魔王様の友人は風変りな悪魔(元男です) (Ei-s)
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プロローグ 夢の終わりは現実の始まり

プロローグなので、少し短いです。


床は白乳色の大理石。それ以外椅子を含めて蒼みを帯びた、まるで水晶で出来た豪華絢爛な高校の教室程の広さを持つ一室。

ごく自然と部屋の中央にある水晶の椅子に、女が悲しげに座っていた。

女は、金板で部分的に補強されてはいるが、正統派っぽい黒と白のコントラストのバランスが良い修道服を身に纏い、腰よりも長い黒髪は艶やかであり、少し垂れ目な為か、優し気な印象を見る者に抱かせる、20代前半程に見える美麗な女である。

彼女はうとうとと、少し船を漕ぎながら眼前にあるディスプレイに表示された時刻を寂しげに見ていた。

 

(・・・夢みたいな毎日だったなぁ)

 

DMMO-RPGユグドラシル。

それを始めたのは学生の頃に兄が誘ったのが切欠だった。プレイヤーネームはサービス開始前の登録時に兄が代わりに、正に早業で手続きをした為に、良くある『ジュン』で登録出来た。そして、ビジュアル的に女性を選択した『彼』は兄に爆笑されても少し疑問に思う程度だった。

兎も角彼はスタンダードに人族のファイターでプレイを始めたのだが、このユグドラシルというゲームに圧倒された。現在の世界では見られない。文献等にしか載ってない様な大森林。木々が生い茂る雄大な山。陽光を乱反射し、蒼とも碧とも様々色に見える大海。当時の彼の心に有ったのは正に感嘆だった。

この時代。世界は技術の発展の代償に自然は徹底的に破壊されたのだ。

人口心肺が無く、事故で壁が破壊されるか、特殊な空気清浄機が故障すれば容易く一定時間内で人間を葬る外気は様々な化学薬品で汚れ不気味な紫色を帯び、一定以上濃度が有る地域の木々は枯れ果て、海は人が住む陸地に近いほどコールタールの様な黒に紫が混ざった不気味な色をしているのだ。

 

現実では薄紫色を帯びた空しか見た事の無いが故に、この自然溢れる世界を1人で色々見たいと思った為ソロでプレイし始めたのだ。

 

様々な事が有った。武器を扱いがどうにも上手くいかず、思わず無手で殴ったらシックリきた為モンクを目指してクレリックになった。

様々な事が有った。PKを止めようとし、やられかけていた相手を回復しようとしたら対象は骸骨の魔法使いだった為、思わずPKを仕掛けていた人族の集団に飛び蹴りを仕掛けた。

友人が出来た。PvPにハマった。友人が作ったギルドに感動を覚えた。友人のギルドに入ろうとしたら、異形種限定だと思い偶々手に入れた種族変更アイテムで悪魔、異業種になったが、社会人限定と知り入れなかった。昔のアニメ作品通りに色々外装を弄って下手するとR18な外見になり、アカウント休止になりかけながら。ロールプレイしながら、ユグドラシルの9つの世界を廻った。

予想外なのは運営から制限される様な、一見デメリットしかない職業レベルを貰った事だが。

 

だが、始まりが有れば終わりが有る。

彼のギルドホーム作成に協力してくれた、友人がギルド長を務めるギルド員が一人、また一人と引退していった。その中には彼の兄もいたのだ。一人去る毎に、友人の背中が泣いている様に思えた。

殆ど友人一人の状態が多くなったギルドに、彼は維持の為のアイテムを渡し、友人を連れ出し、一緒にMOB狩りに行けばたった2人なのにワールド・エネミーという運営が用意した、超ハイスペックなボスと遭遇。そしてを撃破に成功した時は思わず抱き合ってしましい、危うく友人共々アカウント休止になりかけた。

 

そんな様々な至宝の如き思い出を、彼は汚したくなかった。

ユグドラシルのサービス終了の通知が来た頃、彼はやっと社会人になったのだが・・・友人が皆の帰還を望んでいる様に思えた為、ギルド合併の話を言い出せなかったのだ。兄にサービス終了の事を告げるも、忙しいと寂しげに一刀両断された時は悲しく思ったが、仕事が忙しく、とある場所に赴いた上に、満足に自宅に帰れない兄を思うと、それも仕方無しと彼は『純也』は断じた。

 

純也がユグドラシルで使っているアバター。ジュン・・・ヒーラーorアタッカーで趣味を詰め込んで、バイト代の大半を外装変更に注ぎ込んだの謎仕様の悪魔な修道女。

 

『彼』にとってユグドラシルとは唯のゲームではなく自身の青春であり、至高の夢だったのだ。

 

ふと、時間を見ればは23:57・・・サービス終了の3分前。

彼女は散漫な動きでディスプレイを消そうとコンソールに手を伸ばす。すると、友人が少し前にくれた彼のギルドの指輪が目に入った。サービス終了の1週間前に再課金で装備した。右薬指に装備された指輪が、リング・オブ・アインズウールゴウンが寂しげに光を反射していたのだ。まるで、友人が寂しがっている様に感じ、思わず友人にメールを送った。

 

『寂しいね・・・けど、ありがとうモモンガさん。ありがとうユグドラシル』

 

ジュンは深く水晶の椅子に腰かけた状態のまま、現実世界の純也は目を閉じた。

姿勢も態度も良くは無いだろう。方やタレ目を開いたままの女のアバター。方やゴーグル的な物を付けた一見女に見間違う青年。だが、もしその姿を見る者がいれば、まるで神に祈っている様に見えただろう。

そして、ふと思うのだ。

 

(結局検証とか出来なかったなぁ・・・)

 

 

 

豪華且強力な装備を身にまとった骸骨の魔法使い。漆黒のアカデミックガウンを纏う玉座に座る死の支配者モモンガは最後の刻をココで迎えると決めていた。

最後という事で、己専用に作成された黄金のスタッフ、ギルド武器スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを円卓の間より持ち出し、結局その役目を遂げられなかったNPC達。最終防衛ラインの時間稼ぎになる執事セバスと、6体の戦闘メイドプレアデス達を連れ出したのだ。

久しく見なかった守護者統括と設定された美しい悪魔、アルべドの手に、製作者が独断で持ち出したワールドアイテムには不快感を覚えたが、最後という事で流し、ふとアルべドの設定を見れば余りにもの長い設定に軽い目眩を覚え、最後の一文『ちなみにビッチである』にその製作者の趣向に思わずため息をついてしまった。製作者の愛を思わせるNPCアルベド。美しい容姿をしている事も有り、最後の一文が余りにも不憫に思えたモモンガは、悪戯心もあり、『モモンガを愛している』と書き換え、玉座の間を見渡した。

数百のNPCが入れるほど広く、ギルドメンバーを意味する紋章が描かれた41の旗と、玉座の後ろに有るギルド旗は偉大さを見る者に思わせ、淡く7色に輝くシャンデリアはその威厳を強調する正に謁見するに相応しい王の間。そんな玉座に座るモモンガはこのアインズ・ウール・ゴウンが己の輝かしい全てであると、満足感を得ていた。

 

だが、仲間たちの事を、旗を見ながら一つずつ数える毎に思い出し、己の心を蹂躙する不快さを噛みしめる事となった。彼にとって最高の友である41人と共に作り上げたナザリック大地下墳墓が失われる哀愁。最後の最後迄まるで『過去の事』と断じているへろへろを代表とした友達・・・と感じてしまった己に対する憤怒。この二つが鬩ぎ合い、感情の吐露は知らず内に現実の肉体から涙を流させた。

モモンガ自身分かっているのだ。時には家族サービスを返上した者も、ゲームをする為だけに有給を取った者もいたのだ。そんな者達が辞めた。もしかしたら病気になったのか、純粋に仕事が忙しいのか、夢を叶えて日々躍進し続けているのか・・・

どうせなら、明るい方だと良い。物言わぬ骸骨のアバターだと言うのに、誰かがその姿を見れば、何時溜息をつくのかと、思わず見入ってしまう程、深みを思わせただろう。

 

そんな中、軽快な電子音と共にメールが届いた。その宛名にモモンガの意識は過去へ飛んだ。

 

 

モモンガにとって『ジュン』は特別な人物だった。

 

『現実世界では男』であるのに『人族の女性』をアバターとし、異形種狩りに遭っていた弱かった己を助けようと、修道女が赤い鎧を着た人族のファイターと思われるPKに飛び蹴りをかまし、共に逃げようとした所で共にたっち・みーに助けられた。そして助けた相手である、たっち・みーとPvPをする。実に変に思えた。

たっち・みーが異業種救済の為のギルドを作成しようと言えば、人族プレイヤーである為、自身は不適切と判断したのか、異形種でプレイ中の己の兄を紹介した。紹介された相手が厨二病で少し笑えた。

友達と満足するギルドホーム。ナザリック大地下墳墓を作成しようとすれば、素材集めに参加して共に楽しんだ。

1500人の軍勢がナザリックに攻め入る情報を密告し、共に防衛させて欲しいと頭を下げられた時は思わず微笑ましく思えた。そしてそのまま種族変更アイテムで己の種族を悪魔に変更する堕落の種子を使い、仕様上回復魔法等が使えなくなると思えば、まさかの隠し種族が発現。唖然としていると、そのままこの、『アインズ・ウール・ゴウン』に加入したいと言い出せば、兄であるウルベルトさんが呆れ口調でリアルにまだ早いと断じ、社会人ギルドだと知らなかったのが声だけで驚愕しているのが分かり、皆と爆笑した。

このご時世では珍しく10代後半だが政府からの援助金で学生が出来るほど優秀なのだと彼の兄、ウルベルトが様々な感情が籠った溜息をついたのが印象的で、良く意見の対立からPvPしていた、たっち・みーが妙に優しくしたのは他のギルドメンバーと共に驚いたものだ。

オフ会を企画し、会えばリアルのウルベルトとたっち・みーは、ゲームでは本気で罵り合い、憎んでいる様子だったのだが、実際は気の置けぬ友人だったのには、皆は驚きを隠せなかった。尚、ジュンの現実の姿が、『女に見える』事実はモモンガも含めて、多くのギルメンを落胆させた。喜んだのは女性3人だけである。実に闇が深い。

 

ナザリックに入れないと知った彼はソロでギルドを作り、その製作に皆が手を貸した。気が付けば彼のギルドホームは空飛ぶ直径30メートル程の水晶ドクロが外見で、唖然とした。

また、悪魔族になったからと、昔のアニメのキャラ設定や古い画像データを駆使し、自身のアバター所かNPCまで丹念に作り上げ、設定魔でホラーとギャップ萌なタブラを始めとした特にクセが強い仲間達が弟・・・アバター的には女性な為、妹として可愛がった。ウルベルトが一言『人タラシ・・・』ともらし、ジュンを可愛がる仲間達を羨ましそうに見ていたのが何所か気になりもした。

ジュンが趣味全開で作成したアバターは有名になった。元ネタになったモノから、全力戦闘時は視覚的に下手するとR18・・・運営側は数か月の協議の末に認めた。当時の大型掲示板は『サキュバスよりエロイwww』『歳幾つだよw』『エロこそ最強w』等々書き込まれ大いに盛り上がった。しかもジュンは合計レベル95でワールドチャンピオンの栄光を勝ち取った為、間違いでは無いと皆と大笑いしたのはモモンガにとって実に良い思い出だ。

 

モモンガは当時思っていた。このまま続けば良い。この幸せが、続けば。と・・・だが、終わりは有った。

 

1人、また1人とナザリックを去る仲間達・・・皆が戻るまでナザリックを、アインズ・ウール・ゴウンを守らなければと、意気込んでいる己をサポートしてくれた。

2人でワールドエネミーとエンカウントし、それを『ジュン』が巨大化するわ、怪獣大決戦に巻き込まれながらも、死に戻り覚悟で援護し、何とか撃破すれば『抱き合った関係』で、運営から15禁に抵触との事でイエローカードを貰う。また、地味に運営からジュンのアカウント停止処分まで、残りイエローカード1枚と聞いた時は冷や汗モノだったが。

 

そして、彼は己を気遣い、己を含めた41人との思い出を汚したくないと思ったのか、ギルドの合併を言わなかった。彼のギルドホームとナザリックの天井がドッキング出来る仕様なので、実質合併したも同然なのだろうが。この仕様はサービス終了の1週間前に判明したギミックだった。何所か仲間達は彼を42人目として認めている。そうモモンガは思い、彼にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを渡したのだった。何よりモモンガを驚かせたのは、彼はすぐに再課金し、右手の薬指に装備した姿を見せに来た事だ。

モモンガ自身、一週間後にサービス終了するゲームに課金してまでも、己が渡したギルドの指輪を装備し、声だけで分かるほど喜色円満な様子は思わず目頭が熱くなった程だ。

 

モモンガはユグドラシルにより友を得、友愛を知った。

ジュンの巻き起こす様々なトラブルに驚き、心配し、我が事の様に喜び、同じ時を楽しんだ。久しく感じてはいない家族へ向けていた感情を呼び覚ましてくれた事に感謝したのだった。

 

モモンガは徐に彼のメールを読んだ。

短いながらも嬉しく思えた。故にモモンガはコンソールを叩く。ただ、彼に自身の心情が届くように。

 

『ジュンさん。ありがとうございました。貴方のおかげで孤独にはなりませんでした』

 

 

メールの着信を知らせる軽快な電子音に純也はゆっくりと目を開ける。先ず入ったのは時間。残り・・・1分も無いだろう。手早く見れば、嬉しい一言が添えられていた。そして、流石は上位ギルド。アインズ・ウール・ゴウンのギルド長であると思った。

そして、最後という事で有給を取り、ソロで2轍でMOB狩りをした反動なのか、心地よい睡魔に襲われる。まるで、楽しい夢が終わり、起きなければなら無い。そう思わせるに足りる事だ。

 

 

奇しくも2人は異なる場所だが、似たような姿勢で、己のギルドの玉座で思う。

 

((あぁ・・・楽しかったなぁ・・・))





少しは読みやすくなったかな?


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第一話

私の作品のモモンガ様は原作と比べてちょいとハードかもしれません(^^;)アルベドはヒドイン+ポン☆コツ属性が入っている気がするけど・・・書いた本人もあんまり理解できて無いwうーん。少し煽ってみたら竜巻が起きて火災旋風になった?のを見ている気分だ・・・

あと、元の地球環境ヤバくしすぎたかも?まぁ、良いかw
ルビ、予約投稿のテストです。


始めに異変に気付いたのはモモンガだった。

ふと時間を確認すると時刻は0時を過ぎており、友人の気遣いに心満たされていた矢先の、理解しがたい現状に思わず有終の美を汚された思いに怒りが爆発した。

 

「どういう事だっ・・・!」

 

あまりにも大きすぎる感情の吐露は、思わず作った右拳で肘掛けを叩き、そして怒声と共に漆黒の波動が放たれ、玉座の間を奔る。

放たれたのは,負の爆裂(ネガティブ・バースト)であり、玉座の間にいたアルベドやセバス、プレアデス達は突然の攻撃に吹き飛ばされるも、直ぐに跪いた状態となり、顔を上げ尋常ではない様子の己たちの主の様子を伺った。

その時、8人の思考は混乱の極みに至った。先ほど迄穏やかな様子だったモモンガはそこにはいない。絶望のオーラⅤはスタッフ・オブ・アインズウールゴウンにより増幅され、その全身を覆い尽くし黒い靄の塊が玉座に有る様にしか見えない異様な状態だ。

自身に向いてはいない筈の、怒りの感情を宿した、爛々と輝く深紅の双眸を拝見するだけで、背中を冷たい汗が流れる。時折蛍火の輝きを放ち、スキル精神攻撃無効化の副次効果である、精神安定が発生している筈なのだが、絶望のオーラは収まる所かゆっくりと王座の間を、侵食するかのように広がっていく。スタッフから紅い霞の様な、亡者を思わせるオーラまでもが、モモンガの怒りに怯えているかの様に揺らめいている。

 

(一体何がっ!?・・・いえ、それよりも)

 

アルベドは思わず青くなった顔でプレアデス達を見た。

プレアデス達はアルべドを始めとした守護者達よりもレベルが低い。余りにも強力な、モモンガの絶望のオーラに圧倒されている様子でピクリともせず跪き、モモンガの様子を伺ったままだ。

一時の感情でナザリックを構成する者を己の手で誤って処分された際、落ち着いたモモンガはどれ程悔やむだろうかと思う反面、それでも、その衝撃で落ち着いて頂けるだろうか。そして、それで落ち着かれるのであれば、その傷、もしくは死亡するのは名誉であるともアルベドは思う。

アルベドはセバスを一瞥し、生唾を呑み込んで立ち上がった。そして、何時もの様に微笑みかけるのだ。

 

「モモンガ様。どうなしゃ、いましたか・・・?」

 

どうやら少々平静さが不足していたのか、アルベドは噛んでしまった。モモンガの双眸が跪いているアルべドを捉える。深紅の輝きはソレだけで質量が有り、思わず重力が2倍になったかのような、プレッシャーをアルベドは感じた。中々お会い出来ず、そしてその身を一定時間以上、その視界に捉えられた事が無い為か、アルベドは愛する者の意識が己1人に向けられる事に、何かしらの緊急事態の可能性を理解しながらも、不謹慎だとも思いながらも、幸福感を覚える。

だが、先ずやるべき事が有ると考え直したアルベドはその幸福感を断腸の思いで蓋をした。

 

「申し訳ございませんモモンガ様!モモンガ様が何故お怒りになられているのか理解できぬ私をお許しください!」

 

数刻の見つめ合ったかのような停滞した時間の後に、アルベドは勢い良く頭を下げた。そんなアルベドの謝罪が効果が有ったからか、絶望のオーラが収まり始めるのをプレッシャーが消える様子で感知したアルベドは、モモンガの様子を盗み見る。丁度そんな時にモモンガより一層強い蛍火の輝きが放たれ、黒い靄が蛍火の輝きと共に霧散さした。まるでダイヤモンドダストのように儚い輝きが何所かもどかしく美しい。

アルベドはしっかりと頭を上げると、静かに腰かけるモモンガの姿があり、思わず安堵した。

実態としては、モモンガは突如聞いた事が無い女の声を聞き、しかもソレを発したのがNPCであるアルベドであり、コマンドを入力した訳でもないのに、謝罪しながも跪くアルベド。そして、使用した覚えがないのに発動している絶望のオーラ。色々な事が一気に発生したためか、思考が停止したのだ。

我に返れば即座に精神が安定しており、自己意識と思考は冷静なモノとなっていた。

 

(先ずは現状を把握だ・・・?)

 

モモンガはふと思う。自身はこれ程冷静な性格をしていかだろうかと。そして、体感的に絶望のオーラの使用を止めた。違和感に自身の骨の右手を訝しむ様に見た後に、コンソールを出そうとしても出無い。NPC達のまるで生きているかのような反応に、異世界への転移の可能性がよぎる。否定したいとも思うが確証も無いのだ。

 

(これじゃあメールも、GMコールも出来ない。スキルは何故か体感的に使える。魔法も多分使えるはず・・・)

 

「・・・モモンガ様?ルプスレギナに何かご命令が有るのですか?」

 

モモンガの思考を妨げたのはアルベドの一言だった。ついアルベドを一瞥すると、まるで自身の一言が気に食わなかったのかと、不安を覚えているような眼をしていた。まるで生きているかのような行動に、モモンガは思考の海に、自意識を流しそうになるが、コンソールを出そうとしていた右手人差し指が、赤い髪の修道女風メイド服を着たプレアデスの1人。ルプスレギナ・ベータを指している事に気づいた。ルプスレギナは、まるで喜びを感じているような目つきでモモンガを見ており、また直接命令されるという歓喜と期待に、少し震えていた。

 

(忠誠心なのか?ならその忠誠心を向けられるのはどんな奴だ?)

 

モモンガは、ルプスレギナの様子に忠誠心を向けられていると感じ、また、向けられる相手はどんな者なのかと考える。ふと、よくプレアデス達やセバスを見れば少しダメージを受けた様子。ダメージを与えたのに反撃が無い点と、広範囲にダメージを与えた事から負の爆裂(ネガティブ・バースト)を使用した可能性を思案したモモンガは、取り合ず上位者足りる威厳を見せる為に立ち上がった。するとアルベドを含めた8人は跪いたまま頭を下げた。まるで演劇の役者になったかのような気分を味わいながら、肉の体であれば思わず生唾を呑み込む程の緊張感を覚える。

 

「まずは詫びよう。あまりの異常事態に我を忘れたようだ」

 

「勿体なきお言葉。ご冷静になられるのでしたら私達を痛めつけても構いません。至高の御方から痛みを得られるのでしたらそれは幸せでございます」

 

「ぅ・・・うむ」

 

モモンガは意図的に低い声を出し、己の否が有ると認めた。そんな言葉にアルベドは頭を上げ、本当に嬉しそうに頬をうっすらと赤く、桜色に染めながら自身の考えを述べる。余りにも予想外であり、Mっ気を思わせる言葉にモモンガは狼狽えそうになるが、頷く事で回避した。

次に考えるのは何故ルプスレギナを指さした事だ。

モモンガは、主要なNPCの事は意外と覚えており、周辺の探索を理由にしようと考えた所で、ジュンは大丈夫なのか。いるのだろうかと考えた。伝達魔法の使用も考えたが、モモンガはこの話の流れでは時間が無いと判断する。

 

「セバス。プレアデスよりルプスレギナ・ベータ。ナーベラル・ガンマ両名を連れ、ナザリックの周囲1キロを確認しろ。戦闘は避け、知性体がいる場合は無傷で連れて来い」

 

「畏まりました」

 

モモンガは先ずは戦闘力が有り、製作者からして善性の者であるセバスに命令した。万が一属性が性格に反映されている可能性を考慮に入れ、なるべく安全且確実に事を進めたい為だ。名を呼ばれたセバスは頭を上げモモンガを見る。その鋭い視線と返事から必ず上手く事を進めると言っているようだとモモンガは想い、頷く。

 

「ルプスレギナ。万が一戦闘になった場合直ちにナザリックへ帰還せよ」

 

「はい!お任せください!」

 

モモンガはそうルプスレギナへ指示した。この事からこの非常事態に対して確実に事を進めようと判断し直した。と彼らに思わせる為だ。上手くいったのか、ルプスレギナの目に命令される歓喜の代わりに真剣な色を見た。

事実アルベドを始めとした8人は、先ほどのモモンガの乱心具合と、ルプスレギナで十分と思われる命令内容を変更し、戦闘力の高いセバスと、更に魔法を得意とするプレアデス。ナーベラルを加えた事により、『モモンガ様はかなり重く事態を受け止めている』と判断した。

 

「ナーベラル。ナザリック上空に水晶で出来たドクロ状の建造物が有るか確認し、その中にいる者と接触せよ。己の所属と私の命令で接触を図った旨を確実に伝えよ。戦闘する事は許さん。攻撃を受けた場合は即座にナザリックへ撤退せよ」

 

「質問しても宜しいでしょうか?」

 

ジュンがいるかの確認。そしてアチラのNPCが意思を持っている可能性を考えての指示だが、ナーベラルの口からは質問の許可を願う一言が出た。モモンガは、ナーベラルの様子が、何処か不満げに見えた。

 

「許す」

 

「ありがとうございます。では、何故戦闘を禁止するのか。接触する事が第一であり即座の撤退をご命令されたのかを、お教え下さい」

 

ナーベラルとしては、栄有る、ナザリックの一員として、唯逃げるという行為を取りたくなかった。命令である為、従うのは彼女にとって当たり前だが、モモンガの意図を正確に捉えたいという思いから質問したのだ。

モモンガはナーベラルの質問に、彼のギルドホームである水晶ドクロ。スカイ・スカルがどの様な物であるか知らない可能性を考えた。そしてジュンの存在をどう認識しているかの確認する必要性を考えた。

 

「フム・・・ナーベラルの質問に答える前に1つ聞こう。お前たちはジュンを知っているか?」

 

モモンガは、セバスとプレアデスのメイド長みたいな容姿のユリ、眼帯をしたミリタリー風メイド服を着たシズ以外の表情に、陰りが浮かぶのを見た。何か有ったのだろうかと、言いずらい様子とも取れる様子である。誰かが答えるべきなのだろうが、正直に答えるのはちょっと・・・と、暗に言っているかのようだ。

 

「アルベド」

 

「はっ・・・恐れ多くも申し上げます。人間という下等生物でありながらモモンガ様を始めとした至高の御方々のご友人を務め、時にモモンガ様の供をする聖職者と認識しております」

 

誰が答えるのか、そして不快と感じる発言も許可する意図でモモンガはアルベドに言えば、あまりの内容に思わずドクロである口を開けた。正に唖然としていると見て分かる様子だが、アルベドの目に嫉妬の色と不快感を見たモモンガは口をしっかり閉じる。

アルベドの発言により、モモンガは彼女等がジュンを『人間』と認識している点と、『人間』には基本的に良い感情を持っていない点を認識した為だ。人間と認識しているのは、恐らく種族スキルにより『人族』へ変化している点と、恐らくステータス等の偽造を可能とする指輪の効果である。人間への嫌悪感は、異形種プレイヤーの保護が切欠で作成されたギルドの特色である可能性を考えた。アルベドが少し小刻みに震えている事から『人間である事』から相当気に食わないのかとも判断出来る。であれば、モモンガがジュンの安全を考慮して告げる事が有る。彼は溜息を噛みしめた。

 

「ジュンは人族を装っている悪魔だ。そして、このナザリックの作成にも関与し、仲間達が去る中このナザリックを思い、尽力していた者だ」

 

「っ・・・申し訳ございません。守護者を始めとし、周知させておきます」

 

(あ゛・・・)

 

モモンガはアルベドの言葉に嫉妬と不安、殺意を感じた。また、頭を下げ己の顔をモモンガに見せないようにしているアルベドの姿に自制していると見た。そして悪戯心で変更した設定を思い出す。

アルベドも種族は悪魔であるが、ジュンは人間を装えソレを守護者クラスに悟られない。ナザリックに尽力し、他の仲間達とも仲が良い。比較されたと感じない筈が無い一言であるとモモンガは認識した。そして自身を『愛している』と設定されれば、一番己に近いのはジュンであると愛している本人に言われたようなモノと考え、一緒にMOB狩りによく行っていた事を認識している様子であり、アルベドにとってはデートに行っていたと思われていても変では無い。

そこまで考えたモモンガは思わず頭を抱えたくなった。ジュンの安全の為に告げた一言が逆に危険を呼び込んだ可能性が有るが、この緊急事態の把握等には必要であり、自身の安全の為にも必要であると自己弁護もする。

 

(わ、私のモモンガ様なのに!私のチョー愛している御方の全幅の信頼だけで無く他の至高の御方の寵愛をも得ているっ!許せないわあのビッチ!そんな存在がいてたまるか!けど、私が物理的に排除すればモモンガ様に嫌われてしまうっ!どうすれば良いか考えるのよアルべド!如何に自然に排除しなければ、モモンガ様の寵愛があの女に向けられてしまう!下手するともう閨を共に!?考えるのよアルべド!どうするのが正解なのか!取り合えずとしてはシャルティアにも知らせなきゃ!デミウルゴスの知恵も借りて、アウラも巻き込まないと!下手すればモモンガ様を連れ去るかもしれないっ!)

 

事実、俯くアルベドの心は荒れ狂っていた。嫉妬、憎悪、不安、怒り、悲しみ等の感情がその心を蹂躙し、絶対的な強敵であると感じた。ジュンの事を『人間』であれば『ペット』なのだと考えていただけに、同じ悪魔であると知ったアルベドの心に平静は無い。同じ種族であるが故の比較。ジュンと比べ自身が劣っているとモモンガが認識している可能性に、不安は大きくなるばかりである。アルベドはその感情を表に出していないと断言できる自信は無かった。

 

「また、その強さは『たっちさん』と遜色も無い。連れている者は2人だが、片方は守護者クラスだ。以上をもってナーベラルよ。お前の質問の答えとする。質問は有るか?」

 

「御座いません。ご無礼をお許しくださいませ」

 

「よい。他のプレアデスは9階層で侵入者がいないか。また異常が無いかを確認せよ」

 

「「「「はっ!」」」」

 

「セバス。調査の仔細は任せるが私の判断が必要であると認識すれば伝達魔法で聞け。何も無くとも2時間程で戻って来い」

 

「畏まりました」

 

「うむ。アルベドは残れ。行け」

 

アルベドの様子から手早く事を進める必要が有る。そう判断したモモンガは少し口調を強め、反論を許さないかの様に指示を出した。モモンガの空気を察したのか、手早く鐘を打ったかのような素早い返答をするセバスとプレアデス達。

そしてアルベドと2人っきりになるようにセバス達を退出させる。ジュンの強さについて述べた際、アルベドの翼がピクリと動いた為だ。退出する際セバスも含め何所か不安げにアルベドを一瞥したのが印象的だった。

アルベドと2人っきりになり、モモンガは溜息をつきたくなったが一度宙を見上げる事で噛み殺す。また、アルベドが震えている事は黙殺した。

 

「立て」

 

「はっ!」

 

モモンガの一言に毅然とした反応をし、立ち上がったアルベド。一見通常通りに見えるが小さく震えており、目は不安であると言っている様にモモンガには思えた。恋愛経験が特に無いモモンガはそんなアルベドを見ながらどうすれば良いのかと頭を抱えたくなった。地味にアルベドの背後に幽霊の様に半透明だが、人の体に歪んだ蛸に似た頭部を全体的に青白く、また紫を加えたような肌を持つ者。かつての仲間でありアルベドの製作者であるタブラ・スマラグディナの幻影を見た。その触手を蠢かせている様子から『娘を泣かす?泣かすのか?』と言われている気がした。肉が無い体だが、冷や汗が出、背中を伝う感覚をモモンガは味わう。

 

『モモンガさん。そこは一気にぶちゅーっと一発すればあだっ!?』

 

『この愚弟!そんなワケ無いでしょう!モモンガさん。私としては頭下げられるより抱きしめられた方が嬉しいから。ただ、一発は覚悟してね』

 

そんな折、エロゲー・イズ・マイライフと豪語するペロロンチーノとその姉のぶくぶく茶釜の幻聴が聞こえた。思わず視線を泳がせるが、気配も何も無い。地味に殴られた様子のペロロンチーノから伝達魔法(メッセージ)でも使われたのかと思うも、そんな感覚もない事から幻聴であるとモモンガは判断した。骸骨がキスをするというのは、物理的に不可能であるアドバイスは実行不能であるが、その姉のアドバイスは有用だと判断した。また、アルベドのステータスは防御よりである。装備が無い状態では即死はしないと判断したモモンガはスタッフ・オブ・アインズウールゴウンより、手を放した。その場で浮いているスタッフは、通常であれば赤い靄を発するのだが、空気を読んでいるかの様に発さなかった。

 

(あ。柔らかいし、良い匂い・・・って!これはゲームでないと判断する為で、あと傷つけた事を謝る行為ですから!決して疚しい気持ちでする事じゃないですからね!?)

 

モモンガは負の接触(ネガティブ・タッチ)を始めとした、触れるだけでダメージを与えるスキルの効果を切り、そっと正面からアルベドを抱きしめたのだ。花のような匂いを嗅ぎ、女性特有の柔らかさに思わず意識を持って行かれそうになるが、タブラの幻影は猫が威嚇時に毛を逆立てるように全ての触手を逆立て、白く濁った目は怒りからか深紅に輝いている。その危険と断ずる姿に心の中で自己弁護するが、肝心のアルベドからは何の反応も無い。

 

「・・・えっ?」

 

凄まじいプレッシャーを感じているモモンガと比べ、アルベドは現状を理解できず、淑女にあるまじき唖然とした呟きをもらした。

先ほど迄アルベドはモモンガの隣に立つ者としての敗北感とモモンガが自身のみならずナザリックに住む者に失望し、他の至高の御方々の様に去るのではと不安震えていた所に、視界に映るのは肋骨。少し下を見れば淡く輝く真紅の玉。背中には少し冷たいが人の手の様な感覚。

アルベドは現状を理解し始めると体の芯から暖かくなり、頬は桜色に染まる。そして俯き気味だった顔を上げればモモンガの顔が有り、優しく己を見ていると思ったアルベドは自身の目が潤んでいる感覚を覚えた。気が付けばアルベドの震えは綺麗に無くなっていた。

 

「ぁ・・・」

 

「落ち着いたか?」

 

「はい。モモンガ様」

 

モモンガはアルベドと目が合うと、背中に当てていた手をその両肩に移す。その際アルベドが何所か残念そうな呟きをもらしたがモモンガは異様に鋭い視線を幻影のタブラから受けており、気付く余裕等無かった。アルベドは先ほど迄と違い、何所か優し気なモモンガの声に何所か陶酔気味に返事をしたのだ。そんなアルベドにモモンガは内心安堵の溜息をつき、その肩から手を放すと、アルベドはモモンガの右手を不敬と思いつつも、両手で掴んだ。

 

(ちょっ・・・え"っ!?)

 

「ぁん」

 

アルベドはそのままモモンガの右手を自身の左胸に押し当てた。モモンガは反射的に胸を揉み一瞬だけ思考が停止した。硬すぎず柔らかすぎない絶妙な弾力と掌に収まりきらない大きさ。リアル魔法使い(30過ぎの童〇)であるモモンガには余りのも魅惑な果実だった。だが、思考が再開する。

DMMMO-RPGユグドラシル。多くのゲームがそうであるように18禁に該当する内容は勿論の事、下手すれば15禁程度でもアカウント停止処分が入る。モモンガ自身、一度喜びのあまりジュンの女性型アバターと抱き合った際、すぐさま運営より警告を貰った経験が有る。

よって、ここは新しく始まったユグドラシル2のβテストでも仮想現実でも無い。そもそも2100年代の技術力ではデータ容量とソレを処理するCPUの性能的に匂いや自然な表情の動き等再現不能である。

モモンガは目の前で小さく声をもらしながら喜びに震え、潤んだ瞳で自身を見つめるアルベドから目を離せなかった。手も反射的にアルべドの胸を揉み続けていた。

 

「あぁ・・・モモンガ様」

 

「っ!」

 

だが、まるで蕩けそうな程甘いアルベドの声に、自身の名を呼ばれたモモンガは我に返った。既にアルベドの両手はモモンガの右手から離れており、好機と判断したモモンガはそっと揉むのを止め、未だ柔らかい感覚が有るように思える右手を下げた。喜びに満たされていたアルべドの心はモモンガの手が離れると同時に不安と切望が押し寄せ、目に見えて分かるほど落ち込んでしまう。腰から生えている翼が悲し気に揺れ、瞳は今にも涙が溢れそうな程潤んでいる。モモンガが内心手に残っている感覚に残念に思っている事は知る由もない。

 

「やはり私ではダメなのですか?」

 

「そうではない。現状では時間が無いだけだ。私は守護者統括としての仕事を望んでいるのだ」

 

愛している者から求められた。そう思った矢先に止まり、離れた手。ある意味女として、サキュバスとして否定されたに等しく思ったアルベドの言葉にモモンガは不憫に思った為そう答えざるを得なかった。

決してタブラの幻影が百年以上前から有名な漫画同様ゴイスーな超戦士の如く黄金に輝き、スパークしているからでは無い。

 

「・・・大変失礼いたしました。ご指示を頂けますか?」

 

だが、この言葉は良かったのだろう。キリッとした真剣な雰囲気を纏い、跪いたアルベドの姿にモモンガは内心安堵した。

アルベドにはガルガンチュア及び、ヴィクティム除いた守護者を第六階層にある巨大な円形闘技場アンフイテアトルムへ集結する点、また、全守護者に対しジュンへの敵対行為を禁止しシモベへの通達を行う点、最後にアウラとマーレには己から伝えると命じた。

ふと、先ほど迄の弱々しく縋り付きそうなアルベドの目を思い出したモモンガは、自身が設定を変えたが故の苦悩を持ってしまったアルベドに対する罪悪感からついつい言葉を紡いでしまった。

 

「アルベドよ。現状が落ち着き次第話が有る。そう落胆するな」

 

(くふーっ!もしかしてワンチャン有り!?いえ、待つのよアルべド。もしかしたらあのビッチと正式にお付き合いをしていると告げるのかも?いえ、そうではないかもしれないわ?純粋にご褒美として何かを下賜して頂けるのか、閨に呼ばれ・・・いえ、それにしては何か言いずらそうなご様子。まさか、お隠れになられる!?それだけは!それだけは断固阻止せねばっ!私が、我々ナザリックの者達が有能であると示し、お考えを変えて頂かねばっ!その為には先ずは仕事を全うする!必要ならあのビッチも利用せねばっ!)

 

後ろの一言はアルベドに様々な可能性を思い浮かばせ、そして、ナザリックの者達が最も恐れる可能性をも思い浮かべた。故にアルベドは真面目な顔と雰囲気を纏う。最も恐れる可能性を排除する為には自身の嫉妬や不満等を切り捨てる覚悟をもって。

モモンガはアルベドの目に一種の覚悟を見、話の内容を聞くために手早く仕事を終らせようと思ったと判断した。

 

「失礼いたしました。第四階層ガルガンチュア、第八階層守護者ヴィクティムを除き、アンフイテアトルム迄参ります」

 

「特に、お前とデミウルゴスには期待している。間違っても早計な判断は控えろ」

 

「畏まりました。デミウルゴスにはモモンガ様が現状を重く受け止めている旨を伝えておきます」

 

確実に仕事を全うしようと意気込んでいるアルベドの姿にモモンガは一縷の不安を覚えた。営業として、過度の緊張から失敗する者を多く見てきたモモンガだからこそ、少し余裕を持たせるべきと判断した。そもそも自身の安易な行動が原因と認識している事があり、片膝を付くとそっと右手をアルベドの左頬に当て、人差し指で輪郭をなぞり、顎を少し上げて自身と目を合わさせた。

 

「アルベド。お前は美しく魅力的だ。そして、思慮深い・・・頼んだぞ」

 

モモンガの突然の行動に硬直したアルベドだが、モモンガの優しく信頼感も感じさせる言葉に心が満たされ、体は熱くなり、理性が蕩けそうになる。だが、先程思い至った最悪の可能性からその全てに蓋をした。両翼は耐えている事もあり、ピクピク動いてはいたが。

 

「モモンガ様・・・畏まりました。必ずやご期待に沿えて見せます」

 

「・・・うむ」

 

アルベドの自然に返した答えと微笑み。ユグドラシルどころか現実でも見た事がない美しい微笑みに一瞬モモンガは見入ってしまった。手を放し、立ち上がったモモンガは思わず骸骨の見た目なのに頬を染めてはいないか気になり、ついアルベドから背を向けて答えた。アルベドはモモンガの行動に素早く行動すべしと判断し、一礼して玉座の間より退出した。心が至福感で満たされた為か満面の笑みを浮かべて。

玉座の間の重厚な扉が閉まる音に、モモンガは1人になったのを自覚し、ゆっくりと振り返るとタブラの幻影は深紅に染まる双眸を除き通常の姿となっていた。

 

「タブラさん。アルベドの設定を弄った事も、泣かせかけた事も謝ります。ゴメンナサイ!」

 

モモンガがキッカリ90度腰を曲げ、美しい姿勢で謝ると、タブラの幻影は頷き、空気に溶ける様に消えていった。思わず溜息をつき、へたり込みそうになる膝に力を込め、姿勢を正すと今度は半透明で妙に体をクネらせる茶色の粘体。照れている様に見えるぶくぶく茶釜の幻影が見えた。思わず2度見してしまうモモンガ。

 

「なんで幻が見えてんの?あと茶釜さん。そんな体を大きくクネらせて、見せモンじゃ無いですからね!はぁ・・・仕事が山積だよまったく・・・って、なんで俺あんな事を自然とできたんだ!?」

 

思わずそう呟き、先程アルベドに対してやった妙にドラマっぽい自身の行動に羞恥から毛髪も無いのに掻きむしる動作をするモモンガ。蛍火の光を放ち、思い出したかのように手早くスタッフ・オブ・アインズウールゴウンを手に取りギルドの指輪、リング・オブ・アインズウールゴウンを使い転移して行った。

玉座の間には誰もいないと言うのに、妙に重厚なのに何所かコミカルな雰囲気が満ちていた。




次回は多分2、3日中には投稿します。早ければ今晩(9/10)にでも。
あと、オリジナル魔法・スキル等が次から有りますので、後書きにでも入れときます。

(9/10 1:40)追記
もう感想が来てるとかビックリです(^^;)

(9/12 1:40)追記
し、しんどい。Wordが無いとこれ程大変なのか・・・『べ』と『ベ』同じにしか見えんよ(-_-;)

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第二話

少し遊び過ぎたかな?ルビがガチで大変(^^;)


モモンガがアルべド達に指示を出している頃、ジュンは眠りの世界に旅立っていた。小さな呼吸音を立てており、それを、腰まで伸ばした金髪と少し吊目のキツそうな印象を与える20代前半に見える長身の美女。純白のチュニックに、碧いトーガを身に纏ったアンジェと名付けられたNPCは呆れ気味に、まるでだらしない妹を見るような目をして起こさない程度の溜息をついた。

 

「アンジェ姉さん」

 

そんなアンジェに、ジュンを起こさない程度の声の大きさで話しかけたのは15才前後に見える美少女。黒髪を肩まで伸ばした少し垂れ目の紅眼。漆黒のチュニックに紅のトーガを纏ったライトと名付けられたNPCだ。ジュンが15才前後であればこうなのだと思わせる顔つきをしている。

ライトの呼びかけにアンジェは静かに部屋を出ようと歩き出す。ライトは3歩空けてついて行き、音を立てないように、そっと扉を閉めた。

 

「沼地が草原に変わってる」

 

「下にナザリックは有る?」

 

ライトは簡潔にアンジェに報告した。一文だけでアンジェは事の重大さを仮定ではあるが認識し、先ず把握すべきは友好勢力が近くにいるか否かと判断した。ユグドラシルにおいて、幾ら強力なプレイヤーであるジュンも一定条件下では多勢に無勢。敗北をした事も多々ある為だ。

 

「有る。けど、ジュン姉ちゃんが起きるまで接触は控えるべき。会った事ないもん」

 

「いえ、話に聞くモモンガ様なら接触を図る筈よ」

 

ライトの考えは安全を重視したモノだが、この非常事態に対応する者が、製作者の内の一人により記された記録から行動を予測するアンジェ。

不躾な対応により、万が一にも友好な関係が崩れないよう対応すべきとの判断だ。

 

「・・・アレとかをパンドラボックスに入れておく」

 

「えぇ。私が担当するわ。貴女は周囲1キロの警戒網作成と物品整理をしておいて」

 

ライトはジュンが少し前に手に入れた超級なアイテムを、安全且感知されない特殊な神話級の宝箱、パンドラボックスに収めて移動する事を提案。アンジェはそれに対し、ナザリックの対応をかって出た。また、周囲の仔細な状況把握と安全確保をする事に決めた。

 

「ジュン姉ちゃんは?」

 

「あの子の事だからパニックになるでしょうし、モモンガ様なら指示を出し終わるか、ある程度落ち着けばあの子に伝達魔法(メッセージ)を飛ばすでしょう。落ち着いてからで良いわ」

 

2人揃ってジュンを起こすべきではないと判断した。寝ぼけるか慌てるかで誤って使用したスキルに巻き込まれる可能性を思案した為だ。特にアンジェは記録に有るとんでもない伝説に目眩を覚え、こめかみに手を当てている。ライトは話しながらクリスタルモニターをアンジェにも見えるように展開した。9つの枠が有り、中央にはナザリックの入口に固定した。

ふと、ライトは万が一ジュンが力を示す必要が有るのでは。と考えた。自身所かアンジェにも感知させない人間化は問題になると思った為だ。

 

「一応フードも用意しとく」

 

「あと、スペアキーも出しておいて。ナザリックからの接触が終ってからだけどステルスを全開でお願いね」

 

「障壁強度30%。ステルス機能50%。対情報系20%でいく」

 

パンドラボックスに入れる物品を追加しようとすれば、アンジェも同じ答えに至ったのだろう。更にこのギルドホーム。スカイスカルの機動用スペアキーも入れる事になった。

そんな中、入口に固定した画像に3人の人影が映され、アンジェは思わずナザリックの対応の速さに舌を巻いた。頭部1対、背中からは全身を覆い隠せる程大きな一対。計2対の黄金に輝く翼を広げた。頭上には光の輪を形成する。太陽の光に似た淡い緋色の輝きを放つ姿は、正に見る者に天使と思わせる姿だ。

ソレを見たライトはアンジェの足元に、楽に通れる程の穴をクリスタルモニターを色々タッチして形成した。アンジェは穴の形成を確認して頷く。そして浮遊したままで話すのだ。

 

「ええ。私は出るから、ジュンが落ち着いてからで良いから内容を確認させなさい」

 

「分かった」

 

そして、アンジェは手早く移動した。傍から見れば穴に落ちる形だ。

 

セバスをはじめ、ナーベラルとルプスレギナはナザリック周辺。あくまで見渡せる距離だが一面草原である現状に危機感を覚えた。彼等の記憶上には毒の沼地だった筈なのだ。すると頭上がふと明るくなった。セバスは何も思わなかったが、属性(アライトメント)がマイナス寄りのナーベラル、ルプスレギナ両名は不快感と、自身より強力な相手であると感知し、警戒する。

ふんわりと降りてきたアンジェはその翼と頭上に輝く光の輪と放っていた陽光色の光を消して、一礼した。

 

「初めまして。私はアンジェ。ジュンに生み出された者よ」

 

「此方こそ初めまして。私はセバス・チャンと申します。モモンガ様に仕える執事でございます」

 

「モモンガ様に仕えるナザリックが戦闘メイドプレアデスが一人ナーベラル・ガンマ」

 

「同じくルプスレギナ・ベータ」

 

アンジェは自身が武器等を所持していない事をアピールするかのように軽く両手を上げながら挨拶した。それに応える様にセバスは執事らしく、姿勢が良く30度程軽く腰を曲げたお辞儀をして見せた。ナーベラルとルプスレギナは先のオーラに関する事で少々不快感を持ってはいたが、少しスカートの端を持つように返礼した。そんな両名の様子にアンジェは少し頭を下げた。

 

属性(アライトメント)がマイナスの方には不快だったようね。ナザリックに入る際は気を付けるわ」

 

「そうなさるのが宜しいかと。ご配慮感謝します」

 

アンジェは自身が入る予定の場所は元々墳墓であり、所属する多くの者が属性(アライトメント)がマイナスである事から配慮する旨を伝えれば、その配慮にセバスは微笑みをもって答える。如何にも穏やかな老紳士な気風のセバスにアンジェも微笑みを浮かべたが、自身の目的を忘れた訳では無いため、元の真剣な表情に戻した。

 

「さて、話に聞くモモンガ様なら現状の把握で良かったかしら?」

 

「左様で御座います。また、知的生命体がいた場合については無傷で連れてくるように。との事」

 

「一応此方で半径1キロ以内の確認と警戒網の作成はしているけど、其方でも確認するのでしょう?」

 

「はい。上空よりは情報量が少ないかと存じますが、必要な事でしょう」

 

アンジェとセバスの両名は内心驚きを隠せなかった。

アンジェはモモンガのあまりにも危険を除く方向の考えに。セバスはモモンガの判断を読める程アンジェが情報を持っている事に。

セバス的にはナーベラルとルプスレギナの両名がこれ以上無用な警戒心を抱かない様に一つ咳をして話題を変える事にした。

 

「して、ジュン様はいかがなさいました?」

 

「・・・あの子。寝ているのよ。寝ぼけるだろうから、モモンガ様のモーニングコール待ちよ」

 

セバスの問いにアンジェは思わず顔を俯かせた。その表情からナーベラルは不敬であると感じた。

 

「失礼を承知で申し上げますが・・・」

 

「それ以上は言わないで。パニックになると困るの」

 

ナーベラルの問いが何であるのか分かっていたアンジェは恥も承知で自身等の安全を優先したと顔に書いてある様子で答える。思わず溜息をつきそうな表情だ。

 

「パニックですか?」

 

「えぇ。こんな非常事態ですもの。落ち着いたら問題無いのだけど、落ち着くにはモモンガ様の一言が一番だと思うのよ」

 

ルプスレギナはモモンガを始めとした至高の41人の友人である人物が容易く狼狽える姿が想像出来なかった。そして、アンジェの答えにやはり、最後まで残られたモモンガが一番最高なのだと思った。

アンジェはルプスレギナの考えを察し、がそう判断したのは変なことではないと想い微笑んだ。一方のナーベラルとセバスは、モモンガの一言で落ち着く者の人物像を掴みかねていた。モモンガ曰く、強大な力を持つ人物がそう狼狽えるようには思えない為だ。

セバスは早急に行動すべく、一度手を叩いた。

 

「さて、御喋りはココまでです。我々も確認に参りますよ」

 

「はい」

 

「了解っす!」

 

ルプスレギナは少し気を抜いたのか、警戒を解いたのか、ついプレアデス同士で話す口調で返した。不躾な態度にセバスとナーベラルに睨みつけるが、アンジェは小さく笑った。嘲笑ではなく、微笑ましそうに。

 

「いえ。構わないわ。あの子もルプスレギナさんの口調は知っているだろうしね」

 

そしてそう述べた。アンジェ自身自然体で接するように生み出された為に、堅く気取った態度が苦手なためだ。ルプスレギナは少し照れた様子で、ナーベラルとセバスはルプスレギナの態度に溜息を噛みしめながら行動を開始した。

ナーベラルは探知に有効な魔法である兎の耳(ラビッツ・イヤー)を発動させウサ耳戦闘メイドとなっていたが。

 

第六階層アンフイテアトルムに転移したモモンガは守護者であるダークエルフの双子の姉弟。アウラとマーレに先ず、客人が来る可能性が有る事、その客人が『ジュン』であり、人間では無い事、守護者達を集めている事を伝えた。また魔法の確認を行う。再詠唱時間や総MP。魔力量も完全に体感で行える点に安心感を得た。逆に不安を覚えたのはフレンドリーファイアが解禁されている点である。

そして、スタッフ・オブ・アインズウールゴウンの能力の一つ。炎で出来た竜頭で筋骨隆々の男の上半身をした根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を召喚。アウラとマーレの戦いを見ながら、ついに伝達魔法(メッセージ)でジュンに話しかけた。

 

『ジュンさん。聞こえますか?』

 

『ふぁーい。何ですか?モモンガさん・・・あれ?何で俺の声!?』

 

ジュンはモモンガの声が聞こえた為か、微睡みながら自身の声が女性の声になっている事に気が付いた。しかも、己の外装データを構成する際に一度見直したアニメの声と似ている事にも。一方のモモンガは返ってきた声が己が知っている声では無い為、少しばかり警戒心を覚えた。

 

『って、なんでモモンガさんの声が?しかも渋めになってる?って、え?ウソ!?』

 

『落ち着いて下さい。ジュンさん』

 

モモンガは、反応は良く知るモノである為少し試すことにした。内心人が慌てふためいていると、自身は落ち着くのは真実であると思いながら。

 

『モモンガさん?俺だって分かりますよね?ユグドラシル2でも始まったんですか?』

 

『・・・自分の胸でも揉んだら分かりますよ』

 

声が変わり、自身を認識されない可能性に不安に思っていると良く分かる声音のジュン。モモンガは少しばかりの罪悪感を覚えなくもないが、己の良く知る人物なら素直に行動する筈と思った。

 

『胸?ハラスメントコードに引っかかる・・・えっ?』

 

ジュンはモモンガに言われるままに自身の胸に両手を当てた。丁度外側から挟み込む様に。そして、自身の知らない柔らかい感覚。指が沈み、思わず2度3度指を動かす。思わず知らない感覚に恥ずかしさを覚えながら、恐る恐るそっと手を自分の股下に添える。

生まれた時より有った、実戦投入する予定がいつになるか分からなかった相棒が無いのを知り、思わず呆然自失して呟いた。

 

『・・・マジ?俺、女になってる?』

 

『私もアバターのまま骸骨です。NPCは意思を持って普通に受け答えできます。このように魔法も使えます』

 

モモンガはその呟きに律儀に答える。ジュンの余りにも想定外の事態に遭った時の反応の悪さを思い出しながら。そして、直視したくないモノに関する事を呟く筈と思っている。

 

『現実?』

 

(あ、ジュンさんだ)

 

その呟きにモモンガは安堵した。そして、孤独では、1人ではないと思う自身に嫌悪感を覚えた。

一方のジュンはフリーズしたコンピューターのように思考が停止、再起動するかのように感情等が動き始めた。そして、意外すぎる現実に感情は抑えきれなかった。

 

『「うぇぇえええええ!?」』

 

伝達魔法(メッセージ)でモモンガと繋がっている事も忘れ、ごちゃ混ぜになった感情は声となって放たれた。

咄嗟に頭上を見上げ、ダイヤモンドダストのようにキラキラした粒子と共に放たれた咆哮は水晶の壁と共振し、指向性をもって天井に亀裂を生じさせた。亀裂から覗く数億の宝石を散りばめた様な夜空にジュンの思考は再度停止する。美しさに魅入ってしまったのだ。

自身がユグドラシルで使えたスキルを使用した事よりも、その空は衝撃的だったのだ。

 

『ちょ!何が有ったんですか?』

 

『・・・セイントスマイト・ボイスバージョンを撃てちゃった。って、それより星が凄いですよモモンガさん!ブループラネットさんの言ってたモノよりスゴイかも!』

 

モモンガの言葉に我に返ったジュンだが、興奮して止まなかった。正に星屑の空。現実でも仮想現実でも見た事がない。ただただ心奪われる美しき星空に感動を覚えていた。だが、急に落ち着きを取り戻し、首を傾げた。

 

『あれ?』

 

『悪魔に精神安定スキルは無かった筈ですよね?私はアンデットなので一定以上の感情を覚えると安定化するみたいですが、どうしました?』

 

『多分、真実の目の効果だと思います。装備者への精神攻撃無効化って有りましたし』

 

ジュンの様子に精神攻撃無効のスキルにより強制的に落ち着いた経験を持つモモンガの言いように、ジュンは自身の額に装備している、透明化させているアイテムに意識を飛ばした。

世界級(ワールド)アイテム真実の目。

かつて、ユグドラシルの公式大会。近接戦PvP限定戦で優勝賞品でもある特殊なワールドと銘打つ職業レベルを取得しようとしたら、得たのは運営がネタで用意していた超特殊職業レベル『ワールド・ブレイカー』。そのお詫びとして専用装備として世界級アイテムを進呈する事となり、ジュンの要望に最も適していた真実の目が贈呈されたのだ。

効果は単純。同じ世界級アイテム等を所持している者以外の相手のデータをアカウントやプライバシーを除く範囲で、直接見ている時に限り閲覧可能。また、世界級アイテムの仔細設定等も直接見ている限り閲覧可能。ついでの如く、世界級アイテム・超級魔法以下の隠蔽・閲覧妨害・閲覧感知を無効化し、装備者に対する精神攻撃無効化等が有る。

鑑定能力としては優秀な装備である。ジュンがコレを欲した理由は相手のステータスの仔細とアバターや装備品からPvPやPKKの勝率を高める算段であり、ユグドラシルの裏設定等も知りたかった為である。また装備している事を空きスペースに隠蔽と透明化を加えて分からないようにしてある。

事実、裏設定から推測した条件等が丁度ミッシリングになっていた箇所で、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンは当初の予定を凌ぐアイテムと化した。

 

「ジュン姉ちゃん」

 

「ライト。だよね?」

 

「アンジェ姉さんの指示で色々やったけど、確認お願い」

 

ジュンが過去の事を思い出していたらライトが話しかけてきた。ライトは自分の右手の上に浮かせていた青い半透明なウィンドウ。クリスタルモニターをジュンの手前迄移動させた。ソコにはアンジェとライト両名が行動した事が細かに書かれていた。

ジュンの目つきが鋭いモノにかわり、ライトはそれが誇らしげに見ていた。

 

『モモンガさん。現状とか把握したいので、後で掛けなおします』

 

『了解です』

 

ジュンの言葉に丁度アウラとマーレが根源の火精霊(プライマル・ファイヤーエレメンタル)を撃破した為良いタイミングだとモモンガは思った。一度セバスに伝達魔法を飛ばせば無事にジュンのNPC。アンジェと接触し現状は地上から再度確認を行っており、また、アンジェの判断で既に半径1キロの警戒網を作成したと聴いた。デミウルゴス級の智謀を設定されたアンジェの優秀さに、無くしたはずの胃が痛む感覚を覚えた。そして、ちゃんと見たことも無いのでジュンと合流次第アンフイテアトルム迄来るよう指示を出した。丁度その頃、第一~第三階層の守護者である真祖の吸血鬼シャルティアが転移でやってきた。抱き着かれたり、シャルティアが挑発めいた事を言えば胸に関する事で言い争いに発展し、マーレはそれをオロオロしながら見ていた。

モモンガがシャルティアとアウラの言い争いにその製作者達を思い出し、密かに心温まりながら各階層守護者を待っていると伝達魔法(メッセージ)を受信する感覚を覚えた為右手を自身の右こめかみに添える。

 

『モモンガさん。異世界っぽいです』

 

『今セバス達に地表の捜索をさせてますが、一面草原らしいですし、ジュンさんが言ったような空が有るなら尚更その可能性が高いです』

 

ジュンの短刀直入な言いように、先程興奮気味に話していた内容から判断したモモンガ。その言葉にジュンも早急にモモンガに逢う必要性を感じたが、一点気になる事が有った。

 

『念の為、全力戦闘モードになった方が良いですか?』

 

『・・・いざという時には、ですかね。守護者達をアンフイテアトルム迄集めてますし、一度本来の姿になってもらいます』

 

それは、ナザリックのNPCから攻撃される危険性だ。

モモンガ自身現在はあまり疑ってはいないが、かなり余計な事をした自覚が有る為ワンテンポ遅れで返答した。友人に『人間と思われていたから、私のペットだと判断していた。あと、ウルベルトさんの弟、アバター的には妹とは知らないみたいです』等言えるはずも無い。

ジュンはモモンガが暗に守護者への説明の必要性を訴えた事に、モモンガの立場が自身より上である事を示し、また、敵対行動をしないと分かりやすい形で示す事にした。

 

『分かりました。一応献上品?っぽく世界級(ワールド)アイテム包んどきます。終了間際に手に入ったんですよ』

 

『マジですか!?』

 

それは、ユグドラシルにおいて200しかないアイテムを渡す。正確には使用権限を渡し、ナザリックでの保管をお願いするという事だ。

スカイ・スカルに保管するには不相応なアイテムである事も要因ではあるが、守護者へのアピールとしては十分であるとジュンは考えた。

モモンガは終了間際とは言え、世界級アイテムを発見した事に対して純粋に驚いていた。総数が少ない点と、使い捨てである物が多々ある点等から実に手に入れずらいのだ。事実、ユグドラシルにおいて総所持数トップがアインズ・ウール・ゴウンの11個である。

 

『詳しくは後で』

 

『分かりました。セバス達に案内させます。あと、リング・オブ・アインズウールゴウンは・・・』

 

『分かってますよ。顔見せしてからか、非常時以外は使いませんし、外せるか試してみたら外せました。着け直しも出来ますよ』

 

ジュンが実際に逢う旨を伝えればモモンガは既に手配済みと言う。懸念の一つであるギルドの指輪についてはジュンがナザリックに赴く事にした時に、モモンガと話しながら既に試していた。

指輪というある意味シバリが大きいアイテムの装備制限が無い事はモモンガにとっても有りがたい話だ。

 

『お願いしますね。あと、支配者らしい態度をとってますが笑わないで下さいね』

 

『魔王ロールですね。分かります』

 

モモンガの最後の懸念は、先に言う事の重要性を示すモノとなった。ジュンは兄のロールプレイに関して、横で見て楽しむ派だったのだ。ジュンは声は真面目そうだが内心笑っていた。モモンガの見た目からして魔王としか思えなかった為だ。そして、付き合いの長いモモンガはソレが手に取る様に理解している。

 

『・・・笑うなよ』

 

『りょ、了解です。あと、俺やアンジェを呼ぶ時は呼び捨てでお願いします』

 

一拍置いて告げた言葉はトーンが低く、ソレを聴いたジュンは手早く伝えるべき事を告げて伝達魔法(メッセージ)を切った。そして、パンドラボックスの中身を確認して、ライトに物品整理を進める様指示し直し、手早くフライの魔法を使いスカイ・スカルを出る。

ジュンとの通信が終わり内心溜息をつきたくなったモモンガがだが、自身に90度キッカリのお辞儀をするアウラとシャルティア。そして、いつの間にか発動している絶望のオーラ。内心精神状況次第で発動するのかと思いながらも、2人を許す事から始めた。

 

確認作業が終わり、中央の霊廟の入口へ戻って来たセバス達4人。

セバスはモモンガから連絡が有った為報告をしており、ソレを見ながらアンジェは溜息をついた。

 

「・・・あの子ってば」

 

「モモンガ様もこの異常事態に負の爆裂(ネガティブ・バースト)をお放ちになりました。お怒りなのでは?」

 

「いえ。あの子の場合は違うわ。ナーベラルさんも聞こえたでしょうけど・・・」

 

まだ兎の耳(ラビッツ・イヤー)を使用している事も有り、兎の耳を忙しなく動かしながらナーベラルはアンジェの溜息に対して自身の考えを伝える。内心ソレは無いとも思っていたが。アンジェも即座に否定して、実に悩ましそうに左手でこめかみを揉みほぐす。調査中に突然発せられた魔力を伴う声が実にいい具合にアンジェの頭痛を誘うのだ。

 

「・・・完全に驚いたお声でした」

 

「うぇぇえええええ!?は、無いっす」

 

言いずらそうだが、言葉を選ぶナーベラルと選ばないルプスレギナ。思わず笑ってしまいそうになるルプスレギナに一応形としても行動する事を選んだナーベラル。

 

「ルプスレギナ」

 

「ぅへぁっ!?」

 

名を呼び、慎む様に指摘すれば、つい右手で額を軽くたたき、舌を少し出す。人が見ればテヘペロな状態のルプスレギナだったが、すぐさま後頭部に軽めだが衝撃を受け、舌を噛んでしまった。

ルプスレギナの視界に入ってない人物は1人しかおらず、恐る恐る振り向いてみると、ニコヤカに笑みを浮かべたセバスと目が合った。笑顔とは対照的過ぎる程鋭い眼光に体は即座に反応した。地味に湯気を纏っている手刀が再度振るわれない為に。

 

「ゴメンナサイっす!」

 

その反応は幸いにも綺麗なお辞儀をアンジェに向けてする事だった。地味に頭の位置がアンジェの手が届く範囲であり、アンジェはルプスレギナの頭を撫でるべきかと悩むが、撫でるのを止め、小さきく笑った。

アンジェ的には現状でのジュンの行いについては敬われる事は無いと断じる内容であり、軽蔑されないだけマシと考えている為だ。故に、主人への軽視に関して怒るのは筋違いと判断しソレを胸の内に秘める意図が有ったが故の微笑みである。

 

「アンジェ様。先ほどモモンガ様よりジュン様が降り次第、御二人をアンフイテアトルム迄お連れするよう仰せつかりました」

 

「お願いするわ」

 

その意図はセバスに正しく伝わり、予定を伝えるのであった。ナーベラルは兎の耳(ラビッツ・イヤー)を解除し、ルプスレギナの頭を軽く小突いていた。下手すれば首が飛ぶ失態で有った為だ。

 

(心配事は多々有るけど・・・どうなるかな?)

 

しばし待っていると、赤い正に宝箱的な箱を抱えたジュンがフライの魔法で降りてきた。内心不安点の多さに嫌な気分を味わっているが、その顔を見る皆には悟られない。

だが、アンジェはジュンの行動に頭を悩ませるばかりだ。

 

「お待たせアンジェ。皆さんも待たせた様子で、すいません」

 

セバス達が返事をする前にアンジェは静かにジュンの持つ赤い箱を指さした。エモーション機能が有ればハテナマークを浮かべ不思議そうに首を少し傾げるジュン。何を意味しているのか分からない様子のジュンにアンジェは皆が聞こえる程の溜息をついた。

セバス達3人はアンジェの気苦労を察し、気の毒そうにアンジェを見つめる。

 

「パンドラボックスよ。貴女が持ってどうするの・・・」

 

「あぁ。けど、大切な物が入っているから」

 

「駄目よ」

 

アンジェの一言に、手荷物等を従者に持たせるのが上位者の行動であると思い出したジュンだが、大切な物を自身で運ぶ事を主張するも、アンジェは一刀両断にした。ジュンはどうしたものかと思い、ふとナーベラルと目が合った。

 

「なら、ナーベラルに持ってもらうよ。最終的にはモモンガさんに見てもらわないとダメだから」

 

「失礼ですが、中を検めさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 

ジュンの主張に安全の為にも中身を確認しようと、不敬を覚悟してセバスが話に割り込んだ。アンジェは見せても良いと考えていたが、ジュンの答えは違った。

 

「セバスさん。駄目だよ。守護者がいる前で開けた方が皆も安心できるだろうし。それだけ大切な物が入ってるんだ。中身はモモンガさんには伝えてあるし、決して危険物では無いからさ」

 

首を横に振り、拒否を示した所かモモンガの名前を出してまで検査を拒否するジュンにセバスは不信感を覚えるも、その宝箱が何であるのか理解すれば、検査をしない方が良い。万が一危険物であれば、盾になる守護者がいる所で開けた方が良いと判断した。

 

「・・・畏まりました。では、私がお運びさせて頂きますが、宜しいですか?」

 

「うん。中身を見た時にビックリして固まらないでね」

 

「問題御座いません」

 

だが、万が一の事態に、第一の盾となるべきは己と判断したセバスは箱を受け取り、両手でそっと持つ。そこで、ナーベラルとルプスレギナはその箱が何なのか気付いた。

神器級(ゴッズ)アイテム。パンドラボックス。

世界級且探知に特化したモノや超級探知魔法以外では、蓋が閉じている状態では探知されない特性を持つ箱。一時ユグドラシル内において、パンドラボックスを利用したイベントが有った。仔細は彼女等が知る由もないが、希望と絶望が有ったらしい曰く付きのアイテムである。

 

「さて、そろそろお願いしますね」

 

「畏まりました。此方へどうぞ」

 

セバスが確り且大切にパンドラボックスを持っている事を確認したジュンは笑みを浮かべて案内を要求した。セバスは一礼してから先導し、5人はナザリック大地下墳墓へ入って行った。




オリジナルスキル・魔法紹介
セイント・スマイト<聖なる一撃>
第6階位 ハイ・クレリックの攻撃魔法。
クレリック系の最低限のダメソ。光弾を放つ。
消費が少なく威力もそこそこだが、アライトメントが中立以下の相手やアンデット系悪魔系には更にダメージ補正が有る。
ユグドラシルでは同レベル帯(レベル100)の悪魔系、アンデット系以外には牽制にもならない。アライトメントが極悪の相手には牽制程度にはなる。

セイントスマイト・ボイス<聖なる一咆>
セイント・スマイトを聖光の悪魔により強化・改変したモノ。基本性能は同じ。
消費を5倍に上げ、状態異常「怯えⅢ」を80%併発(光系弱点の相手では100%発揮。弱点を無効化している相手では同じく80%。装備や魔法・スキル等により多少は上下する)。
完全に牽制用のアクションスキル。声である為、一定距離内の聞こえる相手には必中属性を持つ。但し「難聴」「声系無効」等の無効スキル持ち・状態異常中には必中ではない。また、オブジェクト系の破壊効果が高く、ノックバック効果も有る。
部類的には第8階位相当。

ってな感じでお送りしました。少し修正かけて、次で会う事になります。重くなりすぎたからバッサリ切ったのwあと、次はやっとジュンが変身します。デヴィールw
次回の更新は遅くても月曜になると思います。

追記。チェニックやトーガは古代ローマの衣装です。
アスカ・ラン+天使(エンジェル)→アンジェ
不動光(漫画版にいる弟。不動明みたいな容姿)→野郎一人いてもなぁー→ライト(女の子です)


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第三話

何か、変な時間に投稿するのが普通に?
昨日徹夜明けで昼の14時から18時まで、仮眠取ったのが失敗だったかも・・・3時間にしとけば良かった。まぁ、その御蔭で更新するのですが(笑)


セバスの先導の下ナザリック大地下墳墓を闊歩するジュンとアンジェ。移動は転移門が設けられており短時間で各階層を通過できる状態となっていた。

第1階層からアンデットと遭遇するも攻撃する様子の無い事から比較的安全と判断したジュンはアンジェと予定を詰める事にした。

 

「アンジェ。守護者統括のアルベドと、第7階層守護者デミウルゴスと確り話し合ってね。色々とナザリックに運ぶ為にライトは準備させてるから」

 

「じゃあ、早急にアレを?」

 

ジュンの言いようから完全にスカイ・スカルを防衛装置として使う予定だとアンジェは判断した。

事実、完全に防衛装置として利用するならば一番の問題は場所を取っている保管庫と居住エリアになる。ジュンがゲーム時代に溜め込んだ物品だけでも圧迫されていたというのに、寝る間を惜しんで狩りに行っていた為、貯蔵率は脅威の250%。運転機能の有る玉座が有る部屋以外のすべてを埋め尽くしているのだ。アンジェは内心その整理をしながら周囲を警戒している妹を不憫に思う。

 

「ナザリックの隠蔽は大切だからね。ナニが居るか分からないし。アレが終わったら私が偵察に出るけどね」

 

「危険じゃないかしら?」

 

そんなアンジェの気持ちも露知らず、自身の予定を述べるジュンに更なる頭痛を覚えるアンジェ。コンビネーションの問題も有るが、そもそも戦闘面の相性は良い様で悪いのだ。ジュンが偵察に出る上で有利な点は世界級(ワールド)アイテム真実の目による鑑定能力とソロで培われてきた高い判断力だ。

 

「私と貴女じゃね・・・それに、モモンガさんの事だから単独での偵察は許してくれないだろうけど、大切な事だしね。ソコは追々で」

 

ソコはジュンも理解していた様だ。また、ジュンの手綱を握れるモモンガに尊敬の念を感じずにはいられない。だが、ゲーム時代に未開で情報の無い土地でもソロで基本生還したジュンの能力をもっても、単独行動を許そうとしないと考えてる点から推測される内容は、アンジェにとっても眉唾物である。

 

「圧倒的強者がいる可能。か・・・」

 

「念の為だよ。可能な限り安全策を取るのがモモンガさん。アインズ・ウール・ゴウンの支配者の仕事なんだよ」

 

ついつい口に出すアンジェだが、ジュンはモモンガがどれ程ナザリックに、アインズ・ウール・ゴウンを大切にしているか知っている。

そして、それ程迄に大切されているモノを羨ましく思う反面、モモンガが過保護にも思えた。

 

「それに、ナザリックの皆は、モモンガさん以外の皆が残した宝。子供たちみたいに思っているだろうし。傷付けたくないんだと思うよ」

 

負の爆裂(ネガティブ・バースト)を放ったらしいわよ?」

 

一般的には子供を故意に傷付ける親はいない。モモンガは大切なモノを故意に傷付ける者ではないと良く知っているジュンは、モモンガのある一面を思い出した。

 

「けど、我を忘れて、だよね?」

 

「らしいわね」

 

「なら仕方無いんじゃないか?意外と激情家なんだよ」

 

モモンガは普段は非常に穏やかなのだが、大切なモノを傷付けられたり、侮辱されたと感じると火山の噴火の如く怒る一面が有るのだ。

ジュンは思い出す。1500人の軍勢からなるナザリック侵攻の際、その大半を世界級(ワールド)アイテムを使用したとは言え沈めたのはモモンガなのだ。その際ロールプレイかは詳しくは知らないが、ジュンを含め、アインズ・ウール・ゴウン所属のプレイヤーや異形種プレイヤーを侮辱する言葉をもらしたプレイヤーがいたらしく、モモンガが怒り狂った結果が殲滅だったと兄であるウルベルトより後日聞いた。

ゲームであるのに、まるで『死』が歩いている様に思えた光景は印象深いのだ。脅威の即死率90%以上等、信じられる筈も無かった。事実、ユグドラシルにおいて、一番成功率の低い状態異常魔法こそ『即死』魔法なのである。通常の同100レベル帯のプレイヤーであれば1桁の確立が普通なのだ。モモンガ程即死魔法に特化した者はいないが、そのモモンガですら同100レベル帯プレイヤー相手の即死魔法の成功率は70%なのだ。正に異常だとウルベルトがヤギに似た首を傾げていたのが印象的でもあった。

 

「アンデットなのに?」

 

「アンデットでも。だよ。そこは間違えちゃダメだ」

 

「分かったわ」

 

アンジェはジュンの言った事に疑問を覚えた。アンデットは吸血鬼を除き、意思が有るのか、激しい感情を抱くのか不明な者が多い為だ。だが、そんなアンジェにジュンは念を押す。それ程迄にモモンガの怒り方を知っており、出来たら避けたいと言っている様にアンジェは思った。そして、トーガの裏にあるいつも持ち歩ている本をソット撫ぜる。

 

「あ・・・一応皆には素性とか詳しい内容を伝えてね」

 

「細事は任せなさい。貴女はモモンガ様との会談に集中して」

 

ついでの如くジュンが軽めに付け加えた内容は意外と重要性が高い。ジュンの情報はナザリックにおいて『人間』である事から重要視されていなかった為だ。事実、先程から情報を少し得るべくセバス達3人は聞き耳を立てていた。だが、意外とジュンの情報は入らず主であるモモンガの情報が入った。正に珠玉の情報なのだが、その入手経路がナザリック所属の者からでない事に悔しさを覚える。

 

「あと、何でモモンガ様なんだ?」

 

「彼の方にそう呼ぶ様に言われたのよ。貴女とモモンガ様に仕える様に。ってね」

 

セバス達がそんな事を考えていると知らないジュンは先ほどから気になっている内容を聞けば、返ってきた答えに、アンジェの設定確認を行ったのが兄である事を思い出す。ジュン視点では変な設定が入っていない事から、ユグドラシルを辞める際に何か言伝を行ったのかと思案した。〇二病が骨の髄まで進行していた兄だが実はかなりクソ真面目で律儀な面も有るのだ。職業も意外と公務員である。

 

「ついでだけど、言葉使いは統一しなさい」

 

「慣れてないんだよ・・・」

 

ジュンの内心小姑の如く指摘する設定の存在の有無を思い出そうとしながら洩らした一言にアンジェは微笑みを浮かべた。地味に膨れっ面になっていた為か可愛らしいと思ったのだ。そんな折、丁度氷原を抜けると空に浮かぶのは満点の星空だ。ジュンは内心懐かしいと思いながらも目の前に有る大きな円形闘技場。アンフイテアトルムの門を潜った。

 

「ご歓談中の所申し訳ございません。そろそろお着きになります」

 

「ありがとうございます。セバスさん」

 

そろそろ出口。闘技場という名の処刑場に着く際セバスが暗に私語の自粛を求めた。タイミング的にも覚悟するには丁度良い為、パーフェクトな執事具合に内心舌を巻くジュン。

そして、見えたのは跪く各階層守護者達と守護者統括。モモンガは絶望のオーラを纏っていた。モモンガは各守護者から向けられる忠誠に、製作者の影を見、過去の遺物では無く皆の思いが伝わってくるかのように思え歓喜している。

 

「素晴らしいぞ守護者達よ。現在ナザリック大地下墳墓は未曽有の非常事態に巻き込まれている。どうやら不明の地に転移したようだ。そして、この事態に対応すべく協力者となる者が彼女等だ」

 

モモンガは大きく腕を広げ、支配者然とした態度である。そして、視線をジュンに向けた。緊張の中モモンガの隣且3歩前へ移動するジュンとその三歩後ろに控えるアンジェ。

ジュンは9対の視線が己に集中する感覚を覚える。特に2対の視線に関しては様々な感情が込められている気がしたが、ソレがアルベドとシャルティアである点から何か意味が有るのかと暗に思う。

 

「改めまして、私はジュン。横にいるのが供のアンジェです」

 

「さて、アルベドから聞いたとは思うが彼女は人間ではない。先ずはその証拠を見せてもらおう」

 

出来るだけ穏やかに微笑んだジュンに、モモンガは始めに力を示すことでジュンとの連携が取れやすいようにしようと考えた。

ジュンの人間時のステータスはHPとMP以外の最高値が70(通常時のステータスを最大100として)に固定され、お粗末ながらレベル100の戦闘メインのプレイヤーのステータスと言い難いのだ。その為かモモンガには守護者各員が何所か軽視、及び侮っている様子に見えた。

 

『戦闘形態でお願いしますね』

 

ジュンは人間化を解除してもレベル100プレイヤーとしてのステータスでは精々中の中から中の上程度のステータスでしかない。それを打破するのがジュンの戦闘形態だ。この形態になればステータス的には上の中以上になり、守護者どころかMPや魔法系、特殊性、耐性等を除きジュンのステータスはモモンガを大きく上回るが故のオーダーである。視線を合わせるタイミングで伝達魔法(メッセージ)を使う念の入りようだ。

 

「分かりました」

 

モモンガの意図をハッキリと認識したジュンは小さく深呼吸し、自身の意識を己の内側に向けた。

一度大きく心臓が脈打つ。そして、鼓動が早くなり、全身に血と共に力が巡る。小さく獣の唸る様な声を出しながら心の底から湧き上がる激しい闘争心の存在を自覚した。不用意に蓋を開ければ全てを呑み込む劫火の如き熱さが体の内側から満たされていく。

呑まれないようにゆっくり、意識を闘争心に合わせる。心臓が更に強く脈打ち、脳髄と体幹を貫かれた様な感覚に思わず片膝を着き、大きく目を見開いた。その瞳が一際強く黄金に輝く。ジュンは無意識の内に笑みを浮かべる。まるで久しぶりに枷を外され、開放を喜ぶ獣の様な笑みを。

その笑みは守護者各員に警戒心を抱かせるに足りる笑みであり、特に悪魔であるアルベドとデミウルゴスは背中に嫌な汗が流れる感覚を味わう。

ダークブラウンの長い髪は浮き上がりツインテール状になったかと思えば蝙蝠の翼の様な形を。また額付近より2本の触覚的な形を模る。目尻から頬の中迄の直線の赤い紋様が浮かび上がり、食いしばっている口から覗く歯は鋭く尖り、上下4つの犬歯は長く、全てを噛み切らんとするモノへと変貌し、その手足は獣の如き鋭い爪を持ち、黒い毛皮に覆われた。臀部より、鏃の様に鋭い尾が生え全身の筋肉が発達するかのように大きくなり、身に纏っていた修道服は小さくはあるが、まるで断末魔の様な金属音を立て留め具が外れ脱げ落ちる。それは悲しくも、嘆いているように思える音だった。獣の開放を抑えられなかったと。

まるで蛹から蝶に変わるように、聖職者の皮を脱ぎ捨て獣になるように。

175cm程度だった身長がモモンガよりも少し高い2.2mになり、ジュンは立ち上がった。最後に肩甲骨辺りから翼長3.5mになるかと思われる漆黒の悪魔の翼を生やす。軽く動きを確認しようとしたのだろう。小さく羽ばたけば台風並みの暴風が近くにいた者達を襲う。

衝撃的な姿である。両手足、また攻撃に使える肘と膝以外ではその要所のみを申し訳程度に一見紋様に見える硬質化した艶の有る漆黒の剛毛で隠した物が竜の瞳を思わせる、瞳孔が縦に割れた金色に輝く目で守護者達を無感情に見下ろしていた。

その実力を理解できぬ者が見れば性的興奮を覚えるかもしれない程肉体はグラマラスでありながらも雌豹を思わせるしなやかで筋肉質だ。まるで暴力を無理やり人に似せた形にしたと言わんばかりの姿は美しくも恐ろしい。

モモンガの様に絶望のオーラを纏っている訳では無い。ただ無感情に視線を向けているだけだと言うのに、守護者達はモモンガに匹敵する重圧感を覚えていた。

 

「改めて紹介しよう。このアインズ・ウール・ゴウンにおいて魔法最強の一翼であるウルベルト・アレイン・オードルの実の妹であるジュンだ」

 

『ちょ!妹ってなに!?』

 

守護者各員の目に有った侮りが消えた所でモモンガは満足そうに告げる。特にデミウルゴスはジュンが己の造物主(おや)の妹と知り驚愕と絶望を覚える。よもや、己が主人の道楽と断じていたモノが、旅立つ前に気にかける様仰っていた者だと彼には思いもよらぬ内容だ。だが、だからこそデミウルゴスは決意する。モモンガに忠誠心を疑われぬ範囲で、必ずお幸せになって頂ける様己の全てを持ってセッティングすると。

ジュンは振り返り驚いたようにモモンガを見た。伝達魔法(メッセージ)での抗議はモモンガは完全に無視した。だが、それよりもジュンには問題が有った。先程迄感じていた全身を駆け巡る高揚感と戦闘をしたいと強く思う闘争心がモモンガの一言で綺麗に霧散してしまったのだ。闘争心が去ると何故かデミウルゴスから熱く、強い視線を向けられている事に気付き、自身の恰好を認識すると別の感情が湧き上がって来た。

 

「・・・モモンガさん。戦闘でも無い時はやっぱりこの恰好は恥ずかしい。通常に戻して良い?」

 

ジュンは振り返り、モモンガにそうお願いをしいた。大きな羽で出来るだけ体を隠そうとするも構造的に厳しく、無意識に腕を組む形で胸を隠そうとし、少しでも隠したいのか少し膝を曲げた。羞恥で頬を赤く染め、先程迄見る者を威圧する金色の鋭い眼光は成りを潜め、潤みだしていた。

それもその筈。手足を除くと要所()()をそれとなく隠しているだけなのだ。しかも硬質化した毛の層はそれ程厚くない為、隠すという意味では頼りない。通常形態になる理由はあるスキルも併用しているため解除しないと装備自体が出来ない為だ。更に付け加えるなら同じ装備を再装備するには一定のクールタイムが必要だったりもする。

ジュンの地味に胸が強調され、地味に谷間を強調する姿勢をセクシーに思っていたモモンガは内心残念だと思いながらも無言でジュンの頭上に白い特大のシルクみたいな布を上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)を使い精製し、自然落下でジュンの全身を隠す形になった。その際アルベドの白目に血管が浮き上がり、歯軋りをしたのはあまりにも一瞬の為知る者は居ない。デミウルゴスとアンジェは何所かホッとしたような様子で、尊敬と感謝の視線をモモンガへ向けている。

 

「ありがとう」

 

ジュンはモモンガから貰った布を全身に巻き付け、サリーの様に着こなした。身長も元の175cmになり何より印象的なのは硬質化し悪魔の翼に似た形をしていた髪がその柔らかさを取り戻し、まるで堕天使の翼を思わせるふんわりとした仕上がりになり、人間を装っていた時同様優し気な微笑みを浮かべていた。

鋭い視線を放っていた目とは思えない程月の光を思わせる穏やかな光を放ち、瞳孔も竜を思わせる縦割れのモノから、哺乳類特有の丸いモノとなっている。硬質化が解かれた事も有り、手足は獣然としたものから輪郭は人のモノと近く、また第三者からの確認は出来ないが毛皮の面積は更に少ないモノとなっていた。

モモンガ、ジュン、アンジェ、アルベドの4人以外の者はジュンの余りの変貌ぶりに言葉を失っていた。

弱々しい姿は擬態であるのは間違いないが、先程垣間見せた獣性と現在の優しそうな姿が繋がらない為だ。ジュンは静かに会釈をするとモモンガの左隣に移動した。

 

「ジュン。私に見せたい物が有るとの事だが」

 

モモンガは守護者達にジュンの正体と侮れない実力を持つ事を理解させる目的は達成したと判断し、ジュンがナザリック勢へ敵対行動を取らないと知らしめる為の行動を取る事にした。モモンガの一言に理解したセバスはジュンを一瞥すると、ジュンは頷きセバスはパンドラボックスを持ってジュンの下へ向かう。

ジュンはあえて一度守護者達へ見える様に箱を開けた。上質な紫紺のクッションの上に置かれているのはで成人男性の親指程の大きさであり、赤い雫状の形状をした鉱石と古びた羊皮紙で出来た一見魔導書を思わせる黄銅色の表紙の本だ。この2つが並々ならぬアイテムである事をその魔力の内臓量からして守護者に知らしめる。

セバスが跪く形でモモンガが良く見える様に宝箱を差し出した。

 

「モモンガさん。コレが見てもらいたい物。世界級(ワールド)アイテムの力の涙(パワー・ティアーズ)世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)だよ」

 

「ほぅ。2つもか」

 

「たまたまね」

 

(化けモノかっ!)

 

感心するかのように2、3度頷くモモンガに少し恥ずかし気に微笑むジュン。実際は内心絶叫しており、ソレに気付いているジュンは悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべそうになるのを我慢している。

アルベドとしては見逃せないアイテムだ。神話級(ゴッズ)以上のアイテムを献上する事で敵意が無い事を示す等、考えられない行動である。まるで、モモンガを絶対に裏切らない。ついでの如くモモンガの関心を先の姿と適度な謙遜、恥じらいの仕草まで加えて『得よう』としているようにしか思えず、戦慄を覚えずにはいられない。思わず作った握り拳に更なる力が込められ、プルプル震えている事に気付かない。モモンガがジュンの姿に見惚れていた事に気付いていたが故の嫉妬である。決して彼我の戦力と戦略を忌まわしいと思ってでは無い。

 

「セバス。パンドラボックスをジュンの傍に置き、下がれ」

 

「畏まりました」

 

モモンガはアルベドの鋭い視線から逃げようと思った訳では無いが、話を進めようとセバスを下らせた。そして思案する。一先ずの行動として、情報の有効性を重視するモモンガは現状のナザリック。特にNPC間での組織形態や運用がどうなっているか分からない為、再構築する事に決めた。

 

「ふむ。アルベド、デミウルゴス」

 

「「はっ!」」

 

「アンジェを加え、情報共有システムの再構築と防衛システムの見直しを行え。第8階層は一先ず立ち入り禁止にし、第9、第10階層を含めた防衛を行え」

 

思案が纏まったモモンガの言葉にアルベドも先の感情に蓋をして守護者統括の仕事に努める。至高の方々の住居も有る第9、第10階層の防衛は現状ではセバスとプレアデス達ぐらいしかいないのだ。その警護を厚くするとなれば人手が足りないとアルベドは判断した。新参者を加えるとしても記録上は中々有益な者であり、同僚であるデミウルゴス級の智謀の主となればナザリックに有益な限り手を出すのを控えると考えるしか無い。そもそも絶対なる上位者の命令である事からソコまで思案できる者も少ないのがナザリックの特徴であるのだが。

 

「シモベの立ち入りは如何なさいますか?」

 

「構わん。警護を厚くせよ」

 

故にシモベの配属を提案した。モモンガの許可を得た事から内心見た目が良く、煩わせずまた気骨が有るシモベの厳選が必要であるとも判断した。

 

「次にこのナザリックの隠蔽だが、マーレ。壁に土を盛り上げ丘の様なモノを形成し、その周囲にも幾つかダミーの丘を作れるか?」

 

ナザリック大地下墳墓の隠蔽は急務であるが、その方法としてモモンガは平坦な草原を多数の丘が乱立する地域に変え、その中の一つに隠すというものだ。仮に旅人がいたとしても地上を歩く者ならば発見される確率もある程度低いと考えた為だ。仮に発見されたとして、丘が乱立している以上意外と移動速度が削れるのではとも思っている。

 

「はい。可能ですが。その・・・本当に宜しいのですか?」

 

「安全には代えられん。許す」

 

マーレとしてはナザリックの壁を土で汚すのは、その栄光に泥を塗る行為の様に思えた。ナザリックの周囲を覆う白亜の壁が見られなくなるのはモモンガ的にも残念なのだが、必要な事だと割り切っていた。また、上空からの隠蔽については既に考えてある。

 

「上空に関してはスカイ・スカルと中央霊廟と接合させ、幻術を展開せよ。アルベド。詳しくはアンジェと調整せよ。構わんな?」

 

「畏まりました」

 

通常、永続的に幻術を展開するのは多大なMPを持つモモンガでも難しい。ソレを解決するのが世界級(ワールド)アイテムを組み込まれたジュンのギルドホームだ。モモンガ自身は玉座で展開できるギルドメニューを設定できる『マスターソース』に残されたログにより知った内容だが、幻術と共に魔法障壁・情報隠蔽魔法も同時展開できるのはかなりの強みであると判断した。ジュンに対して確認の意味で付け加えた一言に、ジュンは一度モモンガの顔を見て頷く。

アルベドは了承しながらも、先程より返事もしない者がいる事が気になっていたが、ナザリック所属では無い為どう切り出すか迷っていたが一先ず一瞥した。

 

「あぁ。アンジェだけど、自然体で接するように創られているからある程度は見逃してね。口を開けば『不敬だ』って言われるだろうから黙ってるの」

 

「不満、疑問については先ず考え、然るべき時に私に述べるがよい」

 

ジュンはアルベドがアンジェを見た事に気付き、現在の態度は無駄な対立を生まない為の処置であると説明した。モモンガ的にはアンジェの性格等が分からない為、後ほど確認する必要が有るが、衝突の前に己に話しをする機会を守護者に与えることで回避する機会を増やそうとの判断である。

 

「セバス。客室3つを彼女等に宛がう。調整せよ。この後に私はジュンと話が有る。無用な詮索は不要だぞアルベド」

 

「「はい。モモンガ様」」

 

万が一侵攻された際に安全なのはナザリックの方である。その為ジュンとNPCの部屋を用意する必要が有った。また、モモンガ的にはアルベドがどの様な事を考えるのか分からない為予防線を張る事を忘れない。

モモンガの付け加えた一言にジュンは少し首を傾げたが、以前リア充であるたっち・みーが奥さんとケンカになり、その原因が皆目検見当がつかない為洩らした『女って良く分からん』の一言から判断したのかと思う。

モモンガは急務である数点の指示を終え、これから重要になる事の確認を行う事にした。恐怖は有る。有るが、もし他のギルドメンバーがこの世界に来ている可能性が有れば確認せざるを得ないのだ。

 

「では最後に、お前たちにとって私はどの様な存在であり、ナザリックを去った皆をどう思うか述べよ。先ずはシャルティアからだ。遠慮はいらん」

 

守護者達は自身に向けられているプレッシャーが増したとその身で感じていた。モモンガの揺らめく真紅の双眸が一層輝きを増し、凝視されてるのをシャルティアは感じた。通常であれば悦ばしい事なのだが、現状では非常に危険であるとしか思えなかった。

守護者達にとって初めの方は問題ない。だが、続けざまに問われた内容は問題でしかない。

 

「は、はい。私としてはモモンガ様は正に美の結晶。その白きお体の前では全ての宝石がその輝きを失う事となりましょう」

 

「私は遠慮はいらんと言ったぞ?シャルティア」

 

思わずいつもの廓言葉を付ける事も忘れ混乱気味に答えるが、その後に言葉が続かない。シャルティア自身、問われた内容を考えた事もかなったのだ。置いて行かれた身であり、その帰りを待ち遠しく思っているのだが、ソレを上手く伝える言葉が浮かばないのだ。その様子に『不敬』と思わせるのだろうかと思い、話せないのかと考えたモモンガは更に念を押した。

だが、シャルティアには早く答えろと迫られたに等しく、自身の造物主がこの地を去る前に述べた事を思い出し、咄嗟に口に出した。

 

「己の夢を叶え、万進していると考えてありんす。私の造物主たるペロロンチーノ様が夢を叶えたと申しておりましたがゆえ」

 

モモンガ的には、シャルティアが何か言っていない気がしてならなかったのだが、一先ず置いておく事にした。

 

「コキュートス」

 

「我々守護者ヨリモ強者デアリ、コノナザリックノ絶対ナル支配者ニ相応シキ方カト・・・我ノ造物主。武人武御雷様ヲ初メ更ナル武ヲ追及シテイルカト思イマス」

 

だが、それが悪かったのだろうか。コキュートスはシャルティアの答えを参考に、何も言わず去った自身の造物主を思い、言葉を紡いだ。

 

「アウラ。マーレ」

 

「慈悲深く、深い配慮に優れたお方です。恐らく本来のお仕事が忙しいかと思います」

 

「すごく優しい方です。けど、少し寂しいです」

 

アウラとマーレ的には自身の造物主であるぶくぶく茶釜について述べた。質問に対しては少々食い違いが有るのだが、その寂しげな様子から帰って来て欲しいと思うのが伝わってくる為、モモンガ的には有りだ。

 

「デミウルゴス」

 

「賢明な判断力と瞬時に実行する行動力をお持ちになられる。正に端倪すべからずの言葉に相応しき方です。お隠れになられた方は幾万の言葉は不要。己の道を信じ旅立ったと考えております」

 

デミウルゴスの言葉に内心、端倪すべからずって何!?と思わなくもいモモンガだが、デミウルゴスの何所か誇らしげに見える様子からウルベルトが去る前に何か言葉を残したのだろう推測する。ウルベルト・アレイン・オードル。悪ロール・プレイヤーであるが、やはり意外と律儀な男なのである。

 

「セバス」

 

「至高の方々の統括であり、最後までこの地に残っていただけた慈悲深き方でございます。皆さまはたっち・みー様同様。己の守るべき者の為にこの地を離れたと考えております」

 

モモンガはたっち・みーらしく、何か言い残したのかと思う。

だがそれ以上に気になる事が有った。アウラ、マーレ、デミウルゴスの3人は何かしらの自身の思いが込められている気がするのだが、他の3人は自身の感情を押し殺している様にも思えたのだ。ならば、一石を投じるには一興である。

 

「最後になったが・・・アルベド。忌憚なき言葉を述べよ」

 

再度の通告である。玉座でジュンについて述べさせた事を知っているセバスとナーベラル、ルプスレギナは、先程聞かれた答えがモモンガにとって不十分である事を認識し、アンジェとデミウルゴスはどの様な答えを求めているのか図りかねていた。他の守護者に関しては己の不手際が有ったと困惑している中、アルベドは自信を持ち、冷静に微笑んだ。

 

「はい。貴方様は至高の御方々の最高責任者であり、厳しくも慈悲深い私たちの、最高の主人でございます。そして、私の愛するお方。他の至高の御方々に関しましては私は語る言葉を持ち合わせておりません。貴方様だけがいれば良いのです」

 

アルベドの答えは不敬と取れる程モモンガに傾倒しているものだ。更に、守護者統括が述べたという事実は大きく、ナザリック勢に緊張が奔った。守護者達はモモンガが命じるのであればアルベドの首を刎ねる為に少し膝を浮かせる程だ。だが、すぐさま元の姿勢へ戻す事となった。モモンガが無言で一度アルベド以外の守護者を見渡し、視線で動きを許さぬと言っていた為だ。

ジュンはアルベドの目を見つめ、始終ナザリックについての話に関与する気が無かったが、口を開いた。

 

「もし皆が戻ってきたらどうするの?」

 

「答えよ」

 

ジュンが口を開いた事に対し、無言で睨みつけるアルベド。ウルベルトの妹君ではあるが、ナザリックに正式な席が無いジュンに聞かれるのが、ナザリック大地下墳墓の守護者統括としても気に食わないのだ。だが、モモンガに答えを求められたらすぐさま微笑みを浮かべた。

 

「モモンガ様をお連れになり、共にお隠れにならないのであれば今まで通り忠誠を誓います」

 

「その、もしが目的ならばどうする?」

 

「私の全てを賭けて抗わせて頂きましょう」

 

何の事は無い。アルベドの真意は純粋にモモンガと離れたくない。そう言っているだけなのだ。モモンガとジュンの記憶にある製作者のタブラはアルベドの姉であるニグレドの部屋の作成に実用性が無いにも関わらずかなりの額を課金して残した猛者である。目的の為ならば全てを賭けると言う物言いに2人はタブラの影を見た。

 

(そう。モモンガ様に逢えなくなるというなら、モモンガ様の手で・・・)

 

アルベドの言いようにナザリック勢はその真意を理解し、不敬であると自覚有るにも関わらず表情に陰りを見せた。デミウルゴスでさえ仕えるべき主の喪失の可能性から苦痛に顔を歪めている。アルベドは心の中で思うのだ。どうしても離れられるのであれば、モモンガの手で命を奪ってほしい。他の誰でもない愛する者の手に掛かりたいと。モモンガはアルベドには設定の改変で罪悪感を得ていたがその率直な視線と、各階層守護者の親と離れ離れになった幼子に似た雰囲気に言葉を失い。その様子を見ていたジュンの表情にも陰りが見えた。

何の事は無い。皆、現実を重視し離れて行ったのだ。だが、遺された者達が意思を持てば親に捨てられたと思ってもおかしくはない。

モモンガ、いや、『鈴木 悟』は幼き頃に事故で両親に先立たれ、孤児に対しては小学校卒業で働く事が認められた時代が自身の価値観を歪めたと思う。成人と認められない年齢で社会人となった『悟』は仕事に忙殺される日々に、親の愛や友人との友愛を忘れてしまい、そして、ユグドラシルというゲームの中で己が失っていたモノを知ったのだ。自身もジュンが居なければNPC達以上に寂しさを覚えたのだろうとぼんやりと思う。

まるで遠くの過去を見ている様子のモモンガにナザリックの者は恐怖を覚えた。『まさか』が現実化するのでは無いかと。

 

「モモンガさん。アルベドを褒めないの?」

 

モモンガの意識を戻し、硬直した空気を切り裂いたのはジュンの一言。そもそも本当に有りえるか判断出来ない事に言及した結果がコレなのだから。そして、この問いは重要な確認でも有った。

モモンガは知りたかったのだ。もし、皆がナザリックに『来た』として、ナザリックは彼等を受け入れるかどうかを。そして多数決を重要視していたアインズ・ウール・ゴウンにおいて無事に合流出来たとして、万が一意見が完全に割れ、ナザリックの崩壊に行き着きそうな際にNPCは『誰』に就くのかを。ウルベルトとたっち・みーが日常的に衝突していたのだ。当然、モモンガの行動を良く思わないギルドメンバーもいるだろうと、モモンガの冷轍な部分が告げていたが故の質問だったのだ。

 

「アルベド」

 

「はい・・・」

 

「良くぞ心の内を明かしてくれた。皆も我が友等を思っている事が良く分かったぞ」

 

絶望のオーラが、漆黒の靄までも優しく揺らめく中、モモンガの穏やかな声はナザリックの者達に浸透する程自然に入って来た。その眼窩に宿った灯火は実に穏やかだったが、内心では結論を出すには早いと思っている事に気付いているのはジュンだけだ。

 

「私はな。一人、また一人と友が去る中、お前達が何を感じ、何を思い、何を切り捨てたのか知りたかったのだ。この件については何の罰則も無い。素晴らしき働きを願う」

 

モモンガはゆっくりと両手を広げ、立ち上がるのを薦めるかのようにゆっくりと上げた。早速仕事にかかれと言っているかのようだ。

 

「私はジュンと先に戻る。ジュン。アレを付けて私の下へ」

 

モモンガの言葉にジュンは空中に収納空間への入口を発生させ、先ずパンドラボックスを入れてから再び手を入れ、目的の物を、ある指輪を取り出した。ソレが何であるか知っているナザリック勢の目が大きく見開かれた。リング・オブ・アインズウールゴウン。至高の41人が装備していた、彼等にとっては至宝であり、信頼と友愛の印。そして、填められた右手薬指には様々な意味が有る。その中には円滑な関係を望むというモノが有るのだ。

ジュンはモモンガが左手にスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを持っている為、見栄えが悪くなりそうと考え、自然にモモンガの右側へ立った。モモンガはそっとその細い腰を掴み、抱き寄せた。少し力が強かったのか、ジュンはモモンガにしな垂れかかる体勢となる。モモンガ的には同じ場所に転移するのだから、身体的接触が有れば問題無いだろうという軽い気持ちでの行動だ。

ソレを見たアルベドの白目の部分に再び一瞬だが血管が浮かぶが、彼女はソレを無理やり抑えて微笑みを浮かべた。デミウルゴス的には興味深くも微笑ましいと思っているのか笑みを深めた。

 

「モ、モモンガさん?」

 

「皆、忠義に励め」

 

困惑するジュンを他所に、モモンガは指輪の効力で己の執務室へ転移した。

その姿が消える間際、アルベドの我慢が終に限界に達した。努力したのだ。玉座の間で思案した最悪の可能性を除く為に冷静な己を演じた。モモンガが望んだ答えを自身の思いを率直に伝えたのだ。だが、モモンガはジュンが変身した際自身に向けられた臀部を、そして、通常形態になる際には寄せ上げられた豊かな双丘に目を奪われていた。男のサガと言えば我慢のしようも有るモノだが、最後に抱き寄せた事に嫉妬と憤怒がアルベドの全身を内側から蹂躙した。故に、口から感情が溢れ出たのだった。

 

「あのヴィッチィイッ!!!」

 

罵声である筈なのに、悲嘆の叫びにも聞こえる。思わず両膝を着き地面を殴るアルベド。その威力は局部的な震度1程の地震を起こす威力が有った。

転移した2人は執務室で何か聞こえたような気がして揃って首を傾げる中、闘技場では色々と騒がしくなり始めた。

 




ウチのアルベドさんはシリアスメイカーであり、ブレイカーwあと、今回の後書きは長いよ!
即死成功率高すぎだろ!と書いてて思いましたが世界級(ワールド)アイテムが即死魔法強化とか有っても良いんじゃねwギルメンが持つように薦めた→モモンガが持ってるとメッチャ良い効果が!→即死成功率アップが良いかも。あと、ワールドだし、壊れ性能で良いかwってな感じです。人類の未来は暗い(?)
モモンガ様!ジュンちゃん視線に気づいてないけど、アルベドさんは御見通しだったねw
ウルベルトさんの公務員設定は捏造ですwまぁ、たっちさんがリア充の警察官らしい事から、何か比較できる職。ヤ〇ザ以外で。っと考えた結果、とりあえず公務員でwってな感じです。個人的な偏見ですが、仕事が真摯で真面目な人って、何所か欠点有った方が魅力的かも?から来てます。
モモンガ様の身長を公式では177ですが、当作品では208としています。アニメ版が下手すると230以上に見えてしまうので大きい方がカッコイイwと軽い気持ちでの変更です。(クレマンだいちゅきブリーカーより、クレマン160と仮定。遠近・迫力の描写の為大きく見せる為数値を大きくしていると推定。実際1.3倍として208)
しかし、ジュンの変身シーン上手く書けてるかな?一応レディー(漫画版)では性欲うんぬん有りますけど、デビルマン(漫画版)の如く基本戦闘欲・破壊欲>性欲メインになってます。精神が男性なので。まぁ、心は肉体に引っ張られますからねぇ。その片鱗も書けてるかな?あと、恥ずかしがる描写は変身が解けて感じる設定はレディー(漫画版)でもあるよ。
アルベドのモモンガ様以外への感情はEDを参考にしてます。愛に狂っているのか、狂ってる愛なのか、ソレが問題だっ!
デミウルゴスについては次回描写が更に多めなので、デミえもんスキーな方はお待ちを。
アンジェの影やプレアデスの影が薄い?うん薄いってか、皆無(笑)けど、メイドや執事って主人の指示が無く喋ったらダメらしい。貴族もいない者として扱うのが普通って、どっかで聞いた。お茶を新しいものをカップに注ぐ際も、場合によっては無言でするらしいし、確認も会話が丁度良い区切りの時に薦めるって何?
アンジェ?自然体で接する→タメ口→失礼・不敬である→じゃ、黙るかwって感じで黙ってます。
サリーはインドの民族衣装です。マジで布一枚なのか!?とチョイ興奮してしまいましたw興味が有ったら画像検索してね。いや、普通にエロくないよ。
ジュンちゃんデミウルゴスに目を付けられたwあえて言うならチェンジ!真・シスコン2wアカンw地球最後の日見たからか変な感じw
次の更新は多分木曜までには。ちと面倒ごとが・・・

以下は、読む人には不快になるかもしれません。あくまで私個人の考えですのでテキトーに読んで下さい。活動報告やメッセージに反論書いても良いですが、モノによっては返信しない可能性が有るのでご容赦ください。返信の仕方調べないと分からんし。
小卒で社会人になった。両親も親しい友人もいない。って原作設定から『鈴木 悟』さんには孤児になって戴きました。そして、小卒が最終学歴として認められているって事は・・・との考えた結果が本文です。何時の時代も庇護者がいない弱者が犠牲になるものです。実際は更にエグイかもしれないけど、大学教授のギルメンいたらしいから、これでもソフトかもしれないのが恐ろしい。恐らく初めに切られただろう予算は社会保険・福祉系列なのでしょう。その一方で様々なIQテスト・小学校での細かな行動観察・心理テスト等により、優秀と判断すれば援助金を出す形となっていると漠然に思いました。
原作のモモンガ様も癇癪持ちに見える事から精神的に未成熟な部分が有る。基本的に自身に関心も無い。他人をあまり信用しない。って所が顕著ですから、可能性として12~15辺りで過度のストレスを受けたと考えられます。もしくは、『弱者』であったが為、『犠牲』になり続けてしまったのかもしれませんね。慎重と言えば聞こえが良いですが『未知=敵』に対して過剰に怯えてる気がします・・・
『鈴木 悟』の状態であっても、親しい友人がいないっ・・・最低でも一人くらいはいた(過去形)可能性は捨てきれませんが、もしそうで無いなら、既に精神構造が逸脱している気がしますね。なんか、アニメのOPが自分を探している様に思えました。そして、気付かない内に色々『人』の部分が剥がれてく気もします。


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閑話1

副題:デミウルゴスの野望wコキュートスの文書くの大変だぁー


余りにも感情を吐露するアルベドの姿に皆唖然とせざるを得ない。ルプスレギナとナーベラルはセバスを見、セバスはその視線から本来の職務に復帰したいと考えていると判断し、頷いた。2人は一度皆に向かって一礼してからアンフィテアトルムを後にした。

アンジェは地面を殴り、粉砕し、粉塵を撒き散らすアルベドの姿を極力見ない様にして、自身の創造に係わった者が創り出した存在に目を向ける。問題無いと言えば無いのだが、胸に寂しさが、少しチクリとした痛みとなり奔る。

 

「デミウルゴスさん。モモンガ様は私がウルベルト様に聞いていた以上に男なの?随分とプレーボーイなのだけど」

 

「意外だが、そうなのかもしれないね」

 

対するデミウルゴスはナザリック外の者相手には実に珍しく、ナザリックの者を相手にするかの如き微笑みをもって答える。彼としてもアンジェは安易に傷付けて良い相手では無いと判断したのだ。それに何所か馬が合う様な雰囲気から更なる情報を引き出してから判断すれば良いと考えたのだ。例え、気に食わない天使の気配を漂わせる女だろうと。

 

「至高の御方であり、最後まで残りし慈悲深き君っ!何故あの女を!女を!」

 

「分が悪いとしか言わざるをありんせん」

 

正に悲嘆な叫びを上げているアルベドに溜息を混ぜながらも冷静に指摘するシャルティア。彼女の中ではモモンガの心中をジュンが一定以上を占めている可能性を受け止め、ジュンの反応からモモンガの好意に自覚が無いと判断したのだ。最後の抱き寄せた行為なぞ、己であればそのままモモンガに抱き着く自信が有り好意を自覚しているのならばあの様なチャンス、逃すはずも無い。

アルベドは白目を充血させ、深紅の眼球に黄金の瞳という異様な形相でシャルティアに詰め寄る。

 

「シャルティアっ!何を弱気な!」

 

「妻の座は諦めとりはありんせん!だがおんし、彼我の戦力は認識してくんなまし!」

 

アルベドの叱咤に、逆に冷静になるよう訴えるシャルティア。通常では間違いなく見られない状態である。アウラは冷静なシャルティアを珍しく思い、ふとジュンとシャルティアを比較してみれば、圧倒的戦力差が有る事に気付いた。

 

「確かに強敵みたいだよねー」

 

「お、お姉ちゃん」

 

シャルティアのある一点を見つめてつい言葉を洩らしたアウラを、その視線の先に気付き、殺気を放ちながらも睨みつけるシャルティア。アルベドはアウラの視線の先に気付いた為、余裕が出来たのか眼球の色が通常のモノとなり勝ち誇った表情を浮かべ鼻で笑い胸を張った。その際、空気が揺れる様に震えたとアウラとシャルティアは感じた。アルベドの重量感の有る2つの果実にシャルティアの殺気は更に強くなる。マーレは己の姉が思いっきり地雷を踏んだ雰囲気を感じ、静かに後ずさった。

コキュートスは考えていた。

人間に近い容姿の美醜は虫である彼には良く分からないが、ジュンの姿を見て正直に思った事を口にしたのだ。

 

「フム。確カニ美シイ御方デアリ、相応ノ実力ヲ御持チト見ル」

 

この一言は彼等の思考を一時中断させた。正に空気が凍る一言である。彼等が良く分かっているのだ。武人として生み出され。虫である彼が美醜について語る。これは、コキュートスですら美しいと思う相手である可能性を考慮に入れなければならないという、ある意味女性陣には驚愕の一言なのだ。

 

「コ、コキュートス。君は彼女が美しいと思ったのかい?」

 

「?何ヲ不思議ガル。アノ肉体ヲ見タダロウ。正ニアレハ戦ウ御体ダ」

 

一番に我に返ったのはやはりデミウルゴスだった。その問いに対しコキュートスはいつも冷静な同僚が珍しく驚愕している事に気付いてはいるが、何が原因なのか分からぬまま言葉を紡ぐ。

その一言にセバス以外が安堵の溜息をついた。特にデミウルゴスには珍しく、本心が籠ったモノである事に気付いたのはコキュートスとセバスである。デミウルゴス的には同僚がジュンを懸想するのは都合が悪いのだ。コキュートスに問題が有る訳では無いのだが、デミウルゴスはそれ以上の優良物件をジュンの御相手としてターゲットにし、想定しているのだから。

 

「・・・意外と愉快な方々なのね」

 

そんな守護者一同の行動を蚊帳の外で傍観していたアンジェの一言に気付いたのはセバスだけであり、本人的も溜息を着きたくなるのを抑えた。だが、これ以上付き合う訳にはいかないと判断しアンジェに近寄る。

 

「私はペストーニャに御三方の部屋を用意するよう指示を出して参ります。何か特別に用意すべき物は御座いますか?」

 

「いえ。特に無いのだけど、スカイ・スカルから色々と物品。主に素材系なのだけど運ぶ為の人手を貸して頂けるかしら?」

 

セバスの申し出にアンジェはその気遣いに感謝した。異種族には各種族毎に生活様式が異なり、同種族であっても少々異なる場合が有るのだ。

アンジェ的には問題である素材の存在が頭が痛かった。簡易的な鍛冶道具が有る作業部屋だけでなく其々の自室。通路にすら山積み状態なのだから。

 

「畏まりました。プレアデスよりユリ・アルファとソリュシャン・イプシロンをお貸しいたします」

 

「確かデュラハンとショゴス・・・成程。助かるわ」

 

セバスはどの様な状態かは知らないが、大抵の物品を問題なく運べる2人を候補に上げた。プレアデスの副リーダーであり、姉妹の長女の立ち位置にいるユリがいれば仔細の調整等を行うと判断して。アンジェは其々の種族特性から、有毒な物品であっても問題ない人選は非常に助かるのだ。ただ、アンジェが2人の種族まで知っているという事実にセバスは少し思案気な表情を見せた。

 

「では、詳しい内容は2人に直接お申し付け下さい」

 

「セバス!もしモモンガ様がお呼びとあらば即座に私に報告を!あぁっ、湯浴みが必要だわ!これ程埃を被ってしまっては失礼にっ!?」

 

セバスがモモンガの下に戻ろうとしているのを感じたアルベドはお逢いする口実作りにもそう言うが、自身の恰好を気付き、慌てる。先程嫉妬の矛先を地面にぶつけていた為、衣服は勿論の事、髪にも砂塵を被ってしまっているのだ。もっとも、第三者が見てもそれ程気になりはしない

程度なのだが。美人が少々汚れてもあまり気にならない。精々1億点の持ち点から10点引いた程度であり、美人は実に得である。

セバス的にはモモンガへの感情から情緒が不安定になっているアルベドが更に行動開始を遅延しないようにと口を開いた。

 

「アルベド様。このナザリックの為に御働きになり、その結果埃を被ってしまったのであれば、モモンガ様であればお喜びになるかと」

 

「そう?そうなのセバス!?男性の視点ではそうなのね?であれば・・・」

 

「詳しくはデミウルゴス様にお聞きなるのが宜しいかと。このナザリック随一の智謀をお借りするのが良いのでは無いかと思われます」

 

セバスの言葉に己の行動を利用し、如何に接近するかを考えるアルベド。だが、これ以上の遅延は後々に多大な問題になる可能性を感じたセバスはデミウルゴスを薦めた。気に入らない相手とは言え、ナザリックの為に行動し、間違いなく軌道修正するだろうと思っている。

 

「デミウルゴス!」

 

「まぁ待ちたまえ。私も過度に汚れた格好で無いならば良いと思うよ」

 

「そ、そう・・・」

 

