やはり俺たちの高校生活は灰色である。 (発光ダイオード)
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1日目 依頼者の訪問
01


高校生活といえば薔薇色、薔薇色といえば高校生活。そう言われるのが当たり前なくらい高校生活は薔薇色の扱いを受けている。しかし、すべての高校生が薔薇色と言う訳ではない。そんな、目の痛くなるような鮮やかな薔薇色を発するのは一分のリア充どもであって、大抵の高校生はもっと彩度の低い、白の混じったような薄く落ち着いた色だが、まぁそれでも傍から見れば十分綺麗と言える。

しかし人との接触を避け、スポーツにも色恋沙汰にも興味を示さない俺の高校生活は、差し詰め全ての色を濁す灰色と言って過言はないだろう。寂しい奴だと人は笑うかもしれない。だが俺は灰色を強制されているわけではなく、むしろ自ら進んで灰色になっている。この灰色の高校生活を過ごし切ってこそ、完璧なぼっちへと成長進化できるのである…多分きっと。

 

※※※※※

 

放課後、特別棟へ繋がる渡り廊下を俺、比企谷八幡は部室に向かい歩いている。部活まではまだ時間がありもうしばらく教室に居てもよかったが、リア充どもがうぇいうぇい騒いでいたためそっと抜け出してきた。べつにそんなこそこそする必要もないのだが、どうもスクールカーストの高い奴らが大きな声で喋っていると、下位カーストの人間は自分が責められてる思い萎縮してしまうのだ。被害妄想と言われればそれまでだが、あいつら絶対「ヒキタニ君まだ教室いたよね?マジうける〜っ」とか喋ってるに違いない。滅べリア充…。まぁ俺が下位カーストなのは認めるが、実際は特に教室に残っている理由もなかったのでこれはこれでいいだろう。

…決してビビって逃げ出してきたのではないという事だけは念を押して言っておく。

 

入学以来ぼっちでとして過ごしてきた訳だが、こんな俺でも部活動に参加している。

俺の通う総武神山高校は県内でも有数の進学校であり、文芸部の活動が盛んなことでも知られている。文化祭目当てで進学を決める生徒もいるらしく、実際、雪ノ下姉が実行委員長を務めた一昨年の文化祭は近年稀に見る盛り上がりで、その年の入学試験の倍率もそれに比例して右肩上がりを通り越して滝登りだったそうだ。部活の数も年を追うごとに増え続け、去年までに文芸部の数は50以上になり、その他に運動部やそれ以外の研究会などを合わせると、部活の数は100を超える程であった。まさに活力という名の化物が学校中を跋扈している様だった。しかし数が増えればその分管理も粗雑になるもので、精力的に活動している部活がある一方、活動目的が不明だったり部員が一人しか居なかったり、酷ければ名前だけで部員はゼロなんていう部活もあったりした。

そんな現状を見かねた校長が数ヶ月前に部活動選別宣言を発表した事で、増えすぎて飽和状態であった部活の厳選が行われ幾つもの弱小部が廃部へと追い込まれた。俺の所属していた奉仕部もその例に漏れず、部活の継続条件を満たす為、同じく廃部対象で平塚先生が顧問をしていた古典部と部活動合併する事で廃部を免れた。最初は活動内容の違いでまごつく事もあったが、今はそれなりに上手くやっている…と思う。

 

※※※※※

 

部室についた俺は扉の前で息を吸い、ゆっくり吐いた。別に緊張してるとか入りたくないとかではない。しかし併合して数ヶ月経ちはしたが未だ新しい部の雰囲気に慣れないのである。だってぼっちは基本一人だし、人数が増えたからと言ってフレンドリーにとかコミュニケーション能力とか、そんなの求められても困る。

 

「うす…」

 

俺はがらりとドアを開け、軽く挨拶して部室に入った。中にはすでに雪ノ下、千反田、折木の三人来ていて、会議などで使う長机を囲む様に座り、それぞれがそれぞれ本を読んでいた。

雪ノ下はグラウンド側の窓を背に座り本を読んでいて、その隣に居る千反田は俺に気付いて本を置いた。雪ノ下と反対の位置に居る折木は一度こちらに顔向けたがすぐに本に顔を落とした。

 

「あら比企谷君、いらっしゃい。今日は早いのね」

 

「こんにちは、比企谷さん。今日もお疲れ様です」

 

「お前らこそ相変わらず早いな」

 

雪ノ下と千反田に軽く手を振り返事を返した。しかしこいつらいつも真っ先に部活に居るけど暇なんだろうか。そう思いつつも俺は折木の隣に椅子を置いて腰掛け、本を読み続ける折木に声をかけた。

 

「お前が早く来てるなんて珍しいな」

 

「別に珍しくはないしお前と五分も変わらん。それよりもそっちこそ珍しいな。今日は由比ヶ浜と一緒じゃないんだな」

 

折木は閉じていた口をゆるりと開き言葉を返して来た。相変わらず視線は本に向けられたままだが…。

 

「あいつは俺やお前と違って友達が多いからな、部活ばっかって訳にはいかないだろ。ってかそんなに一緒じゃねぇよ」

 

「さいで」

 

数ヶ月間部室で共に過ごしてきたが、俺はこの折木奉太郎という男になんとなく自分に近いものを感じていた。何事にもやる気を出さない省エネ人生を送り、「やらなくてもいい事はやらない、やるべき事なら手短に」をモットーとするこいつは、俺と同じく灰色の高校生活を送ってのいるのだろう。根幹は違うが現状は同じ、そう思うと仲間が出来たみたいで少し嬉しかった。

 

「比企谷君、気持ち悪い顔で笑うのは止めて貰えるかしら、警察を呼ぶわよ」

 

雪ノ下の冷ややかな声ではっとなった俺に、千反田は笑って聞いて来る。

 

「何か良い事でもあったんですか?」

 

「いや…なんでもない」

 

どうやら気付かないうちに表情に出ていたらしい。一人で笑ってたとか気持ち悪すぎるだろ俺。

雪ノ下に言い返す事が出来なかった為、グゥと唸り恥ずかしさを誤魔化しつつ、俺はカバンから本を取り出し読み始めた。

 

※※※※※

 

「家の頂き物です。みなさんよろしければ摘んで下さい」

 

しばらく本を読んでいると千反田が四角いアルミ缶を机の真ん中に差し出してきた。開けてみると、中には高そうなチョコレートやらクッキーやらが詰まっている。

 

「あぁ、ありがとな」

 

俺たちは千反田に礼を言い、アルミ管の中の菓子に手を伸ばす。俺は少し迷ってアーモンドクッキーとチョコチップクッキーを掴み手元に置いた。先程雪ノ下に淹れてもらった紅茶を飲み口の中を湿らせて、それから適当にクッキーを手に取り包み紙を開いて口の中に放り込んだ。アーモンドの香ばしさとクッキーの甘さがほどよく広がる。特に菓子類に詳しい訳じゃないが、それでもそこそこ良い値段がするんじゃないかと思うくらいに美味しい。こんなものを頂ける家柄とは…さすがお嬢様。

俺は紅茶をもう一口飲み、また本を読み始めた。静けさに包まれた部室で聞こえるのは、時折ページをめくる本の音や、遠くでパート練習している吹奏楽部の楽器の音ぐらいである…なんて心地いいのだろう。学校に居ながらこんな安息の地を見つけられるとは。騒がしい奴らはまだ来ていないからあれだが、ひょっとしたらここは俺にとって第二のベストプレイスになりえるのかもしれない。

て言うか、その前にここは一体何部なんだろうか?主な活動が紅茶を飲んでお菓子を食べながら本を読んだりおしゃべりしたりするなんて…まさに学校が潰したかった部活の筆頭であることは確かだろう。

 

 

そんなことを考えながら、チョコチップクッキーに手を伸ばそうと視線を本から外した俺は、千反田がこっちを見ている事に気付いた。俺は千反田を見返したが、どういう訳か視線は合わなかった。

 

「比企谷さんっ、その本の表紙に描かれている可愛い絵は何ですか?」

 

千反田はそのまま動かずに聞いて来る。どうやら俺ではなく俺の読んでいた本を見ていた様だ。どおりで目が合わない訳だ。そんな不思議そうに聞いてくる千反田だったが、同じく俺も不思議に思った。なにせ俺はブックカバーを着ける派なのだ。本の表紙など見える訳もなく、俺がラノベを読んでいたとしても挿絵のページにさえ気をつけていれば気付かれることは無いはずだ。現にこの本にだってブックカバーが着いて……ない…だと⁈

慌ててカバンを広げて中を見る。教科書をかき分けているとカバンの底にブックカバーがへたりと潰れて入っていた。どうやら着け方が甘くて外れてしまったらしい。

いや、慌てるな。俺は今日たまたまラノベを持って来ただけで、普段は普通の本だって読む文学少年だ。それにラノベだって立派な文学だ。こいつらに引けを取ることは無いっ。

周りを見ると雪ノ下も折木も俺の読んでいる本に微塵も興味はないようで自分の本を読み続けている。この場では好都合だが、ちょっとばかり寂しい…。

 

「あー…こいつはライトノベルだ」

 

そう言った瞬間、しまったと思った。千反田の目の色が変わったのだ。大きな瞳を更に見開き、宝石のように輝かせている。

 

「比企谷さん!わたしライトノベルって読んだこと無いんですっ。ちょっとだけ見せてくれませんか?どんな事が書いてあるのかわたし気になりますっ!」

 

「わっ、ちょ…おまっ!」

 

言うが早いか千反田はさっと詰め寄ってきて本を掴もうとしてくる。反射的に俺は身体を仰け反らせ、取られまいと手を伸ばし本を遠ざける。。

 

「比企谷さんっ!本当にっ!ちょっとで良いのでっ!見せてっ!下さいっ‼︎」

 

更に寄って本を取ろうとしてくる。

千反田はもう本しか見ていないようで俺との距離間を完全に忘れている。近いっ!近すぎるっ!このままじゃマジでぶつかっちゃう!何とは言わないけどっ!目の前には千反田の制服のリボンが揺れていて、時折俺の鼻先をかすめる。

 

そういえば折木はよくこんな感じで千反田に迫られている。そして結局根負けして言う事を聞くと言うのがお決まりのパターンだ。その時はご愁傷様とか、本当はちょっと羨ましいっ、とか思ってもいたが、いざやられるとすごく恥ずかしい。恥ずかし過ぎて死にたくなる。

俺も観念すれば随分楽になるだろう。普段であれば千反田に本を渡す事はやぶさかではない。だが、今俺が持っているのはライトノベルだ。勇者の兄が、魔王の妹を助けるためにかつての仲間である他の勇者と戦うという話である。こう聞く分には普通のラノベだが、実際に読んでみると…思いのほかエロい。この話をすると完全に別方向に行ってしまうので止めておくが、とにかく千反田に見せる訳にはいかないっ。

千反田はまだ本を狙っている。ホントに近いっ!ヤバいっ!なんかいい匂いがしてきたっ!精神はギリギリ。ふと千反田の方を見ると、前かがみで手を伸ばしているせいか首元と、制服の隙間が……咄嗟に目を逸らし思った、あぁ、俺はもうダメだ…。

 

「千反田さん、そのくらいにしておきなさい」

 

ピリっとした言葉で千反田を止めたのは雪ノ下だった。雪ノ下グッジョブ!

千反田ははっと我に返り、雪ノ下はなだめるように言葉を続ける。

 

「それ以上その男に近ずくと、あなたの綺麗な目も死んだ魚の様になってしまうわよ」

 

「そうだぞ千反田、雪ノ下の言う通りだ。それに比企谷の読んでるのはライトノベルの中でもちょっと特殊だ。今お前が読んでも得るものは何もないぞ」

 

折木も雪ノ下に続いて言う。二人に言われて我に返った千反田はしゅんとしている。なんだか叱られた犬みたいだ。けどお前より俺の方が断然悲しい。酷い事言われすぎて今にも泣いちゃいそうだから。

千反田はすぐに気持ちを切り替えたようで、俺に向かい深々と頭を下げた。

 

「そうですね…比企谷さんすみませんでした。わたし気になってしまうと周りが見えなくなる様で、随分ご迷惑を掛けてしまいました」

 

さすが旧家のお嬢様、お辞儀する姿も様になっている。

 

「まぁ別に、大丈夫だ…」

 

「それにしてもライトノベルにも色々な物があるんですね。わたしも勉強して分かるようになるので、その時は比企谷さんの本も読ませてくださいねっ」

 

笑顔で言われたが、俺がこの本をお前に見せることは多分無いだろう。

 

「おぉ…まぁそのうちな…。ところで折木は何の本読んでるんだ?」

 

我ながらなんて強引な話題転換だろう。しかし早くこの話題を終わらせたかったので無理矢理折木に話題を振ると、俺の意図を察したようで話に応えてくれる。

 

「これはこの間千反田に貸した小説の続へ…

 

話の途中から折木の顔色が悪くなった。しまった、という顔をしている。その視線の先には…

やはり目を大きく見開いてキラキラ輝かせた千反田がいた。

 

「折木さんっ、折木さんに借りた小説とても面白かったです。続編が出てたんですね、わたし続きが気になってましたっ。ちょっとだけ読ましてくれませんかっ?」

 

そしてぱたぱたと折木に詰め寄って行く千反田。うん、いつもの光景だ。こういう状況も自分じゃ無ければ冷静に見ていられる。だが、顔を真っ赤にして身体を仰け反らせている折木を見ると、自分もさっきまでああいう状況であった事と、周りからどの様に見られているのかを考えさせられ、非常にいたたまれなくなった。

しかしあれだな、俺も千反田に詰め寄られはしたがそれが由比ヶ浜じゃなくてよかった。仮にあいつに迫られたとしたら鼻先をリボンがかすめるくらいじゃすまなかっただろう…って何考えてんだ俺。

また雪ノ下に冷たい目で睨まれるかもと思いそっと顔を上げると、雪ノ下は折木と千反田のやり取りを呆れた様に眺めていたので、俺は自分の醜態を知られなかった事に安堵した。それから小声で雪ノ下を呼び、どうにかしてくれと目配せすると雪ノ下もそれに気付き、深くため息をついた。

 

「千反田さん、そのくらいにしておきなさい」

 

さっきと同じ事を言った。

 

「それ以上その男に近づくと、あなたも省エネ主義という妖怪に取り憑かれてしまうわよ」

 

「そうだぞ、雪ノ下の言う通りだ。それにそいつは案外純情なんだ。お前がそんなに近づいて勢い良く話したら頭がおかしくなるぞ」

 

ハッとした表情の後、またやってしまったという顔で折木から離れ、千反田は再び深くお辞儀をした。

 

「折木さんすみませんでした。わかってはいるのですがどうしても気になってしまって……わたしの悪い所ですね」

 

「まぁ…急にどうこうなるものでもないしな、気にするな」

 

折木は落ち着いた様に言うがまだ顔が赤い。

 

「ありがとうございます……でも折木さんも比企谷さんも少し酷いです…わたしだって気になっているのに、ちょっとくらい教えてくれたって…」

 

千反田が悲しそうな顔をするので、雪ノ下は俺と折木を冷たい目でキッと睨んできた。

いやいや、今のは仕方ないだろう。情状酌量の余地は大いにある。

 

「千反田さん、私の本で良ければ見せて上げるからこっちに来たら?」

 

雪ノ下は表情をくるりと変え、優しく微笑みながら千反田に声を掛ける。

 

「本当ですかっ⁈」

 

千反田の顔はぱっと明るくなり、また目を輝かせて嬉しそうに駆けていく。雪ノ下もどことなく嬉しそうだ。

 

「今はどんな本を読んでいるんですか?」

 

「えぇ、今読んでいる本は……

 

そうして二人は楽しそうに本の話を始めた。とりあえずこの場は雪ノ下のおかげでなんとか治まりそうだ。しかし千反田は感情表現の忙しいにも程がある。ずっとそばに居たら身が保たん。折木はよく一緒に居られるなと感心したが、将来女の尻に敷かれるとも思い、心の中で同情した。

気の抜けた俺は椅子にもたれ掛かり、少しぬるくなった紅茶を一口飲み一息ついた。隣を見ると折木も同じ様にぐったりとしていたが、雪ノ下たちを見ながら話しかけてきた。

 

「助かったがさっきの言い方はどうかと思うぞ」

 

「お前だって俺に同じ事したじゃねぇか」

 

「大体あってるだろ」

 

「お前、それ言葉のブーメランになってるのに気付け?こんな事言われたくなかったら灰色なんて止めてもっと社交性を身に付けるんだな」

 

「まぁ全否定はできないが…俺はやらなくてもいい事はやらないだけで、進んで灰色になってる訳じゃない。と言うかお前にだけは言われたくない」

 

「そりゃこっちのセリフだ」

 

そんな話が聞こえたのか

 

「あなた達、何故自分たちの汚点を自慢し合ってるのかしら。聞いていて悲しくなるからやめてちょうだい」

 

「二人とも仲が良いですねっ」

 

雪ノ下は呆れた様に、千反田は嬉しそうに言う。

 

「「仲良くないっ‼︎」」

 

反射的に言うと被ってしまった。それを聞いた二人は楽しそうに笑い、折木は頭を掻いてまた本を読みだした。

まったく…部活を併合してから随分と騒がしくなったが、まぁ、こんな放課後の部活があっても良いのかもしれない…。

そんな事を思いながら、俺はチョコチップクッキーを口の中に放り入れるた。まろやかな甘さが口に広がる。



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02

しばらく本を読んでいると、明るい声とともに部室のドアが開いた。

 

「みんなやっはろーっ、遅れてごめんー」

 

顔の前で手を合わせながら部室に入って来た由比ヶ浜は、続けて雪ノ下と千反田に挨拶をする。

 

「ゆきのん、ちーちゃんやっはろーっ」

 

「由比ヶ浜さんこんにちは。今日は少し遅かったのね」

 

「こんにちは結衣さん、やっはろーです」

 

「うん、ちょっと友達と話しててー」

 

そう言いながらこちらを向き俺たちにも挨拶してくる。

 

「ヒッキーもポッキーもやっはろー」

 

「おう」

 

「あぁ…ってちょっと待てっ!ポッキーってのはなんだ!俺の事なのか?」

 

折木は驚いて由比ヶ浜に聞いた。確かにポッキーって聞こえたが折木の事だったのか。しかし何故ポッキー。

 

「うんっ、折木だから折れるでポッキーっ!どうかなっ?」

 

由比ヶ浜は自信満々な顔でガッツポーズをした。背中にはドヤァの文字が見える。

 

「いやいやいや、どうもこうも無いだろう。全くもってあり得ないぞ」

 

首をブンブン横に振り必死で否定する折木。

 

「えーそうかなぁ?ゆきのんとちーちゃんはどう思う?」

 

由比ヶ浜は不満そうに二人に尋ねる。

 

「そうね…たとえ折木君だからといってポッキーっていうのはちょっと…どうなのかしら…?」

 

「わたしは良いと思いますっ。ポッキーって可愛くて素敵です」

 

雪ノ下少し考えて答えたが、いったい何処に悩むポイントがあったのだろうか。対して千反田は楽しそうだ。しかし折木に可愛さを求めるな、気色悪いだけだ。

 

「いやいやどう考えてもおかしいだろ。それに女子の基準で男子にあだ名なんて付けても合うわけがない」

 

折木は尚も否定する。

 

「えー絶対いいしー。ヒッキーはどう思う?」

 

由比ヶ浜は俺に聞いてくる。折木は止めてくれという目で見てくるが…まぁ気持ちはわからんでもない。

 

「折木、由比ヶ浜にネーミングセンスを求めても無駄だぞ。この部活の名前を考えた時のこと覚えてるだろ、センスが壊滅的にない。ちなみに俺のヒッキーという引きこもり代表みたいなあだ名を付けたのもこいつだ」

 

「お前は世の中に対して内向的だから大体合ってるだろ。しかし俺のはどうだ、ポッキーって…ただのダジャレじゃないか」

 

言われてみれば俺はぼっちだから自分の内側に引きこもってると言えなくもない。そう思ってみるとヒッキーってあだ名は確かに言い得て妙である。

折木を見ると本格的に肩を落としてうなだれていたのでそろそろ助けてやる事にした。

 

「由比ヶ浜、俺は折木のあだ名がポッキーでもおれっきーでも何でもいいんだがひとつ聞いてもいいか?」

 

「ん?なぁに?」

 

「お前の後ろにいるの誰?」

 

俺の質問で由比ヶ浜は自分の後ろに立っている女子生徒がの事を思い出したようだ。雪ノ下と折木は何言ってんだこいつみたいな目で俺をみてくるがそれもその筈、女子生徒は教室に入らずにドアの前で立っていたので、ちょうど俺の座っている位置からしか見えなかったのだ。

 

「そうだっ!友達連れて来たの忘れてたっ!かえちゃん入って来ていいよー」

 

「あっ、あの…し、失礼します」

 

存在を忘れられていたかえちゃんと言う名の女子生徒はおどおどした様子で入って来た。そのまま由比ヶ浜に手を引かれ俺たちの前の椅子に座る。机には窓側から順に、雪ノ下、千反田、折木、俺の順に座り、千反田の対面に由比ヶ浜、折木の対面にかえちゃんが座っている。

 

「この子は嘉悦千花絵ちゃん。かえちゃんって言ってクラスは違うけどあたしの友達なんだー。実はさっき相談受けて、それでここについて来てもらったの」

 

由比ヶ浜にそう言われて、嘉悦は俺たちを見てぺこりとお辞儀をした。クラスが違うのに友達とか…相変わらずのコミュ力に感心していると由比ヶ浜はきょろきょろと部室を見回した。

 

「そいえばまやちゃんと福ちゃんはまだ来てないの?」

 

「摩耶花さんは図書当番で今日は来られないそうです」

 

「里志は総務委員の仕事だ、今日は来ないぞ」

 

「そっかー、じゃあとりあえずこれで全員だね」

 

千反田と折木が答えた時、折木の言葉に嘉悦が反応した様に見えた。福部と知り合いなのだろうか。

 

「それで、どう言った要件なのかしら」

 

雪ノ下は嘉悦をまっすぐ見つめ本題を聞いた。

 

「あの…ですね…」

 

