二度手間っていうなっ! (祐弘千尋)
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1.始まりっていうなっ!

初投稿です。ちなみにまだデュエルはしません。
タイトルの意味が分かるのも次回だったりします。


 ここに古ぼけた“いかにも”なアラビア風のランプがある。これは掘り出し物を求めてフリーマーケットをぶらぶらしていたところ、春先ということで花粉症なのかマスクとサングラスをつけていた人から、

 

「お兄さん、安くしとくよ」

 

 といわれ、面白半分で買ってしまったのだ。

…300円だったので特に問題がある訳でもないが。

 

 さて、この“いかにも”なランプ、買ったは良いがこのご時世に光源が不足している訳でもなく、しかも少し汚れている。置物にするにも微妙ということもあっ て捨てるかどうか悩んでいるのだが、一度ぐらい使おうと思い、とりあえず汚れを落とすことにした。ひとまずは眼鏡拭きでこするとするか…

 

 キュッキュッキューっとな

 

 するとどうだろう、ランプの先から紫色の煙がもくもくと…

 もくもくと…

 もくもくと…

 

 …これは窓を開けるべきなのだろうか、空気より重いようだから煙が床に溜まっていくのが不安を煽る。喫煙禁止の学生アパートなので、窓を開けたらそれはそれで怒られる気がする。ひとまず袋に入れよう、そして明日捨てよう。

 

『お待ちくだされ、もうすぐ出られますので』

 

 何か聞こえた気がするが、隣室や上下階の音が漏れることなんてよくある話だ。友人同士で盛り上がっていたり、恋人を連れ込んでお盛んだったり、毎夜のように安眠を妨害してくれる。

 

 軽く気分が滅入ってきたが、袋だったな。台所の棚からゴミ袋を取ってこないと、いい加減に煙が鬱陶しい。香りは嫌いじゃないが、見た目が毒々しい。

 

『よっ、ほっ、お待たせいたしました』

 

 袋を持って戻ってきた俺が見たのは、

 奇妙な帽子と棒を持ち、胡散臭い笑みを浮かべた筋肉がむきむきなヒゲの男だった。

 ただし皮膚は紫色で下半身は煙なうえ、ランプとつながっているらしい。

 

「えっと…どちら様?」

 

『どうもはじめまして、某、こういうものです。どうぞよろしく』

 

 そういって名刺?を差し出す紫男。

 

「あ、これはどうもご丁寧に」

 

 思わず正座をして両手で受け取ってしまった。

 ひとまず名刺に軽く目を通して…

 

[どんな願いもお任せあれ! 魔人派遣のジーニー社]

[魔法部ランプ課 シハーブ=サイード=バーキル]

 

 よし、見なかったことにしよう。

 

『それではご主人様、願いをおっしゃって下さい。某が叶えてさしあげましょう』

 

「いえ、間に合っているので、お引き取りください」

 

 新聞屋しかり、宗教団体しかり、こういう手合いはさっさとお帰り願いたい。更に言うならば可愛い女の子に言われるならまだしも、紫肌の男にご主人様と言われて喜ぶ趣味はない。

 

『そんなご無体な!生まれてただの一度もお呼びいただけず、ようやく呼び出していただけたというのに!』

 

 悲壮な表情を浮かべて嘆く紫男。このまま放置するのも面倒な気配がぷんぷんするし、簡単な願いを言って帰ってもらおう。だがその前に確認すべきことがある。

 

「もし願いを叶えていただくとして、対価などは必要なのでしょうか?」

 

『いえ、そういったものは必要ありません。魔人はご主人様に絶対服従ですので、好きなだけ願いをおっしゃっていただいても結構です』

 

 よし、言質は取った。ちなみにボイスレコーダーを起動してある。人外…自称魔人らしい…相手にこういうものが有効かどうかは不明だが、保険はあるにこしたことはない。

 

「えっと…それじゃあお部屋の模様替えの力仕事をお願いします」

 

『申し訳ございません。某は実体を持っておりませんので、物に触れることはできないのでございます』

 

 その弾けんばかりの筋肉はなんのための筋肉なのだろうか。さっき名刺渡された気がするんだが、アレは例外なのかもしれない。ひとまず、一つ確認を取ることにした。

 

「何が出来るんですか?」

 

 もう少しオブラートに包めばよかったかもしれない。紫男がうなだれてしまった。心無しか空気も重くなってしまった。

 

『某は下位の魔人ですので魔力も強くなく、かといって知識も豊富という訳ではございません。せいぜいお話相手になる程度でしょうか』

 

 それなら何故最初に願いを叶える等と豪語したのか聞きたくなったが、きっと様式美なのだろう。オカルト相手に深く考えてはいけない。

 

「魔法とかあるんですねぇ。出来るなら魔法を使ったり魔物を召喚したりしたいもんですよ。ハハハ…」

 

 乾いた笑いしか出せなかったが、紫男の表情が突如輝きに満ちあふれだした。なんだというんだ気持ち悪い。

 

『魔法を!使いたいのでございますね!』

 

 ずずいっと寄ってくる紫男。とりあえず近すぎるので離れて欲しい。香木の匂いが強すぎて鼻が曲がりそうだ。

 

『承知いたしました!その願い、叶えてさしあげます!』

 

 どうやら魔法を教えてくれるらしい。最近の科学も大概魔法のようなことができるが黙っておこう。上機嫌になってはやく帰ってくれると嬉しい。

 

『それでは早速、§☆£‰⁂†』

 

 なにやら呪文を唱え始める紫男。全く聞き取れないし、選択肢を失敗したような気がする。動いて大惨事というのも嫌だし、大人しくしておこう。しかし急すぎやしないだろうか。

 

『ハァッ!』

 

 すると辺りの景色が歪み、目の前が暗くなってきた。

 

「まて、煙の中に倒れ込んだら窒息する気が…」

 

 その呟きを最後に、俺は意識を手放した。

 

_____

 

「知らない天井…でもないな」

 

 知らない天井どころか自室の天井であるため、当然といえば当然の発言をしてしまった。おかしな夢をみたと思いつつも、ひとまず起きてそこで違和感に気付く。

 

 確かに自室なのだ。だが俺は今大学生でアパートに下宿して生活している。何が言いたいかというと、実家の自室だったのである。

 

「葵ー、いつまで寝てるのー?」

 

 台所方面から母の声がする。早急に起きてリビングに行かねばなるまい。もしかしたら大学に合格してからが全て夢である可能性も捨てきれない。少なくとも実家では母は絶対であるので、ここで惰眠を貪ってお叱りを受けるのは嫌だ。

 

「おはよう」

 

 挨拶というのは大切だ。それを言わなかったがために、朝ご飯がなくなることもあるぐらい大切だ。何度でも言おう、我が家では母は絶対である。

 

「はい、おはよう。そうだ、葵宛に封筒が届いてたわよ」

 

 席に着くと母から青いA4封筒を渡された。しかも中が詰まっているのか、結構重たい。中身が気にはなるものの、ひとまず横において先に朝食を食べてしまうことにした。

 

「いただきます」

 

 挨拶というのは…えっ、もういい?…今俺はどこから電波を受信したのであろうか。もっとも実家にいると近所の子どもの声が聞こえることが多いので、あまり気にしていないのだが。

 

「ごちそうさまでした」

 

 食器を台所に運び、封筒を持って自室に戻る。

 部屋を出る時には気付かなかったが、アタッシュケースが机の上に置いてあった。実は正しい発音だとアタッシェケースなのだが、一般的にアタッシュケースと呼ばれるのでアタッシュケースということにする。

 

 それよりも今は封筒の中身を確認しなければ。光に透かしても中身はわからない。あれこれ眺めていると、裏面に送り主が書いてあった。

 

[デュエルアカデミア]

 

 思わず二度見してしまった。どうやら本気で[デュエルアカデミア]と呼ばれる場所から届いたらしい。俺の記憶ではアニメに登場する架空の教育機関であるはずなのだが、そんなところから一体何が届いたというのだろう。

 

 …受験票だった。写真が貼ってあり、試験日程と試験会場も書いてある。

 試験会場は童実野町ですか、そうですか。他にも入っていた学園案内等でなんとなく状況は把握したが、とりあえず極力見ないようにしていたランプに聞くとするか。

 

 キュッキュッキューっとな

 

 するとランプの先から紫色の煙が…って実家で煙を出したらまずいじゃないか。と思ったが、煙が垂れ流しになることはなく、すぐさま魔人の形を取った。

 

『おはようございます。ご主人様』

 

 見た目が紫肌のヒゲ男…確か名前はシハーブ…にご主人様と呼ばれるのはなんとも嫌な気分だが、それよりも確認すべきことがある。

 

「俺の思っていたのと何か状況が違う気がするんだが、これはどういうことだ」

 

 初対面のときこそ遠慮して丁寧な口調だったが、最早遠慮なんてしない。確かに願いはいったが、これではある意味誘拐だ。…自宅に誘拐されるというのも変な話だが。

 

『何をおっしゃいます。ご主人様が魔法を使いたいとおっしゃったので、魔法の使える世界にお連れしたのですよ』

 

「いや、“遊戯王”の世界でどう魔法を使えって言うんだよ」

 

 そうなのである。デュエルアカデミアが実在する。しかも学園案内には海馬コーポレーションや、インダストリアル・イリュージョン社との関わりにも触れられている。

 

 悪戯と考えることも出来たが、今もリビングのテレビから聞こえる社長の高笑いや新聞の番組欄にある[プロデュエル中継]など、悪戯にしては手が込みすぎている。

 

『それはですな、デュエルディスクをアタッシュケースから取ってみてくださいませ』

 

 アタッシュケースの中身はデュエルディスクだったらしい。それを装着し、セットされていたデッキから《レッドポーション》を取り出した。しかしこのデッキ、最初期のカードしか入っていないんだが。

 

『それでは、それをデュエルディスクにセットして発動してくださいませ』

 

 …それはもしかしてサイコデュエリストのアレなんだろうか。たしかにディバインとかは《サイコソード》を自分に装備とかしてたけどさ。確かに遊戯王は “魔法”をつかったり“魔物を召喚”して戦うんだが、それを実体化させて相手にけしかけるわけじゃないからね?精霊界とかはそれをやってたけどさ…

 

「…魔法カード《レッドポーション》発動」

 

 すると手元にイラストそのままの真っ赤な液体の入ったガラス瓶が現れた。とりあえず飲んでみたが、さっぱりした味で意外に美味しい。LPが回復したのかどうかは定かではないが、心無しか身体が軽くなった気がする。飲み終わった後の瓶は、いつの間にか消えていた。

 

『はい、無事に成功したようですね』

 

 だがしかし、俺は魔法を使いたいと言ったが、決して遊戯王の世界や5年程度とはいえ時間逆行なんて希望した覚えはない。むしろ魔法と召喚で遊戯王にこじつけるのは、いくらなんでも無理矢理すぎるだろう。確かにOCGは友人とそこそこ遊んだりはしていたが、決してガチという程ではない。「ガチは大会だけでいいよ」という集団だったしな。

 

『さて、それでは少々お話いたしますと…』

 

 シハーブの言い方がやたら回りくどい上に仰々しかったので要約すると、

 

・ 魔法を使えるようにするために、創作物を基とした下位世界に降りた。

・ この世界の“代田葵”に成り代わる形になった。

・ 俺は上位世界の生物であるため、余剰分の力がカードに還元された。

・ 還元された力を行使することで、サイコデュエリストまがいのことができるようになった。

 

 ということだそうだ。しかし、どうしたものか…

 この世界の“代田葵”に成り代わったということで、性格などの違和感がでるのでは、と考えたがそれはほぼないらしい。元の世界に戻れないといっても両親はいるし、確認した所友人達も変わりなく過ごしているようだ。とはいえ高校や大学でできた友人とは出会っていない状態なので、こちらに関しては諦めた方が賢明だろう。

 

 

 それはともかくとしてサイコデュエリストになったところで、力の使い道がほとんど思い浮かばないんだが…堂々と能力を使う訳にもいかないしな。《モウヤンのカレー》でも食べていれば良いだろうのか?これの使い道も考えてみるか。

 

 本当にどうしたものかね。カードは一応全種類あるといっていたからデッキは好きなように編集できるし、のんびり考えてみるか。

 




ということで説明回でした。
デュエルは次回からです。


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2.お受験っていうなっ!

初めてのデュエル描写です。



 やってきました童実野町、待っていろデュエルアカデミア!

 

 あの後、デュエルアカデミアを受験するかどうか考えてみたが、やはりこの世界ではデュエルが強ければ有利な点が多々あるようだった。そりゃデュエルで世界が回ってるもんな。そうと決まれば、わざわざ受験料を無駄にする必要はない。

 

 しかし未だにこの世界に落とされたのは解せない。確かに“魔法を使ったり、魔物を召喚する”けど、それで“遊戯王”というのは何か違うだろう…その辺りについてはカードリストを確認していて知ったことだが、シハーブは《ランプの魔人》というカードの精霊らしく、ランプの中を見せてもらうとそのカードが入っていた。きっとそれが関連しているのだろう。

 

 そもそも何故精霊のカードがあっちの世界に流れてきていたのかは分からないが、恐らくこれからも分かることはないのであろう。それに興味もない。

 

 それと、山積みのアタッシュケースにはまさに“全て”のカードが入っていた。三幻神や社長の嫁や三幻魔、トゥーンやナンバーズもおかまい無しに入っていたので、それらはもちろん自重して、シンクロやエクシーズも世界の法則が捻曲がる気がするので同様に自重することにした。原作効果のカードとOCG効果のカードの両方がリストにあったが、それは適当に使い分けて行くとしよう。

 

 とりあえずはあっちでも使っていたお気に入りの奴らを適当に使って頑張ってみることにしよう。アニメでは5D'sの回想シーンでしか出てこないとはいえ、この時代ならちょうどいいはずだしな。

 

—————

 

 初めて来た場所なので受験会場が分からないかもしれないと思ったのだが、そんなことはなかった。何故なら大量の受験生が会場目指して歩いており、それについていけばどうやっても迷いようがないのだ。

 

 受験会場に到着し、受験票を見せて筆記試験会場に移動する。筆記試験に合格しない限り実技試験を受けることも出来ないはずなんだが…確か実技は100番台が1組目だったか?この会場だけでどう見ても500人近くいるんだが…倍率が気になる所だ。

 

 さて、問題を見てみよう。

 

 …第一問

 《青眼の白龍》の種族、属性、攻撃力、守備力、攻撃名を答えよ。*この問題に答えられなければ即不合格とする。

 

 …どうやら社長が不合格者量産の原因だったようだ。社長しか持ってないカードなんだから、ステータスの全てを知らない人もいるだろう。何せこの世界には何故か遊戯王Wikiのようなものはないので、知っているカードは見たことのあるカードか噂で聞いたカードという程度である。尤も、社長の嫁は決闘者王国やバトルシティの再放送も時々やっているのでかなり有名ではあるのだが…でも攻撃名って個人個人で違うんじゃなかったか?まぁいいけど。

 

—————

 

 問題は一問一点の100点満点だったようで、一応回答欄は全て埋めはした。筆記試験の合格発表は一時間後に掲示するとのこと。いや、早過ぎるだろう。採点員はどれだけ優秀なんだ。それとも機械で読み取りなのか?記述式なのに?

 

 …などと考えている間に、採点が終わったらしい。予定より15分早いなんて、KC社の仕事っぷりは尋常じゃないな。

 

 張り出された結果を見ると…7位か。思いのほか上位に食い込んだようなので、実技も妥当にいけばラーイエローかな?オシリスレッドだと複数人で一部屋みたいだから、ラーイエローのほうが嬉しいんだけど。ラッキーセブンだなんて縁起もいいし、なんとなく嬉しい。

 

 そして名前も張り出されるおかげで分かったのだが、時間軸は遊戯王GXで間違いないようだ。1番に三沢大地、110番に遊城十代、119番に丸藤翔を発見した。アニメは一応見ていたし、なんとなく話の筋道は覚えている。これは中々愉快な学生生活を送れそうだ。

 

 さて、ホテルに戻ってデッキ調整かな。

 

—————

 

 今日は実技試験だが…会場の海馬ランドは目立つため非常に分かりやすい。しかも道行く人に聞いたとしても全員知っている場所だから、迷う隙がない。迷ったら困るんだが。

 

 受付を済ませてデュエルを観戦しているんだが…《天空の聖域》をフィールドで使っているのに、天使族が召喚される様子が全くないという状況はどういうことなんだ。あ、受験生が負けた。114番はリタイアっと。

 

 そうこう待っている内に俺の番だな。負けるつもりはないが少し緊張してきた。ちなみにシハーブは、鞄の中で待機してもらっている。そもそもデッキに入れるようなカードでもないため、ランプのなかに置きっ放しというのが正しいが。

 

「受験番号7番、代田葵です。よろしくお願いします」

 

「「決闘<デュエル>!」」

 

葵LP4000

試験官LP4000

 

「先攻は受験生である君に譲ろう」

 

 試験だからって随分優しいな。それにしてもやっぱり先攻後攻は言ったもの勝ちだったのか。これからは積極的にならないといけないのだろうか。

 

「ありがとうございます。ドロー、俺は《デュアル・サモナー》を攻撃表示で召喚!カードを一枚伏せてターンを終了」

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

「私のターン、ドロー。私は《怒れる類人猿》を攻撃表示で召喚!」

 

《怒れる類人猿》ATK/2000

 

 でた、下級1900ラインの敵!下級の刺し合いだとほぼデメリット無しモンスター!

 

「バトルだ。《怒れる類人猿》で《デュアル・サモナー》を攻撃!バーサークナックル!」

 

 向かい合う召喚師と猿。猿の先制攻撃で吹き飛んで倒れ伏す召喚師。ドラミングを始める猿。…なんか青い奴らに笑われている気がする。俺も少し笑った。それにしても攻撃名は言わなきゃいけないんだな。どうしよう、何も考えてなかった。

 

「《デュアル・サモナー》は一ターンに一度、戦闘によって破壊されません」

 

「だがダメージは受けてもらおう」

 

《怒れる類人猿》ATK/2000

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

葵LP4000→3500

 

「ふむ。私はこのままターンを終了する」

 

 伏せカードは無しか。手札に伏せるカードがないのか、それとも入試デュエルだから手を抜いるのだろうか。どちらにせよこっちとしては都合がいいので、気にしないでおこう。

 

「エンドフェイズ時に《デュアル・サモナー》の効果発動!ライフを500ポイント払って、《デュアル・サモナー》をリリ…生け贄に、手札からデュアルモンスター《ヘルカイザー・ドラゴン》をアドバ…生け贄召喚!」

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK2400

 

葵LP3500→3000

 

 マスタールールに慣れていたのでついつい用語を間違えそうになるが、この時代ではまだ生け贄召喚なのだ。そうこう思っている間にサモナーが消えて、その奇抜な格好の基となったであろう雄大なドラゴンが現れた。ドラゴンのままだと格好いいのに、コスプレにすると残念だよなぁ…

 

「俺のターン、ドロー。《ヘルカイザー・ドラゴン》を再度召喚!」

 

 召喚の魔力を注がれた《ヘルカイザー・ドラゴン》が光り輝き、その雄々しさに磨きがかかる。…それにしても、さっきから上に居る青い制服の人の目線が超痛いんだけど。興味ないフリしてちらちら見てるのバレバレだから。もしかしてアレがカイザーか?

 

「わざわざ召喚権を消費するなど、二度手間でしか「うっさい!二度手間言うな!」すまない…」

 

 おっと、ついカッとなって試験官に暴言をはいてしまった。だがな、通常モンスターとして扱われるってのは便利なんだぞ!

 

「更にリバースカードオープン。罠カード《デュアル・ブースター》を発動!このカードを装備し、《ヘルカイザー・ドラゴン》の攻撃力が700上昇します」

 

 フィールドに発電機のようなものが現れ、《ヘルカイザー・ドラゴン》に力を供給する。OCGでは《スーペルヴィス》の陰に隠れてしまったカードなので、対戦で使われたのをみたことがない。自分も相手もこいつをわざわざ破壊するような状況は見当たらないし、二つ目の効果とか使うことはほとんどないだろう。

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2400→3100

 

「攻撃力が3000を超えただと!」

 

 いや、そんなに驚くことじゃない気がするのは俺だけだろうか?上級モンスターで装備魔法使ってようやく3000を上回ったってだけなのだが。だからカイザー(仮)はそんなに目を輝かせるな。隣の人…多分明日香さん…が引いてるから。

 

「《ヘルカイザー・ドラゴン》で《怒れる類人猿》を攻撃!カイザーバースト!」

 

 《ヘルカイザー・ドラゴン》の口からの光線で消し飛ぶ猿。そして天高く咆哮する《ヘルカイザー・ドラゴン》。ふと気になったのだが、こいつ実体化してないよな? そんなことしてたら会場が大惨事になってしまうのだが…

 

「くっ」

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/3100

《怒れる類人猿》ATK/2000

 

試験官LP4000→2900

 

「さらに、再度召喚された《ヘルカイザー・ドラゴン》は、1度のバトルフェイズ中に2回攻撃する事ができる!」

 

「なんだと!」

 

 いちいちリアクションの大きい人だな…まぁこっちもテンションが上がってきたから、人のことは言えないんだけどね。ソリッドヴィジョンを使ったデュエルはなかなか新鮮で楽しいなぁ。…ソリッドヴィジョンだよな? ここで試験官が消し炭になったりしたら笑えんぞ。

 

「《ヘルカイザー・ドラゴン》で直接攻撃<ダイレクトアタック>!カイザーバースト、第二打ァ!」

 

「うわあぁ!」

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/3100

 

試験官LP2900→0

 

—————

 

 ふぅ、上手くいった。そして試験官が消し炭にならなくてよかった。どうやら実体化させようと思って召喚しなければ、実体化はしないらしい。それなら安心してデュエルできるな。

 

「ありがとうございました」

 

「お疲れさま。観客席に戻ってよろしい」

 

 1ショットキルを成功させたためか、観客席はざわついている。なんといっても初期ライフ4000って一瞬で溶けるからなぁ。それこそリクルーターでも、三回直接攻撃すれば終わってしまう。8000でも大差ないと言ってしまえばそこまでだが、やはり4000は少ない。

 

 ひとまず観戦にもどるとしよう。三沢のデュエルがちょうど終わったところか。しかし試験官の使っていた【超防御デッキ】ってどうやって勝つつもりなのか…《ウェポン・チェンジ》でも使うのか?

 

『むむ、精霊の気配を感じますぞ』

 

 ランプをこすってもいないのにシハーブが出てきた。というかお前精霊の気配とか分かるんだな。ついでに周りの人たちは…どうやらシハーブが見えてる人はいなさそう。シハーブの目線の先を追うと水色髪の少年とメッシュの入った茶髪の少年が話している所だった。

 

「多分、あれが遊城十代ってことだろ。ちょうど今来たみたいだしな」

 

『ほうほう、あれが主人公というわけですな。某、年甲斐もなくワクワクしてきました』

 

 朗らかに笑っている所悪いが、シハーブの見た目でワクワクされても気味が悪い。とりあえずあっちの“主人公の愉快な仲間たち”と合流して、主人公の記念すべき初デュエルを一緒に観戦するか。

 

「こんにちわ、筆記1位の三沢大地くん。隣いいかな?」

 

「そういう君は、さっき1ショットキルを成功させた受験番号7番くんだね。隣は空席だから座るのは構わないよ」

 

「なんだ、見ていたのか。俺は代田葵。葵で構わない。それじゃ遠慮なく座らせてもらおう」

 

 つつがなく挨拶も終わり、十代とクロノス教諭のデュエルを観戦する。翔?そういえば居たみたいだけど、食い入るように十代の様子を見ているから俺に気付いているかどうかも怪しい。

 

—————

 

「ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ!先生!」

 

 三沢と意見交換しながら十代のデュエルを見ていたのだが、アニメと同じく使用デッキは【E・HERO】で、精霊も《ハネクリボー》だったので安心した。

 

 しかし派手なデュエルだった。俺のときはフィールド魔法とか使わなかったし、あんな派手なエフェクトもほとんど出なかった分、より興奮するというものだ。…周りの興奮は十代がクロノス教諭を倒したことによるものばかりだが、アニメで知っていたのとは別にしても、あちらでは8000のライフが一瞬で溶けるなんてよくあることだったので、あまり驚いていない。

 

 そういえばこの世界の人々はカード知識が随分ちぐはぐな気がする。解説していた三沢は筆記一位だし、やっぱり知っている人は知っているものなのだろうか…そのわりには先生が知らないというのが解せない。

 

 まぁいいや。お腹も空いたし、帰るとするか。

 




初回はハデなぐらいがちょうどいいかな、と思いワンショットキルする方向に。筆者はデュアルの中では《マジック・スライム》が一番のお気に入りです。専用構築をするぐらいにはお気に入りなので、《マジック・スライム》が輝けるように精進したいですね。

基本的に原作のデュエルシーンはカットしていく方針です。
それにしてもカードの詳細な効果とかを出すべきかが悩みますね…
要望が有ったら追加していくぐらいのスタンスで良いんでしょうか?


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3.アンティっていうなっ!

感想、評価ありがとうございます。
ご期待に添えるよう頑張ります!


 あの後合格通知と共にラーイエローの制服が郵送され、無事に合格したことがわかった。というよりも、アレで合格出来ていなかったらおかしいと思う。

 

 さてKC社のヘリに乗ってデュエルアカデミアにやってきたのだが、早くも逃げたくなってきた。何故ならこの島には活火山があるのだ。何かの拍子に噴火した日には、アカデミアは全滅だろう。何て恐ろしい島なんだ…!

 

 入学式も滞りなく終わり、夜には歓迎会も行われるそうだ。ラーイエローならご飯にめざしと味噌汁ついでに沢庵、なんてことにはならないだろうから、中々楽しみである。

 

『むむ、精霊の気配』

 

 そう言ってシハーブが振り向いた先を見てみると、十代が翔や三沢と何か話しているところだった。おや、十代がこちらをみて変な顔をしている。

 

『見つかってしまったようですな』

 

 やっぱりお前のせいか。まぁちょうどいい、この際だし知り合いになっておくか。トラブルにも巻き込まれそうだが、主人公がいるなら多少のトラブルならなんとかなるだろう。

 

「よう三沢、この間ぶり。それで君は、クロノス教諭を倒したヒーロー君…だったかな?」

 

 あの入試デュエルで十代はすっかり有名人である。有名人といっても「クロノス教諭を倒した新入生がいるらしい。」という程度の噂ではあるが、少なくともあのデュエルを見ていた人の記憶には深く刻まれているようだ。

 

「おう! 俺は遊城十代。十代って呼んでくれ! っと、お前は?」

 

 快活な声と人懐っこそうな顔、悪い奴じゃないというのは分かるけど、一緒に喋ってたら疲れそうな感じがする。しかしこの時点ではまだギリギリ精霊は見えてないのだろうか?

 

「自己紹介が遅れてすまなかった。俺は代田葵。俺のことも葵で構わない」

 

『某は従者のシハーブと申します。以後お見知り置きを』

 

 まぁ、“従者”で間違ってはいないのだが、すごく違和感がある。ほとんどこいつの押し売りだし、やったこともこの世界に飛ばした以外は精霊の探知ぐらいしかしてないし。それと多分お前の自己紹介は聞こえていない。

 

「葵とシハーブだな! よろしく! …ってあれ?」

 

「十代君、シハーブって誰のこと?」

 

 どうやら声だけは聞こえていたようだ。ここは知らぬ存ぜぬを通した方がいいのだろうか。どうせ十代以外には見えも聞こえもしてないだろうし。

 

「ところで葵、さっきお前と一緒に誰かいなかったか? なんか紫色のおっさんみたいなのが一瞬見えたんだけど…」

 

 紫色のおっさんって言っちゃったよ、こいつやっぱり見えてるだろ。シハーブはおっさんって言われて少し落ち込んでいるようだ。どうみても若くはないんだから、「お兄さん」は諦めた方が良いだろう。

 

「紫色のおっさん…服の色ならまだしも、そんな肌の人間がいたら怖いだろう」

 

 とりあえずごまかす事にした。まぁはっきりと精霊が見えるようになったらすぐにバレるんだけど、大した事じゃないしな。

 

「そっかぁ、見間違いかなぁ…」

 

「何か良くわからないが、これから三年間よろしく。それじゃあ俺は寮で荷物を整理するとしよう」

 

「僕もこれで失敬するよ。そうそう、君たちの寮は向こうだよ」

 

 特に話題もないし、結局寮にいくことにした。三沢と話しているうちにデュエル理論やデュエル哲学の話になった。とはいえほぼ聞いた事が無かったので適当に相槌を打っていたのだが、興味があると思ったようで今度本を貸してくれるそうだ。

 

 暇つぶしにはなりそうだし、少し楽しみだ。

 

—————

 

 寮の自室で荷物を整理し終わり、歓迎会までは時間があるようだったので適当に校舎を散策することにした。さすがに授業の時に迷子になったら洒落にならない。今なら迷子になっても問題ない…しかしここはどこだ。

 

『ご主人様、ちょっとよろしいですかな?』

 

 シハーブはランプをこすってもいないというのに、しょっちゅう現れるようになったな。カードの精霊だとバレたからか?一応肩掛け鞄にランプはいれているし、本体もランプのなかに入れたままだから出てくること自体は不思議ではないのだが。

 

『あちらから人の声が聞こえるのでございます』

 

 たまには役に立つ、それがシハーブだ。シハーブが指差す先にあるのは決闘場のようだ。中に居るのが誰かはわからないが、迷子である可能性は低いだろう。

 これで歓迎会までに無事に寮へ帰れる可能性が高くなった。とりあえず中に居たブルー生徒の二人組に話しかけることにしよう。

 

「ちょっと質問なんだけど、ここはどこなのか教えてもらってもいいだろうか」

 

「ここはオベリスクブルー専用決闘場だ! ラーイエローごときが入っていい場所じゃない!」

 

 眼鏡をかけたブルー生徒にいきなり怒られてしまった。勝手に入った俺が悪いのだが、それにしても顔を見るなり怒鳴るのはいかがな物かと思う。非常にイライラしている彼を見る限り、ここはあの台詞をいう場面に違いない。

 

「…乳酸菌摂ってるぅ?」

 

「貴様ふざけているのか!」

 

 今のは完全に俺が悪かった。乳酸菌には高血圧を抑制する効果もあるのだが、そこまでメジャーな話でもない。イライラに効果があると一般的に知られているのはカルシウムだが、カルシウムが欠乏して神経伝達物質に影響がある頃には骨がボロボロだ。それをいかに説明したものか…

 

「まぁ落ち着いてくれ。キミは何やらイライラが収まらんみたいだし、もしかしたら食生活に乱れがあるのかと思ったんだ。確かにイライラに効果がある物としては、乳酸菌はマイナーかもしれない。しかし免疫力を高めてヒスタミンを「貴様は何の話をしている!?」何って、出会い頭に怒鳴る程イライラしているキミに、健康的な食生活ができるようにアドバイスをしようと思っただけなのだが…」

 

『ご主人様、論点がずれております。道を聞くのではなかったのですか?』

 

 うっかりと話がそれてしまった。あまり怒らせると、帰り道を聞くに聞けなくなってしまう。もうすでに手遅れな空気もただよっているが、ひとまず外に出れさせすればなんとか寮に帰れるはずだ。

 

「おーっ、すげー!」

 

「これ最新設備の決闘場だよ! 音響設備も体感システムもニューバージョンだ! いいなぁ、こんなところでデュエルやってみたいなぁ」

 

 そんなことを考えていると十代と翔がやってきた。顔見知りが来たなら話は早い。さっさと外に案内してもらって、歓迎会にいきたい。樺山教諭が寮長ならカレーパーティーの可能性も捨てきれないが、それはそれで楽しみだ。そんなことを考えながら二人に話しかけようとしたが、先ほどのブルー生徒たちに絡まれて身動きが取れないようだ。

 

「万丈目さん! こいつクロノス教諭に勝った110番ですよ!」

 

 どうやらこいつらは万丈目の取り巻きだったらしい。十代たちが来るってことはそういうことだとは分かっていたが、客席に目を向けていなかったこともあってまったく気がつかなかった。今まさに空気な俺がいうのもおかしな話だが。

 

「ビーコワイエット。諸君、はしゃぐな」

 

 しかし、この頃の万丈目は尖ってるなぁ…髪はそれ以降も尖り続けてるけど、性格の悪さが表情ににじみ出てる。これがおジャ万丈目になるのか…人間って変わるものだなぁ。それはそうとして、あの髪型はどうやってセットしているのだろう。

 

 そんなくだらないことを考えている間に、十代と万丈目の間で好戦的な雰囲気が漂い今にも二人がデュエルを始めかねないその時、

 

「あなたたち、何してるの。そろそろ寮で歓迎会が始まる時間よ」

 

 ちょうど俺の来た方向から明日香さんがやってきた。そして逃げるように帰っていく万丈目一行。それにしてももうそんな時間か、道理でお腹が空くわけだ。とりあえずそろそろ十代たちに話しかけないと、帰り道が分からないままである。

 

「十代、さっきぶりだな」

 

「葵! どうしてここに?」

 

「お散歩、のつもりだったんだけどね」

 

 流石に「迷子だからです」なんて言うのも恥ずかしいので適当にごまかす。元は散歩のようなものだから間違ってはいないはずだ。

 

「あら、あなた…入試デュエルで《ヘルカイザー・ドラゴン》を使ってたわよね」

 

「あぁ、代田葵だ。よろしく。…大はしゃぎだった人の隣にいなかったか?」

 

 隣に居たカイザーの影響もあって、俺の印象は《ヘルカイザー・ドラゴン》だけだったようである。確かにさっさと終わらせたから使ったカードも少ないけど、あまり嬉しくはない。会場がざわついたのは、“カイザー”と名のつくモンスターを使ったからだったのかもしれない。

 

「天上院明日香よ。明日香でいいわ。いつもの亮はあんな感じじゃないんだけどね…」

 

「いつもあんなにハイテンションだったら、それはそれで人生楽しそうだけどな」

 

 お互い苦笑いのままである。その後十代と翔もそれぞれ自己紹介だけ簡潔にすませ、そろそろ歓迎会ということもあり解散となった。外に出ても十代たちは普通に走っていたのだが、もしかしてレッド寮まで走ったのだろうか…その体力の一割でも分けて欲しいものだ。

 

—————

 

 無事に歓迎会に間に合い、樺山教諭の挨拶もそこそこになかなか豪勢な食事がふるまわれた。これでさえ胃にずっしりとくるのに、オベリスクブルーはこれ以上だというのだから驚きである。個人的にはもう少し質素な方が落ち着くのだが、それはこれからの食事に期待しよう。

 

 そして情報端末、通称PDAを確認すると、万丈目と一緒にいた眼鏡からアンティルールの決闘を申し込むといった内容のメールがあった。入学初日から面倒ごとに関わるのは正直勘弁願いたいのだが、降り掛かる火の粉は払わなければならないだろう。

 

 …ということで、さくっとアカデミアに通報しておいた。眼鏡くんの名前は分からなかったが、メールをそのまま転送したので問題ないだろう。

 

『ご主人様はやることがせせこましいですな?』

 

「やかましい。デュエルをしたら記録が残ってしまうんだし、それで勝っても負けても校則違反の現行犯で退学なんてこともあり得るんだぞ? しかもアンティでカードをもらおうにも、好きなカードを使えるから旨味が欠片程もない」

 

 おっと、同じく喧嘩を売られているであろう十代にも伝えてやらないと、あいつらまで捕まってしまうな。先ほどからPDAに電話をかけているがつながらないし…しかたない、メールだけうって寝るとするか。

 

—————

 

 翌日、PDAを確認すると新着メールが二件あった。

 一件は十代からであり、結局万丈目とデュエルをしたがそれが中途半端に終わったことが書いてあった。これはまぁいい、原作通りに進んだということなので何ら問題ない。問題はもう一つのメールだ。

 

 こちらはアカデミアからの通達で、アンティデュエル実行未遂で取巻太陽…昨日の眼鏡君の名前らしい…に対して今日の放課後に制裁デュエルを行う旨が書いてあり、その対戦相手として俺が指名されたということだった。

 

 …意味が分からない。制裁デュエルが行われるのはこの短期間でさっそく校則違反をしようとした見せしめという意味で理解できるが、問題はその対戦相手が俺である意味だ。普通に考えたらブルー生の制裁にイエロー生を使うのは逆ではなかろうか。

 

 名目としては「互いに遺恨を残さないため、解決策として制裁デュエルの相手を当事者である代田葵とする」とあったが、恐らくは「ブルーがイエローに負ける事などありえないので、イエロー生を当てて罰則を回避する」という目論みがあるのだろう。ついでに生徒なら経費もかからないという実情もあるかもしれない。

 

 眼鏡の処遇に関しては、俺が勝った場合は未遂であるため反省レポートを書き、眼鏡が勝った場合は未遂のためなかったことにするとの事だった。ちなみに俺が勝った場合は報酬としてドローパン引換券一ヶ月分を進呈するとメールの最後に書いてあった。

 

『ご主人様の負けた場合のペナルティはどうなっているのでしょうな?』

 

「俺はなにも違反をしてないし、十代みたいに目を付けられるような事した記憶も無い。ペナルティを与える理由がないだろ」

 

 そもそも入学一週間以内に…むしろ入学前から教師に目を付けられている十代がおかしいのだ。さて、放課後まで真面目に授業を受けてるかな。

 

—————

 

 そしてあっという間に放課後になってしまった。

 会場にのんびりやってくるとギャラリーが多いこと多いこと、少なくとも一学年ぐらいの人数はいそうだ。ざっと見た限りブルー生はニヤニヤとこちらを見下ろしており、イエロー生は真面目な顔をしてこちらを見ている。レッド生は…とりあえず楽しそうだ。

 

「せいぜい恥をさらすんだな!」

 

「いや、これキミの制裁だからな?」

 

「う、うるさい! それもこれも貴様が余計なことをしたせいだ!」

 

「これより、取巻くんの制裁デュエルを始めます。両者、準備が良ければ始めるように」

 

 どうやら立ち会いは樺山教諭のようだ。俺の寮長だからなのか、それとも暇な人が他に居なかったのか。もちろん問題が有る訳ではないので気にはしない。

 

「こっちは問題ない」

 

「ふん、いくぞ!」

 

「「決闘!」」

 

取巻LP4000

葵LP4000

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 この眼鏡こと取巻という男は、アニメではデュエルをしていた描写が無かったはずだ。むしろ名前さえ出てきた記憶がない。

 

「フィールド魔法《山》を発動!」

 

 …聞き間違いだろうかと思ったのだがもちろんそんなことはなく、最も短い名前のカードの一つが発動されて周囲を山が囲っていく。OCGではそこそこ弱体化をしているため、これは原作効果を期待せざるをえない。

 

「そして《グランド・ドラゴン》を攻撃表示だ!《山》の効果で攻守が200ポイントアップ!」

 

《グランド・ドラゴン》ATK/2000→2200

 

 原作効果では対応種族の攻守が1.3倍上昇する効果なのだが、攻撃力で考えた場合《一族の結束》の上昇量を超えるために元の攻撃力が2700以上必要である。それを考えるとちょっとアリかな、と期待していたのだが…残念だ。

 

「さらにカードを1枚伏せてターン終了だ!」

 

「俺のターン、ドロー」

 

「永続魔法《金剛真力》発動。相手フィールドにしかモンスターがおらん時、ターンに1度手札からレベル4以下のデュアルモンスターを1体特殊召喚できる。手札から《インフィニティ・ダーク》を特殊召喚」

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

 闇を纏った漆黒のヒーロー、という表現がぴったりのモンスターである。戦士族にも見えなくはないが、悪魔族なんだよな。少なくとも儀式召喚される某ハンバーガーよりは戦士にみえる。なぜあいつは悪魔族では無いんだろう…

 

「そして《インフィニティ・ダーク》を再度召喚!」

 

 再度召喚により鈍い灰色だった紋様が白く輝く。見るからに悪のヒーローが正義の心に目覚めて、仲間になったかのような輝き方だ。《ネクロダークマン》や《ダーク・ブライトマン》辺りの隣に置いておけばE・HEROと見間違えるかもしれない。

 

「再度召喚したところで、見た目以外何も変わってないじゃないか!二度手間の割にあってないんじゃないか?」

 

「二度手間っていうなっ!《インフィニティ・ダーク》で《グランド・ドラゴン》に攻撃!」

 

「挑発されて攻撃力で劣るモンスターで攻撃するなんて、所詮はラーイエローだな。迎撃しろ!《グランド・ドラゴン》!」

 

「残念だが、ここで《インフィニティ・ダーク》の効果が発動する。このカードは攻撃宣言時に、相手の表側表示モンスター1体の表示形式を変更できる。この効果で《グランド・ドラゴン》を守備表示に変更!」

 

 漆黒のヒーローは一息で巨竜との間合いを詰め、その顎の下に身体を潜り込ませて全身をバネにしたアッパーカットをかました。そして着地と同時に左足を軸にしてむきだしとなった腹部目掛けて回し蹴りを叩き込んだ…一体どこで効果を使ったんだろう。もしかしてアッパーカットだったのだろうか。

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

《グランド・ドラゴン》ATK/2200→DEF/300

 

「馬鹿な!《グランド・ドラゴン》が破壊されるなんて!」

 

 先ほどの立ち回りはさておき、こいつの効果は地味に便利なんだよな。高攻撃力低守備力のモンスターが蔓延していた環境では、再度召喚さえできれば単体で帝やダムドを除去出来るのだ。…ほとんどの場合、返しのターンに除去されてしまうのはご愛嬌だろう。

 

「カードを1枚セットして、ターンを終了」

 

「くっ、ドロー!《軍隊竜》を守備表示で召喚して召喚して、ターンエンド!」

 

《軍隊竜》DEF/800→1000

 

 リクルーターか…表側表示で召喚してくれたおかげで《インフィニティ・ダーク》の効果を使って攻撃表示に変えれるが、後続はそうはいかない。今回はダメージを期待できそうにないな。

 

「俺のターン、ドロー。《幸運の笛吹き》を攻撃表示で召喚してバトルだ。《インフィニティ・ダーク》で《軍隊竜》に攻撃、そして効果発動!《軍隊竜》を攻撃表示に変更する!」

 

 今度は竜人二体一組のモンスターなのでどうするのかと思っていたら、漆黒のヒーローは高く跳躍した後、捻りを加えながら防御姿勢を取っていた二体の竜人の真後ろに着地した。そして振り向き立ち上がった竜人の片方を肘鉄で吹き飛ばし、残った方をサマーソルトで打ち上げていた。そして中空で爆散する竜人。だからお前はいつ効果を使っているんだ。

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

《軍隊竜》DEF/1000→ATK/900

 

取巻LP4000→3400

 

「この、ラーイエローの癖に生意気なっ!《軍隊竜》が戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから《軍隊竜》を特殊召喚する!」

 

《軍隊竜》DEF/800→1000

 

「それじゃあ《幸運の笛吹き》で《軍隊竜》に攻撃だ」

 

 先ほどからどこの特撮だと言わんばかりに大立ち回りをする《インフィニティ・ダーク》とは打って変わって、《幸運の笛吹き》の方はそのまま笛を吹いただけであった。そしてブルー女子の方向にウィンクをする。

 

 途端にわき上がる黄色い声、ひっそりと破裂する竜人、あざとい笑顔で手を振るショタ天使、顔を赤らめて鼻息が荒い女子もいた。ついでに男子の何名かも鼻息が荒かったが、見なかったことにした。なんだこの混沌とした状況…

 

《幸運の笛吹き》ATK/1500

《軍隊竜》DEF/1000

 

「まだだっ!《軍隊竜》が戦闘によって破壊され墓地に送られた時、デッキから《軍隊竜》を特殊召喚する!」

 

《軍隊竜》DEF/800→1000

 

「俺はそのままターンエンド」

 

「くそっ! ドロー! ふふ、ふははは! こいつを待ってたんだ!《エレメント・ドラゴン》を攻撃表示で召喚!」

 

《エレメント・ドラゴン》ATK1500→1700

 

 うお、エレメントモンスターが出てくるとは思わなかった。今のフィールドだと得られる効果は風だけだが、今の状況で一番得て欲しくない効果でもある。流石にどのモンスターに属性が対応しているかは覚えていないが、この状況を歓迎するからには風には対応していると考えていいだろう。

 

「手札から《竜の秘宝》を《エレメント・ドラゴン》に装備! これで攻守が更に300ポイントアップする!」

 

《エレメント・ドラゴン》ATK1700→2000

 

 初期の装備魔法だと…!? 古いカードが弱いとは言わないが、いくら何でもそのカードの採用は想像していなかった。ロマンというやつなのだろうか。それでもオベリスクブルーになれたことがすごいと思う。

 

「さらに手札から魔法カード《スタンピング・クラッシュ》を発動! この効果でお前の伏せカードを破壊して500ポイントのダメージだ!」

 

「どうせ破壊されるなら、カウンター罠発動!《ヴィクティム・カウンター》! デュアルモンスター1体を裏守備表示にして魔法カードの発動を無効にして破壊する!《インフィニティ・ダーク》を裏守備にして《スタンピング・クラッシュ》を無効にする!」

 

「守備表示にしても無駄だ! 永続罠《竜の逆鱗》発動! 自分フィールドのドラゴン族は貫通効果を得る!」

 

 初ターンから何を伏せているのかと思ったら、攻撃に使うために伏せていたのか。再度召喚したことを考えるともったいなかったが、念のために守備の高い《インフィニティ・ダーク》を選んで正解だった。《笛吹き》の守備はわずか500なので、1500もの貫通ダメージを受けてしまうところだった。

 

「そして手札から魔法カード《火竜の火炎弾》発動! このカードには相手ライフに800のダメージを与える効果と、フィールド上の守備力800以下のモンスター1体を破壊する効果からどちらか選択して発動する。二つ目の効果を選択する。消え去れ!《幸運の笛吹き》!」

 

 全く正解ではなかった。それどころか一転して大ピンチだ。ショタ天使の破壊に対して主に女子からは大ブーイングが巻き起こっているが、眼鏡くんは気にした様子も無い。もしかしたら一気に優位になった自分に酔っていて、気付いていない可能性もある。

 

「《軍隊竜》を攻撃表示に変更してバトルだ!《エレメント・ドラゴン》で《インフィニティ・ダーク》を攻撃! エレメントバースト!」

 

 攻撃の時には大立ち回りを披露してくれた《インフィニティ・ダーク》だったが、守備のときは防御の構えのまま火球に焼き払われてしまった。

 

《エレメント・ドラゴン》ATK2000

《インフィニティ・ダーク》DEF1200

 

葵LP4000→3200

 

「このモンスターはフィールド上に特定の属性のモンスターが存在するときに新たな効果を得るのさ! 今は風属性の《軍隊竜》が場に存在する。よって相手モンスターを破壊した場合、もう一度続けて攻撃できるんだよ。いけぇ!《エレメント・ドラゴン》! 直接攻撃だ!」

 

 体感システム付きのソリッドヴィジョンで直接攻撃を受けるのは初めてなので、どうなるのか不安に思いながら身構える。赤い竜の火球をもろにうけると同時に高温に晒されたような感覚と衝撃が通り抜ける感覚があり、思わず苦悶の声が漏れてしまった。主人公達がやたらオーバーリアクションかと思ったら、わりとそうでもなかったのか。

 

《エレメント・ドラゴン》ATK2000

 

葵LP3200→1200

 

「くたばれ!《軍隊竜》で直接攻撃!」

 

 流石は軍隊という名がついているだけあって、2体まったく同時にこちらに走ってくる竜人はそのまますれ違い様に斬りつけてきた。斬られた箇所が熱を持ったかのような感覚と共に衝撃を受ける。たしかに痛みもなくすぐに衝撃も引くが、リアクションぐらいはとってしまうだろう。

 

《軍隊竜》ATK/900

 

葵LP1200→300

 

「ははっ虫の息じゃないか! やはりラーイエローはこの程度なんだな、ターン終了」

 

「勝ったつもりになるにはまだ早いと思うぞ、ドロー!」

 

 引いたカードを確認すると、思わず口角がつり上がるのを止められなかった。モンスター処理だけなら元の手札でも充分だったが、これならこのターンで決めることができそうだ。

 

「相手の場にしかモンスターが存在しないので《金剛真力》の効果を発動、手札から《巨人ゴーグル》を特殊召喚!」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500

 

「墓地に通常モンスターが2体以上存在するとき、手札から《樹海の射手》を特殊召喚できる」

 

《樹海の射手》ATK/1400

 

「《巨人ゴーグル》を生け贄に、現れろ!《ヘルカイザー・ドラゴン》!こいつはドラゴン族やから《山》の効果を受ける」

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2400→2600

 

 先ほど引いたのはこのカードである。《樹海の射手》で適当にサーチしようかとも思っていたのだが、そうした場合ライフを削りきれそうになかったのでちょうどよかった。

 

「そいつは入試デュエルのときのモンスター! だが炎属性モンスターが場に存在する時、《エレメント・ドラゴン》の攻撃力は500ポイントアップだ!」

 

《エレメント・ドラゴン》ATK/2000→2500

 

 ワンキルの立役者だけあって、このモンスターの印象は強かったようだ。…ブルー生徒の方向から非常に熱い視線を感じるが、気にしないようにしよう。

 

「さらに、墓地の通常モンスターが3体のみのとき、通常モンスター扱いの《巨人ゴーグル》と《幸運の笛吹き》の2体を除外して《紅蓮魔闘士》を手札から特殊召喚!」

 

《紅蓮魔闘士》ATK/2100

 

「《紅蓮魔闘士》の効果発動! 墓地からレベル4以下通常モンスターを1体特殊召喚することができる。蘇れ!《インフィニティ・ダーク》!」

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

 蒼鎧の戦士が剣を地面に突き刺すと眼前の地面が割れ、中から漆黒のヒーローがマントをはためかせて現れた。構図が《ヒーロー・ブラスト》にしかみえないのだが、お前E・HEROの仲間入りする気満々だろ。お前は悪魔族なんだからE-HEROで諦めろ。

 

「一気にモンスターを4体も並べただと!?」

 

「バトル、《ヘルカイザー・ドラゴン》で《エレメント・ドラゴン》に攻撃! カイザーバースト!」

 

 《ヘルカイザー・ドラゴン》の光線に抵抗するために火球を吐き出した《エレメント・ドラゴン》だったが、火球もろとも消し飛ばされてしまった。

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2600

《エレメント・ドラゴン》ATK/2500

 

取巻LP3400→3300

 

「次!《紅蓮魔闘士》で《軍隊竜》に攻撃!」

 

 蒼鎧の戦士は気だるそうな目でこちらをちらりとみて、独特な剣で一閃するだけで二体まとめて両断していた。殺気をバラまいているようにみえるイラストなのだが、面倒臭がりなのかもしれない。

 

《紅蓮魔闘士》ATK/2100

《軍隊竜》ATK/900

 

取巻LP3300→2100

 

「《樹海の射手》で直接攻撃!」

 

「ぐあぁっ!」

 

 心臓目掛けて一直線に放たれた矢をうけ、左胸を押さえる眼鏡。ソリッドヴィジョンとはいえ、心臓に矢が刺さったように見えたらそりゃ胸を押さえもするだろう。

 

《樹海の射手》ATK/1400

 

取巻LP2100→700

 

「トドメッ!《インフィニティ・ダーク》で直接攻撃!」

 

 最後は漆黒のヒーローがマントをはためかせながら空高く跳躍し、先ほど矢を受けていた心臓へと飛び蹴りを叩き込んだ。どこまでもヒーロー路線を外すつもりは無いようだ。別に良いんだけどさ。

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

取巻LP700→0

 

—————

 

「勝者、代田葵!取巻くんは反省レポートの提出をお願いします」

 

「馬鹿な、ラーイエロー相手にこんなこと、ありえない…」

 

 眼鏡くんは呆然としている。別に降格になったわけでも、ましてや退学になったわけでもないので単純に格下の寮に負けたのがショックなのだろう。

 

「さて、代田くんは勝ったご褒美にドローパン引換券を預かっています。期限は特にありませんので栄養バランスを考えて、食べすぎには気をつけて下さいね」

 

「そうですね、気をつけます」

 

 そう言いながら引換券を渡され、思わず苦笑してしまった。総菜パンばかりの食事はたしかに健康によくない。もしかしたら樺山教諭が立ち会いになった理由は、寮生の体調管理が理由だったのかもしれない。

 

「これにて制裁デュエルを終了します。もちろん明日も授業がありますので、寝坊などしないように。それでは解散」

 

 解散の合図で生徒がぞろぞろと会場から出て行く。

 俺も部屋に戻るとするか。小腹も空いたし、購買によってドローパンでも食べよう。樺山教諭のアドバイス通り、食べ過ぎないために一個だけにしとくかな。

 




思いのほか長々と書いてしまいました。字数が第二話のほぼ倍、流石にデュエルシーンは長くなりますね


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4.覗き魔っていうなっ!

 デュエルアカデミアがデュエルエリート養成学校であり授業は単位制のため、選ぶ授業にはある程度自由はあるが、それでも必修の授業はある。

 そして中高一貫校であるため、もちろん体育の授業は必修だ。カードゲームと何の関係があるのかわからないが、“健全な精神は健全な肉体に宿る”とでもいいたいのだろうか?

