴だろうか。

 

 

だが、そんな事を知らない彼らから見れば、これはどのように目に映るだろうか?

ニグンがやっとの事で身体を起こした時、部下達は全員が平伏していた。全てピクリとも動かないその姿――それは異様なほど強い崇拝を感じさせるものだった。

 

自分(ニグン)は死の神の従属神の手にかかり、一度、死に。今、復活したのだろう。

大儀式を行っての復活魔法はある。多くの神官を併用した――かの十三英雄の一人が責任者を勤めた儀式。もしくは人外の英雄達、漆黒聖典の者達ならば或いは単独行使も可能かもしれない。

 

だが、神より吹き込まれた息吹により、今なら手の届かなかった信仰系魔法第5位階までも扱える気がする。

 

蘇生により、力が失われる事を陽光聖典の隊長であるニグンは知っていた。

復活により逆に能力が向上するなど、ありえない事なのだ。

 

 

異形異能の騎士を率い、蒼褪めた乗り手、死の騎士、骨の竜を従え、死を与え、死より救い上げる存在。

これこそまさに死の神。

ニグンはよたよたと体の向きを変え、死の神の前に平伏する。

 

「いだいなるおかた」

 

それを見下ろしながら、死の神はすこしだけ驚いたような様子を見せ、すぐに何かを納得したのか、軽く頭を振ることで答える。

 

「かみよ。わたしのしんこうをあなたさまへささげます」

「私を拒絶した人類を、私は信じる事が出来ない。ニグン・グリッド・ルーイン、自らの身に何が起こったのか。しかとその目に映すが良い」

 

 

/*/

 

 

平伏したニグンの前に死体が横たえられる。

誰であるか、ニグンは理解できた。囮部隊の実質的な隊長ロンデス・ディ・グランプだ。

鎧を着たままだったが、鎧に覆われていない部分は殴打されつくし、歯は折れ、眼窩は落ち窪み、致命にならない打撃で弄り殺しにされたような無残な死に様だった。

 

「この者は人類の為と無辜の民へ死を振り撒き、唯一人、己の行いの結果を、民に殺される事を自ら受け入れた。己が死を振り撒くならば、自身が死に蝕まれる事をも従容と受け入れよ。ニグン・グリッド・ルーイン、この者と手を携え、汝が成すべき事を成すが良い」

 

死の神がその御手に神聖な雰囲気を漂わせる30センチほどのワンドを持ち、それを一振りした。

 

「ロンデス・ディ・グランプ、我が力を受け、再び立ち上がるが良い」

 

それだけで、ただそれだけで、傷だらけの死体は傷一つ無く、呼吸をする生者となっていた。

同時にモモンガは時間停止を使用し、ロンデスにも件の課金アイテムを5個使用している。

 

 

ニグンには奇跡の光景としか見えなかった。

 

 

もとより、自らの身に何があったか。神の言葉を疑うなど欠片もなかったが、自らの目の前で繰り広げられた奇跡。まさしく神の御業。

 

続けて神はニグンが本国より貸し出された六大神の遺産。

魔封じの水晶より最高位天使、威光の主天使を呼び出すと、なんと《善なる極撃》を自らに放たせる。人の身では到達する事も出来ない《善なる極撃》を受けて、尚、傷一つない強大なる死の神。最高位天使が傷一つつける事が出来ず、逆に神は、ほんの小手先の一撃で最高位天使を消滅させる。

 

 

おお、なんと言う神の御業よ。

永久の闇を従える偉大にして至高なる死の支配者よ。

 

 

そして、神は魔封じの水晶に第十位階怪物召喚で地獄の番犬ケルベロスを封じると、これはニグン・グリッド・ルーインが使うが良いと告げる。

 

 

ニグンは感動に打ち震えていた。

 

 

絶対の大いなる存在。その巨大な存在の一端に触れた。

ここには圧倒的な存在感があった。圧倒的な力感があった。圧倒的な感動があった。

この喜びは、神に仕える者しか感じることはできない。そして、この喜びの前には、これまでの信仰が間違っていた事など、些細な事としか思えない。

 

ニグンは自分は今日この日の為に存在していたのだと、自らが神に選ばれた事を世界全てに感謝していた。

心を揺り動かす大きなうねりは涙となって瞳から溢れ、口からは神への感謝の聖句が零れ出す。

 

 

/*/

 

 

陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインのその姿に、ジョンは内心滝のような汗を流していた。

モモンガの前に跪き、祈りを捧げるニグンの目は完全に向こう側へ行ってしまっていた。所謂、目覚めた人になっている。

 

一度、信仰を否定し、絶望させておいて、あっさり声をかけて力を与える。──なんと酷いマッチポンプだろう。

寧ろ、性質の悪いマインドコントロールでは無かろうか。ぎりぎりまで追い詰め──るどころか、死の谷に突き落としていたが──優しく奇跡をおこして依存させる。それでもって、めでたく信者獲得。

 

ウルベルトが言ってた。いわゆる悪徳新興宗教なんかの信者獲得方法。

一般的な手段にプラスして、本物の神秘体験まで付いてきているのだから余計に質が悪い。

 

 

(これだけ出来る人が、村人の殺戮に何も感じないから、俺は人間じゃないと凹むとかマジ勘弁)

 

 

《モモンガさん、魔封じの水晶はなんでわざわざ手間をかけて?》

《これはこの任務の為に本国からレンタルされた神の遺産だそうです。彼らにとっては国宝級ですね。それを彼等が掲げる神から、名指しで個人が使えとされたらどうなると思います?》

《そりゃ、軋轢でぎくしゃく……ああ、こいつ生かして帰す事で、幾つも問題が起きるように仕込んでるんですね》

《そうです。第7位階で人類が到達できないそうですから、特殊なアイテムを使うか、漆黒聖典とか呼ばれる英雄級を超える人間で漸く第8位階が使えるとか。上層部は取り上げたいでしょうね。でも、ニグンは全力で抵抗するでしょうし、彼に味方する勢力も出るでしょう》

 

《でも、大丈夫なんですか》

 

《法国は現行の体制で数百年やってるようですから、当然、既得権益があります。現行体制から利益を得ているものからすれば、私の存在は許せないでしょう。では、現状で受ける利益が少なく、純粋に神を信仰している現場の人間はどうでしょうか。国と言う組織の中で上下で意識が乖離し、組織力を発揮できなくなるとは思いませんか。例えば、王国のように》

《今日は絶好調だね、モモンガさん。……やっぱアンデッドでも寝なきゃダメじゃん》

 

ぷにっと萌えさんが乗り移ってるんじゃないかと疑う頭の冴えだ。

やっぱり、一人で追い込まれてると頭の回転も悪くなるよなーとジョンは考え、楽しそうにあれこれ語るモモンガに笑みを浮かべた。

 

 

/*/

 

 

不意に空がパキン、と割れ、瞬きの間に元に戻った。

天を振り仰いだ死の神が、平伏するニグンへ視線を移す。

 

 

「私を見下ろすか、人間」

 

 

死の神の言葉にニグンは震え上がった。本国では定期的に自分達の様子を監視していたのだろう。

そして、それが今、死の神の怒りに触れた。

 

神を守る異形異能の騎士達の列から、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に跨った死の騎士(デス・ナイト)が6体。

蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)が2体消えていた。

彼等は神を天から見下ろす不敬を行った者の所へ、神罰を与えにいったのだとニグンは悟った。

 

 

「恐れながら! アインズ・ウール・ゴウン様! 本国が私を監視していたものでございます。決して!! 決して!!! 御身に不敬を働こうなどとは……」

「ならば行け。ニグン・グリッド・ルーイン。行って、汝が成すべき事を成すが良い」

 

 

「ハッ! 私の信仰、私の全てを御身へ捧げ、道を違えた信仰を正して参ります!」

 

 

そう答えたニグンの黒い瞳はガラス玉のような硬質な灰色に変化していた。この瞳は二度と元の色に戻る事はないだろう。

最早、何者にも折れず、曲がらず、動じずに、彼は信仰に生き、信仰に死すのだから。

 

 

それが彼の幸せなのだから。

 

 

《あの、モモンガさん。スケドラとデスナイトとペイルライダーは何処やったの?》

《虚仮威しに召喚しただけでは勿体無いので、ニグレドの逆探知と反撃にあわせ、それっぽく振舞うよう命じて術者のところに送り込みました》

 

 




ニグンさん生存! ニグンさん生存!!
ニグンさん、これからも頑張って下さい。

次回「お願い、モモンガさん!(上位物品作成」


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第17話+1法国:地上の星と黒い涙

2015.10.24 18:10頃修正:その周囲に使える神官達 → その周囲に仕える神官達


その日、スレイン法国神都では、陽光聖典隊長ニグンに切り札として渡されていた最高位天使を召喚する魔封じの水晶の使用が確認された。如何に王国最強戦士ガゼフ・ストロノーフであっても、最高位天使を必要とする状況は考え難い。だからこそ、定時監視の為に準備を進めていた土の巫女姫を中心とした高位神官達による探査魔法儀式が急遽行われたのだ。

 

土神官副長の命令に従い、精神を集中し、魔法を発動させた土の巫女姫は、先ず水晶を使用した者を調べようとした。

 

土の巫女姫の魔法が発動する。

しかし、何の変化も無い。静寂だけがあり、失敗した際の黒い映像すらも無い。

土神官副長が不快げな視線を周囲に放った。長い経験を持つ神官副長を以てしても、何が起こったのかわからない。

 

本来であれば、像が浮かぶはずだったのだ。

土の巫女姫の前に魔法の投射映像が浮かぶ事。それが魔法の結果であり、効果なのだから。

それが何も起こらない。

 

 

沈黙と静寂の中、突如――爆発。

 

 

何の前触れも無く土の巫女姫の身体が大爆発を起こした。

吹き飛んだ血肉と臓物が、周囲に紅い雨となって降り注ぎ、周囲の神官達から悲鳴が上がる。

土神官副長も息を飲み込み、目を見開く。

 

一体、何が起こっているのか?

 

先程まで巫女姫の存在していたそこ――空中に深遠が存在していた。

まるで巫女姫の生命を飲み干したような深遠の穴だ。

 

ぽっかりとした黒い穴は何処までも、何もかも吸い込みそうな、漆黒の色を湛えていた。

儀式の場にいる神官達全てから見ても真円に見えるそれは、実際には球体状の漆黒の穴であった。

 

「ギャギャギャギャ!」

 

そんな奇怪な声を上げながら、子供よりは若干大きい程度の悪魔達が、漆黒の穴から零れ落ちてくる。

やたらと大きな頭を持ち、そこには瞼の無い真紅の瞳、鋭い牙がむき出しになった口がある。肉体はやたらと引き締まっていた。鋭い爪の生えた両腕は長く伸びて、床に着いている。肌は死人のように白く、病んで死んだ死体のようだった。

 

彼らはライトフィンガード・デーモンと呼ばれるモンスターたちである。

 

「!!……この聖域に邪悪なるものたちの侵入を許すとは!」

「討て!」

 

呆然としたのも一瞬。

神官、衛兵達は悪魔の姿に正気を取り戻すと、すかさず衛兵達が走り、ライトフィンガード・デーモンたちに剣を振り下ろそうとした。

 

振り下ろそうとしたのだ。

 

 

『『悪魔達よ、静まれ』』

 

 

ぞっとするような冷気よりも冷たい、死そのもののような声が響く。

 

その声に悪魔は静まり返り、神官も、衛兵達も動きを止めた。暗く冷たい死そのものの声は何処から聞こえてくるのか。

神官も衛兵も、目だけでお互いに様子を窺う。誰か一人でも声を上げ、背を向ければ、それを切欠に誰もかれもが逃げ出してしまうような恐怖がその場を支配していた。

 

漆黒の穴から人骨を捻じ曲げ、絡み合わせて作ったような巨大な骨の脚が姿を見せる。

 

手狭な漆黒の穴を押し広げるように、深遠の穴から骨 の 竜(スケリトルドラゴン)に跨った死の騎士(デスナイト)が次々と現れ出でる。

魔法を無効化する骨 の 竜(スケリトルドラゴン)は強力だが、陽光聖典であっても倒せる相手だ。だが、それに跨った伝説級のアンデッド死の騎士(デスナイト)は危険過ぎた。殺された者はゾンビになり、そのゾンビに殺されればまた新たなゾンビが誕生する。単独で死の螺旋を発生させかねない災害級アンデッド。

それが骨 の 竜(スケリトルドラゴン)に騎乗して6体。

 

漆黒聖典を複数名必要とする大災害級の事態と言える。

 

だが、如何に伝説級とは言え死の騎士(デスナイト)は言葉を発しない。

ならば、先ほどの声は如何なる存在のものだったのか?

 

続けて、蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)が二人、漆黒の穴より現れ出でて穴の左右に立った。

禍々しくも強大な死の力を感じさせる蒼褪めた乗り手は間違いなく人間ではないだろう。

天使たちよりも、死の騎士(デスナイト)よりも、力と恐怖を感じさせるそれは、死の神の従属神や魔神と呼んでも差し支えない存在であると本能的に悟り、土神官副長はごくりと唾を飲み込んだ。

 

 

『人よ、聞こえているか』

『人よ、覚えているか』

 

 

蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)が交互に言葉を発する。

死の力を強く内包した禍々しい声は掠れたように聞き取り難い。なのに冬の冷気のように頭に沁み込んで来る。

聞き続けるだけで生命の炎が冷え切って、死へ誘われる恐れを抱かずには入られない声。

 

 

『偉大なる御方は嘆き、哀しんでいる。……救わなければ良かった。愛さなければ良かった……と。そうして流した黒い涙の中から、我等は来た』

『偉大なる御方を放逐し、今また天より見下ろす大罪人よ。偉大なる強壮たる死の御方が許しても、我等は許さぬ』

 

 

強壮なる。偉大なる。死の御方…? 大罪人?

 

蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)の言葉に、土神官副長はぶるりと体を振るわせる。

それはかつて、大罪人よりこの世界から放逐された他の五柱の神よりも強大だとされる神。命あるものに永遠の安らぎ、そして久遠の絶望を与える神。

死の神『スルシャーナ』を脳裏に思い浮かべ、頭を振ってそれを脳裏から振るい落とす。

 

法国の、人類の守護神たる神が、人を見捨てると言う言葉を、彼は信じるわけにいかないのだ。

あってはならない言葉なのだ。

 

 

『悪魔達よ、かかれ』

『死の騎士よ、蹂躙を開始せよ』

 

 

ゆっくりと、見せ付けるように剣を抜いた蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)が、剣で儀式の場の巨大な扉を指し示す。

それは土の神殿全てを蹂躙するという意志に見えた。

 

「ギャギャギャギャ!」

「クカカカカカカ……ッ」

 

悪魔が哂い、死の騎士の臓腑を転がす呻き声のような哂い声が周囲に響く。

走り出したライトフィンガード・デーモン達は、振り下ろされる衛兵の剣を巧妙に避けて攻撃する。

 

「な!」

「うそ!」

 

デーモンたちと対峙した衛兵たちが一斉に騒ぎ始めた。それは痛みから来るものではなく、どうしようもない混乱からくるものだった。

 

「鎧が!」

 

そんな叫びを上げた衛兵を見てみれば、その着ていたはずの鎧がどこかに無くなってしまっていた。

 

「――剣が無い!」

「嘘! 聖印が無くなった!」

 

混乱し、動きの止まった衛兵達。

そこへ骨 の 竜(スケリトルドラゴン)に跨った死の騎士(デスナイト)の巨大なフランベルジュが無慈悲に振り下ろされた。

甲高い奇怪な声を上げながら、デーモン達は嗤いながら周囲を跳び回り、死の騎士(デスナイト)が嗤いながら死を量産する。

 

「押さえろ! 外に出すなぁッ!!」

「駄目だ!! 逃げろ! 逃げろぉぉ!!」

 

衛兵も、宝石よりも貴重な第3第4位階までもが使える神官達もが、ゴミのように宙を舞い死んでいく。

否、宙を舞っている時点で既に真っ二つになっている者。タワーシールドで全身を殴りつけられ、ひしゃげている者は既に人ではなくなっているだろう。

 

 

「土神官副長、お下がり下さい! ここは危険です!」

 

 

この場の要人である土神官副長を庇い、衛兵達が撤退を進言する。

 

「まて、まだ、叡者の額冠がっ!」

「いけませんっ!! 危険です!!」

 

スレイン法国の最秘法【叡者の額冠】が、爆発した土の巫女姫と共に儀式の間の何処かに吹き飛んでおり、未だ発見できていない。

裏切り者の手により、既に一つが失われている現在、万が一にも紛失するわけには行かないのだ。

【叡者の額冠】の価値は己の生命などよりも、この場にいるもの全てよりも重いのだ。

 

「いけませんっ! 土神官副長が倒れたら、誰が! この惨状を神官長会議に報告するのですかっ!!」

「私が残って【叡者の額冠】を捜索します! お前達は土神官副長を安全な場所まで……神殿の外までお連れするのだっ!」

 

衛兵長の必死の訴えに土神官副長は苦渋の決断を下し、衛兵に守られながら撤退を開始する。

強大なアンデッドに騎乗する伝説級のアンデッド6体。魔神2体の許に残り、無事に帰れる筈もない。

死を覚悟し、その場に残る衛兵長達へ目礼し、目に涙を浮かべながら護衛についた衛兵達は土神官副長を庇い下がっていく。

 

 

その彼らも、死の騎士(デスナイト)に遊ばれるように一人二人と削られていく。あちらも恐らく誰一人生き残れないだろう。

だが、それがどうしたと衛兵長は思う。

震える拳を握り締め、恐怖に震える部下達へ、奮い立てと声を上げる。俺達こそが最後の盾。

 

「俺達こそが、人類を愛し、人類を守護するスレイン法国の盾! 偉大なる六大神の聖域を汚す悪魔に、神の信徒である俺達は屈しない!! 我等こそが神の代理人、人類の未来の守護者! 今此処であの邪悪を打ち滅ぼす! 汝らの信仰を神に捧げよ! 行くぞぉっ!!」

 

「「「おおぉおおぉぉぉぉっ!!!」」」

 

隊長の檄に心を奮い立たせ、恐怖を打ち破らんと雄雄しく雄叫びをあげて衛兵達が絶望へ向かって突撃していく。

倒す事が出来なくとも、それが僅か数秒でも、土神官副長が脱出し、より強力な部隊が魔神討伐に駆けつけてくれる事を信じ、彼らは自らの生命をかけて戦いを挑んでいった。

 

 

それは地上の星。

輝かしき、人の生命の煌き。強く輝く意志の光。

人間の希望の星だった。

 

 

そうして、その日、神都最大聖域の1つ。土の神殿は壊滅した。

 

 

衛兵達に担ぎ出された土神官副長こそ無事であったが、土の巫女姫とその周囲に仕える神官達は全滅。衛兵にいたっては完全に全滅していた。

神官達を蹂躙した骨 の 竜(スケリトルドラゴン)に騎乗した死の騎士(デスナイト)が6体。蒼い馬に乗った禍々しい騎士(ペイルライダー)2体は、30分と掛からずに土の神殿を蹂躙し、土の神殿を死の神殿へと変えた後、神都に残る漆黒聖典が本部から駆けつける前に忽然と姿を消した。

 

後に残されたのはゾンビとなった死体と、廃墟となった神殿。

貴重な宝物や資料の多くが失われ、神殿の修復、人材の補充に数十年は掛かるだろうと予想された。

 

モモンガが捨て駒として送り込んだ威力偵察のデスナイト、ペイルライダー達は単に召喚時間切れによって消滅しただけであったが、そうとは知らないスレイン法国上層部は、神都に強力なアンデッドが潜伏していると疑った。その結果、スレイン法国は展開中の漆黒聖典を一旦全て呼び戻し、常に神都防衛戦力を温存する事を余儀なくされた。

 

 

そして、叡者の額冠を始め、失われたとされる土の神殿の宝物、資料は、影の悪魔を始めとするデミウルゴス配下の悪魔達の手により、ナザリック地下大墳墓に回収されていた事を付け加えておく。

 

 




文章には出てこないけれど、デミウルゴスとパンドラとニグレドが大活躍中。


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第18話:お願い、モモンガさん!(上位物品作成

一寸長いまえがきです。

今回から開拓が始まるのですが、開拓とか内政を主にやってる作品と比較するとなんちゃってのご都合主義です。魔法ってすごいッ!
原作の時間が9巻終了時点で1年も経っていないので、リアルに開拓すると何も作れません。
なので、開拓に役立ちそうな魔法がユグドラシル時代、生産用に実装されていたと捏造。
壁とか家とか数日で作ってしまったり、木を切り倒してからの乾燥を魔法でやった事にして、即日で製材。板にします。
リアルに乾燥に半年かかりますとか言い出すと、ストーリーが9巻まで進まないと製材すら出来ない事になってしまいますので。
原作でも、その辺りはさくっと(ストーンゴーレムいても木を乾燥させて製材するのは別だよねとか。壁を作るのにも指示して監督する技術者がいないよねとか)流してましたので、二次であるこちらでも、その辺りはさくっと軽く楽しんで頂きたいと思います。
あと、そもそも、そんなリアルにやるならオーバーロード二次である必要もないですし。
9巻から10巻で1年とか時間経過しないですかねぇ。

荒唐無稽が変換できませんでした。わけはあとがきでw

2015.10.26 12:30頃誤字修正 弟→第
2015.10.26 23:30頃誤字修正 プルスレギナ→ルプスレギナ
2015.11.30 誤字修正


 

神の御業に触れ、真なる信仰にニグンは目覚めた。

 

自らの行いを悔いた彼は、ジョンの真空斬りで死亡した部下とガゼフの部下の蘇生を試みる。触媒、儀式による底上げ無しによる単独詠唱であったが、半数が復活。残りは灰化した。それは死する前の彼には出来なかった事。どれほど望み、努力しても届かぬ高みにあると諦めていた力。

 

だが、神(モモンガの課金アイテム)の力により死より蘇ったニグンは、第5位階魔法《死者復活》を単独行使できる存在となっていた。その力は王国が誇る最高位冒険者、蒼の薔薇のラキュースに並ぶほどであり、陽光聖典の隊長どころか漆黒聖典入りしてもおかしくないだけの領域だ。

 

ニグンの部下達も、復活させられたロンデスも、目の前で繰り広げられた一大スペクタクルに魂までも奪われ、信仰心厚い彼らは完全に目覚めさせられていた。

彼等は自分達の隊長であるニグンの実力を知っていた。自分達の知るニグンが第5位階魔法《死者復活》を扱えない事を知っていたのだ。

そのニグンが第5位階魔法《死者復活》をもって部下達を復活させるなど、ありえない光景だ。このありえない光景を生み出した存在。このありえない力を与えた存在を、神と呼ばずにいられようか。

 

自らの目の前にある。この強き存在こそ、至高にして偉大なる死の神であると陽光聖典の者達は心の底から認め、彼らの前に姿を現した神に平伏した。

 

 

酷いマッチポンプを見たと思っているのはジョンだけである。

 

だが、そのジョンにしても息をするように村人を絶望に突き落としてから救い上げているのだから、モモンガの事は言えない。マッチポンプはナザリックが世界に誇るお家芸だ。

 

 

彼ら陽光聖典は今後、彼らの信じる新たな教義を背負い、亜人ではなく古い教義を掲げる者達と戦っていくのだろう。

 

 

それらを特等席で見せ付けられたガゼフとその部下達は、夏だと言うのに身体の震えが止まらないようだった。

彼らの負傷もジョンの手によって全て治療(気功治療)され、この戦闘で帰らぬ人となったのはモモンガのデスナイト召喚に巻き込まれて触媒となった数名(王国、法国)だけだ。

死体を触媒にしてしまったデスナイトは召喚時間が過ぎても消えないので、この犠牲は不幸な召喚事故として諦めてもらうしかない。

 

治療中、ガゼフの部下達の様子を窺っていたが、歴戦の戦士達は村人以上に憔悴していた。

 

それも仕方ないかとジョンは思う。

 

王国最精鋭の部隊。それを率いる王国最強の戦士長。周辺国で危険視される武力を持つ、その戦士長を抹殺に来た法国の特殊部隊。

それらは自分達(ナザリック)の予想よりも数段以上に低いレベルだったのだ。

その王国最精鋭の彼ら(戦士達)は、自分達を抹殺できる法国の特殊部隊が平伏し、信仰を新たにするほどの存在と対面を目撃したのだ。おかげで昨夜は悪夢にうなされ眠れないものもいたようだ。

 

六大神から生と死の神を除いた四大神を信仰している彼らも、死の神スルシャーナを知らないわけではなかったのだ。

目の前で法国の信仰心厚い陽光聖典が、モモンガを死の神と認め、崇め始めた事に『この骸骨、本当に神様かもしれない』との思い込みが始まり。

自分達の信仰も間違っていたのか?と、疑い出しても仕方ないだろう。

 

彼ら戦士達が王都に戻り、国王に報告した時に何が起こるのか? それとも荒唐無稽すぎて信じてもらえないか?

ジョンには分らなかった。

分からないが、村長も討伐隊が来ると覚悟していたし、取り合えず、壁と堀は本気出して作ろうとまでは考える。

 

来たら来たで、あの程度のレベルなら一人で全部まとめて踏み潰してしまえるのだが。

 

モモンガにデミウルゴスも呼ばれていたようであるし、ノリノリのモモンガが何か考えてやってくれるだろう。

純粋戦闘系のシャルティア、コキュートスには、しばらく我慢してもらうしかない。

 

 

それにしても、とジョンは思う。

人間の領域で危険となりうるのは、法国の漆黒聖典と六大神と八欲王の残したアイテムぐらいだろう。

 

 

ニグンから得られた情報はとても有益だった。

 

人間の10倍のレベルを持つと言うビーストマン。人間を奴隷にしているミノタウロス。最強の種族ドラゴンとその王。

そして、それら直接的な危険の他、足元で増えるゴブリンを見逃すだけで数の暴力に押し負ける人間種。

 

これらの情報は今後の活動に役立つだろう。

そのニグンをより一層ナザリックに傾倒させる為に、モモンガは目の前でロンデスを復活させ、ニグンへ帰してしまった。ジョンが見たところ、真面目な苦労人のようだったので洗脳もとい説得して、現地協力員にしようと考えていたが、モモンガがより上手く使ってくれたので問題はない。

 

(漆黒聖典がどのぐらい強いのか。ネタ技にちゃんと『足元がお留守だぜ』って突っ込んでくれると良いんだけどな)

 

カルネ=ダーシュ村の外で繰り広げられた奇跡の一夜が明け、王国と法国の勢力は対照的な様子で帰路についていく。

目に見える危険が去った事で、エンリもようやく帝国陣地へ向けて出発する事が出来た。前日にサペトンが魔法で作った馬車に帝国騎士の鎧を乗せ、村長に書いてもらったスクロールを持ち、神()より賜った小鬼将軍の角笛から呼び出されたゴブリンを従え、ジョンから野営に役立ちそうな道具を幾つか渡され、涙の村人達に見送られながら出発していく。

 

エンリは帝国陣地にメッセージを伝えた後、エ・ランテルによって友人の薬師に赤いポーションの鑑定を依頼してくる予定でもある。カルネ=ダーシュ村の現状をガゼフ達しか知らない現在、エンリがいきなり反逆者として捕らえられる事は無いだろうが、ジョンは念の為、モモンガに頼み、影の悪魔を2体エンリの護衛につけてもらい、持たせたマジックアイテムも《ノーマルオーラ》で、低レベルの情報魔法に探知されないよう隠蔽しておく。

村長はエンリに神殿に移住者募集の知らせを出してもらうよう頼んでいた。ジョンの感覚ではダメなような気もするが、村の方針なので口を出さなかった。大丈夫なのだろうか?

 

 

どちらにしても、涙で見送る村人と姉妹の別れにガゼフとニグンには欠片も感じなかった罪悪感を感じてしまうジョンであった。

 

 

/*/

 

 

ガゼフとニグンとエンリを送り出し、ジョンは先ず村人達の健康状態の確認を行った。

行ったが、今回の負傷よりも寄生虫や古傷、栄養不良に骨格の歪みなどが多く(面倒になって)まとめてルプスレギナの第六位階魔法《大治癒》で一発解決する力業に出た。

《大治癒》には混乱などの状態異常回復効果もあるので、PTSDが和らげばとのジョンの慈悲深い配慮である。良いね?

 

決して、るし★ふぁーさんのゴーレムのように途中で飽きた訳ではないのです。

 

本来であれば、片付けや埋葬などが続くのであるが《チーム時王》によって昨日の内に終っているので、先ずは村人達が何をしたいのか? ジョンは何をしたいのか? カルネ村では何が出来て、何が出来ないのかを互いに確認する事にした。

 

ジョンとチーム時王が全力を出せば、一週間もあれば結構な規模で開発が出来る。伊達に毎週村を作り直していた訳ではないのだ。災害(?)復興はお手の物である。

が、せっかくの異世界、せっかくのリアル自然なのだ。

出来る限り、現地で現地の者と協力し、楽しく開拓したいとジョンは思っている。

 

だが、村人達は安心が欲しいようだった。

特に柵、出来れば街のような石壁が出来る限り早急に欲しい。それ以外はきちんと収穫が出来て、食うに困らない事だ。

別に開拓しなくても生きていけるジョンとの意識の差が、そこにはっきりと出ていた。

 

 

ところで、ジョンは開拓用に魔力系魔法詠唱者、吟遊詩人、料理人などを取っている。

 

 

その中でも生産、開拓系PC用に追加された魔法《建築作業員の手》と言う幽体の建築作業員の手を作り出すものがある。この手は大工、石工、鉱夫、土木工などの能力を有し、道具も持っていると見なされる。総合レベル毎に1組作り出す事が可能で、ジョンならば100人。サペトンなら50人分の仕事が出来る計算だ。

 

ユグドラシルではこれを使い(マ○ンクラフトのように)巨大で壮麗な城や街、庭を造る事に全力を傾ける建築系廃人も存在した。

彼らの作品は完成後、運営に召し上げられて新たなギルド拠点になったものもある。コンテストも有り、幾つもの壮麗な城や街を作り上げた伝説の職人もいたが、残念ながら、ジョンはそこまで外装を仕上げるセンスはなかった。

 

それでも、これが実装されてから毎週ダーシュ村を作り直すのが捗ったものだ。

 

チーム時王で畑を作ったりしたいが、召喚時間制限もあるし、他にも問題はある。

先ずは村人の不安の解消から手をつける事にした。《建築作業員の手》もチーム時王も使って、柵、壁の建設、家の修繕から始めよう。

 

 

取り敢えず、先ずは夜が怖いと言うので、幾つかに長さを揃えた木の棒へ《永続光》をかける事から始めよう。

 

 

/*/

 

 

いつもなら静謐との言葉が似合うモモンガの執務室は、今日はざわついていた。

応接セットのソファーにはモモンガとジョンが向き合い。モモンガの背後にはアルベドが控え、ルプスレギナはモモンガとジョンへ紅茶を用意している。

扉の側にはデスナイトが4体ほど立っているが、元々広いモモンガの執務室なら特に圧迫感を感じるようなものでもない。

 

問題は、ジョンの《建築作業員の手》で呼び出された半透明の幽体の手が数十組。同じく半透明の幽体と思しき工具をつかって、木を切り板をつくり、何かを作っているのが問題だった。

 

「ジョンさん。人の部屋で工作する事はないでしょう」

「いやー、ユグドラシルと違って工作すると木屑が出るのね。びっくりだ」

「俺は躊躇わずに人の部屋で工作を始める駄犬(お前)にびっくりだよ」

 

現実になると生産系が生き生きしてくるなーと、この惨状を眺めながらモモンガは思う。

ここにギルメンが入れば、たっち・みーやウルベルトでは戦闘特化し過ぎで出来る事が無いと困り、るし★ふぁーやホワイトブリムなどはせっせと何かを作り始めていたのでは無いかと思う。ブルー・プラネットは嬉々として北に見える山脈を登りに行き、我を忘れて自然を堪能し、音信不通になって自分達を心配させたりしそうだ。

 

ジョンは《建築作業員の手》に作業をやらせながら、自分はテーブルの上に並べた小さな水晶球に魔法をかけている。

第三位階《環境防御結界》をかけたものを20個ほど。同じく《毒ガス防御結界》をかけたものを5個ほどだ。

 

《環境防御結界》は一般フィールドでキャンプ時に使用すると回復量が増える魔法で、フレーバーテキストに『外気温-18~38℃の時、結界内部を21℃に保つ。適用温度を外れた分だけ内部の温度は変化する(外気温が-21℃なら内部18℃。41℃なら内部24℃となる)。雨、ちり、砂嵐や、虫の侵入を防ぎ、風速32m/sまで耐える』とあったものだ。一見、必須に見えるがアイテムでも代用が利くので習得しているのは、今モモンガの目の前にいるようなRPに拘った一部のPCではないだろうか。

 

《毒ガス防御結界》は結界を通過する空気を清浄化し、毒ガス魔法などによる毒、異臭、盲目化、呼吸異常などのステータス異常を防ぐ、割と地味な魔法だ。

第1~3階層に設置した毒ガスを充満させて、アンデッドを突っ込ませるようなトラップ内では有効な魔法だ。こちらも使用状況が制限されているので、余り取得しているものはいなかったように思う。

 

ジョンは魔法をかけ終ると、お盆にひいたハンカチの上に並べたそれらをモモンガへ差し出す。

 

 

「それでジョンさん。これを《永続化》させれば良いんですか?」

「お願いします」

「これは便利ではありますが、どうしてまた、村人の家全てに?」

 

 

モモンガの問いにジョンは腕を組んで、どう説明しようか考え込み。少し長くなるけれど、と前置きし、頭を掻きながら話始めた。

 

 

「古代から問題になっているんですが、人間の生活によって環境が破壊されますよね。ナザリックみたいに魔法で自己完結できない以上は、外部の自然を資源として利用しなければ……カルネ村は、冬に凍死しないよう暖を取る為にですら、木々を切り倒さなくては生きていけません。

 

俺が開拓を始め、農業生産力が上がると生活に余裕が出るでしょう。

そうして、開拓が進み。10年先、20年先には人口爆発で冬に必要とされる燃料が増加し、40~50年先には周囲の森がなくなるかもしれません。人口増加に伴う耕作地の増加と合せれば、一見都合が良いのですが、森が減れば必ず人間以外の種族と衝突します。保水力の低下、生態系の変化もあるでしょう。

 

でも、一番の理由は、リアルみたいな環境破壊を避けたいからです。

 

俺達が見ていたあの破壊されまくった世界は農業革命、産業革命から500年も経っていないんですよ、モモンガさん?

この美しい自然、世界をあんな風に破壊するのは御免です。魔法なんかで抑えられる部分は抑え、ゆくゆくは村人への教育なんかもしたいですね。早急にやっときたいのは衛生レベルを上げて死亡率を下げ、食料事情を解決し、夜を明るくし、娯楽を与え、やること無いからヤるってのをしないようにしつつ、避妊具を開発し、普及させる事です」

 

 

「ひ、避妊具?」

 

 

聞き違いか? こいつ(駄犬が)また何か言い出したぞ?

ジョンの不穏な発言にモモンガは内心で冷や汗を流し。同時に側に控える美女二人の耳がぴんと立った。

 

 

「20世紀ぐらいまでは生活環境が一気に改善すると人口爆発が起こっていたんですよ。娯楽が無いからヤりまくって、増えてしまう。特に人間は年間を通して生殖できますからね。その結果、食料増産の為に森を切り開き、環境への負荷が増え、貧富の差が拡大し、貧しさを解消する為に働き、また環境が破壊される。それが廻り廻って、22世紀ですから。人口抑制する事を最初から考えておきたいです」

 

あんな世界はごめんだと、がっくりと肩を落とすジョンだった。

だからと言って、NPC達と違って増えたら間引きすれば良いとの考えはジョンには無い。それぐらいなら死に難く増え難いようにすれば良い。

 

「モモンガさんだって、一つぐらい持ってたでしょう、ゴム? 物品作成だとゴムの塊しかつくれませんが、モモンガさんの上位物品作成なら……」

「うーん……《上位物品作成》――おお、作れた!?」

 

死の支配者(オーバーロード)は、しぶしぶと魔法を発動させる。

この世界には扱えるものがいるかどうかも怪しい高レベル魔法である《上位物品作成》により、テーブルの上、人狼と骸骨の前には、リアルの彼らに縁の無かった物品が出現していた。

 

「未だかつて、こんな事にこの魔法が使われた事があるのだろうか。……ちゃんとパッケに入ってるんだけど、モモンガさん」

「こんな事に《上位物品作成》を使わせた本人が、何を言ってやがりますか」

 

厚さが百分の一ミリ単位のゴム製品は物品作成では作れない高度な物品らしいと言うジョンに、もう《物品作成》は試したのかと、モモンガの顎がぱかっと落ちる。

ジョンは続けて、これは紀元前3000年頃はヤギやブタの盲腸、膀胱が使用され、身分や地位を示すものだったとの説もある。避妊具としては割と近代に入ってから開発されたと話を続けている。

それは面白い豆知識かもしれないが、美女(アルベド)が背後にいる状況で、その話題は空気読んで止めてくれないかな、と切に願うモモンガだった。

 

 

「……それでですね。モモンガさんが、黒曜石の家畜小屋を作ってくれた時、家畜小屋の全てがイメージできたわけではないのに必要な設備が作れていました。普通に物を作るのと違い。それが存在する事を知っていて、漠然とでもイメージできれば、クリエイト系の魔法は何処かのデーターベースにアクセスして、その物品を創造するんじゃないかと俺は思ったんですが……どうも当りっぽいですね」

 

 

やっと話が逸れそうだと、ほっとして話に乗るモモンガ。

背後で爛々と輝く金の双眸が怖いのだ。

 

「世界のデータベース。タブラさんが好きそうなアカシックレコードとか?」

「クトゥルフ神話生物もいましたし、沸騰する混沌の核に接続って線も捨てがたいかと」

 

避妊具を摘み上げ、これがアカシックレコードや沸騰する混沌の核から情報を組み上げた結果なのかと、しげしげと観察する人狼(駄犬)と骸骨。

実にシュールな光景である。ギルメンに見られたら何を言われるだろう。

 

「これパッケージ込みだし、物品作成では無理だな。中位物品作成では?」

「パッケージ無しならいけるんじゃないでしょうか? でも、パッケージ無しでは、すぐ使うしかないですね」

 

「私! 準備はいつでも……」

 

隣から聞こえてきた喜色溢れる声を華麗にスルーする二人。人狼と骸骨の対守護者統括スルースキルも大分上がってきてるようだ。

アルベドは二人の視界の外でがっくりと肩と翼を落とした。

 

「素材としては通常の物質でしかないから、《複製》で……無理か。いや、触媒に天然ゴムとアルミあたりを《物品作成》で用意すれば《複製》……出来た。これならモモンガさんに量産してもらわなくても俺とサペトンで《複製》すれば済みますね」

 

低レベルの魔法でゼロからは無理でも複製を作れないか、あれこれ試すジョン。複製に成功し、これならモモンガさんに手伝ってもらわなくても大丈夫そうだと安堵の息をついて、紅茶を飲んだ。

 

「ところでジョンさん」

「なんでしょう?」

 

 

モモンガはこれだけは駄犬(ジョン)へ言わねばなるまいと、きりっと顔を引き締めてジョンに向き直る。

 

 

「ダンジョンの最奥で、せっせと避妊具を量産する死の支配者(オーバーロード)ってどうなのよ?」

 

 

……ジョンは、そっと目を逸らした。

 

 

/*/

 

 

話も作業も一段落したところで、《中位物品作成》で創造した。この生命創造の神秘に関るアイテムをどう処分しようかと、人狼と骸骨が対処に困り会話が止まった時。

ルプスレギナが、ジョンの背中の毛を、洋服の裾をつまむように軽くつまんで引っ張りながら尋ねてきた。

 

「ジョン様、それはどうやって使うものっすか?」

「え?」

 

ジョンの視界に映るのは、その髪のように顔を真っ赤に染め、恥ずかしそうにもじもじとしているルプスレギナだ。

 

「ジョン様に教えていただきたいっすね」

 

もじもじと両手を摺り合わせ、上目遣いでこちらを見るルプスレギナは控えめに言っても可愛い。

くらっ、とジョンの頭が酒に酔ったように揺れる。

 

「……う」

「う?」

「生まれる前から好きでしたーッッ!!」

 

くるりとルプスレギナに振り返ると、ジョンはよこしまなオーラを纏ってルパンダイブを敢行する。

元よりズボンしか穿いてないので、まさしくルパンダイブである。

 

「きゃーーー♪」

「ぶへらぁ!!」

 

ルプスレギナの黄色い悲鳴とジョンの潰れるカエルのような奇声と爆音が重なる。

モモンガが最高位スタッフ(スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン)駄犬(ジョン)を火球で爆撃。

宙に舞った駄犬(ジョン)は、火球連打の対空迎撃で天井まで打ち上げられ、天井にしばらく張り付けにされた後、ずごしゃぁあぁッ! と床へ落下した。

 

 

「人の部屋でなにをする気だ! この駄犬どもがぁぁッ!!」

 

 

火球の絨毯爆撃で執務室に朱の花が狂い咲く。

 

「や、やめろ。せっかく作ったのが焼けるだろうがッ」

「モモンガ様マジぱねぇっす!」

 

上半身を起こしながら、文句を言う駄犬(ジョン)。それとセットで怒られたのに目をきらきらさせて、モモンガを見ている駄犬(ルプー)

あ、こいつ(ルプスレギナ)怒られても何で怒られたのか理解できないタイプだと、モモンガは理解した。

 

そして、その時、アルベドに電流が走った。

 

 

「お待ちなさい、ルプスレギナ」

 

 

不意に凛々しい守護者統括としての顔で告げるアルベドに、ルプスレギナは表情(かお)に疑問符を浮かべる。

 

「アルベド様?」

「その生命創造に関る神秘のアイテムの使い方は、守護者統括として、()がシモベを代表し、()()()()()()()()()()()()()()()()。ルプスレギナには後で私から説明しましょう!( ー`дー´)キリッ」

 

「え?」とモモンガ。

 

「ええー!? アルベド様。それはないっすよ!!!」

 

 

/*/

 

 

「あーそう言えばジョンさん。死体を巻き込んだ奴。死体を触媒にして召喚したデスナイトが消えないんですよねー」

 

ぎゃあぎゃあ言い合う二人を努めて視界の外に置き、話題を変えるモモンガ。指差した先には昨日召喚したデスナイト4体が消えずに残っていた。

ジョンは360度の視界を持つので、どう頑張っても視界の中に楽しそうにきゃんきゃんやり合う二人の姿が入ってしまうのだが、見えない振りをして話に乗った。

 

「ジョンさんのサポートキャラクター(チーム時王)は生物ですが、召喚した時に近くにいた姉妹(人間)を巻き込みませんでした。異形種のベースになってる狼とかの近くで召喚して見ませんか?」

 

「上手くすれば、呼び出しっぱなしに出来る、と?」

 

「恐らく」

「ちょっと、森まで(狼捕まえに)行ってくる!」

 

がたっと立ち上がったジョンを見ながら、モモンガは(俺もアルベドとルプスレギナに気づかれる前にどっかいこうかな)と、現実逃避気味に考えていた。

二人が向き合っていたテーブルの上では、先ほどの爆撃による不幸な事故で、生命創造に関る神秘のアイテムは焼失してしまっていた。

 

 

()()()()()()()()(棒読み

 

 

額の汗を拭い、爽やかな笑顔を浮かべる人狼と骸骨だった。

 

 




次回「恋する乙女は無敵です」

A.衝撃の事実でした。
【こっけいむとう】は存在しない言葉。
正しくは荒唐無稽【こうとうむけい】でした。

ずっと、【こっけいむとう】だと思ってた。orz
どこから【こっけいむとう】は出てきたんだろう?


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第19話:恋する乙女は無敵です。

お待たせしました!
今回も下ネタありです。苦手な人は注意して下さい。

2015.10.30 12:15頃誤字修正「ドブ」→「トブ」
2015.12.01 誤字修正


 

 

生命創造に関る神秘のアイテム騒動の後、トブの大森林を捜索し、ジョンは狼の群を見つけると4匹を生け捕り、サポートキャラクターの召喚実験をしていた。

結果として、エンリを送り出した翌日から、ヤーマ、コークス、マッシュ、ナーガンはモモンガのデスナイトと同様、時間無制限に顕現し続ける事が出来るようになっていた。

猫が野生でいる環境ではなかったので、残念ながらサペトンだけは時間制限有りのままだったが、50Lvのワーウルフ4人がカルネ=ダーシュ村に合流した事で作業が大きく捗るようになった。

 

ただ、村人への先の説明をすっかり忘れていたジョンは、村人から「うちの人も蘇生できませんか」と乞われ、大いに困るのだが、全ては駄犬の自業自得である。

 

 

《モ、モモンガさん! 助けて!!》

《はぁ、村人には何と説明したんですか?》

 

《えーと、確か、こんな感じ……『さっき何度も村を滅ぼされたって言ったろ? あいつらは今、実体が無い幽霊みたいなもんさ。俺の力で現世に引き止めているけど、そんな長い時間は実体を保てないんだ』……だったかな?》

 

モモンガの骸骨顔が、にっこり微笑んでいるイメージがメッセージ越しに伝わってくる。

 

《バ・カ・め》

 

《な、何でも聞くから、何でも言う事聞くから、モモンガさん。助けて!!》

《ほう? 何でも? 今、何でもと言ったか?》

《え? あ、う、うん》

 

(あれ? 俺ヤバイ事言った?)

 

取り敢えず『何でも』の内容は後で考えるとして、とモモンガは数秒考え込む。

 

《魔力系魔法詠唱者の取得リストに《使い魔召喚》がありましたよね?》

 

この人なんでwikiも無いのに魔法がすらすら出てくるんだ。

自分の取得魔法700以上を暗記してるのは知ってるけど、実はデータが公開されている魔法全種を覚えてるんじゃないだろうか?

 

《ええ、使い魔なにそれカッコイイで取りましたけど、小動物が多少強くなるだけで、使い魔が死ぬとこっちまでダメージ受けるわ、使い魔の視点が使えても自分は動けなくなるわで、AI弄るにしても何にしても、ゲームで使うなら異形種の眷属召喚とか、騎乗生物召喚、ペット召喚の方が使えましたけど……》

 

《ペットかぁ。ジョンさん、ペットガチャ回してましたね》

《俺もドラゴンが欲しかったんですぅ!》

 

マーレだって2体もドラゴン持ってるのに、俺はあれだけ回して1体とか……過去を思い出し、ジョンは精神的に膝をつく。

そんなジョンをまあまあと宥めながら、俺もボーナスぶち込んでやっと当てたレアアイテムが、目の前で1回で出された時はどうしようかと思いましたよ。と、少し遠い目をしながら、モモンガの精神も膝をつきそうになった。

しかも、やっと引き当てたアイテムは勿体無くて使えない、とか。

 

本当にユグドラシルの物欲センサーは優秀でしたね。閑話休題。

 

 

ジョンは村人達へ、チーム時王とは予め魔法の契約で生命の結びつきをつくって引き止めているので、契約の無い者はどうしようもない。契約がしたいなら、魔法を覚えて人間用に契約魔法を修正して自分で契約すると良い。但し、契約先が死ぬと自分も死ぬかもしれない。

どっちにしても、蘇生はある程度の生命力が無いと灰になるから、死ぬ前に身体を鍛えろ。死んでしまってからでは、もう遅い。死ぬ前にやるだけやって、それでも駄目な時もある。全ては生きてこそ、生きてる内に本人が頑張っておかないと助ける事も何も出来ない。

そう言った。

 

 

全ては生きてこそ、生きてる内に自分が頑張っておかないと助ける事も何も出来ない。

 

 

ジョンのその言葉が村人達の胸にすとんと落ちた。

そうだった。この方は何度となく村を滅ぼされても、群を滅ぼされても、それでも諦めず生き、泥を啜ってでも力を蓄え、何度も立ち上がってきた。

 

死んでしまった者達はもう助けられないとしても、この方は「この手を取るなら、生きる術を教えてやる。生きる力を鍛えてやる」と言って下さった。

生命力がないと蘇生も出来ないなら、子供たちはそうなれるように育ててやろう。自分達で無理ならこの方に教えを乞えば良い。魔法の契約があれば、家族が助かるかもしれないなら、子供達か、その子供達は魔法が学べるよう村を復興させよう。

 

きっと、それが、生き残った自分達に出来る事なのだ。

 

「わかりました」「カルバイン様、ありがとうございます」「生きている内に頑張ります」「どうか、子供達を宜しくお願いします」

 

ジョンの説明に何かに気がついたように、村人達は表情を輝かせ、口々に礼を言って作業に戻って行った。

村人達が納得してくれたのは良いのだが、気がついた『何か』に心当たりの無いジョンは「モモンガさん、すげー」と感心しきりだった。

モモンガはモモンガで理屈で感情を宥めようと考えていたのに、村人達の反応が想定と違う事に首を傾げていた。

 

 

/*/

 

 

村の周囲の木々を、ジョンが雑草でも抜くように引っこ抜き、ヤーマ、コークス、マッシュ、ナーガンがそれを村まで運んでいく。

 

開拓では伐採の後に抜根するが、抜根は大きな力を必要とする為、重機を使うか、重機が無い時代は火薬を使うなどしていた作業だ。

前衛職100Lvの筋力は重機を優に上回り、燃料も通常の食事で良いと、えエコとずくめだ。

 

「うちは重機いらないなッ!」

「よッ! リーダー100人力」

「おーし、どんどん抜いてくぜー」

 

((ちょろ))

 

「ん? なんか言った?」

「「いやーなんにもー」」

 

本来、木を切り出すだけではなく、埋めるための穴を掘ったり、木を運んだりと、膨大な作業力が当然必要になる筈だった。

だが、人狼達は村人達が傷心から立ち直るのを待つ事無く、1日で森を切り開き、抜根まで済ませると、サペトンの魔法で丸太を乾燥させ、ロープなどを用意し、2日目には村の周囲を囲む壁と見張り台を完成させてしまった。

 

 

/*/

 

 

「いやー、美味しくてとまらないっすね」

「そうだな」

 

ルプスレギナとジョンの手がテーブルに置かれた木の皿に伸ばされる。

そこから摘み上げられたのはポテトを薄くスライスして、油で揚げたものに塩を振りかけた食べ物だ。それが口に放り込まれ、ポリポリと音を立てる。

 

2日目の休憩時、ジョンとルプスレギナの二人がテーブルを囲むのはカルネ=ダーシュ村に建てられたアインズ・ウール・ゴウン教会の中だ。

休憩といっても、《建築作業員の手》はある程度までは遠隔自動で作業を続けるので、こうしている間も魔法で作り出された手は休まずに壁と見張り台の建築を進めている。

ジョンとしては村で皆と休憩を取りたかったのだが、ペストーニャに呼ばれて教会に戻ってきていた。

 

もっとも、この教会はモモンガが特に聖と俗をわけるとか考えないで作ったので、現実のそれと違って聖堂の左右スペースに居住区やら厨房が追加されている。

村人もジョン達も誰も気にしていない事ではあるが、日本の神社や寺に例えると本堂に居住区が含まれていると言えば、作りの歪さが分かり易いだろうか。

 

「来年は、村で取れたジャガイモで俺も作るぞ」

「……ジョン様は料理ができる方がお好みっすか?」

「出来るに越した事はないかな」

 

ゴールデン芋のスライス揚げを、もっしゃもっしゃと食べながら、ジョンはルプスレギナへ返答する。

美味そうに食べるジョンを見ながら、ルプスレギナは思う。

この料理を持ってきたのはメイド長のペストーニャだ。恐らく、手ずから作って至高の御方であるジョンに届けに来たのだろう。

 

自分達プレアデスは、ペストーニャや他のホムンクルスのメイド達とは異なり、家事のスキルは一切持たない代わりに侵入者が第9階層まで突破してきた際、セバスの指揮の下で戦い『至高の御方の盾となって散る』為に創造されていた。だから、これまでは家事能力が無い事を残念に思う事はなかった。

 

だが、こうしてペストーニャが作った料理を美味しそうに食べているジョンの姿を見ていると、以前のように胸に正体不明の痛みが走った。

 

 

自分も頑張って何か作ればジョンは――美味しい、と笑顔になってくれるだろうか?

 

 

もし、それが出来れば、なんと素晴らしい事なのだろう。

来年はカルネ=ダーシュ村で収穫した芋でスライス揚げを作りたいとジョンは言っている。もしも、来年までにスキルを身につける事が出来たのなら、カルネ=ダーシュ村に限れば、ジョンと共に料理を作り、共に食べる事も出来るのだろうか?

 

 

ルプスレギナは自分の知識と想像力を総動員して、その状況を想像してみる。

 

 

こんな感じだろうか?

 

収穫の時期を迎えたカルネ=ダーシュ村。その教会の厨房でジョンが鼻歌を歌いながら、料理をしていた。

熱々に熱せられたフライパンの上では挽肉と玉葱とパン粉で捏ね上げたもの――ハンバーグがじゅうじゅうと音を立て、香ばしい匂いを放っている。

火が芯まで通っているか串を刺して確認し、ジョンは声を掛ける。

 

「ルプー、ソースは出来てるか?」

「はい! もちろんです。ジョン様!」

 

その言葉に答え、フライパンを持って、足取りも軽く近寄ってくるのは太陽のように明るい笑みを浮かべたルプスレギナ(自分の姿)だ。

 

「良おしッ! それじゃ、後はこれを盛り付けて」

 

皿に取り分けられたハンバーグの上に、ルプスレギナの作ったソースがかけられていく。

そこに揚げた芋。皮付きナチュラルカットを添えて出来上がりだ。

 

皿も芋も、この1年でカルネ=ダーシュ村で自分達で作ったものだ。そう思って見れば、料理長の使う最高級のものとは比べ物にならない粗末なものでも、至高の輝きを放っているように思えてくるから不思議だ。

 

「ルプーの作るソースは、いつも美味いな」

「ありがとうございます、ジョン様。――って、摘み食いはズルイっすよ。ん~!おいし~!」

 

添え物の揚げた芋にソースを絡め、摘み食いをするジョンを見咎め、ルプスレギナも負けじと芋を一つ摘んで口に放り込む。

同じ芋でもジョンと共同作業するだけで、どうしてこんなにも美味しくなるのだろうか。思わず片手で口元を押さえてぱたぱたしてしまう。

 

「……ルプーも美味しそうだな」

「え? ジョン様――はい、お召し上がりになりますか」

 

ルプスレギナは上気した顔でジョンを見上げ……

 

…………

 

……

 

 

「…ー……プー……。どうした、ルプー?」

「はっ!? も、申し訳ありません!! ジョン様、至高の御身になんと言う不敬を。この命で謝罪を!!」

「やめい!!!」

 

なんでそんな大事になるんだよ!? えーっと、こんな時、モモンガさんはどうしてたっけ?

 

「――あー、誰にでもミスはある。まして、この場では気の置けない態度で俺に接しろと命令している。不敬にはあたらない。ルプスレギナ・ベータ、お前の全てを俺は許そう」

「ありがとうございます! このような失敗、二度と繰り返さないようにいたします!!」

 

己の成した失敗に対し、命を以て謝罪したいと言う真摯なルプスレギナの姿。これをモモンガが見れば、俺が叱った時と随分態度が違うなこの駄犬(ルプスレギナ)。と、こめかみを揉んだ事だろう。

対してジョンは、なんで一寸ぼーっとしただけで、命を以て謝罪する話になるんだと冷や汗を流していた。

 

 

……ペストーニャは、ジョンとルプスレギナを応援するつもりで料理長にゴールデン芋のスライス揚げを用意させ、差し入れに来ただけであったのだが。

 

 

/*/

 

 

3日目からは残った丸太を割り、板材をマッシュ、ナーガン。コークスが作り出す。

ジョンは《建築作業員の手》を使い、ヤーマの指示の元、生き残った村人達の家をリフォームし始める。

 

先ず、一部の家に併設されていた家畜小屋は解体する。

面倒を見る男手が減りすぎているので、事前の村人達との打ち合わせに従い、大型の家畜小屋を作って一箇所にまとめて面倒を見るようにしてしまう。

 

村人の家は基本的に居間と寝室しかなく、かまどを兼ねる暖炉の排煙も不十分であった。

その為に煤だらけの屋内は先にサペトンが魔法で煤を取り除いて歩き、ジョンとヤーマで室内に基礎を作って土間の室内を板張りの床にしてしまう。湿気を避けるなどの理由は後からつけられるが、一番の理由はジョンが(自分が住むのでもないが)家の中では靴を脱げるようにしたいとの拘りからだ。

 

天井高が不足気味になるなどの問題もあるが、取り敢えずはこれで生活環境を改善し、追々、村の建物も全てスクラップ&ビルドしてしまうつもりだった。

排煙が不十分で屋内を煤だらけにしていたかまどを兼ねる暖炉も改造し、煙突を追加する。ちなみに地球で煙突がヨーロッパの農村で普及したのは16世紀以降らしい。

 

最初の一軒はジョンとヤーマで作業を行うが、残りの家屋はヤーマに監督されながら作業するジョンが《建築作業員の手》で同時に作業をしてしまう。

20軒に満たない家のリフォームに、サペトンの《建築作業員の手》も含めると156人の作業員がいる計算になる。

 

おかげで、朝、畑に出て行った村人達が一日の作業を終えて帰ってくる頃には村中のリフォームが終わっている。そんな、ありえない速度で作業は進んでいった。

 

 

リフォームの最後に、モモンガの部屋でつくった細長い逆三角形の器具を天井に取り付け、《永続光》を付与した細長い棒を取り付けると。

なんと言う事でしょう! 蛍光灯ちっくな魔法照明器具が天井に現れました!!

これはアイディアだけはユグドラシル時代からあったが、美しくないという理由でナザリック内には設置されていない。

 

 

(るし★ふぁーさん達みたいに、かっこいいデザインに出来なかったんだよなー)

 

 

当時を思い出し、ジョンは凹む。

ユグドラシルのダーシュ村では必要ない器具だったが、魔法を使えない村人達には夜を明るくする器具は必要だろう。

 

家ごとにきちんとしたトイレも無かったので、おまるを置く小部屋も追加し、家の中心にはモモンガに《永続化》を掛けてもらった《環境防御結界》を付与した水晶球を埋め込む。

これさえあれば、極端な話。家の壁も天井も無くても用は足りる。流石に壁も天井も無いのは落ち着かないが。

ついでに作りの悪い椅子やテーブルなども、分解して作り直し、ガタを取っておく。

家の窓にはガラスなど嵌っていない。ただの枠のついた四角い穴だが、《環境防御結界》を組み込まれた家であれば結界の効果で虫が入ってくる心配は無い。一応、鎧戸はついている。

 

ナザリックと比べれば、比べる必要も無い質素で粗末な家だが、この世界の基準で行けばどうだろう?

 

都市の住人よりも遥かに清潔で快適な生活が出来るのではないかと、ジョンはリフォームに感激している村人を見ながら満足を覚えていた。

 

ただ、おまるからは意外と臭いが漏れるので、後でおまるに《フィルター》をかけて回らねばなるまい。

夜の村、家々を回り、おまるに《永続化》をかけて歩く死の支配者(オーバーロード)を想像し、流石に止めてやった方が良いかなとジョンは考えたが、だからと言って大量のおまるを抱えてナザリックに入るのもなーと、鼻を鳴らして悩んだ。

 

 

/*/

 

 

3日目の昼間、ルプスレギナがアルベドの元を訪ねた時、アルベドは引越しの真っ最中だった。

 

守護者統括でありながら、今まで私室が与えられていなかったアルベドであったが、それに気づいたモモンガがジョンに詰め寄ったところ「モモンガさんの嫁の部屋はモモンガさんの部屋。モモンガさんの寝室はアルベドの寝室。残念ですが、賛成37です。多数決によりギルマスの反対は認められません。……火球は八つ当たりだからな」と、スタッフを持ち上げたモモンガへ、腕を×に交差させながら答え、アルベドを狂喜させた。

 

アルベドの為にとギルメンが持ち寄っていた衣装だけは、予備部屋のドレスルームに仕舞ってあったので、それをプレアデスと一般メイド達が手分けしてモモンガのドレスルームへ移動させ、この(モモンガ)部屋に女主人として君臨する事になったアルベドが(モモンガの許可を取り)、雑多なモモンガのドレスルームを嬉々として整理しながら自身の衣装を並べていく。

 

ギルメンがアルベドに用意していた衣装も多岐に亘った。

 

何時もの白いドレスだけでも色違いに、デザイン違いがあった。

ホワイトブリム製作のメイド服各種も揃っており、アルベドが首を傾げながら整理していると、その中からホワイトブリム渾身のウェディングドレスが現れ、至高の御方からの贈り物に、アルベドは思わずドレスを抱え、膝から崩れ落ちて歓喜の涙を流した。

 

他にはペロロンチーノからと思しきスク水には、ひらがなで「あるべど」とゼッケンがあり、バニーなどの各種コスプレ衣装もあれば、普通にエプロンもあり、更には武器防具、アクセサリーまでおよそ考えられる一揃えが揃っていた。

 

これら至高の御方々がアルベドの為に用意していた(アルベドは至高の御方々からのモモンガへの嫁入り道具と認識した)衣装などは多岐に亘ったが、恐るべき事に階層守護者には、このアルベドを上回る衣装持ちが数名存在していた。

 

 

シャルティア、アウラ、マーレである。

 

 

アウラとマーレは2人で共用しているので、単独での衣装持ちはシャルティアがぶっちぎりでトップだ。

シャルティアはウェディングドレスだけでも白にカラードレス。ミニにロング。Aラインからプリンセスラインと30着は下らない数を保有している。その他、初心者向けスク水から始まる見○き装備も万全だ。流石はペロロンチーノ。

 

 

その引越しも一段落つき、アルベドに与えられた客用寝室のテーブルを囲んで、しばしおしゃべりに興じる。アルベドとプレアデアス達。

 

「「「「「「アルベド様、引越しおめでとうございます」」」」」」

「ありがとう」

 

いつに無く甘い声で礼を言うアルベドの微笑みは、常に浮かべるものよりも、柔らかく優しいものだった。

 

そのままお茶の話題は、モモンガのドレスルームを整理する際に発見してしまった死蔵されていた女性ものの服から、モモンガ様って女性経験豊富なんじゃない的な話となり、アルベドが『元カノなんて出てきたら殺す』とかなんとか言い出し、物騒な話になっていく。

 

モモンガが聞けば、精神作用無効を毎秒発動させながら、頭を抱え、パンドラの時よりも酷く悶える事は間違い無い。

 

だが、死の支配者(オーバーロード)の心の平穏の為にも、ガールズトークはその辺りにしてはくれないだろうかと懇願する者もおらず、紅茶の香りが漂う中、楽しげな女性の笑い声が部屋に響いていた。

そして、更なる衝撃が彼女達を襲った。

 

 

「ア、アルベド様、ジョン様は番に家事能力をお求めになるでしょうか?」

 

 

恥ずかしそうにもじもじと切り出すルプスレギナの姿に、妹達は「誰だこいつ!?」と驚愕の視線を――シズですら――向けてしまう。

ただ、アルベドだけが動じる事無く豊かな胸を張ってルプスレギナへ答えた。

 

「私はモモンガ様の嫁として相応しいように至高の御方々に創造されたけれど。その私が家事全般プロ級としての能力を与えられている事から考えると、至高の御方々は家事全般に長けている事を望まれているのではないかしら」

「料理はどうっすか?」

 

アルベドはルプスレギナの問いに小首を傾げ、ユリへ目線で確認して続ける。

 

「料理は専用のスキルが必要ね。プレアデスではユリ・アルファだけが取得していたかしら。どうしたの?」

「ジョン様と……ジョン様に、私、自分で作った料理を食べていただきたいです!」

 

常に無く緊張しているのか、ユリに良く注意される蓮っ葉で明るい口調すらも鳴りを潜めたルプスレギナに、姉妹達は息を呑んだ。

 

料理には一時的な能力向上等のボーナスがあるので、家事関係では唯一料理は専用のスキルを必要としていた。

逆に言えば裁縫、日曜大工など、能力のある装備を作成しないのであれば、スキルが無くてもNPC達はそうあれと設定されているだけで作成する事ができていた。これはスキルを必要としないクリエイトツールによる外装変更によるところも関係しているのだろうか。

 

膝に手を置き、俯いたルプスレギナへ、アルベドは静かに問う。

 

 

「ルプスレギナ。それは……至高の御方が定められていない事を行いたいという事なのかしら?」

 

 

「ふ、不敬かもしれないですけど、私も、私が作った料理をジョン様に美味しいと食べていただきたいのです」

「「「ルプー!?」」」

 

妹達はルプスレギナのセリフに仰天し、ユリはルプスレギナに他意は無いのだとアルベドへ訴える。

ある意味、阿鼻叫喚となったお茶会の場をアルベドは手で制する。そして、静かに、天使のように慈悲深い微笑をルプスレギナへ向けた。

 

 

「――いえ、ルプスレギナ。愛する御方に手料理を食べていただきたいと思わない女などいないでしょう」

 

 

「あ、愛する…」

 

単語の意味に思い至り、あうあうと顔を朱に染めるルプスレギナ。その姿を微笑ましく思いながら、アルベドは出来る限り、静かに、優しく言葉を紡ぎ続ける。

自分がこれほど優しく手を差し伸べられるなど、ほんの数日前までは思いもしなかった。

 

ナザリック地下大墳墓の支配者たるモモンガの孤独が、悲しみが、ナザリックを覆い尽くし、自分達もいつか置いていかれると不安を抱え、不安を覆い隠す為に、捨てられない為に、微笑みを浮かべていた。

 

その自分が、同じ仲間(NPC)の為に微笑む事が出来る。

不安、不信を覆い隠すのではなく、不安を吹き飛ばして下さった。あの至高の御方のように笑えていれば良いと願いながら、アルベドは微笑む。

 

 

「ルプスレギナ・ベータ。貴女にカルネ=ダーシュ村の教会の厨房を使う許可を与えましょう。そちらで使うのに必要な食材も、ナザリックの厨房から持ち出す許可も併せて与えます。セバスとペストーニャには伝えておきましょう。モモンガ様の許可も私が頂いておきます」

 

「アルベド様…」

 

迷い子のように弱々しく顔を上げたルプスレギナへ、アルベドは安心させるよう一つ頷いて見せた。

 

「至高の御方々は困難、不可能へ挑み、その事如くを粉砕し、ナザリックの威を世界に示してきました。その至高の御方々に創造された私達が、スキルが無い。たったそれだけで愛する方への奉仕を諦めるなど、どうして出来ましょう。

 

まして、ルプスレギナ・ベータ。

 

貴女の愛するジョン・カルバイン様は至高の御方々の誇りを背負い、私達を守る為に幾度死すとも、力及ばずとも、望んでいたぞと笑って戦いに赴ける御方。

頑張りなさい、ルプスレギナ。至高の御方を愛する女として、私は貴女を応援します」

 

 

至高の御方が、愛するモモンガの心を、自分達を守ってくれたように、今日からは私も仲間達を、モモンガを守ろう。

 

(近くで、遠くで、ずっとモモンガ様を含むナザリック全てを守って下さった御方の望まれる女が、限界の一つも超えられないなどあってはならない。いえ、きっと、カルバイン様は、それすらもお考えの上で……)

 

「アルベド様」

「何かしら、ユリ?」

 

何処か固い調子のユリの声にアルベドは首を傾げる。

ユリは緊張に一つ息を呑み、守護者統括へ至高の御方の深遠なる計画を打ち明ける。

 

「カルバイン様はルプーを光源氏計画に……。ぶくぶく茶釜様が『幼子を自分好みに育て上げる光源氏計画は、千年を超えて受け継がれる至高の伝統』と仰られた光源氏計画の対象にしております。私達は至高の御方に失礼が無いよう見守るべきでは?」

 

ジョンが自分の好みにルプスレギナを育ててあげているなら、余計な干渉は不敬にあたるのでは無いかとユリは恐れたのだ。

だが、そんなユリへ、アルベドは笑って言葉を返した。

 

「いいえ、ユリ。カルバイン様はそこまでお考えの上で、ルプスレギナにスキルを与えなかったのよ」

 

「ど、どう言う事ですか?」

「つまり、カルバイン様は『自分に相応しい女ならば、定められた役割、決められた能力を打ち破り、限界を超えて自分の元まで来い』と仰っているのよ」

 

 

この世界線においては、モモンガがNPC達の成長の可能性を模索する前に、NPC(彼女)達は自らの意志で持って定められた能力。決められた性能を超えようと挑戦を開始していた。彼女達の挑戦がどうなるか。

 

それにはこう答えるべきであろう。『恋する乙女は無敵です』と。

 

 

「ああ、そうだ。ルプスレギナ。至高の御方々には新妻が言うべき三択があるそうよ」

「に、新妻っすか!?」

 

 

/*/

 

 

4日目、ヤーマ達は村の広場に面して、家人がいなくなってしまった家を何軒か解体し、大き目の家を作る。

水不足を補う為、補助的に《無限の水差し》を配置したそこは村人達の共同浴場。過去において共同浴場が男女混浴だった時代もあるが、ジョンにとって共同浴場とは男女別のものであるから、当然ここも男女別になっている。

 

風呂に必須の石鹸であるが、村人達の匂いが割合薄いと思っていたが、村人等は石鹸を自分達で作れるようだった。

もっとも、石鹸といっても灰汁と獣脂から作られたものであり、石鹸を作りたい時に獣脂(牛や狩りの獲物)が手に入らない時は、灰汁の水で洗濯物を直接洗うなどしていたようだ。

城塞都市まで行けば、錬金術師が固形の良い香りのする石鹸を作って販売したりしているそうだが、高級品で農村では普通は手に入らない。

 

この村は薬師や錬金術師が使う薬草の群生地に近く、昔から村人が薬草を採取して都市まで売りに行ったり、薬師が採取に来たりしているので、馴染みの薬師(エンリの友人)が安く石鹸を分けてくれる事もあるらしい。

 

そう言った石鹸であれば環境負荷は低い筈だが、ジョンは村長に石鹸を使う洗濯などは、これまでの場所を止め、ここで行ってくれるよう頼む。

風呂屋の排水は一旦、地中に埋めたタンクに溜め、魔法で処理してから柵の外に作った溜池に流れるようにしてあった。

 

石鹸も魔法で作る事は可能だが、どうせなら菜種を探してきて村の周囲に植えて、油を絞ったりするのも良いかもしれない。

 

それが終わると、ジョンとサペトンは村の外れに幾つか穴を掘り、素焼きの大きな瓶(サペトンの中位物品作成により創造)を埋め込み、つっかえ棒で支えるフタをつける。

近くには水瓶と柄杓を用意し、《フィルター》をかけた水晶球を埋め込むと、村人達にこれからはおまるの中身をここに捨てるように教えた。

 

おまるの中身を地中の瓶へ捨てたら、おまるを洗った水で地中瓶へ捨てた屎尿を水で薄め、地中瓶が一杯になったら次の瓶に捨てさせる。

 

これは屎尿処理施設。所謂、肥溜めだった。

肥料を確保する目的もあるが、屎尿を有効活用する事で衛生レベルを高める事も重要な目的だった。

 

中世において、日本の江戸が人口百万都市であっても、ヨーロッパのように疫病に悩まされなかったのは屎尿の有効活用による都市の衛生レベルの高さがあったからだ。

実際に異世界開拓などする機会があれば、屎尿処理は最初にやっておきたいと常々ジョンは思っていた。

 

(ただ、実際にやると発酵した時に酷い臭いがするって話だったからなー)

 

屎尿は水で薄めながら、十分に発酵させないと発酵熱で寄生虫のタマゴが死滅しない。また、未発酵では窒素飢餓によって作物が根腐れなどを起こす等の問題があったが、何よりも最大の問題は人糞という汚物を使う事に対する村人達の理解と発酵させる際に発生する公害レベルの臭い対策であった。

 

村人達の理解。これは《チーム時王》の活動による信頼が、彼らの常識を捻じ伏せてくれていた。

 

発酵させた際の臭いは、毒ガス攻撃などを防御する為の低レベル魔法《フィルター》で肥溜めを囲む事で解決させる。

呼吸困難を引き起こす異臭ガス、致死性ガスを無毒化する魔法《フィルター》であれば、肥溜めの臭いを無効化するなど造作も無いだろう。

 

 

ジョンは異世界開拓をしようと思ってから、ずっと肥溜めの匂いの解決方法を考えていたらしい。

 

 

その為かどうかは分からないが、舟屋ではなく風呂屋の二階に用意したチーム時王の居住スペースに床板を張っていたジョンは床を張り終え、達成感に浸っているところで怒られる事となった。

 

「ちょッッッ!? リーダー階段は!?」

「あーー! ここ階段つけるって言ったろッ!?」

 

階下から聞こえる。マッシュ、ヤーマの声に綺麗に床が張られた二階を見回した。

 

「え?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……良しッ! 窓から出入しようぜ!! 秘密基地みたいでカッコイイじゃないか!!!」

 

「ふざけんなッ! なんで自分ちで窓から出入するんだ。不審者じゃねぇかッ!!」

「村の人が呼びに来た時、どうするんだよ!?」

 

誤魔化しは失敗のようだった。

諦めて穴を開けよう。階段は何処だったかなと二階をうろうろし始めると、今度は。

 

「リーダー! 今、道具持って行くからな!! 何もするなよ!!!」

「間違っても手で開けるなよッ!!」

 

「なんでだッ! 床ぐらい俺の手 刀(エクスカリバー)でッ!!」

 

 

「「建物ごと吹き飛ぶから止めろッ!!!」」

 

 

怒られてしまった。

お約束で吹き飛ばそうとしたのが、なんでわかったんだ……。

 

結局、ヤーマとマッシュが階段をつけました。

 

「見てくれよ。このリーダーのドジった跡」

「……かなり、まな板です」

 

 




なぜか、恋バナで千尋の谷に突き落とし~にナザリック。
次回「むぎむぎ様で世界がピンチ」

―――コピペ用、感想にお使い下さい―――

「糞がぁぁあああぁッ!! 糞、糞!!」



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第20話:むぎむぎ様で世界がピンチ。

作中の情景描写におきまして『エントマは俺の嫁 ~異論は認めぬ~』雄愚衛門様より御許可を頂いております。
この場を借りてお礼申し上げます。ちょっとパラレル入ってます。

モモンガ「駄犬は開拓楽しそうで良いなー」(執務室でお仕事中)

2015.12.01 誤字修正


 

 

完成したばかりの風呂屋の二階では、囲炉裏を囲んで5人のワーウルフ達《チーム時王》と村長が、これからの開拓について話し合っていた。

 

今、村で使われている農地は連作障害を避ける為、1年毎に交互に耕作地を使っている。

休耕地にはクローバー等の牧草を植えて家畜の餌にしているが、この家畜は農作業用であり食料にするものではない。食用の家畜を育てるには現状の農業生産力が脆弱であった。

 

チーム時王としては食料増産の為に、森を切り開いた分とあわせて四輪農法にしたいのだが、これはこれで長期的に見ると問題があるとジョンは言う。

 

「でも、リーダーは何をそんなに嫌がってんだ?」

「四輪農法して生産増やさないと村人が自立できないだろ?」

「うーん、土地を囲い込んで管理しないといけないから、長期的には村人が皆、小作人とかになってしまうだろ。それが嫌」

 

ジョンが、マッシュとナーガンに四輪農法による問題点として、地主と小作人が固定化される事が嫌と答えると、メンバー達は「ああ」と納得した顔をするが、「でもさぁ」と続ける。

 

「村長に聞いたけど、皆で協力して農作業してるようだから、あんまり気にする事無いじゃない?」

「10年後20年後にそれぞれ自作できるように開拓を進めるとか、子供達を教育するとかしかないんじゃないか?」

「村人40人ちょっとしかいなくて、半分が子供で男手が10人いないだから、もう詰んでるぜ」

 

 

「……分かってはいるんだけど、はぁ……やるしかないよなぁ」

 

ヤーマ、コークス達からも、今はそれでもやるしかないと言われ、渋々ジョンも頷く。

四輪農法によって、経営者と労働者という自分が苦しめられた経済構造が出来上がるのが、ジョンは嫌だった。それは感情的な問題であり、特に先の事を考えてのものではなく、感情を優先しても良い事は無いぞとサポートキャラクター達に指摘され、理性では分かっていたのでジョンは頷いたのだった。

 

サポートキャラクター達と数日過ごして分かった事がある。

 

彼等は拠点NPC達と違って直接PCに紐付けされている為か、拠点NPC達よりも距離感が近く、自分が躊躇ってる迷いも的確についてくるし、言い難い事も言ってくる。また設定していない点も、自分からイメージを読み取っているのか自分を経由してモデルの影響を受けているように見えた。

 

 

結局、カルネ=ダーシュ村はもう詰んでるので、四輪農法でもなんでもやらなあかんと言う結論に達し、今度は隣村では作られていたが、カルネ村では作られてなかった作物について、彼等は村長に聞く事にする。

 

 

「村長、ジャガイモは作ってないの?」

「何年か作ると収穫が極端に悪くなってしまい、休耕してもダメだったので、私が生まれる前には作るのを止めたと聞いています。隣村は戦争で男手が取られるようになった数年前から、種芋をエ・ランテルから買って植えつけましたが、昨年から収穫量が極端に落ちたと隣村の長が言っていました」

 

村長の言葉に《チーム時王》は顔を見合わせ、ジョンが呟くように言葉を漏らす。

 

 

「……ジャガイモシストセンチュウだ」

 

 

ジョンの言葉にマッシュとナーガンがそんな筈はないだろうと疑問の声を上げる。

 

「この世界にプレイヤーが持ち込んだゴールデン芋なら、ジャガイモシストセンチュウはいない筈だろ?」

「近縁種がいて、平行進化したとか?」

 

ジャガイモシストセンチュウとは、簡単に言うとジャガイモの根に寄生し、瘤をつくる虫だ。

発症までに数年を擁するが、一旦、虫が高密度に生息するようになると栄養不良から収穫が6割も落ち、更に卵は土中で10年以上も生存し、農薬も効き辛い。

挙句、根絶には30年以上かかると言う。どこぞのギルメンのように性質の悪い虫だ。

 

元々この世界にジャガイモがなく、異世界からゲーム経由で持ち込まれたならば、存在しない筈の虫である。

 

 

「だとすれば、自然は面白いなぁ。昆虫採集したがってたアバさんが、この場にいたら畑を掘り返して寄生虫を探しただろうな。一緒に来てたら、蜂とか使って受粉も手伝って貰えたろうに……」

 

 

ジョンは身体を壊し、ゲームが出来なくなってしまったギルメンを懐かしく思い出す。最後に会った時は入院すると言っていたが、無事に退院できたのだろうか?

あの緑色の外装はカッコ良かった。

 

余りにもライダーっぽかったので、拝み倒してダーシュ村でヒーローショーをやったのも良い思い出だ。

 

あの時の動画に釣られ、ニチアサヒーロータイム好きが集まり出したお陰で、ダーシュ村攻防戦がDQNによる一方的なものから、攻め手も守り手も楽しめる。【さよなら、僕らのダーシュ村】へ続く流れに変わってくれた。

 

在りし日のギルメンを思い出し、ジョンは笑う。

本当に、自分達は今一人でも、決して孤独では無い。

 

 

アインズ・ウール・ゴウンの仲間達がいて、ダーシュ村の仲間達がいて、その思い出が自分を支えてくれるから、自分はモモンガさんを支えられる。

 

 

虫好きが過ぎて、源次郎さんに会う度に「お義父さん、エントマちゃんを僕に下さい!!」「お前に義父さんと呼ばれる筋合いは無いッ!!」から始まるPvPを幾度となく繰り返していたアバ・ドンさん。

虫愛の彼は人間形態なんて無かったので、変身ポーズからの形態変形をやって貰えなかったけれど。

 

あのPvPは見ていて本当に羨ましかった。

当時、シャイな自分は「お義父さん、ルプスレギナを僕に下さい!!」とは言えなかった。

あれはぜひともやっておくべきだった。

 

 

本当に残念だ。

 

 

彼となら、またヒーローショーも出来ただろう――その時は是非とも自分が悪役で、また、やり(弄り)たかったのに。

 

 

「リーダー、どうしたの?」

「……いや、蟲 王(ムシキング)なアバ・ドンさんがいたら、知恵を借りられたのになって、考えてた」

 

ジョンは、訝しげなヤーマの声になんでも無いと首を振って答える。

 

「正攻法だと転作して、長期間……10年以上は間をあけるぐらいしか対策が無いよね」

「あとは誰かに殺虫魔法の開発させるとか?」

「一応、42℃以上の環境なら24時間で死滅する筈だけど……」

「畑全部を42℃で24時間とか無理っしょ」

 

マッシュとナーガンが話し合い。そうだよなーと肩を落とす。ジョンは先ず出来る範囲からやろうとメンバーと村長へ向けて口を開く。

 

「出来る範囲だと、カブの苗なり種なりを手に入れて、転作ローテーションのジャガイモの間隔を出来るだけ大きく取れるようにするぐらいだな。……村長、このあたりでは作物を手に入れたい時、どうしてました?」

 

「近隣の村と交換か、エ・ランテルまで買い付けに行っていました。」

 

村長の答えに「どっかで出稼ぎは必要か……」とジョンは腕組みをする。

モモンガがユグドラシル金貨を使いたがらないのもあるが、当座の復興には仕方ないにしても、開拓は出来るだけ現地のものでやって行きたい。

村長とジョンが話している脇では、マッシュとナーガンが明日は休耕地を耕す算段していた。

 

 

「後は最初の肥溜めの発酵が済んだら、畑にすき込んで冬麦を植える準備をしようぜ」

「いや、その前に畑の土が硬過ぎるから休耕地は一回、重機(リーダー)を使って深く耕そう」

 

 

重機ってのは俺の事だよなーと思いながら、ジョンは村長に持ってこさせた種籾をヤーマと手分けして調べながら、脳裏に村の麦畑の様子を思い出す。

畑の様子と種籾の状態からすると、大体のところは想像通りのようだった。

 

「ラール麦ってライ麦に見えるんだけど、これ小麦と混ざってるよな? 畑も種籾も、どっちも混ざってる。わざとじゃないようだけど、これのお陰で不作の時とか全滅を免れたんだろうな。でも、今年の冬蒔きからは出来るだけ、ライ麦、小麦になるよう……選別するか」

「冬も麦が作れるのですか!?」

「え? 村長、作ってなかったの?」

 

驚く村長に対して、気候的に十分、冬蒔きいける筈だけど、と首を傾げる。

種類が違うのかな? まぁ、それなら自分の種籾から何か出すよ、と村長へ答えながら、ジョンはこれから行う種籾の地味で面倒な分別作業を思いうんざりした。

思わずヤーマ達もうんざりした声をあげてしまう。

 

「うへぇ」

「……今こそ使えよ、《建築作業員の手》」

 

ナーガンの恨みがましい声に、ジョンはがっくりと肩を落とした。

 

「農作業員の手じゃないからなぁ。無理してでもワールドアイテムをゲットして運営にお願いしときゃ良かったよ」

 

 

/*/

 

 

「リーダーが畑借りて試してたケレースの小麦は?」

 

ヤーマの問いに、ジョンは先ほど見てきた畑の様子を思い出しながら、頭を掻いて答える。

 

「昨日撒いたのが、もう花咲いた。ただ土地の痩せようが酷い。そのままではダメだ。――はい、これ。筆と小瓶な」

「うえ――マジかッ!?」

 

試しに異世界に蒔いたケレースの小麦。数日で収穫できそうだが、土地がその数日で一年分以上疲弊していく。

作物における神器級(ゴッズ)だが、それだけに草原が砂漠になりそうな勢いで栄養を吸収してしまう。

ナザリック第六階層のような閉鎖空間で、ドルイドであるマーレが地力の回復まで行う環境なら問題ないが、外部での栽培は危険すぎるとジョンは判断した。

 

 

これを敵対勢力にばら撒くと、それだけで数年待たずに土地が砂漠化するんじゃないだろうか。

バイオテロは勝手に繁殖されると手に負えなくなるので、やるつもりは無いが。

一応、花粉が飛び散らないよう《フィルター》で囲って虫除けも設置したが、しばらく周辺を注意して見ないとダメだろう。

 

 

数日で収穫できて、収穫倍率180倍なんて化物麦が勝手に繁殖し出したら世界が終る。

 

 

それでも21世紀初頭の日本の米は収穫倍率140~150倍あったと言うのだから驚きだ。

同じ時代に麦は、日本で50倍。米の国で25倍前後だったようなので、運営は神器級なのだからと、現実より収穫倍率を高く設定したのではないかとジョンは思っている。

 

麦と米では元々の収穫量が違うので、そこで比べて張り合うのはどうかと思うのだが、ゲームを余りリアルにされても困るし、ゲーム内で収穫までリアル3ヶ月~半年と言われても、もっと困る。ここは、ありがたく使わせてもらおう。

 

「花粉を取って、ラール麦と掛け合わせてダーシュ麦を作るしかないね」

「まあ、収穫倍率3~5倍じゃーねぇ」

 

ジョンの言葉にヤーマも仕方ないと答えながら、筆と小瓶を受け取る。

 

ラール麦1粒から収穫できる麦は3~5倍。地球における10世紀~15世紀ぐらいの収穫量らしい。

当然、それだけでは足りないので、アワやヒエなどの雑穀、オート麦も栽培されているそうだが、それだけは家畜に食わせる分が不足するので、家畜の数が(特に食肉用)増やせないでいたらしい。

 

現実では小麦の花粉でライ麦は受粉させても実がならないが、ゲーム内で壊れ性能だった女神の麦ならライ麦と交雑できる筈。

……出来ると良いな。

 

「ライコムギを作るのかぁ。上手く優良種が出来ると良いねぇ」

「神器級の小麦なんだし大丈夫だろ。寧ろ優良すぎると困る」

 

 

収穫まで数ヶ月掛かるぐらいに劣化してくれれば良いのだが。

ダメならこの面倒な作業を数回以上繰り返さないとならないだろう。

 

 

/*/

 

 

ナザリック地下大墳墓第九階層。

深紅の絨毯がしかれた絢爛豪華なモモンガの私室は、異世界転移をしてよりモモンガの執務室を兼ねるようになり、先日は絶世の美女が同居する愛の巣(アルベド談)となっていた。

モモンガはパンドラに書かせた《脳喰らい》で集めた情報の報告書に目を通しながら、ちらりと横目で傍らに控えるアルベドの様子を窺う。

 

今日もアルベドは優しげな微笑を浮かべている。

 

ゲーム時代の微笑みよりも温かみのある微笑みに感じるのは自分の気のせいだろうか。

仲間達にそのように設定されたとは言え、そ れ(誕生秘話)を知り、涙まで流して喜ぶアルベドの姿に思うところがなかったわけではない。

 

だが、これほどの美女に心底愛されるほど、自分は立派な人間なのだろうか、とも思う。

たっち・みーのような。リア充なギルメンのように、人間として立派になれば、気後れする事も無く。NPC達の想いに自分は応えられるようになるのだろうか?

低い自己評価を終え、視線をそっとアルベドから報告書へ戻す。

溜息をつくような動作で報告書をめくったモモンガを、アルベドはどう受け取ったのか。

 

「モモンガ様? ……どうぞ! お好きになさって下さい!」

 

頬を朱に染め、豊かな双球をモモンガへ差し出した。

その絶景に、モモンガの精神作用無効が発動し、沈静化する。

 

()()()()()()()

「も、申し訳ございません!!」

 

まったく、アルベドは……と思ったところで、モモンガは気づく。

 

(俺の好みを調べて設定したって言ってたよな? 俺って一途な処女淫魔が好きと思われてたって事?……えー、うわー、うーわー)

血も肉も無くなったのに、頬がかっと熱くなるような感覚に襲われる。直に再び、精神作用効果無効が発動し、沈静化する。

 

 

確かに嫌いでは無いがと考えかけ、照れ隠しに駄犬(ジョン)は何をしているのかと慌てて遠隔視の鏡を起動させる。

 

 

鏡の向こうでは、ジョンを含む《チーム時王》と村長が、板張りの部屋で囲炉裏を囲んで何かを話し合っていた。

モモンガは声も聞こうと、もう一つ魔法を発動させる。ジョンは《大魔術師の護符》を装備していないようで、声も聞こえてくる。

 

ジョンの持つ《大魔術師の護符/アミュレット・オブ・ワ○ドナ》は、装備していれば探知系魔法を妨害し、ダンジョン内であればその階層にいる程度の精度でしか探知できなくなる。

当然、装備していれば遠隔視の鏡にも映らなくなるので、今は装備から外しているのだろう。

 

ジャガイモの話から、病気で脱落したギルメンの思い出話になっている。

あの時は病気という本人にもどうしようもない事であったのに、悲しいアイコンを連発してしまった。

悪い事をしたとモモンガは自省する。自分は彼の見舞いに行く事だって出来た筈なのだ。

 

 

(俺ももう少し、自分から動く事を覚えなければならないか)

 

 

そう思い、鏡の映像を消しつつ、アルベドへ向き直る。

 

 

「アルベドよ。お前に一つ、頼みがある……」

 

 

/*/

 

 

その日、ジョンが一人で教会の居住区に戻ると、焦げ臭い匂いが充満していた。

 

何故一人かと言えば、風呂屋が完成したのでメンバー達はそちらに住むようになったのだ。

ジョンもそうしたかったのだが、モモンガから寝る時は出来る限りナザリックに戻るか、教会で休むように懇願されていた。

ルプスレギナも教会にいるので、ジョンが戻らないと教会で一人で待ち続けるようになると言われると辛い。

 

ジョンは、ふんふんと鼻を鳴らし、臭いの元を辿る。どうやら厨房のようだ。

 

ナザリックで料理スキル持ちは料理長とユリぐらいだった筈だが? ジョンは首を傾げつつ、厨房へ脚を進める。

スキルによる探知ではルプスレギナと思しき気配しかない。焦げ臭い臭いに混じって漂う柔らかな日向のように感じる匂いも、ルプスレギナのものだ。

 

現在の彼女の役割はメイドなのかシスターなのか、良く分らないものになっていた。

 

ヘロヘロやホワイトブリムなどのメイド製作班には「お前はメイドをわかっていない」と叱られそうだが、ここ数日のルプスレギナは、朝は教会を掃除し、畑仕事に向かう村人達がアインズへお祈りしにくるのを受け入れ、その後は気ままに村の中やナザリックをうろうろ徘徊しつつ御昼寝し、ジョンが教会に戻る日暮れになると、夕食をナザリックの厨房から運んで来ると言うものだった。

 

「ルプー?」

 

厨房を覗くとこちらに背を向けたルプスレギナの姿がある。

ジョンの声に、びくりと背中を震わせた。心なしか小さく見える背に近づく。

漂う。炭特有の焦げたような匂いは、ルプスレギナの手元のフライパンのようだ。

 

後ろから覗き込むと、フライパンの中には黒焦げの塊。

 

「料理をしたのか?」

「……はい。やっぱり、スキルが無いとダメなんですね。ジョン様に……召し上がって頂きたかったのですけれど、至高の御方に『そうあれ』と定められてない事をしては……いけないのですね……」

 

普段の陽気さは影を潜め、丸っこい瞳は薄く細く尖っていた。その目尻には涙が滲み、言葉遣いすら普段と変わってしまっている。

その言葉に、ジョンはルプスレギナが設定されていない事を――自ら自発的に行った事に気がついた。

 

スキルも無く、設定でも定められていない事をNPCは実行する事が出来ないのだろう。いや、ひょっとしたら自分(PC)達も出来ないかもしれない。

確かに肉を焼くというのも、好みの焼き加減を狙うと難しくなる。しかし、単に焼くだけすら、ルプスレギナには出来なかったのか。

 

泣いているように小さく震えるルプスレギナの肩。自分(ジョン)の為に何かを行い。その失敗を悔やみ、悲しむ姿。

ジョンはその震える肩を、後ろからそっと抱きしめてしまっていた。

「ジョン様ぁ……申し…訳、ございません……」

ルプスレギナの震える手が、控えめにジョンの腕に添えられる。

 

思えばこの短い日々の中でNPC達は、定められた事を、『そうあれ』と定められた延長線上のものだけを行い、考えているように見えた。

それを思えば、それを覆し、設定されていない事を自ら行うと決めたルプスレギナの意志。

設定されていない事を行うなど、彼女(NPC)自身が想像すら出来なった筈ではないだろうか。

 

それを自らの意志で覆し、定められた限界を超えようと生き始めた彼女が堪らなく愛おしいとジョンは感じた。

 

それは、彼女を自らの好みとなるよう設定したからでもなく、人を惹きつける姿からでもなく――始まりは創造者への盲目的な忠誠だったろう。それを始まりとし、自らの目的を設定し、挑み、失敗し、悔やみ、涙を流す。本来の設定上、彼女に喜怒哀楽の哀は殆ど存在しない。子供っぽい純真さと残酷さ――虫をバラバラにして楽しむような――を持つ存在である筈だった。

ジョンの知っているルプスレギナであれば、「いやー、失敗してしまったっすよ」と、笑って終わらせる筈だったのだ。

 

 

「……ルプー、お前は凄いな」

 

 

そっとルプスレギナの涙を拭い、その赤い髪を撫でる。

気障ったらしいその行動が、自分でも驚くほど自然に出来た。

 

「うぇ?」

 

驚くルプスレギナを、もう一度、ぎゅっと抱きしめた後に腕を解き、自分に向き直らせる。

 

「俺達に創られたお前達は、『与えられた知識』を持ち、『造られた能力』を持っている。その『定められた限界』を自分で超えようってんだ。そりゃ簡単ではないさ。……だが、ルプスレギナ・ベータ。お前の選択、お前の意志を――俺は祝福しよう」

 

この変化が、何れNPC達の絶対の忠誠すら揺るがせる変化へ繋がろうとも、俺はこの子の意志を祝福しよう。

愛を知らぬ者が 本当の強さを手にすることは永遠にないだろう――だったか?

俺達を思うが故に自らの限界、制限に挑む。子供っぽい感想かもしれないが、それはなんと強い意志だろう。

 

 

――ああ、本当に。

 

 

仲間達と作り上げた。この愛するアインズ・ウール・ゴウンは素晴らしい。盲目的に愛するのでは無く、愛する為に自ら行動し始めるとは……。

彼女等を守る為にこの生命を使い切っても、アインズ・ウール・ゴウンに殺される事になっても――本当に、俺は本望だ。

 

ジョンはフライパンの中身に視線を落とした。毒無効もある。いや、無かったとしても、()()()()()()()()()()()

ジョンは、炭になった元ステーキ肉を摘み上げ、ひょいと口に放り込む。がりがりと、2、3回噛んで炭の風味が口内に広がったところで、ごくりと丸呑みにした。

 

「ジョ、ジョン様ッ!!」

 

慌てて止めに入ったルプスレギナを手で制する。

 

「ルプー。今日は一つ大切な事を教えておくぞ。

物の価値とは物にない。物を扱う者の心にこそ価値がある。宝石を贈っても意味の無い者もいる。万の敵でも恐れない者もいる。……これはルプーにとっては消炭だが、俺にとってはルプスレギナ・ベータが、俺の為に……お前達が至高の方と呼ぶジョン・カルバインに、自らの意志で始めて用意してくれたものだ。お前の気持ち――美味かったぞ」

 

そう言って、ジョンは笑ってみせた。

 

泣いた表情(かお)のまま、困ったように、けれど、嬉しそうに笑い返す。

そのルプスレギナの笑顔が、ジョンには今までのどんな表情(かお)よりも綺麗に見えた。

 

 




ルプーのドSなところも演出したい今日この頃。壊しても良い玩具ぷりーず。

恋する乙女が好きな人に料理を作る話を書いてたのに、さらっと混じる『定められた限界』を超えろ!とかバトル漫画のノリ。書いてる人が厨二病だから仕方ない。

次回、第21話:何を隠そう! 俺は特訓の達人だ!


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第20話+1:夜に散歩しないかね。

やあ (´・ω・`)
ようこそ、バーボンハウスへ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、「また」なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許して貰おうとも思っていない。

でも、この項目(+1)を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい。
そう思って、この項目(+1)を作ったんだ。

じゃあ、注文を聞こうか。



 

 

カルネ=ダーシュ村に聳える高さ30mの聖堂を持つアインズ・ウール・ゴウン教会。

死の神の御業により、一瞬で出現した教会の居住区にある部屋は、どれも同じ造りだ。どれを選んだところで変わるところは無い。

その一つ一つの部屋は、小さなホテルのシングルルームという雰囲気だった。シングルベッドに簡易の机にイス。そして隣の部屋にはユニットバス。それで一部屋という構成だ。上水、下水の処理も全てモモンガの魔法で建物だけで自己完結している。

 

今この教会の居住区は2部屋だけが使われている。一つは至高の御方であるジョン・カルバインが。ジョンは第九階層に自室を持っているが、開拓中は村で休む事を好んだ。だが、防衛力に劣る村で、しかも防御など無いも同然の風呂屋の2階で休む事など、モモンガも、NPC達も認める事は出来なかった。

彼等は、せめて休む時は、モモンガの魔法で創造された建物の中で、NPCを供に置いてほしいと願ったのだ。

 

その結果、普段は意見を違える事も多いデミウルゴスとセバスが、揃って慈悲深き御方と評するジョン・カルバインは、慈悲深くもシモベ達の意を汲み、教会で休む事を了承した。

 

教会にはセバスよりカルバイン専属を任じられ、またモモンガより教会と村を任されていた戦闘メイド・プレアデスが一人、ルプスレギナ・ベータが常駐し、ジョンが村にいる際には教会の居住区を使用し、ジョンに仕えていた。ジョンもルプスレギナも、アイテムにより睡眠飲食不要となっていたが、至高のモモンガもジョンも、シモベ達には出来る限り休みを取らせる方針であったので、ルプスレギナは夜、普通に眠る事ができた。

 

 

「ジョン様のお側にいられて、仕事も少なくて、夜はゴロゴロ! 最高っすねー」

 

 

そんな事を言いながら、髪を解いて寝る用意をしているルプスレギナ。

ナザリック基準では簡素なワンピース姿。風呂上りで乾かした長い髪を丁寧にブラッシングしている。

 

ナザリック内だけでの務めならば大して汚れもしないが、この村にいると、どうしても埃っぽくなってしまう。ジョンのように生活系魔法を習得していれば良かったのだが……否、そのような事を言っては定められた至高の御方に不敬というものだ。

 

「んーふふー♪」機嫌良く鼻歌など歌いながら、ナザリックで飼育されている魔法の豚(食用)の毛から作られたブラシで、丁寧にブラッシングを続ける。

毛繕い自体は嫌いでは無い。寧ろ好きだ。

 

プレアデスの姉妹達は基本的に代謝の無いユリとシズ。擬態であるソリュシャン、エントマ。変身を解いて外装を初期化できるナーベラル(頂いた姿を自ら解除する事は先ず無かったが)と、至高の御方より頂いた姿を維持する為の日常的な手入れは、実の所、ルプスレギナが一番必要としている。

と、ルプスレギナは思っていたが、ナーベラルも外装をリセットしないので同じ程度の手間を必要とするし、蜘蛛人であるエントマは蜘蛛としての自身の毛繕いに加え、全身に共生する擬態蟲のそれも加わるので、単純な作業量ではエントマが一番手間が掛かっているだろう。

 

だが、見目麗しい人の姿は至高の御方が、自分達一人一人に特別に創り与えて下さったものなのだ。それを維持する為の労力など、自らに与えられた至高の御方の愛を再確認する喜びであり、手間を厭うなど思いもしない。

 

ルプスレギナは鏡に映る至高の御方より頂いた艶やかな赤い髪が満足のゆく輝きとなったところで、ほうっと一息をつく。

その横顔、息をつく唇は、普段の彼女の陽気さや、時折覗かせる獣の凶悪さは感じさせず。寧ろ、意外ではあるが幼い純真さを感じさせるものであった。

 

寝る前にもう一度ゆるく三つ編にしようと彼女が自身の髪へ手をかけた時、扉が3度ノックされた。

 

3度のノックならば姉妹の誰かだろう。わざわざこちら(教会)まで来て何のようだろうか。

寝間着のワンピースの上にガーディガンを羽織り、「今行くっすよー」と扉へ向かう。姉妹の誰が来たのだろうかと考えながら、扉を開けた。

 

そこには、青と白の毛並みの人狼が立っていた。

 

 

「うひゃ…!……あ。し、失礼しました!!」

 

 

慌てた様子のルプスレギナに首を傾げるジョンだったが、これはジョンが悪い。

 

ジョンの理解しているノックのマナーは『2回はトイレ。面接などは3回』、その程度だ。

対して、メイドであるルプスレギナは、4回は(至高の御方を始めとする)礼儀が必要な相手や場所。3回は家族や友人、恋人などの親しい間でのみとの認識なのだ。

ましてや、至高の御方であるジョンが、シモベの元を訪ねるなど思いもしないし、仮にそうであってもノックなど――シモベ側の都合など――必要ないのだから。

 

「あ、ああ、気にする必要は無いぞ……」

 

気にする事はないと言う事は、それだけ自分を親しく近しいものと見て下さっている事なのだろうか。いや、しかし、直接口にされていないのに不敬では……。

いつものメイド服ではなく寝間着姿である事も忘れ、思考がぐるぐるしているルプスレギナだったが、ジョンがじっと見つめている事に気づき、自分から声を掛けてしまった。

 

「あ、あの、ジョン様?」

「あ、ああ……髪を解いてる姿は初めてだな、とな」

 

NPC達は至高の御方に与えられた自らの姿を非常に大事にしており、それ故、頂いた姿以外を見せるのは命じられた場合を除くと先ず無い。

そう言った意味で、髪を解いた姿を至高の御方であるジョンに見られたのは、ルプスレギナも初めてであり、与えられた姿を崩している所を見られた事は、彼女にとっては非常に羞恥にあたるのだった。かっと頬が羞恥で朱に染まる。直に身を翻し、頂いた姿に身支度を整えたいが、至高の御方の許しなく身を翻すなど出来はしない。

 

羞恥に床へ視線を落とし、おずおずと上目遣いにジョンの様子を伺えば、目が合ってしまい更に頬が熱くなる。

 

ジョンからすれば、この頬を染め、もじもじと上目遣いで見上げる表情は、ルプスレギナの敵を前にしたサディスティックな鋭い表情、普段の太陽のような笑顔を知るからこそ、大きなギャップとなって破壊力が増す。それは(凄いや。これがペロさんとタブラさんの趣味の融合なんだね!)と、彼の精神が悲鳴をあげるほどのものだった。

 

「……んんッ、その、なんだ。髪を解いている姿も可愛いな」

「うぇっ…!……か、可愛いでですか?」

 

 

(ちょッッななに言ってんの俺ぇッ!? 落ち着け、落ち着くんだ素数を数えろ。1,2,3,4……)残念駄犬、それは自然数だ。

 

 

「ね、寝る時は解いて寝るのか?」/(ちょッッなに言ってるのぉッ!?)

「もう一回編むっすよ」/(か、かかか可愛いっすか!? 解いてた方が良いっすか!?)

 

「寝るのにか?」/(だから、俺、止めろ。もう口を開くなぁッ!!)

 

「寝てる間に絡まるっす。寝返りをうつと髪が下敷きになるっすよ」

「……すまないな。そんな面倒を掛けているとは思っていなかった」

 

「? ジョン様が謝られるような事は……」/(あれ?)

 

「ルプーの髪は俺が設定(リクエスト)させてもらったからな」/(ああぁッ誰だえまえッ!★?)

「……ええええー!?……あっ」/(またやっちまったっすー!?)

 

「そ、それよりも、良い月だから散歩に行こうと思うんだ。一応出かける前に一声掛けておこうと思ってな。……良かったら、一緒にどうだ?」

/(馬鹿なの俺ぇッ!? ルプーは今から寝るとこだろ! 何言ってんのぉッ!?)

 

 

「行くっす! すぐ用意致します!!」/(ジョン様とお散歩!)

 

 

髪を編むので少々お待ち下さい!と身を翻すルプスレギナの背に向け、ジョンはフィンガースナップで《小さな願い》を2度発動させる。その一瞬で解かれていた豊かな髪が、いつもの三つ編となった。

ルプスレギナは魔法で編まれた髪を手に取り、しげしげと眺め。

 

「おおー! 便利っすね!」

 

生活便利魔法に満開の笑顔を見せる。その笑顔に気を良くしたジョンは、信仰系にも似たようなものがあった筈だと余計な事を言った。

 

「信仰系にもなかったか? 確かシャルティアが傘とか作っていた気がするぞ?」

「……お許しを。無知な私ではジョン様に問われました事にお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会を……」

 

あれ? なんか急に機嫌悪くなった?

 

「と、取り敢えず教会の前で待ってる。着替えてきてくれ」

 

 

俺、何かしたか? 内心で首を捻りながら、そそくさとその場から離れる駄犬(ジョン)であった。

 

 

/*/

 

 

教会を出るとジョンは狼形態となった。

手足の長さが変わり、骨盤、肩甲骨の向きが直立歩行のそれから四足歩行のそれへと変わる。装備品は魔法的な効果で一旦取り込まれる形で姿を消し、数秒後には体長2m、肩までの体高1mを越す巨大な青い毛並みの狼がそこにいた。

 

そのまま行儀良く座って、星と月に青く照らされた教会を見上げてルプスレギナを待つ。

 

昼間と違い月明かりの中に身をおくと、ふつふつと身体の奥底から何かが湧き上がってくるような気がしてくる。

精神を高揚させるそのままに、長く尾を引く遠吠えをすれば、さぞや気持ちが良いだろう。しかし、流石に村人達が寝ている村で本気で吠えるわけには行かない。

どうせなら、なるべく高いところ。カルネ=ダーシュ村から見て、北のアゼルリシア山脈の頂上(うえ)まで駆け上り、そこから下界を見下ろしながら遠吠えがしたい。

 

人間などからすると威嚇音にしか聞こえない低音で喉を鳴らし、機嫌良く教会を見上げ、星を見上げ、月を見上げ、世界を見上げて、ルプスレギナを待つ。

それほど待つ事も無く教会の扉が開き、いつもの姿となったルプスレギナが現れた。

 

「お待たせ致しました」

「いや、誰かを待つのも時には楽しい。さあ、ルプー乗れ」

 

ジョンを待たせた事を一礼して詫びるルプスレギナへ、気にしていないと言いながら、伏せて自分の背中を示すジョン。

 

「うぇッ!? え、ええ!? ジョ、ジョン様、そんな! 至高の御方の背になど恐れ多いです!!」

「俺が良いと言ってるんだ。気にすんな。モモンガさんだって笑いこそすれ、怒りはしない」

 

楽しげに尻尾を振りながら、もう一度ルプスレギナへ己の背中を示す。

それにどっちにしても、ちょっと本気で走りたいから、乗ってくれないとルプーがついてこれないとジョンは笑う。

困った表情でジョンの顔と背中を見比べていたルプスレギナだったが、ぶんぶんと振られる尻尾と本気で走りたいとの言葉に観念し、「では、失礼致します」と恐る恐ると言った風にジョンの背中に跨った。

 

どの道、本気で走られると《飛行》の魔法などでは追いつけないのだ。

 

ジョンはその背に跨ったルプスレギナから伝わる熱さに驚き、かっと眼を見開いた。

いや、実際は物理的にそこまで温度が高いものではなく。ただジョンの意識の問題なのであるが。

 

背に跨った一点がカッと熱く、胴を挟み込む太腿もまた熱い。狼の異常に広い視界のおかげで振り返らなくとも、スカートのスリットから零れる太腿が月明かりに青く照らされる様も良く見え、ストッキングを止めるガーターベルトのクリップと、そこに見えるルプスレギナのすべやかな生の太腿にジョンは思わず唾を飲み込んだ。

 

(ガーターベルト+スリット入りのロングスカートこそ至高! 使用人がセクシーでどうするって、メイド班から怒られながらも無理を通してもらって良かった)

 

振り落とされないよう背に腹這いになったルプスレギナに、たてがみをしっかりと掴ませる。

そうすると、しなやかで強靭なジョンの毛皮を通してさえ、その背で押し潰されるルプスレギナの豊かな双球の柔らかさが感じられ、先程までの月明かりとは別の意味でジョンはくらくらした。

 

 

(こ、このまま送り狼になっても良いかな? 良いよな? いやいや、いきなり人里離れた山奥でってどうなのよ? 上級者通り越して事案発生犯罪者だよ? たっち(おまわり)さん、この駄犬ですだよ!?)

 

 

素数のつもりで自然数を数えつつ、「用意は良いな?」と背中のルプスレギナへ確認する。

ルプスレギナが「はいっす!」と元気良く頷き答え、その動作で背中に押し付けられ、転がるように形を変える双球の感触にまた自然数を数えながら……青の大狼は一跳びで村の広場から村の外まで跳び出した。

 

跳んだにしては長い滞空時間。

力強い背中にしがみつきながら、ルプスレギナは周囲を見回し、感嘆の声を上げた。

 

「うわぁーっ! すげぇっすねー」

 

大地から夜闇を追い払っている静かな湖面のような優しい青く白い澄んだ光。

風が吹く度にゆれる草原の草は星明りに煌き、世界が輝いているようだった。

 

しなやかで強靭な青い毛皮からは慈しむ様な温もりが伝わり、まるで自分が愛されているかのような充実感で満たしてくれる。

 

空には宝石をぶちまけたように無数の星々と月のような大きな惑星。

青く白い月と星の光に照らされた静かな美しい世界。転移してから何度も見ているが、夜毎にジョンが感動にうち震えている世界。

 

風よりも速く駆ける大狼はあっという間に草原を駆け抜け、大森林に駆け込んでいく。

青い星空に黒い森の影。黒い木々が後ろに流れて行く。

 

人間にとっては静かな夜の森かもしれないが、人狼二人には生き物たちが高らかに鳴きさえずる歌声が聞こえていた。

木々も風に身を任せて蠢き語り合い、夜の森の番人であるフクロウの鳴き声が遠くで響く。

 

強大無比な大狼が通り過ぎる気配に生き物達は一瞬、息を潜め、けれど、それが風よりも早く駆け抜けた後には再び生命の歌を歌い出す。

 

人が山や森で生きられないこの世界において、ここは正しく深山幽谷。

木々の枝、下草の中には様々な虫や小動物。それらを狙う肉食獣に、様々なモンスター達。

 

もし、人間のままであったなら、管理されていない剥き出しの自然にジョンは怯えただろう。

虫に刺される事にすら耐えられなかったし、自分の手も見えない暗闇に怯え、一歩進む事も出来なかった筈だ。

 

だが、最高レベルの人狼の身体は虫などものともせず、ナイキ・マスター、ガイキ・マスターのクラスは周囲の獣、モンスター達の動向を教えてくれる。人間を遥かに超える性能の眼は暗闇を見通し、僅かな光量でも世界を明るく見せてくれる。

 

 

豊かな生態系の中を自分は駆け抜けている。

 

 

憧れ、記録でしか見た事の無い大自然を全身で味わっている。この生態系の中、自分より強いものはいないと身体が教えてくれている。

喜びが溢れ出し、呼吸する大気すらも、甘く濃い。一息毎に食事を取るように自らの身体へ、生命を、自然の気を取り込んでいるような満たされていく感覚。

 

喜びの声を上げ、枯れ木の森を跳び越え、湿地帯を駆け抜け、巨大な湖の湖面をも駆け抜けていく。

 

既に数十kmは走った筈だが、自動車と違って速度計も無く。時計も見れないので、どの程度の距離と時間を走ったのかがジョンには感覚でしか分からない。

けれど、まだ足は疲れない。

 

自らの脚で大地を駆ける喜びのまま、アゼルリシア山脈を本格的に登り始める。

背中を大きく使って跳ぶ様に斜面を駆け上っていく。背中が大きく伸縮する毎に振り落とされないようルプスレギナが強くしがみついてくる度に頬が緩む。

それからエネルギー(エロは偉大なり)を得ているように、人間どころか馬ですら容易く力尽きる程のエネルギーを一足毎に放出し続け、大狼(ジョン)は軽々と山脈を駆け上る。

 

 

そうして、大狼(ジョン)はアゼルリシア山脈南端の頂にたどり着いた。

 

 

/*/

 

 

山脈南端から見下ろす世界は広かった。

月と星々に照らされ、優しい青に染まる世界は何処までも広がり、遥か果てで空と大地の境界が交わって地平線となっている。

 

東から登り、南の空を廻って、西に沈む星々の動きからすると、地球と同じように自転する惑星の北半球なのだろう。

 

モモンガも先日、夜空の美しさに感動し、《飛行》で行ける所までと上空に飛び立ったら惑星だったと言っていた。幾ら魔法で飛べると分っていても、良くそんな高いところまで行けるものだと、ジョンはモモンガに感心した。高いところは怖いじゃないか。

 

下界に街の明かりなど一つもなく、麓とは数度は違う気温に、走り続けて火照った身体が引き締まるようだ。

 

相変わらず空気は甘く、濃く、大きく息をする度に呼吸する喜びを与えてくれる。

一息毎に世界を取り込むような呼吸に、これが外気を取り込むと言う事ならば、スキルも使って本格的に外気を取り込めば、どれほどの喜びを得られるだろうとジョンは思う。

 

魔法職には超位魔法が存在するが、非魔法職にも同じように、70レベルを超えると十レベルごとに使用回数が増え、100レベルであれば一日に4回だけ使用できるスキルが存在していた。これらは超位魔法と比べると冷却時間は同じだが、詠唱時間が短く、効果が地味(範囲攻撃、エフェクト的な意味で)。戦士職においての必殺技的なスキルだった。

ワールドチャンピオンの《ワールドブレイク/次元断切》は、これら超位スキルとほぼ同程度の性能でありながら通常スキル扱いで、一日の使用回数制限がなかったと知れば、運営のワールドチャンピオンの優遇ぶりが分るだろうか。

 

そのうちの一つ、スキル《天地合一》をジョンは使う。

 

これは体内の生命エネルギーである内気と、体外の世界の生命エネルギーである外気を合一させ、爆発的な力を得るもの。

『~修行僧、格闘家が強さを求めた果てに世界との合一を果たし、天地に等しい存在を目指す術。真の強さとは何かを求め続けた者がたどり着く極致の一つであり、本来は戦闘術ではない~』と言ったテキストがあったが、交じり合い身体からあふれ出す混合気のエフェクトから『スーパー化www』と呼ばれていた。

 

超位スキル《天地合一》発動。

 

体内チャクラを循環していた内気に、呼吸から、皮膚から、体毛から、全身全てから外気が取り込まれ、混ざり始める。

内気と外気が入り混じり、ジョンと世界が入り混じり、それが体内を循環し始める中、何処か囁くようにも聞こえる音をジョンは幻聴した。

 

転移して初めての発動。これまでにない奇妙な手応えがあった。

 

あたかも天へ突き上げた拳を掴まれ、引き上げられるような感覚と共にジョンの気が世界に引き込まれる。否、巻き込まれたと言うべきだろうか?

 

巻き込まれた先には稼動するタービンのように、大きな気(世界)の循環が存在した。ジョンを以てしても数十数百数千倍に達するであろう(としか認識できなかった)大きさと回転速度を持つそれ(世界)と縁を接した瞬間、ジョンの気は強制的に回転数を上げられ、その遠心力によって弾け飛んだ。

 

 

『……PKだとか、ペナルティだとか……そんなのどうでも良いんだ。人は、馬鹿でも、優しい生き物だって、俺は俺で証明する』

 

 

回転しながら弾け飛んだ意識は、全ての方向を同時に知覚した。遠心力によって自我が飛び散り、認識は拡大し、その濃度を失っていく。

自我が薄まるにつれ、固定概念から解放された感覚は研ぎ澄まされ、視野は広がり解像度は上がっていく。

夢現の意識の中、何処かで聞いたような声が聞こえ、何処でも聞いていないような声が聞こえてくる。

 

 

『一歩を踏み出した者が無傷でいられると思うなよ? キレイであろうとするな。他者を傷つけ、自らも傷つき、泥にまみれても尚、前へと進む者であれ』

『泥なんて何だい、よ』

『…素晴らしかったぞ。お前の残した弟子達は…! オレの生き方すら変えてしまうほどにな…!!』

 

 

大きな渦(世界)があった。

一つの渦の中に回転する無数の渦があり、その一つ一つの中に更にまた、更にまた……

それは自分が憧れた誰かの声、自分が憧れるであろう、誰かの声のだった。

 

 

『どんなことをしても、敵に回したくないものを思い浮かべなさい。何が浮かんだ?』

『…いないね。俺は守れなかった…。お前は守ってやれ』

『ならばそれが、そなたの最強なのだ』

 

 

また、逆に多くの渦が集合して、更に大きな渦を、更にそれが集まり、更にまた……

それは自分が信じたい願い。信じたいと願い続けた事を囁く誰かの声だった。

 

 

『見ろ! 貴様達が守ろうとしたものは、貴様達を守ることができないでいる!』

『呼べば必ず来てくれるって信じてた。信じてたから呼ばなかったんだ』

『何処にでもいる貴方が、精一杯の特別な言葉で笑ってくれた事が、嬉しかった』

 

 

かけがえの無い仲間の声も、その中に聞こえた。

それは部分を成しながら、同時に全てを内包する。それはあらゆる時間と空間に存在した……否、あらゆる時間と空間と意志であった。

 

 

『"力"ほど純粋で単純で美しい法律は無い。生物はすべからく弱肉強食、魔族も竜も皆そうだ』

『ゲームって奴は、損得抜きの賭け事だ。チップは心で、報酬も心だ。世の中の何も動かさないが、 だからと言って未来に影響を与えないものでもない』

『ならばここまで来て、言ってほしい。その名前はお前1人の名では無いと』

 

 

と、同時に―――それは、ジョン・カルバイン自身でもあった。

 

 

/*/

 

 

「……ジョン様! どうしたっすか!?」

 

ルプスレギナの声にハッと引き戻される。目の前には心配そうに覗き込むルプスレギナの顔があった。

 

「ああ、いや、思ったより外気が強くて……酔った、かな?」

 

どの位の間、ぼーっとしていたか問いながら自分の身体を見回す。

主観的には随分と長い時間自失していた気がするが、実際には数十秒だったようだ。

狼形態のまま、青銀色のオーラが全身から噴き出し、オーラを纏った全身が、暗闇の中で地上に降りた星のように輝いている。

 

 

《天地合一》によるステータス上昇効果によるものか、通常よりも広範囲の気配がつかめる。

直ぐ側にいるルプスレギナは自分の力に当てられ、かなりの緊張を強いられているようであるし、周囲の動物達はその場から動けずに伏せているようである。

遠くの方は、この山脈から麓の大森林にかけて多くの生命が蠢いている。それが波のように一つの動きとして知覚されていた。集中すればより細かくわかるのだろうか。

 

 

《天地合一》の効果によるものか、視界はどこまでもクリアで、世界が色鮮やかに見えた。

 

 

世界に存在する事の喜びに身を震わせ、ルプスレギナに《サイレンス/静寂》を使うよう指示をして、大きく息を吸う。

空には月。

天高く聳えるアゼルリシア山脈の頂で、大狼(ジョン)は更に頭を高く上げ、空へ、月へ、星へ、世界へ向けて高らかに吠えた。

 

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 

俺はここにいるぞ。世界よ、聞け。この生命()はここにいるぞ。仲間達よ、何処にいるのだ(クォ・ヴァディス)

自己の存在を世界へ告げるように、世界に己を叩きつけるように、長く、長く大狼は吠え続けた。

 

 

その咆哮は麓の大森林どころか、遠くは王都、帝都までも雷鳴の如く響き渡り、夜闇を切り裂く大魔獣、魔樹の竜王の復活かと、近隣諸国に恐怖と混乱を巻き起こした。

 

 

当の本人はカラオケで熱唱した後のようなすっきりとした良い気分で、さあ帰ろうとルプスレギナへ向き直ったが、それほどの咆哮を至近距離で喰らったルプスレギナは、《サイレンス/静寂》を消し飛ばされ、狼形態になって目を回していた。

 

 

その晩、星々と月が見下ろすアゼルリシア山脈の頂では、大狼(ジョン)が困ったように首を傾げ、次いで誤魔化すように後脚で耳の後ろを掻く姿があった。

 

 




狼と女の子のデート、一場面だけのつもりが長くなった。
( ^ω^ )どうしてこうなった!?こうなった?

最後の方のクォ・ヴァディスはかっこよいからルビを振りました(爆
あと、『えまえ』は誤字では無く駄犬が混乱してるからです。

以前にも出ましたが、ジョンは時間対策装備に【ヨグ=ソトースの腕輪】と命名しておりますw
《天地合一》からの『 』のセリフは最初の一つを除いて、ジョンが影響を受けてそうなセリフをあちこちから拾ってきて組み合わせました。
外気を取り込んだ際にヨグ=ソトースを通して色々と他所の世界に接続してしまったようなイメージです。


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第20話+2:朝焼けは驚きと共に

前話「夜に散歩しないかね」に少しだけ付け足しです。
これが全年齢対象に見えない人は心が汚れていますね。
勿論、ぶーくの心は汚れてますよw

2015.11.6 20:50頃 修正「一頭の狼として、狼として」→「一頭の狼として、女として」


 

ルプスレギナはうつらうつらと夢現にいた。

 

温かく包み込まれる感覚が心地よい。自分(NPC)達には創造して下さった神の如き存在はいても、両親に当たるものはいないのだ。だから、『ダーシュ村出身』と定められているが、ナザリックで目覚める以前の記憶は、思い出そうとした時にそんな気がするとおぼろげに思い出される程度だ。

 

至高の御方の盾となり、最後には散る為に創造された身とは言え、この感覚は心地よい。もし、両親などと言った庇護者に守られているのであれば、このような感覚を持つのではないだろうか。

 

夢現でそんな事を考えていたが、眼に強い光を感じて瞳を開く。

目の前には大きな青い大狼(ジョン)の顔が。

 

(え!? あれ、どうしてジョン様がいるっすか? と言うか、私、狼形態になってるっす?)

 

軽くパニックを起こして身動ぎするが、狼形態になったルプスレギナを抱え込むように、同じく狼形態のジョンが丸まっている為、僅かに身体が動いただけだった。

昨晩、ジョンと遠乗りに出掛け、アゼルリシア山脈の頂で力を解放したジョンの咆哮を至近距離で受け、予め用意していた《サイレンス/静寂》を消し飛ばされ、そのショックで狼形態に戻り、眼を回してしまったようだ。

 

ルプスレギナの身動ぎに、薄目を開けたジョンは寝ぼけた様子で、ベロリとルプスレギナの鼻先を舐め上げて、彼女を硬直させる。

(~~~~~~ッ!!)

敬愛と忠誠は揺ぎ無い。だが、それ以上に彼女は先日アルベドに指摘され、気づいてしまった。

愛している。慕っている。

一頭の狼として、女として、至高の御方を愛していると自覚してしまったルプスレギナに、これは些か刺激が強かった。

 

ジョンの側は寝ぼけてるのもあり、いつも以上に身体に引っ張られ、言葉にすれば「おはよう」ぐらいのつもりで、意思表示を狼と示しているだけなのだが。

犬や狼は口で世界を探る。知らないものの正体を確かめる、モノを運ぶ、グルーミングする、子供をあやす、コミュニケーションを取るなど、人が手で行う事を口で行っているのだ。

なので、身体に引っ張られ、言葉ではなく行動でジョンがコミュニケーションを取っても何もおかしな事は無い。

 

だが、気絶して、無意識の内に人間形態から狼形態になってしまったルプスレギナは、人間的な意識で受け止めてしまっているようだった。

 

驚きと羞恥、それ以上の喜びで身体を硬直させたルプスレギナの様子に、大狼はスンスンと鼻を鳴らして耳の辺りの臭いを嗅ぐ。

(ひッ! だ、だめっす…そ、そんなされたら…ひゃぅッ!)

 

同じ価値観を共有できる同族である筈なのに起こる得る相互不理解(ディスコミュニケーション)

悲しいかな。世界の一部であるナザリックにも当然のようにあるようだ。

 

ジョンはルプスレギナの耳の後ろを丹念に舐め上げ、毛筋にそって首まで丹念に舐め上げる。

(ッぁ……あっ……ぁんっ……ッふ…ぁ……ッッ)

毛並みが揃った事に満足すると、ジョンは次にルプスレギナの目元の辺りから頬から鼻先にかけての毛並みを揃える。

ピンク色の分厚い舌が毛並みを整える熱い感触に瞳を蕩けさせながら、ルプスレギナは自身の鼻先から離れるそれが、別れを惜しむかのように銀糸を引く様に身体を震わせた。

(……う、ん……っあ…気持ち……い…ぃ…っす)

顎を持ち上げられ、顎の下から首にかけてをざらついた舌がヌルヌルと蠢き、本来は感じない筈のぞわぞわと粟立つような刺激。

 

「っひゃ……ぁ……ッッッ!!!!」

 

つい思わず声を上げてしまっていた。

 

驚いた顔で自分を見つめる大狼(ジョン)に、グルーミングで嬌声を上げてしまった浅ましい自分。その羞恥に身体が熱くなる。

狼形態でなければ茹ったタコのように真っ赤になっているのが知られてしまっただろう。

 

「ち、違うんです! ジョン様、これは、その」

 

不思議そうに首を傾げる青い大狼の金の瞳に、あたふたとしている赤い狼の姿が映っている。

少し考え込むような様子を見せた大狼(ジョン)を前に、赤い狼は狼らしくない表情で言葉を発した。

 

「その、あの、ち、違い…ますっす! 気絶して、びっくりして、その、いま、いま…人間の、感覚の…ままで!」

 

「…あ、はい」

 

そう言われても狼形態になってるジョンには今一つピンと来ないのだが。

それでも人間形態であったら、同じ事は絶対に出来ないだろうな。ぐらいは何と無く理解したつもりだった。

 

ジョンは狼形態のままでは強く意識しないと言葉を使わずに済ませようとしてしまう自分に気がつき、ルプスレギナを困らせているようだし、そろそろ形態を変えるべきだろうと考える。

そうして身体を起こし、立ち上がると四足歩行のまま大きく伸びをした。

 

「夜の内に帰るつもりがすっかり遅くなったな。ルプー、帰ろう」

 

次いで、人狼形態を取りながらルプスレギナへ言葉を発する。

眼下に見える世界は朝日に照らされ、夜とはまた違った輝きを見せている。日の光を浴びて活動を始めて木々や花々の香りも、麓からの風にのって頂まで届いていた。

生命力に溢れる香りを吸い込み、視線をルプスレギナへ戻すと、上半身を起こした状態で人間形態に戻ったルプスレギナは、横座りの体勢から立ち上がろうとしていたが、びっくりし過ぎたのか、未だ立ち上がれないでいた。

 

「い、今、《大治癒》を使うっす」

 

そう言ったルプスレギナをジョンは、「教会までは抱えて行く。びっくりさせたようだしな」と抱え上げた。

横抱きに抱え上げられ、(ま、また姫抱っこっす~~うきゃ~~ッ!)今度は意識がある状態でだ。ルプスレギナは真っ赤になりながらも、この幸運を逃すまいとジョンの胸元の白い毛に掴まり、甘えるようにジョンへ出来る限り身を寄せる。

ジョンが人間形態であれば、首に腕を回す事も出来たのだが、人狼形態では背中や首周りの筋肉の発達が凄くルプスレギナの腕が回らなかったのだ。

 

《大魔術師の護符》で《転移門》を開き、教会へ直接戻った二人だったが、戻ったところで、朝食を用意しに厨房へ来ないルプスレギナに代わり、朝食のワゴンを運んできたソリュシャンと鉢合わせする事になる。

 

狼に限らず、神でも人でも悪魔でも、繋ぎ止めるにはグレイプニールよりもピンク色の鎖が一番だろう。

この鎖が駄犬(ジョン)の首を絞めるまで、後どの位だろうか。

 

 




わんこのグルーミングです。
どこかの宇宙的蜘蛛さんの毛繕い強要と違い、ごくごく普通の常識的な、自分で出来ない顔の毛繕いです。つまり、健全。


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第21話:何を隠そう! 俺は特訓の達人だ!

ほのぼのとは目指すものッ!
目指すと言う事は! 乗り越えるべき障害があると言う事ッ!!
障害とは! 行動すれば勝手に目の前に現れるものッ!!!

2015.11.8 00:08頃 最後の方「ルプスレギナは感心したように笑い。それから真面目な顔を~」の後ろ側がイメージに合わず文章を差し替えました。
2015.12.01 誤字修正


 

 

カルネ村の農地は元々その貧弱な道具の為、耕すだけでも1~2ヶ月掛かってしまっていた。その為、スキ入れの順番待ちによる種蒔の時機のバラつきが避けられず、その影響を受け難いよう耕地と休耕地、所有者が複雑に入り交じる細切れの状態だった。

これを人口が減っているのと、しばらくはナザリックからの援助で凌ぐ事にし、耕地を大きくまとめ一度に耕せるようにしてしまう事にする。

 

通常の(?)内政物と違い。最初からチート級の強大なバックアップがあればこその力技だ。

 

いずれは牛に引かせるスキも作るが、今回は農具の粗末さ故に、これまで十分に耕せなかった土を柔らかくする。

休耕地全体を深さ3mほど掘り返して、土に空気を取り込み、ふっかふかにする事にした。

 

「ぃよッしッッ!!」

「リーダー! 頼むぜ!!」

 

《チーム時王》における重機担当とは『重機並みに働く担当』略して、重機担当である。

 

気合十分のジョンは休耕地の前で腕を胸にすぱーん、すぱーんと打ち付け、マッシュとナーガンは等間隔に深さ3m程の縦穴を掘っていく。

肉体武器である爪を伸ばした腕でマッシュとナーガンは穴を掘っていく。狼そのものが穴を掘る習性があるので、皆、穴を掘るのを楽しんでいるようであった。

幾つか縦穴が掘れたところで、ジョンは縦穴の中に飛び込む。ここから今度は次の縦穴まで横方向に土を柔らかくしていくつもりだった。

 

「ふん!」

 

縦穴の底で、ジョンは壁面に向かって正拳突きを放つ。

衝撃が伝わり、地面は波打ちながら隆起し、隣の穴まで衝撃が走った。次いで、正拳を打ち込んだ壁面は爆発する。

火事におけるバックドラフトのようにジョンに向かって壁面が襲い掛かり、「あ」とジョンが間抜けな声を上げている間に縦穴は崩れ、ジョンは生きたまま畑に埋葬された。

 

「……リーダー?」

「何やってんの?」

 

マッシュとナーガンが、ジョンが生き埋めになったあたりへ恐る恐る近づいていく。

同時に、どんッ! と地面が爆発し、地中からジョンが飛び出してくる。

着地し、土塗れになった全身を振るって土を飛ばすと「あー、びっくりした」と能天気に笑い出す。

 

「びっくりしたのはこっちだ!」

「今度は何始めたのさ?」

 

「いや、せっかくだから。打ち込んだ打撃の衝撃を内部に浸透拡散させる特訓をしようと思って」

 

それを聞いて、マッシュとナーガンはまたかと溜息をついた。

 

(特訓かー。リーダー、前からダーシュ村開拓の時に(ゲーム的に効果は無いのに)動作に何かを取り入れては、特訓と称して笑いを取ってたもんなー)

 

ナーガンは波打ち、隆起した地面を見る。屈んで手に取り、崩して土の状態を観察した。

耕すのとは違うが、固い地面はバラバラになって十分に空気を含んでいる。

肥料は後ですき込む予定なので、…まあ、リーダーの好きにさせても良いだろう。

 

 

「じゃあ、リーダー。俺達は縦穴掘ったら、ヤーマに合流して家畜小屋の増設をしてるよ」

 

 

日々これ特訓と言い出し、開拓初日から『アイアン・ナチュラル・ウェポン』『アイアン・スキン』を常時展開しっぱなしのジョンを休耕地に残し、マッシュとナーガンは家畜小屋の増設に向かう。

以前から、そんな事をやっても効果が無いと言われ続け、その疲労で格下に負ける事もあったのに、どうしてそんな事をするのだろうと首を傾げながら。

 

ジョンに聞けば現実になったのだから――ゲーム時代からやっていたのは置いといて――、スキルを常時展開して身体を慣らして打ち込みを練習するのは、決して無駄では無い。立派な特訓だ、と胸を張って答えただろう。

だからこそジョンはあえてやってないが、畑の土造りなど本来はマーレに頼むと魔法で一発解決。重機要らずである。それを何故やらないと重ねて問われれば――。

 

 

何故なら、その方がカッコイイから。

 

 

/*/

 

 

現在のカルネ=ダーシュ村は騒がしい。

その騒がしさは何かを打ち込むような音や、力をあわせる掛け声等、普段であれば絶対に聞くことの無い音ばかりか、地面を揺らす振動と地面からも響いてくる。ドーン、ドーンという音まであった。家屋を建て直し、畑を手入れしなおして、生き残った村人達は何とか来年の春を迎えようと、これから夏となる今から復興に全力を尽くしていた。

 

村の防備を固める為に、取り敢えず《チーム時王》が立てた柵と見張り台。その見張り台に立つ大人も足りず、現在は子供たちが交代で見張り台に立っている。

 

「来たよーっ!!」

 

見張り台の上から子供の明るい声が響く。

森を抜け、村に向かって進んでくる漆黒の鎧を纏った戦士。

その背後には周囲の廃村から集められた家畜が大人しく歩いている。

 

牛、羊、鶏それぞれを全て合計しても十数頭にしかならないが、21世紀なら兎も角、そもそもカルネ村では家畜に冬を越させる飼料を用意する能力がない。

 

ラップフィルムを用いたロールベールラップサイロによって牧草を長期保存する方法があるが、それはラップフィルムと重機を用意できる文明があっての事だ。

だが、昔ながらのサイロを建築できれば飼料を保管し、飼育できる数を増やせる。

勿論、《チーム時王》はサイロ建築も行える。それでも建築し、十分な飼料を確保できるようになるまでは、ナザリックから食料支援を受けて、家畜を維持する必要があった。

 

今後、実際にどの程度の牧草が確保できるのかが問題になってくる。

 

地球であれば、このぐらいの発展度合いの場合は家畜は森に放牧して、森の恵みで育てるのが基本になる。

しかし、この世界では森は人間の領域でない為、森に家畜を放牧するなどの手段が取れず、森の恵みの恩恵が受けられない為に十分な飼料が用意出来ず。

結果、豚などの食肉家畜が少ないようだった。

 

カルネ村では猟師が獲物を取れた時に肉が食える程度であったと言う。

 

そう言った点を農業生産力と合せて考えると、この世界の人間は地球の人間と比べると、必要とするカロリーが少なくても生きていけるのかもしれない。

 

今回の殺戮劇で、他にも廃村に追い込まれた村が3~4あるようであったが、デスナイトが死体を媒介にする事で召喚時間が無制限になった事から、廃村に放置されていた死体の利用価値が上がった。その為、アンデッド召喚実験用にシモベ達を使ってモモンガは死体を集めさせたが、そのついでに主を無くした家畜をかき集め、放置されるだけになった作物を刈り取らせ、カルネ=ダーシュ村へ運ばせていた。

 

アウラ、マーレの作業が数日遅れたが、モモンガはそれほど気にしなかった。

それよりも久しぶりに仲間(ジョン)と共同で何かをやれる事が嬉しく、楽しかったのだ。

 

 

周囲の廃村から物資、家畜を集めてくる漆黒の戦士モモン、闇妖精の双子アウラ、マーレは《チーム時王》の仲間、友人として村に受け入れられていた。

 

 

村の中に入ると漆黒の戦士モモンはヤーマとコークスが増築している家畜小屋へ向かい村人へ家畜を引き渡す。

集めて何台かの馬車に分けて運んできた作物も引渡し、馬だけはアイテムで呼び出した動物の像(スタチュー・オブ・アニマル)なので像に戻して回収する。

作物は村人達とマッシュとナーガンが協力して、家畜小屋の隣に出来ている()()()()()()()()()()()()()()へ運び込んでいく。

 

モモンガが魔法で建築したものだった。その時の事を思い出し、モモンガは苦笑した。

 

 

/*/

 

 

その塔型サイロが魔法で建築された瞬間、ジョンを含む《チーム時王》は膝から崩れ落ちて、大地を叩き、モモンガは「え?」と驚愕した。

「作りたかった」「塔型サイロ、作りたかったのに」「泣くな、良かれと思ってくれた事だ」「せめて繋ぎの保管場所でも用意していれば……」

崩れ落ちた《チーム時王》を呆然と見ていると、ジョンが立ち直り戻ってくる。

 

「あー、モモンさん。ごめんね。作ってもらって助かったよ。ありがとう」

「私の方こそ、すみません。先に確認すれば良かったですね」

 

わざわざ、《上位物品作成》で鎧を着ている際に使える数少ない魔法に、クリエイト系を入れてくれたのだ。

残念ではあるが、礼を言わねばならないとジョンは、いち早く立ち直っていた。

そのまま社会人らしく、いえいえ、どーもどーもと遣り合う人狼と漆黒の戦士。

 

「しかし、本当にクリエイト系の魔法は便利になりましたね」

「もう、モモンさん一人で何でも出来るんじゃないかって気になってくるよ」

 

人狼と漆黒の戦士は笑いあうと、「それでは私は戻ります」と漆黒の戦士は手を振って教会に入っていく。

そのモモンガの後ろ姿へ村人達は祈りを捧げていた。その村人の姿にジョンは内心、冷や汗を流す。

 

(モモンガさん。村人達に神様の御使いとか化身とか、何かそんな風に思われてるよ)

 

正体を隠して村へ物資輸送に来る割に、帰りは教会の鏡経由で帰っていくモモンガ達。

村人達が自分達に理解できる範囲で理解した結果、神様アインズ・ウール・ゴウン様の御使いや化身に違いないとの解釈に落ち着いたようだ。知らぬは本人ばかりなりだ。

アウラやマーレは、そんな村人達を見て、取り敢えずは合格と言った風に頷くと、漆黒の戦士の後を追って教会の中に消えて行った。

 

また、村の外周に《石の壁》を建てようかとモモンガが尋ねたところ、ジョンはさんざん悩んだ末にモモンガにお願いしてきた。

 

モモンガとしては、村の外周を石壁で囲うのは自身の目的の為に必要な事であったので、断られても最終的には理由をつけて行うつもりだった。

だから、ジョンが散々悩んだ末にお願いしてきたのは願ったり叶ったりだ。

 

その時の(一部に)悲壮感漂う《チーム時王》のやり取りは酷かった。

「石壁をつくるのに近くに石材を取れそうな場所が無い」「石切り場を開拓して、石を切り出すところからやりたかった」「5mの立方体に切り出して、山から担いでくれば良い特訓になりそうだったのに……」

 

「いや、まてリーダー。石の比重は2.65~2.8ぐらいあるんだぞ?」

「5m四方で切り出したら、330~350tとかになるぞ?」

「リーダーが良く言ってた仮面ライダーとかなら持てるの?」

「仮に持てても、リーダー何歩歩ける?」

 

「350t! すげぇぇ! これが持てたら…俺は、俺はスーパー1よりパワーがあるって事だよなッ!!」

 

「「「「……モモンさん、よろしくお願いします」」」」

 

重機もあれば、あったに越した事は無いと思うのだが、それはアウラ達に建設させている方で全部使って良いと言うし、ジョンの自分ルールは良く分らない。

そもそも筋トレとか効果あるのだろうか? スーパー1ってなんだ? 良く分らないが、この単純さは見習いたいと思うモモンガだった。

 

 

そんな回想から現在に意識を戻し、サイロに作物を運び込んでいる様子を見る。

 

 

サイロの中では酸素不足で村人が死ぬから、中に入る時は呼吸不要のアイテムを持ったものが作業にあたると《チーム時王》が言っていたが、酸素が何故不足するのだろう? 後でジョンに聞いてみよう。簡潔に教えてくれれば良いが。

そう自分のマジックアイテムの説明を棚に上げ、モモンガは思っていた。

 

馬が切り離れた馬車から作物をサイロに運び込むマッシュ? ナーガン? モモンには区別がつかないのだが、村人達は区別がついているのだろうか。

正直、ペストーニャとジョンぐらい見た目や色が違うのなら区別もつくのだが、と思いながらモモンガは彼等に声をかける。

 

「すまない。ジョンさんは何処にいるのかな?」

 

マッシュとナーガンは顔を見合わせ、「あー」と頭を掻いて答え難そうに話し始めた。

その動作がジョンにそっくりで、モモンはNPCは創造者に似るのだなと納得した。

 

「リーダーは休耕地を耕してるんだけど……」

「正拳突きの衝撃を、内部に拡散浸透させる特訓もするって……」

 

 

「「……パンチで畑を耕している」」

 

 

「なんじゃ、そりゃ?!」

 

精神作用効果無効がありながら、素に戻って間の抜けた声を上げてしまったのは仕方ないだろう。

先程から気になっていた地響きはそれか?