嘉悦はおどおどした様子で俺たちを見ては目を逸らす。何やら言い辛い事なのだろうか。

なかなか切り出さない様子の嘉悦に由比ヶ浜は優しく声を掛た。

 

「かえちゃん、ここに居るみんなあたしの友達だから心配しなくても大丈夫だよ」

 

「うん…ありがと結衣ちゃん。大丈夫…」

 

由比ヶ浜の言葉を聞いて嘉悦は少し気持ちを落ち着けた様だ。それから自分に言い聞かせるように大丈夫と言い、俺たちを見て話を切り出した。

 

「あの…依頼をしたいんです。私がどうして振られたのか、知りたいんです…」

 

気持ちを絞り出す様に発せられた嘉悦の言葉に、部室内の時間が一瞬停まった。

遠くで吹奏楽部の合奏が聞こえる。

 

 

 

「あ、あのっ!振られたというのは、つまり嘉悦さんは男の人に告白をしたということですか⁈」

 

ガタっと音を立てて立ち上がり沈黙を破ったのは千反田だった。

 

「ちーちゃん落ち着いて落ち着いて」

 

由比ヶ浜は机に身を乗り出して嘉悦を見つめる千反田をなだめる。

 

「嘉悦さん、もう少し詳しく教えてくれないかしら」

 

そんな二人を尻目に、雪ノ下は詳細を求める。

俺たちの視線を一身に集める中、嘉悦は先週の木曜日の出来事を語り始めた。

 

 

※※※※※

 

 

先週の木曜日、午前中の授業が終わり嘉悦千花絵がクラスの友達と昼食を食べていると、不意にスマホがブルブルと震えだした。箸を置き、確認して見るとメールが一通入っていた。差出人は彼女が所属する箏曲部の部長。普段の部活の連絡ならば部員全員にメールが一斉送信される筈だが、送信先は彼女だけだった。これまでにも二人でメールのやり取りをした事はあったので別に不思議な事でもなかったがメールを開いた次の瞬間、彼女は「ちょっとお手洗いに行って来る」と友達に言い、昼食もそこそこにスマホを持ったまま教室を出て行ってしまった。

 

廊下に出た彼女の胸はマラソンで全力疾走した時のように高鳴っている。もちろんそんなことしたことはないが、自分の心臓のドキンドキンという音が周りに聞こえてしまいそうな程大きく、重く、そして激しく身体中に響いている。自分は今どんな顔をしているのか。突然のメールを受け、頬が赤くなっていないか。嬉しさのあまりにやけて変になってないか。何れにしてもそんな顔を友達に見せるわけにはいかない、そう思い教室を飛び出してきたのである。

 

放課後、駐輪場まで来て下さい。

 

メールにはそれだけしか書いてなかったが、彼女は想像を膨らました。部長はいつも砕けた文章で絵文字なども入れてメールを送ってくるが、今回のメールは改まった言葉で時間と場所だけ伝えてきている。それに今日は部活のない日だし、みんなに関係ある事なら部活のある日に全員に伝えるだろう。

この文面から想像できる事は……彼女はひょっとしたらという淡い期待を膨らませながら放課後になるのを待った。

 

箏曲部は二年生七人だけの小規模な部活である。男子が三人と女子が四人。人数が少ない代わりにみんなとても仲が良い。授業の時間以外は大抵一緒に居るし、休日にみんなで遊びに出かけたりもする。その中で部長は部員全員に優しく、いつも彼女たちを気に掛けてくれた。彼はみんなの事が好きだったし、みんなも彼が好きだった。彼はそういう性格で当たり前の事をやっているだけなのだろうが、彼女は自分を気にかけてくれる事がとても嬉しかった。

そんな彼女は自分の性格が嫌いだった。引っ込み思案で人と話すのが苦手で、そのくせ自分に都合の悪い話は聞きたくない。人に合わせる事で自分を守ってきた。だが彼と出会って少しづつだが人と話せるようになった。気の置けない友だちもできた。依存ではあるかもしれないが、彼女が彼に恋心を抱くのは自然な流れだった。

だがそれと同時に、彼女は自分が彼にとって特別な存在でないとも思っていた。

気の弱い性格から、いつも一歩引いて仲間達を見ていた彼女は時折疎外感を感じていた。基本的に自分からは喋らず、仲間の話を聞いて相槌を打っているだけの自分は果たしてここに居ていいのだろうか。部長についても、自分なんかと話をしているよりも他の仲間と話している方がよっぽど楽しそうに見える。そんな彼らを見ていると更に劣等感を感じてしまう。

そして彼女は思う。彼にとっての自分は気に掛ける仲間のうちの一人なのだと。だから彼女が彼に想いを伝えることはない。伝えればきっと今の関係は崩れてしまう、それならばこのまま友達でいる方がいい。それが彼女の答えだった。

 

予期せず呼び出された彼女は期待しまいと自分に言い聞かせ、しかし同時に僅かな希望を持ちながら待ち合わせ場所に向かった。駐輪場に着くと既に彼は待っていて、彼女に気付き軽く手を振った。互いに緊張した様子で少し取り留めの無い会話をした後、彼は真面目な顔つきで彼女を見つめた。そして彼は口を開く。

 

 

部活の仲間だから好きって訳じゃない

 

 

それは、彼女にとってあまりにも辛辣な言葉だった。

 

一瞬理解できなかったが目頭が熱くなっているのを感じ、彼女は自分が泣いている事に気付いた。そしてその言葉を理解した途端更に涙が溢れ出してきて、悲しみのあまり彼の顔も見ずに走ってその場から逃げ出してしまった。彼は何か叫んでいたが、その声が彼女に届く事はなかった。

それから彼女は日付が変わるまで泣いた。次の朝には少し落ち着いたが、顔は泣き続けたせいで赤くなっている。できれば今日は休みたい気分であったがそんな事もできないので仕方なく登校する。学校ではクラスメイトに心配されたが寝不足だと言って笑って誤摩化した。休み時間になると彼が教室に訪ねてきたが理由をつけて合わない様にした。

そして放課後、一日中昨日の出来事を考える内に彼女の中にある疑問が生まれた。何故彼は自分の気持ちを知っていたのか。そして知っていたなら、何故自分から拒絶の言葉を告げたのか。自分から告白するつもりのない彼女をわざわざ振って事を荒立てるなど彼らしくない行動だとも思う。

納得できない事が幾つも出てきて、それを考えると女は真実を知りたくて仕方が無くなる。だが彼に直接聞く勇気は今の自分にはない。何とか気持ちを知る方法を考えていた時、生徒の相談を聞き問題を解決してくれる部活がある事を思い出した。

 

 

※※※※※

 

 

「…だから、どうして彼がそんな事を言ったのか教えて欲しいんです」

 

嘉悦は俺たちに話し終えると、ふぅっと一息ついた。手にしているカップに注がれた紅茶は夕日を反射してキラキラと紅く光っている。

 

「そんなことがあったんですね…」

 

千反田は悲しそうな顔で呟いた。

 

「助けてあげようよっ!それに久しぶりの依頼だしみんなで頑張ってみようよ!」

 

由比ヶ浜は嘉悦を元気づける様に俺たちを鼓舞する。俺はそんな由比ヶ浜を見ている嘉悦に質問した。

 

「俺たちがその部長に理由を聞きに行けばいいのか?」

 

急に声を掛けたもんだから嘉悦はびくりと身体を揺らした。ごめんね、俺なんかが声掛けて。

嘉悦は息を整え返事をした。

 

「あの…できたら秘密にして欲しいです。この事は私たち以外、ここに居る人しか知らないです。そんなこと聞いたら私が喋った事に気付いちゃいます。そういう事はなるべく避けたいんです」

 

「そうなるとなかなか難しいわね」

 

嘉悦の回答に、雪ノ下も口元に手を当てて考え込んでしまう。

確かに難しい…というか本人に聞けないんじゃ分かりようが無い。これじゃまるで探偵だ。

 

「折木さんっ!私、どうして箏曲部の部長さんが嘉悦さんにそのような事を言ったのか気になりますっ!それにひょっとしたら何かの間違いかもしれません。折木さんも是非考えてみて下さいっ」

 

千反田がずいっと顔を近づけて来るので、折木はまたも身体を仰け反らせた。

 

「わかったっ!わかったからそんなに近づくな」

 

「はっ!すみません」

 

千反田は折木から身を引いて居直した。

 

「そうだな…とりあえず、箏曲部部長ははっきりと断りをいれている。ひょっとしたら何かの間違いかもしれないというのはないだろう。問題はどうしてわざわざそんな事を言ったのかだ」

 

「そうですね」

 

折木と千反田のやり取りを見ていた俺は少し前の事を思い出していた。

部活を併合した当初、折木は奉仕部の活動に非協力的だった。“やらなくてもいいことならやらない。やらなければいけないことなら手短に”をモットーとするこいつは千反田たちに言われ渋々手伝うというスタンスだったが、一緒に部活をするうちに積極的ではないにしろちゃんと協力するようになっていた。これは折木の中で奉仕部の活動がやらなければならないことになったという事なのだろうか。

そんな事を考えていると、折木は嘉悦にひとつ質問をした。

 

「嘉悦は…失礼。嘉悦さんはどうして振られた理由を知りたいんだ?」

 

嘉悦の方を見てみると、黙ったまま俯いている。表情は何だか沈んでいて、先程話終えた時とは少し雰囲気が違った。

嘉悦は喋りだす素振りも見せないので、俺は沈黙に堪え兼ねて口を開いた。

 

「まぁ確かに普通嫌だよな。振られたって事実だけでも傷ついているのに、その上振られた理由まで聞かされるなんてたまったもんじゃない」

 

仮に俺が雪ノ下に告白して好きじゃないと言われ振られたとしても、好きじゃない理由を教えてくれとはならないだろう。想像するだけで辛い。

 

「でも理由を聞かないとなんかスッキリしなくない?それにちゃんと聞けば次に進めるって言うかさっ、ねっ‼︎」

 

由比ヶ浜が反論する様に言う。こいつの言う事も分かる。だがそれは強い人間だからできる事だ。

 

「みんながみんなそうとは限らんだろ。そうできない奴だって沢山いる」

 

例えば俺とか…。

嘉悦千花絵、こいつが由比ヶ浜の言う様に次に進むために理由を知りたいと言うなら話はまだマシだ。だがぼっちとして人間観察力を高めた俺から見ると、こいつはその手のタイプにはとても見えない。出会って早々に判断を決するのは早計だが、少なくとも第一印象はそんな感じだ。

なぜ嘉悦はわざわざ知りたがるのか。その理由によってはこの依頼は相当厄介なものにじゃないだろうか。

いろんな思いが頭の中をよぎる中、時間だけが過ぎて行った。

 

 

※※※※※

 

 

その後、話し合いで依頼を受ける事になった。それに伴い雪ノ下達が幾つか質問をしていたが、嘉悦は心ここに在らずという状態だった。そんな状態を心配され、話が終わると由比ヶ浜が付き添う様に一緒に帰って行った。

 

「これからどうするんだ?」

 

折木がそう聞き、四人で今後について話し合った。

 

「はっきり言って今回の依頼はかなり厄介だぞ。嘉悦を振った理由がわかるとも限らんし、仮にわかったとしても、それを嘉悦に伝える事が本当に解決になるのか」

 

「比企谷さんは理由を伝えない方が良いと思うんですか」

 

俺の疑問に千反田は質問で返して来る。

 

「場合によるな。…ただ依頼は受けるべきじゃなかったのかとも思ってる」

 

「そんな…」

 

俺と千反田のやり取りを黙って聞いていた雪ノ下が口を開いた。

 

「とにかく依頼を受けた以上ちゃんと解決しましょう。確かに比企谷君の言う通り理由を調べるだけで解決できる保証はないけれど、何もしなければ解決することはできないわ」

 

そうやって話をしている内に最終下校時刻になり、俺たちは話を切り上げる事にした。

 

「では、今日の話は私と千反田さんでまとめるわ。それで明日の昼休みに、みんなで部室に集合して今日の話の確認をしましょう。それから解決方法を考えて、放課後、話し合いによっては午後の授業間の休み時間から行動を開始。と言う事でどうかしら」

 

「はい、良いと思います。では私は摩耶花さんに連絡をしておきますね」

 

「じゃあ俺は里志に伝えておく」

 

「俺は昼休みは行きたくないな、一人でメシが食いたい」

 

「比企谷さんー」

 

千反田がしかめっ面で俺を見てくる。雪ノ下もかなり目が怖い。

 

「冗談だって…。ちゃんと来る」

 

どうせ由比ヶ浜からは逃げられないだろうしな。

 

「じゃあ由比ヶ浜さんには私が連絡しておくから、今日は解散にしましょう」

 

そうして俺たちは部室を後にし、それぞれ帰路に就いた。明日は面倒な事がいろいろありそうだ。嘉悦の事を考えると気が重くなるし、何よりベストプレイスで昼飯が食えないのが辛い。ひょっとしたら解決するまでずっと続くかもしれない。これはなるべく早く依頼を終わらせなければ。そう思いながら小町の待つ家に向かい、自転車を走らせた。



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2日目 心の捜索
01


ー折木奉太郎ー

 

昼休み、俺は渡り廊下を歩いて部室へと向かっている。昨日の依頼の件で、今日は昼休みから話し合いをするという事になっていた。外は晴れていて陽射しが心地良く眠たくなってくる。こんな日の昼休みは、教室でさっさと昼食を済ませゆっくり惰眠を貪るに限る。しかしながら昨晩、千反田から電話があり、昼放課は部室に来るように念を押されてしまった。恐らく雪ノ下に何か言われての事だろうから行かなければ後が怖い。

 

「ふあぁ」

 

大きなあくびをして、気の乗らない足取りでひとりでぽつぽつと歩いていると後ろから弾むような声を掛けられた。

 

「やあっ、ホータローが昼休みにちゃんと部室に行くなんて、よっぽど雪ノ下さんが怖かったのかい」

 

振り向くと里志が手を振りながら近づいてきた。

 

「里志か、別にそんなんじゃない。それより今日は総務委員の方は大丈夫なのか?」

 

「それなんだけど、実は放課後はまた行かないといけないんだ。でも明日なら大丈夫だよ」

 

里志は追いついて来ると申し訳なさそうに言った。

相変わらず忙しいやつだ。

 

「それにしても昨日メールが来た時は驚いたよ。なんたってホータローがスマホを持ってから一度も連絡が来た事が無かったからね」

 

里志にそう言われ、俺は制服のポケットに入っている長方形の固い物体を確認する。実の所、俺は去年までスマホはおろか携帯電話すら持っていなかった。その事で不便に思った事はさほどなかったが、以前里志が部室で、俺と千反田が元旦の夜に荒楠神社の蔵に閉じ込められたが二人ともスマホを持っていなくて連絡が取れなかった時の事を話したらえらく驚かれた。

それから千反田は由比ヶ浜や伊原にスマホを買えと言い寄られていた。最初は迷っていた千反田だったが雪ノ下にスマホの必要性を諭され数分後にはすっかり買う気になっていた。俺はスマホを持つ気はさらさらなかったが、比企谷ですら持っているという事実を知り少なからず動揺した。というかアイツはぼっちを語るくせに一体何にスマホを使うんだ。

その後、雪ノ下に説得された千反田に迫られ、俺は何故か千反田と一緒に同じ型のスマホを買いに行く運びとなったのだった。さりとて人とはそう簡単に変わるものでもなく、相も変わらずスマホを使う事なく日々を過ごしていた。…いや、少し語弊があった。俺のスマホは暇つぶし機能付き目覚まし時計として毎日活躍している。

 

「毎日会うんだ、用があれば学校で言えばいい」

 

一緒に歩きながらそう俺が言うと里志は笑った。

 

「ホータローらしいや。それより昨日はいろいろあったみたいだね」

 

「あぁ、由比ヶ浜の友達とやらが依頼をしに来た。元々は比企谷たちのやっていた活動だが、部活が併合したからには俺たちも参加しないとまずいだろ。やらなければいけない事なら手短に…だ」

 

「まぁそうだろうね。でもその割には最近奉仕部のしていた活動も楽しそうにやってるじゃないか」

 

里志は少し意地悪そうに言う。

 

「俺がか?馬鹿な事を言うな。奉仕部の仕事は千反田が食いつきそうな事ばかりだ。あいつが気になると言えば最後には避けられない問題になる」

 

「だから渋々だって言うのかい?それなら無視すればいいじゃないか」

 

「それが出来る相手じゃないから面倒なんだろうが。それに部活動だからな、活動せねばなるまい」

 

俺がそう言うと里志は吹き出して笑った。

 

「…なるほどね。いやー、しかし昨日はホント残念だったな、僕も直接話を聞きたかったよ」

 

残念と言いつつニヤニヤしている。

 

「お前こそ楽しそうだな」

 

そう言うと里志はクルッとこちらを向きワクワクしたように言う。

 

「だってそうじゃないか。何故自分しか知らない筈の自分の気持ちを知っていたのか、そしてそんな気持ちを知りながら、なぜ彼女を袖にしたのか。調べて見えて来る彼女の恋の結末とは如何に!こんな謎に遭遇するなんてなかなかないよ」

 

「お前…それを女子たちの前で言ったら殺されるぞ」

 

「摩耶花には言わないでね」

 

舌を出してウィンクしてきた…気色悪いしかしタチが悪い。こいつは完全に楽しんでいやがる。そう思った俺は雪ノ下よろしく里志に軽蔑の眼差しを向ける。

 

「まぁまぁそんな顔しないでよ。ほら部室に着いたよ」

 

くだらない話をしていたらもう部室の前に来ていた。気の乗らない俺とは反対に、里志はさっさと部室に入って行った。

 

「みんなお待たせー」

 

元気よく挨拶し、俺も後に続いて部活に入る。

 

「二人とも遅い!ここに来るのにどれだけ時間かけてんのよ」

 

早々に伊原に怒鳴られる。中には既に雪ノ下、千反田、伊原が弁当を広げて待っていた。

 

「ごめんごめん。ちょっと斉藤に捕まっちゃっててさ」

 

「斉藤って国語の?」

 

伊原に聞かれて里志は頷く。

里志は自分の事をデータベースと言うだけあって知識はあるが、学業よりも自分の興味のあることを優先するため成績はあまり褒められたものではない。去年の通知表では空軍のエースパイロットもかくやと言う程の低空飛行を記録し、千反田や伊原を驚かせた。

 

「そうなんだよ。いやー、しかし日本語とは言っても国語って難しいよね。関係詞だ副詞だなんて言われるとどの言葉が何に掛かっているかとか分からなくなるよ」

 

里志はやれやれといった感じで肩を落としている。

何故趣味に向けられる活力を少しでも勉強に回せないのだろうか。

 

「そう言えば、まだ八幡も由比ヶ浜さんも来ていないみたいだね」

 

里志は周りを見渡しながら言った。確かに二人の姿は見えない。

 

「そうなのよ、どうせ比企谷が結衣ちゃんに迷惑かけてるに決まってるんだから。全くしっかりして欲しいわ」

 

伊原は何故か俺の方を見てため息をついた。俺は何か悪い事でもしたのだろうか…。

俺と里志も席に着き、弁当を広げ始めるとドアが勢いよく開いた。

 

「みんなーっ遅れてごめんー!」

 

由比ヶ浜が息を切らせて入ってきた。後ろには比企谷も同じく肩で息をしている。二人は手を繋いでいたので、どうやら由比ヶ浜が比企谷を引っ張ってきた事が伺える。俺たちの視線に気づき、二人は慌てて手を離した。

 

「由比ヶ浜さん、遅かったわね」

 

「こんにちは由比ヶ浜さん、比企谷さん」

 

「ごめんねゆきのんー」

 

「大丈夫だよ結衣ちゃん、どうせ比企谷がもたもたしてたんでしょ」

 

由比ヶ浜は手を合わせて雪ノ下に謝り、それを伊原がフォローする。

 

「なんでそうだって決めつけんだよ」

 

「違うの?」

 

「……」

 

比企谷は息を整えながら反論したが、伊原に聞き返され失語する。

 

「そうなの、聞いてよまやちゃん、ヒッキーってば授業終わって部室行くと思ったら購買行っちゃうんだよ!」

 

「いや、俺弁当持ってきてないし。…購買行ってから部室行こうとしたんだよ」

 

「でもヒッキー部室と反対方向行ったじゃん」

 

「それは、あれだ…あまりにも天気が良かったんでな、ちょっとだけベストプレイスに行こうと…」

 

そう言う比企谷を雪ノ下と伊原が睨んでいる。

 

「比企谷さんは学校にベストプレイスなんて場所があるんですか?」

 

千反田は別のところに食いついたようで、不意の質問に比企谷も少し戸惑った。

 

「あ…あぁ、風が気持ちよくていい場所だ。俺はいつもそこで昼メシを食っている。お前もどうだ、ベストプレイス?」

 

比企谷は自慢気に言ったが、今度は由比ヶ浜が睨んでいる。なんだか怖い。

 

「ヒッキー、何ちーちゃん誘ってんの…でもヒッキー先週ほとんど教室でお昼食べてなかったっけ?」

 

比企谷は由比ヶ浜の声のトーンに少し臆した様で、声を上ずらせながら答えた。

 

「いや、誘ってるわけじゃないぞ?みんな自分のベストプレイスを持とうと言う提案だ、うん」

 

「へーそうなんだ」

 

「それに先週は水曜までずっと雨が降ってたからな。木曜も地面が濡れたままだったし、教室で食べざるを得なかった…。てゆうかなんでお前そんなに俺の事見てんの?」

 

「み、み、見てないしっ!全然見てないしっ!ヒッキーいつもお昼居ないから珍しいなーって思っただけだしっ!っていうかヒッキー自意識過剰過ぎ!」

 

由比ヶ浜は顔を赤くし否定したが、否定のし過ぎでむしろ怪しくもある。比企谷も少し赤くなっている様に見えた。

 

「雑談はそれぐらいにして、二人とも席に着いたら?そろそろ本題に入りましょう」

 

話を遮る様に雪ノ下の声に、俺たちは部室に集まった理由を思い出した。

 

「そうですっ。余計な話をしている場合ではありませんよ。午後の授業までの時間は限られているのです」

 

千反田も雪ノ下に続いて言う。こいつのせいで話が逸れた気もするが…。俺たちは弁当を広げながら話し合いを始めた。

 

