斜陽のResistance (藤原守理)
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第1章「侵略されるまでの世界」
第1話「悪夢の始まり」


お疲れ様です。お初にお目にかかります。本作品ではこれからの東アジア情勢を予想して書いてみました。ぜひ読んでみていただきたいです。


-2024年8月7日-

-大韓民国京畿道烏山市-

-大韓民国空軍北部戦闘司令部-

 

 

 

 

 大韓民国の上空の民間機や軍用機といった全ての航空機の動向を監視するレーダーが大韓民国領空に接近する複数の目標を捉えていた。モニターには赤色で示され[UNKNOWN]と表示されている。

 ここ大韓民国空軍北部戦闘司令部の全ての職員がことの異常さにあたふたと状況に対応していた。

 

「これは一体………?」

「司令!黄海上NWより所属不明機・機数7、東海上Eより所属不明機・機数5接近」

「不明機、通告に従いません!」

「至急、ソウル基地に発令を」

 

 空軍司令官はすぐさま各基地に指令を発していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

-同日-

-大韓民国首都ソウル市-

-ソウル空軍基地のとある一室-

 

 

 

 

 

 

 

「………なぁ申(シン)、この前の焼肉屋どうだった?あそこの肉とキムチは最高に旨かったろ?」

「とても美味しかったです。さすがグルメの韓(ハン)と呼ばれただけありますね。韓少佐の舌は素晴らしいです。今度またいい店教えてください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここはこじんまりとした小さな一室。とても簡素な作りでソファが4脚に長机が置いてあるだけの部屋だ。その部屋にシンとハンともう1人の男の男3人がソファに座り雑誌を広げ談笑していた。

 

 一見見ると3人はただ座って気楽に話をして暇をしているように見える。

 

 

 

 

 

「いいぜ。また新しい情報が入ったら教えてやるよ。今度はいい感じのバーがあったからそこに入ってみる。」

 

 韓が答える。

 

「よろしくです。バーってことはあれ?例の女性と行かれるので?」

 

 申は怪しい微笑みを浮かべ茶化す。

 

「おい。あんまり女の話をすんな。俺は聞きたくもない。」

 

 もう1人の男が口を出し不機嫌そうに話す。

 

「まぁあんまし怒んなよ、成(ソン)。前に女に逃げられてからっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーー!

 

 

 

 

 

 申(シン)が言いかけた瞬間、けたたましいサイレンが基地内に鳴り始めた。

 

 

 

 

「スクラブルだ!」

 

 

 サイレンを聞いた3人は一斉に立って走り部屋を飛び出した。

 

 

 

 部屋を出たそこは巨大な格納庫の内部だった。格納庫内で一際異彩を放つ物がある。それは整備員が集う中心に駐機されたF15Kスラムイーグルである。ここには単座型と複座型の2機が並んでいた。

 これらの機体の元は米国のマクドネル・ダグラス社製のF15Eストライクイーグルであり、2002年3月にF-15Kスラムイーグルとして大韓民国空軍に採用配備されて以来、空軍の主力戦闘機となっている。

 

 そう、彼らは韓国空軍所属の戦闘機パイロットである。彼ら3人はすぐさま割り当てられた1人と2人の組に分かれた。それぞれ機体に付けられたハシゴを上り単座型と複座型のF15Kスラムイーグルのコクピットに乗り込む。

 HMD(Helmet Mounted Display)システム搭載のヘルメットを被り、整備員の安全確認がとれた機体からパイロットはエンジンを掛ける。

 エンジンスタートにより双発のF110-STW-129エンジンの燃焼室にジェット燃料油、圧縮機に空気が注入され排気ガスとともにジェットエンジン特有の唸るような轟音が響き渡った。

 

 

 

 

「Slam01,Slam02,Order Vector 250,Climb Angels 20, Contact Channel 1, Read back.(スラム01、02、方位250度、20,000フィートまで上昇、チャンネル1でレーダサイトとコンタクト、復唱せよ)」

 

 管制官より無線で複座型の1号機パイロットの申(シン)と成(ソン)、単座型の2号機パイロットの韓(ハン)に向けて指令が下る。

 

「Slam01 Roger. Order Vector 250,Climb Angels 20, Contact Channel 1.(スラム01了解。方位250度、20,000フィートまで上昇、チャンネル1でレーダサイトとコンタクトする)」

 

 複座型の1号機パイロットの申(シン)が指令を復唱する。

 

「Slam02 Roger. Order Vector 250,Climb Angels 20, Contact Channel 1.(スラム02了解。方位250度、20,000フィートまで上昇、チャンネル1でレーダサイトとコンタクトする)」

 

遅れて単座型の2号機のパイロットの韓(ハン)が指令を復唱した。

 

 

 

 

「スラム0102。滑走路が使用可能です」

 

 

 

 2機は誘導員の指示に従い滑走路に誘導された。

 

 

 

 

 

「Slam01,Wind calm,runway 02 Clear for takeoff.(スラム01。風は微風(そよかぜ)。2番滑走路からの離陸を許可する)」

 

「Roger,Cleared for takeoff.(了解、離陸する)」

 

 1号機がスロットルをかけて離陸する。続いて2号機も離陸を開始した。

 

 

 

 

 

 

 飛び立った2機のF-15Kはしばらくして定高度に達すると、管制塔の指示にあった所定のレーダーサイトと交信を図る。

 

 

「Slam01,Airbone.(こちらスラム01、離陸に成功した)」

 

「Slam01,Loud and clear,Rader contact.Order Vector 250,Climb Angels 20(スラム0102、無線機の感度良好。レーダーで捕捉した。方位250度、20,000フィートまで上昇せよ)」

 

「Slam01,Roger.(スラム01、了解)」

 

 

 ここで1号機は交信を終える。後に続く2号機も離陸に成功したとレーダーサイトに報告した。

 

 

 

 離陸した2機はF15Kの持つ音速を2倍も超えるF110-STW-129エンジンによって数分もかからずに現場空域に達しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…韓(ハン)少佐、また連邦機でしょうか?最近やたら多いですね。」

「奴(やっこ)さん結構羽振りいいって聞くしな。それにしても最近はマズイ情報もあるらしい。」

 

 やや不安そうな申(シン)中尉が現場空域まで余裕があったため質問し、それ対して韓少佐は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 4年前の2019年、中華人民共和国は突如、朝鮮民主主義人民共和国、マクマホンライン(中国とインドの係争地)、南沙諸島に同時侵攻し1ヶ月足らずで占領。

 北朝鮮軍の大半は事前の工作により懐柔させられており、ほとんど抵抗なく人民解放軍は侵入占領。金(キム)正恩(ジョンウン)総書記は逮捕処刑された。

 マクマホンラインではインド軍を数と質の両面で打ち負かし占領。

 南沙諸島は人民解放海軍の空母配備新型艦載機J23、最新鋭高性能駆逐艦群によりベトナム・フィリピン・ブルネイの連合軍は破れ堂々と占領した。

 

 アメリカを中心とした国々が侵略行為を非難したが中国政府は無視。実効支配を強め国連総会・安保理で今回の件について正当性を発表し過半数の国に受け入れられた。経済力に物を言わせた中国に誰も大きく反発できなかったのだ。

 

 翌年2020年には国名を中華連邦と改名し、法律を強化し共産党による一党独裁制を揺るぎないものにした。

 

 

 

 そして2023年の今年、連邦と大韓民国国境上空や台湾海峡、日本の尖閣諸島上空では連邦機による領空侵犯が多発している。

 

 

 

 

 

 

「上の情報では奴さん、北の国境周辺に地上軍を集結させているらしい。」

 

 

 韓(ハン)少佐が怪訝そうに申(シン)中尉や成(ソン)少尉に伝える。

 

「ホントですか?無線でこの話をしてたら拙いんじゃ・・・。」

「いや俺たち幹部連中ではもう広まってる話だ。近々ややこしいことになりそうだぞ。それより目標機はどこだ?見えないぞ。」

「それって俺たち拙くないですか?このままじゃ俺たt」カッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 成少尉が言いかけた瞬間、彼らの乗った機体がいきなり爆散した。

 

 

 

 

 

 

 

 2号機の韓少佐は申中尉、成中尉両名の乗った1号機が突然爆散したのを見て一瞬思考が止まった。

 だが戦闘機搭乗歴10年のベテランである彼は咄嗟に危険を察知し操縦桿を右手前に倒し左のラダーを思いっきり踏んで左90°旋回で回避機動を行った。

 

 

 

 

「なんだ今のはっ?」

 

 

 

 

 韓少佐は炎を上げながら海に落下していく1号機の残骸を見ながら叫んだ。自分の前で突然爆散した1号機はミサイルアラートが全く鳴っていなかった。通常、対空ミサイルを探知した場合、戦闘機のレーダーはミサイルが接近している警告を鳴らす。しかし、申中尉の乗機のアラートは全く鳴っていなかった。

 

 

 

 

『これは撃墜されたのか?それとも事故か?まさか・・・』

 

 韓少佐はなぜ1号機が爆散したかを素早く考察し1つの可能性が思い浮かんだ。

 

 

 

「Slam02,This is "K"orean "A"ir "D"efence "C"ommand. Slam 01 disappeared from a radar. Report the situation.(スラム02、こちら韓国防空司令部(KADC)。スラム01がレーダーから消失した。状況を報告せよ)」

 

 

 その直後、司令部から彼に無線が届いた。

 

 

「This is Slam02! Slam 01 shot down! Slam 01 shot down!(こちらスラム02!スラム01が撃墜された!スラム01が撃墜された!)」

「Slam 02. What kind of thing is it?!(スラム02。どういうことだ?!)」

「I say again! Slam 01 shot down! Negative contact. Is where a Taget posion?(繰り返す!スラム01は撃墜された!ターゲットを捕捉できない。目標はどこだ?)」

 

 

 韓少佐は司令部に返答を返しながら今の撃墜について1つの答えを掴んでいた。

 

 

 

「Precaution! Almost same position! Precaution!(警戒せよ!目標の高位は変わらない!警戒せよ!)」

 

 

『これはマズイ・・・奴さんとんでもないもの装備してやがる・・・』

 

 

 

 彼は1つの推測を元に新たに旋回を取ろうとした。

 

 

 

 

 

 

「The target is Lase(敵はレー)」カッ

 

 

 

 

 

 彼は司令部に報告しようとした瞬間、強い光と同時に彼の意識はそこで途絶えたのだった。

 




お読みいただきありがとうございます。ぜひ次話もお読みになっていただけると嬉しい限りです。ご感想、ご評価心よりお待ちしております。


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第2話「半島の電撃戦」

お疲れ様です。続きをどうぞ。


 

-2024年8月7日-

-大韓民国京畿道烏山市-

-韓国空軍北部戦闘司令部-

 

 

 

 

 

「スラムが撃墜された…?」

「そんな…馬鹿な?」

 

 

 

 レーダー上のスラム01、02を示す表記が[LOST]に変わったのを見た北司令部で作戦指揮をする司令官、安(アン)空軍少将と部下の中佐がつぶやいた。

 スラム02の韓(ハン)少佐が最後の通信で「敵はレー」と残している。

 

 

 

「もしや?!」

 

 

 

 安少将は韓少佐が伝えようとしていた通信の意味が解った。わかったと同時にマイクのスイッチを入れる。

 

 

 

 

「安少将より全空軍基地へ。待機している戦闘機は全て上空へ上がり黄海上より侵入してくる敵機を迎撃せよ!」

 

 

 安はなるべく冷静を心がけながらも切羽詰まった声で指令を発した。

 

 

「安少将!如何なされました?!一体何があったというのです?」

 

「中佐、大統領及び国防省、国防大臣に珍島犬1号(最高非常警戒態勢。軍、警察、予備軍が最優先で指定された地域に出動する)の発動要請を!敵が来るぞ!」

 

「了解!すぐに繋ぎ」

 

 

 

 

 

 司令部付きの中佐が青瓦台(韓国の大統領府)への通信をつなげようとしたとき職員の1人が異様な声を上げた。

 

 

 

 

「し、司令!緊急事態です!」

 

 

 

 

 声の主である通信員が慌てた様子で報告する。

 

 

 

 

「一体どうしたのだ?!」

 

 顔に冷や汗が浮かぶ通信員の様子を見て少将は嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

「ソウルが・・・!ソウルが!」

 

 

 

 

 

 少将の予感が的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-同日-

-大韓民国光州広域市-

-光州空港空軍基地-

 

 

 

 

 

 

「ここ最近良く晴れてんなぁー」

 

 

 

 作業の休憩時間を日光浴して過ごす玄(ヒョン)元士(自衛隊では士長にあたる)はリラックスしていた。

 彼は高校卒業後、空軍に志願してから2年になるが機体の整備士としての腕は優れていて仕事ぶりは品行方正で上官からの信頼が厚い。そんな彼だが休憩の時は決まって空港脇の野原でよく寝そべっている。

 今日も変わらず彼は寝そべっていた。

 

 

 

「こうも変わらない毎日だけど何か面白いことでも起きないかなー」

 

 

 

と、つぶやた。すると、

 

 

 

 

ヒューーーーーーーーー

「ん?なんだこの音?」

 

 

 

 彼はふと起き上がって音のする方を見ると、目の前が光り輝いたと思ったと同時に意識が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

-同日-

-大韓民国領海-

-大韓民国海軍第53戦隊旗艦「独島(ドクト)」-

 

 

 

 

「レーダーに感!右40度!目標数100・・・100です!」

 

 艦内中央指揮所(CIC)レーダー操作員が砲雷長に伝達する。

 

「100だと………?!」

「はい!………目標対艦ミサイル発射!まっすぐ突っ込んでくる!」

 

 レーダー員が狼狽する。

 

「慌てるな!こっちは艦隊を組んでいるんだ。そう安安やられてたまるか!」

「右対空戦闘!RAM(近接防空ミサイル)とゴールキーパー(30mm機関砲)レーダー管制!チャフ発射!」

 

 砲雷長が命令を下す。

 

 

「僚艦。ミサイル群に向けてSM2を発射。目標群へ飛翔中」

「RAM、ゴールキーパー全ての対空兵装準備完了」

 

 

『これでひとまずは…持つか』

 

 

 

 

 

 砲雷長が射撃員の報告を受けひとまずそう思った。

 

 

 

-旗艦「独島(ドクト)」艦橋-

 

 

 

「艦長、駆逐艦『栗谷李珥(ユルゴク・イイ)』から応答がありません!」

 

 

 通信員が艦長に報告する。

 

「なに?連絡を入れ続けろ!」

「了解であります!・・・『栗谷李珥(ユルゴク・イイ)』!こちら『独島』!応答せよ!・・・」

 

 

 

『しかし一体どうしたんだ?なぜミサイルを撃たない・・・?』

 

 周囲の艦艇が対艦ミサイルを撃ち落とすため防空ミサイルを放つ中「栗谷李珥(ユルゴク・イイ)」は一発も発射していなかったのだ。

 

 

 

 

『連絡すらつかんとはな・・・』

 

 艦長がそう考えていたそのとき、「栗谷李珥(ユルゴク・イイ)」の方を見ていた対空見張り員が

 

 

「艦長!『栗谷李珥(ユルゴク・イイ)』の主砲が・・・」

「?どうしたんだ・・・いった」

 

 

 

 艦長は見張り員が指差す方向を見ると動きが止まった。「栗谷李珥(ユルゴク・イイ)」の主砲Mk 45 5インチ(127mm)砲がこの「独島(ドクト)」に向いていた。

 

『なにが起きている…?』

 

 絶句しているとその主砲から発射炎と砲弾が視界に大きくなるようにまっすぐこっちに向かってきたのだった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-同日-

-中華連邦北朝鮮自治区・大韓民国国境-

 

 

 

 

 

「全砲門斉射ぁー!」

 

 

 

 

 中華連邦軍前線指揮官の射撃命令と同時に各陣地に擬装されていた

05式155mm自走榴弾砲、

衛士2 400mm6連装自走ロケット砲、

89式122ミリ自走多連装ロケット・システム、

96式300mm10連装自走ロケット砲、

170mm自走カノン砲

 の計1000門の火砲が一斉に火を噴いた。

 

 

 

 砲兵により一斉発射された各種砲弾ロケット弾はそれぞれに割り振られた戦略目標地点に向かって飛翔していく。

 

 

 

 

 榴弾砲の一斉射と同時に、

 

 

 

「地上部隊全速前進!」

 

 

 

 中華連邦陸軍の最新式戦車である155mm戦車砲搭載無人砲塔の19式戦車、40mm機関砲装備の17式歩兵戦闘車A型を筆頭に99式戦車、97式歩兵戦闘車、92式装輪装甲車で構成された機甲部隊計1500両と兵力100万を超える歩兵部隊一斉にが大韓民国領内になだれ込んでいった・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 8月7日突如連邦による韓国領内への侵攻が開始された。開戦の合図ともなった榴弾砲やミサイルの弾の雨は韓国の主要都市や軍事基地に着弾、市民や軍人を無差別に殺傷し第一波の攻撃だけでも数十万の市民が犠牲となる大惨事になっていた。

 不意を突かれた韓国軍は反撃を行おうとするも領空に侵入してきた大量の連邦軍ステルス新型戦闘爆撃機「殲(J)-31」の波状攻撃で離陸準備で駐機していた戦闘機を地上で撃破され一瞬にして航空優勢を奪われた。空からの支援を受けられなくなった韓国陸軍は敗退の一途を辿っていた。

 

 

 

 

 

 

-2024年8月21日[17:00]-

-大韓民国慶尚南道昌寧郡-

 

 

 

「釜山(プサン)に敵を近づけるな!弾幕を絶やすんじゃない!」

 

 

 夕暮れに照らされる古墳群を尻目に激しい戦闘が行われる。

 韓国南部最大の都市であり最後の砦である、釜山(プサン)では避難民や敗残部隊の国外脱出作戦が行なわれていた。

 港から数十kmの地点に築かれたこの防御陣地ではK30対空自走砲の30mm機関砲が低空で侵入してくる攻撃機に対空砲火を浴びせていた。30mm機関砲がブラストを噴いて炸裂弾を撃ち出すさまは壮観であった。対空砲火で連邦軍の攻撃機を迎撃している100m前方では韓国陸軍第5機甲旅団のK2戦車とK1A1戦車の数十輌が迫り来る連邦軍戦車隊と交戦している。

 

 

 

 

「やった!1輌やったぞ!」

 

 K1A1戦車の120mm滑空砲から放たれたAPFSDS対戦車徹甲弾が敵96式戦車の装甲貫いて撃破した。火薬の臭い立ち込める車内で、装填手が閉鎖機を開けて撃ち終わった薬莢を排出し先の尖ったAPFSDSを砲室に詰め込む。

 

 

「次弾装填完了!」

 

『こちら2号車、弾が不足してきた。一時後退するため支援求む』

「了解。支援する」

 

 直後に無線が入り味方の戦車が後進し始めたため接近してくる敵戦車に砲撃を浴びせ砲塔を吹き飛ばし撃破した。

 

 

「目標撃破」

「9時の方向!突破されるぞ!」

「り、了解!」

 

 ホッとしたのも束の間、車長の怒声が飛び砲手は急いで指示された戦車に照準を向けた。

 

 

 

「?(何だ?あの戦車は?)」

 

 

 その戦車には105mmや120mmより大きい口径に長い砲身、砲塔は96式や99式に比べて小さく、全体の角ばった見たことのないフォルムをしている。

 おそらく連邦の新型戦車だろう。幸い、その戦車は装甲の薄いとされる側面を向けて進んでおり砲手はためらいもなくサイドスカートに照準を定めてトリガーを引いた。砲撃の反動で閉鎖機が後ろに後退し砲弾が砲身から飛翔していく。

 

 

「!命中!敵戦車沈黙!」

 

 砲弾は狙った通り命中し戦車から白煙と炎が上がり、砲手は撃破したと確信した。

 

 

 

 

 

「!……いや?」

 

 

 

 しかし、喜びもつかの間だった。

 撃破したと思っていた戦車の主砲がこっちに向いているのが見えたのだ。次の瞬間には逆にこちらのK1A1戦車の装甲が貫かれ車内の乗員の命をむしり取っていった。

 

 煙がすべて晴れてみると敵新型戦車のサイドスカートには少し穴が空いた程度でほとんど傷はなく問題なく動き出している。

 

 

 

 

『4号車がやられた!敵の新型戦車が多数出現!K2を前に出せ!』

『ダメだ!目の前の目標で精一杯だ!』

『対空砲がやられた!対空ミサイルも残弾わずか!全車各自で対空射撃!』

『!上空より敵機!』

 

 

 

 防御陣地に突如、爆弾の雨が降り注ぎ韓国軍陣地を吹き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 その後、新型の155mm砲搭載17式戦車を前に韓国軍の主力戦車は歯が立たなかった。その上、連邦軍の攻撃機や戦略爆撃機の絨毯爆撃で各個撃破されていく。

 一方、洋上で作戦行動をしていた韓国海軍の象徴でもあったイージス艦2隻が艦内に侵入した連邦軍特殊部隊によって拿捕、他の艦艇は対艦ミサイルの飽和攻撃や拿捕したイージス艦からの近距離砲撃で撃沈もしくは大破した。

 

 

 最後の砦であった釜山も陥落し大韓民国政府は全面降伏。数ヶ月足らずで連邦の占領下に入った。

 

 

 

 かろうじて生き残った官僚や国民は海軍艦艇や民間船に避難民を乗せ日本やアメリカといった国々に亡命していった。

 




次話:難民を受け入れた国々では第2次朝鮮戦争をきっかけに大問題へと発展をしていく・・・。


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設定集(時代系列)

複雑になっています。


-時代系列-

 

2015

日本、戸部政権下で平和安全保障関連法案可決。過激派によるテロやデモ隊の暴徒化により治安が徐々に悪化する。

 

2016

 中華人民共和国で政変が発生。習近平国家主席は来航先のドイツで亡命。

 薄煕来・重慶市党主席がクーデターで国と軍の実権を握り、政権を掌握。

 チベット・東トルキスタン両自治区での弾圧が広まる。

 中国政府の経済奨励政策によりアメリカを抜きGDP世界第1位へ。

 

2017

 朝鮮問題が解決されたとして中国・北朝鮮発起人の国連総会決議により大韓民国駐留国連軍は解散。アメリカ、日本、韓国など25カ国は抗議。

 

2018

 在韓米軍が陸軍1個中隊を残し大韓民国より撤退。

   

 ハンガリー・セルビア国境で中東難民の受け入れを巡り武力衝突。同時にキプロス共和国領内でトルコ・ギリシャ両軍の衝突も発生。

 

 EU各国でEU脱退派の勢力が増す。   

 

2019

 人民解放軍、朝鮮民主主義人民共和国、マクマホンライン(中印の係争地)、南沙諸島に同時侵攻し1ヶ月足らずで占領。降伏した当事国間平和条約発効。

 朝鮮民主主義人民共和国は「北朝鮮自治区」、マクマホンラインは「蔵南省」と改称後、中国へ併合。中国人が大量に植民。

 

 アメリカ、日本、韓国を中心に非難声明発表。

 韓国支援を否定した戸部内閣は責任を取って総辞職。衆参合同の選挙が行われる。

 

2020

 日本労働者党・日本共産党連立の鳩岡内閣成立。防衛費自衛隊員数削減・秘密保護法及び安保関連法を廃止。鳩岡首相、日本型モンロー主義を宣言。

 

 中華人民共和国政府は国名を中華連邦と改名。党大会で軍事予算を倍増額承認、法律を改正し一党独裁制を強化。大統領制に変わり薄煕来が連邦大統領に就任。国内の格差是正を宣言。

 

 鳩岡内閣、日米安全保障条約破棄。在日米軍の撤退開始。

 日本、メタンハイドレートの商業化実現。

 

2021

 タイの政変拡大によりアジア通貨危機が再燃。ASEAN諸国通貨の暴落の余波で東ティモール共和国及びナウル共和国が財政破綻を発表。ミャンマーでクーデター、内戦勃発。インド軍と東南アジア諸国連合軍(SEAA)が軍事介入。

 

 日本政府、円高不況による経済不況を理由に防衛費、自衛隊規模を削減・縮小。

 

 イスラム国の最後の拠点が多国籍軍によって制圧。

 

2022

 中華連邦、独自の宇宙ステーション建設を開始。

 

2024

 中華連邦軍、陸海空全方向より大韓民国へ侵攻(第二次朝鮮戦争)。日本国は100万を越す難民の受け入れ表明。アメリカは中立宣言。

 別口実をつけて秘密裏に韓国への支援のため米海軍第7艦隊を黄海上に派遣。米艦隊派遣先で米アーレイ・バーク級駆逐艦「ステザム」の謎の爆沈(のちの調査で連邦軍原潜による魚雷攻撃によるものだと判明)。空母艦隊は自国民救出後速やかに撤退。

 大韓民国全域が中華連邦に併合、北朝鮮地域と合併して「朝鮮自治区」となる。

 

 

2026

 日本各地で朝鮮難民が権利を求め同時武装蜂起、警官・機動隊と交戦。警察官27名死亡450名負傷。市民2名死亡29名負傷。難民側不明。

 

 中華連邦、保護国への開発投資で空前の大景気に沸く。

 中華宇宙ステーションが完成。ステーションに地上攻撃兵器が搭載されている情報も。

 

2027 

 日本、外国人国政参政権法施行。翌年、初の外国人議員誕生。

 

2030

 現在。



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設定集(登場国家)

-登場国家-

 

2030年

日本国

人口1億1600万人。

実に人口の1/3近くが65歳以上の高齢者。貧富の格差が激しく20代30代の20%が失業している。

労働力を確保する裏の理由で朝鮮半島難民を保護したが、労働をする難民よりも生活保護を申請する難民が圧倒的に多く日本各地での犯罪率が異常に高まり治安と雇用が悪化する一因となっている。

2020年度からの日本労働者党の政策で防衛費と自衛隊戦力を重点的に削減しているため、国防の安全が不安定なものになっている。

主要取引国は中国に代わりインドやASEAN諸国へ移り、国際貿易で貿易関係企業、メタンハイドレート・藻の資源供給化でエネルギー産業関連企業を中心に規模を縮小しつつもまだ世界に影響力を残している。

 

中華連邦

人口14億2600万人。

2020年に中華人民共和国(PRC)が改称、国家主席に代わり大統領のポストが置かれる。2030年までにマクマホン、南沙全諸島、朝鮮半島全域を併合。

併合地域での自国企業運営が好調のため経済力(GDP)は世界第一位になっている。

経済規模の増長に従い連邦軍の戦力が潜在的に米軍に優っている。近年の周辺併合の成功で国内では外征論が高まって次に侵攻する地域を選考している。

 

中華連邦朝鮮自治区

人口5000万人。中華連邦の行政区。旧北朝鮮と旧大韓民国を一体に構成しているため北地域の経済難民が豊かな南になだれ込み同民族同士の抗争が問題になっている。

米国に祖国独立を目指す大韓民国亡命政府がある。

 

アメリカ合衆国

人口3億6500万人。2020年にシェールガス輸出国世界最大の国になった。2030年には中華連邦に次いでGDP世界第2位に後退。軍は泥沼と化した中東での戦闘費用と慢性化した行政赤字で軍事費を削減され縮小傾向にある。

 

EU

2025年に英国が脱退し規模が弱くなった。2010年代からの中東難民と現地民との間で内乱が起きている。ギリシャでは成立した極右政権が休戦中のキプロスでトルコ軍と戦闘再開。

 

中華民国(台湾)

人口2300万人。民進党が政権を握り独立宣言。台湾海峡で中華連邦側の挑発が顕著となっている。

 

東南アジア諸国連合(ASEAN)

EUをモデルに連合議会、連合裁判所、共通通貨を導入している。2021年の通貨危機でASEAN加盟国の東ティモール共和国が財政破綻。各国で政変が起きつつある。定期的に連合軍(SEAA)を結成。

 

トルコ・ギリシャ

キプロス共和国の南北にそれぞれが支援する政権を立てて対立している。



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第3話「"平和"国家 日本」

お疲れ様です。続きをどうぞ。


-2030年7月7日-

-日本国東京都渋谷区-

-渋谷駅ハチ公前[11:00]-

 

 

 

 

 

「朝○人は半島に帰れ!」

「寄生虫の難民は殺せ!」

「鳩岡政権は総辞職しろ!」

 

 

 

 スピーカーを通して大音響でヘイトスピーチが鳴り響く。右翼の街宣車の街宣をうるさく思っていた道交う人々は下を向いて無関心を装ってそれぞれが歩いていく。

 

 

「ヘイトスピーチやめろ!」

「外国人参政権歓迎!」

「難民を虐めるな!」

「戦争反対!絶対平和!」

 

 

 右翼の街宣車に向かって今度は左翼活動家十数人が傘や杖を持って街宣車を取り囲んでいた。

 

 

「売国奴め!非国民!」

「なんだと差別主義者!」

「ピース!セイ!ピース!」

 

 

 すると、左翼活動家が傘で殴りかかったことから左翼右翼交えた乱闘事件が発生してしまった。左翼活動家の1人が平和を叫びながら殴りかかっている光景はなんとも理解しがたいものであった。

 

「渋谷駅前交番緊急事態発生!監視対象の活動家グループの乱闘が始まった!応援を要請する。」

 

 近くで警戒に当たっていた当直警官が通信を入れ、すぐさま応援に警官数人が駆けつけた。

 

「こちらは警視庁です!すぐにやめなさい!やめなければ警告射撃します!」

「知るか!クソポリ!」

「止めろ!撃つぞ!」

 

 小銃を装備した警官数人が銃を構え警告を行う。銃口を向けられた左右の活動家たちは一斉に沈静化、警官たちは被疑者の確保を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 2015年、日本の当時の戸部政権下で安全保障関連法案が衆参を通過、成立された。この法案に対して特定アジアを除く国際社会は歓迎、米国政府は歓迎の意を表明した。

 一方の国内では「戦争になるぞ!」と日本共産党によるネガティブキャンペーンが貼られ、それ以降複数の反政府組織が結成、議員会館爆破や国会への火炎瓶投げ入れ、自衛隊駐屯地への簡易迫撃砲による砲撃でテロ活動が頻発していた。

 

 テロやデモ隊の暴徒化が原因で治安の悪化と支持率低下で2019年に戸部内閣は総辞職。そのころ有権者の人々の支持は新しく結党された日本労働者党や平和を訴える日本共産党に集まっていた。

 総辞職後の衆参合同の選挙の結果、日本労働者党が全議席の3分の2を占め勝利し、それに基づいて日本労働者党党首の鳩岡(はとおか)一郎(いちろう)衆議院議員が内閣総理大臣に就任、2020年鳩岡内閣が成立した。

 

 

 

 鳩岡政権ではまず防衛費の削減を実施、自衛隊の総兵力を25万から22万へ、戦車保有数を600から200へ削減させた。次に外国人選挙権法案を成立、外国人も身分証明書があれば政治活動ができるようになった。続いて悪法だとして秘密保護法及び集団的自衛権の破棄を発表。

「国外の争いごとには一切関与しない。」と持論の日本モンロー主義を掲げた。これは国内の多数の人々に支持され「さすが平和国家日本!」といった声が国民から多く挙がった。

 

 

 

 そして2030年の今日、2024年に勃発した第二次朝鮮戦争による半島からの難民総数100万近い人数を受け入れた日本は荒れていた。

 

 それによる影響は凄まじいもので難民による犯罪件数は10年前の2020年度犯罪件数に比べ10倍に増加、テロ事件による被害者も増加の一途をたどっている。警察庁は現有装備では歯が立たないとして警官に小銃を装備させ、防弾防刃ベストなどの装備を常時装備することなったが、事件の急増により人員不足が慢性化、それに比例してどんどん治安が悪化していく一方であった。

 

 経済もただどころではなかった。韓国と取引をしていた企業の債権や株が焦げ付き大不況が訪れリストラが多発、大量の失業者が世に溢れた。そこに安い労働力になりえる難民の労働者を企業がコストのかかる日本人の代わりに雇用し就職難に拍車をかけた。

 

 選挙権を与えられたことで外国人は積極的に政治の舞台に立つようになり2年前の衆院選では20名近くの外国人系議員が擁立された。

 

 

 

 人々は経済の混乱でより政治に不信感を抱くようになりさらに投票に行く人が減っていく傾向にあった・・・。政治に背を向ける結果がおぞましいことになるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

-2030年7月7日-

-アメリカ合衆国ワシントン特別区-

-ホワイトハウス[現地時刻19:00]-

 

 

 

 年季の入った白髪にどこか凛々しい風貌を持つ男が1人、星条旗を背に椅子へ腰かけていた。

 

『ほとんどの戦力の移動が完了できたな・・・』

 

 

 

 卓上に載せられた何枚かの資料に目を通してアメリカ合衆国第46代大統領ドナルド・スペードはそう感じた。

 

 その資料題名は「旧在日米軍戦力の国外移転完了についての報告」。

 内容は「日米安全保障条約の日本側からの破棄要請に従い条約は失効。旧在日米軍は2030年までに全戦力の日本国外への移転も目標に活動。7月5日、最後の陸軍第78通信大隊のアリゾナ移転を持って目標は完遂されたものとする。

                     陸軍大将トーマス・ホーキンス」

であった。

 

 

 

 数年前日本の鳩岡首相は日米安保条約破棄の際に「日本は平和を掲げる国です。平和をこよなく愛するゆえ戦争国家である貴方方とは一緒にいられない。」と言ってきたのを思い出し、無性に腹が立った。

 

 

『日本め、お前らを守るためにどれだけの米国民の血が流れたと思っている?どんだけ外交による不手際をフォローしてきたと思っている?』

 

 

 腸が煮えきる彼の心情もわからなくもない。

 実際にあった出来事で2004年4月24日にペルシャ湾でテロリストグループに日本のタンカーが襲われる事件があり自衛隊の護衛艦が近くで航行していたが法律の問題で動けず、代わりにタンカーを守るために米海軍艇がテロリストと交戦し、米海軍兵と沿岸警備隊員の計3名が犠牲となりつつもタンカーを守った。

 

 

『…日本人は国を血ではなく金で守ろうとするのはとんだ馬鹿な考えだ。日本は韓国が侵略されていても助けなかった。』

 

 

 第二次朝鮮戦争時、韓国政府の要請により日本政府は自衛隊の派遣、米国は海軍による爆撃支援をしようとした。

 しかし、日本の国会では野党の牛歩戦術(鈍いペースで歩き審議を遅らせようとする姑息な投票戦術)やバリケードを作るなどの実力行使により審議がもたつき代わりに韓国政府に支援金だけを出すことにせざるを得なかった。

 米国は原子力空母「ロナルド・レーガン」を中心とした艦隊を黄海上に派遣したところ、艦隊所属の駆逐艦「ステザム」が突然謎の爆沈、そこで足止めされ危険を感じた米国は自国民の救出を終えてすぐ艦隊を撤退させた。

 

 

 過去の出来事を振り返り大統領である彼はそっと眼を閉じ、

 

『これまでの経過をみて米国は今後付き合っていくべきパートナーを変える時期が来たようだ・・・。』

 

 

 スペード大統領はそう考え手元にあった受話器を手に取り、あるところにダイヤルをかけた。

 

 

 

 

 

 

「………大統領のドナルドだ。すぐに中華連邦大使を呼び出せ。例の件だと伝えろ」  

 

 

 

 




次話:不穏な空気が漂う日本周辺情勢。


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第4話「サラリーマンと黒い槍」

お疲れ様です。続きをどうぞ。


-2030年7月16日-

-福岡県福岡市博多区某所[2:00]-

 

 

 

『うわぁぁぁあぁ?!』ガタッ

 

 

 彼、今年で30になる伊藤(いとう)翔(かける)は急に目が覚め、ベッドから起き上がった。

 