いや、だが、畑ってパンチで耕すものなのか?

 

モモンの内心は疑問符で一杯だったが、申し訳なそうにしている二人を問い詰めても仕方ないだろう。現地で自分の目で確かめてみよう。

マッシュとナーガンに礼を言うと、モモンガは休耕地へ足を進めた。

 

 

休耕地に着いたモモンが見たものは、波打った地面。爆散した地面。砂のように粒子が細かい地面。砂が噴出したような跡もある。

全体的に地面が周囲よりも盛り上がっており、下手に踏み込むと足を取られそうだ。

 

「ジョンさん!」

 

声をかけると同時に、くぐもった爆音と地響き。ボコッと地面が浮き上がり、空気を吸い込む。

そちらへ目を向けると休耕地に碁盤の目のように掘られた縦穴からジョンが跳び出し、隣の穴に着地した。

 

再び、くぐもった爆音と地響き。

 

どうやら、こちらの声は聞こえていないようだ。

モモンガは溜息をつくと、ジョンの潜っている穴に手を向け、タイミングを計って突っ込みようにセットしてある火球を打ち込んだ。

 

「もべらぁッ!!」

 

跳び出す瞬間を迎撃され、再び穴に落ちるジョン。そして火球の爆発で崩れる縦穴。

モグラ叩きと言うのだったか、とモモンが見ていると、『どんッ!』と地面が爆発し、地中からジョンが飛び出してくる。

着地し、土塗れになった全身を振るって土を飛ばす。

 

「えーと、モモン…さん? どうしたの?」

 

漆黒の戦士姿の時はモモンと呼んでと頼んでいるので、モモンガと呼びかけて訂正したのだろう。

 

「ジョンさん、冒険に行きましょう!」

「は?」

「ジョンさんばっかり開拓で楽しそうです!」

 

城塞都市エ・ランテルまで行けば、冒険者組合があり、この世界の冒険者がいる。

パンドラにまとめさせた報告書にジョンも目を通していたので、モモンガの言いたい事もわかる。

 

「あのーモモンさん? 俺、開拓始めたばっかりなんだけど」

「俺も冒険したいです。『また、一緒に冒険しましょうね』って言ったじゃないですかー」

 

ここでその話を持ってくるか。いつかは言ってくるだろうと思っていたが、開拓を始めて一ヶ月もしない内に言ってきた事にジョンは困った。

そのまま漆黒の戦士モモンは、ずびしとジョンを指差し、高らかに告げる。

 

 

「チーム時王も無制限召喚になったんだから、開拓はジョンさんがいなくても進むじゃないですか!!」

 

 

「え? 何その本末転倒」

「でも、俺にはジョンさんしかいないんですよ」

 

 

「ってっちょ、触媒召喚はこの為の伏線かッ!? いや、それよりも! 告白は止めろぉッ!! ウ=ス異本にされるぅッ!?」

 

 

確かにあの時、神秘のアイテムから目を逸らす現実逃避に、デスナイトからサポートキャラクター召喚に話が流れたけれど、モモンガはここまで計算の上で自分に話をふっていたのか。その神算鬼謀にジョンは戦慄を覚えた。

なんと言う。孔明の罠。

 

「俺との約束より、開拓を取るんですね」(ノД`)シクシク |д゚)チラッ

「(;´∀`)…うわぁ…」

 

全身鎧で泣き真似から、チラッは止めろよ……と言うか、モモンガさん。あんた今日は飛ばしてやがるなーと、現実逃避しながらジョンは思う。

 

長いユグドラシル時代にも、モモンガにこれほど振り回された事があっただろうか。いや、無い。

自分達がモモンガを振り回す事はあっても、自分がモモンガに振り回された覚えはとんと無い。

 

 

カルネ村で神様RPした後に《一緒に冒険するのでしょう? ふふ、一度、ジョンさんを振り回して見たかったんですよね》とか言っていたが、振り回すのが、あの時の神様RPの事だと思っていた自分が恥ずかしい。

 

 

まさか、弾けたモモンガさんがここまで出来る子だったとは……ギルメンにもぜひ見せてやりたい。

これなら、るし★ふぁーさん辺りにだって「モモっち、ツマンネ」とダメ出しされる事もないだろう。

 

 

「エ・ランテルまで行けば、猫もきっといます。それに『何でもする』って言いましたよね?」

「うぐぐぐ、まさかモモンガさんが負債を回収に来るとは……」

 

 

唯一サペトンが時間無制限召喚できない事にまで付け込むとは……城塞都市ぐらいの規模になれば、確かに猫ぐらいいるだろう。

これは陥落せざるを得ない。

 

ジョンはモモンガの前に、どさりと膝を突いた。

 

 

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前回のNPC達が呼ぶところの至高の晩餐会から7日。

 

再び開催された晩餐会に料理長と副料理長は存分に腕をふるい。至高の御方々に仕える喜びを味わっていた。

今回はヴィクティムとガルガンチュアを除いた全階層守護者が参加していた。

 

食後のダーシュ村攻防戦の動画鑑賞も終え、モモンガの部屋より退出した者の内、ジョン、デミウルゴス、コキュートス、セバスは副料理長のショットバーにいた。

落ち着いた照明に照らされた静かな室内。

ジョンは一杯目のブラッディ・マリーを飲み干し、次にスクリュー・ドライバーを副料理長に頼んだ。

 

「お好みに合いませんでしたか?」

「ん? いや、俺の気分の問題かな。……うん、トマトよりはオレンジの方が良いな」

 

辛口にステアされた橙黄色のカクテルを一口含み、柑橘類のさわやかな酸味とウォッカの癖の無い酒精をオレンジの太陽のような甘味が包み込んでいる。

ジョンは満足気に一息つくと、ちびちびとカクテルを楽しみながら、先程の動画のワールドチャンピオン・ヨトゥンヘイムについての会話に戻る。

 

コキュートスとセバスは直接戦う者として興味津々であり、デミウルゴスの笑顔は、その下に先週のセバスと同じものをジョンに感じさせていた。

 

「デミウルゴス、お説教は勘弁してくれよ? 先週もセバスに叱られたばかりなんだ」

「! カルバイン様。至高の御方にそのような……いえ、君にしては上出来だ、セバス。たとえ後に死を命じられようとも、至高の御方の為に行動し、尽くさなくてはね。カルバイン様、至高の御方に意見する愚かな私を……」

 

デミウルゴスの言葉を遮ってジョンは笑う。

 

「お前のそう言うところ、ウルベルトさんにそっくりだよ」

 

恐縮するデミウルゴスの姿に、なんだかんだと言って仲間思いであったウルベルトの姿が見える。

そんな守護者達へ、気の置けない会話を楽しみたいのだから、この場では普段よりも気安く接しろとジョンは命じる。

群で下位にあたる彼等にはお願いよりも、命じてやる方が彼等も動き易いのだとジョンは学んでいた。

そうあれと生み出した彼等にそれをするなと言うのは酷な事なのだろう。

 

特に理由も目的も無く生まれてきた自分(人間)には良く分からないが、生まれた理由と自分のすべき事が一致するのは喜ばしい事なのだろうなと、ジョンは思う。

 

やがて話題は、チャンピオンの話から変わっていく。時には副料理長を巻き込み、カルネ=ダーシュ村で葡萄もやれるようになったら一緒に酒を造ろうと話し、コキュートスとはトレーニング(特訓)の話をし、一段落がつくとデミウルゴスからジョンへ自ら話題を振って来てくれた。

 

「アルベドはモモンガ様の伴侶として創造されたとお聞きしました。シャルティアはペロロンチーノ様の伴侶として。ならば、カルバイン様は?」

「え?」

「オオ、カルバイン様ノ創造サレタ、シモベトハ何処ニ」

 

自分は仲間達の創造を手伝う方が主であり、製作者に名を挙げられる者はいないのだとジョンは笑う。

シャルティアのスポイトランス素材集めもしたし、プレアデスの装備素材集めもした。そう言った意味では大体のNPCに関わっていると笑うジョンに、デミウルゴスは皆まで言われなくとも理解できると大きく頷いた。

 

「なるほど言われずともわかります。カルバイン様が先程からお飲みになっているカクテル。それこそがお答えなのですね」

「え?」

「ドウ言ウ事ダ。デミウルゴス?」

 

珍しくコキュートスのそれには答えず、デミウルゴスは喜びを隠し切れない様子でセバスへ語りかけた。

 

「セバス、君にしては本当に上出来だ」

「デミウルゴス様に二度も褒められるとは恐縮です」

「セバス、敬称は不要だよ」

 

お前等本当は仲良いだろ? ジョンの内なるツッコミをよそに、デミウルゴスは輝かんばかりの笑顔でジョンへ続ける。

 

「ルプスレギナがカルバイン様のご寵愛を受けたとメイド達の間で噂になっているようでしたが、彼女はセバスよりカルバイン様専属に命じられ、モモンガ様よりカルネ=ダーシュ村常駐の勅命を受けております。これほどの別格の扱い。カルバイン様のご寵愛はルプスレギナにあると言う事なのですね」

「オオ、ナラバオ世継ギノ誕生モ間近ト言ウ事カ」

 

ご寵愛? メイドで噂? 世継ぎの誕生?

ちょっとぉぉぉッ! 俺まだ何もやっていないんですけどぉぉぉッ!?

 

内心でムンクの叫びのように絶叫するジョンだったが、それでも、まだ何もやってないとも言えないヘタレであった。

だって、ここまでやってると思っている守護者達に「何このヘタレ」なんて眼で見られるのは耐えられない。ちっぽけな魔法使いの意地である。そして、ジョンはようやく気づく。

 

 

――これ、仮にルプーに手を出したら、翌日どころか当日中にナザリック全域に知れ渡ってるよな?

 

 

会う奴、会う奴に「おめでとうございます」とか、「これでお世継ぎは安泰ですね」とか、悪意の無い。心からの祝福を笑顔と共に言われ続ける事になるのだと、本当にようやく気がついた。

 

ちょっと考えてみてくれよ。

それって、黒歴史が自走式になってるより恥ずかしいぞ。どんな羞恥プレイだよ?

 

よし――モモンガさんが、アルベドに手を出してナザリックがお祭り騒ぎになるのを見計らって……木を隠すなら森の中、スキャンダルはより大きなスキャンダルで覆い隠してしまえば……。

 

先日の夜の散歩(デート)も勿論、当日のお昼前にはNPC達全てが知る事になっていたのだが、知らぬは至高の御方ばかりなりだ。

 

 

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翌日、カルネ=ダーシュ村に来訪者があった。

荷馬に引かれた馬車が1台。軍馬に引かれた馬車が1台。それに人間が6名、ゴブリンが12名の大所帯だ。

皆、一様に驚いたように村の外周を大きく囲む石壁を見上げながら、まだ門の作られていない壁の間を通り抜け、村の居住地を囲む木の杭で出来た壁に向かって進んでくる。

 

「お姉ちゃん!!」

 

見張り台に立っていたネムが喜びの声をあげて、馬車に向かって大きく手を振る。

その声が聞こえたのか、軍馬に引かれた馬車に乗る少女――エンリが大きく笑顔で手を振り返した。

 

姉を出迎えようと門の前にネムが駆けつけた時に見たものは……。

 

エンリを中心に珍妙なポーズを決めるゴブリン達。それを苦笑しながら見るンフィーレアと4人の護衛の冒険者。

どう対応して良いか分からず困っている村人に、ゴブリン達に大笑いしているルプスレギナ。俯き、真っ赤な顔で地面を凝視しているエンリの姿だった。

 

 

「ぶははははっはは! 最高っす。面白っす!」

 

 

大笑いしているルプスレギナへ、護衛の冒険者の野伏らしい金髪の男が真剣な眼差しで詰め寄り「好きです! 付き合ってください!」と言い、手を取ろうとした瞬間「…あべし!?」と声を残し、何かに吹き飛ばされたように、ごろごろと地面を転がっていく。

 

「…ルプーに色目を使うとはいい度胸だ。胸に七つの傷をつけてやろう」

 

低音のドスの利いた声がネムの背後、頭上から聞こえてきた。

その声にネムが「狼さん!」と振り返ると、大きな手がネムを抱き上げ、あやすように背を軽く叩く。ネムが青と白の毛並みの境目あたりに甘えるようにしがみつく。

 

「ジョン様?」

「ビーストマン!?」「人狼!?」

「ンフィーレアさん下がって!!」

 

「カルバイン様、無事に戻りました」

 

大柄な人狼が現れ、子供を抱き上げた事に浮き足立つ冒険者と少年ンフィーレアを余所にぺこりとジョンに頭を下げるエンリ。

ルプスレギナだけが少々不満げな表情をしていたが、それには気がつかずにネムを下ろして、ジョンはエンリに向き直った。

 

「良く戻った。無事に戻ってくれて嬉しいぞ」

 

エンリにねぎらいの言葉をかけるジョンだったが、そのジョンへ「異種族は人の恋路に口を出さないでくれよ」と、金髪の野伏は、気丈にも不満げな様子を隠そうともせず食って掛かる。先程、吹き飛ばした際に若干の殺気も漏れていた筈なのだが、それでも立ち向かってこれる気概に、唯のナンパ師ではないのかとジョンは少しだけ金髪の野伏に感心した。

 

「異種族はお前の方だ。……ルプーは俺のだ。今度色目を使ったら、本当に胸に七つの傷つけるぞ」

「! はい!! 私はジョン様のものですッ!!!」

 

太陽のような満面の笑みで答えるルプスレギナに、がっくりと肩を落とす金髪の野伏だったが、それでも不満は残っているようだった。

 

見た目で判断してるのか、とジョンは人間形態を取る。数秒で人狼が、褐色の肌に銀髪金眼の逞しい青年になった事に冒険者達は驚いた。

ジョンはそのままインベントリから適当な上着を取り出すと、裸の上半身に直接羽織る。

 

(なんか思わず、俺のだとか言っちゃったけど……ルプー凄い喜んでるから良いか。――って、俺こんな事を人前で言えるキャラだったっけ?)

 

久しぶりの人間形態に人間基準の感覚が少しだけ戻り、無自覚だった自身の変化にやっと気づいて内心で首を捻るジョンだった。

 

「カルバイン様、人間の姿にもなれたんですね」

「そうっすよ! ジョン様はとても強い人狼なんですよ」

 

エンリの感嘆の声に張り合うようなルプスレギナ。その子供っぽいその様子にジョンは苦笑し、ルプスレギナの頭を落ち着けと軽く撫でてやる。くすぐったそうに眼を細めるルプスレギナにジョンも頬が緩んだ。そうしていると。

 

 

「仲間がご迷惑をおかけして、申し訳ありません!」

 

 

冒険者のリーダーらしい金髪碧眼の男が深々と頭を下げてくる。

 

「うちのチームのルクルットが失礼しました。チームの目や耳として優秀な野伏なんですが……その、ちょっと軽いところがありまして」

「ひでぇな。俺はいつでも真剣だぜ? ただ、まあ、知らなかったとは言え……その、申し訳ない」

 

ルクルットと紹介された金髪の野伏と、他の二人も合わせて申し訳なさそうにジョンへ頭を下げる。

軽薄な仲間の為に、人外に頭を下げられる彼等は仲間想いの良いチームだな、と思うと同時に、ルクルットも軽薄なだけではないのだろうとジョンは評価を下した。

 

「人間は見た目で判断しがちだからな。気にするな」

 

ひらひらと手を振って、もう気にしていないと示す。

 

「道々、エンリから聞いてると思うが、俺がジョン・カルバインだ。こっちがルプスレギナ・ベータ。そちらの少年がエンリが言っていた薬師の友人で、君達は護衛の傭兵? 冒険者で良いのか?」

 

まあ、とりあえず詳しい話は集会所で話そうとジョンは移動を促す。

ゴブリン隊と、護衛の冒険者“漆黒の剣”を門のところに残し、彼らの案内にルプスレギナをつけると、ジョンはエンリとンフィーレアを連れて集会所へ移動する。

 

門から離れるジョンの耳に、楽しそうなルプスレギナの声が聞こえていた。

 

 

「――うんでさぁ、何処までマジ?」

 

 

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漆黒の剣の面々は目の前で行われる絶世の美女とゴブリンのやり取りを息を呑んで見守っていた。

 

ジョン・カルバインといた間は始終、恋する乙女の表情を浮かべていたルプスレギナは、今はニヤリと肉食獣の笑みを浮かべている。

それに対し、ゴブリンリーダー(ジュゲム)も歴戦の戦士が浮かべる笑顔でもって迎撃していた。周囲の馬鹿話をしていたゴブリンたちは未だ口は動かすものの、注意をルプスレギナに向けているのは見渡せば一目瞭然だ。警戒感の強く混じった視線が自らに向けられる感覚に、ルプスレギナは笑みをより強くする。

そこにいるのは狩りを始める前の狼に似た生き物だった。

 

「何の話ですかね?」

「本気でやったわけじゃないんでしょ? あの馬鹿騒ぎ」

「なんのこと……」

 

そこまで口にしてゴブリンリーダー(ジュゲム)は黙る。無駄だと理解したようだった。

 

そうして語り出すゴブリンの作戦、戦略眼に漆黒の剣は舌を巻き、自分達を怖くないと言っていたゴブリン隊の面々が、確かに自らを上回っていた事を理解し、更にその伏兵すら看破するルプスレギナに恐怖を覚えた。

 

ゴブリンリーダー(ジュゲム)は続ける。

 

「……口封じ、証拠の抹消。エンリの姐さんは、さっきの人狼の兄さんに依頼されましたが、あんたたちみたいな存在がいるのに単なる農民の姐さんにお願いする理由が今一歩理解できなかったんですよ。この村の人間じゃなくちゃいけないとするなら、それはどういうことなのか。それは成功を期しての行動なのか。本当に生きて帰ってほしかったのか……村の全員より姐さん1人の命のほうが重いですけどね……でも、妹さんはここにいるし……だから一同覚悟を決めてここに来たってわけです」

 

ゴブリン達の自らを危険に晒し、生命を捨ててでも主を守ろうと全身全霊を尽くす姿にルプスレギナは共感を覚えた。

それは至高の御方の為に尽くす自分達と同じ想いだったからだ。

ルプスレギナは感心したように笑い。それから真面目な顔を作った。そして、丸っこい瞳に幼い優しい表情を浮かべた後、凛とした声でゴブリン達へ言った。

 

「ゴブリン。ジョン・カルバイン様はエンリ・エモットが生きて帰れるようお前達を授けた。お前達が心配するような事は何も無い」

 

ゴブリンリーダー(ジュゲム)はルプスレギナの顔をしばらく眺め、それから深く頷いた。

 

「……信じますぜ、美人のメイドさん」

「超を付けてほしいけど勘弁するっす。それともし彼女達に何か起こりそうなら、命乞いは私もしてあげるよ」

「たのんます」

 

ぺこりと頭を下げるゴブリンリーダー(ジュゲム)にルプスレギナは邪気の無い笑顔を向ける。

 

「私は好きっすよ。忠義に厚い奴って」

 

 




ジョン・カルバインを生贄に墓地へ送り、特殊召喚「怒れる生死の支配者(モモンガ)

《ワイデンマック/魔法効果範囲拡大》
《クライ・オブ・ザ・バンシー/嘆きの妖精の絶叫》
《The goal of all life is death/あらゆる生あるものの目指すところは死である》を発動。

フィールドの全てのカードはゲームから取り除かれる! とか妄想した。

次回本編は「第22話:エ・ランテルの錬金術士」です。


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第22話:エ・ランテルの錬金術士

2015.11.13 23:05頃修正 ンフィーレアのアトリエ → ンフィーのアトリエ
感想でこちらの方が語呂が良いと助言を受け、確かにそうだなと思ったので修正。


 

集会所までの道すがら、ジョンはエンリに村の中に増やした設備の簡単な説明をし、エンリの家も修繕した事を伝えながら歩いていった。

 

一緒に歩くンフィーレアは村の家に設置された《環境防御結界》と《永続光》を利用した照明器具。共同浴場、教会、《フィルター》を使った屎尿処理設備に、前髪に隠れた瞳を零れ落ちんばかりに見開き、エ・ランテルでエンリからポーションを見せられた時よりも衝撃を受けた様子でふらふらとしながら歩いていた。

 

「エンリ、これって世界基準からするとおかしいのか? 村の人は喜んでたんだけど」

「ええと、私も魔法の事は良く分らないので……」

 

余りにも衝撃を受けている薬師ンフィーレアの姿に、ジョンは困ったように頭を掻きながらエンリに問う。

しかし、エンリもどうしてンフィーレアがこれほどの衝撃を受けているのか分らず、困ったように答えるだけだった。

 

「なぁ、ンフィーくん。これってそんなに凄いのか? 全部、第1から第3階位の魔法だから、君たちでも出来るものだよな?」

「そそそ、そうです。出来ます。効果の永続化は出来ないものもあります…けど、確かに僕たちにも出来ますけど、けど……こんな使い方は想像もした事もありませんよ!」

 

あ、この子は薬師と言うより錬金術師なのか。

だから自分達の技術で何が出来て何が出来ないか。その発想の幅まで理解してるから、この世界の発想から外れてる設備を見て衝撃を受けてる。

若いし、技術あるようだし、俺と違って発想力もあるようだし、この子は買いじゃね?

 

道々、ンフィーレアに聞いてみると薬師と錬金術師の区別は曖昧で、祖母がエ・ランテルで薬師として名声を得ているので薬師と言う事になっているが、実際には錬金術師になるだろうと言う事だった。その話を聞き、ジョンは思う。

 

【ンフィーのアトリエ】……ありだろ。

 

 

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集会所でテーブルを囲んだ3人であったが、ジョンの前には黒々草茶、エンリとンフィーレアの前には赤い果実水があった。

 

「カルバイン様、黒々草茶を飲まれるんですか?」

「この苦味が気に入ったんだ。……そんな畏まらないでくれ。飲むんですかーぐらいで良い」

 

ひらひらと手を振って答えると、黒々草茶をごくりと飲み干す。それを見て、エンリとンフィーレアも目の前の赤い果実水を恐る恐る一口飲む。

 

「甘い!」

「これは……ブドウ、ですか?」

 

エンリは単純にその甘さに、ンフィーレアは自分の知るブドウよりも遥かに甘く芳醇な香りの果汁に驚いた。

二人の驚きにジョンは笑って答える。来年あたりからは、このブドウも植えて栽培を始めたいと。

ンフィーレアは、先ほどまで野生の獣のような姿をしていた青い人狼――今は大柄な銀髪金眼の青年――が、自分達より遥かに多くの知識を持っている。自分達よりも優れた文明的な存在なのだと理解し、ごくりと唾を飲み込んだ。

 

そのンフィーレアの前で、エンリとジョンの話が始まっている。

 

内容はンフィーレアも知っているものだった。

村を出発する時から、ゴブリン達の護衛も有り、特に何事もなく帝国の陣地まで行き、村が襲われた話を帝国騎士に話し、鎧と羊皮紙を置いてこれた。

そのままエ・ランテルに寄り、神殿に移住希望の募集をお願いし、友人であり薬師であるンフィーレアにポーションの鑑定を頼んだところ、詳しい話を聞きたいとンフィーレアが護衛を用意して一緒に来てくれたのだと言う話だった。

色違いのポーションにそこまで興味を持ったのか、とジョンがンフィーレアに顔を向ける。

 

「その前にカルバインさん……」

 

ジョンの金の眼がンフィーレアを興味深げに見つめる。見返すンフィーレアは憧憬と感謝の眼差しでジョンを見上げている。

そんな純真な少年の態度にジョンは照れくささを覚える。

 

ンフィーレアは望んでいたポーション、神の血の詳しい話をいよいよ聞ける喜びに身を震わせ。けれど、間違えちゃいけない。そう自分に言い聞かせる。

 

今この時だからこそ、ンフィーレアは自分を振るい立たせて立ち上がり、テーブルを避けてジョンの正面になるように立つ。知識欲はある。ポーションの製法も知りたい。

 

けれど、エ・ランテルの工房を突然訪ねてきたエンリの話を聞いて、自分は何を思った? 血の凍る思いではなかったか?

当たり前の日々。当たり前に続くと思っていた未来が、実は何の保障もないのだと突きつけられたあの時、自分は、僕は、何を大切に思った? 何を守りたいと思った?

 

神妙な表情でジョンの前に立ち、真摯な眼差しで金の眼を見つめる。不思議そうに首を傾げたジョンへ、ンフィーレアは万感の想いを込めて深々と頭を下げた。

 

 

「この村を助けて下さって、本当にありがとうございました!!」

 

 

突然、深々と頭を下げたンフィーレアに、ジョンは眼をぱちくりとさせた。

 

「どうした? 君は別にこの村に住んでいるわけでも……」

「いいえ! ありがとうございます。僕の好きな人を助けてくれて! おかげで! 僕は、また好きな人に会う事が出来ました!」

 

「……ンフィーの好きな人って、この村にいたの?」

 

 

「「え?」」

 

 

心底、不思議そうなエンリの声に――ンフィーレアは膝から崩れ落ちた。

 

「し、しっかりしろ、傷は浅いぞ!」慌ててンフィーレアを助け起こし、いもしない衛生兵を探すジョン。「メディーック(衛生兵)! メディーック(衛生兵)!!」

 

助け起こした不憫な少年へ、ジョンは自分の事を棚に上げて沁み沁みと語りかけた。

 

「伝えてもなかったのか……俺はてっきりそう(恋人)だとばっかり。……エンリ。ンフィーレアくんの好きな人って、エンリに決まってるだろう」

「わーー! カルバインさん!!」

 

「えー!?」

 

ジョンの言葉に両手を口元にあてて驚くエンリ。頬を赤く染め、同じく真っ赤になったンフィーレアへ「……本当に?」「…う、うん」などと実に微笑ましいやり取りをしている。

ジョンはジョンで(良いなー。青春だなー。俺はリア充爆誕の瞬間を見たぞ)とか、(お? エンリは驚いてるけど、嫌がってはいない感じ? それなら……)などと考えていた。

 

出来れば、青春すぎて痒くなるので、俺のいないところでやって欲しいなーとも、思っていたが。

 

「エンリを嫁に連れてかれると困るんだが……ンフィーくん。この村に移住しないか? 今ならポーションの研究資料と機材もついてくるぞ」

 

工房(アトリエ)も建ててやろうと続ける。

この場合、世の薬師、錬金術師が涎を垂らす研究資料と機材は全て、エンリのおまけ扱いである。

 

「……それは、とても魅力的ですが、どうしてそこまで」

 

「ここのポーションの作り方を知らないのが一つ。俺達の知ってるポーションの材料が手に入るか分らないのが一つ。だから、ここで作れるようになれれば、それに越した事は無いからだな。あとはポーション以外も作れる錬金術師の工房(アトリエ)が村に欲しい」

 

俺はンフィーくんが思うほど、大した事は出来ないんだよ。

そう言って朗らかに笑い。

 

(エンリとのやりとりで良いリアクションしてくれたから)とは賢明にも、今回は口に出さなかった。

 

 

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ンフィーレアの話から、この世界でのポーションは青色で時間経過で劣化する薬草を主とするもので、かつては劣化しないポーションが神の血と呼ばれていた事が分った。

消耗品であるから、赤いポーションはなくなり、青いポーションだけで何百年か経つ内に神の血は青いなどと言われるようになったのだろう。

 

ジョンとしては、鉱物系の材料から製作するポーションと同等の効果を薬草系の材料から作り出すって、そっちの方が凄いんじゃね? と思う。

 

そんな事を考えながら、エンリとンフィーレアと連れて門の所へ戻ると、ゴブリン隊と冒険者“漆黒の剣”がルプスレギナの用意した軽食を取りながら談笑していた。

それは予定通りの光景だった。

 

 

その中にしれっと交じる大柄で両手剣を2本背負った漆黒の戦士の姿がなければ。

 

 

「ですよね! モモンさん! まったく皆、好き勝手してばっかりで!」

 

ぺテルと漆黒の戦士が、メンバーの苦労話で盛り上がっていた。漆黒の戦士はすっかり輪の中に溶け込んでいる。

 

PKから助けた人と話し込んだり、野良パーティ組んだりした時も、モモンガはちゃんと会話できていたのだ。

別にコミュ障と言うわけではない。その気になれば、冒険者に溶け込む事も出来るだろう。その気になれば。

 

(……そんなに冒険に行きたかったのか)

 

この辺りはダーシュ村攻防戦をしながらギルドの維持に協力してきたジョンと、自分にはAOGしかないとナザリックの維持に全力を注いでいたモモンガの意識の違いだろう。

あの日、あの場所で終ったユグドラシルの続きを、ジョンだけとはいえ行える。仲間の残したNPC達も、仲間の心の欠片を持って、ここにいてくれる。

 

それがどれ程の喜びか。

 

常に冷静である筈のモモンガの精神が浮かれまくって、この世界で始めて会った冒険者に近づいてアレコレ話を始め、あわよくば一般常識を教わりながら一緒にエ・ランテルまで行って冒険者を始めたいと、迷わず行動に移す程の喜びだ。精神作用効果無効がなければ、見ていられない程、はしゃいでいたのではないだろうか。

 

見た事も無いほど明るいモモンガの様子にジョンが唖然としている間に、話題は仲間の事になってしまったようだ。

 

 

「それでも皆、素晴らしい仲間達でした。出来る事ならもう一度会いたいものです」

「あ……す、すみません」

「え!? いや、もう会えないぐらい遠い世界にいるのは確かですが、誰も死んでいませんよ」

 

(……モモンガさん、それ普通に死んだって受け取られないか?)

 

モモンのフォローになっていないフォローを受けて、漆黒の剣の面々の表情が、申し訳なさそうな微妙なものになっていた。

その微妙な空気に気づいているのか、いないのか。漆黒の戦士(モモンガ)は微妙な空気を吹き飛ばすような喜色溢れる声でジョンに向き直る。

 

 

「ジョンさん! 彼等と話しまして、一緒にエ・ランテルへ行って冒険者登録なんかを手伝ってくれるそうですよ!」

 

 

浮かれまくった骸骨もとい漆黒の戦士の面頬付き兜(クローズド・ヘルム)へ、落ち着けとチョップを軽く叩き込む。

ぐわぁん、と鈍い大きな音が響き、その音の大きさに漆黒の剣とゴブリン達が、ぎょっとしてモモンに注目する。

 

「落ち着け、モモンgーさーん」

「うわぁッ!? ってぇぇ、ぐわんぐわんするんですけど!?」

 

あれだけ音が響くと耳はさぞ酷い事になっているのだろうと同情の眼を向けられながら、平然と会話を続ける二人。

その姿に、この二人は自分達を超えた領域にいる強者に違いない。その場にいるもの達はその思いを強めた。

 

「そりゃ『アイアン・スキン』と『アイアン・ナチュラル・ウェポン』を常時展開してるからね」

「それ意味あるんですか?」

「特訓と言えば定番でしょ? 持久力を養い、常に展開する事で能力の底上げを狙う。あと不意打ちされても防げるな」

 

《そして、その心は?》

《その方がカッコイイから!》

 

モンクの初歩にして必須スキル。

『アイアン・スキン』と『アイアン・ナチュラル・ウェポン』を常時展開しているとの言葉に漆黒の剣は耳を疑う。

それは戦闘時に使用するもので、日常で連続使用し続けられるものでは無い筈なのだ。

 

武技:戦気梱封や流水加速を常時使い続けるようなものだろうか。ぺテルはどちらも使えないが。

強者の行いに、自分達も日常から出来る事はやるべきなのだとの思いをぺテルは強めた。

 

「ほら見ろ、ルクルット。やっぱり常に備えて歩くのは大事なんだよ」

「だからって、街中でも隊列組んで歩く事はないだろっ!?」

「襲われるかもしれないからな」

「警戒はいついかなるときでもするべきである」

 

ペテルは常に隊列を組み、有事に備える大切さを改めてルクルットへ説く。ダインも分ってくれるようだった。

だが、ドルイドであるダインはそう返答をしつつも、その顔には『なわけないよな』という表情が浮かんでいたが。

 

「するべき時と、しない時ってあるだろうよ!」

「いや、超遠方から飛来したドラゴンが、突如襲撃を仕掛けてくるかもしれませんよ?」

 

せめて、街中とか見通しの良い街道はやめようぜ。隊列の先頭に立つルクルットは叫ぶが、魔法詠唱者であるニニャからも同意が貰えない。

肉体派ではないニニャは面倒なので、どうでも良いと言った雰囲気だ。

 

「そりゃどこの糞みたいな物語だ。常識で考えてそんなことがあるのか!!」

 

漆黒の剣では度々繰り返されているやりとりであったが、今回はそんな常識を持っていない存在が隣にいた。

 

 

「あー俺は結構あるぞ。探知範囲外から(超位)魔法撃ち込まれたり、ドラゴンとかに強襲されたり、 弓 (ゲイ・ボウ)長々距離(2km~)から爆撃されたり……」

 

 

「マジかよ!  どんだけ狙われてるんだよ!」

 

「いやいや、冗談に決まってるだろう?」

「そうですよ、そんなわけ……」

「強者の日常とは凄まじいものであるな」

 

 

「「「ダイン?」」」

 

 

/*/

 

 

ジョンとモモンガ、ルプスレギナ、エンリ、ネム、ンフィーレア、ゴブリン隊に漆黒の剣が、ぞろぞろとエンリの家まで移動する。

村の人口が40名余まで減った中、エンリとネムとゴブリン隊が村に加われば、村は60名余の数となり、村人の3分の1をエモット家が占める事になる。

 

死の神アインズから角笛を授けられ、村の救世主たる人狼達からの覚えも良いエンリ・エモット。どう考えても次期村長は間違いなくエンリ・エモットだろう……本人は気づいていないが。

 

綺麗に修繕されたエンリの家は目の前に広い訓練所があり、訓練所を中心にして、コの字の左右にゴブリン達が使う家がある。

 

「んで、ンフィーくん達は今日はこのまま村に泊って、明日から大森林に入って薬草採取。モンスターを討伐しつつ、エ・ランテルに戻る、と」

「ええ。薬草を取りにきたのは本当ですし、お話頂いた件は、帰ったらお祖母ちゃんに相談します。間違いなく、こちらでお世話になるようになると思います」

 

ジョンとの会話で、エンリが心配で冒険者まで雇って村まで来た事がバラされたンフィーレアは、開き直って薬草がついでで、本命はエンリですと言葉の端々に出し始めた。

漆黒の剣やゴブリン隊はそれに気づいたが、エンリにはもっと直接的に言わないと伝わらなさそうな所が周囲の涙を誘う。

 

「お祖母さんに反対されたら?」

「移住についても反対しないと思いますよ。でも、万一反対されたら僕一人でもこちらでお世話になります。その時は宜しくお願いします」

 

そう言って深々と頭を下げるンフィーレア。

街での名声も、祖母からの工房も投げ捨て辺境の村へ移住すると迷いなく言い切る少年。

エンリも流石に迷いないンフィーレアの言葉に驚き、何か言い掛けるが、そこで迷うように口を閉ざした。

 

その様子にルクルットとペテルがひそひそと話し合う。

 

「ところで、エンリちゃんとンフィーレアさんどうしたの?」

「なんだか微妙な距離感になってるな」

 

それが聞こえたジョンは深く考えずにルクルット達へ喋ってしまう。

 

「ンフィーくんに『僕の好きな人を助けてくれてありがとうございました』って礼を言われた時にさ。エンリちゃんが『え? ンフィーの好きな人ってこの村にいたの?』って……それで崩れて落ちたンフィーくんがあんまりだったんで、つい『ンフィーくんの好きな人って、エンリに決まってるだろう』って、俺が言っちまったからかな」

あっはっはと能天気に笑うジョンだったが。

 

「「うわぁ」」

 

呆れたような声が、ニニャとルプスレギナから上がった。

思わぬところから上がった声にジョンは慌てる。

 

「待ってくれ。てか、なんでルプーが!?」

「え? ジョン様、友達感覚でお話して良いって言ったじゃないっすか?」

 

「うん、言ったな。そうしてくれて、嬉しいぞ」

 

気安く話してくれて至高の御方は嬉しいぞー。でも、なんで今なんだ。

モモンが良いなーと言った風にこっちを見ているが、そこは自分でなんとかして下さい。

 

「そうは言っても、事故でもなんでも、自分では伝えられない想いが伝わったんだから、そこは感謝してもらっても良いだろう?」

 

実にヘタレらしい言い草であったが、女性的な感性からは共感は得られなかったようだ。

珍しく、ルプスレギナのジョンに対しての呆れたような言葉が続き、ニニャもそれに続いた。

 

「それはどうすかねー」

「本人からきちんと伝えるべきだったと思いますけど」

「うへぇぁ、厳しいっすねー。ちなみにニニャちゃんはどんな告白が良いっすか?」

「私は……え? いやだな、ルプスレギナさん。私は男ですよ?」

 

「え?」

「え?」

 

ジョンとルプスレギナがペテル達を見て、ニニャを見る。

彼らの間を天使の軍勢が通り過ぎて行った。

次いで、ニニャがしまったと言う表情をし、ペテルが二人とニニャへ申し訳なさそうに言葉を発する。

 

「すみません、お二人ともそれ以上は……」

 

「ルプー、俺達は何も気づかなかった。良いな?」

「はぁ、ジョン様。了解っす。……ばればれっすけどねぇ」

「俺達にはな。人間は気がつかないんだろう」

 

人狼である自分達からすると丸分かりだったのだが、ニニャに取ってはそうではなかったようだ。

 

ニニャは仲間達にも性別を偽っていたようだが、仲間達はそれを承知で気づかない振りをしていたようだ。

なんとかニニャを宥めようとあれこれやりとりしている。

そんな仲間を思う姿を懐かしそうに、眩しそうに眺めているモモンガ。

漆黒の剣を羨ましげに見ているモモンガへ、やれやれと肩を竦めてジョンは話し掛けた。

 

「冒険者やるって、モモンさんは戦士で通すの? じゃあ、俺は魔法詠唱者かな。え、名前? そのままじゃ不味い? え?…なん、だと」

 

モモンガさんの口から「偽名の方がカッコイイでしょう」だって!?

 

ジョンは、ついにモモンガも浪漫(厨二病)を理解してくれたのかと感動に打ち震える。

モモンガとしては、ジョン・カルバインは戦士長に名乗った名前であり、それは王国に喧嘩売ってる人狼の名前だから、一応は違う名前を名乗っておけと言う意味だったのだが。

 

そんな気遣いに気づく事無く。ジョンはモモンガの漆黒の戦士モモンはたっち・みーのリスペクトだろうかと考え、モモンが戦士なら自分は魔法使いだなと自分の外見を考慮せず決める。

 

その大柄な身体。野性味溢れる褐色の肌、逞しく筋肉のついた肢体、鋭い金の瞳。銀の髪はトップ部分を狼のたてがみのように立たせたウルフカット。人狼形態の普段着(ズボンのみ)から変身し、上着を羽織っただけの姿。その上着の前は開け放たれ、割れた腹筋と逞しい胸板を見せびらかす魔法詠唱者。

 

10人に聞けば、10人が「お前のような魔法詠唱者がいるかっ!!」と突っ込みを入れるだろう肉体。しかも第三位階まで使える設定にするつもりである。

 

「カルバイン、タルバイン、ジョン、ジュン、ジャン……しっくりこないなぁ。ジョ、ジョ、ジョン。ん? ジョ、ジョン。ジョジョン。良しッ――ジョジョン・シマ・シゲルでどう?」

「おー良いですね!」

「そ、そう?」

 

モモンガの感嘆の声に照れるジョンだった。既に冒険者としてエ・ランテルへ行く流れになっているが、どの道、豚なども買い入れたかったから良いだろう。これも開拓の一旦だ。出稼ぎである。出稼ぎ。決して、うっかり『何でもするから助けて』とか言った所為ではない。

傍から見れば、凄く騙されていると言うか、本末転倒のような気もするが、本人が納得しているのだから良いのだろう。

 

 

「それで、ゴブリンリーダー。……ジュゲムだっけ?」

「なんですかね、怖い兄さん」

「モモンさん程は怖いつもりはないんだが……まあ、いいや。一寸、特訓もとい訓練しないか。お前さん達がどのぐらい出来るのか確認しておきたい」

「事故は起きませんよね?」

「それなら村の外で、皆まとめて薙ぎ払ってる」

「……信じますぜ。怖い兄さん」

 

「お前さん達みたいなの。俺は好きだぞ」

 

そう言って笑うジョンの表情を見て、ルクルットが「うわぁ」と零し顔を覆う。

ペテルが「どうした?」と不思議そうに問うと、ルクルットは明るい笑い声をあげた。

「いや、今の笑い方がルプスレギナさんにそっくりで、敵わねぇなぁって」

 

「そうか! そっくりか!」

 

ジョンも笑って答え、ルプスレギナも「いやぁ、照れるっすね」と頭を掻いた。

 

 




次回本編「第23話:辛い特訓を考えて見たまえ。」


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第23話:辛い特訓を考えて見たまえ。

2015.11.29 16:35頃 誤字修正


 

エモット家前の訓練所ではゴブリンの訓練と言う名の性能試験が行われていた。

 

ただ、ジョンが直接手を出すと確認にならない為、魔法で低レベルの簡易ゴーレムを作り出し、対戦相手としていた。

簡易ゴーレムは等身大の出来の悪い木製のデッサン人形のような外見だったが、手もあって武器も持たせられた。

 

ユグドラシルの10Lv簡易ゴーレム・オーク(樫の木の枝から創られる設定)は雑魚も良いところで初心者の盾役だった。AIに指示をあたえて動かす半自動のモードと、自分で操作する手動モードがあり、現実になってもそこは変わらないようだった。

 

本職(愉快なゴーレムクラフター)ではないのでAIも外装も弄れないが、手動で動かす分には(集中が必要なので自分は動けなくなるが)10体程度は動かせるようだった。

 

90分で消えてしまう為、開拓に使うなら持続時間の長い《建築作業員の手》の方が使い勝手が良く。低レベル簡易ゴーレムのAIは単純機能でAI任せでは殴る事しか出来ないし、攻撃されても回避もしない。

 

ジョンが自分で使う時は一撃で消し飛ぶ等身大の的として使っていた。

 

手動であればジョンが全ての動きを制御する事が出来たので、ゴブリン達を相手にするには十分過ぎる性能だった。寧ろ、下手な弱体化装備を用意しないでゴブリン達と戦えるのはジョンにとって大きなメリットだ。

 

簡易ゴーレムを使っての1対1から始まり、多対多までの戦闘訓練を行った。

戦ってみた感じ、自分達が弱いと自覚しているゴブリン隊の方が、ナザリックのNPC達より油断が無く、工夫をしてくる。

この辺りは召喚者が弱いのも原因の一つだろうか。

 

ナザリックのNPC達をフォローするとすれば、先ずシャルティアは性格上仕方ない。

 

戦闘特化のガチビルドだが、性格はペロロンチーノが理想を詰め込み。戦闘最強を目指した際の標語「シャルティアはナザリック階層守護者にて最強」「慢心せずして何が最強か」に思わず釣られ、ジョンも製作に協力した。

 

その結果、真紅の鎧も神器級(ゴッズ)となり、色を揃えた伝説(レジェンド)級の盾も作れた。

 

信仰系魔法詠唱者の利点は比較的重武装できる点にあり、ランス、鎧、盾と装備が揃った事で防御とステータスもアップし色々と危険。最初からガチで来られると、PC側の優位である超位魔法と課金が消えるとヤバイレベルになった。

それ故の慢心せずして何が最強かである。

 

そう言った最初から強者として創り出された存在と、ゴブリン達では自ずと意識も変わってくるだろう。

 

ナザリックのNPC達にとって、自分達は強くて当然。()()()()()()なのだ。

ルプスレギナを思いながら、定められた限界を超えようと言う欲求も、ゴブリン達の方が早く持つのではとジョンは思う。

 

そんな厳しく、激しい訓練だが、他人がやっているのを見ると自分も交ざりたくなるのが、人の性である。

 

漆黒の戦士モモンが、訓練に交ざりたそうにこちらを見ている。(交ぜますか? Yes/No)

 

ジョンはゴブリン達の戦力確認が終るまで努めて無視していたが、一通り終って用済みになった簡易ゴーレムを1体向かわせ、「壊さないで戦えるなら、交ざっても良いですよ」と言って見た。

嬉々として簡易ゴーレムに両手剣を振り下ろす漆黒の戦士。ゴーレムは見事、真っ二つになった。

 

「「……」」

 

もう一回。もう一回と頼むので、1体ずつ的にしてやったが、全て真っ二つにしてくれた。

 

手加減する方が難しいから仕方ない。

加減が出来ない事にショックを受けたモモンは膝をつき、地に手をついてがっくりしている。

 

そのモモンガを前に、30Lvぐらいの戦士で、再生能力とかあって、簡単に死なないモモンガの訓練相手がいないかなぁ。ジョンはそう思い空を見上げた。

 

とりあえず、モモンガに基本の立ち方とそこからの素振りを教える。本当に力だけで振り回していると、見るものが見れば直に分かってしまうのは避けたい。

素振りを始めたその両手剣が巻き起こす旋風に、ゴブリン隊と漆黒の剣が青い顔をしていたが、気にするなと手を振る。

 

しかし、他人がやってるのを見ると自分もやりたくなるのは異世界でも変わらないようだった。

 

漆黒の剣の面々が、真剣な眼差し、神妙な表情でジョンの前に並んだ。

 

「俺達も訓練させてもらっても……いえ、お願いします! 俺達に稽古をつけて下さい!」

「「「「お願いします!!」」」」

 

冒険者として強くなる事に真摯であるからこそ、漆黒の剣は自分達よりも遥か高みにいる存在。その存在がゴブリンや仲間に稽古をつけている姿に思ったのだ。自分達も、と。

教えを受ける事が出来れば、それをものにする事が出来るのなら、それはどんな武器や魔法よりも自分達の力となる。人間が種として弱いからこそ、強い力に憧れた。

 

ジョンとしては、この漆黒の剣と言うチームが気に入りつつあったので教える事はやぶさかではなかったが、一応こんな時の定型句(だと思う)「どうして強くなりたいのか?」と聞いてみた。

 

「強くなりたいんです」

張り詰めた瞳でニニャが答え、ペテル、ルクルット、ダインが続けて答えた。

 

「強くなって、漆黒の剣を見つけて」

「強くなって、名を上げて」

「ニニャの姉を取り戻すのである」

 

「……皆」

 

驚いた表情をしたニニャ。照れくさそうにペテルとルクルットが笑い。ダインは当然と言った風に構えている。

 

「なんだよ、その顔」

「仲間なんだから当たり前だろ」

「漆黒の剣を見つければ、蒼の薔薇のように王都に出入りも出来るのである」

「そこまで名を上げれば貴族だって放っておかないさ」

「そうなったら、俺も美人の嫁さんを見つけられるな」

 

照れ隠しにそんな事を言って見せ、場を和ませるルクルット。

自分が仲間を偽っていたニニャ。実はそれは仲間達が知っていた事を知らなかったニニャ。

ぎくしゃくしかけた関係だったが、彼らの絆はそれで揺らぐ様なものではなかったらしい。

見ていてどこか温かくなるやり取りだった。

 

《良いチームですね》

《本当ですね》

 

ジョンとモモンは漆黒の剣のやり取りを眩しそうに、懐かしそうに眺めていた。

 

《それでどうするんですか?》

《気に入ったから、特訓してやるけど?》

 

どうせ、冒険者になったら実力的に悪目立ちするだろうし、弟子の一組もいていいでしょう。そう事も無げに続けるジョン。

モモンガはこいつは戦闘と開拓が絡むと、本当に頭の回転が良くなるなと呆れながら、一緒に冒険に行ってくれるなら、私も文句はありませんよと答えた。

 

 

/*/

 

 

ゴブリン達に代わり、ジョンの前に並んだ漆黒の剣。彼らを前にしてジョンはこれまでに無く真剣な表情で口を開いた。

 

「では、最初に行っておく。『死なないでくれ』」

「え?」

 

「今まで付き合いがあるの割と頑丈な連中(75Lv超PC)ばっかりでさ。ゴブリンとか普通の人間だと手加減が上手く出来ないかもしれない」

「おい」

 

ルクルットが突っ込みを入れたが、これまでに無いジョンの真剣な表情に冗談では無い事を感じ取り、漆黒の剣の顔つきも真剣になる。

100Lvの前衛職の筋力では59Lvのルプスレギナの手首ですら、うっかり握り潰しそうになるのだ。10Lv前後っぽい彼らでは、うっかり触っただけで、ぐしゃっと行くかも知れない怖さがあった。

(俺はいつから改造人間(昭和ライダー)になったんだろう)

人付き合いにも弱体化装備は必須なんではないだろうか? 割りと真剣に悩むジョンだった。

 

「さて、時間も無いから、即効性のある特訓と戦術の見直し。反復練習の方法を教える。

 一朝一夕に強くなんてなれないわけだが、それでも特訓でその不可能を求めるなら……思い浮かぶ限りの辛い特訓を考えろ。

 

 考えたか?」

 

神妙に頷く、漆黒の剣の面々。

 

 

「そんなものは! 天国だッ!!」

 

 

先ず漆黒の剣へ、ルプスレギナに信仰系第四位階《高速自然治癒》をかけさせる。

 

この駄犬。「特訓」「修行」「師匠」「弟子」などの単語に刺激され、自重とか忘れてノリノリである。

 

ユグドラシルでは通常の治癒では筋トレにならない設定だったので、ジョンは運営に「筋トレに使える治癒魔法は何か」と質問した事があった。

通常の治癒、復元能力では筋トレにならない。高速自然治癒、再生能力などの自然治癒の延長上のものと、モンクの気功治療が筋トレの役に立つ設定との返答だった。

 

そして、最後にゲーム上での性能差はありませんと注意書きがあった。

 

第一位階の《早足》の逆、《鈍足》で動きを20%遅くするなど、自分の特訓用に習得しているとの設定だった弱体化魔法でステータス全体を落とした上で、フル装備で村の周囲を駆け足で回らせる。

そのままでは訓練にならないので、ペースメイカーに眷属召喚で呼び出した狼をつけての上でだ。

 

そして、3人が走っている間に1人ずつ(多分)ショック死しないであろうギリギリを狙い、じりじりと殺気を強めながら叩きつける。

 

漆黒の剣の面々は、姉を思い、仲間を思い、夢を思い。涙を零しながら、呼吸すら出来なくなりながら、恐怖の中でもがき必死に生を掴もうと足掻いた。

体力作りで辛いとか、打合いで打ちのめされて辛いとかは想像した。

だが、こんな殺気だけで意識が白くなり、死にそうな特訓(体験)は想像すらしていなかった。

 

確かに自分達の考える限りの辛い特訓など天国みたいなものだ。

 

「「勇気」とは「怖さ」を知る事。「恐怖」を我が物とする事だ。決して恐怖を忘れて、勝てもしない相手に突撃する事じゃない」

 

恐怖と安堵の涙を流しながら、ジョンの言葉を聴く。恐怖に我が物にされそうですとボケる余裕など勿論ない。

これだけの殺気、これだけの恐怖を叩きつけられて、忘れる事など出来るだろうか。

夜毎に思い出しては恐怖に震え、涙を零すのではないだろうか。

そして何よりも。

 

「夢と希望に満ち溢れてた表情が、無力を知って恐怖と絶望に染まる。いやー、良い顔っすね。好きな表情っすよ。すっごくゾクゾクしてくる」

 

天真爛漫な笑顔を振り撒いていたルプスレギナの表情はひび割れ、そこから瘴気が噴出してくるような笑顔になっていた。

人を喰らう肉食獣の獰猛な笑みとも違う。人の尊厳を踏み躙り、弄ぶ、悪意こそが喜び。人間が理解したくないと本能的に忌避する。そんな笑顔だ。

そんな笑顔を浮かべたルプスレギナが、彼らの精神が砕け散りそうなる度、精神異常の回復魔法をかけ、助けて(?)くれる。

 

「これはたまらん表情っすね。うひひひひ」

 

恐怖と絶望の狂気から救い上げられ、引きつった顔で安堵の涙を流しながら思い出す。

昔聞いた話だ。

 

『強い奴は皆、どっかおかしい』、その話が嫌と言う程に実感できた。

 

 

/*/

 

 

ペテル・モークは王国の出身だ。

都市部の比較的裕福な家の四男として生まれ、家を飛び出し冒険者となった。

別に家族と不仲だったわけではないし、チームメイトのニニャのような不幸があったわけでもない。

比較的裕福な家に生まれ、簡単な読み書きも教えてもらえ、高望みしなければ都市生活者として何か仕事に就く事だって出来ただろう。

 

冒険者となってチームメイトにも恵まれ、中堅の銀級まで成れた。

 

人生は割合と順調に進んでいて、王国戦士長やブレイン・アングラウスのような強者となる事は無理でも、いつかは白金級冒険者ぐらいには成って名声を掴み、ニニャの姉だって助けてやれれば良いと思っていた。

 

そんな自分の夢や希望、自信は、この人狼の戦士の前に立っただけで粉砕されてしまった。

 

口から掠れた声が漏れ、全身は震え、剣先は狂ったように踊っている。

圧倒的な強者。そのジョンに訓練を着けてもらうという幸運。幸運だと喜んだ事を後悔する余裕もない。

ガチガチと震える歯を必死に噛み締め、恐怖に耐えようとする。

 

無様なペテルを鼻で笑い、手に持った杖――穂先を外した槍の柄に見える――を、ゆっくりと見せ付けるように突きの体勢に構えていく。

何が起こるのか? そんなものは決まっている。杖で、ただの棒切れで自分は突き殺されるのだ。がたがたと震えながら、いやいやと顔を左右に振る。そんなペテルの意志表示にジョンは答えず、代りにルプスレギナが蠱惑的な笑顔で喜びを露にする。

 

「良い顔っすね。好きな表情っす。私の中のお気に入りランクがググッと上昇っすよ」

 

ルプスレギナの言葉と共に殺気がより一層強まったような気もする。意識が白く、現実から逃避しそうになるのを必死で繋ぎ止める。

訓練を補助してくれるこの神官は、自分が絶望に染まるのを心底喜んでいるのだ。人間に対する悪意しかないような笑顔で、人間には理解できない喜びで、絶望と恐怖に囚われた自分を喜んで見ている。天真爛漫な笑顔の裏にあったこの顔が酷く恐ろしい。

 

だが、その表情が一瞬で不思議そうな顔になる。落差が大きすぎ、別人になったのではないかとすら疑う。恐怖を感じる程の感情の振幅と切替だった。

 

「ニニャちゃんや村の子供達と違うっすね。弱いだけで……何か覚悟を決めた表情(かお)にならないっすよ?」

「こいつにとって仲間なんて……その程度なんだろう。自分の方が強いから。可哀想って愉悦に浸っていただけなんだろう」

 

冷めた口調でジョンは吐き捨て、限界まで引き絞られた矢が放たれるように、ゴウッ、と風を引き裂く音を立てて杖が走る。

間延びした時間の中、ジョンの杖がペテルの額めがけて突っ込んでくる。

 

これは、死んだ。

 

もはや全身は動かない。あまりの緊張状態に置かれたことで体が硬直しているのだ。

剣を上げて盾にしても、盾を構えて武技を使っても、この杖はたやすく粉砕して自分を貫く未来しか見えない。

 

ペテルは諦め、そして思う。

 

ニニャ、可哀想な子。王国では良くある話だ。

可哀想だから手を差し伸べた。仲間であったから助けてやろうと思った。

自分の立身出世の望みもあった。本能的な強くなりたいとの願いもあった。それらを満たしながら、仲間を助けられるなら、それは素晴らしい事だと思ったのだ。

 

だが、それよりも……可哀想な彼女(ニニャ)

一人、歯を食いしばり、涙を堪えて、この世界、この国に挑んで姉を取り戻そうと足掻く彼女(ニニャ)の力になってやりたい。貴族を敵に回しても助けてやりたいと願ったのだ。

それは決して、その程度の事だったのか?

 

ごうっと絶望に押し潰された精神の奥底から、激しい炎が吹き上がったようだった。激しい炎のような怒りを力に変え、眼からも鼻からも涙を流しながら、体を縛る死の恐怖を打ち砕く。

最早、遅いかもしれない。

迫り来る死を避ける時間は無いかもしれない。

 

だが、それがどうした。

 

身体を捻るように必死に動く。普段に比べるならそれは鈍亀の動きだ。腕を上げ、腕を伸ばし、盾を額と杖の間に割り込ませようとしながら、身体を捻り、剣を突き出す。

杖が盾を貫く瞬間がいやになるほどゆっくりと見えた。間延びした時間の中で必死に身体を捻り続け、盾を抜いた杖を避け様と動き続ける。

 

ごうっと言う音を立てて、杖がこめかみを掠めて伸びていく。ぬるりと血が流れる感触があり、次いで朗らかな声が届いた。

 

「良くやった。ペテル、お前が一番動けたぞ。死の恐怖体験コースはどうだった?」

 

――言われた意味が分からなく、ペテルは呆けた顔をする。

 

「怖かっただろう? いや、本当に死ななくて良かった。一応、ショック死しないように加減しながらやってたんだけどよ。今ひとつ加減に自信がなくてな」

 

ペテルはどさりと膝から崩れ落ち、思い出したように荒い息で呼吸を繰り返す。何かが抜け落ちたぼんやりとした顔でジョンを見上げた。

ジョンを見た。殺意なんて嘘のように無かった。ただ陽気に笑っているだけだ。言葉の意味がようやく理解できて、意識が安堵を感じ始める。

大地に這い蹲り、貪るように肺に送り込む新鮮な空気は生命の味がした。

 

これを全員交替で数度繰り返させられた。

 

恐怖の中でも思考を鈍らせず動けるようになったが、戦士であるペテルが一番伸びたようだった。《即応反射》まで習得できていたのだ。

ジョンは世界が違うからか? えらく簡単に習得したな。と首を捻ったが。

 

「教え方が良かったのでは? 普通は1年ぐらい掛かると聞きますよ?」

 

ニニャ達の言葉に「そうか、そうか」とジョンは嬉しそうに頷いた。

駆け足と死の恐怖体験コースで消耗し、訓練所に大の字に倒れ、呼吸を整えようと必死なペテルが零す。

 

「なんだろう? あっさり新しい武技を習得したのに嬉しくないんだ」

 

その視線の先には、自分を師匠(マスター)ジョジョンと呼べと、ノリノリになってたジョンが新しい玩具を見つけた子供のように眼を輝かせている。

望みの通り強くなっているのに、気の毒としか思えないリーダーから、そっと目を逸らす三人だった。

 

 

/*/

 

 

結局、師匠(マスター)ジョジョンの特訓は日が暮れても魔法の明かりを使ってまで続けられた。

本来であれば体力が続かない筈だったが、ルプスレギナにかけられた《高速自然治癒》によって、恐ろしく腹は減るが疲労は回復し、殺意はぶつけられても怪我はしていないので特訓を続けるのに支障もなかった。おまけにルプスレギナが魔法で作り出してくれる食べ物は普通の神官が作り出すものよりも美味い食べ物で疲労も回復する(魔法のレベルが違います)。

 

「誰だ、この人に稽古つけてもらおうとか言い出した奴は!?」

「君です。ルクルット」

「ペテルだって、強くなれるならって頷いただろ!」

 

「え? 1週間で英雄(勇者)になれるスペシャルハードコース? 結構です。必要ないです。もうお腹一杯です。と言うか死にます」

 

休憩で食事を取りながら、わいわい言葉を交わすペテルとルクルット。ニニャは疲れ切って空ろな眼になり、ダインもぐらぐらしながら食事を取っている。

戦士であり、リーダーであるペテルと、ムードメイカーでもあるルクルットが士気を維持しようと多少わざとらしくも会話を続けていた。

 

そのペテルとルクルットのリアクションを楽しみながら、ジョンはンフィーレアの護衛にはモモンとエンリとゴブリン隊を送り出し、このまま漆黒の剣は特訓させておこうかと言い出す。

ゴブリン達からも、心底、気の毒そうな眼を向けられ、ルクルットはがっくりと頭を落とした。

 

やめろ! そんな眼で俺達を見るな!

確かにお前達の方が強かったけど、今なら互角に戦える気がする。

すげぇ効果だよ。すげぇ効果だけど、なんかこう違う気がする。

 

……何か大事なものを間違えた気がする。

 

簡易ゴーレムと集団戦。但し、簡易ゴーレムの後ろからジョンが殺気を飛ばしている。

簡易ゴーレムの力はゴブリン隊のゴブリン達と同じ程度だが、無駄に恐ろしく動きが良い上に一個の生命体のように連携してくる。

 

連携を失敗しては容赦なく殴られ、骨が折れても後ろから、軽い調子でルプスレギナの声援と《集団軽傷治癒》が飛んで来て、休む間も無く特訓が続く。

心が折れかけると、ルプスレギナが楽しそうに覗き込んでくるのも恐怖を煽り立てた。

 

自分達の訓練が、どれほど独り善がりで温いものだったのか思い知らされた。……本当に、強い奴らがこんな事やってるかは知らないが。

だが、「ニニャは魔法詠唱者なのだから、そこまで体力は必要ないじゃないか?」と言った時、怒るのでもなく、真剣な表情で言われた言葉には納得してしまった。

 

「じゃあ、間違って強敵とぶつかって走って逃げるしか無い時、ニニャが力尽きたら見捨てて逃げるのか? ニニャも自分を担いだら、仲間を道連れにするのに置いてかないでくれって泣きつくのか?」

 

その重みのある言葉に師匠(マスター)へ「やります」と、真剣な表情でニニャは頷いた。

ああ言われてはやるしかないし、最年少のニニャが歯を食い縛ってるのに俺が投げ出すとかカッコ悪すぎるだろう、とルクルットは集中を新たにする。

 

今は魔法で装備を2~3割重くした状態で反復練習。剣の素振り、弓で的を射抜く、メイスの素振り。簡易ゴーレムの攻撃を盾で受けると同時に反撃を寸止めするのを素振りと言うならだが。ルクルットは時折襲ってくる簡易ゴーレムに注意しながら弓で的を射抜き、ニニャは取得魔法の確認と使い方講座を受けている。

これが終ったら、すとれっちとか言うのをやって食事と風呂だそうだ。こんな井戸ぐらいしか無い様な村になんで共同浴場と思ったが、師匠(マスター)が作ったと聞いて常識で判断するのをやめた。

 

だが、本当にキツイ。今までのどの経験よりも遥かにキツイ。

思わずと言うか意識して師匠(マスター)を罵らないとやってられない。

 

「鬼、悪魔、人狼」

「何を言う。本物の悪魔より全然優しいぞ。悪魔はこっちの心を的確に抉りながら、やらざるを得ない状況に追い込んで来るんだ」

 

「駆け出しの時、オーガに追われた時よりもキッツイんだけど」

「良かったなぁ。今度はピンチになっても、それより楽だから冷静に状況判断できるぞ!」

 

「うわっ、腹が立つのに言い返せない。やっぱ悪魔じゃないか」

ジョンは笑って告げる。

「後、500回な。遣りたくないなら遣らなくても良いぞ。できるできる君ならできる。出来ると思う気持ちが肝心だ!」

 

「ち、ちくしょーっ! やってやる!! やってやる!!」

 

 

/*/

 

 

ニニャにとって訓練はキツイものだったが、ジョンの講義は刺激的なものでもあった。

 

本人が魔法は片手間と言うだけあり、私塾の魔法詠唱者のような世界の真理や知識の深遠などは一切関係なく。ただただ、魔法を道具として使う事に主眼を置いた冒険者としての魔法運用論は内容が戦闘に偏っていたが、冒険者として魔法を剣や弓と等しく扱うニニャにとっては非常に有用な教えであった。

 

「大魔法使いってのは数多の魔法を持っているものじゃない。誰もが持っている魔法を、誰も思い付かない使い方を出来る者だ。例えばニニャの持っている魔法をこう使うと……」

「え?」

「……こうなる。こんな使い方は考えた事あるか?」

 

ジョンの示した魔法の使い方。それにニニャが首を横に振った。

早く力が欲しいと思っていた。上の位階の魔法。より強力な魔法があれば、こんな世界を壊して姉を救えると思っていた。

漆黒の剣の仲間達に出会ってからは、以前のように憎しみに囚われず、冷静な意識で姉を救い出す事が出来るぐらいは憎しみが薄まったと思っていた。

 

けれど、でも、自分はまだ憎しみに心を囚われていたようだった。

 

「強い魔法、高い火力は魅力的だけど、常にそれが使えるとは限らない。習得する前に強敵とぶつかる時もある。人生は常に準備不足の連続だ。今のニニャならお姉さんを攫わせなかっただろうけど、当時は今の力がなかっただろう?」

「はい」

 

準備不足の連続。

確かにそうだ。あの時、あの場所で、今の力があったら、姉を連れて行かせなかった。

でも、当時は今の力が無くて、自分の無力に、周囲の諦めに涙した。

 

「だから、常に手持ちの札でなんとかする癖をつけなきゃならない。泣いても笑っても何も変わらない。――諦められない。認められないのだったら、変える為の努力をするしかない。少しでも、それ(理想)に近づく為に」

 

その言葉が、すとんと胸に落ちた。

自分が仰ぎ見る遥かに高い頂にいる人狼の師匠(マスター)も己の無力に泣いた事があったのだろう。

 

だからこそ、弱い魔法でも、弱い力でも束ねて力に変える術を身につけたに違いない。

 

力が足りない。そんな事で、諦められない事が、認められない事があるのなら、自分に出来る事を出来る限りするしかないのだ。

いつか来る。いつかその時の為に、自分を高め続けるしかないのだ。

 

「だから、良く覚えておくんだ。魔法使いは常にパーティで一番冷静でなくちゃいけない。誰もがカッカしてる時、恐怖で我を忘れている時、それでも一人氷のように冷静に戦況を見ていなきゃならない。どんな攻撃魔法が使えるとか、どんな高火力が出せるとか、そんなのは二の次だ。魔法を齧った時に俺は魔法の師 匠(ウルベルト)から教えて貰った。……言ってる本人は、城でも何でも、まとめて吹き飛ばすような魔法詠唱者(ワールドディザスター)だったけど、一番の武器はその冷静さだった」

 

ここでは無い、何処か遠くを見ながら自身の師を語る師匠(マスター)の姿にニニャは思う。

自分は自身の師にここまでのものを教えて貰っただろうか。ここまで師と向き合っただろうか。

そんな二人の元に素振りを終えた3人が戻ってくる。

ニニャの自省のしんみりとした空気を感じ取ったのか、ルクルットが剽軽な調子でジョン語りかけている。

 

「マスター! なんか戦士とか野伏の金言も何かないの? それだけで強くなれるようなやつ」

「んなものはないッ!!」

 

「えー」

 

仲間達はいつだって自分を心配してくれていた。今だってルクルットは場を明るくしてくれている。

パーティの知識代表とか言っても、本当は自分が一番視野が狭かったのではないだろうか。

 

「仕方ないだろ。肉体労働者は泥臭いものなんだ。あえて言うなら『毎日、感謝の素振り一万回』 不満そうだなー。俺はそれで強くなったのに……じゃあ、これはどうだ? 『もし自分が敵ならと常に相手の立場で考える事。戦闘の基本は相手が嫌がる事をする事だ』とか」

 

「おおー! それらしい」

「何がそれらしいだよ。お前等のレベルなら反復練習と筋トレして基礎能力(ステータス)上げる方が効果あるぜ、本当」

 

ルクルットのそれに気がついているのか、明るくやり取りする仲間達と師匠(マスター)の姿。それがこれまでよりも眩しく見えて目を細めた。

そんな自分に師匠(マスター)がニヤリと笑いかけてくる。

 

「ああ、そうだ。汗かいたから、これから風呂入って飯にするんだがニニャはどうする?」

「え?」

「それなら、私が()()()()()()を案内するっすよ!」

「え?」

 

ルプスレギナに腕をがっしり掴まれて、気がつくと既に引き摺られていた。

 

仲間達はそっぽを向いたり、棒読みで関係ない話をしたり、聞こえていない振りをしてくれている。

それは自分の意志を尊重してくれていると言うことで、ありがたい……ありがたい、のか?

 

ちょっと、いや、かなり、ルプスレギナさん怖いのですけど……あの、私、師匠(マスター)は凄い人だとは思いますけど、大丈夫ですから。ルプスレギナさんが心配するような事はありませんから。本当です。大丈夫ですから! 話を聞いて下さい~!

 

 




何を隠そう! 俺は特訓(する方)の達人だ!

次回本編「第24話:自分の常識は他人の非常識」


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第23話+1:アルベド、お前の全てを許そう。

モモンガ分、アルベド分の補充です。
今回の話が書けて満足。きっと色々二人は上手く行くに違いない。
未来は明るい。(゚д゚)(。_。)(゚д゚)(。_。) ウンウン



アルベドから相談があると言う事で、ジョンは玉座の間に来ていた。

 

「カルバイン様、どうして玉座の間を?」

 

訝しげなアルベドにジョンは肩を竦め、「モモンガさんいないのに、モモンガさんの部屋でアルベドと二人ってのはなぁ」と頭を掻いた。

その言葉に込められた意味。それに思い至ったアルベドの表情はだらしなく崩れ、黒い翼がパタパタと喜びに振られている。

 

……俺も尻尾に注意した方が良いんだろうか? 思わず振り返って自分の尻尾を見るジョン。

 

玉座を見上げる場所に用意された(ジョンからすると無駄に)高級感溢れる簡易テーブルと椅子に腰を落ち着けながら、至高の41人に改めてモモンガの嫁だと気遣われた喜びに震えるアルベドを眺めながら、ジョンは一般メイドの入れてくれた紅茶を一口飲む。

うん、カルネ=ダーシュ村では作れない最高級茶だ。どっかにお茶の木ないかな、などと考えながら、一般メイドを声の聞こえない位置まで下がらせた。

 

「で、アルベド。相談って何?」

 

 

/*/

 

 

至高の存在であるジョンに気遣われた意味にアルベドは天にも昇る気持ちであったが、自らがジョンへ伝えなければならない事を思い出し、同時に自らの醜さまでもが思い出され、自らを責める自らの心の声に身体は震え、喜びは自責の念へと変わっていた。

 

転移直前にモモンガへ別れを告げに来た至高の41人。

彼らの「どうしようもない」「残念」「一緒に連れて行けない」と言った寂しさや悲しさを感じていたが、それでもアルベドは、ナザリックを一人で維持するモモンガの寂しげな背中を覚えていた。

 

愛しい方を悲しませる至高の存在が許せなかった。

 

最後に来たジョンも、モモンガへ別れを告げて、モモンガを悲しませるのか。モモンガを連れて行ってしまうのか。そう思うと、アルベドは自らの想いを止められなかった。

恐れ、悲しみ、嘆き、切なさに胸が張り裂けそうで、それでも涙を流す事も出来ずにいた自分の声無き声。

 

(最後に残って下さったこの方を、私の愛する御方を、どうか私たちから取り上げないで)

 

『泣くな、アルベド。何処にも行かないし、何処にも連れて行かない。俺はこれまで通り、モモンガさんとアインズ・ウール・ゴウンを守る』

 

その声無き声に答えたジョンの言葉に自分は救われた。

だが、その為にジョン・カルバインはどれ程のものを犠牲にしたのだろう。

 

セバスと村の調査に出た際に、セバスへと言った言葉。

 

『我等と盟友は今、遠き断絶の彼方にある。夢見るままにまちいたる盟友たち。だが、我が声は虚無の空を越えてバイアクヘーへ届いた。ならば我等は銀の鍵の門を越え、盟友たちへ声を届ける事も、再び行き来する事も出来るだろう』

 

その言葉の通りならば、至高の御方々は戻れなくなるのを知っていた。

だからこそ――彼等は別れを告げに訪れた。

知っていた上で、自分達の為、モモンガの為、ジョンは敢えてこの地に残ったのではないだろうか?

 

一人でダーシュ村というダミーを用意し、ナザリックの敵対者を引き付け、幾度死すとも戦い続けていたジョンが、ナザリックへ戻った。その直後の転移。

まるで転移する事を知っていたように、的確な行動を取るモモンガと、精力的に活動するジョンは、今また、カルネ=ダーシュ村という形で外部と接触する拠点を作り出している。

 

モモンガの雰囲気もあの日から変わった。良く笑うようになり、ナザリックを覆っていた重苦しい冷たい空気は明るくなった。

それまで使う事のなかった《自己変身》を使うようになり、守護者達と食事を取り、守護者だけではなく、メイドや料理長にまで、仕える喜びを与えてくれるようになった。

 

そんな慈悲深い御方。自分の愛する御方を孤独にした41人を恨んでいた。憎んでいた。

 

――けれど、それは正しかったのだろうか。

 

自分達シモベを見捨てられなかった慈悲深きモモンガ。

そのモモンガの伴侶として、愛し、愛される存在として、モモンガの為に至高の存在が総力を結集し、創造されたのが自分なのだと告げられた。

 

その自分の為に至高の存在が用意していた数々のアイテム。至高の存在が手ずから製作した花嫁衣裳。

モモンガの黒に映える白い衣装。魔法詠唱者であるモモンガが最も必要とする盾となる前衛職。

モモンガの隙間をぴったり埋めるように創造されていた自分自身。

 

――至高の御方々はモモンガが残ると理解していたのだ。

 

慈悲深きモモンガは、自分達シモベを見捨てられない。

一人が去り、二人が去り、もう来る事も出来ない最後の時を越えて、それでもモモンガはシモベ達の為に、この地に留まり続けると知っていたからこそ、その無聊を慰める存在として御方々は自分を創造したのだ。

 

それなのに自分は――

 

アルベドは静かに席を立ち、ジョンの前に跪いた。裁きを待つ罪人のように、処刑を待つ殉教者のように、静かに頭を垂れた。

 

 

「至高の41人、ジョン・カルバイン様。守護者統括アルベド。この愚かな身の話を、どうかお聞き下さいますよう伏してお願い申し上げます」

 

 

/*/

 

 

ジョンは目の前で跪き、金の瞳からはらはらと涙を流しながら、地に額をつけ、懺悔するアルベドを前に困っていた。

相談があると言うので、てっきりモモンガが手を出してこないとかのサキュバス的な相談だろうと思っていたのだ。

 

……想像以上に愛が重かった。流石はモモンガの嫁である。

 

それにしても、とジョンは思う。

アルベドは、定められた範囲を超えてモモンガ愛しで、ギルメンを憎み、誕生秘話とギルメンが用意していた衣装から自分の憎しみが誤解であると判断し、そのような愚かな自分はモモンガに相応しくないと自責し、ジョンに懺悔している。

 

本当に仲間達と作り上げた。この愛するアインズ・ウール・ゴウンは素晴らしい。NPC達が盲目的に愛するのでは無く、愛する為に自ら行動し始めるとは……。

 

この変化が、何れNPC達の絶対の忠誠すら揺るがせる変化へ繋がろうとも、自分はこの子等の意志を祝福しよう。

愛を知らぬ者が 本当の強さを手にする事は永遠にないだろう――だったか? いや、それよりも、最愛に比べれば――最強なんて意味が無い、と言うべきだろう。

 

本当に、恋する乙女と言うものは無敵だ。

 

自分達がゲームの中で競っていた力など、彼女達の意志に比べたら、ちっぽけなものだ。

本当に、ああ、本当に強いと言う事は、こうあるものだろう。

 

心に耳を傾けるを恥といい、いとかしこきメイデアの姫君は恥を知る。

 

不意にジョンは、古いゲームの一文を思い出す。

それは言うのだ。

黙っていれば、その耳に自分の心の声が聞こえ始めると。どんな屈辱よりも身を焦がす、己を糾弾する自分の声――それを恥と言う。

 

アルベドは自らの心に耳を傾け、自らの意志の下で許されざる想いを募らせた。それは創造主に対する叛意と殺意。

 

メイデアの姫君のように慈悲深いわけでもない。愛の重い魔王の妃(アルベド)だが、それでいい。()()()()()

悪は自らを蝕む。魔王への愛故に自分達(悪のギルド)を滅ぼすと言うなら、それは素敵な事じゃないか。それでこそ、アインズ・ウール・ゴウンの守護者統括に相応しい。

心の中の仲間達に語りかける。ウルベルト、るし★ふぁー、ぷにっと萌え、タブラ達が、満足気に、愉快そうに、煽り立てるように、それぞれ頷き返してくる。

 

 

「アルベド、顔を上げろ」

 

 

びくりとアルベドの羽が震え、顔を上げる。裁きを、神の試練、恩寵として受け入れる悟りきった殉教者の表情がそこにあった。

ジョンは、優しげで、悲しげで、けれど、誇らしげな瞳でアルベドを見下ろす。

 

「あの日、あの時、玉座の間でモモンガは言った。『アルベド、お前の全てを許そう』と。お前の罪も、何もかも全てをモモンガは許した」

「で、ですが、私の叛意、殺意は許されざるもの――」

 

俺たち(至高の存在)を舐めるなよ――アルベド」

 

そう言って、ジョンはにやりと肉食獣の笑みを浮かべ、椅子から立ち上がった。

何処までも高慢で鼻持ちならない上に無謀だが、それだけでは終らない表情(かお)でアルベドに笑いかける。

 

「良くそこまでモモンガを愛した。俺たちに『定められた限界』を、自らの意志で良く踏み越えた。お前の選択(叛意)、お前の意志(殺意)を――俺は、俺達(至高の41人)は祝福しよう」

 

アルベドへ向けて差し出した手を握り締める。その手に決意を握るように、力強く握り締める。

その拳が、どん!と音を立てて力強くジョンの厚い胸板を叩いた。

 

 

「立て、アルベド。立って、胸を張れ。それこそが俺達の誇り。誇り(こだわり)こそが俺達の証」

 

 

――お前は、俺達の誇りだよ。

 

 

/*/

 

 

冒険者としてエ・ランテルへ出て行くにあたり、モモンガは守護者達の説得にあたっていたのだが、それも一段落した。

デミウルゴスやセバスの反対、心配が大きいのはモモンガの予想通りであったが、当初は反対であったアルベドが途中からモモンガを擁護する側となったのが、モモンガとしては予想外ではあった。

 

話の最中の一コマ

「ナザリック地下大墳墓は私達も愛する所。至高の御方々と比べれば不甲斐無い我らでありますが、ご不在の間は、我ら全身全霊を以てナザリック地下大墳墓をお守り致します。不敬にあたるかもしれませんが……モモンガ様。これまで玉座の間に戻られるモモンガ様のお姿は常に哀愁を帯びておりました。その悲しみを晴らす事の出来ない我が身の無力が悔しく。しかし、先日、カルバイン様がお戻りになられ、近郊にカルネ=ダーシュ村の開拓を始められてより、モモンガ様は良くお笑いになるようになりました」

 

そう言って微笑むアルベドに、どきっとしながら「え? 俺そんなにしかめっ面だった? 骸骨だけど」と、内心で焦るモモンガ。

焦りながらも、普段の捕食されるような雰囲気は微塵もなく。その艶やかな微笑は、モモンガを包み込むような慈愛に溢れ、年上の大人の包容力、母性を感じさせ、そう言ったものへの免疫の無いモモンガはアルベドに見惚れてしまった。

 

「理性ではなく、感情で判断するのですか。アルベド、私達が忠義を尽くせる御方を、護衛もなく送り出すと言うのですか!?」

「至高の御方々は、これまでもそうしてこられたわ」

 

珍しく感情を露にしたデミウルゴスをアルベドが受け流す。コキュートスは彫像のように動かない。

理詰めで危険を説くデミウルゴス。その判断の根拠にはジョンに見せられた【さよなら、僕らのダーシュ村】がある。

PC達がナザリックの外で何をしていたのか知らない彼は、モモンガとジョンが慎重に情報を集めていた事から、あれを基準としてモモンガの警備を考えるべきと判断していた。そうであれば、ナザリックの現有戦力でも十分とは言えない。

それに対し、全面的にモモンガの望みを叶えようとするアルベド。

両者の意見は平行線であり、遂にはデミウルゴスが金剛石の眼を見開いて声を荒げる事態となった。

 

「その保証が何処にある!!」

 

デミウルゴスの感情をむき出しにした声に、モモンガは思わずビクッと身体を震わせ周囲を見回す。

コキュートスは動じず……と言うか、さっきから発言がないのだが、モモンガがよくよく考えてみるとアルベドとデミウルゴスしか喋っていない。

 

(ごめんなさい。俺はちょっと異世界冒険に出たかっただけなんです。コキュートス、お前も何か言ってくれ)

 

思わず立ち上がり、アルベドを責めた形となったデミウルゴスだが。

 

 

「主人を信じなさい。それが創造された者の務めよ」

 

 

そのアルベドの言葉には、歯を食い縛って席に戻るしかない。

 

「……万が一があった場合、貴方には守護者統括の地位を降りてもらう」

「至高ノ御方々ノ定メタ役割ヲ降リロト言ウノカ。デミウルゴス、ソレハ不敬ダ」

「良いでしょう。……モモンガ様も宜しいでしょうか」

 

「あ、ああ。…ごほん。お前達の忠義嬉しく思うぞ」

 

守護者達の視線が一斉に向けられ、モモンガは強い支配者ロールを必死に取り繕う。

デミウルゴスが不満と言うか、悲しげな様子だった。部下の不満を放置し、カリスマ――支配力が低下するなどあってはならない。自分が外に出ると言う話はアルベドのお陰で実現できそうだ。となれば、警備や連絡などバックアップ体制を構築しなければならないだろう。それで上手くデミウルゴスの不満が解消されれば良いが。

 

「デミウルゴス、お前の心配は仕える者として当然の事だ。何の問題もない。アルベドよ。お前の信頼、嬉しく思うぞ。だが、それに甘えて心配を掛けすぎるのも問題であろうな。これより互いの妥協点を探ろうかと思うが、如何だ?」

 

「勿体無いお言葉です。至高の御身。どうか、この身を如何様にもお使い下さい」

 

 

/*/

 

 

話し合いの結果、周囲を隠密に長けたシモベが警護する事。緊急離脱用のアイテムを持つ事で話はまとまった。

執務室に戻ったモモンガは革張りのゆったりとした椅子に腰を落ち着け、かたわらに立つアルベドへ視線を向けた。

 

咲き誇る大輪の花のような華やかさはいつも通り。だが、ここしばらくの間に、余裕あると言うか、包容力が増した深みのある笑顔になってきたように、モモンガには感じられていた。

 

今も、アルベドに口添え助かった。何か望むものはあるかと訊ねたところ。週一で報告会を兼ねて晩餐会を継続してほしいとの願いがあった。

以前であれば自身が寵を受ける為に、がぶりついて来てもおかしくなかった。

だから、うっかり褒美に何が良いかと聞く事も出来ないでいたのだが、今は身構えずに聞く事が出来る。

 

「捨てられたのではないと分っていても、どなたもいらっしゃらないのは寂しいものですから……。守護者だけではなく、料理長、メイド達にも至高の御方にお仕えする喜びをお与え下さいますよう、お願い申し上げます」

 

そう言って、甘く儚げな微笑を浮かべ、深々とモモンガへ頭を垂れるアルベドだった。

 

モモンガは初日からの過激なアタックでアルベドが何を望んでいるのか嫌でもわかっている。そのアルベドが自身の欲望を抑え、配下の者達の為にお願いをしてくる姿が、ユグドラシルでの自分の姿と重なった。その一途に自分を想い、健気にギルドに尽くす姿に、モモンガは初めて――自分がこれほどの美女に相応しいかどうかなど関係なく――アルベドに何かをしてやりたいと思ったのだ。

 

 

「そ、それだけで良いのか? お前自身の望みは無いのか?」

 

 

「偽り無く本心を申し上げますと、その…モモンガ様よりお情けを頂きたく存じます。ですが、モモンガ様は今はその時ではないとお考えなのですよね」

「う、む…まぁ、そうだな。…アルベドの望むものとは違うだろうが、私は仲間達みんなが創造したお前達全てを愛しているが…?」

 

何かをしてやりたいとは思ったけれど、そのナニかは違うんじゃないかなと、ヘタレてしまうモモンガだった。

それでも言葉に出して「愛している」と言えるだけ、何処かのヘタレよりは断然マシなのであるが……こんなものは競っても仕方ない。

 

「…愛して…愛して…愛して」

 

祈るように手を組み、瞳を潤ませ、壊れた音声再生機のようにぶつぶつと同じ言葉を繰り返すアルベド。

それだけ心の内を言葉に出して、きちんと伝える事が効果的であり、どれほど価値があるかと言うことでもあるが、自分の愛の重さに自覚の無いモモンガは、自分の重さを棚に上げてドン引きだった。

 

「お、おい、アルベド。皆をな? 皆をだぞ?」

「で、ですが、私も愛して下さっている! と言う事ですよね!」

「う、ま、まぁ、そうだな」

「くぅぅぅ、私を、私をぉぉぉ」

 

ぴょんとアルベドが両足を揃えて、軽やかに可愛らしく飛び跳ね――どごぉッ!―― 執務室の天井に激突する。砲弾が激突したような轟音にシャンデリアが揺れる。それでもアルベドは鼻歌を歌いだしそうな程にご満悦だ。100Lvの盾職であるアルベドには痛みなどなかっただろう。

モモンガはその様子に溜息をついたが、そのまま床に落とすのも可哀想に思い、落ちてきたアルベドをキャッチし、横抱きにした。

 

「大丈夫か、アルベド?」

「ああ、モモンガ様が私を……私はここで初めてを迎えるのですね」

潤んだ瞳で自分を見上げ、顔を僅かに逸らしつつ発せられたアルベドの言葉に、モモンガは思わず素っ頓狂な声を返してしまう。

「え?」

「服はモモンガ様が? 自分で脱いだ方が宜しいでしょうか? それとも着たままで?」

「は?」

 

一般メイド達が気を利かせて一礼し、退出して行く。エイトエッジ・アサシンも不可視化のまま、カサカサ擬音がしそうな動作で天井伝いに扉まで下がり退出して行った。

こちらを振り返り、一礼するメイド達の表情にモモンガは焦る。

 

(まて! その私達、気が利くでございましょう見たいな表情(かお)はなんだ!?)

 

 

「ああ、至高の御方々に心から感謝いたします。その深遠なる智謀で今日、私はモモンガ様と結ばれます」

 

 

……駄犬(ジョン)の入れ知恵か。道理で何かおかしいと思ったぞ。

 

 

「すまない、アルベド。早急に解決すべき問題が出来たようだ」

「は? 畏まりました」

 

モモンガの腕の中で表情を蕩けさせていたアルベドだったが、冷静に戻ったモモンガの声に、色ボケサキュバスから優秀な守護者統括に表情を切り替える。

それでも、その表情の中に、これまでは気がつかなかった小さな不満……不満と言うよりは「意地悪」と小さく唇を尖らせるような微かな感情の色が読み取れ、モモンガは大人の女性に見えるアルベドでも、そう言った感情を持つのかと小さく笑った。

 

「モ、モモンガ様……!」

 

アルベドは自らの感情を見透かされた事に気がつき、白磁の肌を興奮ではなく、羞恥で朱に染める。

腕の中、小さく抗議の声を上げながら恥じらうアルベドに、モモンガはこれまで感じた事の無い感情の揺らぎを感じ、アルベドの額に軽く歯を当て身を離した。

 

「アルベドよ。今はこれで許せ」

 

そして、アルベドを床に下ろすと、そのまま振り向かずにモモンガは執務室から出て行く。

後には「モ、モモンガ様」と全身を上気させ、黒い翼を震わせ、口元を痙攣させながら、表情が崩れるのを必死に耐えるアルベドが残されていた。

 

 

/*/

 

 

モモンガが執務室を出て、バタンと扉が背後で閉じる。

同時に「よっしゃああぁ!!」と、アルベドの雄叫びが通路に響き渡った。

 

「……扉が薄いな」

 

いや、アルベドの声が大き過ぎるだけか。

頭を振って、ありもしない頭痛を振り払うとメッセージをパンドラとジョンへ繋ぐ。

 

《パンドラ、たっちさんの装備と巻物(スクロール)《パーフェクト・ウォリアー/完璧なる戦士》の使用を許可する。モードたっちさん、フル装備で闘技場まで急いで来い》

《ジョンさん、30分後に闘技場へ来てください》

 

同時に桜花領域守護者へジョンが闘技場へ入ったら、ジョンの転移を封鎖するよう命令する。

 

 

30分後、

 

 

闘技場に呼び出されたジョンの見たものは、絶望のオーラを纏う死の支配者とそれに従う純銀の聖騎士の姿。

 

「えーと、モモンガさん? 本日はお楽しみでした…ね?」

 

「この駄犬がぁぁッ! 行け、パンドラ!」

「あいぇぇぇ!? 転移できない!? なんで、どうして、本気すぎんだろぉぉッ!!」

 

 

――かてぇッ!? なんだこの装備、本物か!

――Wenn es meines Gottes Wille!!

――おれのまえでやるなといったろうがぁッ!

 

 

/*/

 

 

ジョン・カルバイン下記の通り記す。

 

最終的には、楽しく喧嘩した後に誤解を解き、アルベドから相談された事を"伝え忘れていた"と伝え、また火球を喰らいました。

助言も「がっつかずに、そっと寄り添い、モモンガさんから求めてくるよう仕向けるのがベスト」(意訳)と言っただけと伝えましたが、信じてもらえませんでした。

 

解せぬ。

 

 




きゃー! 至高の41人マジ至高ー!
「さよなら、僕らのダーシュ村」と「アルベド、お前の全てを許そう」まで辿り着けて満足。

アルベドやルプーを呼び水に、NPC達は自分の意志を持ち、目的の再設定を行えるようになって行くでしょう。
モモンガさんが支配力の低下を心配するような生きた存在に変わって……でも、そこに本家のような寂しさは無い筈です。



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第24話:自分の常識は他人の非常識

「薬草の配達なのよ~」「お前みたいにデカくて筋肉質の魔法詠唱者がいるか! スカタン!」
尚テキーラ酒じゃないので女装はしていません。

キング・クリムゾンッ!
原作準拠のシーンは消し飛ぶッ!



漆黒の戦士の姿となっているモモンガは歩みを止め、前方に聳えるエ・ランテルの門を確認した。

大軍すらも弾き返しそうな重厚感と大きさを誇る門だが、ユグドラシルにはもっと巨大で立派な門は数多にあった。だが、データではなく人間が直接作り上げたものと思うと、重厚ではあるが無骨である門から歴史と苦労が滲み出ているようで感慨深い。足を止めて、そんな想いをジョンとメッセージと会話する。

 

《都市を支配するなんて防衛の難しいところを、どうしてわざわざと思っていましたが……確かにこれは確かに男の浪漫かもしれない》

《お、じゃ、そのうちこの都市も征服してみる?》

《やるとしても普通に冒険を楽しんでからですね……そう言えば、都市の防衛戦をやりたいってたメンバーがいましたよね?》

《ギルドでは反対が多かったから、ダーシュ村の攻防戦にギルメン何度か交ざりに来たよ? 7人の侍? 用心棒? なんかそんな感じのRPをして楽しかったなぁ》

 

その時の動画は撮影好きのメンバーが撮影して第九階層のシネマズ・ナザリックに保管していると言う。元ネタは随分と古い映画らしいが、ジョンは見た事が無いらしい。

普通の攻防戦の中でRPしながら戦闘したのを撮影しただけなので、編集しても満足の行く完成度にならなかったようだ。言われて見れば、確かにらしい。

 

その間も、モモンガとジョンは肉声では別々に一緒にここまできた者達と会話を続けている。

 

「初めて見たが、立派な門じゃないか」

「そうでござるなぁ、殿。人間の街というのは、某はじめて見たでござるよ」

 

モモンガに答えた声は彼の下から聞こえた。今、モモンガは巨大ジャンガリアンハムスターの背の上だ。

漆黒の剣が師匠(マスター)ジョジョンの特訓を受けている間、ンフィーレアの護衛はモモンとゴブリン隊の一部が代わりに行い薬草の採取を済ませていた。

その際に現れた森の賢王を漆黒の戦士モモンが屈服させ、今に至る。

 

モモンガとジョンにとっては、ただの大きなハムスターだが、周囲にとっては伝説の魔獣であるようで門に近づくに従い注目を集め始める。

 

その黒いつぶらな瞳は、漆黒の剣とンフィーレア、ルプスレギナまでが力を感じる瞳だと評価していた。ルプスレギナからすればハムスケなど雑魚の筈なのだが、力を感じると言うのはどう言うことだろう?

周囲の旅人なども、ハムスケの脅威を感じているのか、集める耳目が門へ近づくに連れて増えていく。

 

 

/*/

 

 

ハムスケが森を離れる事で、森のパワーバランスが崩れ、カルネ=ダーシュ村(エンリ)が危険に晒される事をンフィーレアが心配した。

しかし、既に村は高さ6mの石壁で周囲を囲まれ(モモンガに頼んだら、数度の魔法行使で直径1kmにも及ぶ巨大な石壁を作ってくれた)、その内側にはチーム時王が作った木の壁が住居を囲んでいる。石壁の周囲には現在、チーム時王が空堀を掘っており、将来的には水を満たして、水堀、ため池、養殖池などに使えれば良いとの考えのようだ。流石に重機役がいなくなっては手が足りなくなるだろうと言う事で、モモンガはジョンの代りにストーンゴーレムを3体置いてきた。

 

防衛戦力として、ゴーレムの他に、ゴブリン隊と人狼が4人。

最早、森から零れて来るモンスター程度でどうにかなる戦力ではなかった。

 

ハムスケ自身も、これだけの村なら大丈夫と太鼓判を押した事もあり、ンフィーレアは安心してエ・ランテルに戻る事になった。その際、エンリに出来るだけ早く戻ってくると告げ、その姿を多数の村人が目撃しており、エンリ・エモットのところへ薬師が婿に来ると噂になっているのだが、それはまた別の話。

 

カルネ=ダーシュ村からエ・ランテルまで道すがら、ゴブリンやオーガを狩りながら進んできたメンバーは、漆黒の剣4名にンフィーレア。漆黒の戦士モモン、魔力系魔法詠唱者ジョジョン、信仰系魔法詠唱者(ルプス)レギナの計8名だ。

 

結局、特訓に明け暮れたジョンはンフィーレアの薬草採取の護衛にモモンとゴブリン、エンリを行かせ、途中で狩ったモンスターの討伐報酬は漆黒の剣を経由して、モモンとエンリに入るよう話し合い。特訓中の護衛の日当は無しとンフィーレアとペテルで話がついていた。

 

ンフィーレアの馬車を囲むように、本来の護衛であった漆黒の剣が歩いている。その彼らの姿も出発時と大きく変わっていた。

 

調子に乗って地獄の特訓を3日間延長した師匠(マスター)ジョジョンだったが、口から魂を零しながらも、なんとか耐え切った漆黒の剣を弟子と認めると、彼等に特訓を耐えた祝いとし、中級下級の装備を贈っていた。降って湧いた幸運に躍り上がって喜んだ漆黒の剣だったが、続くジョンのセリフ「弟子なのだから、また特訓してやるよ」で、絶望の色に顔を染め、ルプスレギナを大層喜ばせた。

 

ペテルには全身鎧。

冒険者、ワーカー、戦士における憧れ、「いつかは全身鎧(クラウン)」の全身鎧である。

それがたとえ数日前に村を襲った騎士から剥ぎ取った鎧でも、外見が分らないほど弄ってあれば、戦利品として何の問題も無い。

 

ペテルも()()()()()()

 

その鎧は最初に捕らえた陽光聖典の囮部隊から回収した全身(騎士)鎧を、ジョンが鍛冶長に打ち直しさせたものだった。

余っていたミスリルも多少足し、ミスリル含有率の上がったガンメタリックの全身鎧は目立たぬようマットに仕上げられており、肉体能力の向上系魔法が込められた鎧は軽く、硬く、動きやすい。

兜には盲目耐性、暗視、光量補正等々が付与されており、鎧も含めて属性ダメージの軽減効果を持つ《レッサー・プロテクションエナジー/下位属性防御》も付与して、ジョンが想像するところの中堅クラスの冒険者が使うのに不自然、不足が無い鎧に仕上がった。

 

ルクルットとニニャには同程度の防御力を狙い金属糸で編み上げた鎧服を用意した。

ドルイドであるダインは装備防具に(ユグドラシルでは)制限があったので、念の為、大  蛇(ジャイアント・スネーク)の皮とかなんとかの設定があったレザーアーマーだ。こちらも同様の魔法を付与し、(ジョンの視点では)不自然さは無い筈だった。

 

だが、最初は喜んでいた漆黒の剣の顔色はアイテムの説明を聞くほどに青くなっていく。

 

至高の御方から授けられるものに首を横に振るとは!と、笑顔で「やっちゃいますか?」と聞いてくるルプスレギナを宥めながら、よくよく彼らの話を聞いて見る。

このクラスの鎧でも、この世界では中堅(銀)から2~3つは上級(プラチナ、ミスリル)の冒険者の装備としても、込められた魔法込みで強力な部類に入るらしい。ジョンへ説明するペテル達は恐れで震えていた。

 

それを見て、やっと自分達の想定が未だ世界の常識よりも数段高かった事に気がつくジョン。

 

だが、ナザリック的には鋼とミスリルの合金など産廃なので、情報探知を誤魔化す《ノーマルオーラ》(低レベルの探知阻害魔法。魔法の品が数ランク下もしくは普通の品に見える)をかけ、一般品に見えるよう偽装し、そのまま彼らに受け取らせ(押し付け)た。

 

 

その他、処分出来なくてドレスルームの肥やしになっていた下級中級のドロップ品から武器を拾ってきて、一人に一つずつ持たせる。

 

 

その酷い常識の蹂躙に、漆黒の剣は特訓の最中のような空ろな目になっていく。

だが、今回の依頼主であるンフィーレアや、エンリなどの村人達から話を聞くと、これも仕方ない事かと納得してしまう他は無いように思えてくる。

 

死の神が現れ、杖の一振りで教会が広場に建ったとか、騎士に襲われていた村を人狼が助けてくれたとか、数十体の天使に襲われていた戦士長を師匠(マスター)が腕の一振りで助けたとか、村の建物を数日で修繕したとか、村の建物に魔法照明器具や結界をつけて回ったとか、村の周囲を二重に囲む木壁と石壁は1日で建ったとか、数日前にエ・ランテルでも騒ぎになった深夜の雷鳴のような恐ろしい声が、夜の散歩に出た師匠(マスター)が山の上で吠えたものだとか、話半分にしても信じられるものではない。

 

出来れば自分達は信じたくない。

 

信じられないが、村人達の感謝や尊敬の眼差し、錬金術師でもあるンフィーレアの羨望や驚愕と言ったものを見ると、村人達の言うように英雄とかをすっ飛ばし、神様や神獣様のように思うのが、一番良いように思えてくる。

 

そう思って師匠(マスター)やモモンさんを見れば降臨したばかりで、この世界の常識が分らないのだろうと思しき行動が幾つもあった。

 

彼等は降臨した世界を冒険者として見て回りたいようだが、この世界の常識を知らず、自分達を鍛えると同時に自分達から常識を学んでいるようだった。

そう思えば、自分達が師匠(マスター)に訓練をつけてほしいと言ったのは、自分達にとっても幸運だったのだろう。

 

そうだ。そうに違いない。

 

ペテルは師匠(マスター)から、良く頑張ったなと渡された剣を手にそう思u……おうとしたが、無理だった。

 

「いやいや、師匠(マスター)! 待て待て、待って!! おかしいですよ。これ刀身から火が出ますよ!?」

「炎が出るだけの一寸した魔法の剣だろ? 炎の剣のペテル・モーク……炎のペテル。これだな」

 

幾ら地獄の特訓でも、3日の特訓を終えた祝いが魔剣とか絶対におかしいとペテルは叫んでいるのだが、ペテルも恥ずかしい二つ名を持つべきだよな、と3人に尋ねているジョン。強くなったら、『炎の剣の~』『炎の戦士~』とか増やしていくべきだ、と。

 

違う。そうじゃない。

 

ペテルは世界の常識を考えてくれ、薬草採取の護衛の依頼に行って帰ったら、装備がこんなに調っていましたとか、こんなの絶対おかしいよ。常識を守ろうよと叫んでいるのだが、ジョンは良い突っ込みだなとしか思っていない。

 

「そうですよ、自分だけ何も無いとか許されません」

「ニニャ待ってくれ! そう言う意味じゃない。実力的におかしいって言ってるんだ!!」

「それを言ったら、私の『術師』だって実力的に恥ずかしいですよ」

 

つん、とそっぽを向くニニャの姿に数日前まであった微妙な不自然さな硬さはない。

仲間達が自分をどれだけ心配し、心を砕いてくれていたのかを知り、共に地獄を駆け抜けた事が互いの信頼を深め、団結を一層強めたのだろう。良い話である。

 

「心配するな。それなら見合う実力になるまで鍛えてやる。難度だっけ? とりあえず100を目指そうな」

 

にやりと笑う自称特訓の達人。褐色の師匠(マスター)の肉食獣の笑みにルクルットが果敢に突っ込む。

 

「アダマンタイト級冒険者が難度90前後って聞いた事あるんだけど!? 俺たちって30ぐらいじゃね!?」

「男だったら、やってやれ!だ。恨むなら稽古をつけてくれと言い出した過去の自分達を恨むんだな」

 

大きく笑いながら、ルクルットの背中をばんばん叩くジョン。

 

強くなりたい。強くなれるなら、血を流し、汗を流し、出来る限りの努力を惜しまずと思っていたが、物事にはここまでは許されるという限度があるのだなと、この数日で学んだルクルットだった。渡された弓は射程は普通の弓とそれほど変らない。ただ一寸便利なだけだと師匠(マスター)が言っているが、これは売ったら金貨何千枚になるのだろう? 分相応という意味を心底、実感させられた。

 

この弓、矢をつがえる姿勢を取ると、それだけで手の中に氷の矢が現れるんだが、これって下級とか中級の武具なのか?

矢筒に手をやらなくて良いから速射が利くとか、矢を気にせず撃てるとか便利だけど、ちょっと便利で済ませて良い話なのか?

 

(どこか別の世界での下級とか中級って事だよな、きっと。あははは)

 

「特訓すか? 良いっすねー。皆さんのやってやるって表情(かお)が、恐怖と絶望に染まる瞬間がたまらんっすよ。うひひひひ」

 

祝いの品を渡され、また特訓すれば良いとの言葉に蒼褪めた漆黒の剣へ嬉々としたルプスレギナの声が掛けられる。

特訓中は散々お世話になったのだが、そのルプスレギナの明るい美貌には皹が入り、ぞっとするようなおぞましい気配が笑顔と共に溢れ出していた。

その気配にあてられ、ニニャが身体を震わせ、悲鳴を上げた。

 

「やめて! ルプスレギナさん、その表情(かお)、本当に怖い!!」

「まあ、そうだろうな」

 

ニニャの悲鳴に納得した顔で頷くジョン。それにルプスレギナが不満げに唇を尖らせる。

 

「えージョン様。そんな事言うっすか」

「喰われる側からしたら、怖いだろうよ。寧ろ怖くなかったら、一寸特殊な性癖持ちだぞ?」

「ジョン様って、時々、弱い奴の肩を持つ……じゃなくて、不思議な見方しますね」

 

セバス様にも似てるけど、それとはまた一寸違うっすよね?

不思議そうに問うルプスレギナへ、肩をすくめて何でもないようにジョンは答える。

 

「そりゃあ、俺が昔はこいつ等よりも弱かったからだ。結果として今は強いけどな」

「え? 村人達みたいに弱かったっすか?」

 

この取るに足らない人間達よりも弱かったとの言葉にルプスレギナの金の眼が点になる。

(えー? こいつらナザリック・オールド・ガーダー1体にだって勝てないっすよー?)

至高の御方の言葉を疑うわけではないが、内容が衝撃的過ぎて理解が追いつかない。そんな眼は口ほどにも物を言い状態のルプスレギナに向かって、ジョンは不思議そうに首を傾げて見せた。

 

「そうだぞ?」

 

ジョンにして見れば、ゲーム開始は1Lvなのだから当たり前の話だ。

そのやり取りに、漆黒の剣は自分達より弱かったジョンが遥かな高みに登った事に憧れを抱き、その頂に辿り着くまで、どれほど険しい道を歩んで来たのかを特訓から想像し、身を震わせた。

 

 

あれを……続けるのかー。

 

 

/*/

 

 

その日、検問所の兵士は今日は厄日だと思ったかもしれない。

数日前にカルネ村へ薬草の採取に向かった薬師ンフィーレア・バレアレは、護衛の冒険者4名と、カルネ村へ帰ると言う村娘と旅立っていった。

戻ってきた彼は、村娘の代りに旅人を3人連れていたのだが、その3人が酷く常識外れだった。

 

一人は強大な魔獣を従える戦士モモン。

長身で逞しい身体を、漆黒に輝き、金と紫の紋様が入った絢爛華麗な全身鎧に身を包んだ漆黒の戦士だ。面頬付き兜に開いた細いスリットからでは、中の顔を窺い知る事は出来ない。屈強な身体と鎧に相応しく、真紅のマントを割って背中に背負った2本のグレートソードの柄が突き出していた。

 

それだけならば、ミスリルやオリハルコン級の冒険者と思えた。

 

だが、漆黒の戦士が騎乗する魔獣はトブの大森林で、彼が単騎で打ちのめして従えた森の賢王だと言う。

鋼鉄よりも硬くしなやかな白銀の体毛。鋭く長い尻尾は古強者でも容易く打ちのめす。英知の光が煌く瞳で、自分達にまで丁寧に言葉を語る魔獣からは溢れんばかりの知性が溢れ、数百年に亘って森を守り続けたという伝説を実感させてくれる。

 

ハムスケという名も、力と英知を感じさせる白銀の大魔獣に相応しいものだ。

 

これほどの存在を“黒くて丸い円らな瞳が可愛い”だろうと自然体で言える戦士はオリハルコン級でおさまるものなのだろうか?

主である漆黒の戦士も、ミスリルやゴールドの冒険者にありがちな横柄さは欠片も無く。こちらの役割を承知し、一定の理解と配慮してくれる姿勢で好感が持てた。

それは突き抜けた強さを持つが故に横柄さなどで、自己を主張する必要も無い本当の強者の姿なのだろう。旅人3人のリーダーと言うのも納得できる。

 

 

二人目は法国の修道女(シスター)のような服装の美女。

ヴェールからは赤く特徴的な三つ編みが零れ落ちており、健康的な褐色の肌は顔と首程度しか見えない。その十代後半から二十代と思しき容貌は見たことも無いほど整っておりながら、近寄りがたい雰囲気など微塵も無い。愛嬌たっぷりに煌く金色の瞳。天真爛漫との言葉が相応しい笑顔は人を惹きつけ、けれど、背中には並みの兵士では両手でも持ち上がらないだろうという大きさの、聖印を(かたど)った聖杖を背負っている。

 

冒険者などもランクが上がるに従って見た目よりも剛力になっていくが、背丈ほどもある聖杖を軽々と背負うのは、どれほどのランクになれば出来る事なのだろう。

少なくとも大魔獣を従える戦士の仲間に相応しい力を持っているのは間違いないと兵士は思う。

 

 

最後の一人はまさに戦士。

野性味溢れる褐色の肌、逞しく筋肉のついた肢体。ぶっとい上腕二頭筋、見事に割れた腹筋に分厚い大胸筋。その見事な戦士の肉体の上では、金の瞳が鋭く輝き、銀の髪はトップをオオカミのように立たせ、額に赤いバンダナが巻かれている。その強靭な肉体を見せ付けるように黒いズボンを穿いた他は、裸の上半身に赤い上着を羽織っただけの姿だった。

上着の前は開け放たれ、割れた腹筋と逞しい胸板を見せびらかす自称魔法詠唱者。一応、穂先を外した槍の柄にしか見えない杖らしきものを持ってはいる。

 

この3人。ミスリルやオリハルコン級の冒険者と言われれば納得も出来たのだが、特にこの3人目が酷すぎる。

何処にこんな魔法詠唱者がいると言うのか。そもそも小さな背負い鞄を持ってるだけで旅をするには軽装すぎる。

流石にそのまま通すわけにはいかない。

 

 

「あの方を呼んできてくれ」

 

 

兵士に呼ばれてきた魔法詠唱者。それは突き出したような鷲鼻、げっそりとした顔色の悪い顔にはびっしりと汗が噴いている。厚そうな黒いローブを纏って、その鶏がらを思わせる手でねじくれた杖を握り締めた魔法詠唱者だった。

 

兵士の個人的な感想ではそんなに暑いなら服を脱げば良いじゃないかとも思うのだが、個人的にその格好に思い入れがあるのか、魔法詠唱者は頑なに格好を止めようとはしない。その所為か、魔法使いが入ってきた直後から、部屋の温度が数度上がったような気分さえする。

 

「その男かね?」

 

魔法詠唱者の静かな声に、いつもの事ながら兵士は奇妙な気分を抱いた。

外見では二十代後半だろうと思われるのだが、非常にしわがれた声で、声だけでは年齢の推測すらつかない。外見が若く見えるだけなのか、それとも声が嗄れているだけなのか。

驚いた様子も見せない褐色の男の姿に、兵士は、魔法詠唱者と言うのも強ち嘘でもないのかと思う。自分達はこの魔法詠唱者の声を初めて聞いた時は驚いたのだが。

「こちらは魔術師組合から来ていただいてる魔法詠唱者の方です。簡単に調べていただきますので、少々お待ち下さい」兵士は座ったままで良いと合図をすると、褐色の魔法詠唱者に軽く頭を下げ、組合の魔法詠唱者に魔法探知をお願いした。

 

「ではお願いしても?」

「当然」

 

魔法詠唱者は一歩前に出ると、ジョンに正面から向き直る。そして魔法を詠唱した。

「《魔法探知》」

魔法詠唱者の目が細くなった。まるで獲物を狙う獣のようだ。見慣れている兵士でさえ身構えたくなるような視線に対し、ジョンは探知できるのかと言った風に見ているだけだ。

それを見た兵士は、本当は魔法のものなど何も持っていないのではないかと疑った。

 

「……特に何もないようだ」

 

魔法詠唱者の探知に何も異常は無いと言う言葉にジョンは首を傾げ、何か納得したように頷き、左手の平を右手でぽんと叩くと、その小さな背負い鞄を手に取り、水差しと鍋を取り出して机に並べた。

 

「それは《ポケットスペース/小型空間》か? 何故、わが探知から逃れた!?」

「実力差がありすぎるからじゃねぇの? 俺から離した2つ。もう一回探知して見てくれ」

「……むぅ。《魔法探知》……その、通りだ。私の力は…貴方の足元にも……及ばないようだ。……《道具鑑定》を…掛けさせていただいても、宜しいか?」

 

兵士はぎょっとした視線を魔法詠唱者へ向ける。

魔法詠唱者が入場者へ敬語を使うなど、今まで見た事がなかったからだ。

ジョンが頷くと、魔法詠唱者は《道具鑑定》を唱える。

 

「これは…水の出る水差しと、火が無くとも調理が出来る鍋ですかな」

「そうだ。旅をするには便利なものだろう?」

「確かに。…これは貴方が?」

「鍋の方はな。水差しは貰い物だ。それでどうなんだ?」

 

「ふむ……兵士よ」

「なんですか?」

「この御仁は私より遥かに力ある魔法詠唱者であり、私では危険な品を持っているか見通す事も出来ない。だが、こうして正規の手順を踏んで街へ入ろうとして下さっている以上、危険を及ぼす事はないだろうと考える」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「馬鹿者め。この御仁がその気になれば、我等を《雷撃》や《火球》で吹き飛ばして街へ入る事も、《飛行》や《透明化》などを駆使して秘密裏に街へ入る事も出来る。それをせずに街へ入ると言う事は、後ろ暗い事をするつもりは無い。正規の手順で街へ入り、正規の手順で街を出て行くという意志表示だ」

 

ジョンからすれば多少の問題。モモンガからすれば冷や汗の出る展開だったが、エ・ランテルでも指折りの薬師リィジー・バレアレの孫で、自身もそのタレントと恵まれた錬金術師の腕前で名を知られつつあるンフィーレア・バレアレが3人の身元を保証する事もあり、それ以上は何事も無く彼等は門を抜けて市内に入る事が出来た。

 

「なんだったんですかね。色々と凄い3人組でしたが」

「良く分からん。だが……見た目は戦士のようだったが、力は確かに本物だった」

 

重々しく口にした魔法詠唱者へ、「え?」と兵士は問い直した。

「出来るならば、御仁の下を訪ねて魔法について語り合う…いや、教えを請いたいものだ」

わが力が及ばぬともなれば第4、第5位階魔法が使えてもおかしくはあるまい、とそう付け加え、魔法詠唱者は待機所へ戻っていった。

 

 

/*/

 

 

城塞都市エ・ランテルは三重の城壁を持ち、各城壁内ごとにそれぞれの特色がある。

最も外周部の城壁内は王国軍の駐屯地として利用されるために、その系統の設備が整っているし、城壁間の距離もかなりある。そして石畳がかなり敷き詰められ、迅速な行動を取ることが可能となっている。

その中央区画。都市に住む様々な者のための区画。街という名前を聞いて一般的に想像される区画へモモンガ達は見物人を作り出しながら、脚を進めていた。

 

「だから、そのカッコは無いっていったでしょう?」

白銀の大魔獣に騎乗した漆黒の戦士が、徒歩で歩く供へ声を掛ける。声を掛けられた褐色肌の逞しい戦士は後頭部で手を組みながら、漆黒の戦士へ答えた。

「いやいや、モモン。魔法詠唱者でこんな風に腹筋(?)を見せびらかせている奴、俺は知ってるぜ。レギナも知ってるだろ?」

「え? ええ、知ってるっすよ。……(モモンガ)様っすよね!」

 

周囲の者達にはその名前は聞き取れなかったが、褐色の戦士に答えたのは同じく褐色の肌をした修道女だ。

豊かで艶やかな赤い髪を二つ房の三つ編にし、ヴェールの下から覗かせている。神に仕えるものらしく、慎ましく顔以外の肌は露出させていない。

しかし褐色の戦士へ答える表情には喜びが溢れ出ており、その笑顔は周囲の者達が思わず手を止める程の輝きを放っていた。

 

「え? いや、あれはファッションで……て言うか、そんな言うほど全開では」

 

漆黒の戦士の小さな声は周囲の人間には聞こえず、けれど供の者には聞こえてるようだった。

 

……(アルベド)様も、……(シャルティア)様も、セクシーな……(モモンガ)様のお姿にもうメロメロっす」

「そうか! メロメロか」

赤毛の修道女の言葉に褐色の戦士がおかしそうに笑う。

「はいッ! メロメロっす」

 

「えー」

 

白銀の大魔獣の上で漆黒の戦士が軽く不満げな声を上げる。

その不満げな様子に褐色の戦士はまた笑った。

 

 

「楽しそうですね。何を話しているんですか?」

 

 

彼らの前を先導するように歩く荷馬車と冒険者の内、一人が振り返り彼ら3人に尋ねた。

 

「ああ、ペテル。モモンが『お前のような魔法詠唱者がいるかッ!』って言うから、他にも知ってるって話だ」

「私も師匠(マスター)のような魔法詠唱者には初めて会いましたよ」

 

銀のプレートをつけた戦士に師匠(マスター)と呼ばれる魔法詠唱者。あれほどの大魔獣に騎乗する戦士の供のなのだから、魔法詠唱者と言っても銀級冒険者を鍛える腕前があるのだろう。鎧を身につけていない事やその身から漂う雰囲気、圧迫感、マスターの呼び名に、第三位階まで使える魔法戦士なのだろうかと人々は囁きあった。

 

実際は面倒ごとを避ける為、(モモンガの絶望のオーラでは強すぎたので)ジョンが慎重に調整した上で殺気と威圧を振り撒きながら歩いているのだった。

出力を小さく細かく絞って継続して出し続けるのは困難であり、面倒なものだったが、ジョンは気の制御の特訓だと楽しみながら行っていた。

 

手加減の練習は、村での特訓で漆黒の剣がショック死しないよう手加減したのが、良い練習になっていた。

人にものを教えるというのは、自分の為にもなるものである。

 

そんなジョンだったが、ふんふんと鼻を鳴らして、鼻の上に不快げに皺を寄せる。

 

「けど、予想はしてたが……やっぱ、臭うな」

 

そうですか? と首を傾げるのはンフィーレアや漆黒の剣の面々だった。

エ・ランテルを住居としている彼らにはジョンの言う臭いが、通常のものであったので不快に思わなかったようだ。

ジョンと同じく鼻の利くルプスレギナは、鼻をつまみながらジョンに同意した。

 

「村より臭いっすね。人糞と……街の中なのに家畜っすか?」

「基本、馬とかの騎獣は歩きながら糞をするからな。大通りは糞だらけだよ」

 

水洗トイレと浄化槽があるわけではないので、基本はおまるに溜めて捨てるのだが、当然、決まった場所に捨てない者も存在する。

地下水道はあっても、下水処理施設があるわけではないので地下に落としても下水の臭いが無くなるわけではない。

車と違い騎獣は歩きながら糞をするし、その糞を始末する為に、糞を食べる豚などを放し飼いにしているが、その豚も糞をする。

魔法である程度までは処理も出来るが、魔法を使える者が限られる以上、規模が大きくなれば魔法に頼らない(誰でも使える)技術が必要になってくる。

 

少人数であるが故に出来た事であるが、リアルの感覚で、魔法を使って臭い対策まで行ったカルネ=ダーシュ村は、今のこの世界で考えると異常に手間をかけた清潔な村だ。

 

「……ハムスケ、お前踏んでないだろうな?」

「殿、それは無理でござるよ」

 

ハムスケの情けない声にモモンガは天を仰ぐ。

ちなみに、ハムスケはどうか分らないが、ジャンガリアンハムスターは決まった場所をトイレにする習性がある。

そう言った会話を行いながら、モモンガとジョンは同時にメッセージで自分達の警護の確認を行っていた。

 

 

《エイトエッジ・アサシン8名、シャドウデーモン8名が2名1組を作り、300mほど離れ、ほぼ等間隔で6組。私達を中心に円陣を組んで警護に当ってます》

《んで、残った2組が交代要員や他の調べものに――偵察なんかに当る。その他、飛行能力を持つものが上空から監視。こちらは3名が1名ずつ交替で指令塔になる、と。ゲームでもここまでやった事ないよな?》

 

厳重すぎるではとのジョンの問いに、モモンガは疲れきった笑いを返した。

 

《アルベドとデミウルゴスを説得するのにこうするしかなかったんですよ》

《冒険、保護者同伴?》

《ええ、本当はジョンさんと二人で冒険に出ようと思ったのですが、私達がナザリックを大事に思うように、彼らにとっては私達こそが大事だから仕方ないとは思います》

 

苦笑するジョンに、モモンガは更に続ける。

 

《心配も仕方ないとは思いますが、なんとか守護者同伴と75Lv以上のシモベ各4体の護衛という条件は取り下げさせました。流石に10名以上でぞろぞろ歩くのは…。人型になれるシモベもほとんどいませんし》

《…俺の探知圏内だけど、交替で見張ってくれるのは助かるね》

 

愛の重さに苦笑しつつも、そこまで思われているのも悪い気はしない。自分一人であればNPC達の愛の重さに押し潰されたかもしれないが、分かち合える友がいる。

 

《ところでルプスレギナの衣装はどうしてカテドラルクロースに? 最初はホワイトブリムさん製作の宇宙騎士の衣装にしてましたよね?》

 

ルプスレギナは普段のメイド服ではなく、ジョンのコレクションから修道女をイメージした課金ガチャの女性用コスチューム、カテドラルクロースを受取り着用していた。

これは前垂れや肩などの聖印をAOGのギルドサインに差し替えてあったが、今回持ち出すにあたってモモンガより、ギルドサインの使用禁止令が出た為、急遽、ユグドラシルのロゴマークに入れ替えていた。襟の後ろ中央には月を背景に遠吠えする狼を図案化したマークが刻まれている。

 

《あー、それ? ルクルットに絶対ナンパされるから、シスターっぽい格好の方がまだ遠慮があるから、そうした方が良いとアドバイスを受けて……想像したんですが、ルプーをナンパしに寄ってくる奴いたら、ちょっと加減を誤りそうだったので……》

 

言外に何一人で自分の装備を減らしてるんだとジョンを問い詰めたが、返って来た答えは想像以上に重かった。

モモンガの中で、え? 何言ってるの。ナンパぐらいルプスレギナは自分であしらえるだろうとか、お前もう一人で先に進んだの?とか、色々と問い質したい事が精神作用無効が発動する程度は増えてしまった。

 

《ジョンさん…貴方、そんなに独占欲強い人でしたっけ?》

《そんなつもりはないんですが……そう言った相手を持った事がないので分りません。ハムスケも同じ種族に会いたいと言ってたし、ルプーとは同じ種族だから、身体に引っ張られて、そんな対応になるのかもしれないです》

 

同じ種族だとそれほど思い入れは強くなるものだろうか? 自分は別にゾンビやスケルトンに魅力は感じないのだが。

シャルティア? シャルティアはペロロンチーノさんの嫁だ。ジョンのお陰でそうとしか見れなくなってしまった。

 

もう一度、視線をジョン。次いでルプスレギナへ送る。

 

彼女の背負う聖杖。その斜め掛けの背負いベルトが、ルプスレギナの豊かな胸の谷間に落ち込んで、双丘の美しいラインが強調されていた。モモンガも既にアンデッドであるのに、ルプスレギナを見る時はそこ(胸の谷間)から見てしまう。

そろそろ背負うのは止めさせた方が良いだろうかと、真剣にモモンガは考え始める。

ルプスレギナはジョンがそれ(胸の谷間)を見るのも、自分のそれ(胸の谷間)を見た周囲をジョンが無言で威圧するのも、ありのようで上機嫌だが、このままでは死人が出るのではないかと心配になってきた。

 

そんなに嫌なら止めさせろよ、とモモンガは思うのだが、ジョンは自分が見る方を優先しているのだろう。

 

はぁ、とモモンガは内心で溜息をつく。このヘタレ(駄犬)が。

自分を棚に上げて悪態をつくと、顔を上げ、真っ直ぐに正面を見た。

ひそひそと周囲で囁かれる称賛の声が、巨大ハムスターの乗る自分を笑う声に聞こえて仕方なかった。

 

 

そして、モモンガにとって長い忍耐の時が終わり、冒険組合に到着すると、3人は冒険者登録とハムスケの登録を行う為、漆黒の剣とンフィーレアと一旦別れた。

 

――幸い、死人は出なかった。

 

 

ぺテルたち漆黒の剣の面々は、ンフィーレアの店に行き、その荷卸しを手伝うことになっている。

オーガなどを倒した報酬は査定の後になるので、明日以降になるらしく、その分配と3人の宿の問題もあったので漆黒の剣とは荷卸しの後で合流し、彼らの宿を紹介して貰う手筈であった。

 

『街が安全なんて誰が言ったんだい?』

 

タブラのGMによるTRPGでのセリフを思い出す事になるとは、この時、二人は思ってもいなかった。

 

 




次回本編、第25話:届かなかったもの

かるだも様より、ルプスレギナとジョンのイラストを頂きました。
拙作の為に素敵なイラストありがとうございます。本当に嬉しいです。

【挿絵表示】

えーと、挿絵表示はこれで良いのかな?


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第25話:届かなかったもの

クレマンティーヌさん強すぎ、。
特訓して多少装備を整えても、漆黒の剣とはレベル差が15以上はある感じです。

2015.11.25 17:10頃加筆修正クレマンさんの「見ぃつけたぁ」から「ペテルは後ろからの声に」の間に描写7行ほど追加。



 

 

モモンガ達と別れ、バレアレ家の工房へ薬草を片付けているンフィーレアと漆黒の剣の前に、母屋の中から現れた女は哂う。

愛嬌のある可愛らしい顔立ちが大きく歪み、悪意に塗れた笑顔は酷く醜い。そのままぺらぺらと目的を話す姿に、ペテルは警戒を強め、覚悟を決めた。

アンデス・アーミーとか言う第七位階の魔法で街をめちゃくちゃにする。その為にンフィーレアがいる。そんな事まで話すのは自分達をここで殺すつもりがあるからだ。

 

そして、師匠(マスター)の特訓を受けた今ならば理解る。

 

この女――クレマンティーヌの実力は、自分達の遥か上にある。

ミスリル級ぐらいまでなら分るようになったつもりだが、それ以上になると自分より強いとしか分らない。

 

だが、強いと分かるだけでも十分だ。分からなければ警戒すら出来ないのだから。

 

武器と盾を構えても身構えもしないクレマンティーヌへ、更に警戒を高めながら、ペテルは剣を持った腕を後ろに回してダインへ合図を送る。

ダインがクレマンティーヌから視線を外し、背後の扉へ向かったのが気配と足音で感じられた。

その間、自分はクレマンティーヌから視線を逸らさず、小さな動きも見逃さないと目を見開き続ける。

 

「ふーん。やるねぇ」

 

少し感心したクレマンティーヌの声に「遊び過ぎだ」との男の声が被さった。

背後の扉から病的に白く細い体を持つ男が姿を見せ、扉を閉じた事で、クレマンティーヌの今までのおしゃべりが包囲準備を整える為の仕込であった事がはっきりとした。

 

(…あれだけ師匠(マスター)に敵の立場に立って考えろと言われておいて、この様ですか)

 

いや、まだ終っていないとペテルは己を奮い立たせる。

クレマンティーヌは一人ぐらいなら遊んでも良いと言う。それはまだまだこちらを格下と侮っているからだ。

挟撃し、まだ襲い掛かってこないのは静かにンフィーレアを攫いたいからだ。

 

視線だけで、仲間達の様子を伺う。

 

緊張した面持ち、血の気を失った唇を噛み締めている様子。けれどまだ、恐怖に押し潰されてはいない。

自分達はまだ戦える。

 

特訓の最中、ニニャが師匠(マスター)()()()()()覚えておけと、取得させられていた()()()()()()()()()()()》。無詠唱化されたそれがこれほど使えるものだとは思っても見なかった。師匠(マスター)達はどれほどの対人戦の経験があるのだろうか。ニニャを経由して、自分の指示が仲間へ伝わっていく。目配せで確認し、努めて大きい声を出した。

 

「私達、漆黒の剣の最期らしいですね。皆、()()()()()()()()() ダインはそっちの男に。ルクルットは私達のバックアップ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ペテルとダインがそれぞれクレマンティーヌとカジッチャンへ襲い掛かる。実力的には圧倒的に負けている。相手に損害を与える為ではなく、攻撃する事で相手の攻撃を制限し、防御しやすくする為の攻撃でしかない。

予想通りこちらを舐めているクレマンティーヌは2~3合は遊んでくれるようだ。それなら数秒間は生き延びられる。

 

「ンフィーレアさん扉に!」

 

ニニャの指示でンフィーレアがクレマンティーヌの背後の扉へ《閉門》の魔法を掛け、扉を閉ざす。

『扉に』との声にンフィーレアが逃げると警戒したクレマンティーヌが一歩下がり、ペテルの寿命がまた延びる。

 

部屋の扉は全て閉じられ、完全な密室になった。もう自分達の逃げ場も無い。

 

ダインと向き合うカジットは距離が近すぎた。更にダインへの誤射も恐れないルクルットの射撃を避ける為に無詠唱化した魔法で牽制するので精一杯だ。

彼らを舐め、肉壁となる弟子を連れてきていなかった事が仇と成った。

 

すかさずニニャが《霧の雲》を唱えて室内を霧で覆う。

「目隠し?」こんな狭い室内で、とクレマンティーヌの訝しげな声が聞こえるが、構わずンフィーレアが水をアルコールへ変える《炎の水》を唱えた。

粘膜を刺激する臭いに、カジットが「火の水だ! 火は使うな!」と叫んでいる。

 

 

漆黒の剣とンフィーレアは床に身を投げ出し、同時にペテルはジョンから貰った剣の発動コマンドを叫んだ。

 

 

「炎よ!!」

 

 

/*/

 

 

奇怪な匂いが漂う薬師達の街の一角で夜の闇を切り裂く爆音が響いた。

バレアレ家の建物の屋根の一部が吹き飛び、通り面した壁にも大穴が開いている。

そこから飛び出してきた5名ほどの男達が、「火事だ!」「人殺しだ!」「助けて!」口々に叫びながら駆け出していく。

 

少しの間をおいて、歯を軋らせながら若い女が「ふざけやがってぇ! カジッチャン行くよ!」と病的に細い男を伴って姿を見せる。

 

その瞬間、逃亡したと見せ、近くに伏せていたニニャから《クモの糸》が、ンフィーレアから錬金アイテムが襲い掛かり、強力な粘着物が二人を地面と建物に拘束する。

「なっ!?」

《クモの糸》は燃える。錬金アイテムと合わせて拘束される状態で火を掛けられては不味い。

クレマンティーヌとカジットは焦るが、漆黒の剣達は拘束された二人に目もくれず「火事だ」「人殺しだ!」「人攫いだ!」と、叫びながら、ンフィーレアを伴い逃げていく。

 

秘密裏に計画を進めたかった二人の思惑はここで潰されてしまった。

 

これでは、あの銀級冒険者で遊ぶ暇など無い。

急いで殺って、ンフィーレアを攫い。計画を急いで実行するしかない。

 

 

「糞がぁぁッ!!」

 

 

格下と思って舐めすぎた。

外見に惑わされず、こちらの実力、目的を見抜き、的確に叩かれたくないところを叩いてくる。

身体能力は自分よりも遥かに劣るが、プレートに見合わない戦闘巧者だ。油断して良い相手ではない。

 

身をくねらせ、拘束から逃れようと力を振り絞る。複数の拘束手段が使われているが、自分なら1分も掛からずに脱出できるだろう。

 

「私はあいつらを殺って攫ってくるよ。カジッチャンは拠点に戻って儀式の準備をしてちょうだい」

「分った。お主が脱出した後、魔法で身を焼いて儂も脱出しよう。拠点で待つ」

 

 

/*/

 

 

時間にして1分ほどを忌々しい銀級冒険者に奪われたクレマンティーヌだったが、この時点ではまだ悲観などしていなかった、

一当てして理解(わか)ったが、実力的には金級に迫るが銀級を出ない。

先ほどの我が身を省みない連携、こちらの目的を知って焦らせる遣り方は見事だが、身体能力も戦闘技術も圧倒的に自分が上回る。

武技《疾風走破》などを使って本気で追跡すれば、あっという間に追いつく事が出来るだろう。

 

「…こっち!」

 

曲がり角、家々の隙間の細い路地から先ほどの男装していた魔法詠唱者の声が聞こえてくる。

にたり、と笑って路地に飛び込み……先ほどの《クモの糸》などを警戒し、大きく跳躍し、上から回りこむ。

 

「…きた!」

 

声の元に嗤って着地すると、そこには地味な音声再生魔法をかけられ、一定の間隔で「…こっち!」「…きた!」と、声を再生する箒が2本立て掛けられていた。

 

 

「糞がぁぁッ!!」

 

 

クレマンティーヌの精神は一瞬で沸騰し、手玉に取られた怒りで箒を蹴り折る。

なんだこれは?

なんだこの冒険者達は?

 

どうしてこれほど、格上をいなし、遅滞戦闘を行える?

 

風花の手の者か?――いいや違う。

陽光聖典?――戦闘の癖が違いすぎる。

 

これは少数対少数での対人戦を知り尽くした者に、教練を受けたような行動だ。断じて冒険者の戦い方では無い。

 

クレマンティーヌはあちこちから聞こえてくる「人殺しだ!」「人攫いだ!」と、叫びながら走り回る浮浪者の声に、ギリッと歯を食い縛った。

小金でも握らせて騒ぎを起こさせているのだろう。一人二人捕まえても、そこから精々どっちへ向かったか程度の情報しか手に入らない。

その間にあの銀級達は遠くへ逃げていく。

 

袋のネズミにしたと思ったら、逆に閉鎖空間である事を利用し、部屋を爆破し壁から脱出。

そこから追ってくるよう思考を制限し、拘束魔法とアイテムを使用。一度、火で爆破しておき、火を使うと思わせ《クモの糸》ごと、焼かれると焦る虚をついて逃げの一手。

こちらが隠密に事を進めようとした事から、拘束から逃れるまでの数分で撹乱をしかけ、騒ぎを起こす。

 

これでカジットは拠点へ戻り、儀式の準備を急ぎ、脚の速い自分が急いで銀級達からンフィーレアを奪わなくてはならなくなった。

 

人類種最強の戦士の一角を自負するクレマンティーヌであったが、この騒ぎの中から先ほどの冒険者を見つけ出す捜査探知に長けた能力は持っていない。

ぎりっと奥歯をかみ締める。……小賢しい。直接相対すれば一撃で殺してやるものを。

それを承知の上で、あの銀級達は小さな時間稼ぎを積み上げているのだろう。

 

自分の調べた強者の情報に漏れがあったのか。いいや、あの冒険者は間違いなく銀級だ。しかし、何者かに対人戦の教練を受けている。

だが、野に遺賢無し。あの程度の銀級に教練をつける、つけられるような存在が、これまで裏でも表でも名も知られず存在できるわけがない。

 

もし、もしもの話をするのであれば、銀級程度の冒険者に教練をするような強者は周辺諸国に存在していなかった。昨日今日、突如として出現した謎の強者を自分が知らないなら、あちらもこちらを知らない可能性が高い。

 

クレマンティーヌは追っ手の掛かっている身であるから、街に出入りする強者と思しき者の情報は《魅了》した情報屋から取るようにしていた。

 

白銀の大魔獣を従えた漆黒の戦士。巨大な聖杖を背負った法国の修道女(シスター)のような服装の美女。褐色の戦士にしか見えない魔法詠唱者。

白銀の大魔獣はトブの大森林の賢王と魔獣が自身で話していた。そのような伝説の魔獣を力で従え、あまつさえ"黒くて丸い円らな瞳が可愛い"などとほざく狂った感性は、クレマンティーヌのクソ兄貴ですら持っていない。

 

その3人はンフィーレア・バレアレと街に入り、組合で別れたが、街に入るに当ってンフィーレア・バレアレが身元を保証したと言う。

身元の保証までして、偶々同行したなどは有り得なかった。だからこそ、彼らが別れたタイミングで強襲したと言うのに。

 

銀級とは思えない立ち回り、あの冒険者はその3人の手の者と考え、間違いない。

ならば、あの銀級はンフィーレアにつけられた警護の冒険者。不自然なあの3人もンフィーレアのタレントに用があると考えるべきだ。

 

その3人は何処にいる? いま何をやっている?

 

冒険者組合で冒険者登録と魔獣の登録を行っている。

ならば銀級達は、強者である3人の下に警護対象であるンフィーレアを連れて行く筈だ。

 

分の悪い賭けになるが、組合近くに先回りし、銀級共を一気に殲滅。ンフィーレアを確保するしかない。

銀級達がこの騒ぎに乗じ、街の中で身を隠してしまったら、もう自分には手の打ちようがないのだ。

 

 

その場合はカジットを捨駒()にし、エ・ランテルから脱出する。

 

 

/*/

 

 

「行ったか?」

「もう少し待て」

 

クレマンティーヌが立去った路地の奥から微かな声がする。

細い路地の一つを最下級の幻影で壁に見せかけた中で、漆黒の剣とンフィーレアは息を殺して潜んでいた。

音声再生魔法など、ニニャもンフィーレアも使えない。

 

だから、ニニャが取得している声を遠隔で発声させる《腹話術》を用いて2本の箒へ音声再生魔法を込めた様に見せかけ、それを囮にして更に身を潜めていた。

 

ペテルとルクルットは囁き声とハンドサインでクレマンティーヌが向かった先を警戒し、ダインは背後を警戒している。

魔法詠唱者であるカジッチャンと分断できて本当に良かった。

クレマンティーヌの側に野伏や盗賊などの探知に優れてた者、魔法に長けたカジッチャンがいないのも幸運だった。

 

「……駄目です。繋がりません」

 

メッセージで師匠(マスター)へ連絡を取ろうとしたニニャだったが、どうにも上手く繋がらなかった。

それがジョンが無意識でレジストしているのか、展開しているであろう防御魔法の影響なのかまでは、ニニャには分らなかったが、繋がらない事だけは事実だ。

 

どうするか?

 

自分達は待ち伏せされていた。

狙いはンフィーレア。自分達ではクレマンティーヌに数秒時間を稼いで殺されるだけだ。

 

「…組合に向かおう。師匠(マスター)達と合流するんだ」

 

ペテルの判断に漆黒の剣とンフィーレアは頷いた。

 

自分達では守りきれないだろうが、師匠(マスター)達なら守れるだろう。

圧倒的な強者に追われている状態では、戦力の集中と言う意味でも間違いは無いと思えたのだ。

 

 

/*/

 

 

「見ぃつけたぁ」

 

組合を目前に後ろから聞こえた声。ペテルは自分の失敗を悟った。

追いつかれた。

 

日も暮れ、夜に賑わう花街などをのぞいて人通りも減った街の中、5人でぞろぞろ歩けば目立つ事この上ない。見通しの良い大通りを避け、細い路地を渡ってきた。

浮浪者達に小金を掴ませ、騒ぎを演出させていたが、何時までも続ければ騒ぎの基点から自分達の逃走経路が露見してしまう。続く火の手も薬師街から上がったわけでもないので、騒ぎは遥か後方に去り、既に静まりつつあるのかもしれない。

 

あと、幾つかの角を曲がり、大きな通りに出れば組合は目の前だ。

 

この時間、組合に残っている冒険者は少ないだろう。万一、師匠達と入れ違っていたらと恐れもある。それでも組合長などは嘗てはミスリル級冒険者だった筈だ。魔法詠唱者も何人かいるだろう。最悪でも自分達よりは戦力がある筈……そう思って進んできたのに。

 

追いつかれた。

 

ペテルは後ろからの声に追いつかれたと判断したが、クレマンティーヌは経路を予想し、待ち伏せしていたのだった。

奇襲せずに進ませてから声をかけたのは、彼等の選択肢を制限する為。

 

ゆっくりと見せ付けるようにスティレットを抜くクレマンティーヌの姿に、覚悟を決めた顔でペテル、ルクルット、ダインがその場に残り、ニニャがンフィーレアを伴い組合に向けて駆け出す。

 

そうだ。それで良い。

 

それを見たクレマンティーヌの笑みが更に大きく裂ける。

自分(クレマンティーヌ)が道を塞げば、彼らはまた時間稼ぎの撹乱を仕掛け、姿を隠してしまう。

それでは勝負が着かない。目的が達せられない。

 

だが、自分(クレマンティーヌ)が背後から現れればどうだろう?

 

彼らは自分(クレマンティーヌ)の足止めをし、もう見えそうな組合…強力な庇護者がいる場所へ、一目散に駆け出したくはならないだろうか?

 

絶望的な実力差から、戦えば自分(クレマンティーヌ)が勝つ。

彼らが戦闘を選択した時点で自分(クレマンティーヌ)の勝ちは決まったのだ。

 

嬲り殺しに出来ないのは残念だが、自分をコケにしてくれた銀級冒険者。これを最後に自分の思うよう誘導できた事で良しとしよう。

 

口が裂けるのでは無いかと思われるほど、大きく三日月のように裂けた笑みを浮かべ、〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉、三つの武技を同時展開し、能力を大きく引き上げる。万が一の反撃に備え、〈不落要塞〉などを起動する余裕もある。今度こそ一撃必殺で一人ずつ片付ける決意で、クレマンティーヌは突進を仕掛けた。

 

 

/*/

 

 

見える。

こちらを突きにくる鈍く輝くスティレットも、踏み込む足も、三日月のような裂けた笑みも、見える。

これなら、避けられる。

避けられる筈だ。

 

なのに、身体が重い。

見えてるのに、分っているのに、動かない。

いや、動いてはいる。

 

動いてはいるが、自分の身体はこんなにも重かったか? 遅かったか?

 

盾は? 間に合わない。

剣は? 間に合わない。

 

鎧の継ぎ目、喉元を狙ってくるスティレットの一撃――これは、死んだ。

 

空気が冷水に変わったように血の気が引く。間延びした時間の中、それでもペテルは笑った。

自分は今、ここで死ぬ。

 

だから、どうした。

 

死ぬならば、1秒でも長く仲間を守り、ンフィーレアとニニャが逃げ延びる時間を稼いで死ぬだけだ。

例えこの一撃に生き残っても、ンフィーレアとニニャが逃げ延びる時間を稼いで戦うだけだ。

 

する事は――何も、変わらない。

 

相手は軽戦士。剥き出しの腹に一撃を。手傷を負わせれば、脚も遅くなる筈。

避けられないなら、避けなくて良い。

奪われる生命なら、奪わせれば良い。

手傷を、時間を、避けられなくても、見えてはいるのだ。

 

スティレットが喉元に届く。これが根元まで刺さった時、自分の剣は相手に届くかどうかだろう。

 

少しでも時間を――。

 

 

〈要塞〉!