 

 しかもこの学校、無駄なまでに設備に力が入っている。

 体育館と思っていたらガラス張りのドームで、しかも無駄に大きなモニター付き。きっとデュエル中継とかのためだと思うのだが、それでもこれだけで幾らかかっているのか分かった物ではない。

 

 今日の授業はオリエンテーションということで、現在ドッジボールの真っ最中だ。しかし三沢は運動神経がいいようで、息一つ乱していない…むしろ狙われていないようにも見える。

 

「この角度、この力で投げれば当たる!」

 

 お、また一人退場になった。しかし当てられた生徒は、まるで俺が投げたボールがおかしな軌道で飛んできたかのような表情をしてるな。俺が取ったボールをそのまま三沢に渡して、投げてもらっただけなんだが…

 

 結局こちらのワンサイドゲームのまま、体育の時間が終了した。周りの連中がこちらを異様な物を見るかのような目でみてくるのは、気のせいだと思っておこう。

 

 今日の授業はこの体育で終わりだし、部屋に戻ったら三沢に借りた本でも読むとするか。確かホオジロ・ジンベエ著「水産資源を使った華麗なる戦略論」だったな。水属性デュエリスト御用達の名著らしいので、今後の参考にじっくり読ませてもらおう。

 

—————

 

 風呂をさっさと済ませて部屋に戻ると、十代からメールが来ていたようだ。

 

「翔がさらわれた! 女子寮にいるらしい! 手を貸してくれ!」

 

 少し思考が停止してしまったのも仕方が無いと思う。

 なんというか、もう放っておいていいんじゃないかな? 場所は分かってるんだし、十代がなんとかするだろうし。こんな夜中に女子寮に行くとか勘弁願いたい。

 

『ご主人様、十代殿が待ちぼうけとなってしまうと、翔殿の身が危なくなるのではないでしょうか』

 

 大丈夫だと思うんだけどなぁ…仕方ない、俺も向かうか。

 距離としてはこっちの方が近いし、のんびり歩いて行こう。

 

—————

 

「葵! 来てくれたんだな!」

 

「呼び出しておいて来ないと思っていたのか? 帰った方がいいならそうするぞ」

 

 そっちから呼び出しておいて、まったくもって呼び出され甲斐のない奴だ。

 許可がでたら本当に帰ってしまおうか。ちょうど眠気もやってきた頃合いだし。

 

「わりぃわりぃ、とりあえず、このボートに乗ってくれ!」

 

「もちろん、十代が漕いでくれるんだよな?」

 

「え、お、おう!」

 

 なんでも言ってみる物だな。シハーブが何やら拗ねたような顔をしているが、そもそもこいつは物体に干渉できるのか?…あ、俺がディスクで召喚すれば出来る可能性はあったのか。面倒なことになりそうだからしないけど。

 

「兄貴ぃ〜…」

 

 おや、もう着いたのか。さすが十代、体力は有り余っていたようだ。俺が漕いだとしたらこんなに速くは着かなかっただろう。陸をみると、翔がお縄についており、ブルー女子に確保されていた。

 …もしかすると翔にとってはご褒美かもしれないと思ってしまうあたり、俺のモチベーションの低さが伺えるというものだ。

 

「翔、これはどういうことなんだよ」

 

「それが、話せば長いような、長くないような」

 

「こいつがね、女子寮のお風呂を覗いたのよ!」

 

 よし、帰ろう。本当の覗きでも、ただのヒステリーでも、面倒な展開しか見えない。しかもこの状況、俺まで覗き魔の仲間扱いをされかねない。そんなことは断固お断りだ。デュエル馬鹿の十代はそんなことに興味がないだろうし、エロガッパは翔だけで充分だ。

 

「覗いてないって!」

 

「それが学校にバレたら、きっと退学ですわ」

 

 れっきとした犯罪だしな。仮に退学にならなくても、クラスで噂が流れている時点で自主的に退学しても不思議ではない。

 

「あなたたち、私たちとデュエルしない? もし私達に勝ったら、風呂場覗きの件は大目に見てあげるわ」

 

「だから覗いてないって言ってるのに!」

 

「なんだかよくわかんないけど、まぁいいや。そのデュエル、受けて立つぜ!」

 

「え、俺も頭数に入っているのか?」

 

 ついでに俺たちも共犯扱いで道連れにするつもりなのだろうか。 …十代は悪目立ちをしている節はあるが、俺は完全に巻き添えを喰った形だろう。それとも先日の眼鏡くんへの制裁デュエルで、ブルー全体から敵認定されたのだろうか。

 

「あら、イエローなのに自信がないのかしら」

 

「俺は十代に巻き添え喰わされただけだしなぁ…大した事ないみたいだし、こんなくだらない事でやる気は起きないな」

 

「なんですってぇ! 明日香さん、こいつは私がやります!」

 

 え、今なんの地雷踏んだの?

 

—————

 

 一度陸に上がり、3対3の格好でデュエルディスクを構える。

 目の前には茶髪のブルー女子、名前はなんだったか…ジュンコかモモエであることは確実なんだが。

 

「私のこと、大した事ないなんて言ってくれた落とし前はつけてもらうわよ!」

 

 そういうことか。翔が覗き疑惑で捕まった事が大した事ないって言ったのを、この茶髪さんが大した事ないって言ったと思われてしまったのか。

 

「そういう意味じゃなかったんだけどなぁ…そういえば名乗ってなかったけど、俺は代田葵。君は?」

 

「枕田ジュンコよ! 覚えときなさい!」

 

 ジュンコの方だったか。後々忘れると怒られそうなので、しっかり覚えておく事にしよう。敵意をむき出しにされながらも、つつがなく自己紹介も終わった所で…

 

「「決闘!」」

 

「私の先攻、ドロー! 手札の《ハーピィ・クィーン》を墓地に捨てて、《ハーピィの狩り場》を手札に加えるわ!」

 

 なるほど、【ハーピィ】か。こっちはサポートカードを使えないと辛いし、相性が良いとは言えない相手だな。

 

「さらに、《ハーピィ・レディ2》を攻撃表示で召喚して、《ハーピィの狩り場》を発動! この効果で鳥獣族モンスターの攻撃力が200ポイント上昇するわ。ターン終了よ」

 

《ハーピィ・レディ2》ATK/1300→1500

 

「俺のターン、ドロー。《デュアル・サモナー》を攻撃表示で召喚。そのままバトル、《デュアル・サモナー》で《ハーピィ・レディ2》を攻撃」

 

「《ハーピィの狩り場》の効果で《ハーピィ・レディ2》の攻撃力は1500だから残念だけど相打ちね」

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

《ハーピィ・レディ2》ATK/1500

 

「そうだな。残念ながら《デュアル・サモナー》は一ターンに一度戦闘破壊されないから、《レディ2》が一方的に破壊されるだけだな」

 

 召喚師が杖からオレンジ色のビームのようなものをハーピィ向けて発射し、それに打ち抜かれたハーピィはそのまま消滅した。前回猿に殴り飛ばされた奴と同じに見えない。

 

「カードを2枚伏せて、ターンを終了」

 

「くっ、やるわね…私のターン、ドロー! よし!《ハーピィ・レディ1》を攻撃表示で召喚! 効果により風属性モンスターの攻撃力が300ポイントアップ! さらに、《ハーピィの狩り場》の効果で攻撃力が200ポイントアップ!」

 

《ハーピィ・レディ1》ATK/1300→1800

 

「さらに、《ハーピィの狩り場》の効果を発動! アンタの伏せカードを1枚破壊するわ!」

 

 ハーピィの起こした強風によって、伏せていたカードの一枚が破壊される。…破壊されたのは《血の代償》か。《デュアル・サモナー》がいるからまだ大丈夫だろう。

 

「いくわよ!《ハーピィ・レディ1》で《デュアル・サモナー》に攻撃! スクラッチ・クラッシュ!」

 

 召喚師がハーピィのかぎ爪で切り裂くように蹴られ、うずくまる。やっぱり猿にやられた奴と同一人物だったようだ。頬が紅潮しているのは気のせいだと思っておこう。

 

「さっきも言ったけど、《デュアル・サモナー》は一ターンに一度戦闘によっては破壊されないぞ」

 

「それでもダメージは受けてもらうわ」

 

《ハーピィ・レディ1》ATK/1800

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

葵LP4000→3700

 

「私はカードを一枚伏せてターンエンド!」

 

「エンドフェイズ時に《デュアル・サモナー》の効果発動。ライフを500ポイント払って、手札からデュアルモンスター《巨人ゴーグル》を攻撃表示で召喚しておこう」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500

 

葵LP3700→3200

 

「俺のターン、ドロー。《巨人ゴーグル》を再度召喚!」

 

 赤いゴーグルを装着した岩肌の巨人の身体が輝き、岩でできた筋肉が隆起する。

 獰猛な笑顔を浮かべ、敵を威圧しているようだ。色んなカードの下位互換とか言われる割に、なかなか格好いいじゃないか。

 

「わざわざモンスターを召喚し直すなんて、ただの二度手間じゃない。アンタ何馬鹿なの?」

 

「二度手間っていうなっ! 意味もなしにそんなことをするわけがないだろ! 再度召喚された《巨人ゴーグル》の元々の攻撃力は2100になる!」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500→2100

 

「バトル、《巨人ゴーグル》で《レディ1》に攻撃! ゴーグルナックル!」

 

 巨体に似合わない俊敏な動きで距離を詰め、風切り音を鳴らしながら巨人が拳をハーピィに突き刺した。お前岩石じゃなかったのかよ。

 

《巨人ゴーグル》ATK/2100

《ハーピィ・レディ1》ATK/1800

 

ジュンコLP4000→3700

 

「さらに、《デュアル・サモナー》で直接攻撃!」

 

「くぅ! この程度!」

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

ジュンコLP3700→2200

 

「これでターン終了」

 

「やってくれたわね! 私のターン、ドロー!」

 

 やってくれたも何も、デュエルなんだからそうしなきゃ仕方ないだろうに。

 

「《ハーピィズペット仔竜》を攻撃表示で召喚! さらに、手札を1枚すてて罠発動!《ヒステリック・パーティ》! 墓地のハーピィ3体を特殊召喚するわ! これでアンタのモンスターを全滅させれば私の勝ちよ!」

 

《ハーピィズペット仔竜》ATK/1200

 

 これはなかなか凶悪な状況だな。《ペット仔竜》の効果が全部有効になれば、このままライフを消し飛ばされることは目に見えている。

 

「チェーンしてリバースカードオープン! 速攻魔法、《デュアルスパーク》! レベル4デュアルモンスターの《巨人ゴーグル》をコストにして、《ヒステリック・パーティ》破壊! そして1枚ドロー」

 

「な、なんてことすんのよ! せっかくのコンボが台無しじゃない!」

 

 こちらとしても負ける気はさらさらないので、抗議は完全に無視する。そもそもデュエルではよくあることだし、知ったことではない。

 

「うぅ…私はこれでターン終了よ」

 

「俺のターンだな、ドロー。…お、魔法カード《思い出のブランコ》発動。墓地から《巨人ゴーグル》を攻撃表示で特殊召喚、そして再度召喚」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500→2100

 

「バトル!《サモナー》で《ペット仔竜》を攻撃!」

 

《デュアルサモナー》ATK/1500

《ハーピィズペット仔竜》ATK/1200

 

ジュンコLP2200→1900

 

「続いて《巨人ゴーグル》で直接攻撃! やっちまえっ! ゴーグルナックル!」

 

 テンションに任せて技名を叫べるようになった俺は、立派に遊戯王世界の住民になっている気がする。しかし女子にいかつい巨人をけしかける絵面を見る限り、こちらが悪者に見えなくもない。

 

「キャアァッ!」

 

《巨人ゴーグル》ATK/2100

 

ジュンコLP1900→0

 

—————

 

 何はともあれこれで勝利だ。どうやら決着は俺が一番遅かったらしく、十代はワクワクした目で、翔は喜びに溢れた目でこちらを見ていた。もしかして翔は負けていて、一勝一敗という状況だったんだろうか。

 

 それぞれが乗っていたボートを岸に戻し、俺と翔が十代のボートに乗り込む。男三人が同じボートに乗ると流石に少し狭いな。

 

「約束通り、翔は連れて帰るぜ」

 

「どうぞ、約束は守るわ。今日のことは黙っててあげる」

 

「ふん、まぐれで勝ったからといって、良い気にならない事ね!」

 

 ジュンコが明らかに敵意満々である。ブルー生と戦うのは二度目だが、どうしてこうも寮の上下意識が強いんだろうか。良い気になるも何も、騒宣すると翔の覗き疑惑と一緒に俺の共犯疑惑も浮上しそうなので絶対にしないが。

 

「よして、ジュンコ。負けは負けよ、見苦しい事はしないでね」

 

 流石明日香さん男前。その潔さを分けて欲しいぐらいだ。

 

 そして帰りも十代にボートを漕いでもらった。唯一負けたと思われる翔に漕がせようかとも思ったが、十代が漕いだ方が早く帰れるので文句はない。

 借りた本を読むには時間も遅いし、帰ったらさっさと寝ることにしよう。

 




三沢から借りた本ですが、元ネタはシャークのテーマことZEXALのBGM「華麗なる戦略」です。
デュエリストパックではカイト編が出ることが決定していますが、是非シャーク編も出して欲しいですね。使えるかどうかは別として。


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5.試験っていうなっ!

 

 このアカデミアには月一テストというシステムがあり、実技、筆記共に各寮で競い、成績次第で昇格も降格もあるということだ。基本的に授業中に勉強していれば筆記で困る事は無いと思うが、アカデミアのテストなんて入試しか知らないのでどういった問題が出るのか不安は残る。

 

 寮がかわっても授業内容が変わる訳ではないので、筆記試験は全員同じ教室で行われる。寮ごとに座る場所が決まっている訳でもなく、机の距離も非常に近い。…つまりその気になれば成績下位の生徒がカンニングしやすいような席取りもできるということだが、そんなことをすれば監督の先生方にバレるだろう。

 

 それなりに早く来たのだがそれでも四割程度席が埋まっており、特に入り口付近は試験後いち早く外に出ようともくろむ生徒達によって完全に席が埋まっていた。適当に空いている前の辺りに座り、試験開始までゆっくり待つことにしよう。

 

—————

 

 試験開始からしばらくして、とくに問題も無く回答欄を埋める事が出来た。授業の復習を兼ねている分、むしろ入試問題の方が難しかったぐらいだ。さりげなく周りの様子を確認した所、そうでもないようだが。

 

「勉強のしすぎで居眠りなんかしてちゃ意味ねぇぞ、こら」

 

「あ、兄貴!?」

 

 もう開始30分以上も経ってるのにもかかわらず、十代が悪びれた様子も無く入室してきたようだ。そして試験中に話しかけるとは迷惑な奴だ。席が遠いから心配はないだろうが、頼むからこっちにまで話しかけないで欲しい物だ。

 

「うるさいぞオシリスレッド、静かにしろ! テストを受ける気がないなら出ていけ!」

 

「冗談じゃねぇぞ、せっかくきたんだぜ。帰ってたまるか」

 

 万丈目と十代が口論をしているが、どう考えても万丈目の主張のほうが正論である。ただし自分も叫んでいるので、お前が言うな、とも思ってしまう。そっちを向いたらカンニングを疑われかねないので見るに見れないが、気になって仕方が無い。

 

「遊戯十代くん、はやく問題用紙を取りにこいにゃん、もう時間がないにゃー」

 

「はーい」

 

 これでやっと静かになりそうだな。まだ40分近く時間は余っているが、一通り問題は埋め終わって見直しもすんだし、普段使いに役立ちそうなカードでも考えながらのんびり待ってるかな。

 

—————

 

「これで筆記テストは終了—。なお、実技テストは午後2時から体育館で行いまーす」

 

 筆記試験が終わり、生徒が一斉に走り出した。入り口付近に陣取っていた生徒が多いのは気付いていたが、これだけ必死だと恐怖さえも感じてしまう。あぁはなりたくないものだ。

 

「起きろ、二人とも。筆記テストはとっくに終了しているぞ」

 

 面倒見の良い三沢が十代と翔の二人を起こしているが、二人とも机に突っ伏していて何度か肩を揺さぶってもうめくだけだ。

 

「そうだぞ、試験中に居眠りしてたら先生の心証も悪くなるんだし、ちゃんと起きていたほうがいい」

 

「葵も寝ていただろう…」

 

「流石にちゃんと一通り埋めて、見直してからだけどな」

 

 考え事をしていただけなので起きてはいたのだが、カンニングを疑われないように目を閉じていたのは事実なので素直に認めておく。考えた結果、アカデミアは自然豊かなので夏場に《虫除けバリアー》を使うことだけは決まった。

 

「やっちまった、何のために勉強したんだか…」

 

「気にすんな、午後の実技テストが本番よ」

 

 ようやく二人が起きたようだ。翔は弾かれるように勢い良く、十代はのっそりとした動きで顔を上げており、二人の筆記試験に向かう心がけの違いがよくわかる。

 

「あれ、皆は?」

 

「もう昼飯か?」

 

 まだ11時を過ぎたばかりなので、十代達の疑問も尤もである。今からイエロー寮の食堂までのんびり歩いても15分になる前には到着できる。レッド寮に限ってはもう少し時間がかかるだろうが、ほとんどのレッド生は購買を利用するので昼食には早いだろう。

 

「購買部さ。なんせ、昼休みに新しいカードが大量入荷することになってるか

らな」

 

「え、えぇー! カードの大量入荷!?」

 

「皆、午後の実技テストに向けて、デッキを補強しようと買いに行ったんだよ。」

 

 あれはすごい光景だった。我先にと前にいる人を押しのけながら購買に走る生徒達、ブルーからレッドまでのほぼ全員がそんな勢いで出口に殺到する地獄絵図。端の席に座っていたら間違いなく巻き込まれていただろう。

 

「み、三沢くんは?」

 

「僕は今のデッキを信頼している。新しいカードなんか必要ない。」

 

「あ、葵くんは?」

 

「新しいカードがあったとしても、調整する時間が足りない。今回はパスだな」

 

 さすがに全種類のカードを持っているなんて言えないし、何より今さら争奪戦に突っ込んでいく元気がない。

 

「あ、兄貴は?」

 

「俺は…興味ある!どんなカードがあんのか見たくってしょうがねぇ!行こうぜ!翔!」

 

「うん!」

 

 そして二人とも走り去ってしまった。寝起きとは思えないフットワークの軽さが羨ましい限りだ。

 

「それじゃあちょっと早いけど、食堂でお昼にしてくるかな。購買いかないなら、一緒にどうだ?」

 

「そうだな。購買に人が集中している今なら食堂も空いているだろう」

 

 やはり新カードの大量入荷に興味が無かった人間は稀だったようで、食堂はガラガラと言ってもいい状態だった。試験日ということで二人して今日のオススメであるカツカレーを食べて験を担ぎ、午後の実技に備えて調整するため解散となった。

 

—————

 

 実技試験も終盤、十代の見事な勝利でラーイエロー昇格が決定して周りは大盛り上がりだが、試験はまだ続いている。実技試験は同じ寮同士で行われるということで、俺の相手は我らがイエロー主席の三沢大地…

 

「よ、よよよ、よろしく」

 

 …ではなく、本当に高校生なのか疑わしい程に背の小さいイエロー生だった。名前は確か小原とかいったか。

 同じラーイエローだが、あまり面識はない。俺の交友関係が非常に狭いとかそんなわけではなく、彼がいつも大柄な生徒…たしか大原という名前…とつるんでいるため、話しかける機会がないのだ。

 

『ご主人様は三沢殿や遊城殿とおられないときは、大概一人で過ごしておられると記憶していますが』

 

 おいやめろ。入学からおよそ一ヶ月経ったにも関わらず、マトモに話したイエロー生が三沢以外にいないという事実をバラすんじゃない。

 

「よろしく、それじゃ始めようか」

 

「「決闘(デュエル)!」」

 

「俺の先攻。ドロー」

 

 今回の試験では先攻後攻は決闘場についた順とのことだったので、遠慮なく先攻を取らせてもらう。普段が言った者勝ちなので、あらかじめ決められているのは正直ありがたい。

 

「《サンライズ・ガードナー》を攻撃表示で召喚。カードを一枚伏せて、ターン終了」

 

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500

 

 太陽を背に受け、黄金に光り輝く戦士が現れた…決して溝の口発の真っ赤なアレではない。

 

「俺のターン、ドロー。《猛進する剣角獣》を召喚して手札から《『攻撃』封じ》を発動!《サンライズ・ガードナー》を守備表示に変更する!」

 

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500→DEF/500

 

 《『攻撃』封じ》とは、なんて渋いカードを使いやがるんだ…《山》や《ドラゴンの秘宝》が現役であったこともあるし、この世界のパック事情が気になる所だ。

 

「《猛進する剣角獣》で《サンライズ・ガードナー》に攻撃!」

 

「リバースカードオープン、速攻魔法《スペシャル・デュアル・サモン》発動。これで《サンライズ・ガードナー》を再度召喚状態にし、元々の守備力が2300となる」

 

《サンライズ・ガードナー》DEF/500→2300

 

「て、手札から速攻魔法《月の書》発動!《サンライズ・ガードナー》を裏守備表示に変更する!」

 

 せっかく再度召喚した《サンライズ・ガードナー》だったが、裏守備にされてしまっては再度召喚前の状態に戻ってしまう。《サンライズ・ガードナー》はあっけなく角に貫かれてしまった。

 

《猛進する剣角獣》ATK/1400

《サンライズ・ガードナー》DEF/500

 

葵LP4000→3100

 

「カードを1枚伏せて、ターン終了するよ」

 

 まさか《月の書》をつかってまで破壊しにくるとは…それとも戦闘ダメージを嫌ったのだろうか。どちらにしろ予想外だった。ついでにいうと攻撃名を言わなくて良いのも意外だった。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 わざわざ《『攻撃』封じ》を使ったことを考えると、小原は貫通ダメージを狙っていくデッキのようだ。そして困った事に下級デュアルは守備力が低く、最大値で《炎妖蝶ウィルプス》の1500、しかも初期デュアルに至っては守備力500のモンスターばっかりだ。

 

「《シャドウ・ダイバー》を召喚」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

 フードを目深に被った男がフィールドに現れ、心無しか周りが暗くなった。

 男は微動だにしないが、その影は不気味にうごめいている。

 

「バトル、《猛進する剣角獣》に攻撃!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

《猛進する剣角獣》ATK/1400

 

小原LP4000→3900

 

 俺から伸びた影から悪魔が浮き出て、鋭い爪で剣角獣を切り裂いた。

 名前から考えて影が本体だとは思っていたが、召喚した時に出てきたフードの奴は一体なんだったんだ…

 

「カードを1枚セットして、ターン終了」

 

「くそっ、俺のターン、ドロー。…よし! スタンバイフェイズにリバースカードオープン! 《邪悪な儀式》を発動! フィールド上の全てのモンスターの表示形式を入れ替える!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500→DEF/500

 

 何をセットしているのかと思ったら、またもや渋いカードを…しかし貫通狙いのデッキ相手に低守備力を晒しているこの状況には、嫌な予感を抱かざるを得ない。

 

「さらに俺は、《俊足のギラザウルス》の効果を発動して、手札から特殊召喚! その効果によりキミは墓地のモンスターを一体特殊召喚できるよ」

 

 「それだったら遠慮なく、《サンライズ・ガードナー》を攻撃表示で特殊召喚させてもらおう」

 

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500

 

 ギラザウルスということは生け贄召喚でもするつもりなのだろう。現時点で恐竜族で固まっていて貫通狙いということは、ここで出てくるのは恐らく…

 

「《ギラザウルス》を生け贄に、《暗黒ドリケラトプス》を召喚!」

 

 やっぱりそいつか! 貫通持ちな上に守備力が初期の下級デュアルの攻撃力と同じ1500という、こちらからすれば中々厄介なモンスターだ。

 

「さらに手札から《死者蘇生》を発動! 墓地から《猛進する剣角獣》を特殊召喚してバトル!《猛進する剣角獣》で《シャドウ・ダイバー》に攻撃!」

 

 こっちにきたらどうしようかとおもったが、どうやら攻撃先はフードの男のほうであるらしい。フードの男は影の悪魔を盾にしたようだが、先ほどの仕返しとばかりに突進してきたサイによって悪魔もろとも角で貫かれてしまった。

 

《猛進する剣角獣》ATK/1400

《シャドウ・ダイバー》DEF/500

 

葵LP3100→2200

 

「《暗黒ドリケラトプス》で《サンライズ・ガードナー》に攻撃!」

 

 サイズが違い過ぎるせいか、抵抗もできずに怪鳥に蹴散らされる《サンライズ・ガードナー》。抵抗できなかった理由の一つとして、再度召喚したときの守備力ですら敵わないからか棒立ちだったせいもあると思う。諦めっぷりが潔いほどだ。

 

《暗黒ドリケラトプス》ATK/2400

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500

 

葵LP2200→1500

 

「俺はこれでターン終了!」

 

 状況を確認する。相手はほぼ初期ライフで場に攻撃力2400と1400の貫通持ちモンスター、一方こちらはライフが半分を切った上に場にはたった1枚の伏せカードあるだけ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 先程の表現だとこちらが圧倒的不利にも見えるが、相手には手札と墓地発動カードは無く、こちらには豊富な手札がある。それでもどうしようもない時もあるが、今回はそうではないようだ。

 

「手札の《樹海の射手》の効果を発動! 墓地に通常モンスターが二体以上存在する時、このカードを手札から特殊召喚できる! そして《樹海の射手》を生け贄に、《魔族召喚師》を召喚!」

 

《魔族召喚師》ATK/2400

 

 冥界の魔王ハデスを彷彿とさせる悪魔の召喚師があらわれた…見た目が明らかに悪魔族だが、こいつはれっきとした魔法使い族だ。

 

「さらに手札から装備魔法《スーペルヴィス》を《魔族召喚師》に装備する。《スーペルヴィス》を装備したデュアルモンスターは再度召喚状態となる!」

 

「え、わざわざ装備しなきゃいけないなんて二度手間…」

 

「二度手間っていうな!」

 

「ひっ! ご、ごめんなさい…」

 

 まったく、今回はせっかく召喚権を使わずに再度召喚したというのに、これでも二度手間というのか、まったくもってけしからん!

 

「再度召喚された《魔族召喚師》の効果を発動! 手札もしくは墓地から悪魔族モンスターを一体特殊召喚できる! 蘇れ《シャドウ・ダイバー》!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

 悪魔の召喚師が髑髏のついた杖を一振りすると、青い魔法陣が現れ、そこからローブの男が再び現れた。さて、これでフィールドは整った。

 

「バトル!《シャドウ・ダイバー》で《猛進する剣角獣》を攻撃! リッピング・フロム・シャドウ!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

《猛進する剣角獣》ATK/1400

 

小原LP3900→3800

 

「続いて、《魔族召喚師》で《暗黒ドリケラトプス》を攻撃! スペル・オブ・ハデス!」

 

「む、迎え撃て!《暗黒ドリケラトプス》!」

 

《魔族召喚師》ATK/2400

《暗黒ドリケラトプス》ATK/2400

 

「《魔族召喚師》がフィールドを離れたことにより、《魔族召喚師》の効果で特殊召喚された《シャドウ・ダイバー》は破壊される」

 

 これでお互いにモンスターはいなくなった。しかし、これで終わりではない。むしろここからが本番だ。

 

「《スーペルヴィス》の効果発動! 表側表示のこのカードが墓地に送られた時、墓地の通常モンスターを一体特殊召喚する!《魔族召喚師》を特殊召喚!」

 

 《スーペルヴィス》は数あるデュアルサポートカードの中で非常に強力なカードだ。即座に再度召喚状態にする効果ももちろん強力だが、この蘇生効果はさらに恐ろしい。なにせ強制効果であるため、タイミングを逃さないのだ。

 おかげでこのように追撃につかったりもできる。

 

「《魔族召喚師》でプレイヤーに直接攻撃! もう一丁! スペル・オブ・ハデス!」

 

《魔族召喚師》ATK/2400

 

小原LP3800→1400

 

「リバースカードオープン!《正統なる血統》! 墓地から通常モンスター扱いの《シャドウ・ダイバー》を攻撃表示で特殊召喚! そしてプレイヤーに直接攻撃! トドメのリッピング・フロム・シャドウ!」

 

「うわあぁぁ」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

小原LP1400→0

 

—————

 

「葵!」

 

 十代が駆け寄ってきた。俺としては少し余韻に浸りたかったのだが、この騒がしい男にとっては関係ないようだ。

 

「十代、遅ればせながらだけど、昇格おめでとう」

 

「おう、サンキュ! 葵もいいデュエルだったぜ!」

 

「そりゃ俺も負けてられないからな。十代と三沢もだけど、翔も勝ってたみたいだしな」

 

 入学試験の筆記で二位以下に圧倒的点差をつけての堂々の主席であり、実技でも知識を活かした臨機応変な戦術を使いこなす三沢は、ブルー生にも引けを取らないほどの実力者だ。勝つのは当然とも言えるだろう。

 

 一方翔はというと、今の所は自分のカードのテキストすら読んでいない時があるなど、正直なぜそれでアカデミアに合格できたのかと思うことも多々有るが、アカデミアで名高いカイザーの弟である。ポテンシャルは充分だといえるだろう。…この言い方をすると翔は確実に拗ねるので、間違っても口には出さないが。

 

「そうだ、祝勝会って言うにはささやかだが、ドローパンでよかったら奢ろうか。ついでだし三沢と翔も一緒に」

 

 ちょうど一ヶ月分の引換券があることだし、こちらとしてもちょうどいい。それも毎日3個以上も食べるように計算してあったのか、100枚も封筒に入っていたせいでまだ半分どころか1/4も使えていない。

 

「おぉ、ラッキー! じゃあ俺は翔を探してくるぜ!」

 

 その後二人と合流し、祝勝会という名目でドローパンを食べながら大いに盛り上がった。十代はとうがらしパンを美味しそうにたべており、翔はキムチパンで泣きそうになっていた。三沢はトマトパン、俺はにんじんパンだった。

 

 試験直後に全員が赤いパンというのは赤点を連想させて翔が嘆いていたが、他のメンバーは一切気にしていなかった。むしろ翔以外は好みのパンが引けて、これなら絶対に大丈夫と言うぐらいである。

 

 …余談だが、イエローに昇格したはずの十代は「赤が好き」という理由でオシリスレッドに残ることを決めたらしい。おかげで余計にブルーやイエローの生徒達から白い目で見られることになったのだが、仕方が無いと思う。

 




定番の焼きそばパンから三大珍味まで、ドローパンは色々あって楽しそうです。
一部食べてみたいパンもありますが、現実に発売されて買うかと聞かれたら悩む所ですね。


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6.初めてのタッグっていうなっ!

多くの評価、感想、ご指摘ありがとうございます。


 試験からしばらくして、十代と翔が退学の危機らしい。

 

 唐突すぎてしばらく思考が停止してしまったのだが、どうやら十代、翔が立ち入り禁止の廃寮を探検したことがアカデミアにばれて、十代と翔が組んで制裁タッグデュエルを受ける事となったらしい。

 

 先日夜中にシハーブが『闇の力を感じますぞ!』と喚いていたのだが、タイタンが闇に飲まれたことだったのか。生若本ボイスは是非聞きたかったが、流石に夜中の怪談や廃寮探検には招かれなかったようだ。

 

 それはさておき、【ビークロイド】と【E・HERO】ではシナジーがほぼ無いに等しい。そこで明日に迫ったタッグデュエルの練習をしようということになったのだが、名も知らぬレッド生と明日香さんではタッグの釣り合いが取れずに練習にならなかったそうだ。

 

 そこにたまたま通りかかった俺なら、イエローでもそれなりに実力があって明日香さんと組んでも問題なさそうなので協力して欲しい、ということだった。

 

「事情は理解したんだが、タッグ用の調整とかした方がいいんじゃないか?」

 

 なにせ今のデッキはシリーズモンスター以外のデュアルとサポートをあるだけ突っ込んだハイランダー構成である。…正直なところ、使いにくいことこの上ない。これを期にデッキをテーマごとに分割してもいいかもしれないな。

 

『それならば、最初からデッキを分ければよろしかったのでは?』

 

 それをいうな。元の世界でも【デュアル】は使ってたけど、《ヘルカイザー・ドラゴン》持ってなかったし使ってみたかったんだよ。それだけなら【炎デュアル】や【フロフレデュアル】にしてもよかったけど、全種類使えると来たらいっそロマンあふれるオールスターにしたくなるだろう。

 

『ご主人様は時折、自分から手間がかかる方向へと進むことがありますな』

 

「ん?なんか変な声が聞こえるんだな」

 

「あぁ、シハーブって言って、葵の従者…だっけ?」

 

 あ、もうはっきりと見えるようになったのか。これ以上はごまかせそうにないし、十代には紹介しておくか。

 

「あってるぞ、"ランプの魔人"のシハーブだ。一応俺に仕えている…らしい。シハーブ、俺や十代以外にも姿見せる事ってできるか?」

 

『ふむ、そうですな…フンッ!これでどうですかな?』

 

 シハーブが気合いを入れたようだが、元から見えている俺としては見た目に変化はみられない。強いて言うなら若干香木の香りが立ちこめたぐらいだろうか。

 

「キャッ!あ、葵の後ろにうっすらと紫色の人間が…」

 

「ヒィ!お、お化け~!?」

 

「む、紫のお化けなんだな…」

 

 一応成功のようだ。しかし半透明に見えているようで、お化けだなんだと言われていた。俺は最近慣れてきたが、肌が紫な上に顔もけっこうクドいので、インパクトが大きいのだろう。

 

「怖いみたいだし、やめておくか」

 

『…そのようですな』

 

 シハーブがしょぼくれているが、翔が俺から地味に距離を取ろうとしているのに気付いた。よく考えたら俺が何かに取り憑かれているようにも見えるのか…実際似たような物だが。

 

「あぁ、それでデッキの話だけど、どうしよう?」

 

「今からイエロー寮に戻って調整してもらうんじゃ時間もかかるし、そのままでいいんじゃないかしら。葵がやった時みたいに生徒が相手なら、似た状況になると思うしね」

 

 まったくもって正論である。原作通りならば相手は迷宮兄弟だとは思うのだが、イエロー寮に行って戻ってくる頃には夕飯の時間となってしまっているだろう。それでは結局練習出来ずに意味が無くなってしまう。

 

「了解、それならお言葉に甘えて、このままでやらせてもらおう」

 

「よっしゃあ! 行くぜ!」

 

—————

 

タッグデュエルルール

ライフは共通で8000

最初のターンは全員攻撃できない。

味方プレイヤーも相手として対象指定ができる。

パートナーのカードをコストとして使用できるが、攻撃宣言や効果の発動はできない。

その他ルールは感覚で

 

「「「「デュエル!!」」」」

 

「先攻はもらったぁ! 俺のターン、ドロー!」

 

 十代がしれっと先攻を持ってったな。まぁいいけどさ。

 

「《フェザーマン》を攻撃表示で召喚! カードを1枚伏せてターンを終了だ」

 

《フェザーマン》ATK/1000

 

「次は私のターンね、ドロー!」

 

 どうするかとか何も決めてないはずなのに、またもや当然のように先攻をもっていかれてしまった。別段問題は無いのだが、せめて一言断りを入れてもらえると嬉しかった。

 

「私は《ブレード・スケーター》を攻撃表示で召喚! カードを2枚セットしてターンを終了よ」

 

《ブレード・スケーター》ATK/1400

 

「僕のターン、ドロー!《ジャイロイド》を守備表示で召喚して、ターン終了だよ」

 

《ジャイロイド》DEF/1000

 

「俺のターンだな、ドロー。《フェデライザー》を守備表示で召喚。カードを2枚セットしてターンを終了」

 

《フェデライザー》DEF/1100

 

 さて、これで場が一巡りしてそれぞれのモンスターが出そろった形だ。十代と明日香さんが攻撃、翔と俺が守備というのが性格が出ている気がしなくもない。

 

「俺のターン! ドロー! よし、このターンから攻撃できるんだよな。俺は手札から《融合》を発動! 手札の《バーストレディ》と場の《フェザーマン》を融合!《E・HERO フレイム・ウィングマン》を融合召喚!」

 

《フレイムウィングマン》ATK/2100

 

 さっそく十代のフェイバリットカードの登場だ。しかし十代とは初デュエルなんだが、開始2ターンで素引きの融合ってすごいな…これが主人公補正という奴なのだろうか。

 

「バトルだ!《フレイム・ウィングマン》で《ブレード・スケーター》に攻撃! フレイムシュート!」

 

「罠カード発動!《ドゥーブルパッセ》! この効果で《フレイムウィングマン》の攻撃を直接攻撃にして、《ブレード・スケーター》で十代に直接攻撃!」

 

《フレイムウィングマン》ATK/2100

明日香・葵LP8000→5900

 

《ブレード・スケーター》ATK/1400

十代・翔LP8000→6600

 

 融合素材のためにライフを省みない気持ちは分かるが、何故そのカードをセレクトしたのか…そして何故十代はそんなに嬉しそうなのか。

 

「流石にそう簡単にやらしちゃくれねぇか。俺は《フレンドッグ》を守備表示で召喚して、ターン終了!」

 

《フレンドッグ》DEF/1200

 

「私のターン! ドロー! 私は《融合》を発動!手札の《エトワール・サイバー》と場の《ブレード・スケーター》を融合!《サイバー・ブレイダー》を融合召喚!」

 

《サイバー・ブレイダー》ATK/2100

 

「行くわよ十代!《サイバー・ブレイダー》で《フレイム・ウィングマン》に攻撃!《サイバー・ブレイダー》は相手フィールド上のモンスターが2体のとき、攻撃力が倍になる!」

 

《サイバー・ブレイダー》ATK/2100→4200

 

 二人ともどうしてそんなにさくさくと融合できるのだろう。それと懸念していたことだが、《サイバー・ブレイダー》の効果は対象プレイヤーとの一対一で計算されるようだ。翔と十代の二人分のフィールドで計算すると思っていたのだが、相手という括りだと味方である俺も合わせてしまう可能性があるからだろうか?

「くっ、罠発動!《ヒーローバリア》!《サイバー・ブレイダー》の攻撃を無効にする!」

 

「そう、なら私はこのままターン終了よ。」

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 二人だけでかなり白熱しているので、もうタッグデュエルでなくても良いと思っていたのは俺だけだったようだ。

 

「僕は《パトロイド》を攻撃表示で召喚! そして効果を発動して、明日香さんのセットカードを1枚見せてもらうよ!」

 

《パトロイド》ATK/1200

 

「私のセットカードは《ホーリーライフバリアー》よ」

 

 おぉ、翔が《パトロイド》の効果を発動している…ちゃんと学習したんだな。それにしても、さっきの攻撃をそのカードで防御するのではダメだったのだろうか。

 《ホーリーライフバリアー》は「相手から受ける全てのダメージを0にする」としか書いていないためわかりにくいが、実はモンスターの戦闘破壊も防ぐことができる。それともアニメ効果では破壊されるのだろうか。

 

「なら僕は《パトロイド》で葵くんの《フェデライザー》を攻撃! シグナルアタック!」

 

《パトロイド》ATK/1200

《フェデライザー》DEF/1100

 

「戦闘によって破壊されたことで《フェデライザー》の効果発動、デッキからデュアルモンスターを墓地に送り、1枚ドローする」

 

 ここで間違ったカードを墓地に送ってもデュエルディスクが自動識別してエラーを吐き出すため、カード名は宣言しなくても墓地に落とせる。公開情報とはなんだったのか。演出の都合上原作にはよくあることだし、こちらとしても好都合だから気にしないようにする。

 

「僕はターン終了だよ!」

 

「俺のターン、ドロー。《シャドウ・ダイバー》を攻撃表示で召喚。そして《パトロイド》を攻撃」

 

 例によって俺の影から出てきて、《パトロイド》を切り裂いてから帰っていく悪魔。フィールドにいるフードの男はいったい何者なのだろうか。

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

《パトロイド》ATK/1300

 

十代・翔LP6600→6400

 

「さらにカードを1枚伏せてターンを終了」

 

「俺のターン! ドロー!《フレイムウィングマン》で《シャドウ・ダイバー》に攻撃! フレイムシュート!」

 

「リバースカードオープン、《デュアル・ブースター》!《シャドウ・ダイバー》に装備して攻撃力を700上昇する。返り討ちだ」

 

「うげっ」

 

 フィールドに発電機のようなものが現れ、俺の影にいた悪魔に力を供給する。悪魔は《フレイムウィングマン》を切り裂いたあと影に戻ったが、悪魔の部分が白く光っており全く隠れることができていない。それでいいのだろうか。

 

《フレイムウィングマン》ATK/2100

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500→2200

 

十代・翔LP6400→6300

 

「俺はカードを1枚伏せてターンを終了だ」

 

「私のターン、ドロー!《サイバー・ブレイダー》で十代の《フレンドッグ》に攻撃!」

 

 《サイバー・ブレイダー》は地面をあたかもスケートリンクかのように滑って移動し、そのまま《フレンドッグ》を蹴り飛ばした。動物虐待という単語が頭をよぎったが、お互いモンスターなのでそうではないはずだ。

 

《サイバー・ブレイダー》ATK/2100

《フレンドッグ》DEF/1200

 

「くっ《フレンドッグ》の効果発動! 墓地の《融合》と《フェザーマン》を手札に加えるぜ! さらに《ヒーロー・シグナル》を発動して、デッキの《クレイマン》を守備表示で特殊召喚だ!」

 

《クレイマン》DEF/2000

 

「私はこのままターンエンドよ」

 

「僕のターン、ドロー! 手札から《融合》を発動! 手札の《スチームロイド》とフィールドの《ジャイロイド》を融合!《スチームジャイロイド》を攻撃表示で召喚!」

 

《スチームジャイロイド》ATK/2200

 

 …これは俺も融合しなければならない流れなのだろうか。だが融合が手札に無いし、融合主体というわけでもない。素材はいくらでもあるのだが…

 

「《スチームジャイロイド》で明日香さんの《サイバー・ブレイダー》に攻撃!」

 

「《サイバー・ブレイダー》は相手がコントロールするモンスターが1体のみの時、戦闘によっては破壊されないわ。パ・ド・ドゥ!」

 

「それでもダメージは受けてもらうっす!」

 

 《サイバー・ブレイダー》煙に巻かれていたが、突進は受け流したようで滑りながら後退してきた。

 

《スチームジャイロイド》ATK/2200

《サイバー・ブレイダー》ATK/2100

 

明日香・葵LP5900→5800

 

「カードを1枚伏せて、ターン終了!」

 

「俺のターン、ドロー。《シャドウ・ダイバー》を再度召喚する」

 

「お、出たな、葵の再度召喚! どんな効果を見せてくれるんだ?」

 

 そういえば対戦相手からこんなにワクワクした目で見られたのは初めてだ。

 「二度手間」といわれてそれに突っ込むのが定番になってきたので、なんとなく調子が狂う。

 

「再度召喚した《シャドウ・ダイバー》の効果発動、自分フィールド上の闇属性レベル4以下のモンスター1体はこのターン相手に直接攻撃することができる!」

 

「そんな!」

 

「《シャドウ・ダイバー》で十代に直接攻撃!」

 

 俺の影に潜ったはずの悪魔は、十代の影を白く光らせながら勢い良く飛び出した。そのままニヤリと笑って腕を振り下ろして攻撃し、今度は十代の影に潜ったと思えば俺の影に戻ってきたようで、俺の影が白く光っていた。

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/2200

 

十代・翔LP6300→4100

 

「ライフ逆転だな。カードを1枚伏せてターンを終了」

 

「へへっ、ワクワクしてきたぜ。俺のターン! ドロー!」

 

「俺は、《融合》発動! 手札の《スパークマン》と場の《クレイマン》を融合!《E・HERO サンダージャイアント》を融合召喚! そして効果発動! 元々の攻撃力がこのカード以下のモンスターを1体破壊するぜ! 俺が破壊するのは明日香の《サイバー・ブレイダー》だ! 行け、サンダージャイアント! ヴェイパー・スパーク!」

 

 そういえばアニメの初期は手札コストが無い代わりに、召喚時効果だったな。

 OCG効果だったとしても1ターンに1度の制限があるので全滅させられることはなかったが、次の十代のターンで酷い目にあうことは想像に難くない。

 

「《サンダージャイアント》で明日香に直接攻撃! ボルティック・サンダー!」

 

「リバースカードオープン《ホーリーライフバリアー》! 手札を1枚捨ててこのターンの破壊とダメージは無効になるわ!」

 

 明日香さんめがけて雷が放たれたが、白いバリアがそれを防いでいた。

 雷が迫ってくるのに怯むどころか、瞬き一つしない明日香さんは男前だと思う。

 

「ちぇ。俺はカードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

「それじゃあ私のターンね。ドロー! 私は《サイバー・チュチュ》を召喚! このモンスターはこのカード以下の攻撃力を持つモンスターがいなければ直接攻撃ができるわ!《サイバー・チュチュ》で十代に直接攻撃!」

 

 効果による直接攻撃なので十代でも翔でもよかったのだろうが、二人揃って十代を狙ってしまうのは親しみやすいからだろう。そういうことにしておく。

 

《サイバー・チュチュ》ATK/1000

 

十代・翔LP4100→3100

 

「私はカードを1枚伏せてターン終了よ」

 

「僕のターン、ドロー!《スチームジャイロイド》で葵くんの《シャドウ・ダイバー》に攻撃!」

 

 相打ち覚悟で翔が攻撃してくるようだ。流石に2200の直接攻撃は脅威ということだろう。

 

「おっと、攻撃宣言時にリバースカードオープン、《正統なる血統》。これで墓地の通常モンスターを1体蘇生させてもらうぞ」

 

「構うもんか! いけぇ! ハリケーンスモーク!」

 

「迎撃だな、リッピング・フロム・シャドウ!」

 

《スチームジャイロイド》ATK/2200

《シャドウ・ダイバー》ATK/2200

 

 白く光る悪魔が《スチームジャイロイド》を攻撃を加えるが、《スチームジャイロイド》は止まらずにそのままフードの男に突撃する。

 

 土煙が晴れるとそこに立っていたのは、高潔さを示すかのような純白に燃えるような紅をあしらった全身甲冑の騎士だった。

 

《フェニックス・ギア・フリード》ATK/2800

 

「ここで最上級モンスターだって!」

 

「そんなモンスターいつの間に…そうか、《フェデライザー》か!」

 

「正解、さらに《デュアル・ブースター》の効果で既に再度召喚状態になっているぞ」

 

 まさかこの効果を使うことがあると思わなかった。このカードが破壊される頃には、すでに再度召喚しているにしろ、殲滅されているにしろ、再度召喚されていないデュアルモンスターが存在しないということの方が多いので、この効果を使う機会というのはあまりないのだ。

 

「うぅ、僕は《サイクロイド》を守備表示で召喚してターンを終了するっす…」

 

《サイクロイド》DEF/1000

 

「よしきた俺のターン、ドロー!《竜影魚レイ・ブロント》を攻撃表示で召喚! そしてバトルだ!《フェニックス・ギア・フリード》で《サンダージャイアント》を攻撃! フェニックス・スラッシュ!」

 

十代・翔LP3100→2700

 

「《竜影魚レイ・ブロント》で十代に直接攻撃!」

 

「罠カード《ヒーロースピリッツ》! ヒーローが戦闘によって破壊されたバトルフェイズ中に発動出来る! 相手モンスターからの戦闘ダメージを0にする!」

 

「追撃ならずか。カードを1枚伏せてターンを終了する」

 

「俺のターン! ドロー!《バブルマン》を召喚! 自分フィールド上に他のカードが無い時、カードを2枚ドロー! …よし、《強欲な壷》を発動! さらに2枚ドロー!」

 

《バブルマン》ATK/800

 

 出た強欲な泡男! 原作効果のこいつは、手札の枚数に関係なくフィールドのカードさえなければドロー効果を使える。流石に特殊召喚効果は手札1枚の時限定だが、十代に手札補充をさせる危険性を考えるとそんな場合じゃない。

 

「おっと、ここで《フェニックス・ギア・フリード》の効果が発動する。相手が魔法カードを使った場合、墓地のデュアルモンスターを一体場に特殊召喚することができる。《シャドウ・ダイバー》を攻撃表示で蘇生!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

 不死鳥の騎士が剣を掲げると、騎士の隣に炎の渦巻きが現れて中からフードの男が降り立ち、そして悪魔がひょいっと俺の影から顔をだした。相変わらず悪魔とフードの男の関係性がよくわからないが、今は考えないようにしよう。

 

「そんな! モンスター蘇生効果だって!?」

 

「そんな効果を持ってたのか! くぅ~、燃えるぜ! 俺はさらに《天使の施し》を発動! 3枚ドローして、手札から2枚墓地に捨てる」

 

「さらに手札から魔法カード《O-オーバーソウル》!《スパークマン》を特殊召喚! そして《融合》発動! 場の《スパークマン》と《バブルマン》、さらに手札の《フェザーマン》を融合!《E・HERO テンペスター》を融合召喚!」

 

《E・HERO テンペスター》ATK/2800

 

「おっと、残念ながらそいつには退場してもらおう。リバースカードオープン、《デュアルスパーク》!《シャドウ・ダイバー》を生け贄に、《テンペスター》を破壊して一枚ドロー」

 

「まだまだぁ! 俺は通常魔法《二重召喚》を発動! これでこのターン俺はもう一度通常召喚することができる!」

 

「そして手札から《ホープ・オブ・フィフス》を発動! 墓地の《フェザーマン》、《バーストレディ》、《クレイマン》、《スパークマン》、《バブルマン》をデッキに戻して、俺の手札、フィールドに他のカードが存在しない時、デッキから3枚ドローする!」

 

 まだドローソースを持っていたことに驚きを隠せない。しかも《二重召喚》を先に使うことで手札を使い切って追加ドローまでする始末だ。

 

「だけど魔法カードを発動したから《フェニックス・ギア・フリード》の効果発動だ。《シャドウ・ダイバー》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

「よし、《E-エマージェンシーコール》を発動!《バブルマン》手札に加えて、そのまま攻撃表示で召喚だ! カードを2枚ドローするぜ!」

 

《バブルマン》ATK/800

 

 こいつ、1ターンの間に何枚ドローするつもりなんだろうか。それさっき戻したカードをしっかりサーチして再利用する辺り、いっそ清々しい程のドロー運だ。

 

「手札から《ミラクルフュージョン》を発動! 墓地の《ワイルドマン》と《エッジマン》を除外して融合!」

 

「そんなカードいつの間に…って二枚も捨てていたし、《天使の施し》だよな。」

 

「おう!《E・HERO ワイルドジャギーマン》を融合召喚!」

 

《E・HERO ワイルドジャギーマン》ATK/2600

 

「しっかし凄まじいラッシュをかけてきたな…それでも《ワイルドジャギーマン》じゃ、《フェニックス・ギア・フリード》には届かないな」

 

 たかが200の差だが、されど200の差である。《ワイルドジャギーマン》にはパンプアップ効果はないし、《フェニックス・ギア・フリード》にデメリット効果があるわけでもない。それぞれの効果ではこの差は覆されない。

 

「へへっ焦るなって、お楽しみはこれからさ! 魔法カード《H-ヒートハート》を発動! エンドフェイズまで《ワイルドジャギーマン》の攻撃力を500ポイントアップして、守備モンスターを攻撃した時その守備力を上回った分だけ相手にダメージを与える!」

 

 うわぁ…これで《フェニックス・ギア・フリード》が突破されることが決定した。伏せてある《フォース・リリース》じゃせいぜいダメージ軽減が限界だし、明日香さんの伏せカードに期待せざるをえないんだが…どうなるんだろう。

 

「さらに、《R-ライトジャスティス》を発動! 俺のフィールド上に存在するE・HEROの数だけ魔法・罠を破壊するぜ!俺のE・HEROは2体! 明日香と葵の伏せカードを破壊だ!」

 

「ここで伏せ除去だと!? リバースカードオープン!《フォース・リリース》! この効果でフィールド上のデュアルモンスターは全て再度召喚状態となり、《竜影魚レイ・ブロント》の攻撃力は2300となる!」

 

《竜影魚レイ・ブロント》ATK/1500→2300

 

 ちなみに明日香さんの伏せは《攻撃の無力化》だった。この状況で除去されたのは非常に痛いが、こればっかりはどうしようもない。計算上は総攻撃されてもまだ残る訳だし、明日香さんのターンに期待しよう。

 

「そして、《ヒーローフラッシュ!!》発動! 墓地の《H》《E》《R》《O》の4枚を除外して、デッキから《フェザーマン》を特殊召喚するぜ! そしてこのターン、E・HEROの通常モンスターは直接攻撃することができる!」

 

 驚異的なドロー運を持つ十代が《E》を使った時点で実は予想が付いていたことだが、本当にやりやがった。しかし後半の効果はこちらのモンスターが全滅するので、蛇足になってしまったな。

 

「行くぜ、バトル!《ワイルドジャギーマン》は相手の全てのモンスターに攻撃する事ができる! いっけぇ! インフィニティ・エッジ・スライサー!」

 

《ワイルドジャギーマン》ATK/3100

《フェニックス・ギア・フリード》ATK/2800

《竜影魚レイ・ブロント》ATK/2300

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

《サイバー・チュチュ》ATK/1000

 

明日香・葵LP5800→5500→4700→3100→1000

 

「トドメだ!《フェザーマン》で直接攻撃! フェザー・ブレイク!」

 

明日香・葵LP1000→0

 

—————

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

「二人ともありがとうっす」

 

 緊張がなくなったように爽やかな笑顔でお礼を言う二人。十代に関しては最初から緊張もなにも無かったように思うが、翔は肩の力がいい具合に抜けていた。

 

「私も当事者なんだから当たり前じゃない」

 

「そうだな、感謝するんだったら当日勝ってくれたらいいさ」

 

「俺は手伝うことはできないけど、応援してるんだな」

 

 十代なら多少足を引っ張られたところで逆に絶好調になるだけだと思うので、それほど心配はしていない。

 

「そろそろ寮で夕食の時間だし、俺はそろそろ寮に戻らせてもらおう」

 

「おう! じゃあな!」

 

 

 

 制裁デュエル当日、十代と翔は迷宮兄弟に勝利して無事に退学を免れることができた。しかしながら罰は罰ということで、結局反省レポートを書くことになっていた。鮫島校長は公正な人物のようで、明日香さんにも密かにその課題が出ていたらしい。

 

 授業中にぐったりしている面々をみて、起こさずにそっとしておくことにした。

 




十代のデッキがブンブンまわります。おかげで翔が空気です。

そういえばタッグデュエルが公式になるそうですね。
今回使ったルールは迷宮兄弟戦のルールを参考にしたのですが、公式ルールの方が使い勝手は良さそうなんですよね。
次回以降タッグデュエルをすることがあれば、公式ルールにするかもしれません。


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7.ビッグバンっていうな!