 

 

『またあの夢か、・・・もう一回寝るか』

 

 

 そう言ってまた枕に顔を埋めた。

 

 

 

 

 数時間後、結局彼は眠りにつくことが出来ずに朝を迎えてしまった。ぼさぼさの髪を掻きながらジャージからカッターシャツ長ズボンに着替える。テレビをつけ、昨晩タイマーをして炊いておいた白米飯と湯煎した湯にわかめと味噌を入れて作った味噌汁、カップ納豆を掻き込むように食べる。食後、箱買いしてある缶コーヒー開け一気に飲み干し背広を着て支度をした。

 

 忘れずに髭も剃る。

 

 そうして伊藤はいつものリズムで9時に職場へと出勤するため博多駅へとぼとぼ歩いて行った。

 

 

 

 ここ最近、博多駅にかかわらず全国各地の駅周辺の裏路地は半島難民の巣窟と化していた。一歩誤って踏み入れてしまうと金目の物と身分証明書を剥ぎ取られて、その後行方不明になると市民の間でもっぱらの噂となっている。朝のニュースでもどこそこで殺人・強盗事件が多発していると流れていた。

 

 古来よりアジアとの交流が盛んで第一の難民受け入れ地となったここ福岡県は難民の流入で都市部を中心に治安が非常に悪化した。

 しかしながら、かつてから広域地域指定暴力団の一拠点であった福岡ゆえに県の警察官は経験豊富なベテラン揃いであり、半島難民の多く暮らす県庁所在地の福岡市では大都市にもかかわらず、犯罪件数は政令指定都市の中では平均以下に収まっている。

 

 

 

 そんなことはどうでもいいと考えている伊藤にとってもっぱらの問題はいつ結婚するかであった。

 彼は年収として平均的で建築系の中小企業の正社員である。昇進について本人はそんなにいって興味がなく趣味は月に3回以上は行うサバイバルゲームであった。

 

 

 「サイバイバルゲーム」とは(ゲーマー曰く)紳士が嗜む高貴なスポーツである。

 プレーヤーが各自気に入ったBB弾仕様のエアガンや装備を持ち合わせ、決められた範囲のフィールドで撃ち合いをするアウトドアなゲームである。これは日本で発展したゲームであり、海外ではペイント弾のエアガンを使用したゲームがあるが最近は「Airsoft War」として海外でも人気が出ている。

 傍から見たらいい年した大人が鉄砲持ってはしゃいでいるにしか見えないが。

 

 

 

 そんな特殊な趣味のせいか体力は付いたが彼女がここ10年近くできていない。親は早く孫が見たいなど過剰に迫って来るため結婚は重要な悩みであった。

 

 

 

 

『まぁいくら悩んでも相手がいないとなぁ・・・』

 

 

 結婚したいけれども奥手でもある彼は一行に彼女すらできる気配はなかった。

 

 

 

「しかしまぁ食えるだけましか、……ってなんだあいつら?」

 

 

 

 

 

 

 駅に向かっている伊藤や多くの人々の前方に数人の普通ではない雰囲気を持った集団が姿を見せ始めた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-同日-

-福岡県対馬市上対馬町-

-航空自衛隊・海栗島分屯基地[10:30]-

 

 

 

 

「α目標、イーグル01の指示に従い識別圏外へ280度変針、飛行中」

「了解。引き続き監視を続行せよ」

「了解。監視を続行する」

 

 

 

 

 ここ航空自衛隊海栗島分屯基地のオペレーションルームでは24時間レーダーに現れる不明機の動向を監視、領空に近づく恐れがある場合は不明機に対して通告を行い、春日の西部航空方面隊司令部に対領空侵犯措置(スクランブル発進)の要請を行う。

 

 

 

「α目標、レーダー外へ飛行。終わり」

「了解。終わり」

 

 

 

「・・・ふぅー」

 

 牧田(まきた)海斗(かいと)三等空曹はレーダーから目をそらし緊張を解くと思わず息がはき出した。

 

 

『ここ最近、やたらめったら連邦機が接近してきて気を休める暇がない・・・。』

 

 

 

 この海栗島分屯基地ではスクランブルの要請措置が今年に入ってもう400件近くになる。この数年前までは連邦機の多くはレーダーに感知されてすぐにレーダーサイトから送られる無線通告を聞いて針路を変えて領空に近づいてくることはなかったのだが、2年前あたりから通告を無視して領空に近づく機がほとんどのためスクランブルの要請が絶えなくなっている。

 

 

「牧田。交代よ」

 

 そう声をかけてきたのは同期WAF(女性航空自衛官)の久佐木(くさき)神奈(かんな)三曹だ。

 

 

 

「もうそんな時間か。そんじゃちょっくら休ませてもらうよ」

 

 

 

 牧田はそう言って椅子から立ち上がり久佐木の横を通りすぎた。久佐木は牧田の座っていたクッションの凹んだ椅子に目をつける。

 

 

「りょーかい。・・・あぁそれとちょっと気になったんだけど」

「なんだ」

 

 

 

「また太ったぁ?」

 

 

 椅子の凹みを見て久佐木は目元を細めて言った。

 

 

「うるせぇ。お前はストーカーか何かか?」

 

 

 

 牧田は一見パッと見ると普通の体格をした男性ではあったが体重は80kg、体脂肪率は30%、規定より数値が超えている、定期検査ではしょっちゅう医官に小言を言われることが同僚の間で話のネタになっていた。「運動不足の自衛官」と。

 実際には全く違うのだが・・・。

 

 

 

「まぁまた記録更新してたら教えてね。ネタにすっから」

「死んでも嫌じゃい!それより仕事しやがれ!」

 

 

 

 

 そう言い放った牧田はオペレーションルーム、そこに繋がる通路を通って屋外へ出て新鮮な空気を吸った。

 外は朝日が大方昇りきって初夏の暑さを催している。牧田は海がよく見える縁へ身を乗り出した。すると、ポケットからライターと「echo」1本を取り口にくわえ火をつけた。

 

 美味しそうに煙を吸い込みやがて吐き出す。喫煙が市民権を失ってから久しいが愛煙家である彼にとっていつでも好きな時に吸えないのは辛く感じていた。

 

 

 

「それにしてもいつ見ても心落ち着くな・・・」

 

 

 海栗島分屯基地は島丸ごと基地になっており、周りは母なる日本海に取り囲まれている。そのため海好きな牧田にとってはここはオアシスだった。他の隊員からしたら娯楽が限られるためただの監獄島に感じるらしいが・・・。

 

 

 

『それにしてもいい景色・・・』

「ん?」

 

 

 彼は空に一点黒い粒を視界に捉えた。

 

 

 

 

 

『鳥か・・・?』

 

 

 

 そう思ったのだが、

 

 

 

……………ゥゥゥゥブゥーーーン

 

 

『・・・これは?!』

 

 すると、微かに聞こえる風を切る独特な音を耳にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭で目標を認識する暇もなく、その直後、亜音速で長細い黒い物体が頭上を通り抜けレーダーサイトに直撃していた。




この前書店で興味を持って購入した「よくわかる航空力学の基本」って本を読んでいますが航空機の世界はなかなか面白いですね!


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第5話「浮かび上がる影と赤い川」

お疲れ様です。続きです。


-7月16日-

-福岡県春日市原町-

-西部航空方面隊司令部[10:00]-

 

 

 

 

「海栗よりの通信が途絶。応答がありません…」

 

 

 若い女性通信士官が報告する。

 

 

「それは本当か?」

「はい。0930の定時連絡からの応答が返ってきておりません」

 

 

 報告を聞いた西部航空方面隊司令官の若葉(わかば)隆恵(りゅうえ)空将は書類整理する手を止めた。

 

 

「その後の通信は?」

「原因不明の通信障害が起きている模様で0950より対馬全域で電波通信が困難になっています。おそらく…」

 

 

 女性士官は表情を強ばわせながら言う。

 

 

 

「あぁおそらくはな…」

「築城、新田原から迎撃機を全て上げて領空警戒及び対馬へ偵察機を向かわせろ。基地内に警報を。第2高射群に発令。あと、防衛省に連絡を。」

「対馬に向けてヘリを送るよう陸自に要請を」

 

 

 

 若葉空将は6年前の第二次朝鮮戦争のことが頭に浮かんだ。韓国侵攻の手順と今回の件が似ているからだ。

 女性士官も同じことを考えていた。

 

 

「了解です。佐世保の海自へは?」

「心配ない。奴らならもう動いているはずだ」

 

 

 

 

 

 

-同日-

-長崎県佐世保市-

-海上自衛隊佐世保基地[9:30]-

 

 

 

 

「全総員へ。治安出動待機命令発令により、0940に各員持ち場につくように」

 

 

 基地内放送を通じてスピーカーで隊員に命令が下る。

 

 

 

 

 

「…一体何があったんだ?」

 

 

 基地出入り口の警備を担っている青年、後藤慶(ごとうけい)二等海曹が詰所内にいた後輩の今生結衣(いまいゆい)一等海士に問う。

 

 

「何かあったんでしょう。私たちにはまだ情報が下りてきていませんし…」

 

「そうか、しかしせっかくの休日なのに呼び出される隊員は気の毒だな。なぁ、今生ちゃん今度ちょっくらドライブでも…」

 

 

 ふと、後藤の言葉を遮るように詰所の外からエンジン音が聞こえてきた。

 

 

「そんなこと言ってないで…ほら車両が2台来ましたよ。ほらっ仕事してください!(受話器を取って)…はい。こちら佐世保基地第2ゲートです。……」

 

 

 他愛もない話を淡々にしていたところ、門前に車両が接近してきたためせっかくの誘い話も足蹴にさせた後藤は機嫌が斜めになる。それでも表情は変えずにとりあえず前方の車両の運転席に接近していく。

 

 

 前方の1台は大型のトラックで荷台には大きく布が覆いかぶさっていた。

 

 

 

 

 

 

『はぁ、まぁいっか』

 

 後藤を考えを持ち直して、運転手に職質する。

 

「こちらは佐世保基地です。許可証のない者は…」カチャ

 

 後藤はトラックの運転手に問いかけた。返事は返ってきた。 

 

 

 

 一瞬の間、

 

 

 

『…え?』

 

 

 目の前には拳銃っぽいシルエットのものを向ける男の姿が……

 

 

 

 

 

 

 

 トリガーが3回引かれた。

 

 

 

 頭部に1発、胴体に2発、銃弾が叩き込まれた。後藤は訳も分からず地面に「グシャッ」っと音を立て崩れた。まるで操り糸が切れた人形が崩れ落ちたように。返事は3発の拳銃弾だった。

 

 

 

 

 

「…状況開始。」

 

 

 拳銃を放った男が言葉を発したと同時に荷台にかかった布が取り払われトラックの荷台にはアサルトライフルなどで武装した男たち20人が座っていた。その中の1人が肩に長い筒を持ってその筒先を詰所に向けた。

 

 

 

 詰所の中にはさっきの銃声に驚く今生一士が…。

 

 

 その筒から先端の尖った全長200mm口径40mmの成形炸薬弾頭が発射される。直撃を受け詰所は一気に爆発した。もちろん中にいた人間は影も形も残らずに。

 

 詰所を爆破した男たちの集団はトラックに備え付けられた黒く光る12.7mmの重機関銃手を残し全員降車してトラックを盾に基地内へ侵入していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ?!さっきの爆発音は?!」

 

「あっちの窓から何か見えるぞ!」

 

 突然の爆発音に驚いた隊員たちは確認しようと窓際に近寄る。

 

 

 

 

 隊員たちが近づくといきなり窓が割れ数多の何かが突っ込んでくる。

 

 

「ウギャ」バシュ

「オゥェッ」グチャ

「グワンッ」バシャ

 

「伏せぇ!伏せっ!撃たれるぞ!」

 

 

 

 隊舎の窓に向かって2台のトラックから容赦ない機関銃掃射が行われ窓を突き破り凶弾が隊舎内に突っ込んできた。不幸にも不用意に近づいた海自隊員たちの体に当たった。隊員たちの体は12.7mmの大口径の弾の運動エネルギーによって無残にも赤い液体が飛び散り原形も止めず肉片に変えられていく。

 

 

 

「い、一体何なんだ?!」

 

「1階から武装集団が侵入!食堂にいた仲間が!ガハッ?!」バン

 

 

 突然の事態に拳銃すら装備する時間もなく大半の隊員は丸腰同然であった。

 

 

 

 

 

 ドアを破壊し寝室に小銃を持った男が押し入る。

 

 

「ひぃ?!た、助けてくれ?!撃たないでくれ!」

 

 2人の隊員が押し入ってきた男に両手を挙げて降伏の意を示すが、

 

 

 

男はライフルを構え、

 

「…죽어버려(ジュゴボリョ)<死ね>」

 

 

 

 

 

 男は問答無用で引き金が引かれ連続した発砲音が鳴った。1人が小銃弾で頭と腹を撃ち抜かれ後ろの壁に打ち付けられる。

 打ち付けられた男の焦点の合わない視線から即死したようだ。

 

 

 

 

「高木!!!!!畜生があぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

 目の前で同僚を撃ち殺され激昂したもう1人の男が殴りかかるも、ライフル弾3発が体を貫き、倒れた…。

 

 

 

 

 

 

『…桐江…。夏海…。お別れみたいだ…すまない…。』

 

 息絶える一瞬、彼は家族のことを想い視界が暗くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…죽였는가?(殺したか?)」

 

 隣の部屋から出てきた男が言った。

 

「네(あぁ)」

 

「좋다. 일본인은 모두 죽여라. 이것으로 죽은 동포도 기뻐할 것이다. (よろしい。寿司野郎(日本人)はすべて殺せ。これで同胞も喜ぶだろう…)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隊舎内の隊員たちは見つかり次第次々と無抵抗にかかわらず全員射殺されていき、隊舎から隊員の流した赤い血で川が出来ていた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、異常を素早く察知できた1人の尉官を中心とした5人の隊員たちは隊舎の一角の部屋にバリケードを作り武器庫から5丁の89式小銃と9mm拳銃1丁を持って立て篭ることに成功してした。

 

 

 

「…なんとか持ちましたね。久瀬2尉」

 

 

 この場を指揮する男は若くして中級幹部となっている久瀬(くぜ)冬馬(とうま)2等海尉であった。冷静で礼儀正しく容姿は短髪黒髪に東南アジア系の掘り深い顔立ちをしている。

 そんな久瀬に対して長くも短くもない黒髪を後ろに束ねポニーテールにした女性、羽柴(はしば)市子(いちこ)3等海曹がさきほどのように話しかけていた。

 彼女は綺麗な顔立ちに絶妙に引き締まったスタイルをして黒髪がよく似合っていた。そのため隊の広報誌に美人自衛官として写真が載ったこともあり、尚且つ今の上官であり教育隊時代の教官でもあった久瀬へひそかに思いを寄せていた。

 

 久瀬はそんな彼女を前に何も感じずただ、状況を分析している。

 

 

「だが、状況は切迫している。敵勢力は見たところ重機関銃にロケットランチャーまで装備している情報だ。ここが見つかり破られるのも時間の問題だ」

 

 

 状況観察を終え羽柴からの言葉にうなずきながら手に持った9mm拳銃の弾倉のチェックをするとそれを銃に装填する。

 

 

「…そうですね。基地の指令所に移動して抗戦しますか?」

「いや、この様子だともう既に指令所も陥落していると見るべきだろう。ましてや補給のないところで戦うのは…」

 

 

 

 

 

 

 突然、久瀬の言葉を遮って爆発音が響いた。

 

 

 

 

「?!どうしたっ?!」

 

 突然の爆発音と室内にも感じたとてつもない爆風に驚き、全員窓の外の光景に釘付けになった。

 

 

 

 

 桟橋に接舷停留していた護衛艦「ゆうだち」が船体内部から爆発を起こし大きな音と爆風を伴って海に沈んでいた。

 

 

 

 

「…『ゆうだち』が……」

 

 

 慣れ親しんだ護衛艦の撃沈に若い隊員たちは緊張がより高まった。

 

 

 

 

 

 

「落ち着け!冷静になるんだ。取り乱してどうする?俺たちの使命はなんだ?思い出せ!」

 

 

 

 

 

 久瀬も驚きつつも冷静さを保って隊員たちに呼びかけた。

 

 

 

 

 隊員たちはハッとなりその一言で落ち着きを取り戻し久瀬の周りに集まった。

 

 

 

「お前ら、俺たちの使命は何か?!それは国民の生命と祖国のために命を張って盾になることだ。自衛官としての責務を今果たすときだ。しっかりしろ!」

 

 

 

 久瀬二尉の言葉に力が入る。隊員たちはその言葉を聞き入る。

 

 

 

「…で、では、どうしますか」

 

 冷静さを取り戻した隊員たちは指示を仰ぐ。

 

 

「よし。それじゃ地図を開いてくれ」

 

 

 久瀬二尉は近くにいた涙目になっていた木地(きじ)興毅(こうき)海士長に地図を開かせ口を開いた。

 

 

 

 

「まず、この部屋は隊舎の3階端にあり階段を降りてでの脱出は敵と遭遇する危険がある」

「…よって、作戦としてはこの窓からカーテンで作ったロープで降下、このルートを通り敵の目を避けるため海に入り佐世保市街方面に脱出する」

 

 

 

 久瀬二尉が地図の順路を指で差しながら説明した。

 

 

「途中に遭遇する隊員はどうしますか?」

 

 窓際でスコープ付きの89式小銃を持って監視をしていた一色(いっしき)護(まもる)海士長が問う。

 

 

「できる限り救い、あわよくば俺たちの余った銃を持たせて戦ってもらう」

「了解」

 

「久瀬二尉、佐世保市街にも敵勢力がいた場合は?」

 

 不安げに羽柴三曹が問う。

 

 

「跳弾に注意し市民を守りつつ敵を倒すだけだ」

「他に質問は?」

 

 説明を終えた久瀬二尉は全員の目を見る。

 

 

「…ないですっ!」

「いいな。1013、私が緊急避難の指揮を執る。合戦開始」

 

 

 

 久瀬二尉の命令で隊員たちは脱出作戦を開始した。




次話:謎の勢力の脅威が日本に次々と襲いかかる…


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第6話「迫り来る影」

お疲れ様です。続きをどうぞ。


-2030年7月16日-

-福岡県対馬市上対馬町-

-航空自衛隊海栗島分屯基地[10:40]-

 

 

 

 

「………っん…?」

 

 

 

 牧田海斗三等空曹は目が覚めてみると目の前にはアスファルトの地面が視界に広がっていた。どうやら気を失っていたらしいと彼は悟った。

 

「一体何が……痛っ?」

 

 身を起こそうと額をさすったとき顔面に痛みを感じ、さすった手のひらを見ると赤い液体がついている。牧田は自分の顔から血が流れていることに気づく。

 

「それよりもレーダーサイトは…?」

 

 

 牧田は額の痛みをこらえながら身を起こしレーダーサイトを見た。

 

「…マジかよ…」

 

 

 レーダーサイトは轟々と黒煙をはき出し丸い形状のドームには大きく穴が空き建物内部から火炎が噴き上げて燃え上がっている。

 施設の惨状を見てすぐ出血している額を押さえ牧田はそこに向かって駆け出していった。

 

 

「おい!誰かいないのか?!」

 

 施設に近寄いて大声で呼びかけるが返事はない。中に入ろうとするも真っ赤な炎が猛威を振るって中に入れそうになかった。近くには隊員の姿はなくあたりを見回してみると、ミサイルが着弾したのはレーダーサイトだけでなく基地全体に数発着弾していたようで隊舎や観測所、倉庫は半壊していて遠くから叫び声が聞こえる。遠巻きに向こうの建物の前に何名かの隊員が路面に倒れているのが見えた。

 

 

 

「…た、助けて…」

 

 

 一瞬近くのガレキの山から女性の声が聞こえた。

 

「待ってろ!すぐ助ける!」

 

 声のした方に走りガレキをどかし始める。小さいコンクリート片や木片ばかりだったので1人でもなんとかどかすことが出来た。

 

 ガレキに埋もれていた女性を引っ張り出し救助した。

 

 

 

「大丈夫か?」

 

 牧田が近寄って女性隊員の様子を案じる。

 

 

「はぁはぁ、助けてくれてありがとう…」

「!その声は久佐木か?大丈夫か?」

 

 

 牧田の助けた女性隊員は休憩で交代した久佐木神奈三曹だった。

 

 

「牧田…?牧田なの?!助けてくれてありがとう…」

 

 

 久佐木はふと痛みでこわばった肩を落ち着かせ安心した様子で答える。

 

 

「あぁ、無事で良かった」

「本当にありがとう。ところで今、一体どうなっているの?」

 

 

 久佐木はそう言うとあたりを見回す。

 

 

「…見たところ基地全体が壊滅している。ミサイル攻撃を受けたみたいだ。今のところ生きている隊員を見ていない…」

「…そんな…」

 

 牧田の状況見聞に久佐木は驚き身が固まる。牧田はそんな彼女を見つつ、

 

 

「ひとまず生き残りの隊員と基地の医療班と合流しよう」

「了解。できたらどこかに生きてる通信機を探しましょ」

 

 

 

 そういい2人が動き出した矢先だった。

 

 

 連続した銃声が基地に鳴り響いく。2人は立ち止まり音がした方を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 2人の200m先の倉庫の前で隊員たちが走っているのが見えた。生存している仲間を見つけた久佐木は手を挙げ声を出そうとする。そんな久佐木と違って牧田は隊員たちの先に動くものに気づいた。

 

 

「おい、待て久佐木。様子がおかしい…」

「え?ちょっと!」

 

 

 牧田は久佐木の腕を押さえ口を塞ぐ。

 

 

「なんなの?!」

「あれを見ろ」

 

 

 

 牧田はそう言い指差す。指さしたさきに、隊員後ろの茂みから自動小銃をもった迷彩服の集団が現れた。

 

 

 

「っ!逃げろーーー!」

 

「誰だお前らっ?!ホゲェ」

 

「おい?!撃つな!グフ」

 

 

 

 

 

 

 

 男たちの持つ自動小銃の銃声とともに逃げる隊員が銃弾を受けて次々倒れていく。

 

 何発か胸に受けた隊員は地面に倒れてすぐに動きが止まる。脚を撃たれ負傷した隊員は脚を引きずりながら自身に起きたことを理解する前に本能から迫り来る死から必死に逃れようとする。

 

 

「こ、降伏だ降伏する!」

 

 逃げ場を失った何人かの隊員は両手を挙げた。しかし、相手の男に返事はない。『助かった』と思った隊員らだった、が、次の瞬間に男は隊員たちの足元に丸い玉を転がす。

 

 

 隊員たちは転がってきたものを視線に捉えそれを理解し顔が青ざめる。

 

 

 建物の一角で爆発が起こる。

 

「た、助けっ…ドッ」

 

銃声が鳴り止むことはなく正体不明の集団は手当たり次第に隊員たちを射殺していく。

 

 

 

 

 

「酷い…」

 

 

 

 惨劇の一部始終を目撃した2人は光景の有様を目に焼き付ける。

 

 

「奴ら…よくわからんがおそらく連邦の兵士だろう。畜生…」

 

 

 牧田は昨今の情勢から敵を推測する。牧田は力強く拳を壁に突きつける。殺された隊員に親しかった友の姿が見えたが救えなかった自分の無力さに打ちしがれていた。

 

 

「…牧田…」

「…奴らが来てる。ひとまずそこの茂みに隠れよう」

「ええ」

 

 

 武器を持っていない2人は迫り来る集団を見てすぐそばの茂みに身を潜めた。

 

 

 

 

-同日-

-長崎県佐世保市-

-海上自衛隊佐世保基地[10:40]-

 

 

 

 

 

 2人の男が倉庫の中であるものを物色していた。

 

 

 

「…自衛隊の飯も意外とイケルな…俺らの飯に比べてな…」

「あぁ、最近ろくにいいもん食えてなかったしな」

「全くだ。最近の作戦のせいで腹ペコだ。ここで全部食っちまうか?」

 

 

 

 ここは食料倉庫。2人が手にしているのは自衛隊の戦闘糧食で美味そうに食べていた。

 

 目の前の食料に夢中になっていた男たちは見る限り敵がいないこともあり緊張を解いている。

 

 

「そういや大丈夫なのか…?隊長に見つかったら」

「大丈夫だろ?奴ら今頃…タンッ」

「?どうし…タンッ」

 

 

 

 男の言葉が喉でいきなり詰まった。声の代わりにヒューヒューと喉笛が鳴っている。男には訳がわからなかった。

 目の前では缶詰を手にした仲間が口から血を吹きだした。視線と体がゆっくりとスローモーションみたいに斜めに倒れていく。男は自分に何が起きたか理解したときにはすで意識は途絶えていった…。

 

 

 

 

 

「……クリア。進め」

 

 

 アクリル板の床に響く薬莢の音がしたあと、積み上げてあるダンボール群の中から89式小銃を構えた久瀬二尉と一色士長が姿を現す。

 

 

 

 直後、缶詰を握る人形になった2体の敵を尻目に5人の侍が倉庫内を速やかに歩を進める。久瀬の率いる5人の隊は武器庫を経由して海岸に比較的身を潜めて行ける食料庫内部の通路を通って脱出しようとしている。

 

 

「…サプレッサー(減音器)つけといて正解でしたね」

 

 

 先頭の久瀬に続く羽柴が小声で話しかける。

 

 89式5.56mm小銃は1989年に自衛隊が制式化した自動小銃であるが、対テロ・対ゲリラ戦闘や海外派遣など近年の防衛方策の変化に伴い、使用する現場の要求と状況に合わせた改修が施されている。

 

 2023年には次期制式採用銃としてXM8アサルトライフルにレイルシステムを加えた外観の豊和工業製23式小銃が採用される。

 しかしながら、近年の防衛費の削減で海自では未だ旧式化した89式が主力になっている。

 

 だが、久瀬たちがもっている89式は細部が異なる。

 

 サプレッサー(減音器)着脱銃口、光学照準器等をつけられるマウントや派遣先の砂漠地帯で問題となった防塵性を高めるなどの改造がなされたいわゆる「89式小銃・改」と呼ばれるタイプの銃であった。

 制圧した武器庫でこの銃を見つけた5人はそれぞれ手持ちの旧型の89式と交換、装備していた。

 減音器を入手していなかったら発砲音で敵に気づかれ囲まれていたことだろう。

 

 

 

「…まぁな…しかし、酷いさまだ…」

 

 

 

 

 久瀬たちは行く先々で隊員を見かけるが、今までに生きている隊員は見かけなかった。みなすべて頭部が損壊しているもの下半身がないもの腸が飛びでているもの、どれもかなり傷ついた死体ばかりだった。

 

 最初のうちは親しかった仲間、炊事のおばちゃん、ゲーム好きでよく対戦した一曹、可愛かった新入女性隊員、親しかった同僚の変わり果てた姿を見た彼らは、昨日食ったものを戻したり気が狂いそうだった。

 

 

 しかし今やみな慣れたようだ。

 

 

「連中酷いことしやがります…」

 

 

 先でまた新たに仲間の死体を見つけた。

 

 

「…構うな。さっきと同じようにして行くぞ」

 

 

 初めは泣き出して腰を抜かした木地士長は淡々と仲間の認識票をちぎる。

 

 

 

「…よし、行くぞ」

 

 

 

 

 再び通路内を速やかに進むと出口にたどり着いた。

 外に出ると海岸まで一直線の護岸があるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いいかみんな、俺の合図で一斉に海まで走って飛込め。後ろは決して振り返るな。生き抜くことを最優先にしろ」

 

「「「「了解」」」」

 

 

「……………よし、今だ行くぞ!」

 

 返事とともに施設を出て全員走った。

 

 

 

 

 

 

「…いたぞ!!!」

 

「絶対に逃がすな!」

 

 

 

 

 

 敵に見つかってしまった。それでも構わず走る久瀬たちの足元に何発かの銃弾が夾叉(きょうさ)した。

 100m先にはトラックの荷台につけられた重機関銃が銃口をこちらに向けて重厚な連続音を響かせ散発に銃声が鳴り響く。こちらは腰だめに小銃を撃ちながら海へ逃げる。必死に走って逃げる。

 

 

 

 

 

 

「…ウッ?!グシャ」

 

 

 誰かが倒れた。そうしている合間にも頭上の10cm上を銃弾が掠める。

 

 

 掠めた銃弾で久瀬が少し体制を崩すも走って応戦する。

 

 

 

「振り返るな!」 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおお!」

 

 

 久瀬たちは後ろを振り返らずに銃弾が掠める中、一目散に海に飛び込んだ。

 

 

 

 

 




本作を書いていて作者の技術の未熟さでなかなかうまく描けず苦戦していますが、どうか温かい目でお願いします…。次話もお楽しみに!!!


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第7話「ジェノサイドに報いる一矢」

 

-2030年7月16日-

-福岡県福岡市博多区

-博多駅[11:00]-

 

 

 

「大人しくしろや!」

「女、子供はこっち。ジジイとババアはあっちだ!」

 

 

 普段は通勤通学で人が賑わう駅の改札口前の広場で多くの人々の目前に非日常的な光景が広がっていた。

 2時間前、テレビの中東情勢のニュースでよく見かけられる特徴的な小銃を持った男女のグループが広場を占拠し自分たち市民に銃を向け怒号が飛び交う。

 銃で脅され駅の数カ所に座らせられる人々。男は広場に、老人たちは駅のホームに、女や子供は室内に連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

「注目せよ!」

 

 

 

 イヤホンを握った女が群衆に呼びかけ注目を浴びる。

 

 

「よく聞け!我々に逆らうとどうなるか諸君はわかっているいることだろう。諸君はまず大人しく我々の話を聞きたまえ!」

 

 

 そう言って女は駅の壁際を指差す。

 

 

 その指先に20人以上の制服姿の警察官、一般市民、高そうなスーツを着たご老人たちが一列に壁際に倒れかけていた。 皆それぞれ身体から血を流し苦しんだ表情で死んでいる。当初、治安出動した警察関係者や武装したこの集団に逆らったり人々が壁に並べられ、多くの群衆が観る目の前で一斉に射殺にされた。

 

 

 近くの排水口からは多くの真っ赤な液体が溢れ、駅周辺は鉄臭い臭いが蔓延している。捕まえられた人々は『自分も逆らうと殺される』という恐怖に支配されていた。 

 

 

「よし!君たちは賢い!この駅は我々連邦軍が占拠した!これからお前たちはあるところに輸送されることになるだろう!」

「いずれこの日本と呼ばれる地域は我々中華連邦に組み込まれ、多くの人民に幸福と繁栄をもたらすだろう!!!」

「我々とともに来るのだ!諸君!ここには我々に賛同してくれる日本人もいる!今日はその彼らに来てもらった!」

 

 演説をしていた女はイヤホンを後ろにいた若い男に渡し交代した。

 

 

「…はじめまして!僕は西南院大学3年生の後越宏ごえつひろしです!皆さん!連邦の人たちは良い人たちです!」

 

 意気揚々と健康的な日焼けをした大学生がイヤホン越しに喋り始めた。

 

 

「そこの壁際に倒れている人たちは僕たちを地獄に連れて行こうとする権力者たちです。連邦の人たちは彼らから僕たち日本国民を救っていただきました!戦争は悲しみしか生まれません!彼らはいい人です!連邦人と仲良くなってこれからの日本を良くしましょう!」

 

 滑らかな口調聞き取りやすく魅力的な声で演説を進めていく。反発的な聞いていた人々は徐々に従順な態度に変わっていく…。

 

「連邦の人たちはこれからの多大な援助を約束してくれています!日本は復活するでしょう!みんなで新しい日本を幸せを創って行きましょう!」

 

 ここで後ろの連邦軍の兵士、大学生、賛同している日本人が大きな拍手を響かせた。聞き入っていた群衆たちも思わず拍手し中には歓声もあげる人々も現れ、人々の心情は恐怖一面から連邦軍への好意大に変わった。

 

 

 

 

 

 

「…愚かなものだな。日本人は…」

「全くです。大佐」

 

 

 広場から離れた歩道橋の上でその様子を眺める2人の連邦軍人が立っていた。

 

 

「新型の神経ガスはよく効いている。日本人の学生もうまく群衆をコントロールしてくれている」

 

 大佐と呼ばれた女性が馬鹿にするように微笑み語る。  

 

 連邦軍は駅の数箇所から人々に連邦軍を好感的に見えるように洗脳しやすくする神経ガスを散布していた。しかし、万人に効くものではなく抗ワクチンを打った者には効かない。兵士たちは全員ワクチンを打っていた。

 洗脳させるため遥か昔から中国が裏で支援している日本の平和団体に所属していた大学生に金を握らせて将来の統治機構への就職斡旋を餌に、スピーチによって印象操作をさせた。

 

 

「この国の学生は操りやすいな。餌をぶら下げたらすぐに食いつく」

「ええ。平和団体や難民に紛れたエージェントによる破壊工作で警察や自衛隊の戦力を効率よく削れています。九州の築城・新田原の航空基地、佐世保基地の制圧状況は80%終了。レーダー基地はすべて制圧。自衛隊の地上部隊は丸裸も同然です。ここまで順調に進行しております」

「あぁ。本作戦はこの国が数年前に半島難民を受け入れたおかげで上手くいっている。そのときの難民に紛れて我々の工作員を入国させることができた。全くもって日本は甘い!」

 

 手にもった報告書を部下の軍人が読み、女大佐は再び嘲笑する。

 

「文句なしの大戦果だ。もうじき海軍陸戦隊の上陸も行われるだろう。…あと、支援者となった朝鮮人どもには多大な勲章を与えんとな」

 

 女大佐は今まで以上の絶大な笑みを浮かべ喜びに体を震わせる。

 

 

 

「大佐。もうすでに『例のモノ』を与えておきました…」

「例のか。奴らも喜ぶだろう」

 

 部下の男と女大佐はは陰湿な笑みを浮かべていた…。

 

 

 

 

-駅の一室-

 

 

 

「いやぁやめ…て…」

「ヒヒヒ…」

「あまり楽しむな次は俺だ…」

「ひぃぃぃぃた…すけ…」

 

 

 暗がりで服を破かれ涙目で抵抗する女性に向けて男は無理やり腰を振る。周りには数人の裸の男が取り囲んでいた。あまりにうるさかったのか男は女性に2、3発拳を振るった。しばらくして女性の意識は途絶え事切れるも男たちは獣のように廻しながら腰を振り続けた…。

 

 

 すると部屋のドアが開かれる。

 

 

「…お前らそいつ死んでんぞ」

 

 入ってきた男が指をさして言う。

 

 

「ホントだ。おい、徐ソ。つまんねぇな次のやつを連れてきてくれ」

「出来れば胸がデカいやつ頼む」

「俺も俺も」

 

 

 男たちは下劣な獣じみた目で徐ソと呼ばれた小太り男に言いつけ、徐は人々が閉じ込められた一室へ向かった。

 

 

 

 

 連邦軍の兵士が言った「例のモノ」とは「日本人女姓」である。戦利品である「日本人女性」に朝鮮人工作員たちは本能のままありつき、あらゆるところで悲鳴が上がっていた。

 

「これからこの国は俺たちのものだ」

「俺たちの先祖を虐めた日本人よりも俺たちが支配したほうが数百倍いい」

「飯は美味いし、女は極上、ここは天国だな」

「そうだな、ギャハハハッ」

 

 それぞれの部屋では次々と人質たちが犠牲になっていく。

 

 

 

 

「さぁて、次はどの女にすっかな?」

 

 監禁室についた徐は気味悪い声で指を舐めながら次の生贄となる日本人女性たちの選別を始める。女性たちは絶望と恐怖に身を震わせる。

 

 

「…よぉし、君に決定ぃぃぃ!」

「いや、やめてください!」

 

 