 

 

クレマンティーヌが自信を持って放った一撃は、全力の一撃では無いにしても、銀級冒険者を一撃で殺すには十分な速度と威力、命中箇所だった。

全身鎧の喉元。稼動するパーツが集中する装甲の薄い部分。例えこの地味な鎧がミスリル製でも自分の一撃は余裕を持って鎧を打ち抜ける。

 

遊べなかった事を残念に思う気持ちと、自分をここまで翻弄してくれた格下へのどろりとした怒りを、この一撃に反応も出来ずに死んでいく戦士の無念さで、少しは晴らせるだろうと思っていた。

 

ずぶり、と全身鎧の薄い部分を貫き、戦士の喉元へ突き刺さっていくスティレット。

 

その感触がやけに重い。柔らかい肉ではなく、硬い土へ突き刺しているような感触に、クレマンティーヌは驚きと怒りを燃え上がらせた。

 

(喉元で〈要塞〉!?)

 

武技〈要塞〉は〈不落要塞〉と違い、吸収できる威力衝撃が少ない。

クレマンティーヌの攻撃力であれば、十分に貫いて致命傷を与える事が出来るだろう。

だが、これでは即死させられない。そして、致命傷に十分な深さまで刺さる時間が、ほんの瞬きほど伸びる。

 

ペテルは己の生命を差し出し、瞬きの時間を手にし、それを使ってクレマンティーヌの腹を狙い突きを放つ。

 

自分の生命と引き換えに、僅かな手傷を与えようと割り切ったペテルの行動、覚悟に、クレマンティーヌは僅かな恐怖を感じ、恐怖を感じた自分に激怒した。

この自分が、人類最強の一角を謳う自分が。

遥か格下の銀級冒険者如きに、一瞬でも、僅かでも、恐怖したなど許せるものか。

 

《マジックアキュムレート/魔法蓄積》解放。

 

スティレットに込められた《雷撃》が傷口から体内へ叩き込まれ、暴れまわり、ペテルをスティレットのダメージと合せて殺してしまう。

 

それで尚も、惰性で繰り出される剣を身を捻ってかわし――僅かに掠った剣が、クレマンティーヌの白い肌に薄く赤い線を引く――小剣を抜いたルクルットを突くと同時に《マジックアキュムレート/魔法蓄積》解放。《火球》も加え、一撃で殺す。

怯まずメイスを振り下ろしてきたダインの一撃を問題なく捌きながら、虚空に曲線を描いたクレマンティーヌの回し蹴りがダインの首をへし折った。

 

ンフィーレアを逃がそうと振り向きもせず、見事な逃げっぷりを見せる魔法詠唱者(ニニャ)に本気の走りで追いつき、背後から殴りつけると背骨から危険な音を立てながらニニャは吹き飛び、倒れて、動かなくなる。

 

ほんの僅かな時間で警護の冒険者がやられ、その恐れか驚愕かで脚を止めたンフィーレアへ、クレマンティーヌは僅かな安堵を感じる。

 

これで、この少年まで教練を受けていたとしたら、悪い冗談だ。

自分の常識は何処に行ったのかと疑うしかない。

 

 

「は~い、ボクぅ。鬼ごっこは終わりよ。お姉さんのお・ね・が・い、聞いてくれるかしら?」

 

 

眼だけはまったく笑っていない笑顔で、三日月のように口を歪め、クレマンティーヌはようやく捕まえたンフィーレアへ哂いかけた。

 

 




次回本編「第26話:私には仲間がいるのだよ」


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第26話:私には仲間がいるのだよ

シリアスが続いて死にそうです。

2015.11.28 14:25頃 脱字修正「魔法詠唱者は常にパーティで一番冷静でなくてはならい。」→「ならない。」


 

 

周辺を警護するエイトエッジ・アサシンからのメッセージを受け、ジョンは罵声を上げるのをなんとか堪えた。分ってはいる。理解してはいたのだ。

NPC達が人間を軽視している事。自分達(創造主)を最優先で考える事。意外と融通が利かない事。

 

だからこそ、ジョンの探知範囲外で漆黒の剣が何者かと交戦し、死亡した事をシモベが伝えてきても、その相手を追跡していない事も、それは一つ一つ指示を出していない自分の(創造主)側が悪いのだ。

 

設定量の多い守護者クラスのNPC達はその限りではないが、エイトエッジ・アサシンやシャドウデーモンなどの自分達がモンスターとして見ていた特に設定を持たないもの達は主体的に動く事が苦手のようだった。その意味では一般メイド達の方が優れている――メイド班の熱意を異世界で見た。

 

それは兎も角、街に着いた直後に全滅戦闘とか、何処のクソゲーだ。なんでセーブしておかなかった、とか誰かに言いたい事は山ほどあるが…。

各々の登録は済んでいたのに、森の賢王を従え、装備も整っている自分達の実力を知ろうと、組合長まで出てきたのに対応し、あれこれ雑談に興じていたのが悔やまれる。

 

腹の底が煮えたぎるように熱く、全身は冷たい炎に包まれているように冷える。

先ほどまでざわついていた室内は静まり、ジョンへ視線が集中していた。

 

「……ジョジョン」

「悪い、モモン。漆黒の剣がやられた。様子を見てくる」

 

眼の錯覚か褐色の魔法詠唱者の周囲で蜃気楼のように揺らめいてるように見えた。室内の人間達は突如として発生した正体不明の大きな怒りに煽られると、冷気に触れたように身を振るわせ、本能的な恐れから、距離を取った。

 

ジョンは一瞬、ルプーと呼びそうになりながら「レギナ、ついて来い」言い直し、組合を出て行く。

 

 

/*/

 

 

現場は組合から直線距離で500mほど離れた大通りからも外れた路上だった。

 

エイトエッジ・アサシン達にしても、感知ぎりぎりの距離だろう。シモベ達が気づけたのも戦闘で《雷撃》と《火球》が使われたからだと言う。

それであれば、気づけただけでも幸運だ。シモベ達にも非はない。人間同士の戦闘などシモベ達に取って価値の無いものなのだから。

 

組合から外に出て、耳を澄ませば、数ある音の中から選別して聞きたい方向の音だけを意識へ伝えてくれる。

ンフィーレアの自宅のある薬師街の方面からは「火事?」「人殺し?」「人攫い?」と言った人々のざわめきが聞こえる。恐らく漆黒の剣は戦闘を避け、そう言った騒ぎを起し、追っ手を撹乱しながら自分達の下を目指して移動してきたのだ。

 

漆黒の剣の誤算は、彼等の演出した騒ぎが期待するほど大きくならなかった事。逃走ルートを特定もしくは追跡され、捕捉されてしまった事だろう。

 

殺ってくれた相手を捕捉するなり、追跡するなりしてくれよとジョンは思ったが、《雷撃》と《火球》まで使われた戦闘に気づき、状況を確認し《伝言》をくれただけ良しとしなければ。

エイトエッジ・アサシンも、シャドウデーモンも、自分の指示を待っていてくれたのだ。モモンガのように即対応と行かなくても、ここにくるまでの間に冷静になれば、自分は彼らに指示を出せた筈なのだ。

 

だから、怒りを静め、冷静になるべきなのだが、燃え上がる怒りをジョンは消し去る事が出来ないでいた。

 

集まりつつあった野次馬を殺気で追い払い。戦闘跡が荒らされる事に腹が立つ。

それでも、ニニャだけはまだ微かに息があった。微かな生命反応をジョンの感覚が捉えている。

ジョンは戦闘跡が更に荒れるのも構わず、ルプスレギナに《大治癒》の使用を命じた。

 

人間形態である為、ステータスは下がっているが、《リアル・シャドー》《トラッキング》などを使用しながら、ジョンは戦闘跡から情報を収集する。

 

漆黒の剣を襲った者は一人。身長はそれほど高くない。足のサイズ、歩幅からすると小柄な男性もしくは女性だろう。

幸い石畳では無く踏み込みの跡がくっきりと残っている。レベル的にガゼフ・ストロノーフに匹敵する(現地としては)強力な部類。漆黒の剣では一溜まりも無かっただろう。

ダインの遺体の下に何か血文字で書き込み、ンフィーレアと思しき5人目を担いで離脱した様子までは見て取れた。

 

武器は刺突武器。ペテルの喉元を一撃し、至近距離から《雷撃》――この《雷撃》は武器から放たれたようにも見える。ユグドラシルには無かった武器?――。そこから身を翻してルクルットも一撃、同時に《火球》で仕留める。ダインの攻撃を避けながら、首を強打し、へし折る。脚の運びから見ると廻し蹴りなどだろうか。そこから、飛び出して逃げるニニャを背後から一撃し、手早く情報撹乱を仕掛けて撤退。

 

手早く迷いがなかった。

 

だが、ダインを蹴り殺せる実力があるのなら、どうしてペテルとルクルットを刺突武器で殺すだけではなく、わざわざ無駄に目立つ《電撃》と《火球》を使ったのかが分らない。

一通り調べ、振り返ると、そこにはモモンガと自分達を追ってきた組合長や冒険者などの姿があった。

 

 

/*/

 

 

治癒を受け、回復したニニャだったが、顔をくしゃくしゃに歪め、両手で顔を覆って泣いていた。

 

「みん……な……また、奪われてしまいました。私……達、頑張ったんです……諦めなかった…んです……でも……」

 

既にモモンガはアンデッドであり、人類そのものに同属意識など持っていない。漆黒の剣が全滅した事にも痛痒を感じない。

けれど、彼らとはジョンの弟子として数日であったが接していた。悲鳴を上げながらも、自分達の目標の為に懸命に努力する姿は眩しく、かつてギルドであったジョンの特訓風景や、仲間たちとの冒険を思い出させてくれた。この世界で初めて会った冒険者だった。

 

モモンガはニニャの側に膝をつく。可哀想なニニャ。チーム最後の一人……自分も、そうであったかもしれない姿。

 

「……いいや、まだ漆黒の剣は終っていない。ニニャ、私達がいる。私達がンフィーレアくんを取り戻せば、君達の勝利だ。君は私達へ情報を伝えてくれた。漆黒の剣は、ンフィーレアくんを守るという役割を果たしたのだよ。君たちは、まだ終わっていない」

 

ボロボロと泣くニニャをガントレットに覆われた手でそっと撫でる。そのモモンガの手を取り、泣き続けるニニャ。その姿にまだまだ幼い様子を感じつつ、モモンガは襲撃者に対する不快感を改めて強く感じていた。

ルプスレギナを連れてきているので《蘇生の短杖》を使うまでも無く、漆黒の剣を蘇生させる事は出来る。だが、それでは幾らなんでも悪目立ち過ぎる。

 

冒険者として高位の実力があると手っ取り早く示す事は出来るだろうが、やっかみや妬み、詮索はそれ以上だろう。

メリットとデメリットを天秤にかければ、ここはニニャだけでも生き残った事で良しとするしかない。

 

モモンガはそう結論づけ、諦めた。仕方が無いと割り切った。

その横ではペテル、ルクルット、ダインの死体を集め、横たえたジョンが、ルプスレギナへ『死体の復元』と『蘇生』を衆人環視の中で命じていた。

 

「ジョジョン!!」

「モモン、漆黒の剣はクエストを一緒にやってるパーティだよな。ンフィーくんからまだ報酬は貰ってない。クエストは継続中だ」

「それは!」/《冷静になって下さい。メリットとデメリットを考えてください》

 

「……足りないか? なら《複製》」

 

ペテルの懐から取り出した漆黒の刃を、ジョンは《複製》する。特に貴重な材料も使われていないそれは問題なく複製され、ジョンの手の中に現れた。

一つをペテルの遺体へ戻し、複製した漆黒の刃をニニャへ見せ付ける。

 

「これは漆黒の剣のメンバーの証だったな。ニニャ、これで俺は漆黒の剣のメンバーだな」

「え、あ、はい」

 

気圧されたニニャが反射的に「はい」と言うのに、得意げな顔でジョンは頷く。

 

「良し。ル……」

「わかった! わかりました」/《まったく……第五位階の《死者復活》と言い張りますか》

「良いぞ。レギナ……使用を許す」

 

常に無く低いジョンの声に、ルプスレギナは小さく頷いた。

 

 

/*/

 

 

「……蹂躙された癖に、なんで笑って死んでるっすかね」

 

ルプスレギナが横たわった遺体の損傷を修復すると、そこにあったのは恐怖や苦痛に歪んだ顔ではなく、自身のやるべき事をやりきった男達の表情(かお)だった。

その表情(かお)を見て、ルプスレギナは不思議そうに呟く。

 

「俺達が来るって信じていたからだ。守るべきモノを得て(ンフィーくんを守り)、戦うべき敵を見つけて、後を託せる者がいた。なら恐いものなど何もないさ。全身全霊を懸けて戦い散っても、思い残す事は何も無いだろう」

 

ペテル、ルクルット、ダインの修復された遺体の瞼を閉じさせてやりながら、ジョンはルプスレギナへ答えた。

背後でルプスレギナの治癒に驚きの声を上げている地神に仕える高位神官ギグナル・エルシャイがいたが、それを無視して言葉を続ける。

 

「レギナ、お前だって解る筈だ。誰か(至高)の為に血を流す事の尊さが。後を頼める者がいる喜びが」

「……ンフィーくんを守るのが、彼等の忠義だったっすか?」

 

彼ら(人間)には、お前達のような揺るがない原点(NPCの忠誠心)があるわけじゃない。彼等は彼等の移ろう信念の中、それでも自分達で決めたンフィーくんを守るという意志を突き通した。…後に俺達がいると信じてな――羨ましい。俺も……どうせ死ぬなら、こんな風に死にたいと思うよ」

 

羨ましげに、寂しげな視線をペテル達へ向けながら、最後は囁くような声でジョンは告げた。

 

「……死んじゃダメっす」

「そうですよ。これから貴方の弟子を傷つけた愚か者に、身の程を思い知らせに行くのですから」

 

ルプスレギナとモモンガは、ジョンが自分の死を口にした事に衝撃を受けていた。

声の聞こえる範囲にいた冒険者組合長プルトン・アインザックは、戦士として、魔法詠唱者である筈のジョンの言葉に共感を覚えた。

 

組合長と呼ばれるようになった自分は、既に冒険にも戦いの場に出る事も無い。後は年老い、無残に朽ちていくだけかと密かに恐れていたのだ。死ぬならば戦いの中で死にたい。このように誰かを守り、悪しき何者かと戦って死ぬ。そして、後を託せる者がいる。ならば、恐れなど何も無く。誇りを抱いて死ねるだろう――羨ましい。心から、自分もそう思う。

 

この褐色の魔法詠唱者は魔法詠唱者である以前に歴戦の戦士なのだろう。

常識的に考えてありえない事ではあるが、プルトンは自分の想像が酷くしっくり来る事に納得できた。

 

 

/*/

 

 

《死者復活》には触媒が必要とされている。

それは神殿――突き詰めれば法国――が広めた話であって、別になくても蘇生は出来る。ニグンから得た情報だった。

 

だが、世界の常識としてそうなっているなら、触媒も何も無しでの蘇生は悪目立ちが過ぎる。

 

ジョンは、ニグンの時にも使った護符型の課金アイテムを取り出すと遺体に一つずつ握らせ、スペシャルパワーを解放させていった。

経験値が加算され、デスペナルティとの差し引きで若干レベルが上がる事になるだろうが、どうせステータスを確認できる者などいないのだ。

 

世界の常識として高価な触媒が必要ならば、そうやったように見えれば問題ない。そうジョンは割り切る。

 

ルプスレギナの《死者復活》と言い張るつもりの《蘇生》で、ペテル達3人が無事に息を吹き返すと周囲からどよめきが起った。

地神に仕える高位神官ギグナル・エルシャイと冒険者組合長プルトン・アインザックからも驚愕の声があがる。

 

「馬鹿な! 本当に第五位階《死者復活》だと!? 王国に2組しか存在しないアダマンタイト級冒険者《蒼の薔薇》にしか使い手が存在しないのだぞ」

「漆黒の戦士と褐色の魔法詠唱者が彼女の護衛なのか? いや、だが、漆黒の戦士が二人を従えているようにも見える。一体何者なのだ」

 

 

「ほら見ろ。大騒ぎになったぞ」

 

 

周囲が蜂の巣をつついたような大騒ぎになった事にモモンガはやれやれと肩を竦め、呆れたような声をジョンへ掛けた。

それは表情が見えない分、芝居が掛かった仕草で感情を表現する癖がついてきたようにもジョンには見えた。

 

対するジョンは、モモンガが何を気にしているのか良く分らないと言った風に答えた。

 

「誰構わず助ける義理なんて俺達には無いだろう? なんで浅ましく寄って来る奴まで気にするんだよ、モモン」

「死を振り撒く者と、死から救い上げる者では、どちらが厄介ごとに巻き込まれるかは想像に難しくないだろう?」

 

「そこがわかんないんだよ? 気に入った者、例えば漆黒の剣なんかと、その他のどうでも良い人間を何で同列に扱う? 助けたくない奴をなんで助けなきゃならない? うるせぇ、死ねって踏み潰せば良いだろう」

 

「王国の法を持ち出されて、《死者復活》が使えるものは神殿で蘇生作業に従事しろ、とか言われたら面倒だろう」

 

単純明快な強者の理論を語るジョジョンと、法や他人の目を気にするモモンの言い合い。

そば耳を立てているプルトンやギグナルは、苛烈果断なジョジョンと理性的なモモンであれば、モモンに交渉を持ちかけるべきだろうと考えた。

 

《死者蘇生》が使えるほどの神官を従えている人間だ。冒険者登録をしたと言う事はしばらく腰を落ち着ける気もあるのだろう。ならば、その期間を出来るだけ長く。出来るならばエ・ランテルに取り込めるよう働きかけるべきなのだ。この二人の感情的な言い合いは、その交渉における情報として非常に価値あるものだった。

 

「それって俺達に何か利益あるのか? 互いに利益があるから法を守るんだろう? 俺達の正体知ったら手の平返す奴らをどうして守らなきゃいけない? 生命なんて平等じゃない。俺が助けたい生命を助けられるから助けるんだ。助けたくない生命をなんで危険を冒して助けなきゃいけない。人助けなんて趣味でやるものであって、義務じゃない」

 

聖騎士(たっちさん)だったらだな」

 

聖騎士との単語にプルトンやギグナルなどは、何処か自分達の知らない遠方の神殿などに仕える戦士なのだろうかと考え、次いで、モモンの言葉にモモンには規範とすべき価値観があり、それは自分達にも理解できる理想の騎士のようなものだろうと彼等は想像した。

 

「あの人こそ究極の趣味人だよ。自分の利益にならないのに人を助けるなんて、それが好きでやってる人だけだ。助けたくない人は助けなかっただろう。もし本当に義理や使命感で人助けやってるなら、聖騎士(たっちさん)は浅ましいPK野郎だって助けてた筈。聖騎士(たっちさん)が助けた人、それはモモンを含めて、聖騎士(たっちさん)が助けたかった人であって、聖騎士(たっちさん)は助けたくない人は助けない。《死者蘇生》に群がってきた奴らだって、助ける動機がなければ踏み潰すだけだ。恨まれる? 今までと何の違いがあるよ?」

 

褐色の魔法詠唱者は聖騎士と呼ばれる程の人物の行動も、あくまで自分本位のものだと断じる。その結果、恨まれるならば、喧嘩を売られたら、買って踏み潰すと強者の理論を振りかざす。敵と見なせば容赦は無いだろう。漆黒の戦士は、その結果として敵が増える事を案じていた。

 

「敵対的存在がそれを理由に敵対勢力を集めたらどうする?」

 

「そんな割り切りも出来ない奴は、最初から俺達の敵足り得ない。俺達が負けを覚悟した相手は、割り切りが出来る相手だけだったじゃないか?」

 

慎重なモモンに恨みなどで敵対するものは、大した脅威足り得ないとジョジョンは笑う。

 

「だから、俺はどの法に従うも、俺が決め、誰の許しも必要としない。俺が常識的に見えるとすれば、それは法だからじゃない。皆が好きだから、仲間といたいから、その為に最低限のルールがいるからだ。モモンもそうしろよ。その方が俺達のリーダーらしい」

 

鮮やかに言い切って笑う褐色の魔法詠唱者へ、漆黒の戦士は「まったく」と、小さく呟き、兜の中で苦笑したように、プルトンには見えた。

 

 

/*/

 

 

「わしの孫が! ンフィーレアが!」

 

ニニャから事情の説明を受け、ンフィーレアがマジックアイテムの媒介にされると知ったリイジーが顔色を青を通り越して白に染める。

冒険者達はダインの背中に隠れてた地面に地下水道らしき血文字と2-8の数字を手がかりに、依頼に備え、あれこれ話し合っている者もいる。

 

「うるせぇな。ンフィーくんは好きな子と添い遂げるのにカルネ村に移住するんだよ」

 

半分は演技だった筈の先程までのやり取りで、感情が高ぶったままのジョン。

その様子にモモンガは溜息をつくと、グレートソードの腹でジョンの頭を叩いた。岩か金属の塊を殴ったような音が響き、周囲の人間をぎょっとさせる。

 

「ってぇ~」

「魔法詠唱者は常にパーティで一番冷静でなくてはならない。誰もがカッカしてる時、恐怖で我を忘れている時、それでも一人氷のように冷静に戦況を見ているのが、魔法詠唱者だろう?」

 

漆黒の戦士がその場の誰よりも冷静な声で告げた。

褐色の魔法詠唱者は叩かれたところを摩りながら、漆黒の戦士へ返す。

 

「……その数字はブービートラップに決まってんだろ? ダイン、首折れてたのにどうやって死に際にメッセージ残すんだよ。血文字を書く余裕は無いし、死体を動かした痕跡もある」

 

血文字を残すならニニャだろ。よっぽど余裕がなかったんだな。

そう言うと、まだ蘇生したばかりで満足に動けない漆黒の剣の面々へ「良くそこまで格上を追い詰めたな」と、ジョンは笑いかけ続ける。

 

「儀式魔法でアンデス・アーミーを発動させるなら、数時間は余裕がある筈だ。先ずはどっか宿でも取って、4人を休ませよう。……お婆さん、一緒に来るか?」

 

「そうだな。ご老人、ンフィーレアくんは私たちが必ず取り戻して来る。安心すると良い。……依頼をすると言うなら受けるが? 私の仲間は大食らいばかりでね、食費が些か馬鹿にならないのだよ」

 

ジョンの言葉を受け、モモンガはリイジーへ冗談交じりに肩をすくめて見せる。

それはジョンの真似であった。ジョンがモモンガのNPC達への対応を真似るよう、モモンガはジョンのそれを真似てみたのだった。事実、人狼2人と巨大ハムスターが本気で食べると食費が酷い事になる。その為、モモンガとしては冗談でもなかったのだが。

 

面頬付き兜(クローズド・ヘルム)の向こうで、モモンが笑ったような気配にリイジーの肩の力が抜けた。

 

「確かに、森の賢王を従え、高位魔法を扱うおぬし達ならば……」

 

ペテルとルクルットを担いで立ち上がったジョン。ダインを担いだモモンガに続いて、ニニャ、ルプスレギナが立ち上がると、慌てたようにプルトンが一行を引き止めた。

 

「まってくれ! それなら組合を使ってほしい」

「だってさ。どうする、モモン? ……先に俺の意見を言っとくが、涎垂らしてレギナを見てる奴らが気にいらねェぞ」

 

不機嫌そうなジョジョンの声に、プルトンはジョジョンとレギナの二人が同じこの辺りでは見ない褐色の肌に金色の眼である事から、二人は関係を予想し、それなりの対応を考えた。

 

「申し訳ない。そのようなつもりはないのだ。この街には君達のような高位の実力者がいなかったので驚いているのだ。それに加えて杓子定規に銅プレートとして申し訳なかった。特例で君たちのプレートはより高位のものに替えさせよう」

 

プルトンの言葉にジョジョンとレギナは答えず。事前に打ち合わせしているような自然さでモモンが一歩前に出てくる。ジョジョンは分を弁えているかのように何も言わない。

癖の強そうなジョジョンを完全に従えているその様子に、プルトンはモモンの評価を更に引き上げた。

 

特に、これが交渉の為にジョジョンにあえてやらせていると言うなら、この戦士は決して戦うだけの男と侮ってはならない。

 

 

「高位のプレートか。それで? それは私達を縛るに相応しいものなのかな」

 

 

ごくり、プルトンは唾を飲み込んだ。ここが正念場だ。

周囲には他の冒険者達もいる。下手な特別扱いは彼等の嫉妬を買う。だが、破格の扱いである事を周囲と3人へ知らしめれば、彼等をエ・ランテルに引き止める楔と成り得る。

 

「ミ、ミスリル……いや、オリハルコンを出そう」

「組合長!? い、いや《死者復活》が使えるなら相当だ」

 

周囲の冒険者が息を呑み。高位神官であるギグナルが驚愕、次いで納得の声を上げる。

エ・ランテルにおけるほぼ最高位の実力を持つギグナルとて第三位階までの魔法しか扱えないのだ。

決して破格の扱いでは無いと、地神の高位神官が納得する姿を見て多くの冒険者も納得した。

 

「おお! ふざけんな! ぽっと出の奴にオリハルコンだと」

 

だが、エ・ランテルに3つしか存在しない冒険者パーティ。

エ・ランテルにおける最高位であるミスリル級冒険者パーティの一つ『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジが声を上げた。

 

「反対意見があるようだな、組合長」

 

モモンの冷静な声を聞きながら、プルトンは周囲の冒険者の様子を窺う。イグヴァルジ以外は第五位階《死者蘇生》が使えるレギナの存在だけで、彼等にオリハルコンを与える事に納得しているようだった。それは、恐らく自分達の仲間に《死者蘇生》を使える者が存在すれば、自分達の万が一の保険となるとの計算も働いている事によるものだった。

プルトンはエ・ランテルに3つしか存在しないミスリル級パーティの一つとモモン達を天秤にかけた。答えは考えるまでも無かった。

 

「イグヴァルジ! お前は黙っていろ! 《死者復活》がどれだけ貴重か」

「なら、その女だけオリハルコンにすりゃ良いじゃねぇか! なんでそんなぽっと出の奴ら…」

 

イグヴァルジからすれば、自分達が夢見て、血と汗を流して、這い上がってきた階段を突然に横から現れた者が悠々と上に立つ。許せる事ではなかった。

どす黒い怒りと嫉妬で心が埋め尽くされる。滲み出る負の感情で叫ぶ顔は醜く見苦しい。

そのイグヴァルジの顔を見つめ、レギナが冷めた声で告げる。

 

「私が御二人より高位などありえません」

「ま、良く話し合ってくれよ。俺達はこいつらを休ませて、仇を討ってくるんだからよ」

 

イグヴァルジを歯牙にもかけない二人の言い草に、イグヴァルジは背後から殴りかかりたい衝動を必死で抑えた。

自分は英雄になるのだ。こんな衆人環視の中で背後から殴るなど行うべきでない。

だから、どす黒い感情に任せて唾を吐き、「けっ、そんな銀級を仲間とか」そう言うのに止めた。仲間など自分が頂点を取る為の道具だ。そんな弱い仲間を後生大事にしている奴が、自分の上であるわけが無いと自分に言い聞かせながら。

 

 

「……なんつった? おい、そこの? 今、なんつった?」

 

 

急に冷たい風が吹いたようで、イグヴァルジは身体を震わせた。

自分の言葉に感情的になったジョジョンへ、してやったりと嘲笑を浮かべる。

 

「はっ、なんべんでも言ってやるぜ。そん…な……カッ」

 

イグヴァルジの周囲から弾かれたように人が、仲間が逃げ出し、イグヴァルジは心臓を鷲掴みにされたように呼吸が出来ない。

自分の身に何が起こったのか理解できず、目を見開き、胸を押さえながら、ふらつきながらも意地で立っていた。

 

「さっき、モモンが言ったよな? 俺の弟子を傷つけた馬鹿野郎に、身の程を教えに行くってよ……お前も、馬鹿か?」

 

殺意の波動とも言える不可視の波動、殺気がジョジョンから放たれている。それはイグヴァルジの心臓を握り潰すような圧力を伴い、呼吸すら出来ず、視界にはジョジョンの姿しか映っていない。恐ろしいのに目を逸らす事も出来ず、動く事も出来ない。目を逸らせば死にそうだ。動いても死にそうだ。呼吸をしても死にそうだ。

 

恐怖で身動き出来ないイグヴァルジの前で、ペテルとルクルットを担いだまま、ジョジョンは片手の人差し指をゆっくりと上げる。そして、見せ付けるようにイグヴァルジの額へ近づけてくる。

 

何をするつもりなのか?

そんなものは決まっている。奴は人差し指で、自分を殺すつもりなのだ。

 

冷静に判断すれば、指一本を額に突きつけられた程度で死ぬ筈がない。けれども、その指は戦士の必殺の一撃よりも強く、自分を打ち砕く死の具現にしか思えなかった。そう理解してしまったイグヴァルジは、がたがたと震えながら、顔を左右に振る。死を告げる指がどんどん自分に近づいてくる。目を逸らす事も出来ない。視界の中には指が大きくなり、迫り来る死のように大きくなり、視界も意識も、死で、死の恐怖で一杯となる。怖くて怖くて、死にそうに怖くて、なのに怖すぎて意識を手放す事も出来ない。イグヴァルジの目からは涙、鼻からも水が、それに混じってアンモニア臭も漂い出す。

 

「……ジョジョン。君と言う魔法詠唱者を前に身動き一つ出来ない腰抜け戦士でも、冒険者としては先輩だ。初日から手荒な真似は良くないな」

 

漆黒の戦士の冷徹な声に死の指が姿を消す。

 

意識の空白。身体が空気を求めて、痙攣するように呼吸を再開し、その肺の動きに耐えられずイグヴァルジは自分で塗らした地面に崩れ落ちた。無様に這いずり、貪るように荒い呼吸を繰り返すイグヴァルジの頭の上から、漆黒の戦士に劣らず冷え切った声が聞こえた。

 

「馬鹿は死んでも治らないんだぜ。……《下位強制》『俺に害意を持つ事を禁じる』。大した魔法じゃない。逆らっても一寸ばかり頭痛がするだけだ。害はない」

 

そう言いながら、褐色の魔法詠唱者は魔力系第四位階魔法《下位強制》をイグヴァルジの指に一本ずつかけていく。

モモン、レギナ、ペテル、ルクルット、ダイン、ニニャと指1本につき、一つずつ《下位強制》をかけられ、変色した指を呆然と眺めるイグヴァルジ。

 

「第四位階の魔法……魔法詠唱者の方もオリハルコン級だぞ」

 

冒険者組合を訪れていた魔術師組合長テオ・ラケシルの呆然とした言葉に、プルトンは最初から3人へオリハルコンを出すと告げた判断が間違っていなかったと胸を撫で下ろす。

ジョジョンの魔法行使に、興奮したテオがプルトンへ解説をしてくれる。

攻撃魔法と違って精神に作用する魔法は相手の抵抗を打ち破らなくてはならない。イグヴァルジへ容易く何重にも《下位強制》をかける力は、ミスリル級のイグヴァルジが足元にも及ばない力を持っている事の何よりの証明だと言う。呼吸が落ち着くと、頭を押さえ、頭が痛いと、のた打ち回り始めたイグヴァルジの姿に溜息が出る。

だが、それでも立場上、一応は聞かねばなるまい。プルトンは意を決してジョジョンへ声をかけた。

 

「解いてやってはもらえないか」

 

ジョジョンの返答は吐き捨てるような声だった。

 

「悪いが、俺はそんな信用はできないな。こいつが頭が割れるとか言ってるのは、俺達を殺して遣りたいとかレギナを辱めてやりたいと考えてるからだぞ? 俺は害意を持つ事しか禁じていないんだ。俺達がいない者として振舞うか。俺達と普通に接するなら何も問題が無いんだぞ。で? 組合長、俺を殺して遣りたいとか、俺の大事なレギナをどうこうしてやりたいとか考えてる奴から鎖を外せって? こいつ、これでもミスリル級なんだろ?」

 

尤もな話だとプルトンも思う。どちらにせよ、第五位階と第四位階の使い手と引き換えならイグヴァルジも惜しくない。

ましてイグヴァルジと違い。この3人は漆黒の剣と言う銀級冒険者を弟子にしている。弟子はまだ増えるかもしれない。

なら、この街の戦力がそれだけ増えると言う事だ。力を誇り、自分だけが強者で良い強者と、その力を下位の者に分け与えるより上位の強者。

組織を預かるものとして、どちらが価値ある存在かなど考えるまでも無い。都市内での魔法行使?そんなもの犬にでも食わせろだ。

 

「頭痛以上の害は無いのか」

「ない。そこの魔法詠唱者に聞いてみたらどうだ」

「私には使えませんが、組合長。彼の言うとおりです」

 

プルトンはジョジョンへ向き直ると、真摯に深々と頭を下げた。

 

「不快な思いをさせて誠に申し訳ない。心からお詫びする。組合としてお詫びがしたい。貴方の弟子達の手当てもさせては頂けないか」

 

組織を預かる自分が冒険者に軽々しく頭を下げるものではないし、特別扱いもするものではない。それで調子に乗って要求をエスカレートされても限度があるからだ。

 

だが、プルトンには勝算があった。

 

自分が頭を下げ、自分達の非を認め、イグヴァルジを切り捨てても、周囲の冒険者達は損得でも感情でも、イグヴァルジを選ばない。

そして彼ら3人も、衆人環視の中であれば、粗暴に見えるジョジョンは兎も角、彼等のリーダーであり、騎士的な典範を精神に持つモモンなら、必ず自分の謝罪を受け入れるとの勝算が。

 

 

「ジョジョン、レギナ。組合長もこう言っている。一目見て実力を見抜けと言うのも酷な話だ。組合長の謝罪と好意を受け取ろうじゃないか」

 

 

「っち」わざとらしいジョンの舌打ち。「わかったよ、モモン」と頷くジョン。

「御二人の決定に従うっすよ」

 

モモンの言葉に勝利を確信したプルトンだったが、ジョジョンの舌打ちに自分は彼等に踊らされていたのでは無いかと一抹の不安を持った。

 

「組合長、貴方の謝罪と好意を受け取ろう」

「感謝する。モモン殿」

 

プルトンはもう一度。今度はモモンへ深々と頭を下げた。

 

 

/*/

 

 

《ちなみにあの冒険者、今後はどうなると思います?》

《下位強制を解除できないなら、パブロフの犬見たいに条件付けされて、俺達を見るだけで頭痛で苦しむか。俺達を見ても何も感じなくなるか。それとも俺達が視界に入らないよう無意識に行動するかじゃない?》

《それも興味深いですが、現地の人間としてはそこそこ実力もある方の様だし、適当なところで街を出たら攫って実験に使いますか》

《その辺りはお任せします。出来れば後顧の憂いを断つ為に処分しておきたいので》

 

 

/*/

 

 

組合の一室を借り、漆黒の剣を休ませたモモンガとジョンは別室と地図を借りて、ンフィーレアの探知を開始しようとしてた。

魔法行使の現場を見ようと必死に同席したがる魔術師組合長には、丁重に退出してもらった。

幸い《叡者の額冠》を使うつもりとの情報は漆黒の剣から得ている。そして《叡者の額冠》は以前、スレイン法国の神殿から入手している。今は手元に無く、ナザリックで能力の再現実験などに使われているが、モモンガもジョンも《物体発見》で捜索するのに不都合は無い。

 

ジョンが《偽りの情報》《探知対策》など十に及ぶ防御魔法を巻物から発動させた上で、《物体発見》を行使する。場所はやはり墓地だった。

 

そのまま他の魔法を行使し、現地の様子を確認する。低位のものしかいないが、良くこれだけ集めたと言う数のアンデッドの群だ。

モモンガとジョンは頷き合うと、扉を開け放って組合内で同じく待っていたリイジーへ、モモンガが大きな声をかける

 

「リイジー! 準備は整った。私たちはこれから墓地へ向かう!」

「地下水道は!?」

 

遠くから声が返り、組合長達と何事か話していたリイジーがバタバタと走ってくる。

 

「地下水道は偽装工作だ。本命は墓地だ。しかもアンデッドの軍勢付でな。その数は優に数千を超えている」

「なっ!」

 

「そう驚くな。私たちはその中を突破する予定だ。問題があるとすれば、アンデッドの軍勢が墓地の外に溢れ出ないとも限らない。……組合長、組合は何か出来ますか?」

 

リイジーの後ろから現れたプルトン達に墓地の封鎖。事の大きさをアピールする。騒ぎが大きければ、解決した時の名声は大きくなるのだから、出来るだけ大事に受け取ってもらわねば困る。

 

「シルバーいや、アイアン以上の冒険者をも動員して墓地を封鎖しなくてはならないだろう……。都市長にも連絡を!」

 

効果は劇的だった。驚愕し、一瞬で表情を硬いものに変えたプルトンはすぐさま冒険者の動員を決め、部下達へ指示を出し始める。

 

「話は終わりだ。時間が差し迫っているので、早速向かう」

「アンデッドの軍勢を突破できる手段を持っておるのか!?」

 

モモンガはリイジーを静かに眺め、次いでジョンへ視線を向けた。

 

「私には仲間がいるのだよ」

 

 

/*/

 

 

「あ、プルトン組合長。漆黒の剣も動けるようになったから、墓地の封鎖に使ってくれ。銀級ぐらいの役には立つ」

「……復活したばかりでは、生命力を失い実力が落ちていると聞いた事が…」

「金級ぐらいには使えるように鍛えたんだ。だから、まぁ、銀級程度には使えるさ」

 

ジョンは騒がしく部下へ指示を飛ばし始めたプルトンへ近づくと、騒ぎを聞きつけて部屋から出てきた漆黒の剣を指差しながら笑う。

 

「漆黒の剣は墓地から溢れ出すアンデッドを衛兵と協力して討伐しろよ。次に死んだら灰になると思うから、気張ってな」

実のところスキルで見た感じ、12Lv前後はありそうなので、もう一回ぐらいは死んでも大丈夫だろう。次は復活できないと告げられ、表情を強張らせた漆黒の剣へ「あと復活の代金は徴収するからな。稼いでこいよ」と、さらっと続けた。

 

「鬼! 悪魔! 師匠(マスター)! 払えるわけがねぇだろぉッ!」

 

ルクルットが叫び、ペテルの突っ込み、いつもの漆黒の剣の空気が少し戻ったようだった。

弟子達の恐怖と緊張を解きほぐすジョジョンの手腕に、プルトンは褐色の魔法詠唱者(ジョジョン)は、何処かで戦技教官でもやっていたのだろうかと考え、評価をまた一段引き上げた。

 

勿論、ジョンはかつての仲間達の真似をしているだけだったのだが。

 

 




カジッチャンとクレマンティーヌは第26話から逃げ切ったのだ。
7つの呪いを持つ男、イグヴァルジ……なんだろう。この胸の高鳴りは。

次回本編「第2部ED:そして誰かが伝説へ」


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第2部ED:そして誰かが伝説へ。

キング・クリムゾンッ!
原作準拠のシーンは消し飛ぶッ!



 

朝日がエ・ランテルの広大な墓地を照らす中を、モモンガとジョン、ルプスレギナが市街地への門まで戻ってきた時、衛兵や冒険者達の活躍によって、アンデッドはほぼ全てが打ち滅ぼされていた。初動が十分に早く、門をハムスケに守らせた事が効いたようだった。長大な射程を誇る尻尾で城壁の上から門を破壊しようとするアンデッドを一晩中打ち倒していたハムスケには、後日、モモンガが気がついた時には『白銀の守護獣』と言った大層な渾名が定着していた。

 

それでも押し寄せるアンデッドは数千を超え、冒険者達は城壁を降り、墓地内で戦う事を余儀なくされた。

 

押し寄せるアンデッドが詰み上がり、高さ4mほどの城壁を越える可能性もあったのだ。その為、冒険者達にも少なくない犠牲が出た。

特にエ・ランテルに3つしか存在しないミスリル級冒険者パーティの一つ『クラルグラ』は全滅し、誰も帰って来なかった。

 

『エ・ランテルを守るのは、この街に住む俺達だ!』

 

アンデッド溢れる墓地へ飛び込み、生命をかけて戦ったイグヴァルジは、悲劇の冒険者――英雄として、彼の望み通り後世に語り継がれる事となる。

 

 

……実際は手柄を求めて霊廟に近づきすぎ、エイトエッジ・アサシンに捕獲され、仲間共々ナザリックの資源となったのだが。

 

 

漆黒の剣もゴールド()どころかプラチナ(白金)級に届くような活躍を見せ、大いに評価を上げる。

これは彼らが低レベルの為、デスペナルティによるレベルダウンよりも、課金アイテムによる経験値加算でのレベルアップが大きかったのと、ジョンが与えた武器と鎧が現地においては、それだけ強力だという事でもあった。そうは言っても彼ら漆黒の剣の強さはレベルにすれば、現状では15Lv程度であったので、30Lvを超えるクレマンティーヌと正面からぶつかれば一撃で粉砕されてしまったのだったが。

 

幸い《死者蘇生》を受けた経験の有る者など存在していなかった事もあり、陽光聖典の時と違って不自然さを感じたものはいなかった。

 

城壁の上に立って警戒を続けていた衛兵や冒険者たちは、凱旋するモモンガ達を大歓声で迎え入れた。図らずも名声を高める第一歩を踏み出せたと、ほくそ笑むモモンガだったが、その観衆が街の中まで続いていたのには、流石に唖然とした。

 

 

どうも、溢れ出すアンデッドが多すぎたので、《上位物品作成》で作った鎧を着ていても使える魔法に選んでおいたジョンへの突っ込み用の《火球》で、間引きを兼ね、ジョンと二人で……。

 

「もう一息だ。パワーを火球へ!」

「いいですとも!」

 

と、W火球(三重化していたので二人合わせて6発だが)で遊んでいたのと、雑魚の多さに魔法を使うのも面倒になったジョンが、より範囲の広い手刀で起こす衝撃波――陽光聖典の上位天使40体を一撃で全滅させた――命名真空斬り(ソニックブレード)を乱発しながら道を切り開いた派手な光景が、城壁の上から良く見えていたのだ。

 

その結果、3人の通過した跡は文字通り嵐が通り過ぎたような荒れっぷりで、犠牲者が少なく、語る人間の数が多く、語りやすい事が大歓声の原因のようだった。

おかげで漆黒の戦士ではなく、漆黒の魔法戦士モモン。風と炎の魔法詠唱者ジョジョンになってしまったが、名声を高める意味では些細な事だろう。……きっと、多分。

 

 

カジットのスケリトルドラゴン? クレマンティーヌ?

ご覧のありさまで特に語る事も無かった。

 

「魔法に絶対の耐性を持つ骨の竜(スケリトル・ドラゴン)。如何に貴様が強力な魔法詠唱者でも……は?」

「ああ、すまん。俺の真空斬り(ソニックブレード)は物理攻撃なんだ……あ、モモンガさん、お帰り」

 

ナザリックらしい酷い蹂躙劇だった事は、これだけで解かって貰えると思う。

 

 

兎に角、遠目からでも良く見える派手な戦いで道を切り開いた為に、相当な大騒ぎになってしまっていた。

最初に助けた衛兵達の他、組合近くで漆黒の剣を助けた際のパフォーマンス(死者復活)で、冒険者達からも、モモンガ達がアンデッドの軍勢を切り開き、元凶を討ち取った事が広く伝わったようだった。

 

ハムスケに騎乗して組合まで戻るモモンへの大歓声はやむ事がなかった。

 

《モモンガさん、笑顔が硬いよ。もっとにこやかに手を振って》

《うう、幾ら歓声を上げられても巨大ハムスターじゃ……せめて骨の竜(スケリトルドラゴン)ぐらいは》

 

自分の下で得意気にのしのしと歩くハムスケが恨めしいモモンガだった。

大体、面頬付き兜(クローズド・ヘルム)を被っているのに、にこやかにも何もあるものか。

 

 

ルプスレギナは、普段を知っていれば誰だお前と言いたくなるほど、猫をかぶり、しずしずと淑やかに歩いている。普段のおちゃらけた様子など何所にも無い。

シモベであるルプスレギナの側から見れば、これは至高の御方のまとめ役モモンガと愛するジョンの凱旋である。

 

その列に、シモベとして唯一供を許されているのだ。

 

凱旋パレードというのは力を誇示するという側面を持つ。つまりそのパレードにおいて至高の御方の周囲に付き従うというのは、ナザリック大地下墳墓の武威を示し、そして至高の力を見せ付けるという意味があるとシモベならば当然、考える。

 

大いなる喜び、大いなる名誉。

 

この輝かしい凱旋パレードを自分如きのミスで汚すなど、生命を以ても拭えない不敬である。

ルプスレギナはこれまでに無い真面目さで組合までの道のりを歩いていった。

 

 

その後、即日で霊廟まで入った冒険者組合の調査隊は、モモン達の証言の証拠となる()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。他には骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死の騎士(デス・ナイト)など伝説級のアンデッドの残骸を複数発見し、報告したが、調査隊の正気が疑われる理不尽があった。

 

モモンガとジョンとしては、デスナイトが1ガゼフらしいとの認識だったので、自分達も1ガゼフ級と設定したつもりだった。

 

その1ガゼフ級が3人パーティを組むなら、頑張ってこのぐらいは倒さないとアダマンタイト級に届かないだろうと判断した――のだが、いつものように完全に遣り過ぎ(ナザリック基準)であった。

 

 

冒険組合長プルトンの約束通り、モモンはオリハルコン級のプレートを受け取った。

後日、出現したアンデッドの撃破が確認された段階でアダマンタイト級に昇級される事となった。

 

 

/*/

 

 

カジット・デイル・バダンテールはその光景を思い出しては己の幸運と神の恩寵に感謝する。

3メートルを超える銅像が守る巨大な扉の向こうには、法国でもないであろう神秘の光景が広がっていた。塵一つ落ちていない磨かれた床は寄木細工で美しい紋様が描かれ、吹き抜けの二階にはバルコニーが突き出し、無数の本棚を覗き込むように取り巻いている。半円の天井は見事なフレスコ画と豪華な細工でびっしりと埋め尽くされていた。

 

幾千万の神秘が眠る神の図書館。

守るは死者の大魔法使い達。

 

カジットは慈悲深き死の神へ感謝の祈りを捧げる。

神の使いと敵対した不敬を慈悲深くも死の神はお許しになり、自分の知る限りではあるが、この500年で発展した巻物作成技術と引き換えに、この地の第1階層で魔道の研究を許された。

幾種類かある死者復活魔法でも最上位ならば、母の復活は可能。だが、我が身をエルダーリッチとしても、そこまでは届かない。

 

人の執念あらば生命力の喪失を防ぐ或いは別の方法も生み出せるだろうとの神の言葉。

 

欲で結びつくだけのズーラーノーンに未練などない。母の蘇生の為に捨て去った信仰が神の慈悲によって蘇った。神に許され、神の望まれる事と己の望む事が一致した。これほどの幸せがあるだろうか。

 

カジット・デイル・バダンテールは、人生で最も充実した日々を過ごしていた。

 

 

/*/

 

 

エルダーリッチに絞め殺されたクレマンティーヌが蘇生された直後、目に入ったのはエルダーリッチの仲間である褐色の魔法詠唱者だった。

反射的に攻撃し、跳ね起きて逃走しようとするが、復活直後では満足に身動きも出来ず、指で額を押さえられただけで動けなくなる。

 

「まだ諦めてないか…良いガッツだ。そのガッツとガーターベルトに免じて生命は助けてやろう」

 

「え?」

「ジョン様?」「カルバイン様?」

 

素っ頓狂な声が上がる。目だけを必死に動かし周囲を見回すと、この世のものとは思えない幾人もの美女とあのエルダーリッチ…否、今なら解かる。あれはエルダーリッチなんて生易しい存在ではない。それに加えて異形の白銀の騎士などの姿が目に入る。

そんなクレマンティーヌの驚愕を他所に、褐色の魔法詠唱者とエルダーリッチのふざけた会話は続く。

 

「ガーターベルト、好きなんですか?」

「ルプーにガーターベルトを穿かせて、スカートにスリットを入れる程度には」

「ガチじゃないですか!」

 

冗談はそのぐらいにして、と褐色の魔法詠唱者は何処からか黄金の林檎を取り出し、食えと自分へ差し出してくる。

こんな状況で差し出されるものだ。碌な物では有るまい。だが、わざわざ蘇生させてまで食わせるならば、殺すつもりではないだろう。

そう判断すると、クレマンティーヌは震える身体を起こして林檎を受け取り齧りつく。

 

法国でも見た事がない絢爛豪華な室内は贅を尽くした造り。そして、部屋の中にいる存在が人外すぎた。

 

自分は英雄の領域に片足を突っ込んだと自負していたが、それが如何に人間のちっぽけなモノサシで測った事だったのか。

人間に見える褐色の魔法詠唱者も、あの修道女も、黒いドレスの少女も、白いドレスの角と翼のある女も、自分など小指で殺せるような存在なのだろう。

 

この身体の震えが、寒さや復活による体力の消耗ではなく、本能から恐れを感じている故だと、クレマンティーヌは自らの卑小さを認め、理解した。

 

渡された林檎は、酸味と甘みが絶妙のバランスの林檎は今まで食べたどんな果実よりも甘く、それでいて甘すぎず、一噛み毎に生命が満ちていくような充実感があった。

恐怖からなのか、林檎に感動しているからか、涙が零れた。

 

微かな塩味を感じながら全て食べ終えると、ぽんっと軽い音と薄い煙に包まれる。

 

 

「きちんと効果はあったか。クレマンティーヌ、その身体は幾つ頃のものだ?」

 

 

褐色の魔法詠唱者の声に自身の身体を見回すと、身体が一回り小さくなったように感じた。

身長は十代で伸びきった。その伸び切る直前ぐらいの身長体格になったように感じる。体つきも女性らしい丸みが薄い子供と大人の狭間の年代のように見えた。

それを正直に――10歳分ほど若返ったようだと答える。その自分の言葉に……クレマンティーヌは、氷に包まれたような寒さを、更なる恐怖を感じてしまった。

 

若返りなど――どんな魔法でも行えない。正に神の御業ではないのか!?

 

 

「では、クレマンティーヌに《永続化》をお願いします」

 

 

褐色の魔法詠唱者の言葉にあのエルダーリッチが頷き、何か知らない魔法をかけてくる。

 

「後は《永続化》の効果検証だけだな」

褐色の魔法詠唱者は一人呟くと、黒いドレスの少女へ向き直る。

「……シャルティア。任務を無事に達成したお前へ、褒美と次の任務だ。このクレマンティーヌをお前に預ける。ペロロンチーノさんが好んだ快楽を主体とした調教で屈服、服従させろ。人格は極力元のまま。仕上がったら魔法で拘束した上で、モモンガさんの戦闘訓練の相手にする。ああ、あと、《永続化》がきちんと効果あるかの検証もだ」

 

連れて行け。その言葉に頷き、近づいてきた黒いドレスを纏った銀髪の少女の真紅の瞳を覗いた時、クレマンティーヌは言いようも無い違和感と恐怖を感じた。

 

その少女は、女の体を貪ろうとしている情欲に塗れた男のような感情を宿していたから。自らの体がまるで動かないから。まるでその真紅の瞳に全てを吸い込まれてしまったようだったから。

否。何よりも、一瞬の違和感を感じさせるだけで、自分を拘束する魔眼を持つ吸血鬼など、一体どれほどの存在なのか。

 

 

そして、それを当然のように従える存在は一体、何者なのか。

 

 

/*/

 

 

クレマンティーヌを魔眼で支配したシャルティアが扉の向こうに消えたところで、扉の向こうから、「あはっはっはは。そうよぉおお、あなたの頭の中が快楽でぐじゃぐじゃのぬちゃぬちゃになるまで、いろいろしてあげるのよぉおおおお。自分からもとめてくるまでぇえええ、どれぐらいの時間がいるのかしらあああぁああ!」と、厚い扉越しにシャルティアの愉悦に塗れた声が響いてくる。

 

注意に向かおうとしたアルベドをモモンガは手で制した。

(アルベドよりは声、小さいしな)などと思いながらだったが。

 

「シャルティア、頑張ったんだな」と、ジョンが沁み沁みと呟く。

 

単純戦闘最強であるシャルティアは、配下にエイトエッジ・アサシンなどをつけても、血の狂乱を発動させてしまえば誰もシャルティアを止められない。

そのシャルティアが配下を使い、血の狂乱を発動させず、武技持ち(ブレイン)を生け捕って帰還した。自分達から与えられた任務を遂行するのには相当なストレスがあっただろう。

 

あとは王都へ向かったセバスとソリュシャンの調査報告待ちだ。

 

シャルティアの頑張りを思い、ジョンは思わず目頭を押さえる。

 

「何を泣き真似してるんですか」

 

モモンガの突っ込みに心外だと、ジョンは肩を竦め、驚きに満ちた声で続けた。

「いや、だって、まさか……シャルティアが、あのシャルティアがですよ? 出来るだけ男に触りたく無いとか言い出すとは!?」

「ペロロンチーノさんの嫁だから、ペロロンチーノさん以外の男に自分を触れさせたくないって理由でしたね。――俺も涙で前が見えませんよ」

モモンガも一人称が俺になっているところを見ると、相当に驚いているようだ。

 

「ペロロンチーノさん喜ぶだろうなぁ」

 

ジョンの再びの沁み沁みとした声にモモンガも大きく頷いた。

 

「それにしても、クレマンティーヌにブレイン。ガゼフ級の強者が2人も手に入ってラッキーだったよ。……《自己変身》で30Lvぐらいの人間に弱体化すれば、まともに戦いを楽しめるんじゃないかなぁ」

「ちゃんと調教してからにして下さいね。そんなので死なれるのは御免ですよ」

「あい」

 

勝つか負けるかの戦いを楽しみにしているジョンに、モモンガは釘を刺すのを忘れない。

漆黒の剣が死んだ時に「こんな風に死にたい」とジョンが言った事をモモンガは忘れていなかった。

 

万が一にも唯一残った友が、生に飽きて死ぬような事は避けたかったし、満足して死んでしまえば蘇生も叶うかどうか。

デミウルゴスから、回復魔法は対象の生きる意志が失われると効果が落ちるとの報告も上がってきている。蘇生を繰り返せる程の実験対象はまだいないが、回復魔法の効果を受け付けなくなるのなら、蘇生魔法の効果も受け付けなくなる可能性があるとモモンガは考えていたのだった。

 

「……漆黒の剣を殺された事は良いんですか?」

「問題なく蘇生できたし、あいつらも捕まえたし、もう良いじゃん? 結局、弱いから負けたんだしな。弱いから負けるのは仕方ない。あいつらの蘇生に失敗してたら、腹いせに殺したけど……何か問題ありました?」

「ジョンさんが良いなら、俺は構いませんよ」

 

モモンガは、じっとジョンを見つめ、含む所は無さそうだと見ると頷いた。

漆黒の剣の蘇生でバタバタしたが、精神作用無効の無い分、ジョンは感情が強く揺さぶられると理性よりも感情を優先してしまうとモモンガは思った。

それを悪いと言うつもりはまったくないが、普段からの生活で負担を強いてるのでは無いかと心配したのだった。

 

 

元々ジョンは種族的な拘りが無く。ギルドの外にも種族関係なく交友関係を持っていた。

そのジョンにとって、現在の人間蔑視のナザリックにいる事自体が負担なのではないかと、モモンガはふと心配になったのだった。

 

 

/*/

 

 

「ルプーにガーターベルトを穿かせて、スカートにスリットを入れる程度には」

 

ジョンのその言葉に、ルプスレギナの胸の奥で、ドキン…ドキン!と心臓が強く、打ち鳴り始める。

頬がかっと熱くなり、頭が沸騰しそうだった。ドキドキと脈打つ心臓が激しすぎて胸が苦しい。熱い血潮が全身を駆け巡り、フワフワと熱に浮かされたようになっていた。

 

真っ直ぐに立っているのかすら怪しい。この髪も、この服装も、至高の御方(ジョン)に望まれたものだったのか。

 

自分の脚を見るジョンの視線を思い出す。

自分の脚はジョンの望んだ通りのものだろうか? 自分の創造主がジョンでない以上、どこかしら自分には、ジョンが望んでいないところがある筈なのだ。

 

そう思うと恥ずかしさに居た堪れなくなって、もじもじと靴の踵をすり合わせる。メイドに有るまじき無作法だが、気が動転していた。これほど動揺するのは始めてかも知れない。

一般メイドには眉をひそめられ、アルベドには微笑ましげな視線を向けられていたが、ルプスレギナはまったく気がつかなかった。

 

「ペロロンチーノさん喜ぶだろうなぁ」

 

だが、ジョンの再びの沁み沁みとした声と、それに大きく頷くモモンガの声に血が凍った。

 

そうだ。

 

シャルティアはペロロンチーノに自らの伴侶(俺の嫁)として創造された。アルベドは至高の存在によりモモンガの伴侶()、半身として創造された。

 

 

では、ルプスレギナ・ベータ(自分)は?

 

 

自分の創造主はジョン・カルバインではない。どれほど慕っていようとも、自分の忠義の1番はジョン・カルバインではないのだ。

もしも、至高の四十一人に優劣をつけるとするならば、ルプスレギナ・ベータにとっての1番は、自分を創造した御方になる。それはシャルティアも、アルベドも皆、同じだ。

慕う御方と創造主が一致するシャルティア。愛する御方を『そうあれ(愛する)』と至高の御方々に定められたアルベド。

 

では、自分のこの思いは――何なのだろう?

 

ジョンが望んだ髪、服装を持ち、ジョンを慕いながら、それでも自分の忠義()の1番はジョンではないのだ。

ジョンに望まれれば、生命だって喜んで差し出せる。けれど、自分の1番はジョンではないのだ(創造主なのだ)

 

 

シモベとして当然のその事が――何故だろう。

 

 

――とても、心を抉った。

 

 

/*/

 

 

何台もの馬車と多くの豚、牛、鶏を引き連れた一団が、カルネ=ダーシュ村を目指していた。

護衛に冒険者パーティ「漆黒の剣」と「漆黒」がつくその一団は、エ・ランテルからカルネ=ダーシュ村へ移住するリイジー、ンフィーレア、先日の襲撃で村を焼かれた開拓村の生き残りが20名ほどだった。

 

家畜と作物の苗などは、アンデッド事件の解決で報奨金が出たので、ジョンが自分の分け前から購入した。モモンガの分け前はセバス達の活動資金や、ナザリックの各種設備の作動試験に使われる予定だった。

 

ところで、カルネ村の現状や法国の暗躍で全滅した村についてだが、都市長パナソレイ、冒険者組合長プルトンなどは、王国戦士長ガゼフから、3つの村が全滅し、カルネ村が半壊したが救助が間に合ったとだけ簡単に報告を受けたに留まっていた。

 

ガゼフとしても、カルネ村での出来事が余りにも一大スペクタクル過ぎて、どこまでどう報告すれば良いのか決められなかったのだ。

 

『村が騎士に襲われた時に、通りすがりの人狼に救われた。神様が現れ、広場に立派な教会を立て、この地で頑張って生きろと言われたので人狼と手を取り合って生きていく。助けてくれない王国より人狼と死の神を選ぶ』ここまでなら、それほど困らないのだ。それでも十分に大事だが。

 

問題は『自分達(王国戦士団)が法国の陽光聖典に追い詰められ、全滅するだけになった時、人狼が現れ、腕の一振りで数十体の天使を消し去り、神が降臨した。その神を見た陽光聖典が死の神スルシャーナと御名を呼んだが、神はアインズ・ウール・ゴウンであると否定。その上で陽光聖典隊長は自ら死の神へ生命を捧げ、神の手により復活。それまで使えなかった《死者蘇生》を使い敵味方双方の部下を蘇生させ、今までの信仰は間違っていた。自分達は本国の信仰を正しに行く。ガゼフ・ストロノーフすまなかった』などと言って去っていったことだ。

 

ガゼフ自身、こんな話を部下がしてきたら、「お前は何を言っているんだ」と言ってしまう自信がある。

 

思い返してもガゼフは、何度も思い返しても、あの出来事を簡潔に分り易くまとめる事が出来なかったのだ。

ひょっとしたら、自分はカルネ村で死に掛けていて、これは今の際に見ている夢なのではないかと、何度も自分を疑った。

それほどまでにガゼフの体験した事は現実離れしていて、自分でも信じられなかったのだ。

 

で、あるから、村長の言も飲み込み、取り合えず被害の報告だけをエ・ランテルへ伝え、全て国王へ報告し、その判断を仰ぐつもりであったのだ。

その為、エ・ランテルでは未だカルネ村が王国から独立するなどの妄言を言い出している事を把握していない。

 

だが、そのガゼフも、もう王都へ到着し、国王ランポッサⅢ世へ報告を始めている頃だろう。

 

 

嵐は――静かに王国へ迫っていた。

 

 




クレマンティーヌさんへ青春の林檎を食べさせたのは、若返りの効果を永続化できたら、後日に権力者への交渉材料に出来ると考えてるからです。
でも、クレマンティーヌさんが若作りだったので、思わずジョンくんは何歳ぐらい若返ったと思うと聞いてしまいました。原作者様によると二十代後半らしいので、10歳若返ったらエンリちゃんと同年代?

第3部開始まで2週間ほどお休みします。年内に帰って来れなかったら……(゚A゚;)ゴクリ



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第3部
第27話:女性守護者の定例報告会(お茶会


冒険王ビィト連載再開と聞いて!うちも再開!

男が出ない話があっても良いと思う……と言うか、うちはモモンガさんとジョンよりも女性の方が出番があるような気が……問題はないですね。
ペロさん大活躍。あ、活動報告に弐式炎雷さんの想像設定を書いてみました。宜しければどうぞ。



モモンガの私室の一角では、この部屋の女主人でもあるアルベド主催のお茶会が開かれていた。

執務室に寝室が複数、居間に応接室、厨房まである第九階層の私室は、モモンガとジョンからすれば私室と言うよりも居住区だが、ここで生まれた彼女達にすればこれが普通なのだ。

憧れから作ったものだが、広すぎて落ち着かないと思っているのは、主であるモモンガとジョンだけだ。

 

今日のお茶会の参加者はアルベドの他は新たな任務についたシャルティア、トブの大森林でダミー拠点を建設中のアウラ。

そして、もう一人。

借りて来た猫のように大人しく席に着く人狼のメイド――ルプスレギナ。

 

 

「……あ、あの、アルベド様! 私もそっちの方が……」

 

 

壁際に控える一般メイドと姉妹達へ目を向けながら、恐る恐る切り出すルプスレギナだったが。

 

「それは駄目よ。今日は貴方が主役なのよ」

「そうでありんすえ。こうでもしないと、私やアウラは話を聞く機会もないでありんす」

「カルバイン様のお話を聞かせくれるんでしょう」

 

アルベドとシャルティア、アウラの期待に満ちた眼差しにルプスレギナは「ですよねー」と、がっくり肩を落とした。

一般メイドや姉妹達が立っている中、自分だけが守護者達と席についているのは違和感が凄い。

 

自分は至高の御方に仕えるメイドであって、守護者達に仕えるメイドではないのだから、対等なのだと……理解はしているが……与えられた役割上、自分は使用人であり、……ああ、自分はこんな考えるタイプではないのに。

 

 

「まあまあ、難しく考えないでよ。ぶくぶく茶釜様達がやっていた女子会みたいなものだって思ってくれればさ」

「そうでありんすぇ。アルベドはメイド達から話を聞けるでありんすが、上の階層にいる私や、外に出ているアウラにも至高の御方の話を聞かせてほしいでありんす」

 

 

瞳をきらきらさせながら、ルプスレギナの話が楽しみで仕方ないと見上げてくるアウラ。

対照的にシャルテイアは瞳に粘っこい光を宿らせている。これはユリを見る時の目だ。

どっちを……と言うか、なにを話せば良いのか。上か? 下か? 両方か!? アウラにまでシャルティアが望んでいるような話を聞かせるのは、流石に気が咎めるのだが……。

 

「何を……でしょうか?」

 

なので、ルプスレギナは普段は大きく開かれている瞳を伏せ、素っ呆けて見せた。

「決まっているでありんしょう!」と、鼻息も荒くシャルティアは身を乗り出す。その可憐な唇から聞く者(ルプスレギナ)を押し流す言葉の奔流が溢れ出した。

 

 

「カルバイン様のお情けを受けたんでありんしょう? 二人で夜の森へ出掛けて昼まで帰ってこなかったとか……どうだったんでありんすか! 至高の御方は? 不敬でありんしょうが余す事無く話を聞かせてもらいたいでありんすえ。良く獣のようにと言うでありんすが、カルバイン様は本当に獣だったんでありすんか!? イヌ科の動物は放ってからが長いとペロロンチーノ様から聞いた事がありんすが、カルバイン様もそうだったんでありんすか!? その前は気絶するまで求められたとも聞いてるでありんすよ!! 私、ペロロンチーノ様の嫁として創造されたけれど、未だ経験も無くて……同性経験はありんすが……だから、いつかペロロンチーノ様をお迎えする時に失望されないよう用意をしたいのよ! アルベドはいまだモモンガ様のお手つきになってないし、おチビがそうなれば、ぶくぶく茶釜様がお怒りになられるでしょうし。ルプスレギナが至高の御方と経験したのであれば是非ともその話を私達に、と言うか私に――!!」

 

 

「シャルティア様、落ち着くっすー!!」

 

 

後半から遊郭言葉も忘れて、ぐいぐい迫る銀髪赤眼の吸血少女がそんな言葉で落ち着く筈も無く。ペロロンチーノに全力全開でエロ知識を注がれたシャルティアの具体的かつ生々しい言葉責めに、デザイン上は年上である筈のルプスレギナ(壁際で聞き耳を立てているメイド達を含む)は顔を赤らめ、あうあうと狼狽するばかりだ。

 

この場で唯一対抗できる清らかなサキュバスであるアルベドは、話を自分とモモンガに置き換えて妄想しているのか鼻息も荒く、金の瞳をぎらぎらと輝かせながら狂おしく身を捩っており、残念吸血美少女を止める役には立たない。

 

アウラはアウラで「あーあ」と呆れた様子で二人の様子を見守るばかりだ。

 

 

……30分後。

 

 

「……私達の早とちりで、まだ事に至っていないでありんすか」

 

「私まで一緒にしないでくれる?」

 

先ほどの騒ぎでも『こいつら何を言ってるんだろう』と、疲れた表情だったアウラが一緒にされるのは心外だとシャルティアへ疲れた声を掛ける。

アルベドはアルベドで、散歩の際にあったグルーミングの件を自分とモモンガに置き換え(モモンガに舌は無いのだが)、また狂おしく身を捩っていた。

 

「至高の御方に顔をぺろぺろされるなんて羨ましすぎるぅ。ああ、モモンガ様ぁ……くふー」

 

アルベドはまだ正気に戻っていないようだった。

モモンガ様が絡むと途端に残念になるなぁ、と疲れきった表情でアルベドを見るアウラだったが。

 

「顔ねぇ……あ! 私もカルバイン様にされた事あるよ!」

 

 

「「「え"!?」」」

 

 

予想外のアウラの一言に、その場の空気が凍った。

それに気がつかず「えーと、どこだったかな?」と、インベントリをごそごそとあさり出すオッドアイの男装の少女(アウラ)

 

「え……っと」「お、おチビ?」「……幼女趣味が?」「ペロロンチーノ様はぺったんが好み……」「で、でも、モモンガ様もカルバイン様も大きい方が好みだって……」「ルプーに手を出さないのは…もしかして」「もしかする?」「事実に目を向けるべき」

 

アルベド、シャルティア、ルプスレギナにメイド達までがアウラから距離をとり、赤い顔を見合わせ、ひそひそと言葉を交わす。

ジョンはぺったんが好みだから、ルプスレギナに手を出さないと言う謂れ無き冤罪が発生していた。

いいえ、駄犬は大きい方が好きだけど、そこまでの度胸が無いだけなんです。ペロロンチーノと一緒にしないで下さい。

 

あった! と元気良くアウラはインベントリから一枚の写真(スクリーンショット)を取り出すと、自慢げにアルベド達へ掲げる。

 

 

「ぶくぶく茶釜様にお仕置きされてたカルバイン様が、子犬とじゃれあう子供ってテーマで……ほらっ! これこれ」

 

 

自分の言葉に一斉に気が抜けたと突っ伏す周囲。「あれ、皆どうしたの?」と、首を傾げるアウラだった。

ペットの動物(?)達とじゃれあう事の多いアウラは動物(子犬)との触れ合いと捉えており、男女の意味合いにとらえていないのは眩しい笑顔からも明白だった。

不敬にも不埒な想像をしてしまった者たちは自分を恥じつつ、安堵のため息をついた。

 

「あー」「うん」「子供と子犬」「そ、そんな事だろうと……」「私のどきどきを返せ」

 

 

「ふぉぉッ! こ、これはぁぁッ!!」

 

 

シャルティア大興奮の声の先にはアウラの掲げる写真(スクリーンショット)。それは子犬にぺろぺろされて、輝く笑顔の少女(アウラ)のスクリーンショットだった。

眩しい日の光の中、小動物と戯れる子供の笑顔を切り取った非常に健全な一枚。……子犬の中の人がヘタレ狼で社会人である事を除けば。

 

アイドル写真を取り囲む女子会のように、それぞれの立場を忘れて写真を取り囲んで姦しくなる中、ルプスレギナ一人だけが、むすっとした表情になっていた。

 

「あれ、ルプスレギナ。どうしたの?」

 

それに気づいたアウラが不思議そうに首を傾げる。

 

「え、あ…そ、その、なんでもないっす!」

 

とっさに誤魔化したルプスレギナだったが、横合いからアルベド「嫉妬ね!」の一言に今度こそ、しどろもどろになる。

 

 

「うぇ!? ちょっ、ち、違うっす! アウラ様に嫉妬だなんて、私……」

 

 

アウラとアルベドの間を行ったりきたりするルプスレギナの視線。それを興味深げに見つめるメイド達。

普段は悪戯などでメイド達を驚かせ、振り回しているルプスレギナが、悪戯っぽい表情を浮かべるアルベドとアウラに翻弄されているのは彼女達からすると新鮮だった。

 

「自分に正直になりなさい。私なら――潰すわ」

 

悪戯っぽい表情から一転、無表情になって「潰す」と告げる守護者統括の本気に、ルプスレギナを含むメイド達は震え上がり、アウラは苦笑した。

 

「ちょっと、アルベド。怖いって」

「あら、アウラ。ぶくぶく茶釜様とマーレで想像して御覧なさい」

「――うん、潰すわ」

 

この場、唯一の良心も守護者統括殿に陥落し、殺気を撒き散らし出す。

 

ピンクの肉棒に絡まれる男の娘(マーレ)って、絵的にOUTのような気がします。

でも、何故だろう? 想像したら、ぶーくの胸がドキドキする。

 

その場の100Lv未満の者達を恐怖で震え上がらせた後、アルベドは雰囲気を和らげ、色気を感じさせる流し目でルプスレギナへ助言した。

 

「カルバイン様におねだりしてごらんなさい。殿方はおねだりされるのを待っているものよ」

「ちょっと、アルベド。至高の御方に強請るなんて」

「いいえ、アウラ。あの方はルプスレギナがそう言った我侭を言うのを待っているのよ」

「えー、そうなの?」

 

守護者統括の不敬と取れる助言にアウラが苦言を呈するも、アルベドが暴走するのはモモンガに対してであり、ジョンに対しての助言であれば信頼しても良いのか?と、アウラに迷いが生じる。

 

「そうよ。間違いないわ」/(ルプスレギナのおねだりから、そのまま勢いに乗ってゴールしてしまえば……それを知ったモモンガ様もカルバイン様に続いて自分も…と、お考えになる筈)

 

大きく胸を張って、間違いないと断定するアルベドの姿には常に無い説得力があった。

その為だろうか。それまで黙っていたシャルティアも、何かを思い出したのか。そう言えばと口を開き出す。

 

 

「確かに……ペロロンチーノ様も、女からのおねだりは男の自尊心を満たしてくれて、満足度が高いと仰っていたでありんす」

 

 

「!! そ、そうなんすか!? ど、どんな、おねだりをすれば良いっすか!!」

 

ルプスレギナはその赤い髪のように頬を紅潮させならが、ぐっと拳を握って気合を入れるとシャルティアへ詰め寄り、その視界の外でアルベドは「計画通り」と言った悪い笑顔を浮かべていた。

(ルプゥゥゥ!?)

メイドとして側に控えていたユリは、まんまと守護者達(?)にのせられたルプスレギナを後でしばき倒す決意をした。

 

だが、そうは言っても(プレイヤー達の会話と設定の所為で)耳年増であっても、NPC達は創造主である至高の41人に対しては純情健気で一途の上、わざわざ設定に記されていない限り、未経験な拗らせ系である。だから、こうなるのも仕方がない。

 

 

珍しく仲間から頼られたシャルティアは、得意げに(本来は薄い)胸を大きく張り、ペロロンチーノに与えられた知識で持って助言を始めた。

 

 

「それは勿論、『○○○しい、○○○○なルプスレギナの○○○れ○○○○に○○○○下さい』で『私の○○○○で○しい○○○○。○○○な○で○○○○○○に○った○○○○にカルバイン様○○○○○、○っ○い○○○○、○っ○○で○○○○○○にして○○○○○○○○して下さい』ぐらい言えれば問題ないでありんすえ」

 

 

アルベドを除き、一同どん引きである。

 

「シャルティアぁ、あんた何を言ってるの?」

 

どん引きの一同を代表し、アウラが呆れた口調でシャルティアへ突っかかるが、シャルティアはシャルティアで、これだからお子様はと見下す視線で応じる。

銀髪赤眼の美少女の見下しの視線。概念存在「俺ら」であれば、至高の御褒美となるだろう。

 

 

「おねだりでありんすえ。お子様には刺激が強かったでありんすか?」

 

 

お子様は何を言っているのかと見下すシャルティアの視線であったが、アウラには通じない。

「いや、そうじゃないでしょうよ」

こいつは何を言ってるんだろう。アウラは頭痛を堪えるように頭を掻きながら答える。だが……。

 

 

「ペロロンチーノ様なら、これでも足りぬと仰るでありんしょう」

 

 

自らの創造主を誇るよう殊更に大きく胸を張ったシャルティアには、どんな言葉も無力だった。

 

「……ペ、ペロロンチーノ様……」

 

呆然と至高の御方の名を口にしてしまったアウラだったが、このシャルティアにしてあの創造主(ペロロンチーノ)有りなのかなと考えてしまい。それは流石に不敬すぎると慌てて頭を振って考えを追い出した。

 

「そうね。最終的にはそのぐらいは言えるようになるとして……」

「い、言うっすか」

 

アルベドの言葉に頬を赤らめ、愕然とした表情のルプスレギナ。それに気の毒そうな目を向けるアウラだったが、アルベドの真摯な表情に今度こそお遊びは終わりなのかと気を引き締めてアルベドの言葉を待つ。

 

「ルプスレギナ。貴方、カルバイン様の事で何か悩んでいるでしょう?」

「え……」

 

不意を打たれ、息を呑むルプスレギナ。

対してアウラは、素直に流石は守護者統括と感心した。

 

どんなに馬鹿を言っていても、そこは至高の大錬金術師タブラ・スマラグディナによって定められた『ナザリックの者には全てを包み込むほど大きな慈愛を与え、ナザリックの者でないならば久遠の絶望と無慈悲という名の愛を振りかざす者』。

仲間の悩みを見抜き、相談にのって助言を与える。それでこそ、慈悲深きモモンガの伴侶に相応しいと言うものだ。

 

アルベドの慧眼にアウラ以外の者達も素直に感心し、自信ありげなその言葉に耳を傾けた。

白磁の肌に映える艶やかな唇から零れるその言葉は……。

 

 

「カルバイン様へ悩みを打ち明けて、『○○○下さい。○をカルバイン様で○○にして○○○○○○に○き○して○○○れさせて、○っ○○っ○○しく○いて、カルバイン様だけで○を○して下さい』と言えば、貴女の悩みは解決よ!」

 

 

「……私はこれから何度、『こいつら何を言ってるんだろう』と、思えば良いんだろう」

その場の者達を代弁するかのようなアウラの呟きに、メイド達は内心で大きく頷いた。

 

一方、アルベドは自分の助言に俯いてしまったルプスレギナへ気遣わしげな表情を向ける。

 

「どうしたの?」

 

下唇を噛んで俯いているルプスレギナが不意に顔を上げると、いつも大きく開かれている金色の瞳からは、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ち、周囲の者達をぎょっとさせた。

 

「言えないです。ジョン様へ、私が、私などが……」

「ど、どうしたの、ルプスレギナ?」

「消えないんです! 創造して下さった方が、私の中で一番のままなんです! ジョン様が、ジョン様だけにお仕えしたいのに! 消えないんです!」

 

 

「――あ」

「それは……」

 

 

魂が千切られるような悲痛な声に、同じく至高の御方を女として慕うアルベドとシャルティアは、何か気づいたように小さく声を漏らした。

創造して下さった方を一番に思うシモベとしての心と、女として至高の御方を慕う心。ルプスレギナの悲鳴に初めて、自分達の思い、心が、至高の御方の定めと矛盾する事があると知った彼女達は声も出ない。

その場の誰もがルプスレギナへ声を掛けられない中、アルベドはごくりとつばを飲み込み、覚悟を持って言葉を紡いだ。

 

「……ルプスレギナ。貴方と同じ苦しみを、私も持っていたわ。私は私を創造して下さったタブラ様を始めとする至高の御方々を恨み、憎んでいました」

「アルベド!?」

 

何を言い出すのか、驚愕するシャルティアを安心させるように微笑み。アルベドは何時かの自分のように迷い子となって震えるルプスレギナへ語り続ける。

 

 

「愛するモモンガ様を孤独にし、哀しませ、私達から最後に残って下さった慈悲深き君(モモンガ様)まで取り上げようとする至高の御方々が許せなかった。

 それが誤解であると知り、私はカルバイン様に処刑して頂く為、罪を告白しました。愚かな私へ、あの方は何と仰ったと思いますか?

 

俺たち(至高の存在)を舐めるなよ――アルベド』

『良くそこまでモモンガを愛した。俺たちに『定められた限界』を、自らの意志で良く踏み越えた。お前の選択(叛意)、お前の意志(殺意)を――俺は、俺達(至高の41人)は祝福しよう』

『――お前は、俺達の誇りだよ』

 

 私の叛意を、殺意を、全て知った上で『全てを許そう』と仰って下さったモモンガ様(誤解です)。それすらも自分達の誇りだと仰って下さったカルバイン様(勢いです)。……貴方を創造して下さった至高の御方が『それ』を許さないなど、どうしてあるでしょう――ルプスレギナ。女なら、愛する人の下へ、全てを飛び越していきなさい。至高の41人はそれをお許しになるわ」

 

 

アルベドは、そっとルプスレギナを抱きしめる。

 

「私がそうしたように貴女にも『それ』が出来ればね……ルプスレギナ。ですが、誇りなさい。その苦しみは至高の御方々が与えて下さった試練なのよ。たとえどんな事になろうとも、私は貴女を応援しています。そして至高の41人も貴女をお許しになり、祝福されるでしょう」

 

白いドレスが涙に濡れるのも構わず、ルプスレギナを抱きしめ、安心させるように微笑むアルベド。

涙で濡れた顔を上げ「アルベド様……」と小さく零すルプスレギナ。

 

「わ、私だって応援しているでありんす!」

「私も応援してるからね!」

 

その様子に張り合うように声を上げるシャルティアとアウラだったが、シャルティアはちらっとアウラを見て、勝ち誇った表情を浮かべた。

 

「ふっふっふ、お子様なおチビと違い、わらわには出来る事がありんすぇ。ペロロンチーノ様より頂いた魅惑のビスチェをレンタルいたしんしょう。ルプスレギナの悩みなんかカルバイン様にズバッと一発ヤられてしまえば、どうでも良くなるに違いありんせん!」

 

「ちょっと、シャルティア……」

 

「まぁ! それは良い考えね、シャルティア!」そのアルベドの歓声にアウラはお前もかとの表情を浮かべるが、アルベドは意に介さず言葉を続ける。「結局、ルプスレギナはシモベとしての本能と、愛する方が違うギャップに苦しんでいるのだから、カルバイン様の愛を物理的にも注いでいただければ、他家へ嫁に出た娘のように、愛する御方を一番に考えるのに何の躊躇いもなくなるに違いないわ」/(そうすれば、私もモモンガ様のお情けを頂ける事でしょう)

 

「えー?」そうなのかぁ?と、首を傾げるアウラ。

 

「そうでありんすぇ。お子様のおチビには難しかったでありんすか?」

「そう言う問題!? じゃあさ、みんなはどう思う?」

 

お子様と連呼され、不機嫌な様子のアウラだったが、シャルティアとアルベドを相手にこの話題は不利と見たか。周囲を見回し、メイド達へ同意を求めた。

個では不利と、群を作り出そうとするアウラにシャルティアは感心したように頷いていた。

 

「おや、メイド達を巻き込みんしたか」

 

ただ、同意を求められても、創造主と慕うお方が違う故の苦しみ。けれども、至高の御方はそれを許しているのであれば、不敬には当たらず。ただ、自らの心が苦しむのみとすれば……ロミオとジュリエット的な障害のある恋と言えるのだろうか。

 

特に問題はないけれど、障害のある大恋愛?……メイド達は何を想像しているのか。頬を赤らめながら、身悶えしている。

 

そう言った発想の浮かばないアウラは、「私ってそんなにお子様なのかな」と少々凹む。

そうは言っても、アウラやユリなどはナザリックでも珍しい(創造主的に)男性的な下心が反映されていないシモベであるので仕方ないだろう。

 

悶える一般メイドと姉妹達を見回し、答えを待つ守護者を見て、ユリは取り敢えず自分が代表して口火を切らねばならないと覚悟を決める。

緊張から伊達めがねをくいっと押し上げ、アンデッドながら緊張した面持ちで口を開く。

 

 

「……メイドとしては主人のお気持ちを察して当然なのですが、こう言った男女の仲の話であれば、言葉に出して伝えて頂ければ何よりも嬉しく思います」

「私はモモンガ様に『愛している』と言って頂けたわ!」

 

 

「「「きゃーー!!!」」」

 

 

無難にまとめたユリの言葉に、すかさず言葉を重ねてくるアルベド。

まさかのモモンガの「愛している」宣言に一気に場が沸き上がった。

 

 

「ど、どうせ、お優しいモモンガ様につけ込んで『皆を』愛しているとか言わせたのでありんしょう」

「そうよ! 悪い! それでも『私も』愛していると言って頂けたわ!」

 

悔しげなシャルティアに図星を突かれ、逆ギレ気味に言い返すアルベド。

 

「悪いに決まってるでしょうが」と、テーブルに突っ伏しているアウラ。

 

 

「……おはようからおやすみまで、ずっと(SNSで)繋がっていたい」

 

 

ぼそっとシズが、空気を読んでるのかいないのか。ナザリック伝統の大事なところを言わない誤解される台詞を口にした。

 

「ちょっ! シズちゃん!?」

 

未だにアルベドの胸に抱かれたままのルプスレギナが、慌てたように身を捩って妹へ視線を向けた。

そのシズはいつもの通りの無表情で「これで」と、インベントリからスマホ大の端末を取り出して見せていた。

 

「あ、なんだ端末か」「動くの、それ?」

「ナザリックの中では動いている。圏内」

 

泡を食い。次いで安心したように息をついた姉たちの問いに変わらず無表情で端末が使えると答えるシズ。

いつもと変わらぬ様子にルプスレギナも。

 

 

「もー、びっくりしたっすよ」

 

 

いつもの様子でシズに笑いかけた。

その泣いたままの顔で笑ったルプスレギナの涙を、アルベドは優しく拭ってやりながら、慈母の笑みを浮かべた。それはこの場にいるものには分からなかったが、姉であるニグレドに良く似た笑みであったかもしれない。

 

 

「やっと、笑ったわね……ルプスレギナ。貴女の思いをカルバイン様へ伝えて御覧なさい。カルバイン様は必ずそれに応えて下さるわ」

 

 

優しく諭すようにアルベドはそう言った。

後ろの方でアウラが「だからって、あれはないでしょうが」と小さくぼやいていたが、受け止める事になるジョンはどう出る事だろうか。

 

 

王国だけではなく、ヘタレにも嵐が迫ってきていた。

 

 




次回本編「第28話:王国の男達」

タイトルだけで不安になれるwww


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第27話+1:如何にして料理特訓が爆発に至ったか?

今日は意地でも爆発する話をアップしないといけない気がした。
社会人はプレゼントを贈る側であって、贈られる側ではないんだぜ。



 

ルプスレギナが料理の特訓を始めたと聞き、モモンガも料理を試してみるとやはり出来上がったのは黒焦げ肉。肉を焼き始めてからの記憶すら漠然としていた。それはぞっとする体験だった。だが、それをルプスレギナは自らの意志で日々何度も繰り返していると言う。

 

あの明るく社交的であるが、仕事ぶりに一抹の不安が残るルプスレギナが、そこまで一途になる時があるのかとモモンガは感心すると共に、小鬼将軍の角笛で呼び出されたゴブリン達も料理が出来ず、薬草の採取が出来ないなど、クラス、スキル、設定などで出来る事、出来ない事が定められているようだと結論づけた。

 

 

一般メイド達にも同じように料理をやらせてみたが、同じように黒焦げ肉が出来ただけであった。

 

 

ルプスレギナが試している事もあり、現在は修練をさせていないが、レベルがカンストしていない一般メイドやゴブリン、プレアデス達はレベルアップすれば、新たなスキル、クラスを身につけられる可能性もあり、レベリングさせて見るのも一つの方法でだろうとモモンガは考えていた。

 

 

「はぁ、それで料理特訓がいつの間にか戦闘訓練に」

「なんですか、ジョンさん? その駄目だコイツ、早くなんとかしないとって顔は」

 

 

モモンガは、呆れたように溜息をついてみせるジョンへ不満気な視線を向けた。

第六階層闘技場へ呼び出されたジョンの見たものは、召喚されたモンスターと戦うルプスレギナの姿。

召喚されたモンスター達は反撃禁止を命令されているのか、ルプスレギナに一切の反撃をしない。

 

「……だって、これは経験値稼ぎで、戦闘訓練じゃないよ?」

「レベルを上げたいのですから、別に良いでしょう。そう言うのは漆黒の剣を相手にやって下さい」

「はーい。……で、上がりそうなの?」

「ルプスレギナは59Lvですからね。60Lv以上の召喚モンスターをスキルで1日に何百体も用意できれば簡単なのですが……」

「ウルベルトさんが作ってた魔神像は? 《最終戦争・悪》を六重展開する奴。……でも。そもそもレベリングなら、シズ(46Lv)とか恐怖公(30Lv)の方が良かったんじゃ?」

「ああ、それはルプスレギナが新たなスキル(料理)を身につけたいと自分から努力していたからですよ。あと、暇そうに村の中をうろうろしていたので。……魔神像、使えるかもしれませんね」

 

執務の息抜きに村へ抜け出したモモンガが、村の中をうろついているルプスレギナを見つけて、そのまま検証になったのだろうか。

このペースなら数日でレベルが上がるか確認できるだろうとは思う。拠点NPC達の総合レベル制限などがどうなっているのかも非常に興味がある。

だが、レベルを上げるなら、もっと、こう血反吐を吐く様な経験をしてこそだと思う自分は異端なのだろうか。

 

 

「良し、今日のところは終わりにしよう」

 

 

ジョンがそう思っている間に今日のノルマが終わったらしい。

相手が反撃してこないとは言っても、格上相手に連戦していたのは結構な重労働だったようだ。

しなやかでメリハリのあるルプスレギナの肢体は、激しい運動にぐっしょりと汗に濡れ、全身がほんのりとピンク色に染まっていた。

 

汗を搾り取れそうな濡れ具合だったが、ホワイトブリムの拘りにより胸元の白い部分は決して濡れ透けする事は無く。ジョンを失望させた。

 

(ホワイトブリムさん、あなたには失望したッ!!)

筋違いな怨嗟の声を内心で上げるジョンだったが、自分に気づいたルプスレギナが汗に塗れた自身を恥じて顔を俯かせながら、身体を隠すように抱きしめた仕草に喝采をあげた。

(ヘロヘロさん、GJ!! そうだよ、普段とのギャップで恥じらいが無いと萌えないよねッ!!)

 

腕に寄せて上げられた見事な双丘をガン見する(本人はチラ見のつもり)ジョンだが、その視線に恥じらいを一層強めるルプスレギナにモモンガは「おや?」と首を傾げた。

先日、エ・ランテルに出た時にはジョンがそれ(胸の谷間)を見るのも、ルプスレギナのそれ(胸の谷間)を見た周囲をジョンが無言で威圧するのも、ルプスレギナ的にはありのようで上機嫌だったのだが、今日は何時に無く恥らっている。

 

自分も生身であればドキッとしたかもしれないが、生憎とこの身はアンデッド。

 

アルベドほどに自分の好みを踏襲した存在でなければ、精神作用効果無効を超えて自分を動揺させる事は出来ない。

なので、冷静にこの二人に何かあったのだろうかと考える事がモモンガには出来た。だが、ルプスレギナに思慕の念から、自分を創造していないジョンに対しての恥じらいが生まれているなど、モモンガの想像を遥かに超えていた。

 

これがアルベドvsモモンガ、シャルティアvsペロロンチーノならば、二人の側(アルベドとシャルティア)には100%至高の御方の理想にそった姿である確信があるので、恥らうよりも、如何にして至高の御方に悦んで頂くかを考え始めるのだが、ある意味で非常に恋する乙女になってしまったルプスレギナの心境の変化は、ヘタレ童貞であるモモンガやジョンには推し量れないものだった。

 

 

/*/

 

 

(ひいいいいい! 臭いを嗅がないで欲しいっすー!!)

 

すぴすぴとジョンの鼻が鳴る音を聞いてしまいルプスレギナは内心でテンパっていた。

わざわざ嗅ぐまでも無くジョンのステータスならば、もともと個別判断が出来るほど普段から個々の匂いを嗅いでいるのだが、だからと言って汗だくになった自分の臭いを嗅がれたいとはルプスレギナも思わない。

 

ジョンとしては女の子っぽい良い匂いがする程度にしか思っていないのだが、それは流石にルプスレギナには分からない。分かったところでルプスレギナの救いにはならない。

だが、至高の御方を待たせたままには出来ず。羞恥に全身を染めながら、ルプスレギナは処刑場へ向かう罪人のような足取りで二人の側へ足を進めていった。

 

悲壮感溢れるその姿にジョンは狼頭を傾げ、何か気づいたのか一つ頷くと、インベントリから大きなタオルを取り出してルプスレギナに頭から掛けてやった。

同時に指を鳴らして、《小さな願い》を発動させるとルプスレギナの全身を清めてやる。

 

「……あ」

 

不意のジョンの気遣いに安堵の息をついたルプスレギナが、潤んだ金の瞳でジョンを見上げる。

見上げられた至高の御方は、シモベ(ルプスレギナ)の感謝も余所に(ヤバイ! いつもの強気な表情(かお)からの落差にクラクラする! 抱き寄せたい!)などと思っているのだが。

誤魔化すようにジョンは口を開いて、赤毛のメイド(ルプスレギナ)に問いかける。

 

「ルプーは新たな能力を身につけるなら、何がしたい?」

「料理を……ジョン様に食べて頂きたいです」

 

囁くように、けれども直球で返された言葉にジョンは沈黙した。

照れたように長い鼻面を掻きながら、困ったように沈黙するジョンの様子を、頭からタオルを被ったルプスレギナが不安気な表情で見上げている。

 

そして、その脇ではすっかり二人に忘れられた御骨様(モモンガ)が。

 

 

(え? なにこの雰囲気。俺、まるっきりお邪魔虫じゃない?)

 

 

リア()爆発しろと火球の爆撃が出来る空気でもなく……モモンガは心底、困ってしまった。

 

 




ちなみに今話は没になった第28話の3分の1ぐらいを多少手直ししたものになります。
見直ししたら、後半戦の為の伏線があったので後で残りも割り込み投稿する予定です。

あ、これは予約投稿で書いてる奴は今週出張中です。
誤字修正などは週末か週明けにまとめて対応の予定です。


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第28話:王国の男達。

原作で王国は詰んでます。IFの流れに私の力量ではオリ主ジョンの影響だけで持っていけないので、ザナック王子とクライムくんを少々改変しました。

王国とは別件でEi-s様よりネタの提供を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。



 

 

リ・エスティーゼ王国、王都。その最も奥に位置し、外周約800m、20もの円筒形の巨大な塔が防御網を形成し、城壁によってかなりの土地を包囲しているロ・レンテ城。その敷地内にヴァランシア宮殿がある。

この巨大な敷地を囲う王城の外壁が、カルネ=ダーシュ村を囲う石壁よりも高さ、外周共に劣ると知ったら、王国の支配者達は何を思うだろうか。

 

帝国と法国の工作により、徐々に力を削られている王国で、国王ランポッサ三世、ザナック第2王子、レエブン侯、戦士長ガゼフなど一部の人間が必死に王国の建て直しを図っている。だが、それは滅びの時を先延ばしにするだけの儚い努力であった。

 

そんな見た目は華やかに、けれども、生きながら腐り落ちていく王国の中枢。王城の中にある「黄金」と呼ばれる第三王女に与えられた部屋の一つに数人の人間が集まっていた。

 

 

/*/

 

 

第三王女の部屋で、小太りの第二王子ザナックが弛んだ頬肉を皮肉げに歪めながら言葉を紡いでいた。

 

「父は悪手を打った。村を救った人狼とその守護神を、貴族にも理解できるよう簡略化して会議で報告してしまった。貴族達は自分達が想像できる範囲の事象として理解し、上の兄を焚き付け、人狼の討伐隊を送るだろう」

 

ザナックの疲れたような声の通り。結局、ガゼフからの報告を受けた国王ランポッサ三世は、「帝国騎士に襲われた村の一つに、偶々流れ着いていた人狼がおり、戦士長と力を合せて帝国騎士を撃退した」と、法国の特殊部隊も、神の出現も、異形異能の騎士も、人狼の恐るべき力の片鱗も、村長の宣言も、全て無かった事にして、現実的な範囲のみで貴族達への報告としてしまったのだった。ザナックの話は続く。

 

「……王の権威を守る為と貴族は独自に討伐隊を編制し、兄はそれに乗る。そして村を滅ぼし、人狼を討伐し、次期国王に自分こそが相応しいと宣伝するだろう」

 

第三王女ラナーに代わり口を開いたのは室内にいるもう一人の淑女。

生命の輝きに満ち溢れた王国唯一《死者復活》を扱えるアダマンタイト級冒険者ラキュースであった。

 

「ザナック殿下、お待ち下さい。その村に人狼がまだ残っているとは……」

「アインドラ。そこに人狼がいるかいないかなど、問題ではないのだ。お前とてわかる筈だ。叛意を示した村を滅ぼし、権威を保つ必要性。人類の領域を守ったと宣伝できる事。それが何よりも重要だと言う事が」

そのザナックの言葉の後を、長身痩躯で金髪をオールバックにしているレエブン侯爵が引き継いだ。

「陛下と戦士長が、叛意を持った村を隠した事も問題に出来ますから。そこから退位を促し、第1王子バルブロ殿下を国王につける事も可能と考えているでしょうな」

 

「お父様は時々、良く分らない事をなさいます。どうして今回、このような悪手を打たれたのでしょう?」

 

3人の会話に黄金と称される第三王女ラナーが良く分らないと零す。天才であるが故に他人が間違った選択肢を何故選ぶのかが彼女には解らないのだ。

今回の事にしても、守護神を伴った人狼を刺激するなど王国の終焉を早めるだけでしかないのに、どうして誰もそれが解らないのか。

 

「父は昔から兄に対して冷徹になりきれない部分があった。だが……言ってやるな。その甘さがあればこそ、お前のクライムはそこにいられるのだ」

「それは…感謝しておりますが…」

 

それでもザナックから、拾い子であるクライムを側におけたのと同じ父王の甘さだと言われれば理解は出来ずとも納得するしかない。

不満げなその様子が演技なのか、素なのか、見極める事を放棄しているザナックは、ラナーの背後に立つ白い鎧の少年へ声を掛けた。

 

「クライム。俺の恐ろしく賢い妹ではあるが、どうか見限らずにいておくれ。お前がいればこそ、こいつは黄金でいられるのだ」

「ハッ」「……お兄様」

ラナーの背後に立つ白い鎧の少年――クライムは、己の感情を塗りつぶしたような表情で短く返答し、頭を下げた。

ラナーは兄を咎めるように一瞬みたものの、クライムの返事に何かを感じたのか小さく微笑んだ。

二人の様子に何か言いかけたザナックだったが、開きかけた口を閉ざし、頭を振ると話題を戻す。

 

「お前達は本当に……いや、なんでもない。それで妹よ。人狼とその守護神、お前はどう見る?」

 

「どう見るも何もお兄様。戦士長は偽りを報告される方ですか」

「いや」

 

ガゼフ・ストロノーフが虚言を口にするかと問われれば、否と答えるしかない。ザナックは首を横に振った。

剣の腕前を持って王に見出され、ここ数年で絶大な信頼を築き上げた戦士長は良く言えば質実剛健。悪く言えば、貴族のやり方に対応できない平民上がりだ。

 

首を横に振り、否定の意思をその場に披露した兄へ、ラナーは自分の考えを兄にも理解できるよう簡潔に告げようと努力しながら口を開いた。

 

「なら、戦士長の仰る事は全て事実でしょう。その人狼が腕の一振りで天使を何十体も消滅させるのも、守護神が杖の一振りで教会を出現させ、人間を復活させ、《死者蘇生》を扱える力を与えたのも、異形の騎士を従えるのも、全て事実でしょう。戦士長が一合と持たずに切り捨てられると言う存在を幾人従えているのかは分りませんが、少なくとも帝国、王国、法国をまとめて敵に回す事を恐れていないでしょう。討伐隊を送った報復で異形の騎士に王国が滅ぼされても私は驚きません」

 

「どうすれば良い」

 

「人狼の守護神に跪き、許しを乞い、王国を守護神へ捧げ、法国の六大神のように王国の守護神になって頂く事が最善ではないでしょうか」

「それは出来ん」

 

「なぜですか?」

 

「人とはそれほど簡単なものではないのだ。面子、感情、そう言ったものを無視して最善手を選ぶ事は出来ない」

「良く…分りません」

 

第二王子と第三王女の話はそこで途切れた。

常識的に考えるなら、ラナーの言う事は世迷言に過ぎない。だが、この場にいるザナック、レエブン、ラキュースは王女の頭脳が先を見通し過ぎる事を知っていたし、これまでもラナーがクライムの為にと考えたものを実現する為に何度か協力した事もあった。だからこそ、王女の未来予想を世迷言と言う事が出来なかった。

 

ラキュースがせめてと口を開く。

 

「バルブロ殿下をお止めする事は出来ないのでしょうか」

「無理だ。父と戦士長が一部しか報告していない事を兄は知ってしまった。このチャンスに止まる兄では無い」

 

ザナックは忌々しげにこの場にいない者を思い答える。平民から見れば、心優しき賢王かもしれぬ。だが、為政者としてはそれでは足りないのだ。

ラキュースに続いて、ラナーの問い。それにも首を横に振るしかない己の不甲斐無さ。

 

「最初から全てを話してしまえば、理解できない分、時間が稼げたのではないでしょうか」

「それも無理だ。貴族達は自分が理解したいようにしか理解しない。結局は同じ結末だ」

 

「それでは警告を送り、王国全てが敵対するものではないと伝えるのは……」

 

「誰が行くのだ? 第一王子が討伐隊を率いていくのだぞ」

「私がクライムと……」

 

「却下だ。そんな事をして見ろ。貴族達が喜んで、お前のクライムを縛り首にするぞ」

 

組織力で大きく劣り、数多の守るべきものを抱えている自分達は後手に回るしかない。そして、後手に回り続けている限り、相手を打ちのめして優位に立つ事は出来ないのだ。

もう一世代前であれば、帝国のように自分の子らに後を託す計画を立てられたのだが、今の王国にはそこまでの時間が無い。

 

「……とりあえず、王女殿下が我が子と婚姻を結ぶというのはどうでしょう?」

 

ピクリと額を悪い意味で動かしたラナーを差し止めるように、レエブン侯は手を上げる。

訝しげな目でザナックもレエブン侯を見た。

 

「我が子と婚姻を結び、殿下は例えばクライム君と子を成し、我が子の跡継ぎは子供の最も愛した女性との間の子――私からは孫ですか、にすれば良い。そして申し訳ないが、殿下が母親というふうに偽装してもらう」

「なるほど。偽装結婚で血を入れるということですね」

「はい。そうすれば殿下は愛した男との間に子をなせ、我が家は偽装ですが王族の血を引き入れることが出来る。両者の得にはなっているかと思いますが?」

「非常に素晴らしい。王派閥の重鎮たるあなたが言えば、父も無下には出来ないでしょうし」

 

素晴らしいのか。その場の者達は脱力を覚える。

だが、とザナックは考える。王家の血を絶やさず、ラナーの機嫌を損ねず、王都から引き離すには現状では最善だろう。

ラナーの右後ろで青を通り越して真っ白になっているクライムの気持ちを除けば。

 

「俺も共犯だな」

「殿下、宜しいので」

 

レエブン侯爵の白々しい問いに、ザナックは鼻を鳴らして答える。

 

「堂々と俺の前で話をしておき何を言う――良し。ラナー、地方視察だ。侯の領地エ・レエブルへ侯の妻子とクライムを伴い向え。状況が落ち着くまで王都へは戻らなくて良い。そのまま侯の領地へ留まれ。父とは私と侯爵が話をつける」

 

「殿下。出来れば、そう言ったお話は私達がいないところでして頂きたいのですが……」

 

ラキュースからすれば、これまでも友人であるラナーを挟み、奴隷や麻薬の取引撲滅に協力してきたザナック王子とレエブン侯だったが、目の前で王家の偽装結婚など話し合うのは止めてほしかった。ラナーもラナーで偽装結婚が素晴らしいとはどう言う事だ。いや、確かにラナーがクライムくんと一緒になるのには正攻法では無理なのだと解ってはいるが。こんな事を知ってしまって、自分はどうすれば良いのか。冒険者をやってる時点で実家に相当の迷惑をかけている自覚があるのに、こんな事を知ってしまっては迂闊に実家に帰る事も出来ないではないか。

 

 

だと言うのに、この小太りの王子殿下は「お前は一体、何を言ってるんだ」と呆れた表情でこちらを見てくれる。この殺意は許されるだろうか?

 

 

「それは無理だ。アインドラ、お前達には妹の護衛を頼まなくてはならない。王都が落ち着くまでお前達も帰ってくるな。朱の雫もタイミングを合わせて仕事を回し、遠隔地へ飛ばしておく。出来れば戦士団からも、幾人かお前達につけてやりたいが…」

「それは止めておいた方が宜しいでしょう。ガゼフ殿を通じて陛下。陛下よりバルブロ殿下、貴族派へ情報が漏れます」

 

「……そうだな。レエブン侯、最後まで苦労をかける」

 

混乱するラキュースの前で、ザナックとレエブンの話は続いていく。

討伐隊がカルネ村へ着くタイミングで自分達を王都から遠ざけようと言う二人は、覚悟を決め、死地へ向かう男の表情(かお)をしていた。

 

何処か透明な表情で、ザナックとレエブンの二人はこれまでに見た事がないような朗らかな調子で会話を続けている。先ほどの問題発言で真っ青になったクライムも、今は二人の覚悟に当てられたのか、いつもの奥歯を噛み締めた表情でラナーの右後ろに立っていた。

 

 

「殿下……私は息子に領地を引き継がせてやりたかっただけなのですがね」

 

「仕方なかろう。このままでは王国は神の怒りを買って滅ぶ。我が怖い妹の見立てに間違いは無い。エ・レエブルはエ・ランテル寄りであるが、エ・ランテルから王都までの街道から外れている。王都周辺が神の怒りで貴族も王族も綺麗さっぱり滅んだら。妹よ。後はお前の好きにせよ。守護神に国を差し出し、何とか出来るならなんとかしろ」

 

「ああ、王女殿下。そこまで王国が追い詰められ、わが子との婚姻も必要ないようでしたら、そのように立ち回って下さい。出来るなら、わが子には普通の婚姻を望みますので」

 

ザナックとレエブンの透き通った晴れ晴れとした微笑にラキュースは覚えがあった。

ラキュースがかつて救った亜人の村。スレイン法国の陽光聖典から村人を守る為に戦った亜人の戦士達。生きて帰れぬと知って尚、愛する者を守る為に笑って死地へ向かって行った戦士達と同じ笑顔がそこにはあった。

 

だからだろうか?

 

答えの分かり切った問いを、問いかけてしまったのは。

 

 

「殿下、そこまで状況は悪いのですか」

 

 

「悪いな。アインドラ、お前の友であり、私の怖い妹の発案。……実現できたのは僅かではあるが、どれも素晴らしい成果を上げている。その妹が国が滅ぶと見るのだ」

「お兄様。私が、私のクライムと一緒になる為に、お兄様と侯爵を誘導しているとは思わないのですか?」

 

ザナックの様子に何か思うところがあったのか、ラナーも普段ならば口にしないような事を口にしていた。

対してザナックはこれまで見せた事がないような優しげな視線を腹違いの妹へ向けながら答えた。

 

「結構な事じゃないか。俺もお前と同じだ。このクソったれな王国なんぞどうでも良い。だが、侯爵は愛するわが子に領地を引き継がせたい。お前は愛するクライムと一緒にいたい。なのに私は、ただ王族としての責務でここにいるのだぞ? お前が私をはめて、私を終らせてくれるなら喜ばしい。後の面倒は宜しく頼むぞ、妹よ」

 

本心からの言葉で、晴れ晴れと継げるザナックにラナーは戸惑ったようだった。

 

 

「……クライムと過ごす時間が減ってしまうので、実務はお兄様とレエブン侯にお願いしたいのですが……」

 

 

ラナーの言葉にザナックは笑う。ようやく兄妹らしい会話が出来たと言う風に朗らかに笑った。

そうして、不意に表情を改めるとラキュースに向かい、これまで口にしなかった憧れを口に上らせた。

 

「アインドラ。私とて、全てを放り出し、冒険者などをやって見たいと思ったものだ」

「……殿下」

「ん? 目は口ほどにものを言うが、アインドラよ。お前、私のような豚には無理だと思ったな?」

「殿下! そのような事は」

 

慌てるラキュースを見て、ザナックはもう一度、笑った。

 

「気にするな。このような身体で豚を演じているとな、侮ってくれるのだよ。疑われ、警戒されより、侮られるほうが良い。ただ、少々、太りすぎた。身体の調子も良くはない。幕引きとしては良い頃合だったかもしれん」

 

 

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その日《飛行》でカルネ=ダーシュ村上空に上がったジョンは、チーム時王のメンバーであるワーキャットのサペトンと眼下に広がる景色を観察していた。

 

エ・ランテルで捕獲した野良猫を媒介に召喚されたサペトンはようやく異世界開拓に合流できた。召喚するに当たっては媒介となる猫を犠牲にする事に少なくない葛藤があった。人間を生贄にするなら何の躊躇いもなかっただろうが、可愛い小動物へ自分の都合で犠牲を強いるのは心が痛む。可愛いは正義なのだ。

 

そんなジョンの胸を内を他所に、体長1m少々の真っ白い年老いた直立猫の姿をしたサペトンは、遠くアゼルリシア山脈に抱かれるひょうたんのような形をした湖を杖で指し示す。

 

「やっぱし、あそっから水を貰ってくるしかねぇなぁ。こん辺りは水が少ねぇよ」

 

その言葉に腕組みをしたジョンが唸る。カルネ村や滅ぼされた開拓村は入植してから100年は経っているのに、それほど豊かとも言えず生産力も低かった。最初は北の方で寒冷な気候だと思っていたのだが、しばらく過ごしてみると寧ろ暑い地方のようだった。それでいて冬に生産をしないとか、技術が低いにしても、おかしいと思っていたのだが、生産力が上がらなかった大きな原因が水不足だ。

 

湖から流れ出す大きな川の流れが無く、こちら側の平原に落ちてくる水が地下水脈に限られるように見える。その為に農業用水が確保できず生産が増えなかったのだろう。20世紀からの農業では水やりを積極的に行うが、それ以前は水を運ぶ労力が大き過ぎ、近代前後とは水やりに使う水の量が段違いだ。

 

現実において近代以降に大規模事業で数十kmに及ぶ水路が建設され、初めて発展した街もある。

農業工業における水の確保はそれだけ重要で、大きな労働力を必要とするものだ。

 

 

ジョンとサペトン、二人の眼下に広がるカルネ=ダーシュ村は、モモンガが魔法で建設した高さ6mの石壁が村の広場を中心に半径500mほどの広さでぐるりと広がっている。村の規模が小さいので壁の内側にある程度の畑も含まれているが、余りに広すぎて監視の目が行き届いていない。ジョンを冒険に引っ張り出すに当ってモモンガが張り切った成果である。張り切りすぎて、エ・ランテルや王城にも勝る石壁になってしまったのだが、今のところ問題はおきていない。

 

その石壁の外側は、現在、チーム時王によって幅30mほどの空堀がぐるっと村を囲むように掘られている最中だった。

 

掘った土は取り敢えずは堀の脇に積み上げて土塁にしている。ひょうたん湖から水が引ければ、この堀も水堀兼ため池として使えるだろう。

ジョンはサペトンと二人、上空から地形を見ながら水路を何処を通すか。下流へはどこから流すかを話し合った。

 

一番の問題になりそうなのは、ひょうたん湖の手前。ぐるりと湖を囲む山地の一部にトンネルを通す必要がある事だ。ここは魔法で補強しながら掘り進めても落盤の危険が高いと予想され、何かしらの方法を考える必要がありそうだった。

 

 

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以前、ジョンは村人に死んだ家族を蘇生してくれと頼まれ、生命力(Lv)が足りないから無理と説明した事があった。その際に村人から、ならば子供たちの生命を鍛え、日々の生活で備えるのにどうすれば良いか教えてほしいと願われた。

 

答える必要も無いし、そんな事は自分で考えろと言う事も出来たのだが、満足に教育を受けられず、何も情報を持っていない。

その日を生きるのに精一杯な彼らにとっての最善は、厚かましいと分っていても、自分達よりものを知っているジョンへ聞く事であったのだ。

 

あれこれ聞かれ、思ったよりものを知らない村人にイラッとしたジョンだったが、リアルで自分がものを尋ねた時、相手が浮かべたイラついた表情は、こう言う事だったかと納得してしまった。自分はネットワークから情報を得る事が出来た。だが、村人達はそれすら出来ないのだ。そう思ってしまえば無碍にも出来ない。

 

字が読める。計算が出来る。

それは、それだけで力になるのだなとジョンは実感していた。

 

そんな村人達に何をしてやれるのか考えた時、成長が速く栄養があり、ちょっと危険だが、村人の特訓にもなるものがあったとジョンは思い出す。

これが出来れば、現在、ナザリックから食料支援を受けて村を維持している状態から自立にむけて一歩前進できる筈だった。

 

そんな考えから、村の一角にジョンは家庭菜園を作った。

ドルイドではないのでマーレのような大規模な事は出来ないが、サペトンとルプスレギナの力を合せれば小規模ながら似た効果を得る事も可能だ。

 

 

この家庭菜園の収穫は毎日交替で村人全てが行う。

 

 

収穫に当る村人達の補助には、ゴブリン隊か漆黒の剣をつける事とした。

チーム時王のヤーマが主に見ているこの家庭菜園。今日の収穫当番はエモット姉妹とンフィーレア、それにゴブリン隊から3名だった。

 

「おはよう! 良い朝だね」

「はい、ヤーマさん。おはようございます」

「ヤーマさん、おはよう!」

 

狼頭で爽やかに挨拶してくるヤーマに挨拶を返す面々。ヤーマの後ろからは「うけけか~」「ぎゃっぎゃっ~」と笑い声がしている。

その声に、ゴブリン隊のカイジャリが呆れたような声を出す。

 

「……相変わらず、すげぇ眺めですね」

「まぁ、うちのリーダー。時々突飛な事を思いつくからねぇ」

 

ヤーマも答え、家庭菜園を振り返って眺める。

 

そこには、きゅうり、なす、カボチャ、人参、ジャガイモが立派に実っていた。

先日まではカボチャが無かったが、そろそろカボチャを植えても大丈夫だろうとの見立てだ。

 

 

野菜からは「うけけか~」「ぎゃっぎゃっ~」と笑い声が絶えない。ここは所謂、植物型モンスターを栽培する家庭菜園だった。

 

 

きゅうりとなすは笑いながら噛み付いてくる程度だったが、カボチャはツタを振り回して、丸々とした実で殴りつけてくるので村人達には強敵だ。

 

だが、毎日のモンスター討伐と食事で少しずつではあったが、村人達のLvも上がり始めている。植物型モンスターを処理しているので、微少ながら、収穫(討伐)、料理、食事(討伐)でも経験値が入ってるのでは無いかとジョンは想像していた。この生野菜をサラダで食うのは一種の討伐なのではないだろうか?

 

 

これがジョンの作戦「村人全員6Lv以上になれば、蘇生ワンちゃんあるよね♪」である。

 

 

今は魔法で野菜(植物モンスター)の生育を早めているが、何れは村の子供が10歳ぐらいになる頃には自然と6Lvになれれば良いと考えている。

ジョンは、10歳で6Lvを、漆黒の剣やゴブリン隊には20Lvぐらいを求めていた。この世界で20Lvはミスリル級冒険者になる。既に要求水準がおかしい事(間違い)になっていた。

 

その基準では村の子供が鉄級冒険者級(多分5~7Lvぐらい)になる。

中堅冒険者である銀級が8~11Lv程度あるとすれば、帝国騎士だって皇帝が惜しむ精鋭騎士は冒険者で言う金級(多分12~14Lvぐらい)なのだ。

誰かが力尽くで、ジョンの間違いを正さなければ、何処かの自称美少女魔道士の故郷化、待った無しである。

 

 

ただ、一つ言わせてもらうならば、誰もが自分を基準にものを考えるものだ。

 

 

100Lvのジョンからすれば、無力な子供は「せめて6Lvぐらいないと転んだだけで死ぬんじゃないか」と心配なのだ。火球ツッコミは無理にしても、魔法の矢ツッコミぐらいは出来ないと寂しいとか。そんな馬鹿な事を考えるのもカンストガチ勢の一角だからであって、決して悪意からでは無いのだ。

 

 

どこの世も、善意から出る余計なお節介の方が性質が悪いものなのだが……。

 

 

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「今日はンフィーレアくんがいるから、楽が出来るな。でも、油断するんじゃないぞ」

 

 

ヤーマがそう言って一歩下がるとカイジャリ、クウネル、パイポがそれぞれ、エンリ、ネム、ンフィーレアの護衛に付く。

ンフィーレアの《ヒプノテイズム/睡眠》が炸裂し、野菜(植物型モンスター)の笑い声が治まった。

 

「それじゃ、静かにね」

 

ンフィーレアの声に、そーっと家庭菜園に入ったネムは、野菜を起こさないよう息を潜めながら、きゅうりをハサミで、ぱちんと切り離してカゴへ入れる。

木製の農具やナイフ、包丁などしかなかった村だが、チーム時王のマッシュは鍛冶仕事も出来た。その彼が作ってくれる道具はまだ数も少ないが、この家庭菜園での収穫に貸してもらえるハサミは、とても便利だった。

 

先日から丸々としたカボチャを振り回すカボチャが加わった事で、朝の収穫祭の難易度は一気にあがっていたが、効果も出ており、村人からは「疲れにくくなった」「力が強くなった」「白髪が減った」「まな板が切れた」「腹筋が割れてきた」など喜びの声が寄せられていた。

 

そんな毎朝の野菜との死闘。

襲い掛かるカボチャを盾で受けるゴブリンと、そのゴブリンに身を挺して守られる村人。

その間では、ドキドキなつり橋効果も発生し、ゴブリンと村人達の間の溝は急速に埋められていた。

 

ンフィーレアとしても、ドキドキつり橋効果ドンと来いであったし、ゴブリン達も応援してくれていた。

 

だが――。

 

「私がツタを抑えている間にンフィーはカボチャを収穫して。カイジャリさんとクウネルさんは、左右の畝のカボチャに注意して下さい。……あ、ンフィー。そこの子ヅルも一緒に切っちゃって」

 

最近、エンリの指示がやたらと的確で口を挟めない。しかも気を張ってる時の言葉には何故か逆らいがたい。

ツタに襲われ「きゃー」となったエンリを魔法で助けるとか、そんな事はまったくなかった。密かに魔法の矢を取得していたのだが……。ジョンに言われた通り、錬金術でチーズケーキを作った方が好感を持たれるような気がしてきているンフィーレアであった。

 

「ネム、パイポさんと一旦、畑から出てくれる? 私たちも畑から出ましょう。そしたら、ンフィーはもう一度《ヒプノテイズム/睡眠》をお願い」

「なんだか、最近、エンリが凄く頼もしく見えるよ」

「ンフィーの兄さん。そりゃ、俺達の姐さんですから」

 

冒険者であるペテルや、ゴブリン達のリーダーであるジュゲムと比べられても、年頃の娘としては不満なのだが、本心から褒めてくれているので、そこはぐっと我慢する。

 

 

確かに最近は力も強くなり、大きなカメで水を運ぶのも楽になった。八つ当たりで野菜を切ったら、まな板が切れ、包丁が欠けてしまって困った。時王のマッシュが鍛冶も出来たので、無事に包丁を直してもらえてほっと息をついたが、ゴブリン達が思い描く完璧な姐さん像に近づいてるようで、ちょっと嫌だ。どうせなら、たとえ無理でも、ルプスレギナのような美人になりたい。

 

そんな話をした時、ルプスレギナはいつもの調子で。

 

「私は御方々のメイド。それ以外では、指一本動かしたくないっすねー。仕事以外はゴロゴロしてたいっすよー」そう言っていたが、「でも、カルバイン様の為なら何でも出来るのですよね」エンリがそう聞くと「当たり前じゃないっすか。友達のエンちゃんだって、殺せって言われれば、さっくり殺っちゃいますよー」などと笑顔で答え、ゴブリン達をぎょっとさせた。

 

「……人を好きになるって凄いんですね。私、まだ好きって良く分らないですけど、カルバイン様の話をしているルプスレギナさんは綺麗だなって思います」

 

ほうっ息をついたエンリに、ルプスレギナはきょとんとした顔でエンリを見つめると、困ったように頭を掻いた。

 

「……エーンちゃん? 私、エンちゃんをさっくり殺っちゃうよって、お話してるっすよ?」

「カルバイン様は意味も無くそんな事を言う方ではないです。そう言われてしまった時、私はそれだけの事をしてしまったんでしょうから、仕方ないですよね」

 

ルプスレギナがジト目でエンリを見つめる。これほどの美人がやると、そんな顔も可愛いなぁ、なんてエンリは考えていた。

じっと、エンリに秘したものが無いか見極めるように見つめたルプスレギナだったが、もう一度頭を掻くと、ぽんとエンリの肩を叩いた。

 

「たはー、エンちゃん。すげぇっすね……あと、ありがとう」

 

肩から手を離すと、ルプスレギナはくるりとその場で一回転する。滑るような滑らかな動きだった。そのまま「うんじゃ、ね」肩越しに手をぴらぴらさせながら、ルプスレギナが歩み去っていく。その先には青と白の毛並みの大柄な人狼がいて、ルプスレギナの輝くような笑顔を向けられていた。

 

 

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Ei-s様よりネタの提供を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

ありがとうございました。

 

絵面的にはGS美神の唐巣神父の家庭菜園です。

 

家庭菜園における収穫難易度。:多分1Lvで受けるダメージ目安。

こんな感じで。ぶーくは考えております。

 

1.きゅうり、なす、噛み付きます。:軽傷

2.ニンジン、ジャガイモ、引っこ抜くと叫びます。:状態異常:恐怖

3.カボチャ、ツタを振り回し、実で殴って来ます。:重傷

4.トマト、タマネギ、爆発します。:死にます。

5.未定

 

 




次回本編「第29話:スタッフが美味しく頂きました」


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第29話:スタッフが美味しく頂きました。

今回、食事のシーンがありますが、人によっては好悪が分かれるかと思います。
詳しく書くとネタばれですが、ダ○シュ村では蜂とか蛇の駆除もやってました。後は分りますよね?



 

 

ジョン達がカルネ=ダーシュ村へ帰還した翌日、ンフィーレアとリイジーの工房が完成した。

いつものようにチーム時王があっと言う間に建築した工房は、店舗と工房が続きになっている広い間取りで、その奥に住居と倉庫が合わさっていた。

工房にはナザリックから運び込まれた予備の錬金用の生産用具がならび初歩の錬金術の資料も用意した。

 

村の他の家と同じように《環境防御結界》による冷暖房。《永続光》をつかった蛍光灯っぽい照明器具。そして異臭を外に漏らさない《フィルター》とエ・ランテルの工房よりも快適なつくりだった。

 

驚いたのは辺境の開拓村だと言うのに、30cmほどの透明なガラス板のはまった格子窓が明り取りに使われていた事だった。

都市では明り取りにガラスが使われるが、錬金術師かドワーフでなければ作り出せない割合高価なもので、割れ易く運搬に向かない事から技術者(錬金術師)のいない村では使われる事は殆ど無かった。

街でも神殿、裕福な職人、商人の家、組合会館で使われるものであり、このように気安く使われるものではなかったのだ。

 

だから、ジョンが窓ガラスを第三位階の魔法で作り出し、徐々に村の家々の窓にはめ込んでいると聞き、バレアレ家の二人は何度目かの驚きを露にした。

 

「ジョ、ジョジョンさんは錬金術師だったんですか!?」

 

彼をジョンさんと呼ぶと、ルプスレギナ達の機嫌が悪くなる事に気がついた彼等は、最近はジョンを呼ぶ時に「カルバイン様」か「ジョジョンさん」と呼ぶようにしていた。

本人は堅苦しい呼び方を好まないようなのだが、彼に仕える者達がそれを許さないので仕方が無い。

 

ンフィーの問いにジョンは狼頭で笑う。自分が錬金術師などおこがましい。

自分は魔法で生成しているだけで、錬金術と呼ばれるような知恵も知識も持っていないのだと笑う。

 

そのジョンの使う第三位階魔法《物品作成》、第一位階魔法《小さな願い》は細分化され、ンフィーレアの知る香辛料や甘味を生み出す下位の魔法として良く使われている。

だが、ジョンの知る限りそれは普通の素材の採取の手間を省く為、彼の知る錬金術師達が使っていたと言う。

 

リイジーも扱える《物品作成》であるが、リイジーはそれでガラスを作ろうと思った事も無かった。精々、自分の使う素材で必要なものを呼び出すのに使う程度だった。

 

ジョンは《小さな願い》や《物品作成》などは、使用者の想像力と魔力の及ぶ範囲で効果が決まるのだと言う。

つまり《物品作成》で、何が作れるのか使用者が想像できなければ、その創造力は発揮されず。また、魔法の力が及ばずとも、触媒を利用する事で効果を強める事も出来るのだと彼は語った。

 

《物品作成》単体ではそれほど大きなガラスは作れない。けれども、ガラスの材料になる珪砂という物質は土や岩に含まれている。村の外周を回る巨大な空堀を掘った土を触媒に《物品作成》を行使すれば、魔法はその土から珪砂を集め、30cm四方の透明なガラス板が得られたのだ。

 

合金も始めから創造しようとすれば創造できないが、例えば銅と錫を別々に創造してから、それを媒介にすれば青銅がつくれると言った話は刺激的で、自分達が如何に常識に囚われていたか痛感させられた。

 

 

そんな彼ら(ジョン達)から見れば、自分(ンフィー)達は滑稽だったのかもしれない。

 

 

ジョンは自らが持つ神の血、赤いポーションよりも、自分達が作る劣化する青いポーションを高く評価していた。まったく違った材料製法で、劣化するとは言え同じ効果を得る。それは先人達の努力の証であり、人の工夫と知恵の結晶なのだとジョンは言う。だが、それでも彼は自分達に赤いポーションを再現する実験をさせてくれる。

 

それは二つの製法を知り、違いを知る事で、自分達が新しい何かを創り出せるのではないかという未知への期待。

 

先人たちが生み出した青いポーションが、人の知恵の結晶と認められた事は嬉しい。

自分達が積み上げてきたものが決して間違っていなかったのだと、英雄の如き人たちに認められたから。

 

けれども、自分に向けられる彼の期待に応えるには、自分はまだまだ力不足である事も痛感させられた。

 

ジョンの言う《物品作成》の応用にしても、それはジョンが土に何が含まれているのか、ガラスの材料になるのは何か? それを知っているからこそ応用が出来たのだ。

自分はまだまだ力不足だ。魔法も、錬金も、薬師としても、力も足りなければ、知識も足りない。

 

天才とも呼ばれていたンフィーレアは今、初めて壁にぶつかったのかもしれない。

 

神の血などと言う漠然としたものではなく、自分を上回る知識を持つ仰ぎ見る星。乗り越えるべき壁。生きる目標。

自分が立ち向かうべき世界の強大さを身を以て知らしめてくれる存在。ジョン・カルバインに追いついた時、並び立った時に、どんな世界が見えるのか――想像するだけで、ンフィーの心はこれまでに無く弾んだ。村の救世主について語るエンリの姿に嫉妬を覚えた事もある。けれど、今なら思う。なんとつまらない事を思っていたのだろう。

 

彼は仰ぎ見る星であり、太陽であったのだ。

 

その力、その輝きに憧れ、手を伸ばす事はなんと自然な事か。嫉妬に眼を曇らせ、下を向き、眼を逸らせるなど勿体無い事だ。

気がつくとンフィーレアはこれまでに浮かべた事の無い笑みを浮かべていた。

 

ジョンは自分に出来る限りの手を差し伸べてくれる。善意には善意で答えてくれる。それはそれだけの力があるが故だけれど、出来るなら、自分もそう生きて見たい。

何の為にポーションを開発するのか……過去の遺産を取り戻すのではなく、彼と共に未知なる明日を見る為に、この手で未知を作り出したい。

 

 

ンフィーレア・バレアレのその笑みは、生命ある限りこう生きてやろうと、人が決めた時に浮かぶ決意の笑みだった。

 

 

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その晩、カルネ=ダーシュ村の広場は祭りの賑わいを見せていた。

 

あの惨劇の弔いの宴の時のようにバーベキューが開かれていたが、焼かれる肉はトブの大森林で取れたイノシシや鹿などの肉。パンと野菜は時王が村の一角で試作している麦と野菜から作ったものだった。早く成長し過ぎる上に土地を枯らしてしまうので、改良中だが収穫した分を蒔くわけにいかないので食べてしまおうと言う事だった。

 

その他、ジョンがトブの大森林を駆けて廻り、ミツバチを捕まえてきた祝いとその試食でもあった。

 

「甘ーい」

 

ハチミツをかけたパンの甘さにエンリの顔がとろけそうになっている。

それは黄金に輝くミツバチの巣をスプーンで掬い取り、薄くスライスして軽くトーストしたパンに乗せたハニートースト。

まだ温かいトーストの上で巣蜜(コムハニー)がじゅわ~っと溶け出していく。

 

そのままパンを一口齧る。

 

今まで食べていたパンは石だったのかと思うほど、サクッと柔らかくパンが崩れ、口の中に濃厚な甘みと花の香りが広がる。噛むごとに口の中でパンとハチミツ、巣蜜(コムハニー)が交じり合い、蕩ける甘みが麦の甘みを包み込み舌を通して脳をも蕩けさせる。

 

このミツバチを村で育てるのだと、ジョンは言う。

 

そうすれば蜂蜜はいつでも食べれるようになるし、栄養もとれる。作物が実るのも蜂が助けてくれるのだと教えてくれた。

更にジョンはハチミツと鶏の卵と牛の乳、小麦粉があればカステラなるお菓子も作れると、作って村人に振る舞ってくれていた。

 

それはハチミツの色を溶かし込んだような黄金に染まった柔らかいお菓子。その甘味は今まで食べた事の無いものだった。ふんわり、しっとりした口あたりと蜂蜜独特の優しい甘さ。そこにタマゴの甘さが重なって、コクのある豊かな風味が口の中に広がっていく。

 

優しいその甘味に頬を緩ませるエンリを見て、ンフィーレアは自分の作ったもので自分の好きな人が笑顔になってくれるのなら、それは…自分にとって何よりも素敵な事じゃないだろうか。そう不意に思った。

 

「? どうしたのンフィー?」

「僕も錬金術で甘味を作れるようになったら、良いなって」

 

その言葉に、エンリは思わず強い声を発した。発してしまった。

 

「頑張って作って」

 

うん、頑張るよ、と言う声を耳にしながら、エンリはカステラをもう一口食べ、その味に頬を緩ませた。

 

 

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養蜂は、蜂に刺されないようにさえ気をつければ、力の無い子供でも行える。それは子供ばかりになってしまった村としては有り難い事だった。ハチミツであれば薬草が取れない時期でもエ・ランテルに売りにいけるかもしれない。蝋燭だって売り物になる。自分達では出来なかったけれど、ジョンから学んで子供達に伝えていけば、子供達はきっと自分達よりも良い生活が出来るようになるだろう。

 

 

今日よりも良い明日を想像する。

数少ない大人達が食べるハニートーストとカステラは、塩味が効いていた。

 

 

そんな村人達を前に、「ちなみにこいつは」と、ジョンはミツバチよりも二回りは大きい黒と黄色の蜂をつまんで言う。

 

「毒が強いし、何度も刺すから近づかないように。見つけたら、俺達に教える事。駆除の仕方や道具は段々教えるけど、最初は俺達で駆除するからな」

そう言って、強くなれば、蜂の針なんて刺さらないから、頑張って強くなるのも有りだと続ける。

そうして、駆除した蜂や毒蛇など、これまで捨てていたものも食べられるのだと、時王が駆除したものが調理済みの姿になって運ばれてきた。

 

先ずは蜂などの虫を油で揚げたもの。それを野菜と炒めたものなどが出てくる。

 

蜂、蜂の子、芋虫、蜘蛛。そして何故かGの姿。

綺麗な姿で、からっとパリパリに揚がっている。旨いよ?と、ジョンはバリバリ食べて見せるが、虫食は経験の無いものには少々敷居が高い。

健啖家のルプスレギナも流石に引き気味だ。

 

「ルプー、これ美味しいですよぉ」

 

少し舌足らずな調子で話しながら、ひょいっとジョンとルプスレギナの間から手を伸ばし、芋虫の姿上げを顎下から食べたのはプレアデスのエントマだった。

 

「エンちゃん!?」

「カルバイン様にぃトブの大森林で取れた虫の試食をするから、食べてみないかぁってお誘いを頂いたんですぅ。ルプーは食べないんですかぁ?」

 

蜘蛛人(アラクノイド)で人の生食や、恐怖公の眷属を生でもおやつ代わりにするエントマは、種族的な本来の食性からして虫食に抵抗は無い。その上、味にも拘りがあるのだから、この試食で意見を求めるならば最適だろう。

 

しかし、ルプスレギナだってジョンが用意したものなのだ。勿論、食べたい。

 

だが、これはルプスレギナの感性からすればゲテモノだ。自分は食べるのは好きだが、ソリュシャンやエントマと違って調理済みのものが好きなのだ。肉だって生より火が通したものの方が良い。

 

せめて……ああ、せめて、この虫も…ハンバーグ見たいに形が分らなくなっていれば抵抗なく食べられるのだが……

 

 

「カルバイン様ぁ、これ美味しいですぅ」

「そうか、美味いか」

 

 

何種類か作られているGの唐揚げをパリパリと顎下の本来の口で食べるエントマ。

上機嫌なジョンに撫でられて、眼を細めるエントマの姿を見た時、ぶちっと何かが切れる音をルプスレギナは聞いた。

 

ぷるぷると震える手を伸ばし、芋虫のフライを摘みあげる。芋虫と思うから行けないのだ。これはソーセージ。これはソーセージ。もしくはシューストリングカットのフライドポテト。ちょっと黒いところはコゲであって頭じゃない。そう思うと余計まじまじと見てしまう。そう思うほどに見てしまうものだが、見てはいけない。コゲと誤魔化そうとした部分に複眼や顎があるのが見えてしまうが、これはコゲ。これはコゲ。これはコゲ。

 

自分を騙そうと繰り返し唱え、目をつぶって覚悟を決めると、ルプスレギナはそれを口の中に放り込んだ。

 

想像したウニョっとした気持ち悪い感触は無かった。油で揚げて水分が抜けている為かサクサクした食感で、ナッツ類のピーナッツやアーモンドのような味がする。

小麦粉と練った芋のフライ。そのさっくり揚がったフライドポテトからナッツ類の味がするような感じがする食感と味だった。

 

「……ゴールデン芋のフライ。シューストリングカットの味違いみたいで美味いっす。美味いっす……けど……」

 

金色の瞳に涙を浮かべ、ぷるぷると震えるルプスレギナ。

エントマは悪意なく美味しいものを大食らいの姉へ進めた。

 

「ルプー、これも美味しいですよぉ」

「エ、エンちゃん――恐怖公は、恐怖公(の眷属)だけは、勘弁するっすよぉぉッ!!」

 

うひぃぃとルプスレギナから悲鳴が上がる。

 

今度こそ金色の瞳から涙が零れ落ちそうになったルプスレギナは、不意にぐいっと腰の辺りを掴まれ、抱き寄せられた。

ぽふっと白い毛並みに包まれて、目を白黒させるルプスレギナの腰のあたりが、軽くニ、三度ぽんぽんと落ち着かせるように叩かれる。

 

「無理すんな。恐怖公は俺たち(AOG)半分以上(28人)が苦手だったんだ。仕方ない」

 

至高の御方(ジョン)に抱き寄せられた姉に、むぅと不満げな雰囲気を纏ったエントマだったが、ジョンに蜘蛛人(アラクノイド)であり、創造主である源次郎の感性を受け継いでいるエントマは恐怖公が平気でも、恐怖公が苦手な創造主の感性を受け継いでいるルプスレギナ達は仕方ないと言われ、それならばと機嫌を直した。

 

美味しいものを美味しく頂けないのは残念であるが、そう言った好悪の感情が創造主である至高の御方に由来するものであると言われれば、エントマ自身も創造主に抱き寄せられているようで胸の内が温かくなる。

 

そんなパニックを一部で引き起こしている恐怖公の眷属(調理済み)であるが、恐怖公の無限召喚によって呼び出された清潔で衛生的な、安心安全な食材(?)である。

現代人に由来する忌避感を持たない村人達は、見た目にも食べやすいよう脚と触角を落として調理したものは問題なく食せるようだった。

 

これで『ダグザの大釜』の使用率を少し減らせるとジョンは、ほくそ笑んだ。

 

魔法を使えば、醤油だろうと味噌だろうと作れるし、食料だってなんとかなるのだが、それでは味気ない。

大豆を生産する前に主食と家畜の飼料も増産したい。けれども異世界転移した日本人として味噌と醤油の現地生産は外せないと思う。

 

となれば、どうする?

 

(大豆以外で醤油を作るしかないだろう、JK)

定番は魚醤だが、あいにくと付近で魚は取れない。多少、足を延ばしても淡水魚しか手に入らない。いつかは海にも出たいものだが……。

 

「エントマ、この付近に蝗や飛蝗はどの位いるか分るか? ムシツカイで集められるものか?」

「草原ですから、それなりにいるようですよぅ。食べるのですかぁ?」

 

自分の頭の上で(エントマ)と親しげに会話を始めたジョンに不敬にも、むっとしたルプスレギナだったが、虫を食べるとの話題に肌を粟立たせ、ジョンにしがみついた。

そこまで虫が駄目なわけではないが、先ほどのシューストリング(芋虫のから揚げ)から恐怖公眷属の姿揚げまでの流れのショックが大きすぎて耐えられない。

恐怖公の眷属が全身を這い回っているような気すらして、気持ち悪いを通り越して恐怖に震えてしまう。

金の瞳に涙を浮かべ、抱き寄せられたままジョンを見上げるが、気づいた様子もなくエントマと会話を続けている。

 

発酵調味料(醤油)の材料にしようと思ってな。醤油麹菌は魔法で用意するしかないとしても、材料は現地のもので作りたいんだ……本当は大豆を使うんだけどな」

 

(だ、大豆で、大豆でお願いするっす!)

ルプスレギナの切なる願いはスルーされていく。

 

「米麹でもつくれるらしいから、そっちは料理長に何か美味い使い道を探してもらうようになるだろうな」

 

伝統的な醤油ではないが、21世紀初頭に地域活性化の一つとして虫を材料に醤油が作られた事があるらしい。

それなりに美味かったと記録にあるが、実際に作ったらどんな味になるのか? 

リアルでは醤油にしても、醤油っぽい何かしか味わった事が無いわけであるし、ジョンは非常に楽しみだった。

 

 

端から見ていると、ルプスレギナを怖がらせる為、ワザと虫の話を続けているようにしか見えないジョンとエントマの会話は、その後もしばらく続いたのだった。

 

 

漆黒の剣とゴブリン達には蒲焼(蛇)が好評だった。原材料を見せたら、ニニャから悲鳴があがり、ペテルとルクルットの頬は引きつり、ダインが感心したように頷いた。

食料が足りないんだ。好き嫌いはいけない。ジョンのその言葉にダインは大いに頷き、作り方が知りたいとの事だった。

 

 

残り3人の頬が引きつっていたが、美味いのだから何度か食べていれば慣れるだろう。慈悲はない。

 

 

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さて、メイドとはなんだろうか?

 

ペロロンチーノを始めとする紳士諸君にとっては、エロの重要なフレーバーの一つである主人に服従する使用人で間違いないだろう。

では、アインズ・ウール・ゴウンにおけるメイド製作班にとっては?