まるで獲物を見つけた大蛇を思わせるアルベドの視線に、少し時間を稼ぐ意味も含めてセバスの言った事を保証するデミウルゴス。考え込むアルベドの様子にデミウルゴスがセバスを一瞥すれば小さく頷いているのが見えた。

 

「では皆さま。私はこれで」

 

「あぁセバス。彼女の事をお願いするよ」

 

「畏まりました。では・・・」

 

各守護者だけで無く、アンジェにも一礼するセバス。デミウルゴスは言葉に意味を込めた。問題は無いと思われる相手だが、家令の保証が無ければ守護者の立場上必要が有るとの判断である。了承したセバスの後ろ姿を見送りながら、アルベドの確信を得る為に自分に嗾けた事を少し腹立たしく思うデミウルゴスであった。

 

「フフッ。念には念をといった所かしら?」

 

「君には私が就くよ。良いかな?」

 

「もちろん。探っても何もないからね」

 

デミウルゴスの言った意味はアンジェは正確に捉えていた。故にデミウルゴスの言いようにも余裕を持って返す。

表面的には唯お世話をし、ナザリックの威を示し満足して頂ける御もてなしを行うという意味なのだが、何の事ではない。完全に信用していない証拠なのだ。絶対者であるモモンガの身に万が一が起きないようにし、尚且つ自然に振舞って貰おうという守護者達の心配りなのだ。率直に言えば監視である。

故にアンジェは内心彼等を敬う。自然に主人の守護と満足を第一に考え行動できる彼らを。だが同時に理解出来ない一面も有る事も知っている。

 

「しかし、シャルティア。何故君は未だに立ち上がらないのかね?」

 

「モモンガ様の凄い気配を受けて、少うし下着に問題がありんすの」

 

デミウルゴスが未だに跪いているシャルティアに聞けば、返って来た言葉にアルベド以外が溜息をつきたくなる。力が抜ける。呆れる。正にそのような事態である。

 

「くっ!分かってたことだけど貴女もっ!」

 

「ハ!彼我の戦力を理解できない干物は大人しくしとるが良いんすえ」

 

アルベドがジュンの件を通達してからシャルティアは彼我の戦力差(主に胸囲)について考えていたのだ。自身はそれ以外では自信が有る故に。だが実際に逢えばどうだ。戦力差(戦闘に関する内容とモモンガへの自然な誘惑)は想定以上であるが故に、押せば成ると考えているアルベドの忌々し気な視線が気分が良いモノに思えるのだ。

 

「何を言うの。ビッチがっ」

 

「先程から余裕がございやせんよ?大口ゴリラ」

 

「ハッ!ヤツメウナギの分際で!」

 

だが、そんな余裕が有るが故に発した一言が、吹き飛ばす。アルベドがシャルティアの真の姿に言及した罵声は一気に怒りを沸き起こすのだ。自然に両者共殺気を放ち始め、それぞれ深紫と深紅のオーラを立ち昇らせる。

 

「あぁ!?私の姿は至高の御方に作られたモノでありんすえ!」

 

「それはコッチも同じ事だとっ思うけどぉ!」

 

罵声と共に殺気とオーラがぶつかり合い、威風を巻き起こす。面倒ごとに発展した気配を察知したデミウルゴスは少し距離を置く事にした。

 

「アウラ。すまないが2人の事を頼んだよ。私は彼女と話が有るのでね」

 

「エスコートをお願いね。ミスター」

 

「光栄だよ。プリンセス」

 

「ちょっ!?」

 

さり気無く、紳士な態度でアンジェと目線を合わせれば、同じ考えのアンジェは自然と右手を差し出し、デミウルゴスはその手を取って移動を始めた。アウラは距離を置こうとする2人に押し付けられた感が有るのは自覚したが、文句を言う前に行動する者がいた。

 

「マッタク、何ガ原因ダカ分カラン」

 

「コキュートス!マーレまでっ!?」

 

コキュートスの溜息混じりな声と、己を一瞥するだけで、歩数の関係から少し駆け足をする弟の姿に嫌そうに振り返るアウラ。アルベドとシャルティアの罵声と怒声、何故か混ざる嬌声に頭痛を感じるのだった。

そんなアウラの様子を正確に予測しているデミウルゴスとアンジェだったが、それ以上に大切な事が有る為気にも留めない。デミウルゴス的には万が一色気も無いガチバトルに発展すれば止めるつもりは有るのだが。

 

「実際問題彼女とモモンガ様の仲はどうなのかね?」

 

「あら?意外な質問ね?」

 

十分距離を取り、デミウルゴスの発した言葉にアンジェは思わず面を食らった。

アンジェ的にはナザリックの安全の為に、簡単に己の戦闘スタイルや武装についての言及が有るだろうと考えていた為だ。デミウルゴスは自身に良く似た思考をするアンジェに意味深気に笑みを返す。

 

「今後のナザリックにおいては重要な問題なのだよ。個人的も興味深い内容でもあるしね」

 

「えっと?どうゆう事ですかぁ?」

 

デミウルゴスの野望が大いに占めるが、ナザリック的にも戦力増強が有るのだ。

良く分かってないマーレの様子に、悪魔的な欲求でこの何も知らない少年に大人の世界を知らせるべきかと思うが、同じナザリックに所属する者である。守らなければという思いが強い為、一時の迷いで終わる。少し首を傾げ、キョトンとした表情にアンジェは微笑ましさを感じていた。

 

「ふふ。さっきも話していたけど、万が一、モモンガ様がいなくなった際に忠誠を捧げる者が必要って意味よ」

 

「えっ?ジュン様にモモンガ様のお世継ぎを?」

 

故にアンジェがデミウルゴス言った事を少し暈して説明する。マーレ的には話の流れから、ジュンにモモンガの子を産んで欲しいのかと思い、デミウルゴスとアンジェの顔を交互に見た。困惑が有るものの、悪意や不快感は無いマーレの様子にデミウルゴスは笑みを深めるばかりだ。

 

「ソレハ早計デハナイカ?アルベド、シャルティア両名モ居ル上ニ不敬ナ考エデハ無イノカ?」

 

「確かにナザリックの者がモモンガ様のお子を身籠れば一番だが、事は早い方が良い。コキュートス。君的にもモモンガ様のご子息に忠誠を捧げたくは無いか?」

 

コキュートスは仁義や忠義を重視する武人である。順序が違う可能性を指摘するも、デミウルゴスの言葉に思い浮かぶのはモモンガの子をその四本の手で抱き上げる事だ。

ジュンが母親ならば少し気弱な印象を与えるも心優しく、ナザリックの者へ慈愛を分け与えるだろう。だが、敵に対しては苛烈であり、戸惑い無く力を振るうと考えた。

幼少期は遊び相手として、少年期は武術の指南役として、青年期には剣を授けられ、忠誠を誓う相手として・・・

 

「確カニ憧レル。私ヲ爺ト呼ビ、ソノ成長ヲ・・・爺ハ、爺ハ・・・」

 

「・・・愉快な方ね」

 

下顎をカチカチとスズメバチの警戒音に似た音を歓喜の意味で鳴らせ、自身の幻視した光景に夢遊病患者の如く少しふら付きながら歩くコキュートスにアンジェの心中は複雑である。マーレはそんなコキュートスが心配なのかついて行った。

予想外な程男性守護者達はジュンとモモンガのカップリングに好意的な様子だ。自身は創造された側だが、ジュンのポンコツな部分も良く知っている為、妹や娘の様に思っている所が有るのだ。娘が嫁に行く算段が本人の居ない所で進み、それを相手が最上級の優良物件の為止めない自身。実に難解である。

だが、ここまで来たら止められはしないだろう。事実アンジェを見るデミウルゴスは何所か期待している様子だ。

 

「ジュンとしては友人・親友といった感じなのでしょうね。ただ気になるのはモモンガ様について詳しいという事よ」

 

「どういうことかね?」

 

アンジェの言いようはデミウルゴスにも疑問でしかない。自身の主について仔細理解している。知っているというのは、男女の間柄では無く、友としての認識ならばごく自然なものであるからだ。

 

「アンデットは通常感情や意思が希薄。であるならばモモンガ様も希薄なのが妥当なのでしょうけど。わざわざ注意する程の激情家だと仰ったわ。アンデット『なのに』では無く、アンデット『でも』と。ある意味恐ろしい事じゃない?」

 

「・・・成程。そこ迄深くご理解なさるのか」

 

アンジェは自身の知るモノがそれだけでは無い気がしていたのだ。アンデットは生者を憎むモノ。不変の本能の様なモノに違いが有るというのは並々ならぬ思想を思わせるに足りるのだ。故にトーガの裏に有る本の存在を気に掛ける。デミウルゴスは己の知らないモモンガの一面に其れが本性に近いモノなのか、それとも感情に近いモノなのか計りかねていた。

 

「ここまで来る途中にジュンはモモンガ様がナザリックを、他の至高の御方々が遺した貴方たちを我が子の様に愛しているとも言っていたわ」

 

「身に余る光栄だよ。だが、そうならばあの質問は・・・」

 

「ジュンは真意を分かっているようだったけど、まさかとは思うけど、ね・・・」

 

智謀の者が同時に考える。可能性である筈なのだが、信じられないのだ。2人的にモモンガは他の至高の御方々に信頼と友愛を感じていると考えている。彼等から見た御方々もモモンガを信頼している。故に、そんな事が有りえるのだろうかと。

 

「至高の御方々がモモンガ様を裏切るなど、考えられませんがね」

 

「もしくは、貴方達が他の方々に就くとかの確認とか?」

 

デミウルゴスの否定するつもりで紡いだ言葉にアンジェが返す。忠誠心を疑われるようで少々不快に感じるデミウルゴスだが、納得もした。少し離れた位置での見解、思案ならではの答えであり理解も出来る。

 

「確かに。だが、幾ら自分の造物主とはいえモモンガ様だけが残られた。この事実は変わらないよ」

 

「・・・ジュンにも仕えたくない?」

 

故にデミウルゴスは余裕を持って答える。仮にウルベルトがナザリックへ帰還し、モモンガと仲違いしようとも己が仕えるのはモモンガなのだと。アンジェはそんなデミウルゴスに煽るつもりで言葉を紡いだ。可能性は低いが反応を見せるかと期待して。

 

「(今は)残念だがね」

 

「ソコが、ウルベルト様の面影なのかしら」

 

だが、デミウルゴスの笑顔に何か含みが有る事しかアンジェには理解できなかった。それが異様にウルベルトの面影を感じさせる。

デミウルゴスはアルベドとシャルティアの話し声に少し盗み見ると、普通に話している事に気付いた。また、アウラがふら付いている事から軌道修正、もしくは兎も角頑張ったと思え、内心申し訳なく思う。

 

「コキュートス。そろそろ戻ってきたまえ」

 

「実ニ・・・実ニ素晴ラシイ。アレコソ正ニ望ム光景ダ」

 

「お優しい方に育ちそうですから」

 

デミウルゴスが何所か陶酔気味のコキュートスの様子にそれと無く根回しをしようかと考えていると、マーレが意外にもコキュートスと同じくモモンガとジュンの子供について考えている様子に少し驚いた。

 

「おや。マーレもそう思うのかい?」

 

「はい。何だか分からないんですけど、何だかモモンガ様はジュン様を大切にしている気がして・・・それに、何だかジュン様が話されてるとき嬉しそうでした」

 

デミウルゴスはモモンガがジュンとの会話に何所か安寧を感じているのではと、安堵した。だが、アンジェは先のジュンの恰好を冷静に鑑みた。

 

「そ、そう・・・」

 

「であれば良いんだがね」

 

アンジェはそう言葉を詰まらせるしか無かった。自然に胸部や臀部を強調してアピールしている様子にしか思えなかった為だ。デミウルゴスの何所か思案する言葉を冷静になった結果、ハッキリと聞こえた2人が慌てて駆け寄って来た。アウラが面倒臭そうにトボトボ歩いてくるのが印象的である。

 

「デミウルゴス!まさかっ!あのヴィッチッにモモンガ様の御子を!?」

 

「本気でありんすか!?ナザリックは遊郭ではありんせんよ!」

 

アルベドとシャルティアの言いように思わず頭痛を感じ、眉間を揉み解すデミウルゴス。確かに先程戦闘形態へ移行する際服を脱いだが、何をどうやってそんな認識になるか彼は理解できなかった。

 

「何故脱ぐのが前提なのかね」

 

「ゴメン。私も含めて脱がないと本当の意味で全力出せないのよ」

 

少し呆れ気味なデミウルゴスにアンジェは申し訳無さそうにそう言うしか無かった。ある意味宿命じみた所が有る故に。

 

「ベルセルクって知ってる?」

 

アンジェが口にしたのはある職業レベルの名称だ。取得条件も中々面倒な部類であり、メリット・デメリットがハッキリ有るというのは守護者達は理解しているが、アインズ・ウール・ゴウンは異業種のギルドである。そもそも取得条件的に取得できる者が少ない為詳しい内容は41人もあまり知らないのだが、運営が用意したイベントで一部が逃げまどい大半のメンバーが大笑いした為に、守護者達も少しは理解している。

因みに逃げたのがたっち・みー。追跡者の先陣がウルベルト・アレイン・オードルであり、ウルベルトはイベントのMVPに輝いていたりする。

 

「聞いた事は有りますね。確か、装備を制限する事で強化されるモノでしたか」

 

「ついでに言うと、自己再生効果有りになるのよね。ジュンは魔法やスキルも使用できる数を制限する事で強化率も上げてるし」

 

「な、成程。では、あの姿は装備を制限した結果だと?」

 

唯の裸族では無いのだ。ベルセルク取得者達は。ただ、その効果を高める為に色々と工夫をしたのだ。

守護者達もアンジェの補足説明に納得の色を見せる。ジュンの恰好は力を高める為に余計なモノを省いた結果なのだと。

 

「指輪と頭、四肢以外は無しだからね・・・」

 

だが、その一言は余計である。要するに胴体・下半身は装備無しであると言っているのだから。

ユグドラシルでは課金により下着のビジュアルデータを変更することが出来た。多くの者はロールの為に色々弄った。褌、虎柄ビキニ、網タイツ等々・・・ジュンの場合は更なる課金で自動的に白いパンツから変身時に毛皮になるようにしていた。よって、それが現実になっている以上、変身を解けば裸になるのである。

 

「や、やはりその様な露出狂にはモモンガ様は相応しくありません!」

 

「ナザリックの絶対的支配者たるモモンガ様の妃が一人というのは変な話だと思うがね」

 

「デミウルゴス!?」

 

幾ら力の為とは言え、その様な恰好をする者は相応しくないと言い張るアルベド。だが、デミウルゴス的には中々合理的であり、あくまで戦闘時に限る事からそれ程問題には感じなかった。まさかの主張にアルベドは驚きを隠せない。

 

「落ち着きたまえ。正妃はナザリックの者が好ましいと思っているよ。だが、王となる子を補佐すべき側近に相応しい御子がいても良いだろう?」

 

「教育で上手く活かせる自信が有るのね」

 

「個人的にはジュン様の詳しい情報が欲しい所だがね」

 

守護者統括であるアルベドに変な疑いを持たれては面倒であるとデミウルゴスは理解している。

デミウルゴスは自身の野望の為、ナザリックの為に自論を述べる。教育に失敗すればナザリックを割る可能性は否定しがたいのは彼自身が良く分かっていた為だ。子供の教育は完全に正しいと言えるモノが無いと判断しているアンジェにはその自信の程が良く伝わって来た。

デミウルゴスが知るジュンの情報は少なく、何よりモモンガの自然な心配りから、その関係性を正確に判断した上で行動したいと考えているのだ。

ジュンを友人かそれ以上に見ているだろう最高の主人であるモモンガ。もしモモンガとジュンがそういう関係ならば、最終的に自身の全てを使い2人に御仕えし、幸せになって頂ける様務める事が出来るのだ。なんと甘美な事だろう。

ナザリックに対するデメリットは基本的には些細な物であり、最大のモノは正妃にアルベドを据え、モモンガの寵愛を適度に与えられるよう図れば解消され、様々なメリットのみが残ると考えている。何よりジュンが幸せを感じ、笑顔で有るのならばモモンガの心にある空虚さが癒されると考えれば心が躍るのだ。全てを疑う君は孤独であり孤高で有る。だが、ソレを理解されずに心が擦り切れる可能性を鑑みれば碌な事ではない。特にモモンガがアンデットが故に慈悲を無くし、唯狂気を振り向くだけの存在となる事をデミウルゴスは望んでいないのだから。

 

「それなら良い物が有るわ」

 

「こ、コレは・・・」

 

アンジェは良い機会であると判断し、空間に手を入れ、手早く物を人数分用意した。アンジェが取り出したモノに守護者各員は唖然とした。そして、唖然としている隙にアンジェは皆の手にソレを置いていく。

黒い羊皮紙の表紙であり金で4枠を補強した一冊の本を取り出した。表紙には薄紫でこの様に書かれている。

 

堕ちたる聖者の友愛 著ペロロンチーノ  協力 ウルベルト・アレイン・オードル

我が夢の礎の為に我が友の物語をここに記す。

 

書かれている内容はユグドラシルにおいて、ジュンの生い立ちやモモンガが死者になる前に出会い、スケルトンメイジになった後でも友好関係を続けた的な内容である。作成者と協力者の悪ふざけが有り、かなりアレな内容である。

ユグドラシル。アバター的に女と男(骨)である事から少し甘酸っぱいのは仕様であり、ペロロンのロマンが込められており、タブラも悪乗りして色々と口を出した結果・・・今執務室でモモンガとジュンが完全に無言・無表情となり読み進める程、ハッチャケた内容なのだ。

 

「持ってきて正解だったわね」

 

己が手に置かれたモノに皆静かに読みだした事に、アンジェは以前ジュンが誤って複製したのを有りがたく思っていた。そして、皆が読んでいる間に、ナザリックの今後の行動をクリスタルモニターを発動させ、静かに書き込んでいく。

意外と皆手早く読み終えた様だ。30分もしない内に本が一斉に閉じられる音をアンジェは耳にした。

 

「ちくしょう!」

 

「なるほど。モモンガ様と長い時を共有なさっているが故の理解かね。それにしても度し難い者達だったのだね」

 

アルベド的には敵は着実に事を進めていると感じ、デミウルゴスは不快な連中に対して、このアインズ・ウール・ゴウンが作られた裏には御方々の大いなる慈悲が有ったと零れ落ちかけた涙をそっとハンカチで拭う。

 

「やっぱり嫌い」

 

「我慢しないだめだよ」

 

アウラとマーレの姉弟はアウラが珍しく悪態をつき、それをマーレが窘めた。だが、アウラは知っている。この気弱で大人しい一見自身より女の子をしている弟が珍しく憤慨している事を。

 

「成程。モモンガ様ニトッテハ馴染ミ深イ御方ナノカ」

 

「難しいものでありんす。ですが、ペロロンチーノ様の夢とは正に素晴らしいものでありんすえ」

 

コキュートスは伝説の始まりを見たと、英雄の物語に憧れる少年の如く純粋に楽しんだ。また、英雄を様々な角度で支援したのがジュンであると認識し、シャルティアは表紙に書かれた一文から己の創造主は歴史家になろうとしていたのか。素晴らしく仔細に残された資料を基に必ずモモンガの心を射止めると志を新たにしていた。

そんな守護者の様子にクリスタルモニターを7つに複製し、其々の守護者の前へ移動させるアンジェ。

 

「今後の計画の概要だけど、コレで良かったかしら?」

 

「フム。やはり君は有能なようだ」

 

「貴方に匹敵する頭脳を持つように生み出されたのだから」

 

今後の予定や必要となると予測できるモノを仔細纏めて書かれており、デミウルゴスは満足げに頷いた。そして、自身も少し思案する事にした。特に気になった点が有り、その詳細を練る必要性を認めている。

 

「いえ。攻撃に関しては負けているかもしれないけど、防御は負けていない筈・・・それに裁縫や料理、掃除等家事に関する事はどうかしら?いえ、モモンガ様はアンデット、お食事は取れない。スケルトン系列の感覚で楽しめるのは目や鼻、耳、触覚。であればソレ等を刺激する・・・駄目ね。私は家政婦では無いのよ!?何か、そう何か良い手が有る。やはり速攻で攻めなければっ!」

 

アルベドはブツブツと呟きながらアンジェの作った資料を精査している。口走っている内容から真面目に精査していない様に見えるのだが、実際は確認できており、自分の気になった事等を注釈として記入している。守護者統括の立場にいるのは伊達ではないのだ。

 

「お姉ちゃん。僕何だか寒い」

 

「今度ロングスカートでも履いたら?」

 

だが、変な雰囲気でも出しているのだろうか。マーレが寒気を感じた様だ。アウラは時間が有ればぶくぶく茶釜が自身に用意したロングスカートを貸すことにする。自身が身に着けるのは似合わないと感じてはいるが、折角用意して貰った物。例え弟でもあげる訳にはいかないのだ。

 

「デミウルゴス。スクロールの材料でありんすがどうするでありんすか?」

 

「何事も検証が重要だからね。ジュン様はお気になさるかもしれないが、一番初めの検証対象は決まったよ」

 

アンジェは消耗品の補充の急務性を説いており、その一番に必要となる物としてスクロールが書かれていた。ユグドラシルの物品が補充できない場合についてもマニュアルの様に記されている。デミウルゴス的には仕事を楽しみたいと考えている為、過去ウルベルトが洩らした内容から材料に適している可能性が高いモノを、素材となる人皮を『羊の皮』として報告する気でいるのだ。

 

「アンジェ殿。私ノ管轄下デコノ様ナ能力ヲ持ツモノガ居ルノダガ」

 

「8本足・・・ステータス的にはどうなの?その知能は?」

 

コキュートスは軍事以外ではあまり頭が働かない自覚が有り、個人的に情報の精査や情報を扱うのに適していると思われる部下を四苦八苦しながらも表示させようとするも、上手くいかない為アンジェが途中から表示させ、詳細を聞こうとする。

こうして、各々の守護者の情報共有をすませ、手が止まった者が多々いるのをデミウルゴスが確認した。

 

「さて、アルベド。そろそろ良いかね?」

 

「ええ。では、始めましょう」

 

デミウルゴスの言葉に、凛々しく答えるアルベド。

デミウルゴスとアンジェはその状態を上手くキープ出来ればモモンガの寵愛を受けるのも難しくないだろうと思う。

そう思われているとは知らず、アルベドの頭はフル回転する。説明と指示している凛々しい顔と声の裏は結局のところピンクなのだ。

 

(あの女が創った者。この者がこれ程正確な判断が出来るという事は、やはりあの女は至高の御方々と同等か、それ以上の実力を秘めているという事で間違いないわね。デミウルゴスはあの女もモモンガ様の妃にしたいようね。必要とあらば考えるけど、今の段階では邪魔でしかない。けど、モモンガ様的にもいた方が良い。難しい。難しいわ。それよりも、女として、サキュバスとして始めに寵愛を受けるのは私よ!っと仕事の前に湯浴みをしなきゃ)

 

そんなアルベドの姿を迎賓席から見る半透明のタブラ。激しくその身をプルプル震わせ、蛸に似た頭部を抱え込んでいる事は誰も知らない事だ。




ベルセルク(職業レベル)ゲーム内の通称:ストリップマン
取得条件(スケルトン等無効化系耐性スキルを多く持つ異業種は取得不可)
1.前衛職攻撃系レベル10以上・HP・物理攻撃のステータスを一定以上を有す。
2.PvP・GvGの合計勝利数1000以上。撃破数5000以上(敗北時・被撃破時にはその分減少する)。
概説
・スキル:狂気の目覚め(ウェイク・バーサーク)を使用する事で、装備・魔法・スキルを制限して能力値を上げる事が出来るだけでなく、HP/MP(n%毎秒)の回復もする。強化値としては未装備状態の素のステータスを(主に物理系)0.1~15(最大値)%。解除すれば発動時に装備していた装備よりランクが低いアイテム(世界級(ワールド)は除外)は直ぐに装備可能。装備していたモノに関しては6h後に再装備が可能。また、解除される装備は選択可能であり、元より装備していない(武器は除く)状態でも強化値加算対象である。
・精神系状態異状、狂気・混乱弱化 怯え・恐怖耐性小 がスキル:狂気の目覚め(ウェイク・バーサーク)発動中付与される。
・スキル:狂乱の刻(バーサーカータイム)発動時にMPを20%使用し、維持にMPを1%毎秒消費する事で強化値を更に+1%する。
・スキル:狂気の目覚め(ウェイク・バーサーク)と連動し、有効化するパッシブ系スキルに被最終ダメージ-0.5% 最終ダメージ+0.5%が有る。
・クールタイムの緩和に課金アイテムは使用可能。
ゲーム時の使用感等
取得条件の割に、通常では旨味が少ない。だが、装備出来る武器数(最大5)を課金して増やしていると中々侮れない。使用できる武器の種類も必要となるが最低でも5パーセント増加できる事からステータス廚をはじめ異形種狩りを推進させた職業レベルである。実用性等を考慮すれば精々7%が限界。回復値は増加値の50分の1であり、凶悪である。
取得するモノが只のステータス廚等では無用な長物になる。これは装備を外すorしていない(武器は装備を外す必要が有る)事でステータスを上げる為である。素で多くの無効化系耐性スキルを得る事が出来る異業種は取得できない事から、原則状態異状攻撃に弱くなり、装備を除いた分だけ弱くなる為である。ウェポンマスター等多くの武装が出来る職業レベルと相性が一見良さそうに思えるが、実際はあまり変わらない。
モンク等の無手がメインであり武器がサブというビルドをしているプレイヤーには人気であり、彼等の取得しているキャラが一時猛威を振るった。
某プレイヤー以外に、狂気的ビルドをしたプレイヤー達により通称がストリップマンになってしまった。候補にはクロス・アウト。たいへん結構!。マスクマンw。等が有ったある意味不遇な職業レベルである。この異名が広がり、取得者は変〇と認識され異業種狩りが随分減ったのはある意味不幸中の幸いと思いたい。
ユグドラシル最盛期において、ベルセルク取得者の有志により『嫉妬する者たちのマスク』と下着データを褌等にした状態で某日の数日後永劫の蛇の指輪(ウロボロス)を利用してまでリア充に対し何かしようと考えた為、正式な非所持者VS所持者の変則GvG系イベントが発生。最多撃破者には『ジェラシー・オブ・マスク』という専用ベルセルク専用アイテムが渡された。尚、破棄は不可でありベルセルク職所持者には譲渡可能アイテムである。

個人的な感想ですが、ネタビルドやロールビルドがガチビルドを軽快に倒しそうな気がするユグドラシルwwwついでですが、ジュンの強化値ですが、MAX14%です。内訳としては武器5%(ロングワンド、ショートワンド、ライトメイス、ヘビーメイス、短剣)防具4%(胴、マント系、腰、下半身)その他合計4%(アクセサリ系、魔法・スキル等)+1%(狂乱の刻(バーサーカータイム)
オリジナル職業レベルベルセルクに関しての説明はこんなもんでw他にナニが居たのか分かりやすいかな?あ、たいへん結構な方は下着を肌色に変えただけです。ジャ〇プ系とガン〇ンも実はかなり強いって設定ですw
あと、最後なんだか物足りなかったのでタブラさんにご登場して頂きましたwD.B.さんありがとうございます。何か物足りない気がしてならなかったんですよー

次回の更新ですが、月曜9/21になると思います。皆大好き誤発注(笑)


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第四話

ゴメン。書きたい物を書いたら誤発注まで行かなかったよ・・・
そして、所々エロイかもしれません(^^;)ヤッチマッタ感パネェ・・・ま、R15タグ入れてるし良いかw
あ、ついでに何故幻影が度々出るのか分かりますよw
そして残念ながら、アルベド出ません・・・(´・ω・‵)


事の発端は些細なモノだった。ジュンが持ち込んだ世界級(ワールド)アイテムを検証しようとモモンガが世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)を持ち上げた際、淡く光りながら浮き上がり、文字が自動的に書き込まれて行くのを確認した後に、中身を確認した為だ。

書かれていた内容はジュンとモモンガの内容だけなのだが、如何にも厨二病であり思わず2人揃って胸が痛くなる内容だった。ふと、ジュンは見覚えが有る気がしたのだ。恐る恐る自身の百科事典(エンサイクロペディア)を取り出せば、己の声が何故女性のモノとなったのか理解した。

百科事典(エンサイクロペディア)は本来プレイヤーが出会ったモンスターの画像と神話出典のモノならば神話の逸話等が自動的に書き込まれ、更にプレイヤーが仔細を書き込む事ができる本型のアイテムである。だが、それだけで無く自由に書き込めるページが有り、ジュンは悪ふざけのつもりでウルベルトと共に考えた設定を自身の設定として色々書き込んだのだ。ソコには『モデルとなった者の声と類似した、女性としては少し低い声である』明記して有った。

モモンガはジュンの無言で俯いている様子から、暫く経って声をかける事にした。

 

「ジュンさん?」

 

「モモンガさん。モモンガさんって百科事典(エンサイクロペディア)に何か自分に関する事書いてます?」

 

唖然とも、硬直ともとれる凍り付いた表情をしたジュンの言葉にモモンガは自分の百科事典(エンサイクロペディア)を取り出し、急いで中を検める。書かれてある内容はウルベルトとペロロンチーノがジュンや自身を題材に書いた小説紛いのモノを書く際に使われたモノである。中身を検め、嫌な予感をしてジュンを見れば、元ネタになった本を取り出していた。

2人は無言で一緒に読み進める。そして、あまりにも息の合ったタイミングでページを捲り、全て読み終えた。

 

「ねぇ、何コレ」

 

読み終えたジュンはその瞳孔を、竜を思わせるモノに変え、肉体には血管が浮かび上がる。正に力が込められているとモモンガは思った。口を開けば殺気が込められているのだろうか。骨しかないモモンガの体に寒気が奔る。一言で言えば爆発寸前だろうか。

 

「ジュ、ジュンさん?あのですね。別にワザとじゃ無いと思うんですよ」

 

「いや、分かってるよ。けど、コレは無いんじゃないか?」

 

「まぁ、そうですが、少し落ち着いたらどうですか?あ、俺メイドに何か持って来させます」

 

特に仲が良かったペロロンチーノが書いた事も有り、何とか弁解しようとするも取り付く島もない。故に落ち着かせようと、何か軽食や飲料を用意させようと席を起とうとするも、丁度隣に座っていた事も有り袖をジュンに掴まれた。

 

「あの、放してくれると助かるんですが・・・」

 

「モモンガさん。知ってた?」

 

完全に目が据わっているジュンに、何とか袖を離してもらおうと思うモモンガ。内心、何を?と思わなくも無いがあの本の事だろうと察す。

 

「いやー、ペロロンチーノさんが題材にして書いたとは聞きましたけど・・・」

 

「俺もさ。間違ってコピーした時に読んでネタとして笑ったよ。笑ったけどさ」

 

何とかしようと思うのを諦めようかと思うモモンガ。ジュンが第一人称を『俺』に変える時は大抵頭に血が昇り過ぎている状態である為だ。しかも、冷静に怒っているような状態な為対応を誤れば一発貰ってもおかしくは無い。

フレンドリーファイアが無い状態で戦闘形態では無いが、上位の前衛職や上位種族レベル持ちの同レベル帯の攻撃等、モモンガは貰いたくは無い。支援・強化系以外のスキル未使用時、俗に言う通常攻撃の場合威力を増す腕輪をジュンは着けているのだから余計に。

 

「いや、ペロロンチーノさんもワザとじゃ無いでしょうし、ね・・・」

 

「誰が世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)に記録されると思うよ。兄さんと考えた設定も組み込まれるなんて・・・」

 

「いや、設定の件は自業自得でしょう・・・すいません。事故ですね。ハイ」

 

自分所業が原因だとジュンも理解しているが、第三者であるモモンガに指摘され思わず握り拳を振り被るも、ソコで薄っすらと蛍火の光を放った。怒りが一定以上を越えた為真実の目の効果の一つ。精神攻撃無効による精神安定が発動した証拠である。モモンガは内心助かったと安堵の溜息をつき、座りなおした。

一方のジュンも一度深呼吸し、心を更に一段落ち着かせ、モモンガにも何か有るかと思うのだ。

 

「モモンガさん。この設定。モモンガさんにも反映されてません?」

 

「どうなんでしょう?この体になって色々変わっているのは自覚有りますが、よく分かりませんね」

 

ジュンは世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)に記入されたモモンガのページを読みながら話す。モモンガが目を逸らしたのをジュンは感じながらも、一先ず置いておく事にした。

流石は全盛期のウルベルトと言うべきか、書かれている設定は色々と全開である。内心設定魔であったタブラも何らかの関与が有ると2人が思う程説明文が長いのだ。

『正に死の支配者に相応しき・・・』『死は安息である筈だが、其れを超越した・・・』『また、死を超越したが故に現世の・・・』『慈悲深いが死者にしては感情の起伏が有り・・・』等々。読み進めるのは2人の心に一定以上のダメージが及びそうな為、読み進めるのは諦め、目次に当たる部分までページを戻した。

書かれている内容は有益だった。

『この書に記されし者は例え存在を消滅する理により体を失おうとも、それは死では無い。如何なる邪法をもってしても存在は消えず、対価として血、若しくは金を用いらば蘇らん。この書は世界の理を持ってのみ消滅する』

ゲーム用語は省かれている説明だが、要するにデータのバックアップをする特殊なアイテムであるという事。また、永劫の蛇の指輪(ウロボロス)等願いを叶える系列の世界級(ワールド)アイテムの使用でのみ消滅するという事である。そして、この書に書かれた設定は性格等にも反映されるだろうとジュンは考えた。故に諦めの溜息をついた。内心、何回溜息をつく事になるのか杞憂でもあるが。

 

「まぁ、万が一ロンギヌス使われても大丈夫の可能性が有ると考えれば、ね」

 

「ただ、蘇生されたとして、ソレは本当に自分なのか気になりますがね」

 

「・・・守護者に聞くのがベストでしょうね」

 

2人ともこのアイテムの存在は知られてはならない物であると認識し、また万が一の際復活したとしてソレは己であるのかという不安は拭いさる事は出来ない。モモンガは状況が落ち着き次第一度宝物殿へ赴く事を決めた。動く己の黒歴史と会うのは気が引けるが、それ程重要なアイテムなのである。ジュンは取り合えず己の百科事典(エンサイクロペディア)世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)を自身のアイテムボックスに収納した。

集中力が切れたのかジュンは眠気を感じたのだ。通常の悪魔系ならば『睡眠無効』が有るのだが、ジュンは『睡眠耐性 大』なので眠気が有るのだと判断した。そしてモモンガに申し訳無く思うのだ。モモンガは肉の体を失い、人とかけ離れてしまっているのだから。

 

「あー、ゴメン。モモンガさん。寝る所借りても良い?眠れないモモンガさんには悪いと思うけど、さ」

 

「構いませんよ。そう考えると肉の体って不便だったんですね」

 

そして懸念は当たっていた。モモンガは極めて自然に己の骨の体を認めていた。肉の体が不便であるとの認識はジュンも思わなくもないが、モモンガは人間であったのが過去の事であると認識している様に思えた。

ジュンは、モモンガの認識と心の差異がどの様な事になるのか分からない為、試してみる事にした。同じ男相手にするのは気持ちわるいと思わず、恥ずかしさを訴える己の心に蓋をしてモモンガの膝に手を置き、下からモモンガの顔を覗き込んだ。

 

「モモンガさん。不安だから、眠れないにしても手を繋いでくれる?」

 

「え?」

 

ジュンの突然の申し出に困惑するモモンガ。思わず口を開き、唖然としてしまっている様子が見て取れる。ジュンはペロロンチーノとの馬鹿話で思い出した、本当に女性がするかどうかは不明だが、誘惑する行為を試しに取ってみる事にしたのだ。だが、反応が悪いモモンガの様子にそっとモモンガの膝の上に馬乗りになり、その首の後ろに腕を回す。胸がモモンガの肋骨に当たり、形を変えるも気にせず、モモンガの顔をジッと見つめた。

 

「ねぇ、お願いしても良い?」

 

「ちょ!?急に女の子らしくしてどうしたんですか!」

 

思わず引き込まれそうなジュンの目に意識を持って行かれていたモモンガ。ジュンの形の良い唇が言葉を紡ぎ、蠱惑的な甘い匂いに、ふと蛍火の光を放ち我に返った。

女性的かどうかはモモンガには理解出来ないが、ジュンの行動は思わずなけなしの欲望が刺激されるのを感じた。

モモンガはユグドラシル時代のジュンを男性と認識していた。だが今のジュンは声は女性のモノとなり、女性特有かは不明ではあるが甘い匂いをしている。触感も男性では無い、柔らかでありながらも程よく筋肉がついているのだろう、程よい弾力を持つ。とても男性であると認識できない為、先の集まりの際思わずジュンの数か所に目が行ったのを自覚し、そして冷静になった思考が自己嫌悪を思わせる。

 

「別に良いでしょう?」

 

「いや、良くないですよ!って、ぶくぶく茶釜さん?」

 

だが、それも一瞬だった。ジュンが優しくモモンガの頭を掴み、視線を己に向けさせた為だ。

モモンガは思わず視線泳がせた。そして、ジュンの後ろに視線を向ければ半透明のピンク色のナニかに見える者が迎えのソファーに座っているのが見えた。具体的な形状は男性のシンボルに似ているのだが、この形状は伸びている為であり、実際は『粘液盾』と名高い『ぶくぶく茶釜』である。

ジュンは突然別の女性の名を言われた事に不快感を覚え、自身の心の動きに少し戸惑いながら後ろを一瞥するも何も無い。

だが、ウルベルトとたっち・みーが氷の魔竜と炎の巨人。何方を狩るかでもめた際に、ペロロンチーノが己の姉のアバターを肉棒と形容したのを思い出せば無意識に小さく笑った。

 

「何言ってるんですか?まさか、無くしているのにナニを?」

 

「いや、確かにこの体では無いですけどね!?え?ジュンさんには見えてないの?」

 

ジュンはモモンガの肋骨を上から下へ指を添わせる。白魚の様な指が、肋骨の隙間に入り込まない様ソフトな接触である。モモンガはジュンの言いように少し頭にくるも、幻影は自分しか見えていない事に困惑した。

モモンガの困惑に先ほど見たモモンガのページの記載を思い出したジュンは世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)を取り出し、自分はモモンガの膝の上に座り、背中を預けた。

世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)を開け、目的の事項を見つけたジュンはモモンガが分かりやすい様にその行をなぞる。

 

「もしかしてコレじゃない?」

 

「残留思念、ですか?」

 

そこに書かれているのは、『死を超越したが故に残留思念を感じ取り、時にはその声を聴く事が出来る。死者のモノだけで無くその場や物に遺された強い思いも含まれる』

モモンガは残留思念という言葉が何なのか思い出そうとするが分からなかった。だが、文面から要するに仲間達の意思がナザリックに込められている気がした。その事に気付くとぶくぶく茶釜の幻影は一層直立し、空気に溶けるように消えていく。

ふと、モモンガは独りではなく、仲間達が遺したモノがNPC(こども)だけでは無いと、皆を身近に感じる事ができ、小さく笑った。

 

「嬉しそうですね?」

 

ジュンはモモンガの様子に世界百貨辞典(ワールド・レコーズ)を再び収納して、モモンガの体に背中を預け、目を瞑った。

ジュンの体温はモモンガに伝わり、モモンガは胸が、心が暖かくなる感覚に身を任せ、皆を思い出していた。確かに皆、現実の都合で離れて行った。行ったが確実にいた証拠が有る。そう感じずにはいられない。

ゆっくりと心が温かくなり、そして、強制的に感情が抑制され元の平坦なモノとなる。それが何所か寂しげであり、現実を突きつけられている気がしないでもない。だが、モモンガは自身の膝の上にある重みと温かさに孤独感は消えて行った。何所か心に空いた穴が塞がる様な気がしないでもない。思わずジュンを抱きしめてしまい、ジュンは少し驚いた様子だが、優し気な笑みを浮かべた。

 

「私に寝顔を見られても良いのか?」

 

ジュンの温もりがありがたいと思う反面、この姿勢等を自然に行い、動揺を見せない事にモモンガの好奇心が刺激される。少し仕返しをしようと考え、頭を下げ出来るだけ耳元でそう囁いた。

守護者達と話すようなモモンガの音程の声と口調。ジュンは己の心臓が急に強く跳ねたのを自覚し、異様な恥ずかしさとモモンガの行為に嫌悪感を感じない事を疑問に思わない事に蓋をした。

 

「確かに体は2人ともアレですけどね?今の体じゃ行為も何も無いでしょ。それに、これでもまだ男です。今のところ。多分・・・」

 

「・・・気付いて無いだけだと良いんですが」

 

この短時間だけで随分と自信が無くなったジュン。語尾がに近づく程声が小さい事から自覚は有る。それに、モモンガの体が骨である事から、ある意味身の危険を感じないのが良かったのかもしれない。

モモンガは先のジュンの行為に、かなり色々と削られているので溜息混じりである。

 

「だから、ですよ。いくら寝なくても良い状態でも、ね」

 

モモンガは内心、ジュンと一緒に、この右も左も分からない世界に来た幸運に感謝した。

ジュンがあえてあの様な行為をしたのはモモンガの些細な変化に気付き、少しでも緩和する為にも人間の生活で重要な行為である睡眠、休息を取るよう仕向けた結果なのだ。

恥ずかしさも有るだろう。そして、女になっていく心を自覚してしまっただろう。それでも己に気付かせようと、気遣ってくれたジュンに、モモンガは涙が出そうになる。だが、涙も出なければ感情が強制的に抑制される身。感謝は行動も伴い示すべきだと、ジュンを抱きかかえ、立ち上がった。

 

「ありがとうございます」

 

「それより、もっと素をだしたら?」

 

急に横抱き、属に言うお姫様抱っこされたジュンは驚くが、穏やかなモモンガの声に軽く本来の口調素の自分を出し事を薦めた。

2人は何方が先かは不明だが、笑い出した。モモンガは、そのままの状態で寝室が有る部屋へと歩いて行き、戸が閉まる音が意外に大きく無人の部屋に響いた。

 

『勇気あるモモンガさんに敬礼!』

 

戸が閉まる瞬間に半透明であり、猛禽類の頭部を持ち、4枚と翼を持つ白と黄銅色が目立つ鳥人。ペロロンチーノが2人が消えて行った部屋の扉に敬礼しているのは誰にも分から無いだろう。何所か涙を流し気味であり、歯を食いしばっている様な声である事は誰も知らない方が良いかもしれない。

 

寝室へ続く部屋の扉が閉まる音は本当に大きかったのだろう。執務室へ続く扉の前に立つナーベラルとルプスレギナは動揺していた。

 

モモンガの部屋の構造的に、執務室には寝室と道具置き場的な部屋、廊下へ続く扉が有る。

 

「ナ、ナーちゃん。今、扉が閉まる音が聞こえなかった?」

 

「一先ず確認よ。・・・失礼します」

 

ルプスレギナは聴いてはいけないモノを聴いてしまったと言わんばかりに焦りが顔に出ており、一方のナーベラル薄っすらと額に汗をかいており、そのままノックし、返事が無い為扉を開けた。無人である。応接用の机の上に本が一冊置かれているだけで、本来居るべき者達の姿が無かった。そして、道具が置かれている部屋も同じ手順で確認するが、2人の姿は無く、気配的にも寝室にいる事を認識してしまった。

 

「え?モモンガ様骨だよ?もしかして、もしかしたりする!?」

 

「分からないわ。けど、睡眠を好まれる可能性は高いと思う」

 

誰の目で見ても分かるほどルプスレギナの目は輝いていた。正にワクワクした様子である。ナーベラルは純粋に、ジュンが睡眠を欲し、寝る前にモモンガと話している可能性も考慮に入れるが、あくまで可能性であり、低いだろう。

 

「ナーちゃんは、モモンガ様の姿が無いのはどうしてだと思うの?」

 

「アルベド様に報告すべき。なのでしょうけど・・・」

 

「下手にジュン様が起きて、モモンガ様に注意とかされそうだよね」

 

ルプスレギナの余りにも楽しそうな声と視線に、話題を逸らすナーベラル。

だが、ナーベラルの言葉に2人は報告した際のデメリットを思い浮かんだ。現在ナザリックは緊急事態であり、守護者もその対応に追われている筈である。そして守護者統括であるアルベドのモモンガへの傾倒・懸想っぷりは2人は良く知っている。この件を報告すれば間違いなく寝室へ突撃する事も。

 

「ルプスレギナ。楽しそうなのは結構ですがあまりハメを外さない様お気を付けなさい」

 

「セバス様!いや、コレは、あのぅ・・・」

 

かなり動揺していたのだろう。ルプスレギナは突如聞こえたセバスの声に振り向けば、先程も見たステキ笑顔仕様のセバスが立っていた。ルプスレギナが何か話そうとすが、何を言えば良いのか分からない為しどろもどろになっている。

 

「2人共。御静かに」

 

セバスは気の使い方に優れており、寝室ではジュンがベットに横になり、ジュンの右手をモモンガが握っている様に感じた。そして、先程会った時と比べジュンの気が程よく弱めになっている為、寝ている可能性が高いと判断する。話声等が大きく、起こさない様ルプスレギナとナーベラルに指示をだしたのだ。

セバスは考えすぎでは有ると自覚しつつも、必要な事を済ませるべく部屋を一瞥した。危険物の類は見当たらず、応接用に見慣れぬ本が一冊置かれているだけである。手に取れば著者はペロロンチーノである様子。素早く本を読み始めた。一見適当にパラパラ捲っている様だが、確りと内容を把握しており、読み終わればそっと元の位置へ寸分違わず置く。

感想は特になく、ジュンの食事は人間が食べる物を用意する様、料理長へ伝える必要が有ると判断したくらいだ。

 

「2人とも、ココはお願いします。万が一が有るか、モモンガ様がお出になられれば、分かりますね」

 

「了解っす!」

 

「ルプー・・・」

 

セバスはすべき事を終え、次の仕事へ向かう事にした。小声ながらも元気良く返事するルプスレギナにナーベラルは頭痛を感じた。

 

モモンガは時間がゆっくり流れているのを感じながら、ジュンの寝顔を見ていた。

現実(リアル)では朝早くから出勤していた為、味わった事が無い様なゆったりとした時間に身を任せる。孤児院の雑魚寝状態ではなく、ただ横で座り手を握っているだけなのだが、モモンガは安心感を味わっていた。穏やかなジュンの寝顔に、己が感じている様にジュンも安心感を得ているのだろうかと思う。

モモンガは考える。姿が変わり、価値観の変化が顕著になれば、本当にソレは己なのか。

ジュンは女の体に。自身は骸骨に。性別の差異程度ならばまだ良いのかもしれないと思うが、結局の所五十歩百歩であり其々の苦悩が有るとも思う。今の己は『鈴木 悟』であった存在でしか無いと判断を既に下している。だが、己が人間であったのをジュンが思い出させてくれている。

思えば、己の心に暖かさを覚えさせたのは仲間達であり、ジュンであった。もし、皆に出会わず擦り切れた精神でこの体に宿れば外見通り、全てに無感情・無慈悲に判断を下すモノとなり果てていた。仲間がいたからこそ、ジュンが傍にいたからこそ、今の己は『鈴木 悟』であったアンデットと認識出来ているのでは無いかと。

モモンガは何故か、目の前にいる無防備な存在を収納できる宝箱が有れば閉じ込めたいと思った。だが、ナニかが叫ぶ。自由に飛び回れるからこそ、鳥は美しく気高いのだと。野に咲く花を手折れば、幾日かで枯れると。

自身は過去の動画でしか鳥が空を舞う姿を、緑の大地に咲く花を見た事しか無いのに。最終学歴が小学校卒業であった為、教養が少ないと自覚有るのに何故かそう思うのだ。

結局の所、『ジュン』を手放したくない。そう考えているのだろう。『ジュンを閉じ込めてでも』欲しいという欲望を抱いているのか?自問自答が続く。

だがそんな思考とは裏腹に、モモンガの心には『幸せ』という単語が浮かび、空虚なナニかが満たされる感覚を味わっていた。

どれ程時間が経っただろうか、ジュンの長い睫毛が震え、その瞼が開いていく。モモンガは先程迄の思考を脳裏に隅へ追いやり、無意識に忘却した。

 

「おはよう。モモンガさん」

 

「おはようございます」

 

少し眠たげな目でモモンガを見るジュン。その目には拒絶の感情無く、澄んだ目でモモンガの姿を捉えており、その瞳に映った骸骨の姿が己であるとモモンガは理解しているのに、落胆せざるを得ない。

ふと、ジュンは己の右手を見れば、モモンガの骨の手が、傷付けないよう優しく握られているのが目に入った。そして、己が何も不安を覚えずに目が覚めた要因であるとも認識した。

 

「本当に一晩中、就いててくれたんですね」

 

「えぇ。あ、食事はどうしますか?」

 

笑みを浮かべ、感謝の意が伝わる事にモモンガは恥ずかしくなり、手を放して振り返りながらそう聞いた。その姿が何所かコミカルで面白かったのかジュンは小さくクスクスと笑い、モモンガ照れた様に右手人差し指で自身の頬骨をカリカリと掻いた。

 

「あ、それですが、2人分お願いします」

 

「分かりました。あ、着替えておいて下さいね」

 

ジュンの要望にモモンガは少し変だとは思ったが、そう言って寝室を出た。ジュンは自身の恰好が白い特大の布を巻いただけだと思い出し、アイテムボックスに入っている、登録した装備を瞬時に装備させる指輪を取り出した。指輪の装備制限が無い為、ソレを右手小指に填めて発動させれば、昨日着ていた修道服モドキの恰好になる。

地面に落ちた先程巻いていた布をアイテムボックスに収納して、手早く寝室を出た。

 

ジュンが出れば、モモンガはナーベラルに食事の件を言い渡し、ルプスレギナが持って来た書類を読みだしていた。執務用なのか、黒曜石調の机に置かれた書類は意外と多い。所々付箋が有るので、恐らくナザリックの運営に関するのか、周囲の調査結果等の報告かと判断し、自身は応接用のソファーに腰掛けた。

暫くするとナーベラルが2人分盛られた食事のトレーを持って来た。メニューはハムや各種野菜等を挟んだ掌大のサンドイッチが10種類。何故かコーンスープとクラムチャウダーがカップに入っており、冷たい飲み物は無い。量は多いが、正直朝食としては疑問を抱かざるを得ない献立である。

モモンガがナーベラルに問いかけようとするも、ジュンが袖を掴み、静かに首を横へ振った。

 

「外で待っていろ。ジュンは気軽に食べたいようだ」

 

モモンガの言葉にナーベラルとルプスレギナは退出し、モモンガは朝から頭痛を覚えなくもない。モモンガの部屋へ運ぶ事から、毒物等は考えられないが、この様な献立ではホストであるモモンガの面子に傷が付くモノなのだが、アルベドの指示で用意された物である。

トレイの一往復で運べ、手早く取れる食事である事から、非常事態を前面に出して押しきれる。また、叱咤して貰えるならばモモンガに逢えると判断したのだ。そして非常事態である為、今アルベドを謹慎処分にすれば更に調査等の効率は低下し遅延するため、下手な処分は下せないだろうとも考えている。

 

「多分ですけど、手早く食事をして、仕事して欲しいって意味でしょうね」

 

「だからと言って、コレは・・・まぁ、飲料系の食事を持って来なかっただけ良しとしますか。非常事態ですし」

 

だが、アルベドの狙いは見事に外れた。2人は企業戦士として、飲料系の食事と言えぬ栄養補給で働いた経験を持つ者達なのだ。モモンガ的には持成す側として不快感を感じなくも無いのだが、現状から不敬覚悟でこの食事を用意するよう指示を出した者を褒めるべきか、叱咤すべきかで悩むが、ジュンが不満を感じていない様子に褒める事にした。

 

「アルベド、か・・・」

 

視界の隅に蹲って震えているタブラの幻影を見ながら指示を出した者の見当をつけながら、ふとアルベドの設定を弄った件をジュンに伝えていない事を思い出すが、一先ず書類の処理を続ける。モモンガの書類仕事を横目に、ジュンも食べながらモモンガが見ている書類を確認する。その際、余りの美味しさに呟きそうになるが気合で我慢した。

 

「モモンガさん力の涙(パワー・ティアーズ)なんだけど、ちょっと使ってみてくれませんか?」

 

丁度読み終わったのを良いタイミングとして、ジュンは力の涙(パワー・ティアーズ)をアイテムボックスから取り出した。モモンガは仕様等は知らないが、取り合えずチェーンが有る事から首に掛けてみる。淡い紅い光をモモンガを包んだ。

 

「コレは・・・!」

 

モモンガは何が変わったのか己の両手を見てみれば、肉が、皮が付いていた。咄嗟の行動なのだろう。上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)を使い、鏡を作り出し、己の顔を映してみた。

 

「なっ!俺の顔!?」

 

35才程で何所にでもいそうな黒髪の男の顔。現実では慣れ親しんだ己の顔がソコには有った。だが、何所か精鍛な雰囲気であり、肌蹴てさせている服の隙間から見えるのは俗に言う細マッチョであり、筋肉質な体だ。思わずペタペタと触りながら、感触が有り、幻術で無い事を確認した。

ジュンはモモンガの表情があまり変化せず、見開いた目と声で驚愕している事を判断するのだが、それを一先ず置いて置き、真実の目が残り時間をカウントしているのが見えた為、仕様をどう説明するか迷う。

 

「どう?」

 

「えぇ、ですが、コレは・・・」

 

だが、取り合えず感想を聞く事にした。モモンガがさり気なく己の股間を服の上から確認しているのを見ていない事にして。

 

「何だが、選べる仕様だったんで取り合えず人の体にしておいたんです」

 

「種族に対応する物なのか、それとも・・・」

 

ジュンが今回力の涙(パワー・ティアーズ)に込めたのは職業レベル、ファイターレベル5。

種族レベルも込められる仕様なのだが、対応した種族に一時的になるとは判明しているのだが、様々な検証が必要なのである。また人族以外ならば、対応するレベルの付与の際、元の姿か、人間の姿かを選択できるのだ。地味に筋肉質なのはファイターを入れた為かとも考えるのだが、それよりもすべき事が有った。

 

「取り合えず食事にしませんか?」

 

ジュンの一言にモモンガもサンドイッチに手を伸ばした。

モモンガは無言で食事を取る。噛み切る感触を味わい、ハムに付けられた黒コショウの風味を楽しみ、野菜特有の甘さに感動すら覚えた。現実では新鮮な作物は貴重であり、コレ程瑞々しい野菜なぞモモンガは食べた事が無かったのだ。

 

「美味しいですよね」

 

「えぇ・・・」

 

ジュンの笑顔にモモンガはそう答えるしか無かった。先に食べていたジュンが、己が食べるまでその一言を我慢した事にありがたく思いながら、2人は食事を楽しんだ。食べながら喋らないのはこの味を楽しむ為である。

 

「さて、取り合えず残り時間がどれぐらい有るか分かります?」

 

「何故か体感ですが、残り12時間位の様ですね」

 

シメに2人揃ってスープを飲み干した後にジュンが聞く。モモンガの述べた時間にジュンが頷いている事から間違いは無い様だ。

 

「一日に効果を発揮する時間は込めるレベルで変わる仕様みたいです。込められているの、何か分かりますよね」

 

「えぇ。ファイターとか、実験には丁度良いですが」

 

ジュンの説明に、魔法詠唱者である己が戦士職とか合わないと思いながらも、このアイテムの有用性は強力であると認識した。時間制限付きだが、実質レベル100を超えるのだから。初期選択可能な下位職の職業レベル分のステータスの上昇だが、同レベル帯の戦闘では馬鹿に出来ないのだ。詳しい仕様はまだ判明していないが、上位職が込められるならば、PvPの勝率は一気に上がるだろう。

そして、それ以上に己が再び食事できる事に感動を覚える。

 

「手放せなくなりそうですね」

 

「普段はモモンガさんが持っておいて下さい。けど、人の肉体で戦うのはかなり感覚が変わると思うので、控えてくださいね」

 

モモンガが思わず口にした一言は感慨深いモノだった。

食事は魅力的だった。だが、ジュンの一言に、人間の姿を取るのはナザリック内であり、限られた時間が良いとも思う。軽く手を握ったり開いたりするだけなのだが、何所か違和感を覚えた為だ。

 

「この姿で出歩かない様にした方が良さそうですね」

 

「いや、人間とかの前に出るのはその姿で。人間の感覚だと骸骨ってマズいですよ」

 

「何故ですか?ユグドラシルでは・・・あぁ。そうか」

 

モモンガはジュンの指摘に、己がまだユグドラシルという『ゲーム』の認識を持っている事を理解した。そいして戒める。『現実』であると認識せねばならないのだから。そして、己の価値観の差異がどれ程有るのか予測できない不便さが気になる。

モモンガは後ろ髪を引っ張られるように、名残り惜しそうに使用を止めた。夢から覚めるように、肉は消え去り、元の骨だけの姿へ戻る。だが、モモンガはこの骨の姿こそ己であるという認識をしている事に気付いた。

 

「懸念してましたけど、飲食は問題ないみたいですね」

 

「えぇ。さて、手伝ってくれますよね」

 

モモンガが先程食したモノが解除と同時に、ぶち撒かれない為ジュンはそう判断した。そして、モモンガの何所かスッキリした様で、ストレスが解消された様な声音に自然と笑顔になる。

 

「勿論ですよ」

 

ジュンは笑顔と共に了承し、モモンガとは別の書類に手を伸ばした。

書類の処理をしながらジュンと問答するのは今後の裁定にも関係するので、地味に壁を一定の間隔で殴るペロロンチーノの幻影をモモンガが完全に無視している事は本人しか知らない。

 

数刻後、ナーベラルとルプスレギナが次の書類を持ち込んだ時には、既に決裁済みで談笑する2人の姿に驚くのだった。

 

 




てな感じにお送りしました。甘いのかドロドロしてるかw
ウチのモモンガさん。無自覚の肉食系ヤンデレかもしれない・・・
さて、今回。色々と暴れ斃しました。私が。まぁ、どんな結果になるのか予測はしてますが・・・某メイジンは言いました!ガン・・・二次創作は自由だと!(笑)
ですので私も開き直る事にしましたw評価を恐れて二次創作は書いてられんでしょw

次の更新は遅くても水曜日になります。


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第五話

※シリアスさん達が仕事を始めました。最後付近は気分が悪くなる方が居るかもしれません。ご了承の上お読みください。
一応抑えたバージョンなのですがね・・・
あと、アルベドの出番・・・(´・ω・`)


書類の奔流が落ちつきを見せた頃、モモンガはジュンを伴いアンフィテアトルムまで転移した。ナーベラルとルプスレギナには行先を伝えており、力の涙(パワー・ティアーズ)の実験である旨は伝えている。

マーレは地表にて作業の下準備を行っており、アウラ1人が様々なモンスターに指示を出していた。地表の更なる捜索を行うために部隊編成を行っているのだ。アウラがモモンガ達が転移して来た事に気付き、即座に走り寄り、一礼した。

 

「如何されましたか。モモンガ様。何かご用命ですか?」

 

「うむ。少し試したい事が有ってな。」

 

モモンガの機嫌が良さそうな様子にアウラは子供らしい笑みを浮かべる。そして、モモンガの三歩後ろに付き添い、微笑みを浮かべるジュンを一瞥した。ぶくぶく茶釜を始め、アインズ・ウール・ゴウンの女子メンバーが悪乗りで色々ジュンを構った事が有ったのだ。

マーレや己の製作にも色々関与したとぶくぶく茶釜がやまいこと話していたのを聴いていたアウラは、モモンガの機嫌が良い要因がジュンに有ると思っている。

モモンガはアウラがジュンに対して何か含みが有るのは見て取れたが、取り合えず実験を行う為、力の涙(パワー・ティアーズ)を起動させた。その際残り時間が10時間に変化した事から、起動に一定の魔力を消費する事を認識する。

アウラはモモンガが淡い紅い光を纏った事から、純粋に子供らしくワクワクと好奇心から楽しみにし、キラキラした瞳で見ている。その様子にジュンは()いらしく思い、微笑まし気にアウラを見た。

 

「え!?モモンガ様、ですよね?」

 

「そうだアウラ。何所か変か?」

 

光が収まり、アウラは見た事が無い短髪で黒髪の、人間の男性がモモンガの衣服を纏っている事に驚愕した。

そして、おずおずと自身無さ気に問いかければ、主であるモモンガの声に何所か安堵した様子である。モモンガはそんなアウラの様子に方眉を上げ疑問を覚えた。己の顔つきが何か変なのだろうかと。

 

「い、いえ。ですがその御姿はどうなさいました?」

 

「なに。力の涙(パワー・ティアーズ)の力の一端だ。食事を取ったが、久しく美味いと感じたぞ」

 

歯切れが悪い返答のアウラだが驚いたのはモモンガが肉を纏った事と、何故『人間』の姿を選び、あまり見栄えが良く無く厳つい印象を与える顔を選んだかの3点である。ペロロンチーノが書いた本では、生前の姿はあまり優れた容姿では無いと理解しているので、この顔こそが生前の顔なのかとも思う。

だがそんな自身の心の機敏よりも、アウラから見て長い時の流れの中忘れていた行為を、純粋に食事を楽しんだと言わんばかりのモモンガの様子に、機嫌が良い要因が分かり安心した。再びシャルティアとアルベドの間を取り持つのは勘弁願いたいのだから。

 

「色々と試したい事が有るのだ、良いか?」

 

「はい!良いも何も、ナザリック地下大墳墓は全てモモンガ様の物!お付き合いさせて下さい!」

 

「頼むぞ。アウラ」

 

故に元気良く返事をするアウラ。モモンガの喜びは己の喜びと言わんばかりだ。

モモンガはそんなアウラの様子にそっと、その頭を撫でた。まるで絹糸の様に柔らかで手触りが良い感触に、モモンガは触覚は元の姿よりも強化されていると感じた。

一方のアウラは撫でられた事に驚きはするも、己の頭で感じる暖かな感覚が気持ち良くまるで猫の様に目を細め、照れてた笑顔を見せた。そんなアウラにモモンガも小さく口角を上げて笑う。ジュンはまるで出張から帰ってきた父を出迎えた娘とは、こんな雰囲気なのだろうかと思った。

 

「まるで親子みたい」

 

「子供か。今は考えられんな」

 

ジュンの一言に、モモンガは笑みを消してジュンに向き合った。

その表情は肉と皮が有る人の顔であり表情もハッキリと分かるだけに、鋭い視線と苦虫を噛みしめている様な岩の如き無表情はソレだけで威圧感を伴う。アウラはモモンガが後継者について考えていないのか分からないが、大人しくジュンとモモンガの会話を聴いておいた方が得と思い黙る。

 

「えっ?どうしてですか?」

 

「そもそも、この肉体にそういう機能が有るか分からん」

 

ジュンの純粋な疑問の声にモモンガは己の体を見ながらそう答える。

現在、肉を纏ってはいるが元は骸骨なのだ。現在の状態で脈が有るのは感じてはいるが、時間制限も有り、生理現象の有無は自覚は無く、気候も温かいと思わなければ寒いとも思わない。余りにも奇妙な話でもある。

 

「それにだ。現状が落ち着かない以上、子供が原因で失態を犯すのは愚策というものだ。子が無事に成長して、気に病む可能性も捨てきれん」

 

「・・・あれ?NPC創造の余りレベルは無いの?」

 

「私の分は、パンドラズ・アクターと守護者クラスの分量を残し、全て仲間達へ回したからな」

 

現状は子供を育てる環境に無い。そう宣言しているに等しいモモンガの言葉にジュンは納得しかけるが、ソレが全てでは無いとジュンは思う。何故かモモンガが己を視界に入れ、その視線からかは不明だが背筋が寒いと感じるのだ。その為、ジュンは会話の方向性を変える事にした。あえて少し考える様な素振りを見せて、感じた悪寒を勘違いと己に言い聞かせる様に。

原則、どんな最弱ギルドでも初めに700レベル分のNPCを作れる権利が与えられる。そこからメンバー加入分や、敵対ギルドの壊滅、課金等の方法で保有レベルを増やせるのだ。

ジュンはナザリック地下大墳墓はNPC創造限界に達していると思っていただけに、純粋に驚いた顔をした。だが心の中で、モモンガが創れるのは1人では無い気もしていたのだが。

アウラもてっきり至高の方々は既に、仲間を御創りにならないつもりだと思っていただけに、創れるのに制限が有ると知り驚愕した。

 

「ジュン。お前は最低でも守護者クラスを5人分創れる筈だが、どうだ?」

 

「仕様が変わって無ければだけど、少しは敵対ギルドも落としたから・・・6人分は行ける筈」

 

ジュンの返答はウソである。実際はあと7人は創れる筈だと思っている。そして、稼働してはいないが既に1人は作成済みなのだ。

モモンガはジュンのウソにも気づいてはいるが、あえてソレは気付いていない様に振舞う。

2人は同時に思う。全てを語っていないと。だがソレは追及するものではなく、時が来れば話すだろうという確信も持っている。ジュンは作ったNPCは己に忠誠心を持っているかどうか不安に思った。

アウラの目には、モモンガとジュンは純粋に創るか否かを話し合っている様にしか思えず、デミウルゴスの言うモモンガの後継は実際に子供を作るのではなく、守護者級の者を子供として育てるか否かを迷っているように思えた。

 

「子供よりも部下になってしまうかな?けど、ユグドラシルの記憶は無いだろうし・・・」

 

「教育でどうにかなるか?」

 

ジュンは自身の不安を解消すべく少し暈しながら述べた。モモンガは純粋に解決策を探るべく疑問という形で述べる。暗に、ジュンが既に1体作成していると勘づきながら。

 

「教養が有るのが、アルベド、デミウルゴス、セバス、アンジェ、司書長・・・あとパンドラズ・アクター」

 

ジュンは教養が有りそうな者達を上げていく。最後の者は申し訳無さそうに付け加えた。設定の概要は知っているが、実際に動き出したら面倒そうだとも思いながら。モモンガは黒歴史1号をデミウルゴス級の智謀の者にしたのを後悔している。どの様な教育を行うのか全く予想が付かないからだ。

 

「・・・セバスや、アンジェくらいか?他は趣味趣向が過ぎる可能性が有る」

 

「武力なら、皆十分なんだろうけど・・・」

 

モモンガはパンドラズ・アクターを始め、ウルベルトが己の悪の美学を詰め込んだデミウルゴスと、守護者統括であるアルベドを含めて除外した。心労は要らないのだから。また、教育に関して挙げた2人は属性(アライトメント)の関係上変な教養は与えないだろうとも思っている。

ジュン的には単に除外されたのは職務の関係で忙しくなる為だと思っている。パンドラズ・アクター以外は。

 

「あ、あの!そろそろ実験を始めませんか?」

 

アウラはココに来てジュンとモモンガの思考を元の検証を行う事に戻すべく発言した。これ以上2人がこの話題で相談し、結論を出せば非常に面倒な事になると判断して。思考を遮った事に叱咤されるかもしれないと思い、目を瞑って肩をすくめて衝撃に備える。

だが、2人はまるで叱られそうになった子供の様子であるアウラに小さく笑みを漏らした。

 

「そうだったな。では記録は頼むぞ」

 

故に、モモンガは何度かアウラの頭を軽く撫で、ジュンにそう言うのだった。アウラは上手く地雷を回避し、安堵したと言わんばかりの表情を見せた。

 

モモンガ初めに行ったのは自身が傷つくレベルである聖遺物(レリック)級の剣で自身の手を軽く切ろうとする事だった。アウラが慌てて止めるので、刃に指を軽く押し当てる。結果は力の涙(パワー・ティアーズ)の保有魔力が減ったのか、展開時間が減少するだけであった。出血が無かった事から肉体に関するバットステータスが無い可能性を視野に入れる。

次に耐性の問題だ。スケルトン系列には多くの無効スキルがある。昨日と同じ様に検証した結果、耐性的には元と略同じ事が分かる。睡眠に関して、少々眠気的なモノを感じなくも無い事から少々耐性が劣化しているようだ。

次に、一端効果をきり、剣を振るう。すると、剣は普通に手から落ちた事からゲームと同じく所持していない為振るえないと判断し、次に上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)で漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏い、魔法で創った剣を振るえば問題なく振るえた。モモンガは魔法職しか取っていないが、積もり積もった筋力値は強風を伴うレベルで剣を振る様である。この事から魔法で生み出したモノであれば装備できる。ココもゲームと同じだと判断した。

 

「奇妙なモノだ」

 

モモンガは、まるでココだけはゲームの法則が生きている様に思え、疑念が生まれる。生きているとしか思えないNPC達と比べ、この異様にゲームを思わせる法則は何なのだと。

だが、愚痴るのは後にでも出来るのだ。故に今度は力の涙(パワー・ティアーズ)の設定を仕様上限界点の15レベルにして発動させる。込めるのはファイターである。容姿に関しては元の骸骨のままを選択した。

するとどうした事だろうか。鎧を着ている感覚も、剣を握る感覚も、少し変わった気がした。軽く肩や首を回し、剣を持った腕を上下してみる。

 

「どうしたんですか?」

 

力の涙(パワー・ティアーズ)をファイターレベル15で発動したのだが、動きやすい。残り時間は8時間。下位職ではレベル15でも発動に必要なのは一律のようだな」

 

ジュンの疑問の声にモモンガはそう答えながら、歩いたりして先程の感覚の違いを述べる。アウラはそんなモモンガの様子に、何故そもそも剣を使っているのか、今更だが疑問に思った。

 

「モモンガ様。何故剣をお使いになっているのですか?」

 

「そもそも私は前衛職を持ってはいない。このアイテムより前衛職を手に入れればどうなるか・・・」

 

アウラの疑問の声にモモンガはそう答えながら剣を振るった。

先程とは動きのキレが違う。速度が違う。暴風が吹き荒れ砂塵が舞う。ジュンとアウラの髪を大きく靡かせその違いを見せつけた。先程とは格段の差が有る威力にアウラは疑問等吹き飛び、唯々唖然とするばかりだ。

 

「成程。下位の前衛職でこの違いなら、魔法職を入れればかなりの強化になりますね」

 

「問題は、入るモノによるがな」

 

2人の共通認識として、上位の職業が入り、十分な戦闘時間を確保出来るなら長所を伸ばすか、短所を補えるか選べると判断する。また入れられない職業レベル・種族レベル等も有る筈だと思うが、時間的に書類が溜っている筈だと思う。

アウラは2人の何でも無いと言わんばかりの言動に内心複雑な気分でもある。更なる力を得たモモンガを称える気持ちと、忠誠心を示す機会が有るのか疑問に気持ちが鬩ぎ合うのだ。

 

「アウラよ。この事は一先ず秘密で頼むぞ。良く実験に付き合ってくれた」

 

「はい!モモンガ様!」

 

モモンガは骸骨の魔法使いであり、豪華なアカデミックガウンに似たローブ姿である元の姿に戻し、アウラの頭を再び撫でた。アウラは先程の感覚と今の感覚、今の自身の頭を撫でる手は冷たいが、心が暖かくなるのは同じだと思い先程と遜色も無い笑顔を見せる。

アウラの様子に満足したのか、モモンガはジュンを伴い執務室へ転移した。残されたアウラは気持ちを切り替えるべく、軽く両頬を叩き元の仕事へ戻るのだった。

 

2人であれば効率が良いのだろう。書類仕事は順調であり次から次へと濁流の様にやって来る大量の書類。その全ての決裁を終らせた。

異様に決裁が早い事にアルベドが一旦確認ついでに報告をしに来たのだが、結果は歯軋りを我慢する結果となった。ジュンはモモンガの右側に立ち、無言で書類の手渡しを行っており、アルベドに信頼感と連係を見せつける形になったのだから。

 

「モモンガさん。時間も出来ましたし、見回りついでに空を見に行きませんか?」

 

ジュンは時計を見て時刻が既に深夜の時間である為、己が見た感嘆に値する夜空をモモンガに見てもらいたく思ったのだ。モモンガは外に対して不安を感じない訳では無いが、息抜きに外出する事に魅力を感じた。

 

「私達と分かりにくい姿で行く必要が有りますね」

 

「そうですね。変に遅らすと不安になりますし」

 

だが、妙に警戒網等の作成が同期していないように思えたのだ。その為、一見己等だと分からない方が良いと判断し、廊下に控えるナーベラルへ伝達魔法(メッセージ)を飛ばし、2人は恰好を変えた。モモンガは漆黒の全身鎧(フルプレート)を纏い、ジュンは純白のローブを身に纏う。手早くリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンの力で地表部中央霊廟へと転移した。階段を上がれば驚愕する事となった。

 

『嫉妬、強欲、憤怒・・・でしたっけ?』

 

『えぇ。デミウルゴスの親衛隊ですが、ああ。今地表部はデミウルゴスが管理してましたか』

 

カラスに似た頭部を持ったボンテージ姿の女悪魔、角等が無ければ一見美男子と思う男性型の悪魔に、悪魔と想像すれば正にコレ!と言わんばかりの悪魔。其々レベル的にも高い者達である。本来であればこんな入口に門番として立つ者達では無いからだ。

デミウルゴスの親衛隊である三魔将は困惑していた。明らかに漆黒の戦士はナザリックの者。それも最上位の者であると感じていたのだが、彼の御人は鎧を着る戦士ではなく、魔法詠唱者だ。また供にしている純白のローブを纏った者はナザリックの者では無い。余りにもチグハグに思え、つい観察してしまった。

ジュンが伝達魔法(メッセージ)でどうするかモモンガと相談しようと思えば、モモンガは書類からデミウルゴスが現在地表付近を管理している筈と思い出した。そして憤怒の後ろからデミウルゴスが歩いて来るのが見えたのだ。

 

「これはモモンガ様。供を連れずにジュン様と御2人で如何なされましたか。それに、その御召し物・・・」

 

「何、無駄に敬意を示せば仕事に支障が出るだろう」

 

デミウルゴスは一目でモモンガとジュンである事を察し跪く。三魔将もデミウルゴスが跪く事から、この漆黒の戦士と思わしき者が己等が仕える者であると知り、デミウルゴスに習い跪いた。そして純白のローブを纏っている者こそ、ある意味ナザリックの重要機密になる可能性が有る者だと知った。

デミウルゴスの疑問にモモンガが何でも無い様に答える。その姿にジュンはモモンガの切り替え具合から何度目かは分から無いが、本当にヒラの営業マンだったのか懐疑的だ。

 

「正に支配者に相応しきご配慮と存じますが、例えジュン様とデートを兼ねていると致しましても、このデミウルゴス。護衛をお付けになられないのは見過ごす事は出来ません」

 

デミウルゴスはモモンガが現状の進展具合を極秘に確認したいと考え、またシモベ達の仕事がこれ以上遅延しない様にとの配慮であると感じた。ジュンを供にしている事から気分転換の散歩も兼ねている、いや、デートも兼ねているのだと判断したが、最上位の2人がお忍びで外出しようとしても、周辺の安全確認が万全で無い以上、護衛も無しに外出させる等彼の矜恃が許さない。

 

((ちょ!?))

 

2人は心の中で同時に驚愕した。思わず口を開けてしまうが、モモンガの顔はフルフェイスのヘルムに隠されている為伺う事が出来ない。デミウルゴスはジュンの口が開いているのをフードの影から確認できた為、内心邪魔する事になり申し訳なく思う。

 

「ふむ。お前が来ても問題無いか?」

 

「はい。私の我儘を聞き入れて頂き、誠にありがとうございます」

 

モモンガはデミウルゴスの主張に、余計な供を沢山連れなくて良い口実になると判断し、手早く済ませる為に確認を取った。

デミウルゴスはアンジェの案内の下、アルベドと共にスカイ・スカルの視察を行うべく待っていたのだが、視察よりもモモンガ達の護衛の方が優先度は高い。と言い訳してついて行く事にした。

モモンガが歩き出し、ジュンが慌ててついて行くのを尻目に立ち上がり、三魔将に急務が出来たとアルベドに伝える様に命じ、紳士然とした歩調で優雅に2人の後に続いた。

 

『モモンガさん!デ、デートって、何で訂正しないんですか!?』

 

『いや、そう判断するなら変に沢山連れないで良いかな?と思いまして』

 

『だとしても!』

 

ジュンは伝達魔法(メッセージ)でモモンガに抗議していたのだが。モモンガは柳の様に躱す。ジュンの声は羞恥心が刺激されたと分かるモノであり、あたふたしているのがモモンガに感じられ、その反応を楽しまれている等知る由もない。

ジュンが一層抗議の声を上げようとするが、丁度外に出た。

 

『・・・確かに素晴らしいですね』

 

モモンガは感嘆した。ヘルムのスリットから見える満点の星空。手が届きそうな様で届かない。そう思わせる煌めきをもっと近くで見たいと思った。故に、アイテムボックスから、翼を模ったネックレスを取り出し、己の首に掛けた。

 

『誤魔化されてあげます・・・って!何で!?』

 

『いや、デートっぽいでしょう?』

 

美しい夜空に感動している様子のモモンガにジュンは仕方ないと感じた。

ふと後ろを見ればデミウルゴスに、何所か機嫌良さそうに見られている事に気付いた。驚愕したのはソレを問う前にモモンガが行動した為だ。昨日もされた横抱き。お姫様抱っこである。モモンガはその姿のまま、ネックレスの力で飛行(フライ)を使い飛ぶ。

お姫様抱っこで夜間飛行、確かにデートっぽいとジュンは思いながら、モモンガのノリの良さか、好奇心だかに小さく笑った。

 

2人がそんな姿勢で飛ぶ姿にデミウルゴスは、ナザリックの明日は明るいと思いながら自身も飛ぶべく、蛙に似た頭部と三つの爪が特徴の翼が特徴的である半悪魔形態となり、2人の後を追う。モモンガは遊覧も目的なのか、それ程速度を出していない為あえてゆっくりと飛ぶのだった。

 

「ブループラネットさんに見せたいですね。星の明かりだけで全てが見えるかの・・・ようだな」

 

「確かに。ブループラネットさんが居たら、何て形容するのでしょうね・・・」

 

雲を突き抜け、モモンガはヘルムを投げ捨て、魔力の塵となり消えて行くヘルム等気にせず、美しい夜空と今にも落ちてきそうな満月、雲に少々覆われているが、月と星の明かりだけで隅々まで見渡せそうな緑の大地に言葉も無かった。

暫く見つめており、かつての仲間の言葉通りだとジュンに言おうとすれば、デミウルゴスが近くにいた為口調に気を付ける。ジュンは気付いていないのあろう。ただ、美しい自然に、朝日の様な暖かな笑みをモモンガに見せた。

 

「宝石箱、と言えば陳腐に聞こえてしまう。実に素晴らしい」

 

「万華鏡とかですか?」

 

モモンガはジュンの問いに、適当に答えながら、「その笑顔が大地よりも、夜空よりも美しい」と言いそうになったのを恥ずかしく思う。

モモンガの内心に気付いていないジュンは小さく笑い、モモンガも釣られる様に笑った。

 

「モモンガ様がお望みとあらば、ナザリックの全軍を持って、手に入れて参ります」

 

「フッ・・・この世界がどの様なモノと分からぬ現状でか?面白い事を言う」

 

2人の仲むつまじい様子にデミウルゴスは、蛙にみたいな大きな目を細め、笑みを漏らす。2人の笑い声が収まったのを良い切欠として口を開いた。記念になる良い行事となると思いながら。

モモンガはデミウルゴスの言葉に気が早いと思いながらも、好奇心を刺激された。

 

「だが、そうだな・・・世界征服なんて面白いかもしれないな」

 

「ぉぉっ!」

 

モモンガの言葉にデミウルゴスは小さく感嘆の声をあげた。ナザリックの者達がモモンガの手足として動く未来は甘美なモノであり、己等の忠誠心から世界を献上出来ると思えば、歓喜が身を支配する。

モモンガが冗談のつもりで言った事とは欠片も思っていない。

 

「どうせなら、って、ちょっと待って下さい」

 

ジュンもモモンガの冗談に乗ろうとしたのだが、アンジェから伝達魔法(メッセージ)を受け取った為、言葉を区切る。モモンガとデミウルゴスは何事かとジュンに注視した。

 

『ジュン。ナザリックから10キロ程離れた位置なんだけど、何かが燃えてる黒煙が有るみたいなんだけど、どうする?』

 

『行くよ』

 

アンジェの言葉は、上手く行けば実になる内容だった。その為、モモンガの顔を見た。先程までの穏やかな様子で無い事から、真面目な話だとモモンガは察す。

 

「モモンガさん。人がいるかもしれないし、情報を手に入れるチャンスだと思うので行きます」

 

「待て!」

 

直ぐにでも行動すべく装備の指輪の効果で裸になるジュンに、モモンガは制止の声を上げた。未知の世界に住む相手とのファーストコンタクトになる可能性が高いのだ。一人で行かせる等、モモンガの選択肢に無かった。決して色々と観察する為に制止したのではない。

 

「デミウルゴス。影から監視・護衛等を出来る者を5体程追わせろ。今すぐだ」

 

「畏まりました。モモンガ様」

 

デミウルゴスの配下に適した能力を持つ者がいると把握していたが故の言葉である。モモンガが求めるのは隠密性に優れ、ジュンの手軽な駒となる者であると判断したデミウルゴスは即座に伝達魔法(メッセージ)で目的のシモベに、ジュンの命令を厳守する旨を付け加えた。

モモンガがジュンの行動に安全策を付け加えた事に、ジュンは笑みをもらしモモンガの腕からその身を投げ、即座に戦闘形態となり大きな翼でモモンガと視線を合わせる位置へ飛ぶ。

 

「ありがとうモモンガさん。アンジェも連れて行くから心配しないで」

 

変身前とは少し違った勝気だが優し気な笑みと言葉を残し、アンジェの伝達魔法(メッセージ)で何度か方向転換をしながらジュンは夜空を舞う。

モモンガとデミウルゴスはその幾何学的軌道を残し、あっという間に見えなくなったジュンの後ろ姿を見ていた。

紅きマントが気流の関係からか靡く姿は、黄金で装飾された漆黒の全身鎧(フルプレート)と相まってデミウルゴスにはモモンガが孤独に見えた。

 

「少し聞きたい」

 

「何でございますか?」

 

この時、モモンガは無意識だが口を開いた。先程迄ジュンと話していたような穏やかな声ではない主人の声に、デミウルゴスは気を引き締める。

実際にモモンガの内心は少数で行かせた事に関する心配と、そのまま己の手が届かない場所まで飛び去ってしまうような思いがごちゃ混ぜになり、ある感情を抱かせていた。だが、モモンガ自身その感情の名は知らない。

 

「鳥は、自由に飛ぶからこそ美しい。野花は気に入ったからと手折れば2、3日で枯れる。では、如何するべきだと思うか?」

 

「広大な土地を御持ちであれば、その土地を自由に飛ばす事も可能でしょう。野花であれば、土ごと植え変えれば宜しいかと」

 

無意識なのだろう。右掌を何かを掴む様にジュンが飛び去った方向へ向け話すモモンガに、デミウルゴスは言葉に気をつけながらモモンガの答えになるべく述べる。下手な言葉を言えば激しい叱咤を受けるのを直感的に感じて。

モモンガはデミウルゴスの言葉に、右掌を自身の顔に近づけ魔力でヘルムを形成しながら振り返った。

 

「唯の土地では心持たないな。鳥が気に入る様にせねば。土壌の差が有り、養分が多すぎても野花は枯れる」

 

デミウルゴスには、ヘルムのスリットから爛々と深紅の鬼灯を輝かせるモモンガから凄まじい執念を感じた。並々ならぬ感情であり、ソレが抑制されていない様子である事が恐ろしくも喜ばしい。暗に言っているのだ。翼を折る事や、凍結させる等の手段で手元に置きたく無いと。

 

「特性の檻を作らねばならんな」

 

モモンガの小さな呟きは、デミウルゴスには心の底まで届く至言であるように思えた。激しく隆起する大地を見下ろしながら降下する主に続く。

 

 

途中アンジェと合流したジュンがソコに着いた時、全ては終わっていた。

崩された煉瓦に、未だ轟々と燃え盛る民家。激しく楽しんだ痕跡が転がっていた。何かが焼ける匂いに鉄の匂いや海鮮物が腐った臭いが混ざり合い、酷く気持ち悪い。土は赤や白といった色にまみれていた。

 

「コレはっ・・・」

 

「何が有ったのかしら。野盗やモンスターでは無いようだけど」

 

ただ無頼に扱われた村娘に、縛られたまま首の無い男の死体。捨てられたと表現すべき物がその壮絶さを物語り、ジュンは思わず絶句した。悪意を感じる所業。まるで人を人とも思わぬ行為の痕跡しか見て取れぬ。

アンジェの冷静な観察眼から使われたのは剣である事と、小麦が燃える匂いから食料が燃やされたのをジュンは感じた。

 

「疫病でもないし、宗教的な問題でも無いみたい」

 

ジュンは心が強制的に落ち着かせられる感覚を味わいながら、息が有る者を探した。

特徴的な宗教的シンボルも無く、村娘達の白く悲惨な姿から疫病でも無い。赤ん坊の首を抱いた妙齢の女性は慟哭したままこと切れたのだろう。膝立ちのまま、今にも叫び声が聞こえてきそうだ。

 

「もう少し、早く来れたら助けられたのかな?」

 

老若男女関係なしに、ただ只管殺戮と快楽を求めた様な壮絶さはジュンの心に火を灯す。悲しそうな表情から感情が抜け落ちていく。

冷静な思考が囁く。かつて、今孔明と称えられたアインズ・ウール・ゴウンのぷにっと萌はこう言っていた。『殺戮には2種類有る。報復か、挑発か』だと。

故に現状から推察するに、この様な辺境と思わせるような土地で、100名程の農民を襲う理由は明らかに後者だ。

 

「餌かな?」

 

「でしょうね」

 

鋭い視線であり無表情になったジュンに、アンジェは簡潔に話す。アンジェは感じていた。長らく対人戦を行っていなかった主が、久方ぶりに人族に対し、否、この惨状を生み出した者に激怒していると。ジュンの中で何かが回り、カチリと音を立てた。

 

(許せねぇな。あぁ。だが、まだ早い・・・)

 

怒りは思考を鈍化させる。故にジュンは心に貯めこむ。怒りに闘争心が、破壊欲が騒めき、全身に力が漲るも、まだ早いと自分に言い聞かせ、抑え込み人の姿になる。口調が男のモノに戻っている等気付きようがない。

そして、優し気にこと切れた子供の瞼をそっと閉じさせた。

 

「蘇生は、無理なのは理解しているわね?」

 

「勿論だ。だが、少しくらい救いは有っても良いだろう?」

 

ユグドラシルにおいてデスペナルティは5レベルダウンであり、設定上プレイヤーキャラは1レベル迄、つまり、キャラメイキング迄レベルを下げる事が出来る。だが、作成したNPCは違う。マイナスとなれば消滅するのだ。そして、村人達のレベルは、総じて5以下。魔法の法則はユグドラシルのモノを引き継いでいる為蘇生は不可能だろうと予測している。ジュンも憤慨こそするが、蘇生出来る可能性が低い上にメリットもそう感じない為する気が無い。だが、何もしない程価値観が変化している訳でもない。

ジュンは装備の指輪を使い、修道衣を身に纏い、ある長い杖を取り出した。黄金の長杖であり、先端には十字架が模られたシンプルな杖だ。使用する魔法は決まっていた。

 

鎮魂歌(レクイエム)

 

淡い黄金の輝きが躯を優し気に包み込む。血や糞尿等で汚れた姿は元のキレイな姿へ。欠損していた姿は元の健康そうな姿へ。黄金の光に触れた炎は即座に鎮火し、残ったのは荒れ果てた村跡と、傷一つない眠ったように亡くなった村人達だけだ。特に、慟哭していた母親らしき女性の亡骸は、赤子を大切そうに抱きしめた状態であり、表情は安らぎを感じている様である。

ジュンは分かっている。これが偽善でしかない事を。だが、この顔を見ればやった方が良かったと自己満足と分かりながらも思うのだ。

ジュンが使用した魔法はハイ・プリーストの職業レベルを取得する際に覚えるイベント魔法だ。ユグドラシルにおいてはゴミ魔法と言われる、死体のオブジェクトの修復と洗浄。そして、使われた一帯に一定時間アンデットが近寄れなくなるだけ。それでも、ジュンがこの魔法を使った理由は、魔法の説明文に『死者の安寧を約束し、良き未来を願う』と有る為だ。

魔法の成果にジュンは装備の指輪で、再び裸になり、戦闘形態を取る。一度装備を外してから変身する事で装備制限のクールタイムを無視できる為だ。

 

「おい。居るんだろう」

 

静から動へ。声に威圧感が伴い、気配を感じた民家の影をその金色の瞳が射貫く。厚みの無い影から闇が膨らみソレ等は出てきた。

痩せこけた人型であり、背中には蝙蝠に似た翼、指先は途中から爪と一体化している漆黒の悪魔が五体。種族名をシャドウデーモンという彼等は黄金に輝く目に怯えと敬意を示してジュンの前に跪いた。

 

『ッ!御初に御目にかかります。私共は・・・』

 

「いい。この近くに人間の村が有る筈だ。見つけておけ」

 

ジュンに見下ろされる形となったシャドウデーモン達は自己紹介をする前に命令を受けた。ジュンの圧倒的な威圧感は、直接モモンガに会った事が無い彼等にとって凄まじいモノであり、力ある者の命令を受けた事実は満足して頂ける仕事をするモチベーションとなる。彼等は無言であるが一礼して影に沈んでいった。余計な言葉を残せば己等の仕事にジュンが不満を持つだろうと察して。

 

「助けるのかしら?利益が有る様には思えないけど」

 

「この世界の情報が友好的かは知らんが手に入る。ナザリックからも近い事から上手く行けば小指程度には役立つ」

 

アンジェはジュンの行動に違和感を感じた。自身も利益という言葉を使ったが、本来ジュンは損得で動かないと知っている為に。激怒している筈の双眸は冷たい輝きを宿しており、その瞳の奥に苛烈な色を見てアンジェは納得した。苛立っているのだと。

 

「これは間引きでもなければ戦闘でも無い」

 

ジュンは随分とキレイになった死体達を見ながら、先程迄の惨状を思い出す。

疫病・口減らし・生存競争のどれでも無い。ただ殺戮・破壊されたモノ。利益を生む可能性を高める為の餌でしかなく、徒に消費され、楽しむための道具とされたソレ等を。思わず歯軋りをした。余りにも気分が悪くなる。

 

「無意味な死だ」

 

空を見つめるジュンの一言に感情は宿っていなかった。その事がアンジェには恐ろしく感じる。

アンジェの目には月の光に照らされたジュンの背中は、普通よりも大きく見えた。

アンジェは目を逸らすかのように無言で魔法を使い、穴を掘り始めた。村人の躯が安らかに眠れる場所くらい作ってやろうと思って。

 

ジュンは気付かない。自身が人間であれば憤慨する前に卒倒する光景であった事を。

ジュンは知らない。己がこれ程怒りを抱いているのは『人間が殺された』事では無く、『意味のない死』が量産された事を。『詰まらない真似』をした者を『狩る』べきだと思っている事を。

故に、釣る事にした。不快な奴等を掃除する為に。

美しい星空の下、月は雲に隠れた。今宵はもう惨劇を見たくないと言っている。ジュンはそう感じた。握りしめた拳から血が流れている事も気付かず、唯々空を見詰めるばかりだ。

 




本作のモモンガ様(人間体)の外見イメージは、少し若い傷無しの鷹山 澪士(アニメ版ウィッチブレイド)でお願いします。歳を重ねての渋みが足りない+覇気が無いと良い感じの2枚目半・・・普通顔っぽいからw日野さん。声渋い。渋いよw

次のラストくらいです。炎莉―――じゃなかった。エンリさんが出るのは。
今孔明・・・現代の諸葛亮孔明って意味で使ってます。
村の様子については、抑えました。書いていたら、ドンドン酷くなってきたので書き直し3回です。もし、修正前のを見たいという方が居たら、小話を書く事にします。正式に決まりましたら活動報告に進展等書きますね。

次回の更新は遅くても日曜までには上げます。


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第六話

次の更新でタグを追加します。


アルベドは憤慨していた。思わず親指の爪を噛み、酷く苛立った様子でデミウルゴスが待つ地表部分へやって来た。

三魔将は階段から上がってくる守護者統括殿が余りに不機嫌な様子である事から、デミウルゴスが席を外している事を伝えるのが恐ろしくなった。

 

「デミウルゴスは何所にいるのかしら?」

 

「火急の用が出来た為、只今席を外しております。用が済み次第戻る為、アルベド様においてはスカイ・スカルでお待ちになるのが良いかと」

 

質量すら感じるアルベドの視線に嫉妬と呼ばれる女悪魔はスラスラと答えた。最後の部位等アドリブである。そんな同僚の臨機応変さに強欲と憤怒は憧れにも似た視線を嫉妬に向けた。

 

「その火急の用とは何かしら」

 

「・・・モモンガ様が秘密裏に視察を行っております」

 

不機嫌と一目で分かるアルベドの目は大きく見開かれた。近衛から何も聞いていない事から護衛がついていないのだろう。故にデミウルゴスは秘密裏の視察とはいえ、供を連れない事に矜恃が刺激されたと察する。だが、ふと思うのだ。本当に1人だったのかと。

 

「言い忘れている事が有るでしょう?」

 

思考に耽っていたアルベドの目が嫉妬を射貫く。目で語っている。虚偽は許さぬと。

嫉妬はアルベドの感情が手に取るように分かる。伊達に『嫉妬』という名では無いのだから。故に、その稚拙さが目立つのだ。力では敵わぬ相手だが、少し時間を稼ぐ為にも色々と話すべきだと確信した。

 

「アルベド様。排除出来ねば取り込んでしまえば良いのです」

 

「何を―――そう。あの女もいたのね」

 

激昂しかけるアルベドだったが、その真意は別のところに有ると認識した。だが思う。この女は何を言っているのだと。怒りに似た目で嫉妬を見るが、彼女は飄々と受け流しており、それが酷く気に食わない。

 

「私とて女です。彼女と比較されれば我慢なりません」

 

「そう。だけど、どうして取り込む話が出るのかしら?」

 

嫉妬のシンパシーを感じさせる物言いに、アルベドは話を聴く気になったのか腕を組んで見つめる。その視線は同じナザリックの者へ向けるモノとは思えない程、冷徹な雰囲気を見る者に思わせるだろう。だが、嫉妬にとっては子供の癇癪レベルでカワイイモノだ。

 

「そもそも彼女はモモンガ様への感情に自覚が無い様子。寵愛を得る切欠を話し合いで上手く誘導できれば、初めに御相手して頂けるのはアルベド様では?」

 

「何言っているの!?あのモモンガ様よ!あの、チョーカッコイイ御方で、御力も素晴らしく、このナザリックの絶対なる支配者に懸想しない女がいると思って!?貴女も閨に呼ばれたら喜んで行くでしょう!」

 

嫉妬ここに極まり。被害妄想の域までイっている。

嫉妬的には、言いたい事も分かるが、そもそもナザリックの女性陣は大多数のシモベも含めて大なり小なりモモンガに懸想している事をアルベドが自覚していないのが滑稽にも思えた。

至高の41人に奉公すべく生み出された者達。モモンガ以外がこの地を離れて幾星霜。その間モモンガは維持費を稼ぐ為と世界を駆け巡り、その献身的すら思える慈愛を受けて何も思わぬ者達はこのナザリックにはいない。女であるならば、求められたら応えるのが当たり前だと思っている者達も少なくないのだ。年齢的な意味でそんな考えを持たない者もいるが、何かしら役に立ちたいと考えているのだから、敵は潜在的大多数なのを理解していないのが奇妙にも思える。

ジュンについては人間という認識だった為、道楽と判断していたが、同じ悪魔と分かれば傍で只管献身的にモモンガを支えた者である。反意が無い訳では無いが、それでもモモンガを支えた実績と能力は認めた上で、嫉妬すべき相手と認識しなおしている。

 

「アルベド様。モモンガ様の献身的な御慈悲を受けた我々は、求められれば応えるのが当たり前と思っている者も少なくは無いでしょう」

 

「っ・・・やはり、そうなのね?」

 

どうやらアルベドは気付いていたが、現実を直視したく無かった様子だ。歯軋りを禁じ得ないのだろうか。嫉妬を見つめる目に更に殺気が上乗せされ、その強さに憤怒と強欲に緊張が奔るが、嫉妬は何でも無い様にアルベドを見つめるばかりだ。

ここにモモンガがいれば、柱の影に心配そうにアルベドを見つめるタブラの幻影を見た事だろう。

 

「モモンガ様を独占したい。その為なら、万が一の際は全てを振り払う剣となりたいのは見て取れます」

 

嫉妬が述べたのはアルベドが心に秘めた誓いだった。誰にも言わず、心に秘めた思いを見抜く嫉妬に、絶句しながらも最大限の警戒を見せた。

強欲と憤怒は意味が理解できていないのか、お互いを見て首を傾げている。

 

「ですが、貴女様の役割は盾でございます。その時は切り払うのでは無く、受け流すべきかと」

 

嫉妬は続ける。

万が一の際。モモンガがナザリックより離れるその時はナザリックの仲間を説得し、モモンガを説得し、その御身を守るべく傍にいるか、帰るべきナザリックの地を守るのがアルベドの役目なのだと。排除は盾の仕事では無いのだと。

 

「剣はあの女だと?」

 

「そうは思っておりません。それに、剣は多く持つ物です」

 

落ちつきを取り戻したアルベドの問いに、嫉妬は暗に剣はナザリックの者達であると言う。ジュンは剣に成りえないと。

如何様にも使い捨て、折れようとも即座に次の剣を振るう事が出来る。その役割は忠誠を尽くす我らナザリック者達こそ相応しいと。

嫉妬の答えはアルベドの何かを満足させたようで笑みを洩らして頷く。

 

「さと、そろそろ私も外へ行くわ。貴方達。この事は―――」

 

「分かっております。誰にも言いません。モモンガ様に問われない限り」

 

アルベドが言葉を紡ぎ終わる前に、嫉妬は跪いた。ソレを見た強欲と憤怒も一応跪く。

嫉妬の、モモンガへの忠誠を思わせる言葉にアルベドは満足げに頷くと、外へ歩き出した。

 

(あの女の役割は鎧です。モモンガ様の御心をお守りする鎧。その役目は替えが利かぬのです)

 

嫉妬はアルベドに言わなかった事をそう心の中で紡いだ。自身の名の通り、嫉妬して。

恋愛初心者にしか思えぬアルベドに今伝えるべき言葉ではない。主デミウルゴスは気付いているからこそ、どうにかジュンを側妃という立場に入れたいのだろう。ジュンの立場的には正妃が相応しいのだろうが、逃がさぬ為には側妃が良い。嫉妬しながらも、彼女はそう思いながらアルベドの背中を見つめていた。

 

アルベドが外へ出た時、丁度モモンガがマーレと話し終えた様子であり、アルベドは翼をはためかせ、モモンガの傍へ舞い降りる。先程心を乱された事等感じさせない完璧な微笑みを浮かべて。

 

「モモンガ様。ご視察は如何でしたか?」

 

「アルベド。丁度良い。少し聞きたいのだが、ジュンへの食事にサンドイッチを出すよう薦めたのはお前か?」

 

穏やかに話しかけるアルベドに、モモンガは時間も有る事から確認を行うべく問いかける。地味に3食サンドイッチだったのは、種類が豊富とはいえ流石に飽きが有った為か、少し刺々しい物言いになる。

デミウルゴスとマーレはモモンガの言った事に、少し不快気にアルベドを見た。明らかに客人にする対応では無い為だ。

 

「はい。どの様な叱咤も覚悟しております」

 

「よい。この非常事態に手早く食事を取る配慮をしたお前を叱る筈も無かろう。守護者統括として仕事をしている事から褒美をやる」

 

跪くアルベドに対してモモンガは気配りの結果であると言い、逆に褒美を、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを下賜した。

アルベドは両手で大切そうに新たな絆の証を受け取り、その歓喜から頬と翼が動きそうになるのを抑えた結果、少し痙攣気味な動作をしてしまう。デミウルゴスは内心効率化が進むと思うも、指輪を下賜する口実にも思えた。

 

「感謝いたします」

 

「マーレにも言ったが、今後、その指輪に恥じぬ働きを求める。デミウルゴスは後日とする」

 

「感謝いたします。その指輪を賜る程の働きをお約束いたします」

 

アルベドの言葉に対し、モモンガは一度デミウルゴスを見た。

功績をもってリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンという、ナザリックに所属する者にとって至宝である指輪を下賜するというのは、最上位の褒美となる。この場面で指輪を渡さない事は、デミウルゴスには更に素晴らしい仕事を期待していると言われたようなモノであり、身を引き締める良い言葉に思えた。

アルベドはモモンガの言葉にマーレの左薬指にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンが填められている事に気付いたが、己も填めれば問題ないと精神の平静を保つ。

 

「ふむ。お前たちにも見せておこうか」

 

ふと、モモンガは有る事を思いついた。マーレも見る事になるが、ナザリックの実質の管理を行っているアルベドとデミウルゴスがいる局面で見せた方が良いと思った為だ。流石に3食サンドイッチは美味いが、堪えたのだ。

力の涙(パワー・ティアーズ)を発動させ、ヘルムを構成している魔力を霧散させた。

 

「「「!!!」」」

 

「これは、力の涙(パワー・ティアーズ)の力の一端だ。一先ず色々実験している途中でな。人間の姿をとっている」

 

3人は思わず驚愕に、目を大きく見開いた。モモンガはデミウルゴスが驚愕する等、珍しいと内心思っている。

そこに有ったのは人間のモノだった。

美麗なモノでは無いが、経験からくる思慮深い面持であり、厳しくも慈悲深き穏やかな目をしている男の顔に、何とも言えぬ色気的なモノを守護者3人は感じたのだ。

デミウルゴスは思わず口を開いてしまう。確認できれば今後の予定を繰り上げる事も可能なのだから。

 

「モモンガ様。もしや、御世継ぎを御創りになられるかは既に?」

 

「いや。試していない。それに、この非常時に子が原因で失態を犯すなど支配者にあるまじき行為だ」

 

デミウルゴスの問いを一刀両断にするモモンガ。

デミウルゴスとマーレは純粋に子供に仕える機会がまだ先だという事に対し、安全な環境構築を急がねばと、ヤル気を出した。

一方のアルベドは、モモンガの子を孕む機会が遠のき、モモンガの色に染められる機会が先という事に、思わず悲し気な表情を見せてしまう。

 

(肉が有る!肉が有る!肉が有る!今は人間のモノだけど、上手くイケば悪魔の御姿になれる筈!という事は、モモンガ様の御子を悪魔族として産める!産める可能性が有るのよアルベド!親として愛情を注げる。私みたいに決して悲しい思いはさせないわ!あぁ。実験結果を確認できるように、特殊な情報網を作らなきゃ!実験相手も私が好ましいけど、いえ、何を言っているのアルベド!その危険性も承知の上で初めてを捧げるのよ!)

 

だが、その内心は荒ぶっていた。表面上は、ぎゅっっと、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを握りしめて俯いている。表面的の守護者達の落胆を感じたモモンガは問う事にした。

 

「なんだ。アウラも興味を持ったのか、私とジュンの会話を聴いていたが・・・私の子がそれ程重要か?」

 

先に肉の有る状態をアウラに見せ、情報が上がって無い事から一旦秘匿したのだろうと予測するアルベドとデミウルゴスだが、先に知ったアウラに嫉妬するのを禁じ得ない。モモンガはある程度情報が集まってから知らせるつもりだったのだが、先のサンドイッチはそれ程堪えたのだ。

モモンガは、何故それ程子供に守護者達が執着するのか純粋に理解出来なかった。特に、男のデミウルゴスとマーレの落胆具合が女であるアルベドより多きのかが。

親になる覚悟は勿論の事、産ませる相手を考えれば、どうも誰に産ませるか踏ん切りが着かない己に気付いているだけに奇妙な感覚を覚える。

アルベドを始めナザリックの者ならば色々と問題が有り、ジュン達等、どうやって話題にあげろと言うのだとも考えてしまう。視線を無意識にデミウルゴスに向けた。

 

「恐れながら申し上げます。御身に万が一が無いとは存じ上げておりますが、モモンガ様の直系の御子息にも忠誠を誓える栄誉が欲しいと愚考いたしました」

 

「ふむ・・・であるか・・・」

 

その視線に気付いたデミウルゴスは跪き、あえて情報を小出しにする事を選んだ。モモンガが子供を作らないと言い出せば、それがナザリックの選択となる為だ。

モモンガはデミウルゴスの言いように、全てを語っていない気はしたが、あえて問い詰めず思案する。そもそも、藪を突いて蛇を出す気は無いのだから。

 

「まだこの体の性能は分からんのだ。まぁ、久しく取った食事は素晴らしかったがな」

 

故に、モモンガは情報が確定していないが為の先延ばしを選択した。

アルベドはモモンガが3食食事を摂った可能性に気付き、思わず顔を青くする。ナザリックの最高責任者に、非常事態とは言えサンドイッチ。

非常に不敬である。モモンガが穏やかな様子である事から気にしてはいないと分かるも、守護者統括として、女として選択を誤った事を痛感した。

デミウルゴスはアルベドの内心が手に取るように分かるも、モモンガが今回の事は不問とする様子である為、以後気をつければ良いと判断し、似たような局面で己が気付けばフォローすれば良いと考えている。

マーレは食事を御一緒できれば良いな。と、ある意味子供らしく思っていた。

 

「では、そろそろ―――むっ」

 

モモンガは一度私室へ戻ろうとしたが、近くに転移門(ゲート)が開いた。自身が使う物と同様に混沌の斑模様であり、そこから戦闘形態のジュンが黙々と歩いて出てきた。目が殺気や怒気で黄金に輝いている事から、尋常では無い様子であると判断できる。守護者達が思わず得物を取り出そうとしてしまう程、危険を感じた程だ。

 

「ジュン。どうしたのだ?」

 

「会議だ。会議をする」

 

モモンガの問いにも、普段と比べ一段と低くなった声音で答えるジュン。先程空で見せた恥じらいの表情が夢幻で有ったような変わりように、モモンガの心の中で何かが灯る。

 

「何が有ったか、詳しい話を聞こう。アンジェはどうした」

 

「アッチで後処理中だ。俺の考えが間違い無ければ、獣が着く可能性が高い」

 

ジュンに釣られる様な形でモモンガの声に重さが加わる。ジュンの第一人称が『俺』へ変化している事から、相当頭にキているのがモモンガにも理解した。そう認識したが故に、力の涙(パワー・ティアーズ)の使用を止め、元の姿へ戻る。

ジュンの回答がPKK時の簡潔なモノ言いから、ある程度結論を出していると分かる。

守護者である3人は顔見せの時の威圧感が児戯で有ったように思える程、全てが変わっている様に思える。特にアルベドは、ジュンの戦闘力は予想通り至高の41人に匹敵及び一部凌駕していると判断した。

そんな中、空から鴉羽色の猛禽類に類似した羽が舞い落ちる。

 

「ジュン姉ちゃん。来たよ」

 

「アルベド、デミウルゴス。お前たちも来い」

 

スカイ・スカルの実質的管理者であるライトが翼を広げ、降りてきたのだ。ライトを呼ぶ事態はスカイ・スカルを万が一の際は動かすと言っているようなモノだ。

モモンガは丁度良いと皆を連れてリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで己の執務室へ転移した。

 

ジュンの報告は自身の考察を入れたモノだった。

村人が全滅し、人間的な感覚では非常に残虐な行為を行った内容であり、状況証拠からPKKを挑発して誘い込む系列の罠の可能性から、この国に属し、武力が有り政治的に邪魔になる人物を誘い込もうとしている可能性も視野に入れていると明言した。

また、その壮絶さから、既に目標の人物はこの近くへ来ている可能性を考え、万が一村へ着いた際の対応の為アンジェを残し、周囲に別の村が有る筈とシャドウデーモンに調べさせ、結果ナザリックに近い位置に村を発見済みである。また、殺された村人達のレベルは真実の目により調べた結果、総じて5以下である為敵戦力は不明であると報告した。

襲撃された村を殲滅させ、近くに村が有るならば次の襲撃の時間はおのずと判明するモノである。

 

「で、あるならば明け方か?」

 

「たぶんな。シャドウデーモンには村の周辺も捜索させているが・・・2小隊は間違いなくいる」

 

獣を檻へ追い込む部隊と殺害する部隊で最低でも2部隊は有ると判断している。壊滅した村の様子から、檻へ追い込む部隊は最低でも20人近くいる可能性が高い。

 

「そもそも、餌ですか。随分と楽しまれたと仰りましたが・・・」

 

「餌が食いつくか分からんのに、徒に殺す。無意味な死は気に食わん」

 

デミウルゴスはジュンの趣向を調べるついでに、状況証拠の仔細を問おうとしたのだが、ジュンはバッサリと切った。暗に報告以上のモノは無いと言っている。ジュンの怒りが籠った言葉にデミウルゴスは少し頭を下げ、一礼する。心に『無意味な死は御嫌いである』とメモをして。

途中で獣が危険を察知して引き返す可能性が有るのだ。それを引き返さないと確信を得ているかのように、殺しまわる。可能性は可能性でしか無いと考えているジュンにとって、かなり不快であるのだ。状況的に死後も辱める必要が何所に有るのかとも考えている。

そんなジュンの心中を予測したモモンガだが、先程からジュンの話を聞いて何も思わない自身の心境に疑問を覚えた。そして、それ以上にジュンがそれ程怒る原因が見当が思いつか無い。また、周囲にある村を何故救おうとしているのかも。

 

「ジュン。何故助ける気になった?」

 

「メリットが有るからだ。村を助ければこの世界の足掛けになるのは間違い。小指程度には役立つ」

 

故に問う。だが、返って来た答えは人情では無く、損得勘定だった。

モモンガは理解している。ジュン自身は損得で動く者では無い。だが、何か有れば損得で回りを動かそうとする部分が有るのだ。事実、モモンガは情報を一早く入手したいと考えている為効果的である。

 

「らしくないな。お前が損得を言うのは」

 

「話を戻します。モモンガ様。如何なさいますか?」

 

アルベドは話が脱線気味だと判断し、モモンガへ方針の決定を求めた。

モモンガは正直あまり乗り気では無い。感覚的に人間を同族と思え無い為だと理解しているが、下手な事をしてジュンがナザリックを去る等愚策中の愚策。上手い口実を考えるも、見つからない為この部屋にいる皆を見た。

するとどうだろう。給仕に徹していたセバスの背後に白銀の騎士、たっち・みーの幻影が見えた。

 

『誰かを助けるのは当たり前!だ!』

 

(昔から思ってましたが、シュール過ぎます)

 

幻影はモモンガにサムズアップしながら、高らかに宣言する。さり気なく背後に『正義降臨』のエフェクトを背負って。何故かデミウルゴスの背後にウルベルトの幻影もおり、肩を竦め、首を横へ振るアメリカンなジェスチャーで呆れているのを表現していた。

たっち・みーが異業種狩りから初心者を中心に助けていた際、何時もの如く背負う文字エフェクトは助けられた側が、思わず唖然とするのが当たり前になっており、その度にジュンや他の初期メンバー達も唖然・若しくは白けた目でたっち・みーを見ていたのだが、終に本人は気付かなかった様だ。

兎も角、方針は決まった。

 

「後詰めの準備をし、少数最大戦力での、威力偵察及び強襲を行う。ジュン。万が一の際は即座に撤退だ」

 

堅実に攻める案だ。先ず、包囲する為の部隊が接近し、ジュンを含めた少数で真実の目でレベルの確認を行い行動を選択する。レベル60以下なら継続して作戦を行い、一部でも90以上なら撤退する。ある意味嬲り殺しがガン無視かの2択なのだ。

 

「見捨てるのはどれくらいになりそうだ?」

 

ジュンはモモンガの案に異論は無かった。だが、現状では犠牲者が出るのだ。ジュンの言葉にたっち・みーの幻影が難しそうにモモンガとジュンを見る。

 

「・・・十数人は覚悟しておけ」

 

「恩を売るとなりますと、もう少し、少ない方が良いのでは無いでしょうか?」

 

たっち・みーの動きを1人見る事が出来るモモンガは言いずらそうに口を開いた。ここで、黙っていたセバスが口を開く。犠牲者はもう少し抑えられ、それでいて恩を売れる可能性を理解してるが故の発言だ。

 

「そうしたいのだが・・・転移門(ゲート)の関係も有る。前もって見つけようにも戦力が不鮮明な為、初動が遅れる」

 

「それに、シャドウデーモンが5体で周囲1キロ固定で捜索・警戒しても見つからないという事は、相手は騎馬での奇襲をかけるつもりだ」

 

モモンガは魔法のラグと情報不足を述べ、ジュンは現在の探索状況から相手の作戦の予測を言う。2人は情報を集めたいが、未知と言うのはそれだけで危険に思える。

 

「物的証拠が有れば、ニグレドに捜索させるのだが・・・」

 

「有ったら既に報告している。流石に混ざり合った精液では個人は特定できん」

 

ジュンが『精液』等と口にし、また無感情である事から、仕事中は冷静に振舞える事をアルベド達は理解した。意識が戦闘モードにでも移行しているのか、顔見せの時は戦闘時の姿に対して恥じらっていたのだが、今はそのような様子を全く見せず、凛々しい姿はアルベドもつい認めてしまう程である。

非接触系で確実に探索できるニグレドなのだが、そもそも村を襲撃したのが『何所』の『誰』であり、『どんな装備』をしているか不明なのだ。大まかに『ナザリックの半径20キロ以内に殺人をした男性』と調べようにも、確実では無い。

非接触で個人を確定するには確固たるアイテムが必要なのだ。カフェオレを牛乳とコーヒーに分ける等、不可能である。

 

「セバス。シモベを徒に消耗したくないのだ。情報を持ち帰れねば、唯の犬死となる」

 

「スカイ・スカルでの上空による大規模捜索も考えたが、大まかな戦力すら不鮮明だからな・・・」

 

モモンガはナザリックの消耗を最大限に抑える為、捜索にはシャドウデーモンを5体以上出す気は無い。一方のジュンはどんな遠距離攻撃を持っているか分からぬ為、大々的にスカイ・スカルを出そうと思わない。一度ワールドエネミーに撃墜されかけたのが相当懸念材料になっているとモモンガは判断した。

 

「大変申し訳ございませんでした」

 

「良い。お前はたっちさんに創られたのだから、そう進言する可能性を視野に入れていた。他に方法は無い」

 

「はっ」

 

セバスは己の具申は既に考慮に入れていた事実に、己を恥じた。アルベドとデミウルゴスは必要ならば下等生物相手にも慈悲を見せるモモンガへの信服は止まる所を見せない。

セバスの思考形態はたっち・みーと良く似ている。そして、たっち・みーは職業柄か無謀は好まないのだ。事実、ジュンとモモンガの説明が終わり、納得したのか幻影は既に消えていた。

 

「モモンガさん。いっそ、俺が村に潜入すべきか?」

 

「その苛立ちを収えられるのならな」

 

ジュンの案は、そもそも今のジュンの精神状況では任せられないとモモンガは判断している。さり気なく己の口を指さした。ジュンはモモンガの行動に疑問を覚えたが、現在の己の思考や、口調が『男』のモノとなっている事に気付いた。

 

「・・・仕方ないな。どうも抑えられん」

 

「一先ずはこんなモノか」

 

それ程冷静さを失っている以上、何所でヘマをするか分からない為、引き下がるジュン。

モモンガは現在考えている案からアルベドとデミウルゴスにシモベ等の選別等細かな調整を行う旨と、後詰めには森での行動が優秀であるアウラとマーレがメインで行い、ナザリックの守護にはセバス、コキュートスを。デミウルゴスとシャルティアは非常戦力として待機し、威力偵察には自身とジュン、アルベドで行く旨を伝える。

少数すぎるが、デミウルゴスには最も生存確率が高いと判断せざるを得ない。下手なシモベが行けば、今回の作戦上変に戦力を消耗する可能性が否めない為だ。万が一、シモベを守ろうとジュンやモモンガが怪我をしようものなら目も当てられない。

ソコまで話終えれば、部屋の隅で鏡を弄っていたライトから書類を渡されるジュンとモモンガ。内容を確認すれば、アイテムの使用方法が細かに書かれている。

 

「ライト。遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)の操作確認は終わったな?」

 

「うん。ついでにスカイ・スカルのカメラの画面にも繋がる様にしといた」

 

ジュンは既に動かしたりしていると判断すれば、ライトはさも当然の如く機能を付け加えた旨を伝える。これにより捜索・村の監視が楽になる為、良い頃合だとモモンガは判断した。

 

「行動を開始せよ」

 

モモンガの一言でナザリックが慌しく行動を始めた。

 

 

―――その日の明朝。

辺境の開拓地であるカルネ村は穏やかな朝を迎えていた。いつものように家族で食事の準備をし、平穏な日常を送る筈だったのだが、猟師の絶叫によりそれが叶わない事が発覚した。

走る馬の駆け足の音と、村人達の悲鳴が日常の崩壊を告げる。

唯の村娘であるエンリは妹を連れ、両親の犠牲の下森へ逃げ出した。幸運にも無事に森へ出れたのだが、2人に気付いた騎士風の男が2人。その剣に2人の血を吸わせるべく襲い掛かる。

エンリはその凶刃がネムに届かぬよう、咄嗟に突き飛ばした。

 

「お姉ちゃん!」

 

ネムが見たのは両手を大きく広げ、袈裟斬りを受けて大量の血を流しながらも立つ姉の姿だった。

エンリにとって歳の離れた妹のネムのは、娘にも等しい者だった。唯の村娘であり、姉であり、女ならば意識が混濁する程の激痛に耐えられないだろうが、母は違うとエンリはその身で実感していた。だが、己はもう助からないとも判断出来ている。

意識が薄れていく感覚は少しでも力を抜けばそのまま倒れ、目を覚ます事は二度と無い。そう自覚してしまっている為に、足に力を込め、立つ。

 

(神様が助けてくれないなら、悪魔でも良い・・・)

 

己1人では守れ無い。町で神官の言う教えが無意味であるならば、ネムを守れるならばこの身を悪魔に捧げても良い。そう思いながらエンリは腹に刺突を受けた。

 

「ネム―――」

 

姉を貫く剣に、ネムは言葉も出なかった。何よりエンリが口から血を吐きながらも振り返り、穏やかに笑みを作ったのがネムには理解出来なかった。ネムの怯えきって尚、唖然とした顔に逃げる様に言おうとしたエンリの口が止まる。

何を考えているのだと。このまま死んでなるものか。妹を残して死ねるものか。

この時エンリの思考は『怒り』と『愛』しか無かった。平穏を奪い、父母を奪い、己のモノを奪い尽くそうとする者達への『怒り』。そして、ネムだけは守らねばという庇護『愛』と犠牲『愛』。エンリは現在全てを曝け出していた。

強い思いで何かが変わる筈も無く、エンリは既に致命傷を受けており、死は間近である。だが、その言葉を、意思を受け取る者がいれば、全ては変わるのだ。

 

『全てを代価に、力をやろう』

 

「ぇ・・・?」

 

エンリは聴いた。音程が低いが女性の声だ。まるで脳裏に響く声は何と言ったかと理解する前に、あるモノに気付く。

エンリが見たのは、ネムの背後に広がる混沌とした空間からナニかが飛び出してきたのだ。そして、ソレは紅い触手をもってエンリの全身を貫く。

エンリは、ネムだけは救いたいと思いながら、何かが己と混ざり合う感覚を受け入れながら。その意識を失った。

己を貫くモノを呼び出した存在と思われる存在は、混沌の空間に浮かぶ黄金の瞳をしたモノなのだろう。その目が非常に穏やかであったのが、とても印象的だった。




嫉妬姉さんwアルベドの思考に関しては、アンセムさんへの感想返しにも書きましたがこんな感じです。
前書きにも有りますが、追加するタグはエンリ関係ですw結構色々ヒント出してますが、どうなんだろう?ちょいとマイナーだからなぁ・・・分かる人は間違いなく分かりますがw
あ!アームズやガイバーじゃないからね!そこの所宜しく!

