冒険者に憧れる少年の夢 (ユースティティア)
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死闘

風刃様よりリクエスト、トキと第一級冒険者の燃え尽きるような闘いが見たい、ということで書かせていただきます。

また、皆様にご協力いただいたアンケートの結果、対戦相手はフィンになりました。

……過度な期待はしないでください。


 2つの影がぶつかり合っていた。常人には認識できない速度で互いの得物を振るい、己が持つ力と技を用い、駆け引きというよりもチェスのように互いの手の先を読む。

 

 1つは黒。その手に短刀を持ち、足元より漆黒の影が踊る。

 もう1つは金。小さな体に黄金の穂先を持つ槍を振るう。

 

 戦局は黒……トキの方が僅かに優勢であった。身体能力でこそ劣るものの、暗殺者としての経験と影の触手による手数の多さで金……フィンの先を取る。

 逆にフィンは、トキから得体の知れないやりづらさを感じていた。本来、小さな体を生かした攻めの戦い方は、普通の冒険者では対応が難しい。

 

 小人族(パルゥム)は前衛に出ることがほとんどない。千年前の神の降臨により、自分達が信仰していた女神が実在しないことを知り、急速に衰退。今でもその名残からか小人族(パルゥム)の冒険者はサポーターや後衛職が多い。

 それにより、小人族(パルゥム)であるフィンの戦い方は冒険者にとって未知である場合が多い。セオリーが通じず、どうしても後手に回る。

 

 だがトキは、まるで自分より小さい相手との戦い方を知っているかのようにこちらの動きに対応してくる。こんな事はあの『猛者(オッタル)』以来であった。

 

 水平に振るわれる槍を跳躍でかわし、空中を蹴り、短刀が振るわれる。それをかわせば、かわした先に影が迫ってくる。

 死角からの刺突をまるで見えているかのようにかわし、投げナイフを放ってくる。

 

 トキの触手の数は12本。それらが絶妙な連携をしているため、流石のフィンも対応しきれずに、触手が体をかすめる。

 だがフィンも負けてはいない。トキが14才であるのに対し、フィンは40過ぎ。その年月により培われた経験は本物だ。事実、フィンの槍によって、トキが纏う防具にはいくつかの傷がつけられていた。

 

 だが、それを差し引いてもやはり戦局はトキが優勢であった。その原因はトキの影。『恩恵』を無視して攻撃する影は、当たり所が悪ければ致命傷になりうる。故に、フィンは影を必要以上に警戒する必要があり、結果として攻めきれていなかった。

 

 フィンの親指が疼く。このままでは勝てないと警告しているようだった。それに従い、強引に距離を取る。トキは追撃しなかった。

 

 確かにトキは優勢である。だが、それはほんの僅かだ。フィンが考えなしに距離を取ったとは思えない。ここで迂闊に追撃するよりも、仕切り直したほうがよいと判断した。

 

「君は小人族(パルゥム)と戦ったことがあるのかい?」

 

 ふと、フィンがトキに問いかけた。トキは僅かに眉をひそめた後、その問いに答えた。

 

「いえ。ですが、自分に技や駆け引きを教えてくれたのは小人族(パルゥム)の槍使いの人でしたから」

 

 その言葉にフィンが目を見開く。

 

 トキの言ったことは事実であった。トキが暗殺者であったころ、育て親には暗殺の知識と薬による膨大な精神力を、年上の小人族(パルゥム)には技と駆け引きを教わった。トキはその戦い方を覚えていた。

 

 武器も同じであったため、むしろやりやすかったくらいだ。【挑戦者(フラルクス)】の効果により【ステイタス】が強化され、フィンの動きについていけた。

 

「……その人物にぜひ会ってみたいな」

 

「……機会があれば紹介しますよ」

 

 もっとも、()()がまだ生きているかどうかをトキは知らないが。

 

「でもなるほど。道理で攻めにくいわけだ」

 

 納得がいったフィンは1度目を閉じ、一瞬の内に見開く。

 

「では、戦い方を変えよう」

 

 雰囲気が変わったフィンに、トキが構える。だがその選択は間違いであった。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」

 

 超短文詠唱。完全に読み間違えたトキは触手に攻撃を命じる。

 

「【ヘル・フィネガス】」

 

 しかし一瞬、フィンの方が早かった。魔法を完成させ、そして。

 

「──うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおッ‼」

 

 吠えた。その様子に驚愕しつつも攻撃を続行する。

 

 だがそれはフィンの槍の一振りによって弾かれた。

 

「なっ!?」

 

 今度こそトキは驚愕の声を漏らす。その隙にフィンが一気に距離を詰めた。

 

「ぐっ!?」

 

 咄嗟に腕を交差させ、後ろに跳ぶ。その上からフィンの槍による攻撃が来た。黄金の穂先がトキの左腕に刺さる。

 