 

ホワイトブリムなどにとってのメイドとは、どんな存在だったのだろうか。

 

メイドとはヴィクトリア朝時代は役割が細分化されており、洗濯、寝室、客室、給仕、来客、お菓子担当など様々なメイドが存在していた。

 

勿論、ホワイトブリムはこれらを再現したメイド隊を製作したかったのだが、その理想の定数を揃えると100名を超えてしまい流石に外装担当が根を上げた。

その為、ホワイトブリムは止むを得ずメイド全てを『メイド・オブ・オール・ワーク』すべての役割を出来ると設定した。

 

 

モモンガは気づいていないが、メイド達はバフ効果のある料理こそ作れないが、バフ効果のないお菓子を作る事は実は出来たのだ。

 

 

キッチンメイドと言う分類もあるので料理こそ出来ないが、下ごしらえや仕込み、火おこしなどの雑務なら一流の腕前を彼女達は持っていた。そこまで出来るのに料理が出来ないのは、調理はコックが行うと言う資料に忠実な設定をしたホワイトブリムの熱意である。

 

一般メイド、男性使用人、料理長、プレアデス、セバスとペストーニャを加えても、60人少々と言うのは、ホワイドブリム理想のメイド定数の半分から三分の一程度であり、セバスが、モモンガなどにつけるメイドの数が少ないと感想を持つのも、そこ(ホワイトブリムの熱意)からきていると思われる。

 

 

であるから、メイド達は自分たちは至高の御方々の権威権勢を表現する部品であり、御方々に仕える事こそが自身の存在意義であった。故にブラック勤めだった、モモンガが休みを取らせようとした際には涙ながらに抗議をする事になる。

 

 

そんなメイド達の役割の中に、女主人の一切の身の回りの世話をするレディースメイドと呼ばれる役割があった。本来は上級使用人の一種であるが、仕えるべき女主人―アルベド―より交替で役割につくように指示があり、現在はモモンガ、ジョン、アルベドに仕えるメイドは(ルプスレギナを除いて)交替でその役目についていた。

 

アルベドはメイド達と等しく創造された側であるが、モモンガの伴侶として至高の御方々によって創造された事が広く知られた事から、彼女に仕え、彼女をモモンガに相応しく磨き上げる事が、至高の御方々の意志に沿い、モモンガへの奉仕へ繋がると理解されている為、アルベドは自然と一段高く扱われるようになっていた。

 

例えば朝の身繕い。

これまではアルベドも自身で済ませていたものだったが、モモンガと同室になってからメイド達によって、モモンガとは別に、アルベドの身の回りの世話をする班が組織された。

髪を、翼を梳り、普段は制服とも言える白いドレスだが、衣装を用意し、至高の支配者の伴侶に相応しくアルベドを磨き上げるのは、メイド達の新たな喜びだった。

 

 

出来るだけ自分で済ませてしまうモモンガと違い、仕えるものの喜びを知り、そのようにさせてくれるアルベドは彼女達にとって、仕え甲斐のある。ありがたい存在だったのだ。

 

 

そんなある朝、モモンガが服装を整え、アルベドに先んじて執務室へ入ると、いつもとは違い珈琲の香りが漂っていた。

モモンガはもともとお茶に拘りはなかったし、最近はアルベドの影響もあって紅茶の方を好むようになっていたので、珈琲の香りは新鮮に感じた。

 

ふむ、と首を傾げて執務室を見回せば、戦闘メイドや一般メイド達によって既に清掃や書類の準備が整えられ、彼女達が待機している中、応接セットでルプスレギナに淹れさせた珈琲を飲みながら、報告書を新聞のように眺め、寛いでいるジョンの姿があった。ジョンはモモンガに気づくと、顔と片手をあげて挨拶をしてくる。

 

「おはよう、モモンガさん。アルベドは言い付けを守ってくれてる?」

「ええ、皆やアルベドには申し訳ないですが……おかげで良く眠れています」

「良く眠れるなら、それに越した事はないよね。変な事を聞くけど、あんまりヤる気は起きないの?」

 

「精神作用効果無効の所為か、そういうのも抑制されるようなんですよ。正直なところ眠る前は結構な回数発動してますから、無かったら危なかったです」

 

「別に危なくても構わないんだけど……」

「もう少し状況が落ち着いてからですね。今やったら、アルベドに溺れて何もしなくなる自信がありますよ、俺」

 

「流石にそれは困るなぁ」

「でしょう。大体そう言う自分はどうなんですか?」

「あーうん。それねぇ……」

 

ジョンとしては先日の夜の散歩も、翌日にはデミウルゴスにまで知られていた事もあり、木を隠すなら森の中、スキャンダルはより大きなスキャンダルで覆い隠してしまえと、モモンガを先にやらせようとしているので、返事を濁したのであるが、そうは取らない者もその場にはいた。

 

(どれほど慕っていようとも、自分の一番に至高の御方をあげられない女なんて、御方のご寵愛を受けるのに相応しくないっすよね)

 

至高の御方の伴侶として自らの手で創造されたシャルティア。至高の御方々により、御方々の頂点であるモモンガの伴侶として創造されたアルベド。

そのアルベドに聞いた事がある。創造主とモモンガどちらが一番なのか、と。

 

「創造して下さった御方に感謝しています。けれど、一人を選べと言われたら迷わず愛する殿方を私は選ぶわ」

 

至高の御方は、その叛意すら受け止め、許して下さると言うけれど、ルプスレギナ・ベータ(自分)はどうしてもアルベドのように決断する事が出来なかった。

ジョン・カルバインが自分を見てくれている事はわかっている。自惚れでも慈しみ、好いてくれていると思っても良いだろう。

ジョン・カルバインの為に自分の全て、心も、身体も、魂も、全て捧げても惜しくないと思っている。

 

けれど、シモベとして創造された魂が囁く。お前の全てを捧げるのはジョン・カルバインではない。捧げるべきは創造主だ、と。

 

自分の創造主がもしもジョン・カルバインであれば、こんな想いは抱かなかったと思う。

ついこの間まではジョンを慕い、名前を呼ばれるだけで幸せだったのに、どうしてこんな急に不安になるのだろう。

敬愛する事は許されても、やはり「そうあれ」と定められていない自分が至高の御方を愛するなど過ぎた事なのではないか。

 

だからこそ、アルベドは(皆を)愛しているとモモンガに告げられても、自分はジョンにそう言ってもらえないのだろう。そう思ってしまえば、不安が募り、これまで感じたこと無い胸の痛みに呼吸が苦しくなる。

 

至高の御方を想うほど苦しくなるなど、シモベとしてどうかしている。自分は壊れてしまったのだろうか?

 

 

――ニグンからの報告では――

 

――こんな感じで――

 

 

以前は聞き逃すまいとしていた至高の御方々の会話も耳に入らない。

 

それでも――

 

「……良し。それじゃ行くぞ、ルプー」

 

そう自分を、自分だけを見て、声を掛けてくれるジョン・カルバイン(至高の御方)の笑顔があれば、この胸の切ない苦しみも甘美な喜びに変わる。

名前を呼ばれるだけで、自分の全てが満たされるような幸せを感じる。自分はジョン・カルバイン(至高の御方)に女として見られ、求められているのだと。この瞬間は迷いも悩みも忘れて、思い込む事が出来た。

 

 

その後に、また、胸を締め付ける切なさに苦しむ事になるとしても……。

 

 




人間の虐殺シーンと獲物の解体シーンってやってる事同じなんですが、魚でも蛇でも獣でも、獲物の解体と思えば私は平気なんですが、人によっては違いますよねぇ。
活動報告で「どこまでOK」か聞いて見たいです。

うちのヘタレは「俺のだ」と言っても、いまだ「好きだ」「愛してる」とは言ってなかった件。

次回本編「第30話:落ちた黒い涙」


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第30話:落ちた黒い涙。

人が密集してるところで暴れると捏造設定が増えます。
うちは捏造ありですので、ご容赦下さい。……10巻でどうなるかドキドキです。

最近知ったのですが、原作者様によると転移後の世界は物理法則がリアルと違うので衝撃波とか発生しないそうです。
えー!?うち、もう衝撃波やっちゃったよー。完結前の作品における二次にありがちな現象です。笑って許して下さい。

でも、うちは捏造設定により、現在のところジョンは衝撃派や圧縮断熱を発生させる事が出来てる設定です。
どんな捏造設定かはネタバレになるので伏せておきます。一応、伏線(つもり)は張ってあります。

漆黒聖典隊長の名前「ケネウス」は「絶対的娯楽者降臨」の藍jamsolo様より許可を頂き、使用させて頂いております。
この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。



その日、スレイン法国神都の最大の聖域の一つ水の神殿には厳戒態勢が敷かれていた。

 

ガゼフ・ストロノーフ抹殺任務に失敗し、帰還した陽光聖典隊長ニグンが持ち帰った情報は、神官長会議を紛糾させた。自らが仕えるべき神の帰還。あるいは神の裁き。

仮に土の神殿を崩壊させたのが、神の御業だとしても、神官長会議はニグンの報告の裏も取らずにそれを認める事など出来るわけも無かった。

 

風花聖典による現地調査班が編成され、同時に水の神殿では巫女姫による《次元の目》による調査が再び行われようとしていた。

 

陽光聖典隊長ニグンと、襲撃から生き残った土の副神官長は危険と神への不敬を理由に強固に反対したが、神官長会議は水の巫女姫の儀式には漆黒聖典を配置する事で最大限安全に配慮しているとし、儀式を強行させた。これらの情報はニグンより、神都に浸透したデミウルゴス配下を通じてナザリックへ報告が上げられており、儀式が行われる日時、護衛にあたる漆黒聖典の人数までもが、ナザリックに事前に把握されていた。

 

 

漆黒聖典から隊長ケネウス、一人師団クアイエッセ、巨盾万壁セドラン、神領縛鎖エドガール。これに"傾城傾国"カイレを加えた5名が水の神殿の警護に就いた。これはたとえ破滅の竜王が来ようとも捕らえる布陣だ。

 

 

そして、今、儀式を執り行う水の副神官長が水の巫女姫に《次元の目》によるカルネ村の遠隔視を命じていた。

 

 

突如――水の巫女姫を中心に漆黒の闇が生まれる。

ぽっかりとした黒い穴は何処までも何処までも吸い込みそうな、漆黒の色を湛えている。何処から見ても真円に見える実際は球体状の深淵に水の巫女姫は飲み込まれた。

 

土の神殿に発生したそれよりも遥かに巨大な深遠の穴。

 

それにその場の誰もが息を呑み、深遠の穴に注意を向けた次の瞬間、彼等の背後から奇怪な声が響き渡った。

「ギャギャギャギャ!」

「なっ!?」

ライトフィンガード・デーモンたちの声に驚き振り返った者達は、次いで深遠の穴から響き渡った冷気よりも冷たい、死そのもののような声に悪魔共々静まり返る。

 

 

『『悪魔達よ、静まれ』』

 

 

息を呑み、恐る恐ると振り返れば、土の神殿を崩壊させた蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)が2体、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に騎乗した死の騎士(デス・ナイト)が6体に加え、魂喰らい(ソウルイーター)に騎乗した死の支配者(オーバーロード)が2体。

 

彼らは深遠の穴を挟んで整列し、深遠の穴の前には身長2mに達する逞しい人狼が彼らの主のように堂々と立っていた。

 

それら異形異能の列の中、人狼の左後方には、冬の月のように表情を冴え凍らせた赤毛の修道女。右後方には真紅の鎧を身に纏い、奇怪なランスのような武器と盾を持つ少女が異彩を放っている。

 

 

漆黒聖典隊長ケネウスは、緊張に唾を飲み込んだ。

 

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)死の騎士(デス・ナイト)は部下たちで何とでもなる。蒼褪めた乗り手(ペイルライダー)も1体ならば自分が抑えられよう。

 

だが、魂喰らい(ソウルイーター)に騎乗している死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)は、死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)ではあるまい。魔神レベルの重圧を感じる。その証拠に、血を覚醒させた自分には及ばずとも漆黒聖典に名を連ねる部下たち……何れ劣らぬ強者である筈の“一人師団”クアイエッセの口からも「死の神…スルシャーナ様…」と、畏れ震える声が漏れていた。

 

 

神都に集結した漆黒聖典全員を……番外席次も含めて、ここに展開すべきだった。

 

 

陽光聖典隊長ニグンの言葉は決して誇張でもなかったのだと、ケネウスは疑り深い神官長会議を内心で罵った。

 

 

/*/

 

 

クアイエッセの掠れた「スルシャーナ」の御名を呼ぶ声が聞こえたのか、魂喰らい(ソウルイーター)に騎乗する死の支配者(オーバーロード)が眼窩に輝く赤い灯火をクアイエッセへ向け、彼らにとって当然の……法国の住人にとっては衝撃の言葉を放った。

 

 

『『我等は至高にして偉大なる死の御方に創造されしもの。愚かな人間よ。我等は神にあらず』』

 

 

その言葉にクアイエッセは崩れ落ちる。

従属神クラスの重圧を放つ死者の大魔法使い(エルダー・リッチ)を創造せし存在。それはまさしく死の神(スルシャーナ)と呼ぶべき存在ではないのか。

死の神(スルシャーナ)への信仰厚いクアイエッセにとって、崩れ落ちるだけの衝撃を持つ言葉だった。

 

 

隊長ケネウスは与えられた任務を思い返し、再び神官長会議を脳内で罵った。

 

 

この団体のリーダー格に傾城傾国を使え? ふざけるな! こんな状況で使用して従属神が暴走したらどうする気だ。

魂喰らい(ソウルイーター)3体でビーストマンは10万の被害を出したのだ。

引退した元漆黒聖典がいるとは言え、この集団が神都に解き放たれたら明日を待たずに神都は滅びるだろう。

 

はぁ。

 

ケネウスは内心で大きく溜息をついた。それでもケネウスは神官長会議の命令を無視するわけにはいかないのだ。

偉大な神の残した遺産。傾城傾国の使用をカイレに命じる。ケネウスの命令に従い力を解き放ったカイレの着用する傾城傾国は、その竜王すらも従える力を人狼(ジョン)へ叩きつけ……その力は、そよ風のように霧散していった。

 

 

――は?

 

 

そしてケネウスは気づいた。

人狼(ジョン)の纏う衣服。黒い厚手の服の上から、青色の貫頭衣を纏って黒い帯で留めているそれ(武道着)が六大神の装備に匹敵するオーラを放ち、傾城傾国に似たデザインである事に。

つまり、この人狼(ジョン)は神に匹敵する装備を身に纏う神域に住まう圧倒的上位者。神の遺産を振るう人間如きの力の届かぬ生きた神!

 

 

尤もそれは隊長の誤解だった。

 

 

人狼(ジョン)の武道着は神器級(ゴッズ)だが、世界級(ワールド)アイテム傾城傾国を無効化したのはモモンガから最大級の備えとして渡された世界級(ワールド)アイテム。フローズヴィトニルを装備していた事によるものだった。

 

 

/*/

 

 

儀式の間をぐるりと見回した人狼(ジョン)は、視線を隊長ケネウスの上で留めると一人、足を踏み出した。

水面に波紋こそ起こるものの沈む事無く地面のように人狼は歩き続け、漆黒聖典へ向かってくる。

 

 

「哀しいな。(神官長会議)手足(陽光聖典)の言葉を信じないか。――我が盟主(アインズ・ウール・ゴウン)の言葉に耳を傾けないなら、こんな街は要らないな」

言葉と共に人狼(ジョン)の顔が笑みに歪んだ。

 

 

「クアイエッセ立て! セドラン、エドガール、カイレ様を守れ!」

 

 

隊長ケネウスの気合の篭った声にクアイエッセの目に力が戻り、クリムゾンオウル、ギガントバジリスクを召喚する。セドランとエドガールが得物を手にカイレを守るよう動き出す。

 

 

だが、左右でデザインの違う篭手を嵌めた人狼(ジョン)の腕が振り抜かれ、空を裂く。

手刀に切り裂かれた空気は、風の刃となって召喚されたクリムゾンオウル、ギガンドバジリスクを切り裂き、セドラン、エドガール、クアイエッセに襲い掛かった。

 

 

人類の守護者、漆黒聖典の隊員達は一撃で戦闘不能になる事は無かったものの、真空の刃(ソニック・ブレード)で深手を負った彼等は信じられないと膝をつきながら青い人狼を見上げる。

 

 

その人狼(ジョン)の腰が僅かに沈む。両の腕が、まるで早撃ちのガンマンのようにくの字に折れ曲がると、閃光のように閃いた。

 

圧倒的な身体能力、装備による底上げ、魔法による支援によって繰り出された空撃ちのパンチが空を叩き、空気を圧縮。それは本来、有り得ない現象であるが、それによって圧縮された空気が衝撃波の形で打ち出された――ようは男の浪漫、居合い拳。連弾衝撃波である。

 

人狼(ジョン)はその連弾衝撃波をクアイエッセ、セドラン、エドガール、カイレに叩き込む。メコォッ!とかドゴォッ!とか、絵的にも派手にひしゃげながら、彼らは吹き飛び、どう見ても死んでいる。

 

 

――だが、スキル《手加減》を使用しているので理不尽にもHP1で生き残っていた。

 

 

最早、勝ち目は無いと頭の片隅で自覚しながらも、隊長ケネウスは部下とカイレ、そして神都を守る為、槍を繰り出し、人狼(ジョン)へ立ち向かう。

こんな事になるのであれば、神官長会議も出し惜しみせずに番外席次をフル装備で繰り出せば良かったのだ。

 

 

そんな不平不満が渦巻いていても、繰り出された槍はケネウスが知る限り、番外席次にしか避けられない鋭さを持っていた。

 

 

人狼(ジョン)はそんなケネウスの槍の穂先すらするりとすり抜け、手の届く距離まで間合いを詰めてしまう。

そして、ケネウスの槍を繰り出した腕が取られ、襟元を掴まれ、ケネウスの身体は減速するどころか加速し、気づいた時には天地が入れ替わり、背中から衝撃が伝わっていた。

 

 

認識が遅れ、衝撃に息がつまり、信じられぬとケネウスは目を見開く。

 

 

神人の槍の間合いに容易く踏み込まれ、踏み込みの勢いそのままに投げ飛ばされ、神殿の磨かれた大理石の床に叩きつけられた事を、ケネウスは後日、部下達からの言葉で知る事になる。

 

今のケネウスは自覚なしに天地が入れ替わった驚愕と混乱。全身がバラバラになるような衝撃に呼吸が止まり、自分を跨いで立つ人狼(ジョン)の姿。そして追い討ちに打ち込まれる拳の衝撃に……意識は黒く閉ざされたのだった。

 

 

/*/

 

 

ケネウスは己の意識が覚醒した時、風切り音と自分の直ぐ脇に何かが突き刺さる音に気がついた。

自分がまだ生きている事に驚きながら、必死に彼は眼を開ける。

 

自らの脇に突き刺さっていたのは、見覚えのある十字槍にも見える戦鎌。

 

ドンッ!と鈍く響く戦闘音に眼をむければ、この騒ぎに乗じて墓所を抜け出してきた人類最強たる番外席次。同じ神人でありながら自分の及ばぬ力を持つ彼女が、青銀色のオーラ(天地合一)を纏った人狼(ジョン)に打ち倒されるところだった。

 

 

その衝撃をどう伝えれば良いだろう?

 

自分こそが最強。自分こそが漆黒聖典だと疑わなかった己の慢心を打ち砕いた少女が、生ける神である人狼(ジョン)になんら痛手を与えられずに打ち倒されたのだ。

 

 

彼は驚き、そして意識せず少女(席次番外)へ手を伸ばしていた。

 

 

そうだった。自分よりも強い男にしか興味が無いとされている番外席次。自らの慢心を打ち砕いてくれた少女に、彼はあの時からずっと惹かれていたのだ。

今、この時になって、ようやく気がつくことが出来た。

 

 

ジョンなら「つり橋効果じゃないのか?」と首を捻っただろうが、本当に若い漆黒聖典隊長(ケネウス)にとってはこの思いこそが真実だった。

 

 

自分の真実を得たケネウスは半死半生の身体に鞭打って立ち上がり、手を伸ばし、駆ける。

理解していた自身の限界を超えて動く身体が、手が、届く。

 

 

そして、意識を失っているのか、ぐったりとした少女(番外席次)の小さな身体を受け止めた彼は、彼女と共に吹き飛ばされた。

 

 

/*/

 

 

ジョンはルプスレギナからの各種バフに自身の自己強化に超位スキル《天地合一》まで使って圧倒的戦力差を見せ付けて、法国最強戦力である漆黒聖典を打ちのめした。

ニグンからの情報とデミウルゴス配下の者達からの情報を元に、モモンガとデミウルゴスと一緒に考えた脚本演出である。

 

漆黒聖典で最後に駆けつけた十代前半にも見えるほどの幼い外見の少女が最もレベルが高かった。

 

その外見は長めの髪は片側が白銀、片側が漆黒の二色に分かれており、その瞳もそれぞれ色が違い。更には艶やかな唇と特徴的な耳を持つと属性てんこ盛りで、武器が十字槍にも見える戦鎌。

 

その余りの属性の盛りっぷりに一瞬、プレイヤー?と疑ってしまった程だった。

 

だが、プレイヤーなら超位スキル《天地合一》まで使ってるモンクに無策に突っ込んでくるなど無いだろうからプレイヤーの子孫だろう。

その遺伝した厨二的な外見に合せて、こちらも強者の余裕たっぷりに語りかけ、【天地魔闘の構え】からのカウンターで仕留めてやった。

 

 

鍛冶長から上がって来た新装備のテストも兼ねた今回、装備の効果によってルプスレギナが使えるようになった魔法《精神結合》の効果によって遠征部隊は相互にMPの貸し借り、パーティメンバーを経由しての魔法発動が可能となっていた。

 

これにより、ジョンは自分で攻撃と防御を行う他、《精神結合》しているシャルティアが《ヴァーミリオンノヴァ/朱の新星》をジョンを基点に発動してくれる事で(本来は射線が通らない時に使うものなのだが)……。

 

 

厨二病、永遠の浪漫【()()()()()()()()()()()である。

 

 

キャラビルドこそネタ枠であるが……いや、であるからこそジョンは、ガチの廃人勢の一人として膨大な時間をかけ、データクリスタルを己の肉体武器――手足の爪、牙――に詰め込めるだけ詰め込んだ。

その肉体武器は神器級(ゴッズ)に届く。その上から神器級(ゴッズ)のナックルを装備する事で実質、武器を二重に装備している状態を生み出したジョンの繰り出す《手刀》は、重ねがけされたバフ効果とモンクの気功により強化され、まさしく『地上の如何なる名刀にも勝る余の腕』状態だ。

 

空手にある天地上下の構えから繰り出す《手刀》《カウンター》《回し受け》による攻防一体。その《回し受け》はゲーム時代と違い余りの速さに断熱圧縮で赤く輝き、フェニックス・ウィングのようだとジョンは悦に浸る。

 

だから、真空切りで衝撃波を生み出してる時に断熱圧縮が発生していない事を不思議に思う事もなかった。

 

唯一、《精神結合》からの魔法の外装がカイザーフェニックスになっていない事。もしくは召喚したフェニックスを体当たりさせられない事がゲーム時代からの劣化だったが、引換にフェニックス・ウィングの完成度が高まったのだからと自分を納得させる。

 

《手加減》は使っているが、《ヴァーミリオンノヴァ/朱の新星》を食らうまで意識があったところを見ると、厨二病が覚醒遺伝している少女は他の者よりかなりレベルが高い(覚醒遺伝は隔世遺伝と厨二病が覚醒しているのをかけた駄洒落です)。

この世界はモンスターが弱く、経験値が稼げない筈だが、一体どうやってレベルを上げたのか……追跡調査の必要があるだろう。

 

 

しかし、厨二病って遺伝するとは思いもしなかった。新たな発見である。もし、ワールドサーチャーズに出会ったら教えてやらねばなるまい。

 

 

隊長と呼ばれていた漆黒聖典のイケメン隊長は、カイレ様を庇う時より、吹っ飛ばされた厨二患者(番外席次)を庇う時の方が瀕死の癖に良い動きした。

つまり、このイケメン――ロリコンだ(ジョンから見るとケネウスはマジックアイテムの効果で青年に見えています)。

 

重度の厨二病患者とイケメンロリコンか。くつくつ、と喉を鳴らしてジョンは笑う。

それはジョンにとっては弄りがいのある逸材を見つけた喜びによるものだったが、周囲で聞く者達にとっては人類の脆弱さを嘲笑う嘲笑にしか聞こえなかった。

 

 

またジョン本人は気づいていないが、弄りがいのある逸材を見つけた喜びなど、ルプスレギナが玩具で遊ぶのと遊ばれる側からすればなんの違いもありはしない。

ルプスレギナに獲物を弄ぶ姿が猫っぽいなど言ってる場合ではなかった。

 

 

控えさせたシモベ達に一切の手出しをさせず、スレイン法国最高戦力である漆黒聖典を一人で圧倒的な戦力でねじ伏せたジョン。

這い蹲ってこちらを見上げる漆黒聖典各員も、儀式を取り仕切る高位神官も、儀式に参加していた神官も衛兵も、圧倒的な力に震え上がっている。

 

自分達は強いと思っていた者達が、それを上回る圧倒的な力で捻じ伏せられ、絶望的な表情でこちらを見上げてくる。

 

なるほど、確かにこれは快感だ。

これが、『己の強さに酔う…! どんな美酒を飲んでも味わえない極上の気分だぞ』と言うものか。

今更だが、異形種PKしたのはこれが欲しくてやっていたのかともジョンは思った。これは繰り返し味わいたくなるものだろう。

 

 

(……でも、これは飽きそうだ)

 

 

気分は最高なのだが、自分より高位のものを倒した時のような達成感、充実感が薄い。

仲間達と準備に準備を重ねて強敵を打ち破った時の達成感、万能感、一体感とは比べるまでも無い。

 

仲間達の手足となって勢子をしたり、仲間達が去ってからは教えを思い出しながら、こつこつと情報を集め、敵対勢力を一人ずつ闇討ちした喜びと比べると、単調で飽きそうだとジョンは感じた。あまり自分の好みではない。偶に味わうなら良さそうだが。

 

だが、パフォーマンスは続けなければならない。

 

今度は神殿の外、神都の住人、神官達にも圧倒的な力を見せ付け、屈服させる必要があるのだ。

その為、特に声を出さなくとも発動できるが、演出に何か呪文っぽいものを唱えろと指示をされていたので、自分用に図書館に突っ込んでおいた電子書籍を見直して何とか暗記した部分を芝居っ気たっぷりに唱え出す。

 

 

「偉大なる盟主を放逐し、その言葉を疑う大罪人。お前達は既に3度の過ちを繰り返した。かつて滅びに瀕したように、力に捻じ伏せられなくては信じられないと言うなら、見るが良い! ――《クム・フルグラティオーニ・フレット・テンペスタース/雷を纏い吹けよ南洋の嵐》」

 

 

右手の雷神拳より、《トリプレットマキシマイズ・ワイデンマジック/三重魔法最強化効果範囲拡大》《コール・グレーター・サンダー/万雷の撃滅》

 

左手の風神拳より、《トリプレットマキシマイズ・ワイデンマジック/三重魔法最強化効果範囲拡大》《ボルテックス・タイフーン/渦を巻く嵐》

 

 

これこそ最強の悪の魔法使いを自任するウルベルトにより製作された左右一対となる雷神拳と風神拳。

 

 

悪魔を無限召喚する世界級アイテムを真似てウルベルトが作成した第十位階魔法《アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪》を六重で発動できる魔神像。

その六重発動の試作、実験の過程で生まれたのが、風神拳、雷神拳。

 

三重魔法最強化・効果範囲拡大などにより、万雷の撃滅と渦を巻く嵐が同時に発動し、仮想的に六重発動を行うものだ。

燃費は悪いが、範囲攻撃が弱い格闘系のジョンにとっては雑魚散しに非常に有り難い装備だった。

 

「《アウストリーナヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス/雷の暴風》!」

 

 

天へ向かって突き上げられた両の手が、月へ吠える狼の顎のように開かれる。

右腕からは万雷の撃滅が、左腕からは渦を巻く嵐が放たれ、それらは交じり合って正しく雷を纏い吹く嵐となって、天井の無い儀式の間から夜空に浮かぶ月へ向かって放たれる。その余波で儀式の間のプールを囲む白亜の石柱はなぎ倒され、細かな装飾の入ったフリーズを持つエンタブラチュアも粉々に砕けて散った。

 

 

法国最強の漆黒聖典を無手で容易く打ち倒し、大魔法を行使する人狼。

その力は従属神や魔神の枠に収まらぬ。水の副神官長は、陽光聖典隊長ニグンの必死な制止を思い出し、後悔する。

 

 

夜闇を引き裂く轟音と共に水の神殿から吹き上がった雷を纏い渦巻く嵐は、神都全域から見る事が出来た。

 

 

「それでは始めよう。裁きの時間だ」

 

 

ちなみに繰り返しになるが、別に詠唱はしなくても風神拳と雷神拳の魔法は発動する……でも、その方がハッタリが効くだろう?

 

 




次回本編「第31話:雨、逃げ出した後」の予定でしたが、第30話が長くなったので途中で区切りました。
次回は「第30話:落ちた黒い涙(後編」です。君は黒い涙を見る( ー`дー´)キリッ

前後編から上中下、完結編1・2・3にはなりませんw



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第30話:落ちた黒い涙。(後編

後編と言ってますが、文字数は少ないです。


 

「それでは始めよう。裁きの時間だ」

 

 

その言葉と共に空高く跳躍した人狼を見上げた人々は、驚き、後悔。そして恐怖に彩られた。

完全な狼と変わった人狼のその姿。

それは、肩までの体高が100mを超える巨大さとなって神都を踏み躙り、夜空に浮かぶ月のような金色の眼が自分達を見下ろしていた。

 

 

「……お、おお」

 

 

それは誰の声だったろうか。見上げる者達は震える声で恐れを零し、竜すら超えるのではないかと思われる重圧に膝をつく。

月光を浴びて白銀に輝く巨大な狼は、その貌を高く上げ、中央神殿を見据えると大きく口を開き、吠えた。

 

 

「オオオァァァアアアアアアーーー!!」

 

 

雷鳴のように鳴り響くその咆哮。それはしばらく前にスレイン法国、王国、帝国に響き渡った謎の咆哮だった。

前回と違い十分に加減されたそれは神都の人々を気絶させず、夜の眠りより叩き起す。

 

ぽつぽつと神都に魔法の灯りが灯っていく様子を眺め、己の咆哮が十分に神都を叩き起した事を確認すると巨大な狼は口を再び口を開き、今度は神都全域へ、神都の誰かへ向けて語りかけ始めた。

 

 

「ニグン・グリッド・ルーイン、兵が哀れだ。――お前の成すべき事は我が盟主(アインズ・ウール・ゴウン)を哀しませる事か?

 

我が盟主(アインズ・ウール・ゴウン)は寛大だ。過ちも3度までは許して下さる。だが、人類は既に3つの過ちを犯している。盟主をこの世界より放逐した事。人類だけで生きれると思い上がった事。盟主の言葉を信じず、今また見下そうとした事――。

 

……だが…。

 

我が盟主(アインズ・ウール・ゴウン)へ、生命と信仰。己の全てを迷いなく捧げたお前の心。我が盟主(アインズ・ウール・ゴウン)は忘れていない。

ニグン・グリッド・ルーイン。心せよ。これが我が盟主を拒絶したお前達人類への最後のチャンスだ。

 

心せよ。汝が成すべき事を成せ」

 

 

いつの間にか巨大な狼の頭の上に、豪奢なローブを纏った死の神が立っていた。

それに神都の住人のどれほどの数が気づいただろうか?

静かに優しげに語りかけていた巨大な狼、神獣の声は、そこで一転し、冬の嵐のように厳しく猛る声で怒りを解き放つ。

 

 

「そして、自らの同胞(ニグン)の言葉すら信じられぬ愚か者共、刮目せよ! これが! 我らが盟主(アインズ・ウール・ゴウン)の大いなる死の力! 痛み無くして信じられねば、痛みを以て知るが良い!!」

 

 

怒れる神獣の声に続き、静かな抑揚の無い声無き声。囁くように静かな神の声が神都全域に響き渡った。

 

 

「――最早、私には誰であろうと関係がない。私には人間であろうとなかろうと関係がない。飢えたゴブリンの子も、お前達も、皆同じだ――」

 

「――我等と共に往くか。彼等と共に死ぬか。静観は無いのだ、人の子よ――」

 

 

神獣と呼ぶしかない巨大狼。その頭部に立つ死の神が純白の小手に包まれた腕を一振りする。

それに合わせるように突如としてその死の神を中心に、10メートルにもなろうかという巨大なドーム状の魔法陣が展開された。

 

神獣の頭部がその範囲に囚われていることからすると、害をなすものではないようだが、そのあまりにも幻想的な光景は驚きの種だった。

魔法陣は蒼白い光を放つ、半透明の文字とも記号ともいえるようなものを浮かべている。それがめまぐるしく姿を変え、一瞬たりとも同じ文字を浮かべていない。

 

 

《……いないですね》

《そうですね。プレイヤーがいるかと思ったけど。課金アイテムはどうします?》

《勿体無いので普通に発動させます》

《あいあい》

 

 

そして、しばしの時を置き、死の神は超位魔法《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢》を解き放った。

 

黒い何かが水の神殿から、中央神殿へ向けて吹き抜けた。吹き抜けたように神都の住人達は感じていた。

その何かが吹き抜けた神都の住人、その万を超える生命。

 

 

その命は全て――即座に奪われた。

 

 

老いも若きも、赤子も病人も、唯日々を生きる住民も、日々人類を思い活動する神官長達も、有象無象の区別無く。等しく生命を刈り取られた。

万を超える生命を刈り取られた神都へ、死の神の黒い小手に包まれた左手が伸ばされる。

 

 

「――起きろ、強欲。そしてその身に喰らうがいい――」

 

 

死の神の行動に答えるように、無数の青い透けるような光の塊が神都から尾を引きながら飛んで来る。

その小さな――握りこぶしより小さな光の塊は、死の神の黒い小手に吸い込まれるように消えて逝く。

 

月が照らす神都の上、万を超える光の玉が吸い込まれていく様は、まるで幻想の光景にも見えた。

 

ただ、その光景を見ているものからすれば、それはどのような光景に映るのか。

経験値を集めているなど分かりはしない。ならば、死の神が集めるものはただ1つ。

 

それは何か。

 

 

それは――魂。

 

 

今、目の前で慈悲も無く死んでいった法国の民達の魂を、死の神が刈り集めている。そうとしか見えない光景だった。

 

その無慈悲な光景に水の神殿に集う者達は膝をつき、神へ慈悲を乞う祈りを捧げている。

だが、神都の住人たちの生命を奪った黒い風は何処吹く風と天へ昇り、黒い球体となる。

 

黒い風は集い蠢き、世界を汚すようなおぞましい黒。深遠の球を生み出した。

 

それを目にした誰もが動きを止め、おぞましさ、恐ろしさに身を震わせながら、漆黒の球から目を離せない。

徐々に大きくなっていく球体は、まるで果実が実っていくような、生命あるもののような存在感、静止している躍動感があった。

 

やがて、聖なる中央神殿の上空に浮かぶ世界に拒絶されるような黒い球体は熟れた果実のように地に落ち、中央神殿の聖堂を崩壊させ、そこから光を反射しない真っ黒い樹が……いや、それは樹なんて可愛いらしいものでない。

 

 

1本の枝だったものは、数を増やしていく。2本、3本、5本、10本……それは、そこに生えたのは枝でも、樹でもない――無数の触手だ。

 

 

『メェェェェェエエエエエエエ!!』

 

 

突然、可愛らしい山羊の声が聞こえた。それも1つではない。何処にもいないはずの山羊が群れで姿を見せたようだった。

その声に引っ張られるような動きで、ぼこりと無数の触手が蠢き、巨大な中央神殿を押し崩しながら何かが姿を現す。

それはあまりにも異様過ぎて、異質過ぎたものだった。

 

小さくは無い。高さにして5メートルはあるだろうか。触手を入れると何メートルになるかはよくはわからない。

外見は蕪という野菜に似ている。葉の代わりにのたうつ黒い触手、太った根の部分は泡立つ肉塊、そしてその下には黒い蹄を生やした山羊のような足が5本ほど生えていた、が。

根の部分――太った泡立つ肉塊の部分に亀裂が入り、べろんと剥ける。それも複数箇所。そして――

 

 

『メェェェェェエエエエエエエ!!』

 

 

可愛らしい山羊の鳴き声が、その亀裂から漏れ出る。それは粘液をだらだらと垂らす口だった。

聖なる中央神殿に比べれば小さいそれは、けれど、中央神殿を汚しつくすような異質さを持って姿を現した。

 

 

「ま、魔樹の…竜…王?」

 

 

複雑に絡み合うおぞましき樹のような触手。植物のようにも見える黒く穢れた存在を彼ら、高位神官や聖典隊員達は自分達の知識に照らし合わせ、それが、それこそが未確認の強大な存在。アゼルリシア山脈に潜むのではと実しやかに囁かれていた魔樹の竜王なのではないかと思ってしまった。

 

これ以上も無く思ってしまったのだ。

 

600年の歴史を持つ神殿が、僅かに5mほどの黒い仔山羊1頭に歴史の全てを汚され、変質させられたようだった。

神都の誰もがガチガチと歯を鳴らしながら、その光景に震えている。

 

 

死の神、死の神、どうか我等を赦したもう。

 

 

そう赦しを乞い。願い。震えながら、神への祈りを捧げていた。

 

だが、神はこたえない。

絶対な死が人間の声に応える事がないように、神都の民の祈りにこたえる事はなく。

 

 

――帰ろう、友よ――

 

 

死の神は自らの騎獣となっている巨大な狼へ労わるように声をかけると、空へ巨大な黒い門を開くとその中へと跳び去っていった。

 

 

超位魔法《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢》によって生じるモンスター、黒い仔山羊。

90Lvを超える耐久力特化のモンスターだが、果たして神都の戦力と何所まで戦えるのか、モモンガは興味があった。

 

しかし、これまでのパフォーマンスで心をへし折られた神都の住人達は――漆黒聖典ですら――中央神殿に立つ仔山羊に、モモンガ達が去ってからも挑む事は出来なかった。

 

 

/*/

 

 

600年の歴史を持つスレイン法国神都。

20万近くの人口を誇る人類領域最大の都市は、死の神の腕の一振りで1万数千人の死者を出し、神官長会議のメンバーを含む法国上層部の生命も数多く失われた。

法国は最大戦力である六色聖典を中心にまとまり、建て直しを計っていく事になるが、その中心には新たに神官長となったニグン・グリッド・ルーインの姿があったと言う。

 




ここまでやっても、ジルクニフなら屈服せずに内心であれこれ考えくれてる気がする。

次回本編「第31話:雨、逃げ出した後」


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第31話:雨、逃げ出した後。

11日は成人の日。15日は昔の成人の日。
せっかくなので何か大人(アダルト)な話でもと思いましたが、無理でした。



ジョンは考える。

自分たちは――PCもNPCも――ゲームシステム上の制限を受けている。

 

デミウルゴスも武器防具の製作は出来ないが、ウルベルトが設定した通りに家具職人顔負けの腕前で日曜大工を行えている。

料理人クラスの無いPC、NPCは料理が出来ないが、転移後の世界の住人はクラスがなくとも料理がつくれ、そこに特別な効果は無い。

 

「強欲と無欲」で経験値がある事も確認できた。

 

蘇生魔法は死体ではなく魂にかけるとモモンガは見ている。

なら、この意志は神経細胞の火花、脳の記憶情報の影ではなくて、実在する魂の表れ? 魂の強さが肉体に影響を及ぼしている? 100Lvで経験値が上限と言う事は魂の容量が一杯と言う事? 魂を拡張すれば成長できる?

 

 

……まったく、とジョンは頭を振って暗くなった空を見上げる。

 

 

自分の存在なんて肉体が死ねば消えていく脳神経細胞の絡み合いが形成する記憶情報の影でしかないと思っていたのに、魂があるとか。

死ねば情報は揮発して、消滅する存在だと思っていたのに、と胸に手を当てて小さく笑う。

 

俺に魂があるのか。魂は鍛えられるものなのか? 魂の拡張ってどうやるんだ? 瞑想するとか、滝に打たれるとか? 悟りを開くとか?……最後なにか違うな。

モンクらしく小周天と大周天をやってみている。大周天は天地合一の感じに似てるが、あそこまでの一体感は無かった。《星に願いを》が一番簡単そうだが……。

 

 

モモンガはルプスレギナに戦闘での経験値獲得によるレベルアップを試させている。

それはその前に実験的に使用した《星に願いを》で、一般メイドの一人に料理人のクラスを取得させられた事から、99Lv以下のNPC達が成長する分には拠点のNPCレベル制限に引っかからないとモモンガが判断した事によるものだ。

 

ゲーム時代のようなスキル構築は望めないにしても、99Lv以下のNPC達が成長できるなら、ナザリックの強化に繋がると戦闘による経験値獲得をモモンガは検証している。

 

経験値の存在は確認できたので、スキルによる召喚モンスターを「強欲と無欲」で経験値に還元する事で、定期的に《星に願いを》使用できる目処が立ったのは大きい。

《星に願いを》で得られるものには、情報もあるのだ。場合によっては世界の法則といった本来ならば簡単に手に入らない情報を得る事も出来る。

例えば、1Lvの一般メイドにクラスを取得させるならば経験値消費なしでも可能だが、紅蓮などの高レベル存在になると最大経験値消費を複数回必要とすると言った情報などだ。

 

 

それにしても、前回、神都で戦った漆黒聖典隊長と番外席次はやけにレベルが高かった。

 

 

この世界では経験値を効率的に稼げるほどモンスターも湧かず、経験値が多そうな存在とは危なくて戦えない筈。この世界独自のレベリング手段が存在し、それを法国から得られればナザリック強化が捗る事だろう。

 

 

そんな事を考えながらジョンは1日の作業を終えて、カルネ村アインズ・ウール・ゴウン教会の居住区へ入っていく。

 

 

料理長が作った夕飯を食べる前にルプスレギナの料理特訓を見てやるのも日課になっていた。

作っている本人は作っている間の意識、記憶が曖昧になっているようだが、クラス制限に引っかかる行動が少ないジョンは自分でそれを体感する事がなかなか出来ないでいる。

 

骸骨の外見で表情などが分かり難いモモンガでは良く分からなかったが、ルプスレギナが料理をしようとしている間は、眼も虚ろで意識も朦朧としている様子だった。

まるでこの世界に転移する前になかった機能は搭載されていないかのようだ。

 

 

けれども、定められたものだけではなく、自分の意志で料理をしたいと思う事が出来たのなら、NPC達も新しい事――料理も出来るようになるのではないかと、ジョンには信じられるのだ。

 

 

/*/

 

 

ジョンにしてはシリアスに考えながら、ルプスレギナの待つ教会の居住区に入った彼は思考停止していた。

 

出迎えたルプスレギナは普段のメイド服ではなく、シャルティアより貸し出された魅惑のビスチェ(ビスチェドレス)でジョンを出迎えてくれた。

どうっすか?と、自分の前ではにかみ笑いでくるりと回って見せたその姿は、髪も普段の三つ編を解いてアップにし、うなじと背中が良く見えて、ジョンはごくりを唾を飲んだ。

 

(あれ、この装備ってTバックだったよな? 下も良く見てれば……)と、思わず内心で滂沱の涙を流す変態紳士見習いである。

 

ルプスレギナはルプスレギナで、身体の前で両の手を組み、媚びるような上目遣いでジョンを見上げる。

緊張の余り普段の砕けた調子はなりを潜め、定められたメイドとしての作法で姿勢良く立ち、手を合わせているので、その扇情的な装いと洗練された姿勢に媚びる視線のギャップが、本来は高嶺の花である女性(ルプスレギナ)女性(ルプスレギナ)の意思でこれだけの事をさせているとの認識が、弥が上にも(いやがうえにも)男の独占欲、支配欲を満たし、息が止まるほどジョンを興奮させた。

 

 

「お、お風呂にしますか? お食事にしますか? そっ、それとも私にしますか?」

 

 

そして、まさかの新婚三択である。ジョンは緊張と興奮で口内に張り付いた舌を苦労して引き剥がしながら、問いに問い返す空気の読めない発言が精一杯だった。

普段は意識せず出来る事でも、相手から迫られ、意識させられると途端にロールプレイする余裕も無くなり、馬脚を現してしまう。

 

「ど、どこで覚えたの。そんな言葉」

「えっと、その、アルベド様に……」

 

シャルティアかと思ったら、アルベドだった。

 

 

どれにするって……勿論、(ルプー)だろJK。

……いや、待て。いきなりがっつくのはかっこ悪い。ここは風呂で(ルプー)じゃなかった。風呂→(ルプー)→食事で、(ルプー)おかわりだろJK。

 

 

これが精神作用効果無効を持っているモモンガならば「そんな事、知らんよ」と答えかけ、寂しい現実生活を思い出し、男の矜持で「なかなか魅力的であったぞ、アルベド」とか答えられただろう。たが、ここにいるのは身も心もロンリーウルフとなった童貞だ。冷静に答える余裕などありはしない。

 

据え膳食わぬはと言うが、食べる想像をするだけで頭の中が一杯で眼がぐるぐるしているロンリーウルフ(ジョン)

緊張の余り半開きになった口に、表情の消えた狼頭。外から見ると何を考えているのか読めず一寸ばかり怖い。

 

「……あ、あの、ジョン様?……」

 

黙り込んだジョンに気分を害してしまったのかと、恐る恐る声をかけるルプスレギナが、ジョンには自分に媚びる艶っぽい嬌態に見えた。

その姿にジョンは心臓(ハート)を打ち抜かれ、思わずよろけ、一歩を退いてしまう。

 

「あっ……」

 

その一歩。たった一歩に何を察し、何を感じたのか、ルプスレギナの金の瞳にはみるみるうちに涙が盛り上がった。

己の致命的な失敗を悟ったジョンが何かを言う前に、その涙はぽろぽろと零れ落ち、胸の奥から湧き上がる正体不明な感情は、彼女自身にも思いもしない行動を取らせてしまった。

 

 

「……ッ!」

「ルプー、待てッ!!」

 

 

それは逃走。

ジョンの制止の声にも立ち止まらず、ルプスレギナは嗚咽を堪えるように口元を押さえ、居住区から飛び出してしまったのだった。

 

「え……ちょっ……」

 

ルプスレギナ(NPC)が自分の制止も振り切って飛び出した事、泣かせてしまった事に、ジョンは自分の一歩がルプスレギナに与えた影響に思い至り、胸の奥にじわっと暗く冷たい痛みが広がっていくのを感じていた。早く追いかけて誤解を解かねば……そう思いながら。

 

 

「モ、モモンガさんに探しに行って来るって連絡して……」

 

 

ルプスレギナが身を切られるような悲痛な表情で自分の脇を駆け抜けて行った瞬間が頭から離れない。

今の自分ならば、声を掛ける前に彼女を力ずくで引き止める事など容易い筈だったのに、涙を零し、嗚咽を堪えながら走るルプスレギナに身体は硬直し、手を伸ばす事が出来なかった。

 

 

「……ああ、アルベドにも言った方が良いのかな……」

 

 

異形種となり、精神は変容し、人間の生死に頓着せず戦いの喜びに身を焦がすようになっても、現実で無縁であった癒し――絆を、愛を、仮想に求めた孤独であった精神は、恋愛という未知に恐れ戦き、普段ならば容易く踏み出せる一歩を踏み出せずにいた。

 

 

/*/

 

 

ナザリック地下大墳墓第九階層。

その豪華絢爛たる居住区の一つモモンガの私室兼執務室となった部屋だ。ジョンはルプスレギナを探しに行く事をわざわざモモンガ報告へ訪れ、今、ゆらりと紫のオーラをまとったアルベドを前に文字通り尻尾を巻いていた。

 

 

「……至高の41人が御1人、ジョン・カルバイン様。私の意思(叛意)選択(殺意)。その全てを至高の41人は許されると仰いました。その寛大なる慈悲に甘えるかのような物言いは本意ではありませんが、あえて言わせていただきます。

 

――逃げましたね?」

 

 

普段の果断な様子も無く、言い難そうにモモンガへ、ぽつりぽつりと事情を話すジョンの姿に、アルベドの胸の中ではごうごうと音を立てて怒りの炎が燃え上がっていた。

これまでならば怒りが燃え上がるにしても、至高の御方の思いに応えられず、逃げ出したルプスレギナへの怒りが燃え上がった事だろう。

だが、自分の全てを肯定して下さった創造主が、その心を自分へと託し、モモンガとナザリックの仲間達を愛し、支えられるよう定めていった事。愛し、支えられる事を願っている事を知り、自分の蒙は啓かれた。

 

創造主たる偉大な至高の41人とて完全ではなく……自分にモモンガを託す事もあれば、仲間同士で支えあう事も、シモベを頼る事もある。

 

至高の41人の中で年若い存在だったのか。ジョンは他の至高の41人から弄られている事があったように思う。

自分達の創造主達は、未知を追い求め、未知を何よりの娯楽とする至高の存在であるが、それでも恐れの感情はあるのだ。背中を押してほしい時はあるのだと、今のアルベドは思う事が出来た。

 

この怒りの炎も、慈愛の炎も、ジョン・カルバインが与えてくれた。誤解から心を凍らせた自分の心を溶かし、モモンガを愛しても良いのだと。その為に思う事は全て自分たちが、自分は許すのだと言ってくれた。

 

 

ならば、不敬であると罰せられる事になろうとも、その言葉を信じて、シモベでも、サキュバスとしてでもなく、至高の御方を愛する女の一人として、自分はこの御方に怒らねばならない。

 

 

「ルプスレギナがカルバイン様に喜んでいただこうとあそこまで恥を忍んで定められた服装も替え、カルバイン様へ尽くそうとしましたのに!! 女に恥をかかせるなんてッ!!  それでも至高の41人が御1人ですかッ!! モモンガ様など『なかなか魅力的であったぞ、アルベド』とか! 冷静に返してくださって益々惚れ直したと言うか――もっと我を忘れて獣のように襲い掛かって下さっても良いのとか!!!」

 

「あ、あのアルベ…ド…SAN?」

 

「モモンガ様は黙っていて下さいませ!」

「あッ、はい」

 

 

ジョンは『モモンガさんも三択やられていたのか!?』とか、『どうしてそんな冷静に返せるんだよ、この骸骨!!』とか、言いたい事はたくさんあったが、助けてくれるのかと期待させておきながら、アルベドの一喝ですごすごと下がっていくモモンガに、『骸骨弱ぇー』と自分を棚に上げて現実逃避していた。

 

 

……え、NPCに叱られてる俺? そんなの知らないよ。

 

 

《ちょッッ!!モモンガさん見捨てないでぇッ!?》

《女性を怒らせた時は全部自分が悪いで受け入れた方が良いそうですよ。茶釜さんにしぼられた後のペロロンチーノさんが良く言ってました》

《ペロロンチーノぉッ!?》

 

 

「……聞いていらっしゃいますか? カルバイン様!?」

「もちのロンです!」

 

 

「普段からルプスレギナの胸やお尻を眺めるだけで手を出さないし、放置プレイですか視姦ですかと問い詰めたいのも我慢して、ルプスレギナに新婚三択を授けたのに……よりにもよって、びびって一歩退いて拒絶されたと誤解させたあげく直に追いかけもせず、こんなところで私に叱られるのを望むとか、どれだけMなのですか!? それとも新手の放置プレイですか!? このヘタレ狼!!」

 

 

男のチラ見は女性に100%バレてるって本当なんだなぁ。アルベド(美人)に正面から糾弾されるのはいたたまれない。恥ずかしくて死にそうだ。……ああ、これが穴があったら入りたいって奴か。一つ賢くなったぞ。うん。

 

 

そ、それに視姦は本能なんです。仕方ないん…で…いえ、なんでもないです。はい、私ヘタレの駄犬であります。

 

 

耳をぺたんと後ろに倒して、尻尾をたらしたジョン。その前で肩で息をつくアルベド。

そこへ恐る恐ると言った風に死の支配者(オーバーロード)が声をかけた。

 

 

「ア、アルベドよ。そろそろ、ジョンさんにルプスレギナを追わせた方が良くはないか?」

 

 

「モモンガ様、申し訳ございません! 全てを許すと言うお言葉に甘え、至高の41人へ私なんと言う不敬をッ!」

「良い。良いのだ、アルベド。お前の全てを許そうと言った言葉に偽りはないのだ。お前たちが私たちをどう思うとも、私達がお前たち皆を愛する事に変わりはないのだ」

 

モモンガの言葉にぱっと振り返るアルベドの表情は、一瞬で怒れる般若から恋する乙女の華やかな表情へと変わり、心底申し訳なさそうにモモンガへ頭を下げていた。

その姿に、女って怖いんだなーと、ギルメンの体験談を思い出しながら思う駄犬(ジョン)だった。

 

「ありがとうございます! 愛すると言われ、喜びに身を震わせない女がいるでしょうか。そのお言葉だけで私はどのような不安でも耐え、乗り越えていけます」

「私は…? アルベドよ。ひょっとしてだが、ルプスレギナは……」

「は…畏れながら、ルプスレギナはカルバイン様よりそう言った肯定のお言葉を頂いた事がございません」

 

 

え? モモンガさん、アルベドに『愛しているぞ、アルベド』とか言ってるの?

なにそれプロポーズ?

え? わざわざ言わなきゃ駄目なの? って、モモンガさん。なんかコワイヨ?

 

 

「……ジョン=SAN」

「ハ、ハイ、ナンデショウ。ももんが=SAN」

 

 

「こんのぉヘタレがぁッ!!」

 

 

ひさしぶりにモモンガの執務室に爆炎の華が咲いた。ひさしぶりの《ファイヤーボール/火球》での突っ込みであった。

 

何よりも大切であったギルドメンバー達。無くしたくなかった。守りたかったナザリックは、かけがえのない仲間達と築き上げたものだからこそだ。

だかこそ、モモンガは仲間達の作り上げたNPCの背後に仲間達の姿を見る。

仲間達が創り上げ、愛したナザリックも、NPC達も、もう何も失いたくないモモンガの宝なのだ。

 

それを悲しませ、不安がらせるなど、モモンガには出来ない。

 

絶対の支配者であるとロールプレイを続けているのは、最早、自身の身の安全だけではなく、仲間の残した子等であるNPC達を悲しませない為、自分と同じ寂しさを味わわせない為でもあるのだ。

 

そうであればこそ、どのような歯の浮くような台詞でも口に出来る。

だと言うのに、この駄犬は自分が恥ずかしいからと、言うべき事を言わずにNPCを傷つけた。

 

NPCに手を出すなと言うつもりは毛頭ないが、NPCを不安がらせるのだけは許すわけにはいかない。

 

 

「ええ!? なんでモモンガさんにまで!? てかモモンガさん、なんでそんな事恥ずかしい事素面で言えるんだよぉッ!! と言うか、何時の間に言ってるんだよぉッ!!」

「自分が本当に思ってる事を口にするのに何が恥ずかしい事がありますかッ!!(嘘です。精神作用効果無効がなかったら、モモンガ様もそんな事は言えません。多分)」

 

 

「オンドゥルルラギッタンディスカー!!(本当に裏切ったんですかー!!)」

 

 

余りのショックに滑舌が悪くなり、ネタではなく本気でオンドゥル語になってしまったジョンだった。

モモンガは変態紳士までとはいかなくとも、聖なる夜をゲームで過ごす程度には同士だと思っていたのに、自分の嫁にわざわざ『愛してる』とか言ってるとか、どんなリア充だ。

たっちさんぐらいしか言えない台詞だと思っていたのに、モモンガさんが、アルベドに『愛してる』って言ってるって、そんな……。

 

 

「ウゾダドンドコドーン!(嘘だそんなことー!)」

 

 

「……何を言ってるのか分かりませんけど、ウルベルトさんの悪の組織五か条の他に、ペロロンチーノさんの(変態)紳士5つの誓いやら、たっちさんからも貰っていましたよね?……そうか、この駄犬。たっちさんからもか…」

「そこに嫉妬すんの!?」

「……私も困った時には仲間達の言葉を良く思い出しますが、ジョンさん思い出して下さい」

 

突っ込みを無視したモモンガにじと目を向けながらもジョンは、モモンガの言うタブラの台詞に耳を傾ける。

 

 

『言葉では伝わらないものが確かにある。しかし、それは言葉を使い尽くした人だけが言えることである。言葉は心という海に浮かんだ氷山のようなものだ。言葉は大事に使いなさい。そうすれば、ただ沈黙しているより多くのことをより正確に伝えられる。正しい判断は、正しい情報と正しい分析の上に初めて成立する』

 

 

「……タブラさんだっけ? 最初はぷにっと萌えさんが言いそうだなと思ったけど……」

表情の読めない骸骨の眼窩に輝く血のように赤い光を見ながら、ジョンは冷たい汗を流しつつ答えた。これで誰の台詞か間違えていたら……モモンガは、間違いなく切れる。

 

「そうです。あなたの羞恥心は、ルプスレギナを傷つけるだけの価値があるものですか?」

「あーーそう言われると反論できねぇや……うん。ありがとう、モモンガさん。アルベドもサンキューな―――あ、あとさ、やっぱりちゃんと言わないと駄目なのか?」

 

 

ジョンの問いにアルベドはきょとんとした表情を浮かべた。言われた事が分からなかったのだ。そうして、ジョンがモモンガと違い男女の機微には疎いのだと思い至り、自分の愛するモモンガは正に至高の御方々のまとめ役。頂点に立つに相応しい存在なのだと惚れ直し、モモンガと比べれば未熟なジョンへ仕方ない人ですねと笑いかけた。

 

ナザリックが現実になってから、NPC達の下にも置かない対応に辟易しているモモンガだったが、アルベドが見せるこういった表情に思うのだ。

 

ナザリック絶対の支配者としてのロールプレイを崩さないよう努力している(ジョンが絡むと崩れるが)自分だが、自分もアルベドにならばジョンのように弱いところを見せても、アルベドはそれを受け入れてくれるのではないか。

 

 

そう思うのだった。

 

 

「……言われずとも分かっている事でも、直接に仰っていただけるのは無上の喜びです。ルプスレギナのように愛する殿方の為、定められた器を変えようとしている女であれば、尚の事。自らの進む道が本当に愛する殿方の求めているものなのか。不安に震える心を癒せるのは愛する殿方の言葉しかありません。――創造されたものの分を弁えず、不敬な……」

 

「いや、良い。それも含めてお前を許しているし、そう言った事を言ってくれないと俺は困る」

「そうだぞ、アルベドよ。我々とて失敗する事もある。時にはお前たちがそう言って叱ってくれねば……特にジョンさんは困るだろう」

 

流石に言い過ぎたと頭を下げるアルベドの言葉を遮って問題ないと告げる二人。

 

場を和まそうとしたモモンガのふりに「俺だけ!?」と、がくーとジョンは頭をたれて見せた。

「……でも、そうだね。茶釜さん達がいたら、俺、制裁されてるかな?」

 

「ええ、ハンバーグ見たいに挽肉にされてますよ、きっと。間違いなく」

 

ぶくぶく茶釜に正座させらていたペロロンチーノを思い出したのか、笑いを含んだモモンガの声に、それは流石に不味いな、とジョンも笑い返す。

 

 

「……じゃあ、ちょっとルプーを探してきます」

 

 

一転して真面目な表情になったジョンはモモンガの執務室から出て行った。

そして、今回はニグレドの力も借りずに独力でルプスレギナを探しに行くと言うジョンを見送り、モモンガは冒険者組合からの呼び出しに答えるべく、ジョンの姿をとったパンドラを伴ってエ・ランテルへ向かうのだった。

 

 

振り出した雨の中、駆け出していったジョン。

泣いているような暗い夜の森。そこでルプスレギナを探す彼が見たものは……。

 

 




いくらかっこつけてても、一部のジャンルで他人と本気で向き合う時にヘタレる残念な人っていますよね。脇で見てる分にはどうしてって?思うのですが…。

大事な大事な自分の事は棚にあげておくものですとも。

とある人は言いました。
『この中でヘタレた事のない男子が、まず、このヘタレに石を投げなさい』

あ、いたッ…ちょっ……うわぁ、私の心……ヘタレすぎ……?


次回本編「第32話:駄犬~!後ろ後ろ~!」


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第32話:駄犬~!後ろ後ろ~!

泣かせた女の子を追いかけるのは、少年漫画的な展開ですよね!

なんかタイトル詐欺っぽくなってしまった。もう一寸、ギャグを強くするつもりだったのだけど……。



 

 

しばらく前に二人で出かけた夜は、あれほど輝いて見えた夜の大森林。

静かな湖面のような優しい青く白い澄んだ光に照らされていた輝く世界は、今日は暗く沈んでいるように見えた。

 

夕方からの空はどんよりと曇り、今は泣き出している。

 

しとしと静かに、降る雨は、嗚咽を堪え、静かに泣いているように思えて、ジョンの胸は痛み、不安が溢れた。

レベル的にはルプスレギナに害を与えられるものは、周囲にはいない。

 

けれど、ルプスレギナが夜の森で一人。心の痛みに震えているだろうとの想像に、ジョンは心を強く痛めた。

一人きりで判断に悩んだ時、これまでもそうしたように、ジョンは胸の中の思い出に、仲間達に、語りかける。

 

 

るし★ふぁーさん、これは面白くないよね。

 

 

『自分の嫁とか言ってて、いざ現実になったらびびって逃げたとか! ヘタレすぎて面白すぎるんですけどwww ねぇねぇ今どんな気持ち。ねぇねぇ今どんな気持ち』

 

うわッ! うざッ!

俺は女の『おはよー』と、『ありがとー』で勘違い出来る寂しい喪男なんだ。

あんた見たいなリア充と一緒にしないでよ!

 

 

『童貞乙』m9(^Д^)9mプギャー!

 

 

なんだろう、思い出の中の存在の筈なのに、リアルに言われそうな気がしてきた。この殺意は許されるよな? マジで殺意の波動に目覚めそうだ。

別の人…別の人……駄目だ。ペロさんも炎雷さんも、自分の嫁(シャルティア、ナーベラル)と乳繰り合ってる姿しか想像できない。

 

 

――俺も出来ると思ってたんだけどな……手を出しても拒まないだろうとは思ってたけどさぁ。

 

 

やっぱり、ほら、いざ目の前にあんな美人が召し上がれって状態でくるとさぁ。

ほ、本当に良いのかな。ごくりって、気圧されて一歩ぐらい下がるのも仕方ないよ。

 

……うわッ! 誰も同意してくれない!?

 

本当かよ!? 絶対に躊躇う奴いるだろう!?

 

未知の敵とかにナザリックを守る為に突撃するとかなら、躊躇わないんだけどな……。

 

 

雨に流され、薄まっていくルプスレギナの匂いを追いながら、ジョンは自分の中のギルメン達と会話を続けていた。

 

 

/*/

 

 

暗い森の中、降りしきる暗い雨の中、女のすすり泣きが響いている。

 

 

捨てないで、忘れないで下さい。

私たちはどうなろうとも、あなたたちの役に立つ事こそが喜びです。

 

 

そう思っていたのに。

 

 

(カルバイン様の玩具に選ばれておいて、カルバイン様を楽しませる事も出来ないなんて本当に使えない奴らっすね。私だったら、ちょーはりきって頑張るっすよ。手足の一本二本もげても、回復魔法で治して少しでも長く楽しんでいただくっすのに……)

 

 

そう信じていたのに。

 

 

自分は至高の御方を楽しませる事も、喜ばせる事も出来なかった。

 

置いていかれてしまう。捨てられてしまう。それだけなら、まだ良い。

自分の事を忘れられてしまったら、至高の御方に仕えるメイドとして、至高の御方々を守る最後の盾として散るよう創造された自分はどうすれば良いのか。

 

 

ぺたり、と膝が頽れ、地面に座り込んだ。視界が滲んで、何も見えなくなる。

 

 

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

ジョン様は『自分に相応しい女ならば、定められた役割、決められた能力を打ち破り、限界を超えて自分の元まで来い』と考えて下さったのに、私は定められたメイドの役割を超えて、カルバイン様を楽しませる事も、喜んで頂く事も出来ませんでした。

 

 

不出来な私はどうすれば……どうすれば――。

 

 

さめざめと泣き続けるルプスレギナは、自身に近づく10本の脚を持つ大きな虫。頭から節のある巻きひげ状の器官が突き出しており、濡れた3つの口を持った妖しい虫。鱗粉のある半円形の畝のある革のような三角の羽で飛行する。昆虫のようなその怪物に気がつかないでいた。

 

 

/*/

 

 

これは……?

 

雨の暗い森の中、ルプスレギナの匂いを追って駆けたジョンの見たものは燃えている村だった。

アウラ配下のシモベが発見していた“西の魔蛇”。そのナーガが率いる集落が燃えている。匂いによる追跡。そこかしこに残る戦闘跡。状況から見れば、ルプスレギナがこの集落を襲って燃やしたのだろう。

 

 

ああ、女性を泣かせたら、直に追わないといけないって……こう言う事か。

 

 

ナーガ達には悪い事したなぁ、とジョンは思う。そんな迷惑な存在はナザリックだけだが。

痴情のもつれと言うのも、どうだろう? おこがましい。

ヘタレのもつれでナーガの集落を焼き討ちする女子など普通いないし、ヘタレが原因で集落を焼かれたナーガにとっては酷い迷惑な存在だろう。

 

兎も角、事情を知る為、悲嘆に暮れ、見知らぬ人狼の姿に殺気立つナーガやその配下、オーガやゴブリン、トロールなどを《手加減》して叩きのめし、拳で地面に大きなクレーターを作って見せると、彼等もようやく実力差を思い知ったのか話を聞く用意が出来たようだった。

 

配下を犠牲に生き残った西の魔蛇、リュラリュース・スペニア・アイ・インダルン。

 

ナーガであるリュラリュースは、胸から上が人間で、それより下が蛇である。彼の人間部分は男性の老人姿であった。

一般に哺乳類はオスとメスの間にできた子でないと正常に発生しないが、爬虫類、両生類、魚類などでは(種類にもよるが)単為生殖が可能である為、オスよりメスの方が優位になりそうなのだが、人間の形質も持っている為に男性体の方が肉体的に強靭になるのだろうかと、ジョンは想像していた。

 

 

燃える村を背後に、力でねじ伏せたリュラリュースから状況を聞きだすジョン。

 

 

話しによれば、ルプスレギナと思しき存在が村を襲って、5~6人のナーガを攫って行ったようだ。

その際、不定形でヒキガエルに似たような怪物を従えていたと言う。その怪物は絶え間なく外見を変容させ、そして、笛や太鼓のような楽器を手にしており、不愉快な音楽を鳴らしていた。

また、ルプスレギナが炎の鳥を呼び出したとも、リュラリュースは言う。

 

 

?……《悪なる極撃》か《吹き上がる炎》なら分かるけど、属性的に《不死鳥召喚》は出来ないんだが……それに絶え間なく外見を変容させて、楽器を手にしてるのって、外なる神の従者だよなぁ。なんでそんなの従えてるんだ?

 

それにしても、じいさんが残って、孫娘たちが攫われるとか……どんなお約束だ。

だが、ナーガと言うなら、これだけは聞かねばならない。

 

 

「なぁ……その攫われた孫娘に白蛇(サーペント)とか名前の奴いない?」

 

 

「良くご存知で、色白で清楚な自慢の孫ですが……」

「……いたよ。ち、ちなみに姉妹?」

「はぁ、妹がおります」

 

……これは助けたら、グレイシアとアメリアに改名させるしかないだろう?

 

「……あの」

黙り込んだ人狼(ジョン)へ、リュラリュースは不安げに声を掛ける。これだけの被害を受けた以上は、彼の助けがなくては森の賢王が抜け、勢力バランスの崩れた大森林で生き残れない。場合によっては東のトロールに、支配される。それだけなら良い……食料にされてしまう可能性だってあるのだ。

 

「お望みであれば、姉妹ともカルバイン様へ献上致します」

「え?」

 

上半身は人間だけど、下半身は長大な蛇であるリュラリュース。

自分の姿を見る。青と白の毛並みの人狼。

 

両の掌をそっとリュラリュースへ向ける。

すまないな、おじいちゃん。ノーサンキューだよ。

 

 

「それには及ばない。孫が戻ったら、俺たちの支配を受け入れた証に二人には俺から名前を贈ろう」

 

 

……言ってから、ジョンは気がついた。

名前を贈るとかに何か変な意味があったらどうしよう。

 

 

/*/

 

 

リュラリュースを伴いジョンは森の中をさくさく進んでいく。

 

リュラリュースは魔法に長ける分、レンジャーなどは無いようだった。ルプスレギナ一行の通った痕跡が、相当に大きくないと分からないでいる。

だが、長大な下半身をくねらせて進む分、人間より移動は早い。

早いが、ジョンとは比べるまでも無く。移動速度は先ほどまでと比べると、格段に遅くなっていた。

 

 

「ねえっ! ほ、本当に行くのかい? 危ないって!」

 

 

そして、もう一人の同行者が増えていた。

森の樹に宿る精霊、ドライアード。名をピニスン。

 

このピニスンが生まれる前の、もっとずっと大昔。空を突然に切り裂き、数多の怪物が現れたのだとか。

その怪物は一体一体がとても強力で、竜の王達とも互角に渡り合った。

 

しかし、彼らは傷つき、ある者は深い眠りに、ある者は封印されてしまった。

 

その内の一体は、このトブの大森林に眠っており、いずれ世界を滅ぼすと言われている。

時折分体とも言える枝分かれしたものが出現し、暴れては世界を危機に陥れる。

 

封印の魔樹、ザイトルクワエ。世界を滅ぼす魔樹、と言われる歪んだトレント。

 

その封印が弱まったのか、森の木々が魔樹に喰われる速度が上がっている。

前回、出現した時には七人組の冒険者が分体を倒し、封印してくれた。その七人組を探し出し、連絡を付けてほしいとピニスンは言う。

 

 

「悪いが……多分な。多分、その七人組は寿命で死んでると思うぞ」

「え? だって……」

 

 

ジョンの指摘にこの世の終わりのような表情をするピニスン。

 

「人間や亜人が樹と同じ時間を生きれるもんか。100年どころか50年もしない内に殆ど死んじまうぞ。大体、何年前の話だ、それ?」

「何年って……なに?」

「人間や亜人は冬を100回も越せないんだよ」

 

ジョンの言葉に「そうですな。人間は幾ら強くても10年20年やり過せば、勝手に死んでしまいますからな」と同意するリュラリュース。

その言葉に、でかいハムスター(ハムスケ)より、こいつの方が賢王っぽいよなぁとジョンは思う。

 

そして、ピニスンは植物型だけあって、何年と言う概念より冬、季節を何回過ごせるかで話した方が理解し易いらしい。

 

「え? でも……だって、まだ30回ぐらいしか冬は越してない…よ?」

「30年も経ったら、人間なら生きてても引退してるよ。まあ、こっちの厄介事もザイトルクワエと関係してるだろうから、ついでに解決してやるよ。俺だってお前たちより強いし、仲間もいる。一寸ばかり様子を見て、一人では駄目そうなら仲間を連れてくるしな」

 

 

絶望してるピニスンを安心させるように笑いかけ、「ついでに話相手がいなくて寂しいなら、引越ししないか? 面倒見るぞ。三食話相手付だ」とダーシュ村へ勧誘する。

「やってほしいのは、森の管理だ。切っても良い木の選抜とか、木の育成とか手伝ってほしい」

 

「人間の村?」

 

「ゴブリンも人狼もいるな。退屈はしないぞ。…あと、移植する時はちゃんと根っこから掘り返して、治癒魔法も使うぞ」

「太陽と風と水があって、酷い事されないなら良いけど……」

 

 

OK、決まりだなとジョンがピニスンに笑いかける側で、「ドライアードと共生……森の恵みを受けるには、確かに…」とリュラリュースはぶつぶつ呟いており、ジョンはやっぱり、こいつの方が森の賢王だよなーと、内心で溜息をついていた。

 

 

/*/

 

 

それは灰色の金属のような光沢を持った粘土のような奇妙な物体に歪んだ姿勢で封じ込まれている攫われたナーガの娘だった。

 

ナーガの娘を封じ込めるように侵食しているその歪んだ生物の身体と無機物である灰色の金属のような光沢を持った粘土のような奇妙な物体は、双曲的な時空線を描いて、このユークリッド空間の中に、シャボン玉のような感じで接続しているように見え、一端がケーブルのように細く木々の枯れた森の奥へと延びていく。

 

ここから先はアゼルリシア山脈の頂で天地合一を使ってから自分の庭のように気配を探れるようになっていた大森林から切り離されたように感じる。何も感じないわけではない。ただ探った結果に酷くタイムラグがあり、感覚に齟齬が出て、感知した結果を正しく認識できないようなもどかしさ、気持ち悪さがある。

 

この奇妙なオブジェにされたナーガの娘は息はしているが、瞳に光はなく、身体を包み込む歪んだ灰色の物体があちこちで身体に突き刺さり、特に頭部には脳波を測るかのように、かなりの数で針状になった灰色の物体が刺さっているのが見えた。

 

助けようとするリュラリュースを制止し、観察を続ける。時折、苦悶の表情を浮かべ、HPがじりじりと減っているように見えた。

だが、それは生命力を吸い上げられる苦痛と言うよりも、限界まで脳を酷使している結果のようにジョンには思えた。

ジョンがスキルで見る限り、戦闘で限界を超えた肉体使用によるHP減少や、生命力の吸引によるHP減少とは違うように感じられたのだ。

 

 

ミ=ゴの脳缶みたいだけど……奴等がルプーを?

 

 

幾らなんでもこの短時間で、脳を取り出されてドローン化されているとは思えないが、もし万が一、そうであったのなら……前線基地で済ませるものか。奴等の本星を粉々にしてやる。

嫌な想像に怒りと憎しみを滾らせ、ぎりっと歯を食いしばったジョンが顔を上げると、リュラリュースとピニスンが揃って平伏していた。

 

「おぉぉおお、お怒りをお静め下さいぃぃ……」

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

どうやら漏れ出した殺気に当てられたようだ。

二人に見られていないところで、やっちまったと頭を掻いて深呼吸を一つ。

気を落ち着けると、二人に顔を上げるように告げた。

 

「怖がらせて、すまん。……それでリュラリュース。この娘だが、無理に剥がすと多分、死ぬ。大元を叩いても、解体する前に道連れで死にそうな気がする。生命力が足りてるなら、蘇生魔法つかってやるけど……」

「蘇生魔法! ありがとうございます! ですが、おそらく半々かと……」

「そうか…じゃ、もう一つだ。アイテムを貸すから、ちょっと結界の縁を走って、娘達と拘束オブジェにアイテムを装着して回って来い。俺が倒すまでに全員に装備させられれば、助かる可能性も上がるだろう」

 

そう言ってジョンは、光すらも薄暗く感じる。ピニスンの言うところの世界を滅ぼす魔樹の封印された地を指差す。

話している間にも境界線は、はっきりと浮かび上がり続け、外と内では同じ暗闇でも暗さが異なっていく。

 

「……この境界線に沿って、ですか」

「おそらく魔樹を封印した地を中心に円を描いているだろうから、娘達は等間隔にいる筈だ」

 

5~6人が攫われたと言うなら、五芒星なり六芒星に配置して何かやらかすつもりだろう。

インベントリから使えそうなアイテムを取り出し、リュラリュースとピニスンに持たせていく。

 

渡されたアイテムが気になったのか、一言断りを入れて《道具鑑定》をリュラリュースは使う。

「《道具鑑定》――これはっ!? 最上級の魔法アイテム! アーティファクト!!」

「え? 何それ? 凄いのかい?」

ピニスンとの温度差が酷い。

 

「ああ……最上級で伝説の扱いだっけ。持ち逃げすんなよ、じいさん」

「致しません! これほどのご恩を受け、アイテムを持ち逃げするなど、そんな……あなた様を裏切る事など、嵐を棒切れで晴らす事が出来ると信じる愚か者だけです!」

 

――なんか、街の人間より、モンスターの方が素直な気がする。

 

弱肉強食に生きる彼等は単に強いものに従ってるだけなのだが、現実世界での経済力、建前と本音の駆け引きに疲れた底辺労働者にとっては、その単純な素直さに心が癒されるものがあった。モモンガを笑えない安定のチョロさである。

 

だから、ジョンは騎乗動物。ペットを召喚した。

 

 

「リンドウ、来い」

 

 

その声に従い何も無い空間がゆらりと揺れると、空間から滲み出るように巨大な蛇のような長い胴体に一対の前足、蝙蝠のような翼を持つドラゴンが現れた。

マーレは2体も持ってるガチャのレアペット。あれだけ回しても、1体だけしか手に入らなかったドラゴンである。やまいこさん並の運は無くても良いから、もう一寸引きが良いと良かったと思うジョンであった。

突然に姿を現したドラゴンに、恐怖でがくがくと震えるリュラリュースとピニスンを横目に命令を下す。

 

「リンドウ。このナーガ。リュラリュースを乗せて、結界に沿って飛べ。途中、これと同じナーガの娘のオブジェが5~6箇所ある筈だから、その都度、リュラリュースの指示で停止しろ。結界の中には入るな。一周してこの場に戻ったら、リュラリュースとピニスンを守れ。ただし、モモンガさんの命令は全てに優先する」

 

命令を理解したのを確認し、ジョンは、もう言葉も無いリュラリュースをリンドウの背に乗せると、ムーンウルフを3体召喚する。

本体の樹からあまり遠くに移動出来ないので、この場に残るピニスンの護衛の為だった。

 

 

メッセージで経過をモモンガに報告しつつ、錯覚ではなく、確かに薄暗い森の先へ。

結界のように世界から切り取られつつある領域へ、ジョンは踏み込んでいった。

 

 

/*/

 

 

単独となり、足枷の無くなったジョンは瞬く間に結界の中心と思しき場所まで駆け抜けた。

 

境界線を越える際に奇妙な違和感。

入った先が重く、暗く感じられ、身体感覚にも奇妙な齟齬があった。

どうも、境界の内外で時間の経過速度に差異があるらしい。

 

内部の方が時間の経過速度が遅い。外から内を眺めた際に奇妙な薄暗さを感じるのは、その為らしかった。

ここは世界から切り取られた閉鎖空間。外部と比較して停止しているような、時間の停滞する空間になりつつあるようだ。

 

 

ルプスレギナにそのような知識をもたらす設定があった覚えは無い。

 

 

どちらかと言うと、タブラGMでTRPGをやったシナリオに似たようなシチュエーションがあった覚えがある。

あれはミ=ゴの技術を手に入れ、改良したあの妖虫が黒幕だった。

 

 

自分の置かれた状況に(タブラさんが這い寄る混沌の化身でも驚かないぞ)と呟きながら、ジョンは仮定ではあるが、対処方法を幾通りか構築し始める。

目の前には、シャルティアより貸し出された濃い紫を基調に、刺し色にピンクの入った魅惑のビスチェドレス姿のままのルプスレギナ。普段は目にしない姿に、こんな状況でも胸がドギマギした。

 

 

《気配感知》《生命感知》では、微かにルプスレギナ以外の気配を感じる。

 

 

当たりだった。

あの妖虫は幽体化して、犠牲者の脳に憑依寄生する。

 

一気に接近して一撃で頭を吹き飛ばせば、ルプスレギナを解放できるだろう。

その後、安全を確保してから、ルプスレギナを蘇生させれば良い。

 

 

頭をスイカ割りみたいに吹き飛ばす……デミウルゴスやコキュートス相手なら迷わず出来るんだけどな……。

 

 

拳を握り、自らの甘さ(ヘタレ)に溜息が出る。

溜息をついたジョンへ、ぎこちなくルプスレギナが笑いかけた。

 

 

「――ジョン様。カルバイン様。お慕い申し上げております。愛するジョン様、カルバイン様に相応しくなれるよう。今、沸騰する混沌の核(アザトース)を召喚し、至高の御方に相応しき存在と私はなります」

「アザトース? って事は、ザイトルクワエはザイクロトルの怪物か――シャッガイからの昆虫、シャン。今すぐルプーから離れろ」

「お許しを。無知な私ではジョン様、カルバイン様に問われました事柄に関してお答えすることが出来ません。ご期待にお応えできない私に、この失態を払拭する機会を……」

 

ルプスレギナは、そこだけは自然に、心底から申し訳なそうに、涙の跡の残る泣き出しそうな表情で頭を下げた。

 

 

「心配するな、ルプー」と、ジョンは顎を引き、歯を食いしばって告げた。

 

 

満たされ行く仲間達と違い。自分は現実に何も持てなかった。モモンガと同じだった。ユグドラシルで仲間も友情も、何もかも手にする事が始めて出来た。

それが虚しい虚構の遊びだと理解していても、孤独に耐え切れず、止められなかった。

 

だから、この世界にきてNPC達の涙をみて、自分は何の心配も無いのだと笑ってみせる事にしたのだ。

置いていかれたものとして、彼らの寂しさも理解できると思ったから。

 

 

なのに……自分はどうした?

今、ルプーはどうしている。どうなっている?

 

 

現実に守るものが何も無かったからこそ、守りたいと願った。守りたいと思ったものが出来たら、何を置いても守れると思っていた。

 

 

なのに……自分は何をした?

今、ルプーはどうしていた。どうなっていた?

 

 

もしも、自分に好きな人。自分を好きになってくれる人が出来たなら。

ただ、自分を好きだと言ってくれる人が出来たなら――。

 

 

――僕は、自分の全てをその人にあげよう。

 

 

それが僕の決めた唯一つの恋のルールだった筈。

僕は何度、自分の言葉を嘘にすれば良いのだろう。何度、自分を裏切れば成長できるのだろう。

 

自分の不甲斐なさに涙が流れた。

力は強くなっても、心は決して強くなれていない。

 

仲間達とつくったNPC。

 

その一人に恋をした。自分達でつくった人形に恋をした。

けれども、彼等の心が、その悲しみが胸を打つ。

 

彼等が心を持って実在していると信じているのに、どうしてそんなつまらない事を気にするのか。

心には心でしか応えられないと、言ったのは僕じゃなかったか。

 

 

「ルプーを勝手に書き換えやがって――」

 

分かっている。

本当は――この続く言葉は、不甲斐ない僕にこそ相応しい。

 

「――楽に死ねると思うなよ。シャン」

 

 

音も残像もなく黒い影だけを残して、ジョンの姿が消える。

本来のルプスレギナの認識を超えた速度で振るわれたジョンの本気の一撃は、この停滞空間を形成させているナーガの脳の並列演算装置、脳ネットワークの管理者権限を持つシャン=ルプスレギナには届かなかった。

 

キリエ・エレイソン――――“この魂に憐れみを”

 

回数制限付き完全物理防御。ただし防御効果は対象の最大HPの何割と設定されるので、ジョンは規定回数に達する前に文字通り力ずくで破壊できる。レベル差もあり、ほんの1発で破壊できるが、今は……。

 

 

「あはっ! 戦闘っすか! ジョン様、カルバイン様に楽しんで頂けるよう精一杯頑張るっすよ!!」

 

 

殺気を振りまきながら肉薄するジョンに喜びの表情(かお)を向けながら、ルプスレギナはナザリックで調整中だった自分の聖杖を魔法で取り寄せる(アポーツ)

 

中央に“死の宝珠”が埋め込まれた巨大な聖杖から、死の宝珠の声なき声が響く。

「《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》」

 

エ・ランテルで入手したこの世界独自の魔法アイテム“死の宝珠”

ジョンのアイディアによって、ルプスレギナの聖杖に埋め込まれた死の宝珠は、某魔砲少女シリーズのインテリジェンス・デバイス的な、ユグドラシル時代にはなかったチートアイテムとなった。

 

主であるルプスレギナと同時に、その手の中で各種魔法を発動し、MPを蓄積できる。謂わば、外付けのMPバッテリー。

叡者の額冠からフィードバックされた《魔法上昇》までが杖に実装された事で、第九位階の魔法までルプスレギナは使用可能となっていた。

 

核となるインテリジェンス・アイテムをまだ製作できない為、量産は出来ないが、ナーベラルの杖も改良中であり、完了すればナーベラルも第十位階までの魔法が使用できるようになる見込みだ。

 

取得していない高い位階の魔法についても、叡者の額冠はその本体に記憶した魔法を着用者が使えるようにする。云わば外部ストレージとして機能していたのだ。

この機能をコピーする事で魔法を扱える者達は使用できる魔法の幅を大きく広げられ、ナザリックの大幅な戦力増強に繋がるとモモンガは喜んだ。

 

 

周囲を《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》の白い光に包まれたルプスレギナ。

内側から攻撃できないが、相手からの攻撃の一切を遮断する絶対防御だ。

 

 

魔法詠唱者であるモモンガならば兎も角、近接職であるジョンには《力の聖域》を単独では解除できない。

何も出来ないジョンの前で、ルプスレギナは魅惑のビスチェの即行着替えを発動させると、本来のメイド服に武装交換を行う。

そして、死の宝珠と共に次々と自己強化魔法をかけていく。更には……。

 

「――中位アンデッド作成・死の騎士(デス・ナイト)!」

 

死の宝珠の隠し機能も解放されている為、カジットが所有していた際には使用できなかった中位アンデッド作成も使用し、盾となるモンスターを召喚していく。

ジョンに対しては雑魚だが、それでも1発は耐える特殊能力。攻撃を引きつける能力により、盾としては極めて有能だ。

 

 

歯軋りしながら、ジョンは《アイアン・スキン》《アイアン・ナチュラル・ウェポン》を戦闘に備えて展開し直した。

暗い、魔樹に喰らい尽くされた森の中、楽しげな、喜びに溢れたルプスレギナの声が響く。

 

 

「手足の一本や二本もげても、回復魔法で治して少しでも長く楽しんで頂くっすよー!」

「……それは俺の趣味じゃないぞ」手足の1、2本もげても戦い続けたいのは俺の方だ。

 

 

それはシャッガイからの昆虫の趣味だ。奴らは犠牲者に恐怖や狂気、禁忌を犯させて、精神的苦痛を存分に味わわせ、アザトースへの生贄とするのだ。

ルプスレギナの頭に幽体化し、寄生しているであろうシャッガイからの昆虫をジョンは睨みつけていた。

 

 

同時に、憑依され、洗脳、思考誘導されたルプスレギナを助けねばならない状況に、確かに喜びを感じてもいた。

そして、その喜びを感じる自分自身の愚かさに絶望し、怒りを燃やした。

 

 

僕は…自分を愚かと笑う。

 

それでも。

 

 

「――ルプスレギナ・ベータ。僕は…君を愛している」

 

 

 




次回本編「第33話:俺たちの戦いはまだまだこれからだッ!」

59Lvのルプーと100Lvのジョンでは勝負にならないので、ルプーの装備を強化の上、空間そのものをルプーが掌握してるぐらいのハンデその他をつけました。
空間そのものの時間経過が遅くなってるので、空間の外にあるので演算装置からの観測で、ジョンの時間対策の上から速度を認識して対処できるような感じ?

簡単に言うと、女の子を泣かせたヘタレが自業自得で大ピンチ。

これです。

尚、ナザリック女子は泣かせた後に追うのが遅いとバトル漫画的な展開になるようです。
ジョンは『モンスターに孫娘を攫われた村長から救出の依頼を受けた!』こう書くと、TRPGの第1話っぽい。


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第33話:俺たちの戦いはまだまだこれからだッ!

最終更新からそろそろ2年が経とうかとしています。皆さん如何お過ごしでしょうか?
私は前向きな言葉なんていってらんなくて、かけられた頑張れが辛い日々です。
なんとかジョンとルプーの物語だけでも完結させねばと気力が少しだけ戻ってきたところ。



 

『僕は自分を馬鹿だと思う』

 

ジョンの心中で、異形異能となったジョンの背中を、幼い頃の自分が見つめながら、そう言った。

四十一人の仲間たちはなんと言うだろうか。

 

馬鹿な事だと笑うだろう。全力を尽くせと言うだろう。

そいつは浪漫だね、と言ってくれるだろう。

 

心配し、引き止めた後でこちらの意志が固いと知って、表情の動かない骸骨顔に困ったような空気を纏わせながら、モモンガは言ってくれるだろう。

 

 

『ジョンさんの思うようにやって下さい』と。

 

 

自分に使える《魔法封印》に第1~3階位の魔法を3つ封印しながら、ジョンは予想通りのモモンガの答えに頬を緩ませた。

 

 

/*/

 

 

周囲を《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》の白い光に包まれたルプスレギナ。

内側からも攻撃できないが、相手からの攻撃の一切を遮断する絶対防御。モモンガならば攻撃魔法を用いて障壁を力づくで破壊する事も出来るが、ジョンの魔法行使能力では逆立ちしても破壊できない。

 

その中でルプスレギナは強化魔法を使い、デス・ナイトを召喚し、外なる神々の従者を従え、圧倒的な強者であるジョンと戦うのに備えている。

 

結界越しに向き合うジョンも常時展開している『アイアン・ナチュラル・ウェポン』『アイアン・スキン』に力を入れなおし、ついで魔法《自己変身》の上限である50Lvの人狼に変身する。

ジョンは《自己変身》で50Lvまで弱体化し、歪んだ笑みを浮かべた。

 

ルプスレギナのレベルは59Lv。

 

50Lvまで弱体化してはデータ上、レベル補正もあって勝ち目はほぼ無い。

だが、スキルはそのまま使える。人狼の身体武器《手足の爪》は過剰強化で限界までぶち込んだクリスタルによって強化されている。攻撃力に不足は無い。

相手の攻撃は当たらなければ……どうと言う事は無い。

 

 

そう、あとは戦い方だけ。

 

 

勝てるかどうかは、自分の、プレイヤースキル次第。

自らのスキル(力量)取り返しの利かないもの(ルプスレギナ・ベータ)が懸かっている。

 

男として、こんなワクワクする事があるだろうか?

 

武者震いに身を震わせ、ジョンは視線をルプスレギナへ向けた。

 

 

「どうして《自己変身》するっすか?」

 

 

戦いを前に自ら弱体化するジョンへ、ルプスレギナは不思議そうに問いかける。

それに答えるジョンは、震える手を上げながら言った。

 

「お前を失うかもしれないと思うと、怖くて怖くて仕方ない。でも、全力を出せば一瞬で終わるだろう」

「はい」

 

神妙に頷くルプスレギナへ、ジョンは牙を剥き出し、飢えた獣のような歪んだ笑みを狼顔に浮かべる。

 

「この状態では攻撃力では俺。総合力ではルプーに分があるだろう。3対7で俺が不利。それが……とても、嬉しい」

 

ジョンの震える手が拳を握った。

 

「お前を失えば、俺は間違いなく悔やむだろう。

 その恐怖を噛み締めて戦える。恐ろしさに震えながら戦える。

 勇気を振り絞り、恐怖と向き合い。恐怖を踏み越える。……これこそ…生きてる証だろうが」

 

ぎゅっと拳に力が込められ、固く握った拳がルプスレギナ見せ付けられた。

 

 

 

「ルプー、嬉しいぞ。お前のおかげで、俺は喜び(恐怖)に満たされている」

 

 

 

/*/

 

 

シャンあるいはシャッガイからの昆虫と呼ばれる存在は、人間風に言うのなら困惑していた。

彼が憑依寄生している娘。

人間よりも遥かに頑丈で強健な娘にとって、目の前の存在は神にも等しく。歯向かう事など考えもしない存在ではなかったのだろうか。

思考を誘導し、変質させ、戦うよう仕向けたが……

 

 

神にも等しい敬愛する存在に刃を向ける禁忌。

許されざる禁忌を犯し、どうして、この娘は心底、歓喜に満ち溢れている?

 

 

禁忌を犯す恐怖と狂気を沸騰する混沌の核に捧げる神話的生物は、ルプスレギナとジョンの恐怖と狂気を彩る狂喜に困惑していた。

 

 

/*/

 

 

 

ルプスレギナは笑う。

花のように艶やかに笑う。

 

「ジョン様、カルバイン様の為、《不死鳥召喚》も覚えました。男胸さんを使わなくても、天地魔闘の構えが出来るっすよ」

 

言葉と共に《コール・フェニックス/不死鳥召喚》を発動させる。

ルプスレギナの背後に巨大な光の珠が生まれ、それは花咲くように開きながら、黄金に光り輝く火の鳥……フェニックスの姿へと変わる。

一際に澄んだ甲高い声で鳴くとフェニックスは小細工も無しに真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

さまざまな特殊能力と多彩な攻防を誇るフェニックスの使い方としては非常に勿体ない浪漫あふれる使い方だ。

 

どっちかって言うと、カイザーフェニックスよりもフェニックス・ブレイズっぽいなとジョンは思う。

健気なルプスレギナはシャンに憑依されている所為か、口調が安定していない。

 

けれども、ルプスレギナは言うのだ。貴方の為に覚えたと。貴方の為に変わったと。

それはきっと、涙の中から生まれでて、限りを超える為に出現したのだ。

そう信じる事にジョンはした。

 

 

だからこそ、彼らNPCに慕われ、信じられている自分に回避はありえない。

 

 

こんなジョン・カルバインの為に変わったと、覚えたと言うのなら、その想いに応えるのだ。

ずっと思っていた。自分を無条件に受け入れてくれる人が、愛してくれる人が現れたら、自分も自分の全部で応えよう、と。

 

右足を引き、左足を前に、左手はかるく前に、右の拳は臍のあたりに。

今の自分なら出来るハズ。

 

彼らの、ルプスレギナ・ベータの信じる自分になら間違いなく出来る事。

 

鋭く吐き出された呼気と共に左手と右手が動き出す。

轟々と燃え盛るフェニックスは目の前に迫っている。

 

緊張、集中。

 

極限まで鋭く束ねられたジョンの意識では全てが、ゆるゆるとスローモーションに見えた。

左右の肘から先が真っ赤に燃えている。余りの高速に腕の周囲で圧縮断熱がおこっている。

 

ジョンの中の人……**に回し受けは出来ても、廻し受けは出来ない。

しかし、ジョンの身体ならば出来るだろう。

 

そして、今、この瞬間、この世界に生を受け、初めて、ジョン・カルバインと**の意識と願い。

 

必ず実現させるという決意と覚悟と勇気が一致した。

燃える炎、NPCの……否、ルプスレギナ・ベータの想いを受け止める!

 

掌が高速の世界の中でフェニックスの嘴を捉え、そっと外側へ軌道を変えていく。

 

一瞬の後、ジョンの左側の地面へ叩きつけられたフェニックスが錐揉みしながら、後方へ転がっていく。

轟音と共に周囲を無差別に焼く炎も、青い人狼にだけは結界に阻まれたかのように届いていない。

 

 

自分の使える最高位の攻撃(?)魔法を防がれながら、ジョンを惚れ惚れと見つめるルプスレギナ。

そんな彼女へ、ふっと笑うとジョンは人差し指を振りながらドヤ顔で言い放った。

 

 

「マ・ワ・シ・受ケ。受け技の最高峰にして、あらゆる受け技の要素が含まれる技だ。

 カラテ・マスターは言いました。矢でも鉄砲でも、火炎放射器でも持ってこいやァってな」

 

 

/*/

 

 

外なる神の従者は本来不定形であり、絶え間なく姿を変容させ続けているが、あえて誤解を恐れずに表現するならば、不定形でありながら巨大なヒキガエルのようなシルエットをしていると言えるだろうか。

そして、それは笛のような楽器を手にしており、理性持つ人を不愉快にさせる音楽を奏で続けているのだ。

 

シャンに憑依されたルプスレギナによって召喚された外なる神の従者は、不定形の触腕を伸ばしたり、音楽を奏で続ける笛のような楽器でジョンに襲いかかってくる。

 

人間のままであれば、その姿を見るだけで理性の崩壊は免れなかっただろう。

やつらは人間の理性が拠り所としているちっぽけな物理法則や世界観などに囚われていないのだ。

 

けれども場合によっては旧支配者とも殴りあったジョン・カルバインの肉体は、外なる神の従者如きに揺らぐことは無かった。

強靭な肉体に宿った人間の脆弱な精神は、強靭な肉体に引き摺られ、人間の認識の枠を本人の自覚のあるなしに関わらず外れつつあったのだ。

 

その姿に捕らわれず、ジョンの腕が唸りをあげて真空斬りで死の騎士と外なる神の従者を蹴散らす。目の前で死の宝珠の放った《火球》が真空斬りに当たって炸裂するが、気にせず炎を突っ切ってルプスレギナへ肉薄する。

拳が、爪が向かうその先には……

 

「シズ……?」

「私はハズレ」

 

その場に存在しない筈のシズの姿に虚をつかれ、横合いからの《火球》と棍棒のように振り回されたシズの銃で吹き飛ばされる。

打撃の威力を転がって殺し、跳躍。

一瞬、遅れてその場に《ブロウアップ・フレイム/噴き上がる炎》が立ち上る。

 

同時に強力な魔法抵抗力(正確には変容し続ける性質によって一定の法則が固定化され難い)によって、死の宝珠の《他者変身》によってシズに姿を変えられた外なる神の従者が本来の不定形の姿へと戻っていく。

 

 

「やるな! 良いぞ、ルプー。そうだ! そうじゃないとな!」

「はい! 『誰もが持っている魔法を、誰も思い付かない使い方を出来る者』っすよね!」

 

それはニニャに教えた時の言葉。

脇で聞いていたルプスレギナも、その教えを守り、必死に自ら考え出したのだろう。

経験を蓄積し、自らの能力の振る舞いに深みを出す。

人の持つ学習能力を発揮しつつある彼女は既にNPCなどと呼べないだろう。

 

ルプスレギナは《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》との組み合わせによる変わり身で、見事にジョンの虚をついて見せた。

 

そのルプスレギナの戦術を褒めながら、ジョンは同時にモモンガが魔法の外部記憶と発動の検証にと、死の宝珠in聖杖に幾つかインストールしたの魔法が《他者変身》と《ディメンジョナル・ムーブ/次元の移動》である事を思い出し、『モモンガさん、これ(死の宝珠in聖杖)ウザイよッ』と盛大に愚痴っていた。

 

レベル差もあり、ジョンの攻撃はまともに通らない。

普通に攻撃するだけならば、ルプスレギナに見切られてしまうのだ。

 

その上で教えを守っての工夫までされれば、勝ち目は更に薄い。

 

逆境にある事を認識すればするほど、ジョンは喜び/恐れを笑い/嗤いを堪える事が出来なかった。

これほどの喜び(恐れ)を感じるなど、転移前にはどれほど望んでも出来なかった。

 

そして、これまで以上の工夫が出来るのはルプスレギナだけではないのだ。

自分にも、これまで以上の工夫が出来るのだ。

 

例えば、低レベルの防御魔法を高レベルの近接職が使うとどうなる?

ゲームシステム上では回避にボーナスが入るだけだった。

だが、ゲームが現実となった今なら《ミラーイメージ/鏡像分身》で間合いと攻撃の方向を見切らせない事で、打ち込みタイミングを見切らせない事だって出来るだろう。

 

 

/*/

 

 

勝ち目のまったくなくなる10Lv差の一歩手前、9Lvという破格のハンデをつけながら、3対7で勝ち目があると言い放つジョン・カルバイン。

至高の四十一人より賜った聖杖で使用可能となった本来ならば守護者レベルでなければ使えぬ《コール・フェニックス/不死鳥召喚》。

それを自らよりも劣るLvまで弱体化しながら、青い人狼は避けもせず、正面から受け切って見せるのだ。

 

「マ・ワ・シ・受ケ。受け技の最高峰にして、あらゆる受け技の要素が含まれる技だ。

 カラテ・マスターは言いました。矢でも鉄砲でも、火炎放射器でも持ってこいやァってな」

 

周囲を焼く炎の中に堂々と立つ青い人狼の巨躯。

それが子供のように得意げに笑う姿に、ルプスレギナは普段は丸っこい瞳を薄く細く尖らせ、妖艶に笑うのだ。

それでこそ自らの主に相応しい。それでこそ自らの全てを捧げるのに相応しい、と天真爛漫に笑うのだ。

 

 

「あははは! こいつは傑作! 《コール・フェニックス/不死鳥召喚》ですら無傷っすか! あー、楽しい! 最高! 大好き!」

 

 

ルプスレギナの指示を受け、外なる神の従者と死の騎士が群れをなしてジョンへ襲いかかる。

 

双方ともに弱体化したジョンに粉砕される程度のLvでしかないが、数が多い。

外なる神の従者は属性が不定であり、固定された弱点を持たない。死の騎士はモモンガも愛用するように一撃では倒れないスキル持ちだ。

対単体戦闘においてモンクは強大な戦闘力を有するが、対多数は苦手とするというのが、ルプスレギナの認識だった。

ジョンは真空斬りのような攻撃手段は持っていなかったハズ。またまだ奥の手を持っているのだろう。

 

それでも戦況は未だルプスレギナに傾いていた。

 

(私が愛するカルバイン様が暴力ですり潰されていく姿を見てると、すっごくゾクゾクしてくる)

サディストここに極まれり、自らの愛する者の傷つく姿すら快楽に変え、ルプスレギナは嗤う。

 

 

/*/

 

 

 

火球の爆炎と真空斬りの暴風で視界は悪い。

人間と超える嗅覚と聴覚を持つ人狼とは言え、標的を追い続ける事は難しい。

ルプスレギナは飛ぶか、ここで待ちうけるか考え、飛ぶことを切り捨てた。

 

同じ《飛行》の魔法を使えば、速度は一緒。追いつかれること無く一方的に遠距離攻撃が出来る。

 

一方的に嬲る事が出来る筈だが、自分の愛するいと高き青い人狼がその程度で終わる理由がない。

思いもつかぬ奥の手で撃ち落とされるのが落ちだ。

 

レベルで上回っていようとも、相手は圧倒的な戦闘巧者。

自分が弱者であると知るが故に史実のシャルティアと違い油断はなかった。

 

 

周囲を《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》の白い光に包まれ、油断なく噴煙の奥を見据える。

 

 

噴煙を突き抜け、真っ正面からジョンが飛び出してきた事に一瞬驚くも、ジョンには《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》を貫く術が無い事を思い出す。

そのジョンが獰猛に笑いながら言う。

 

「これさ。ユグドラシル時代に思ってたんだけど、魔力壁で物理と魔法の攻撃を遮断する割りに(チャット)は通るんだよなぁ」

 

武器である鉤爪の生えた手を翻し、両手の平をルプスレギナへ向ける。

左手を前に右手を後ろに。両手が複雑な、けれどシンプルな動きをしながら、障壁に叩きつけられた!

 

 

「裏当て、浸透勁、徹し……まぁ、衝撃を通す技法と衝撃波を発生させる打撃を合わせて、障壁を殴ったら中はどうなるかな?」

 

 

そしてジョンは叫ぶ。《リリース/解放》!《エンラージ/大型化》!!

 

低レベルの魔法と高レベルの技法。

《エンラージ/大型化》は第一階梯の一時的にキャラクターのサイズを拡大する魔法にすぎない。若干物理攻撃にボーナスが入る事から、低レベルでは重宝される魔法だ。

しかしである。

現実となった今では、拳の威力は質量×(速度の二乗)であるから、インパクトの瞬間に発動させれば、それが1.5倍の大型化であっても体重は体積に比例する。体積はスケールの3乗に比例して変化する。

つまり、インパクトの衝撃は3倍を優に超える。自らの身体への負担は人狼の再生能力でカバーできる。

 

 

物理攻撃を受け付けない障壁が軋んだ様な気がした。

 

 

「なにを……」

 

言いかけたルプスレギナは頬にそよ風を感じた。そして、衝撃。

シェイカーに放り込まれたように、竜巻が出現したかのように、障壁内部の空気が荒れ狂う。

空気そのものが振動し、身体が、脳が揺さぶられる。

 

朦朧とする意識の中、身体制御の主導権を宝珠に渡す。生身と違い頭脳が固体で出来ている死の宝珠に脳震盪はあり得ない。

 

死の宝珠はすぐさま《フォース・サンクチュアリ/力の聖域》を解除。再度展開する。

次の展開はジョンを中心に閉じ込めるように。

 

 

再びジョンの《リリース/解放》!の声が響く。

《ミラーイメージ/鏡像分身》!!

 

左?死の宝珠の意識が左に向けられる。

「残念、右だ!」

 

一瞬で9体に分身し、ルプスレギナの意表を突く。直前の行動から左と見せかけ、意識の逆を突く。

魔術の使い手に対しては正面きっての物量よりも、不意をついた攻撃が有効だ。力ある意思の死角を突くのだ。ウルベルトの教えは今もジョンの中で生きていた。

ジョンを捉え損ねた《フォースサンクチュアリ/力の聖域》が背後で空しく展開される。

 

「物理無効の敵と戦った事が無いと思ったか。俺たち(四十一人)をなめるな!」

 

 

《リリース/解放》!《レイスフォーム/幽体化》!!

 

 

 

/*/

 

 

――豪と音が立つ。

 

「******!」

 

声にならない絶叫が響いた。目の前にジョンが立つ。ありえない光景に虚をつかれたルプスレギナの頭部にジョンの右腕が入り込んでいた。

第三階位《レイスフォーム/幽体化》で幽体化した腕はそのままルプスレギナに憑依していた幽体化していたシャンを鷲掴み、力づくで引きずり出す。

 

同時に《ブラックホール/暗黒孔》を死の宝珠がルプスレギナに。シャンが最後の力を振り絞って《アザトースの召喚》を行った。

シャンの《アザトースの召喚》で変質した《ブラックホール/暗黒孔》は周囲を自らの中心に落としていく。

 

落ちていく。

 

区切られていた結界内の停滞空間そのものが《ブラックホール/暗黒孔》となって、停滞空間の全てを飲み込んでいく。

 

 

「なッッッ!これは!?」

 

 

驚愕するジョン。その掌の中で握り潰されるシャンの最後の意志を人間風に訳するならば、『召喚したアザトースをゴーツウッドの森にある神殿へ送り出せれば良い。それが母星を失い、残され、逸れた仲間へ、己が出来る唯一の……』そういったものだった。

召喚されるアザトースに《ブラックホール/暗黒孔》を通じて、ルプスレギナとジョンを生贄に捧げ、召喚したアザトース(の一部)を抱えたザイクトイエの怪物は生体宇宙船となって、同胞の元へ、ゴーツウッドの森にある神殿へ宇宙を飛んでいく。

本来であれば、停滞空間を以てアザトースの一部(マイクロブラックホール)を制御する。しかし、停滞空間を維持するナーガ達を半ば解放されてしまっている現在、不安定な《生体宇宙船=ザイクトイエの怪物》はどこまで飛べるのか誰もわからない。

むしろ、ブラックホールの制御を失い墜落。世界がアザトース=ブラックホールに飲み込まれる危険すらあった。

 

 

ジョンにとって自分を犠牲にしても仲間の為にってのは共感できるものだった。

俺も仲間の為に出来る事があるなら、それをやり尽くしたいって、ずっと思ってやってきた。

だからって、俺の大事なものをくれてやる気は無い。

 

あの現実のように何一つ手に出来ず、何も守るものがなかった頃に戻って溜まるものか!

 

アザトース=ブラックホールに飲み込まれながら、ジョンは自己変身を解除。《天地合一》を発動。《飛行》を発動。

飛びながら、世界級(ワールド)アイテム大地を揺るがすもの(フローズヴィトニル)を発動し、サイズを最大化。100倍化された歩幅で空気を蹴って空を駆ける。

先に飲み込まれたルプスレギナをそっと手にすると、円錐型の雲(ベイパーコーン)を発生させながら、飛び、空を駆ける巨大な人狼。

それでも世界は遠のき、アザトース=ブラックホールに飲み込まれていく。

 

 

「まだまだぁッ!……モモンガさんッ! 間に合えぇぇぇッ!」

 

 

限界まで加速し、そこからルプスレギナを放り投げる。そこまで加速した膨大な運動エネルギーを託されたルプスレギナはアザトース=ブラックホールの外に放り出された。

同時に停滞空間が無くなったことで《上位転移》で、宙に転移してきたモモンガがルプスレギナをキャッチした。

しかし、ルプスレギナを放り投げた反作用でジョンは一気に引きずり込まれる。

 

 

「俺たちの戦いはまだまだこれからだああぁぁぁぁ…………」

 

 

ジョンの叫び声がドップラー効果で低く小さくなっていく。

 

「ジョン様ぁぁぁぁぁッ!!!」

「ジョンさーーーんッ!!!」

 

ルプスレギナを抱えたモモンガの悲鳴。抱えられたルプスレギナの悲鳴も虚しく。

《天地合一》の青銀色の光が巨大で空虚な虚空の孔へ飲み込まれ、呆気ないほどに簡単にそこには何もいなくなる。

 

 

「――おい、どうするんだ。これ?」

 

 

モモンガの絞り出す声が空しく響いた。

 

 

end.

 

 

まだ、終わりじゃないぞい。

もう一寸だけ続くんじゃwww

 




ブラックホールに飲み込まれたジョン・カルバイン。更にそのブラックホールの制御は半壊していて、宇宙空間に離脱する前に制御が壊れれば、星を飲み込む立派なブラックホールに成長しかねない。
世界の危機!だが、我らがモモンガは友を失った悲しみに膝をつく。
どうなる世界?どうなる我らがナザリック地下大墳墓!?

次回本篇:「第34話:横っ面を引っ叩くのは女神です。」


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第34話:横っ面を引っ叩くのは女神です。

駄犬がいなくなったら、シリアスしか出来ない!つらい!


 

 

「――おい、どうするんだ。これ?」

 

 

モモンガの絞り出す声が空しく響いた。

停滞空間丸ごとブラックホールに吸い込まれた為、球状に抉られた大地。その縁にモモンガとルプスレギナはいた。

 

二人きりだ。

 

騒がしい駄犬の姿はない。

夜明け前の最も暗い時間帯。穴の底は見通せない。いや闇を見通す死の超越者の眼ならば見通せるだろう。

だが、その暗闇の底に騒がしいジョンの姿はない。どこにも……ないのだ。

 

そのまま時間が過ぎ、モモンガの呆然とした意識が平常に戻ってくる。

「糞が!」

緊張感が落ち着いてくると、モモンガが感じたのは強烈な憤怒であった。アンデッドになってから強い感情は抑え込まれるようになった。しかし、抑え込まれても、瞬時に新しい憤怒がモモンガの元へと戻ってくる。

仲間を失った喪失感よりも、失った事に対する憤怒が次々と心の奥から湧き上がってくる。

「糞!糞!糞!」

モモンガは何度も大地を蹴り上げる。

尋常ではない肉体能力の高さから、大量の土が蹴り出される。周囲に凄まじい土煙があがる。それでもモモンガの憤怒は収まらなかった。

 

自分を諌める声が聞こえたような気がするが、気にもならなかった。

 

微かな振動が足元から響いてくる。やがて、それは徐々に大きくなり、巨大な魔獣が唸るような音となって、抉られた大地の底から巨大な魔樹が姿を表す。

それは高さは数百メートルに及び、金属的な灰色の木に似た触手をうねらせるの肉食性の異生物だ。

 

ザイクロトルからの怪物。

 

それは幹の中心にブラックホールを抱えていた。抱え込まれたブラックホールは飲み込んだ大地と大気を咀嚼し、降着円盤を形成し、クエーサー反応により高エネルギーの宇宙ジェットを噴出させていた。ブラックホールの無限の潮汐力により飲み込まれた大気と大地は素粒子にまで分解されながら、落ち込む際に摩擦によって1億度もの超高熱となるのだ。

停滞空間で減速された宇宙ジェットは十万度のプラズマジェットとなって、これまでザイクロトルからの怪物がエネルギーを吸収していた地脈、マグマ溜りへ逆に膨大なエネルギーを注ぎ込みながら、シャンの最後の命令に従いゴーツウッドの森にある神殿を目指し、大地を割って地表へ姿を現したのだった。

 

「糞!お前か!お前のせいでジョンさんは!」

 

眼窩の赤い光をさらに赤く光らせながら、モモンガは周囲を見回す。

いつの間にかアルベドをはじめ守護者達が揃っていた。モモンガの憤怒に当てられてか、アルベドたち守護者の表情には怯えの色が濃い。

モモンガは構わず手を上げた。この憤怒の原因を叩き潰してやるのだ。

 

「お前たち……命じる……こ……」

 

怒りのあまり途切れ途切れになる言葉でモモンガが命令を下そうとした時、すぱーんと小気味良い音が響いた。

 

 

 

/*/

 

 

 

「モ、モモンガ様、お怒りを御静め下さいませ!」

史実ならばモモンガの憤怒に触れて怯えるだけだった。だが、いまのアルベドは『――お前は、俺達の誇りだよ』そう言ってくれた至高の御方の言葉。愛する人を愛する為に創造されたと知った喜びが、彼女を強くしていた。

初めて見る絶対の主人の憤怒に腰が引けないと言えば嘘になる。それでもなすべき事をなせるのだ。

怒りに我を忘れ、僕達へ命令を下そうとしている主人へ、アルベドは平手打ちをくらわせた。驚いたように、あるいはスイッチが切れたように、静かになった主人の姿に守護者たちが色めき立つ。

 

「アルベド!乱心したか!」

デミウルゴスの声に、コキュートスの斬神刀皇、シャルティアのスポイトランスがアルベドの首と胸に突き付けられ、アウラの鞭が腕に絡まり、マーレは杖を構えた。

「私は至高の御方々より、殺意叛意を含めた全てを許されています!」

責める言葉にアルベドはヘルメス・トリスメギストスに包まれた大きな胸をさらに大きく張り応えた。

「はぁッ!?」

なんだそれは?どういう……言葉通りの意味なのかと、呆れた声が上がった。

続いてデミウルゴスが言葉を発しようとしたところで、モモンガはようやく自分が絶対の主人らしくない言動をした事を悟る。冷静さが急速に戻り、出来もしない息を大きく吐き出す。心に宿った身を焼く炎を、吐き出すつもりで。

 

「……その通りだ。アルベドの全てを許すと言った私の言葉に間違いはない……すまないな。少しばかり我を忘れたようだ。今の失態は忘れてくれ」

「とんでもございません。それよりも私のお願いを聞いていただき、ありがとうございます!もしモモンガ様が忘れよと命じられるのであれば、全てを忘れます。ですが――ご覧下さい!」

 

 

喜色満面のアルベドの指さす先、ブラックホールの中心で赤く輝くクエーサー反応による宇宙ジェットとは別に、中心を外れた位置に緑がかかった青銀色の光があった。

 

 

「あれは……まさか……」

「カルバイン様の《天地合一》の光だと思われます!」

信じられない。信じたい。縋る様なモモンガの声に、背中を押すようにアルベドの声が続く。守護者統括は続ける。

「ブラックホール内部では空間が歪んで座標特定が難しいのでしょう。《大魔術師の魔除け/アミュレット・オブ・○ードナ》を使っての《転移門》での脱出こそ出来ないようですが、至高の御方の命脈はいまだ途切れておりません。

 

『泣くな、アルベド。何処にも行かないし、何処にも連れて行かない。

 俺はこれまで通り、モモンガさんとアインズ・ウール・ゴウンを守る』

 

そう仰って下さった方がどうしてこの程度(ブラックホール)でお隠れになりましょう」

 

光のドップラー効果で真っ赤に燃える抱え込まれたマイクロブラックホールのクエーサー反応とは別に青銀色に輝く光が見える。もっともそれもこれから青から緑、黄色を経て赤に染まってブラックホールに飲み干されるのだが。

それでもアルベドは、ジョンが戻ってくる事を疑っていなかった。

 

 

 

/*/

 

 

 

《天地合一》の青銀色の光が巨大で空虚な虚空の孔へ飲み込まれ、呆気ないほどに簡単にそこには何もいなくなる。

その時にルプスレギナが感じたのは足元が崩れ落ちるような喪失感だった。

他の誰も何も浮かばなかった。ただ、ジョン・カルバインが失われた事だけが全てだったのだ。

 

「……ス……ルプスレギナ!」

「アルベド様ぁ……私、壊れ……」

 

だから、アルベドの声にも壊れそうな自分を訴えるので精一杯だったのだ。だというのに、アルベドは容赦なくルプスレギナの横っ面を引っ叩く。

 

「何を不抜けた事を言ってるの、この駄犬!顔を上げなさい!眼を開きなさい!いと高き至高の御方は……貴女の愛するカルバイン様はブラックホールに飲まれた程度で死ぬような御方ですか!?あの光はなんですか!?」

光のドップラー効果で真っ赤に燃える抱え込まれたマイクロブラックホールのクエーサー反応とは別に緑がかかった青銀色に輝く光が見える。

「貴方には僕としてやるべき事があります。立ちなさい。立って、女ならば愛する人を一番に考えなさい。

 僕として一番に創造して下さった方が消えない?

 そんなもの!消してしまいなさい!いと高き至高の御方々はそんな程度で貴女に失望しません。

 答えなさいルプスレギナ・ベータ!壊れようとした時、貴女の中に創造して下さった方がいたのか。創造して下さった方が去っても壊れなかった貴女が壊れようとしたのは何故か!」

 

それは天啓のようだった。

 

創造して下さった方が去っても自分は壊れなかった。なのに今、愛するジョン・カルバインが失われたと思った時、心は、精神は散り散りに乱れ、世界の何もかもが失われたように感じたのだ。

そこには一番も二番もない。

ジョン・カルバインが失われた事だけが全て、それ以外が入り込む余地は一切なかった。

 

(お許し下さい。獣王メコン川様。私、ルプスレギナ・ベータはジョン・カルバイン様を貴方様よりも愛しております)

 

不意に涙があふれ出た。

贖罪の、悲しみの涙なのか。それとも愛するものを愛していると思える喜びの涙なのか自分でも判らない。

ルプスレギナはアルベドの手に縋りつきながら、すすり泣いた。

 

 

 

/*/

 

 

 

暗闇の中、巨大な狼が虚空を疾走していた。

青銀色に光るその狼は背後の暗黒、赤い光から逃れるように遥か彼方の光を目指して疾駆しているのだ。

 

《モモンガさーーん!アローアロー!……ダメだ。繋がらない》

 

誰であろう駄犬ことジョン・カルバインであった。

鼓動は早鐘の如くドクドクと耳に煩く、肺は焼けるばかりに呼吸を繰り返し、転移前の不自由な体のように全力を振り絞ってなお背後の暗黒からは逃れられない。

リング・オブ・サステナンスなどを装備しているから、疲労による苦痛は無視できる。この状況下でもそれを少し寂しく思う。

 

《クィック・マーチ/早足》《ヘイスト/加速》《レッサー・デクスタリティ/下級敏捷力増大》《呼吸法》《残影》

 

自らの持てる魔法と特殊技術で出来うる限りの身体強化を行い世界級(ワールド)アイテム大地を揺るがすもの(フローズヴィトニル)を発動し、サイズを最大化。100倍化された歩幅で虚空を蹴って駆ける。

呼吸する大気も薄くなり、最早、自分が本当に呼吸しているのかも分からない。

超位スキル《天地合一》で取り込む外気も色もなく、光もなく、ただ虚空のみを吸い込んでいるようだ。

 

自分の行いに本当に意味があるのか?確実な死に向かう中で無駄な足掻きをしているのではないのか?

 

そんな疑問が浮かび、心が不安に塗りつぶされそうになる暗闇を、ジョンは唯ひたすらに駆け続けていた。

 

 

 

/*/

 

 

 

「ジョンさんの事で気が動転していた。もう大丈夫だ。この状況、タブラさんが以前語っていたものに酷似している」

そう言ってモモンガは守護者たちへと振り返った。内心では本当にそうなのか疑っていたが、それをおくびにも出さず言葉を続ける。

「あれはザイクロトルからの怪物。シャッガイからの昆虫の生体宇宙船だ。幹の中央に抱え込まれているブラックホールに飲み込まれた大地と大気は降着円盤を形成し、クエーサー反応により高エネルギーの宇宙ジェットとなって噴出する。潮汐力により素粒子にまで分解されながら、落ち込む際に摩擦によって1億度もの超高熱となる。それを停滞空間で減速し10万度のプラズマジェット推進で飛び立つんだったかな。ジョンさんが良かれと制御装置になっていた亜人を半分ほど解放してしまっているから、このまま飛び立てるか怪しいが、惑星上でこのブラックホールが解放されてはこの世界が無くなってしまうな。……デミウルゴスどう思う?」

 

まさかタブラGMによるTRPGシナリオそっくりだとは言えないが、ゲームが現実になっている今、それがモモンガには一番しっくりきたのだ。

 

「はッ!カルバイン様の《天地合一》の光が可視領域を外れておりませんので、いまだ事象の地平面(シュヴァルツシルト面)に落ち込んでいない故、救出は可能と判断いたします」

 

(本当に救出できるのか。100LvPC、NPCすげぇ。もう、タブラさんが本当にマインド・イーターでも驚かないぞ)

 

「現在、カルバイン様は《天地合一》を使っておられますが、これは周囲のエネルギーを自身に取り込むスキルであり、ブラックホールと内部でエネルギーを食いあってる状態であります」

「ふむ」

「ブラックホールが維持できない程にカルバイン様がエネルギーを喰らってしまうと、ブラックホールはホーキング輻射で加速度的に質量とエネルギーを失い、最後には爆発的にエネルギーを放出してブラックホールは消滅します。直接的な爆発もそうですが、ガンマ線バーストによって周辺の生態系は致命的なダメージを受けると予想されます。自然を愛するカルバイン様にとっては望まぬ結果かと。守護者の力を結集し、生体宇宙船を上空50万メートル以上へ誘導し、そこで殲滅するのが、最も最善かと考えます」

ホーキング輻射ってなんだっけ?ガンマ線バーストって何か強そうだな。

「……さすがはデミウルゴス。作戦を皆に説明してあげなさい」

「はッ!」

 

デミウルゴスの説明する作戦は一見難しいものではなかった。

アウラが周囲警戒を行い。

マーレのドルイド能力でザイクロトルからの怪物の幹を真っすぐに整える。シャルティアの《ゲート/転移門》で一気に上空へ転送するが、サイズが大きすぎるので出来るだけ真っ直ぐ打ち上げないと転送が難しくなりそうだからだ。

そして、出力不足から未だ飛び立てぬザイクロトルの怪物が飛び立てるよう幹を根本からコキュートスが切断する。

角度の計算などはデミウルゴス等の担当。連絡役としてルプスレギナも《精神結合》で参加。

 

最後に飛び立つ際の噴射炎からアルベドが特殊技術で全員をカバーして終わりだ。

 

《天地合一》の時間は数分間だが、停滞空間内部は時間が数十数百分の1にまで減速されているので、この場合は問題なし。

この作戦唯一の問題はジョンが自力でブラックホールを蒸発させられるかだけ。それを信じての作戦開始だ。

 

 

 

/*/

 

 

 

100LvのPCによる《天地合一》はジョンの想像以上に外気を取り込む。

内気と外気の合一と言う事は内気に相応しい量の外気を吸い込むのではないだろうか。

外気が薄くなるなか、それをブラックホールとジョンは取り合っていたが、それすらなくなった時にはどうなるのだろうか?

 

単純な物理法則を超えて、ブラックホールからも外気を取り込むのだろうか?

 

内気と外気が入り混じり、ジョンと世界が入り混じり、それが体内を循環し始める中、転移して初めての発動にあったような。奇妙な手応えがあった。

体内で高速循環する気が更に大きな回転体に縁を接して強制的に回転数を上げられる感覚。

自分が一つの渦でありながら、更に大きな渦に属す。あるいは小さな渦の集合体になる感覚。

 

自分の纏う世界が大きく顎を開けて、渦を飲み込んでいく。

《それ》は何か巨大な存在の一部をあたかも伝説のフェンリルが飲み干していくかのような感覚だった。

 

その刹那、背後の赤い光が揺らめき、末期の叫びをあげるかのように一瞬の後に爆発する。

 

ジョンは自らの視界が白く染まるのを見た。次の瞬間、自らがどこにいるのかが理解できなくなる。

渦に飲み込まれた枝のように、揉みくちゃにされ、平衡感覚がうまく働かない。それが何かジョンも理解できなかった。ただ白い光の中、激痛が襲いかかってくる。

防御をしようとしても体が非常に重く、動かすのが難しい。だが、ジョンは全身全霊をかけて動かす。これは不味いと理解できたためだ。

全身を丸め、両腕で身を守るように庇う。

 

 

爆発の衝撃に上下左右揉みくちゃにされる。揺さぶられながら、爆発の衝撃は常人どころかシモベですら跡形もなくなる力でジョンを遥か彼方に見える外の光へ向かって押し出した。

 

 

それは極限の爆発。

白い閃光が世界を染め上げる。

ブラックホール内部でなければ、生み出された衝撃波が大地を吹き飛ばし、舞い上がった土砂がキノコの形を空に作っただろう。

超熱波による致死領域はキロメートル単位にも及び、その範囲内に存在し、動く影はなかっただろう。

 

 

生きる者がいるはずがない、そんな中、形を保っているものが一人いた。

 

 

凄まじい爆発によって生じた超高熱波の中にいたが、世界級(ワールド)アイテムの力を全身に受け、巨大化していたジョンはほぼ無傷でそこに存在してた。

 

 

(うぇぇぇ、なんだ今の爆発?)

空気が無かったか薄かった為か、ほとんど音のなかった爆発が通り過ぎた後、ジョンは頭を振って気を取り直す。

そして停滞空間独特の押しつけられるような時間停滞の感覚がなくなっている事に気がついた。

(……停滞空間から抜けた?脱出できたのか?)

 

 

そして視線を上げた先、そこには……

 

 

/*/

 

 

 

視界一杯に惑星が広がる。

地平線は優美な曲線を描き、大陸は地図のように輪郭をあらわにしている。

雲を纏う惑星の大気の上、広大な範囲に渡ってオーロラが発生していた。それは蒸発したブラックホールから飛び出したプラズマ粒子によるものだったが、ジョンには自らを祝福する惑星の光に見えた。

上は赤、下は緑。その光のカーテンの東西の長さは数千km、厚さは約500m、下端は地上約100km、上端は約300から500kmはあるだろうか。この美しい光は大陸全土で観測できたと言う。

 

見上げる空も良いけれど、見下ろす世界も綺麗だ。

 

ほうと息をつくジョンの傍らに《ゲート/転移門》が開いた。同時に《ゲート/転移門》からアルベドとルプスレギナを従えたモモンガが現れる。

 

「ただいま、ルプー。

 ただいま、モモンガさん。

 ただいま、みんな(アルべド)。心配かけたな」

 

空には宝石をぶちまけたように無数の星々と月のような大きな惑星。

青く白い月と星の光に照らされた静かな美しい世界。転移してから何度も見ているが、夜毎にジョンが感動にうち震えている世界。

 

「あまり心配させないで下さい」

「いやー、さすがに今回はダメかと思ったね」

 

ジョンののんきな物言いに、モモンガのスタッフを握る手に力が込められる。《火球》で突っ込みを入れるか迷う。

そんなモモンガをよそに自分が落下しつつあることに事に気がついたジョンは、《飛行》の魔法を使って落下を食いとめていた。

モモンガはその変わらぬジョンの姿に強い安堵感がこみ上げてきた。胸をなで下ろし、精神が安定化されるのを感じる。

 

「……それより、ルプスレギナに言うべき事を言ったんですか」

「それな!」

 

そもそもの大本。この大騒ぎの原因となったのはなんだったのか思い出し、静かな声で問い詰めれば、「それな!」と明るく返してくる姿にモモンガは脱力した。その言葉にアルベドがこの駄犬様は!と言わんばかりに表情を崩す。

そんな至高の御方々の会話に意を決したルプスレギナが割り込んできた。

 

 

「ジョン様!私、ルプスレギナ・ベータは御身をお慕いしております。誰よりも……創造者たる獣王メコン川様よりも、愛しております。どうか、どうか、お傍に置いて下さいませ」

 

 

「……」

「……先に言われてやんの。このヘタレ。ぷっ」

 

思わず沈黙したジョンへ、唇がないので噴き出せないモモンガが言葉でぷっと吹き出し見せる

 

《いや、いやいやいや、友人の前で大告白会とか、どんな罰ゲーム!?》

《さぁ、駄犬(ジョン)さん。早く答えてあげたらどうですか?》

 

心配させた意趣返しか。内心溜息をつく。これから言うべき言葉を思うと赤面が止められない。

それでも獣毛に覆われた狼頭なら、赤面していることにも気がつかれまいと思い。努めて冷静な声でルプスレギナへ告げた。

 

「ルプー。俺もルプスレギナ・ベータを愛している。獣王メコン川さんに返せと言われても決して返さないぞ。お前は俺のものだ。俺の傍にいてくれ」

「はい!」

 

ぽろぽろと涙をこぼしながら、ジョンの胸に飛び込んで泣くルプスレギナ。

 

《あージョンさん》

《なんだよ。今いいトコなんだけど》

 

胸の中で泣きじゃくるルプスレギナに、自分をここまで真っ直ぐに愛してくれる人の姿に、感動し、彼女を抱きしめる腕に力がこもる。

自然とルプスレギナにキスをして……口の構造上、鼻先をちょんと触らせる程度だったが……その涙をなめ拭き取っているところだった。

 

《ルプスレギナですけど、守護者たちと《精神連結》したままですから、みんな筒抜けですよ》

《ちょッッッ!?謀ったな!モモンガさん謀ったな!!》

《ふふふ、君は良い友人だが駄犬なのがいけないのだよ》

 

 

何時だって物語はこう終わる。

二人は末永く幸せに過ごしましたとさ。

めでたしめでだし。

 

 

 

リア()爆発しろ!

 




これで私のジョン・カルバインとルプスレギナ・ベータの物語は一区切りになります。
一応、リザードマン編とか王国編とか帝国編も考えてはいるのですが、アニメ2期始まる前に一区切りつけられてほっとしています。
難しいこと考えないで開拓編をだらだらと書きたいですね。

ご閲覧ありがとうございました。<(_ _)>


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第4部
第35話:うちはほのぼの24時です。


2017.11.27 ナザリック時刻7:14加筆。《姿隠しの兜》
2020.11.28 全面的に差し替え。元の35話は後で修正して再度投稿予定。

もう何年も夢の中にいるような状態でした。

拙い文章だけど続きが書きたくて差し替えて書き直します。



朝食を終えたジョンはナザリック地下大墳墓第九階層の私室を出て、モモンガの私室へ向かう。

住人が2人しかいないロイヤルスイートにはかつての騒がしさはなく、静謐さだけが漂っていた。かつてを知る身としては寂しい限りだが、いつかまた活気を取り戻してやると密かに思いながら、ジョンは歩を進める。

モモンガの私室のドアの前に立つと、供をしていたルプスレギナが素早く前に出てモモンガ番のメイドたちに取次ぎ、彼女たちによって扉が恭しく開かれた。

 

友人を訪ねるのに「モモンガさん、おっはー」と軽く扉を開けられないのが残念であったが、メイドたちの誰もが誇らしげに「くぅ、私、仕事してる!」という感じで自分の仕事ぶりを喜びと共に噛み締めていて、それでジョンはこの自動的手動ドアのシステムを愛おしく見守っていた。

 

「モモンガさん、おはよー!」

「おはようございます、ジョンさん」

 

ジョンは執務机でアルベドから報告を聞いていたモモンガへ挨拶しながら、真紅の絨毯を進むと応接セットの重厚なソファーに腰かける。同時にルプスレギナへ珈琲を頼み、応接机に回ってきた報告書を手に取り新聞代わりに目を通し始めた。

朝食のバフ効果が切れる前に読んでおかないとデミウルゴスやアルベドの難解な報告書が頭に入ってこないのがジョンの秘かな悩みであった。「素で読み解けるモモンガさんすげぇ」とジョンは思っていたが、モモンガも涙目で読んでいるのは秘密である。

 

朝の定時報告が終り、こちらへ顔を向ける余裕の出来たモモンガへ向かってジョンはおもむろにルプスレギナの左手をとると掲げて見せた。実に清々しい気分だった。

 

「俺たち結婚しました!」

 

「……は……?……」

ジョンとルプスレギナの左手薬指には結婚システムで使われる指輪が燦然と輝いていた。

それを認めたその瞬間、モモンガはこの3日で調査していた事全て。特にマスターソースで確認していたルプスレギナがレベルアップしていた事も頭から抜け落ちた。

 

「3日ぶりに出てきたと思ったら!あんたって人は!なんだそれ!聞いてませんよ!」

 

衝撃の余り素の鈴木悟が出ている。

アルベド、メイドたち呆然。

 

「そりゃ本邦初公開だもん。あの後、部屋に戻ってヤる事ヤって、朝チュンしてプロポーズしたんだZE!」

かたわらのルプスレギナを見下ろす。それは優しい眼差しだった。

自分を慕ってくれる気持ちを受け入れる。自分が慕う気持ちを受け入れて貰う。それがこんなにも尊い気持ちに、満たされた気持になれるとは思わなかった。

 

「ZE!(ゝω・)キラッ☆とか言えば許されると思うなよ!」

 

脊髄反射で叫び返しながら、モモンガの内心は散り散りに乱れていた。

 

え? なんでコイツこんなキラキラしてるの?

リアルになった獣人だから、リア獣とでも言うつもりか!?

こんなので精神が沈静化すると思うなよ!

 

…………ふぅ。

 

同じオタクだろう!?

オタクってもっとくすんでるだろう。纏えよ! 絶望のオーラ!(Lv5)

 

落ち着くのには意外と時間が掛かりそうである。

 

/*/

 

 

変らぬジョン・カルバインの姿に安堵の息をついたモモンガであったが、その後に続くルプスレギナの姿に声を失った。

彼女は真紅の髪を高く結い上げ、そのうなじを晒すばかりではなく……あろうことか肩を大胆に露出し、身体の線が丸見えなボディスーツ……所謂バニーガール姿だったのだ。

 

モモンガは、あー自分も機会があれば女性NPCに着せてみたい服装として収集した覚えがあったなぁと、遠い目になって感慨にふける。

 

近くから舌打ちが聞こえた気がするが、気にしてはいけない。引っ越しの際に自分のコレクションを隅々までチェックされたなんて事はないのだ。自分を好いている絶世の美女に己の性癖をチェックされるとか、酷い罰ゲームである。

 

新聞代わりの報告書の散らばる応接セットに座るジョンは、珍しくシガーケースを取り出して重厚な葉巻を取り出した。

 

「おや珍しい」そう声を掛ければ「まぁな」と二カッと上機嫌に返してくる。

 

素早くルプスレギナがシガーカッターを取り出し、ジョンが持ったままの葉巻の吸い口をカットする。

大狼男と美女の身長差が大きいので残念ながら前かがみとはいかなかったが、モモンガはジョンの視線がルプスレギナの大きな胸の谷間に注がれているのに気が付いていた。

 

こいつは……と思いながらも、少しは人間らしい欲が残っているか? モモンガもついジョンの視線の先を追っていた。

 

そのルプスレギナのすべらかな胸の谷間にはライター。少しカップサイズが小さいのか窮屈そうにカップにおさまっている果実の谷間のライターをルプスレギナは摘み上げる。

そんな動きにも3日前には感じられなかった色気が感じられ、それはモモンガをしてドキっとさせられた。

 

「失礼します」と火をかざせば、ジョンは葉巻を斜めに傾けて先を満遍なく焦がしていく。全体が炭化したあたりで再び遠火で……今度は息を吸いながら火を点す。

口から鼻へと重厚な煙を通し、ジョンは、その味、苦みを味わって息を吐く。

 

葉巻の匂いか……メイド達が掃除のし甲斐があると喜びそうだなと、広い執務室へ広がる紫煙を見送るモモンガは「こいつ……イイ空気すってんなぁ」と肩をすくめた。

 

/*/

 

「イヌ科のコレって持続時間凄いのな。最初ルプーが気絶してたのも気が付かなかったわ」

「……友人の赤裸々な話を聞かせられるとか、どんな拷問ですか?」

女性もいるのに何を言い出すんだコイツと、嫌そうな視線をモモンガが向ければ「ワリィワリィ」と頭を掻くジョンだったが、続く言葉にモモンガは目を剥いた。

「あ、あと特別な……ってリクエストに応えて、ちょっとアウラに手伝って貰ったんだけど……」

「アウラ!?アウラにまで!?……貴方、ぶくぶく茶釜さんに殺されますよ」

 

「(。´・ω・)ん?……って、違うわッ!!第1階梯の使い魔召喚を使うのに4km四方の小動物散らすのを手伝って貰ったんだよ!!」

 

「ああ、そういうことか。……何か使い魔を?」

「使い魔召喚で使い魔を選ぶのに効果範囲内に指定の小動物しかいない状態にして、望んだ動物を使い魔にする方法があったじゃん?」

「ありましたね」

「だから、効果範囲の小動物が黄金の林檎を食べて小動物(子犬)になったルプーだけの状態を作って、使い魔召喚をやってみたんだ」

「ふむ」

「結果は無事成功。今の俺たちの間にはマスターとサーヴァント(使い魔)のラインが通じてる」

「そんな事が可能とは・・・ああ、アルベド。期待させて悪いが、私は使い魔召喚は持ってないからな」

 

仕方なしとモモンガは、熱い視線をモモンガへ送りながら分をわきまえ隣に立つアルベドへ声を掛ける。

 

「ですが、主従関係がなくとも魔術師は体液の交換でマナをやり取り出来るとか?万一に備えて私とラインを繋いでおく必要があるのでは!」

 

わきまえた分は旅立ったようだった。

熱く語るアルベドにモモンガはやれやれと肩をすくめてみせる。

表情の無い身体で感情を表現するのに大分慣れてきたようだった。

 

「そもそも私に体液はない。

 大体、魔術師は体液の交換でマナをやり取りできる?……誰だ?そんな事を教えたのは?」

 

「ペロロンさんじゃね?」

 エロゲ大好きなメンバーの名前をジョンがあげるも、当のアルベドの口から出た答えは……

 

「お父様から教えて頂きました」

 

「タブラさ―――ん!?」

 

/*/

 

バニーガールを侍らせ、葉巻と珈琲を楽しむジョンだった。

気分良さげに口を開く。

 

「なんだか凄く気分が良いんですよ。全能感?って感じが溢れてて、今ならヨトゥンヘイムとも良い闘いが出来そう」

「童貞卒業特有の躁状態では?」

 

それだけ好き放題してれば、そうだろうよとモモンガの返答は冷たい。

 

「……言ってくれる。そういう自分はどうなんだ。骸骨野郎」

「何を言ってるのかわかりませんね。……ところで、ユリとペストーニャ、ニグレドから村に孤児院と学校を作って欲しいと要望がきてますよ」

 

「話逸らしてない?」

「いいえ、ちっとも」

 

ユリとペストーニャ、ニグレドからダーシュ村に孤児院と学校を作って欲しいと要望が上がってきていたのだった。

モモンガ、アルべドは反対。ジョンは賛成。ルプスレギナは守護者ではないので運営に関わる事に発言はしないでいた。

 

「心配するほど高度な教育はしないよ」

 

ジョンは読み書きと四則演算。農業に必要な知識を教える程度だと説明する。

とはいっても、現地の文字を読み書きできないので、法国からの情報と合わせ、クレマンティーヌが高度な教育を受けていた事が分かったので、場合によってはクレマンティーヌに子供たちに教えさせるつもりだと言う。

嗜虐趣味の人間ににこやかに子供たちの面倒みろとかどんな嫌がらせかと笑う。ついでに拾ってきたブレインも農民の出で読み書き出来ないので教育したいとも。

 

「……ダーシュ村の中の事ですから、ジョンさんの意見を優先しますが知識は武器ですからね」

 

「そうだねぇ。ユグドラシルでは知識と情報は大きな武器になったものな」

「今は素朴な人たちでも教育が行き届けば不平不満も増えてきます。その時、どうするかも考えて下さいね」

 

まぁその時になってから対応するのは自分たちなんだろうなぁと思いながら、大丈夫わかってる!と胸を叩く駄犬を眺めるモモンガだった。

 

/*/

 

モモンガとジョンの話は尽きる事無く続く。

「……ところでジョンさん、なんだか大きくなってません?なんだか上半身の厚みに違和感が……」

そう。

モモンガから見て、ジョンの上半身は3日前に奇跡の生還を果たした際と比べて一回り厚みを増したように見えたのだ。

それは愛しいもの、守るべきものを得て、精神的にジョンが成長したと言うことなのか。

「え?」

そう言われたジョンは、まさに今気が付いたと言う風にぺたぺたと自分の胸板を触り始めると、腕を後ろに回したり、上に伸ばしたりしながら、全身を触る。

「ん?んーん~なんだこれ?」

爪を伸ばして何か所かを突き刺すようにかいて、なんらかの違和感に今気が付いたと言う風に首を捻っている。

どうやら目の錯覚ではなく本当にジョンの身体が一回りごつくなっているようだ。

 

「硬い……ひょっとして、これヨロイか?なんてこった……イノシシじゃあるまいし」

「ヨロイってなんですか?」

 

ジョンはそっと目を逸らした。

 

「オイ」

またなにかやらかしたのかと自然とモモンガの声が冷たくなる。

 

「……えーと一部の野生動物では発情期になるとオス同士の戦いで致命傷を負わないように皮下脂肪を硬化させるのがいるんです。人狼も……そうなるとは知りませんでしたが」

「発情期?」

「発情するような事したんだよ。言わせんなよ」

 

恥ずかしい。

 

言外にそういったジョンを今更に何をいってるんだと、モモンガはバッサリ切り落とした。

 

「それで、ルプスレギナにそんな格好を?」

「似合ってるだろ」

 

そんなことをさせてるのは恥ずかしくないのか胸を張って誇らしげに語るジョンを尻目に、モモンガはジョンの傍らのルプスレギナへ目を向けた。

バニーガール姿のルプスレギナ。オーソドックスな黒いウサギをモチーフにしたウサ耳型ヘアバンドを付け、ウサ尻尾付きの肩出しボディスーツに網タイツだった。

似合ってると言われたのが嬉しかったのか、誇らしげににっこりと笑顔で礼をしてみせるルプスレギナを前にして、モモンガは「セクハラじゃ……」と言いかけたのを飲み込んだ。

 

改めて見る。健康的な小麦色の肌、細い首、なまめかしい鎖骨、カップに収まった豊かな胸、くびれた腰、張りのあるヒップ、柔らかさと優美さを兼ねそろえた曲線を描く脚、きゅっとしまった足首……。

 

ふむ……と、モモンガは顎に手をやって考え込む。精神効果無効で本来は湧き上がるリビドーなどは抑制されているが、仲間たちが心血を注いだNPC。その美しさ、魅力は十分に感じ取れた。

なにより、ジョンに褒められ、その大きな肉球ハンドで頭をわしわしと撫でられて金色の丸っこい瞳を満足そうに細めているルプスレギナと、得意そうな青い毛並みの人狼の組み合わせが愛おしく

 

「そうですね」

 

簡潔に答えただけでも、(物理的に)空虚な胸の内を愛しさが温かくしてくれた。それは風のない冬の日差しのようにじんわりとした温かさだったが、精神効果無効の呪いをすりぬけてモモンガの精神を温めてくれた。

 

袖を引くアルベド。唇を尖らせながら、小声で言う「モモンガ様がお望みとあらば、私も……」

完璧に見えるアルベドも嫉妬する事があるのだなと、その対象が自分である事を気恥ずかしく思いながら骨の手で

 

「そうだな……次の休みにはアルベドのファッションショーを見せて貰おうか」

 

そう言った。

その答えは勿論yesであった。

 




稲作楽しいです。
う〇こー!!!