序にアンケートしますかね。詳しくは活動板に書き込みますのでしばしお待ちを・・・

次は―――水曜になると思います。少しリアルが、リアルにキツイ・・・


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第七話

血濡れのエンリをご覧ください。1万4千文字を超えた増量版なのでよろしく。あと、男性の方は終盤辺りに股間を抑えてご覧になる事をお薦めいたします。

眠い。ひと眠りしよ・・・


ジュンとモモンガの予測通り、明朝村は襲われた。直ちに向かおうとする2人だが、包囲網作成に少々手間取った為犠牲は増え続けてしまった。

ジュンは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で身を挺して、妹と思われる幼女を守った少女の所に出るべく転移門(ゲート)を使った。すると突然声が聞こえた。

 

『神様が助けてくれないなら、悪魔でも良い・・・』

 

それは純粋な祈り。この悲劇に嘆くのでは無く『力』を求める声。ジュンは何故声が聞こえるのか心当たりが有った。自身が持つ悪魔系列であり実力が無ければ得られない『悪魔王』という種族レベル。コレの裏設定には、『才有る力無き者が純粋な思いで力を求めた時、資格が有るならば声が聞こえる』というモノが有り、その資格有る者は身を挺して妹を護る少女だ。

そして、見るからに致命傷を受け、幾何の時間も無く、転移のラグから蘇生も間に合わないと判断したジュンはアイテムボックスより、ソレを取り出し転移門(ゲート)へ投げつけた。

そして少女の、純粋な『怒り』と『愛』が伝わってくる声に応える。

 

『全てを代価に、力をやろう』

 

少女に声が届いたかは怪しいが、ジュンは転移門(ゲート)へ足を進める。この時、無意識に笑みを浮かべているとは思いもよらない。

モモンガは遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)越しに見た。ジュンが投げつけたのは悪魔の白骨化した手を籠手にしたようなモノであり、埋め込まれた真紅の宝玉が輝き、無数の触手を生やして少女を貫いたのを。アルベドは見てしまった。思わず背筋が凍る様な獰猛な笑みを浮かべたジュンの顔を。そして笑みに反して慈悲深さを感じさせる黄金の双眸を。

 

エンリの意識が浮かび上がってくる。まるで水中から引き上げられる様に。だが、先程迄とは違い全てにおいて感覚が異なっていた。先程まで激痛を訴えていた腹部も、袈裟斬りされた肩や胸部も痛くないのだ。

 

「熱い・・・」

 

全身が熱かった。特に右手と下腹部が。疼きに似たソレから声を洩らすエンリに、腹部を貫く剣を持つ騎士は、ヘルムのスリットから覗く目に明確な怯えを色を見せていた。騎士が怯えているのは、明らかに死んだ筈の相手が瞳を光らせて己を見ているからだ。

だが、そんな事エンリには関係が無かった。斬られ、刺されたのだから。体に力が漲っている以上自然と動く事が出来た。

 

「ぐべっ!?」

 

密着状態からとは思えぬ、半死半生の少女が放ったとは信じがたい拳の威力だった。顔面を殴られた騎士の首は横へ一回転し捻じれた。盛大に倒れ、ピクピクと痙攣しているさまは蛙みたいだ。エンリは自身が放った拳の威力よりも、襲い掛かって来た男が何の抵抗も無く死んだのが奇妙に思えた。そして、思うのだ。あまりにも間抜けな声を出して絶命した者が下らない存在だと。

 

「つまらない」

 

「お、お前!何をしたぁ!?」

 

エンリはその言葉を発したのが己だと思えなかった。唯々体が熱かったのだ。仲間を呆気無く殺された事を、エンリの洩らした声でやっと認識したのか、明らかに怯えた声を発し、震えながら剣を向ける騎士。だが、エンリはそんな声等聞こえぬと言わんばかりに、熱で鈍化した思考で、腹部に突き刺さったままの剣を何の力を込めていない様に軽々と抜き捨てた。

痛みと共に、感じた事が無い、理解できぬ快感が全身に駆け巡り、ソレが開放された。

 

「あぁああああああっ!!!」

 

エンリは絶叫の一拍後、体中の余分な熱を口から排出した。そこに立つのは唯の村娘のエンリではない。大きく変質してしまっていた。

腰まで伸びる紅蓮の如き髪は飛び跳ね、その肢体を包むのは一見金属に見える胸部が大きく開いた漆黒のライダースーツ。腕には悪魔の腕に似た籠手であり、右手の甲には深紅に輝く宝玉が怪しく輝く。全身にある装甲と刃は何故か優美であり、所々肌が見え、体にフィットしている様は艶やかな印象を与える。服の内側より伸び、頬まである真紅のライン。何よりその目が大きく変わっていた。本来白で有るべき部位が漆黒となり、瞳が黄金に淡く発光している。

真紅の髪の隙間から痛みも快感も過ぎ去り、何も感じない無表情を覗かせていた。

 

「何だ!何なのだお前は!」

 

エンリの変貌に狂乱した騎士は思わず斬りかかる。だがエンリにはその動きがスローモーションの様に見えていた。そして何の感慨も無く自然に、右の籠手に内蔵されている日本刀に似た刃が宝玉の輝きと共に一瞬だけ伸び、股下から逆風の斬撃を加え、自然に振り返った。

勢いが有ったのか騎士は踏み込んだ瞬間、股下から真っ二つになり血飛沫を飛ばし、左右に分かれて倒れた。死んだ事にすら気付いていないだろう。

エンリはふと右の籠手に掛かった血飛沫を、ネットリと舐めた。そして、気付く。ネムが怯え、震えている事に。

 

「ネム・・・」

 

エンリは己の声が低くなっている事に気付いたが、何も思わずネムの下へ歩いていく。

一方のネムは震えが止まらなかった。大好きだった姉が何か訳が分からないモノになってしまった。父や母、隣に住んでいた老人も殺した者の仲間を呆気無く殺した存在。もし変わる瞬間を見ていなければ姉だと分からなかった程だ。だが、己を傷つける事はしないと確信していた。不安と安心が同居する心境は、まだ幼いネムには震える事でしかその感情を表現出来なかった。

だがエンリの足は途中で止まる。ネムの後ろに有る混沌とした空間の隙間から、女が出てきたからだ。ほぼ裸に近い恰好の女悪魔。ジュンの転移が完了したのだ。

エンリは絶対に勝てないと理解しているのに、何故か、戦いたいと思った。だが、丁度中間地点にはネムがいる為、必死でその感情を抑える。闘争心を抑える事が出来れば、それと同時に本能が警笛を吹き鳴らす。この存在と戦ってはいけないと。

 

「声が聞こえたか?」

 

「!貴女は、さっきの声の人・・・まさか、本当に悪魔が助けてくれるなんて」

 

エンリは先程、一瞬意識を失う前に聴いた声の主が目の前にいる悪魔だと知り純粋に驚いた。ネムはエンリの声に恐る恐る振り返ると恐ろし気な笑みを浮かべているジュンと目が合った。ネムの視線に気づいたジュンは、その笑みを穏やかで優しそうな笑みに変えるが、時既に遅し。

 

「驚かせちゃったかな。洗浄(ドライ・クリーニング)と、傷治癒(ヒーリング)

 

ネムは恐怖のあまり漏らしてしまったのだ。アンモニア臭にジュンは気の毒に思い、しゃがみ、出来るだけネムと視線を合わせようとする。先程とは違い、穏やかに見えるジュンの顔はネムの恐怖をやわらげた。ジュンはネムの手足に小さい擦り傷が見えた為、着ている服を洗浄する魔法と治療魔法をかけてやる。

悪魔の容姿に似合わない暖かな、陽光を思わせる光がネムの傷を癒す。

 

「ネム・・・ありがとうございます」

 

エンリの言葉にジュンは優しい笑みを見せた。エンリは己の命を救ってくれた事とネムに対する配慮に、ジュンに敬意を持ち始めた。悪魔だろうと何だろうと関係無いのだ。そんな中、混沌とした隙間から再び誰かが出てくるのをエンリは感じた。

現れたのは黄金の杖を持ち、豪華なローブを身に纏ったモモンガと、バルディッシュを持った漆黒の全身鎧(フルプレート)を着たアルベドだ。

エンリはモモンガから濃厚な『死』を感じた。だが、恐怖は不思議と感じ無い己の精神状況の異変にやっと気づいた。ネムはモモンガの姿に驚いたのかジュンに抱き着く。急な抱き着きに驚いたジュンだが、優しく抱き留め立ち上がった。

 

「ジュン。あの少女はどうなったのか教えてくれるな」

 

「私はどうなったのか教えて下さい」

 

モモンガはエンリを指さし、そう述べた。ユグドラシルにおいて、装備を即座に交換するアイテムは有る。一時、昔の子供向け番組の如く変身する輩はいた。だが、エンリのレベルで元のアバターのなる部位まで変化させることはそうそう出来ないのだ。ジュンはベルセルクと重課金により実現したが珍しい部類である。

一方のエンリは、モモンガの言葉にようやく自身の変化を把握した。少し不安げな様子でジュンに問いかけた。

ジュンは迷っていた。あまり時間をかけるのは好ましく無い現在の状況で何所まで話すべきかと。不安げな視線を己に向けるネムに、先ず問うべきことが有るのに気づいた。

 

「お姉ちゃんなんだが、どんな存在になっても受け入れられる?」

 

「うん」

 

優し気に問うジュンに、姉がどんな存在になったか分からなかったが、変貌してまでも己を救い、守った姉を拒絶するのはダメだと本能的に察知し、頷いた。ジュンはネムの頭を優し気に撫でる。獣に似た大きな手は恐ろし気な形とは裏腹に、ネムには優しく、暖かな手に思えた。まるで父と母に同時に撫でられた時の事を思い出す感覚だ。

 

「今は簡潔に答えよう。お前の声は俺に届き、俺が応えた結果人間を辞めた」

 

ジュンの答えは答えになっていなかった。だがエンリは思い出す。騎士を殴り殺した剛力に、死に瀕していた体は力が漲る。生まれ変わった。そう思うしかないのだから。そして思う。この力が有れば父母がまだ生きているなら助けられるのではないかと。

 

「それよりも。今は村の事だ。レベルは10も届かん」

 

エンリが思案している中、ジュンは騎士の死体から真実の目の効果で取るに足らないどころか、警戒が無意味であると判断を下した。村に信じられぬ強者がいる可能性も否定しきれないが、警戒に警戒を重ねて死体を調べればレベル10も無い。緊張の糸が切れてしまったのだ。そして、重要な事を思い出した。

 

「自己紹介がまだだったな。俺はジュン。お前を悪魔に変えた者だ」

 

ジュンの言葉にネムとエンリは反応を見せた。エンリは何故か有る知識から、悪魔は眷属と呼ばれる悪魔を生み出す事が出来ると気付く。ネムは難しい事は分からないが、姉が悪魔に変わった結果、自分を護れたと理解すれば種族等些細な事だ。

 

「我が名は―――アインズ・ウール・ゴウン。コレを飲むと良い」

 

モモンガは己の名を言おうとして、ふと思案した。

『モモンガ』はユグドラシルにおいての、ナザリック地下大墳墓を支配したアインズ・ウール・ゴウンというギルド長としての名前。今の己を指すには不適切に思えたのだ。ナザリックの者達から忠誠を捧げられるこの身は、以前とは大きく異なる。ナザリックの全てを現在支配しているのだから、仲間達がこの世界へ来た時に灯台の役割も必要だろうと思い、『アインズ・ウール・ゴウン』と名乗ったのだ。

モモンガの突然の改名にジュンとアルベドはモモンガを見るも、モモンガは我関せず、エンリに上位治療薬(グレーター・ヒーリングポーション)を投げた。

咄嗟の反応なのだろう。エンリは深紅の液体が入った、豪華な装飾を小瓶を受け取り跪いた。

 

「エンリ・エモットです。今ジュン様が御抱きになっているのが妹のネム・エモットです」

 

そして、己の名を名乗らねば失礼であると判断し、名を述べ薬を飲んだ。薄っすらと有った傷跡がキレイに無くなったのを2人は満足げに頷く。だが、ものんびりとはしてられない。折角餌に食らいついた害獣が逃げてしまう。

 

「・・・アインズさん」

 

「うむ」

 

ジュンはモモンガと言いかけて、辞めた。改名には相応の理由が有るだろうと判断して。阿吽の呼吸なのだろう。アインズは頷いてあるスキルを使った。

 

(うげ・・・)

 

(気持ち悪ぃ)

 

発動したのは中位アンデット作成であり、召喚しようとしたのはユグドラシル時代に良く盾として使っていた死の騎士(デスナイト)。だが、仕様は大きく異なっていた。ドロドロとしてコールタールの様な物質が、首が変な方向に曲がった死体に取り付き、徐に立ち上がれば腐臭と目が痛くなりそうな煙を放ちながら大きくなっていく。その過程が気持ち悪いとジュンとアインズが考えている事等誰も知る由も無い。

煙と謎の粘液が消えれば、2.3メートルは有る、悪魔のような装いをした漆黒の死霊騎士だ。特に大きなタワーシールドは印象的である。紅く爛々と輝く双眸は生者に対する憎悪で染まっている。

 

死の騎士(デスナイト)よ。この村を襲っている騎士のみを殺せ」

 

「オオオォォァアアアアア!」

 

アインズの命令に死の騎士(デスナイト)は歓喜の咆哮をあげた。主人からの命令を全うすべく走り出す。その大きく鈍足そうな見た目と裏腹に地面を軽く響かせて走る様子は何所か恐竜っぽいと2人に思わせて。

 

「「ぇ?」」

 

我に返ったアインズとジュンは同時にユグドラシルと余りにも違う仕様と自由度に小さく疑問の声を上げた。他の3人は、何がそれ程不思議に思うのか理解できずに2人の顔を見た。

 

「まったく、盾になるべき者が守るべき主を置いて行ってどうする」

 

「アインズ・ウール・ゴウン様。死の騎士(デスナイト)は露払いをすべく村へと向かったのでしょう」

 

その視線を感じたアインズは少し呆れ気味に、全て死の騎士(デスナイト)のせいにした。アルベドは死の騎士(デスナイト)の行動を好意的に解釈したのだ。そもそも人間等という下等生物を殺すのにアインズの手を汚す等、アルベドには許せなかった。アインズはアルベドが態々フルネームで言った事に面倒に思える。

 

「アルベド。アインズで構わん」

 

「くふっ・・・ぅん。畏まりましたアインズ様」

 

「エンリ。行きたくば、行け。ネムは私が守る」

 

アルベドは略称で呼ぶ事に対して一瞬歓喜に声を上げそうになるも我慢して返事をした。

ジュンはエンリが何所かソワソワしている様子に許可を与えたのだ。この様な事態で考えられるのは村への帰還だろうから。真実の目でレベルをチラ見するがレベル40。十分である。

エンリはジュンの言葉にネムの安全を確信し、後顧の憂いが無くなったのか、分かりづらいが安堵の表情を見せた。

 

「ありがとうございます」

 

「わぁ・・・お姉ちゃんスゴイ・・・」

 

心の底から感謝を伝え、強い意思をその目に灯す。立ち上がり一礼し、数歩大きく離れた後、地面を踏み砕いて急加速をかけた。加速の一歩で地面が爆散し、粉塵を巻き上げるがそれがジュン達にかからないようにする配慮だ。アルベドはエンリの粗いが敬意の有る行動に満足気に数回頷いた。

粉塵が晴れればソコにエンリの姿は無く、ネムが純粋に憧れで目をキラキラ光らせているのがアインズとジュンの心を一瞬だが穏やかなモノにした。

 

「それで?アレは何だったのだ?」

 

「一言では説明できないが、そうだな。装備できるNPCを創ろうとした結果だな。レベル100で創ったのだが、今のエンリのレベルは40・・・詳しい検証がいるだろうが、成功だろう。それよりゴミ掃除と実験だ」

 

アインズの質問はジュンには答えにくいモノだった。正直ジュンも色々と分かっていないのだ。創った際のレベルが変化している可能性も視野に入れ、唯の村娘であったエンリがアインズを目の前に跪いた事から、一定の礼儀作法を持つ事と判断し、知識がエンリへ送られている可能性が高いと考えている。何より、レベル5以下が装備と言うか、融合してレベル40になったのが、ジュンにとって最大の疑問である。

だが、それ以上にやるべき事が有るのだ。周囲を包囲しているモノを排除しなければならない。また、試せるのならば色々と試す事にしていたのだから時間が足りない。

 

「そうだな。ネムと言ったか。子供の教育には問題が有るぞ」

 

「・・・確認だけする。すまないが検証は頼んだ。あと、恰好をどうにかしなきゃな」

 

アインズはジュンに抱かれている幼女へ配慮すべきと判断した。内心姉のエンリが目の前で2人始末したが、それでも子供の前で積極的に殺しを行うべきではないとアピールしてみる。ジュンは優し気にネムの頭を撫でながら今更ながらに、現在の恰好は人間の前に出るべき恰好で無い事に気付いた。ネムもすっかりアインズとジュンの姿に慣れて恐怖を感じていないようだが、念の為に準備する。

アインズは力の涙(パワー・ティアーズ)を発動させ肉を纏い、ジュンは一度人化した上で装備の指輪で修道衣的な恰好になった。正に一瞬の早着替えにネムは目を丸くして驚いていた。

 

エンリは風になっていた。正に疾風の如く家に辿り着けば、母の亡骸に伸し掛かる男が見えた。ナニをされているのか、思考する前に体が動く。右の籠手から展開した刃で後ろから男の首を刎ねた。男の首は壁に衝突し、トマトの様に潰れたが、そんなモノを確認する前に体の部分も蹴とばす。

 

「お母さ・・・ん」

 

破かれた服と露出した肌。エンリが母の身に何が有ったのか理解すれば、無価値と判断していたモノへ殺意が込み上げてきた。父の亡骸の傍で行ったのが更に怒りの燃料となり、髪が騒めき始める。

 

『エンリ。言い忘れたがこの虐殺を命令した者は生かせ。生きて話ができれば良いからな』

 

「フッ!」

 

怒りで我を失いそうになっていたエンリを引き留めたのは、己よりも怒りに満ちたジュンの声だ。伝言(メッセージ)を使って言われた内容からエンリは返事もせず、小さく息を吐いて跳び上がった。

 

村の広場的な場所は地獄へ変わっていた。

死の騎士(デスナイト)は逃げようとする者を優先的に、刃毀れの酷いフランペジュで切り殺し、向かって来るものに対してはあえてタワーシールドで殴りつける。エンリは胸の前で腕を組み、己に向かって来る者に、一房の髪を操作して手足を貫いていた。今のエンリの髪は伸縮し、自由自在に操作出来る刃なのだ。

死の騎士(デスナイト)よりも早く、広場に着いたエンリは始めは右腕の刃手足を切り裂いていたのだが、その弱さに呆れ、冷静になった時に丁度死の騎士(デスナイト)が到着したのだ。

命令を受ける際に近くにいた存在が己より早く着き、己の仕事を行っている事実は彼を打ちのめしたが、仕事をキッチリこなすべく積極的に行動した結果だ。何気に立ち止まって腕を組んだエンリを騎士達が狙うのは、過激な恰好をした女である為であり、死の騎士(デスナイト)はエンリを狙う者を盾で殴り、空に飛ばす。実に良い囮である。

 

「オオオオッ!」

 

「こんな、つまらない奴らなんかに・・・」

 

死の騎士(デスナイト)の生者を痛め付けながら、造物主の命令を実行する興奮から咆哮を上げ、一方のエンリは酷くツマラナイ様子で、作業を進めるように行動していた。

 

「逃げようとしない相手には剣を使わない。あの女は向かわなければ攻撃しない・・・楽しんでいるのか?」

 

この謎の2人の行動に、実質的な隊長であるロンデスは冷静に彼我の戦力差を分析していた。アンデットの方は明らかに楽しんでいるのが予測できたが、殺そうとしない紅髪の女は何かを確かめる様に『あえて殺さない様子』に、情報が確定できない為行動を取れなかった。特に女の目には何かを探す魔物に似た光を感じる為、上手くいけば助かる可能性が有る。

 

「お、お前ら!金を、金をやる!俺はこんな所で死んで良い人間じゃなっ!?」

 

そんな中、部隊の隊長であるベリュースが何時もの様に我儘を言い出した。下種な笑みをいつも浮かべていた顔を満面の恐怖に彩る。

その偉そうな物言いからエンリはキープすべく髪で両肩を貫き、上空に吊上げたのだ。喋っている途中で貫いた為か、舌を噛んだ様子だがエンリの無表情は変わらない。

 

「ベリュース隊長!」

 

「ロンデスッ!助けろぉぉぉ!」

 

ロンデスがつい漏らした敬称に、獲物を手に入れたと確信したエンリの口角が吊り上がり、唇を舐める様はまだ青い果実を思わる外見年齢とは裏腹に、騎士達に一瞬だけ妖艶に感じさせた。実に蠱惑的である。

上空10メートルに吊り下げられたベリュースは肩を貫かれた痛みも忘れ、恐怖から喚く。この世界の人間で自由に空を飛べる者が少数であり、生身の人間が10メートルから見る光景は崖の上や城壁の上から見るのが一般的なのである。

だが、ベリュースはすぐに地上付近に降ろされた。エンリがある人物の気配を察知した為だ。

 

「ソコまでだ」

 

その一言で地獄は止まった。無造作に死を振りまく死の騎士(デスナイト)はその動きを止め、エンリは本能的に跪いた。死の騎士(デスナイト)はエンリが跪いた事から、己も跪く。

上空にいるのは3人の人影。アインズ、ジュン、アルベドがこの狂騒の場に着いたのだ。3人はふわりと降り立つ。

ジュンに抱かれているネムは、空を飛ぶという初の経験に目をキラキラと輝かせており、ジュンはネムの存在が己の激情を抑える安全弁となっているのを感じた。

一方の騎士達は飛行を可能とする魔法詠唱者と、金属鎧(フルプレート)を着た女戦士、神官らしき姿の美女の登場に唖然としていた。村人達はジュンに抱えられるネムの姿に、エンリは駄目だったのかと悲痛と困惑の表情を浮かべ成り行きを見守るしかない。

 

「はじめまして諸君。私は―――」

 

「神官服っ!同じ法国の者だろうっ!助けてくれるなら私の妻にぃっ!?」

 

アインズが自己紹介をしようとした時ベリュースが言葉を遮った。アルベドが、その不敬な態度に処分しようとするも、アインズの行動の方が早かった。人差し指をベリュースへ向け、電撃を放ち、麻痺させたのだ。

アインズはソレをゴミと認識した。だが、目的のモノならば己が処分する訳にはいかない。また、死への恐怖から己の所属する国を漏らしたため、バカと断じた。ジュンにプレゼントする品だと理性と本能の相互理解によって、対象を麻痺させる魔法をもって黙らせた。だが、ジュンを嫁にと言った男に対する怒りと憎しみは止まる所を知らず、精神安定が常時発動している為蛍火の光を放ち続ける。エンリは範囲対象外になっている為麻痺しない。

 

「ふん。勘違いするな―――私はアインズ・ウール・ゴウン。投降するなら命だけは助けよう。ソコのゴミ以外は」

 

アインズの声は誰が聴いても分るほど、苛立ち殺気立ったモノだった。騎士達は己の体が恐怖からガタガタと震え、鎧が金属が擦れる特有の音が共鳴する。ロンデスはベリュースを隊長に任命した本国の馬鹿と、それを許可した神を呪いたかった。

ロンデスは咄嗟に剣を捨て跪く。一縷の望みを賭けて。ロンデスの行動に我先に他の騎士達も剣を捨て跪いた。中には額を地面に擦り付けながら神に祈る者もいる。

 

「私はロンデス・ディ・グランプと申します。何故、ベリュース隊長以外はなのですか?」

 

「何。私のジュンを妻に迎えたい等と寝言を言ったものでね。非常に不愉快なのだよ」

 

ロンデスの問いに、アインズは律儀に答えてやる。怒りが込められ、無慈悲な視線がロンデスを捉え、絶句させた。

アルベドはアインズの発言にジュンを睨み付けようとしたが一瞥で終わる。ジュンは丁度アインズの後ろでネムを降ろし、少し何も聞こえず、見えなくなるが怖がらずに待つよう説得していたのだ。不安げにベソをかくネムを抱きしめ、落ち着くよう抱きしめながら頭を撫でる姿はアルベドが理想とする母親の姿であった為、見続けるのが悔しかった。

落ち着いたネムにジュンは防御魔法と空間遮絶の結界を張り、何が起こっているのか分からないようにした。アインズの言葉等まるで聞いていない。

絶望を覚えるロンデスだったが、同時に希望が有った。彼の中ではジュンと呼ばれた神官姿の美女はアインズの嫁だと思い、幼子を安心させる優しさを持つ女だ。何とか情に訴えれば助かる可能性を見出したのだ。

 

「それに、あのゴミにはジュンが用事が有るのでな」

 

アインズがジュンが行う事を見やすくするため横へ移動した。

エンリがジュンの傍にベリュースを投げ捨て歩いて来る。体が動かず、意味が分からない唸り声みたいな声を上げるベリュースをジュンは脇腹を蹴りつけ仰向けにし、麻痺を体が動けぬ程度まで魔法で解消させた。手荒な治療だと思う一同だが、その後我が目を疑った。

ジュンはごく自然にその右足でベリュースの股間を玉が潰れない程度の強さで踏みつけたのだ。

 

「おっ、ぉああああああ!?」

 

「答えろ。お前が楽しむ様に指示したのか?随分と楽しんでいたようだが?」

 

ジュンはガムを拭い取るように、グリグリと踵で踏みにじる。ベリュースは顔を涙と鼻水でグチョグチョにしながら叫んだ。

ベリュースは先ほど迄、死の恐怖に晒された結果生存本能が全開になり、ある所が元気になっていたのだ。また、本来ならば激痛を感じる所、麻痺により脳が痛みを快楽と誤認した結果、ベリュースは今まで感じた事が無い快楽を味わっていたのだ。

ジュンの履いているローファーは爪先と靴底を金属で補強している物であり、自身が踏んでいるモノの感触等分からぬ為、何故痛みを与えている者が気持ち悪い顔をしており、叫んでいるのか全く理解できず、取り合えず踏む力を増しておいた。

 

(えっ?何それ・・・)

 

(下等生物は痛みで快感を得るのかしら?取り合えずデミウルゴスに伝えておきましょう)

 

思わず唖然とする一同。アインズは拷問的な事をすると予測して、交渉を有利に進めるべくどいたのだが、ソコに有ったのはSM紛いの事。思わぬ行為に精神安定が仕事をし終えたのか、蛍火の輝きは消え失せた。

アルベドはデミウルゴスに伝え、彼の趣向から有益な情報ならばアインズに報告する事で点数を稼ごうと考える。

 

当の本人達は真面目に行動しているのだ。エンリとジュンが芋虫でも見るような目で見ている事もあり、余計にSMっぽくなっている事は気づかないだろう。だが、ソレはアインズの価値観の話である。

この世界では俗に言う春画が存在しないのだ。命の危機が多い為、戦闘後の恐怖を忘れる為に女を抱く冒険者も少なく無い。その需要に答えるべく供給もしっかりあるのだ。

農民に到っては何が起こっているかわからない為恐怖し、法国の者達に到っては噂で聞く一部の貴族の趣向。しかも、自身等の上司が痛めつける方で無く、痛めつけられる事に快感を覚えている様子に恐怖も忘れ、引いていた。元々下種で性根がひん曲がっていた者なだけに、正直他人として振舞いたい程である。

 

(根っこの所は女になったのか?)

 

容赦無く男の股間をグリグリと踏みにじるジュンの姿に、アインズはジュンの深層心理が女性になった可能性に、己の勝利を確信して長い裾に隠された手を強く握る。だが、その表情は堅くベリュースを荒んだ眼で見ている事も有り、不機嫌なのは変わらない様子であると周囲は認識した。

 

「もう一度聞くぞ?何故虐殺した後でも色々と楽しんだ?」

 

「ぎぃ!?ち、違う!ロンデス!ロンデスの指示だ!俺は関係無いぃぃいいい!」

 

ジュンは変な叫び声を上げるベリュースに更に不快に感じ、一度足を退けて問いかける。それを見たエンリはベリュースが万が一にも立ち上がらぬよう、右側の肩を踵で踏む。力加減を間違えてしまい肩の骨を完全に砕いた。エンリの装備はピンヒールと金属で補強したブーツの合いの子みたいな形状をしており、ピンや爪先の部位に刃が付いている為、骨が砕けただけでもマシな方だ。角度さえ間違え無ければ腕が取れていたのだから。

ベリュースは肩が骨折するのを何となく感じ、己の肩を見ようと横を見れば鋭利な刃が太陽光を反射して煌めいていた。快楽と恐怖のコンボに、咄嗟に全て押し付けていた副官の名前を叫んだのだ。

 

「違う!ベリュース隊長とその私兵がやった!ロンデスさんは止められないと俺たちを連れて先に撤退した!」

 

「ほぅ。近くに神に祈る者がいたが、ソイツ等か?何故お前は楽しんだと分かる?」

 

だが、恐怖が隊長の無様な姿で消え失せた部下の1人が大声で否定した。アインズは面白いモノを見たと言わんばかりに口角を少し上げ、ニヤリという擬音が似合う威圧する笑みを浮かべたのだ。アルベドは断りもなく大声で答えた不埒者を処分しようと思ったのだが、アインズの楽しそうな様子に静観する。

思わぬ発言に口をパクパクと陸に上げられた魚の様に動かすベリュースを見る者等誰もいない。そして、アインズの言葉で援護する筈だった部隊は既に全滅しているとロンデスは知り、最後の頼みに賭ける事を決心した。

 

「それは、あいつ等が作戦前に自慢げに話していた為だ!寝不足だとヘラヘラ笑いながら!」

 

「ウソだ!嘘だ!うそだぁーーーーー!あいつ等は俺をハメようとしている!信じてくれぇー!」

 

アインズの問いにロンデスに潔白を証明すべく完全に否定する男は、自身の被るヘルムを取りアインズの目をしっかりと見た。

ヘルムの下に有った顔は若い。20にも届かぬ少年だ。

少年はベリュースのやり方が気に食わなかった。いつも自己主張が激しく、貴族や商人の三男坊達等を取り巻きにし、悪戯心に暴力を振るうのが何処か騎士だと思っていたのだ。そんな彼をベリュースが見逃す筈も無く、暴力を振るおうとしたのだがいつもソレを止めていたのがロンデスだったのだ。

少年の真摯な訴えと、男のガラスを引っかく様な叫び声は何方が真実か等比べようがない。少年の純粋な目を見たジュンは小さく、優し気な笑みを浮かべた。ソレを見たアインズの行動は単純だ。騎士等の罪を暴いてやる。

 

「ロンデスと言ったか。何故止めなかった?村娘、いや、女は殺されても尚犯されたようだが?」

 

「・・・この作戦は人類の為に必要だと聴いておりました。人の尊厳を汚すのは彼等が犯した罪であり、私には関係ありません」

 

アインズの淡々とした物言いは波及する。そして、ロンデスに思案の時間等許されていない。淡々とした本心と分かる言葉に、エンリは踏みつけているモノを早く壊したくてしょうがなかった。目を細め、口角を吊り上げる様はネズミを痛めつけて殺す猫を思わせるだろう。優しかった父母を奪っただけでなく、母の尊厳を汚した行為を命令したソレを殺したくて仕方が無いのだ。

 

「ふむ。撒き餌に虐殺をした気分はどうだ?」

 

「教会には人類の為に必要な犠牲と聞かされましたが、気分の良いモノではありません」

 

時間を稼ぐ。ロンデスの真意はソレだけだった。生き残るための行動をしていたのだが、頼みのアイテムは何の反応を示さない。焦りが汗となり、流れ落ちる様を見ながらアインズは終に堪え切れず笑った。小さい声だが、喜劇を見た様な笑い声は一同を恐怖で縛り上げる。

 

「さて、時間を稼ぎ、逃げようとしているのが無駄だと理解したか?」

 

アインズは魔法詠唱者である。また、戦闘の基本として転移妨害を使っているのだ。転移するのも、される可能性も無かった。

ロンデスはアイテムが作動しないのは目の前の魔法詠唱者が邪魔している為だと思い、一度神に祈って覚悟を決めた。

 

「はい。私の首が必要なら捧げます。ですので、彼等は御救い下さい」

 

クズより役立つモノが手に入る。ならばゴミは捨てるべきだ。ジュンとアインズの思考が同じ結論を弾き出す。

 

「ジュン。もう良い」

 

アインズの許可が出たのだ。ジュンはエンリを一瞥し、エンリはその意図を正しく認識出来た為、足を退けた。それを確認したジュンはあるモノを強引に引き千切った。

 

「いぎゃぁああぁああああぁああああっ!!?」

 

ジュンがソレを引き千切った際に夥しい血液が噴出し、腸まで引きずり出された。ジュンが引き千切ったのは竿と玉だ。そしてそのまま絶叫するベリュースの口の中へ歯と顎を砕きながら喉へ突っ込む。まるで断末魔すら不快であると言わんばかりだ。ジュンは血に汚れた事が不快なのか、ベリュースの顔が余りにも気持ち悪いのか嘲笑を浮かべた。

 

「殺せ。エンリ」

 

ジュンは気づいていたのだ。エンリの願望を。エンリがジュンの言葉を認識した瞬間。そこに赤い花が咲いた。

エンリの髪がまるで餓えた蛇の如くベリュースの体に突き刺さり、そのまま強引に捻じり、引き千切る。正に五体四散と言わんばかりの状態であり、その血で汚れた為か、それとも臭いと感じている為か、髪を引き抜き不快そうにエンリは舌打ちした。血に汚れ、殺し足り無いと言わんばかりに村を襲った面々を静かに見つめている。

 

洗浄(ドライ・クリーニング)

 

「ジュン様。ありがとうございます」

 

ジュンはそんなエンリの頭を優し気に撫でる。ソコには無感情な様子も、これ程の事を起こしたとは信じられない慈母に似た笑みを浮かべている。ジュンの魔法で血等がすっかり取れた事も有り、エンリも力無いが穏やかな笑みを浮かべた。

 

(・・・ジュンさん。ソイツはイケない。いけないよ)

 

アインズもそうだが、男という性別の者達にとって2人の女が起こした処刑方法が余りにも衝撃的だった。男性一同は敵味方老若関係無しに玉が上がり、冷風を噴きかけられた感覚を味わい背筋が凍る思いを感じたのだ。女達は壮絶さから絶句している。

アインズはジュンの深層心理が女性になった事は歓喜するが、ソレとコレは明らかに別である。

 

「・・・さて、ロンデスと言ったか。貴様以外は帰してやろう。帰って我が名を伝えよ。次にこの付近で騒ぎを起こすならば、次は貴様らの国へ赴き、死をくれてやろう」

 

アインズの仕切り直しと言わんばかりに威圧感を込めた言葉はある意味凍結した空間を緊張感のあるモノへと戻す。

アインズは騎士達の処遇を決定した。それを聞いた少年以外の騎士達はほうほうと股間を抑えながら逃げ出した。かなり不格好である。少年はロンデスの隣に座り直し、怯えながらも確りとアインズを見つめる。ジュン達の方は見ない様にしているのが丸分かりだが、アインズは男として少年を責める気にはなれなかった。

アインズは眠りの魔法を2人にかけた。瞬時に極度の睡魔と、酷い精神的疲労から意識を失う。

 

「さて、諸君。下らんモノを見せたな。君達はもう安全だ」

 

「あ、貴方様は・・・それに、あの赤髪の女をエンリと言いましたか?」

 

アインズは静かに村人達へ宣言した。彼等は主に男性陣が怯えてはいるが、当面の命の危機は脱したと認識した。初老の村長が代表として聞いたのは、目の前で一人の人間を惨殺した女と、陽だまりに似た笑顔が似合う少女がつながらないのだ。特に目が人間と違う事も有り全く想像がつかない。

エンリは咄嗟に思う。それ程分からないものかと体を確認してみれば、あまりにもピッチリと体にフィットしており、胸が豪快に開いている事から恥ずかしく思い始めた。

 

「あっ・・・」

 

闘争心が切欠なのだろう。エンリの服になっていた部位が灰色になり、螺旋を描くように右手に集まり、ブレスレットを形成した。ハート形にも目にも見えるブレスレットに。同時に目も髪も元の人間、エンリ・エモットのモノへと変わるが、種族が人間では無く、悪魔だとわかるのはアインズ達だけだ。ふら付くエンリをジュンが抱き留め、支えながらネムがいた所まで行き、ジュンが結界を解く。

 

「お姉ぇちゃん!」

 

「ネムッ・・・」

 

ネムは己の目の前にいる姉に抱き着いた。エンリはこの瞬間、緊張などが解けたのだろう。ネムを抱きしめシクシクと静かに泣き始めた。その姿を確認した村人達は顎が外れそうな程唖然としていた。まだ、魔物がエンリに化けたと言われた方が納得出来る事態である。

 

「マジック・アイテムです。ジュンが命を助けるついでに力を授けたのですよ」

 

「で、では、何故御救いになられたのですか?」

 

「昨日、ジュンが虐殺された村を発見しましてね。埋葬してから付近に村が無いか探していたのですよ。少々遅れて申し訳ございません」

 

アインズは取り合えずマジックアイテムだと言い張る事にした。そして理由も淡々と語る。別に威圧しているつもりはないが、質問する村長の胃はキリキリと痛みを訴えた。

アインズはある事に気づいた。村人達はの視線がエンリと死の騎士(デスナイト)を見ている事に。それはまるで、何か信じられないような条件。例えばアンデットの素材になれ、マジックアイテムの実験台になれと言われる事を恐れているように感じた。

故に、あまり好きではない方法を取る事にしたのだ。

 

「ただ、我々も義憤だけでは御座いません。頂きたい物が御座います」

 

アインズの一言に村人たちは歓喜した。

それもその筈だ。彼等にとってタダと正義程恐ろしいモノは無い。後で何を要求されるのか分からない為だ。営利目的である方が安心出来る事案なのである。

アインズは静かに息を吐き、早く元の骸骨の姿となりたいと思いながら一度天を仰いだ。

 

蛇足だが、ロンデスが使おうとしたのは一種の通信アイテムだった。襲撃が終了し、撤退した後ベリュースがニグンに対して、無駄話付きの報告を長々と話し、魔力が空になっていた為に作動しなかったのだ。その為か、陽光聖典本隊が隊長であるニグンの睡眠不足により仮設基地からの出立が遅れた為に、襲撃は太陽が昇り終えてからになったらしい。




正解は『アニメ版 ウィッチブレイド』でした。分かった方はいたのかな?
前回のは変身シーンではなく融合シーンです。アニメ1話、雅音の夢をモチーフにしてます。違うのはエンリの場合は刺したまま融合しちゃった事ですね。だから、宿主に巻き付く描写が無いんです。
現在はレベル不足から第一段階です。要するにアニメ版の露出が少な目な状態ですね。
あくまでも『ウィッチブレイド完全体を作ろうとした結果』なんです。作中にも出ましたが、ジュンの目的は『装備出来るNPC』だったんです。『リビングアーマー』系列で防御力に特化し、ゴッズまでは届きませんが、強力な防御力と、HP回復で自動回復する装甲や武器が欲しかったんです。
エンリが『タレントを持っているオリ設定』から、結果エンリと融合しちゃったんです。その結果、ジュンに仕えるNPCとしての常識が加わってしまい・・・要は『コーヒーとミルクが混ざってカフェオレになった』とでも思ってください。しかも設定していた職業レベルとかも色々変化してしまい、防御特化の筈が俊敏性特化になってます。元が防御特化だったのでレベルの割には堅いです。代わりに魔法が使えませんが。エンリの種族が変わったのはジュンの悪魔王の『加護』によるものです。融合した為では無いです。
まぁ、あえて言うなら『デビルマン』+『ウィッチブレイド』が正しい認識でしょうね。
結果から言って『結晶崩壊しない』ようになっているんですが、ソレはまだ知りません。あと、レベルが上がるとDVD版になります。やったねwンフィーw

序に言いますと、最終選考迄残ったのはガイバーⅡとバンダースナッチ、キューティーハニー、シンフォギアです。逆に速攻で落としたのが、ライダー、テッカマン、オーガン、R18系アニメ・ゲームですね。落とした理由は単純。この作品で『女』ってだけで死亡フラグや凌辱フラグヤバイもん。ついヤッちゃいそうになります。
最終選考時の判断基準。
ガイバーⅡ:何か変なフラグが立つ=× バンダースナッチ:ラスボスで負けフラグ。ンフィー肉体系じゃない=× 
キューティーハニー:エンリがスパイの真似事・・・合わん=× シンフォギア:何着せるよ。歌の版権とか面倒=×
ウィッチブレイド:血濡れ。ビジュアル。強大な力に翻弄する女=○
さて、色々と書き足りませんがこの辺で。
次の更新は土曜か日曜に、上げれたら良いな・・・日曜に上げれないなら活動報告に書き込みます。


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第八話

インターミッション・・・あっ!残酷さん!寝るの早いよ!?


木漏れ日が穏やかに草花を照らし、雫を地面に落とす穏やかな朝。森と隣接する草原を20数奇の騎兵が走る。ただただ急ぐ姿は勇ましい。装備も固定ではなくバラバラであり、だが、その鋼を思わせる強い意志が乱雑な傭兵ではなく、立派な誇り高き騎士団であると語っている。

そして彼らは、終に目的の場所へ着いた。そこは村の廃墟であり、すぐ近くに均等に木で作られた十字架が並んでいる。十字架には本来有るべき名は刻まれていなかった。

 

「これは、いったい・・・」

 

「あら、貴方がこの国のお偉いさんかしら?」

 

戦士長であるガゼフは、馬上から一瞥し、その光景に疑問の声を漏らすしかなかった。王命より村々を回ろうとした矢先の出来事である。この光景は異様としか映らなかった。

そんなガゼフにアンジェは廃墟の影より姿を表す。途端に剣に手をかけるも、抜こうとしない戦士達にアンジェは一定の評価を下した。実に良く訓練された良兵であると。

 

「君は・・・」

 

「失礼。私はアンジェ。怪しいと思うだろうけど旅の者よ」

 

「ではアンジェ殿。私はこのリ・エスティーゼ王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この村で何が有ったのか教えて頂きたい」

 

ガゼフの目には警戒の色が有った。故にアンジェは名乗る。それが一番手っ取り早いのだ。また、己から『怪しい』と言い出す者は大抵後ろ暗くない者であり、ガゼフの目にはアンジェが例外である一握りの極悪人には見えなかったのだ。アンジェの美貌から、男を篭絡する訓練を受けている可能性も否定はできないが、そうではないとガゼフは己の勘を信じる事にした。

 

「簡単よ。虐殺が有ったの。アレを見なさい」

 

アンジェが指さしたのは燃え残った民家の壁だ。そこには亀裂が有った。明らかに刀剣類によるモノである。何故剣と断定するのかは単純である。その亀裂の長さと厚みから推測しているのだ。

 

「私達が着いた時は既に全滅。麦が燃える匂いからして野盗では無いけど、女は犯された後だったわ。そして、あの子は考えたの。コレは餌だってね」

 

「戦士長!やはりココは撤退すべきです!」

 

アンジェの言いようは副長が予想していた通りだった。それはガゼフも理解していた内容だが、何故この村の痕跡だけでアンジェが予測できたのか謎である。何故そのように推測できたのか気になったが、それ以上にこの地位を授けてくれた王に対する敬意と、国民を虐殺した相手へ怒りが込み上げてきた。

 

「副長。であるのならば、其れこそこの王国から締め出さねばならん!俺は王国戦士長!この国を愛し!守護する者!そして、示す!弱き者を助ける強き者がいる事を!」

 

馬上で剣を抜き放ち、鼓舞するガゼフの姿はアンジェの目には勇ましく、そして無謀に見えた。要するに馬鹿である。通常であれば撤退するのが正しいのだろうから。だが、ガゼフの鼓舞に当てられた彼の部下達も剣を抜き放ち、吼える姿は英雄譚(サーガ)の一幕のようである。

アンジェは少し認識を訂正した。『気持ちの良い馬鹿の集まり』だと。

そして不憫に思う。この者を殺すのが目的の一端だと確信したからだ。

 

「ならば案内するわ。丁度今、村の防衛が成功して数人捕まえたみたいだしね」

 

ガゼフがこの廃村に着いた時、既にカルネ村の戦闘は終わっていたのだ。

ガゼフは何故アンジェがそのような事が分かるのか理解できず、そして、己を誘い出すべく村人を虐殺していた者達を数人とはいえ捕まえた。虚偽の情報と言えばそこまでなのだろうが、ガゼフはアンジェが真実を語っている様に思えたのだ。この規模の村人を虐殺するなら最低でも30人はいると予測していただけに、流石にガゼフも危ぶむ。かのアダマンタイト級冒険者ならば可能な所業だが、ガゼフは目の前の女をどうにも実力者には思え無いのだ。故に、無意識の内に剣を握る手に力が籠る。アンジェが虐殺した者の一味である可能性も否定できないのだから。

実際のアンジェの実力はフル装備のガゼフが100人いようとも傷一つつけられないモノなのだが、彼女の着るトーガには虚偽情報系魔法が多数込められている為、その結果ガゼフには認識できないのだ。

 

「勘違いしないで。私はさっき()()と言ったわ。3人は既に近くに村が無いか探してたのよ。2人は魔法詠唱者だしね」

 

「では、貴女が彼等を弔ってくれたのか?」

 

緊迫した空気の中でもアンジェの微笑みは変わる事は無い。ソレ所か丁寧に教えてくるのだ。まずますアンジェの存在が分からなくなってくるが、ガゼフは彼女以外の者達が実力者であり、彼女は埋葬や物品の管理などを行っているのではと考えた為の質問である。

 

「えぇ。信用しがたいと思うから、どうぞ」

 

「副長!・・・いや、問題無い。馬の空きが無いので、私の後ろに乗ってもらえますか?」

 

「えぇ。ありがとう」

 

ガゼフが抱いている疑念を見透かすように、両手を差し出すアンジェ。副長は馬から降りて拘束しようと思ったが、ガゼフの鋭い声に止めた。

ガゼフは、一先ず信じる事にしたのだ。万が一、己の勘や感覚が狂わせられているのならば、それは後に致命傷となり、己どころか部隊が壊滅する恐れがあるのだから。

馬に跨らず、器用に足を揃えて横座りしているアンジェの姿を一瞥しながらも彼らは走る。これ以上犠牲者を出さぬ為に。

 

その頃カルネ村では敵味方問わず負傷した者達の治療が終わった所だ。敵側については応急処置のみであり、武装解除して下着一枚にした上で、縄で拘束した状態で適当な民家に押し込んでいた。その後は村人が率先して葬儀の準備に取り掛かる。下手に長引かせれば死体はアンデットになり襲われる為だ。ジュンが負傷した村人に対し、正に聖女を思わせる用に、励まし、微笑む様子に、先ほどの惨劇を忘れそうになる男がいたが、アインズの観察するような目に、慌てて立ち去るのだった。

なお騎士達を拘束したのはエンリであり、流れるように縄を使う姿に、何人かの男が無言で見つめていた事をここに記す。

 

その後、アインズとジュンは村長の家にて歓待を受けた上で事情説明をしていた。

村長夫妻はアインズの言う『僻地で研究している魔法詠唱者であり、久しぶりに買い物をしようと思えば森で道に迷った』という言葉を信じ、この近辺や、貴族相手に注意すべき事柄についても事細かに伝えていた。アインズ達2人にしても、かなりロクでもない貴族がいるというのは、何と無くだが理解したのだ。まだ尋問をしていない為、確定では無いが、かのスレイン法国がバハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の反目も視野に、王国の重要人物の暗殺が目的であると二人は推測した。恐らく貴族の発注ではないか、とも考えられる。国家間の問答など、所詮ポーズでしかないと理解している為、2人はかなりドライに物事を考えている。一辺も汚染されていない自然の植物の種一つで戦争できる。そんな世界が有るのを理解している為だ。

ジュンがこの一帯の貨幣の価値がどれ程なのかという質問に対しても村長夫妻は丁寧に答えていく。

 

「フム・・・」

 

「それで、この村を救って頂けた貴方様方にお支払いできるのは、恐縮ながら家々から掻き集めても銅貨5000枚が限度となります」

 

アインズは腕を組み、難しそうな表情を見せた。その姿に村長は機嫌を損ねる可能性も理解しているが、全財産の推定金額を提示するしか無かった。もし銅貨5000枚をアインズ達が受け取れば、間違いなく餓えで死ぬと理解していてもだ。

アインズは強大な力を持つアンデットを従え、ジュンは素手で人体を引きちぎる怪力を見せた。また、ジュンは治療が得意であり、かなりの重傷者も死んでいなければ事も無げに完治させる特級の治療師でもある。通常これ程の者が唯の辺境の村に立ち寄るのは稀どころか皆無に等しい。そして力に合った報酬を受け取らねば安く見られ、良くない事が起こるのだ。具体的には良いように使われる。それがこの世界の常識なのだ。故に、村長的には何とかして恩人へ報酬を支払いたいと考えているのだが、無い袖は振れないモノである。

 

「アインズさん。ここは分割払いにしてもらいましょう。下手に徴収しようとしたら、皆さん餓死してしまいます」

 

「分割か・・・宝石等の換金はお願いできますか?」

 

アインズが考えていたのは現地の通貨を手に入れる方法である。現在手持ちのユグドラシルの新金貨を提示しようか、しないかで迷っていたのだが、ジュンは村長のあまりにも悲壮な雰囲気と村の様子から、提示した金額が死を意味するモノだと理解したのだ。

アインズは現物が欲しかったのだ。故に宝石関係のアイテムを提示したらどうなるかと思案した。

 

「高価すぎなければエ・ランテルでなら可能です。ただ、貴方様方が御付けになられている指輪では間違いなく買い取りはされないでしょう。・・・エンリなら知り合いもいますし、道案内等に適していると思います」

 

だが、宝石類をはじめとした貴金属系列やら装飾品はカルネ村では扱いようがない。エ・ランテルでも上級貴族が身に纏う物以外なら扱えるのだが、村長はアインズやジュンの手にある指輪類を見れば、明らかに望みは薄いとも思った。

エンリは定期的にやってくるンフィーレア・バレアレと交流が有る。彼の祖母、リイジーなら何とかなるのでは無いかと思い、エンリをアインズ達と行かせるのが良いと考えたのだ。村人。特に数人の男がエンリを恐れている雰囲気も有る為、心の整理をするには良い切欠になるだろうと考えて。

ついでに言えばジュンに対しては男ならば未だに腰を引いている。先程治療中など、特有の病気かと優し気に聞かれた上で治療魔法をかけられ、村長の持病の腰痛まで治っていた。

 

「失礼ですが、エンリが恐ろしいのですか?」

 

「そ、そうでは御座いません。ただ・・・」

 

村長に言いようが少し気になったのだろう。ジュンの眼光と声に鋭さが混ざり、つい村長は言葉を詰まらせ、咄嗟に座りなおすフリをしながら股間の位置を変えた。気分を害せばナニをされるのか分から無いのだから。

 

「ただ、本当にアレはエンリだったのかと疑問に思えるのです。あの子は優しい子でしたので・・・」

 

「ジュン。で、あるならば暫くエンリをお借りできますかな?」

 

村長は自身の真意を語った。アインズは村長の姿勢から何を恐れているのか理解している為に、嗜める意味も込めて名を呼び、村長の案を自分好みに改変して提示する事にしたのだ。

 

「エンリを、ですか?」

 

「別に売り買いする事では御座いません。数日後にエ・ランテルまで行こうと思いましてね。早ければ数日間、長ければ2週間程エンリの時間を頂きたいのですよ」

 

村長の顔に疑念が浮かぶが、アインズが即座に子細を伝えれば村長の緊張は解けた。アインズの案ならば色々と融通が利くのだ。ジュンもエンリの能力の細部も解析できる上に、色々と試させる事も出来る。また、村人達の心の整理にも丁度良い時間となるのだ。

 

「妹のネムは、子供に長旅は厳しいでしょうから私たちが責任をもって面倒を見ます。村の者達は皆家族ですから」

 

「では、そのようにお願いします。エンリをお借りする事で分割にしますし、お借りする分は天引きしますのでご安心を」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

故にネムの面倒等をどうするかを、村長が明確にすればアインズも問題無かった。地味にアインズにとってもネムは可愛らしい小動物に思っていた為である。珍しく破顔するアインズは元々報酬を貰う気は無かった為に色々と緩和した。村長にとっては大盤振る舞いであり、迷わず机に額を当て一礼してしまう程である。地味に痛そうな音がしたのだが、感激している村長は痛みを感じなかったようだ。

そんな中、ジュンにアンジェから伝達魔法(メッセージ)が届いた。

 

『アインズさん。アンジェからですが、獣を連れて来ているようです』

 

『やれやれ、やはり面倒ですね・・・』

 

アインズは村長を慰めながら、ジュンと伝達魔法(メッセージ)でやり取りする。『獣』が何を指しているのか分かるが、力の涙(パワー・ティアーズ)の残り時間的に結構マズイ。

 

『あの2人と数名をナザリック迄運んでもらえますか?あと、アルベドは面会には外した方が良いのでは?』

 

『・・・仕方ないですね。念の為に2人に関しては、殺さない・傷つけないように言っときますよ。この件が終わったら、話したい事が有ります』

 

『?分かりました』

 

ジュン的にはロンデスと少年の2人以外はどうなっても良かった。真実の目で見ずとも下種である事が丸分かりである為だ。アルベドに関しては明らか人間を下に見ていると分かる態度であった為に、目標と接触するのにはデメリットにしか思えないからだ。

アインズはコレは良い切欠となると判断して、あの2人に関しては取り扱いに注意すべきと判断した。その上でジュンに色々と話さなければならないと思いながら。

実際問題として、アインズの忍耐力は限界なのだ。ジュンが2人を気に入っている節が有るので処分したくてたまらないのだが、そんな事を全く見せない。長い裾に隠された手がいつも握りこぶしになっているのはアインズの秘密になりつつある程である。

ジュンは内心『何の話だろう?』と思うが、取り合えず今は急ぐべきだと判断した。

村長の家から出た2人は伝達魔法(メッセージ)で目標の人物とどう対応するのか相談しながらやるべき事を行う。アインズはアルベドと共に行動し、死体の運送や捕虜の取り扱いについて相談し、ジュンは葬儀の準備に参加した。ジュンの鎮魂歌(レクイエム)は特に受けが良かったのだ。

特に母の尊厳を汚されたと思っているエンリにはジュンに対する敬意は大きくなるばかりである。ネムはジュンが神様ではないのかと思い始めていた。奇麗になっていく死体達に村人は救われる気持ちで心の平穏がやってくる。大人の男性以外は、なのだが。

死体が奇麗になれば後は村人に任すのだが、正直村人は埋葬した後にジュンに何か魔法をかけて、死者の安寧をお願いしたくなってきた。その為、それと無くエンリにその旨を伝えるようお願いした。

 

「エンリ。私達の予測では、そろそろ獲物が来ますよ」

 

「ジュン様。私にやらせてはくれないでしょうか?」

 

そんな事とは知らず、ジュンはエンリに話しかけた。エンリは図々しい事を言うのを躊躇った所、ジュンの一言にそんな思いが吹き飛び目に闘争心を宿らせる。右手のブレスレットはエンリの闘争心に反応してエンリの体に赤いラインを奔らせた。

 

「エンリ。ネムの前ですよ。それに、私の事はジュンで構いませんよ」

 

「はい。ジュン様・・・あ」

 

だが、ジュンはエンリの手を取り、心を落ち着かせようとした。エンリは不思議そうに己を見るネムと目が合い、闘争心が霧のように散り、元の姿に戻る。

そして、ジュンの一言に何気なく返事した際に、ごく自然に敬称をつけてしまった。それが可笑しくてつい吹き出してしまえば、ジュンも吊られて笑ってしまう。ネムも何だか楽しそうだと思い笑い出した。

 

「アインズさんと話し合ってみましょう」

 

「ありがとうございます!」

 

一頻り笑えば、ジュンはエンリの言った事をアインズに提案する気にになっていた。地味に今のエンリのレベルが上がるのかと思いながら。だが、その前に一つ確認すべき事が有った。

 

「ですが、憎しみで殺すのですか?」

 

「違うと言えば嘘になります。けど、ネムを護りたいです」

 

「良い答えですね」

 

ジュンの目に真剣な色が宿った質問。それは目で、虚偽は許さない。そして嘘は分かると言わんばかりだ。

エンリはジュンの目では無く、元々本心から語るつもりだった為、物怖じもせず、真剣な眼差しをジュンに返す。その答えにジュンは満足して笑みを浮かべなおした。

そしてエンリは村人のお願いについて相談してみた。ジュンの答えはNO。既にやったのだから再びやる意味が無いのだ。鎮魂歌(レクイエム)の魔法の効果も含めて説明すれば、エンリはその旨を彼らに伝えるべく一礼し、ネムを連れて作業中の彼等の下へ向かった。

ジュンはその背中を見ながら思う。遺族の気持ちを汲み取るのならば、やった方が良いのだろう。だがMPもタダではない。それにこの後どれ程使うか分からない以上、やりようが無いのだ。

エンリの言葉を聞いた村人は鎮魂歌(レクイエム)の説明に脱帽する思いである。己の父母が、夫や妻、子が安らかな表情に変わったのは、そんな効果が有った為かと。皆が皆作業を止め、ジュンに一礼するのだが、ジュンは何故か恥ずかしく思った。

 

彼らが村に着いたのは昼過ぎであった。葬儀も無事に終え、皆食事を摂り終えた所だ。村の青年が村に土煙を上げて接近する騎士の集団を発見したのだ。皆の顔に緊張が奔る。エンリに至っては既に変身済みであり、身を隠すべく見張り塔の影に隠れる。

 

「落ち着いて下さい。我々が対処します。料金は加算しませんのでご安心を」

 

「エンリと村長殿以外は皆さん、村長殿のご自宅に集まって下さい」

 

「おぉ!ありがとうございます!」

 

アインズの一言は村人にとっての福音に思えた。そしてジュンの指示に従い、落ち着きながらも足早に向かっていった。内心、何故漆黒の鎧を着た女戦士がいないのかと思いながら。村長のお辞儀の角度は90度であり、腰を痛めないかとジュンは場違いと理解しつつも思った。

そして、先頭の馬の後ろに見知った顔が有る。そう思わせるべく名を大きく呼んだ。

 

「アンジェ!」

 

再会を喜ぶように、手を大きく横へ振るジュン。何も知らない村長とエンリは知人が乗っていると思う。アインズは笑みをかみ殺すのに必死だ。

そして、ガゼフとアンジェの乗った馬がジュンの前で止まり、アンジェは自然に降りた。

 

「ジュン。紹介するわ。この人がガゼフ・ストロノーフ。王国戦士長という地位にいるそうよ」

 

「王国戦士長!」

 

アンジェが馬上のガゼフの顔を一瞥して、紹介する。村長はまさかの人物が辺境の村に現れた事に驚愕し、エンリは彼等から見つからない位置取りに専念しながら強化された聴覚で会話を聴いている。

 

「馬上から失礼する。貴殿等がこの村を救ってくれたのか」

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン。此方がジュン。確かにそうです」

 

ガゼフは真っ直ぐとアインズの目を見ていた。ガゼフの勘が、この魔法詠唱者が最も強いと語っているのだ。

アインズはガゼフの警戒の色が有る目は気にもせず、普通に紹介した。ガゼフは自身の視線等気にも留めない事から、アインズの実力を上方修正する。少なくとも、自身より弱い相手の視線等気にしないのが常識であるからだ。

そして、何より警戒心を見せたのはジュンの服装である。ガゼフが見た事が無い一品だが、一目で神官が着る服だと分かる物なのだ。法国の神官は基本的に貴族相手であり、このような土地に来るはずも無い。しかも、来るのならば馬車の一つや二つ利用する。実に奇妙なチグハグ感が気になり、ガゼフには疑わざるを得ないのだ。

 

「感謝の言葉もない。それに、埋葬までして頂けるとは・・・」

 

「気にする必要は御座いません。義憤だけでは無く、頂きたいモノも有りましたので」

 

どのように警戒しようともガゼフは敬意を示す。少なくとも彼らが居合わせなければ、自身が守るべき王国の民は死んでいたのだから。

そして、民の死者は丁重に扱ったと判断しているのだ。

通常農民が亡くなった際、神官は呼ばれず、埋葬され粗末な石を積むのが農村の埋葬なのだ。だが、木製とは言え、市民や町民のように十字架を誂え、ジュンの恰好からして何か祈りの言葉をかけたと予想した為だ。

尚、アンジェが木製の十字架を作ったのは、彼女の中で墓とは十字架を立てる物だという認識が有る為であり、特に深い理由はない。

 

「成程。ところで、ココを襲っていた帝国の騎士達はどうなさいましたか?」

 

「・・・彼らは法国の者ですよ。隊長に関しては此方で処分しましたし、数人の捕虜は先ほど歯に仕込んでいた毒で自殺しました」

 

ガゼフは報酬目当てと言うアインズの言葉は鵜呑みにせず、自身の目的である者達を調べたい思いから口に出した言葉だ。そんなガゼフに、ジュンは少し、目を逸らし、思案するかのように間を置き、深刻そうに述べる。

 

「何!?」

 

「・・・ジュン。報告は聞いていないが?」

 

「つい先ほどの事だったんです。今、彼女に処分しに行かせてます。鎧は有りますし、生き残りも数名います。ソレをお持ちになったら如何ですか?」

 

法国の者である。この情報はガゼフにとって意外だったのだ。少なくとも法国には恨まれる筋合いは無いのだから。

アインズの問いただすような口調は威圧感を伴うモノであり、ジュンはあえて、何故この場にアルベドがいないのか分からせるような物言いをし、そしてガゼフに余分なモノの処分をお願いしたのだ。

その為にジュンは疑われやすいような恰好のままで行動しているのだから。このような場合、捕虜にどのような事をしても、情報を吐かせる事を期待しながら。

 

「装備は帝国の物ではないのか?」

 

「だからこそ反目を狙ったと、帝国と共に抗議出来るのでは?まぁ、帝国に攻められる口実にもなりそうですけど・・・」

 

ジュンはココで勝負に出るべきと判断し、少し区切る。あくまで、予測しているかのような雰囲気を作る為に。ガゼフの目をじっと見つめた。

 

「私に何か?」

 

「いえ。相当邪魔に思われているようですね。貴族が力を持ち、王の力は弱い・・・違いますか?」

 

「何の事か分かりかねる」

 

妙に見られればその視線が気になるのが普通である。故に問われれば、まるで確信しているかのような口調で喋れば、大抵の事は分かるのだ。

ガゼフは否定も肯定もしなかったが、現状を苦々しく思っているのが眉間の皺という形で出た。ジュンは王国には一定以上の調査のみが好ましいのではと仮定した。

アインズはジュンの行動が少し行き過ぎだと判断し、予定には無い行動をする事にした。

 

「ちょ!?何をするんですか!放してください!」

 

「私のジュンが失礼した」

 

その感覚はジュンにとって慣れ親しんだもの。だが、奇襲には気を配っておらず、味方であるアインズが行った事で反応が遅れた。ジュンは光で出来た鎖で縛られ、アインズに横抱き、お姫様抱っこをされているのだ。ジュンはアインズが公衆の面前で行った事に、視線が己とアインズに集まっている事に気付き、羞恥で顔を真っ赤にする。

 

(ア、ア、ア・・・アインズ様!?何故あの女を、私の夢である横抱きを!?予定では其処までする事は無かった筈!それに時間停止(タイム・ストップ)を使ってまで・・・なる程。あの女が何か口走ったのですね。それを、止めるため。そうなのですねアインズ様。それにしても、私が塵芥(ちりあくた)をナザリックに運ぶ口実で遠方からの奇襲を警戒しているというのに、わざわざアインズ様の御手を煩わせる等・・・それに、あのヴィッチッ、何顔を赤くしているの!?悔しいぃっ!そうだわ!この件が終われば、何か報酬を頂けるのでは!?その時は私も・・・)

 

木々の間に隠れていたアルベドがソレを遠方から見ており、木の一本を握力のみでへし折っているのだが、ソレは行っているアルベドすら気付いていない。少し色々と思案している様だ。

 

「ハハハ。いや、賢い奥方をお持ちで苦労なさっているようですな」

 

「むぐー!?」

 

ガゼフにとっては己から情報を聞き出そうとしたジュンを平然と拘束し、公衆の面前で平然と行う事から、ジュンがアインズの妻であると認識した。地味にエンリは違うと思っているが、アインズなら問題ないと思っており知らないフリをしている。

ジュンが咄嗟に否定しようとするも、さり気無くアインズはジュンの顔を己の胸元に当て、口を塞がれる事で意味の無い音となってしまう。まるでジュンを子猫のように扱う姿は、男の村人にとって衝撃的であり尊敬の目でアインズを見ていた。

 

「好奇心が強いモノでね。それに彼女はモンクでもあります。私より力が強いので、こうもしないとダメなのですよ」

 

「モンク、ですか」

 

「あぁ。法国とは関係有りませんよ。先も法国の者だと勘違いしてくれたので助かりました」

 

実に何でも無い様に話すアインズ。だが、神官の恰好でモンクまで納めているジュンをこうも手玉にとる姿は、ガゼフのアインズに対する警戒レベルを一段と上げる。そして、先程が指している事態が、村の襲撃を指しているのであり、ソレを利用する頭脳も持ち合わせていると判断もできなくも無い。

 

「戦士長!周囲に人影が!囲まれています!」

 

ある意味ニコヤカな会談は周囲を警戒させていた副長達の報告により変わった。ガゼフはアインズの行動が時間稼ぎではないのかと思う。剣を抜きやすい姿勢になりつつも、真面目にアインズの目を見る。

 

「ゴウン殿の目的も私の首か?」

 

「いえ。アイツ等にはジュンが用事が有るのですよ」

 

「・・・その事ですが、エンリにやらせてみようと思います。あと、終わったらジックリと話しをしますよ!」

 

だがアッサリ否定された上に、実に日常的な会話をするアインズとジュンに、ガゼフは何処か毒気が抜かれる気がした。コレが全て己をハメる為の演技なら、其処等の劇団員の演技等見れたものではないと確信して。

 

「怒った顔をみせるな」

 

「さっさと拘束魔法を解いてください!」

 

穏やかに笑うアインズと顔を真っ赤にして文句を言うジュン。実に日常的で戦場へ向かうとはとても思えない彼等の姿が自身よりも圧倒的強者ではないのか。自然とそう考えてしまう。

そんなやり取りをしながら、アインズがジュンの拘束魔法を解き、降ろしてやればジュンは目尻に涙を浮かべながらアインズを睨みつける。

 

『何考えているんですか!時間停止(タイム・ストップ)からの魔法遅延化(ディレイマジック)魔法三重化(トリプレットマジック)併用で捕まえるなんて!』

 

伝達魔法(メッセージ)で確りと抗議するジュン。アインズが行ったのは、もし攻撃魔法を発動しているのならば洒落にならないモノだ。

目に見えるモノは光の鎖だけなのだが、悪魔を弱体化するモノや全能力にマイナス補正をかける魔法等々。少なくとも味方にする行動では無い。

だが、アインズは既に言うべき事(いいわけ)は既に用意しており、ジュンの泣きそう且つ睨みつける表情を楽しんでいた。

 

『確認ですよ。レベル70以上がいれば何らかの反応が有ると思えば・・・』

 

『ぐっ・・・まぁ、仕方ないです』

 

ジュンの抗議は一瞬で無駄に終わった。時間に関する魔法はユグドラシルにおいて、70レベルを超えている者にとっては当たり前であり、同戦闘エリアでは普通に感知できるモノなのだ。アインズが敵に70レベル以上のプレイヤーがいないか確認する為と言えば、ジュンには納得するしか無いのだ。

悔しそうにアインズを睨みつけるが、そんなジュンの表情の変化を当のアインズが楽しんでいるとは思い至らない。ジュンにはアインズの顔が鉄仮面に見える程表情の変化が乏しいのだ。

 

「ところで、エンリというのは彼女の事だろうか?」

 

「私よ」

 

ガゼフは此方に向かってくる漆黒の金属鎧(フルプレート)を纏った女戦士が此方に向かって来るのが見えた為、アインズ達へ聞く。妙に殺気立っているのは戦闘に対する意気込みか何かだろうか。

だが己の背後から声がした為、咄嗟に剣を握り、勢いよく振り返り、驚愕しながらバックステップで後退した。少なくとも王国戦士長の地位に着いてから背後を取られた事が無いのだ。

 

「な、何と破廉恥な・・・ん?その目は?」

 

「・・・精神が高ぶるとこうなるのよ。気にしないで」

 

そしてガゼフは思わず我が目を疑う。エンリの装備は露出こそ主に胸の谷間や脇、左の上腕辺りだけなのだが、体のラインが確りと分かるモノなのだから。少なくとも禁欲中の男の前には出せない恰好である。そして髪の隙間よりその目に気付いた。人間であれば間違いなくあり得ない黒と金とコントラストに。エンリは咄嗟に胸を腕組みする事でさり気無く隠そうとし、目を瞑る。戦闘で気が高ぶっていないと、流石に恥ずかしいのだ。

 

(吸血鬼。では無いようだが・・・)

 

人間ではない可能性をガゼフは視野に入れた。装備からしても唯の人間が身に着ける事ができる代物では無い。エンリの目はそう思わせるモノなのだ。

 

「エンリ。私達も行くけど、アインズさんが話終えてからね」

 

「分かってます。ただ、アイツ等には確りとやらなければならないんです。あの子の為にも・・・」

 

そんなエンリの様子から、先走らないように声をかけるジュン。エンリの言葉にガゼフは何か事情が有り、配慮すべきではと思うも、地位の関係から警戒心は解けないでいた。

 

「ガゼフ殿も当然来るのでしょう?でなければ、我々も身の潔白を証明できません」

 

「・・・重ね重ね申し訳ない」

 

「いえいえ」

 

そんなガゼフに対してアインズは社交辞令の様な口調で話す。無駄に警戒しているとガゼフは言われたようなモノなのだが、自身の実力では警戒するだけ無駄かもしれないと、自然体で会話する彼等を見て思わざるをえない。万が一の事態では、何とか部下達を生かす為に、情報を王へ伝える工夫を考える必要が有る。

 

結果、ガゼフの部下とアンジェを村の防衛に残し、アインズ達は打って出る事となった。




てな事で次回が陽光聖典戦です。入れようと思ったんですけど、1万8千行くかも?と考えて切りました。それに、いい具合に、もう土曜ですしw
なんか、オカシイ位王国の事情を読めるもんか?と思うモノですが、そんなに変でもないんですよね。王国貴族の悪評は公式の農村でも有名みたいですし、ガゼフがいて邪魔に思うのは?と考え、ガゼフがどちら側かと推測すれば、あら不思議。分かります。まぁ、普通仕草に関しては目を見るモノですが、ガゼフなら眉間に皺寄りそうwって考えましたw
ガゼフはかなり責任が高い地位にいますから、味方であると確定できない以上、疑うようにしました。最後に部下を置いて行きましたが、信頼よりも、万が一アインズ様達が法国の者でも、何とか逃がす為に置いて行きました。因みに遺書は書いて渡しています。

地味に村の男衆がアインズ様を崇拝しておりますwイメージ的には体長4メートルは有る虎?を子猫の様に扱ってる感じですw
・・・勝手にキャラが動くと言いますか、アインズ様。めっさフリーダムです。終いにはジュンの貞操濡れたトイレットペーパー並の強度しか無い気がしてきた・・・(^^;)

エンリの所属ですが、取り合えず2巻分はアインズ様方とエ・ランテル行きが決定しましたw2巻分から更にオリジナル色強くなりますw

アニメ終わっちゃったな・・・見るもん無くなったー・・・

では、次の更新は水曜になると思います。


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第九話

あと2か3話で一巻分終わり~何か、スンゴイ長かった気がするw
あと、戦闘とその他で持って行かれた・・・オノレ!脳内アインズ様!何故荒ぶってらっしゃる!生贄をお望みか!?
いや、待てよ?アインズ様が荒ぶれば、もう2話程延びるかも・・・(ーー;)



カルネ村より少し離れた荒野。殺気が原因なのだろうか、異様に寒々とした風が吹き荒れる。そこに20人ばかりの黒い牧師風の服を着た集団がいた。隊長であるニグン・グリッド・ルーイン以外は覆面をしている事から、一種の特殊部隊であると良く分かるだろう。

ニグンはターゲットであるガゼフがどう動くか分から無い以上、括目して待っていた。全ては人類を救う。その崇高なる使命の為に殺す。ただそれだけの為に。

ニグンにとって意外だったのは、ガゼフ以外に数人の人影が有った事だ。彼の予測では部下ごと突貫し、此方の包囲を抜けようとするというもの。だが、実際は見た事が無い神官服の美女、独特でセクシーな恰好の少女、漆黒の金属鎧(フルプレート)の女、中年の豪華なローブを着た魔法詠唱者の男と、完全に統合性の取れ無い冒険者らしき4人を連れてきている。

この事から暗殺されるのを分かった上でガゼフが彼らを見届け人に選んだというのか、そう思おうとしても違和感があった。だが、ニグンのやるべき事は変わらない。毅然とした表情で彼等を見た。

 

「ガゼフ・ストロノーフ。人類の為にその命、頂こうか。」

 

「失礼。皆さん。私はアインズ・ウール・ゴウンという。君達に質問が有るのだが良いかね?」

 

ニグンの言葉は宣告である。殺気に光る青白い瞳は確りとガゼフを捉えていた。だが、何でも無いように、アインズは気軽に道を尋ねるように言葉を発した。部下達が魔法を放とうと魔力を手に集めるのを感じたニグンは、一度右の手の平を部下達に向け、制止させる。

ニグンには、この魔法詠唱者の実力が分からない。女ばかりを連れてきている事から、彼の奴隷か何かではないか、もしくは神官服の女性は重要な護衛対象ではないかと考える。もしそうならば、任務外で抹殺する必要が有るか、任務を中断する必要性が有ると考えた。だが、それには情報が必要であると判断する。

 

「なんだ」

 

「何故虐殺を行い、死した女を犯してまでもガゼフ殿を殺そうとしたのか教えて頂きたい」

 

ニグンにはアインズの質問の意図が分からなかった。

今回の任務は陽光聖典配属試験も兼ねており一般の騎士も連れてきている。彼等にはガゼフを誘い出す為に、程々に殺せとは命じたが、人の尊厳を汚すように、とは命じていないのだから。今回犠牲になった無垢なる村人の冥福を祈っていたニグンは困惑を噛み殺し、コレはチャンスだと判断した。

 

「私からも質問が有る。貴様の隣の女。何故神官服に似た服をきているのだ?」

 

「これは異な事を。宗教は一つでは御座いません。人の幸福を思えば、その分宗教は有るモノです」

 

本来神官は奴隷に落とされる事は無い。余程の重罪を犯せば別だが、そんな聖職者は奴隷に落とされる前に逃亡する。

また、法国の神官服には様々な規定がある。やれ、染色の材料からその色の仕上がり、装飾に用いる金糸まで様々だ。そして、見知らぬ神官服は漆黒聖典など秘匿された部隊や重要人物が着る事が多々有る。

以上からニグンは判断出来なかったのだが、アインズの言葉に少し安堵した。本国は別だが任務で無ければ、彼に異教徒を弾圧する趣味は無いのだから。現状見届け人であり、此方の所属を知らなければ殺す必要性も無いのだ。

 

「異教徒か・・・だが、死した女を犯したとはどういう事だ?」

 

故に、ニグンは分からない。死者を冒涜せよという命令もしていなければ報告も受けていないのだ。また、此方を侮辱する為の発言としてはアインズの口調は淡々としたモノ。ただ事実を述べている様に聞こえる為ニグンは激昂する事も無く冷静だった。

 

「成程・・・一部隊の暴走ですか?」

 

「何を言っているのか分からん。いや、まさか・・・」

 

ニグンの様子からアインズは全てベリュースの判断だと認識した。そしてニグンも昨日、異様に自身を売り込んできた馬鹿がいた事を思い出す。弟やロンデスから非常に面倒で騎士に似つかわしくない人物と聞いていただけに、嫌な予感がした。

 

「この者がそう命じたようですが」

 

「ベリュース!アインズ・ウール・ゴウン殿。その者が確かにそう命じたのだな?」

 

アインズは何でも無い様に、布で包んでいたソレをニグンに向かって軽く放り投げた。

放物線を描き、軽く包んでいた事から空中で結び目が解け、ソレが何なのか分かれば陽光聖典の者達とガゼフを驚愕させた。ソレは人の首だ。恐怖に固まり、水晶体が垂れ落ち、顎が砕けているのか大きく口を空け、口の中には砕けた歯の破片と肉片が見え隠れする首は何故そのような事になったのか分からないモノだ。

だが、先のアインズの物言いから推察すれば、話は簡単である。ニグンは敬意をもって問いかけた。ベリュースと陽光聖典の者が同種だとアインズが判断すれば、ソレは己の未来だと何故か確信した為だ。

 

「えぇ。残念ながら私が村を救った際、ロンデスという者に罪を擦り付けようとしていましたがね。いやはや、法国出身であるとまで言うとは、なかなかの教養をお持ちだったのですね」

 

「っ・・・村人達の前でか?」

 

アインズの淡々としながらも、侮辱する言葉にニグンは思わず舌打ちをしそうになるのを抑えた。抑えるしかない。まさか、これ程足を引っ張るなど考えられない所業に思わず地面に転がっているベリュースの首を踏み砕きたい程である。本国の者が試験である事からベリュースを隊長に任命した事が現状己等の首を絞める等思いもよらなかった。

だが、それ以上に確認すべき事が有った。アインズが暴露させたのが彼等の前だけならば、彼等を確実に抹殺すればまだ道はある。だが、アインズの返答は沈黙。ソレは肯定としてニグンは受け取った。

ガゼフも驚愕していない事から既に知っており、伝令を出した可能性も否定は出来ないが確実では無い。そして、まだ一点確認すべき事が有った。

 

「一つ聞きたい。彼等の生き残りはいるのか?」

 

ニグンの指す彼等とは誘導部隊の生き残りの事である。ニグンの質問に、アインズは再び沈黙で返した。思案からか、眉間に皺を作り、目を瞑る姿は決断を迫られた人間のソレである。

 

(シグン。ロンデス・・・)

 

ニグンの脳裏に有った撤退の文字は消えた。先ほどアインズが言った事から友人であるロンデスと、弟であるシグンが生きている可能性が有るのだ。ならば、やるべき事は決まった。

括目したニグンの目には強い意思が有った。一見半笑いに見える表情を堅く引き締め、括目しながら見る姿は決意をした人間でしか見せられない輝きが有る。

 

「・・・で、あるならば、人類を救うためにも、村人達を殺さねばならん」

 

「ほう。己が信ずる正義の為、ですかな?免罪符ではありませんよ?」

 

ニグンの言葉にアインズはその意思が本物なのか、声のトーンを一段低いモノとして確認するように述べる。

アインズとジュン、アルベドには感じられないが、濃厚な殺気が放たれており、まるでアインズの体が2周りも大きくなったのを幻視し、一部の者達は一瞬自身が死んだと誤認する程である。

 

「何とでも言うが良い!貴様等も神の御名の下に死んで頂く!」

 

ニグンは冷や汗をながしながらも、震えそうになる体を奮い立たせる為に大声を出した。自身の今感じている恐怖と、まだ生きているかもしれない弟と友を失う可能性に比べたら些細なモノなのだから。ニグンの大声は鼓舞となり、気を引き締め構えを取る部下達。

ガゼフは己が剣の柄に手をかけ、手の平が汗で濡れているのに気づいた。

 

「ジュン。これで良いか?」

 

「えぇ。狂信者の中でもマトモな部類なのですけど・・・スキル!神官の連鎖支援魔法(プリースト・チェイン・マジック)!」

 

アインズは正直どうでも良かったのだが、ジュンが彼の指示が大元であったのか確認したいという思いを汲み取り、聞いた事柄だったのだ。

ジュンは少し残念そうに、スキルを発動させた。神官系列において、一度に7種類の支援系魔法を行使し、強化率を上げるスキルを。

 

対神聖攻撃(アンチ・ホーリー)魔法からの守り 神聖(マジックウォード ホーリー)上位自動回復(グレーター・リジェネイト)上位硬化(グレーター・ハードニング)感知増幅(センサーブースト)超常直感(パラノーマル・イントゥイション)上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)

 

「ば、馬鹿な!」

 

ジュンの7つの魔法がエンリを一瞬で強化する。それは法国出身であるニグンにも知らぬ魔法ばかりであり、一瞬で強化される等知らないモノなのだ。7種類のエフェクトがエンリに重なり、ただ立っているだけで威圧されているようにニグンは感じた。

 

「エンリ。行きなさい」

 

ジュンの一言は目を瞑り、どうでも良い事とニグンの言葉を聞き流していたエンリの行動を許可するモノだった。括目したエンリの目を見たニグン達は己等の前に伝説級の魔物の大きな咢が向けられた様に感じる。

少し、皮肉気に笑みを洩らしたエンリは足に溜めていた力を一気に解放した。

 

「「なっ!?」」

 

地面の爆砕と共に粉塵が舞い、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が光の粒子となり四散する。切り裂き、踏み台にし、縦横無尽に空を跳ぶ。

 

「何だというのだ!あの動き!武技ではない!」

 

「魔法で強化してあるのです。元々の能力に上乗せすれば、エンリには容易い事ですよ」

 

エンリはただ、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)を蹴り、空を駆けているのだ。人間が武技を使えばできそうな動きではあるがそう連続で使えないのが武技である。ガゼフの驚愕の叫びにジュンとアインズは調べる必要のあるモノをまた一つ認識した。

 

「おのれ!天使の再召喚を!かかれ!監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)

 

ニグンは炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が易々と討ち取られる様子に、部下に再度の天使召喚を命じながらも、炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)が全滅し、エンリが地面に着地した瞬間を狙い己の召喚した天使を向かわせる。

監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が光り輝くメイスを勢い良くエンリの脳天めがけて振り下ろした。

 

「馬鹿な!」

 

だが、当たる事は無い。右薙ぎの斬撃でメイスの柄を切られ、股下から振り上げた逆風の斬撃で真っ二つになったのだ。防御力に優れた監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)が瞬殺されるのは陽光聖典にとって悪夢以外の何物でも無い。

ニグンの叫びを他所にエンリの表情は不完全燃焼という感じが見て取れる。

 

「まだまだ行けるでしょ?」

 

エンリは少し口角を上げ右手の平を上に向けニグンに向け、人差し指と中指を波が打つように数度自分に向ける動きをした。まるで女が男を誘う蠱惑的な挑発である。

 

「くっ・・・こうなれば、最高位天使を召喚する!」

 

「なに!?」

 

ニグンは理解してしまった。このままでは全滅すると。本国へ情報を渡そうとしても、実質動いているのは一人。下手に逃がそうとすれば一瞬で狩られると分かっているのだ。

故に、最大戦力を囮に、部下を3人程逃がそうとして懐から神官長より賜ったスレイン法国の至宝の水晶を取り出した。ガゼフは己の暗殺ごときにそれ程スレイン法国が力を入れていると知り驚愕しながらも疑問を覚える。

だが、そんな彼らに対してアインズ達はマイペースだった。

 

(熱い。熱いのに・・・早くシテよ・・・)

 

(あれは、魔封じの水晶・・・熾天使クラスだと厄介だな)

 

エンリは己の体に溜まった熱を口からフーっと吐き出していた。熱が一定以上の為、水蒸気が発生し、白い息を吐いた様に見えた。アインズはニグンの持つ水晶に込められている魔法が天使召喚の最上位級であれば面倒だと思っている。

 

「アルベド。アインズさんをスキルで護って下さい」

 

「っ!貴様に言われずともっ!」

 

アインズが思っている事をジュンは把握しており、アルベドに指示を出せば、アインズの身の安全を守る行為をジュンに言われ、エンリ程度(レベル40)が無双状態である脆弱な相手に、スキルを使う必要性を考えなかった己を恥じたが故の発言である。真にアインズの安全を考えるのならば最初から指示がなくとも使わねばならないのだから。ヘルムの隙間から黄金の目を敵意から光らせてしまった。流石に先程のお姫様抱っこと、ジュンの意思を優先するアインズの行動で色々と限界だったのだ。

アルベドのアインズの前で斧を構える姿は正に盾である。完全に慢心の無き姿は唯の小石すら自身の後ろに通す気はないと、全身で告げている。

 

(あれ、何で私にこんなに敵意を?)

 

(アルベド?あ。ジュンさんにまだ言って無かった・・・)

 

アルベドの過剰反応にジュンは違和感を覚えた。いくらタブラがギャップ萌でも自身にこれ程敵意を剥き出しにする設定をするのだろうかと。アインズはアルベドのジュンに対する敵意に未だにジュンに言っていなかった事と、少し気が早く根回しをするべく強引に事を進めた事が、アルベドの嫉妬を煽っていた事実に反省はした。だが、自重するは全く無い。

 

「出よ!威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!」

 

「なんと・・・魔神を倒したという天使をっ!」

 

そんな3人を他所に、魔封じの水晶から蒼銀の裂光が放たれた。全長は優に5メートルは有るかと思われる、幾千の翼を束ねたような白銀の巨人が、異形の天使が降臨したのだ。手に持つ黄金の杖に、十字架と魔法陣を組み合わせた光る紋様を、顔に当たる部分に浮かばせて宙に浮かび、蒼銀の後光を放つ姿は正に断罪すべく現世に舞い降りた天使そのものである。

その威光から召喚されたのが、かつて魔神を屠った天使である事実にガゼフは膝を折りそうになった。

 

「このスレイン法国の至宝をもって、貴様等を滅ぼす!でなければ、貴様らはこの先人類の障害となる!」

 

威風堂々と宣告するニグン。先程エンリが見せた容易く天使達を屠る姿からして、人間では無い。記述書にある邪悪なるモノ、悪魔だと判断した為である。スレイン法国の国是の下、人類の明るい未来の為に此処で確実に斃す。その意思が見てとれるだろう。

 

『ジュンさん。エンリにまだやらせる気ですか?ドミニオン相手ですけど。てか、コントか何かですか?』

 

『なかなかキツそうですけど、エンリを見て下さい』

 

一方のアインズ達は、余りにも下らない相手が切り札という事実に、気が抜けていた。伝達魔法(メッセージ)で駄弁り出す始末だ。だが、アインズ達にとっては雑魚だが、エンリにとっては自身のレベル以上の相手なのだ。

エンリはジュンの魔法で強化されているとは言えレベル40程。相手はレベル50程なのだから。だが、ジュンは全く心配していなかった。エンリと融合したアレの設定上、相手が強ければ強いほど精神が高揚し、戦闘力が微量だが上がる筈なのだから。アインズはジュンの言う様にエンリを見た。

 

「あ、ぁぁっ・・・!」

 

『成程。って、あの・・・アレも設定か何かですか?』

 

エンリは歓喜していた。今からアレを、白銀の天使を斃して良いのだと思えば、興奮から熱い吐息が漏れてしまう。その目は初恋の相手を見つめる乙女に似ていた。まるでデートを楽しみに、待ち合わせをしている乙女に見えてしまう。左手で撫でているのが右手に展開する刃の腹で無ければだが。

アインズは何を突っ込めば良いのか分からずジュンを見た。

 

『・・・大丈夫でしょう。それよりあの隊長格。彼は欲しいですね』

 

(・・・本当に気に食わん)

 

だが、ジュンは化学反応した設定を無視する事にして、ニグンの身柄が欲しくなった。何やら至宝だのとさっきから言い、ガゼフの反応から色々知ってそうなのだから。

アインズは正直ニグンを、さっさと暗黒孔(ブラックホール)等で塵も残さず消したい気分だった。ジュンの興味を引くのが非常に不愉快なのだ。

 

「今だ!ホーリースマイトを放てぇえ!」

 

そんな彼等を他所にニグンはドミニオンに指示を出す。

ドミニオンの持つ杖が砕け散り、その力が必殺の聖光となりエンリの頭上より降り注いだ。その衝撃は聖なる波動が周囲に突風を吹かせる程である。ジュンがスカートの前の部分を抑え、アインズがさり気無くジュンのお尻を触りながらスカートを捲れないようにする程だ。

 

「どうだ!これが最高位の天使の力だ!次は貴様等の番だ!」

 

堂々とアインズ達を指差すニグン。だが、怯えている姿を見せているだおうと思えば、違っていた。

 

「あ、あの、アインズさん?その・・・」

 

「あぁ。すまない。スカートが捲れないようにするためにな?」

 

ジュンが自身の臀部に感じる感触に、言いずらそうに顔を羞恥で真っ赤にしてアインズを見れば、少し笑みを洩らして手を放すアインズ。ジュンはアインズの行動が善意であると思い、お礼を言おうかと思うが、何を言えば良いのか分からなかった。つい俯いてしまう始末であり、その仕草にアインズは優し気な笑みを浮かべる。

 

「ダ、ダメージを負わないのは知ってますから。魔法障壁を張らなかった私が悪い訳ですし・・・その・・・」

 

「アインズ様!何故彼女のお尻を御触りに!?私のでしたら、どうぞご自由になさってください!」

 

あの程度でダメージを負わない為に油断したと言うジュンに対し、アルベドの頭はアインズがジュンの臀部に触れた事を認識した。つい、アインズの前に尻を突き出すアルベド。

 

「いや、たまたまジュンのスカートが捲れそうになったのでな。反射的に抑えただけだ。他意は無い」

 

「そ、そうで御座いましたか。大変失礼しました」

 

そんなアルベドの反応にあくまでも紳士っぽく返すアインズ。そんなアインズの対応に、アルベドは恥ずかしく思った。コレでは痴女ではないかと。だが、アインズはある事を忘れていた。今は肉が有る状態である事を。

 

(鎧の上からじゃ、感触も何も無いと思うんだけどな)

 

(タブラ・スマラグディナ様!何故もう少しセクシーなデザインになさらなかったのですか!)

 

アインズの心の声は目に表れていた。そして、アルベドは不幸にもソレを読み取る力が有ったのだ。

アルベドの今着ているヘルメス・トリスメギストスは彼女の能力を十全に発揮できる装備である。ただし、見た目は相手を威圧する目的も有り金属が全身を覆っている、正に悪魔の女騎士である。スーツアーマーに当たる部分も強固な作りとなっており、着ているアルベドの持つ女の柔らかさを表せる要素は皆無だ。ソコが戦闘中にアインズを悩殺できない部分でも有る為、自身の造物主の感性を嘆いてしまう。

タブラもそんな事で娘にディスられるとは露にも思わないだろう。アインズの目にはアルベドの肩に小さなタブラの幻影が乗っており、四つん這いのポーズで項垂れているのが見えていた。

 

「ふ、ふざけるな!馬鹿にしているのか!?」

 

ニグンは己の頭の血管が切れる音を感じた。眼前に映る光景は何だ。悪魔は倒れたのに、その余裕はなんだと目で語っている。そんなニグンの視線に、ジュンは少し申し訳なく思った。

 

「エンリ」

 

「フフフ。(さぃっ)(こう)です・・・!」

 

ジュンの一言に、エンリは自身の姿を隠している光の粒子を剣風で薙ぎ払った。着ている鎧の部分は少し罅割れており、ライダースーツの部分も破けてはいるが肌には傷一つ無いエンリが、その目を喜びで輝かせて立っていた。

 

「ば、馬鹿な!何故最高位の天使の一撃を受けて!」

 

「教えてあげましょう。ホーリー・スマイトは罪を犯した者に対して、その罪が重ければ重い程威力が増すもの」

 

ニグンは、思わず数歩後退して未だ健在であるエンリの姿に慄いた。そんなニグンにジュンは冷静にドミニオンの放ったスキルを少し恥ずかし気に厨二風に語る。相手が理解しやすい様に話すのが説明の様式だからだ。

ホーリー・スマイトは悪魔やアンデットに対して有効な攻撃であり、また、属性(アライトメント)がマイナスであればある程威力を増すのだ。だが、そもそもエンリの属性(アライトメント)はマイナスでは無く、0である。コレは、融合した物の属性(アライトメント)が0であることに加え、村の襲撃に対する反撃にベリュースの殺害が有った為である。単に人やモンスターを倒したら属性(アライトメント)がマイナスになる訳では無いのだ。

以上からドミニオンのホーリー・スマイトは悪魔への特効ダメージを与えるだけで終わる。また、先程ジュンがかけた支援魔法には光属性ダメージを軽減するモノに加えて自動回復や全ステータスアップ、防御力アップも掛けられているのだ。レベルが10以上離れていても、実質はそんなにダメージを負わないのだ。

エンリの鎧や服が煙を上げて修復している事から、HPは全快に近い状態である。

 

「っ・・・その容姿で、罪深く無いと?俺には悪魔にしか見えん!」

 

「悪魔か・・・フフッ」

 

ニグンにとっては魔神すら滅ぼした一撃を受けて無傷であり、黒目に金の瞳孔のエンリは悪魔にしか思えなかった。そして、ニグンの言葉にエンリは少し笑いを洩らして、唇を一舐めしたらドミニオンに向かって跳びかかった。

勿論普通に避けようとしたドミニオンだったが、ソレをエンリは6束の髪を伸ばし、ランダムに突き刺し、収縮する事でドミニオンに取り付いた。

 

「ほら!ほらぁ!どうしたの?その程度じゃないんでしょう!?」

 

そして右手の刃を振るい、左手で羽を引き千切る。エンリの楽しそうな声に反してドミニオンは傷ついていく。ドミニオンも必死で抵抗しており、振り落とそうとするがエンリの髪は何度か貫通して巻き付いており、抜きようも無くエンリの体をドミニオンの背に固定していた。

アインズ達を除く皆が、一方的に弄られる天使の姿に言葉が出ない。

 

威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)!?」

 

そして、終にドミニオンは浮ぶ力を無くし、地面へと墜落した。土煙が舞い、ニグンの悲壮感を思わせる声が荒野に響き渡る。砂塵が消えれば、弱々しく光を明滅させるドミニオンと元気そうにその首に該当する部分に跨ったエンリの姿が有った。その姿はドミニオンの青い血潮に濡れ、興奮しているように見える。

 

「まだまだ頑張れるでしょう?それとも限界?」

 

何処か、優しそうにも聞こえるエンリの言葉だが、今のドミニオンには手も、翼も無い。立ち上がる事も不可能である。弱々しくもがく姿は足を全て引き千切られた蟻を思わせるだろう。

そんなドミニオンの姿と蠱惑的なエンリの姿は、陽光聖典の部隊員にとっては絶望でしかなかった。

 

「はぁっ・・・良かったよ・・・」

 

そして、終にエンリの凶刃がドミニオンの後頭部に突き刺さり、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)は白銀の粒子となり消え去った。エンリは火照る体に快感の残照を、腕組みをしながら震るえる事で感じていた。

気づけば空は夕刻になっており、赤く燃え盛る太陽が沈むのが、陽光聖典の者達には神が見放した様に思えた。

 

「馬鹿な!馬鹿なぁっ!何故だ!何故魔神をも超える力を!」

 

膝を付き、地面を殴りながらもその視線をエンリから放さないニグン。悔しさや怒りからだろうか、毛細血管が切れ、目から血の涙が流れる。

既に勝機はなく、威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)の召喚で勝機を見た、撤退予定の隊員は逃げずにいたのだ。情報も持ち帰る事も出来ない。完敗である。

 

「さて、エンリ。少し予定が変わりました。まだ戦い足りないでしょうけど、いらっしゃい」

 

「はい。ジュン様」

 

ジュンはエンリを優し気に呼び戻した。エンリは快楽の残照を十分に味わった事も有り、素直にジュンの傍に歩いて戻る。ジュンは陽光聖典の面々を一瞥したが、特に思う事は無かった。

 

「そろそろ良いですよ」

 

「そうだな・・・」

 

ジュンの言葉に、アインズは右手に魔力を集める。それは悍ましい程濃厚な魔力であり、ドミニオン等足元にも及ばないだろうと、目で、肌で彼らは感じ取った。心を恐怖が侵食する。『死』が目前に現れたのだ。

 

「い、いやだ!ニグン隊長!どうすれば!」

 

「っ・・・一つ聞きたい。金銭では駄目なのか?」

 

一人の隊員が恐怖に負け、ニグンに助けを求めた。ニグンは『死』を目前に無駄だと知りつつもそう提示するしか無かった。先のエンリの戦闘力も加え、友と弟が既にこの世にはおらず、自身の決意も覚悟も、命すらも無駄になったと痛感しており、茫然自失状態であった為だ。

 

「命には命だ」

 

「ガゼフ殿。ここは力を削いだ方が得策ですよ」

 

「あ、あぁ」

 

アインズは極めて無慈悲に振舞った。ジュンもガゼフに微笑みかける。先程から価値観が崩壊するモノを目の当たりにしていたガゼフは自失気味にそう答えるしか無かった。頭の片隅で、捕らえるべきだと訴えているが、体が行動出来ないのだ。

 

「せめてもの情けに、苦痛無く殺してやろう」

 

魔力が臨界に達したと思わせる程、アインズの手に込められた魔力は、一般人が見ればソレだけで卒倒する程の魔力だった。アインズの手の平が向けられた時点で、陽光聖典の者は動く気力を無くし、皆が皆へたり込んでしまう。ある者は神に祈り、ある者は神を罵る。何故神の為に生きた私にこのような死を強いるのかと。

だが、全ては無駄である。

 

暗黒孔(ブラックホール)

 

上位睡眠(グレーター・スリープ)個別指定転移(セパレート・テレポーテイション)

 

アインズが魔法を発動させた。時間がゆっくりと動く空間が展開され、全ての色が白と黒のモノとなる。陽光聖典がいる空間の中心に黒い穴が出現した。だが、彼等は穴に飲み込まれる事は無く、ジュンの魔法により眠らされ転移させられた。

穴は一瞬で陽光聖典がいた地点を飲み込み、半径10メートルは有るキレイな半円形を作成し、時間が再び元のモノへと戻った。

 

「何という力だ・・・」

 

「我々は流れの者。下手に徴兵等は考えない事をお薦め致しますよ」

 

ガゼフとエンリの目には一瞬で彼等が地面毎消え去ったように見えた。まるで空間ごと抉った地形にそう呟く事しかガゼフには出来ない。エンリはアインズを尊敬の眼差しで見ていた。

そんな中、一瞬だけ罅割れる音と共に、空に罅が入った。

 

「っ!今のは・・・」

 

「成程。彼らは監視されていた様ですね。私とジュンの攻性防壁が発動したので問題はありませんよ」

 

余りにも突然の出来事に対し、まるで我に返った様に周囲を見渡すガゼフ。空間の罅は既に消えており、アインズは少し不快そうに答えてやるしか無かった。

 

「そのような魔法も有るのか・・・」

 

「さて、一度村に戻りましょうか」

 

ガゼフは己の知らない魔法に、目の前の魔法詠唱者、アインズは神かナニかかと思い始めていた。そんな事とは露知らず、ジュンが極めて軽くそう言って歩き出した。

 

スレイン法国。土の巫女姫がいる地下神殿は劫火に飲まれていた。アインズとジュンの攻性防壁に引っかかった結果である。そんな煉獄において、全身に火傷を負った女が久しく自意識を取り戻し、周囲を見ようとしていた。

 

(あ、れ?わ、たし・・・)

 

「おやおや。人間というのは恐ろしい事をするモノですねぇ・・・」

 

だが、声も出なければ、殆んど炭化したような、何故生きているか不明な状態である。そんな彼女の脳裏に語り掛けるモノがいた。その姿は彼女の脳裏に浮かぶ。その姿は長髪の人間の頭に手足が生えた異形だ。声は男性でも無く女性でも無い。便宜上彼とする。

 

(モン、スター?)

 

「なるほど。残念ながら私は悪魔です」

 

疑問だった。彼女の脳裏に浮かぶこの生物は何なのか全く理解できない。そんな彼女に疑問に彼は簡潔に己の種族を語った。

 

(悪魔?あ、ぁ・・・炎が・・・神よ・・・)

 

「貴女は死ぬのです。ゆっくりとお眠りなさい」

 

悪魔と知り、先の茫然とした自我で見たモノは、空間が罅割れ、煉獄の炎が全てを呑み込まんとした光景である。体が動かないのがもどかしい。そんな彼女を彼は排他的にも聞こえるが優しく言葉を投げかけた。

 

(どうして?)