 レッドとイエローによる野球の交流試合、8回裏ツーアウトで迎えた俺の打順。

 ピッチャーは遊城十代、登板してからは驚異的な速球で多くの三振を奪っている。俺もここまでの回さっぱり打てず、今もツーストライクまで追いつめられてしまった。

 

「へへっ、また三振をもらうぜ!」

 

「仕方がない、十代は右投げだよな? 俺も右利きだから右打席に入っていたが…スイッチ、ここからは左打席だ」

 

「何!」

 

「俺はどっちの打席でも感覚に差はないからな。終盤だし、遠慮はなしだ」

 

「面白ぇ! 行くぜ葵!」

 

「来い! 十代!」

 

 十代の性格を反映するように、ストライクゾーンに向けてまっすぐ投げられた白球。予想通りのコース、予想通りの速度、それに合わせて勢いよく振られたはずのバットはそのまま空を切り、ミットからは軽快な音が響いた。

 

「ストライク! バッターアウト! チェンジ!」

 

 感覚が変わらないといったのは本当である。どちらにしても打てないため、感覚も何もあったものじゃないとも言う。結局この回も点が取れず、レッドチームに3点リードされたまま9回表を迎えることとなった。

 

「かっとばせー! 十代!」

 

 そして現在2アウト1、2塁のピンチで十代の打順が回ってきてしまった。レッド生の応援が体育館に響く。ピッチャーとしてもバッターとしても優秀な十代は、この状況ではまさしくヒーローになれるだろう。

 

「よし! まかせとけ、ここで一発打てば、1点、2点、3点追加で一気に決まりだぜ!」

 

 こちらのピッチャーは疲れもあって、制球が甘くなってしまっている。こんなときにピッチャーをできる奴が他にいれば、そんな益体もないことを考えていると今までこの場にいなかった男の声が聞こえた。

 

「その試合待ったぁ!」

 

 ラーイエロー学年主席こと、三沢大地だ。ほとんどの生徒が気付かずにそのまま試合を始めてしまったのだが、ここまで遅れるとは思わなかったので先に始めて正解だったのかもしれない。一体何故こんな大遅刻になってしまったのだろう。

 

「遅れてすいません、ついデッキ構築論に夢中になってしまって」

 

 そんな理由で授業を大幅に遅刻しても許されるのは、ここがデュエルアカデミアだからだろう。このピンチの状況でこの男の登場は非常に心強い。レッドの英雄たる十代に対抗できるのは、イエローの豪傑たる三沢を置いて他にはいないだろう。

 

「ピッチャー交代だ! ピッチャー三沢!」

 

「ついに出てきたな、三沢! しかしお前の球もあそこに叩き込んでやる!」

 

「いや、俺の球は打たれはしない」

 

 お前一人称変えたのか。確か初めてあった時は一人称が僕だった気がするんだが、熱くなっているせいだろうか。それとも入学二ヶ月経とうかというこの時期に高校デビューという奴だろうか。

 

「君の攻略法はすでに計算済みだからだ。」

 

 先ほど来たばかりなのに、いつの間に攻略法を計算していたのか非常に気になる。三沢のことだから伊達や酔狂ではないだろうし、瞬算というやつかもしれない。

 

「行くぞ、方程式バージョン1!」

 

 三沢の投げた球は大きくぶれ、いくつにも分裂したような軌道を描きながらミットに収まった。明らかに人間が投げられないような球を投げた三沢もすごいが、取りこぼさなかったキャッチャーもすごいと思う。

 

 そのまま十代を空振り三振に討ち取り、見事ピンチを凌ぎきった。そして迎えた9回裏、イエローチームの攻撃。初めの二人が三振に討ち取られてしまったのだが、そこから十代が四球を連発してこれで満塁である。

 

 一体何故かと思ったが、すぐにその理由に思い至った。

 

「借りはきっちり返さないと行けないからな。三沢! 今度こそお前を討ち取ってやる!」

 

 つまりそういうことだ。わざわざ満塁のピンチを作り出してまですることなのかは微妙な所だったが、負けず嫌いな十代としては先ほど三振に討ち取られたリベンジを果たしたいようだ。

 

「それもできないことだな。キミを打ち崩す方程式ももうすでに出来ている。俺はその数式に乗っ取り、お前を叩くまでのこと。そして、負けたお前は俺の言いなりとなれ!」

 

 しれっとペナルティを追加しているが、誰も気にした様子がない。デュエルにしろなんにしろ勝負事にペナルティや景品をつけたがる奴らが集まっているので、そういったものが当たり前という感覚なのかもしれない。

 

「勝負だ!」

 

「こい、一番!」

 

「行くぞ二番! 喰らえ! 俺がヒーローだ!」

 

 十代が投げた球はこれまでよりも速かったが、三沢はそれすらも予測していたのだろう。三沢の振るったバットが十代の豪速球に直撃し、打球は脇の用具室へと吸い込まれて…誰かに当たったようだ。跳び箱などが滅茶苦茶になってしまっている。

 

「あの、すみませーん」

 

 十代と翔が駆け寄った先にいたのは、クロノス教諭だったようだ。左目にボールがめり込んでいるようにも見えるが、十代達に怒鳴っているのを見る限り問題はなさそうだ。

 

「すみませーん、打ったのは俺なんですー」

 

「シニョール三沢、シニョール三沢といえば成績ダントツの生徒ナノーネ、万丈目の変わりに使えるカモーネ」

 

 駆け寄ってきた三沢を見た途端、クロノス教諭が何やらぶつぶつと言い始めたがよく聞こえない。しかしあれだけ動き回ってもボールが落ちないだなんて、やはりめり込んでいるのかもしれない。

 

「あの、治療費俺持ちですか」

 

 保健室を利用するなら治療費も何もないだろうが、もしもボールがめり込んでいるのなら島の外にある病院に搬送される可能性もある。

 

「ノンノンノン、優秀な生徒には寛容なのはこの学園デース。そのかわり…」

 

 その言い方から察するに、ぶつけたのが優秀でない生徒だったら治療費を請求していたようだ。そのかわり条件があるようだが、ちょっとした手伝いでもさせられるのかもしれない。気になるのでそっと聞くことに集中する。

 

「あ、お前達には関係ないノーネ! シッシッシッ、さしすせシッー!」

 

 聞き耳を立てようとしていたが、クロノス教諭に気付かれてしまったようだ。

 犬歯をむき出しにして唸るクロノス教諭に、十代と翔も一緒に追い出されてしまった。

 

—————

 

 三沢とクロノス教諭の話が終わった後、イエロー寮に向かって歩いている。十代には三沢に負けた罰ゲームということで、やってもらいたいことがあるらしい。ついでに俺と翔も手伝って欲しいということだが、いったい何をするのだろうか。

 

「三沢って野球上手いんだな」

 

「結局兄貴こてんぱんっすもんね」

 

「ふっ、秘訣はコレさ」

 

 そういって三沢が見せたのは数式がびっしりと書いてあるバット…アカデミアの備品を勝手に持ち出したあげく、油性ペン落書きするとはなかなかの度胸だ。暗算では難しい計算だということはわかるのだが、他に書くものはなかったのだろうか。

 

「俺が投げた球もすべて計算で編み出された配球だったってわけさ」

 

「へぇ、そんなことができるのか」

 

「で、僕たちの罰ゲームってなに?」

 

「まぁ、俺の部屋にはいってくれよ」

 

 本の貸し借りなどは教室で行っているため初めて三沢の部屋に入ったが、計算式が壁中どころか天井にまで埋め尽くされている。天井や高い所にある式は、部屋の隅にある脚立を使って書いたのだろう。

 

「おれが思いつくままに書き留めた数式さ」

 

 シュレッディンガーの猫、アボガドロの分子説、風が吹けば桶屋が儲かる確率式と次々と紹介されるが、初めの二つはまだしも最後の式に関しては証明をするために使用したデータは、いったいどこから引用されたのかが非常に気になる。

 

「この星々の、ビックバンの手伝いをしてもらいたい!」

 

 これはもしや《ビッグバン・シュート》の出番なのだろうか。冗談でもそんな考えが浮かんだあたり、この世界に順応してきたのかもしれない。

 

「「「これぞ! ビッグバンだ!」」」

 

 他の三人が元気に叫んでいる通り、現在ビッグバンの真っ最中である。やっていることは要するにペンキ塗りなのだが、部屋全体をやるには一人では手が足りなかったので十代や俺に手伝いをさせることにしたようだ。

 

「始まりじゃなくて終わりだから、むしろビッグクランチだけどな」

 

「まぁ細かいことはいいじゃないか」

 

 もちろん樺山教諭には許可をとってあるそうだし、安全性を考えて塗料も水性のものをつかっているのだが、いかんせん素人なので塗り方にムラがある。業者を呼んでやってもらった方がよかったのではないだろうか。三沢がそれでいいなら構わないのだが。

 

—————

 

 ちょっとした事故によりペンキのかけ合いになってしまったが、おおむね問題なく塗装は完了した。共同浴場でそれぞれ汚れを落とし、全員揃ってイエロー寮の食堂に来ていた。

 

「わりーな! 三沢! 罰のはずだったのにごちそうにまでなってしまって」

 

「すごいごちそうっすよ!」

 

「それじゃあじゃんじゃん喰ってくれ。いくらでもごちそうするぜ」

 

「こんなもの誕生日にも出してもらったことねぇ!」

 

 オシリスレッドの二人が食事に目を輝かせているが、ラーイエローではその気になれば月一ぐらいでは食べることができるレベルの物だ。オベリスクブルーの食事をした日なんかには、驚きすぎて卒倒するんじゃないだろうか。

 

「そういえば、さっきクロノス教諭と何話してたの?」

 

「あぁ、寮の入れ替えテストのことさ」

 

「部屋も綺麗にしたってことは!」

 

「三沢、お前!」

 

「お前がレッド降格だったらアカデミアに抗議ものだし、ブルー昇格か。おめでとう」

 

「まだ、そうと決まったわけじゃ」

 

 しかしあの部屋は三沢が使う物とばかり思っていたのだが、ブルーから落ちてくる奴が踏んだり蹴ったりだな。ブルー寮から落ちてきて新しく入ることになった部屋がペンキ塗りたてで、しかも素人仕事でかなり塗りムラがある。

 

「そうでしょ、そうでしょ!」

 

「入試のときだって抜群に強かったもんな! オベリスクブルーに入るのは当然だぜ! よかったなー三沢!」

 

「よかったよかった」

 

 ひとしきり喜んでから再び料理にがっつく十代と翔。

 

 結局三沢は天井も床もペンキで塗りたくったせいで寝る場所がなく、俺の部屋にもベッドをもう一つ運び込むスペースどころか予備の布団もないということでレッド寮の十代の部屋で布団を敷いて寝ることにしたらしい。

 

 会場と時間は教えてもらったので、明日はもちろん見物にいくつもりである。しかし三沢が昇格試験と聞いて、何かが頭に引っかかるのだが一体なんだったか。

 

—————

 

 三沢より先に会場についてしまったのだが、そこにいたのはクロノス教諭と万丈目だった。どうやら三沢の相手は万丈目だったらしい。そこでようやく万丈目がアカデミアを放逐される話があったことに思い至る。

 

「何故シニョールがここにいるんでスーノ?」

 

 周りに他の生徒もいないことから、ほとんど周知されていなかったようだ。そんな状況で関係のない生徒がふらふらやってきたら、疑問に思って当然だろう。

 とはいっても、特に後ろめたいこともないので正直に話すことにする。

 

「三沢君が入れ替えテストを行うと聞いたので、見学に来たのですがまずかったでしょうか」

 

「イイーエ、別に構いませンーノ」

 

「ふん、せいぜい俺の華麗なデュエルをその目に刻み付けるといい。この万丈目準様の華麗なデュエルをな!」

 

 許可も降りたことだし、間近で見るとしよう。観客席まで回って座っていた方がいいだろうか。それならば足も疲れないし、ソリッドヴィジョンに巻き込まれないし、いい考えかもしれない。

 

 待ち始めてからそれなりの時間が経ち、ようやく三沢がやってきた。

 十代や翔も一緒だが、記憶が正しければカードが海に捨てられる事件があったはずだ。誰も濡れていないということは、回収はしていないみたいである。

 

「遅いーノネ、シニョール三沢」

 

「とっくに尻尾を巻いて逃げ出したのかと思ったよ」

 

 万丈目が人の悪そうな笑みを浮かべて、一段高い所から三人を見下ろしている。何とかと煙は高い所が好きという言葉がふと頭をよぎったが、それを言ってしまうと観客席にいる俺はもっと高い所にいるので墓穴を掘ることになるだろう。

 

「それじゃあ三沢の寮の入れ替えの相手って…そうか、三沢のカードを捨てたのはお前か!」

 

「何の言いがかりだ十代、どうしておれが」

 

「本当にいいがかりかしら?」

 

「明日香、カイザー亮」

 

「私見てしまったの、万丈目くんあなたが今朝海岸にカードを捨てた所を…やっぱり気になって事情を聞きにきたけど」

 

「汚いぞ万丈目!やっぱりお前が!」

 

 明日香さんが来た理由はよくわかったが、カイザーは何故ここにいるんだろう。

 明日香さんの付き添いだろうか。教室全体を見渡しているので、何かを探しているのかもしれない。

 

「黙れ! 俺は自分のカードを捨てたんだ。それとも、そのカードに名前でも書いてあったのか?」

 

「万丈目!」

 

 あまり関係のない話だが、友人にカードの裏にペンで名前を書いてスリーブに入れていた奴がいた。こうすれば盗まれても安心だと豪語していたが、結局盗まれてしまったら取り返すことは難しいこと上に売れなくなるため、結局すぐにやめたらしい。

 

「俺を泥棒呼ばわりした責任は取ってもらうぞ」

 

「いかがでしょう、このデュエルで負けた方が退学になるというのは」

 

「むちゃくちゃだ!キーカードをなくした三沢のデッキは!」

 

「いや、そのデュエル、受けて立つ!」

 

 退学なんて条件をあっさり受けるのがすごいな。負ければ高校中退という人生のリスクを背負うというのに一切の躊躇がないのは、負けることがないという自信の現れだろうか。

 

「心配をかけて悪かったな、十代。捨てられたデッキは、調整用に使う寄せ集めのデッキ! 俺の本当のデッキはここにある! 見ろ! 俺の知恵と魂をこめた6つのデッキを!」

 

 そういうと三沢は制服の前を大きく開き、中のベストを見せつけた。ランボーよりも春先の変態が想像されてしまうのは、光の結社編での衝撃のせいだろう。

 

「風! 疾きこと風のごとく! 水! 静かなること水のごとく! 火! 侵掠すること火のごとく! 地! 動かざること地のごとく! 闇! 悪の闇に光さす!」

 

 三沢屈指の名シーンだけに、こちらに背を向けているのが残念だ。それにしても風林火山をモチーフにしているのは分かるが、闇と光だけやっつけな気がしてならない。

 

「む、6つのデッキだと!? そんなこけおどし、この俺の恨みの炎で焼き尽くしてやるわ!」

 

「ふ、決まった。お前を倒すデッキはこれだ!」

 

 月一試験で十代とデュエルした時の万丈目のデッキが【VWXYZ】だったのを見ていたはずなのだが、それを一切考慮せずに台詞だけでデッキを決めてもよかったのだろうか。

 

「セットアップ! これがこけおどしのデッキなのかどうか、すぐにわかるぜ! 万丈目!」

 

「来い、三沢!」

 

「「デュエル!」」

 

—————

 

 三沢の《ウォーター・ドラゴン》が《炎獄魔人ヘル・バーナー》ごと万丈目を洗い流してデュエルが終了した。これが計算通りというのなら、もはや未来予知の域だ。

 

「万丈目、お前はデュエリストとして」

 

「うるさい、お前が偶然水属性デッキを選んだために、俺は!」

 

「違うな、偶然なんかじゃない。お前が教えてくれたんだ・・・デュエルの前に」

 

 しかし今回の万丈目のデッキは、名前に地獄を連想させる単語があるカードという以外の共通点を見いだせないデッキである。むしろ《ウォーター・ドラゴン》が刺さったことが驚きだ。

 

「つまり、デュエルの前からこの勝負は決まっていた。そして万丈目、海に捨てられていたカードは間違いなく俺の物だ」

 

「何故分かる」

 

「それはこいつにメモしちまったからだよ、数式を…これが証拠だ、こんな落書きのあるカードは世界にった一枚だけだろうからな。万丈目! カードを大切にできないものは、デュエリストとして失格だぞ!」

 

 カードに落書きをするお前には言われたくなかっただろう。それと気になったこととしては、落書きしたカードはデュエルディスクに読み取られるのだろうか。後で三沢に聞いてみよう。

 

「シニョール三沢、ユーのオベリスクブルーの編入を認めるノーネ」

 

「いえ、そのお誘いはお断りします」

 

「おぅ、何故ナノーネ」

 

「俺は、オベリスクブルーに入るなら、この学園でナンバーワンになった時と、入学式のときに決めたんです」

 

 俺たちの学年では万丈目がブルー男子最強のはずなので、名目上はナンバーワンを名乗ってもいいと思うのだが三沢はそれでは満足できないようだ。

 

「十代、オベリスクブルーに入るのはお前を倒してからだ」

 

「よし、今すぐデュエルをやろうぜ! 俺も、お前と戦いたくてうずうずしてたところさ」

 

 むしろ十代は戦いたくてうずうずしていない時間の方が短いと思うのだが、戦いたい相手が決まっているのはあまりないことかもしれない。

 

「残念だが、今は駄目だ」

 

「え?なんでだよ」

 

「ここにあるデッキはまだ完成していない。この6つのデッキはお前の【E・HERO】デッキを研究するための試作デッキに過ぎない」

 

「試作デッキ?」

 

「し、試作のデッキだと、俺は、そんなものに俺は負けたのか」

 

 素直に【E・HERO】を構築してみた方がよっぽど研究になると思うのだが、それだとその構築を前提にして動いてしまうということで、あんな回りくどい研究の仕方をしているのかもしれない。

 

「多分、新しく塗った部屋の壁が数式で埋め尽くされる頃にはできるだろう。お前の【E・HERO】デッキを破る、俺の七番目のデッキが!」

 

「俺をまかすデッキだと? おもしれぇ! そのときこそお前と勝負だ!」

 

「来い二番!」

 

「いくぞ、一番くん!」

 

 二人がめらめらと燃えているのがわかる。それにしても数式を壁紙に直接書き込むのは、樺山教諭に注意されないのだろうか。部屋替えがあった時の手間が明らかに大きいと思うのだが、どうなんだろう。

 

「このままデーハ、誇り高きオベリスクブルーの生徒が減ってしまうノーネ」

 

 クロノス教諭がまた何かつぶやいていたが、距離が遠いこともあってあまり聞き取れなかった。何やら嫌な予感がするので、今のうちにひっそりと退場したほうがいいかもしれない。

 

「シニョール代田、オベリスクブルー編入試験に挑戦するつもりはおありでスーノ?」

 

「え、あ、はい」

 

 急にこちらに話題が振られて思わず返事をしてしまった。万丈目以外はこちらを見ており、驚いた顔をしているがやはり誰一人として気付いていなかったようだ。座っていたのが十代達の後ろ方向だったというのも原因だろう。

 

「え、葵くん、いたの?」

 

「ずっといた!」

 

 翔にしれっと酷いことを言われた。誰もこちら向いてなかったから、まったく気付かれていなかっただけだ。決して空気になったのではないと信じたい。そういうのは三沢の役目のはずだ。

 

「せっかくなノーデ、ワタシが直々に相手をするノーネ」

 

「いえ、ここは俺にやらせてください!」

 

 カイザーがすごい勢いで食いついてきた。明日香さんを始め、周りにいる面々が少々引いている。理由は…恐らく《ヘルカイザー・ドラゴン》だと思われる。それ以外の理由はさっぱり思いつかない。

 

「わ、わかったノーネ。それでーは、シニョール代田とカイザーの試合を始めるノーネ」

 

 観客席から決闘場まで降り、カイザーと向かい合う。

 

「入試デュエルで君を見て、一度デュエルをしたかったんだ」

 

「学園最強のあなたに言われるなんて、光栄ですね」

 

「目は全然そう言ってはいないがな。俺を倒す気満々じゃないか」

 

 どうやらカイザーフィルターを通してみると、俺はやる気に満ちあふれたデュエリストのようだ。光栄と思っていないのは事実だが、面倒な展開になったというのが本音である。

 

「それではいくぞ!」

 

—————

 

「「デュエル!」」

 

「先攻は譲ろう」

 

 サイバー流でその台詞はずるいと思うのだが、譲られて遠慮するのもおかしな話だ。ここは先攻なら罠を張れると考えよう。…召喚反応のカードは入っていないので、大したことはできないのだが。

 

「ドロー。《サンライズ・ガードナー》を守備表示で召喚して、カードを2枚伏せる。ターン終了」

 

《サンライズ・ガードナー》DEF/500

 

 今伏せたのは《スペシャル・デュアル・サモン》と《二重の落とし穴》だ。《サイバー・ドラゴン》来ても再度召喚すれば攻撃を防げるし、融合体で戦闘破壊されても《二重の落とし穴》でまとめて潰せるのでなんとかなるだろう。

 

「俺のターン、ドロー。相手フィールドにのみモンスターが存在する時、俺は手札から《サイバー・ドラゴン》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

《サイバー・ドラゴン》ATK/2100

 

 やはり初手で握っていたか。下級アタッカーをことごとく粉砕するカードとして、長らくエースカードの座に君臨し続けた凶悪モンスター。自身が直接殴るだけでなく、機械族メタとしての働きや圧倒的パワーを持つ融合体、さらには手軽な星5モンスターのため、シンクロやエクシーズなどに使用されることで現在も活躍する姿を見ることができる。

 

「そして、魔法カード《エヴォリューション・バースト》を発動。 相手フィールドのカード1枚を破壊する。 俺はこの効果で《サンライズ・ガードナー》を破壊する」

 

 再度召喚すれば耐えられる攻撃、そう判断したのであろう戦士は衝撃に備えて構えていたが、これは戦闘ではなく効果破壊だ。そのため機械の龍から吐き出された光線であっさり消し飛んでしまった。

 

「さらに《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚する。このモンスターはフィールド上に存在する限り、《サイバー・ドラゴン》として扱う」

 

 《エヴォリューション・バースト》の効果で、このターン《サイバー・ドラゴン》は攻撃することができない。それはこの《プロト・サイバー・ドラゴン》も同じはずだ。…ここで《融合》が飛んできたら後攻ワンキルされてしまうのだが。

 

「手札から《フォトン・ジェネレーター・ユニット》を発動!フィールド上の《サイバー・ドラゴン》2体を生け贄に、デッキから《サイバー・レーザー・ドラゴン》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

《サイバー・レーザー・ドラゴン》ATK/2400

 

「いくぞ、《サイバー・レーザー・ドラゴン》で直接攻撃! エヴォリューション・レーザーショット!」

 

 機械で作られた龍の尾が開き、そこに光が収束する。そして強い光を感じると胸に熱を感じた。きっと心臓がレーザーで貫かれたのだろう。体感システムだったので緩和されていたのだろうが、これが闇のデュエルだったら即死しそうなものだ。

 

《サイバー・レーザー・ドラゴン》ATK/2400

 

葵LP4000→1600

 

「俺はカードを2枚伏せてターン終了」

 

 初ターンから手札使い切るなんて大胆だな…こちらの伏せは無警戒なのだろうか。それともこちらの魔法・罠が、デュアルモンスターに依存していることを知っているのだろうか。前者ならまだしも、後者なら圧倒的に不利だ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 うっかりしたら次のターンでそのまま負けかねないため、伏せが怖くても動くしかない。

 

「永続魔法《金剛真力》発動! 相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、手札からレベル4以下のデュアルモンスターを1体特殊召喚できる。その効果で手札から《未来サムライ》を特殊召喚!」

 

《未来サムライ》ATK/1600

 

 そこには青白い裃を着た侍が、凛としてたたずんでいた。未来の侍だからか裃の下に着ているのは小袖ではなく機械的なインナーであり、腕にも機械的なサポーターと思われるものを着ている。

 

「そして、《未来サムライ》を再度召喚!」

 

 身体の各所に付けられたケーブルが宙に浮き、ゴーグル型のディスプレイや帯の部分に取り付けられたモニターに文字がせわしなく表示される。持っていた刀の光が緑色から紫色に変わり、裃が真っ白に染まった。

 

「《未来サムライ》の効果発動! 墓地の《サンライズ・ガードナー》を除外し、表側表示のモンスター1体を破壊する! 対象は《サイバー・レーザー・ドラゴン》だ! 紫電一閃!」

 

 侍が居合いの構えを取り、一瞬で距離を詰めるとそのまま跳躍し、一刀のもとに斬り捨てた。侍が着地すると同時に爆発する《サイバー・レーザー・ドラゴン》。

 

「《未来サムライ》でカイザーに直接攻撃! 来世斬!」

 

「リバースカードオープン!《リビングデッドの呼び声》! 俺は墓地から復活させるのは《サイバー・ドラゴン》!」

 

《サイバー・ドラゴン》ATK/2100

 

 カイザーに直接攻撃を行おうと走り出した侍であったが、突如目の前に現れた《サイバー・ドラゴン》を前に後退せざるを得なくなった。

 

「攻撃を中断してメインフェイズ2に移行。カードを1枚伏せてターン終了」

 

「俺のターン、ドロー。バトル、《サイバー・ドラゴン》で《未来サムライ》を攻撃! エヴォリューション・バースト!」

 

 《サイバー・ドラゴン》が吐き出した光線を斬ろうと刀を振るった侍であったが、徐々に押し返され、そのまま吹き飛ばされてしまった。

 

《サイバー・ドラゴン》ATK/2100

《未来サムライ》ATK/1600

 

葵LP1600→1100

 

「リバースカードオープン!《二重の落とし穴》! 再度召喚されたデュアルモンスターが戦闘によって破壊された時、相手フィールド上のモンスター全てを破壊する!」

 

 地震のような揺れがあり、《サイバー・ドラゴン》の足下が割れる。このまま落ちてくれれば反撃の目は充分ある。むしろそのまま削りきる勢いなのだが、果たしてどうなる。

 

「カウンター罠《トラップ・ジャマー》! 罠の発動を無効にして破壊する!」

 

 揺れが治まり、割れた地面も元に戻っていく。流石はアニメでも十代に負けたことがないカイザー、やはりそう上手くはいかないようだ。

 

「カードを1枚伏せ、ターン終了」

 

 手札温存とかそういうものはないらしい。伏せが《融合》なんてブラフを張られていない限り、次ターン《サイバー・ツイン・ドラゴン》に殴り倒されるという悲劇は回避できたとも思うのだが。

 

「俺のターン、ドロー! 《金剛真力》の効果発動! 手札から《デュアル・ソルジャー》を守備表示で特殊召喚! さらに再度召喚してターン終了」

 

《デュアル・ソルジャー》DEF/300

 

 少年とも言うべき小さな体躯の人物が現れた。緑色の服で目以外を完全に隠しているため、戦士というよりも忍者にも見える。守備表示であるため、両腕をクロスして防御姿勢をとっている。

 

「俺のターン、《強欲な壷》を発動し、カードを2枚ドロー」

 

 困ったときの壷とはよく言った物で、これで手札は2枚だ。正直普通の対戦ならそこまで怖くもないのだが、対戦相手がカイザーであり、場に《サイバー・ドラゴン》がいる状況で手札が2枚とくれば嫌な予感しかしない。

 

「そして、《融合》を発動! 手札と場の《サイバー・ドラゴン》を融合し、《サイバー・ツイン・ドラゴン》を召喚!」

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》ATK/2800

 

 ダメージソースとしては《サイバー・エンド・ドラゴン》より強いと噂をされる《サイバー・ツイン・ドラゴン》が出てきた。この攻撃力で二回攻撃、しかもこれで《パワー・ボンド》や《リミッター解除》をすればダメージ合計が簡単に1万の大台に乗ることもある、パワーカードだ。

 

「バトル! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》で《デュアル・ソルジャー》を攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト、第一打ァ!」

 

「《デュアル・ソルジャー》は1ターンに1度戦闘によっては破壊されない!」

 

 二つ頭の機械龍が忍者少年に向けて光線を吐くが、身軽な動きで光線をかわしておまけとばかりにプロペラ付きのダーツのような物を地面に投げつけた。

 

「《デュアル・ソルジャー》の効果発動! このカードが戦闘を行う場合、ダメージ計算後にデッキからレベル4以下のデュアルモンスターを1体特殊召喚できる! 《デュアル・ランサー》を守備表示で特殊召喚!」

 

《デュアル・ランサー》DEF/1400

 

 プロペラ付きのダーツがあった場所から光が立ち上がり、三叉に別れた突撃槍を両手に持った魚人が現れた。色合い等が少しカサゴっぽくもみえるが、顔つきは精悍である。

 

「厄介な効果だな、ならばもう一度《デュアル・ソルジャー》に攻撃! エヴォリューション・ツイン・バースト、第二打ァ!」

 

「《デュアル・ソルジャー》の効果は戦闘で破壊されても発動する! 《炎妖蝶ウィルプス》を守備表示で特殊召喚!」

 

《炎妖蝶ウィルプス》DEF/1500

 

 二度目は避けられなかったようで忍者少年は撃ち落とされてしまったが、落ちたプロペラダーツのあった場所からは光が立ち上がり、炎のような紅色をした蝶が飛び立った。

 

「なら俺はこれでターンを終了しよう」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 せっかくデュアルモンスターが展開されたのだし、このチャンスを活かさない手はない。ラッシュをかけることができれば、充分ライフを削りきることもできるだろう。

 

「いくぞ、《炎妖蝶ウィルプス》を再度召喚!」

 

 再度召喚すると同時に燃え上がる蝶。火の粉なのか鱗粉なのかは分からないが、紅く光って幻想的な光景だ。

 

「《炎妖蝶ウィルプス》の効果発動! このカードを生け贄に捧げることで、墓地のデュアルモンスター1体を再度召喚された状態で特殊召喚する! 俺が呼び戻すのは《未来サムライ》!」

 

《未来サムライ》ATK/1600

 

 燃え上がる蝶が地面にとまると一際強い炎が立ち上がり、中から白い裃の侍が現れた。そして手に持っていた刀を振ると、先ほどまで侍を覆っていた炎が消え、小さな火の粉が舞うのみとなった。

 

「《未来サムライ》の効果発動! 墓地の《デュアル・ソルジャー》を除外し、《サイバー・ツイン・ドラゴン》を破壊する! 紫電一閃!」

 

「リバースカードオープン《融合解除》! 《サイバー・ツイン・ドラゴン》の融合を解除して、墓地の《サイバー・ドラゴン》2体を守備表示で特殊召喚する!」

 

《サイバー・ドラゴン》DEF/1600

 

 逃げられた。あらかじめ《融合解除》を伏せて、次のターンに《融合》というのは予想外だった。カイザーは《強欲な壷》で引き入れていたので予想できるはずもないのだが、してやられたという気持ちが大きい。それでもやれるだけはやってしまおう。

 

「《デュアル・ランサー》を攻撃表示にしてバトル!《デュアル・ランサー》で《サイバー・ドラゴン》を攻撃!」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

《サイバー・ドラゴン》DEF/1600

 

「まだまだっ! 手札から速攻魔法《デュアルスパーク》を発動! 《デュアル・ランサー》を生け贄にささげ、もう片方の《サイバー・ドラゴン》も破壊! そしてカードを1枚ドローする」

 

 《デュアル・ランサー》が光り輝き、宙を泳いで《サイバー・ドラゴン》に突撃していった。《サイバー・ドラゴン》を貫いた後は、そのまま自分も爆発に飲み込まれて消えていってしまった。

 

「そして《未来サムライ》でカイザーに直接攻撃! 来世斬!」

 

 侍は袈裟切りでカイザーを切り裂くと、そのまま反転してもう一度斬りつけた。

 

《未来サムライ》ATK/1600

 

亮LP4000→2400

 

「さらに、リバースカードオープン!《正統なる血統》発動!《デュアル・ランサー》を蘇生して直接攻撃!」

 

 再び現れた《デュアル・ランサー》が右腕で三段突きをして戻ってきた。どうでもいいことだがそのもう片方の槍は使わないのだろうか。

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

亮LP2400→600

 

「ターン終了!」

 

 一気に残りライフを1000以下まで追いつめた。このまま押せば勝ててしまうのではないか、とそんな希望が芽生える。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードをみたカイザーは、かすかに笑ったような気がした。

 

「俺は、《貪欲な壷》を発動!墓地の《サイバー・ドラゴン》2体と、《プロト・サイバー・ドラゴン》、《サイバー・レーザー・ドラゴン》、《サイバー・ツイン・ドラゴン》をデッキに戻してシャッフルし、カードを2枚ドロー!」

 

 ここでまたドローカードか…手痛い反撃をもらう可能性が濃厚になってきた。手札2枚で何ができる、と虚勢を張ることはできない。学園最強がこの状況を打開するのに、手札が2枚もあれば充分だろう。

 

「俺は、装備魔法《未来融合—フューチャー・フュージョン》を発動! デッキから《サイバー・ドラゴン》3体を墓地に送り、《サイバー・エンド・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》ATK/4000

 

 そういえばアニメ版の未来融合は、即時に出てくる装備魔法だった。途中から永続魔法の方に変わっていたから忘れていたが、この状況で《サイバー・エンド・ドラゴン》なんて洒落にならない。

 

「ただし、特殊召喚したターンには攻撃できず、このカードを生け贄に捧げることもできない」

 

 すぐに攻撃できないのはデメリットかもしれないが、攻撃力4000の貫通持ちがポンとでてくるのは心臓に悪い。次のターンに《未来サムライ》で除去できるのならば怖くはないのだが、そんなに甘くはないだろう。

 

「《アーマード・サイバーン》を召喚し、《サイバー・エンド・ドラゴン》に装備する」

 

 突如カイザーの後ろから飛来したものが…鳥か? 飛行機か? いや、機械の竜だ!…《サイバー・エンド・ドラゴン》にドッキングし、その砲台をこちらに向けている。

 

「装備カードとなった《アーマード・サイバーン》の効果発動! 装備モンスターの攻撃力を1000下げることで、相手フィールド上のカードを1枚破壊する! 《未来サムライ》を破壊だ! ジャッジメント・キャノン!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》ATK/4000→3000

 

 砲台に光が収束し、侍目掛けて勢いよく放たれた。侍は咄嗟の反応もできずに砲台から放たれた光線に貫かれ、そのまま地に伏して消え去った。

 

「《デュアル・ランサー》も破壊させてもらうぞ。ジャッジメント・キャノン、第二打ァ!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》ATK/3000→2000

 

 再び放たれた光線が魚人を貫き、そのまま侍と同じく地に伏して消え去った。これで俺の場は《金剛真力》しか残っていない。

 

「ターン終了だ」

 

 《サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力は半分になったとはいえ、その威圧感はすさまじい。皇帝の二つ名が付いた、学園最強の男の切り札。それが今こちらを蹂躙せんと、その威容を見せつけている。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 さて《アーマード・サイバーン》に…いや、《サイバー・エンド・ドラゴン》に随分と場を荒らされたが、今引いたカードがあれば状況を一転させることができる。ここで譲るつもりはない。

 

「《金剛真力》の効果発動!手札から《インフィニティ・ダーク》を特殊召喚! そして《インフィニティ・ダーク》を生け贄に、《ヘルカイザー・ドラゴン》を召喚!」

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2400

 

「来たか、《ヘルカイザー・ドラゴン》!」

 

 カイザーが興奮したまなざしをおくる先にいるのは、青い鱗を持つ雄大なドラゴンだった。大きさこそ《サイバー・エンド・ドラゴン》よりはわずかに小さいものの、その雄々しさは決して負けてはいない。

 

「行くぞ! 《ヘルカイザー・ドラゴン》で《サイバー・エンド・ドラゴン》に攻撃! カイザーバースト!」

 

 《ヘルカイザー・ドラゴン》が吐き出した光線は《サイバー・エンド・ドラゴン》の放った光線によって狙いがそれ、ドッキングしていた《アーマード・サイバーン》に当たった。

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2400

《サイバー・エンド・ドラゴン》ATK/2000

 

亮LP600→200

 

「くっ、だが装備モンスターが破壊される時、《アーマード・サイバーン》を代わりに破壊する」

 

 《サイバー・エンド・ドラゴン》に装着されていた《アーマード・サイバーン》が煙を上げて破壊される。

 

「そして《アーマード・サイバーン》が装備から解除されたことで、《サイバー・エンド・ドラゴン》の攻撃力は元に戻る!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》ATK/2000→4000

 

「まだだ! メインフェイズ2、手札から魔法カード《思い出のブランコ》を発動! 墓地から《未来サムライ》を蘇生する!」

 

《未来サムライ》ATK/1600

 

「そして、リバースカードオープン! 《スペシャル・デュアル・サモン》! 《未来サムライ》を再度召喚状態にして効果発動! 墓地の《インフィニティ・ダーク》を除外し、《サイバー・エンド・ドラゴン》を破壊する! 紫電一閃!」

 

 刀に紫色の光を纏わせ、《未来サムライ》は《サイバー・エンド・ドラゴン》に接近する。《サイバー・エンド・ドラゴン》の吐く光線のことごとくを回避し、首を一本ずつ切り落とすことで、ついに《サイバー・エンド・ドラゴン》を破壊することに成功した。

 

「これで、ターン終了! 《スペシャル・デュアル・サモン》の効果で《未来サムライ》は手札に戻る」

 

 相手はフィールドはおろか手札にすら何もなく、吹けば飛ぶようなライフでしかない。一方こちらは、ライフは少々心もとないものの《ヘルカイザー・ドラゴン》がその雄姿を見せており、更には手札に《未来サムライ》という保険がある。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

このドロー、このターンさえ凌げば勝てる。そんな確信があるのだが、このターンの敗北が頭をよぎった。先ほどのターン、倒しきれなかったことで逆転される。そんな想像が思考を埋め尽くす。

 

「《死者蘇生》を発動! 俺が蘇生するのは当然《サイバー・エンド・ドラゴン》!」

 

 やはりか、そんな感想だけが出てきた。残念ながら一歩及ばなかったようだ。最初は気の進まないデュエルだったのだが、気付けばムキになっていた。俺は自分が思っていたより負けず嫌いだったようだ。これだからデュエルはやめられない。

 

「《サイバー・エンド・ドラゴン》で《ヘルカイザー・ドラゴン》に攻撃! エターナル・エヴォリューション・バーストォ!」

 

 再び現れた三ツ首の機械竜。その口から発射された光線は《ヘルカイザー・ドラゴン》ごと俺を飲み込み、視界が白く染まっていった。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》ATK/4000

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2400

 

葵LP1100→0

 

—————

 

「ありがとうございました」

 

「いいデュエルだった。よければまたデュエルしよう」

 

「えぇ、次は負けません」

 

「次も勝たせてもらうさ」

 

 握手する手に力をこめながら、表情を変えずに言い合う。どうやらカイザーも相当な負けず嫌いのようだ。

 

「シニョール代田、素晴らしいデュエルだったノーネ。これなら、文句無しにオベリスクブルーへの編入を認めるノーネ」

 

 そういえばそんな話だったな。すっかり忘れていた。ラーイエローの方が性に合ってる気がするので、そのままでもいいのだが…

 

「ようこそ代田葵、オベリスクブルーは君を歓迎する」

 

「葵、すっげーな! 次は俺とデュエルしようぜ!」

 

「葵くん、おめでとうっす」

 

「これからはブルー同士、お互い頑張りましょう」

 

「そうか、葵に先を越されてしまったか。すぐに追いついてやるから待ってろよ」

 

 すっかりこの話を受けるような流れになっている。十代や三沢のように昇格を断るようなことができるはずもなく、そのままオベリスクブルーへの昇格が決定して解散となった。

 

 ちなみにクロノス教諭に聞いた所、部屋から遠くなるので推奨はされないが、イエロー食堂で食べることは問題ないらしい。これからも時々イエロー食堂で食事ができるのは嬉しい限りだ。さて、さっさと荷物をまとめてしまおう。

 




最初は普通にクロノス教諭とデュエルする予定でした。
それがどうしてこうなった…カイザーが楽しそうでなによりです。

8/28 21:45(改訂)
アーマード・サイバーンが破壊されたとき、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力が戻っていなかったため修正しました。


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8.船上のデュエリストっていうなっ!

初期設定のしわ寄せ的な説明がメインです。

一応デュエルもします。


 十代に聞いた所、寮入れ替えデュエルの翌日、万丈目が定期船に乗って島を出たことが確認されたらしい。万丈目は退学するという約束を律儀に守り、アカデミアを出たようだ。

 

 その他にもジュンコが猿に攫われたり、動物実験の阻止をしたりと色々あったらしいが、わりとどうでもいいので割愛する。とりあえずその日の授業ノートだけは貸しておいた。

 

 さてそろそろ冬休みに入るわけだが、高寺オカルトブラザーズを名乗る連中に勧誘をされた。どうやらカードの精霊について研究しているらしく、近々実験を行うので見に来ないか、ということだった。

 

 …もちろん、そんな新興宗教のようなものに行くつもりはない。記憶が正しければサイコショッカーの生け贄にされるだろうし、そんな危ない場所に好んで突っ込むつもりはない。

 

—————

 

 冬休みになったためフェリーに乗って地元に帰ることにしたのだが、黒いコートを着た何かがいた。透けたり発光したりを繰り返しているのに、人間ということはあるまい。

 

『精霊がおりますな。存在が少々不安定なようですが』

 

「シハーブ、あれは何の精霊か分かるか?」

 

 餅は餅屋というと少し違うかもしれないが、シハーブも精霊であるため俺よりは詳しいだろう。人型というだけでもかなりの種類があるため、一々絞り込むのも面倒だ。

 

『ふぅむ…見た所、《人造人間サイコショッカー》ではないですかな。あの肌の色や、見えているスコープを見る限りは間違いないかと』

 

 そこはせめて雰囲気や気配で察して欲しかったところだ。確かにカードは二次元だが、実体化しているなら当然三次元になる。そのためパッと見せられても分かりにくいのだが、なんだか悔しい。

 

 しかし《サイコショッカー》か。さっき高寺と思われる奴が走って逃げていくのが見えたし、高寺の実験の結果だろう。それにしても先ほどからこちらを見ているような気がするのだが、俺も逃げるべきだろうか。

 

「おい、そこのお前」

 

 あー、あー、聞こえなーい、などと言ってごまかせればいいのだが、そんな手が通じるとも思えない。高寺を追いかけずにわざわざ話しかけてくるのだから、俺に何かしら用事があるのだろう。

 

「何でしょうか」

 

「我が生け贄となれ」

 

「断る」

 

 自分でも驚くほどの即答である。とはいえ俺には自殺願望なんて欠片もないので、当然の返答でもある。

 

「お前からは今まで見た中で最も強いパワー、波動を感じる。我が三体目の生け贄としてふさわしい」

 

 なるほど、そういうことか。余剰分がカードになったとはいえ、俺は元々この世界の人間じゃないので強い力がある…らしい。追い返したい所だがここはフェリーの上、《ファイヤー・ボール》のようなカードを使うのはまずいだろう。

 

「シハーブ、あいつを追い返すにはどうすればいいと思う?」

 

『某にお任せくださいませ』

 

 そういうとシハーブは拳をぶつけ、身体全体をむくむくと巨大化させていく。フェリーの天井に頭をこすりつけながら《サイコショッカー》を見下ろしている様は、まさしく魔人と言えるだろう。

 

「ほう、《ランプの魔人》ごときが闘おうというのか」

 

 巨大化したとはいえ、攻撃力差が1000もあるのは変わらない。それとも《巨大化》で攻撃力が倍とか、そういう事なのだろうか。

 

『確かに某は《ランプの魔人》ですがな。しかしこれでもジーニー社に務める身、そんじょそこらの魔人と一緒にしていただいては困りますぞ』

 

 お前確か俺に初めて呼び出されたとか言ってなかったか。ジーニー社がエリート集団でも、お前明らかに落ちこぼれているだろ。流石に敵がいる手前、口には出さないけれども。

 

「ならば試してやろう! ついてこい!」

 

 《サイコショッカー》がフェリーから飛び降り、森へ向かって走り出す。そして動く事なく、それを見送るシハーブ…ん?

 

「追わないのかよ」

 

『命令とあらば追いますが、その必要はありますかな?』

 

 確かに必要性は皆無だ。俺の命令は《サイコショッカー》を追い返すことであって、倒す必要もないしそもそも闘う必要すらない。しかも《サイコショッカー》が降りて森に消えた頃には、フェリーの乗船口も閉じられて発進する所だった。

 

「謀ったなぁぁぁぁぁ!」

 

 森の方から何やら叫び声が聞こえるが、少なくともこちらに来られないようなら問題ない。出遅れてしまったが、席を確保するとしよう。荷物が置ける場所があればいいのだが。

 

—————

 

 結局室内はほぼ埋まっていたので、甲板の人のいない辺りに座る事にした。どうせ他に聞く人もいないし、仮に近くに人が来てもエンジンと波の音でうるさくて聞こえないだろう。ちょうどいい機会ということで、気になった事をシハーブに聞いてみる事にした。

 

「そういえば気になった事があるんだが、聞いてもいいか?」

 

『なんなりと』

 

「《サイコショッカー》なのに生け贄が三体ってどういうことだよ」

 

 放送時に誰しもが疑問に持ったであろうことだが、《サイコショッカー》は上級モンスターであり通常召喚するならば一体の生け贄で足る。それなのにあの《サイコショッカー》は三体の生け贄を所望したのだ。

 

『確証はありませんが、恐らくあの者が媒介無しに出現しようとしたからでしょうな』

 

「媒介? お前のランプの中身みたいなものか?」

 

『その通りでございます』

 

 ランプの中に《ランプの魔人》のカードがあることは確認している。シハーブ曰く、カードの精霊はカードという形で己を安定化させているらしい。それをせずに精霊界から出現しようと思うと、大変な労力が必要なのだとか。

 

「ん? 三幻神でも宝玉獣でも、ペガサスがたった1枚だけ作り出したカードなんだろ? 精霊がカードになるっていうんだったらおかしくないか?」

 

『いえ、何らおかしいことではありませんぞ。精霊が現世に出現する際、存在をカード化させる場合と、元々あるカードに存在を移す場合、この二通りがあるのです』

 

 恐らく、三幻魔やネオスは前者で三幻神や宝玉獣は後者ということだろう。《幻魔の扉》のように、力の一部だけをカード化することもあるらしい。俺のカードもその例に当てはまるそうだ。流石は遊戯王の世界、カードとオカルトが密接に関わっている。

 

「俺のカードに神のカードとか混じってたんだが、つまるところあれは神自身じゃない、と」

 

『あれはあくまでご主人様の力をそのような形に納めただけですからな。単体で闘ったとしたら勝ち目はございませんが、物量に任せればあるいは』

 

 自分の力が思いのほかとんでもないんだが、これが異世界チートという奴なのだろうか。デュエリストになるよりも、裏家業の人間になるほうが向いている能力という気がしてならない。

 

「そんなとんでもない力、よく制御できたな」

 

 さっきの《サイコショッカー》もそうだが、社長の嫁や三幻神も明らかにお前より格上だぞ。魔法や罠にしても、凶悪な効果のカードがいくつもある。むしろこの世界に移動した際、何かしら騒ぎになっても不思議じゃないのだが。

 

『某はこちらの世界の精霊ではありませんからな。あちらに比べて相対的に力は増しておりますので、だだ漏れになっているだけの力を制御する程度ならば問題はございません』

 

 神に近い力も制御できる《ランプの魔人》…なんというか、とんでもない話である。それでもすごそうに見えないのは、シハーブがそれなりに残念なところを見続けているからだろうか。

 

「ちなみにシハーブはあっちの世界だとどの程度になるんだ? 物に触れないのは知ってるけど」

 

『あちらではカードの精霊など雑多な霊と同じ扱いですな』

 

 あちらの世界ではカードという物から精霊が発生したのに対し、この世界では精霊がカードという枠に納められている状態という点が大きく違うということらしいが、どちらにせよオカルトだ。

 

「ん? その言い草だと、あっちはそういうオカルトだらけって聞こえるんだが」

 

『それはもちろん、魔人同士で会社を起こすぐらいには多くおりましたぞ。魔人の他にも妖精や幽霊、強いモノになりますと神と呼ばれる存在も数多く存在しておりました』

 

 衝撃の新事実、あちらの世界もオカルト天国だったらしい。カードの精霊どころか、神様が実在していたことに驚いた。

 

「それがこっちだと神様とやりあえるほどの力を制御できるんだから、こっちとあっちじゃ随分差があるんだな」

 

『今の某ならば、並の上級モンスター程度なら対処できるでしょうな。そんな機会はそうそうなさそうですが』

 

 つい先ほどあったばかりとはいえ、そんな機会そうあってたまるか。精霊界に喧嘩しにいく理由もないし、面倒ごとになるのはゴメンだ。

 

「あら、そこにいらっしゃるのは代田さんではありませんの?」

 

 モモエがこちらに歩いてきた。どうやら同じフェリーだったようだ。さすがにこのうるさい状態で距離もあるので、シハーブとの会話は聞かれていないと思う。

 

「たしかキミはモモエさんだったか。何か用か?」

 

「お見かけしたので、ちょっとデュエルでもいかがかと思いまして」

 

 フェリーが港に着くまではそれなりに時間がかかるので、ちょうどいい暇つぶしになるだろう。モモエが話しかけてきたのは意外だが、あっちはあっちで暇だったのかもしれない。

 

「この辺はテーブルもないし、デュエルディスクのほうがいいだろ」

 

「そうですわね、それにテーブルがあってもカードが飛ばされてしまいそうですわ」

 

 お互いにデュエルディスクを構えて向かいあう。船の上といっても、天気もいいしそれなりに大きなフェリーなので揺れはほとんどない。あるとしたらエンジンの揺れぐらいだろうか。そのため、それなりに安心してデュエルを行う事ができる。

 

—————

 

「「デュエル!」」

 

「先攻は私がいただきますわ、ドロー」

 

 まぁ今回はレディファーストと思っておこう。しかし今更だが今は冬休みだと言うのに、モモエは相変わらずのノースリーブにミニスカートだ…アカデミアは女子用の冬制服を作った方がいいとおもう。ついでに男子の夏制服も。

 

「《デス・ウォンバット》を攻撃表示で召喚しますわ」

 

《デス・ウォンバット》ATK/1600

 

 ウォンバットとはオーストラリアなどに生息する動物で、鼻が平たく手足の短いが特徴だろうか。日本ではあまり親しみのない獣だが、そんなことはどうでもいい。

 

「さらに、永続魔法《黒蛇病》を発動ですわ! このカードは自分のスタンバイフェイズ毎にお互いに200ポイントのダメージを与え、さらにダメージは毎ターン倍になっていきますの。さらにカードを1枚ふせて、ターンを終了しますわ」

 

 《デス・ウォンバット》の効果は、コントローラーへの効果ダメージを0にするというもの。つまりモモエはこちらに一方的にダメージを与えることができるのだ。

 

「俺のターン、ドロー。《デュアル・サモナー》を攻撃表示で召喚、カードを1枚伏せてターンを終了」

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

 本当なら《デス・ウォンバット》を倒したかったところだが、手札の下級モンスターの攻撃力が1500以下ばかりなので仕方がない。

 

「私のターン、ドローですわ。《黒蛇病》の効果でお互いに200ポイントのダメージですけど、私は《デス・ウォンバット》の効果で私へのダメージを無効にしますわ!」

 

 お互いの手に黒い蛇のような痣が現れ、わずかにその範囲を伸ばして手首に到達した。また足首にも同様の痣が出てきたようだ。まだあまり痛くはないが、おそらくターンが経過するにつれてその範囲も痛みもましていくことだろう。

 

葵LP4000→3800

 

「《ダークゼブラ》を召喚してバトルですわ! 《ダークゼブラ》で《デュアル・サモナー》に攻撃しますわ」

 

 どのあたりがダークなのかよくわからないシマウマに蹴飛ばされる召喚師。普通それだけで身体中の骨が折れてもおかしくないのだが、なんとか耐えきったようだ。

 

《ダークゼブラ》ATK/1800

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

葵LP3800→3500

 

「《デュアル・サモナー》は1ターンに1度戦闘破壊されない」

 

「そうですわね、それなら《デス・ウォンバット》で《デュアル・サモナー》に攻撃ですわ!」

 

 そしてこれまたどのあたりがデスなのかよくわからないウォンバットに突進される召喚師。今度は耐えきれなかったようで、派手に倒れ込んでそのまま消滅してしまった。

 

《デス・ウォンバット》ATK/1600

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

葵LP3500→3400

 

「このままターンエンドですわ」

 

「俺のターン、ドロー。お、いい所に《エナジー・ブレイブ》を攻撃表示で召喚!」

 

《エナジー・ブレイブ》ATK/1700

 

 黄金色の肌に青い服、耳や爪が尖っており、おまけに角まで生えている。鬼かなにかの親戚かもしれない。身体の各所からバチバチと放電して、威嚇しているようだ。

 

「バトル! 《エナジー・ブレイブ》で《デス・ウォンバット》に攻撃!」

 

「罠発動ですわ!《グラヴィティ・バインド―超重力の網―》! これでレベル4以上のモンスターは攻撃を行うことができませんの」

 

 当然防御カードは入っていると思ったが、《デス・ウォンバット》を除去し損ねたのは辛いな。《エナジー・ブレイブ》のレベルは4なので当然攻撃できないし、レベル3以下のモンスターで攻撃力1600を超えるモンスターはいない。効果破壊を狙っていくしかなさそうだな。

 

「ならこのままターンを終了する」

 

「私のターン、ドローしますわ。そしてスタンバイフェイズ、《黒蛇病》の効果で200ポイントの倍、400ポイントのダメージですわ!」

 

 手首にあった黒い蛇の痣が肩に向けてその範囲を伸ばし、肘との半ばまで到達したようだ。まだ問題ない程度の痛みだが、バーンダメージとしては次から問題になってくるだろう。

 

葵LP3400→3000

 

「そして、カードを1枚伏せてターンを終了しますわ」

 

 やっぱり動かないか。むしろ動けないというか、動く必要もない方が正しいだろうな。

 

「俺のターン、ドロー。《サンライズ・ガードナー》を攻撃表示で召喚! そして、罠カード《デュアル・ブースター》を発動して装備! 攻撃力を700上昇させる!」

 