 肥え太った徐は気持ち悪い笑みを浮かべて紺色のブレザーの制服を着た黒髪ロングの女子高校生の腕を強引に引っ張ってあの部屋に連行し始めた。

 女子高生のささやかな抵抗も虚しく徐は女子高生を連れ通路を歩く。

 

「ヒヒヒ、これは上玉だ。楽しませてくれよ。お嬢さ」

 

 

 

 

 

 

 徐が女子高生に振り向いた時、突然、T路地の角から鉄パイプが振り下ろされ徐の頭に直撃する。

 

 

「ホゲェァァァァ??!!」

 

 徐は吹っ飛ばされ頭を打ちのたうち回って事切れた。

 

 

「…くたばれ。クソ野郎」

 

 T路地から現れた男は鉄パイプを手に言い放った。




次話:平和とは一体


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第8話「荒々しい英雄」

-2030年7月16日-

-福岡県福岡市博多区-

-博多駅[12:20]-

 

 

 

 徐(ソ)は突如振りかざされる鉄パイプを前に対応することなく、鉄の冷たい感触を頬に当たったと思った頃には床に勢いよく叩きつけられた。

 

 

 連れ出された少女は掴まれていた両手が急に自由になって後ろに尻餅をついた。臀部から来る痛みを感じるよりも彼女は目の前の光景に驚いていた。

 

 目の前には気絶した自分を犯そうとした醜い男と鉄パイプを持ったトレンチコート姿の男が立っていた。男は黒髪短髪に細く整った眉毛、精悍な顔立ち独特の雰囲気から20代後半ぐらいに見える。結構…タイプ。

 

 少女は頭を横に振り咄嗟に思考を元に戻す。

 

 そうしていると男がこちらに近寄ってきたため少女は警戒をしたとともに叫ぼうとした。

 

「誰ん…?!」

 

 男は素早く少女の口元を抑えた。

 

「んー?!」

「落ち着け、叫ぶな見つかるぞ」

 

 

 そう言って男は狂気に満ちた嬌声の聞こえる方を指差し自分の置かれた環境を悟った少女は沈黙する。

 

「そうだ…それでいい」

 

 

 少女が静まったのを見て男は手を話す。

 

 

「はぁはぁ…貴方は一体?」

 

「俺は君の敵じゃない。俺は警察官だ」

「え?」

 

 男は警官と名乗った。少女は警官だったことに驚きつつもさっきの興奮を抑えるのに必死で言葉が続かない。

 

「少し強引に口を抑えてすまない。大丈夫か?」

 

 男はあやまり少女を気遣うように膝をついて屈み様子を診る。

 

「いえ…助けていただきありがとうございます」

「そ、そうか」

 

 少女に睨まれて不機嫌を買ったのかと男はやや気まずそうに表情が歪む。少女からするとイケメン顔の年上の男性を前に頬を赤く染めたため直視できないだけだったが。

 

 

「俺は佐川啓治(さかわけいじだ)、よろしく」

「私は橘あきら(たちばなあきら)です。高校生です」

 

 橘と名乗った少女は乱れたブレザーの制服を整えつつ答えた。橘の容姿は黒髪に流れるような長髪でスレンダー、何かスポーツでもしているためか日焼けして健康的な小麦色の肌、佐川から見て橘が高校生であると信ぴょう性が持てた。

 

 

「佐川…啓治さんですね?なんでおまわりさんがここに?みんな捕まったんじゃ…?」

 

 落ち着きを取り戻した橘の言うとおり駅やその周辺に配備されていた警官たちは武装集団と銃撃戦になって死んだか捕まって処刑されたという話が流れていた。

 

「俺はここにいるのは」

 

 

「…おい、さっき変な音しなかったか?」

「あぁ、徐ソいるのかぁ?」

 

 そう言い出した途端、床に倒れている男の仲間が異変に気づいたようだった。男たちが近づいてくる音が聞こえる。

 

「話はあとで!とりあえず…」

「え?ってあれ?」

 

 

 縛られていた両手が自由になって佐川の手元を見るといつの間にかナイフが握られており紐を切ってくれたようだった。

 

「姿勢を低くして、見つからないように逃げよう」

「わ、わかりました」

 

 

 手際の素早い佐川に驚きつつも橘はその後ろを追いその場から離れた。

 

 

 

 

「…おーい。徐(ソ)なに寝て……って大丈夫か?!徐がやられた!」

「は?!おい!女が逃げたぞ。探せ!」

 

 気絶した仲間を発見し兵士たちはそれぞれ銃を持って駅構内を捜索しに通路から別フロアに走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なんとか…散ったか」

 

 

 2人は近くの大人2人は入れる大きめのロッカーに潜み、外の様子を見ていた。

 

「佐川さん…これからどうします?」

「ここを脱出する。ちょっと手荒に行くぞ…」

 

 

 ロッカーの目の前では気絶した徐ソの身体を揺するもなかなか起きず苛立つ1人の男が立っていた。

 

(足音の数と見たところこの通路は1人だけか。ならこいつで)

 

「橘さん。落ち着いてね。叫ばないように」

「はい…?」

 

 

 佐川はロッカーからそっと出るとコートの中からあるものを取り出す。

 

 機関けん銃―――正確にはドイツ・H&k社製のMP5と呼ばれる短機関銃サブマシンガンだ。弾をばらまくのが目的だった他の短機関銃とは違い高い命中精度を持つMP5は特殊部隊向けの短機関銃として各国の軍や治安組織がこぞって採用している有名な銃だ。日本警察では基本型のMP5が銃器対策部隊・SAT(特殊強襲部隊)に採用されている。

 佐川が持っているMP5はサプレッサー内蔵の特殊な構造をしている。

 

 

 佐川はストックを肩に付け照準を背を向ける男に定めダブルタップ(トリガーを短い間隔を置いて2回引く)で亜音速の9mm弾を2発放った。2発の銃弾は発射音を出さずにそれぞれ目標の頭部と肩を貫き、目の前の男は力なく床に倒れた。

 

 

「…佐川さん、その銃は一体…?」

「?あぁ、ここに来る前に道で拾ったやつだ」

 

 橘が驚くのとは裏腹に佐川は銃を掲げて見せる。

 

「拾った?」

「そうだ。…おっと」

 

 

 身体を左に向け、向こうのドアから敵の仲間が不用意にでてきたところに銃弾を3発叩き込んだ。もちろん敵は死に血だらけになって壁に寄りかかる。

 

 

「一応こんだけか…」

 

 敵の気配が消えたので佐川は目の前の死体の装備を漁る。

 

「佐川さん、貴方は本当に普通の警察」

「おい、これ持っとけ」

 

 

 橘の言葉を遮って佐川は1丁の拳銃を押し付けた。

 

「私、銃なんて…」

「念のためだ、それに殺らないとヤられるぞ」

 

 

 橘が持つ拳銃―――アメリカ・S&W社製M37というリボルバー式拳銃で5発装弾できる。警察庁では国産のニューナンブM60拳銃の後継として一般の警察官がよく装備している。

 

 

「…そうですね。持っておきます」

「銃は本当にヤバい時に使え。説明はあとだ。さっさと逃げるぞ!」

「え、はい。わかりました…」

 

 

 「警官」だと名乗ったにしては素人である女子高生から見てもわかる銃を使い慣れている手つきの男に内心、違和感を抱きながらもここを脱出するために仕方なく少女は拳銃を手に行動を共にすることにした。

 




どうでもいいことですが、後輩から告白されました。


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第9話「武人の打開策」

-2030年7月16日-

-福岡県対馬市上対馬町-

-航空自衛隊海栗島分屯基地[11:30]-

 

 

 

「おかしい…さっき話し声が聞こえた気がしたが…」

「このあたりに人影は見当らない」

 

 

 

 牧田と久佐木が草むらに隠れてすぐに3人の男たちが2人のいた場所に駆けてきた。3人とも資料で見たことのある連邦の銃を持ち、黒色の迷彩服だと思っていた服装は近くで見ると肌に張り付くほど身体に密着している、所謂潜水服と呼ばれる姿だ。牧田は目の前の連中が連邦の兵士だと確信する。敵はミサイル着弾のどさくさに紛れて海から上陸してきたらしい。

 

「おい。向こうで武装した日本兵どもが抵抗している。戻ってこい」

 

 3人の後ろから仲間の連邦兵が戻ってくるよう声がかけられるが、中国語が解らない牧田と久佐木にはどのような会話がされているのか聞き取れなかった。

 

 

「ダーシャン、ゴォウ、気のせいだ。戻ろう」

「あぁ、まだ向こうの制圧が終わってないしな」

「賛成だ」

 

 身を潜める2人からすればなんと話しているか解らないが向こうの方の銃撃音の数がけたたましくなっていた。立て続けに馴染みのある発砲音が鳴る。味方が交戦しているみたいだ。3人の連邦兵はそこに向かうようにして去っていった。

 

 

「…なんとか見つからずに済んだね」

 

 敵が遠ざかったので匍匐姿勢から身を起こした久佐木が身についた土や葉を叩いて落とす。

 

 

「どうしようか。攻撃しようにも武器は持ってないし…」

「木の棒振り回して連中に向かってったら蜂の巣になるもんな」

 

 2人は一介の自衛官なので表情には出さないが自分たちの現状を認識して嘆かずにいられなかった。銃はおろか戦闘服・ベスト・ナイフ1本すら身につけていないのである。2人はレーダーサイトに勤務するオペレーターであったため銃を撃つ訓練の機会は少なかった。今の2人はなんちゃって自衛官と呼ばれても言い返せないくらいの心境の悪さになりつつある。主に久佐木だが、

 

 

「ならどうすんのよ!」

 

 思わず久佐木が闇雲に怒り出した。牧田の様子が追い込まれている状況の兵士の様子にしてはやけに落ち着いていたからだ。

 

 

「こんなとこで狂っても意味ないぞ」

 

 取り乱した久佐木を牧田が諫める。

 

「…なら…!」

「…ここをすぐ離れて本島(対馬島)の陸自と合流しよう」

 

 牧田の口から出た提案を聞いて久佐木は表情を変える。

 

「みんなは、みんなはどうするの?!」

「仕方がない。ここで犬死するよりマシだ」

「見捨てて逃げる気?!」

 

 苦い顔をする牧田に対して久佐木が非難の声を挙げる。

 

「牧田…!あんた!仲間を殺す気?卑怯よ!人でなし!」

 

 

 

 突然憤怒する久佐木に拳が振るわれ後ろに倒れる。殴ったのは誰でもない牧田だった。殴られて呆然とする久佐木を前に牧田は口を開く。

 

 

「人でなしだ?俺だって自衛官だ。仲間が殺されて報復したいさ。…だが、現実を見ろ。死んだ仲間は俺たちにすぐにあの世に来て欲しいと思っていると思うか?ここは生き延びて必ず仕返しするべきだろ」

 

 落ち着いた口調で語る牧田だったが力強く握り締められた両拳から自身の無力さ悔しさが溢れ出している。

 

「生き延びるぞ。久佐木。時間が掛かろうとも絶対仲間の無念を晴らす!」

 

 

 腰つく久佐木の肩を掴み瞳を見つめて熱烈と牧田は語りかけた。敵への復讐を誓う牧田からの言葉に久佐木は考えを改めることにする。

 

「ごめんなさい。牧田…あなたの考えに付き添うわ」

 

 久佐木は牧田に協調する姿勢を見せた。

 

「…それと肩……痛いよ…」

 

 

 牧田は思わずハッとして肩から両手を離した。語るのに熱中していたために久佐木の肩を握る両手に力が入っていたようだ。

 

 

「す、すまない」

 

 申し訳なさそうに牧田は謝った。

 

「いいよ。それよりこれからどうする気」

 

 肩をさすりながら久佐木は牧田にこれからの動向を尋ねる。

 

「…1つ、1つ考えがある…」

 

 

 そう言って久佐木寄り添い話し始める牧田であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

 足元の土を意味もなく蹴る1人の男。喫煙者でもあったその男はポケットに入っている煙草をいつ吸おうかとしきりにさする仕草をする。そんな男はただただ立っていた。

 そこに別の同じ格好をした男が1人歩いてくる。

 

 

「…おい、交代の時間だ」

 

 歩いてきた男が交代を知らせ長方形の小箱を手渡す。

 

「さっき捕虜を全員処刑した。これで一時安泰だ」

 

 この2人の男は中華連邦の兵士だった。2人の軍装からして海軍陸戦隊のものであり、海軍の特殊部隊がこの島の自衛隊基地を制圧したあと、重火器を装備した陸戦隊が上陸して占領、そのうちの2人の兵士は武器が収めてある倉庫の警備を担っていた。

 小箱を受け取った男はそれを開封してみると中には「わかば」と日本語で書かれたタバコが3箱入っている。

 

「なんだこのタバコ?」

「戦利品だ。自衛隊のタバコは日本製なだけあって俺たちのより吸いごたえがあるぞ。でも、市販のより劣るがな」

「そりゃそうだろ……お前だったらどの品種が好みだ?」

「俺は…」

 

 2人の男がタバコの好みについて話し始めた。2人とも敵がいないこと上官がいないことを確認してリラックスして話に没頭した。

 

 しかし、好物の会話にうつつ抜かすそんな2人に、狙いを定めて2本の矢が突き刺さった。

 

 2人はショックのあまり手足が動かせず物陰からでてきた男女にそれぞれ止めを刺されることになった。



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第10話「大分撤退戦・前編」

物語が少し進展しています。


-2030年8月30日-

-大分県大分市-

-大分川・弁天大橋[14:10]-

 

 

 

 7月16日、所属不明の武装集団による日本各都市への攻撃から発した連邦軍の侵攻は止まるところを知らなかった。難民や市民学生団体に扮した工作員がまず戦略目標として主要都市中央で蜂起。警察署や役所、インフラ施設を占拠し無力化。レーダーサイトや基地へは潜伏していた特殊部隊などが制圧。瞬く間に自衛隊の戦力は削られた。

 自衛隊員や警察官が侵略者から市民を守ろうとしたがその守ろうとした市民から後ろから刺され殺されるケースが多発した。

 国防に穴が空いたところへ中華連邦軍の空母艦載機・大陸からの爆撃機による空爆で自衛隊の各部隊を撃滅。北九州・福岡・佐世保・鹿児島・沖縄へ連邦軍の主力部隊は着上陸作戦を展開。揚陸艇より戦車、歩兵戦闘車、兵員が陸に上がる。

 何十万にも上る連邦軍兵士が一斉に次々と街に侵入、住宅に押し入り住民を強引に引きずり出していく。サイレンが鳴り響く街には泣き叫ぶ声と反抗する住民を射殺する銃声が木霊していた。

 日本側抵抗勢力はあらかじめ工作員によって無力化されていたため、ほとんどの抵抗なく上陸に成功した。

 

 

 上陸から4日後の7月20日の昼、九州福岡県北部の制圧を終えた中華連邦陸軍第8戦車大隊所属の19式戦車24輌は久留米市で陸上自衛隊第4戦車大隊の10式戦車30輌と交戦する。

 

 

「撃て!奴らを絶対ここで食い止めろ!」

「了解!」

 10式戦車に乗車する中年の陸自第1戦車中隊長が各車へ伝達する。

 

「2時の方向敵戦車!およそ700!」

 中隊長車の100m前方を走る2号車が敵を捉える。

「撃て!」

 掛け声と同時に大きな砲撃音と衝撃が車内に走る。

砲弾はほんの1秒ほどの飛翔で目標の正面右側面に命中。

 敵戦車は着弾した拍子に炎が噴き上がり動きが止まった。

「命中!」

「やったか?」

 

 そうした矢先、別方向から155mmAPSFDS弾が10式の複合装甲を諸共せず車内をも貫通し乗員の命を瞬時に刈り取った。

 目の前の19式戦車は火が消え終わるとともにゆっくりと前進し始めた…。

 高度な精密射撃を可能とする自衛隊の10式であったが、120mmAPSFDS弾は連邦の19式戦車の爆発反応装甲と重厚な新世代複合装甲に阻まれ貫通する確率は低かった。逆に19式戦車から放たれる破壊力に勝る155mm砲弾1発1発によって命中の度、次々と10式戦車が撃破されていく。

 

「…ちっくしょうが…」

 

 残りは中隊長車を含む3輌だけになり連邦の19戦車20輌が徐々に取り囲む。抵抗するように10式は砲弾を命中させるも装甲に弾かれるばかりだ。

 

「…13、18号車に継ぐ。ここから撤退せよ」

「隊長、まさか?!」

 

 混戦の最中、意を決した中隊長車は2輌の撤退の殿として連邦軍戦車隊に突進、10式の思わぬ行動に動揺し隙をみせた敵戦車の側面に砲弾をぶち込み3輌を撃破した。しかし、中隊長車はすぐに囲まれてしまい、集中砲火によって砲塔が上空に10mも飛び散る壮絶な爆死を遂げた。

 

 結果、第4戦車大隊は撤退した2輌を残して壊滅。連邦軍は別方面でも同じように自衛隊を蹴散らし意気揚々と進んでいった。

 

 

 

 

 そして、8月30日の今日。九州における陸海空自衛隊は宮崎県の日向港と大分県の大分港に追い込まれていた。

 本州でも北陸方面中国方面からの上陸を防げず日本海側の県が連邦軍の支配下になりつつある。上空では航空優勢を巡って両軍の戦闘機隊による熾烈な空中戦が、陸ではゲリラや連邦軍から武器を供給された日本人過激派によって多くの隊員が殉職、戦闘車両が失われたため退役間際の74式戦車や後方要員に銃を持たせて防衛戦を繰り広げられていた。

 東京の日本政府と防衛省・統合幕僚監部は九州を放棄することに決定。残存部隊はまだ安全な関東方面への脱出のため、なんとしても重要港湾である日向港と大分港の2つの港を死守しなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「連中を絶対渡らせるな!」

 

 

 ここ大分市の中央を流れる1級河川「大分川」を境に自衛隊は防衛線を築いていた。そこに架かる弁天大橋を守備する部隊の隊長として佐世保から脱出してきた久瀬(くぜ)冬馬(とうま)三佐が連隊司令部のある天幕の中で指揮していた。

 久瀬の率いる海自隊員5人はあの日、敵の襲撃で混乱する佐世保基地から脱出できた。しかし、佐世保市街で連邦軍に協力する武装した平和団体の市民との銃撃戦で1名の仲間を亡くし4人に減る。 

 その後、南福岡で撤退中の陸自第19第40普通科連隊の生き残りと合流、連隊の幹部はみな戦死しており、陸海の隔たりはあるものの臨時として「二尉」から「三佐」へ昇格して陸自の連隊の指揮を執ることとなった。

 

 

「羽柴(はしば)二尉、港の撤退状況は?」

 

 久瀬はテーブルに置かれている大分市の防衛陣地を示した地図を見ながら右前に立つ羽柴(はしば)市子(いちこ)二尉に聞く。羽柴も佐世保から脱出したあと久世と同じ様に三曹より昇格していた。

 

 

「1410現在、撤退状況はは50%終わっております。1430より新たに貨物船3隻護衛艦1隻が入港予定ですが…あまり状況は好ましくありません」

「そうか…ありがとう」

 

 そう言って、地図から目を離し久瀬は天幕から外へ出て前線陣地に歩き出した。

 

 

 

 大分市を守備する自衛隊は大分川を挟んで東側にまで追い詰められていた。数日前までは隣の別府市の港を使用して隊員の撤退作戦をしていたが連邦軍爆撃機による無抵抗の市民を巻き込んだ無差別爆撃と戦車を伴った敵地上部隊によって使用不可になり、九州で大型船が寄港できる大きな港は大分と日向の2港だけになっていた。

 そして、今やこの大分市も西半分が占領され、この防衛線が突破されるのも時間の問題だった。

 

 

 連邦軍は捕虜をとらず殺し、婦女暴行をするという。以前、銃を手放し敵に降伏をした自衛隊の隊員たちに対して敵の兵士たちがいきなり発砲した。手招きをしておびき寄せたあとの一斉射撃だったので逃げようにも逃げれず全員死亡した。

 別の場所では陸上自衛隊のある部隊が撤退行動の途中に首が捻じ曲げられ無残な死に方をした隊員の死体や全裸で股を開き壮絶な表情をして息絶えている20代女性、木に杭で打ち付けられた中学生ぐらいの少年の死体などが至るどころに発見された。

 民族浄化。大量虐殺(ジェノサイド)が起きていた。連邦軍兵士が余興に日本人を見つけると捕まえいたぶり殺したりレイプ、暴行で楽しんでいる姿も目撃されたという。

 

 

 「捕まえられると全員殺される」という恐怖の噂が広まったことにより数十万は超える日本人の避難民が本州へ逃れようと大分港と日向港の周辺で足止めされていた。自衛隊としては全ての国民を救いたいがあまりに多すぎて対応を諦める他なかった。

 

 

 

 

(酷い…酷すぎる…)

 

 久瀬たちの部隊が守備する岸の対岸では連邦の兵士たちが集結しつつあった。初めは機関銃や小銃で撃ち合って集結を妨害していたが1両、また1両と敵側に装甲車が姿を見せ始めるとこちら側の戦力が徐々に劣っているかのように敵に思われ心理的な圧力は薄れ妨害の効果はなくなった。今は両軍、睨み合うようにして対峙していた。

 

 

「自衛隊のみなさん!あなた方は敗北しました!大人しく投降しなさい!」

 

 

 連邦軍陣地の大音量のスピーカーから降伏を促す日本語の音声が流れていた。降伏したら殺されることが解っている久瀬たちは一切反応しなかった。

 それでも敵は強く呼びかけてくる。この声の主はどうやら福岡の大学生のようで時々自衛官を侮辱するような口調で話しかけてくる。売国奴め。

 

 

 

 

 

 

 

 隊員たちが敵を忌々しく思っていると突然、上空からヒュルルという落下音のあと敵陣地から爆発と炎が上がった。

 

 自衛隊陣地からは攻撃を受けた連邦兵が慌ててアサルトライフルで発砲する様子が見えるのと上空に向けて携行式対空ミサイル、機関砲や対空砲からの凄まじい数の曳光弾、炸裂弾が轟々と打ち上げられている。上空には空気を震わせるようにして灰色の翼が天に舞う。

 

 

 

「空自のF15とF35だ!」

「味方だ!」

 

 連隊の隊員が歓喜の声を挙げる。上空で日の丸をつけた戦闘機がフレアをバラ撒き激しく右に横転して反転、敵対空砲陣地にF15とF35の20mmバルカン砲から放たれた毎秒100発毎分6000発の砲弾が対空砲陣地に降り注ぎ爆発、見事なクレーターが出来上がる。

 陣地が破壊された影響で連邦兵は逃げまどい小銃でなんとか反撃したりと大混乱が起きていた。

 

 

 

「!敵の動きが乱れた。総員戦闘再開!」

「日本人の底力見せてやる!!!!!」

 

 

 これを好機だと久瀬の声とともに隊員たちは雄叫びを上げ敵に向けて反撃を始めた。

 軽快な音を鳴らしながら火を噴くミニミ機関銃と正確な射撃をする23式小銃・89式小銃をもつ兵士たち、連隊の側で隠蔽していた10式戦車2輌が表に出て仲間を殺した連邦軍に120mmの怒りの砲火が浴びせられる。

 

 

 

 航空自衛隊の戦闘機からの突然の爆撃と対岸の自衛隊からの猛烈な反撃で地上の連邦軍は装甲車と多くの人員を失う大打撃を受け、連邦兵たちは恐れを感じて後方に下がり始めたのだった。

 




「 …ところで本来純粋な制空戦闘機として配備されていたF15Jがなぜ対地攻撃ができたのか。
 なぜならF15Jは2027年までにはアビオニクスに新型管制装置と対地攻撃能力を付けた改修が終わりF15MJとなったからであり、最大でMk.82通常爆弾を12個搭載可能だった。
 F35"J"は2017年に自衛隊へ配備されて以来、対地対空任務に作戦行動可能で尚且つ敵に察知されにくいステルス多用途マルチロール戦闘機であった。」
という設定です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次話もお楽しみに!


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第11話「大分撤退戦・中編」

-2030年8月30日-

-大分県大分市-

-昭和通り・大分城址公園[15:10]-

 

 

 大分城。その名前はあくまで通称として使われており正しくは府内城と呼ばれる。大分市の中心にそびえ建つこの城は、古代に豊後国国司(現代でいう知事)の政庁が置かれたのが始まりで、1597年に豊臣秀吉家臣の福原直高が現在の地に築城を開始し1599年に完成した。その後紆余曲折を経て2006年に日本100名城に選定された。観光客が賑わい大分市が誇る美しい城であった。

 

 

 しかし今、この城を境に白い城壁を赤く染める激戦が繰り広げられていた。

 

 城は中華連邦軍に占拠され補給拠点が設営されていた。城内では上空から迫り来る空自のF15戦闘機に07式35mm自走高射機関砲などの対空砲火が、目前の陸自の地上部隊へは銃砲撃が加えられ自衛隊の前進を阻んでいた。

 

 連邦から見て敵である自衛隊の全部隊は後方の味方や市民が避難する時間を稼ぐため空自の航空支援を得てイチかバチかの攻勢に出ていた。

 戦っていたのは自衛隊だけではなく市民の男女で構成された義勇兵部隊も愛する子供や恋人を守るため武器を取って戦闘に参加している。

 

 大分城は連邦の補給拠点になっているとの情報に基づいて打撃を与えようと自衛隊は陸と空から攻撃を仕掛けている。

 

 

 

「右から敵だ!対応しろ!」

「啓治(けいじ)!弾だ!受け取れ!」

 

 

 前線の一角では連邦が占拠した博多駅から脱出していた佐川啓治が義勇兵部隊の指揮を執っている。佐川が警官であることと実戦経験があることを買われたことが故であった。

 

「ありがとよ!翔(かける)そっちはどうだ?」

「こっちはマズい。敵の戦車が来てる。なぁこっちロケランはないか?」

 

 翔(かける)と呼ばれた白のカッターシャツのを着た男は会社へ出勤しようとしていた伊藤翔で、博多駅にいた連邦兵に捕まり殺されかけたところを間一髪、佐川たちに救われて以来行動をともにしていた仲だ。

 佐川は愛銃となった64式小銃に伊藤から受け取ったマガジンを地面に1回叩いてから銃に装填、連邦兵に7.62mm×54NATO弾を浴びせる。

 

「俺たちは今まで銃を使ったことのないような素人の集まりだ。そんな高度なもん扱えないからないぞ!」

「そういやそうだっ…た!」

 

 そう言って伊藤は手にしたM3サブマシンガンのトリガーを引き、突っ込んできた連邦兵を撃ち殺した。2人のいるところへ頻(しき)りなしに50m先から連邦兵が土嚢越しに銃を乱射してくる。

 市役所前の大通りであるこの戦線では砲撃で道路のほとんどは穴だらけであり周囲には爆撃で犠牲になった市民の死体や炎上する車両が放置されている。

 義勇兵自衛隊連合と連邦軍の両軍が土嚢や近くの放置車両に身を隠しながら頭上数cmに銃弾が飛び交う激しい銃撃戦をしている。どちらにも攻勢を仕掛けられる戦車などがいなかったため戦線は膠着状態になっていた。

 

 

「撃って倒しても次々と沸いてきやがる」

「このままじゃ持たないぞ!」

「?おい、何か来るぞ?!」

 

 仲間が指さす先に黒い鉄の塊、連邦軍の19式戦車が姿を現したのだった。義勇兵たちは青ざめ、連邦兵が活気付き銃撃が一層激しくなった。

 次いで19式戦車の大口径155mm戦車砲の砲火が轟き、砲弾は義勇兵部隊の守る一角を爆発させた。

 

 

「ぇぁ目がぁぁぁ俺の!!!」

「あぁぁぁかぁさぁん!痛い!助けてぇ!」

「もうイヤだぁぁぁ!!!」

 

 砲弾の爆発で数人の仲間が吹き飛び破片で手足や内蔵をえぐられた少年などは母親の名前を叫ぶ、そんな叫び声が陣地に木霊していた。戦場特有のプレッシャーに耐え切れず武器を投げ出した者もいた。

 

 連邦兵は勢いに乗り前進する戦車に伴って突撃を始め、義勇部隊の隊員たちは自分たちが蹂躙される未来に息を呑んだ。

 

 

 

 

…………ブゥンブゥンブゥンブンヴンヴンヴンブゥゥゥゥゥ!

 

 

 

 そこへ、東の上空から大きい飛翔音がどんどん近くづいてきたのを義勇兵と連邦兵が感知し上を見上げた。

 すると急に連邦兵たちが空を指差し一斉に西へ西へと逃亡する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Voooooooooooooo!

Pashhhhhhh!Pashhhhhhh!

 

 

 重厚な機械音がしたと同時に戦車に槍(スピア)が突き刺さり爆発四散し、逃げる連邦兵たちの血煙が噴き上がる。人間が真っ二つにちぎられるなど余りにも酷い光景であったため義勇兵の中には吐く者が続出した。

 

 機械音が止むとそこには散り散りと逃げる兵士と人間だった肉片、上空に「陸上自衛隊」と書かれた1機のヘリがホバリングしている。

 生き残った連邦兵たちがヘリに向けて攻撃するも瞬時に別方向から飛翔した砲弾に殺傷された。

 後ろを振り向く佐川たちの前に地面の軋むキャタピラ音とともに2両の戦車が姿を現した。

 絶望の表情を浮かべる敵兵たちに容赦なく砲弾が叩き込まれた。戦車の援護もない敵たちは命からがら逃げていく。

 

 

 

「…み、味方のか…」

「攻撃ヘリって映画でしか観たことないけどこんなんだとは…」

 

 義勇兵たちはただただ驚くばかりだ。

 

 

「おーい、君ら大丈夫か?!助けに来たぞ!」

 

 戦車の後ろに続いてきたトラックから出た自衛隊員が走ってきた。

 

 自衛隊部隊と佐川たちが合流する。走ってきた指揮官風の男と佐川は相手の階級章を見て話し始めた。  

 

「ありがとうございます。三佐さん。上のヘリとこの戦車は?」

「いえ、間に合って良かったです。この数十分前に…」

 

 佐川たちに三佐の階級の自衛官より陸自の攻撃ヘリ「AH-1S」が瀬戸内海に展開した護衛艦「かが」から飛び立って近接航空支援をしに来たと聴かされた。

 港湾部の脅威を取り除いたあと、撤退の支援に揚陸艇から90式戦車改数輌が揚陸したらしい。

 

 

「あ!申し遅れました、この部隊の長で久瀬と言います。階級はおっしゃられる通り、三佐です」

 

 自己紹介をした自衛官、久瀬は敬礼をする。

 

「俺はここのリーダーの佐川啓治です。警官です」

「僕は伊藤翔って言います。会社員です。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

 3人はひとまず握手をする。

 

「佐川さん伊藤さんこれからのことを話したいのでこちらに来てもらえますか?」

 

 久瀬はそう言って2人を連れ出した。

 

 

 

「この中に入ってください」

 

 3人は内部に余裕のある空間がある装甲車―――17式指揮通信車。82式指揮通信車の後継として2017年に採用された装輪装甲車だ。内部の通信機器が最新式の物が装備され武装は上部にM2機関銃が備え付けられている。

 

「案外、広いですね」

「ええ、私も初めて見たときはそう思いました」

 

 久瀬は車内の席に2人を座るように促す。車内は壁に通信機器が密集しているが中央にはミニテーブルが置かれ大分市の地図が広げられていた。

 

「席につきましたか?それでは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐川さん!これからどうします?」

 

 久瀬が話し始めたとこへ外から英字Tシャツを着た華奢な姿の女の子が佐川に顔を車内に覗かせ質問してきた。

 

 

 

「…君!今は取り込んで」

「いや待ってくれ」

 

 少女を追い返そうとした伊藤を佐川が遮る。

 

 

「…怪我してないか?…橘…何も君までも戦わなくてもいいのに…」

「いいえ、私は戦います」

 

 抗弁する女子高生の彼女、橘あきらは佐川の下で戦線に加わっていた。か細いその腕には佐川から貰ったMP5が握られている。

 

 

「……君はここで死ぬべきじゃない。君には生き延びて欲しい」

「いえ、佐川さんが死んでまで私は逃げたくないです」

「橘…」

 

  

 橘の一言に佐川は苦々しく想うも反面ともに戦ってくれることに安心感を感じていた。

 2人は博多駅で気まずいような出逢い(佐川視点「不機嫌そうだな…」。橘視点「格好良い…///」)をしたが行動を一緒にする中で2人の間に相手を愛しく想う心情が芽生えていた。言葉に出さずとも。

 

「佐川さん…」

「橘……」

 

 

 血なま臭くなったこの場において2人は場違いな雰囲気を醸し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あーお二人さん、話しいいかな?」

 

 伊藤が申し訳なさそうに言葉をかけた。いつの間にか佐川と橘の距離は近くなっていた。

 

「っ!ごめんなさい」

「あっ?!いや、その、まぁいい…」

 

 2人は距離を離し戦場にもかかわらず赤面する。

 

「…な、なんだ?翔?」

「啓治のあんな慌てる姿初めて見たよ。それより久瀬さんから話があるらしい」

 

 伊藤は手をクイッと久瀬に向ける。

 

「佐川さん、伊藤さん、そして橘さんだったかな…皆さんここを守ってくれてありがとうございます」

 

 久瀬が頭を下げる。

 

「いや、当然です。連邦からみんなを守るためです」

 

 佐川と伊藤の2人が謙虚に話す。

 

「あなたたちのおかげで部隊の撤退が終わりつつあります。ここで本題ですが私たちはこれから殿として敵を足止めしながら九州から本土に撤退します」

 

 

 久瀬はそう言い詳しい内容を語り始めた。

 




次話で本章が終了します。長くなってしまった…。


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最終話「大分撤退戦・後編」

-2030年8月30日-

-大分県大分市-

-昭和通り・大分城址公園[16:00]-

 

 

「やっと撤退か…でも」

「あぁ今は敵が逃げてるぞ。援軍も来たし攻めどきじゃないか?」

 

 

 

 佐川と伊藤はこのタイミングでの撤退に疑問を示す。

 

 

「はい。そうですが後方の撤退終わった今、我々に時間はありません」

 

 

 久瀬は茶封筒から一枚の航空写真を取り出してテーブルに広げる。

 

 

「これは?」

「これは2時間前、RF15が奇跡的に撮影した対馬空港の航空写真です」

「『奇跡的に』?」

「こちらの偵察衛星は侵攻当初に破壊されました。対馬島の状況を把握するため一時的に航空優勢をこちらが奪還した隙に、RF154機が高高度から直接偵察しました。対馬上空に差し掛かったところ先遣攻撃隊が潰し損ねた敵対空ミサイルによって全機撃墜、そのうちの1機が撃墜の寸前この画像を送ってきました」

 

 

 

 説明した久瀬は乾ききった唇に唾液を絡めた。

 

 

「この写真の通り、空港の駐機場に敵戦闘爆撃機が複数写っており、どれも爆装が完了されています。現在、空自が大分市上空の防衛が出来るのは敵の数を他にいることも考え精々1時間」

「1時間…」

「これを過ぎれば我々は丸裸です」

 

 

 

 佐川伊藤橘の3人は状況を理解した。地上の見かけは敵が敗走しているように見えるが1時間もすればこちらが逆に空から爆弾の雨で焼かれることになる。

 

 

「…なら、どうする?」

「目の前の敵は我々を市内に引き止めるための囮です。なのでこちらがこない限り何もしてきません。よって至極簡単、全員この場から走って逃げます」

 

 

 この一言のあと、全部隊は港の船に向けて全速力で撤退を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

-2030年8月30日-

-大分県大分市-

-大分川・弁天大橋[16:20]-

 

 

 

「はぁ?!マジかよ!」

「橋が…」

 