 

「また質問ですか?まぁ、これくらいでしたら我が主もお許しになるでしょう」

 

彼女には疑問だった。巫女姫に選ばれるまで学んだ悪魔というのは邪悪なるモノであり、人を堕落させる事に喜びを見出す存在の筈だ。死の間際に現れ、その死を看取る存在では無かった筈だ。彼女は思った。目の前の悪魔と名乗る存在は何なのかと。

そんな彼女の質問に、思考を読み取れる彼は呆れたように、哀れむ様に彼女を見た。

 

「何の事もありません。私は覗き見する者が何者なのか調べるだけの存在です。貴女はお眠りになれば良いのです」

 

彼は己の存在意義を語ったのだ。彼女は自身が見ようとしたモノに、彼が主と呼ぶ凄まじい存在がいる事に気付いた。そして、心の底より生きたいと願う。人類の危機が迫っている。ソレを伝えなければと。だが、彼女の体は崩壊寸前である。幾ら望もうとも叶わない。蘇生魔法により蘇るその瞬間までこの記憶を残さねばならないと、コレが神が与えた使命だと強く、強く確信したのだ。

 

「では、おやすみなさい」

 

彼はそんな生きたいと願う彼女の意識を塗りつぶす。

彼女は思い出していた。優しき父母を。厳しくも優しかったシスターを。そして、巫女姫に選ばれなければ添い遂げていた愛しき人を。

彼は、彼女の意識を楽しかった思い出で全て塗りつぶし、彼女は最期の瞬間も使命等思い出せず、楽しい夢の狭間にいたのだった。

 

彼女の遺骸を発見した神官は炭化した顔だというのに、笑っている様に見えたと言う。そして彼女を蘇生しようとしたが、彼女は灰になった。

確かに彼は悪魔だった。

楽しい夢の狭間に彼女の意識を追いやり、堕落させ、使命を忘れさせたのだから。




てな感じでお送りしました。最後に出てきたキャラはデビルマンを知っている方なら分かりますよねw口調は少しテキトー感ありますけど(^^;)
ナチュラル・エロなアインズ様に脱帽です。何故に荒ってらっしゃる脳内アインズ様wいや、マジで(ーー;)

ついでに言うとジュンの攻勢防壁はエグイです。ゲヘナの炎+悪魔召喚8thを改造して彼を召喚し、情報を奪おうとしたプレイヤーと周囲のプレイヤー情報(名前と主なクラス)を奪うもんです。ユグドラシル時代ではゲヘナが良い感じに囮になって、情報は奪われる。その情報を下に色々と調査して何が狙いなのか推測してたんですよね。で、何処から目的が漏れたのか分から無い。誰かが洩らしたって事で敵対ギルドを内部崩壊させるのがジュンの手ですw地味にカウンターディテクトとか突破するのが彼の凄い所wその代わり攻撃力から防御力1で、俊敏と特殊特化の柔らかいハグレメ○ル仕様。透過機能付きwしかも、召喚改造NPCって所がミソ。つまり、再召喚すれば良いだけで、使わない時はコスト不要。拠点防衛に該当しないw
ただ問題は彼を召喚する条件を『自身を覗き見とかして情報を奪おうとした』に限定しているので、純粋な情報収集はできない事なんですよ。現在はその制約が『彼が全力を出す条件』になっているのはまだ知りません。

あ、ニグンちゃん生きてますよ~。ついでに言うと他の陽光聖典の皆さんもw彼等の今後は次回分かります。

今回の最大の被害者は『ドミニオン』だった気がする。読み返して思ったけど、9巻時点までで、異世界側で唯一アインズ様にダメージを与えた(たとえ1でも)功労者が、アインズ様を楽しませるだけになっちゃったw

そして、地味にエンリ無双wついでに言うとレベル上がったから快感、ながーく感じてましたw殺す事じゃなくて、純粋に戦闘行為でハイになりますw一言で言うと変身したら『バトルジャンキー』になります。詳しくは『ウィッチブレイド』で検索w

あと、ブラスレイター見ました。コミック全く見つからないので、イラついていたら、バンダイチャンネルでアニメ版有ったのでw

次回の更新は多分土曜か日曜です。そろそろ更新日決めようかな?週1か2で確定だけど。


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第十話

風邪で更新が遅れて申し訳無いです・・・どうやらチョーシに乗っていたのは私であり、風邪が天罰だったのだろうか。あと、原付で滑ってコケて、全身打撲になったのも。てか、未だに痛い。病院行きたくないなぁ・・・頭打って無いし。


アインズ達はエンリの家で泊まると言い残し、ガゼフと別れた。

ガゼフの部下たちは持てる技術をもって、中途半端に治療された帝国の鎧を着た騎士達がスレイン法国の者達であると裏を取っていた。ガゼフは頭を悩ませる。特にエンリの存在がイタイ。村長の話からして唯の村娘が英雄の領域に踏み込むマジックアイテムとは何であるのかとアインズに問い詰めたい程である。だが、同時に思うのだ。これ程のマジックアイテムがノーリスクで有る筈も無い。そして王国の為には目を瞑るべき事柄かもしれないと。

また一般的に見えるも、素手で人体を引き千切り、治療のエキスパートでもあるジュンと、軽々とハルバートを扱う女戦士。自身が始めに会ったアンジェと言い・・・心労の素でしかない。ガゼフは胃にキリキリと軋むような痛みを感じた。

そんな心労を抱えても出立の準備に忙しく、王都で引き渡された捕虜に対し、更なる尋問を行う為の手紙を用意しなければならない。自身がこれ程尽くそうとも、貴族は何をしでかすか分からない現状は、王国の滅亡の序章ではないかと思うほど、不安に思えて仕方がなかった。

疲れていたのだろう。エンリはネムと食事をし、そのままネムを抱きしめ眠ってしまった。その寝顔を見ながらエンリの頭を優しくジュンは撫でていた。アルベドは既にナザリックに戻り、捕らえた人間の種分け作業に移っており、ニグン、ロンデスと発言した少年の3人以外はニューロニストに引き渡しを終えており、全階層守護者のスケジュール調整と多忙を極めている。

 

「ネム。エンリに明日また来るって伝えておいてね」

 

「うん。ジュン様。アインズ様は来るの?」

 

頭を撫でられるのが嬉しいのだろう。子猫の様に目を細めながらそう聞くネムに、ジュンは驚きを隠せなかった。それはアインズも同じだ。初めて会った際と同じく、骸骨姿の己を怖がらぬ幼児がいるという事実は実に信じがたい。

 

「ネム。私の姿に怯えないのか?」

 

「?最初は怖かったけど、アインズ様は優しいから怖くないの!」

 

故に、近づきそう聞くアインズ。だが、ネムは何が怯える原因になるのか分からず、少し不思議そうに首を傾げながらも満面な笑みを見せた。アインズは鉄のように固く鋭い手で、ネムを傷付けないように気を配りながら頭を撫でてみる。

 

「そうか。では、私も明日は来るとしよう」

 

「うん!」

 

アインズの手は冷たかったが、ネムは特に嫌悪感は無い。ただ向日葵のような笑顔を返すだけだ。眠るエンリとネムを残し、2人は居間らしき部屋で待つアンジェの下へ向かう。

 

「ところでジュン。守護者達は信用に足りるか?」

 

「・・・信じなきゃ始まらないし、よく尽くしているんじゃないの?」

 

歩きながら小声で話すアインズに、ジュンは呆れた。まだ信じきっていない事実は頭が痛くなりそうである。彼等がやっているのは、殆ど書類上でしか知ら無いが、予定よりも早く進んでいるのは間違いないのだ。その献身的な行動は評価すべきである。アインズ自身も、それは承知の上でジュンに聞いたのだが、その反応から『信じるべき』と判断した。

 

「そう・・・だったな」

 

故にアインズは思案する。何処まで心を許すべきか。下手に弱みを見せたくないアインズの心理をジュンは理解している。だが、どうも様子が変に思えるのだ。自身の心理変化による事で己の感受性が変化した為だと思うのだが、どうもシックリこない感覚を味わっている。否、理解した上で目を背けているのだ。

ジュンは『ユグドラシル時代とは大きく変わったモモンガ』を受け入れるべきか、否かの選択肢を前にしているのだが、その選択肢を見なかった事にしているのだ。

 

「・・・アンジェ。この子達をお願いね。無いとは思うけど」

 

「分かってるわ。ジュン」

 

そんな事を取り合えず棚に上げ、手短にアンジェにエンリとネムの護衛を命じて、アインズと共にナザリックへ転移した。

そして、アインズは書類の確認を行い、ジュンは少し眠る事にしたのだ。起きてからジュンはデミウルゴスにより数ヵ所回る事になる。

数時間後、アインズの執務室では守護者一同とセバスが会しており、会議の始まりを待っていた。アインズとジュンが入室した際アルベドが何か言おうとしたが手を軽く上げて制止する。

 

「では、会議を始める前に、まずお前たちに伝える。私は名をアインズ・ウール・ゴウンに改めた。アインズと呼ぶがよい」

 

「「「畏まりました」」」

 

後に玉座の間にて宣言する内容ではある。だが、守護者各員とセバスには先に伝えた方が良いと判断したのだ。アインズの言葉に、皆が席を立ち、跪こうとするのも手で制止した。敬意を示すのは理解できるが今は会議を始めたいのがアインズの心情なのだ。アインズの心情を理解しているのか、異口同音に述べる。

 

会議としては、先ず各守護者達の進捗具合の報告から始まった。また、念のために報告書も用意されており、筆跡が同じである事からアルベドが纏めたのだろうとアインズは判断する。

心労も溜めてしまった負い目も有ることから、後で話すべきと判断するが、今は置いておく。

 

「マーレよ。よくやった。次はアウラと合流し、早めに探索を終え、偽装にも使える第二の本拠地の作成を行え」

 

「は、はい。あの、質問しても良いですか?」

 

ナザリックの隠蔽は上空の幻影魔法をかけるのみとなり、手の空いたマーレをアウラと合流させる事で、早めに予備の本拠地を作成したかったのだ。アインズの言葉に、おずおずと発言するマーレに、アインズは何か有るのかと思う。特に変な事を言った覚えが無いのだから。

 

「良い」

 

「あの、僕とお姉ちゃんだけで、もの凄く光栄ですけど、第二の本拠地とか作って大丈夫なんですか?」

 

アインズの許可に言いにくそうに述べるマーレ。事実各階層守護者としては、眉唾モノの大事業であり嫉妬しない者はいない。だが、やらなければならない事が山積であり、アインズの割り振りには文句をつけないのも、彼等の特徴なのだ。

だがアインズは考える。少ない視点での作成は不備が有る可能性も視野に入れなければならない。アインズがいた世界では公共事業で些細な設計の不備から原因不明の死者が出るモノなのだ。慎重に事を運び、予備の拠点とは言え、万策をもって当たった方が良いと判断した。幾つかスケジュールが遅れるだろうが、それもまた止む無しと考えるしか無い。

また、マーレの自信の無さも『そうあれ』と創られたモノだが、変化が有るか試したいという好奇心も有る。

 

「マーレよ。作成の指揮はアウラに取らせるが、実際は防衛等に関してデミウルゴスやコキュートスにも意見を述べさせる。自信を持って事に当たるがよい」

 

「はぃ」

 

アインズの言葉に名を挙げられた2人は思わずアインズを見てしまう。アインズとジュンはその目に期待に応えようとする色を見た。だが、2人に反してアウラとマーレは残念そうにも見えた。

 

「勿論。アウラとマーレを信用してない訳では無い。事は万全を持って当たるのが好ましいのだ。それでも万が一が起こるのが非常に悩ましいだけだ」

 

故にアインズは続ける。

アウラとマーレは材質、主に木材だが、ユグドラシル時代とは異なり剛性等が劣る事も報告しており、それも含めて各階層守護者に意見を述べさせ、更に高い質をアインズが求めていると判断した。だが同時に、守護者達はアインズが何にそれ程警戒しているのか量りかねる。

 

「して、デミウルゴス。この書類に書いてある事は本当か?」

 

「はい。アインズ様。ニューロニストが9人程使い潰した結果ですので」

 

だがそんな思いを他所に、アインズは話を続ける。書類の特記事項として面倒な報告が挙げられていたのだ。

ニグン以外の陽光聖典の隊員に特定状況下、魔法による『魅了』『支配』で情報を聞き出そうとすれば一度の質問で死亡。次は肉体的苦痛を与えれば3度目の自白で死亡したと有ったのだ。また、その対応方法も書かれていた。だがこの様な報告は直に聞きたいと思う。

 

「ジュン」

 

「さっきデミウルゴスと行って解呪して来た。問題無かったんでしょ?」

 

「はい。現状は同じ手法で聞き出しております。勿論。3名に対して行い、比較しております」

 

ジュンはデミウルゴスに任せる事にした。表情からして、気乗りしていない様子であり、アインズはジュンの価値観が人間に近いのを感じる。

報告書には、デミウルゴスの説明を更に補足するようなモノは無い。魔法の『魅了』『支配』『肉体的苦痛』による情報の聞き出しに1人づつ行っているだけだ。

アインズは、解呪が必要な一組がまだいたのを思い出す。

 

「セバス」

 

「ジュン様による解呪を受けましたが、彼等は未だに目覚めぬ様子。ペストーニャの話では自然に目覚めるのを待つべきとの事です」

 

3人の内2人は、もう10時間以上眠り続ける為、アインズは眉間に手を当ててしまう。強制的に起こそうかと思うも、アインズには医療の知識はない。ナザリックの回復のエキスパートがそう言うのであれば、様子を見るしかないと判断した。

 

「どうも事が進まん。で、ジュン。アイツ等はどう使うつもりだ」

 

「その前に・・・召喚」

 

「お呼びですね。此処にいますよ」

 

だが、アインズは現状の進展具合に不満を持っており、不機嫌なのは間違い無い。そんなアインズを他所に、ジュンは手に入れた情報を提示すべきだと判断し、報告用の悪魔を召喚する。机の上に浮かんだ魔法陣から現れたのは、報告用の小悪魔ではなく、聞き出し用の悪魔。身長が20センチ程度だが、サイコジェニーだった。内心驚くも、何でもないフリをするジュン。

 

「ジェニー。アナタが知った事をアインズさん達に」

 

「畏まりました」

 

ジュンの言葉に跪くジェニー。ジュンとアインズは自分の額に膝が当たっているジェニーの姿がコミカルに思えた。

 

サイコジェニーの報告は、情報が引き出せた相手が『巫女姫』と呼ばれる、アイテムにより自我を奪われ『魔力タンク』的にされた女から引き出したモノであり、死にかけで時間が足りなかった為、少々確定要素に欠けるという注意事から始まった。自我を奪われていた期間の情報は、どうしても曖昧なモノが多くなってしまうのだ。

そして、アインズとジュンを驚愕させ、思わず頭を抱える内容だ。

 

人間種は弱小種族であり、生き残る為に団結し、亜人種を含めた魔物を殲滅する事がスレイン法国の国是であり、六大神が遺した聖遺物を保管し、一部ではあるが神人という英雄の枠組みを超えた強者がいる。蘇生魔法が有るが、使用できる者については秘匿しているとの事。また、回復系魔法は生きる意思が重要であり、それに欠ければ効果が著しく低下するらしい。

また、土の巫女姫が受けた命令は、特殊部隊陽光聖典のニグンが魔封じの水晶を使用した事から、何が有ったのか調べる事であったらしい。第三位階を使えれば一流の魔法詠唱者である為、大半はジュンとアインズの攻性障壁により死亡。巫女姫が辛うじて生きていたらしく情報を奪ったのだと言う。

 

「まぁ良い。少なくとも警戒に値する者がいる可能性が高いという事か・・・」

 

「はい。情報を奪った際、彼女には満足する楽しい夢を見ていただきました。現実を見ない事から、問題無いかと」

 

アインズはレベル30以下の群れにレベル100が紛れ込んでいると判断した。木を隠すなら森の中と言うが、非常に厄介である。ジェニーは回復魔法の注意事項から唯一の情報提供者である、土の巫女姫の蘇生を失敗させるべく行動し、証拠を隠滅したと、アインズの言葉を肯定しながらニコヤカに答える。そして召喚時間が経過したのか、霞のように消えていった。

 

「あの3人。どう使う?」

 

「人間の考えは人間で変えさせる。先ずは第一層から王座の間まで見て貰おうかな?」

 

そんな貧弱な者が多い以上、使い道がアインズには思いつかなかった。だが、ジュンは何かを思いついている様だ。見せる必要性がアインズには思い至らないのだが、謀略に関してはジュンはぷにっと萌えに教えを乞うた事も有り、エグイ一面も有るので任せる事にする。

アインズには何が楽しいのか分からないが、ジュンが微笑みを浮かべている。だが、その目が少しも笑っていない事から碌な事では無いだろう。

 

「ナザリックは観光地ではないのだが・・・」

 

「彼等の水準なら力ある者は、悪魔か神としか認識できないよ。それに、彼らの反応次第だしね」

 

「力か・・・まぁ良い」

 

アインズのボヤキにジュンの頭の中では上手く行く自信が有るのだろう。

策士策に溺れる事にならなければ良い事であるし、事が進めば確認すれば良いのだから。地味に厨二病を再発している様な気がするが、無視しておく。

そして、アインズは次の懸念材料に行き着いた。

 

「だが、ガゼフ・ストロノーフ・・・どうするべきか?」

 

「ナザリックに来てくれるようにエサを撒いてもらう」

 

スレイン法国の捕虜の事も有り、ガゼフが王に報告すれば何かしらのアクションが有るとアインズは確信していた。だが、武技も使える事から『世間的には死亡』して貰う事も視野に入れていたのだ。その方が益になるとは考えていたのだが、ジュンはガゼフに与えた情報から撒餌程度にはなると考えていたようだ。

ガゼフは中々の使い手のようだが、使い潰すには惜しいとアインズは判断する。

 

「・・・コキュートス。お前の役割は重大だぞ。シャルティア、お前には別の役目を考えている。今暫らく待て」

 

「コノ身ニ換エマシテモ、勝利ヲ」

 

「畏まりもうした」

 

言外にナザリックの防衛の要としてアインズはコキュートスを指名し、シャルティアには別件が必要か確認の上で決定しようと考えたのだ。

コキュートスはアインズの指名からその全ての目を気力に満ちたモノにし、口から気炎の代わりに冷気を噴出させ、向かいに座っていたアウラの髪に霜を作ってしまう。だが、アウラもアインズより大役を任されている身。コキュートスのヤル気からして、仕方ないと自己完結した。

シャルティアはアインズの言う役目を知りたいと思う反面。コキュートスが守護者最強の己を差し置き、防衛の要に指名された事が少し不満だった。嫉妬はするが、コレはアインズの決めた事である。反論する気は無い。

以上で一先ず現状で確認したい事は終えた。

 

「・・・よし。アルベドとジュン以外の者は引き続き行動を開始せよ」

 

(アインズ様?ふむ。コレは閨の様な甘美なモノでは無いようでありんす)

 

故に、アインズはアルベドとジュンに話したい事が有る為に残ってもらう事にした。一瞬デミウルゴスを一瞥したのだが、ソレに気付いたのはシャルティアだけだった。シャルティアはてっきり、終にアルベドがお手付きになるのかと戦々恐々していただけに、少し安堵する。そんなシャルティアを他所に、デミウルゴスは少し頷く事でアインズに『了解』の意を示した。アインズの様子からして内密な会談を所望しているのだろう。その密談相手を務める栄光は、彼の心を歓喜で満たす。

 

「ふう。少し話にくいが、仕方ないか・・・」

 

「何をでしょうか」

 

2人以外を全て退出させたアインズは思わず溜息を着いた。視線がアルベドに向いていた為に、アルベドは純粋な疑問という形で問いかける。その瞳には不安が隠しきれていない。

 

「先ず、お前が私への気持ちに気付いたのは何時からだ?」

 

「至高の御方々がお隠れになり、アインズ様が彼女と共にナザリックの維持に尽力している内に、自ずとで御座います」

 

「なに?」

 

アインズは自身の悪戯心と向き合う前に、確認する為にそう聞くが、驚愕した。

アルベドの目は嘘偽り無くアインズの眼窩を捉えており真摯な視線を向けている。ジュンは目の前で何が始まるのかと、少し好奇心を抑えきれない目で2人を見た。

 

「・・・実はな。この世界へ転移する前に、お前の設定を見て不憫に思ってな」

 

「不憫、でしょうか?」

 

「ビッチと書かれていたのだ。私は悪戯心もあり、つい、私を愛していると書き換えてしまった」

 

アインズの不憫と思う『設定』。そう在れと構成する要素が、罵倒の意味である単語が出てきた事に、アルベドは驚きはするものの、アインズの続けて述べた事に、この狂おしい愛情はアインズの書き換えた内容に何か関係するのかと思う。だが、アルベドは確信していた。書き換えた事で増幅された事は有るのだろう。しかし、自身の『モモンガに向けている愛』は、切欠はアインズが手を出す前から在ったのだと。

 

「だが、お前はそれより前から私を・・・」

 

「はい。愛しております。そこにいる彼女よりも、貴方様を!」

 

少し困惑気味のアインズに対し、アルベドは真正面から満面の笑みを浮かべて肯定する。ジュンを見ないのは、隠し切れない嫉妬が原因だろう。

 

「ぬぅ・・・」

 

(えっ?飛び火した・・・)

 

故にアインズは説明に困った。アルベドは真摯に事実を告げていると分かるからだ。正直、意外にも程がある。

ジュンはドラマでも見る様にアインズとアルベドの会話を楽しんでいたのだが、自身も舞台上に居たのかと困惑してしまう。だが、冷静に考えてみれば、妻か婚約者がいる男性が、他の女性を口説いたとすれば、この様な状況なのかとも思った。

 

「ジュン。コレがお前に話したかった事だ」

 

「・・・元々タブラさんは『恋多き乙女』って意味で『ビッチ』と入れたのかな?」

 

アインズは取り合えずジュンに話題を振る事にした。それほど、アルベドの言った事は予想外すぎたのだ。予定では普通に謝って事を終わらせるつもりだったのだが、現状でソレをすれば、最良の結果を得られないと判断した。

ジュンは純粋に、ギャップ萌えのタブラの心境を予測してみる。アインズはふとアルベドの背後にタブラの幻影がいるのに気づく。

 

「そう、みたいだな・・・」

 

(アインズ様の視線が私の後ろに?けど、気配は何も無いし・・・?)

 

タブラの幻影はアインズに向かって数回頷くと合掌した。何故このタイミングで合掌をするのか、意味が分から無いアインズの言葉は困惑しているのが聞いて取れる。

対してアルベドはアインズの視線に背後に気配を探ってみるが、何も無い事が分かるばかり。

 

「アルベド。私のジュンに対する行動で嫉妬していたのだろう。でなければ、おまえがあのような行動する筈も無い」

 

アインズとしては、正直ニグン相手で完全に気が抜けていた事もあり、気にする程度では無かったのだが、よく考えてみれば問題行動だったのに気付いたのだ。また、ジュンに対して嫉妬していたのであれば、納得である。自身の行動が招いたのだから、地位も関係無しにやる事は一つである。

 

「すまなかった」

 

「あ、頭を御上げくださいアインズ様!私も守護者統括の立場でありながら不敬の数々!申し訳ございません!」

 

アインズは椅子に座りながらでは格好が着かないと、立ち上がり、90度腰を曲げて謝罪した。

対するアルベドは混乱していた。叱咤されるのであれば問題無いのだ。まさか正面から謝罪されるなど晴天の霹靂である。

 

「お前に咎は無い。だが少し・・・考えたい事が有る。心配するな。お前の気持ちを無下にする気は無い」

 

「は、はい。それでは失礼いたします」

 

そんなアルベドに対し、アインズは自身が設定を弄った事は意味があったのか不明だが、ナザリックの守護者統括が本当の意味で『ビッチ』では無くなれば、問題無いかと思う。だが、設定を書き換えたのだ。その責任は取らなければ、ジュンに軽蔑されるのは間違い無い為、最後にそう付け加えた。

アルベドは笑みを何とか保ちながら、静かに部屋を出た。自身の気持ちを理解した上で『無下』にはしないという事は、『モモンガの子を孕み、母になる』夢が叶う可能性に近づいた為だ。部屋を出ればダッシュ走り去るも、口から歓喜の叫びを漏らしてしまった。

 

「ぃよっしゃあああああ!」

 

「壁が薄いか・・・」

 

アインズとジュンは何とも言え無い空気を味わっていた。壁越しに聞こえたアルベドの歓喜の叫びが部屋の温度を地味に白けた感じに、冷やす。そして、アインズの言葉が微妙に冷えた部屋の空気を震わせた。

出鼻を挫かれた形なのだが、アインズは理解している。コレからが本番なのだと。アインズがおもむろに椅子へ座れば、ジュンは迷わず執務用の机に座り、足を組んだ。アインズが視線を少しでも上下すれば分かる位置である。アインズの動揺を誘う作戦に出たのだ。

アルベドの設定を弄った事も有る上に、わざわざ無下にしないと宣言したのだ。ジュンは何故かアルベドの目に、女の幸せの色的なモノを見出したが故の行動である。地味にこのポーズを恥ずかしいと感じているのだが、ここは我慢してアインズを睨みつけた。

 

「・・・ガゼフさんに言った事も含めて、説明して下さい」

 

「なんと言えば良いか分かりませんね。彼の前であの態度を取ったのは少し問い詰め過ぎていましたし、話の流れでしたから」

 

アインズは思わず肉も眼球も無い体に感謝した。でなければジュンの思惑に乗ってしまった事が即刻でバレただろうから。素直に白状していると思わせる言動だが、真意は語っていない。

ジュンは予想以上にアインズの動揺が見られない事から、此処で座りなおしても意味がないと理解している為に、少し顎を上げ、高圧的な態度を取ってみる。

 

「なら、アルベドの設定を変えたんなら、少しは配慮すべきだった事ですよね?それに、デミウルゴスの前でも」

 

「デミウルゴスはウルベルトさんが作ったんですよ?その程度は配慮している筈です」

 

ジュンの言葉に丁寧に答えるアインズだが、動揺を上手く隠せていると確信を持って、自信有り気に答える。その態度から、自身の行動の意味を正確に認識していないのかと言いたくなるジュンだが、アインズはソレを眉や、力が込められた手から、此処が勝負時と判断し、ジュンの目を見つめた。胸が視界に入るのだが意図的に無視して。

 

「ただ、一人じゃないって・・・ジュンさんに甘え過ぎていました」

 

「・・・まぁ、自覚が有るなら構いません。ただ、アルベドには誠意をもって応えてください」

 

アインズの冷静且つ弱さを吐き出す様な口調に、ジュンは一先ず水に流す事にした。下手に掘り返すよりも、失敗を経験にした方が良い為だ。仕方無さそうに、困った微笑みを浮かべるジュンに、アインズは自身の勝利を確信した。以後は急がない様に、逃がさない様に策を練るだけだ。

内心安堵してるが、ソレを見せないアインズにジュンはふと、タブラの事を思い出した。

 

「私には見えませんけど・・・アルベドには特に強い思い入れが有ると思うんです。それに、恨まれるのも分かっていたんじゃないですか?」

 

「・・・恨まれる。ですか?」

 

ジュンにはタブラが設定魔であり、本当にアルベドの設定を細部まで覚えている上に神器級(ゴッズ)アイテムを揃えた事が妙に気になっていた。ジュンは地味にアルベドの設定を少し曖昧だが覚えているのだ。その設定は本当に『善』と『悪』がコラボした様な相反するモノが多く含まれており、その結果、自身が引退すれば、もしアルベドのに感情が有るのならば、『残った者に愛は向けられるだろう』と理解していた様な気がしてならないのだ。それは、アルベドが語った事からも推察できる。反対に、去った者には憎悪を抱く可能性も理解していた気もする。

アインズとしては『決して己を裏切らない』という確証が得られた様な気もするが、先程見たタブラの幻影からして、事は単純では無い気がしてきた。

 

「勘ですけど、アルベドはモモンガさんを愛する過程で、半比例のように、1人にした皆を憎んでいる気がするんです」

 

ジュンは何故かアルベドの気持ちに共感出来た。現実世界では、母は物心着く前に他界しており、父は仕事の関係で海外にいたのだから。

兄も仕事が無い時は一緒にいたのだが、誰もいない部屋は幼少期のジュンにとっては孤独であり、最期迄1度も帰って来なかった実父には憎悪すら抱いた。反対に兄には過度な親愛の情を持っていた気がするのだ。故に、そんなジュンだからこそ、アルベドの目的が『母』になる事ではと思い始めている。自身の味わった『孤独と憎悪』を自身の子供に味合わせない。そう考えているのでは。と思ったのだ。

アインズはジュンの目に複雑な感情が浮かんでは消える状態に、アルベドと共感しているのだと理解はするが、何かを見落としている気がする。

 

「私がモモンガさんの孤独を結果的に癒した事にも、多分良い感情を抱いてはいないでしょうし」

 

「流石にそんな事は無いでしょう。ただ、悔しいとは思っているかもしれませんけど」

 

「だと良いんですけど・・・」

 

他人が言えば失笑するジュンの台詞だが、アインズはジュンがソコまで理解していてくれる事に、感謝と歓喜を覚える。だが、強い感情は蛍火の輝きと共に平坦なモノへと変わる。満足感を覚えているアインズはそれ程堪えず、冷静にアルベドの様子からして弁護しておく。そんなアインズの言葉にジュンは溜息を着いた。

アインズは何処か、NPCは設定されていない部分が製作者に似ている気がすると思う。タブラは二面性が有ったが、かなりアッサリとした性格だった。また、責任感が強い所も有り、確り補填するのはニグレドの部屋の一件から分かる。自分がやりたいけども、関われなかった一件に関しては、一過性だが悔しいと漏らしていた事を良く覚えている。

 

「誠意有る行動・・・付き合った事が無いので、どうすれば良いのやら・・・」

 

「少なくとも、私にやった様な事で良いと思いますけど。あと、私には控えるとか?」

 

少し空気が重くなった事を感じたアインズは、敢えてジュンに相談する形を取る。肘掛けに肘を置き、無意識に顔に手を当て、顳顬付近を人差し指でテンポ良くつつく様は、冷静な口調も相まって正に上位者に足りる姿である。

ジュンとしては、極めて自然に緊張と安心の感情を抱いた行為の数々に、思わず顔を紅潮し、少し睨み付けながらそう答えた。

 

「ですかね?けど、外で情報収拾するには夫婦のフリも重要だと思いませんか?」

 

「うっ・・・そ、外ですか?それに、妹とかじゃダメですか?」

 

ジュンはアインズの言葉に色々と詰まらせてしまった。情報収集には意外と男女のコンビは『飴』と『鞭』の関係から有効的なのだ。感情を切り捨てれる事が出来、自然に行動できるのならばこの上ない武器となる。ジュンはアインズはナザリックから動く気は無いモノだと思っていたから意外に思う。

アインズはジュンの言う『妹』を、どう拒否するか考える時間をどう稼ぐか考える。

 

「ジュンさん。私は暫らく外で冒険者をしようと思っているんです。少なくともトップが生活水準とか分から無いと、何処で足元を掬われるか分かりませんから」

 

「あー・・・アルベドは外せませんか?」

 

アインズはカルネ村で村長より、冒険者が付近のモンスターを定期的に狩っている知った為に、尤もらしい理由を述べる。実際はストレス発散がてらの余興のつもりとは言わない。ジュンと旅する事でユグドラシルでは分からなかったジュンの事を知る為など、言える筈も無い。

ジュンはアルベドと共に外へ行けば良いのにとは、言葉に出来なかった。正直、演技とは言え、アインズと夫婦役を演じる事に罪悪感を感じた為だ。アインズの性格から、妹がダメな理由は後で話すだろうと考えている為、ココは先ず黙っておく。

 

「無理です。人間に紛れるのも有りますけど、ナザリックを円滑に運営するにはアルベドは外せません。プレアデスで上手く行くか分から無いので、ジュンさんが好ましいと考えているんです」

 

アインズはジュンが不安と罪悪感を抱いているのを承知の上で、自身の不安も含めてそう答える。正直アインズは、気楽なジュンとの二人旅にならないのは想定済みである。よって、同行する人選は既に決めていた。

ジュンとしては同行する人選としてはプレアデスの内、誰かを連れていくつもりなのだと予測しており、その上で万が一のフォロー要員として欲しい事なのかと考えたが、一つ疑問を覚える。

 

「守護者は連れ出す気は無いって事ですか?」

 

「空きが無いです。情報収拾や代用品の調査。武技等のこの世界特有のスキルの検証、このナザリックの守護も有るんですから」

 

ジュンの疑問は単純に、供が最大戦力の『守護者』では無い事だ。アインズとしては、ナザリックに残すのはアルベドとコキュートスのつもりなのだ。シャルティアは情報が入り次第行動して貰うつもりである。不安材料が多々有るが、人型が少ない以上仕方がない。

 

「・・・アンジェはカルネ村に残しますし、その上でナザリックとパイプ作りをしたいって考えてます」

 

「スレイン法国対策の情報操作ですね?小指は意外と重要ですから。復興にも力を入れましょう」

 

ジュンはアインズの主張を理解した上で、自身が先ほど提示した作戦が上手く行けば、第一に接触するのはカルネ村の面々であると予測している。アンジェを定住させれば、情報はどんな些細なモノでも入り、その上で必要最小限の犠牲で最大の利益を得られると考えているのだ。

アインズとしてはルプスレギナを連絡要員に考えていた為、ルプスレギナの接触を最低限、若しくは村人に隠蔽する事で上手く釣れる様にしたいと考えている。アンジェがいるのならば復興にアンデットやゴーレムを使用し、村人のモンスターに対する恐怖は抑えられる可能性も視野に入れた。

そしてアインズはジュンに『妹』でダメな理由を話す為に、問いかけ形式で答える方が良いと思いついた。

 

「あと、妹でダメな理由ですけど・・・余計な連中が寄って来たら面倒だと思いませんか?」

 

「・・・ある程度のクラス以上の冒険者で、消すと疑われる可能性ですか。確かに面倒です」

 

アインズの言葉にジュンは考える。消して良いチンピラ相手では『夫婦』をアインズが提案する訳が無いと考えたのだ。すると、消しにくい上に、独断で付き纏われる可能性も視野に入れれば、一定以上の権力者や冒険者に目を付けられれば面倒である。仮にも夫婦と言い張れば、権力でのゴリ押しがメインとなり、実力的には逃げるのは簡単だとも思えた。そして、ふと思う。ガゼフは己等を『夫婦として認識』しているのだ。

 

「ガゼフさんを秘密裏に此方に引き込むのか、理解ある使えそうな貴族の炙り出しとか、あとは・・・私の身の安全ですか?」

 

「少しはマトモな判断ができる王族貴族がいれば、助かりますね」

 

アインズの思惑通りジュンは情報を提示した。その中でコネに使えるのをピックアップするアインズ。ジュンとしてはマトモな王国の施政者がいれば、革命も視野にアインズが建国を狙っている様に思えた。マトモな貴族が少ないのは、王の用人であるガゼフの暗殺を企む輩がいる以上、間違いはないとは2人の予測である。

ジュンは、アインズが昨日デミウルゴスへ言った『世界征服』が真実味を帯びており、それが異様に恐ろしく思える。

 

「世界征服を本気で狙っているんですか?」

 

「まだ、ソコまでは考えてませんよ。アレは冗談ですが・・・安寧の地は欲しいですね」

 

ジュンの戦慄した様子にアインズも先日の冗談が、冗談で終わる気がしなくなってきた。だが、必要な事である。異形種が生きやすい国が有っても良いだろう。スレイン法国はどうにかしなければ碌な結果は無いとジュンは考えており、アインズが安寧の地を欲する理由は思いつかなかったが、他のプレイヤーのいる可能性も視野に入れるならば、建国して安全・確実に保護するのが目的の様にも思える。

ジュンはアインズの頭の中に有る計画がどの様なモノなのか測りかねていた。だが、決断すべきは今とも考えた。

 

「分かりました。暫らくだけですよ?私も確認したい事をやったら、帝国で情報収拾しようと考えているんですから」

 

「えぇ。非常時はお願いしますけどね」

 

アインズが村の復興を対価にした事と、『夫婦』を名乗るメリットを理解した上で、ジュンは恥ずかしさと罪悪感を抑えて、アインズの言う案を部分的に受け入れる事にした。正直、弱さを見せて貰えるのは悪い気分では無い。だが、アルベドの件も有る上に、アインズが外へ行くのならば、自身も独自に動くべきと判断したのだ。万が一の際は止められるだけの力が必要であると考えて。

アインズは非常事態に関しての連絡・対応を確りすれば、容認するつもりだったのだが、ジュンが明確に言葉にすれば、不快感を感じずにはいられない。

 

「私は彼等の様子を見てきます」

 

「・・・はい。お願いします」

 

さり気無くジュンはそう言い残し、扉から出て行った。アインズはジュンが出て行って暫くした後に、伝達魔法(メッセージ)を使う。

 

『デミウルゴス。私の部屋まで来い』

 

『畏まりました。アインズ様』

 

視線を一瞥しただけで、己の意図を理解するデミウルゴスは、男の観点から良いアイディアを提示するだろうと思う。

先程のアルベドの失敗が無ければ、ジュンに疑念を抱かせると思いながら、終にアインズは感情の制御を止めた。

 

「くそがぁっ!」

 

勢い良く、右拳は執務用の机に振り下ろされた。激情が渦巻き、第三者から見ればアインズは蛍火のオーラを纏っているような状態となっている。

アルベドに対しては自身の過ちが原因が故に、責めるつもりは毛頭ない。また、責められるのは自身だとも理解している。しかし、ジュンの行動は予想を上回る程に厄介である。アインズは予想しているのだ。ジュンが己を『力』で止める為に何かを考えていると。ジュンは基本的には警戒心が強く、気軽に話しかけるのは情報を得る為の手段であり、ソコに感情が無い事が多い。そんなジュンがアルベドに罪悪感を覚えている。だが、そんなモノはどうでも良い。

ジュンが己の知らぬ所へ行き、別行動を取るのがこの上なく不快なのだ。それが自身の傲慢であるとアインズは理解している。しているのだが、それ以上に欲しいのだ。可能ならばナザリックに閉じ込めたい程に。

アルベドの件も有る以上、今回の様な綱渡りは御免である。デミウルゴスはユグドラシル時代のアルベドを知っているのだろう。ならば、情報を手に入れれば上手い方法は必ず有る筈。また、ウルベルトの性格を考慮し、『完璧』を目指したコンセプトのデミウルゴスは最大の武器になるとも判断している。

アインズは己が『鈴木悟だったアンデット』だと認識出来るのも、『人間の様な感情』が有るのも、『ジュン』がいるからこそと考えている。故に、ジュンが己の傍から離れる等、己を崩壊させる行為だと判断しているのだ。

アインズは気づいている。自身は既に狂っているのだと。その狂った精神が『ジュン』を求めてしまうのだ。自身の精神安定の為、『生』を感じたい為に欲しいのだ。『生前』では出来なかった過度な身体的接触をしてしまう理由も『生』を求めた結果だろう。ソコには『愛』を超越したナニかが有るとアインズは思う。独善的で独裁的でドロドロとした溶けた鉄の様な感情だと理解した上で、大切にしたいとも思うのだ。

しかし、縛ろうとすれば逃げるのがジュンであるとも理解している。だが、縛られている事に『ジュン』が気付かなければ良いだけの事。

 

「ジュン。お前は・・・俺のモノだ」

 

アインズの空虚な眼窩に宿る紅蓮の灯は、刹那的に燃え盛る。扉の先に消えたジュンの背中を幻視し、睨み付けているかのようだ。アインズの声は限り無く冷淡で、周りの空気の温度を確実に奪う程、虚無感に満ちていた。

 

ソレをウルベルトの幻影は心配そうにアインズの背中を見つめる。アインズが狂ってしまった原因の一端が自身にも有るような気がして。

仮に、ウルベルトがジュンをユグドラシルに誘わなければ、仮に引退するときにジュンも無理矢理に引退させておけばアインズがこれ程狂う事が無かったと思えるのだから。

今は『弟』なのか良く分からず、身体的には『妹』になってしまったジュンが心配ではあるが、目の前で狂いながらも正気で在り続けようと、ジュンを求める親友を救ってほしいと、身勝手ながらもジュンにそう願うのだった。




アインズ様の心情を描写してみました。アンデットは生者を憎むモノと記載がありますが、個人的には『命』を求めていると思った結果です。それが、同じアンデットへすべく殺すのが『普通』だと思います。アインズ様は生者を憎むのではなく『ジュン=命=自身の存在を安定する者』と認識しており、求めてしまっている状態です。
ぶっちゃけ、ジュンの懸念は大当たりで、予想以上に、アインズ様は狂ってます。予想外なのは、アインズ様がソレを偽る『二面性』と『自身(ジュン)を安定剤』にしている事で、てっきり、『アインズは人の心を失っていない。元の優しい人格のまま』だと思っています。実際は『独善的』で『狂気にまみれた冷淡な者』なんですが。元の性格も『我儘』ですし。『元の優しい人格』は、ナザリックやジュン等、後は気に入った存在にのみにしか発揮されず、他の者には『社交辞令』なんですけどw
原作より狂っている上で、人間らしい『アインズ様』を目指した結果です。『ほむらちゃん』臭がするのは仕様ですw

本当は、このネタは小話にする予定だったんですが、九尾氏の書き込みで、少し考え直しまして、本編に入れました。

って、いつの間にかお気に入り1000超えていたんですね。皆様の応援。真にありがとうございますw

そろそろ一章終わるので修正作業もしないとw


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第十一話

大変お待たせ致しました。コレにて一巻分終了で御座います。


豪華絢爛な応接用の客室にて、嗅いだことも無い、甘く優し気な匂いが彼の意識を覚醒させる。朦朧とする意識の中辺りを見渡すも、何処か現実離れした光景に唖然としてしまった。

 

「っ・・・ここは・・・?」

 

「ニグン隊長!」

 

「兄さん!」

 

ニグンは自身は死んだ気がしていた所に、ロンデスと弟のシグンの声に、ふと我に返る。そして、ふら付きながらも立ち上がろうとするが、上手くいかない。そんなニグンに2人は駆け寄った。長い時間眠っていた為に、彼の体の節々が痛みを発しているが、そんな事を気にする余裕はない。

 

「ロンデス!シグン!俺は生きているのか・・・?」

 

「はい」

 

「良かった・・・」

 

ニグンの言葉に不安そうだが、ハッキリと答えるロンデス。そして、死んだ様に眠っており、起こそうと体を揺らしても起きなかった兄を心配していたシグンの目からは大粒の涙が零れ落ちる。

 

「泣くなシグン。それにしても、ココは・・・っ!」

 

そんな弟の様子に、何とか手をシグンの頭に乗せ、安心させるように撫でるニグン。だが見覚えも無く、現実味を感じられない絢爛な部屋に現状を把握できないでいた。今3人が着ている服も、法王も着た事も無いだろうと思われる程、触感が滑らか、且つ美しい絹糸のバスローブである。この服を客人に対して着せるレベルである事からして、此処の主は信じがたい程の資産家であると確信した。

そして、ふと視界に影が有る事に気付き、凝視した。

 

「お目覚めになられた様ですね。私はユリ・アルファ。暫くの間、皆さまを丁重に扱いますよう申し付けられております」

 

視界に人が一人立っている事に中々気づかない等、ニグンには恐ろしい内容であった。

そして、その人物は美しい容姿をしたメイドである。キツそうな釣り目であるが、丁寧な御辞儀も含めて、否を見つけられない。また、先程まで動転してたとはいえ、立っている事を気づかせない事は、手練れでは無いかとニグンは考える。これ程の美人であり、手練れの者を3人の専属として配置させた人物が気になり始めた。

ニグンの頭は、ようやく目覚め始めたのだろう。眠る寸前の事態を思い出し、嫌な予感がしてきた。

 

「・・・我々は助けられたのか?」

 

「捕らえられたのです。彼方様方をどう扱うかは、彼の御方の御心次第です」

 

思わず生唾を飲み込んで、恐る恐る聞くニグンに対し、ユリは事実を答えた。その言葉からして、何が有ったのか悟るニグンだったが、決して『人間』には出来ない魔法の数々が使われた可能性を思いつき、冷や汗を流し続ける。そんなニグンの様子に、シグンとロンデスも嫌な予感がしてきた。静寂の中、3人の心臓がバクバクと五月蠅く感じる程音を立てていると、ノック音が3回響きわたる。ノック音に、3人は思わず、身を寄せ合い、扉を見つめる。ユリはそんな3人の様子を変に思いながらも、一礼して、扉を開く。

 

「あれ?気が付いたんだ」

 

「あ、貴女は・・・一体我々を捕らえて何が目的だ!それに、私の部下は!」

 

ジュンは何故男3人で固まっているのか不思議に思う。そんなジュンに対し、ニグンは目的と、己の部下の安否を問う。ジュンに近づこうとするニグンの腕をシグンとロンデスは掴み、近付かないようにしている。ベリュースの様に、アレを引き千切られて絶命するニグンを見たく無いのだ。

 

「・・・残念だけど、数名は死んでしまったよ。まさか、尋問して、3回話させたら死んじゃうし、魔法で『魅了・支配』したら1回でダメだとか思わなかったから」

 

「なっ!?馬鹿な!本国が我々にそんな事を!?」

 

ジュンは率直に言う事にした。ジュンは言外に死んだ理由は『スレイン法国』に有るように言う。ニグンは機密保持の魔法が有るのは知っていた。そしてソレが、説明を受けていた内容と、一定時間喋れなくなるのでは無く、正しく口封じになると知ってしまった為に、絶句し、体から力が抜けてしまい思わず膝を付いてしまった。

ニグンの心には祖国に対する不信感と、己の信仰心に罅が入る音がしたのを感じならも、それでも尚、ジュンを見てしまう。まるで、祖国が見捨てた事を否定する材料を探すかのように。

ニグンの姿に、ジュンはスレイン法国の上層部に、ある者達の姿が思い浮かぶ。人を人とも思わず、自分達が楽をする為に使い潰すアレ等を。

 

「後でもう1回来るけど、ちゃんと考えてくれれば生き残っている部下には、温情を与えても良いと考えているよ。自決とかしたら、どうなるか・・・分かっているよね?」

 

「・・・分かった」

 

長く見ていれば、同情してしまう。ニグンの、そんな縋るような視線をジュンはあえて無視した。そして追い詰め過ぎないように、時間を与える事にしたのだ。ソレが一番の慈悲であると言わんばかりに。

そんなジュンに対して、ニグンの返事は何処か、心此処にあらずと言わんばかりに、力が抜けているモノであり、ロンデスとシグンは心配そうに、ニグンに寄り添う事しか出来なかった。

 

「ユリ。彼らに食事を。ナザリックの素晴らしさを少しは理解出来るようにね。ただ、例の時間に粗相をしない程度でお願い。服装は、ちゃんと洗っているんでしょう?」

 

「はい。畏まりました」

 

ジュンは部屋から去る前に、ユリにそう申しつける事にした。暫くすれば、王座の間で、一つのパフォーマンスを行う為だ。現状手に入れた情報からして、彼らに多大の恐怖とストレスを与える事になるのを承知していが故の言葉である。ユリは、彼等が少し哀れに思うも、ソレを言葉にする事は無かった。ナザリックに所属していない彼等の心境を理解こそすれ、配慮してはならないのだから。

 

各々が時間迄にする事をし、日の出の時刻に王座の間に集結した。その中にはニグン達とエンリの姿も有った。いる場所は最後尾である。

皆が揃った王座の間に、骸骨の姿のアインズは転移で現れ、一度王座に腰かけた。そして、ジュンは転移で王座の後ろに現れ、アインズの左隣へ立つ。

ニグン達は恐怖で頭が如何にかなりそうだった。伝説を越えた強大過ぎる者達が介し、王座に座る者に跪いているからだ。己の自信と自負を打ち壊した女、エンリも静かに跪く姿に、ニグン達も跪かずにはいられなかった。

 

「先ずは、私が勝手に動いた事を詫びよう」

 

アインズは静かに立ち上がり、謝罪にもならない言葉を述べる。アインズの行動を理由も無く否定、拒否する者はナザリックにおらず、支配者の言葉が全てであるのだ。

 

「私は名を変えた。私はアインズ・ウール・ゴウン。アインズと呼ぶがよい」

 

アインズの改名に、王座の間に咆哮が響き渡る。歓喜の叫びである。

アインズは王座にて宣言する事の重要性を正しく認識していなかったのだが、コレこそが、アインズのみがナザリックの支配者であり、ナザリックの全てがアインズの物である。下僕も含めてアインズのモノとなったと宣言したに等しい行為なのだ。

異論を挟ませぬ物言いは、彼等にとっては正に至福の言葉である。己の造物主が去ったのは止むを得ない事情があると認識はしていても、それでも、捨てられたと思わない者がいない訳では無い。そんな彼等の孤独を含めて、アインズがその大いなる慈悲を持って包み込んだと、己等が命を持って仕える主がいてくれるのだと、感涙する者すらいた。

唯一、この流れについて行けないのはニグン達3人だけである。まさか、敵対した相手が、死の神。スルシャーナに似た存在だとは夢にも思わなかった為である。

エンリは、ナザリックの者達の感激度合から、拍手を持って歓迎し、讃えるべきと判断した。エンリの行動は列の後ろから伝播し、正に万雷の響きとなり、アインズを讃える賛辞となる。

アインズは拍手に驚きこそすれ、暫く彼等の好きなようにさせたのだが、収まる気配が無かった為、右手を掲げる事で拍手を終了する様に指示した。ソレは効果覿面である。一瞬にして王座の間に静寂が戻ってきた。

 

「そして、正式に宣言する。これよりギルド、スカイ・スカルは協力関係となり、ジュンとアンジェの発言権はアルベドと同等なモノとする。ただし、ジュンを始めとするスカイ・スカル所属の者の言葉に納得がいかなければ、非常時以外では守護者に相談するか私に直訴せよ」

 

アインズは静かになった中で宣言する。アインズ的には己と同等の命令権を与えようと考えていたのだが、当のジュンが拒否した為の措置である。この宣言にデミウルゴスとアルベドは内心驚いていたのだが、ジュンは何でも無い様に、微笑んでいる。

そして、ナザリックの者は先程、あえてジュンは遅れて登場したのは意味のある行動なのだと判断した。アインズが咎めない事が、発言権こそアインズよりも低いが、アインズと同等の扱いをしなければならないのだと。その権利を勝ち取ったジュンに対し、彼らはジュンが並々ならぬ相手である事を理解した。

彼等の気持ち等知らないジュンは翼を広げ、己の姿を隠した。その上で該当する装備を己のアイテムボックスへ収納した上で、戦闘形態へ移行し、背中の翼を収めたのだ。

シモベ達は驚愕した上で認めざるを得なかった。守護者からの通知は正しく、今のジュンは、正に『力ある者』であると思い知らされたのだから。

 

「非常時且つアインズさんがいない場合は、私とアルベド、デミウルゴスの3人が指揮を執る事になります。理解しておいて下さいね」

 

悪魔であり、露出度が非常に高い姿に似合わず、ジュンの声音と表情は優しいモノであり、不満を言う者は居なかった。ジュンが1人で指揮を執らないと宣言したのだから、不満を出せないが正しい。

ニグンは唖然とジュンの姿を見る。己が学んだ悪魔という存在は、アレほど優し気に笑える存在なのかと。そして恐怖がオーバーフローを起こしたのか、ジュンの姿が美しいと思わざるをえなかった。

 

「そして、今後の方針だが・・・我々を知らぬ者が多すぎる。このアインズ・ウール・ゴウンをだ。皆が生み出した者達よ。我が愛しき子らよ。汝らはこの事態をどう思う」

 

そんな、ニグンの心境を感じ取ったのか、アインズは最後尾で怯え、竦み、縮こまる3人を見ながらも、大きく腕を横へ広げ、ナザリックの者へ問いかける。多くのシモベ達はアインズの意図が分からず困惑しつつも、唯々アインズの次の言葉を待ち、傾聴するしかできない。

 

「私は哀しい。我々は、忘れ去られたのだろうか・・・アルベドよ。どう思う?」

 

「はっ!我々は貴方様の目であり手であります。貴方様の寂しさも怒りも憎しみも、ソレ等を生み出すモノは、我々が全て排除致します!」

 

そんな中アインズは言葉を続ける。その寂しげな一言に、ナザリックの者は一様に怒りを抱いた。そして、彼等の気持ちをアルベドは代弁する。アルベドの言葉にシモベ達は一斉に頷く姿は勇ましく、ソレがまたアインズには誇らしい。満足気に一度大きくアインズは頷き、デミウルゴスを見た。

 

「防衛戦の責任者であるデミウルゴスに問う。私の哀しみを、何をもって癒す?」

 

「天地にいる全ての知性体に、アインズ・ウール・ゴウンの名を知らしめる事が最良の手かと存じます」

 

アインズの言葉に、デミウルゴスは歓喜を抱きながら答える。アインズの一挙一動が己の造物主。ウルベルトが監修したのでは無いかと思える程、洗練されている気がしたのだ。まるで姿は無くとも、傍におり、アインズを支えているのでは無いかと思いたくなる程である。

 

「ならば、このアインズ・ウール・ゴウンを不変の伝説とせよ!英雄譚も神話も、全てを塗り替え、我々こそが至高であると知らしめるがよい!」

 

シモベ達の熱気や高まっている。そんな雰囲気を感じ取ったアインズは大きく、スタッフ・オブ・アインズウールゴウンを持った左手を振り上げ、そして、振り下ろし、その先端をシモベ達へ向け宣言する。その声には先程迄の悲しげな雰囲気も、寂しげな含みも無い。正に支配者の威圧を伴った至言である。

アインズの言葉が、『命令』が下された。その威厳ある御姿を前に、直で命令された。シモベ達ならず、守護者の心を満たす『言葉』である。

 

「「「■■■■■■■!!!」」」

 

心に幸福が満ち、誰が発端かは不明だが、歓喜の咆哮で空気が炸裂した。多くのシモベが跪きながらも、右の握り拳を振り上げ、咆哮する姿は勇壮である。

喉よ枯れよと言わんばかりに、声の大きさこそが忠誠心のパラメータと言わんばかりに咆哮する者達。至高の41人の旗が、熱気と叫びにより揺らめく。

だが、この声にニグン達は唯々震える事しか出来なかった。彼等にとって神話級の魔物達の咆哮を直で聴いたのだから、仕方は無い。失禁しないように、スケジュール・時間調整したユリの手腕が素晴らしいのだ。

 

(・・・絶対にモモンガさんは凡人じゃない。確か、第二次大戦のドイツが好きだったっけ?でも、詳しくは知らない筈・・・?)

 

ジュンは今のアインズが恐ろしかった。異世界に転移して数日で、シモベ達の趣向を読み、その心を鷲掴みにする演説等、出来る筈も無いのに『して』見せたのだから。恐怖を微笑みで隠しながらも、背中を伝う冷や汗の存在を感じずにはいられなかった。

孤児で小学校卒業が意味するのはアインズが幼少期に、叡智の片鱗を見せ、企業のバックアップを受けた証拠である。そして、思うのだ。通常であれば、そのままバックアップを受け、高校か大学、上手くいけば大学院迄進学する筈である。己がそうであったからこそ、理解している。だが、アインズは、もしかしたら幼少期に『何か』を見せてしまったのではいかと。すべてを思い通りにしている上層部を破壊するナニかを見せたのでは無いかと思ってしまうのだ。パンドラズ・アクターの姿から、嘗て、世界征服を企んだと言われている、独裁者の姿が思い浮かぶが、ネット上には既に正しい情報は無く、アニメやパロディ等マヌケな男として描かれたモノしか残っておらず、史実とは程遠い姿しか知らない筈だと思いなおした。だが、思うのだ。恐ろしいナニかにアインズが変わったのでは?と疑ってしまう。

己の言葉を尊重し、頼ってくれる姿と、この支配者の姿がイコールで繋がら無い。カリスマ性・忠誠度維持の支配者ロール、魔王ロールだと思いたいのだが、少し違う。そんな違和感を覚えながらも、ジュンはアインズを信じたいと、心の片隅で思うのだ。

 

(素晴らしいですよ皆さん。コレが、我々が生み出したナザリックです)

 

ジュンの考え等知らず、アインズの心には満足感と自負が満ちていた。未だに応えるべく咆哮するシモベ達の姿を見ながら、仲間達と共に創り出したナザリック地下大墳墓が、己の言葉一つで此処まで反応を示すのが嬉しいのだ。そして、同時に思うのだ。彼等を護り、共に在るのが、支配者としてすべき事であると。ジュンを盗み見れば、優し気な微笑みを浮かべており、それが不思議と優越感と満足感に繋がる。

 

40人の幻影がアインズとジュンの後ろに勢ぞろいしており、笑い転げる堕天使以外、大半は落ち込んでいるウルベルトを慰めている事は知る由もない。たっち・みーの幻影も慰めている事から、『娘を嫁にやった気分』とやらを感じているのかもしれない。

 

「・・・さて、コレから地表部へ行くとしよう」

 

だが時間は有限である。

アインズは静かにすべく、杖を元の位置へ握り直し、一度地面を突いた。先の爆発の様な歓喜が止まり、王座の間に静寂が戻る。アインズはシモベ達の一指乱れぬ行動に一度大きく頷き、転移門(ゲート)をシモベ達の列の最後尾に開き、壇上から下り始めた。その姿を見た者達は一斉に、左右に分かれ、モーゼの十戒の如く『道』を作った。

 

「エンリ。プレアデスの後ろへ行け」

 

「はい。畏まりました」

 

黙々と進むアインズの3歩後ろに続くジュンとアルベド。そしてデミウルゴスを筆頭に守護者とシモベ達が続く。アインズは転移門(ゲート)の入り口の近くで一度立ち止まり、元の最後尾で震えながらも跪くニグン達を一瞥した。鬼火の様な眼窩の灯には何の感情も無いのだが、エンリが跪いているのに気づき、そう指示したのだ。

シモベ達は新参者であるエンリをプレアデス級にアインズが重用する。そう述べている様に感じ、嫉妬半分祝福半分にエンリを見ている。

転移門(ゲート)を抜ければ地表部であり、暖かな朝日がナザリックの白亜の霊廟を照らし、その壮大さと優美さを引き立てる。ナザリックの遺跡に似た雰囲気は、永久の時を思わせる端麗さが有るのだ。

故にニグン達、スレイン法国の3人は思う。先程の演説や、人智を越えた力と住居から『目覚められた』のだと。死の神スルシャーナの上位に坐す、『冥府の王』がアインズ・ウール・ゴウンであるのだと思った。

 

「では、皆さん。今から結界を張る為にも、スカイ・スカルをドッキングさせます。多少揺れますが、気にしないで下さいね」

 

幾分緊張と警戒を見せる守護者とシモベがいるのを感じながらも、ジュンはそう告げて、ライトに合図を送った。30メートルもある水晶ドクロが悠然と降りて来るのは、実に威圧感が有ると苦笑いを浮かべている。

中央霊廟の真上へ降りてきた瞬間、中央霊廟が地鳴りと共に左右に分かれ、高さ20メートル、直径10メートル程の水晶の柱がせり上がって来る様に、皆の視線が釘付けになってしまう。そして、水晶ドクロが柱と接続し、そのまま降下。接地した。

 

「これが、るし☆ふぁーさんやタブラさんを始めとした、アインズ・ウール・ゴウンの生産組が総力を挙げて創ったナザリックの守護神」

 

何が起こるのか分から無い皆を放置し、ジュンは言葉を続ける。

その言葉に合わせる様に、水晶ドクロは左右に分かれながら、元の霊廟部位へとスライドする事で、一体化していく。元々水晶柱が有った部位には、高圧の蒸気が吹き、ソレが煙となって隠しているのだ。

そしてソレは、一歩毎に地鳴りと地震を伴い、前へと進みだし、皆にその姿を見せた。

 

「モモンガーGODです」

 

ジュンの言葉に、皆言葉が無かった。ソレは、20メートル程有る、水晶製のアインズのゴーレムだった。

皆が唖然としている中、モモンガーGODは両肩の玉に内蔵されていたを棒を引き抜き、双方の柄を胸の前で接続、暴風を伴いながら回転させれば、棒はスタッフ・オブ・アインズウールゴウンの形となり、左手に握ったソレを大きく天へと掲げたのだ。

その姿は魔法詠唱者であり、支配者に相応しく、勇壮な御姿であった。故に、モモンガーGODはそこに立っているだけで皆に壮厳さを伝える。

 

「「「アインズ・ウール・ゴウン様万歳!アインズ・ウール・ゴウン万歳!」」」

 

誰が発端なのだろうか。歓声で空気が爆発した。聖歌の如く、ソレは祈りに似た歓喜を伝える讃美歌である。

だが、そんな賛美を受け取るアインズは動揺から、伝達魔法をジュンへと繋げた。

 

『ちょっ!聞いてませんよこんなの!例のレアメタルも大量に使っているんでしょう!?コレ!』

 

『使ってますけど材料は私持ちです。何か問題が?』

 

アインズの慌てた声音にジュンは遠くを見るような、生気に欠ける目をしながら、自暴自棄気味に語る。

モモンガーGODがシモベ達へ感じさせる壮大さは、内蔵された熱素石という、エネルギーを生み出すレアアイテムが原因である。

嘗て敵対ギルドの連合により、支配していた鉱山を奪われそうになったのだが、ジュンがその作戦を失敗させ、運営の介入によりアインズ・ウール・ゴウンが一定量以上を販売する経緯を作ったレアメタル。ソレを大量に消費して作られる熱素石は武器にしろ、ゴーレム等の動力源にしろ、実に良いエネルギー源になるのだ。

そんな貴重なアイテムをモモンガーGODは大量に使用している。アインズの腹部にあるワールドアイテムと、ローブの肩にある赤い玉。そして、スタッフ・オブ・アインズウールゴウンの、ヘビが咥えている7つの神器級アイテム。その全てに該当する部位は熱素石や貴重な鉱物を利用しており、水晶の体は高位物理無効と、自己再生するようになっている。よって、必要な物資は非常に頭がオカシイ額となるのだ。ジュンが遠い目をするのは仕方がない。

 

『いや、色々有りますよ!なんで私なんですか!』

 

『例の大侵攻。全員招集したのに、結局大半を一人で殲滅した事によるトロフィーみたいなものと考えてください』

 

アインズの抗議に対してもジュンは非常にテキトーに返す。完全に他人事扱いだ。悪乗りした生産職程手に負えない。馬車馬の如く材料集めにMOBを狩り、イベントをこなし、邪魔をするプレイヤーを蹴散らした日々は地味に思い出したくも無い。

 

『何を隠しているんですか?』

 

『・・・地味に魔法効果強化とか色々弄ってます。乗れますよ。しかもレアメタルで強化しまくっている上に、マスタースカルの内蔵先なので、ワールドアイテムの干渉も受けません』

 

だが、それも仕方が無いだろう。そんなジュンの心血と、生産職達の熱意を持って生まれたモモンガーGODは完全にチートだ。アインズが乗ればレベル100プレイヤーへの即死攻撃成功率が90%を越える為、例えプレイヤーが2000人いようが、ロンギヌスを使おうが、敗北しない。

正に、神か悪魔か・・・

ジュンは、自身の姿のモデルとなったデビルマンレディーの作者。その代表作の一つを電子書籍化し、ソレをるし☆ふぁーに見られた不運を嘆く。

まぁ、ペースを良く持っていくアインズの狼狽える姿に、仕返しが出来たと満足感を抱き、そして少々可愛いとも感じているのだが。

 

『・・・勝手に動き出しますか?』

 

『基本的には動きませんが、緊急時には・・・と、このギミック発見した時に見つけたメモには』

 

だが、アインズにはたまったモノでは無い。仮想敵が増えたに等しいのだから。モモンガーGODはレベル的には100だが、そのサイズが規格外なのだ。物理法則が成り立っているのなら、物理系の攻撃の威力は如何程になるのか想像したくも無い。

そして地味にるし☆ふぁーは同じ原作者の、魔神皇帝や超魔神。宇宙的な魔神も購読したのだろう。実はスカイ・スカルとナザリック中央霊廟のドッキングと言いながら、設定上では、スカイ・スカルで運んだりする事も出来るのだ。

因みに、現在の中央霊廟は既に左右の再接続が完了しており、水晶で覆われたような、まるで水晶で出来た霊廟に見える、非常に美しい外観なのだが・・・ジュンとモモンガーGODを操作しているライト以外は誰も気づいていない。

 

『なら良かった・・・と言う訳ないでしょうが!』

 

『ですよね。私も、スカイ・スカル作る際の材料が随分とかかるなーとは、思ってました』

 

タブラとるし☆ふぁー主催で、悪乗りした生産職のギルドメンバーの成果に、アインズは精神安定からか、何度か蛍火の光を明滅させる結果となり、ジュンは作成に使用した資材の数々を思い出し、そしてアインズの様子に色々な意味を含む、満面な笑みを浮かべた。

 

『ユグドラシル時代には専守で、ワールドエネミー等に侵攻された時限定で動かせたみたいですけど、結構自由に動かせるみたいですね~』

 

『確実にヤリ過ぎだ』

 

頭を抱えたくても、部下達の手前抱えられないアインズの姿を見れただけ良しとするジュン。終には呆れて言葉を失ったアインズ。そんな2人を余所に守護者達とシモベ達は熱狂していた。

 

「なんと素晴らしい!正に至高の傑作!」

 

「アインズ様の白き御骨を水晶に変えてはありんすが、その威厳を表すには正にコレしか無いという表現!美しいでありんす!」

 

その美しさと芸術性から讃えるアルベドとシャルティアは、アインズ関係で反目する事が多いとは見えない程、喜色満面である。

 

「正ニ勇壮ナ御姿!」

 

「何考えていたんだろうね・・・」

 

「でも凄いよね!カッコイイよね!」

 

その勇壮さを讃えるコキュートス。マーレは、某ヒーロータイムを楽しむ子供にしか見えない程目を輝かせている。アウラは、讃えたい半面、かかった資材と労力を思い浮かべ、何処か遠い目をしている。ジュンの要請でMOB狩りマラソンに参加した、ぶくぶく茶釜の思い出を引き継いでいるかの様子である。

 

「まさか杖が内蔵型とは・・・感服に値するね」

 

「これは、手入れに専用のチームが必要ですな」

 

ギミックに、非常に参考になると言わんばかりのデミウルゴス。セバスはそのサイズから、外装を磨くなど清掃のスケジュール調整を脳内で行う。

そんな、まるで祭りの様な様子に、ジュンは一度アインズを見た。アインズも少し持ち直した事もあり、一度大きく頷いた。

 

「・・・コレがこの地に在る限り、幻術どころか結界も展開します。守護神の名に恥じないとは思いませんか?」

 

「皆よ。暫くは自由にして良いが、己が役目を忘れるな」

 

ジュンは一度拍手した。まるで空気が破裂したかのような音に、騒しさは消え、ジュンの言葉が示す様に、皆はナザリックの地表部を薄っすらとした稲妻が、半球状の膜を作っている事に気づく。

そしてアインズの言葉から、ちょっとした自由時間が得られた事に気づき、一斉に返事した後でモモンガーGODの足元に駆け寄るシモベ達を尻目にアインズとジュン、エンリはカルネ村へと転移するのだった。

尚、ニグンを代表としたスレイン法国出身の3人は既に気絶しており、地味にユリが毛布を掛けているのだが、それに気づく者は非常に少なかった。

 

カルネ村にてガゼフと別れの挨拶と、ちょっとしたお願い事をした後に、村の再興や森に関する興味深い事を知ったりと、カルネ村関係の事が終われば、ナザリックの様々な調整、スレイン法国の捕虜の処遇等々、忙しく動き回る支配者2人。

結局ニグンはジュンが捏造した話。ナザリックが太古より存在し、つい先日目覚めたのだという話を信じ、ジュンに対して忠誠を誓い、生きている部下達の保護を懇願した。

最後に、守護者達との会議を終わらせれば、既に深夜の時間となっており、2人は水晶化した中央霊廟の屋根の上に座り、月見酒と洒落込んでいた。

尚モモンガーGODは現在ナザリック内部に収納されており、結界の稲妻のエフェクトは消えている。

 

「全てはこれからですね。さて、どうなるか・・・」

 

「何か手掛かりが有ると良いんだけど・・・あと、アルベド達への説得が妙に完璧すぎるんですが、何故ですか?」

 

星空の下力の涙の力で、肉体を得ているアインズは酒と夜空、そしてジュンとの時間を楽しみながら、今後について少々憂いを見せている。

ジュンは先の会議で、アルベドが見せた難色を論破するアインズと援護するデミウルゴスの姿に、少々アルベドが可哀そうに思えて仕方が無かった。

 

「どうという事はありませんよ。デミウルゴスと調整しただけです」

 

「同じ男同士って事もあるんでしょうけど・・・重宝しすぎると、アルベドが拗ねますよ」

 

微笑みの下では、泣きたいのを我慢しているのだろう。ジュンはアルベドが不憫でならなかった。

だが、アインズの言い分も分かる。アインズが先程提示した内容と、己が提示した内容。何方も今後必要なのだから。その結果姿を消しているが、近くにエイトエッジアサシンが2体。彼等が影ながら就いているのだ。

 

「中々積極的ですしね。難しいものですよ」

 

「今の私と同じ距離感で、ゆっくり弱さを見せたら良いと思いますよ。今のアインズさんが弱さを不意に見せたら胸キュンするかもですけど」

 

アインズは決してアルベドを蔑ろにしたい訳ではない。ただ、接し方をどうするか迷っていると、遠まわしな言い方をしており、ジュンは少し鈍化した思考の下、アインズの肩に頭を乗せながらそう言う。

アインズ的には、アルベドとこういう落ち着ける時間を堪能できるか、少々怪しく思う為、難しいと判断しているのだが。

 

「・・・もう精神は完全に女性ですか?」

 

「ですです。もう、なんだか・・・前世が男で、その記憶を持っている感じです」

 

余りにもごく自然に、しな垂れかかってきたジュンに、確認の意味を込めて問うアインズ。

ジュンは自身の行動や思考が、女らしいかもしれない行動を、ごく自然に行ってしまう事にそう判断した。男性の価値観や思考も、理解できる。だが、現在の己の思考は、既に女のモノだと思わざるをえないのだ。

アインズが狼狽える姿を、『可愛い』と判断する等・・・男であったら『ゲ〇』ではないか。そして、人間であった己は、同性愛者では無かった。嘗ての価値観は、『骸骨には萌えん。てか、兄さん並に信頼して、尊敬している人が可愛いとか・・・無いわー』と判断しているのだから。

 

「酔ってますね」

 

「少しだけね。けど、生理とか来たらどうしよう・・・」

 

アインズがさり気無くジュンの肩を抱き、己へ更に引き寄せる。ジュンは脈が無いが暖かいアインズの胸板に安心感を覚えながら、己の今後について不安になった。

『親になる事』に恐怖しか無く、彼女を作らなかった男性時代に反し、今は真逆の思考をしてしまう現在。その鍵を得たい半面、今感じている安心感を失う可能性を恐怖してしまう。

 

「私も子供を求められていますからね。困ったモノです」

 

「・・・さっさと、アルベドと結婚すれば万事解決なんじゃないですか?私もあんなに嫉妬されずに済みますし」

 

そんなジュンの思考を知らないアインズの言葉に、ジュンはアインズの膝を枕に横になる。アインズに今浮かべている表情を知られたく無かったのだ。

見当違いなのかはジュン自身、自覚は無いが、その表情は明らかに嫉妬している『女』の顔である。

アインズはジュンの表情が見えず、拗ねているような様子に、苦笑いを浮かべながらジュンの頭を優しく撫でる。

 

「それは、追々ですよ」

 

「それにしても、子供かぁ・・・」

 

ジュンは、アインズは己が甘えられる相手である。そう感じずにはいられない行為に、つい子供について考えてしまう。

 

「何か思い入れが?」

 

「・・・少し父を思い出しました。結局最期の死に顔しか知らない父を」

 

不安げなジュンの言葉に、アインズは問いかける。

ジュンにとって親は理解できない存在だ。結局、両親と話しをした記憶が無いのだ。そして、知る機会は幾らでも有ったのに、一度も電話すらしなかった父に不信感や憎悪を抱いていたのだ。結局、アースコロジーで何らかの研究をしていたらしく、機密保護の為、幼かった己と接触する事が出来なかったと、ユグドラシルを引退した兄に聞き、非常にやるせない気持ちを抱いていたのだ。ウルベルトが引退した理由も、アースコロジー関連であり、就労規約に12歳未満との接触が禁止されていたと聞いた時は、思わずその研究機関の運営者に憎悪を向ける程である。

下手に漏えいすれば、その時点で兄と己は殺されていた内容なのだろうと、理解したのだ。アースコロジーの支配者は、虫を殺すかの如く、利用価値も考えずに、『思い通りにならない』というだけで、無意味に『人』を殺すのだから。

 

「捨てられたって思っていたんです。アルベドは母になりたいのかなぁーって、それも納得できるなーってぇ・・・」

 

憎んでいた父の真実を知り、数年悩んでいた。数年も苦しんでいた。

『女』になったが故に、何も言わずに引退したタブラが、アルベドにとっては、己と同じく『父』であるならば、憎悪を抱くのはごく自然である。そう思えて仕方が無いのだ。

ジュンはアインズから感じる暖かさに、安心感からか、少々支離滅裂気味にそう言葉を紡ぐ。

アインズはジュンの事情を良く知らない。だが、女にとって『母』になる。この意味が『男』である己には計り知れぬ程、重要である事は理解した。

 

「私も親に・・・」

 

「なれる。だがその前にゆっくりと休むと良いさ」

 

不安気な言葉を漏らすジュンに、アインズは優しく頭を撫で、優し気な言葉を贈る。

アインズの暖かさが、優しさ非常に心地良いのか、不安よりも安心が勝ったジュンの瞼は自然と下りていき、終には寝息を立て始めた。

 

「モモンガしゃん・・・」

 

「あぁ。なれるとも・・・今はその時では無いだけだ」

 

幸せそうな微笑みを浮かべながら、嘗てのアインズの名前を漏らすジュンに、アインズは空を見上げながらそう呟く。

そしてアインズは、ふと既視感を覚えた。何処で、何に対しての既視感であるのか気づいたアインズは少々悩んだ。

 

「・・・やれやれ。そろそろアレにも仕事を与えるか」

 

悩んだ結果そう呟き、伝達魔法を飛ばすのだった。少し気が進まないのは、伝達魔法を飛ばした相手がハイテンションだからである。

そんなアインズを他所に、2体のエイトエッジアサシンは困り果てていた。

 

「・・・現状をアルベド様に報するのを良しとするか?」

 

「否だ。一度デミウルゴス様にお伺いし、適切な判断基準をご指導賜ろう」

 

「そうだな」

 

エイトエッジアサシンの職務は、外へ出ている守護者や支配者の行動を、定時にアルベドへ報告する事である。

情報の収集を命じられれば収集し、非常時には『何が有っても情報を持ち帰る』ように厳命されているのだ。また、一定の『判断権』を有している。

だが、今彼等が見た内容を正直に伝えれば面倒事になると判断しており、多少曲解又は、改竄した方が今後のナザリックにとって有用と考え、その答えを導きだしたのだ。

情報の改竄や故意に報告しない行為は、アインズを激怒させる内容なのだが、『ジュンとアインズの逢引』は、アルベドに知れられて良いのか、という観点から言えば、最良の判断である。

この日。ある意味世界の時間が刻を『再び』刻み始めた事を知る者は、暖かくを冷淡に夜を照らす月だけだろう。

 

尚、アインズとジュンを肴に自棄酒をする蛸と山羊がいるのだが、ソレを知るのは巻き込まれた鳥と聖騎士だけである。




色々と書きたい事はありますが、先ずは謝罪を。
予定が狂いに狂い、お待ちしていた方々に大変申し訳無く思います。また、私の体を労り、暖かい言葉をかけて下さった方々に、此処で感謝の意を申し上げる所存で御座います。

今後は、先ずは改訂作業を軽く行い、その後閑話を、予定では3話~5話程上げてから、二巻分に入ります。
まぁ、肩の不調のせいで、かなり遅れると思います。閑話が出来上がったら上げたりしますが・・・まぁ、今の状態が続くなら、2~3週間に1話でしょう(’・ω・‘)

えー。改名の際、シモベ達が大喜びしたのは・・・
「お前たちは俺のモノだ。お前たちの悲しみも、孤独感も俺のモノだ。だから、お前たちがそんな感情を抱かなくても良い」って言われた感じ。暗に「他の皆のように隠れない」って意味合いも含まれてます。
あと、パンドラの製作者ですからねー。少し大袈裟にしてみましたw

実は、私のアインズ様。ギルメンを探す気は有ります。有りますが、自分に色々言い訳して結構遠まわしにしてます。
まぁ、幻影が見えている上に、ジュンもいるので急がなくて良いや。って考えてます。

尚。モモンガーGOD簡単に言えば・・・
マジンガー(グレート・カイザー含む)+グレンタイザーです。完全にド・チートですが、実は使い道があんまりないという、ある意味笑える結果w
アインズ様専用チューンをしていますが、基本的には魔法効果・威力・範囲増強。そして一定のスペックを持ってます。また、自動HP回復持ちな上、熱素石が大量に使われているので、MPも回復します。搭乗中は、モモンガーGODのMPを消費します。
口からルス〇ハリケーン、目からビーム。そしてモモンガ玉(仮称)からファイヤーもします。
SRW風に言うならフル改造で・・・
HP8000
EN400
運動性80
装甲1850
「HP/EN回復中・バリア(1000以下無効)」
いや、コレだけで十分だろ。と言いたくなるスペックです。

あー・・・肩痛い。


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閑話2 ウルベルトの独白

キャラ崩壊・捏造万歳


この世の中は腐っている。そんな漠然とした思想を抱いたのは何時だっただろうか。

政治は企業共の言いなり。貧富の差は、変な差別意識を含めて、気が付けば偽善すら吐く者はいない。富は一部の上層部に集まり、アースコロジー内のみにしか、自然というモノは存在せず、一歩出れば毒しかない大地。外では、まだ一桁の年齢しか無い子供ですら春を売る始末。何処に人間の尊厳等有るのだろう。だが、『子供』でしかない私には『知識』も『力』も無い。故に、蓄えねば。そう思い、気づいたら12歳を迎えたのだ。

母は知識人だった。己の思想は母の影響を多大に受け、その結果だと理解している。父は科学者だった。規約等に縛られ、家で『何の研究』をしているのか話す事が出来ない。正にアースコロジーの働き蟻だ。私はそんな父が情けなく思い、それでも、我慢する日々を過ごしていた。

そんな日常が変わる事が有った。

母が命と引き換えに、弟を産んだのだ。

始めは、大好きだった母を奪った存在だと思ったが、医師の対応から『母』を救う気が無いと感じており、その思いを飲み込んだ。

そして、その懸念は正しかった。父が連絡すらしなくなり、毎月の通帳への振り込みしかしなくなったのだ。

私は思った。父の研究が佳境を迎え、父を逃さない様にする策略ではないかと。だが、立証もできなければ、確信が得られる訳でもない。唯の被害妄想だろう。だが、この考えは、何故か『間違っている』という思いは無かった。

『力』の無い私には、弟を育てる事しか出来なかったのだ。

 

弟は夜泣きを殆どせず、一緒に寝てやれば『天使』に等しい寝顔を見せ、初めに喋った言葉は『にー』。まるで猫の鳴き声みたいな声だった。少し大きくなり、食事を用意しようとすれば、えっちらおっちらと食材を運び、つい、コテンとコケて泣く姿は愛おしさしかない。だが気になる事が有る。『父』という存在を理解していない様子だった。故に隠した。私は隠す意味も分からず、父と母の写る写真データを記録媒体に落とし、鍵付きの引き出しの中へ隠したのだ。

己が18才。弟が6才の時。我が家は裕福である為、己は大学へ。弟は小学校へ進学した。そこで弟は気づいてしまった様だ。両親という存在は、この裕福な者達にとって一般的なのだと。そして私に聞いてきた『お父さんって何?お母さんって何?』好奇心なのだろう。だが、その無垢な瞳は、私を断罪している様に思えた。

故に、母は死に、父はそれ以降帰って来ない。そう幼い弟に伝えるしか出来なかったのだ。

 

この頃だろうか。弟が笑顔の下に感情を隠す様になったのは。弟が、幼い子供が感情を制御する等、私には到底受け入れる事が出来ず、ソレを何とか崩そうと、今は亡き母と同じく、古いアニメを一緒に見、価値観の共有をしようとした。だが、ある意味失敗だった。親子とは何かを知りたがる様になり、アニメを一人でも見続ける様になったのだ。隠していたグロ系や微エロ系迄、フォルダの暗証番号を私の持つ本の傾向からか『1799』を探り当て、私に悟られずに見終わる等、予想できもしなかった。

それ以外では良く出来た子だった。家事を手伝い、よく甘える様になった。私に『親』を求める様になったのだ。

私は可能な限り一緒にいる事にした。

私が本を読んでいれば、さり気なく私の膝に乗り、意味が分からない内容であろうとも読もうとする弟に、丁寧に説明した。

私が風呂へ入れば、何時の間にか背後に立ち、背中を流そうとするのでされるがままにし、上手にできたと頭を撫で、褒める。

私が家事と学業で疲れ、ソファーで寝てしまえば、一人で毛布を出したのだろう。私に掛け、自分は私に抱きついて眠る弟。

共にアニメを見、共に食事をし、共に眠る。私の前では感情を制御等せず、屈託無く笑う様になったのは何よりも嬉しい事だ。

・・・今思えば、弟が何を求めていたのか分からない。だが、私は弟にとって『父』であり『母』であらねばならなかった。故にコレが私たち兄弟にとっての普通なのだ。そして弟を歪める、最大の原因となったのだ。

 

私は警察へ就職した。父に万が一有り、仕送りが無くなった際、高給の職業且つ、富裕層への覚えが良い為だ。私の行いは『悪』なのだろうかと、真剣に悩む職種だと理解し、覚悟して就職したのだ。

この時代。モラルは既に崩壊し、政府は企業の傀儡である。故に、富裕層がでっち上げた犯罪者を始末するのが、ある意味警察の仕事なのだ。

治安維持の名目の下、外にいる民を銃で一掃し、その屍を放置するなど人の行いでは無い。中には正義感有る者もいるのだが、ソレを表に出せば始末される。何とも生きにくい事だ。母が良く言っていた。この時代の警察は既に絶滅した『ヤクザ』以上に酷い、企業の猟犬だと。義理も人情もない等・・・昭和と呼ばれた時代の映画の見すぎだと、私は思う。

ともかく、今の生き残る術は、長いモノに巻かれる事である。反骨精神からは反逆すれば、害は私だけで無く弟も苦しめるだろう。故に、私は己の『意志』を捻じ曲げ、弟の為を思い、生き方を変えたのだ。今思えば父もこの苦しみを味わったのだろう。母と私を護る為に。やはり、子供には理解できぬ苦しみだったのだ。だが、父は愛した女を奪われた。ソレでも尚、私と弟を護る為に傀儡となっているのだろうか。私であれば・・・いや、もしかしたらと、この頃から父の真意が知りたくなった。母が言っていた、私が産まれる前の父は、唯の理知的な男では無く、野望を抱いている野心家だったと聞いていた為だ。

こうして時間が流れ、心を擦り切る現実に、私を癒してくれたのは弟だ。弟の存在が、家に帰れば用意されている食事等が、私を『人』である事を思い出させてくれる。だが、弟との会話が最近少なくなってきた。少し早いが反抗期なのだろう。そして、私の仕事を知っているが故に、私を嫌悪しているのかもしれない。やれやれ。こんな所を似られる等予想外だった。父よ。すまない。私が幼いばかりにこの様な苦しみを味合わせていたのだな・・・

弟が11歳になる年。DMMORPGユグドラシルがサービスを開始する事なった。同僚がβ版をやっており、自然等も素晴らしく、少しでもこの仕事で得たストレスを発散するのは良いだろう。との事だった。

私は不特定多数の様々な人間との接触や、疑似的地とは言え、自然が豊富である事から弟の教育にも良いのではと考えた。

弟の意見は尊重せず、思わず弟の分のアカウントも取得した。弟も自然というモノに興味が有ったのか、一緒にする事になった。『ジュン』という在り来たりのHNを利用させる為、有給休暇を取った事には呆れ半分に喜ばれたのだが、今思えば良い思い出だろう。だが予想外だったのは、まさか弟が『女』のアバターを利用し、人族でソロプレイを始めた事だ。現実の顔をより女に近づけた顔つきは、以前見た昔のアニメのキャラクターにソックリであり、つい笑えば不思議そうに私を見た。この時、悪ふざけで髪を伸ばしたらどうだと言わなければ良かったと、暫くして後悔した。

・・・弟の容姿は非常に華奢なのだが、髪を伸ばせば『女』にしか見えない。コレが滅んだ筈の『男の娘』か。等と現実逃避するしか無かった。そして母に良く似ていた。深読みかもしれないが、弟がアバターを女にしたのは『母』を求めての事だったのかと思わなくもない。・・・どうか、主義趣向は正常であってくれ。

ともかく、私はユグドラシルでは、『悪』を極めるロールプレイをした。種族も異形種であり、『人』では無いのだから、いろいろと抑えている感情を表に出し、『悪』で在っても良いと考えたのだ。もっとも、異形種を狩る人族を潰すのが楽しかった事も有る。正直、ただ弱者を虐める事しかできない輩を、更なる圧倒的な力で潰す行為は快感でしかない。こうして私のプレイスタイルは決まった。圧倒的火力で消し炭にするのだ。思わず高笑いをしてしまう程、ストレスが発散されて実に良い。弟には、もう少し自分を出したら、等と言われたが・・・残虐無比。冷酷無血なプレイをしている上で、更に自分を曝せとは・・・悩ましい限りだ。

同僚には感謝せねばならない。と思っていた矢先・・・凄まじい迄のヒロイックロールをするプレイヤーと、一人の骸骨のプレイヤーを弟から紹介された。何でも、PKに遭っていた骸骨のプレイヤー、モモンガさんを助けた際に知り合ったそうだ。

そして、異形種狩りをする者へのPKKギルドを作るのだと、ヒロイックロールのプレイヤー。たっち・みーが言い出したのだが、自身が人族でプレイしている為、参加できないと悲し気に私にお願いしてきたのだ。まぁ、最近は弟が頼み事をする等、珍しい事なので受け入れたのだが。妙にこの『たっち・みー』とは反りが合わん。まぁ、ロールプレイの問題なのだが、つい子供みたいに曝け出してしまう。まったく、20過ぎの男として情けなくもあるが、何処か心地よいのは何故だろうか。成程。コレが弟が言っていた事か。確かに、何の因果も無く、口喧嘩やPvPをするのは、楽しい事だ。

だが・・・コレは、私には友達と呼べる者が少ない為か?まぁ、富裕層の多くは、下種だ。気にしても無駄か。

 

一年後くらいだったか、同僚を家に招いた時の事だ。

弟がエプロンをしたまま玄関で出迎えた。この日は偶々タンクトップに短パン姿だったのだが・・・同僚の『裸エプロンで出迎える妹、だと・・・?犯罪だ』の呟きが嫌に鮮明すぎる。冷静に考えてみれば、確かに弟の姿は彼の言った通りだった。容姿も女にしか見えないし、声も声変わり前の為、女の声にしか聞こえない。同僚に『弟』だと訂正したのだが、なかなか信じない上に、弟は弟で私と同僚の、スーツの上着を受け取るとハンガーにかけ、我関せずと食事の準備を続行した。

弟よ。少しは兄の世間体を考えてほしい。酒の酌、配膳までこなした後で食事を開始する等、同僚の私を見る目が、完全に職場にいる時の目なのだが・・・勘弁して欲しい。

何はともあれ、弟に彼がユグドラシルを紹介した人物だと伝えれば、感謝の意だと理解しているのだが、真横で酌をしたり、食事の世話をするな。地味に隠し味は何だと耳元で囁いたり、少し屈んだりして彼の顔を覗き込んだり等々、本当にやめてくれ。

鋼の精神力を持つ彼が、そんな彼の目がだんだんと遠くを見る目になっている。小さく、「彼は男。彼は男。彼は男」だと呟いている等、信じられない。

弟よ。ソレを楽しむかのように小さく笑うな。何時からそんなに小悪魔チックになった。茶釜さんか、ペロロンの影響か?やはりあの姉弟は教育に悪い。流石に、この件については抗議・・・いや、まだ歳は近い方か。現実では本当の意味での友人が少ない様子の弟。ここは少し控える様に求めるか。

そんなこんなで、彼が平静を取り戻せば、話は自然とユグドラシルの事となる。

ソコで私と弟は、彼が『たっち・みー』だと知る。弟は純粋に驚き、甘える様に抱き着いたりしているのだが、私は驚きを隠せなかった。何故なら彼は、正義感は強いが、仕事では一切私情を出さず、私と同様に、冷徹に仕事をこなすのだから。まぁ、それで彼が、ユグドラシルでは、やりたい事として過剰な迄のヒロイックロールをしているのだとすれば・・・納得できる。それ程、『優しく・正しく』生きる行為は、今の時代はできない事なのだ。

彼を駅迄送る際、双方のロールについて等を話合ったのだが、このままではギルドが二つに分かれる可能性が有る為、本拠地を手に入れ安定し、時期を見てギルマスの座をモモンガさんに譲る事を決定した。モモンガさんには人の意見を上手く纏める才能が有る上に、小さいことも見逃さない観察眼。更に、咄嗟の判断力と実行力については脱帽する程だ。正直、リアルの上司がモモンガさんならば、私と彼の心労は間違いなく減る。モモンガさんが小卒でなければ、スカウトしたい人材だと彼と駅で駄弁った。この時私と彼は公安・・・現在ではある意味、秘密警察兼対企業の特殊部隊への配属が決まっていたのだ。戦闘や潜入捜査も増えるが、生き残る為には是非モモンガさんみたいな人材は欲しい。まぁ、上司に却下されたがな。

まさか、相棒になるのが彼だとはな。ゲームでは相性最悪でPvPをよくする仲なのだが、現実世界では、これ以上無い相棒になるなど、この時は思うはずもなかった。

 

そして、弟が16になった頃、ギルド。アインズ・ウール・ゴウンは完成した。

正に冒険としか言いようがない日々は私達の好奇心を満たし、また、弟の存在がダンジョンであったナザリック攻略の鍵になる等、信じられん。容姿に反してウォーモンガー過ぎるぞ。モモンガさんのコンビでレベル100の6人パーティーをPKK出来たとか・・・兄さん寂しいよ。

そして、課金による拡張の結果、完成した大墳墓は、ある意味天上の空間。財を尽くした趣向は正に至高の出来だった。

そして、マーレ。お前に自意識が有ったら謝らせてくれ。例のたっちを自宅に招いた件を、ぶくぶく茶釜さんに根掘り葉掘り聞かれたせいで、お前は男の娘になってしまった。まぁ、ペロロンチーノへの当てつけも有るだろうがな。

色々有ったが一息ついた。そう思っていれば、一つ問題が発生し、予定より早いが、たっちがギルマスの座をモモンガさんに譲る事になった。

結婚したのだ。まぁ、結婚相手が某大型ギルドのギルマスであり、ある意味たっちの奴が誘拐して一つのギルドを崩壊・離散したのだから。たっちがユグドラシルを引退しなかっただけ良しとしよう。

そもそも、彼女を放さなかったのは、大半が寄生していたギルメンだったのが良くなかったな。

因みに、たっちが引退しなくて良かったのは、動画をるし☆ふぁーの奴が撮っており、ソレをネットに拡散し、大量の擁護者を得た為だ。当の結婚相手は羞恥のあまり引退したようだが、たっちのロールも相まって、騎士が洗脳されていた姫君を救出した様にしか見えない。前後の事情は良識有る元ギルメンが、掲示板に色々書き込んだのが、多くの支援者を得た切っ掛けだろう。

ついでだが、リアルでの彼女は、まさかの同僚だった。優秀な人材が退職か・・・まぁ良いがな。

 

これからだろうか。アインズ・ウール・ゴウンが悪のDQNギルドと呼ばれる様になったのは・・・まぁ、仕方がない。こうなれば、モモンガさんに、『魔王ロールとは、支配者ロールとは何か』を、シッカリと教えさせて貰おう。恥ずかしがるな。やはり貴方は最高だ。磨けば素晴らしい役になる。と、楽しんでいたいたのだが、弟が齎した情報がややこしかった。『悪のDQNギルド』という表の情報を鵜呑みした輩が、攻め入る事になったらしい。しかも、運営を巻き込んだ一大イベントにして。その根幹になったギルドを、策で割り、ついでに色々と放火した弟の成果で、烏合なんだがな。例の鉱山やPKで色々と恨み買っているからな。

あとな。兄さん。お前の将来が心配だ。ゲームでは、私も色々とハッちゃけているいるがな。お前は何をしたいんだ?まぁ、モモンガさんが面倒見が良いのは知っているが、下調べも無く種族変更アイテムを使うわ、加入したいギルドの加入条件を知らないとか、溜息モノだぞ。

そして、問題の大侵攻だが・・・おい。モモンガ。第八階層で、残りをお前一人で全滅できたとか。まぁ、るし☆ふぁーの奴が動画を撮っているし、ネタにしてやろう。あと魔王ロール最高だったぞ。

ナザリック地下大墳墓を見て、弟がギルドとギルドホームを、スカイ・スカルを作る事になった。アイツはギルメンにも好かれているし、モモンガさんも可愛がっているからな。ただ、何故私を頼らない。殆どの素材を一人で集め、偶にモモンガさんやぶくぶく茶釜さん。ペロロンチーノの姉弟の協力を得たようだがな。寂しいモノだ。小さい頃は何時も私にベッタリだったんだが。?ぶくぶく茶釜に、やまいこ?何?詳しくだと?っと、要らん事を思い出しそうになった。

 

暫く相棒と共に仕事で自宅にも帰れず、ログインもできなかったんだが・・・ジュン。そのアバターは、大丈夫だったのか。そうか。

・・・運営。元ネタ知ってやがったな?NPCについてはシッカリ監修兼規制するぞ。

気が付いたらギルメンが弟に色々と教えている様子なんだが・・・現実でも、ふとした仕草が女っぽいんだが、どう責任取ってくれる?久しぶりに兄弟家族討論会したが、性的趣向は正常だった。ただ、無意識にそういう仕草をしてしまうとか・・・頭が痛い。

 

まぁ、そんなこんなで楽しい日々を過ごしていたのだが、弟が17になった頃、ユグドラシルを引退する面々が出始めてきた。サービス開始から6年。たっち曰、遅いくらいらしい。たっちの奴も子供が産まれた為に、皆に惜しまれつつも引退したしな。

そして、私も引退する事になった。ある日。父の遺体と遺品が届けられたのだ。

私も非番だったのも有るが、久しぶりに顔を見た。最後に見て19年。年老い、総白髪であり、やせ細った姿は思い出と相違し、また死に顔は無念さが伝わって来る。父よ。結局、弟の声も姿を知らないまま逝くか。この時私も知ったのだが、どうやら弟は父を憎んでいた様子だ。職業柄か、弟の目が危険なモノだと判断できた。まぁ、被害者になりそうな相手は既に死んでいるのが、不幸中の幸いか。

父の遺品を整理していると、日記らしいデータを見つけた。そして、ソレは唯の日記ではない。

母が生前言っていたのだが、ある規則性をもって読み解けば・・・父の無念と怒りが伝わってきた。やはり母は殺されたのだ。そして父は怒りと憎しみをもって研究に当たり、そして不治の病にかかったのだと記してある。そして問題なのは・・・私と弟が人質となっていた様子だ。故に父はこの日記に全てを隠したのだと理解した。

父の研究は一言で言えば、量子力学による、物質転送らしい。一瞬なんのSFかと思ったが、論文に当たる部位を読み解けば、危険性が大きいものの、実行できる可能性は高いと判断した。そして、これが企業共のゴリ押しで進められている事も。また、証拠に成りそうな物が保管されている場所が幾つか記されており、コレはチャンスだと思ってしまった。コレで、アイツらの天下を崩せるのだと。

父のデータを元に相棒と調べれば調べる程、不思議な位に証拠は集まる。そして、私は決心した。全てを白日の下へと晒すと。

どす黒い欲望に支配された私は、ユグドラシルを引退する際、まだ残っているギルメンと、NPCであるデミウルゴスとアンジェの様子を見る事にした。

デミウルゴスは己の悪の美学を注ぎ込み、少々黒歴史感が有るものの・・・弟がいなければこうなっていたであろうと予測した『自分』がモデルだ。敵に熾烈に、味方には優しさを抱きたいと思った理想でもある。故に、思うのだ。『人』の心は此処に置いて行こうと。NPCに話しかけた自分の姿は変だっただろう。だが、コレは、私が歩む修羅道で、慈悲を見せない為の儀式なのだ。

故に、デミウルゴス。アンジェ。お前たちに意識が有るのならば・・・アイツを頼んだぞ。

モモンガさんには一身上の都合と言い、仕事の都合上弟と一緒に住めなくなる為、可能な限り弟の様子を気に掛けるようにお願いした。そして、モモンガさんの、私を、弟を気遣う言葉を述べ、その配慮に感謝する事しかできなかった。だが、コレで『心』は置いていけそうだ。ありがとう。モモンガさん。

 

弟には現実世界で、父が帰ってこなかったのは、連絡もしなかったのは守秘義務に関する事であり、ソコには父の意思は無かったと伝え、私も仕事の都合で家を出ると告げた。私の独りよがりなのだと分かっている。だが、弟には余計な荷物は背負わせたくなかったのだ。

そして、弟から連絡が来る事は、無くなった。心配しているが、父の意思を知った弟が、心を整理する時間も必要だろうと判断し、気に留める事も無かった。

時が過ぎるのは早かった。そして、相棒と暴き、証拠を集めれば集める程『人間』が嫌いになっていく。

相棒は困った人を助けたいと思う反面、自身が救える者たちが少ないと落胆もしていた。それほど、企業共の作った世界の闇は濃い。そして疑問を覚える者が少ないという歪さを、私は痛感していた。

私は相棒に告げた事がある。『世界の欺瞞が悪ならば、更なる悪、暴力によって滅ぼすしかない』

この一言に相棒が返したのが。『力は所詮は力でしかない。お前は、暴力は悪だと言うがな』

何て厨二具合だろうか。いい年したオッサン2人が面と向かって大笑いした。だが、私は思う。誰が何と言おうと、力でしか解決出来ないのならば、ソレは『悪』なんだろう。言葉による相互理解の可能性を考慮に入れていないのだから。だが、良かった。ユグドラシルの時みたいに、意見が割れずに済んで。

多分。相棒も理解しているのだろう。『夢や理想は美しいが、現実では達成できる可能性は低い。現在出来るBestを尽くすしかない』と。

あぁ・・・戻れるなら、昔に戻りたいモノだ。皆と笑いあい、相棒であるたっちと反目しながらも楽しかった日々に。弟の笑顔が見たいモノだ。だが、ソレは叶わないだろう。先日、ユグドラシルのサービス終了が迫っていると弟が告げた為だ。たっちも残念に思っているが、私達もココが正念場だったのだ。

何故か用意された地球脱出用兼居住性能の有るモノ。アースコロジーの宇宙用とも言いたくなるモノを建造した者共が何をしようとしているのか、予想もしたくはない。相棒曰、私達がやらねばならない仕事は、『次世代に希望を示す事』らしい。まぁ、私は『復讐』も兼ねているが・・・確かに、弟に未来の可能性を残したいと思う。

しかし、笑える話だ。私達2人の仕事だというのに、引退した、嘗てのギルメンの協力で、此処まで来れたのは正に行幸。まさか、死獣天朱雀が父の友人であり、父の研究も理解できたため、奴等の目的も直ぐに理解したのは本当に助かった。だが、連携には少し難が出た。やはりモモンガさん。貴方がいれば、もう少し迅速に動けたのだろうかと、残念にも思う。

 

記憶が所々曖昧だが、懐かしいナザリックで気が付き、幽霊みたいな現状は理解できる。そして、モモンガさんが体に引っ張られる形で心が変化し、狂ってしまっている事も理解できる。そして、責任を背負う覚悟からか、『アインズ・ウール・ゴウン』を名乗り、人心掌握に努めたのは感服する。

するが・・・

 

「何故だジュン。兄さんは、兄さんはそんなハシタナイ娘に育てた覚えはないぞ!」

 

「いや、もともとは男だっただろう。確かに女の子みたいな容姿をしていたが」

 

月下の下、アインズの膝枕で眠るジュンを見ながら、ウルベルトは嘆いており、たっちは、そんなウルベルトの肩を何度か叩きながら慰めている。ユグドラシルでは『遊び』として認識しており、双方共にロールしていた為に嫌悪しあっていたのだが、実際は唯一無二の相棒だった為だ。

先ほどから泥酔し、昔の思い出を壊れた機械の如く垂れ流していたウルベルト相手に、黙って愚痴を聞いていた、たっち達である。実際、たっちとしては子を持つ親として記憶が有るため、他人ごとではないと感じており、共感も覚えているのだ。

 

「すまないアルベド。すまない・・・だがモモンガーーーー!!!僕の娘をもっと可愛がってくれ!君もギャップ萌え派だろう!?」

 

「いや、タブラさん。その理屈はちょっと・・・」

 

黙って聞いていたタブラが突然の魂の叫び。流石のペロロンチーノも少々受け入れる事が出来なかった。

シャルティアは彼の理想を注ぎ込んだ、正に『嫁』だ。だが、タブラはアルベドを『娘』として作成した上での『ビッチ』設定である。拘りを持つ者のツボは、同じ拘りを持っていない者には理解されずらいモノだ。

 

「だいたい!ジュンちゃんもジュンちゃんだ!何だよアノビッチっぷり!」

 

「タブラ!ウチの妹がビッチだって!?君達!特にコイツと姉の茶釜のせいだろうが!」

 

「ちょ!?ウルベルトさん!?」

 

「いや、男だっただろう。君の中では妹でも良かったのか」

 

タブラの怒りの矛先はジュンへ向き、その言葉にウルベルトの怒りはペロロンチーノと姉のぶくぶく茶釜へ向く。ウルベルトのヘッドロックは綺麗に頸動脈を締めており、呼吸は多少問題有る程度だが、脳へ行く血流を制限している状態である。幻影に体調管理の概念が有るかは不明だが、ペロロンチーノは意識が飛びそうになる感覚を味わい、たっち・みーは明らかに呆れ顔を浮かべている。甲殻みたいな顔で、何となくそう思うという感じだが。

ジュンが甘え上手に育ったのは、ウルベルトが甘やかして育てた為であり、色々なテクは、主にぶくぶく茶釜とペロロンチーノ姉弟の英才教育(?)の結果である。

 

「たっち。アイツはな。マジで男の娘だったんだ」

 

「知ってる。妻に邪推されて、浮気を疑われた・・・」

 

実はジュンとたっちの妻は、警察官の家族という事で地味に交流が有った。

ジュンの服装は男性のモノだったのだが、ボーイッシュ系な女の子に良く間違われていた。また、炊事・洗濯・掃除等の家事が得意であり、地味に裁縫等もできる。兄と二人三脚で育った為、基本的には穏やかな性格をしていた事もあり、急な仕事でたっちが家に帰らなかった際には、高頻度で疑われたのだ。

なお、浮気を疑われた原因は、ウルベルトの家で良く呑んでいた事と、たっちの妻が、ジュンの性別を信じなかった事が原因である。流石に1淑女としてタッチやキャストオフを求める事は出来なかったのだ。尚、身分証明証の確認は、富裕層であれば偽造が容易の為、確認していない。

 

「オシメも私が換えたんだ。私が弁当を作ったんだ。私が育てんだ。ジュン・・・」

 

「君も多才だな。あと、ペロロンチーノの顔色が悪いから気をつけろ」

 

ブツブツと呟きながらペロロンチーノの首を締め続けるウルベルトに対し、たっちは何とも言えない気分になる。

職場では冷徹・冷血・冷酷の3R(?)を揃えた完璧超人は、気が緩んだ上で酒を飲むと、泣き上戸・怒り上戸・絡み上戸の、かなり面倒な酔っ払いになる。普段は甘えない男なのだが、ジュンがいた際には、泣きついて、膝枕されながら耳掃除を受け、そのまま就寝する迄がセットだった。

今迄泣きついていた相手に触れられない、存在すら気付いてもらえない上に、アインズの膝枕で寝ている為か、嫉妬からなのか、八つ当たりなのかは不明だが、ペロロンチーノの首を締める為に絡ませた腕に、加わる力が幾分か増していると、たっちには見えた。ペロロンチーノの顔色が更に白みを帯びた為である。

たっちは呆れ半分にペロロンチーノを、ウルベルトの魔の手から解放してやる。腕力では圧倒的にたっちが強い為、アッサリと開放できたが、ペロロンチーノは咽ながら喉を弄っている。

 

「モモンガさん。何故だ。あえて変更しやすい様に、自然にモモンガさんに惚れるように『ビッチ』にしたのに、ワールドアイテム迄持たせたのに、妻に、母に相応しく家事がパーフェクトに出来る設定なのに!何故なんだ!?」

 

タブラの独白は非常に不可解である。NTR属性が有るのか、それとも心血を注いだ娘が、モモンガに蹂躙される事を望んでいたのか、それとも、モモンガの嫁にすべくアルベドを創ったのか・・・実に意味不明である。

タブラ自身も酒に酔い、支離滅裂な事を述べている自覚は無いのだろう。だが、タブラの言っている事が本心からならば、サービス終了の間際にその本懐を遂げたのは間違いない。ビッチ設定を好奇心や悪戯心で弄ったのだから。

 

「今気づいたけどさ。アルベドとジュンちゃん。似てない?」

 

ペロロンチーノは地味にジュンが家事が得意なのを知っている。ユグドラシル時代、オフ会にて女性陣の『女子の矜持』を真正面から叩き潰す程の女子力を持っていたからだ。化合性合成食材で、自然モノに近い触感や味を引き出した技術は称賛に値する。尚、アルベドとジュンの、現時点の相似点としては、種族が悪魔であり、家事が得意。出来る女タイプの美女であり、処女である点である。

 

「・・・あれ?ど、どったの?」

 

ペロロンチーノは怯えながらも困惑してしまう。自身のさり気無い一言でタブラとウルベルトが目を充血させ、深紅の双眸を向けているためだ。尚、たっちは一人我関せずと酒を飲み始めた。

 

「モモンガさんの嫁に相応しいのは、アルベドだ!僕が心血を注いで創ったアルベドが相応しい!」

 

「少なくとも!モモンガさんは、ジュンの面倒を出来るだけ見ると私に約束してくれた!嫁以前の問題だ!」

 

「「いや、そうじゃないだろ」」

 

4人の男達の馬鹿話は、アインズが眠ったジュンをお姫様抱っこをし、自室へ転移しても続いたそうだ。




ウル「兄ちゃん寂しい・・・」
たっち「彼は男らしくない男だったが、今は女・・・?いや、考えるな。嫁に〇される・・・」
タブラ「モモンガさんっ!アルベドをお願いします!」
ペロロン「・・・男の娘というジャンルか」


すいません。まだ暫くお休みです。手術終わってリハビリ中なのです。


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閑話3 ○○ブッコロスマン

彼です。ドイツ語はGOO先生頼りですまそ・・・


情報の錯綜とは実に面倒な事態であり、その改善・把握を怠れば面白くない結果に遭う。社会の基本である。だが、情報を受け取る側が配慮し、上手く改竄できるのならば事の次第は変わるモノだ。

 

ジュンとアインズが夜空の下談笑した日。基本的に睡眠が不要の者達だけが動く深夜と早朝の狭間。紫紺の境界に、アインズは独りでソコに訪れていた。誰の目にも留まりたくない。知られたくないと言わんばかりに人目を忍んだ結果だ。

ナザリック地下大墳墓の至宝の数々が眠る宝物殿の、最重要の霊廟へと続く応接室に見える高級な一室。ソコには、一見蛸の魔人に見える、ブレインイーターであるタブラの姿をした者がソファーに腰掛けていた。

ソレは、パンドラズ・アクターは入ってきたアインズが気付けば即座に立ち上がり、元の姿に戻り敬礼した。その挙動の全てが機敏であり、空気を切る音が聴こえる程動作にブレは無い。

 

「ようこそモモンガ様っ!」

 

(・・・顔を如何にかすべきだったか)

 

パンドラズ・アクターはナチスに似た軍服を着こなし姿勢正しく敬礼しているが、ツルツルとした卵頭に、目と口の3つ穴の埴輪顔が全て台無しにしている。

その姿にアインズは内心、ダサいと思いながらも、顔をイケメンにしておけば良かったと考えた。自身のクリエイト能力の欠如の皺寄せの結果に情けなく思う。

だが、埴輪顔であるからこそ侮られ、道化足りえるのではとも考え直す。黒歴史であるがその有用性は彼自身が一番理解しているのだから。

 

「先のメッセージで伝えた事からして、何か確認出来るモノは有ったか」

 

Von euch Dinge wollen hier (お望みの物は此処に) 」

 

アインズの言葉に対しパンドラは懐より一冊の、牛革で装飾された本を取り出し、アインズの傍で跪いて差し出してきた。彼としては自身の造物主が満足出来る様にと即座に行動した結果なのだが、アインズは受け取らずパンドラを見ていた。

 

(駄目だ。うん。アカン・・・あれ?)

 

アインズはいくら装飾しようとも、目の前の者は完全に、己の黒歴史の集大成である事を自覚した。衝撃的過ぎたからか、精神安定が発動した為、一瞬思考が停止してしまう程だ。

パンドラズ・アクター。宝物殿の俳優。誰の目にも当たらない悲劇の俳優。誰も見ずとも演技し続ける道化。嘗ての、人間であった頃の己を思わせる者に、アインズの思考はジュン相手以外で、人間であった頃のソレを思い出させる。だが、ソレに気付いたアインズはパンドラをつい観察し続けてしまう。

 

「パンドラズ・アクターよ。私の前で演技は不要だ」

 

「演技、でしょうか?」

 

本を奉げる姿勢のまま、パンドラズ・アクターは聞き返す。本来であれば不敬ともとられる行為であるが、アインズはそもそも気にしていない。だが、アインズには埴輪顔のパンドラズ・アクターが焦っているのか、驚愕しているのか分からないが、感情が揺れているとでも表現すべき状態であると感じた。

パンドラズ・アクター。その名前が示す通り、彼は生まれながらの演者、俳優なのだ。演技を止めた俳優は俳優であるのか。聊か疑問ではある。

 

「そうだ。感情が見えんのが気になる」

 

アインズは、パンドラズ・アクターの大袈裟な動作がどうも気にかかる。俳優であるのならば、これ程大きな動作が必要なのか分からないのだ。そして、妙に動きに目が行くだろうと計算した動きな気がしてならない。

己が商談の際、敢えて本質を悟らせないように曖昧な笑みを浮かべ続けたのと、本質的には同じような気がして。

 

「・・・貴方様は私を不要と仰るのか?」

 

だが、アインズの一言は、何故本を受け取ってくれないのかと、何故己を見続けるのか、何故存在意義を否定する言葉を言うのかと、不安を抱いていたパンドラズ・アクターに絶望を抱かせるに足りた。

彼の智謀はデミウルゴスやアルベドクラス。己の役割である演じる事を不要だと言う御方の言葉は、自身が不要であると思わせるに足りてしまったのだ。コレは、彼がアインズの創造された事もあり、一定の甘えのようなモノが有る為であり、アインズの性格の一部を受け継いでいる事も関係する。

 

造物主が不要と言えば即座に自害するつもりで、極めて平静を演じ、そう述べるしか、彼にはできなかった。

だが、彼の心中には黒々としたモノが産声を上げている。モモンガへの向ける感情はアルベドよりも複雑であり、他のNPCを凌ぐ忠誠心を持つがゆえに、己が造物主に存在を否定されたと考え、忠誠心が反逆心へ反転しようとしている。思わず作ってしまった握り拳を更に強く握り、人のモノではない血を流しながらも、己を律するしか無い。

 

「そうではない。お前に嘗ての私を見たのだ。窮屈に思っていた私をな」

 

アインズは何かに耐えている様子のパンドラに、自身の思い違いではないと分かり、諭すように言葉を紡ぐ。

NPCは造物主である者達の影響を受ける。そして、ソレは子供の様な似方をするのが多いのでは?と。不意に皆を思い出させる仕草は、ここ数日でアインズにその可能性を思い至らせていた。

そして、この不文律がパンドラに与えている影響は大きい。

パンドラズ・アクターはアインズが作ったNPCであり、能力だけで無く、設定文までアインズは覚えている。そして、つい付け足してしまった最後の一文。『世界が彼の舞台であり、演じる事で全てを覆す。道化を演じる者』という一文を。今思えば何とも厨二臭い事かと思いながら。

そして、この一文ゆえに、彼が己の心態を曝け出せないようにしている可能性に思い至ったのだ。

 

「しかしっ!」

 

「良いのだ。お前に己の心を、気持ちを上手く出せなくしてしまったのは私のミスだ」

 

パンドラズ・アクターの心で産声を上げたソレがアインズの言葉を受け付け辛くさせている。曲解するフィルターのような役割をしようとしたのだが、アインズの続けた一言は曲解しようがない程ストレートであり、すんなりと浸透した。

 

アインズは、己の気持ちを伝えよと。余計な装飾を除き、伝えろと仰っている。

偽者として、慰めの部品として生み出され、終には己を見る度に哀愁や内に秘めた怒りや苛立ちを思い浮かばせるモモンガの姿に、満足に慰める事すら出来なかった己の本当の気持ち。

ソレは彼の心の奥底に眠っていた感情の集大成。ソレを暴発させようとし、パンドラズ・アクターは己の体が震えるのを自覚し、律そうとも出来ない現実に遭った。

 

「良いのだパンドラズ・アクター」

 

アインズは、そっとしゃがみ、正面から抱き寄せた。

アインズはパンドラズアクターが己を曝け出す恐怖に震えてる。己を拒絶される事に、我儘に行動する事で嫌われる恐怖に怯えていると考えた。嘗てジュンに言われたように、現実世界で少し己を曝け出し、上司に嫌な顔をされつつも良い結果を出した事で、良い意味で驚愕させた経験が有る為だ。

 

「モモンガ様っ!私はっ!」

 

故に、怯えや恐怖と捉えたのだが実態は違う。パンドラズ・アクターは歓喜していた。

満足に結果を出せず、己が反逆の意思を抱いてしまった己を、必要だと。また、己の前では本当の自分を曝け出す事を許された。

パンドラズ・アクターの心には幸福の津波が押し寄せ、産声をあげたばかりの黒々とした感情を流し、乱し、自責の念を抱かせるに値する。

だが刹那の幸福感で、彼の掌にできた傷はキレイに治り、アインズはパンドラズ・アクターの、感情の変異度合は分かりづらい。

 

「貴方様にミス等御座いません!私は!貴方様の慈悲を勘違いし、貴方様は私の存在を許さない為に、この地より出さないようにしているのだとばかり思っておりました!そして、終に不要になったとっ!私は至高の御方々になれぬ偽者であり、お慰めすら出来ない愚物とばかり思っておりました!貴方様の悲しみを癒す事すら出来ぬモノである私はっ!貴方様を置いていった御方が憎かった!私は貴方様に怒りを向けて頂きたかった!ソレすらもしない貴方様が、その御心を傷ついていく様を見ることしか出来ぬ己が、憎く思っておりましたっ!!!」

 

(・・・え?)

 

パンドラズ・アクターの魂の絶叫はアインズの思考を一時停止させた。

パンドラズ・アクターは己がドッペルゲンガーとして生み出された真意に、アインズの寂しさや、憎悪、憤怒が有ると考えていた。ソレは、アインズがモモンガでもなく、嘗て鈴木悟であった頃に確かに心の底に有った感情である。皆の都合も考え、心の底で少しだけ蠢いた感情であり、不快感と誤認する程度のモノだ。

鈴木悟という人間は、皆が引退していった経緯千差万別だが理解していた。だが、生活面で己の生活もあり、自由とは程遠い社会に対して、行き場のない憎悪と怒りは自覚しており、ソレがパンドラズ・アクターへ曲解して伝わっているとは、アインズには思い至らないのだ。

 

パンドラズ・アクターは泣けぬ己を更に責めた。情けなくとも、嬉しくとも泣けぬ己は、アインズの代わりに泣く事すら出来ぬのだと分かっているのだ。

嘗て、一人、また一人とアインズ・ウール・ゴウンから御隠れになった方々は、揃いも揃ってモモンガへ装備やアイテムを渡し、奥の間へと、独り寂しげに歩むモモンガの背中を見届け続けたのだから。ただ見る事しか、命令が無ければ、中途半端な慰めすら出来なかったのは、パンドラズ・アクターなのだから。

 

(本当に・・・俺の影だったのか)

 

アインズは何気なく言った言葉がこれ程意味の有る事だとは思わなかったのだ。故に、言葉が出ず、パンドラズ・アクターの埴輪顔を見る事しかできない。

パンドラズ・アクターには、本当の性格の記載は少ない。故に、アインズの性格の影響が大きく、先の激情の発露は正に己のモノだと。そして、感情を溜め込む性質も己のモノだと悟った。

故に涙もなく、哭くパンドラの背を、今は無き心臓のテンポで軽く叩き続けた。落ち着くように、安らげるように。

嘗て人間であった頃の感情を、それも、封じてきたソレをパンドラズ・アクターが持っていた。知っていた。この事実により、アインズは己の心の底に、同じものが有ったのだと思ってしまう。

嘗ての仲間たちへ黒い感情を抱いていた事を、一瞬嘘だと思いたかった。だが、己は聖人君子でもなんでも無いと考えれば、と自己完結してしまうものだ。

 

「お前の全てを許そう。そして、その感情を抱かせてしまった私を許してほしい」

 

「モモンガ様っ!!!」

 

アインズはパンドラズ・アクターに許しを与え、己も求めた。

彼は今、正に、己の存在が認められた気がした。そして、慈悲深い造物主に、気持ちを伝えられるようになったこの世界に感謝したのだ。

アインズがパンドラズ・アクターを作った際に、皆がいた事を忘れないために、自身の薄れるかもしれない記憶を鮮明なモノにする為に作ったのも事実である。

ゲームであった時は、エクスチェンジ・ボックスを使う為や、少しでも高い価値で金貨に換える為と、様々な意味でパンドラズ・アクターを活用してきた。だが、ゲームである。パンドラズ・アクターはゴーレムではなく、NPCだ。嘗て自分を置いていった彼等の、物言わぬ動く姿を見ることに、反意が無かったと言えば嘘になる。ゆえに、パンドラズアクターを追い詰めていたのは己だと理解したのだ。

だが、それ故にパンドラズ・アクターの勘違いは方向修正しなければならない事である。任そうとしている事が、自身の予想が真実であるのならば、パンドラズ・アクターが皆を『殺す』可能性が有るのは、都合が悪いのだから。

把握した情報が誤ったモノであり、受け取る側も曲解している可能性に気づかないで、アインズは行動する。

 

「パンドラズ・アクター。嘗ての私を、弱い私を思い出させる者よ。お前がいるからこそ、私は慈悲を忘れる事が無いのだ。故に、私の前では過剰な仕草や言い回しは必要無い。ドイツ語も・・・な」

 

アインズは慰めるように言葉を紡ぐ。己の創造の不備を認めるように。

かつての己の性格の影響が大きいのであれば、一番有効なのは『存在』を認めて貰う事だと熟知している。そして、存在意義を簡潔に伝え、さり気無く自身に精神的ダメージを与える内容を、パンドラズ・アクターに余計な誤解を生まぬように述べた。

 

「私は彼等に怒りを抱いている。だが、許しもしているのだ。私はギルドマスターなのだから」

 

(モモンガ様!貴方はどれ程御優しいのですかっ!)