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500→2200

 

 召喚された途端に発電機から力を供給される光の戦士…決して光の国からやってきた戦士ではない…それはさておき、《サンライズ・ガードナー》は下級デュアルでは珍しいレベル3のモンスターだ。つまり今なら殴り倒せる。

 

「《サンライズ・ガードナー》で《デス・ウォンバット》に攻撃!」

 

「罠カードですわ!《安全地帯》ですの! これで《デス・ウォンバット》は相手の効果の対象にならず、戦闘および効果では破壊されませんわ!」

 

 なんでそんな新しいカード持ってるんだこいつは…確かにこっちの世界とあっちの世界じゃ流通しているカードの時代などが違うみたいだが、まさかZEXAL直前のパックに収録されていたカードが流通しているとは思わなかった。

 

「それでも戦闘ダメージは受けてもらう」

 

 白く輝いた戦士がウォンバット目掛けてラリアットをかまそうとするが、流石に背の高さが違い過ぎるのでかすることもなく衝撃波だけがモモエを襲った。

 確かにその高さなら安全地帯とも言えなくはないのだろうが、《サンライズ・ガードナー》が蹴り技をすれば済む話ではないのだろうか。

 

《サンライズ・ガードナー》ATK/2200

《デス・ウォンバット》ATK/1600

 

モモエLP4000→3400

 

「俺はこのままターン終了」

 

「私のターン、ドローですわ。そしてスタンバイフェイズ、《黒蛇病》の効果で400ポイントのさらに倍、800ポイントのダメージですわ!」

 

 袖に隠れているが黒い蛇の痣が肘まで到達したようで、絞められるような痛みがあった。ズボンに隠れて見えないが、脚も同様に膝まで浸食しているようで、四匹の蛇に四肢を絞められているようだ。

 そして次のターンには1600のダメージ、回復手段を持っていないのでさらにその次のターンにはライフが消し飛ぶ事は避けられない。

 

葵LP3000→2200

 

「そして《デス・ウォンバット》と《ダークゼブラ》を守備表示にしてターン終了ですわ」

 

《デス・ウォンバット》ATK/1600→DEF/300

《ダークゼブラ》ATK/1800→DEF/400

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ん?たしかこいつの処理はあのカードと同じはず、ということはつまり…

 

「《サンライズ・カードナー》で《ダークゼブラ》に攻撃!」

 

 シマウマ向けて走っていった光の戦士は、鎧とほぼ同化している盾で殴りつけた。相手は足をたたんで伏せの体勢なのに、なんでこいつは蹴り技を使わないのだろうか。

 

《サンライズ・ガードナー》ATK2200

《ダークゼブラ》DEF/400

 

「そしてモンスターを1体セットして、ターンを終了する。」

 

「あら、裏守備表示ですの? 別にこちらから攻撃するわけでもありませんのに」

 

「こっちにも事情があるからな」

 

「そうですの、それでは私のターン、ドローですわ。そして《黒蛇病》の効果で800ポイントの倍、1600ポイントのダメージですわ!」

 

 黒い蛇の痣が肩まで到達したらしく、蛇に噛まれたような痛みが肩を貫いた。太ももの辺りも噛まれているようで、痛みが順番にくるというのもまた嫌らしい。

 

葵LP2200→600

 

「ここでカードを1枚セットしてターンを終了しますわ」

 

「俺のターン、ドロー。俺は《マジック・スライム》を反転召喚し、再度召喚する!」

 

《マジック・スライム》ATK/700

 

 青いゲルが地面から隆起し、鏡のように周りの景色を映し出した。ぷるぷると左右に揺れる動作がなかなかに可愛らしい。おそらくそう言ったとしても共感されることはあまりないだろうが。

 

「これが最終ターンになるでしょうに、そんな二度手間なことをしてよろしいんですの?」

 

「二度手間っていうなっ!」

 

 何故かこの台詞も久しぶりな気がする。最近は授業でデュエルする相手がブルー生ばかりなので、ほぼ毎回言っているはずなのだが…

 

「手札から、魔法カード《鹵獲装置》を発動! 互いに自分の場のモンスター1体を選択し、コントロールを入れ替える! このとき俺は通常モンスターしか選択できないので、《サンライズ・ガードナー》を選択する」

 

「ちょ、ちょっと待って欲しいですわ。私の場にいるモンスターは《安全地帯》の効果で対象にとられない《デス・ウォンバット》しかいないので、不発になるんじゃありませんの?」

 

 この場合実際は空撃ちのため発動不可だが、発動されているのを見たためか不発になると思ったようだ。そう思いたかったという事もあるかもしれない。

 

「残念ながら対象を取る効果ではないからな。問題なく発動されるし、もちろん《デス・ウォンバット》も効果を受ける」

 

 そう、《強制転移》とこのカードは対象を取る効果ではないのだ。そのため《魂を削る死霊》も自壊せず、《安全地帯》の影響も受けない。さすがに魔法効果を受けないカードやコントロール変更ができないカードにはどうしようもないが、それでも対象をとらない奪取カードは便利である。

 

「さて、《デス・ウォンバット》をいただくとしよう」

 

「で、ですが私のライフは3400ポイントありますわ! 次のターンに代田さんの《マジック・スライム》を攻撃すれば私の勝ちですわ!」

 

 攻撃力2200の《サンライズ・ガードナー》と攻撃力700の《マジック・スライム》の差は1500、俺のライフはたった600なのでそう考えるのも自然だろう。ただし、《マジック・スライム》の効果さえなければ、だが。

 

「なら《マジック・スライム》で《サンライズ・ガードナー》を攻撃!」

 

「自爆特攻するつもりですの!?」

 

「再度召喚した《マジック・スライム》の効果により、このカードが戦闘することによって受ける戦闘ダメージは相手が受ける。マジカルリフレクト!」

 

 《マジック・スライム》がぷるぷると身体を振るわせてモモエの姿形を取った。すこし金属的な光沢がみえるが、色もモモエに似せているようだ。一度こちらを向いて手を振ったと思いきや、モモエにも手を振っている。

 《サンライズ・ガードナー》のボディーブローが当たり《マジック・スライム》が弾けたが、それと同じくしてモモエが腹部を押さえていた。どうやら攻撃された場所と同じ場所にダメージが通っているようだ。

 

《マジック・スライム》ATK/700

《サンライズ・ガードナー》ATK/2200

 

モモエLP3400→1900

 

「さて、ターン終了」

 

「私のターン、ドローですわ…」

 

「スタンバイフェイズ、《黒蛇病》の効果で互いに1600ポイントの倍、3200ポイントのダメージだが、俺は《デス・ウォンバット》の効果でダメージを受けない」

 

「キャアァァ」

 

 モモエの方は今まで痣は手にしか浮かんでいなかったのだが、爆発的に範囲が広がり、腕にも脚にも見える範囲には黒い蛇が巻き付いているような状態になっていた。そして首にも蛇は広がり、痛みのせいかモモエはへたり込んでしまった。

 

モモエLP1900→0

 

—————

 

「ソリッドヴィジョンだから問題ないとは思うけど、大丈夫か?」

 

「えぇ、問題ありませんわ」

 

 さすがにへたり込んでしまったのは心配だったのでモモエの方に駆けつけたのだが、やはり問題はなかったらしい。なんでも自分で《黒蛇病》の効果を受けたのは初めてらしく、それも5回目の効果はかなりの痛みがあったらしい。

 

 闇のゲームではなくあくまで体感システムなので痛みも緩和されているし、意識が飛んだり後遺症が残ったりはしないが、それでも痛い物は痛い。モモエの場合、すこしわざとらしいところがある気もしなくはないが。

 

「それで、お手を貸しましょうか?」

 

「三沢さんや万丈目さんのようなイケメンなら似合うと思いますが、代田さんにはちょっと似合いませんわね」

 

 そう言ってモモエは自力で立ち上がった。わざと演技がかった言い方をしたのだが、なかなか手厳しい返しである。一つだけ反論するならば、万丈目は上から目線で要求するほうが似合っていると思う。

 

 モモエは流石に外が寒かったらしく、室内に戻る事にしたらしい。温帯とはいえ12月の海の上が暖かいはずはない。俺は一応コートを羽織っているが、モモエは制服のままなのでなおさら寒いだろう。

 

 その後は暇つぶしに三沢から借りた、牛尾システムズ出版「詰めデュエル大全」を読み解いていくことにした。実際に警備会社で使用されていたという詰めデュエルを解きながら、フェリーにゆられて実家に帰宅したのであった。

 




別にモモエフラグは立ちません。
強いていうなら、知り合いの知り合いが知り合いになった程度です。
知り合い以上友達未満ですね。

TF世界ならギャルゲー展開だったかもしれませんが、ここはアニメ世界ですから。(笑)


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9.闇夜の巨人っていうなっ!

 冬休みも終わり、アカデミアでは今日も健全かつ健康的に授業が行われている。多少どころでなくクラスごとの格差があるアカデミアが健全かどうかは、この際気にしないようにする。

 

「なぁ葵、聞きてー事があるんだけど」

 

 休み時間に教室で三沢から借りた本を読んでいると、十代が唐突に質問してきた。こいつの聞きたそうな事というと、課題の期限あたりだろうか。今週は普段より難易度が高い課題だから、余裕を持って取り組まないと期限を破りかねない。

 

「なんだ十代、“〜した時、できる”と“〜した場合、できる”の違いについてのレポートの期限は明日だぞ」

 

「げっ、マジで…それもヤバいんだけど、そっちじゃなくて、葵はフィアンセって何かわかるか?」

 

 一体こいつは何を言っているんだと思って事情を聞くと、先日明日香さんのフィアンセの座を賭けたデュエルに勝利したのはいいが、肝心のフィアンセの意味が分からなかったそうだ。

 

 その時いた人たちに聞いても、意味を教えてもらえなかったという。十代にくっついていた翔を見ると、思いっきり目をそらされた。説明したくないからってはぐらかしやがったな。

 

「なるほど、そういうことか」

 

 下手に嘘をついても信じてしまうだろうし、間違った事を言ってしまってもそのまま明日香さんに突撃しかねない。それならばキチンと正しい意味で、嘘のないように説明してやらねばならないだろう。

 

「フィアンセっていうのは、最も幸福な時間および最も不幸な時間を共有するパートナーとなる契約をした異性同士のことだ。この契約は通常は好ましい異性と結ばれる物であり、一般的には契約の証として指輪を交換する事が多い。時折当人達の意志を無視して取り交わされる事もあるが、少なくとも現在においてはそれを破棄する事も可能だ。しかし破棄することによるデメリットも少なからずあるので、フィアンセの契約をするなら気をつけた方がいいだろうな」

 

 一言で言えば婚約者とか許嫁で済むのだが、もしかしたらそれも知らない可能性がある。流石に結婚の意味ぐらいは知っているだろうし、指輪を交換と言っておいたので意味は通じたはずだ。

 

「あー、うー、えーっと、つまり! ライバルってことだな!」

 

「まてまてまて、どうしてそうなった」

 

「だってよ、一番幸せな時間と一番不幸な時間を共有するってことは、デュエルするってことだろ? 指輪とかそういうのは初めて知ったけど、明日香なら相手として不足はないぜ!」

 

 だめだこのデュエル馬鹿、はやくなんとかしないと…この誤解を解くのも面倒だが、解かずに放置しているとそれはそれで騒動の予感しかしない。そしてこの間違った認識を与えたのが俺だということがバレたら恐ろしい目に合う、そんな予感がする。

 

「いや、フィアンセっていうのはそういうことじゃなくて」

 

 追加で説明しようと口を開いた途端、チャイムが鳴ってしまった。十代たちも急いで席に戻っていく。タイミングがいいのやら悪いのやら…

 

「…十代がそれでいいならいいけどさ」

 

 十代の説得はすっぱりと諦める事にした。時間をあけてからまた話しても、泥沼になる気がしたからだ。例えばフィアンセとは結婚しなければならないと言ったら、巡り巡って結婚できる相手としかライバルになれないとでも思いかねない。

 

 十代はデュエルに関しては理解力も記憶力も抜群なのだが、興味のない事柄に関してはすぐに忘れる。きっとフィアンセの意味もあまり記憶には残らないだろうし、きっと何も問題は起こらないだろう。そう信じたい。

 

—————

 

 放課後、ブルー寮をふらふらしていると妙な噂を聞いた。夜になると、闇夜の巨人デュエリストなるものが現れ、外を出歩くブルー生徒を狙っているのだという。

 

 そういえばアニメでそんな話もあったな。記憶が正しければ、十代がクロノス教諭の依頼で犯人探しをして無事に解決するはずだ。仮にダメでもブルー生徒には特に親しい奴もいないから、まったく心は傷まない。

 

 俺としては外に出なければ関係のない話なので放っておけば良い。そのはずなのだが、俺は今ブルー寮近くの森の中を歩いていた。とっくに日も暮れて、夕飯の時間も終わっている…夕飯を食べてから来たので当然ではあるが。

 

「シハーブ、見つかったか?」

 

『はい、ご案内いたします』

 

 シハーブに案内された先は、森の少し開けたところだった。そこでは大量のブルー制服を上半身に巻き付けて人相を隠した大男と、劣勢となっていよいよ負ける寸前のブルー生徒がデュエルをしていた。

 

「う、うわぁぁぁぁ!」

 

 などと言っている間にブルー生徒が負け、近づいてきた大男を恐れるように叫び声をあげた。きっとアンティルールに従って、レアカードを奪おうとしているのだろう。それを許したら、なんのためにここまで来たのか分からない。

 

「そこまでだ、闇夜の巨人デュエリスト」

 

 デュエルディスクを展開しながら大男に近づく。ブルー生徒はこれ幸いと逃げていったが、そんなことはどうでもいい。ついでに十代達が走って近づいてくるが、これもどうでもいい。

 

「葵!? 何してるんだ!?」

 

「十代か、ちょっとコイツに用事があってな。お前は?」

 

「俺達はクロノス先生にいわれて、レポート提出の代わりに闇夜の巨人デュエリストを探してたんだ」

 

「そうか、だがこれは俺たちでなんとかしなきゃいけない問題だ。下がっていてくれ」

 

 大男もデュエルディスクを構え、準備は万端なようだ。ならば始めるとしようか。

 

—————

 

「「デュエル!」」

 

「俺の先攻、ドロー。俺は《ジャイアント・オーク》を召喚してターンを終了する」

 

《ジャイアント・オーク》ATK/2200

 

 骨を持った大鬼が現れる。攻撃力は高いが守備力は0であり、しかも攻撃すると次のターン終了時まで守備表示になってしまうモンスターだ。同系統のモンスターも多々いるが、闇属性・悪魔族なので《魔のデッキ破壊ウィルス》と《悪夢再び》に対応している点は優秀だろう。

 

「俺の先攻、ドロー。手札から永続魔法《金剛真力》を発動、手札から《インフィニティ・ダーク》を特殊召喚し、再度召喚する」

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

 漆黒の衣装を身にまとい、全身の紋様を白く輝かせたヒーローが現れた。ヒーローと表現したが、HEROカテゴリーではなく普通の悪魔族である。十代が俺もHEROを使っているのかと大騒ぎしており、漆黒のヒーローは満足そうに頷いている。だからお前はHEROじゃないだろう。

 

「そんな二度手間召喚、怖くはないぞ」

 

「二度手間っていうなっ! 《インフィニティ・ダーク》で《ジャイアント・オーク》に攻撃!」

 

 漆黒のヒーローが大鬼に向かって走り出す。翔が攻撃力の低いモンスターで攻撃だなんてなどと言っているが、もちろん無意味に自爆特攻させようとしているわけではない。

 

「《インフィニティ・ダーク》の攻撃宣言時、相手の表側表示モンスター1体の表示形式を変更できる。《ジャイアント・オーク》を守備表示にする」

 

《ジャイアント・オーク》ATK/2200→DEF/0

 

 走り出した漆黒のヒーローはそのまま飛び上がり、すれ違い様に右足を鎌のようにして大鬼の首に引っ掛けた。そのままの勢いで地面に蹴り倒し、空中で捻りを加えてオークの腹部を踏み抜いた。オークを撃破したのはいいが、相変わらず攻撃の一部なのか効果を使ったのかがよく分からない。

 

 オークが撃破されたときの余波で、大男がぐるぐる巻きにしていたブルーの制服が吹き飛んでいく。顔を隠していたものが一切なくなり、闇夜の巨人デュエリストの正体があらわになった。

 

「やっぱり大原か。小原もいるよな、隠れてないで出てこい」

 

 ラーイエローの大原である。そして木の上から小原が降りて来た。身体が大きいが心持ちが優しくて気が弱い大原と、身体は小さいがプライドが強い癖にアガリ症な小原、ラーイエローの凸凹コンビである。

 

「なんで俺たちって分かったんだ」

 

 小原が憮然として聞いてくるが、アニメで知っていたとは言えない。そうでなくとも噂の端々にわかりやすいところは多かったので、二人の詰めが甘いということだろう。

 

「大原ほどデカい生徒はそうそういないからな。ブルーの奴らに聞いてみたら、小さいイエロー生が近くにいたって証言もあったな。それで思い当たって三沢や樺山教諭に聞いてみたら、案の定お前らが夜な夜な外出してるって言ってたぞ」

 

 指摘すると小原が苦々しい顔をし、大原がわたわたと慌てている。その他にも決闘場の使用申請を見ると、被害にあったブルー生徒は三日以内に小原とデュエルをしている。ちなみに大原を覆っていたブルー制服は、購買で買ったようだ。変な所で生真面目な奴らだ。

 

「今の俺はオベリスクブルーだが、ラーイエローには愛着があるからな。元ラーイエローとして、ケジメをつけさせてもらうぞ」

 

「うるさい! どうせ俺たちの事を見下してるんだろ!」

 

「どうだろうな。カードを1枚伏せてターンを終了する」

 

 正直なことを言うと、プライドばっかり大きいという点ではこいつもそこらのブルー生徒と大差ないと思っている。見下すか見下されるかの違いはあるが、緊張さえしなければ実力も大差ない。

 

「俺のターン、ドロー!《五分ゴブリン》の効果発動! 手札の戦士族モンスターを墓地に送って、攻撃表示で特殊召喚する! 2体の《五分ゴブリン》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

《五分ゴブリン》ATK/500

 

 手札をそれぞれ1枚ずつ捨てて、《五分ゴブリン》が特殊召喚された。大原とは授業で何度かデュエルしたことがあるが、そのときは毎回守備表示にしていたことを思い出した。だからどうというわけではないのだが。

 

「《キングゴブリン》を攻撃表示で召喚! 《キングゴブリン》の攻撃力と守備力はフィールド上の他の悪魔族の数×1000ポイントになる!」

 

《キングゴブリン》ATK/0→3000

 

小さな冠を頭に乗せ、豪華な服をきた緑の小鬼がフィールドに登場した。そして来ていたマントが広がり、裏に《五分ゴブリン》2体と《インフィニティ・ダーク》の姿が浮かび上がった。

 

「いくぞ、バトル!《キングゴブリン》で《インフィニティ・ダーク》に攻撃!」

 

 襲いかかってきた小鬼の王に対し、漆黒のヒーローは構えたものの具体的な防御をすることなく破壊された。お偉いさんの子どもとの接待という言葉が頭に浮かんだが、気にしない事にしよう。

 

《キングゴブリン》ATK/3000

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

葵LP4000→2500

 

「さらに、2体の《五分ゴブリン》で直接攻撃!」

 

「リバースカードオープン、《正統なる血統》! 墓地の《インフィニティ・ダーク》を特殊召喚!」

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

 突然現れた漆黒のヒーローに小鬼たちがたじろぎ、逃げ帰っていく。これで追撃を防ぐ事ができた。はしゃいで声援を送る十代に向かって親指を立てているが、気にしないでおこう。

 

「くそっ、これでターン終了だ!」

 

「俺のターン、ドロー。《インフィニティ・ダーク》を生け贄に、《ヴァリュアブル・アーマー》を召喚!」

 

《ヴァリュアブル・アーマー》ATK/2350

 

 現れたのは、黄土色のカマキリだった。ただし生け贄になった漆黒のヒーローよりも幾分か大きいうえに、鎌や脚などの皮膚のところどころが岩の様に硬いようにも見えるのだが。

 

 ついでに《インフィニティ・ダーク》が生け贄となってフィールドから悪魔族が減ったことで、マントの裏に浮かびあがっていた姿も消えて《キングゴブリン》の攻撃力が下がった。

 

《キングゴブリン》ATK/3000→2000

 

「そして《スーペルヴィス》を《ヴァリュアブル・アーマー》に装備し、再度召喚状態にする」

 

「そのカードはっ…!」

 

 最初の月一試験の時に《スーペルヴィス》を小原相手に使い、それが決め手の一つとなったので小原としては苦い思い出のカードなのだろう。ついでに先ほどつかった《正統なる血統》も決め手の一つだった。

 

「だが自分フィールド上に他の悪魔族モンスターがいるとき、《キングゴブリン》を攻撃対象にはできない!」

 

「そうか、《ヴァリュアブル・アーマー》で《五分ゴブリン》に攻撃、デスシックル!」

 

 巨大なカマキリが一跳びで小鬼達の目の前に降り立つ。たしかカマキリは飛ぶのも跳ぶのもあまり得意ではないはずなのだが、バッタのようになっている脚のおかげだろう。そしてそのまま鎌の一振りで小鬼の頭を刈り落とした。

 

《ヴァリュアブル・アーマー》ATK/2350

《五分ゴブリン》ATK/500

 

大原LP4000→2150

 

「そして、再度召喚した《ヴァリュアブル・アーマー》の効果だ。このモンスターは相手フィールドの全てのモンスターに1回ずつ攻撃することができる」

 

「そんなっ!」

 

「続いて《ヴァリュアブル・アーマー》でもう片方の《五分ゴブリン》に攻撃! デスシックル、第二閃!」

 

 またも鎌の一振りで小鬼の頭が刈り落とされた。しかしカマキリの興味は既にそちらにはなく、無機質な瞳で豪華な服の小鬼を見下ろしていた。配下を失った小鬼の王は、おびえているようにも見える。

 

《ヴァリュアブル・アーマー》ATK/2350

《五分ゴブリン》ATK/500

 

大原LP2150→300

 

「最後だ、《ヴァリュアブル・アーマー》で《キングゴブリン》に攻撃! デスシックル、第三閃!」

 

 カマキリは命令を待ちわびていたかの様な速度で鎌を振り下ろした。鎌はまっすぐ小鬼の王に振り下ろされ、冠も服もまとめて両断されていた。

 

《ヴァリュアブル・アーマー》ATK/2350

《キングゴブリン》ATK/2000→0

 

大原LP300→0

 

—————

 

「くそっ、俺たちをアカデミアに突き出すのか?」

 

 小原がこちらを睨みつけながら聞いてくる。大原のほうは観念したようにうなだれて地面に座り込んでいた。

 

「そのことだが…十代、すまないが今回はレアカードをキチンと返却することで手打ちにしてやってくれないか。頼む、この通りだ」

 

 十代に深く頭を下げる。十代はレポートの代わりに犯人探しをしていると言っていた。ならばそれを手伝ってもいいし、食堂でおごっても、欲しいカードがあるならそれを渡しても良い。俺のカードを渡せるのかどうかは知らないが、それならそれで探すまでだ。

 

「お前…」

 

 小原が呆然として俺を見ている。オベリスクブルー相手にアンティルールをしかけたということが露見すれば、下手すれば退学になるかもしれない。あまり親しい仲とはいえないが、ラーイエローの仲間だったのだ。仲間が退学になるのは嫌だった。

 

「何言ってんだ。結局闇夜の巨人デュエリストなんていなかったんだし、俺達はこれで帰るぜ。いくぞ、翔、隼人!」

 

「ま、まってよ兄貴ぃ〜」

 

「ま、待って欲しいんだな〜」

 

 十代は俺が思っていたより、ずっと粋な男だったようだ。対価を要求するでもなく、文句を言うでもなく、何も見なかったことにして去っていった。レポートを提出していないのは自業自得だが、それでもチャンスを捨ててまでこちらのわがままを聞いてくれたのだ。本当に頭が上がらない。

 

 小原達に向き直る。二人ともバツの悪そうな表情をしており、目線が泳いでこちらと合わない。

 

「二人とも、わかってるよな」

 

「あぁ、奪ったカードはちゃんと返すよ」

 

「代田君、ありがとう」

 

「礼なら十代に言ってやってくれ、すっとぼけるだろうけどな」

 

 二人からカードを受け取った後、被害者が寝ている間に《シャドウ・ダイバー》で部屋の中から鍵を開けてもらって侵入し、机の上におくなどしてカードを返していった。

 

 翌日、自分たちのレアカードが戻ってきたと大喜びの生徒達を確認することができた。十代のレポートを手伝いたいのは山々だったが、十代がクロノス教諭に監視されていたのでそれは叶わないようだ。しかたないしドローパンと飲み物を買って差し入れしよう、そう思い購買に向かうのであった。

 



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10.乙女の火傷っていうなっ!

最近まで帰省しており、更新が遅くなってしまいました。
そして大学の夏休みが終わるので、これからも更新が遅くなります。


 今朝の全校集会で近々ノース校との友好デュエルがあると連絡があった。去年の代表はカイザーだったようだが、今年の代表はまだ決まっていないようだ。俺に関係のある話だとは思っていないので半ば聞き流していたが、一部生徒は代表の座を得るために意気込んでいるようだ。

 

 話は少しそれて、少し前に大山平という男がオベリスクブルーに復学してきた。ドローの真髄を極めるべく一年間山ごもりをしていたとのたまっていたが、新手のジョークだろうか。この世界ならあり得そうなのが怖いのだが。

 

 この大山平だが、彼は代表を目指して意気込む一部生徒ではなく自分のドローを極めたいそうだ。ドローを極めるということがどういうことかイマイチよくわからないが、彼曰く黄金の卵パンの連続ドロー記録を塗り替えたいらしい。

 

 これはアカデミアの飼う黄金の鶏が日に一個だけ産むという黄金の卵を具に使ったドローパンであり、ドロー運が強いものだけが引き当てる事ができるといわれている。

 

 そしてこの黄金パンを引く奴はかなり限られており、俺の知り合いではチートドローに定評のある十代、一年女子最強と名高い明日香さん、そして先ほど紹介した山ごもりの大山平、その三人だけだ。

 

 ちなみに連続ドロー記録を持っているのは十代で、20連続ドローを達成したことがあるらしい。半月以上的確に黄金の卵パンをドローし続けるのは至難の業、と自称ドローの権威である大山平は語る。

 

 そして何故そんなことを言っているのかというと、今俺は購買部におり、大山と共にドローパンのカートの前に立っているからだ。…正確には昼休みの開始と同時にこの男に拉致され、ドローパンをドローする事を強制されている。

 

「どうした葵! 俺に遠慮せずにドローするんだ!」

 

「いや、俺はイエロー食堂に」

 

「そうだぜ葵! お前のドローを見せてくれ!」

 

 いつの間にか現れた十代に主張を遮られてしまった。…今日はイエロー食堂に突撃してカレーを食べるつもりだったんだが、これでは諦めざるを得ない。最近はブルー制服で行っても睨まれないぐらいには馴染んできたのだが…

 

「俺のターン、ドロー」

 

 開封すると、中身はコロッケパンであった。今日も安定して好きなパンをドローすることができた。ドローパンでネタとしか思えないようなパンを引いた事がないのは、運がいいのかネタにならないと嘆くべきなのか。

 

「気迫が足りないぞ、葵! よし、見本を見せてやる!」

 

「おっ、なら俺も参加させてもらうぜ!」

 

「しょうがないわね、私も参加しようかしら」

 

 ドロー馬鹿二人の他に、いつの間にか明日香さんも加わっていた。明日香さんには一体何がしょうがないのか教えて欲しい。

 

「「「俺(私)のターン、ドロー!!」」」

 

 三人がものすごい気迫を込めてドローする。そして三人同時に開封し、かじりつく。そして間を置いて十代がガッツポーズをし、残り二人が崩れ落ちる。一体なんなんだお前ら。

 

「へへっ、黄金の卵パンゲットだぜ! 今日は俺の勝ちみたいだな!」

 

「くぅ、フォアグラパンだったか…!」

 

「マジメロンパンを引かされるなんて、やるわね十代」

 

 外れみたいなリアクションだけど、お前らの大好物だろうが。二個目以降に当てたときは大喜びするくせに、なんで最初は卵パンじゃないと全て外れみたいなリアクションなんだよ。十代について来た翔をみてみろ、大嫌いなめざしパンを引いて泣きそうじゃないか。

 

 ちなみに昼休みにこうしてドロー馬鹿達が集まるのは、最近では週に五日以上…つまり授業のある日は毎日こんな感じである。そして俺は三回に二回は強制的に参加させられている。こうしてアカデミアの昼休みは騒がしくすぎていくのであった。

 

—————

 

 放課後になってカイザーに借りていた本を返しに部屋を訪れたわけだが、中から物音がする。3年の方が先に授業が終わっていたのだろうか。足音でわかるためノックは必要ないと言われているので、そのまま部屋に入ることにする。

 

 扉を開けると、帽子を目深に被った背の小さなレッド生がカイザーのデッキを頬擦りしていた。…えっ、何コレ、どういう状況? 追っかけ? 男の? 腐った人たちが狂喜する展開なの? うわっ、関わりたくない…

 

「あっ」

 

 こちらに気付いたレッド生は一瞬固まったが、すぐに逃げ出そうとした。関わり合いになりたくないが、逃がす訳にも行かない。幸いにも不審者は部屋の隅にいたので、普通に回り込んでデュエルディスクを展開する。

 

「逃がすか! デュエルで拘束させてもらうぞ!」

 

『ご主人様も随分デュエル脳になってきましたな』

 

 捕まえるための手段として咄嗟にデュエルを選んでしまうのは、いよいよ末期な気がしてならない。一応《聖なる鎖》などのカードを実体化して使うために懐に仕舞ってあるので、いざというときはこれらで捕縛するしかない。

 

「ちっ、仕方ない」

 

 どうやらレッド生の方も応じてくれるようだ。流石にデュエルディスクにワイヤーを仕込んだりはしていないので普通に逃げようとする可能性も考えていたのだが、この世界の人たちはノリが良くて助かる。

 

「「デュエル!」」

 

「ボクのターン! ドロー! 《恋する乙女》を召喚! ターン終了!」

 

《恋する乙女》ATK/400

 

 ソリッドヴィジョンで現れたのはリボンのついたカチューシャを付けた栗色の髪の乙女だった。何やら少女漫画チックな光がそこら中を飛び交っていて、思わず目を細めてしまうぐらいに眩しい。

 それにしても《恋する乙女》ってことは、この不審者はレイだったのか。カイザーのデッキに頬擦りする光景が衝撃的すぎて頭から抜けてしまっていた。

 

「俺のターン、ドロー。《デュアル・サモナー》を召喚し、ターンを終了する。」

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

「攻撃してこないのか」

 

 レイが意外そうに驚いているが、《恋する乙女》と関連カードの効果はアニメオリカの中ではそれなりに有名なのでよく覚えている。そもそも《デュアル・サモナー》はサポートのために召喚したので、わざわざ攻撃する必要はない。

 

「ボクのターン、ドロー! カードを2枚伏せてターンを終了する」

 

「ならエンドフェイズ時、ライフを500払って手札から《デュアル・ソルジャー》を召喚させてもらう」

 

葵LP4000→3500

 

《デュアル・ソルジャー》ATK/500

 

「俺のターン、ドロー。《デュアル・ソルジャー》を再度召喚してバトル《恋する乙女》に攻撃」

 

 《デュアル・ソルジャー》がプロペラダーツを投げつけるが、《恋する乙女》の足下に着弾しただけで傷は負わせていないようだった。《デュアル・ソルジャー》がほっと胸を撫で下ろしている理由を聞かせてもらいたい。

 

《デュアル・ソルジャー》ATK/500

《恋する乙女》ATK/400

 

レイLP4000→3900

 

「そんな二度手間なことをしても、《恋する乙女》は攻撃表示でいる限り戦闘では破壊されないよ!」

 

「二度手間っていうなっ! 再度召喚された《デュアル・ソルジャー》が戦闘を行った時デッキからレベル4以下のデュアルモンスターを1体特殊召喚する!《エヴォルテクター シュバリエ》を特殊召喚!」

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

 

 プロペラダーツのあった場所から赤い甲冑の騎士が現れ、距離を取るように飛び退いた。非常に重そうな格好なのに、よくもあんなに俊敏な動きができるものだ。

 

「《恋する乙女》のもう1つのモンスター効果、《恋する乙女》を攻撃したモンスターに乙女カウンターを1つ乗せる!」

 

 《恋する乙女》の手からハートマークが飛び出し、《デュアル・ソルジャー》の顔に当たる。《デュアル・ソルジャー》は何をされたか分からないようにきょろきょろとしているが、左胸にはハートマークが1つ付いていた。

 

「さらに、《デュアル・サモナー》で《恋する乙女》に攻撃!」

 

 召喚師から放たれた橙色の光線が《恋する乙女》の足下に着弾し、その衝撃で《恋する乙女》とレイにダメージを与えた。いつもなら相手を貫くのだが、今回は余波で攻撃しているのは乙女補正なのだろうか。

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

《恋する乙女》ATK/400

 

レイLP3900→2800

 

「《デュアル・サモナー》にも乙女カウンターが乗ったよ!」

 

 レイがそう言うや否や、キラキラとした桃色空間が展開される。先ほど攻撃した召喚師が《恋する乙女》に駆け寄り、目線を合わせるように身体をかがめる。

 

『お嬢さん、大丈夫かい?』

 

『大丈夫、だって私たちが闘うのは宿命だから…』

 

『可憐だ…!』

 

 なにやら桃色空間で茶番が行われたが、召喚師の左胸にも《デュアル・ソルジャー》と同様のハートマークが1つ付いていた。騙されるな《デュアル・サモナー》、そいつは平気で二股や三股をかける気満々だぞ。

 

「そして《エヴォルテクター シュバリエ》で《恋する乙女》を攻撃!」

 

 赤い甲冑の騎士が炎のような斬撃をとばしたが、これも《恋する乙女》の足下に着弾していた。そしてへたり込んでしまった《恋する乙女》を一瞥し、勢いよく頭を振る甲冑の騎士…例によって左胸にはハートマークが1つ付いていた。

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

《恋する乙女》ATK/400

 

レイLP2800→1300

 

「ターン終了」

 

「僕のターン、ドロー! 手札から装備魔法《キューピッド・キス》を《恋する乙女》に装備!」

 

 ハートの矢を持った金髪の天使が《恋する乙女》の周りを飛び、その頬にキスをした。ステータスには変化がないが、これで乙女カウンターが効力を発揮することになる。

 

「バトルよ!《デュアル・サモナー》に攻撃! 一途な思い!」

 

 《恋する乙女》が召喚されたときのようにキラキラとしたエフェクトが周りを覆うと、足下が花畑となり《恋する乙女》が召喚師に向けて走り出す。走るといっても、ゆったりとした走り方で攻撃するには心もとない。

 

『《デュアル・サモナー》さ〜ん、私の一途な思いを受け止めて〜』

 

 召喚師が軽く避けると、《恋する乙女》はそのままこけてしまった。そのまま《恋する乙女》はうずくまってしくしくと泣き出してしまい、《デュアル・サモナー》がおろおろしている。

 

《恋する乙女》ATK/400

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

レイLP1300→200

 

『ひ、酷い、酷いわ!』

 

『そ、そんなつもりじゃ』

 

 召喚師が何やら弁解していると、《恋する乙女》が召喚師にむけて投げキッスを放った。ハートマークが顔に当たり、召喚師の身体から桃色のオーラが立ち上がる。

 

『私の言うこと、聞いてくれるわよね?』

 

『もちろんだとも!』

 

『じゃあ、《デュアル・ソルジャー》を攻撃して』

 

『君のためなら喜んで!』

 

 そう言って《デュアル・ソルジャー》を嬉々として攻撃してくる召喚師。《恋する乙女》に攻撃するときは足下への攻撃だったのに、今回はきっちり身体を貫いているというのはどういう了見だ。

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

《デュアル・ソルジャー》ATK/500

 

葵LP3500→2500

 

「乙女カウンターの乗っているモンスターを攻撃し、逆にダメージを負ったら、装備魔法《キューピッド・キス》が発動、そのモンスターをコントロールできる!」

 

 この効果があるため、初ターンは攻撃しなかったのだ。先ほどのターンも、もう一体ぐらい召喚してそのまま倒せる状況まで待つべきだったかもしれないが、やってしまった物は仕方がない。

 

「再度召喚した《デュアル・ソルジャー》は1ターンに1度戦闘によっては破壊されない。そして戦闘を行ったので効果発動! 《シャドウ・ダイバー》を特殊召喚!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

 桃色空間には似つかわしくない黒法師が現れ、俺の影からは悪魔が立ち上がる。フードを目深に被った黒法師からは表情を伺うことはできないが、悪魔のほうはニタニタと笑っている。

 

「手札から装備魔法《ハッピーマリッジ》を《恋する乙女》に装備! 《デュアル・サモナー》の分、《恋する乙女》の攻撃力がアップする!」

 

 先ほどから桃色空間が解除されないまま、ウェディングドレス姿になる《恋する乙女》。召喚師の隣で嬉しそうに微笑んでいるが、召喚師が腕を組もうと伸ばした手をはたき落としていたのは見なかったふりをすべきなのだろうか。

 

《恋する乙女》ATK/400→1900

 

「女の子は恋をすれば強くなる、不可能なんてないの! ターン終了!」

 

 レイはテンションが上がってきたようで、帽子を脱ぎ去り素顔があらわになった。お前変装してなくていいのか。デッキテーマでバレバレとはいえ、自分から証拠をさらけだしているのはまずいだろう。

 

「俺のターン、ドロー! 《シャドウ・ダイバー》を再度召喚して効果発動! 自分フィールド上の闇属性レベル4以下のモンスター1体はこのターン相手に直接攻撃することができる! 《シャドウ・ダイバー》で直接攻撃! リッピング・フロム・シャドウ!」

 

「罠発動!《ホーリージャベリン》! 相手の攻撃宣言時に、そのモンスターの攻撃力分だけライフを回復する!」

 

 俺の影に潜り込んだ悪魔がレイの影から現れ、奇襲をかけようとする。しかし途中で白い槍に阻まれ、攻撃がレイまで届くことはなかった。攻撃を阻止された悪魔は、渋々といった様子で俺の影まで戻ってきた。

 

レイLP200→1700→200

 

「《エヴォルテクター シュバリエ》で《デュアル・サモナー》を攻撃!」

 

「永続罠《ディフェンス・メイデン》! 自分フィールド上のモンスターを攻撃されたとき、攻撃対象を《恋する乙女》に変更するよ!」

 

 召喚師をかばうように騎士の前に立ちはだかる《恋する乙女》。騎士は一歩後ずさると、意を決したように剣を振り下ろし…見事に切腹を果たしていた。お前西洋騎士だろう、そういうのは《未来サムライ》にでもやらせろよ。

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

《恋する乙女》ATK/1900

 

「《デュアル・ソルジャー》を守備表示に変更して、ターン終了だ」

 

《デュアル・ソルジャー》ATK/500→DEF/300

 

「僕のターン、ドロー! バトル!《恋する乙女》で《シャドウ・ダイバー》を攻撃! 一途な思い!」

 

『《シャドウ・ダイバー》さ〜ん、私の思いを受け止めて〜』

 

 そんなことを言いながら、こんどは黒法師の目の前で転んでしまった。そして投げられたブーケが黒法師にぶつかり、爆発。影の悪魔もそのまま消えてしまった。ずいぶん過激な愛情表現だ。

 

《恋する乙女》ATK/1900

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

葵LP2500→2100

 

「《デュアル・ソルジャー》は守備表示になっちゃってるし、僕はこのままターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー! 《デュアル・ソルジャー》を生け贄に、《灼熱王パイロン》を召喚! そして、《スペシャル・デュアル・サモン》を発動! 《灼熱王パイロン》を再度召喚状態にする!」

 

《灼熱王パイロン》ATK/1500

 

 炎が地面から噴出し、大男の形となっていく。そして再度召喚の魔力を注がれた炎は更にその勢いを増し、炎の色も徐々に白に近づいていく。ソリッドヴィジョンなので熱気までは感じないが、心無しか周囲の景色が揺らいでいるようにも見える。

 

「そんなことをしたって、《恋する乙女》は倒せないよ!」

 

「そっちの《恋する乙女》を倒す必要はない。《灼熱王パイロン》の効果発動! 1ターンに1度、相手に1000ポイントのダメージを与える! パイロボール!」

 

 炎の大男の前で炎が球状に収束していく。最初は拳大ほどの球体だったのが直径1mほどまで膨れあがったところで、レイ目掛けて放たれた。火球は《恋する乙女》の横を通り過ぎ、レイは炎に包まれた。

 

レイLP200→0

 

—————

 

 レイにデュエルで勝ったのは良いが、もちろんながら拘束力もなにもあったものではない。しかしレイは観念したようで、大人しく床に座っていた。そしてベランダから物音がしたのでそちらをみてみると、十代が木を伝って入ってきたようだ。お前は猿か。

 

「あれ? 葵、ここにレイ来てないか? レッドに転入してきた身体が小さくて帽子かぶってる奴なんだけど…」

 

「それならそこに座り込んでる奴だろうな。侵入していたから、とりあえずデュエルで拘束しておいた」

 

 脱ぎ捨てられたまま床に転がっていた帽子をレイにかぶせてやり、十代に確認をとる。ちなみにデュエルで拘束といったことはスルーされた。

 

「レイって女だったのか…すまねぇけど、俺に免じて放してやってくれねぇか?」

 

「俺としても捕まえたはいいが、どうしようかと思っていたんだ。十代が引き取ってくれるなら何の文句もないさ」

 

「おう、わりぃな」

 

 そういうと、十代はレイを担いでそのまま器用に木を伝って降りていった。ひとまず散らばっていたカイザーのデッキを片付け終わると、カイザーがタイミングよく部屋に戻ってきた。

 

「すまない葵、遅くなった」

 

「いえ、お気になさらず。それじゃあこれ、ありがとうございました。やはり汎用性が高いカードは可能性として見ておくのは大事ですね」

 

 カイザーから借りていた本だが、中寺錦丸著「明日を迎えにいく99%の鍵」という本である。《サイクロン》や《強欲な壷》など汎用性の高く採用されやすいカードが記されており、基礎に立ち返ってデッキや戦略を構築することの重要性について書いてあった。

 

「相手の戦略を見極めたつもりでも、そう言ったカードに足下をすくわれることがある。常に頭の隅にはおいておくべきだろう」

 

「そうですね。それではそろそろ失礼します」

 

 部屋に戻るとPDAに十代から連絡があり、レイのことで晩にレッド寮の裏に来て欲しいということだった。別に拒否する理由もないので了承し、晩まで部屋でのんびりすることにした。

 

—————

 

 そして晩になり、レッド寮裏の崖下で十代と合流した。レイは俺が来た途端に距離を取ったが、デュエルで拘束されたから警戒しているのだろうか。

 

「十代、待たせたか?」

 

「いや、俺たちも来たばっかりだぜ」

 

 十代に聞いた所、質問をしても何一つ答えることができないと言われてしまったようだ。そして十代とレイがデュエルをすることで、丸く納めることにしたらしい。

 

「いや、ちょっと待て」

 

「なんだよ?」

 

「それ、何一つ解決にならないだろ」

 

 離れた所でレイも首を振っている。十代は何故俺たちが理解していないのか不思議に思っているようだが、説明してもらえないと何故その結論になったのか理解できない。

 

「デュエルじゃ誰も嘘はつけないからな。事情を聞く必要もなくなる」

 

 訂正、説明されてもまったく理解できなかった。《オネスト》が墓地にいる状況で意気揚々と光属性モンスターに攻撃し、その攻撃宣言時に《光の招集》で回収されてダメージ計算時に《オネスト》の効果で反撃されるなど、デュエルで騙された経験が大いにある俺には理解できない。そうこうしているうちにデュエルが始まるようだ。

 

「「デュエル!」」

 

—————

 

「ガッチャ、面白いデュエルだったぜ」

 

 《バーストレディ》が恋に現を抜かす男ヒーロー共に喝を入れ、《フレイムウィングマン》に融合して《恋する乙女》を焼くことで何とか十代が勝利した。恋する乙女を焼いたという意味では俺と同じだが、真正面から攻撃した十代の方がよほど男らしいと言えるだろう。

 

「十代、僕は…」

 

「そこから先は、ずっと見ていた後ろの奴に言った方がいいだろ」

 

「亮様…」

 

 どうやらカイザーが崖上から見ていたらしい。一緒に見ていたと思われる明日香さんや翔、そして未だ名前を教えてもらっていないレッドの上級生…おそらく隼人…も一緒にこちらへ降りて来た。

 

「亮様がデュエルアカデミアに進学なさってから、ずっと会いたくてやっとここまでやってきたの…十代とのデュエルには負けたけど、亮様への思いは誰にも負けない! 乙女の一途な思いを受け止めて!」

 

「なんか、カイザーもたじたじだな。それにしてもすげー迫力、デュエルと同じだ」

 

「デュエルじゃないもん…」

 

 レイがどこかいじけたような調子で十代に抗議する。乙女心の欠片も理解していない能天気な十代の発言に反論したいが、どう言えば理解してもらえるのかが皆目見当もつかないといった所だろうか。見当がつく人間がいるとも思えないが。

 

「そうね、一途な思いは素敵よ。でも今あなたが言ったように、デュエルのヒーローと違って本物の男性はウィンクやキスじゃだめなの。デュエルも恋も、気持ちと気持ちが繋がって初めて実るんじゃないかしら」

 

 学年一の男前である明日香さんが、あたかも自分も乙女であるかのような台詞をのたまってくれた。昼休みにドローパンで一喜一憂していた人物と同じに見えないのは俺だけであろうか。

 

「レイ、お前の気持ちは嬉しいが…今の俺にはデュエルが全てなんだ」

 

「亮様…」

 

 カイザーがポケットから髪飾りを取り出し、レイに渡した。そういえば部屋から追い出す時帽子はかぶせたが、その他に何があったとか見てなかったな。それでカイザーはここにきていたのか。

 

「レイ、故郷に帰るんだ」

 

「そこまですることないだろ! 女の子だって、オベリスクブルーの女子寮に入れてもらえば…」

 

「レイはここには居られない」

 

 十代が強く反論しようとしたが、カイザーが有無を言わせぬようにそれを遮った。アカデミアは良くも悪くも実力主義なので性別を偽る程度なら問題はないかもしれないが、もう一つの問題は実力でもどうしようもない問題なのだ。

 

「レイはまだ小学5年だ」

 

「はぁ?」

 

「「えぇー!?」」

 

 レッドの三人組が衝撃のあまり叫び声をあげた。レイはまだ小学生であり、そもそも年齢が足りていないのだ。飛び級という意味では中等部から高等部への編入措置はあるらしいが、流石に小学生を入学させるということはない。

 

「なんなんだよー!? 俺ってば、小学生に苦戦したのかよー!?」

 

「ごめんね。ガッチャ、楽しいデュエルだったよ!」

 

 あ、十代が倒れた。

 

「あっはっはっは、最高だ! これだからデュエルは楽しいんだよ!」

 

 十代が楽しそうに笑い転げ、つられて全員が笑みを浮かべる。十代は場の空気を明るくすることにかけては天才的だと思う。そして明日の船でレイを本土まで返すということで、この夜は解散となった。

 

—————

 

 そして翌朝、レイを見送るために港に集まっていた。レイの両親も迎えにきており、レイと一緒に船に乗っている。

 

「来年小学校卒業したら、またテスト受けて入学するからねー!」

 

 レイがこちらに向かって元気よく叫んでいる。今でさえ高等部の試験に合格できるのだから、中等部の試験を合格することはまず問題ないはずだ。むしろよっぽどヘマをしなければ、不合格になることはありえないとさえ言える。

 

「だってよ」

 

「そのときは、俺はもういないけどな」

 

 カイザーがあっさりと事実を口にする。もちろんこの程度の声量では船まで届かないだろうし、レイもそのことは十分に分かっているだろう。だからこそ本来入学できる歳になる前にアカデミアに来たことは想像に難くない。

 

「待っててねー! 十代様ー!」

 

「え、えぇ!?」

 

 レイに突然様付けされた十代が一人驚いているが、他の面々はさほど驚く訳でもなくむしろ当然という顔をしていた。今朝集まってみたら、もう十代を意識してたもんな。邪魔するのも悪いし、帰るとするか。

 

「な、なんで俺なんだよ!?」

 

「きっと、あなたのデュエルに惚れたんでしょ」

 

 普段ジュンコやモモエが恋愛話をしてもまったく興味を示さないのに、今回の明日香さんはノリノリである。おマセな小学生であるレイと、フィアンセの意味も知らないほどの純粋培養な十代…確かに見ていて笑えてくる。

 

「後はまかせる」

 

「じゃあ兄貴、先に帰るねー」

 

「ゆっくり見送ってあげるんだなー」

 

「船が見えなくなるまで、見送ってあげなきゃねー」

 

「望遠鏡もあるし、肉眼がだめでもこれならしばらくは見えるだろー」

 

 全員投げやりに声をかけて去っていく。俺も《古代の遠眼鏡》を十代に渡して帰ることにした。実験したときはかなり離れていても実体化していたみたいだし、デュエルディスクから外さなければ大丈夫だろ。

 

「待っててねー! きっとよー! 十代様ー!」

 

「えぇ、あれぇ? 嘘ぉ…」

 

 レイのやたら元気な声と十代の力ない声を聞きながら、ブルー寮への道を歩いて帰った。余談だが十代は律儀に《古代の遠眼鏡》で見えなくなるまで見送ったらしく、部屋に《古代の遠眼鏡》を返しにきたのは昼過ぎだった。

 




もちろんレイとフラグなんて立ちません。
そもそもヒロインなんて存在するのかどうか。

まぁ、遊戯王にはよくある話ですね!



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11.イエロー最強っていうなっ!