 

※※※※※

 

 

「では始めましょうか。千反田さんお願いできるかしら」

 

「はい、それでは皆さん手元の資料を見て下さい。これは昨日の嘉悦さんの話を、私と雪乃さんで纏めたものです。摩耶花さんと福部さんは話を聞いてませんので、何か分からないことがあったら聞いて下さい」

 

司会雪ノ下、進行千反田という感じか。

 

「よくこんなもの作る時間があったな。しかも随分詳しく纏めてあるじゃねぇか」

 

比企谷が関心したように言う。

 

「はい。実は昨日雪乃さんに私の家に泊まってもらって一緒に作ったんです」

 

千反田がにっこり言うと、雪ノ下は咳払いをしながら、恥ずかしそうに頬を染めた。

 

「えー、いいなぁ!二人だけでずるいー」

 

「私も泊まりたかったなー」

 

由比ヶ浜と伊原は声を揃えて言う。

 

「すみません、急な話でしたので…だったら今度みんなでお泊まり会をしましょう」

 

千反田は手をぽんと合わせて楽しそうに言う。

 

「折木さんもいかがですか?お泊まり会」

 

千反田は犬がしっぽを振る様に聞いてきたので、俺はため息をついて答える。

 

「千反田、話が逸れてるぞ。時間がないんじゃなかったのか」

 

俺に言われ千反田ははっとなった。

 

「そうでしたっ、すみません。ではお泊まり会の事はまた後で決めるとして…皆さん手元の資料を見て下さい」

 

その話はまだするつもりなのか…。

千反田に言われ、全員資料を見る。

 

「依頼者は嘉悦千花絵さん、自分がどうして振られたのか知りたい、というのが依頼内容です。嘉悦さんは箏曲部に所属していて、その部長に恋をしていました。しかし自分の気持ちは叶わないものと思って告白はしない事に決めていました。しかし先週の木曜日の放課後、部長に呼び出され「部活の仲間だから好きって訳じゃない」と、言われて振られてしまいました。しかし何故彼が自分の気持ちを知っていたのか、何故自分から拒絶の言葉を伝えてきたのか、その訳を知りたいという事です。

次に箏曲部ですが、部員は全員二年生で男子三人、女子四人の小規模な部活です。部員同士は仲が良く、休日に遊びに行く事もあるそうです。メンバーは部長の花井剛さん、新渡戸明良さん、大須賀正樹さん、副部長の三好千早さん、日恵野春香さん、植田久美子さん、そして嘉悦千花絵さんです。

以上の事をふまえて依頼を解決しなければならないのですが、皆さん何か意見はありますか?」

 

「植田さんなら私と同じクラスだよ。でも先週の金曜日から学校休んでて今日も来てなかったよ」

 

「僕も花井君は知ってるよ。同じ総務委員なんだ。昨日も一緒だったよ」

 

伊原も里志も箏曲部の奴と知り合いらしい。意外と世間は狭いものだ。

 

「だけどどうして花井君は嘉悦さんの気持ち知ってたんだろうね?」

 

伊原はそう言いながら千反田の卵焼きを見ている。

 

「そうですね、何ででしょうか?」

 

千反田はそう言って伊原に卵焼きを差し出し、雪ノ下と由比ヶ浜にも進める。

 

「女の子ってそういう話に敏感だから、誰が誰の事を好きとかって相手を見てたら分かったりするよね」

 

由比ヶ浜は千反田に貰った卵焼きを食べながら言う。

 

「そう言う事なら部長としていつも部員を気にかけていた花井君なら嘉悦さんの気持ちに気付いてたかもしれないね」

 

「自分が隠してるつもりでも周りの奴らにはとっくにバレてるなんてよくある事だからな。花井が知ってても不思議じゃないだろう」

 

由比ヶ浜の意見に里志も比企谷も賛成する。

 

「そうね…それに、どうして嘉悦さんを振る必要があったのかも気になるわね、嘉悦さんは告白する気が無かったんでしょう?」

 

「確かに相手が何もしないならわざわざ自分が何かする必要は無いものね…」

 

そう言って伊原も雪ノ下考え込む。

 

「好きでいられる事が迷惑だったんじゃないのか?」

 

俺がそう言うと、伊原は諦めを含んだため息をついた。

 

「折木…あんたはなんでそういう考えしかできないのよ…」

 

「まぁまぁ摩耶花、ホータローだし仕方ないよ。けどホータロー、僕もその考えは間違ってると思うよ」

 

里志にも飽きられたように言われた。

こういう考えしかできなくて悪かったな…

 

「そう言う根拠は何だ?」

 

「根拠と言うほどのものでも無いんだけどね、花井くんの性格かな。言うなれば平和主義者!自分から事を荒立てず、穏やかに問題を解決しようとする人さ」

 

里志は割とお人間観察がなっている方だ。こいつそうが言うならおそらくそうなんだろう…俺は箸でウィンナを摘んで食べた。

 

「比企谷さんはどう思いますか」

 

パンを食べていた比企谷は千反田に聞かれ、少し考えた後ぽつりと言う。

 

「やっぱり直接聞くしか無いだろうな」

 

「でも嘉悦さんには言わないで欲しいと言われましたよ」

 

「なら部活の奴らにだな。どっちにしろ情報が少な過ぎる。今は話を聞いて情報を集めるのがいいだろ」

 

確かにこのまま話をしていても時間をただ無駄にするだけだ。そんなの俺の趣味じゃ無い。すると里志が手を挙げて言った。

 

「言わないで欲しいって言うのは嘉悦さんの事をだよね。だったら僕は花井君に話を聞いてみるよ。放課後総務委員の仕事もあるしね。その辺は上手いことやるから任せてよっ」

 

「まぁお前なら大丈夫だろうな」

 

比企谷も賛同する。そして伊原も

 

「じゃあ私は女の子に話聞いてみるよ。植田さんが休んでる事と一緒に何か聞けるかもしれないし」

 

「そうね、では女子の方は私たちで行って、比企谷君と折木君には男子の方へ行ってもらいましょう」

 

雪ノ下は当然の様に言った。確かに普通ならばそうだろう。けれども俺と比企谷で大丈夫だろうか。自慢では無いが自分が頼りになら無い事は心得ているし、多分比企谷も…ダメだろう、人と話すのは苦手そうだ。比企谷はこれでもかと言うくらいに嫌そうな顔をして雪ノ下に抗議していた。すると里志が

 

「それじゃダメだよ雪ノ下さん!ホータローと八幡のコミュニケーション能力の低さを甘く見たらいけないよっ!この二人じゃ、たとえ相手が男子でもちゃんと話を聞くのはまず無理だね。それに話しを直接聞くのと又聞きするのじゃ受ける印象が全く違うだろうし、そこを男女で分けるとなると話を聞いた感想に偏りが出るかもしれない。だから今回聞きに行くなら男子一人女子二人で別れるべきだと思うなっ」

 

またこいつは阿保なことをそれらしく言う。コミュニケーション能力については反論できない所もあるが…雪の下よ、こいつの口車に惑わされるな。

 

「確かに福部君の言う事も一理あるわね…みんなはどう思うかしら?」

 

雪ノ下は口元に手を当てながら意見を求める。

 

「確かに折木と比企谷に任せるのは少し不安かも…」

 

伊原は可哀想なものを見る様な目で俺たちを見る。

 

「少し言い過ぎじゃね?心折れちゃうよ俺?」

 

反論する比企谷。

 

「じゃあちゃんと話聞いて来れるの?」

 

「できるなんて言ってないだろ。もう少し優しく言って下さいって言ってんだよ」

 

比企谷は強気に頼んだが伊原に睨まれ無言になり、またパンを囓った。

やはり比企谷と二人はダメだな、と俺は思った。

 

「私は良いと思います、きちんと分散された方が話もちゃんと聞けると思いますし」

 

千反田は里志の意見に賛成した。

 

「じゃあ、あたしは男子に話聞きに行くよ。かえちゃんと一緒の時に少し話した事あるし」

 

由比ヶ浜がそう言った所で話は概ね纏まっていった。俺としては自分が主体的に話を聞く立場にならなければ誰と一緒でもいい。比企谷と、後は千反田と一緒にならなければ多分大丈夫だろう。そう考えているうちに話は進み、俺は雪ノ下と伊原とで女子の所に行き、比企谷は由比ヶ浜と千反田と一緒に男子の所に行く事になった。

 

「では放課後、またここに集まってからそれぞれ話を聞きに行きましょう。戻ってきたら聞いてきた事を報告して検討しましょう。福部君は総務委員だから、もし来られるなら連絡を頂戴。無理ならまた明日の昼休みに話を聞かせて貰うわ」

 

「了解っ‼︎」

 

里志は雪ノ下に敬礼をした。そして千反田が音頭を取る。

 

「それでは皆さん放課後は頑張りましょうっ!嘉悦さんの無念を晴らしましょう!」

 

「嘉悦は別に花井を恨んじゃいないだろ」

 

俺のツッコミにはっとなる千反田。

 

「はっ、そうでした。でもとにかく頑張りましょうっ!せーの、えい!えい!おー‼︎」

 

「おー…」

 

雪ノ下は恥ずかしそうに小さな声で言い、比企谷はやる気無さげに右手を挙げる。まぁ俺もそんな感じだ。後の奴らは割と楽しそうにやっていたが、要するに俺たちはあまり纏まらないまま、放課後に向け一致団結するのであった。

 

「あっ、それとお泊り会はどうしましょう?」



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02

ー折木奉太郎ー

 

楽しい事を心待ちにしているほど時間はなかなか過ぎず、早く来ないかと待ち遠しく感じる。逆に嫌な事が待っている時間はあっと言う間に過ぎ、逃れられない絶望感を感じる。普段授業は真面目に受けていると胸を張って言える訳ではなく、早く終わらないかなどと考えていたりもする訳だが、今日の俺はこの国語の授業をもうしばらく受けていたいと思っていた。放課後のエネルギー消費の事を考えるとなるべく動きたくないし、やらなければならないなら少しでもイスに座り体力を温存しておきたい。しかし、そういう時に限って時間はあっという間に過ぎ、気づけばもう放課後になっていた。少しため息を漏らし、席を立った。

 

「送る月日に関守なし…か」

 

 

※※※※※

 

 

今、俺は雪ノ下と伊原と共に箏曲部の女子部員である三好と日恵野の所に不本意ではあるが向かっている。決まった事に文句を言うつもりは無い。…だが、出来れば部室で待って居たかった。しかも恐ろしい事に雪ノ下と伊原というなんとも危険な香り漂う毒舌ペアと行動を共にしなければならないのだ。これは俺が無事平穏に部室へ行けない事と同義である。比企谷…こういう時だけ運の良い奴だ。そう思い少しばかり気を落としていると雪ノ下が話しかけてきた。

 

「折木君、そんなやる気の無い顔で一緒に歩かないで貰えるかしら。だらし無さが移るわ」

 

「そうよ折木、あんた普段何もして無いんだからこういう時くらい役に立ちなさいよ」

 

伊原も雪ノ下に同調して言ってくる。

 

「お前ら好き勝手言ってくるな…」

 

「あら、これでもまだ言い足りないのだけど。私が優しいからあまり言わないであげているのよ。貴方がお望みなら…

 

「いや悪かった。何でも無い」

 

俺は雪ノ下の言葉を遮る様に言った。しかしこれで優しいとは一体どういう事だ。こいつが思っている事を言い出したらと考えると寒気がした。

 

「しかし、俺が来る意味はあったのか?お前らだけで十分だと思うんだか」

 

「確かに私と伊原さんがであれば問題なく話は聞きけるでしょうけど、福部君の言っていた様に話を聞いた時の印象は男女で変わるわ。私が聞いた話を折木君にしてもいいのだけれど、直接聞いた方が相手の些細な感情も感じ取れるわ…私が気付かない事に貴方が気付くかもしれないでしょうしね。だから折木君はただ聞いていてくれたら良いのよ。けれどただ居るだけが嫌というなら、そうね…書記でもやってみる?」

 

「わかった、ちゃんと聞いてる」

 

そんな新聞記者のような面倒な事ご免被る。俺が慌てて答えると、雪ノ下は楽しそうに笑った。

 

「ふふ、よろしくね」

 

部室ではいつも睨まれていたが、こいつもこんな顔で笑うんだな。

顔立ちは整っていて、いつも凛とした表情を崩さずにいる雪ノ下は凛として綺麗に思っていたが、偶に見せる笑顔は年相応の女子高生と言えるくらいに可愛らしく見えた。

 

「ところで少し聞きたいんだが、お前は今回の依頼についてどう思う?」

 

「どう、と言うのは具体的にどういう事かしら」

 

「嘉悦の、振られた訳を知りたいという依頼についてだ。俺は女子でもないし恋愛経験もないからよく分からないんだが、振られた理由を知るのはそんなに重要なことなのか?」

 

俺の質問に対し雪ノ下は少し考えた。

 

「そうね…重要かどうかは人それぞれだから何とも言いようがないけれど、由比ヶ浜さんの言う様に知って納得することで次に進む事ができるのかもしれないわ。あるいは次に進まなければいけない、とも言うのかしらね…。まぁ私も恋愛経験豊富という訳ではないから確かな事は言えないのだけれど」

 

雪ノ下は冗談を言う様に微笑んだ。確かに人それぞれであれば俺がどう思おうと関係ない。嘉悦は一見大人しそうに見えて、以外とそういう所は貪欲なのかもしれない。よく分からないが女子というのはそういうものなのだろうか。

 

「お前ならどうだ?男子に…例えば比企谷に告白して振られたとしたら、その理由を聞きたいと思うか?」

 

俺が何気なく聞いてみると、先程まで可愛らしい雰囲気を醸し出していた女子生徒は何処へやら、一変して氷の様に冷たく鋭い視線が突き刺さる。

 

「折木君、あなた頭がおかしくなったのかしら?どうして私が比企谷君に告白しなければいけないの?あんな目も性格も腐った様な生き物に告白する人間なんて世界中探してもそうそういないでしょう。もし仮にいるとしたら、それはよほどの物好きか聖人君子くらいだわ」

 

自分と全く関係ない所で罵られる比企谷を少し不憫に思った。すまん比企谷。

 

「いや、あくまで例えの話で…」

 

雪ノ下は俺の言葉に耳を貸さず、更に続ける。

 

「それに、万が一そんなことがあったとして、私の告白を断るなんて身の程知らずもいいところだわ。比企谷君は誠意を持って応じるべきだと思うの」

 

そう言いながら雪ノ下はスタスタと一人で行ってしまう。その先では、いつの間にか一人先を行っていた伊原がこちらを向いて手を振っていた。

 

「二人とも何してるのー、もう着いたわよ…って顔赤いよっ、どうしたの?大丈夫?」

 

伊原は雪ノ下を見て驚き駆け寄る。

 

「大丈夫。気にしないでちょうだい」

 

雪ノ下は顔を逸らしながら答えたが伊原は余計に心配している。俺が質問した時には氷の様に冷たい表情だった筈だが伊原の所にいく頃にはそれも溶けるほどに赤くなっていたらしい。どういうことだ。

俺はそんな二人に追いつき教室の札を見た。ニ年D組、箏曲部の女子部員である三好と日恵野の在籍する教室である。

 

昼休みの話では放課後一度部室に集まる筈だったが、箏曲部は全員二年生なので直接話を聞きに行こう、と言う内容のメールが休み時間中に送られてきた。俺としても余計な移動をせずに済むので即了解の返事を返した。まさか連絡を知らず部室に行くという面倒な事をする奴もいまい。

伊原は廊下近くに居た生徒に声を掛け、三好と日恵野を呼んでもらっていた。しばらくすると、二人の女子生徒がこちらにやって来る。

 

「あたしらになんか用?」

 

キツそうな物言いの女子生徒が伊原に話しかけてきた。

 

「あの、私植田さんと同じクラスなんだけど、少し聞きたい事があるんだけどいいですか」

 

「いいけどあんた久美子の友達なん?」

 

何故か女子生徒は詰問する様に聞いて来る。その圧力は、あの伊原でさえ一歩足を引いてしまう程だった。そして雪ノ下は何故か対抗する様に一歩前に踏み出して睨み返している。空気が不穏だ。

 

「そんなにやたらと睨んじゃダメよ春香」

 

一色即発かと思われたその時、その空気を落ち着かせる様に教室から声が聞こえてきた。

 

「別にそんなんじゃないし…」

 

春香と呼ばれた女子生徒は口ごもった。どうやらこのキツめの女子が日恵野春香のようだ。

 

「ごめんね、春香ってば友達取られると思っていつもこうなのよ。私が三好だけど、私達に何か用だった?」

 

「だからそんなんじゃないってばっ!」

 

日恵野は顔を赤らめて怒っているが、それを三好は上手くあしらっている。三好…こいつは副部長だったか。一見優しそうな雰囲気だが、このやり取りを見る限り日恵野よりも立ち場が強そうだ。

微笑みながら聞いてくる三好に伊原は質問する。

 

「えっと、私植田さんと同じクラスなんだけど、彼女が先週の金曜日からずっと休んでるからちょっと心配になっちゃって…。それで箏曲部のみんなが仲が良いって聞いたから何か知らないかなと思って聞きに来たの」

 

伊原は少し落ち着いた様で三好に質問した。すると仲が良いと言われた日恵野は何やら急に上機嫌になった。

 

「何よー、そういう事なら早く言ってよ。まぁ、確かにあたしらいつも一緒にいるし久美子の事なら大体分かるよ」

 

得意気に鼻を鳴らし答える日恵野に対し、三好は若干申し訳なさそうな顔をしている。

 

「担任の先生は風邪だって言ってたんだけどそうなの?」

 

「そだよ、なんか木曜日に「今日体調悪いから部活休む」っつって、それでどうしたって聞いたら「昨日傘忘れちゃって濡れて帰った」って言ったのよ。あの子ドジなんだよねー。言ってくれたらあたし一緒に帰ったのに」

 

「そうなんだ…」

 

少し心配そうな顔をした伊原を見て、三好は日恵野に続いて喋りだす。

 

「でももう大丈夫よ。昨日春香と一緒にお見舞いに行ったらだいぶ調子良さそうだったから、明日には登校できると思うよ」

 

「二人でって事は嘉悦は一緒に行かなかったという事か?」

 

ほっとする伊原の後ろから俺が聞くと、日恵野は愛娘にできた恋人を憎むような目つきで睨んできた。実際に視線を向けられるとかなり恐ろしい。

 

「あぁ?あんた千花絵のこと知ってんの?」

 

「…春香」

 

三好はまたかとため息をつく。睨まれた俺は一歩引いてしまう。流石伊原を退かせただけはある。

知っているのかと聞かれたが、俺は別に嘉悦の知人でも無ければ友達でも無い、ただの依頼人だ。確かに知ってはいるが依頼の事を話す訳にもいかない…。どう答えるべきだろうと俺が悩んでいると、日恵野は無視されたと感じたらしくさらに視線を鋭くして睨んで来る。

 

「私達は嘉悦さんとは友達ではないわ。強いて言えば友達の友達ね」

 

「箏曲部は仲が良いからお見舞いに行くなら女の子みんなで行くと思ったの」

 

雪ノ下と伊原が咄嗟にフォローを入れてくれたので、日恵野の表情は戻った。

 

「千花絵は人と話すのあんま得意じゃ無いからちょっと心配なのよ。今は色々話してくれる様になったけど初めて会った時なんて全然喋んなかったし…………」

 

日恵野は心配そうに言うが、そりゃ日恵野のその圧力だったら嘉悦でなくても喋り辛いだろう。

嘉悦の事を話し出したら止まらなくなったのか、日恵野は箏曲部の事を色々と話してくれた。ありがちな思い出話だったが、聞いているとこいつらの仲の良さが伝わってくる。

 

「……………けど初めてお昼誘われた時はマジ感動だったわけよ、なんか子猫がやっと懐いてくれたー、みたいな?」

 

三好も加わりあれやこれや話し、伊原達もうんうんと聞いていた。日恵野はひとしきり話した様で俺たちへの警戒は完全に取れていた。

 

「そういう訳だからあんたらも千花絵の事知ってんなら仲良くしてあげてよね、まぁ一番の友達はあたしらだけとっ」

 

日恵野はニッと笑って言った。最初の印象こそ悪かったが、話してみれば割といい奴なのかもしれない。

 

「それで、お見舞いへは何故二人で行ったのかしら?」

 

雪ノ下が話を戻す様に尋ねた。三好も忘れていた様でハッとして喋った。

 

「そうだったわね、千花絵もあまり調子良さそうじゃなかったから春香と二人で行ったの。風邪が移ったら千花絵にも久美子にも悪いしね」

 

まぁ先週振られたんだ、無理も無い。

 

「そうだったんだ」

 

「そいや久美子、なんか千花絵に謝らないと〜みたいな事言ってなかった?」

 

日恵野はふと思い出した様に言う。

 

「そうなの?」

 

「うーん、まぁそうだったかな」

 

伊原に聞かれ何か曖昧な返事をする三好に対し、日恵野は何か知ってる様な笑みを浮かべた。

 

「いやー色々あるからねあの子らも。ここだけの話、私の考えだと千花絵も久美子もたぶん…痛っ!三好痛いってっ‼︎」

 

「春香、そう言う事はあまり人様に話すもんじゃないでしょ。友達無くすよ」

 

三好に腕をつねられて日恵野は大人しくなった。どうやらこいつは友達という言葉に弱いらしい。

 

「ごめんね、気になるかもしれないけど乙女の話だからあまり聞かないでくれたら嬉しいかな」

 

三好は笑顔で言っているが、その目はこれ以上聞くなと言っている様に思えた。

 

「やだ、もうこんな時間。春香そろそろ部活行くよ。あなた達もごめんね、このくらいしか話せなかったけど大丈夫かしら?」

 

「うん、ありがとう。こっちこそ急に来てごめんね。それじゃあ部活頑張ってね」

 

二言三言挨拶を交わし、部室に向かう二人を見送った。

 

「なぁ、さっき日恵野が言いかけてた事って…」

 

「うん…何言おうとしたか何となく分かる気がするけど…取り敢えず部室に行かない?」

 

「そうね、由比ヶ浜さん達ももういるかもしれないし、話はそれからにしましょう」

 

そうして俺たちは部室に向かった。取り敢えず俺は自分のやるべき事を一つ片付けた。後は比企谷達の話を聞いて、それからどうするか考えよう。

しかしあいつらはちゃんと話を聞けたんだろうか。ふとそんな疑問が頭をよぎった。

 

 

※※※※※

 

 

ー比企谷八幡ー

 

 

少し前…

 

 

 

「はっくしょい!!」

 

誰かが噂でもしているのか、俺は部室の前で鼻をすすった。昼休みの話では、放課後部室に集まるという事だったので寄り道もせずまっすぐ来た訳だが、何故かドアには鍵がかかっている。早く来すぎたと言う時間でもないし、だいいち雪ノ下が俺より遅く来るなんてまず無い。しばらく部室の前でぽつねんとしていると俺の暇潰し機能付目覚まし時計が震えだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

送信者 由比ヶ浜

ーーーーーーーーーーーーーーー

タイトル 今どこに居る?