 

そして己が気づかなかった事を認めた上で、己の寛大さを、傲慢さを演じる。小声で伝えるのは気恥ずかしい為だが、内容は絶対的支配者であるのだと言わんばかりだ。

抱きしめられている上に小声で伝えられる。己だけに伝えられていると思わせえる行為はパンドラズ・アクターに、この地を、ナザリック地下大墳墓を去った彼等へ更なる怒りを抱かせる。だが、ソレを表には出せない。アインズが直接、許していると仰られているのだから。

 

「故に勝手は許さん。彼等が苦しんでいるのならば、私は行動せねばならぬ。死んでいるならば、その死すら覆せねばならん。直接言わねばならん事が山ほど有るからな」

 

(おぉ・・・偉大なる御方)

 

抱きしめるのを止め、立ち上がり厳命するアインズ。此れだけはハッキリと伝えなければならない。故に、絶望のオーラⅤを発動させた。

凶悪な威圧感がパンドラの心を縛る。アインズの眼窩に宿る深紅の鬼火が、己の心中すら見透かしているとパンドラズ・アクターに思わせる。

漆黒の気炎を纏い、王である姿を見せてまでの命令は魂すら縛るモノだと思わせる程だ。

だからこそ、パンドラズ・アクターは狂喜する。己が他の御方を殺害する可能性を見ても、見つけても殺さない。己の前へ確実に連れてくると信頼していると、言外に仰っている。ナザリック地下大墳墓の者で、造物主に、直に命令を受け、信頼されていると言われる。何たる甘美なる事だろうか。

 

「・・・他の御方々がこの地に?」

 

「可能性だ。そして、お前は彼等の姿を取れる。お前一人で、どれ程多くの事が出来ると思う」

 

だが、いつまでも絶頂すら覚える狂喜に身を任せられない。

跪いた姿勢を正し、パンドラズ・アクターは己への使命が何であるのか。その命令を受けるべく、確認するために問う。

己の希望であるその可能性。それを熱弁するのは今ではないとアインズは考えている。故に、パンドラの有用性を説く事にした。

 

「・・・最低でも41の役割が出来る。どんな状況であろうともお前は対処できる。違うか?」

 

パンドラズ・アクターの清聴する姿にアインズは、己がどんな認識を持っているのか伝える。確認するかのような口調であるのは、自尊心を刺激する為だ。

 

「お前は、確かに影だったのかもしれぬ。だが、お前は我等の集大成でもあり、私の最高傑作だ」

 

(モモンガ様っ!)

 

生まれた要因がどうであれ、その能力は特筆すべきもの。更にパンドラズ・アクターを持ち上げるアインズ。

パンドラズ・アクターのアインズに対する思いは天井知らずだ。顔がドッペルゲンガーである故に、アインズにニヤケ面を見せる醜態を曝さずに済んでいる現状は、双方にとっても幸運だろうか。

 

「お前ならば、皆に知られず行動が出来るだろう。期待しているぞ」

 

「―――必ずや結果を!」

 

アインズは止めに期待していると明言する。これによりパンドラズ・アクターの忠誠心は破壊され、狂信すらも凌駕するナニカへと変貌させてしまった。

だが、確りと跪き、気合が入っている声のみしかアインズの判断材料は無い。ゆえに彼の心中は分かり様も無い。

 

「受け取れ。お前に許可を与える。時が来れば、改めて他の守護者やジュン達にも紹介しなければな」

 

故に、アインズは許可を与えた。渡すのはリング・オブ・アインズウールゴウン。この宝物殿より出る事を許可したのだ。

歓喜に震えそうになりがらも、その言葉から今が、己が表舞台に出る時ではないと悟るパンドラズ・アクター。己に下される命令が何であるのか待ち遠しく思い、つい気になった事を述べてみる事にした。

 

「畏まりました。ところで、ジュン様の攻略は如何なのですか?」

 

「・・・まだ子供だ。急いではならん」

 

アインズにとってある意味重要課題である。アインズは、突然パンドラズ・アクターから言われたという事実に、己の方針を暈して言うくらいしか出来ない。

アインズはハッキリとは覚えていないがパンドラズ・アクターが完成した時にジュンへ見せた事がある。ジュンは、その無加工の埴輪顔とドイツ風の軍服に、趣味全開だが加工技術の無さを晒している姿に苦笑いしていたのだが、いい思い出は美化されるモノ。パンドラズ・アクターは、その時の楽しそうな2人の様子からして、当時の関係・感情を度外視し、一番始めに己を紹介した者であり、己の誕生を祝福してくれた相手であると、ジュンを認識していた。

アインズの隣にいるのが自然であるが、男女の関係ではないと感じていた故の疑問だった。

 

「然様で御座いますか。てっきり、母君等と御呼びすべきだと思っていたのですが」

 

(母親、か・・・都合が良いがな。オレは父親って認識なのか?)

 

パンドラズ・アクターは、アインズの言葉に対し、意外だと言わんばかりの様子であり、冗談めかして述べる。アインズには、何故彼がそういった認識であるとは理解できなかったが、面倒な懐柔をせずに済んだと思う。

パンドラズ・アクターは、ジュンが未成熟の悪魔なのかと疑問に思うが、悪魔は外見で成熟しているかどうか分からない種族だ。ならば、外見がグラマラスな美女であろうと、幼女だろうと、アインズがそう言うのであれば援護射撃は軽めなモノが良いのだと判断した。

余計なお世話かもしれないが、着実にジュンへの包囲網は強化されている。知らぬは本人ばかりである。

 

「まぁ、追々だ。そして、今私はアインズ・ウール・ゴウンと名乗っている。アインズでよい」

 

「畏まりました。ン~・・・アインズ様っ!」

 

(修正が必要か?)

 

私事であろうと答えたアインズに、パンドラズ・アクターのテンションは上がっていた。

正に至高の頂点に在り、その名が唯一相応しい己の創造主を称えるべく、胸に手を当て、アインズの顔を見上げた際に、つい芝居が加わった声音で名を呼び返す。

コレで薔薇の花束でもあれば、求婚を申し込む男にも見えなくもないのが残念だが。

アインズには空洞である筈のパンドラの目が輝いたと幻視してしまい、適時指摘すべきだと判断した。テンションが高い芝居臭いのは彼の素の一部と認識して。

アインズにとって、黒歴史はやはり黒歴史だったのだ。

 

「もう少し自然だと嬉しい。さて、お前に命じることだが・・・」

 

だが、時間も差し迫っていると感じている。故に、手短に行動する事にした。

何故そういった考えを持ち、検証するアイテムとしてソレを探し出させたのかを分かりやすいように背景も付け加えて。その内容は、パンドラズ・アクターの心を燃え上がらせる。まさか、この地へ転移してきて1週間もしない内に、かなり重要な役目を、直接、己だけに命じるとは思いもしなかった故に。

至高の存在のみが使えていたアイテム(課金系)と、希少性の大きいアイテム以外の使用も許可されたのが大きい。希少でなければ、各部屋に残されているであろう、至高の御方と呼ばれた者達の私物である本(圧縮データ系)の閲覧等も許可された程なのだ。人材としては極秘な面もあり、アインズの指定した人物のみしか許されはしなかったが。

 

だが、最も重要なのはワールドアイテムの貸し出しを許可された事だ。

アインズを含め、やっと手に入れた、9つしかないナザリック地下大墳墓の至宝。その一つを預けられる信頼感。身が砕け、四肢を投げ出したくなるほどだ。

更に、捜索に関してはついで、ですら無い。無用な現地の接触を控える事からして、目視・感知しなければ捨て置けと仰られるアインズの、いっそ冷酷とも言える慎重性の一面。

色々な条件が揃い、パンドラズ・アクターは幸福の絶頂を覚える。

 

「Au・・・この一命に代えましても」

 

「では、くれぐれも不在を悟られぬようにな」

 

「はっ!」

 

ついドイツ語で言いそうになるほど昂る心を抑え、本を懐へ収め、確りと礼をするパンドラズ・アクターに対し、アインズは振り返り様に、一瞥しながら述べ、その返事を聴けばすぐさま転移してこの場を去った。

一人残されたパンドラズ・アクターは音もなく立ち上がり、最奥を一瞥してリングオブ・アインズウールゴウンを右手薬指に該当する箇所に装備する。

 

(必ずや見つけ出し、懺悔させて差し上げます。Mein Gott)

 

パンドラズ・アクターは最奥に眠る像が何であるのか知っている。彼にとっては忌々しく思う。アインズの輝かしい栄光と、凍える寂寥。故に、パンドラズ・アクターは己に宣言した。

アインズの今回の命令では見つかる可能性は低いだろう。しかし、存在する可能性が有るのならば、様々な手段を用いてでもと、彼は誓う。

業火の如く燃え盛る感情と絶対零度の理性が噛み合う。コレだけは如何に、造物主が許そうとも求めなければと考えている。その結果、アインズの不評を買い、処分されようとも。

最高の装備がこの地に眠っているのならば、装備が少々劣っているのであれば可能であると推察済みだ。

もし、していないのあれば、その機会を作ってもなお、行わないのであればナザリックの王座の間を汚そう。そう決心した。

パンドラズ・アクターの、空洞の目に深紅の光が一瞬だけ灯る。帽子の鍔を掴み位置を修正し、ネクタイや襟まで身嗜みを整え、アイテムボックスより、一見肉の塊に見える物を取り出し、下賜されたリング・オブ・アインズウールゴウンで第五階層へと転移した。

 

この一幕を見ていた者はいた。2人が気付かなかったのは、彼等はアインズにしか見えない上に、最奥の像を、それに飾られた己の、最高の装備を見て驚愕と共に唖然としていたのだ。そして、パンドラズ・アクターの、アインズの来訪を歓迎する様子に咄嗟に隠れた為、アインズも気づけなかった。

彼らにしてみれば、アインズにアイテムを渡したのは、残してしまったアインズ、否。モモンガがユグドラシルを少しでも楽しむ事が出来るようにと思い、渡したに過ぎなかった。

彼等の大半の考えとして、ナザリックが残っているだけでも驚愕する上に、渡したアイテムに一切手を付けてないのは脱帽するしかないレベル。ナザリックの維持は、それ程容易い内容では無いのだから。

そして、もう戻る気がなく、無用であるため、残った者がどう扱おうとも関係ないと考えていたアイテムが、完全に残っているとは思っていなかった。と言えば、嘘になるだろう。

 

故に、精神的な疲れが酷く、アインズ達の会話内容を確りと把握してるメンツは少ない。

 

『モモンガさんの愛が重い』

 

『やっぱり、最終日に会った人がいなかったのかな?』

 

『分からん。だが、そうとなれば、な・・・』

 

沈黙の後に、ペロロンチーノは重い口を開けた。いつもは多少弄る、ぶくぶく茶釜ですら茶化す事もしないため、事態を重く見ているのかもしれない。

彼等には問題が有った。ユグドラシルのサービス終了日辺りからの記憶が無いのだ。

故に、武人建御雷は何らかの弁解もできはしない。彼の言葉に同意するのか、ぷにっと萌えも大きく頷く。一見植物の塊にしか見えなくも無いので、そんな気がする程度だが、彼も事態は重く見ているのは良く分かる。

 

『まぁ、本当に俺等がいるか分からないけどさ・・・』

 

ペロロンチーノは、羽毛に覆われた体を寒そうに擦る。ある意味、一同の考えは、この言葉に集約されているだろう。ナザリックで気が付けば、まだ何とかなる。かもしれない。

だが、この像や装備を見てしまった以上、感謝と謝罪が必須な気もしなくはない。パンドラズ・アクター相手に言った内容は、説得の為に述べたのだろうというのが彼等の見解ではあるが、一片の感情も無いのか。とは判断できないのだ。

そして、彼等が実際に、この世界にいればどうなるだろう?

異形種の姿で、ナザリック内部で気付けば良い。だが、異形種の姿ではなく、リアルの、人間の姿であれば?現在の己等の記憶が有ったとしても、人間の姿であれば黒棺行きで済めば御の字だろうか?

ナザリック地下大墳墓は、その思想からして、人間の侵入者には厳しい気がしてならないのだ。

 

(って、さっき本を持ち出してたよな?あと、ギルメンの部屋にも入る的な・・・)

 

背筋に氷を入れられたような寒気を覚えていたペロロンチーノは、ふと、気付いてしまった。本来であれば、プレイヤーを含めNPCの、ギルドホームの各自室への侵入は原則ブロックされるモノだった。だが、現在はどうなのだろうと。

そして、ユグドラシルにおいて本はデータ媒体が殆どである。著作権がきれた本以外にも、各自私物として持ち込まれている。

問題は、ペロロンチーノが持ち込んだモノに有った。

 

『やべぇ。部屋の本はやべぇ・・・』

 

『おいおい。まさか、趣味のアレが有るとか言わないよな?』

 

思わず頭を抱え、しゃがみ込んだペロロンチーノは、壊れたレコーダーの如く言葉を垂れ流す。その様子が疎ましいのか、ぶくぶく茶釜は舌打ちをし、見かねた武人健御雷が、嫌な予感を感じながらも聞いてみた。

本来、ユグドラシルは健全なゲームであり、そんなモノが入り込む余地は無い。だがジュン等、ネタとして認められれば事実は異なる為だ。

 

『・・・うん。運営の条件付きで許可されて、シャルティアの、NPCの作成用の資料として認められた』

 

『このっ!』

 

『ま、まぁまぁ。茶釜さんも落ち着いて下さい』

 

言いにくそうに、姉の前で白状したペロロンチーノ。即座に荒ぶるピンクの粘体。触手を数本生やして揺らめかせる姿は、襲うタイミングを計っているように見える。

たっち・みーも、触れたらセクハラになりそうなので言葉だけであり、かなり頭にきているのが分かるため、少し引き気味だ。

 

『基本は源次郎さんやブルー・プラネットさんの私物でしょうから大丈夫でしょう』

 

アインズがパンドラズ・アクターへ命じた内容を把握している、数少ない一人。ぷにっと萌えはそう判断した。

自然に関する内容であれば、私物として持ち込んでいるのはこの二人くらいなのだ。

先の会話で、ギルメンの部屋を漁る行為を許可したのは不快感が無いと言えば嘘になる。だが、現在ナザリック地下大墳墓支配しているのはアインズなのだ。しかも、検証に必要な物が私物であれば、情報の確定化目的ならば仕方が無い。

 

ぷにっと萌えの言葉は、ペロロンチーノ程ヤバイ物が有るとは考えられないが、本の私物で、拙いモノを持ち込んでいる面子をある意味安心させるに足りた。

特に安堵したのか、部屋の隅で五体投地状態になっている蛸と山羊がいるが、触れないのが正しいと思われる。

 

『あ、図書館とかにも有るけど大丈夫だよね』

 

ペロロンチーノの業は深い。

思い出した様子で言った事だが、元陽光聖典の隊員の一人が懐へ隠し、司書長に生温かく見られている事など知る由もない。のちに、お仕置きで黒棺行きを言い渡されたりしている。悪魔と××系だったのが災いした。

近い未来、一人の漢が遭う災難の種になるが、今回に限っては荒ぶるイソギンチャク的なナニかに変貌したぶくぶく茶釜と、金色のオーラを纏った、やまいこ女史の姿から、ペロロンチーノの未来は決まった。

 

『ペロさん。流石に庇えんぞ』

 

『まぁ、お姉ちゃん達に怒られたら~』

 

『み、皆っ!?』

 

ゆっくりと距離を開ける二人以外。武人健御雷とるし☆ふぁーの言葉でペロロンチーノは現状を把握。

だが、誰も視線を合わせようとしない。執行人の2人以外は。

無言で近づいているだけなのだが、無言が故に圧力が増している気がしないでもない。

やまいこは、単純に図書館に卑猥な蔵書を追加した、ゲームとはいえ、著しくTPOを弁えない件で教育者として。

ぶくぶく茶釜は、単純に、馬鹿な弟の行動にプッツン。

2人の心は激怒で燃え盛る。馬鹿なバードマンに慈悲はない。といった状態だ。

 

『って、るし☆ふぁーさんの提案でしょ!?』

 

『実行したのはペロロンだし。俺はネタとして言ってみただけ~ m9(^Д^) うごっ!?』

 

原案者をあげたペロロンチーノだが、るし☆ふぁーの言うように、実際に行動したのはペロロンチーノである。

大きく仰け反り、ペロロンチーノを指さするし☆ふぁーの姿は、正に見下しているかのようで、有罪だと言わんばかりだ。

だが、この愉快犯に言われるのは納得がいかないモノ。武人健御雷が溜息混じりで腹へ肘を振り下ろし、体重の加わったエルボードロップを貰った、るし☆ふぁーは潰れたカエルに似た声を漏らした。地味に地面で痙攣しているのがカエルっぽさを強調している。

 

『姉ぇちゃん?やまいこさん?ひ、非常に反省してるので、許して?』

 

ペロロンチーノ的には、裏切り者が制裁され、いい気味だと思うが危機は去っていない。咄嗟に姿勢を正し、土下座して見せた。

だが、女性2人にとって、これ程安い土下座も無いのだろうか。只管無言である現状から、どれだけ頭にきているのか推察するのは容易い。

よって、ペロロンチーノの末路は決まったようなモノ。以心伝心なのか、倒れている3人以外は一斉にペロロンチーノから背を向けた。

 

『えっ?ちょっ!?あーーーーーーーっ!!!』

 

絞め殺された鶏に似た悲鳴と、鈍い殴打音が嫌に耳に残る。

何人かが、作業着姿でベンチに座る彼を思い浮かべたが、因果関係は無い。ぶくぶく茶釜女史の姿からの邪推である事を此処に記す。




パンドラ「パパを泣かす奴等はボクがブッコロしてやるー!」
アイパパ「( ̄∇ ̄;)ハッハッハ。お父さんが直接お話しするからダメだよー」
パンドラ「わかったー。あとね、ボクね。ママが欲しいの」
アイパパ「うーん。まだ学生さんだから、また今度だね」
パンドラ「うー・・・わかったー」

パンドラ「あの○○野郎共がっ。親父に謝れねぇなら、どうなるか、思い知らせてやるっ!」



うーん。てな感じです。
少し錆びついたなぁ・・・

なお、至高の御方への感情の度合。この作品では
パンドラズ・アクター>アルベド
で、お願いします。


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第十二話

遅れてすいません。3万オーバーの重量級投下ですー。
あと、実験的に下ネタ風味入れてます。その結果、キャラ崩壊MAXなので、承知の上でお読み下さい。


カルネ村が襲撃されて数日。様々な変化が有った。特にエンリの生活が一変した。

彼女の朝は早い。

これは、一日の予定が山積みであり、また悪魔へ変異した為睡眠時間が大幅に短縮した事が大きい。嘗てのリアルの生活を知る者がいたら胸が痛くなるほど彼女の生活は実に多忙なのだ。

 

日が上がる前に、まるで機械の起動かのように目覚め、スヤスヤと寝息をたてるネムの寝顔を確認し、起こさないように音を立てずにベッドから降り、一見薄茶色の麻のような植物で編まれたワンピース状の寝間着から普段着へと着替える。

小鳥すらも眠る時間であり、暗闇の中、布の擦れる音が静寂を乱す。

 

(あ、あれ?)

 

エンリは普段着に着替えていると少し違和感を覚えた。何故か少しキツイのだ。思わず、腹部に手をやるが、困惑は更に強まる。思わず何度も触れて確認してしまうほどに。

腹部だけなら太ったのだろうと思うものだ。だが、エンリの腹部には横の余裕は有るのだが、丈の余裕が無く臍が見え隠れしており最低限の仕事しかしておらず、全体的に動きにくく感じている。特に、胸や臀部がキツイ。

胸のボタンは、いつ内圧に耐えきれなくなり弾け飛ぶか分からない状態であり、地味に男の視線を集めるだろう。

数日前までは少し余裕があった服。だが、今は結構ギリギリ着れている状態。ならば、答えは一つしかない。

 

(人間を辞めたから、か・・・)

 

エンリは自身でも驚くほど冷静だった。自身の人間だった残照が違和感を訴えるも、この肉体の成長は戦う者としての意識では好ましく思う。

人間の村娘であった頃のエンリは、身長も、筋肉の付き方も一般的だった。

だが、身長は数日で一気に5cm(地球単位)以上は伸び、主に脚部が伸びている事からリーチは伸び、筋肉がバランス良く付いた事から、ポテンシャルが上がっているのも感じる。難点は筋肉が付いた為、バストやヒップのサイズが大きくなり、胸や尻に攻撃が当たり易くなった事だろうか。

ともかく、エンリは着ようとしていた普段着を着るのを止め、どうするか考える事にした。

昨日は多少キツイと感じていただけであり、問題視していなかっただけに悩ましい。特に、自己主張が激しい胸部と、緩々で頼りなく感じるポンチョ状の下着が。

 

(とりあえず、この胸と下だよね)

 

彼女は徐に2枚の長めの布を衣類を置いている箱から取り出すと、身に着け始めた。丘から山へと変貌し、圧力が強力な胸を締め付け、押えつけるのを難しく感じながら。

結果、上はサラシを巻いたようになり、下は前垂れの無い六尺褌を巻いた感じとなる。

 

(恥ずかしいけど・・・誰にも見られなきゃ良いよね。何も穿いていないよりマシだし)

 

自身の体を確認しながら、彼女は恥ずかしかった。

特に、Tバックの様にお尻が強調され、キュッっと引き締まる尻肉に羞恥を覚えつつ、そう自己解釈し普段着を着なおす。

胸や股間が締まる感覚は、先日の戦闘形態で経験してから慣れたのか、それともクセになってしまったのか、本人には判断がつかない。だが以前までの、上はフリーな状態で、下はポンチョというのはどうも頼り無く思ってしまうのだ。そしてこの締まる感覚に、気も引き締まると感じる。一種の緊張感の維持に繋がっているのだ。

だが、やはり胸と臍が問題だった。特に、シャツの、胸辺りのボタンはその仕事を放棄し、糸が解れ始めていた。

 

(仕方ないか・・・)

 

エンリは少し気分の良いモノではないが、解れている部位を留めるのを諦め、シャツが中途半端に見えるのが気になるので、上着ごと内側へ巻き込む。結果、見事にシャツの胸の隙間からサラシが覗き、臍が全開のセクシーな村娘な姿となった。

娼婦にも見えなくも無いのが問題と言えば、問題だ。

そして靴を履こうとそして、ボロになっている事に気付いた。どうやら増した身体機能に着いて来れていない様子。思わず溜息をつきながら履くのを諦め、時間の都合上素足のまま家を出ることになった。

エンリの行動を影で見守っていたアンジェは、サイズの合わなくなった壊れた靴を手に取り、溜息をついた。

 

(まったく。新しい娘は手のかかる子ね)

 

アンジェにとっては、ジュンもエンリも、ネムでさえ手のかかる娘のようで、妹の様に思っている。

ネムの安らかだが、何処か寂しそうな寝顔を見ながら、エンリの新しい日課に思いを馳せ彼女が駆けて行った先。トブの森に視線を向けた。

 

エンリは先ず、ゴブリン達のリーダー個体。カイジャリに昨夜の哨戒及び警護の結果を聞きソレを労り、狩りに出た。朝から肉系を一品追加しようとも考えているのだ。その際、起きているゴブリン達はエンリの姿に何とも言えない視線を向けていたのだが、彼女は気付いていない。

村の復興の人手として、アインズより下賜された小鬼将軍の角笛により召喚された彼等は、この世界の常識を追加で付与されており、服装が問題だと思うが、召喚主の趣味とも判断できる服装でもあるため、指摘出来なかったのだ。

 

森の賢王のテリトリーという事で魔物の姿は無いが、獣達は魔物から逃れて来やすい。正に絶好の狩場。だが狩りすぎたり、森の奥へと足を踏み入れすぎたりすれば、森の賢王に遭う事から、以前のカルネ村では狩りをする事は少なかった。

しかし、今のエンリは違う。逃げられる可能性が高いと考えており、積極的に狩りを行っているのだ。

右肘迄を変化させ、黒い籠手を着けているような状態にし、木々を足場に森の中を跳ぶ。時折捻りや回転を加えながら最小限の動きで枝葉を避ける姿は優美さすら有るが、その双眸は狩人のソレだ。無慈悲で冷淡すら思わせる危険な輝きを放ち、音もなく獲物を捉えていた。

森の賢王のレベルが不明であるが、ある意味強行偵察の部類に入っており、この事象から森の賢王が今のエンリ以下の実力とアインズは推察している。事実、アウラ主動の森の調査において、推察は正しく、だが、カルネ村の一般村民の安全の為、近々行動を起こす予定だ。

 

日が顔を覗かせ、大地を淡く照らす時間にエンリはカルネ村へ帰ってきた。

本日の成果は牡鹿1頭と、野鳥が数羽である。首に一太刀を当てられ、頸静脈が断たれており血抜きは既に終わっている。野鳥は縄で首を縛られ一纏めに。そして、その縄の先と牡鹿の角を左手一本で軽く担いで、音も無く帰ってきたのだ。なお、衣服には返り血は無い。彼女の戦闘テクニックが高いのが推察できるだろう。

召喚されたゴブリン達と、警護の一端を担うデスナイト、そしてアンジェしか知らない光景。

ゴブリン達は夜警に当たっていた班に一部振舞われる事から、更なる敬意をエンリに抱いていた。

短時間で音もなく獲物を狩り、ソレを惜しげもなく部下を労わる為に振舞う。この世界で出来る上司は少ない。尤も、コレは飴であり、容易くゴブリンも首だけにする事ができる実力を有していると、毎朝パフォーマンスされている面もあり恐怖の鞭で意識を強制的に引き締められている意味も有るのだが。

優し気に獲物を解体して、必要な部位以外をカイジャリへ渡すエンリ。天秤は優しさに傾いている。反逆や過度な恐怖による行動の萎縮等の心配は必要ないだろう。

 

ネムが起きる前にエンリは食事の準備をしていた。料理人のクラスを有していないエンリが料理を作れるのには、以前保有していた村人のクラスが悪魔化により消失している今、『純粋なNPCではない事』が関係している可能性が高い。料理人のクラスを保有していない為、バフ効果は追加できないがソレが普通である。

この時点でアインズ達の見解は『設定されていない。また、該当するクラスを所持していない場合、NPCやプレイヤーはその行動を実行できない』というモノだ。

エンリが食事の準備をしているのを見ながら、アンジェは椅子に腰かけ、憂鬱そうな顔でメモを取っていた。

 

(料理も掃除も・・・何故上手くできないのかしら。まぁ、コレは要報告ね)

 

アンジェは、知識だけは豊富なのだ。

知識として、料理も掃除も、裁縫も知っている。知っているのだが実行した結果は、残念ながらエンリとネムが後始末をする事になった。

服を畳もうとすれば変な折り目が付き、食器を洗おうとしたら砕け、火力が安定しないからと、肉を火魔法で焼こうとしたら黒焦げにしてしまう。モデルがモデルだけに、彼女の設定は『私生活が微妙なキャリアウーマン』である。ギャップ萌えを愛するタブラの影が見える残念な設定だ。なお、妹であるライトは完全な生産系ビルドであり『家庭的』な設定。

戦闘系故の悲しき設定かもしれない。

 

「おふぁようごじゃいましゅー」

 

そんな中、眠そうに目を擦りながら寝室からネムが出てきた。ウトウトと船を漕ぎながら、中途半端に来た普段着姿で歩いてくるのは可愛らしいが、見ていて不安でもある。

ネムの様子を作業の傍ら見ていたアンジェだが、転移門がネムの背後で開き、影が二つ出てきた事に気付く。

アインズとジュンだ。アインズは作業を中断しようとしたアンジェの行動を、軽く手を上げる事で制止し、ジュンはネムの後姿からどんな状態なのかを察したか、小さく微笑んでネムを抱き上げた。

 

「ネム。危ないから、もう少しハッキリしてからベッドから降りるようにね」

 

「あい。ジュンさまぁー。アインジュさまも、おはようございましゅ」

 

優しく注意するジュンにネムはその背後にアインズの姿を見、挨拶をするが完全に起きていない為舌足らずだ。そんなネムの様子に、アインズはふと気づいたことが有った。

 

「おはようネム。女の子がヨダレを人前で垂らしてはならないぞ」

 

「ありがとうごじゃいましゅ」

 

ネムのヨダレが零れそうになっていたのだ。

アインズは上位アイテム作成でハンカチを創り、そっと拭いてやる。ネムは恥ずかしかったのか、顔を赤くして俯きながらもお礼を述べた。そんな姿が可愛らしいのかジュンは小さく笑い、アインズも吊られる様に笑う。

一見、実に幸せな親子のようだ。

 

(良かった。やっぱり私には、お母さんは早いのかなぁ・・・)

 

ネムの世話をする偉大な支配者2人に、エンリは配膳をしながら少し落ち込んでいた。

いくら年の離れた妹を娘の様に感じていようとも、ネムにとってエンリはやはり『姉』なのだ。父母の様な暖かさをアインズとジュンに求めていると、エンリには見えてしまった。

愚者や無頼者にソレを求めるのではなく、敬う相手にソレを求めたネムに、エンリは安心感を覚える。尤も偉大な支配者が子守りをしている姿は、不敬ながらも奇妙な親近感に似たモノを抱かせるのだが。

エンリの視点では、ジュンは苛烈ながらも慈悲深く、愛に満ちた女性である。アインズは死を体現しながらも、無辜の民を穏やかに見守る王だ。

2人が聞けば卒倒・悶絶しそうな評価である。

 

(平和ね・・・)

 

幼い妹の世話をする両親に、年上の姉が朝食を準備する姿。実に平和的な光景だが、アンジェは内心そう皮肉った。

アインズはいつもの豪華なアカデミックガウンに、骸骨の姿。ネムを抱くジュンは、堕天使の翼を思わせる髪型に、獣の手足と尻尾を持つ半魔形態で白地に金の桜の白いワンピースを着ている。

アンジェを含み女性陣の衣装は貧富の差を感じさせるが文明レベル的には近い衣服で、髪色等、色々と違うが・・・まぁココだけ見ればまだ、姉妹や親子に見えなくもない。だが、父に該当するアインズの姿とジュンの姿が、実に違和感しか無い。衣服の差ではない。そもそも骸骨と悪魔の姿なのだから。

 

「アインズ様。色々整えてから来る方が良いと思うのだけど」

 

「ん?あぁ。確かに食事をするのに、この格好は無かったか」

 

(いや、そうじゃないって・・・)

 

アンジェが対情報系の結界を張っているが、その恰好(骸骨や半魔形態の姿)でナザリック外へ出る。しかも、友好的な関係の構築に成功したカルネ村で正体を公言する行為。アンジェの魔法の実力を信頼しているとも考えられるが、彼女的には、万が一にでも正体がバレ、有る事無い事が広がるのはあまり面白くない。

アンジェの、ジュンやアインズをチラ見しながら言った一言に、アインズは力の涙を発動させ、数秒発光しながら人の姿を取り、また、服装も漆黒のスーツへ変更した。無表情ながらその瞳は穏やかであり優しげだ。

さり気無く胸にワンポイント扱いでモモンガを表す紋様であり、背中にはアインズ・ウール・ゴウンの紋章が金糸で編まれており、結婚にでも着るのかと言わんばかりの高級品である。無駄に伝説級アイテムであり、マフィアのドンとも見える姿が実に悩ましい。

アンジェの溜息は外に漏れる事は無いが、ある意味コレで最大の違和感が消えたとも見れる。顔の表情が分かり、その様子から不器用だが優しげな父親に見えるのだから。

問題は、上記の通り仕事が怪しい裏の仕事っぽい事だが、ソレはリアルの価値観を持つ者限定である。

 

「アインズ様カッコイイ!」

 

「スーツって、態々合わせなくても・・・」

 

「なに。コレはコレで家族みたいだろう?それに、そろそろ姿を人間のモノにな」

 

「ありがとうございます。アインズ様」

 

(いつも気遣ってくれてありがとう)

 

ネムはアインズの変身する時の光で完全に目が覚めた様だ。そして、一見貴族や有名な豪商にしか見えないアインズの姿に、目を輝かせる。

ジュンはアインズの服装が暴走したホワイトプリムを代表とする、裁縫等を得意とする生産職が意を決して作成した、異種族対応の41人分のマフィア風の正装姿に頭を悩ませながらも、続けてアインズが発した一言に、エンリとは違い内心感謝する事となった。エンリとネムの様子からして、マフィアのドン風のスーツが、豪華だが一般的なのかもと誤認した為でもある。

そして、ジュンは姿を人間のモノへと変化させ席に着く。ジュンも本来の姿は人間ではないのだから。

ジュン的には、エンリとネムが両親を奪われ、その悲しみを癒すべくアインズは行動した。と考えているのだ。実際は単なる点数稼ぎなのだが、知らぬ方が良い事も多い。アインズがさり気無くアンジェと窓を一瞥していた事等、知らない方が良いのだ。

 

(ジュン。ゴメンなさい。そして、気づかない方が良いかもしれないわね)

 

アンジェは内心謝るしかできなかった。表情等に変化がないのは流石としか言えないだろう。何事もなく談笑を開始した。

仲良く談笑しながら食事を取る姿はアインズ達の服装に違和感を覚えるだろうが、窓の外から中を覗く村長には家族に見えているのだ。

村長は両親を急に亡くし、襲撃時に、本当にエンリか分からなかった事への罪悪感。そして、村を救った方々から力を授かれば、村を離れる前にと村の防衛力を強化すべく奮闘するエンリの姿から心配になり、朝と晩に様子を見に来ていた。

エンリの急成長は敵を多く倒した結果だと村長は認識しており、エンリが決して化け物だと思われないように、村民に確りと説明している。

この世界では症例こそ少ないが、急激なレベルアップにより、肉体が急成長・急回復・若返り等が起こると周知されている。これは、英雄譚を先人が語り継いだ結果であり、スレイン法国が新たなる勇者を迫害により人類の敵や悪党等にしないように勧めた成果だ。

 

(エンリ・・・いない間は安心しなさい。ネムは私達やアンジェ様が確りと面倒を見るよ)

 

今村長が見ている光景は何だろうか。穏やかな家族の光景ではないか。

ジュンが時折食べ物を落としたり、口の周りを食べかす等で汚してしまうネムの世話をする姿など、母にしか見えない。そんなジュンを穏やかな目で見守るアインズは正に配偶者だ。在りし日の己を村長は幻視した。村長の妻はジュンと比べられない容姿だが、彼には最も愛しい人なので関係無い。

アインズやジュン。時にエンリ達も含め行方が分からない事や、格好が違う事もあるが、魔法詠唱者であるアインズにかかれば、一瞬で移動する事等々容易い事なのだろうと村長は安心し、決意を新たに、愛しい妻が朝食を用意している我が家へと帰る事にした。

 

(だが・・・ネムが付いて行きたいと言い出さないか心配だ)

 

現村長の心配の種は尽きない。家族の様な光景から起因しているのだろうかと心配になるものの、神でもない彼にはどうにもならない事だ。

 

(あとエンリ。その服装はちょっと、なぁ・・・)

 

そして、エンリの服装に一抹の不安をよぎらせる。若い男には目の毒なのだ。

 

アインズはアンジェからの報告と、遠隔視の鏡による観察で村長の行動を把握しており、今回の、一般的な食事がどのようなものか知るという題目の下、この様な行動に出た。

村長の存在にジュンが気付かないのはアンジェの結界の効果である。

支配者が訪問中である為、今のカルネ村の周囲の森には様々なシモベが警備しているのだが、ソレを知るのはナザリックに所属する者達だけだ。

 

ハッキリ言って、少し裕福な農民の家庭程度の食事は美味かと問われれば、大して美味いモノでは無い。いつでも調味料が手に入る環境では無いのだ。特に生命維持に必須である塩は万が一を考え、使用量を制限するのが一般的なため、薄味になる。また、シチューも含めて3種類しか並んでいなかった。

だが、合成食が基本だったジュンとアインズには、薄味ながらも様々な工夫を加えられ、食材本来の味と各種香草のハーモニーにより、香り豊かな風味は悪くないと思わせる。エンリの母の経験は娘に確かに伝えられ、彼らを満足させるに至っていた。

その味を楽しみ、多弁になるジュンと、楽しそうなジュンに好奇心を刺激され雰囲気で幸福を覚えるアインズ。談笑が弾みながら、笑顔溢れる食卓はある意味至高の食卓であろう。

 

談笑を含む朝食は意外にも時間がかかるモノだ。気がつけば、村中には談笑する声で賑やかさが生じていた。

食器を洗うのはジュンとエンリだ。ジュンは、現実では家事万能だったが、設定の記載は少々有るが、実際に家事をしてみれば結果はどうだろう。何も問題は無い。食後の茶を飲みながら、アンジェは少し敗北感を味わっていた。

実験的に、家に有る香草や薬草を煎じ、ハーブティーを淹れたのはジュンだ。何のバフ効果も得られないが、適度な渋みと甘さを醸し出し、目が覚めやすいようにとミントのような爽やかさを含む一杯は美味い。

 

「ふむ。記載が関係するのか。それとも経験か」

 

「少なくともバフの有無がクラスの有無の違いね。武器が急に持てなくなる事や、物理法則の作用の奇怪さといい・・・情報が足りないわ」

 

ジュンの淹れたお茶を楽しむアインズの呟きに対し、アンジェの答えは悔しさを滲ませたモノだった。

アンジェの知識はジュンやウルベルトが整理した、膨大な地球のデータを基に構成されている。双方共に大学卒業の学歴を持ち、趣味人である事から、空想科学的な事も含まれているのだ。

アンジェはジュンやアインズの航空状態から、地球の物理学ならば衝撃波が発生する事は計算済みだ。だが、発生しない。この事象や魔法の効果原理を化学を交えた考察も行ったが、説明がつかない。

現実主義(地球の物理学を重視した)な性質を持つ為『細かな原理を省き、想定する』という条件付けの考察が出来ない。ゆえに、空想科学の知識が上手く作用しないからだが彼女はソレに気付かないのだ。

 

「アインズ様。あのね。ネムは包丁とか持てるよ?アンジェ様は持てるけど、アインズ様は持てないの?」

 

「そうかそうか。私は料理が苦手なのだよ。ネムは凄いな」

 

そんな中、ネムは少し不思議そうに言ってきた。

アインズとアンジェの会話から、包丁が持てないのでは?と勘違いしたのかもしれない。普通であれば、10才くらいの子供に言われたら馬鹿にしているのかと思うだろう。

だが、ネムは幼く見える上に、その目に一遍の悪意もなく、純粋に疑問に思ているのが良く分かる。純粋な好奇心・疑問からの言葉であると判断したアインズは、穏やかな目をして普通に嘘をつき、ネムを優しく撫でる。ネムは気持ちがいいのか、猫の様に目を細めて笑った。

 

「スゴイのはアインズ様だよ!魔法で色々と作れるし!」

 

「ハハハ。料理はできんがな」

 

ネムは純粋に、さり気無く無から有を創造するアインズこそ凄いと思っている。目を輝かせている為か、アインズはネムを己の膝の上へ乗せ、撫でながら笑った。

アインズの姿は娘を甘やかす父親に見えるだろう。実に穏やかで、暖かそうだ。ジュンはアインズの湯飲みが空になっている事から、さり気無く急須で新しいお茶を注ぐ。

 

「アインズさん。結局、森の賢王ってどうするの?」

 

「鵺と思われるレベル40以下と思われる魔物か。まぁ、近い内にな。エ・ランテルへと行く前には片付けよう」

 

ジュンは先ほど、食器を洗っている時にエンリと話した会話から事に当たる時期を聞き、アインズはジュンの意図を正しく汲み取った。10年以上の付き合いは伊達ではない。

アインズは森の賢王についてどうするか迷っていた。

現地の情報収集は順調だが、精査が追い付かないのも事実。故にジュン共々、カルネ村、ナザリックの周囲以外への移動を自粛している。

既にエ・ランテルへセバスとソリュシャンを派遣しており、治安や大まかな文明レベル、物価等々有用な情報が集まり、また、消えて良い人材が釣れる可能性が大きいのがアインズを満足させていた。

文字に関してはニグン達、元スレイン法国組は翻訳書の作成を司書長達と既に終えている。人数が有る事は不幸中の幸いか。不眠不休のアンデッドに付き合わされた彼らは揃って休養中だ。

彼らが休めなかった最大の理由は、知識欲旺盛な、不死の司書達の質問攻めに遭った事が大きい。何人かはストレスからか嘔吐を繰り返し、使い潰さない様に気を配った司書長が、大仕事の終了と同時に、休みを与えるようアインズとジュンへ提案した為である。

アインズは情勢がもう少し落ち着けば、休暇・給与の導入を考えた切欠になった事もあり、不用意にジュンへ近づかなければ良いと、再評価の検討を考えていた。

 

「ではエンリ。今日も色々と試してみてくれ」

 

「畏まりました」

 

ジュンとアインズはナザリックへ帰還し、書類仕事へと戻るのだが、その際にエンリは2人の前で跪き、転移門へ歩を進めるのを見送った。

だがアインズとしては、この地で得られた部下(双方共にジュン直属であり間接的)の中で成果が著しいのはエンリである。

ジュンの意思により産まれた『悪魔となったエンリ・エモット』という存在は、実に有用であった。現地人とのハイブリットNPCとも言える存在であり、ジュンに『寛大であり、優しい己』を見せる機会を作ってくれ、その結果、得がたいデータやジュンの好感度を上げられる。一石何鳥だろうか。結果、エンリの評価とネムの行動に、2人の存在はアインズの中でも大きくなる。ネムに関しては、種族が人間であるため、お気に入りのペット感覚が有るのは否めないが、人間に対しては破格の評価だと言える。ナザリックの者が知れば間違いなく嫉妬するだろう。

 

カルネ村の復興は著しく、襲撃されて僅か数日であるのに防衛力まで強化されつつあった。

アインズより貸し出されたゴーレムと、村の危機を救った死の騎士により簡単な木造の防護柵は完成。防壁の作成が始まっていた。また、農作業等の雑事の補助にとエンリはスケルトンを10体程アインズより借り受け、ゴブリン達も含めてその全ての指揮を行っていた。その結果だろうか。彼女の指揮官系職業レベルのレベルアップは目覚しく、その成果は目に見えて分かる程だ。

また、このスケルトン達は、スレイン法国の襲撃の際に、カルネ村以外、且つジュンの行った村以外で亡くなった亡骸を使用しており、消える事は無い。なお。土壌改善にマーレがアインズの命令で魔法を使用したのはアンジェ、ジュン、エンリしか知らない。

普通であれば、骸骨が農作業をし、魔物に守られる等考えられるモノではなく、気味悪く思うか、多大なストレスを受ける。だが、村人達はかなり好意的であった。

生き残った彼らには共通点が有る。それは『魔物に襲われた事は無く、人間に襲われた事』だ。カルネ村は森の賢王のテリトリー内いるため、魔物が近寄らない環境下に在った結果だとも言える。

村人視点でだが、化け物クラスの力をエンリが手に入れ、彼女が先頭に立ち、瞬く間に村の安全を強化され、気が付けば安心感を覚えており、農作業に必要な労力が大分軽減されてしまい、時間と心の余裕が出来た事が大きい。

彼女の指揮の下、ゴブリンに武器の使い方を学ぶ者もいれば、防壁作成に力を入れる者もいる。ある男2人は、防壁作成の為の作業を中断し、子供の笑い声がする広場を神妙な目で見た。

 

「なぁ。いくらアインズ様の召喚したアンデッドで、エンリやネムちゃんの言う事を聞くからって、コレは良いのか?」

 

「まぁ、小さい子の面倒を見てくれてるし、あの恐ろしい姿からは想像出来ないほど繊細な扱いをしているしな」

 

彼らの目の前では、死の騎士の肩に乗せられた子供や、その周りではしゃぎ、笑う子供達の姿が有った。

ネムは肩車されている状態であり、彼女が指差した方向へ、他の肩に乗っている子供を落とさないように、また、傍を走る子供にぶつからない様に歩く死の騎士の姿は、何と言えば分からない奇怪さが有る。禍々しい剣と巨大なタワーシールドは手になく、その恐ろしい骨と皮だけの手は、今は子供が落ちない様に添えられてる。

襲撃の日。逃げようとする騎士を切り裂き、吹き飛ばしていた存在が子守。いや、子供達の遊具と化しているのだ。男達は言葉に出来ない寂しさを覚えていた。

一方の死の騎士はこの状況を楽しんでいた。彼が一番幸福を覚えるのはアインズの望みを叶える事だ。その命令で、戦友であるエンリの指揮下に入り、またその願いでこの弱き者達を守る事は、彼に一定の満足感を覚えさせていた。

アンデッドとして、怖がられないのは奇妙な感覚であるが、子供達にとっては殺しに来た者を倒し、守ってくれた存在であるのだ。怖がる対象では無いと認識している。

子供の屈折の無い好感は刺激であり、アインズ製である彼。死の騎士に、彼等を守る喜びを覚えさせるに至っているとは、アインズにも予想が着かない事だ。

 

「エンリって、スゲェよな。ゴブリンやゴーレム、スケルトンに、あのアンデッド。命令ばっかりだしてると思えば、率先して動いてさ」

 

「あぁ。あの命令って・・・つい言う事聞いて、動いちまうよな」

 

これも、エンリの行動の結果である。

2人の認識はコレに尽きる。そして、2人して奇妙な感情が湧き上がってきた。

 

この世界における女子の平均的な結婚の適齢期は13~20程だ。生きる事が厳しい為か随分と早く、子を作る等の性的な価値観の成熟も早い。体が未成熟な時期から既に将来の相手がいるのはそれ程珍しいモノではないのだ。

エンリは向日葵の笑顔が似合う少女であり、よく働き、家事も上手くて優しい為人気が有った。父母の生前はその老後の心配や、ネムが幼い(まだ10歳)上に、身体的成長が遅れ気味で8歳ほどにしか見えない事から、気づけば16才。適齢期の年齢に差し掛かっていた。

そもそも彼女がネムを娘のように見ているのは、ネムが未熟児として産まれ、虚弱体質で奇跡的に育ったが発育不良である事が大きく、父母が生きている頃は、ネムが15才に育つまで、己の結婚等考える気が無かったのだ。

 

その彼女が新たに『力』を手にし、彼等視点だが、失意の中に在った皆を引っ張り、より良い未来へと導こうとしている姿は、美しさに磨きをかけている。

現在は、ベリュースに行った残虐な行為に理解が有る男性に関しては求婚を考えるくらい人気だ。『力』を持つというのは例外が有るが、有用なモテ要素であるのだから。

ともかく、彼女が知れば悶絶か激怒するかもしれない評価だ。

余談であるが縁談が少なかった背景には、年齢に反し栄養不足等で肉体的成長が遅れていた事も関係あり、少々男性側の食指が動きにくかった事も有る。

 

「・・・それに、あの急成長だもんな」

 

「鞭って、どう思う?」

 

「いい・・・」

 

エンリの肉体的な急成長は彼等にある欲望を抱かせる。身長もだが、胸と臀部は大きくなり、それに反して全体的に引き締まった肉体。少々筋肉質でありながら、豊満さを主張する果実が4つ。特にこの日の服装は素朴ながらも艶やかであり、男の性欲を刺激するのは正常だろう。既婚・未婚関係なく、本日のエンリを見る男の目には何処か情欲が宿っているのだが、そういう経験が無いエンリには気づかない。

だが、ジュンと共に行った衝撃的行動により少々異なっていた。2人は、あの冷淡な視線に心を撃ちぬかれ、指揮しているときの真面目な目に心奪われていたのだ。

 

「そこ。サボらない」

 

「「は、はい!(馬や牛みたいに鞭で叩かれたらどうなるんだろう?)」」

 

サボって喋っている2人の存在に、少しの時間なら休憩代わりに目を瞑っていたエンリだが、流石に黙認できなくなり、よく通る声音と鋭い視線を2人へ向けた。

その視線に、彼等が抱いた好奇心と欲望に気づけない彼女には、何故2人が焦りながらも嬉しそうに作業を再開したのかは理解出来ない。

 

昼を過ぎ、エンリの指揮が必要無くなった状態。あとは明日行う為の段取り、準備作業へ移行しており、材料の処理を行うだけになったのを確認したエンリは、アンジェの協力の下ナザリック地下大墳墓へと向かった。

向かったのは第六階層の大闘技場。

コキュートスの指導を受け、その戦闘力を鍛える為だ。レベルが50近くなってきた彼女ではコキュートスに勝てない。だが、戦闘経験は積み重ねは動きの最適化も含めて、実力を着けるという意味も有用だ。

なお、コキュートスが内心決めている事項をクリアすれば、エンリに経験値が入りレベルアップしている。撃破と比べて入る量は微妙だがレベル差が2倍以上有る。結果だけを言えば悪くは無い。なお、この指導の後に行う、アインズにより召喚されたアンデッド相手の戦闘も行っている。確認も含めて召喚された中位・下位アンデッド達は、エンリの経験値に溶かされているのだ。アインズには、エンリの成長を測る調度良い計測器扱いである。

 

「お願いします」

 

「ウム。来ルガ良イ」

 

鍛錬を始める前に、確りと一礼し、悪魔形態へと姿を変えるエンリ。右手の刃の展開と、強い意志を感じさせる金色の双眸を確認したコキュートスは一度頷く。

その頷きをもって、鍛錬開始の合図とし、エンリはコキュートスへ向かっていった。

何度弾き飛ばされても、何度刃が折れようとも向かってくるエンリの姿は、開始の礼儀正しい姿も含めて、武人たるコキュートスに好感を抱かせる。コキュートスにとってエンリを鍛える行為は、将来産まれるであろうアインズの子を鍛える予行演習にも繋がっており、有益な時間であると同時に、その成長する姿が彼に楽しさを覚えさせていた。

 

「あのお気に入り。もうすぐプレアデスくらいかな?」

 

「色々と役立ってるみたいだし、その言い方は良くないよ」

 

激しい金属音。火花が散る攻防。砂塵が舞う闘技場。エンリの攻撃を全て受け流し、時に一撃を加えるコキュートス。エンリにとって重い一撃を受けても、戦闘が楽しいのか笑みをもって反撃をするエンリ。なんと楽しげだと思うドラゴン・キン達。コキュートスが手加減しているとはいえ実に見ごたえが有る。

そして、次の作業の準備の為に第六階層にいたアウラとマーレはソレを目撃していた。さり気無く入場口近くで、壁に背中を預けるアウラと傍に立つマーレ。

アウラは、エンリがアインズのお気に入りであると認識しており、ソレがちょっと面白く無い。お父さんが拾ってきた猫ばかりに構って、自分を構ってくれないと拗ねている子供かのようだ。そんな姉の気持ちも理解しているが結果を出している事が、マーレにエンリが仲間であると認識し始めさせている。

 

「評価しているだけだし。それよりも・・・」

 

「うん・・・」

 

アウラもつまらない嫉妬だと理解している。そして、ソレよりも気にかける事が有った。2人とも、敢えて目を逸らしていただけなのだ。

2人の視線の先では、漆黒の全身鎧を纏い、2振りの大剣を木の棒の様に軽々と振り回すアインズと、ソレを的確に避け、弾き、軽く攻撃を加える半魔形態のジュンの姿が有った為だ。

鍛錬だと理解していても、至高の御方が攻撃される姿を見るのが気に食わないのだろう。ヘルムを脇に抱え、鎧を身に纏うアルベドのいつもの微笑みが崩れかけている。薄らとだが、首筋に血管が浮き上がっており、アウラとマーレにはアルベドがイラついているのが丸分かりだ。

 

アインズの力任せで、直線的な横薙ぎの一振りを、刀身の腹に一度手を着きそのままアインズの頭に踵落としを振り下ろし、その反動を利用し。即座に四肢で着地すると、そのまま右手を軸に体を回転させ、アインズの両足を払う蹴りを繰り出すジュン。

蹴りの運動エネルギーを対象へ無駄なく伝える事で、空中で強制的に回転させ、人間が相手だろうが骨を折らずに転倒させる。そして、後頭部を地面へ衝突させる魔技だ。

アインズが倒れ砂が巻き上がるが、空中で強制的に回転させられ瞬時に変化した視界に混乱していた彼が見たのは、ジュンの足裏が眼前に振り下ろされる瞬間だ。

 

「力任せになりすぎ。円の動きを意識してコンパクトにね」

 

「あ、あぁ」

 

寸止めをしてそう指摘しながら手を差し出すジュンに、少し困惑しながらも、アインズはその手を取り立ち上がった。

アインズは、あの一瞬で自分が何故地面に倒れていたのか理解しきれなかったのだ。決して、チラリと見えた白い布地に目を奪われたからではない。

 

「よし。もう一本頼む」

 

「分かったよ」

 

「・・・では、始めて下さい」

 

アインズはジュンやアルベドから何をされたのか聞き、熟考の後にそう述べ、ジュンは微笑ましくも少し嬉しそうに承諾。十分に距離をとったのを確認したアルベドの一言で段取が再び始まった。

ジュンが半魔形態なのは手加減の為だが、この形態の全力の攻撃でも、クリーンヒットすればアインズは大ダメージ必至。しかも、さり気無く全力の一撃が繰り出されるため、アインズは油断する事無く真面目に訓練している。

ジュンが半魔形態+チャイナ風胴着を着用しているのを極力無視して。

この装備はモンク等素手での攻撃を用いるクラス専用の装備であり、対象のHPが必ず1残る手加減仕様。断じて彼女の趣味ではない。

 

通常攻撃を、パッシブスキルや装備品の効果等で『必殺の域迄高めれば、必殺技なんて要らない』というのがジュンの持論だ。

攻撃系・補助系のアクションスキルが、合計で50以下しか使えない様に、ベルセルクの仕様ギリギリ迄調整した戦闘形態はその極致。本来の習得数は、アクションスキルが200以上、パッシブスキルが300以上というビルドであり、習得しているスキルを制限し、装備をも制限する事で能力を上げるベルセルクを取得している事から、狂気的だ。

だがスキルの制限をした事で、一度に大ダメージを負わせる手段が少ないジュンは、『とりあえず殴る。攻撃は避けるか逸らせ』という超脳筋プレイだ。そんなプレイスタイルでPKKしまくっており、勝率は7割を超えるのは異常の一言。

ジュンの負けるパターンは、行動阻害・追加状態異常効果付きの連続絨毯爆撃がメインである。

 

「・・・フム。姿勢を崩す一撃に、バランスよく攻撃する事か。悪くないな」

 

「でしょ?で、肩とかの関節って結構動きを阻害するダメージに繋がるから効果的なんだよ」

 

再びジュンの寸止めで段取を終えたアインズは何度か剣を振りながら、先ほど貫手を受けた肩や、蹴られた膝の動きを確認し、半身になりその切先をジュンへ向ける。

構えのつもりらしい。

ジュンは剣の角度を、アインズの腕を少し持ち上げたり、手首を動かして修正し、さり気なく股の開き具合が大きすぎ、姿勢が低くなり過ぎていると、アインズの踵を土踏まずで軽く押したりして、色々と監修する。

結果、半身になり左手の剣は垂直に、右手の剣は腹を上に見せた状態で前方を捉える。各部関節は余裕を持たせる為に少し曲がっているが、鎧の厚さで分からない様な状態であり、一見、唯半身になり、切先を相手に向けているだけにも見えなくは無い。

顎が少し上を向いている事から、完全に相手をナメている様に見えなくもないが、重厚な全身鎧を身に纏い、大剣二本を普通の剣であると扱っている時点で、相手は威圧感を覚えそうだ。

まるで、ボクの考えたカッコイイポーズにも見える。ジュンはソレも意識して、敢えてこのポージングにした。

 

「アルベド。どうだ?」

 

「はい。実に雄々しく、逞しいお姿でございます。ですが、個人的には、もう少し威風堂々と攻撃する為の格好が良ろしいかと」

 

アインズには、この格好がどれ程の意味があるのか不明である。内心、カッコイイかも等と考えていたりする程度だ。

だが、この格好。実は反撃重視だったりする。

大剣2本も持っている事から攻撃特化に見えるが、通常の剣の如く扱えれば攻撃範囲は防御範囲にもなる。また、間接の余裕を鎧の厚さで隠す事で、直ぐ動ける状態で待ち構えるカウンターの姿勢だ。また、敢えて腰を落としていない状態であり、アインズ自身の背格好から下からの攻撃を誘っている。手前に来ている右手に持つ剣の腹が天に向かっている事から、その姿勢のままで、直ぐに振り下ろせない状態であると認識させる。

右手は右側の攻撃(背後も該当する)に対応する為の剣であり、下から来れば蹴りや肘打ちを繰り出し、左手の剣はバランサーであり、その他(上空も含む)への対応用や追撃、防御に残している状態。

円を描きながらの連続反撃を可能とさせる姿勢なのだ。

 

アルベド自身警戒はするが、これ程挑発的に見える構え方。剣の構え方も知らないと思われる構え方に罠が仕掛けられているなど、目の前で監修されていなければ気付けなかった程。

支配者たる者。目上に立ち、死ねない立場にあるならば、護りの剣を学ぶのが当たり前だ。だが、アルベドにとって人間は雑魚を通り越して虫である。虫ならば、踏みつぶしてしまえと考えている。

故に、この警戒している待ちの構えではなく、攻撃に転じやすい姿勢を取るのが良い。そう考察した結果だ。

だがアルベドの一言はジュンを刺激する結果になる。態々アルベドも参加させた意図を、彼女が汲み取っていないのか。アインズの身を案じていないのかと。

 

「今のアインズさんが堂々と攻撃しちゃ、力任せになりやすし、避けられやすいんだよ?」

 

「ジュン様。お言葉でございますが、下等生物相手では全て吹き飛ばすのが良いのでは?」

 

「ぇっ?おい・・・?」

 

双方ともに笑顔で見つめ合うアルベドとジュン。何故か寒気を覚えたアインズは小さく疑問の声を漏らすが、2人は気づいていない。

アルベドも理解している。今のアインズは近接戦闘初心者である。ジュンが万が一が起きないように、軽戦士を代表とするインファイターを警戒しての行動だとも。敢えて肉が有る相手が受ければ面倒になる攻撃をアインズへ行い、ソコを狙うようにし、リスク軽減の為軽い攻撃を推奨し、大振りな一撃を振るえない状態にしている事も。そして、その一方で後々の為か攻め手を強化する下地を意識している事も。

アインズの身の安全を第一とした姿勢は共感出来る上に、防御特化である己の目の前で鍛錬する事で粗探しを行っており、つい反応した点を把握し、ソコを重点的に修正を加えている。

だが、アルベドは共感を覚えると同時に怒りを抱いていたのだ。

これではナザリックの者が、アインズの盾となって死ぬばかりか、偉大な支配者に守られる愚物に成り下がってしまうと。

中途半端な力は男の過信を増長させる。冷静沈着であり慎重であるため、ありえないだろうが万が一アインズが己の力を過信し、最悪な結果に至る事は許されないのだ。

王は王座に座り、指示を出していれば良い。前線に立つのは王の目であり、耳であり、肉体である我々が行えばよい。アインズがモモンガに戻り、そんな柵を断ち切る選択をすればアルベドは喜んでジュンの考えを支持するだろう。だが、それは出来ない。アインズと名乗った以上、その双肩にはナザリックが乗っている。慈悲深き愛しきヒトが支配者であり、ソレを護るとした決意。

ナザリック地下大墳墓を守るという意思は慈悲深い。だが、その根底にあるのが、去っていった他の至高の御方への思いが根底にあるとアルベドは考えている。

故にアルベドは忌々しく、憎々しく思いながらも、アインズの幸せを願い、隙有らばその心を得たいと想うのだ。愛は祝福であり呪いであるのか。其れを知った時、彼女は許せるのだろう。

 

「アインズさんが近接の立ち回りを覚えて、自衛力を増すのが気に食わないの?盾になる事が減るから?」

 

「何を仰っているか理解できません。虫相手に防御は不要と思うだけです」

 

だが、其れはまだ来ぬ事だ。

アルベドの私欲も含まれてると感じたジュンに、図星を突かれた事を隠し、言外にジュンを臆病者と言うアルベド。

本来であれば、安い挑発であり、ジュンは買わないだろう。だが、苛ついていた事もあり、アルベドへ笑みを浮かべる。一見穏やかそうだが、威圧感を伴うものを。

双方共に華麗な美人であり、浮かべている笑顔は優しげなものであるが、その双眸は怪しげに光を持ち始める。まるで鏡合わせの存在かのようであるが故に、威圧感が相乗効果で高まってるようにアインズには感じた。

万が一が起きぬように、時間稼ぎや、致命傷を避けようとアインズに防御法の習得を勧めるジュン。己の身を盾として護ると決意しているアルベド。まるで同じ物質だというのに、正反対の性質を持っているとも見えなくもない。

 

(クソっ・・・如何するべきなんだっ!)

 

だが、現状は非常にマズイ。

ジュンとアルベドが仲違いをする事は、今後を左右する悪手。だが、アインズには、この仲違いの原因が己の設定改変にあるのか、純粋に相性の問題なのか判別できない為、行動に移るのは躊躇われる。心の中で悪態を付く位しか出来ない。

そして、2人が謀反や己へ不利益を齎す事は無いという信頼感があるのが、この場を諫めない要因なのだから動けないのだ。

下手にアルベドの肩を持てばジュンが去る可能性が高まる。

下手にジュンの肩を持てばアルベドが己に分からぬ範囲で行動し、ジュンを追い出そうとする可能が有る。

美女達の放つ威圧感に、ビビッているだけかもしれないが、決めかねているのは事実だ。

 

「おや?賞味期限切れが何か粗相を起こしたのでありんすか?」

 

「誰が賞味期限切れだゴラ!このポイズンクッキング!」

 

「ああ゛っ!?」

 

そんな絶望的な岐路を救ったのは離れて様子を見ていたシャルティアだった。シャルティアは、周囲の防衛についてアウラとマーレに相談する為に来たのだが、現状が非情にマズイと直感的に行動した。

シャルティアは己の介入でこの揉め事を、『ナザリック内の問題』へとする為に、あえてからかい半分でアルベドへ話しかけ、着地点や冷静さを見失っていたアルベドは乗った。

乗ったが、双方共にチョイスした単語が問題だった為、同じナザリック生れであるからか、ヒートアップし、深紅と紫紺のオーラを纏い言い争いを始める。

そんな2人の行動に、ジュンも気が削がれたのか、不機嫌そうにアインズの傍へ戻った。

 

「まったく、カオスだよねー」

 

「その通りです。実に嘆かわしい」

 

問題が大きいモノだと捉えていないアウラは溜息混じりにそう言うしか無かった。それに反して、重大な問題だと捉え、どのタイミングで介入するか機を見計らっていたデミウルゴスは眼鏡を位置を修正しながらも、頭痛が酷いのか、眉間を軽く揉む程だ。

デミウルゴス的にはシャルティアの介入は意外であった。あったが、女性の揉め事へ問題を遷移できれば、これ以上の結果はない。不機嫌そうなジュンへアインズが話しかける姿は、どこか日常的でも有る。

 

「デミウルゴスさん。どうでした?」

 

「アレに関してはもう少し情報を集めてからだね。然るべき時にアインズ様へ報告すべき案件だよ」

 

何処か苦労人に見えなくもないデミウルゴスの様子に空気をかえるべく、マーレは捜索で知った事の確認を行ったデミウルゴスへ問いかける。

デミウルゴスの答えは簡潔なモノだった。対策の為にもと、色々調べているのだが、相手のレベルなどがハッキリしない事や、周囲の者たちが弱すぎる為、伝承が有ったとしてもハッキリしないとも思う。一番手っ取り早いのは全守護者で破壊する事だが、この選択は彼には選べない。

不思議そうなアウラとマーレを他所に、デミウルゴスはコキュートスとエンリの鍛錬している姿へ視線を移した。

深紅の髪を触手の如く変幻自在に動かし、関節部や、武器を握っている指を狙ったり。地面を蹴るのを、敢えて無駄に力を入れる事で砂塵を巻上げたり。等々レベル差が2倍近く有るのを気にせず。果敢に攻めるエンリの姿はデミウルゴスの目でも意外と楽しめるモノだ。

その四肢に傷を受けようとも、唯コキュートスを見、戦闘を楽しんでいる姿は実に面白い。コキュートスも楽しんでいる雰囲気なので尚良しとも思う。

 

「それにしても、彼女はよくやるモノだね」

 

「デミウルゴスの言う通り、実に有用だ」

 

デミウルゴスは理解していた。今、結果的にアインズを一番満足させているのはエンリである。その行動原理は悪魔らしからぬモノだが、ジュンやアインズも可愛がっている様子である以上、彼には文句も何も無く、その向上心に感心するだけだ。

デミウルゴスの呟きに、いつの間にか彼らの背後へ移動したアインズも同意した。

デミウルゴス達は跪こうとするが、アインズは軽く手を上げる事で制止した。その傍には相変らず不機嫌そうなジュンの姿が有る。どうやらご機嫌取りは中途半端になっている様子であり、ヒートアップしているシャルティアとアルベドは、相変わらず言い争っていた。その姿がブラフであるとデミウルゴスは気づいており、更に頭痛を覚えなくもないが、鋼の忠誠心で抑え付ける。

 

「これはアインズ様。ジュン様。もうよろしいので?」

 

「私達の会話を聞いていたのか、コキュートスもエンリもよくやってくれるからな。実に分かりやすい」

 

「2人が聞いたら喜ぶで事しょう」

 

胸に手を当てながら、紳士的な一礼を見せるデミウルゴス。アインズもコキュートスとエンリの立ち合いを鑑賞しながら、実に満足げに頷く。

デミウルゴスはジュンの指導がどのようなモノかは知らない。だが、コキュートスの攻撃がコンパクトであり、エンリの攻撃が甲殻ではなく、防御の薄い関節部や指への狙いが多く、無茶な攻撃はしない。時にコキュートスのバランスを崩そうとしたり、フェイント代わりに目を狙ったりした攻撃が多い事に気付いていた。

思う事が無い訳ではないが、アインズの満足している様子に、そう返すしかない。

デミウルゴス的にも、アインズがそんな小手先の技を学ばなくとも良いとも思えるが、対処できるように。という意味では、知っているのと知らないのでは違うのは理解していた。

 

「・・・エンリが特殊な事例だと理解しているが、検証が出来ないものか」

 

「シモベ・・・可能なら守護者が現地人を孕ませれば良いって、変な事考えてません?」

 

アインズの呟きは流石にジュンも看過出来なかった。そして、ソレはたっち・みーもだ。ソレを止めるべく、ウルベルトの幻影も現れジュンとアインズを見つめる。

デミウルゴスは、己が計画していた『新たな種族を生み出す神聖な神事』をアインズも考慮している可能性を感じ、少し楽しみに思う。

ジュンの脳裏に、同人誌みたいな行動をするデミウルゴスとコキュートスの姿が浮かぶが・・・合わないと考え直し、脳裏から消えている事は知らない。また、言ったけど有り得ないとも思っている。

 

「セバスを心配している。たっちさんソックリだからな。アレはモテるだろう」

 

「あー・・・確かにそうかも。将来的には戦力増強になるかもね」

 

アインズはジュンの言った事が結果的に、己が求めている検証を行う方法だと知る。

そしてアインズの脳裏に、咄嗟に浮かんだのがセバスだっただけだ。内心、可能性でしかないと思いながら話すが、ジュンはアインズの言葉に、結果的にそうなる可能性が有るのを思い至る。

 

たっち・みーの光は実に苛烈すぎた。

 

2人の知るたっち・みーは清廉潔白・八方美人なナイスガイ。妻子のいないセバスならば、可能性が無きにしも非ず。異種婚して子を成せば、新たな種族が生まれるだろう。

愛が有れば有り得る内容に、ジュンもアインズの言った事に納得してしまい、アインズも求める検討が意外と早くできそうな気がしてきた。

たっちは、アインズにとってヒーローであり、今でも尊敬している人なのだ。そんなたっちとソックリなセバス。一か月もしない内に、女の1人や2人、無自覚に落としていてもおかしくはない。そう考えてしまった。

 

尊敬や善意は時に、悪意無き刃となるのだ。

 

『冤罪だ!?モモンガさん!ジュンちゃん!』

 

『フン。無自覚に落として、社長秘書から情報を引き出したのは誰だったか』

 

2人の言葉に慌てたのはたっちである。思わず触れないのも忘れてジュンの肩を掴もうとするが、ウルベルトがその手を掴み、止めた。慌てている相棒の様子が面白いのか、喉をクツクツと小さく震わせて笑う。

そんなウルベルトの様子に苛立ったのか、たっちはその手を払い、そのままウルベルトを指さした。まるで意義あり!と言っている弁護士っぽいポーズである。

 

『そういう君は、普通に口説いて操り人形みたいにしていただろう!』

 

『知らんな』

 

反論の論点がズレている気がしないでもないが、ウルベルトは気にせず、マントの裏から葉巻を取り出して咥え、葉巻の先端を人差し指を近づけると魔法で火を着け、大きく息を吸い込んで紫煙を吐き出して笑う。何がそれ程面白いのか謎だ。そして、その動作が自然すぎる。地味に幻影でも魔法の練習・把握に勤しんだのだろうか。

 

「・・・ウルベルトさんは、普通に女性を口説いていたのか?」

 

「ルックスと経済力、権力にしか興味がない女は良い駒だって、ワイン片手に高笑いしてたのは覚えてる」

 

唯一幻影会話を聞こえる。見えるアインズは仲間たちの知らない一面が気になったのかジュンに問えば、帰ってきた答えは、ハッキリ言っていい大人がして良いのかと言いたくなるモノだった。どんな小芝居だ。

ジュンも当時、何故兄がそんな行動を取ったのか分からなかったが、取り敢えず空のワイングラスに注ぎ足した。ウルベルトは一瞬見られた事に硬直したが、何事もなかったかのように振る舞うジュンに流されていたりする。

結構面倒な仕事が片付き、見た目だけの地雷女を良い感じにフれた結果に、ストレスフリー状態でついハメを外して喜んでいただけだ。決して彼がいつもこんな行動を取っている訳ではない。現実ではと前に付くが。

 

「なるほどな・・・」

 

「アインズ様がご所望なら、誠心誠意頑張らせて頂きます」

 

アインズの視線が呟きと共にデミウルゴスへ向けられる。デミウルゴスが口説けば、スキルの関係上、この世界で抗える女は少ない可能性が高い。

だが、ジュンの視線に冷たいモノが混じっているのに気付いたアインズは、此処では諫める事にした。

決して、デミウルゴスの楽しみだと考えていそうな良い笑顔を止めさせる訳では無い。

 

「デミウルゴス。女が踊る姿は美しいが怒らせれば面倒だ。事に当たるならば侮るべきではない。女の勘は予知能力に匹敵するやもしれんのだ」

 

(このエロ骸骨・・・)

 

アインズの一言は、まるで百戦錬磨では無いか。

アインズ自身はチェリーだが、営業先で女性が相手だと非常に面倒であり、小賢しく狙いを気付かれ苦い思いをしただけなのだが、ジュンはリアルでの兄の行動を、兄がたっちと共に飲んで騒いでいた為良く知っていた。

価値観も女へシフトした関係か、アインズを見る目が冷たくなるのは当然かもしれない。

少なからず知っている相手の裏の顔を想像したのが気に食わないのか、それとも別に原因が有るのか。内心悪態をつくジュンは、何故か不機嫌になる己の心に、完全に振り回されていた。

 

「これは大変失礼いたしました」

 

ジュンの冷たい視線と、苦々しい声音のアインズ。

デミウルゴスはジュンの不評を買えば、矛先がアインズに向きそうだと考え直し、計画の修正や隠蔽を更に深めるべきだと判断した。

先の会話から、善性のセバスが結果的に、人間的な『愛のある結果』であれば問題無さそうな様子。デミウルゴスはセバスが忠誠心に反する行動をするとは思えないが、情に絆され、疑われる行動をする可能性を支配者2人が考えている事に優悦を感じなくもない。

故にこの場はしっかりと一礼し、流すことを選んだ。

 

「だいたい。兄さんは理想が高いんだよ。最低でも甘えてくる、甘えさせてくれて、支えてくれる女性っていないよ」

 

苛立っているジュンは兄との会話で思い出したのか、そんなイキモノいないわと言わんばかりに酷評した。相反する属性持ちでギャップ萌えなのかと、当時ぶくぶく茶釜に相談し、茶釜はある意味己の罪を突き付けられた気がした。まぁ、面白そうだと考え直し、ウルベルトに暫く優しくするように、と逆に悪化しそうなアドバイスもした。実に嫌がらせである。

 

(いや。ジュンさんみたいな女性じゃないかソレ?)

 

(ウルベルト様の好みを、このような形で知ることになるとは・・・実に魅力的な女性像ですね)

 

ジュンの一言に、アインズが真っ先に浮かんだのがジュン本人である。

デミウルゴスも自身の造物主の意外な女性の好みに、共感を覚える。子は親に似るというが、デミウルゴス的には愛を授ける事は有っても、献身的な愛を受け取った事が無いので素晴らしいとも思える。なお、悪魔的で献身的な愛はデミウルゴスも不要に感じる。

悪魔は恐怖や不安を与えられる事は有っても、与えられる事を好まない事が多い。特に上位になればその傾向が強い。基本、S属性が多いのだ。

 

『相棒・・・』

 

『見るな。そんな目で俺を見ないでくれ』

 

一方。まるでエロ本を発見され、晒された気分を味わっているウルベルトは葉巻を取りこぼし、三角座りで落ち込んでいた。たっちの何処か優しげだが、同情を感じさせる目が、ウルベルトの心を突き刺すナイフになっているとは気付かないだろう。

幻影の会話や様子に、気の毒に思ったアインズはNPCもいる手前。少しはフォローしようと考えた。

 

「好みは色々だが、何らかの形で支えてくれると男は滾るモノだ」

 

「理解できるけどしたくないよ。ペロロンチーノさんはちっちゃいのが好き。兄さんと、たっちさんはお尻や足。タブラさんは着痩せする事。建御雷さんはヘソとか、くびれ好きだし・・・」

 

なお、全てジュンの記憶からである。

悲しいかな。ユグドラシル時代。野郎同士が故にフェチ等を語り合った紳士的な談話がこの場で日の目を見てしまった。

猥談に参加しない面々も、ペロロンチーノ主催、協力るし☆ふぁーの大暴露大会で、女子3人がいない内に暴露してしまっていたのだ。なお、当時の価値観でジュンの好みは一般的な胸であり、モモンガは尻も含めたハイブリットだったりする。ある意味忌々しき遺産だ。

ジュンの視線がアインズを捉えた瞬間、彼の中で警笛が鳴り響く。苛立ちが収まっていないと言わんばかりの視線の冷たさに、アインズはその背後にいる守護者達の異変に気付き、好機を手にした。

 

「ジュン。それ以上は良くない」

 

「え?あ・・・」

 

アインズは、半ば無理やりジュンの肩を掴み、アウラ達の様子を見せた。

幼い容姿であるアウラやマーレの前で話す内容ではないと、ジュンは冷静になり、思わず口を噤む。

 

「なんだか、ドキドキした」

 

「大人な会話だよね。僕はどうなるんだろう・・・」

 

「少し早い話だったかもしれないが、参考にはなっただろう?」

 

だが遅かった。

2人の目の前では、顔を赤くしたアウラが、思わず自分の胸や腹部、尻や大腿部を擦りながら体型を気にし、マーレはそんな姉の様子にアウラの手の動きを目で追っている。外見年齢が10歳前後であり、性への軽い目覚めを覚える年頃なのだろうか。双子の姉弟だが、女性的なパーツを気にするのに、姉の体を見る。女装男だが彼も男だ。華奢で女の子らしい彼だが、己が男だと確りと理解している証拠かもしれない。

そんな2人を微笑ましく眺めるデミウルゴスが嫌に味を出している。悪魔は純粋な者が汚れていく姿を見るのも、楽しみの一つだ。また、アインズが言った内容を考慮するならば、性教育を行うべきかと思案しているのが実に悪魔らしい。実演を何らかの形で見るのも手だと考え、仲間であるアウラがオーバーヒートを起こすのまで幻視し、ナザリックの者を己の愉悦の対象にしてはいけないと考え、自制する辺り仲間思いなのだろう。悪魔だが。

ぶくぶく茶釜の幻影が何かショックを受けた様子で、ピンクのグミみたいになり、痙攣しているのはアインズの秘密だ。

 

(肝心のモモンガ様の好みは何なのよ!?アイツ等の趣味はどうでもいいから、ソコを言いなさいよこの●●●●!)

 

(この姿はペロロンチーノ様の好みでありんすか!あぁ、幸せでありんす。この姿でアインズ様を射止めて見せますえ!)

 

ポーズの口喧嘩を止めて清聴していた2人は、実に正反対だ。

アルベドは内心ディスっており、シャルティアは、ペロロンチーノが聞けば卒倒するような事を考えていた。無意識にタブラの趣向が反映され、脱がなくてもナイスバディだが脱いだら更に凄いアルベド。意識的に反映され、無いっすバディなシャルティア。

これも、親の心子知らずの一例だろうか。知らないほうが良いのかもしれない。

 

自身の趣向を晒された野郎5人は、思わず両膝を着き、地面を転がる者。叩く者。項垂れる者と結構バリエーションに富んでいた。

 

『『『『『モモンガさん。止めるならもっと早く!』』』』』

 

『『『サイッ・テー』』』

 

(すいません。我が身がかわいいんです)

 

そして、暴露されなかったアインズを思ってか血涙を流しているのが印象的である。そんな5人とアインズを、復活したぶくぶく茶釜を代表に女性陣全員でトドメを刺すべく絶対零度のを視線を向けている。実に手厳しい。

女性的な観点から、己から誘惑する時以外だと、性的な視線を向けられるのを酷く嫌う傾向がある。男の注目や、可愛さ等で選んだ服装だとしてもだ。

リアルで打ち上げをした際、会ったことがあるが故に余計に気になるのだろう。男的には自意識過剰と言いたくなり、冤罪だと叫びたくなる。

ジュンに恨み言を言わないのは、男性陣は元々女性的だったがゆえに思いつかないのだろうか。女性陣的には、アインズが同人誌的展開を望んだ様に考えているとジュンが推察した。推察するような事を言ったのが原因と捉えており、ジュンを男性陣同様、無意識に女性と見ていた為だろう。

アインズの心の中で呟かれた謝罪は、同志を憐れんでいる気がしないでもないし、デコイにした可能性も否めなかった。

 

「守護者達よ。後程会議を行う。情報の精査や資料の用意を頼む」

 

ともかく、コキュートスとエンリ以外はかなりハチャメチャである現状。一度色々とリセットする事が好ましいと判断したアインズの一言は正に鶴の一声。皆が皆思考を再開し、コキュートスを除く守護者一同が一斉に返事をして、行動を再開した。

一方のコキュートスは息を切らしたエンリを前にしており、他の皆の様子から此処までだと判断した。エンリも呼吸を整えながら、アインズが元の魔法使いの姿に戻り、アンデッドを召喚している事から次の鍛錬が始まるのを理解したのだ。

 

「コキュートス様。またお時間が御座いましたらお願いします」

 

「ウム。新シキ仲間ヨ。アインズ様、ジュン様ノ為ダ。私ニ出来ルコトナラ任ヨ」

 

息を整えたエンリは一礼し、色々と昂ぶっている為か好戦的な笑みを浮かべた。コキュートスとしてはその向上心が実に良いと判断しており、何処か聞こえずらい声音だが、明らかに楽しみにしていそうである。

 

「そうだね。今日は私も協力しようか」

 

「あ、ありがとうございます。デミウルゴス様」

 

そんな中、デミウルゴスも悪魔召喚をしながらニコヤカに笑う姿に、今日は帰りが遅くなりそうだとエンリは思う。

闘技場は気づけば悪魔とアンデッドの群が形成され合計で300体以上はいる。この世界の者達で、彼らの脅威を理解する者が見たら卒倒するのは間違いない。

能力的にはレベル40以上が30体。一度に10体以上の部隊と戦う事になるだろう。息が整ったエンリは、コキュートスとデミウルゴスに一礼して、群へ切り込んでいった。

 

「アインズ様ト、ジュン様ハ実ニ良イ拾イ物ヲシタ。彼女デアレバ任セテモ良イ」

 

「不安はあるが、君がそう言うなら良いかな」

 

勇猛果敢、孤軍奮闘。

エンリの傷を負いながらも、刃を、足を、髪を振るう姿にコキュートスは認めていた。何度か満足気に頷く同僚の姿に、2人の道楽の付き人の一人がエンリになるのをデミウルゴスも認めたのだった。

 

エンリがカルネ村へ帰って来たのは日が完全に沈み、家々では食事を始めている時間だった。

鍛錬の一部としてナザリックから帰るのは転移門を使わない事を決めているのは、足場の関係等でバランス感覚を養うのと、身体能力に慣れる為だが、この時ばかりはお願いすべきだったと悔やんでいる。また、悪魔と死者の連合軍を確りと全滅させるのに時間がかかってしまったのが最大の要因だ。

闘技場ではドラゴン・キン達がせっせとその死骸等を掃除している。かなり派手な様子であるが、アウラが仕方無さそうに首を横に振っているのが、その光景を見るマーレには印象的だった。血と肉片が散乱し、アンデッドすら動けない程に破壊され、痙攣する肉塊が実に美意識に欠ける。だがエンリが鍛錬を頑張った証だ。

 

「遅れてゴメンね、ネム!今用意・・・あれ?」

 

「お帰り。今日は私が作ってみたからねー」

 

「ジュ、ジュン様が御作りになられたんですか!?」

 

「うん。手を洗っておいで」

 

門を慌てて開け、息を切らしたエンリが見たのは料理が並べられて、席に座りエンリを待っていたアインズ達の姿が有った。ジュンが朝のワンピースにエプロンを纏い、更に鍋を手にして笑顔で言う姿にエンリは驚愕を通り過ぎ、唖然としてしまった。偉い人は自分で料理等は作らない。作っても趣味のお茶程度であると認識していた為だ。咄嗟に配膳を手伝うべきと考えるも、ジュンの一言と共に放たれた洗浄の魔法で、服や体に付いた汚れが一掃される。だが気分的な問題なんだろうか。ジュンの一言に、エンリは後ろ髪を引かれる思いもある中、手を洗いに行くしか無い。

 

「どうして?なんで?ジュンには料理人のクラスは無いのに、何で作れるの?この世界の法則は・・・」

 

並べられた料理の数々に、アンジェは頭を抱えて小さく呟くしか無い。色々と精神的にダメージを受けた為だ。手を組み、ソレを支えにするように額を当て、項垂れていた。

 

ナンのようなパンが並び、中央に置かれた鍋にはコーンスープが入っており、各自の前にも色々と並んでいる。メインなのかウサギのグリルがあり、肉の上にハーブが添えられている。切れ込みを入れ、蒸かしたジャガイモにはさり気無くベーコンが覘かせており、オリーブオイルが少量かけられたモノと、バターを乗せられたモノが2種類用意され、少しアッサリしたモノが要るだろうと、数種類の野菜にバルサミコ酢を混ぜたサラダが有った。デザートは少し焼かれ、八等分にカットされたリンゴらしき果実にハチミツを垂らしたモノだ。

 

この世界に合わせたのか、塩とコショウ等基本的な調味料の使用は控えめだが、トブの森で採れるハーブは多く使い、ナザリックより持ち出したのは牛乳、大豆、白ワイン、ベーコン、バターと3種類の野菜にバルサミコ酢とオリーブオイル、ハチミツである。

レア度は下位であり、スカイ・スカルよりナザリックへアイテムを運ぶ際に見つかったアイテムで、ジュンとしては処分ついでに使ったのだ。まだ色々と食材系は有るが、保管系アイテムに入れておけば品質は劣化しない為、使い道に迷ってしまう。

ともかく、少量しか使われていないが炙った黒コショウの香りが豊かであり、食欲を誘う食卓だ。

エンリは、見慣れない食材の有る無しもあるが、夕飯で6種類の料理が並んでいるのは豪華に思ってしまう。一般的な農民は、1か2品目で食べるのが普通だったりする。朝、エンリは結構頑張ったのだが、ソレを知らなかったジュンは作っている内に楽しくなったのか、作りすぎてしまった。

料理が出来ずに落ち込んでいるアンジェと、朝の献立が非常に不満だったのかと内心焦っているエンリ。

エンリの笑顔も元気がないのモノへ変わる。

 

「アンジェ様とお姉ちゃん。疲れてるねー」

 

「ハハハ。気にしてはダメだぞネム。さて、冷える前に食べるとしよう」

 

「はーい!」

 

二人が落ち込んでいる様子に、ネムは心配そうに見るが、アインズの一言で意識を変える。

ネム的にも美味しそうに思えた為だろうか。元気よくそう言って、パンに手を付け、ソレが合図になったのか、皆食べ始めた。

 

(こ、コレはリアルで貰ったモノより美味いじゃないか!これが、本当のジュンさんの手料理・・・何故作れるか、バフ効果が無い何て関係ない。食べれて良かった)

 

(うーん。塩やコショウの制限がなぁ・・・)

 

(ジュン様。苦手な事って有るのかな?お役に立てる事は有るのかな?)

 

アインズは実に満足気だが、ジュンは調味料の制限が思ったよりキツイ事だと思い知る。だがエンリは、自身が仕える相手のスッペクがとんでもない事だと思い知った。

パン一つにしろ、生地には灰汁を抜いた木の実を砕いたモノとオリーブオイル、各種香草が練りこまれており、塩の主張がさり気無いモノだが、それ故に小麦や木の実の甘さが強調され、香草の爽やかな風味が鼻腔を吹き抜け、味覚と嗅覚のバランスを整えている。何より、黒パンと違い噛み千切りやすく、顎が疲れにくいのが魅力的だ。

手間暇がかかっているのは間違いない。そして、少しでも食べやすく、美味しくなるように工夫されている。ジュンの作った料理はそう自己主張していた。

 

「美味いぞジュン。やはり、君の料理は最高だ」

 

「お世辞を言っても、毎日は作れませんよ」

 

アインズが目尻を緩ませて言った一言に、ジュンは少し照れているのか頬を淡く、赤く染める。

エンリとアンジェは、敢えて何も言わないのだが、ネムは2人のそんな様子から、興味深そうにアインズとジュンを、小さく交互に見ていた。何か期待ているような、何かを知りたそうな目は実に好奇心に満ちている。

 

「君の作った味噌汁を飲みたいのだが、実に残念だな」

 

「もう。けど、味噌汁かぁ・・・お米、何とかしたいなぁ」

 

ネムの視線は気づいているが、何でも無い様子だ。アインズの残念そうな声音に、ジュンはどうしたモノかと思案してしまう。アインズの希望から、味噌汁に合うモノと連想した結果、米が出てきたのだ。

培養系食材だが、何とか天然物に近い味を保っていたのが米であり、それは貧困層も食べなれた味なのだ。言うなれば故郷の味だろうか。

 

「無かったか?」

 

「栽培。ナザリック内部には適した土地は無いし・・・しばらく我慢だね」

 

空振りだと判断したアインズだが米は彼的にも食べたくなる物。

ジュンは天然物の栽培をどうするか悩んでしまう。彼女の知識では、精米後の米では発芽しない事くらいしか知らないのだ。また、屋内栽培だろうが天然物の栽培方法は秘中の秘。おそらく、企業上層部が賄賂にでも使っているのだろう。ネット上に栽培方法の情報は存在はせず、植物学者辺りなら、まだ知っている可能性が高いくらいしか分からないのだ。

またジュンは、今はまだ在庫が有るが、鰹節や昆布系の食材を何とかしたいと考えている。だが、醤油や味噌の制作方法の情報不足等、難点が多い。植物であれば、種として利用が可能かは『真実の目』を使えば一目瞭然だろうが、栽培方法や作成方法が全然分からないのが大きな課題だ。

食品関係である事から、ダグザの大釜でユグドラシル金貨を消費すれば品質度外視であれば補給は容易だろう。

ジュンとしては、エクスチェンジ・ボックス(通称:シュレッダー)を使えば手に入るが、ユグドラシル金貨を趣味趣向で消費するのは許されるべきではない。ナザリックのトラップ再使用等も含め使用しなければならい上に、万が一、守護者が死亡すれば復活の為に、大量消費しなければならないのだから。現段階での浪費は好ましくないのだ。

幸いと言うべきか、人手が出来た。旧陽光聖典はジュン直属である。彼等を使えば類似した植物の栽培方法を手に入れる事は容易である事だと判断した彼女は、会話を打ち切ろうとしたのだが少し気になった事がある。

 

「アインズさん。スープが」

 

「ん?すまんな」

 

コーンスープには豆乳を入れており、火の調整を少々ミスしていた為、湯葉が出来てしまっていた。

アインズは気づいて無いが、丁度口端に付いている状態であり、席も隣だった為に、ジュンはソレを人差し指で拭いそのまま口にしたのだが、その取り方に問題が有る。

双方共に、笑顔で穏やかな雰囲気だが、実際は異なっていた。

 

(ちょっ!?ダ、ダメだ。落ち着け俺!)

 

(あれ?どうしたんだろう?)

 

(気づきなさい。気付きなさいよ。胃と胸が痛いわ)

 

ジュンは、アインズの口端からゆっくりと人差し指で上唇をなぞり、次は中指で同じ口端から下唇をなぞる。アインズが美味しそうに己が用意した夕食を食していたのが嬉しいのか、はたまた、食べている雰囲気が子供ぽかったのがおかしかったのか、小さく笑みを浮かべ、そのまま指を己の口へ運んだ。

アインズの目がジュンの瑞々しい唇に囚われ、その白魚を思わせる指先の消えた先を捉え、耳がクチュクチュとした水音を拾う。そして、静かに抜かれた2本の指をジュンは少し目を細め、もう一度舐めた。

アインズには刹那の如く短い時間が、異様に長く感じ、その一度抜かれた際に出来た銀糸を凝視し、再び、舐め取られた際の表情とその唇の艶やかさに意識が持っていかれた。異様に蠱惑的で挑発されていると感じ、熱を下腹部に感じたのだ。

 

故に冷静になれた。

アンデッドになった為に感じていなかった、命の熱を帯びた感覚は、困惑と共に狂喜させるに足りるのだから。猛火の如く一気に感情のバラメータが振り切れ、精神攻撃無効化の副産物、精神安定が発動し静止した。

 

ジュン的には、兄との食卓で米粒を取った時と同じ感覚で拭い取っただけであり、味わって食べただけなのだ。故に、何故アインズが硬直したのか分からない。

ソレを見ていたアンジェは思わず胃の辺りを押さえ、エンリとネムは数日前に失われた筈の、家族団欒の夕食の雰囲気にアインズの変化等気づいていない。

エモット姉妹は、実父が露骨に、父からオスになった瞬間を知らないのか、男性のそういう視線に疎いのだろう。

 

(まだだ。悪手は避けなければっ!)

 

溜息をついているアンジェに、ますます困惑してしまうジュンは眉をハの字にしてしまう。まさに無知と言わんばかりの表情だ。

成熟した女性の姿で無垢な幼子の雰囲気。それがまたアインズの征服欲を刺激するが、思い留まる要因となる。己の色に染め上げたいと思うのは男の欲だ。だが、傷つき、恐れられて逃げようとするかもしれない。

そんな選択をする程アインズが愚かでなかったのはジュンにとって幸いだったのだろうか。アインズの心の声は己への宣言にも取れそうだ。

 

「冷えてしまっては勿体ない。早く食べるか」

 

アインズの口調は穏やかで、優し気な表情を浮かべているが、理性が本能を抑え込んだ瞬間でもあった。ジュンは静かに頷き、匙に手を伸ばした。

今すぐにでも己のモノにしたい。組み伏せ、屈服させたい。自分の傍から離れられないようにしたい。そんな黒々とした欲望を、欲求を抑え込んだアインズの瞳の奥に鬼火が揺らめいているのを無視して。

 

(?気のせい、だよね・・・?)

 

ジュンは一瞬アインズの人の顔の左半分が、元の骸骨のモノであると幻視し、それが恐ろしいと思うと同時に、何か期待するかのように心臓が一度大きく跳ねた。

一瞬感じたソレをジュンは勘違いとしたのは、彼女の『心』が未成熟だからなのだろうか。

ジュンは気付かない。

米粒をとる感覚で、スープを拭うにしても、もっとソフトなモノとなる筈。だというのに、態々見せつける様に口に含んだ理由を見て見ぬフリをしているのだ。

関係が崩れるのが怖い。アインズの心を『得』ようとしている女がいる。不安が募り、強い生存本能が目覚めの時を知らせている。そう、心の奥にいる『女』が叫んでいるのに気付かないフリをしている。

 

少し問題が有ったが、こうして一日は過ぎていった。

 

翌朝、エンリは初めて大物を仕留め、村に帰ろうとしている時にある音を聴いてしまった。その音は人間では聴き取れぬ低周波数の物だ。

 

(・・・えーっと、シチューにしようかな。それとも、アンジェ様に相談しようかな?)

 

ゴブリンテイマーが持つ笛の音。犬笛みたいな物の音だが、人間に聞き取れない事を良い事に合図に用いられている。弱く長い音程は、敵対性が有るがゴブリン達だけで処理が可能なサインだ。故にエンリはのんびりと獲物を担ぎ上げ、歩き出した。

ぽたぽたと、切り裂かれた頸動脈から流れ続ける血液と、担ぎ上げた故に感じる弱っていく獲物の心音と擦れた呼吸音を聞きながらのんびりと、獲物の料理法を考えながら歩くのだ。

 

「さて、兄さん方。念の為に武器は置いてくれますかね?俺らも、武器を下げたいんでね」

 

「くっ・・・」

 

カイジャリの降伏勧告にたいし、皆が皆苦虫を噛みしめた表情で睨む。いや、睨む事しかできなかった。

人数では5人だが護衛対象が1人いる。護衛対象を含め2人は魔法詠唱者だが、護衛対象は馬車の上であり、完全に包囲されている上に弓に狙われている状態。馬2頭で引かれていた馬車だが、2頭とも怯えており、暴れる方向ではなく硬直している。鞭を入れても直ぐには走り出せないだろう。また、夜通しの強行軍で来た為に、皆が皆疲れてしまっている。

詰みだ。

皆、悔しそうにしているが、特に護衛対象の少年は、命の危機だと現状を理解しているが、護衛の冒険者達に武器を降ろすように言えない。冒険者達も、義理を大切にする者達がゆえに、彼の指示がなければ武器を降ろせない。

漆黒の剣の面々は、道中や冒険者組合で少年の必死な願いを聴いたゆえに、降ろす気はない。万が一の際はニニャと護衛対象を逃がそうと、チャンスを伺う野伏のルクルットは普段の軽薄さは微塵も見せず、周囲を睨み付けていた。

 

「まったく、困ったもんだ」

 

「なんだよ、ありゃぁ・・・」

 

彼等の様子と、エンリが帰ってきたのを感じ、カイジャリは実に面倒そうに後頭部を掻いた。

それに先ず気づいたのはルクルットだ。微かに匂う血の匂いに、思わずその方向を見れば、3メートル近くありそうな熊が森からゆっくりと此方へ動いて来ている。

10以上の統率されたゴブリンに加え大型の獣の出現。驚愕と共に強行突破を思案するが、ゴブリン達の警戒は解かれていない。無理だろう。

 

「え?」

 

先に気付いたのは、視点が高かった少年。ンフィーレアだった。よく見れば熊の首は力なく垂れさがっており、四肢は動いていない。熊は歩いていない。何かに担がれていたのだ。彼の困惑した雰囲気に、冒険者達は思わず彼に目を向けるも、熊が既に死んでいる事に気付いた。

故に警戒する。熊を仕留め、担いで連れてくる存在がいる事に。

エンリは普通に熊を投げ置いたつもりだが3メートルは上がり、落ちた。目算で300kgは有りそうな熊を軽々と。鈍い音と共に、落ちた衝撃で草花が揺れる。

彼女は、軽く首や肩を動かしていると、自身に視線が集まっているのに気づき、見てみれば唖然とした表情の友人と、護衛と思われる冒険者の姿が目に映る。

 

「ンフィーレア?」

 

「エ、エンリ!?」

 

エンリにとっとは、数日後には会う事になるだろうと思っていた人物がいる状態は、奇妙なものであり、不思議そうに首を傾げた。それが切欠になったのか、ンフィーレアの硬直が解け、また、心配していた相手のパワーアップ(?)度合に度肝を抜かれた。

ンフィーレアの知り合いだと、馬車等で聞いていた女の子が、目の前にいる女だと知った漆黒の剣は皆が皆困惑している。

 

「アレが言ってた・・・」

 

「確かに可愛らしいコですが・・・」

 

「けどよ。ありゃぁ・・・」

 

「実に逞しく、強そうなのである」

 

傭兵に似た鎧を着た、漆黒の剣のリーダーであるペテルの声には疑問が混じり、続けた魔法詠唱者のニニャの声は困惑したモノだ。

野伏のルクルットは明らかに冷や汗混じりであり、森司祭のダインは堂々とした結論を述べる。

ンフィーレアの話では何の力もない、村民の娘の筈だった。だが、この場で誰よりも強そうであり、一見農村の普段着を扇状的に着こなしており、胸元や首筋、腹部には隆々ではないが引き締まった筋肉が見て取れる。猫系のモンスターに似たしなやかさなのだろう。それでいて、熊を持ち上げ運ぶ事ができる筋力は冒険者である彼らにとっても驚愕に値する。

ミスリル、オリハルコンプレートを持つ冒険者なら出来なくもなさそうだが、これ程軽々と行えるかは疑問だ。

明らかなエンリの強さと、ゴブリン達のリーダーが彼女であると判断。襲われる可能性が無い事を感じた漆黒の剣の面々は完全にオーバーワークだったのだろう。安全が確保されたと感じ、ンフィーレアの承諾等の言葉が出る前に、緊張感が解けたのか座り込んでしまった。

 

「撤収だー」

 

「あ、解体お願いねー」

 

明らかに疲れを見せる彼らに、エンリは不思議そうに首を傾げ、カイジャリはエンリが、強力な戦力が来た事から己等は不要であると判断。ゴブリン達は彼の一言で武器を下げ、元の持ち場へ戻る事になった。

エンリの一言に、数体がかりで熊を運ぶ事になり、えっちらおっちらと鑪を踏んでいるかのように不安定に歩く事になったのは気の毒でもある。

 

(さてと・・・どうしよう?)

 

エンリは、アンジェが笛の音を聞いており、この場の光景を見ている事を願わずにいられない。報告する手段が限られ、メッセージの魔法を使う為の魔導具の具申をするべきだったと考えており、目の前の冒険者+1をどうするか悩む。

 

(エンリ。ちょっと見ない内に、凄くキレイになったね)

 

エンリが悩んでいる様子を見ながらも、ンフィーレアの目は釘付けだった。

彼的には数ヵ月振りに目にした、愛しい人の急成長した部分は魅力的だったのか。それとも、少し汗で濡れ、朝日を反射して光沢を見せる肌に魅了されているのか。

兎も角、何故心を掴まれている感覚を覚えているのかは彼しか知らない事だ。




えー。親知らずの不調から原付転倒再び。あのバイク何か憑いてるんじゃ?とつい思ってしまいますわ。そして、先週火曜日。親知らず抜歯。スゴイっすわ。まさか、肉に隠れていた所が、黒ずむ程の虫歯とか、唖然です。そして、今も痛いっす。

ともかく、復帰しますわ。次回投稿は大体来週日曜になります。次回から1万~1万5千の予定です。誤字脱字は、余裕があるときに修正予定です。

感想返しとか、2日程遅れそう・・・。御口痛いの・・・


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第十三話

朝から出かける事になったので、今投稿ー。


来訪者であるンフィーレアにどう対処するか迷うエンリ。そんなエンリの様子に、どう話しかけるべきか迷うンフィーレア。結果、一種の硬直状態となり沈黙してしまった。

断じて、彼がエンリの谷間に目を奪われているからでは無い。

ンフィーレアは、エンリの困ったような笑みに何をどう話すべきか迷い、漆黒の剣の面々は疲労感と、一瞬感じた安堵から緊張が切れ、思考が鈍化しておりどう対処すれば良いのか分からなくなる。

そんな中、アンジェが村の奥から木製の盥を持ち、腕にバスケットを下げて歩いてきた。

彼女は彼等の来訪を、カルネ村を監視・警備しているナザリックのシモベより通達され、アインズの採決の下村長に協力を求めたのだ。現在村長は村人達へアンジェ経由で知らされた内容を村人へ通達している。

村長が行動する前に、アンジェは暗示の魔法により、万が一が無いよう村人全員施術済みでもある。

 

「アンジェ様」

 

「先ずは休んで貰うべきなんでしょうけど、悪いけど、村に入るのはもう少し待って。流石に早すぎるわ」

 

「あ、はい」

 

王族貴族かと言わんばかりに華麗であり、話に聞く、かの黄金に勝るとも劣らないキツメの美人の登場に彼等の反応は鈍かった。彼女の衣服が見慣れぬモノであるのも要因の一つである。

彼女の来訪にエンリは安堵し、その様子と、一方的な通達と言わんばかりの物言いに、ンフィーレアは反射的に了承してしまった。

彼はそう言ってから状況を考える。

現在は朝日が上ろうと、空が明るく、蒼みを持ち始めた時間帯である。村人が活動する少し前なのだから、彼女の意図としては村でンフィーレア達に休んで貰いたいが、物音で村人達を起こしたくないという事。また、エンリが安堵した様子である為、手紙で知った貴族らしき人物の関係者であり、村の防衛の一端を担った人物の一人であると推察し、了承の後だが、問題ない判断だったと思う。

 

「申し訳ないけどコレで顔や手を拭いて。あと、フドウの作ったモノなんだけど、食べながら待ってくれる?」

 

「あ、すいません」

 

少々高圧的な物言いだが、配慮していると分かるアンジェの行動に、ンフィーレアは萎縮気味だ。だが、アンジェの気遣いはありがたく頂く。

盥の中には10枚のタオルが御湯に浸けられており、バスケットの中には昨日の残りのパンが入っていた。

ダインが盥を、ンフィーレアがバスケットを受け取ると、アンジェはエンリを一瞥する。

 

『アインズ様からの命令よ。後で来るんだけど、鎧姿の御2人が供を連れて来るわ。アインズ様はモモン。ジュンはフドウと名乗るから気を付けて。あと、以前書いたアンダーカバーの設定でお願い』

 

「ンフィーレア。私もネムのゴハンとか用意しないといけないから・・・」

 

アンジェはメッセージの魔法でエンリに伝えるべき事を伝え、エンリは視線を合わせる事で了解の意を示す。エンリは一度帰宅し、ネムに言い含めようと考え、あえてンフィーレアを招かないようにそう述べた。

エンリが食事の準備をすると、手が空かない事をアピールしたのだ。

 

「あ。そうだよね。後で時間を貰えるかな?手紙だと、村を救ってくれた相手の、その・・・メイドになるんだよね」

 

「メ、メイド!?あの御方は沢山のメイドや部下を従えている方で、私がメイドなんてしたらあの方々に失礼だよ!?」

 

エンリの手が空かないのを理解すれば、ンフィーレアは配慮する。彼女の予想通りだ。

だが、ンフィーレアはどうしても確認したい事が有った。

エンリの身柄がどうなるかだ。ンフィーレアの物言いは己の願望が込められ、少し縋るような雰囲気がある。

途中までしか読んでいない手紙。エンリが貴族の愛人。最悪、オモチャになる可能性に大慌てで来たのだ。

一方のエンリは焦る。

ナザリックのメイド達は、プレアデスを除き戦闘力は無い。だが、メイドとしての仕事に誇りを持つ。一足一動全てが静かであり、掃除・配膳等全てが完璧なのだ。

ゆえに、己が同格に比べられるのは失礼だと考えたのだ。

 

「えぇっ!?だ、だったら奉公ってっ!」

 

「あの御方はこの周辺はまったく知らないの。なんでも、転移魔法の暴走で此処に来たらしくて、通貨とか相場、文字の読み書きとか慣れる迄、暫く私も着いて回るの。手紙に書いたと思うんだけど?」

 

ンフィーレアは、エンリの否定の仕方に最悪の可能性を感じ、肩を掴んで説明を更に求める。

その慌て様に、エンリは逆に冷静さを取り戻し、以前書いた手紙の内容で答えた。

2枚目の内容であり、ンフィーレアが慌てて外出したときに落とし、ソレを読んだ彼の祖母。リイジーは呆れた様子で彼を見送ったのだが、彼が知るはずも無い。

 

「えっ、そ、そうなの?僕はてっきりエンリが・・・」

 

「私が何?」

 

「てっ―――てっきり、貴族に連れて行かれると思って・・・」

 

安堵に呆然がブレンドされた、気の抜けたンフィーレアに、エンリの視線は冷たく感じられた。彼女にそんな意図は無いのだが、彼には尋問されているように感じてしまう。

彼の言い様に、アンジェはある可能性に思い至った。

 

「成程。エンリがボロ雑巾になるまで使われて捨てられると思ったのね?王国貴族の悪評は凄まじい様子だし」

 

「っ!ンフィーレア。そんな事は絶対に言わないで!この村の復興にも惜しげもなく力を貸して頂いているんだから!」

 

アンジェの予想はンフィーレアの懸念通りのモノだ。そして、この一言でエンリは思い至る。

カルネ村は王領であり、田舎であるため噂でしか貴族達の悪劣な行為を知らない。ンフィーレアは王国防衛の要所であり、都会と言うべき場所であるエ・ランテル在住であるため、入手する噂の量は段違いなのだ。

エンリは知っている。アインズもジュンも、ンフィーレアのタレントの危険性から、取り込むか排除するかを考えている事を。そしてンフィーレアが失礼な事を考えていた事を知れば、守護者やシモベは排除を選択する事を。

だが、上位者の制止が有れば話は別だ。

 

「ンフィーレア君。モモン様は気にしないけど、供をしているの方は過敏に反応するから絶対に言ってはダメよ」

 

「え、えっと、この壁とかもモモンさんのおかげで?」

 

守護者がこの会話を聞いていないか確信が無いアンジェだったが、忠告はすべきと判断し、ンフィーレアの目を見て話した。

アンジェとエンリの真剣な様子に、尋常ではない何かを感じ、怯え半分でエンリに確認を取る。エンリは無言で頷き、エンリが無言が故に、彼にはモモンの機嫌を損なえばカルネ村に良くない事象が起きると判断した。襲撃されたから数日で、木製の壁を作るのは不可能なのだから。

 

「勘違いをしていたんですね・・・すいません。カルネ村の復興までお力添えを頂いているようですし」

 

「良いのよ。誤解が解けたと知れば、少なくとも御方はそう言うでしょうし」

 

ンフィーレアは、肌寒く感じ、謝る事にした。それに対し、アンジェがフォローをする事で、彼の寒気は解消された。

彼が怯えてるのは、監視・警戒しているナザリックのシモベ達が、彼が己等の主人を侮辱したのだと理解した為殺気を放っていたのだ。彼等は人の価値観を完全に理解しておらず、アンジェの攻撃命令が無かった為に、ンフィーレアを殺さなかっただけなのだから。

逆に、アンジェの言葉に殺気を放つのを止める。腸が煮えくり返っているが、命令されればソレさえも呑み込めるのだ。

 

「それにしても、お供の方が過敏に反応ですか?」

 

3人の様子が剣呑さを含み、まるでンフィーレアが責めらているような雰囲気に、ペテルは話題を変えて矛先を逸らせようと考えた。

冒険者組合にて、焦り・不安・緊張を含ませた声と表情で護衛を依頼した彼の心を守りたいと考えたのだ。どこか、ニニャの彼女等を見る目に、不快感と怒りが込められている事に気づいたのも要因の一つだ。

そして、話題にあげたのはペテルが気になった内容である。部下と思われる者が、主人を侮辱され、主人の意が無く斬るのは貴族の護衛でも少ない。コレが暗殺未遂等であれば別だが。

 

「そうね。彼への謝罪に、自殺を戸惑い無くする程敬っているの」

 

「え、えっと・・・それは・・・」

 

「自殺なんて彼が許す筈も無いんだけど。彼にとって、皆は親友達の子供だし。行き過ぎた敬意に悩んでいるくらいなのにね」

 

ペテルの疑問に対し、アンジェの回答は溜息混じだ。まるでモモンが行き過ぎた敬意に対して苦悩しているかのように。

貴族を憎んでいるニニャの、何処か信じられない様なモノを聞いたと言わんばかりの戸惑いの声に対し、更にモモンの人格を善良な一人の人間であると、共感を覚えやすいバックボーンを加えた。

王国貴族を知る者からしたら、意外にも程が有るだろう。

 

「へぇー。じゃぁ、アンタは?」

 

「そうねぇ・・・妻の親族で、保護者かしら?あの子。体は立派に大人だけど、未だに中身は子供だから」

 

ルクルットは目の前の美女が、アンジェとモモンの関係がどういったモノなのか問う。半笑いで一見好奇心で聞いているように見える。彼女は彼の瞳の奥に自身やモモンに対しての警戒心を見た。公開すべき情報をその場で精査し、自身への矛先を逸らす。内心、未熟さに微笑ましく思い、軽薄さが演技であり、根は真面目なのだと感づき、それがまた好印象を覚えるも、そんな事は一切悟られはしない。

 

「え?フドウ様が?」

 

「えぇ。男性と付き合った事も無い上に、元聖職者だから。スレイン法国とは全く関係無い宗教だけどね」

 

アンジェの言った内容に食いついたのはエンリだった。意外過ぎたのだ。

アンジェの補足情報に、この近辺で有名な宗教国家とは関係ない事象からして、相当遠い所から来たのだとンフィーレアは判断する。

だが、あくまでも自称であり、信頼性に乏しい。

 

「意外です。モモン様の奥方で、お父さん達よりも息が合っていたのに・・・」

 

「そうねぇ。元々親友の一人の妹なの。モモン様とは本当に子供の頃から付き合いが有るし、戦闘でコンビをよく組んでいたのよ」

 

エンリは二人の阿吽の呼吸というべき行動を見ている。そして、実態的には夫婦に見えていたのが印象的過ぎたのだ。

事実とは少々異なるが、アンジェの言いようでは、モモンと比べ、フドウが年下であると分かる。

 

「だからこそ、モモン様は事故で見知らぬ土地へ来た事も有って、妻にしたんだけどね。中身は子供だから、本心を言わずに。危険だから妻という立場が必要だって言いくるめて」

 

男女の仲特有の甘さの少なさが露呈したとして、その違和感に彼等が気付いても納得できる言い回しだ。また、言外にモモンは紳士で、思慮深い人物であるとも述べてある。

 

「成程。心が大人になるまで確りと守り、見守るつもりなのであるな?」

 

「けどよ。その、モモンさんの理性が持つのかぁ?」

 

ダインは、言外の内容について、ニニャへ言うかのように、アンジェに相槌を打つ。

一方で、男性特有の獣性について指摘するのはルクルットだ。

 

「ケダモノはお前の事だろう」

 

「んだとぉ?ペテル!」

 

獣性については、女性に問うべきではないとペテルは判断し、あえてルクルットの反感を買う言葉を述べる。

ルクルットは正確にペテルの意図を理解しているため、ペテルと肩を組むように、腕をペテルの首に回した。

アンジェはじゃれつく二人と、軽く笑うダイン。苦笑いを浮かべるニニャに良いチームであると感じ、微笑ましく、小さな笑みを浮かべた。

同時に、ニニャと彼等男性陣との間に違和感を覚える。だが、ニニャが女性であるためかと思い、彼女が男装している事から、女だとバレないように、また、彼女の理解を求めるために、こうして演じる工夫をしていると考え彼等漆黒の剣の評価を一段上げた。

女からすれば、襲われるというのは男性恐怖症になる要因となる可能性が有る事なのだ。妊娠等したら冒険者は廃業となる。

 

「まぁ、結果を言えば耐えてるっぽいけどね。傷つけて、一人で飛び出したら取り返しのつかない事になるって考えているみたいだし、意地でも我慢するでしょう。元々御優しい方だしね」

 

ならばと、アンジェは彼等の努力に報いるべく、モモンの安全性を強調する事にした。

 

「私からしたら女性として意識しているのは分かるんだけど。あの子ったら、まったくアピールに気付かないのよ。昨日なんて、遠回しにプロポーズまでされたのに」

 

「そうなんですか?」

 

そして手を出さない要因として、昨日の内容を上げる。エンリの声に弾みが混じる。好奇心からだろうか。

あくまでもアンジェ視点ではそう見えただけであり、実態としてはアプローチの一種であり、プロポーズではない。

だが、女性にとって他人の恋愛話は話のタネになるのだろう。ニニャも一見興味無さげだが耳を大きくしている。

それに気付いたペテル達3人はンフィーレアを数歩下がるよう誘導した。女の会話は、地味に男にはダメージになる事が有るからだ。

 

「味噌汁ってね。家庭ごとに味が違うスープの事なの。古い言い回しらしいんだけど、ソレが飲みたいって事はね・・・」

 

「意外です。貴族なんですよね?」

 

「正確にはみたいなモノね。どちらかと言えば、冒険者に近いかしら?此方の冒険者とは色々違うんだけどね」

 

「へぇ・・・」

 

アンジェのプロポーズと判断した話題に、食事での暗喩だったと理解したニニャは、庶民っぽさを感じたのか身分を確認した。

貴族かどうかの確認に対し、ニニャの判断基準が貴族であり、昔何か嫌悪や憎悪する事象が有ったのだとアンジェは推察し、戦闘系プレイヤーが一番近い職業として冒険者であるとしたのだ。

冒険者が建国する可能性は無きにしも非ず。八欲王は侵略者だったが魔法をこの地に遺した事もあり、魔法を学ぶ上で知っていたニニャは取り敢えずだが、モモンに対しては実際に会って判断する事にした。

 

ともかく此処まで説明で、彼等のモモンの印象はかなり訂正された。

著名な冒険者並みの戦闘力を持ち、部下がおり、尊敬に値するかもしれない人物であると。

 

「エンリ。そろそろネムが起きるでしょうから、一度帰るべきよ。皆さんも少し休んだ方が良いわ」

 

「はい。ンフィーレア。またあとでね」

 

「うん」

 

最低限、シモベが問答無用で襲い掛からない配慮を終えたとアンジェは、そう言ってエンリを家に帰す事にした。ネムへの説明はエンリが行うだろう。アンジェの役割は彼等の監視兼接待だ。

ソレを理解しているのか、エンリは軽く微笑み、ンフィーレアの返事に一度頷くと足早に村へと入って行く。ゴブリンも包囲を解き、各々が警戒の配置へと戻って行った。

 

「さて、貴方達も少し休んだらどうかしら?」

 

「ありがとうございます。って、何だコレは!?」

 

「す、すごい柔らかい肌触り・・・」

 

「貴族であろうとも、これ程の布は容易く用意できそうにないあろうな」

 

「金も有って力もある。スゲェ人なんだなぁー」

 

アンジェの言葉に、皆が皆盥へ手を伸ばし、タオルの柔らかさや吸水性に驚く。小さな農村では間違いなく使用していない品質である事と、アンジェがモモンの仲間である事から、彼女が用意したものだと考えたため、彼等の財力・技術力を推察する事が出来ないレベルだと考えたのだ。

実際は、王侯貴族も使えないだろうと言わんばかりの高品質品なのだが、彼等は富裕層が使っているモノに触れたことはないため、推察は間違っている。

 

(人望・財力も兼ね備えた有名な冒険者みたいな人か・・・エンリが好きになるかもしれないし、見初められてもエンリは拒まないかも・・・)

 

はしゃぎ気味の漆黒の剣に対し、アンジェは微笑みを浮かべていた。

そんな彼等の様子やタオルの品質からして、ンフィーレアの脳裏を嫌な予感が浮かぶ。

先のアンジェの説明からして、モモンの人物像を想像し、比べられれば勝ち目がないと思ってしまう。また、命を救われた出来事が更に大きな原因であり。

自然と沈んだ表情を浮かべてしまう。

 

「ンフィーレア君。どうしたのかしら?」

 

「あ、いえ・・・」

 

そんな表情を浮かべているのならば、アンジェは確認がてら尋ねてみる。だが、彼の返事は我此処に在らずと言わんばかりに気が抜け、歯切れが悪いモノだ。

アンジェは彼の現状や、エンリに惚れている可能性を考えてみた。

 

「別に、モモン様からエンリに手は出さないわよ?」

 

「そんな事ありえんの?エンリちゃん。かなり魅力的だしよ」

 

アンジェはンフィーレアの心配を、モモンから手を出す事と考えた。彼女の言葉にルクルットは不思議に思う。アンジェも含めて魅力的で、普通に知り合ってたら口説いていた可能性が高いのだ。今、口説こうとしないのは人物評価等ができていない事が大きい。

 

「まぁ、フドウはエンリよりもスタイル良いし。それに、部下やメイド達も主観で変わると思うけど美人揃いだから、見た目で食指が動く人ではないわ」

 

アンジェの言い様に、男性陣は信じられないような気がした。悲しいかな。先ずは見た目で判断するのだから。

だが、ンフィーレアの不安は解消されない。男は、何が切っ掛けで惹かれるのか、当人ですら理解できない事が多いのだ。

 

「それに、右腕と言うべき部下は才色兼備で、モモン様にアピールしているしね。エンリに手を出すなら、フドウと彼女に手を出してからになるわ」

 

「そうですか・・・」

 

ソレはアンジェも理解している。人の縁は分からないモノなのだ。

故に、時間が有る事をンフィーレアに伝えようと考え、アルベドの存在を出してみた。何と言うか、一方的な三角関係にも思えてくる。

ンフィーレアの不安は解消される事は無いが、モラトリアムが有る事は伝わり、少し持ち直した様子である。

ともかく、雰囲気を変えるべく朝食をとる事にした。昨日の残り物であるフドウ製のパンを食べ、驚く事になる数秒前の事だった。

 

一方、渦中の人物であるモモン達はトブの森へ来ていた。彼等の目的は森の賢王の処理だ。

森の道案内や誘き出すためにアウラを。また、ンフィーレア達の来訪から、処理が終われば彼等、一般人の反応のサンプルとして冒険者として動く面子も連れてきている。

 

金で装飾された重厚感のある漆黒の金属鎧を着け、身の丈程あろうかという大剣を二振り背負い、深紅のマントを靡かせる戦士モモン。

黄土色のローブに、旅に耐えられる軽装の衣服を着た魔法詠唱者ナーベ。

深紅の長毛を靡かせ、鳶色の瞳が凛々しさを強調させ、体高だけで2メートルは有る熊よりも大きい狼のルプー。

革鎧風の黒い修道衣に藍色のフードが付いたローブを身に着け、羊の上顎を模った顔の上半分を隠すマスカレードを付けている。更に、2メートル近く有る総銀製で投擲用の槍にしか思えない杖も背負っているため、一見職業不定なフドウ。

何だこいつ等と言いたくなるパーティーなのは間違いない。特にフドウとルプーの関係で。この3+1にエンリが加わる予定だ。

ルプスレギナが狼の姿なのは人間形態で彼女単独の調査等を行えるようにした結果でもある。当初の予定ではナーベラルとエンリが見える護衛だったのだが、女性が多いパーティーである事から、そもそも色情的な面倒事を持ち込む、物理的な力の無い者が絡まないようにする為の威嚇目的でアンジェが提案し、アインズにより採用されたのだ。

そしてソレは思わぬ方向にも作用した。

森の賢王は本能的にルプーの存在からレベル差を感じ、完全にビビって降伏したのだ。彼女に擬装用のアイテムを所持させていない事象が作用した結果である。ルプーとのレベルは約二倍程あるが、森の賢王の本能を刺激し、モモンとフドウはレベルを感じさせないアイテムを装備している結果、2人の実力は分からなかったが、ルプーの従順な様子に、更なる強者だと本能的に理解したに他ならない。

そして、腹を見せて降伏する巨大なハムスターに、モモンは殺すのが忍びなくなり、森の賢王を従える事での箔付けも考慮し、連れていく事になった。森の賢王のネームバリューを利用し、即座に降伏させた巨大な狼姿のルプーを従えている体で、更なる箔付けを狙っている。

 

「さて、森の賢王も従えた事だし、カルネ村へ行くとする。ルプー。お前には不自由をさせる。アウラもご苦労だった」

 

「はい!」

 

「ウォン(ありがとうございます)」

 

予想外に疲れ、呆れ、早く事態の収拾がついた事に、モモンは次の行動へ移ろうとした。さり気無く部下への労りを言葉にするのが眩しい。ルプーに関しては傍にいた事もあり首筋を撫でている。

その言葉に対し、アウラとルプーは其々反応を示す。ルプーが狼の鳴き声なのは、狼姿では人語を話さないように。また、狼の仕草をするよう命じられている為だ。

 

「ふむ・・・」

 

「どうしたの?」

 

モモンの神妙なつぶやきに、フドウは不思議そうに聞いた。彼女の目では、モモンはルプーの首筋を撫でているだけなのだから。

 

「いや、森の賢王と比べて柔らかいのでな。たしか、ココだったか?」

 

「クゥウォン。ゥォン!キャンッ!(あっ、あの。アインズ様っ!お戯れをっ!)」

 

モモンは籠手越しに感じるルプーの毛の柔らかに、先ほど降伏した際に触れた森の賢王の毛の硬さに驚き、その違いからルプーを撫で続ける。以前ギルメンの犬の飼い方の独演会で聞いた内容を思い出しながら、下顎の首筋や胸をなぞる。

時に優しく、時に筋を刺激するように強く。モモンの手が艶めかましく見えるのは、ルプーが人間形態になれる為だろうか。

一方の撫でられているルプーには刺激が強すぎた。敬愛する御方に触れられ、撫でられ、獣の本能からか理性が緩む。御方の前ではしたない姿を見せるのを理性が拒み、だが本能は喜んでいるのだ。思わず鳴き声で慈悲を求めるも、モモンの攻勢は変わらずルプーの理性を蝕んでいく。

ルプーは四肢から力が抜けるのを耐え、ぷるぷると震えていたが、終に耐えられず、体を横たえモモンに腹を見せた。

 

「喜んでいるのか?あの人が良さを語るだけある。実に可愛らしい」

 

「クゥ・・・ン(ダメ・・・です)」

 

(大きな犬を撫でているだけにしか見えないけど、何で腹が立つんだろう?)