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第36話:ほのぼのは西からやってこない

第四部から、ほのぼの生活がスタートだと言ったな?
私はそのつもりだった!!


その日、カルネ=ダーシュ村の風呂屋は異臭に包まれていた。

異臭……と言っても、バレアレ家に起因するものではない。その証拠に風呂屋は子供たちとチーム時王の声で騒がしい。

 

「おら、そこぉッ!まだ落ちてねぇぞ!」「ちゃんと洗ってー!!」

「はーい」「う〇こー!」「ち〇こー!」「くさー!」

 

そんな騒がしく排泄物の香り漂う風呂屋へやってきたのは、村に作られた孤児院での子供たち相手の塾講師を拝命したクレマンティーヌと生徒のブレインだった。

 

「神獣様~!ガキどもがこないんですけどー?」

「旦那ぁ、この強烈な臭いなんだい?」

 

法国の元漆黒聖典メンバーで高度な教育を受けていた事がバレたクレマンティーヌは、ここで子供たち相手+に読み書きと四則計算を教えるハメになっていた。なんといっても、法国、帝国、王国、聖王国など主要な人間種族国の読み書きが出来る上に割合高度な計算まで出来て、自然科学の知識まで持ってるのだ。法国の教育の高さに至高の御方もびっくりである。

これは拾い物と(調教の済んだ)クレマンティーヌはカジッチャンともども良いように使われてる。

農村出身のブレインはついでにお勉強のやり直しである。

 

他にもペストーニャとユリが、今後は子供たちに教える為に子供たちと一緒に勉強している。

 

「もうそんな時間だったか」

 

風呂場から、そう言って出てきたのは人間形態のジョンだ。

首からタオルを掛け、手に持ったズボンを履きながらの登場である。

 

「子供たちが孤児組と村人組で度胸試しで肥溜め渡りやってたんだよ」

 

孤児達、村の子供達の肥溜めの蓋(固まった糞尿)の上を歩く度胸試しをやって、何人目かで見事に失敗。

肥え塗れになった子供の泣き声で気が付いたジョン達チーム時王が、参加者全員を肥溜めに放り込み今は風呂屋で丸洗い中。

 

強烈な臭いは脱がせた糞尿塗れの服が放つ臭いらしい。

 

「今、ペストーニャとユリに黒板やらを持って、女の子たちと来るように伝えたから、悪いがこっちでやってくれ」

「神獣様がそう言うならいいけど……馬鹿な事やるんだねぇ」

男の子たちの面子を懸けた度胸試しが理解できなかったのか。首を傾げ、未だ少女の姿のままのクレマンティーヌに、ジョンが苦笑いで告げる。

「男はずっと馬鹿なんだよ。……ブレインだって、度胸試しやったことあるだろう?」

「凍った池を渡るとか、高いところから飛び降りたりとかか?まぁやった事がないとは言わねぇが……」

「同じさ」

 

そう笑いながら糞尿塗れの子供たちの服を桶で洗い始める。それを見咎めてクレマンティーヌは眉をひそめながら言った。

 

「そんなのメイドたちにやらせれば良いじゃん。わざわざ神獣様がやることないですよ」

「メイドたちの仕事場はナザリックだ。村の事、しかもこんなのをやらせるのは忍びない」

「神獣様の命令なら喜んでやると思いますけど……」

 

そういいつつも、モノがモノだけにクレマンティーヌもブレインも手伝うとは言い出せない。

ジョンは、水を替えながら一人分を洗い終えると汚れが残っていないか臭いを嗅いで、問題ないと頷くと第一位階魔術《小さな願い》で乾かしてたたむ。

そうして、次の汚れものを手に取った。

 

/*/

 

集会場には昼間だと言うのに村の主だった者達が集まっていた。

といっても、村長となったエンリ、ンフィーレア。相談役(前村長)に人狼形態に戻ったジョンの4名だ。

彼らが集ったのは第三王女ラナーの使いを名乗る5名の女性冒険者たちの話を聞く為だった。

 

「……なるほど、討伐軍がもうこちらに向かってるんですね」

 

エンリが冒険者のリーダー……ラキュースと名乗った女性の説明を一通り聞いてため息をつく。

冒険者5名とも金髪だったが、その中でもラキュースの金髪は一際輝いており、長く……ドリルだった。

その特徴的な髪をしたラキュースは、二十歳前で王国屈指のアダマンタイト級冒険者「蒼の薔薇」のリーダーだと言う。

 

「ええ。ですから、帰順するか逃げるか。……この村の空堀と防壁には驚きましたが、それでも村人しかいない。5千もの兵士に囲まれたらどうしようもありません」

 

考え込んだエンリ、ンフィーレア、相談役を前にラキュースはもう一度、帰順か逃亡を促す。

その隣で美味そうに苦みの強い黒々草茶を飲む青い毛並みの人狼だった。

 

「そっちの狼頭のあんた。ビーストマンなら強いんだろうけど、軍を相手にはどうしようもねぇぜ」

 

下手な男を軽く凌ぐ筋骨隆々の巨体と強面が特徴の……それでも肩までの髪を軽く結っているところに女性らしさが垣間見える……ガガーランがジョンへ声を掛けた。

脚運びや座ってる間の気の張り方などから力量を読み取ろうとしていたジョンはガガーランの気遣いに軽く手を上げる事で答えると。

 

「ありがとう。だが、俺の決定は一番最後だ。……約束したんでね。一緒に飯を食って、泣いて、笑って、戦って、生きようって」

 

沁み沁みとした言い様だった。

その語り口に思うところがあったのかガガーランがポツリと零す。

 

「……いい男だなぁ、あんた。童貞じゃないのが残念だぜ」

 

先日までのジョンならば「どどどどッ童貞ちゃうわッ!?」とキョドったこと間違いなしのセリフだったが、既婚者となった駄犬に弱みはない。大人の余裕でガガーランへ。

「それ関係あるか?まぁあんたのトコのリーダーは処女みたいだし……あんた、そーゆー趣味なのか?」そう返した。

「ちょっと!私を巻き込まないで!」

 

流れ弾に被弾したラキュースが頬を赤らめながら抗議してくる。

 

「リーダーが処女なのは、私の趣味じゃないよ」

「そうなのか?ふむ、美人なのになぁ。モテないのか」

残念美人なのかと、気の毒そうな表情を(人間には分かり難いが)作ってみせるジョンだった。

リーダーは処女。リーダーはお子様と双子がぼそりと呟いた。

「違います!婚前交渉なんて出来るわけないでしょ!」

「……婚前交渉…」「令嬢の自覚あったのか……」

 

ジョンは婚前交渉の物言いに、ガガーランは令嬢の自覚に対して呆然としてみせた。

そして、ジョンはアダマンタイト級冒険者「蒼の薔薇」のリーダーは王国貴族の令嬢であった事を思い出す。

 

「そういや、いいとこのお嬢様だったか。下世話な話してすまんね」

ジョンの軽い謝罪にガガーランが手を振ってなんでもないと答える。

そのガガーランにそれ以上なにも言わないラキュースに互いに信頼し合ってる様子を見て取り、ジョンは仲間たちを思い出してしんみりした気持ちになった。

「……ところで、そっちの仮面のお嬢さんは不死者(アンデッド)みたいだけど、パーティの知恵袋なのかな?」

なのでジョンとしては、ちょっとした話題転換のつもりだったのだ。言われた方は堪ったものではなかったが。

「なッ」「どこでそれを!」

「いや、だって、人間の臭いしないし……人狼は鼻が良いんだ」

ガタッと驚愕を示すように立ち上がった蒼の薔薇に「またオレ何かやっちゃいました?」と内心びっくりしながらも、自分の鼻先を指でついてみせる。

「知り合いの不死者(アンデッド)と同じなんだ。不自然に代謝の臭いがないところとか」

 

蒼の薔薇のトップシークレットを暴いた事で刃を突きつけられながら、青い人狼はニヤリと笑ってみせた。

そう……既に蒼の薔薇の残り2人。物静かな双子はジョンの不死者発言に間髪入れずジョンの背後を取り、左右から首に刃を突きつけていたのだ。

それに対しジョンは、あえて背後を取らせ、その動きから二人のクラスを忍者と推測していた。

 

あーこの娘たち盗賊かと思ってたら、忍者だったか。

 

そして、突きつけられたその刃を指先でつまむと、ジョンは軽く力を込めて二人を揺さぶり、二人の体幹の使い方から更に細かく力量を推測していく。

 

30Lvに届かないくらいかな?

 

「ティア!ティナ!」

 

ティアとティナの行動に村長エンリ、ンフィーレア、相談役が色めき立つ。

ただの村娘とは思えない気迫にラキュースは双子へ制止の声を掛ける。

 

ユグドラシルでは忍者60Lv以上にならないとなれなかったのに、ここでは最初から忍者とれるんだなぁ。

スキルツリーも違ってる可能性がある。面白いなぁ。

ラキュースが焦った声をあげているが、なんだろう?

Lv差がありすぎて、ダメージを負う可能性はゼロだから無問題なんだけどな。

 

「……わかった。でも、この狼が刃を放してくれない」

 

少し困ったような臭いがするティアかティナの言葉に自分がまだ刃先をつまんでいる事に気が付くジョンだった。

「ああ、悪かったな。こっちもびっくりしたんだよ」

「……ウソ。そんな風には見えない」

「臭いを嗅げ、臭いを。ちゃんとびっくりした臭いがしてるぞ(ウソです)」

「……人間の鼻はそんなに利かない」

 

そのやり取りを見ていたエンリがぽつりと、しかし、その場に染み入る声で、はっきりと告げた。

 

「カルネ=ダーシュ村は戦います」

 

「……エンリ村長」

「ラキュースさん、そんな表情(かお)をしないで下さい。今のお二人の行動を見て決めたわけじゃありません。

 ただ……逃げて、どうなります?逃げても、またその先で略奪されるだけです。行く当てだってありません」

 

死を覚悟した透き通る笑顔でエンリはそう言った。

 

「逃げても、残っても、今死ぬか。後で死ぬかの違いしかないんです。

 

【力の大小ではない。その覚悟こそ我は愛でよう。それこそが人の生き方だ】

 神様がそう言ったんです。そう言ってくれたんです。

 

 だから、私たちは戦います」

 

/*/

 

広場に村人たちを集めて、エンリは村人に討伐軍が向かってきているのを説明した。

今ならまだ逃げる事も出来ると……冬に向かいつつある今、村としては徹底抗戦を選ぶとも。

 

慈悲深いと評判の第3王女ラナーがエ・レエブルまでこれれば、助けてくれると言ってる事も合わせて明かした。

 

結果としては逃げる事を選んだのは全体の1割にも満たなかった。

ジョンの想定よりも相当に少ない。3割程度は逃げ出すかなと思っていたのだ。

 

気炎を上げる村人たちを眺めながら、ジョンはいつかのようにエンリへ問う。

「エンリはそれで良いのか?」

「遠くて道もわかりません。冒険者でもないのに、そんな遠くまで行けるわけないじゃないですか」

蒼の薔薇たちは討伐軍を追い越す為に危険を冒して《転移》を繰り返し、カルネ=ダーシュ村まで来たという(正確にはエ・ランテルまで《転移》で来て、そこからは早馬)。

帰りもまた第三王女の護衛の為に一刻も早く戻る為に《転移》で帰っていった。

 

座標制御がシビアな《転移》を繰り返す姿に、ジョンは切羽詰まった状況なのだろうなと思う。

ちょっとのミスでパーティ全員『石の中にいる』になってもおかしくない魔法なのだ。

 

カルネ=ダーシュ村の広場は村人達の声と音で騒がしくあったが、どこか空虚な――悲しみを抱え、堪えて、それでもあえて明るく振舞っているような、そんな空々しくも力強い空気があった。

 

「戦えない者は教会で守ってやるよ」

 

そのジョンに言葉に先の襲撃から生き残った男たちは笑って答えた。

ありがたい。そして今度こそ俺は、俺たちは、家族を守って戦える(死ねる)んだなと笑った。

 

それはエンリと同じ、死を覚悟した透き通る笑顔だった。

生命ある限り、こう生きてやろうと決意した笑顔だった。

 

ジョンの好きな表情で、モモンガが憧れる瞳だった。

 

だから、彼らの覚悟を見届ける為、彼らの忠誠心を試す為に、その時が来るまでは手出し出来ない自分を寂しく思った。

出来る事なら、彼らと肩を並べて、泥を啜り、血に塗れ、拳を握って、戦いたい。

 

/*/

 

蒼の薔薇が帰り、エンリが村人たちに覚悟を問うた翌日。

ジョンは風呂屋の2階でがっくりと膝をついていた。見事なorzである。

 

空堀に流す水と農業用水の水路作りだったが、測量は伊能忠敬の測量に倣い(実際は21世紀初頭の某アイドル番組)。測量器具、鉄鎖、方位盤、象限儀etcを用意し、図書館の司書達と連携。時王が昼間に測量した数値を夜間に司書達が製図する手筈だった。

 

「……もう、終わってる……だ…と……」

「リーダーが出稼ぎに行ってる間に用意して、もうやっちまったよ」

「い、1日の時間の測定は……」

 

世界の1日の時間は垂揺球儀を使って、太陽の南中から次の南中までの振り子の振動数を使って調べるのだが……

 

「垂揺球儀作って、天体観測もして、測定したよ」

「じ、慈悲は無いのか……?」

 

せめて距離は…?と問えば、インベントリに入っていた10フィートの棒を基準にしたと言われた。

 

「10フィートの棒……まさかこんなところでフィートに頼るハメになるとは……約3.048m」

「異世界探索の基準が10フィートになるとか、予想外でびっくりだよ」

 

「だいたい出稼ぎから戻ってきて、その後に3日も引き籠ってるからだよ。水路工事の最初くらいは出来たかもしれないのに……」

コークスが呆れた気味にジョンへ言う。

 

「朝チュンからのプロポーズしての3日間だぞ?そんなん引き籠るわ!」

「なら、諦めるんだねぇ」

 

眷属の優秀さが恨めしい。

ぶつぶつ恨めし気に、しかし、本気では無く呟きながら、ジョンはよっこいしょと座り直す。

そんなジョンへナーガンが問う。

 

「討伐軍どうするんだ?討伐隊じゃなくて軍だぞ。軍」

「リーダーがいれば余裕だと思うけど」

コークスはマイペースにジョンに代わって答え、ジョンは。

 

「……取り合えずは村人に任せて、俺は様子見……」

 

納得はしてるが、不満はある。その様子にナーガンが「なんでさ」と問えば、やはりコークスが口を挟む。

「村人がリーダーに依存しっぱなしになるから?」

「ん……犠牲が少ないと良いんだけどな」

 

多分、討伐軍が来るタイミングに合わせて自分はトンネル工事中で直ぐにこれない場所にいるだろうとジョンは打ち明ける。実際にはそればかりではなく、リザードマン征服やデミウルゴス等が建てた計画との兼ね合いもあってだが。

 

「俺たちは良いんだよな」

カルネ=ダーシュ村防衛戦に時王は参加しても良いのだろうと、最近、一部の村人と親密らしいヤーマが確認してくる。

「あーうん。いいけど、大した戦闘力ないんだから無理するなよ」

「殴る蹴るくらいは出来るさ」

 

今回は俺たちが村を守るぞ!

 

そう気炎を上げるメンバーを羨ましく思い、眩しいものを見るようにジョンは目を細めた。




ちょーっとまだまだ本調子じゃないです。
以前の投稿の半分くらいの量しか書けてないです。


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第37話:伏線は忘れた頃には忘れてる

2020.12.9 第二部ED:そして誰かが伝説へ
2020.12.9 第36話:ほのぼのは西からやってこない
     上記それぞれに1行ずつ追加。


ジョン・カルバイン語る。

 

セバスとソリュシャンを出張に出したのを忘れてたら、セバスに叛意ありとソリュシャンから連絡があった件。

デミウルゴス、コキュートス達が大激怒。と、言うかアルベドとルプー以外が大激怒。

モモンガさんはそんなハズないだろjkとマスターシステムでセバスのネームを確認。

 

結果は真っ白ネームだったのだけど、デミウルゴス達がどうしてもと言うので、パンドラをモモンガさんの影武者にして王都へ送り出した。

 

/*/

 

パンドラを待つ間、モモンガの執務室でジョンとモモンガは手持ち無沙汰で、取り留めもない会話を続ける。

「ボロボロの女性を拾ったって、それ……絶対たっちさんの真似しただけだよ」

「……真似ですか…」

「カルバイン様はセバスが意志を持って、至高の御方様の定められた限界を越えようとしているとは思わないのですか?」

 

不思議そうに問うアルベドへ、ジョンはないないと手を振ってみせる。

 

「セバスは脳筋だもの。そこまで考えてないって。ずっと、ナザリックにいて弱い者に助けを求められる経験がなかったから、弱弱しい声で『……助けて』とか言われて、コロっといっちゃったんだろ」

「だとしたら、それはそれで問題ですよ。誰彼構わず助けられても困ります」

 

と、モモンガはセバスを外に出すのは止めた方が良いんだろうか?と考え込み始める。そんなモモンガへジョンは軽く言葉を掛ける。

 

「経験を詰めば、もうちょっと上手く対処するようになるだろ……多分」

「……駄犬の多分は説得力あるなぁ、おい」

 

お前は村一つ拾ってきたろうと言外に滲ませるモモンガ。

 

「だが、後悔などしていない!!」

 

ジョンは分厚い胸板を大きく張って、偉そうに宣言した。

 

/*/

 

今日はいつも通りの戦闘メイド服を着用しているルプスレギナに用意させた珈琲を飲みながらジョンは呟く。

 

「しっかし、セバスが拾ってきた女性の名前……ツアレだっけ?うーん、まさかなぁ」

「どうしました?」

 

名前がどうしたのだとモモンガが不思議そうに首を傾げてみせた。

 

「いやさ。弟子たち(漆黒の剣)が探してるニニャのお姉さんの名前がツアレニーニャ・ベイロンなんだよ」

「おや。だったら良いですね」

「まーそうなんだけど、なんでもかんでも棚ぼたはあいつらの成長に良くないよなぁと思って」

 

珍しく難しく考えるジョンの姿にモモンガは笑った。

 

「そう難しく考えなくても……彼らも冒険者なんですから、なにかクエストを与えれば良いのでは?」

「それもそうだね。難しく考えすぎた」

 

再び、モモンガは笑った。

脊髄反射で生きてるようなジョンでも考えすぎる事があるのかと笑ったのだ。

 

「ジョンさんでも考えすぎる事があるんですね」

「そりゃないよ、モモンガさん。……ところで、ルプー。今日の珈琲はどこの?」

 

ジョンの問いにルプスレギナがそつなく答える。

 

「デザートに合わせて、ビターなスマトラ産の珈琲をご用意しました」

「うん。良くあってる」

 

そう言って、ジョンはカスタードプリンをスプーンで掬い、口に入れていく。

甘い香りと牛乳のコク、卵のまろやかさが砂糖の甘味を交えながら口の中で溶けていく。その甘味の中に苦みが混ざったカラメルが全体の柔さに筋を通し、コクを深めていた。

 

やっべ、スマトラ産コーヒーとか設定してたの忘れてた!

 

もっとも、内心は設定忘れで甘味ではなく苦味ばしっていた駄犬だった。

 

「村で砂糖も作れるようになったら、一緒にプリンも作ってみるか?」

「ジョン様!はい!喜んで!」

 

/*/

 

ジョンとモモンガは、モモンガの《上位転移》で王都の館へ転移する。

視界が王都の館の一室に変わると、セバス、コキュートス、デミウルゴス、ソリュシャン。その部屋にいた4人は一斉に跪き、頭を垂れる。

 

「出迎え、ご苦労」

 

モモンガはその手に持った、人の苦悶を浮かべるような黒い揺らめきが起こるスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを振る。それから机の後ろに回ると椅子に腰掛けた。

 

「立て」

 

4人は一斉に立ち上がり、非常に機嫌のよさそうなモモンガに視線を送った。

デミウルゴスの心配を『用心しすぎだが、その心遣いは嬉しく思うぞ』的な話をしている間、ジョンはセバスの様子を窺っていた。

強い緊張から汗を掻いたらしい臭いに混じって、なにか動揺したような臭いも感じられる。

緊張は兎も角、動揺ってなにかあったかな? とジョンが考えていると、セバスが「ツアレをどのようにしましょうか?」と聞いていた。

 

モモンガが少し考えている間に、ジョンはセバスに問いかける。

 

「セバス。そのツアレの本名……フルネームはなんと言う?」

「本名……フルネームで、ございますか」

 

セバスが唇を噛んだようだった。緊張と恥辱からの臭いが強くなったとジョンには分かった。

 

「うん。本人から聞きたい。何度もすまないが、連れてきてくれないか」

 

だから、セバスが何か言う前にそう言った。

一礼してセバスが出て行ったのを見送るが、セバスが出て行っても誰もセバスの事を愚痴らない。

そのデミウルゴス、コキュートス、ソリュシャンの姿にジョンは愛おしさを感じる。

 

「……人間だったら、ここで『セバスにも困ったものだ』と悪口大会になる所だぞ」

「人間如きと一緒にされては困ります」

「ああ、分かってる。お前たちはかわいいな」

 

ジョンのデミウルゴスへの可愛い発言にモモンガが呆れたように口を挟む。

 

「ソリュシャンは兎も角、デミウルゴスやコキュートスに可愛いはないでしょう」

「そうは言ってもさ。みんな俺たちの子供みたいなものじゃない?」

「……ああ、そうですね」

 

「かわいくて、愛おしい、俺たちの自慢の子供たち」

 

その言葉にデミウルゴス、コキュートス、ソリュシャンはぶるりと背筋を振るわせる。絶対なる主人にそういってもらえるというのは、生み出された存在からすれば最大の歓喜だ。

 

「アルベドにも言った事だけど、お前たちの選択(叛意)、お前たちの意志(殺意)を――俺は、俺達(至高の41人)祝福(許す)する。

 モモンガさんの言った全てを許そうってのは、そういう意味だよ」

 

感極まって、ソリュシャンは腰砕けになった。絶対なる主人の前で許される姿では無いが、最大の歓喜に、もう立っていられなかったのだ。

デミウルゴスとコキュートスは守護者の意地でか両足に力を込めて立ち続けている。それでもその身が震えているのは歓喜ゆえだ。

 

3人は絶対の主人の愛に触れ、これこそが何よりの賜り物だと確信していた。

 

/*/

 

扉がノックされ、そして開かれる。姿を見せたのはセバスとツアレだ。

 

「つれてまいりました」

 

ツアレが入口で小さく息をのむのが、ジョンには分かった。2度目の邂逅であるハズだが、それでも立っていられるとは済むとは胆の据わった女性だと思う。それとも地獄を見てきたのか。

部外者の姿にモモンガは支配者ロールに気合を入れ直し、ゆっくりと左手をツアレに向けて差し出す。それから手のひらを天井に向けると、ゆっくりと手招きをした。

 

「入りたまえ。――ツアレニーニャ・ベイロン」

 

その言葉に支配されるように、ツアレは1歩、2歩と震える足を動かし室内へと入る。本名を言い当てられ、驚愕したのだろうか?怯え、恐怖の他に、驚愕の臭いもジョンは嗅ぎ取っていた。

そんなツアレに対し、デミウルゴスは冷たく見据え――。

 

『ひざ――』

 

言いかけたデミウルゴスをジョンが手で制した。デミウルゴスは主人の意志を即座に理解し、それ以上の言葉を発する事を止める。

「申し訳ありませんでした」

デミウルゴスの謝罪にモモンガは笑って答えた。「気にする事はないとも」

 

「さて」椅子に深く座り、背もたれに寄りかかっているモモンガ。「私の盟友たるジョンさんが、ツアレニーニャ・ベイロンに聞きたい事があるそうだ。君がそうだね?」

 

カタカタと震えるツアレはなんとか口を開こうとしているようだった。

 

「わ、わた、わ、わたわたっしッ……」

「よい、ツアレニーニャ・ベイロン。無理に口を開く必要は無い」

 

(表層意識を《ESP》で覗いた限りでは、ツアレニーニャ・ベイロンで間違いないようですね)

(こっからどうしましょう。『妹を預かってる』とか言ったら、絶対に誤解されますよねw)

(言いたければ言って良いんですよ?)

(ところでツアレさん。セバスにキスしたのを心の支えにしてるようですね)

(!!こんのエロジジィ!!)

(貴方にはアルベドがいるでしょう。一人くらい見逃してやりなさい)

 

いつもの《伝言》を用いた同時会話をジョンとモモンガはしながら、まさかセバスに、後日ハーレム禁止令を出す羽目になるとは思ってもいなかった。

 

「ツアレ。お前はナザリックで働きたいのか?」

「……は、ははは、ははい」

 

涙目で震えながら、必死になって、こくこくと頷くツアレにジョンは《下位幻術》でニニャの姿を出して見せる。

 

「この者――セリーシア・ベイロンを知っているか?」

 

ツアレの呼吸が止まった。

しばしの時を置いて、かすれた悲鳴のような声と共に呼吸が再開する。

 

「わ、わた、わ、わたわたっしッ……わたっしッの……い、いも、妹でってんす……」

「良く答えた。後で再会させてやろう。この者――セリーシア・ベイロンはニニャと名乗り、今は冒険者をし、お前を探している。……俺の弟子だ」

 

ジョンの言葉にデミウルゴスたちが驚愕したようだった。

 

「セバス、良くやった。危うく俺の弟子の探し物が見つからなくなるところだったぞ」

 

/*/

 

「話は終わったかな?……私も、勿論セバスを疑ってはいなかったとも。とはいえ」疑っていなかったというところに非常にアクセントが置かれたものの言い方でモモンガはセバスに告げる。「お前を疑ったものを止めなかったのは事実だ。まずは許せ」

 

モモンガは言い終わると、机にくっ付くぐらいに頭を下げる。

 

「め!滅相もございません!全て私の不徳のなすところ!」

「その通りです。疑ったのは私達のミス!モモンガ様が謝罪する必要はありません!」

「その通りです!セバス様を最初に疑ったのは私!モモンガ様は謝罪するのではなく、私を罰してください!」

 

慌てて、詰め寄りかける部下達に手を挙げ、モモンガは黙らせる。それから再び自らの考えを述べた。

 

「その侘びとしてツアレはセバスに任せる。さて、デミウルゴス。先も言ったようにナザリックに害をなさない範疇であれば、ツアレの安全を保証するようにお前の頭を使え」

「畏まりました。帰還後、即座にツアレの話をナザリック内に伝えます。個人で行動しても危険が無いように」

「よし。以上でツアレの待遇は決まりだな、それで良いな、セバス?」

「はっ!」

 

 セバスは90度を超えそうな勢いで頭を下げた。モモンガへの忠誠心をより強く、セバスは感謝の意を示したのだ。

 

「さて、と。あとセバスは私に何か願い事があるのだな?」

「予想は出来てるから、気にせずに口に出してくれよ?」

 

寛大さを見せてくれた主人に対して、これ以上の事を求めるのは優しさに付け込むことになるのではないだろうか。そう逡巡するセバスの背中を、ジョンの言葉が押してくれた。

 

「はっ。ツアレを助けた際、他にも幾人か囚われているという話でした。もしよければその人間達を助けたいと」

「セバス。それはあまりにも虫の良い願い。あなたのその甘い考えが問題を引き起こしたのでしょう?それを考えればそのような願いは決して口には出せないと思うのですが?」

デミウルゴスが眉を顰めた。しかし――

 

「――ん?いいんじゃないか?何か問題があるのか?」

 

そんな気楽そうなモモンガの言葉を受け、デミウルゴスの宝石の瞳が僅かに広がる。

 

「……いえ、モモンガ様がよろしいというのであれば、私に反対の意見なぞございません」

「いや、反対の意見の有無ではなく、問題があるかという質問なのだが……別にそいつらがナザリックを愚弄したわけでも、私を馬鹿にしたわけでもないのだろ?さらには苦しめることで我々に利益があるわけでもない。ならば助けても良いではないか」

モモンガの言葉の後にジョンが言葉を付け足す。

「それじゃデミウルゴスはドッペルゲンガーを何人か連れて、セバスに協力してやってくれ」

ジョンの分かってるとは思うけど、『そのまま犯罪組織を乗っ取ってこい』との言葉に今度こそデミウルゴスの瞳が見開かれた。

「襲撃を受けて混乱しているところなら、何人か入れ替わっても分からないだろう?」

 

モモンガも理解に至ったのか、ああと声をあげた。

 

「裏から王国を支配する組織を牛耳ってしまえば、セバスとソリュシャンをいつまでも出張させておく必要もないからな」

 

セバスが瀕死のツアレを助けるところから、全て至高の御方々の計画通りだったのかとデミウルゴスが震える。

一つの策で何重にも成果を上げる二人に、セバスへの対抗意識で視野が狭まっていたとデミウルゴスは自省の念に深く駆られた。

考えの至らぬ自分へそっとフォローを入れるだけでなく、そのジョンの言葉に気が付いたと演技してみせる主人の愛に涙が滲んだ。

 

「流石ハ至高ノ御方々」

「セバスが問題を起こす事まで計画の内とは……そこまでのお考え、深い愛からとは思い至りませんでした」

「全くです」

「え?……そ、そうか?う、うむ、そんなわけだ。な、納得したようだな?ではその辺はセバスに任せ、我々は撤退をしよう。とりあえずはこの館内を綺麗に掃除し、変な情報を残さないようにしないとな。そうだよな、デミウルゴス?」

「まさに」

「そういうわけだ、セバス」

「畏まりました」僅かばかり慌てたようなモモンガに、セバスは深く頭を下げる。自らの願いを叶えてくれた主人に対する、深い感謝の気持ちを込めたものだ。

「……ところで中にいる人間は皆殺しにすべきでしょうか?」

「セバス……私たちは犯罪組織を乗っ取り、王国を裏から支配する足掛かりを作りに行くのだよ。皆殺しにしては意味がない」

セバスの問いに、呆れたデミウルゴスがモモンガに代わって答えた。

「ん……そういう体だな。ただ、ナザリックに来たいと要望する人間以外のものを連れては来るなよ?」

 

誘拐ではなく、自由意志による行為だ。そんな建前を作るための狙いだろう。

それに対してはセバスも理解できる。そのため即座に返答した。

 

「畏まりました」

「……しかし、やはりそういうところなんだから女だろうな?」

「だと思われます」

「……女、これ以上増やして価値あるのか?個人的には肉体労働とかさせることを考えると男の方が嬉しいんだが……。女なんかがこれ以上増えることに必要性を感じないのだが……」

 

そういわれてもセバスに言葉は無い。無論、モモンガも実際返答が聞きたくて、セバスに零したわけでは無い。なんとなく視線を新婚の駄犬に向けてみる。

 

「円満家庭に波風たたせないでくれる?ルプー以外いらないよ」

「だよなぁ」

 

モモンガは肩を竦めた。

 

「まぁ、良いか。では行動を開始しよう」

 

/*/

 

モモンガの私室。その扉から伸びる真紅の絨毯の先、階段を上って巨大な執務机がある広間は、メイド達によって晩餐の用意が済まされ、既に食事も始まっていた。

 

壁際には凛と背筋を伸ばした姿勢で一般メイド達が立ち並び、一歩前にプレアデス5名とセバスが並んでいる。

長テーブルの主人席にはモモンガ、その右手側の席にはアルベド、左側にシャルティア。主賓席には人狼形態のジョンの姿があり、その右手側にはジョンの番となったルプスレギナの姿があった。

 

晩餐会と言う事でモモンガとジョンは、メイドたちに正装に飾り立てられていた。

 

勿論、それぞれのパートナーであるアルベドとルプスレギナも、いつも以上にレディース・メイド番となったメイドたちによって飾り立てられている。ルプスレギナはいつもの戦闘メイド服ではなく、胸元、背中が大きくあいたデザインのイブニングドレス姿である。

 

このアルベドの願いから始まった週1回の晩餐会は、メイドたちにとって至高の御方々に仕えていると実感できる忙しくも充実した時間であり、そうと知ってしまったから、モモンガもジョンも大人しく飾り立てられていた。ジョンにとっては、いつもと違うメイク、ドレス姿のルプスレギナを愛でる良い機会でもある。

 

食事の前の会議では、デミウルゴスから王国最大の裏組織《八本指》を掌握したと報告があった。各部門の長を順番に恐怖公の元で『洗礼』を受けさせていると言う。デミウルゴスから「流石は至高の御方。《店》が王国最大の裏組織に繋がっている事も計画の内だったのですね」とキラキラした瞳で言われたので、「全てはモモンガさんの掌の上よ」とジョンは答えておいた。後日、モモンガにしばかれたが。

結局、8名ほどの女性がナザリックへ来るのを希望したと言う。彼女たちはセバスとペストーニャの元でメイドとしてのふるまいを教育されていくだろう。

 

また、スレイン法国から『正式にアインズ・ウール・ゴウンを神と仰ぎたい』と使者がカルネ=ダーシュ村を訪ねてきた事もあり、法国を属国にしようとモモンガとジョンは決めた。その際、コキュートスの案を採用し『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』と国名を定め、モモンガが『アインズ・ウール・ゴウン魔導王』を名乗り、スレイン法国を属国にするとした。

 

領土と言えるのはカルネ=ダーシュ村とトブの大森林南方と西方だが、近くリザードマンたちの集落を制圧する予定なので、国としてはまあまあ広い領土を持っているのではないだろうか。

 

討伐軍を撃退したところで正式に魔導国として宣言をし、スレイン法国からも声明を出させた上で、王国を殴り返すとした。

 

食事を楽しみながら、モモンガはところで……と、口を開く。

「週1で晩餐会をやってる筈ですが、なんだかとても久しぶりな気がしますよ」

具体的には5年ぶりくらいかな?やめるんだッ!!それ以上はッ!いけないッ!!

一部に危険な会話もあったものの終始和やかに晩餐は続く。

 

「ルプスレギナが料理できるようになったと聞きましたが、本当ですか?」

「おう!出来るようになったよ。特殊効果のある料理は1Lv相当しか作れないケド……効果の無い料理なら、レシピ見ながら作れるようになった」

「それは進歩……と、言うか興味深いですね。効果のある1Lv相当の料理しか作れないなら、まだ分かり易かったですが」

 

何か心当たりはありますか?の問いに、駄犬(ジョン)は朗らかに答えた。

 

「それがさー。レベルアップとか結婚システムとか使い魔契約とか、一度にやりすぎて良くわかんないんだよ」

「……この駄犬(ジョン)が」

 

せっかくの貴重な機会が……モモンガはギリギリと歯を軋らせたが、食事中と言う事もあり、《火球》突っ込みは堪えた。

ぷるぷると震えるモモンガの右手にそっとアルベドの手が添えられた。

 

「モモンガ様……私はいつでも御身をお支え致します」

 

自分を潤んだ瞳で見つめる自分好みの絶世の美女に、《自己変身》に食事の感動を味わう為と《完全なる狂騒》まで使っていたモモンガは顔を赤らめた。

 

「……う、うむ。ア、アルベドよ。その気持ち、う、嬉しく、思う、ぞ」

「くふー!モモンガ様の動悸が激しく!ああ、私は今日はじめてを迎えるのですね!」

 

モモンガと寝室の扉との間を視線を激しく往復させながら、アルベドの声が段々大きくなる。

アウラどころかシャルティアまでが呆れ顔だ。

 

「モモンガ様、時にはアルベド様に全てをお預け下さい。アルベド様はモモンガ様を支えるに足りる御方。……少なくとも、その努力を怠ってはおりません」

「……ルプスレギナ」

 

思わぬところからのアルベドへの援護にモモンガも呆然とする。アルベドはガッツポーズだ。

 

「分かってはいるのだがな……すまない。不甲斐ない私を許せ、アルベド」

「私はモモンガ様の全てを受け止めてみせます。不甲斐ないなど、仰らないで下さい」

 

まー勢いに任せて、やっちゃうのが一番良いと思うよ。

駄犬(ジョン)の呟きに案外その通りかもしれないと思うモモンガだった。

 




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第38話:バルブロ「なにを言ってるのか分からない」

映え映え~


カルネ=ダーシュ村はリ・エスティーゼ王国、王都のロ・レンテ城を囲う外周約800mの城壁よりも、分厚く、高く、広い壁に囲われている。しかも、その周囲を幅30mの空堀でぐるりと囲う徹底ぶりだ。

 

王国の討伐軍は近くの丘の上からこの壁を発見した当時、相当な混乱をしていた。

 

ただの村にこんな大規模なものが作られるわけがなく、帝国の援助があったとしても1年やそこらで完成する規模でもなかったからだ。

その混乱は討伐軍とにらみ合うような形で、法国の部隊が展開してきた事で拍車が掛かる。

 

法国の部隊は正式に国旗を掲げ、討伐軍へ使者を送って寄越し、あろうことか「カルネ=ダーシュ村は『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の領土である。王国が魔導国の領土を侵すならば、法国は王国へ宣戦布告する」と強い調子で宣言したのだ。

 

バルブロ王子はそれに激怒したが、王子の一存で法国と事を構えるわけにもいかない。王都へ早馬を出して対応を求めるしかなかった。

 

そうして、三竦みになって数日。法国立会いの下で村の代表者と話をする機会が設けられた。

 

/*/

 

法国の立会人の顔立ちは、人ごみに埋もれてしまうような平凡なものだった。その感情を感じさせない人工物のような瞳はガラス玉のような硬質な灰色。頬には傷があった。名をニグン・グリッド・ルーインと言う。

 

「……そこで何をしてる」

 

そうニグンが声を掛けた先には、カルネ=ダーシュ村長の護衛としてついてきた一人の少女の姿があった。

年のころは10代半ばだろうか。金髪のボブカットで肌は白い。顔立ちは整っており、ネコ科の動物を思わせる可愛らしさと、肉食獣のような危険な雰囲気がある少女だった。しなやかな肢体をビキニアーマーのような軽装で鎧っていた。

 

「神獣様の従ー者ー?もしくはー神さーまの練習用の的?かなー」

 

相手を小馬鹿にして嘲笑するような言葉遣いと間延びした喋り方だった。しかし、それは、ニグンの記憶にあるよりも年若い姿だった。神に仕えるようになったというならば、そんな事もあるだろうとニグンはその現象に納得した。

 

「……貴様も正道に立ち戻ったと言う事か」

「そーなのかなーかなー?」

 

「クレマンティーヌさん、お知り合いの方ですか?」

 

そう言ったのはカルネ=ダーシュ村の長だと言う少女だった。年の頃はクレマンティーヌと同じと思しき10代半ば。栗毛色の髪を胸元あたりまでの長さで三つ編みにしている。肌はクレマンティーヌと違い、農作業で健康的に日焼けしていた。長と言うにはかなり若いとニグンは思ったが、これも神の思し召しと疑問を飲み込んだ。

 

「うーん。昔の職場の同僚?上司になるのかなー?」

「部門が違う」

「あーニグンさん、冷たいなー」

 

にべもなく断るニグンにクレマンティーヌがじゃれつくように絡む。その様子にエンリはくすくすと笑った。

 

「お静かに。リ・エスティーゼ王国第1王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフ殿下がお出ましになります」

 

/*/

 

バルブロ王子は髭を綺麗に切り揃え、見事な体格をしていた。身分の高い者が集った代表者会議の場で、ただの村娘でしかないエンリはガチガチに緊張していた。そして、身分に相応しい恰好をしている者達の中、村娘でしか無いエンリの恰好は酷く浮いていた。

 

「……カルネ村は元々国王直轄領であるエ・ランテルの管理下にある。アインズ・ウール・ゴウン魔導国の領地などではない。これは王国に対するカルネ村の反逆である」

 

申し開きがあるのかと傲慢に見下すように問いかけるバルブロの問いにエンリは震えながら、それでも叫ぶように答えた。

 

「難しい事は私たちにはわかりません。でも、戦争ばかりで生活していけない王国には戻りません。アインズ・ウール・ゴウン魔導国のカルネ=ダーシュ村として生きていきます」

 

第1王子であるバルブロからすれば村人など足元にも及ばない存在だ。それが真正面から自分には従わないと言う事にバルブロは切れた。

 

「反逆罪だ!こいつらを反逆罪と断定する!皆殺しにしろ!」

 

王子の叫びに息を呑む者もいれば、いち早く反応するものもいた。チエネイコ男爵だ。彼は自ら剣を抜くと腰巾着の同僚達と一緒に一斉にエンリへ襲い掛かった。

 

「クレマンティーヌさん!」

「はーい。使者に手を出しちゃいけないよー」

 

たかが村娘……と、斬りつけてきた男爵の一撃を、クレマンティーヌは玩具のような左手のスティレットで軽々と受け止め、抜く手も見せずに右手のスティレットで男爵のこめかみを貫く。そのまま男爵を蹴り飛ばして、続く腰巾着達を吹き飛ばした。

 

「スッと行ってドスッだよー」

 

あースッとするー……エンリちゃんの指示に従うと能力向上するんだよねー。何かスキルかタレントでも持ってるのかなー。世の中の村長って、みんなこーなのかなー?

 

誤解である。

 

沈黙がその場を支配した。

ゴクリと誰かが喉を鳴らし……血塗れのエンリ……本当だったか、と呟いた。

 

それも誤解である。

 

エンリは守ってほしくてクレマンティーヌを呼んだに過ぎない。ただクレマンティーヌの守り方が、一寸ばかり過激だっただけである。

 

「……使者に無体を働くなら、我々もそのつもりで行動させて貰う」

 

ニグンが灰色の瞳を硬質に煌かせ、重々しくその沈黙を破った。

 

「何が使者だ!所詮は村娘ではないかっ!!」

「それは我が国と事を構える――と、言う事で宜しいか」

 

――答えは、無かった。

 

「村長。村の入り口まで我々が送りましょう」

 

ニグンに申し出にエンリはこくこくと頷いた。

 

/*/

 

「何が我が国と事を構えるだ!ふざけるなっ!」

 

バルブロ王子は拳を簡易な机に叩きつけ、噛み締めた歯から漏れ出す憤怒を隠そうともしない。

 

「何故だ!この地は王家直轄領、俺に従う義務がある筈だ!なのに何故、村人共も法国も、アインズ・ウール・ゴウン魔導国などわけのわからんものに従うと言うのだっ!!」

 

その場の誰からも追従の言葉もなければ、おべっかもない。その事がバルブロの苛立ちを更に煽りたてた。周囲の騎士たちを味方ではなく、憎い敵を前にしたように睨む。

決壊は早かった。

 

「火矢を放て!焼き払え!誰一人として生かして帰すな!」

「お待ちを!殿下!それをしてはっ!」

「それをしてはなんだというのだ!王族の命令を聞かぬ民など生かしておいた方が害悪ではないか!」

 

第1王子が命じているのに、従わない理由がわからない。この騎士は自領において同じ事があっても情けを掛けると言うのか。それとも、この侯爵から貸し出された騎士は自分を軽んじているのか!?

法国が何だと言うのか!

カルネ村は反逆した。法国が何か言ってるから手出し出来ないと思って増長しているのだ。

 

フィリップ・モチャラス男爵はゴクリと喉を鳴らした。

 

法国の部隊だって50名(陽光聖典です)にも満たない。包囲して磨り潰してしまえば、死人に口なしではないだろうか。

神官は死者も蘇らせる。故に神官に隠し事をしても無駄だと言うが、死体も見つからなければ……そう、法国の部隊は最初からここに来ていなかったのだ。

 

ここで1番槍をつければ、法国から王子は庇って……いや、むしろ、良くやったと誉めてくれるのではないだろうか。当然、働きに見合った地位に引き上げてくれる筈だ。

 

「殿下の命令に従えぬとは侯爵様の配下とも思えませんな。殿下、私であればいつでも殿下の為に働く用意が出来ております」

 

そのフィリップ・モチャラス男爵の言葉にバルブロは頷いた。

そして、こんな愚かな男の方が役に立つとはと素直に感心した。こんな男でも貴族であり、自分の領内で意に背く村があれば、こういった手段を取るであろうから、バルブロの気持ちが良く分かるに違いない。

 

「……そうか。では男爵に命じる。村に火を放て!奴らを皆殺しにするのだ!」

 

/*/

 

「えー、もう実家はどうでも良いよー」

 

帰りたくなーい。護衛対象であるエンリの前を歩きながら、クレマンティーヌはそう続けた。

頭の後で手を組んで歩く子供のようなクレマンティーヌへ、ニグンはやれやれと溜息混じりに告げる。

 

「クアイエッセ殿は最後までお前を心配していたぞ」

「クッソ兄貴が?自分にお優しいだけだよー。それより水の神殿でメコォッ!とか音を立てて吹き飛んでたのは爆笑ものだったなー」

「あの場にいたのか?」

「うん?後から神獣様に見せて貰っただけだよー。たいちょーとあんちくしょうが吹っ飛ぶのも、涙が出るほど笑ったー!」

 

法国の最大戦力である神人二人が為す術もなく倒れていく場面は、法国の特に事情を知る聖典メンバーならば、深い絶望を刻まれるものだが、それを思い出し、腹を抱えて笑うクインティアの娘。その姿にニグンは、老婆心から状況の変わった今なら遣り直せると口を挟んでしまったのだ。

 

「クインティア家で何があったかは知らないが……」

「何があったか知らないなら、口を出すな」

 

一瞬で素に戻り、切って落とすクレマンティーヌ。

もっとも、なんの事情があろうとも、漆黒聖典を裏切り、闇の巫女姫を殺害し、叡者の額冠を奪って逃走したのは許される事ではない。

それはクレマンティーヌもわかっている。

 

「すまない」

「……ニグンさーん?変わったね?」

 

クレマンティーヌはネコ科の動物を思わせる愛嬌のある顔で、瞳をぱちくりとさせた。

それに気が付いたのか気が付かぬのか。ニグンは聖印を握り、軽く灰色の瞳を閉じた。

 

「今の私は神の御業で再誕したのだ。変らぬ筈がない」

 

/*/

 

「護衛していただいて、ありがとうございました」

 

カルネ=ダーシュ村を囲う空堀に掛かる跳ね橋の上でエンリはニグンへ、ぺこりを頭を下げた。

クレマンティーヌが隣で「ニグンさんに頭なんて下げなくて良いんだよー」といつもの調子で言っていたが、ニグンが庇ってくれなければ、いくらクレマンティーヌが強いと言っても女二人であの場から戻ってくるのは出来なかっただろうとエンリは思っていた。

 

「礼には及ばない。我々はすべき事を為しているだけだ」

 

そう言ったニグンへ、もう一度の礼を言おうとした時――何かが幾つも割れる音がした。続けてひゅんひゅんと空気を切り裂き、赤い光を後に引きながら、矢の雨がエンリたちへ――そして、壁や物見やぐらに向かって降り注いだ。カツカツと矢が木に突き立つ乾いた音が多数聞こえる。

 

そこからの彼らの行動は早かった。

 

「エーンちゃん!私の後ろに!」

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!」

 

エンリの前に立ち降りかかる矢の雨を切り払おうとするクレマンティーヌ。対してニグンは素早く天使を召喚すると天使に防御させつつ、黒いマントを脱いでエンリに被せた。

 

「村長、これを!魔化されたマントです。矢くらいは防げる!」

「ニグンさん、いいねそれ!」

 

「さぁ急いで村へ戻って下さい。連中は我々が食い止めます」

 

この夏から何度も修羅場を乗り越えてきた成果だろうか。ニグンの言葉に少しだけ足を止めて、それでも直ぐにエンリは門から飛び出してきたジュゲムたちの元へ駆け出した。

 

「ニグンさん!あ、あの、ありがとうございます!」

ニグンは、ぺこりと頭を下げて跳ね橋の上を門へ向かって駆けていくエンリの後姿を一瞥して呟いた。

「ありがとう……か。一度は殺そうとしたのだがな」

人工物のような硬質な灰色の瞳に、一瞬だけ感情が揺らいで消えた。

 

「隊長!」

 

44名の部下達が宿営地から荷物を捨てて駆けつけてくる。その思い切りの良さに満足げに頷きながら、ニグンは声を静かに部下たちへ命じた。

 

「ゆくぞ。汝らの信仰を神に捧げよ」

 

/*/

 

エンリが門を潜る前に物見やぐらから炎が噴き上がった。

藁で出来た天井などが一気に燃え上がり、見る見るうちに巨大な炎を上げて、天井が崩れ落ちる。

悲痛な悲鳴があちらこちらから上がっている。

 

特に悲痛な悲鳴を上げているのは村に移住してきた者たちだ。

 

エンリは思い出す。彼らの村が焼き払われた事を。

彼らはその顔に憎悪と同じくらいの絶望を浮かべていた。あの炎に彼らは平和な日常を、家族を失ったのだ。

 

敵だ!あれは敵だ!

何が王国よ!私たちを助けもしなかった屑ども!ここもまた焼き払うって言うの!

殺すなら殺せ! 奴ら一人でも多く道連れにしてやる!

 

火矢が放たれた事で、狂気にも近い憎悪が場を支配していた。

 

「……エンリの姐さん。決を採るべきですよ」

 

鋼の戦士の面持ちのジュゲムが冷徹に告げる。

少し冷静になってから……そう言いかけたエンリは来た道を振り返って口を噤んだ。

道の向こう。

空堀の向こうでは、あの日に戦士長を殺そうとしていた天使たちが、法国の兵士たちが、村を守ろうと数十倍に達する討伐軍を相手に奮闘していた。彼らが討伐軍を押さえてくれていなければ、ここにはもう討伐軍が押し寄せていてもおかしくなかった。

エンリは覚悟を決めると大きく息を吸い込む。ネムを見ていてくれたンフィーレアがそっとエンリに寄り添い頑張れと言うように小さく頷いてくれた。

それはエンリに最後の勇気を与えてくれた。

 

「みなさん!!この場にいる皆で村の総意を決します!もし決定したならば、どうかそれに従って下さい!」

威勢の良い同意の声が返った。

 

「村として王国に戻ろうと言う方はいますか!」

 

誰も、誰一人として手を上げない。

鼓動が激しく打つ中、エンリは叫ぶ。

 

「ならば! 命を懸けてでも戦う! 王国と戦うと言う方は挙手して下さい!」

 

うぉぉぉ、と言う咆哮と共に数多の腕が乱立した。その場の誰一人として普通に手など上げていなかった。挙げられたのは、固く握りしめられた拳だ。覚悟を決めた者たちの顔だった。

確かに恐怖はある。確実に死ぬ選択肢を選んだのだから、当たり前だ。しかし、それ以上に皆を突き動かすものがあった。

これほどの恩義を受けながら、仇で返すような人間になりたくないと言う思いだ。

 

そして、希望もある。

 

ジョンは水路に水を通す為にトンネルを掘りにいっている。この場にはいないが、自分たちを守る為に働いてくれているのだ。彼らは必ず来てくれる……何千人もの軍隊を相手に彼らが勝てるのか?村人たちは分からなかったが、それでも村人たちはジョンたちを信じていた。

 

「では――戦いましょう!私たちは戦います!恩義を返します!ジュゲムさん!作戦をお願いします!」

 

ずいっとジュゲムが前に出て、エンリの横に並ぶ。

「……あんたらの覚悟を俺たちは目にした。あんたたちはここで死ぬ。構わないんだな?」

百戦錬磨の戦士の言葉に肯定しか返らない。

「青い顔で良く吠える。あんたらは立派だよ。しかし、なぁ」一度言葉を区切り「折角の決意に水をぶっかけるようで悪いんだが、若い奴らは逃がすべきじゃないか?死ぬのは俺たちやおっさんたちだけで良くないか?」

 

年寄りが口を開いた。

「そいつは確かにその通りだが――無理だろう。全部の門の前に奴らがいる。壁を乗り越えても絶対に奴らに見つかるぞ?」

ジュゲムが答えるよりも早く、いつの間にかその場に交ざっていたルプスレギナが口を挟んだ。

「教会で匿ってやるっすよ。あんな奴らに壊せる教会じゃないっす。ジョン様がお戻りになるまで絶対安心安全アインズ・ウール・ゴウン教会っすよ」

 

その教会がどれほど奇跡の産物なのか目の前で見た村人も見ていない村人も、ルプスレギナの言葉に安堵の息をついた。村人たちは死ぬ覚悟はしていたが、それでも流石に子供たちは死なせたくない。守りたい。救いたいと言う思いがあった。安堵から村人の戦意が緩んだのをジュゲムは悟った。しかし……

 

「ははは!なんだ!いや、ほっとしたよ」

 

笑い声が幾つか聞こえた。やけになったわけでもない。この場に相応しくない清々しい笑い声だ。

 

「妻や子供たちを助けられるなら憂いはないよ。子供を救ってくれたアインズ・ウール・ゴウン様への恩義、ジョンさんたちへの恩義を返させてもらうぞ」

「ああ、まったくだ!恥ずかしい父親では終わらんぞ!」

 

エンリちゃんよ。頼んだよ。

俺の子供を頼むよ。

 

エンリに全ての後を託すその言葉に、エンリは間髪入れずに答えた。

「ダメです!私も皆さんといきます。教会へはいけません」

「姐さんッ!」

「エンリ、ダメだ!」

「エーンちゃん、いいんすか?死んじゃうっすよ」

 

自分は村の長として最後まで皆と一緒に行動する義務がある。それが村人たちを死地へ向かわせる決断をした長としての役目だ。エンリはジュゲムの制止の声も、ンフィーレアの制止も、ルプスレギナの疑問も、振りほどいてエンリは大きく胸を張った。胸を張って自分もいくと宣言した。

 

「……エーンちゃんがそう決断したら、渡すようにジョン様から預かったものがあるっす」

 

そう言ってルプスレギナが取り出したのは、人の背丈ほどもある大きな旗だった。撮影隊に良く映えるようにと、カメラ目線と表情を作りながらルプスレギナは言葉を続ける。

 

「これは至高の四十一人が御方の御旗。ただの一度も地に着いた事のない御方々の旗。これをエンリ・エモットに預ける、と。

 決して地に着ける事のないよう掲げなさい。ジョン様は必ず来ます」

 

神に仕える敬虔な修道女(シスター)のように常ならぬ厳かな声だった。

 

「あと堀には落ちちゃだめっす。ジョン様のトンネル工事がそろそろ終わりそうだから、今に水路に水が流れてくるっすよ」

 

満面の笑顔でルプスレギナは語った。それはその場の空気が温かくなる華やかな太陽のような輝く笑顔だった。

 




ニグンさん生存!ニグンさん生存!あれから5年……やっと出番が来ました。


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第39話:真紅の戦乙女

前回に続いて映え映えしてます。
クレマンティーヌ(調教済)と漆黒の剣の感動の再会はそのうち書きたい。

一度、言ってみたかった事。

――この物語を友の誕生日に捧げる。


村の家から剥ぎ取った扉を盾に、アインズ・ウール・ゴウンのギルド旗を掲げたエンリを守りながら、村人たちは簡易な密集方陣を取って長い跳ね橋の上を進んでいく。物見やぐらを燃やした火矢だったが、跳ね橋に突き刺さった火矢は力尽きたように消えていく。村人が時王と力を合わせて作った物見やぐら。アインズ・ウール・ゴウンの魔法によって作られた跳ね橋。その差に気が付いたものは偉大な魔法の力に神の御業を見て祈りを捧げる。

 

「法国のみなさん!私たちも戦います!」

 

跳ね橋の突き当り。空堀の淵で討伐軍を村に入れまいと戦う陽光聖典の元に村人たちがたどり着いた時、彼らは簡単な陣を組んで戦っていた。

 

「村の……村長……ゴブリンに……オーガまで。それにその旗は……」

「神様の旗です!」

 

村人たちの陣容に分かっていても息を呑む隊員たちだったが、対する討伐軍もオーガの姿に息を呑んでいた。

ニグンは神の言葉、「力弱き人間ならば、他種族と寄り添い共に生き、共に死ね。それが、より良き生となり、より良き死となる」を思い出し、自然と言葉を紡いだ。

 

「かたじけない。よろしく頼む」

 

法国の長い歴史の中で亜人と共闘した陽光聖典など自分が初めてではないだろうか。そう思うと自分が神々の舞台でスポットライトを浴びているかのようでこそばゆい。思わず隊員たちへ檄を飛ばす。

 

「神の御旗の下で戦える歓びを噛み締めよ!神は見ていらっしゃるぞ!」

「汝らの信仰を神へ捧げよ」

 

見てはいませんが、録画はしています。

一柱はトンネル掘り。もう一柱はコキュートスの陣頭指揮を査察しているところで、ちょっと忙しい。

 

オーガの姿に討伐軍が息を呑んだ隙をエンリは見逃さなかった。

「皆さん!今のうちに盾を構えて下さい!」

剥ぎ取ってきた扉の盾を隙間なく並べて、密集方陣を作り出す。

 

村人の盾の内側に入る法国の魔法詠唱者たち。雄々しくアインズ・ウール・ゴウンの旗が掲げられ、天使たちの動きが見違えた。

同じく盾の内側から、盾越しにオーガたちが巨体を活かして丸太を振り回す。

 

前列の討伐軍兵士たちがまとめて弾き飛ばされた。次々と数人単位で丸太を削った巨大な棍棒で殴り飛ばしていく。

単純な力任せの攻撃だけに本能的にくるものがあったのか、幾人かの兵士が飛ばされる前にと空堀に飛び込んで避けようとして落ちていく。兵士たちの持っていた王家の旗が、あるものはばさばさと空堀に落ち、またあるものは大地に落ちて、兵士たちに踏み躙られた。

 

「よし。天使たちを破城槌の破壊に向かわせろ!」

 

その様子にニグンは天使たちを近くまで運ばれてきていた――恐らく近隣の森から切り出した丸太で作った急造の――破城槌を破壊に向かわせる。翼ある天使たちは召喚者の命令に従い兵士たちを文字通り飛び越えて破城槌を破壊に向かう。

 

「なんだ!この扉!?かたいぞ!何で出来てるんだ!?」

 

盾の向こうから聞こえるガツンと金属製の何かが打ち付けられるような音と振動は、おそらく斧を打ち込んでいるのだろう。前線指揮官が指示したのか武器を持ち替えた兵士たちが斧を扉の盾に打ち込み……困惑の声を上げていた。

 

魔法の掛かった扉は壊されないように強度を増す。時に隣の壁を壊した方が早いほどに。

カルネ=ダーシュ村の住宅の扉は決められた「魔法の言葉(マジックワード)」で鍵を開閉する方式だったので、戸口から外してから鍵を掛けた状態にした扉は、非破壊状態となり、非常に頑丈になるのだ。これは偶然?村に来ていた漆黒の剣のニニャが気が付いて口添えした結果だった。

 

「退け!一旦、退け!」

 

力の限り斧を打ち込んでも傷一つ入らない異常事態に遂に前線の兵士たちが退き始める。

その様子に村人たちが安堵の息を漏らす。緊張が緩むのを感じ、ジュゲムは普通の大剣を強く握りしめ、怒鳴った。

 

「まだだ!!騎兵か矢玉が来る筈だ!気を抜くなよ!」

「良い読みをしているな、ゴブリン」

 

ニグンは村人たちの戦闘指揮を取るジュゲムに感心していた。以前の自分であれば、これだけ知能の高いゴブリンは危険な存在と問答無用で処分していただろう。それが今は肩を並べて戦っている。人生とは、信仰とは、面白いものだ。

 

魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)矢守りの障壁(ウォールオブプロテクションフロムアローズ)

 

ニグンは位階魔法を発動させる。

「防御の魔法を使った。矢くらいならば防げる」

「ありがてぇ!」

油の入った壺が幾つも投げつけられたが、見えない傘に防がれたように彼らの上を滑るように逸れて地に落ちていく。続いて放たれた火矢も同じだった。ギルド旗を掲げたエンリは柄を強く握りしめながら、空を、討伐軍を睨みつけた。

 

「……大丈夫。私たちは負けない」

 

漆黒の剣を特訓するジョンを間近で見てきたから、彼の教えは耳に残っている。『敗北とは傷つき倒れる事ではない』。そう、たとえ力で、数で負けていようとも、自分たちの心は屈しない。愛するものを、大切なものを守って生きると決めた。それは、もう誰にも奪わせない。

 

引火性の高い油だったのか火球(ファイヤーボール)のように落ちた油が燃え上がり、空堀の下からも黒い煙を立ち昇らせながら真っ赤な炎があがる。煙に巻かれるのを恐れ、村人たちが動揺する。

 

「野焼きの煙だと思えば大丈夫!みんな落ち着いて!」

 

恐れず、動じず、人を導く女神のように旗を持つエンリの声に、嘘のように村人たちの動揺が静まる。同時にダインが《間欠泉》で火を消そうとしたが、油が広がるのを恐れたニニャに止められていた。

煙と盾の隙間から、一旦下がった兵士たちが道を空け、後から騎兵が出てきているのが見えた。隙間から弓を射ていたルクルットが兵士たちの整然とした動きに思わず愚痴る。

 

「これ最初に突っ込んできた兵士と練度が違い過ぎるだろ!」

「装備からみて民兵ではないな。恐らくバルブロ王子の後見人でもあるボウロロープ侯爵の兵士だろう」

「おっさん、詳しいな!」

 

自分の部下たち以外に聞こえるように語ったニグンにルクルットが場を明るくするように軽い調子で返す。

 

「おっさん!ニグンさーん、おっさんだって!」

 

ルクルットの物言いにクレマンティーヌがケラケラと笑う。その様子に嫌な予感がしたペテルが尋ねる。

 

「クレマンティーヌさん、お知り合いですか?」

「この人、冒険者が会えないくらい偉い人だよ」

「うちの馬鹿がすみません!」

 

ルクルットの頭をぐっと無理矢理さげさせて、ペテル自身も頭を深く下げる。

《流水加速》を使ったような流れるように見事な謝罪だった。

ルクルットとペテルの漫才に村人たちが笑い、任務に忠実な聖典メンバーたちの気配も少し緩んだ。場の空気が少し軽くなったようだった。

 

「騎兵が並び出したぞ!騎兵の突撃をどうする!?」

「私に任せて下さい!盾の隙間をどこか開けて貰えますか?」

「おう!」

 

再びニニャが名乗りをあげて、密集した盾にほんの少しの隙間が作られる。

ボウロロープ侯爵配下の騎士たちが一斉に騎士槍(ランス)を構える。流石と言える規律正しい動きだ。それが土煙を上げて走り出す。人馬一体の運動エネルギーを騎士槍(ランス)の先端に集中させる突撃は、扉盾は耐えても、後ろで支える村人が耐えられないだろう……多分、耐えられないだろう。でも、オーガと腕相撲する人も出てきたし、ひょっとしたらそのままでも……? と、ニニャは思った。

 

盾の並びの外は空堀なので、騎士たちは盾を突き破っても空堀へ落ちないよう細く並んで突撃してきている。だからこそニニャは騎士をぎりぎりまで引き付ける。

騎士と馬のいななき、地を揺るがす蹄の音がドドドと振動となって盾の内側にいる者たちの身体を震わせた。

 

「ダメだ!避けるんだ!天使を戻す!」

「逃げるって何処に逃げるんだよ!? 隊長さん! 受け止めてみせる。毎日の作業に比べりゃこんくらい!」

「いきます!睡眠(スリープ)!」

 

先頭を走れる騎士の頭ががっくと落ちた。同時に馬の首も落ちる。ニニャの魔法で全力の突撃の最中に深い眠りに落ちたのだ。当然、落馬。馬も横倒しになって、転がりながら後からの騎士たちを巻き込んで、大規模な落馬の連鎖が出来上がる。

 

「盾を構えて!」

「よっこいしょぉぉぉ!!」

 

踏まれ、転がり、絡まり合いながら、それでも突撃の勢いで、こちらに吹き飛んでくる騎兵の塊。村人たちが気合の声をあげると同時に、盾扉に肉や金属がぶつかる音がし始める。もうもうと土煙があがり、黒い煙と混ざって、一時なにも見えなくなる。

 

騎兵の転倒を受け止めた扉のシュールな光景に陽光聖典メンバーの思考も一時停止した。

 

無理もない。騎士たちのLvが5~6と言ったところだ。それに対して村人のLvは現在12~13Lv。

馬の突進力を加えても、倍のLv差と(跳ね橋の上に陣地を作ってるので)人数差があれば一般職であることを差し引いてもステータスで受け止められる。それが、どれだけ納得いかなくとも、この世界の法則なのだ。

 

これこそ!

これこそ!!

毎日毎朝、交替で植物型モンスターを収穫し、美味しく頂いていた成果(第28話参照)!!!

 

これぞ「グリル厄介!」

 

村人の足元の僅かな押し負けたと思しき溝だけが、馬の突進力の名残を示していた。

 

いち早く立ち直ったジュゲムの指示で転倒して山積みになった騎士と馬はそのままバリケード代わりに使う事にする。その頃には破城槌を破壊した天使たちも戻ってきており、陣地の安全はかなり確保されていた。そして―――最強の一角が動き出す。

 

「ほら、私たちは単騎駆けして、大将首を取ってくるよー」

 

「……クレマンティーヌさん、流石にそれは無理」

「ぷー、いいよー。それじゃー私一人で行ってくるー」

 

ぷーと頬を膨らませ、可愛らしく言ってみせているが、言っている事は無茶苦茶である。鍛えられたとは言え、精神はまだ一般よりのペテルたちがしり込みする中、密集方陣を飛び越え、上体が地に着くほど低い構えから駆け出すと、クレマンティーヌは本当に、単騎で討伐軍の中に飛び込んでいった。

 

「ちょっっっ、クレマンちゃん」

 

「あれでも人外。英雄の領域に足を踏み込んだ奴だ。放って置いても大丈夫だ」

「あーやっぱり英雄級だったんですね」

 

ニグンの言葉に内心、大汗をかきながら返答するペテルであった。続いて「師匠は何処で彼女を拾ってきたのだろう」との呟きにニグンは首を傾げた。

 

「ところで、君たちの言う師匠とは何者だ?」

「ああ、それは…その……クレマンティーヌさんが言う神獣様と同一?人物です」

 

「なんと!君たちは神の使徒であったか!」

 

 

「……え?」

 

 

/*/

 

「天使に、オーガだとぉおっ!?どういう事だ。何が起こっている!」

 

全く想定していなかった事態に面食らったバルブロは、王家の威厳も忘れて素っ頓狂に叫ぶ。

法国の部隊が天使を召喚し出した事にも驚いたが、跳ね橋の向こうからオーガが歩いてきた事にも驚いた。

なによりも人を喰らう亜人と天使が共に戦っているのだ。

 

見た事もない旗が跳ね橋の入口に陣取った一団の中で掲げられ、オーガに殴り飛ばされた兵士たちの持った王家の旗が対照的に散り散りになっていく。地に伏し、土に塗れ、踏み躙られていくのは王家の旗ばかりだ。

 

村人たちが構える不格好な盾の向こう側から、オーガたちは不格好な丸太のような棍棒を振り回し、兵士たちを一方的に殴り飛ばしていく。子供が人形を殴り飛ばすような一方的な蹂躙だ。そして、深追いしない。陣地をきっちりと守る姿は、しっかりとした訓練を受けた兵士を思わせる。

少なくとも第一陣を務め、法国の部隊に一方的にやられた男爵の兵士よりも練度は上に見えた……オーガの練度が。

 

村人の密集方陣は槍が少なかったが、オーガのそれはそれを補って余りある鉾だった。

 

「おい!オーガとは知性に劣るモンスターではないのか!?」

「そ、その筈であります!……まさか、オーガソーサラーのような亜人に村が乗っ取られてるのでは!?」

「法国はどう説明をつける!?法国がモンスターと共闘するなどあり得るのか!?」

「そ、それは……」

「もう良い。殺せ!オーガ5体程度、村人、法国共々に皆殺しにするのだっ!!」

 

連携が取れているのか陣地の守りを村人とオーガ、ゴブリンたちの連携に任せて、天使たちがふわりと飛びあがり、離れた場所にあった破城槌へ襲い掛かってくる。

 

「射ろ!射掛けろ!」

バルブロが怒鳴る。

 

このまま破城槌まで破壊されては攻め手を欠いてしまう。最前列の歩兵ともども、村人、法国へ矢を射掛けるのが最善手だ。

しかし、状況はバルブロが望むように動かない。

 

それは破城槌を用意した部隊と現在、攻めている部隊の所属が違う貴族であった事も原因の一つであろう。

 

前線の部隊が一旦退いて、跳ね橋前に空白地帯が出来上がる。

破城槌の周囲では攻城兵器を守ろうとする兵士と破壊しようとする天使の一方的な戦闘が始まっていた。王の戦士団やボウロロープ侯の精鋭ならば天使ともまだ戦いになったであろうが、一般の民兵ではひとたまりもなかった。

 

出来上がった空白地帯を目掛けて、油壷が、続けて火矢が放たれる。

 

油に塗れ、火だるまになって、転げまわる反逆者の姿を夢想し、バルブロは嫌らしい笑みを浮かべた。

反逆者どもの陣地前でぼろ雑巾のようになった王家の旗に対する不敬も、奴らの旗を燃やして、踏み躙ってやれば少しは晴れるだろう。

 

そう思っていた。

 

「どういう事だ!!なぜ1本も当たらん!!」

 

バルブロは拳を簡易な机に叩きつけ、噛み締めた歯から漏れ出す憤怒を隠す事も出来ない。

周囲の貴族たちが自分を窺っているのは分かっていたが、取り繕う余裕もなかった。バルブロは憎い敵へ向ける視線で、こちらへ駆け寄ってくる侯爵配下の精鋭部隊を指揮する騎士を出迎えた。

 

「恐れながら、法国の部隊に多数の魔法詠唱者が存在するようであります。民兵では歯が立ちません」

「そんなもの!見ればわかる!惰弱な魔法詠唱者の一人や二人、騎兵突撃で踏み潰せ!」

「は!……しかし、奴らの陣地は狭い跳ね橋の上であり、騎兵突撃は危険が……」

 

バルブロは苛立ちを我慢する事が出来なかった。

 

「危険?お前は何を言っているんだ?……見ろ!」

バルブロが指差す先には陣地前でぼろ雑巾のようになって地に落ちた王家の旗があった。

「王家の旗をあのようにされたのだぞ?もはや何がなんでも、あの村は奴らは滅ぼさねばならん。もはや犠牲なく終わらせる事など出来ると思うな。如何なる犠牲を払おうとも……義父上もここにいれば同じ判断をするだろう。それとも、義父上の精鋭戦士は村一つ落とせない弱兵と笑われても良いのか?行け!行って奴らを蹴散らしてくるのだ!」

「はっ!」

義理の父であるボウロロープ侯爵の名前を出し、やっと覇気のある返事が戻ってきた事に、バルブロは満足気に頷く。

「今度こそ失敗は許されない。一人残らず皆殺しにするのだ!」

「はっ!」

 

三度目の正直。

二度あることは三度ある。

 

どちらが正しいのだろうか。

 

騎兵の先頭に立つ騎士は村人の盾を貫き、踏み潰し、その奥のオーガを貫くつもりで馬を駆けさせていた。ぐんぐん背後に流れる背景と大きく迫ってくる隙間だらけの村人たちの住居の扉を重ねた盾。申し訳程度に飛び出す槍が実に憐れだ。

 

もう引き返せない。止まれない距離まで近づいた時、彼の意識は真っ黒になった。

 

瞬間的に発生した不自然な眠気によって一気に深い眠りに引き込まれたのだ。気が付いた時には愛馬と共に大地に全身を打ち付けながら、転がり、同時に後から来る仲間の騎馬を巻き込んでいた。全身をガンガンとあらゆる方向から殴られ、捻じられ、手足が無理な方向に伸ばされ、鈍い嫌な音がしては骨が砕けていく。激痛が走るが身体を動かして庇う事も出来ない。人馬一体の肉団子のような様子で彼らは、並んだ盾に突っ込んでいった。

 

「………」

 

バルブロはもう言葉がなかった。周囲の貴族たちは嵐に見舞われた小動物のように息をひそめている。

派手な《火球》の炸裂も《雷撃》の煌きもなかった。ただ、音もなく不自然に先頭の騎士が転倒し、続く騎士たちが巻き込まれての大転倒劇。無事だったのは最後尾に近い場所を走っていた幾人かだけだ。

 

王家の旗は土に塗れただけではなく血に汚れ、破れ、燃えている。

 

魔導国とやらの旗だけが、その上で汚れ一つなく風を受けて大きくはためいていた。

誇らしげに旗を掲げる村娘の姿が妙に神々しく見えた。誰かがごくりを喉を鳴らす。恐れ、驚き……微かな憧れ?

 

「血塗れのエンリ……真紅の戦乙女……」

 

美しい……その言葉が形になる事は無かったけれど。

 

/*/

 

本陣にいるバルブロの前に猫のように音もなく着地してきたのは村長の護衛と言っていた娘だった。

 

「見ぃつけたぁ」

 

その整った顔立ちの猫のような少女は、亀裂のような笑みを浮かべていた。

 

「は~い、ボクぅ。お姉さんの、お・ね・が・い。聞いてくれるかしら?」

 

心底からの楽しそうな笑顔で、三日月のように口を歪め、クレマンティーヌはバルブロへ嗤い掛けた。

 

「な、なんだ?」

「ちょーっと玩具になってねー。殺しちゃダメって言われてるけど、玩具にしては良いって許可は貰ってるんだー」

「そ、それは良いアイデアとは言えないぞ。私を悪戯に痛めつけては王国を敵に回すだけだぞ!」

「そんなの知らなーい……神獣様を敵に回した時点で王国なんて滅びてる」

 

子供のような無邪気な調子で笑顔になり、その後に急に無表情になったクレマンティーヌが告げる。

それにほら!とクレマンティーヌがアゼルリシア山脈を指差す。

 

遠くから雷鳴のような音が聞こえていた。青い塊が動いているのも見える。

 

微かに大地が振動しているのも感じられる。すぐに大地を揺るがす轟音と共に泥混じりの濁流が空堀に流れ込んできて荒れ狂う。空堀に落ちた兵士たちが一斉に濁流に飲まれ、消えていった。濁流と共に駆け込んできたチーム時王の4人狼が討伐軍を蹴散らしながら跳ね橋に向かっている。

 

「殿下!お逃げ下さい!」

 

ここで逃げ出しては、本陣に単騎駆けされただけで逃げ出した腰抜けなどと言った悪評がついてしまう。

バルブロが迷う間にクレマンティーヌとの間に割って入った侯爵配下の騎士たちが、供回りの者たちが、次々とスティレットで突き殺されていく。

 

「困ったなー。逃げるなら逃げてよねー。私まで巻き添えになるのは嫌だよー」

 

楽しそうに笑いながら騎士を殺していくクレマンティーヌの姿に、とうとう気の弱い貴族たちが耐え切れなくなって逃げ出し始める。一人が声もなく自分の馬に向かって走り出すと、続けて悲鳴をあげながら、崩れるように貴族たちが馬に向かって走り出した。バルブロも掠れた声で自分の愛馬を呼びながら駆け出した。

 

それを余裕たっぷりに眺めていたクレマンティーヌは「そんじゃ行きますかー。ホントに巻き込まれそうだしねー」と呟くと馬を追いかけて走り出した。

 

馬鹿馬鹿しいが、普通の軍馬程度このクレマンティーヌの脚からは逃れられないのだ。

 

 

そこでは人もオーガもゴブリンも肩を並べ、支え合って戦っていた。

血と泥と埃に塗れ、それでもアインズ・ウール・ゴウンの旗を地につけまいと柄を握る力を込めて、エンリは人々を鼓舞していた。

だが、それでも、もうダメだ(台本にはそう書いてある)と誰もが諦めかけた。その時、天を揺るがす咆哮が響いた。

 

「俺の村を荒らすのは誰だぁっ!!」

 

肩までの体高が100mを超える巨大な狼がそんな事を口走り、大地を揺るがしながら駆け込んでくる。局所的な地震が生じて、戦場の誰もが立っていられなくなった。そして、巨大な狼はぐわっとその口を開くと、その口から《雷の暴風/アウストリーナヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス》を吐き出した!

 

万雷の撃滅を纏った渦を巻く嵐が、5千の軍のど真ん中を通過し、大地をえぐりながらエ・ランテルの方角に消えていく。

 

「うーわー。エ・ランテル大丈夫かなー」

地平線の下になるので大丈夫です。

 

ここに至って討伐軍の士気は完全に崩壊した。誰も彼もが武器を放り出し、我先にと散り散りに逃げ出していく。

その様子を眺めつつ、視線を足元に落とせば、ジョンの足元で陽光聖典も、村人も、ゴブリン(ジュゲムたち除く)も、オーガも、神獣様と平伏していた。

 

(ここまではモモンガさんの計画通り。ここから先がデミウルゴスの計画……もうどうなっても知らなーい)

 

先日のモモンガの「流石はデミウルゴス。私の考えを全て読み切るとは……な」から、事態はジョンの頭脳を超えて展開し始めていた。

 

王国に吹き荒れる嵐は……まだ、始まったばかり。

 




弱いのに必死になって戦ってるのって、ジョン様が好きでさ。私、そーいうのまだ良く分かんないっすけど……あんたが必死になれば、村人が助かって、ジョン様がお喜びなるのは分かるっすよ。
そんな泣きそうな顔で歯を食いしばってるなら、そのまま突っ走るっすよ。ジョン様ならそうする。私なら悩まない。

とかいう場面を予定していたのですが、カルネ=ダーシュ村のLvが上がり過ぎてて、そこまで悲壮感が出る戦場になりませんでした。
いや本当に某天才美少女魔導士の故郷の村になりつつありますね。


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第40話:馬鹿は死んでも治らないよ!

食事中の方は遠慮してね!



エ・ランテルをカルネ村討伐軍が出発して、そろそろ村の討伐も終わったと思われた頃だった。

天を引き裂く轟音と共に雷を纏った(アウストリーナ ヨウィス テンペスタース)暴風( フルグリエンス)がエ・ランテル上空を通過したのは。

 

天変地異の前触れだ。世界の終りだ。と街は混乱に陥り、その混乱を鎮めるのにもかなりの手間が掛かった。

 

パナソレイは何度目かの溜息をついた。この夏から続く天変地異の前触れとも言える地を唸らせたような謎の咆哮。直轄地の村々が焼き討ちに遭い。そして、討伐軍の派遣。本当に身が細る思いだった。

 

……討伐軍は、バルブロ王子は帰って来なかった。

 

村を焼く為に法国の部隊へ攻撃し、最後には、アゼルリシア山脈から現れた肩までの体高が100mを超す巨大な狼の吐き出した《雷の暴風》で討伐軍の本陣を含む半数以上が吹き飛ばされ、散り散りになった敗残兵が逃げ込んできたのが先日の事だった。

 

自分が都市長の間にこれほどの問題が起きてくれるとは……何も、よりにもよって、第1王子が行方不明になる事はないだろう!

 

逃げ込んできた貴族から情報を聞き取り、民兵が野盗化しないよう避難キャンプを設置し、忙しく立ち回る中、今度は法国からの抗議の申し入れである。

「カルネ=ダーシュ村は『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の領土である。王国が魔導国の領土を侵すならば、法国は王国へ宣戦布告するとの声明にも拘らず、カルネ=ダーシュ村ならびに法国部隊への攻撃は誠に遺憾である。謝罪とエ・ランテルの魔導国への譲渡を求める」

こちらが帝国との戦争を控え、身動き出来ないと思って言いたい放題であるとパナソレイは思ったが、法国の通常の軍隊が動き出しているとの情報もあり、まったく気が抜けなかった。

 

本当に、身が細る思いだった。

 

/*/

 

王都リ・エスティーゼの北にボウロロープ侯爵の本拠地である都市リ・ボウロロールがある。

 

その城の豪奢な部屋に、顔に多くの傷跡がある戦士のような風貌の男がいた。鍛え抜かれた体躯も今は過去の物になっているが、猛禽類を思わせる瞳や声の張りには戦士の残り香が見える。王国六大貴族にして貴族派閥のトップであるボウロロープ侯爵その人だった。

 

庶民ではとても手の出ない酒精の強い蒸留酒を楽しみながら、送り出した義理の息子……第1王子……の事を考える。

今頃は無事に討伐を終えた事だろう。戻ってきてからが本番だ。忙しくなる。

 

食後の一服を楽しみながら、己が掴み取る栄光の未来を思い、にやりと笑う。

その時だった。か細い声がしたのは。

 

「……義父、上…」

 

聞き覚えのある声に思わず立ち上がった。それはこの場には居ない筈の者の声だった。

 

「……殿下?」

 

いつの間にだろう?部屋の戸口にカルネ村へ向かったバルブロの姿があった。どこか傷を負っているのだろうか。顔色が青白い。

 

「殿下!いつお戻りに!?」

 

侯爵はバルブロへ駆け寄る。近づくとバルブロが戦装束のままである事が分かった。激しい戦闘があったのだろう。戦装束は穴だらけで、ボロボロで、血に汚れていた。

 

「……義父、上…よ……く…」

「殿下!どこかお怪我を?」

 

青白いバルブロの顔はまるで死人のようで、瞳が赤い……口を開く度に唇から、鋭い犬歯が覗く。バルブロの犬歯はこんなに長かっただろうか?

 

「……も、こんな目に遭わせてくれたなぁっ!!」

「な、なにをするだぁぁっ!?」

 

バルブロの口が、両手が、カッと開かれ、侯爵に飛びつくとそのまま首筋に噛みついてきた。犬歯の突き刺さった痛み、血の流れるぬるりとした生暖かい感触。そしてなにより、血を生命を啜られているかのような脱力感!

 

鍛え抜かれた戦士の残り香が見える巨躯が、見る見るうちに萎んでいく。

 

「あ、あがが……」

 

ジタバタともがき、バルブロを引き離そうとするが、万力のようにがっちりと締まったバルブロの腕はびくともしない。それは人外の力だった。数分もしないうちに侯爵の巨躯は見も無残なミイラのような姿となり、どさりとバルブロの足元に横たわった。

 

「これが…血か。……これが…生命の味か!」

 

目を血走らせて歓喜の笑いをあげるバルブロ。その時だ。その部屋の扉が控えめにノックされたのは。

 

「旦那様、如何なされたのでしょうか?」

 

「……行け、侯爵。行って皆殺しにするのだ。全ての生命を神へ捧げよ。全てを殺し、焼き尽くすのだ」

 

バルブロの声に従い侯爵が……いや、いまや下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)と化した侯爵だったミイラがゆらりと立ち上がった。

 

/*/

 

「え?」

 

モモンガのあげたその声は久しぶりに駄犬によらないものだった。

エ・ナイウルへ派遣したデスナイトにデスウォリアー。2体のアンデッドが簡単に滅ぼされた。しかも相手はユグドラシルに存在するパワードスーツを着用していたのだ。

モモンガから遠方へと伸びた繋がり――下僕のアンデッドとの繋がり――が二本切れていて、今見ていた光景が幻では無い事を伝えてくれている。

階層守護者たちとメイドたちの視線がいたたまれない。元々エ・ナイウルへ派遣した戦力は負けても構わない程度のものだったが、モモンガが敗北したと腫物を触るような視線は止めてもらいたい。

 

「なんか胸部装甲のとこ冒険者のアダマンタイトプレート見えたけど?あれが朱の雫で良いのかな?」

 

《ジョンさん、ナイスだ!》

ジョンの言葉にモモンガはいつも通り演技を被せる。

 

「ふむ……想定通りだよ」

 

全てが自分の手の内にある。

まるで悪役のボスが手の中のワイングラスをくゆらせるような余裕を見せつつ、《伝言》で漫才をしつつ、それっぽくモモンガは呟いた。

 

《さぁこい!デミウルゴス!》

《頼みます!デミウルゴス先生!》

 

「ナルホド。ソウイウコトデシタカ……」

「はいはいはい!」

 

《コキュートス!?》

《シャルティアまで!?》

 

「私も分かったでありんす!つまりモモンガ様はあれが現れると言う事を予測されていたと言う事でありんすね!だからこそあの程度の兵力で送り出した、と言う事でありんすね!」

 

はいはいはいと両手を上に伸ばして、万歳の恰好で自分をアピールしたシャルティアが全員の視線を集めて、にんまりと笑って言った。

 

《戦術レベルだとそう言う考えになるよねー》

《いや、私はペスとニグレドに嘆願されたから、手加減しただけなんですが……》

《それは言う無し》

 

「流石ですね。二人とも」

 

デミウルゴスの賞賛を受けて、二人が少し胸を張る。アルベドが続けて言う。

 

「モモンガ様の冒険者としての活動。セバスやデミウルゴス。それに王都の協力者の情報では朱の雫は王国北部で活動していると言う話でした。だからこそ、引き摺りだす為にあの兵力と言う訳ですね。あの者からすれば余裕で勝てる。しかし、助けに行かなければ都市が落ちる絶妙の兵力。流石はモモンガ様」

「餌ニ食イツイタ魚トイウコトデスナ……」

 

《あれが朱の雫で確定なんですか?》

《朱色の鎧を使ってるから朱の雫って、聞いた事あるから確定じゃない?》

《……ユグドラシルのパワードスーツが出てきた以上、プレイヤーの可能性は捨てられませんよ》

《あーそっか。でもパワードスーツ使ってるなら、精々60Lvってところじゃない?》

《ブラフかもしれません。私たちだってやるでしょう?》

《うぃ。注意します!》

 

取り敢えず、モモンガは守護者たちに計算通りだと思ってもらえるように、薄く笑い声をあげる。

 

「――ふふふ。まぁ、本当に出てくるとは思わなかったから、かなり驚いたのは事実だ。……王都での決戦まで温存するかもしれない、と思っていたからな」

「モモンガ様はいつもそこまで考えていられるんですね!」

アウラがそう言うと「凄いです」とマーレが呟いてるのが聞こえ、純粋な尊敬の瞳に、モモンガのガラスのハートはかなりのダメージを受ける。

 

「朱の雫のリーダー、アズス・アインドラが朱色の鎧を纏っていると聞いているが、あの鎧はパワードスーツって言って、ここに転移してくる前の世界のものだ。場合によっては、アズス・アインドラ、もしくはその背後に俺やモモンガさんと同等の力を持った存在がいる可能性を考えなければならなくなった」

「……朱色の鎧と言うから、普通の全身鎧(フルプレート)だと思っていたんだがな」

 

冒険者としての活動は無駄ではなかったと主張するジョンの言葉に、モモンガも乗っかりつつ、さりげなく自分たちも全部知っているわけではないと主張する。

 

「モモンガさんのおかげで事前に情報が一つ多く取れたわけだ」

 

ジョンの言葉に再びモモンガを讃える声が上がるが、それを手で制してモモンガは問う。

 

「さて――皆に問う。パワードスーツの性能について知っている者はいるか? いなければ語るとしよう」

 

モモンガは守護者たちがあまり詳しく知らないという事を確認して、知る限りのパワードスーツの性能をジョンと共に語っていった。

 

/*/

 

パワードスーツの弱点なども含めて説明し、危険なのはプレアデスなどの強力とは言えないものたちであり、彼女らが相対した場合は撤退を考えるべきだと伝える。

 

「……宝物殿に2つ3つあった筈だから、後でいってみよう。着用してみれば何か思うところもある筈だ」

 

パワードスーツ実装時には既に百レベルに達していたモモンガにとっては興味の対象外だったアイテムだが、ジョンを始め、一部のメンバーはパワードスーツで遊んでいた事もあり、ジョンは一家言あるようだった。

 

「パワードスーツは《飛行》より早く飛べるけど、やっぱりフル装備のシャルティアの方が速いし、空戦能力もペロロンチーノさんなんかの足元にも遠く及ばなかったけどね」

「くひっ」

 

自らと、創造主であるペロロンチーノを誉められ、シャルティアが変な声を漏らした。

 

《俺も幾つか持ってるよ!》

《なんでそんなもの……》

《カッコ良かったからね!仕方ないね!あとパワードスーツ縛りのトーナメントもあったからね!》

 

《伝言》で会話しながら、守護者たちを見回すが新しい質問が出る様子はない。

 

「しかし、赤い朱色の鎧か……ルプーの髪のような色だな。――よしッ!決めたッ!あれを獲ってきて、ルプーにくれてやろう!」

「おい」

 

ジョンの唐突な思いつきに、モモンガが突っ込みを入れるも。

 

「ジョン様」

「オオ流石ハ、カルバイン様」

 

ジョンへ珈琲のお代わりを用意していたルプスレギナや、一部の戦闘要員から流石だと黄色い声があがる。

 

「まったく……パワードスーツの話はいったん終わらせるぞ。デミウルゴス。あの都市への対応はどうする?私はあれが釣れただけで満足だ」

「魔導国に勝ったなどと勘違いされては面倒です。より強きものを送り、あの都市を灰燼に帰してしまいましょう」

 

《いやいやいや、良くないよ!?》

《モモンガさ――ん!ペストーニャも後で聞いてるんだから!》

 

「……いや、デミウルゴス。それはやめておこう。今後、似たような事が起きた場合の布石となる。バルブロだったか?送り込んだアンデッドの経過観察も必要だ。王都を先に陥落させよう」

 

バルブロは吸血鬼に、死んだ兵士はゾンビなどにされて、ボウロロープ侯爵の領地に送り込まれていた。無論、他にも負けないだけのアンデッド――デスナイトなど――をつけて。

 

カジットからの情報提供もあり、この世界独自の「死の螺旋」の発生やアンデッドの自然発生現象。他にもアンデッドが増える事での元からのアンデッドの強化現象などの観察を兼ねて、王国への制裁として送り込まれたのだ。

 

バルブロは、リ・ボウロロールを全滅させ、街道上の町や村を全滅させながら王都へ向かっている。その軍勢から溢れたアンデッドを使って、様々な実験を兼ねて周辺都市を滅ぼしているのだ。

 

既に王国北部はズタボロだった。

 

/*/

 

カルネ=ダーシュ村の立ち上げから数か月。

そろそろ様々な問題が噴出し始める頃であった。最近の問題は作物の出来栄えにバラツキが出てきている事だ。それも無視できる程度の差ではない。

 

ある畑では異常に作物が育つ。巨大になったり、栄養価が飛びぬけて高かったりするのだ。

隣の畑、隣の畝では普通に――それでも通常の畑より育っていたが――育っていたりする。

 

土を調べ、日の当たりを比べ、頭を悩ませていた村人一同だったが、サペトンの一言で更に頭を悩ませた。

 

「これはぁ……肥料だなぁ」

 

どうして肥料で差が出来るのか?

カルネ=ダーシュ村は基本的に自給自足だ。肥料も村人のトイレから出たものを集めて発酵させ、肥料にしている。

風呂屋の2階で行われる農業会議。そこでコークスが言った。

 

「そういや、村のトイレを常に使わないのって、漆黒の剣とクレマンちゃんとブレインくん。あとルプーちゃんに……リーダーだよね?」

「そう…だな?」

「これって、リーダーの所為じゃね?」

 

なんでも駄犬の所為にしないで欲しい。

 

「俺?」

「だって、リーダーって100Lvだろ。もし、うんこにもアイテムレベルがあったら100Lvだと思うんだよね」

 

「リーダーの肥は100Lv!!

 まさしく金肥!!って、事?」

 

「うんうん、うんちだけに」

 

ホントかよとの顔をしているのは、ジョンだけだった。チーム時王全員も、相談役も、皆が「ああ」と、腑に落ちた顔をしていた。

 

「試してみれば良いんだよ。リーダーは今日から、ここにうんちしてね」

 

ぱららっぱっぱぱーと、青いタヌキの擬音が似合いそうな調子でコークスが取り出したのはアヒル型のおまる。

 

「え?マジ?」

「マジマジ。大マジ。肥溜めも1個開けておくから、そこでリーダーのだけ発酵させてみよう」

「何と言う辱め。新しい世界を開いたら、どうしてくれる」

「そう言うのはルプーちゃんとやってねー」

 

 

数日後………「くそぉぉぉ!!そういう事か!!」

 

 

サペトンの見立て通り、リーダーの から作った肥料を与えた作物の方が異常に成長していた。

その後、リーダーには村の決まった場所で用を足すようにと指令が下ったのは言うまでもない。

 

「……俺、犬じゃないんだけどなぁ」

 

/*/

 

リ・エスティーゼ王国王都ヴァランシア宮殿。

その一室は今、人の集まりが生む特有の熱気に満ちていた。部屋に置かれた長方形のテーブル。その上座に国王ランポッサ三世、その右にザナック第二王子が座る。他に着席しているのは王国の各尚書などの重臣たちだ。ほとんどが高齢で見事な白髪頭や、白髪交じり、また光を反射する頭が並んでいる。

 

この宮廷会議では現在、王国北部を襲うアンデッドの軍勢についての会議だったが、そもそもとして「魔導国とは一体何ものなのか?」と言うところで会議がストップしてしまっていた。

 

法国の使者と共にやってきた魔導国の使者。その正体は死者の大魔法使い(エルダーリッチ)死の支配者(オーバーロード)です)だった。生者を憎むアンデッドが理知的に使者を務めている。その上、法国は魔導国の属国になったと言う。

 

まったくわけがわからないよ。

 

法国の使者は、魔導国は死の神の再誕だと言う。

死の神アインズ・ウール・ゴウン。

ガゼフの話では腕の一振りで無から教会を生み出し、数多のバケモノを従え、死者も自由に蘇生したと言う。

 

話だけではとても信じられない。

 

アインズ・ウール・ゴウンの盟友であるという人狼は、この地を通りかかり、焼き討ちされている村を見たと言う。最初は人間の争いに干渉するつもりはなかったが、妹を助ける為に必死に戦う姉の姿に心を打たれ、村を救った。焼かれた村は冬を越す事も難しく、異形と共に生きる為、王国から離反する道を選んだ。

 

そこへ向かった討伐軍。

 

「ならば、これは神の怒りだとでも言うのか!?」

ザナックは一枚の大きな紙を取り出し、机の上に広げる。

 

×印の付いた地図。

 

それなりに値の張る薄く白い紙には、《模写》によって王国全土の地図が描かれていた。

王国北部の半分以上が×印で消されている。土地勘を持つ者であれば、それらがある程度の人口を持つ都市であると気が付くだろう。そして、賢い者は、地図に村落まで記載されていたら、この×印は急激に数を膨らませると推測できる筈だ。

 

リ・ボウロロールから発生したアンデッド禍は、ゆっくりと周囲に広がりながら王都へ向けて伸びてきている。

 

その中心には『不死にして不滅なる王』を名乗るバルブロ第一王子の姿があるとは難民たちの言葉だ。

カルネ村に向かったバルブロが、何故、リ・ボウロロールに現れたのか不明だが、彼はアンデッド《吸血鬼》となって強力なアンデッドを従え、都市を壊滅され、そこに住む住人も皆殺しにし、アンデッドの軍団を作っている。

 

「……このような無法。王族として見過ごせるものか」

 

これを許しては王家の者とは言えない。

冒険者を雇ってのバルブロ殺害も検討した。しかし、数万にも及ぶアンデッドに囲まれたバルブロの元にたどり着くのはアダマンタイト級をもってしても難しいと偵察に出た冒険者の弁だ。

 

妹の予想した通りの未曽有の危機に、ザナックはギリッと音が出るほどに歯を噛み締める。分かってはいたことだが、蒼の薔薇と朱の雫が手元にないのが口惜しい。けれども、それは後の者たちへの手向けなのだ。勝てない戦で貴重な戦力を磨り潰すわけにいかない。

 

「これが魔導国の仕業か。それともそうでないのか。最早、関係がない。兄上が王を名乗り、民を皆殺しにしながら、王都へ迫ってきているのであれば……戦うしかない」

 

ぐっとザナックは拳を握り、周囲の重臣たちを、国王を見回す。

 

「やるしかないでしょう。アンデッドの軍団は都市を焼き尽くし、そこに住む民を皆殺しにしている。生き残る為には全兵力を集め、乾坤一擲の大勝負に出るほかない」

 

魔導国への対処はその後だとザナックは言う。

 

「………………ザナックよ……王になったのだな」

「……陛下?何か仰いましたか?」

 

ランポッサ三世の呟きはザナックへ届かなかったけれど。

 




使者の死者の大魔法使い(エルダーリッチ)は、使者と死者を掛けたわけでは……ゴメン。そうですよ。


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第41話:ポイントのご利用は計画的に

よいこのみんなにメリークリスマスプレゼントじゃよー。
原作準拠シーンはキンクリしてるから、原作14巻読んでない人は?になるかも。


アローアロー!こちらジョン・カルバイン。

ただいま各階層守護者および統括、ランドスチュワードの皆さん大激怒。激おこぷんぷん丸です。

あ、ルプーも怒ってる。

 

それもこれもバルブロが『不死にして不滅なる王』とか名乗るからだ。

 

馬鹿なの?死ぬの(もう死んでるけど)?

どうしてよりによってモモンガさんと被るようなのを名乗るかなー。

『黒衣の王』とか『夜の大王』とか『悪の帝王』にしてれば良かったのに。

 

みんなをなだめるのはモモンガさんにお任せして、俺は珈琲でも飲んでようっと。

 

ルプー。今日の珈琲は甘い香りがするね。どこの豆?粉(コナ)?

 

細挽きかー(違います。コナと粉の勘違いです)。

 

/*/

 

想定よりもゆっくりと侵攻しているバルブロのアンデッドの軍勢。それが占拠する街の領主の館で、バルブロはソファに腰掛け、優し気な声を――自分でも驚くような――優し気な声を、目の前の娘へ掛けていた。

 

「例えば……だ」

 

醜い人面犬を何頭も従え、膝の上のそれを撫でながら、見目麗しい娘へ言葉を続ける。

 

「この花だ。君は花で言えば、このぐらいの若さと言える。考えてみたまえ、お嬢さん。この花は咲き盛ってしまえば、あとは枯れ行くのみ……悲しいとは思わないか?」

 

緊張と怯えから硬い表情の娘へ向け、咲き誇る寸前の蕾の香りを楽しみながら語りかける。人間であった頃には持ち得なかった貫禄と余裕があると自分でも思う声だった。そのバルブロに媚び諂う声をあげたのは人面犬だ。

 

「彼女は16歳。正真正銘の生娘!生命が漲ってて美味しそーっでしょ?バルブロ陛下~~」

 

ウシャシャヒャヒャヒャと下卑た声をあげる人面犬に苛ついたのか。バルブロは、唐突に人面犬を床に叩きつけ、その頭を踏み潰した。真っ赤な血の花が床に咲き、部屋に濃厚な血の臭いが満ちた。

 

「……こういう手合いでも生きる価値はあるかと犬と人間の死体を合体させて造ってみたが、下賎のものは所詮この程度か」

 

自ら作り出したものを自らの手で奪う。生殺与奪を意のままにしている優越感、全能感がバルブロを満たし、生前以上に冷静なダンディさを演出してくれていた。

 

「どうだね、お嬢さん。一つ選択してくれないか?今のままの若さで永遠を楽しみたいとは思わないかね?」

 

そうして、バルブロはまた一人、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を手に入れた。

 

/*/

 

バルブロの姿を遠見で観察していたジョンは、モモンガの執務室のソファに深く腰掛けた。

 

「なんか。自分の嫁を喰い殺してからハーレム作ってるし、ゲシュタルト崩壊してない?吸血鬼化で人格変わったっけ?」

「人間種への帰属意識は薄れますけど、家族や仲間への帰属意識は私は変わりませんでしたね。もともと、そういう人格だったのでは?」

 

モモンガの言葉にそう言えば、そうだったなと思い返し、納得するジョン。首周りのたてがみのような毛を掻きながら、モモンガが続けた「クレマンティーヌかブレインで実験してみますか?」との問いには、首を横に振った。

 

「止しとくよ。折角の現地基準での強者なのに勿体ない」

 

そして、珈琲をすすりながら言葉を続ける。

「この前まで下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)しか作れなかったのに、吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)が造れるようになったのは凄いね」

 

シャルティアによって、吸血鬼化したバルブロは送り込んだ当初は下位吸血鬼(レッサーヴァンパイア)しか造れなかった。だが、配下のアンデッド軍団が万を超えた今は数体の吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)を造り、己の支配下に置いている。そればかりか自然発生したアンデッドも己の軍団に組み込んでいるのだ。

 

「死の螺旋とか言う現象。実に興味深いですね。アンデッドであれば、こんな方法で力を増せるのか……」

モモンガの答えとそれに続く呟きに、耳の良いアルベドが思わず「では、モモンガ様も!?」と食いついた。

「いや、私は私と言う器の限界まで力を満たしているのだ。恐らく器の方を広げなければ、同じ方法で力は増えまい」

 

食い気味のアルベドへ苦笑の雰囲気を漂わせ、モモンガは100Lvの自分はこれ以上は強化されないとの見解を示す。

 

「なんでさ?」

「その理屈で言うなら、ナザリックの下僕の分だけ私が強化されていないとおかしいからさ」

「あーそう言う事か」

 

ジョンの問いにも同じように既に配下にある多数のアンデッド分だけ強化されていない事を例にあげて説明するモモンガだった。確かに既にナザリック内部のPOPモンスターもモモンガ配下と言えるし、毎日毎日モモンガが生産しているアンデッドの総Lvを考えたら、強化されるならとっくに101Lvになっているだろう。

 

「ふむ……シャルティアの支配を逃れたわけではないのだな」

 

モモンガは40Lv前後になったと思われるバルブロがシャルティアの支配下にある事を、同席していたシャルティア本人に確認した。シャルティアは淑やかに返答しながらも、後半は、瞳に獣の凶悪さを煌かせる。

 

「はい。いまだに私の支配下にあるでありんす……あのものを滅ぼさなくて良いでありんすか?」

「良い。これも実験だ。王都へ侵攻するのであれば、あとは自由意志で好きにさせよ」

 

以前、説得したように『不死にして不滅なる王』を名乗っている事は構わないとモモンガは言うが、やはりシモベたちとしては許せない呼称のようだ。

そんなシモベたちを愛おしくめでながら、モモンガは「さて」とここまでの観察の経過をまとめに入った。

 

「デスナイト、ソウルイーターの発生までは確認できました。恐らく40Lv手前までのアンデッドが発生し得るようですが、この辺りで頭打ちですかね?」

 

「万の単位くらいで終わりっぽいね」とジョンは両手をあげてみせた。「まーここまで10倍くらいの比率で発生Lvが10Lv毎に上がってたから、この先は現実的ではないかな?」

 

「そうですね。これで行くと100Lvアンデッドを自然発生させるには100億人と運が必要になります。法国で第7位階天使召喚が人類最高とされてましたから、人口的にも、こんなところでしょう」

 

戸籍を持っているのが近隣諸国では法国だけであることもあり、王国の人口などは法国が推測したものしかない。それで見積もっても、王国全土で1000万人もいないのだから、王国北部だけであれば10万規模の軍団がほぼ最大数だろう。

 

「さて、それじゃ皆の機嫌も損ねてる事だし、そろそろバルブロには的になってもらうかい」

「そうですね。もう良いでしょう。……シャルティア。あのものに王都へ進軍せよと命令を下せ」

 

「はっ。ご下命賜りました」

 

/*/

 

王都から半日も離れていない平野には、アンデッドの南侵の報を受けて簡易的なものであるが、対アンデッド用の陣地が形成されており、そこに入ってアンデッドを迎え撃つ作戦だった。

陣地は街道を封鎖する形で作られているので、アンデッドの軍勢がこのまま王都へまっすぐ向かってきたら効果はあるが、向きを変えられたら陣を作り直す必要がある。そんな不安もあったが、物見の話ではアンデッドの軍勢は真っ直ぐに向かってきているとの事で、杞憂に終わりそうだ。

 

近隣貴族たちに王都の民、難民の中でも戦える男などをまとめ上げた王国の決戦兵力は40万を超える。

 

これは毎年の帝国との戦いで動員される大兵力の2倍を超える。よくぞこれほどの軍勢を集めたものだと賞賛したくなる数だが、内実は寄せ集めであり、碌な武具がなかった為、手製の棍棒を持っている者たちも多い。

ただ、それに反して戦意は高い。追い詰められたネズミの最後のあがきのように、アンデッドの軍勢の――バルブロ不死不滅王の――残忍さを知る者たちが自分たちの大切なものを守るという思いだけで武器を取ったに過ぎない。もし、勇気に少しでもひびが入れば王国軍はあえなく瓦解するだろう。

 

戦闘準備だけで2日も経過してしまった。

 

全ての布陣が完了した頃、十分な時間を与えてやったと言わんばかりの堂々たる行進で、アンデッドの軍勢がついに姿を見せた。その数は13万に及ぶ大兵力だった。ほとんどがゾンビ、スケルトンと言った低位アンデッドで占められていたが、デスナイトやソウルイーターと言った致命のアンデッドも少数ながら存在していた。

 

そして―――その夜、

 

王都から飛来したパワードスーツにより、バルブロはヘビーマシンガンでハチの巣にされ、滅びた。

不死にして不滅なる王を名乗った男のあっけない最後だった。

 

/*/

 

《さて、行きますか》

《私たちの出番ですね》

 

/*/

 

突如――バルブロの滅んだ跡を中心に漆黒の闇が生まれる。

 

ぽっかりとした黒い穴は何処までも――何処までも、何もかも吸い込みそうな漆黒の色を湛えている。何処から見ても真円に見えるが、実際は球体状の深淵。

 

それはかつて、神都に出現した巨大な深遠の穴だった。

 

深淵の穴から湧き出るように、身長2mに達する逞しい青い人狼と漆黒のローブを身にまとった死の支配者(オーバーロード)が姿を現す。周囲のアンデッドたちがバルブロの時以上に彼らに平伏していく様に、アズスは恐れから〈連鎖する龍雷(チェインドラゴンライトニング)〉を放っていた。

龍の形をした雷は周囲のアンデッドに着弾すると次々とアンデッドを滅ぼしていく。眩い雷光が周囲を照らし、しかし、深淵の穴から出現した2つの存在には何の痛痒も与えていないようだった。

 

左肩のウェポンラックに光が吸い込まれ、別の魔法が吹き荒れる。

 

ジョンとモモンガを炎の嵐が飲み込み、吹き荒れる。

炎の嵐(ファイヤーストーム)〉。信仰系に属する範囲魔法だ。一応、モモンガの弱点属性でもある。

風を踏み、神器級(ゴッズ)アイテム『天狼の武道着』『風神拳』『雷神拳』などでフル装備のジョンが空へ駆け出した。

 

/*/

 

慌てて王都とは別の方角へ飛び出したように見えるパワードスーツ。その姿にジョンは内心で首を捻った。

 

《どう見ても罠ですよね》

《引っかかる奴いると思ってるのか?》

《さっそく掛かってるようですけどね》

 

サモン・ムーンウルフで久しぶりの眷属召喚。移動速度が尋常ではない狼を地に放つ。既に周囲には不可視化したバイアクヘーを偵察に飛ばしている。何度かの実験の後、バイアクヘーの飛行速度は地球上で時速70km程だが、この世界では法則が違うのか亜音速(サブソニック)程度まで加速できるのを確認している。先回りさせ、向かう先に何もない事を確認する。

 

《勢子じゃ……ない?》

《転移で包囲するかもしれないし、分断したいのかもしれません》

 

たとえ個々が離れようとも、既に離れた位置に控えるシャルティアとルプスレギナと〈精神結合(マインドネット)〉済みである。

 

《こんなので分断されるとか……PvPやった事ないのか?》

 

普通に〈飛行(フライ)〉で飛んでいるだけでは、パワードスーツから徐々に引き離されていく一方だが、取り敢えずは〈飛行(フライ)〉の速度でパワードスーツを追跡するジョン。普通に追跡するならば、追いつけないと諦めてもおかしくない時間、パワードス―ツは逃げ続けた。

 

やがて、諦めたのか。彼らにとって都合の良い距離となったのか。

 

パワードスーツは急に振り返り、ヘビーマシンガンを構えた。

唸るような音と共に大量の銃弾が吐き出されてくる。

 

(あー懐かしい音だぁ。でも……)

 

ドングリよりも若干大きめの弾を大量に吐き出してくるので、面の攻撃を回避するのは困難だ。特殊技術〈二指真空把〉を使えば弾を投げ返す事も可能だが、ジョンはそのままパワードスーツに突っ込んでいった。

案の定、魔法の宿っていないヘビーマシンガンの弾は、全て装備に無効化されて、ジョンの身体を逸れていった。

 

慌てた様子のパワードスーツに、ひょっとしたら戦闘は素人なのか?と思い始めたジョンは牽制に軽いジャブを放つ。

 

ゴガン、とやたら硬質な音が響き、3mを超える巨体がノックバックし……そのまま墜落していった。

 

「え?」

 

死んだふりかと思い、下に展開していたムーンウルフを近くまで寄せてみたが、墜落したパワードスーツはピクリとも動かない。

殴った感じ、特殊技術で推測する相手のレベルは30Lvもなかったように思う。それならば牽制の1発で即死するのも納得だが、装備と中身が余りにも不釣り合いだ。

 

(マジか……まーモモンガさんの方にもお客さん来たみたいだし、もう少し時間潰していくか)

 

実のところ、ネタビルド、ロマンビルドと言われようとも、仮にも廃人であったジョンの――100Lvアタッカーの牽制パンチ。こちらの世界のアダマンタイト級冒険者(アズス)など一溜りもなかった。

 

モモンガの方が本命らしい。ただ彼がナザリックの外で力を振るったのは、カルネ=ダーシュ村と神都のみ。対策をしているカルネ=ダーシュ村周辺で情報を抜かれたとは考え難い。神都になんらかの眼があったと考えるのが自然だろう。

 

帝国、聖王国、竜王国、評議国。

 

法国の情報からすれば、評議国以外は外せそうだ。

そうすると、これは国境を接する事になる評議国の手のものなのか。

それとも潜んでいたプレイヤーなのか。

 

地に降り、パワードスーツを調べるジョンは仮想敵国となりそうな国を考えていた。戦闘に備え、料理長の料理バフもたっぷり貰ってきているので、いつになくシリアスを維持できる。

 

勝手知ったるパワードスーツ。

外部操作でハッチを開けると、中では人間の男が七口噴血(しちこうふんけつ)して死んでいた。

胸部装甲に括りつけられたアダマンタイトプレートを見ると、どうやらアズス・アインドラらしい。

 

(ちょっと弱すぎだ。まさか牽制で即死とか。まー《死者との会話》で情報とれば良いか)

 

そんな事をジョンが考えたのと、リク・アガネイアが「世界断絶障壁」を展開したのは、ほぼ同時だった。それと同時にジョンの〈精神結合(マインドネット)〉が解除される。

 

《ルプー!モモンガさん!シャルティア!》

《カルバイン様が急に〈精神結合(マインドネット)〉から切断されたでありんす》

《こちらの〈精神結合(マインドネット)〉に異常はありません。ルプスレギナは無事ですよ》

 

ルプスレギナとだけ《伝言》での会話が出来ない。

《伝言》はモモンガとシャルティアには通じる。ルプスレギナには通じない。そこから考えられる事は……

 

《……世界級(ワールド)アイテムを持ってない差……か?》

《そのようですね。この結界は世界級(ワールド)アイテムを持っていないと逃げられない致命の罠と言うところですか》

 

/*/

 

《これ以上の情報は無理のようですね》

《OK。ヘルプ入りまーす》

 

モモンガと白金鎧リク・アガネイアの戦闘場所の上空で待機していたジョンは降下に移る。自由落下に〈飛行(フライ)〉や特殊技術を加えての超高速の落下だ。その上空からの落下が、世界断絶障壁を越えた瞬間、白金鎧に感知された。

 

《転移した相手を追い掛けるのに手間取った割に知覚が早い。世界絶対障壁を越えられたからか?》

 

超位スキル〈天地合一(てんじんごういつ)〉の青銀色のオーラに包まれながら、〈无二打(にのうちいらず)〉で真上から〈飛び蹴り(ライダーキック)〉。その一撃は鎧を粉砕してしまう。2つの超位スキルによる一撃は残り少なかったリク・アガネイアのHPを削り切るに余る威力を誇った。

 

《いつの間に超位スキルの同時発動なんて出来るようになったんですか?》

《なんか出来そうな気がしたから、やったら出来た!》

《ふざけるなよ、駄犬。何やったら強化されたか実験が必要だと言っただろう》

《……ごめんなさい》

 

ジョンの一撃で止めを刺された鎧の中身は空っぽだった。

戦闘していたモモンガの感触では、空っぽの鎧で白金鎧の正体は遠隔操作で武器と鎧を操っていたのではないだろうかと言う感想だった。

 

《それなら、モモンガさん。壊れた鎧に〈死者との会話〉試してみましょう。ハーフゴーレムとかだったなら、情報が取れる筈です》

《冴えてますね。……ジョンさん、常に食事摂りますか?》

 

まったく、強くなれるなら私だってそうしたいのに……ぶつぶつ零しながら、壊れた鎧に〈死者との会話〉を試すモモンガだった。

 

《遠隔操作で決まりかな?……今こそ使いますか?〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉》

《《強欲と無欲》に貯めた貯金(経験値)で使えますが……難しいところですね》

《潜在的な脅威度は高いから、使っても良いんじゃない。情報を制する者が世界を制する!だよ》

《そうですねぇ……試してみますか》

 

何れ何処かで〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉を使ってみなくてはとは思ってましたしね。そう呟き、《強欲と無欲》を装備すると、気合を入れてモモンガは叫んだ。

 

俺は願う(I WISH)!」

 

勿論、こんなセリフなどいらない。それでも問題なく魔法は発動し、モモンガの眼窩に宿る赤い灯火は小さくなる。

 

「なんだ……これは……」

 

まるで頭に新しい情報が書き込まれていくような不快感。そして、同時に感じる巨大な何かと結びつくような幸福感。人間だった頃と同じような幾つもの感覚がモモンガを襲う。

その波が去った後、モモンガはこの世界での〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉がユグドラシルとはまるで違うものへと変わった事を悟った。最大で500%もの経験値の消費と引き換えに、より強大な願いを叶える魔法へと変質していた。これならば、白金鎧の正体を知るなど造作もないと勝利を確信して、モモンガは叫んだ。

 

 

「白金鎧の正体を我に知らしめよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GM「遠隔操作された鎧だねー」

 

( 'д'⊂彡☆))Д´) パーン

 

《質問の仕方ぁ―――ッ!!》

《ああ!経験値が!!》

《プレイヤーかどうか質問すれば良かったのか!!》

 

今日も《伝言》漫才はキレッキレであった。

 

がっくりと膝をついた二人の超越者たちであったが、部下が近くにいる状態でいつまでもがっくりしてるわけにもいかない。

立ち上がり、膝の土を払う。

 

《ああ、勿体ない》

 

貯めたポイントを失効した主婦のようなノリのモモンガの呟きに、ジョンは悪魔の囁きを以って答えた。ねぇ、モモンガさん……。

 

《……そこに40万の兵士がおるじゃろ?……ここに《強欲と無欲》があるじゃろ?》

 

ゴクリと、無いハズの唾をモモンガは飲み込んだ。空っぽの眼窩に燃える灯火が、目を細めるように小さくなった。

《強欲と無欲》を満タンに出来るチャンスが目の前に転がっている……これは。

 

《やるか!》

《おうよ!》

 

こうして、王国史上最恐最悪の大量虐殺が始まったとは、歴史の何処にも記される事は無かった。

 

 




わるいこには超位魔法〈黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)〉しちゃうぞ☆


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第42話:え?黒き豊穣への貢

/*/ 残念!AOGは10以上持ってる!

 

ツァインドルクスは顔を上げた。

 

鎧が破壊された。

アズスも恐らく生きてはいないだろう。

 

ツアーは考える。

 

魔導王は越えなかったので分からないが、あのぷれいやー(人狼)は世界断絶障壁を乗り越えてきた。始原の魔法で中位に位置するあの結界は通常の手段では突破できない隔離された空間を作る。あれに侵入できるのは始原の魔法が使えるか、それとも世界級(ワールド)アイテムを保有するかのどちらかだ。

魔導王と人狼どちらがぷれいやーでえぬぴーしーなのか判別がつかなかったが、世界級(ワールド)アイテムを保有している人狼こそがぷれいやーだろう。自分を第二位の立ち位置において安全を確保するとは、なかなかに狡猾なぷれいやーのようだ。

 

(それとも魔導王も世界級(ワールド)アイテムを持っている?いや、世界断絶障壁を突破しなかったから、その可能性は低い?)

 

2つ持っている集まりもあるという話をリクから聞いた覚えがあった。実際、彼らは2つ持っていた。しかしである。

 

(アズスのおかげで魔導王の強さの底は見られた(モモンガ様は手加減してました)。あれなら次に戦えば、勿論、一騎打ちと言う形であるが……勝利を収める事が出来るだろう)

 

問題は人狼の方である。

 

(消耗していたとは言え、あの鎧を一撃で破壊した。攻撃系の世界級(ワールド)アイテムの力だろうか?それにあの気配……周囲の世界を喰らい混沌を吐き出していた。これまでになく危険なぷれいやーだ)

 

場合によっては本体で戦わなくてはならないだろう。

時間を与えて勢力を拡大されるのは不味いと思っていたが、それ以上に不味い事態になるかもしれない。

 

/*/ 黒き豊穣への貢

 

平野に組まれた簡易的な陣地。アンデッド――おもにゾンビやスケルトンを相手を想定して作られた陣地のあちこちで、大きなかがり火が焚かれていた。

紅蓮の炎は天を焦がすように立ち昇り、生じる無数の火の粉が闇に溶け込むまでの短い時間、大地に落ちた星のように輝く。周囲にわだかまる闇もその明るさの前には近寄ることが出来ない。

そんな揺らめく赤い明かりの中、夜警の順番を待つ者たちがいた。

40万の大軍である。その順番を待つ者たちだけでも万は下らないだろう。ましてや、夜はアンデッドの時間。夜警に立たない者たちも、まんじりともせずにいるに違いなかった。

 

兵士の1人が槍を小脇に抱え、服を直すような姿をとりながら、アンデッドの軍勢を眺めた。

 

「……おい…あれ…なんだ…?」

 

男の指差す先、アンデッドの軍勢の最奥で、星明りを浴びながら青い、白い、狼の姿が大きくなっていく。目の錯覚ではない。アンデッドたちの背丈を越え、かがり火の高さを越え、城壁の、城の、尖塔の高さを越えて、星々に届く勢いで大きくなっていく巨大な狼。夜空に浮かぶ月のような金色の眼が自分達を見下ろしていた。

 

 

「……お、おお」

 

 

それは誰の声だったろうか。見上げる者達は震える声で恐れを零し、竜すら超えるのではないかと思われる重圧に膝をつく。

星明りを浴びて白銀に輝く巨大な狼は、その貌を高く上げ、40万の大軍を見据えると大きく口を開き、吠えた。

 

 

 

 

 

『オオオァァァアアアアアアーーー!!』

 

 

 

 

 

雷鳴のように鳴り響くその咆哮。それはしばらく前にスレイン法国、王国、帝国に響き渡った謎の咆哮だった。

十分に手加減された咆哮は40万の軍勢を気絶させず、浅い眠りから叩き起こす。

 

「な、なんだ!?」「ひぃっ!」

「おい!見ろ!!」「ば、バケモノ…」

 

 

『我が盟主(アインズ・ウール・ゴウン)は寛大だ。過ちも3度までは許して下さる。だが、人類は既に3つの過ちを犯している。盟主をこの世界より放逐した事。人類だけで生きられると思いあがった事。盟主の下で生きようと、帰依したものたちを滅ぼそうとした事――』

 

いつの間にか巨大な狼の頭の上に、豪奢なローブを纏った死の神が立っていた。

それに40万の軍勢のどれほどの数が気づいただろうか?

静かに、優しげに語りかけていた巨大な狼、神獣の声は、そこで一転し、冬の嵐のように厳しく猛る声で怒りを解き放つ。

 

『我が邑を焼き尽くさんとした愚かなる者ども、刮目せよ!これが!我らが盟主(アインズ・ウール・ゴウン)の大いなる死の力!力に頼り民を支配するものは、力によって滅ぼされると知れ!」

 

怒れる神獣の声に続き、静かな抑揚の無い。声無き声。囁くように静かな神の声が、平野全域に響き渡った。

 

 

【――最早、私には誰であろうと関係がない。私には人間であろうとなかろうと関係がない。飢えたゴブリンの子も、お前達も、皆同じだ――】

 

【――我等と共に往くか。彼等と共に死ぬか。達観は無いのだ、人の子よ――】

 

 

神獣と呼ぶしかない巨大な狼。その頭部に立つ死の神が、月明かりのように美しい純白の籠手に包まれた腕を一振りする。

それに合わせるように突如としてその死の神を中心に、10メートルにもなろうかという巨大なドーム状の魔法陣が展開された。

 

神獣の頭部がその範囲に囚われていることからすると、害をなすものではないようだが、そのあまりにも幻想的な光景は驚きの種だった。

魔法陣は蒼白い光を放つ、半透明の文字とも記号ともいえるようなものを浮かべている。それがめまぐるしく姿を変え、一瞬たりとも同じ文字を浮かべていない。

 

そうして、しばしの時を置き、超位魔法〈黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)〉は解放された。

 

何かが平野を音もなく吹き抜けた。黒い何かが吹き抜けたように感じたものがいたかもしれない。その何かが吹き抜けた平野の軍勢。家族を守ろうと集結した王国の決戦兵力40万。

 

そのうち10万の命が――即座に奪われた。

 

老いも若きも、貴族も平民も一切の区別なく。等しく生命を刈り取られた。万を越える生命を刈り取られた平野へ、死の神の漆黒の籠手に包まれた左手が伸ばされる。

 

【――起きろ、強欲。そしてその身に喰らうがいい――】

 

死の神の行動に応えるように、無数の青い、透けるような光の塊が平野から尾を引きながら飛んで来る。

その小さな――握りこぶしより小さな光の塊は、死の神の黒い左手に吸い込まれるように消えて逝く。

星明りが照らす平野の上、万を超える光の玉が吸い込まれていく様は、まるで幻想の光景にも見えた。

 

ただ、その光景を見ているものからすれば、それはどのような光景に映るのか。

経験値を集めているなど分かりはしない。ならば、死の神が集めるものはただ1つ。

 

それは何か。

 

それは――魂。

 

今、目の前で慈悲も無く死んでいった王国の民たちの魂を、死の神が刈り集めている。生き残った者たちはそう信じてしまった。

星のように、星の川のように、幾千幾万の魂が死の神の下へ旅立っていく。

 

迷信深い……あるいは信心深い平民などは、跪く。跪いて、ただ神への許しを乞うた。

 

自分たちが何かをしたとなど思わない。ただ、また、貴族様が何か神の怒りを買うような事をしたのだろう。

自分たちは家族を守りたかっただけで、神様に逆らおうなど思ってなかった。知らなかった。

 

お許し下さい(知らなかった)お許し下さい(知らなかった)お許し下さい(知らなかった)お許し下さい(知らなかった)お許し下さい(知らなかった)

 

繰り返す都度に五度、ただ満たされるとき(祈り)を破却する。

そう。

祈りなど何処吹く風と、兵士たちの生命を奪った黒い風は天へ昇り、黒い球体となる。

 

慈悲など無く。

黒い仔山羊たちが平野へ現れた。

 

/*/

 

《凄い!5体出てきましたよ!最高記録では?》

《しかし……もっと現れても良いはずだよなぁ……もしかして5体が上限なのか?だとしたら、最大値ということだから、これは凄いじゃないか!?》

 

《最大値おめ!》

《ありがとう!》

 

機嫌よくモモンガは答える。

素直な感動を見せるジョンの声がモモンガの心をくすぐった。

 

(〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉で失敗した時はどうしようかと思ったが、〈黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)〉使って良かった。ド派手な魔法。圧倒的な魔法と言うのは使って爽快感がある。ユグドラシルでも上位の人気を誇るだけの事はあったな。アルベドやデミウルゴスたちも喜んでくれると良いが)

 

/*/

 

王国の決戦兵力40万は……その日、たった5体のモンスターに()()()()蹴散らされた。

 

/*/

 

王都の門。長い歴史を見てきたその門の前にザナックは立っていた。

40万の決戦兵力を率いての王国最後の戦いには置いて行かれてしまったのだ。それが良かったのか。悪かったのか。

父である王。ランポッサ三世は戻ってきていない。ボロボロになって戻ってきたガゼフの話では最後に見たのは戦士団が囮となり、その間に供回りの者に守られて、脱出を図る姿だったと言う。

 

結局、恐い妹の言う通りになりそうだった。

 

『人狼の守護神に跪き、許しを乞い、王国を守護神へ捧げ、法国の六大神のように王国の守護神になって頂く事が最善ではないでしょうか』

あの時は、人とはそれほど単純なものではない。面子や感情、既得権益。そう言ったものが邪魔をして最善手は選べないと答えたが、今は…もう、面子も感情も、既得権益も何もかも完膚なきまでに叩き潰された今なら選べそうだ。

 

レエブン侯とクライム、蒼の薔薇を引き連れて、侯の領地エ・レエブルへ地方視察へ向かった妹を思い小さく笑った。

 

あの時点で、妹はこうなる事を予想していたかもしれない。まったく恐ろしい妹だ。

王宮に僅かに残ってくれた騎士たちに儀仗兵をしてもらい。その列の最奥に立ちながらザナックは物思いにふけった。

 

アンデッドの……いや、魔導国の軍勢はもうそこまで来ていた。

 

/*/

 

「リ・エスティーゼ王国王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフである!魔導王陛下!死の神アインズ・ウール・ゴウン様と話がしたい!」

 

「……どうされますか?今更、話を聞く価値もないかと思われますが……」

「いや……聞こう。こちらも儀仗兵を出そうか。そうだな。ナザリック・マスターガーダーが良かろう」

 

金に輝く鎧と赤いマントを身に纏ったナザリック・マスターガーダーが対面に並び、一斉にギルド旗を掲げる姿は壮観だった。

その列の中をモモンガは人狼形態のジョンを引き連れて、ゆっくりと王都の門へ向かう。

 

これまでのアンデッドにはあり得ない威風堂々、豪華絢爛たる儀仗兵の姿に気おされながらも、ザナックは我こそ最後との意地を張って、己につき従ってくれた最後の騎士たちの先頭に立って魔導王の到着を待っていた。

 

モモンガたちを待ち受けていたのは、少し太り気味の男だった。眼の下には化粧でも隠せない濃い隈がある。震える身体、震える拳をぎゅっと握りしめ、背後の儀仗兵たちを庇うように立つ姿が印象に残った。強い意思を感じさせる瞳がモモンガの心の琴線に触れた。

 

「お初にお目にかかる、魔導王陛下。私はザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイセルフと申します」

「こちらこそお初にお目にかかる、殿下。アインズ・ウール・ゴウン魔導王だ。よろしく頼む。さて、立ったまま喋るというのはあれだな……」

 

モモンガが魔法を発動させようとする前に、ザナックはその場に跪いていた。

 

「……ふむ」

 

跪いたザナックは、王冠、王笏、国璽を盆にのせ、モモンガへ恭しく捧げ出した。

 

「王国の全てを陛下へ、死の神アインズ・ウール・ゴウン様へ捧げます。愚かな人の行いの償いに、私の生命も捧げましょう。ですので、王国の守護神となっては頂けないでしょうか」

 

部下の不始末に上の者が責任を取ると言うのは理想だが、なかなか出来るものではない。ブラック企業勤めで何かと切り捨てられる側だったモモンガとジョンにとって、ザナックの理想の上司ぶりは眩しいものだった。

 

「……頭を上げてくれたまえ」

ザナックは頭を上げなかった。

「頭を上げてくれないか?」

 

頭を下げたままのザナックに「ひょっとして、このまま殺せ」って事なのかな?とモモンガが思い始めた頃、ルプスレギナから礼儀作法を聞いたジョンの《伝言》がモモンガへ飛んでくる。

 

「頭を上げてくれるね?」

「魔導王陛下。御尊顔を拝する名誉を賜り、誠にありがとうございます」

 

その瞳はもう直ぐ死を迎えると言うのに、生命ある限り、こう生きてやろうと決意した覚悟に満ちていた。

 

「……その瞳か」

「陛下?」

 

いや、なんでもないとモモンガは改めて魔法を二つ発動させる。少し離れたところに向かい合わせで黒い玉座を二つ作った。魔法で作ったので当たり前だが、両方とも寸分違わず同じ形だ。

 

「金属の硬さを持つが……あれに座って話そうじゃないか。どうだね?」

「喜んで、陛下」

 

二人で椅子に座り、それと同時にモモンガはもう一度魔法を使うと、両者の間に同じような黒い光沢を持つ机を作り出した。さきほどから魔法を使っているが、ザナックに警戒などする様子は見られない。生命を捧げるとの言葉に偽りがないからだろうか。

続いて、インベントリからグラスを二つ。それと水差しを取り出した。

 

「水で構わないかね?酒はよろしくないだろう?オレンジジュースもあるが……?」

「ありがとうございます、陛下。ありがたく水を頂きます」

 

モモンガは飲めないが、一応の礼儀として自分のグラスにも水を注いでおく。

 

「さて、先ほどの君の嘆願だが……答えるには役者が揃っていないな。もうしばらく待ちたまえ」

 

/*/

 

必死に走り、転がるように足元に片膝をつく。ぜいぜい、と切れる息を必死に整えつつ、声を出す。

 

「魔導王陛下、参りました」

 

ほんの少し、魔導王がこちらを観察しているのをレエブン侯は下げた頭の後頭部に感じた。

 

「レエブン、だったな。よく来た。それにしてもその……なんだ、息を整えていいぞ。……汗も流れている」

「み、見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ありません」

 

驚くほど親切な声に、逆に恐れを感じ、震える。罠かもしれないが、見苦しい方が不味いだろうと考え、レエブン侯はハンカチを取り出し、額の汗を拭う。

 

「お前たちの願いを聞く前に、私の客人に尋ねたい。さて……彼らも、王国の民かね」

 

向かい合わせの黒い玉座に座るザナックへ、モモンガは優し気に問いかけた。レエブン侯につき従う幾人もの貴族たちが息を呑んだようだった。

「はっ。彼らも守るべき王国の民であります。私の生命を以って、彼らも陛下の国の末席に加えては頂けないでしょうか」

よどみなく答えるザナックの心に偽り無く。モモンガは上にあるものとしてのザナックの覚悟に、痺れ、憧れた。

モモンガの眼窩の燃える灯火が目を細めるように小さくなり、周囲を見回したあとに、またザナックに戻った。

 

「答えはNoだ。君の生命で助命などしてやらない。ああ、断固として、してやるものか」

「……陛下」

 

レエブン侯につき従ってきた貴族たちが、恐れから息を呑んだ。

 

「……君には妹がいたな?その者で手を打とう。そして、ザナック。君をリ・エスティーゼ王国の国王に叙する。……今後、国王は私が叙する事としよう」

「寛大なご処置を賜り、心よりお礼申し上げます」

 

内心の衝撃を押し殺し、ザナック、レエブン、その場の貴族は一斉に頭を垂れた。

 

「……努々忘れぬ事だ。私は礼には礼で、仇には仇で返す。この光景を忘れるな、人間」

 

王国八十万の民を殺した魔王の言葉を聞き、レエブン侯は強い吐き気を覚える。そして願う。この魔王が勇者によって討ち滅ぼされん事を、と。

 

/*/

 

リ・エスティーゼ王国は新国王ザナックの下、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の属国となると周辺国へ通知した。

 

/*/

 

ナザリック地下大墳墓第9層客室。その一つが魔導国へ人質として明け渡されたラナーの居室であった。

アルベドとの対面を終えたラナーはあまりの幸せに頭がおかしくなりそうだった。

悪魔は永遠の生命を持つ。そして、ここに閉じ籠っていれば誰よりも安全だろう。

 

ならば――ラナーは自分が出てきた扉を見る。いや、その先のベッドに寝ている少年を。

 

「クライム。ここで私と永遠に睦み会いましょうね。まずは今日中にお互いの初めてを交換しましょうね」

蕩けるようにラナーは言った。

「それとももっと大切にして――今日はその前段階ぐらいに抑えておいた方が良いからしら?うふふ。こんなに迷うのは初めてかもしれないわね――あぁ、何て私は幸せなのかしら」

 

「……そうだな。今日中に交換しておくのを勧めるぞ」

 

「!?」

振り返ったラナーは先ほどまでアルベドが座っていたソファーに青と白の毛並みの人狼が座ってるのを見て、息を呑んで片膝をついた。

「これはカルバイン様」深々と頭を下げる。「感謝を申し上げるのが遅くなり誠に申し訳ございませんでした。この度の儀、誠にありがとうございました」

「俺に礼は不要だ。それよりもうち(ナザリック)に就職して、引き籠っていられると思うなよ?お前にはエ・ランテルの太守。属国の管理をやってもらう予定だ。これから忙しくなるぞ」

 

「え?」

 

「人の世を裏切り、夜の世界へ脚を踏み入れるも、一人の少年が闇に堕ちる事を引き留める姫君か。ふたつ名に黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)とかどうだ?歌も上手そうだし。……少年の方は黄昏の騎士(アーベントデンメルング・リッター)か。いいんじゃないかな」

 

なんで英語で付けたのに、そっちはドイツ語なんだよ。なんで黄昏なのにオレンジかって?あーもー無茶苦茶だよー。

 

見えない誰かと会話してるのだろうか?音もなくラナーの居室に現れた神獣は、ぶつくさ言いながら、また音もなく消えていった。

ラナーは音もなく消えていったジョンの姿を探すように、しばし、虚空を見つめ……ごくりと唾を飲み込むと、クライムの眠る部屋の扉に手を掛けた。

 

/*/

 

第4部完!第4部完!

 




燃え尽きたぜ!真っ白にな!!


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第5部
第43話:深読みは貴方の健康を損なう恐れありんす


私はジルクニフが好きです。
原作準拠のシーンばっかりなので、場面とびとびです。


帝国の皇帝が予定通りにカルネ=ダーシュ村に来ると聞いた時、対峙しなくてはならないモモンガはデミウルゴスに「これからどうすればいいの?」と婉曲的に聞いてみたが、「御身の想定通りに進んでおりますので、そのまま行動して下されば結構です」と返されただけだった。

 

(その想定って誰の想定なんだよ!)

 

などと言えたら、どんなにか楽な事か。

ナザリック地下大墳墓の絶対者として君臨するモモンガは、子供たちの望むような態度を取ってやりたい。その為に、毅然とした態度と王者の笑みで「そうか」と答えるのが精一杯だった。

デミウルゴスの提案に従い、訳が分からないままモモンガは走り回った。……駄犬(ジョン)は、いつの間にか消えていた。

 

後で殺すと、固く決意したモモンガだった。

 

 

/*/カルネ=ダーシュ村の広場

 

 

ジルクニフは苦笑いを浮かべる。

飲み物一つで、こんなに強く敗北感を抱かせられるとは―――。

 

(あー、心が安らぐ。ここに来て初めて、安らいだ感じがする。もう……帰っても良いかもなぁ)

 

日差しを避け、秋に向かう風の音を聞きながら、カルネ=ダーシュ村の広場から見える畑仕事をしている農民やゴブリン、オーガ、ゴーレムにアンデッドと言う混沌とした景色を眺め、ジルクニフは思った。

 

「……!」

「……!?」

 

一部の隙もなかったユリたちのざわつきを感じ、ジルクニフは視線をアインズ・ウール・ゴウン教会に戻した。見れば扉を押し開けて、大柄な人狼が出てくるところだった。

その毛並みは青と白で、鼻筋の長い狼の顔。逆立った毛がライオンのたてがみのように首周りに生えている。爪は獣のように長く伸び、足はイヌ科の動物と同様の踵が地面から離れて、指先だけで立つ構造の物になっている。尻には長くふさふさとした毛に覆われた尾が生えていた。その体躯に黒い帯の道着のズボンだけを穿いている。

 

「いよッ!俺はジョン・カルバイン。アインズ・ウール・ゴウンの盟友だ……そっちの――」

 

ぐるっと周囲を見回し、行き来した視線をジルクニフの上で止める。

 

「イケメンが皇帝陛下でいいのかな?」

 

恐らく周囲の者たちの視線や護衛の動きで当りを付けたのだろう。異形種と言う事で表情は読み難いが、油断のならない相手だとジルクニフは気を引き締める。

 

「かた苦しい皇帝などという呼び方はしていただかなくても結構だよ。単なる一人の人間として、この場合は親しみを込めてジルで結構だよ」

「ふーん。なるほど……それなら、俺の事もジョンで良い」

 

気さくな笑顔を浮かべ、ジョンの瞳を覗いて、反応を窺っていたジルクニフだったが、同じようにこちらを覗き込むジョンの視線にたじろいだ。

(なんだ?好意は受け取ってやったぞと言う事なのか?亜人などは、割と単純な思考をしているのではなかったのか?)

ジルクニフの様子に護衛の四騎士バジウッドとレイナースが近くに寄る。

 

その瞬間、ジョンを中心にぶわっと風が吹いたように感じられた。

 

先ほどフールーダが放った英雄のオーラに匹敵する圧力を持ったそれが吹き抜けると、ジルクニフの横に立ったバジウッドが震えながら口を開いた。その顔は死の騎士(デス・ナイト)の時よりも青白く、引き攣っている。

「へ、陛下。これ不味い。俺らが束になっても押さえきれない。やばい。まじでやばい。手がほら」

見ればバジウッドの手が震えている。武者震いではないのは彼の引き攣った顔が教えてくれる。

「これは……ストロノーフさんより絶対強いって」

もう一人の四騎士であるレイナースは、先ほどの位置から徐々に後ろに下がっている。一目散に逃げないのは相手の注意を集めない為と、敵意を示していないからだろう。

 

「これくらいなら分かるのか……ん?」

 

すんすんと鼻を鳴らしたジョンはレイナースに向かって歩を進める。レイナースはとっさに逃げようとしたが、不思議と歩いている筈のジョンの方が早くレイナースの元へたどり着くと、その腕を掴んだ。

 

「なんで怪我をそのままにしてるんだ?」

 

腕を掴まれたレイナースは当然、振りほどいて逃げようとするが金縛りにあったように身体を動かす事が出来ずに目を白黒させていた。

 

「ルプー。癒してやれ」

「はい」

 

ルプーと呼ばれて、先ほど紹介のあったメイドのルプスレギナと言う美女が何処からか黒い宝珠の嵌った巨大な聖杖を取り出し、二人の元に歩み寄る。

レイナースの顔へ手を伸ばしたルプスレギナは首を傾げると、〈人狼(ジョン)〉に確認した。

 

「……これは〈呪い(カース)〉ですね。〈解呪(リムーブ・カース)〉を?」

「許す」

 

次の瞬間、レイナースの顔右半分は、深い青の瞳、色つやの良い唇、真珠のような歯と、かつての美しさを取り戻していた。

 

「おお!?」「一瞬で……あの呪いを」

「ユリ、鏡を。良かったな。お嬢さん」

 

ユリから鏡を受け取ると、恐る恐るそれを覗き込むレイナースだったが、望み続けた美しさを取り戻したその顔に「おぉぉ」と声にならない声をあげ、鏡を抱いて膝をつくと、むせび泣いた。

 

「ジル。ここに来るまでに何か危険なモンスターにでも出会ったのか?」

「い、いや……彼女の顔は以前にモンスターから受けた呪いでね。恥ずかしながら、帝国は信仰系魔法詠唱者に乏しくてね。解呪してやれなかったのだよ」

 

(良く言う。まさかレイナースの呪いもこの時の為の布石だったのではないだろうな?いや、あり得る。この者たちはいつから網を張っていたのだ!?)