ーーーーーーーーーーーーーーー

ヒッキー今どこ?

ひょっとして部室行っちゃった?

 

ゆきのんから連絡あって放課後は

直接箏曲部の人たちに聞きに行く

ことになったから

早く教室に戻って来てねっ!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

こいつ…何でもっと早く言わないんだよ。わざわざ部室まで来ちゃったじゃんかよ。

せっかく殊勝な行ないをしたというのにまったくの無駄足だった。

 

「仕方ない…戻るか」

 

自分一人の状況に虚しさを感じ立ち去ろうとすると、不意に後ろから明るい声が聞こえてきた。

 

「せーんぱいっ!」

 

振り向くと一色がすぐ後ろに立っていた。少し前かがみになり、俺の顔を上目使いで見上げているその仕草は相変わらずあざと可愛い。ちょっと心が揺れそうになったが、俺は何事もない様に返事をする。

 

「一色か。なんか用か?」

 

「もーっ先輩テンション低いですよ。せっかく私が会いに来てあげたんですからもっと元気出してくださいよっ」

 

「だってお前と居ると面倒なことにしかならないんだもん。それにあざといし」

 

可愛い笑顔で接してきた一色は俺の態度に頬を膨らました。

 

「ぶー、あざとく無いですよっ。それより部室閉まってるみたいですけど今日ってお休みなんですか?」

 

「いや、休みじゃないがまだ部室は開かないぞ。分かったらお前もとっとと生徒会室に行け」

 

「じゃあ先輩、ちょっと生徒会の仕事手伝ってくれませんか?」

 

一色は上目遣いで目を潤ませながら頼み事をしてくる。この仕草に何人の男子が手玉に取られたことか…。俺がぼっちじゃ無かったら危なかった。

 

「じゃあってなんだよ。俺も忙しいんだよ。また今度な」

 

そう言い教室に戻ろうとするが、一色は付いてくる。

 

「えー、いいじゃないですか。どうせやる事なくて暇なんでしょ?私と一緒に居れるんですよー」

 

「だからホントに忙しいんだってば。俺はもう教室に行くぞ」

 

「教室って生徒会室ですか?わぁ嬉しい」

 

「ちげぇよ、俺のクラスだよ」

 

袖を引っ張る一色を引き連れ、俺は教室に向かって歩く。その間も一色は騒ぎ続けるので、他の生徒とすれ違う度に異様な視線を浴びせられた。あまりにも迫ってくるので根負けしそうにもなったが依頼をほっぽり出したとなれば雪ノ下が黙っていない。そう思い、意思を強く持ち、視線に負けず、歩き続けた。

教室の近くまで来た時、前から見覚えのある生徒が歩いて来るのが見えた。

嘉悦だった。

嘉悦は俯きながら歩いていたので表情は見えなかったがその足取りは重く、昨日由比ヶ浜に支えられて帰った時と変わらない様に見えた。嘉悦はこちらに気付く素振りもなくそのまますれ違う。

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

俺は様子が気になり声を掛けると、嘉悦はくるりと振り返った。

 

「はい。…えっと…」

 

嘉悦は誰だこいつみたいな目で俺を見て来る。恐らく俺が昨日奉仕部に居た事を覚えてないのだろう。眼中になかったのか、意識的に記憶から消したのか…まぁそんなとこだろう。

自分で言ってて悲しくなる。

 

「あー、奉仕部の比企谷だ。」

 

「奉仕部の…あなたも昨日いたんですね」

 

嘉悦ははっとした様子で答えた後、ばつの悪そうな顔をした。

俺も居ましたし喋ってもいました。一応会話もした筈なんだけどね、覚えてないみたいだけど。

 

「それで何か用ですか?」

 

嘉悦にそう聞かれた所で、俺は制服の袖を引っ張られている事に気付いた。

 

「せんぱーい…なんでいきなり女の子に声掛けてるんですか?先輩ってそんなにチャラかったでしたっけ?」

 

振り返ると一色がニコニコした顔でこちらを見つめていた。可愛らしい笑顔なのだがぴくりとも動かない表情は逆に威圧感さえ伝わって来る。

 

「いや、そんなんじゃねぇよ。ただの部活の依頼者だよ」

 

「へー、そうなんですねー」

 

一色は笑顔を崩さずに平坦な口調で言う。それは俺の被害妄想でなければ“お前、よく知りもしない女に声掛けてないで生徒会の仕事手伝えよ”と言ってるようにも聞こえてすごく恐い。

俺は咳払いをして気持ちを落ち着けてから嘉悦へ振り返る。

 

「あー、なんだ…少し聞きたい事があるんだが…いいか?」

 

「…いいですけど……」

 

嘉悦は一瞬眉をひそめた様に見えたがすぐに元の表情に戻し、何か言いかけたまま言葉を噤みこちらを見ている。その視線は一色に向けられていた。

 

「一色、お前ちょっとあっち行ってろ」

 

「えっ?なんでですか?」

 

一色は不思議そうに言う。

 

「守秘義務とか色々あんだよ。とにかく向こうに行ってろ」

 

「あっ、ちょ…先輩っ」

 

俺は一色の背中を押す様に追い払うと再び嘉悦に向き直る。

 

「…悪かったな」

 

「いえ…それで聞きたい事って何ですか?」

 

そう、俺はこいつに聞きたい事があった。昨日は話の最中うやむやになって聞けなかったが、ずっと胸に引っ掛かっていた。

 

「昨日聞きそびれた事なんだが、どうしてお前は振られた理由を知りたいんだ?」

 

昨日の由比ヶ浜の言う事も分かる。だが、俺にはどうしても嘉悦がそれを知りたがる人間には思えなかった。

 

「どうしてそんな事聞くんですか?」

 

嘉悦は少し黙っていたが、こちらを弱く睨むように見て聞いてきた。

 

「いや、何か参考になればと思ったんだが…」

 

「それって直接依頼を解決する事に関係ありますか?」

 

「あー、直接関係あるかは分からんが…」

 

「なら別に言う必要ないですよね。それに言ったってどうせ分からないと思います」

 

だんだんと口調が強くなった嘉悦は、そう言うと再び俯いた。

 

「それじゃあ、私用事があるんでもう行きます」

 

「あっ、おい!」

 

「…依頼なんてするんじゃなかった…」

 

嘉悦は最後にぽつりと呟くと足早に去って行ってしまった。一人残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 

※※※※※

 

 

「行っちゃいましたけど話終わりました?」

 

程なくして一色がひょっこりと顔を出した。

 

「一色…お前まだいたの?」

 

「ちょっと酷くないですかー?先輩が待っててくれって言ったんじゃないですか」

 

一色はぷくっと頬を膨らまして怒ったふりをする。あざと可愛い。てか俺はそんな事言っただろうか?

とは言え、突っ立っていても仕方がないのでとりあえず教室まで行く事にする。移動している間も俺は先程の嘉悦の言葉について考えていた。振られた理由は知りたいが何故知りたいかは言いたくないし、どうせ言っても分からないと言う。それに依頼しなければよかったなんて、まだ相談しかされてないのにそんな心変わりをする理由はなんだ。考えるほどに分からなくなる。

俺はふと隣を歩く一色を見た。

 

「なぁ一色。お前は好きな相手に告白して振られたとき、その理由を知りたいと思うか?」

 

俺がそう聞くと一色は俺を見上げたまま立ち止まってしまった。どうしたと思い俺も歩くのを止めたが、その時自分がとんでもない失敗をした事に気付いた。

こいつは去年、デステニーランドで葉山に告白し、そして振られたのである。

 

「すまん…。今のは忘れてくれ」

 

俺がそう言うと、しばらく黙っていた一色はふっと笑った。

 

「別にいいですよ。そんなに気にしてませんから。そうですね…私が葉山先輩に振られた時は理由なんて知りたいとは思わなかったですね。葉山先輩の気持ちが私に向いてないのも知ってましたし、私もそれでいいと思ってましたから」

 

一色は淡々と喋っている。

 

「お前は葉山と付き合いたいから告白したんじゃないのか?振られる事前提みたいな状況で、なんでお前は告白したんだよ?」

 

そう聞くと一色は意地悪そうに微笑んだ。

 

「あれっ、言いませんでしたっけ?私も本物が欲しくなったんですよ」

 

それを聞いた瞬間、俺の全身は熱くなり顔は煮ダコの様に赤くなった。

本物が欲しい…それは俺が雪ノ下と由比ヶ浜の前で泣きじゃくりながら放った言葉である。確かに一色が告白した日、帰りのモノレールの中で聞いた覚えがある。

恥ずかしさのあまり黙っている俺を見て楽しむ様に一色は言葉を続ける。

 

「あの日私は、私の本物を確かめる為に告白したんです。だから振られて良かったんです。葉山先輩を利用するみたいになっちゃいましたけど、あの人には私の考えも気付かれてたみたいです」

 

一色はそう言って自分の頭を小衝いてみせた。あざと可愛い。

 

「それで、お前の本物は見つかったのか?」

 

俺は気持ちを落ち着かせそう聞くと、一色は近づいてきて俺の顔を見ながらニッコリ笑った。

 

「先輩知ってます?先輩と葉山先輩って意外と似たとこがあるんですよ」

 

「…俺とイケメンリア充の似てるとこなんて性別くらいのもんだろ」

 

「相変わらず捻くれてますね。そういう話じゃないですよ」

 

一色はやれやれという感じでため息をつく。

 

「でも性格はさておき、先輩だって目がもう少し生き生きすれば結構…」

 

一色は言いかけた言葉を途中で止める。

 

「結構…なんだよ」

 

「やっぱり何でもないですっ!ほらっ、さっさと行きますよ」

 

そう言って一色は先を歩いて行く。

 

「いや、なんでお前が仕切ってんだよ」

 

「いいからっ、置いてきますよ」

 

「ちょっと待てって」

 

ほんのり顔を赤らめながら笑う一色を追って、俺は教室へと向かって行った。



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03

ー比企谷八幡ー

 

 

 

俺が自分の教室に戻る頃には殆どのクラスメイトが部活、委員会、あるいは帰宅と、既に教室を去った後だった。まだ数人残っていたが、それほどリア充度の高くない連中ばかりである。俺としてはあまりクラスメイトに会いたくなかったので丁度よかった。

 

「みんなもう殆ど帰っちゃいましたね」

 

一色が俺の後ろからひょこっと顔を出して言った。結局ここまで付いてきてしまった。ただでさえ下級生が上級生の廊下を歩いていれば目立つのに、それが生徒会長ともなればもう見てくれと言っている様なものだ。刺さる視線を無視しながらここまで来た俺を、誰か褒めてくれてもいいんじゃないか?

 

「放課後だしな、そりゃそうだろ」

 

「でもここでする事無くないですか?いい加減手伝って下さいよー。いつもならとっくに手伝いに来てくれてる頃じゃないですか」

 

こいつ分かっててやってたのか。何かと勝手な事を言いやがる…

 

「それはお前が決める事じゃないだろ。言ったろ、やる事があるって。何もなきゃ真っ先にお前のこと助けに行ってやるよ」

 

俺がそう言うと一色は少しポカンとした後、急に顔を真っ赤にして

 

「なんですかお姫様を助けに来た王子様気取りですかそう言うメルヘンチックな告白も憧れますけど大事なことは真面目な感じで言って欲しいのでやり直してください、ごめんなさい」

 

「なんか分からんが、また振られたな…」

 

「そうですよ、先輩のこと振るのもいい加減疲れるんで早く終わらせてくださいよ」

 

「終わらせるったってそれ俺に何とかできるの?どうすりゃ終わるんだよ」

 

「そんなの決まってるじゃないですかっ!…私と…先輩が、…その…」

 

「あーっ、ヒッキーいた!」

 

一色の話を遮る様に廊下から由比ヶ浜の声が聞こえた。そちらに目をやると由比ヶ浜と千反田が教室に入って来るところだった。

 

「もー、ヒッキー私が声かける前に教室出てっちゃうんだもん。ホントびっくりだよっ。あれ?いろはちゃん、やっはろー。どうしたのこんなとこで?」

 

「こんにちは一色さん。比企谷さんも大変でしたね」

 

「由比ヶ浜、何でもっと早く言ってくれなかったんだよ。おかげで部室まで行って帰って来ちゃったじゃねーか。疲れるんだぞあそこまで行くの」

 

「だってヒッキーいつもしばらく教室に居てから部室行くじゃん。なのに今日はすぐ行っちゃうし、気付いたら居ないし。慌ててメールしたんだからね」

 

「それより一色さんは何故二年生の教室に居るんですか?」

 

俺の苦労を、それよりの一言で片付けた千反田は一色に尋ねた。

 

「結衣先輩、千反田先輩こんにちは。実は先輩にちょっと生徒会の仕事を手伝って貰おうとしてたんですよ」

 

一色がそう言うと、由比ヶ浜と千反田は俺を見てきた。

 

「俺は用があるって断ったぞ。こいつが勝手に付いてきただけだ」

 

「ちょっと先輩ー、その言い方酷くないですかー?」

 

泣き真似をしながらこっちを見てくる一色に一瞬ドキッとしてしまった。くそ、あざと可愛い。

 

「あのっ、一色さん。実は私たち結衣さんのお友達から依頼を受けてまして、それで今からやらなければいけない事があるんです。…一色さんのお願いも聞いてあげたいんですけど今はちょっと…すみません」

 

千反田は申し訳なさそうに一色に深々と頭を下げて謝った。一色が自分勝手を言ってるだけで千反田が謝る必要はないんだが…。ていうか千反田の言い方だと俺の意思が尊重されてないんだけど誰か突っ込め。

 

「ごめんねいろはちゃん。今日はヒッキーいろはちゃんのこと手伝えないんだ。でも依頼が終わったらいつでもヒッキー使っていいからさっ」

 

由比ヶ浜も謝る。そしてなぜか備品扱いされている俺。

 

「そうだったんですね。もー先輩、それならそうと早く言って下さいよ」

 

「まぁ、すまんな一色…」

 

俺は最初から言ってなかっただろうか。だが例え自分が悪く無くても断るというのは多少気がひける。

 

「でもいろはちゃん一人で大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です。多分私一人で出来ますので」

 

大丈夫なのかよ、俺必要無いじゃん。

 

「ではみなさん、お仕事頑張って下さいね!先輩もちゃんと働いて下さいね。ではではー」

 

そう言って一色は教室を出て行く。だが去り際にこっちに寄ってきて、俺の耳元で囁いた。

 

「…この埋め合わせはちゃんとして下さいねっ…」

 

一色を見送った俺は、耳元で囁かれる女子の声の破壊力をひしひしと感じていた。

 

 

※※※※※

 

 

一色が去った後、俺は由比ヶ浜と千反田と一緒に、新渡戸と大須賀に会いに行く。しかし、放課後になってから少し時間が経ってしまったからもう教室にはいないかも知れない。

 

「教室に行って居なかったらどうするんだ?」

 

俺は千反田に聞いた。

 

「そうですね…その時は箏曲部の部室に行ってみましょう。そこなら確実にいるはずです」

 

「いや、それはやめといた方がよくないか?」

 

「ちょっとヒッキー、まさか面倒くさいーとか言わないでよ」

 

由比ヶ浜が呆れた様に言ってくる。

 

「そうじゃねぇよ。例えば教室に新渡戸と大須賀がいないからといって箏曲部の部室に行けば、当然他の部員とも鉢合わせる事になる。花井は総務委員の仕事があるし嘉悦もあの様子だから恐らくいないだろうが、残りの連中の前で嘉悦の事を…まして部室にまで乗り込んで聞きに行ったとなればきっと何か疑問に思う筈だ」

 

嘉悦は俺たちに依頼した事を花井に知られたくないと言っていた。俺たちが部室まで行って嘉悦の事を聞けばその事は花井もすぐに知るだろう。そうなる事はまずい…。

 

「そっかー、なら早く教室に行ってみようよっ、まだいるかも知れないし!」

 

由比ヶ浜の言う通り行く宛が他に無い以上行ってみるしかない。俺たちは足早に目的の教室へ向かった。

程なくしてついた教室は、俺のクラスと同じように生徒は殆ど居なかった。それらしい男子生徒も見当たらない。

 

「いないな…」

 

「…いませんね」

 

俺と千反田は茫然と教室を見つめる。

やはり遅かったか。だがこれからどうする?箏曲部の部室に行く前に二人を見つけて話を聞くなんてできるか?いや出来ないだろう。これはもう諦めて部室で折木たちが戻って来るのを待つのが賢明かもしれない。

などと考えていると、由比ヶ浜が廊下の向こうを指差し声をあげた。

 

「ヒッキー!ちーちゃん!いたよっあそこ!ほら廊下歩いてるっ」

 

俺と千反田が由比ヶ浜の指の指す方をを見ると、廊下の端を新渡戸と大須賀が歩いているのが見えた。いや、俺は二人とも顔を知らないから分からないけど…、由比ヶ浜言うならそうなんだろう。

 

「おーいっ!ちょっと待ってー!」

 

由比ヶ浜は大きな声で二人を呼び止めぱたぱたと走って行く。他に何人か関係のない生徒が振り向いたがそんな事は気にしないらしい。さすがリア充のなせる技だ。俺だったら廊下で大声を上げれば恥ずかし過ぎて死ねる。

 

「比企谷さん、私達も行きましょうっ」

 

「そうだな」

 

千反田にそう言われ、俺は由比ヶ浜の後を出来るだけ関係のない人のフリをして付いて行った。

 

※※※※※

 

 

「由比ヶ浜さんじゃん、お疲れー。どうしたの?」

 

「新渡戸君、やっはろー。ごめんね呼び止めて。ちょっと聞きたい事があったんだけど今大丈夫かな?」

 

「いいよ、もち大丈夫だよーっ。聞きたい事って何?あっ、もしかして俺の事だったりしちゃう?」

 

由比ヶ浜が二人に話しかけたが、新渡戸がガンガン返事をして来る。どうやらこいつはウザい系の奴の様だ。しかし、どうして名前に戸部とつく奴はこんな性格の奴ばかりなんだ…。由比ヶ浜が少し困っていると

 

「由比ヶ浜さんがお前に用があるわけないだろ。嘉悦の友達だしあいつの事だろ」

 

「うん、そうなの。かえちゃん最近元気なくて…。大須賀君たち何か聞いてる?」

 

「由比ヶ浜さんにもそう見えるんだね」

 

由比ヶ浜に聞かれ答えた大須賀は、少し黙った後考えるように口元に手を当てて

 

「ひょっとしたら気付いてるかもしれないけど…嘉悦は剛の事で悩んでるんだと思う」

 

「えっ!大須賀君かえちゃん達の事知ってたの?」

 

由比ヶ浜は驚いて大須賀に聞き返した。由比ヶ浜は依頼の事だと思っている様だが、恐らく大須賀は別の事を言っているんだろう。こいつがうっかり口を滑らさないか不安だ。

 

「やっぱり気付いてたんだね。女の子って凄いな。俺はずっと一緒にいたから気付いたんだけど多分嘉悦は剛の事が好きだ。本人は気付かれてないと思ってるけどみんな知ってると思う。あいつは自分の事を言わないくせに隠すのは下手だからね」

 

「あっ、あーそっちの方か…でもみんな知ってたんだね」

 

どうやら由比ヶ浜は自分の勘違いに気付いたらしい。それよりも、嘉悦の話を聞いた限り誰もあいつの気持ちを知らないものだとばかり思っていたが、まさか全員知っていたとは。

 

「みんなって言うのは花井もか?」

 

「君たちは…?」

 

俺が質問すると、大須賀は由比ヶ浜の後ろに立っていた俺と千反田をみて聞き返してくる。

 

「私の友達なの!ちょっと付いてきてもらったんだ」

 

由比ヶ浜が俺たちの事を軽く紹介したが、こいつらからしたら完全に部外者だから多少不審がられても仕方がない。大須賀は少しの間俺たちを見つめていたが、直ぐに表情を戻した。

 

「多分知ってたと思うよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!嘉悦の事それまじ?俺全然分かんなかったんだけど!てかみんな知ってたの?」

 

どうやら新渡戸は知らなかったらしい。大須賀よ、みんな知ってるというのは間違いだった様だな。

 

「普通に見てたら分かるだろ。お前はそう言う所に疎いんだよ、彼女いる癖に」

 

「ちょ、急に言うなよ!」

 

「新渡戸さん、彼女がいらっしゃるんですか?」

 

「そうなの?誰誰?」

 

大須賀の爆弾発言に千反田と由比ヶ浜が食い付いた。

 

「こいつ同じ部の三好と付き合ってるんだ」

 

「そうなの?全然気付かなかった!」

 

「三好さんのどういった所が好きなんですか?」

 

ダメだ、話がどんどん逸れていく。だが、こうして見ていると大須賀はなかなか頭が回る奴の様だ。比べるのが新渡戸ってのがアレだが、周りをよく見て行動しているのが分かる。仲間を引っ張って行くタイプではなさそうだが、話を聞いてくれるとか、気配りができるとか、多分そんな奴だろう。

 

「くっそー、俺ばっかり…。正樹はどうなんだよ?好きな奴いないの?植田とか?」

 

「あいつも多分好きな奴いると思うぞ」

 

「まじ?じゃあ日恵野は?」

 

「あいつは悪い奴じゃないけどお前と性格が似てるからな…一緒に居たら疲れそうだ」

 

「えっ?まさか三好とか?止めてください、お前が相手じゃ俺マジで振られちゃう」

 