大変遅くなりました。
月一で更新ができるよう頑張ります…


 授業前、クロノス教諭に呼び出された。もちろん校則違反をした記憶も、何か目を付けられるようなことをした記憶もない。…十代と仲がよかったり、イエロー食堂に入り浸ったりしているのが原因かもしれないが。

 

「ノース校との交流デュエルは知っているノーネ? カンツォニエーレ?」

 

「えぇ、今年も代表はカイザーだと噂されていますね」

 

 どうやらお叱りというわけではなく、交流デュエルに関係することらしい。アニメでは代表が十代になったのは覚えているが、その経緯は正直ほとんど覚えていない。

 

「今回はノース校代表が1年生ということで、各寮の1年生代表でトーナメントマッチを行うノーネ。そこでシニョール代田には我が寮代表として戦ってもらいまスーノ」

 

「…ブルー代表なら、天上院さんのほうが適任のように思うのですが」

 

 明日香さんは1年女子だけでなく、全学年の女子の中でも上から数えた方が早い程の実力を持っていると噂されている。ラーイエローからのぽっと出である俺よりは適役のように感じるのだが…

 

「シニョール明日香は女子寮代表ナノーネ。それに、カイザーとあれだけのデュエルができるシニョールなら、必ずや本校代表となってくれると信じていまスーノ」

 

 確かにオベリスクブルーの1年男子だけだと、かつての万丈目ほどの目立つ生徒はいない。特別課程の生徒もいるらしいが、あくまで噂話なので真意は不明だ。それならばカイザーのライフを後少しのところまで削ったという実績がある俺の方がマシということなのだろう。

 

「わかりました」

 

 …とは言ったものの、このトーナメントで一番弱いのは恐らく俺なのではないだろうか。レッド代表になることがほぼ確定している十代とは明日香さんとのタッグマッチで敗北しており、イエロー代表になると思われる三沢にはイエロー時代に成績で勝てたためしがない。女子寮代表の明日香さんとはデュエルしたことがないので何とも言えないが、間違いなく強敵である。

 

 トーナメント表は当日に発表されるらしいが、誰と当たってもそう簡単に勝てはしないだろう。アカデミア代表なんてどうでもいいのだが、楽しいデュエルになることは想像に難くない。

 

—————

 

 トーナメント当日、一回戦第一試合は俺と三沢のデュエルのようだ。入学からブルーになるまでは授業で対戦することも多かったのだが、ブルーとなってからは対戦する機会がなかった。

 

「まっていたぞ、葵」

 

 決闘場では三沢が腕を組んで待っていた。寮としてはこちらが格上のはずだが、俺が挑戦する側という扱いである。実力としては間違ってはいないとは思うが、何か釈然としないものがある。

 

「三沢、そういえば授業以外でデュエルするのは初めてだな」

 

 十代や翔は普段から寮内でデュエルをすることもあるそうだが、レッド以外の部屋は個室のため、部屋にこもっているとそう言った機会がほとんどない。三沢も他のデュエリストの研究で部屋にいることが多いのも一因だろう。

 

「そうだな、だが授業では41戦20勝18敗3分で俺が勝ち越している。お前への対策も万全だ。今回も勝たせてもらう」

 

「引き分けの原因はお前の《破壊輪》だろうが。自爆したお前の黒星で、21勝20敗で俺の勝ち越しの間違いじゃないか?」

 

 三沢とデュエルする時、お互いに下級モンスターでも攻撃力1500以上のモンスターが多いため、最後のトドメを刺す場面で《破壊輪》を使われて引き分けになりやすいのだ。

 

「デュエルをすれば俺の数式に間違いがないことが分かるさ。どちらが強いのかハッキリさせよう」

 

「その案には賛成だな。負けて計算を一からやり直すといい」

 

 お互いにセットポジションにつきデュエルディスクを構える。

 

「「デュエル!」」

 

「俺の先攻、ドロー! 《カーボネドン》を守備表示で召喚し、ターンを終了する」

 

《カーボネドン》DEF/800

 

 炭を連想する黒いモンスターが防御姿勢であらわれた。機械族のような見た目だが、一応恐竜族らしい。機械族である《サイバー・ダイナソー》とどちらが恐竜族に近いか悩む。少なくとも《メカ・ザウルス》の方が恐竜族らしい見た目だ。

 

「俺のターン、ドロー。《巨人ゴーグル》を召喚してバトルだ。《巨人ゴーグル》で《カーボネドン》に攻撃!」

 

 《カーボネドン》に巨人の拳が襲いかかり、その衝撃で身体があっさりとへし折れた。炭素は構造次第で強度や弾力性がまったく違うのだが、どうやら《カーボネドン》を構成する炭素は鉛筆の芯のような脆いものだったようだ。

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500

《カーボネドン》DEF/800

 

「俺はこれでターンを終了」

 

「俺のターン、ドロー。俺は《ハイドロゲドン》を攻撃表示で召喚する」

 

《ハイドロゲドン》ATK/1600

 

 茶色く濁った水が地面から吹き出し、平べったい四足の恐竜へと姿を変えた。一応種族が恐竜族であるため恐竜とはいったものの、見ようによってはサンショウウオのような両生類にも見える。

 

「バトル、《ハイドロゲドン》で《巨人ゴーグル》を攻撃! ハイドロ・ブレス」

 

 《ハイドロゲドン》の口から吐き出た濁流を岩の巨人は真正面から受け止したが、あまりにも勢いが強かったのか仰向けに転倒して押し流されてしまった。

 

《ハイドロゲドン》ATK/1600

《巨人ゴーグル》ATK/1500

 

葵LP4000→3900

 

「そして《ハイドロゲドン》の効果発動! このモンスターが相手モンスターを破壊し墓地に送った時、デッキから《ハイドロゲドン》を1体特殊召喚する!」

 

《ハイドロゲドン》ATK/1600

 

 そして地面から湧き出た水が再び形をかえ、先ほど現れた四足の恐竜と同じ形となった。次から次へとわき出してくるのは、水の凝集力でも関係しているのだろうか。もしくは水素のガス密度が低く、拡散が速いからかもしれない。

 

「そして《ハイドロゲドン》で葵に直接攻撃!」

 

 新たに湧き出た《ハイドロゲドン》がこちらに向けて濁流を吐き出した。ソリッドヴィジョンであり実際には濡れていないはずなのに、水を被ったような冷たさと服が肌にはりつくような不快感に思わず眉をしかめてしまう。攻撃モーションが終わるとそれもすぐになくなるのだが、苦情が来てもおかしくはないと思う。

 

《ハイドロゲドン》ATK/1600

 

葵LP3900→2300

 

「俺はカードを1枚伏せてターン終了!」

 

「俺のターン、ドロー。手札から永続魔法《金剛真力》を発動。相手フィールドにのみモンスターが存在する時、手札からレベル4以下のデュアルモンスターを特殊召喚することができる。この効果で《サンライズ・ガードナー》を守備表示で特殊召喚し、そして再度召喚だ」

 

《サンライズ・ガードナー》DEF/500→2300

 

 黄金に輝く戦士が腕をクロスし、身体を低くして構える。

 

「俺はこれでターンを終了する」

 

「いくぞ、俺のターン、ドロー! 守りを固めたようだが、それが無駄だと教えてやろう!」

 

「俺は《オキシゲドン》を召喚し、さらに手札から《ボンディング―H2O》を発動! 俺の場の《ハイドロゲドン》2体と《オキシゲドン》1体、つまり水素2と酸素1を化合して《ウォーター・ドラゴン》をデッキから特殊召喚する!」

 

《ウォーター・ドラゴン》ATK/2800

 

 2体の茶色い液体の恐竜と緑色の気体の翼竜が《ボンディング―H2O》のカードに吸い込まれ、爆発が起きた。そのモヤが晴れた時に目の前に現れたのは、猛々しい水の龍だった。《ハイドロゲドン》とは違って透き通るその姿は、美しくもある。

 万丈目を破ったカードであり、三沢の持つ6属性デッキの内【水属性】のエースである。三沢は授業では試験用デッキという名の【スタンダード】ばかり使うので、実際に相対するのは初めてだ。

 

「いくぞ、《ウォーター・ドラゴン》で《サンライズ・ガードナー》を攻撃! アクア・パニッシャー!」

 

 必死に守りを固めていた黄金戦士であったが、水の龍から吐き出される水流に押し流されるどころか、丸ごと包み込まれてしまった。立ち上った水柱のなかで破壊されたようだ。

 

《ウォーター・ドラゴン》ATK/2800

《サンライズ・ガードナー》DEF/2300

 

「俺はこれでターン終了だ」

 

「俺のターン、ドロー。よし、《金剛真力》の効果発動! 手札から《エヴォルテクター シュバリエ》を特殊召喚! そして手札から《スーペルヴィス》を《エヴォルテクター シュバリエ》に装備し、再度召喚状態にする!」

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

 

 赤甲冑の騎士が炎を纏って登場する。水の龍は騎士を見下ろして、かすかに笑った気がした。

 

「だが、《エヴォルテクター シュバリエ》は炎属性、《ウォーター・ドラゴン》の効果で攻撃力は0となる!」

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900→0

 

「ならばこうするまでだ。《エヴォルテクター シュバリエ》の効果を発動! 自分フィールド上に表側で存在する装備魔法1枚を墓地に送ることで、相手フィールドのカード1枚を破壊する! 俺は《スーペルヴィス》を墓地に送り、《ウォーター・ドラゴン》を破壊する!」

 

 赤い甲冑の騎士が鞘から剣を抜き、居合い抜きの要領で炎の斬撃を飛ばす。取るに足らないと判断したのか、水の龍は回避せずに真っ向から受け止めた。しかし斬撃が当たった箇所から爆発し、水の龍はその姿を崩し、ただの水の塊となった。

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/0→1900

 

「そして、墓地に送られた《スーペルヴィス》の効果発動! このカードが墓地に送られたとき、墓地の通常モンスター1体を特殊召喚する! 蘇れ、《巨人ゴーグル》!」

 

 地面が隆起し、そこから岩の巨人が立ち上がる。そして己の存在を示すように、天に向けて咆哮をあげた。…2ターン目にさっくりやられたのがそんなに悔しかったのだろうか。

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500

 

「だが、《ウォーター・ドラゴン》が破壊され墓地に送られた時、墓地の《ハイドロゲドン》2体と《オキシゲドン》1体を特殊召喚するぞ」

 

《ハイドロゲドン》ATK/1600

《ハイドロゲドン》ATK/1600

《オキシゲドン》ATK/1800

 

 水の塊に電気が走り、緑の気体と茶色の液体に分離した。気体は《オキシゲドン》に、液体は2体の《ハイドロゲドン》にそれぞれ姿を変えた。

 

「《巨人ゴーグル》を再度召喚してバトル!《巨人ゴーグル》で《オキシゲドン》を攻撃! ゴーグルナックル!」

 

 巨人が岩でできた筋肉を隆起させてうなり声をあげる。そしてその巨体に似合わない俊敏さで《オキシゲドン》に接近し、強烈なアッパーカットをお見舞いした。《オキシゲドン》は気体のはずだが、しっかりとダメージは通ったらしく、そのまま弾けて衝撃が三沢を襲う。

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500→2100

《オキシゲドン》ATK/1800

 

「リバースカード発動!《スピリット・バリア》! 俺のフィールド上にモンスターが存在する限り、俺への戦闘ダメージは0になる!」

 

 三沢を襲ったはずの衝撃が直前で拡散し、三沢にはダメージが与えられた様子が無い。よく見てみると三沢に白いモヤのようなものがまとわりついており、それが衝撃を弾いたのだろう。モンスターが存在する限り効果を発揮するということは、あれはもしかしたら生き霊の類なのかもしれない。

 

「さらに、《エヴォルテクター シュバリエ》で《ハイドロゲドン》を攻撃!」

 

 赤甲冑の騎士が《ハイドロゲドン》を叩き斬ったことで衝撃波が発生するが、それも三沢にまとわりついた白いモヤによって弾かれてしまった。やはりあのモヤをどうにかしない限り、ダメージは通らないようだ。

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

《ハイドロゲドン》ATK/1600

 

「これでターン終了」

 

「俺のターン、ドロー。 いくぞ、葵! 俺は儀式魔法《リトマスの死儀式》を発動! 合計レベルが8以上になるように手札またはフィールドから生け贄に捧げる。フィールド上の《ハイドロゲドン》と手札の《ブラッド・ヴォルス》を生け贄に、《リトマスの死の剣士》を儀式召喚!」

 

《リトマスの死の剣士》ATK/0

 

 祭壇に《ハイドロゲドン》と《ブラッド・ヴォルス》が吸い込まれ、雷が落ちる。突然の雷に目がくらんだが、数秒もしないうちに視力が戻ってきた。そして雷が落ちたはずの場所には、奇妙な帽子を被った仮面の剣士が佇んでいた。

 

「《リトマスの死の剣士》は罠カードの影響を受けず、戦闘によっては破壊されない死の剣士! またフィールド上に罠カードが存在する限り、攻撃力と守備力は3000となる!」

 

 《スピリット・バリア》から赤いオーラが構えられた剣に流れ、妖しく光る。仮面の剣士がこちらをみて不適に笑った気がした。

 

《リトマスの死の剣士》ATK/0→3000

 

「《リトマスの死の剣士》で《エヴォルテクター シュバリエ》に攻撃!」

 

 赤甲冑の騎士は迎撃姿勢を取っていたが、仮面の剣士は華麗な動きで近づくと素早く剣を振るった。仮面の剣士が三沢の下まで飛び退き着地すると同時、迎撃姿勢をとったままの赤甲冑の騎士が爆散した。

 

《リトマスの死の剣士》ATK/3000

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

 

葵LP2300→1200

 

「俺はこれでターン終了だ」

 

 それにしても攻撃力が3000もあり、なおかつ戦闘破壊耐性と罠耐性があるなんて嫌がらせにしか思えない。《スピリット・バリア》を破壊すれば解決するのだろうが、それでも結局は戦闘破壊ができないので次のターンからは壁にされてしまう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そうこう悩んでいると、この状況を打破するのにうってつけのカードを引いた。耐性があるのはあくまで罠だけなので、このカードなら問題なく破壊できる。

 

「俺は、《未来サムライ》を攻撃表示で召喚する!」

 

《未来サムライ》ATK/1600

 

 青白い裃の侍が登場し、自分の役割を理解しているかのように居合いの構えを取った。しかし召喚権はすでに行使したため、通常召喚での再度召喚は行うことはできない。ならばどうするかだが、答えは単純だ。

 

「そして、手札から速攻魔法《フォース・リリース》を発動! この効果で俺のフィールド上のデュアルモンスター全てを再度召喚状態にする!」

 

 地面から光が立ち上り、《未来サムライ》の裃が白く染まる。刀は鞘に納められたままだが、鞘越しにでも紫色の光が見える。心無しか侍の脚にも力が入っており、いつでもその力を発揮できることを伝えているようだった。

 

「そして再度召喚された《未来サムライ》の効果発動! 墓地のモンスター1体を除外することで、相手表側表示のモンスター1体を破壊する! 俺は墓地の《サンライズ・ガードナー》を除外し、《リトマスの死の剣士》を破壊だ! 紫電一閃!」

 

 俺が宣言するのを待ちわびたかの様に、侍は仮面の剣士目掛けて飛び出した。仮面の剣士は両手の剣をクロスにして攻撃に備えていたが、侍は初撃でそれを弾き飛ばし、二の太刀で仮面の剣士を切り捨てた。

 

「これで邪魔なモンスターはいなくなった。いくぞ!《未来サムライ》で直接攻撃! 来世斬!」

 

 仮面の剣士を切り裂いた侍は、三沢へと向けて走り出した。そしてすれ違いざまに袈裟切りをしてから、跳躍してこちらへと戻ってきた。こちらへと戻った侍は、どこか満足げに刀を鞘に納めていた。

 

《未来サムライ》ATK/1600

 

三沢LP4000→2400

 

「さらに《巨人ゴーグル》で直接攻撃! ゴーグルナックル!」

 

 岩の巨人が腕を振りかぶりながら走り、三沢との距離を詰める。そして間合いに入った所で、風切り音を唸らせながら拳を叩き込んだ。ソリッドヴィジョンだというのに三沢は派手に吹き飛び、痛みをこらえるように立ち上がった。

 

《巨人ゴーグル》ATK/2100

 

三沢LP2400→300

 

「エンドフェイズ時、《フォース・リリース》の効果で再度召喚状態となったデュアルモンスターは全て裏側守備表示になる。効果を受けた《未来サムライ》は裏側守備表示だ。さぁ、ターンエンドだ」

 

 全てとはいったものの、効果発動時には《巨人ゴーグル》がすでに再度召喚状態であったため、今回効果が適応されたのは《未来サムライ》のみである。地味に紛らわしいがここで《巨人ゴーグル》がセット状態になると攻撃にも防御にも不安を感じるので、むしろ都合がいい。

 

「くっ、俺のターン、ドロー! …《マスマティシャン》を攻撃表示で召喚!」

 

《マスマティシャン》ATK/1500

 

 ピンクの煙が小さく破裂して現れたのは、灰色のローブを着たお爺さんだった。杖にはユーモラスな意匠が施されており、煙突のようにも見える。

 

「そして、《マスマティシャン》を召喚した時、俺はデッキトップのカードを1枚墓地に送る。バトルだ!《マスマティシャン》で裏側守備表示の《未来サムライ》に攻撃! バトルカリキュラム!」

 

 杖から数式が現れ、リバースした《未来サムライ》にガツガツとぶつかる。バトルが一気にギャグになった気がするが、気にしたら負けだろう。

 

《マスマティシャン》ATK/1500

《未来サムライ》DEF/1200

 

「俺はこれでターン終了だ」

 

 セットカードは無しか、それならばここで下級モンスターを引くことが出来れば…《クリボー》のようなカードが無い限り…俺の勝ちは決まりと言ってもいいだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 …引いたのは《スペシャル・デュアル・サモン》、再度召喚をサポートしてくれるカードだが、残りの手札は出すに出せない最上級モンスターだけだ。今は使いたくても対象がいない。

 

「 …バトル!《巨人ゴーグル》で《マスマティシャン》を攻撃!」

 

 巨人がローブの老人を殴り倒したが、その衝撃は《スピリット・バリア》によって三沢までは届かない。

 

《巨人ゴーグル》ATK/2100

《マスマティシャン》ATK/1500

 

「《マスマティシャン》が戦闘によって破壊され墓地に送られたことで、俺はカードを1枚ドローする」

 

 結局このターンは三沢のライフを削ることはできなかった。それでもあと一手、下級モンスターでなくとも《思い出のブランコ》のような蘇生カードや《闇の量産工場》のような回収カードでもいい。次のターンには引かなければ。

 

「次のターンこそモンスターを引いて俺が勝つ。ターンエンド」

 

「残念だが、既に俺の勝利の方程式は揃っている! 俺のターン、ドロー!」

 

 一応《巨人ゴーグル》はデメリットのない下級モンスターでは倒すことができない程度の攻撃力を持っている。それを突破するならば…効果破壊だろうか。俺のライフも初期値の2割未満だし、これは危ないかもしれない。

 

「俺は墓地の《カーボネドン》の効果を発動する! 墓地のこのカードの上にカードが10枚送られたことで、瞬間的に高い圧力を受けた炭素はダイヤモンドに変化する! 墓地の《カーボネドン》を除外し、デッキから《ダイヤモンド・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

《ダイヤモンド・ドラゴン》ATK/2100

 

 フィールドに現れたのは眩しいほどの輝きを放つドラゴンだった。その輝きは身に纏うダイヤモンドが光を乱反射しているものであり、これほどの量のダイヤモンドは果たしてどれほどの値がつくのか…まったく想像ができない。

 

「いつの間に…」

 

 思い出してみると、《ハイドロゲドン》《ハイドロゲドン》《オキシゲドン》《ボンディング―H2O》《ウォーター・ドラゴン》《リトマスの死の儀式》《リトマスの死の剣士》《ブラッド・ヴォルス》《マスマティシャン》、そしてマスマティシャンの効果で墓地に送られたカードで確かに10枚になっている。

 

 そして《ダイヤモンド・ドラゴン》の攻撃力は、《巨人ゴーグル》と同じ2100である。それでも俺のライフは1200、追撃がなければまだ可能性はある。

 

「そして、俺は《白魔導士ピケル》を召喚する!」

 

《白魔導士ピケル》ATK/1200

 

 召喚されたのは《スケープゴート》に描かれる《羊トークン》の被り物をしたピンクの髪の少女だった。顔もまだまだ幼いものであり、白くゆったりとした導衣を着ているせいか、余計に幼く見える。

 

「…えっ」

 

 会場の中で思わず間の抜けた声を出したのは俺だけではないはずだ。バリバリの硬派でアイドルカード否定派であった三沢がこんなカードをデッキに入れ、しかもこんな大衆の前で召喚するなんて驚かないはずがない。

 …俺はアニメでアイドルカードがピケルであることは知っていたが、まさか召喚してくると思わなかった。手札に他の攻撃力1200以上のモンスターがいなかったのだろうが、それで無表情を突き通せるのはすごいと思う。

 

「バトル!《ダイヤモンド・ドラゴン》で《巨人ゴーグル》を攻撃! ダイヤモンドブレス!」

 

「えっ、あ、げ、迎撃しろ! ゴーグルナックル!」

 

 《ダイヤモンド・ドラゴン》の口から吐き出されたブレスはキラキラと輝いており、大量のダイヤモンドで出来ていることがわかった。岩の巨人はそれを真っ向に受けて身体を削られながらも、《ダイヤモンド・ドラゴン》に拳を叩き込んで破壊した。しかしブレスに耐えきれなかった巨人も破壊されてしまった。

 

《ダイヤモンド・ドラゴン》ATK/2100

《巨人ゴーグル》ATK/2100

 

「そして、《白魔導士ピケル》で直接攻撃だ!」

 

 《白魔導士ピケル》の持つ杖の先が白く光り、こちらへと光球が飛んでくる。そして眩しい光に包まれて、特に痛みを感じることもなく俺のライフポイントはなくなった。

 

《白魔導士ピケル》ATK/1200

 

葵LP1200→0

 

—————

 

「勝者、三沢大地!」

 

 本来なら歓声があがるべきタイミングなのだが、動揺が広がっているせいかざわざわとした声しか聞き取ることが出来ない。そして俺は俺で三沢になんと声をかけるべきか頭に浮かばない。しかし三沢はこちらに近づいてくる。

 

「葵、良いデュエルだった」

 

「お、おう…」

 

 思わずどもってしまう。しかしそれではあまりにも失礼なので、頭を振って言うべき言葉を整理し、まっすぐ三沢に向き直る。

 

「今回は俺の完敗だったが、今度こそお前の計算を上回ってみせる。それまではそう簡単に負けるなよ?」

 

 そう言って右手を拳にして前に出す。三沢も察したようで、

 

「あぁ、だが俺の数式は完璧だ。今度も俺が勝つさ」

 

「言ってろ」

 

 そう言って互いに笑みを浮かべて拳を軽くぶつける。そして観客も衝撃から立ち直ったのか、大きな歓声があがった。

 

—————

 

 一回戦第二試合の十代と明日香さんの試合では十代が見事なぶん回しを決めて勝利し、決勝戦では三沢が十代の《融合》を封じることに成功するも、十代はそれを物ともせずに多種多様なサポートカードを駆使して勝利を納めていた。

 

 そして十代は栄えあるアカデミア本校代表として、ノース校との交流デュエルに出場することになった。トーナメントの後、三沢が十代に負けたことを謝ってきたが、"簡単には"負けていないから構わない、という旨を伝えると屁理屈だといいながらも笑っていた。

 

 今回デュエルをしていて痛感したのは、魔法・罠の除去がままならないことと、やはりまったくもってドロー力が足りない。

 

 魔法・罠の除去の手段を挙げるなら、《デュアルスパーク》と《エヴォルテクター シュバリエ》、あとは《ダークストーム・ドラゴン》しか無いのは流石に致命的だ。《ヴィクティム・カウンター》は魔法の発動を無効にできるが、俺のデッキにとっては永続罠の方が厄介なことが多い。

 

 しかしながら《玉砕指令》を入れるにはレベル2以下の通常モンスターが必要なのだが、このデッキでは《デュアル・ソルジャー》しかおらず、かなりの確率で腐ってしまう。

 

 単純な解決法としては、ハイランダーをやめて《デュアルスパーク》だけでも複数採用するのが手っ取り早いだろう。あとは変に拘らず、汎用カードの《サイクロン》などを採用することだろうか。

 

 …デュアルモンスターの枚数をいじるとなんとなく負けた気がするので、ひとまずはサポートカードで枚数を調整しておこう。汎用カードの採用も検討に入れるとして、40枚で収まるだろうか…

 

 それと大山にドロー力を向上させるための訓練の方法を聞いてみるとするか。さすがに十代ほどのドロー力はなくとも、せめて手札でカードが完全に腐る状況だけは回避したい。

 

 リベンジに向けてまずはデッキを弄り直すことにし、シハーブにカード探しを手伝わせながらあーでもないこーでもないと呟き続けるのであった。

 



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12.オカマとおっさんっていうなっ!

 日に日に生徒数が少なくなる錬金術の授業は、今日も爆破オチだった。そしてこの爆発音でも全く起きなかった十代がチャイムの音でようやく目を覚ました。こいつの体内時計の正確さは驚くべきものがある。

 

「よし、昼飯だ!」

 

 訂正、腹時計の正確さだったようだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってほしいんだにゃ、このプリント、持っていって欲しいんだにゃ」

 

「え〜、宿題か?」

 

 十代が不服そうな声を上げる。今までも錬金術の授業でたまに課題がでることがあったが、大徳寺教諭の話さえ聞いていれば難しくもないものばかりだ。つまり、話を聞かずに寝ていた十代には少々辛い。

 

「違うんだにゃ。今度の日曜日に、島に眠る遺跡を尋ねるピクニックを企画しているのにゃ。希望者はこぞって、参加して欲しいんだにゃ」

 

 そういって大徳寺教諭がプリントを配布する。定員は特に設けられていないようで、事前に用意しておくものも弁当ぐらいである。一応課外活動扱いらしいので、参加すればボーナスで出席点が付くとも書いてあった。

 

 単位が危ないわけでもなく、成績優秀者を狙っているわけでもないので参加する必要はあまり無いが、単純に面白そうなので行ってみることにするか。大徳寺教諭はおおらかなので、記念撮影ぐらいなら許されるだろう。

 

 事前にちょっとした下調べもしておきたいが、この島に関することはほとんどネットに上がってないんだよな…なにせ島の名前すらわからない。アニメのときから気になっていたのだが、学校案内にも載ってなかったしなぁ。

 

 ひとまず図書室にでも行ってみるか。…あれ、図書室ってどこだっけ。購買へ歩く道すがら、適当に誰か捕まえて聞いてみるか。

 

—————

 

 結局だれも捕まえることが出来ないまま、購買に到着した。普段なら食堂に行くのだが、ドロー力を鍛えるならドローパンだと大山に言われ、最低でも一日一引を心がけるようにしているのだ。山ごもりも勧められたが、俺は流石にそんなことはできない。

 

 カゴの中身をかき分けてドローしようとした時、反対側にいた人と同じパンをドローとしたようで引っ張り合いになってしまった。

 

「貴様! その手を離せ! それはこの俺がドローしようとしていたんだぞ!」

 

 反対側を見てみると、ノース校の黒い制服を着た生徒がこちらに向かって怒鳴り散らしてきていた。ノース校との対抗試合も終わっているので、今本校でその制服を来ているのはただ一人、万丈目準その人である。

 

「誰かと思えば、万丈目じゃないか」

 

「さん、だ! そう言う貴様は代田か」

 

 せいぜい一回か二回程度しか会ったことが無いのに、どうやら覚えられていたらしい。大企業の御曹司ともなると、嫌でも人の顔を覚えなければならないからだろうか。

 

 しかしサンダーを強調するということは、よっぽどあだ名が気に入っているらしい。アニメでも散々サンダーと呼ばれているのは、あの対抗試合でのサンダーコールだけではなくこうやって自分から強調しているからなんだろうなぁ。

 

「覚えてくれていて光栄だ。ところでサンダー、図書室がどこにあるか知らないか?」

 

「当然だ。しかし図書室の場所か…教えてやらんでもないが、それなりの対価を払ってもらおうか」

 

 嫌らしくニヤリと笑う万丈目…サンダー。対価も何も、図書室の道のりぐらいなら教えてくれれば良いと思うのだが、これは遠回しに手に掴んだドローパンを要求されているのだろうか。未だに放そうとしないし。

 

『兄貴〜、そんな意地悪しないで教えてあげればいいじゃな〜い』

 

 謎の黄色い物体が空中に突如現れた。ナメクジのような目にタラコ唇、赤いパンツだけを履いた半裸姿というコメントし辛い姿だ。端的に言うなら不細工としかいいようがない。きっとこいつは《おジャマ・イエロー》だろう。オカマ口調なのがイラッとくる。

 

「えぇい! 貴様は余計なことを言うんじゃない!」

 

 羽虫を退治するように両手で《おジャマ・イエロー》をたたき落とそうとするサンダーだが、ひょいひょいと空中を動き回る《おジャマ・イエロー》にはなかなか当たらない。そうとは言っても、10回目にはたたき落とされてしまったのだが。

 

「ゴホン、それで、貴様はこの俺に何を差し出すんだ?」

 

 サンダーの動きはカードの精霊が見えない人から見たら奇行にしか見えなかったので、それを誤摩化すように大きく咳をしていたが、近くにいた生徒達から胡乱げな目でみられていた。

 

 ちらちらと手元のドローパンに視線がいっているので、どうしてもこのドローパンを手に入れたいのだろう。普段なら新たなドローパンをドローすればいいと思って譲るのだろうが、あいにくとドロー修行のために引いたならば結果を確認せずに譲るなんて考えられない。それならば解決方法は一つだ。

 

「今サンダーに差し出せるものはないな。代わりといってはなんだが、デュエルをしないか? 俺が勝ったら図書室の場所を教えてもらおう」

 

「ほう、この俺にデュエルを挑むとは、身の程知らずめ。いいだろう、ならばお前が負けたらそのドローパンを差し出せ!」

 

「あぁ、このドローパンは勝ってから存分に味わうことにしよう」

 

 ドローパンのカゴから離れ、レジなどの邪魔にならないスペースでデュエルディスクを構える。俺とサンダーがデュエルを始めるということで、購買にいた他の客達の何人かは見物するようだ。

 

『しっかしお互い賭けるものが…なんといいますか、ぱっとしませんな』

 

「「やかましい」」

 

—————

 

「「デュエル!」」

 

「俺のターン、ドロー! 俺は《ドラゴンフライ》を守備表示で召喚してターン終了」

 

《ドラゴンフライ》DEF/900

 

 1mは優に超えているであろうドラゴンフライ…すなわちトンボが身体を丸めて防御姿勢を取っている。トンボなら回避行動に専念したほうが撃墜を逃れやすそうなものだが、防御姿勢をとるのはプレイヤーの盾となるためだろうか。

 

「俺のターン、ドロー。永続魔法《金剛真力》発動! これにより相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、俺は1ターンに1度、手札のレベル4以下デュアルモンスターを特殊召喚することができる!」

 

 初ターンから《金剛真力》を引けたのは幸先がいい。なにせ1ターン目に展開を補助できるのは《金剛真力》と《二重召喚》ぐらいしかないからだ。《二重召喚》は使い捨てだし、他のカードは墓地に依存するカードだったり、効果の発動までタイムラグがあったりするので、どうしても初動が遅くなる。

 …《金剛真力》も相手フィールド上にモンスターがいない先攻1ターン目では効果を発揮しないため、《おろかな埋葬》を採用することを検討したほうがいいかもしれない。

 

「俺は《金剛真力》の効果により、《シャドウ・ダイバー》を特殊召喚し、さらに再度召喚する! そして《シャドウ・ダイバー》の効果発動! 俺の闇属性・レベル4以下のモンスター1体はこのターン相手プレイヤーに直接攻撃することができる!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

 フードを被った黒坊師が静かに佇む中、俺の影から白く輝いた悪魔が咆哮をあげるように力強く立ち上がった。…立ち上がっただけで、実際に咆哮をあげたわけではない。そもそもこいつに発声器官なんてあるのだろうか。そんなことを考えていると、影の悪魔はこちらに振り向いて口角をあげた。

 …細かいことは考えないほうがいいのかもしれない。

 

「ふん、わざわざ二度手間をしてまで《ドラゴンフライ》の効果を発動させないつもりか」

 

「狙いは間違ってないが、二度手間っていうなっ!」

 

 《ドラゴンフライ》は戦闘破壊された時にデッキからモンスターを特殊召喚する効果をもつ、いわゆるリクルーターである。うかつに戦闘破壊した場合、厄介なモンスターを場に残されて次のターンに繋げられてしまうだろう。

 

 もし手札に再度召喚状態にするカードと攻撃力1500以上の下級モンスターがあれば、まずは《ドラゴンフライ》を撃破し、特殊召喚されたモンスターがリクルーターなら無視して直接攻撃、場に残さない方が良さそうなら戦闘破壊という風に状況に応じて攻撃方法を変えることが出来たのだが…

 

「いくぞサンダー! 《シャドウ・ダイバー》で直接攻撃! リッピング・フロム・シャドウ!」

 

 悪魔は俺の影に潜り込んだかと思うと、サンダーの影から立ち上がった。照明の位置により、影はサンダーの真後ろにあるためサンダーは気付いていないようだ。

 

「消えただと? えぇい、どこにいった!」

 

 サンダーが振り向くと影に潜り、サンダーが前を向いた途端にまた立ち上がる。影が白く輝いているので、サンダーが下を向けばすぐに見つかると思うのだが、辺りを見渡すサンダーはいっこうに影の様子に気付かない。

 

 そして悪魔は背後からサンダーの目を塞いだ。

 

「な、なんだ!? 急に視界が、えぇい、放せ!」

 

 サンダーが背後の悪魔目掛けて殴り掛かろうとするが、悪魔はひょいひょいとサンダーの攻撃を避けている。…あいつはソリッドヴィジョン相手に何をやっているんだ。ついでにソリッドヴィジョンも何をしている。

 

 悪魔はひとしきりはしゃいで満足したのか、身体をのけぞらせてサンダーから距離を取った。…もちろん影は繋がっているので上半身しか離れていない…そして腕を振り下ろし、鋭い爪でサンダーを切り裂いた。

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

サンダーLP4000→2500

 

「カードを1枚伏せ、ターン終了」

 

「俺のターン、ドロー! 貴様の小賢しい策は無意味だったことを教えてやろう! 俺は《ドラゴンフライ》を生け贄に捧げ、《アームド・ドラゴンLV5》を召喚!」

 

《アームド・ドラゴンLV5》ATK/2400

 

 周囲が伝説のモンスターであるレベルモンスターの出現にざわめいている。サンダーは対抗試合でもこのカードを使用し、その実力をはっきりと見せつけた。

 

 サンダーがアカデミアを去ったときは、レッドに負けた恥知らずだの、イエローに居場所を奪われた雑魚だの、散々に言われていた。しかし伝説のカードを使いこなす実力や、わずか3ヶ月もしないうちにノース校をまとめあげるカリスマ、それらは無視できるような物ではない。

 

「《アームド・ドラゴンLV5》で《シャドウ・ダイバー》を攻撃! アームド・バスター!」

 

 出席日数の問題でレッド寮に移籍することになったとはいえ、再びこのアカデミア本校に舞い戻ったサンダー。《アームド・ドラゴンLV5》は、その力を強調するかのように豪快に腕をまわして拳を繰り出した。フードの黒坊師は影の悪魔を盾にしたが、トゲ付きの拳に悪魔もろとも身体を貫かれてしまった。

 

《アームド・ドラゴンLV5》ATK/2400

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

葵LP4000→3100

 

「リバースカード、オープン! 《二重の落とし穴》! 再度召喚されたデュアルモンスターが戦闘により破壊された時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

 

「何だと!?」

 

 恐らく本体であろう黒坊師が砕け散った後、身体を貫かれた影の悪魔がドロリと溶け出したと思うと地面が大きく揺れる。溶け出した悪魔だった液体に沿うように床が割れ、《アームド・ドラゴンLV5》はその裂け目に飲み込まれてしまった。

 

「くそっ、俺はカードを1枚伏せてターン終了だ」

 

「俺のターン、ドロー。」

 

 相手の場が伏せ一枚だけなので攻勢に出たいのだが、手札の下級モンスターは火力が低く、《金剛真力》は発動条件を満たしていない。…先ほどの《二重の落とし穴》は少し早まったかもしれない。

 

「《マジック・スライム》を攻撃表示で召喚! そのままサンダーに直接攻撃!」

 

 どこか金属のような光沢を持った青いゲルが現れ、きょろきょろと辺りを見渡すように流動する。のそのそとサンダーまで近づくと、大きく身体を振るわせてサンダーの左脚…正確に言うならばその脛…にぶつかった。

 《マジック・スライム》は満足したと言わんばかりにのんびりとこちらに戻ってくるが、サンダーはうめき声をあげて脛を押さえている。…あぁ、うん、そこはぶつけたら痛いよな。しかも結構鈍い音がしてたもんな。でも地味だからリアクションを取り辛いんだよな。

 

《マジック・スライム》ATK/700

 

サンダーLP2500→1800

 

「カードを1枚伏せてターン終了…サンダー、大丈夫か?」

 

「こ、これしきのこと、どうということはない。俺のターンだ、ドロー」

 

 そうはいうが、どうみても左脚が震えている。…これはきっと指摘しないのが優しさというものだろう。

 

「俺は、《アームド・ドラゴンLV3》を召喚してバトルだ!《マジック・スライム》を攻撃! アームド・スマッシュ!」

 

《アームド・ドラゴンLV3》ATK/1200

《マジック・スライム》ATK/700

 

葵LP3100→2600

 

「さらに、《死者転生》を発動! 手札を1枚捨て、墓地の《アームド・ドラゴンLV5》を手札に加える」

 

 わざわざ回収するということは、1枚ずつしか投入していないのだろうか。ノース校に伝わる伝説のカードというだけあって、そもそも複数枚存在するのかどうかさえ怪しいということを考えると当然かもしれない。

 

「さらにカードを1枚伏せてターンエンド!」

 

「俺のターン、ドロー」

 

 レベルモンスターと呼ばれるモンスター群は一定条件を満たすとレベルが上昇し、ステータスと効果が強化される。ならばその条件を満たす前に退場させればいい。

 

「《デュアル・サモナー》を攻撃表示で召喚!」

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

 汎用リクルーターに対応できる攻撃力、1ターンに1度の戦闘破壊耐性、さらにはデュアルの展開補助が可能と、一体で何粒も美味しいモンスターの《デュアル・サモナー》さんである。

 猿に殴られたり、コスプレ呼ばわりされたり、鳥に蹴られたり、馬に蹴られたり、ウォンバットに突撃されたり、乙女に籠絡されたのに手をつなぐことを拒否されたり、色々と酷い目に遭っている彼だがこのデッキには無くてはならない人材である。

 

「《デュアル・サモナー》で《アームド・ドラゴンLV3》を攻撃! カイザースペル!」

 

 召喚師の指先から発せられた橙色の光線が《アームド・ドラゴンLV3》に殺到する。この攻撃が決まってしまえば、前のターンにサンダーが仕込んだ攻撃の準備が無駄に終わり、防御に回ることになるだろう。そうなればそのまま押さえ込んでしまうのは難しいことではない。

 

「罠カード発動!《攻撃の無力化》! これで貴様のモンスターの攻撃は《アームド・ドラゴンLV3》に届かん!」

 

 流石というべきだろうか。橙色の光線は《アームド・ドラゴンLV3》に届く前に、突如現れた渦に飲み込まれてしまった。…次のターンは《デュアル・サモナー》の戦闘破壊耐性に期待しよう。

 

「俺はこのままターン終了」

 

「そして恐怖の俺のターンが始まる! カード、ドロー!」

 

 このターンに反撃が始まることが確実という点では、確かに恐怖だ。下手をしたらこのターンでライフを削りきられかねない。

 

「俺のスタンバイフェイズ、《アームド・ドラゴンLV3》は《アームド・ドラゴンLV5》へとレベルアップする!」

 

《アームド・ドラゴンLV5》ATK/2400

 

 《アームド・ドラゴンLV5》への進化条件は、《アームド・ドラゴンLV3》がスタンバイフェイズにフィールド上に存在すること。初ターンにリクルーターを召喚したのは《アームド・ドラゴンLV3》をむざむざ破壊されないためだろう。

 

「そして《アームド・ドラゴンLV5》の恐ろしい効果を発動! 手札のモンスターカードを1枚墓地に送ることで、その攻撃力以下の相手フィールド上のモンスター1体を破壊する! 俺が墓地に送ったのは《闇より出でし絶望》!よって攻撃力2800以下の《デュアル・サモナー》を破壊だ! デストロイド・パイル!」

 

 《アームド・ドラゴンLV5》から発射されたそれは、トゲというにはあまりにも太く、杭と表現する方が正しいだろう。いかに《デュアル・サモナー》に戦闘破壊耐性があるといっても、効果破壊には無防備である。

 《デュアル・サモナー》は杭に胴体をあっさりと貫かれ、ポリゴンと化して砕け散った。

 

「まだだぁ!《アームド・ドラゴンLV5》で貴様に直接攻撃! アームド・バスター!」

 

《アームド・ドラゴンLV5》ATK/2400

 

葵LP2600→200

 

「ふん、首の皮一枚繋がったか。ターンエンド!」

 

 危ないところだった…サンダーがモンスターを召喚していたらライフを削りきられてしまうところだった。

 

「俺のターン、ドロー…モンスターをセットして、ターン終了だ」

 

「ふん、《アームド・ドラゴンLV5》の圧倒的パワーの前に手も足もでんか。俺のターン! ドロー!」

 

 ここでモンスターを引かれてしまうと、もうどうしようもない。

 

「ちっ、《アームド・ドラゴンLV5》でセットモンスターに攻撃!」

 

《アームド・ドラゴンLV5》ATK/2400

《フェデライザー》DEF/1100

 

「《フェデライザー》の効果発動! このカードが戦闘により破壊され墓地に送られた時、デッキからデュアルモンスター1体を墓地に送り、そしてカードを1枚ドローする!」

 

「だが、このエンドフェイズ、《アームド・ドラゴンLV5》はモンスターを戦闘破壊したことで《アームド・ドラゴンLV7》にレベルアップする!」

 

《アームド・ドラゴンLV7》ATK/2800

 

 《アームド・ドラゴンLV5》から光がほとばしり、その身体をみるみる変化させていく。身体の各所から生えていたトゲは所々鋭い刃になり、肉体も格段に大きくなり、甲殻に覆われた部分は相対的に少なくなったが力強さが強調される姿になった。

 

「俺のターン…ドロー!」

 

「《金剛真力》の効果発動! この効果で《インフィニティ・ダーク》を特殊召喚!」

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

「そして墓地に通常モンスターが2体以上存在するとき、《樹上の射手》は手札から特殊召喚できる! さらに《樹上の射手》を生け贄に、《魔族召喚師》を召喚!」

 

《魔族召喚師》ATK/2400

 

 《樹上の射手》は登場する度に生け贄になってもらっている気がするが、上級モンスターを素早く召喚するための必要な犠牲と割り切ることにする。召喚からすぐ生け贄になった《樹上の射手》の目が恨めしげだったのは気のせいだろう。きっとそう違いない。

 

「速攻魔法《フォース・リリース》発動! 自分フィールド上のデュアルモンスター全てを再度召喚状態にする!」

 

 光が降り注ぎ、《インフィニティ・ダーク》と《魔族召喚師》に力を与える。モンスター達は、紋様を光らせたり、手に持つ髑髏の杖を青く輝かせたり、それぞれに力のみなぎる様子を表現してくれた。

 

「再度召喚された《魔族召喚師》の効果発動! 墓地の悪魔族モンスター、《シャドウ・ダイバー》を特殊召喚!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

「ふん、雑魚をどれだけ並べた所で、《アームド・ドラゴンLV7》の効果の前では無力!」

 

 《アームド・ドラゴンLV7》の効果は《アームド・ドラゴンLV5》の効果を強力にしたものである。除去する対象が相手フィールド上の1体から、相手フィールド上に存在する表側表示のモンスター全てに広がっている。

 攻撃力も、上級デュアルモンスターの最高値である2400を上回る2800という大台であり、真っ向から戦えばまず一方的に負けるのが目に見えている。しかし、《アームド・ドラゴンLV5》の時には無かった弱点がある。

 

「バトル!《インフィニティ・ダーク》で《アームド・ドラゴンLV7》に攻撃!」

 

「ふん、ヤケになったか。迎撃しろ! アームド・ヴァニッシャー!」

 

「それはどうかな! 再度召喚された《インフィニティ・ダーク》の効果発動! このカードの攻撃宣言時、相手フィールド上のモンスター1体の表示形式を変更することができる! この効果により、《アームド・ドラゴンLV7》を守備表示に変更する!」

 

《アームド・ドラゴンLV7》ATK/2800→DEF/1000

 

 《アームド・ドラゴンLV7》は攻撃力が上昇した代わりに、防御が脆くなっているのだ。《アームド・ドラゴンLV5》の守備力は1700であり、もし《インフィニティ・ダーク》が効果を使っても反射ダメージでライフがなくなってしまうところだった。

 

「なんだと!?」

 

 漆黒のヒーローがフィールド上を縦横無尽に駆け巡る。《アームド・ドラゴンLV7》は焦れた様子で攻撃を続けるが、避け続ける漆黒のヒーロー。そして《アームド・ドラゴンLV7》がバランスを崩した瞬間、ヒーローはその腕を駆け上がり、肩の後ろの2本の角の真ん中のトサカの下の鱗の右…ではなく、背中の甲殻に覆われていない部分目掛けて飛び蹴りを放った。

 

 やはり防御が薄い部分だったのだろう。《アームド・ドラゴンLV7》は叫び声をあげてポリゴン化し、砕け散った。毎度のことだが、《インフィニティ・ダーク》はいつ効果を発揮しているのだろう。そして紋様の発光は何か意味があるのだろうか。

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

《アームド・ドラゴンLV7》DEF/1000

 

「そして、《魔族召喚師》でサンダーに直接攻撃!」

 

「そうはさせん! 罠発動!《リビングデッドの呼び声》! 俺は墓地から《アームド・ドラゴンLV5》を特殊召喚する! 貴様の攻撃は俺には届かん!」

 

 ここで《アームド・ドラゴンLV5》に帰還されると、《魔族召喚師》と相打ちにしても《シャドウ・ダイバー》も一緒に破壊されてしまう。そうでなくとも、サンダーのライフを削りきるには《シャドウ・ダイバー》では攻撃力が足りない。

 

「ならば《リビングデッドの呼び声》にチェーンして、手札から速攻魔法《デュアルスパーク》を発動! 《シャドウ・ダイバー》を生け贄に、《リビングデッドの呼び声》を破壊する。そしてカードを1枚ドロー」

 

 流石デュアルサポート最高峰の万能除去カード。【デュアル】以外のデッキでもタッチ要素で入れられる有能さは伊達じゃない。実質1:1交換でしっかりと仕事をこなすその姿には、惚れ惚れとしてしまうな。

 

「何ィ!?」

 

「バトル続行! 《魔族召喚師》の直接攻撃! スペル・オブ・ハデス!」

 

「のわぁぁぁ!」

 

 サンダーは青い光に包まれ、絶叫とともに吹き飛ばされた。見た感じだと、明らかに脚力だけで跳ぶことのできる距離ではない。相変わらず体感システムは尋常じゃないな。

 

《魔族召喚師》ATK/2400

 

サンダーLP1800→0

 

—————

 

「くそっ、この俺が負けた…っ! 俺のドローパンが…っ!」

 

 サンダーが悔しそうに膝を折り、床を殴りつけている。後半の台詞がなければもっと締まったんだけどなぁ…そういえばドローパンを巡ってデュエルしてたんだよなぁ。あとついでに図書室の場所。

 

「まぁいい、今回は負けを認めてやろう。それで、図書室の場所だったか」

 

「あぁ、どうにも場所が思い出せなくてな」

 

 一応オリエンテーションや学校案内のパンフレットで見た記憶自体はあるのだが、何階にあるのかすらろくに覚えていない。むしろこの学校の設備で覚えている場所の方が少ない。規則ならほとんど覚えているのだが…

 

「俺の分のドローパンをすぐに買うから待っていろ」

 

 場所だけを教えてくれればよかったのだが、どうやらサンダー自ら先導してくれるらしい。サンダーがドローパンを新たにドローするのを待ち、サンダーと連れ立って図書室まで向かった。

 

 道中、シハーブと《おジャマ・イエロー》の心暖まる交流があったのだが、紫色のおっさん精霊と黄色いオカマ精霊の交流は見るに耐えないものだったので、サンダーと一緒に出来る限りそちらを見ないようにしていた。

 

 ちなみにドローしたパンは、俺とサンダーの両方ともショコラパンだった。デュエルするまでもなかったか、などとサンダーは満足そうに呟いていた。カリスマ溢れるサンダーだが、案外単純な奴なのかもしれない。

 




皆大好き万丈目サンダーです。
強いはずなのにどこか残念、憎もうにも憎めないそんなおいしいキャラだと思います。

それはともかく、ブラックサンダーっていうチョコ菓子おいしいですよね。


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13.ある日森の中っていうなっ!

 

 さて、今日は待ちに待った日曜日。遺跡については場所ぐらいしか分からなかったが、カメラの充電も終わっているし、食堂で販売されている弁当も購入してある。天気予報によると今日は一日晴れ、絶好のピクニ…課外授業日和である。

 

 そして集合場所に着くのが早すぎた俺は今、森の奥にある滝に打たれている。打たれている滝は、滝行初心者向けの勢いが弱い場所らしい。それでもまだ春というには寒いこの季節、滝に打たれるのは中々辛い物がある。

 

 …どうしてこうなった。

 

「葵、集中が乱れているぞ! 自然と一体になるんだ!」

 

 隣では大山が事故防止のためにこちらを見ている。この小さな滝ではそうそう起こりえないだろうが、万が一の可能性があるためか、その表情は真剣そのものである。

 

「よし、そろそろあがろう。長くやれば良いというものではないからな」

 

 滝から出て、タオルで身体を拭いて服を着る。そして冷えた身体を温めるため、焚き火にあたることにした。ライターもないのでてっきり《火の粉》の出番かと思っていたが、俺が着替えている間に大山が火をおこしていた。

 

「葵よ。滝に打たれると思考が澄み切って、新たな扉が見えてくると思わないか」

 

「残念ながら光り射す道が見えるまでには至って無いな」

 

「そうか…だが葵はまだ初めての滝修行だ。きっとその内大自然と一体になって、ドローの真髄を見極めることも出来るだろう」

 

 そう、これはドロー改善のための修行なのである。願掛けだとかそんな生易しいものではなく、本気で修行すれば効果があるあたり、この世界はどうかしていると思わなくもない。

 

「ところで大山、今何時だ?」

 

 今いる場所は大山が山ごもりをしていた頃の拠点であり、それなりに校舎から離れた場所にある。気付いたら大山に担がれながら移動していたので、道のりどころか方角すら分からないが、間に合うならば錬金術の課外授業に参加したい。

 

「もう昼過ぎだと思うが、どうしたんだ? 飯が無いなら分けてやるが」

 

 錬金術の課外授業の集合時間はとっくに過ぎているようだった。遺跡観光は楽しみにしていたのだが、仕方ない。今日は大山に付き合ってもらって一日ドロー修行に励むとしよう。

 

「いや、一応昼飯を買ってあるからな。でも美味そうだから少し交換してくれ」

 

「いいぞ。もうすぐ焼けるはずだ」

 

 大山の昼飯は、今焚き火で塩焼きにされている川魚である。魚については詳しくないので何の魚かは分からないが、とりあえず塩焼きならまずくはならないだろう。ちなみに捕獲方法を聞いたところ、川の中からドロー…つまるところ手掴みとのことだった。

 

「食べ終わってからは何をするんだ? ここに辿り着いて滝に打たれるだけで午前が終わってしまったんだが」

 

 俺が知っているドロー修行は、前に教えられたドローパン一日一引ぐらいだ。やはり感謝の一万ドローなんかをするのだろうか。気になる答えは、ドロー修行のために山ごもりする事一年、今やドローのスペシャリストである大山平に答えてもらおう。

 

「そうだな…ところで葵、修行といえば熊との勝負だよな」

 

「一体何の修行だよ」

 

 俺たちはデュエリストであって、格闘家ではないはずだ。少なくとも熊と勝負をした結果、ドローがよくなるということはないとは思うが、大山が言うからにはもしかしたらそんなこともあるのかもしれない。

 

「そしてちょうどいいところに、あそこに熊がいる」

 

「いくらなんでもそんなバカな話に釣られ…クマー!」

 

 指を指された方を見ると、そこにいたのはヘッドギアをかぶり、腕にデュエルディスクを装着した二頭の熊だった。肩にはモモエとジュンコがそれぞれ担がれている。

 

「あら、代田さん。ごきげんよう」

 

「あぁ…そちらのお連れさん方は随分野性味溢れた見た目だが、二人の恋人か?」

 

 自分でいっておいてなんだが、野性味も何もヘッドギアとデュエルディスク以外は野生の熊そのものである。しかし担がれたまま挨拶してくるなんて、こいつ以外と胆が据わってるよな…

 

「そんなわけないでしょ! モモエも呑気に挨拶してる場合!?」

 

「すまん。あまりにも美女と野獣そのものの構図だったもので驚いてしまったんだ」

 

「葵、確かにあの熊達はどちらも美女だが、女同士で美女と野獣は無理があるだろう。そもそも浜口くんは野獣というにはおっとりしているし、枕田くんは…」

 

「私たちが野獣側なの!? しかもなんで私のほうで言葉に詰まるのよ!」

 

 残念ながら熊の美醜なんて俺には分からない。しかしよくみてみると、艶やかで手入れが行き届いた毛、健康的に引き締まった身体、そしてつぶらな瞳。こうして特徴を並べると、大山が美女というのも納得できる。

 

「そんなことはいいとして、これはどういう状況なんだ」

 

「そ、そんなことですってぇ!」

 

 ジュンコが憤慨していると、熊達がやってきた方向から突如として黒服達が現れた。黒服達は俺たちを無視して、銃を構えて熊を取り囲む。そして黒服達の後ろからゆっくりとした歩調で背の低い壮年の男性が歩いてきた。

 

「ふん、あれらは私たちSAL研究所が飼育していた実験動物たちだ」

 

「前にも似たような事があったとおもったけど、またアンタ達のせいだったのね!」

 

 どうやらジュンコは前にもさらわれたりしていたらしい。そういえばアニメでもSAL研究所は登場しており、なんだかんだで撤退していたと思ったのだが、この時期にはまだいたようだ。

 

「我々SAL研究所は、デュエルの精霊について調査するため、動物が人間よりも精霊を感じる能力に長けていることを生かし、動物に特殊な訓練と補助デバイスを用いることで、ついにデュエルアニマルの調教に成功したのだ!」

 

 黒服達から博士と呼ばれた男が興奮気味に己の成果を語っているが、技術の無駄遣いにしか聞こえない。目的がデュエルの精霊の調査ということだが、精霊が見える人物に協力を要請したほうが…とも思ったが、そもそも精霊を見る事の出来る人間自体めったにいないし、それを探すよりも動物を使った方が確実か。

 

「それがSuper Animal Learning (スーパー アニマル ラーニング)、SAL (サル)だったのだが、そこのガキが知っているように前の被検体に逃げられてしまったのだ。そこで新しい被検体を確保し、SALのノウハウを生かして新たに訓練されたこの二頭こそが、 Knowledge More Animals (ノウレッジ モア アニマルズ)、KMA (クマ)だ!」

 

 博士が熊、もといKMAを指差しながら高笑いをあげる。しかしやっていることは動物実験いうよりは、動物を訓練しているだけにしか聞こえない。言ってしまえば芸を仕込んだという程度だ。…その芸がデュエルなのが実にこの世界らしいと思う。

 

 …そんなことよりも、デュエルの精霊を研究するという目的はどこへ行ったのか。デュエルアニマルを世間に発表すれば注目されるだろうが、研究目的を見失っては本末転倒ではないだろうか。

 

 そして博士が説明している間、幸いにもKMAは黒服達を警戒しているのか動きを見せていないが、あちらには人質がいるためにこちらからも手が出せずに事態は膠着している。

 

「そんなことより早く助けてよー!」

 

 熊に担がれ、さらには麻酔銃を向けられているという状況にジュンコが泣き言を漏らす。しかしながら二人を助けようにも、近づくことすらままならない。

 

『ふむ…動物は精霊を感じる力が高い、ということでしたな?』

 

 シハーブに確認をとられるが、その情報が真実かどうかは俺に確かめようは無い。しかし何もしなければただただ無駄に時間が過ぎていくだけなので、シハーブに向かって頷いておく。どうせシハーブが何かやっても、他の人たちには分からないだろうというのも理由の一つにある。

 

『そこの熊達よ! お前達が担いでいるのは某の主人の知人である! 痛い目をみたくなければ、ただちに二人を解放せよ!』

 

 シハーブがKMAに向けて声を張り上げ、モモエ達の解放を要求する。KMAはそれが理解できたのか、二人をそっと自分たちの後ろに隠すように降ろし、デュエルディスクを構えながらうなり声をあげていた。

 

「状況から察するに、デュエルを申し込まれているみたいだな」

 

「なんだかよくわからんが、タッグデュエルならば俺も手を貸そう」

 

 大山と共にデュエルディスクを展開する。タッグデュエルということに一抹の不安を感じるが、そんなことを言ってもこれ以外に取れる手段はない。こうなればなるようになるだろう。

 

—————

 

*タッグデュエルルールはOCG準拠

 

『『「「デュエル!」」』』

 

 どうやらデュエル関連の会話はヘッドギアから出力されるようだ。どうせならある程度普通の会話ぐらいできるようにしてもらいたかったものだが、うなり声や鳴き声だけでデュエルをするよりはよっぽどマシである。

 

『ワタシのターン、ドロー! ワタシは《グリズリーマザー》を、攻撃表示! さらにカードを2枚伏せ、ターンエンド!』

 

《グリズリーマザー》ATK/1400

 