 

呪いを解く方法を探す事を代償に四騎士に迎え入れたレイナースだ。恐らくもう使い物にはなるまい。このままアインズ・ウール・ゴウンの軍門に下ってもおかしくない。

1本1本、丁寧にこちらの牙を、心を、折ってくるアインズ・ウール・ゴウンにジルクニフの心はもう一杯一杯だった。

 

 

/*/ナザリック地下大墳墓第10層、玉座の間

 

 

ナザリック地下大墳墓第10層、玉座の間。

天井の高いその壁は白を基調として、そこに金を基本とした細工が施されている。

天井から吊り下げられた複数の豪華なシャンデリアは七色の宝石で作り出され、幻想的な輝きを放っている。壁にはギルドメンバーの大きな旗が天井から床まで垂れ下がっていた。

 

中央に敷かれた真紅の絨毯。

 

その左右をデミウルゴスがナザリックの威を示すに相応しいと選んだ悪魔、竜、奇妙な人型生物、鎧騎士、二足歩行の昆虫、精霊。大きさも姿もまちまちな、ただ、内包する力は人間とは桁違いな存在が整列する中を、帝国からの使者たちはゆっくりと歩いてきている。

 

その歩みが恐怖から遅いのは見て明らかだった。

 

ジョンはその先頭を歩いてくるジルクニフの姿と、彼に従う帝国の近衛兵たちに内心で感心していた。彼らのレベルであれば、恐怖から動けなくなってもおかしくない中を、それでも意地で進んでくる。彼らの克己心に乾杯してやりたいくらいだった。

 

《人間は凄いですねぇ……あ、モモンガさん》

《なんですか、ジョンさん?》

《皇帝ですけど、さっき外で会った時に〈ESP〉で表層意識を覗けなかったから何か対策してると思います》

《それは面倒ですねぇ。まぁ……偵察、ありがとうございます》

《怒ってる?》

《怒ってません》

 

《ホントかなぁ》

 

水晶の玉座の少し後ろに立ちながら、モモンガとそんな事を《伝言》でやりとりする。

やがて、皇帝とモモンガ――アインズ・ウール・ゴウンのやりとりが始まった。

 

 

/*/

 

 

「友か……良いじゃないか。友となろう」

 

「感謝するよ、私の新たな友アインズよ」

「良いと言う事だ。私の新たな友ジルクニフよ。それよりは本題に入ろうじゃないか。私の寿命は長いが、君たち人間の寿命は泡沫の夢のようなものだろう?あまりくだらない話で時間を潰す必要も無かろう。さて、ここには何用で来たのかね?」

 

ここからが本番だ。

ジルクニフは今までの短い時間で無数に立てた計画のうち、最善と思われるものを用意する。

 

「君が素晴らしい力を持った人物であり、本当は私の部下にならないかと声をかけに来たつもりだったんだが、その代わり……同盟を結ぼうじゃないか。どうだろう?」

 

ある意味で傲慢な言葉に、玉座の間の空気が重くなったようだった。しかし、ジルクニフはその表情を変える事無く、ただアインズを見つめる。

それを受けて、玉座に腰掛けたアインズはゆっくりと姿勢を変える。その骨の指を頬に当て、しげしげとジルクニフを眺め返す。

 

「……同盟か」

 

モモンガの声にあるのは微かな笑い。それを受けて、その横に立つ者たちも微妙な表情を浮かべた。圧倒的弱者が圧倒的強者に対しての言葉ではないから。

 

「同盟!いいじゃないか!アインズ、同盟を結ぼうぜ」

 

玉座の後に立つ青と白の毛並みの人狼の言葉に、ナザリックの者たちは動揺し、ジルクニフたちは急な大声に驚いた。

 

「ジョン……君は」

「属国ばかりでは詰まんね。それに、彼は君の友なのだろう?なら、俺の友でもある訳だ」

「詰まらないか……良かろう。同盟を結ぼうじゃないか」

 

人狼(ジョン)〉の言葉を一考したアインズ・ウール・ゴウンの姿にジルクニフは驚いていた。人狼の盟友と言う言葉に偽りはなかった事に、これだけの絶対の支配者に盟友がいる事に。つまり、それはアインズ・ウール・ゴウンは力だけの存在では無いと言う事。彼が対等と認める存在がそこにいると言う事に。

 

人狼の一言であっさり承認され、ジルクニフは呆気にとられた。肩透かしを食らったようでもあった。

 

(従属を要求しない。詰まらない?圧倒的優位な立場からの驕りなのか?)

 

これまでの魔導国の行動から、従属を要求された場合、そこから無数の手段を取れるよう思案していた。言葉の通りなら、従属国ばかりでは詰まらないから歯応えを見せよ、と言ったところなのだが。これほどの者がそんな事を狙う訳がない。

 

(やはり、もしかしてこれもまた、全てが向こうの計画通りなのか。ありえるな。あまりにも割り込みから返答までの時間が短すぎる。この場の誰もが奴の想定通りの行動を選択しているというのか)

 

ジルクニフはアインズと言う存在の恐ろしさは、その内包する力のみならず、その叡智だと強く認識した。

乾いた唇を舌で濡らす。

 

「そ、そうか。それは良かった。で、では私たちに早速望むことがあったら聞かせてくれないかね?」

「即座には思いつかないな。ただ、こちらの使者を置かせてもらえる場所など、貴殿とすぐに連絡を取れる手段を確立したい」

 

もしここまでがアインズの思惑通りに進んでいるのであれば、何も思いつかない筈がない。だが、この話の流れ事態がブラフの可能性もある。

 

「ああ、言う通りだ。まさにその辺りについてすぐに思いつかなった私は馬鹿だな。流石はゴウン殿」

「……ああ」

 

お世辞は嫌いか。

気の無い返事を聞き、ジルクニフは心のメモ帳にそう記入する。

 

「それでは私は帰るが、秘書官を置いて行こう。その辺りのすり合わせを彼としてもらえるかな?……ロウネ・ヴァミリネン!」

「――はい!帝国の為に全身全霊を以って行わせて頂きます!」

 

後にいるロウネの表情は見えないが、その声から彼の覚悟を強く感じた。実際、ここでの打ち合わせは今後の帝国の運命を決定するものになりかねない。もし即座に帝国に帰って、対アインズ・ウール・ゴウンを前提としたチームを発足させる必要がないのであれば、ジルクニフ自身が残りたいぐらいだ。

 

「良い返事だな。皇帝への忠誠心の高さを感じさせてくれる。それではこちらからはデミウルゴスを出すとしよう。さきほどは少し無礼を働いたが、許してもらえると言う事なので、彼に任せる」

 

静かに一礼する蛙面の化け物を視界の端に収めながら(早くも一手打ってきたか!)、ジルクニフは優秀な部下を一人失うだろう事を予感した。その為、アインズを見つめる視線に憎悪の炎が宿らないように必死で堪えなければならなかった。

 

「デミウルゴスは私の信頼厚い側近。二人で話し合えば、すり合わせも上手くいくだろう」

 

蛙の化け物(デミウルゴス)の言葉には強制効果がある。確実に、それを使ってロウネを操り人形にするつもりだろう。

心の中の叫びをこれっぽちも出さずに、ジルクニフはアインズに微笑んだ。

 

「それは良かった」

 

/*/

 

ジルクニフがアインズに背を向けた瞬間、いままで平伏していた1人の男が立ち上がった。

 

「アインズ・ウール・ゴウン様!1つ、お願いが!」

 

血を吐きそうな真剣な叫びを上げたのは、フールーダだった。誰もが驚く展開の中、再び声を張り上げた。

 

「何卒!私を貴方様の弟子にして下さい!」

 

玉座の間が静まり返る。

初めて困惑したようにアインズがジルクニフを眺めた。流石にこの展開は予測してなかったのだろう。ジルクニフは僅かばかりに胸がすく思いだった。

 

多少のごたごたはあったが、結局のところジルクニフはフールーダの主席魔法使いの任を解き、彼は無事に望み通りアインズの弟子となった。

 

「え?そんなんでいいの?」ぽつりと零れたアインズの呟きは誰の耳にも入らず、中空に消えていったが。

 

帝国の主席魔法使いが死に、アインズ・ウール・ゴウンの熱狂的な弟子が生まれた。

アインズが人の扱い方も長けるという実例を見せられ、ジルクニフはアインズと言う存在に対する警戒心をより一層強めるのだった。

 

/*/

 

《やったね!モモンガさん、待望の男手だよ!》

《いや、私が欲しかったのはこういうのでは……と、言うか。どうして私のところにはおっさんばかり》

《まー、カジットも、フールーダも、おっさん言うよりは、おじいちゃんだけどね》

 

 

/*/ナザリック地下大墳墓、第9層モモンガの執務室

 

 

「モモンガ様。恐縮ながらご質問させてくんなまし。何ゆえ、人間の皇帝を協力者の地位につけられたでありんすかぇ? 帝国などさっさと支配してしまえば良いのじゃありんせんでありんすか?」

 

会談が終わり、守護者が集結したモモンガの執務室にシャルティアの疑問の声が響いた。

 

《それは駄犬が同盟が良いって言うからだよ!》

《はっはっは、この場は僕に任せたまえよ》

 

こいつもう馬鹿を隠す気もないなと、呆れ半分、羨ましさ半分でジョンを見るモモンガの視線につられ、守護者たちの視線もジョンに集中した。

 

「モモンガさんに代わって、俺が答えよう。いいかい、シャルティア?」

 

ちっちっちと人差し指を振りながら、シャルティアに問いかけるが、シャルティアに否などあるわけもなく。

 

「新婚旅行とは古来から海外旅行と相場が決まっているんだよ。属国じゃー国内視察になっちまうだろ?」

 

Ω ΩΩ< な、なんだってー!!と、全員がムンクの叫びになったようだった。

そして、久しぶりに〈火球(ファイヤーボール)〉の絨毯爆撃で執務室に朱の花が狂い咲いた。

 

「この色ボケ駄犬がぁぁぁッ!!」

「ギャアァァァァ―――――!!」

 

その時、アルベドに電流走る!

 

「なるほど……私とモモンガ様の新婚旅行の事までお心を砕いて下さっていたのですね。流石は慈悲深きカルバイン様」

「やだなー、アルベド様。私とジョン様の新婚旅行っすよー」

 

お茶の上げ下げと絨毯爆撃の跡を片付けながら、ルプスレギナがアルベドに突っ込みを入れている。

 

「―――くくくく」デミウルゴスの笑いが響く。「流石はモモンガ様、カルバイン様。至高の御方々の深き叡智。私の及ぶところではありません」

 

《やめろ!ハードル上げんな!つか、俺まで巻き込むな!》

《及んでる!及んでるから、止めて!私のライフはもうゼロよ!》

 

守護者全員の視線がモモンガの元に集まった。それは愚鈍なる自らに教えてほしいという、哀願の思いを込めた視線だ。

顔を見渡し、モモンガは一息、いや数度、必要のない呼吸を繰り返す。ジョンは気の毒そうにモモンガを見ていた。

モモンガはゆっくりと椅子から立ち上がる。そして守護者全員に背を向けると、デミウルゴスに肩越しに賞賛の言葉を贈った。

 

「……流石はデミウルゴス。私の狙いを全て看破するとは……な」

 

流れるような知ったかぶりである。

 

「いえ。モモンガ様の深謀遠慮。私の及ぶところではございません。さらに理解できたのは一部だけではないかと思っております」

賞賛に対して、敬意の一礼でデミウルゴスは答える。

「智謀の王なる言葉をメイドたちが話しているのを聞きましたが、まさにモモンガ様に相応しい二つ名だと思いました。モモンという冒険者を作ったころから、これほどの策を練っておられたとは。まさに廃墟の国を持たない為の方策です」

モモンガは自慢げに頷くが、《伝言》も止まらない。

 

《あれは冒険がしたかっただけなんですが……》

《ねーモモンガさん。どうして冒険者が出てくるんだろう?》

《私が知りたいです》

《なんか……皆、必死なんですが》

 

モモンガは背を向けたまま、片手で目の辺りを覆った。哀願してくる守護者たちへの罪悪感は無論ある。しかし、それ以上に彼らの期待に応えたいという思いもあった。

 

――御身にお仕えし、お役に立てる事こそ我々の喜びです。

 

幾人もの守護者たちが同じような意味の言葉を背中に投げかけてくる。その期待の声を裏切る事など出来ようか。不出来な自分ではあるが、彼らの期待に、彼らの希望になってやりたい。

仲間たちとの思い出の詰まった愛しい子供たちの期待と信頼を裏切るなど、モモンガには出来なかった。

 

……それに、この小芝居が楽しくなってきている自分もいる。

 

振り向きざまにギルド長の証のスタッフをデミウルゴスに突きつけた。

 

「デミウルゴス。お前が理解した事を皆に説明する事を許す」

「畏まりました」

 

デミウルゴスは頷くと、仲間たちに話し始めた。

 

 

/*/エ・ランテル

 

 

秋を迎えようとするエ・ランテルへの入城は予定通りに滞りなく行われた。

子供に石を投げさせ、それに対して入城の列に加えていたラナーとクライムが慈悲を乞う。モモン(パンドラ)、ジョジョン、レギナが住民の側にたち、住民を人質にとられて膝を屈するところまで予定通りだった。

 

エ・ランテルの太守には元王国第3王女「黄金」改め、その身を悪魔に堕とされた「黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)」ラナーを任命する。アインズはラナーへ、これまでの王国を改革する為だった多くの……その都度大貴族の横槍でほとんど廃案とされた……政策を再び実行していくよう命じる。

 

その手腕は、黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)の傍らに仕える黄昏の騎士(アーベントデンメルング・リッター)クライムの期待の眼差しもあり、存分に発揮されていくのであった。

 

また、大英雄モモンの市井での呼びかけもあり、それらの相乗効果でエ・ランテルは周辺国家が予想も出来ないほど、血を流さずに平和的に統治が進んでいく事になる。

 

/*/

 

《エーリッヒ擦弦楽団の〈上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)〉を使えば恥ずかしい神輿に乗らなくても良かったのでは!》

《今更遅いわ!!!……あと、モモンガさん。例の件よろしくね》

《私がやるわけではないので構いませんが……王女様も大変ですね》

 

/*/

 

また、エ・ランテルでは市井にお触れを出す際に太守自ら演説……ではなく、演説を歌にして都市民へ歌声で届けた。これは後の世において「演歌」と呼ばれ、ラナーの歌声の美しさもあり、都市民の心を大いに癒したと言う。

 




黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)って言ったら歌わないとね。え?知らない?アリア読め。


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第44話:うわぁ、俺の一般常識…無さ過ぎ……?

/*/帝都アーウィンタール一等地

 

ジルクニフに紹介された館は正面に大きな本館、その左右にはそれぞれ別館を配し、小さいながらも綺麗な庭園まで備えていた。裏手に回れば木々が茂り、清涼な空気が静けさの中で流れる。

本当にここが帝都の一等地に建てられた屋敷なのかと思わせるだけの土地面積だ。

周辺に並ぶ邸宅も大きいものが多いが、それらと比較しても広く、恐らくは1位、2位を争うレベルであろう。

かつて帝国の大貴族と言われていた人物の保有していた邸宅というのも納得出来る、見事さだった。

 

様々な荷物がナザリックより運ばれ、館内に置かれていく。そのほかに館に魔法的防御を施したり、外部からの侵入者対策を準備したりと、ナザリックより連れてこられた数多くのシモベたちが忙しく働いている。

 

そんな騒ぎの中、モモンガは館の中を歩く。隣にはセバスが控え、現在進行している引越し作業の簡単な説明を行う。

とはいえ、大抵の説明に対しモモンガは鷹揚に頷くだけだ。別に部屋の使用目的や誰が使うかなど大して興味もないし、なにか問題が生じるとも思っていない。ただセバスが説明してくるから聞いているだけだ。

やがて初めてモモンガの興味を引く話題が出てくる。

 

「以上で、部屋の割り当ては終わりです。屋敷の準備はルプスレギナ様が先頭に立ち、指揮をとっておられます」

 

モモンガは顔だけ動かし、セバスを見つめる。

その反応にセバスの顔もより引き締まる。

 

「ルプスレギナ……様?」

 

ルプスレギナは戦闘メイド(プレアデス)の一員で、セバスの指揮下ではなかっただろうか。なぜ、セバスが様付けで呼んでいるのか。

 

「はっ。屋敷を管理する使用人の管理は、基本的には女主人の役割であります。こちらの屋敷は大使館としてカルバイン様の管轄に入りますので、その妻であるルプスレギナ様が使用人を指揮下に置きます」

「なるほど、そう言う事か。こちらではルプスレギナがお前の上になるという事なのだな」

「さようでございます。あとは右の別館の方になりますが、あちらはナザリック以外の者たちにあてがう予定です」

 

「……そうか。生活環境はしっかりと整えてやれ。魔導国は下々の者にも優しいと言うところを見せる必要があるし、魔導国の大使という地位に相応しいだけの財力を見せる必要がある」

「おっしゃられるとおりです。上に立つものはそれなりの物を見せ付けなければなりません」

 

それはそうだが、もうちょっと落ち着いた雰囲気が良いな、とは口に出さないモモンガだった。

 

 

「こちらでございましたか」

 

 

そういって現れたのは普段の戦闘メイド服ではなくドレスを纏ったルプスレギナだった。ドレスはオフショルダーのドレープたっぷりの暗い赤地にストライプの入ったワンピースタイプ。胸元から上の白いブラウスが眩しかった。

カーテシーで挨拶をするルプスレギナに、モモンガは鷹揚に頷く事で応えた。

 

「モモンガ様、メイドの件でご相談が」

「言ってみろ」

「はっ。警護も兼ねてプレアデスをこちらに連れてくる予定なのですが、一般メイドは脆弱故に、慈悲深きモモンガ様はナザリックの外へ出す事を好まれません。ですが、そのままですとメイドの数が不足致しますので、セバス麾下の王都で拾った人間のメイドをこちらで働かせたく思います」

 

いつにもまして、きりっとした表情をつくり「~っす」と口調を崩さないルプスレギナを珍しいと眺めていたモモンガだったが、ルプスレギナの言葉を深読みし、人間をナザリック内に置いときたくないとかのイジメじゃないよな?と、少しだけ心配した。

 

「……上手く行くのか?ジルクニフが連れて来るメイドたちは恐らくは優秀な者たちばかり。そんなメイドたちと比べて劣っていた場合が問題だ。ナザリックはその程度のメイドが働ける場所だと見なされないか?」

「セバスとペスト―ニャがしっかりと教育しましたので問題ないかと思われます。その辺りはセバスとペストーニャの保証つきです」

「ほう……」

「それに、カルネ=ダーシュ村の経験から、人間のメイドを連れていたほうが何かと良いと思いました」

 

モモンガは黙って考え込む。ルプスレギナの言うことも道理だと。

人間以外のものばかりで構成された場合、人間の行動が理解できずに変なミスを犯す可能性だってある。

 

「確かにメイドの数が少ないと思われるのも業腹だな。よかろう、つれて来い」

「ありがとうございます」

「ところでジョンさんはどうした?姿が見えないが?」

 

こういった事が好きそうな駄犬の姿が見えない事にモモンガは首をひねった。

 

「はい。ジョン様はナザリックでアルベド様と私のドレスを仕立てております」

「ドレス?魔法の衣服など、アルベドは作れたか?」

「いえ、普通の服になります。ドレスが数着では侮られますので、ナザリックに相応しい数を用意する予定です」

 

お洒落は女の戦闘服か……と、モモンガはルプスレギナを眺め、衣装に気が付く。

 

「そうすると、それもか?」

「はい。こちらもジョン様とアルベド様に仕立てて頂きました」

「そうか。良かったな。……良く似合っているぞ」

「恐れ入ります」

 

淑やかに一礼するルプスレギナをみて、モモンガはアルベドもこっちにきたら、ちゃんとしてくれるのかなぁと思い溜息をついた。アルベドがああして見せるのはモモンガだからこそなのだが、当のモモンガはそこをわかっていなかった。

 

「……それで警備の方はどうなっている?警備はセバスの管轄で良いのだな?」

モモンガの問いにセバスが答える。

「はい。庭園にはアースワームを放ち、地中よりの監視を行わせる予定です」

 

アースワームはその名の通り、大地の長虫――ミミズを巨大にしたような外見の、毒々しい色をしたモンスターだ。それだけで判断すればさして恐ろしくはないように思えるが、実際は大地から現れて人を丸飲みにする肉食ミミズであり、酸の体液を射出し、ドルイドの魔法を幾つか使用する、というやっかいなモンスターでそのレベルは60を超える。単純なレベルで比較するなら、戦闘メイド(プレアデス)よりも強いモンスターだ。

 

「それに屋根などにガーゴイル、家屋内にナイト・ゴーレムとシャドウデーモンを配置する予定です」

 

セバスの回答にモモンガは満足気に頷いた。

 

「そんなところか。それでアースワームだが、警備のものを襲ったりはしないだろうな?」

「問題はないかと。念を入れて蠱毒の大穴に入れて寄生させましたので、完全に支配下に入っていると思われます」

「……そうか。あそこに入れたのか……なら大丈夫か」

「そしてカルバイン様のお部屋に代表される幾つかの部屋には、防護の準備を整えております。さらに脱出路を複数用意いたします」

「脱出路の準備は非常に重要だ。転移以外の手段は当然あるのだろうな?」

「もちろんでございます。現在穴を掘っている最中です」

「よろしい。それだけ聞ければ十分だ。取り敢えずはそのままセバスの指揮下で、お前が必要だと思う工事を行え」

「承知いたしました」

 

頭を下げたセバスとルプスレギナを横目に、モモンガは転移魔法を発動させナザリックへと帰還する。次の予定は何だったかなと考えながら。

 

 

/*/使者来訪

 

 

ジルクニフに館を案内されてから3日が経過した。

その間に本館内の家具の設置、シモベの秘密裏の配置、本館内の魔法的防御網の形成、ナザリックからメイドの受け入れ、リザードマンによる館の警備など無数の事柄が完了していった。リザードマンの警備についてはジルクニフに良い顔をされなかったが、大使館の警備は自国のもので行う必要があると押し通させてもらった。

 

つまりは3日間で問題なく大使の館として活動できる準備が整ったと言うことだ。

 

ジョンは自室でゆっくりと椅子にもたれかかる。軋む音が一切しない総革張りの椅子に。

伸ばした足は足置き台に乗せ、心からリラックスした姿勢を取った。

この椅子はルプスレギナがジョンの為にとナザリックの宝物殿から選んできたものだった。ムスペルヘイムのフレイム・エンシェント・ドラゴンのレザーを使った最高級の品だ。

ジョンは室内を見渡し、赤、黒、濃紺などの落ち着いた色味で統一された重厚な装飾に満足げな笑みを浮かべる。

 

「うんうん。いいじゃないか」

 

モモンガはもっと質素な部屋にしたかったようだが、それは自分たちの新婚旅行の時にでもやって貰うしかない。ジョンの厨二病はまだまだ現役なのだ。それにバハルス帝国の様式とは違うのが、異国の大使の部屋として相応しいのではないだろうか。そんなことをぼんやり考えていると、部屋がノックされる。

ジョンは声をあげ、入室の許可を与える。

部屋に入ってきたのはセバスだった。

 

「お客様がお見えです」

「どうした?モモンガさんの帝都案内とメイドの紹介で、今日の来客は終りじゃなかったか?」

 

さきほどの〈集団人間種支配(マス・ドミネイト・パースン)〉でスパイを請け負っていたメイドを送り返した件を思い出しながらジョンはセバスに問いかける。

 

「皇帝よりの使者だとのことです」

「ジルから……?良し、会おう。服装はこのままで構わないよな?」

「はい」

 

皇帝の使者に会うなら、それに相応しい服装というものがある。カルネ=ダーシュ村なら兎も角、ここは帝都なのだ。郷に入っては郷に従え。ルプスレギナがきちんとドレスを着用している事もあり、ジョンも人狼形態ながらきちんとした服装で過ごしていた。少しばかり窮屈だとは思っていたが。

 

エ・ランテルには〈上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)〉を配置しているので、人間形態で社交界デビューして、同一人物かと疑われたら「そっくりさん」で押し通しても良かったが、流石に2人ともそっくりでは無理があるかと思って、自分は人狼形態で通す事にしたのだ。

 

使者を通した部屋に入ったジョンを前に、立ち上がりかけた使者をジョンは手で差し止める。

「ジルの……皇帝陛下の使者である君ならば、私に礼など不要だ」

「滅相もございません、閣下!偉大なアインズ・ウール・ゴウン魔導国の大使である貴方様に礼を尽くさぬなどあり得ません!」

 

使者の緊張と怯えの混じった臭いを感じながら、ジョンは言葉を続ける。

 

「お世辞でもそう言って貰えると嬉しいよ。それで使者殿が来られた目的は何になるのかな?」

「はい」

 

使者は一枚の羊皮紙を広げ、その文面を読み上げる。

それは3日後に城で行われる式典の案内だった。そこで魔導国との国交樹立の宣言や同盟関係の正式発表などが行われる。

 

「ふむ。魔導王陛下ではなく、私で良いのかね」

「はい。陛下より、是非とも閣下に出席して頂きたいと言付かっております」

「そうか……では、そうさせて頂こう」

 

式典の主賓か……流石に緊張するが、3日もあれば大体の流れは把握できるだろう。そんな思いで聞いていたジョンは続く使者の言葉に息を呑んだ。

 

「そして、その後に各国の大使を招いた舞踏会が開かれる事になっております」

「………え?」

 

動きを完全に止めたジョンに対し、使者は怪訝そうな顔をした。自分が何か変なことを言ったのか、ジョンの不興を買うようなことを言ったのか。そういった不安が滲み出るような表情だ。

だからこそ慌てて問いかける。

 

「どうかなされましたか、閣下? 何か?」

 

慌てふためいた使者に、ジョンは呻くように問いかけた。

 

 

「武……道……会?」

「? あ、いえ。失礼しました。舞踏会(・・・)です」

 

自らの言い間違いかと理解した使者は再び、今度ははっきりと一言一言を区切るようにジョンへと語る。

それによって、己の聞いたことに間違いが無いことを確信してしまったジョンは、血を吐くように呟く。

 

 

「……社…交……ダン…ス……」

 

 

(やべぇ……歌って踊る系なら〈吟遊詩人(バード)〉で出来るけど、社交ダンスなんて〈特殊技術(スキル)〉にあったか?)

 

 

/*/ダンス講師

 

 

大使館の自室に戻るとジョンは椅子にどかりと腰掛けた。

 

「……まいったな」

 

ぽつりともらした呟きには複雑なものがあった。アイドル系の歌って踊るならば、〈特殊技術(スキル)〉でなんとかなる。しかし、単なる社会人であったジョンは今まで社交ダンスなど踊った経験はない。

アインズ・ウール・ゴウン魔導国の大使が踊れないと聞いたならば、それはどのような目で見られるか……。ジョンは貴族という生き物がどういうものか漠然とだが、知りつつある。貴族が品位、そしてそれに連なるものを重視しているというのを理解してきた。場合によっては見栄を張るぐらいなのだから。

 

その様々なものの1つがダンスであろう。

 

特に今回の舞踏会には他国の人間も来る筈であり、その他国には属国として王国や法国も含まれるであろう。その場での失態はナザリックのシモベたちと作り上げてきた魔導国の権威を失わせる可能性がある。流石にそれは避けたい。

ぎゅーっと、この身体になって初めてかもしれない胃が縮みあがる感触に眉をひそめながら、ジョンは更に不味い事に気が付いた。

 

「……その前の典礼なんかも知らないな―――うわぁ、俺の一般常識、無さ過ぎ……?」

 

やはり、新婚旅行は海外だ!などと言い出さず、大人しくしておくべきだったか。頭を抱え苦悩するが、館を用意していた時のルプスレギナの嬉し気な顔を思い出し、ぐっと顔を上げる。

 

ジョンは机の上にあった小型の鈴を鳴らすと、セバスを呼び出した。

自分の指名する4名を招集するよう告げる為に。

 

 

/*/

 

 

「カルバイン様、お久しぶりに会えて、我輩嬉しく思います」

 

執務室に通されてきたのは30cmほどの直立歩行するゴキブリだ。

豪華な金縁の入った鮮やかな真紅のマントを羽織、頭には黄金に輝く王冠をちょこんと可愛らしく乗せている。手には頭頂部に純白の宝石をはめ込んだ王笏。直立しているにもかかわらず、頭部が真正面からジョンを見ている。

 

「恐怖公。良く来てくれた」

「ははぁ!カルバイン様。忠義の士、恐怖公でございます」

 

すっと礼儀正しいお辞儀を見せる。デミウルゴスに匹敵するだけの優雅さだ。流石は公爵と設定されただけはある。

 

「よろしく頼むぞ、恐怖公」

「畏まりました、カルバイン様。我輩、カルバイン様がゴキブリの舞踏会に出ても問題無いレベルまで教えますぞ」

 

ジョンは脳裏をよぎった直立歩行のゴキブリたちの舞踏会を頭を振って追い出す。

 

「それでパートナーはどなたになるのでしょうか?それと出来れば、カルバイン様が踊られる国の社交事情についてある程度の知識がある者も欲しいですな」

「パートナーはルプーだよ、恐怖公。それと国の社交事情については詳しそうな者を呼んでいるよ」

 

/*/

 

1人目はレイナース・ロックブルズだった。

モンスターの呪いから顔の右半分を損なっていた彼女だったが、ルプスレギナの〈解呪(リムーブ・カース)〉で呪いが解け、元の美しい容姿を取り戻していた。その恩から帝国の四騎士を辞め、今は魔導国大使館の戦闘メイド見習い(プレアデスに非ず)として勤めている。

 

「レイナース、君は帝国の皇帝主催の舞踏会に出席した経験はあるか?」

「警備としての参加しかございません。ですが規模は違いますが、舞踏会には出席したことがございます」

「そうか。ではその際のマナーや、その他諸々を教えてくれ」

「かしこまりました」

 

 

2人目は元法国のクレマンティーヌだ。彼女もエリートだった事から、貴族の礼儀作法などを知っていると期待してだ。

 

「ごめーん、神獣さま。私も式典用にダンスとかー。礼儀作法は最低限習ったんだけどさー。あんまり得意じゃないだよねー」

 

だと思ってたよ。

……それでも最低限は出来るのか。

 

 

3人目は先日ナザリック入りを果たした黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)ことラナーだ。護衛としてクライムを連れている。シャルティアの〈転移門(ゲート)〉で連れて来られた彼女は、エ・ランテル統治の激務の最中だったのだろう。若干の疲れが見えた。

 

「ラナー、君は帝国の皇帝主催の舞踏会に出席した経験はあるか?」

「申し訳ありません。外遊はした事がございません。王国の舞踏会についてであれば、マナーなどをお話させて頂く事は出来ると思います」

「それで構わない。では、それを教えてくれ」

 

恐怖公と共に3人からマナーなどを聞いていく。恐怖公の姿にラナーだけが拒否反応を示さないのが印象的だった。国毎のマナーの違いや、舞踏会での不文律などを聞き、恐怖公は腕を組んで、ふむふむと講義を組み立てていく。

 

「……では、カルバイン様。講義を始めますかな。エーリッヒ擦弦楽団のものを呼びましょう」

「ああ……と、折角だから、クライム君もダンスの練習をしていくと良い」

 

旅は道連れである。

 

「私も……ですか?」

「うん。今後はエ・ランテルで舞踏会などあれば、君がラナーちゃんのパートナーを務める事になるからね」

「しかし、私は平民……」

「何を言ってるんだ?君は魔導国の黄昏の騎士(アーベントデンメルング・リッター)だぞ。文句をつけるような奴は俺が滅ぼす」

 

魅力的な提案に、クライムの心は大きく揺れた。そんな夢を見た事がないと言ったら嘘になる。しかし、もう、自分は夢のような体験をしているのだ。これ以上は望み過ぎではないだろうか。

 

「クライム。カルバイン様のご好意に甘えましょう。私も、貴方がパートナーであると嬉しいです」

「ラナー様……」

 

上目遣いに強請るように頬を染めるラナーにクライムの瞳が揺らぐ。イイ感じに見つめ合う二人の間にジョンの言葉が割って入る。

 

「それで、どうかな?クライム君」

「……はい。よろしくお願い致します。カルバイン様」

 

/*/

 

クライムの練習相手は勿論ラナーが務め、それによりエ・ランテル統治の進行が数日遅れる事になった。

本来であれば厳罰ものであったが、至高の御方の命故にシモベたちはどこからも文句を言わせなかったと言う。

 

「……クライム君に、ずっと警戒されてるんだよねぇ?俺なんかしたっけ?」

 

クライムから見れば、ラナーに人間を辞めさせた側の存在だから当たり前である。

 

 

/*/バハルス帝国、皇帝執務室前

 

 

ニンブルは新しく作られた皇帝の執務室を前にする。扉は重い作りであり、囚人の拘置所を思わせる。周囲には魔法使い、神官、近衛などが目を光らせている。それだけではない。盗賊という判断が間違っていないだろう者や、レンジャー風の者。そういった感知力に優れた者も多く控えている。

一種異様なその景色は、どれだけ警戒をしているか、何を警戒しているかが一目瞭然である。

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国。

 

強大すぎて何も言えなくなるほどの魔法を使う存在を仰ぐ国。それは恐らくは個にして数国を滅ぼせるだろう力をもつ化け物の中の化け物。そのおぞましき素顔はニンブルの心に強く焼き付いている。

そんな強大無比な存在に対して、これらの対策が効果を発揮するかは不明だが、それでも警戒はおこたれない。

 

/*/

 

皇帝の執務室に滑り込んだニンブルは一通りの報告を済ませると、主に問いかけた。

 

「式典の出席は魔導王陛下ではなく、カルバイン様で良かったのですか?」

 

問いかけられたジルクニフは冷ややかな笑みを浮かべる。

 

「いや、問題があるだろうな。私と魔導王とカルバインが友という対等の関係であっても、このように上下を付けられては問題だ。だが、それ故にやる価値があると考える」

「それは一体……」

「魔導王の手は長く、耳は敏い。ここで語るのも危険だろう。まぁ、しばらくはあまり本腰を入れて調べるのは止めて、魔導王の鎧を剥ぐか、持つ武器を強化するしかないな。取り敢えずは地に伏せて隙をうかがうとしよう」

「はっ」

「そしてその前に幾人か帝国に反旗を示そうという意志が見受けられるものがいた。魔導国の強大な力に魅せられた者だろうな。それらの者は別の羊皮紙に記載してある。早急に調べ上げ、場合によっては首を切れ」

 

首を切れは追い出すなどの比喩ではない。何らかの罪を捏造し、断首しろということだ。鮮血帝と言われているのはこういった面を平然と見せるからこそ。帝国の害悪は即座に切って捨てる。

ジルクニフの冷徹な瞳を目にし、ニンブルは深く頭を下げるのだった。

 



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第45話:そんなの私が知るわけない

/*/バハルス帝国帝都アーウィンタール帝城

 

「ルプスレギナ」

「はい、ジョン様」

 

頬を微かに赤らめたルプスレギナの手を引き、ゆっくりと立ち上がらせる。ジョンは無数の凝視をその身に浴びながら舞踏会場の中央へと歩く。

突然、楽団が奏でる曲が変わった。

彼らが真剣という表情を通り越し、必死に奏でる姿は失敗した場合何が起こるかを知っての形相だ。

 

流れ出した曲は静かな曲であった。

ジョンは何気ない態度で見渡し、この曲に奇妙な反応を示す者がいないか、確認する。会場内のシモベ達も同様に観察しているだろう。

貴族達ははじめて聴く音楽に首を傾げていた。帝国で一般的に奏でられる曲とは完全に違った系統だ。幾人かはあまり良い反応を示していないが、こういったものには個人の好みというものがある。

 

会場に流れる曲は、ユグドラシルのOP曲だった。

 

ユグドラシルのBGMはモンスターの移動音など細かなサウンドエフェクトを聞く為に切ってしまっている者が多かった。しかし、OP曲ならばゲームを始めた時、ゲームを起動した時に聞いているので、耳に残っているだろうとの考えだ。また、恐怖公がこの曲を良しとしたのは、帝国で一般的に使用されている曲では、ダンスの粗さがばれる可能性があると考えてだ。今までに聞いたことが無い曲であり、かなり違った形式の踊りであれば、致命的な失敗さえ見せなければ、そういったものと誤魔化されるだろうからだ。

ジョンは恐怖公に言われた事を思い出しながら、動く。

 

演舞など同じように重要なのは姿勢。指の伸ばし方や顔の動かし方。大きな動きに細かな動きが連動してこそ優雅に見えるのだ。練度が足りないのを派手な動きで誤魔化そうとすると、雑に見えるのは演舞もダンスも同じだった。

 

幾百と練習した動きを思い出し、ジョンは優雅に踊っている――ように見える。

 

「ああ、ジョン様。このような場でジョン様と踊れるなんて夢のようです」

「そうか……ルプー。俺も、嬉しいよ」

 

ルプスレギナの吐息交じりの声を聞きながら、自分の腕の中から見上げるルプスレギナへ言葉を返す。ダンスの緊張で上手く返事が出来ていない気がする。ホールドした腰に回した手から伝わる熱い体温と柔らかな肢体の感触。幾度となく肌を重ねているのに、違った緊張にジョンの鼓動も早鐘のようだった。

 

人間相手とは言え、ナザリックの威と力を示す場所に何度となく供を許され、ルプスレギナは天にも昇る気持ちだった。まして今回は新婚旅行。至高の御方の妻としての立場である。幸せの余りに目を回しそうであった。

 

会場の貴族たちの批評の声は人狼の耳を以ってすれば、聞き分けるのも容易い。人狼形態のままでの参加だったが、おおむね好評価のようでジョンは安心した。取り敢えず礼儀作法が出来てれば良いなら、なんで亜人を受け入れないのだろうと思いつつもミスなく1曲を踊り切る。

 

万雷の喝采を全身に浴びながら、人狼は人間と違って汗腺が少ないので、緊張の汗でべっとりとならなくて済んで良かったと安堵の息をつく。ルプスレギナの手を取りながら、用意されていた席へと戻る。

そこではジルクニフとロクシーも笑顔で拍手していた。

 

「お見事でした」

「全くだよ、ジョン。素晴らしいダンスだった。それにそちらのレディも」

「ありがとうございます」

 

ルプスレギナがスカートの端を軽く持ち上げ、裏表のない太陽のような笑顔を見せる。その笑顔だけはいつも通りでジョンは少しばかり安心した。

二人が席に座るやいなや、ジルクニフが問いかけてくる。

 

「それでは悪いんだが、そろそろ貴族に君を紹介したいんだ。共についてきてくれるかね? 多くの者達が君と話したいとうずうずしているようでね」

「もちろんだ。面識を持つのは重要だからね」

 

正直、ダンスよりも気が乗らないが、ルプスレギナを自慢する場と思えば我慢できなくもないと自分を誤魔化す。

これから始まるのは自己紹介を兼ねた顔つなぎだ。

 

本来であればパーティーの主催であり、貴族との面会で多忙のはずのジルクニフが先導する例はあまりないそうだが、そうでないところをみるとそれだけ重要視してくれているのだろう。

 

(友人になろうというのは本気だったのかもなぁ)

 

ジョンはジルクニフの心配りを嬉しく思う。が、目だけで会場中の貴族を眺め、どれだけ時間が掛かるのだろうと内心でげんなりしていた。

 

(営業やったことあるモモンガさんの方が向いてるよなぁ)

 

ラナーとレイナースによれば「顔と名前の記憶は貴族の必須技能ですから」とのことだ。一応、ナザリックで先に食事を摂って知力バフを付けてきているが、バフが切れるまでに終わるか心配になる人数だ。魔法詠唱者であり、それだけ知能の高いルプスレギナが一緒なのだから……ん?信仰系は知能じゃなかったな。まぁ二人でなら大丈夫だろう。会場内にもシモベは放っているし。

 

お鮭様!知恵のお鮭様のバフよ!この舞踏会が終わるまで持ってくれ!!

 

「既に婚姻相手がいたとは思っていなかったよ。会場の貴族たちの幾許かはがっかりしただろうね」

「ルプスレギナも人狼だぞ。見栄えが良いから人間形態を取ってるだけだ」

「……そうだったのかい」

「美人だろう?自慢の妻だ。……ああ、それと人狼は一度決めた相手以外とは番にならないから、それも言ってくれると助かる」

「妾などは持たないのか?」

「かの狼王ロボも、妻であるブランカを奪われた後は、食べ物や水を一切口にしないまま餓死したという逸話があるくらいだよ」

 

そうするとルプスレギナはカルバインにとっての弱点と成り得るのか。ジルクニフはジョンの語る逸話を興味深げに聞きながら、これがどのように使えるのか目まぐるしく計算も始めていた。その間にも、ジルクニフとロクシーは立ち上がる準備を始める。それを見て、一呼吸遅れて、ジョンとルプスレギナも立ち上がると壇を降りる。後ろからは壇の周囲を守っていた武装した騎士達が追従した。

 

3騎士になってしまった。帝国4騎士だ。

 

残り一人〈重爆〉レイナースは、今はジョン側にメイドとして立っている。目で古巣の騎士たちと何やら会話をしていたようだったが、ジョンはその様子を思い出し、振り払う。今はもっと重要な事を、この場で注意しなければならない事に気を配るべきだ。

ジルクニフに先導されながら、ジョンは必死に恐怖公の教えを思い出していた。

 

最重要なのは言質を取られない事。

 

たとえ言質を取られようともジョンは、詰まらない理屈など暴力で捻じ伏せてしまえば良い。だが、大勢の前で取られた言質を覆してしまっては、魔導国がその程度だと侮られる可能性にも繋がる。

流石にアインズ・ウール・ゴウンの名が侮られるのは、ジョンとしても許せない。

ジョンは人間には分からない程度に目を細めた。

 

ここから始まるのは不得意な場での戦い。

しかし、敗北はギルドの名を傷つける事になる。

 

ジョンはダンスの成功で緩んだ兜の緒をしっかりと締め直した。

 

 

/*/バハルス帝国帝都の魔導国大使館会議室

 

 

さきの舞踏会から5日ほど経った魔導国大使館の一室にモモンガの声が響く。

 

「統治方針としては先程の……話がずれる前の感じでよかろう。しかし……私が実は気にしているのは、どうやって統治するかなのだ」

 

モモンガの声に会議室に集った守護者達とジョンが不思議そうに首をかしげた。

 

「いや、悪魔やアンデッドに全て任せては、なんというか……いらん敵意を買いかねない不安がある。だからできれば人間達を支配して、それに統治を任せたいと思っていたのだが……」

 

モモンガの言葉にしたり顔でデミウルゴスが頷く。

「なるほど……それもあってカルバイン様はラナー王女へ、エ・ランテルの太守ならびに属国の統治を任せると」

「それもこれも、デミウルゴスとアルベドが彼女をスカウトすると決めてくれたからだよ」

 

まーもう小悪魔(インプ)にしちゃったけど、大丈夫でしょと、どこまでも楽観的なジョンであった。

 

「うむ。両名とも良くやってくれた」

「「はっ。ありがたき幸せ」」

 

モモンガの賛辞にデミウルゴスとアルベドは一斉に頭を下げる。誉められた事が嬉しいのか、その頬は微かに紅潮していた。

 

「統治の実務はラナーに任せ、アルベドはこれまで通り私に仕えよ。さて、ラナーを太守にすると発表した事でエ・ランテルの都市長なども残留を決断してくれた。次は――」

 

モモンガがそこまで言った辺りで扉が数度、躊躇いがちにノックされた。

守護者達の視線が向けられ、それがどういう意味かを悟ったモモンガは軽く頭を縦に動かす。

許可を得て、代表して扉に向かったのはルプスレギナだ。守護者会議などに同席を許されるようになったが、このような場ではナザリック内部での役割を優先させ、メイドとして控えていた。ルプスレギナは扉を開き、外の者を確認する。

 

「ユリです」

「入れろ」

 

モモンガの返事を受け、ルプスレギナが外に立っていた戦闘メイドの1人であるユリ・アルファを室内に招き入れる。

メイドとしての一礼を見せるユリにモモンガは話しかける。

 

「どうした? ユリ」

「はい。大使閣下にお目通りしたいと言う貴族が参っております。どう致しましょうか?」

「またか……」ジョンは手で目元を隠すと、乱暴に言い捨てた。「俺は体調不良だ。そう伝えて追い返せ」

「畏まりました」

 

再び一礼をして部屋を出て行くユリを見送り、アウラが口を開く。

 

「カルバイン様が嘘を言うなんて不必要です。邪魔だから失せろで十分だと思います」

「そうしたいのは山々なんだがな。一応、大使を名乗っている以上は、人間との関係も維持しておかないと、な」

 

「訪ねてきた人間を洗脳してしまうでありんす」

「流石はシャルティア。俺以上に脳筋だ」

「二人とも、ちょっと黙れ」

 

しょんぼりと顔を伏せたシャルティア。えー、と不服そうなジョンを視界の片隅に置いて、モモンガはデミウルゴスに問う。

 

「どう思うデミウルゴス」

「恐らくですが、これはカルバイン様が貴族としての十分な教養や礼儀を持つところを大勢の前で公表したからだと思われます」

モモンガはデミウルゴスが何を言っているのか理解できず、そのまま続けるようにと指示をした。

「はい。つまり、一言で言い切れば、貴族の常識が通じるので、彼らなりの常識の範疇で行動してきているのでしょう」

「……そういうことか」

顎に手をやり、考えているような仕草をすると、モモンガは言葉を続けた。

 

「さて、ではどうするか」

 

貴族としての品位を持つということを証明するために行ったことが、思わぬ事態を招いている。しかし、これはジョンが我慢すれば良いことかもしれない。貴族の一員と見なされているのだから。

ただ、この駄犬がいつまで品位ある行動を続けられるのか……ユグドラシルからの行動を知っている仲間としては不安しかなかった。そこへデミウルゴスが畳みかける。

 

「モモンガ様。そろそろ次の段階に移るべきかと思われます」

 

「何?」なんのことだ。そう問いかけるほどモモンガは愚かではない。いや、己の手に余るようなナザリックの最高支配者としての経験が、モモンガに知ったかぶりをさせる。「やれやれ。少し早いのではないか?」

「そのようなことはありません。そろそろかと」

 

わけも分からず答えるモモンガと、全てお見通しという表情のデミウルゴス。その二人の会話についていけない守護者たちがボソボソと言葉を交わす中、ジョンもまた、ドヤ顔で口を開く。勿論、何のことかはさっぱり分からない。

 

「デミウルゴス。守護者達に説明を」

 

「畏まりました。カルバイン様は礼儀を持って貴族社会に溶け込まれました。ここで重要なのは、帝国など力で捻じ伏せられる至高の御方が、何故そのような行動をされているのかと、考えるべきだという事なんだよ?」

「それは……新婚旅行の為でしょ?」

 

アウラが即座に答える。

ジョンも大きく頷いた。

モモンガは内心で頭を抱えた。

 

「その通り。その為に至高の御方は慈悲深くも帝国の独立を許している。貴族達との付き合いはあくまでも、至高の御方の生活に彩りを加えるスパイスでしかないと、教育する時だという事だよ」

「フム……ソコガ分カラン」

「つまりね、コキュートス。至高の御方が理知的であると言う宣伝は終わったのだから、次は力と恐怖を演出するべきだろう?」

「ソウ言ウ事カ!」

「そうさ。天にも等しい力を持つ至高の御方の力と恐怖を知れば、自らの社会に属するものと知りながらも対等の付き合いは出来ないと悟る。近づいてくるものは欲望に身を滅ぼす愚か者だけと言うわけさ」

 

デミウルゴスはそれだけ言うと、上座の二人に頭を下げた。

 

「お見事です。全て計算づくとは……」

「……いや、そこまでジョンさんの全ての策略を読み切るデミウルゴスこそ見事だ。……そこまでジョンさんの心を読んだのだ、準備は任せても良いか?」

「勿論です。カルバイン様のお目に適うようなものを準備したいと思っております」

 

/*/

 

《え?……ちょっっ俺、なにされるの?》

《そんなの私が知るわけないじゃないですか》

 

/*/

 

帝都アーウィンタールの一等地に立てられたその建物の警備には、蜥蜴人(リザードマン)がついていた。人間種の支配するこの国で亜人、異形種の姿は珍しいものであるが、大使館の警備に立つ蜥蜴人(リザードマン)というのは帝国初であろう。

 

それを指揮するのは先の蜥蜴人(リザードマン)征服で、アインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配下に下った蜥蜴人(リザードマン)部族から選ばれたザリュースとゼンベルだ。

 

コキュートスとの戦いでの勇猛さと旅人、族長としての知見を期待した抜擢だった。

 

人間種国家で大使館の警備など初めての経験だったが、魔導国からキチンと報酬は支払われ、ジョンの作った水路を伝ってのカルネ=ダーシュ村との交易で使う外貨を稼ぐのには都合が良かった。

その蜥蜴人(リザードマン)警備隊の隊長室で二人の蜥蜴人(リザードマン)が会話をしていた。

 

「……新婚だってのに一人で良かったのか?」

家族で赴任しても良いって言われたんだろ?とゼンベルがザリュースに問う。

「ああ。だが、流石にここは子供には刺激が強すぎる。成長してから見聞を広めると言う事なら良いと思うんだが……」

「それもそうか」

 

ザリュースは報告書、日報を書きながらゼンベルと会話を続ける。必要だからと教えられた読み書きだが、まだ十全には出来ない。なので、書類は基本的にチェックシート方式だ。何れ読み書きを覚え、人間種の書物を読めれば……それは蜥蜴人(リザードマン)にとって、どれほどの利益になるだろうとザリュースは考える。

 

だからこそ、ゼンベルにも勧めたのだが「俺はもう良い。新しいものは若いものに任せるさ」と読み書きを早々に放棄し、警備隊の副隊長におさまった。……結局は副隊長にも最低限の教養は必要と、使命感に燃える館の女主人(ルプスレギナ)から鉄拳制裁を受け、勉強する事になったのだが。

 

一通りの書類を片付けたザリュースは時計を見ると、頃合いだと立ち上がる。

 

「閣下のお出かけの時間だ。護衛についていくぞ」

「あいよ。……ま、閣下の方が全然強ぇんだがな」

 

/*/

 

ジョンの護衛はいつものように八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)とシャドウデーモンの組が周囲を警戒。飛行できるものが不可視化し、上空から監視する布陣だった。

大使と言う立場上、目に見える護衛も必要との事で、ザリュースとゼンベルを護衛として近くに配置している。

ジョンとしてはルプスレギナと二人で出掛けたかったのだが、当のルプスレギナが護衛は必要と言うので護衛を受け入れた。

 

帝都の中心たる皇城の直ぐ側の広場。

恐らくは様々な用途に使用することを前提に考えられた場所を見渡し、ジョンは感嘆の声を上げた。

それはまさに驚くべき光景だった。

右を見ても左を見ても、たくさんの露天が立ち並び、様々なものが売りに出されている。無数の屋台からは美味しげな匂いが漂い、威勢の良い声が通りがかる者に投げかけられる。

帝国の活気を全身で感じ取れるようなそんな場所だ。

 

そんな場所の視線をジョン達は独占していた。広場にいる者全てがこちらを凝視しているのではと思えるほどの視線だ。耳を澄ませば、店の話題になっているのも聞き取れる。

 

「本当に人間種ばかりなんだな。〈人狼(ワーウルフ)〉や〈蜥蜴人(リザードマン)〉がそんなに珍しいか」

「いいえ。ジョン様の強大なる力を感じ取り、その力に引き付けられてるっすよ」

 

一応、気配は抑えてるし、感知防御系のアイテムを持ってるからそれは無いよーと思いつつ、絶世と言っても良い美女であるルプスレギナに集まる視線について考える。

 

「なんか、ルプーに視線が集まってさ。俺たちが悪者みたいに見られてるな」

「どうしてっすか?」

 

ジョンは人狼形態だ。蜥蜴人(リザードマン)としても強面のゼンベル。蜥蜴人(リザードマン)としてはスラっとしたイケメンではあるが、人間からみれば強面のザリュース。

亜人・異形種3人に囲まれた絶世の美女。控えめに見ても籠の鳥。色眼鏡で悪く見れば人間を奴隷にしてる悪い怪物である。

 

「人間は見る目がねぇっすね。ジョン様は私の最愛の人なのに!」

 

わざと大きな声でそう叫ぶと、ルプスレギナはそのままジョンに飛びつき、たてがみのような首回りの毛に顔を埋めてスーハ―スーハ―と吸う。

 

「ああぁ、ジョン様を吸うのは心に効くっすー!」

 

多少は視線が和らいだ気がする。

 

ぐるっと周囲を見回すとジョンはどこから見物しようかと考える。スイカを細長くしたような食料はどんな味がするのか?ゴールデン芋に見えるジャガイモは、やっぱりジャガイモのように調理するのか?ブドウっぽい食品は、やはり図鑑で見た事のあるブドウなのか。

布を売っている店、装飾品を売っている店、怪しげなものを売っている店。どれもが未知であり、全てが輝いて映った。

 

「よし!あそこから見ていこう!」

 

活気の中にジョンはその身を投じると、周囲を渦巻く喧噪が熱気となって全身を包み込む。

露天から通り過ぎる者へかけられる呼び声、老若男女の笑い声、威勢の良い値引き交渉の声。そして、時折聞こえる殺伐とした声。

まさに帝国の繁栄を凝縮したような、そんな場所だった。

ジョンは雰囲気に酔ったようなふらふらとした足取りで、幾多の露天を冷やかし半分で眺め、売られている商品を興味深く触る。

誰がどう見ても満喫しているというのが一目瞭然な、そんな姿だった。

 

「ほーこれは面白いな。よし買おう!……ゼンベル。持っててくれ」

「了解だ。閣下」

 

美女を引き連れた大柄な亜人と異形種3名の集団は目立つ上に、会話などから人狼がなにか立場のある者だと判断した者達が道を開けてくれるので、人混みはさほど気にはならない。前衛職で体力のあるジョンは好奇心を強く刺激されてる事もあり、休みなく歩き続けた。中央市場から冒険者やワーカーの集う北部市場まで渡り歩き、また戻ってくるほど歩き続けた。

 

音を上げたのはゼンベルとザリュースだ。

 

ルプスレギナほどのレベルもない彼らでは慣れない人込み、周囲からの奇異の目もあって、疲労の蓄積が早かった。

「……待ってくれ、閣下。少し疲れた」

「情けないっすねぇ」

「奥方様の体力には感服するよ……」

 

その声に連れの疲れ具合に気が付いたジョンは一つ提案をする。

 

「それじゃ、何か食べながら休憩とするか。串肉と果実で良いか?」

 

おい、おっちゃん。それを4つくれ。なんだよ、人狼が珍しいのか?そりゃ喋るし、飯も喰うさ。

そんな会話をしながら、ジョンが買ってきたのは深い緑色のゴツゴツとした外見をした果実だ。巨大なライチと言うのがイメージに近いだろう。レインフルーツと言うらしい。

 

続けて、串焼きの屋台を探すと同じようにエイノック羊の焼き串を買ってくる。

大降りの肉が数切れ刺されたもので、肉の表面には程良く脂が滲み、焼き加減もちょうど良さそうだった。肉の焼ける腹の減るような良い香りにまじって、タレの甘い香りが立ちこめる。

 

「おお、ちと濃い目の味付けだが、こりゃ美味いな!」

蜥蜴人(リザードマン)の主食は魚って聞いてたからな。肉が口に合わないかと心配したが、美味いなら良かった」

 

ゼンベルと同じように豪快な食べっぷりのジョンが言うと、ザリュースがそっと口を挟む。

 

「閣下、肉を狩りで得るのは危険が伴う。戦士たちでも獲物を見つけ、仕留めるのが難しい」

「ああ、湿地だから食肉獣を飼うのは無理だものな」

 

肉を食べ終わったら、次は果実だ。レインフルーツの皮をライチのように剥くと、中から姿を見せたのはピンク色の果肉だ。香りは酸味のない柑橘系に似ている。果汁が果肉の表面に浮かび上がり、口の中に涎が溢れるような瑞々しさだ。

 

「これは女子供が好きそうな味だな」

「なんだ。蜥蜴人(リザードマン)でも甘いものは女子供が好きなものってのか」

「まぁ、そうだな。閣下」

「なら、もう少し買って、さっき買った冷蔵庫につめたら、ザリュースの嫁に送ってやろう」

「……ありがたい、閣下」

「いいって事さ。蜥蜴人(リザードマン)に豊かな生活をさせてやると言った言葉に嘘はない」

 

そう言いながら、先ほどから会話に加わってこないルプスレギナをジョンが見ると、彼女は食べ終わった串とレインフルーツの皮を名残惜し気に見ていた。

 

「ルプー、もう少し食べるか?」

「あ、いや、違うっすよ。ただ……ジョン様に頂いたものがなくなってしまったなーって」

 

寂しいような悲しいような。それでいてそう思う自分にぞくぞくするって言うか……そんな感じっす!と言われても、SっけもMっけもないジョンには良く分からない。

 

「普段、食ってるものとは比べられないが、楽しかったか?」

「ジョン様と食べるなら、なんだって美味しいっすよ!」

 

そう言って笑うルプスレギナを心底から愛おしいと思うジョンだった。

 

/*/

 

後日、案内無しで市場に行った事がバレて、ジルクニフに深読みされた。

あと、モモンガにゼンベル貸してと言われて後で悔しい思いをする事になるのだった。

 



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第46話:それなら……仕方ないよなぁ

/*/ジルと貴賓席

 

帝国帝都アーウィンタールには円形闘技場がある。その貴賓席は3種類。資産家用、高位貴族用、皇帝用だ。

皇帝用貴賓室に今日は10名ほどの人影があった。

 

その内、5人は帝国が誇るアダマンタイト級冒険者チーム「銀糸鳥」のメンバーだ。

 

彼らは護衛としての仕事を受けてここにいた。残りの6名は3名ずつの組に分けられる。

1組目は貴賓席の主であり皇帝であるジルクニフ。その直属の護衛である4騎士の内2名、ニンブルとバジウッドだ。

2組目はジルクニフの友にして魔導国の大使であるジョンとその妻であるルプスレギナ。そして護衛のレイナースだった。

 

今日はジルクニフに招待され、闘技場へ観戦に来ていた。

ジョンは最初に紹介された際に全員と握手し、ちゃっかり〈特殊技術(スキル)〉で銀糸鳥全員の戦闘力を推し量っていた。

 

貴賓席は手狭であったが、瀟洒な調度品はどれも一級品で滅多に来ない皇帝の為に完璧な清掃がなされていた。

闘技場側の壁は大きく開けられており、眼下の景色を一望できる。ちらりと覗くと、満員の観客が割れんばかりの歓声を上げて熱狂している様子が見れた。

 

これほどの大入りなのは、武王の一戦が組まれた事による。

 

闘技場の王者8代目武王ゴ・ギン―――その圧倒的な強さにより、まともに戦える相手がいなくなってしまった。その為に彼の試合が組まれなくなって、結構な時間が経過している。その武王の久々の一戦という事で、戦いぶりを期待した者たちで溢れているのだ。

 

騎士たちの中にも、闘技場が好きな者たちはいると聞いた事があった。

野蛮性の発揮と解放ということなのだろうか。

そんな事をジルクニフが考えている間に、銀糸鳥の一行は室内の探索を終えた。

 

「部屋の中に情報系の魔法が、何か発動している形跡はあったかね?」

「発見はされませんでした、陛下。そうだね?」

「そうですぜ。まず魔法の発動自体を見破るのは俺には難しいんで、マジックアイテムなどがないかを調べさせてもらいましたが、発見はできませんでしたよ。ですが、忘れないでほしいんですが、俺には盗賊ほどの調査能力はないんですよ。絶対に大丈夫だとは思わんでください。……まぁ、うちのリーダーの呪歌で探知能力を上昇してもらいましたんで、大丈夫だとは思うんですがね」

「魔法の方は拙僧が探知系の魔法で調べましたが、発動されてる気配はござらん。取り敢えずは探知妨害の場を作り出したので、問題はないかと思われますぞ」

ウンケイが錫杖を床に叩き付けると、しゃんと涼し気な音色が響く。

 

……アダマンタイト級冒険者の探知能力を測る為に、ナザリックよりニグレドなどによる監視、探知が行われていた。〈完全不可知化(パーフェクト・アンノウンアブル)〉、〈完全不可視化〉を使用したシモベなどで、どこまで彼らが探知・感知できるのか。スレイン法国を属国にした事で多くの情報が手に入ったが、それだけに飽きたらず情報を取ろうとするモモンガの思慮深さにシモベたちは感服していた。

 

ウンケイの言葉に少し考え、ジルクニフは追加の〈注文(オーダー)〉を出す。

 

「では追加でお願いしてもよろしいかな?何者かが接近してきたら発見できるような魔法はないかね?透明となっていても分かるような魔法であると嬉しいが?」

「残念ながら拙僧の持つ魔法にそのようなものはござらん。ですが、リーダーなら確か持ってたと思いましたぞ」

話を振られた銀糸鳥のリーダー……フレイヴァルツが了解のサインを送ると部屋を出ていく。

「あとはどうだろう?相手が盗聴しようとしたら、どんな対策が君たちに浮かぶ?」

 

必死にジルクニフは魔導国であればどのような事が出来るか考える。はっきり言って、想像を絶するものを想像する事など出来はしないのだが。

 

「……正直、ここまでしておけば大丈夫じゃないか、と思うんですがね。これでも複数の魔法で守りを固めてますぜ?」

「左様ですぞ、陛下。探知妨害もかけておりますので、相手が魔法的に調べようと思った場合、即座に拙僧に伝わる仕組みとなっております。ご安心くだされ」

 

セーデとウンケイから交互に宥められる。

 

少し偏執狂気味に思われたのだろう。あるいは暗殺の気配を察してナーバスになっているとでも思われているのか。

「すまない。今日は大事な友も一緒なのでね。少し神経質になっていたようだ。……ところで、ジョン。君ならどうだろう?」

銀糸鳥の警戒網の中に入っても、何も無いと言う事は〈人狼(ジョン)〉は本当に何も連れてないのか?それともこちらの監視を掻い潜る神の目を持っているのか。

 

「そうだな。俺は探知系は苦手なんだが、この貴賓席での会話なら一般席からでも聞く事は出来るな」

「君なら?」

「人狼なら出来るんじゃないかな。……あとはそうだな。銀糸鳥の探知範囲ぎりぎりに魔法探知の視点を置いて中を覗き込めば、感知に引っ掛からずに覗けるんじゃないかな」

 

亜人・異形種には貴賓席近くの席は取らせないようにしようと決意しながら、ジルクニフは一緒にジョンの話を聞いていた銀糸鳥の方を見る。

 

「……俺たちには魔力系魔法詠唱者がいないので、はっきりとは言えませんが、閣下の仰る通りかと思いますぜ」

 

セーデの言葉に頷きつつ、そうすると新しい執務室は大丈夫かとジルクニフは胸を撫で下ろした。

「そうすると魔法的な探知網の内側に壁でも立てれば安心かな」

「薄い壁だと音を抜かれるから、分厚い壁だと尚よいんじゃないかな」

 

ジョンのセリフに、ジルクニフはまた疑心暗鬼に陥るのだった。

 

(なんだ!?執務室の壁があれでも薄いと哂っているのか?帰ったら魔法院の者を呼んで、また壁の厚さから見直さなくてはならないのか……)

 

闘技場から一際大きな歓声があがった。

そちらに目をやると、試合の一つである剣闘士たちの戦いの決着がついたようだ。

昔は敗者は死を賜っていたようだが、今は違う。試合の最中に死ぬ事はあっても、勝敗のついた後で殺される事はまずない。

これは連敗しながらも面白いからとたまたま命を救われてきていた剣闘士が、才能を開花させ、チャンピオンに昇り詰めた時から廃止されたと言われている。もしかしたら、彼のような人物がほかにもいるのではないかと、期待された為らしい。

 

「取り敢えず終わりました。陛下」

フレイヴァルツの声にジルクニフは振り返る。

「ご苦労」

相手がアダマンタイト級冒険者ともなれば感謝の言葉を述べるべきなのだろうが、ジルクニフは思わずいつもの言葉で労をねぎらってしまった。

「滅相もありません。それで護衛という事なのですが、我々も部屋の中で待機させていただいて構いませんか?」

「勿論だとも……ジョンもそれで構わないかね?」

「勿論だとも、ジル」

 

(勿論か……今日のところは何もする気が無いのか。本当に闘技を楽しみに来ただけなのか。それともアダマンタイト級冒険者を目の前にしても気づかれずに事を成せると思っているのか。……アダマンタイト級など物の数ではないと思っている可能性もあるな)

 

「閣下、飲み物の準備を致しましょうか?」

そう言ったのはジョンに随伴してきたレイナースだった。金の髪に深い青の瞳、色つやの良い唇、真珠のような歯と、誰もが振り返るような美しさを取り戻した彼女は、今は白と黒のメイド服に身を包んでいた。

「ああ、レイナース。頼むよ」

「畏まりました。……では、ニンブル殿とバジウッド殿も」

 

レイナースの準備を手伝ってくれという提案に、バジウッドは渋い顔をした。

 

「え?俺もか?陛下ー。やっぱりメイドの一人でも連れてきた方が良かったんじゃないですか?陛下もむさいおっさんに飲み物を注がれるよりは女の方が美味く感じますよね?俺でしたら間違いなくそうですよ」

「あら、では陛下の分も私がご用意して構いませんわよ?」

 

「……むぅ。立場上、そうもいかないよなぁ」

 

「はいはい。バジウッド殿、愚痴はそのくらいにして手をその数倍動かして下さい」

ニンブルに促され、バジウッドもジルクニフの飲み物準備を手伝う。レイナースはジョンとルプスレギナの飲み物の準備だ。同盟国である。本来はレイナースが用意したものをジルクニフが口にしても問題はない。ないが、レイナースは自分の身を優先させて魔導国へ渡った身である。

レイナースがニンブルとバジウッドに準備の手伝いを提案したのは、裏切り者と見られているだろう事に配慮しての提案だった。

 

「少し変わったな」

「そうですか?」

「ああ、なんと言うか表情が明るくなった。色々思うところはあるが……良かったな」

「ありがとうございます」

 

レイナースの微笑みはニンブルとバジウッドが見た事のないような穏やかなものだった。思わず手を止めた二人の耳に、下の闘技場からの声援が聞こえ、獣とは少し違う類いの雄叫びが聞こえてきた。

 

次の試合が始まったようだった。

 

武王との一戦の前に行われる前座の試合は冒険者とモンスターの戦闘だ。冒険者が闘技場に出ると魔法などが炸裂する為、派手な試合が多く観客の人気が高い。

大声を上げている観客たちを眺め、ジルクニフは平和な光景だと思う。

 

ジョンとルプスレギナは必死に戦う冒険者一行を食い入るように見ている。人間の苦痛の表情を、必死に戦う人間を、暗い悦びと共に眺め、楽しむような化け物がここにいると知ったら、民はここまで闘技を楽しめるだろうかとジルクニフは思う。

 

冒険者の一人が獣型モンスターの爪を受け、血しぶきが舞い上がった。観客の悲鳴や声援が大きく起こった。

 

 

/*/ジョンと冒険者

 

『――さぁさてさて、冒険者と言うものは――』

 

獣型のモンスターを複数相手取りながら勝利を収めた4人組だったが、試合はそこで終わらずに闘技場内のアナウンスが続く。冒険者たちにとっても不測の事態だったのか客席を見上げて、きょろきょろしている。いつもと違う展開に観客たちも騒然としているようだ。

やがて、入場門の一つが開き、巨大な亀――アゼルリシア・アイアン・タートル――が闘技場に放たれた。

 

拍手と歓声が一斉にあがる。

 

「――どういうことなの!」

 

冒険者の一人であるハーフエルフらしい女性の金切り声がジョンとルプスレギナには聞き分けられた。

なんらかのトラブルなのか。それとも嵌められた犠牲者なのか。

 

2刀流の軽戦士とハーフエルフらしいツインテールの女性が弓でアゼルリシア・アイアン・タートルへ攻撃を仕掛ける。恐らくこの二人がパーティのアタッカーなのだろう。しかし、分厚い皮膚とポニョポニョと軽快に出し入れされる亀頭と手足に阻まれ、効果的なダメージを与えられないでいる。

 

もう一人は先ほどの戦闘から、補助と回復を行っているが良いところがない。神官だろうか?打撃系の武器は硬い甲羅のアゼルリシア・アイアン・タートルに有効そうだが、地力が足りない。叩いても甲羅にヒビ一つ入れる事が出来ないでいる。

 

残りの一人は金髪をヘアバンドで纏めた10代半ばと思しき魔法詠唱者だった。まだ若いのに〈雷撃〉を放ち、必死に戦っている。彼女の魔力が尽きるのが先か、アゼルリシア・アイアン・タートルの体力が尽きるのが先か。必死に魔法を連発する姿は、観客を味方に付ける事に成功し、闘技場を沸かせていた。

 

「……ふひひ、堪らないっすね」

 

汗と血に塗れながら戦う彼らには理解できているのだろう。恐らくは魔法詠唱者の魔力の方が先に尽きる、と。

励まし合い、支え合い、必死に戦う彼らの表情。特に魔法詠唱者の思いつめ、自責の念に潰されそうな表情はルプスレギナの好みにヒットした。思わず、脇で話しているジョンたちの声が耳に入らないほど集中して見入ってしまう。

 

「ジル。会場の雰囲気からすると連戦ってのは珍しいのかい?」

「余り見に来ないのだが、その中では見た事はないね」

 

そう言って、護衛の騎士や冒険者たちを見回す。彼らも見聞きした事がないようだった。

 

「彼らは冒険者プレートを付けてないようだが、所謂ワーカーという奴なのかな」

「……良く見えるな」

「人間より目も耳も良いんだ」

 

(くそッ。こんな時に限って何が起こっている?アンデッドを盟主と仰ぐ国が人間の生死を見世物にしている是非でも問うつもりか?)

 

異形種が好きそうなところを案内し、帝国の価値を知らしめようとしていたのに、逆に彼らの方が倫理観が高いのかと深読みし、思考のループに囚われていくジルクニフ。

 

〈雷撃〉を連続で打ち込まれ、アゼルリシア・アイアン・タートルは苦し気に白濁した液体を吐き出す。

 

神経毒か何かの作用でもあるのだろうか。浴びた冒険者の動きが目に見えて悪くなり、2刀流の軽戦士は地面に飛び散った白濁液に脚を取られて、滑って転ぶとアゼルリシア・アイアン・タートルの前足に踏みつけられた。ボキボキと怖気が走る音がここまで聞こえてきそうな苦し気な表情に観客のボルテージは最高潮に達する。

 

ツインテールのハーフエルフが駆け寄り助けようとするが、もとより彼女の力ではアゼルリシア・アイアン・タートルの脚など持ち上がる筈もない。先ほどから見せ場の無かった神官らしい男も駆け寄り力を合わせるが、アゼルリシア・アイアン・タートルの脚はビクともしない。軽戦士の口から鮮血が迸った。

 

魔法詠唱者も涙を流しながら、〈雷撃〉を唱えている。「私の所為で……」などと言いかけ、唇を噛んで魔法を唱え始めたのがジョンには分かった。

 

彼らが冒険者なのかワーカーなのかは知らないが、ふむと腕組みしてジョンは考え込んだ。

 

冒険者がいると知った時はモモンガと二人喜んだものだ。もっとも、実情を知っては「〈冒険者〉より〈狩人(ハンター)〉だろう!」と突っ込みを入れたくなったが。――自分たちの理想とする冒険者は何処にもいなかった。

 

「それなら……仕方ないよなぁ」

 

寂しげに呟き、立ち上がったジョンへ「……どうした?」とジルクニフの声が掛かる。「ジル……少しばかり埃を立てるけど、勘弁してくれよ」そう言って、ジョンは飛び立った。

 

 

/*/

 

 

――ドン!

 

必死に魔法を連打していたアルシェは、突然の爆音と続いて押し寄せてきた爆風にとっさに瞼を閉じた。

ごおぉッと熱い風が吹き付け、バラバラと砂利が身体に叩き付けられてくる。

 

――そんなものは何処にもいないと思っていた。

 

風が収まった時、そこにあったのは甲羅を粉々に打ち砕かれて即死したアゼルリシア・アイアン・タートルの姿と――

 

――大きな背中。

 

それは誰もが想い願う英雄の姿。強きを挫き、弱きを助ける御伽噺の中の英雄の姿だった。

青と白の毛並みを誇らしげに風になびかせる〈人狼(ジョン)〉の姿だった。

 

 

闘技場が静寂に包まれる。

 

 

アゼルリシア・アイアン・タートルの残骸が散らばるクレーターの中心に、片膝と拳をついて屈みこんでいたジョンが立ち上がる。

常よりも大きく見える姿だった。

 

「〈興行人(マッチメイカー)〉は誰だ―――ッ!!!」

 

魔法を使っているのか闘技場全体に響き渡る大音声だ。

 

「つッまぁんねぇ試合組みやがって!お前らもお前らだ! 冒険者ってのは仲間の為なら生命を懸けるもんじゃないのか! 冒険者ならパーティ組めば、その日から仲間じゃないのか! 冒険者って奴は冒険者でありゃ仲間なんだろう!」

 

それは御伽噺に語られる冒険者の姿だった。13英雄や八欲王の詩に誰もが胸を熱くし、村から、街から、故郷から、旅立つ事を決意させた原初の感情だった。

現実に打ちのめされ、誰もが諦め、忘れていく事で大人になると言い聞かせていた事だった。

 

「がっかりだ!お前たちにはがっかりだ!……だから、俺は――〈俺たち(魔導国)〉は!冒険者育成機関を作る!冒険者を育成し、保護し、世界に旅立っていく冒険者を生み出す!お前たちを一から鍛え直してやる!才能を花開かせ、世界と戦えるように育ててやる!」

 

闘技場の大勢が自分の声に聞き入っているのを確認し、言葉を続ける。

 

「魔導国が求めるのは、真に冒険をする者!未知を求める者!世界を知りたい!未知に挑戦したい!そんな冒険者を夢見る奴らは魔導国へ来い!お前たちが想像もつかない力が、お前たちが一人前になるまでお前たちを手助けするだろう!」

 

大きく手を振って、ジョンは大見得を切った。

 

「武王を出せ!真に冒険をする者!未知を求める者!それがどれだけの力を持つか、お前たちに見せてやる!」

 

 

/*/

 

 

『おーっと、ここで武王に挑戦したのはアインズ・ウール・ゴウン魔導国大使ジョン・カルバイン閣下だーッ!』

 

流れるようなアナウンスにジルクニフは凍り付いた。プログラムにも書かれていなかった武王の対戦相手。突然のジョンの乱入からの流れるような挑戦と試合。まるで一連のシナリオのような流れにジルクニフの背筋に冷たい汗が流れる。

 

(まさか、ここまで全て魔導国の掌の上だったのか!?)

 

アナウンスに安心したのか。武王の登場に盛り上がってきたのか。会場から一際大きな歓声が上がった。歓声がジルクニフの胃に響いた。

 

『この一番の大試合を、エル=ニクス皇帝陛下もご観戦です。上にある貴賓室をご覧ください!』

 

引き攣りそうになる表情筋を押さえて、自然な笑顔を浮かべて、ジルクニフは立ち上がると眼下の市民たちに顔を見せる。

市民たちからは一斉にジルクニフを讃える歓声が上がり、ジルクニフはその端正な顔に静かな微笑を浮かべて、市民たちに手を上げて応えた。女性たちからは黄色い声が上がった。自分の人気が衰えていない事に、ジルクニフは満足を覚える余裕も無かった。

 

『ありがとうございました!さて、それでは皆様、これより久方ぶりに武王の一戦が始まります。皆様!北の入り口より、武王の入場です!』

 

割れんばかりの歓声が湧き上がる。通路からゆっくりと武王が姿を見せる。巨大な棍棒に全身鎧。身長は2m後半だろう。その難攻不落の要塞のような姿が日の光を浴びると、闘技場の歓声が更にもう一段大きくなった。

 



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第47話:女はつおい。男はろまん。

割れんばかりの歓声が湧き上がる。通路からゆっくりと武王が姿を見せる。巨大な棍棒に全身鎧。身長は2m後半だろう。その難攻不落の要塞のような姿が日の光を浴びると、闘技場の歓声が更にもう一段大きくなった。

 

大森林の東の巨人グと同じ種族の筈だが、感じられる雰囲気はまるで違う。

グは唯の獣でしかなったが、武王ゴ・ギンからは戦士としての風格が漂う。

 

「武王の名は伊達じゃないって事か……」

 

二人の距離が縮まり、武王から声を掛けてくる。

 

「俺は武王と言われているウォートロールのゴ・ギン」

ジョンは武王の名乗りに胸に拳を当てて答える。

「俺はアインズ・ウール・ゴウンの〈人狼(ワーウルフ)〉、ジョン・カルバインだ」

「そうか。では全力で挑ませて貰おう」

 

「ん、挑むのは俺の方じゃないのか?」

 

「言ってくれる……貴方の強大さに震えっぱなしだ。闘技場に出るのがこれほど恐いと思った事はないぞ」

武王の言葉にジョンは目を細めた。「……分かるのか」

「感謝するぞ。これほどの強者が現れてくれた事に」

 

そして……一つ頼みがある。

 

そう言って、武王は願いを口にした。

 

「俺が勝ったら、閣下を頂きたい」

 

「ん?」

「俺は今まで、殺して喰うに値する者に出会った事がなかった。だが、自分より強い閣下を喰えば、俺は閣下の力を取り込む事が出来る」

相手の力を霊的に取り込む事が出来ると言う食人文化についての講釈をしてくれたメンバーを懐かしく思い出しながら、ジョンは頷いた。

「いいぞ。じゃあ……俺が勝ったら、この4人は持って帰るぞ」

 

ジョンが一歩を踏み出すと、武王は一瞬だけ身構えたが、すぐにその姿勢を崩した。

ジョンが前に立って右手を差し出すと、武王もそれに応え、巨大な右手を差し出してきた。握手と呼ぶには武王の手が巨大すぎたが、観客から大きな歓声が上がった。

 

(30Lvくらいか。この世界の表で名の知れた強者は30Lv前後が多いなぁ)

 

握手を通して〈特殊技術(スキル)〉で武王のレベルを推測し、クレマンティーヌやブレイン、ガゼフもこのくらいだったなと思い返すジョンだった。

 

「開始の距離はどうする?……さっきの距離、10m程度で良いか?」

「無手の閣下には遠くないのか?ほんの少しで俺の攻撃範囲だぞ」

「ハンデさ。そして、もう一つ――」

 

そう言って、ジョンはつま先で足元に1本の線を書く。線の後に冒険者(ワーカー)?4人。線の前に自分が立つ。

 

「俺はこいつらを助けに乱入したんでね。この線より下がったら、俺の負けだ」

 

背後の4人が息を呑み、武王は声を返さずに了解したと頷く。

全身鎧で武王の表情は見えないが、動きや呼吸は冷静だ。挑発と見抜いたのか、それとも不快を感じなかったのか。

 

ジョンは武王が挑戦者として気を張っていると見て、挑まれる事になる状況にワクワクしていた。

武王が背中を見せて、ジョンとの距離を取る。

 

「それでは鐘が鳴ったら始めようか、閣下」

「ああ。……初手から全力で来いよ、武王」

 

武王が小さく笑ったようだった。

ジョンも小さく笑い。左手、左足を前に構える。武王も巨大な棍棒を構えた。

 

そして――鐘が鳴った。

 

「〈剛撃〉〈神技一閃〉」

 

図らずも武王vs人狼の決戦を特等席で見る事になった4名には、閃光が走ったように見えた。

音を置き去りにするかの如く武王は踏み込み、下からの振り上げの一撃がジョンを襲った。

ジョンは足首の捻りで半歩前に出ながら、得意の左回し蹴りからの一撃で武王の攻撃と右腕を封じる。

 

「〈流水加速〉」

 

本来は一撃目で浮き上がらせて、逃げ場の無い空中で追撃を喰らわせる〈連続攻撃(コンボ)〉だった。

しかし、一撃目を回避され、尚且つ攻撃した腕に鞭のように回し蹴りが入ると見るや、武王は腕を大きく払って、ジョンを吹き飛ばしに入る。

 

「〈特殊技術(スキル)軽身功〉」

 

スキルによって身体の重みを限りなくゼロにしたジョンは、武王の腕にしがみ付くように振り回される。その姿勢は武王の右手首を極め、脚を武王の胸と首に掛けた飛びつき腕十字固めのような姿勢だった。

 

予想した重みが無く。すっぽ抜けたように振り回された武王の腕に、スキルを解除したジョンの重みが戻ってくる。振り回された腕の勢いを殺さず、ジョンは武王の腕を極め……折る。

 

ゴ・ギンの肘からゴギンと怖気の走る音が響く。

 

そのまま武王の後に着地したジョンは、武王の股の間を垂直に蹴り上げた。鎧がひしゃげ、なにか柔らかいものが破裂した感触が脚に伝わってくる。兜の隙間から泡を吹き出しながら、武王が膝をつく。

 

膝をついて一段低くなった武王の背中の中央にジョンの正拳突きが吸い込まれるように突き刺さる。同時に胸側の鎧が爆発するように破裂して血肉をバラまいた。そのまま声もなく、武王の身体が前のめりに倒れた。

 

 

/*/

 

 

闘技場は静まり返っていた。

 

ウォートロールである武王はこの程度では死にはしない。時間が経てば傷を再生し、立ち上がるだろう。

しかし、それでも――観客の目にも、勝敗がはっきりと分かったのだろう。

 

ジョンは武王の身体を仰向けにする。

 

「死んではいないだろ?どうする?死なないと負けじゃないなら、〈火球(ファイヤーボール)〉で焼いてやるけど?」

 

掌に火球を浮かべながら問うジョンに、苦し気な声で武王が答えた。肺も半分ほど吹き飛ばれたのか聞き取りにくい声だった。

 

「いや……俺の負けだ」

「おう」

「聞かせてくれ。……俺は弱いか?」

 

倒れた武王の目を見下しながら、ジョンは傲慢に胸を張ってみせた。

 

「俺と比べたら、全然弱いな」

 

「そうか……しかし……楽しいな……上には、上がいる……訓練にも、身が入る」

「そうだ。もっと……強くなれ。俺が楽しくなるくらい強くなれ」

 

ジョンは武王に笑いかけ、武王も苦しい息の中、ジョンに笑いかけた。

 

そして、ジョンは闘技場の中央で拳を突き上げる。勝利の雄叫びに観客は爆発したかのように大歓声をあげた。

 

「これが冒険者だ!仲間の為なら火の中、水の中、闘技場の中にでも飛び込むのが冒険者だ!そして、これだけの力あるものがお前たちを鍛える!仲間の為に戦うもの!未知を求め戦うもの!魔導国へ来い!俺たちは冒険者を歓迎する!」

 

 

/*/

 

 

貴賓席は沈黙に包まれていた。

 

「さ、流石は私の友だ。圧倒的……じゃないか」

引き攣ったような声でジルクニフが口を開く。「ところで、君が彼と戦うとしたらどうだい?」そう問われた真っ赤な毛並みの猿の亜人であるファン・ロングーは首を横に振った。

 

「無理ね。私も武王と同じく一蹴されるね」

 

「そうですよ。ジョン様は強いです」

試合を全集中で見ていたルプスレギナの声に振り返ると、ジルクニフはルプスレギナに問う。

「魔導王陛下も同じようにお強いのだろうか?」

「殴り合いならばジョン様が一番です。魔法戦ならばアインズ様に並ぶ者はございません」

「そ、そうか。ち、ちなみに他にも強い方はいらっしゃるのか?」

 

「ジョン様たちは単純な強さなら、シャルティア様やコキュートス様たちの強さは自分たちに劣るものではないと仰っておられます」

 

自分はそうは思っていないと言うのが透けて見える態度でルプスレギナが答えた。

 

(まだいるのか!あいつだけが突出して強い訳じゃないのか!あの時、玉座の前で見た中のどれほどが、あれだけの強さなんだ?そして、単純な強さと言うからには、まだまだ奥の手があると言う事なのか!?)

 

背筋に冷たいものが流れながらも考える事を止められないジルクニフ。その姿を見つめていたルプスレギナが美麗な顔に裂け目のような笑みを浮かべた。

 

「エル=ニクス陛下。ジョン様は慈悲深いお方。ジョン様のお心を裏切らない限り、ジョン様は陛下の友でありますわ」

 

(哂ってやがる。追い詰められた獲物をなぶるように人間を哂ってやがる。何が友だ。実質の従属ではないか!?)

 

ルプスレギナの笑みについては全くその通りである。

 

「陛下。ジョン様がお戻りになります。勝利者を出迎えて頂けますでしょうか」

 

ルプスレギナの声に、慌ててジルクニフは〈飛行(フライ)〉の魔法で戻ってくるジョンへ向かって、両手を開いて出迎えた。

闘技場の観客から勝者を讃える歓声と皇帝を讃える歓声が湧き上がり、爆発したかのような大歓声が巻き起こった。

 

「友よ。君の勝利を信じていたよ」

「ありがとう、友よ。少しばかり冒険者組合について宣伝させて貰ったが、構わないだろう?」

 

「優秀な冒険者の引き抜きは、少し困る……かな」

「そうか。なに心配はいらないさ。一人前に育てたら、後は冒険者の自由だからな。帝国に戻ってくる者もいるだろう」

 

ジルクニフには冒険者と言う名のスパイを送り込むとしか聞こえない発言だった。

 

「ああ、そうだ。王国と領有で揉めていたカッツェ平野なんだが、帝国としては譲れないところかな?」

「いや、エ・ランテルが魔導国の首都となるのだろう?ならば当然、カッツェ平野も魔導国のものだろう」

「ん?そうか。ありがとう。アインズも喜ぶよ」

 

(断って、帝都のど真ん中で王国や法国でやったような大魔法を炸裂されたら堪らない)

 

「それでだ。代わりと言ってはなんだけれど、山脈のここからここまでと、この河の流れを真っ直ぐにする治水工事をさせて貰うよ」

 

そう言って、ジョンは取り出した帝国の地図の一か所から指でなぞって、海までの線を引く。それは、そこに運河が通れば帝国の農産物の生産量は大きく増えるだろう、と言うところだった。

 

「そ、それはありがたいが、かなりの年数が掛かるものだろう」

 

工事の人足にかこつけて、帝国内にアンデッドを入れられても堪らないとジルクニフが声を上げるが、返答は予測を超えるものだ。

 

「なに討伐軍を吹き飛ばした時に〈雷の暴風〉でも掘れる事が分かったから、それで掘るから直ぐさ。あと河の流れの方はアインズが魔法〈天地改変(ザ・クリエイション)〉で真っ直ぐにするから心配いらない」

「……ま、魔法で……可能、なのか」

 

自分の知る最高最強の魔法詠唱者であるフールーダでも考えないような事を言うジョンの姿に、いや……しかし……だが、と人間に不可能な事をあっさりと言ってのけるこいつらは本当に神なのかと考え始めてしまう。

 

後日、白い巨狼が口から吐く〈雷の暴風〉で大地を穿つ姿。モモンガの〈天地改変(ザ・クリエイション)〉で河の流れが変わるのを目撃させられた騎士団、魔法使い、神殿の各勢力は戦う事の馬鹿馬鹿しさを痛感し、皇帝に魔導国と戦う事の愚を説くのであった。

 

そして、神殿勢力はモモンガ=アインズの姿に神を見て、法国のような六大神派と旧来の四大神派に分かれて脚を引っ張り合うのであった。良識ある一部の神官は神の如き力に現実を認められず、田舎に隠遁した。

 

騎士団からは騎士団を退団したいと望む者が数%。実に見ただけで数%の者が勇気を失った。更には夜に眠れぬ不安を訴える者が発生し、報告では精神不安定者が数百人規模で出ていると言う。一人を育成するだけでも多大な資金を掛けた騎士がこの様である。それでも帝国魔法省を辞したいと言い出した魔法使いよりはマシであろう。魔法詠唱者一人を育てるのにどれだけの手間暇を掛けたと思っているのか。

 

誰があんなものと戦えと命じるだろうか。あんな者と戦おうなどと言うのは蛮勇を通り越して、狂人だ。騎士団や魔法省、神殿などの上層部が、それぞれ連名で戦わないでほしいと報告書を上げてくるまでもない。

 

この翌年から、水害も減り、農産物の収穫量も過去最高になるなど帝国に多大な利益をもたらした治水工事は、同時に帝国の多方面の精神に多大な被害をもたらしたのだった。

 

まさに神の御業であった。

 

 

/*/アインズ・ウール・ゴウン魔導国大使館

 

 

「ワーカー、フォーサイト……だったな。災難だったな。まー助けたからには最後まで面倒みるから心配するな」

 

赤、黒、濃紺などの落ち着いた色味で統一された重厚な装飾の執務室で、どさりと椅子に腰かけたジョンは目の前の4人へ語りかけた。

闘技場で助けた冒険者はプレートをつけていなかった。見立て通り冒険者のドロップアウト組ワーカー。

報酬に釣られて、嵌められたらしい。

 

「閣下……ありがたいのですが、どうしてここまで?」

「ん?俺も昔、助けられた事があるからな。その恩返しだ。先達から受けた恩は後に続くものに返す。そういうもんだろ」

 

善意の連鎖。ワーカーなどをしていると忘れそうになるそれを何でもないように言われ、言葉に詰まるヘッケランだった。

 

「ロバーデイクだったか?エ・ランテルに50名規模の(ラナーの)孤児院があるんだが、人手が足りなくてな。そこに就いて貰えると助かるな。ヘッケランとイミーナはエ・ランテルに今度出す店の店主をやって貰えると助かる。魔法の道具を扱う店も出す予定だから、アルシェにはそっちをやって貰いたいな」

 

もう、ワーカーはこりごりだろ?そう朗らかに笑い言葉を続ける。

 

「一番、めんどくさそうなアルシェの実家の借金問題も任せろ。親の借金で子供が苦労するとか見てられないわ」

 

リアルで苦労した事があるのか、しみじみとジョンは言う。

殺っちゃうのが一番簡単なんだが、それは嫌なんだろ?

ふるふると頭を振るアルシェに、まぁそれでも親だからな。思いきれないよなぁと、経験したような重みのある呟きを返した。

 

/*/

 

帝都の一区画である高級住宅街は、広々とした敷地に古いながらもしっかりとした、かつ豪華な作りの邸宅が立ち並んでいた。歴史を感じさせながらも、決して古臭くない家屋の住人は、当然の如く大半が貴族だ。

帝都でも非常に治安の良い区画で、閑静な街であるが、今日のフルト家は少々騒がしかった。

 

「お前たち、一体なにをしている!誰の許可を得て屋敷に入ってきているのだ!」

 

アルシェの父親が唾を飛ばしながら怒鳴っていた。屋敷の中には鑑定人と思しき者が複数入り込み芸術品や家具などの査定を行っている。

 

「そんなの決まってる。ジルの――エル=ニクス陛下の許可を得てだ」

 

ジルクニフに書かせた許可証をぴらぴらと振りながら、ジョンがアルシェの父親へ言う。

 

「亜人が!あの糞っ垂れな愚か者の威を借るか!……」

「お前、もう五月蠅いよ。〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉」

 

そもそも俺は異形種だし、と思いながら静かになったアルシェの父親を横目に鑑定人の結果を待つ。

 

「そっちの母親の方はどうする?どっかでメイドでもするか?魔導国にくるなら、メイドの口くらい探してやるぞ」

「それは……」

 

口ごもったアルシェの母親を放って置いて、鑑定人が持ってきた見積に目を通す。

「これくらいか。思ったより貯め込んでいたものだ……芸術品の目利きは出来るんだな。――アルシェ!」

ジョンから屋敷の売却見積を受け取ったアルシェは、それを上から下まで熟読すると執事のジャイムスに渡した。

 

「――これでどうにかなるだろうか?」

 

書類を受取、中身を同じように熟読したジャイムスの顔が僅かばかりに緩む。

「給金、商人への返済……皆の解雇手当……十分なんとかなると思います、お嬢様」

「――良かった」

アルシェも安堵の息を漏らす。雇ってる者たちへの手当も十分に出してやれると知って。

ジャイムスが寂しそうに微笑む。動揺はもうなかった。いつかはこんな日がくると覚悟していたのだろう。

 

「旦那様、奥様。長い間お世話になりました。おさらばです。……願わくば、お二人に神のご加護がありますように」

 

万感の思いを込めたジャイムスの一礼だった。その一礼に思うところがあったのだろうか、アルシェの母親が口を開いた。

 

「……私も娘たちとエ・ランテルへ行きます。大使閣下、メイドとしての働き口。どうかよろしくお願いいたします」

 

「分かった。働く意思があるのなら、悪いようにはしない」ジョンはパチンと指を鳴らすと父親の〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉を一旦、解除した。

「それで、お前はどうする?働くか?」

 

「我が家は百年以上に亘って帝国を支えてきた歴史ある貴族家だ!亜人の指図など受けん!我が家は決して……「〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉お前の気持ちは良く分かった」

怒りのあまり魔法で束縛された事もどこ吹く風。また唾を飛ばして喚き出した父親にうんざりしながら、ジョンは〈人間種束縛(ホールドパーソン)〉を掛け直すと連れてきていた人足に声を掛けた。

 

「それじゃその旦那を新しい家まで届けてやってくれ。魔法はそのうち解けるから、家の中にでも転がしてきて良いぞ」

 

威勢の良い返事が上がり、人足二人が彫像を持ち上げるようにアルシェの父親を持ち上げると応接室から運び出していった。それを眺めながら、ジョンはアルシェに声を掛けた。

 

「父親はどうしようもなかったが、母親は勇気あるな」

「――うん。少し、見直した」

 

 

/*/エ・ランテル行政区

 

 

エ・ランテル行政区の都市長が勤めていた執務室は今はラナーが使っていた。〈黄昏の姫君(オレンジ・プリンセス)〉などと言う二つ名を付けられてしまったが、クライムを正式に自分のパートナーとしてくれた事には感謝していた。魔導国の支配地となり、毎日忙しく事務仕事をしているラナーに今日は客人が訪れていた。

 

アダマンタイト級冒険者"蒼の薔薇"が面会に訪れたのだ。

 

案内されてきたのはラキュースだけではなかった。文字通り"蒼の薔薇"全員が通されてきた。ラキュースだけはドレスを着ているので、貴族の令嬢とその護衛の兵のようだ。

クライムは少しばかり驚く。

全員で来るというのは非常に珍しい。今まで一度も見た事がなかったかもしれない。

 

「ありがとう、ラキュース。また会えるとは思いませんでした」

「いいのよ。私もまた会えるとは思っていなかったから、嬉しいわ」

 

クライムが用意したお茶をラナーが淹れようとする。

 

「都市長……いや、太守だったか?メイドの一人もいないのか?」

 

声を発したのはイビルアイだった。イジメでも受けているのかと心配するようにラキュースの眉が寄せられる。

「イビルアイ、失礼よ」

「いいのよ、ラキュース。ここまで見てきて分かってると思うけど、魔導国では内政にもアンデッドを多く使っているから、その所為でメイドのなり手がいないの」

 

既にエ・ランテルの中ではデス・ナイトが警備をし、ソウルイーターが荷車をひき、エルダーリッチが内政を行っている。

ラナーが太守になった事で、パナソレイなどの一部の骨のある人材が残ってくれたが、メイドにまでそれを求めるのは酷だった。

 

「確かにな。私も入国審査で驚かされたぞ」

 

ガガーランが入国審査で説明と面通しされたデス・ナイトの件を思い出し、心底驚いたと言う顔をする。

 

「ええ。それでも私にはクライムがついていてくれます。クライムには申し訳ないけれど、本当に救われています」

そう言ったラナーとクライムの背には黒い翼があった。蝙蝠のようなそれはパタパタと動いている。

「魔導王の力で変えられてしまいました。今の私たちは人ではなく――悪魔です」

 

ラキュースたちの目が見開かれる。

 

「私は一人で永劫の時を生きるのが辛くて、クライムを巻き込んでしまいました……」

クライムの手がラナーの肩にそっとおかれる。ラナーの繊手がクライムの手に重なり、言葉が続く。

「無様な話です。こんな私にクライムがついてきてくれる事に喜びを感じてしまう、愚かな女なのです」

 

「ラナー……人間に戻る方法はないの……?」

 

友の背負った過酷な運命に瞳を潤ませ、ラキュースが問う。答えたのはイビルアイだった。

 

「儀式魔法などで人を捨てた者が、人に戻ったと言う話は聞いた事がない。……戻れない、と言うのが世界の常識だ」

 

望まずにアンデッドとなったイビルアイの言葉には何者も口を閉ざすしかない重みがあった。

 

「……それで皆さんは、どのくらいこちらに滞在するのですか?」

重い空気を変えるようにラナーが口を開いた。

「黄金の輝き亭に滞在しているわ。なにかあったら使いを寄越して頂戴。ザナック陛下にエ・ランテルの様子を見てきてほしいと頼まれているから、しばらくは滞在する予定よ」

「エ・ランテルにホームタウンを移してくれるわけではないのですね」

ラナーが寂しそうな表情を作ると、ラキュースは困ったように笑った。

 

「こっちには"漆黒"もいるしね。叔父さんが帰って来なかったから、王都のアダマンタイト級は私たちだけになってしまったし」

「朱の雫は解散ですか?」

「まだ相談中みたい……逃げ出したくなったら、いつでも言ってね。私に出来る事なら何でもしてあげるから」

 

「ありがとう、ラキュース。でも……私は逃げません。王家に生まれた者として、この地に生まれた人々が不安なく生きられるようにする責務があります」

 

生命ある限り、こう生きてやろうと決意したラナーの笑顔を眩しいものを見るようにラキュースは瞳を細めた。勿論、その裏にあるラナーの本当の望みなど、この場の誰も知る由もなかった。

 

 




フォーサイトは解体(物理)されなくて良かったね!
ラナーちゃんは大きな猫を被って、忠犬を飼ってます。


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第48話:受けて見よ!されば天位をくれてやろう!

/*/武王の受難の日

 

「いやーこんな陽の光が降り注ぐ中で戦うなんて初めてだわー」

 

クレマンティーヌはぐるっと周囲を見回した。戦いやすく平らに均された地面に気持ちの良い太陽の光が降り注いでいる。

見上げれば、ナザリック第6層のような円形闘技場に満場の大観衆だ。

 

まさか、自分がバハルス帝国の闘技場で武王と戦う事になるとは。

 

力試しと〈神獣様(ジョン)〉は言っていた。確かに地力が上がった今、かつては自分が互角に戦えるだろうと見ていた存在と戦うのは自分の成長を知るのに良い機会だろう。

 

『今日の挑戦者は先日武王を下したアインズ・ウール・ゴウン魔導国大使ジョン・カルバイン閣下の弟子ともペットともされる女性、クレマンティーヌだぁッ!!』

 

ペット言うのか。進行係の紹介に誰が何を言ったのか少しばかり気になりながら、クレマンティーヌは陽の光を浴びる北の入り口を眺める。

 

割れんばかりの歓声が湧き上がる。通路からゆっくりと武王が姿を見せる。巨大な棍棒に全身鎧。身長は2m後半だろう。その難攻不落の要塞のような姿が日の光を浴びると、闘技場の歓声が更にもう一段大きくなった。

 

クレマンティーヌは自身の武装を再確認する。

 

かつては殺した冒険者たちのプレートで飾った〈軽装の鱗鎧(ビキニアーマー)〉だったが、今は竜鱗を魔化した〈軽装の鱗鎧(ビキニアーマー)〉。アダマンタイトより丈夫らしいスティレットが4本、同じ素材のモーニングスター。防御の魔法の込められた指輪に耳飾り、移動速度向上が込められたブーツと法国にいた時よりも装備が整っている。

 

「まーそれでもー、スティレットでウォートロールって相性最悪だよねー」

 

強い再生能力のあるトロール相手では、スティレットのような小さな傷を与える武器は相性が悪い。バラバラにしても再生するような相手と戦うなら、打撃武器で潰してしまうと再生が遅くなり戦い易いのだ。それでもトロールは死なないが、その間に焼くなり逃げるなり出来る。

 

観客の歓声もぺしゃっと真っ赤な花が咲くことを期待するような歓声が混じっている。

 

神獣様はよっぽど力を見せつけてくれたのだろう。こっちが幼気な少女の姿をしてるってのに武王には一片の油断も見られない。

クレマンティーヌがゆっくりと姿勢を変えていく。クラウチングスタートのポーズに近いが、立ったままでの異様な姿勢だ。ある意味、可笑しくもあるポーズだが、しかしそれは決して油断できる構えではない。

 

「そんじゃー行きますよー」

 

限界まで引き絞られたバネが弾けるようにクレマンティーヌが一直線に駆け出した。土煙を置き去りにし、瞬く間に間合いを詰めたクレマンティーヌに武王の棍棒が振り下ろされる。

「〈剛撃〉〈神技一閃〉」

「〈流水加速〉〈超回避〉」

武王の武技の一撃をクレマンティーヌは〈流水加速〉でスピードを維持したまま滑らかな動きで掻い潜る。亀裂めいた笑みが武王の視界の中で大きくなる。

 

一閃の煌きが起り、スティレットが武王の鎧を貫通し、武王の皮膚を貫き、武王の身体に突き刺さる。

 

「〈外皮強化〉〈外皮超強化〉」

 

武王の武技が発動し、内部から何かが放出されたように、スティレットの先端が押し返される。

クレマンティーヌの一撃は、ほんの少し――かすり傷程度しか与える事が出来なかった。トロールの再生能力を以てすれば数秒で癒えそうな薄皮一枚の傷。

武王が安堵したのは間違いないだろう。クレマンティーヌを振り払うべく迫る棍棒の速度にそれがあった。

 

「――起動」

「ご!ごわぁあああああ!!」

 

魔法が解放され、カジッチャンに込めさせた〈火球(ファイヤーボール)〉が突き立った場所から武王の身体を焼く。そのまま突撃の勢いで武王の後方に離脱すると10mほど離れて向き直る。

棍棒を持った手で肩口を押さえた武王のもう一方の手はだらりと垂れ下がり、動く様子が見受けられない。しばらく腕を封じる事に成功したようだ。

 

武王が圧倒的に不利な立場になったと見た観客から悲鳴に近い声援が巻き起こる。同時にクレマンティーヌを応援する声も出始めていた。

 

「ごっめ――ん。ちょ――っと私が強すぎたねー」

 

スティレットを抜き直して、別の魔法が蓄積されたものと交換しながらクレマンティーヌは余裕たっぷりに武王を挑発する。

 

そして――そのまま、武王に反撃を許さずにクレマンティーヌは勝利したのだった。

 

 

/*/

 

 

ブレインの刃が振り抜かれる。

 

日本刀のようなその刀身を持つ刀は、ここでは神刀と呼ばれる。

ブレインの持つその神刀を見るものは魂を吸い込まれるような感覚を覚えるだろう。それほどに綺麗な作りだ。刃紋はぼんやりと輝いているようで、それに対比し地の部分は深みある黒色。刀身には仄かな青の冷気が漂っていた。

 

チン!

 

と、鈴のような澄んだ音を響かせ、神刀が鞘に収められる。

ブレインまで3mほどに迫っていた武王の鎧――その頭部がずるりと中身ごと落下した。

 

遅れて、武王の身体が前のめりに倒れていく。

 

闘技場から悲鳴が巻き起こった。遅れてブレインの絶技を讃える大歓声が爆発する。

そんな大歓声を受けても、最強秘剣〈爪切り〉を振るって闘技場最強を謳われた武王を倒しても、ブレインの心に喜びは湧き上がってこなかった。

 

「……強さってなんだろうな」

 

 

 

/*/クレマンティーヌの受難の日

 

 

 

闘技の終わったその日の夜。オスクの主催で宴が開かれていた。

招待されたジョンたちは乾杯の後、それぞれに散らばって盃を酌み交わす。

 

「何度も勝ってすまないな」

そうは思ってないジョンはオスクへ盃を見せた。

「いえいえ、おかげ様で武王への挑戦者が増えて助かっておりますよ」

意味深なオスクの笑みに、ジョンは肩をすくめた。

 

「愚かだな。武王が弱くなったんじゃなくて、相手が強かっただけなのにな」

「1つの真剣勝負は100の鍛錬に勝ると聞きます。武王も鍛錬に力が入ります」

 

真剣勝負を鍛錬にされては相手は堪ったものじゃないなと笑い合う。

 

「ところで――9代目武王となりませんか?」

 

「ならんならん。俺に寿命は無いからな。成ったら、代替わりがなくなって詰まらないぞ」

「そうなのですか?」

「そうだよ。それより……面白い話を聞いたんだが」

 

面白い話……でございますか?オスクは目をぱちくりとさせてみせる。本当にわかっているのかいないのか。幾つかある噂のどれか考えているのだろう。

 

「うん。こないだ俺が飛び入りした事もあって、なんでもジルも……陛下も、闘技に出場しないかとの期待の声があるとか聞いたんだがな」

「ああ、その話でございますか。確かにそのような声は若いお嬢さんなどから出ておりますな。……しかし、陛下は戦士としての鍛錬はお積みではない筈」

 

駄犬(ジョン)〉は、にやりと笑うと幾つかの魔法を発動させる。

 

「こうすればどうだ?ジルそっくりだろう」

「た、確かに……しかし、その、不味いのでは?」

 

「ジルの人気取りに協力しようかと思ってな。今度、ジルと観戦する時にな……」

ごにょごにょとオスクに内緒話をするジョンに、面白そうにオスクは何度も頷く。

「おお!おお!!なるほど!それは面白い!!」

 

是非とも協力させていただきます!と、〈駄犬(ジョン)〉と〈興行人(オスク)〉は、がっちりと握手を交わす。

 

ジルクニフの明日はどうなる!?

 

 

/*/

 

 

クレマンティーヌの杯へ酒を注ぎながら、オスクは至極真面目に問い掛ける。彼は本気だった。

「貴女ほど強い女性は見た事がない。どうです?うちの武王の嫁になりませんか?」

 

「「ふはぁッ」」

 

オスクの言葉にクレマンティーヌと武王が同時に噴き出した。

 

「ないないないないありえない。あんちくしょうじゃあるまいし、どーしてウォートロールに抱かれなきゃならないのよ!?」

「そうだぞ。人間など勘弁してくれ。俺はそんな変態的嗜好じゃない。そもそもお前が欲しいのは俺の子供だろう?」

 

「それなら、神獣様のところにウォートロール(♀)がいるからそっちにしてよー!万一シャルティア様の耳に入ったら、どーしてくれるの」

 

ウォートロールの女がいるとの事にオスクは反応した。

 

「……ほほう。それでそのウォートロール(♀)は強いのですかな?」

「え?いや、全然」ぱたぱたと手を振って否定するクレマンティーヌ「……まぁ強いのがいいなら、鍛えれば良いんじゃないかなー」

 

「……俺たちトロールからすれば、人間は食料だからな。嫁が平然と人間を喰うぞ」

やれやれと武王は口にする。基本的にトロールは動くものは何でも食べてしまう悪食なのだ。

「それは心配ないんじゃないかなー。神獣様が他種族と共存できるようにって教育したから、人間、ゴブリン、オーガなんかと暮らしてるよ」

 

「武王!魔導国へ行くぞ!お前の嫁取りだ!!」

 

オスクの瞳に強い炎が燃え上がっていた。

 

 

 

/*/ジルクニフの受難の日

 

 

 

滅多に来ない皇帝の続けての来訪に貴賓室も喜んでいるようだった。

ジョンに誘われての観戦だったが、今日はニンブルとバジウッドの他の警備は通常のシフトであり、メイドも控えていた。

魔導国の側は見えている範囲ではジョンとルプスレギナ。そして護衛を兼ねたレイナース。

 

ジョンの武王を一蹴する戦闘力や、水路を掘る時に見せた巨大な姿〈雷の暴風〉を見る限り、護衛はジョンの為ではなくルプスレギナの為なのだろうとジルクニフは思っていた。

 

まさかルプスレギナも常識外れの戦闘力を持っているなど思いもしない。

 

そして、幾つかの試合が繰り返されて、今日の大一番となった。

武王ではないようだが、また対戦相手がシークレットとなっている。どうせ、また〈駄犬(ジョン)〉が乱入するつもりなのだろう、とジルクニフは思って〈案内書(パンフレット)〉を眺めていた。

 

 

 

『不敗の天才剣士がやってきた!冒険者では物足りない!』

『俺に敗北を教えてくれ!ワーカー!天武のエルヤー・ウズルスだぁッ!!』

 

 

 

『奴隷の扱いに物申したい!人も亜人も余の配下ッ!』

『大臣と護衛の騎士たちには内緒だぜッッ!ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下だぁ!!』

 

 

 

「ぶほぉッ!?」

 

 

 

突然の進行係からの指名にジルクニフは飲み物を噴き出した。皇帝として取り繕う余裕もない完全な不意打ちだった。

 

「ごほッ!ごほッ!」

「へ、陛下。大丈夫ですか!?」

「な、何事だ!?どういう事だ!?」

 

「我が友ジルよ。ここは俺に任せろ」

 

まったく安心できない。任せられない。任せたくない声だった。

嫌な予感しかしないが、自分を友と呼ぶその声に振り返ると、そこには自分がいた。

 

「……は?」

 

ジルクニフ(ジョン)〉は貴賓席から立ち上がり、観衆にその姿を見せつけながら穏やかな表情で手を振ると、市民からは大歓声が、若い女性からは悲鳴のような黄色い声援が上がった。腰に1本の長剣を佩いた〈ジルクニフ(ジョン)〉は大きく跳躍すると闘技場の中央へ舞い降りた。

 

ジルクニフ(ジョン)〉が持つ長剣は、ジョンがバハルス帝国で遊んでいる間に、ドワーフの国へ冒険にいったモモンガが手に入れてきたものだ。職業的制約に関わらず装備できる魔法の長剣は玩具にぴったりだった。

 

ドワーフとの交易やドラゴンとの邂逅など、心躍る冒険を堪能してきたモモンガを羨ましく思ったが、だからといって新婚旅行の途中で、新妻を放って冒険に行くわけにもいかない。

 

「……亜人奴隷の扱いなど持ち主次第では、皇帝陛下?」

「ものには限度があるのだよ。それに……私は人間以外とも友誼を結べる事を知ったのでね。君は私の治める国に不要だ」

「それを私が認めるとでも?」

「君の意志など聞いていないとも。私こそが皇帝であり、私の決断が、バハルス帝国の決断なのだ」

 

不満があるなら剣で語りたまえ……天才剣士なのだろう?と〈ジルクニフ(ジョン)〉は美麗な装飾が施された長剣を抜くと、エルヤーに突きつけた。

 

「皇帝如きが天才剣士である私に敵うとでも思っているのですか」

「無知とは恐ろしいな。皇帝の真の力も見通せぬ眼で天才剣士とは笑わせる」

「ならば、皇帝を私の足元に跪かせましょう!」

 

エルヤーが走り出し、〈ジルクニフ(ジョン)〉も走り出す。お互いの体重を込めた一撃が、火花を散らす。

 

刀と長剣がぶつかり合う。

重く高い金属音が響き渡る中、武器に込められた相手の動きや狙いを読み、少しでも有利になるように動く。刀身に沿って刀を走らせたり、即座に引いて突きに切り替えたりという具合にだ。

そうすることで結果、効果的なダメージを与えるチャンスが生まれてくる。

 

ぶつかり合いながら、即座にフェイントを交え、互いの死角を突こうと動く。刃がぶつかり合う音が止まずにどこまでも続く。何十合とのぶつかり合いに激しい金属音は一つの音のように響き渡った。

 

一見、互角のぶつかり合いに観衆が大いに沸き立った。

 

しかし、有利なのはエルヤーだ。見る者が見れば〈ジルクニフ(ジョン)〉の方は長剣を振るうのが一瞬遅く、判断に時間が掛かっているように見える。数十合の打ち合いの末、〈ジルクニフ(ジョン)〉の身体をエルヤーの刀が捉える。噴き上がる鮮血に闘技場から悲鳴が上がった。

 

数度、〈ジルクニフ(ジョン)〉の身体をエルヤーの刀が斬撃を加えた頃、と、と、と、という感じで〈ジルクニフ(ジョン)〉が後退する。絶好の機会だというのにエルヤーは追撃をかけない。それは剣の腕の差を認識したからこそ来る余裕の為だ。

 

「大した事が無い!」

 

エルヤーは強く断言した。

短い時間の攻防だが、刃を交えたおかげで〈ジルクニフ(ジョン)〉の実力をほぼ把握できた。そこそこは強いが、この程度の強さなら何の問題もない強さだと理解して。

 

「ふふ、なら……少し力を込めていくぞ」

 

ジルクニフ(ジョン)〉が僅かに身構え、踏み込む。

 

「なッ!?」

 

先の踏み込みが嘘のような人間を凌駕した踏み込み。その踏み込みから続く、閃光のような一撃に武技を使いなんとか視認できたエルヤーが負けじと刀を合わせる。

刀と剣がぶつかり、激しく火花を散らせる。甲高い音で刀が悲鳴をあげる。2つの刃がぶつかるあまりの勢いに、刀の刀身が僅かに欠け、火花と共に飛び散った。

 

「ぐぅ!」

 

エルヤーは歯を噛み締め、軋む手で次の〈ジルクニフ(ジョン)〉の攻撃に合わせ、刀を振るう。

再び、火花が飛び散り、金属音が響き渡る。

 

再び、〈ジルクニフ(ジョン)〉が後退する。

 

やはりエルヤーは追撃しない。余裕ゆえではない。碌に刀が持てないほどに、ビリビリと手が震える為だ。もしも、もう一度打ち込まれていたら、無様に刀を落としていただろう。驚愕の表情を隠しきれないエルヤーに、悪戯っぽい笑みを〈ジルクニフ(ジョン)〉は向ける。

エルヤーが無様に叫ぶ。

 

「き、汚いぞ!何をした!」

「汚い?……少し力を込めただけだぞ?」

「嘘を言うな!そんな肉体能力があるものか!魔法を使っただろう!」

 

魔法を使ったからと言って何か問題があるわけではない。時間を掛けて修練を積み、技術を磨き、装備を集め、全てを以て戦うのだ。持っているものを使って、何の問題があるだろうか。〈ジルクニフ(ジョン)〉はエルヤーの豹変したような態度に首を傾げる。同時に「ああ、こんなプレイヤーいたなぁ」と少し懐かしく思い出していた。

 

エルヤーからすれば、〈ジルクニフ(ジョン)〉の肉体能力の向上はイカサマだ。全ての剣士はエルヤーに負ける為に存在するのに、今、〈ジルクニフ(ジョン)〉はエルヤーを凌駕した。それは決して許されるものではない。

 

「おまえら!何をぼうっとしてる!魔法をかけろ!1人であんな力が出せるものか!誰かに魔法を掛けてもらったからに違いない!」

森妖精(エルフ)〉奴隷に口汚く罵りながら命令する姿には、開戦前の余裕はどこにもなかった。

 

エルヤー――自らの主人からの命令に慌てて、〈森妖精(エルフ)〉奴隷たちが魔法をかけ始める。

肉体能力の上昇、剣の一時的な魔法強化、皮膚の硬質化、感覚鋭敏……。無数の強化魔法が飛ぶ中、〈ジルクニフ(ジョン)〉はその様を黙って見つめる。

幾つもの魔法による強化がされていくにしたがい、エルヤーの顔に再び軽薄な笑みが浮かびだす。

 

「馬鹿が!余裕を見せたな!お前が勝つにはとっとと攻撃するしかなかったのにな!」

 

膨大な力がエルヤーの体を走る。

 

今までこれだけの魔法による強化を受けたとき、敗北したことは決してなかった。それがどれだけ強大な敵でもだ。

ブンと刀を振るう。通常よりもかなり速くなった剣閃だ。これなら〈ジルクニフ(ジョン)〉にも互角……いや互角以上に戦えると自信を持って。

 

「武技!〈能力向上〉〈能力超向上〉!!」

 

自慢の武技だ。特に能力超向上は通常、エルヤーのレベルでは取得できない武技だ。

(それを取得できるからこそ天才!俺はやはり強い!)

剣を振るう。身体が軽く、動きがスムーズだ。イメージをそのままトレースしたように刀が動く。

にやりとエルヤーは笑った。今度は自分の番だと。

 

刀と長剣が交差する。

 

高速で繰り返される斬撃に甲高い音が再び響き渡る。しかし、血が噴き上がったのはエルヤーの方だ。小手先の技術で勝っていても、根本的な力と速度で追いつけない。

 

接近戦は不利。

 

肉体能力を高めても、それでも〈ジルクニフ(ジョン)〉の方が優れている。ならば――〈縮地改〉で一気に後方に下がる。

ジルクニフ(ジョン)〉が追ってこない内にエルヤーは刀を上段に構え、振り下ろす。

 

「〈空斬〉!」

 

刀を振った延長上に風の刃が生まれる。陽炎のように揺らめきを残しつつ、高速で飛来するそれは〈ジルクニフ(ジョン)〉の胸部を切り裂く――。闘技場に悲鳴が響いた。

 

〈空斬〉を連続で使用する。飛距離がある分、ダメージ量が下がっている。これで致命傷は難しい。

釘付けになった〈ジルクニフ(ジョン)〉は先ほどの位置から動かずに、両手を交差させて防御一辺倒になったように見える。

 

「これが天才とそうでないものの差です!」

「……風の刃の手本をみせてやろう」

 

ズンと大気が震えた。

 

交差した腕が大きく振るわれた。

振るった腕が風を巻き起こし、突風と衝撃波が〈ジルクニフ(ジョン)〉を中心に半円形に広がり、周囲を喰らい尽くす。衝撃波が走ったのは一瞬だったが、その結果は歴然として残る。

 

「いぎゃああああ!」

 

巨大な〈真空斬り(ソニックブレード)〉の衝撃波に巻き込まれたエルヤーは全身を切り刻まれ、肉が引き裂かれた。同時にべきべきと骨がへし折れる音が身体の中から響き、激痛が電撃のように脳髄目掛けて走った。

痛みの余り口からネバついた涎を垂らしながら、エルヤーはよたよたと立ち上がる。

 

不味い。

エルヤーは悲鳴をかみ殺す。

こんな状態で攻撃されては負けてしまう。

 

「お!お前ら!何をぼうっとしてる!魔法を掛けろ!治癒だ!治癒魔法を寄越せ!はや、はやく奴隷ども魔法を掛けろ!」

 

自らの主人からの命令に慌てて、〈森妖精(エルフ)〉の一人が魔法を掛け始める。全身の痛みは抜け落ちるようになくなる。

 

「まだだ!もっと強化魔法を寄越せ!」

 

肉体能力の上昇、刀の一時的な魔法強化、皮膚の硬質化、感覚鋭敏化……無数の強化魔法が飛ぶ中、〈ジルクニフ(ジョン)〉は静かに様子を眺めていた。

 

「……もう終りか?」

「ぬかせ!」

 

エルヤーは突進する。全身に漲ったこの力で一気に潰してやると。〈縮地改〉を使いつつ、牽制に〈空斬〉を放つ。

怒号と共に刀を全力で振り下ろす。

全力で振り下ろされた刀は――

 

 

 

「受けてみよ! されば天位をくれてやろう!」

 

 

 

エルヤーの刀よりも速く走った長剣が、巨大な〈真空斬り(ソニックブレード)〉を生み出し、同時に突進した〈ジルクニフ(ジョン)〉の斬撃が、〈真空斬り(ソニックブレード)〉に追いついて、エルヤーの身体で炸裂する!

 

 

全てがバラバラになったような衝撃を感じて、エルヤーの意識が消滅し、闘技場に真っ赤な花が咲いた。

 

 

「ふッ……また詰まらぬものを斬ってしまった」

 

 

バラバラとエルヤーだったものが降り注ぐ闘技場の中、ビュンと長剣を振るって、血と脂を飛ばすと〈ジルクニフ(ジョン)〉は長剣を鞘におさめる。

武王のそれを上回る大歓声が闘技場を包み込んだ。

拳を掲げる〈ジルクニフ(ジョン)〉の姿に観客の熱狂はおさまる様子もなく、やがて「皇帝陛下!バンザイ!」の声が上がり始めて、その声は途絶える事が無かった。

 

 

/*/

 

 

この一件からバハルス帝国の皇帝より一流の戦士の証として、「天位」が授けられる事になったと歴史書には記されている。

 



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第49話:休日は闘技場で僕と握手!

/*/バハルス帝国皇帝執務室

 

 

「爺から手紙だと……今更なんだと言うのだ……」

皇帝執務室で、ジルクニフは魔導国から届いたフールーダ・パラダインからの手紙を開封すると、そのまま内容を確認する。

真剣な表情で手紙を読む皇帝。段々と難しい表情になっていく。

 

「へ、陛下……?」

 

「……爺は魔法の深淵を覗き込む充実した日々を送っているそうだ。それで用件だが、魔導国で功績をあげたものが、知識を学びたいと願い。そのものを帝国魔法学院に留学させたいので便宜を図って欲しいとの事だな」

 

魔法を学ぶなら魔導国の方が勝っている筈。何故にわざわざ帝国魔法学院に留学などしようとするのか?

考え込むと、直ぐに胃が痛く、重くなる。

机の引き出しを開けて、ポーションの瓶に〈一角獣の指輪(リング・オブ・ユニコーン)〉を近づけると毒物などの反応が無い事を確認し、一息に飲み干す。

じんわりと胃の痛み、重さが緩和されていくのを感じながら、周囲を見回す。

 

「どう思う?」

「……魔法ではなく我が国にしかないもの……例えば人の歴史などを学びたいと言う事でしょうか?」

「歴史か……歴史なども彼らの方が長く重いものを持っていそうだがな」

 

爺が推す人物だ。間違いはないだろうが、念を入れて部屋など用意しておいてやれ。

 

鮮血帝の命令に側近たちが返事を返す。

しかしだ。

魔導国は「もの」と言ったが「人間」とは言ってなかったと、彼らが知るのはもう少し先になる。

 

 

 

/*/帝国魔法学院正門

 

 

 

帝国魔法学院の正門に今日は大仰な……そこにいる人物が誰かを知れば、決して大仰でもない……警備が敷かれていた。

闘技場の一件で人気がうなぎ上りな鮮血帝と魔導国大使ジョン・カルバインである。

 

「我が友ジョンよ。留学生は直接くるのか?」

「ああ、自分で飛んでくるとの話だったから、そろそろの筈だ」

 

直接に跳んでくるとの話にジルクニフは、アインズのように〈転移門(ゲート)〉を使って移動してくるのを想像していた。

なるほど、それほど高位の魔法が扱えるなら、魔法ではなく歴史を学びに来たいと言うのも本当なのかもしれない。

しかし、そんな、フールーダも到達し得なかった魔法を扱えるものを帝都に入れて本当に良いのだろうか。どうにか安全を保障させる事は出来ないだろうか?

 

今日もジルクニフの優れた頭脳は回転しっぱなしだった。

 

「ああ、来たな」

 

ジョンがそう言って顔を向けたのは、方角的にエ・ランテルの方角だった。ジルクニフ達もそちらに顔を向けるが、街並みと青空が広がるばかりだ。

 

「……すまない。私には見えないようだ」

「ああ、もう少しすれば見えるようになる。あそこだ」

 

指差したのは空の一角。

しばらく見つめていると、黒い点のようなものが段々と大きくなってくる。

 

ああ、跳ぶでは無く。飛ぶだったのか。とジルクニフが思っている内に護衛の目の良いものから声があがる。

 

「陛下!(ドラゴン)です!(ドラゴン)がきます!」

「……」

 

ああ、(ドラゴン)か。

また力の差を見せつけるのか。

全てを悟った賢者のような面持ちで、ジルクニフは空を見つめ続ける。

 

「へ、陛下?」

「魔導国からの留学生殿だろう。皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)に通達。あがる必要はないと伝えよ」

「はっ!」

 

側近や護衛の者たちは、(ドラゴン)にも動じぬ自分たちの皇帝に頼もしさを感じるのだった。

やがて、翼をはためかせ、地響きを立てて(ドラゴン)が目の前に着陸してくる。

 

儀仗兵が剣を掲げ、留学生を歓迎するが、待っても(ドラゴン)からは誰も降りてこない。

 

「……?」

 

「よく来たな。お前がヘジンマールか?」

「はい。私がヘジンマールです。これからお世話になります、閣下。それに陛下」

 

ジョンの誰何に青白い鱗の(ドラゴン)が口を開き、人間の言葉を発すると軽く頭を下げた。

 

「ヘジンマール……(ドラゴン)だったのか」

「ジル?」

「いや、すまない。てっきり人間かそれに類する種族だと思っていたのでね。我が国では(ドラゴン)を迎えた経験がないので、その、どう遇すれば良いかなと思ってね」

 

ジルクニフに納得したようにジョンは頷くと、ヘジンマールへ〈人化〉するように命じる。

(ドラゴン)は〈人化〉する事も出来るのかとジルクニフが驚いていると、ヘジンマールが申し訳なさそうにジョンに答えていた。

 

「申し訳ございません、閣下。私はそのような魔法を取得してないのです」

「それじゃ図書館にも入れないぞ?仕方ない。留学前に特訓だな!」

 

今日はひとまず大使館の庭で過ごせ、とジョンはヘジンマールの背中に飛び乗る。

 

「ジルクニフ、留学まで少し時間を貰うぞ。今日はすまなかったな」

 

そう言い残すとヘジンマールはジョンを乗せて大使館の方へ飛び立っていった。

 

 

「へ、陛下……」

(ドラゴン)の留学生か。これは帝国魔法学院の箔付けになるのだろうか?……どう思う?」

 

 

ジルクニフの問いに気の利いた答えを返す事が出来たものは、その場にいなかった。

 

 

 

/*/闘技場

 

 

最近、入りびたりのような気もする闘技場にまた来てしまった。

ジョンは周囲をぐるりと見回す。今日は闘技が行われない日で客席には興行人(マッチメイカー)や訓練にきている剣闘士の監督役(トレーナー)が少数いるだけだ。

 

その彼らが上空を見上げて、あんぐりと口を開く。

 

フロスト・ドラゴンは(ドラゴン)種の中では決して大きな種では無いが、それでも間近で見上げるヘジンマールの威容は人々の心を打つものがあった。地響きを立てて、ヘジンマールが着地する。

 

「お待たせしました、閣下」

「うん。しかし、昨日も思ったが、お前は着地下手だな」

「普段、あまり長距離を飛ぶことがないので……朝から翼を動かす筋肉が痛いです」

 

筋肉痛になったと告白するヘジンマールに、ジョンは鍛え甲斐があると笑って返す。「ルプー、ヘジンマールに《高速自然治癒》を」その声に応じて、ヘジンマールに魔法が掛かる。

 

「さて、そうなると強さだけじゃなくて、翼も含めて全体的なビルドアップが必要だな。戦うのも苦手と言うし、自分より大きなものに挑む心。恐怖に打ち勝つ克己心も鍛えようじゃないか」

「私より大きな相手……ですか?」

 

ここにはいないようですが?不思議そうに首を傾げるヘジンマールに「ここにいるさ。目の前にな」とジョンは狼形態になると世界級(ワールド)アイテム〈大地を揺るがすもの(フローズヴィトニル)〉の効果でヘジンマールより一回り巨大な狼となった。

 

「ウォォォォン!!」

 

「う、うわッ!?」

自分よりも大きい狼の出現に驚いたヘジンマールはとっさに飛び上がって逃げようとする。

 

「遅い!」

 

飛び上がった巨狼(ジョン)(ヘジンマール)に組みつくと、そのまま大地に(ヘジンマール)を叩き付けた。

轟音が響き、もうもうと土埃が舞い上がった。

他の剣闘士たちは練習にならず、突如始まった怪獣大決戦に悲鳴をあげて逃げまどうばかりだった。

 

 

 

/*/

 

 

 

オスクは目の前で繰り広げられる一大スペクタクル(怪獣大決戦)に瞳をきらきらさせて魅入っていた。

巨狼(ジョン)vs(ヘジンマール)

なんと!なんと素晴らしい!!これほど素晴らしい戦いが闘技場で繰り広げられたことがあるだろうか。

 

否!ない!

 

そう思えばこそ、彼は危険も顧みず闘技場に駆け出していた。

 

「閣下!閣下!!閣下!!!」

 

「……ん?オスク、危ないぞ」

ヘジンマールを何度か地面に叩き付け、前足で押さえこんだ巨狼(ジョン)が返事をした。

返事をしながら、子供のように輝く表情のオスクに何かあったかなと首を傾げる。

 

「閣下!これは客を取れます!」

「……訓練だぞ?」

「それでもです!取れます!客を入れましょう!私たちだけでこれを見るなど罪です!大罪です!」

 

罪とまで言うか。

確かに巨大生物のぶつかり合いは胸を熱くするものがある。怪獣映画を見るようなドキドキワクワクを大勢に届けられるなら、それも悪くないだろう。

 

「……俺にも取り分寄越せよ」

「勿論でございます!」

 

 

 

/*/パンとサーカス

 

 

 

結果から言うと巨狼(ジョン)vs(ヘジンマール)の対戦は大成功だった。

魔獣vs冒険者の戦いに目の肥えた帝都の民も、巨大生物の迫力ある三次元バトルは初めてであり、ぶつかり合い飛び散った(ヘジンマール)の鱗が高値で取引されるほどの人気を博した。

 

自分の鱗が高値で取引されているのを知ったヘジンマールは、「人間恐ッ」と(ドラゴン)を隅から隅まで利用しようとする人間種に恐れを抱いたと言う。

 

ブックメイカーに書かせたシナリオ通りに展開させる試合は、剣闘よりもプロレスに近いものだ。

 

が、そうしないと客席にブレスが叩き込まれる事態になるのだから了承して貰いたい。

多少の流れがあった方が、試合をやりながら訓練にもなるのでジョンも都合が良かった。

 

後々、勘違いしたワーカーなどに試合を申し込まれ、対処に困る事にもなるのだが、それはまた別の機会に。

 

一躍、闘技場の人気者となったヘジンマールは莫大なファイトマネーを得て、魔導国の外貨獲得に貢献した。また、闘技場でのアルバイトでも人間の貨幣を稼ぐのだった。

 

その勤勉さを認められて、ヘジンマールはジョンより〈自己変身の指輪〉を下賜され、望み通りに帝国魔法学院に留学する事が出来るようになった。

 

その際、ジルクニフより人の常識を知らないヘジンマールに常識を教える者を付けて欲しい、と願われたジョンは、ヘジンマールにエルヤーから解放した森妖精(エルフ)奴隷3名を身の回りの世話をするメイドとして付けた。

 

結果、〈自己変身の指輪〉により、銀髪の少し惚けた感じのする眼鏡を掛けた森妖精(エルフ)の青年となったヘジンマールは、帝国魔法学院で魔導国から来た(ドラゴン)を駆る森妖精(エルフ)の魔法使いで、美人な森妖精(エルフ)を3人も(血涙)侍らせていると噂されるようになる。

 

 

 

/*/ヘジンマールのアルバイト

 

 

 

休日の闘技場。

正確には闘技が休日の闘技場。

 

ジョンの発案で、オスクが休日の闘技場を借り上げて開いた祭りには大勢の市民が訪れていた。

 

普段は入れない闘技場の中に入れるとあって、闘技のファンである市民も大勢訪れていたが、出店などを見てみると子供づれの親子の姿もかなり多い。

 

闘技場の中央ではこれもまたジョンの発案で、武王を初めとした剣闘士の握手会。トークショーが開かれていた。

武王の鎧を製作した工房の宣伝を兼ねた出店や、人気剣闘士の装備を扱っている工房の出店なども大人気だ。

 

接触感染呪術的な迷信の発想で、子供との握手の列が途切れない武王。大人も憧れの武王や剣闘士に触れられて感激の涙を流しているものもいる。

 

ワーカーや冒険者と思しき者たちは、武王や人気剣闘士御用達の工房の出店を覗いて掘り出し物がないか、自分たちの装備を頼めないか物色している。戦士たちは剣闘士たちの鍛錬方法に参考になるものが無いか興味津々だった。

 

 

その中でも特に人の多い場所がヘジンマールのブースだった。

 

 

看板には『休日は闘技場でフロストドラゴンの僕と握手!』と大きく書かれている。

それが読めるわけではないだろうが、ヘジンマールは特に多くの子供たちにたかられて、目を白黒させていた。

 

「なんで、この子たちは恐がらないんですか?」

 

ヘジンマールの疑問ももっともだった。最強種族の一角であるドラゴンに物怖じしないでよじ登ってる子供たちはなんなのか。(ドラゴン)である自分の自信が少し揺らぎそうだ。

 

「そりゃ子供だからな。お前が無暗に人を襲わないと分かったら遊びたくなるだろうよ。弟、妹にもそういうのいなかったか?」

 

地面に伏せたヘジンマールに返事をするのは、事の発端であるジョンだ。

ジョンも同じことをしようとしたのだが、親たちが巨狼(ジョン)の方には子供たちを「食べられるから」と行かせなかったので、人狼形態に戻って、ヘジンマールの相手をしていた。

 

「ああ、確かにやたらと絡んでくる弟妹はいました。……そうか。あれは遊んで欲しかったのか」

「弟妹は大事にしろよ。……おっと、お嬢ちゃん、滑り台するなら尻尾の方が良いぞ」

 

ヘジンマールの首を滑り台にして落っこちてきた幼女を抱えると、そっと地面に降ろしてやるジョン。

子供たちは、尻尾を滑り台にしたり、誰が最初に背中の一番上に登れるか競争したり、やりたい放題だ。

 

「でも、閣下のおかげでダイエット成功しました。ありがとうございます」

 

ちょっと、いや、かなりキツイ特訓でしたけど……と、ヘジンマールは続けた。

ジョンは肩をすくめて「陛下には、せっかくのレアが……」って残念がられたけどなと答える。

 

当初、少しばかり?ぽっちゃり体型だったヘジンマールはモモンガにレアものと見られてコレクションに数えられていたのだ。

それなのにジョンの特訓でヘジンマールの能力は向上し、体型が普通のフロスト・ドラゴンに戻ってしまったと、モモンガは残念がっていた。

 

「でも、人間って不思議ですね。こんな小さくて柔らかい子供たちが、100年もしない内にあんな風になるんですから」

「100年……ああ、竜狩り(ドラゴンハント)緑葉(グリーンリーフ)のパルパトラおじいちゃんか」

 

ワーカーチームの幾つかが(ドラゴン)を間近で観察できる機会と、ヘジンマールのブースにも来ていたのだ。

緑葉(グリーンリーフ)のパルパトラは、かつて竜狩り(ドラゴンハント)を成功させ、緑色の竜鱗鎧を身に纏っているのが二つ名の由来だ。

 

「あのおじいちゃんでも、100年も生きてないけどな」

 

それよりもとジョンは続ける。「(ドラゴン)的には竜鱗鎧とか、どうなの?不快感とかないの?」

もっともな質問にヘジンマールは考え込む。それは言葉を探していると言うよりも、言われて初めて気が付いたと言う風だった。

人間であれば、人間の革鎧や人間の皮で装丁された本など目にして良い気分な者は一握りだろう。

 

緑竜(グリーンドラゴン)の革鎧の所為かもしれませんけど、気になりませんでした。……ああ、高価な品なんでしょうけど、(ドラゴン)的には珍しく、欲しいとは思いませんでしたね」

 

「やっぱ、強い種族ほど個体として強いから、種族への帰属意識が薄いのかね」

「まぁ、(ドラゴン)の敵は(ドラゴン)と言うくらいですから」

 

 

 

/*/帝国魔法学院魔法科教室

 

 

 

静まりかえった教室内に、教師が黙々と黒板に文字を書き込む音が響く。

張りつめた空気を支配しているのは緊張感。

授業に集中しているようであって、してはいない。なぜならば全員の注意はたった一人の生徒に向けられている。目を向ける者はいないが、それ以上に針のごとく研ぎ澄まされた意識が向けられている。

そこにいるのは新たな学友と素直に認めることが難しい一人の男。銀髪の少し惚けた顔の眼鏡を掛けた森妖精(エルフ)だ。

 

ヘジンマールと紹介された彼は魔導国でフールーダに魔法を習い留学してきたと言う。

 

フールーダの偉業を知らないものはこの学院にいない。

帝国史を紐解けば幾たびも出る名前であり、魔法史を書いた物であれば最初のページに必ず賛辞と共に名前が載っている人物だ。入学して一週間以内に読むのは確実であり、このクラスの誰もがそうであった。

そんな人物から直接に教えを受けた人物を迎え、緊張しない人間などいるはずがない。

 

「……ということになります。何か問題はあるでしょうか?ヘジンマール様」

 

一通り文字を黒板に書いた教師はくるりと振り返ると、ヘジンマールを正面から見つめる。

興味津々と教科書と黒板、教師を見ていたヘジンマールは

 

「教科書通りの説明で非常に分かり易かったです。ですが、その変換方式には無駄があるので、第四位階より上位の魔法を使用するのであれば、もっと別の式を組み込んだ方が良いと私は教わりました」

「も!も、も、申し訳ありません!わ、私の無知をお許し下さい!」

 

ガクガクと青白い顔で教師がペコペコとヘジンマールに謝る。

その姿はあまりにも哀れみを誘った。

悪い教師では全然無い。それどころか非常に親切で詳しい説明を行ってくれる教師だ。大体第四位階など普通の魔法使いには到達不可能な領域。その領域での話を基本でされてはどうしようもない。

 

「あ、いや。私もまだ勉強不足で第三位階までしか使えないんだ。だからそんなにならず、いつも通りに授業を行って貰えると嬉しい」

 

出来るわけないだろ!

 

教室内の全員が同じ思いを抱いた。帝国における伝説の魔法使いに直接教えを受けた――ある意味、選ばれし30人よりも選ばれた人物に、簡単な質問を投げかけられるだろうか?教科書を読ませることが出来るだろうか?ましてや授業に集中しなさいと叱咤することが出来るだろうか?

 

そもそも、魔法学科の教師は第二位階もしくは第三位階魔法まで使えるものたちだ。

 

帝国魔法学院を卒業したエリート中のエリートが、一握りの天才が努力の果てにたどり着ける到達点が第三位階魔法なのだ。

それを「勉強不足で第三位階までしか使えないんだ」などと言える人物に何を教えろと言うのか?