「そんな事しないから安心しろ。それに三好はちゃんとお前の事好きだよ」

 

なんて恥ずかしい話してんだこいつら。由比ヶ浜も千反田もなんか楽しそうに話を聞いている。女子はこういう話が好きと言うがこいつらも例に漏れないらしい。

 

「一つ聞いてもいいか」

 

俺が話を遮る様に言うと大須賀は話を止めてこっちを向いた。

 

「これは例えばの話なんだが…俺の知り合いに花井の事を知っている奴がいるんだが、花井は相手の事を傷つける様な真似は絶対しない奴だと言っている。だが、もし相手の望まない答えを伝えないといけない時、それでも花井は相手の事を傷つけないのか?」

 

大須賀は黙ったまま俺をじっと見つめる。少しの沈黙の後、大須賀は口を開く。

 

「そうだろうね。あいつは相手を傷つける事は絶対にしない」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「剛は親友だからね。上手くは言えないけど、多分そうだ」

 

大須賀は嬉しそうな、悲しそうな何とも言えない様な顔で笑った。その表情が何を意味するのかは俺には分からない。それを知るにはあまりに大須賀を、箏曲部の事を知らな過ぎる。

 

「じゃあ俺は?どの位大切?」

 

少し重くなった空気を新渡戸がぶち壊す。大須賀はぶっ、と吹き出して笑った。

 

「お前は、そうだな…セロハンテープの次に大事だよ」

 

「なんだよそれ!お前どれだけセロハンテープ好きなんだよっ」

 

場の空気が明るくなった。新渡戸も新渡戸なりに周りの事を気遣っているんだろう。

 

「そろそろ俺たちに部活に行くよ。他の連中も待ってるだろうし」

 

そう言って大須賀は腕時計を見て別れを告げる。

 

「うん、わざわざありがとね。部活頑張ってねっ」

 

腕を大きく振る新渡戸とそれを引っ張る大須賀。彼らが部活に行くのを俺たちは見送った。

 

「話も聞けたし部室に戻るか」

 

「はい、そうですね」

 

「ゆきのん達ももう居るかもね」

 

俺が最初に部室に行ったロス分を考えると、多分雪ノ下達はすでに部室で待っているだろう。つまり俺はまた伊原に遅いと怒鳴られるという事だ。重くなる足に鞭打ち、俺は本日三回目の部室へと向かった。

 

 

※※※※※

 

 

部室に戻ると、すでに雪ノ下、伊原、折木が座っていた。雪ノ下たちもさっき来たばかりらしく、俺も伊原に怒鳴られる事はなかった。早速お互いに聞いてきた話を伝え合い、それぞれの話をまとめる事にした。

 

「話を整理する前に、さっき福部君から連絡があってやっぱり今日は来る事ができないそうよ。なので結論を出すのは不可能だけれど、取り敢えず今分かる事だけ考えましょう。そして明日、福部君からの話を聞いて答えを見つけ出す。それでいいかしら」

 

俺たちは雪ノ下を見て頷いた。そしてそれを確認した千反田が話を始めた。

 

「では、皆さん。今日聞いてきた中で何か気になった事や疑問に思った事はありますか?。私としてはまず気になったのは、新渡戸さんと三好さんが付き合っているという事です」

 

千反田は意気込んでいるが、どうも見当違いな事を考えている様だ。

 

「それは関係なくないか?」

 

「そうでしょうか?でも関係あるかもしれませんよ?」

 

折木が否定したが、千反田は納得していない様だ。俺も多分無いと思うが、まぁ必ずしもそうとは言い切れない。

 

「取りあえず気になる事を話すだけだから、関係ある無しはその後で考えましょう。」

 

雪ノ下がそう言うと千反田も納得した様だ。

 

「日恵野さんが言いかけてた事なんだけど、嘉悦さんも植田さんも花井君の事…て言ってたけど、やっぱり二人とも花井君の事を好きだって言おうとしたんじゃないかな?大須賀君も植田さんは好きな人いるって言ってたんだよね?」

 

伊原が言うと雪ノ下もそれに続く。

 

「それに嘉悦さんの気持ちは部員の全員が知っていたという事は、つまり植田さんは嘉悦さんが恋敵であるという事を知っていた事になるわ。だとしたらお見舞いに行った時に日恵野さんが聞いた「嘉悦さんに謝らないと」と言うセリフはそれに関係するんじゃないかしら?」

 

「いや、大須賀は嘉悦の気持ちを全員が知っていたと言うが実際には新渡戸は気付いていなかった。植田が嘉悦の気持ちに気付いていない可能性もある」

 

俺がそう言うと雪ノ下はムッとした表情をする。

 

「後は里志や大須賀が言ってた様に花井は相手を傷つける様な事はしないって事だな」

 

折木が言うと由比ヶ浜が少し悲しそうに言う。

 

「でもさ…それならなんで花井君はかえちゃんにあんな事言ったんだろうね?」

 

「確かにそれだと話が合わないですね」

 

千反田も頭を悩ませている。

 

「だが自分にその気が無くても相手を傷つける事はあるんじゃないか?特に嘉悦は打たれ弱い感じだ、そうなっても仕方がない」

 

俺の意見に伊原は眉を顰める。

 

「比企谷…あんたそういう事言う?」

 

俺は伊原の視線に若干たじろぐ。ひょっとしたら俺は雪ノ下以上にこいつに睨まれているかもしれない。

しかし、自分にその気が無くても相手を傷つけてしまう事は必ずある。だが嘉悦が打たれ弱いのもみんな知ってただろうし、福部も大須賀も花井は相手を傷つける事は絶対にしないと言っていた。確かにそんな奴が相手が傷つくか傷つかないかを見誤るとは思えない。

俺も考えが纏まらず、しばらく全員が考え込んでいた。

 

「花井と植田が付き合っていると考えるのはどうだ?」

 

不意に折木が口を開いた。

 

「ちょ、それどういう意味?」

 

「折木さんっ、詳しく教えて下さい」

 

由比ヶ浜も千反田も折木に食いついた。雪ノ下も折木に話す様にと目で合図している。

 

「例えば、植田と嘉悦が花井を好きだという事は部員のほぼ全員が知っていたが花井と植田が付き合っている事は当の本人達以外誰も知らなかったとする。嘉悦は気持ちを隠しているつもりでも周りにはバレていた。自分に好意を向けられていると知りながら植田と付き合っていた花井はその性格から罪悪感を感じていただろう…ひょっとすると植田も同じかもしれない、嘉悦に謝らないとなんて言ってるくらいだしな。だから花井は自ら嘉悦を振ったんじゃないか?」

 

「でもっ、けれど花井さんは相手の傷つく事はしない方です。それなのに嘉悦さんが傷ついているのはおかしくありませんかっ?」

 

千反田は折木に食い下がる。

 

「ずっと黙っている訳にはいかないと思ったんだろう。長引けば今以上に嘉悦が傷付く事になる」

 

「そうかもしれませんが…」

 

千反田の声は小さい。

 

「確かに辻褄は合ってるかも知れないけど…」

 

伊原は理論的に考えているのか否定してくる様子はないが、由比ヶ浜と千反田は感情的に納得できない様だ。確かに突拍子もない案だが否定はできない。

 

「まぁ、とりあえずは現状で考えられる理由のひとつという事ね。最初に言ったけれど、まだ福部君の話も聞いていないし、その内容によっては全く別の答えが出てくるかもしれないわ。折木君も例えばって念を押して言うぐらいだし、そう言う事でしょう」

 

「まぁ、そうだ」

 

雪ノ下の言葉に折木はこくりと頷いた。こいつは若干説明が雑すぎる。雪ノ下のフォローがあったから良いものを、そんなんじゃ伝わるものも伝わらない。

そう思った所で、俺は放課後嘉悦に会った事を思い出した。

 

 

「そう言えば、部室から教室に戻る時嘉悦に会ったな」

 

俺がそう言うと伊原がぷっと笑った。

 

「部室からって、比企谷あんた部室に来てたの?バッカみたい」

 

「うるせぇ。由比ヶ浜が教えてくれなかったからだ」

 

「だからそれは謝ったじゃんー。ヒッキー根に持ち過ぎー」

 

ぶつぶつ文句を言っていた俺は、由比ヶ浜にやれやれという感じで呆れられてしまった。俺は悪くない筈なのに…。

 

「それで、それがどうかしたのか」

 

折木に聞かれ、俺は嘉悦と交わした話をみんなにする。

 

「あぁ、その時嘉悦になんで振られた理由を知りたいのか聞いたんだがな、しぶって言ってくれなかった。そんでその後は“依頼なんてするんじゃなかった”って言って帰って行った」

 

そう言うと、伊原は睨みながら、千反田は心配そうにこっち見ていた。

 

「ヒッキーかえちゃんになんか変な事言ってない?」

 

由比ヶ浜が尋ねて来るので俺は慌てて否定した。

 

「いや、別に普通に聞いただけだし。マジで」

 

三人の視線を浴びていると、話を聞いていた雪ノ下が口を開いた。

 

「何故嘉悦さんが理由を言いたくないのかも気になるけど、去り際の言葉も気になるわね。だって私達は依頼を受けたと言ってもまだ話を聞いただけなのに、それだけで心変わりするかしら?」

 

「聞くのが面倒になったとか」

 

折木の言葉に、俺に向けられていた伊原の鋭い眼差しは折木へ移っていった。

 

「あんたちょっとは真面目に考えなさいよ。…そうねぇ、最初は聞く気だったけど後から恐くなって聞きたくなくなったとか?」

 

伊原は少し考えて言う。

 

「けれど嘉悦さんが振られたのは先週でしょう?休日も掛けてようやく出した結論をたった一日で変えるかしら?」

 

「と言うか俺は嘉悦が理由を聞こうと思う事自体不思議に思うんだが。嘉悦は普段からそんな性格なのか?」

 

「ううん、普段は大人しいから私も驚いちゃったよ。でも女の子って恋愛になると変わるって言うじゃん?」

 

「いや、知らねぇよ…」

 

「だとしたら何故嘉悦さんは理由を知りたいと思ったのでしょう?」

 

 

 

声は飛び交うばかりで話は纏まらず結局そのまま時間だけが過ぎ、気付けば最終下校時刻間近となっていた。

 

「今日はここまでにしましょう。明日また昼休みに部室に集合して、福部君の話を聞きましょう」

 

雪ノ下の言葉で部活はお開きとなった。みんな帰る準備をしてる中折木はイスに座ったままだ。

 

「どうした、帰らないのか」

 

「ん、あぁ、帰る…」

 

嘉悦たちの事を考えていたのか動きに機敏さが無い。

 

「何してるんですかー?早く帰りますよー」

 

気付けば俺たち以外もう部室を出ていた。

 

「ほれ、早く行こうぜ」

 

俺は折木を促して教室を出る。まぁ何にせよ、明日福部の話を聞けば答えは出るだろう。何せ当人の言葉だからな、それが答えでもある。だがそれを嘉悦にどう伝えるか、依頼の達成にはまだ時間が掛かるのかも知れない。



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3日目 それぞれの気持ち
01


「お兄ちゃんっ!早く起きないと遅刻するよ!」

 

そう言われて俺は目を覚ました。寝覚めはすこぶる悪い。多分昨日嘉悦たちの事を考えていてそのまま寝てしまったせいだろう。重い目蓋をゆっくりと開けると、ベッドの上にはセーラ服姿の女の子が座っていた。

 

「どうやら俺はまだ夢を見てるみたいだ。目の前に天使が見える。だから後五分だけ寝かせてくれ」

 

俺はモゾモゾと、再び布団の中に潜り込んだ。

 

「馬鹿な事言ってないでさっさと起きてよね、ただでさえ時間無いのに。早くしないと小町先に学校行っちゃうからね」

 

そう言って我が妹はさっさと部屋を出て行ってしまった。ちょっと冷たい。も〜っお兄ちゃんったら〜!なんて頬を膨らませまがら言って、甲斐甲斐しく起こしてくれたならどれだけ素晴らしい事か。

俺は仕方なくベッドから這い出て着替えを済ませ、のそのそと階段を下りる。リビングのドアを開けると、食卓にはすでに小町の作ってくれた朝食が並べられている。今朝のメニューはトーストと目玉焼きにベーコン、サラダが添えられている。小町もまだ食べていなかったので、なんだかんだ言って待っててくれた様である。

 

「旨そうだな。いつもサンキューな」

 

そう言うと小町はにっこりと笑った。

 

「早く食べないと遅刻しちゃうよ。頂きまーす」

 

「頂きます」

 

 

朝食を食べ終え身だしなみを整えるた後、俺たちは一緒に家を出た。

通学途中、小町がチラチラとこちらを見てくるのでどうしたのかと聞いてみると

 

「お兄ちゃんなんか疲れてるみたいだけど大丈夫?雪乃さんや結衣さんと何かあった?」

 

「いや、別になんでもねーよ」

 

ぶーっと頬を膨らませてこっちを見てくる。どうやら俺がはぐらかしていると思った様だ。

 

「単に部活の依頼の事だよ。別にあいつらと気まずくなったりしてないから安心しろ」

 

「…それなら良いけど。けどあんまり無理しちゃダメだよ!それと雪乃さんと結衣さんに迷惑掛けないよーに!」

 

「はいはい、分かってますよ…」

 

「はいは一回っ!あっ、小町こっちだから!じゃあねお兄ちゃん」

 

そう言って手を振りながら中学校へ向かう小町と別れ、俺も自分の高校へ向かって歩き出した。

 

 

※※※※※

 

 

「ヒッキー部室いこー」

 

そう言われて俺ははっと我に返った。さっき登校したばかりだと思っていたのに、気付いたら昼休みになり由比ヶ浜が声を掛けてきた。午前中の授業は一時間目の国語以外全て理系科目だった。生物の授業はまだ良いが、数2、数Bと続けて攻めてくるのはやめて欲しい。昨日あまり寝付けなかった事も相まって授業中の記憶はほぼ無かった。何なら由比ヶ浜に話しかけられるまで眠っていたまである。

 

「もうそんな時間か…じゃあ行くか」

 

「うん」

 

「…その前に購買行っていいか?」

 

昨日購買に行った後、由比ヶ浜に腕を引っ張られて部室まで連れて行かれた事を思い出す。道中すれ違う生徒の視線を集めてしまった。今日はそんな事にならないようにしなければいけない。

そう考えていると由比ヶ浜はにやりと笑った。

 

「ふっふっふ…ヒッキーがそう言うと思って、実は私朝学校に来るときにコンビニでパン買ってきましたっ!」

 

「まじでっ?」

 

購買のパンはいつも食べてるせいで一通り食べ尽くしてしまった。しかしコンビニのパンともなれば滅多に買うこともないし、それに何だか購買のパンよりも美味しい気がする。

俺のボルテージはメリメリと上がっていく。仮に俺が小学生だったとしたら、ひゃっほいっと叫んでこの場で飛び跳ね駆け廻り、一緒にいる由比ヶ浜にさぞかし恥ずかしい思いをさせていただろう。由比ヶ浜よ、俺が高校生で良かったな。

 

「サンキューな、由比ヶ浜」

 

「えへへー、いいよー」

 

にへーっと笑う由比ヶ浜にパンの代金を渡し、ビニール袋を受け取る。中をみると焼きそばパンとメンチカツドッグが入っていた。中々いいチョイスである。俺は小さくガッツポーズをし、そして購買に行く必要の無くなったのでそのままを部室に向かった。

 

「ねぇヒッキー、あれから何か分かった?」

 

「分かるわけないだろ。昨日の話だけじゃ判断のしようが無い」

 

「そっか…そうだよね」

 

由比ヶ浜は不安そうに言ってきた。よほど嘉悦の事が心配なのだろう。

 

「ここで考えてもしょうがないだろ。早く部室に行って福部の話を聞こうぜ。そうすりゃ何か分かるだろ」

 

由比ヶ浜を落ち着かせる様に言うが、その表情は変わらない。そのまま会話もなく歩いて行った。部室には昨日よりも早く着いたが、それでもすでに全員揃っていた。最初に千反田が気付き挨拶してくる。

 

「こんにちは、結衣さん、比企谷さん」

 

「今日は早いのね」

 

「みんなやっはろー、遅れてごめんね」

 

「いやいや、そんなに遅れていないよ。僕らもさっき来たところだしね。それに待っている間、雪ノ下さんと千反田さんに昨日の話を聞かせてもらったからね。準備は万端だよっ」

 

福部はウインクして俺たちに言った。右手はサムズアップしている。俺や折木にはこんな真似は無理だ…やはりこいつはあちら側の人間か…。俺と由比ヶ浜は空いているスペースに席を取り、みんなと同じ様に昼メシを広げ始める。

 

「そういえば里志。総務委員はなんの仕事をしているんだ?」

 

「あぁそれかい、数ヶ月前に部活動の大幅な見直しがあったよね?そのリストが先生から回ってきてね、それを整理してパソコンで管理できるように作業しているのさ。生徒会と協力してやっているから人出は足りているんだけどね。ただ作業自体は難しく無いんだけど量がそれなりにあるにも関わらずパソコンの数に限りがあるから中々大変なんだよ」

 

「へー、大変なんだなぁ」

 

折木は自分から聞いたくせにあまり興味が無いような返事をする。生徒会も関わっているという事なので、なぜ昨日の放課後一色が俺の所に来たのかが分かったが必要なのは人手よりもパソコンという事なので、やはり俺の所に来る意味はなかったのではと改めて思った。

 

「それじゃあ福部君、あなたが昨日花井君から聞いた話を教えて貰えるかしら」

 

雪ノ下に言われ、福部は話し始める。

 

「そうだね、じゃあ聞いてもらおうかな」

 

 

 

※※※※※

 

 

「昨日の放課後、僕は総務委員の仕事でデータの入力作業をしていたんだ。二人一組でやる事になったから花井君を誘ったよ。二人で作業していると花井君は何か考え事があるのか作業に身が入っていなくてね、それでちょっと聞いてみたんだ。

 

「さっきからぼーっとしているけど大丈夫かい?何か悩み事でも?」

 

「あっ、悪い…。いやちょっとな…」

 

「僕で良ければ相談に乗るよ。まぁ、あまり力にはなれ無いかもしれないけどね。けど人に話せば落ち着いたり、頭の中を整理出来たりする事もあるよ」

 

僕がそう言うと花井君は黙って作業に戻ったよ。何も話さなかったけど暫くして花井君が話しかけてきた。

 

「…なぁ福部、お前って確か伊原と付き合ってるんだっけ?」

 

「…まあね。でもどうしてだい?ひょっとしたらそう言った悩み事だったりするのかい?」

 

僕の質問に花井君は少し何か考えた後、重い口を開いた。

 

「俺さ…先週女の子を振っちゃったんだよな…。同じ部活の子でさ、いつもみんなで遊んだりしてた」

 

「花井君はその子の事を遠ざけたかったのかい?」

 

「そんなんじゃないさっ、ただ部活の仲間としてでそれ以上の感情は無かったんだ。それに俺は他に好きな子がいた。だから部活の仲間として好き、みたいな事を言って断ったんだ」

 

「その子はそれからどうしたの?」

 

「話をしたのが駐輪場だったからね…傘も差さずにそのまま走って行ってしまったよ…」

 

「その事について後悔しているのかい?」

 

「後悔はしていない。ただ、俺の言葉がちゃんと彼女に伝わったかが心配なんだ。そのせいで傷付けてしまったかもしれないと思うと自分が許せないんだ」

 

それ以上は何も聞かなかったよ。何か言える空気でもなかったしね。けど最後に花井君はこう言ったんだ。

 

「ありがとな福部、お前に話して少し落ち着いたよ。でも、おかげで俺も自分の気持ちに正直になる決心がついたんだ。完全に後ろ向きってわけじゃないよ」

 

「僕は何もしてないさ。でも花井君の気持ちが落ち着いたなら良かったよ」

 

「だけどよく俺が悩んでる事が分かったな」

 

「僕はデータベースだからね、できる事といったらこれくらいさ」

 

そんな話をして、後はそのまま作業を続けた。僕の話はこれくらいかな」

 

 

※※※※※

 

 

福部の話を聞き終わったが、俺たちは誰も口を開かなかった。開けなかったと言う方が正しいのかもしれない。話の内容も嘉悦から聞いた事とほぼ一致している。新しく分かった花井に好きな奴がいるという事も、昨日の折木の話から予想はできていた。

答えが分かってみれば、嘉悦が振られた理由はどこにでもあるような在り来たりなものだったが、いざこれを伝えるとなると考えただけで気が重くなる。だがこのまま黙っていても話が進まない。

 

「取り敢えず今の福部君の話で分かった事だけれど、まず花井君が同じ部活の仲間を振ったという事。次に他に好きな人がいた事。そして自分の言葉がうまく伝わらず、相手を傷付けてしまったかもと思っている事ね」

 

沈黙を破り雪ノ下が話を切り出すと、みんな意識が戻ったように喋りだす。

 

「好きな人がいれば別の人を振るのは当然だよね…」

 

「何となく話は見えてきたけど、やっぱり…」

 

伊原も由比ヶ浜も俯いてしまう。

 

「おいおい、そんな暗い雰囲気になるなよ。この結果は依頼を受けた時から分かってた事だろ」

 

「それはそうだけど…改めて理由を聞くと悲しくなるわよ」

 

俺の言葉に伊原が反論していると、千反田がガタんと音を立て立ち上がった。

 

「待って下さいっ!確かに嘉悦さんは振られてしまったのかも知れません。けど花井さんが人の気持ちを分かる人だというのなら嘉悦さんが傷つきやすい性格だという事も分かってたはずです。それなら嘉悦さんが傷付かない様に言ってあげる筈ですっ!」

 

声を大きくして言う千反田に対し、俺は淡々とした口調で話す。

 

「それは昨日も話に出たが、自分にその気がなくても相手を傷付ける事はある。第一、花井はフォローの言葉を言っていたのに嘉悦はそれを最後まで聞かずにその場を去った。花井はその事を後悔しているが、原因は嘉悦の弱さにもある」

 

「それはそうかも知れませんが…」

 

「それに今お前が気にしているのは依頼とは関係ない事だ。まずは依頼を解決するのが先だろ」

 

俺の言葉に千反田は力なく席に座る。

 