 

 大分川に達したところ、弁天大橋が落とされていた。自衛隊の戦車隊普通科部隊、義勇兵部隊は浮き足戸惑う。

 

 

「他の橋も落とされてる!」

「おい、どうす」

 

 

 何か言いかけた男の身体を瞬時に数発の銃弾が貫いていった。

 

 

「?!敵だ!身を隠せ!」

「戦車までいるぞ」

 

 

 隊員たちが遮蔽物に身を隠すと川岸から戦車1輌と数多の歩兵が姿を見せる。銃撃戦が始まった。

 

 

「時間がないってのに」

「戸惑うな!さっさと潰して逃げるぞ!」

「戦車、前へ!隊員は戦車後方左右に分散して進め!」

 

 

 佐川、久瀬の指揮に隊員たちは対応し前進し始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 90式戦車内部では敵19式戦車を照準していた。

 

「装填まだか?!」

「装填完了!」

「撃て!」

 掛け声と同時に大きな砲撃音と衝撃が車内に走る。

砲弾はほんの1秒ほどの飛翔で目標の正面に命中するも弾かれた。

 

 

「敵戦車、健在!硬すぎる!」

「っ!装填」カッ

 

 

 

 90式の砲塔下部に敵戦車の砲弾が貫通、爆散した。爆発した戦車の破片が飛び散り周囲の隊員を殺傷する。

 

 

 

「3号車やられた!」

「どうすれば…」

 

 3輌の戦車からの砲撃に連邦の戦車はびくともしなかった。久瀬は目の前に陣取るまるで無敵な敵戦車をどうするか考える。何か方法はないか。

 ふと辺りを見回すと近くに高いマンションが見えた。

 

 

「そうだ!羽柴二尉!ここを任せてもいいか?」

「どうしました?!」

 

 

 89式小銃を撃つ羽柴(はしば)市子(いちこ)二尉が振り向く。

 

 

「あれが見えるか?あの高いマンションから対戦車ミサイルを敵戦車に放つ。戦車は上からの攻撃に弱い。俺が分隊を率いて向かう。君がこの部隊を指揮しろ!困ったら別部隊の隊長と協力しろ」

「…わかりました。お任せ下さい!敵を惹きつけます」

 

 

 羽柴がビシッと敬礼をする。

 

 

 

「頼んだぞ。優秀な部下を持てて俺は恵まれている。後は…」

 

 

 任せた、と言って久瀬は羽柴の肩を右手でポンッと軽く叩いて歩き出した。普段の彼の硬い表情と打って変わって今の表情は微かに笑みをこぼし哀愁を漂わせているように見える。

 

 

 

 

 

「待ってください」

 

 羽柴が急に歩き出した久瀬の腕を掴む。彼女は久瀬の身を引き寄せ瞳を見つめた。

 

 

「…ですが…隊長。まるで死ににいくみたいなこと言わないで下さい…。私はあなたがいないと…その…困ってしまいます…」

 

 

 羽柴はまっすぐ久瀬の瞳を見つめている。羽柴は表情の微かな変化から久瀬の諦めに似た感情を感じ取っていた。

 

 対する久瀬は羽柴の顔を見て驚く。羽柴の瞳から涙が流れたからだ。今までの長い付き合いでもこのような姿は見たことがなかった。

 

 

 

「絶対に帰ってきてください。絶対に」

 

 そう言って久瀬の腕から手を離した羽柴はサッと後ろに向き返り走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「………そうだな」

 

 久瀬は掴まれてた腕の箇所をさすった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと、久瀬は戦い慣れている佐川と伊藤、佐川にどうしてもついていくとすがった橘の3人を指名して計4人で110mm個人携帯対戦車弾(パンツァーファウスト3)を背負ってマンションに向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃って走れ!時間がない!」

「無茶言わんでぇ!これめっちゃ重いんやで?!」

 

 

 64式小銃で立ちはだかる敵兵へ腰だめにして撃つ佐川とMP5で後ろから追撃してくる敵を撃ち倒す橘、久瀬と伊藤がそれぞれパンツァーファウスト3を1門ずつ背負って非常階段を駆け上がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

「死ね小日本人(シャオリーベン)!」

 

 階段の角からナイフをもった連邦兵が先頭の佐川に襲いかかった。

 

 

「っ!」

 

 

 佐川は64式小銃を盾に剣撃をかわしカウンターに1発殴り入れる。そして拳を受けて怯んだ相手の胸もとを掴んだ。

 

 

「落っちね!」

 

 

 佐川は勢いに任せ連邦兵を階段から外に投げる。断末魔を挙げた連邦兵が地上に落ちてドスっと鈍い音がした。

 

 

「無事か?」

「問題ない」

 

 

 息をやや切らす伊藤と平気な久瀬が遅れて上がってきた。

 

 

「…ハァハァ、ここなら撃てそうだ」

 

 

 伊藤が背負っていた重量13.9kgもあるパンツァーファウスト3を下ろした。

 

 

「ったく…こんな重いもん担いで走ってたのは拷問だったぜ…」

「まぁそう言わずに」

 

 伊藤は嫌味を吐きつつも久瀬の指示に従ってパンツァーファウスト3の点検をする。点検を終えた「重いもの」を再び肩に乗せスコープを覗く。

 

「伊藤さん、さっき説明していた通りの手順で戦車を照準してください」

「わかった」

「…よく狙って…」

 

 

 

 久瀬と伊藤がパンツァーファウストを構え敵戦車に狙いを定めて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃て!!!!!」

 

 

 

 トリガーを引き弾頭を発射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンッ!

 

 

 弾頭は狙った通り正確に飛翔して敵戦車の砲塔上部を見事吹き飛ばした。その光景に3人は歓声を上げる。

 

 

 

 

「おぉやったぞ!!!」

「やりましたね!!!」

「やったぞ、久瀬さん……って久瀬さん…?」

 

 

 

 

「…ウプッ………?」

 

 

 久瀬は自分の身体をさすると手には血がべっとりと付着していた。

 

 

 

 

 

 

「ざまぁ…み…やが…れ」

 

 

 発射体制になっていた久瀬は撃たれた。階段下から死にかけていた連邦兵はトリガーを引いた拳銃を手にもって笑っている。

 

 

 

 

 

「クソッ!」

 

 

 佐川は笑っている敵に小銃で止めを刺すと久瀬に駆け寄り状態を診て止血をする。

 

 

「大丈夫か!久瀬さん!」

「貫通銃創だ!しっかりしろ!」

「久瀬さん!しっかり?!」

 

 

 3人の声を聴きながら久瀬の意識は次第に薄れていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 障害になっていた敵部隊は戦車を失い全滅した。自衛隊と義勇兵たちは速やかに自分たちの戦車などを破壊放棄して小舟に乗って対岸へと渡った。こうして最後の全部隊は撤退に成功し船で脱出していく。

 

 陸から500m離れたところで連邦の爆撃機の大編隊が次々と爆弾を投下し、大分市全域が大炎上してくのが見えた。歴史ある大分城、客引きの声で賑やかだった商店街、楽しく友達と通っていた学校、住み慣れた家々が見るも無残に破壊されていく。大分出身の市民や隊員たちは思い出の場所が破壊されていく光景に悲しみのあまり嗚咽を上げて泣いていた。

 

 

 無事に本州へ避難を果たした人々は連邦に復讐を誓う。故郷を奪い大切な人、仲間を殺した連邦を。

 

 

 

 2030年9月4日、日本政府の鳩岡首相は突如全自衛隊に戦闘を停止しろと命令、防衛省統合幕僚本部の反対派幹部や右派政党の国会議員を以前から内通していた連邦軍特殊部隊に処理を任せ暗殺。9月10日、日本は連邦に無条件降伏をしたのだった。

 




これで本章は終了です。
次回から第2章「占領下の日本」を描きます。
次回もお楽しみに!


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設定集(登場人物)

ここまでに出てきた登場人物です。


-登場人物-

 

<海上自衛隊>

 

久瀬(くぜ)冬馬(とうま)

28歳日本人男性。海上自衛隊特別警備隊(SBU)所属。階級は二等海尉(→三等海佐)。隊の機密保持のため書類上は実際と異なっている。岩手出身。幹部候補生として入隊。

性格は冷静で礼儀正しく部下や上官からの評判は良いが本人は人付き合いが苦手に感じている。容姿は短髪黒髪に曾祖母がインドネシア人で東南アジア系の掘り深い顔立ちをしている。

某演習で陸自の第1空挺団2個小隊を指揮下の1個分隊で「全滅」させた実績を持つ。

地元の銘菓「ゴマすり団子」が好物。

 

羽柴(はしば)市子(いちこ)

20歳日本人女性。海上自衛隊特別警備隊(SBU)所属。階級は三等海曹(→二等海尉)。徳島の高校卒業後、曹候補生として入隊。SBUで数少ない女性隊員の1人。

性格は大人しく滅多に感情を出さない。容姿は長くも短くもない黒髪で綺麗な顔立ちに鍛錬で引き締まった身体を持つ。

隊内からクールだと評価を受けるが当の本人はお茶目だと思っている。

 

木地(きじ)興毅(こうき)

21歳日本人男性。水雷職。階級は海士長。長崎出身。自衛官候補生として入隊。

性格は一見勝気ではあるが逆境に糾されると弱気になる。容姿は坊主頭に年中日焼けした肌、元野球部で肩の筋肉が自慢。

上陸した休日は同僚と一緒によく居酒屋巡りをする。

 

一色(いっしき)護(まもる)

21歳日本人男性。射撃職。階級は海士長。高知出身。自衛官候補生として入隊。

性格は神経質で正確さ、左右対称(シンメトリー)を尊ぶ。容姿は身体は細くスポーツ刈りに切り細い眼、視線が鋭く感じさせる面長で中性的な顔立ち。

山登りと狩猟が趣味で射撃の腕が良い。

 

後藤(ごとう)慶(けい)

42歳日本人男性。警備職。階級は二等海曹。大阪出身。自衛官候補生として入隊。女グセが酷い。

 

今生(いまい)結衣(ゆい)

19歳日本人女性。警備職。階級は一等海士。熊本出身。自衛官候補生として入隊。童顔のため子供扱いされることに悩んでいる。

 

<航空自衛隊>

 

牧田(まきた)海斗(かいと)

25歳日本人男性。要撃職。階級は三等空曹。京都出身。曹候補生として入隊。

性格は生真面目ながらもマイペースで失敗を気にしない。容姿は決して太っている訳ではないが身体検査の数値から太っているという噂が立っている。

実際はボディービルダーばりのムキムキ。

 

久佐木(くさき)神奈(かんな)

25歳日本人女性。要撃職。階級は三等空曹。奈良出身。曹候補生として入隊。

性格は理想完璧主義者でやると決めたら完遂するまで手が離せなくなる。容姿は白肌で目がブロンド、休日は黒髪をボブにしている。

家が神社で巫女の資格をもっている。

 

若葉(わかば)隆恵(りゅうえ)

51歳日本人男性。西部航空方面隊司令官。階級は空将。岡山出身。防衛大を経て幹部候補生として入隊。

 

 

<一般市民>

 

伊藤(いとう)翔(かける)

30歳日本人男性。株式会社初下建設の会社員。北海道出身。ぶっきらぼうな性格ではあるが仕事には忠実。最近、係長に昇進して嬉しいが結婚相手が欲しいのが本音。運動不足に悩む。

佐川と打ち解け多大な信頼を置いている。

 

橘(たちばな)あきら

17歳日本人女性。福岡市内の高校で陸上部に所属している。福岡出身。性格は積極的でなぜか無口、時折大胆な行動をする。容姿は黒髪に流れるような長髪、スレンダーで日焼けして健康的な小麦色の肌をしている。

福岡駅で佐川に助けられて以降、恋をしている。

 

佐川(さかわ)啓治(けいじ)

29歳日本人男性。福岡県警銃器対策課所属の警察官。階級は巡査。長野出身。観察眼に優れドライな性格をしている。容姿は黒髪短髪に細く整った眉毛、精悍な顔立ち独特の雰囲気を醸し出している。結構…タイプ(橘の内心)。

最近おっさん呼ばわりされることを気にしている。

 

後越(ごえつ)宏(ひろし)

21歳日本人男性。西南院大学社会学部3年生。福岡出身。性格は明るく活発な青年。健気な大学生として福岡駅で連邦軍の日本侵攻を正当化するスピーチをしたが、実際は裏で連邦の工作員から資金と占領後の行政ポスト提供を受けていた。

 

 

<政治家>

 

鳩岡(はとおか)一郎(いちろう)

59歳日本人男性。日本国内閣総理大臣。書類上は大阪府出身、実際は現中華連邦山東省出身。日本型モンロー主義を掲げ国民の支持を集め2020年に政権の座についた。公安調査庁で要捜査人物としてマークされていた。

 

ドナルド・スペード

48歳ドイツ系アメリカ人男性。アメリカ合衆国第46代大統領。ニューメキシコ州出身。共和党上院議員として不法移民排除、経済復興を掲げ就任。

 

戸部(とべ)真三朗(しんさぶろう)

60歳日本人男性。元・日本国内閣総理大臣。山口出身。

 

 

<その他>

 

トーマス・ホーキンス

56歳アイルランド系アメリカ人男性。合衆国陸軍所属。アイダボ州出身。現・陸軍大将。

 

韓(ハン)大恩(デウン)

31歳韓国人男性。大韓民国空軍パイロット。階級は少佐。搭乗機はF15K。グルメ通。

 

申(シン)昌勇(チャンヨン)

26歳韓国人男性。大韓民国空軍パイロット。階級は中尉。搭乗機はF15K。最近彼女が出来た。

 

成(ソン)智星(チソン)

24歳韓国人男性。大韓民国空軍パイロット。階級は少尉。最近女にフラレた。

 

玄(ヒョン)現国(ゲンコク)

21歳韓国人男性。大韓民国空軍整備班所属。階級は元士(自衛隊における士長)。のんびり屋だが機械整備の腕は素質がある。

 




第2章以降での登場人物につきましては筆者の活動報告の欄で紹介させていただきます。


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第2章「占領下の日本」
第1話「日常」


第2章開幕です!


-2031年5月9日-

-中華連邦極東自治区第1極東経済特区渋谷[12:00]-

-渋谷スクランブル交差点-

 

 

 

『…大統領閣下のご慈悲により極東自治区の人民には平等な権利が与えられており、これからは中華連邦人民の一員としてますますの経済発展が見込まれますでしょう…』

 

 

 毎日多くの人々が行き交う渋谷交差点。行き交う人々の姿から普段と変わらないように見えるが建物や看板の所々に日本語はなく中国語の広告や案内が目立つように掲げられている。

 ビル窓に設置されている大きな街頭テレビでは大学の教授や芸能人、役人らが出演して「これからの極東自治区」という名の番組が流れていた。

 

 

 その交差点一角で信号待ちに2人のスーツ姿のサラリーマンが話をしていた。

 

 

「しっかし、極東自治区って言われてもピンっと来ねぇなぁ。もう日本って言っちゃいけないんだろ?」

「俺たちは日本人じゃなくて連邦人民になっちゃったわけだからなぁ」

 

 

 男の手のタブレットには『日本国名、中華連邦・極東自治区と改称』という題の記事が載っていた。

 もう1人の男は話しながらポケットからスマートフォンを取り出す。

 

 

「ここは東京じゃなくて第1極東経済特区。でもこうなってみると『日本人』って言えないのはなんか腹が立つよなぁ」

 

 男は地下出入り口にいる「公安」のワッペンを身につけた警察官に目を配り聞こえないようにそっと不満を漏らした。

 

「たしかに」

 

 隣の男も同感だったようだ。

 

 

 

 

「ちょっと君たち」

 

 そんな2人の後ろから2人組の中年男女が近づいて声をかけてきた。

 

 2人のサラリーマンは何かと後ろを振り向くと、中年男がいきなり2人の手に手錠をかけた。

 

 

「っておい?!」

「俺らが何したっていうんだ?!」

 

 サラリーマンは驚いて抵抗しタブレットを落とした。すると周りから大男が群がり2人を無理やり取り押さえた。

 

 

「警察だ。大人しくしろ」

 

 2人はそのままどこかへと連れて行かれたのだった。

 

 

『…日本語の使用については3年の猶予の後、全面的に禁止されます…』

 

 そんな中でも街頭の番組はなんの問題もなく淡々と流れていく…。

 

 

 

 

 

 

-とある普通の小学校-

 

 

日中の小学校では社会の授業が行われていた。教師が子供たちに授業を行っている。

 

 

「かつて、日本人は悪事の限りを尽くして近隣の国々に迷惑をかけていました。今、中華連邦のおかげでようやくまともな人民になろうとしているのです」

 

 

 教師は日本の歩んできた歴史を子供たちに『正しく』教えていく。

 

「授業が終わるので最後に、中華連邦にありがとうの気持ちを伝えましょう!」

 

 

 教師の言葉を聞き子供たちは全員立ち上がる。

 

 

「はい。それじゃぁみんなぁせーの!」

「「「日本を良くしてくれてありがとう!!!中華連邦万歳!!!」」」

 

 

 学校現場では授業終わりに万歳することを義務付けられるようになった。

 

 

 

 

-大学のキャンパス-

 

 

「検索できない言葉だらけだ」

「しっ!集音マイクがある…捕まるぞ…」

 

 ベンチに腰掛けノートパソコンを観る学生が呟くと隣の学生は黙るように促した。

 ネットは規制され情報統制が敷かれ日常生活では常に監視され政府批判する言動をすると見つかり次第逮捕されるようになっていた。

 

 

 

 

-同日-

-アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨークシティ- 

-国連本部・国連総会会議場-

 

 

「日本は今まで我々中華連邦を攻撃してきた。その報復と日本人民を救うため日本に陸海空軍を派遣しました。そして今回、今までの罪を赦し友好の印しるしとして我々中華連邦と日本国の間で日中合併条約を締結します」

 

 

 国連総会で今回の日中の戦争について会議が行われ中華連邦代表がスピーチした。続いて日本代表も壇上に上がる。

 

 

「日本側としても何も問題はありません。日本人民は中華連邦と合併できることを心より待ち望んでいました」

 

 

 ASEAN加盟国や中央アジア諸国、インドなどの国々は中華連邦の行為を侵略で日本を助けるため国連軍を派遣すべきと非難していたが日本代表のスピーチで構おうにも構えなくなってしまった。

 

 

「私日本国全権代表として、日中合併条約の調印に賛同し中華連邦の行政区に編入されることを受け入れます。本条約で我々日本国は主権を中華連邦に委譲し翌日5月10日0:00をもって国連から脱退します」

 

 

 

 日本代表はスピーチを終え中華連邦代表の隣の席に座った。




こうなって欲しくないですね…。個人的に。


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第2話「霧の死神」

お疲れ様です。続きをどうぞ。


-2031年5月14日-

-中華連邦極東自治区第2経済特区長野ブロック-

-木曽山脈山中[4:20]-

 

 

「敵支配地域に侵入、各車警戒を厳にしろ」

「了解」

「次いで各車、先頭車両にしっかりついて行けここあたりは霧が多い」

 

 

 旧県道406号線(大笹街道)を25mm機関砲装備の92式装輪装甲車1両、12.7mm機関銃装備の92A式装輪装甲車3両の計4両の中華連邦軍装甲車部隊が上り坂を登っていく。

 先頭に続く2両目の車両にはこの部隊の指揮官が乗車していた。

 

 

「趙(チョウ)大尉、まもなく左前方に梯子山が見えます」

「そこはおそらく敵の待ち伏せが予想される。注意して進め」

「はっ!」

「趙(チョウ)大尉、司令部の郭(かく)中佐から状況報告が求められています」

「わかった。代われ」

 

 

 この部隊を指揮する趙(チョウ)浩然(ハオラン)大尉は部下の上士からインカムを手に取り司令部の郭(かく)公文(ホンウェン)中佐に繋ぐ。

 

 

「こちら黒虎部隊隊長、趙(チョウ)です」

「おぉ趙(チョウ)大尉。状況はどうだ」

「敵の姿は見えません。情報によるとここに拠点があるとのことですが」

「そうか。引き続き慎重に進みたまえ」

「了解。終わり」

 

 

 そう言って通信を切る。部隊は順調に霧深い山の奥へと進んでいく。部隊が進むこの道路は比較的形状を保っているが手入れがなされていないためひび割れが酷い。装甲車が進むたびアスファルトの軋む音が鳴る。

 

 

『今のところ問題ないか』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッ

 

 いきなり2号車の30m先を進む先頭車両が止まった。後ろの車両もブレーキをかけて止まる。

 

 

 

「っ!1号車!どうしたっ?」

 

 趙(チョウ)が1号車に回線を繋ぎ問いかける。

 

 

「がれきが道をふさいでますのでどかします!」

 

 どうやら前方にがれきがあるらしい。

 

 

「やめるんだ。気にせずに進め。1号車いいな?」

「………」

「1号車、1号車いいな?聞こえるか?」

「………」

 

 

 趙(チョウ)大尉の呼びかけに1号車からの返信は無かった。

 

 

 

「…上士(上等兵)、全車に連絡しろ。歩兵は降車して戦闘準備、外周警戒。3号車の歩兵は1号車の様子を見て来い」

「了解。趙(チョウ)大尉より、全車…」

 

 

 返信がないことを不審に思い部下たちに警戒を呼びかける。

 趙(チョウ)自身も03式5.8mmアサルトライフルを持って外に繰り出す。外の気温は9度と冷え兵士たちの口からは息が白く着色して出ている。冬季戦闘服で寒さは防げているがどうしても突き通る冷気にブルっと震えてしまう。

 

 周囲は全くの無音の上に深い霧のせいで20m先すら見通せない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、3人の兵士が通信の途絶えた先頭の1号車に近づく。

 

 

「ん?…おい!大丈夫か?!」

 

 

 1号車の周囲に連邦兵6人の死体が転がっていた。兵士が近寄って身体を診てみるとどれも頭を撃ち抜かれている。

 

 

「これは?」サンッ

 

 1号車に近寄った3人の兵士は声を出すこともなく一斉に意識が飛んで膝をつき倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…3人偵察に出したが帰ってきませんね…」

「どうしたんだ…敵か?」

 

 

 趙(チョウ)大尉と部下の上士は周囲を警戒しながら会話する。

 

 

「それに他の兵士が妙に減っているような…?」

「どうもおかしい。私は一回司令部に連絡を入れるから車内に戻る」

「わかりました。お気を付け」サンッ

 

 

 

 突然、趙(チョウ)の話す目の前で上士の頭が弾け脳髄が飛び散る。

 趙は部下の頭が弾けたのを前に何が起きたのか全く理解できなかった。次の瞬間には趙は頭に感じた一瞬の痛みとともに視界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…クリア。これで車外のやつはこれで全員だ」

 

 

 ここは装甲車部隊から数百m離れた場所。双眼鏡を覗く男は木陰に伏せて連邦の車両群と頭を吹き飛ばされる指揮官風の男が地面に倒れたのを観て呟いた。その男の数m横では茶髪にショートヘアの少女が匍匐姿勢になって伏せていた。少女の外見は細い腕にスラっとした肢体、年齢は10代前半見える。一見普通の中学生に見えるのだが、普通の中学生と違うのは彼女の目がM24対人狙撃銃のスコープを覗いていることである。

 

 

「…………」

「…よくやった。任務は終わりだよ」

 

 

 少女に寄り添って男は少女の頭を優しく撫でた。

 

「さぁ家に戻ろう…」

 

 少女は男の言葉にコクンと頷き男の後に続いてM24を背中にしょってその場を離れた。

 



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第3話「日本義勇軍」

-2031年5月28日-

-中華連邦極東自治区第2経済特区長野ブロック-

-菅平高原[7:00]-

 

 

 菅平高原(すがだいらこうげん)は、長野県上田市の北部から須坂市にまたがる、標高1,250mから1,650mの高原地帯である。夏でも冷涼な気候であるため、古くから、ラグビー合宿の聖地として知られており、夏はラグビーをはじめ、サッカー、テニス、ゴルフ、陸上競技、パラグライダー、乗馬、冬は、スキーなど多種多様なスポーツが盛んに行われていた。

 また、日本初のスキー指導が行われた地でもあり、1911年(明治44年)にオーストリア・ハンガリー帝国公使館付武官、テオドール・エードレル・フォン・レルヒ少佐により高田第13師団の陸軍研究員14名に指導が行われた。同年1月12日、午前8時に「メテレ・スキー!」(スキーを付けよ)のレルヒ少佐の合図が響き渡った。まさに日本のスキー誕生の瞬間だった。

 夏の冷涼な気候を利用した高原野菜の栽培も盛んで高原のいたるところにキャベツやとうもろこし畑が広がる田園風景が見ものである。

 かつては避暑地として栄えた地域だったが現在、その姿は一変している。 

 

 

 

 

 

 

 

「……今月の収穫は装甲車3両に補給車1両、T80U戦車1両か。上出来だ」

「実のところ装甲車は4両捕れるはずだったが、敵が機関砲で攻撃して来たから仕方なく車両ごと撃破した」

 

 

ズズゥゥゥンパラパラ…

 

 ここは地下をくり抜いて造った地下壕のこぢんまりとした部屋である。不定期に襲い来る連邦空軍の空爆による地響きが地下壕に居ても感じるほど苛烈さを増し天井から土ホコリが落ちてくる。ファインダーに貼られた報告書を左手に持ってそれを眺める眼鏡をかけた切れ目で迷彩服姿の男とスーツ姿の男が書類の積まれた机を挟んで立ち話をしていた。迷彩服の男は右手の中指で下にブレた眼鏡の位置を正しながら話を続ける。

 

 

「見る限りこれでこっちが鹵獲した車両はかなりの数になったな」

「燃料もこの前山道で道に迷っていた連邦の補給車を手に入れてあと4ヶ月はいけるほど充分蓄えはあるようだ」

「あぁ、しっかしそれにしても中華連邦(エイリアン)の武器を使うのは気持ちのいいもんじゃないな」

 

 

 ファインダーを近くの机に置き1歩2歩と歩を進める。相手の男は変わらず直立姿勢を保っている。

 

 

「…ところで、連絡将校としての任務と鹵獲作戦の指揮を務めてくれてありがとう。南の方はどうだ?こっちはひたすらここにこもって敵を迎え撃つのが精一杯だ」

「いや、仲間からの救援要請があればこちらから喜んで駆けつけるよ。そうだな…。南の方は…」

 

コンコンッ

 

 そこへドアをノックする音が鳴った。

 

 

 

「なんだ?!」

「牧田(まきた)一佐!お話中のところをすみません。第2司令部の久佐木(くさき)二佐が第7会議室で急遽話をしたいそうで!」

「そうか、少し待ってくれもうすぐ行くと伝えておいてくれ」

「畏まりました!」

 

 

 そう言って伝令役の兵士が走り去っていった。

 

 

「すまない。話の続きをしないか?」

「そうしたいのは山々だが、急用があるから残念だけどここを発とうと思うよ」

「そうか、もう少し話をしたかったが…元気でな。”一佐殿”」

 

 

 

 敬礼をし牧田(まきた)一佐と話を終えた一佐殿と呼ばれた男は熱のこもった地下壕の外へ出て背を伸ばし新鮮な空気を吸った。

 

 

 長かった冬の季節が終焉し初々しい春を迎えた高原には蜜を求める蝶たちがパタパタと飛び廻り幾万もの咲き誇る菜の花に集っていた。

 

 そんな平和な景色をぶち壊すかのように視線を少し逸らしてみると高原のいたるところで爆撃の被害で燃え盛る大地や建物、火薬の硝煙と肉の焼け焦げる臭いが充満している。

 

 

 不発弾に注意しながら歩いていると2人の兵士が担架をしょって走り去っていく。担架で運ばれる人は全身黒焦げてうめき声を出していた。2人が走ってきた方向を見るとそこには銃身が折れ曲がり燃え上がる87式自走高射機関砲とそこに駆け寄る人々の姿があった。どうやら死者が出たらしい。こういう光景はみなもう慣れていた。ここでは連邦軍の襲撃で今月だけで数十人以上の仲間が殺された。

 

 

 

 

 

 

 

 それを傍に見ながらしばらく歩くと目的の車が見えてくる。

 

 

「久瀬(くぜ)一佐!遅いです!」

 

 

 トヨタのヴェルファイアに駆け寄ると窓からスーツ姿の女性が身を乗り出した。

 

 

「すまない、羽柴(はしば)。旧い友人の牧田一佐と話が長くなってな」

「そうですか。しかし、時間は守ってください。1300に静岡沖で友軍潜水艦と合流しないといけないのですから」

「了解しましたとも。羽柴(はしば)一尉殿」

「もう、茶化さないでください…!」

「へいへい」

 

 

 

 

 2人はあの大分撤退戦を戦い抜いた久瀬(くぜ)冬馬(とうま)三等海佐と羽柴(はしば)市子(いちこ)二等海尉だった。2人ともそれぞれ三佐から一佐、二尉から一尉と昇進している。

 

 

 

 

 

 半年前の大分戦で久瀬は腹部に2発の銃創を負いショック状態に陥り意識不明になっていた。知らせを聞いた羽柴は気が動転して久瀬の意識が戻ることを祈って必死に久瀬の横で看病をした。その願いが叶ったのか1ヶ月後、洋上の護衛艦『かが』の医療ベットの上で目を覚ますことができた。

 

 太平洋上で作戦行動中だった『かが』を旗艦とした海上自衛隊第3護衛隊群、『いせ』を旗艦とする第4護衛艦群とその他の艦艇は9月の日本政府の降伏声明に抗命、中華連邦への徹底抗戦を唱える部隊が集う小笠原諸島と北海道、受け入れ表明するインドネシア共和国に亡命した。

 日本より脱出した艦艇は初めバラバラに接近してくる中華連邦海軍へゲリラ攻撃を仕掛けていた。しかし、冬のある日、太平洋の公海上で警戒任務についていた護衛艦『あさかぜ』が連邦軍の潜水艦に撃沈され、隊内でただ守るだけで手をこまねいてやられるだけは御免だ、本格的攻勢に出るべきだという声が仕切りなしに強くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年1月2日-

-インドネシア共和国領内自衛隊臨時基地島-

 

 

 

 この日この小さな島で各国の記者や大使が招かれ全世界に向けて1つの宣言が発表された。

 

 

 

 

「昨年7月、多くの日本人が無念の思いとともに虐殺され8月に中華連邦に我が日本国は占領されました。連邦の弾圧に抵抗して散っていった日本人の数は数えきれず、先月には護衛艦『あさかぜ』乗員205名が魚雷攻撃で戦死、国内では連邦人に日本人の女性はレイプされ多くの人々の財産は略奪、連邦兵は捕まえた日本人をいたぶった上で殺人、強制労働で虐げられています。我々は同胞がむざむざと死んでいくのを黙って見ているわけにはいきません」

「よって本日2031年1月2日、我々日本人は独立の断固たる意志を持って、ここに『日本義勇軍』の結成を宣言します。日本の誇りと自由を奪還することを侵略者中華連邦に通告する!」

「日本は俺たちの国だ!俺たちは国を奪われ家族を殺されたが心までお前らに屈していない!今こそ祖国を取り返すため団結する時だ!」

「国内国外の日本人よ!俺たちが国を守らずして誰が守るんだ!」

 

 

 

 2031年1月2日に日本国内で抵抗する陸海空の部隊、ゲリラ戦で抵抗する市民たちと合同で「日本義勇軍(レジスタンス)」を結成、世界に向けて日本の独立を取り戻すことを宣言した。幹部で実戦経験豊富な久瀬三佐と羽柴二尉は日本義勇軍に参加した。

 

 

 

「我々ASEAN議会は日本義勇軍を日本の正式な政府と認め中華連邦に宣戦布告する」

「我がオーストラリア連邦も同盟国として中華連邦に宣戦布告する!」

 

 

 

その「抵抗」宣言の同日に東南アジア諸国連合とオーストラリア連邦は日本義勇軍と同盟を結んだ。

 と、同時に両軍の攻撃機が北ベトナムや南沙諸島にある中華連邦軍基地や艦艇へ先制攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 のちの歴史家はこれを「ASEAN・オーストラリア・日本による連合国と中華連邦の間で戦われた第2次太平洋戦争」と呼んだ。

 

 支援を得られた日本義勇軍はASEANから無人島を購入し基地と街を建設した。国内の陸自は残存する兵器をかき集めて各地にゲリラ基地を作り連邦軍にダメージを与える。空自は小笠原の飛行場やASEAN諸国と連携して連邦に攻撃を仕掛けている。

 南沙諸島では連合国軍と中華連邦軍の艦隊戦が、インドシナ半島では連合軍と中華連邦の戦車や戦闘機が殴り合う地上戦が発生。

 世界各地で中華連邦への反撃の狼煙が上がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月19日-

-中華連邦極東自治区第3極東経済特区京都[19:30]-

 

 

「いらっしゃいませーこんばんはー」

「フェミチキお買い得です。いかがでしょうか?」

「レジお願いしまーす!」

「Aポイントカードはお持ちですか?」

「ありがとうございましたーまたお越し下さいませ!」

「おいっ早くしろ!俺は急いでるんだ!くそ店員!」

「申し訳ございません。もう少しお待ちくださいませ!」

 

 

 19時は夕食と仕事終わりでサラリーマンが街に溢れる時間帯。連邦がバックの大企業が仕事を大量に発注した影響で皮肉にも表向きの極東自治区内の経済と雇用は改善している。ここコンビニエンスストア『フェミニスト』ではフェミチキなど5品目が30円引きセールをやっておりフェミチキを買い求める買い物客がレジに並んでいた。

 

ピッピッピッピッ

「…110円が1点。合計8点で4545円になります。5000と45円いただきます」

 

 

 男性店員が会計を素早い手つきで処理していく。

 

 

「お待ちのお客様!こちらへどうぞ!」

 

 

 次々と客を裁き彼は就業終わり時間になったため仕事を終え裏へ着替えに行く。

 

 

「こんばんは、長町(ながまち)さん。お疲れ様です」

 

 

 裏のスペースで男に対して廃棄予定のスパゲッティーを食べる手を止め女の子が挨拶してきた。

 

 

「こんばんは、北上(きたかみ)さん。学校終わりかな?」

 

 

 ネクタイを緩めながら男は北上と呼ばれた女の子、北上(きたかみ)穂乃果(ほのか)の制服姿を見て聞いた。彼女は小顔で栗毛で髪を片方に紐でまとめて縛った髪型をし育ちが良いのか仕草が上品だった。

 

 

「そうです!長町さん、聞いてください!今日うちの男子が!」

 

 

 彼女は男に近寄って学校での出来事を話していく。男は仕方がないなというような素振りで淡々と話を聴く。北上は長町という男に好意を抱いていた。彼は傍から見たら髪はボサボサで30過ぎてフリーターのだらしない男という評価がついていた。それでも彼女は彼の内なる何かに気を惹かれているようだった。

 

 

「それでですね。次の休日にその……」

「…あーそろそろバイト始まるんじゃないかな?」

 

 

 腕時計を見て長町は北上に目を配る。

 

 

「あっ!いっけない!またね、長町さん!またお話しましょうね!」

 

 

 そう言ってパパッとバイトの制服に着替えた彼女は裏部屋から出て行った。

 

 

(やっと、終わったか…)

 

 

 長町は凝り固まった肩をならし着替えをすませ裏から店の外に出ていく。

 

 

 すると、タイミングよく着信音が鳴った。バックパックから箱型の通信機を取り出し通知画面を見て長町は一通りが少ないとこに身を移した。

 

 

 

「もしもし」

「…出てくるのが遅いぞ」

「すまない。だがお詫びにいろいろといい情報が入った」

「そうか。それじゃ聴かせてくれ、長町(ながまち)…いや、”伊藤(いとう)翔(かける)”准尉」

 

 

 ネオン輝く街の陰で光が1つ動き出していた。




高校の陸上部時代、夏に菅平高原のダボススキー場やサニアパークで箱根駅伝出場校の大学生を招いて8校合同合宿で走っていた思い出(トラウマ)の地です。


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第4話「帰ってきた彼(ER IST WIEDER DA)」

東アジアから(筆者にとって)懐かしのヨーロッパにフォーカスします。


-2031年5月20日-

-ドイツ連邦共和国ベルリン市ミッテ区-

 

 

 

 東アジア全体で東南アジア連合・オーストラリア・日本抵抗軍の連合国軍と中華連邦軍が交戦する中、欧州ドイツでは1つの波乱が起きようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Heilllllllll Deutschland(ドイツ万歳)!Heilllllllll Deutschland(ドイツ万歳)!」

「Heilllllllllll(万歳)!Heilllllllll(万歳)!」

 

 

 連邦国会議事堂前の共和国広場に集う多くの群衆。その数は数万十万にも登るのであろうか。

 近隣の道路には歩道から溢れる集まった人々と数多のドイツ国旗で占拠され自動車の通行が出来なくなっている。

 なぜ、こんなにも人々が集い熱狂の歓声を上げているのだろうか。

 

 それは皆、演台に立つ1人の男の口が開くのを待っているからである。

 

 青に黒みがかかったスーツ姿のこの男は長い金髪を後ろで束ねたとても若くハンサムな顔をしている。目は鋭く男の深青(みお)色の瞳から放つ視線で人々は魔法がかかったかのように魅了される。

 

 

 

 やがて沈黙し始める群衆。

 男は沈黙する群衆を見渡し重い口を開いた。

 

 

 

「ドイツの民族同胞諸君!