 ところどころイントネーションなどに不自然さがあるものの、思ったよりも喋りが流暢で聞き取りやすい。これならば聞き間違える事はあまりないだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 大山のターンだが、何かを忘れているような気がする。大山のデュエルを見るのはなんだかんだで初めてなのだが、確かアニメでこいつが使っていたデッキはドローと名の付くカードで固められて…あっ。

 

「俺はカードを1枚伏せ、《ドローラー》を召喚! そして《ドローラー》の効果発動! このカードの召喚時に手札を任意の枚数デッキの下に送る事で、攻撃力と守備力はその枚数×500となる。俺は4枚の手札全てをデッキの下に送る!」

 

《ドローラー》ATK/?→2000

 

 まさか伏せカードを1枚のこして、それ以外全てデッキ送りにするとは…しかも予想が正しければ、あの伏せカードは防御するつもりがないどころか、下手すれば自爆になりかねないものだったはずだ。

 

「いくぞ!《ドローラー》で《グリズリーマザー》を攻撃!」

 

 ロードローラーのような体躯のそのモンスターは《グリズリーマザー》までまっすぐローラーを転がして移動し、そのまま《グリズリーマザー》をひき潰した。紙の様に薄くなった《グリズリーマザー》は空へ舞い上がると、そのままポリゴンとなって割れてしまった。

 

《ドローラー》ATK/2000

《グリズリーマザー》ATK/1400

 

KMA LP8000→7400

 

「《ドローラー》が戦闘で破壊した攻撃表示モンスターは墓地に送られず、デッキの一番下へ送られる!」

 

 《グリズリーマザー》には戦闘によって破壊され墓地に送られた時に、水属性攻撃力1500以下のモンスターをデッキから特殊召喚する効果があるが、《ドローラー》の効果により墓地ではなくデッキに送る事でそれは回避された。

 

『ワタシのターン、ドロー! ワタシは《地獄の番熊》を、攻撃表示!』

 

《地獄の番熊》ATK/1300

 

 《地獄の番熊》の効果は、フィールド上に存在する《万魔殿—悪魔の巣窟—》の破壊を防ぐものだったはずだ。そんなものを採用しているからには、こちらのKMAのデッキは【デーモン】の可能性が高い。

 

『ワタシは手札から、《野性解放》を発動! この効果により、《地獄の番熊》の攻撃力は、その守備力である1800ポイント上昇!』

 

《地獄の番熊》ATK/1300→3100

 

 …どうやら俺が知っている【デーモン】ではなさそうだ。少なくとも《野性解放》の入った【デーモン】なんて聞いた事が無い。単純に熊繋がりで採用されたのだろうか。

 

『さらにリバースカード、永続罠《野生の咆哮》発動! 自分フィールド上のモンスターが相手モンスターを戦闘により破壊し墓地へ送った時、自分フィールドで表側表示の獣族モンスター1体につき300ポイントのダメージを、相手に与える』

 

 1ターン目のKMAが召喚したのは獣戦士族の《グリズリーマザー》のはずなのに、しっかりと獣族モンスターサポートを伏せているあたり、タッグデュエルができるよう訓練されていたのだろう。厄介この上ない。

 

『バトル! 《地獄の番熊》で《ドローラー》に攻撃! ヘルハウリング!』

 

 《地獄の番熊》のあげる咆哮、その衝撃だけで数百キロはあるであろう《ドローラー》が吹き飛ばされる。悪魔の巣窟を守っているのは伊達ではないということだろうか。

 

《地獄の番熊》ATK/3100

《ドローラー》ATK/2000

 

大山・葵LP8000→6900

 

『さらに《野生の咆哮》の効果で、300ポイントのダメージ!』

 

大山・葵LP6900→6600

 

『さらに、リバースカード、《キャトルミューティレーション》発動! 《地獄の番熊》を手札に戻し、《地獄の番熊》を攻撃表示で特殊召喚!』

 

《地獄の番熊》ATK/1300

 

 特殊召喚しなおすことにより、《野性解放》のデメリットであるエンドフェイズでの破壊を回避されてしまった。そしてまだKMAのバトルフェイズは終了しておらず、こちらのフィールドはがら空きである。

 

『《地獄の番熊》でプレイヤーに直接攻撃!』

 

 こちらががら空きということは、当然直接攻撃されてしまう。どうやらデュエリストアニマルというのは思っていたよりも手強いようだ。あっという間にライフの30%以上がなくなってしまった。

 

《地獄の番熊》ATK/1300

 

大山・葵LP6600→5300

 

『ワタシはカードを2枚伏せ、ターンエンド!』

 

「エンドフェイズに罠カード発動!《奇跡のドロー!》! 自分のドローフェイズの前にカード名を1つ宣言し、ドローしたカードが宣言したカードならば相手に1000ポイントのダメージを与え、違った場合は自分が1000ポイントのダメージを受ける!」

 

 使うだろうとは思っていたが、せめて大山のターンまで待ってはくれないものだろうか…そんなことを考えながら大山を睨みつけると、素晴らしい笑顔でサムズアップされた。無茶振りにもほどがある。

 

「俺のターン、ドローするカードは…《デュアル・サモナー》だ。ドロー」

 

 ドローカードは…《巨人ゴーグル》だった。そもそもデッキをハイランダー構成にしているということは、デッキにあるカードの種類が40種はあるということだ。最初の手札の5枚を除いても30種類を越えており、宣言通りにドローする確率は3%程度という酷い数値なのである。

 

大山・葵LP5300→4300

 

「《巨人ゴーグル》を召喚してバトル、《地獄の番熊》に攻撃」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500

 

『攻撃宣言時、リバースカード、オープン!《幻獣の角》発動! 《地獄の番熊》に装備し、攻撃力を800上昇! そしてこのカードを装備したモンスターが相手モンスターを破壊し墓地に送った時、ワタシはカードをドローする!』

 

「速攻魔法《スペシャル・デュアル・サモン》! これにより《巨人ゴーグル》を再度召喚状態にし、元々の攻撃力を2100にする!」

 

 《突進》よりも高い上昇値、戦闘破壊したときのドローによるアドバンテージ、これだけでも獣族、獣戦士族サポートとしてかなり高性能である。油断も隙もあったものではない。

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500→2100

《地獄の番熊》ATK/1300→2100

 

「カードを2枚伏せ、ターン終了」

 

 幸いなのは《幻獣の角》をダメージステップに発動されなかったことだろうか。もしダメージステップに発動されてしまったならば、《スペシャル・デュアル・サモン》で対抗できずにダメージを負った上にドローまで許してしまうところだった。

 

 また《野生の咆哮》の効果は相手モンスターが破壊し墓地に送られてから発動するため、自分モンスターが1体の時に相打ちとなった場合、効果発動時に自分フィールド上に獣族モンスターが不在のため効果が発動できなかったようだ。

 

『ワタシのターン、ドロー! ワタシは《剣闘獣アンダル》を、攻撃表示!』

 

《剣闘獣アンダル》ATK/1900

 

「ホァッ!?」

 

 思わず変な声が出てしまった。もちろん原因は《剣闘獣アンダル》である。この鎧をつけた熊のモンスター単体ならば、高い攻撃力の通常モンスターというだけなので動揺する理由ほどではないのだが、デッキとしての【剣闘獣】はOCGの世界大会で優勝経験があるのだ。

 きっと《地獄の番熊》と同様に熊繋がりで採用されただけなのだと思うが、強力なカテゴリなだけに心臓に悪い。…もしも熊カードを取り入れただけの【剣闘獣】ならば、こちらの伏せが破壊され尽くすのも時間の問題ではあるのだが。

 

『バトル! 《剣闘獣アンダル》で直接攻撃!』

 

《剣闘獣アンダル》ATK/1900

 

大山・葵LP4300→2400

 

『ターンエンド!』

 

「エンドフェイズにリバースカードオープン!《正統なる血統》! この効果で、墓地から《巨人ゴーグル》を特殊召喚!」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500

 

 大山のターンまで待っても良かったのだが、デュエルディスクの仕様で大山は俺の伏せカードの確認ができない。それならば先に発動して知らせた方が、方策が固まりやすいはずだ。…余計なお世話にならなければいいが。

 

「俺のターン、《奇跡のドロー!》の効果だ! 俺がドローするのは《破滅へのクイック・ドロー》!」

 

 大山はドローしたカードを自分で確認せずにKMAへと突きつける。俺も横を向いて確認すると、見事に《破滅へのクイック・ドロー》を引き入れていた。KMAの後ろにいるモモエとジュンコも驚いている。

 

KMA LP7400→6400

 

「そして、俺は《巨人ゴーグル》を、なんだったか、あぁ、思い出した! 二度手間…じゃなかった、再度召喚する!」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500→2100

 

「まぁ! 代田さん以外の方が二度手間召喚をするだなんて!」

 

「そいつの二度手間召喚には嫌な思い出があるのよね…」

 

「お前ら、揃いも揃って二度手間っていうなっ!」

 

 KMAとはデュエル以外の言葉が通じないので断言はできないが、一応モモエとジュンコのためにデュエルをしているのに、何が悲しくて二度手間呼ばわりされなきゃならんのだ!

 

「行くぞ!《巨人ゴーグル》で《剣闘獣アンダル》に攻撃!」

 

 岩の巨人と鎧を着た熊が真正面から取っ組み合いをする。お互いに力自慢なのか、搦め手を使わないまっすぐな力押しである。そしてじりじりと岩の巨人が押し切り、そのまま鎧を着た熊は地に倒れ伏した。

 

《巨人ゴーグル》ATK/2100

《剣闘獣アンダル》ATK/1900

 

KMA LP6400→6200

 

「カードをセットし、ターン終了だ!」

 

『ワタシのターン、ドロー! 《キラーパンダ》を守備表示! カードを1枚伏せ、ターンエンド!』

 

《キラーパンダ》DEF/1000

 

 パンダは中国語では熊猫ということで、やはり【熊デッキ】なのだろう。そんな冗談のようなデッキに対して劣勢だったということが泣けてくるが、ここからは反撃に移る事が出来るだろう。

 

「俺のターン、《奇跡のドロー!》の効果で宣言するのは《エヴォルテクター シュバリエ》! ドロー!」

 

 気合いを入れたのは良いものの、ドローしたカードは《デュアル・ランサー》だった。この状況で《奇跡のドロー!》がなければ悪い引きではないが、これで残りライフポイントが2000を下回ってしまった。かなり危機的状況である。

 

大山・葵LP2400→1400

 

「《デュアル・ランサー》を召喚し、バトル! 《デュアル・ランサー》で《キラーパンダ》に攻撃!」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

『攻撃宣言時、リバースカード、オープン!《猛突進》発動! 《キラーパンダ》を破壊し、《巨人ゴーグル》をデッキに戻す!』

 

 笹を持ったやたらと目つきの悪いパンダが猛烈な勢いで岩の巨人に突撃し、そのままポリゴンとなって砕けた。突撃された方の巨人はというと、こちらへと吹き飛んでデッキへと吸い込まれていった。

 

『そして自分フィールド上の獣族モンスターが破壊され墓地に送られた時、ライフポイントを1000払い、手札より《森の番人グリーン・バブーン》を特殊召喚!』

 

《森の番人グリーン・バブーン》ATK/2600

 

KMA LP6200→5200

 

 おい、【熊デッキ】じゃなかったのか。バブーンってヒヒじゃねぇか。クマ科じゃないどころか、ネコ目ですらねぇぞ。《幻獣の角》といい、このカードといい、なんでちょいちょい本気の構成なんだよ。たしかに熊カード少ないけど、もう少し頑張ろうぜ?

 

「カードを2枚伏せ、ターン終了」

 

 少し現実逃避してしまったが、念のため手札を0枚にしておこう。できればお世話になりたくないカードだが、備えはしておくに越した事は無い。

 

『ワタシのターン、ドロー! 《本気ギレパンダ》を召喚! バトル! 《森の番人グリーン・バブーン》で《デュアル・ランサー》に攻撃! ハンマークラブデス!』

 

 この攻撃が通ると、《野生の咆哮》の効果を合わせてちょうどライフポイントが0となり負けてしまう。追いつめられるのが早過ぎる気がするが、このまま負けるわけにはいかない。

 

「させるかっ! リバースカードオープン!《ジャスティブレイク》! 自分フィールド上の表側表示通常モンスターが攻撃宣言を受けた時、表側攻撃表示の通常モンスター以外のモンスターを全て破壊する!」

 

 頭上から雷が降り注ぎ、辺り一面を焼き尽くす。パンダとヒヒは雷に打たれて身を焦がしたようだが、《デュアル・ランサー》に落ちる雷だけは当たる寸前で二つに割れ、地面へと避けて行く。

 絵面だけならば、天罰という表現が一番しっくりくるかもしれない。

 

『ターンエンド!』

 

「ならば俺のターン、ドローするのは《ドローバ》だ!」

 

 そして大山が引いたカードを堂々と公開すると、確かに《ドローバ》だった。しかし《野生の咆哮》があるこの状況では、攻守共に低く、そして効果もない《ドローバ》は壁にする事すら危険である。

 

KMA LP5200→4200

 

「《デュアル・ランサー》を…二度、じゃない、再度召喚する! そしてバトルだ! 《デュアル・ランサー》で直接攻撃!」

 

『攻撃宣言時、リバースカード、オープン! 《闘争本能》発動! 直接攻撃宣言時、相手フィールドにのみモンスターが存在するとき、手札からレベル4以下獣族モンスターを攻撃表示で特殊召喚する! 《逆ギレパンダ》を特殊召喚!』

 

《逆ギレパンダ》ATK800

 

『《逆ギレパンダ》は相手モンスターの数×500ポイント、攻撃力上昇!』

 

《逆ギレパンダ》ATK800→1300

 

「ならばっ! 《デュアル・ランサー》で《逆ギレパンダ》に攻撃!」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

《逆ギレパンダ》ATK/1300

 

KMA LP4200→3700

 

『獣族モンスターが戦闘により破壊され、墓地に送られた時、墓地の獣族モンスター、《本気パンダ》と《逆ギレパンダ》を除外することで、手札から《森の狩人イエロー・バブーン》を特殊召喚!』

 

《森の狩人イエロー・バブーン》ATK/2600

 

 《森の番人グリーン・バブーン》が入っているので、調整版モンスターである《森の狩人イエロー・バブーン》も当然入っているとは思っていたが、またもやこちらの攻勢は潰されたようだ。大山も悔しそうに歯噛みしている。

 

「くっ、俺はこのままターン終了!」

 

『ワタシのターン、ドロー! バトル!《森の狩人イエロー・バブーン》で《デュアル・ランサー》に攻撃! アローシュートデス!』

 

《森の狩人イエロー・バブーン》ATK/2600

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

大山・葵LP1400→600

 

『さらに《野生の咆哮》の効果で、300ポイントのダメージ!』

 

大山・葵LP600→300

 

『ワタシはカードを1枚伏せ、ターンエンド!』

 

「エンドフェイズに、永続罠《破滅へのクイック・ドロー》を発動! 互いのプレイヤーはドローフェイズ開始時に手札が0枚だったとき、通常のドローに加えてもう1枚、カードをドローすることができる! ただし、俺たちは自分のエンドフェイズ毎に700のライフポイントを払わなければならず、表側表示のこのカードがフィールドから離れた時、3000ポイントのダメージを受ける!」

 

 まさしく破滅へ一直線に突き進むカードである。しかもエンドフェイズ毎に払うライフが足りない場合、ライフを0にするというとんでもない効果を持っている。

 

「葵、後は任せたぞ!」

 

 大山め、勝手な事を言いやがって…俺たちの残りライフポイントは700を下回っており、《破滅へのクイック・ドロー》を発動したからにはこのターンこそがラストターンである。そもそも《奇跡のドロー!》に失敗してしまえば、その時点でライフポイントが尽きてしまう。

 

「俺のターン…」

 

 一息ついて目を閉じ、デッキトップに意識を集中させる。周りの音が徐々に遠ざかっていくが、滝の音だけはむしろはっきりと聞こえていた。絶体絶命の大ピンチにもかかわらず、頭が澄み切っている。

 

「俺がドローするのは…」

 

 ほんの一瞬、1枚のカードが目の前を横切った。

 

「《未来サムライ》! ドロー!」

 

 ドローしたカードは《未来サムライ》。カードを呼び寄せたというよりも、カードのほうから来てもらったような感覚だが、これこそが大山の拘るドローということなのだろう。たしかに、これは少し癖になる。

 

KMA LP3700→2700

 

「さらに、《破滅へのクイック・ドロー》の効果で、もう1枚ドロー!」

 

 この状況この手札で相手のライフポイントを削りきることができるかと聞かれたとしたら、普段なら無理だと言い切ることのできる手札。それでも何故だか今に限ってはできないはずがないと言えてしまう。

 

「俺は、《未来サムライ》を召喚! そしてリバースカード、オープン!《フォース・リリース》! この効果により《未来サムライ》は再度召喚状態となる!」

 

《未来サムライ》ATK/1600

 

「そして再度召喚された《未来サムライ》の効果発動! 墓地のモンスター1体を除外することで、表側表示の相手モンスターを1体破壊する! 墓地から《ドローラー》を除外し、《森の狩人イエロー・バブーン》を切り裂け! 紫電一閃!」

 

 未来的な裃を白く染め上げた侍が、弓を構える狩人に向かって駆け出す。狩人は次々に矢を飛ばして近づけまいとするが、侍はそのことごとくをかわし、懐に入り込んだ所で一閃。紫の光を残して刀を鞘に納めると同時、狩人の上半身がずれ、そのまま爆散した。

 

『自分フィールド上の獣族モンスターが破壊され墓地に送られた時、ライフポイントを1000払い、墓地の《森の番人グリーン・バブーン》を特殊召喚!』

 

《森の番人グリーン・バブーン》ATK/2600

 

 狩人を切り伏せたと思った途端、墓地から這い上がった番人が目の前に立ちふさがる。最初に出てきたときはこちらを見下ろす番人に威圧感を感じたが、今では弱々しく見える。すぐに墓地へ送り返してやるとしよう。

 

KMA LP2700→1700

 

「手札から速攻魔法《デュアルスパーク》! 《未来サムライ》を生け贄にささげ、《森の番人グリーン・バブーン》を破壊する! さらにカードを1枚、ドロー!」

 

 これでこのターン3枚目のドロー。脳裏に大量のカードが裏向きに流れる光景がよぎり、指先に力がこもる。脳裏を流れるカードの一枚が表側を向いた瞬間、腕を振り抜き、そのまま確認することなくそのカードを発動する。

 

「俺は手札から、魔法カード《思い出のブランコ》発動! 墓地から《デュアル・ランサー》を特殊召喚!」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

「バトル! 《デュアル・ランサー》で直接攻撃!」

 

 魚人が両手の三叉槍をKMAに突き立てる。KMAは咆哮をあげ、地面にその身を投げ出した。

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

KMA LP1700→0

 

—————

 

「やったな、葵! 良いドローだったぞ!」

 

「あぁ、こんなにもドローが気持ちいいなんて初めてだ…もう一度同じ事をやれ、と言われても出来る気がしないけどな」

 

 それとタッグデュエルなのに味方に追いつめられるという経験に関しては、もう二度としたくない。ラストターンの《破滅へのクイック・ドロー》に至っては、追いつめるなんてものじゃない。一歩どころか半歩間違えれば確実に破滅だ。

 

「さて俺たちが勝ったんだし、二人は返してもらうぞ」

 

 KMA達は言葉を理解しているのか、モモエ達の前から離れて地面に座り込む。二人は呆然とした様子で動こうとしなかったため、俺と大山で二人のところまで歩いていき、手を差し伸べる。

 

「お手を貸しましょうか?」

 

「…ぷっ」

 

 いきなりモモエが吹き出した。こちらもこの前のリベンジを狙ったとはいえ、なかなか失礼な話だ。ジュンコは話の流れが分からない様で俺とモモエとをそれぞれ見比べていたが、理解されても恥ずかしいのでひとまず意識の外に置いておく。

 

「お気持ちは買いますけど、やっぱり代田さんには似合いませんわ」

 

 そう言いながら、俺の手を取って立ち上がるモモエ。自分でやった事だが気恥ずかしくなってしまったので大山の方を確認すると、ジュンコを肩に担ぎ上げていた。ジュンコは諦めたのか、抵抗せずにだらりと手足をぶらさげている。色々と台無しだった。

 

『ところでこの熊達はどうされるのですかな?』

 

 シハーブが疑問を挟んでくるが、そんなもの答えは一つしか無い。それこそ、このデュエルの勝敗以前の話である。KMA達もなんら反応を示さないので、SAL研究所の博士および黒服達の方を向き、はっきりと口に出す。

 

「それじゃあ研究所のみなさん、俺たちは帰りますので後はご自由に。大山、道案内よろしく」

 

「え!?」

 

 ジュンコが大声をあげるが、そもそも研究所で飼育されている実験動物を勝手に逃がすことは犯罪である。他人のペットを逃がしたら違法であるのは当然だろうし、それが実験動物ともなれば下手をすればバイオハザードだ。

 

「ではいくぞ! アーアアー!」

 

「ちょ、まっ、きゃあぁぁぁ…」

 

 ジュンコを担いだまま、枝を蹴り、蔦を掴み、雄叫びをあげてまさしくターザンのごとく移動する大山。遠ざかるジュンコの叫び声を残しながら、あっという間に視認できない距離まで行ってしまった…それだと道案内にならないだろう。

 

 結局SAL研究所の面々が撤収したあとも山ごもり拠点に残り、大山が迎えにくるまで待ち続けたのであった。ちなみに大山が俺たちを置き去りにした事に気付いたのは、アカデミアに着いてからとのことだった。

 




*焼き魚はスタッフ(KMA含む)がおいしくいただきました。

タッグデュエルを公式ルールのものにしました。
やはりこちらの方が書いていて楽ですね。
バトルロワイヤル形式は処理に悩んでしまいます。

《マジック・スライム》をヒロインにするために色々考えたりもしましたが、《マジック・スライム》が《アメーバ》や《カエルスライム》たちを引き連れて精霊界を侵略し始めたあたりでそっと画面を閉じました。
遊戯王GXはそういう話だった気がするのですが、気のせいでしょうか。


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14.道場破りっていうなっ!

新年明けましてさらに一ヶ月が経ってしまいました。
更新が遅くて申し訳ないです。


 新学期となって初となる錬金術の授業は珍しく爆発が無かった。ほぼ毎回何かしら爆発するような授業というのもどうかと思うが、危険な目にあっているのは大徳寺教諭一人だけなのできっと誰も問題に思っていないのだろう。

 

 そして十代がチャイムとほぼ同時に目を覚まし、そのまま弁当を食べようとしていた。彼の弁によると、トメさんのお手製弁当をわざわざ用意してもらったらしい。食堂で販売されている物と違い、彩り豊かで実に美味しそうだ。

 

「十代くーん、私と一緒に校長室に来て欲しいのにゃー」

 

「十代、これまで長い付き合いだったな。アカデミアを退学になっても元気でやれよ」

 

「万丈目くん、あなたも来てください」

 

 サンダーが喜んで別れを突きつけたが、一緒に呼び出される事になり盛大にずっこけている。先ほどのサンダーの言い草ならば、サンダーも一緒に退学になってしまうのでそのリアクションも分からなくはない。

 

「それから三沢くん、明日香さん、あと代田くんも」

 

 どうやら俺たちも呼ばれているようだ。ある意味で問題児の十代や、単位危機のサンダーはともかくとして、残りのメンバーは退学とは縁のないような顔ぶれである。何事かとお互いに顔を見合わせながら大徳寺教諭の後について教室をでたのであった。

 

—————

 

 カイザーとクロノス教諭が校長室前で合流し、現在校長によるありがたいお話を聞いているところである。古今東西、校長先生の話は長いものだと相場が決まっているが、今回の話も長い。これだけ長々喋っているのに、話がまだ終わっていないことも驚きである。

 

 今されている話の要点をかいつまむと、デュエルモンスターズには人類が想像だにしないような力を持つ物があり、その一種である三幻魔のカードがこの学園に存在している、といったところである。

 

「三幻魔のカード?」

 

 聞いた事がない単語に、十代が疑問の声をあげる。三幻魔ということは、アニメでいうところのセブンスターズ編に突入したということだろう。

 

「そうです。この島に伝わる、古より封印されている三枚のカード」

 

 ペガサスがデュエルモンスターズを製作したのが少なくともここ30年以内の話のはずなのに、古より封印されているカードがあることを突っ込んではいけない。一応古代エジプト文明の儀式がルーツなのだから、そういうこともあるのだろう、きっと。

 

「え? この学園ってそんな昔からあったのか?」

 

「うるさい、黙ってきけ」

 

 サンダーが十代をたしなめるが、十代の疑問に関して答えるならそんなわけはない。そもそもこの学園のオーナーである海馬社長はまだ成人したかしていないか程度の年齢のはずだ。前のオーナーがいるなら話は変わりそうだが、それでもデュエリスト育成学校ということは30年以上の歴史はありえない。

 

「そもそもこの学園は、そのカードが封印された上に建っているのです」

 

「「「えぇ~!?」」」

 

 衝撃の事実に皆がそれぞれに驚きの声を上げる。封印された上に建っているということは、遺跡の上という意味だったりするのだろうか。精霊界関連の遺跡である可能性も否定できないが、なんにせよロマンあふれる話である。

 

「学園の地下深くに、その三幻魔のカードは眠っています。島の伝説によると、そのカードが地上に放たれる時、世界は魔に包まれ、混沌が全てを覆い、人々に巣食う闇が解放され、やがて世界は破滅し、無へと帰す。それほどの力を秘めたカードだと、伝えられています。」

 

 信じられるか? これ、カードについて語ってるんだぜ? 怪しげな魔導書やら魔道具やら化け物でなく、たった三枚のカードなんだぜ? …この世界で考えれば似たようなものなので、こういった展開には慣れるしか無い。

 

「よくわかんないけど、なんかすごそうなカードだな!」

 

「黙って聞いているノーネ!」

 

 皆が一様に息をのむ中、十代だけが明るく呑気に発言して案の定クロノス教諭に叱られてしまった。明るさや前向きさが十代の取り柄ではあるが、こういう場合は神妙に頷いておけばトラブルに巻き込まれないだろうに…

 

「そのカードの封印を解こうと、挑戦しにきた者達が現れたのです」

 

「いったい、だれが」

 

 校長の言葉にカイザーが当然の疑問を口に出す。俺はアニメで知っているが、そんな物騒なものをわざわざ解き放つような物好きなんて…この世界のカードコレクターならばありえそうなのが怖い。

 

「七星王、セブンスターズと呼ばれる、七人のデュエリストです。まったくの謎に包まれた七人ですが、もう既にその一人は、この島に」

 

「なんですって!?」

 

 三沢が驚きの声を上げるが、俺としてはその情報がどこからきたのかが非常に気になる所である。校長が直に確認したのならばまだいいとして、誰かから聞いた情報ならそいつがセブンスターズについて知っていることは明白だろう。

 

「でも、どうやって封印を解こうと・・・」

 

「三幻魔のカードは、この学園の地下に封印され、七精門という七つの石柱がそのカードを守っています。その七つの石柱は七つの鍵によって開かれる。これが、その七つの鍵です」

 

 明日香さんの質問に対して校長は机の中から箱を取り出した。その箱の中には何やら模様が刻まれ、七つに分けられた板があった。どうやらパズルのように組み合わせることで、一つの長方形にまとめることができるらしい。

 

「じゃあセブンスターズは、この鍵を奪いに…」

 

「そこで、あなたたちに、この七つの鍵を守っていただきたい」

 

 校長は三沢の推測に同意するように頷き、そのまま生徒…教師も混じっているが…に無茶ぶりをした。こういったものを守るためにには、保管するなら金庫を買ったり警備員を雇ったりするための財力、自分が持ち歩くなら強奪されない体力、それとどちらにしても注意力も必要だ。体力勝負ならば生徒の方が有利かもしれないが、普通ならば教師の方が確実に守りやすいだろう。

 

「守る、といっても、いったいどうやって?」

 

「もちろん、デュエルです」

 

 サンダーの問いに答えた校長のその言葉に、大徳寺教諭の連れているネコ、ファラオを含めて全員が驚愕するが、改めてそれを聞いた俺の感想はこれに尽きる。この世界が相変わらずで安心した。

 

「七精門の鍵を奪うには、デュエルによって勝たねばならない。これも古より、この島に伝わる約束事。だからこそ、学園内でも屈指のデュエリストであるあなた方に集まってもらったのです。まぁ、二名ほど数合わせに呼んだ者もおりますが」

 

 そういってちらりと教師二人を見る鮫島校長。仮にもエリートデュエリスト養成学校の教師に対して、デュエルの腕を期待していないのはどうなんだろうか。しかもクロノス教諭は実技最高責任者なんだが…

 

「あなたのことなノーネ」

 

 校長の目線には欠片も気付く様子も無く、笑いながら十代を指差して顔を覗き込むクロノス教諭。非常に大人げない。校長が数合わせといったのはデュエルの腕よりも人格的に不安があるからなのかもしれない。

 

「この七つの鍵を持つデュエリストに、彼らは挑んできます。あなた方に、セブンスターズと戦う覚悟を持っていただけるなら、どうか、この鍵を受け取って欲しい」

 

「おもしれぇ、やってやるぜ」

 

 他の面々が顔を見合わせて互いを伺うなか、十代が一番に鍵を手に取って首から下げた。十代の戦意を勝ったかのように、鍵がキラリと輝きを見せる。

 

 その十代の様子を見たからか、カイザーが低く笑い声をあげて鍵を手に取った。三沢、明日香さん、サンダーと続いていく。俺もせっかく呼ばれたので遠慮なく鍵を手に取ることにした。

 

「ふふふのヒー、校長、脅かしはいけませんノーネ、要すルーニ、学園の看板ーを、道場破りが奪いにくると考えれば良いノーネ」

 

「まぁ、今はそう考えてもらっても結構ですが…」

 

 世界の危機を道場破りと言われてしまい、校長が歯切れ悪く答える。それと校長自身がサイバー流道場の師範であり、道場破りという言葉に対して印象が悪いという理由があるかもしれない。

 

「じゃあ、私は数合わせなので無しなんだにゃ~」

 

「道場破りか~、俺だったら一番強い奴から行くだろうな~…俺ってか?」

 

 世界の危機と考えるとスケールが大きすぎるためか、十代には道場破りというほうがしっくりきたようだ。それにしても強者との戦いを楽しみにするのはデュエリストの性というものだろうか。

 

「それは違いますノーネ! 実力から言えばこのワタクシーめ、もしくは、カイザーことシニョール丸藤亮ナノーネ。遊城十代、私が密カーニ調査した所によると、あなたはカイザー亮にコテンパンネンに負けているノーネ。そうでーショ?」

 

「そういうあんたは、十代に負けてるだろ」

 

 クロノス教諭は調べたことを嬉々としてバラし、痛い所を突かれた十代はうめき声をあげた。しかしサンダーに最も言われたくないであろう事実を突きつけられたので、クロノス教諭も一緒になってうめいている。

 

「ありがとう皆さん。この瞬間から、戦いは始まっています。どうかいつでもデュエルのスタンバイをしておいてください。そして必ずや、三幻魔のカードを、七精門の鍵を守りきって下さい」

 

 鮫島校長は七つの鍵がそれぞれに渡ったことに満足そうな笑みを浮かべ、改めて鍵の警護を依頼した。一切デュエルをしないことで守るという方法もあるかもしれないが、サレンダー扱いにされても困る。ここは素直にデュエルディスクを持ち歩く事にしよう。

 

—————

 

 鍵の警護をすることになったとはいえ、当然授業免除といったようなことはない。セブンスターズが授業中に来襲した場合は公欠扱いでそちらに対応するのだろうが、そんなときは授業自体がなくなりそうなものだ。

 

 そんなわけで普段通り授業に出席して自室に戻ろうとしたところ、高寺に呼び止められた。同じオベリスクブルーとはいえ、彼とはあまり関わりはないはずなのだが、一体何のようだろうか。

 

「急に呼び止めて悪かったね。話っていうのは、学園祭についてなんだよ」

 

「学園祭?」

 

 学園祭の開催時期は学期末のはずだ。新学期になって早々にそれについて考えるとは、よほど気合いが入っているのだろうか。高寺は自分の趣味に没頭するタイプだと思っていたのだが、意外とお祭り好きなのだろうか。

 

「オベリスクブルーでは毎年、喫茶店を出し物にしているのは知っているよね?」

 

「どの寮も毎年変わらないらしいということは聞いた事があるな」

 

 島では物品を輸入することが難しいということもあり、毎年やることはほとんど変更される事はない。レッドはコスプレデュエル大会、イエローは縁日のような屋台、ブルーが喫茶店というのが毎年恒例の出し物だ。

 

「ふっふっふ、そこで今年の出し物をいつもの違う物にしたいと思うんだよ!」

 

「いつもと違うって、具体的には何をするつもりなんだ」

 

「それはもちろん、お化け屋敷さ!」

 

 高寺の好きそうなことではあるが、簡単にはできないだろう。学園祭の出し物というのは色々と必要になる。恒例の出し物ならば必要な物は倉庫にでもしまってあるのだろうが、新規となると一から用意する必要がある。

 

「援助金がでたとして、小道具なんかは準備できるのか?」

 

「まかせてくれ! …とはいえ、僕たち高寺オカルトブラザーズだけじゃ手が足りないんだ」

 

 学園祭の出し物は有志がアカデミアから援助を受けて店を出すのだが、どうしても人手が必要だ。新学期ともなりお互い慣れたとはいえ、一部生徒からは未だによそ者扱いのため喫茶店に参加しなさそうな俺を誘おうという訳か。

 

「いいぞ。他の出し物に参加する予定もないしな」

 

「本当かい!?」

 

「俺も学園祭を楽しみたいしな」

 

 学園祭は出し物を見てまわるだけでも楽しそうだが、自分たちで準備することこそが醍醐味だと思っている。いざとなったら三沢辺りに頼み込んで屋台の手伝いをしようかと思っていたので、この提案は渡りに船だった。

 

「それじゃあ早速お化け屋敷について話し合おうじゃないか! 我らが高寺オカルトブラザーズがいつも集まっている場所まで案内するよ!」

 

 ハイテンションな高寺の先導で教室に案内され、他のオカルトブラザーズの二人を交えてお化け屋敷について話し合った。高寺オカルトブラザーズの面々は皆活き活きとしており、根っからのオカルト好きだということがよくわかる。

 

 予算や当日使うことのできる設備についてはまだ告知されていないため、具体的な見取り図ではなくテーマなどのアイデアを中心とした話し合いになった。ひとまず先輩などに学園祭について話を聞いたうえで、また話し合う事が決定したのであった。

 

—————

 

 ブルー食堂でオカルトブラザーズと一緒に夕食を摂り、それぞれに知り合いの先輩達に話を聞くことになった。俺にはそういう当てがカイザーかクロノス教諭しかいないので、PDAでカイザーにメールを送る。

 

 カイザーのメール確認頻度は分からないが、学校からの連絡もPDAに送られることがあるので毎日チェックはしているはずだ。遅くとも一週間以内には返信がくることだろう。

 

 メールを打ち終わって辺りの様子を確認すると、クロノス教諭が夕食を摂ったところらしくナプキンで口を拭いていた。ちょうどいいので話を聞く為に声をかける。

 

「クロノス教諭、学園祭について伺いたいことがあるのですが、今お時間よろしいですか?」

 

「どうしたノーネ、シニョール代田?」

 

「実は学園祭で出し物に参加しようと思っているのですが、設備の貸し出しリストのようなものはありませんか?」

 

「リストでしターラ、去年度のものが私の部屋にあるからそれをあげるノーネ、あとはそうデスーネ、こちらが用意した設備以外でも事前に申請するなら好きに用意してもいいでスーノ、モンラーバス」

 

 何故《モン・ラーバス》なのかはわからないが、去年度のリストでも充分だ。多少設備が入れ替わる事があっても、おおまかな内容は変わらないだろう。そして事前申請すれば持ち込みも可能ということか。するかどうかは別だが。

 

「ありがとうございます」

 

「それじゃ今から部屋に行きマーショ、アダージョ」

 

 緩やかな調子で歩くクロノス教諭についていき部屋に入る。クロノス教諭の普段の言動を考えるに派手な部屋を想像していたのだが、その想像に反して落ち着いた内装だった。

 

「オーソレミーヨ、オーソレミーヨ、オーソレミーヨっと…あったノーネ、これなノーネ」

 

「ありがとうございます」

 

 学園祭の出し物に関する注意のプリントと設備リストを受け取り、そのまま退室しようとするとクロノス教諭に呼び止められた。

 

「シニョール代田、ちょっと待つノーネ」

 

「なんでしょうか」

 

「道場破りどもがこのアカデミアにやってきまスーシ、実技最高責任者であるワターシが稽古をつけてあげるノーネ!」

 

 唐突な申し出だが、意図が読めない。ただデュエル指導をしようと思ってくれただけなのかもしれないが、いかんせん今までの行動があるので深読みしてしまう。そうは考えたものの、受ける事でのデメリットはなさそうだ。

 

「わかりました。よろしくお願いします」

 

「それデーハ…」

 

「「デュエル!」」

 

「先攻は譲ってあげるノーネ」

 

「お言葉に甘えさせてもらいます。ドロー」

 

 先攻をもらったはいいものの、あまり嬉しい手札でもない。ひとまずは様子見をするしかないだろう。

 

「《フェデライザー》を守備表示で召喚、カードを1枚伏せてターンエンドです」

 

《フェデライザー》DEF/1100

 

「ワタシのターン…ドローニョ。まずは永続魔法《古代の機械城》を発ドウ! このカードは“アンティーク・ギア”と名の付くモンスターの攻撃力を、300ポイントアップさせるノーネ」

 

 このカードの効果適用範囲である「“アンティーク・ギア”と名の付くモンスター」だが、“古代の機械”である必要はない。モンスターでは《古代の歯車》だけだが、“古代の機械”ではない“アンティーク・ギア”のカードは何枚か存在している。

 

「ワタシは手札から《磁力の指輪LV2》を発ドウ! 手札の《古代の機械砲台》を特殊召カーン! さらに魔法カード《機械複製術》、これにより《古代の機械砲台》を2体デッキから特殊召喚するノーネ!」

 

《古代の機械砲台》ATK/500

《古代の機械砲台》ATK/500

《古代の機械砲台》ATK/500

 

 ところどころが錆び付いており、一目で古いと分かるような鈍い光を見せる砲台が次々と現れた。その全てがこちらに向けられているというのはソリッドヴィジョンとはいえ威圧感を感じさせる。

 

「《古代の機械砲台》を生け贄ーニ、《古代の機械獣》を召喚するノーネ! そしてモンスターが通常召喚されたノデ、《古代の機械城》にカウンターが一つ乗るノーネ」

 

《古代の機械獣》ATK/2000→2300

《古代の機械城》カウンター/0→1

 

 砲台が一つ姿を消し、そこから機械仕掛けの獣が現れた。見た感じモデルになった動物はサーベルタイガーだろうか。留め具や歯車の軋むような音が鳴き声のように辺りに響いている。

 

「ワターシは《古代の機械砲台》の効果を発動するノーネ! このモンスターを生け贄にささげるコトーデ、相手に500ポイントのダメージを与え、さらにこのターンのバトルフェイズ、お互いに罠カードを発動できないノーネ!」

 

 《フェデライザー》や伏せられたカードを無視して砲弾が飛んでくる。どれも俺に直撃することはなく周りに着弾したのだが、床にぶつかりはじけた砲弾の欠片が容赦なく襲ってきた。さらに砲弾の欠片は伏せられたカードにも発動を封じるように突き刺さっている。

 

葵LP4000→3500

 

「それデーハ、《古代の機械獣》で《フェデライザー》を攻撃するノーネ!」

 

 守りを固めていた《フェデライザー》に機械仕掛けのサーベルタイガーが襲いかかり、錆のついた牙で肩を突き貫いた。

 

《古代の機械獣》ATK/2300

《フェデライザー》DEF/1100

 

「《フェデライザー》の効果でドローするつもりだったのでショーガ、《古代の機械獣》が戦闘で破壊したモンスターの効果は無効になるノーネ! さらに《古代の機械砲台》で直接攻撃!」

 

《古代の機械砲台》ATK/500

 

葵LP3500→3000

 

「そしてメインフェイズ2、《古代の機械砲台》を生け贄ニ、シニョールに500ポイントのダメージ!」

 

葵LP3000→2500

 

「ワターシはこれでターンエンドデスーノ」

 

「俺のターン、ドロー。永続魔法《金剛真力》を発動。この効果で《竜影魚レイ・ブロント》を特殊召喚、さらに《サンライズ・ガードナー》を召喚します」

 

《竜影魚レイ・ブロント》ATK/1500

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500

《古代の機械城》カウンター/1→2

 

「雑魚モンスターを、何体並べたとこローデ、《古代の機械獣》の攻撃力には届かなイーノネ!」

 

 たしかに攻撃力1500では《デュアル・ブースター》で強化したとしても、現在の《古代の機械獣》の攻撃力2300には届かない。もちろん策も無しに2体も攻撃表示で並べたわけではない。

 

「そして《スペシャル・デュアル・サモン》を発動、この効果で《竜影魚レイ・ブロント》を再度召喚状態にします」

 

《竜影魚レイ・ブロント》ATK/1500→2300

 

 エイのような見た目の魚の口とおぼしき場所から竜の頭にもみえるものが生えてきた。それによってシルエットは竜そのものとなっている。

 

「ノーン! 攻撃力が《古代の機械獣》と同じニー!」

 

「バトル、《竜影魚レイ・ブロント》で《古代の機械獣》に攻撃」

 

 生えてきた器官が機械仕掛けのサーベルタイガーの首根っこに喰らい付き、そのまま遠くへと放り投げた。どうやら捕食器官だったようだが、さすがに機械を食べる事はできなかったらしい。

 

《竜影魚レイ・ブロント》ATK/2300

《古代の機械獣》ATK/2300

 

「さらに《サンライズ・ガードナー》で直接攻撃」

 

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500

 

クロノスLP4000→2500

 

「これでターンエンドします」

 

「ワタシのターン、ドロー! 《古代の機械兵士》を召カーン!」

 

 赤い錆と鈍い光の金属でできた機械仕掛けの兵士が現れた。右腕はリボルバー式の銃になっており、武器を落とすといった事は期待できないだろう。

 

《古代の機械兵士》ATK/1300→1600

《古代の機械城》カウンター/2→3

 

「《古代の機械兵士》で《サンライズ・ガードナー》に攻撃するノーネ!」

 

 機械仕掛けの兵士が右腕の銃口から《サンライズ・ガードナー》へと弾を撃つ。撃った反動で右腕がぶれており、肩からは腕が外れそうな音をたてていたが、気付いていないかの様に弾を撃ち続けて《サンライズ・ガードナー》を破壊した。

 

《古代の機械兵士》ATK/1600

《サンライズ・ガードナー》ATK/1500

 

葵LP2500→2400

 

「これでターンエンドーネ、マリオーネ」

 

「俺のターン、ドロー。《金剛真力》の効果発動、《巨人ゴーグル》を特殊召喚し、再度召喚します」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500→2100

《古代の機械城》カウンター/3→4

 

「行きます。《巨人ゴーグル》で《古代の機械兵士》に攻撃、ゴーグルナックル!」

 

 岩の巨人が機械仕掛けの兵士に向けて走り出す。兵士は右腕の銃から弾丸を発射していくが、弾丸はかする事しかしなかった。普通ならばかすっただけでも相当なダメージなのだが、相手は岩でできているため痛覚があるのかどうか怪しいものだ。

 接近した岩の巨人はそのまま腕を振りかぶり、人間ならば心臓があると思われる部位に拳を打ちつけた。機械仕掛けの兵士から歯車がこぼれ落ち、そのまま体全体が崩壊して砕け散った。

 

《巨人ゴーグル》ATK/2100

《古代の機械兵士》ATK/1600

 

クロノスLP2500→2000

 

「これでターンエンドです」

 

「やはりなかなかやりますノーネ、ワタシのターン、ドロー!」

 

 引いたカードをみてクロノス教諭が口角をあげる。まったくもって嫌な予感しかしない。

 

「《古代の機械城》の効果発ドウ! “アンティーク・ギア”と名の付いたモンスターを生け贄召喚するトーキ、このカードに必要な生け贄の数イジョーのカウンターが乗っていレーバ、このカードを生け贄代わりにすることが出来るノーネ! このカードを生け贄—ニ、《古代の機械巨人》を召カーン!」

 

 地鳴りと共に機械仕掛けの城が崩れ、その中から機械仕掛けの巨人がゆっくりと立ち上がる。《巨人ゴーグル》は巨人といっても3m程度であるのに対して《古代の機械巨人》は高層建築をも見下ろす事の出来る巨体である。

 今回は流石に部屋の中に入りきらなかったようで、ある程度高さは抑えられているが、それでもその巨体でもってこちらを威圧している。

 

「《古代の機械巨人》の攻撃、アルティメット・パウンド!」

 

 《古代の機械巨人》が岩の巨人…いや、《古代の機械巨人》から見れば岩の小人に拳を振り下ろす。握られた拳だけでも《巨人ゴーグル》の身体を覆うことが出来るほどの大きさである。当然振り下ろされた《巨人ゴーグル》は瓦礫と化した。

 

《古代の機械巨人》ATK/3000

《巨人ゴーグル》ATK/2100

 

葵LP2400→1500

 

「ンフフーフ、ワタシはこれでターンエンドーヨ」

 

「俺のターン、ドロー。《金剛真力》の効果発動! 《ダーク・ヴァルキリア》を特殊召喚し、再度召喚!」

 

《ダーク・ヴァルキリア》ATK/1800

 

 《ダーク・ヴァルキリア》は《デュナミス・ヴァルキリア》が闇に堕ちた姿である。白かった翼は黒く染まり、赤と白の衣装も青と黒の冷たいものとなっている。肌の色も死人を思わせるような青白いものであり、まさしく天使のような整った顔立ちも相まって薄ら寒い魅力を感じさせている。

 

「そして再度召喚された《ダーク・ヴァルキリア》の効果を発動! このカードに魔力カウンターを1つ乗せます。魔力カウンターの乗ったこのモンスターは1つにつき攻撃力が300ポイントアップ!」

 

《ダーク・ヴァルキリア》魔力カウンター/0→1

《ダーク・ヴァルキリア》ATK/1800→2100

 

 《ダーク・ヴァルキリア》の翼にある宝玉が濁った光を帯びる。

 

「攻撃力が300程度あがったとしテーモ、《古代の機械巨人》にはゼンゼン届かないノーネ! ただの二度手間だったノーネ!」

 

「二度手間っていうなっ!《ダーク・ヴァルキリア》の更なる効果発動! このカードに乗っている魔力カウンターを取り除くことで、フィールド上のモンスター1体を破壊する!」

 

「ナンデストー!」

 

「《古代の機械巨人》を破壊せよ! ダーク・ジャスティス・フラッシュ!」

 

《ダーク・ヴァルキリア》魔力カウンター/1→0

《ダーク・ヴァルキリア》ATK/2100→1800

 

 翼の宝玉が光り輝き、《古代の機械巨人》の右足を照らす。光を浴びた足は煙を上げ、重さに耐えられなくなったかのように潰れた。右足が潰れたことでバランスを崩した《古代の機械巨人》はそのまま倒れ、床にぶつかった衝撃でバラバラになった。

 

「そのまま直接攻撃! ダーク・ヴァルハラ・アロー!」

 

 《ダーク・ヴァルキリア》が両手を合わせ、弓を引くように半身で腕を引く。《ダーク・ヴァルキリア》の腕の中に黒紫の光の矢が現れ、クロノス教諭に向けてまっすぐに放たれた。

 

《ダーク・ヴァルキリア》ATK/1800

 

クロノスLP2000→200

 

「ターンエンド!」

 

「ホッホッホッ、ワタシのターン、ドロー! ワタシは《強欲な壷》を発ドウ! カードを2枚ドロー!」

 

 追いつめられたにもかかわらず、クロノス教諭は愉快そうにカードを引いた。さらに《強欲な壷》で引いた二枚のカードを見て、より一層笑みを深くした。

 

「ワターシは、《古代の機械工場》を発動するノーネ! 手札の“アンティーク・ギア”と名の付いたモンスターのレベルの倍となるヨウに、墓地の“アンティーク・ギア”モンスターを除外することで、生け贄無しで召喚できるノーネ! ワタシは墓地の《古代の機械巨人》、《古代の機械獣》、《古代の機械砲台》を除外し、手札の《古代の機械巨人》を召カーン!」

 

《古代の機械巨人》ATK/3000

 

「ワタシが2体目の《古代の機械巨人》を出すことになるナンーテ、さすがはオベリスクブルーの生徒ですノーネ。《古代の機械巨人》で《ダーク・ヴァルキリア》に攻撃! アルティメット・パウンド!」

 

《古代の機械巨人》ATK/3000

《ダーク・ヴァルキリア》ATK/1800

 

葵LP1500→300

 

「ワタシはカードを一枚伏せて、ターンエンドですノーネ」

 

「俺のターン、ドロー! 《闇の量産工場》発動!《ダークヴァルキリア》と《竜影魚レイ・ブロント》を手札に加える。そして《金剛真力》の効果で《ダーク・ヴァルキリア》を特殊召喚し、再度召喚!」

 

《ダーク・ヴァルキリア》ATK/1800

 

「そして《ダーク・ヴァルキリア》の効果でこのカードに魔力カウンターを乗せ、続けて効果発動! 魔力カウンターを取り除き、《古代の機械巨人》を破壊する! ダーク・ジャスティス・フラッシュ!」

 

「ノンシクリード!《古代の機械巨人》がー!」

 

 再び《古代の機械巨人》が破壊されてクロノス教諭が悲鳴をあげる。フェイバリットカードを二度も破壊されたことはやはりショックだったようだ。

 

「バトル!《ダーク・ヴァルキリア》で直接攻撃! ダーク・ヴァルハラ・アロー!」

 

「しかーし、詰めが甘いノーネ! 罠発動!《魔法の筒》! 攻撃を無効にして攻撃力分のダメージを受けてもらうノーネ!」

 

 先ほどのショックを受けた表情から一転、罠にかかった獲物に向けるような笑みを浮かべるクロノス教諭。本当にショックを受けていたように見えていたのだが、攻撃を誘発するための演技だったのだろうか。だとすれば見事としか言いようがない。

 

「チェーンして速攻魔法《デュアルスパーク》! 《ダーク・ヴァルキリア》を生け贄に《魔法の筒》を破壊する!」

 

「うまく逃れたみたいデスーガ、これでバトルフェイズは終わっちゃうノーネ」

 

「何勘違いしてるんだ…俺のバトルフェイズはまだ終了してないぜ!」

 

「ヒョ? どういうことナノーネ?」

 

「《デュアルスパーク》にチェーンしてリバースカードオープン!《サモンチェーン》! このカードはチェーン3以降に発動することができ、このターン、俺は3回の通常召喚を行う事が出来る! そして《デュアルスパーク》の効果でドロー!」

 

 チェーンしただけなので、追加攻撃をするわけではない。それでもバトルフェイズが終わっていなかったので、ついついあの名台詞を言ってしまった。

 《狂戦士の魂》を使ったデッキも楽しそうだったのだが、地味にドローが強制効果であったため、場合によっては相手のLPが0になったのにデッキ切れで引き分けるというなんとも締まらない結果になることもあるのでやめておいた。

 

「そしてメインフェイズ2、手札の《竜影魚レイ・ブロント》を召喚!」

 

「しかし《竜影魚レイ・ブロント》を再度召喚してーも、このターンに決着はつかないノーネ」

 

 この状況でトドメを刺す事が出来るデュアルモンスターは、バーン効果を持つ《灼熱王パイロン》しかいない。しかしなにも自分のモンスターだけで戦う必要はまったくないのである。

 

「三度目の召喚は必要ありません。俺は手札から装備魔法《戦線復活の代償》を発動! 自分フィールド上の通常モンスターを墓地に送り、自分または相手の墓地に存在するモンスターを特殊召喚し、このカードを装備する! 俺が特殊召喚するのは《古代の機械砲台》!」

 

《古代の機械砲台》ATK/500

 

「オゥ、ディーオ!」

 

「《古代の機械砲台》の効果発動! このカードを生け贄に、相手に500ポイントのダメージ!」

 

 《古代の機械砲台》がクロノス教諭に向けて砲弾を発射し、見事に命中した。クロノス教諭はその衝撃からか、コミカルな動きとともに後方へと倒れた。

 

クロノスLP200→0

 

—————

 

「ご指導ありがとうございました」

 

「構わないノーネ。シニョールのデッキは攻撃力があまり高くないようデスーシ、リクルーターを採用してもいいカモーネ…あぁ、属性がバラバラでシターカ、それじゃちょっと難しいかもしれませんノーネ」

 

「ありがとうございます」

 

 なんだかんだといってもやはり教師のようで、しっかりと俺のデッキの弱点の一つであるパワー不足を見抜かれていたようだ。下級モンスターでも一部のモンスターは充分な攻撃力を持っているが、ほとんどは元の攻撃力が1500以下でありリクルーターに対応している。

 

「それデーハ、そろそろ部屋に戻ったほうが良いデショウ、おやすみなさいナノーネ、シニョール代田」

 

「それでは失礼します。おやすみなさい、クロノス教諭」

 

 クロノス教諭の部屋から自分の部屋に戻った俺は、デュエルで疲れたためか、すぐに眠りについたのであった。

 




公式サイトで確認しましたが、セブンスターズが狙っているのは七“精”門の鍵だそうです。
セブン“スター”ズっていうからてっきり七“星”門かと思っていたんですが…ちなみに彼らが七星王なのか七精王なのかは不明です。名前で考えるならきっと前者のはず。


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15.追跡者と爆発っていうなっ!