 今度はトキがフィンとの距離を取る。後ろに下がる一瞬で、起きたことを整理する。

 

 フィンが魔法を唱えた瞬間、その身体能力が急激に上がった。つまりあの魔法は強化魔法(エンチャント)

 

(……いや)

 

 迫りくるフィンの様子は、普段からは想像もつかないほど狂暴に見える。つまりはドーピング。おそらく、判断力を失うかわりに自らの能力を底上げする魔法。

 

 ドーピングの怖さをトキは知っていた。代償と引き換えに強大な力を発揮するそれは、時に人間の限界を超えて力を引き出す。

 さらに、フィンはLv.6。スキルにより強化されているとはいえ、その潜在能力(ポテンシャル)は相手が上。それが底上げされたとなると非常にやっかいだ。

 

 背中の熱に変化はない。【挑戦者(フラルクス)】は相手との格の差で能力値が変動する。ドーピングしても相手が変わったわけではないので、スキルによるさらなる強化はない。

 

 槍が迫る。今度はそれを短刀で防ぐ。しかしその上から短刀ごと体をもっていかれた。

 

 体勢が崩れる。立て直す前に、さらに槍が振るわれる。なんとか短刀で弾くが、その短刀に罅が入った。

 

 明らかに上昇した力と敏捷。そして判断力を失ってもなお、体に染み付いた技。駆け引きで勝っていた筈のトキは、完全に劣勢になっていた。

 

 12発目の攻撃で短刀が破壊される。そのことに目を見開き、槍が体に突き刺さる。

 

「がっ!?」

 

 体を駆け巡る熱に悲鳴を上げ、一瞬の内にそれを抑え込む。引き抜かれようとする槍を、空いている手で強引に掴んだ。

 

「──がぁあああああああああああああああああッ‼」

 

 トキもまた吠えた。普段であればこんな真似はせず距離を置いただろう。だが、今のトキは引けなかった。引きたくなかった。 負けたく、なかった。

 

 砕けた短刀の柄を、フィンの顔面目掛けて投げる。顔を反らしてかわしたところに、さらに触手による追撃を行う。顔面にクリーンヒット。しかしフィンは倒れない。

 

 槍が引き抜かれる。腕ごともっていかれそうになる勢いを利用し、空いた手に漆黒の短刀を生成。それを振る。

 

 槍が再び振るわれる。だがトキは避けなかった。

 

  それを皮切りに死闘が始まる。お互い防御を考えないノーガードラッシュ。血が弾け、体から不気味な音が鳴る。だが、それでも二人は止まらない。

 

『恩恵』を無効にするトキの攻撃に、圧倒的な能力(ポテンシャル)と第一級装備によるフィンの攻撃。普通であれば一撃で沈む攻撃を、両者は気力のみで耐えきっていた。

 

 骨が折れる。──それがなんだ。

 

 体が悲鳴をあげる。──それがどうした。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ‼」

「あああああああああああああああああああああああッッ‼」

 

 二匹の獣が咆哮する。互いに譲れないもののために死力を尽くす。

 

  そして……黒が崩れた。

 

 勝敗を分けたのは能力(ポテンシャル)の差。最後の最後で、トキは積み上げられた年月に負けた。

 

 動かない体に、必死に立てと命令するが、体は僅かに痙攣するだけだ。フィンを見上げる。フィンは槍を振りかぶり、トドメを刺そうとしていた。せめてもの抵抗で相手を睨み付ける。

 

 だがその槍が振り下ろされることはなかった。なぜならフィンも倒れたからだ。

 

 限界だったのはフィンも同じであった。既に意識はなく、浅い息づかいだけが聞こえる。

 

 それを耳にしたトキは、今度こそ、意識を失った。




……すいません、これが限界です。皆様にアンケートまでご協力いただいたのも関わらずこのクオリティです。……本当に申し訳ありませんッ‼

ご意見、ご感想お待ちしております。


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結ばれた愛

アルカ様よりリクエスト、トキとレフィーヤの結婚生活を見てみたい、ということなのでお応えしようと思います。

ただ……考えているうちに結婚生活じゃなくて普通の家族生活になってしまいました。すいません。

それでもいいよ、という方はどうぞ。


 眠りから徐々に意識が浮上する。うっすらと目を開けると、まだ部屋は暗いままであった。

 部屋に掛けられている時計を確認すると、時刻は午前4時。長年の習慣により、いつもこの時間に起きていた。

 

 隣を向くと、二人の子供と一人の女性。俺と女性が子供を挟んでいる形だ。

 起こさないようにベッドを脱け出し、そっと部屋から出る。寝室を出て、自室へ。寝間着から仕事服──と言ってもただの戦闘衣(バトル・クロス)──に着替える。

 