 この記念すべき日を迎えて愛しきこのドイチュラントの神はさぞ祝福していることだろう。5月20日の本日、新しい政権が樹立された。私と、ドイツ国民の誇りを持った尊き同胞がこの政権に参加している。今や復活戦の信号弾が炸裂したと私は思う。我々の勝利は我々だけのものではない。諸君ら聡明なドイツ国民の政治的判断で手に入れたのだ!

 我々は決して虚言を弄したり、誤魔化したりはしない!従って私は、いかなる時も我が国民に対して、妥協したり口先だけの甘言を呈したりすることを拒否するものである。

 私は、我が民族の復活がおのずから達成されるとは諸君らに約束するつもりはない。我々が行動するのである、そう民族自身が手を取り合って行動しなければならないのだ」

 

 

 一区切りに間を置いたとき、民衆は賛同の大歓声を男に贈る。

 

 

 

「そうだ。そうだとも。諸君らと我々、真の国民ドイツ党が勝利を掴むのだ。自由や幸福や生活が突然空から降ってくると思ってはならない。全ては我々自身の意志と行動にかかっているのである。

 EUなどというヨーロッパ結集の夢は幻想だった。コートの上から浸透してくる雨水のような侵略者、移民どもで我々のドイツは穢された。他所からの助けなど当てにならない!我々自身のうちに、ドイツ民族の将来は存するのである!」

 

 

 マイクを通じて広場全体、カメラを通じて全世界へ映像が流れていく。

 

 

 

「我々自身がドイツ民族を、その固有の労働、勤勉、決然さ、不屈さ、頑強さによって繁栄させるのだ。そうして始めて、我々はかの祖先と同じ高みへと再び登りつめることができよう。かつて祖先もドイツを無為に手に入れたのではなく、己の力で築き上げたに違いないのだから」

「ドイツ国民よ、我々に4年の歳月を与えよ。しかるのちに我々を判断せよ!ドイツ国民よ、我々に4年の歳月を与えよ。私は誓おう。この職に就いた時と同じようにこれからも私は進むという事を。私は給与や賃金の為に行動するのではない、ただただ諸君らの為にのみ行動するのだ!」

 

 

 

 男は演台に拳を掲げる。広場は沈黙が支配していた。群衆も習って拳を掲げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「侵略者どもに誅伐を!ドイツは今こそ復活する!」

「Sieggggggg Heilllllllll(ジークハイル・勝利万歳)!」

 

 

 

 その場にいる人々、テレビのモニター越しに観る人々、全てが万歳を唱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の世界各国の新聞に「まるで”あの彼”が帰ってきた」という見出しが軒を連ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、ドイツ連邦共和国首相に就任した男、二ヒテス・フォン・ヒルデブラントはドイツ北部ザクセン州で1992年に生まれた生粋のドイツ人。御年39歳である。

 幼少期は母子家庭の貧しい環境下で育ち、青年期に陸軍へ志願、シリア・アフガンでの戦闘を曹長(ハウプトフェルトヴェベール)として経験した。

 32歳になり軍を除隊後、移民難民出身の異民族に支配されていく祖国を憂いて政界に進出。移民排斥とドイツの経済復活を掲げる「真の国民ドイツ党(WahrerNation Deutsche Partei)」を立ち上げて議会第1党に勢力を広げた。

 そして、今回の選挙と大統領の信任で首相に選ばれる。

 

 

 彼はグローバニズムを否定し時代遅れとされた民族自決主義の復活を狙うナショナリストだ。普通であればこのような人物はナチスを蔑む現代ドイツ国民から排除されたはずである。

 しかし、この男は運を持っていた。移民と難民、グローバリズムで破滅に向かうドイツを憂う声と「彼」と同じ天才的なスピーチ力に美貌を。

 

 

 人々を魅了するその能力と時代の流れによって「彼」は帰ってきた。

 

 

 

 

 翌日彼はまず、EU脱退NATO加盟停止と不法移民の徹底的な排除を行う宣言をした。続いてNATO指揮下の軍を本土軍へ戻すなどの再編と大規模な公共事業発注、失業した若者へは民間企業の就業をちらつかせ軍への雇用を進め失業対策をした。効果はすぐに出て彼の支持率とドイツ国民の熱狂さは鰻登りに上がっていく。

 

 

 

 EU諸国(特に東南欧州諸国)は驚きの眼差しと警戒を露わにしたが、世界の目は東アジアの戦争に向いており「彼」の復活はあまり注目されなかった。

 

 

 

 

 

 このときに抑えておけば良かったものをと後世の人々は語る。

 この遠き欧州の1つの出来事がのちに東アジアにも大きな影響をもたらすとは誰も予想し得なかった。

 




昨年、半年間ドイツ中部の大学に語学留学していましたが、美味しかったです。1Lジョッキに注がれたコク深い味わいのビールと甘酸っぱいザワークラウト、そして朝食によく食べたヴァイスヴルスト。
ミュンヘンオリンピックのプールで地元の子供たちに混ざって飛び込み台からダイブして背中を強打したのが思い出(トラウマ)です。


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第5話「潜入と潜水」

お疲れ様です。東アジアに戻ります。続きをどうぞ!


-2031年5月30日-

-中華連邦極東自治区第4極東経済特区(中国名)大阪(ダーバン)-

 

 

 

 日本占領後の大阪。

 日本に取って代わり中華連邦が支配するこの街は変貌していた。

 

 連邦の強引な中華連邦人優遇の経済政策が生み出した日本人失業者の群れと地方での戦闘激化で逃れてきた難民の流入による貧困街(スラム)が増加していた。そこを温床とした凶悪犯罪の激増と、分けて、日本侵攻時の混乱に乗じて庶民から強奪した物資の金で武装化した朝鮮人暴力団が幅を効かせている。

 街の表は華やかに彩られてほとんどの日本人が排除され連邦人が優雅に食事をとり、裏では「旧」日本人がヘコヘコと支配者の顔色をうかがいながら生きる、そんな二極化した街になっていた。裏通りでは薬物(ドラッグ)や銃が普通に売買され暴力団同士の抗争で銃声が鳴り止まない。外の人間が裏通りに一歩足を踏み入れれば生きては出てこられない。

 まさに日本にとって世紀末を現実化したような光景であっただろう。

 

 

 

 

 日本を占領した連邦は日本のすべての治安組織を解体してしまったため、進駐した各方面の軍が占領任務に治安維持を担うことになった。しかし、大都市の治安維持に連邦兵だけでは圧倒的に数が足りないと判断される。

 そこで大阪(ダーバン)では中華連邦第4極東経済特区政府(通称”第4極東”)の指揮下の元、幹部を連邦人、人員を旧日本人とした「第4極東武装公安隊(第4公安)」を発足させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-同日-

-第4極東経済特区大阪北部管区中之島(旧大阪市北区中之島)-

-中華連邦陸軍第3軍区総司令部第1ゲート(旧大阪市中央公会堂)[13:00]-

 

 

 

 

 

 

 ここ連邦陸軍第3軍区総司令部では大阪を占領して7ヶ月になるが占領業務と肥大化した朝鮮人暴力団との交戦ですべての兵員は休みなく働いていた。

 

 

 

「証明書を」

「はい」

 

「……よし、そこのゲートを通れ。次」

 

 

 

 司令部の出入り口では警備の兵士と危険物探知ゲートで入館者のチェックを行っている。

 

 

「証明書を」

「はい」

 

 髭面中年太りの兵士は証明書を見て男の姿を眺めた。

 

 

「お前、日本人か」

 

 兵士は日本語で問いかける。

 

 

「はい」

「…で、どれどれ…ほう。新入りの掃除屋か」

「ええ」

「きっちり働けよ。前のやつは仕事をサボってなぁ」

「はぁ、はい!」

「そいつはなぁ、他の掃除屋の前で撃ち殺してやった」

「えっ」

「見せしめだったが奴らの恐怖した顔は絶頂だったな。以前お前のとこの同業者の妻を軍特権で見つけて目の前で犯してやった並に最高だったぜ」

「…………」

 

 

 単純な作業の門番に飽きていたのか、兵士は掃除屋の男をなじるように話をした。掃除屋の反応が面白いようで兵士はさらに挑発するかのように話を続ける。

 

 

「日本人ってのな、弱々しいもんだ。人権人権って叫んで全く使えない。労働意欲は薄いわ、そのくせ権利ばっか求めやがる。おかげで高度な仕事は俺らが。下賎な仕事はお前らがお似合いになったしな」

 

 

 兵士は掃除屋の頭を人差し指で差し顔を舐めまわすように見ながらゲラゲラと笑っていた。対して掃除屋は黙っている。

 

 

 

 

「…おい、黄(ファン)!後ろがつっかえるから早く通せ!」

「ちっ、わかったよ。ほら行けよ」

 

 

 

 掃除屋はそうしてゲートを通り抜けて中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大阪市中央公会堂は1918年(大正7年)11月に、辰野金吾・片岡安らの設計で当時流行した西洋風建築として建てられた。建物は鉄骨煉瓦造(てっこつれんがづくり)地上3階・地下1階建て。意匠はネオ・ルネッサンス様式を基調としつつ、バロック的な壮大さを持ち、細部にはセセッションを取り入れており、アーチ状の屋根と、松岡壽によって天地開闢(てんちかいびゃく)が描かれた特別室の天井画・壁画が特徴となっている。

 各種の講演、会合などが催され、大阪市民に親しまれてきた。 ロシア歌劇団の公演、アルベルト・アインシュタインを始め、ヘレン・ケラーやガガーリンなどの歴史的人物の講演も行われた。

 

 

 現在は連邦軍が接収し第3軍総司令部となっており、連邦軍人がいたるところで立ち話をしていた。

 

 

 

 掃除屋はその中を淡々と歩き掃除夫の集う待機室にまっすぐ入っていった。

 

 

 

 

 

 掃除夫待機室はかつての第1控室に物を少し置いただけの内装で変わったものはなかった。そこには2人の若い掃除夫がベンチに座っていた。

 

 

 

「少し遅れましたね」

 

 座る男の1人が小声で言う。

 

 

「ここにはあるか」

「いえ、ここにはカメラはありません。外は?」

「近くに連邦兵はいない。総司令部にしては警備がザルだな」

 

 新入りの掃除屋がそう言って荷物を下ろす。

 

 

 

「…そうか……それじゃ改めて初めましてだな」

 

 

 

 2人の男は一斉に立ち上がる。

 

 

 

「…俺は小鳥遊(たかなし)蒼太(そうた)、二等陸尉だ」

 

 

 新入りの掃除屋は名を名乗った。

 

 

 

 

「ようこそ、准陸尉の福村(ふくむら)始(はじめ)です。こっちは…」

「三等陸曹の木嶋(きじま)一平(いっぺい)です」

 

 

 茶髪のロン毛で背が小さく、眼鏡を掛けた色白が福村。それと対称に丸刈りで真っ黒に日焼けした巨漢が木嶋。その2人も名を名乗った。

 掃除夫として雇われたこの男たちは日本義勇軍の隊員だった。

 

 

 

 

 

「遅れてすまない。入口の体臭臭い兵士にちょっかいかけられてな」

 

 小鳥遊は右手で臭いを払う動作をして呟く。

 

 

 

 

「あのデブですか?ご愁傷様です」

 

 

 臭いでしょうあいつ、と福村が付け足す。

 

 

 

「あぁ臭かった。………最近、掃除夫が殺されたそうだが…」

「幸い我々の仲間ではありません。しかし、元気で明るい少年でした…」

 

 

 

 

 2人は顔の表情をすこし歪ませた。

 

 

 

「…悪い。ここでするような話じゃなかったな。それより作戦状況はどうだ?大まかの情報は途中の機内で読んだが」

 

 

 

 

 

 

 

 小鳥遊が話を変えると、福村の後ろに控えた木嶋がポケットから小紙を取り出し福村に渡し、それを大きく広げ近くの床に置いた。

 

 

 

「…これは司令部用地と内部の見取り図です。今いるこの部屋の隣のトイレに我々の装備を隠してあります」

 

 福村が指差す箇所を小鳥遊が見ていく。

 

 

「…ご覧になられましたか?それじゃ詳しく話していきます。第1の工作として、我々掃除夫の施設完全退去が2000までとなっているので、その時間の20分前に我々が施設を出たというようにここの警備システムにダミーウィルスを仕込みました。警備の兵士も休憩でその時間帯はいないので作戦進行に影響はありません」

 

「…あとは装備を身につけたあと深夜の警備が薄くなる時間帯に忍び込み、書物庫で目標のブツを奪取、川に通じる地下水路を通ります。この赤いマーカーで示されたこれらの箇所に予(あらかじ)めC4を仕掛けておきました。それを脱出途中に起爆、敵の混乱に乗じて脱出する作戦です」

 

 

 

 

 福村准陸尉が順を追って説明していく。

 

 

 

「…それなら予定通り、決行は今夜でいいな?」

「はい。明日に連邦軍の会議が大阪の中心部で開かれるようで夕方には高級幹部はここを離れます、それに合わせてここの警備の人員も少なくなるので今夜がいいかと」

「幹部どもがブツを持ち出す可能性は?」

「ここに忍び込んで4ヶ月ですがそうした可能性は低いと思います。私は書物庫での掃除担当で隙を見てデータベースを確認していますが、書物庫から移動された形跡は今までに全くありません」

 

 

「ん?だが、そんな風にデータベースを観ていたら閲覧履歴が残るんじゃないのか?」

 

 説明を聞いて小鳥遊は疑問思う点があった。木嶋がその疑問に答える。

 

 

 

「いえ、それなら問題ありません。書物庫管理の兵士は我々の賛同者です。彼は連邦軍のやり方に愛想が尽きたらしく、我々はその兵士の監視を数週間続け、彼が本当に連邦から離反したいか確信が持てたあと、街で密会して説得成功、今夜行動をともにロックの解除をしてくれるとのことです」

 

 

 事前に福村たちが敵兵士を買収していたようだ。

 

 

「そいつは信頼できるのか?」

「大丈夫です。大陸の諜報部に彼の個人情報を調べさせたところ母親が日本人で今回彼が話した生い立ちや思想が一致しているのと」

 

 

 木嶋が答え、続きを福村が答える。 

 

 

「私は戦前、京大大学院で心理学助教授を務めていました。その経験で彼の心理状態を診たところ、彼の真意は本当のようです。私が保証しましょう」

「助教授…?君のプロフィールを観たが本当だったのか」

 

 

 福村は20代前半の大学生に見える外見だが実年齢は45だという。

 

 

「…うん。まぁいい。決行は予定では翌日0100で変更はないな」

「はい」

 

「よし、それでは”掃除夫”の仕事をこなしていこうじゃないか…」

 

 

 

 3人は夜の決行に備えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月30日-

-小笠原諸島父島洋上空港[13:40]-

 

 

 

 2025年に小笠原村に念願の空港が誕生した。造成に使われた新技術を活用する新型メガフロートは環境に与える悪影響は少なくなおかつ公害物質を自浄する効果を持つ優れたものであり、地元民の賛成多数で建築案が承認され3000m級の2本の滑走路を持つ官民共用空港が誕生した。この空港は民間の商業施設や民間機自衛隊機の修繕も行える航空整備基地としての運用も出来るように2027年より追加整備された。

 

 

 

 しかしこの空港には今、民間人はいない。

 その代わり駐機場に見えるのは…

 

日本義勇軍所属のf15MJ(7機)F2A(3機)KC767(1機)、

インドネシア空軍のSu30(2機)F16B(3機)、

オーストラリア空軍のF/A-18Eスーパーホーネット(4機)、早期警戒管制機E-7Aウェッジテイル(1機)

の計21機の航空機の姿があった。

 

 一方沖合には

日本義勇軍護衛艦「ふゆづき」「ひゅうが」、

オーストラリア海軍フリゲート「パース」、

シンガポール海軍フリゲート「ストルワート」、

サウジアラビア海軍フリゲート「メッカ」「アル・ダンマン」、

大韓民国海軍戦車揚陸艦「天王峰(チョンワンボン)」、

大型中型貨物船5隻

の計12隻の艦隊が停泊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『連合国軍』ねぇ。こうして観ると壮大だな…」

 

 

 滑走路の端の岸辺から海を眺める男が1人そう呟いた。

 

 

 

 

 

 そこへ男の頭上を掠めてF15MJ2機が離陸コースに進入、男は風圧で吹き飛ばされる。

 

 

 

 

「ぶっへ?!」

 

 背から思いっきり押されたため海に落とされた。

 

 

「あばばば…おぇおぅえ」

 

 海水を飲み、溺れる男。そこへ!

 

 

「あんたなにやってんの!」

 

 

 男に浮き輪が投げられ咄嗟にしがみついた。

 

 

「麻里か!助かった!」

「助かったじゃない!恭介!立ち入り禁止んとこでなにやってんの!ほんとにもう」

 

 

 

 男の方は津田(つだ)恭介(きょうすけ)。彼女は川本(かわもと)麻里(まり)。この2人、幼馴染である。

 2人は石川県に生まれ中学まで一緒だったが高校はお互い別々に進学する。付き合いも無くなりこれからも別々になって会わなくなるかと思われたが、それぞれ理由あって高校卒業すぐに陸上自衛隊に入隊すると教育隊で再会し2人共驚き、再会が嬉しく笑いあった。今まで第14普通科連隊で勤めていたが日本侵攻当時、2人は別々で海外へ旅行に出ていたのだった。召集がかかったが日本は早々に敗戦、日本義勇軍に参加。小笠原の部隊に編入されたところ2人は偶然また再会して今に至る。

 

 

 

「…海がキレイだった」

「へ?」

「だーかーらーうみがー」ガンッ

 

 

 川本の投げた小石が海に浮かぶ津田の額にクリーンヒットする。

 

 

「と・に・か・く!早く来なさい!もうすぐ会議が始まるわよ!」

 

 

 

 

 

 そう言って彼女は走り去っていく。海に沈みゆく津田を置いて…。

 



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第6話「北方戦線とイワン」

-2031年5月30日-

-北海道空知郡南富良野町-

-JR幾寅(いくとら)駅プラットホーム[10:20]-

 

 

 

 新緑の生える北海道空知郡、『イトウと暮らす』南富良野(みなみふらの)町。人口2200人の小さな町ではあるが知る人ぞ知る映画『鉄道員(ぽっぽや)』のロケがおこなわれた地としてコアな映画ファンからは有名であり、JR幾寅駅は映画では石炭集積所の『幌舞(ほろまい)駅』という名で登場している。

 JR幾寅駅の駅舎は木造造りで古びているが駅そばの旧型の円型郵便ポストと合わせると絵としてむしろ良い雰囲気を醸し出している。

 町の名物であるラベンダー畑ではまだ開花はしてなく蕾が緑色で出穂している。今日は快晴で峰にまだ白く雪が残っている山々が見え幻想的な景色であった。

 

 普段は和やかで静かな駅周辺ではあったが今は多くの人と機械で溢れかえっていた。

 

 駅のプラットホームに灰色の車体に緑色のラインが入ったデザインのキハ150形気動車が5両編成で到着した。

 

 客車のドアが開くと中から緑色の集団が一斉にホームに降り立った。

 

 

「第1小隊は駅舎を出て整列!人数確認終わり次第トラックに乗り込め!第2第3小隊は待機!」

 

 駅前には大人数の緑色の大集団、73式大型トラックや87式自走高射機関砲、40mmテレスコープ弾機関砲(CTA機関砲)搭載の20式偵察警戒車が並んでいる。

 

 

 彼らは日本義勇陸軍北海道方面第1師団(旧陸自北部方面隊第5旅団)の普通科隊員であり、最前線で戦闘する部隊の救援のため訓練を終えた新兵を主体に根室より送られてきた。隊員の手には5.56mm23式小銃やミニミ機関銃を装備し鉄ヘルに背嚢や防弾ベストを着て完全武装である。

 

 

「よし!第1小隊この2両のトラックに乗り込め!第2小隊集まれ!」

 

 

 階級は一尉の中隊長が小隊に命令し次々と隊員は乗り込んでいった。

 

 

「現時刻1030(ヒトマルサンマル)。これより夕張へ向かう。今のうちに装備の点検を済ましとけ」

「了解」

「運転手、出してくれ」

 

 

 小隊長が隊員に言いトラックは動き出した。

 

 

 

 

 

 発車してから15分、車内は静まったままであり、隊員たちの表情や感情はそれぞれ異なっている。無機質・悲愴・涙・興奮といった様々であり、中には嘔吐を繰り返す者もいた。前線の戦況は悪化の一途をたどり後方に運ばれてくる戦傷者からの証言で悲惨だということは隊員に知れ渡っていた。隊内の士気は下がる一方だった。

 

 

 

「…おい、あんた。名前はなんていうんだ?」

 

 

 高校生にも見えなくもない若者がウトウトしていると前の男から話しかけられた。

 

 

「ん…あぁ、名前、名前は清元(きよもと)康(やすし)一等陸士です」

 

 目を手で擦りながら若い男は答えた。

 

 

「あ、寝起きだったか。すまない」

「いえ、そちらは…?」

「俺か?俺は松原(まつはら)佑都(ゆうと)。三等陸曹だ」

 

 

 松原と名乗った男は30代ぐらいの飄々とした顔立ちをしている。2人はお互いの名前を認識した。

 

 

「三等陸曹?陸曹さんでしたか。どうしましたか?」

「そんな硬くならなくていいよ。君、歳は?」

「19です」

「お!俺とおないじゃん!なら尚更だよ」

「いえ、一応軍ですので敬語は」

「なくていい。どうせ前線に行ったら関係なくなる。今のうちに仲良くしとこうじゃないか」

「え…まぁそれじゃ普通に…しますか」

 

 

 揺れるトラックの中で2人の会話が進んでいく。

 

 

「…そうかあぁいうのが好きなのか」

「そうですよ。悪い?」

「いいやからかってすまん。ええと清元ってどこ出身?どこの駐屯地にいた?」

「俺は生まれは富山で育ちは旭川だよ。前は真駒内(まこまない)だね」

「そうか!真駒内!俺と同じじゃないか!俺は生まれも育ちもここ十勝だ」

「同じだったの!?平和なときに出会いたかったな…今はこんなだしね」

 

 

 周りの隊員たちは全く喋っていない。前線に行くプレッシャーにひたすら耐えているのだ。小隊長ですらどこか憂鬱な表情をしている。

 

 

「そういや松原ってさ、元々自衛官だったの?」

 

 

 清元が話題を変えて話してみる。

 

「あぁそうさ、でも去年曹候で入隊したばっかだから実戦もくそもないよ。清元と同じさ」

「ふーん、そうなのか」

「ところで清元は前線に行くのが怖くはないのか?この状況で寝てたからつい声かけちまったが…正直…俺は怖い」

 

 

 皆少なからず何かを恐れている印象なのに対し清元は全くそういう素振りがなかった。松原はそこを不思議に思って目の前で寝ている少年に声をかけたのだ。

 

 

「…怖いさ。だけどみんなの感じる”怖い”とは違う」

「それって…」

 

 

 

「おい、静かにしろ。お前らも装備の最終点検を済ましとけ。もうすぐ着く…」

 

 松原が話そうとしたところで小隊長に注意を受けた。ここで2人の話は途切れて車内は再び静まり返ったのだった。

 

 

 

 

 

 

-同日-

-ロシア連邦首都モスクワ市スターラヤ広場-

-ロシア連邦大統領官邸-

 

 

 

 通称「クレムリン」。1776年から1788年にかけて帝政ロシア元老院として建てられたこの三角形の建物は赤きソビエト時代の旧ソビエト共産党閣僚会議館を経て現在はロシア連邦大統領の玉座となっている。

 

 

「大統領、南部軍管区第49諸兵科連合軍司令官、レジノフ・マタリノーコフ中将より3月に南オセチア共和国へ侵入したグルジア陸軍を現地軍と共同で殲滅、同陸軍の南オセチア領外への完全撤退の確認が取れました」

「うむ。それは良いことだ」

 

 

 執務室の椅子に腰掛けるこの人物はウラジーミル・プーチン前大統領の後継者として指名されたセルゲイ・イワノフ現連邦大統領である。

 彼もプーチンと同じく旧ソ連時代のソ連国家保安委員会(KGB)出身であり、プーチンの出世とともに彼も出世していた。そして今日、連邦大統領の座についている。

 

 

「南オセチアからのグルジア人勢力の一掃で我が軍の支配圏が及ぶことができます」

「наивысший(メイブッシィェ・上出来だ)!次の報告は」

 

 

 大統領の言葉を受け事務官が報告書の次の欄を見て読み上げる。

 

 

 

「次は東アジア情勢についてです」

「おぉ、たしか今、中華連邦と連合国軍で火花を散らしているところだな」

「えぇ、大統領。在北京大使館の対外情報庁(CBP)北京支部からの報告によると近頃連邦軍の日本での攻勢が弱まっているようで連邦本土から陸軍兵力を送っている影響で次々と本土の戦力が減っているとのことです」

「そうなのか。ならばT-14U戦車の増産を急がせろ。全軍に中華連邦を刺激することを極力控えろと伝えておくんだ。…あとは、陸軍極東軍管区に第1機動生物防護部隊を配備しろ」

 

 

 セルゲイは2015年に採用されたT-14戦車の改良型のT-14U戦車の増加生産を以前から命じていた。

 

 

「大統領閣下。…あの兵器を投入するおつもりで?」

「前の実験レポートのスペックを見る限り”使える”と判断した。せっかくの機会だ。使わない手はないだろう」

「しかし、アレは我々からしても諸刃の剣では…?」

「使えないとなればミサイルでもぶち込んで滅菌すればいい。とりあえず配備するんだ」

「…畏まりました、大統領閣下」

 

 

 

 大国ロシアでも着々と手を伸ばす準備が進められていく…。

 

 




ロシア料理の中でもボルシが一番大好きで、私の得意料理でもあります。最近めんどくさくて作ってないですが。
Youtubeでロシア軍格闘術『システマ』を観ていましたが自衛隊格闘術と戦わせたらどちらが勝つんでしょうかね…。


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第7話「タスクフォース」

-2031年5月30日-

-小笠原諸島父島洋上空港[14:10]-

 

 

 

 管制塔ビル最上階で戦闘機からの着陸要請や空中警戒機との通信で航空英語が飛び交っている最中、その階下の廊下に1人の男が眉間に皺を寄せていた。

 

 

 

 

 

 

 

「なにやってんだ…?毎度毎度あいつら…」

 

 

 

 頭には迷彩Ⅱ型作業帽を被って戦闘服の肩章(けんしょう)には日の丸を着けている。この男は日本義勇軍所属の隊員だ。痩せた頬に縁の細いスクウェア状の眼鏡を着用しているためインテリチックな印象を持たせている。

 腕時計を凝視する男の額には時計の針が1つ2つと進むたびにピキッピキッとシワというよりはヒビと言っていものが割れていく。

 

 そこへ階段を駆け上がる足音が鳴り渡り開閉扉が開くと2人の男女が現れた。

 

 

 

「すいません!!!遅れました!!!」

 

 

 

 2人は現れたと同時にスライディング土下座で男の足元に繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「栗原(くりはら)三尉!遅れて申し訳ありません!!!」

「津田士長がなぜか海で浮かんでいるのを助けていて遅れました!!!」

「そうです。川本のおかげで助かりました!(川本…てめぇが沈めたんだろうが…)」

 

 

 

 

 2人は揃って般若になりかけの栗原(くりはら)草介(そうすけ)三等陸尉の目前で土下座で頭を下げながらハキハキと理由を話した。

 

 

 

 

「…おい、お前ら。たしか教育隊のときに言ったよな…自衛隊には土下座する必要はないって。だから顔上げろ。わかったから」

 

 

 

 

 

 栗原の般若顔は理由を聞くなり、にこやかになり穏やかな口調で2人を促した。

 

 

((く、栗原一曹…いや今は三尉か!わかるお人だ…))

(川本マジで痛かったからな)

(あれはホントにゴメンって。見たところ栗原三尉、今回も私たちのこと見逃してくれそうだし…いいじゃない)

((ちょろい…))

 

 

 

 この栗原三尉はとても隊内でも有名なお人好しでどのようなしでかしを受けても笑っているため「仏の栗原」と呼ばれていた。教育隊のころから2人は今まで遅刻魔だったようで救難系の話で栗原の同情を誘い、処罰を受けることはなかった。

 ホッとした2人はニヤニヤと顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「津田、川本。もう許さねぇからな。今までのらりくらりやってたこと知ってからなぁ」ニヤッ

 

 

 微笑みながら眉間にシワ寄せた栗原が腕を組み仁王立ちしていた。その姿に意表を突かれる2人。

 

 

「今度こそはもう許さねぇてめぇら。俺の人が良いところを悪用するとはもう許さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、栗原の姿が消えた。

 

 

((えっ………?))

 

 

 

 

 

 

((!?))

 

 次の瞬間、身体の痛みとともに津田と川本は視界がスローモーションになって宙に浮いていた。身体が180度回転したあと頭から廊下にのめり込んだ。

 

 

 

 

 

(…ぐぇぇっぇ。腰が動かん…何された?)