 

モモンは片膝を立て、しゃがんで下胸部から腹部を撫でながら呟く。

ルプーは本能を抑えられずに、モモンの立てられた脛に、目を細めながら頭を擦り付ける。その様子は、マーキングしているようにも甘えているようにも見え、目を細められている為か気持ち良さ気であり鳴き声は何処か甘い。

フドウはそんな様子に不快感を抱く。ペットを可愛がる飼い主に見える筈なのに、異様に胃がムカムカしているのを感じていたからだ。

 

「いいなー」

 

「ルプー殿が羨ましいでござるぅ」

 

「気が合ったわね。私もよ」

 

そんな中、可愛がられているように見えている2人+1がいた。アウラ、森の賢王、ナーベである。

アウラはルプーの鳴き声の意味は分かるが、モモンに甘えてしまいそうになるのを耐えられないのだろうと考えており、彼女にとっては頭を撫でられているように感じており、後の2人は純粋に可愛がられているルプーが羨ましかった。

 

「ジュ・・・フドウ様?」

 

「ジュン様?」

 

そんな中、ナーベとアウラは己の頭を撫でられたのを感じ、つい振り返ると口元を頬笑ませたフドウを見た。

2人が振り返れば、もう一度撫でるフドウ。その手は優しく、暖かいものだ。

フドウは内心己を恥じた。

NPCは、ゲームであった頃は己から行動出来なかったのだ。であれば、本能があり、一つの命である現在では、つい甘えてしまうのは当たり前だと考えたのだ。

 

「モモンさんじゃなくてゴメンね。ほら、森の賢王も」

 

「御心使い感謝でござる」

 

「・・・ありがとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

故にフドウは、親の一人であり、敬う相手に可愛がられるのは、NPCにとっては非常に嬉しい内容であると考えた。

少し困った様子のフドウに、新しく末席に加えられた森の賢王も含めフドウの優しさを感じる。

ナーベは、この心遣いに対し、アインズ攻略の協力を求めたアルベドに対して不義理だと思い、何処か声が固い。

だが、フドウは急に撫でられた事にビックリしたのだと思い、気にも留めなかった。それが、ナーベにフドウの器の大きさを感じさせるとは知らずに。

 

「モモンさん。森の賢王も喋るし、ルプーも喋らせたら?」

 

「そう言えばそうか。従魔の証に首輪でも着けるのが良いか?大きな狼だと恐れられるだろう。リードを着けて、引き連れるのも容易だろうしな?」

 

「く、首輪に引き連れっすか!?あっ・・・」

 

フドウの何気ない提案に、モモンは話しで聞いただけの犬の散歩を思いだす。リアルでは外気の関係で、コロジー内でも稀にしか見られないのだが、散歩する富裕層の人間がいる事を知っているからだ。

一方のルプーは、モモンの言葉に反応し、身を起こしてモモンの顔を見てしまう。

彼女はモモンに引っ張られる、鎖を首に巻きつけられた己を想像してしまい、つい人語を話してしまったのだ。想像した際に、己の姿が人型だったのは慣れ親しんだ姿である為であり、他意は無い筈だ。

だが、命令を守れず、つい人語且つ普段の口調で話してしまった事実に呆然としており、その恰好のまま固まってしまった。

 

「ルプー。私がモモンの姿である限り気軽に話せばいい。ナーベもな」

 

「はい。畏まりました」

 

「うぃっす」

 

呆然としているのが狼の顔でも分かった事が面白かったモモンは、小さく笑いながら2人にそう告げる。

モモンの穏やかで、楽しんでいる様子にルプーは内心安堵した。ナーベの敬語風の返事と異なり、モモンの要望通り、普段の口調で尚且つ気軽な返事だ。

切り替えの速さが彼女の良さだろう。

 

「・・・うむ。立てルプー。フドウ。上位物理作成を頼む」

 

「えっと、こんな感じ?この姿なら楽だと思うんだけど?」

 

「大丈夫っす」

 

モモンは彼女の切り替えの速さに感心しつつ、堅い返事をしたナーベに少し心配に思う。そして、鎧を着ている状態では魔法が満足に使えない為、フドウにお願いした。ルプーに立つように命じたのは作成しやすくする為だ。

ルプーが立つと、首輪を付けただけでは、体毛に首輪が隠れてしまい目立たない事に気づいたフドウは、いっその事モモンに合う形にする事にした。

基本は前胸部に逆三角の革の板がある黒いハーネスであり、細い銀の鎖が巻き付いたデザインになっている。胸部の革の板にはモモンガの紋様に似た髑髏が金で装飾されていのはワンポイントなのか。

フドウにより作成されたソレは締め付けは少ない。

 

「ついでに馬具みたいに鐙を付けてみたし、モモンさん。乗ってみて」

 

「何故だ?」

 

「ルプーの方がカッコイイと思って」

 

だが、ここでフドウは趣味に走った。森の賢王に跨ったモモンを一瞬想像したが、シュール過ぎたのだ。

背部にベルトを一本追加し胴体に締め付け、肩胛部へと繋がる革の板を追加し接続。そして、金の鐙を追加した。鐙のある、革鎧を着けているようにも見えるだろう。手綱の起点は前胸を覆う革の板の上部の端から、首の後ろを経由で架かっている。

仮にルプーが走ったとしても動きを阻害しない形となっている。

 

「ジュン様。無くても大丈夫じゃないんですか?私もフェンに乗るときはそんなの使いませんよ?」

 

「アウラは慣れているからね。最終的には無くても構わないと思うけど、初めは有ったほうが安定する筈だよ。鞍は合わない気がしたから無いけど・・・モモンさんがルプーに乗るとカッコイイと思わない?」

 

「私はカッコイイと思います!」

 

アウラの疑問に関しては、歴史物の文献でしか鐙の利点を知らないフドウの説明はデザイン重視だ。フドウの問に、アウラはルプーに乗ったモモンの姿を想像すれば、何処か期待で目を輝かせてモモンを見る。内心、モモンの騎獣に選ばれたルプーに心がチクりとした痛み。嫉妬を覚えるが、内心が表へ出る事はなく。どこかヒーローショーを見に来た子供に見えなくもない。

 

「よし。ルプー。良いな?」

 

「はっ、はいっす!」

 

「うむ。静止状態では中々良いな。では、歩きからだ」

 

モモンはアウラの目に拒否する事を諦め、乗る相手であるルプーの了承を得て飛び乗る。

キ甲には、本来のハーネスならばリードを付ける為の輪が有るのだが、代わりに太い鎖が有ったためソレを握る。鐙に足を掛ければ、意外にも安定した乗り心地であり歩行試験を行う事にしたのだ。

 

「はははっ!中々良いじゃないか!」

 

「ありがとうございます!」

 

歩行試験は直に複雑な走行試験へ変わった。複雑な木々の隙間を縫うように、モモンを背に乗せたルプーは疾走し、飛び跳ねる。

木々の隙間を、巨大狼に跨った黒騎士が疾走する。なかなかの迫力だろう。

速度や複雑な軌道だというのに、乗っているモモンにはそれ程振動は感じない。故に、彼の機嫌のいい声に対し、ルプーの声は喜びに満ちているモノだ。至高の御方を背中に乗せて走る。ナザリックのNPCならばご褒美だ。

 

「アウラ。どう思う?」

 

「結構ルプスレギナ任せで走ってますね。アインズ様の御意思に副って走っているので良いと思います」

 

上機嫌の彼等に対し、フドウはテイマーであるアウラの意見を聞いてみたくなった。

アウラはモモンのカッコイイ姿に見とれていたが、フドウの質問に我に返り、仕事中だと思い出した事で、恥ずかしそうにそう答える。アウラの言葉に、フドウはモモンの手元をよく見れば、キ甲に架かった手綱に使えるように付けた鎖を軽く引っ張ったり、緩めたり等して、ルプーに行きたい希望進路を伝えており、ルプーは彼の希望の範疇で軌道を変えていたのに気づく。中々上手い騎獣操作だ。

 

「姉さん。ズルい・・・」

 

「拙者も殿を乗せて走りたいでござる」

 

楽しそうな戦士と騎獣の一時というべき光景に、ナーベと森の賢王は純粋に羨ましい。特にナーベとしては同じプレアデスなのだから一入だ。

 

「―――うむ。ココを持てば剣を振るうのも楽だな。締め付けてしまうが大丈夫だったか?」

 

「はいっす!モモン様が落ちなければどうでも良いっす!どんどん締め付けちゃって下さい!」

 

モモンの手綱の一振りと、肩胛部を足で強く挟む事でルプーは跳躍し、巨木の前で前足から着地し、それと同時にモモンは右手で大剣を一振りし、ルプーとモモンの全重量がプラスされた斬撃となる。

かなりの高等技術だ。

袈裟斬りの一閃で巨木は切り倒され、かなり粗い断面だがモモンは色々満足しており、剣を収めてルプーの頭を撫でながら労わる。一方のルプーはその身体能力から、モモンの足で腹部を締め付けられようともダメージは無く、役に立てるという事実から興奮気味で元気よく答えた。大きく、速く横に振られる尻尾が彼女の興奮と喜びを具合を伝える。

 

「痛ければ痛いと言え。特に今のは足への負担が大きいかもしれん。この程度は大丈夫だとしても心配してしまうだろう?」

 

「くーん」

 

ルプーの返事に対しモモンは優しく嗜める。至高の御方に乗られ、労わられる。彼女はナザリックのNPCで、今一番幸せだろう。

その幸福感に穏やかに目を細め狼の顔でも笑顔だと分かる。か細く鳴くのが幸せそうだ。

 

(やっぱり首輪が有った方が良いか?)

 

「ござっ!?」

 

「フドウの作成したモノに合う形で作ったのだが・・・どうだ?」

 

モモンはルプーに跨りながら、首元が寂しく思いアインズの姿に、骸骨の魔法詠唱者の姿に戻り、絶望のオーラ<Ⅰ>を無意識に使い、更に上位物理作成で首輪を作成した。

その際、アインズの姿に驚愕した森の賢王はその異様と濃厚すぎる死の気配に毛を逆立てる。森の賢王の反応に際し、そのビビりように絶望のオーラ<Ⅰ>の発動を収めながら、作成したモノの具合をルプーに聞く。

アインズが作成したのはアインズ・ウール・ゴウンの紋章が刻まれた円型のペンダントであり三重の鎖で首に固定されている。さり気無く、紋章の無い、裏側にはラテン語風にルプーと彫られていた。

 

「あ、アインズ様っ!?」

 

「ん?こうしてやればリードにもなるし・・・噛みつけないようにしてやれば・・・いや、それでは話せないか。鳴き声も上手く出せぬのはリスクになるか?」

 

(えっ!?私、どうなるんっすか!?)

 

アインズに直々に作成したアイテムを下賜され、直接身に着けてもらう行為は彼女にとって大きな事であり、驚愕の声を上げる。

そんな彼女の様子に対し、何が驚いているか分からぬまま、首にある固定具を外し、二巻き分を外しリードにも使える事を強調しながら元に戻す。

マスクの必要性の有無を考えながら更に述べた言葉に、ルプーは自身がどうなるのか分からず、興奮と不安、歓喜に加え、ちょっとした恐怖を感じる。

さり気無く、この鎖はサイズが変更され、現在は大きな鎖だが細いタイプになれる。よってこのアイテムは普段の人間形態でも身に着ける事が可能だ。しかし、この効果を付加しているため意外と脆い。

 

「森の賢王。コレが本来の姿だから怯えないの」

 

「わ、分かったでござる。と、ところで、奥方やナーベ殿、アウラ殿、ルプー殿も本来の御姿が有るのでござるか?」

 

そんな2人を他所に、フドウは森の賢王のフォローに当たっていた。疑問に答えてやるのは重要である。

だが、森の賢王の怯えは大きい。やはり、先ほどの絶望のオーラ<Ⅰ>は彼女の本能的恐怖を大いに刺激したのか声が震え気味だ。

 

「アウラは見ての通りで、私は悪魔。ルプーは人型になれるよ」

 

「私はドッペルゲンガーよ」

 

森の賢王の恐怖を和らげる目的で、フドウはアウラの頭を撫でながらフードと仮面を外し、半魔形態へ移行した。彼女の髪は堕天使の翼のようになり顔には真紅の紋様が浮かぶ。笑みを浮かべているつもりだが、何処か威圧的で好戦的な笑みだ。

ナーベも森の賢王に向けた手を一時的に、本来の三指の手に戻し

述べ、直ぐに元の美しい白魚のような手へと戻した。

 

「あと外では無暗に言ってはダメだけど、私の本当の名前はジュン。モモンさんはアインズ・ウール・ゴウン。ナーベはナーベラル・ガンマ。ルプーはルプスレギナ・ベータね」

 

「そ、そうでござったか。分かったでござる」

 

フドウの付け加えた警告に似た説明に、森の賢王は一定の理解を示す。恐怖を覚え、完全な理解に至らないのは自然だ。

 

「アインズさん。モモンの姿になって。例のタレント持ちの子が来てるんだし、ルプーの口元に関してはその様子を見たら?」

 

「そうするか」

 

「あと、肉が有る状態でヘルムは取ってね。ルプーの体高も有るから、顔が分かれば村人とかも対応しやすいだろうし。私も仮面は外すね」

 

フドウの提案に再び漆黒の戦士の姿になり、ヘルムを取り力の涙を発動させる。ナーベがモモンへ両手を伸ばせば、モモンは自然とヘルムをナーベに手渡した。ソレを確認したフドウは再び、人の姿に戻り、仮面を着け、フードを被りなおす。

 

「では、行くか」

 

「いってらっしゃいませー」

 

ソレを確認したモモンはそう言い放ち、ルプーは歩き出し、アウラを除きカルネ村へ歩を進めた。その背中に対しアウラは一礼してから手を振る。

アウラの様子を気にしたモモンは一度後ろを振り返り、元気良く、また太陽にも思える程明るい少女の笑顔に、軽く手を振り返したのだった。




ルプーに乗った。ルプーに首輪をつけた。

・・・あれ?文面だけだとエロく感じるのは狼形態が、絵として上がってないからなんだろうか?
大きな狼と戯れる黒騎士をモチーフにしたんだけど・・・?

てな感じでお送りしました。やっぱり、十二話は反応に困った人が多かったか。思いついたら兎に角試したくなる悪い癖ですわ・・・(’×ωב)

あ、次の更新も日曜になると思います。投稿時間は・・・まぁ、時間によります。すいません・・・

11巻のドワーフ編が楽しみですw
10巻は・・・ジルさん。発狂しなくて良かったw


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第十四話

漆黒の剣とンフィーレアはカルネ村へと入り、数々の驚愕すべき事態に遭遇した。完全にゴブリンと共生してるようにしか見えない現状と労働力と化したアンデッドの存在が大きい。この現状へ至った説明をアンジェから受けたが、彼等の物差しでは完全な理解はできないのが正直な処だ。それ程、カルネ村の現状は常軌を脱している。

そんな中、村人の驚愕を含む声がしたのに気づき、村の入り口を見れば大きな狼に乗った漆黒の戦士とその仲間と思われる存在を見た。

アンジェはンフィーレア達に一言述べ、モモン達の方へ向かい、二、三話せば別方向へ向かった。

アンジェは簡潔に、彼等の名前を伝え、一度ナザリックへ転移する為にエンリの家へ向かったのだ。

 

「はじめまして。私がモモンだ」

 

ンフィーレア達は、強大な魔獣を2体も従え、謎の恰好をした人物を連れている漆黒の戦士に唖然としていると、モモンは彼等へ近づき名乗った。

会った事は無いが、著名な大貴族や王族を思わせる程、その言葉に覇気を感じるンフィーレア達。話半分で聞いた彼の評価が、まだ過小評価だったのではと思う程、特に眼光の威圧感が凄まじく思うのだ。

 

「ふむ。見慣れない人種で警戒しているのか?悪いがヘルムを被らせてもらうがよろしいかな?」

 

「あ、はい。大丈夫です」

 

自然と委縮している彼等の様子に、モモンはそう判断し、ンフィーレアの了承を得てからヘルムをナーベから受け取り、被りなおす。

ンフィーレア達は、ここで、モモンの顔立ちが南方にいる人種。平たい顔系統である事に気付いた。

ともかく、視線が直接合わなければ、彼等の緊張は多少和らぐ結果となった。

 

「えーっと、南方にはモモンさんに似た顔つきの民族がいるのは知っていますが、その・・・隣の仮面の女性や、今乗っている狼の方が印象が強いと言いますか・・・」

 

「コレで良いのかな?あと、ルプー。そんなに変なんですか?」

 

ペテルは、自分達の反応が失礼に当たるのではと思い、モモンの誤解を解こうと考えた。

ソレに対し、フドウは仮面とフードを外してペテル達を見るが、彼女の美貌に対し、男性陣は思わず彼女を2度見してしまう。

 

「あ、いえ。きれいな顔ですし、面倒事を避ける為だと理解しました。その、狼ですか。森の賢王とかそういう強力な魔獣なのかと思いまして」

 

「森の賢王はこの子ですよ?なんでも、森の勢力バランスが崩れて、縄張りだからもう安心。って訳にはいかなくなったので対処させていただいたんです」

 

「な、なるほど・・・」

 

黙して、女性の顔をじろじろ見る行為はあまり宜しくない。どこか、モモンに見られている感覚を覚えたペテルは慌て気味で話題を、ルプーにすることにした。

フドウの回答に、更に驚愕する事となる。モモンが騎乗しているルプーは、伝説にある森の賢王よりも強力であると告げられたのだから。

 

「明日か、明後日辺りに一度、エ・ランテルで冒険者登録して、最終的にはカルネ村の防衛に残そうかと考えてますね」

 

「ぼ、防衛にですか!?こんな立派な魔獣を!?」

 

((・・・え?))

 

フドウとしては、今後の予定として述べた内容であるが、信じられないと言わんばかりのニニャの言葉に、フドウとモモンは内心理解が追いつかず、唖然とした声を上げた。

森の賢王は2人にとって、ただの大きなハムスターなのである。その容姿は可愛いものとしか思えないのだ。

 

「いや。拙者などルプー殿と比べられれば赤子に等しいでござるよ」

 

「はー・・・私達を瞬殺する森の賢王よりも強力なんですか」

 

「このような精強な魔獣がこれ程謙遜するとは・・・」

 

「意外、でもないのか・・・?」

 

2人の反応を他所に、森の賢王の言葉に、漆黒の剣の反応はモモン達の精強さに、理解の範疇を超えているのだと実感している。まさに、言葉がないと言った所か。

 

「すいません。皆さんは森の賢王が恐ろしく感じるのですか?」

 

「まぁ、モモンさんはルプーさんを従えているので何とも思わないかもしれまんが。はい」

 

「ナーベはどう思うの?私は可愛いと思うんだけど?」

 

「そうですね。可愛いかは分かりませんが、力ある強い瞳をしているとは思います」

 

認識の差異がどのようなモノなのか。それを知るべく聞いてみるモモン。その返答を行ったのはペテルであり、この世界の一般的な反応なのだ。

そして、フドウはナーベに聞いてみる。ナザリックの者の反応としてはどうなのか知りたかった為だが、ナーベの回答も、ある意味望んだモノではなかった。

 

『そんな、馬鹿な・・・』

 

『可愛くないんだ・・・』

 

思わずメッセージの魔法で唖然とする2人。視線を合わせながらであり、彼等には目で会話しているように思え、フドウの驚いている様子から、モモンもヘルムで顔が隠れているが驚いているように思うンフィーレア達だった。

 

「それよりもモモンさんの奥さんってアンタなのか?」

 

「え?えぇ」

 

「いやー。アンジェさんも美人だったけど、アンタもスゲー美人だな!モモンさん。やっぱり優しいのかな?」

 

そんな空気を変えようと考えたのはルクルットだった。何処か戸惑いの混じるフドウの視線に気づきながらも、少し茶化してしまおうと考えたのだ。

 

「そうですけど・・・何か有りました?」

 

「いやいや。美人を2人連れてるし、装備も立派だから貴族の道楽なのかと思ってよ。けど、こんな立派な魔獣が従ってるからそうじゃないんだと思ってさー」

 

だが、聞き方がナンパ調だったためか、フドウは自然と警戒した視線を向ける。

何かフドウが困っているように感じたのか、モモンを乗せたままルプーはルクルットへ近づいた。

 

「あー。モモン様を疑ってるって事で良いんすか?」

 

「い、いやそうじゃないって。顔近づけるんは止めてくんない!?」

 

「酷いっすねー。私。そんなに怖いんすか~」

 

ルクルットは自分の頭を丸齧りできるルプーの顎が、鼻息が聞こえそうな距離まで近づき、そう言われた事に自然と怯えが混じる。

その反応が面白いのか、ルプーは新しいおもちゃを見つけたと言わんばかりに、鼻先で彼の額を突こうとしており、ペテル達は怯え混じりに剣に手をかけようとした。

ルプーの顔つきからして、狼の顔だが、何処かサディスティックな雰囲気や、獲物だと認識られたと感じたのだろう。

 

「ルプー。面白がるモノではないぞ」

 

「うぃっす」

 

「そんな化け物を犬みたいに手懐けるのかー。やぱっり、スゲー人なんだな」

 

思わず噛みつかれ、即刻絶命するピンチを味わっていたルクルットの膀胱が緩む前に、モモンはルプーの頭に触れながら制止すれば、興味を失ったようにそう言って彼から距離を取るルプー。

そんな一人と一匹の様子に、つい尻餅をついたルクルットの言葉には安堵と尊敬の色が有った。

 

「あの、モモンさん」

 

「何かな?」

 

ある意味会話が途切れたと感じたンフィーレアは、覚悟が決まったのかモモンへ話しかけた。

 

「僕はンフィーレア・バレアレと言います。その、カルネ村を救っていただいた方を、王国の貴族ではないかと疑いました。すいませんでした!」

 

「話が見えないが?」

 

「あの、エンリを連れていくという事で、そういう扱いをするのかと勘違いしてました。すいません」

 

ンフィーレアは明言しなかったがソレが正解である。ルプーとナーベは、彼が謝っているのは理解したが、どう考え、どう思っていたのかは理解できなかったのだ。もし、ルプーが理解していたら彼の頭は食いちぎられる事となっただろう。

モモンとしては王国の貴族の悪評が事前知識として有している事もあり、彼がカルネ村へ来た理由を推察し、随分ロマンチストな己の思考に自嘲しながらも、微笑ましく思う。

 

「気にする事ではないさ。私としては彼女を正式な部下に欲しいのは間違い無いからね。彼女を鍛えた部下からの報告には光るモノが有ると書かれている上に、フドウの付き人にも丁度良いしな」

 

「は、はぁ・・・護衛ではなく、付き人ですか」

 

モモンとしては、正式にエンリの身柄が欲しいと言っているようなモノだ。

彼はコキュートスからの報告で、エンリの成長具合や評価点を聞いており、また、この場合、対外的にもこう言う事で、公にも己の陣営だとするのが良いと考えた。

ンフィーレアとしては、熊も狩る実力を持つエンリが護衛ではない点で安心していいのか、それとも唖然とするべきなのか分からず困惑気味である。

 

「気落ちするな少年。彼女から聞いたが君は薬師なのだろう?色々と話がしたいのでついて来てくれ」

 

「はい」

 

その困惑した様子をモモンは落ち込んでいるのかと思い、そう告げてルプーから飛び降りエンリの家へと歩を進め、ンフィーレアは一拍遅れで返事をしてモモンの後を追う形となった。

 

家へと着けば、丁度ネムが死の騎士の所へ出かけた所であり、家にいるのはエンリだけだった。

彼女は昨日フドウの作ったハーブティーを見様見真似で淹れ、2人へ出す。椅子に座わり、ヘルムを机に置いたモモンは一言エンリへお礼を述べ、茶を一口含む。

つい昨日飲んだモノと違い、渋みが強いと感じたモモンはソレを指摘し、向かい合わせに座る事となったンフィーレアを見た。彼はエンリがお茶を入れてくれたという事に、嬉しさからか頬を染めていたのだが、モモンの視線に気付けば姿勢を正す。

 

「さて、ンフィーレア君。コレはポーションなのだが、君が取り扱っているポーションとの差異を知りたいのだが?」

 

「これは、まさか神の血っ!?」

 

モモンがマントの裏から出した真紅の血の如き赤いポーションにンフィーレアは思わず身を乗り出した。

その視線は熱く、ある意味野望に満ちた男の目をしており、モモン側の壁際に立ち、ンフィーレアの顔が見える立ち位置にいるエンリは内心ンフィーレアの変わりように驚くも表には出さない。

 

「あ!失礼しました!コレは魔法での産物で、劣化しないポーションだと言われていまして」

 

「で、あるならば薬師としては素晴らしい研究対象という事なのだね?」

 

「はい。全薬師の夢です」

 

2人の会話は、男のロマンを語っているようだ。興奮しているンフィーレアは、エンリは見た事が無いのもあり、何処か不思議そうである。

 

「手探りにはなるだろうが研究してみないか?ただ、秘密が漏れるのを防止する為にカルネ村へ移住して貰いたい」

 

「あの・・・」

 

だが、その興奮はすぐに収まる事となる。モモンの提案に対し、ンフィーレアの反応は歯切れの悪いモノであり、エンリを一瞥したのだ。

この反応に不思議に思うエンリに対し、モモンは何かを察した。

 

「エンリ。席を外してくれ」

 

「はい」

 

故に、モモンはエンリを退席させた。彼女は会話に入らぬようにとの配慮だ。エンリは、何処か自分に聞いて欲しくないと言っているように感じ、本来の業務である復興作業の陣頭指揮を行うべく村の広場へ向かうことにする。

エンリが外出してから1分くらい経った頃、モモンは会話を再開する事にした。

 

「さて、彼女に聞かれたく無かったんだろう。何が有るのかな?」

 

「その・・・エンリはモモンさんについていくんですよね?」

 

モモンの配慮にンフィーレアは意を決したのか、しっかりとモモンの目を見て話しだした。机の下で隠れている両手は強く握りしめられ、掌にじんわりと汗が滲むのを自覚しがらも、目を逸らそうとしない。

 

「君はエンリに惚れているという事で良いのかな?」

 

「はい・・・すごく強くなったのは分かりますけど、やっぱりエンリが好きで。結婚とかしたかったんですけど、中々言えませんでした」

 

モモンは彼の物言いに、情報を確定する言葉を述べる。慌てて来た様子からして、仮定していた内容だけに違和感は無い。だが、彼の真剣な様子は予想外でもある。一見18歳未満に見える彼の物言いは30を過ぎていたモモンには子供の戯言に聞こえるのだ。

故に、気に入っているエンリの将来がかかっている内容であり、また、人間に悪魔を受け入れる。逆もまた然り。不確定要素が多い内容だけに、モモンの視線は強くなり、威圧感が滲み出る。

 

「それで?エンリの両親が亡くなって、今私に言うという事は何だ?私の許可が欲しいのかね?」

 

「・・・はい。村人から聞いた話ですけど、何か貴重なマジックアイテムを使った事らしいですし、僕がその対価を払い終えたらエンリを解放して欲しいんです。それで、改めて結婚を申し込みたいって思います」

 

モモンの言葉は棘の有るモノだった。

ンフィーレアは一度息を呑み込むと自分の意志を伝えるべく頑張る。最低限のケジメはシッカリつけると言わんばかりであり、その眼には何年浪費する事になると分かっていても、やり遂げようとしているのだと、強い意志が宿っている。

モモンは内心、感心していた。彼も有数な薬師である。できないという事も無いだろうが、エンリと融合したのはNPCであり、その価値は金銭で換算する事は難しく、レベル100だった事もあればユグドラシル金貨5億枚が最低限の相場でもある。そもそも、ナザリックのNPCだった訳ではないため、モモンの独断で決を行うのも問題だ。

 

「君も私の部下となり、神の血の精製に殉じるという事ではダメなのか?」

 

「確かに魅力的ですけど、僕にメリットが有りすぎですし、御婆ちゃんが何て言うか分かりません。それに、やっぱり・・・」

 

モモンの妥協案は、ンフィーレアにとってメリットばかりで信用に欠けるのだ。

彼は打算込であり、ンフィーレアの取り込みも視野に入れているが、好意30%以上の割合であった。ソレを断るのは何故かとモモンは考え、ンフィーレアの目の奥に在るソレに気付き、夢よりも大きなナニかが有る気がしたのだ。

 

「エンリを己の女にしたいという気持ちが大きいのかね?」

 

「カルネ村が襲われて、エンリが貴方のモノになると考えて、やっと僕にとって、どれだけ大事だったのか理解したんです」

 

モモンの尋問する衛兵に等しい雰囲気に対しても、ンフィーレアは正直に、心のままに答える。

コレが分かれ目だと本能的に感じ取っているだけに、目を逸らしはしない。

何処か『お義父さん。娘さんを下さい』をしている空気である。

 

「薬師としての感情よりも、男としての感情が強いか」

 

「そう、なります・・・」

 

最後にモモンは確認する。そしてンフィーレアは肯定した。

ンフィーレアは薬師の夢とエンリを天秤に架け、エンリを選択したのだ。

彼の意図が明確に伝わり、モモンは目を瞑り黙考する。その沈黙が酷く重いモノであり、彼には時間の流れすら遅くなっている気がした。

そして、1分だか1時間だか、ンフィーレアの体感時間が過ぎ、モモンは静かに目を開けた。

 

「アレはもう二度と手に入るか分からない品物でな。先ずは保留としよう」

 

「えっ!?」

 

モモンの言い様は現状維持の推薦だった。

ンフィーレアに顔は憂いからか暗くなり項垂れる。だが、モモンの言葉には続きがあった。

 

「私としてはエンリの感情が大きい。エンリが君と結ばれる事を強く望むのであれば私としては構わないさ。一ヵ月以内にはカルネ村へ戻そう。頑張って口説くといい」

 

「と、いう事は・・・」

 

モモンの決断は容認+経過観察なのだ。モモンの言葉に、何処か信じられ無いと気色を浮かべ、モモンの顔を見るンフィーレアは、その鉄仮面の如く厳つい無表情と、感情が分かりにくい目に明らかな暖かさを感じた。

 

モモンは、後はンフィーレアの頑張り次第だと思わせ、彼が悪魔であるエンリを受け入れる。エンリが人間であるンフィーレアを受け入れれば問題ないと判断した。不都合が有るならンフィーレアを処理すれば良いだけである。殺さないプランであればナザリックで監禁か洗脳でもすれば良いだけなのだから。

だがモモンの言葉は若いンフィーレアには希望に等しい。恋は盲目とはこの事だろうか。

 

「その時、神の血の研究もしたいという事であれば、カルネ村へ移住するのならば材料や現物も渡そう。私個人としては期待しているよ」

 

「あっ、ありがとうございます!」

 

故に、夢を見せるモモン。彼の決断次第では、女と薬師の夢が現実化する夢想。

モモンの目尻を少し緩ませた、穏やかな笑みの裏に在る実情を知らぬンフィーレアは頭を下げ、歓喜に震えるのだった。

 

実態として、モモンはンフィーレアを気に入っている。可能ならば処理をする選択肢は選びたくは無い。だが、彼のタレントがソレを許しはしない。

一人の男としての判断は、アインズとしての、絶対的支配者の判断に勝るのは非常に難しいモノなのだ。

 

一方の残された漆黒の剣と、フドウ等は気長に談笑していた。

先のルクルットの食われかけたのが、ある種のブラックジョークだと認識された事が大きい。

ムードメーカーは貧乏くじを引くのが仕事かもしれないが、彼の生来の性格からして、あまり気にしないのかもしれない。

 

「しっかし、モモンさん。意外と年行っているんだな。聞いた話だと、アンタも親友の妹なんだろ?で、その子も?」

 

「そうですね。この子はナーベと言いまして、モモンさんの友人の娘なんですよ」

 

茶化しながらも明るく喋るルクルットに、その精神力の強さ(無神経さかもしれない)に、呆れ半分ながらも普通に返答するフドウ。

内心どう考えようが、顔に出さないのはある意味必須スキルなのかもしれない。

だが、至高の御方の娘と称されたナーベは、内心歓喜しており、緩む口角と目尻を隠すべく、少し俯いた。

 

「へぇー。よろしくねナーベちゃん。俺と付き合わない?一目惚れなんだ」

 

「黙りなさないゴミムシ。舌を引きちぎりますよ」

 

「えっ!?」

 

明らかに、ナーベはルクルットの軽薄さを嫌悪して返答した訳ではない。歓喜の一時を下等生物に邪魔されたから、物言いもキツイモノとなる。

その言い様は、存在の半ムシで完全に興味がない様子であり、その対応にフドウは焦り、声に出てしまう。

 

「厳しい断りの言葉ありがとう!じゃあ、友達からってのはダメ?」

 

「ヤブ蚊が―――むぎゅっ!?」

 

オーバーリアクションで腰を下げて握手を求めたルクルットに対し、今度は見下した目をして返答しようとしたナーベの頭に、フドウのチョップが落とされる。

地味に脳天にクリティカルヒットし、ナーベは奇声を上げ、口はミッ○ィーぽく×印になてしまう程であり、コミカル感を演出してしまう。

 

「ナーベ。モモンさんが覚えられない人間の顔を覚える必要が有る貴女が、そんな態度でどうするの?」

 

「し、しかし。こんな下等生物の顔など―――うきゅ!」

 

ナーベが振り向けば、威圧感のある笑みを浮かべたフドウが説教をはじめ、問答無用で反論を聞き終えずに再びチョップがナーベの脳天に振り下ろされた。

 

「真面目で素直はのは良い事だけどソレだけじゃダメなの。モモンさんは記憶力はいいけど、久しぶり会って、名前を忘れていたら失礼になるし、モモンさんの恥になるんだよ?」

 

「ナーちゃん怒られてやんのー。まぁ、私は匂いで覚えられるけどね。私が入れない所で大丈夫?」

 

「姉さんも!?」

 

人間の見下しに関しては触れないものの、モモンのフォローをする為の役割を求めるフドウと、乗っかる形で茶化すルプー。

ナーベ。フルボッコである。

 

「すいません。ナーベが失礼を」

 

「いえ。ウチのルクルットも失礼しました。所で、先ほどルプーさんの事をナーベさんが姉だと言いましたけど、何か有るんですか?」

 

「同じくらいに生まれたので、姉妹として育ったからですね」

 

そしてペテルへ頭を下げ、質問にも答える事で彼等からの口撃を抑制した。さり気無くナーベの失態をフォローしている。

彼等からしても、魔獣(ルプー)と育ち、姉妹と名乗る関係性は疑問に思わなくもなかったが、ルプーは会話し、人並みの感情や思考能力が有るのを感じ取っている。意外と在りえるかもしれないと納得し、魔獣であるルプーにまで嗜められるナーベに対して哀れに思う事は有れども、追い打ちに指摘する気にはなれないのだ。

ナーベの自尊心を大いに刺激する行為なのだが、その視線の意図に気付ける程、今のナーベには余裕は無い。一歩間違えていればモモンへ恥をかかせると知ったため、モモンの下へ行き、謝罪し、己の首を切るべきかと真剣に悩んでいる為である。

 

「ナーベ。モモンさんは許してくれるけど今後の課題として覚えておきなさい。他人が嫌いなのは分かったけど、数日前に彼女がこの村に来た時にモモンさんは演技の重要性を言ったんだから」

 

「畏まりました・・・」

 

ナーベの纏う空気に思い詰めていると感じたフドウはあえて嗜める。引き合いに出したのはアルベドであり、彼女の価値観を多少でも知っている者からすれば説得力は有る。

ナーベは自責の念を感じながら、下等生物である人間を尊重する演技を行う事に一定の納得を覚える。だが、気分は良いモノではない。それは、彼女の堅い表情が物語っているが、フドウは敢えて指摘する事は無かった。ストレスは与え続けられるのは良くないのだ。

 

「何か有ったんですか?」

 

「よくある事ですよ。故郷でモモンさんはある一団のリーダーをしていたんですけど、本拠地を襲撃される事が多かったので彼女を含めて部下達は基本的に仲間以外を嫌ってるんです。特に人間を」

 

ニニャは彼女等のやりとりに何処か親近感を覚えた。そして一縷の好奇心から聞けば、フドウは何処か面倒そうに述べる。

嘘がブレンドされてはいるが、フドウの言い様はそれが事実である様子であり、また、ナーベの人間嫌いを納得させるには十分だ。

漆黒の剣の面々は、フドウやアンジェから、ナーベがモモンの親友の娘だと知っており、その忠誠心の強さや、フドウ曰く、素直で真面目な人だと聞いている。

それならば、親や主人の命を狙う者を好きにはなれないのは普通だ。彼等はナーベを同じ人間だと思っている為、同じ人間を嫌うのは、その醜悪な部分を多く目にし、耳にした為だとも考えている。

 

「成程。であれば、基本的に人の襲撃が多かったのであるな?」

 

「そうです。中には私を人質にしようとした人もいましたし、結果こんな失礼を・・・」

 

ダインの確認に対し、フドウは本当に申し訳なさそうに頭を下げた。モモンがフドウ己の妻とした背景には、人質にされた過去が大きいのだと4人は思う。

フドウとしては、実際は何とも考えてはいないが、彼女が頭を下げた事でナーベへの追及をこれ以上するのは、普通ならばできない事である。特に、自分が原因でフドウが頭を下げたという事実から、ナーベの白い肌は自責からか血の気が完全に失せ、何処か青白い。

彼女の様子からしてこれ以上聞くのは良い事ではなく、遺恨が残る可能性は十分感じられる為に、この話題は打ち切るに限る。

 

「少し、分かる気がします」

 

「ニニャさんも何か有ったんですか?」

 

だが、何処か親近感を覚えていたニニャは、ポツリと呟いてしまった。

彼女の何処か親と逸れ、泣きそうな子供に似たモノを感じたフドウの優し気な問い方に、ニニャは簡潔だが話す気になった。貴族に似た雰囲気を持つモモンの存在は少々引っかかるが、ソレは過去の事例から他人を警戒を常にしているからだとも思った事も有る。

 

「どこにでも有る話ですよ。姉が貴族に連れていかれまして。今ドコにいるのかも分からないんです」

 

「コイツの目的は、生き別れの姉さんを探すってのも有るんだ」

 

ニニャの目の奥に暗い光が在るのを感じたフドウは何処か寂しげに彼女を見ており、そんなフドウの様子にルクルットはそう付け加える事で、暗にニニャの目的は復讐では無いが、貴族への憎しみを忘れられないだけなのだと釈明する。

 

「私達の知り合いが王都へ向かっている筈ですし、何か分かるかもしれないのでお姉さんの特徴とか名前を教えて頂けますか?」

 

「良いんですか!?」

 

「分かるとは限らないですけど」

 

ニニャを気の毒に、そして、何処か過去の己を思い出させる目にフドウはついそう聞いてしまった。

少しでも情報が欲しいニニャは喜色を見せるも、確実に見つかるか不明であり、陽炎のような希望なのだと自覚させる為に、フドウは注意事項の如く付け加える。

 

「それでもお願いします!名前はツアレ。ツアレニャーニャ・ベイロンです!皆さんよりは美人じゃないですけど、ソコソコ美人で金髪です」

 

「分かりました。では、そう伝えておきますね」

 

だが、希望の光は人を惑わせる誘蛾灯なのだろう。頭を下げるニニャの頭部を、何処か悲し気に見るフドウの姿に、ペテル達3人は何も言えなかった。

フドウは、ツアレニャーニャが生きている可能性が低いと認識している様子であり、ニニャの手前彼等は言葉にしなかったが、ペテル等の考えも同じなのだ。実際はニニャもそう考えている。だが、希望に縋りたいのが人間だ。

 

漆黒の剣の様子に、その考えの遷移が面白いのかルプーの尻尾がゆらゆらと揺らめくのが、何処か考えの差異を表しているかのようだった。

 

かくして、モモン達は漆黒の剣やンフィーレアの案内の下、城塞都市エ・ランテルへと向かう事になったのだが、翌日は漆黒の剣とンフィーレアを休ませ、手ぶらで行くのもどうかと思ったエンリは森の賢王とネムを連れて薬草採集をした。森の賢王を連れていくのはネムの足として使い、また、薬草を効率的に見つける為であり、ナザリックで一晩過ごし憔悴した彼女のリフレッシュも兼ねている。

同じ新参者でもエンリと違い成果を挙げていない上に、守護者の容認も無いのにアインズの従者的立場になるのは非常に気に喰わないと考えている者が多い為だ。

 

なお、ルプスレギナはアインズに乗られ、ペットの様に撫でられたりされた上で、お手製の首輪(人間形態ではペンダントのように首に下げている)を下賜された事も有り、嫉妬と渇望の目で見られている。特に某守護者2名の視線が強いが、彼女等が純ナザリック製のルプスレギナを害す事は無い。隙あらばOHANASHIしようと企んではいるが問題無いだろう。

 

ともかく、暫く会えないのは幼いネムも理解しており、姉妹の時間を大切にしてあげたいと考えた村長がモモンへ提案し受け入れられた為だ。

何処か寂しげなネムの様子に、連れていこうかと悩むモモンだったがフドウに嗜められ、その姿を見た村人達は苦笑いを浮かべ、ンフィーレアと漆黒の剣の面々は、モモンが本当に優しい御人なのだと認識した。

 

そしてエ・ランテルへ向かうに至って問題が有った。エンリの服装である。

現状では町娘風の娼婦であり、セクシーすぎる。そして、元の服のデザインでは近接戦闘がメインのインファイターであるエンリには不都合が有る。

そこで、アインズとジュンは取り合えず魔法で作る事にした。

アインズは己のデザインセンスがあまり宜しくはないと考えており、それはジュンも同じである。困った2人はエンリが来ている普段着を参考に上位物理作成を使い、アインズの執務室で弄ってみる事にした。

 

「何とか形になりましたけど・・・ゴテゴテしすぎですかね?」

 

「まぁ、本気を出す時に脱げば良いじゃないですか。本気を出すなら自動で変わりますし、問題無いんじゃないですか?」

 

2人はマネキンに着せられた一式を前にして、疑問符が語尾に付く出来に少し悩まし気に眺めている。

アインズ的にはコンセプトである軽装戦士に反し、重装戦士に見えるフルプレート気味のデザインに。

ジュン的にはユグドラシル時代の、職業:ベルセルクの保持者である友人達や、己の所業を踏まえているが、問題が無いとは思えない事に疑問符が付いていた。

 

マネキンに着せられているのは、赤褐色のマントを羽織った黒い鎧だ。

何処かエンリが普段着に着ていた服に、胸や肩に装甲を付け足したデザインと、人間の変身を解除した際に生成される鎧の、波のような曲線を多用したデザインを組み合わせた黒い鎧に、乾いた血に似た赤みの強い褐色のフード付きのマントを羽織った感じだ。右手には装甲は無いゴムのようなインナーと手袋だけだが、左手は変身解除した際の籠手と同じデザインであり、スカートには深いスリットが入り、その下は左手と同じく変身解除したモノと同じデザインのパンツと刃の着いたブーツだ。さり気無く投擲用に使える短剣が腰に有り、左側に数本の柄をマントの隙間から覗かせている。

金属の如き冷たい光沢を放ちながらも柔軟な装甲だが、重量は見た目に反し軽い。問題点としてエンリの場合本来の姿の方が防御力は高い点か。上位クラスの装備である為当然の結果だが。

凝り性の2人が合同で作った事も有り、マントの縁には銀糸が。鎧の縁には朱金で装飾が施されており、マントで隠れて見えないが背中にはアインズ・ウール・ゴウンの紋様が彫られている。

 

「アインズ様。ジュン姉ちゃん。何かよう?」

 

2人が鎧を前で悩んでいると控えめなノック音の後に、一見15歳のジュンに見えるメイド服を着たNPC。ライトが入室してきた。彼女はジュン製であり、生産系である事からナザリック内では扱いが難しく所属も曖昧なNPCである。

 

「・・・えっと、ライト。その恰好はなに?」

 

「取り合えずこの階層で仕事する時はメイド所属って事になったから着てみた」

 

(メイド服か・・・)

 

ジュンは思わず2度見をし、いつものトーガではないライトの恰好を指摘すれば、ライトは何でもない様に答える。郷に入れば郷に従えを実践しているに過ぎないのだが、ジュンは少し幼い己の姿をしたライトが着ている事に動揺したのだ。

アインズも内心、新鮮であると思うが骸骨顔の御蔭で表に出ることは無い。

なお、メイド服は実装されなかったメイドNPCのモノであり、お蔵入りしていたモノだ。

 

「とりあえず、コレ。どう思う?」

 

「・・・低位の状態異常系の防御アイテムが有れば良いと思う」

 

話を本来のモノへ無理矢理戻そうとするジュン。アインズに見られている感覚を覚えた為だ。

ユグドラシル時代は、アバターだった頃はネタや効果で服装を変えまくったりしていたが、己の体となった以上意外と気になるモノだ。

チャイナ風の装備は効果から。戦闘形態はその時の精神状態から余り気にはならないが、メイド服は少し抵抗が有ったみたいである。家事スキル+の効果が有れば着るかもしれないが。

ジュンの、何処か挙動不審な様子に首を傾げるライトであったが、2人謹製の装備の見分をした。

装飾や性能は上位物理作成で作ったとは思えぬ程良い出来であるし、バランスに関しても、エンリ本来の姿からして問題は無さそうだと判断したが、抵抗・無効系のアイテムが無い事に気付いたのだ。

 

「?けど、エンリには大抵の・・・あ、そうか。確かに無いと不自然だね。コレで良いかな?」

 

エンリは、種族的には悪魔と不死系でもあり、妖精の要素が強いリビング・アーマーのハイブリットである。

ハイブリットである為、精神系・即死系の無効スキルは有るが、大抵の状態異常に対しては無効化ではなく抵抗のスキルを有している。まだレベルが低い為性能は最大で<中位>だが、レベル100になれば最大で<上位>となり、大抵の状態異常の効果を半減・無効化する事が可能となるのだ。

故に人間に擬態するという観点からすれば、何の対策もしていなのに、毒もマヒも効かないのは異常である。ライトの指摘に、ジュンは虚空に手を伸ばし、自身のアイテムボックスから首に下げる小瓶を取り出した。小瓶の中には小さな桃色の貝殻が光を反射し、控えめで穏やかな光を発している様にも見える。エンリと融合したNPCと同時期に創った神話級の対状態異常系アクセサリーだ。デフォルトで上位アイテムに偽装されている。

 

「良いの?」

 

「どう思う?」

 

「・・・上位に偽装されている以上、問題は無いだろう」

 

過剰とも言えるアイテムを持ち出したジュンに、ライトは少し冷や汗を流しつつ確認するが、聞かれたジュンはアインズに判断を投げる。

アインズとしては実に面倒且つ悩ましい。魔法で解析した結果、地味に厄介な対策アイテムだったからだ。

そして、エンリの変身の際にどのような扱いになるのか分からない事も有り、少し悩むが対策としては有効であり、また偽装されている事から容認する事にした。

 

かくして、エンリの装備は決定した。

翌日の昼前。エンリに装備が渡されたのは出発の少し前であり、彼女が着替えるのを村の入り口近くで出立の準備を終えた皆は、前日に採取された薬草類の多さに驚きながら待っていた。ンフィーレアは薬草の多さもさる事ながら、地味に希少性の高いモノも一定数ある事に何とも言えない表情をしている。

そして、見送りなのだろう。一足先にネムがカイジャリと共にいる。

 

「って、おい・・・」

 

「えっと・・・モモンさん。護衛ではなく従者なんですよね?」

 

エンリの装備に何時もの軽口が出ないルクルット。現役冒険者である故に、漆黒の剣の面々は装備の高価さに言葉が出ない。

太陽の光を浴びて、赤褐色から深紅へと色を変異させたマントを靡かせ、真面目を通り越して抜き身の剣を思わせる程鋭い視線。エンリの雰囲気が装備と噛み合い、著名な冒険者にしか見えないンフィーレアは、隣でルプーに騎乗しているモモンに問いかけるしか無かった。

こんな装備をエンリが持っている筈もなく、彼は、完全にモモンがエンリを正式な部下にすると行動で示しているようにしか思えず、また、何処かカラーリング的にもモモンに通じる為複雑な感情を抱く。

 

「あぁ。道中何が有るか分からないからな。実力も有る以上、一定の装備を与えるのも上に立つ者の責務ではないかね?」

 

「そ、そうですか。あと、何で色合いがモモンさんと似ているんですか?」

 

実態はともかく、ンフィーレアの認識ではエンリはモモン達の仮の部下である。そんな状態にも関わらず、高価な装備を与える財力は驚愕に値し、また、カラーリングからして正式な部下に取り入れるのは確実であると感じるのは普通だ。

 

「ん?彼女に合う様にしたのだが・・・確かにそうだな。基本的に暗色系は汚れが目立ちにくい利点が有るのだが」

 

ンフィーレアの指摘に、モモン達は初めてエンリの装備とモモンの装備の色合いが似ている事に気付いた。彼女本来の色合いから配色し、モモンの言う利点から深く考えていなかったのだ。

だが、この色合いであれば色々と邪推されても可笑しくは無い。

 

「えっと。エンリはどう思うの?」

 

「私は特に何も無いです。血を被っても目立ちにくいでしょうから」

 

「そ、そうなんだ・・・」

 

フドウは、着ている本人が気にならなければ良いと思い、問えば、あまりにも実用性を重要視したエンリの返答に、モモンとンフィーレアは言葉が無かった。

エンリ・エモット。彼女は人間であった頃から鈍感である。

 

「あのね。ネムはカッコイイと思うよ」

 

「ありがとね。ネム」

 

エンリの装備に、妹であるネムは凛々しくカッコイイと思っていた。大きくなれば冒険者になる。等と言い出さないかエンリは心配になりながらも、その頭を撫でた。そんな姉妹を優しく見守るフドウ。実に穏やかな雰囲気であるが、ネム以外の2人の装備からして、出陣前の家族といった所だろうか。

 

「・・・ンフィーレア君。少なくとも私に他意は無い事は理解してくれ」

 

「あ、分かりました」

 

エモット姉妹とフドウ団欒を他所に、何とも言い難く、気まずい思いをするのはモモンとンフィーレアである。モモンの言葉にワンテンポで返事する事から、モモンの関与は勘違いだったと即座に判断したのだった。

 

「けど、これじゃあエンリがモモンさんの妹か娘みたいですね」

 

「エンリは16だったか。確かに可笑しくは無いが・・・」

 

ンフィーレアはモモンに、先日の問答から抱いていた『厳格な父』の影を見た為に出た言葉である。

モモンとしては、エンリは既に身内だと判断しているが、彼的にはこの話題はまだ早いモノだと判断しており、何処か語尾のキレが良くない。

 

「モモンさん。その話は速いです」

 

「確かにな。すまない」

 

「いえ。御心使いありがとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

そして、そう判断していたのはフドウもだ。モモンの何処か上から目線の謝罪の言葉に、エンリは2人の気遣いが嬉しく思い、ソレはネムもだった。

 

「あれ?そういえばモモン様達の年は知らないっす」

 

「姉さん?・・・確かにそうですね」

 

ここでふと、ルプーはモモン、フドウとしての設定年齢を知らない事に気付いた。そして本来の姿であるアインズ、ジュンとしての年齢も。ナーベはルプーの指摘で自身も知らない事に気付いたようだ。

 

『私はリアルの22歳で良いかな。もうすぐ23歳だけど。アインズさんは40手前とかですか?』

 

『そんなに老けて見えてましたか。34です』

 

『えっ!?兄さんより年下だったんですか!?』

 

咄嗟にフドウはメッセージの魔法で相談し、リアルの年齢のギャップに驚くも顔には出さない。彼女的には、リアルのオフ会で会った鈴木悟という人物は、覇気は無いがふとした拍子に見せる深く思案深い空気から、少なくとも兄、ウルベルトよりも年上だと思っていた為だ。

アインズ的には、予想外に下駄を履かされていた事に、少なくないショックを覚えるモノである。男女問わず、実年齢より上に見られるのは気分の良いモノでは無いのだ。

なお、かつての世界では、実年齢に対し若々しい反応を返すのは学習の機会が少なくなっており、ボキャブラリーが少ない事からである。この傾向は、基本的に貧困であればあるほど強い。

なお、アインズの言った34歳という年齢は満年齢で言っており、ジュンの理解は間違いではないが、ウルベルトとは1歳しか変わらない。

 

「モモンさん?」

 

「いや、お恥ずかしい。実は年を余り気にしないものでね。思い出していたんですよ」

 

「へぇー。結構年上だと思うけど、何歳なんですか?」

 

「34です。フドウは23ですね」

 

モモンの、何処か気まずそうな空気にンフィーレアは、何か気分を害す事があったのかと思うも、彼の反応から、何処か若々しさを感じるモモン。

モモンの年齢は地味に気になっていたのだろうか。ンフィーレアの問いに、耳を澄ませえる面々。

 

「モモン様。パパより少しだけ年上ー」

 

「ネ、ネム!申訳ございません!」

 

「すいません。余計な質問をしました」

 

ネムの言葉にモモンはグラスブ・ハートを喰らった衝撃を受ける。アンデッドである為即死はしないが。慌てて謝るエンリとンフィーレアに気まずく思うフドウ。

この世界では、一般的な結婚年齢は15~20辺りなので、それ程酷いズレでは無い。彼女らの父母は15で結婚し、直ぐにエンリが生まれた事もあり、33歳で比較的若い事も有っただけだ。

 

「いえいえ。ですが、エンリくらいの娘がいても可笑しくないのは理解したかな?」

 

「そ、そうですね」

 

何でも無いように、寛大な空気を醸し出すモモンに、ンフィーレアは肯定するしかなかった。

だが、何処か気まずい空気だ。

 

「おい。コレって有りなのか?」

 

「ま、まぁ貴族とかなら良く有る年齢差じゃないか?ほら、嫡男というヤツだったらさ」

 

漆黒の剣の面々としても何とも言えない。ルクルットの疑問の言葉に対し、ペテルは己の持つ知識から何とかモモンをフォローしようとする。

彼等的にも、34歳が21歳を娶るのは問題である気がしたのだ。言い方は悪いが、貴族でも王族以外であれば早々無い年齢差なのだ。

妾ではよくある年齢差である点も、更に問題かもしれない。

 

「うーむ。よもや吾輩よりも年上だとは」

 

「え?」

 

「こう見えて29なのである」

 

「・・・マジ?」

 

そして、ダインの一言で更に絶句する漆黒の剣。

コソコソ話をしている彼等だったが、ルプーには丸聞こえであり、彼女は、何故彼らがモモンの年齢で、それ程話しが飛躍し絶句するのか理解できなかった。感情の遷移が面白いので何も言わないのも彼女らしいが。

 

「ともかく、出発するとしようか」

 

「いってらっしゃーい!」

 

「姉さん。ネムの嬢ちゃんは任せてください!」

 

モモンは、これ以上何かを言って、行動の開始が遅れるのを避けるため、そう言ってルプーを歩き出させた。ふと後ろを見れば、大きく腕を振るネムと、エンリへそう言っているカイジャリの姿も見える。

それだけではない。いつの間にか集まった村人達も含めて手を振り、何かしらの声を上げているのが分かり、モモンは出立としては中々のモノだと思いながら、前を向きなおし、軽く手を振った。

 

(アインズさん。相変わらずサービス精神旺盛だね)

 

言葉少なく、背中で語ると言わんばかりのモモンの姿は未知数の実力と噛合い、大胆不敵な益荒男であると思わせる。生粋のパフォーマーであり、信奉者を自然に増やす彼の手腕に、内心舌を巻くフドウだった。

実際には無意識に行っている事など、知ったとしても、信じないだろう。




ンフィー「お義父さん!」

漆黒の戦士「モモンだ。パパンでは無い」


てな感じで出立です。あと、エンリとネムの年齢はネットで探しました。悟さんやダインの年齢は捏造なんでよろしくー。

エンリちゃん。服装チェンジですwイメージ的には漆黒の女戦士かなw
公式の村人の服にモモンさんのアーマーをウィッチブレイドのように曲線を追加したモノやマントを着せた感じかな。なお、スカートのスリットは深いので、激しい動きをすると・・・刺激的なパンツが見えます(笑)

おや?シリアスさんの様子が?なに?来週から少し働くって?いや、普段から働けよ。


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第十五話

カルネ村を出発したモモン一行。道中は平穏そのものであり野伏であるルクルットは警戒を緩める事はない。だが、彼のスタンスなのか、警戒していない様子で陽気に話しかける。意気揚々とまるでハイキングだ。

このまま襲撃がなければ、翌日の夕刻にはエ・ランテルへ到着する予定であり、実に順調。順調すぎる旅路である。

これ程までに襲撃が無いのはルプーが要因だ。彼女はレベルを誤魔化すアイテムを、その役目から、狼形態では装備していない為モンスターは本能的に恐れて近寄らない。レベル10以下が50以上に挑むなど、唯の自殺である。

 

順調すぎる旅路はモモン達にとっては非常に有用であった。彼等は、モモン達の人柄や事情を、先のカルネ村の村長をはじめ、村人にもさり気無く聞き、少しの警戒心を残したままだが、善良な人物だと判断したのだ。

聴取の際、多くの男性がモモンを勇者だと大きな声で称え、小さな声でエンリとフドウを魔獣だと怯え混じりで称したのは理解出来なかったが。一見男性のみのパーティーである漆黒の剣とンフィーレアには、2人が襲撃犯のベリュースに行った処刑は話さない方が良いとの判断である。

 

ともかく、現役冒険者である漆黒の剣と、エ・ランテル在住の腕の良い薬師の孫ンフィーレア。カルネ村の村長には申し訳ないが、情報の質は段違いだった。

 

漆黒の剣との談話では、魔法や武技、冒険者関係の情報が手に入った。

武技や魔法については元陽光聖典の面々から聴取したのだが、現在精査中であり、まだ報告は完璧に終わっていない。また、元陽光聖典組は魔法詠唱者の部隊である。そのため、モモンとしての出立の同日明朝に、シャルティアが犯罪組織に属しており、消えても問題無い武技所持者を捕獲目的で出立。先行しているセバスとソリュシャンに合流予定だ。

漆黒の剣との談話で得た情報から、現時点では、武技はスキルに近く、感覚で使用している技と判断せざるを得ない。

ワールドアイテム<真実の目>でも武技とは何かと調べる事は出来ない。だが、HPやMP等の消費やステータスの遷移は分かる。休憩時にペテルに武技。<不落要塞>を使用してもらった様子からして、肉体的疲労はHPを消費して起こる事だと分かり、情報不足も有りスキルの亜種と判断した。

魔法に関しては、元スレイン組で、歴史好きがいた事から土着の魔法が有ったが、現在主流の、便宜上ユグドラシル式の魔法が八欲王が広めたと分かる。その派生から、生活や使い勝手の良い魔法が生まれ、現在に至る事が分かり、ニニャに聴取した内容からして略間違いは無さそうである。

また、彼等との談話で予定変更した。

城塞都市エ・ランテルへ入る際に、ルプーと森の賢王で乗り込むのは取り止めとしたのだ。コレは、町へ入る際の審査に時間が、本来の予想以上にかかる為であり、ンフィーレアというツテが有ったとしても面倒なのは間違いない事が判明したからだ。冒険者登録をしてから、再度騎獣として登録というのが、結果的に面倒が少なくなるとの判断である。この間。二体は転移マーカーを付けた上で、エ・ランテルから一定の距離が有る時点で待機する予定だ。

 

そして、エ・ランテルへの入町は問題なく、一般的な審査で済んだ。魔導具も上位に擬装しており、見破る実力者もないかった為だ。

時刻も夕刻であり、予定通りである。手続きが終われば、モモン組は冒険者組合へ行く予定であり、漆黒の剣を含めたンフィーレア達は彼の店へと向かう予定だ。

 

「エンリ。リイジー女氏を交えた話も有るだろう。君の登録はルプー達の登録と合わせよう」

 

「分かりました」

 

だが、モモンはエンリをンフィーレアと行かせる事にした。エンリは不思議そうに了解の意を伝え、フドウも予定と違う事をするモモンに対し首を傾げる。

 

「では、失礼するよ(頑張れ)」

 

「っ、ありがとうございます!」

 

モモンはンフィーレアの側へ行きながらそう言い、肩を数回軽く叩くと、そのまま歩を進めた。ンフィーレアにはモモンの心の声が聞こたのだろうか。確りと御辞宜をした。その言葉に、そのまま歩きながら軽く手を振るモモン。

漆黒の剣にはモモンの意図が正しく伝わったのだろう。微笑ましくンフィーレアとエンリを見た。

 

(何か有ったのかな?)

 

(・・・ンフィーに何か危険が迫ってるのかな?)

 

フドウは何所か、理解できない感覚を覚えるも、ナーベと共にモモンの後を追う。エンリは、漆黒の剣の面々の視線に気づきながらも、モモンの指示は何かを察知したのかと思い、マントに隠れた右手の変身を解除し、刃を何時でも展開できる体制を取った。

モモンの行動は、彼等を影から護衛する2体のエイトエッジアサシンにとっては悩ましい事態だった。二体は視線を交差させると、一体はモモンの後を追う事となる。

 

そして、モモンと別れたンフィーレアは店の裏手へ行き、裏門から中へ入った。夕刻だというのに、祖母のリジイーの不在に不思議に思いながらも、漆黒の剣の助力もあり、薬草の搬入は滞りなく終わった。

空はいつの間にか黒く染まっている。

 

「下がって。ンフィー」

 

「エンリ?」

 

一息つこうとしている中、ンフィーレアが店の方へ行こうとした時、エンリは彼の前に立ちふさがり店の方へ続く扉を睨む。

彼女の異様な様子から、ンフィーレア達は尋常では無い何かを感じ、思わず緊張を覚える。

 

「漆黒の剣の皆さんは―――っ!」

 

エンリが言葉を紡いでいると門が破砕音と共に破壊された。

音と同時に数本の短剣が投擲され、エンリは咄嗟に右手の刃を展開し叩き落す。

火花が舞い、己や近くにいたンフィーレアに当たるモノは叩き落せたが、再度投擲された短剣を全て落とすには、投擲の間隔が短かった。

 

「ぐぅおっ!?」

 

「ダイン!」

 

『襲撃されました』

 

結果、ダインの肩に一本の短剣が突き刺さり苦悶の声をあげる。ニニャが心配から声を上げ彼に近寄った。

そんな中、破壊された扉が地面へ倒れ、粉塵が舞う中エンリは襲撃者を警戒しながら、左手で、マントの裏へ隠していた、非常用のスクロールでメッセージの魔法を使い、フドウへ短く緊急事態である旨を伝えた。

 

「ぐぅっ・・・」

 

「毒っ!」

 

短剣には毒が塗られていたのだろう。仰向けに倒れ、白目を剥き口からカニのようにブクブクと泡を吹くダイン。

小刻みに痙攣をしている彼の症状からニニャは、毒が原因だと判断したが、現状の手持ちの薬では対処は難しいとも分かるが、ソレでも手当てをするしかなかった。

 

「へぇー。なかなかやるじゃーん」

 

「何者なの?」

 

「誰でも良いと思うんだけどねー」

 

一刻も早く処置をしなければならない中、女性の嗤い声が響く。

扉が倒れた拍子に舞い上がった粉塵の中から獲物で遊ぶ、狂気に満ちた笑みを浮かべた金髪のショートに、ビキニアーマーの上にローブを羽織った妙齢の女性。クレマンティーヌが現れる。

その姿に対し、エンリは油断も隙も無く鉄の如き冷たい言葉で返すが、ソレがまた面白いのかクレマンティーヌは楽しそうに笑うばかりだ。

 

「へぇ・・・なら、お土産に何がしたいわけ?」

 

(え、エンリがカッコイイ・・・)

 

名前を素直に答えない事から、目の前の敵は少なくとも『考える頭』は有ると判断したエンリは、時間を稼ぐべく目的を問う。

その冷たい視線と言動は、ンフィーレアの持っていた、エンリへの印象をガラリと変えるモノであり、彼に有った男のプライド的なモノがベッキリと折れるが、エンリが気付く筈も無い。

 

「んふふっ。中々楽しそうだね。いいよー。言っちゃうよー」

 

クレマンティーヌは、目の前のエンリが臨戦態勢であり、楽しめそうな資質を持っているのではとこれまでの対応等から考え、外にいるカジットが異変に気付き、突入する時間を稼ごうと行動する。

 

彼女の判断では、エンリ以外は、今剣を抜いた漆黒の剣の面々と、敵が目の前にいるのに、何処か心此処に在らずというべき誘拐対象のンフィーレアと、正直ナメてるのかと言わんばかりの面々に苛立ちを覚えてもいる事も有った。だが、エンリが楽しめる対象かどうかの判断基準に話そうと考えた事もあり、話すのは時間稼ぎ3割だというのが彼女らしいかもしれない。

だが、最大の要因としてカジットは魔法詠唱者である。仮にエンリがンフィーレアを抱え、漆黒の剣を捨て駒にすれば突破事態は容易だと感じてたのも有る。

 

彼女の内容は単純だ。第七位階の死者の軍勢(アンデスアーミー)を使う為に、ンフィーレアの身柄が欲しいというモノだ。

 

「成程ね。けど、させると思ってるの?」

 

(なるほどねー)

 

クレマンティーヌの話した内容に、今日の晩御飯は何?と話しているかのように返答するエンリに、評価を一段と上げ、この危機的状況下で脱出を試みない漆黒の剣とンフィーレアに、逃がす気等無いにも関わらず一段評価を下げた。

エンリは、クレマンティーヌが目的を話したのは、絶対的に、己の実力への自信が有るのだろうと思う。彼女の狂気に満ちた双眸に、冷徹な理性を見たのだ。故に、現状ではンフィーレアが攫われるだろうと予測している。自衛ができない者が5人もいるのだから。

 

そして、中の異変に気付いたカジットが扉の隙間から中の様子を伺い、目が合ったクレマンティーヌは、楽しそうに嗤う。

 

「んふふっ。確かにアンタ一人なら問題だったかもしれないけどさぁー」

 

「うぐっ!」

 

「しまーーーっぐあ!?」

 

「ぺ、ペテル!ルクルット!」

 

あえて右手でスティレットを抜き、その切先をエンリへ向けながら、左手で投擲用の短剣を抜くクレマンティーヌ。

切先を向けられればソコに視線が向かうのは自然の通りであり、ソレが合図だった。カジットは闇属性の魔法弾を撃ち、クレマンティーヌへ警戒心が集中していたペテルとルクルットに直撃させた。エンリを狙わないのは、射線上にンフィーレアがいる為だ。

ダインの手当てをしていたニニャは2人の苦悶の声に驚き、振り返れば蹲っている2人の姿が目に映る。2人の背中は革鎧が損傷するだけに留まらず、背骨が見え、周りの肉が弾け飛んでいる事から相当の攻撃だったのかと思い、体が震えずにはいられなかった。

 

「うわっ!?」

 

「ンフィーレアさん!」

 

「クレマンティーヌ。さっさと片づけろ」

 

そして、念動力の魔法なのだろう。ンフィーレアの体が浮き、即座にカジットの元へと連れていかれるンフィーレア。

ソレを見ていながらも、先の魔法の威力から動けないニニャの声は苦悶に満ちている。

カジットは捨て台詞なのだろう。そう言い、裏門から出ていった。詰まらなそうに見下しているような語気だが、油断もせず、実に迅速で的確な行動だ。

 

「てなワケ。護衛するには失格ねー」

 

「貴女を此処で捕まえれば良いだけの事じゃない?アレは魔法詠唱者だろうから厄介なのは貴女だし」

 

クレマンティーヌは理解していたのだ。

背後の、動けないモノが増えれば増える程、エンリが動けなくなる事を。そして、仮にエンリだけが護衛であれば、もしくは、漆黒の剣を見捨てる事が出来る性格であったならばンフィーレアを攫うのは容易では無かった事を。

 

この揉め手を予測してようとも、動けない現状に、エンリの目には更に危険なモノが宿り、ソレがまたクレマンティーヌの心を揺れ動かす。

実に彼女の好み的に、仲間を傷つけられて激昂するのはとても、とても嬉しいのだ。正にクリティカルであり、思わず性的興奮を覚える程好ましい。

 

だからこそ、この一時はコレで終わるのは内心残念に思い、嗤う。

 

「ソレも無理だよー。ばははーいw」

 

「っ・・・」

 

「え、エンリさん・・・」

 

クレマンティーヌは右手を軽く振るい、流水加速や能力超向上等の武技を使い、ニニャへ向けて短剣を投擲する。

その速度からして、間に合うのは非常に微妙だったが、体勢を崩しながら叩き落すエンリ。だが、その隙にクレマンティーヌは駆け抜け裏門から脱出した。

 

マントを翻しながら立ち上がり、右手の刃を収納するエンリ。負傷した3人と、腰を抜かし、女の子座りをしているニニャを一瞥し、自責から歯軋りをしてしまう。

その表情は苦虫を噛潰したように、苛立ちと怒りに満ちている。

 

「っ!遅かったか!」

 

「ンフィーレア!ンフィーレアはどこだい!」

 

そんな中、冒険者登録を済まし、ンフィーレア宅へ向かおうと道を尋ねた相手が、偶々リイジー・バレアレだったモモン達が到着した。

モモンは扉が破壊され、倒れ伏せるペテル達から現状を把握し、フドウに抱きかかえられているリイジーは店の惨状よりも、ただ一人の肉親である、孫のンフィーレアの姿を探すが、見当たらない現状に焦りと不安で困惑した視線をしている。

ナーベは破壊された門の前に立ち、警戒しているようだ。

 

モモン達は、彼女と雑談しながら向かっていた途中で、エンリからのメッセージを受け取ったフドウがエイトエッジアサシンへ確認を行い、また、エンリの側にいた一体に追跡を命じ、リイジーを御姫様抱っこで抱え、走りながら彼女に緊急事態である事を伝えて急行したのだが遅かったのだ。

 

「リイジーおばあさん」

 

「エンリちゃんなのかい!?ンフィーレアはどうしたんだい!?」

 

降ろされたリイジーは、当事者である黒い女戦士が、ンフィーレアが懸想していた相手だと知り、あまりにも変わった雰囲気と、抜き身の刃を思わせる空気を纏っているにも関わらず、思わずマントに掴み掛る。

その必死な様子に対し、エンリは現在彼女に説明するよりも、モモンに指示を仰ぎ、即座に対応するべきだと判断した。己を護衛に付けたにも係わらず、護衛に失敗した現状に思う所がないと言えば嘘になるが、彼女は己の感情を完全に切り捨てる。

そんな彼女等のやり取りを見ながら、フドウは負傷者の治療に当たる。マイナーヒールと解毒魔法をかけた。雑菌が入ったままで治療して、感染症等を発症しないようにする為の処置だ。

ダインの容態も急激に安定し、息使いも穏やかなモノへ変わる。どうやら、解毒魔法単体で十分対応できる毒だったようだ。

 

「モモンさま。ンフィーのタレントを使って、死者の軍勢(アンデスアーミー)でここ。エ・ランテルを襲撃するそうです」

 

「彼のタレントでか?」

 

「はい。おそらく、ンフィーを魔力タンクにするつもりなんだと思います」

 

エンリの淡々とした報告にリイジーは唖然とした。そして、狙われた原因が、彼のタレントが知れ渡っている事から今回の事件が発生したのだと考え、彼のタレントが如何に彼の身を危険に曝し、町の危機に迄発展するモノだとは思わなかったのだ。

そして思い至る。

今回の事件が発生した以上、エ・ランテルにはいられない可能性が有るのだと。このように、事件の原因を知っている者がいる以上、一定の財力と権力ではンフィーレアを守る事は叶わないのだと。

 

「痛てて・・・モモンさん。エンリちゃんの言ってる事はマジだぜ。面倒な事に、魔法詠唱者とイカレタ女の護衛付きだ」

 

「ルクルットさん。まだ動いてはダメ」

 

「お、おう」

 

まだ傷口が塞がったばかりで、動けば皮が引っ張られる感覚から痛みを覚えているにも関わらず、体を仰向けにしようとしながらエンリの報告を補足するルクルットだったが、フドウの冷たい静止の声に、息を呑んでしまう。

彼女の発言は心配しての言動であるのは間違いないが、レベル差から威圧感を伴う言葉だったのだ。

 

「すいません。我々が邪魔になった為にエンリさんはンフィーレアさんを・・・」

 

「力及ばず、申し訳無いのである」

 

ペテルはルクルットと同じく重症であり、ダインは短剣に塗られた毒で体の自由が奪われていた事から何も出来なかった。

シルバープレートの冒険者であれば、生き残っただけでも幸運なのだ。

 

「何もできませんでしたっ」

 

だが、ニニャは泣き出してしまった。

生き残った安堵よりも、言葉通りに何もできなかった事に対してだろう。彼女は、己では対処できない『力』を持った相手に『奪われかけた』のだから。今回は幸運にも奪われなかったが、もしエンリがいなければ、彼女等全員の命は無かったのは間違いないのだ。

涙を流す彼女を、3人の治療を終えたフドウは優しく抱きしめる。ニニャはフドウに抱き着き、その顔を彼女の胸に押し当てながら泣く。

 

『ジュン様。現在地は墓地です。どうやら、なんらかの儀式を行う様子。もう間もなくかと』

 

『開始の合図は不要だよ。ただ、彼が死にかけたら即座に救出して』

 

『承知』

 

ニニャの様子は、まるで幼子が母の胸で泣いているかのようだ。彼女の嗚咽を聞きながら、フドウは優しく彼女の頭を撫でつつも冷静であり、エイトエッジアサシンの報告をメッセージの魔法で聞く。

そして行動に反し、注釈としてンフィーレアの死亡を防ぐ指示を出した。エイトエッジアサシンならば、即座に救出も可能だが、あえてエ・ランテルを危機に曝し、効率良く名声を稼ぐべきだと判断したのだ。

モモンから聞いた、エ・ランテルで冒険者登録する目的は、冒険者としての名声を得、情報ネットワークの構築なのだから。

ソコには彼女の感情は無く、ンフィーレアを危険に曝すのは彼女の本意ではない。だが、万が一が生じないようにするのが、彼女個人の意図を組み込める限界なのだ。

 

「そうか。では材料が要るだろうから、相手の拠点は墓地からか?」

 

「恐らく。エ・ランテルには集合墓地が有るので、間違いないかと」

 

「対処できる人物がいるって分かっている以上、時間はあまり無いと思う」

 

モモンはユグドラシル式の魔法から、アンデッドの作成には材料として死体が必要であると考え、最も効率的な場所を言い、エンリは魔法の基本的な仕様を叩き込まれている為肯定した。フドウは現状分かっている内容から不自然さが無い程度に、憶測として言うが、モモンは、コレがエイトエッジアサシンから齎された情報だと理解している。

時間がそれ程残っていないのだと、聞いていた者達は理解した。

 

「私が防衛。モモンさんとナーベが強行突破して救出かな。ある程度撃破しながら突破出来るだろうし」

 

「いや。死者の軍勢(アンデスアーミー)ならば時間との勝負だ。私とエンリがルプーに乗り強行突破する。2人には防衛を頼む」

 

「雑魚を無視して、中核を叩くって事だね」

 

フドウの案としては、ある程度の討ち漏らしを想定したエ・ランテルの防衛策だったが、モモンは強行突破を選択した。第一の作戦目標がンフィーレアの救出であれば不自然さは無い。だが、多くを守るために、少数を切り捨てるのは一般的な考えであり、大多数を危険に曝す案でもあるため、受け入れる者は人情が有る者や、当事者の肉親くらいかもしれない。

モモンの考えとしては、エンリ程度の実力者(レベル50程度)を想定すれば、エンリとのコンビでも十分敵の撃破が可能なのだ。

 

「さて、リイジー・バレアレ。私達ならば孫を助ける事ができる。依頼するか?高いがな」

 

「カッパーのプレートだが、確かにお主達ならば・・・うむ。汝らを雇おうともっ!孫を救ってくれ!如何程であれば満足して頂けるか!」

 

「報酬は後で話すべきだな。今は時間が惜しい」

 

そして、わざわざこのようなやり取りをしたのは、リイジーへの説明も兼ねてだ。そして、暗に己達は彼女の味方なのだと言っているようなモノ。

彼女としては、モモンの首に架けられている、黄銅色の輝きを放つ冒険者プレートよりも、目の前で行われた会話と、微塵の心配も無く、自信に満ち溢れたモモンに頼もしさを感じ、例え財産の全てを失おうとも構わないと、決心した。

そしてリイジーの決意に応えるかのように、モモンは足早に裏門から外へ出ようと歩を進める。報酬未定の後払い程恐ろしいにも関わらず、その決意と一縷の望みに賭けた信頼に足りると思わせる程、彼女にはモモンの背中が大きく見えた。

 

モモンの後を皆が皆追い、全員が出たのを確認したフドウは、ルプーと森の賢王をこの場に呼び出すべく、転移門を発動させる。

白と黒の混沌を思わせる渦から、彼女等がこの場へ出てきた。

 

「なんとっ。召喚を扱えるのかっ・・・それに、精強な魔獣を2体も・・・」

 

彼女等の放つオーラ的なモノに、リイジーは己の判断が間違い無いモノだと確信した。

彼女の雰囲気を横目に、止められていた荷台付きの馬車と森の賢王の物理作成の魔法で、ベルトと鎖を作成し、森の賢王が荷台を引ける状態にした。

 

「森の賢王。漆黒の剣の人達とリイジーさんを冒険者組合まで乗せてあげて。基本的には漆黒の剣かリイジーさんの指示を聞いて。私達は侵攻を遅らせる」

 

「ルプーよ。私とエンリがお前に乗る。今回の獲物は骨だ」

 

「承知でござる!」

 

「了解っすよー」

 

フドウとモモンの言葉に、森の賢王は元気よく、ルプーは少し気怠そうに答える。リイジーの様子からして、彼女の好む展開にはならないと本能的に感じた為だ。

 

「リイジーさんや漆黒の剣は冒険者組合に報告をお願いします。あと、3人は戦闘への参加は止めて。私達が確りと護るからね」

 

「すいません。お願いします」

 

「頼む。ンフィーレアを救っておくれ・・・」

 

フドウの言葉は、彼女等にできる事をお願いするものだったが、ペテル達は守れないばかりか、荷物になった事が悔しいなのだろう。だが、彼等は己の実力を把握し、フドウとモモンへ頭を下げた。モモン達がリイジーの、最後の希望なのだろう。そう言うしか無い。

ソレを見届けたモモンはルプーに騎乗し、エンリの手を引いて己の前に座らせると、ルプーを走らせた。フドウとナーベはモモンの出発からフライの魔法を使用し、飛翔する。

灯りの有る夜のエ・ランテルを翔ける。

 

移動中に、打ち合わせや装備の準備を済ます。

今回モモンとエンリ、ルプーが突入組だ。未知の敵であり、エンリ程度の実力者の出現は、フドウが自身の額に装備しているアイテムを貸し出すには足りる事態だと判断した。

 

モモン達は邪魔な一般人がいない、屋根や空をメインに翔れば墓地の門の前には直ぐに到着した。

だが、誤算が有った。アンデッドの戦力展開が予想以上に早く、既に衛兵は壁の上での防衛を放棄し、門の内側に戦力の展開をしていたのだ。

そして、フドウの目には、逃げ遅れた2名の衛兵がスケルトンの餌食になっているのを捉えた。

 

「まだ生きてる。ワイドエリアヒール!」

 

「ぅぅぅ・・・っ」

 

治療魔法はユグドラシルと同じくアンデッドにはダメージ効果を持つが、人間には回復効果を与える。

フドウは急加速で接近し、広域治療魔法を爆弾のように落とす。スケルトンは塵へと化し、残ったのは呻く衛兵の姿が残った。どうやら、恐怖か、死にかけたからか気絶している様だ。

 

「モモンさん!エンリ!ルプー!お願いね!」

 

「ルプー!飛び越えろ!」

 

地面に着地したフドウは、彼等の容態を見る前に、広域回復魔法で壁の近くにいたスケルトンを一掃し、一度空へ向けてそう叫んだ。

それが合図になった。

モモンは一度手綱を引き、そう命じればルプーはその跳躍力を見せ、軽々と壁を飛び越え、一気に駆ける。モモンは左手に剣を持ち、エンリは右手の刃を展開し、進行方向にいるアンデッドを切り裂き、瞬く間に見えなくなった。

疾風迅雷とはこの事だろうか。

 

魔法最大化・聖なる防壁(マキシマイズマジック・ホーリーウォール)!」

 

それを確認したフドウは、即座に魔法の防壁を発動させる。効果は単純であり、アンデッドや悪魔系へのダメージの有る攻勢防壁だ。

 

「ナーベ!迎撃!」

 

「雷撃」

 

だが、この障壁は、即座にHPが0になり、アンデッドが問答無用で消滅するほど威力が有るモノではない。ナーベは淡々と魔法で骸骨共を塵へとする作業に入った。

夜だというのに、陽光を思わせる光の障壁の出現。そして魔法の炸裂音が続く現状に、一人、また一人と衛兵達は壁の上へと行けば、ソコに広がる光景に我が目を疑う。

 

「お、おい・・・俺達は何を見た?」

 

「俺達は伝説を見ているのか?」

 

先ほど迄は、見渡す限りいたスケルトン共。終には抑えきれずに、壁の内側へ一時撤退するハメになった。だが、光の障壁の内側には一体も存在しない。

迫りくるアンデッドの軍勢を2人の女が魔法で押し留めており、また、諦めていた隊員が蹲っているが時折痙攣しているかのように、動いている現状。

そして、不自然に奥へと続く、アンデッドがいない一本道が形成されている上に、姿の見えない狼の魔獣に乗った二人の漆黒の戦士。

彼等の常識を逸脱した光景に、どう行動すれば良いのか。そして、どうするべきなのか。男達は分からず、隣にいる者に、ついこの光景が見えているのか。現実なのかと話し合ってしまう。

 

「よし。誰か!この人達を門の中へ!アンデッド化はしていないから大丈夫ですよ!」

 

「あぁ!門を開き、彼等を救出しろ!」

 

障壁へ流す魔力の出力を、何とか第5位階以下になるように調整しながら、気絶した彼等の容態を確認したフドウは彼等を退避させる事を選択した。

彼女の言葉に現実へ引き戻された中年の男。衛兵の隊長は部下達に命じ、彼等も現実へ引き戻す。

 

「フィリップ!スタンリー!マジかよ!?」

 

「傷一つ無い。なんて人だよ・・・」

 

「カッパーなんて嘘だろ?」

 

門を開き、彼等の無事を確認した隊員達は混乱するしか無い。スケルトンに引き摺り込まれ、生存を諦めていた仲間は無傷で気絶しているだけなのだ。

隊員の一人が、フドウとナーベの首に架けられたプレートの輝きに気付くが、それがまた現実逃避させようとする。

最下位に属する銅クラスの冒険者ではありえない戦果なのだから。

 

「ボーっとしない!退いて門を閉めなさい!」

 

「「「はいっ!」」」

 

フドウは彼等の様子からして、あえて強い口調で注意した。我に返った彼等は慌てて気を失った仲間を担ぎ上げ、撤退した。

だが、門はまだ閉まらない。

 

「君達はどうするのかね!」

 

「私達は大丈夫。モモンさんが戻って来るまでは、絶対に護りきるから安心して」

 

「頼む!門を閉めろ!」

 

隊長の言葉に、フドウは笑って見せた。仮面で隠され、口元しか見えないが、その笑顔は穏やかであると隊長には感じ、下手に援護すれば、逆に彼女等の足を引っ張る結果となると判断した隊長は御辞宜をして、そう部下に命じるしか無かった。

軋む金属音と共に門が閉まり、魔法の炸裂音が続く現状に、隊長は己の無力さを感じつつもこのアンデッドのスタンビートの発生に、彼等を遣わしてくれた者へ感謝する。

そして、ふと呟く。

 

「漆黒の英雄と仮面の聖女だ・・・」

 

アンデッドの軍勢を切り裂き、奥へと突入した漆黒の戦士と、押し留める仮面の魔法詠唱者。ソレを補助するのは同じく、漆黒の鎧を着た女と、旅装束の魔法詠唱者。

伝説を見たと思う。また、命が助かったと、何処か本能的に感じたのだろう。隊長の呟きに同じく『英雄』だと『聖女』だと囃し立てる彼等の声が、魔法の炸裂音に混ざり響き渡る。

 

「ゴ・・・命を救われた以上。モモン様の役に立つよう励んで貰えるようですね」

 

「そ、そうだね」

 

ナーベは彼等の会話から、何処か満足そうであり、フドウは少し言いずらそうに肯定する。

ナーベはフドウやモモンから、活躍を広めるのは目撃者が必要であると聞いていた。支配者の考えを完全に理解する事はできないと理解しているナーベだが、モモンの考えの通りに動きそうな現状は彼女的には満足に足りる。

 

(止めてよっ!名声を高めるのは成功したんだけど、ソレは無いよ!聖女とかフラグっぽいし!)

 

一方のフドウとしては、己が『聖女』と称えられるのが非常に嫌だった。

厨二病の再発等ではなく、スレイン法国等の宗教国家が有るのだ。勝手に付けられた二つ名だといえ、面倒事にしか思えないのだから。

 




道中は大幅にカット!
飯食うだけでも隣に座るフドウさんの腰に手を伸ばし、自分の方へ抱き寄せたり、寝るときにはマントの中に隠そうとするモモンさんを書いていて、何か、非常に・・・『何所の乙女漫画だよ』と判断したからねw

そして、漆黒の剣生存ルートです。
ただし、生きているからと死亡フラグが完全に折れるとは甘い考えw

次回も日曜投稿でーす。

追記1
感想でご指摘が有り、調べさせて頂きました。
リイジ―さんのイですが、TVアニメ公式オフィシャルサイトでは大文字。アニメオーバーロード完全設定資料集でも大文字。書籍2巻P55~と書籍8巻p12。此方も大文字でした。
ィ表記なのはオーバーロード大百科ですね。 ttp://overload.2-d.jp/

よって、当作品ではリイジ―・バレアレとさせて頂きます。
ご指摘して頂いた方には此処で感謝を。ありがとうございます。

追記2
いつの間にか総合評価が2000pt超えてました。皆さんの応援、ありがとうございます。今後もよろしくお願いします。


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第十六話

モモン等がカジット達を補足する少し前の事だ。

冒険者組合の行動は早かった。リイジーと漆黒の剣の言葉に、アンデッドが噴き出すのでは無いかと冒険者達に、墓地の有る区画へ急行するよう緊急依頼を発令した。

緊急依頼は逃げられる確率が低く、冒険者だけでなく町の危機に発令される事が多々有り、その名の通り緊急性の高い依頼であり、冒険者組合の権限で発令する事が出来る。

町を守るのは、一定以上のプレート持ちに課せられる義務みたいなモノなのだ。

 

冒険者のイグヴァルジ率いる<クラルグラ>は、エ・ランテル出身者が多く、組合近くの酒場へ繰り出そうとしていると、森の賢王に跨ったリイジーと漆黒の剣の面々の懇願に近い報告に、即座に墓地の門の前へと急行した。彼等からすれば、生まれ育ったエ・ランテルを自分等が守るのだと意気込んでいたのだ。

しかし、門前へ来てみれば佇む衛兵達と、光の壁を生み出し、スケルトン共を撃破し続ける女が2人。

彼の知らない、強力に見え、自分達の侵入を拒んでいるように感じる光の壁の存在は、彼の自尊心を大いに刺激した。

 

「おい!この魔法を消しやがれ!」

 

「馬鹿言わないで!遠距離攻撃で落とす事を考えなさい!」

 

英雄願望が強いイグヴァルジが受けたショックは大きく、彼の罵声にも聞こえる言葉に、フドウは邪魔な奴が来たと内心思いつつ、侵入を拒む。

女に拒否された事態は彼の神経を更に逆撫でする。

 

「んだと!?原因を消せに行けねぇとこのままだろうがっ!」

 

「原因はモモンさんが既に解決しに行っているから、此処を凌げば良いの!」

 

イグヴァルジの怒声はフドウの神経を逆撫でする結果となる。

思わず、彼を喚く肉袋と認識し、魔法の標的にしそうになるが、人間に擬態しており、『フドウ』を演じている自覚を有るためか、気の迷いと判断した。彼女は、内心黙れと思うも言葉にすることは無い。

 

「イグヴァルジ!アレを見ろ!」

 

「んなっ!?」

 

仲間の声と指差した方角にソレの姿を見て、イグヴァルジは絶句した。

それは巨大な人骨の集合体。骸骨の巨人。集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)だ。

その巨体と生者へ対する怨念。骨が擦れる事で生じる金属音に似た音は聴く者の恐怖心を煽る。

ミスリルクラスの冒険者である彼等も気圧された。

 

「っ・・・聖なる爆裂っ(ディバイン・バースト)!」

 

イグヴァルジへの苛立ちが一定以上に達していたフドウは、集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)に対して右掌を向け、魔法を放つ。

拳大の太陽光を凝縮したかのように輝く光球は、流星の如き筋を残しながら進み、着弾と同時に破裂した。

 

「■■■■■■■■!」

 

特に大きな、骨が擦れる事で金属音に似た甲高い、怨嗟の籠った音を残し、光が消えれば集合する死体の巨人(ネクロスォーム・ジャイアント)の姿はソコには無い。それどころか、周辺にいたスケルトンも巻き添えで消えていた。

 

「スケルトンだけじゃないのは分かったでしょう。死にたくなかったら大人しくしなさい!」

 

「ち、ちくしょう・・・っ」

 

フドウは一度振り返り、誰が喚いていたのか確認しようと思ったが、唖然とした顔ばかりで確認する気が失せ、迫りくるアンデッドに意識を集中する事にした。

イグヴァルジは完全に格の違いを見せつけられる結果となり、唖然とするしか無い。フドウの言葉に彼は正気に戻ったが、悔し気にそう漏らすしか無かったのだ。内心。何故女如きがコレ程の力を持つのか。蒼の薔薇の存在を含めて忌々しく思う。特に英雄願望の強い彼は強い嫉妬心を抱くのだった。

冒険者組合。組合長アインザック率いる冒険者の応援部隊が着いたのはその頃だ。喧噪は騒がしくなる一方であり、フドウのストレスも更に酷くなる一方だ。

 

一方のモモン、エンリ、ルプーは事件の犯人であるクレマンティーヌとカジットを追い詰めていた。

 

「カ、カジットさっ―――」

 

「まったく馬鹿が多くて困る。カジットとやら。早々に片づけさせてもらうぞ」

 

巨大狼に騎乗した漆黒の戦士達の登場に、迎撃しようと杖を向けたカジットの弟子たちは、モモンとエンリの刃に掛かるか、ルプーに噛み殺されるかの三択だった。弟子の内一人がカジットへ助けを述べようとしたが、モモンは敵を前にして、振り返った彼が全てを述べる前にその首を刎ねる。

使い魔の様に使う為移動中にスキルで召喚した骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)の目を通じて見ていた門前の喧噪と、この黒魔術師に似た格好の男達の行動等で呆れており、馬鹿らしく思っているのが声だけで分かる程面倒そうだ。

 

「くっ・・・」

 

「子猫ちゃん!来てくれたんだ!」

 

道具である弟子がゴミのように殺され、多少不機嫌になるカジットと比べ、クレマンティーヌは無表情で自分を睨みつけるエンリの姿に上機嫌だ。

彼女からしてみれば、エ・ランテルから脱出しようとした矢先に、遊びたかった相手が、わざわざ来てくれたのだ。嬉しくない筈がない。

実に対照的な反応だ。

 

「やれやれ。エンリ。彼方で、『本気』で相手をしてやれ」

 

「モモン様。よろしいのですか?」

 

モモンはそんなクレマンティーヌの反応に対し、テキトーに指差し、エンリとのタイマンをさせる事にした。エンリとしては、雪辱の機会に恵まれたと考えるが、このままルプーも含めて、数で潰すべきと考えていただけに意外そうだ。

そして、本気でというのは姿を本来のモノへ変えて良いという指示だ。エンリは確認するようにモモンを見る。

 

「構わん。ご指名なのだろう?機会をやろう」

 

「感謝します」

 

「あははっお優しいご主人様ですねー」

 

モモンとしては、ンフィーレアが攫われたのはエンリの怠慢等ではなく、タイミングが悪かっただけだと考えている。だが、エンリの気が晴れないと考え、命じたのだ。

モモンの姿は、寛大なる支配者の姿であり、エンリは自然と命令を受ける騎士の如く跪いた。その姿に、クレマンティーヌは増々面白そうだと考える。この漆黒の戦士の前に、彼女の、「エンリの首を見せたたらどんな反応をするのだろうと、想像するだけで絶頂しそうになる程だ。だが、彼女の冷静な部位が押し留める。

 

「クレマンティーヌとやら。すまないが彼方で遊んでくれるか?私は彼と話が有る」

 

「いいですよー」

 

「クレマンティーヌっ!オヌシ!」

 

「カジッちゃん。頑張ってねー」

 

戦力を分散させ、随時投入は基本的に愚策である。

クレマンティーヌの冷静な部分は、エンリに手傷を負わせ、逃走すべきと判断しており、カジットは丁度良い囮なのだ。

故に、己を見て抗議しようとする彼を見捨てるのはごくごく一般的な判断だと言える。歩き去る彼女と、ソレを見てついて行くエンリの姿に、何を言っても無駄だと理解したカジットは、巨大な狼から降り、己を見る漆黒の戦士。モモンを睨みつけた。

狼がどれ程の戦力かは分からないが、戦士相手とは言え、己の切り札が通用すると考え、不遜な態度を見せる。

 

「潰せ!スケリトル―――」

 

完璧なる戦士(パーフェクトウォーリア)

 

「んなっ・・・」

 

月を背後に、上空からその凶爪をモモンへ振り下ろそうとした多くの人骨が集った骸骨竜。

だが、アンデッドを感知する能力を持つモモンには奇襲にすらならない。魔法で戦士化したモモンの振り上げた刃により、咆哮をあげる事も出来ずにその身を一撃で縦に一刀両断にされたのだ。骨塊が墜落し、大地を振るわせる。

スケリトルドラゴン。

この世界では並みの戦士では手も足も出ず、アダマンタイトクラスの冒険者ですら、奇襲が成功すれば無視できないダメージを与えられるアンデッドであり、知られてはいないが、第六位階以下の魔法を無効化にし、魔法の絶対耐性を持つと言われる死竜。

数年を費やし、生み出したアンデッドが一撃で撃破された現実に、カジットは絶句するしか無かった。

 

「脆いな」

 

「馬鹿な!スケリトルドラゴンが一撃だと!?」

 

(あぁ。そういう事か)

 

モモンは剣を肩に担ぎ、つまらなそうに言葉を紡ぐ。その言葉にカジットは現実へ引き戻された。

到底信じられぬ現実なのだ。彼にとってスケリトルドラゴンは、英雄クラスの相手ですら倒せる可能性が有る存在だったのだから。

正に目を剥いていると言いたくなる程、大きく開けた血走る眼と、青白い肌に、血管の浮かぶ禿げ頭の彼の姿に、モモンはカジットがスケリトルドラゴン程度を一体だけ出したのは、それで十分だと思っていたのだと理解した。

モモンとしては、万が一が無い様に発動した完璧なる戦士(パーフェクトウォーリア)だったのだが、どうやら過剰な対応だと理解する。

モモンは、気を抜かないようにする方が難しいと思うのだった。

 

「さっさと次を出せ。私も暇では無いのだ」

 

「舐めるな!アンデッド共!」

 

モモンの言葉に、カジットの中で何かが切れた。

まるで道端の小石を蹴るような、自分が何をしたのかも理解していないような言い様は、カジットにとって己の夢を、希望を、努力を嘲笑われたに等しいのだから。

懐より取り出し、掲げた死の宝珠が暗い光を発し地面が盛り上がる。土を押しのけ、地中より出てきたのは腐った人間の手、襤褸となった服を着た死骸。目撃者・情報屋・衛兵等々服だった布を見れば老若男女関係無しだと言わんばかりである。そして、空よりもう一体のスケリトルドラゴンが降りてきた。

腐臭を撒き散らすアンデッドの一団は、英雄クラスですら警戒するに値する事を熟知しているカジットは、激怒している事もあり正しい判断ができない状態になっているため、己がどれ程危険な判断を下したのか気付ける筈も無い。

 

「許さん。許さんぞ!エ・ランテルを滅ぼし、私の夢を叶える為に貴様には死んで貰う!」

 

「やれやれ。魔法詠唱者の基礎も、PKの基礎も知らんのか」

 

弱々しい光を灯す死の宝珠。内包されていた魔力の大半を放出したと分かっているカジットは更に激昂した。禿げた頭に血管が浮かび上がる。血圧が急上昇しており、切れそう程太く見える。

対して彼が手に持つ、死の宝珠は淡く明滅していた。その輝きは、何処かカジットに対して呆れているような、馬鹿にしているかのようだ。

モモンは前衛の過剰召喚に加え戦力の随時投入。戦力差を理解せず、冷静さを失い、激昂するばかりで撤退を考慮しない等々、カジットの行為が余りにも愚かだとしか思えなかった。

 

『ルプスレギナ。私が全滅させる。私の合図で殺せ。』

 

『はい。アインズ様』

 

故に、念のために所持していたアイテムでメッセージを発動させ、で後ろで静観していたルプスレギナに命じた。時間の浪費だと判断したのだ。

態々名前を正式名称で伝えるのは、本気を出せという事である。ゾンビがメインの雑魚の集団とは言え、数が多い。案山子を斬るようなモノだが、剣の鍛錬になるとモモンは判断した。

 

(アインズ様。御褒美をありがとうございます)

 

「さて、やるとしようか」

 

だが、ルプスレギナは思う。

激昂し、召喚した己の戦力が塵のように吹き飛ばされれば、カジットはどのような顔をするのだろう。内心楽しみで仕方がない。尻尾をゆらゆらと揺らし、狼の咢が、口角が吊り上がる。油断すれば涎が垂れそうになる程に。

そんな彼女の様子を知らないモモンは散歩に出かけるような声音で歩を進めた。

 

勝負は一瞬だった。

モモンは一足跳びでスケリトルドラゴンの頭上に上がり、宙で体を回転しながらの振り下ろしで一刀両断。着地と同時に完璧なる戦士(パーフェクトウォーリア)を解除しながら、背中よりもう一振りの剣を抜刀。その後は円を描くように剣を振り続けゾンビを切り裂いていった。

手首を捻り、肘を先行させ剣先を遅らせながら斬る。大振りに見える割にコンパクトな挙動だが十分な遠心力により重い斬撃となり、肩を見て、動きの予測をする相手にはフェイントとなるの斬撃だが、碌な知能も無いゾンビには意味がない。

そして重要なのは足運びだ。倒れ伏すゾンビの頭蓋等を踏み砕き、肉塊により足を取られぬように、血で滑らないように気をつけながら円の動きを意識し、無暗に跳ばずに切り続けるのは意外と難しい。

結果だけを言えば、体で覚える為と割り切れば十分な鍛錬になるのだ。

 

「バ、馬鹿な・・・」

 

己の夢を叶える為に費やした時間が、作り出した戦力が、瞬く間に崩壊していき、終には全滅した事実にカジットは膝を折った。

幼き日の誓いが、死んだ母を蘇らせる為に犯した罪が、全てが剣により断たれた。その程度のモノなのだと、モモンの持つ剣の、鈍い輝きが告げていると思わざるを得ない。

その顔に浮かぶのは、絶望しか無かった。

 

「さて、ご自慢のアンデッドは品切れかな?」

 

「何故だ・・・」

 

腐敗した血を剣を一度振る事で吹き飛ばし、カジットへ切先を向けて宣言するモモンに、カジットは項垂れ、呟く。

 

「ん?」

 

「何故オヌシのような、英雄を超える者が、ワシの夢が叶う寸前に来るのだ」

 

その怨嗟に満ちた一言に、モモンは気になったのだろう。疑問に満ちた声を漏らす。

そんなモモンの様子を知らずに、カジットは目前に迫った死に、その運命を科した神へ怒りと憎悪を言葉にする。

 

「神は!幼き日に母を奪い、蘇らせる機会すら与えてくれなかった神は!蘇らせる為に、研究の為にワシ自身がアンデッドとなろうとする事も許さぬというのか!」

 

正に激情の吐露と言える。

母の死を切欠に、聖職者へ進んだカジット。

幼き日。無邪気に遊んでいた為に、普段より遅れて家に帰れば倒れ伏せる最愛の母の姿が有った。何とか母を救いたいと努力したのだが、結果は外道へ堕ち、リッチへ至る事で更に、蘇生の研究をしようとすれば、死が眼前へ迫っていたのだ。

彼にとって、これ程理不尽な事は無いのだろう。

 

「一言で言うのならば、いや・・・」

 

モモンはカジットへ対して、少し哀れに思った。

しかし、事情が有ったとは言え暴虐な行為は認められるモノでは無いと鈴木悟の残照が訴える。脳裏に浮かんだたっち・みーも、首を横に振り、今のアインズ・ウール・ゴウンとしての心は、考慮に値せずと言っていると感じた。

己の心のジレンマを感じつつも、モモンは簡潔に伝える事にしたのだ。

 

「運が無かったな。殺れ」

 

モモンの突き放した一言は、カジットは始め、音としてしか認識出来ず、言葉として認識すれば、顎が落ちる程大きく口を開け唖然とした顔を見せた。心の何所かで見逃す可能性が有ると考えていたのだ。

青白い顔色を含め、絶望と失意で固まればこんな顔をするのだろうと言わんばかりだ。そしてそのまま、人間形態になったルプスレギナは、その剛腕でカジットの首を捩じ切った。脊椎ごと引き抜かれ、鮮血が噴水の如く放物線を描き噴き出す。まるで赤い水芸だ。

断面より噴き出す鮮血が数滴顔にかかるが、ルプスレギナは気にも留めず、心に満ちた感情が抑えきれずに表を出た。

 

「く、くふふふっ!スンゴイ良い顔だったっす!何て良い顔!あははははっ!」

 

首の無いカジットの体が俯せに倒れようとも気にもならない。彼女は、口角が歪に吊り上がった、歓喜に満ちた顔で嗤う。

月光に照らされ、その整った容姿に返り血は美しいアクセントとなり、その姿は月へ狩の成果を見せつける狼にも見えるだろう。

 

(うーん。<悪のギルド>を突き進んだギルドだけど、ルプスレギナもか。だったら、デミウルゴスもストレスが溜まっている可能性も有るかな?)