「ヒッキーちょっと言い過ぎだよ」

 

由比ヶ浜は支える様に千反田の肩に手をまわす。

確かに由比ヶ浜の言う通り言い過ぎたかもしれない。だが千反田のこれは、ただのわがままだ。悲しい話が嫌いとでも言うかの様に反論するが言葉が続かない。おそらく自分でも道理の通らない事を言っていると分かっている筈だ。しかし言わずにはいられない。頭では分かっていても心が言う事を聞かないんだろう。それが千反田の優しい所であり、同時に弱い所でもある。

 

少しの沈黙の後、福部が口を開く。

 

「けどこうやって話を聞くと、やっぱり嘉悦さんは心が強くありたいと思っているんだろうね。こんな話、普通自分からは聞きたくないからね」

 

「でも嘉悦さんは依頼をした事を後悔していたわ。心の強い人がそんな事するかしら?」

 

「あぁそっか。じゃあどういうことなんだろうね」

 

雪ノ下に聞かれ、福部はさぁ、と言った様な顔で首を傾げる。

 

「理由はどうあれ依頼はまだ続行してる。俺たちはこの事実をどう嘉悦に伝えるかを考えるべきだ。それに…由比ヶ浜も言ってたが、これが嘉悦が次に進む為に必要な事ならちゃんと受け止められる様に伝えてやらなきゃな」

 

俺がそう言って由比ヶ浜を見ると、由比ヶ浜もこちらを見てうんと頷いた。

 

「そうだよ…ちゃんと伝えてあげようよ。かえちゃんきっとすごく辛いんだと思う。私たちが聞いても悲しかったんだから、かえちゃんはもっと悲しかったに決まってるよ。でも勇気を出して私たちに依頼してくれたんだから、私たちも全力で背中を押してあげようよっ。ね?」

 

由比ヶ浜はそう言って千反田に優しく笑いかける。それを見て千反田も微笑み返す。

 

「はい…そうですね」

 

「ねぇ、やっぱり嘉悦さんは理由を聞くのが恐くなって依頼なんてするんじゃなかったって言ったんじゃないかな。聞こうって決心したんだけど、いざ依頼してみるとその理由が分かるって重圧に耐えきれなくなったんだと思う」

 

「確かにそう言う事ならあり得る話ね。それに、嘉悦さんの気持ちが聞きたいと言う事ならそれをサポートするのも依頼の内だわ」

 

嘉悦の心変わりに疑問を抱いていた雪ノ下だったが、どうやら由比ヶ浜と伊原の話を聞いてその気持ちの変化にも納得したらしい。

 

「みんな、ありがとう」

 

由比ヶ浜がお礼を言う。

 

「いや、何でお前がお礼言ってんだよ。これも依頼だろ」

 

「えへへ、そうだね」

 

由比ヶ浜はそう言って安心した様に笑う。それを見ていた雪ノ下も強張っていた顔を緩めた。

 

「では、まずは話をまとめましょう」

 

俺たちは全員雪ノ下を見る。

 

「これまでの話から…まず、花井君は嘉悦さんを駐輪場に呼び出した。そして他に好きな人がいるという理由はから彼女を振った。この発言から考えると折木君の仮説の、花井君が植田さんと付き合っているという事はないと思うけれど、他の箏曲部員の話を聞く限り植田さんも花井君に好意を持っている様だから少なからず関わっていると思われるわ。次に嘉悦さんの気持ちは部員全員が知っていたと言う事…」

 

「新渡戸以外な」

 

俺がぼそりと口を挟むと伊原がむっと睨んでくる。雪ノ下は完全に無視して話を進める。

 

「当然花井君と植田さんも知っていたでしょうし…」

 

 

 

※※※※※

 

 

 

その後の話し合いで、嘉悦には今日の放課後部室に来てもらい、そこで依頼の結果を話す事に決めた。花井は他に好きな人がいた事、そして嘉悦が話の途中で逃げてしまった為、自分の言葉がうまく伝わらず傷付けてしまったかもしれないと思っている事を伝えることにして、植田に関しては不確かなこともあったため話さないことにした。これは嘉悦自身が直接聞く必要があると言う女子たちの判断でもあった。

問題は依頼をした事を後悔している嘉悦をどうやって向き合わせるかだが、それに関して俺たち男の使えなさっぷりはいささか見るに耐えない。…いや、ひょっとしたら福部はその辺は以外と上手くやるのかもしれないが、何れにしても女子たちを頼りにする事になるだろう。まぁ女子たちと言っても頼りになるのは由比ヶ浜と伊原で、雪ノ下と千反田はこういう事には向かないだろう。

まさか由比ヶ浜を頼りにする日が来るとは、と感慨深く思っていると、その由比ヶ浜が口を開いた。

 

「そしたら放課後になったら、私がかえちゃん呼びに行くよ」

 

まぁ俺たちの中では一番適役だろう。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、ありがと。大丈夫だよ」

 

「それじゃあ由比ヶ浜さん、お願いするわね」

 

「比企谷、あんたゆいちゃんがいないからって部室に来るの忘れないでよね」

 

「分かってるよ。ったくどれだけ信頼ねぇんだ俺は」

 

「まぁ八幡じゃしょうがないかもね」

 

ささやかな笑いに包まれた。

 

 

 

昼休みも終わりに近づき、俺たちは昼メシを片付けはじめる。全員が部室を出る用意をしていた時、折木だけがまだのそのそと椅子に座っていた。

 

「何やってんだ。早くしないと授業に遅れるぞ」

 

「あぁ」

 

なんとも気のない返事である。腹が膨れて眠気にでも襲われているのだろうか。などと考えていると後ろから声を掛けられた。

 

「比企谷さん」

 

振り向くと千反田が立っていた。

 

「先程はすみませんでした」

 

恐らく先程意見をぶつけあった時の事だろう。どうやらずっと気にしていたらしい。

 

「いや、俺も悪かった。誰でもすぐに納得できる訳じゃないしな、あんまり気にすんな…てかお前全然納得してないのな」

 

「えっ!そうでしょうか?」

 

千反田は驚いたが、こいつは嘉悦と同様隠し事ができないタイプだ。苦手というよりも隠す気があるのかと思うくらい顔に出ているし、なんならアピールしてくるまである。俺は長年ぼっちとして過ごした事により他人の心の底を読む事に多少の自負はあるが、そんなもの取り払っても有り余るくらいに千反田は分かり易い。

 

「…そうですね。確かに私はまだ納得できていないのかもしれません。頭では分かっているのですがなかなか整理がつかなくって…私がちゃんと納得できるのはもうしばらく経ってからみたいです」

 

「そうか…」

 

納得できないと言った千反田だが、思ったよりも冷静なようだった。

 

「それよりも私、もうひとつ気になる事があるんです」

 

背後でガタリと椅子が鳴る。

 

「…何がだ」

 

「嘉悦さんの気持ちです」

 

「それなら散々話し合っただろ」

 

「いいえ、そうじゃありません…嘉悦さんは比企谷さんに依頼した理由を聞かれた時、答えるのを拒んだそうですね。由比ヶ浜さんの言う事も分かります。次に進む為、経験を生かす為に理由を知る事は大切だと思います。もし嘉悦さんがそういう気持ちでいたのならちゃんと理由を答えてたと思うんです。でもそうじゃなかったから言えなかった。だとしたら、嘉悦さんが答えられなかった理由が何なのか、私はそれが気になるんです」

 

俺たちが依頼をどうするか話し合っている間、千反田は別の事を考えていたらしい。花井の事と言い、千反田にとって気持ちというのはかなり重要なファクターのようだ。

 

「…お前は、嘉悦に何か後ろめたい理由があったから言えなかったと思うのか?」

 

「いえ…そう言う訳ではないんですけど…」

 

「何してんのー!早くしないと授業遅れるよー」

 

ドアの前で伊原が呼んだので千反田ははっとなる。

 

「そうでした…呼び止めてすみませんでした。それじゃあ行きましょうか」

 

「あぁ…」

 

俺たちは部室を出て教室に向かう。一番後ろをぽつぽつと歩いている折木に俺は声を掛けた。

 

「どうした?さっきはほとんど喋らなかったじゃねぇか」

 

話し合いの中、千反田もそうだったが、こいつもずっと黙ったままだった。

 

「考え事をしてた。里志の話を聞いて少し引っ掛かる事があった」

 

「…それで、なんか分かったのか?」

 

「いや、まだ何とも言えないな。…なぁ比企谷、お前は花井の事をどう思っている?」

 

「性格の事か?」

 

「あぁ、千反田の言う様に、嘉悦を傷付けない言い方もあったと思うんだ。しかし何故そうしなかったのか」

 

「花井に傷付ける気は無かっただろ。お前も言ってたじゃねえか、その気が無くても傷付けてしまうって」

 

「それはそうだが…」

 

「花井が読み間違えたとしたら嘉悦の心の弱さだ。普段はどうか知らんが恋愛に関して言えば女子は男子よりも繊細になるんだろ」

 

折木はまだ気になっている様だがこれ以上は本人に聞いてみないと分からない。

 

「それより俺はやっと昼メシをベストプレイスで食べれるのが嬉しいね」

 

「またそれか」

 

「今週は依頼で部室だったし、先週は雨でほとんど教室だったからな。明日が楽しみだ」

 

話をしている途中で、隣を歩いていた折木の姿が見えなくなった。振り返ると折木は立ち止まっていて、遠くを見ている様な近くを見ている様な、しかししっかりと焦点を合わせる様に何処かを見つめていた。

 

「…雨」

 

「どうかしたか?」

 

「いや…もう少し頭を働かせてみる」

 

そう言って折木は再び歩き出す。右手で前髪をいじりながらじっと何処かを見つめるその姿は、まるで探偵の様だった。



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02

ー比企谷八幡ー

 

 

俺は今放課後の部室にいる。俺が来たのは十分程前だが、その時にはすでに折木と由比ヶ浜以外の部員が集まっていた。しかし由比ヶ浜は嘉悦の所に行ってからこっちに来る事になっているので実質来ていないのは折木だけである。

 

「遅いわね、折木君」

 

「ホータローはいつも遅いからね。むしろ早く来るなんてホータローらしく無いよっ」

 

「ふふっ、それ言えてる」

 

「二人とも、言い過ぎですよ」

 

「まぁ、今は急いでやる事も無いし別にいいんじゃないか」

 

そんな話をしていると部室のドアが開き、折木が入ってきた。

 

「折木さん、お疲れ様です」

 

「遅いわよ折木」

 

「すまんな、ちょっと考え事をしていたら遅くなった」

 

折木は机にカバンを置きながら千反田と伊原に言った。考え事…確か折木は昼休みに俺に花井の事を聞き、考えてみると言った。何についてかは分からなかったが、これ以上考えて何か出てくるのか?

 

「由比ヶ浜はまだ来ていないみたいだな」

 

あたりを見回す折木に雪ノ下が応える。

 

「えぇ、嘉悦さんの所に行っているわ。なので由比ヶ浜さんが来る前に依頼について少し話し合っておきましょう。もしかしたらこの後すぐ嘉悦さんも来るかもしれないし」

 

「その事なんだが、少し待ってもらってもいいか?」

 

「何よ、何か言いたい事でもあるの?」

 

伊原に聞かれた折木は黙って前髪をいじり始めた。

 

「その顔は何か分かったね、ホータロー」

 

「あぁ、まあな…」

 

そう言って折木は席に着いた。そして深く息を吐き俺たちを見る。全員の目が折木の方に注目する。

 

 

※※※※※

 

 

「昼休みに里志の話を聞いて、それから少し考えてわかった事がある。単刀直入に言うと、花井が振ったと言った相手は嘉悦じゃない」

 

そう言い終わるか終わらないかの所でガタンっとイスの音がして、見ると千反田が立ち上がり折木の方へ迫って行く。

 

「折木さんっ!それはどういう事ですかっ嘉悦さんで無いなら誰なんですか?何故花井さんは嘉悦さんにあんな事を言ったんですか?」

 

千反田は折木の肩を掴み激しく揺すっている。折木はされるがままで頭をぐわんぐわんと揺らしていた。

 

「ちーちゃんっ落ち着いて!」

 

「折木君もそれじゃ話せないわ」

 

伊原と雪ノ下に抑えられ、千反田は折木から引き剥がされた。こいつの好奇心は相変わらずの様だ。

 

「落ち着け千反田。先ずは花井の話からだ」

 

頭を抑えながら言う折木に千反田は我に返って申し訳なさそうに謝る。

 

「すみません、気が早ってしまいました…でもどういう事か早く教えて下さいっ」

 

そう聞かれて、折木は改めて息を整えた。

 

「まず、嘉悦が花井に呼び出されたのはいつだった?」

 

「先週の木曜日です。放課後に駐輪場まで呼び出されました」

 

折木はこくりと頷き、次に福部を見た。

 

「里志、花井は女子生徒を振った時、相手はどうしたと言っていた?」

 

「えっと…傘も差さずにそのまま走って行ってしまった、って言ってたね。…ホータローが何を言いたいのか、何となく分かってきたよ」

 

「傘も差さずに…つまり傘を差す必要があった、その日は雨が降っていたという事になる」

 

福部の言葉の確認を取り、そして俺を見てきた。

 

「比企谷、お前は昨日の昼休みに言っていたな。先週は…」

 

先週…俺は昼休み何を言っていた?昨日は確か由比ヶ浜に引っ張られて部室に行った。それから千反田にベストプレイスの事を話したら由比ヶ浜に何故か睨まれた…。そこまで思い出した時、俺は気付いた。

 

「先週は水曜までずっと雨が降っていた…」

 

「そうだ。先週は月曜日から水曜日までずっと雨が降っていた。だが木曜日からは天気は回復し晴れていた。つまり花井が女子生徒を振ったのは月曜日から水曜日の間で、嘉悦が呼び出された木曜とは別の日という事になる」

 

そう言って俺たちを見回したが、まだ整理できていないのか誰も反応しなかった。折木はそれを肯定と捉えて話を続ける。

 

「では花井はいつ、誰を振ったのか」

 

折木の話を聞き、花井が振った相手が嘉悦じゃないとすれば…思い当たる人物はいる、理由はわからないが。

 

「植田か?」

 

俺が聞くと、折木は少し驚いた様に目を丸くした。

 

「分かってたのか?」

 

「お前が嘉悦じゃないって言ったからな。理由までは分からん」

 

「確かに植田さんは花井君の事好きだったかもしれないけど、でもどうせ植田さんが振られたって根拠は風邪で休んでたからでしょ?雨に濡れたから風邪を引いたってなんか説得力がなくない?」

 

伊原は疑わしげに言うが、確かにそれだけで植田と決めるのはちょっとこじつけな気もする。

 

「まぁ根拠は他にもある。花井は植田を振った。それは水曜日だ。三好と日恵野の話では、植田は木曜日の部活を体調が良くないからと言って休んだ。その理由は前日に傘を忘れて、濡れて帰ったからだ。だが、雨は月曜日から水曜日まで止む事なく降っていた。つまり、当然水曜日も朝から雨が降っていた。普通、朝雨が降っているのに傘も持たず学校に来る奴はないだろう。だから植田も傘を学校に持って来ていたはずだ。しかしそれでも、傘があるにも関わらず差さずに帰る理由はなんだ」

 

「…花井君に、振られた事…かしら?」

 

雪ノ下の答えに折木は頷いた。

 

「そうだ。花井に振られたと言う精神状態なら傘を忘れたとしても納得がいく」

 

「確かに駐輪場なら屋根もあるし、傘を立て掛けて置いたとしても不思議じゃないね」

 

福部はなるほどと頷く。折木の言う事に筋は通っているが、それではまだ説明できない所もある。千反田も同じ様に思っていた様で、折木に質問する。

 

「折木さん、確かに植田さんは花井さんに振られてしまったのかもしれません。ですが嘉悦さんはどうなんですか?私はそれが知りたいんですっ」

 

「確かに今のままだと植田さんが振られた事が分かっただけで、嘉悦さんも振られた事に変わりはないわね」

 

「でも二人とも振ったのならそう言わないかな?」

 

由比ヶ浜が首を傾げる。

 

「どうだろうね。でもどちらか片方の事だけ言うっていうのもおかしい気がするね。花井君ならどちらも言うか、どちらも言わないかだと思うな」

 

「それは、花井にとって嘉悦の件はまだ終わっていないからだ」

 

みんな悩んでいると、折木は言った。

 

「どういう事だい?」

 

「花井は嘉悦の返事をまだ聞いていない。話の途中で帰ってしまったからな。里志に言わなかったのはそれでだろう」

 

「返事ってどういう事よ。わざわざ振られたのを分かりましたって言えばいいの?」

 

伊原は嫌そうに折木に言う。そんな事言われるのは誰だって胸糞悪い。

 

「そうじゃない。花井の性格を考えれば相手を傷つけたり、自分から周りの雰囲気を壊す様な事は絶対にしない。ならば何故、わざわざ振る必要のない嘉悦を呼び出してまで振ったのか。これは明らかに不自然だ。だがもし花井が嘉悦を振るためだはなく、告白するために呼び出したと考えるなら納得がいく。振られた理由を知りたいという依頼自体が間違いだったんだ。俺たちは嘉悦からの話を聞いて、それを事実だと思い込んでいたんだ。しかし嘉悦自身、花井の話を最後まで聞いていなかったほどだ。動揺して勘違いしても無理はない」

 

「聞き間違えたって、部活の仲間だから好きって訳じゃない、て言うのをどう聞き間違えるのよ」

 

伊原の疑問に、俺たちは折木を見てその答えを待つ。

 

「花井は「部活の仲間だから、好きって訳じゃない」ではなく、「部活の仲間だから好き、って訳じゃない」と言ったんだ」

 

折木の言葉を聞いた瞬間、俺は、その一見同じ様に聞こえて実は全く別の意味になる言葉に衝撃を受けた。それこそ、天地がひっくり返るほどの感覚である。雪ノ下や伊原も少し考えて、はっとしたように言葉の意味に気づく。

 

「あの…つまりどういう事ですか?」

 

千反田は意味をよくわかっていない様で折木に説明を求めた。

 

「要するに花井は、部活の仲間だから大切に思っているのであって好きという訳ではない。ではなく、部活の仲間と言う理由で好きと言っている訳ではない。と言いたかった。つまり部活の仲間という理由以外の事で好きと言っているんだ。仲間を大切に思う花井がわざわざそこまで言う理由は一つしか無い。であれば、花井が伝えたかった事、嘉悦が聞き逃した事と言うのは、

 

「部活の仲間だから好き、って訳じゃない。一人の女の子として好きなんだ」

 

だろう」

 

折木は話を終え、力んでいた身体をほぐす様に息を吐いた。俺たちはしばらく無言でいたが、それは昼休みの時の重苦しいものでは無く、腑に落ちた様な安堵の胸をなで下ろすものだった。

それから千反田はホッとした様に笑った。

 

「なるほど…そういう事でしたか」

 

「それなら花井君が嘉悦さんを呼び出したのも頷けるよ」

 

福部はうんうんと頷いた。

 

「ひょっとしたら、植田さんは花井君の気持ちにも気付いていたかもしれないわね」

 

伊原が呟くと、それに折木が答える。

 

「多分花井もそうだろう。これは推測だが、花井は二人の気持ちに気付いていた。しかし関係が壊れるのを恐れて嘉悦に告白するのを止めた。嘉悦も勘違いではあるが花井に告白せず変わらない関係を続けようとした。しかし植田は花井に告白してこれまでの関係を崩してしまった。謝りたかったのはその事だろう。そして花井は植田の告白を断る事で、嘉悦に告白する決心がついたんだ。しかし話を最後まで聞いてもらえず、ちゃんと話す機会もないまま今日まで来てしまった。この依頼を解決するなら、嘉悦と花井にちゃんと話し合う場を設ける。それで十分だろう」

 

「そう言うことだったのね。それなら花井君にも来てもらわなければね」

 

雪ノ下も安心した様に言う。

 

「それなら僕が花井君に連絡しておくよ。さすがホータローだね。それにしても日本語って難しいね」

 

福部はポケットからスマホを取り出しながら言う。

話し終えた折木を見て、俺は以前福部が話していた事を思い出した。「僕は福部里志に才能がない事は知っているけど、折木奉太郎がそうなのかはちょっと保留したいね」

…確かに折木には、俺や福部には無い閃きという才能がある様だ。

俺には想像できない答えを出して折木は依頼を解決した。その事に対して、俺の中に安堵と怒りの入り交じった複雑な感情が湧き上がっていた。別に折木に対して妬んだり僻んだりしてる訳じゃない。人にはできる事があればできない事だってあるのだ。俺にできない事を折木ができたからってそれをとやかく言うつもりはない。

だが、俺は間違った物を本物と勘違いし決めつけていた。それ自体に怒っている訳ではない。誰だって間違える事はあるんだ。しかし由比ヶ浜や千反田が納得できずにいたのを知りながら、さも自分は理解していると言わんばかりにその考えを強いていた。これは明らかに高慢だ。それでも、あいつらならそれすら笑って許してくれるだろう。そして俺も、そんな優しさに甘えてしまう…だから、俺は俺が許せない。

折木がいなければ俺は間違いに気付かないまま、雪ノ下や由比ヶ浜、ひいては部員全員に俺の責任を押し付けていただろう。もしそうなっていたらと考えると、自分の愚かさに腹が立ってくる。

そう思いながら折木を見ていると向こうも気付きこちらを見る。

 

「そんなに睨むな。たまたま閃いたけだ、いつでも分かる訳じゃない」

 

自分では気付かなかったがかなり険しい顔をしていたらしい。だが折木の当違いな言葉を聞いて気が抜けてしまった。いつでも分かるわけじゃない、誰だって間違える。それを繰り返す事で真実や本物へと近づくのだろう。たまたまなら仕方がない、そう言い聞かせる。こんな簡単な言葉で考えをコロッと変えるなどちょっと前までの自分には考えられないが、今回の事に限っては一つ借りにしようと決心した。

 

話が纏まり、みんな穏やかな雰囲気になった。先程福部が花井に連絡を入れ、後は由比ヶ浜と嘉悦が来るの待つだけだ。そう思っていると廊下の方でパタパタと走る音が聞こえて来た。それは次第に大きくなっていき、音が止まるのと同時に部室のドアが開く。