 校長に鍵の警護を依頼された次の朝、保健室に向かうと十代がベッドに寝かされており、翔が付き添っていた。別のベッドには精悍な顔立ちをした男が眠っており、こちらには明日香さんが付き添っている。

 

「十代が担ぎ込まれたと聞いたが、何があったんだ?」

 

 セブンスターズの一人であるダークネスとの戦闘があったのだろうが、知らない振りをして翔に事情を話すように促す。

 

「それが兄貴が明日香さんのお兄さんと闇のデュエルで勝負をしてから、夕べ一度目を覚ましたっきりで…」

 

「つまり明日香さんが付き添ってるのがお兄さんか。しかし闇のデュエルの噂は聞いた事はあるが、敗者には壮絶な罰ゲームがあるんじゃなかったか?」

 

「それについては私から話すわ」

 

 明日香さんが翔に代わって続けた説明を聞くと、明日香さんの兄である吹雪にダークネスの魂が乗り移っており、魂を賭けたデュエルによってダークネスはカードに封印されたということだった。

 

「なるほど、それで後は二人が目を覚ますのを待っているのか」

 

「そうね」

 

 あまり長居しても邪魔になるだけなので、事情も分かった所で保健室を出ることにした。明日香さんと翔は付き添いのために今日の授業は休むそうだ。あとでノートを見せる事にして、教室へと向かった。

 

—————

 

 放課後、鍵を警護しているメンバーが校長室に呼び出された。安静にしなければいけない十代と兄の付き添いをしている明日香さんがいなかったが、大徳寺教諭が伝えるために校長室に来ていた。

 

 校長が今回呼び出した理由は、学内でそこかしこで話題になっている吸血鬼の噂のことだった。そしてその吸血鬼が闇のデュエルに関係している、すなわちセブンスターズではないか、ということだった。警戒をするように言われて解散となったのだが…

 

『尾けられておりますな』

 

 校長室から解散し、自室へ戻った後にシハーブから聞いた一言により俺は森に来ているのであった。件の吸血鬼とは関わり合いになりたくない俺としてはこのまま放置していたかったのだが、デッキの内容ならまだしもその過程で見られたくないカードまで見られてしまう可能性がある。

 吸血鬼事件が解決するまでデッキをいじらなければ済む話だろうが、あいにく見られているのを分かっていてそのまま生活ができるほど胆が太いわけではない。そんなわけで捕獲しようと思ったのだが、そもそも場所がわからない。

 

「シハーブ、相手の場所とか分かるか?」

 

『方角程度しかわかりませんな』

 

「森に入ったのは失敗だったか…」

 

 むしろ部屋に入ってこられないように何らかの処理をしたほうが良かったかもしれない。何を言っても今更ではあるので、ひとまずはなんとかしてこの状況を打破したい。捕獲が厳しければ撒くべきだろうか。

 

「…相手の様子は?」

 

『動きませんなぁ』

 

 撒くことを考えるならばもっと隠れやすい場所を考えるべきであったか、いやどちらにしても相手は空を飛んでくるので難しいか。そんなことを思っていると、突如爆発音が聞こえてきた。そしてシハーブが何かに気付いたように後ろを向く。

 

『む、落下しましたな』

 

「落下って、尾行してきたのがか?」

 

『えぇ、先ほどの爆音はコウモリには堪えたようですな。おそらく気絶したのではないかと』

 

 コウモリならば誰にも気付かれずに部屋まで尾行することは容易いだろう。何せ空を飛べるだけでなく、見つかっても動物なので気にされる事はそうはない。

 

 それにも関わらずシハーブが気付いたのは、そのコウモリから精霊の気配がしたからということだった。それを証明するように、墜落したコウモリは《ヴァンパイア・バッツ》というアニメオリカによく似ている。

 

「こいつ、実体があるよな」

 

『本物のコウモリを媒介としているようですな。それとなんだか良く分からない力も感じますぞ』

 

「吸血鬼の能力か、それとも闇のアイテムか」

 

 どちらにしても厄介な話だ。こいつを捕まえても媒介のコウモリを用意すればすぐ次が飛んでくることが考えられる。今日はもう見張られないとは思うのだが、これは撒く事を諦めるべきだろう。

 

「それにしても…さっきの爆発音はなんなんだ?」

 

『行ってみますかな?』

 

「そうだな」

 

 コウモリが霧になったりしても困るので《デモンズ・チェーン》でぐるぐる巻きにして抱え、爆発音のした方へ向かう。それにしても確かこの方向は…いや、深くは考えまい。

 

—————

 

 爆発音のした方向へ向かうと、そこにいたのはSAL研究所の博士だった。なにやら機材を調整しているようだが、その所々が焦げ付いている。

 彼が何故こんな森の中にいるのかというと、ここがSAL研究所のフィールドワーク拠点の一つだからだ。ここは研究施設にもなっており、主にこの島の環境状態を研究するために利用されているらしい。

 

「おぉ、代田くんではないかね。どうしたのかね、こんなところで」

 

 博士の話し方が随分とフランクになっているが、KMA騒動で大山に置いてけぼりにされた際に一緒に焼き魚を食べながら話しているうちに仲良くなったのだ。その縁もあって春休みの間、ドロー力向上の手掛かりになればと思って研究に協力していたことも理由の一つだろう。

 

「こっちから爆発音が聞こえたのですが、また何かやらかしたんですか?」

 

「またとは失敬な。私はField Link Operator(フィールド リンク オペレーター)略してFLO(フーロ)の開発に勤しんでいただけだ」

 

「今度はどういう装置なんですか?」

 

「周囲の状況を認識し、それに対応するフィールド魔法を周囲で行われているデュエルに発動させる装置だ。動物による精霊認識実験が一段落したのでな。周辺環境と精霊との関係を探るべく開発をしていたのだ」

 

 そういいながら謎の機械を再び弄り始める博士。なんだか面白そうな発明だが、それでどういうデータを取得できるのかはまったくの謎である。おそらく聞いたら答えてくれるだろうが、理解できるとは思えない。

 

「あ、博士。そういえば今アカデミアで噂になっている吸血鬼の話は聞いたことがありますか?」

 

「吸血鬼? いや、そんな話は初めて聞くな。そもそもここに来る学生なんぞ、代田くんぐらいのものだしな」

 

 それもそうか。まず山や森といった場所に用事がある生徒なんて非常に稀だと思う。そもそもこの研究所の関係者は滅多な事では外に出てこない。買い物なんかは業者がまとめて搬入しているようだし、それこそ実験動物が脱走することでもないと外には出ないだろう。

 

「それを踏まえて見てもらいたいのですが、こんなものを捕まえました」

 

 さっき捕まえた《ヴァンパイア・バッツ》(仮)を博士に見せる。引きずり回すわけにもいかなかったので小脇に抱えていたのだが、博士は機械に夢中で気が付いていなかったようだ。博士は《デモンズ・チェーン》が邪魔そうだったが、鎖を外さずに全体をじっくりと観察して眉間にしわを寄せていた。

 

「む、コウモリかね? 確かにこの島では珍しいだろうが…いや、しかし通常のコウモリにはこのような器官は…新種のコウモリか? それにしても…」

 

 手伝いに行っていたときの話を聞く限り、この博士は機械工学だけでなく情報工学や生物学、さらに環境学とデュエル理論についても深い知識を持っているらしい。それにしても見ただけで普通のコウモリとの違いを理解するなんて、この人は一体何を専攻していたのだろう。

 

「シハーブに聞いてみた所、どうやらコウモリを媒介にして《ヴァンパイア・バット》の精霊を顕現させているようです」

 

「ほほう! なかなか面白い物を持ってきた物だな!」

 

 どうやら博士が興味を持ってくれたようだ。俺が持っていても邪魔なだけなので色々調べるついでに預かってもらうようお願いすると、二つ返事で了承してもらえた。

 

「時に代田くん、私としては今すぐにでもこの精霊について調べ始めたいのだが、協力してもらえるかね」

 

「寮の門限がありますが、それまでなら全く問題ないです」

 

「それならば急いで研究所へ行くぞ! 精密検査はできずとも、大まかな記録ならばここの設備でも可能なはずだ」

 

 俺の返事を聞くと素早く機械にシートをかぶせ、風で飛ばないように固定してから急ぎ足で研究室へと歩き出した。やはり未知の探求というものには心が躍るのは研究者の性なのだろう。俺も博士の後を追って研究所へと急いだ。

 

—————

 

「ふむ…」

 

 さすがに《デモンズ・チェーン》を外さずにいることは無理があったので、ケージに入れてから拘束を解いて調査を続行している。鎖を外した際、コウモリは霧になることはなく羽ばたいて逃げようとしたので、飼育するときは普通のケージでも問題なさそうだ。

 

 そして何の実験なのかは分からないが、現在コウモリ共々研究所のデュエル場にきている。今からデュエルをするのだろうとは思うが、SALやKMAと違ってコウモリにデュエルディスクを装着することはできないだろう。

 

「ついにこれを使う時がきたようだな」

 

 博士が職員に持ってくるよう要請した機械が届き、それを神妙な顔つきで睨みつけながら作業をしている。ケージから出したコウモリに電極を取り付け、接続された機械を何やら操作しながら独り言の様に呟いた。

 

「これは簡単に言ってしまえばデュエルシミュレーターだが、デッキ作成方法が特殊なのだ」

 

 かいつまんだ話を聞く限りでは、この機械は取り付けた相手の様々な情報からデッキを作成し、それを用いてデュエルを行うというものらしい。その中に精霊からの干渉があるのではないか、と考えて作られた物なのだとか。

 

 しかしこの機械には一つ欠点がある。デッキ作成を行う際、研究所が把握しているカードのデーターベースから参照するのではなく、測定データからカードを生成してデッキを構築するため研究所が把握していないカードが生成されることがあるらしい。

 

 どう言う法則でカードの生成が行われているのか、むしろどうやってその機械を作り出したのかが非常に気になるが、そこは今は気にしないようにする。

 

 不安定さ故にお蔵入りとなっていたこの機械を使う理由は、《ヴァンパイア・バッツ》の精霊と思われるこのコウモリからは果たしてどのようなデッキが構築され、どのようなデュエルを行うのか。精霊という存在からくる計測外のデータの反映があるのかどうか。そういった点を調べておきたいらしい。

 

「代田くん、準備はいいかね?」

 

「いつでも大丈夫です」

 

『システム起動。デッキ構築プロセス………デッキ構築完了。データ保存』

 

 どうやら準備は整ったようだ。あちらのモニターはデュエル場に接続されていてソリッドヴィジョンとして反映されるので、俺から見ると相手がいないのにモンスターが召喚されたりするようになるようだ。

 

『デュエルシミュレーション開始』

 

「デュエル!」

 

『ドロー。召喚、《不死のワーウルフ》、攻撃表示』

 

《不死のワーウルフ》ATK/1200

 

 白銀の毛並みを持つ二足歩行の狼がフィールドに現れ、遠吠えをあげた。腕には鎖が繋がっており、どこかしらから逃げ出したのであろう。

 

『カード1枚セット。ターン終了』

 

「俺のターン、ドロー」

 

 それにしても《不死のワーウルフ》か、こいつも《ヴァンパイア・バッツ》と同じくアニメオリジナルカードということは覚えているのだが…破壊された時に攻撃力が上がってデッキから特殊召喚されるということぐらいしか覚えていない。

 

「《デュアル・ランサー》を召喚してバトル、《不死のワーウルフ》を攻撃」

 

 《デュアル・ランサー》は狼男目掛けて三叉槍を振り下ろし、それは避けられる事無く肩を貫いた。狼男は貫かれた肩を押さえながら後退し、遠吠えをあげてからポリゴンとなって砕け散った。

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

《不死のワーウルフ》ATK/1200

 

コウモリLP4000→3400

 

『《不死のワーウルフ》効果発動。被戦闘破壊時、山札内同名カード1体特殊召喚。追加効果、攻撃力500上昇』

 

《不死のワーウルフ》ATK/1200→1700

 

 倒したはずのワーウルフが再び現れ、さらにはその身体が一回り大きくなった。破壊は破壊でも戦闘破壊限定だったか。とは言っても単体では《デュアル・ランサー》の攻撃力を越える事は無いので、別段気にするほどでもないかもしれない。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

『ドロー。召喚、《ヴァンパイア・バッツ》、攻撃表示』

 

《ヴァンパイア・バッツ》ATK/800

 

 機械に繋がれているコウモリとそっくりなコウモリが現れた。見れば見るほどそっくりであり、博士も興味深そうに顎をさすっている。このコウモリは《ヴァンパイア・バッツ》の精霊という考えは間違っていないだろう。

 

『永続効果、表側アンデット族攻撃力200上昇』

 

《不死のワーウルフ》ATK/1700→1900

《ヴァンパイア・バッツ》ATK/800→1000

 

『バトル、攻撃宣言《不死のワーウルフ》、攻撃対象《デュアル・ランサー》』

 

 先ほどやられた仲間の復讐ということなのか、雄叫びをあげながら《デュアル・ランサー》へと躍りかかる狼男。突き出された槍を躱して間合いに入り、鋭い爪で《デュアル・ランサー》の肩を貫いた。

 

《不死のワーウルフ》ATK/1900

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

葵LP4000→3900

 

『直接攻撃宣言《ヴァンパイア・バッツ》』

 

 《ヴァンパイア・バッツ》が小さな《ヴァンパイア・バッツ》に分裂して、俺の周りに集まってきた。そして一斉に激しく羽ばたき、超音波というよりも衝撃波が襲いかかってくる。

 

《ヴァンパイア・バッツ》ATK/1000

 

葵LP3900→2900

 

『ターン終了』

 

「俺のターン、ドロー」

 

 《ヴァンパイア・バッツ》の効果により全体の攻撃力をあげられている以上、早めに潰しておかなければならないだろう。しかし記憶がただしければ《ヴァンパイア・バッツ》には何らかの破壊耐性効果があったはずだ。

 

「《デュアル・サモナー》を攻撃表示で召喚」

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

 

 しかし《ヴァンパイア・バッツ》のステータスは高くない。こちらも耐性を持ったモンスターを使って、少しずつダメージを与えて削っていくとしよう。

 

「バトル、《デュアル・サモナー》で《ヴァンパイア・バッツ》に攻撃」

 

 《デュアル・サモナー》がオレンジ色の光線で《ヴァンパイア・バッツ》を撃ち落とそうとしたが、再び何匹にも分裂して避けられてしまった。

 

《デュアル・サモナー》ATK/1500

《ヴァンパイア・バッツ》ATK/1000

 

コウモリLP3400→2900

 

『《ヴァンパイア・バッツ》効果発動。被破壊時、山札内同名カード1体代用』

 

 デッキから同名カードを墓地に送る事で破壊を回避するという耐性だったか。つまりデッキへと戻さない限りは最大で2回の破壊耐性ということになる。それも一ターン辺りでなく、全体を通してだ。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

『ドロー……』

 

 即断即決で行動していたはずのデュエルシミュレーターが動きを止めた。やはりお蔵入りにしていたせいでガタがきているのだろうか。そんなことを考えていたところに、再びシミュレーターから声が鳴り響いた。

 

『私は手札からフィールド魔法《不死の王国—ヘルヴァニア》発動!』

 

 高らかにそのカードの発動を宣言する声は、先ほどまでの無機質な機械音声とは打って変わって楽しげな女性のものだった。俺はかなり驚いたが、博士は目を輝かせてノートに何か書いている。

 

「ほうほう! 禁断のカードである《不死の王国—ヘルヴァニア》を使うだけならばともかく、音声にまで影響を与えるか! 素晴らしい! 実に素晴らしい!」

 

 完全にテンションが振り切れてしまっているが、有用なデータが取れているならば何ら問題は無いだろう。博士のハイテンションっぷりを見ているだけで、俺もなんだか楽しくなってきた。

 

『《不死の王国—ヘルヴァニア》の効果発動! 手札のアンデット族を一枚墓地に送る事で、このターン通常召喚ができなくなるかわり、フィールド上の全てのモンスターを破壊する!』

 

 問答無用の《ブラック・ホール》効果によって場を一掃してきた。フィールドのモンスター数もその最高攻撃力もシミュレーターが勝っているのだが、《デュアル・サモナー》の戦闘耐性を破るのが面倒だったのか、それとも他に考えがあるのか…

 

『《ヴァンパイア・バッツ》の効果発動! このモンスターが破壊される時、代わりにデッキから同名モンスターを墓地に送ることができる』

 

 当然破壊は回避してきた。これで俺の場はがら空きになったのだが、正直なところこれだけならば《不死のワーウルフ》を破壊せずに下級モンスターを並べて《デュアル・サモナー》は戦闘破壊すればいいような気がするのだが…

 

『手札から《スカル・コンダクター》の効果発動! このカードを墓地に送る事で、手札から合計攻撃力が2000となるように2体までのモンスターを特殊召喚できる。私は《ヴァンパイア・ロード》を特殊召喚!』

 

 《ヴァンパイア・ロード》ATK/2000→2200

 

 さらさらの白銀の髪、不健康なまでに白い肌、その口元にはキラリと輝く白い牙。このコウモリマントをはためかせて立っている美男子は見ての通りの吸血鬼らしい。

 

『いくわよ! 《ヴァンパイア・バッツ》で直接攻撃! 舞え、ブラッディ・スパイラル!』

 

「させるか! リバースカード、オープン!《血の代償》! ライフを500払うことで通常召喚の権利を得る! 俺は《デュアル・ソルジャー》を守備表示で召喚し、さらに500ポイント支払い再度召喚する!」

 

《デュアル・ソルジャー》DEF/300

 

葵LP2900→1900

 

『再度召喚だなんて大層な言い方をしてるけど、何も変わってないじゃないの。ただの二度手間、無駄払いだったんじゃない?』

 

「二度手間っていうなっ!」

 

『《ヴァンパイア・バッツ》で《デュアル・ソルジャー》を攻撃! ブラッディ・スパイラル!』

 

《ヴァンパイア・バッツ》ATK/1000

《デュアル・ソルジャー》DEF/300

 

「再度召喚された《デュアル・ソルジャー》の効果! このモンスターは1ターンに一度戦闘では破壊されず、このカードが戦闘を行った時デッキからレベル4以下デュアルモンスターを特殊召喚する! 俺はデッキから《竜影魚レイ・ブロント》を特殊召喚!」

 

《竜影魚レイ・ブロント》ATK/1500

 

「目障りねぇ!《ヴァンパイア・ロード》で《デュアル・サモナー》を攻撃!」

 

《ヴァンパイア・ロード》ATK/2200

《デュアル・ソルジャー》DEF/300

 

「《デュアル・ソルジャー》の効果により、《巨人ゴーグル》を特殊召喚!」

 

《巨人ゴーグル》ATK/1500

 

「さらにリバースカードオープン!《二重の落とし穴》! 再度召喚されたデュアルモンスターが戦闘で破壊された時、相手モンスターを全て破壊する!」

 

『なんですって!?』

 

 どうやら虚をつく事が出来たようだ。このまま何もしてこないようなら返しのターンにまとめて攻撃すれば勝つ事が出来るが、どうにもこのままでは終わってくれそうにない、そんな予感がした。

 

『生意気ナガキメ! リバースカードオープン、《リビングデッドの呼び声》! 墓地カラ蘇レ、《カース・オブ・ヴァンパイア》!』

 

《カース・オブ・ヴァンパイア》ATK/2000

 

 喉を締め付けたまま喋っているような苦しそうな声。仮に人が出しているなら、喉の奥から蛇でも出てきそうな声である。それとも口が裂けているのだろうか。なんにせよ耳障りな声だ。

 

 蘇らせた《カース・オブ・ヴァンパイア》だが、恐らく《不死の王国—ヘルヴァニア》の効果コストで墓地に送っていたのだろう。むしろそれ以外で相手がカードを墓地に送る場面などなかった。

 

『行ケ、《カース・オブ・ヴァンパイア》! 《巨人ゴーグル》に攻撃、ネイルファングブロー!』

 

「攻撃宣言に対し、《血の代償》の効果発動! ライフを500ポイント支払って《巨人ゴーグル》を再度召喚し、元々の攻撃力を2100にして返り討ちだ。ゴーグルナックル!」

 

 腕を構えて走ってきた片翼の吸血鬼に対し、腰を落として正拳突きで反撃する《巨人ゴーグル》。その拳は頬へとまっすぐに突き刺さり、片翼の吸血鬼は錐揉みしながら吹き飛ばされた。

 

《カース・オブ・ヴァンパイア》ATK/2000

《巨人ゴーグル》ATK/1500→2100

 

コウモリLP2900→2800

葵LP1900→1400

 

『《カース・オブ・ヴァンパイア》の効果発動。このカードが戦闘によって破壊された時、ライフを500支払う事ができる』

 

 元の女性の声に戻っているが、先ほどの声を聞いた後だとかえって気味が悪い。猫を被っている…というよりも化けの皮を被り直すというほうが表現としては正しいかもしれない。

 

コウモリLP2800→2300

 

『私はこれでターンエンド』

 

「俺のターン、ドロー!」

 

『この瞬間、《カース・オブ・ヴァンパイア》の効果発動! 戦闘破壊されたときにライフを支払っていたことにより、墓地に眠るこのカードを特殊召喚する! さらにこの効果で《カース・オブ・ヴァンパイア》が蘇った場合、攻撃力が500ポイントアップ!』

 

《カース・オブ・ヴァンパイア》ATK/2000→2500

 

 地面から黒い霧が立ち上り、人の姿へと集まっていく。現れた片翼の吸血鬼に巨人を襲ったときの鋭い眼光はなく、どこか虚ろで意識があるのか怪しいものだった。しかし姿は全体的に鋭利になっており、呪いというのも頷ける。

 

「《エナジー・ブレイブ》を守備表示で召喚、《巨人ゴーグル》と《竜影魚レイ・ブロント》を守備表示に変更し、カードを1枚セット、ターン終了」

 

《エナジー・ブレイブ》DEF/1200

《巨人ゴーグル》ATK/2100→DEF/500

《竜影魚レイ・ブロント》ATK/1500→DEF/1000

 

『不死のヴァンパイアを前では防御を固める事しかできないだなんて、所詮は人間ってことかしら。私のターン、ドロー』

 

 馬鹿にされているが、今の状況では攻めようとしたところで《カース・オブ・ヴァンパイア》の攻撃力を越える事が出来ない。それならば《不死の王国—ヘルヴァニア》に対して備えた方がいいだろう。

 

『そしてこのターン、墓地に眠る《ヴァンパイア・ロード》が蘇る!』

 

《ヴァンパイア・ロード》ATK/2000

 

 辺りからコウモリが飛び出してきて一塊となり、再び散った。そして中から現れたのは銀髪の吸血鬼である。見下すような目線をこちらに向けてきており、己が不死の貴族であることを誇っているかのようだ。

 

『本当なら《不死の王国—ヘルヴァニア》の効果でまとめて吹き飛ばしてあげたいところなんだけど、そんなことをしたらせっかくのヴァンパイア達までいなくなってしまうわね』

 

 どうやら俺の防御策は空振りに終わってしまいそうだ。…残りライフも多くはないので、壁を並べたという事にしておこう。相手は《エナジー・ブレイブ》の効果を知らないだろうから、牽制にはなっていないだろうが。

 

『ならこうしましょう。《ヴァンパイア・ロード》をゲームから除外し、《ヴァンパイア・ジェネシス》を特殊召喚!』

 

《ヴァンパイア・ジェネシス》ATK/3000

 

 美形の吸血鬼からどうしてこうなったのか、と疑問に思うような筋骨隆々の吸血鬼が降臨した。肌はシハーブに近い紫色であり、そのせいもあってか恐怖よりも呆れに近い何かが胸をよぎった。

 

『そして手札から《貪欲な壷》を発動! 墓地の《不死のワーウルフ》2体と《ヴァンパイア・バッツ》3体をデッキに戻し、新たに2枚ドロー! …バトルよ、《カース・オブ・ヴァンパイア》で《竜影魚レイ・ブロント》を攻撃! シャープスネイルブレイド!』

 

 片翼の吸血鬼は野生の獣のように《竜影魚レイ・ブロント》へと襲いかかる。その速度も《巨人ゴーグル》に攻撃したときとは大違いで、鋭利になった爪で一閃して《竜影魚レイ・ブロント》を真っ二つにした。

 

《カース・オブ・ヴァンパイア》ATK/2700

《竜影魚レイ・ブロント》DEF/1000

 

『そして《ヴァンパイア・ジェネシス》で《巨人ゴーグル》を攻撃!ヘルビシャス・ブラッド!』

 

 紫男二号こと始祖の吸血鬼が気合いをこめると、身体から赤黒い霧が《巨人ゴーグル》へと向けて放たれた。…血霧かなにかだと思うのだが、シハーブの姿が頭をちらついて香木の煙に見えてしょうがない。

 

《ヴァンパイア・ジェネシス》ATK/3000

《巨人ゴーグル》DEF/500

 

『うふふ、カードを2枚セットして、私はこれでターンエンド』

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「俺は《マジック・スライム》を召喚! そして《血の代償》の効果発動! ライフを500払い、《マジック・スライム》を再度召喚状態にする!」

 

《マジック・スライム》ATK/700

 

葵LP1400→900

 

 召喚された《マジック・スライム》はぐにぐにとイラストの姿からコウモリの姿へと変化した。しかし何か気に喰わなかったのか、そこからさらに変化を続け、ドレスを纏った長い髪の女へと姿を変えた。

 これはもしや、精霊のつながりからカミューラの姿に変化したとかそういうことなのだろうか。このコウモリは眷属というだけでカミューラそのものではないと思っていたのだが、もしかすると力の一部ということなのかもしれない。

 

「いくぞ、《マジック・スライム》で《ヴァンパイア・ジェネシス》に攻撃!」

 

『攻撃力の劣るモンスターで攻撃ィ? 舐められたものね、迎撃なさい! ヘルビシャス・ブラッド!』

 

「それはどうかな。再度召喚された《マジック・スライム》が戦闘する時、俺の受けるダメージは相手が受ける。マジカル・リフレクト!」

 

『チッ、リバースカードオープン!《収縮》! 《ヴァンパイア・ジェネシス》の元々の攻撃力を半分にする!』

 

 咄嗟に発動された《収縮》により縮んでいく紫男二号。それでも《マジック・スライム》が変化したドレスの女性よりは大きく、放たれた赤黒い霧が《マジック・スライム》を包んで破壊した。

 

《マジック・スライム》ATK/700

《ヴァンパイア・ジェネシス》ATK/3000→1500

 

コウモリLP2300→1500

 

『残念ダッタワネェ、コレデ起死回生ノモンスターモ墓地デオネンネヨ!』

 

「まだまだぁ! リバースカードオープン、《正統なる血統》! 墓地で通常モンスターとして扱われている《マジック・スライム》を特殊召喚!」

 

《マジック・スライム》ATK/700

 

「さらに、手札から速攻魔法《スペシャル・デュアル・サモン》を発動! これで《マジック・スライム》を再度召喚状態にし、バトルだ。《カース・オブ・ヴァンパイア》に攻撃!」

 

『ソンナ事デ勝トウナンテ、考エガ甘インジャナクテ? リバースカードオープン、《サイクロン》! 破壊スルノハ当然、《正統なる血統》! コレデ其ノ二度手間モンスターモオ終イヨ! アーハッハッハ!』

 

 《サイクロン》によって《正統なる血統》が破壊され、それにより蘇生された《マジック・スライム》も破壊の危機である。そうなれば俺のフィールドにモンスターはいなくなり、手札も無いこの状況では詰みとなるだろう…本来ならば。

 

「機械だかコウモリだかの癖に二回も二度手間いいやがって、だが残念だったな。《エナジー・ブレイブ》がフィールド上に表側表示で存在する限り、再度召喚されたデュアルモンスターは効果によっては破壊されない!」

 

 蘇生に対するチェーンに対しては無力だが、一度再度召喚状態にしてしまえばこちらのものだ。まさか《不死の王国—ヘルヴァニア》に備えて召喚した《エナジー・ブレイブ》が活きるとは思わなかったが…

 

「行け! マジカルリフレクト!」

 

『アアアアアァァァァァーーーーー!』

 

《マジック・スライム》ATK/700

《カース・オブ・ヴァンパイア》ATK/2500

 

コウモリLP1500→0

 

—————

 

 その後シミュレーターが女性の声に変わる事はなく、実験は淡々と進められた。今は博士が何かの考えに没頭してしまったため、一時中断している。

 

 鞄からPDAの着信音が鳴り響いていたので時間を見ると、すっかり寮の門限を過ぎてしまっていた。門限どころか夕飯の時間すら過ぎてしまっており、寮に戻ったとして食事は残されていないかもしれない。さすがに夢中になりすぎたようだ。

 

 しかし発信者はクロノス教諭やブルー寮の管理人ではなく、三沢だった。こんな時間帯にメールではなく電話をしてくるとは珍しい。そう思いながらもとりあえず電話にでる。

 

「三沢か、どうしたんだ?」

 

「クロノス教諭が闇のデュエルに敗れた」

 

「…状況を聞かせてくれ」

 

 三沢の話では、カミューラと名乗る吸血鬼がクロノス教諭と闇のデュエルを行い、その結果クロノス教諭が人形に魂を封印されてしまったとのことだった。

 今は俺以外の鍵の守護者は保健室にあつまっているらしい。

 

「こっちはその吸血鬼が放ったと見られるコウモリを捕まえて、調査を行っているところだ。それで分かったのだが、恐らくデッキが覗かれているぞ」

 

 シミュレーターで発現したデッキのなかに、デュアルモンスターを使ったデッキが登場したのだ。それも実験中に俺が召喚していないモンスターが使われており、いつの間にかデッキが覗かれていたようである。

 尤も、これはアニメでもあった展開なのでさほど驚きはしていないのだが。

 

「なんだって!」

 

「クロノス教諭の手が透けていた理由としては納得がいくだろう。デッキを弄るときやデュエル中はコウモリに気をつけてくれ」

 

 アニメでは手札までは覗いていなかったが、念を入れるにこした事は無い。デッキだけならともかく、手札がバレると取れる選択肢を全て握られたに等しいからだ。

 

「分かった」

 

「今日は研究所に籠って博士を手伝うから、ブルー寮に帰れないことを伝えてくれ。すぐさま結果が出るとは思えないが、何か分かったら連絡する」

 

 そういって通話を切り、PDAを鞄にしまったところで博士の中で何か結論がでたらしい。実験続行を言い渡されたため、こちらも寮に帰る必要がなくなったことを伝える。

 その後も仮眠や食事を挟みながら実験は続いていったが目新しい発見もなく、日付が変わり再び夜の帳が降りた後、三沢からの連絡でカイザーが敗れた事を知った。

 




《エナジー・ブレイブ》の効果は優秀だとは思うんですよ?
再度召喚を《激流葬》で狙われてもデュアルモンスターを守れたり、《思い出のブランコ》などでの自壊を回避できたり、《聖なるバリア―ミラーフォース―》が怖くなかったり、色々と安心できる効果です。

ただ《スーペルヴィス》なら召喚権を使わず再度召喚状態にしたあげく擬似的な耐性を付与できたり、蘇生は《炎妖蝶ウィルプス》を経由すれば自壊しなかったり、複数破壊なら《スターライト・ロード》という便利なカードがあったり、ステータスが中途半端で耐性がないから先に死んじゃったりするだけです。

攻撃力1700じゃ《ダイガスタ・エメラル》や《ラヴァルバル・チェイン》にも殴り倒されるんですよね…

頑張れ、《エナジー・ブレイブ》超頑張れ…


ーーーーー
改訂(3/12):《ヴァンパイア・ジェネシス》の特殊召喚条件のミスを訂正


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16.吸血鬼と闇のゲームっていうなっ!

 カイザー敗北の報告があってからさらに次の夜、俺は湖の上に敷かれたレッドカーペットの上を歩いていた。…どのような仕組みなのかは分からないが、絨毯は水がしみ込むこともなく硬い石の上に敷かれたかのような感触が返ってくる。

 後ろを付き従うシハーブも無駄口を叩く事無く、俺の足音だけが辺りに響いている。他の鍵の守護者は部屋でデッキの調整をしているのだろう。少なくとも湖の近くには誰もいなかった。

 

 だがその方が俺としては都合がいい。カミューラの使う魔法カード《幻魔の扉》は《サンダーボルト》と《死者蘇生》を足した効果を持つインチキ効果にも程があるカードなのだが、このカードを使って負けると幻魔に魂を持っていかれるという恐ろしいものなのだ。

 しかしカイザーとの戦いではこれを逆手に取り、翔を盾にして勝ちを譲らせるという手段にでたのだ。これではもはやデュエルが成り立たない。そのため俺一人…それと《ランプの魔人》のシハーブ…だけならば人質に取られる事もないのでその心配がない。

 

 カミューラによって湖の中心近くに突如として出現した城、学園祭のお化け屋敷にそのまま使いたいぐらいには雰囲気満点である。カメラでも持ってくれば良かった、と意図的に呑気なことを考えながら中に入る。

 

 城の中は湖の真上に立っているというのに湿度を感じさせず、まるでこの城だけが別空間に建てられているかのようだった。

 ひやりとした廊下をまっすぐに進み、大きな広間に到着した。吹き抜けになっており、二階部分が突き出る形になっている。

 

「あら、お客様かしら。でも変ねぇ、あなたは招待した覚えが無いわ」

 

 広間の奥から紅いドレスを身にまとった長髪の女性が優雅な足取りで歩いてきた。気品あふれる佇まいはまさしく貴族と呼ばれるにふさわしいものであり、どこか非現実的な艶やかさも醸し出している。

 

「いえいえ、翼のついた使いの方からご招待頂きましたよ。使いの方はお帰りになっていないのでご存知ないかもしれませんが」

 

 相手の雰囲気に気圧されないよう、あえて挑発をしてみる。眷属とはいえコウモリを盾に出来るとは思っていないが、まともなデュエルが出来るのならばそれで問題はない。

 

「…あの子が帰ってこないと思ったら、連れ去ったのはお前か」

 

「連れ去るだなんてとんでもない。ただこちらで預かっているだけですとも」

 

 カミューラの眼光が怒りをあらわすように鋭く輝き、こちらを撃ち抜かんばかりに睨みつけてくる。俺もクロノス教諭やカイザーへの仕打ちに対して少なからず怒りは覚えているので負けじと睨み返す。

 

「それでは本題を。鍵の守護者の一人として仇討ちをさせてもらうぞ、吸血鬼」

 

「ならば闇のデュエルでお前の鍵を奪って、あの子も返してもらうわ!」

 

 互いに宣戦布告をした後、二階へとあがり吹き抜け部分に向けてデュエルディスクを構える。闇のデュエルは初めてだが、こちらも闇のアイテムまがいの物を持っている。一方的に影響を及ぼされるということはないはずだ。…本体は中のカードらしいので、あれがただのランプである可能性は否定できないのが心配だが。

 

「「デュエル!」」

 

「先攻はもらった、ドロー! 俺は魔法カード《コストダウン》を発動する。手札を1枚捨て、手札の《灼熱王パイロン》のレベルを2つ下げる」

 

《灼熱王パイロン》レベル5→3

 

 上級モンスター中心ではないとはいえ、素直に生け贄召喚をしていると召喚権が足りなくなってしまう。…割にあっているかどうかは別問題だが、蘇生や不死をテーマにするカミューラ相手に持久力で競うつもりはさらさらない。

 

「そして《灼熱王パイロン》を通常召喚し、さらに装備魔法《スーペルヴィス》を装備! これで《灼熱王パイロン》は再度召喚状態となる!」

 

《灼熱王パイロン》ATK/1500

 

「わざわざレベルを手札を三枚も使ってすることが、たかが攻撃力1500のモンスターを召喚するだけ? 二度手間、いやそれ以上に手間をかけた割に大したことないわね」

 

「二度手間っていうなっ!《灼熱王パイロン》の効果発動! 相手ライフに1000ポイントのダメージを与える! 燃やせ、パイロボール!」

 

 灼熱王の名に恥じない熱が更に膨れ上がる。これはソリッドヴィジョンだが、実際の炎ならば乾いたこの城はさぞ盛大に燃えてくれる事だろう。実体化させてしまうと人形にされたカイザーも一緒に燃やしてしまいかねない。

 

カミューラLP4000→3000

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

 

「このっ…私のターン、ドロー! 私は永続魔法《ミイラの呼び声》を発動、私の場にモンスターが存在しない場合、手札からアンデット族モンスターを1体特殊召喚できる。私は《ヴァンパイア・ロード》を特殊召喚! さらに《ヴァンパイア・ロード》をゲームから除外し、《ヴァンパイア・ジェネシス》を特殊召喚!」

 

《ヴァンパイア・ジェネシス》ATK/3000

 

 《ミイラの呼び声》はレベルの制限がなく条件も緩い。元々墓地蘇生を得意とするアンデット族ならば展開力に困る事はそうそうないが、どこからでも特殊召喚されるというのはやはり厄介だ。

 

「そして永続魔法《ジェネシス・クライシス》を発動! 1ターンに1度、デッキからアンデット族モンスター1体を手札に加えることができる。私が手札に加えるのは《ヴァンパイア・レディ》!」

 

 そしてこれによって毎ターン《ヴァンパイア・ジェネシス》の効果コストが確保される事になった。ついでにモンスターが全滅したとしても、あらかじめ確保したモンスターは《ミイラの呼び声》で特殊召喚可能という抜け目の無さだ。

 

「そして《ヴァンパイア・レディ》を召喚してバトル! 《灼熱王パイロン》を攻撃!」

 

 緑の髪に鈍い紫のドレスの女吸血鬼が現れた。髪の色やドレスを見る限りカミューラとは何らかの関係があるのだろうとは思うが、あまり似てはいないので本人というわけではないだろう。

 その吸血鬼が灼熱王めがけて眷属たるコウモリを放ち、その身を吹き飛ばそうとする。灼熱王はコウモリ達を焼き払おうとするが、超音波に押されてそのまま散り散りに吹き飛ばされてしまった。

 

《ヴァンパイア・レディ》ATK/1550

《灼熱王パイロン》ATK/1500

 

葵LP4000→3950

 

 たかが50のダメージであるため、痛みもほとんど感じる事は無かった。闇のデュエルならば体感システムよりも強烈な痛みが襲ってきそうなのだが、この程度のダメージ量では無いも同然ということなのだろうか。

 

「《ヴァンパイア・レディ》が相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える度、相手は私が宣言した種類のカードをデッキから1枚墓地へ送る。私が宣言するのは魔法カード!」

 

 ここでモンスターカードと言ってくれればむしろ大喜びだったのだが、アンデット族使いだからか墓地アドバンテージの重要性はしっかりと認識されているらしい。俺のデッキが蘇生をある程度得意としていることがバレているわけではないと信じたい。

 

「俺は《戦線復活の代償》を墓地に送る。しかし《スーペルヴィス》の効果発動! 俺は墓地から《フェニックス・ギア・フリード》を特殊召喚!」

 

《フェニックス・ギア・フリード》ATK/2800

 

「あら、強そうなモンスターね。でも吸血鬼の恐ろしさに比べれば、人間の戦士なんて脆弱なオモチャに過ぎないわ! 《ヴァンパイア・ジェネシス》で《フェニックス・ギア・フリード》に攻撃! ブラッディ・スパイラル!」

 

「だが化け物を殺すのはいつだって人間と相場は決まっているんだよ。リバースカードオープン《デュアル・ブースター》! これにより《フェニックス・ギア・フリード》の攻撃力は700ポイント上昇する。返り討ちにしろ、フェニックス・スラッシュ!」

 

 これでカミューラのデッキの最高攻撃力である《ヴァンパイア・ジェネシス》の攻撃力を上回った。始祖の吸血鬼は騎士に襲いかかろうとしたが、炎を纏った剣で斬りつけられ、浄化されるように全身に火が回って燃え尽きた。

 

《ヴァンパイア・ジェネシス》ATK/3000

《フェニックス・ギア・フリード》ATK/2800→3500

 

カミューラLP3000→2500

 

「そして《ヴァンパイア・ジェネシス》が破壊されたことにより、《ジェネシス・クライシス》は自壊する」

 

「このっ! カードを1枚伏せてターンエンドよ」

 

「俺のターン、ドロー! 《エヴォルテクター シュバリエ》を召喚」

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

 

「バトル、《フェニックス・ギア・フリード》で《ヴァンパイア・レディ》を攻撃!」

 

「罠発動!《妖かしの紅月》! 手札のアンデット族モンスターを墓地に捨て、攻撃を無効にしてその攻撃力分ライフを回復するわ。そしてこのバトルフェイズは終了になるわよ」

 

《フェニックス・ギア・フリード》ATK/3500

 

カミューラLP2500→6000

 

「ならばカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カミューラのターンになり、引いたカードを見て何か思案顔で止まっていたが、不意にこちらへ向けて走るような足音が聞こえてくる。カミューラ以外のセブンスターズがここまで来るとも思えないし、つまりこの足音は…

 

「葵!」

 

 やはり十代だった。そこまで時間はかけていないはずなのだが、十代の首元に鍵以外に飾りが二つぶら下がっているということは湖岸でのやり取りの後なのだろう。もちろん十代だけでなく鍵の守護者が全員来ており、ほとんどが俺がいることに驚いている。

 

「葵、なんでお前がここに!」

 

「言ってる場合か!」

 

 正直なところ、三沢と問答している時間も惜しい。デュエルの音に気付いては知ってきたのだろうが、俺としては状況が悪化している。せっかくカミューラをここまで追いつめているのに、これでは人質に取られかねない。

 

「ちょうどいい所に来たわね! 魔法カード《幻魔の扉》発動! このカードはお前のフィールド上に存在する全てのモンスターを破壊し、その後このデュエル中に召喚されたモンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚できるわ。でもね、このカードを発動したプレイヤーが負けると、魂を幻魔に捧げなくっちゃいけなかったのよね」

 

 悩んでいると思ったらやはりそのカードを引いていたのか…他の手札がないせいで使わなければ劣勢を覆せないが、使ってしまえば敗北が死と直結するため使うに使えなかったというところだろう。

 

「でもやっぱり闇のゲームなんだし、またアンタ達を利用させてもらおうかしらね!」

 

 扉からの光を背に、どういう仕組みかカミューラが二人に増えた。増えた方のカミューラが空を飛び、狙っているのは…誰だったとしても放っておくわけにはいかない。

 

「シハーブ、取り押さえろ!」

 

『御意!』

 

 シハーブがカミューラを止めようと追いかけるが、このままでは間に合わないだろう。俺はポケットに忍ばせていた物をカミューラ本体に向けて投げつけた。投擲すると同時に、念のため耳を塞いでおく。

 

「ギャッ!」

 

 カミューラが短く叫び声をあげて耳を塞ぐ。俺が投げつけたのは博士謹製音響弾である。条件を変えて実験を重ねるうち、特定の周波数の音が発生させるとディエルタクティクスが著しく下がることがわかったのだ。

 しかしある程度の音量が必要ということがわかり、研究所に置いてあった防犯用スタングレネードを改造して作ったのだそうだ。尤もスタングレネードが炸裂したら普通の人間でもデュエルに支障があるとは思うのだが…

 

 この音響弾は分裂したカミューラにもダメージはあったようで、シハーブが取り押さえる事に成功していた。そしてタイミング良く十代が首から下げていた闇のアイテムも完成して十代達を守るようにバリアが発生した。

 人質を取ろうなんてデュエリストの風上にも置けない、と言いたい所だがデュエルに兵器を持ち出した人間の台詞ではないだろう。

 卑劣な手段を取られたからと言って仕返しをしてもいいとは思っていないが、こればっかりは命に関わる。正々堂々のデュエルで負けて自分が命を落とすのならいざ知らず、直接襲われたり負けを強要されて命を落とすのはあまりにも馬鹿馬鹿しい。

 

「コノ、糞ガキィ!」

 

 カミューラの口が裂け、長い舌がぬるりと出てくる。この不快な声は聞いた事がある。コウモリとのデュエル実験で最初の一度だけ発生した現象、端的な機会音声がまるで誰かが乗り移ったように流暢かつ饒舌に喋ったときに聞いた声だ。

 俺に対してはピンポイントな対策をしてはいないので本当に乗り移ったわけではなかったのだろうが、こちらが本性であり今までの艶やかな美女の顔は誘蛾灯のようなものだと考えてしまう。

 いや、今はそんなことはいい。せっかく他の皆を守れたというのに、このまま何もしないと俺が《幻魔の扉》の餌食にされてしまう。この策が上手くいってくれればいいのだが…

 

「《幻魔の扉》にチェーンしてリバースカード、オープン! 速攻魔法《デュアルスパーク》! 俺は《エヴォルテクター シュバリエ》を生け贄に捧げ、《フェニックス・ギア・フリード》を破壊する! そしてカードを1枚ドロー」

 

「何だぁ!?」

 

「自分のモンスターを破壊だと!」

 

「ライフがほぼ初期値とはいえ、これでモンスターを蘇生させられればひとたまりもないはずなのにどういうことかしら…」

 

「ドロー目的だったとしても、自分のモンスターを破壊するぐらいなら《ヴァンパイア・レディ》の破壊をした方が…いや、まさか!」

 

 放っておいても全滅するモンスター達を自ら一掃し、場をがら空きにした俺に対して鍵の守護者一同が疑念の声を漏らす。流石にイエロー主席こと三沢は気付いたようだが、さて答え合わせの時間だ。

 

「これで効果解決時に俺のモンスターが存在しないことにより《幻魔の扉》は不発となり、特殊召喚効果は使用できない。そして効果は不発になったとはいえ発動自体は無効となっていないため、負ければその魂を捧げるという誓約効果には従ってもらおう」

 

 少々分かりにくいかもしれないが、一連の効果処理を行う時、最初の効果が処理できない場合、一部の例外を除けばそれ以降の効果も処理することができない。《幻魔の扉》はOCGには無いカードのため、その一部例外である可能性もあったがそうでなくて一安心だ。

 

 今回の場合、破壊した後で蘇生を行うところまでが一連の効果だが、俺のフィールド上にモンスターがいなければ破壊することができない。そしてモンスターを破壊することができなければ蘇生することもできないということになる。

 しかし誓約効果はあくまでカードの発動に対するものであるため、今回のようにカード効果が不発になったとしても発動を無効にされていない場合ならばその誓約は有効になるのだ。

 

「小賢しい真似を! 《ヴァンパイア・レディ》で直接攻撃!」

 

 眷属のコウモリによる攻撃を仕掛けてくるのかと思ったが、《ヴァンパイア・レディ》は俺に接近すると鋭く尖った爪を勢いよく振り下ろした。とっさに両腕をクロスして防御体勢を取ったせいか、腕にわずかな痛みが走る。

 

《ヴァンパイア・レディ》ATK/1550

 

葵LP3950→2400

 

「…ん?」

 

 数値上は《灼熱王パイロン》が破壊された余波の実に31倍のダメージである。それに腕を切り裂かれたのだから大きな痛みが走りそうなものだが、せいぜいデュエルディスクの体感システムと同じかむしろそれよりも痛みが少ない気がする。

 それに先ほどはかすり傷のようなものだったせいか気がつかなかったが、傷つけられたはずの場所から痛みが引くのが早過ぎる。…痛みに快楽を覚えるような人種ではないので、ひとまず考えるのは後にするか。

 

「《ヴァンパイア・レディ》の効果でデッキから魔法カードを墓地に送ってもらうわ!」

 

「それならば、俺は《闇の量産工場》を墓地に送る」

 

「ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー…墓地の通常モンスターが3体のみの場合、そのうちの2体を除外することで《紅蓮魔闘士》を手札から特殊召喚することができる! さらに《紅蓮魔闘士》は1ターンに1度、墓地からレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚することができる!《エヴォルテクター シュバリエ》を特殊召喚!」

 

《紅蓮魔闘士》ATK/2100

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK1900

 

 蒼鎧の戦士と赤甲冑の騎士が並び立ち、戦士は猛々しい動きで大剣を担ぎ、騎士は整然とした動きで長剣を構える。見事に対となるような動きを見せてくれるのはありがたいが、片方には今からコストになってもらわなければいけない。

 

「そして魔法カード《馬の骨の対価》を発動、俺は場の《エヴォルテクター シュバリエ》を墓地に送り、カードを2枚ドロー!」

 

 《ヴァンパイア・レディ》でちまちま魔法カードを墓地に送っていたが、上手い具合にカードが来てくれた。今引いた他にも魔法カードは入っているが、およそ組み合わせとしてこれ以上は望めないだろう。

 

「俺は《アームズ・ホール》を発動! デッキトップを墓地に送り、墓地の《スーペルヴィス》を手札に加える。ただしこのターン俺は通常召喚を行うことはできない」

 

「確かにそのカードは厄介だけどねぇ、追撃の可能性を捨ててまで手札に加えたかったのかしら?」

 

「追撃? 何を言っている。お前はこのターンで終わりだ」

 

「面白イ事ヲ言ウジャナイ!」

 

「俺は手札から《思い出のブランコ》を発動し、《エヴォルテクター シュバリエ》を特殊召喚!」

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

 

 赤甲冑の騎士は再び現れると同時に剣を抜き、払うように振るった後《ヴァンパイア・レディ》に向けてその切っ先を突きつけた。…次の行動は考えているが、それにしてもこの行動はそれが分かっているようにも感じられる。

 

「そして、《スーペルヴィス》を《エヴォルテクター シュバリエ》に装備し、再度召喚状態にする」

 

 赤甲冑の騎士が炎を纏い、長剣を一度鞘に納める。そして腰を深く落として居合いの構えをとる。…以前も思ったのだが、切腹をしたり居合いの構えを取ったりと中身は侍のつもりなのかもしれない。

 

「再度召喚状態の《エヴォルテクター シュバリエ》の効果発動! 自分フィールド上の装備カードを1枚墓地に送る事で、相手フィールド上のカードを破壊できる!《スーペルヴィス》を墓地に送り、《ヴァンパイア・レディ》を破壊だ!」

 

 俺が効果の発動宣言をするやいなや、重装甲からは思いも寄らない速度で《ヴァンパイア・レディ》に駆け寄り、鞘から剣を素早く抜き放って炎の斬撃を浴びせた。さらにその余波がカミューラに襲いかかろうとしたが、ライフダメージがないせいかカミューラに届く前に炎は消えてしまった。

 

「そして墓地に送られた《スーペルヴィス》の効果! このカードが墓地に送られた時、墓地の通常モンスターを1体特殊召喚する。《ヘルカイザー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2400

 

 《アームズ・ホール》のコストとして墓地に送られていた《ヘルカイザー・ドラゴン》を墓地から蘇らせると、青い鱗の雄々しい竜は咆哮をあげてカミューラを睨みつけるように見下ろしていた。口の端からは煙が漏れており、すでに臨戦態勢のようである。

 

「何ィ!」

 

「行くぞ、《エヴォルテクター シュバリエ》で直接攻撃!」

 

 赤甲冑の騎士は長剣を白く煌めかせ、カミューラの左肩から斜めに斬り下ろした。普通ならば派手にドレスが切り裂かれてあられもない姿になりそうなものだが、流石に服が切られている事は無かった。…残念だなんて思ってはいない。

 

《エヴォルテクター シュバリエ》ATK/1900

 

カミューラLP6000→4100

 

「続いて、《紅蓮魔闘士》で直接攻撃!」

 

 蒼鎧の戦士は赤甲冑の騎士とは違い、斬るのではなく叩き潰すというようにカミューラの右肩へと大剣を打ち下ろした。吸血鬼とはいえ闇のゲームの前では平等なのか、カミューラが苦悶の声をあげる。

 …俺が直接攻撃が受けたときにほぼダメージを感じなかったということは、俺が吸血鬼よりもまかり間違った何かということなのかもしれない。体感システムだと普通にダメージは受けていたので、闇のゲームであることが関係しているのは確実だろう。

 

《紅蓮魔闘士》ATK/2100

 

カミューラLP4100→2000

 

「トドメだ!《ヘルカイザー・ドラゴン》で直接攻撃! ヘルカイザー・バースト!」

 

 竜の顎が大きく開かれ、その口から白色に近い熱光線が放たれ、カミューラの全身を覆い隠した。光線が止んでから目に映ったのは、苦しそうに膝をつくカミューラの姿だった。

 

《ヘルカイザー・ドラゴン》ATK/2400

 

カミューラLP2000→0

 

—————

 

 そのとき、カミューラの背後に再び《幻魔の扉》が現れた。そして扉が開かれ、中から現れたモヤが手のような形となる。その手はカミューラの首を掴み、カミューラの中にあったナ二カを扉に引き込むと扉は閉まり、消え去った。

 

 カミューラは魂を奪われたのであろう。カミューラがいた場所にはカミューラの着ていた服とチョーカー、そして成れの果てともいえる灰だけが残っていた。

 

 なお、カイザーは別室に置かれたままであったらしい。俺が一階へと階段を降りる間に広間へと走ってやってきた。一同がカイザーの無事な姿に喜びの声をあげている。

 

 そしてクロノス教諭はサンダーのポケットから元に戻ったようで、サンダーを下敷きにしたままキョロキョロと辺りを見回している。一応人形の間の記憶はあるそうだが、現実感のない状態だったようだ。

 

 二人が無事に元に戻ったことにホッとしたが、そんな安堵を打ち壊すように地鳴りが鳴り響いた。そういえばこの城は湖の上に支えも無く浮いており、そしてその不可思議を起こしていたのはこの城の主であるカミューラに間違いはないはずだ。つまりそれは…

 

「城が崩れるわ!」

 

 明日香さんが叫び声をあげると全員大急ぎで出口へと走る。さすがに崩れる城を固定したままでいられるような効果をもつカードは思い当たらないし、思い当たったとしても今手元に無いのであれば意味は無い。

 

 城を脱出し湖のほとりに到着すると、城は倒壊して湖の底へと沈んでしまった。先に道が崩れたりしなくて本当に良かった。城の崩壊に巻き込まれたら助かりそうにないし、寒中水泳とは言わないが泳ぐにはまだまだ気温も水温も低い。

 

 《ダークシー・レスキュー》を使うことも考えられたが、そうすると何故か水死体になるまで放置されるような気がした。機械族だから変な所で融通が聞かない気がするんだよな…一度確かめておくべきだな。

 

「葵、勝ったから良い物の、どうして一人で行ったんだ」

 

 現実逃避のためにとりとめの無い事を考えてはみたが、現実からは逃げられないようだ。身体の前で腕を組んだ三沢は今までにないほどお冠の様子である。

 助けを求めようと明日香さんの方を…目をそらされた。サンダーは…追い払うようなジェスチャーをされた。十代は…気付きもしねぇ。カイザーとクロノス教諭は…お疲れの様子でこちらも気付かない。

 

「葵、聞いているのか!」

 

「聞いている、聞いていないはずがない、だから落ち着いてくれ」

 

 ものすごい剣幕で三沢に怒鳴られ、思わず後ろへと退いてしまう。《幻魔の扉》のことはカイザー敗北の報せと共に聞いていたとはいえ、その時に一人で突出しないように釘を刺されていたので言い訳にはならないだろう。

 

 正直に話したところでさらに怒鳴られるのは目に見えているし、かといって嘘をついた所ですぐさま気付かれて火に油を注ぐだけになる。ドロー修行の副産物ともいえる脚力に任せて逃げたとしても、後日余計に怒鳴られるに決まっている。

 

 どうやってこの怒れる友人を宥めるか、昇り始めた太陽に問いかけても返ってくるのは呑気に輝く夜明けの光だけであった。

 




今回《幻魔の扉》はアニメ基準の効果にしました。その結果、一連の効果処理とか不発と無効とか誓約効果とか、そりゃ専門学校もできるだろうよ! と叫びたくなるような面倒なやり取りをする結果になりました。
デュアルならば「《ヴィクティム・カウンター》で無効です」という非常に簡単な解決案もあったのですが、そうしたらカミューラの生存という可能性が頭をよぎり、その場合カイザーとクロノス教諭は人形のままじゃね? と考えてしまったのが運の尽き。
オカルトブラザーズを下僕にして高笑いするカミューラ、城の中にひっそり作った研究室で雷を背景に「完成だ!」などと叫ぶ狂科学者共こと博士と葵と三沢、いっその事あの城でお化け屋敷をしてやろうか。そんなことを考えた後、まとめて没にしました。
正義感の強い主要メンバー達と悪の女幹部よろしく人質作戦をするカミューラは反りがあわないでしょうし、葵が間を取り持つ理由もないんですよね…


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17.貧乏学生っていうなっ!