 ふと、部屋にあった姿見に目を向ける。そこに写っているのは身長178C(セルチ)程の青年。黒を基調とした戦闘衣(バトル・クロス)を着ているヒューマン。顔は……まぁ、悪くない。

 

 目を姿見から机の方に向ける。様々な物が整頓されて乗せられている中から、1つの小物を手に取る。

 それを己の左手の薬指に嵌める。

 

 それはシンプルなデザインの指輪だ。買ってから5年の月日が経ってはいるが、その輝きは未だ衰えていない。

  ふと笑みがこぼれる。これは結婚指輪(エンゲージリング)。5年前、最愛の女性に贈ったものと同じもの。

 

 俺はトキ・オーティクス、24歳。美人の妻と、二人の子供を授かった冒険者である。

 

  ------------------

 

 いつものように鍛練をし、シャワーで汗を流す。その後、今日の会議のための資料に目を通す。

 ……うん、まあまあだな。ここの部分おかしいが。あ、ここ間違ってる。おい、大丈夫か?これ。

 

 資料を手直しし、時計を見ると午前6時半。部屋を出れば、廊下までいい匂いが漂っている。

 リビングに移動すると、山吹色の髪をしたエルフが料理をしていた。

 

「おはよう、レフィーヤ」

 

 その後ろ姿に声をかける。レフィーヤは料理する手を止めて振り返った。

 

「おはよう、トキ」

 

 レフィーヤの笑顔に自然と顔が綻ぶ。すっと近づき、唇を触れ合わせる。

 

 レフィーヤ・オーティクス。今の彼女の名前だ。

 彼女との結婚はいろいろとあった。……まあ言ってしまえばできちゃった婚である。しかも双子。

 責任を取る形で結婚。しかし、その後がさらに揉めた。

 俺とレフィーヤは別々の派閥に所属している。別々の派閥に所属したもの同士の結婚は、このオラリオでも前代未聞であった。

 そこでどちらが移籍するかという話になった。……その争いをしていたのは主神だけだったが。

 その頃のレフィーヤは【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者で、【ファミリア】の幹部。俺は【ヘルメス・ファミリア】の団長を勤めていたため、どちらも移籍するわけにはいかなかった。

 

 長い話し合い──と言っても主神同士の口論──の末、出た結果が現状維持。これまでも問題なかったから、これからもそれで良くね? という発想である。

 

 こうして、俺とレフィーヤは無事に結ばれた。

 

 ちなみに今、彼女は冒険者業をやっていない。まだ子供が大きくないため、育児休業というやつだ。後2、3年で復帰すると言っていたが。

 

「ぅー、パパ、ママ。おはよぅ」

 

 後ろから声をかけられた。振り向くと、長い山吹色の髪をした女の子が、茶色の髪の男の子の手を引いていた。二人は眠そうに目を擦っている。

 

「おはよう、アンジュ、ウィリアム」

 

 アンジュとウィリアム。俺とレフィーヤが授かった子供達だ。二人ともレフィーヤに似て端整な顔立ちをしている。うん、本当に俺に似なくてよかった。

 

「二人とも、顔を洗ってきなさい」

 

「はーぃ。ウィリアム、いくよ」

 

 こくりとウィリアムは頷いた。

 

 アンジュは人見知りするけど、活発で元気な女の子だ。ただし、少し暴走しがち。その辺はレフィーヤに似たのだろう。

 ウィリアムはおとなしめな性格……というよりアンジュがぐいぐい引っ張って行くので、どちらかというと苦労人気質である。……ゴメン、ウィリアム。お父さん今からお前の将来が心配になってきた。

 

 ちなみに二人とも種族はハーフエルフである。まあ、ヒューマン()エルフ(レフィーヤ)の子供だから当然なんだが。

 

 二人が戻ってきたところで、みんなで朝食を食べ始める。

 

「パパ、きょうはおしごと?」

 

 朝食を食べていると、ウィリアムが俺の格好を見て聞いてきた。

 

「ああ、ちょっと5日後の合同遠征についての打ち合わせにな」

 

「えーっ!」

 

 今日の予定を言うと、アンジュが椅子から立ち上がって大声を上げた。

 

「きょうは南のメインストリートの大劇場(シアター)にいくってやくそくしたじゃん!」

 

「アン、座りなさい」

 

「でもママっ!」

 

「いいから座りなさい」

 

 レフィーヤが優しく言うとアンジュはしぶしぶ椅子に座る。

 

「アン、パパは【ファミリア】の団長だから忙しいの」

 

「……でも~」

 

「大丈夫だ、アンジュ」

 

 泣きそうになるアンジュに優しく声をかける。

 

大劇場(シアター)の公演は午後からだろ? それまでには必ず終わらせて戻ってくるよ」

 

「……ほんと?」

 

「ああ、約束だ。パパが約束を破ったことあったかい?」

 

「……ない」

 