 

そのまま授業は進み、鐘の音色が響いたあたりで教師は精根尽き果てた様子で額の汗を拭う。その顔に浮かぶのは、やり遂げた漢の表情だ。誰もが見惚れる爽やかな笑顔で教師が感謝の礼をする。もちろん生徒たちに向けたものではなく、ヘジンマールと言うフールーダの内弟子に向けてだ。

 

 

 

/*/

 

 

 

休み時間にもなれば、他のクラスから友達に会いに来る者もいるだろう。しかし誰一人として扉を開けて入ってくる者はいない。これはこの時間だけではない。今までの時間――ヘジンマールという人物が級友になってからだ。

流石に周囲からの喧噪は聞こえてくる。周囲の教室からの声は微かに聞こえるし、廊下を歩く気配もする。しかし、この教室の前に来ると猛獣の檻の前に来たかのように誰もが口をつぐんでしまうのだ。

 

静かに椅子を動かす音が聞こえる。

その瞬間、緊張感が一気に高まる。誰もが動くことを望んでいたとはいえ、本当に行動を開始されると唾を飲み込んでしまう。

 

立ち上がったヘジンマールは隣の学友に話しかける。

 

「さて、君」

「は、はい!なんでしょうか!ヘジンマール様!」

 

彼はばっと立ち上がり、手を後ろに回して微動だにしないポーズをとった。

 

「今の俺はただの森妖精(エルフ)なんだ。そんなに恐がらなくても大丈夫だよ」

「いえ!そんな事はありません!この格好でお願いします!」

 

その級友――ジエット・テスタニアの姿に、ちゃんと〈自己変身の指輪〉で森妖精(エルフ)になってるよな?と自分の姿を見回すヘジンマール。

 

「昇格試験というものがあると聞いたのだけど?」

 

昇格試験と聞いて昇級試験の事かと即座に理解する。しかし、訂正して良いものなのだろうか?思わず周囲で静かにしているクラスメイト達に視線で助けを求める。

 

しかし、誰も視線を合わせてはくれなかった。

 

全員静かに席に座り、瞑想にふけるかのように微動たりともしてなかった。普段であればふざけた行動で笑いを取る男も、服装や化粧などで騒がしくしている女も、誰も何も言わない。

 

助けはない。

 

全員耳を大きくしているはずなのに、誰一人として何か発言しようとかする者はいない。頭を抱えてしゃがみ込んでいれば、天災がどこかに行くと信じている子供のようだった。

 

ジエットは一人で立ち向かう必要がある。

 

ブルリとジエットは震える。

それはこれから行うことがどのような結果になるのか未知であったためだ。

 

「は、はい。知っております。昇級試験は近日行われる予定です!」

「昇級試験か……。その試験は何人かで組むものだと聞いたけれど、君は既に組んでいるのかな?」

「は、はい!あの、一人だけおります!」

 

ごめん、とジエットは心の中で謝る。巻き込んでしまった人物に対して。

 

「そうか……それはすまなかったね」

 

何がでしょう?などと聞く事は出来ない。そして次にヘジンマールが何を言うのかと固唾を呑んでいると、教室のドアがノックされる。

授業中でもない教室のドアがノックされることはない。しかし、なぜ、ノックをしたのかというのは誰にだってわかる。

このクラスにいる人物に敬意を示してだと。

ドアが開く。それの向こうにいた一人の女性が、頭を下げた。

 

「失礼します、ヘジンマール様」

 

ジエットの位置からその女性の後ろにいた生徒も頭を下げているのが見えた。

「私、当学院、生徒会長をさせていただいております、フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンドと申します」

顔を上げたその女性の面持ちには微笑みがあった。媚を売るのとは違う、心から浮かべた好意的な笑顔だ。

 

「これはご丁寧に、ありがとう。お嬢さん」

 

軽く頭を下げたヘジンマールにフリアーネは誰もが魅力的に思える笑顔を向けた。

 

「よろしければお昼をご一緒したいと思っております、どうでしょう。ヘジンマール様?」

「……できれば学友と一緒に食事をしたかったが……まぁ構わないか。では今日はご一緒させてもらうかな、お嬢さん」

 

アイク、セルデーナ、クアイア行こうか、と一緒に転入してきた見目麗しい森妖精(エルフ)3人に声を掛けると、女性を引き連れて歩くのが当然と言うような態度でヘジンマールは歩き出した。

 

 

 

/*/学生食堂

 

 

 

学院では学生食堂による食事を勧めている。そのため、様々な面で生徒の負担にならないようにされていた。

まずは貧しい家庭の生徒を考え、一般的なランチならば無料で飲食できるようになっていた。金銭がかかるのはより豪華な料理を注文した場合だ。

次に魔法による毒感知などを行っているため、外から持ち込む弁当などよりは安全であることを保証していた。

 

それらの理由あって、ほぼ100%に近い生徒たちが学食を使用していた。

 

問題はたった一つ。非常にごった返すということだ。

学年を隔てた関係を作り上げてほしいという学院の狙いがあって、学食はたった一つしかない。敷地自体は広いため、全生徒が押し寄せても席がないということはないが、流石に人気の食事は売れ切れてしまう。

 

ゆっくり学食にやってきたヘジンマール達は一般的な無料のランチを頼むと列に並んだ。

 

生徒会長や供をする森妖精(エルフ)3人はヘジンマールに席で待っているように伝えたが、彼は自分も並んでみると言うのだった。

ランチを受け取ると、途中で合流した学長も交えて空いている席につく。

 

「ヘジンマール様であれば、昇級試験はパスということでも構いませんが?」

 

学長にヘジンマールは苦笑いで答えた。

 

「俺、いや、私は生徒としてこの学院に入ったのです。授業も昇級試験も普通のものを受けてみたい」

「ヘジンマール様ほどの方であれば、多くの方がチームに入って欲しいとお望みになると思いますよ」

「そうかな?あまり教室で話しかけられてはいないのだが……」

 

少し困ったようにヘジンマールは笑ってみせる。

 

「……この時期になりますと、メンバーが決まっていない方が珍しいくらいですからね」

「私には、アイク、セルデーナ、クアイアがいるからね。あと一人いればチームは出来上がるのだが……一人の人物は少ないか」

 

「今の時期に一人きりの人物は何かしら問題を抱えていると思われますが……」

 

「そうなのか。まぁ取り敢えず、色々なものに声をかけてみるよ」

「かのパラダイン様の高弟であるヘジンマール様から声を掛けられるとは……その者はきっと喜ぶと思われますよ」

「そう思ってもらえると私も嬉しいな」

 

 

 

/*/皇帝執務室

 

 

 

「……このような手があるとはな」

 

フールーダ・パラダインの弟子。それも(ドラゴン)の魔法学院入学。

最初に聞いたときは耳を疑った。しかし、それがどういう意味を持っているかを理解すれば、怒号も上げたくなる。それがたとえ新たに作り出された皇帝の執務室であったとしても。

 

「まさに奴は化け物だな」

 

ゆっくりとジルクニフが立ち上がる。

 

「これが怖いのだ。奴の最も恐ろしいところはその魔法でも部下たちでも、居城でもない。叡智溢れる、切れすぎる頭だ」

 

ジルクニフの顔が憎々しげに歪む。

 

「今まではこちらの手を見破り、軽く脅し……もしかしたらあれは脅しではなく忠告や、見破っているぞという世間話程度だったかもしれないが、ついに攻勢をかけてきたな」

「はい。確実にフールーダど……いえ、フールーダを利用した勢力拡大でしょう」

 

苦虫をかみつぶし、ジルクニフは椅子から立ち上がる。

智謀に優れた強敵を待ち望んでいたのは事実ではあったが、ここまでとなると乾いた笑いが浮かんでしまう。

 

「策謀にセンスというものがあるとするのであれば、たった一つの手で複数の影響を与える奴のセンスはどれほどの高みにあるのか」

 

訝しげな表情を浮かべた部下が幾人かいることにジルクニフは苛立ちを覚える。なぜ、そこまで見抜くことができないのかと。あと一歩踏み込むだけだろう。

そこでジルクニフは頭を振る。気が付いている部下もいることに喜びを覚えるべきだ。

 

「……アインズの手の者の影響を受けた者を、帝国の主要機関に取り込んで問題ないのか?」

 

ようやくその意味を悟った者から掠れたような声が上がった。

そうだ。

ヘジンマールという人物によって優秀な者がアインズの手の中に引っ張られる。そこまでは許容の範囲内だ。逆にそこを使用して攻勢をかける可能性だってある。しかし、問題になるのは声をかけられつつもそこに残ること。埋伏した毒の危険性だ。

 

「陛下、ヘジンマールを退学という扱いにしては」

「馬鹿か、貴様!」

 

ジルクニフは進言した部下に対して怒鳴り声を上げる。抑え込んできていた蓋が外れてしまったような急沸騰ぶりであった。

 

「帝国皇帝がたった一人の生徒に対して権力を行使して、退学にしろというのか!」

 

確かに出来る。ジルクニフの権力であれば容易だ。しかし何の理由もなく、魔導国の手の者を退学にするというのは正面から喧嘩を売ったと思われるのは間違いないし、魔導国に対してどれほどジルクニフが警戒しているかを明確に宣伝することとなる。

確実に貴族たちへの権威は薄れるだろうし、強大な親魔導国派閥を作らせる理由ともなりかねない。

 

つまりはジルクニフが警戒している、または対抗できていないという事実はジルクニフ派閥を弱め、親魔導国派閥を強大化させるという二つの面を同時に持つ。

 

それらの事実がジルクニフに齎した反応は劇的なものだった。

 

鮮血帝と言われ、冷やかな微笑で多くの貴族に血を流させた男が、その顔をまだらに染めたのだ。

心に吹きあがった激しい熱を、怒鳴り声という形でジルクニフは吐き出す。

 

「これがアインズという策謀家の恐ろしいところだ!教師として入り込んだのであれば、幾らでも追い出すことはできた。教育が不適切である、偏った思考を植え付ける恐れありとしてな。そうであれば他の貴族たちも自分の子供を入れている関係上、素直に理解しただろう。しかし、生徒一人に、なぜ皇帝が動く。それがたとえフールーダの弟子であろうとも、な!大体放校させる理由はなんだ。不適切?バカか、そんなのが通じるわけがない。後ろにいるアインズに怯えたと誰もが思うだろう!だからこそ、あいつはヘジンマールを生徒として送り込んできたのだ!」

 

ジルクニフは憎々しげに顔を歪める。

 

「このタイミングで仕掛けてくるとは。まさに機を見ていたな、奴め!アインズ・ウール・ゴウン……智謀の化け物!……王国を馬鹿にしてきたが……同じ状況下になってみると……。やはりあの男の前に餌を与えて……。いやまずはそれよりも先にすべきことがある!……おい!」

 

声をかけられた部下の一人が頭を下げる。ジルクニフは矢継ぎ早に命令を下す。

 

「学院の諜報員に命令を伝達させろ!ヘジンマールの動きを、そして狙いを監視させるんだ!次に──」

 

 

 



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第50話:学園編どうでしょう……

/*/帝都高級住宅街の一角

 

 

 

ヘジンマールは帝都の高級住宅街の一角に小さめの屋敷を与えられて、そこで暮らしている。

一生徒には破格の扱いだが、帝国が魔導国からの留学生をどれほど優遇しているのか示してもいる。

 

かつては貴族の館だった館の寝室。

 

そのベッドの上でヘジンマールは森妖精(エルフ)の姿で眠っていた。

ベッドの上には本が散らばり、眠る寸前まで本を読んでいた様子が見て取れる。好きな本を好きなだけ読んで寝落ちしたヘジンマールの寝顔は幸せそうだ。

 

数度、部屋の扉がノックされて、メイド服を着た森妖精(エルフ)の女性3人が入ってくる。

 

エルヤーに虐げられていた彼女たちは、エルヤーから解放された後に魔導国に引き取られて紆余曲折あり、ヘジンマールに人間の常識を教える為にとヘジンマールに仕える事になった。奴隷の証として切り落とされた耳もルプスレギナの治癒魔法によって、今では元通りだ。

 

ちなみに彼女らが着ているメイド服はナザリック製であり、ナザリックの一般メイド服だ。魔法強化されており、ミスリル製全身鎧(フルプレート)程度の防御力がある。人間界においては無駄に高性能である。

 

「おはようございます、ヘジンマール様」

「……むにゃ……むにゃ」

 

森妖精(エルフ)は深々とお辞儀をしたが、ヘジンマールは未だに夢の中だ。それを3人で身体を起こして、ベッドに腰掛けさせる。

 

「……ああ、おはよう」

「おはようございます、ヘジンマール様。本が傷みますよ」

 

眉目秀麗な森妖精(エルフ)女性に朝から「めっ」とされるヘジンマールだが、その価値に本人は気づいていない。

彼女たちは甲斐甲斐しくヘジンマールの髪を梳き、寝間着を脱がせると用意した魔法学院の制服を着せていく。ある程度、着せたら立ち上がらせて、ズボンとパンツも交換だ。

 

そこに迷いは無いし、ヘジンマールにも迷いは無い。

 

彼女たちは自分に常識を教える為に付けられたのだから、これが人間の常識とヘジンマールは思っている。

歯を磨くのだって、食事を食べるのだって、風呂に入るのだって、人間の常識を知らないヘジンマールからすると彼女たちの手伝いはありがたいものだった。

 

ただ〈自己変身の指輪〉で変身している為、森妖精(エルフ)としての本能もある程度引き継いでしまう。それはつまり、変身している間は彼女たちがとても魅力的に見えてしまい、風呂の時など番ってしまいたくなるのが悩みであったのだ。そこのところどうなのか?一度、誰かに聞いてみた方が良いのかと考えている。

 

 

 

/*/帝国魔法学院教室

 

 

 

ヘジンマールが学院に通学するようになって、数日が経過していた。

流石にこれだけの時間が経過すれば、多少は慣れと言うものが生じていた。

確かにヘジンマールが高位の魔法詠唱者であるのは、わずかな会話からもひしひしと伝わってくる。実技ではその圧倒的な力を見せつけられる。しかし、だからと言って暴君であったり、恐怖をまき散らすような事はしない。

常識に疎いところが見られるが、ある意味、そこが賢者然とした人物だ。

そこまで怯えなくても良いのではないかという、共通認識が生徒間で生まれてきていたのだ。

 

勿論、無駄話が驚くほど少ないと言う事は変わっていない。多少空気が緩んでいるのは同じクラスの生徒ばかりであって、他のクラスの生徒たちはヘジンマールの前で、非常に緊張した素振りを見せる。彼が食堂に入るとさざ波のように沈黙が広がっていくほどだ。

 

共に数日を過ごした同じクラスの生徒であっても、親し気に話しかけたりするような者がいないのだ。年齢が若干上に見える事もあるのかもしれないが、生徒である自分たちと違い賢者然とした人物になんと話しかければ良いのか?

それに指導する教員たちへ質問と言うよりも、そこはこうした方がと指摘できる能力があるのだ。指摘を受けた教員たちの緊張感が一層増したのは言うまでもない。

 

ただし、大きく変わったところもあった。

 

扉がノックされ、一人の生徒が入ってくる。

全員の視線が動き、またかと判断する。

 

その所為とは静かな教室内を見渡し、一直線に歩を進める。

向かった先にいるのは勿論、ヘジンマールである。

 

「初めまして、ヘジンマール様。私の名はジーダ・クレント・ニス・ティアレフと申します。」

 

貴族特有の、平民には真似のできないような品の良いお辞儀を見せた。

 

「……私に何か用かな?」

「はい。ヘジンマール様のチームに私を入れてほしいと思ってまいりました」

 

これだ。

この数日、学院の中でも指折りの魔法行使能力を持った生徒たちが、ヘジンマールに自分を売り込みに来ているのだ。

今来ている生徒も、魔法行使能力ではかなり上位に位置し、ジエットでも顔を知らなかったが名前くらいは知っているレベルだ。

 

そんな生徒が、ジエットの見ている間にヘジンマールに自分をチームに入れて貰うよう懇願していた。

 

ジエットは本気で感心してしまう。

嫌味などではない。

 

ヘジンマールのチームに入れて貰おうと来る者は高貴な家柄の、優秀な者ばかり。そしてこれ以外でもヘジンマールに魔法の事で問い掛ける者は、皆、学院内でも名の知れた者であった。

それらの生徒に共通しているのは、優秀さでは無いとジエットは判断していた。

 

それは意欲。

 

もしかするとそれは欲望なのかもしれない。つまりはジエットのようにある程度の場所で満足するのではなく、より上を目指す意欲に燃えた者。貴族として生まれ、優秀な魔法行使力と言う潜在的な能力を保有し、それでもなお自分を高める努力をする者。

 

それに感心せずに何を感心せよというのか。

 

確かにジエットは自分で好きで今の場所を好んでいる。誰かを追い落とし、何かを犠牲にしてまで自分を高めることを求めていない。それでも自分の出来ないことをする者に、尊敬の念を抱けないほど狭量ではなかった。

 

やがて生徒のプレゼンが終わり、ヘジンマールの裁定が下る。

 

 

「君の思いは十分に伝わった。しかし……」

 

 

その後は何時もの繰り返しだ。

 

君の思いは伝わった。しかし、君を私のチームに入れる気はない。君が非常に優秀なのは分かったが、そういった人物を私のメンバーに入れることは将来の帝国の不利益につながる。この試験では優秀な人物は上に立たなくてはならないのだ。君は上に立つ者として他の仲間を引っ張りたまえ。決して私の下で引っ張られてはいけない。

 

そして最後に――

 

「君の名前は覚えておこう。ジーダ・クレント・ニス・ティアレフ君」

「ありがとうございます、ヘジンマール様」

 

 

ここまでは既定の流れだ。

 

生徒が深い礼を見せてからさっそうと──貴族出身の生徒はやはり品が良い──教室を出ていく。

 

 

何が足りないのか?

ジエットは考える。ヘジンマールは、この流れで売り込みに来ている者を全て断っている。

能力も、意欲にも、何も問題が無いハズなのに彼は何を考えているのだろう。

 

ちらりと横を見ると、次の授業が始まるまでの間に変わらず歴史書を読み込んでいるヘジンマールの姿があった。

 

 

 

/*/

 

 

 

ジエットは立ち上がると、静かな教室から廊下へと出る。ネメルと約束をしているためだ。歩く速度は何時もよりも速い。というのも約束の時間に遅れているためだ。ジエットもネメルも大抵約束の時間よりも若干早めに着くように行動する。そんな彼が今回遅れてしまったのは、あの状況下で堂々と教室から出ていくことが出来るほど、空気が読めないわけではないためだ。

こういった点がかの人を迎え入れて困る事態だ。ありとあらゆることに気を回さないと不味いということが。

 

心の中で愚痴を呟きつつ、約束の場所が視界に入り、ジエットは表情に敵意が現れるのを必死で抑え込む。

 

ネメルがいたのは良い。問題は彼女を壁に押し付ける様にしている男がいたことだ。廊下を歩く生徒は見て見ぬふりをしている。男の方が大貴族の子息であると知っているための処世術だ。

 

助けを求める様に動いたネメルが、ジエットを発見し、その顔を明るいものへとする。眼前の少女の急激な変化に誰が来たのか理解したのであろう、男は薄い笑いと共にジエットへと顔を向けた。

 

 

「何してるんだ……ですか?」

 

「いやいや、彼女とちょっと話をしたくてね」

 

「そんな恰好で話さなくても良いんじゃないですか?」

 

「色々と秘密裏に話したいことがあったからね」

 

 

ネメルはランゴバルトが離れると、すぐにジエットの元に駆けてくる。その駆け寄ってくる姿は幼馴染の昔を思い出し、より一層強い憤怒がジエットの心を燃やしていく。

 

拳であれば負けないだろう。

 

しかし、そんなことをすればジエットは退学となり、ネメル自身何をされるかわからない。

彼の立場上、家の権力を全力で使えないかもしれないが、軽くはたく程度の力でも平民と下級貴族には巨大な鉄槌となってしまう。ランゴバルトが玩んでいると思わせる程度に留めなくてはならないのだ。

 

殴り飛ばすなどという多くの人の前で恥をかかせる行為をしてはいけない。

 

 

「……さて」

 

 

ランゴバルトは髪をかきあげると、ジエットの方に向かって歩き出す。

一歩だけ前に出るとランゴバルトをジエットは睨んだ。

 

 

「……ふん。別にどうこうしようという気はないさ。君のクラスに用があってね」

 

 

それがどういう意味か、予想はできた。ヘジンマールへチーム参加希望を出すつもりなのだろう。

その瞬間、ジエットは光が輝いた気がした。

 

 

その時――

 

 

「彼らは何をしているのかな?」

「あの女性をめぐって、それぞれの権力や腕力で鞘当てをしているところです」

「めぐって……ああ、番う為の喧嘩か」

 

貴族らしからぬストレートな物言い。あまり聞かないが、忘れるわけにもいかない声が聞こえた。

3人が目を向けた先には、森妖精(エルフ)女性3名を引き連れたヘジンマールが立っていた。

 

「ジエットくんとネメルくんだったかな。彼らはカップルが成立してるようだから、彼が横入りしようと頑張っているのか……」

 

ヘジンマールの容赦ない物言いにランゴバルトの顔が赤くなったり、青くなったり、忙しくなる。

ふむ、とヘジンマールが考え込む。

 

「そうすると、彼は〈ぼっち〉……と言う奴なんだね。なら、彼なんか良いんじゃないかな?」

 

指差されたランゴバルトは唐突な〈ぼっち〉認定に、なんと言っていいのか分からないと情けない表情になった。

ヘジンマールに問い掛けられた森妖精(エルフ)女性3名は、ヘジンマールの問いに頷きつつ、真顔で答えた。

 

「はい。打ち解けていないチーム内に異性がいるとそれだけでチームが崩壊する危険性があります」

「私たちはヘジンマール様のものですから、そのヘジンマール様が目移りしない相手であり」

「尚且つチーム外に粉をかける相手がいる彼ならば、チームに加えても問題ないかと思われます」

 

ジエットはランゴバルトの顔を見る。

そこには信じられないものを見たと浮かんでいた。驚愕に目を見開き、口は喘ぐように半分開いていた。高貴な血族には似つかわしくない間抜けな態度ではあったが、嫌っているジエットですら馬鹿にしようという気は起らない。

あまりにも理不尽だろうことが彼らの前で起こったと知っているから。

 

 

「どうだろう?君、私のチームに入ってはくれないだろうか?」

 

 

廊下と言う逃げ場のない公衆の面前で恥をかかされた上で、断れる筈もない目上の者からの提案。

真っ青な顔のランゴバルトは俯いて、ヘジンマールの手を取るしかなかった。

 

平民の男から女性を奪おうとした〈ぼっち〉のランゴバルトと噂されたのは、流石にジエットも気の毒に思った。

 

 

 

/*/それいけ僕らの駄犬くん!

 

 

 

その日、カルネ=ダーシュ村では世界を変える……ほどではないが、人類にとっては大きな福音となるかもしれない発明品が起動した。

いつものように広場で何やら実験を行っているジョンとそれを眺めるルプスレギナ。

 

その前には身長3~4mはある巨大な鉄の騎士(アイアンゴーレム)が膝をついている。人間のフォルムよりは胴の太いずんぐりとした印象を受ける。その胸に当たる部分は花が咲くように装甲が開かれていた。

 

「今度は何を作ったんですか?」

 

アインズ・ウール・ゴウン教会から現れた漆黒の鎧を纏った冒険者仕様のモモンガが、鉄の騎士(アイアンゴーレム)を見上げながら問うてくる。返答は打てば響くように返ってきた。

 

「うん。ジルにプレゼントしようと思って作ってみたんだ。あんまり強くないけど、これは楽しいよ!」

「はぁ、アイアン・ゴーレムですよね」

「よし、出来た。ルプー乗ってみて!」

「了解っす!」

 

膝を突いた鉄の騎士(アイアンゴーレム)の開いた胸部装甲の中に乗り込むルプスレギナ。中には人が腰掛けられるようになっており、その足と手を置く部分に手足を差し込む穴が開いていた。それぞれに手足を差し込むと魔法的に固定される仕掛けのようだ。

 

指先で何か操作したのか開いた胸部装甲が左右上下の順に閉じていく。

 

全ての装甲が閉じてロック音がすると、無駄にかっこいい起動音を立てて頭部のバイザーの眼が光り、鉄の騎士(アイアンゴーレム)は立ち上がった。

 

「……劣化パワードスーツですか。ちなみに視界は?」

「第3位階魔法に〈魔術師の眼〉ってあるんだけど、それを応用して頭部からの映像をコックピット内の正面板に投影してる」

「ほう……そうするとこれは」

「うん。第3位階魔法までの魔法で作れるように落とし込んだ劣化パワードスーツさ!」

 

ちなみにストーンゴーレムは開放型のコックピットにして、作業用機械としたらしい。

 

「この大陸だとアダマンタイトが最上品みたいだし、この技術なら渡しても問題ないでしょ?」

「……戦力次第ですね。どのくらいを想定してるんです?」

「一応、騎士が乗ったら〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉と戦えるくらいの戦力。オリハルコンとかアダマンタイト級になれば、結局はアイアンゴーレムだから普通に倒せる感じ?」

 

試してみますか。そう言うとモモンガは能力で〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉を呼び出す。

 

「流石に広場は狭いから、村の外に出ようよ」

「それもそうですね」

 

搭乗したルプスレギナに声を掛けると村の外に向かって歩き出す。鉄の騎士(アイアンゴーレム)から『了解っす!』とルプスレギナの明るい声が聞こえてくると、大きな足音を立てながら二人の後をついて歩き出した。

 

「拡声魔法も付与したんですね」

「あと、外の音を拾う魔法もね」

 

 

 

村の外に出ると早速、鉄の騎士(アイアンゴーレム)と〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉の戦闘が始まる。

鉄の騎士(アイアンゴーレム)はデスナイトのように大型のタワーシールドと長剣を装備している。フランベルジュでないのは帝国の鍛冶師でも作れるようにとの事だ。

 

斬撃に耐性のある〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉相手に長剣は効果が薄い。

 

ルプスレギナは大ぶりの長剣の一撃を囮に〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉を懐に誘いこむとタワーシールドを叩き付けた。

3mはある〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉の大きな身体が吹き飛んだ。

遅れて、ズズンと地面が揺れるような衝撃が広がった。

 

 

「ほう……これはなかなか迫力がありますね」

「でしょ!大きいのは正義だよ」

 

からからと笑うジョンを横目にモモンガは戦闘をつぶさに観察する。ルプスレギナからすれば〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉は敵ではない。普通に殴れば1発で〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉をボロボロに出来るだろう。

だが、そうはならず殴り合いを続けているところを見ると操縦者のLvは関係なく鉄の騎士(アイアンゴーレム)と〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉の戦闘となっているようだ。

 

材質の差もあって、戦闘は鉄の騎士(アイアンゴーレム)の勝利に終わった。

 

モモンガの見るところ普通の騎士を〈骨の竜(スケリトル・ドラゴン)〉と戦えるレベルまで引き上げるのは利点であるが、コストが掛かり過ぎる。これなら普通にアイアン・ゴーレムを作ってぶつけた方が良い。操縦者が疲れたら戦えなくなるのは折角のゴーレムの疲労しない利点を殺している。

 

ジョンの言う通りロマン装備でしかない。

 

まあ、見栄えは良いからジルクニフにやると言うなら、あげても良いだろう。

 

 

 

結果、めっちゃ受けた。

 

 

なんだったら、アンデッド輸出よりも鉄の騎士(アイアンゴーレム)と土木用ストーンゴーレムの輸出の方が初期費用回収が早かった。

アンデッドと違って命令権が完全に人間側に委ねられているのが良かったらしい。

 

 

アンデッドの方が疲労しないし、色々と便利なのに……と、モモンガは一寸拗ねた。

 

 

 

/*/アゼルリシア山脈の東側

 

 

 

アゼルリシア山脈の東側帝国領に近い、トブの大森林の北限を少し行ったところにジョンはいた。

 

「この辺りは少し寒すぎるな。もう少し標高の低いところが良いか」

「閣下、どこまで歩くんです?」

 

顎鬚を生やした自称むさいおっさん。バジウッドが、地面をほじくり返して土を見ていたジョンに問う。

いつもの上半身裸に道着のズボンのスタイルになったジョンがバジウッドに振り返る。

 

「まだまだ歩くぞ。国境線を決める下見なんだからな」

「何百km行くつもりですかい。ドワーフの国まで行っちまいますよ」

「そのつもりだぞ。だいたい、お前はヒポグリフに乗せて貰ってるだろう?」

 

お前歩いてないだろうと、後で翼を休めている皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の騎士とヒポグリフを見ながら言う。

周囲は森林限界により木々が低くなってきており、季節的に雪が降り積もっていた。

 

「地形と偏西風の影響かな。山脈の西側と比べると雪が大分すくないし、乾燥している」

 

バジウッドには何を言ってるのか良く分からない内容の事を口にすると、ジョンは掘り返した場所を元に埋め戻すと狼形態になって、先に進むと宣言する。

 

その背にルプスレギナを乗せると、山脈を吹き下ろす風のような勢いで駆け出していく。

 

 

「……ヒポグリフでも追いつかないって、どんだけだよ」

 

 

やれやれと頭を掻くとバジウッドは、ヒポグリフに跨る皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の騎士の後に乗って、後を追うように伝える。ヒポグリフは皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の意地を見せ、矢のように加速したが、それでも地を駆ける狼には追いつけなかった。

 

 

 

/*/

 

 

 

青い空が茜色に染まり、そのまま夜闇が落ちてくる。星々の海を背景に巨大な山がそびえ立つ光景は壮大で、この遥かな景趣でさえ世界のほんの一欠けらに過ぎないと思うと、それだけで自然の大きさに圧倒されそうになる。

鼻腔を震わせ、流れ込んでくる新鮮な空気に含まれる香りを嗅ぐ。

 

焚火のオレンジ色の炎に照らされながら、夕食の準備をする。

 

お湯を沸かし、簡単なスープを作りながら、干し肉を酒で戻して焼いていく。数日の予定なのでパンは比較的柔らかいものがある。

野営地の中央には第三位階《環境防御結界》と《毒ガス防御結界》を付与した水晶球が置かれており、食事の良い匂いも外に逃がさなければ冬山の厳しい寒さに悩まされる事もない。

 

「お前たちの分も作ったから、持っていけ」

「閣下!手ずからとは恐れ入ります」

 

流石にバジウッドも恐縮して、人数分の食事を受け取ると皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の焚火へと運んでいく。

彼らの野営地にも貸し出した第三位階《環境防御結界》と《毒ガス防御結界》を付与した水晶球が置かれており、騎士とヒポグリフを寒さから守っていた。

 

「これは凄いな」「第三位階魔法だそうだ」「いや、それより飯が美味いぞ」

「金貨何千枚になるかな」「これ飛ぶ時に持っていたら寒くないんじゃないか?」

 

食事も含めて好意的に受け入れられている事にジョンは笑みを零す。

ルプスレギナと二人食事を終えると、二人で食事の後片付けを行い空を見上げた。

 

空には宝石をぶちまけたように無数の星々と月のような大きな惑星。

 

冬の澄んだ空気はいつか二人で夜に散歩した時よりも星々をくっきりと見せてくれて、月明りに浮かび上がるアゼルリシア山脈の山々の雄大な姿は世界の広さを教えてくれる。

 

「……あの時は、ジョン様の妻になれるなんて思いもしませんでした」

 

炎に手をかざし、左手の薬指に嵌った〈指輪〉を見ながら、しんみりとしたルプスレギナの物言いにジョンは何と言うか考え……結局、気の利いた言葉が浮かばなかったので、「そうか」と、一言だけいってルプスレギナの肩を抱き寄せた。

 

月と星々に照らされ、優しい青に染まる世界の中の小さな炎に照らされたオレンジ色の一角で、二つの影は一つの影となって、遥かな果てで空と大地が交わって地平線となる様を見つめていた。

 

 

 



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第51話:ただいま迷走中

/*/少年ジエット

 

 

 

ジエットは考える。

わざわざあのタイミングでヘジンマールが声を掛けてきたのは偶然ではないだろう。

偶然ではないなら……わざわざ自分を助けてくれたのだ。

 

そこに何のメリットがあるのかは分からない。

 

けれど、そのおかげでネメルと自分にちょっかいを出すものはいなくなった。

平民であり、貴族社会について詳しくないジエットには絶対そうだとは言い切れない。しかし、それでも結果を見れば、これ以上もなく自分は助けられたのだ。

 

「あの……ヘジンマール様。先日は、ありがとうございました」

「ん?……ああ、気にしないでくれ。当然の事をしたまでだよ」

 

その答えにジエットは自分の考えが的外れではなかったと確信する。

読んでいた本から顔を上げて、こちらを見たヘジンマールはジエットが恩を感じているか確かめるようだったのだ。

 

ヘジンマールは本当に何のことか分からなくて適当に返事をしただけなのだが……。

 

ジエットを自分の庇護下に入れて守るのは簡単だ。だが、そうせずにヘジンマールはランゴバルトを一度、貶めてから自分のチームに入れる事でジエットとネメルから引き離し、更にジエットとネメルの関係にくちばしを突っ込む者がどうなるかを知らしめ、貶めたランゴバルトにも救いの手を差し伸べている。

 

森妖精(エルフ)と言う事で一歩引いて見ていたところはあるかもしれない。

 

けれど、魔導国からの留学生であり、伝説の魔法使いフールーダの弟子であり、皇帝直々に出迎えられるような立場である己の地位――強さを存分に活かしたやり方だ。仮にヘジンマールから卒業後の進路を紹介されようでもしたら、それが国外に出ていくものであっても断れないだろう。

 

……困ったな。

 

ジエットは受けた恩の大きさに困惑していた。

 

 

 

/*/オスクの闘技練習場

 

 

 

「なんでお前はそんな強いんだ?」

「強い?」

 

きょとんとした表情をクレマンティーヌは返した。

 

「強いわっけないじゃーん」

 

からからと笑う姿がブレインにはどうしようもなく眩しく見えた。

自分と同じように圧倒的な力に叩き潰されて、鍛えられ、以前よりも確かに遥かに強くなっているのに、差が縮まらない人間としてのちっぽけな器に何故、彼女は絶望しないのか。どうして笑って戦えるのか。

 

 

「……私は希望なんて持ってない。絶望したまま、他人を絶望させて…自分よりも下がいたと安心しているだけ。地獄で生まれ育ったから、今が幸せなだけ……それだけよ」

 

 

奈落の底のような濁った瞳でクレマンティーヌは言った。

 

(そうか……俺は幸せだったのか)

 

ガゼフに負けて、力を求めて、全てを捨てたと思ったが、俺にとってはそれは希望で幸せだったのか。

強さへの渇望に不要だと何もかも捨てたと思っていたが、実は俺は満たされていたのか。

だから、それが打ち砕かれて、奪われて、俺は折れてしまったのか。

 

それでも暗闇の中、絶望の中、自分はもがいている。

 

 

何故?どうして?もがくのか。自分では届かない高みがあると知ってしまったのに?

 

 

「ちょっとー武王、あんた何か言ってやってよー。同じ戦闘馬鹿でしょー?」

考え込むブレインの視界の隅で、クレマンティーヌが棍棒を素振りしていた武王を両手で引っ張っていた。

「俺がか……俺を一撃で倒す強者に何を言ったら良いのか……」

「大丈夫~大丈夫~こいつヘタレだからー」

 

人間には分かり難い困った表情を浮かべた武王だったが、何度か咳払いをして、言葉を探す。

助言など言う柄ではないが、強者に対する敬意、尊敬はあるのだ。

自分を上回る強者に助言が必要で、自分にそれが出来るなら、何か力になってやりたいと思う程度に武王は善良だった。

 

「……ブレイン殿。貴方に一撃で屠られる俺がこんな事を言うのは烏滸がましいが、聞いてくれ。貴方は……下を向いてしまっているだけなのだ。顔をあげ、空を見よ。天に星は輝き、挑むべき山が聳え立っている。それは俺たちの一生をかけても、乗り越えられるものではないが、それでも挑む喜びがあるではないか」

 

自分と同じように圧倒的な力に潰され、自分たちにも武王としての誇りを潰された武王。

だが、それでも毎日の鍛錬は欠かさず、その表情には喜びが、立ち向かう喜びが溢れている。

 

「……挑む喜び、か」

 

その言葉が胸にすとんとおさまった。

 

そうだった。

 

強くなる事が喜びだった。

昨日より今日。今日より明日。

少しずつ強くなる自分に喜びを感じていた。

 

高すぎる壁と己とを比べて嘆く事など、そこにはなかった。

 

ただ、少しでも良い。強くなりなりたいとの思いだけがそこにあった筈だった。

 

 

「ああ、今日は…陽の光が……こんなにも眩しかったのか」

 

 

冬の低い太陽の光が、ブレインには何よりも眩しく見えた。

 

 

 

/*/溶岩地帯

 

 

 

眩しいまでの光によって煌々と照らし出される灼熱の海。大きく息をすれば熱せられた空気が肺にダメージを与える超危険地帯。

この灼熱の海にジョンが来ているのは、釣りの為だった。

 

地下を流れる溶岩の海を支配するラーアングラー・ラヴァロード。

 

それはおおよそ体長50mを超える魚のような巨大なモンスター。もっとも似ているものと言えば提灯アンコウだろうか。ただし、その頭についている疑似餌は手の代わりをするもので、離れた敵を捕まえ、己の大きな顎に放り込む為にある。

外皮も頑丈で分厚い。オリハルコンを遥かに凌ぐ硬度を持つ鱗が魚のように生えている。

 

冒険者で使う難度で言えば140相当。戦闘になれば溶岩のフィールド効果もあって、先ず生きて帰れない。

 

 

幸運なのは地上での活動が苦手で溶岩から離れれば襲われたりしないと言う事だ。

 

 

ラーアングラー・ラヴァロードにとって不幸だったのは、駄犬(ジョン)は炎に対する完全耐性を準備しており、圧倒的なレベル差があった事だろう。疑似腕でジョンを捕まえようとしたとこで、逆に一本釣りで溶岩の海から引き上げられ地面に叩きつけられて〈特殊技術(スキル)〉〈手加減〉で瀕死にされた挙句にルプスレギナに魔法で拘束されてしまった。

 

これには同行していたバジウッドもドワーフの総司令官も、ぽかーんと口を開けるしかない。

 

身長2mほどの人狼が体長50mを超えるモンスターを1本釣りなど、物語の中の話でしかない。

釣り上げたモンスターをジョンは〈転移門〉で手早くナザリックへ送ってしまう。

 

生かしたまま送ったのは、回復魔法を併用してなるべく多くの素材を剥ぎ取りたいのと、デミウルゴスの守護階層で番犬代わりに使えないか試してみる為だ。餌が大量に必要なら素材にしてしまう予定だが、餌の少ない場所で巨体を維持し続けられるなら、溶岩の熱量だけである程度は生存できるのではないかと考えたのだ。

 

「流石は魔導王陛下の盟友殿じゃ……ラーアングラー・ラヴァロードを1本釣りとは恐れ入るわい」

「陛下になんて報告すっかな……水路の時も思ったけど、人間にどうこう出来るレベルじゃねぇわ」

 

お互いの国の立場の違いが感想にも現れていた。

 

「総司令官!ラーアングラー・ラヴァロードありがたく頂いていくぜ」

 

溶岩地帯を難所している最大の原因だったラーアングラー・ラヴァロード。

クアゴア達の脅威が無くなった今となっては自分たちの通行の邪魔でしかなかったので、魔導国で引き取ってくれると言うのは渡りに船だったのだ。

 

自然の転移門で結ばれるラッパスレア山の三大支配者。

 

天空の覇者ポイニクス・ロード。

地上を支配するエイシャント・フレイム・ドラゴン。

そして、溶岩の海を支配するラーアングラー・ラヴァロード。

 

彼らに取って、今日は人生最大の厄日だ。

 

「よし!あとはポイニクス・ロードとエイシャント・フレイム・ドラゴンだな!」

 

今日中に仕留めてやるぜ!とのジョンの声に総司令官の掠れた声が「ラッパスレア山の三大支配者ってなんじゃったんだろうな」と続いた。

そしたら、明日はさくっと地上の領有を決めて食料産業長とコーヒーノキについて話を詰めるぜ!とジョンのテンションは高い。

 

 

そう、この駄犬(ジョン)は標高、地質、気候的にドワーフ居住地に近いここ、ラッパスレア山でコーヒーノキ栽培が出来ると見込んで、農園を作る為に三大支配者を狩って歩いてるのである。

 

 

 

/*/ラッパスレア山

 

 

 

「お前がラッパスレア山の主エイシャント・フレイム・ドラゴンだな!」

「そうだ。我こそが……」

「って、答えるのお前で3頭目だよ!」

 

赤竜(レッドドラゴン)は見栄っ張りと聞いていたけど、本当に見栄っ張りだなと溜息を吐きながら、ジョンは人狼形態のまま巨大な赤竜(レッドドラゴン)に体当たりをぶちかまし、空に吹き飛んだ赤竜(レッドドラゴン)を追い掛けて空中で首を掴むと、ぶん! と振り回して、地面に叩き付ける。

 

岩が砕け、土砂が舞い上がり、轟音が響く。

 

頑丈な赤竜(レッドドラゴン)と言えども死んだか?と思われる衝撃だったが、特殊技術(スキル)〈手加減〉をされた一撃一撃ではHP1まで減っても、それ以上は減らない。

 

故に生存!である。

 

そうして、ジョンは赤竜(レッドドラゴン)の心が折れるまで赤竜(レッドドラゴン)を殴り続けた。

これこそモンスター手威無(テイム)の真骨頂である。

 

アウラなら「流石は至高の御方!」と眼をキラキラさせて誉めてくれる筈である。

 

服従させた赤竜(レッドドラゴン)は〈転移門(ゲート)〉でエ・ランテルのドラゴン航空便へ送って強制就職させる。

あっちで変な気を起こした赤竜(レッドドラゴン)は、即シャルティアにやられて、素材剥ぎ取り開始なので他の見栄っ張り共の良い教育材料になる事だろう。

 

ラッパスレア山を隅から隅まで探索し、赤竜(レッドドラゴン)の産みっぱなしの卵も全て回収し、ジョンはラッパスレア山の赤竜(レッドドラゴン)を絶滅させたのであった。

 

 

ちなみに天空の覇者ポイニクス・ロードは、地上でどったんばったんやってるのに好奇心を刺激されて、近付いてきたところを撃墜された。良いところなしである。

 

 

 

/*/犬にも猫にもコーヒーはダメ

 

 

 

ジョンの大きな手の中で不釣り合いに小さな手挽きミルが回されている。

ガリゴリとリズミカルな音と共に珈琲の香りが優しく広がる。豆が熱を持たないようにゆっくりと挽いた後はドリッパーに挽いた豆をセットし、焚火で沸かしたお湯を注ぐ。

 

粉全体にお湯が滲み込むよう中央から外側に向かって、渦を描く容量で丁寧に注ぐ。20秒ほど蒸らしたら、中央に小さな円を描くように繰り返し注ぎ、ドリッパー内の湯量が上がって表面が平らになったら注ぐのを止める。

 

3回目はタイミングが大切だ。泡の中央がくぼみ、表面の泡の層が崩れない内に同様に注いでいく。

 

出来上がりの量になったらドリッパーを取り外し、コーヒーの濃度を整えるように攪拌して、予め温めて置いたカップに注ぐ。

杯数に関わらず、お湯を注ぎ始めてから出来上がりまで3分ほどで入れると良いコーヒーに仕上がると言う。

 

「紅茶は飲んだ事がありますが、珈琲と言うのは初めてですな」

 

差し出された黒い液体にちょっと引きながら、バジウッドはカップを受け取る。隣では総司令官と食料産業長が同じようにカップを受け取っていた。

 

挽きたての香ばしく甘い匂いが鼻をくすぐる。

 

湯気をあげる黒い液体をふーとふいて冷ましながら、鼻を近づけると炒ったナッツのような香ばしさと、チョコレートのような甘いニュアンスが微かに感じられた。

熱さに慎重になりながら、口元に運び、一口すする。

 

柔らかく親しみやすい、程よいコク。

僅かに感じられるクリアな酸味が、すっきりとした味わいと甘味を引き立てる。

ナッツやココアの風味を感じ、次の一口が欲しくなる。

 

 

もう一口すすり、ほうと満足の溜息をついた。

 

 

「気に入ってもらえて良かったよ。俺はこっちの方が好みなんだが、うち(カルネ村)の方では気候が合わなくてな」

 

ジョンの言う気候とは山岳地帯など昼夜で寒暖差が大きい気候で、雨が多く冬が温暖な肥沃な火山性土壌の高地。

幸か不幸かラッパスレア山付近が条件にあっていたらしい。

 

「この作物を我々が……」

「うん。食料産業長、作って貰えないだろうか?勿論、対価は払うし、うち以外に帝国なんかにも売って貰っても構わない」

「そうですな……扱った事のない作物なので、最初の数年は試験栽培と言う形になるかと思いますが……」

 

それでよろしければ、と言う食料産業長の手を取ると「ありがとう!」ぶんぶんと振り回して、ジョンは礼を言った。

 

「バジウッド殿、帝国でも栽培しないかな?苗は提供するよ。産地が違えば味も変わるからな。産地が多いと俺は嬉しい」

「あー俺はあくまで護衛の騎士なんで返事できませんが、陛下にはお伝えしておきます」

「ああ、それで良いよ。今度、ジルにもコーヒーを御馳走しにいこう」

 

 

ありがとうございます。そう礼を言いながら、バジウッドは帝国の山にもドラゴンとか居たら、この人はまた出張って全滅させるのかなぁと遠い目をして思った。

 

 

 

/*/バハルス帝国魔導国大使館

 

 

 

落ち着いた色味で統一された重厚な装飾のジョンの執務室にジョンとデミウルゴスの姿があった。

 

「申し訳ございません!」

 

デミウルゴスは深々とジョンに頭を下げた。

慈悲深き至高の御方は「何のことだ?」と素知らぬ振りをして下さるが、それに甘える事など出来る筈もなかった。

 

「先日の闘技場での一件。私の演出が、カルバイン様のお怒りを買いました事シモベとして許される事ではございません。私の生命を以ってお詫び致します!」

 

 

「……え?」

 

 

バッと自害しようしたデミウルゴスに机を蹴り飛ばして、ジョンは飛びつくと腕を押さえる。

100Lv同士とは言え、物理火力役のジョンと特殊能力に秀でたデミウルゴスでは腕力に歴然とした差があった。

 

「すとーっぷ!すとーっぷ!OK、OK、いいか落ち着け、俺はお前たちの全てを許すって言ってるんだ。気分を害した程度で一々死ぬな。な?お前の代わりは何処にもいないんだぞ?いいな?デミウルゴス」

 

至近で見つめ合う人狼と悪魔。

 

自分の代わりは何処にもいない。その言葉にデミウルゴスは胸が詰まる。

 

もし、もしも至高の四十一人に優劣をつけるとするならば、デミウルゴスにとってその頂点にいるのは他でもない自分を創造したウルベルト・アレイン・オードルその御方になる。

そこの思いに変わりはないし、ウルベルト・アレイン・オードルに代わる御方など何処にもいない。

 

だが、目の前の御方は自らが創造した特別を持たずに、獣王メコン川が創造されたルプスレギナを己の妻の座に付けた。その上でそれでもシモベ一人一人を代わりはいないと言って下さり、実際にシモベたちと食事を取るなどしている。

 

崇拝する至高の四十一人の中で、自身の創造主よりも一段低く、まとめ役であるモモンガよりも一段低く、無意識であっても見ていたと言うのに、隠れる事無くナザリック地下大墳墓に残り、シモベ達に殺される事すら本望だと言って下さる御方の気分を害して許されようと言うのは余りにも浅ましいのではないか。

 

 

そう切々と語るデミウルゴスにジョン・カルバインどん引きである。

 

 

えーいつ何処で俺がそんなに気分を害したかが分からないんですが……どうすれば良いだろう。

モモンガさんばりに愛が深いのはアルベドだと思っていたのに、ここにも拗らせが……厨二病って奴かな?

 

逃避しても解決する問題でもない。

 

「俺はデミウルゴスの行動に気分を害した事なんてないぞ?」

「はい、いいえ。あの時、カルバイン様は『〈興行人(マッチメイカー)〉は誰だ』と、続けて『つまらない試合を組みやがって』と仰りました」

 

(あれはデミウルゴスの仕込みだったのか)

 

やっちまったな。とジョンは思ったが、既に後の祭りである。

そんな事は無いと言い訳しても、頭の良いデミウルゴスは勝手に裏を読んで気を使われたと思うだろう。

 

どうする?

 

どうする?

しばし考え、なら、これしかないと決断する。

 

「そうか……だがな、デミウルゴス!死んで良いと誰が命じた!?」

 

静かな声から一転しての一喝にデミウルゴスの背がびくりと震えた。

 

「お前は、俺の…俺たちの宝だ。それが生きる事を諦めるなど許さない。自分で自分を罰する事など許さないぞ」

 

デミウルゴスの腕から力が抜けたのを確認して、両腕を放すと、左手でデミウルゴスの額を指差す。

 

「罰が欲しければくれてやろう!……歯ぁ食いしばれぇぇッ!!」

 

左足で踏み込み、右腕を引く。デミウルゴスがぐっと歯を食いしばって打撃に耐える体勢を取ったのを確認しつつ、引いた右腕を下から上へ抉るように、デミウルゴスの鳩尾へ叩き込んだ。

 

 

鳩尾打ち(ソーラープレキサスブロー)

 

 

あるかないか分からないデミウルゴスの横隔膜が強打され、肺の空気が一気に押し出される。

すとん、とデミウルゴスの両ひざが崩れ、そのまま身体を丸めるように床に倒れ込む。

 

横隔膜が痙攣し、呼吸が出来ない。

腹腔神経叢(ふくくうしんけいそう)が強打され、激痛が走る。

 

口からは涎が垂れ、空気を求めて喘ぐが身体が空気を受け付けない。

激痛の中で初めて呼吸が出来ない事に気が付き、ぱくぱくと陸にあがった魚のように口を動かす事しか出来ない。

呼吸が出来ずに視界の端が黒く染まり、身体が動かせない。意識が朦朧とする。

 

 

倒れたデミウルゴスを見下ろすジョンは黙って、その様子を眺めていた。

 

 

1分ほど経った頃、ジョンは手元の小さなベルを鳴らし、ルプスレギナを呼ぶとデミウルゴスを回復させ言うのだった。

 

 

「デミウルゴス。お前の全てを許そう」

 

 

綺麗にたたまれたチーフで口元を拭い。デミウルゴスはジョンの足元に跪くのだった。

 

「はッ、しかと…しかと承りました…!」

 

こんな形ばかりの罰で、自分の不敬全てを許し、今後も仕える事を許すと言うジョン・カルバインの寛大さ、慈悲深さに、デミウルゴスの宝石の瞳には涙が浮かぶ。

 

 

 



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第52話:CLUBナザリックへようこそ!

ストックが尽きました。
ついでにはネトゲのレベル上げが楽しくなってきたので、更新間隔が開きます。


/*/バレアレ工房エ・ランテル出張所

 

 

 

エ・ランテルで最高の薬師と呼ばれたバレアレ師がポーションの研究の為に薬草採取地に近いカルネ=ダーシュ村に引っ越し、その工房はしばらく空き家となっていた。

 

エ・ランテルが魔導国支配となってから、その工房に再び明りが灯った。

 

『バレアレ工房エ・ランテル出張所』そう書かれた看板を掲げ、再びポーション販売と魔法道具(マジックアイテム)の取扱いを開始したのだ。ただ周囲の期待を他所にバレアレ家の錬金術師は帰って来ず、代わりに帝国から流れてきた年若い魔法詠唱者が店番をしている。彼女自身は錬金溶剤を使ったポーションを可もなく不可もなくな品質で作ることが出来るようだが、店にバレアレ製品が並ぶのは高位の冒険者たちにとって福音だ。

 

また、村と街を行き来する隊商が出来た為、薬草が(バレアレ工房経由とは言え)これまでよりも手に入りやすくなったのは、周囲の薬師たちにとってメリットだ。

 

この店を切り盛りしている魔法詠唱者の名前を、アルシェ・イーブ・リイル・フルト。

先日、闘技場でジョンに助けられたワーカーチーム『フォーサイト』の一員である。

 

彼女の一日は、妹たちを起こすことから始まる。

彼女が経営する店の二階にある部屋の一つ、妹たちの部屋に向かう。

 

「クーデ、ウレイ、朝よ」

 

部屋のドア越しに声を掛ける。

すると、中でドタバタと小さく物音がして、勢いよくドアが開かれた。

 

「おはよー!お姉さま!」

 

ドアが開くと同時に、中から女の子が飛び出してくる。

部屋から跳び出すと同時に、彼女は「とうっ!」という掛け声とともに跳躍し、アルシェに抱き着いた。

 

「ふみゅっ! 」

「あー!ウレイリカずるーい!」

 

抱き付いてきた妹を床に降ろしながら、アルシェが両腕を開くと空いたスペースにもう一人の妹が飛び込んでくる。

二人を抱きしめると、双子の妹たちは屈託のない笑い声をあげる。二人の頭をぐしゃぐしゃと撫で回しながら、今のこの瞬間の幸せを噛み締める。

 

 

 

妹たちが身支度を整えるまでの間に、アルシェは手早く朝食を用意すると一階の魔法道具の品揃えを確認する。

売っているものは魔法道具(マジックアイテム)と稀少なものだが、冒険者向けの魔法道具の他に帝国から仕入れてきた生活用魔法道具も取り扱っているので、店舗面積はそこそこ広い。前日の店仕舞いに確認した時と品揃えに違いがないか確認すると二階に戻り妹たちを待つ。

 

アルシェがリビングで静かに席について二人を待っていると、クーデリカとウレイリカは競うように扉を開けて入ってきた。

 

「やったー、私が一番乗りー!!」

「うー、まけたー」

 

本当に競争をしていた二人のお転婆ぶりに目を細めながらも、アルシェは一応注意する。

 

「クーデ、ウレイ、あまり走るのはだめ。怪我したらどうするの」

「「はーい」」

 

可愛さ余って強く注意できないから、毎日のように双子の競争は行われるのではないだろうか。

三人が揃ったところで、彼女らは朝食を食べ始めた。

 

「お姉さま。お母さまは次はいつ帰ってくるの?」

「ん、次は5日後」

「お母さまのお土産、楽しみ」

 

魔導国へ一緒に移住してきた母親はメイドとして働きに出ている。

魔導王の眷属であるアンデッドが多数働くエ・ランテルでは、特に太守などの魔導王の近くで働くもののメイドになる者がいないと言う。

嫁入り前にメイドとして花嫁修業もしていた母親はジョン・カルバイン大使の口利きで、太守ラナーのメイドとして働き始めていた。

 

ぶらっく企業にはしないとの言葉の意味は良く分からなかったが、母は大体1週間おきに休日を貰って、ここに帰ってくる。

 

その際にラナーからお土産としてお菓子を貰ってくる事があり、クーデリカとウレイリカはすっかりそれの虜になっている。働いて帰ってくる母親の笑顔が明るいのも、嬉しい誤算だった。そして、雇われの魔法道具屋の店主だが、太守のメイドを勤める都合上、形ばかりだが身分は貴族という事になっていた。

 

運命とは皮肉なものだ。

 

食事を食べ終え、食器などを片付けた後、妹達には洗濯や部屋の掃除を任せ、アルシェは一階の店を開店する。

開店して、しばらくすると店の入口が開かれ、ロバーデイクが入ってくる。彼は客ではなく妹達の送迎だ。

 

「おはようございます、アルシェ」

「おはよう」

 

二階に声を掛けると、またドタバタと物音がし双子が駆け下りてくる。

 

「「ロバーおじさん、おはよう!」」

「おはよう。今日も元気ですね」

 

太守であるラナーが王女時代に王都で開いていた孤児院も、エ・ランテルに引っ越してきていた。

その孤児院の管理を任されたロバーデイクは、子供たちに読み書き算術も教えている。

 

弱者救済の為にワーカーになったロバーデイクだったが、魔導国の神殿のあり方――治療による報酬額が定められており、それ以上の額を請求しない。報酬額も平民が払える額だ――神官や冒険者の自由な診療(ボランティア)を許している事に驚き、感動し、涙を零した。自分の目指した世界がここにはあった。

 

そんなロバーデイクは孤児院の子供達に教えながら、近隣の子供を労働力としなくても良い程度の余裕のある家々の子供たちにも、一緒に読み書き算術を教えているのだった。

 

店を出ると、ロバーデイクが送迎している子供たちとはしゃぎながら、学校でもある孤児院へ向かっていく双子を見送るとアルシェは店内に戻った。

 

 

 

/*/ターマイト商店

 

 

 

ヘッケランは目を覚ますと、腕の中のイミーナを起こさぬようにそっとベッドから起き上がった。

水差しの水を一口飲んで、タオルで身体を拭くと身支度を済ませる。

 

エ・ランテルの市場の商店が立ち並ぶ通りの一つ。そこの商店がヘッケランとイミーナの新たな住処だった。

 

二人は魔導国にエ・ランテルが支配された際に街を去った商店の一つを改装して、ターマイト商店として使っている。

立ち去った商店は他の街に伝手がある商店だっただけに一等地の広めの商店を入手できたのは運が良かった。

 

取り扱う商品は少量多品種で、まだまだジャンル分け出来ていない。

 

冒険者が必要とする雑貨から、一般向けの商品や富裕層向けのお菓子まで雑多に取り扱っている。売上を伸ばして店を複数持てるようになりたいと思ってしまうほどだ。

 

今朝の食事当番であるヘッケランは手早く朝食の用意を始める。

 

冬の朝だが、魔導国大使ジョン・カルバインの手配してくれた建物は魔導国の手によって《環境防御結界》《毒ガス防御結界》等の魔法がかけられ、とても快適だ。台所には『湧水の蛇口』と『発火の焜炉(コンロ)』が設置され、毎日の水汲みも火起こしもいらない。天井に取り付けられた飾り気のない逆三角形の土台に細長い《永続光》が付与された照明器具でムラなく室内を照らしている。

 

これらの魔法道具は簡単な改装で既存の建物に設置できるのが売りで、アルシェの魔法道具屋で取り扱っている商品でもあった。

 

トイレだけは『じゅんかんがたしゃかいの構築の為』とかの理由で既存のものを《毒ガス防御結界》等で匂いなどが漏れないようにしたものだった。これまでのように下水に汚物を流す事を許さず、この人の糞尿は毎日、近隣の農村が肥料にする為に回収に回ってくるが――驚いた事にこれは有料で引き取られるのだ。

 

お金を払って引き取ってもらうのではない。

 

農村で買い取ってくれるのだ。これによりスラム街などの衛生環境も劇的に良くなったと言う。

それはそうだ。これまで文字通りの汚物だったものが、金を生み出す卵になったのだ。人間など金になるものには幾らでも正直になると思っているヘッケランからすると当然の結果だが、こんな方法で街が綺麗になるとは思ってもいなかった。

 

食事時に考える事ではないなと、頭を振って考えを追い払うと用意した食事をテーブルに並べ、まだ起きてこないイミーナを起こしに寝室へ向かう。

 

 

 

食事を終えると手早く片付けし、揃いのエプロンをしてイミーナと二人で階下の店に向かう。

 

店舗内には様々な雑貨が並んでおり、入口に近いところにカウンターとショーケースがある。ショーケースは驚きの全面ガラス張りで《保存》の魔法が付与されている。内部にはチーズケーキやカヌレが並び、調光された《永続光》で美味しそうに照らし出されていた。

 

歪みのない曲面ガラスだけでも高価なのに、それを使ったショーケースを用意できる魔導国の財力、技術力には舌を巻くばかりだ。

 

店内に異常がないのを確認すると扉をあけて、店の前にテーブルと椅子を出し、パラソルを刺して、客席を幾つか設ける。

設置が終わるとヘッケランは空を見上げて腰を伸ばした。冬の良い天気だった。

 

「今日は良い天気だな。今日も来るかな?」

「来るんじゃないかしらね」

 

イミーナの言葉に頷くと店内に戻って、カウンター内に設置された『湧水の蛇口』から水を汲むと『発火の焜炉』でお湯を沸かし始める。

そうしてると、本日一人目の客が訪れてくる。

 

「おはようございます」

「おはようございます!モモンさん」

 

漆黒の全身鎧に身を包んだ大柄な戦士。エ・ランテルの誇るアダマンタイト級冒険者、漆黒のモモンだった。彼は時折、店を訪れては店舗前の席から市場を行き交う人々を見守るように見つめている。

 

「今日は何にしますか?帝国産の豆が少し入荷してますよ。なんでもドワーフが作ったとか」

「ほう?それじゃあ、それを貰おうか」

「はーい。ヘッケラン、珈琲1つ」

 

イミーナに了解の合図を返すとヘッケランは珈琲を淹れ始める。ワーカー時代は珈琲など淹れた事もなかったが、店を出すにあたってルプスレギナから紅茶と珈琲の淹れ方の特訓を受けたお陰で、美味いお茶を出せると思っている。

 

湯気のあがる珈琲をモモンの前に出すイミーナ。それにはカヌレが添えられていた。

 

「……これは?」

「サービスです。ンフィーレアさんの新作ですよ」

「そうか。ありがとう」

 

モモンが良く訪れる店と言う事で、冒険者や一般人の注目も集められて集客で助かっているのだ。このぐらいのサービスは安いものである。

いつものように気が付くと減っていく珈琲とカヌレ。決して兜を脱がないモモンがどうやって気がつかれないうちに飲んでいるのかはエ・ランテルの七不思議の一つだ。

 

「……ほろ苦い皮の後を追ってくる、もっちりとした中身の甘味と洋酒の香りが良いな」

 

律儀にサービスしたカヌレの感想を聞かせてくれる気遣いは、流石にアダマンタイト級に上り詰めるだけはあると思う。お陰で新商品の売り文句に困らない。ヘッケランはモモンの感想を小さな黒板に書き込むとPOPとして、ショーケースの前に設置する。勿論、新商品の珈琲豆にもモモンの感想を添えてPOPを設置だ。

 

モモンが店を出て、お昼までは近所の者たちがお客の中心だ。お昼を過ぎた頃から、ぼちぼち冒険者たちの姿が増えてくる。彼らは『携帯燃料』や『ロープ』などを中心に購入していくが、女性冒険者にも甘味の需要が高まってきている。

 

この商店で扱う『ロープ』は〈蜥蜴人(リザードマン)〉が器に使うヤシの実に似た木の実から取れる繊維で作られたもので、水に強く丈夫で軽いとあって密かなヒット商品だ。

 

如何なる種族でも平等に受け入れると言う魔導国の主張の通り、この店の商品は様々な種族の知恵が詰まった商品が多く並んでおり、それを見るだけでも知識欲が刺激されると魔術組合長も訪れるほどだった。

 

 

 

/*/バハルス帝国帝城

 

 

 

鮮血帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは焦燥していた。

騎士団も、魔法省も、神殿も、魔導国の圧倒的な力の前に心をへし折られ、立ち上がる事が出来ないでいる。

 

戦わずして負けたようなものだ。

 

そのくせ平民からの人気は鰻登りだ。天才剣士を独力で打ち倒す強い皇帝とのイメージがついてしまっている。魔導国がその気になれば、皇帝をすり替える事も出来る事実を公にするわけにもいかず、騎士団なども本気にし始めているのが頭の痛い問題だ。

 

胃が痛いのも、朝起きた時に枕に髪の毛がびっしり付いてるのも、全て魔導国が原因だ。

 

独占していたドワーフ達との交易も、魔導国はドワーフたちと国交を結び、交易どころか技術交流まで始めていると言う。

他の国と同盟を結び強大な魔導国へ対抗しようにも、既に法国も王国も魔導国の属国だ。

 

王国や法国のように力で捻じ伏せられる前にと属国化を大使ジョン・カルバインに申し出たが、その場で断られてしまった。

 

やはり、魔導王はアンデッドらしく生者を憎んでいるのだろうか?

一度は苦しめ、殺戮しなければ、支配しないと言う事なのだろうか?

それとも、やはりアンデッドの感性で生者の苦しむ姿を楽しんでいるのだろうか?

 

答えの出ない問いにジルクニフの優れた頭脳はぐるぐる思考をループさせ続ける。

 

今日の執務を終え、寝室に向かうジルクニフだったが、その彼の前に漆黒の闇が生まれる。

ぽっかりとした黒い穴。それは何もかも吸い込みそうな漆黒の色を湛えていた。

 

「陛下!!」

 

異常事態にバジウッドとニンブルの二人がジルクニフの前に出る。

 

「……こんばんは、ジルクニフ。良い夜だな」

 

闇の中から聞こえてきたのは、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の声だった。暗い闇の中から滲み出すように豪奢な衣装に身を包んだ不死者の姿が現れる。続いて人狼(ジョン)の姿も現れた。

 

「ジョンさんから報告を受けてね。迷惑かもしれないが、早急に君と話し合わなくてはと、飛んできたのだよ」

「……飲みながら、少し話さないか?」

 

酒瓶をかざして、ジョンが言う。酒の席を用意したとの事だったが、安全保障上の懸念から〈転移門(ゲート)〉を潜るのは丁重にお断りし、帝城の一室で席を設ける事とした。

 

 

 

白い石材で作られたバルコニー。そこには深い色合いの木材から作られたデッキチェアが置かれていた。座面に張られた布には端に細かな細工が施されている。

用意されたチェアにもたれ掛かりながら、夜の帝都アーウィンタールを眺める。

 

灯りによって照らされた帝都は豊かさの象徴だ。

 

大通りに設置された『永続光』の街灯は帝国の財であるし、そこを市民が行き交うからこそ灯りが点る。

ジルクニフはそんな帝都の夜景を見るのが好きだった。いつも見るたびに胸に広がるのは己の内政による確かな手応えと充足感であった。しかし今となっては掻き消えてしまいそうな、そんな夢幻の光景に思えてくる。

 

「……活気のある良い街だな」

 

琥珀色の酒が注がれた杯を前に、夜景を見つめるアインズ・ウール・ゴウン魔導王の口から言葉が漏れた。

 

「そうだろう。……自慢の街、国…なのだ」

「ああ、羨ましく思うぞ」

「……では…では!!どうか貴国の属国として欲しい!法国や王国のように民を蹂躙しないで欲しい!」

 

帝国皇帝としてではなく、帝国を愛する人間ジルクニフの叫びだった。

不死者の眼窩に燈る赤い光がジルクニフの心の底まで覗き込むようにじっと向けられた。

 

「蹂躙も、属国もしない。ジルクニフ、君は私たちの友だ。友とは対等なものではないか」

私たち(人間)の知恵も力も、お前たちと対等とは言えないではないか!」

 

皇帝の真意の発露に控える者たちは息を呑んだ。

しかし、アインズは静かに答える。

 

 

「だが、活気のある国を作る事は出来る。私にそれを教えてくれると嬉しい」

 

 

そう言って、真摯に頭を下げたアインズの姿にジルクニフは息を吞んだ。

エ・ランテルは静かな街になってしまった。私は多様な種族の集う活気のある国にしたいのだ。

そう続けたアインズの言葉の裏を探ってしまうジルクニフだったが、ジョンの言葉でさらに分からなくなる。

 

「ジル、お前は難しく考えすぎなんだよ。……この世界にきて、お前が初めて俺たちに友になろうと言ってくれたんだ。それが何より俺たちは嬉しかったんだよ。帝国として俺たちに謀をする時もあるだろうさ。それでも、お前が友でいてくれるなら、俺たちはそれで良い」

 

幼い頃より皇太子として育ったジルクニフには友と呼べる者はいない。友とは物語の登場人物が持つものでしかなかった彼には、ジョンの言葉は理解し難いものだった。

 

拗らせたリア充ぼっちである彼に友人が出来るのは、まだまだ先の事のようである。

 

 

 

/*/CLUBナザリックへようこそ!

 

 

 

「ほら、モモンガさん。はやくはやく」

 

ジョンがそう言っているのはナザリック第9階層の廊下だった。

モモンガを誘う先にはジョンの私室。酒でも飲もうとジョンが言い出したのだ。

 

メイドが扉を開けてくれ、中に入った二人を出迎えたのは同じくメイド+αだ。

 

「「「いらっしゃいませ、モモンガ様」」」

 

両手をへそのあたりで交差させて、綺麗な一礼で出迎えたのはプレアデスの6名とアルベド、シャルティアの8名だ。

……ただし、全員がバニーガール姿だったが。

 

「な、な、な」

「今日はお疲れのモモンガさんの慰労を兼ねて、少し趣向を凝らしてみました」

 

わざわざ人型で出迎えに来て、『自己変身の指輪』で自分(モモンガ)も人間形態で連れ込むから何かあるとは思ったが、こんな事だとは思わなかった。

 

「……これはあんたの趣味でしょう?」

「そんな事いってぇ。モモンガさんだって、バニースーツ仕舞いこんでるのは知ってるんだからね」

 

どこでそれを!?と問い質そうとして、目の前のアルベドの姿を見て納得した。

アルベドが引っ越してきた際に自分のコレクションを隅々までチェックされていたなぁと遠い目をする。

 

アルベドが来ているバニーコートこそ、モモンガのコレクションの品だったのだ。

 

「モモンガ様、如何でしょうか?」

 

そう言うアルベドは羽根をどうにか仕舞ったのか。角と羽根の無い姿で白いバニースーツに身を包んでいた。

女性NPCに着せてみたいと購入したが、死蔵していたコレクションだ。自分の性癖を調べ上げて、メンバーたちがアルベドを創造したと言うだけあって、アルベドの容姿はどストライクだ。如何でしょうと問われれば、それは確かに。

 

「ん、んん。な、なかなか魅力的だぞ、アルベド」

 

微笑みながら「それは良かったです。くふふふ」と嬉しがるアルベド。

艶やかな笑みは転移直後と比べて余裕があるように感じられる。

 

ソファーへ誘われ、どかりと腰を下ろすとモモンガの左右にアルベドとシャルティアがつく。ジョンの方はルプスレギナだ。

皆と同じくバニーガール姿のユリ・アルファとナーベラル・ガンマが、モモンガとジョンの目の前のクリスタルガラスの杯に琥珀色の酒を注いでくれる。

 

目の前に現れたユリのたわわな果実に思わず目を奪われたモモンガは、罪悪感を感じ、心の中でやまいこに詫びる。

 

一方、人間形態のジョンは裸の上半身に赤い上着を羽織った姿にも拘らず、ルプスレギナを抱き寄せながらグラスを手にしている。

その場慣れしてる感がモモンガ的にはムカついた。

 

「エ・ランテルでアインザック組合長に接待された時は、はっちゃけられなかったからな。今日は楽しもうじゃないか!」

 

ジョンはそのまま手にしたグラスを掲げて、「アインズ・ウール・ゴウンに…」とモモンガへ向けてくる。

 

「「乾杯!」」

 

くっとグラスをあおると、口の中に広がった酒からバニラやナッツのような香りが広がり、酒精が喉を焼く。

 

「……随分と慣れてる感じですね。リアルでも遊んでいたんですか?」

 

思わず恨めし気な声をジョンへ掛けてしまう。

 

「いいや。リアルは仕事と道場とユグドラシルの三角食べでしたよ。営業やってたモモンガさんの方が機会あったのでは?」

「接待する程の優雅な仕事はしたことないですね」

「……ジルなら、こーゆーの慣れてそうですけどね」

「フレンドリーに接してるつもりですが、なかなか打ち解けてくれませんね」

 

そっと、モモンガの太ももにアルベドの手が添えられる。視線をアルベドに向けるとアルベドが口を開く。

 

「モモンガ様。あのような人の皇帝にお慈悲を与え続ける事はないのではありませんか?」

「そう言うな。アルベドよ、友と言うものは得難いものだ。そこにどのような思惑があったにせよ。私と友になろうと言った彼の心意気を私は汲んでやりたいと思うのだよ」

「はっ。差し出がましい事を申しました」

「よい」

 

人間形態でも支配者ロールを行うモモンガへ呆れたような声をジョンは掛ける。

 

「俺たちしかいないんだから、モモンガさん。もっと砕けようよ。アルベドの肩に手を回すとかさ。出来ないなら、アルベドがやってやれよ」

「何を言ってるんですか」

「……モモンガ様、少々失礼致します」

 

ジョンの言葉を受けて、アルベドはモモンガの腕を持ち上げると自分の肩を抱くように回し、モモンガにぴたりと寄り添った。

慌てたモモンガだったが、反対側に座るシャルティアから「モモンガ様、アルベドにお慈悲を御与え下さい」との援護射撃に黙るしかない。

 

「ほらほら、モモンガさんも飲んで飲んで。……そう言えば、シャルティアは俺たちがペロさんと喋る時に近くに居た事が多かったけど、会話の内容覚えてる?」

「はい!勿論でありんす!」

「じゃー、ギャップ萌えとかの話とかも?」

「普段、強気な者が時折見せる弱気な面によりそそるとかの話でありんすね!」

「そうそう」

「そういう意味では統括殿はモモンガ様に、もう少し恥じらってみせると効果的と思うでありんす」

「……そんな事を言っても、モモンガ様ったらイケずなんですもの」

 

ぴたりとモモンガに寄り添い。その胸にのの字を書くアルベドにモモンガは引き攣った笑いを浮かべるしかない。

 

「それ! それでありんすよ! がっつりいくと思わせて、そこでそう引いてみせる! なんでそれが出来ないでありんすか!? このがっかりサキュバスは!」

「あ、愛する人にそこまで冷静に計算ずくで向き合えるわけないでしょ!」

「だから、がっかりサキュバスなんでありんすよ!」

 

自分を挟んでやり取りする様子に愛おしさがこみ上げ、モモンガは思わずアルベドの肩に回された手で、アルベドの頭を撫でる。

 

「モ、モモンガ様」

「あ、すまない。アルベド」

「いえ、そのような事を仰らずに、もう少し」

「あ、ああ、そうか。……しかし、角のないアルベドと言うのも新鮮だな」

「はい。私も《自己変身の指輪》で50Lv相当の人間の姿を取っております」

 

そう言って、腕の中から見上げるアルベドの恥じらうような笑みにモモンガは心臓を撃ち抜かれた。

 

その後はシャルティアを交えて、ギルメンの思い出話に花を咲かせ、夜も更けるとモモンガは白いバニーガール姿のアルベドを伴って自室へ引き上げていった。

 

その後に何があったのか……翌日は妙にキョドったモモンガと夢見心地のアルベドがいた事だけは記しておく。

 

 

 

 




本当ならCLUBナザリックにジルクニフを招待して第5部が終わる筈だったのだけど……無理だったよ


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第6部
第53話:すまん!説明回なんだ


見て!私の性癖を見て!


 

/*/ バハルス帝国in魔導国大使館 /*/

 

かつて帝国の大貴族と言われていた人物の邸宅も今はアインズ・ウール・ゴウン魔導国の大使館だ。

邸宅の一室では階層守護者にて最強のシャルティア・ブラッドフォールンが、切々と心情をルプスレギナへ語っていた。

 

「……と言うわけでナザリックに常駐している私には何もないでありんす。わざわざリザードマンのところからコキュートスを呼ばなくても、わらわが第六階層でお相手致しますのに……」

 

一息に長セリフを言い放ち、クッキーをバリバリと頬張ると、くーッ!とティーカップの珈琲を呷るシャルティア。

その様子に(ジョッキにビールでも出した方が良かったっすかね)と思いつつも、口にはしないルプスレギナだった。

 

「第六階層って言うとジョン様、円形闘技場で新技開発するって言ってたっすね……」

「だから!それなら!私に言ってくだされば幾らでも的になりんす!」

「……なんか似たような話が最近あったような気がするっすよ」

 

まーいいかと気持ちを切り替え、安酒のように珈琲のお代わりを呷るシャルティアへ声をかける。

 

「男胸さん……」

「……これは貧乳派のペロロンチーノ様が定めて下さった萌えでありんす。侮辱は至高の御方への侮辱でありんすよ」

 

「すみませんでした」

 

ルプスレギナの煽りに含まれる持つ者の優越感と嗜虐趣味の悦楽、微かな侮蔑。

それを感知したが故の感情を殺した瞳、平坦な声でシャルティアが返せば、ルプスレギナは大使夫人に相応しいドレスが汚れる(メイドたちが隅々まで磨き上げた邸内で汚れるわけもないが)のも構わず見事な土下座を決めた。

 

「……カルバイン様っぽいでありんすね」

「ジョン様っぽいだなんて、そんな……照れるっすよー」

 

一瞬前の絶対零度の空気を忘れたように、ころころと笑うシャルティアとルプスレギナだが、給仕についてる一般メイドたちの肝は冷えっぱなしである。

シャルティアに随伴してきた吸血鬼の花嫁は普段からシャルティアの目まぐるしく変わる機嫌とテンションに苦労している事もあり、気の毒そうな視線を一般メイドたちに向けていた。

 

「ジョン様にも何かお考えがあると思うっすけど、それはそれとしてお願いしてみるっすよ」

 

だから、今から第六階層へ行くっすよ。

 

「え、や、そんな至高の御方へ恐れ多くも直訴するだなんて……」

「それ言ったら、アルベド様の立場がないっすよ」

「あの大口ゴリラがやってるなら……問題ない? あれでも頭は良いでありんすから、そう判断して、実際に許されてるわけで……いや、でも…」

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第六階層 /*/

 

 

シャルティアとルプスレギナが円形闘技場に到着した時、その中央でコキュートス相手に珍妙な動きをしている青い人狼がいた。

自身の特殊技能の使用方法についてコキュートスで実験しているジョンだった。

 

左右の掌をコキュートスの両脇腹に打ち込むと同時に頭突きを腹部に打ち込む。

 

一瞬の後、コキュートスは口から血を吐き出しながら崩れ落ちた。

ジョンは貫通力の高い勁力(浸透勁)3発を一気に両脇腹と腹部に打ち込んだのだ。その衝撃力……浸透勁のラインを、体内の一点に重ねることで集中点の破壊力を増大させる。いわゆるガンマナイフの原理だ。

21世紀初頭に連載されていた漫画の【凶叉】と言う技からから着想を得た(パクった)技だった。

 

体内で交差した浸透勁3発の衝撃力は集中点でそれ以上の破壊力を発揮する。

 

階層守護者に一撃で膝をつかせた技へ、シャルティアは惜しみない賞賛を送る。

「流石は至高の御方。いと高き方の栄光の技を目撃する栄誉に私は胸が一杯でありんす」

シャルティアの深紅の瞳は至高の御方の御業に興奮で濡れているようにキラキラと輝いて見えた。

 

「シャルティアにルプーか」

いつもすらすらと誉め言葉が出てくるのは凄いなーと思いつつ、ジョンはルプスレギナへコキュートスを回復させるよう命じる。

 

血反吐を吐いてはいるが、いつもの〈手加減〉で致命傷は免れているコキュートスの回復を行うルプスレギナ。

 

モモンガが王国攻略の時に戦術的な思考の訓練を守護者たちに行っていたので、自分も負けてられないと奮起したジョン。

回し受け、正拳突きなどもスキルに頼らないで行い、スキルと同時発動で効果が上がらないかなど実験しているのだ。

そこにコキュートスの回復を終えたルプスレギナが問いかける。

 

「ジョン様、戦闘訓練と実験にシャルティア様も加えていただけないでしょうか」

 

ルプスレギナの問いに「ふむ」と腕を組むジョン。不敬ではと慌てるシャルティア。

 

「んー……今回は両手と頭突きで浸透勁3発を同時に打ち込むアレンジにしたし、身長差で俺より小さいシャルティアでは実験できなかったんだよな」

 

能力的にも装備的にもシャルティアの方がサンドバッグにするのに向いているんだが……。

……絵的にも美少女をサンドバッグにするのはちょっと……なぁ。

 

戦闘するなら気にしないけど、実験でサンドバッグにする分には余裕がある分だけ色々余計な事を考えてしまう駄犬であった。

 

「そうだな……せっかくだから、ルプーの〈精神結合〉を使って合体技をやってみよう!」

 

「合体技……で、ございますか?」

「合体技……オオ、漢ノ浪漫デスナ」

 

武人建御雷の魂の欠片を持つだけあって、コキュートスは合体技に理解があるようだ。

合体技……何が良いだろうかと考えて、自身の〈特殊技術(スキル)〉構成では出来ない技を幾つかピックアップする。

幾つかの候補から選ばれたのは、綾鷹です……では無く。

 

剣聖剣技のひとつ。3体分身と同時にソニックブレードを放ち、ソニックブレードの後を追う形で突撃して攻撃する大技だった。

 

本来は3分身して行う技だが、精神結合した一種の群体となったPTでなら可能かもしれないとジョンは考えた。

そもそも〈真空斬り(ソニックブレード)〉はイイ感じに手刀を振り回したら出来た技。スキルでも戦技でもないので、シャルティアもコキュートスも出来るのではないかと精神結合で各々の身体をジョンが操作する形で練習し、それぞれが己の身体に合うようにアレンジしていくと流石は階層守護者。〈真空斬り(ソニックブレード)〉を己がものとした。

 

円形闘技場勤めのドラゴン・キンに的を用意させながら、念の為にルプスレギナは客席まで退避させる。

 

単純に6発分の攻撃を一度に打ち込む攻撃になるのか、さきほどの【凶叉】のように増幅されるか分からなかったが、増幅された場合は【凶叉】とは比較にならないと予想したからだ。

 

「技のタイミングは俺が取る。技の解放は各自で。いくぞ!」

 

ジョンの掛け声と共に各々が〈真空斬り(ソニックブレード)〉を放つと、それを移動系の〈特殊技術(スキル)〉で追い掛ける。

トリプル・ソニック・ブレードの衝撃波と共に標的へと飛び込み、ジョン、シャルティア、コキュートスが必殺の技を放つ。

 

莫大な力の集中に標的が光を放った。

 

光を放ちながら標的は粉砕され、力が一点に集中した余剰エネルギーが解放される。

円形闘技場内部で爆風が吹き荒れ、吹き上がった爆炎は約200m上空の天井まで焦がした。

 

「オオ、コレハマサニ……」「至高の御方に相応しい御業でありんす」

「強力すぎて威力が計れないが、こないだ相手した魔樹のHPでも一撃で相当削れるんじゃないか」

 

爆風で壁面まで吹き飛ばされたジョン、シャルティア、コキュートスは三者三様に立ち上がりながら感想を零す。

ジョンの(……使う相手いるといいな、これ)という言葉は発せられる事はなかったけれど。

 

「すげーっす! 流石はジョン様っす!」

 

客席にいたルプスレギナは障壁に守られて無事であり、目の前の爆発に大興奮だ。

 

 

「……それぞれレポートを提出するように」

 

 

舞い上がった埃が落ち着きつつある円形闘技場に落ち着いた声が響いた。

いつもの装束に身を包んだ〈死の支配者(オーバーロード)〉……モモンガの登場である。

 

 

/*/

 

 

円形闘技場に姿を現したモモンガは、手に細長いものを持っている。読者に分かり易く伝えるなら小銃だ。

シャルティアたちが一斉に平伏するのを鷹揚に頷き返しながら、立つように命じるモモンガの支配者ロールは幾度も繰り返しただけあって様になっている。

 

「やっぱり、火薬が燃焼しませんね」

 

残念そうな声色で手にした小銃を翳す。トブの大森林で火薬の燃焼実験を行ってきたが、何故か火薬が燃焼せず銃器類の武器は使えないとの結論に至ったモモンガだった。

それに対してジョンは訝しげに答える。

 

「ここでシズと撃った時は大丈夫だったんだけど……」

「なんでしょうね。ナザリック内部は別なんでしょうか。むむむ、玉座の間に移動してシステムをチェックしてみましょう」

 

なにか見落としてるコマンドがあるかも。そう言って転移していく〈死の支配者(オーバーロード)〉をシャルティアたちは頭を垂れて見送る。

ジョンは《じゃー俺は汚れを落としてから向かうよ》そう〈伝言(メッセージ)〉をモモンガへ飛ばすと、一同に解散を告げ、第九層の私室へ戻った。

 

人間形態をとってシャワールームへ入ると(人狼形態では毛が多くて洗うのも乾かすのも大変なのだ)、血と汗と汚れを洗い流し、外で控えるカルバイン付きメイドから、ふかふかのタオルを受け取るとガシガシと髪と身体を拭き上げる。直接に身体を拭くのは勘弁してもらっている。

 

パンツとズボンを穿いて、ルプスレギナに差し出されたアイスコーヒーに刺さったストローを咥えた。ブライトな酸味のある個性的なコーヒーだ。後味は甘く短くすっきりしている。

氷のからんと鳴る涼やかな音を聞きながら、空になったコップをルプスレギナに返したところでモモンガからの〈伝言(メッセージ)〉が届いた。

 

《ジョンさん、今すぐ玉座の間に来て下さい》

《またオレ何かやっちゃいました?》

 

伝言(メッセージ)〉にも感じ取れるモモンガの困惑に軽口を叩きながら、今度はどんな未知が押し寄せてきたのだろうとワクワクしながらジョンは玉座の間へ転移していった。

 

 

/*/  第九層 玉座の間   /*/

 

 

「マスターソース・オープンして見てください」

 

人狼形態に戻って玉座の間を訪れたジョンへモモンガの声が掛けられる。声の調子から感じられるのは困惑と……興奮だろうか?

 

マスターソース・オープンと言葉にし、目の前に開かれたウィンドウ。そのギルドメンバーの欄を見ろとモモンガは言う。

ログイン状況に特に変化はない。〈自分(ジョン)〉とモモンガだけがログイン状態で表示されている。

 

「……こ…れ…?」

 

ある一点に気が付いたジョンは絞り出すように声を発した。

 

101Lvジョン・カルバイン

 

「……な…ん……で…?」

「私が知りたい。……昨日まではなんとも変化はなかったんですけどね……あ」

「?」

「昨日は経験値がカンスト寸前でした。今日になって経験値が溜まってレベルアップしたんでしょうね」

 

毎日ギルメンのログイン状況チェックしてんのかよ、という言葉は呑み込む。モモンガの愛の重さは今に始まった事ではない。

 

「……ああ、俺……こっち来た時は、レベル戻したばかりで経験値カンストしてなかったからか」

 

今日になってのところに気が付いて、ジョンは納得する。転移前のイベントでデスペナルティでレベルを失い、そのまま最終日を迎えてなるものかと徹夜でレベルを戻したのが、遠い昔のように感じる。

 

「そうです。これは面倒な事になりましたね」

「面倒?」

 

モモンガの言う面倒の意味が分からず首をかしげるジョン。

 

「これでは何処の時点で上限突破したのかわかりません」

「ああ、やっぱりモモンガさん頭良いねぇ」

 

昨日から今日にかけてレベルアップはしたが、ロック解除が何時だったか?

経験値が累積していく何処でロック解除されたのかが、特定できないと言うモモンガに素直にジョンは感心する。

 

「褒めても何も出ませんよ。ふむ、経験値カンストしてるのは、私の他は一般メイド数名ですが、こっちは変化なしと」

「レベルアップしてるのは俺とルプーになるのか」

「あとは〈星に願いを〉でレベルアップさせた一般メイド数名ですね」

 

ジョンに褒められ、満更でもないモモンガだったが、それはそれとして経験値がカンストしてる者たちを確認して異常が無いことを確認する。

階層守護者たちも経験値の蓄積はあるが、まだカンストするまで至っていない。彼らがレベルアップできるか確認できるのは今しばらく先になるだろう。

 

「ジョンさんとルプスレギナに共通していて、他の者がしていない事……」

 

むむむ、と考え込む〈死の支配者(オーバーロード)〉に、青い人狼がハイハーイと両手を上げて主張する。

ノリの良さに小さく笑みを零しながら、「はい、ジョンさん」と指名する。

 

「外のものを食べて、う〇こしてる!」

 

そんなこったと思ったよ、と眼窩の赤い光を冷ややかに煌めかせながら「外食なら、ソリュシャンもエントマもアウラもマーレもやっただろう」と告げる。

だが、1度で止めるならアホの子とは言えない。

 

「じゃー互いに熱く愛し合って、貪り合ってる」

「うるせぇ黙れ。それならハーレム禁止令したセバスだってレベルアップするだろう」

 

一応、セバスの欄を確認しながら吐き捨てるモモンガ。そもそも経験値がカンストしてないので、レベルアップするか分からない。

ツアレを始めとした王国出身の人間メイドはマスターソースに載っていないので確認は出来ないが、もともとのこの世界出身なのだからレベルアップは問題なく出来るだろう。

 

 

「その他だと……シャンに憑依されたとか、〈沸騰する混沌の核(アザトース)〉の端末に接触したとか……かなぁ」

 

 

3度目のおふざけはやめ、真面目な声色で天を仰ぎながら、こちらに来てからの出来事を思い起こし、〈自分(ジョン)〉とルプスレギナだけに起こった事を上げる。

 

「そのぐらいしかないですね。……〈沸騰する混沌の核(アザトース)〉の周辺って思考が現実になるんですよね?」

「タブラさんの説明ならそうだよね。思考領域だっけ?領域思考?」

 

アザトースは、ハワード・フィリップス・ラヴクラフトの作品およびクトゥルフ神話に登場する架空の神性でアザトホースとも言われる。「魔皇」「万物の王」「白痴の魔王」と呼ばれ、神々の始祖とされる。

 

造化神とされる場合もあり、ハイドラの犠牲者がアザトースの思考範囲内に入って失われた自分の肉体を形成する事も可能だが、誤って次元の帷の向こうに居るアザトースの姿を見てしまうと破滅すると言う。

また、アザトースがこの宇宙を創ったとする説もある。言うなれば「生きた物質創成の場」である。

 

世界はアザトースの夢であり、アザトースが目覚めれば世界は滅ぶとも言われ、それ故にアザトースの思考こそが世界の法則であり、世界を世界たらしめる。知性と意思を持たない白痴であるからこそ、その夢に己の思考を割り込ませれば、それは世界のありようとなる。

 

「……おかしいとは思っていたんですが、〈不死鳥召喚(コール・フェニックス)〉って〈森祭司(ドルイド)〉の魔法で、ルプスレギナは習得できないですよね」

 

マスターソースで確認しても、〈森祭司(ドルイド)〉を取得した様子は無いし……とモモンガ。

 

「俺の為に習得したって、ルプーは言ってたぜ」

「ふむ……その思考で自分を書き換えた事でレベルアップできるようになった……って事ですかねぇ」

 

外部ツール使用のチートっぽいなとジョンは思い。

モモンガは「信じる心が力になるとは言いますが……」自身を自身の願いで書き換える行為に、微かな羨望を感じながら呟いた。

 

「……ジョンさんは…」

「うん?」

「……ジョンさんはブラックホールに吸い込まれてる間、何考えてました?」

 

「〈天地合一(てんちごういつ)〉使って、ブラックホールの外気を取り込んで自分のチャクラを回して、より強く、大きくなって脱出する事……かなぁ」

 

そんなカッコ良い事は考えてなかったと〈青い人狼(ジョン)〉は笑う。

 

「……そうすると私たち転移してきたものがレベルアップするには、〈沸騰する混沌の核(アザトース)〉の端末に接触して自身を書き換える事が必要……って事になりそうですね」

「……難易度高くない?」

 

レベルとか関係なく危険だよねぇと遠い目をする〈死の支配者(オーバーロード)〉と〈青い人狼(ワーウルフ)

 

「シャンを生け捕りにするべきでしたね」

 

あの減速空間と魔樹とかを利用しての技術は安全に〈沸騰する混沌の核(アザトース)〉の一部を召喚するのに役立ったでしょう。

そう続けるモモンガの言葉に、ジョンは詫びるしかない。

 

「あーごめん。幽体化してるところを潰しちゃったから、死体も残らなかったものね」

ナザリックにおいては、死体は黒幕も情報源も吐くのである。

 

「まあ、ビヤーキーが召喚できるんだから、図書館を探せば〈沸騰する混沌の核(アザトース)〉の召喚もあるでしょう」

確かに最古図書館 アッシュールバニパルになら、『妖蛆の秘密』くらい間違いなくあるだろう。タブラ・スマラグディナあたりが、収蔵していると間違いなく設定している筈だ。

「あれって、あぶなくね?」

 

ジョンの心配ももっともだ。アザトースとは物理的にはブラックホールであるから、退散させる事が出来ないと際限なく膨張し、世界を呑み込んでしまう。

 

「司書たちに調査させて、どこか安全を確保できそうな場所と規模で傭兵モンスターを使って実験してみましょう」

「こないだのマイクロブラックホールサイズでもヤバい破壊力だったよ……?」

 

蒸発の余波で大陸中でオーロラが観測されたくらいなのだ。今度やったら竜王とか言うのが駆けつけてきてもおかしくはないだろう。

 

「そこはほら、軌道上に実験場でも作って」

 

「宇宙ステーション!?やっばドキドキしてくるよ」

 

浪漫を前に危機感は吹き飛んでいった。

 

 

/*/

 

 

「……それにしても良かった」

「良かった?」

「ええ、ジョンさんのレベルアップがちゃんと戦闘系のクラスが上昇していて良かったです。……この状況で一般クラスとかでレベルアップしてたら、本気でしばくところでしたよ」

「夜の営みとか?」

「ええ、ええ、そんなの上げてたら、蘇生実験の為に全殺ししてレベルダウンさせてレベリングさせてましたね」

 



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第54話:聖王国編なんだ。帝国編は待っておくれ

 

 

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朝のモモンガ私室。

魔導国の各支配地域からの報告書を新聞代わりに読む〈死の支配者(オーバーロード)〉と〈青い人狼(ワーウルフ)〉の姿があった。

 

リ・エスティーゼ王国の皆殺しにした北部の大規模農場化の完了報告。

 

そこに住む住人を皆殺しにした北部の空白地帯。そこにバルブロに作らせた13万を超えるアンデッドの軍勢を解き放ち、ジョン指導の下で大規模開発を行い無人の農業生産体制を確立していたのだ。人がいなくなっただけであり、畜産動物は無事だった事もあり、大量の卵、ミルクの収穫も可能になっている。……なってはいるが現在のところドラゴンを使った高速物流網がエ・ランテル周辺にしかなく、まだまだ数も少ないことからほとんどが廃棄されてしまっている。

 

「これは勿体ないですね」

「回収できる分は回収して、エクスチェンジボックスに放り込んでるけど……まだまだ廃棄が多いねぇ」

 

報告書をめくると次はダーシュ麦を使った高速〈四輪式(ノーフォーク)〉農法開始の報告だ。

土が持たないから来年からは通常通り4年で輪作するように指示してはいるが、1年目は何かと物資が必要になるので不眠不休で働けるアンデッドたちに1年で4連作を行う高速〈四輪式(ノーフォーク)〉農法を指示している。

 

王国の人口は半減しているので、北部からかき集めた物資でどうにかなるかとも思われたが、エ・ランテルの急激な人口増加。他にもゴブリンの大部族の生き残り、クアゴア氏族の受け入れ、ドワーフ王国、バハルス帝国との交易。竜王国、聖王国への働きかけなど物資は幾らあっても足りない状況だ。

 

また人が食べる分が浮いたので、その分だけ畜産動物に投資し、肉質の改善や牛乳の量を増やすなどの試みも行っている。

 

来年あたりからは魔導国では一般市民たちの食料事情はだいぶ改善している事だろう。

 

評議国は法国からの情報で、最強の竜王が治めるとの事で現在のところは情報収集も慎重に行っている。白金の竜王の居場所、探索能力はどれほどのものなのかまだ情報が取れていない。

 

竜王国へは対ビーストマンに法国から漆黒聖典の一人師団を派遣している。それとは別に魔導国からの援助が欲しいと向こうから言わせたいところだ。

 

聖王国には憤怒の魔将を魔皇ヤルダバオトとしてアベリオン丘陵に向かわせ、亜人連合を結成させて悪魔と亜人による軍勢で攻めている。こちらはデミウルゴスの台本によれば、路頭に迷った北部聖王国の残党が援助を求めて王国、魔導国と流れてくる筈だ。

 

「ジョンさん、聖王国に亜人異形種の混成部隊を率いて援軍してみませんか」

「……存亡の危機に亜人異形種人間が手に手を取って融和部隊で肩を並べて戦うとか無理だよ」

 

「そんなやる前から……」

「だって、一度受けた恨みは絶対忘れないし、恐怖も忘れない。そうでしょ?」

 

「……それはそうですね」自分たちの過去の行い――PK、PPKの応酬の歴史を思い返し納得する「でも、あいつらと魔導国のこいつらは違うとは思わせられるでしょう……それに色々と玩具も作ってるみたいじゃないですか」

 

「それはもう使ってみたいね」

 

「では、聖王国を救って勇者になってください。デミウルゴスによると聖王国の使者が、近日中にエ・ランテルまでくるそうですから。はい台本」

「……なんか段々お任せしますが増えてないか」

 

ペラペラと台本をめくりながら、ジョンはげんなりとした。

モモンガはその様子に笑いながら告げた。

 

「総監督:モモンガ 脚本・演出・その他もろもろ:デミウルゴス 主演:ジョン・カルバインで、今度こそジョンさんに楽しんで貰うって、張り切ってましたよ」

「マジか」

 

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元エ・ランテル都市長の館。

その魔導国の表向きの王城となっている館の謁見の間に賓客が訪れていた。

 

それは十数人からなる聖王国からの使者団。

魔皇ヤルダバオトによって、聖王女を失った北部聖王国の残党とも言える聖騎士の一団だ。

 

守るべき、掲げるべき者を失った彼らは正式な使者団とは言えないが、魔導国は彼らを正式な使者の一団として迎えていた。

だが、受け入れられた聖騎士たちの中に魔導国の王城をみすぼらしいと侮る侮蔑の感情が無かったとは言えない。

 

それは立ち位置のあやふやな自分たちを顧みての事だったろうか。

 

「ゴホン……それでどうだろうか? 二年も短縮できたぞ」

 

使者団の代表である聖騎士団長レメディオスが求めたのはアダマンタイト級冒険者PT「漆黒」の3名、モモン、ジョジョン、レギナの派遣だった。

それに対し、魔導王アインズ・ウール・ゴウンは国内の政情安定を理由に5年後の派遣ならば可能と答えた。

 

実情、年単位での抗戦は不可能な彼らは前倒しを望む。

 

その結果、2年の譲歩を引き出したが、3年でも長すぎるのだ。その頃には聖王国は国としての形を維持できなくなっているだろう。決して受け入れる事は出来ない。しかし、それを面と向かって言う事も出来ない。3年後の派遣のチャンスを失ってしまうかもしれないのだ。

 

使者団の誰もが諦めに視線を落とし、肩を落とし、溜息をついた。

 

その絶望の只中で顔を上げた者がいた。

その悪すぎる目つきの少女は、己の死を覚悟しながら、息を吸い、声を発したのだ。

 

「大変申し訳ありません、魔導王陛下」

「……誰だ?」

「私は聖王国の聖騎士団従者を務めております、ネイア・バラハと申します。無礼を承知で言わせて頂ければ、もっと早く、モモン殿を派遣して頂けないでしょうか?」

 

魔導王が考え込む態度を取る。

モモンガはネイア・バラハの悪すぎる目つきに王国攻略で見たザナックの瞳。

その瞳はもう直ぐ死を迎えると言うのに、生命ある限り、こう生きてやろうと決意した覚悟に満ちていた。

 

「ネイア! 従者ごときが魔導王陛下に嘆願など!」

 

レメディオスの叱責にネイアが思ったのはたった一つ。

(無礼を働いた従者を剣で切り捨てるのはもう少し待って下さい)

それだけだった。

 

ネイアの決意、覚悟。それは〈ESP〉でその場の人間たちの表層意識を感知していたモモンガの好みのドストライクだった。

 

「……その瞳か」

「魔導王陛下?」

 

いや、なんでもないと魔導王は頭を振って、ネイアの瞳を覗き込む。

 

「派遣するものだが……ふむ……モモンより強いものではどうだね?」

「……冒険者モモン殿よりも……強い者ですか?」

 

そのような強者の話は聞いたことが無いが、他に強者がいるのだろうか。

ネイアを始め、使者団一行の表情に浮かんだ疑問符に答えるように魔導王が言葉を続ける。

 

「ああ、そうだ。親愛なる私の盟友にして、民からは神獣と呼ばれているものだよ。彼ならばヤルダバオトも倒せるだろうし、直ぐに派遣も出来るだろう……ただし、人間ではないがね」聖王国は受け入れられるかねと言外に聞こえた。

 

「ありがとうございます! 魔導王陛下!」

 

誰が派遣されるのか分からない。だが、先に比べればまだ救われる可能性が高まったという思いから出る言葉は本当に真摯なものだった。

続いてレメディオスが頭を下げていた。

 

「ありがとうございます! 魔導王陛下! 私どもの従者の願いを叶えて頂いた事、深く感謝申し上げます!」

「構わん。……カストディオ団長。いい部下を持っているな。他国の王に従者が嘆願するというのはよほど己の国を愛していなければ出来まい。……皮肉を言っているのではないぞ?」

「いえ、陛下のお言葉、あの者も嬉しく思っているでしょう」

 

「そうか。……では、彼女の勇気を称え、我が盟友に500名ほどの兵士と支援物資もつけて派遣しようではないか」

「ありがとうございます! 魔導王陛下!」

 

「それではこれで終わりとしよう。実りある会談だった」

 

「――魔導王陛下、退出します」

アルベドの声に反応し、ネイアは頭を下げる。

入ってきた時と同じ様に足音と杖で床を叩く音がし、それが遠ざかっていく。やがて扉が閉ざされる音がした。魔導王が部屋を出て行ったのだろう。

 

「退出されました」ネイアが頭を上げると、少しだけ頬を上気させたアルベドが微笑んでいた。「それでは皆さんを外までお送りいたしますね」

 

 

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聖王国解放軍の拠点となっているのは、山に穿たれた天然の洞窟だった。

ここにくるまでネイア・バラハと共に馬車に揺られてきた魔導国大使――ジョン・カルバインと言う青い人狼――は興味深げに周囲を見回している。

馬車に揺られている間、他愛もない話を振ってくるジョンは恐ろし気な見た目に反して人好きのする性格なのだろうとネイアは思う。

 

しかし、流石は魔導王陛下の盟友と言うべきか……その感覚が一般市民と掛け離れているところには閉口した。

 

アルティメイト・シューティングスター・スーパーなる弓を魔導王から預かってきたと、その魔法の弓をネイアに貸そうとしてきたのだ。下手をしなくても聖王国の国宝である聖剣と同等……下手をすれば、それ以上のアイテムだ。

当然、そんなものは受け取れないと辞退したのだが……

 

あまりの熱心さに断り切れず、結局、その弓はネイアの背にある。

 

洞窟の中にある機密情報に触れてほしくないとの聖王国側の事情もあり、準備が出来るまでジョンとネイアは馬車の中で待機となっていたが、ジョンは馬車を下りてしまい長旅で凝った身体をほぐして、外の空気を吸っている。

 

エ・ランテルで約束した部隊は拠点についたら大使が魔法で呼び寄せるとの事だったが、それを信じられぬ聖騎士や団長の声がネイアの耳に入らぬわけもなく、ネイアの心をささくれ立たせた。

 

「……周囲を見回すと隠ぺい工作をしていないようだが、大丈夫なのか?」

 

なんてこともなく……疑問を口にしただけ、と言ったジョンに対して、ネイアは大きく目を見開く。

まさにその通りだ。

父のような〈野伏(レンジャー)〉が隠ぺい工作をしていない、人の手の入っていないこの山には相応の跡が残っている。

 

聖騎士たちの連れている馬の蹄の跡は見るものが見れば一目瞭然だ。今まで発見されなかったのが不思議なくらい――

 

「か、閣下。今まで隠してこなかったのですが、もしや故意に見逃されてきたのでしょうか?……一体なぜ?」

 

震える声でネイアはジョンに問いかける。

ここまでの馬車の旅路で目の前の人狼(ワーウルフ)である大使閣下が非常に賢明だとわかっている。すぐに答えを聞かせてくれるのでは、という思いはまさに正解だった。

 

「良くあるのは監視下に置くことで、出方を制御できるからじゃないか」

「監視!?出方を制御?」

「んーそうだな。ここが悪さをするネズミの巣穴だとすると、逃げられたら面倒だろう? 集まってから一気に囲んで始末する方が楽だし、出てきても何処に行って悪さをするのか監視してれば被害も抑えられる」

 

(そうか!閣下のおっしゃる通りだ。それ以外考えられない。この土地に来て数分でここまで読み解くなんて……。相手の思考まで完璧に読まれているようだし、凄い……)

 

「状況が変わらない限りは心配はいらないだろう。ただ、こちら側に援軍を呼び寄せたとか変化があった場合。あちら側に状況の変化があった場合。それによって攻撃される可能性は高まるだろうな」

 

これだけのことを的確に指摘できる大使の聡明さに、ネイアはただただ感服するほかなかった。

身内に犠牲が出たからと、同じ様に身内に犠牲が出ている従者に八つ当たりをする団長とは大違いだった。

 

やがて、二人を探して聖騎士がやってくる。

 

「大使閣下、お部屋の準備が出来ました」

迎えに来た聖騎士の一人がネイアの持つ弓を見て、驚愕からか目を大きく見開いた。

(……あーうん。そうだよね。私もその気持ちよくわかります。絶対に従者が持つ武器じゃないですよね……)

 

「申し訳ありませんが、カストディオ団長とお話したいことがありますので案内して頂けますか? 閣下もご一緒したいと仰せです」

「ぁ、あ、はい。畏まりました。それでは私についてきてください」

 

聖騎士、青い人狼、ネイアの順番に洞窟に入る。

 

洞窟の一角には地下水が湧き、高さはそれほどでもないが横幅は広く、馬も入れるだけのスペースがあった。更には青白い光を放つキノコ――高さは人の半分ほどもある――が生えており、照明を必要としていない。

このような優良物件を知っていたのは、かつてここを根城にしていたモンスター討伐に聖騎士団が派遣されたことがあるからだ。

 

とはいっても所詮は洞窟だ。

 

逃げ込んだ聖騎士189名、神官――見習いや関係者を含む――が71名、行き場のなかった平民87名の合計347名の大所帯。個室など望むべくもない。

青白い光に照らされて洞窟を進めば、警護の聖騎士や神官、行き場のない平民の姿を見かける。

 

先に入った団長たちから話は聞いているだろうが、それでも大柄な青い人狼(ワーウルフ)への驚愕の視線を隠しきる事が出来ていない。

(失礼なんだけど……)

大使閣下は決して怒らないだろう。この大使は団長などと比べると非常に温厚だ。ただ、そういう人物ほど怒らせた時怖いものだ。

 

その為にも失礼な態度を取るなというべきなのだろうが、一人一人に言ってもしょうがないし、言ったところでどうにかなる問題でもない。聖王国の民にとっては亜人異形種は敵なのだから。

 

(団長に言っておくとして……まぁ、武器を抜いたりしていないのだからまだマシなのかなぁ)

 

ふと、先を歩く大使閣下が小さな紙を取り出し、それを眺めているのに気が付いた。何が書かれているのかとネイアは興味を抱くが、手の中に隠すように持っているので、そこに書かれた文字を読むことは出来ない。

やがて案内された先には一枚の布が垂れ下がっており、向こう側からは意見の飛び交う騒がしい声が聞こえてくる。

 

「カストディオ団長。魔導国大使閣下が従者バラハと共にお見えになりました」

 

室内が一気に静まり返った。

その時にはジョンの手の中にあった紙はどこかに消えていた。

 

「入ってもらえ」

 

団長の声に、聖騎士が布を捲り上げる。

立ち上がって魔導国大使を迎える聖騎士や神官――使節団に参加していなかった者――たちの目には様々な感情が籠っていた。

ネイアにだって分かるくらいだ。当然、大使閣下も分かっているはずだ。しかし、その背中には何の感情の変化も見受けられない。

 

(この御方がこの場の空気に気が付かないわけがない。……小物など気にしないのが強者というものなのかもしれないなぁ)

 

「皆、聞け。この御方こそ魔導国大使ジョン・カルバイン閣下である。この度は我が国の困難を見過ごせないとわざわざ助けに来て下さった。失礼のないように!」

 

レメディオスの言葉に、部屋の中にいた者たちが一斉に魔導国大使に頭を下げた。

皆が頭をあげたところで、魔導国大使が堂々たる風格を漂わせ口を開いた。

 

「お初にお目にかかる。魔導国大使ジョン・カルバインだ。魔導国として君たちに力を貸しに来た。それで、いきなりで悪いのだが、この地に来てあることに気が付いたのだ。それに関して諸君らがどのように考えているのかを問いたい。俺に付けてくれた従者の口から説明させてもらう」

 

魔導国大使が大柄な身体を少しだけ横にずらしたので、ネイアが脇をすり抜けて形で前に出る。

 

「皆様、失礼いたします。大使閣下より先ほど伺ったお話をさせて頂きます」

ネイアは大使閣下から聞いた話を全員に聞かせる。短い話を終えた後、室内は重い沈黙で支配された。

「……それでどうすればよいとお考えですか?」

 

レメディオスが魔導国大使に問いかける。

 

「いや、その前に君たちはどのように考えているのだ? 俺は援軍に来たのだが、君たちを指揮する為に来たのではない。あまり魔導国主導で関与しては、ヤルダバオトを退治し終えた後、面倒な事にならないか?」

ざわっと部屋が揺れた。

「……それとも俺の指揮下に入るか? それなら俺が最善の手段を以ってこの国を救ってみせよう」

 

(それが最善なんじゃないかな。大使閣下は人間じゃないけど、言ってる事は正しいし、約束事はきちんと守ってくれる。今、この瞬間、苦しんでる多くの人を救う為であれば、他国の大使に一時的に従うのも正しい判断なんじゃないだろうか?)

 

「我々の上に立つのは聖王女陛下のみ。申し訳ないが、他国の指揮下に入る事は出来ない」

 

即座にレメディオスが否定した。

「――!」(苦しんでる民を救う為ならどんな手段でも取るべき。そう考えられたからこそ、他国を、それも素晴らしい王の厚意を、大使閣下を利用する事も是としたのではないですか!)

ネイアは顔を伏せる。胸の内に溜まったドロドロとしたものを決して表に出さないようにする為だ。

 

「参考までに閣下であればどのように考えられるか、教えて下さいますか?」

その場の者たちに気が付かれない程度にネイアに視線を向けた魔導国大使だったが、レメディオスの問いかけに視線を戻す。

「俺であれば、か? きちんと隠ぺい工作をするのが一番だが、こうとなってはな……一つ行動を起こしたら、この拠点を捨てて新しい拠点へ移動する事だな」

「新しい拠点ですか……」

レメディオス以下部屋に集まった者たちが難しい顔をしている。それはこの拠点以外に隠れる事が出来そうな場所の心当たりなど無い為だ。

 

「知らないという雰囲気だな。であれば、動くほどにヤルダバオトの軍勢が攻めてくる可能性が高まると言う事を前提に作戦を練るしかない。ここは監視下におかれているだろうから、俺の部隊も今呼び寄せれば、ヤルダバオト側の攻め込むきっかけになるだろう。……さて、他に意見はないな。俺は部屋に戻らせてもらう」

 

ネイアも同行しようとするが、大使閣下に手で止められる。

 

「悪いがバラハ嬢にはここに残って、俺の代理として話を聞いておいてほしい」

「畏まりました、閣下」

 

身内と考えられているわけではないだろうが、代理と認められるのは嬉しい。この務めをしっかりと果たさなくては失望されてしまう。大使閣下に失望されるところを想像すると、なんとなく心がざわめく。

 

「それではよろしく頼む。よろしいな、カストディオ団長」

 

 

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ネイアがグスターボ副団長と魔導国大使の部屋に戻ると、布切れ一枚下げただけの戸口の前には一人の聖騎士がついていた。警戒しているのは中の貴賓に害をなす者なのか、それとも貴賓その人なのか。

グスターボに席を外すように命じられ、聖騎士が立ち去る。

 

許可を得て、グスターボを先に立てて部屋へと入る。

 

みすぼらしい部屋の中央で魔導国大使は座禅を組んでいた。それだけなのに部屋の中の空気は洞窟の淀んだ空気とは違い、静謐で……それでいて力強い息吹を感じる……例えるならば大自然の中にいるような空気になっていた。

 

「ふむ、周囲の気配を探っていたが、やはりここは監視されているようだな」

 

閉じていた瞳を開きながらの大使の言葉にグスターボは驚愕する。

「か、閣下。誠でございますか!?」

「君たちや野生動物以外のものの気配を感じるよ。おそらく亜人連合の監視と考えるのが自然じゃないかな」

 

それで副団長はいかなる御用かな?大使の問いに副団長である自分から説明させて貰う為に来たとグスターボが答えると、どのような目で見られても、どんな態度を取られても、決して怒りを見せなかった魔導国大使が初めてネイアの前で僅かな怒りを見せた。それがネイアを信頼してくれていたからこその怒りだと知ってなんとなく胸が熱くなる。自分をここまで評価してくれたものが他にあっただろうか。

 

「俺は彼女であれば出来ると思って送り出したんだ。それを上司だからと横からしゃしゃり出てくるのは不快だぞ?」

「これは大変失礼いたしました!」

「謝罪なら、俺にではなく、彼女に……まあ、いい。それでは説明を聞こうか」

 

グスターボが一通りの説明をすると、魔導国大使は興味なさげに返事をする。

 

「なるほど、そうするのか」

「それで大使閣下はこの作戦をどう思われましたか?」

 

「どうするもこうするも、俺の部隊を呼ぶかも決められないではどうしようもないじゃないか」

「申し訳ございません。ですが現状では閣下の部隊を迎えてはヤルダバオトの監視に……」

「わかったわかった。……先ほどの作戦を聞いた限り、食料も武器も、収容所任せの危うさがあるな」

 

そう言って魔導国大使とグスターボは作戦の問題点やこれからの懸念について話し合う。

 

その中で聖王女の蘇生についても話は出たが、死体の所在は不明で、状態も分かっていないとの事でこれもどうしようもなかった。

生き残った王族を救出するにしても、捕虜収容所のどこかにいるといいなといった状態で聖騎士団の情報収集能力の低さが露呈しただけだ。

 

捕虜収容所の解放について詳しい情報を求めて、魔導国大使が地図を求めると流石にグスターボは断ろうとしたが、ネイアが途中で口を挟んだ。

 

「ここにはないと思いますので、私が取ってまいりましょうか?」

 

地図は国の宝だ。詳しければ詳しいほど攻める時も守る時も容易になる。だから将来的に敵に成り得る隣国に自国内の詳しい地理を知られるなど百害しかない。だからグスターボは断ろうとしたのだ。

しかし、ネイアはそこまでは許せなかった。

魔導国が王国を属国にした時、魔導国王がザナック国王に言ったと言う。「私は礼には礼を、仇には仇を以って返す」と。

 

知恵を、力を借りるなら、その代価を支払うべきだ。

 

グスターボは鋭い目をこちらに向けてきたが、ネイアは素知らぬふりをする。

「ああ、それじゃあ後で見せて貰おうか。それではバラハ嬢。この辺りの地理について君が知ってる事を教えてくれ」

「はっ!」

 

二人で返事をし、グスターボは布をまくって外に出ていく。彼の足音が聞こえなくなった辺りで魔導国大使がぽつりと呟いた。

 

「気にしなくていいぞ。魔導国として派遣されているんだ。俺がただここにいるだけでも魔導国の利益になるんだからな」

「はっ」

地図の件を言っているのだろう。

 

ネイアは胸を熱くする。自分のやっていることがちゃんと認められる事がどれほど嬉しい事か。

 

「それにしてもここは人界万里のどんづまりだ。逃げ場なんてどこにもない危機存亡を迎えても、やっぱり人は一枚岩にはなれないんだな」

謳うように呟いたジョンの声にネイアは思わず視線を上げた。

「なんか大きな危機が迫って、恨みつらみ忘れて判り合えるとかはやっぱり無理かぁ」

 

その声に残念そうな響きを感じ、思わずネイアは視線を〈青い人狼(ワーウルフ)〉に向けたのだった。

 

 



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第55話:進め!我らが〇〇〇竜騎兵団

 

 

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襲撃する捕虜収容所は〈魔導国大使(ジョン)〉の提案に従い、出来る限り拠点から遠い、海辺の捕虜収容所を襲う事になった。海辺は足跡を隠しやすい。

ただし問題もあった。

あまり遠方になると移動の最中に敵の偵察隊に発見される可能性もそれだけ高まり、監視しているものたちからの報告もいってしまうと言う事だ。

結果、可能な範囲で遠方の捕虜収容所を襲撃する事となった。

 

拠点を引き払い全軍で捕虜収容所を襲撃する。

 

奇襲の筈なのに「正義を!」と旗を突き立て、叫んで、突撃していくのは如何なものかとジョンは見ていた。

手持ちの戦力で出来る限りの最善を尽くし、天使で物見矢倉への奇襲。聖騎士たちの破城槌による攻撃は順調で、あと数撃で門は完全に壊れるだろうと見えた。

 

「――下がれ!」

 

突然の大声に視線が集中する。

そこは門上部の見張り台。天使たちが占拠した筈のそこをどうやって登ったのか。バフォルク――直立した山羊のような亜人種――が1体いた。

そのバフォルクは手にしたものを聖騎士たちに見せつけながら「下がれ!」と繰り返す。

 

バフォルクの右手には少女――年の頃6、7歳ほどの子供の姿があり、その喉には刃物が押し付けられていた。

 

「お前たちが下がらないなら、この人間を殺すぞ!」

 

薄汚れた服を着た少女――顔も汚れているようだ――の身体は揺すられるままに左右に揺れる。生きてはいるが、生気を感じない。この収容所で人間たちがどのように扱われてるかを伝えてくるようだ。

 

「卑怯な!」

聖騎士の一人が怒鳴っている。

「早く下がれ!見ろ!」

少女の喉に傷がつけられ、血が流れる。聖騎士たちはどよめき、レメディオスの声が響いて後ろに下がり出す。

 

「……もうダメだな」

 

もっと下がれと叫ぶバフォルクの後ろで、見張り台のものたちが慌ただしく交代している。天使との戦いで傷ついた者から傷を負ってない者へと。

そう言った〈魔導国大使(ジョン)〉の背後には、真っ黒い真円が浮かび上がっていた。

 

「か、閣下。それは……」

「このままでは作戦は失敗する。団長たちの許可はないが、介入するしかない」

 

真っ黒い真円の〈転移門(ゲート)〉を潜って、ジョン・カルバイン麾下の兵たちが続々と姿を現してくる。

それは揃いの鎧兜で武装したゴブリン、ドワーフ、オーガ、リザードマン、ナーガ、ウォートロール、ワーウルフそれと僅かな人間。そして――ドラゴン。

 

ネイアがその御伽噺の軍勢に驚いている向こうで、人質の少女の首が斬られ、真っ赤な血を吹き出しながら、バフォルクの手を離れたその身体は崩れ落ちる。

 

卑怯者め!要求には従っているだろうと無駄な問答を繰り返すレメディオス。その間にも背後のバフォルクから次の人質となる少年が渡されていた。

怒りに震えるレメディオス。その背中にジョンの冷ややかな声が掛けられる。

 

「これ以上、無駄な犠牲を出して作戦が失敗するのは見ていられない。勝手に介入させて貰うぞ」

「――黙れ!そんな事は認められない!」

 

「団長の許可は求めていない。――突撃隊は塀を飛び越え直接攻撃せよ。重装戦士隊は門を破壊し、突入せよ。竜騎兵は空より逃げるものが無いか監視、発見しだい殲滅せよ。偵察隊は周囲を捜索、こちらを監視している亜人部隊を全滅させよ」

 

部下へ命令を下しながら、ジョンは門へと歩き出した。誰かが呼び止めるよりも早く、バフォルクの警告の怒鳴り声が聞こえてくる。

 

「そこのビーストマン!下がれと言っているだろう!」

「誰がビーストマンだ!お前が死ね!」

 

ジョンもそれに劣らない大声で応える。

 

「な、何!」

「征け、我が〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉」

 

大声で怒鳴ったジョンが手を突き出すと、その手の中に浮かび上がった炎の玉が門の上にいたバフォルクと少年に飛んだ。

炎の爆発が二人を中心に炸裂し、見張り台を包み込む。少年とバフォルクはもつれあうように頭からこちら側の地面へと落ちる。……恐らく、生きてはいないだろう。

 

同時に長く響く雄たけびを夜空に響かせ、ワーウルフたちが次々と塀を飛び越え、ウォートロールの振り回す巨大な武器に門は破壊され、完全武装のオーガ、ゴブリンたちが収容所に雪崩れ込んでいく。

 

それを呆然と見送る聖騎士たちへジョンは檄を飛ばす。

「聖騎士たちよ!突撃だ!中にいるバフォルクを皆殺しにするんだ!」

その声に我に返ったのか、レメディオスが動き出す。

 

「きさま――!」

「――団長!」

「ぐぎぎ!――突撃だ!」

 

レメディオスの言葉に聖騎士たちが動き出す。それは目の前の惨状に思考を止め、命令に全てをゆだねたと言う方が正解に近いだろうか。

 

「大使閣下。感謝いたします!」

 

グスターボもそれだけ言うと走り出した。続いて聖騎士や神官たち――少しでも道理が分かる者たちから感謝の視線が向けられる。ジョンに対してあからさまに敵意を向けたのはレメディオス一人だけだった。

 

ふうと息をついて、ジョンはネイアに語りかけた。

 

「……人質が有効だと知られれば、中にいる捕虜は盾として使われただろう。人質が有効では無いと知らしめれば、バフォルクたちも人質など取ろうとはしない。包囲され、追い立てられる中でなんとしてでも逃げようとする時に抵抗できない者を悠長に殺したりはしないはずだ」

「仰る通りかと存じます」

「それでも……仮に誰も犠牲にしたく無いのであれば、団長は下がらずに前に出るべきだった。カストディオ団長の膂力なら、一息に見張り台に飛び乗ってバフォルクを斬り捨てる事も出来ただろう」

 

目の前の1つに気を取られ過ぎたのが失敗だったのだろう。

 

そう言って、ジョンは足元に転がった少年の死体をゆっくりと抱き上げる。

「閣下、わ――」

「――このぐらいは、な」

ジョンに抱かれた少年と共にネイアはレメディオスが突き立てた旗のところまで戻る。

革袋の水で布を濡らし、ジョンが地面に横たえた少年の顔の汚れをネイアは落としていく。

頬はこけ、腕や足は驚くほど細い。

どれだけ劣悪な環境下にこの子がいたのかがよく分かる。

「バフォルクどもめ……」

 

「それが最善かどうかなんて振り返っても分かるものじゃないが、常に冷静さを失わず視野を広くと俺は教えられたな。そうしてればカストディオ団長も失敗しなかったんじゃないか」

「――いえ、ありがとうございました。閣下のお考え、納得がいきました。……閣下は正義を為したのですね」

「正義?」

ネイアの言葉に、ぱちくりと瞳を開くと愉快そうに狼頭でジョンは笑う。

 

「いいや――俺は悪だよ。自分らの目的、理想、信仰、欲望の為に他人の犠牲を強いる悪だ。だからこそ、いつの日か、自らも同じ悪に滅ぼされる事を覚悟する誇り高き悪でありたい」

 

(お優しい方だ……。自らを悪と貶め、自らの手を汚しながら、それでも前を向いて進んで行かれている)

門を眺める狼頭の横顔には子供を殺したことへの悲しみが浮かんでいるように見えた。

 

 

/*/

 

 

門のところに血に濡れた剣と鎧に身を包んだレメディオスが現れた。兜を外しているが、前髪は汗で額に張り付き、疲労困憊の様子だった。

後ろに控えているグスターボに何事か指示を出したレメディオスとジョンの視線が交差する。

レメディオスは何も言わず、無表情で再び門の中へと戻っていく。

代わりにグスターボが二人の方に走ってきた。

 

「大使閣下。感謝いたします。多少の被害は出ましたが、閣下のお力のお陰で最小限に抑えられたと確信しております。本来であれば団長がお礼を申し上げなくてはならないのですが、民たちの悲惨な状況に気が動転しており、私が代わって申し上げる事をお許しください」

 

グスターボがチラリと視線を少年へと動かし、目を伏せた。

 

「気にするな。カストディオ団長を慰めてやってくれ」

「ありがとうございます」

「……戦闘が終わったなら、うちの工兵部隊を中に入れるぞ。移動の為の馬車の確保をしなければならない」

 

このまま夜通し移動となる。救助した捕虜にもその旨を徹底して伝えておくようにとジョンは言い。グスターボは亜人の生き残りがいないか収容所内を捜索するので、もうしばらく時間が欲しいと言って門へと戻っていった。その後ろに〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉の工兵部隊のゴブリン、ドワーフ、人間、オーガが続いていく。

 

それを見送って、10分ほどすると、門のあたりにちらほらと人の姿が見え始めた。

 

囚われていた人々だ。人質だった少年と同じ、冬の寒さからは考えられないようなボロボロの服を着ている。門のところまで警護してきたであろう聖騎士に伴われて、ジョンとネイアの方に歩いてくる。

身体全体で歓喜を表現しながら歩いてくる人々の足が、ある一定の距離でぴたりと止まる。

 

大柄な人狼――ジョン――の姿と、その背後に控える魔法支援隊のナーガ、ゴブリン、リザードマン等の姿を見たからだろう。

 

聖騎士たちが安全だと声をかけるが、彼らの足は進まない。

逆に白地に赤十字のキャップを被ったナーガたちが解放された人々に近づき、回復魔法をかけ、蒸しタオルで顔を手足を拭き、毛布をかけてやる。

戸惑いはなくならないが、ひとまずは敵意がない。危険はないと少しずつ理解できていけば良い。

 

その中から、一人の男が走り出した。

息を切らしながら走ってきた男はジョンとネイアの足元に寝かされた少年の前に膝をついた。いや、崩れ落ちた。

そして、少年の頬を撫で、そこに命が宿っていない事を認識すると、悲鳴のような鳴き声を上げ始めた。

 

間違いなく父親だろう。

 

ネイアは下唇を噛む。

少年の名を呼びながら泣く父親に、掌の中に視線を落としたジョンが静かに声をかけた。

 

「その子供を殺したのは俺だ」

 

ぎょっとしてネイアはジョンを見る。そんな話を今するべきなのだろうか。

見上げる父親の目には見る間に憎悪の炎が灯り始め――

嘲笑の笑い声がジョンから上がった。

 

「どうしてお前は我が子を守らなかった?この子は人質として俺たちの前に連れてこられたんだぞ」

「守ったさ!でも奪われたんだ!奴らは俺よりも強くてどうしようもなかったんだ!」

 

再び人狼から嘲笑の笑い声が響いた。

 

「なんでお前はそこで死ななかったんだ?」

 

父親が呆気にとられる。

 

「どうして子供を守って死ななかった?俺はお前たちを助ける為にその子を殺した。ならば、その子を守るのはお前だったはずだ。どうして俺たちの前に連れてこられる前に死に物狂いで守らなかった?」

 

民たちが遠巻きに様子を窺っている。

あるのは不安や恐怖、そして子供の命を奪ったジョンに対する怒りと憎しみだろうか。

 

「な、なにを……」

「お前が守れなかったんだ。それを他人のせいにするな。弱いお前が、弱いままで居続けたお前が悪いんだ。そして言っておく。……俺はお前が自分より強いと言ったバフォルクたちよりも強いぞ? 子供を失ったお前の哀れさに免じて多少の暴言は許すが、限度を越えればお前も殺す」

 

長大な爪の生えた人差し指が伸び、父親の顔に突きつけられた。

 

「あ、あんたが強いから――強いから言えるんだ! みんながみんな強いわけじゃない!」

「そうだ。俺は強い。強いからこそ言えるんだ。そしてお前たちが弱いなら――あそこで体験した通り、何もかも奪われて当然だろう?」

「強ければ何をしても良いのかよ!」

「当たり前だ。正しいものが強いんじゃない。強いものが正しいんだ。だから、俺は、俺たちは力を求める。より強い相手に奪われない為に」

 

ジョンの視線が周囲にいる民たちへと動く。

 

「まあ、だからこそ哀れに思うよ。もし、お前たちが魔導国の民であれば、俺たちが最初から助けに……いや、こんな目にはあわせていなかっただろうからな」

 

周囲にいる誰も何の声も上げない。

ジョンの意見は冷徹で残忍だが、この世界の真実を告げている。

この意見に対抗するには理性ではなく感情に訴えるしかないだろう。だが、力あるもの――ジョンへの恐怖がそれをさせない。

 

「こ、こいつは亜人じゃ!人間じゃないじゃないか!なんでこんな奴がこんなところにいるんだ!?」

 

ジョンが恐ろしくて何も言えなくなった父親がネイアに矛先を向けた。

だが、ネイアが何か答えようとするよりも、やはりジョンの方が早かった。

 

「決まっているだろう。お前たちの国を助ける為だよ。そして、そのこんな奴にお前たちは助けられたんだ。それが気に入らないと言うなら、これからも俺たちの世話にならず、お前たちだけで国を救ってみせたらどうだ?」

 

その宣言に父親の目がネイアに問いかける。しかし、ネイアには何も言えない。

 

なぜなら、それもまた事実だからだ。

もしこの国の人間だけでヤルダバオトを倒せるのであれば、ジョンはここにいなかったのだから。

 

父親が怯えたように少年の死体をかき抱いて背を向け、走り出す。父親の走っていく方向にいた民たちの顔に怯えの色が浮かんだ。

 

その背に語りかけたのか、それとも独り言だったのか。ジョンの呟きがネイアには聞こえた。

 

「俺だって弱ければ奪われる。だからこそ常に強さを求める事を忘れてはいけないんだ。俺より強い奴なんて幾らでもいるんだから」

 

 

/*/

 

一つ目の捕虜収容所を襲った後、囚われていた人々を解放した解放軍は夜を徹して移動していた。

 

ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉の偵察隊、ゴブリンライダーと冒険者数チームからなる偵察隊が先行し、周囲の安全を確保しながらの移動である。囚われていた人々に夜通し歩き続ける体力などなかったが、接収した馬車と工兵隊がでっち上げた馬車でなんとか平民を馬車に詰めて移動していた。

 

馬が足りない分はこれも〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉のエリートである突撃隊のワーウルフたちが馬車を牽いていた。ワーウルフの底なしのパワーは一人で二頭立て、四頭立ての馬車を軽々と牽くだけのパワーがあり、浮いた馬を聖騎士、神官たちに回す事が出来た。

 

ドラゴンたちは目立ちすぎるので、〈転移門(ゲート)〉でエ・ランテルに帰している。

 

ジョンは隊列の先頭を進みながら、戻ってきた冒険者チームのまとめ役と会話をしていた。

 

「それで……他にもベテランはいるのに、どうしてお前がまとめ役なんだ、ペテル?」

 

ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉はまだ偵察隊を出来るだけの人員が少なく今回は特例(国対国ではない。亜人――モンスターによる襲撃であり災害派遣である。ウルフ竜騎兵団は傭兵団であるとの建前など)で冒険者数チームを雇って偵察隊を補強しているのだが、エ・ランテルで雇ったベテラン冒険者のベベイ、ギグナル組。ミスリル級チーム「虹」、帝国から移籍の元ワーカーのヘビーマッシャー、そして伸び盛りの期待の新人である漆黒の剣などが参加していた。

そして、まとめ役と言うか代表は何故か「漆黒の剣」のリーダーであるペテル・モークが務めていた。

 

「それが、漆黒のジョジョン氏とカルネ・ダーシュ村のジョン・カルバイン氏の繋がりが疑われてて……」

「雑な隠ぺい工作しかしてなかったからなぁ」

「多分、確認の為にうちに代表が回ってきた、と」

 

一般市民が不安にならない程度の一部の人間が知る程度なら構わないさ。気にするなとペテルに鷹揚にうなずくジョンだった。

そして、ペテルは馬を走らせ、パーティメンバーと合流すると再び偵察に戻って行った。偵察隊には冒険者の他にゴブリンライダー、ジョンの眷属招来で召喚されたウルフ系のモンスター、黄金の蜂蜜酒で召喚したバイアクヘーがいる。

 

次にジョンのところへやってきたのは後方から上がってきた白い鱗に黒髪のナーガの女性だ。黒髪を飾るのは白地に赤い十字の入った帽子だ。

 

「神獣様、背中の皮を剥がされていた者の治療は全て完了しました。それ以外は食事を与えられていなかった事による衰弱なので、どこかで休憩を取る必要があります」

「ご苦労、グレイシア」

 

彼女はトブの大森林でぶいぶい言わせていたリュラリュースの孫だ。ジョンの強大な力にひれ伏したリュラリュースに姉妹そろって隷属の証としてジョンに差し出され、改名した過去を持つ。魔力系信仰系の両方を扱える魔法支援隊でもトップクラスの実力者である。

 

「聖騎士の皆さんから聞いたのですが、本当に小都市についたら彼らも動員するんですか?」

「まぁそのつもりらしいぞ」

「人間って怖いですね」

「彼らはもう逃げ場がないからな」

 

ぶるっと冬の寒さにあてられたように自らの肩を抱くと一礼して、グレイシアは隊列後方に戻っていった。

彼女が下がっていくのと入れ替わりに近くを歩いていた騎馬がジョンに近づいてくる。

 

観戦武官として第三国から派遣されたバジウッドだ。帝国三騎士の一人である。

 

「馬上から失礼します、閣下」

「種族差だ。気にするな」

 

疲労を無効化するアイテムも持っているが、そもそもとして一週間やそこら無理をしてもガタが来るような身体能力ではないジョンは徒歩で隊列の先頭を進んでいたのだ。

 

「閣下の部隊。練度が高いのはもちろんですが、支援隊の魔法を使わない応急処置……見事ですな。数が限られるポーションや治癒魔法の割り振り、清潔な包帯や強い酒精を使っての消毒……と言うのですか?衛生を保つ事で傷の化膿を防げるなど――本当に見てもよろしかったので?」

「バハルス帝国では騎士団に治癒魔法の専門家からなる部隊があるのだろう?」

 

同じことだよとジョンはバジウッドに笑う。

 

「いやー陛下は同じだとは思わないですぜ」

バジウッドは苦笑いで自分より何手も先を読み考える主人の苦悩を思う。

「帝国と同じだけの時間を掛けられたら必要なかった技術なんだろうが、そうもいかなかったからな。苦肉の策と言う奴だ」

「そこで必要な技術を用意できる事が脅威なんですよ」

 

ふっとジョンは笑う。

 

「人が無駄無理と言われながら、紡ぎ、鍛え、積み重ねた技術だ。俺たち――意外と人間を好いてるんだぜ?」

 

楽々PK術とかも人の叡智の結晶だしな、とは口に出さなかったけれど。

 

 

/*/

 

 

ネイアは申し訳ない気持ちで一杯だった。

それは従者である自分が馬に乗って、仕えるべき大使であるジョンが徒歩である事から来ていた。

 

種族差。

 

そうジョンは笑って済ますが、聖騎士団の従者としての教育を受けていたネイアにとってはなかなかに居心地の悪い時間だった。

しかも、歩きながら各隊の長たちと話し合い情報を交換し、的確に思える指示を与えていっている。

 

理想の上司とはこういうものではないかとネイアが思い始める頃、白み始めた空の頃、前方に目的の小都市が見えてくる。

 

敵に近づくのは夜の方がマシだが、夜目の利かない人間には不利だ。特に徴兵された時にしか戦闘訓練を受けていない平民にとって、夜間戦闘は危険が大きい。

そういう事もあって、夜明けに時間をあわせて進んできた訳であるが、〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉の見事な采配で時間ちょうどに到着できたようだ。

 

隊列後方の荷馬車から平民がおろされ、収容所の家を壊して作った木の壁や棒を持たされ、最前列の聖騎士の後ろに並んでいく。最後の列は神官たちだ。

 

作戦としては前回と同じで、天使たちが市壁の防衛兵を抑えている間に、聖騎士たちが扉を破ると言う力押しだ。平民たちの役割は数合わせで、兵力がこれだけあると敵を威圧する部分が大きい。その為、平民たちには戦闘は避けるように、もし戦闘になったら複数で一人を相手にするように、という指示が出されていた。

 

 

「……さて、お手並み拝見」

 

 

隊列の先頭に居たジョンを次々と人々が追い越していく中、ジョンがぼんやりと呟く。

ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉は戦闘に関わらない。

こういった攻城戦でこそ力を貸して欲しいと聖騎士たちは思っていたが、人質を焼き殺したことに思う事があるのかレメディオスが会議で戦闘参加を乞う事はなかったのだ。

 

一応、レメディオスには躊躇わず前へ出るよう助言したが、理想の追求者である彼女がどこまで実行できるか疑問であった。

 

 

あの時と同じように――戦いが始まる。

 

 



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第56話:繰り返される

 

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小都市といってもこの辺りでは最も大きい都市であった。

その為、村を補強した収容所よりもしっかりとした市壁と門を持っている。鉄で補強された落とし格子に石落とし、壁の材質も木ではなく石である。ただ、この都市の人口は万を超えないから、堅牢と呼べるほどの高さも厚みも無い。

 

攻め手にとっては厄介、守り手にとっては不安、と評価するべきだろう。

 

魔導国主導で快進撃となれば、戦後に困る。かと言って兵力にも不安がある。〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉は解放軍の整えられた戦列の後方で威圧するのが任務だ。せっかくドラゴンまで従えているのに、戦後南部の貴族にあれこれ言わせない為に、もう少し戦力が整うまでは余り手を出してほしくないようだ。

 

他には人質を躊躇いなく殺したジョンへ思うところもあるだろう。

 

多くを助ける為に少数を切り捨てた戦いは、レメディオスが実行すべきと信ずる正義と相容れないのだ。

 

「……さて、お手並み拝見」

 

各隊の長を従え、ジョンはぼんやりと呟いた。

「閣下。本当に見てるだけなのか?」

そう身長2mはある青い人狼の背中に問い掛けたのは、更に1mは大きな全身鎧に巨大な棍棒を背負った戦士だった。

アーメットヘルムのバイザー部分をあげ、覗かせた顔はバハルス帝国闘技場で最強を謳われた武王ゴ・ギン。

更なる強さを求めるゴ・ギンは〈ウルフ竜騎兵団(ウルフズ・ドラグーン)〉結成の話にまだ見ぬ強者への挑戦を夢見て、オスクに無理を言って今回ウルフ竜騎兵団に参加していたのだ。

 

そんな彼が参加した脳筋の集う重装戦士隊。

 

俺より強い奴の指示しか聞かないと言う脳筋の集いであった為、隊長決定トーナメントで優勝してしまったゴ・ギン。部隊運営の経験のないゴ・ギンは慌てたが、副隊長にリザードマンは〈鋭き尻尾(レイザー・テール)〉の族長キュクー・ズーズー(人材を求めたジョンの願いによって、リザードマンの族長たちは蘇生されていた)を付け、実務を行わせた。

 

かつては〈白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)〉によって知性を奪われたキュクー・ズーズーだったが、アイテムの使用実験と魔法により族長として不足のないところまで知性を取り戻している。

 

「人質は間違いなく取られるだろうから、そこで聖騎士たちが立ち止まったら介入する」

「いいのか?」

「政治とかの難しい事はアインズたちが上手くやってくれる。俺たちは上手く戦うのが役目だ」

 

そう言って、ジョンは各隊の長に指示を出し始める。ゴ・ギンはそういうものかと納得し、待機命令に納得いっていない重装戦士隊を突撃まで鎮めておく為に隊に戻った。

 

「それで、バジウッド殿はどこで観戦されます?……俺は多分、カストディオ団長と青臭いやり取りをするから戦闘に参加は出来ないと思うよ」

「そうですなぁ。全体の動きが見れる丘とかあれば良かったんですが……」

「ああ、それなら空から観戦されるといいでしょう。――リンドウ! バジウッド殿を乗せて上空に待機だ」

 

ミアナタロンは残りの竜を率いて周囲の警戒。ジョンの言葉にドラゴンたちが次々と空へ飛び立ち、巨大な蛇のような長い胴体に一対の前足、蝙蝠のような翼を持つドラゴンが、ジョンとバジウッドの傍らに侍る。その背中には鞍が用意されており、バジウッドに乗れと言わんばかりに背を差し出した。

 

「リンドウはうちのドラゴンの中で一番強い奴だ。バジウッド殿は大船に乗ったつもりで観戦されるとよろしい」

「はい、主。――バジウッド殿、どうぞ我が背に」

 

巨大な口からチロチロと舌を覗かせながら、巨大なドラゴン――リンドウがバジウッドに背中に乗れと促す。

魔導国と関わると腰が引けてばかりだとバジウッドは自嘲気味にひきつった笑いを浮かべる。乗れと言われても、生物としての格が違いすぎて震えが止まらない。ジョンのようにこのドラゴンも気配を消してくれてれば良かったのに、とバジウッドは思う。

 

「いや、これは……皇帝陛下も経験してない事を臣下がしても良いものか、と……ははは」

「ああ……じゃあ帰ったら、ジルに帝都上空の遊覧飛行をプレゼントしよう」

 

また碌でもない事を思いついた青い人狼(ジョン)の言葉に、バジウッドは余計な事を言ったと、ここにはいない自らの主人に心の中で詫びた。

 

 

/*/

 

 

あの時と同じ光景が繰り返される。

 

あの時の子供よりももっと小さな子供を捕まえたバフォルクが、門の向こう側から聖騎士たちに何か命令している。

ここまで声は聞こえないが、言ってる内容は想像がつく。

 

聖騎士たちが後ろに下がり、具体的な策が出ない無駄な意見の応酬があって、数人が視線を交わしていると、グスターボが目に力を宿し「団長!」と声を張り上げた。

 

「あれだけ散々議論したではありませんか! 時間があっても、どれだけ考えても、手は出なかった。あの子供は救えなかった、と!」

 

グスターボの言葉を聞いたネイアは、隊列の中で幹部たち団長たちが話し合いを繰り返していた事を知った。それと同時に聖騎士では決して無血で終わらせる事も出来ない、と。

レメディオスは唇を噛み締め、一言も話さない。だが――

「団長! もはや犠牲なく戦いに勝利する事は出来ません! 一を切り捨て、多くを救うべきです!」

 

レメディオスの瞳に紅蓮の炎が灯ったのをネイアは見た。

 

「――それは聖王女陛下の戦いではない!我々は聖王女陛下の剣だ!この国全ての民が安らかに生きる事を望む聖王女様の!」

 

「哀れだな……聖王女陛下が哀れだ」

びょうびょうと風が吹きすさぶ冬の荒野のような声だった。それはレメディオスの傍らに立った魔導国大使にしてウルフ竜騎兵団の長、ジョン・カルバインの声だった。

「なんだと!?」

 

「理想を語るにはそれに見合った力が必要だ。お前たちには――いいや、レメディオスには理想を語る力が無い」

 

「きさま――!」

 

瞳に灯った紅蓮の炎を憎悪に焦がして、レメディオスは自分を見下ろす青い人狼の胸倉に掴みかかる。

その手に大きな青い人狼の掌が重ねられ、足を払われ、レメディオスはくるりと回転しながら、背中から地面へ叩きつけられる。

「がはッ」

地面に叩きつけられ、肺から空気が押し出される。上下の感覚が狂い、呼吸が止まり、思考も止まる。そこへ青い人狼の言葉の刃が降り注いだ。

 

「立ち止まるな。俺はそう言ったぞ? なのにお前は、聖王女を失い、迷い、折れた心で人質を前に退いた。前へ進み、人質を取るバフォルクを切り捨てる力があったのに退いた――故にお前は弱者だ。どれだけ力があろうとも、前に進む事を諦めた時点でお前は弱者に堕ちたのだ」

 

ジョンの強大な力で地面に叩きつけられ、衝撃で呼吸も出来ず、激情と衝撃からか瞳に涙を浮かべるレメディオスをジョンは遥かな高みから見下ろす。

 

大を救う為に小を犠牲にするという考えと、小も大も救いたいという考え、どちらの方が正義といえるのか。

言うまでもない。

後者である、と断言できる。ただ、それはあまりにも理想的すぎて、常人であればすぐに諦めるだろう。それを理解しつつも、レメディオスは全てを救うべきだと訴えていたのだ。

一般人であれば掲げる理想を諦める。

それを掲げられるからこそ、レメディオスは聖騎士団の団長であり、最高位の聖騎士でいられたのだろう。

 

その理想。

高すぎる理想――レメディオスの正義――をジョンは否定しない。けれど足りなかったと説く。

 

打ちのめされ、大地に叩きつけられたレメディオスに、折れた心では正義は体現できない。そうジョンは現実を叩きつける。立ち止まり迷うだけでは何も解決しないと突きつける。

 

「どれだけの大志を抱こうとも、魔導国を利用すると……理想成就に手段を選ばなくても、一つの失敗に囚われ、恐れ、足を止めたお前に出来る事は何もない」

 

嘲笑の笑い声をあげ、優し気にレメディオスを見下ろしながら声を掛けるのだ。

 

 

「聖王女の折れた剣。それがお前――レメディオス・カストディオ。そこでめそめそ泣いて朽ち果てるが良い」

 

 

そう言った大柄な青い人狼の背後を、重装備のゴブリン、オーガ、ウォートロール、リザードマンが――その上空をドラゴンが、駆け抜けて、飛び回って行った。

 

 

/*/

 

 

ゴ・ギンを先頭に重装備の亜人を中心とした戦士隊が門へ殺到する。

人質を取っているバフォルクたちは驚愕しているような表情を浮かべている。それはそうだろう。人間を相手に戦っていたのに見慣れない亜人も含めた亜人混成の戦士たちが突撃してきたのだから。

 

「な、何? なんで、亜人が?……いや――下がれ! このガキを殺すぞ!」

 

混乱しながらも、まだ人質は有効だろうと少年の喉首をバフォルクはぐっと強く握りしめる。

少年の生きながら死んでいるような顔に生気はない。ないが、それでも喉を締め付けられてぐっと小さく呼吸した。

 

「どぉぉっせぇぇぃぃ!!」

 

恫喝も無視して突進したゴ・ギンの巨大な棍棒が落とし格子に振るわれる。ごぉんと巨大な金属同士がぶつかる轟音が響き、鉄で補強された落とし格子が一撃で吹き飛んだ。

 

「な? 下がれ! 下がるんだ!」

 

何を感じ取ったのか、バフォルクが人質を掴んだまま、門の上で一歩後退する。

他にも人質として連れてこられた子供たちの姿があったが、バフォルクたちは見せしめに殺そうとはしていない。それは躊躇わず突撃してきた亜人の戦士隊に、人間が人質として有効なのか疑問に思ったからだろう。

 

躊躇ったバフォルクたちは戦士隊の影から跳び出した突撃隊のワーウルフたちに次々と討ち取られていった。

その下では都市内のバフォルクたちとの戦闘が始まっていた。ゴ・ギンの棍棒が唸りをあげ、戦士たちの剣がバフォルクたちを貫いていく。

 

「こいつらの毛! 剣に張り付くぞ! 剣を使ってる奴は注意しろ! 棍棒系の武器を持ってる奴を前に出せ!」

 

鍛えられた彼らは数合でバフォルクの特性を見抜くと声を掛け合い、殴打系の武器を持ったものを前面に立てて戦線を押し上げていく。

この都市を占拠したバフォルクたちは衛生面に関心がなかったのか、どこもかしこも生ゴミや糞尿だらけで、不衛生なこと極まりない。

やがて、押し上げた戦線が通りまで到達すると、道々には裸にされた人間の姿があった。

 

男女の区別なく、彼らは手を木々に打ち付けられ、バリケードの前面に押し立てられている。

 

都市内で建物の壁や屋根を足場に出来る突撃隊ワーウルフの三次元的な機動戦で、バリケードに隠れたバフォルクたちが絶叫を上げながら死んでいくが、戦士隊の進路にあったバリケードに張り付けられた人質は不運だった。

 

「助ける方法は無い!バリケードごと粉砕して楽にしてやれ!」

 

ゴ・ギンの大音声が通路に響き渡る。先頭に立って棍棒を振るうゴ・ギンの前でバリケードが飛び散り、人質の身体も飛んでいく。バリケードに隠れても無駄だと悟ったバフォルクの幾らかは逃げ出していくが、残ったバフォルクたちはバリケードの陰から槍を突き出す。

 

しかし、ウルフ竜騎兵団の鎧はジョンの抜け毛(毎日のブラッシングで回収)を強化繊維代わりに混ぜこんだ特別製のミスリル鎧だ。しかもそれをドワーフのルーン技術で強化してある。戦士たちは槍をものともせずバリケードを乗り越え、バフォルクたちを打ち倒していく。

 

バリケードに張り付けられた人質の周りで絶叫と血飛沫が舞い、亜人たちの阿鼻叫喚の地獄から逃れようと、人質たちは悲痛な叫び声を上げながら必死に身体をよじって、己の両腕を真っ赤に染めていく。

 

戦士隊が通り過ぎ、安全が確保されたエリアには工兵隊、魔法支援隊が入り、生き残った人々を聖騎士たちと救助していく。

 

 

/*/

 

 

血飛沫と絶叫の阿鼻叫喚を作り出しながら進む戦士隊の前に一回り大きな亜人の姿があった。

供回りの亜人たちもいたが、ワーウルフの一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)戦闘により護衛を失い戦士隊の前に誘導されたのだ。それはこの都市の首魁と思しきものをゴ・ギンと戦わせる為である。

 

その亜人。角がねじ曲がった山羊のようで、その体毛は銀色だ。立派な体格は見るからに只者ではない雰囲気を醸し出している。

角の先には黄金と宝石で装飾されたケースのようなものが嵌まり、亀の甲羅のような文様が入った緑色のブレストプレートを着用している。動物の毛皮を加工したと思しき赤茶色のマントを羽織り、左手に大粒の黄色の宝石が中央に埋め込まれたラージシールド、右手に薄い黄色の刀身を持つバスタードソードと言う装いは、威風堂々たる戦士の勇壮さを体現している。

 

亜人の中で最も恐ろしい、訓練された亜人。それも王など特別な地位にある存在だろう。

 

「なかなかやるな。この都市を、俺の部族をここまで追い込むとは……お前たちの長はどこだ?」

 

緑色の瞳で戦士隊を観察するように窺っている。ラージシールドの後ろに半身を隠しつつ、蛇髪人(メデューサ)などが持つ凝視攻撃を警戒しているようだ。

ゴ・ギンが一歩踏み出し、堂々と名乗る。

 

「ウルフ竜騎兵団が戦士隊の長、ゴ・ギンだ。名のある戦士と見るが、名を名乗れ!」

「我が名はバザー――“豪王”バザーだ」

 

豪王バザー……ゴ・ギンはその名を口の中で転がす。

天高くそびえ立つ頂を知ってしまった今、目の前の亜人からは魂すら凍り付かせるような恐怖は感じない。それでも感じる豪王バザーの脅威度は「強敵」。今の自分が強くなるのに丁度いい塩梅の敵だ。

 

「"豪王"バザー、相手にとって不足なし! 一騎討ちを申し込む。俺に勝ったら、部下に手出しはさせん。ここから脱出するがいい」

 

種族的な能力ではウォートロールであるゴ・ギンが上。戦士としての能力は相手の方が上だろう。

 

「大した自信だな。だが、今はその自信に付け込むしかないようだ」

 

バザーとゴ・ギンは10mほどの距離をおいて向かい合う。

両者はお互いを窺いながらゆっくりと動き出した。剣を交わすにはまだまだ遠いが、先に動いたのはゴ・ギンだった。

 

巨大な影がバザーを覆う。

 

その正体は振り下ろされてくる棍棒の影だ。

バザーは盾を翳すとバスタードソードを持った右腕も加えて受け止める。地響きのような音が辺りに木霊し、巻き起こされた土煙が爆風のように吹き上げられた。バザーの足元がべこりと沈む。

 

「馬鹿力めッ!」

 

再び振り上げられた棍棒が振り下ろされるより先にバザーはバスタードソードを振るってゴ・ギンに斬りつける。剛力無双のゴ・ギンの攻撃で腕は痺れているが、今の一撃で彼我の間合いの差を思い知らされたのだ。退いては後がない。

 

剣と盾と棍棒がぶつかり合う。

 

両者の攻防はあまりにも高速でその場で視認できるものは殆どいない。鋼と鋼がぶつかり合い、金属音が戦士の詩を響き渡らせる。

筋力はゴ・ギンに大きく分があったが、剣の間合いでは棍棒の強味を十分に活かせず互角の勝負になっている。

 

剣と盾と棍棒の三者が交差する。ゴ・ギンはバイザー越しにバザーの緑の眼を覗き込みながら、ぐっと力を込めて棍棒を押し込む。そして、バザーが負けじと押し返した瞬間、ゴ・ギンの足が蛇のようにしなるとバザーの足を払った。

 

「ちッ!」

 

舌打ちしながら、バザーは自ら転がりながら回避する。同時に棍棒が叩き付けられる。

バザーが飛び起きると同時に地面にめり込んだ棍棒が跳ね上がる。すくい上げるような一撃には、これで終わらせるとの気迫が込められていた。

その一撃をバザーは盾で受けた。しかし、受けきれずバザーの身体が宙に舞う。

 

数メートル吹き飛ばされたバザーはゴロゴロと転がったあと、素早く体勢を立て直して立ち上がった。

 

「〈盾突撃〉」

 

盾を真正面に構えたまま突進。ゴ・ギンはそれを棍棒で正面から受け止める。巨体と巨体がぶつかり合うと再び地響きのような音が辺りに木霊し、土煙が爆風のように吹き上げられた。

 

砂塵嵐(サンドストーム)!」

 

剣から吹き上がった砂がまるで壁のように広がり、ゴ・ギンへ襲い掛かる。ゴ・ギンの視界は砂で完全に覆われた。

 

「〈素気梱封〉!〈剛腕豪撃〉!」

 

二つの武技を発動し、先に比べて倍する速度で踊りかかる。バザーの付けた角飾りから奇妙な光が滲んで、まるで流れ星のように見えた。

 

「かぁぁああ!」

「ごぉぉおお!」

 

ゴ・ギンは振り下ろされた一撃を棍棒で受け止め――

 

「はは!!」

 

――バザーの嘲笑が響いた。

ガリッと金属が削れるような音が響く。

 

「むッ!」

 

武器に直接ダメージを入れる武器破壊攻撃だが、そのダメージは材質の差や武器の持つダメージ量に大きく影響を受ける。バザーの二つの武技はそれを強化する為のものだったのだろう。しかし、バザーは驚愕に目を見開いた。

 

「なんだ、その武器は!」

 

ゴ・ギンの棍棒はバザーの剣が当たったところが、少し欠けただけであったのだ。

 

「武器破壊か……これは、オスクに感謝だな」

 

ゴ・ギンの武具はバハルス帝国の大商人であるオスクが資産の20%を投じて作らせた武具。アダマンタイト級冒険者を雇って集めさせた材料から作り上げ、魔法を封じた一品だ。強者に憧れ、手を伸ばし続けた凡夫の夢は“豪王”バザーの一撃にも耐えたのだ。

 

先ほどとは打って変わった様子で後退したバザーを追撃する事なく、ゴ・ギンはぐるんと棍棒を振り回して虚空に美しい弧を描く。

 

「オスクと言う漢の執念が生み出した武器だ。そう簡単には壊れんぞ」

 

その言葉――オスクが聞けば、己の執念が己の理想の体現者であるゴ・ギンの助けになったと感涙にむせび泣くだろうか。それとも当然の結果と頷くだろうか。

 

「では、こちらの番だな。いくぞ――ごおおおおッ!」

 

怒号と共に巨体がバザーへ向けて突進する。武技を起動させているのか先ほどのバザーのようにこれまでに倍する速度だ。

驚くべき速度と巨体。二つの相乗効果によって生じる圧倒的な威圧感から、並の者であればそれだけで身動きが取れなくなるだろう。

 

「〈能力向上〉〈豪撃〉〈神技一閃〉」

 

大地から雷が迸ったようにバザーには見えた。その瞬間、激痛と共に全身を浮遊感が支配する。

 

「〈流水加速〉」

 

そして、上から鈍痛が走り、次の瞬間、また痛みが走る。

痛みと激しい上下動に状況の把握が出来なくなる。己が地面に倒れている事も一瞬、把握できなくなる。

ゴ・ギンにはその一瞬で十分だった。

 

「〈即応反射〉〈豪撃〉〈神技一閃〉」

 

武技で体勢を無理やり戻し、倒れたバザーに止めの一撃を叩き込む。衝撃が大地を叩き、何度目かの地響きが響き渡り、巻き起こされた土煙が爆風のように吹き上げられる。

 

 

――大輪の紅い華が大地に咲いた。

 

 

“武王”の名を捨てたゴ・ギンの勝利の雄叫びが木霊した。

 



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第57話:災害復興お手本はJ隊

 

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都市の奪還、人々の解放はウルフ竜騎兵団の力で簡単にすんだ。

攻め手の聖騎士や民兵の被害は――攻城戦の初期で挫折したのもあって――ほぼ皆無であり、囚われていた民たちの被害も戦士隊の進行ルートでこそあったものの、攻城戦と言う混乱を考えれば、その数は驚くほど少なかった。

 

これをウルフ竜騎兵団抜きで行っていれば、どれだけの被害が出たのか空恐ろしいものがある。

 

喜びに人々が沸き立つ中、ウルフ竜騎兵団は次なる行動を開始していた。

先ずはバザーのいた広場を中心としての清掃活動だ。

この都市を占拠したバフォルクたちは衛生面に関心がなかったのか、どこもかしこも生ゴミや糞尿だらけで、不衛生なこと極まりない。

工兵隊のみならず、戦士隊も総出で清掃していく。水路に繋がる大きな穴を掘り、エ・ランテルから持ってきた〈衛生粘体(サニタリースライム)〉を放り込んで、水路に流した汚物の処理が出来るように工事する。ジョンも《建築作業員の手》なども使用し、清掃しながら周囲の建物も解体し、広場を広げていく。

 

清掃が一段落すると都市外に待機していた牽引車を工兵隊のオーガたちが牽いて広場までやってくる。

 

それは複数の牽引式野外炊事車、牽引式野外食料運搬車、牽引式野外入浴車であった。

 

牽引式野外炊事車は『湧水の蛇口』『発火の焜炉(コンロ)』『無限の水差し』、〈小型空間(ポケットスペース)〉等の空間拡張を多用した釜などの炊飯器機を備え、60分で最大500名の炊事能力を誇る。調理種類は 炊飯・汁物・焼き・煮る・炒め・揚げとなんでもござれだ。更にはアイスクリーム製造機も完備する。

 

牽引式食料運搬車。これは〈小型空間(ポケットスペース)〉等の空間拡張を多用した冷蔵庫、冷凍庫を備える牽引式の食料運搬車であり、余裕があれば、卵、牛乳、生鮮野菜などは竜騎兵隊が運搬もしくは「ありんすマークの引越し便」が配送してくれると至れり尽くせりだ。

 

野外入浴車は災害派遣で評価の高い自〇隊のそれを参考に開発したものであり、『湧水の蛇口』『発火の焜炉(コンロ)』『無限の水差し』を応用したボイラー、〈小型空間(ポケットスペース)〉等の空間拡張を多用した貯水タンクを備え、装備を展開する事で男女別々の風呂を用意できる。湯沸時間は約45分。入浴可能人員は約1200人/日だ。

 

また、どさくさにまぎれて《建築作業員の手》がステージを作っていたが、誰もそこには触れなかった。

 

牽引車たちは工兵隊の隊員たちが取りつき、手際よくてきぱきと展開され、炊き出しや入浴の用意がされていく。また救護所やウルフ竜騎兵団の事務所も設営されていった。

恐るべき手際の良さであった。

 

解放に喜ぶ人々、温かいスープに落涙する人々。

 

ウルフ竜騎兵団は亜人を中心とした部隊だが、それでも温かい食事、温かい入浴に清潔な衣服。家族同士、親しい者同士の再会とプライベートが確保された個別の避難テントの温かく清潔な寝床は人々の心に平穏をもたらしていた。

 

その間、領主の館などを捜索していた聖騎士団からの呼び出しもあり、ジョンとネイアは慌ただしく広場を去ると、そちらへ向かっていった。

 

 

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領主の館では悪魔の実験が行われていた。

腕を切り落として他の生物の腕を付けてみるとか、腹を裂いて内臓を交換するなどと言う実験だ。そのレポートらしきものも発見されたのだが、悪魔の言葉で書かれたと思わしきそれは誰も読む事が出来なかった。

 

ふむ、と何処から取り出した〈片眼鏡(モノクル)〉を装着し、謎言語の報告書に目を通すジョン。

 

「悪魔たちの実験の報告書のようだな。誰に何をしたのか名前と実験内容が事細かく書かれている」

 

何枚かの報告書をめくり、ざっと目を通すと紙束をレメディオスとグスターボに手渡す。

レメディオスは一瞥し、顔を歪めると即座にグスターボに手渡す。

 

「私たちには読めません。大使閣下はお読みになれるのですね?」

「マジックアイテムの力を借りてだがね――ああ、これは貸し出せないぞ。そこそこ貴重なものなのでね」

 

そのままやり取りが続くが、解読系の能力者は解放軍にいないらしい事が分かった。

 

「……彼らの治療に役立つなら解読しても構わないが、聖王国の言葉では書き起こせないぞ?」

「それでは大使閣下に読み上げて頂いて、従者ネイアが書き起こす……と言うのはどうでしょうか」

 

「俺は構わないが……バラハ嬢は構わないかな」

「はっ! 閣下のお役に立てるのであれば、これ以上の喜びはありません」

 

なんか、ナザリックのNPCみたいになってないか?とジョンは疑問に思うが、ではそれでと鷹揚に頷いた。

 

「ありがとうございます。それで――別の問題が発生しまして、豚鬼(オーク)たちが捕虜として囚われていたようなのです。どういたしましょう?」

聞けば豚鬼(オーク)たちは聖王国を攻めてきたのではなく、捕虜としてヤルダバオトに連れてこられたらしい。話を聞いても役に立つ情報もなく、これからの扱いに困っているとの事だった。

 

「分かった。場所を教えてくれるか? 彼らの対応は俺に任せると言う事で良いのだな?」

「はい。よろしくお願いします」

 

グスターボが簡単に場所を教えてくれる。都市自体、さほど大きくないので、それほど迷う事もないだろう。

 

 

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豚鬼たちがいるというのは外側から窓に板が打ち付けられた建物だった。かなり大きな建物で、この都市でも2~3番目に大きいだろう。

中に入って豚鬼たちと対面し……ビーストマンと思われたりなどもあったが、代表者と話が出来るまでになり、情報交換が行われた。

 

豚鬼はヤルダバオトに反抗し、懲罰の意味で連れてこられた事。彼らの心は折れ、もはや勇気が湧いてこないと言う。

 

彼らは衰弱している事もあり、脱出の前にウルフ竜騎兵団のキャンプで身体を休めてから、こちらが小都市を出発するのに合わせて聖王国から脱出する方向で話がまとまった。

 

豚鬼たちを連れて広場に戻り、食事や入浴、清潔な衣服を配っていると今度はグスターボからの使いがやってきた。使いに案内された先にいたグスターボの雰囲気が先ほどとは違った。希望が内面からあふれ出るような明るさがあり、声にも張りがある。厳しい現状を打破しうる何かが見つかったのだろう。

 

会ってほしい御方がいると案内された先には、レメディオスの他に一人の痩せこけた男がいた。

 

彼こそが聖王家の血を引く王兄カスポンドだと言う。

 

ジョンとカスポンドはしばし見つめ合い……やがてジョンの方から握手の手を差し出すなどといった場面もあったが、軽く挨拶をし合い。その後、悪魔が紛れ込んでいないか等の話をジョンの方から話した。カスポンドは南と合流して全軍でヤルダバオトの亜人連合と戦うつもりらしい。

 

その後、話は魔導国からの援軍派遣であるウルフ竜騎兵団の件に移る。

 

「それでカスポンド殿。このような時に大変申し訳ない……派遣の見返りなのだが、カストディオ団長たちからは“聖王国の友情と、信頼、そして敬意を”との事だったのだが、我が魔導王陛下は実利をお望みだ」

 

ごくり――その場の者たちが唾を飲み込む音が聞こえたようだった。

 

「実利――確かに……必要でありますな」

「うん。それでだ。戦後の話を始めるのも気が早いが、戦後の聖王国北部では焼け跡からの復興に大量の物資、食料が必要となると思う。南部からの援助で復興しては、北部主導で――現場を知る者たちで、亜人と戦っていく事は出来ないだろう。そこで魔導国から物資と食料を全面的に援助しよう」

 

実を寄越せと言う話で更なる援助を申し出る魔導国大使。一体何を考えているのか。どれほどの見返りを求めているのか。……それは、果たしてこのボロボロの解放軍が差し出すことが出来るものなのか?