 

モモンの内心は、ギルド長モモンガとしての感情が大きく現れていた。

そして演じていたとはいえ、人間に対して友好に接する事が出来るルプスレギナですら、こうも楽しんでいるのだ。ならば、NPCであり、完璧な悪魔として創造されたデミウルゴスが気になってしまう。

既に彼の中では、夢破れ、絶望の中で無残に死んだ男の事等欠片も残ってはいない。

 

『おぉ・・・偉大なる死の王よ』

 

(インテリジェンスアイテムだと?ユグドラシルでは無かったアイテムだな)

 

カジットの遺体よりモモンの足元へ転がった死の宝珠は、モモンへ思念を発した。

モモンはフドウより借りた真実の目の効果により、その説明文によりユグドラシルでは作成出来なかったアイテムだと判断する。

 

「死の宝珠。ほぅ?低レベルであれば思考を誘導し、手に取った者を操れるのか」

 

『左様でございます。私は世界を死で埋めつくす事が私が世に在る使命だと考えておりましたが、貴方様に御仕えする事こそ、この世に生み出された意味だと分かり、歓喜しております』

 

説明文は散文で簡潔に書かれたモノであり、使用できる魔法等々見れば、少し看過出来ない内容だった。付与された能力により、レベル40以下程度ならば心に干渉できる様子である。

己には効かないと分かれば、モモンは死の宝珠を拾い、しげしげと眺めながら問う。その行為が己に興味を持って頂いたと感じた死の宝珠はこれ幸いだと、己を売り込んだ。

 

「では、コレはお前が操っていた。という事か?」

 

『それは誤解でございます。この者は不遜にも、貴方様の領域である死に干渉し、弱き魂を引き抜こうと努力しておりました。ですが、人としての寿命では叶わぬと考え、死の魔法詠唱者になろうとしたのです。私は、死の魔法詠唱者になる最も効率の良い方法を選ぶよう誘導したに過ぎません』

 

モモンがカジットの死体を指差せば死の宝珠は焦った。多少思考誘導したとはいえ、操っていたと判断されれば、己が仕えたい相手に仕える事は叶わず、処分されるか、また幾星霜と無頼の時を過ごす事になるのだから。

死の宝珠の正直な答えに、モモンは少し興味を抱く。先程は興味が無かったが、死の宝珠の述べたのは、カジットはレベル5以下の蘇生を実現しようとしていたという事なのだから。

そして疑問に思った事が有った。

 

「死者の書が無ければエルダーリッチにはなれぬ筈だが?」

 

『然り。ですが、数多の怨念や負のエネルギーが有ればスケルトンメイジには成れましょう』

 

モモンにとって、死の魔法詠唱者が意味するのはエルダーリッチなのだ。初期であるスケルトンメイジを取得する方法は有るには有るのだが、需要が無かった為に彼でも知らなかったので意外に思う。

そして、疑問は疑問を呼ぶ。

 

「気になるのは、負のエネルギーとは何だ?ネガティブエナジー系列の魔法か?」

 

『アンデッドや悪魔の持つエネルギーで御座います。貴方様であれば呼吸の方法を問う程簡単な内容ですので、知らぬのは当然でありますれば』

 

モモンの問いに死の宝珠は意外に思いつつも、失礼にならぬように指摘するしかない。人間であれば冷や汗で背中がぐっしょりと濡れる程の緊張を覚える。

だが、幸いなのかモモンとしては余り気にはせず、何処か同情に似た感情を覚えた。

鈴木悟であった頃、取引先の先方の上司に会った際に、カツラがズレていた為、どう指摘するか迷ったのだ。言葉にせず、己のネクタイの結び目を何度か目の前で触れれば、彼は幸いにも己のネクタイが歪んでいるのだと考え、一度退席し結果、鈴木悟は気まずい思いをしなくて済んだのだ。

 

「それにしても、私が死の王だと何故思う?死の気配等感じないのでは無いか?」

 

『仰る通りであります。死の宝珠と銘じられた私ですら気付く事に遅れ、申し訳なく思う次第』

 

モモンは話題を変えようとした。

モモンはアンデッドの気配を発さないように装備で誤魔化している。何故死の宝珠が気付いたのか疑問に思うも、返ってきた答えに完全な隠遁は難しいのかと思案し、後程追加で、更に隠蔽用アイテムを装備する事を検討した。

 

「成程。だが、私に仕えるのであれば死を量産することも、人を操るのも私の命令の下でなければ許さんがどう思う?」

 

『私は道具でございます。貴方様の意に準じる事こそ至高の命でありますれば・・・』

 

モモンはコレクター気質が有る。故に問題が無いようであれば取りあえず収集する事にした。低レベル相手限定で、思考誘導程度だが操る事が出来る死の宝珠。この有用性を調べたいと思うも、己だけで運用し、フドウ―――ジュンにバレれば面倒になると判断し、注意事項のように問う。

この言葉に死の宝珠は、己はアイテムである事を思いだした。持ち主の意に反するアイテム等ゴミにも等しい。中には仕様で持ち主や担い手を傷つけるモノも存在するが、強大すぎる力を持つモノ特有であり、例外である。

道具は使われてこそ道具足りるのだ。そして、意思の持つ死の宝珠は、死の王に使われる程嬉しいモノは無かった。

 

「仕える事を許そう。だが、しばらくは出番は無いぞ」

 

『感謝いたします。如何様にも御使い下さい』

 

モモンとしては様子見のつもりの一言だったが、死の宝珠には己を気遣った一言にしか思えず、感動から激しく明滅する。

玉だが感情表現豊かだ。

 

「さて、ルプスレギナよ。落ち着いたな?私はンフィーレアを確保しに行く。有用なアイテムは剥ぎ取っておけ」

 

「了解です」

 

モモンは死の宝珠片手に、ルプスレギナに言えば、彼女は確りと御辞宜をして見せた。彼女の肌は褐色だが何処か赤みが抜けていた。

至高の御方の前で勝手な行動をしたというのに、慈悲深く待って頂いた事実に血の気が引いていたのだ。

モモンは彼女の様子に気付いていたが、指摘せず、ンフィーレアが捕らわれているであろう霊廟へと歩を進めた。

 

霊廟の最奥。地下に有る、蝋燭の淡い光源により、薄暗く不気味な雰囲気を醸し出す一室。幾何学模様のように描かれた魔法陣の中心にンフィーレアは俯きながら立っていた。

透明な衣を身に纏い、宝石の有る、網状のティアラに似たモノを装備しており、眼球を潰されたのか眼窩より流れる鮮血は涙にも見える。

 

(この程度の傷はジュンの魔法で十分だが、問題はコレか・・・)

 

モモンの姿より、本来の姿に戻るアインズ。

アインズはンフィーレアの状態をジュンより借り受けた<真実の目>で検分する。結果、額に装備されている『叡者の額冠』が問題だと判断した。

効果を簡潔にまとめれば、着用者を2階位上までという条件を無視した、魔法上昇(オーバーマジック)を発動できるアイテムへと変え、魔力さえあれば、高位の魔法を発動できるようになる。そして外せば条件を無視した魔法上昇(オーバーマジック)の使用リスク、負担が一気に発現するのか、装備していた者は発狂するのだ。

ユグドラシルでは確実にありえないアイテムであり、使い方によっては有用だが、装着者という消耗品が必須であり、付与や呪詛まで用いた呪いの品とも言える。

また、装備者は誰でも構わない訳ではない為無理に使う価値が有るのかは疑問である。

 

「・・・さて、どうするべきか」

 

検分により、アインズはンフィーレアの発狂を防ぐには叡者の額冠の破壊が正しい選択だと判断した。魔法上昇(オーバーマジック)の条件解除等も含め、理解し難い術式形式も有り、このアイテムを唯破壊するのは惜しいと考えたのだ。

ンフィーレアを発狂させずに、何とか外せないモノかと考えるが、答えが即座に出るモノではない。

 

『死の王。何を御悩みになられているのですか?』

 

「いや。発狂させずに外したいと考えている。私の名声を広めるには、彼が必要なのだ」

 

ンフィーレアへ右掌を向けたまま動かないアインズに、死の宝珠は道具たる己が話しかけるべきなのかと考え、問う。アインズとしても、意見が欲しかった為、聞く相手が死の宝珠である事を承知の上で話しかけてみた。

 

『この術式で御座いましたら、装備者が完全に気を失っておれば、呪詛による使用リスクの発現はしない筈で御座います』

 

「分かるのか?」

 

『はい。私の仕様上似た呪詛を用いますので』

 

死の宝珠としては少々意外だと感じつつも、アインズの望みを叶えるべく、解析結果を述べる。

死の宝珠はインテリジェンスアイテムである。よって、一定以上の解析能力を持つ。特に、術式の解析については優秀なのだ。

 

「盲点だ。装備者をアイテムにするという点から、意識が無いモノだと判断していた」

 

『貴方様は死を司るので御座います。であれば、生かす為であれば気付きにくいのかと・・・』

 

アインズとしては、死の宝珠の答えは正に盲点であり、思い至らなかった事を失態と捉える。死の宝珠は、発狂しようとも蘇生すれば良いだけだと思うが、アインズがンフィーレアを死なせない事を前提と考えていた事が要因だと遠まわしに言うしか無い。

 

「死の宝珠よ。星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)であれば発狂は治せると思うか?」

 

『問題は御座いません。ですが、発狂は呪詛によるモノ。解呪に成功すれば良いのですが・・・』

 

アインズは確認する。

嘘が有れば、術式解析の為に解体・破壊するつもりで。慎重な彼にしては珍しい行動でもある。死の宝珠が『死』に関係する物である事から、何処か波長やら相性が合ったのだろうか。

 

「解呪には何が良いか」

 

『この術式による呪詛であれば第五位階相当。万が一が無いようにするのであれば、第七位階であれば問題御座いません』

 

「意識を完全に失わせるのはどうするべきか」

 

睡眠(スリープ)等で完全に眠らせれば問題無いでしょう』

 

魔法上昇(オーバーマジック)とやらの術式は分かるか?」

 

『私はアンデッドの生成限定ですが、似たような効果が有ります。私に使われている術式の方が高度でありますれば』

 

打てば響くとはこの事だろうか。死の宝珠は即座に答える。

アインズはさり気無く<真実の目>により、死の宝珠の持つ能力と最後に答えた魔法上昇(オーバーマジック)に関する付与効果や術式を見つけた。

 

(<真実の目>の効果は恐ろしいな。術式迄分かるのか)

 

ワールドアイテム<真実の目>は、装備者が知りたいと考えれば解析結果を知らせる仕様でも有った。仔細の内容を一々装備者へ伝えていれば情報過多になり、負担が大きい為だろう。

 

「成程。死の宝珠よ。お前は早速役立ってくれる」

 

『勿体なき御言葉。私は御身の道具であります』

 

兎も角、アインズは上機嫌で死の宝珠を褒めた。拾い物だが、アインズのコレクター魂を満足する逸品だったのだ。

殆どのアンデッドや即死に関する魔法を使えるようにする上に、魔力の貯蓄が出来る。死に関する魔法限定の、魔力を貯蓄できる叡者の額冠と言うべきアイテムなのだ。

デメリットとしては、精神耐性が無40レベル以下であれば、死の宝珠の意思に認められなければ思考誘導により操られる事だろうか。

 

(第七位階・・・スクロールか何か、アイテムを使った体裁であれば問題無いか)

 

アインズは自分達の名声を稼ぐには、公衆の面前でジュン・・・フドウがンフィーレアを完全に癒すのが良いのだと考えた。

アインズの睡眠(スリープ)の魔法により、完全に意識を失ったンフィーレアの体が力を失い、前のめりに倒れるのを優しく抱きとめる。そしておもむろに叡者の額冠を外し、<真実の目>で状態を確認すれば発狂はしていない上に、呪いがかかっている状態であると分かり予想道りでアインズは安心した。

 

(それにしても、意外にも立派なバスターソードだな。薬師で魔法詠唱者である以上、レリックかレジェンドクラスのロッドだと言うべきか・・・)

 

今のンフィーレアの恰好は隠すべき所が隠せていない、ZE・NN・RAに近い恰好である。安心して気が抜けた事も有り、男の悲しい性なのだろう。アインズはついついンフィーレアの得物を確認してしまう。

ンフィーレアのモノは、顔や体格には不釣り合いの中々凶悪なモノだったのだ。そして同時に思うのは、この恰好のまま公衆の面前に出る等、一生モノの黒歴史になると考える。

アインズはモモンに変装し、身に着けている真紅のマント。ネクロプラズミックマントを取り外し、ンフィーレアを包み、肩に担いでこの一室を後にした。

 

 




グロ描写「シリアスが死んだか」
残酷タグ「クククッ所詮我等の中では最弱」
R15タグ「だが、ヤツは強い」

ギャグ野郎「HAI!御ネンネしてなー!」←ヤツ
シリアス「我は甦る!シリアルとなってもな!」


てな感じでお送りしました。なぜかラストに入れてしまった・・・蛇足だと分かってるのにっ!

いやー。着実に強化されていってます。アインズ様。
死の宝珠がなんでか知りませんけど、リリなの風インテリジェントデバイスに(笑)
それにしても、ンフィー君の御姫様レベルがヤバい気が・・・うーん・・・

あ、次の更新ですが、10日は参議院選挙なので・・・そうですね。うーん。来週日曜辺りと、結構曖昧ですいません・・・



ペロ「・・・うーん。ンフィー君。華奢で女顔だしなぁ」
ぶく「ぬぅぅ。悪くは無いけど、何か違うような、でも・・・」
やま「ガン見していて、説得力は無いと思うな。ボクは」


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第十七話

暗い墓地を、女が2人歩く。夜の墓地である為なのか、それともアンデッドが大量に噴き出した為なのか、木々の枝は歪み、暗闇へ引きずり込む悪魔の手に、幹にある凹凸は苦悶する人の顔に見える。

正に不気味だ。

 

「んー。ところでさぁ、どうして後ろから斬りかからないの?絶好のチャンスだよね?」

 

「斬りかかるのを待ってるのに?」

 

先行するクレマンティーヌは今の、エンリの心理状況を把握する為に、振り返り、後ろ歩きのまま聞いてみた。

エンリは何の面白味も感じていないフリをして、逆に問いかける。クレマンティーヌは一見隙だらけに見える動きで歩いていたのだが、実態は大きく異なる。

エンリは肩等、行動を予測するに必要な部位を見ていた為、斬りかかればカウンターを貰うと予測していたのだ。

 

「んふふwやっぱり分かっているんだぁ。バレバレ?」

 

「バレバレ・・・だよ」

 

クレマンティーヌのニンマリとした、獲物を狙う猫を思わせる笑みに対して、エンリの表情は動く事は無い。

彼女にそんな余裕等無いのだから。

 

「さーて、此処辺りで良いかな?ヤル前に聞くけど、あの人がカジっちゃんに勝てると思っているの?」

 

「どうしてそう思うのかな?」

 

クレマンティーヌはカジットの持つ戦力を把握している。自分では相性の関係から非常に手強い戦力を所持しているのだ。個人的にはさっさとエンリを片付けて逃走するつもりだが、余裕が有れば少し様子を見に行っても良いと考えた。

対してクレマンティーヌの質問の意図が、エンリにはまったく理解出来ない。自分程度では刃を届かせたとしても、意味がないのだから当然とも言える。

 

「「!」」

 

そんな時だ。地面が震えた。

クレマンティーヌは、エンリの背後。先程まで自分がいた地点で、降下してきたスケリトルドラゴンが一刀両断にされ、墜落し、倒れ伏せるのを見てしまったのだ。

 

「あーれぇー?スケリトルドラゴンがもうヤられたんだ」

 

「あの御方を倒せるのは、なかなかいないと思うよ」

 

内心冷や汗をかくも、余裕の様子を崩さずにそう述べるクレマンティーヌの姿に、エンリは自意識過剰とも言えるクレマンティーヌに、モモンの強さを敢て暈しながら言う。

 

「へー。まぁ、重戦士だし相性が良かったんだねw」

 

「そう思いたいなら、別に構わないけど」

 

クレマンティーヌは、表情の動かないエンリの隙を作るべく、敢てモモンの強さを疑うような言葉を述べる。

だが、エンリの変化は彼女が求めていたモノでは無かった。エンリは可哀想なモノを見る目でクレマンティーヌを見たのだ。

 

「余裕だね」

 

クレマンティーヌは、自分の意識がブレるのを感じた。

己の血が滲む所か、血を噴き出す程の努力の末に到達した英雄クラスの力。己の実力に絶対的な自信を持つ彼女だからこそ、今のエンリの目に、我慢ならぬ程の侮辱に思える。

 

「・・・このクレマンティーヌさまに勝てると思ってるの?英雄の領域に踏み込んだ私にぃ?」

 

クレマンティーヌは一度、本気の殺気を放つ。

警告と威圧のつもりだが、エンリにはそよ風にしか思えなかった。

 

「貴女も分かっているんでしょ?」

 

「ナメてんのか?まぁ、確かにアンタなら可能性は有るんだろうけどねw」

 

故に、慣れぬ挑発を行う。

クレマンティーヌは決めた。何としてもエンリの首をモモンの前に引っ提げて行くと。だが、エンリと一度刃を交えたからこそ、油断の出来ない相手だと理解している。故に、本気を出すべく体を隠しているローブを脱いだ。

なま温い、アンデッドが多い墓地特有の夜風が肌を撫で、その不快感が彼女の意識を鋭敏化させ、狂った殺人鬼ではなく、冷徹な戦士としての彼女を呼び覚ます。

 

「試してみる?」

 

「へぇー・・・面白そうな装備だね」

 

クレマンティーヌの、冒険者のプレートで飾ったビキニアーマーの姿に、エンリは鎧を収納し、本来の姿のモノへと変える。

首筋から頬にかけて、鮮血に似た紋様が奔り、その双眸を金色へと変化させた。調整不足なのだろう。全ての毛先が元の真紅に染まっている。

 

(んふふw私と似たタイプだったんだw)

 

エンリのギリギリ人間に見える姿に対し、装備変更でどれ程変わるのか分からないクレマンティーヌ。

だが、相手の本職が、装備から己と同じレンジだと推察すれば、殺意と興味が更に強くなるのを感じた。

 

「毛先が赤って変なのw」

 

「・・・お喋りは此処まで、だよ」

 

「っ!」

 

故の挑発行為である。だが、姿の大半を元のモノに戻していたエンリは、戦いたくてたまらなかった。

挑発の言葉に対して、そう言った矢先に、一足で砲弾程のスピードで踏み込む。

地面を破裂させる踏み込みで、クレマンティーヌの首を取ろうと右手を横一閃で薙ぐが、反射的にクレマンティーヌは不落要塞で強化したスティレットで受け流し、逆に刺そうとするが、エンリの左掌が己へ向けられているのに気付き、流水加速で無理矢理体勢を整え、横へ跳ぶ。

一拍でエンリの左手が放たれ、肘がクレマンティーヌの、剥き出しの横腹を掠め、血が流れた。

 

「へぇー、やるじゃない」

 

エンリは左手を放った姿勢のまま、クレマンティーヌの姿を確りとその目に捉えている。残身すら確りとしている彼女に、クレマンティーヌは、御行儀の良い戦闘技術からして彼女に技術を伝授したのは何所ぞの騎士なのかと推察する。

 

(相手のスタミナを見誤った。それに、予想よりも早いし、武技を使った様子も無し・・・ちょーっちマズイかもwまぁ、終わらせるけど)

 

(コキュートス様程の技量は無し。スピードはさっきより遅いから、武技で強化していたのかな)

 

スピードやパワーは負けているとクレマンティーヌは予想し、荒削りの技術から付け入る隙を把握していた。故に、左手で横腹の傷を、血を拭い舐める。懸念材料として武技を使わない点が有るが、このタイミングで使わないのだからスタミナに難が有ると想像した。

一方のエンリは今にも暴れ出しそうな熱を抑え、冷静さの維持に努めていた。

 

「それじゃぁ、そろそろいっきますよー」

 

静止し、睨みあう中、クレマンティーヌはさっさと終わらせる気だ。

不落要塞でスティレットの強度を上げ、超回避、疾風走破、能力向上、能力超向上を使用する。まるで武技のバーゲンセールかのように、湯水の如く使用する事で、必殺の一撃を見舞おうとしているのだ。体勢を低く、バランスを崩さないように両足を確りと地面へ付け、右手で土を掴む。

 

「!ぐっ・・・」

 

「まだまだ終わりじゃないんだよー!」

 

一拍の後、クレマンティーヌの体は砲弾の如く飛び出した。驚異的な脚力により生み出された速度で風を切り、右手を腰へ伸ばし、もう一本のスティレットを抜く。

そしてその速度は予想外な程速く、エンリは反応するが避けるには遅すぎた。

クレマンティーヌの左手に持つスティレットは、エンリが咄嗟に左へ動いた事で、彼女の右肩の、波打つ曲線が独特な装甲の隙間を捉え、突き刺さる。

そして避けた方向が悪かった。クレマンティーヌの右手に持つスティレットはそのままエンリの左胸を、心臓を捉えた。右手から伝わる感触に殺ったと確信したのか、それとも、ナメられていたのが気に食わなかったのか、クレマンティーヌは残虐な笑みを見せながらそう叫び、スティレットの柄を時計回り方向へ回した。

スティレットに封入された魔法が発動し、エンリの体に電撃が奔り、爆炎が影ごと舐めるように包み込む。

 

「アハっ!?」

 

「熱いし、痺れる・・・」

 

(バカなっ!完全に心臓を捉えてるし、人間なら今ので死んでる!)

 

クレマンティーヌはやっと殺せたと、満足気な高笑いを上げようとしたその刹那、エンリの左手がクレマンティーヌの首に伸びる。ソレを察知したクレマンティーヌはエンリの腹を蹴り、後ろへ跳んだ。

スティレットは相変わらずエンリの右肩と左胸に突き刺さったままで、電撃と炎は相変わらずエンリの体を痛めつけており、エンリの目は、何処か熱に魘されているかのように虚ろだ。

彼女の呟きに、クレマンティーヌは信じられない光景に笑みを浮かべたままだが、内心絶叫した。彼女の必殺パターンで、エンリが死ななかったのだから。

 

「へぇー。効いてないの?」

 

「・・・熱い」

 

クレマンティーヌの問いは、エンリには届いていなかった。

己の中で暴れる感情が彼女の意識を乗っ取ろうとしているのだから。

 

「熱い。熱い。体がっ・・・はぁっ」

 

「あらあらっ!子猫ちゃんじゃなくて、雌豚ちゃんだったのかなw」

 

内側から心を呑み込もうとする炎と比べれば、肉体的にダメージを与えている炎等火種でしか無い。エンリの何処か艶やかな一息に、クレマンティーヌは痛みを快感にする事で、即死を防いでいるのだと考えた。

エンリの実力は己に匹敵しているのだと考えれば、何かしら、ダメージを抑える装備が有れば、即死を防げる。

そう考える事で、クレマンティーヌは己の心の平静を取り戻したのだ。

 

(火に包まれているのに明確なダメージは無いみたいだし、変なスイッチが入ったのか。カジッちゃんは死んだだろうし逃げる方が良いわね)

 

(アインズ様からお許しを頂いているし、我慢しなくて良いよね?イってもいいよね?)

 

クレマンティーヌは冷静に分析し、戦局の不利に対し撤退を決定した。それに対し、エンリは我慢をするのを止める事にする。もう、抑えつける楔は、先のスティレットにより引き抜かれたのだ。その手を、己に突き刺さっているスティレットの柄へ伸ばす。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

気合い一発と言うべきか。叫び声と共にスティレットを引き抜く。

エンリの髪が三つ編みにすべく結んでいた紐を千切り、蠢きながら伸びた。その色彩を炎を呑み込むかの如く深紅へ変え、力を抜き、猫背で前傾姿勢でクレマンティーヌへとその視線を合わせた。

 

「ふぅー」

 

「ぁ?」

 

炎と電撃を散らし、体の奥の熱を吐き出すエンリ。外気温との温度差により、吐く息は白い煙となっていた。

エンリの白目の部位が闇を凝縮した漆黒に染まり、金色の瞳は淡く輝く。まるで、闇夜に浮かぶ月と夜空をそのまま張り付けたようだとクレマンティーヌは思った。それがまた、不気味だとも。

 

「色を変えたんだw目がキュートだよ子豚ちゃんw」

 

「もっと、もっと熱くさせて」

 

クレマンティーヌは第六感で、即刻逃げようと考えた。

先程迄ならば、挑発等すればエンリには何らかの反応が有り、御行儀の良い戦闘技術であれば、隙が有る。その隙を突けば逃げられるのだから。

だが、今は違う。エンリは唇を一舐めし、目を細めてその身に力を込める。両手に持ったクレマンティーヌのスティレットを放り投げた。

 

「なっ!」

 

「逃げないで、もっと楽しもう?」

 

(さっき迄と鋭さが違う!この髪どうなってんの!?)

 

スティレットが地面に落ちた刹那。エンリの髪が餓えた蛇の群れの如く、クレマンティーヌへ襲い掛かる。

伸縮自在・千変万化の動きで、クレマンティーヌを切り裂こうと、巻き付こうとする髪。そして、薄っすらと浮かべた冷笑と手首をよく使う事でブレる刃先。

クレマンティーヌの予測を裏切る斬撃が多い上に、本来の戦闘スタイルだと言わんばかりに刃が奔る。当たりそうになる一撃を予備のナイフを抜き、弾くがたった一撃で刃が欠ける。

 

「ねぇ―――って、話ぐらい、しても良いんじゃない?」

 

「熱くさせてよ!口を動かさないで手を動かして!もっと!もっと!もっと!」

 

それでも、何とか隙を作るべく、不落要塞で強化した予備のナイフでエンリの攻撃をいなし、火花が舞う中、流水加速で無理に避けながら話しかけるクレマンティーヌ。

だが、エンリのテンションは最高潮である。口から吐かれる言葉は支離滅裂であり、吐く息は未だ白い。

 

(バーサーカー!?さっきまでの御行儀の良い戦法じゃない!)

 

エンリの瞳孔は不自然に広がっており、言葉が通じる状態では無いとクレマンティーヌには思えた。そして、先程とは違い、戦闘経験豊富なクレマンティーヌの予想が外れる程太刀筋は乱雑である。だが、反撃のチャンスが少ない。密度・質共に凶悪であり、ブレる刃先すらフェイントに思える程だ。

先程迄のエンリは、己の内側から湧き出る衝動を抑えながら戦っていた為、本来の調子ではなかったのだ。

 

「調子に乗ってんじゃねーぞ!」

 

だが、抑え込まれている状況をクレマンティーヌは認めたくない。

反撃のチャンスを見つけた彼女は、腰に掛けていたモーニングスターを引き抜き、大きく振り、十分な遠心力でエンリを下から殴りつける。

 

「っ・・・最・高ー」

 

「っ!?」

 

エンリの顎を確りと捉えた一撃。十分な威力を持つ乾坤一擲の一撃により、彼女の体が木の葉のように宙を舞う。だが、エンリは空中で体を捻る事で体勢を整え、髪を伸ばして地面へ突き刺し、即座に収縮する事で着地した。

そして、この一撃の痛みが更にエンリのハートを燃え上がらせる。口端を一舐めし、笑みを見せながらクレマンティーヌを見た。

逃げる隙等、今のエンリがあげる筈も無いのだ。

 

(クソ兄貴の蛇以上の回復力に、私のフル装備で武技を使っている時のスピード!ここはスタミナが切れるまで長引かせるしか無いけど、いつ増援が来るのか分からない!)

 

クレマンティーヌは逃げる隙を与えないエンリの姿勢と、浮かべる笑みの獰猛さよりも驚愕する事実を知った。知ってしまった。

クレマンティーヌの一撃は、エンリの骨を砕くには至らず、棘は少ししか刺さっていなかった上に、擦り傷に似た傷は即座に修復されたのだ。

笑みを見せている以上、スタミナの消耗度合や、無理に体を動かしている以上、体へ負担が生じる筈だが、生じているか怪しい。

彼我のスペック差等々により、クレマンティーヌの頭の中で情報が精査されていく。

 

(マズイ!完全にハマったっ!このクレマンティーヌ様が!?)

 

状況はクレマンティーヌにとって最悪だった。

自身のスタミナの消耗度合や、体の負担からして継続戦闘能力は著しく短くなっている。だが、エンリの回復力がギガントバジリスク以上である事等も考慮に入れれば、倒すには時間が要るどころか、倒しきれ無い可能性が高い。スピードの差からして、逃げられる確率も低い上に、カジットが倒されていると予測している以上、先程会った漆黒の戦士。モモンと、従える大狼ルプーが応援に来るか分からない状況なのだから。

 

「あらら。お姉さん疲れちゃったんだけど?少しお話ししても良くない?もっと楽しみたいんでしょっ!?」

 

「ウソはダメだよ?まだまだ余裕のクセに」

 

少しでもスタミナを回復させたいクレマンティーヌは、無駄だと分かっていても話しかけるしかない。

だがエンリには関係無いのだ。言い終わる前に再び強襲した。

 

「チッ、このバケモノめ!」

 

「バケモノは失礼だよ。私は、悪魔なんだから」

 

猛攻を仕掛けるエンリ。ソレを防ぎ、避けるクレマンティーヌ。

一向に体力の衰えを感じさせないスピードと、攻撃の重さに思わず舌打ちをし、罵声を浴びせるクレマンティーヌだったが、エンリは彼女の膝から一瞬力が抜け、体勢を崩した事を嗤いながら髪を伸ばす。

 

「ぐっ!?」

 

「捕まえた。それと、私の髪はそう簡単に斬れないよ」

 

武技の連続使用により、消耗した肉体はクレマンティーヌが思っていた以上にダメージを蓄積していたのだ。

彼女が体勢を整える隙等エンリが与える筈も無く右大腿部の中央。大腿骨ごと螺旋を形成したエンリの髪の一房が貫き、地面へ突き刺さった。

クレマンティーヌは激痛に耐え、己の足を貫くエンリの髪を予備のナイフで斬ろうと刃を奔らせるが、予備の武器はメインの武器と違い、品質は下がるモノだ。武技。不落要塞で強度が増しているが、エンリの髪を斬るには至らない。

 

「がっ・・・クソがっ!」

 

「残念。名残惜しいけど、そろそろ御終いだよ」

 

ナイフをエンリに向けて投擲するも、エンリは軽々と避け、クレマンティーヌの腹部を蹴る。

肝臓を正確に捉えた蹴りに、終にクレマンティーヌは崩れ落ち、足に力が入らない事も有り仰向けに倒れた。

倒れたクレマンティーヌの肩を、ピンの代わりに刃が有るピンヒールに似た靴で踏み、彼女の胸の中央に右手の刃先で狙いを定め、武器が無いのを確認した上で、そう通告するエンリ。

クレマンティーヌの顔は、屈辱と怒りで染まり、歪んだ形相を浮かべていた。

 

「ん?まだ終わって無かったのか」

 

「モモン様。申訳御座いません。今すぐ終わらしますから」

 

「!アハハハ!叡者の額冠を外しちゃったんだ!発狂確定!お疲れさまでしたーw」

 

そんな中、ンフィーレアを担いだモモンと、手に布で包んだモノを持ったメイド姿のルプスレギナが到着した。

エンリは一瞬背後を見、そう言ってトドメを刺そうとしたが、クレマンティーヌの言葉に動きが止まる。

彼女は、モモンの左手に叡者の額冠が有るのを目敏く見つけ、最後の足掻きなのか大声で嗤ったのだ。

 

「何を言っている。完全に意識を失わせれば、発狂するのは意識が戻ってからだ。ソレまでに呪いを解けばリバウンドは発生しないぞ」

 

「・・・は?」

 

歩きながら情報を精査し、死の宝珠のレクチャーにより更に魔法の知識を高めたモモン。今の彼にクレマンティーヌの悪足掻き等通用しない。

モモンが言った事を理解できないのか、彼女の表情は唖然と言うよりも、何か大切なモノを失った人のソレだ。

エンリはモモンの指示が有る迄クレマンティーヌを生かす事にし、様子を見ている。

 

「要するに、目が覚める前に呪いを解けば発狂しないという事だ」

 

「はぁ!?スレイン法国の秘宝、叡者の額冠が呪いのアイテムだって言いたいのか!?あ・・・」

 

クレマンティーヌの、理解が追い付いていない様子にモモンは要約して、結果だけを述べる。

彼女の常識では明らかに有り得ない情報に、ついクレマンティーヌは叡者の額冠が元々どの国のモノだったか言ってしまう。

 

「ふむ。何処かで聞いた名前だとは思っていたが、コレがそうか。まぁ、正確には付与と呪詛により、本来ならば在り得ない効果を発揮させている。呪いによりリバウンドの遅延と蓄積を実現させる事で、リスクを装備者のみにさせているのだろう。そして、目を潰す必要性は人としての意識を取り戻す切欠を作らないようにする為だろうか。耳を潰さないのは、命令を感知する感覚器官を残す為だと推察するが、メッセージの魔法で命令を伝えれば良いモノを・・・中途半端だな。恐らくだが、親しい者が命令以外で話かけ、人としての意識を覚醒した為に発狂する事故が有ったのではと推察―――っと。ついつい話し過ぎてしまったな」

 

モモンはクレマンティーヌの言葉で、叡者の額冠=巫女姫が装備していた物だと理解すれば、以前、己とジュンのカウンター魔法で破壊したスレイン法国の土の神殿を思い出した。

クレマンティーヌの表情からして、少々説明してやろうと思い、話す。

己の考察を含めて、起きた可能性の有る事故迄話せば、何処かエンリが己をチラ見している気がした為咳払いをし、区切る。アイテムについて詳しく話したくなるのは、彼の悪い癖だ。

 

「ありえない。何でソコまで・・・アンタ。戦士じゃないの?」

 

「私が、いつ戦士だと名乗った?」

 

クレマンティーヌは信じられないモノを聴いたと言わんばかりの表情だ。

先程モモンが言った事故は実際に有り、巫女姫に選ばれた者の親しい者は、今生の別れとし、晩餐を共にした後は一切の接触を禁じられているのだ。

そして戦士がこれ程アイテムに詳しい事等ありえないと考えたクレマンティーヌは、モモンが立派な金属鎧を装備している事も有り、言外に嘘だと言いたくなる思いを噛み殺し問う。

モモンは、憶えが悪い生徒を見る、嫌みな教師の如く答え、クレマンティーヌを更に追いやる結果となった。

 

「ねぇ。幾つか聞いても良い?」

 

「構わないとも。今の私は気分が良い。運が良かったな」

 

クレマンティーヌを諦めが侵食する。

大腿部からの出血は酷いが、もう暫くは大丈夫だと理解している彼女はダメ元で問答する事にした。

彼女にとって、死の宝珠を手に入れ、ジュンの世界級アイテム<真実の目>の仔細を知ったモモンが御機嫌である状態は、幸いだった。

 

「私。死ぬの?逃がしてくれない?」

 

「ん?何か死ねない理由でも有るのか?」

 

クレマンティーヌの、賭ける価値は有ったと思いながらの問答。

モモンは聞く気にはなっていた。もっとも、聞くだけであり、エンリの本当の姿を知っているクレマンティーヌを生きて帰す気は毛頭無い。だが、クレマンティーヌの表情の変化から、彼女の心理状態の変化や反応からして、命乞いであればどんな事を言うのか気になったのだ。

 

「っ・・・ぶっちゃけさ、クソ兄貴やジジイ共を殺したいの。ついでにスレイン法国を潰したいんだよね。ジジイ共はクソ兄貴だけを可愛がって、私はまだ弱かった頃に輪姦()わされたりされたせいかは知らないけど、こぉーんなに狂っちゃったし、仕返しがしたい」

 

(<真実の目>は便利すぎるな。ワールドアイテムを持っていなければこんな事も解るのか)

 

クレマンティーヌの言い様に、モモンの着眼点は、<真実の目>の更なる効果を実感する事に有った。

内心細笑みながら、抑えきれ無いのか小さな笑い声が漏れる。

 

「ウソが有るな。君はまだ処女だろ」

 

「うぇっ!?」

 

(ア、アインズ様。その言い方はちょっと・・・)

 

(ふぇー。アインズ様。どうやって見抜いたんすか?・・・あれ?だとしたら私もバレてる?)

 

真実の目は、虚偽をも見抜く効果迄有ったのだ。だが、己のウソがジュンにバレていない事から、己がワールドアイテムを所持している幸運と、皆が持つ事を許してくれた過去に感謝するモモン。

よって、言い方にデリカシーが無い事等気付いていない。

処女だとバラされ、見た目の年齢が25歳程のクレマンティーヌはかなりの不意打ちになり、驚愕を通り越して形容しがたい顔になり、エンリとルプスレギナは考えている事は違うが、冷汗を流しているのは一緒だ。

 

「エンリ。罰として腕を落とせ」

 

「あ、はい」

 

「へっ?ぁがぁあああああ!」

 

モモンの指示に、少し気が抜けていたと言わんばかりにクレマンティーヌの両腕を、肘から少し上で斬るエンリ。

精神的ダメージが大きく、茫然としている所に、ごく自然に腕を飛ばされたクレマンティーヌ。痛みで我に返るのが泣きっ面に蜂だ。

 

(クソ!クソクソクソがぁ!予想外に程があんだろッ!?あ、ヤバい。血が足りない・・・)

 

(へぇー。血の味って、こんなのなんだ)

 

(悪魔は血を好むのかもしれん。アルベドにも何かしてやらねばならんが・・・)

 

(エンリちんの好みなんすかね?)

 

色々な意味で予想外過ぎた。両腕からの出血も追加された事で、クレマンティーヌは治療を急がなければ失血死するのを経験で感じ取った。

刃をクレマンティーヌの血が伝い、妙に惹かれたモノが有ったエンリは、刃に付いている血を舐めとる。そしてその味が以外にも芳満であり、好みの味だったのか小さく笑みを浮かべた。

ソレを見たモモンとルプスレギナ。

モモンはアルベドのストレス軽減には何が良いのかと考え、ルプスレギナはエンリの味の好みに、血の味が有るなのかと考えた。

 

「スルシャーナ?あ、あはは・・・死んだ筈の神様が冒険者のふりをするなんてね・・・」

 

「・・・残念だが違う。君には色々と頑張って貰おうか。放り込め」

 

「ぐふっ」

 

モモンはアインズの姿になる。

失血から少し目が霞み始めているクレマンティーヌは、死の神だと称され、死んだスルシャーナを思い出していた。諦めの籠った力無い笑い声を漏らす。

アインズは転移門を発動させ、そうエンリに命じれば、エンリは無言でクレマンティーヌの腹を蹴った。

クレマンティーヌは詰まった声を残し、転移門へ呑み込まれ、彼女がココにいた痕跡は、血溜りと転がっている両腕しか残っていない。

 

『デミウルゴス。今送ったモノを殺さぬ程度で可愛がってやれ』

 

『アインズ様。何か有ったのですか?』

 

転移門の出口は、ナザリック地下大墳墓。デミウルゴスの管理する溶岩のエリアの中で、最も涼しい彼の執務エリアだった。それでも、唯の人間には砂漠に捨てられたようなモノ。クレマンティーヌは失血と合わさり、体力を著しく奪われ、死ぬのは時間の問題だろう。

突然、苦悶の声をあげる人間が転移門より、ポイっという擬音が似合いそうな状態で投げ出された上に、アインズからのメッセージによる言葉。

司書長とスクロールの代用品について話をしようと、図書室へ向かおうとしていたデミウルゴスには即座に解決すべき案件なのでは?と考えるのは、彼にとって当然だった。

 

『なに。有用な情報源が手に入ってな。少しは悪魔らしい事をしても良いぞ』

 

『これはこれは。気遣って頂き、感謝の言葉も御座いません』

 

デミウルゴスにとって、生かさず殺さずで、苦悶をあげる人間の様子を見るのは愉悦を覚える内容であえる。また、殺さぬようにすれば自由にしても良いとアインズから言われたようなモノ。

ご褒美であると考えるのは自然だが、そのままの意味で受け取るのは早計だとデミウルゴスは考えた。

 

『部下のケアは大切だ。効率が良く、素晴らしい仕事をしてくれる。そうだな?』

 

『はい。御期待に副えるよう努力致します』

 

暗に、更に良い報告を求めているアインズに、デミウルゴスは内心舌を巻くばかりだ。

スクロールの代用品の目途が立ちそうな現状での、この事態。代用品については、まだ報告していないのだ。

魔法などで監視されている訳では無い。だが、このタイミングで、殺さぬ範囲であれば楽しんで良いとの指示。デミウルゴスは、己はアインズの掌の上で踊っているのでは?と考えてしまう。

だが、アインズの望みが何であり推察し、ソレを叶えるべく行動するのが守護者の役目だと考えるデミウルゴスにとって、アインズの英知の一端を知る良い機会なのだ。

 

『よい。それと、治療に関しては痕が残らぬようにな。必要であればペストーニャを使え』

 

『畏まりました』

 

そして、念押しの如く伝えられる、人間を殺さぬようにしろとの事。

アインズの言う痕とは、心の傷が大きなモノであると推察したデミウルゴスは、最高の収穫を迎えるプランを瞬時に練り上げる。

アインズの求める結果へ至るには、己の悪魔の愉悦が必要であると推察したデミウルゴス。

コレは、心を、精神を破壊しない加減を覚えるように、練習しろとの通達なのではとも考え、その必要性が有る事態を考えれば答えが出た。

 

(成程。流石はアインズ様。数手先を読んでいらっしゃる)

 

デミウルゴスが考えたのは、彼女(クレマンティーヌ)は効率の良い組織の掌握方法を習得する為の練習台であり、様々な用途で使えるモノなのだと考えた。

デミウルゴスは、人間が己等と比べれば非常に脆いと認識している事もあり、態々己の近くに転移させた以上、この人間は頑丈な部類だと理解したのだ。

逆を言えば、この人間が簡単に壊れるのならば、己の力加減が誤っていると知る切欠となる。また、苦悶の声で鳴くのならば悪魔としての欲は満たされる。

己が読める限界を痛感しながらも、デミウルゴスはアインズの智謀に脱帽するばかりだ。実際は、クレマンティーヌを殺さぬ範囲で、デミウルゴスが楽しんでくれたらと考え、ナザリックへ送っただけなのだが。

 

『それともう一点。アルベドの様子はどうか』

 

『はい。アインズ様の御部屋にて勤しんでおります』

 

『そうか。アルベドとスケジュールの調整を頼む』

 

『畏まりました』

 

アインズとしては、アルベドのストレス状況を知りたかったのだが抽象的過ぎたのだろうか。デミウルゴスは、アルベドがアインズのベッドや執務室等で○○や××、果てには△△等をしている事を思い出し、流石に伝える事が憚られた結果である。

故に、アインズとしてはアルベドの状況を把握するには至らない。よって、デミウルゴスは地面で悶絶し、危険な痙攣を始めたクレマンティーヌの持つ情報で、何かしらアインズのスケジュールが変わる可能性を視野に動く事にしたのだ。

 

『そろそろ戻ります。あと、ンフィーレア君の治療と第7位階相当の解呪系魔法をお願いします。テキトーに、スクロールか魔封じの水晶でも使えば問題無いでしょう』

 

『ちょっ!まさか、この公衆の面前でですか!?』

 

アインズはメッセージでフドウ(ジュン)へ要点のみを伝える。

予定では最大第五位階迄使えるとしていた。第五位階ですら英雄クラスであり、第七位階となれば問題しか生まないだろう。

特に、耳の言いフドウは、地味に観客達が聖女コールをしているのが聞こえている為、非常に都合が悪い。

 

『良いタイミングでしょう。では、お願いしますね』

 

『まっ―――』

 

だが、そんな事等知らぬと言わんばかりに、言うだけ言ってメッセージの魔法を切るアインズ。大衆の面前で素晴らしい治療を行えば、更なる名声を得る事しか考えていないのだ。

よって、フドウが何かを言いかけた事等知る由もない。

 

「それでは、凱旋するとしよう」

 

再び、モモンの姿へとなり、エンリとルプスレギナを見れば、其々人の姿と狼の姿となっている。エンリはルプスレギナから受け取った布にクレマンティーヌの腕を入れ、町の方へと歩を進めたのだった。




えー。
次でエ・ランテル編はラストですが、仕事が忙しいので24、最悪31日迄には投稿します。
平日で1~3時間の残業。祝日返上。土曜?元々出勤日です。

そして、クレマンさんはナザリック送りになりましたー。
好きなキャラなので、レベル55程度のエンリと渡り合えるぐらいに強化したんだけどね?


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第十八話

御盆休みの霊圧が消えた・・・(゜□゜;)


ンフィーレアの奪還に成功したモモン達。

市街地へ続く防衛壁へ近づいているのだが不思議な事に、敵性アンデッドはおらず、モモンは少々疑問を覚える。先程迄は、エ・ランテルを呑み込まんとする程いたというのに、接敵しないのは楽だが不自然なのだ。

 

「お帰りなさい」

 

(あ、あれ?ジュンさん?何か怒ってません?)

 

疑問に思いながら門まで戻ってくれば、仮面越しにでも不機嫌だと感じるフドウと、丁寧にお辞儀をしたナーベが出迎えた。

モモンは仮面越しに見えたフドウの目に異様な鋭さを感じ、肉の無い体だというのに背筋がつい、寒くなる程だ。

 

「フドウ。どうした?」

 

「魔力の残りが少ないから、気分が悪いの」

 

「そうか。遅くなってすまない」

 

だが、モモンは己の感じた事を表には出さない。

モモンの気遣う声音に対し、フドウはぶっきらぼうな反応を返す。

フドウの様子は魔力不足で不機嫌になっていると衆人には見えるだろう。彼は彼女が不機嫌な理由が思いつかない。よって、衆人が知るフドウの不機嫌な理由である魔力欠乏を前面に出し、謝る事にした。

実際は、先程のメッセージの魔法で伝えた内容を返事を聞かずに切った事と、目立つ魔法の使用を求められたのが要因である。

 

「ンフィーレア!な、なんてこったい・・・」

 

そんな中モモン達の帰還を知ったリイジーが走り寄ってきた。後ろで慌てて追従する漆黒の剣の4人の姿が見える事から、彼等も心配していた様子だ。彼等の後ろにいる森の賢王がのしのしと、のんびり歩いてくるのが非常にシュールだとモモンは内心思う。

彼女は息を切らしながらも、孫が帰ってきた事を喜ぼうとしたのだが、モモンの肩に担がれ、真紅のマントに包まっているンフィーレアの両目が潰れている事に気付き、孫の今後が明るくない事実に絶句し、青褪めてしまった。

 

「リイジー・バレアレ。少し待ってほしい。厄介な呪いにかかっている」

 

「なんじゃと!?」

 

モモンとしては、彼に触れるのを待って欲しいと考えた為に述べたのだが、リイジーには孫の死を突き付けられるのではと思い、更なる不安が重く圧し掛かる。

 

「仔細は分からんが、このアイテムを普通に外せば発狂してしまう。スクロールに封じられた睡眠系の魔法で完全に眠らせ、起きるまでに解呪すれば発狂しないのだ。もう少し待って欲しい」

 

「なんと・・・お主は戦士じゃろ?何故そのような事が・・・」

 

モモンが左手に持った叡者の額冠をリイジーに見せながら、適切な対応をすれば問題無い事を伝える。

彼女としては、孫が助かる可能性が有り、その手段を持っているとモモンが暗に語っているように思えた。

 

「切り札の一つだ。我が家に伝わる魔封じの水晶。伝承では第8位階の鑑定系魔法が封じられていたモノを使った」

 

「第8位階・・・神話の領域じゃないのか?」

 

「あぁ。正に切り札だろうに・・・」

 

モモンの言った事に絶句するリイジ―。家宝とも言えるアイテムを惜しげも無く使ったと、威風堂々に佇む漆黒の戦士モモンが、事も無気に述べたのだから。

周囲にいる冒険者は、あまりにも凄まじい切り札を使い、悔いも無さそうなモモンに尊敬が多大に込められた視線を送る。

 

「フドウ。切り札をもう一枚使う。その杖に封じられた残り最後の魔法上昇(オーバーマジック)を発動させ。第7位階の解呪をンフィーレア君に頼む」

 

「・・・どういう意味か分かって言っているの?」

 

「無論だ。君がスレイン法国に目を付けられたく無いのは分かる。魔法上昇(オーバーマジック)を使って、第7位階を使えるというのは、君が第5位階の神聖魔法の使い手だと宣伝するようなモノだからな」

 

そして、モモンは己に視線が集まっているのを好機と捉え、フドウへ協力を要請した。

メッセージの魔法で先程、触りしか聞かされていなかったフドウは、非常に不機嫌な様子。モモンとしては、叡者の額冠がスレイン法国の秘宝だと先程知った事から、強力な神聖魔法の使い手だと知られればヘッドハンティングが来る可能性も考慮に入れた言葉だ。

フドウとしては、『聖女』が入った二つ名が付きそうな事から、面倒事をスレイン法国が起こす可能性を考慮に入れており、モモンの言葉は間違いではない。既に、己へメッセージを送った時点で、その可能性を想定していたモモンの智謀に背筋が寒くなる思いである。

そして、モモンの言葉を聞いていた冒険者達は、モモン達の持つアイテムや装備の数々が異常な程高価である事に、疑問を覚える前に唖然とするばかりだ。

 

「だが、私を信じてほしい。私は君のパートナーであり、夫だ。愛する妻を護りきるのは、男としての務めなのだから」

 

「え、あの・・・」

 

モモンはフドウへ歩みより、片膝を着いてンフィーレアを優しく地面へ置き、フドウの手を取り言葉を紡ぐ。まるで手に花束や指輪が有ればプロポーズにも見えるだろう。

一方のフドウは突然始まったモモン劇場の空気に呑まれ、どう返すべきか分からなくなり、つい狼狽えてしまう。

フドウの反応を見た周囲の人々は漆黒の戦士の突然の誓約に、男性はモモンの言葉が非常に格好良く思え、女性は一度はそう言われてみたいモノだと思った。

 

「それに、ンフィーレア君は気持ちの良い少年であり、優秀な薬師の卵だ。そんな彼が此処で摘まれるのは忍びない。頼む」

 

「フドウさんや。孫を、ンフィーレアを頼むぅ」

 

「・・・卑怯です。分かりました」

 

モモンの願いと、リイジ―の額を地面に着けた土下座付きの懇願。そして、周囲の人々の目にフドウは折れた。

ここで拒否すれば、己の株どころか、モモンの株すら下がってしまう。地味に、己を見るルプーとナーベ、エンリ視線の意味を知りたく無い事も有る。

ルプーとナーベは、人間社会に上手く潜り込む為の手腕の材料としてモモン劇場を興味深く見ており、エンリは、己や妹カルネ村の面々を救った事の有るフドウへの期待に満ちていただけなのだが、神ならぬフドウに分かるはずも無い。

 

「リイジーさん。皆さん。少し離れて下さい・・・魔法遅延化・睡眠(ディレイマジック・スリープ)大治療(ヒール)

 

リイジ―がフドウの言葉で少し下がり、モモンが己の隣に立ち、己の頭を撫でるフリをしながら、<真実の目>を装備してくれたのを感じたフドウは、先ずンフィーレアの目を治す事にした。欠損部位の修復が第何階位からなのか分からぬ為、取りあえず第6位階辺りの治療魔法を使用する事にし、万が一にも解呪までに目覚めぬよう、睡眠の魔法を遅延で発動させるようにした。

淡い太陽光の輝きが仰向けに寝かされているンフィーレアを包み込み、不自然に眼窩へ沈んでいた瞼が盛り上がる。

 

『何か詠唱をお願いします。そして、大げさな動きと、汗とか額に浮かべれば更に良いですし、ギリギリ解呪できた風を装う為に最後はふら付いて倒れて下さい』

 

(演技指導入りましたー・・・兄さんのバカ!凝り性のアインズさんに色々と教えてくれちゃって!・・・危なかった。やっぱり遅延で睡眠が発動しておけるようにしておいて良かった)

 

真実の目で、ンフィーレアの状態を確認しようとしたフドウだったが、モモンの要請に、こうなった原因の一つである、己の兄に文句を内心で述べた。とんだ飛び火も有ったモノである。

そして、改めてンフィーレアの状態を見れば、大治療で睡眠の状態異常が解除され、即座に遅延で発動した睡眠の魔法が無ければ発狂ルート直行だった事に気付き、内心安堵した。真実の目で鑑定した呪いの種類からして非常に嫌らしい内容だったのだ。

 

真実の目の隠された鑑定条件として、装備者の持つ技能・クラス・種族により鑑定結果の解釈や仔細部が変更される事を知るのは、後程、何故モモンが睡眠の状態異常を切らせないようにと伝えていなかったのか問い詰めた時である。

 

「・・・天地在りて。風よ。水を巻上げ雷を山へ落とし、炎生み出し土と成す。闇夜を照らすは月のみに在らず。精霊の御名の下、かの者の呪いを形にせん。影よ。汝の姿を映し出せ。呪よ。その姿を見せよ」

 

フドウは少し考え、良い視覚表現として、神官系悪魔祓いイベントで使うイベント魔法、鑑定表視(アプレーザル・ヴィジョン)を使用することにした。この魔法はユグドラシルにおいて、悪魔に憑かれた少女から悪魔の姿を出現させる魔法であり、エフェクト効果は呪い系にも有効だと知っていたからだ。

即興で作った詠唱をし、魔法を発動させれば、仰向けに寝かされているンフィーレアを中心に、二重の円とオクタグラムで形成された光輝く魔法陣が形成された。意識の無いンフィーレアを、魔法陣の光が優しく照らす。

 

「何だありゃぁ・・・」

 

「あれが呪いだってのか?現実なのかこりゃ?」

 

そんな中、彼の体から黒い靄が光を嫌がるように噴き出した。噴き出した靄は女に見える人型になり、ンフィーレアの胸に座り、その頭を掴んでいる。

まるで、彼の心を奪いたいのだと、彼の人格を崩壊させたいのだと言わんばかりだ。スレイン法国の叡者の額冠の装備者を知っている者が見れば、靄は嘗て巫女であったと分かる程、その姿形はハッキリしている。故に、その表情も分かる。何の感情も浮かんでいない無表情に見えるのだが、その目は道連れを求めているのか怪しい深紅の輝きを放っている。まるでレイスだ。

黒い靄で出来た女に殺されそうになっていると理解する現象に、見物人の中には、あまりにも現実味が無いと思い、己の正気を疑う者も少ない。

 

「我断ち切るは呪。蝕むいと黒き深淵の闇。汝のいる地に在らず。来れ。来れ。来れ。大になる御名の下破魔の印を通じ、光あれ呪鎖破断(ブレイク・カーズ)!」

 

フドウは己の厨二臭さに羞恥を覚えるも、演劇の演出なのだと自己暗示し、手早く刀印を組んだ手を動かす。

魔法が発動する瞬間。一見槍にも見える杖の先端が展開し、十字架を型どり、烈光で出来た刃が形成される。杖の効果であり、神聖魔法の効果をアップさせる際のエフェクト効果を発動させたのだ。

フドウは刃が形成されたのを確認し、黒い靄を薙ぎ払った。首を断ち、靄が霧散する中、女の顔が安らかな笑みを浮かべたのが衆人にも見えた。それはまるで、呪いから解放され、安らかに眠れる事を喜んでいるかのようにも見える。

そして靄が消え去り、呪いの状態異常が解除されたのを確認したフドウは眠治療(アンチ・スリープ)で睡眠の状態異常も解除しておいた。これで、間を置かずに起きる事だろうと考えて。

 

「頑張ったなフドウ」

 

「もぅ。第7位階は二度と使わない。聖女の真似事は二度と嫌」

 

「・・・私は裏切らない。必ずな」

 

フドウはモモンの要望道りよろめき膝を着こうとするが、モモンがその前に抱き留めた。演技だと分かっていても、彼女の精神に多大なダメージを負わせた演出から、力なくそう言うフドウに対して、モモンは、まるでフドウが嘗て聖女だと言われており、権力者に裏切られたかのような物言いをした。アンダーカバーの強化である。

モモンの言葉に、これ程の使い手達がカッパーのプレートであり、凄まじい価値の装備やアイテムを所持している事から、何か知らない方が良いモノから逃げてきたのではと、衆人は憶測している。また、エ・ランテル壊滅の危機を防いだ英雄的行動から、無理に詮索するのは好ましくないのでは?という風潮を生み出しているため、知名度アップや余計な詮索を防ぐ機密保持の面からしても、今回の行動は大成功とも言えるだろう。

 

「う、うぁーーーー!目が!めがぁー!」

 

「「!」」

 

「ンフィーレア!何が有ったんじゃ!」

 

「リイジーさん!少し待って!」

 

フドウの予測通り、ンフィーレアは目を覚ました。だが、穏やかな目覚めでは無く、両目を両手で抑え、叫ぶ形で。

リイジーは泣き叫ぶ孫に近寄ろうとするが、転げまわる彼の状態からして、下手に近づけば高齢な彼女の事だ。大怪我を負う可能性もあり、フドウはモモンに抱き寄せられている状態のまま制止するよう求めた。ンフィーレアの治療を担当したフドウに制止を求められた以上、リイジーは彼女に縋るような眼で見るしかなかった。

 

「ショック症状、かな」

 

「フドウ。何か分かるのか?」

 

「恐らくだけど、意識が混濁しているんだと思う。たぶん、目を潰されてからソレを着けられただろうから、その時の痛みとか恐怖がフラッシュバック・・・噴き出したと思う」

 

フドウは真実の目で、彼の容態を確認しるが、状態異常・HPやMPの情報は正常を示している。そのため、フドウはそう推察するしかなかった。

彼等いたリアルでは、事故に遭えば略間違いなく命は助からない為、症例は少ない内容だが、フドウは幼少期に兄と共に、育ってからは一人でも旧世代のアニメ・映画を鑑賞しており、その中で、入院患者が意識を取り戻した瞬間に、事故に遭ったその瞬間の記憶でパニックなる描写を見た事が有った為、推察出来た内容だ。

モモンとしては知ら無い内容である為、問いかけ、今一番ンフィーレアの容態を心配しているだろうリイジーにも聞かせるべくフドウは簡潔に説明した。

 

「なにか、彼を安心とか、落ち着かせれば良いんだけど・・・強制的に鎮静化させる魔法なんて知らないし・・・」

 

「エンリ。彼を抱きしめてやれ。胴に着けている鎧を外してな」

 

「「?」」

 

フドウの物言いに、モモンは自身の思いつきを試してみる事にした。フドウとエンリは、モモンの提案の意図が分からずに首を傾げてしまう。

 

「古来より、落ち着かせるには心音だ。リイジ―では、あのように暴れていては、な・・・」

 

「分かりました・・・?」

 

モモンは言外にンフィーレアの関係者で、抱きしめ、心音を聞かせる事が出来るのはエンリだけなのだと言っている。

だが、エンリとしては友人ではあるが、ンフィーレアの為に鎧を脱いでまで抱きしめる必要が有るのかと疑問を抱いている。色恋に疎いのだから仕方無いのだろう。

エンリは胴体に着けている鎧の金具に手を伸ばし、外す。

一見ゴムにも見える素材で出来た黒いアンダースーツは汗をかいていた事もあり、体にぴっちりと張り付いている。外気に触れる事で体温が下がり、涼しく思い、爽快感からなのか小さく笑みを浮かべた。

 

「私の背に置くと良いっすよー」

 

「ありがとうございます」

 

問題は、鎧を地面に置きたくない事である。すると、ルプーが静かに近寄っっていた。エンリはルプーの好意に甘える事にし、その背に鎧を置いた。ルプーは器用に無造作に置かれた鎧を落とさず、ナーベの側へ歩いて行った。

 

『もう少し、アンダースーツは凝れば良かったですかね?ちょっと薄い気が・・・』

 

『・・・今回に限っては好都合でしょう』

 

周りに見ていた衆人。特に男性は、エンリの鎧の下に隠されていた双子山の存在に生唾を呑み込んでおり、一見肌が黒いのかと思うほど張り付いたアンダースーツは目の毒だ。

フドウはその張り付き具合からして、動きやすさ重視であり、見える事も無いからと薄くした事を問題視しており、モモンへメッセージを送る。一方のモモンは、エンリが羞恥心を覚えていない様子であり、ンフィーレアの恋路は中々険しそうだと思ったが口には出さなかった。

 

「っ!?」

 

「ンフィー?」

 

エンリは転げ回るンフィーレアに巻き付いているモモンのマントを掴み、片手で彼の体毎持ち上げると、そのまま頭を抱きしめた。

顔に触れる柔らかな感触と暖かさに。そして、ほんのりと香る甘い匂いに硬直するンフィーレア。急に動かなくなった彼に、エンリ声は呼びかけてみた。

 

「え、あ・・・」

 

「ゆっくりと目を開けて」

 

「け、けど、ボクの目は・・・」

 

「私を信じて」

 

エンリに顔を抱きしめられていると感じる現状に戸惑っている。そんな中言われた内容に、どうするべきなのか分からなかった。

抱きしめられたのは、非常に強い衝撃であり、既に彼の思考は正常なモノとなっているが、エンリはンフィーレアが完全に落ち着くまで対応するのが正しいと感じており放す事は無い。

 

「―――なんで?どうして見えるの?」

 

「全部終わったの。もう大丈夫だよ」

 

「ぁ・・・う、うん」

 

ンフィーレアは目に痛みを感じない事と、此処で目を開けなければエンリを信用していない事になる現状に、意を決し、目を開ければ、彼の予想通りにエンリの顔がすぐ近くに有った。

目が見える事に戸惑い、エンリの浮かべた微笑みに恥ずかしくなったのか下を向いた。

 

(怖かったんだ・・・まぁ、仕方ないよね)

 

(暖かい。嫌がってないみたいだし、このままは・・・けど、離れたら怖いんだ。ゴメンエンリ。僕って最低だ・・・)

 

だが、下を向けばエンリの胸に顔を埋めている状態となる。安堵や緊張、恥ずかしさ、そしてエンリから香る匂い等から小刻みに震えてしまうンフィーレア。その震えをエンリは恐怖心がまだ残っているのだと思い、優しく彼の頭を撫でる。

エンリの好意に満ちた行動にンフィーレアは自己嫌悪せずにはいられなかった。だが、エンリの暖かさや肌から伝わる彼女の鼓動は彼に安堵を、彼女の柔らかさと花に似た匂いで興奮を覚えているのだから。

だが、色々な事有った為心が限界だったのだろうか。それとも、安堵が勝ったのかンフィーレアの瞼は閉じていき、眠ってしまった。静かな寝息を感じたエンリは、彼をそのまま抱き上げた。

 

(そうかぃ。ワシも年を取ったモノだねぇ・・・)

 

だが、衆人には2人のやり取り等関係無い。ンフィーレアが無事に助かったという事実に歓声が上がる。

歓声の中、リイジーは感慨深くンフィーレアとエンリを見ていた。

 

「うむ。フドウもンフィーレア君も疲れている様子であるし、どうしたモノか」

 

「少し良いかね?私は冒険者組合組合長アインザックという。話を聞きたいのだが、明日以降の方が良さそうだな」

 

モモンは歓声等から満足する結果を得られたと大きく頷く。そして、気が付けば時間は遅い。冒険者としては冒険者組合に報告するべきなのだが、時間の都合等から言えば問題が有る。

悩む彼に、フドウは取りあえず組合へ行くことを進言しようとするが、その前にアインザックが話しかけてきた。

組合長アインザック。一見50代に見える白髪が目立つナイスミドルであり、髭が印象的な男性だ。

彼は、先程から目にしていた凄まじいフドウの防衛力や神聖魔法から、消耗した彼女や眠ってしまったンフィーレア。そして、戦闘を終えたばかりのモモン達の状態からして、調査をある程度先に済ましてから話を聞いても問題無いと判断したのだ。

 

「配慮に感謝する。では、首謀者と思われる者の首と遺留品。協力者と思われる女の腕を渡しておこう」

 

「では、一人には逃げられたのかね?」

 

配慮したという事実は重要である。相手に好感を覚える良い切欠になるのだから。

アインザックの配慮に、モモンも配慮した。だが、モモンの言葉にアインザックは警戒せずにはいられない。冒険者チーム。漆黒の剣の報告では、女の方が厄介な様子なのだから。

 

「探せば死体が出るかもしれんが、片足には深手を負わせているからな。アンデッドの群れの中で歩行が困難な状態で両腕を失えばどうなるか分かるだろう?」

 

「なるほど。ンフィーレア君の命を優先したのか」

 

だがモモンの説明を聴けばどうだろう。実に単純明快である。モモンの言うように、そのような状態で生き残っている可能性は考えにくいのだ。モモン達もまだ知らぬ事だが、高位の治療魔法でなければ時間の経った欠損部位は治療できない。

アインザックの常識では、第3位階の魔法でも欠損部位の回復は可能であるが、治療には一定の条件が有る上に、早急な治療が必須なのだ。また、彼の知る青いポーションでは時間はかかるが、傷口を塞ぐ事は可能。だが、その場合新しい腕は生えない。

その為、モモンの言う通りであれば失血死か、戦闘能力が著しく低下していると考えれるためアンデッドに食い荒らされている可能性が高い。万が一生きていたとしても、腕が無くなっている以上、警戒を密にすれば欠損部位の回復可能時間が過ぎれば脅威度は低くなるとアインザックも判断したのだ。

 

「そうなる。では、彼女の冒険者登録も有る。明日向かうが宜しいかな」

 

「問題ないとも」

 

モモンがンフィーレアの命を優先したと言質を取ったアインザックは、モモンが続けて言った内容的に、人格的にも問題無いと判断した。

彼の内心は非常に満足していた。エ・ランテルの防衛力の低下が防がれただけではなく、人格的にも、能力的にも申し分ない人物がリーダーを務めるチームが、新しく冒険者組合に登録されたのだから。

 

「組合長!そんな勝手を許すのか!」

 

「彼は?」

 

「バカだよ」

 

そんな中、イグヴァルジが2人の会話に割り込んできた。彼の内心は嫉妬、憎悪、憤怒に彩られていたのだ。

悪感情を煮詰めた彼の雰囲気が、フドウの中で何かを起こす。まるで拳銃の撃鉄を起こし、シリンダーが切り替わるように、彼女の雰囲気を冷たく、堅いモノへと変えた。

モモンは腕に抱くフドウの雰囲気だけでなく、いつもと違い、第一声が罵声だった事に驚いた。

 

「なんだと!このクソアマ!」

 

「事実でしょうに」

 

様子を見るべきかと考えるモモンを他所に、激昂したイグヴァルジは近寄ろうともフドウに触れようとしない。彼に自覚は無かったが、心が折れており、本能は死を恐れ、短絡的な行動を密かに禁じていたのだ。

唾でも飛ばすのかと言わんばかりに怒鳴りかかるイグヴァルジに対して、仮面越しでも分かる程、フドウの目は道端に転がる小石を見るかのように、酷くつまらなそうだ。

 

「彼は冒険者チーム。クラルグラのイグヴァルジだ。どうやらフドウ君が防衛している中で、いち早く来たのは良いが、中に入るのを拒まれ、彼女と口論になったらしい」

 

「成程。失礼」

 

「ぐぅお!?」

 

そんな中、呆れ気味のアインザックの言葉にモモンは左腕にフドウの背を抱えたまま、右腕でイグヴァルジの首元を掴み、吊るし上げた。

このままでは、フドウが短絡的な行動に出るのではと危惧した為だ。

イグヴァルジは片手で吊し上げられた事で息苦しさを味わいつつ、ソレを可能とする筋力を持つモモンへ嫉妬の視線を送った。

 

「度胸は買うが、己の力不足を猛省するのではなく、私の妻へ暴言を吐くのは宜しく無いな」

 

モモンは内心、イグヴァルジを如何にして排除するべきか考える。彼の目に宿るモノは、リアルで営業マンをしていたモモンにとっては馴染み深く、この目をした者がする内容が予測できた為だ。

ただ警告を送る程、モモンは優しく無い。何処か、Gを発見した者に近い嫌悪感を内心抱いている。

 

「それにだ。君には2体のスケリトルドラゴンとアンデッドの群れを撃破し、彼を救い出せる手段が有ったのかね」

 

「でたらめだ!」

 

「出鱈目かどうかは、組合の調査で判明するだろう。護衛として同行すれば分かる事だ」

 

モモンは理攻めでイグヴァルジの行動を制約し、どのような行動に出るのか選択肢を狭める事にした。

当然の如くイグヴァルジはウソであると言ってくる。モモンとしては、口だけの男であれば真っ先に否定すると考えた為だ。

だが、実際は異なる。

モモンは知らぬ事だが、クラルグラのフルメンバーで、一度スケリトルドラゴンを狩った事が有るのだ。

ただし、それは他のミスリル級の冒険者チームが全滅と引き換えに弱らし、仲間の一人が死にかけた。故に、イグヴァルジはスケリトルドラゴンの恐ろしさをよく理解しているつもりだった。仲間に魔法詠唱者がいなかった為、真の恐怖は知らない。

 

「モモン君。ソコまでにしておいてくれないか」

 

「いいでしょう」

 

「くっ・・・」

 

モモンに理は有り、このままでは冒険者の格を落とす内容になると考えたアインザックはモモンに要請した。

モモンとしては、アインザックが出てきた以上、これ以上責めるのは得策ではないと考えているため、放してやる。

イグヴァルジは襟元を整え、未だに悔しそうな視線をモモンとフドウに送っていた。

 

「イグヴァルジ。モモン君の言うように調査に向かう。君達に強制依頼として同行してもらおう」

 

「んな!何でだ!」

 

「君へのペナルティだ。衛兵からも話を聞いたが、下手すれば、事件解決前に彼女の魔力が尽きていた可能性が有る以上看過はできん」

 

「っ・・・分かった」

 

アインザックは呆れ気味のため息を漏らし、イグヴァルジ率いるクラルグラへ強制依頼を出す。

クラルグラとしては特に問題を起こしていないが、イグヴァルジの行動は目に余る内容が多い。それは、今回だけの件だけではない。

他の冒険者の依頼を、我先にターゲットを倒す事で依頼妨害をした回数や、それが原因でトラブルになり、終にはパーティを離散させた事が有る等、問題行為が多いのだ。

 

「では、我々は失礼する。イグ―――(何だったっけ?)」

 

「イグヴァルジ。で御座います。モモン様」

 

モモン達のやり取りで憂さ晴らしになったのか、フドウはすっかりイグヴァルジに興味を無くしていた。

モモンは、彼女の敵意に似た感情が失せたのを感じ、移動する事にしたのだが名前を思い出せなかった。不自然な空白に、ナーベがモモンに、彼の名を教える。

そして、先日のフドウの指摘は、興味が無い相手の名等、モモンを演じているとはいえ、ナザリック地下大墳墓のアインズ・ウール・ゴウンが覚える必要がないのだと理解しての発言だったのだと理解したのだ。

 

「うむ。イグヴァルジよ。君はミスリルの冒険者であり、リーダーならば正しく戦力差を把握せねば仲間を殺すぞ。精進する事だ」

 

「っ・・・」

 

名をそもそも覚えていない。覚える価値も無いと言われたようなモノであり、イグヴァルジの自尊心はボロボロだった。彼の視線は鋭く、苦虫を噛みしめた様子である。ソレを横目に、顔程度は覚えておくべきだとモモンは思う。

蚊相手程度の警戒心しか抱けぬ違和感を無視して、フドウ達を連れ、エ・ランテルの市街地へ向けて歩き出した。

漆黒の剣の面々は話しかけるべきかと考えていたが、夜も遅い上に、激しい戦闘を終えたであろうモモン達を気遣い、明日、また改めてお礼を言えばいいと考えた。

 

『アインズ様。お話しが御座います』

 

『エントマか。何だ』

 

そんな中、ナザリック地下大墳墓で業務に準じている筈のエントマよりメッセージが届いた。冷静さを装っていると感じる声にモモンは違和感を覚える。

 

『シャルティア様が殺害されました』

 

『・・・何者にだ』

 

エントマの一言は信じられぬ内容だった。

レベル100で戦闘特化のシャルティアが撤退を選べずに撃破される等、到底許容できるはずも無い。そして、問題はそれ以外にも有った。

 

『不明で御座います。事実確認等をアルベド様主導で行っておりますが、報告してきたエイトエッジアサシンも重症であるため、目覚めるのを待っている状況でもあり、情報を少しでも収集する為吸血鬼の花嫁達も回収済みで御座います』

 

『一度セバスとソリュシャンを呼び戻せ。現状使っている馬車については、人間に見えるシモベで休んでいるように見える状態で待機させよ。そしてワールドアイテムの回収はどうだ』

 

モモンからの返答がない事に、エントマは現状を伝える事にした。

モモンとしては、一度招集し、計画の変更も考慮に入れる。だが、最大の問題はシャルティアが出立する際に持たせたワールドアイテムだった。

この世界にも存在し、万が一洗脳でもされれば碌な事にはならないのだから。

 

『ワールドアイテムは問題御座いません。負傷したエイトエッジアサシンが回収しております。御命令承りました。アルベド様へ報告致します』

 

『うむ』

 

だが、幸いにもワールドアイテムは守護者の外部での行動時に支援や陰ながらの護衛を行うエイトエッジアサシンが回収しており、負傷した彼を回収した際に問題無くナザリックへ戻った様子である。

モモンは最悪の事態は回避できたと安堵した。シャルティアには桜花聖域の領域守護者に持たせていたモノを持たせていたのだから。

一度切られたメッセージに、今後の戦略はどうするべきか考えようとするが、精神安定が複数回発生する程の苛立ちを覚える。

 

『アインズ様。火急のご報告が有ります』

 

『今度はお前か。パンドラズ・アクター。何だ』

 

故に、続けざまに繋がったメッセージの相手であるパンドラズ・アクターへの返答は刺々しいモノとなった。

 

『実は―――』

 

パンドラズ・アクターは受けた密命の報告の前に、火急の報告を述べる。

己の造物主が苛立ち、怒りが声のみで伝わる程込められている等、尋常では無いのを理解している為だ。

 

『うむ。お前も一度ナザリックへ帰還せよ』

 

『はい。例のモノは如何なさいますか?』

 

『お前が管理せよ。そしてシャルティア復活の為、王座の間に金貨5億枚を用意しておけ』

 

『承知致しました』

 

パンドラズ・アクターの報告はモモンを落ち着かせるには足りる内容であった。故に、事前の準備等を行うよう命じる。

 

「どうしたんですか?」

 

「一度ナザリックへ戻る案件だ。そして、問題が有る」

 

メッセージでのやり取りは知らないが、道中モモンより不穏な空気を感じ取ったフドウは、聞いても良いか迷った末に問う。

モモンの返答は、小さな声だがフドウやルプー、ナーベ、エンリには確りと聞こえた。そして、気を引き締める。この言い様ではナザリックに問題が発生したように聞こえた為だ。

 

「宿が取れていない。そして、金が無いっ・・・」

 

「・・・モモンさん。此処でソレは無いと思うな」

 

「ん?」

 

だが、判明した問題にフドウは肩透かしを食らった感覚を覚える。

確かに重要且火急の問題だが、心配していた類のモノでは無いのだから。故に、モモンの疑問を抱いている一言等、気にしてられない。

 

「リイジーさん。エンリは泊めてあげてくれませんか?ンフィーレア君の状態から考えると、近くにいた方が良いと思います」

 

「そうじゃな。孫にとってもその方が良さそうじゃし、エンリちゃんだけなら問題ないねぇ」

 

フドウの言葉はリイジーにとって医者の言葉に等しい。

そして、今は2人暮らしである為、エンリだけなら寝床はどうにかなると彼女は判断した。だが、内心モモン達はどうするのかと疑問に思う。

 

「あと、出来たら宿を何とかしたいんですけど、手持ちが少ないのでお恥ずかしい話ですが、この宝石を担保に貸して頂けませんか?」

 

「おぉ。その宝石かい・・・コレは、そのまま宿屋へ支払いとして渡した上で、差額分を貰う方がいいじゃろう。黄金の輝き亭ならば扱ってくれるだろうね。念の為に一筆用意しとくよ」

 

だが、彼女が問う前にフドウは懐から宝石を取り出した。

リイジーは鑑定魔法を使うまでも無く、フドウの持つ宝石は、拳大の大きさである事から、ある程度旧知の仲の者が支配人を務める黄金の輝き亭を薦める。

実力が有るとは言え、魔法詠唱者である彼女が高価な品を所持していると知れば、問題を起こす相手は数知れぬのが世の常だと理解しているのだから。

 

「黄金の輝き亭ですか?確か、高級宿だったと記憶していますが・・・」

 

「お嬢さんや。そのように高価な物の価値が分からんといかんぞ」

 

「以後気を付けます」

 

フドウはリイジーが薦めてきた宿に、それ程この宝石に価値が有るのかと疑問を覚える。彼女的には唯のドロップ品であり、ゲーム時代では二束三文でしか売れないアイテムなのだから。

そんな彼女の様子に、リイジーは何所か叱る雰囲気を醸し出していた。フドウの返答が在り来たりなのはある意味仕方がないだろう。

 

結果として、モモン達は問題無く、黄金の輝き亭に宿泊する事となった。

ただ、部屋へ入って直ぐに、モモンはアインズへ。フドウはジュンとなり、即座に転移門でナザリックへ帰還した為、ナーベがメイド姿で部屋の前で待機している事等知る由も無かった。

なおルプーは森の賢王と共に、早々に馬小屋で寝た。




えー。ちょっと衝撃的過ぎる事実に唖然とするばかりでございます。
御盆休み返上となりましたです。はい。

あと、携帯電話がそろそろ満2年なので、機種変更しようと考えてます。304SH→Xx3か最新のXPかで迷ってますけど・・・そもそもSBは機種変更者には優しくないので、余計に困るという・・・とりあえず、ショップに話を聞きに行きますけどね。ショップごとのキャンペーンに賭けるしか無いかぁ・・・また休日一日寝れないのかー

次回の更新は8月7日を考えてます。


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第十九話

アインズとジュンはナザリックへ帰還した。

まるでハチの巣を突いたかのように慌ただしく、いつもの壮厳なる空気では無い。ジュンは、このナザリックが取り乱しているとしか思えぬ状態に、発生した事象は並みではないと直感した。

アインズは王座へ直行しようと歩を進め、ジュンは如何するべきかと立ち止まって考えていれば、アインズの一声でついて行く事となった。

2人が王座の間に入った際、レッドカーペットの両脇には金の山が、5億枚の金貨が積まれていた。

ジュンはこの金貨の山にNPCが撃破されたのだと考えた。

モモンガの旗の真下に違和感を覚えつつも、メッセージでアンジェに連絡を取れば、彼女はカルネ村の周辺の警戒を密にすべく出ており、ライトに繋げれば図書室へ籠り、調べものを手伝っているという。彼女は薄氷の上にいる恐怖を感じた。

一方のアインズは王座にてギルド長権限でマスターソースを開き、ログを確認する。彼はこのシステムがゲーム時代と同じく使える事に感謝した。だが問題が有った。ゲーム時代では、隠蔽系アイテムや魔法を使用していなければ、<誰>と戦闘し、<何時>HPが0となり、<敗北若しくは勝利>したと表記される筈のログは、<時間>と<名前の表示>が、どのような変化をしたのしか分からない。

 

(そうか・・・この落とし前は必ず着けるっ!絶対にだっ!)

 

だが、十分すぎる内容である。

事前に、概要をパンドラズ・アクターに聞かされたとはいえ、シャルティアが遭った災厄に、アインズは内より湧き出た憤怒と憎悪に任せて右の握り拳を力任せに肘掛けへ振り下ろした。

鈍い衝撃音に驚いたジュンが恐る恐るアインズを見れば、漆黒のオーラを淡く揺らめかせ、怨敵を見ているかのように鬼火に似た双眸を輝かせるアインズと目が合う。

 

「・・・あぁ。すいません。つい衝動的になってしまいました」

 

「い、いぇ。大丈夫、ですよね?」

 

「えぇ。何も・・・問題有りませんよ」

 

ジュンの瞳の奥に怯えや不安を感じたアインズは、精神安定の作用で急に冷静さを取り戻し、何でも無いように振る舞う。

ジュンとしては、精神の乱高下とも言うべき感情の変化を起こすアインズの心を心配しての言葉だったのだが、アインズはナザリックの現状や今後と捉えていた。

 

暫くしてアルベドが守護者達とセバスを連れ、王座の間へと入室してきた。

守護者各員の表情が何処か暗く、事態が非常に重いのだとジュンに伝わってくる。

 

「アインズ様。守護者一同。シャルティア・ブラット・フォールン。ヴィクティム。ガルガンチュアを除き、御身の前に揃いましてで御座います」

 

「うむ。負傷したエイトエッジアサシンは何所か。そして、シャルティアに持たせていたワールドアイテムは誰が管理している」

 

跪く守護者一同を前に、アインズは威風堂々と目的を述べる。

その物言いは彼自身、自覚は無いが重々しいモノであり、何処か苛立ちが込められている為アルベドを始め、守護者の背筋に冷たい汗が流れた。

 

「エイトエッジアサシンにつきましては門の前に。僭越ながら、ワールドアイテムにつきましては、私が管理しております」

 

「エイトエッジアサシンを入れよ。ワールドアイテムを私へ」

 

「畏まりました」

 

アインズの様子から、御言葉に確りと応えなければ特大の雷が落ちるのを感じたアルベドは、真剣な顔をして受け答えをする事を選択した。アインズは、初めからどうするのか決めているのか返答のスパンが短い。

アルベドが門の付近に待機しているセバスへ視線を向ければ、セバスは一礼して門を開き、プレアデスのソリュシャンのエントマに支えられた一体の負傷したエイトエッジアサシンに入室を促す。

その様子を視界に捉えたアルベドは王座に近づき、腰に下げていた白い布に包まれたソレをアインズへ手渡せば、即座に元の位置へ戻り跪く。

 

「・・・この布は何か?」

 

「聞き取り調査の結果、どうやらバッグだったようです」

 

アインズはエイトエッジアサシン達が近寄り、アルベドが元の位置へ戻ったのを視認すれば、白い布を膝の上で広げた。

濃い紫の布の切れ端に包まれたワールドアイテムを確認すれば内心安堵する。だが、ソレを表に出さずにアルベドへ問う。

彼女は、ナザリックの秘宝であるワールドアイテムが返って来るのがアインズの最低ラインだったのだと知り、無事に持ち帰ったシモベ達を称賛したくなる程安心した。

 

「畏れナガラ、アインズ様。発言の許可ヲ頂けマスカ」

 

「許す」

 

『死の王。呪いにより治癒魔法が阻害されている様子』

 

そんな中、エイトエッジアサシンが発言の許可を求めた。

彼の忍び装束は新しいモノへと換えたのか皺一つ無いが、ソレを身に纏う彼の状態は悲惨なモノだった。牙や爪は欠け、8本有る脚の数本程失っている。吸い込むような艶が有った甲殻は罅割れており、衣服の隙間からは包帯を覗かせている。重症以外の何物でも無い。

ダメージが酷い為、発せられる言葉は聞き取り辛いモノだった。アインズは何故治療されきっていないのか疑問に思うが、ソレを発する前に、懐へ入れている死の宝珠が発言した。

 

「有り難き幸セ。シャルティア様は御身よりワールドアイテムを貸与されタ事ヲ嬉しく思い、鞄へ入れ、肩よリ下げておりマした・・・」

 

「・・・そうか」

 

(シャルティアちゃんがヤられたのか・・・)

 

アインズの許可に、エイトエッジアサシンはシャルティアの喜んでいる姿を思い出しているのか、その言葉に悔しさを滲ませている。

アインズは短くそう答えるしか出来なかった。思わず作った握りこぶしが震えている事から、アインズの怒りが如何程のモノなのかと思い、皆が皆、アインズの言葉を待つ事しか出来ない。

そんな中、ようやく大量のNPCが殺害されたのではなく、シャルティアが殺害されたのをジュンは理解した。彼女もペロロンチーノと仲が良かった事も有り、苛立ちが間欠泉のように吹き出るのを感じる。

 

「ジュン。彼の治療を頼む」

 

「うん。ただ、この呪い。さっき解いたモノと類似性が有るんだけど」

 

「良い。手早く頼む」

 

(くっ・・・モモンガ様と同じステージに立っているとでもっ!)

 

アインズに治療を依頼される前に、真実の目で解析を済ましていたジュンが確認するも、アインズも理解している。よって、犯人が何所の国の所属なのか既に予測済みだ。

今回の招集において情報の共有が万全では無いというのに、2人はエイトエッジアサシンの回復魔法が上手く作用されない原因を特定しており、その息の良さにアルベドは、己の胸の内にドロドロとしたモノが蠢くのを感じざるをえない。己と比べてしまうのは、人も悪魔も変わらないのだから。

ジュンが左掌をエイトエッジアサシンへ向け、呪いを解くのには魔法最大化と魔法三重化した大治療(ヒール)で十分と判断し、エ・ランテルとは違いシングルアクションで魔法を発動させる。

 

「おぉ。アインズ様。ジュン様。任務を果たせずおめおめ生き残った私に温情を下さり、感謝のしようも御座いません」

 

「何を言う。お前はワールドアイテムを無事にナザリックの者へ渡した功が有る。そして、死なずに帰還したのだ。そう己を責めるモノでは無い」

 

エイトエッジアサシンの治療は一瞬だった。

彼の包帯をソリュシャンとエントマが丁寧に解き、彼は己の脚が8本に戻り、その先に付いている刃の輝きを確認すれば、即座に跪き、頭を下げた。アインズは彼の謝罪に際し、労わる。まるで丁寧に痛めつけられたように重傷だったのだ。回復魔法で傷は癒えたとは言え、精神的ダメージやHPではない、スタミナというべき体力の回復は万全では無いとの判断による言葉だった。

 

「アインズ様っ!しかしっ!」

 

「良いのだ」

 

アインズの暖かい言葉は、更に自責を強化させ、苦しむエイトエッジアサシンは言外に罰を与えてほしいと述べる。だが、アインズに罰を与える気は毛頭無い。

これ以上は不敬に当たると判断し、切腹は別の意味で咎められると判断したエイトエッジアサシンは土下座し、一度額を着けてから跪きなおした。

彼の心中には己へ向けた悔しさ・怒り・憎悪が渦巻いている。だが、君主が許すと仰っているのだ。これ以上罰を欲するのは主人の決定に意見するのではなく、異を唱えるという事。それは不敬と捉え、一礼するのが正しいのだと判断したのだ。

任務を満足に果たせなかったというのに、慈悲深き君により許され、また自殺等もっての他であり、罰を与えられない。仮に己が同じ立場となったらと考えたジュンとアインズを除く皆は、体幹を氷柱で貫かれたような恐怖を感じ、また、許されずに失望されたならば如何程の絶望を覚えるのだろうと思い、気を引き締めた。

 

「さて、事の次第を聞く前にシャルティアを復活させる」

 

アインズは彼等の心中等知る由も無く、マスターソースを開き、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを掲げた。

金貨が溶け、粘体の生き物の如く蠢きながらアインズの目の前、王座の近くに集まり形を成していく。

程なくして、シャルティアの形となり、色も金色より処女雪のように白い肌となる。

 

「シャルティア」

 

「・・・アインズ様?私は何故このような恰好で王座の間に?」

 

「よい。それより服装を整えよ」

 

マスターソースに表示されたシャルティアの名前は正常な白文字であり、問題無く蘇生されたのだと判断したアインズは内心安堵のため息をしたが、問題が有った。シャルティアはZENNRAなのだ。上位物理作成の魔法で黒い布を作成し、魔法で胸部より下を隠してやり名前を呼んでやる。

するとシャルティアは目を開け、少し寝ぼけ気味な様子で己の恰好等を把握する。意識が未だに混濁しているのか、本当にゆっくりと衣服を、アイテムボックスに似た機能の有るアイテムから取り出せば、ソリュシャンやエントマ、アウラが手早くシャルティアに着せてやる。

 

(ペロロンチーノさん・・・)

 

男性陣は基本的に目を逸らしており見ていないが、アインズにはペロロンチーノの幻影がシャルティアの着替えをガン見しているのが見えている。

だが、アインズには彼の視線に普段の色は無く、握られた拳が堅いモノだと見て取れた。姉であるぶくぶく茶釜の幻影が、何処か狼狽えているように触手をオロオロと動かしている事から、シャルティアが『死んだ』原因に怒りを覚えているのだとアインズには思え、彼の怒りに触発されてか、アインズの胸中は穏やかなモノでは無い。

 

「たいへん、お待たせしたでありんす。このような恰好で御前にいわす事をお許しくりゃんせん」

 

「良い。シャルティアよ、お前の最後の記憶は何だ」

 

「はぁ。確か、ワールドアイテムを借り受け、ナザリックを出立・・・!?」

 

暫くすれば着替えが無事に終わったのか、何時もの装束に身を包んだシャルティアが跪いた。ただし、胸の追加装甲は用意していなかったのか、何時もと違い、随分と御淑やかではある。

それが、ペロロンチーノの意思に反する恰好だと考え、そのような恰好で御前に立つ事が恥に感じているのか、何時もより恥じらいが見て取れるのだが、アインズはソレを指摘する余裕等無かった。

アインズの物言いに違和感を覚えつつも、シャルティアは己の記憶を辿れば、貸与されたワールドアイテムを入れていた鞄が無い事にようやく気が付き、焦りと恐怖から白い肌が一層白くなる。

 

「心配せずとも我が手に在る。残念ながら、鞄はこの通り破壊されているがな。本題としてだが、ナザリックを出てからの記憶は無いのか」

 

「は、はぃ・・・」

 

アインズが己の膝に置いてある、ボロ布が掛けられたワールドアイテムを見せてやり、更に追及する。

シャルティアの心は明確な怯えと恐怖に、今にも罅割れそうだ。普段と違い、実に弱弱しい返事を何とか返すのが、今の彼女の限界である。

 

(蘇生されたNPCの記憶は、ナザリックを出た時から途切れている。か・・・)

 

(シャルティアちゃんだけじゃ確証は得られないけど、ギルドの本拠地がセーブポイント的な働きをしている可能性は高い。かな?)

 

アインズとジュンは、現状。NPCの記憶について考察する。その沈黙はアンデッドが故に、止まっている筈のシャルティアの心臓の鼓動が聞こえそうな程の静寂が王座の間を支配するに足りる程重い。

 

「何が有ったのかを聞く前に、もう一人紹介しておく者がいる」

 

だが、アインズとジュンはそんな事に気付かない。彼は、無造作にそう言って沈黙を切り裂いた。

 

「パンドラズ・アクター」

 

「はい。御身の側に」

 

アインズに名を呼ばれ、パンドラズ・アクターがその姿を現す。

彼は先程迄、モモンガの旗の直下で弐式炎雷に変身し、隠遁していたのだ。始めから王座の間にいると知っているアインズと、違和感を覚えていたジュン以外の者達は、己等に気付かれずにソコにいた存在に、思わず背筋が凍る。

これが、ナザリックの者であり助かったと思うべき内容なのだ。

万が一敵だったのならば、己等は目の前で最後に至高の御方である、アインズの死を何も出来ずに観るハメになったのだから。

 

「紹介しよう。私が創造した宝物殿の領域守護者だ」

 

Auf Wiedersehen sind es alle von Ihnen(御機嫌よう皆様)私はパンドラズ・アクター。どうぞお見知りおきを」

 

「さて、エイトエッジアサシン。お前が知る限りの内容を報告せよ」

 

アインズの言葉に、エイトエッジアサシンは語り始めた。

 

そもそも武技を使う者の鹵獲がシャルティアの任務であった。実力者が不自然に消えては問題が有る為、消えても問題無い盗賊等の犯罪者がターゲットである。

 

先行し、エ・ランテルで情報を収集していたセバスとソリュシャンと共に、シャルティアも夕刻。王都へ出発した。馬車の中は実に和気藹々としており、シャルティアは己の任務の重要性よりも、ワールドアイテムを貸与された事に、アインズの愛を感じていると幸せそうだった。

セバスやソリュシャン。そして陰ながら観ているエイトエッジアサシンは、嫉妬を覚えているが、それよりも幸せそうなシャルティアが見た目の年相応の空気を纏っている事から、微笑ましさが勝っていた。

 

だが、この光景は打ち切られる事となる。道中、予定通りに道案内兼任で従者として雇ったザックという男の手引きによる盗賊の襲撃が有り、根城の情報を得て襲撃したのだ。

死を撒く剣団の本拠地である洞窟は吸血鬼の花嫁により阿鼻叫喚の渦へと落とされるも、その進撃はある男により阻まれる。ガゼフにも勝るとも劣らないと言われるブレイン・アングラウスは、剣の修行を目的に、この傭兵団なのか盗賊団なのか怪しい一団の一員になっていた。

彼は武技を使う刀使いであり、少し遊びたくなったシャルティアが相手をする。

だが、期待外れも良い所であった。彼女は、ブレインが武技を使っているのかも分からず、爪も切られぬ弱さに落胆した。その上逃げ出すブレインに、次の遊戯は鬼ごっこと捉え、中途半端に熱を持ってしまった為に、血の狂乱の抑えが効かなくなったシャルティアは、本来の真祖の吸血鬼に相応しい、ヤツメウナギと称される程醜い本来の姿となり、瞬く間に盗賊団と化していた傭兵達の血を吸いつくしていく。

そして、結果的にブレインには逃げられ、接敵した冒険者達を殺害するに至った。

 

「ぅぁ・・・」

 

「ウーンッ!デザートォオイシイィィィ!」

 

「シャルティア様。問題が発生しました」

 

だが、血の狂乱により正気を失っている彼女が気にする筈も無い。

仲間が瞬く間に殺害され、銀武器が効かぬと怯えつつも剣を構えた赤毛の女冒険者。ブリタの健康そうな小麦色の首筋にシャルティアの無数の牙が突き刺さる。

あえてシャルティアが死なぬよう加減してゆっくりと血を吸いだしているが故に、彼女の意識は有り、ゆっくりと確実に血を失い、体の感覚が消えていく感触を、次第に目が見えなくなっていく事で、『死の足音』が近づいてくる事実を実感しており、心は恐怖と絶望に染まる。

力なく頬を流れる一筋の涙は勝気な彼女とは思えない程弱々しく、恐怖がブレンドされた彼女の健康な血液は、シャルティアの舌を満足させる程まろやかであり刺激的だった。

嗜虐心と空腹が満たされる感覚に、シャルティアのテンションはMAXに近い。

だが、水を差す者が現れた。エイトエッジアサシンである。

 

「ナァニィィィ?」

 

「この冒険者らしき人間には仲間がおりエ・ランテル方面へ。そして、先の武技使いは王都方面へ逃走した様子。更に、私に気付くレベルの者を有する集団が森を進行している為方針の決定をお願いしたく」

 

彼の本来の任務は、情報をなんとしてでもナザリックへ持ち帰る事だ。

彼は、先ずブレインを始末、若しくは気絶させてから逃げた冒険者を始末しようと考え、ブレインを追おうとしたのだが、ある一団に己の存在に気付かれてしまったのだ。

高レベルであり、気付かれる事は少ないだろうと、彼の中で慢心が有ったのかもしれないが、例え慢心してようが、気が抜けていようが、早々気付かれる程彼の隠密能力は低くは無い。

だが、気付かれてしまった。謎の強者を含む一団がおり、別方向に逃げる人間が一人ずつ。彼の判断権を大きく上回る事態にシャルティアへの報告・相談を行うべきと判断したのだ。

 

「・・・何ですって?」

 

「あぐぅっ」

 

血の狂乱による狂態が一瞬にして静まり、シャルティアの姿を元の美少女に戻す程の衝撃である。死にかけのブリタを取り落とし、ブリタは突然の衝撃と痛みに呻くも、シャルティアに気付く程の余裕は無い。

アインズの命令には、ナザリックの存在を気付かれぬようにと隠密性も求められていたのだから。

正気を取り戻した彼女は、己の名を知ったブレインの逃走を許したばかりか、吸血鬼がエ・ランテル近郊にいるという情報を持つ、冒険者を取り逃がしたのだと気付き、アインズの叱咤を受ける恐怖に冷静さを失ってしまう。

 

「ッ!眷属よ!殺せ!あぁぁぁ・・・失態。失態だわ!アインズ様に叱られるっ。ワールドアイテム迄貸して頂いたというのに、私はっ。ワタシわぁ・・・っ!」

 

「シャルティア様!お待ちを!」

 

焦りに満ちた彼女は近くに在った巨木の頂上まで一瞬で駆け上り、眷属である吸血鬼の狼を召喚し、森へ散らせた。

大樹の頂上で嘆くシャルティアに、撤退すべきだと進言しようとしたエイトエッジアサシンだったが、眷属が消された感覚を覚えたシャルティアは、その前に眷属が消された地点目指して飛び降りた。彼の制止の声等聞こえる筈も無い。

 

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロスッ!)

 

守護者最強を自負しているのに、この失態の連続。せめて、エイトエッジアサシンが己の失態をフォローしようとして発見した謎の強者を始末せねば払拭どころか更なる失態の上塗りになる。アインズの信頼や期待に応える所か、失望されても可笑しくないのだ。

恐怖は怒りに、怒りは殺意に。

シャルティアの意識は完全に血の狂乱に呑まれ、身体は暴走を始めた。

真祖の吸血鬼としての本来の姿になり、四肢を地面へ着けて駆ける姿は唯の悍ましい化物であり、殺意に光る深紅の双眸は祟り神のようだ。

 

「ミ゛ヅゲダァァァァ!」

 

「ッ!密集形態!カイレ様!セドラン!」

 

十名ばかりの一団と接敵したシャルティアは、速度を緩める事無く襲い掛かる。

隊長はタンクをしている部下に、カイレが傾城傾国を使う時間を稼ぐ為に盾になるように命じた。

 

「ぐっ(重い!)」

 

「ギィィッ!」

 

漆黒聖典第一次席。隊長のランスとシャルティアの爪の一合目。

彼はランスの特徴である円錐の形状を利用し、シャルティアの爪の一撃を受け流すも、その衝撃は手が痺れる程強力。だが、一拍有れば十分である。カイレの着る傾城傾国の龍の模様が光輝き、光の黄金龍がシャルティアの呑み込まんとし、そのアギトを向けた。

絶対洗脳の効果を持つが、同じワールドアイテム所持者には無意味である。

だが、己を洗脳しようとしたのは、シャルティアも認識した。地面を殴り、その反動で跳び上がり、標的をカイレに変更した。

 

「ま、まだイケる!」

 

「なんと、ケイ・セケ・コゥクが効かぬだと!」

 

だが、その前に巨躯とタワーシールドを持つセドランが立ちはだかる。シャルティアの一撃は盾も、鎧も貫き、セドランの腹を貫通した。

痩せ我慢も良い所だが、セドランはシャルティアを抱きしめる形で、カイレが逃げる時間を稼ごうとする。だが、カイレは傾城傾国の効果が発揮されない事を驚き、後退するまでに一拍の時間を要する。

 

「ザワルナッ!」

 

抱きしめられたと認識したシャルティアは、左腕も腹へ突き刺し、そのまま左右に引き千切る。セドランは苦悶の声をあげる間も無く、上半身と下半身に分かれた。

シャルティアのターゲットは変わらずにカイレである。

クアイエッセが咄嗟に、壁役になるギガントバジリスクを召喚し、シャルティアへ差し向けた。

 

「ジャマァッ!」

 

「ギガントバジリスクまで!」

 

だが、無駄である。シャルティアにとってギガントバジリスクは図体だけの木偶の坊だ。セドランと同じくシャルティアの剛力にその身を引き裂かれ、赤い華を咲かせた。

クアイエッセは自慢のモンスターが塵芥の如く、吹けば散る現実に何とも言えぬ表情をして見せた。

 

このままでは漆黒聖典は程なくして全滅する。だが、その後はどうだろうか。

将来的には竜へもその牙を剥くであろうスレイン法国だが、現状、彼等の存在で人間種や竜王国は何とか存続していると言っても良い。

そして、この恐るべき吸血鬼はどのような行動を取るのか分からぬのだ。ならば、まだ行動が予測できるスレイン法国の方がマシだと彼は判断した。そして、今スレイン法国の力が大幅に削られるのは良くない事象である。

 

白銀の鎧が左籠手を大幅に損傷しながらもシャルティアの爪を受け流し、カイレを護りきる。

 

「貴様はっ!」

 

「今は先に行動すべきだ」

 

「ギエロォ!」

 

「っ!どうやらそのようだな」

 

隊長が謎の鎧を着たモノへ何者だと追及する前にシャルティアの追撃が迫る。

敵か味方か。そのような事よりも合力せねば生き残れないとの判断だ。

 

「ギぃ!?」

 

(鞄を庇った?ならば!)

 

鎧と隊長の攻撃。8名程の人間による第2~5位階の魔法の乱打。魔法はレベル差から全く効かないが意識が逸れる為、地味にダメージを負う2人の刃が届く事が何度か有り、咄嗟にシャルティアはワールドアイテムが入っている鞄を庇った。

そして、何か重要なモノであり、この戦局を変える何かが有ると隊長は考え、そのランスを鞄の金具の穴へ向け付き出した。

 

「ジマッ」

 

「カイレ様!」

 

乾坤一擲の、生涯でも何度出せるか分からぬ神突というべき一撃は見事に金具を破壊し、鞄がずり落ちる。シャルティアの鞄は<上位>に属するアイテムだったのだ。流石のペロロンチーノであっても、数多くの衣装やアクセサリーを遺産(レガシー)以上で揃える事はできなかったのだ。その為、シャルティアは万が一が無いよう、不浄衝撃盾を使わなかった。使えなかったのだ。

そして、地味に隊長のランスはスレイン法国の至宝であり六大神の遺した武器。アイテムのランクは遺産(レガシー)であり、付与された効果の一つ。装備破壊が見事に仕事をした結果である。

 

「んぐぃいいいいいッ!?」

 

洗脳の黄金龍の咢にかかり、シャルティアは己の頭が罅割れるような激痛を覚える。

精神攻撃への耐性を持つ己の精神を弄ろうとしている。この事実は彼女に血涙を流させ、最後の力を振り絞り、右手にスポイトランスを、左手に清浄投擲槍を召喚し、大きく仰け反った姿勢から二本ともカイレへ向けて投げた。

正に最後の渾身の一撃。二槍は空気を切り裂き、空間すら裂くのではと思われる速度で突き進む。

そして誰も反応できぬまま、スポイトランスは白銀の鎧を貫通し、清浄投擲槍はカイレの腹を打ち貫いたのだ。

 

「カイレ様!セドラン!」

 

「なんという事だ。まさか、討たれるとは・・・」

 

完全に支配する前にカイレが討たれた事で、シャルティアは力無く俯き、先程迄の狂態が嘘かのように静かになった。

森の静寂の中、慌ただしく状態確認をしようとする漆黒聖典の足音や声のみが、異様にハッキリと聞こえる。

 

「っ!?この姿は・・・」

 

(どうやらえぬぴーしぃー(?)のようだね・・・そろそろだとは思っていたが、早いな・・・)

 

隊長はカイレとセドランの処置を部下達へ任せ、シャルティアの姿に驚く。先程の醜い姿では無く、可憐な少女の姿をしていたのだ。もし、敵として遭わなければ、何所ぞの貴族の娘だと言わんばかりの恰好に、驚きを隠せないでいたのだ。

一方、鎧を通じて参戦していた通称、ツアーと呼ばれるドラゴンはその強さや、現在の美貌からシャルティアが100年周期で現れる存在の付属品であると判断した。ドラゴンは寿命の関係から、非常に時間感覚が疎い為、既に100年を過ぎているのかと、再び面倒な事態になると考え、本体がため息をつく程だ。

 

「!まだ居たのか!」

 

「ぐっ!(ぬかった!だが!)」

 

「煙幕だと!?」

 

戦闘直後はどのような戦士でも極度の緊張が解け、油断する事が多い。激戦であればある程この傾向が強い。これは、人が長い時間集中できず、ストレスに弱いからだと言う者がいる。

考え方の一つとして、敵を倒した事から、恐怖を与える者を倒し、安心した為に極度の緊張が解かれたというモノが有る。

この瞬間が最も危険だと隊長は理解していた。

エイトエッジアサシンは油断無くシャルティアの鞄だった物の近くへ、音も無く近づいていたのだ。だが、不運な事に鞄はシャルティアの近く。隊長は勘と、微弱な風の流れの変化によりエイトエッジアサシンの接近に気付き、咄嗟にランスを振り抜く。

その一撃は、咄嗟に脚数本ごと体を守ったエイトエッジアサシンの脇腹を掠めた。だが、このランスの装備破壊が作用し、彼の脚や甲殻、爪は罅割れ、砕けた。

彼の体は生体装甲である。不運にも防具扱いになる肌であるのが災いとなり、予想以上のダメージを負ってしまった。

しかし、彼はダメージと引き換えに鞄の奪取に成功し、懐から取り出した煙玉を地面へ投げつけ、一帯を白煙が覆う。

 

「っ!?カイレ様がっ!」

 

「なんという事だ!このままではっ!」

 

そして、一陣の風が吹いた。

一瞬だけ晴れた白煙に、本国で蘇生する為に遺体の保存作業をしていた隊員は、カイレの死体が一瞬にして消え去った事に驚愕する。

これが意味するのは、至宝<傾城傾国(ケイ・セケ・コゥク)>が奪われたという事だ。

 

「敵・・・敵、テキ、敵ハコロス!殺す殺す殺す!」

 

この異常事態に、エドガールはシャルティアが暴れ出さないように捕縛を試みたのだが、それが災いした。

捕縛を攻撃と判断し、先の殺意が何所かに残っていたのだろう。再びその爪が猛威を振るう。

美しい少女の姿のまま爪を伸ばし、エドガールを切り裂いた。 

 

「っ!撤退っ!」

 

「隊長!?」

 

「きゃはははははっ!」

 

シャルティアの再起動により隊長は撤退を選択したが、遅かったのかもしれない。

彼女は一歩でツアーの操る鎧へ接近し、スポイトランスを引く抜きば、鎧をランスで薙ぎ払い、ピンボールのように弾き飛ばすと、隊長へ接近。ランスとランスがぶつかり合い、強大な金属音が響き渡り、隊長のランスは彼の腕を肩口から千切り、弾き飛ばされる結果となった。

 

「どうやら正気を完全に失ったようだね。ここは、ぷれいやーがいると理解しただけでも良しとしよう。漆黒聖典の全滅は予想外だが、まぁ良いか」

 

ツアーは鎧越しに、シャルティア主催のブラッティーカーニバルを観ながら、今後を如何するべきか思案する。

護りたくも無かった漆黒聖典が阿鼻叫喚の渦の下全滅するのを眺めながら、プレイヤーとの接触に際し、どう対応すべきなのか悩む。

心臓を引き抜きながら嘲笑うシャルティアの姿が、あまりにも邪悪に見え、八欲王側のプレイヤーの可能性が高いと感じる為だ。

もっとも、接敵時で既に暴走しており、現在は正気を失っている為、種族としての残虐性が発揮している可能性も有る。プレイヤー自身も見た目が如何に邪悪であろうとも善良な者もいる為、判断は非常に難しい。

 

「あ、貴方は・・・」

 

「今は休みなさい」

 

そんな阿鼻叫喚の中、エイトエッジアサシンはランスに込められた呪いと毒により、霞む意識の中己を抱えて移動する忍び装束を着た異形の者の影を見た。

感じられる気配はナザリックの者ではあるが、彼の記憶には己と大差ない身長で忍び装束を纏う者は知らない。そんな彼に、異形の者は優しく労わるように述べた。

 

以上がエイトエッジアサシンの記憶であり、最後にアルベドがこの異形の者らしき存在がエイトエッジアサシンを吸血鬼の花嫁の前へ置き、颯爽と姿を消したと付け加えた。

 

王座の間は嫌な沈黙が支配していた。

万全な態勢で送り出した守護者最強、シャルティアの失態は非常に暗い影を落とすのに相応しい。

 

「アンタ、アンデッドなのに操られたっての?」

 

「あ、あぁぁぁ」

 

「お姉ちゃん。シャルティアさん・・・」

 

そんな中、アウラが馬鹿にするような口調でシャルティアへ話しかけた。

だが、シャルティアの精神状況は最悪である。両膝を着き、顔を両手で隠しながら俯き、狼狽するばかりで意味の成す言葉を発していなかったのだ。

マーレは姉の言葉に心配と労わりが有り少しでも反発させることで元気づけようとしたが、失敗したのだと分かり、己は彼女を労わるべきなのかと思った。

 

アインズの目には毛を逆立てながら、黄金の面から覗かせる目を憤怒から赤く光らせるペロロンチーノの姿が見えていた。

彼は思うのだ。血の狂乱は設定付けも有るが、ビルドの関係で着いたスキルである。発動を無効化するアイテムが有れば、また、ワールドアイテムを入れていた鞄が遺産(レガシー)以上であれば、この様な結果に至らなかった可能性が高いのだから。

そんな彼を珍しくぶくぶく茶釜が触手を伸ばし、背中を軽く撫でてやっているのが非常に印象的である。

 

「・・・成程。やはり、羊の群れの中に狼が隠れていたか」

 

「アインズ様!これは由々しき事態。即座に対応するべき案件だと愚考致します」

 

アインズは、パンドラズ・アクターより事前に、簡潔に聞かされていた内容だが、以前、会議にて懸念していた内容が大当たりだったと思う。そして、デミウルゴスはアインズの先見の明に戦慄を覚えながらも、この対応は火急であると進言した。

 

「その通りだが、まだ続きは有る」

 

「続キデスト?」

 

アインズとしても、守護者達への説明は必要だと考えている。その為の招集なのだが、情報の開示はまだ全て終わっていない。

危機的状況が有ったという説明はコレで終わりだと思っていたコキュートスは、まだ続きが有るとは考えていなかった様子だ。

 

「僭越ながら、報告を申し上げます前に謝罪させて頂きたい」

 

そんな中、パンドラズ・アクターはアルベドの横へ移動し、跪きなおした。

謝罪をする内容とはと、守護者達はパンドラズ・アクターへ注視する。

 

「アインズ様より賜った密命を遂行していた道中、私はこの現場の上空におり、非常事態だと判断し参戦いたしました。アインズ様へ御指示を伺う事も無く、御命令に背き姿を現し、エイトエッジアサシン殿を逃がしたのは私で御座います」

 

「よい。密命に関しては確証を得られぬ情報は無用な混乱を抱かせる。私としても無用な混乱を起こさぬ為にそう命じたに過ぎん。通常であれば命令違反となり問題になるが、おまえはナザリックの秘宝を守るべく、己で考え、私の為に行動したのだ。称賛する類のモノであり、罰するモノではない」

 

ナザリックの主、造物主直々の密命等、ナザリックに属する者にとっては命を賭けて達成せねばならない内容であり、至上の名誉である。

パンドラズ・アクターは己の咎を確りと認識しており、アインズはパンドラズ・アクターのみを信頼しているのではなく、都合が良かっただけなのだと暗に告げ、パンドラズ・アクターを逆に褒めてやった。

 

(っ、アインズ様謹製の宝物殿の領域守護者であり懐刀だったのね。私にも知らされぬ密命だなんてっ!)

 

(やはり、アインズ様は我々を御試しになられているか・・・そうは見せぬ立ち振る舞い。私もまだまだですね)

 

(密命か・・・私も、そろそろ彼女を動かす事にしようかな。それに構想も纏まったし、実験の為にNPCを創らないと。彼女はアインズさんに知られる訳にはいか無いから、デコイに丁度良いだろうし)

 

だが、守護者にはそうは聞こえず、パンドラズ・アクターはアインズの切り札でもあるとしか伝わらなかった。

アルベドはその重用される事に嫉妬し、デミウルゴスはアインズの慎重性や演技力に感服する。

ジュンは、未だ起動していないNPCを使う事にした。そして、もう一体創る事を決定する。起動に際し不安も有るが、己の目や耳となるNPCは必要なのだから。アインズが何をもってパンドラズ・アクターを動かしたのかは知らないが、己に知らさずに動かしたのが非常に気にかかるのだ。

 

「しかしながら行動が短絡的でありました。シャルティア殿をワールドアイテムの洗脳状態から救い出すため―――殺したのは私で御座います」

 

アインズの許しの言葉はパンドラズ・アクターにとって予定調和である。

しかし、守護者達への説明は不十分であると感じていたパンドラズ・アクターはそう言って、一度頭を下げなおした。

 

彼の言葉に、守護者達に激震が奔った。





パンドラ「ア~インズ様の真の側近は、創造物であるこのぉ私ぃだぁ!」
アル&デミ「ぐぅぎぎぎぎっ!」


ペロ「ちくしょう!ちくしょう!俺のシャルティアを傷モノにしやがったなこの卵ヘッド!」
茶釜「・・・アンタ。無理にボケなくて良いから」

ってなお話しでした。
次は・・・うまくいけば21日に投稿できると思います。


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第二十話

前回と同じく、少々尻切れですいません。
次回のリザルトってか、インターミッションで三巻分も終わりです。


パンドラズ・アクターの言ったシャルティアの撃破もそうだが、ワールドアイテムという単語が出た事に、未だにフリーズしてしまう守護者達。

そんな皆の様子に、アインズは何をどう言うべきか迷い、その沈黙が重々しいプレッシャーとなって、彼等を襲う。

 

「私の懸念は当たっていた。か・・・宝物殿の領域守護者として、ワールドアイテムに長く触れていたお前だからこそ、ワールドアイテムが原因だと考えたか」

 

「シャルティア殿が精神操作される等、ワールドアイテムでなければ、未知の魔法等でしか有り得ません。そして、この効果を持って介入すべきと判断しました。コレは、ナザリックにおいて災いにしかならぬ物。我等が忠義を破壊し、我等をアインズ様に差し向ける刃と化す物で御座いますれば・・・」

 

先の会議でも出た、ワールドアイテムの存在する可能性。それは見事に的を射ていたのだ。

そして、ワールドアイテムの基本的概要をパンドラズ・アクターは知っていた。また、転移後にはゲームであった頃にはデータとして存在しない、その独特な気配も識っていたのだ。

 

パンドラズ・アクターの内心に満ちた『怒り』に、如何に冷静を装うとも、語尾に近づくほど込められており語気は荒い。

パンドラズ・アクターの言うように、洗脳系のワールドアイテムはナザリックにとって鬼門であり、存在自体が逆鱗に値する爆弾なのだ。

 

「・・・お前の行動は正しい。ワールドアイテムの効果で洗脳されれば、二十の使用か、一度完全に死亡させねば解けなかっただろう」

 

「勿体なき御言葉・・・」

 

アインズはパンドラズ・アクターの行動を認めた。シャルティアの解放に、死亡は必須なのだと宣言したのだ。

守護者一同は、アインズの深淵なる豊富な知識もさることながら、一部をパンドラズ・アクターが有する事に嫉妬心を抱かずにはいられない。

そして思うのだ。

己もその知識さえあれば、もう少しアインズに役立つ行動が取れるのだと。

 

「して、私もそのワールドアイテムを見てみたいのだが?」

 

「此方に・・・」

 

アインズの言葉に、パンドラズ・アクターは虚空に手を伸ばし、アインズと同じアイテムボックスから傾城傾国を取り出し、アインズへ差し出す。

アインズは念力に似た魔法を使い、傾城傾国を浮かばせ、己の手元へ引き寄せ、広げた。

黄金で刺繍された龍は雄々しくも艶やかであり、絹の如き白銀のチャイナドレスは美しい。

前の装備者の血や臓腑の痕等は一切見受けられぬ、見事な輝きと、異様な威圧感を見る者に抱かせるだろう。

 

(大金星じゃないっ!現時点で、我々ナザリックの第一功は彼で決まりだなんて!)