 

「みんなっ大変なの!」

 

それは肩で息を切らせ、悲愴な表情を浮かべる由比ヶ浜だった。



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03

ー比企谷八幡ー

 

 

由比ヶ浜は肩で息をしながら立っている。こいつは嘉悦の所に行っていたはずだ。可能であればここへ連れてくる予定だった。だが周りを見渡しても嘉悦の姿はない。そして由比ヶ浜のこの様子……嫌な予感がする。

 

「大丈夫?由比ヶ浜さん。何があったの?」

 

雪ノ下が心配そうに声を掛ける。

 

「今…かえちゃんの所に行ったんだけど、依頼を取り消すって言われちゃったの…。なんかすごく思い詰めた感じで、もう何も信じれないから話は聞きたくないって……そう言ってどこか行っちゃったの。追いかけたんだけど見失っちゃって、それで急いでこっちに来たの。ねぇ、ゆきのんどうしよう…」

 

悲しそうにする由比ヶ浜を元気付けるように、千反田は由比ヶ浜の手を取る。

 

「大丈夫です、由比ヶ浜さんっ。先ほど折木さんが謎を解いてくれましたっ。嘉悦さんは振られてなんかいなかったんです」

 

「…それってどういう事?」

 

不思議そうにする由比ヶ浜に俺たちはさっき折木が話したことを説明した。

 

 

※※※※※

 

 

由比ヶ浜は伊原に支えられてイスに座り話を聞いている。先ほどまで不安そうな顔をしていたがだんだんと落ち着きを取り戻していた。

 

「じゃあ、かえちゃんと花井君は両思いだったってこと?」

 

「はい、ですのでその事を嘉悦さんに話せばもう大丈夫です」

 

千反田が笑って答えると、由比ヶ浜は気が抜けたのか机に突っ伏して安堵した。

 

「良かったー。どうなる事かと思ったけどそれならひと安心だよー」

 

「ふふっ、そうですね」

 

張りつめた空気は程なく和らいだが、その中で俺はこの状況の危うさを感じていた。さっきまでならこれで良かったかも知れないが由比ヶ浜が来た時点…嘉悦が依頼を取り下げた時点で、事態は良くない方向へと進んで行った。みんな何事も無さそうな顔をしているが、今その事に気付いているのは恐らく俺だけだろう。

 

「あっ!それはら早くかえちゃん見つけて教えてあげないと。…でもどこにいるんだろう?」

 

「でしたらみんなで探しましょうっ。その方が速く見つかります」

 

「ちょっと待ってよ、ちーちゃん」

 

千反田は早速嘉悦を探しに行こうと席を立った。他の奴らもそれに続こうとしている。

 

「ちょっとそれは難しいじゃないか」

 

俺がそう言うと千反田は首を傾げる。

 

「難しいって何がですか?」

 

「比企谷…あんた、まさか嘉悦さんを探すのが面倒だからってそんな事言ってるんじゃないでしょうね」

 

伊原はジロリとこちらを睨んでくる。

 

「そういう訳じゃない。だが、嘉悦は何も信じられないと言ったんだろ。それなら良く知りもしない俺たちの…しかも自分に都合のいい様な話なんかを信じると思うか?」

 

「それは…そうかもしれないけど…」

 

伊原が口ごもってしまうと、由比ヶ浜がポンと手を合わせる。

 

「だったら花井君にちゃんと言って貰えばいいんじゃないかな?」

 

「それも多分駄目だろう。嘉悦は花井の性格を知っている。自分を傷つけない為に嘘を言っていると思われるだろう」

 

「じゃあどうすんのよ」

 

「それは…………」

 

俺が口をつぐむと、伊原も由比ヶ浜もどうしようかと悩み出した。ふと、雪ノ下がこちらをじっと見つめているのに気がついた。

 

「…何だよ」

 

「いえ、別に…」

 

「……」

 

「折木さん、どうにかなりませんか?折木さんなら考えたらできる筈です。先程も見事に謎を解いてくれたじゃないですかっ」

 

静かになった教室に、千反田の声が響く。

 

「人をやれば出来る子みたいに言うのを止めろ。さっきのは偶々だ。それに解ける事と解決する事は別物だ。簡単な問題じゃないぞこれは」

 

折木に言われ、千反田はしゅんとしてしまう。そしてそれを見た雪ノ下に折木は睨まれ、身を強張らせていた。

確かに折木の言う通り、解ける事と解決する事は別物だ。折木は謎を解く事は出来るが、今新たに生まれた問題を解決する事は出来ないだろう。折木にとってこの手の事は不向きだ。この中でそれが出来るのは多分俺だけだ……いや、これはどんな事をしてでも俺だけで解決しなければならない。

 

「何れにしても、このままここで手を拱いている訳にはいかないわ。一刻も早く問題を解決しなければ、今の嘉悦さんは何をするかわからないわ。ただ、このまま伝えても……」

 

俺は雪ノ下の話を聞き流しながら、荷物をカバンに入れて席を立った。それに気づいた由比ヶ浜はキョトンとした顔でこちらを見てくる。

 

「どうしたの、ヒッキー?」

 

「………」

 

聞かれたが俺は無言でいた。由比ヶ浜は訝しげに見つめてきて更に聞いてくる。

 

「…どこか行くの……?」

 

「………………」

 

それでも答えない俺に、由比ヶ浜は何か察したのかどんどん不安で一杯の表情になる。こいつは意外に感が鋭い。口元は言葉にならない言葉で震え、眼には涙が浮かび始めていた。

 

「比企谷君…あなた、またロクでもない事を考えているんじゃないでしょうね…」

 

その様子を見ていた雪ノ下も感情を押し殺す様に言った。それは質問というよりは断定に近いもの言いだった。机の上で組まれた手はきつく結ばれ、自分の気持ちを爆発させない様に口元はきつく結ばれている。

 

「……もとはと言えば俺が原因でこうなった様なもんだ。なら俺が解決するのが当然だろ…」

 

「どういうこと…?」

 

由比ヶ浜は不安そうに聞いてくる。

 

「最初に俺が振られたと決めつけたんだ。嘉悦をここまで追いつめたのは俺だ…」

 

「違うよヒッキーっ!そうじゃ無いよっ、ヒッキーだけのせいじゃない……わかってるでしょ?」

 

「………」

 

空気が酷く重い。

 

「あ、あのっお茶にしませんか?…そうですっ、お菓子もあります。美味しいですよっ」

 

千反田は睨み合う俺たちを落ち着かせようとするが誰も返事をしない。オロオロする千反田を横目に雪ノ下が口を開いた。

 

「……前みたいなやり方はもうしないんじゃなかったの…?」

 

「………悪いな…」

 

俺は雪ノ下と由比ヶ浜に掠れた声で言った。俯いて震える雪ノ下と今にも泣き出しそうな由比ヶ浜を見ていると決心が揺らいでしまいそうになる…。俺は二人から眼を逸らし福部を見る。

 

「福部、花井のメールアドレスを教えてくれ」

 

福部は急に話しかけられて驚いた様子だったが、俺の眼をじっと見つめてきた。

 

「………分かったよ、後でメールしておくよ」

 

「助かる…」

 

「福ちゃんっ!」

 

福部は伊原に怒鳴られたが、どうしようも無いというジェスチャーをして溜息混じりに笑った。

重苦しい空気の中、俺は部室を出ていった。その時折木と眼があったが互いに何も言わずに眼を逸らした。

 

 

俺は間違った物を本物と勘違いし、そうと決めつけ、それを周りの奴らに強要した。こんな状況になる前に見つけられていたかもしれない可能性を真っ先に潰していたんだ。こうなった原因を俺のせいと言わずなんと言える。だからこれは俺の問題だ。最初に、決めつけで嘉悦を追い込んだ俺だけの責任だ。ならば俺が解決するのが筋だろう。

雪ノ下たちの言いたい事はわかる。あいつらと、依頼を解決する上で自分を犠牲にしないと決めた時、最初は不安だったが少し楽になった気がした。ほんのひと欠片でも気の置けない相手ができた事が嬉しかった。初めて自分(それに小町、あと戸塚)以外に大切にしたいと思える存在ができた。だがそれもここで終わりだ。約束を破り、同じ事を繰り返そうとしている俺に雪ノ下と由比ヶ浜はひどく失望しているだろう。

俺だってこの関係を壊す事を望んでなんかいない。だが今回の原因は俺だ。俺の為に雪ノ下や由比ヶ浜の評価を下げる訳にはいかない。それに今は他の部員もいる。そんなに沢山の人間に俺の失敗の尻拭いをさせるなどあってはならない。自分が他人からどう思われようとも、雪ノ下や由比ヶ浜になんと言われようとも、結果またぼっちになったとしても、俺一人で解決する、そうしなければならない。何時だってそうだった…今回も同じだ。

俺は今までずっと一人でやって来た。人に頼るのは弱い奴のやる事だ。学校ではみんなでやる事がいい事の様に言うが、一人でやる事が悪い訳ではない。俺は今までの自分のやり方を後悔していないし、これからも一人でやっていくだろう。

失敗も成功も、孤独や不安も全部俺のものだ。ならば当然、その責任を負うのも俺一人であるべきだ。

 

 

…まぁ実際は折木も原因の一翼を担っているわけだが、嘉悦達の謎を解いたこいつには借りがある。勝手に作った借りだが、勝手に返させてもらう。これでチャラだ。

 

 

 

 

※※※※※

 

ー折木奉太郎ー

 

 

 

比企谷が部室を出て行った後、俺たちは暫く何もできなかった。

 

「結衣ちゃん大丈夫?」

 

伊原の言葉にハッとなり、自分が何も考えていない事に気付いた。見ると伊原は由比ヶ浜を心配する様にイスを寄せている。その由比ヶ浜は先程比企谷の出て行ったドアを茫然と眺めている。溜まっていた涙は既に限界を越えて溢れ出している。雪ノ下はさっきから俯いたまま動かない。いや、そう見えるがずっと震えている…。怒りの様な、悲しさの様な複雑な感情を孕んでいる様に感じた。千反田は相も変わらずオロオロとしていた。俺は里志の方を見ると、少しきつめの口調で尋ねた。

 

「里志、何故比企谷に花井のメールアドレスを教えた?」

 

「八幡の目には何か信念の様なものが見えたからね。いつもは腐った様な目をしているけど、あんな目をした彼は初めて見たよ。きっと何にも譲れないものがあったんだろうね……でも僕は雪ノ下さんや由比ヶ浜さんが抱えている問題もよく知らずに八幡に教えてしまったみたいだ…。本当にごめん」

 

里志は自分のした事を謝り、深く頭を下げた。

 

「いいのよ。例え福部君が言わなかったとしても比企谷君のやる事は変わらないわ…自分が相手からどう思われるかなど気にもしない、いつも嫌な役ばかりしているわ。その事で傷付く人間がいるなんて気にもしない…本当に最低ね…」

 

雪ノ下は悲しそうに笑った。自分の無力さを感じ諦めた様に…。比企谷が今までどんな方法で問題を解決して来たか何となく分かった。

 

「自己犠牲か…」

 

「その言い方を彼は嫌うわ。自分はひとりぼっちだから、犠牲にするものなんて何もないってね」

 

自分ではぼっちと比企谷は言うが、そう思っていない奴もいる。少なくとも俺の目の前に二人。最初は一人だったかも知れないが、これまでに雪ノ下と由比ヶ浜と関係を作ってきた筈だ。そして今も俺たちとの関係を作っている。比企谷だってそれは分かっているはずだ…ならばあいつが一人でやる理由はなんだ?

 

「ちょっと待って。確かに比企谷の事も大事だけど嘉悦さんはどうするの?」

 

「…そうだね。今はかえちゃんをなんとかしてあげないとだよね」

 

由比ヶ浜は涙を拭いながら伊原に言う。

 

「折木さん、何とかなりませんか?」

 

千反田がまた言ってくる。何度言われても無理なものは無理だ…と言おうとしたが、千反田の目を見てその言葉は失われた。その瞳はいつも好奇心の塊の様だが、今回は少し違って見えた。だが吸い込まれそうになる位大きな瞳に俺は身動きが取れなくなる。抵抗しても無駄だ…千反田と部活を共にし学んだ事だ。やらなければいけない事なら手短に…俺は前髪を弄りながら考え始めた。

 

 

まず、この問題は本来なら俺と比企谷で解決すべきだった。始めから嘉悦の望みを否定して追い込んだのだからその責任は俺たちにあると言える。比企谷と二人なら何とかなるかもとも思えたが、比企谷はわざわざ確率を下げてまで一人でやろうとしている…それは何故か。次に雪ノ下の話を聞く分では、今まで比企谷は自己犠牲に近い方法で問題を解決し、その結果自分の立場を悪くしている。本人はその事を厭わないが、雪ノ下も由比ヶ浜もそれを心苦しく思っている。そして千反田…こいつの〝何とか〟とは比企谷のやり方では雪ノ下と由比ヶ浜が納得できないから、別の方法で嘉悦の事を解決する、という事だ。どれもかなり難しい。特に嘉悦の事は俺には荷が勝ち過ぎている。正直に言っていい考えが全く浮かばない。

それに俺は比企谷達の事を知らな過ぎる。何か足掛りを探さなくては……最終下校時刻まではあまり無いがやるしかないか。

 

「里志、今は時間が惜しい。お前は花井のところに行ってくれないか?比企谷から連絡が入るかもしれない。千反田と伊原は比企谷と嘉悦を探してくれ」

 

「分かったよ。奉太郎はどうするんだい?」

 

「俺は雪ノ下と由比ヶ浜に話を聞いてどうしたらいいか考える」

 

三人が部室を出ようとすると、由比ヶ浜に寄り添っていた雪ノ下は一言呟いた。

 

「みんな…ごめんなさい」

 

「いいさ、僕たち仲間だしねっ」

 

「そうです!こういう時こそ助け合いましょう」

 

「何か分かったら連絡するね」

 

二人を元気付ける様に言い、千反田達は部室を出て行った。

 

残ったのは俺と雪ノ下と由比ヶ浜。俺はイスに座りなおし、正面の二人を見る。

 

「お前達の話を聞いてもいいか」

 

時刻は五時過ぎ。最終下校時刻まであと一時間半ほど……。



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04

ー比企谷八幡ー

 

 

夕暮れ迫る放課後。運動部の出す声やアカペラ部の歌、吹奏楽部の楽器の音などが風に乗って聞こえてくる。そんな中、先程一人で部室を出てきた俺は自販機で買ったマッ管を片手にプラプラと校内を歩いている。教室、駐輪場、体育館と周ってみたが嘉悦の姿は見当たらなかった。少し疲れたので立ち止まり管の蓋を開け、コーヒーを啜りながら校庭でサッカー部がボールを追いかけて走っているのを眺める。ひと息ついた俺は、嘉悦の居場所よりも先に解決方法を考える事にした。

今の嘉悦は誰の話も信じないだろう。多分花井相手でもそうだ。こいつが信じないのは自分に都合が悪い事だと思っているからだ。嫌な事は聞きたくないという性分をどうにかしなければならない。……ならば、少し強引ではあるが精神的に追い込み、自分の気持ちに向き合わせる。きっと嘉悦は泣いてしまうだろうが、それも解決するのに必要な事だ。そして花井の言葉をどう信じ込ませるかだが、普通に言っても無理だろう。相手が本当の事を言っていると思う時……人は感情の昂った時、嘘や偽りの無い言葉が出る。抑えられない感情の昂り……つまり怒りだ。例えば…俺が放課後、嘉悦を呼び出し依頼の事について糾弾し、嘉悦は俺の言葉で泣いてしまう。そして後から来た花井はそれを見て怒り、俺に掴みかかってくる。その時に花井が嘉悦をどう思っているのか言わせれば、心の弱った嘉悦は花井を受け入れるだろう。なにせ逃げ道の先に自分の欲しいものがあるんだ、そうしないはずは無い。その際花井にに一発二発殴られるかも知れないが、それは自分への戒めと思って受け入れよう…。

方法が決まったところで、ポケットで暇潰し機能付目覚まし時計が震えだした。確認してみると、福部からのメールで、そこには花井のメールアドレスが記されていた。これで後は嘉悦の居場所を捜すだけだ。俺はスマホをしまい、残っていたコーヒーを飲み干す。……多分箏曲部には行ってないだろう。そこにはきっと花井も居るし、他の部員にも会いたくない筈だ。嘉悦は一人になりたいと思っている。学校の中で一人になれる場所……感傷的な気分に浸り、自分の存在をちっぽけだと感じる場所……。そう考えたところで、ふと俺は文化祭の出来事を思い出した。

 

「屋上…行ってみるか…」

 

そう呟き、空き缶をゴミ箱に投げ入れ、俺は校舎に戻って行く。

 

 

※※※※※

 

 

しばらくして屋上に着いた俺はそっと扉を開た。夕陽に染められた屋上は、オレンジの空と同化して崩れそうなフェンスだけが宙に浮かんで見える。様子を確認してみると、だだっ広いその場所に女子生徒がぽつんと立っていた。その後ろ姿は、やはり嘉悦と確認できた。俺は一度扉を閉め、スマホを取り出し花井宛にメールを打つ。〝嘉悦の事で話がある。今から屋上まで来い〟…恐らく花井はすぐに来るだろう。だが、箏曲部の部室からここまで速くても五分は掛かる。花井が来るまでの五分間が勝負だ。俺は花井にメールを送信し、意を決めて屋上の扉を開けた。

嘉悦は俺が来たことに気付かず、ずっとグラウンドを眺めている。だんだん近付くと俺の足音に気付いた様でパッとこちらを振り向く。その表情は期待を込めた様な、何かを待っていた様だったが、来たのが俺だと分かるとスッと落胆の表情に変わった…ごめんね俺で。

 

「えっと…、あなたは確か…結衣ちゃんと一緒にいた……」

 

「比企谷だ…。悪かったな、花井じゃなくて」

 

確か昨日も名前を言ったと思うんだけど…。俺が花井の名前を口にすると嘉悦は顔を赤くする。

 

「ベっ、別に花井君を待ってた訳じゃないよ。…てゆうか、なんでここにいるんですか?」

 

「まぁ、お前が少し心配になってな」

 

嘉悦は訝しげな顔をした。確かによく知らない相手から心配されても怪しいだけだ。

 

「別に…比企谷君に心配してもらう覚えはありません。今は誰とも話したくないんで一人にして貰えませんか?」

 

そう言ってまたグラウンドに視線を戻す。

 

「そう言うなよ。これでも俺は、お前と似た者同士だと思ってるんだぜ」

 

淡々と会話していたが、似た者同士という言葉に嘉悦はピクリと反応した。

 

「私とあなたを一緒にしないでください。……知ってますよ、比企谷君が文化祭で何をしたか……。学校一の嫌われ者で有名ですから」

 

悪名は無名に勝るとは聞いた事があるが、直接言われるのはなかなか辛い。しかし、こいつは俺の噂を知っている様だが、ここがその噂の発生地で、自分も今から同じ目に合うという事までは分からないだろう…。

 

「確かにそうかもな…。だが、それなら尚更似てるだろう。お前も俺と一緒で人の気持ちを理解しようとしない最低なやつなんだからな」

 

「なっ……何言ってるの?意味が分からないっ!私はそんなんじゃない!」

 

嘉悦は一瞬何を言われたか分からない様だったが、直ぐに理解して反論してきた。少しづつ感情が昂ぶり始めている。

 

「お前は自分の事を話そうとしない。嫌われるのが怖かったからだ。だから相手の言う事を聞いてそれに合わせてきた。最初はそうだったかもしれないが今のお前は違う。相手の言葉を聞く事に慣れて、相手の言葉の意味を…どういう気持ちでそう言ったのかを考える事を止めた。そして自分の気持ちについて考える事も止めた…ただ楽な方へ逃げただけだ。それに自分の聞きたくない事には耳を塞いで聞かない。そんな自分の事も相手の事も考えない自分勝手なお前は、俺と一緒でみんなに嫌われる最低なやつだ」

 

「違うっ!私はあなたと一緒じゃない。友達だっている…嫌われてなんかない!」

 

「じゃあどうして誰もお前を捜しに来ない?大切な友達ならきっと捜すはずだ。お前は所詮その程度だったんだよ」

 

「違う……」

 

自分の嫌だと思っている自分の事を俺に責められ、嘉悦の目には涙が浮かんできた。声も沈み込む様に小さくなる。

 

「もし仮に捜していたとしても、お前の事を真っ先に見つけたには俺だ。よく知りもしない俺が見つけられるんだ、お前らの関係は上っ面の偽物に過ぎない」

 

「………」

 

「お前もお前の周りにも偽物しか無い。ひょっとして花井を好きっていう気持ちも偽物なんじゃないか?だったらそんなもの早く捨てて、新しい相手でも見つけたらいい」

 

「違うっ!私の花井君への気持ちは本物よっ!好きなんだから、簡単に諦められる訳無いでしょっ!」

 

嘉悦は激しい口調で否定し俺を睨んできた。花井への気持ちを否定された事に怒り、自分の本心をさらけ出した。強い気持ちが伝わってくる……この想いを最初から示せていれば依頼などする必要も無かったんではないか……。

 

嘉悦さんが答えられなかった理由が何なのか、私はそれが気になるんです。

 

ふと、頭の中に千反田の言葉が過った。

 

「お前…そうか、そう言う事だったのか」

 

じっと睨んでくる嘉悦を前に、俺は何故嘉悦が依頼した理由を答えるのを渋ったのか理解した。だが、今はそんな事に納得してる場合ではない。俺は時計を確認する。もうすぐ花井が来る頃だ。最後の仕上げをしなければならない…。俺は今から嘉悦に最も酷い事を言うだろう。そうする事で、心の弱った嘉悦は、きっと花井の言葉を信じる。…ふと、雪ノ下と由比ヶ浜の顔が頭に浮かぶ。二人とも悲しそうな表情でこっちを見ている。……分かっている、こんなやり方を二人は望んでいない。だがそれでも、俺は誰も巻き込みたく無いと思った。嫌われるのは俺の役目だ…俺だけで十分なんだ。