(かぁはぁぁ。おなかが…おぅっぇ)

 

 

 

 

 

「…津田と川本、格闘き章お墨付きのご褒美だ。ありがたく受け取れ」

 

 

 そう言って栗原は眼鏡をクイッと上げて部屋に入っていった。

 

 栗原(くりはら)草介(そうすけ)三等陸尉。御年33歳。元・陸自西部方面普通科連隊、通称”西部連”。身体はレンジャーき章、空挺き章、格闘き章、水路潜入き章を有する軍内有数の狂戦士(バーサーカー)、人格は仏のインテリジェンスウォーリアである。

 

 

『仏の顔は三度まで』

 

 

 

 2人が遅刻をごまかそうとした3回目の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 意識が吹っ飛びそうになるも2人は共同で部屋に入った。

 こじんまりとした空間にホワイトボードと茶色い事務用長机があり、7人の隊員がパイプ椅子に腰掛けていた。

 

 

 

「おっ?お2人さんご褒美をもらったそうで」

「羨ましいなぁ俺も隊長の半長靴クラッシュもらいたい…」

「今までごまかしてきたツケが回ってきたのさ」

 

 

 評論家のようにコメントを出したのは橋本(はしもと)恭司(きょうじ)二曹、国枝(くにえだ)高和(たかかず)一士、布山(ぬのやま)信吾(しんご)曹長だった。他の席には一色(いっしき)護(まもる)海曹長、傷顔の男が黙って佇んでいる。

 

 

 

「…お、遅れ…て…申し…訳ありませ…ん」

 

 

 残る痛みにこらえながら津田は答えた。

 

 

 

「いいなぁ、先輩…栗原三尉から激をもらえるなんて裏山けしからんです!」

 

 

 身体をクネクネしながら国枝が悶える。

 

 

「国枝…コロす…」

「国枝、いい加減その性癖治せ気持ち悪い」

 

 

 橋本が顔を引きつって奇妙な踊りをはじめる国枝に諌言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、ただでさえ遅れてるんだ。静かにしろ」

「「「はい」」」

 

 

 仏の栗原は笑みを浮かべたまま場を正した。津田川本の2人は裏の上官の正体を知っているため尚更襟元を正して冷や汗びっしょりである。

 

 

 

「よし、これから本作戦での我々第4任務部隊(タスクフォース)の処女任務を説明する」

 

 

 

 

 

 栗原が部屋の電気を切って暗くなりプロジェクターが起動する。

 

 

「今回我々が連合国軍物資の揚陸候補地点を先行偵察することになった。数日前、大型船の寄港が可能である根室港と網走港が連邦軍の爆撃を受けた。港湾設備は全壊。揚陸予定地が潰されてしまった。

本来の作戦では大阪の別動部隊が敵の作戦文書を入手し、それを解析後に北海道の重要港湾に人員と物資を揚陸する予定だった。

そこで上層部が作戦変更を決定し上陸可能な砂浜でLCU(輸送艇1号型)・LCAC(エアクッション艇1号型)を使ってピストン輸送を行うことになった。

これを見てくれ。ここが揚陸先候補の砂浜だ」

 

 

 栗原がパソコンを操作して画像を表示させる。

 

 

 

「…あれ?いたって普通の浜じゃないですか?」

 

 

 

 顔の右目に傷跡がある内藤(ないとう)拓海(たくみ)三曹が疑問を示す。

 

 

 

「内藤の言うとおり、見た目は普通だ。しかし、陸軍第1師団司令部によると、ここへ偵察に向かった部隊の消息が相次いで絶たれているとのことだ」

 

 

 

 

 次の画像に移り変わる。その画像はカメラのブレが激しかったようで不鮮明であるが、林に隠れる緑色の格好をした数人の男の姿が映っていた。

 

 

「これは偶然空を飛んでいた陸軍ヘリから撮影された。おそらく、浜周辺の民家に潜む敵部隊が仲間をやったのだろう。連邦軍が我々の裏側に浸透してきているようだ」

「隊長、それってつまり…」

「あぁ、この作戦は『先行偵察任務』も兼ねて『敵部隊の殲滅任務』も含まれている」

 

 

 

 

 栗原が真剣な顔で言い切る。

 

 

「今回の物資揚陸は各地で他国と協力のもと一斉に行う重要な共同作戦である。じっくり敵の規模を把握したいのは山々だが、実行日まで時間がない。よって、荒事専門として編成された我々第4任務部隊の初出動だ。

偵察作戦決行日は明日夕方5時。当日はオーストラリア海軍フリゲート「パース」で現場海域に直行する。

先行偵察班による上陸予定地の安全確認が取れ次第、浜から東に3km陸から1kmの地点からボートに乗って上陸する。

装備について、小火器は23式小銃かHK416ライフルを揃える。内藤は84(カールグスタフ)を、一色はM24狙撃銃を持込め。水泳斥候装備と戦闘装着を着用。あとは個人で好きなものを持ち込んでいい」

 

 栗原は一言を置いて言う。

 

 

 

「君らはわかっているだろうが、少しでもミスをすれば棺桶に入ることになる。…よって、装備とメンタル面での準備を怠るな」

 

 

 

 そう言い栗原は全員の顔を見渡す。全員さっきと打って変わって真剣な眼差しを栗原に送っている。

 

 

 

「大まかな説明は以上だ。さらに詳しい情報は追って連絡する。…では、作戦に備えてくれ」

 

 

 

 沈黙の中、暗かった部屋に再び電気が灯され皆の心情を照らすかのように明るくなるのだった。

 




今回も説明だらけになってしまいましたが次回、戦闘シーンに入ります(汗)


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設定集(第2章登場人物)

第2章の中間に差し掛かりましたので本章の登場人物を紹介します。


-登場人物-

 

<日本義勇陸軍>

 

-大阪方面作戦部隊-

 

小鳥遊(たかなし)蒼太(そうた)

29歳日本人男性。元・陸自第8通信大隊、現・日本義勇陸軍北海道方面隊第2師団。階級は二等陸尉。熊本出身。防衛大を経て、幹部候補生として入隊。

 

福村(ふくむら)始(はじめ)

45歳日本人男性。元・京大大学院心理学助教授、現・日本義勇陸軍衛生大隊所属。階級は准陸尉。兵庫出身。心理アドバイザーとして軍が招聘。

茶髪のロン毛で背が小さく、丸黒縁眼鏡を掛けている。顔は20代前半の大学生みたいに艶々としており肌は色白で若々しい外見となっている。

 

木嶋(きじま)一平(いっぺい)

22歳日本人男性。日本義勇陸軍中部方面隊第5師団普通科所属。階級は三等陸曹。福井出身。日本侵攻直前に曹候補生として入隊。

 

孫(ソン)紅雷(フォンレイ)

24歳中華連邦人男性。元・中華連邦陸軍少尉。階級は三等陸尉。浙江省出身。

メイトリックス大佐の髪を黒くした外見。容疑者は男性190㎝、髪は黒、筋肉モリモリマッチョマンの変態だ。中身は従順で誠実な精神を持つ好青年。

 

 

-北海道方面隊第1師団-

 

松原(まつはら)佑都(ゆうと)

19歳日本人男性。第1普通科小隊所属。階級は三等陸曹。北海道出身。日本侵攻直前に曹候補生として入隊。

外見は30代前半の飄々な顔立ちをしている。

 

清元(きよもと)康(やすし)

19歳日本人男性。第1普通科小隊所属。階級は一等陸士。富山出身。

高校生にも見えなくもない若者。最前線の夕張に向かうトラック内でほとんどの隊員が恐怖の感情を持つ中、「みんなの感じる”怖い”とは違う」という発言をする。

 

山城(やましろ)和也(かずや)

29歳日本人男性。第1対戦車ヘリコプター隊所属。階級は一等陸尉。京都出身。幹部候補生として入隊。

殺伐とした性格ながら趣味はジョーク。

 

二木(ふたぎ)裕二(ゆうじ)

25歳日本人男性。第1対戦車ヘリコプター隊所属。階級は三等陸尉。北海道出身。幹部候補生として入隊。

無類の機械好きで年に一度に開かれるラジコンショーには欠かさず出席し、友人のチームが手がける小型ジョットエンジンを積んだラジコンのフライトを観たいが為にスポンサーになっている。

 

 

<日本義勇海軍>

 

久瀬(くぜ)冬馬(とうま)

29歳日本人男性。元・海上自衛隊特別警備隊(SBU)、日本義勇海軍第1陸戦隊所属。階級は一等海佐。岩手出身。幹部候補生として入隊。

性格は冷静で礼儀正しく部下や上官からの評判は良いが本人は人付き合いが苦手に感じている。容姿は短髪黒髪に曾祖母がインドネシア人で東南アジア系の掘り深い顔立ちをしている。

某演習で陸自の第1空挺団2個小隊を指揮下の1個分隊で「損害なく全滅」させた実績を持つ。大分撤退戦で陸自部隊を指揮して活躍する。

地元の銘菓「ゴマすり団子」が好物。

 

羽柴(はしば)市子(いちこ)

20歳日本人女性。元・海上自衛隊特別警備隊(SBU)、日本義勇海軍第1陸戦隊所属。階級は一等海尉。徳島出身。曹候補生として入隊。SBUで数少ない女性隊員の1人だった。

性格は大人しく滅多に感情を出さない。容姿は長くも短くもない黒髪で綺麗な顔立ちに鍛錬で引き締まった身体を持つ。

隊内からクールだと評価を受けるが当の本人はお茶目だと思っている。

大分撤退戦で久瀬の副官として活躍。

 

 

<日本義勇空軍>

 

牧田(まきた)海斗(かいと)

26歳日本人男性。元・空自海栗島基地要撃員。階級は一等空佐。京都出身。曹候補生として入隊。

性格は生真面目ながらもマイペースで失敗を気にしない。容姿は決して太っている訳ではないが身体検査の数値から太っているという噂が立っている。

実際はボディービルダーばりのムキムキ。

現在は長野山中にある日本義勇軍基地の航空部隊指揮官を務める。

 

久佐木(くさき)神奈(かんな)

25歳日本人女性。元・空自海栗島基地要撃員。階級は二等空佐。奈良出身。曹候補生として入隊。

性格は理想完璧主義者でやると決めたら完遂するまで手が離せなくなる。容姿は白肌で目がブロンド、休日は黒髪をボブにしている。

家が神社で巫女の資格をもっている。

現在は小笠原父島洋上空港の第2司令部に赴任している。

 

 

<第4任務部隊>

 陸海空軍の隊員の中から様々な分野の有能者を選抜して結成された特別任務部隊(タスクフォース)。隊員は何らかの分野でのエキスパートである。

 

栗原(くりはら)草介(そうすけ)

33歳日本人男性。元・陸自西部方面普通科連隊。階級は三等陸尉。埼玉出身。曹候補生として入隊。

身体はレンジャーき章、空挺き章、格闘き章、水路潜入き章を有する日本抵抗軍有数の狂戦士(バーサーカー)。人格は仏であり、配属当初は情報科であったため電子機器や諜報に通じているインテリジェンスウォーリアである。特別に編成された第4任務部隊の部隊長を勤めている。

 

布山(ぬのやま)信吾(しんご)

41歳日本人男性。元・陸自第7施設群。階級は陸曹長。滋賀出身。自衛官候補生として入隊。

面倒見の良く朗らかな親父分として隊内で評判があるが、施設科任務(ドカタ)となると性格がスパルタ親父へと変貌する。

 

橋本(はしもと)恭司(きょうじ)

26歳日本人男性。元・陸自東北方面衛生隊。階級は二等陸曹。宮城出身。曹候補生として入隊。

的確な判断を下す目利きと医学に関する知識や技術を併せ持つ。元々は東北大学医学部の医学生だったが卒業後なぜか陸上自衛隊に。

 

津田(つだ)恭介(きょうすけ)

23歳日本人男性。元・陸自第10師団第14普通科連隊。階級は陸士長。石川出身。自衛官候補生として入隊。

今風の若者で高校時代は競輪部に所属していたため足腰の運動神経が優れているが部活のやりすぎでどこか頭のネジが飛んでいる。川本士長とは幼馴染。

 

川本(かわもと)麻里(まり)

23歳日本人女性。元・陸自第10師団第14普通科連隊。階級は陸士長。石川出身。自衛官候補生として入隊。

おっとりとした雰囲気の中に天性の暴力的な一面を垣間見させるミディアムヘアの女性。津田とタッグを組ませるとまさにラブコメ。津田士長とは幼馴染。

 

国枝(くにえだ)高和(たかかず)

21歳日本人男性。階級は一等陸士。東京出身。自衛官候補生として入隊。

男を愛するゲイ。身体に感じる痛感に幸せを感じる変態でもある。尋問が得意。

 

一色(いっしき)護(まもる)

21歳日本人男性。元・海自護衛艦「ゆうだち」射撃員。階級は海曹長。高知出身。自衛官候補生として入隊。

性格は神経質で正確さ、左右対称(シンメトリー)を尊ぶ。容姿は身体は細くスポーツ刈りに切り細い眼、視線が鋭く感じさせる面長で中性的な顔立ち。

山登りと狩猟が趣味で射撃の腕が良い。

 

内藤(ないとう)拓海(たくみ)

37歳日本人男性。元・空自航空支援集団航空気象群新田原気象隊。階級は三等空曹。自衛官候補生として入隊。

日本侵攻時に新田原基地に侵入してきた連邦軍特殊部隊との交戦で顔面を負傷する。

 

伊藤(いとう)翔(かける)

30歳日本人男性。元・株式会社初下建設の会社員。階級は陸准尉。北海道出身。諜報員として抵抗軍に参加する。

ぶっきらぼうな性格ではあるが仕事には忠実。結婚相手が欲しいのが本音。運動不足に悩む。諜報活動をする傍ら、長町(ながまち)という偽名を使ってコンビニエンスストア『フェミニスト』で店員を勤めている。

 

 

<中華連邦>

 

趙(チョウ)浩然(ハオラン)

30歳中華連邦人男性。中華連邦陸軍大尉。4両の偵察装甲車からなる黒虎部隊を率いて長野山中を進軍。

 

郭(カク)公文(ホンウェン)

59歳中華連邦人男性。中華連邦陸軍中佐。趙(チョウ)大尉率いる偵察部隊を後方の司令部より指揮する。

 

 

<大韓民国軍>

 

韓(ハン)大恩(デウン)

38歳韓国人男性。大韓民国空軍パイロット。階級は少佐。搭乗機はF15K。グルメ通。釜山捕虜収容所に収監されている。

 

玄(ヒョン)現国(ゲンコク)

28歳韓国人男性。大韓民国空軍整備班所属。階級は元士(自衛隊における士長)。のんびり屋だが機械整備の腕は素質がある。韓(ハン)少佐の隣部屋に収監されている。整備の腕を活かして何かを企んでいる。

 

 

<一般市民>

 

北上(きたかみ)穂乃果(ほのか)

16歳日本人女性。京都の高校に通う女子高生。コンビニエンスストア『フェミニスト』でアルバイトをしている。

バイト先の先輩である長町(ながまち)(伊藤)のことが好きで仕方がない。

 

狙撃銃をもった少女と観測手を務める男

第2話で登場。連邦兵を次々と射殺した。

 

 

<諸外国要人>

 

二ヒテス・フォン・ヒルデブラント(Nichtes.Von.Hildebrand)

39歳ドイツ人男性。元・ドイツ連邦陸軍機械化歩兵、最終階級は曹長。現・ドイツ連邦共和国首相。

ドイツ・ザクセン州で1992年に生まれる。幼少期は母子家庭の貧しい環境下で育ち、青年期に陸軍へ志願。32歳になり軍を除隊後、移民難民出身の異民族に支配されていく祖国を憂いて政界に進出。移民排斥とドイツの経済復活を掲げる「真の国民ドイツ党(WahrerNation Deutsche Partei)」を立ち上げて議会第1党に勢力を広げた。

長い金髪を後ろで束ねたとても若く目が碧眼のハンサムな顔をしている。

 

セルゲイ・イワノフ(Sergei Ivanov)

77歳ロシア人男性。元・ソ連国家保安委員会(KGB)エージェント。現・ロシア連邦大統領。

ウラジーミル・プーチン前大統領の腰巾着で後継者として指名されて大統領に就任。強権的な政治手腕を振るう。

 

レジノフ・マタリノーコフ

61歳アジア系ロシア人男性。ロシア連邦陸軍南部軍管区第49諸兵科連合軍司令官中将。

 




今後の展開でまだまだ登場する予定です。


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第8話「襲撃と逼迫する北方戦線」

-2031年5月30日-

-中華連邦極東自治区第2経済特区新姚(シンヤオ)(旧松本市)-

-官庁街[10:30]-

 

 

 長野県松本市。6階建ての天守を擁する松本城を中心とする旧城下町であり、幸いにも戦災を免れたことから、旧開智学校(重要文化財)などの歴史的建造物が多く残る歴史的な都市であった。中華連邦による日本侵攻時、奇襲を受け上陸された日本海側の主要都市では住民や自衛隊員が武器を取ってゲリラ戦で連邦軍に対抗した。連邦軍はハーグ陸戦条約どこ吹く風の如く徹底的に都市を空爆。戦闘によって街は灰塵と化し、現在も戦闘が行われている。

 松本市では市議会と住民によって無防備都市宣言が出され連邦軍の進駐を認め、中部地方で唯一、街に被害を受けなかった。現在では地名が「松本」からここに進駐した第2軍総司令官・姚(ヤオ)中将の名をとって「新(シン)姚(ヤオ)」と改称。松本市役所に極東自治区第2経済特区の省庁が、松本城内に連邦軍第2軍区総司令部が置かれ中部地方での軍事的経済的流通の要衝となっている。

 

 

 ここでも渋谷や大阪のように連邦人と日本人の区別がつけられたが軍司令官の意向でここでは露骨に連邦人を一等民、日本人を二等民と呼ばれ、かつてのゲットーのような場所に二等民とされ反発する日本人を収容している。

 

 

 

 丸の内の旧市役所周辺では急ピッチで高層ビルの建築が進み官庁街として整備されつつあった。昼間なのに車は走っていない。ここ一帯には戒厳令が出され、戦闘のない渋谷や大阪中心部といった場所以外は軍の車両以外の通行を制限していた。

 

 

 

 

 

 曇り空のこのビル街では今、炎で肉焦がれる臭いが立ち込め轟々と黒煙が焚き上げっていた。

 

 

「走れ!」

「2ブロック先から脱出するぞ」

「後ろから迫ってきてる!」

 

 

 1時間前に連邦軍ビル一角での爆発と同時に銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

「…孫(ソン)大佐はやったぞ」

「物資と設備も爆破したからさっさとおさらばだ」

 

 

 立ち込める黒煙の中から現れたのは火器を装備した日本人レジスタンスだった。日本国内には日本義勇軍のほかに小規模ながらレジスタンス勢力が複数存在している。彼らは新潟に拠点を置く抵抗組織(レジスタンス)の人間だった。この連邦軍ビル(旧市役所)に第2軍ナンバー3で新潟方面軍の指揮官、孫(ソン)鳳和(ホウワ)大佐が滞在している情報から彼らの今回の目標となり、孫(ソン)大佐の尋問と暗殺に成功した。

 

 

 

「打ち合わせ通り、1班は陽動。2班と3班は脱出。近くに用意してある車で1班を救出だ。行けいけ行け!」

 

 

 警戒サイレンの鳴り響く中、1班に8人、2班3班にそれぞれ5人ずつにわかれ行動に移っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 2班3班はそれぞれ非常階段を足早に駆け下りていき、1班は駆けつけてくる連邦兵を待ち伏せすることにした。

 

 

 

 

 

 ところが、1班は廊下を駆け足で移動中に部屋から出てきた連邦兵とばったり遭遇してしまった。

 一瞬の沈黙のあと、1人の班員がトリガーを引くとAR18ライフルの放つ5.56mm弾が連邦兵の顎(あぎと)を食いちぎった。マズルフラッシュを輝かせパパパと軽快な弦楽を奏でる銃声と血潮を撒き散らしてふんぞり返る連邦兵。寿命の尽きかけた蛍光灯の下で戦闘は唐突に始まった。反応の遅れた双方の兵数人が被弾し瞬時に血飛沫を撒き散らし事切れる。 

 

 

 

「こっちだ!中国狗(ジョングゥオゴォウ)!」

「小日本人(シャオリーベン)!」

 

 

 お互いが蔑称で挑発し、近くの鉄製の本棚やドアを盾に銃撃の応酬をする。時間はかけていられないためレンジスタンス側の62式機関銃やミニミ軽機関銃をもった班員が制圧射撃を加えたり破片手榴弾を惜しみなく使った。5.56mm程度なら耐えられる鉄製の壁でも7.62mm以上の口径は貫けるようで62式7.62mm機関銃の弾は元々防弾効果の薄い壁やドアを貫いて隠れていた連邦兵が被弾、次々と倒れていく。すると、連邦兵は徐々に後退し始める。

 

 そして、1班は連邦兵のあとを追い1階のエントランスに到達した。

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ!食らえくそったれ!」

「っ!おい!牛野郎だ!」

 

 

 レジスタンスの目の前に茶色の塗装でまるで映画『スターウォーズ』に出てくるような形状をした牛型の連邦軍歩行ドローンが出入り口の自動ドアを突き破って姿を見せた。

 

 

「ドローンに集中しろ!」

「みんな一旦引け!」

「前芝(まえしば)出すぎだ!引け!」

「………あぁぁぁ」

 

 

 

 

 レジスタンスからの集中銃撃を受けるドローンだったが全身に施した人工ダイヤモンド複合装甲に銃弾はすべて弾かれる。ドローンは自律思考機能(AI)で最優先排除目標を査定し、上部に搭載する14.5mm3銃身ガトリング機関銃がもっとも脅威と判断した目標(前芝)に照準、掃射した。

 

 14.5mm弾は人の身体に1発でも着弾すると人の身体は14.5mm弾の運動エネルギーに耐え切れず最悪、真二つに引き裂かれる。湾岸戦争当時、似た種類の12.7mm×99NATO弾がイラク兵への狙撃に使われた際、目標から1.5km離れていたにもかかわらずその目標人物の身体を両断したという話がある。

 

 その凶弾を前芝はドローンに1秒に10発の速さで身体に撃ち込まれ上下が裂かれたかと思うと周囲に肉片と真っ赤な液体が飛び散り跡形もなくなった。

 

 

 

 

「前芝ぁ!」

「小林!ここはもういい!お前は先に!」

「なに言って」

「やつら攻撃ドローン持ってきやがった!こっちは2人やられ…ここはもう…」

 

 

 襲撃を行った彼ら1班は逃避行を続けていたが当初8人だった実行メンバーは3人に減っている。そんな彼らも集結しつつある連邦軍部隊に包囲されつつあった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方の2班と3班はそれぞれ別々の非常階段からビルを脱出した。目的の車の場所まではまだもう少しかかりそうだった。

 

 

『こちら1班!マズい!助けてくれ!』

 

 

 2班の班員は裏路地から目的地へ移動していた。無線からけたたましい銃声と1班の悲痛な叫びが聴こえている。

 

 

『こちら3班!”パワードスーツ”4体と交戦中!2人やられた。押されつつある』

「こちら2班、順調に向かっている。もう少し耐えてくれ!」

 

 

 3班はパワードスーツと呼ばれる機械化歩兵と遭遇、交戦せざるをえなかった。

 

 

 『パワードスーツ』。連邦軍が2025年に配備を開始した機械化歩兵ユニット。従来の歩兵は持てる火力が限られている上に被弾にとても弱く機動力が乏しかった。その問題を解決するため開発された。武装は30mm単射機関砲(セミオートキャノン)。最大5tの荷物を持ち上げることが可能。全長が2.5mで狭い室内での戦闘と時速30kmでの走行が可能で機動力・火力・防御力の3点がバランス良く設計されており、タングステン対戦車炸裂徹甲弾を装填すれば限定的な対戦車戦闘も行える設計となっている。

 生身の歩兵がパワードスーツを着た敵兵と交戦して生還する確率は低い。

 

 

 

「こちら2班!1班3班!どうにか耐えてくれ!もうすぐ着く!」

 

 

 湿っぽく埃の多いビルの谷間を縫って2班の男5人は駆け抜けていく。昨日の雨でアスファルトの剥がれた地面はぬかるんでいる。

 

 

 そうするうちに開けた空き地に出た。建設会社の資材置き場のようで中央には丸太や小型のバラックが設置されていた。

 

 

 5人はその一角に灰色のシートで被された覆いを取り外した。

 

 

 

 5人の前に現れた黒い車両―――トヨタ・ランドクルーザー『プラド』。ランドクルーザーシリーズの最新バージョン。信頼性・走破性・耐久性に優れており四輪駆動でどんな野山でも走行ができる。車内空間は広々としており、この車両の側面には装甲板を取り付けられ車体上部にはターレットハッチ、74式車載7.62mm機関銃が装備してあるなどの改造が施してる。

 

「乗り込め!」

 

 男たちは迷わず乗り込み1人が機関銃を握りエンジンを掛け発車した。

 

 

 

「こちら2班!車を手に入れた!応答しろ!」

 

 

 

 資材置き場を出たプラドに乗った2班は通信を入れ、軍ビルへ向けて走っていく。しかし、2班からの通信の返答は帰ってこない。

 

 

 

「こちら2班!どうしたっ!?」

「班長!前方より装甲車!」

「煙幕展開!避けて迂回だ!」

 

 

 装甲車と歩兵の部隊が道をふさぎプラドの装甲に銃弾がぶつかる。2班班員は車窓から煙幕手榴弾を投げ鮮やかな黄色の煙で連邦兵の視界が塞がれる。

 

 

 

「ここを右に!おい、誰か応答しろ!」

『…こちら1班の小林。私を残し、全員死亡…囲まれています』

 

 1班の生き残りが無線の応答に出た。

 

 

「待っていろ!すぐに助けに行く!」

『いえ、私は腹に弾を食らってもうもちません。3班の方は全滅したようです』

「……だが!」

『あなた方は情報を持ち帰る義務があるはずです。新潟の仲間たち、日本のためです。行ってください!きやがった!「いたぞ!」「糞が!」ダダダダッ』

 

 

 

 

 

 

 そこで通信が途絶えた。

 

 

「…班長。どうしますか?」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻撃ヘリだ!」

 

 

 機銃手が空を指差して機関銃弾を空に放射する。上空にはWZ-10(武直10)がプラドを発見、追跡し始めた。

 

 

「総員対空射撃!ジグザグ走行!」

「対戦車ミサイル!」

 

 

 

 WZ-10から放たれた対戦車ミサイルがプラドの左に着弾した。

 

 

「あっぶねぇ!」

「っ!?ハンドルが効かない!」

「対ショック姿勢!」

 

 

 左側のタイヤが破裂してハンドルが効かなくなったプラドは近くの家屋に衝突していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月30日-

-北海道夕張市紅葉山-

-新夕張駅[13:00]-

 

 

 

 

 

「目標11時、99式」

「弾種、貫徹徹甲弾装填完了」

「撃て」

 

 

 砲弾を放つ砲塔に丸みを帯びた形の戦車。

 

 

「手榴弾!」

「うぁぇ!?」

「1人殺った!」

「おい、宮下!宮下!」

「おい、そいつはもう……お前らここはまずい!後方に撤退するぞ!」

「神野准尉!橋本二曹・田中一士戦死!宮下二士も」

「あとで遺体は回収!撤退!撤退しろ!」

 

 

 塹壕から制圧射撃、飛び込んできた手榴弾の爆発で手足が吹き飛ぶ男たち。

 

 

 

 

 ここは中華連邦軍との最前線の日本義勇軍陣地である。2時間前、新夕張駅周辺の市街地に前線の日本義勇軍戦車隊を撃破した99式戦車を主とする連邦軍戦車隊が侵入した。連邦軍は後方から増援として駆けつけた日本義勇陸軍第1師団と激闘を繰り広げている。日本義勇軍側は戦車が足りない影響で、倉庫に保管され退役した74式戦車を修理の上、前線に出して迎撃にあたっていた。

 

 

 

「エンジンに命中!撃破!」

「横から突っ込んで来るぞ!宇津島下がれ!」

「了解」

 

 

 

 コンピュータ誘導の105mm対戦車徹甲弾は99式戦車のエンジン部を貫き撃破した。旧式とされている105mmライフル砲でも側面やエンジンなどの弱点を狙えば連邦の主力戦車を撃破することができた。

 

 

「やばい!見つかった!」

「移動しろ!」

 

 

 

 砲火で敵に発見された74式戦車は陣地から移動を始める。

 

 ここの戦車隊を指揮する部隊長・岡田(おかだ)治(おさむ)二尉は優れた戦略家だった。防衛大時代に学んだ大戦時の旧日本軍がフィリピン防衛戦で実行した「移動トーチカ作戦」を手本に予め、紅葉山に陣地を築いていた。

 

 遮蔽・擬装はほぼ完璧であったが105mm砲の砲火は目立つ。今いる戦車壕から横の戦車壕に移動を完了した。

 

 

 

「よし!次だ。目標2時の歩兵戦闘車!」

「撃て」

 

 

 

 

 戦車隊が前線で敵の侵攻を阻んでいる後方で数台のトラックが到着した。

 

 

 

 

 

 

 

「全小隊下車!戦車隊の支援、敵後方への排撃任務に当たれ!」

 

 

「中隊長が先陣切ったぞ!第1小隊下車!続いて行くぞ!」

「おい!怖じけんな!止まると死ぬぞ!行け行け!」

 

 

 

 到着したトラックから普通科隊員が次々吐き出されていく。トラック内で尻込みする隊員のケツを叩きながら第1小隊隊長や中隊長を先頭に前線の塹壕へ全員向かっていく。前線へ走る隊員の中に松原三曹と清元一士の姿があった。

 

 

 

「…生き残るぞ!相棒!」

「俺がいつから…まぁいいぜ相棒!松原!」

 

ヒュルルルルル!

 

「迫撃砲だぁ!」

 

 

 降りて10mぐらい走ったところで乗ってきたトラックに砲弾が直撃し出遅れた隊員数人が全身火だるまになった。

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁあああぃぃぃいい!?」

「うぇぇたああすぇけぇ!?」

「ここだとああなってやられるぞ!向こうの塹壕へ走れ!全力でだ!!!」

 

 

 

 2人は小隊長の掛け声や火薬の臭いと火炎の熱さに煽られて気分は高揚している。他の隊員も同じようで鳴り止まない銃声と着弾する砲弾の硝煙によるコンバットハイで恐怖心がなくなりつつある。

 

 

 

「また迫撃砲だ!」

「今度は第2小隊のやつらが!」

「固まっているから狙われるんだ」

「とにかく走れ!塹壕に!」

 

 

 隊員たちが走る中でも容赦なく砲弾は降ってくる。

 

 

「よっしゃ!入った!」

「今度は前方から敵兵!」

「キャリバーでなぎ倒せ!」

 

 

 清元がすぐさま銃座につきドダダッとブローニングM2機関銃を発射していく。突撃してきた敵兵は文字通り12.7mm弾の弾幕になぎ倒され銃撃に気づいた後方の敵は壊れかけのブロック塀に身を隠した。

 

 

 そこへ遠くの上空からプロペラ音が徐々に大きくなっていく。

 

 

 

『(ザッ)…こちらコブラ01、支援攻撃を開始する…ざ』

「了解コブラ01!っておい…誰か通信班を引っ張っこい!無線が壊れた!」

 

 

 

 無線手は頭を撃ち抜かれて死んでいるため小隊長が無線器を分捕った。直後に上空からAH-1Sコブラ2機が飛来、近接航空支援を開始した。

 

 

 

 

「私が行きます!」

「君は?どこの所属だ?」

「ただいま到着した根室の第4普通科連隊第1小隊の松原三曹です!」

「よし、松原三曹!よろしく頼んだ!」

「はい!清元いくぞ!」

「おう!」

 

 

 頭上で銃弾砲弾が五月雨に飛び交う中を2人は頭を伏せて塹壕を駆けていく。上空ではコブラがバルカン砲で敵兵を狩っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次目標チャーリー、納屋に隠れた。ハイドラで射撃」

「了解」

『01へ02より、地上からの対空砲火が激しい。手伝ってくれ』

「こちら01了解」

 

 

 武器射撃員が押すロケット発射ボタンと同時に両翼に付けられた70mmハイドラロケット弾が連続発射され目標の納屋へ飛翔していく。

 

 

「納屋が爆散。目標チャーリー沈黙」

「了解。02の支援に向かう」

 

 

 ヘリパイロット山城(やましろ)和也(かずや)一等陸尉と射撃員の二木(ふたぎ)裕二(ゆうじ)三等陸尉の操るAH-1Sコブラ01号機は上空から地上の敵を蹴散らしていく。

 

 

「っ!ミサイルアラート!」

 

 

 [Missile Alert]の赤い点滅と警告音が機内に鳴り響き、パイロットの山城一尉は操作パネルを操作してフレアの放出を行った。赤外線のミサイルはヘリからそれた高度で爆発した。

 

 

 

 

「躱した!どっから撃ってきた?」

「スティンガーをもった一団発見、排除します」

 

 

 二木三尉が操作パネルで目標を選択し、機体下部に取り付けられた20mmバルカン砲が火を噴く。

 

 

「命中!」

「さっさと支援だ!」

「了解」

 

 

 

 

 

 

 そんな上空でのやり取りを尻目に地上では激しい銃砲撃戦が展開され、松原と清元の2人は無線班を探していた。そんな彼らのもとに新たな脅威が迫るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月30日-

-中華連邦極東自治区第3極東経済特区京都[18:00]-

 

 

 

 京都では治安が非常に安定しており、人々は多少不自由ながらも占領前と変わらぬ暮らしを送っている。中華連邦総合庁舎前のコンビニエンスストア『フェミニスト』ではアソパソマン700円クジサービスとアイス半額セールが重なって店内は来店客で一日中溢れていた。当然、コンビニレジも慌ただしく運悪くバイトの研修に入った新人の学生は緊張とパニックでアワアワとミスが頻発していた。

 

 

「おい!早よしろや」

「す、すみません。お待ちくださいませ…」

「ちっ俺は忙しいってんのに」

 

 

 苛立つ近所のおっちゃん客は今にもブチ切れそうだった。すると、新人に代わって副店長が入れ替わった。

 

 

「申し訳ございません!お客様!」

 

 

 ニッコリと暖かな笑顔(営業スマイル)を見せる副店長はスパッとレジ通しを終わらせる。

 

 

 

「おっ!なんや長(なが)ちゃんやないけ!いつの間に出世したんやぁ?」

 

 

 この男、副店長然り長町(ながまち)(伊藤翔准尉)であった。

 

 

「いえ、有友(ありもと)さん。これでもまだ新米ですよ」

「長ちゃん、身体大事にせいや?ほなまた!」

 

 

 そう言っておっちゃん客は帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後も店内業務が終わった伊藤は店奥に着替えに入っていた。連邦の庁舎に隣接していることもあり役人からの情報収集に励む伊藤だったが任務のため禁欲している影響もあり最近疲れているようで、

 

 

(ヤバい……そろそろ限界か?とりあえずこのあとトイレでも…)

 

 

と、思案しながら裏部屋の戸を開けた。

 

 

 そこには今日も北上(きたかみ)穂乃果(ほのか)がスタンバイしていた。

 

 

 

「お疲れ様デース!」

 

 

 

 戸の死角から北上は子犬のようになって無防備な伊藤に飛びついた。

 

 

 

 

 

「えっ?ちょ!?北上さん!何やって…」

「えへへへぇ」

 

 

 

 北上(きたかみ)穂乃果(ほのか)。彼女は優れたスタイルの持ち主で成績と部活の両立で文武両道の才色兼備(自称)であった。

 

 伊藤の胸板に接触するそんな北上の豊かなバストとほんのり香る女の子特有の甘い匂い…。

 

 北上は長町(伊藤)が告白したいなど暗に示す自分の話に全く興味を示さないばかりで非常に悔しく、このままだと何も変わらないと危機感を抱き、戦術の変更をするべきと考え、ネットで調べた「抱かせればどんな男でもオチる」という戦法で打って出た。

 

 

(これで…これで…長町さんが…えへへへぇ)

 

 

伊藤の胸元でニヤニヤとこのあとの展開を妄想する北上であった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方の伊藤はこの甘美な状況に内心混乱しまくっていた。軍の仲間のため任務のためとはいえ禁欲していた伊藤も人間の男である。男として美人な女子高生に抱きつかれてじっとしていられない。諜報員の性でこれがハニートラップではないかと考えつつも、

 

 

 

 

 

(マズい…いい香りがする…って!?いかん、彼女ってハニトラ要員か?でも理性がぁぁぁぁ!)