 幾何学的な模様の描かれたタペストリー、見た事も無い文字が羅列された古びた本、暗がり故に本物の人間を使ったかのようにも見える人体標本、そんな怪しげな物ばかりが置かれた部屋をロウソクの灯りだけが照らしている。

 部屋の中に確認できる人影は三つ。どれもフードを被っており、その表情を窺い知る事は出来ない。しかしそれぞれが発する雰囲気からは焦燥感のようなものが感じ取る事が出来る。

 机を囲むように座っている影の一つが同席者達を見渡し、重々しい口調で言葉を発した。

 

「予算が足りない」

 

 その言葉を待っていたように、電灯が点いて部屋が明るくなる。薄明かりの中ではよく見えなかった机の上は、お菓子や紙が乱雑におかれており雰囲気が色々と台無しであった。

 

「よし、それじゃあ話し合いを始めようか」

 

 先ほどの重たい口調とは打って変わって明るい声が飛んでくる。この声の主こそ、高寺オカルトブラザーズのまとめ役である高寺その人である。

 

「いやー、雰囲気作りのためとはいえスイッチの前で待機してくれてありがとう」

 

「それはいいんだが、予算が足りないってどういうことだ?」

 

 予算が足りないような状況ということは、もしかしてアカデミアから援助が受けられなかったのか? それならばそもそも出店許可自体が出ていないということになるから別な言い方になりそうなものだが…

 

「いやぁそれがね、お化け屋敷をするために見積もりと一緒に教室の使用願を出したんだけど…他に教室を使うグループがないから、外にテントを建ててやることになってね。そうしたら教室にある机と展示用投影機を使えないから、全然予算が足りないんだよ」

 

 非常に切ない理由だった。教室を却下したのは教務の都合なんだしある程度は融通を効かせてもらいたいところだが、あの机は固定されている。教室内で使うならば外した分をどこかに置いて、それ以外で順路のようにするつもりだったのだが…さすがにあの机を外に持ち出すのは骨が折れる。

 それだけならまだしも、セットしたカードのソリッドヴィジョンを再生しつづける投影機が使えないとソリッドヴィジョンを使った演出がままならない。演出にデュエルディスクを使うと、ただでさえ人が足りないのに常駐する人数を増やさないといけなくなるんだよな…

 

「…今のところ予算を使う先って骨格標本とかがメインだし、そこを削るしかないんじゃないか?」

 

「それでも投影機は無理だよ…」

 

「だよなぁ…」

 

 正直、かなりカツカツな予算設定をしていたのだ。しかもテントは教室よりも広いらしい。教室を却下した分の補填かもしれなかったが、こうなると逆に迷惑である。

 

「一応僕たちが個人的に物を買って使うのはいいらしいけど、そんなお金はもってないし…」

 

 アカデミア内では通常の日本円はほぼ使われないため、ほとんどの生徒は金銭をこちらに置く事は無い。代わりにDP(デュエルポイント)と呼ばれるアカデミア内通貨が使われるのだが、それで購入できるのはカード以外は、ドローパン等の食品や学校で使う文房具ぐらいなものである。

 

「バイトをすれば…それでも現物かDPで支給されるしなぁ。そもそも手が出る値段だと思えない」

 

 稀に購買などでバイトが募集されるが、それでも日本円は手に入らない。そもそも日本円を手に入れても使い道がほとんど無いからだ。一応定期便がくる前に代金と共に注文書を教務に渡せば取り寄せもしてくれるとはいえ、手間が勝ちすぎてそこまでする生徒は滅多にいない。

 …例え博士に何か使えそうな機械がないか聞いてみたところで、投影機があるかも分からないし、貸し出しができたとしてもあんなものを研究所から運ぶなんてできないしなぁ。とりあえずダメ元で聞いてみるか。

 

 今回の話し合いでは、デュエルディスクで演出する場合に必要な人数の概算をとり、足りない人数をどうやって確保するか話し合った後解散した。…それでもお化け屋敷でデュエルをしないという結論にならないあたり、流石デュエルアカデミアということだろうか。

 

—————

 

「…というわけなんですが、どうしたもんですかね」

 

 明くる日、新しい機械のテストということでSAL研究所に呼び出されたので、ついでとばかりに先日高寺オカルトブラザーズと話し合った件について博士に意見を求めてみた。もちろんこれで機械を貸し出してもらえないか、という打算もある。

 もはや勝手知ったるなんとやらで、インスタントコーヒーを博士に渡して俺の分も淹れる。当たり前のようにマイカップとかマイデスクとかがある時点で、もはやここに就職してしまっているかもしれない。

 

「ふむ…そういうことなら協力できなくもないだろうな。代田くんには色々世話になっとるし、何か考えてみよう」

 

「ありがとうございます。しかし世話になっているだなんて、こちらこそ博士のお世話になりっぱなしですよ。先日のコウモリの件だってこちらから色々お願いしたというのに」

 

「はっはっは、あれこそ良い実験材料の提供だったじゃないか。ほとんど普通のコウモリになってしまったとはいえ、まだ研究室で調査は続けておるぞ」

 

 カミューラの魂が幻魔に捧げられたことで、《ヴァンパイアバッツ》もどきは精霊の気配がないただのコウモリとなっている。見た目からして変化があったようで、その瞬間を納めたフィルムが擦り切れるほど検証したとは博士の弁だ。フィルムカメラで撮影したわけではないので、擦り切れるというのはもちろん比喩なのだが。

 

「む、もうこんな時間か。それでは動作試験の続きといこうじゃないか」

 

「わかりました」

 

 二人してコーヒーを一気に飲み干し、実験場に戻る。

 

 扉を開けた途端、眩しさに思わず目を覆う。環境認識式フィールド形成装置ことFLOの動作試験のため、実験室を鏡張りにして起動するという何か間違えていないか非常に不安になる試験だ。

 

「それでは第五次試験73項、合わせ鏡実験を行う。テスター、デュエルディスク展開!」

 

「了解」

 

 実験場にいる人間達が一斉にデュエルディスクを展開し、目の前の相手とデュエルをする構えをとる。ちなみに俺以外の人間は黒服さんたちで、話してみると結構気さくな人たちである。

 

「私の相手は代田くんか、お手柔らかに頼むよ」

 

「こちらこそ」

 

「FLO起動! 周辺環境認識プロセス…完了、フィールド形成プロセスに移行…完了、周囲のデュエルシステムとの同期…完了、それでは試験開始!」

 

「「デュエル!」」

 

「先攻はもらうよ、ドロー!」

 

 黒服さんの先攻でスタートしたが、スクリーンを見る限り今回設定されたフィールドは《銀幕の鏡壁》ということで攻撃モンスターの攻撃力が半分になる。お互いに半分だから守備表示でない限り関係ない、と思うかもしれないがそうではない。

 このカードの効果は“攻撃表示モンスター”ではなく“攻撃モンスター”に適用されるのだ。つまり攻撃しない限りは効果を発揮しない。しかし一度攻撃すれば攻撃力は半分になったままである。

 

「《スクリーチ》を攻撃表示で召喚してターン終了だ」

 

《スクリーチ》ATK/1500

 

 いかんとも形容し難いモンスターが現れた。全体的に薄緑色の皮膚に覆われており、敢えて表現するならナマコにトカゲの足だけくっつけて尻尾を生やしたような生物だ。あとキィキィと耳障りな鳴き声を発している。

 二足歩行だが腕はない。口はあるのだがただ穴が空いているようなものであり、あれが頭なのかは分からない。そして尻尾のようにも見えるが用途がわからない器官が生えている。間違いなく地上には存在しないだろう。もし見かけたらいくらか正気を失いそうだ。

 

「俺のターン、ドロー…」

 

 さて《スクリーチ》を突破するには最低でも3000の攻撃力が必要となるが、正直かなり無理がある。ここはひとまず守りを固めて出方をうかがうしかないだろう。

 

「《デュアル・ランサー》を攻撃表示で召喚しカードを1枚伏せて、ターン終了です」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

 《スクリーチ》の効果は、戦闘破壊されたときにデッキの水属性モンスターを2体墓地に送るというものだ。それを嫌うなら守備表示で召喚すべきなのだろうが、状況が変化しないことにはどうしようもないので敢えて攻撃を誘ってみる。

 

「そうか、じゃあドローするよ」

 

 しかし相手もこの状況は嬉しくないらしく、少し考え込んでいる。《スクリーチ》の効果が発動できるチャンスだが、手札が揃っていないのか、それとも何か別の懸念があるのか。

 

「バトル!《スクリーチ》で《デュアル・ランサー》に攻撃だ!」

 

「《デュアル・ランサー》、迎撃しろ!」

 

 結局攻撃する事に決めたらしい。《スクリーチ》がバタバタと《デュアル・ランサー》に向けて走り出す。そこに突如間に鏡の壁が立ちはだかり、それにぶつかった《スクリーチ》は鏡の奥から現れた《デュアル・ランサー》の槍による一撃で身体を散らせた。

 

《スクリーチ》ATK1500→750

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

黒服LP4000→2950

 

「《スクリーチ》の効果により、デッキから水属性モンスターを2体墓地に遅らせてもらうよ」

 

 ここで何を落としたのか、こちらのデュエルでは確認する事が出来ないのは非常に痛い。しかし水属性で落とすであろうカードは《黄泉ガエル》か《悪魂邪苦止》ぐらいしか思い浮かばないな。後は禁止カードの《キラースネーク》だが、これはないはずだ。そうでないなら《サルベージ》で回収するか、除外コストの可能性が高い。…まさか《瀑征竜—タイダル》とかいわないよな?

 

「墓地に送ったのは《素早いアンコウ》2体だ、それぞれの効果を発動し、デッキから《素早いアンコウ》以外の“素早い”と名の付いたレベル3以下のモンスターを合わせて4体特殊召喚するよ!《素早いマンタ》、《素早いマンボウ》、《素早いモモンガ》、《素早いムササビ》を特殊召喚!」

 

《素早いマンタ》ATK/800

《素早いマンボウ》ATK/1000

《素早いモモンガ》ATK/800

《素早いムササビ》ATK/1000

 

 【素早い】か、そりゃ苦い顔にもなるだろう。《素早いムササビ》を効果でこちらに送りつけようと思っても、それによって受けるダメージが割にあわない。《素早いモモンガ》ですら回復が追いつかないし、他の“素早い”モンスターを含めて一斉攻撃したとしてもダメージが小さい。

 

「手札から速攻魔法《死者への供物》だ!《デュアル・ランサー》を破壊して一斉攻撃!」

 

 《デュアル・ランサー》が除去されてまったくの無防備となってしまう。普通ならば総攻撃力2800の直接攻撃だが、《銀幕の鏡壁》があるせいで総攻撃力1400というリクルーター1体程度のダメージである。元のライフが少ないのでそれでも結構痛いのだが。

 

《素早いマンタ》ATK/800→400

《素早いマンボウ》ATK/1000→500

《素早いモモンガ》ATK/800→400

《素早いムササビ》ATK/1000→500

 

葵LP4000→2600

 

「さらにカードを2枚セットしてターン終了だよ」

 

「ドロー!」

 

 正直なところシンクロやエクシーズが存在していたなら非常にまずいことになりそうだったのだが、この時代にそんなものはない。それでも《スパルタクァの呪術師》や《ジャンク・アタック》を併用されるとまずい展開にはなるが、まだ手札には無いようだ。

 

「《シャドウ・ダイバー》を守備表示で召喚します」

 

《シャドウ・ダイバー》DEF/500

 

 本当なら攻撃表示で召喚しておきたいが、それでサンドバッグ…この場合殴り倒すのは《シャドウ・ダイバー》のほうだが…にされてもかなわない。守備力が低いとはいえ、攻撃力の半減した“素早い”モンスターでは突破することができないのでひとまず壁になってもらう。

 

「さらにカードを2枚伏せてターン終了します」

 

「さて、このターンは《死者への供物》の効果でドローはできないから…手札から魔法カード《強制転移》を発動しよう。さぁ《素早いムササビ》と《シャドウ・ダイバー》を交換してもらおうか」

 

 さすがに転移ギミックぐらいは搭載されているか。これが成功したとしても、攻撃力が半減した《素早いムササビ》は一体目だけなので通してもこのターンは問題はなさそうだが、次のターンに《シャドウ・ダイバー》が攻撃可能になる。ここは止めておくか。

 

「リバースカードオープン、《ヴィクティム・カウンター》!《シャドウ・ダイバー》を裏側守備表示にして《強制転移》を無効にして破壊します」

 

「それでも押し通させてもらうよ、リバースカードオープン、《盗賊の七つ道具》だ。1000ライフ支払って、《ヴィクティム・カウンター》は無効だね」

 

 どうしてもやりたいことのようなので、通さざるを得ない。しかし予想できるダメージだとまだ決着はつかない。やはり1ターン待ってから仕掛けてくるのだろうか。

 

黒服LP2950→1950

 

「バトルだね。《素早いマンボウ》で《素早いムササビ》を攻撃!」

 

 なお、一度半減効果が適用されたカードに対しては《銀幕の鏡壁》の効果は発動しない。そのため《素早いマンボウ》を返り討ち、という現象は発生しないのだ。

 

《素早いマンボウ》ATK500

《素早いムササビ》ATK500

 

「バトルで破壊された《素早いムササビ》と《素早いマンボウ》の効果発動! 《素早いムササビ》の効果で代田くんに500ポイントのダメージ、特殊召喚効果は使わないよ。そして《素早いマンボウ》の効果でデッキから魚族モンスター1体を墓地に送って《素早いマンボウ》を特殊召喚だ。そして墓地に送られた《素早いアンコウ》の効果でデッキから《素早いムササビ》を特殊召喚するよ」

 

葵LP2600→2100

 

《素早いマンボウ》ATK/1000

《素早いムササビ》ATK/1000

 

「よし、一斉攻撃の前にリバースカードオープン、《天使のサイコロ》! 自分フィールド場のモンスターはエンドフェイズまでダイスの出た目の100倍攻撃力と守備力がアップする! ダイスロール!」

 

 なるほど、さっきの伏せはこれだったのか。…なぜ前のターンに使わなかったのは気になるが、カウンターでも狙っていたのだろうか。ソリッドヴィジョンにサイコロが現れ、コロコロと転がっていく。出た目は…6、最大値だと!

 

「ダイスの目は6! よって全モンスターの攻守は600ポイントアップだ!」

 

《素早いマンタ》ATK/400→1000

《素早いマンボウ》ATK/1000→1600

《素早いモモンガ》ATK/400→1000

《素早いムササビ》ATK/1000→1600

《シャドウ・ダイバー》DEF/500→1100

 

 ここから《素早いマンボウ》と《素早いムササビ》は《銀幕の鏡壁》で半減するから、総計2800の攻撃か。さすがにこれを喰らえばひとたまりもないな。

 

「リバースカードオープン、《正統なる血統》! この効果で《デュアル・ランサー》を攻撃表示で特殊召喚します」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

「む、さすがにそれじゃあ手出しできないなぁ。あまり意味はないだろうけど《シャドウ・ダイバー》を再度召喚させてもらって、ターン終了かな」

 

《素早いマンタ》ATK/400→1000

《素早いマンボウ》ATK/1600→1000

《素早いモモンガ》ATK/1000→400

《素早いムササビ》ATK/1600→1000

《シャドウ・ダイバー》DEF/1100→500

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 大量展開されたままで除去カードを引かれてしまうと、今度こそ押しつぶされる。一回だけではすぐに並べ直されてしまいそうだが、ここは無理矢理にでも相手を一掃してしまうことにしよう。

 

「手札から装備魔法《スーペルヴィス》発動! このカードを装備したモンスターは再度召喚された状態になり、また表側表示のこのカードが墓地に送られた時、墓地の通常モンスターを特殊召喚することができる。俺はこのカードを《シャドウ・ダイバー》に装備する!」

 

「おいおい、《シャドウ・ダイバー》はもう再度召喚したじゃないか、二度手間って奴かな? きっと蘇生目的だろうけどね」

 

「二度手間っていうなっ! って、こっちの狙い分かってるんじゃないですか!」

 

 ノリツッコミのようになってしまったが、黒服さんは朗らかに笑っていた。黒服さんからの微笑ましいものを見るような目に、なにやらむず痒いものを感じる。…気のせいか、周りでデュエルしている他の黒服さん達からも似たような視線を感じる。

 

「あー…いきます!《デュアル・ランサー》を再度召喚して貫通効果を与えます! バトル!《デュアル・ランサー》で《シャドウ・ダイバー》を攻撃!」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1800→900

《シャドウ・ダイバー》DEF/500

 

黒服LP1950→1450

 

「そして再度召喚された状態のデュアルモンスターが戦闘によって破壊されたため、《二重の落とし穴》を発動! 相手モンスターを全て破壊します!」

 

 《二重の落とし穴》の発動条件は“再度召喚した状態のデュアルモンスターが戦闘によって破壊されたとき”なので、相手のデュアルモンスターでも構わないのだ。そのためミラーマッチだと、お互いにこのカードで一掃しにくることがたまにある。

 

「ならば《素早いマンタ》の効果を発動だ。このカードが効果にとり破壊されたとき、デッキから《素早いマンタ》を好きなだけ特殊召喚することができる。この効果で2体特殊召喚しよう」

 

《素早いマンタ》ATK/800

《素早いマンタ》ATK/800

 

「《スーペルヴィス》の効果により、《シャドウ・ダイバー》を特殊召喚!」

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500

 

「ターン終了です」

 

「よし、ドロー! …それじゃあ切り札を使わせてもらうおうか!《素早いマンタ》2体を生け贄に、《超古深海王シーラカンス》を召喚!」

 

《超古深海王シーラカンス》ATK/2800

 

 二匹のマンタが光と消えたあと、地鳴りとともに地面が揺れる感覚に襲われる。さすがにここの体感システムは優秀である。半ば感心しながら震源のあるであろう場所を見ると、地面から巨大なシーラカンスが勢いよく浮上してきた。

 サファイアの様に輝く瞳、全身に複雑な紋様が描かれており、頭には王冠のようなものを載せている。まさに深海の王にふさわしい風格である。…なお、他にも深海王やら海王やらがいるのは気にしてはいけない。

 

「そして《超古深海王シーラカンス》のモンスター効果! 手札を1枚捨てることで、デッキからレベル4以下の魚族モンスターを可能な限り特殊召喚する! 来い、《素早いアンコウ》、《素早いマンボウ》、《メタボ・シャーク》、《オイスターマイスター》!」

 

 《超古深海王シーラカンス》が天に向けて咆哮をあげると、地面から次々と魚達が飛び出してきた。…オイスターは牡蠣だが、魚族なので魚ということにしておく。

 

《素早いアンコウ》ATK/600

《素早いマンボウ》ATK/1000

《メタボ・シャーク》ATK/1800

《オイスターマイスター》ATK/1600

 

「と並べてみたは良いけど、効果は無効になってるし、攻撃もできないんだよね」

 

「《銀幕の鏡壁》も対象にとる効果ではないので、《超古深海王シーラカンス》の効果じゃ無効にできませんしね」

 

 《超古深海王シーラカンス》にはカードの対象となった時、自身以外の魚族モンスターを生け贄に捧げる事でその効果を無効にして破壊するという強力な効果をもつ。つまりこのモンスターには全体除去か対象をとらない効果でない限り、効果による破壊を考えるのは無謀だろう。何せデッキに魚族がいる限り、手札を捨てれば呼び出し続けられるのだ。息切れするのは間違いなく除去する側だろう。

 

「おや、知っていたのか。まぁいい、バトルだ。《超古深海王シーラカンス》で《デュアル・ランサー》に攻撃! エンシェント・ウェーブ!」

 

 《超古深海王シーラカンス》の瞳が輝き、地面に潜っていった。《デュアル・ランサー》は目の前から失せた相手を探して周囲を見渡しているが、代わりに現れたのは波であった。一部は鏡に跳ね返されたようだが、それでも本来海に暮らしているのであろう《デュアル・ランサー》を飲み込み、逆らうことすら許さずに押し流した。

 

《超古深海王シーラカンス》ATK/2800→1400

《デュアル・ランサー》ATK/900

 

葵LP2100→1600

 

「カードを1枚伏せてターン終了だ」

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 さすがに《超古深海王シーラカンス》を正面から突破するのは現実的じゃない。今は半減しているとはいえ、こちらも結局半減するのならば2800の攻撃力を用意してやっと相打ち、それでも壁の魚達は残ったままで相手へダメージが通る事は無いだろう。

 

「俺は手札から《インフィニティ・ダーク》を召喚! さらに魔法カード《思い出のブランコ》発動! この効果により、墓地の《デュアル・ランサー》を攻撃表示で特殊召喚!」

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

《デュアル・ランサー》ATK/1800

 

「そして、手札から速攻魔法《フォース・リリース》を発動! これにより俺の場にいる全てのデュアルモンスターは再度召喚された状態となる! そして再度召喚された《シャドウ・ダイバー》の効果発動! 闇属性レベル4以下のモンスター1体はこのターン直接攻撃することができる! 俺は《シャドウ・ダイバー》自身を選択!」

 

「おっと、それじゃあリバースカードを使わせてもらうよ。《悪魔のサイコロ》!相手フィールド場のモンスターはエンドフェイズまでダイスの出た目の100倍攻撃力と守備力がダウンする! ダイスロール!」

 

 うっ、こんなときに全体弱化か…試算したときにはギリギリだったし、あまり大きい目どころか2か3ですらトドメを刺しきれないかもしれない。そうすれば返しのターンに《超古深海王シーラカンス》に叩きのめされるだろう。はらはらしながらサイコロの行方を見守り、出た目は…1!

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500→1400

《シャドウ・ダイバー》ATK/1500→1400

《デュアル・ランサー》ATK/1800→1700

 

「バトル!《シャドウ・ダイバー》で直接攻撃! リッピング・フロム・シャドウ!」

 

 《銀幕の鏡壁》による半減効果は“元々の攻撃力”ではなく“攻撃力”を参照する。つまり強化された状態で攻撃しても強化分もろとも半減されてしまうということだが、弱体化した状態ならその減数分も半分になって“元々の攻撃力”を参照するよりも最終的な攻撃力変動は小さくなるのだ。

 

《シャドウ・ダイバー》ATK/1400→700

 

黒服LP1450→750

 

「そして《インフィニティ・ダーク》で《素早いアンコウ》に攻撃! 再度召喚された《インフィニティ・ダーク》の効果発動! 攻撃宣言時に相手モンスター1体の表示形式を変更する!《素早いマンボウ》を守備表示に変更!」

 

 漆黒のヒーローは身体の紋様を白く光らせながら鏡の壁にむけて飛び込み、割れた鏡の破片を一身に受けながらも《素早いマンボウ》の側面に飛び出す。そして《素早いマンボウ》を蹴って《素早いアンコウ》へと方向転換し、宙返りを披露したあと踵落としで《素早いアンコウ》を蹴り落とした。

 

《素早いマンボウ》ATK/1000→DEF/100

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1400→700

《素早いアンコウ》ATK/600

 

黒服LP750→650

 

「ラスト! 《デュアル・ランサー》で《素早いマンボウ》に攻撃!」

 

《デュアル・ランサー》ATK/1700→850

《素早いマンボウ》DEF/100

 

黒服LP650→0

 

—————

 

 どうやら俺たちは比較的早くにデュエルが終了したようで、他のところが終わるまで黒服さんと今回のデュエルの反省会をしてみることにした。

 

「しかし《銀幕の鏡壁》は厄介だったね」

 

「本来なら維持コストがかかるので長持ちしなかったのですが、今回は破壊する事すらできなかったですからね…」

 

 本来ならば毎ターン2000という莫大なライフコストによって維持されるものが最初からずっと適応されっぱなしだったのである。片側だけに適応されていたら一方的な展開が容易に想像でき、ライフコストをかけられるだけはあると頷くしか無い。

 

「それにしても、なんで《天使のサイコロ》を伏せたんですか? こちらは無防備でしたし、普通に攻めてきても良さそうでしたが」

 

「あぁ、あれか。もしかしたらあと1体召喚できるかな、って思ったんだよ。いやぁ、欲張っちゃだめだね」

 

 4体で使うのがもったいなかったのか…普通のデッキでは4体並ぶのも一苦労だというのに、なかなか贅沢な話である。あのデッキならば大量展開が可能なので、他にも全体強化カードは何枚か採用しているそうだ。

 

「ところで代田くんも、《死者への供物》を《ヴィクティム・カウンター》で無効にしても良かったように思うんだが、どうなんだい?」

 

 あぁ、あれか…俺も発動しようかどうか悩んだが、後にもっと面倒なカードを発動されたくなかったんだよなぁ。とくに《ジャンク・アタック》が来ると延々と自爆特攻をされてバーン効果によって負けそうだったし。

 

「手札に他のモンスターもいましたし、警戒していたカードもありましたからね。ひとまず見逃したんですよ」

 

 《強制転移》に発動したのは、《シャドウ・ダイバー》を渡してしまうと直接攻撃でこちらの壁を無視される可能性があったからである。《銀幕の鏡壁》で半減されるとはいえ、大ダメージの望めない状況では750というのはやはり痛い。

 

「そういうことか」

 

 などと話している間に他のところのデュエルも終わったようだ。実験室から退室するように促す放送が聞こえてきた。どうやら次の環境をつくるようだ。次はどんなフィールドになるのか…あまり変なフィールドにならないことを祈りながら、待機室に戻ったのであった。

 




現場で働く大人から見たら、社会を知らない高校生なんてまだまだ子供ですとも。
意識が別事に持っていかれて敬語が崩れる子供とか、微笑ましくないですか?
…身体のデカい野郎がやっても気持ち悪いだけですけどね。むしろあの世界はデュエリストなら目上の人にもタメ口というのがほぼ当たり前ですよね。実力主義なら仕方ない。

最後の反省会ですが、あれ以外にもお互いにやらかしています。
《銀幕の鏡壁》は攻撃宣言時に適応されるというのに黒服さんがサイコロをダメステ発動してなかったり、膠着すると分かっているのに先に《デュアル・ランサー》を召喚しちゃう葵だったり、黒服さんが《超古深海王シーラカンス》の効果で呼んだ魚にステータスの低い“素早い”を混ぜちゃったり…完璧なプレイは中々できないものです。そうしないと負けそうだったからなんですけどね!←


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18.労働修行っていうなっ!

 

 今日のドロー修行は海での素潜りドローだ。日の昇るギリギリの時間から水着に着替え、ドローの動きで海藻を引きちぎっては籠に入れている。同行している大山は恐るべき身体能力で魚を何匹かドローすることに成功している。…そこまでいくとドローだけじゃない何かが手に入っていそうだ。

 

「アン・ドゥ・ドロー! アン・ドゥ・ドロー!」

 

 岸にあがると早朝だというのに、三沢、そして十代と愉快な仲間達がカードを延々とドローするという修行を行っていた。三沢はやる気満々な声だが、十代達は面倒くさそうだ。

 

「三沢、お前もドロー修行か?」

 

 そう言いながらあらかじめ準備しておいた簡易的な竃に火をつけ、持参した鍋に海藻を突っ込んで出汁をとる。流石に朝から素潜りをすると身体が冷えて仕方がないので、早く温かいスープを飲みたい。

 

「あぁ、今はセブンスターズも動きを見せていないが、既に七精門の鍵は二つ開けられている。万全を期すべきだろう」

 

 三沢がこちらに気をそらした隙に、十代や翔は休憩とばかりに何か喋っている。アイドルカードがどうこう言っているが、好きなカードをデッキに組みこむ事はよくある事だ。俺の場合はデュアルモンスター全てがアイドルカードと言っても過言ではない。

 

「まったく、軟弱な…真剣にデッキを組んでいたら、あのような不純なカードは一枚も入らないはずだろう」

 

「いや、《白魔導士ピケル》を使ったお前が言うのか?」

 

「最低でも初期ライフの一割を毎ターン回復できるんだ。《ハイドロゲドン》のように展開力のあるカードと並べれば、持久戦にはちょうどいいじゃないか」

 

 どうやら学園対抗デュエルの予選でお目見えした《白魔導士ピケル》が入っていたのは不純な目的ではなかったようだ。そうだよな。あの後、幼女趣味なのではないかという噂が流れても、そんな奴ではないと否定する奴が必ず出るぐらいに堅物だと信じられている三沢である。

 否定する奴がやけにガタイの良い男ばかりで、その後決まって三沢は女には興味がないに違いない、そんなことより俺の筋肉を見てくれ、と強く主張していたがそれは関係ないか。

 

「でもこういうカードがあると、ピンチの時に癒されるんだよ」

 

「喝!」

 

 翔が言い訳のようなことを言って三沢に怒鳴り返されていた。ピンチの時に《雷電娘々》を手札に持った来たとして、【ビークロイド】だと邪魔になるんじゃなかろうか…

 

「あ、そうだ三沢。今日はちょっとした用事で授業にでれそうにないんだ。すまないが連絡を頼まれてくれないか」

 

「また研究所か? わかった、伝えておこう」

 

 今回は研究所関連じゃないんだが、訂正する間もなく三沢はドロー修行へと戻ってしまった。まぁいいか、ちょうど大山の採った魚も煮えた頃合いだ。スープを飲んだら今日も森に向かうことにしよう。

 

—————

 

 そこにいる男達は照りつける日差しの中、滴る汗には目もくれず、前だけむいて石を運び、決められた通りに積んでいく。まるで奴隷にでもなったかのように、ただただ愚直に作業を続ける。

 

 見張りなのか、大きな虎が俺の近くを通り過ぎる。あれに襲われれば人間なんてひとたまりもないだろう。目に余るほどの休憩を取ろうとする男には容赦なくその牙を見せ、作業の再開を促している。

 

 しかし現代に産まれ、近代的な暮らしをしてきた学生たちにとっては過酷な重労働である。高寺を見ると息があがり、今にも倒れそうである。ドロー修行のために心身共に鍛えている俺ですら、なんど挫けそうになったか分からない。いや、大山を見ろ。あの男は汗をかいてはいるものの、その目は輝き、歩みはまったく鈍っていない。

 

 森で虎に連れられた先にあるこの場所で作業に精を出す男達。しかし誰一人文句を言うこと無く作業を続け、ようやく終わりが見えてきた。あともうひと頑張り、そのひと頑張りで俺たちは…

 

「なんだここは!」

 

 聞き覚えのある声がしたが、そんなことよりこの石材で客席を完成させてしまわねば。あらかじめ加工されているおかげで設置するだけなのはありがたいが、万が一にも落として欠けさせると見栄えが悪くなる。

 …よし、これで客席部分は完成したか? 石材は俺が運んだもので最後のはずなので、置き間違えが無いかを念入りに確認する。座席よし、階段よし、石柱よし、問題ないな。それに歪みもなさそうである。

 

「この通りコロシアムは完成した。者ども、感謝するぞ!」

 

 褐色の肌、筋骨隆々とした肉体、群れを統べる者の覇気とも言える物を纏う我らが雇い主兼現場監督の声が響き、作業員一同から歓声が上がる。疲れのあまり座り込む者や大の字になる者もいるが、一様に満足げな表情である。かれこれ一週間程だったが、空きコマや放課後遅くまで作業した甲斐があったというものだ。

 どうやらボスこと雇い主のペットの虎が気を利かせて森に来た人間を誰彼構わず引っ張ってきていたらしく、おかげで完成までの時間が非常に短縮された。…クロノス教諭が来た時は何があったのかと思ったが。

 

「皆さ〜ん、ありがとうね、協力してくれて。おかげで立派なコロシアムができたわ。これはほんの気持ち、ありがとね、お疲れさん、今日はゆっくり休んでね」

 

 座っていた奴や寝転んでいた奴をコロシアムのステージに引っ張って、雇い主の前で整列すると猫なで声で給料袋を渡された。…クロノス教諭がボスに追いかけられコロシアムから逃げ出したが、そんなに怖がらなくともボスは気のいい虎なので、まずいことをやらかさない限り危害を加えられることはない。

 クロノス教諭を目で追っていると、十代達がいるのに気付いた。一瞬彼らも作業員だったかと思ってしまったが、恐らく今日授業を休んでまで作業に参加した奴が多すぎて捜索に来ていたのだろう。そうでなくても…

 

「私はタニヤ。偉大なるアマゾネス一族の末裔にして長。そしてセブンスターズの一人。このコロシアムで七精門の鍵をかけた聖なる戦いを行う!」

 

 この通り、雇い主がセブンスターズの一人なのだ。鍵の守護者が全員集まってくるというものだろう。そしてアマゾネスというのは世界のどこかに存在するという女性だけで構成された一族であり、このタニヤも当然女性だ。

 

「でもね〜、アタシと戦うことができるのは男の中の男だけ」

 

「何よそれ!」

 

 先ほどまでの堂々たる口調と打って変わって媚びるような声だが、作業員一同はこれが演技でも何でも無いと知っているので動揺するような者はいない。というよりも全員さっさと帰ってしまっている。俺は鍵の守護者という立場上、十代達のところにいるのだが。

 

「我こそは男だと言う者、出てこい!」

 

 十代、三沢、万丈目が次々に名乗りを上げる。なお鍵の守護者以外で一緒に来ていた大特集教諭はいつの間にか離れた場所で隠れており、翔と隼人も名乗り出るつもりはないようだ。俺も今回はパスさせてもらう。

 

「あら、葵は立候補しないのね」

 

「俺はまだまだ修行中だからな」

 

 正直なところ、コロシアム建設の筋肉痛と疲れでデュエルディスクを構えるのが辛い。ドロー修行に励んで入学時とは比べるまでもないようなたくましい身体になったとはいえ、まだまだ修行が足りないようだ。

 

「面構えは皆悪くないけど…You!」

 

 三沢が指差され、選ばれなかった二人が残念そうに戻ってくる。明日香さんは除け者扱いにへそを曲げているようで、軽く頬を膨らませてプイとそっぽを向いてしまった。

 

「お前、名前は」

 

「俺は三沢大地。この日のためにずっと準備をしてきた。俺は絶対に勝つ!」

 

 三沢は意気込み十分である。選抜基準が男の中の男ということで、余計に張り切っているのかもしれない。

 

「ここに、お前の明暗をわける二つのデッキがある。一つは知恵のデッキ、一つは勇気のデッキ。お前に自分の運命を選択させてやろう」

 

「もちろん、知恵のデッキと勝負だ。俺は動かざること地の如し、地のデッキで相手をしよう」

 

 タニヤが手に乗せた二つのデッキ、そして三沢がジャケットに仕込んだ六つのデッキ。偶然にも複数デッキを持ち歩く者同士の対戦である。それぞれの相性などもあるだろうが、三沢は当然のように知恵のデッキを指名し、そして自分は【地属性】を選択した。【アマゾネス】が地属性戦士族であることに対抗したのかもしれない。

 

「いいだろう。言い忘れていたが、このデュエルは闇のゲームではない」

 

 鍵の守護者一同に動揺が走る。今までの刺客達は勝つためには人質をとる等の手段をいとわず、なおかつ敗者は魂を奪われる闇のゲームを行ってきたのだ。それが今回は闇のゲームではない真っ当なデュエルだという。

 

「魂なんていらな〜い、私はお前自身が欲しいの! つまり、私が勝ったらお前自身を婿として連れて帰る!」

 

「む、婿!? 訳の分からんことを、それなら俺が勝ったらどうする!」

 

「そしたら私、三沢っちのお嫁さんになってあげる!」

 

 魂を奪った所で活用する方法なんてものがそうそうあるわけでもないだろうし、ましてやアマゾネスの長としては婿をとることで一族を繁栄させることの方が重要なのだろう。魂の抜け殻なんて荷物にしかならないだろうしな。

 しかしタニヤは三沢をいたく気に入っているようで、負けたら嫁入りするつもりのようだ。…そんなにあっさり一族を放り出してもいいものなのだろうか。さすがにアマゾネスの社会事情なんてものは知ったことではないので、長が良いというならば良いのだろう。

 

「このデュエル…なんか羨ましいかも」

 

 翔が呑気なことを言っており、万丈目や隼人も嫁や婿という単語に反応して羨ましそうにしている。…お前ら頼むから、ただでさえ機嫌の悪い明日香さんの冷たい目線に気付いてくれ。気は進まないが一応フォローしておくか…

 

「デュエルで比喩でなく墓場行きにされるのと、比喩的に墓場行きにされるのはどっちが幸せなんだろうな」

 

「どうでもいいわよ」

 

 滑った、盛大に滑った…! 嫉妬とかそういうものじゃなく、何故この状況でそんな能天気な事言ってるのかという冷たい目線に背筋がゾクゾクする。とある性癖を持つ人物にはご褒美かもしれないが、若干殺気を感じるので俺としては遠慮したい。

 

「お前など嫁にするつもりは毛頭無いが、このデュエルには絶対勝つ!」

 

 羨ましそうな翔、顔を赤らめぼんやりする隼人、うっとりして口の端から少しよだれが出始めたサンダー、自分に関係なさそうなので安心している大徳寺教諭、なんだか良く分からないけどデュエルの気配にワクワクしている十代、男どもに呆れて見ない事にしはじめた明日香さん。そんな混沌とした外野の様子は放置して、当事者二人はデュエルを開始するようだ。

 

「いくぞ!」

 

「「デュエル!」」

 

—————

 

 デュエルが終わると、邪魔者は帰れと言わんばかりにコロシアムから追い出されてしまった。三沢は負けて婿入りすることとなったが、相手がセブンスターズとはいえ両思いなら別にいいんじゃないかな…

 

 そう思っていたのだが、一日もしないうちにコロシアムから三沢が出てきた。話を聞く限りどうやら振られたようで、三沢の全デッキを持ってしてもまったく敵わなかったということだった。

 

 その日はとりあえず肉体的には全員無事に帰ってきたので、それぞれの寮へと戻って翌日また集まる事になった。しかし集まったところで聞いた限り、三沢は酷い有様だったようだ。

 何故かレッド寮食堂で食事をしているかと思えば、オムライスにイチゴジャムをかける、ソースやタバスコを飲む、授業中や休み時間も終始心ここにあらずといった具合だ。

 

 仕方が無いので俺がデュエルを挑む流れとなった。デュエル場に三沢を呼び出し、鍵の守護者全員で待ち構える。そこに三沢がふらふらとした足取りでこちらへと歩いてきた。

 

「俺とデュエルしないか?」

 

「…無理だ、俺にはできない」

 

 三沢は静かに首を振り、力なく答えた。そういう気分でないのか、はたまたそれ以外の要因でデュエルをすることに抵抗があるのか。…両方かもしれない。

 

「なんでだよ! びびっちまったのか?」

 

「びびってる? 俺が?」

 

 十代の問いに対し、三沢は自嘲するように笑った。そこには己の理論と計算からくる自信に満ちあふれたいつもの三沢の姿はなく、燃え尽きたような姿には覇気の欠片も無い。

 

「そうじゃない、わからなくなってしまったんだ」

 

「女がか?」

 

「馬鹿な、デュエルが、だ」

 

 むしろ元から女の事なんて、この中では明日香さん以外は誰一人ろくに分かっていないと思われる。もちろん俺もわかっていない。

 

「あのタニヤという女は、闇のデュエリストでありながら、その潔い戦いに姑息さはなく、まっすぐに向かってくるあの姿には尊敬の念さえ覚えている。彼女に会いたい! そして再びデッキを交えたい!」

 

 言葉にするうちに自分の感情の方向が定まってきたようで、話すにつれて三沢の語調は熱くなり、その瞳には確固たる意志が宿る。

 

「デッキとデッキを交えた者のみが感じられる絆のようなものか」

 

「だが、今の俺の実力ではタニヤを満足させられるようなデュエルができない。それが情けなくて、悔しくて…」

 

 三沢の言葉は無力な己を責めるようで、それを否定しようにもその材料が見当たらず、ただただ後ろ向きな物だった。

 

「よかったな、三沢。そんなデュエリストに出会えて」

 

「え」

 

 十代の言葉に三沢はあっけにとられたような声を出す。たしかに尊敬できる対戦相手に出会えた事は純粋に喜ぶべき事である。十代はごちゃごちゃ考えるずに前向きに捉えているようだ。何も考えてないともいうが、下手な慰めよりもよっぽど効果的である。

 

「俺ますますやってみたくなったぜ、あのタニヤって奴と! 羨ましいぜ、三沢っち!」

 

 最後に十代が茶化すように言い、その場は解散となった。今俺が三沢に声をかけても傷心をどうにかすることもできないし、大人しく部屋に戻ろう。

 

—————

 

 そして夕方、三沢からPDAに連絡が届いた。相談があるということだったが、恋愛的なアドバイスなんか出来そうにない。兎にも角にも呼ばれた場所までいくことにした。

 

「シハーブ、お前恋愛相談なんかはできるのか?」

 

『ふむ、そうですな。《エンジェル・魔女》殿から魔女的天使な女性の口説き方というものならご教授頂いたことがありますぞ』

 

 シハーブは自慢げな顔でそう言ってきたが、魔女的天使ってなんだよ。すくなくともタニヤは魔女的天使というよりは野性的女王であるため、今回の相談がタニヤ関係なら使えるかどうか微妙な所だ。

 

「いっそKMA達に相談した方が良いかもな…」

 

 よくわからない魔女的天使な女性よりは、大山に恋いこがれる雌熊のほうが相談相手に適しているような気がする。喋れるわけではないがこちらの言葉はある程度理解している節があり、写真や図を使って質問をすれば返答のようなものをもらえる。

 …俺と大山と博士の写真を貼ったカカシを置いてどれが魅力的かと質問したら、俺のカカシと博士のカカシを投げ捨てて大山のカカシの足下で丸くなったしな。さらにどのぐらい魅力的かという質問にはカカシへのベアハッグと頬擦りが返ってきた。他二人のカカシは投げ捨てられたまま放置である。興味が無いらしい。

 

「さて、指定の場所はここだが…」

 

 指定された教室で、三沢がデュエルディスクを展開して待っていた。なるほど、そういう相談方法か。ならばわかりもしない女性心理を考える必要も、雌熊への相談の仕方を考える必要もない。デュエルディスクを展開して構える。

 

「怒ってるか?」

 

「むしろ嬉しいぐらいだ」

 

 主語が色々足りないが、通じるならば問題は無い。こういう相談は初めてだが、十代曰くデュエルをすれば相手の事が分かるらしいのできっと大丈夫だろう。…今更かもしれないがこんな思考になるあたり、俺もデュエル脳だなぁ。

 

「「デュエル!」」

 

「ドロー! 俺は《磁石の戦士Σ+》を召喚してカードを一枚伏せる。ターンエンドだ」

 

《磁石の戦士Σ+》ATK/1800

 

「俺のターン、ドロー。俺は永続魔法《金剛真力》を発動、この効果で手札からレベル4以下のデュアルモンスター、《幸運の笛吹き》を攻撃表示で特殊召喚。さらに《水面のアレサ》を攻撃表示で召喚し、カードを2枚伏せてターンエンド」

 

《幸運の笛吹き》ATK/1500

《水面のアレサ》ATK/1500

 

「ドロー、俺は《磁石の戦士Ω−》を召喚してバトルだ! 《磁石の戦士Ω−》で《水面のアレサ》を攻撃!」

 

《磁石の戦士Ω−》ATK/1900

 

「リバースカードオープン、《ジャスティ・ブレイク》! 通常モンスターが攻撃されたとき、表側攻撃表示の通常モンスター以外の全てのモンスターを破壊する」

 

 こんなあからさまな罠に突っ込んでくるとは、まだ失恋のショックで冷静さを欠いているのだろうか。対策カードがなかったならば別だが、三沢の様子だと攻めに焦っているようにしか見えない。

 

「速攻魔法《我が身を盾に》! ライフを1500払い、相手のフィールド上のモンスターを破壊する効果を持つカードの発動を無効にし、破壊する!」

 

三沢LP4000→2500

 

「ならば更なるリバースカードオープン、《ヴィクティム・カウンター》! デュアルモンスターを一体裏側守備表示に変更し、相手の魔法カードを無効にして破壊するカウンター罠だ。俺は《幸運の笛吹き》を裏側守備表示にして《我が身を盾に》の発動を無効にする」

 

 一応対策はあったようだが、その先までは見てなかったようだ。いつもの三沢ならばカウンターを予期してもおかしくないのだが、やはり本調子ではないらしい。こちらも《幸運の笛吹き》を破壊することになったとはいえ、被害の度合いは三沢の方が上だろう。

 

「くっ、俺はカードを2枚伏せてターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー。《インフィニティ・ダーク》を攻撃表示で召喚し、バトルだ《インフィニティ・ダーク》で直接攻撃」

 

《インフィニティ・ダーク》ATK/1500

 

 このまま全モンスターによる直接攻撃が決まってしまえば俺の勝ちである。伏せカードもあるのでそう簡単にいくとは思っていないが、簡単にいってしまうのならばそこまでである。

 

「罠発動、《リビングデッドの呼び声》! 蘇れ《磁石の戦士Ω−》!」

 

「チェーンして速攻魔法《デュアルスパーク》を発動。《インフィニティ・ダーク》を生け贄に、《リビングデッドの呼び声》を破壊し、カードを一枚ドローする」

 

 永続罠は発動にチェーンして破壊された場合、効果は不発となる。そうでなくとも《リビングデッドの呼び声》が破壊されれば蘇生モンスターも道連れとなるのだが。

 

「《水面のアレサ》で直接攻撃」

 

 青く丈の短い着物を着た乙女が手に持つ花を振るとその足下に波紋が広がり、三沢に当たった途端に水柱が立ち上って三沢を包み込んだ。

 

《水面のアレサ》ATK/1500

 

三沢LP2500→1000

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 攻めに焦っている三沢の動きを一つ一つ潰してきたわけだが、相談したいことがなんとなく伝わってきたような気がする。具体的な言葉として表せないが、三沢の心中というか感情の動きがデュエルを通して伝わってくる。

 

「俺のターン、ドロー! …俺は手札から魔法カード《マグネット・コンダクター・プラス》を発動、墓地から“+”と名の付いたモンスターを手札に戻す。俺が手札に戻すのは《磁石の戦士Σ+》だ。そのまま《磁石の戦士Σ+》を召喚する」

 

《磁石の戦士Σ+》ATK/1800

 

 手札にモンスターがないせいなのか、それとも何か策があるのか。面白そうな予感にワクワクしてしまうのはデュエリストの性なのか。不意に伝わってくる感情が変わった三沢の相談にも全力で乗ろうではないか。

 

「さらに魔法カード《モンスター・スロット》を発動する! 自分の場に存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと同レベルのカードを墓地から除外する。そしてカードを一枚ドローして互いに確認し、そのカードが選択したカードと同じレベルのモンスターならば特殊召喚する事が出来る!」

 

 《モンスター・スロット》ときたか。三沢が博打に走るとは考え辛いので、恐らく狙いは特殊召喚ではないだろう。ドローなのか、除外なのか。それとも両方か。

 

「俺は《磁石の戦士Σ+》を選択する。 《磁石の戦士Σ+》のレベルは4! そして墓地の《磁石の戦士Ω−》もレベルは4だ。《磁石の戦士Ω−》を除外し、ドロー!」

 

 ドローカードは…《磁石の戦士Σ−》、レベル4モンスターだ。

 

「《磁石の戦士Σ−》を攻撃表示で特殊召喚! さらに伏せてあった永続罠《化石岩の解放》を発動! 除外されている岩石族モンスター1体を特殊召喚する! 《磁石の戦士Ω−》を特殊召喚!」

 

《磁石の戦士Σ−》ATK/1500

《磁石の戦士Ω−》ATK/1900

 

「さらに、手札もしくはフィールド上の“+”と“−”のモンスターを1体ずつ生け贄にささげて《電導戦士リニア・マグナム±》は手札から特殊召喚できる! 《磁石の戦士Σ+》と《磁石の戦士Σ−》をそれぞれ生け贄に、《電導戦士リニア・マグナム±》を特殊召喚!」

 

《電導戦士リニア・マグナム±》ATK/2700

 

「バトルだ!《電導戦士リニア・マグナム±》で《水面のアレサ》に攻撃!」

 

《電導戦士リニア・マグナム》ATK/2700

《水面のアレサ》ATK/1500

 

葵LP4000→2800

 

「《磁石の戦士Ω−》で直接攻撃!」

 

《磁石の戦士Ω−》ATK/1900

 

葵LP2800→900

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

「俺のターン、ドロー。《金剛真力》の効果により、手札の《炎妖蝶ウィルプス》を特殊召喚し、再度召喚して効果を発動。墓地のデュアルモンスター1体を再度召喚状態で特殊召喚する。《幸運の笛吹き》を特殊召喚」

 

《幸運の笛吹き》ATK/1500

 

 墓地には上級モンスターはおろか、攻撃力の上昇効果やモンスター破壊効果をもつモンスターすらいない。しかも墓地のモンスターの攻撃力は全て同じである。となれば《幸運の笛吹き》を選んだのにはもちろん理由がある。

 

「リバースカードオープン《デュアル・ブースター》だ。《幸運の笛吹き》に装備し、攻撃力を700上昇させる。バトル、《幸運の笛吹き》で《磁石の戦士Ω−》に攻撃、招風の旋律!」

 

《幸運の笛吹き》ATK/1500→2200

《磁石の戦士Ω−》ATK/1900

 

三沢LP1000→700

 

「そして《幸運の笛吹き》の効果発動。このモンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊したとき、カードを1枚ドローすることができる」

 

 引いたカードは…なるほどな。さて、ここで三沢はどうでるか。無謀に突っ込んでくるならそれまでだが、見越した上で押すか引くかそれとも回り込んでくるのか。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

「俺のターン、ドロー」

 

「俺は墓地の地属性モンスター《磁石の戦士Σ−》を除外し、手札から《ギガンテス》を特殊召喚だ!」

 

《ギガンテス》ATK/1900

 

「いくぞ、《ギガンテス》で《幸運の笛吹き》を攻撃!」

 

「迎撃しろ《幸運の笛吹き》!」

 

 一ツ目の巨人が棍棒を振り回しながら《幸運の笛吹き》に迫る。しかしフルートから溢れ出た緑色の五線譜にまとわりつかれ、そのまま締め上げられて爆散した。

 

《ギガンテス》ATK/1900

《幸運の笛吹き》ATK/2200

 

三沢LP700→400

 

「《ギガンテス》の効果発動! このモンスターが戦闘によって破壊されたとき、フィールド上の全ての魔法・罠を破壊する!」

 

「くっ、だが俺は《幸運の笛吹き》の効果でカードをドローする」

 

《幸運の笛吹き》ATK/2200→1500

 

 この効果で破壊されたこちらのカードは《金剛真力》、《デュアル・ブースター》、そして伏せてあった《二重の落とし穴》だ。ドローしたカードも《クリボー》のようなダメージ無効効果や《オネスト》のようなパンプアップ効果はない。

 

「《電導戦士リニア・マグナム±》で《幸運の笛吹き》に攻撃!」

 

《電導戦士リニア・マグナム》ATK/2700

《幸運の笛吹き》ATK/1500

 

葵LP900→0

 

—————

 

「葵…」

 

 三沢が遠慮がちに声をかけてくる。なんとなく言いたい事はわかっているので、首から提げていた七精門の鍵を三沢に投げ渡す。三沢が驚いたようにこちらを見てくるが、これで違っていたら恥ずかしい。

 

「タニヤとデュエルをするなら少なくともそれがいるだろう? ついでにこれはお守りだ」

 

 そしてカードを一枚デッキから抜いて投げ渡す。この世界のカードは不思議なことに回転をかけて投げてもまっすぐ無回転で飛んで行く。しかも途中で落下どころか減速すらしない。いったいどうなっているんだ。

 

「俺の身体の一部みたいなものなんだ。なくしてくれるなよ?」

 

「そうだな、出来るだけ早く鍵と一緒に返しにこよう」

 

 流石秀才だけあって、言外に放った意味も理解したようだ。とは言っても身体の一部ということがある意味比喩じゃない、ということまでは理解していないだろう。

 

「あぁ、そうしてくれ。もう夕飯の時間だし俺はブルー寮に戻るとしよう」

 

「そうだな、俺も戦いの前に腹ごしらえだ」

 

 慣れない方面に頭を使ったせいか、いつもよりも空腹になった気がする。これは今日の食事が一層美味しくなりそうだ。楽しみのあまり足取りが軽やかになるのを感じながら、寮へと戻った。

 




三沢の地属性デッキですが、どう弄れば良いのかが非常に困りましたね。
+と−の効果処理がよくわからなかったので、それを使わないようにした結果、ただの岩石族ビートに…


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