俺が口を開きかけると、バタンッ!と勢いよく扉の開く音が聞こえた。どうやら花井が来たらしい。思ったよりも早かったが想定内ではある。俺が振り向くと、階段を駆け上がって来たのか息を切らせた花井がそこに居た。……だがそれだけではなかった。花井の後ろには俺のよく知る人物たち…雪ノ下、由比ヶ浜、千反田、福部、伊原、そして折木が並んでいた。

 

 

※※※※※

 

 

 

こいつら、なんでここに…そう思ったが動揺しているのは俺だけだはなく、むしろ嘉悦の方が取り乱している。そんな中花井が嘉悦に話掛けてきた。

 

「ごめん嘉悦、福部達から話を聞いたよ。俺が告白した時お前は走って逃げちゃって…その後話そうとしても避けられてたから、もう嫌われたんだと思ってた…でも違った。俺の紛らわしい言い方のせいで嘉悦を苦しませてちゃってホントにごめん。だけど俺の気持ちは本物だ…嘉悦の事が好きだ、信じてくれ」

 

花井は真剣に想いを伝えるが、嘉悦は状況をまだよく理解していないらしく取り乱したまま、

 

「結衣ちゃん酷いよ…花井君には言わないでって言ったのに……信じてたのに」

 

その言葉は深く俺の胸に突き刺さり、由比ヶ浜はその言葉を聞いてショックで悲しそうな顔をした。優しい性格から人に嫌われる事など無い由比ヶ浜が、今俺のせいで悪意を向けられている。俺はこうなる事を避けるために行動していた筈なのに、それでも由比ヶ浜を傷つけてしまった。……だが、由比ヶ浜はすぐに表情を戻して真っ直ぐ嘉悦を見た。

 

「ごめんねかえちゃん。だけどかえちゃんにちゃんと話を聞いてもらうにはこうするしか無いと思ったのっ!」

 

「けど…それでも酷いよ…」

 

「いいえ嘉悦さん、酷いと言うならあなたも十分酷いわ。私達はあなたの依頼を真剣に解決しようとしてたわ。由比ヶ浜さんも凄く心配してた。でもあなたはどう?勝手に依頼を取りやめると言って逃げ出して、真剣に向き合おうとしなかった。あなたの事を想っていた私達の気持ちはどうなるの?」

 

「それに依頼をなかった事にするなら、花井君に言っちゃいけないっていうのもなかった事になるわ」

 

気づくと嘉悦は泣き出していたが、雪ノ下と伊原は慰める事なく言った。

 

「花井君を呼んだりしたのは僕らが勝手にやった事さ。お節介だったかも知れないけどね」

 

「悪いとは思ってるが…お互い様だ」

 

「嘉悦さん、気をしっかり持ってください!花井さんの言葉をちゃんと聞かなければいけません!」

 

福部、折木、千反田も後に続いた。こいつら一体何してやがる…俺のやり方に似ているが、こんなやり方雪ノ下達は思いつかないだろう。だとすればこれを考えたのは……折木を見ると、何食わぬ顔で立っている、女子が目の前で泣いているというのに…。しかし、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。取り敢えず今は嘉悦の事を解決する、後の事はそれからだ。

 

「嘉悦、お前はさっき俺に言ったな。自分は俺とは違うと…花井への気持ちは本物だと。ならちゃんと話を聞いてやれ。俺と違うんならできる筈だ」

 

「…でも……やっぱり無理だよ…」

 

それでも嘉悦は否定する。全員で説得すればいけるとも思ったが、やはり最後の一押しが足りなかった。今からでも言うべきか…と考えていると花井がこちらに向かって歩き出した。そのまま嘉悦の前を通り過ぎ、グラウンドを見渡せる位置に立つ。そして少しの沈黙の後、大きく息を吸い

 

「花井剛は!同じ箏曲部の!嘉悦千花絵の事が!好きだーーーっ‼︎」

 

そう叫んだ、それはもう盛大に。校庭では運動部が何事かと屋上を見上げている。ざわざわとした雰囲気がここまで伝わってくる。嘉悦は突然の事に目をパチクリさせ花井を見ている。そんな周りの状況を気にせず、花井は振り返り嘉悦に近づく。

 

「実は嘉悦に告白する前の日に、植田から告白されたんだ。俺は他に好きな人がいるからって断った。……本当は前から知っていたんだ、植田の気持ちも…それにお前の気持ちも…。けど俺は今の関係を壊したくないから知らないふりをしていた。でもっ、植田に言われて気づいたんだ、このままじゃいけないって。自分の気持ちを隠したまま…相手の気持ちに気づかないふりをしたまま過ごしても何も変わらない。そんな偽物じゃいつか無くなってしまう。だから俺は今の関係を壊してでも前に進もうと決めたんだ。壊れたら直せばいい、無くなってしまう訳じゃないんだから。…俺は嘉悦の事が好きだ。お前は俺の事をどう思ってる?」

 

花井に聞かれた嘉悦の目は、先ほどよりも更に沢山の涙で溢れていた。そして顔をクシャクシャにして涙を零しながら答える。

 

「……私も…花井君の事が、好きです…」

 

放課後の学校、オレンジ色に染まる屋上。二つの影が一つに重なり合い、嘉悦の依頼は無事解決された。



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05

ー折木奉太郎ー

 

 

少し前

 

 

千反田達が嘉悦と比企谷を探しに行った後、俺は雪ノ下と由比ヶ浜からかつて奉仕部だった頃の話を聞いた。話の内容はおおよそ予想通りであったが、時間があまり無かった事もあり大まかにしか聞けなかった。話を聞いて分かった事と言えば……比企谷の自己犠牲的なやり方で三人の関係は悪くなったが本音を言い合う事で解消され、比企谷もそんなやり方はもうしないと言った。今はまた別の問題を抱えている様だが、部活が併合した事で少し緩和したらしい、という事ぐらいだ。しかし比企谷はもうしないと言ったにもかかわらず、また自分を犠牲にしようとしている。今までの依頼と違う事と言えば、原因を作ったのが比企谷本人であるという事だ。おそらく比企谷は自分が原因で起きた事に雪ノ下達を巻き込むまいと考えたのだろう。だが雪ノ下達はそれを快く思っていない。そして俺も千反田に言われた以上、何とかしなければならない。自分も原因を作った内のひとりなので当然といえば当然かもしれない。

話を聞いていて一つ思いついた方法はあるが、あまりいいとは言えないものだった。前髪を弄りながら考えていると、由比ヶ浜が何か思いついたかと聞いてくるので、あまりいい方法では無いと前置きしつつとりあえず話してみる。

 

「今思いついた事で、多分嘉悦の問題は解決できると思うが、お前達の問題は解決できない。せいぜい何かのきっかけになるかもってぐらいだ。お前達の問題はお前達自身で解決しなければならないだろう」

 

二人は黙って聞いていたので俺も話を続ける。

 

「正直、嘉悦の事は俺に解決できると思わない。方法が全く浮かばないからな…」

 

「折木君、何を言ってるの?頭は大丈夫かしら?」

 

「思いついたのに方法が浮かばないって、何言ってるか意味わかんないよ?」

 

頭の悪い奴を見る様な顔をしてに二人が口を挟んでくる。雪ノ下はともかく、俺は由比ヶ浜よりも頭が良い筈だ…多分。

 

「話を最後まで聞け。俺には方法が全く浮かばない…解決できるのは比企谷だけだ。……だから方法は奴に任せて俺達はその手伝いをする」

 

「……でもそれって今までと変わらなくない?」

 

由比ヶ浜は不安そうに聞いてくる。

 

「いや、だいぶ違う。今までは比企谷が自分一人を犠牲にしてきたが、このやり方は俺たち全員が犠牲者……いや、共犯者だな。嘉悦の依頼を受けるところから始まって、その中で誰も比企谷の考えを否定しなかった……こうなった事は全員に責任がある。比企谷が解決しようとしているなら、手助けをするのが道理だろう」

 

自分の事を棚に上げて、だいぶ調子の良い事を言っている。こんな事を言う自分に腹が立つが、こうでも言わないと雪ノ下も由比ヶ浜もやるとは言わないだろう。

 

「でも…全員で責めるのは嘉悦さんにとって少し酷じゃないかしら」

 

雪ノ下が心配そうに言う。

 

「だがそれが比企谷のやり方だ。それにお前達の話を聞くと比企谷は、やり方はえげつないが相手の立場が悪くならない様にちゃんと考えているみたいだからな。そのあたりはお前たちが上手くフォローすれば多分大丈夫だろう。まぁ花井は怒るかもしれないが……どうしてもあいつらの気が収まらないならその時は………みんなで謝って許してもらおう」

 

俺が言うと二人はキョトンとしてこちらを見たが、やがて顔を合わせてプッと笑い出した。

 

「謝って許してもらおうって、どんな解決方法だしっ」

 

「あなたって少し変わってるって思ったけれど、やっぱり変な人だったのね」

 

呆れた様に言うが、否定的な感じはしない。どうやら方法は決まった様だ。

 

「さっきも言ったが、これで嘉悦の依頼は解決できると思うがお前達の問題は解決できない。このやり方は比企谷がお前達を巻き込むまいと避けようとしたやり方だ。少なからず禍根が残る…それをきっかけにできるかはお前達次第だが……大丈夫か?」

 

俺は二人の決意を確認しようと聞いてみたが、どうやらいらぬ世話だったらしい。

 

「大丈夫だよっ!私たちも立ち止まってばっかじゃいられないからね。みんなで前に進まなきゃ。ねっ、ゆきのん!」

 

雪ノ下も由比ヶ浜に言われて強く頷いた。その時、示し合わせたかのように俺のスマホがメールの着信を知らせて来た。直ぐに取り出して確認する。

 

「里志からだ。比企谷は花井を屋上に呼び出したらしい……俺達も行こう」

 

そして俺達は足速に部室を後にして、比企谷と…嘉悦がいる筈の屋上へと向かった。

 

 

※※※※※

 

 

ー比企谷八幡ー

 

 

俺たちが嘉悦の依頼を解決した後、嘉悦と花井は自分達のせいで随分迷惑を掛けたと言って謝ってきた。それに対し由比ヶ浜は、こっちも勝手な事をしてごめんねと謝り、お互い様だねと言って笑い合った。雰囲気は俺が予想していた様な悪いものに事はなく、結果としてうまく纏まったと思えなくも無い。みんな穏やかに話をしている姿を俺がぼーっと眺めていると、嘉悦はこちらに気付き由比ヶ浜に何か挨拶をして俺の方に近寄ってくる。

 

「比企谷君…ありがとうございます。さっきは色々ひどい事言ってごめんなさい。」

 

あろう事か嘉悦は先程まで散々自分を責めていた相手にお礼と謝罪の言葉を言った。

 

「…いや、俺の方こそ言い過ぎて悪かった…」

 

「ううん、大丈夫。比企谷君が言ってくれなかったら、きっと今も花井君の事を信じられずにいた。だからありがとう。……比企谷君が学校一の嫌われ者って言われてた意味が分かったよ…でもホントは違ったんだね」

 

「…いや、違わねーよ。俺が酷い事したのに変わりは無いしな、周りの奴らの言う通りだ」

 

「良く知らないで言ってるだけでしょ。分かってる人には分かるんだよ……私もそうだし。比企谷君の事をちゃんと見てる人は居るよ」

 

俺は言われ慣れない事に恥ずかしくなり、頭を掻きながら顔を背けた。

 

「……だから結衣ちゃんの事もちゃんと見てあげてね…」

 

ぽそりと意味深な事を言われどういう事か聞こうと顔を向けなおすと、嘉悦はすでに花井達の方へ戻ってしまっていた。それから少しの雑談の後、花井と嘉悦は箏曲部に行くと言い頭を下げて屋上を去って行った。

俺達だけになった屋上は、一層広く感じた。二人いなくなっただけなのに空気が変わったように静かになり、校庭からは運動部の声がよく聞こえてきた。その中で俺は折木達を見る。嘉悦と花井の事は解決したが、まだ聞かなければいけない事があった。その事を分かっているのか、折木もこちらを見る。

 

「何で全員で来た?これはお前が考えた事か?」

 

「違いますっ!私が折木さんに頼んだんです、何とかして欲しいと思ったので…」

 

なぜか返事を返したのは千反田だったが、全員に聞いてる様なものなので俺は特に反応せず言葉を続けた。

 

「何とかってなんだ?俺一人でも解決出来た…お前達が来る必要は無かったんだ」

 

そう言うと、俺の言葉に反応する様に由比ヶ浜が一歩前へ踏み出してきた。

 

「違うよヒッキー。確かにヒッキーなら一人で何でも出来ちゃうのかも知れない……私知ってるの、ヒッキーが私やゆきのんが傷付かない様にしてくれてるんだって……でもそれじゃあ意味ないの。ヒッキーが嫌な思いしたら、私もゆきのんも傷付くんだよ」

 

「比企谷君のしてくれている事は、結果的に私達を傷付いけているわ。あなたが傷付いて私達が傷付いて……、それでは痛みがどんどん増すばかりだわ。それは無意味な事よ」

 

「だったらっ……」

 

だったらどうすればいいんだ…。俺は咄嗟に顔を背けた。由比ヶ浜と雪ノ下に言われた事に、俺は返す言葉が見つからなかい。本当は俺だって分かっていた…このやり方が二人にとって受け入れ難いものだという事は。一度は雪ノ下達の言う、自己犠牲なやり方はしないと決めた…だが、今回は俺が原因だ。自分のせいで二人が傷つく事は避けなければいけない、そう思うのは普通の事じゃないのか。………いや、結局は自分の為だったのかも知れない…。二人の気持ちに気付かないふりをして、これは二人のためだと思う事で少しでも罪悪感を感じない様にしていただけだ。そう気付いた俺は二人に顔を向ける事が出来なかった。

沈黙が続いたが、由比ヶ浜がそっと話し出す。

 

「…でもね、さっきみたいにみんな一緒なら、痛みは分け合えるんだよ。一人じゃ辛くて泣いちゃいそうでも、一人じゃないって思えたら辛くなくなる。私はみんなバラバラに傷つくより、みんなで一緒に傷つきたい……わがままかもしれないけど、私はそうしたいの」

 

「比企谷君、これはあなたの望まないやり方かも知れないけれど、私も由比ヶ浜さんもちゃんと考えてこうするべきだって…こうしたいって思ったの。だから比企谷君も真剣に考えて頂戴。あなたの事を…私達の事を」

 

雪ノ下は諭す様に言う。二人は自分たちの事をちゃんと考え、答えを見つけた。だが俺は自分の事しか考えていなかった。そんな俺が人を頼りにしていいのか?今まで一人でやってきた、それを嫌だとは思わなかったし、変えたいとも思わなかった……変えられると思った事すらなかった…。

 

「…俺は今までずっと一人でやってきた…そんな急に変えられるもんじゃ無い…」

 

俺は多分辛そうな…どうしようも無い顔をしていただろう。鏡が無いから分からないが、雪ノ下と由比ヶ浜をそっと見るとその表情から察しがついた。……だが、雪ノ下はそれでも俺に優しい微笑みを向けて来た。

 

「それなら比企谷君が変われるまで私達が見ていてあげるわ。それにもし…それでも私達を傷つけたくないと言うのなら、比企谷君自身も傷つかない方法を考えて頂戴」

 

「ちゃんと側に居るから安心してね」

 

由比ヶ浜も笑っている。

 

「女の子にここまで言われたんだから、覚悟決めなさいよね」

 

「大丈夫だよ摩耶花。千反田さんに逆らえないホータローと一緒で、八幡も雪ノ下さんと由比ヶ浜さんには逆らえないさ」

 

「酷いですよ福部さんっ。私折木さんにそんな事していませんっ」

 

「勝手な事を言うなよ里志……。まぁ人には出来る事と出来ない事がある。それを補う為に人に頼るのは悪い事ではないぞ……度合いにもよるけどな」

 

「折木、あんた一言余計よ」

 

折木たちも続いて言ってくる。好き放題言ってくる奴らだ。だが、何故かそうなのではと思えてしまう。俺の悩んでいる事なんてこいつらからしたら些細な事なんだろう…。俺が何を言おうとこいつらの考えは変わらない、それなら……。そう思うと、自然と笑みが溢れてきた。

 

「お前ら、ホント勝手な事ばっか言いやがって……」

 

そう言う俺の頬を、暖かい何かが流れて言った。これが俺の本当の気持ちなのだと思った。

 

「その…なんだ……悪かったな。迷惑掛けて…」

 

俺は袖で目元を擦りながら言った。その姿を見て雪ノ下も由比ヶ浜も、みんなホッとしたように微笑んでいる。その時、タイミングが良いのか悪いのかチャイムが最終下校時刻を告げた。時間に気付きみんな慌てたようだったが、俺としては自分の泣き顔など恥ずかしくて見せられないので丁度良かった。

 

「いけません皆さん、早く部室に戻りましょうっ」

 

千反田がそう言いみんな忙しなく出入り口へ向かう。少し後ろを歩いていた俺は足を止め折木に話しかけた。

 

「いろいろと悪かったな…」

 

そう言うと折木も足を止め振り返った。

 

「…もともとは俺とお前で解決するべきだったんだ。どうって事ないさ」

 

「そう言うなら全員巻き込んでんじゃねぇよ…」

 

「先に一人でどこか行ったのはお前だろ。それに千反田に頼まれたからな…仕方なかった」

 

「……やっぱりお前は尻に敷かれるタイプだな」

 

「うるさいっほっとけ」

 

バツの悪そうな顔をしてそっぽを向く。

 

「……まぁ結局は俺のやってた事は無意味だったって事だな…」

 

「…そんなことないさ。嘉悦たちの事が上手くいったのは偶々だ。普通なら全員悪者になるのが落ちだ。俺は嘉悦たちの謎を解く事はできたが解決策は浮かばなかった、解決できたのはお前のおかげだ。そして他のみんなが嘉悦を説得できたから良い結果が出た。……みんな自分にしか出来ない事がある、そうやって補い合えるのがこの部活なんじゃないか?」

 

「お前は自分にしか出来ない事があると思うのか?」

 

俺が聞くと、何か思う所があるのか空を見上げながら言う。

 

「良く分からんがな……今まで自分にしか出来ない事は無いと思っていた。俺より凄い閃きをする奴だって沢山いるだろうし、俺の代わりはいくらでも利く。だけど部活が併合して…お前らと一緒に部活をする様になって自分にも自分だけの役割があるんだと思う様になっていた。考え方が変わったんだ…。てっきりお前もそうだと思っていたんだが、なかなか難しいものだな」

 

考え方が変わった……そう言われハッとする。今まで一人だった俺は他人からの評価など気にしなかったが、いつの間にか俺は雪ノ下と由比ヶ浜の事を気に掛けていた。自分の為だったかもしれないが、それでも人を想うという心はあった。気付かないでいても…変わらないと思っていた俺でも変わっていたんだ。変わる事も変わらない事も、どちらの方が良いという訳じゃない。ただ、自分が強くそれを望んだ時にきっと前に進めるんだと思う。それに気付いた今なら、ちゃんと話ができるかもしれない。花井も言っていた…壊れたら直せばいい、無くなってしまう訳じゃない…と。急には難しいかも知れないが、この部活で一緒に過ごしていればきっと……そう思うと、少し気が楽になった。

 

「折木のくせに、随分かっこいい事言うじゃねぇか」

 

「……花井達の空気に当てられただけだ。もう言わん」

 

俺が皮肉めいた言葉を言うと、折木の顔は夕陽のせいか赤く見えた。

 

「何してるんですかー?早く行きますよー」

 

屋上の出入り口で由比ヶ浜と千反田が手を振って呼んでいるのが聞こえる。

 

「怒んなって。……ほれ、行こうぜ」

 

俺たちは再び歩き出す。

 

 

「そういえば、結局嘉悦が言うのを拒んでいた理由は何だったんだろうな」

 

歩きながら折木はぽつりと呟いた。

 

「あぁ、それは嘉悦は初めから振られた理由なんて知る気じゃなかったんだよ」

 

「どういう事だ?」

 

首を傾げる折木に、俺は言葉を続ける。

 

「あいつは最初っから自分の恋を諦めてなかったんだよ。花井の性格も知ってたから、きっと何か間違っているんじゃねぇかって思っただろう。つまり、嘉悦の本当の依頼は振られた理由なんて知りたいじゃなくて、振られてない事を証明してほしい、だったって事だ」

 

「なるほど…」

 

「けど、そんな都合のいい依頼なんてできないからな…だから振られた理由を知りたいって事にしたんだ」

 

「そこで俺たちが振られたと決めつけてしまったのか…」

 

「まぁあの段階じゃそう捉えるのが普通だろう。しかしそれは嘉悦から依頼する意味そのものを奪った。最初から否定されたんだからあいつの望む答えが出る訳もない。だから依頼した事に後悔したんだろう」

 

「…難しいものだな…」

 

折木は悲しそうな、悔しそうな、怒りだしそうな、泣き出しそうな、何とも言いがたい表情をした。その気持ちはよく分かる。なぜなら、きっと俺と同じ気持ちだから。失敗して後悔しながらも、少しずつでもいいから本物に近づきたいという気持ち。

 

「早く行くぞホータロー、みんな待ってる」

 

「…お前何で急に名前で呼んでるんだ?気色悪い」

 

「……花井達の空気に当てられただけだ。もう言わん」

 

「そう怒るな。……ほら、行くぞ…八幡」

 

「……おう」

 

そうして俺たちは屋上を後にした。

 

 

 

 




以上で、やはり俺たちの高校生活は灰色である、は最終回とさせて頂きます。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
勢いで始めてしまいましたが、自分の構成力の低さや感情表現の下手さなどあり、特に後半はグダグダの内容の薄いものになってしまいました。自分でも何を書いているか分かりませんでしたっ。読み辛かった方はすみませんでした。
ただ、氷菓の入須先輩の言葉を借りるなら、出来不出来は重要でない、致命的なのは完成しない事だという事でしょうか。自己満足とはいきませんでしたが、どんな形であれ完結させる事が出来たのは読んでくださった方やお気に入りに登録してくれた方、評価や感想をくださった方のおかげだと思います。自分一人ではきっと途中で終わっていました。

この話はこれで終わりですが、番外編という形でまた投稿するかもしれません。ただ別の話もやってみたいと思っているので先の事になると思います。今後投稿するときも、またみなさんに読んでもらえるように頑張りたいと思いますので、その時はまたよろしくお願いします。

ありがとうございました。


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