 

 

 心の中では嬉しいのか悲しいのか判らない叫び声が木霊していた。

 



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第9話「大陸戦線と団結と怪異」

-2031年5月30日-

-ベトナム社会主義共和国トゥアティエン=フエ省-

-フエ市街-

 

 

 東南アジア特有の雰囲気漂う飲食店街のマーケット。普段の街の風景なら店先の売り子が客引きの掛け声をして道路にはみ出した屋台ではあっさりして美味しいライスヌードルを食べる観光客や地元の家族連れで賑わっているはずなのだが、今そこにはふさわしくない連中が跋扈していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「手榴弾!」

 

 

 鳴り響く爆発音と半径5mに飛び散る鋭い凶器群。

 

 

 

「…装填完了!」

 

「物陰に隠れたぞ!吹き飛ばせ!」

「撃て!」

 

 

 号令のもとに砲火を放つベトナム軍所属のT-62MD-1戦車。その周りには迷彩服を着た兵士がAKMを持って向こうの敵、中華連邦軍歩兵に銃撃する。

 

 

 滑空砲から吐き出されたコンピュータ制御の115mm対戦車榴弾が建物ごと隠れていた歩兵を爆発に伴う爆風で撃滅した。

 

「命中!目標撃破。建物が倒壊したようです」

 

「そうか。おっ!敵が引いていくぞ!」

「追え!追え!」

 

 

 

 2030年代に入って著しく旧式化したソビエト製T-62戦車でも有効な対戦車兵器を持たない歩兵に対してはほぼ無敵であった。損耗が激しかった連邦兵部隊はこれ以上やってられんとばかりに逃亡していった。

 

 

 

 

 人口32万人。ベトナムで有数の大都市フエ。フエ市内はかつての王朝時代の名残ある建物が多い旧市街、植民地時代にフランス人が建てた西洋風の街並みの新市街に分かれて成り立っている。かのベトナム戦争時にはフエを巡って北ベトナム人民軍と米軍が市民を巻き込んだ苛烈な市街戦を繰り広げていた。

 

 それから60年後、フエの街は連合国軍と中華連邦軍との市街戦によって再び戦場となってしまった。

 

 

 

 

「っ!右の角に敵だ!」

「なっ!?グァア!?」

 

 

 連邦兵がニヤリと笑い、手に持った95式5.8mm自動歩槍(アサルトライフル)の引き金をフルオートで引いた。

 

 

「ぐっ……て、てめぇ!?」

「范(ファム)がやられた!この野郎!」

「こっちだ!ここだ衛生兵!」

「航空支援はないのか!?」

 

 

 伏兵からの銃撃に倒れる1人のベトナム兵。後ろから駆けつけた仲間が連邦兵を撃ち倒し、衛生兵が治療作業に入った。

 

 

 

「出血が酷い。肺に銃弾が突き刺さってる…」

「担架をもってこい!」

「担架がないだって!?それじゃ俺らで運ぶしかない!お前と…そこのお前!范(ファム)を運ぶから手伝え!」

「よし!せーのっ!」

 

 

 

 2030年の現代戦にもなって1970年代の冷戦期装備(不足している救急セットにAKM自動小銃と耐久性の弱い防護装備、T-62戦車)で第一線を戦うベトナム兵たち。開戦後のベトナム北部は混戦の様相を催しており、1つの街を獲ったかと思えば小1時間後には奪われるという争奪戦が繰り広げられている。開戦から半年たって物資が不足し始めた連合国軍側の守勢でベトナム中部のフエも戦禍に巻き込まれていた。ベトナム陸軍は北部ではT-90戦車を主力とする部隊が、中部ではT-62,T-72戦車の予備部隊が前線で戦っている。

 

 

 

 

『第5小隊へ、こちら第2軍団司令部の阮(グエン)大佐だ。偵察班よりフエ城方面の敵が退却しつつある模様。貴隊はこのまま追撃して中心部にある金融センタービルの敵拠点を攻撃せよ』

 

 

「今度は金融街へ移動かよ」

「あそこはバリゲードがあるから敵がこもっちまう」

「ったく、そんな敵を倒したいならハインドでもなんでもモッテコイってんだ!」

 

 

 本部からの撤退や前進命令の繰り返しに悪態をつくベトナム兵。やられてはやりかえす戦況の激しい移り変わりに一般兵士は体力は訓練等で鍛えられているから平気ではあるが、精神が揺さぶられている。敵を遠ざけて休めるかと思えばすぐに次の戦線に送られるからだ。

 

 打って変わって、T-62MD-1戦車3輌を先頭に前進するベトナム軍部隊の後方から友軍の戦車隊が砂塵を上げて駆けつけてきたようだ。

 

 

 

「こちらオーストラリア陸軍第1旅団!遅れて申し訳ない!」

「オーストラリア軍の戦車隊か…」

 

 

 ベトナム軍部隊に合流したオーストラリア軍の戦車と歩兵戦闘車で編成した機甲部隊。数は戦車が5輌、歩兵戦闘車が2輌。

 その機甲部隊の中核は44口径120mm滑腔砲M256搭載のオーストラリア陸軍の主力戦車M1A1エイブラムス。原設計が戦後第3世代とかなり古い部類の戦車だが、数々の戦場での実戦経験が豊富で、近代化改修を終えたため最新式の射撃統制システムと新型戦車砲弾で第4世代の19式戦車に対抗できる。

 歩兵戦闘車はASLAV(オーストラリア版軽装甲車)。砲塔に25x137mm弾使用のM242機関砲1門と、7.62mm口径のM240機関銃2丁、4連装発煙弾発射機2基を搭載した8輪の装輪車両。アメリカ海兵隊のLAV25装甲車をライセンス生産したものでオーストラリア陸軍採用型は砲塔横にTOW対戦車ミサイルを備え付けている。 

 

 

 

「このフエ市街に存在する敵戦車は旧式が多い。俺ら(オーストラリア軍)の敵ではない」

「それはよかった。こっち(ベトナム軍)のT-62だと古くて対抗できないから不安だったんだ」

「敵は急な攻勢で補給線が伸びきっている。今は攻め時だ」

 

 

 ベトナム・オーストラリア両軍が合流した合同部隊はフエ市街を北に中心部の金融センタービルに前進していく。

 

 

 

 合同部隊はやがて路地裏のマーケットからル・クイドン大通りに進出した。

 

 

「まるでベトナム戦争時の街にそっくりだ」

 

 そう古参兵は語る。大通り右に大きなスタジアムが目に見えるがスタジアムからは黒い黒煙が立ち上っている。スタジアムは少し前まで連合国軍野戦病院が置かれていたが空爆を受けて医者や戦傷者もろとも死亡した。この戦時下だとスポーツすらも出来ない。

 このフエの街ではベトナム・オーストラリア・マレーシアの連合国側陸軍と侵入した少数の中華連邦陸軍が戦闘を行っている。

 

 

 

 

 

 そんな中、大通りを北へ向かっていた合同部隊は大通りを東へ進軍中の連邦軍部隊と遭遇してしまった。

 

 

 

「頼むで。オージーさんよ!」

「任せとけ!」

 

 

 遮るものの少ない大通りであるがゆえ盾になろうとM1A1戦車が前に出る。

 

 

「ん?今度の敵は……?」

「おい、奴さん19式じゃねぇか!?」

 

 

 今まで旧式戦車と相手にしてきた合同部隊の前に連邦の最新型19式戦車部隊が立ちはだかる。

 

 

「全隊!正面からでは厳しい!回りこめ!」

 

 

 敵を視認したM1A1戦車5輌とT-62MD-1戦車3輌の計8輌はジグザグに走行して17式の側面へ近づいていく。ハネウェル AGT1500 ガスタービンエンジンとV-46-5Mディーゼルエンジンが気高い唸り声を上げて数十トンの鋼鉄の車体を17式戦車に向かわせる。

 

 

 

そうした動きに感づいた連邦軍17式戦車5輌は歩兵を中央に囲うように集合体形で対抗、移動中の合同部隊に砲撃を開始した。

 

 

 155mm対戦車徹甲弾は1輌のM1A1と1輌のT-62にそれぞれ命中。M1戦車は側面の装甲を貫通し大破炎上。T-62戦車は砲塔と車体の隙間を砲弾が貫き砲塔と車体が引きちぎられ爆発。砲塔が宙に舞った。合同部隊は反撃とばかりに走行間(スクローラム)射撃を行った。

 一斉に放った5発のM1戦車120mm砲弾と3発のT-62戦車115mm砲弾のうち2発が命中し1輌の19式戦車が撃破された。

 しかしながら、発射速度の速い19式戦車の自動装填装置とどんな装甲も食い破る強力な155mm砲弾によって2輌のM1A1戦車が撃破されてしまう。

 

 

 これで合同部隊側はM1戦車が2輌、T-62戦車が2輌。連邦軍側が19式戦車が4輌健在で数は同じになっている。

 

 

 

「このままでは…」

「こちらT-62・2号車!俺らが囮になる!」

「なに!?」

 

  

 突然、1輌のT-62が19式戦車を挑発するかのように奇怪な機動を見せ敵の注目を集めた。

 

 

「今だ!全隊、静止して相手の弱点を狙え!」

 

 

 ブレーキをかけてピタッと止まり弱点を照準したM1A1とT-62。19式戦車の2号車への砲撃と同時に砲弾が19式戦車の弱点に吸い込まれていき……貫通。連邦軍戦車全車が撃破されたのだった。

 

 

「やったぞ!」

「進め!これで金融センターまで一直線だ!」

 

 

 残った連邦兵は捕虜になるか抵抗したため射殺されるかして壊滅。その後、増援の到着したインドシナ方面での連合国軍は守勢から一気に反撃に出ていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月30日-

-第4極東経済特区大阪北部管区中之島(旧大阪市北区中之島)-

-中華連邦陸軍第3軍区総司令部第1ゲート(旧大阪市中央公会堂)[1:00]-

 

 

 

 

「…時間だ」

「了解。彼に合図を送ります」

 

 

 

 全身黒の装備を身に着け暗視ゴーグルの下に目出し帽を被った小鳥遊(たかなし)二尉・福村(ふくむら)准尉・木嶋(きじま)三曹の3人は潜伏していたロッカーから出て、照明の落ちた暗がりの廊下を進んでいく。

 

 

 少し進むと階段の角からチカチカとフラッシュライトが光った。先頭の小鳥遊はライトをもって出てきた人物に銃を向けた。

 

 

 

 

「…隊長、銃を下げて。あれが協力者の彼です」

 

 

 後ろから福村が割って入り、ライトをもった人物が近づいてきた。

 彼の服装は中華連邦陸軍の装備一式を身につけており、肩には03式5.8mm自動歩槍(アサルトライフル)を下げている。

 

 

 

「はじめまして小鳥遊(たかなし)二尉。私の名前は孫(ソン)紅雷(フォンレイ)です。階級は少尉でした」

 

 

「はじめまして、孫(ソン)少尉。協力に感謝する」

 

 

 小鳥遊は孫(ソン)の外見がメイトリックス大佐(映画コマンドーの登場人物)のような大男ながら誠実な印象があるとみた。

 

 

「私のことは福村准尉から伺っていると思います。私は祖国、中華連邦の過ちを正すためあなたたちに協力したい」

「君のことは聞いている。しかし、一時でも祖国を裏切ることになるが大丈夫か?」

「祖国が過ちに気づいて正気に戻るきっかけになれば私は構いません」

 

 

 孫(ソン)の凛としたその眼差しから祖国を更生させる断固たる意志と静かなる闘争心が滲み出していた。

 

 

「…いいだろう。これからよろしく頼む。孫(ソン)”三尉”」

「こちらこそよろしくお願いします。日本と連邦の平和を目指して」

 

 

 2人は固く握手を握り交わし、孫は日本義勇軍に加わった。

 

 

 

 

 

 

 それから孫を加えた4人は防犯装置のないところや事前に解除してある通路を通り、書物庫前に到達した。入口は強化ガラスでできた自動ドアでロックが掛かっている。

 

 

「では、ゲートのロックを外します」

 

 

 孫(ソン)がゲート横の認証機械のもとに立ち寄って暗証番号を記入、カードキー挿入と指紋認証を行った。すると、赤だったランプが緑に変わりゲートのロックが解除された注意音が一瞬鳴った。

 

 

「これで書物庫に入れます」

「ありがとう、孫(ソン)。木嶋は書物庫前に監視ドローン設置して警戒。福村は孫と一緒にデータベースで目的の文書を捜せ」

「了解」

 

 

 小鳥遊指示のもと、各々が作業に入っていく。木嶋はバックパックに入れていた四方15cmの子機、球体型監視カメラ搭載ドローンを床に転がし、本機のラップトップで子機から送られる映像で監視を始める。譜久村と孫はデータベースを立ち上げ暗証番号を入力して画面に映った一覧から文書を捜していく。

 

 

 小鳥遊は書物庫内を探索することにした。

 

 

 

 

 真夜中の静寂に包まれた書物庫。案外広いようで光の点っていないせいのもあり、雰囲気に不気味さが増す。深夜なので当然この場にはこの4人しかいない。

 そのはずではあるが小鳥遊は何かの存在からの視線を感じていた。

 後ろを振り返ったり、フラッシュライトで不規則に周囲を照らしてみるが、反応がない。しかしながら、なにかがいる。

 

 

(何かいるのか…?それにしては…妙だ。物音息遣いが一切感じないし暗視ゴーグルに反応していない……気のせいか…?いや……何か背中がムズいて仕方がない…)

 

 

 もう一歩と歩を進める小鳥遊の背後から……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長!」

「うわっ!?」

「…?どうしましたか。福村准尉と孫三尉が目的の文書を見つけたようです」

 

 

 小鳥遊は神経を敵限定の搜索に集中しすぎていたため味方の接近に気づかず驚いてしまい、やや表情が歪む。

 

 

「そうか…文書を確保しに行こう」

「了解。大丈夫ですか?汗が噴き出していますが?」

「気にするな。問題ない…」

 

 

 

 有耶無耶にこの件を誤魔化して小鳥遊と木嶋の2人は福村と孫と合流した。その後、4人はデータベースに記載されていた書物棚から目的の連邦軍作戦文書を入手することに成功した。

 

 

 

 

 

 あとはここを脱出するだけ、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月30日-

-北海道夕張市紅葉山-

-新夕張駅[17:00]-

 

 

 

「こちらコブラ01。対空砲群は破壊した」

『了解した。コブラ01。寿命が縮んだかと思ったよ…助かった』

「お礼はあとだ。戦闘機が来ないうちに掃除しとくぞ」

『それもそうだ』

 

 

 上空のAH-1Sコブラ2機の独壇劇が続く。20mm機関砲やハイドラ70mmロケットで地上の敵を一掃する様子からして、バックミュージックはやはりワーグナーのワルキューレの騎行を盛大に流したい。

 

 

「敵戦車撃破!」

「おい、二木(ふたぎ)。ありゃ戦車違うくねぇか?」

「そういやそうですね…残念…って!?」

「うーん、奴さん骨董品持ち出してきやがったねぇ」

 

 

 下部カメラからの映像でそこには上空に砲弾を放つ「59式57mm高射砲」が映っていた。元はソビエト製S-60と呼ばれる牽引式の対空砲で、1950年からソ連製のを採用、1965年からコピー生産されて運用していたが1980年代には旧式化し中華連邦軍ではもうとっくに退役しているものだとされていた。捜索レーダー車や発電装置車も近くに随伴している。

 

 

「何が何でも日本を手にしたいのかね。侵略者さんたちは」

「とりあえず、旧式とはいえ脅威です。排除します」

「了解」

 

 

 二木は20mm機関砲の照準を定めフルバーストで20mm炸裂弾を叩き込んだ。着弾した高射砲の操作人員はバラバラ死体となり高射砲の砲身が大きく折れ曲がり破壊された。他の車両も同じくである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「通信班…!通信班の方は!?」

 

 一方の地上で通信班を捜す松原と清元。2人の行き着く先ではどこでも通信班の人間は戦死していた。無線も壊れていたため塹壕内を右往左往していた。

 

 

 

 

「…おいおい。こうも通信の人って狙われやすいのか?」

「俺らまだ普通科で良かったかもな。アナ掘りまくれるし」

「冗句言ってられんのも不思議だな。こんな状況で」

 

 

 

 

 2人の周りには砲撃で飛ばされた人間の身体の一部が散乱し傷ついた隊員や恐れをなして耳を押える隊員が痛みと戦場の狂気から逃れたいばかりに叫び散らす酷い有様。この世の地獄であった。

 

 

 

「とーりあえず。俺らも無線捜しはいったん止めて応戦すっか」

「そうだな。このままじゃタダ飯ぐらいでしょっぴかれる」

 

 

 そう言って飛び来る銃弾を避けつつ塹壕の合間から敵に銃撃を浴びせることになった。こんなにも落ち着き冗句を吐ける2人の雰囲気は周りの隊員からしたら異常でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、突然敵部隊の周囲に煙幕が蒔かれ、視線が遮られる。

 

 

 

 

「…ん…?なんだありゃ…」

 

 

 しばらくして煙幕が晴れると、塹壕で応戦する義勇軍の隊員たちの目には銃を持った人ではないモノが複数映っていた。

 下半身は蜘蛛ようで足は8本あり、黄色と黒色のストラプ模様。上半身は皮膚が無く筋肉がむき出しで人の形をしている。両腕には…ミニガンの形をした機関銃4丁が装着されている。

 まるで昔も今も人気であった某ゾンビゲームの世界から出てきたような化け物だった…。

 

 

 

「…………」

「…う、撃て!」

 

 

 一瞬戸惑った隊員たちであったすぐさま各々の銃器で化物を銃撃し始める。

 

 

「なっ!」

「馬鹿な!?」

 

 

 銃弾の嵐を全く影響なく化物たちは進み始め両腕に装着したミニガンで抵抗軍陣地に銃火を一斉に浴びせた。唐突な銃撃で瞬時に隊員数人が犠牲となってしまう。

 

 

 

「あいつモノホンじゃねぇか!?」

「連邦軍はとうとう生物兵器にまで手を出したのか」

 

 

 熾烈な敵の弾幕から塹壕に身を伏せる松原と清元。

 

 

「せ、戦車なら……!?」

 

 

 そういった矢先、戦車砲弾をミニガンで迎撃破壊した化物の姿が目に映る。

 

 

「これは洒落になんねぇぞ…おい」

 

 

 

 



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第10話「忍び物見と呪わば穴二つ」

-2031年5月31日-

-北海道某所[17:30]-

 

 

 4月末に満開だった桜の花はすっかり落ち新たな新緑が若々しい活力を帯びて見え出す北海道のこの季節。あたりは太陽が月と交代するかのように落ち始め、水平線上に映える夕陽の暖かい橙色(だいだいいろ)が海面を照らしている。砂浜の周囲には朽ち果てた漁師小屋と防砂林として松林がひっそりと佇(たたず)んでいる。

 

 そんな海の波間からポッと黒い球体が2つ浮上した。それらはゆっくりと陸に向けて推進している。やがてそれらは浜横の生い茂った松林に着くと上陸してその姿の全容を現わした。

 

 

 

 

 

 

 陸に上がった”彼ら”。彼ら2人は海水で濡れた真っ黒な潜水スーツを身にまとい、顔は黒くペイントに塗られて頭に被ったジャングルハットの下から覗く視線は周りを鋭く見渡している。手にはそれぞれ銃器が握られている。

 全身黒づくめの2人は一般民間人から見たら不審者以外何者でもない。こうした服装・装備で行動するのは彼らが軍事組織の一員だからこそである。

 2人は周囲をある程度見渡したあと、沈黙を保ちそれぞれ別行動を始めた。1人は赤土を盛って簡易的なタコツボを作る。そこに伏せ撃ちの体勢になって入ると手持ちの銃の倍率スコープを覗く。もう1人はハットをとって腰元のキットから取り出したヘッドホンを頭部に装着した。そして双眼鏡を覗きつつ、別個の通信タブで周波数を調整して通信を始めた。

 

 

 

「チェス、チェス。こちらブリッチ。聞こえますか。上陸に成功、送れ」

 

『こちらチェス。了解した。敵影は見受けられるか』

 

 通信越しに相手の声が伝わる。彼の持つ双眼鏡には暗視装置が搭載されておりナイトビジョンモードでは動くものが映り込むと白い影になって暗闇でも認識されるようになっている。

 

 

「チェス。敵影なし。引き続き偵察する」

 

『了解。終わり』

 

「ブリッチ。狙撃位置についた。先に進んでも良さそうだ」

 

「カラー。敵の発砲時の援護は頼みます」

 

 

 彼ら2人はそれぞれ異なるライフルを所持していた。8倍率スコープを覗く”カラー”と呼ばれた男は7.62mm口径ボルトアクション構造のM24狙撃銃を、双眼鏡を握る”ブリッチ”と呼ばれた男は肩にホルダーでHK416ライフルを下げている。

 

 

 

 

 彼らは日本義勇軍第4任務部隊(タスクフォース)の一色(いっしき)護(まもる)海曹長と橋本(はしもと)恭司(きょうじ)二等陸曹である。

 

 彼らタスクフォースはいわゆる幽霊(ゴースト)部隊。特殊作戦を遂行する組織として創設されたこの部隊は高度に秘匿されている。国内外や義勇軍内でもその存在は知られておらず、知っているのは創設に関わった幕僚と所属しているメンバーのみである。

 名前を知られないために作戦中はお互いを与えられたコードネームで呼び合う。また、万が一戦死した場合は死体と装備を残して敵に存在を悟らせてはならないため全員身体に自動自爆装置が埋め込まれている。

 

 

 

 

 双眼鏡からHK416に持ち替えた”ブリッチ”……もとい橋本二曹は、小銃を前方に向けて泥濘んだ赤土を踏み込む。松の木の根にがっしりと支えられた赤土は泥濘んでいる割にはブーツには付着しなかった。一歩一歩と慎重に前を進む。後ろには”カラー”こと一色曹長がいつでも狙撃できるようにサポートに入る。

 

 海に面した防砂林として植林された赤松と自然に乱立した広葉樹の林の中では夕暮れの薄暗さも加わって2人の姿を視認しにくくしていた。それはここにいるであろう敵の姿も同様であった。

 

 

 細波(さざなみ)の音と静寂に包まれつつある松林。橋本二曹は緊張から流れる汗を額に感じつつ研ぎ澄まされた集中力で敵影を探る。彼の耳は足元で枯れ落ちた松葉の割れる微かな音さえでも聞き取った。

 

 しかし、それから橋本は10m、30m、50m…150mと前進したが一向に敵影の姿と気配はなかった。

 

 

(敵の姿が見えない・・・)

 

 前進し始めていよいよ200mの地点前でひとまず隠れられそうなスポットに身を隠し無線を開いた。

 

「…カラー、カラー。こちらブリッチ。敵影なし。そちらはどうですか?送れ」

 

 

 敵に聞かれる恐れもあるため最小限度の音量で通信する。

 

 

『こちらカラー。こっちでも見えない。それ以上の前進はこちらのサポート圏外だ。横に広がるようにして索敵(クリアリング)してくれ』

 

 

 一色の持つM24狙撃銃は有効射程が約800mと狙撃銃としては標準クラスの性能だが、海からの風が防がれる防砂林の中とはいえ風の強く吹くポイントがいくつかあり、精密な狙撃(サポート)をすると考えると風の影響や有効射程ギリギリに敵が現れて交戦されると観測手なしの狙撃手にとって厳しい。

 

 

「ブリッチ、了」

 

 

 無線を静かに収め索敵を再開する。

 しかしながら結局敵の姿は見えなかった。

 

 

『こちらカラー。チェスに報告してよさそうだ』

 

「ブリッチ、了。……チェス、チェス。こちらブリッチ。敵影見られず。安全を確認。送れ」

 

 

 

 潮風浴びる夕暮れどきの松林は2人を受け入れつつも相変わらずの静寂が続いていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-同日同時刻-

-北海道釧路沖太平洋上-

-オーストラリア海軍フリゲート「パース」[17:30]-

 

 

 

 陸から1kmの海上に照明を落としたオーストラリア海軍フリゲート「パース」が静かに停泊していた。艦内の電力とエンジンを部分停止しているからといっても陸海空全周からの攻撃を想定して火器管制及びレーダーシステムは作動している。主砲のMk.45 5インチ単装砲は陸地の方角を照準していた。

 その船体横に旭日旗マークがついた小型ボートが1隻、横付けされている。

 

 

 そこには日本義勇軍第4任務部隊の一員。隊長の”チェス”……もとい栗原(くりはら)草介(そうすけ)三等陸尉を始め、内藤(ないとう)拓海(たくみ)三等空曹、津田(つだ)恭介(きょうすけ)陸士長と川本(かわもと)麻里(まり)陸士長のコンビの計4名がいた。

 

 

 

『チェス、チェス。こちらブリッチ。敵影見られず。安全を確認。送れ』

 

 栗原の無線機に偵察に出した橋本二曹からの通信が入る。安全が確認されたようだ。

 

 

「こちらチェス。了解した。これからボートを出す。ボートが視認できたらブリーフィング通りに。引き続き周辺警戒、送れ」

 

『ブリッチ、了。引き続き警戒にあたります、通信終わり』

 

 

 ここで橋本二曹との通信が終了した。偵察班の報告から敵勢力は例の集落にこもっているようだ。

 

 栗原は無線機をしまうと隊員たちの方に面向かい、揺れる船内で最終分隊点検を行った。服装や髪の長さなど、外見や形はどうでもいい。

 

 指揮官である栗原が見るのはただ一点、隊員の目だけだ。自分の指揮下で戦場に赴く隊員の一人ひとりが、どれほどの覚悟を持って臨んでいるかを確認した。

 彼らは日本義勇軍の精鋭の中でもひと握りにしか選抜されなかった精鋭中の精鋭を集めた第4任務部隊に配属された強者(つわもの)だ。しかし、隊員の中には人の死を直接目にしたり任務で殺害した経験のない者もいる。そんな中、今回の任務は『敵部隊の殲滅』。命のやり取りをするのに一瞬でも殺すことを戸惑うとこちらが殺られる。彼らにその任務を損害なく遂行する覚悟があるか、栗原はそれゆえに入念に監査したのだ。

 

 

「内藤、津田、川本。行けるか」

 

 

 栗原はただ一言問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

「行けます!」

 

 

 

 全員異義はなかった。覚悟を決めている。栗原も気を引き締めた。

 

「エンジン始動!これより陸を目指す!」

 

 

 命令と同時に操縦手の内藤三曹がエンジンキーを回し、300馬力のスズキ製DF300TXエンジン3基が咆哮を上げた。ゆっくりと進み始めたボートに豪海軍フリゲート「パース」の乗員は敬礼を送りと、作戦の成功を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月30日-

-第4極東経済特区大阪北部管区中之島(旧大阪市北区中之島)-

-中華連邦陸軍第3軍区総司令部第1ゲート(旧大阪市中央公会堂)[1:40]-

 

 

 

 一方、大阪別働隊の小鳥遊(たかなし)二尉・福村(ふくむら)准尉・木嶋(きじま)三曹の3人は新たに中華連邦陸軍元少尉、孫(ソン)紅雷(フォンレイ)三尉を仲間に加えて彼の協力のもと、目的の作戦文書を入手した。

 

 

 目的の作戦文書にはこれからの北海道及び小笠原方面への侵攻作戦や国内で活動するレジスタンスへの制圧作戦などの計画内容が詳しく記されていた。これを義勇軍作戦司令部に提出すればこちらからの攻勢や物資輸送が可能となる。

 

 

 目的を果たした4人は建物からの脱出することになった。建物に仕掛けられているトラップの位置を熟知する福村准尉と孫三尉を先頭に暗がりの廊下を暗視ゴーグル頼りに進んでいく。

 

 

 

(これで・・・何事もなく脱出できるか・・・)

 

 

 

 小鳥遊二尉の不安もあったが一行は順調に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、

 

「待って下さい」

 

 脱出口のそば、1階の踊り場で足が止まった。

 

 

 

「…どうした?」

 

「…何かいます」

 

 

 

 

 直後、突然銃弾が夾叉。小鳥遊の頬を銃弾が掠り出血する。

 

 

「!敵だ!」

「応戦しろ!」

 

 

 暗闇の中で潜こもった銃声とチカチカとマズルフラッシュの発砲炎が青白く光り輝く。両者の放った銃弾で歴史ある公会堂の壁に痕が埋め込まれていく。

 

 

 

「敵は警備隊か!?」

「いえ!この時間帯に警備隊は駐在してません!」

 

 

 小鳥遊の問いに元連邦軍の孫が答える。

 

 

「なら奴らどこのだ!」

「判りません!」

 

 的確に銃弾を撃ち込んでくる敵に狼狽する隊員たち。

 

 

「っ!くそ!」

 

 

 小鳥遊は退避した壁先で迫ってきた敵兵と鉢合わせになってしまった。ライフルを構えるよりもと考え胸元に装備したナイフを引き抜いた。小鳥遊は敵に格闘戦を挑む。

 連邦兵は小鳥遊の素早いその動きに呼応できないためライフルのトリガーに手を掛けようとした。だが、近接戦闘ではナイフの方が速く小鳥遊のナイフは連邦兵の喉元を正確に突き刺し、第二撃に腹部に蹴りを入れ連邦兵は倒された。

 

 

 

「1人倒した」

「手榴弾!」

 

 

 

 木嶋が閃光手榴弾を投擲、暗視ゴーグルの機能を一瞬停止させるほどの約100万カンデラ以上の閃光が暗闇を照らし、1.5m以内に170デシベルの爆音がその場の空気を振動させた。

 今のうちとばかり小鳥遊は息絶えた連邦兵を引きずって銃弾を避けられる場所へ移動した。相手の所属部隊はどこか。気になっていた小鳥遊は倒した連邦兵の装備を観察した。

 

 

 

 痩せこけた身体、性別は男、歳は20後半といったところか。頭部に暗視ゴーグルから全身に連邦軍制式の装備を着用、銃も連邦軍のライフルで特に変わったところはない。しかし、一つ決定的に違ったのが肩についていたワッペンだった。

 

 

 

 

 

 鷲に猿のデザイン…。小鳥遊はハッとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつら第4公安だ!」

 

 

 

 小鳥遊の発した言葉に隊員たちは驚いた。

 

 

 

 

 「第4極東武装公安隊」。通称、”第4公安”。大阪を統治する中華連邦第4極東経済特区政府の指揮下のもと治安維持及び敵勢力の幹部暗殺などの特殊作戦を行う部署として創設された部隊。これだけでもかなりの強敵であるが、

 

 

 

 

「奴ら俺らと同じ”日本人”か!?」

「なんですって!?」

 

 

 

 

 福村と木嶋は顔を歪め戸惑った。その部隊の構成隊員の大半は”日本人”なのだ。その中には彼らと同じ元自衛隊員も含まれる。今のこの状況は仲間と殺し合っているに等しい。

 日本人で奪われた祖国日本の独立を願う義勇軍にとって敵であれ同じ日本人と殺し合うというのは心情的に苦しかった。

 

 

 

 

「おい!第4公安の隊員!聞いてくれ!」

「俺らは同じ日本人だ!殺し合うのはやめないか!」

 

 

 

 小鳥遊二尉と木嶋三曹は銃撃をやめて大声で叫んだ。すると、声が聴こえたのか銃声がパッとやんだ。

 

 

 

 

 

 

(鳴りやんだ・・・?彼らは正気なのか)

 

 

 義勇軍では一定数の日本人が中華連邦軍に協力しているというのは彼らが洗脳を受け不可抗力に従っているという考えが一般的であった。実際説得しようとした捕虜の日本人連邦兵たちは誰も共通して連邦の素晴らしさを義勇軍の隊員に語ったあと、舌を掻き切って自殺している。

 

 今回ダメもとで叫んでみたが彼らがそれに応じたのは4人にとって予想外の出来事だった。

 

 

 

「日本人…。日本人か」

 

 

 第4公安の中の1人が不意に口を開く。両者とも銃を構えお互いが撃たないか警戒する状態だったが口を開いた男は銃を下げていた。

 

 

 

「日本人。義勇軍さんよ。同じ日本人っていうならあんたらを俺らは殺したくはない」

「なら…」

「その代わり、書物庫から持ち出した文書を渡してもらおうか」

 

 

 作戦文書。これは連邦軍にとって替えようない北海道方面作戦を記した文書。通常、こういう文書を奪われたならば現在の作戦を変更するもしくは敵を陽動して罠に落とす作戦を組み込んだりするものだ。

 しかし、中華連邦本国では対ロシア・ベトナムに備えるのとさっさと日本を制圧したいため、今回の作戦を変更する時間と金がない。そして戦線の膠着している北海道方面侵攻を担当する第4軍の面子(めんつ)も掛かっているため何としても本国軍総司令部から承認された作戦を実行しなければならない内部の事情があった。

 そのため連邦軍としては作戦文書の流出は絶対に防がなければならない。

 

 

「なぜだ!俺ら同じ」

「日本人だからか?そんなのは今となっちゃ通用しねぇ」

 

「なに!?」

 

「あんたら元自衛隊だろ?もちろんこっちにも元自衛隊員はいる。だがな、お前ら義勇軍は今となってはテロリストだ。日本に残る人々を守るためお前らを殺らなきゃならん」

 

 

 小鳥遊は彼ら第4公安隊員の言う言葉が理解できなかった。俺らがテロリスト。それは断じて違う。そのはずだ。

 

 

「俺らがテロリスト?それは違う。俺らは連邦から日本を取り戻すため」

「取り戻すために妻を殺したのか?」

 

 小鳥遊の返答を冷たく透き通った声が遮った。無論、声の主は第4公安の隊員だ。しかし、先程までの理知的な話し方と変わって感情の混ざった声に変わった。

 

 

「それを掲げている義勇軍とやらに俺の愛しい妻は殺された」

 

「待て!何を言っている」

 

「俺はいっときも忘れたことはない」

 

 

 男の声は徐々にトーンが落ちて暗くなっていく。

 

 

「昨年の12月のクリスマスイブ、京都のデパートで妻と一緒に買い物を楽しんでいた。連邦に支配されて臣民になってしまったとはいえ前より生活は苦しかったが、なにより妻がいたことで安心していた」

 

「……………」

 

 

「…だが、その夕暮れ。買い物をしていたデパートが爆破された。

 俺はちょうど店前に出ていて助かったが妻はまだ店内に残っていた。ガレキに押しつぶされて発見されたときは……綺麗だった妻の姿は……無惨な姿になっていた…」

 

「……………」

「……………」

 

「後になってニュースにはデパートを訪れていた連邦軍幹部の暗殺を狙った爆破。俺は目を疑った」

 

 

「……………」

「…小鳥遊二尉本当なんですか…?」

 

「どうなんだ。答えてみろ。同胞同胞叫んでたお前らは目的のために同胞を平気で殺しやがる」

 

 

 小鳥遊は答えることはできない。昨年2030年12月24日に京都四条のデパートで視察に来た連邦軍高級幹部の爆殺作戦が実際に実行された。下士官や中級幹部は作戦中止を求めたが上層部は強行、店内の日本人もまとめて同じ日本人の手で爆殺された。作戦の対価は連邦軍指揮系統の混乱。一時期の攻勢に出ることができた。小鳥遊は当時階級は三佐だった。彼は最後まで抵抗したうちの1人で最終的に上官に殴りかかった。取り押さえられた小鳥遊三佐には懲罰房行き及びニ階級取り下げの処分が下された。彼らに言い返すことができない。

 

 

 

 

 

「俺は復讐を誓った。第4公安の日本人隊員は全員親類を義勇軍に殺された。お前らと交渉する気でいたが……取り消しだ」

 

 

 

 

 

 

 

 言い終わったと同時に銃撃が再開された。再び壁に寄り添う小鳥遊たち。

 

 

「小鳥遊二尉!これ以上彼らとの交渉は無理です!」

 

「そうです。この後ろに隠し通路があります。とりあえず彼らの目を塞ぎます」

 

 

 福村准尉と孫三尉が発言、孫や木嶋三曹の投降した煙幕、閃光手榴弾が爆発した。

 

 

 その間にそそくさと脱出口へ走っていく。

 

 

 

「くそっ!絶対に逃がさん!」

 

 

 第4公安隊員たちも小鳥遊らを追って隠し通路に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月31日-

-大韓民国釜山広域市(プサンこういきし)-

-捕虜収容所-

 

 

「ぎゃああああああ!」

 

「おぅ!こっちかぁ?こっちをぶって欲しいんだなっ!」

 

 

 

 今日もだあのクソ看守。こんな辺鄙なとこに配属されたからって俺ら捕虜を虐待するなんてな。もう慣れたが。

 

 

 ここは釜山捕虜収容所。ここには2024年の第二次朝鮮戦争やアジア諸国との戦争で捕らえられた捕虜が収監されている。その中の独房の一つに空軍パイロットの韓(ハン)大恩(デウン)少佐が独り不貞腐れていた。

F15Kから間一髪で脱出した韓(ハン)は海上に着水、そのうち敵の艦船の乗員に捕らえられた。

 

 韓は1人助かったのだ。あのときF15Kの単座型と複座型の2機で申(シン)昌勇(チャンヨン)中尉と成(ソン)智星(チソン)少尉ともに作戦行動に出ていた。結局彼ら2人の乗った機体は敵のレーザー攻撃で撃墜、戦死した。

 

 

 

 あれから7年だが韓は未だにうなされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「韓(ハン)少佐!どうしたんです?何か思い悩むことでも?」

 

 

 そんな突拍子な声を発したのは隣の独房に入っている玄(ヒョン)現国(ゲンコク)元士だ。

 本来は独房の外とこうやって会話できるはずがないはずなのだが、何故か韓と玄の部屋の間で会話ができている。どうも玄は何かやらかしたのか士官階級だけが収監される独房に入っている。

 

 韓にとってこの能天気な玄との会話も一つのストレス要素だった。

 

 

 

「なんもねぇよ、玄(ヒョン)元士」

 

「そうですか?ならいいんですが」

 

 

 そう言ってこっちの部屋にも聞こえるぐらいの音量を出しながら何かの機械音が聞こえる。

 

 

「……なぁ。なぁ玄(ヒョン)元士。何をやっている」

 

 

 すると、機械音が鳴りやんだ。玄の部屋からあんなに大きい音やそれを出す姿が手前の看守からは見えているはずなのに全く動く気配がない。なぜだ。

 

 

 

「そのうち判りますよ。明日ぐらいに」

 

 

 玄は何か意味深い言葉を発した。

 

 

「明日だ?」

 

「そうです明日ですよ。希望の明日です」

 

 

 

 そこで会話は止まり、甲高い機械音とはまた異なった耳うるさい痺れる音が聞こえるばかりだった。

 

 

 

 

 



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番外編~航空救難団~

本編の合間の一息にどうぞ。
合わせて2006年冬アニメ「よみがえる空 -RESCUE WINGS-」を観てください。良作アニメで泣けます。


 皆さん。「航空救難団」はご存知でしょうか。

 

 

 

 「航空救難団」とは、航空自衛隊・航空総隊に隷属する組織で空からヘリコプター等を使っての救助、捜索救難(航空救難)の中核を担う。航空救難団では日本全国に10個救難隊・4個空輸ヘリコプター隊・1個整備群・救難教育隊が置かれており、日々の厳しい訓練に加え万が一の災害・遭難事故に備えて24時間365日、警戒(アラート)待機してます。

 使用機体は主に中型のUH-60Jや大型のCH-47Jといった回転翼機(ヘリコプター)とU-125A救難捜索機という固定翼(ジェット)機です。

 

 彼ら救難隊は4年前の東日本大震災や皆さんの記憶にも新しい2015年9月に発生した鬼怒川氾濫で活躍。消防ヘリでは救助できない状況の中、水没したビルや小学校、病院などに取り残された多くの人々を救出しました。東日本大震災では万を超える被災者の方々の命を救っています。