 

(流石はアインズ様の創造物。恐ろしい。恐ろしい程優秀ですね・・・)

 

アルベドとデミウルゴス。2人の悪魔は思う。

アルベドはシャルティアを放置せずワールドアイテムを回収。また、災いの種となるワールドアイテムを更に奪った彼の手腕に驚愕と嫉妬を覚える。

デミウルゴスは、彼の挙げた功績はナザリックのNPC勢において最高だろうと考え、造物主たるアインズが誇らしげに思うに足りる存在だと思った。

 

『コレって・・・アルベドには絶対に渡せませんね』

 

『・・・能力も酷いですけど、装備条件のエグイですね』

 

一方の、黒歴史の一篇がデミウルゴスにそう評価されているとは知らぬアインズは、ジュンと共に魔法で傾城傾国を鑑定していた。未装備状態であり、ワールドアイテム所持者に鑑定されれば、如何にワールドアイテムであろうとも鑑定される。

その能力は正にバランスブレイカーである。

特にジュンは、<真実の目>により、裏設定等も閲覧できる。厨二風のテキストを読めば、ゲーム時代に使われればアバターを奪われ、NPCと化すのだ。撃破される。もしくはワールドアイテムにより無効化されるまでアカウント凍結される等、プレイヤーには悪夢にしかならないだろうと読み解いた。

 

だが、両者共に閲覧できるモノが悩ましい。アインズとジュンは、その装備条件に頭痛を覚える。

女性アバター且一般的にボンキュボンのナイスバディしか装備出来ない等、<顔?そんなモンより体w>等と言っているに等しく、女性に喧嘩を売っていると言えるのだから。二人は知らぬ事だが、シャルティアと遭遇した時の装備者であるカイレは老婆だったが、地味に体形維持には気を配っており、若かりし頃は正にナイスバディの美人であった。

 

さり気無く、アインズへ忠告していたりするジュンだが、アインズは気付いていない。そして、少し不機嫌になるジュンであった。

 

「アインズさん。結局どうやってパンドラズ・アクターはシャルティアちゃんを倒せたの?」

 

「気になるのか?」

 

内心、イラつきを覚えつつも、ジュンは場の空気を変える。

先程からそうなのだが、異様に沈黙が長い為、王座の間には重苦しい雰囲気が満ちていたのだ。

特に、シャルティアの絶望に似た感情は酷く、更に一段と重くしている要因である。ある意味傷口に塩を塗られる苦痛を伴うだろうが、どのような戦いが有ったのか知れば、多少変化するだろうとの考えだ。

 

「畏れながらアインズ様。シャルティアは我等守護者の中で最強なのです。私も守護者統括として知る必要が有ると愚考致します」

 

「アインズ様。これ等のアイテムの使用許可を頂けますか?ニグレド殿に、アインズ様の密命で動く私に何か有れば即座に報告をとお願いした結果、彼女は私が現場に到着してからの一部始終を記録しており、エイトエッジアサシン殿の報告した後の事を纏めております。音声につきましては、私が記録したモノとなりますが」

 

アルベドは、パンドラズ・アクターの能力を詳しく知る事は守護者統括として必須であるが、一NPCとしては嫉妬や疑念等が混ざり合い複雑な心境である。更に、パンドラズ・アクターの要請に姉であるニグレドも協力。アルベドにとって情報を集めなければ、彼女の計画を始動する事も難しい為、我慢の一手だ。

そして、パンドラズ・アクターの言い様では、映像・音声付きで何が有ったのか分かるという内容だ。

パンドラズ・アクターが懐より取り出した二つの魔封じの水晶を見ながら、アインズはシャルティアの視線が水晶へ向けられている事に気付く。

 

「・・・良い機会になるか。良いだろう。使え」

 

Des Gottes(神の)・・・失礼しました。では、皆さま。このパンドラズ・アクターの喜劇をご覧下さい」

 

下手すれば、更なるダメージを負う事となるだろう。だが、ソレでも失敗を知るという事は重要である。骸骨であり表情の無い状態のアインズ。思い悩む仕草は熟考しているようにしか見えない為、その一言に緊張を覚えたのは誰だろうか。

パンドラズ・アクターは自身の活躍を造物主であるアインズに観て頂ける。その興奮から、ついドイツ語が出かけるが自粛し、壇上に立つ男優のように立ち上がり、袖を翻して振り向き、守護者達へ一礼して魔封じの水晶を砕いた。

少し見上げる位置の空間が歪み、映像が映し出されるのを確認したパンドラズ・アクターは、アインズとジュンに一礼して守護者達の所へ行く。

 

「全滅ですか。予想通りですが、コレは問題でもありますね。シャルティア殿?」

 

映し出されたのは、木々が倒れた森の一部。その中心にてスポイトランス片手に俯く、いつものドレス姿のシャルティアへ話しかけるパンドラズ・アクターの姿が有った。

地面には嘗て人であった、バラバラになった肉塊と血潮、臓腑が広がっており、実に凄惨である。

 

「どうやら、洗脳も万全では無い状態。敵対行動と認識し、自衛攻撃として行動する状態でしょうか・・・」

 

話しかけても反応が無い事に、パンドラズ・アクターはそう考察する。

咄嗟にシャルティアが清浄投擲槍を放ち、使用者であるカイレの命を絶ったのは正解であったのだ。

 

「やはりコレはワールドアイテムっ・・・しかも、洗脳系とは。いけませんね。コレは非常にいけません」

 

空間に手をやりカイレの遺骸を取り出し、傾城傾国のボタンを外して脱がし、余計な肉塊は放り捨てながら鑑定するパンドラズ・アクター。穴で目と口を形成しており、表情の分かりにくい彼だが、語気からは隠しようもない憎悪に満ちている。

通常のパンドラズ・アクターの鑑定では、ワールドアイテムである傾城傾国の鑑定は出来なかっただろうが、その手にはあるアイテムが装備されている。穢れ無き処女を思わせる白い籠手と、欲深き傾国の女を思わせる黒い籠手。ワールドアイテムである無欲と強欲を装備している事で可能としており、その効果から冷や汗をかくに値するモノだと再認識しながら、使用者であった肉塊を蹴り、その胴を消し飛ばす。

半裸で上下泣き別れの姿を曝すカイレの遺骸。屈辱的な姿だろう。だが、パンドラズ・アクターの内心に在る憤慨を消す事等出来はしない。

 

「仕方ありません。二十の使用許可は流石に頂けないでしょうし、星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)は効果が無いでしょう。申し訳ありませんシャルティア殿。貴女を救うにはコレしか御座いません。時刻も切り替わり、スキルの使用回数も元に戻りましたしね」

 

パンドラズ・アクターはシャルティアの放置は最も愚策であり、処理する事を決意した。

本来であればこの時点で一度撤退し、アインズへ報告し次の指示を受けるべきなのだが、パンドラズ・アクターはあえてそうしなかった。慈悲深き己の造物主たるアインズがこの事態を聴けば、一人で出陣し、シャルティアと対峙する可能性に思い至った為である。

守護者最強と対峙するのは、パンドラズ・アクターに極度の緊張を与えるが、彼には勝算が有った。彼女の切り札や主なスキルを、ペロロンチーノとアインズの会話により知っていたのだ。

そして、要因とて全力戦闘する為のアイテムも揃っており、日が切り替わる事で、スキルの使用回数も回復したのだから。

 

光輝緑の身体(ボディ・オブ・イファルジェントベリル)・・・成程。命を賭けたゲームにしては隙が大きい。だが好都合でもある」

 

アインズの姿に変身したパンドラズ・アクターは、先ず己にバフ効果の有る魔法を使い、シャルティアの出方を見た。

だが、攻撃はしてこない。

完全な敵対行動を取らなければ、攻撃してこないのだと判断し、次々にバフや隠蔽魔法を使用。罠も準備した上で一度元の姿へ戻る。

 

「しかし因果なモノだな。まさか、財政面の責任者とも言える俺が・・・ナザリックの初の大損害を与える者になるとは・・・クククッ」

 

次に変身したのはウルベルトの姿であり、幾何学的な魔法陣がパンドラズ・アクターの周囲に浮かんだ。変身を解除したとしても、時間経過や使用されなければバフ効果や罠は解除されない。

口調迄真似るパンドラズ・アクターであるが、自意識は彼本来のモノである。魔法の発動迄の時間を待ちながら自嘲しつつ、彼は勝利を誓う。

 

「プレゼントだ。受け取れ。失墜する天空(フォールン・ダウン)

 

時間が来たのを感じたパンドラズ・アクターはウルベルトの姿のまま、そう言って超位魔法を発動させる。

空から極光がシャルティアへ落ちる。まさに天が堕ちるかの如く轟音と衝撃波が漆黒聖典のメンバーの遺体ごと森を吹き飛ばす。

ソレを見ながら、パンドラズ・アクターは本来の姿へ戻り、様子を見た。

 

「がぁぁぁぁぁぁ・・・アンタ誰?知らないけど、ナザリックの気配・・・何者?攻撃されたから敵。テキ。敵はコロス!」

 

「おやおや、紹介すらさせて頂けませんか?シャルティア殿」

 

「ナメてるのね?じゃぁ、そのまま死ね」

 

光が収まれば、深紅の鎧を身に纏ったシャルティアがおり、感じる気配からパンドラズ・アクターの所属に気付くも、戦意を昂らせる。

この状態からして、ワールドアイテムの効果が如何に恐ろしいモノなのかパンドラズ・アクターは戦慄しつつも、冷静に一礼しながら述べた。

その姿には卵ヘッドに似合わない優雅さが有り、そう判断したシャルティアは朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)を使用。劫火がパンドラズ・アクターを襲う。

 

「私はパンドラズ・アクター。至高の中の至高である、アインズ・ウール・ゴウン様によって生み出されし影で御座いますPrinzessin(お姫様)

 

「アインズ様の御手によって創造されたのねー。だからと言っても私の敵!私が貴方を倒せば、私の創造主。ペロロンチーノ様がアインズ様より優れているという証になるわね!」

 

「・・・ほぅ。出来ますかな?」

 

ソレを軽々と後方へ勢いを付け、バク転で避けるパンドラズ・アクター。彼は元の姿であればスピードは守護者の中でもトップクラスなのだ。優雅に御辞宜しながら挨拶する彼に、シャルティアは平常時に思いつつも、アインズの慈悲深さから決して口には出さなかった本音を漏らした。

だが、その一言は彼にとって逆鱗である。

ナザリック外ではジュンがいたが、広大なナザリックにアインズを独り残し、何処へと去り、その心を大いに傷つけた者達。

複雑な事情が有り、少しでもナザリックの為になればと貴重な品々を残し去ったのだと彼も承知している。だが、ソレでもナザリックを未だに守っているのは、全てを背負う覚悟で『アインズと改名したモモンガ』である。

そんな己の造物主よりも、去った者が優秀だと言われるのは彼のハートに更なる燃料を注ぐ結果にしかならない。

 

「っ!たっち・みー様!?アンタは・・・」

 

「この私を倒せるかな?」

 

シャルティアはその姿に一瞬動転するも、すぐに冷静さを取り戻す。

パンドラズ・アクターは、嘗てナザリックの前衛最強と言われた『たっち・みー』の姿へ変化させ、挑発するように剣を向けた。何故か背後に光輝く『正義降臨』と書かれた文字が浮かんでいるが、日本語を理解していない彼女からすれば、何かしらの魔法なのかと警戒しつつも突撃し、剣と槍がぶつかり合った。

 

「馬鹿な。アインズ様に変身したかと思えば、次はウルベルト・アレイン・オードル様、たっち・みー様に変身できる二重の影(ドッペルゲンガー)ですと?まさか!」

 

「その通りで御座います。私は至高の御方々の姿に変身できるのですよ。ただし、見ての通り、その能力は8割が良い所ですがね」

 

冷や汗をかくたっち・みーの幻影を、他の幻影達が冷ややかな視線を送っている事はアインズしか知らない。

映像の中でぶつかり合う両者を見ながら、デミウルゴスは恐ろしい結論へ至った。そして、知能レベルが等しいパンドラズ・アクターが肯定しつつも、訂正を加える。

映像では、取り回しの関係でやりやすいのだろうか。スポイトランスの攻撃を剣で受け流しつつも、時折反撃する『たっち・みーの姿をしたパンドラズ・アクター』だが、筋力値と装備している剣の関係からシャルティアのダメージは少ない様子であり、彼女は気にせず攻め立てている。

なお、奇術師の如く装備を変更しているのは彼のスキルと装備されているアイテムによるモノだ。

 

「しかし、至高の御方々の御力の8割。それだけでも素晴らしい」

 

「いえ。残念ながらソレだけでは勝てません。確かに特化された御方であれば、弱点を突くには優れていますが、残念ながら所詮は8割なのですよ。御方の技術。特にたっち・みー様の技術は、私程度では猿真似でしか無い上に、この時に使用している装備もレプリカですので良くて伝説級(レジェンド)程度ですので」

 

「解説ありがとうございます。では、続きを観るとしましょう」

 

姿だけとはいえ、己の造物主の活躍を観る事が出来る。観る者によっては屈辱を覚えるだろうが、セバスは何所か嬉しそうにそう言う。

パンドラズ・アクターはそう在れと生み出されたのだが、セバスの好意に情けなく思うのだ。嘗て、ユグドラシル時代。アインズがモモンガであった頃、懐かし気に己を他の方々の姿を取らせ、攻撃の動きを観賞するさい、やれ、ドコソコが違う。攻撃が単調すぎる等々ダメ出しを貰った身(当時は独り言であり、愚痴りながらモーションデータを弄っていた)としては、求めるレベルに達していないと考えた事は数知れないのだから。

そして、ダメージソースになる剣にも問題が有る。たっち・みーの愛剣は未だに宝物殿に置かれており、今パンドラズ・アクターが振るっているのは聖遺物(レジェンド)クラスのレプリカなのだ。よって、効率は良くない。

 

『他の至高の御方』の模造を命題に産み出されたパンドラズ・アクター。更に造物主は唯一ナザリックに残ったアインズであり、更なる力を望まれている。その重圧は如何程のモノかとデミウルゴスは羨ましくも、心配という悪魔に似合わない感情を抱き、続きを観賞するのを皆に求めた。

映像では丁度パンドラズ・アクターはシャルティアに剣を弾かれ、その腹部に蹴りを受けた事で吹き飛ばされ、空中で元の姿に戻り、土煙を上げながら着地しつつも脚でブレーキをかけた。

煙が晴れれば、片膝を付いたパンドラズ・アクターの姿が有る。

 

「くっ!」

 

「あはははっ!やはり、所詮はニセモノ!」

 

パンドラズ・アクターは蹲り、蹴りを受けた腹部を押さえている。卵ヘッドで分かりにくい顔つきだが、その声音は実に忌々しそうだ。

シャルティアは視野の確保の為に浮かび、パンドラズ・アクターを嘲笑う。先のやり取りや初撃で受けた超位魔法により、彼女の残りHPは6割。その内、初撃の超位魔法によるものが75%である事から、剣撃によるダメージは本来のHPから換算すれば1割程である。

それに対し、パンドラズ・アクターは先の一撃でかなりの大ダメージを負った様子から、回復はしない。

危険レベルは低いと判断したのだ。

 

「・・・ニセモノでも、この姿はどうかな?」

 

「んな・・・」

 

パンドラズ・アクターは侮られている現状に、計画通りだと内心笑いつつも、その姿を変える。

そして、その姿にシャルティアは絶句した。

 

「ペロロンチーノ様・・・フザケルナ!私の造物主を汚すな!このニセモノ!」

 

「酷いじゃないかシャルティア!やっと、やっと逢えたのにどうして!?」

 

「黙れ!黙れダマレDAMAREEEEEE!」

 

パンドラズ・アクターが変身したのは翼を持つ、黄金の鳥人。

夢にまで見た己の造物主の姿。正気では無いが、造物主への敬愛は一寸たりとも変わらない。

よって、シャルティアは侮辱されたのだと感じ、激昂する。

そんな彼女に対し、パンドラズ・アクターはペロロンチーノの口調を真似、両手を広げて情に訴える。その行為がシャルティアの怒りを増幅させ、咆哮と共に突撃した。

 

「ペロロンチーノ様が私に弓を向ける筈が無い!愚弄するなぁあああ!」

 

「違うんだシャルティア!君は混乱しているだけなんだ!落ち着いてくれ!」

 

弓を構え、ランスの側面を弓でなぞり、その腹へ一矢を撃ちつつも離脱するパンドラズ・アクター。

背を見せる事無く、その目はシャルティアを捉えており油断等も無い。

 

「っ!いい加減にしろーーー!っ!?ぐぁっ!」

 

己の造物主の姿、声をしている者に攻撃される。己の造物主を侮辱されている行為だというのに、シャルティアの動きに精彩は無い。

永く逢えなかった存在を思い起こさせ、攻撃しようとするも体が硬直するのだ。特に、攻撃が当たらなかった事に、何処か安堵してしまい、さらに動きを制止してしまう。

だが、ソレは致命的だ。

パンドラズ・アクターはスキルを使い、ペロロンチーノの姿から弐式炎雷の姿へ変身。その際装備した大太刀を振り下ろし、地面へ叩きつける。

そして、弐式炎雷の姿から武人武御雷の姿へ変身し、武御雷八式のレプリカで更なる追撃を加えるのだ。体勢が整っていない為、苦悶の声を何度か上げるシャルティアに対し、パンドラズ・アクターは無言で攻め立てる。半魔巨人の剛腕と噛みしめられた咢は見る者に威圧感を与え、刀を振るう姿は美しさすら在る。

 

「あぐっ!ふざけるな!不浄衝撃盾!っ!しまっ!?」

 

だが、そのままで終わる程守護者最強は弱く無い。武御雷八式のレプリカによる千刃を、スキル不浄衝撃盾を使い、黒く染まる衝撃波を放ち、そのままランスを突き刺そうと振るう。

だが、パンドラズ・アクターは武人武御雷の姿からぶくぶく茶釜の姿へ変身し、更にダメージを軽減するスキルを使った上で、その一撃を受け吹き飛ばされた。

 

転移魔法で吹き飛ばされた先に転移し、スポイトランスによる追撃を加えようとしたシャルティアだったが、転移先は戦闘開始時にパンドラズ・アクターが立っていた位置である。

転移遅延(ディレイ・テレポーテーション)により転移は阻害され、三重化と最大化された罠系の魔法。爆撃地雷(エクスプロード・マイン)によって予想外のダメージを負った。しかも、転移阻害され、転移直後であるため時間の巻き戻しによるHP回復スキルも使用できない。

爆風が吹き荒れ、再び土煙が舞った。

 

「え、エグイ・・・」

 

「ニセモノでも、ぶくぶく茶釜様の御姿を見れて僕は嬉しいかな」

 

「ペロロンチーノ様ノ御姿デ激怒サセ冷静サヲ奪イ、弐式炎雷様ノ御姿デ奇襲シ、武人武御雷様ノ御姿デ反撃ノチャンスヲ奪ッタ上ニ、ぶくぶく茶釜様ノ御姿デダメージヲ最小限ニ抑エルノカ・・・コレガ二重の影(ドッペルゲンガー)ノ『真ノ力』カ」

 

一進一退とも見えるだろうが、この戦いの天秤はパンドラズ・アクターへ傾き始めている。アウラは、己の造物主の姿をした者に刃を向けられたシャルティアの心が、どれ程打ちのめされたのか想像したくない。どれ程辛いのだろうと思う。

姉であるアウラの引き攣った笑みに対し、マーレは微笑みを浮かべている。彼の中では、瀬戸際に見る冥土の土産としては上等なモノであると思っているが故だ。

そして、コキュートスは正に千変万化と言えるパンドラズ・アクターの、ドッペルゲンガーの力に背筋が凍る程の衝撃を覚えていた。

己を一振りの剣とし、武人としてナザリックを護れば良いと考えていた彼にはパンドラズ・アクターの行動は畏れるに値する。

パンドラズ・アクターは目的の達成の為には手段を択ばないのだ。精神的ダメージを与え、相手の行動を制限した上で、真綿で首をゆっくりと絞めていくかのようなのだ。

死は絶対的にすら思えてくる。

智と武ではない。コキュートスは造物主同士の交流からナーベラル・ガンマと交流を持っているが、彼女がドッペルゲンガーとしての実力が高ければ、意に反し苦手意識を持つだろうとも感じた程だ。

 

「あぐぅぁ・・・っはぁ、はぁっ・・・」

 

「どうなされました?大分息が上がっている様子ですが?」

 

シャルティアはボロボロだった。

鎧の隙間を縫うように繰り出される刃に曝され、深紅の鎧は己の血で染まったのかと思う程だ。相当のダメージを受け、片膝を着いたまま吐血し荒い息を吐く。一見満身創痍に見えるだろう。

 

肉が雷属性の追加ダメージにより焼ける匂いを嗅ぎながら、内心、開始から自己治癒系魔法の使用しなかった事を後悔する程、守護者最強に似合わぬ姿を曝している。

土煙で姿が隠れているが、パンドラズ・アクターの言葉は嗤いに満ちていた。

 

「っ!|死せる勇者の魂<エインへリアル>!眷属召喚!」

 

「残念ながら、時間稼ぎと体力の回復を図ろうというのでしょうが、それは無駄です」

 

その声が聞こえた瞬間、シャルティアは壁を召喚し、即刻大致死(グレーター・リーサル)を使った上で眷属を殺し、スポイトランスによる回復を図ろうとした。

だが、パンドラズ・アクターはその行動を読んでいた。彼は、元の姿では非力ではあるが、腕の一振りで土煙を払うのは容易である。

 

「コレが至高の力と知りなさい。超位魔法星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)の力を!指輪よ!Ich erwarte es(私は望む)!シャルティア殿の召喚は一時無効化となる!」

 

「なっ!馬鹿な!」

 

「通常であればリキャストタイムや経験値の消費等が必要ですが、やまいこ様より賜ったこの指輪が有れば問題無いのですよ」

 

見せるように突き出された手。

パンドラズ・アクターの指の一本に装備された白銀に輝き、翡翠のような輝きを放つ流星を装飾された指輪が輝く。

3本有る流星の模様のうち、2本が輝きを失い、魔法陣が浮かび、彼の宣言通りに具現化しかけていた白いシャルティアや彼女の影から這い出そうとしていた眷属達が霞みのように消えた。

大致死(グレーター・リーサル)を思わず使う事を忘れる程の衝撃を覚え、硬直するシャルティアに対し、パンドラズ・アクターの説明は、挑発の域を優に超えている。

 

「そして、コレでラストだよ。薬瓶の投擲(ポーションスロー)×8」

 

「あがぁあああああああ!!!」

 

そして、その硬直を見逃す程パンドラズ・アクターは甘くない。タブラ・スマラグディナの姿へ変身し、最上位のポーションを、触手も利用して同時に8本投げつけた。

錬金術師系や商人系の最終手段とも言えるスキルも使用した攻撃。

瓶が割れる事で降りかかる深紅の液体は、シャルティアの身体を当たった箇所の肉を焼け爛れさせ、白煙を噴き出させながら肉の焼ける不快な匂いを充満させながら激痛を与え、彼女のHPを完全に刈り取った。

 

『『『やまいこさん?』』』

 

『えーっと、ボク。モモンガさんの夏のボーナス全部使ったガチャで、一発で出たでしょう?実はもう少し課金していて3つ出たんだ。引退する時、結局2個は使ってなくて、勿体無いから一つはユリに。もう一つはパンドラズ・アクターに預けたんだよ』

 

(俺の夏のボーナス・・・)

 

パンドラズ・アクターがシャルティアの召喚魔法・召喚スキルを封じる為に使った流れ星の指輪(シューティングスター)。コレはアインズの夏のボーナスを全て吹き飛ばしてやっと一つしか手に入らなかった超々レアアイテムである。ソレ程ガチャ出現率が低くかったのだ。ソレを知っているギルメン達はやまいこへ問いかければ、返ってきたのは喜劇だとも言いたくなる彼女のリアルラックの高さだった。

やまいこは引退するにあたり、申し訳なさからパンドラズ・アクターの所持アイテムに、指輪を加えていたのだ。

 

聞いてしまったアインズの受けた衝撃は如何程のモノか。

 

「まさか、タブラ・スマラグディナ様の御姿でトドメとは・・・(あの方は戦闘能力なんて持っていないと思っていたけど、コレは予想外にも程が有るわ。奇襲に使われたら危なかったわね)」

 

『シャルティアだったら確かに治癒系ポージョンでダメージを負いますけど、コレは・・・』

 

『確かに超位魔法以外で効率良くダメージを与えられますが、コストパフォーマンス的には問題ですね』

 

そんな彼を正気に戻したのはアルベドの呟いた言葉と、ジュンによるメッセージだ。

ジュンのメッセージに、アンデッド系ならではの弱点を理解しつつも、まだまだ余裕が有るがナザリック的には手痛い出費である事を覚える。流れ星の指輪(シューティングスター)の2回の使用等、取返しがつくモノではないが、その自由度を知ったのはアインズにとっては非常に重要でもある。

パンドラズ・アクターの星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)を戦闘時に使うという発想は、ある意味ユグドラシルを知っているプレイヤーでは、そうそう思いつかないモノだろう。

そして、その自由度はゲームの比ではない。戦闘中であれば、発動迄のキャストタイムや、消費する経験値の関係等から使用は難しい。だが、流れ星の指輪(シューティングスター)であれば十分に使用できるのだ。

 

よって、様々な考察を行うアインズが、アルベドが己の造物主へ対策を練っている兆候等、気付ける筈も無い。

 

「ふっ・・・あはははっ!まさかペロロンチーノ様より賜った蘇生アイテムを使う事になるとは思っていなかったけど、コレで貴方のスキルの使用回数は略空!今まで、よくもやってくれたわね!一瞬で死ねると思うなっ!」

 

「残念ながら、ソレは違います」

 

白煙がゆっくりと晴れて行けば、蘇生アイテムにより復活したシャルティアは感情のままに咆えた。

彼女には、パンドラズ・アクターが至高の御方々の姿を取る不埒者であり、己の造物主迄侮辱し、ナザリック守護者最強の看板を汚された事で、屈辱を覚え、憤怒と憎悪が噴き出したのだ。

言外に遊びや油断等もうないと構えたスポイトランスと輝く双眸で告げる。

だが、そんな彼女に反し、パンドラズ・アクターはごく自然に、謎な程余裕のある態度をもって返す。

 

「確かに、通常の上位の二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)であればそうでしょう。ですが、私は至高の御方々を再現すべく生まれました。もう1度ずつ。あと、合計6回であれば変身できるのですよ」

 

「ハ!それで私に勝てるとでも思っているの?弱っているのに?」

 

そんな余裕のある態度に、何か隠していると感じたシャルティアが、発言の続きを待てば、彼女にとっては問題にならない内容であった。今度こそ刈り取る。そのつもりで吸血鬼の翼を広げる死シャルティアに、パンドラズ・アクターは聞き分けの無い子供を見るかのような様子で軽く首を横に振った。

その態度はシャルティアの怒りを更に増幅させようとするモノ。だが、先程シャルティアは激情に我を失った結果一度HPを完全に刈り取られた。故に、激情を呑み込み、油断無くパンドラズ・アクターの空洞にしか見えない眼を見つめるばかりだ。

 

「そう思われても仕方ありません。そのように振る舞ってきましたから」

 

「・・・なに?」

 

「オカシイとは思いませんか?貴女が私にダメージを与えたのは、蹴りと、スポイトランスの攻撃が数回。そして不浄衝撃盾のノックバックしかありませんよ」

 

だからこそ、なのだろう。パンドラズ・アクターは種明かしをする。

パンドラズ・アクターの発言に、記憶を思い起こせば、確かに言う通りである。だが、彼女は己のランスの使用感覚は覚えているのだ。

 

「そんな・・・だって、攻撃した感覚は・・・」

 

「甘いですね。私はコレでもレベル100。確かに耐久力に難は有りますが、それ程脆くはありません。それに、貴女は先程迄満足にスキルや魔法が使えましたか?それに、時間操作による回復等私の攻撃力の前では無駄にしかなりません」

 

思わず出た否定の言葉に、パンドラズ・アクターは更に付け加える。

パンドラズ・アクターの装備にはHP表示の擬装が組み込まれており、効果がアイテム破壊でやっと打ち消される為に、シャルティアはランスから伝わる感覚を『誤認させられて』いたのだ。

そして彼の立ち回りは、彼女の油断を誘い、手段を限定させていた。

 

パンドラズ・アクターが言うように、時間操作により『一撃によるダメージ』を無効化するスキルをシャルティアは持っている。

だが、大ダメージを受けたのは始めの一撃である超位魔法と最後のポーションである。初撃故に対処できず、最後は8本の瓶が略タイムラグが無い状態でヒットし、HPが刈り取られてしまった故に使用できなかった。

それ以外の攻撃は物理系且非常に少ないダメージの連撃であり、『一撃分のダメージ』しか無効にする事しかできないスキル。その使用は有効であるとは言い難い。更に、地雷魔法では転移直後という事も有り使えなかった。

 

そしてパンドラズ・アクター自体を侮っていた結果、序盤。回復魔法は使わず、その後は魔法を使うという選択肢が激情により思い浮かばなかったのだ。

シャルティアが持つ大ダメージを与える手段として、内部爆散(インプロージョン)が有るが、特殊性の高く、どのような対策を持っているのか不明であるパンドラズ・アクターが効く可能性が低いとしか判断できない。

シャルティアは回避系として物理系ダメージを一定時間受けない姿となるスキルも有り、アイテム破壊を狙おう事も可能だ。

だが、相手は外装を自由に弄れる二重の影(ドッペルゲンガー)である。その姿や能力は背変幻自在。下手に魔法やスキルを使うのであれば、ソレは隙へと直結してしまうとしか思えない。

 

「っ!」

 

「おやおや、性急ですね。では最終章です。ジュン様より頂いたコレを使います」

 

よって、シャルティアに取れる行動は、魔法・物理問わず、直接的なダメージを与える事しかない。

大きく吸血鬼の翼を広げ、音すらも置き去りにする速度で飛翔。閃光としか思えぬランスによる突撃(チャージ)

だが、その矛先をパンドラズ・アクターへ突き刺す事は叶わなかった。当たる瞬間に、まるで幻の如く消え去ったのだ。周囲の気配を探ろうとする彼女よりも、パンドラズ・アクターの声は嫌に鮮明すぎる程明確に聞こえた。

シャルティアは感じてしまったのだ。背後に感じた気配の数が『6』であり、『複数』に背後を取られている事を。シャルティアは確りとランスを握りしめ振り返った。

 

「ウソ・・・そ、そんな・・・」

 

「さぁ。蹂躙を開始しよう」

 

だが、その決意は脆くも崩れ去り、思わず膝を着きたくなる程の悪夢に遭う事となった。

パンドラズ・アクターはアイテムの効果により、制限付きだが『6体』に分身していたのだ。そして、其々変身済みであり、先程とは違い、本気装備の試作品。神話級(ゴッズ)アイテムで身を固めている。

 

シャルティアの前にはリーダー兼後衛魔法であるアインズを中心に、前衛:たっち・みー、前衛タンク:ぶくぶく茶釜、遊撃:弐式炎雷、中衛遊撃:ペロロンチーノ、ヒーラー:やまいこ。確り編成されている。

ある意味、在りし日のアインズ・ウール・ゴウンのパーティに対峙しているのに等しい。

 

アインズに変身したパンドラズ・アクターは最終局面の始まりを告げ、蹂躙が始まった。

 

シャルティアのランスによる攻撃はたっち・みーにより逸らされ、攻撃の隙に弐式炎雷の大太刀による攻撃とペロロンチーノの狙撃を貰う。己のダメージを顧みず突撃しようともぶくぶく茶釜により止められ、HPを回復するも、やまいこの広域回復魔法により相手は回復し、彼女自身はダメージを受ける。転移で回り込もうモノなら、アインズによる転移遅延(ディレイ・テレポーテーション)により阻害された上に、集中砲火に遭う。

 

完全に詰みだ。

 

だが、それでもシャルティアはランスを振るうのを止めなかった。それが何故なのかは彼女自身も分かりはしない。激痛に耐え、深紅の鎧が砕け、肉がえぐれようとも、血涙を流そうとも只管ランスを振り続けるも・・・剣で斬られ、矢に射抜かれ、短剣は肉を深く抉り、拳で殴打され・・・最期は魔法により光の欠片となり、散った。

 

時間切れなのだろう。元の1人であり、軍服装備の卵ヘッド姿となったパンドラズ・アクターは腕に装備されたワールドアイテム:無欲と強欲。彼は漆黒且禍々しい強欲を掲げ、シャルティアの光の欠片を収集した所で映像は終わった。

映像が切れる間際、何処かパンドラズ・アクターの背中が寂しそうだと、そして見覚えのある背中だとジュンは思う。

 

一戦は略、パンドラズ・アクターの思惑通りに進んだ。

しかし、シャルティアの勝算が無かった訳では無く、彼女の思考が不完全な洗脳による鈍化が起こっていなければ、違った結果だっただろう。

 

もし、序盤からシャルティアが自動回復やエインへリアルを召喚等していれば、パンドラズ・アクターは迷わず撤退を選択していただろう。

もし、シャルティアが自爆覚悟で己ごと朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)等を放ち、HP等が共有されている分身を攻撃すれば・・・もしくは、分身の時間制限迄粘っていれば負けていたのはパンドラズ・アクターだっただろう。

しかしそうはならなかった。

 

それだけだ。

 




てな感じでシャルティアはパンドラズ・アクターに撃破されました。無欲と強欲は一度宝物殿に行った際に外してます。

なお、純粋に装備アイテムだけだったり、シューティングスターや、分身アイテムが無かったらパンドラズ・アクターの勝率は2割だと考えてます。
あと、他の守護者達と対峙しても、アイテムが制限されていたり、至高の御方々の姿で惑わせないなら、非常に厳しいとも考えてます。
言うなればパンドラズ・アクターは器用貧乏ですから(-_-;)ただ、状況に応じて千変万化。対応するので、逃走成功率は間違いなくトップだとも(笑)

次回の更新は9/4を予定してます。

以下、幻影の皆さまの感想
ヘロ『えっと・・・コレって酷くないですか?』
やま『さすがに、ちょっと・・・』
るし『詰将棋☆いや、ゴメンモモンガさん。だから、アレとかアレとかアレとか・・・マジで許して』
武御『おい!何をやった!?』
ウル『あー・・・モモンガさんを使うから、俺は除外されたのか。視覚効果や戦力。残りMPからして妥当だな』
たっ『・・・この布陣。突破できる気がしますか?』
ぷに『戦闘職が3人いれば可能性が有るでしょうが、あの動きや我々の装備がナザリックに有る以上、非常に厳しいですね』

ペロ『うぉー!シャルティアァー!蘇生アイテムをパッドに擬装したのにっ!ぶっ!?』
ぶく『このバカ!大量に胸パッド着けて戦闘できるわけないだろうがっ!・・・無理にテンション上げなくて良いの』


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第二一話

これにて第三巻分終わり。
忙しいから全然執筆進まないのは焦ったわ・・・この時間になってすいません。


映像が終われば、王座の間は異様に静かだった。

結果だけを言えばシャルティアはパンドラズ・アクターに敗北した。ソレだけだ。だが、その過程に問題が在った。

己の造物主の姿を見る事が出来た。動く姿や声音を聴くことはできた。それは良い事なのだろう。だが、至高の御方の姿を借りたパンドラズ・アクターの戦闘を観終わり、興奮が冷めれば恐ろしいと感じるには足りる。

仮に、己がパンドラズ・アクターと戦闘する事なれば、冷静に対処できるのか。彼等が恐ろしさを感じるのは終始、ソコに尽きのだ。もっとも、例外はいるが。

記憶が無かろうとも、敗北したシャルティア等完全に茫然自失状態である。

 

「以上で私の演目は終了で御座います。シャルティア殿?これで、私の創造主であるアインズ様こそ至高の中の至高。最も素晴らしい御方であると御理解頂けましたかな?」

 

「ひゃ、ひゃぃ・・・」

 

意外にもシャルティアの発言を根に持っていたパンドラズ・アクター。一礼しつつも、何処か挑発的である。

不敬・無礼である為、心の底で留めていた失言に、言った記憶は無いが、確りと記録されている事から完全に震えた声で確りとした返事もできないシャルティア。未だに体を震わせている事から、先の映像でとんでもない失態の数々に精神的ダメージは大きそうである。

 

「パンドラズ・アクター。そうシャルティアを虐めるな」

 

「申し訳御座いませんアインズ様。途中、少々紳士ではいられない事が御座いましたので、つい・・・」

 

『『『モモンガさんの中では紳士と書いて、魔王と読むんだ・・・』』』

 

(冤罪にも程が有る!)

 

アインズは思わず漏れそうになる溜息を噛み殺し、パンドラズ・アクターを注意する。

だが、アインズに呆れられているとも知らぬパンドラズ・アクターは美しいターンでアインズのいる王座の方向へ体を向け、演劇者に相応しく大きな一礼をして見せた。

パンドラズ・アクターの一言から至高の40人の幻影達は異口同音で呟き、アインズが己に飛び火した事を嘆いている事等、パンドラズ・アクターは知らない方が良い事だ。

 

「あ、あの・・・アインズ様。質問しても大丈夫ですか?」

 

「なんだ?」

 

「えっと、シャルティアがパンドラズ・アクター・・・さん?に負けちゃいましたけど、守護者最強はパンドラズ・アクターさんになるんですか?」

 

そんな中、アウラが恐る恐るという様子でアインズとパンドラズ・アクターを見ながら問う。

アインズはアウラの何処か怯えている様子を不思議に思うが、パンドラズ・アクターが彼等の造物主の姿で色々してくると思えば、アウラの様子は変では無いと考えた。

 

「っ!」

 

「・・・パンドラズ・アクターと呼び捨てにすればよい。そして、守護者最強はシャルティアのままだ」

 

「「え?」」

 

そして、アウラの問いに関して、シャルティアは無意識に、スカートを握り、強く目を瞑る。

至高の御方々が決めた役職を、纏め役であるアインズにより直々に外される。それは、アインズが失望しているのと同義であり、ナザリックの者達からすれば己の首を落としたくなる事象なのだ。

己への沙汰を聴く罪人にも見えるシャルティアの様子と、何処か心配そうに彼女を見るアウラに、アインズはパンドラズ・アクターへの余計な敬称を抜くように言いながら、シャルティアの地位は守護者最強のままであると述べる。

彼女等には、アインズはまだシャルティアに失望していないと聞こえた。思わず2人が、容姿に合ったあどけない少女の顔を見せる。

 

「パンドラズ・アクターは確かに強い。だが、ソレは高価なアイテムを使い、相手の精神を読み、効率良く揺さぶり等をかける事が出来てこそだ。今回は運の要素も非常に大きい。転移阻害とエクスプロード・マインの設置位置等、随分と分の悪い賭けにしか思えぬ。態々あのような真似をせずとも、第九位階クラスの魔法を餌に誘い込む等、安全なやり方が有っただろう」

 

「おっしゃる通りで御座います。結果、態々転移を誘発する為に勢いよく後ろへ跳ぶ必要が御座いました。そして、洗脳の副作用なのでしょう。終始激昂致していましたので、冷静さを欠いており幸いで御座いました」

 

パンドラズ・アクターが全力戦闘する為のコストを考えれば、最強に成り得ないとアインズは考えている。途中、シャルティアの精神への揺さぶり方等を鑑みれば、最恐の切り札だろうか。

そして、思うのはまだまだ甘いという事だろう。

アインズは、パンドラズ・アクターが転移阻害からのコンボを利用した理由は、時間巻き戻しによる一撃無効スキルを無視してダメージを与える事だと考えている。そして、パンドラズ・アクターはスキルを使わせぬ封殺を選んだ事も理解しているが、パンドラズ・アクターのMP総量からしても少々不安点も有る。

パンドラズ・アクターの強みは様々な姿へ変身し、多種多様な戦況に合わせてスタイルを変える事からすれば、あえて『使わせる』のも一手だとも考えているアインズとしては、少々賭けの要素が強く見えたのだ。

そしてアインズの言葉に、パンドラズ・アクターは先の戦闘ではシャルティアの思考・行動を読み間違えなかったからこそ良かったものの、下手すれば消費したMPが無駄になる事も理解しており、跪き、一礼しながらアインズの言葉を確りと胸に刻む。

 

「分かっているのならば良い。知識や力は在っても、経験が足りんな」

 

「ハッ!精進致します(・・・そう。万が一の時は必ず成し遂げますっ)」

 

反省しているようにも見えるパンドラズ・アクターの態度に、アインズの声音は何所か苦笑いをしているかのようだ。

故に、パンドラズ・アクターが内心、他のギルメンと接敵した場合にどういう行動に出るのか、己の気を引き締めている事に気付けない。

 

「して、アインズ様。今後の対応と回収した人間に加え、シャルティア処罰はどうなさいますか?」

 

「・・・回収した人間だと?」

 

アウラとシャルティアがアインズの言葉から少し落ち着きを見せ、話が一段落したと認識したアルベドは、アインズに指示を求めた。

 

「はい。シャルティアが吸血した冒険者の女でございます、意識不明の状態を維持させており、アインズ様の御指示を伺うべきだとして管理しております。なお、慰み者になっていた者共は放置しております」

 

(そう言えば、アレの検証はまだだったな・・・それに、ブレイン・アングラウスだったか。他にも生存者が居る以上・・・ふむ)

 

問題はアルベドが下等生物(ブリタ)の今後よりも優先すべき事が有った為に、報告していなかった事だ。だが、幸いにも処分した後での事後報告ではなく、最低限の治療はしていた。

アインズとしては、目撃者は処理すべきだと考えているが、無言で己を見るジュンの姿を見れば、考え直す事にした。

ブリタは接触した故に回収。盗賊に捕らえられた女達は放置している様子。

エイトエッジアサシンが回収できなかった武技使用者や、謎の動く鎧(ツアー)の存在や、記憶操作魔法の使用感覚等々、試すべき事や如何に情報操作すべきか考えるアインズ。

 

「小道具として使う。冒険者は治療しておけ。アウラ。周囲を存在していても可笑しくないシモベで急ぎ監視しておくのだ」

 

「はい!」

 

結果、アインズはモモンの名声を更に引き上げる小道具にする事で彼女等を救う事にした。

下手に冒険者が動く事となるのか分からぬ為、念の為に、元盗賊団の拠点を見張るようアウラに命じる。

 

「セバス。食いつかせる気等無いが、ソリュシャンと王都へ行け。そして、お前に就いているエイトエッジアサシンを2体とし、1体への命令権を与える。油断無く私が求める情報を集めるのだ」

 

「はっ!」

 

漆黒聖典やツアーはセバスと接触していない様子だが、逆算して付近を事件の前後に通ったのは疑われる可能性も有る。特に、スレイン法国は精鋭である漆黒聖典と至宝であるワールドアイテムを失った。血眼で事件の前後を調べ、セバスに接触する可能性を視野に入れ、囮として動くように命じる。

 

「この世界において、アレほどの実力を持つ者の一団。だが、遭遇戦という観点からすれば実力者の総数は極少数の可能性も有る。死体が無ければ蘇生も碌にできんと考えれば、相手の戦力も大幅に落ちたと言えるやもしれん。この度の一件。腹立たしい事この上無いが・・・我々には調度良かろう。戦力増強の猶予が出来たに等しいのだから」

 

「でしたら、アウラがリザードマンの村を発見しております。滅ぼし、彼等の死体であれば中位の中でも、多少マシなモノを生み出せるか試してみては如何でしょうか?」

 

静かに憤慨するアインズの言葉は、己の宝を傷つけられた竜を思わせる程鮮烈である。

現状、蘇生はまだ試していない。だが、蘇生魔法の概要はニグン達、元陽光聖典の者達に加え、ジュンの使い魔ポジションに在る悪魔のより齎されている。

パンドラズ・アクターが初撃に放った失墜する天空(フォールン・ダウン)により、漆黒聖典の死体は吹き飛んでおり、彼等の持つ蘇生魔法では蘇生出来ないとアインズは推測した。だが、確実では無いとも考えており、早急な戦力アップを考えているのだ。

なお、現在ナザリックはアインズ自身のスキルの仕様を調べる事を最優先にし、消えても問題無い死体をアンデッドへ精製しなおしている上に、そもそも死体の絶対数が少ないのも問題となっている。ナザリックのNPCやシモベには人肉を好む者も多いのだから。

 

「・・・まだ後始末が残っている。ソレの処理をしてから裁決するとしよう」

 

「畏まりました」

 

アインズとしては効率が良ければリザードマンを滅ぼそうが生かそうがどうでもいい。立案したアルベドはアインズの為になるのならば良いという考えだ。

しかし、アインズは無言で己達のやりとりを見ているジュンの存在が重要である。即刻裁決するのは、関係に罅が入るのは確実であると考えている為、そう先延ばしにするしかなかった。

 

「アインズ様!どうか!どうか妾に罰を与えてくんなましっ!この首を落とさせて下さいませっ!」

 

「却下だ」

 

シャルティアはもう我慢できなかった。まだ己への沙汰が通達されていない事に耐えられなかったのだ。

話しが一段落してもなお、己を見ないアインズの真意が分からぬは恐怖でしかない。いくら、

先程『守護者最強』の地位を変動させなかったとはいえ、幾分か失望されているのではと、疑心暗鬼に陥っていた事も要因である。

 

シャルティアの跪き、涙ながらの懇願に対し、アインズの言葉は正に一刀両断である。

 

「な、何故!?妾は洗脳されたばかりか、御身が創造されたパンドラズ・アクターへ槍を向けんした!どうか死を以って許しを!」

 

「黙れ!」

 

「ひっ――」

 

罪には罰を。そう泣きながら訴えるシャルティアに対し、アインズの怒声が王座の間に響いた。

己へと向けられた訳では無い怒りだというのに、転移時に王座の間にいたアルベド、セバス、プレアデス達とは違い、初めてアインズの怒声を聴く他の守護者達やジュンの心臓にはよろしく無い重圧が加わる。

文字数にすればたった二文字でしかないのに、込められた感情は如何程のものか。怒声を受けたシャルティアなど、思わず小さい悲鳴を漏らす程だ。

 

「この度はある意味偶発的なモノ。先も言ったがパンドラズ・アクターはお前を救う為に命を賭け、一度殺したのだ。ソレを自ら捨てる等許しはしない」

 

一度感情が振りきれた為、精神が安定したアインズは王座に座り直し、シャルティアへ確りと自殺を許さぬ旨を伝える。

何処か厳しくも穏やかな声音は先の重圧の対比も加え、何処か慈愛を感じさせる雰囲気に満ちていた。

 

「し、しかし・・・」

 

「アインズさん。罰なんだけど、こんなのは・・・」

 

罰を受けたい。許されたい。そう願っているシャルティアには、アインズの答えは辛いモノだ。

罪の意識が強い者は、総じて罰を受けたがる。第三者からすれば、一見甘えや逃げにも等しい行為であるが、心の安定化には必要な一段落である。一度でも、己の所業に罪を感じた事が有り、真摯に向き合う事が出来る者であれば当然の願い。意外にも、ソレを自覚していたのはジュンである。形でも罰が与えられれば落ち着くだろうと、見守っていたジュンは終に口を開く。

 

「そ、そんな!それでは罰ではなく褒美ではないですか!」

 

「けど、ナーベラルを選んだ理由からすると、通らない?」

 

だが、彼女の語った内容は許容できるモノではない。反発するアルベドは守護者統括としても正しい。

アインズ的には、有りかもしれないと思うのだが、アルベドの態度は正しく直訴。時に主が愚かな選択をしないよう、命を賭けて再考願うのも忠臣の証である。

特に彼女はアインズが不在の際、只管アインズの為に働いていた。

アインズはシャルティアの状況。名前の表示変化のログの確認を王座のマスターソースで終え、次にナザリックの運営経費やら金貨の残高等々を確認したのだが、出立前に予定していた出費ラインを大きく上回る状態であったのだ。アルベドが如何に有能なのか分かる。

 

もっとも、休憩時間と称し、アインズの寝室のシーツを変えた上で、己の匂いを付与する事も精力的に行っていた。コレを知るのはデミウルゴスと一部の一般メイドである。アインズは知らなくて良い事だろう。

 

「いえ!そうなればワザと失態をする者が出てきます!コレばかりは反対させて頂きます!通す訳にはまいりません!」

 

「デミウルゴス。お前はどう思うか」

 

「・・・シャルティアの失敗の原因等考えてみれば、効果的ではありますが、私も承認致しかねます」

 

アルベドのジュンへの反論は、アインズへの嘆願へとつながる。アルベドの強固な姿勢に対し、アインズはデミウルゴスへ意見を求めれば、彼もアルベドの意見を支持した。

ナザリックの者としては受け入れがたい提案であるのだ。

 

「けど、このまま謹慎処分も勿体無いし」

 

『シャルティア・・・血の狂乱対策のアイテムを準備してなくてゴメン。ゴメンなぁ・・・』

 

「・・・皆の意見は分かった。だが、遊ばせておくには難が有る」

 

ブレーンであるアルベド、デミウルゴス両名が反対票を投じており、酷く悩むアインズ。だが、ジュンの実用面での意見と、幻影であるペロロンチーノの、普段の、楽観的にも見える彼からは信じられぬ嘆きように、アインズはジュンの意見を通す事にした。

 

「アインズ様!?」

 

「だがコレは罰だ。ソレを肝に命じよ。アルベド。後程時間を貰うぞ」

 

「は、はい(?)」

 

アルベドが思わず主君の裁決に意を唱えようとするも、アインズの言葉により、出鼻を挫かれる。

デミウルゴスも、アインズの御意向が何であり、また、その深淵の如き智謀で何を考えているのか真意が分からず、不思議そうにアインズを見るばかりである。

ともかく、目先の方針は決定した。

アインズの号令で、再びナザリックは慌ただしく動き出すのであった。

 

エ・ランテルへ先ず戻ったアインズ。

アインズはバレアレ家や冒険者組合へ昨夜のアンデッド奮起事件(仮)の説明や、今後の処理、エンリの冒険者登録に、森の賢王(従魔登録時にハムスケへ改名)とルプーの従魔登録を行っていた。

そんな中、冒険者組合の入り口から一人のレンジャーの男性が転がり込んできた。彼は、シャルティアに全滅させられた冒険者チームの1人である。すぐさまアインザックへと話しが伝わり、報告を行った。

この時、アインザックの執務室へ通され、別件で同席していたモモンを演じるアインズ主体で、元盗賊団のアジトに調査へ向かう事となった。吸血鬼の出現に鉄クラスの冒険者チームが一瞬にして殲滅等、火急の処理を要する問題であり、一定以上の力が求められる為だ。

なお、モモン達が先陣をきるのは、カジットの遺体の回収や、クレマンティーヌの遺体の捜索、現場検証等々で動けない冒険者が多い事が要因である。

翌日、冒険者組合からモモン率いるチームがジュンを除き出発。その後を酒場でモモン達が依頼で動く事を知ったイグヴァルジがついて行った。

 

結果、イグヴァルジが行方不明になるが、クラルグラのメンバー以外誰も気にしない事となる。

 

その要因として、モモン達が帰還した際に、盗賊に捕らわれ、性処理玩具として扱われていた女達に、死んだモノだとされていた冒険者ブリタ。更に見事な戦装束である深紅の鎧を着た美少女がいたからだ。

 

ジュンの進言は、シャルティアを『暫く』ナーベラル同様アインズの供とし、教育するという内容だった。

ナザリック以外の第三者の目が有る時では、アインズ直々に叱られる上に、彼女の性癖で不都合が起きようモノなら、下等生物と断じている者共の前で即叱咤を受ける上に、ワールドアイテムの所持が無い所か、自殺用のアイテムの所持が義務付けられている。

一見ご褒美に見えなくも無い罰である。

 

「この度は同族が妾の名前を騙り、大変なご迷惑をお掛けしたでありんす」

 

冒険者組合。アインザックの執務室において、モモンの報告の前にシャルティアの、アインザックへの謝罪から始まった。

礼儀やら何やらで、アインズにより口酸っぱく指導され、しぶしぶ兜を外し、頭を下げる彼女にアインザックは苦虫を噛みしめている様子である。

彼の知識では吸血鬼は異形のバケモノ。それに対し、一見美少女にしか見えないシャルティア。しかも、何故自己申告でそう言うのかが分からぬと多少混乱していたのだ。

 

そんなアインザックの混乱を他所に、応接用の椅子に腰かける面々。ナーベが愛用のティーセットを取り出し、魔法でお茶を沸かしているのを横に、モモンが簡単に説明する。

内容としてはこうだ。

故郷を遠く離れトブの森の奥深くを迷った末に、スレイン法国の所業から、人間と関わりたくない異形種が暮らす隠れ里(アウラ建設中のナザリック第二拠点)が有り、偶然、以前人間との係わるのが嫌になったモモンの友人と再会。移住した時に吸血鬼の花嫁(ヴァンパイア・ブライド)相手に恋をして出来た娘がシャルティアだと前置きした。

問題は、シャルティアが何故人里へ来たのかであるが、異形種独自のネットワークにより、シャルティアの名を騙る吸血鬼が存在している事を知ったシャルティア本人が追っていたというのだ。何故、隠れ里から出たことが無い彼女の名前なのかは知らないが、父に付けられた誇りある名前を侮辱させたと憤慨した故の行動だとも。

そしてブリタが絶命する寸前、本物のシャルティアが到着し命を救ったのだと言う。人間を好まない感性ではあるが、己の名を騙った存在に襲われ、まだ命を救える状態だった事も有り、ブリタの吸血鬼化の治療をシャルティアが行っていた上に、ブリタの意識が戻らぬ為、エ・ランテルへ移動しなかったとのだとも。

 

アインズは、シャルティアの姿や名前が広まった可能性も考え、本人ではない事を強調しつつも囮とし、何かしらの情報や接触を誘う事にしたのだ。セバスも囮だが、此方が本命である。

その為、パンドラズ・アクターが生産職の仲間の姿で製作したオブジェクト。真祖の吸血鬼の、ヤツメウナギに見える首をアインザックへ提示した。

なお、オブジェクト作成であるため、モンスターとして蘇生しようとしても不可能であるが、その気配は死んだモンスターそのものである為、ニセモノだと気付ける存在はプレイヤーぐらいである。

 

「して、コレがその吸血鬼の首で合っているのかね?ブリタ君」

 

「ひぅっ・・・」

 

話しを聞き終えたアインザックは、ナーベの淹れたお茶を嗜みながら、モモンが机へ置いた吸血鬼の首をまじまじと観察する。

長さが不規則な上荒れ果てた毛髪に、異様に見える深い皺。異様に分厚く腫れ上がっているように見える唇から細い牙が乱立しているのを覗かせていることから、地獄の門にも見えるだろう。どこか、その首は討伐された事への憎悪が滲ませており、醜悪な吸血鬼そのものとアインザックは思う。

接敵して生き残ったブリタへ聞いてみれば、彼女は既に引き攣った顔をし、部屋の隅で怯え、蹲っていた。濃厚な死の気配は、彼女の精神を確りと蝕んでいたのだ。

記憶操作魔法により、時系列を多少前後させられ、ナザリックにとって都合の悪い記憶を削除させられた上で、死の恐怖を増幅されたブリタの反応としては当然とも言えるだろう。

 

「・・・どうやらその様子だと正しい様子だな。モモン君。君の知り合いの彼女だが」

 

「名前はシャルティア・ブラット・フォールンですよ。何分隠れ里では人間は極少数な上、ある国関係で人間嫌いも多いものでね。一度人間社会の見学等が必要だと私と、彼女の父と頭を悩ましていましたが・・・私が教育しますので安心して頂ければと思うのですが、どうでしょう。お願いできませんか」

 

ブリタはもう冒険者としてはダメだろうとアインザックは感じつつも、目先の問題をどうすべきかと考えていた。先のモモンの説明では、トブの森に恐ろしい隠れ里が有る事が判明した上に、何故ブリタの引き渡しを知り合いのモモンにしたシャルティアが、まだ帰ってないのか。

アインザックが聞く前に、モモンが説明した為に、疑問は消えるが、今度は悩む事となる。冒険者組合長など碌な職ではないとも思いながら。

 

「っ!アっ・・・モモン様が頭を下げっうきゃっ!?」

 

「馬鹿者!人だからと侮るなと何度言えば分かる!私も人族だろう!お前の父の友人だと知った時も侮り、痛い目に遭ったのを忘れたか!」

 

モモンが頭を下げる姿に、シャルティアがアインザックへ詰め寄ろうとするが、その前に彼女の頭にモモンの拳骨が振り下ろされ、叱咤される。

彼女のスッペク的にはノーダメに近い事だが、喋っている途中で舌を噛んでしまった為、意外とダメージを負う。

 

「申訳無いアインザック殿。シャルティア!先ずは非礼を詫びるのが先だろう!」

 

「ひかひ・・・ひぐっ!」

 

「ソレまでにして頂けるかな。責任を以って監督して頂けるならば、私の胸の内に秘めておこう。だが、可能な限り知られぬように気を配ってくれると助かる」

 

何かを言いかけたシャルティアだが、再びモモンの拳骨が振り下ろされた。

目の前で行われる激しい教育的指導に、アインザックは追及する意欲を奪われてしまった。シャルティアが一見少女に見える事が大きな要因となっており、モモンが娘の非礼詫びる親にも見えた事も大きい。

 

(屈辱っ!屈辱でありんす!けど、濡れちゃうっ・・・)

 

何処か、アインザックの目が子供を見るような眼で己を見ている事に気付いたシャルティアは、モモンの叱咤に少々興奮し、下等生物と断じている人間に想定外の目で視られる事で、覚えた興奮が激しくなるのを感じた。

彼女を創ったペロロンチーノの複合性多様性癖は、実に荒唐無稽・奇奇怪怪である。

 

「ご厚意、感謝する」

 

「か、感謝するでありんす」

 

シャルティアの頭を軽く押し、頭を下げさせると同時にモモンも頭を下げ、礼を述べた。

ここで述べなければ、困った事情により濡れた下着を換えるタイミングが遠のく事から、シャルティアも、少々羞恥等から頬を染め、モモンに倣う。

 

「して、バレアレ家の事だが――」

 

激しい指導の後に、モモンに反発せず礼を述べるシャルティアの姿に、追及は不要であると言わんばかりにアインザックは話題を変えた。

 

結果だけを言えば、冒険者組合は遺留品から、先の墓地からアンデッドが噴き出した事件は秘密結社ズーラーノーンの犯行であると声明を発表し、その首謀者らしき犯人は『2人』とも排除されたとした。クレマンティーヌの遺体が発見されてはいないが、状況的に生きているとは考えにくい為であり、住民を安心させる為にもそう発表するしかなかったのだ。

また、証拠品数点が何者かに奪われた事に関しては、実際に倒したモモン達以外には秘匿にされている。

そして、モモン達だが不安を伴う情報を払拭すべく、オリハルコンクラスへのランクアップに加え、アダマンタイトへの昇格試験を早めに受ける権利を与えられた。もっとも、試験を受けるには数々の依頼や凶悪なモンスターの討伐が必要である。だが、シャルティアが加わった彼等いとって問題にはならない。

モモン達のランクアップの裏には、ドブの森に在るとされる異形種の村の存在も有る。

王国への報告も見送り、エ・ランテルの上層部。加えて言えば、アンザック以外には魔術師組合長テオ・ラケシル、都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイアの3人のみの秘匿とした。

シャルティアの実力を、アインザックが少なくとも鉄クラスの冒険者の1パーティを即座に殲滅できる吸血鬼を殺せる事から、ミスリル以下の冒険者では対応できないと判断し、トブの森にて魔物に襲われる事案が少ない事もあり、下手に刺激を与える事を懸念した結果、原則不干渉とする事にしたのだ。特に、王国はビーストマン等の亜人の恐ろしさを話でしかしらない。貴族の思いつきや嫌悪感情で刺激した結果、エ・ランテルを含む一帯がどのような結果になるのか。確実に様々な資源が失われる事になると考えられる為だ。

よって、問題の村出身と認識しているシャルティアや、関係者であるモモン達の発言権を一定以上とした上で、生じるだろう問題解決の要。不安を払拭する光としてアダマンタイト級冒険者の力と肩書が有った方が良いと、パナソレイが判断した。

 

アインザック経由で人間嫌いな者が多いと知ったパナソレイは今まで特に情報が無かったことから、実際は人間に興味が無いのか。また、その人間性的なモノが有り、貿易が可能かどうかの確認の為、知り合い且口の堅い者達。引退した冒険者や、商人をターゲットに選出し、一定期間カルネ村への在住を薦めた。だが、誰もカルネ村へ行きたがらない。目を引く資源が薬草ぐらいしか無い事が大きいのだ。

結果、リイジーとンフィーレアがモモンの薦めで、カルネ村へ移住する事となってしまった。異形種の村について、リイジーに相談するべきだと迷ったのだが、彼女はエ・ランテル随一の薬師であり、パナソレイとしても恩もある相手だが、彼は熟考の末利用する事を選択したのだった。

 

風花聖典はスレイン法国が秘宝『叡者の額冠』を奪還し、本国に英雄クラスの者の出現。合流予定だった漆黒聖典が現れ無い事に危機感を覚え、『叡者の額冠』と姫巫女を理性有る状態で開放する術を確実に伝えるべく一度本国へ帰還する事にした。

彼等としても、裏切り者であるクレマンティーヌの生存は考えられないと思っており、証拠として、切り落とされた彼女の両腕も奪還している。

法国の上層部は、彼女の肉体の一部が有る事から、蘇生して情報の引き出しや、戦力不足から洗脳して一兵士としての運用も考えたが、結果は彼女の腕に仕掛けられていたアインズの魔法が発動。彼女の腕は朽ち果て、蘇生等考えられ状態となり、徒労となるのは、この時点で彼等が知る事ではない。

 

スレイン法国の裏切り者であるクレマンティーヌがいるのは、地上では無い。

ナザリック第七階層。デミウルゴスの執務室エリアに、人族でも問題なく生活できる部屋が新設された。

彼女は一度デミウルゴスにより第九階層。客室に運ばれ、ドクターのクラスを持つニューロニストと、回復魔法を得意とするペストーニャ両名により治療された。エンリによる裂傷だけではペストーニャの魔法で治療する事が可能だったのだが、第七階層の溶岩溢れる環境により、真皮迄火傷を負ってしまった事で、彼女の魔法だけでは酷い痕が残ると判断したデミウルゴスによる配慮である。

ニューロニストによる外科手術。全ての皮を一度丹念に剥ぎ、その皮をテストケースとして鞣した後で、ペストーニャによる魔法で治療すれば、クレマンティーヌは両腕が無い事以外、ごく普通の女性足る姿であり、酷い全身火傷を負ったとは思えないだろう。

治療中もだが、未だ昏睡状態。眠り姫のままである。

アインズによるシャルティア達の沙汰が終わり、一度司書長とスクロールの案件で談話を終えたデミウルゴスは、一度様子を見るべく己の執務室へ戻った。

そこには、用意されたベッドで、あるがままの姿をシーツ一枚で隠し、未だに眠っているクレマンティーヌの姿があった。彼女の寝顔はアインズやエンリが見れば驚くほど穏やかであり、狂った精神を思わせる要因はゼロである。

 

(さて、どうしたモノかな?ウルベルト様とジュン様の会話により、人間の皮はスクロールの材料足りる様子であるし、ドブの森の獣や魔物の皮は材料と成りえない。あの人間達はジュン様の財産である上に、コレはアインズ様より与えられた試し・・・実に悩ましい事だ)

 

クレマンティーヌは治療により随分と髪が伸びていた。彼女が戦士として研鑽を積む前の美しい髪は、意外にも僅かな光すらも反射する美しい金毛。腰までとどき、仮にクアイエッセが生きて今の彼女を見れば、愛おしい妹が、再び舞い戻ったと喜ぶだろう。

デミウルゴスはごく自然に彼女の髪に触れ、掌で弄びながら彼女をどう扱うべきか悩む。

 

彼の仕事で重要な案件の1つ。スクロールの原材料の確保・量産体制の構築に進展が有った。

 

スクロールの生産を重視し、彼女を解体し続けるのは非効率だ。

更に、彼女はアインズによりデミウルゴスに与えられたモノである。殺さないのであれば、悪魔の欲を満たすのも容認している様子ではあるが、先のシャルティアの沙汰等を鑑みれば、デミウルゴスには、アインズにより与えられた試験に思えてくるのが悩ましい。

焼け爛れた状態で剥がされ、鞣された最低ランクの状態で、第二位階の魔法が込められる事から、司書長は万全の状態で剥がされれば第四位階迄は安定して魔法を込められると推察しており、デミウルゴスも理解している。

己の造物主とその妹の会話(魔導書やら、第二次世界大戦で人皮を利用した家具が有ったとかいう噂話)から、実験の為司書長へテストピースとして提示し、結果裏が取れたのは間違いなく良い事だ。だが、現状ナザリックはスクロールの材料になる、『生贄の羊』の確保が難しい。

アインズはプレイヤーを警戒している為ナザリックの無暗な殺戮を様子見している。武技使用者の確保の名目で誘き寄せた盗賊は、シャルティアにより肉片や血の抜けたミイラへとなり、死体の使用はアインズによるアンデッド作成の材料ぐらいにしかならないか、恐怖公の眷属達の餌にしかならない。

他国を秘密裏に侵略し、牧場を作成するのはデミウルゴスにとって容易ではあるが、仮にジュンに発覚されれば、彼女の気性からしてナザリックから、アインズの下から離れると推察している。そうなれば、アインズは何としてでも取り戻そうとするだろうが、従順になるまで調教した彼女はアインズの求めている者ではないのは、夜空の下アインズの言葉を聞いたデミウルゴスは『違う』と断言できる。

人間以外の皮を確りと試した上で、クレマンティーヌの皮というテストピースにより、スクロールの材料は現時点で人間が使える可能性が高い事を伝えた上で、ジュンが納得できるプレゼンを行い、人間を一定数確保。実験・試作・量産化を進める予定なのだが、そうなれば、やはりこのクレマンティーヌの利用価値が難しくなるのだ。

 

(人形遊びとまいりますか。やはり、無難な選択が一番でしょうし)

 

「ぅぅ・・・っ―――」

 

デミウルゴスの、メガネに隠された宝石の双眸が怪しく光る。

眠っているクレマンティーヌの耳元でデミウルゴスが囁き、彼女は一瞬魘された様子だったが、直ぐに穏やかな寝息へと変わった。

その様子を観察していたデミウルゴスの口元が歪んだのは、誰も知る必要は無い。

 

そして、誰も知る必要が無い案件はもう一つ有る。ジュンはアインズがモモンとして依頼を受ける以外は同行せず、1人己のギルドホームだった場所。ナザリック地下大墳墓。水晶と化した地上部分で詰めていた。

 

水晶で出来た椅子に座り、アインズが王座でマスターソースを広げていたのと同じように、己もマスターソースを閲覧、操作していた。いつもの半魔形態に白いワンピース姿で、脚を組んで椅子に座っており、少し気怠気に溜息をしているのが艶しい。

便宜上ギルドは合併したとアインズが宣言しているが、システム上は別々になっている。そのため、NPC作成レベルも独立している状態をキープできているのだが、一つ問題が有る。

ナザリックとスカイ・スカルのNPC同士は、各々の支配者の言葉で仲間として認識しているだけなのだ。

よって、知らないNPC同士が『敵』として認識する可能性が非常に高い。

 

(2人か・・・1人はこのまま起動すれば良いけど、監視が緩んでからだね。けど、リザードマンか・・・アイツはやっぱり嫌だし、使い道が少ない。やっぱり、勇者しか無いか)

 

ジュンはNPCの作成を行っており、既に一体は起動するだけの状態迄完成していたのだが、アインズに紹介するデコイ用のNPCをどうするのか迷っていたのだ。よって、汎用性を重視し、もう一体は『悪魔の勇者』にする事にした。

だが、問題はもう一つ有る。先程から感じる視線だ。

 

「パンドラズ・アクター。アインズさんの命令?」

 

「――まさか、気付いておられましたか。ですが、アインズ様の命令ではありません」

 

(うそ・・・マジでいた)

 

虚空に話しかければ、己が座している椅子の裏から、影と同化していたパンドラズ・アクターが現実世界を侵食するように現れ、ジュンの足元に現れ跪いた。

地味に足元に跪かれるのは気持ちが良いモノでは無いし、本当にパンドラズ・アクターだと確証も無かったジュンは少し引き気味である。

 

「跪かなくても良いよ。それで、要件は?」

 

「・・・アインズ様の密命で調べた内容ですが、アインズ様が忙しい(・・・)ご様子でしたので、先ずジュン様にお知らせしようと思いまして」

 

「――そぅ」

 

ジュンの言葉に、パンドラズ・アクターは懐から一冊の本を取り出し、差し出す。その口調に含まれるモノに気付かぬジュンではない。少し考える様子を見せた上で、受け取るか考える彼女に、パンドラズ・アクターの目に該当する目の空洞の奥に、光が灯る。

 

「それは、順番を間違えてでも私に知らせるのが重要だと?」

 

「はい。アインズ様が私を密かに動かしたのは、ジュン様を騙す意図は無く、不信感を煽る為では無い事だと証明致しませんと、ジュン様の行動がアインズ様に疑念を抱かせる訳にはいきません」

 

ジュンの一瞬だけその瞳を黄金に輝かせ、睨みつける。パンドラズ・アクターは重圧感を覚えつつ、己の行動はアインズの為、ジュンの為に行っているのだと述べた。

本来、アインズの密命であれば、アインズに報告し、情報を漏洩させるのは問題でしかない。だが、パンドラズ・アクターは、先のシャルティアの一件で、王座の間においてジュンが基本的に干渉しないようにしていた事や、観察するようにしていた事が気になっていたのだ。

要するに、この報告をどう扱うのかにより、ジュンの真意を調べる為であり、この情報は嘗て『リアル』という世界を知っている2人に、どのような影響を与えるのか知る為でもある。

 

「私は、口頭(・・)のみで聞くよ。貴方は今、私と逢っていない。そうでしょ?」

 

「――畏まりました」

 

ジュンの出した答えは、パンドラズ・アクターは密かに彼女を警戒しつつ、己が調べた内容を伝える。既にこの付近の地質・地層も密かに調査済みである事も。

だが、この報告はジュンにとって大きな変化をもたらせる。表面上は何でもない様子だが、内心は荒れ狂っていた。言葉が出ない。

そして思うのは、この謎の希望に似た何かを抱かせない為にアインズがあえて密命とし調べ、己に伝えなかったのだと思う。胸が何か暖かいモノで満たされ、思わず笑みを浮かべるジュン。

先の嵐の大海の如く荒れていたのが嘘かのように、穏やかな心。

その笑みは故意で浮かべたモノではなく、只管穏やかであり、微かに頬を染めており、何処か少女を思わせる笑みだ。

 

「パンドラズ・アクター。アインズさんと2人っきりでゆっくりしたいって伝えて。秘密にしてたのは私の為だって分かったから」

 

「はい。勿論で御座います。もし宜しければ、バーで御酒を嗜んではどうでしょう」

 

「・・・お願い」

 

ジュンの何処か嬉しそうな様子に、パンドラズ・アクターはジュンが直接アインズに予定を伺わないのは、己がアインズへ叱咤を受けないようにする為であり、また、今アインズへ話しかけるのが恥ずかしい為だと推察した。そして、それは間違いや勘違いではなく事実である。

ソレを証明するかのように、彼の提案にジュンが答える姿は、リンゴのように顔を赤くしており、声音が甘い。

パンドラズ・アクターは何所か満足するかのように一礼してその場を去り、1人残されたジュンはフリーズしたまま暫く胸に満ちる暖かを堪能するのであった。

 

「問題ありませんね」

 

パンドラズ・アクターはアインズの執務室へ向かいながら、何処か幸せそうにそう呟いた。

ジュンの反応は、アインズを裏切る行為をする可能性を視野に入れて、警戒していた事が馬鹿らしくなる程『少女』だったのだ。

 

アインズにこの件を報告した際、パンドラズ・アクターは叱咤されるのだが、何処かアインズの口調に喜びが含まれているのを感じ、アインズの攻勢を内心応援するのだった。

 




デミ「さて、うまくいくかな?」
パン「計画どおりっ!」

ってな事で、モモン一行にシャルちゃん参加ー。ただし自爆用爆弾持ち。

次は閑話兼プロローグで4巻入ります。まぁ、4話ぐらいで終わる予定だけど。
次回更新予定は9/18になると思います。更新無かったら数日中になると思います。すいませんー。


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第二二話

更新おくれてすいません。仕事の多さナメてました・・・


リザードマンの村への侵攻。

アインズはこの決定を少々迷っていたが、シャルティアの一件の数日後、正式に決定した。これは、シャルティアが何とか冒険者として活動している事が大きい。モモンとして監督している時に、モンスター相手だが血の狂乱が発動しかけたのだが、モモンの前だからなのか、それとも悪印象を払拭する為か彼女は見事に抑えきったのだ。

NPCの成長・・・可能性を見た気がしたアインズは、先のアルベドの述べた彼等、リザードマンの遺体が高レベルアンデッドの素体足り得るのか。そして、パンドラズ・アクターから齎された情報により、かの地の地下や湖の下に、己の考察の確証が眠っているのか確認する為に、一度制圧すべきと判断した。

ジュンへは軽い一当てをし、彼等の反応次第では全滅させない。女子供(雌雄の判断はつきにくい)は彼等の人間性というべきか、考え方が人間と変わらない様子であれば手を出さ無い事を条件に侵攻の理解を得て問題は無い。

 

冒険者モモンとして活動し、カルネ村の復興具合やトブの森の捜査結果等々、アインズがアルベドから受ける報告は種類もさることながら、上がっている報告は重要案件も多い。

特に、特異な薬草の材料と成るレイドボス的な、ザイトルクワエの存在が、ナザリック第六階層へ移住したドライアードから齎され、同時に移住したトレント系植物モンスターから得た補足情報により、大元のザイトルクワエをアウラ、マーレを主軸にコキュートス、デミウルゴスを加えたメンバーで殲滅し、枝や根等採取。枝や根を元に栽培に着手した事が地味に重要である。

コレから採取された各種薬草がユグドラシルの赤いポーション。その材料の代価品になる可能性が大きいからだ。

トブの森にてアウラの作成している第二拠点。コレは様々な面を持つ生産拠点になり始めている。万が一育ち過ぎればザイトルクワエの大量放出に繋がる為、管理を徹底させる必要が有る。ザイトルクワエ自体が栄養を奪い合う為、ドルイドであるマーレの仕事は意外と多くなっている。

 

各種報告を受け終わり、時間が出来た為一息着こうとアインズが考えていると、アルベドが己を注視している事に気付いた。

 

(あぁ。結局時間が合わなかったか)

 

「アインズ様。何故ジュン様の案をご採用になられたのか御聞きしても宜しいでしょうか」

 

王座でシャルティアの沙汰を下した際に、良い機会だと話し合うつもりであったが、時間が合わずにできていなかった事をアインズが思い出していると、アルベドは意を決した様子で口を開いた。

その表情も声音も堅く、無表情。シャルティアの沙汰は未だに納得できていない様子である。

 

「そう怖い顔をするな。毒虫が潜んでいた。仕方ない事だ」

 

「しかし!」

 

「まぁ待て。血の狂乱はシャルティアの意思の力で抑えられると判明し、私の許可無く解放する事は流石に無いだろう。あの底抜けに明るいペロロンチーノさんの娘であるシャルティアが沈んでいる姿等見たくないのだ」

 

「・・・畏まりました。」

 

アインズとしては結果的に、シャルティアを通してペロロンチーノを見ている。彼女の仕草にペロロンチーノの影を感じられ、意外にも楽しんでいるのだが・・・モモンとして、冒険者として動いている際に、ふとした拍子にシャルティアの表情が曇る事が多い事に気付いていた。シャルティアはアインズやジュンと共に行動する事から、自責を封じ込め、いつも通りの自分を演じている。空元気というべき状態なのだ。仮にナザリックへ完全に謹慎となればどうなるのか。想像するのは難しく無い。

アインズが内心シャルティアを案じている事はアルベドも理解している。そして、彼女がアインズの前で血の狂乱を抑え込められている結果を出している以上、アルベドも渋々認めざるを得ない。

辛い時に笑う事を強要され、また、他の者達からは渇望と嫉妬の念を向けられる。意外とこの罰はキツイのかもしれないと考えた事も大きい。

 

「うむ。それよりも、だ。お前はナザリックの維持に尽力していると判断した。予想以上の倹約ぶりだ」

 

「はぁ・・・ぇ?」

 

アインズがアルベドと話をしたかったのは、ジュンから言われたように、確りと向き合うつもりだった。そして、その切欠としてアルベドの仕事ぶりは丁度良い。

一方のアルベドは、急に機嫌の良い声音で己の仕事を評価する旨を述べるアインズに、少々思考がフリーズを起こし、何処か不思議そうな相槌を打ってしまう。

 

「なんだ。私がお前の仕事を評価している。ただそれだけの話だぞ」

 

「――はい。ありがとうございます」

 

ゆっくりと話をする機会に、しかも二人っきりの密室で己の仕事を良い方向で評価される。そして、ソレは己の勘違いでは無い。

アインズの声音が優しいモノである事から、アルベドの胸を幸福が満たす。思わず胸が高まり鼓動が早まる。だが、顔色一つ変えない。ある意味淑女の必須技術だろう。

しかし、事務作業の補佐の為アルベドはアインズの左後ろに控えており、アインズから見えない位置にある腰の黒翼は非常に素直であり、御機嫌そうに、小刻みに揺らめいている。

 

「して、何か褒美として欲しいモノは有るか」

 

「アインズ様の御子を授かりたいです(褒美等、当然の事をした迄で御座います)」

 

アインズはそんなアルベドの様子に気付かず聞く。

だが、色々と御預け状態だった上に、ジュンをメインで構っていると感じていた中で、2人っきりの密室でご褒美を聞かれたアルベド。

つい、本音と建前が逆転するというモノ。

乙女回路が全開駆動中で、いつもの微笑みを浮かべたままでとんでもない発言をしてしまった。

 

「あ・・・」

 

「ぬぅ・・・」

 

思わず沈黙する場の空気。アインズはアルベドの発言にフリーズしてしまい眼窩の真紅の灯が消えている。

アインズの様子に気付いたアルベドは己のミスに気付き、思わず声を漏らせばアインズもフリーズから解放されたのか難しそうに唸る。

 

(失態!失態だわ!つい本音が・・・じゃなくて、えっと、あっと、どうしよう!?落ち着くの!落ち着くのよアルベド。ここは、このまま既成事実を狙って・・・って、今の御姿は元の!けど、きっとオーラブレードとか、見事な御骨がローブの下にあるかもしれないし、ここは飛び込むべき!よし!アインズ様の御反応次第で組伏せなきゃ!天井のエイトエッジアサシンの数は5。増援無し。女は度胸っ!)

 

(あ、マズイ。何か追い詰められた獲物感・・・何とか説得させて落ち着かせないと何か無くしそう)

 

一度言ってしまった以上、取り繕うのは非常に難しいモノである。

内心パニックを起こしたアルベドの脳裏には実力行使・既成事実に彩られ、ソレを可能な限り表に出さぬように努めるも、その眼光は凄まじい。

アインズが身の危険を感じる程に。

 

「まぁ待て。子が欲しいのは分かった。だが、母体になる以上どのような結果になるのか不明であるし、負担も大きいだろう。此処は慎重に、先ずNPC同士や、人間との間に子供が出来るのかを調べ、検証してから行為に及ぶべきだ」

 

「アインズ様!最も偉大で慈悲深き御方!私を案じておられているのですねっ!でしたらお情けを頂けませんか!私は既に準備済みで御座います!勿論着たままが良いという事でしたら、このまま!今すぐに!」

 

アインズは己が何を言っているか自覚は無い。

暗に異種交配実験も考えており、その結果を知った上で、安全且確実に子供が欲しいと言っているようなモノである。

アインズが己の身を案じており、また、己との子も望んでいる。忙しいと彼女にとっての長期間(2週間程)、仕事以外の話は無い上に、メッセージによる魔法で御身の姿を見る事も叶わぬ事多数。ジュンとの関係から、愛していると書き換えたのは戯れだったのかと、内心不安に思っていた彼女の心。

アインズの言葉は暴発に値する程凶悪且強力である。

結果として、アルベドの乙女回路にガソリンどころか、ニトロを投入したようなモノだ。

手を胸の前で組み、腰の羽はパタパタと忙しなく動いており、眼が期待と歓喜でキラキラしている。

地味に手の甲に血管浮かび上がっている事から、襲い掛かるのを自制しているのは、彼女しか分からない事だ。

 

『いけ!アルベド!ソコだ!ヤレ!あだっ――』

 

『モモンガさん。アルベドが焦りすぎですし、正直女をモノ扱いするのは酷いと思うな』

 

『そぅだょーモモンガお兄ちゃん。アルベドの性格からするとガツンッと一発強い口調で押さえつけないと襲われるよー』

 

『えっと、ジュンちゃんが今知ると軽蔑するかも?確り向き合わないとダメだと思うな』

 

タブラの幻影は触手を蠢かせながらアルベドを興奮しながら応援していたが、やまいこの剛腕により黙らされる。

彼女的は暗にアルベドが己を安売り(実態的には押し売り・押しつけに該当)し過ぎている事や、アインズが地味にジュンにしろ、アルベドにしろ、掌で転がしているように見えているのか珍しく棘の有る様子。

やまいこを援護するのは、ロリボイス仕様のぶくぶく茶釜と何か言わないと、いった感じのあんころもっちもち。

アインズ・ウール・ゴウン女子連合による進言は非常に大きな効力を持つ。

 

「落ち着け」

 

「っ――申し訳ございません。不敬を働きました」

 

「よい。一つ聞きたい。何故そうも焦る。我々の寿命というべきか・・・時間は多く在る」

 

絶望のオーラ<Ⅴ>を発動し、黒煙を噴出した上で重く告げるアインズに、アルベドは先の興奮も忘れ、思わず跪く程のプレッシャーを味わう。

完全に我に返り、即座に跪いた。

そして問題は、アインズのアルベドを見る目である。

正確には眼窩に宿る灯なのだが、淡く揺らめいているようでいて、確りとした深紅の輝きに、アルベドは己の心の隅々迄見通される感覚を味わい、己の奥底に在る、アインズ以外の至高の御方への憎悪すら知られているのではと、不安から黙るしか無かった。

 

「それはっ・・・」

 

「良い。この場において私の心にのみ留めよう」

 

至高の御方から問に沈黙で答えるのは不敬である。

何か言葉として返さなければと焦りから言葉を紡ごうとするアルベドだったが、不意にアインズから優しげに発言を促される。

アルベドは、アインズの先の重々しい言葉とは違い、慈悲深く聞こえる声音が恐ろしく感じ、未だに発動される絶望のオーラ<Ⅴ>の重圧とのギャップも含め、思わず背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「っ・・・」

 

「アルベド。答えられぬか?」

 

言葉が詰まったアルベドに対し、アインズの声音は何所までも柔らかい。

アインズに、アルベドを追い詰めるつもりは全く無い。だが、この声音に反し、真偽を見抜くような視線をしていると、アルベドに思われているとは考えてもいない。

 

「ジュンか・・・いや、それだけでは無いな?」

 

「っ!!!」

 

あえて既存の情報を出し、相手を揺さぶるのは尋問の常習手段である。

疑問形で〆ているのは、不安等で追い詰められている相手にはたまったモノでは無い。アルベドは顔にこそ出しはしなかったが、一度翼ピクリと跳ねた。そして、アインズはソレに気付いている。

 

「ジュンへ嫉妬しているのは知っているし、私が手を加える前に私を愛していたのは嬉しく思う。一つ聞きたい。やはり、お前も皆を憎んでいるのか?」

 

「やはり、とはどういう事なのでしょう?」

 

「なに、パンドラズ・アクターがな。私に告白してくれたのだよ。私も、彼等へ思う事は多々あるが許している」

 

「そう、なのですか・・・」

 

アインズの言葉に、何処か神妙な様子を見せるアルベド。話を聞く体勢になったと感じたアインズは手応えを感じていたが、彼女の理解は彼の理解の範疇外に在る。

なんの事も無い。己の造物主を含む、他の至高の御方と呼ばれる40人の存在は、彼女の心を占める割合がソレ程大きくないのだから。

アインズは、やはり己の心の奥に仕舞っている感情に気付いている。そして、類似の感情を抱いているが、既に昇華済みなのだとアルベドは理解した。愛しい人を傷つけ、己等を捨てた者達であり、負の感情の向ける相手。

だが、ただそれだけだ。

アルベドが真に恐れているのは、彼等がアインズ――モモンガを元の世界へ連れ去る為に現れる可能性である。その危険性が燻っている為に、ナザリックへ押し留める為の楔。『子供』が欲しいと考えていないと言えば嘘になるのだ。

もっとも、上記は要因の一部であり、彼女自身の性格等が主原因である。

 

「おまえも私を見ていてくれた。ならば、私の不甲斐無さの為にそう思っていても可笑しくはあるまい」

 

「不甲斐無さ等!そもそも他の至高の御方がこの地を去ったのがそもそもの原因ではありませんか!」

 

アインズ的には予想外だが、アルベド程の美女から好かれるのが嫌かと言われれば、否である。もっとも、色々と困る事も多いが。

ともかく、王座の間にいたとすれば、己を見ていたと考えると、パンドラズ・アクターのように考えているのでは?と考える程、パンドラズ・アクターの告白は、アインズのアルベドへの考え方を変える要因となっていた。

アルベドは、アインズの自嘲に反論する。アインズの思惑通りに。

 

「そう怒るな。そもそもリアルは我々が生きていく上での割合が非常に大きかったのだ。その結果、此方へ来れなくなったのだ」

 

「・・・しかし、アインズ様だけは残って下さいました」

 

ユグドラシルという世界を、可能な限りゲームでは無く、一つの世界としてアルベドの意識改革を行おうとアインズは考えていた。仮に皆が見つかったとして、NPCに殺される等考えたくもないのだ。

だが、リアルではなく、ユグドラシルへ傾倒していたアインズが言っても説得力が半減するのは当たり前である。皆が皆、一日が一週間。一週間が一月。終いには引退。そんな彼等とアインズの違いは些細なモノなのだろうが、ソレが致命的でもあった。

 

「そうだな。だが、彼等にとってリアルの方が大事であっただけだ。せめて、躯となり来れなくなっただと思いたくないモノ。何人かは、病が原因であったからな」

 

「病・・・しかし蘇生魔法や治癒魔法が――」

 

「リアルには存在しない。いや、既に夢幻の果てとなったと言うべきか・・・」

 

アインズは彼女が確りと落ち着いたと判断し、絶望のオーラ<Ⅴ>を解除し、彼女の言分を優しげに肯定しつつも、止むを得ない事情が有ったのだと伝える。

アルベドの答えはゲームであるならば当然の答えである。アインズは、嘗て在ったかもしれない魔法や奇跡を想い、戦争や環境破壊の末に失われた古代文明の遺跡や文化財の存在を含めて、何処か遠くを見るかのように答える。

 

「大地は腐り、空気は毒に。海は死で溢れる世界。ただ奪うだけでは飽き足らず、壮絶なる過労の末の死のみが慈悲。下々が魂すら削り、己等の生活を維持している事に気付かぬ愚か者共には、子を増やし未来を創る発想も無い。夢と希望を下々に与える事も無い不毛ともいえる世界。ソレがリアルだ」

 

アインズは資料で知っていた。いや、資料としてでしか知らないと言うべきか。それ故に、この世界の夜空を見た際に、アンデッドと化した精神にも感じるモノが在った。

リアルは、一世紀程前はまだ大地は緑であり、空や海は蒼かったのだと。数々の問題が在ったが、ソレでも最低限の生活が保障され、人としての尊厳が護られていた時代。

それが、己が生きる時代では完全な統制の下、サボる事を禁じられた働き蟻の如く、富裕層を生かす為の部品と化した人々。そして、子供を育てるには劣悪すぎる環境に加え、そもそも結婚を考える事も少なくなった世界。

悟で在った頃はリアルに生きる価値を見出せなくなっていたのだ。

転勤と称され、退職した女性が路地で奪われつくされた躯となり、曝される事も少なくなかったのだから。

末期な世界である。

 

「不思議そうだな?」

 

「いえ、アインズ様の為となるならば死すらも受け入れるのが我々の役目でありますので」

 

「私の為に働く事こそが、お前達の夢であり希望であるのは理解しているし、嬉しくも思う。だが、この世界の者も。人間の夢は違う。家族の幸せを、より未知を、奪われたモノを取り戻したいという夢を持つ者が大半だと願いたい」

 

アインズの怒りを通り越した悲しみを感じさせる声音にアルベドはどう話しかけて良いか困惑していた。そして、その困惑している様子を、アインズは価値観が合わない為なのだろうと考えれば、肯定する答えが返ってきた。

アルベドの言い分も理解できる。ナザリックに休暇制度を導入しようとした際の猛反発にはアインズも頭を悩ませたのだから。

だが、己を崇拝し、何も変わらぬ日常は幸せなのだろうかという疑問がアインズには在る。

 

「私はな。子が笑い合い、皆が皆最低限の教育を受け、死するその瞬間、幸福感で満たされる事が最善であると考える。中には例外はいるがな」

 

アインズの祈り。

慈悲深い『優しい世界』。もっとも、自己利益のみを追求し、奪うばかりの者は例外だとも考えているが、青臭い理想論。

だが、之こそが、鈴木悟という人間が抱いていた夢だとすれば、現実により打ちのめされ、砕かれた夢の欠片は星となり、確かにアインズの中で輝き続けているのだろう。

 

「アルベドよ。現状ナザリックにおいて我が子を作ったとして、子が笑える世界であるか?このナザリックの外はどうだ?」

 

「時期尚早だというのは理解しました。ですが、何故お情けを頂けないのでしょう?」

 

アインズの中で『子』は次世代を、『未来』を表しているのだろう。

故に、アルベドは『子』が産まれる土壌、『世界』が整っていないと理解した。現状、不足しているモノばかりなのだから。

だが、彼女の『女』としての部分が不満を訴える。

愛しいヒトと一つとなり、得られる幸福感は確かに存在するのだから。

 

「子が出来る可能性が有る以上すべきではない。それにだ――」

 

「あ、アインズ様?」

 

アインズは静かに立ち上がり、アルベドの前に立つ。アルベドはアインズが己を見下ろし、己の目を見るアインズの眼窩に宿る炎を直視できなかった。

 

ワールドアイテムである<力の涙>で人間の肉体を得る事は出来る。小悪魔等の種族レベルを設定すれば、悪魔の体を得る事も可能だろう。

同系統種族であれば子を成す事は可能性が有るとアインズは考えている。だがジュンの件も有る。アルベドと向き合い、確りとした結果を出さなければならない上に、現状アインズは二兎を追っている状況なのだ。

 

「おまえが・・・子が出来ぬと嘆き悲しむ姿等見たくはない。今は、コレが限界だ――」

 

「アインズ、様・・・」

 

アインズは彼女の細い腰へ腕を回し、抱き寄せ頭を撫で、その額に口を近づけた。皮膚が無い状態であり、前歯を額に当てる行為は『キス』と言えるかは不明である。しかし、アルベドは『キス』であると認識し、頬を赤く染め、アインズの背中へ手を伸ばした。

不誠実な行動であるが、アルベドを説得するにはこうするのがベストであるとアインズは考えており、己へ抱き着く彼女の好きにしながらも頭を撫で続ける。

 

『なに?このチョロイン・・・』

 

『タブラちゃん。此処は娘を大切に思ってるって思おうよ』

 

『乙女ゲーだねw』

 

『茶釜さん。ロリボイスでソレは無いよー』

 

アルベドのあまりのチョロイン具合に、製作者であるタブラの幻影は明らかに肩を下ろした状態で愚痴る。

そんな彼を女性陣3人が笑い話にしているのだが、兎も角。彼等はこれ以上覗く気は無いのか、霞の如く消え去った。

 

(あぁ・・・抱きしめて頂いてる。頭に感じるこの感触。あぁ、アルベドは、アルベドは――)

 

アインズは、子ができる可能性が有るというのに、出来なかった場合アルベドが傷つき、嘆くと考え、行動しないのだと言っているように、アルベドには聞こえた。

抱きしめられているアルベドの心は荒れ狂う大海に浮かぶ木の葉かのようだ。アインズという大海に翻弄され、今、その御身に包まれている。

幸福感と共に、ソレは顔を出し、ソレを抑え込む事等彼女にはできなかった。

 

「く、くふぅぅううう!」

 

(なにが起きた!?)

 

アルベドは興奮に満ちた奇声と共に、アインズの大腿部へと手を伸ばし、掬い上げて押し倒した。見事な零距離による両手刈りだ。そしてそのままアインズの股間部へそっと腰を下ろす。

余りにも空気を読まない、完全なる奇襲に、天井で待機しているエイトエッジアサシンと目が合ったアインズは混乱が瞬時に収まり、状況を把握しようとする。

 

「アインズ様。私の愛しき御方!アルベドは、アルベドはもう我慢できません!子が出来なくとも私はっ!私はアインズ様と一つになりたい!」

 

「ま、待て!」

 

興奮冷めぬアルベドは金色の瞳を妖しく輝かせながら、己の服とアインズのローブへと手を伸ばす。

強行するアルベドにアインズも焦る。起き上がろうにも腰を完全に抑えつけられ、暴れても抜け出せる程、アルベドの身体能力は甘くはない。

制止の言葉をかけるも、アルベドは口元を歪ませ、いつもとは違う獲物を狩る獰猛な魔獣の笑みを見せた。

 

「いえ!待てません!」

 

「アルベド様ご乱心!ご乱心である!」

 

「失礼いたします!くっ!?何という剛力!」

 

だが、ソレも一瞬である。

清々しい笑みを見せ、行動に移ろうとする彼女に、天井に張り付いていた3体のエイトエッジアサシンが降り、彼女の肩や腰へと手を伸ばすがビクともしない。レベル差による身体能力の差が圧倒的すぎるのだ。

 

「「「「「「!!!」」」」」」

 

アインズの執務室が喧噪溢れる空間となっているのは、門の外にも聞こえてくる程熾烈なモノとなる。流石にアルベドもエイトエッジアサシンを攻撃する事は無いが、いない者として扱っている。

そんな中、砲弾にでもぶつかったのか扉は破裂音と共に内側へ開き、中へいた全員の意識が扉へ向かう。

 

「んぐっ!」

 

「やっぱり守護者最堅なだけあるね」

 

意識が向かった瞬間。アルベドは胸に、大きな衝撃を受け肺の息を強制的に吐き出さすハメとなるが、壁へと衝突する事なく着地した。彼女は己を攻撃した者を、怨敵を見るかの如く睨みつける。

アルベドの胸にジュンのドロップキックが炸裂し、吹き飛ばされたのだ。

彼女の様子からして、ダメージはそれ程でも無いと理解したジュンは、装備変更の腕輪へ手を伸ばす。

視線が合い、ジュンの目つきも危険なモノへと変貌し、ジュンの髪が、アルベドの翼が大きく横へ広がる。

 

「っ!そういう貴女こそ、よくも邪魔を!」

 

「ナメた真似をした以上、止められるのは覚悟の上じゃないの?」

 

「何をっ!私のアインズ様への愛を愚弄する気!?」

 

ジュンへの物言いが通常時の彼女とは反し乱暴なモノへと変わるアルベド。

アインズへ襲い掛かる(性的)という行為をしたにも関わらず、強制的に制止した己へ威嚇するアルベドに、ジュンの中の獣が騒ぎ立てる。

 

一触即発。キャットファイト等、可愛らしいモノには間違いなくならない状況だ。

 

「止めんか!」

 

「ハッ――申し訳ございません」

 

「フンッ」

 

暴れたり、脱がされかけたりと乱れたローブを正し終えたアインズは、自然に、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンのレプリカを己のアイテムボックスより取り出し、絶望のオーラ<Ⅴ>を最大威力で発動させる。

暗き闇が一瞬執務室を駆け巡り、その怒声で我に返ったのだろう。アルベドは跪く。一方のジュンは不機嫌の極なのか、そっぽを向いた。

 

「デミウルゴス。ジュン。助かった・・・して、何の用だ」

 

「ハッ。スクロールの材料。その代用品について目途が立ちましたのでそのご報告を。その内容からしてジュン様にも聴いていただく必要が有ると判断いたしました」

 

アルベドへ謹慎を命じようかと考えつつ、ジュンへ加勢するつもりだったのか、その腕や頭を変化させていたデミウルゴスと目が合うアインズ。

ジュンはデミウルゴスに連れられ、何か用事で来たのだとアインズは判断した。

礼を言いながら要件を聞けば、デミウルゴスは元の姿へ戻り、要件を述べる。

 

「アルベド。私も性急過ぎた。今回は不問とするが私の考えは伝えたぞ。すまんがもう少し我慢するよう努めよ」

 

「・・・畏まりました」

 

アルベドを謹慎させる程余裕が無いと判断したアインズは、一度溜息を洩らし、無駄かもと内心思いつつ、そう言うしか無かった。

そして、アルベドも苦虫を噛潰した気分を味わいつつ、アインズの言葉を了承する旨を述べるしかない。

 

「仕切り直しだ。それでは、報告を聴こう」

 

アインズが徐に椅子へ座りなおせば、ジュンとアルベドは一度視線を合わせ、アルベドはアインズの右隣へ。ジュンはアインズの左隣へ移動し、彼女だけ上位物理作成で椅子を作成して座る。

聞く体勢が出来たと、アインズはデミウルゴスへそう告げた。

 

デミウルゴスの報告は簡潔に纏められていた。

司書長からの話をベースに、ある生物の皮がスクロールの材料となるというモノ。ただ、ジュンとアインズが不快になる可能性を考え、『両脚羊』と告げた。

 

「第二位階迄しか封入できぬらしいが・・・」

 

「ハッ。命令であれば直ぐに量産に移る事も、更なる研究も可能で御座います」

 

「問題は、両脚羊って名前の人間の皮って事だよね」

 

(え?そうなの?)

 

デミウルゴスから受け取った、白みが強いスクロール紙をまじまじと見ながらアインズの確認の言葉に、あえて命令を受けなければ行動しない旨を強調するデミウルゴス。

アインズが疑問に思う前に、ジュンは<真実の目>の鑑定結果から、悩ましい様子で羊の正体が人間である事を告げ、ジュンの言葉に思わず彼女を見るアインズ。

その様子からして、2人の想定外の内容であると考えたデミウルゴスは、己の行動が誤っていなかったのだと確信した。

 

「はい。かの人間の治療の際、皮の損傷度合から、一度全て剥いだ上で治療いたしました。未だ意識が戻らぬ状態ですが、両手が無い事以外は火傷の痕も無い状態です」

 

「ぬぅ・・・何故その皮をスクロール加工しようと考えたのだ」

 

あくまでも治療の一環であり、実験も兼ねたスクロール作成だったと強調するデミウルゴスに、アインズはどう判断すべきか悩む。

 

「はい。以前、ウルベルト様とジュン様の御話しを耳にしておりました。ですが、ジュン様は弱き者が無意味に死す事が御嫌いな御様子。であれば、先ずはトブの森の獣、魔物をメインで実験しておしりましたが芳しく無く・・・」

 

「え?もしかして、力ある魔導書は人皮で作られたって話から試したの?」

 

「左様で御座います。また、司書長の話では損傷が少なければ、彼女の皮であれば第四位階迄は封入できる可能性が高いとも」

 

アインズの疑問はご尤もである。己は様々な実験の末に、あえてしなかった実験を行った。そういうニュアンスが強いデミウルゴスの言い分に、兄との会話を思い出したジュンは内心血の気が引く思いをしながら確認を取れば、肯定が返ってきた。

ユグドラシル内での馬鹿話が、ネタではなくガチになった瞬間である。

 

「ドラゴンとかの革は・・・現時点だと試せないよね。剥ぐ為に召喚するとか、コスト面でダメだし、そもそも第八位階以上とか現時点だと在庫も有るよね・・・」

 

「仕方あるまい。デミウルゴスよ。現時点では消えても良い人間のみでの実験を行え。量産計画もそうだが成果は数十年程要すだろう。その間に見つかれば、分かるな?」

 

ジュンは、スクロールの材料としてドラゴンの皮の存在を思い浮かぶが、コスト面等からして最悪の部類である。

アインズとしては、知らぬ人間がいくら死のうともどうでもいいが、真剣に悩んでいる様子のジュンの手前。真意を述べる事は出来ない。

犠牲を最小限に抑えつつ、更に有用な代用品の捜索を付け加えるしか無いのだ。

 

(ドラゴン等の高価なモノは見送り、人間のモノの成果は数十年待ち実験がメイン。代価の捜索も続ける・・・で、あれば丁寧な対応が良いでしょう)

 

(少し悠長な気もするけど、仕方ないのかしら)

 

デミウルゴスは、今回スクロールの材料を提供した女を『丁重』に扱うようにし、アルベドはアインズが気長に考えている事に、まどろっこしさを感じる。

デミウルゴスはジュンの離反を起こさぬよう、悪魔的な『可愛がり方』等を自重しているのだ。

 

「何故クレマンティーヌの皮であれば第四位階を狙えるのか。これが問題だ。アレは一応英雄クラスの人間らしいからな。丁重に保護し、情報を上手く引き出せなければならん」

 

「御命令であれば消えても良い人間を選別し、男女一組で数組採取致しますが」

 

「今回は見送れ。だが、欲深く罪深い者は探しておけ。理由は分かるな?」

 

アインズ的に、クレマンティーヌは食玩等のレアキャラである。

これは、彼女の実力や、多義多様な武技が使える事が大きく、また、元漆黒聖典というこの世界有数の武力を持つ集団所属だった事が大きく関与している。そして、既に彼の中でスレイン法国は仮想敵国。情報収集は基本だが、本国へ潜入させるにはまだリスクが大きい。よって、ニグン等とクレマンティーヌの重要性は跳ね上がったとも考えていた。

アインズのクレマンティーヌの保護する意向に、デミウルゴスはスクロールの実験材料収集にそう提案するが、アインズはジュンとアルベドを一瞥。目を瞑るジュンと、優しげないつもの笑みを浮かべたアルベド。此処は無理に行動する事はしない事を選択した。

 

「はい。アインズ様が警戒する『プレイヤー』なる存在対策にも、アインズ・ウール・ゴウン様は『最善』でなければなりません。その為の『魔王』もご用意させて頂きます」

 

((魔王?))

 

(アインズ様はその慈悲を下々にも与えるおつもり・・・気に食わないけど、ソレがアインズ様の御考え)

 

だが、此処でアインズ的には意外な事をデミウルゴスは返してきた。『最善』や『魔王』とはどういう事なのだろうと。ジュンはアインズを一瞥するも、何処か骸骨の額に汗が浮かんでいるように見える為、デミウルゴスの考えている戦略なのだろうと考えた。

アルベドは先のアインズの言により、御身は下々の者共を尊重し、慈悲をもって対応しようとしていると考えている。ナザリックの者達以外に意が向けられる事に不快感を覚えるが、慈悲深いアインズの考えだとすれば、ある種の納得もしているのだ。

 

「魔王か・・・よもや、お前自ら出るとは言わぬな?アインズ・ウール・ゴウンはおまえが言う様に『最善』でなければならぬ。ならば、分かるだろう?」

 

「畏まりました。では、アインズ様が思う魔王は、どのような者が良いと思われますか?」

 

アインズはデミウルゴスの言う『魔王』が、表沙汰に出来ない実験の数々。咎を背負うスケープゴーストであると考え、その『魔王』を、ウルベルトに似て責任感が強そうなデミウルゴスが演じるのではと危惧した。

実質の配役変更の命令に、デミウルゴスは内心落胆するもアインズの命令である。だが、そうなれば一体『誰』が『魔王』を演じるのか。己が再び配役を決めるにしても、御方の求める『魔王像』は必要であると考えたのだ。

 

「さて、どうするか・・・ジュンはどう思う?」

 

「魔王で謀略ならゼノンみたいなのが良いかもしれないけど、近似種はいない。サタンはモチーフでアンジェにしているし、アモンは可動済み・・・いっそ、強欲とか?」

 

アインズは己がユグドラシルにおいて、非公式ラスボスや、魔王等と思われている事は知っている。だが、何故そう思われるか知らない為、ジュンに投げる事にした。

一方、意見を求められたジュンは己のアバター繋がりで考え、結果、デミウルゴス親衛隊の『強欲』を推薦する事にしたのだ。彼ならば、作戦立案者であるデミウルゴスの面子を潰さずに済むと考えた事も大きい。

 

「(よく分からないけど、可動済み?)強欲か。ユグドラシルにいた種族なら、まだ反論できるが・・・何故強欲なのだ?」

 

「三魔将で迷ったんだけど、憤怒は明らかにパワーファイターだし頭が良さそうには見えない。嫉妬はSっぽい見た目。だったら、頭も良さそうでマスクで隠しているけど、顔も良い強欲なら見た目的にも栄えそうだしね。デミウルゴスが『魔王』を演じるのが一番なんだけど・・・デミウルゴスが表に出せないのは損だし、消去法かな」

 

アインズは聞き捨てならない事を聞いたが、今問いただすべきでは無いと考えた。『魔王』の配役が済んでからでなければ、面倒な事になる為だ。

ジュンの弁は実に単純明快である。アインズは随分とオブラートに包んでいると思う。

ジュンが言いたいのは、憤怒であれば虐殺上等、嫉妬ならば凌辱万歳に見え、そう行動しない事に違和感が生じる可能性が有ると言っているのだ。

一方の強欲であれば、マスカレードタイプの仮面で多少隠されているがイケメンっぽい為に、勝手に頭が良さそうに思われる。ならば、被害を大きくしない事は何らかの作戦なのだと思われる可能性が高いのだと。

消去法だと態々強調するのは実に大きなポイントであるとも考えた。

 

「フッ――デミウルゴスよ。ジュンはお前を随分と評価しているぞ。私も変わらんがな」

 

「この上ない栄誉で御座います。御二人の御期待に応えるべく万進致します」

 

(イケメン・・・なのでしょうね?)

 

兄であるウルベルトの創造物であり、ある種息子であるデミウルゴスの自尊心を傷つかせないようにと配慮する彼女に、アインズは少し笑いを洩らし、己も大きく評価している旨を伝えれば、デミウルゴスは珍しく笑みを浮かべて一礼した。

アルベドはデミウルゴスや強欲の容姿。特に顔を思い浮かべてみれば、確かに一般的にはイケメンだと称されるのだと考えるが、彼女が好きなのはアインズである。何所が良いのか良く分からない為、少し首を捻った。

 

「それでジュン。アモンとは何者だ?」

 

「悪魔の勇者だよ。新しい守護者クラスの子を創った。もう出してるけどね」

 

配役は問題なく済み、強欲にどのような役が求められるのかデミウルゴスならば言わずとも対応するだろうと考えたアインズは、問題の者を聞いてみれば、やはり聞捨てならぬ内容をジュンは答えた。

勇者という単語が出た上に、守護者クラス。だが、生まれたばかり。その実力は如何程のモノか測りかねる。

 

「っ!報告を受けていませんが!」

 

「リザードマンの村に行かしたよ。侵略するんでしょう?その性質を知る為だよ。前にアインズさんが言ったように、善良なら女子供には手を出さないようにする為だし、何か問題が?」

 

アルベドの非難するような声に対し、ジュンは何でもないように答える。

ジュンの本来の目的は、彼等の住む土地に在る。だが、NPCにどう説明すべきなのか。また、ナザリックのNPCを動かす事を良しとしなかった為、急遽予定に無かったNPCを創ったのだ。

アモンは、もう一体のNPCへ目を向けさせない為の囮でもあるのだ。

 

「ッ・・・アインズ様の御命令の補佐。その為に動かれたのは理解しましたが、今後は自粛して頂きたいのです。貴女の勝手な行動の末問題が起これば、どうするおつもりなのでしょうか?」

 

「アルベド。流石に不敬過ぎますよ。仮に問題が起きれば、暫くアインズ様の御許可、御同伴無くして外出されぬよう努めて頂ければ良いだけでしょう」

 

ジュンの言う内容は、アルベドはあえて手を付けていなかった。

戦いの中でこそ、その者の本質が現れる上に、実験材料は一つでも多い方が良いと考えていた為である。

だが、ジュンの勝手な行動はナザリックにおいて不利益しか生まぬと考えた彼女の言い分は一見筋が通っているように聞こえるだろう。

デミウルゴスはアルベドの言い分を嗜めるも、対外的な罰を仮に出す事で『問題が起きなれば』ジュンの行動を制限しない事をアインズに求め、その承諾をジュンに求めた。

 

「問題が起きればそうするけど?」

 

「問題が起きなければな・・・しかし、コキュートスの負ける可能性が高いと考えていたが、確実になったか」

 

「「!!?」」

 

デミウルゴスの案は意外にもすんなりと二人は受け入れたが、アインズが静かに洩らした言葉に、アルベドとデミウルゴスに激震が奔る。

アインズの考えるコキュートスの敗北が意味するのは何なのか、悪魔達がその結果を知る迄、様々な憶測が飛び交う事となるのだった。

 

一方、ナザリックでそんな会話がされているとは知らぬ、渦中のアモンは――

 

「人間とは、よく食べるモノなのだな」

 

「いや、兄者。彼は例外だ」

 

「んぐんぐ――っぷはぁー・・・うんめぇー。助かったぜ!」

 

リザードマンの村。その族長の家で食事をしていた。

始めて見る人族の様子から、呆れと興味が混ざった声を出すシャースーリュー・シャシャと、兄の認識を正そうとするザリューシュ・シャシャの会話等、アモンは聞いているようで聞いてはいない。

その姿は一見初心者冒険者風の、革で補強された服を身に纏った16歳程の黒髪の少年である。目つきは鋭いが、笑顔で食事の礼を言う姿は豪快。しかし、見る者に不快感を覚えさせる類のモノではない。

 

「して、旅人よ。何故倒れていたのだ?」

 

「森で迷った。いやー。食いもんも、水も無くなった時は焦った。で、水を飲んだらそのまま寝ちまってな」

 

族長であるシャースーリューの問に、笑って己のミスを済ませる姿は何とも言えぬ所があるが、食事中に話した限りでは、彼の知識は有用だと、族長の弟であり、生け簀の教えを人族に受けた『旅人』であるザリューシュは考えている。

そもそもリザードマンは排他的な部分が強く、余所者を好まない閉鎖的な種族である。生け簀の近くで寝ていたアモンの第一発見者がこの2人でなければ、食事を貰う事無く追い出されていた可能性も0ではない。下手すれば過去の事情により殺されていたかもしれない。

 

「っと、俺はアモン。暫く厄介になるぜ!」

 

アモンは食事をしながら、ジュンから聞いた生け簀の問題点を次々と述べ、その知識を活用させて貰おうと2人から暫くの滞在を求められた。

アモンは、まだ答えを言っていなかったと思い出し、豪快に笑いながら、2人のリザードマンからの要請を快諾するのだった。

 

産みの親であるジュンに『お願い』されたからとは言え、このトカゲ人間の観察や一定以下の協力。そして本命である調査をするのは骨だと思い、内心面倒そうにしている事は彼以外誰も知らない。

 




えー。アモンさんのモデルは「デビルマンG」ベースなので、マイルド仕様です。

今回。期日迄に間に合わなかった事や、リアルの仕事の関係で次回更新日は10/9とさせて頂きます。


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