 

「それ……は、大変に、ありがたい申し出でありますが……」

 

「我が属国リ・エスティーゼの国王ザナックの妃として、聖王女カルカ・ベサーレスを頂きたい」

 

「「「!?」」」

 

ま、他にも港など欲しいものはあるが、一番はこれだな、と青い人狼は続けるが、その場の者たちの耳にどれほど入っただろうか。

 

「馬鹿なッ!そんな事が認められるものかッ!」

青い人狼に掴みかかる勢いでレメディオスが迫るが、ジョンは肩を竦める。

「そうは言っても団長。俺の知る聖王女陛下ならば、民の為にその身を切るくらいの事は間違いなくなさる方だと思っていたが……違うのかね?」

「ぐ、ぎぎぎ――!」

 

「し、しかし、現在、聖王女陛下は行方不明でして……」

「うん。グスターボ殿。聖王女陛下の遺体が発見されれば、魔導国で責任を持って蘇生させていただくよ。もし遺体が見つからなければ……そうだな。代わりにケラルト・カストディオ殿でもいただこうか」

その遺体も見つからなければ、また考えよう。青い人狼はしどろもどろなグスターボへそう告げるとカスポンドへ向き直った。

 

「それで王兄殿下――貴殿に覚悟はお有りか?」

 

「――そのお話」カスポンドの痩せすぎた顎がぎりっと噛み締められる。眉は寄せられ、苦悩の表情だ。その表情で絞り出すようにカスポンドは言葉を発した。

 

「お受け致します。どうか……聖王国を、お救い下さい」

 

「「カスポンド様!?」」

 

 

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魔導国大使ジョン・カルバインがネイアを伴い退出して1分。カスポンドが「さて」と声を上げた。

グスターボが震える声で問いかける。

「聖王の座にはカスポンド様がつかれるのですか?」

 

「――確かに平時に妹が事故などで亡くなったのであればそうなったかもしれん。しかし、今は状況が違う。疲弊した北と戦力を持つ南。そうなれば南が推す人間が聖王になる可能性が高い。はっきり言って南の大貴族が聖王になることだってあり得る」

 

「そんな!」

 

グスターボの驚きにカスポンドは微笑を浮かべる。

「そこまで驚く事でもないと思うが……このまま良い方向に話が転がって行き妹が見つかっても、南の貴族たちが要求するのはレメディオス団長の蟄居だろう。全責任を被せて、な」

 

「なぜそのような事に?」

 

「聖王女様を守り切れなかった聖騎士たちと言うのは不満をぶつける良い相手ではないか? 無論、そればかりではない。団長は単騎で一軍に勝る。で、あれば、最初に敵の牙を抜くのは戦闘の基本であろう?」

 

「敵など! 一体、誰にとっての敵ですか!?」

 

「南の貴族たちの敵。つまりは聖王女派閥だな。団長は聖王女様の側近だ。彼女が上に立つ聖騎士団もそうだと思われていない筈がないだろう? ……南が味方であれば、とっくに南の援軍が来ているだろう」

 

カスポンドがやるせない表情を浮かべる。その瞳にあるのは諦めの色か。

 

「今のところヤルダバオトに勝利し、妹を……聖王女様を蘇生していただいて、その上で今回の責任を取る形で聖王女様が王国へ嫁がれ、その引き換えに――南の介入を許さず――魔導国を後ろ盾に北部が復興を果たす……聖王国を立て直すにはそれが現実的なところだろう」

 

「王兄殿下。……我々はどうすればよろしいのですか?」

 

「モンタニェス副団長。それはどういう意味だ? 団長が謹慎処分を受けないようにか? それとも聖騎士たちが連座させられる事を避ける方法か?」

 

「より良い聖王国の未来の為に、です」

 

「……妹を見つける事だ。次はこの国を救ったとも言えるような功績を打ち立て、民に全面的に認められる事だ。誰の力も借りずに、我々だけで奴らを追い払うなどと言ったな」

 

「無理です……。もはや魔導国の力なくして戦える筈もありません」

 

グスターボが思わず漏らした泣き言にカスポンドは肩を竦めた。

「しかし、それぐらいしなくてはならないんだ。そうしないと勝った後に来るであろう南の圧力には耐え切れない。――ああ、そうだ。あとは南も北と同様の被害を出すとかだな。結局は力が均衡を保てば問題ないんだ」カスポンドが天井を見上げた。「もっと前に南との融和を図っていれば問題なかったんだがな。あいつの理念は優しすぎた」

 

やるせないと再び肩を竦めたカスポンドに、凍てつくような寒さを宿した声が掛けられる。

 

「弱き民に幸せを、誰も泣かない国を、という聖王女様の願いが間違っているというのか?」

「カストディオ団長……その願いは間違ってなどいないさ。ただ――そう、ただ……我々の力が足りなかった……そう言う事なのだろう、な」

 

くッ。レメディオスが悔し気に漏らした吐息と共に、彼女が掴んだ椅子の背もたれがバターのように千切られた。

 

 

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ジョンとネイアが広場に戻ると広場は、複数の牽引式野外炊事車、牽引式野外食料運搬車、牽引式野外入浴車、それに救護所の周りが賑わっていた。どれもこれも聖騎士や神官たちが提供できるものよりも、豊かで多岐にわたり、聖騎士・神官が率先してウルフ竜騎兵団の亜人たちに協力しているような状態だった。そして、聖騎士と神官が協力している事で、解放された民たちも安心してウルフ竜騎兵団のサービスを受けられる様子であった。

 

「閣下。これは……凄い、ですね」

「だろー。これはまだ魔導国でもウルフ竜騎兵団しか持ってない装備なんだぜ」

 

ネイアの感嘆の声に、知力バフが切れたのか砕けた調子で返事をするジョン。突然、アホの子っぽく喋り出したジョンにネイアはぎょっとするが、度重なる戦闘と移動で張り詰めていた神経を慰撫してくれているのだろうと良い方へ解釈する。俺たちも食事にしよう。ジョンはそう言って、食事待ちの列に並ぶ。

 

「閣下は……その、閣下も列に並ぶのですか?」

「まだ、忙しいしな。2~3日したら、ちゃんとするさ」

 

誤魔化すようなジョンの言葉の間にも、列はどんどん進んで行き、途中でお盆とスプーンとフォークを受け取ると列の長さの割にはさほど待たずに先頭に達する。そこでは白い割烹着を着たゴブリンが給仕をしていた。

 

「団長。何玉?」

「三玉頼む。ネイアは一玉だ」

 

これほど流暢にしゃべるゴブリンをネイアは見たことがなかった。ネイアが驚いている間にゴブリンは大きな器に真っ白い麺を3つ入れると、炊き出し用と思しき大鍋からスープをすくって麺がひたひたになるまで注ぐ。そして、小エビと香草のかき揚げを上にのせる。

 

「天ぷらうどんか」

「はい。ウドンたちが張り切って作りました」

 

「うどん、ウドン?」

 

会話に疑問符を浮かべていたネイアにジョンは笑いながら応えた。

 

「うどん、ってのはこの料理の名前。で、この料理を伝授した奴(オーガ)が随分と気に入ってな。自分の名前を「ウドン」にしたんだ」

 

ジョンがくいっと顎をしゃくった先では、白い清潔な割烹着を着たオーガが厨房で小麦を練って、どしんどしんと叩き付けていた。その様子を子供たちが覗き込み人間では出せないオーガ料理の迫力に歓声を上げている。

 

「な、なるほど……」

 

もう何に驚いているのかネイア自身わかっていない。自分の名前をウドンにしたことに驚けば良いのか。聖王国では決してみられない、オーガに人間の子供が歓声をあげているのを驚けば良いのか。亜人たちが用意した料理を自分が食べる事を驚けば良いのか。分からなかった。

 

広場に張られた壁の無い背の高いテントに用意された席に付き、食前の祈りを捧げると二人はうどんを食する。

 

ジョンとしては箸でうどんを啜りたいところだが、この身体になってから(人狼形態では)口の構造上、啜るのが上手く出来ない。なので、フォークでうどんをパスタのように食べていた。当然、それを見たネイアはうどんとはそうやって食べるものなのだと誤解した。

 

そして、ネイアが驚いたのはスプーンとフォークそれに器だ。

 

銀色っぽい色合いをしている金属製だが銀ではないようだ。硬く、軽く、一体何で出来ているのか想像もつかない。シンプルな作りだが、弓なり型の四本歯のフォークは高精度で、庶民が使える木製の出来の悪い食器とは比べ物にならない。器は高価な陶器だ。これを今、食事をしている民数百人に貸し出せる数を持っているのは、どれだけの財力を以ってすれば可能なのか想像もつかない。

 

フォークで丸めて口に入れたうどんは噛むごとに口の中で跳ねるようなコシがあり、仄かに甘味がある。そして、きのこ出汁のスープが絡み、味に深みを出していた。シンプルだが、これまでに食べた何よりも美味いと言える。小エビと香草のかき揚げはサクサクで信じられないほど良い油を使っているのを窺わせる。

 

温かく、美味い食事だけで、何も問題は解決していないのに、幸せな気持ちになれる。

 

ここまで考え、食事にも力を入れているのかと感激するネイア。すでに食事を終えたジョンは、うどんでは足りなかったのか何処からかお鮭様のおにぎりを取り出してかぶりついていた。

 

 

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そして、お風呂である。

 

貴重な水と燃料をまさしく湯水の如く使って、大きな湯舟に大勢が肩まで浸かれるお湯を張ってある。身体を洗う為の洗い場にはお湯の出る『湧水の蛇口』と応用で作られた『湧水のシャワー』。更には身体を洗う石鹸。髪を洗う為の専用の液体まであった。

 

行軍で汚れた埃と汗を落とすだけでも、さっぱりとする。囚われた人々の身を清められる事への喜びは如何ほどか。

 

身体と髪を清め、恐る恐る湯船に浸かる人々の表情がゆっくりと溶け、温かな至福の表情になっていくのを見ながらネイアもしばし至福の時を過ごすのだった。

 

風呂をあがり、脱衣所に用意されている温かくふかふかのタオルで髪と身体を拭く。そのテントの裏では工兵隊の亜人たちが囚われていた人々の服を慌ただしく洗濯していたが、その様子も〈魔法の品物(マジックアイテム)〉を使っての作業であり、ネイアには見慣れぬ光景であった。ネイアの衣服も入浴中に綺麗に洗濯され、ほのかに温かい衣服は綺麗に畳まれていた。

 

また、囚われていた人々の衣服はボロボロであったので、繕うのも無理なものは新品の服に取り換えられていく。

 

着替えて、外に出ると先に上がっていたジョンに、メイド服とシスター服を足して二で割ったような衣服の赤髪の美女が飛びついているのをネイアは目撃した。

 

「ジョン様! 寂しかったっすよ!」

 

そう言った美女は何者なのか?とネイアが疑問に思うが、言わずと知れたルプスレギナである。ルプスレギナは俺もだぞ、ルプーとジョンに言われご機嫌である。そんなリア充の傍らには、げんなりとした表情の膝丈メイド服を身に纏った金髪ボブカットの少女の姿があった。

 

「どうして、クレマンティーヌがメイドなんだ?」

「戦場に一般メイドを連れ出すのはアインズ様の許可が出なかったので、戦闘メイド見習いって事でクーちゃんを連れてきたっす」

「私、メイド(100点満点中)5点とか言われたのに酷くない?」

 

出来が悪かったら、帰った後にまた特訓すね。にししと笑うルプスレギナ。

 

「奥方様がメイドやれば問題ないじゃない」

「私は従軍シスター役っすよ」

 

役ってなんですか。とネイアが思っていると、ジョンに抱き上げられていたルプスレギナの足が地につき、こちらを見る。あまりに整った美貌。その金色の人懐っこそうな丸っこい瞳に見つめられると自身の凶眼が恥ずかしくなって、ネイアは視線を落とした。

 

「おお! 凄い目つきっすね。クマが酷いけど寝てないっすか?」

 

私がいないからって、こんな子を寝かせないなんてジョン様ケダモノーとけたけた笑うルプスレギナ。だが、〈大使閣下(ジョン)〉の奥方にそんな冗談を言われてネイアは冷や汗が流れっぱなしである。

 

「風呂上りで、すっぴんだからっすかね」

「いや、その子はいつでもすっぴんだったぞ」

 

やめてください大使閣下(ジョン)。こんな美女の前で容姿を語られるとかとんだ拷問です。まして化粧もしてないとバラされるとか。

ふむふむ、とネイアに近づき獲物を見分する獣のように覗き込むルプスレギナ。冷や汗が止まらないネイア・バラハ。

 

「……クマが濃いっすから、オレンジ系のコンシーラーでカバーして――ジョン様、ちょっとこの子借りるっすね」

「おー上手くやってやってー」

 

ウルフ竜騎兵団の事務所――テントだが――の一室に連れ込まれたネイアはルプスレギナに化粧を施される。化粧など紅をひくくらいしか知らなかったネイアにとっては魔法のような……あるいは悪魔の拷問器具のような、メイクセットとメイクアップ術だった。

 

悪夢のような時間が過ぎ、仕上がったと見せられた鏡の中には知らない人物がいた。

 

すっと目尻が上がった涼しげな目元。小さい黒目はアイラインで強めた目の印象とマスカラでちょうど良い大きさに見える。目の下にあったネイアを長年悩ませてきたクマは殆どわからないまでになっている。これだけでも別人に見えるところだが、全体として凛々しい男装が似合いそうな涼しげな美少女に仕上がっており、ネイアは鏡に映った自分自身をぼーっと眺めていた。

 

「うんうん、我ながら良く出来たっす。あとでメイク道具も用意するし、やり方も教えるから、しっかり自分で出来るようになるんですよ」

「え、え、で、でも、私にこんな……」

「ジョン様の従者になったからには、それに相応しい身だしなみも求められるわ」

 

上手く出来ない。そう言おうとしたネイアの弱音を遮って、ルプスレギナはジョンに仕えるならそれに相応しい者になれと言う。魔導国でジョンに仕えるものはオーガですら流暢にしゃべり、亜人たちは清潔できちんとした身なりをしている。偉大なものに仕えるにはそれに相応しいものになれと言うのは、ネイアの心にストンと落ちた。

 

「分かりました。ネイア・バラハ、誠心誠意全霊をもって大使閣下にお仕えいたします」

 

覚悟を決め、決意を宿したその瞳にルプスレギナはうんうん良い心がけっすね、見習い(クレマンティーヌ)よりも見どころがありそうだとネイア・バラハを従者としたジョンの慧眼に感服し頷いていた。

 

 



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第58話:俺の歌を聞けぇッ!

 

 

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「おお、魔導国の……ウルフ竜騎兵団の長だ」

「本当に狼人だ」

 

都市内を歩き回り、団員に指示を出し、食堂で民と一緒に飯を食い、建物の解体をし、歌で心を鼓舞する。ウルフ竜騎兵団長ジョン・カルバインの姿は解放された人々の目に嫌でもとまった。その精力的に活動する姿は人々の警戒心を解きほぐしていく。

 

人を食べないのか?と勇気ある民に問われて。

 

「亜人連合の連中こそなんで人間喰うんだろうな?不味いわけではないけど、人間って生まれて5年くらいは面倒みないと直ぐ死んじゃうし、15年くらいしないと子供産めないし、産んでも年1人だし……それなら、牛とか豚とか鶏で良くないか? 1年もしないで交配可能になるし……生まれて半年くらいで食用に出来るんだぜ。畜産動物として人間ってあんまり優秀じゃないだろう」

 

「それに言葉が通じる相手って食べ辛くないか? あんただって鶏絞める時に鶏が『やめて!助けて!殺さないで!』って言ったらやり難いだろ?」

 

「じゃあなんでアベリオン丘陵の亜人は人喰うのかって? ……なんでだろうな? そうだな。俺の想像だけど、悪魔の実験で人体に色々くっ付けて亜人っぽくしてたりとかしてたじゃん。その結果、生まれたのが亜人なら、元の姿に戻ろうとして、あるいは失った身体を取り戻そうとして、人間を食べる……とか? だから、人と違う姿をしてる獣身四足獣も亜人と呼ばれてる――のが、失われた歴史の一片とかだったら、興味深いな」

 

集まった民を前にそう答え、畜産にも造詣が深いのかとネイアを感心させた。

礼を言われれば、礼を返し、聖騎士にも言ってやれと聖騎士を気遣う。これが強者の余裕と言うものなのだろう。

 

そして、夜となればウルフ竜騎兵団の事務所テントの一室でジョンが悪魔のレポートを読み上げ、ネイアが聖王国の言語に書き起こすと言う作業。それが毎日2時間ほど行われる。

 

ウルフ竜騎兵団は交替で休憩を取っているようで、ウルフ竜騎兵団として完全に休止している時間が無い。

 

広場周辺は魔法の照明も灯されて、入浴施設も朝早くから深夜まで稼働しているので夜番を終えた民兵や聖騎士の評判も良い。食事も解放軍の分を用意してくれるので、数少ない従者たちも大助かりだ。無論、解放軍からその分の食料などを差し出しているが、どう考えても美味すぎて、提供した素材が使われているとは思えない。

 

建物も修復され日に日にテントの仮住まいから、一時でも建物で休める人数が増えて行っている。

 

それでも、頑丈な建物で過ごすよりもウルフ竜騎兵団の近くでテントで過ごす方が安心で快適だと思う人々は着実に増えていた。

 

朝昼晩の食事時など人が多く集まる時間に広場の片隅に作られたステージでジョンの歌が披露された。

聞きなれないメロディの曲ばかりだったが、愛と正義を歌い上げる曲、勇壮な騎士行進曲、静かな鎮魂歌。それらは人々の心を掴み、慰め、奮い立たせた。

 

 

世界を救うにはこうするしかない。

泣くな 涙を隠せ

新しい日が始まるのだから

 

お前の光は多くの心を暖めるだろう

 

さあ、今こそ立ち上がれ

 

 

そう歌うジョンだったが、今日はレメディオスに絡まれていた。

「世界を救うのに1つを切り捨てるのが、お前の正義なのか!」と。それにジョンはいつものように答えるのだ。あの日、ネイアに答えたのと同じ言葉で答えるのだ。

 

「いいや――俺は悪だよ。自分らの目的、理想、信仰、欲望の為に他人の犠牲を強いる悪だ。だからこそ、いつの日か、自らも同じ悪に滅ぼされる。その日その時を迎えても、俺はこう生きてやったと笑って胸を張って死ぬつもりだ」

 

「ならば、弱き民に幸せを、誰も泣かない国を、という聖王女様の願いに間違いなどないな」

 

無駄に大きい胸を張ってレメディオスは言う。

 

「……間違いはなくても、誰も救えなかったけどな」

「きさま――!」

自分が正しいと胸を張るレメディオスにジョンの言葉が突き刺さる。再び思わず掴み掛る。レメディオスは分かっていたはずなのに、また足を払われ地面に叩き付けられた。

 

「――レメディオス・カストディオが聖王女の願いに従うと自らの意思で決めたのなら、それはレメディオス・カストディオにとっての正義だろう。ただ、理想を現実にするのに力が足りなかっただけだ」

 

違うか?

 

「……違わない。確かに私が弱かった。私の剣が届かなかった。だが、それなら……私は、私はどうすれば良いのだ――どうすれば良かったのだ?」

 

血を吐くように吐き出されたレメディオスの弱音に、レメディオスの弱った心に、青い人狼が囁き掛ける。

 

「そんなん決まってる。お前(脳筋)に出来る事なんて1つだろう。……強くなれ。負ける度、心折れても、その度に泣きながら立ち上がり、ただ前に進む。レメディオス・カストディオに出来るのはそれだけだろう」

 

この手を取るなら鍛えてやろう。この手を取るなら導いてやろう。

その先にあるものが、暗闇でただ光を掲げ続けるだけのものであっても良いのなら、その徒労に生命を懸けられるなら。

 

差し出された手をレメディオス・カストディオは――

 

 

レメディオス・カストディオがジョン・カルバインに大衆の面前で師事し出したと報告を受け、グスターボ・モンタニェスの胃痛は一層ひどくなったのであった。

 

 

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ネイアのメイクセットはルプスレギナのそれを《物品作成》と《複製》でコピーして作った。

至高の御方の手ずからの一品。ナザリックの者からすれば垂涎の品である。ジョンに心酔してしまったネイアは当然、断った。受け取るなど畏れ多い、と。

 

「バラハ嬢の為に作ったものだからな。受け取ってもらえないのでは無駄になってしまう。受け取ってくれるね?」

 

その言い方はズルい。それでは受け取る以外ないではないか。

 

至高の御方と結ばれ、心に余裕の出来たルプスレギナとしてはジョンの決定に否は無い。以前であれば、嫉妬と羨望でぐぎぎとなっていただろうが、身も心もジョンと繋がった今は、ジョンに新たに仕えようとする者を受け入れる余裕があった。

 

「それじゃ使い方を教えるっすねー。水じゃ落ちないから、落とす時は注意っすよ」

 

それとどれだけ化粧しても、寝不足とかで肌の状態が悪いとダメっすからね。ジョン様に仕えるなら早寝早起き朝ごはんっすよ。

ぺたぺたとネイアの顔をコットンで拭き、綺麗に化粧を落とすと再びゆっくりと道具の使い方を教えながら、化粧を施していく。

 

「人間は一度で覚えられないっすから、優しいルプスレギナ姉さんは数日面倒を見てあげるっすよ」

「ルプスレギナ様は……〈人狼(ワーウルフ)〉なんでしょうか?」

 

ネイアの疑問にルプスレギナは不思議そうに答える。

 

「うん? そうっすよ? そうは見えないっすか?」

「今まで見た事もないとても綺麗な方だな、とは。それで大使閣下の奥方様なら同じ種族なのかな、とも」

 

うんうんと嬉し気に頷くルプスレギナ。至高の御方より賜った己の姿を褒められるのは何よりも嬉しい事だ。チョロいとか言ってはいけない。

 

「ジョン様、ジョン様ー。ネーちゃん良い子だから、何か上げたいっすー」

「お、奥様ッ!?」

 

大型テントの隣の部屋でウルフ竜騎兵団の事務処理をしているジョンへ突然おねだりを始めたルプスレギナにネイアは慌てる。

ルプスレギナの声の後、隣から報告書の束を整える音がする。そして「入るぞ」と一声かけてジョンがこちら側に入ってきた。

 

「ルプーが気に入るのは珍しいな」

 

そう言いながら、ずるりと言う感じで空中から驚くほど大きなアイテムが出てくる。レメディオスなど問題にしない強さを持ちながら魔法まで操るジョンには本当に驚かされる。

 

そこには緑の甲羅のような模様の巨大なブレストプレート。短剣、小手、指輪が2つ、ネックレス、ブーツがあった。

この中から1つ選べと言われるのかなーと思っていたネイアだったが、全部やると言われて魂消(たまげ)た。

 

「い、いやッ大使閣下!こ、これは多すぎです!(1つでも多すぎです!)」

 

巨大な緑の胸当ては〈亀の甲羅(タートルシェル)〉。〈矢守(ウォール・オブ・)りの(プロテクション)障壁(フロムアローズ)〉が付与された“豪王”バザーが使っていた鎧だと言う。

 

小手は〈射手の小手〉。射手としての能力を向上させてくれる。

 

ネックレスは魔力を消費して、〈中傷治癒(ミドルキュアウーンズ)〉と〈毒治療(キュア・ポイズン)〉が使える。ネイアの魔力では使えて2~3回だろうと言う事だ。

ブーツは〈速足(クイック・マーチ)〉が付与されており、移動速度が20%上昇すると言う。

 

指輪は〈回復の指輪〉と〈第二の眼の指輪〉。短剣は〈早業の短刀〉と言う。

 

これらの素晴らしいアイテムを前にネイアは首を横に振った。

 

「も、申し訳ありません、閣下。これらのアイテムをお借りする事は出来ません」

 

ジョンがくれると言うアイテムは恐らくどれも超のつく一級品。これらを装備して自分が討ち死にしたら、それらはどうなるのか。亜人たちの手に渡り、奴らを強化する結果に終わってしまう。そうでなくても戦乱の中、死体が埋もれたら紛失してしまう。それに弓を借り受けた身、これ以上の厚意に甘えて良い筈がない。

 

クレマンティーヌと言う傍仕えの侍女が来た以上、自分の魔導国大使の傍仕えの役割ももうすぐ終わるだろう。

 

と、なれば借りた弓だって返さねばならない。そして自分は従者として前線に行くのだ。そして、おそらく死ぬ。

ネイアは自分の不安を、これからの自分の身の振りを吐露する。

 

「くれてやるつもりで渡すんだが……そこまで言うのなら、必ず返すつもりでいってこい」

勿論、そのつもりだが、思いだけで状況を打破できるわけではない。そう答えても、青い人狼は鷹揚に手を振るのだ。

「いいから持っていけ。マジックアイテムがどこにいったか調べる魔法くらい俺も使える。もし帰ってこなかったら、それを使って探すさ」

「左様ですか?」

「ああ。……それにルプーが人を気に入るのは珍しいんだ。俺にも何かさせろ」

 

ああ、この方は奥方に甘々なんだなぁと独り身の自身を顧みながらネイアは思う。

 

「そうっすよ。ネーちゃん頑張って帰ってくるっす!」

 

親指を立てて笑顔で「生きて帰ってこい」と言うルプスレギナに思わず目が潤む。ここまでの優しさを与えてくれたのは、ネイアの人生においては両親以外にそういない。

こんな優しい人がいる魔導国は幸せだ。そう思いながらネイアはぐっと唇を噛み締め、頭を下げた。

 

「ありがとうございます! きっとお返しします!」

 

「うんうん」

 

顔を上げる際、瞳の端に浮かんだ涙を拭う。

 

だから、ネイアは気が付かなかった。

 

頭を下げている間、ルプスレギナが三日月のような裂けた笑みを浮かべていたのを。ルプスレギナが(ネーちゃんが死にそうになるところを〈完全不可視化〉で見学に行こうっと)などと考えていた事を。

 

 

/*/

 

 

レメディオスの特訓は初回こそジョンが恐怖の洗礼を行ったが、その後はウルフ竜騎兵団の突撃隊の平隊員ワーウルフたちに任された。

平隊員とは言っても傭兵モンスターのワーウルフのレベルは50を越える上に戦闘特化だ。レベル30前後と思しきレメディオスが敵うものではない。ルプスレギナに治癒されながら、毎日ボロボロになるまで戦い続ける。

 

当然、聖騎士団の仕事は放りっぱなしになるが、どうせ今までも事務仕事はグスターボに丸投げだったのだ。それに現在進行中の(はかりごと)にはレメディオスは役に立たない。そう自分を慰め、グスターボは聖騎士団の仕事をこなしていた。

 

そんな訓練のある日、ジョンとネイアとクレマンティーヌが訓練所と化した拡張した広場に立ち寄るとちょうどレメディオスの訓練も一段落していた。

 

聖騎士団では出来なかった己の限界に挑む強度の訓練。レメディオスは荒い息をつきながら、どさりと座り込む。

そこに「お疲れ様です」とタオルが差し出される。

レメディオスは礼もそこそこにタオルを取って汗を拭うと、訓練に従者など連れてきていない事に気が付き、視線を上げた。

 

そこには凛々しい男装が似合いそうな、すっと目尻が上がった涼しげな美少女がいた。金色の髪は綺麗に整えられており、その背には立派な白い弓が背負われている。聖騎士団従者の制服を着ているが、その顔に見覚えがない。

 

「お前、誰だ?」

「……従者ネイア・バラハです」

 

ネイア・バラハ……あの目つきの悪い従者か。口の中で名前を転がし、レメディオスはもう一度、ネイアの顔をまじまじと見つめる。

綺麗に化粧されている顔。似ても似つかないが、それは親友でもあったカルカ・ベサーレス聖王女を思い出させ、胸が痛む。

 

「……大使閣下の奥様に、閣下の傍に仕えるなら、それに相応しい身嗜みを整えなさいと」

「化粧か」

 

カルカも……聖王女様も、化粧には随分と気を使っていたな。

そう失った人を思う遠い目をしたレメディオスだった。

 

その様子に道中散々パワハラしてきたレメディオスの苛立ちがおさまってきているように見えて、ネイアはジョンの采配に再び感服するのだった。

(大使閣下は団長の心を鎮める事まで考えて、このような事に付き合っていらっしゃるのか)と。

 

「随分と化けたが、素のままでいる方が聖騎士らしくないか?」

 

レメディオスにしては何の事もない。しかし、ネイアにすれば許せない余計な一言。

 

そりゃあ!武力、才能、美貌を天から授かった団長みたいな人には必要ないでしょうよ!――心の中でネイアは嫉妬混じりの嘆きをあげた。

自分のような凡人は化粧でもなんでもして、武装しないと偉大な方の傍に仕えるのにも憚られるのに。――持つ者は無自覚に弱者を踏み躙るのだ。

 

(あーもう。この人も大切な人をなくした痛みに耐えてるんだなーとか一瞬でもしんみりして損した!)

 

 

/*/

 

 

レメディオスの訓練が一段落し、休憩している頃に民兵の代表と思しき男が視察に回っているジョンの下へやってきた。後ろには民兵たちもぞろぞろ付いてきている。

 

「カルバイン様。……俺たちにも訓練を付けてくれないか」

 

妻を、子を、自分の手で守りたい。己が生命を捨てても大切な者を守るのだとその瞳は語っていた。

弱さに負け、めそめそ泣いて死んでいく者たちの瞳ではなかった。

 

その瞳にむむむ、とジョンは考え込む。

 

今更だが、民兵の訓練は聖騎士団の仕事ではなかっただろうか?

しかし、聖騎士たちは何やら走り回っており、民兵の訓練までは手が回っていないようだった。

 

偵察隊からは何やら亜人をこっそり逃がしたりと、何やら(はかりごと)をしているようだと報告は受けている。

デミウルゴスの台本に、このタイミングで何か解放軍側で(はかりごと)をした結果、この小都市でもう1度くらい大規模戦闘をするとあったし、まあ良いかと割り切った。

 

「カストディオ団長、そちらの民兵の皆さんには〈密集陣形(ファランクス)〉で良いよな?」

「うむ。頼む」

 

悩む素振りを見せずジョンに丸投げするレメディオス。

おいおい、人質取られた時の優柔不断さは何処に行ったよ、とジョンは呆れる。

 

「……こいつ丸投げしやがった」

「私が強くなって、後ろに何も行かさなければ良いのだ。それに強者が弱者の面倒を見るのは当然だろう」

 

彼我の力の差は訓練の初日に思い知らされている。

この人狼はまったく強者のオーラを纏っていないのに、いざ戦いとなれば、こちらを身動きどころか呼吸すら止まるような殺気を叩き付けてきて、ゆっくりとした動きで指一本突きつけるだけで自分の意識を刈り取ったのだ。

 

人狼の行動は聖騎士としては決して許せるものではなかったが、それでもその強さは認めざるを得ない。

それだけの強さを持っているなら、弱き者の面倒をみるのは当然の事だ。

 

レメディオスの態度に対して、肩を竦めるだけにとどめたジョンだった。

民兵の中で弓が使えそうな者は〈密集陣形(ファランクス)〉の訓練ではなく弓を扱う訓練をさせる。

 

「そっちの弓を使う方は……そうだな。バラハ嬢、見てくれるか」

 

的と練習相手はこれで良いかな。

 

そう言ってジョンの魔法で召喚される簡易ゴーレム・オーク。

簡易ゴーレムは等身大の出来の悪い木製のデッサン人形のような外見だったが、手もあって武器も持たせられる。

難度30くらいだから、想定亜人ならちょうど良いんじゃないか。

 

「大使閣下は、なんでも出来るのですね」

「そうでもないが……引き出しは多く持っておくに越したことはないな」

 

例えば小都市攻城戦の時のように人質を取られた時、《魔法の矢》が使えれば人質を傷つけずにバフォルクだけを排除することも出来ただろう。武技〈空斬〉でも上手く当てられるなら良いだろうな。

 

まあ、一人でなんでもやろうとしても上手くいかないものだ。役割分担してやれば良い。簡単に言うと――

 

1.大志を抱け。

2.目標達成の為の努力を怠るな。

3.失敗しても気にするな。

4.常に組織で行動しろ。

5.どんな時でも笑っていろ。

 

――って、事だ。

 

レメディオス・カストディオ団長は3で躓いていただけさ。

 

 

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モモンガの執務室に呼び出された二人は入室すると同時に綺麗な土下座を決めた。

 

「「すみませんでしたーー!!」」

 

何が?

 

駄犬カップルを執務机から見下ろすモモンガは困惑した。

アルベドはまた何かやったのかと呆れ顔だ。

 

「二人とも顔を上げなさい。それで……今回は何をしたんだ?」

「え?何も心当たりはないけど?」

 

顔を上げて、きっぱりと言い切るジョンに頭痛を覚え、額を押さえながらモモンガは溜息をつく。

 

あ、立ってもいい?

 

どうぞ。と言うか遠いので、せめて応接セットまで来てください。

 

ジョンとルプスレギナの駄犬カップルだが、心当たりは無いが取り合えず先に土下座しとけば間違いないだろうの精神でやったそうだ。

もう一度、溜息をつく。

 

幸せが逃げる?

お前の所為だ。

 

ジョンと一緒にバカなコントがやれて嬉しいのか、丸っこい金の瞳をキラキラさせてるルプスレギナに三度目の溜息。

 

「……本題に入っても良いですか?」

「あっはい」

 

応接セットに腰を下ろしたジョンの隣に座るようルプスレギナに命じ、向いにモモンガとアルベドが腰を下ろした。

メイドの用意した紅茶の香りを楽しみ。一息ついたところで本題を切り出す。

 

 

「ルプスレギナのレベルアップですが……信仰系の第10位階魔法を習得するまでは、他のレベルを上げないようにして下さい」

 

 

コックとか上げないように注意してくださいね。そう続けたモモンガの言葉をアルベドが補足する。

 

「モモンガ様は先ずナザリックの戦力を拡充したいとお考えです。その為、ルプスレギナにもメイド長ペストーニャと同等の魔法能力を身に着けてもらいたいとの事です」

「あーそーゆー事か。……んー素で第8位階まで使えるようになったら、中間達成のご褒美で1つ別なのとっても良いかな?」

 

死の宝珠in聖杖で〈魔法上昇(オーバーマジック)〉を使えるようになったから、装備があれば効率は悪いけれど2つ上の位階魔法まで使えるのを考慮しての提案だろう。

ジョンの提案にモモンガは少し考え込む。

 

「報酬は必要ですね。良いでしょう」

 

ところで何を取るつもりなんですか? あまりに下らないものだったらどうしようと一抹の不安を抱えながらモモンガは尋ねた。

 

「バードかな。ルプーも加えてライブできたら楽しそうじゃない?」

 

 

 



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第59話:見てるよ!

 

 

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小都市を落として1週間。なんだかんだと謀を巡らせてもウルフ竜騎兵団に頼りっきりになった解放軍にグスターボの胃痛が限界を迎えようとする頃、地平の彼方に亜人の軍勢が姿を見せた。

 

しかし、それは想定を遥かに超える大軍だった。

 

亜人たちの軍が大挙して押し寄せ、慌ただしくなっていく都市を眺めながらジョンはゆっくりと周囲を見回す。

展開していた野外炊事車、食料運搬車、入浴車のうち、野外入浴車は撤収準備を進め、民たちの仮説住居であったテントも折りたたまれ、いつでも脱出できるように幌付き荷馬車に退避させている。数日、入浴が出来なくなるが非戦闘員の退避を優先して考えた為だ。

 

捕虜収容所と小都市を解放したので、解放軍は1万人ほどの規模になっていたが、戦えるものは少ない。

 

ウルフ竜騎兵団としては非戦闘員を退避させる準備をしていたのだが、解放軍首脳部はどうやら籠城戦を考えているようだ。門を閉ざし、戦う準備を進めている。

 

「1万対4万と言っても、戦えるのは半分もいないぞ」

「〈うち(ウルフ竜騎兵団)〉は一騎当千だから、50万だ」

「……いや、閣下。無理だろ」

 

まー俺が本気出せば、あのくらい幾らでも蹴散らせるけど――などと考えつつ、ジョンは市壁の上で都市から亜人の軍勢に向き直る。

550名ほどのウルフ竜騎兵団が一騎当千だから、総兵力50万って計算おかしいと呆れるゴ・ギン。

 

「カストディオ団長は門の前で1対1を4万回繰り返せば良いとか考えてそうだぞ」

「……確かに疲労回復ポーションを飲みながらであれば、出来るだろうが……」

 

戦争ってそういうものなのか?とゴ・ギンは首を傾げる。

グスターボがいれば頭を抱えただろう。本当に出来そうなあたりが頭を抱える最たる理由なのだが。

 

「“豪王”バザーみたいな強者が一人でもいれば、カストディオ団長一人では出来ないだろう」

「戦士隊もそこまで出来るのは、まだゴ・ギンだけだしな」

 

ブレイン連れて来れれば良かったんだけど、あいつ補習中だしな。ジョンはそう言って肩を竦める。

ブレイン本人は従軍したがったのだが、カルネ・ダーシュ村の学校での読み書き四則演算の成績が悪く、ペストーニャ先生とユリ先生から卒業許可が下りなかったのだ。

地頭は悪くないのにカッコつけて勉強をさぼるからだ。

 

対してクレマンティーヌは法国で基礎教育を受けていたおかげで、ウルフ竜騎兵団に参加できている。

 

「作戦次第だけど……本当にカストディオ団長が1対1を4万回作戦やろうとしたら、そっちの門にゴ・ギンとクレマンティーヌを派遣するよ」

「閣下は?」

「俺は突撃隊と火消しに跳び回ろうと思ってるよ」

 

突撃隊か……閣下の同族は強者ばかりで恐れ入る。まだ俺の知らない強者がまだまだ世界にいるのだと知らされる。

 

ゴ・ギンの心からの感嘆に、ジョンは(やべぇウルフ竜騎兵団に傭兵モンスター召喚し過ぎたか)と冷や汗を流していた。

突撃隊の〈人狼(ワーウルフ)〉41名はLv50を超えているので、ドラゴン(リンドウを除く)より強い。ぶっちゃけ彼らを突っ込ませるだけで勝てる。

幾らなんでもそれはないと思うので、なんとか良い勝負になるよう手加減しようと考えるジョンだった。

 

 

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果敢に進む我等 誇りと共に ローブルの聖騎士

 

適当な替え歌で聖騎士たちを鼓舞していたジョンだったが、使いの者に呼ばれ、ネイアを伴い作戦指令室まで案内される。

 

作戦指令室ではレメディオスたちが地図を広げ会議を行っていたようだ。ジョンが入ると籠城戦の配置の説明が始まる。

この都市にいる聖騎士、神官、軍士そして壮健な男は8割方が西門とその付近の市壁の上に配置される。残り2割は東門だ。ウルフ竜騎兵団には南北の市壁を守ってほしいとの要請だった。

そして、指揮官は西門がレメディオス・カストディオ団長。東門がグスターボ・モンタニェス副団長。総指揮官としてカスポンド・ベサーレス王兄と言う形になっている。総指揮官は都市内部の指揮官詰め所にいて外には出ない。

 

攻城戦で破壊した東門の落とし格子は、この1週間でウルフ竜騎兵団の工兵隊が綺麗に直していたので問題ない。

 

「平地での戦いになるから打って出るのは論外だが……援軍の当てはあるのか?」

援軍の当ても無い籠城戦は無謀だと援軍の当てはあるのかと、ジョンも聞かざるを得ない。

ジョンとしては東門から撤退戦をしてくれる方がありがたい。

 

「貴族の皆様を南への使者として送り出しておりますので、直に援軍が来る筈です」

「兵糧攻めにされても、しばらくは〈うち(ウルフ竜騎兵団)〉の備蓄で持つだろうが、流石に何か月も籠城は出来ないぞ」

「王兄カスポンド様もいらっしゃいますから、南に見捨てられる事は無いかと」

 

次期聖王の座の為に逆に見殺しにされないかな、と思うジョン。

 

「……包囲殲滅戦とか懐かしすぎて涙が出るな」

 

ダーシュ村攻防戦を思い出し、遠い目になるジョンにグスターボが尋ねる。

 

「大使閣下は包囲殲滅戦の経験がおありで?」

「殲滅される方だがな。まだ弱かった時、故郷では幾度となく人間に包囲され殲滅され、故郷を焼かれたものさ」

 

あいつら開拓村を焼き払いにくるんだぜ。あんまり来るから最後はもう祭りだと思って戦ってたけどな。

 

「人間が……亜人の村を、ですか?」

「モンタニェス副団長。ところ変われば……だよ。結局、弱ければ何処だって、誰だって、襲われるんだ」

「大使閣下は、その……人間を憎んではいらっしゃらないのですか?」

 

「もちろん恨んでるぞ? ああ!君たちは恨んでないぞ? 襲ってきた人間とは別人だからな」

 

その言葉にネイアは思う。故郷を焼かれ、家族を焼かれ、幾度となく追い立てられ、それでもその亜人とこちらの亜人は違うと自分は言えるだろうか。暴力だけではない。ジョンは心の強さが違うのだ。本当に――弱いと言う事は罪なのだな、とネイアは改めて思う。

 

それで作戦の詳細だが……と、レメディオスが語り始める。

 

「広い平野で戦った場合、後ろに1匹もやらないというのは無理だが、門など限られた範囲なら1度に私を襲ってくる敵の数は限られてくる。であれば私が縦横無尽に動けば門の後ろに敵をやらない事も容易だ! 疲労回復ポーションを飲みつつ、1対1を数万回繰り返せば勝てる」

 

西門の戦術を尋ねたところレメディオス・カストディオ団長は大きな胸を張って得意げに作戦?を語る。グスターボは『こいつ本気か』と言う表情をしている。対照的にレメディオスはとても良い笑顔だ。グスターボに代わってジョン(自分)が作戦の問題点を指摘しなければならないのだろう。そう思いジョンは口を開く。

 

「カストディオ団長ならば、民に被害を出さない為にそうすると思っていた。しかし、“豪王”バザーのような強者がいた場合、作戦が破綻する」

 

その通りだとレメディオスが頷く。頭を使う事は苦手だが、戦闘に関してはちゃんと?頭が回るのだ。

常識を語り、団長を止めてくれるのかとグスターボが縋るような視線をジョンへと向ける。

 

「なので、ウルフ竜騎兵団から強者を2名西門に派遣しよう。“豪王”バザーを討ち取ったゴ・ギンと戦闘メイド見習いのクレマンティーヌだ。あとで手合わせして強さを確認してほしい」

 

今度はジョンに向けて、グスターボの『マジかこいつら』と言う表情が向けられる。彼が顔をしかめて鳩尾のあたりをさするのは胃痛が出たからだろう。

 

 

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亜人の陣地に大きな動きあり――その報告にネイアはついにその時が来たと知った。

間違いなく敵が攻めてくる前兆だ。

ジョンから借り受けた武装に身を包み、都市の中を走る。

 

すれ違う民たちが目を丸くして自分を凝視しているのが分かった。

 

借り受けた弓の素晴らしさに目を奪われ、そしてこの都市を支配していた豪王バザーの着ていた鎧に驚愕しているようだった。鋭いネイアの聴覚が「あの戦士は誰だ」とざわついているのを聞き取る。その答えに「あの魔導国の従者だ」とか「魔導国から来た女だ」との声が上がっている事も。

 

(私は別に魔導国の人間じゃないんだけど……)

 

こうして間違った話を耳にする度、どんな噂が立っているのか知りたいような知りたくないような気になる。ただ魔導国の迷惑になるような噂があれば、それははっきりと否定しなくてはならないだろう。

 

(でも、魔導国の従者か……)

 

少しだけ嬉しくて、思わず含み笑いを浮かべる。以前ならば、それを見かけた気の弱い人間から小さな悲鳴を上げられるところだが、今はそんな事もない。今回は死に化粧になるだろうと覚悟して、気合を入れてメイクもしてきたのだ。

 

そんなネイアが向かうのは配置場所である西門に隣接した市壁。亜人の兵力のほとんどが展開されている方面だ。ジョンの下にいたネイアが一番遅かったらしく市壁の上にはこの場所を守る為に集められた民たちが多数いた。

側塔へ入り、市壁への階段を一段飛ばしで駆けあがり、指示された持ち場に急ごうとした時、西門市壁左側部隊の指揮官である聖騎士に声を掛けられた。

 

「魔導国の部隊は――配置に付いたのだろうか」

 

ネイアは頷く。ウルフ竜騎兵団は既に南北の市壁防衛に付いている。判り切った事をどうして彼が尋ねるのだろうと考え、ネイアが気が付く。あの軍勢を前にすれば、聖騎士だって不安なのだ。

 

「はい。ウルフ竜騎兵団は南北の市壁防衛に付きました。ここは――西門と東門は私たち聖王国が守るべき場所です」

 

ネイアの強い光を宿した瞳に聖騎士は一瞬口ごもり、引き攣った唇を無理やり歪めて笑った。

 

「……そうだな。従者ネイア・バラハ――死ぬなよ」

「はッ! ありがとうございます!」

 

礼をし、振り返ると持ち場へ駆け出そうとするネイアだったが、数人の民兵らしき男たちとウルフ竜騎兵団のゴブリンたちが大きな鍋を運んで階段を上がってきた。この寒空に似つかわしくない汗の量で既に何往復もしている事が見て取れる。何百人もの兵の糧食を運んでいるのだ。

 

彼らの邪魔になってはいけないと壁に寄って場所を譲ると、男たちとゴブリンはその前をせわしなく通り過ぎていく。だが、その中の一人が僅かに顔を上げ、ネイアの顔を見た。その瞬間、男は驚きの表情を浮かべた。

 

「あれ? あんたは団長(ジョン)様のお付きの従者だよ――あ、いや、ですよね?」

「そうです。私は魔導国大使ジョン・カルバイン閣下の従者をさせて頂いています」

 

ネイアと男の話が聞こえたのか、鍋を運ぶ他の民兵たちも立ち止まり、ネイアの顔を驚きの表情で見ている。

ジョンの従者として知れ渡っているのだと思うと、照れくさい反面、鼻が高い。

ネイアの内面に湧き起こる感情などつゆ知らず、男は遠慮がちに尋ねた。

 

「えーと、その、実は魔導国大使閣下?ウルフ竜騎兵団団長様?の事で少し聞きたいんですが――」

「はい。閣下の事なら、私が知ってる範囲でお答えします。と言っても、私は魔導国の者ではないので、残念ながら詳しく知らない事も多いですが」

 

「え!? しかしあん――んん、貴女様は魔導国から来たのではないんですか?」

「え!? い、いえ、違いますよ。私は聖王国の従者です」

 

「え? そうなのか?」

「そうですよ? だから敬語なんて使わなくてもいいですから……」

 

ざわめきが降ってきた。見れば、飯がこないからか、いつの間にか市壁にいた民兵たちがこちらの様子を窺っている。

注目を浴びて、かなり恥ずかしい状況になってしまったが、ジョンの名前が出てしまっては無様なところは見せられない。いっそ全ての兵に聞かせてやれと言う気持ちで堂々と胸を張った。

 

「えー、じゃあまず……その鎧はあの山羊の化け物の親玉が着ていた奴だと思うんだけど、もしかしてあんたが倒したのかい?」

「いえ、違います。この鎧を着ていた豪王バザーは閣下の部下ゴ・ギン様が一騎打ちで屠り去ったのです」

おお、という声が上がる。

中に紛れて「あの化け物を!」「一騎打ちなんて信じられない」「広場で訓練してるの見た」「レメディオス団長より強かった」「すげぇ……惚れちまうぜ……」などと言った声が聞こえてくる。

 

囁き合いや独り言のつもりなのだろうが、耳の良いネイアには十分な声量だ。

 

自分が尊敬している人物へ他者も同じ様な感情を抱いていると言うのは非常に嬉しい。

(閣下のされている事は無駄じゃないんだ。分かる人にはやっぱり分かるんだ)

「そ、それじゃ、あのウルフ竜騎兵団団長様は今回も俺たちに助太刀してくださるのかい?」

 

一転して、ざわめいたギャラリーが沈黙する。その反応は、この質問こそが核心なのだとネイアに即座に理解させた。

 

「……閣下は既に加勢を始めて下さっています。カストディオ団長を鍛え、民兵の皆さんを訓練し、西門に団の強者である御方2名を派遣し、更に南北の市壁の防衛、戦えない女子供の避難の準備と八面六臂の活躍です」

 

ネイアは言葉を区切ると周囲の様子を窺う。緊張で喉がカラカラだ。そして思う。聖王国に来てから、どれほどの事をジョンがしてくれたのか、を。

 

「他国の方がです。本来、私たちの生命に最も高い価値を付けるのは私たちであるハズなのに、閣下は私たち弱き者の為に尽力されて下さいます」

 

慈悲深きジョン・カルバイン。魔導国大使閣下の姿を思い起こせば、瞳に涙が浮かぶ。

 

「私たちは、それに、それの温情に甘え続けて弱いままでいて良いのでしょうか? 強者が弱者を助けるのは当たり前と甘えて良いのでしょうか?」

 

話を聞いている男たちの表情が曇る。罵声などが飛ぶかとネイアは心の中で身構えるが、それでも言葉を紡ぎ続ける。

 

「違うのではないでしょうか? 私は違うと思います。弱い者が全てを奪われるこの世界で、助けて下さる強者こそ奇跡の存在なのです。その温情に感謝し、私たちも強くならねばならないのです」

 

「弱いと言う事は悪なのです。強くなり、守るべきものを自らで守らねば、受けた温情に応えなければ――人でも、神でも、獣でも、大切なものを守る為に戦う世界で、弱い事を言い訳に甘え続けるなら、それは獣にも劣る所業です」

 

「魔導国の、閣下の、温情を、高潔な精神を知ったからこそ、私たちも先ず自分の力で戦わねば――自分たちで強くならなければ、どうして……助けて下さいと言えるでしょうか」

 

 

ネイアの独白が終わった。周囲は、市壁の上は静まり返っている。

 

 

「――そりゃそうだよな。普通、他国の部隊がここまでしてくれないよな。飯も寝床も、風呂だって、ここまでしてくれた事に感謝しないとバチが当たるっていうもんだ」

「だな。もう俺たちは十分助けて頂いている。今度は俺たちの番だ」

 

「……あの人は冷徹だが、それでも多くの人が助かる為の手段を選んでくれた。あの時、死んだ子供を抱えて悲しそうにしてたな」

「ああ、俺も見た。確かにこの国に最も高い価値をつけるのは俺たちだからな。――妻は俺が守る!」

 

「何の話をしてるんだ?」

「俺らはこの都市を解放する前に助けられた者なんだけど――」

 

好意的な声があちらこちらから聞こえてくる。ジョンの考えを理解してくれる者がこんなにもいる事にネイアの胸は熱くなる。

ジョンの、魔導国の話でざわめく民兵たちの前を通って持ち場につき、ネイアは敵の陣地を睨む。

 

大軍だ。こちらを一飲みに出来そうな兵力だ。これが攻めてくるのだ。

胃がひっくり返りそうだった。

要塞線にいた父親は幾度もこんな思いを抱いて戦っていたのだろうか。ネイアは空を見上げる。ネイアの気持ちのような曇天の空を。

 

 

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そうしてネイアたちは勇敢に戦った。

 

 

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西門、左側の市壁の上で《完全不可視化》したルプスレギナは困っていた。

 

(あちゃー頑張るネーちゃんたちを楽しく観察してたら、みんな死んじゃったっすよ)

 

ネイアを中心に亜人たちと死に物狂いで戦う民兵たちの表情、その無様な努力が眩しくて、わくわくしながら戦闘を観察していたら、気が付くと最後に残ったネイアも亜人たちに串刺しにされて死んでしまったのだ。

 

ジョンにネイアを見ておいてくれ、と頼まれ、ここに来ていたのだが――多分、絶対、死ぬまで見ているのは指示の意図としては違うだろう。

 

「……リチャード、シンタロー、キッシー。市壁の上の亜人を掃討しなさい」

 

《完全不可視化》を解除して、護衛に連れてきた〈人狼(ワーウルフ)〉3名に命令を下す。《完全不可視化》を解除された〈人狼(ワーウルフ)〉3名は雄叫びを上げると市壁に登ってきた亜人たちへ襲い掛かっていった。

 

「さて、上手くいくかしら」

 

死の宝玉の埋め込まれた聖杖を構えると、ルプスレギナは《蘇生》を唱え始めた。

 

 

/*/

 

 

ネイア・バラハは瞬きを繰り返し、ぼんやりとした視界を元に戻そうとする。

何かあった気がするが、何も覚えていない。ただ、自分は亜人たちと戦っていた筈だ。どうしたと言うのか?

 

「……危ないトコだったっすね」

 

静かな声がし、ネイアは半眼を向ける。

そこには静かにこちらを窺う夜の月のような金色の瞳があった。

金色に輝く狼の瞳。

 

「お、く、さ、ま……」

ネイアは思わず手を伸ばす。不安な幼子が親に手を伸ばすように――

「ネーちゃん。無理に動いちゃダメっすよ。もう大丈夫だから休んでるっす」

必死に首を巡らすと、〈人狼(ワーウルフ)〉が市壁の上を跳び回って、ネイアたちがあれほど苦戦した亜人たちを殺戮している。

 

横たわるネイアの前に立つルプスレギナは聖杖で、トンと地面を突く。

大治癒(ヒール)

 

ネイアに高位の治癒魔法を掛けてくれる。

今この瞬間も戦いは都市のあちこちで起き、1秒ごとに人の生命が散っているだろう。しかし、この瞬間だけはネイアはそんな事を忘れてしまった。自分を助ける為に駆けつけたルプスレギナに慈母を見たのだ。

 

「〈魔法上昇(オーバーマジック)〉〈魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)〉〈焼夷(ナパーム)〉」

「す、べて……たおされた……で、すか?」

「こっちを狙ってるオーガ弓兵がいたから、魔法で焼いといたっすよ。登ってくる奴らはリチャードたちが梯子を壊してるわ」

 

外側、亜人の軍勢がいる側の市壁の方から亜人たちの悲鳴が聞こえてくる。そして落下し、大地に激突する音も。

 

ルプスレギナはポーション瓶を取り出す。非常に綺麗で繊細な瓶だった。中に入っているポーションの効能は分からないが、非常に高価な物だと言うのは見て取れる。

「だ、いじゅうぶです、おくさ、ま……」

「遠慮しちゃダメっすよー」

ルプスレギナは遠慮なく瓶の中身を惜しげもなく振りかけた。先ほどまであった脱力感は溶けるように消えていく。ただ、身体が怠い。自分の中の何かが削れたような気がする。それと同じくらい、いやそれ以上に身体の芯に熱が溜まっている感じがする。

 

複数の足音が聞こえ、視線を動かすとこちらに向かって走ってくる聖騎士と民兵の姿があった。

「ウルフ竜騎兵団の皆様! ここまで助けに来て下さり、ありがとうございます!」

「気にしなくて良いっすよ」

ひらひらと手を振りながら歩き出したルプスレギナに寂しさを感じたネイアは、思わずルプスレギナのスカートに手を伸ばしかけ、あまりに恥ずかしい事をしようとしていると気が付き、ぐっと堪える。

 

「あ、〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉〈蘇生(リザレクション)〉」

 

「……この辺りの人たち、まだ息があるっすよ。ネーちゃんも含めて急いで安全なところまで運んで下さいっす」

「あの、いま、何か回復魔法を……?」

 

「そうっすよ!回復魔法っすよ!(蘇生魔法じゃないっすよ!)」

 

ルプスレギナは慌てたように叫ぶと、ふわりと浮かび上がった。

 

「それじゃ私は右側も見てくるから、後はよろしく頼むわね」

 

空に飛び上がったルプスレギナを見送り、聖騎士がネイアに顔を向けた。

「従者ネイア・バラハ、そのまま連れて行きたいのだが……担架の材料もないので少し難しい。立てるか?」

「ええ、なんとかなります」

ネイアはゆっくりと立ち上がる。足が震え、体重が掛かると痛みが走る。民兵の一人が肩を貸してくれ、それにネイアは掴まる。

 

市壁から下を覗き込むと西門を守る部隊の〈密集陣形(ファランクス)〉が見える。門の前ではレメディオスとゴ・ギン、クレマンティーヌが戦っている。3人の強者を突破できず〈密集陣形(ファランクス)〉も万全のようだ。側塔を降り、最短距離を進んでも大丈夫だろう。

 

空に消えて行ったルプスレギナの姿を探し、影も形もない事を残念に思いながら、ネイアは側塔へと入って行った。

 

 



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第60話:魔皇ヤルダバオト

 

 

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西門では火災が発生していた。黒い煙がもうもうとあがり、〈密集陣形(ファランクス)〉に前を防がれたオーガたちは槍に突かれ、煙にまかれ、動揺している。

レメディオスは陣形を飛び越え、槍の届かない場所にいる亜人たちを片っ端から切り捨てる。

 

油――これもウルフ竜騎兵団から提供された良く燃える錬金油だ――を撒いた落とし格子のあたりから、こちら側に乗り込んできた亜人は少ない。50匹くらいだろう。

 

先ずはこの先遣隊を皆殺しにして、敵の戦意を僅かでも削ぐ。先陣を切った者たちなのだから、意気は高く精強な兵に違いない。彼らを掃討できれば雑魚を殺すより影響力が強い筈だ。

 

レメディオスは息一つ乱さず、敵を次から次へと切り倒していく。

 

オーガのような大型の亜人もこの混戦の中では自分の強味を活かせず倒れていく。聖剣が縦横無尽に駆け巡り、涙で滲む煙の中から亜人の姿は消え去る。壁の向こうからはまだまだ大勢の亜人たちが騒がしくしているのが聞こえた。戦列を整えている最中かもしれない。

 

ゆっくりと後退するレメディオスは黒煙の向こう、そこに数匹の亜人の姿を確認する。下がるべきではないとレメディオスの直感が囁く。

 

徐々に薄くなっていく黒煙の中、三匹の亜人がこちらに向かって歩いてくる。その姿に直感が間違っていなかったと確信する。

 

獣の上半身と肉食獣の下半身を持つ戦士。

四本の腕を持つ女の亜人。

黄金の装身具を多数つけた、純白の長い毛を持つ猿にも似た亜人。

 

本来ならばここで何万もの亜人と一人で切り結ぶつもりだったし、十分な勝算もあった。そのレメディオスをして、この三匹を同時に相手取るのは危険だと感じさせる。たった三匹。しかし、その足取りは悠然として、自信が漲っている。味方である亜人の群れでさえ、その三匹に任せて一歩たりとも近づいてこようとしない。

 

レメディオスは聖剣を強く握りしめ、振り返らずに言う。

 

「……ゴ・ギン、クレマンティーヌ」

 

二人が民兵たちをかき分けて出てくるのが音で分かった。

ウルフ竜騎兵団より派遣された二人だ。事前の手合わせで二人とも自分と同等かそれ以上の強者だと言う事は分かっている。

 

ゴ・ギンは3mはある巨体に全身鎧、巨大な棍棒と頼りがいのある外見をしているが、クレマンティーヌは戦場に似つかわしくないメイド服姿の少女だ。戦闘メイド見習いと言う役職につけられ、メイド服でいるよう命令されているらしい。本人は着替えたがっていた。

 

「まだはっきり見えないが、まずあの二匹の亜人は戦士としての力を持っている。もしかすると猿のような亜人はモンクかもしれない。四本腕は〈魔法詠唱者(マジックキャスター)〉としての能力を持っていると見なすべきだろう」

 

「それじゃーあの四本腕は私が引き受けるよー」

魔法詠唱者なら私の戦闘スタイルと相性良いしーと間延びした喋り方でクレマンティーヌが言う。

 

「それでは俺は獣の上半身と肉食獣の下半身を持つ戦士とやらせて貰おう。獲物がバトルアックスと言うのも良い。良い戦いが出来そうだ」

猿は団長殿に任せた。巨大な棍棒を肩に担ぎながら、ゴ・ギンもそう言う。

 

三匹の亜人は門の内側に入ったあたりで足を止めた。

 

 

「――たかが人間如きを相手に我々が協力して事に当たらなくてはならないとは、な」

 

 

薄れた黒煙の向こうから、余裕の感じられる声が届く。

聖剣を握るレメディオスの手に汗が滲む。舌の上に、危険が迫っているとき特有の苦みが広がる。

近くまで来るとはっきりと分かる。

 

獣と猿は強者の中の強者。四本腕は少し分からないが、並んで来るぐらいなのだから同格。つまりはレメディオス級の存在が三匹と見なすべきだ。

 

「全く――邪魔な煙だ。やれやれという奴だな!」

 

ゴウ、と風が吹き抜け、残っていた煙を全て吹き飛ばす。

亜人たちの姿がはっきりと顕わになった。先頭は巨大なバトルアックスを持った亜人。

 

「それじゃぁ人間のお嬢さんに……そっちの戦士はオーガかの? 自己紹介をさせて貰おうか。わしはハリシャ・アンカーラと言う。そして、こちらがヴィジャー・ラージャンダラー殿。最後はナスレネ・ベルト・キュール殿と言う」

 

「その名! 白老に氷炎雷か!」

 

背後から彼らを知っていると思しき聖騎士の声が上がる。

 

「くくくくく、儂らの名前は人間どもにまで知られておるようじゃの。雛っこは――」

「――人間。俺にはそういった異名はないのか?」

「ヴィジャー・ラージャンダラーと言う名前には聞き覚えがない。ただ、同じ様なバトルアックスを持った獣身四足獣では有名なものがいる。魔爪だ。魔爪ヴァージュ・サンディックだ」

「それは俺の親父だ」ふんとヴィジャーが鼻を鳴らした。「俺が魔爪の継承者、ヴィジャー・ラージャンダラーだ。魔爪と聞いたら俺の名前を思い出すようにさせないとな」

 

名前、賞賛、勲を立てる事に囚われている若者ならば……ゴ・ギンは自らの相手を取り込む為、先手を打つ。

 

「俺はバハルス帝国闘技場八代目“武王”にして、“巨王”ゴ・ギン。魔爪の継承者、ヴィジャー・ラージャンダラー殿へ一騎打ちを申し込もう」

「バハルス帝国? 闘技場? 聞いた事のない名前だが、“王”を名乗るのであれば強者なのだろうな? その申し出受けてたとう」

 

「……思うんだけど、こいつらって感知能力低いのかな。名乗んなくても強者って分かるよね」

クレマンティーヌが疑問を呟くが答える者はいなかった。とは言え、そんな事は意にも介さず、クレマンティーヌはナスレネににっこり笑いかける。

 

「じゃー私の相手は四本腕のおばさんかなー? お・ば・さ・んw」

「――ほぅ」

 

クレマンティーヌの嘲笑にナスレネの目がすっと細くなり、周囲に物理的に冷たい空気が漂い始める。神獣様に囚われる前は20代半ばで若作りもしていた〈自分(クレマンティーヌ)〉だが、今の自分は10代半ば。厚化粧の〈魔現人(マーギロス)〉には色々と負けない。ふふん!と胸を張って若さを主張する。

 

「では、儂はそこの人間のお嬢さんが相手かの」

かくして、1対1が三組できあがった。

 

 

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巨大な棍棒とバトルアックスがぶつかり合う。空気が大きく振動し、後方の民兵たちからどよめきが湧き起こる。感嘆か畏怖か。

ゴ・ギンの棍棒は既に修理済だ。傷一つない。ヴィジャーの武器も同様だ。

普通の武器であれば欠け、歪みが生じたであろう勢いでの激突だ。ヴィジャーの武器も魔法武器なのだろう。

 

ゴ・ギンは胸部に叩き付けられるバトルアックスをそのまま受け、振り上げた棍棒を振り下ろす。

 

ヴィジャーは頭を捻って肩で受けるとそのまま転がって勢いを殺す。しかし、肩は激痛が走り腕が上がらない。

必殺のバトルアックスは確かに胸部へ叩き込んだ筈だ。だが、ゴ・ギンの魔法の鎧は巨大なバトルアックスを防ぎ、ウォートロールの強靭な身体が衝撃に耐え切ったのだ。

 

これこそ継承者の力を見せつけるのに相応しい戦い。死闘の予感にヴィジャーは口角を上げると雄叫びと共に突進した。

 

 

/*/

 

 

すっと行ってドスッ。自分の〈戦闘様式(スタイル)〉が通用しそうな相手でクレマンティーヌは安心する。

四本腕の亜人は〈魔現人(マーギロス)〉。魔法を扱う能力を備えた亜人だ。法国の教育にまぁ感謝しても良い。挑発も上手くいっている。

 

「おばさん、お肌の曲がり角だねー。厚化粧にヒビ入ってるよー」

 

「……小娘が。楽に死ねると思うなよ」

 

感知能力が低いのかナスレネはまだ魔法の用意もしていない。

こちらは戦闘メイド見習いと言う事で無理やり着せられたメイド服だが、身体の動きを妨げない。その上〈鎧強化〉と〈属性防御〉がほどこされ、オリハルコン製の全身鎧程度の防御力があるのだから驚きだ。ブーツも移動速度upの能力を持ち、その他の全身〈魔法の品物(マジックアイテム)〉で武装している。

 

「それじゃ、いきますよー」

 

余裕たっぷりに相手を挑発しながら、クラウチングスタートのような独自の構えを取ると後方から歓声があがった。

「見えた」「黒だ」「うおおお」とかの声が聞こえる。その声を耳にしてクレマンティーヌはげんなりする。自身の超前傾姿勢故に丈が短いスカートでは、後方の民兵たちから下着が丸見えと言う事だ。

 

本来はペストーニャが用意してくれたズロースを穿くハズだったのだが、あの〈神獣様(エロ神様)〉がガーターベルトを寄越してきたのだ。それも無駄に〈魔法の品物(マジックアイテム)〉。〈筋力強化〉と〈敏捷強化〉の施された強力な〈魔法の品物(マジックアイテム)〉のガーターベルト。着用するのとしないのでは突進の速度も威力も段違い。悔しいが装備せざるを得ない。そこまでするなら下着も〈魔法の品物(マジックアイテム)〉で寄越せと言うものだ。

 

「〈疾風走破〉〈超回避〉〈能力向上〉〈能力超向上〉」

 

解き放たれた一本の矢のように走り出す。武技と全身の筋肉、装備の能力を全て解放し、まとめ上げての突進。

力の差を思い知らせようとしていたナスレネは、まだクレマンティーヌの距離ではないと何の用意もしていなかった。

 

「ちぃぃぃッ!? 〈氷葬騎……(フリーズラ……)〉」

 

切り札の一つである第四位階魔法〈氷葬騎士槍(フリーズランス)〉を発動させ――ようとしたが、それよりも早くクレマンティーヌのスティレットがナスレネの胸に突き刺さる。

 

「――起動」

 

突き刺したスティレットから〈火球(ファイヤーボール)〉が起動し、ナスレネを内部から焼き焦がす。

 

「ぎゃあぁぁぁああッ!」

 

「まだまだぁッ!」

 

突進の勢いのままにナスレネを側転宙返りで飛び越しながら、次のスティレットをナスレネの後頭部に突き刺し……

 

「――起動〈雷撃(ライトニング)〉」

 

今度こそ声もなく、長き時を生きた〈魔現人(マーギロス)〉は黒焦げになって倒れた。

ずざぁぁッとナスレネの後方に足を揃えて着地すると、クレマンティーヌは密集陣形の方へ向き直る。

 

民兵と聖騎士の歓声が爆発した。

 

 

やっぱり私って実戦(初見殺し)向きだよね。それはそれとして、パンツパンツうるさい。

 

 

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レメディオスは初っ端から苦戦を強いられていた。

このハリシャ・アンカーラと言う亜人が何か特殊能力を起動させたのか、不自然に硬い。いや、これは聖剣の斬撃が無効化されている。

ハリシャは防御姿勢を取らず一方的に攻撃してくる。

 

「無駄じゃ!無駄!無駄!儂にはそよ風よ!」

 

ハリシャの拳を聖剣で受ける。これも重い。素手とは思えない重さだ。

だが、攻撃の苛烈さに僅かの焦りも感じる。

 

「貴様の防御。時間制限があると見た!」

 

レメディオスのブラフにハリシャの表情が変わった。それが答えだ。

 

「かぁぁぁッ!」

 

石喰猿(ストーンイーター)〉であるハリシャの口から石礫が吐き出される。

苦し紛れの石礫は聖剣に受け止められる。

びりびりと聖剣が震え、レメディオスの腕まで痺れる強力な一撃だったが、聖剣は傷一つ付く事無く耐え切った。

 

しかし、距離は離れた。

 

あの飛び道具で攻撃されると懐に入るのが難しい。聖剣を構えながら隙を窺うレメディオス。

 

 

唐突に――ハリシャとレメディオスの間に炎柱が吹き上がった。

 

 

同時に上空から炎柱の中に何者かが飛び込んでくる。

轟音が響き、爆発したように土煙が舞い上がった。

 

その場の誰もが喉が碌に動かず、口の中に滲む唾を飲み込もうとするが、それが上手くいかない。

本能的にその場の誰もが感じ取っていた。

 

圧倒的な力の塊がそこにある、と。

 

土煙がおさまるまで、誰も言葉を発しない。発せない。

 

炎がおさまったそこには大きな影と燃え上がる炎の色があった。

 

「――私を出迎えてくれた事に感謝しよう、人間たちよ」

 

重く、太い声。

それは悪魔だった。

怒りを湛えた顔に紅蓮の翼。その燃え上がる手――その片手には何かが握られており、レメディオスは目を疑う。

 

それは腐敗した人の死体だった。かつての美しさの面影もなく、肉は腐り、骨が覗き、内臓は零れ落ちている。至宝と謳われた美の一片さえ残していない。あまりに酷い変わり果てた聖王女カルカ・ベサーレスの姿だった。

 

「キィイイァアアア!」

 

雄叫び。いや奇声と言うべきだろう。感情のタガが外れ、狂気に陥った人間が上げるような声が上がった。

声の主はレメディオスだ。

レメディオスは聖剣を真っ直ぐに構え、防御を考えていないかのように、悪魔に突進する。

 

「――邪魔だ」

 

重く静かな声と共に、バシャンという水音が起こる。それと同時にレメディオスが一直線に吹き飛び、壁が壊れたかと思うほどの激突音で、市壁にぶつかった。そして、ボールのように弾んだレメディオスは、力なくその場に崩れ落ちる。

 

悪魔が持っていた死体でレメディオスを殴り飛ばしたのだ。

 

常人なら死んでいたであろう一撃だったが、流石は聖王国最強の聖騎士。命は無事のようだ。代わりと言ってよいのか、鼻に突き刺さるような、吐き気を催す異臭が立ち込めた。

レメディオスを殴った衝撃で悪魔が手にしていた腐敗した死体が、バラバラの肉片となって飛び散った為だ。

 

「おお、なんと言う事だ。君たちの玄関口を汚した事を先ずは心より謝ろう。あの女が何も考えずに突進してこなければ、このような事にはならなかった筈なのだが――言い訳だな。許してほしい」

 

ゆっくりと悪魔が頭を下げる。本心から悪いと思っているかのような態度が、逆に一層恐ろしく感じさせる。

そして、手の中に残っていただろう、炎で黒く焼け焦げた人の足首の骨を無造作に放り捨てた。

 

「やれやれ。君たちが直ぐに撤退してしまうから、あまり振り回せなかった聖棍棒だが、汚くなってきたので処分するチャンスを窺っていたのだ……最後までちゃんと働かせて私は本当に優しい悪魔だ。彼女もきっとあの世で感謝しているだろう」

 

誰に言うともなく、悪魔が言う。

 

「ああああああああああ!」

 

悲痛な声が上がる。口元から血を流しながら、身体を僅かに起こしたレメディオスが、己の身体を撫でている。いや、付着した肉片を集めている。

 

「いい音色だ」悪魔が指揮者であるように軽く片手を振る。「さて、初めまして、だな」

悪魔の視線の先。西門の上には青い人狼の姿があった。青い人狼は問う。

 

「お前が魔皇ヤルダバオトか」

 

「その通り。私こそが魔皇ヤルダバオト。君は、私と戦える強者かな?」

その問いに青い人狼は肩を竦めた。こうすれば分かるか?そう言って、指から1つの指輪を外した。

 

ずん、とその場の空気が重くなったようだった。

 

大きな力の塊が出現した。誰もそう思った。広場で歌っていた気の良い、気持ち良い人狼の雰囲気はどこにもない。見なくても分かる。これは圧倒的な強者だと。

 

「ほう?これはこれは……相手にとって不足なし、と言う奴かな」

「……ゴ・ギン、クレマンティーヌ。下がれ――ルプスレギナ、後は任せる」

 

悪魔――ヤルダバオトを迂回して、民兵たちの密集陣形まで下がる二人(+捕虜になったヴィジャー・ラージャンダラー)を眺めながら、ヤルダバオトは口を開く。

 

「良い判断だ。弱き者が幾らいても意味はないからな」

 

青い人狼は、一瞬、すすり泣いているレメディオスに視線を向けて答えた。

 

「同意するよ。無駄な犠牲は本意ではない」

 

ヤルダバオトがすっと手を挙げると、ハリシャ・アンカーラが彼の斜め後ろにつく。

「まさか、卑怯とは言わないだろうね?」

「――そんなので良いのか?」

ハリシャの頭部がパンと熟れたトマトのように爆ぜた。青い人狼が蹴った小石で頭部を破壊されたのだ。

 

「供回りには弱すぎたな」

「そのようだ。では――」

 

 

いくぞ。

 

圧倒的強者同士の戦闘が開始され――「死ねぇええ!!!」聖剣を握りしめたレメディオスがすすり泣きから、飛び跳ねるように走り出したのだ。

レメディオスの耳に心の内から囁く声が聞こえたのだ。

 

――聖王女の折れた剣。それがお前――レメディオス・カストディオ。そこでめそめそ泣いて朽ち果てるが良い――

 

違う。

自分は折れた剣ではない。聖王女カルカ・ベサーレスの理想を体現する剣なのだ。

こんな所で終われない!終わってはならない!

 

〈聖撃〉を飲み込み強化した聖剣サファルリシアがまばゆい光を放つ。

 

防御装甲無視の聖なる波動。

どんな固い鎧も、鱗も、外皮も意味をなさない。魔法の武具ですら透過する悪を討つ聖なる光輝。

長大な光を宿した聖剣の軌跡が光の帯となって、ヤルダバオトへ向かい突き刺さった。

 

 

「――なんだ? これは? 満足したか?」

 

 

冷ややかな声だった。

「な……な、んで……聖剣の……一撃を受けて……悪な筈なのに……」

あまりにも小さなレメディオスの背中だった。

 

「分からんな。なんで? なんでとはどういう意味だ? ちくりとはしたぞ? それで満足したなら邪魔だから退いてくれないか? お前をここで殺すつもりはない。そこの青い人狼を殺した後だ」

 

ヤルダバオトはレメディオスを無視し、そのまま炎の翼を大きく広げる。それに吹き飛ばされ、レメディオスは転がって戻ってくる。ヤルダバオトは無様に這いつくばった彼女を一瞥もせず、「ここでは邪魔が多い。場所を変えようではないか。……ああ、逃げるなら逃げても良いぞ?」そう言って飛び去った。

 

「大使閣下、大丈夫なのですか?」

 

密集陣形から出てきたグスターボが質問する。その視線は立ち上がろうとはせず、がっくりと肩を落としたレメディオスの背中に向けられていた。

 

「大丈夫さ。神獣様と呼ばれる俺の力、しっかり見てくれよな」

 

「……大丈夫だ。まだ大丈夫だ。妹が、ケラルトがいる。あの子ならカルカ様だってきっと……」

ぶつぶつと呟いていたレメディオスが己の顔を叩き、勢いよく立ち上がる。

 

「カルバイン! 私も行くぞ! 奴にダメージを与える事が出来る武器を貸せ! お前の剣に一時的だがなってやる!」

 

充血した目に憎悪を宿したレメディオスに対し、ジョンは首を横に振った。

 

「全ての刀は黒刀に成り得る……と言う言葉がある。聖剣がヤルダバオトに通じなかったのは単に担い手であるレメディオスの力不足だ。俺の拳は聖剣でもなんでも無いが、奴に届くぞ?」

 

モンクの理屈でレメディオスを煙に巻く。

己の力不足故に聖剣最強の一撃も届かなかったと突きつけられたレメディオスは。

 

「……ああ、分かった」唇を噛み締め、吐き捨てるように言う。「あのゴミ野郎を絶対に殺せ」

「了解だ」

 

ジョンは(ああ、やっぱりレメディオスは育ちが良いんだな。俺が同じ状況なら伏字オンパレードの罵詈雑言だわ)と内心で思う。

 

「――聖騎士たちよ、その遺体を丁寧に集めてくれ。少しも残さないように」

「団長……この、ご遺体は……」

 

心当たりがあったであろう聖騎士の震える声を、レメディオスが断ち切る。

 

「悪魔の欺瞞工作の可能性を忘れるな」

 

レメディオスが振り返りもせずに歩き出す。幾人かの聖騎士が半分怯えたような表情でその後ろに続いた。

「大使閣下、団長の態度は誠に申し訳ございません」グスターボが頭を下げた。「……謝罪して許される事ではありませんが、お詫び申し上げます」

 

 

「気にしてない。では――行ってくる」

 

 

/*/

 

 

ツァインドルクスは顔を上げた。

 

魔神の出現を受け、聖王国へ派遣した鎧が〈ぷれいやー(ジョン)〉を見つけた。

どうやら聖王国の人間を助け、魔神と戦っているらしい。

 

ツアーは考える。

 

あの〈ぷれいやー(ジョン)〉は王国では大量虐殺を行っていた。今度は聖王国で、魔神を相手に人間を守って戦っている。この違いはなんだろう。王国では〈ぷれいやー(ジョン)〉の領域を侵したから、反撃したと言っていた。攻撃されなければ助けると言う事だろうか。その強大な力の使い方を学び、注意を払い、責任をとる事を学び取ったのだろうか?

 

かつての友のように?

 

 

ならば判り合える道もあるのだろうか。全ては私たちの過ちだ、それでも……それとも最後は――

 

 





ついにヤルダバオトと対峙したジョン・カルバイン。
死闘の果てに待つものは何か!?

次回「俺がガンダムだッ!」

乞うご期待!


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第61話:俺がガンダムだッ!

 

 

王国侵攻時に謎の白金鎧に襲われた事から、至高の御方の護衛と警戒網を担うには49Lvの〈八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)〉では力不足では?との声が守護者たち――特にデミウルゴス、アルベド、パンドラから――出たことから、ジョンとモモンガはポケットマネーで傭兵モンスター――80Lv超のハンゾウ等を複数――を召喚していた。

 

〈透明化〉のアイテムを与え、〈透明化〉した状態で上空に警戒網を作っているバイアクヘー。地上波は〈八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)〉と〈ハンゾウ〉たちによる警戒網。

 

その直径数kmにも及ぶ巨大な警戒網の中に侵入者があるとハンゾウより〈伝言(メッセージ)〉があった。

 

王国で遭遇した白金鎧――リク・アガネイア――である。ジョンは〈伝言(メッセージ)〉でモモンガともやり取りし、ハンゾウたちへは警戒に留めるよう命令を下す。

ヤルダバオトへ向かいながら、ジョンは〈準備の腕輪〉で状態異常――特に拘束無効系のアイテムを外したセットに装備を切り替える。

 

数万の亜人の軍勢の前に堂々と立つのは悪魔。炎を上げる翼に紅蓮の拳を持った巨体の悪魔。

 

ナザリックにも存在する憤怒の魔将だ。だが、これはデミウルゴスの50時間に1回の魔将召喚によって一定時間使役されるものであり、殺されてもナザリックに損害は無い。

レベルは84。

魔将の中では物理攻撃に重点が置かれたタイプでHPもかなり多い。純戦士系モンスターだ。主要スキルがモンクであるジョンとは相性が良い。本気で戦うなら手抜き装備だが――第四位階魔法までしか使えないジョンだが、自身にバフを掛け捲れる分、有利だ。

 

罰ゲーム有で魔将と戦う予定だったが、覗き見しているもの(白金鎧)がいる以上は軽口は不要。

 

「――いくぞ!」

 

魔将の巨大なハンマーのごとき拳による一撃とジョンのテレフォンパンチが交差する。地響きと土煙が撒きあがり、双方が反動で吹き飛ばされる。

当然痛みはあるが、三桁Lv物理アタッカーの防御力は〈アイアン・スキン〉で強化され、そこまでのダメージではない。逆に魔将は膝をがくがくと震わせている。

 

モンクの素手攻撃は〈アイアン・ナチュラル・ウェポン〉で強化されるが、異形種であるジョンの場合、そこに身体武器の威力が上乗せされる。廃人プレイで〈神器級(ゴッズ)〉に限りなく近づいたデータ量の身体武器の威力が。

 

同レベルの人間種モンクと比べ、スキル構成で不利があっても、基礎攻撃力では圧倒的に有利なのが異形種モンクなのだ。本気の場合はこれに〈神器級(ゴッズ)〉の武器の威力が乗るのだから。

 

一方的な決闘(ロプサイデッド・デュエル)

 

膝が笑って行動が阻害された魔将へ第三位階魔法〈一方的な決闘(ロプサイデッド・デュエル)〉をかける。これで〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で逃げられても追い掛ける事が出来る。〈早足(クィック・マーチ)〉や〈加速(ヘイスト)〉などのバフ魔法も低レベルながら重要だ。

 

上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉で上空へ逃れた魔将を〈一方的な決闘(ロプサイデッド・デュエル)〉で追い掛ける。

 

都市の上空に逃れた魔将への攻撃はギャラリーに良く見えるよう試作品の小手(モンクにとっての武器である)を使う事にする。それは〈凍牙の苦痛(フロスト・ペイン)〉を解析して鍛冶長に作らせた〈龍雷(ドラゴン・ライトニング)〉が使えるようになる小手である。

 

ジョンの腕に龍のごとくのたうつ白い雷撃が生じ、手から肩口までを荒れ狂う。一拍の後、突きつけた指の延長上にいる魔将めがけて落雷にも似た放電を発しながら雷撃が中空を駆けていく。

 

龍雷(ドラゴン・ライトニング)

 

双方のレベルからすれば大した事のない魔法だが、それは地上から見上げる者たちには神話の光にも見えた。

 

 

/*/

 

 

都市内部で多くの人と一緒にネイアは空を見上げていた。

ウルフ竜騎兵団に助けられ、歌に励まされ、ジョンに心服している者たちが多いがそれだけではない。

聖騎士だっているし、神官だっている。ネイアからは人の壁で直接見えないが、レメディオスだって話し声が聞こえる程度の距離にいる。

 

そこで眺めている誰もが、例える言葉もない戦いだった。

 

観戦する最中も、風が、炎が、雷が、人知を超越した巨大な力の奔流が荒れ狂う。その中の一つでも、多くの命を容易く奪うであろう力の放射。

そして、神話の戦いから零れ落ちてくる歌声。

勇気を、意志を奮い立たせるような青い人狼の歌声が降ってくる。

 

弱い僕が叫んでいた、と。強くなるんだ、と。

 

「弱いままじゃダメなんだ。強くならなくては、強くなる努力をしなくては。心無い言葉ではなく、心有る言葉で自分を、隣人を奮い立たせて……強くなるんだ」

ネイアはこの頃いつも思う事を小さく口にする。幾度も繰り返し続けた事によって、それは祈りの言葉にも似てきた。

 

上空から拡声魔法を使っているのかヤルダバオトの声が聞こえてくる。

 

「……私の勝ちだな。貴様は無事かもしれないが、都市の人間は皆殺しだ」

 

ネイアは優れた視力でヤルダバオトの手が天へ向けて突き上げられたのが見えた。

 

空が曇り、都市に影が落ちた。

 

「団長! あれはッ!?」

聖騎士が空を指さし、叫んでいる。

 

その先にあるのは巨大な燃える星――隕石だ。突如、現れた隕石は真っ直ぐに都市に向かって落ちてきている。

 

「ふざけるな! たかが石ころ1つ。(ジョン・カルバイン)が押し出してやる!」

 

空中でぶつかり合っていた2つの光。片方が飛び出して、隕石に体当たりし――そのまま隕石を支えようと踏ん張っている。しかし、足場の無い空中では力が入らないのかじりじりと押し負けている。

 

「Croitzal ronzell gungnir zizzl――団長!今行きます!」

 

光が迸ったかと思うとメイド服から、白と黄色を基調として、身体にぴったりと密着する奇妙な恰好になったクレマンティーヌが空へ飛び立ち、隕石を押し戻そうとしているジョンのフォローに入る。

 

「俺も」「私も」

 

そう声が続き、ウルフ竜騎兵団で〈飛行(フライ)〉が使える者たちが続々と後に続く。

 

「止めろ! こんな事に付き合う必要はない! 下がれ! 来るんじゃない!」

 

「多くを救えるかどうかの瀬戸際なんだ。やってみる価値はありますぜ!」

そう言って、飛ぶ能力のある者たちが次々と飛び立つ。その中には解放軍の神官の姿もあった。

 

 

(私は――カルカ様の思いを――!)

 

 

失意の底にあった。憎悪に焦がれた心であった。しかし、その闇の中に一欠けらの光が残っていた。

レメディオスは決意の瞳で空を見上げると鎧の力を解放し、飛び立った。

 

亜人、異形種と共に、人々を守る為に、飛び立ったのだ。

 

 

それはまさに神話の光景だった。

 

 

翼の無い誰かが手を組む。その横で誰かが真似をする。それは連鎖し、感染し、爆発的に広がっていった。都市の空を見上げるほぼ全ての人々が空を見上げ、手を組んだ。

それは崇拝にも似た何かだった。

 

どれだけの時間が経っただろう。短い時間だったかもしれない。ネイアには分からない。やがて――空を震わせる雄叫びと共に巨大な隕石は粉々に砕け散った!

細かな燃える石が雨のように降り注ぐ。

 

 

「見事だな。だが――捉えたぞ!」

 

 

ヤルダバオトの重く太い声と共に空に浮かぶ青い光が暗闇に飲み込まれる。

青い人狼の周囲に闇が渦巻き、ボコボコと黒い泡のようなものと共に低レベルの悪魔が零れ落ち始める。悍ましい闇から鎖が伸びて浮かび上がる悪魔像に青い人狼を十重二十重に縛り付けていく。

 

青い人狼を助けようと飛行している者たちが舞うが、悪魔たちに邪魔されて近づけない。

 

「強者であったが……愚か者だ。脆弱な人間などを庇い、勝機を失うとは、な」

 

ゆけ悪魔像よ。我が神殿へ! ヤルダバオトの言葉に悪魔像の目が光ると、ジョンを拘束するそれは空へ向けて飛び上がった。その光はやがて点となり、落ちるように東の空に流れ――そして消えていった。

 

 

誰もが見守る中、紅蓮の炎が地上に降りてくる。

 

 

人々は沈痛な静寂に包まれている。ただ、誰一人として逃げようとする者はいなかった。あの戦いを目にすればわかる。逃げたところでどうしようもない。

炎を纏った翼をはためかせ、勝者がその姿を見せた。

 

全身には隈なく電流が走った跡が残り、顔の半分はつぶれたようになっている。深い傷口からは新鮮な血がだくだくと流れ、血は高熱を発しているのか大地に落ちるとじゅっという音を上げた。

 

二人の戦いがどれだけ熾烈だったかを言葉以上に雄弁に語っている姿だった。

 

「……強者であった。侮った。愚かな事をした。亜人を率いた意味を失うところだった。だが――そう、だが、お前たちのお陰で勝利を掴めた」

 

信じたくはない。だから、ネイアは叫ぶ。

「嘘よ!」

ヤルダバオトの無事な方の目がネイアを見据えた。生物としての格が違う視線を浴びながらも、ネイアは揺るがない。心を激情が支配しているからこそ、恐怖という余分なものが入らないからこその蛮勇。

 

「嘘ではない。お前たちの存在が奴の足枷となったのだ」

 

繰り返されるヤルダバオトの言葉にネイアは胸が潰れたような衝撃を受ける。

ぐらぐらと世界が揺れる。

 

「あやつがお前たちのような人間を庇おうとしなければ負けていたかもしれん。――何を優先すべきか血迷うような愚か者とはな。お前たちには感謝しているぞ」

(やっぱりだ。やっぱり弱いと言うのは悪なんだ!)

ネイアは己の考えが間違っていなかった事を確信する。

 

「だからこそ褒美をやろう。それはお前たちの命だ」

「……どういう意味だ?」

 

誰かが発した問いにヤルダバオトは楽し気に嗤った。

 

「命を助けてやると言った。この場では、な」

 

誰かが安堵の息を吐き出し――ネイアは激怒した。

「ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!」

ネイアの手が勝手に動いた。弓を構え、放つ。完璧な一射。予備動作さえなかった一射だった。

 

しかし、ヤルダバオトは矢を掴み取った。あれだけの傷を受けていながら機敏な動きだ。

ヤルダバオトが真正面からネイアを睨み、その視線がネイアの弓――アルティメット・シューティングスター・スーパーに動く。

同時にネイアの視界に巨大な聖杖が割り込んできた。

 

「そこまでよ。……ヤルダバオト、あなたもここは退いたらどうかしら?」

 

黒い宝珠の嵌まった聖杖を持つルプスレギナだった。夜の月のように、静かに、金色の瞳でヤルダバオトを睨むのだった。

 

「確かに頭を無くした群れなど恐れるに足りないな。お前たちの命を助けてやると言った言葉。感謝して貰おうか。〈上位転移(グレーター・テレポーテーション)〉」

 

ふっとヤルダバオトの姿が消えた。

「お、く、さま」

「うん。ジョン様の奥様ルプーちゃんっすよ」

「おぉくぅさぁまぁぁぁ!!」

ジョンを失った喪失感、罪悪感に圧し潰されたネイアの精神は限界だった。ルプスレギナに縋りついて泣く事しか出来なかった。

 

 

 

「……工兵隊は入浴車を展開して、避難民の仮設テントの再度の設置をしなさい。ペテル、救出隊を結成します。偵察隊から志願者を募りなさい。ゴ・ギンは戦士隊からよ」

 

しばらく、ルプスレギナの胸で泣き続け、鎮静魔法も掛けられたネイアは感情が落ち着いてくると、頭上で交わされるルプスレギナの声に恥ずかしくなってきた。一番辛いのはルプスレギナである筈なのに自分は何をしているのだろう。

 

「落ち着いた?」

「……はい。奥様、ありがとうございます。お恥ずかしいところをお見せしました。もう大丈夫です」

 

今だ涙の跡が残るものの冷静さを取り戻したネイアは、ルプスレギナの前に立つと決意と覚悟の決まった眼で己のやるべき事を話す。

 

「先ずは王兄殿下に大使閣下の救出部隊の派遣をお願いしてきます。次に私が直接魔導国へ赴き、大使閣下の現状を隠す事なく報告し、閣下の救出隊のご協力をお願いするつもりです」

 

この状況下で魔導国に行けば碌な運命は待っていないだろう。それでも大使閣下の従者としての務めを果たす必要があるとネイアは考える。

ここから魔導国までネイアが無事にたどり着けるかどうかと言う不安はある。それでもこの命に代えてでも行かなくてはならない。

 

「おっと、魔導国に行くならバラハさん。俺も一緒に行くぜ」

 

声を上げてくれたのは元軍士であり、退役後は狩人として暮らしていた初老の男だ。弓の腕を買われ、ネイアの班に所属している。

「気にしないでくれ。ここまで生きてきたんだ。生い先短い身だしな」

「バルデムさん!」

彼の言葉は無事に魔導国へ着いたとしても、その先に待つ運命を理解してのものだ。

 

「おっとネイアちゃん。俺も忘れないでくれよな!」

「コディーナさんもですか!?」

 

「俺も一緒に行くぜ。別にお嬢ちゃんの為に働く気はねぇけど、団長(ジョン)様の為なら仕方がねぇ」

「メナさんまで!」

 

ネイアの班に所属してる中でも、優秀な者たちが率先して名乗り出てくれた。彼らが協力してくれるのであれば、無事に魔導国に辿り着く事も無理ではないだろう。

 

彼らの己の生命すら投げ出して魔導国に向かおうとする覚悟の決まった瞳にルプスレギナは見覚えがあった。

 

「……ああ、ジョン様が好きな瞳ですね」

 

独り言のようなルプスレギナの呟き声に、ネイアは思わず顔を赤くしてしまう。別にそういう意味でいったのではないだろうが、それでも尊敬する人の好きと言う言葉にはかなりの破壊力がある。

 

「何を勝手な事を言っているんだ。お前たちは聖騎士団の指揮下にあるんだぞ」

「カストディオ団長こそ何を仰っているんですか!? 大使閣下の救出以上に優先すべき事があると言うのですか!」

「部隊の立て直し、捜索隊の編成。すべきことは山ほどある!」

 

「――それは!?」

 

「王兄殿下の元へ行くぞ。ウルフ竜騎兵団に遅れるわけに行かないからな」

 

 

/*/  チョロゴン   /*/

 

 

あの〈ぷれいやー(ジョン)〉が負けた? それも人間を、弱者を庇って負けた? 王国の時と比べると装備が見劣りしていたが……いや、そんな事よりも己の利益よりも、弱者救済を優先した。人々もあの〈ぷれいやー(ジョン)〉を信頼しているようだった。王国では……いや、結局、王国で報復として大量虐殺をしたが、最後は許していた。

 

八欲王とは違うのか……友よ、どう思う……友よ……。

 

 

/*/

 

 

会議は政治と権力のドロドロとした臭いが漂い始めていた。

聖騎士や神官が多くの民を救える道を模索しても、貴族たちは戦後を見据えると南の影響力を少しでも削ぐため西の大都市カリンシャを落とす事を望む。

 

貴族派閥と聖騎士神官派閥で二分された会議だが、カスポンドの「犠牲が少なければ良いのだな?」との言葉にレメディオスを除いた面々が頷いた。

 

「よし。それではカリンシャ奪還に関しての作戦を後で練ろう。さて――次の件だな」

 

そうして、カスポンドはネイアに向き直った。

 

使者を送り出す件は王兄であるカスポンドが、正式な使者を立てるとの事でネイアたちは何も言えなくなった。王兄の言葉を信用しないという態度を示すのは非常に不味い。レメディオスは納得していたようだったが。

 

捜索隊を出す件も、人跡未到のアベリオン丘陵に赴き探す手段があるのかと言われれば、言葉に詰まる。

 

土地勘なしで、亜人たちの住まう大地を捜索する事など出来る筈がない。二重遭難になって捜索隊が全滅するのは火を見るより明らかだ。

丘陵で生存する技。亜人たちの監視網を掻い潜る技。情報を集める技。それらを準備せずに向かうのであれば、それは遠回りな自殺だ。そう指折り数えてカスポンドに言われ、ネイアは押し黙る。

 

「だからこそ、丘陵について知識を持つ者を見つければいい」

 

その言葉に目をぱちくりさせたネイアにカスポンドは苦笑する。

 

「いいかね?亜人を捕虜にして、連れて行けば良いのだよ。その亜人に先導を命じれば安全度はそれなりに高まるはずだろう?」

「あ」

「だから、少し待ちたまえ」

 

そうは言っても、ネイアに思い浮かべられる亜人は目を血走らせて殺到してくる姿ばかりだ。寝返り交渉に応じるようにはどうしても思えない。

ぐるぐると思考の迷宮に迷い込んでいると、扉が勢いよく開かれ、一人の聖騎士が入ってきた。

 

荒い息で室内を見回した彼はレメディオスではなく、カスポンドの元に向かった。

 

周りには知られたくない情報なのか、王兄を部屋の隅に連れて行って耳元で何か呟いているのだが、ネイアの鋭敏な聴覚は所々の単語を捉える。その中で最も興味を引いたのは「亜人」「使者」と言う単語だった。

 

「諸君、私は急用が入ってしまった。申し訳ないが、この会議はここまでにさせて貰う。君たちでカリンシャ攻略の作戦を立てておいて欲しい。それではカストディオ団長。私について来てくれ」

 

 



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第62話:ここは異世界なのですよ

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第九層 モモンガの執務室 /*/

 

 

モモンガ、デミウルゴス、アルべドにジョンとルプスレギナが応接セットについていた。

豪華絢爛な執務室。モモンガ番のメイドが淹れた紅茶の香りが漂う。5名による聖王国侵攻の報告会である。

 

「うっかり、ネー(ネイア)ちゃん死なせちゃいました(*⌒∇⌒*)テヘ♪」

「なん……だと……?」

 

初っ端からルプスレギナが爆弾を投下する。

ジョンから「(死なないように)注意して見ててね」と直々に言われたにも拘らずの失敗。

 

デミウルゴスとアルベドが思わずガタッとソファから立ち上がる。

 

「「ルプスレギナ!!」」

 

一方ジョンは、以前であれば、ちゃんと(死ぬまで)見てました!と報告してくるであろうルプスレギナが、こちらの意図を読み、任務失敗を悟って失敗のフォローを自ら行った事に驚き、感動に打ち震えていた。

 

「偉いぞ、ルプー!」傍らに座るルプスレギナを抱き寄せると、わっしわっしと頭を撫でる。「ちゃんと失敗をフォローして、報告できるなんて、立派に成長したなぁッ!」

「本当ですか! ジョン様! ありがとうございます!」

 

髪が乱れ、帽子が落ちるのも構わず、気持ちよさそうに撫でられる〈駄犬(ルプスレギナ)〉。モモンガは黙ってスタッフを握りしめると〈火球(ファイヤーボール)〉をぶち込みたい衝動に耐える。( ´ー`)フゥー...あ、沈静化した。

 

「……褒めて伸ばすにも程度ってもんがあるぞ」

 

落ちた帽子を拾うルプスレギナを見ながら、モモンガは大きく溜息をつき(それで、デミウルゴス。計画の修正は可能か?)と聞こうとした。しかし、それよりも早く。

 

「……なるほど、そういう事ですか」

 

眼鏡をくいっと上げるいつものデミウルゴスがいた。

 

(もうヤダ)

 

今度はどんな存在しない策を読み取ったのだろう。ここにはちびっこ’sがいないので「説明する事を許す」が使えない。なので、モモンガは無視して話を進める事にした。

 

「……それで、ルプスレギナ。追加で人員を派遣してほしいとの事だったな」

「はい。ジョン様を慕うあの人間。死なせるのは惜しく思います。できれば、昨日のMVPだったシズを褒賞も兼ねて派遣していただきたく」

 

自分のうっかりミスで死なせながら、死なせるのは惜しいとか心臓に毛が生えてるんじゃないかとモモンガは思う。

それでも昨日のMVP――ナザリック内で行われたモモンガの戦闘演習で、モモンガに最後まで見つからず狙撃で詠唱妨害を続けていたシズの指名。ナザリックから出る機会の無い妹に活躍の場を与えたいと言う姉妹愛。褒賞も兼ねてと言われれば、モモンガとしても否は無い。

 

「モモンガ様。シズ・デルタはナザリックのギミック解除法を全て知る存在。それを外部に出すのは……」

「その心配なら不要だ。アルベド。〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉でシズの記憶を操作し、ギミックを知る情報そのものをトラップに変えてから、外出させる」

「流石はモモンガ様」

 

 

「それで白金鎧――リク・アガネイアについてだが……」

 

 

モモンガが促すとデミウルゴスが答える。

「ハンゾウたちによる追跡チームからの報告では、アベリオン丘陵を目指し移動中とのこと。恐らくはカルバイン様の飛ばされた神殿を捜索しているかと」

「あとは俺を見つけて、どうするつもりなのか……だな」

紅茶を一口啜り、ジョンはモモンガへ視線を向ける。

 

「……抹殺か。救出か。それとも監視だけなのか」

 

腕組みし、考え込むモモンガ。恐らくはこちらから接触しても会話にならないだろう。話す気の無い相手から情報を引き出すのは手間がかかる。

 

「あの鎧、遠隔操作だからねぇ。小都市での戦いに乱入してきたら、憤怒の魔将に〈魂と引き換えの奇跡〉でマーカー埋め込んでもらおうと思ってたんだけど……」

 

ジョンの言うように小都市での戦闘に乱入してくれば、マーカーを打ち込みニグレドの探知で拠点などを探る事も出来ただろう。実際は監視止まりだった為、こちらも監視に留めている。それでも相手に恐らく気づかれずに監視できているのはアドバンテージだろう。

モモンガは王国での戦闘を思い起こしながら言葉を紡ぐ。

 

「王国で多少会話になったが、王国侵攻での虐殺はやり過ぎだと語っていた。もっとやり方があるだろう、とも。そこから考えるに今回のジョンさんの戦い方――都市を庇うなどの行動――に思うところがあって、真意を質す為に接触しようとしている……とかがありそうだな」

 

何か自分に課した使命。正義感で動いているような印象であったし、こちらの生命を奪う事に罪悪感も感じているようであった。

 

「正義感が強くて、自分が強いと思ってる奴……まぁまぁつけ入る隙はあるわな」

 

ユグドラシル時代のPvPを思い出しながら、その正義感に異形種は含まれなかったなとか、正義感が強すぎて被害者側にも説教に来る奴にげんなりしたなとか、色々思い出すジョンだった。

うんうんと頷くジョンへ、デミウルゴスが申し訳なさそうに言う。

 

「そうしましたら、リク・アガネイアが神殿近くまで接近した段階で、カルバイン様にはご足労をおかけいたしますが……」

 

「ああ、そうしてくれ。――あれ、そうすると俺、ナザリックから出れない……?」

本来はアベリオン丘陵の悪魔神殿に封印されている筈なのだから、外出できるわけもない。

 

「大人しくしてて下さいね」

モモンガの非情な一言にジョンはがっくりと項垂れる。

「村でキノコのオイル煮でも作ろうと思ってたのに!?ルプーもいないのに!?」

 

ルプスレギナはウルフ竜騎兵団の志願兵を指揮し、アベリオン丘陵の悪魔神殿へ向かう役があるので、この後は聖王国へ戻るのだ。

 

「ダメです。第九層で映画でも見ててください」

 

続くモモンガのエーリッヒ擦弦楽団と演奏でもしてれば良いじゃないですか、との言葉には「音楽性が違う」と答えるジョンであった。

 

 

/*/ ローブル聖王国 小都市

 

 

小都市は悲嘆に包まれていた。

隕石を皆で支え、砕いた直後の〈希望(ジョン)〉が封印されるという絶望に打ちひしがれる人々は自身が〈希望(ジョン)〉を曇らせたと自責の念にかられ、めそめそと泣いていたのだ。

 

その人々の間を、見る者を釘付けにする美貌の持ち主が歩いていた。褐色の肌をもち、赤い長髪を三つ編みにし、メイド服とシスター服を足して2で割ったような服を着ている――言わずと知れたルプスレギナの姿である。

 

神話の再現と思い込む程に希望が高まったところでの〈希望(ジョン)〉の封印である。それも自分たちが原因。それはもう希望を持たせた上で叩き落とし、絶望する所を見たいというルプスレギナの趣味にドストライクであった。その姿を見る為ならば、人々を慰撫して歩くなど苦にもならない。

 

(あははは!最高!大好き!)

 

高らかに笑い出したい気持ちを胸にしまい。子供の涙を拭い、優しい言葉をかけ、傷ついた民兵を慰め、時に治癒魔法を掛けてやり、老人や女性を励ます。その姿はまさに聖女だった。如何に内心で、積み上がった組木が完成直前で崩された人々の悲嘆にくれる表情を、最前線かぶりつきで楽しんでいたとしても。

 

 

ルプスレギナの供回りをするネイアは、自身もジョンを失って悲しいのに民を鼓舞して歩くルプスレギナの姿に感動し、魔導国の素晴らしさを再認識する。

 

 

そこにはウルフ竜騎兵団の事務所テントにネイアが到着するのに合わせて、泣いている演技をしてみせたルプスレギナの策謀もある。彼女は自分の演技に騙され、しんみりしているネイアを楽しんでいたのだが、ネイアはそんな事は露も知らない。

 

分かっているのは、会議は政治と権力のドロドロとした臭いが漂うものになってしまった事だけだ。

 

やがて、ルプスレギナの巡回も一段落して事務所テントへ戻るとウルフ竜騎兵団各隊の隊長が集まっていた。長を代表して、黒い毛並みのワーウルフが前に出る。

「奥様。各隊から志願者を募り、救出隊結成しました」

「ご苦労様。救出隊の指揮は私が取ります。残存部隊の指揮はルー・ガルー、貴方が取りなさい」

「はッ」

 

ルプスレギナの言葉にネイアは衝撃を受ける。人跡未到のアベリオン丘陵だ。そこに奥方まで向かわせて良いのだろうか。

 

「奥様、それは!」

 

咄嗟にネイアは制止の声を上げていた。その声にルプスレギナは優しく微笑んで答えるのだ。

「私とジョン様の間には魔法的な繋がりがあるのよ。それを辿ればヤルダバオトの言う神殿に辿り着ける筈……ジョン様を探す一番の手掛かりは私なのよ」

「……奥様」

「それと泣き虫なネーちゃんの為に特別ゲストを用意しました!」

一転して、いつもの太陽のような笑顔になるとルプスレギナは、じゃじゃーんとテントの方へ手を伸ばす。それに合わせて小柄な人影が天幕から出てくる。

 

「………ぶい」

 

見た事のない赤 金(ストロベリー・ブロンド)の髪の少女だった。ネイアよりも小柄で華奢だ。面立ちから推測するにネイアより年下だろうか。

濃緑や黄土色が複雑に重なり合った独特な柄の襟巻をしており、変わったメイド服を着ている。

その容姿は非常に整っており、片方の目を隠していても何一つとして美貌は揺るがない。その少女は無表情だったが得意げにVサインをしている。

 

「妹のシズちゃんです! 私の代わりに置いて行くから、ネーちゃんは仲良くしてるっすよ?」

 

「え?あ、はい……え?」

それじゃ行ってくるっす~ネイアが目を白黒させている内にルプスレギナは救出隊のメンバーを引き連れ、さっさと出発してしまう。救出隊のメンバーが手を振りながら、旅立っていく。

誰もいなくなったがらんとした空間を眺めるネイア。

 

 

「――ふぅ」

 

 

真横から突然、耳に息を吹きかけられ――

「ひぅ!!」

肩がビクンと跳ね上がり、耳を押さえながら距離を取ろうと動いた。

 

「………良い感じに驚いた」

 

涙目で見れば、シズと呼ばれたルプスレギナの妹の姿があった。慌てたネイアを無表情に眺めている。

「びっくりしますよ!何するんですか!」

「………距離を縮めるには適度な悪戯が良い、と姉が言っていた」

「奥様!……もう」

 

「………それじゃ、こっち」

 

シズはスタスタと歩き出す。天幕の前布を捲ると事務所テントの中へ入っていく。ついていくとそのまま応接室に通される。

「………座って」向かい側の席を指で指され、ネイアはそちらに座る。「………飲み物」

すっと茶色の液体が入った瓶を出された。ジョンやルプスレギナと同じ様な取り出し方だ。

 

驚いている間に蓋を外され、そこにストローを差し込まれる。柔らかいような硬いような、奇妙な材質で出来ていた。

ドロドロした液体だが、こうして差し出してくるのだから毒ではないのだろう。多分。

 

ジョンが毒物を美味しそうに食べていたのを思い出して不安になるが、ルプスレギナの妹と思うと断る事も出来ず、覚悟を決めて口を付ける。

口に含み、舌に転がす。

それは想像を絶するような苦みもなければ、突き刺さるような刺激もなく――

 

(甘い!?なにこれ!)

 

ネイアは一口、もう一口と口に含む。甘味など滅多に口に出来ないネイアにシズのドリンクは刺激的すぎた。吸い上げるのに一寸力がいるほどの粘液質なのだが、非常に冷たくて美味しい。

 

「……チョコ味。ちょっとカロリーが高い……二千くらい。けど気にしない。美味しい物を食べて太るのは女の本望って偉大な御方のお一人が言っていた」

 

少し口調が変わったので様子を窺うが、表情は何も動いていない。

偉大な御方という言葉にジョンを思い出すが、別人の事を言っている感じだ。

 

「………もう1本飲む?」

 

「頂いてもよろしいでしょうか?」

一気に飲み干してしまい、少し残念そうにしていたのがシズにも分かったのだろう。もう1本差し出してくれた。

恥ずかしさと嬉しさで思わず敬語になってしまう。果物やハチミツとは違った甘味を、今度は味わって飲む。

 

「………話は聞いてるの?」

「話ですか?……いえ、何も聞いていません」

 

何の話だろう。ネイアは訝し気に首を傾げる。

 

「………ネイアは静かに行動できる?」

「ある程度は訓練したので、前よりは上手く出来るようになったと思います。ですが、絶対の自信があるかと言われると難しいです」

「………〈透明化(インヴィジビリティ)〉などの魔法や魔法の道具は持っていない?」

 

ネイアは頭を振った。

 

「………なるほど。ここでこれの出番」

シズはてってらーと指輪を取り出すとネイアに押し付けてきた。

「………〈透明化の指輪(リング・オブ・インヴィジビリティ)〉」

 

「あの……これは……」

困惑したネイアはシズに尋ねる。

「………カルバイン様から預かってきた。こういう時に渡すようにと言い遣っている」

カルバインという言葉にピクリと来る。これは最優先で言っておくべき重要な事だ。

 

「大使閣下もしくは団長様」

 

シズの無表情に言葉が足りなかったと思い至り、補足して言う。

「大使閣下、です。カルバイン様と言う呼び方は少し馴れ馴れしいんじゃないですか?」

今度はシズの表情がピクリと動いた。いや、一見すると無表情ではある。しかしながらネイアはその表情は動いたと確信を持てた。

 

「馴れ馴れしくなんかない」

「いや、馴れ馴れしいわ。普通は名前ではなく、讃えるべき地位で呼ぶものでしょ……何?その顔?」

 

無表情の顔にうっすらと勝ち誇る色を浮かべてシズは言う。

 

「私はジョン・カルバイン様――カルバイン様とお呼びするように、と言われている」

「え?」

「だから、私はカルバイン様と呼べる。わ、た、し、は呼べる」

 

貴方には無理と言外に言われ、ネイアはぐらりと揺れる。

 

「貴方はまだ呼べない。でも、カルバイン様の為に働けば、いずれは貴方もカルバイン様と呼べるようになる。精進すべき」

「――シズ様」

「………ネイア。後続の者を導くのは先達としての役目」

 

奥方――ルプスレギナの妹と言うだけあって、幼げなところもあるが仲良くやっていけそうな気がする。少なくともジョンを慕い敬う気持ちは同じだと分かった。

 

「ありがとうございます。シズ先輩」

 

「………む、先輩――うん、先輩と呼ぶ事を許す。カルバイン様が偉大な御方だと知る者には慈悲を与えるべき」

「はい!シズ先輩。大使閣下が偉大な御方だと言う事は十分に知っています!」

 

ネイアが答えると、二人はしばらく見つめ合う。

 

最初に動いたのはシズだった。すっと右手を出してきた。ネイアは迷いもなく、その手を取る。

まるで何か歯車がかみ合ったように、同じ神を崇拝する者同士として分かり合えた確信があった。

 

「………それにしても話が合う。ネイアは人間としては見所がある」

「大使閣下が素晴らしい御方であるのは疑いようもありません。……ところでシズ先輩もワーウルフなんでしょうか?」

 

「………私はワーウルフじゃない」

 

ネイアはそうなんですね。と頷いて、それじゃルプスレギナとは義理の姉妹なのかな?と考えつつ、ふむふむという態度で頷いているシズを見ていた。

 

「………本当はネイアがどうなろうと知った事ではないと思っていたけど、無事にこの国へ戻す。約束する」

「ありがとう」

 

素直に感謝する。シズの実力は分からないけれど、そう言ってくれる気持ちが嬉しかったのだ。

 

「………よし」先程からずっと平坦な口調で喋っていたシズが少し声の調子を変える。力を入れた感じだ。

「………可愛くはないけど、特別にあげる」

 

何かを取り出しつつ、ネイアの隣まで来る。そして、ネイアの額にペタリと何かを貼り付けた。

「え!?何これ!何なのこれ!」

得体のしれない行動に慌てて剥がそうとするが、貼り付いた何かは剥がれない。ぴったりくっついて剥がれない。非常に怖い。そして、恐怖耐性の装備も無いのだ。

 

「何なの!え!ちょっと!怖い!」

「………大丈夫。痛いものや怖いものではない。これ」

 

シズが見せてくれた物には数字の1に何か奇怪な文様が1つ描かれている。恐ろしく光沢のある紙で、額のそれもツルツルしている。符術と言うものを聞いた事があるが、ひょっとしてそういった魔術触媒だろうか。いずれにしても何でもない物をこんな風に渡してくる筈がないので、マジックアイテムだろう。だからこそネイアはぞっとする。これ一生剥がれないんじゃないだろうか。

 

「なんで額に張るのぉ!!もっと別のところでもいいじゃないぃ!!」

「………む、妹っぽい」

「え?」他にも姉妹がいるのか。いや、それ以上に今は重要な事がある。「そんな事より剥がしてよ。せめて服とか別のところに貼り付けて!」

 

「………仕方ない」

 

シズが何か小瓶を取り出し、それを額に垂らしてくれた。すると先程までの密着ぶりが嘘のようにペロリと剥がれる。取って確認すれば、確かに先程シズが見せてくれたのと同じ物だ。

 

「………シール。目立つところに貼る事」

 

貼る事は確定らしい。シズの気持ちを無下には出来ないが、目立つところ……額は、ヤダなぁ。

 

「はい……頑張ります」

「………ん、がんばれ。後輩」

 

 

/*/ ナザリック地下大墳墓 第九階層

 

 

久しぶりに戻った第九層の自室。その主寝室のベッドの上でジョンは暇を持て余してゴロゴロしていた。

(うーん、久しぶりだけど広過ぎて持て余す)

カルバイン番のメイドも部屋の外に出して、一人の時間を過ごそうとしていたが3分で飽きた。もう夜時間だが暇すぎて眼が冴えて眠れそうにない。

 

《モモンガさーーん。ひまー。眠れないっすよー》

 

暇に耐え切れず〈伝言(メッセージ)〉をモモンガに飛ばす。

 

《本でも読んでりゃいいでしょう》

《昼間読んでましたー》

《じゃあ寝ろ》

 

寝ろと冷たいモモンガに枕が無くて眠れないと訴える。

 

《枕なんてその辺にあるでしょう》

《分かってないなぁ。〈抱き枕(ルプスレギナ)〉がいないって言ってるんだよぉ》

 

接続が切れてる感じがして、もう一度〈伝言(メッセージ)〉を飛ばす。

 

《腕枕してお腹に手をまわして、お互いの体温を感じながら……って、聞いてます?》

《俺はまだ仕事してるんで》

《ブラック過ぎんだろ。……よし、食堂に集合な。酒飲もう!》

 

素の耐久力が高くてアルコール程度では酔わないのだが、味を楽しむ事は出来る。

 

《仕方ないですね。まあ、偶には良いでしょう》

《リアルでは望んでも喰えない美味いもの用意して待ってるぜ!》

《ほう。なんでしょう?楽しみにしてますよ》

 

伝言(メッセージ)〉が切れると良しっと立ち上がって、寝室の扉を開ける。

声の届くところに立っていたカルバイン番のメイド――シクススに一声掛けて食堂へ向かう。

 

 

豪華絢爛な第九層をシクススを引き連れて食堂へ歩く。

 

 

人間の時の感性のままであったら、ルプスレギナの留守中に一般メイドなどに手を出していたかもなーと容姿端麗で巨乳なシクススを見ながら思う。猿も狼も群れを作るが、狼の場合はボスと交配するのは序列1位の雌であり、それがいなくなった時に他の雌に手を出すらしい。その為だろうか。ルプスレギナと結ばれてから他の女性に欲情しなくなった気がする。

 

精神が身体に引っ張られるって本当だなーと何度目かの確認をしていると、メイドたちの食堂に到着する。

 

会社や学校の食堂をイメージして作られており、レストランという感じではない。

完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)〉を使って潜入したりしていたが、こっそりにしては食べ過ぎだとアルベドに怒られてからは、きちんと姿を見せて利用している。

 

夕食にはもう時間が遅いが、シフト制で働いているので一般メイドたちの姿もあり、にぎやかだ。

 

それでも、ジョンが食堂に入った瞬間、先程まであった和やかな雰囲気が一片した。楽し気な声が消え、食事をする時の生活感のある音が消え、足音すらも消えて、食堂とは思えないほど空気が張り詰める。

 

「――大丈夫だ。そのまま食事もおしゃべりも再開してくれ」

 

広い食堂に音が戻ってくる。それでも、食事の音は戻ってきたが、おしゃべりの声はだいぶ少ない。何度も出入りし、一緒に食事をして、一般メイドたちとの距離も近くなってきたとは思っているが、やはりまだまだ空気になるのは無理なようだ。

 

席を決める前に厨房へ向かう。

 

その前に厨房から出てくる者がいる。

巨大な肉切り包丁を腰に下げ、巨大な中華鍋を背負っており、締まりのない上半身は裸だ。そこは大きく「新鮮な肉!!」と入れ墨が彫り込まれている。金で出来たチェーンが首にかかっており、手には以前ジョンが贈った包丁が握られていた。

顔立ちはオークに似ているが、より野獣的な近親種のオークスだ。

 

頭には純白のシェフ帽。腰には純白のエプロン。

 

彼こそが食堂の領域守護者にして料理長――シホウツ・トキツだ。

 

シホウツ・トキツは機敏な動きでジョンの下まで駆け寄ると片膝をついた。

「カルバイン様!ようこそこちらにおいで下さいました!」

「うん。シホ立って良いぞ。……今日はモモンガさんと食堂で少し飲もうと思ってな」

「はッ!お任せ下さい!」

シホウツが獣面にニッと男くさい笑みを浮かべる。その笑みはモモンガであれば種族差で良く分からなかっただろうが、ワーウルフであるジョンには良く分かった。笑みは良く分かったが、それ以外も分かってるぞとジョンは身構える。

 

「この私が――至高の御方々に相応しい御料理をご用意いたします!」

 

バッと勢いを付けてシホウツ・トキツは立ち上がると、厨房に向けて声を張り上げた。

「これより我等は死地に入る!至高の御方々に相応しい料理!一週間かけても終わる事のない食の宴を始めるぞ!」

おお!とこちらの様子を窺っているメイドたちから感嘆の声が上がる。

 

「おい、待て」

「ははぁ!」

 

シホウツ・トキツが再びジョンへ振り返ると片膝をついた。

俺はやるぜ!俺はやるぜ!という気迫が炎となって立ち上がっている幻影が見えるようだ。

 

「少し……そうだな。1~2時間くらい飲むだけだ。お前に頼みたい料理も決まっている」

「ははぁ!畏まりました。して、何の料理でしょうか?」

 

その言葉にジョンは狼顔にニッと笑みを浮かべる。

 

「リアルでは食べる事すら許されなかったメニュー。鳥刺しを日本酒で貰いたい……出来るか?」

「鳥刺しでございますか……勿論、お出しできますが……」

 

リアルでは適した食材が用意できない事も勿論だが、カンピロバクター食中毒の危険が高く鶏肉を生食するのは危険とされていた。

 

カンピロバクター食中毒は感染してから数週間後に、後遺症としてギラン・バレー症候群を発症する事があり、これが危険度が高かった。ギラン・バレー症候群は、軽度の手足の痺れからはじまり、徐々に上方に麻痺が見られ歩行困難となる。その他、顔面神経麻痺、複視、えん下障害や、重度なものでは呼吸困難がみられ、安全性の観点から独自の取り扱い基準のある一部の地域を除いて食べられなかったのだ。

 

しかし、ここは異世界!

 

そして高レベルの身体があれば、たとえカンピロバクターなどの菌があっても加熱処理で死滅する程度のレベル。

レベル差で負ける筈もない――つまり食しても安全!安心! 一般メイドとはレベルが違うのだよ。

 

ジョンの説明を聞き、シホウツ・トキツの炎が再び燃え上がる。

 

「では、先日カルバイン様が仕留められましたラッパスレア山の三大支配者の1つ、ポイニクス・ロードは如何でしょうか?」

「うん。よろしく頼むよ」

「ははぁ!では、さっそく!」

 

背中を見せて去っていくシホウツ・トキツを見送り、ジョンは食堂にいる全員に声が届くように少しだけ大きな声を出した。

 

「皆、騒がしくして済まなかったな。さっきも言ったが、1~2時間くらい普段のお前たちを眺めながらモモンガさんと飲みたいと思う。普段通りにおしゃべりをしながら食事をしてくれると嬉しい」

 

自分とモモンガの会話を一般メイドたちは聞きたいだろうと、あえて食堂中央付近に席を決め、ジョンはシクススが持ってきてくれた珈琲を飲みながら、モモンガの到着を待つのだった。

 

 



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