 

 

 地上や山岳地帯で災害または遭難事故が発生した際、救難員(パラメディック)と航空機操縦士(パイロット)はそれぞれの機体に乗り込み現場に向けて迅速に飛び立つ。

 要救助者の命が助かるのは時間との勝負で、救難に一刻を争います。まず、U-125Aが速さを活かしていち早く現場空域に到着、要救助者の捜索を行う。要救助者を発見した場合、U-125AはUH-60Jに要救助者の位置情報を連絡し、後方もしくは捜索中のUH-60Jはそこへ急行。到着後、着陸してかワイヤーを使った懸垂下降(ラペリング)で要救助者を素早く機内へ収容、救出します。

 

 

 救難員(パラメディック)にはいくつもの試練を乗り越えた精鋭だけしかなれない。その訓練は過酷かつ厳しさを極め、潜水、パラシュート降下、ラペリング降下、山岳救助などを習得する。 最終訓練では、実際に冬の雪山に登山し遭難者(約60kgの人形)を極限状態にまで磨り減った体力と追い詰められた精神のみでヘリコプターで救助する総合訓練を実施する。

 毎年選抜試験に合格した50名程度のうち訓練過程で脱落して最終的には5名前後しか救難員になれないほど厳しい。

 救難員の最終目標は、有事の際には直接戦闘を行いながら救難・看護も行う戦闘救難(コンバットレスキュー)だ。ほぼ全ての隊員は陸上自衛隊のレンジャーに匹敵するサバイバル技術を有している(実際、救難員の多くはレンジャー資格を取得するための訓練も受けるが、優秀な成績でレンジャー資格を取得している)。

 

 

 故に自衛官の中でも第一空挺団と同じく化け物扱いされると同時に尊敬の眼差しで見られる(by広報官)。

 

 

 

 まさに「救難最後の砦」。

 救難隊のモットーは「That others may live(他の人を生かすためになさん・かけがえのない命を救うため・他を生かすために生きる)」。皆、一人でも多くの命を救いたいという信念を抱く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2030年、空自救難隊は中華連邦による日本侵攻によって少なくない損害を受けた。救難ヘリの被撃墜や救難員の戦死。救いたくても救えないもどかしい苛立ちが隊を暗く覆い被さっていた。

 

 

 日本政府による降伏宣言後は日本義勇空軍航空救難団として連邦との戦いに参戦。インドネシア基地、小笠原諸島父島の洋上空港と新たに兄島に建設中の仮の航空基地(現在、ヘリコプターのみの離発着が可能)に配備されて再びの救難捜索任務に就いている…。

 

 

 

 

 

 

 

 

-小笠原諸島父島洋上空港-

 

 

 

「待機中の全隊員へ。ブリーフィング開始、オペレーション集合」

 

 

 待機ルームや格納庫内に散っていた救難隊隊員は一斉にオペレーションルームに集合し、5分もかからず全員次々とパイプ椅子に着席した。プロジェクターの映像を映すため部屋の照明は落とされる。

 

 

 

 

 

「全員席についた?これよりブリーフィングを開始します。説明は私、二等空佐の久佐木が担当します。本日0947時に太平洋上北緯27、東経137の地域で帰投中のF15MJが消息を絶ちました。スクリーンに注目」

 

 

 そう言って久佐木(くさき)神奈(かんな)二等空佐がスクリーンに映し出された地図の赤いピンの地点をポインターで示した。次に1枚の画像が映し出される。

 

 

「これは墜落した機の僚機からの当時の現場海域の画像です。だいぶ画像は乱れているが現在は天候は晴れて波もお穏やか。ですが気象隊からの報告だと南西より熱帯低気圧が接近して天候が乱れるまで時間の猶予はなくなっています」

 

 

 画像とともに気象図が映し出され南西の方角に雲の様子が見受けられ隊員たちの表情は曇り息を呑む。

 

 

「不明パイロットの名は橋爪(はしづめ)貴一(きいち)二等空尉。第403飛行隊所属。小笠原に帰投中に機体が何らかのトラブルで墜落した模様」

 

「橋爪が!?」

 

 

 パイロット名に反応した1名の隊員が思わず立ち上がった。

 

 

「どうしました?」

 

「失礼しました!」

 

「君はたしか」

 

 

 久佐木の問いに隊員は敬礼をして、

 

 

「本日付けでインドネシア救難隊より小笠原救難隊に転属になりました、二等空尉、本条(ほんじょう)大志(たいし)です。橋爪二尉とは同期でした」

 

 

 本条二尉はハキハキとした声で自己紹介をした。

 

 

「本条二尉ね。とりあえず座って」

 

 

 手をあしらうように久佐木は促すと本条は大人しくなって元の席に座った。ブリーフィングは再開される。

 

 

「気象がこの先乱れることは確実で一刻の猶予がない。よって、隊員たちには冷静さは勿論(もちろん)培ったスキルで素早く橋爪二尉の救助が求められる」

 

 

 そこで一息つき、

 

 

 

「本条二尉。君にはUHで機長を、としたいところだが君はまだここに来た直後だ。よって本任務では69号機の副機長として任せたい。メンバーは追って説明します」

 

 

 本条二尉はやや不満げながらも立ち上がり、

 

「了解しました。責任もって橋爪二尉の救助にあたります」

 

「頼みました。U-125には榎本(えのもと)三佐、いつものメンバーで頼みます」

 

「了解しました」

 

「各員、橋爪二尉救出に向けて、任務開始」

 

「了解!」

 

 

 ここでブリーフィングが終了。一斉に各員与えられた部署で救出任務に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、基地の応接室に橋爪貴一二尉の妻と子供が呼び出されていた。そこへ女性隊員が入室してきた。

 

 

「夫は……?橋爪は無事なんですか?」

 

 

 不安げな顔で女性隊員の顔を覗き込む妻。5才の男の子は状況が判らずキョトンとしていた。女性隊員の顔は妻を不安がらせないように無表情を保っているがどうしても顔が無念そうに歪んでいた。

 

 

「…捜索は続いています。しかし、覚悟はしていてください」

 

「…………………」

 

「ねぇ、ママー。パパどうしちゃったのー?」

 

 

 

 強く両手を握り締めて黙り込む橋爪二尉の妻。彼女の小さな身体と心は夫ともう二度と会えない恐怖と絶望に押しつぶされそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本条二尉はパイロット装備を着込んで久佐木二佐に連れられて格納庫に入庫した。

 

 

「紹介する。クルーのメンバーだ」

 

 

 ダークブルーの洋上迷彩をしたUH-60Jを前に一緒に任務にあたる救難員が並んでいた。

 

 

「はじめまして、本条二尉。二曹、倉木(くらき)です」

 

「僕は三曹の萩原(はぎはら)です」

 

「私は衛生員の同じく二曹、我那覇(がなは)です。よろしくです」

 

「私はフライトエンジニア。曹長の若宮(わかみや)です」

 

 

 そして、久佐木は左端の同じパイロットスーツを着た男の前に立ち、

 

「そして彼が機長の前園(まえぞの)一尉だ」

 

「一尉の前園です。本条二尉、これからよろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします!」

 

 

 

 全員と握手し、軽くお互いを知るための交流を終えるとすぐさまそれぞれが離陸準備に取り掛かる。並列のコクピットには右に機長の前園、左に副長の本条が座った。

 

 

「現場海域に向けて要請に応じた韓国海軍フリゲート1隻が救助に向かっており…」

 

 

 本部では橋爪二尉の無事を祈って他の軍への救助協力要請を出していた。

 

 

 

 

「…エリボスフォンスイッチON。マストロック高所外OFF。ファイアーガート、ポシュツッド、エンジン」

 

「スタート」

 

「ローター」

 

「エンゲージ」

 

 

 エンジンスタートと同時にUH-60Jの双発ジェットエンジンが唸り機上についた三枚の巨大なローターが回り始めた。周囲の芝生はローターからの強風で横薙ぎにされている。離陸準備は整った。誘導員の指示に従ってUH-60Jと僚機のU-125Aはそれぞれ離陸位置に移動。

 U-125Aは3000mもの滑走路を滑走、空へと飛び立ち離陸に成功した。遅れて本条たちのU-60Jも垂直離陸し、橋爪二尉が救助を待つ海域へ飛行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ディアナ06よりアポロ69」

 

「こちらアポロ69」

 

「そちらから11時方向。そこが墜落現場地点より南に1kmで尾翼らしき物体を発見。位置は赤マーカーで示してあります。至急現場に向かってください」

 

「アポロ69、了解(ラジャー)」

 

 

 現場海域は周りに何もない大海原で目印になるものはなく、パイロットはGPSと乗員からの報告、自らの目を頼りに捜索を進めていく。

 

 

「前園一尉、尾翼を確認しました。周りにそれ以外の浮遊物は認められず」

 

 

 萩原三曹の声が虚しく届く。橋爪一尉の姿は見当たらない。もしかしてといった最悪の想像が隊員の間に伝染する。

 

 

 

 

 

「諦めるな。絶対に見つけるんだ。助けられるのは俺たちだけしかいないんだ」

 

 

 本条の力強い声に希望を絶やさないようにする乗員たち。しかし、捜索開始から3時間も経ち南西からの雨雲が見えるようになっていた。

 

 

 

 波も荒れはじめこのまま見つからずに終わるかと思われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がその時、

 

 

 

 

 

「前園一尉!何か見えました、11時の方向!」

 

 

 乗員全員その方角を向く。

 

 

「見えました!救命胴衣!要救助者です!」

 

「生きてる!生きてるぞ!生きてるよ…」

 

「生きてる!橋爪…」

 

 

 機体は要救助者の上空に空中停止(ホバリング)し、倉木二曹がワイヤーを腰に装着しヘリから海に飛び込んだ。海を泳ぎ橋爪のもとにたどり着く。

 

 

 

「橋爪二尉!橋爪二尉大丈夫ですか!?」

 

「…あ…あぁ……大丈夫だ…」

 

「要救助者とコンタクト。意識あり!これより収容を開始する」

 

 

 倉木二曹は無線で報告を入れた。

 

 

「了解!」

 

 

 コクピットに座る本条は同期の無事に涙を流していた。涙を拭きスイッチ操作をすると、ワイヤーが巻き戻され橋爪二尉と倉木二曹は一気にヘリに引き上げられる。橋爪二尉は遭難の恐怖から解放されたことで安堵した表情になっていた。

 

 

 

 

「く、倉木二曹…だったか?」

 

「はい?」

 

「帰ったら一杯やろう」

 

「…はい!小笠原に帰ったら俺が奢ります!思いっきり呑みましょう!」

 

 

 倉木二曹の笑顔とその一言に微笑んだ橋爪二尉だった。

 

 

 

 橋爪二尉を収容したUH-60Jと僚機U-125Aは小笠原へと帰っていく。場所は変わっても救難隊の仕事は変わらない。「人助け」だ。

 

 

 

 

 

 

 

 橋爪二尉の妻のいる応接室の電話が鳴り女性隊員が対応した。

 

「えぇはい。…そうですか。…ご苦労様です」

 

 

 受話器を置くと女性隊員は妻と子供のそばに近寄り微笑むと、

 

 

「ご主人はご無事です!たった今救出され帰投中とのことです!」

 

 

 

 それ聞いた妻は夫の無事に嬉し涙を流した。

 

 

 

 

 

 明日の笑顔を見るために今日も彼らは任務を遂行、無事に成功したのだった。

 

 

 




航空自衛隊について-航空自衛隊ホームページhttp://www.mod.go.jp/asdf/about/organization/kuujitowa/
救難員-wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%91%E9%9B%A3%E5%93%A1
救難のプロを目指す航空自衛隊の隊員たち 過酷な訓練に苦戦-YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=k0PBtn0wj3M


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第11話「不敬と死守」

-2031年5月30日-

-中華連邦極東自治区第1極東経済特区-

-中華連邦陸軍第1軍区皇居駐屯地-

 

 

 

 

 時を遡ること1457年(長禄元年)。大名・上杉(うえすぎ)持朝(もちとも)の家臣である太田(おおた)道灌(どうかん)が本格的な城郭を築いた。その名は江戸城。

 戦国時代には関東一円を治める後北条氏の一支城に過ぎず貧相な城だった。その後、豊臣秀吉の小田原征伐で開城し、秀吉の命(めい)で駿府(静岡)より転居した徳川家康の居城となる。

 

 

 徳川家康から始まる徳川将軍家は居城である江戸城を天下を統べた権勢を大いに活用し、全国の大名に江戸城を大改築するよう命ずる(天下普請)。やがて天を突くが如くの立派な天守閣が象徴するように総構周囲約4里(1里が3.924km)日本最大の面積の城郭を拵(こしら)えた。

 

 江戸の大火を経て天守や本丸は焼失したが二の丸に機能を移して江戸城は存続。そして、王政復古の大号令いわゆる明治維新によって明治天皇と皇族が京都御所から江戸城に転居(東京奠都)し、天皇家の宮城(きゅうじょう)となる。

 

 戦前の日本人にとって宮城は”現人神(あらひとがみ)”である天皇家がお暮らしになられる聖なる地として日本の魂の拠り所となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 2030年。

 中華連邦による日本本土侵攻。原潜からの巡航ミサイル攻撃に始まり中華連邦陸軍は4個軍、海軍は2個空母艦隊、空軍は戦爆連合を集中投入、北海道・北陸・山陰・四国・九州の各地に同時侵攻した。

 

 中でも核となったのは中華連邦陸軍第1軍であった。

 知将・王(ワン)大奇(ターチ)将軍率いる第1軍は海軍や現地工作員ゲリラの支援を得て、19式主力戦車を主体に構成した機甲師団とヘリコプター大隊を使い静岡・茨城両方面から上陸した。首都圏への侵入を防ぐ自衛隊の精鋭である中央即応集団(CRF)や第一空挺団、関東唯一の機甲部隊である第1師団第1戦車大隊を正面から撃破蹂躙して初めに東京を占領した部隊である。

 

 最新鋭の兵器(質)とそれを大規模に投入する(数)。圧倒的な「質と数」を前にいくら練度を高めようが徹底的に防衛費を削られた自衛隊の兵器と隊員は歯が立たなかったのだ。

 

 日本政府が降伏声明を出して東京を無血占領した第1軍は各自衛隊駐屯地へ進駐。天皇陛下の幽閉目的で皇居にも進駐した。また、皇居は元来城郭として設計され軍事学の観点からして部隊を置くには良い立地となっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから、1年後。2031年5月30日の昼。

 

 

 

「さすがにここまで待機だと……暇だなっ!」

 

 

 ここは第1軍区皇居駐屯地本庁舎。元の皇宮警察本部庁舎を接収して駐屯地の司令部庁舎として使用している。その中の一室で3人の男がトランプを使ってゲームをしている。丸テーブルを中心に腰掛ける3人はどこか退屈していた。

 

 

 ゲームの種類は「ババ抜き」だ。どうも1人の遊び好きな男が行きつけのバーの日本人女性から教わったこのゲームを折角だからやってみたいと言い始めてやり始めたらしい。ついでに男たちは自分たちの所持金を賭けてトランプをすることにした。

 

 

 

 ゲームが終盤に差し掛かって細目の男がそう言い、自分の手札を捨て札の中にわざとぶちまける。乾いた音ともにカードが四方八方に散らばった。

 

「おい、ズルはいけねぇだろ」

 

 察したかのように問うのは目の鋭い寡黙そうな男。その男は1枚のカードを指差す。散らかったカードの中に男が見えたくないカードが隠れ見えていた。

 

「ちっ」

 

「よし、賭けは俺の勝ちだ。残り全部もらうぜ」

 

 男たちの中央に積み上げられたコインを発起人の遊び好き男が全てかっさらう。

 

「もってけ、クソ野郎」

 

 ズルが発覚したばかりに負けた岩みたいに大きな身体の男は、面白くねぇと口ずさんで眉間に皺を寄せる。それでもって肩慣らしをした。

 

 遊び男が次の賭けゲームの準備をしようと立ち上がったとき、

 

 

 

 

 

 

「相当暇なようだな。諸君」

 

「誰だ!?」

 

 

 声のする方を凝視する男たち。

 そこにはドアの横にもたれ掛かった1人の老紳士が居た。茶色の布地に黒く線の入ったシルエットのイタリアンスーツ姿。それを身にまとう老紳士は背筋が軸をなし、頭に被った茶色のパナマ帽から覗く表情から穏やかな印象を相手に抱かせながらも瞳孔は獲物を狙うが如く、鋭く先を見据えている。

 

 

「誰だ?貴様?ここは民間人立ち入り禁止だ!クソ老人!」

 

 正体不明の老人に吠える岩男。すると、

 

 

「この顔を見んと判らんのかね?」

 

「なんだと、この……えっ!?」

 

 

 老紳士は頭に被った茶色のパナマ帽を外した。露(あら)わになった顔。右頬に走る一筋の傷跡が人目をい引くが、微笑んだその表情から穏やかな印象を相手に抱かせる。しかし、眼光は獲物を狙うが如く、鋭く先を見据えている。

 その顔を見て男たちは血の気が引く。

 

 

 

 

「し、し、失礼しました!!!お疲れ様です!王(ワン)閣下!」

 

「ん?うむご苦労……」

 

 

 目の前にいるのは第1軍区総司令官の王(ワン)大奇(ターチ)上将(大将)、その人である。

 中華連邦国防大学を卒業後、少尉として入隊した若き頃から勇敢に陣頭指揮をこなし優れた戦略を以て敵を駆逐した名指揮官であるが、歯向かう部下や捕虜を問答無用で粛清したり絶対的暴力(蹂躙)を尊ぶ精神(本人曰く、「芸術だ」)を持つなど怖しい一面も持ち合わせており、部下や同期たちでつけられた別名が「狂犬」。年老いた今もなお闘争心を失っていない。

 そんな第1軍の最高司令官を前にして男たちはビシッと敬礼する。司令官をクソ呼ばわりをした…これは粛清かと頭の中で不安が駆け巡り冷や汗で制服がびしょ濡れになる。

 王(ワン)は3人の恐怖に支配された顔をじっくりと眺める。そこでふと見覚えのある顔があることに気づく。

 

 

「おや?君はたしか…趙(チョウ)浩然(ハオラン)少校(少佐)の…?」

 

 寡黙そうな男がビクッとして答える。

 

 

「はい!兄・趙(チョウ)浩然(ハオラン)の弟、趙(チョウ)浩胤(ハオイン)中尉です!」

 

 彼は中華連邦陸軍第2軍で戦線に出ていた趙(チョウ)浩然(ハオラン)大尉の弟である。なぜ、王(ワン)上将が兄を、と気になった趙(チョウ)中尉。

 

 

「閣下……兄をご存知で…?」

 

「あぁ。君のお兄さんは私と防大(中華連邦軍国防大学の略称)で師弟の契を結んだ優秀な生徒だった。非常に残念だった…」

 

 

 趙の兄、浩然(ハオラン)大尉は長野山中で装甲車部隊を率いて日本義勇軍基地を捜索中、敵部隊の襲撃で部隊は全滅。なお、浩然(ハオラン)を始め、部隊兵士の大半は狙撃によって射殺されていた。

 趙の兄弟はかつて孤児だった。2歳差であった2人の幼かった兄弟は貧しくも2人で支えあって社会を生き抜いてきた。2人とも記憶力が良く勉強が出来たため2人とも給料と衣食住を保障してくれる軍の大学、国防大学へ入校し軍へ将校として入隊した。浩胤(ハオイン)にとって浩然(ハオラン)は兄にして唯一の家族だった。愛しかった兄の死を知って弟は孤独を嘆き悲しんだ。だが、不思議と敵への復讐心は湧かず、どうすればいいのか判らない行き先不明の鬱憤が彼を腐らせつつあった。

 

 

「いえ、兄も閣下にそう思われて無念無きことでしょう」

 

 趙がそう言い終えたところ、王が横のテーブルを握りこぶしで叩き割った。

 

 趙は割れたテーブルを見て驚いてしまう。なにか怒らせたのかと。それは違った。

 

 

「否。まだだ。趙(チョウ)浩然(ハオラン)と大勢の同志たちの無念を果たせていない!未だに抵抗する憎き小日本人(シャオリーベン)どもを殲滅しなければならん。趙(チョウ)中尉!君には兄さんの仇を取らないのかね?」

 

「…いえ、私は…」

 

「私には解(わか)る。君の行き場のないその心を!」

 

「えっ!?」

 

 

 心中を見透かされたのかと驚く趙。微笑むようにして王はまくし立てる。

 

「そうだ。君の中に不可解蠢(うごめ)くものがあることを感じているはずだ」

 

 

 思わず話に釘付けになってしまう趙。

 

「それは、穴だ。孤独という穴だ。私は知っている。君にとって浩然(ハオラン)は唯一の家族だ。君から家族を奪い去った悪鬼を滅ぼしたい。君の穴にはそれを埋めるピースがあるだろう」

 

 

 趙は内から熱くも黒い気持ちが沸き立つのを感じる。この目の前の男、王(ワン)の言葉一つひとつが身に染みて彼の気持ちを沸き立たせてゆく。

 

 

 

 

「『Peace』と『Pieces』。英語では似たような発音のそれぞれ異なる意味を持つ言葉だが、日本語では『ぴーす』と1つで呼ぶ。それぞれの意味は和平(平和)と碎片(欠片)だ。君のその孤独に兄さんを殺した敵の屍を欠片として埋めよう。私が君に力を授けよう」

 

 

 

 

 

 

 

 趙は全身に痺れるものが一挙に流れ精神が一つに統一される……感覚がしたようだ。

 

 

「趙(チョウ)中尉だけじゃない、この場の諸君そして軍全体で小日本人どもの撃滅に精力を注いでくれたまえ!」

 

 王は先ほどと打って変わった激烈な表情と眼差しを趙に向けた。王の感情は悲しみに満ちているようだ。

 

 

「はい。私の兄の仇をこの手で絶対に討ち果たします」

 

 

 王(ワン)からの激励に兄を殺した日本人への復讐心を滾(たぎ)らせる趙(チョウ)中尉。王(ワン)上将の特技の1つに部下の心を掌握(洗脳)する巧みな話術があった。趙の性格と思考はそれから変わったのだった。

 

 

 

「よろしい。そこの君たち2人も趙中尉とともに今後精進してくれ給え」

 

「了解しました!」

 

「うむ。これから私は用事があるからお暇させてもらうよ」

 

 

 王はその場を去った。腹の中で趙中尉の復讐心を利用する算段を企てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな王(ワン)が庁舎を出て向かった先は、皇居の新宮殿。天皇陛下のお住まいだ。

 

 

「お疲れ様です。王(ワン)将軍」

 

 新宮殿の入口には2人の歩哨と1人の燕尾服を着た眼鏡の役人が出迎えた。

 

 

「ご苦労。彼らの様子は?侍従長」

 

 眼鏡の男は侍従長と呼ばれ、普段は宮内庁侍従職の長として皇族の事務の補佐を行っている。

 

 

「至ってお変わりありません。」

 

「結構。これから面会でもしようじゃないか。薄汚い猿のボスと」

 

 王はイタズラ心で鼻の下を延ばし唇の下を右手でなでて、日本人と天皇陛下を侮辱するジェスチャーをした。

 

 

「…下郎が…」

 

「ん?なにか言ったかね?」

 

「…いえ、何でもございません。案内いたします」

 

 

 侍従長は悔しさで歯ぎしりしながらも冷静になって天皇陛下のお待ちになられる正殿・竹の間に案内した。

 

 正殿・竹の間とは。主に、天皇・皇后両陛下が外国の国家元首・外国政府要人と会見し、又は皇居を訪れた日本政府関係者及び民間人を引見する等の儀式並びに行事に使用される部屋であり、本来軍服姿で土足で踏み鳴らして歩く軍人の来るべきところではない。

 

 

 

 

 

 

 

「よくおいでになりました」

 

 

 徳仁(なるひと)陛下が王(ワン)上将に歩み寄って丁寧に歓迎した。

 

 

 2018年に今上天皇・明仁(あきひと)陛下が突発的な心臓発作で崩御なされた。その翌日には年号が平成から変わるとともに皇位継承順位第1位の皇太子徳仁親王が次期天皇にご即位された。2031年現在の日本占領下で天皇家は国内の日本人の独立心の引き金にさせない目的で国内各所で幽閉されている。一部には鳩岡率いる日本政府に不審を抱いた自衛隊勢力と結託しようと画作した皇族が逮捕後強制収容所へ収監されている。徳仁天皇一家はここ、皇居に幽閉されている。

 

 

 本来、天皇陛下に歓迎された要人はここで敬意を示すのだが、狂犬・王(ワン)は違った。

 

 

 

 

 

 

 

 いきなり殴ったのだ。

 

 

 顔を殴られた天皇陛下は後ろに倒れ込んだ。

 

「ギャハハッ!見ものだ」

 

 

 王(ワン)は拳を掲げてクソ日本人の王を殴り倒したと笑って達観していた。

 

 

 

「陛下!」

「貴様!何をするか!」

「野郎!」

 

 

 一部始終を見ていた侍従長を始め全職員は王に殴りかかった。

 

「撃て」

 

 王(ワン)の命令で彼の護衛が9mm拳銃を職員に発砲した。

 

 

「うがぁ!?」

 

 9mm拳銃弾は殴りかかった近くの職員2名を貫いた。胸を撃ち抜かれた職員は血液を噴き出しながら倒れてしばらく痙攣した後、息絶えた。他の職員は即座に取り押さえられた。

 

 

「クソっ!?」

 

「これ以上動くな。また人形(したい)を作りたいか?なぁ侍従長。なぁ日王。ハハハッ!惨めだな!逆らえばまた大事な日本人が死ぬぞ?妙なことはしないことだ」

 

 

「…………………」

「……」

 

 

 王の護衛に銃で脅される職員たち。占領下で自らを守ることすらできなくなった今では天皇陛下を愚弄し殴り倒して宮殿をあとにする王(ワン)を黙って見逃すことしかできない有様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-2031年5月30日-

-北海道夕張市紅葉山-

-新夕張駅[17:15]-

 

 

 

「あんだありゃ!」

「迎撃した?」

 

 

 74式戦車の乗員は今起こった目の前の出来事に目を疑った。

 搭載されているL7・105mmライフル砲の初速は1秒に1,490m。

 

 その速さで飛ぶ砲弾を目の前の化け物はこの数百mの近距離で音速に近いそれを迎撃したのだ。

 

 

 

 普通科隊員の89式小銃やM2機関銃、AH-1Sコブラと74式戦車の銃砲撃。榴弾砲による後方からの支援攻撃。それらの集中された火力を物怖じせず銃弾を躱(かわ)し弾いて塹壕に10km/hでじりじり迫る。

 

 化け物の先鋒集団が前方の塹壕に到達する。

 

 

「ヤバい!?」

「来やがった!?」

 

 塹壕内で応射する隊員だがバルカン砲で次々に挽き肉にされていく。

 

「逃げるな!家族を守るんだ!」

「何としても食い止めろ!」

「火炎放射器持って来い!」

 

 

「来たぜ」

 

 携帯放射器。背中の2つの重いシリンダー。それらシリンダーからパイプでつながれた銃部に可燃性液体と着火用圧搾ガスを吐き出して火炎として放射する凶器。第二次大戦では独ソ戦と太平洋戦線で塹壕にこもる敵に使用された。

 

 これを装備した隊員が颯爽に駆けつけ、引き金を引いた。ガソリンとタールを混合させたゲル状燃料の導火液に着火した火炎を轟々と化け物に浴びせていく。

 

 

 

「燃えろ!化け物!」

 

 火炎放射を浴びて敵の動きが止まった。肉の焦げる何とも言えない臭気が蔓延する。

 

 

「効いたか……って!?」

「ファっ!?」

 

 

 

 今度は着火した粘着性のあるゲル液を纏ったまま化け物が突撃してくる。

 

「来んな!?」

「あちぃ!?」

 

 炎で覆われる前方の第1塹壕。閉鎖的な塹壕内で一気に火が広がると隊員たちは直接焼死するよりも酸素の急激な喪失、窒息で死んでいく。

 

 

 

 

「ありえない……」

 

 前線の地獄絵図に唖然とする74式戦車乗員。

 

 

「おい、ボケっとすんな!さっさと撃てぃ!」

 

「り、了」

 

 

 車長からドヤされた砲手は再度正体不明の化け物目掛けて照準を定める。さっきのはマグレだ、そう思考を切り替え、トリガーにかけた人差し指に力が入る。

 

 

「!?」

「新田車が!」

 

 化け物の一群から光が見えたと思うと一瞬にして新田一曹指揮の74式戦車が砲塔ごと爆散した。

 

 

「奴らランチャーまで装備してやがる…」

 

「今度はこいつだ!これは迎撃されんぞ!」

 

 

 

 

 キャニスター弾。

 対人用の戦車砲弾でいわゆる散弾。対戦車兵器を持って接近してくる歩兵部隊をまとめて撃破するために開発された弾で、この機動戦闘車用に導入されたM1040対人キャニスター弾は対人戦闘で絶大な威力を持つ評価だ。

 

 

「撃っちまえ」

 

 

 そして、赤黄色の砲火とともに轟音を鳴らして対戦車徹甲弾は発射された。音速に近い速度で目標に向けて砲弾は飛ぶ。 

 砲弾は発射されたと同時に細かい丸い粒になって化け物たちに着弾した。

 

 

「やったぞ!」

「効果はあるみたいだ」

 

 

 散弾をモロに浴びた先頭の数体は肉の塊と化して倒れたようだ。74式戦車の活躍をみて普通科隊員は歓声を上げた。

 

 

 

 

 

 

「おい、やったぞ!旧式が!」

 

「おい、旧式言うな」

 

 

 第2塹壕で身を伏していた松原と清元は他の普通科隊員と同じく喜ぶ。

 

「戦車を援護するぞ!迫撃砲用意!」

 

即座に迫撃砲の設置が完了。

 

「準備よぉし!」

「よぉぉぉぉい、てぇ!」

 

 

 後方の81mm迫撃砲 L16複数基から気抜けた発射音と同時に砲弾が発射。ヒュルルと唸って目標座標に砲弾が着弾、化け物たちが爆炎に包まれる。キャニスター弾ほどではないものの敵の外部組織に傷を負わせたようだ。

 

「いいぞ!」

 

『こちらコブラ01。弾切れのため一時撤退する』

 

 

 

 上空援護のコブラ2機は弾薬補給しに後方へと飛び去っていった。師団の隊員たちは生物兵器の登場に驚きながらも十分に対抗できることから冷静さを取り戻しつつあるが、

 

 

「嫌だ…もう嫌だ嫌だ」

「挫(くじ)けんな!ほらっ!」

「こいつシェルショック状態だ。衛生班!」

 

 

 シェルショック。爆音を伴う塹壕に対する砲撃による神経異常で身体の一部または全身の震えが止まらなくなる。第一次大戦の東西塹壕戦で兵士たちに見られた。

 

 

 夕張の長期間もの塹壕戦と止むことのない砲弾の爆風爆音で身体の震えが止まらなくなったり戦意喪失、狂乱状態に陥る心的外傷後ストレス障害(PTSD)の隊員が出始めている。

 

 

「ヤバい!アイツ狂って突撃しやがった!?」

「構うな!ほっとけ!」

 

「って弾倉が!?」

「弾切れだ!おい、清元一士!」

「はい!」

「弾持って来い!松原三曹は清元を援護しろ」

「了解」

 

 

 塹壕内では徐々に弾薬不足が露呈してきたのだ。新夕張での戦闘が始まって1週間以上になったが後方からの物資輸送が爆撃による足止めを食らって届かずに医療物資も不足しつつある。

 

 前線だけじゃなく北海道全域で食糧から燃料、生活物資に至るまで枯渇しつつある。

 市民の中には餓死者も出始めているが、中華連邦側はゲリラ対策に食糧を求めて逃げてきた市民も敵とみなして殺害する声明を出しているため、逃げ場がない。このままでは前線と航空優勢(エアカバー)の維持もままならなく北海道の日本義勇軍と数十万の市民は物資を必要としていた。

 

 2人は紅葉山にある補給処(ほきゅうどころ)へと向かい走っていった。

 




明日、UH-1ヘリコプターに体験搭乗してきます!楽しみです!


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第12話「スナック 御法(みのり)」

-2031年5月30日-

-第4極東経済特区大阪北部管区(旧大阪市北区)-

-裏路地[3:00]-

 

 

 あと数時間で夜が明ける街。ここはかつて多くの笑顔で溢れかえっていたありふれた下町の商店街だったが今は日本人のスラム街に変貌していた。

 

 ビルの間の狭い路地に雨露を凌ぐためのバラックが立ち並び道端にはゴミが散乱、異臭が漂っている。バラックにはやせ細った人々、暴力団の占拠するビルからは成金趣味のトチ狂った音楽が聴こえてくる。まるで内戦終わりのプノンペンの様相を呈していた。

 

 静まり返った汚いバラック街の一角にそこに合わない小奇麗な店が営業されていた。「スナック 御法(みのり)」とピンク色のネオンが光っている。

 

 

バンっ

「ハゥ!?」

 

 

 突如店のドアが爆発音を伴ってぶち破られる。同時にジャンパー姿の男が店からミサイルのように飛び出して勢いのまま向かいのゴミ箱に顔から突っ込んだ。男はゴミ箱から慌てて顔を出し店側を振り返った。

 

 

「…おい…てめぇ…」

「ヒィィ!!??」

 

 

 白煙の立つ店内から190cmはあるであろう仏頂面の大男が姿を現した。

 肌は焼けて丸く剃った頭に口周りにヒゲを蓄えた玄人顔にレトロチックなサングラス、高身長でプロレスラー並みの盛り上がった筋肉を覆うハワイ臭を漂わせるアロハシャツ。異様な姿だった。

 

 

 

「…妹に手ェ出そうだなんてよっ!去勢ショーの始まりだぁぁぁっぁ!」

 

「ヒィィィィィィィ!!!???」

 

 

 大男が右手に大鋏(おおはさみ)を大きく掲げ、仏頂面で迫る。対する壁に追いやられた男は恐怖で股間から如露如露と湯気を立てて黄色い体液を垂れ流した。

 

 今にもその鋏を降さんとした、そのとき、

 

 

 

 

 

 

 

「兄さん!次郎兄さんやめて!」

「結衣!?離せ!」

 

 

 大男に小柄で茶髪の少女がしがみついた。このアロハシャツ大男と着物姿の少女は兄と妹の関係であり、絵面は美女と野獣のようである。

 

「兄さん!彼をもう許して上げて!」

「やぁめろ!許さん!ワシャ絶対許さん!」

 

 

「!?ヒィ、さいなら!ごめんさい!!!」

 

 兄妹で押し問答している隙にジャンパー男は猛スピードで逃走を始めた。

 

 

「まぁぁぁて!クソガキ!!!!」

「に、兄さん!?」

 

 

 とうとう彼女の拘束を振り切り兄である大男は下郎であるジャンパー男を同じく猛スピードで追撃していった。

 

 

 

 

 

「………………………」

 

 

 一悶着が終わると街は深夜の静まり返った状態になり戻った。ぽつんと取り残された少女はふと空を見上げる。今夜は満月のようだ。

 

 

「……ん?今日は遠くでやけに銃声がするなぁ……」

 

 

 音のする方を見ると南の軍施設の方角から黒煙が上がっている。火事だろうか。そこから大きく銃声と爆発音が鳴っているようだ。その音はこっちに近づいている…?

 

 

 少女はひとまず、身内(兄)に破壊された店の入口を見てため息をつき、後片付けをするのだった。

 

 

 




投稿遅れてすいません!タイ・カンボジア旅行楽しかったです(白目)
ところで本日、12月23日は天皇誕生日だそうですね。
天皇陛下万歳!


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