「なら大丈夫だろ? 午後からは一緒に出掛けるから、ママやウィリアムと一緒に出掛ける支度をしておいてくれ。な?」

 

「……わかった」

 

 涙ぐむアンジュの頭を撫でる。

 

 朝食を食べ終え、自室から漆黒のマントを取りだし、纏う。

 

 玄関に向かうと、3人が見送りに来ていた。

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

「ちゃんとかえってきてね?」

 

「アン、大丈夫。パパはやくそくはぜったいにやぶらない、ってヘルメスさまが言ってた」

 

「まあ、その通りなんだが。なんだか不安だな……。いい子で待っていてくれ」

 

 もう一度アンジュとウィリアムの頭を撫で、レフィーヤの頬にキスし、家を出る。扉を閉めたところで……全力ダッシュ。

 

 今日の資料、作ったのは俺の手伝いであるLv.3の子だった気がする。つまりこの資料は俺達、【ヘルメス・ファミリア】が作ったものだ。こんな間違いだらけの資料を、合同遠征をする【ロキ・ファミリア】の人達に見せられない。

 

  会議が始まるまで後3時間。それまでに終わらせなければ。

 

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【ヘルメス・ファミリア】は、6年前にオラリオを代表する強豪派閥になっていた。というのも……脱税がバレたのだ。

 

 多額の罰金と重い罰則(ペナルティ)により、その時は潰れかけた程だ。

 

 その時、既に団長をしていた俺は、団員に頭を下げてなんとか脱退を押し留めてもらい……1ヶ月で【ファミリア】を立て直した。

 

 いや、本当に苦労した。人脈をフル活用して冒険者依頼状(クエスト)を貰ったり、レベルが高い人に無理言ってダンジョンに籠ってもらったり、膨大な書類を3日で終わらせたりと、本当に過労死するかと思った。

 

 そのかいあってか、今や【ガネーシャ・ファミリア】や、かつての【イシュタル・ファミリア】に並ぶくらいの【ファミリア】に成長した。ただ、ヘルメス様のスタンスが取りづらくなった。本神は気にしてなかったが。

 

 そんな訳で、レフィーヤとの結婚もあり、現在は【ロキ・ファミリア】と合同遠征までするような派閥になった。

 

「では物資の方は予定通りに。人員も資料に書いてある通りになります」

 

「わかったっす。当日はよろしく頼むっす」

 

「こちらこそ」

 

【ロキ・ファミリア】のラウルさんと握手する。彼は【ファミリア】の代表としてよく顔を合わせる。……まあ、首脳陣があまりこういうことに向いていないからだと思うが。

 

 ちなみに団長のフィンさんは別件でいろいろと忙しいらしい。

 

「ではこれで。この後予定があるので失礼します」

 

 ラウルさんに別れを告げ、会議場を後にする。時間は11時23分。まだ間に合うな。

 

 後のことを、付いてきた団員に指示して、丸投げし、自宅へ全力ダッシュ。13分で、無事に家に辿り着いた。

 

「ただいまー」

 

「あ、おかえり!」

 

 バタバタと、アンジュが奥から駆け寄ってくる。その格好は、いつもとは違う気合いが入った服だった。

 

「お、可愛い妖精さんだな」

 

「えへへ」

 

 満面の笑みを浮かべるアンジュ。

 

「パパ、おかえり」

 

 アンジュの頭を撫でていると、ウィリアムが寄って来る。その後ろにはレフィーヤも一緒だった。

 

「おかえり。お昼ご飯は?」

 

「まだ食べてないけど……」

 

「じゃあ向かいながら食べよっか」

 

「そうだな。急いで着替えてくるよ」

 

「パパ、早くしてねっ!」

 

 娘に言われ、急いで私服に着替え、玄関に戻る。この間2分。

 

「じゃあ行こうか」

 

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「あーおもしろかった!」

 

 アンジュが歓声を上げる。ウィリアムもとても嬉しそうだ。その笑顔だけでも、今日連れて来た甲斐があるというものだ。

 

 大劇場(シアター)を出て自宅を目指す。右手でアンジュの手を引いて左手でウィリアムの手を引く。

 

「あれ? トキ?」

 

 そこに声をかけられた。その人物は【ヘスティア・ファミリア】の団長、ベルだった。隣にはリリもいる。

 

「よ、デートか?」

 

「まあ、そんなとこ」

 

「ベ、ベル様!?」

 

「冗談だよ、リリ」

 

 ……成長したなー。昔なら顔を真っ赤にしてあたふたしたであろう少年が、今ではすっかり立派な青年である。

 

「アンジュちゃんもウィリアムくんもこんにちは」

 

「こんにちは、ベルさん」

 

 ベルが二人の目線に合わせて挨拶すると、ウィリアムは素直に挨拶し……アンジュは俺の後ろに隠れた。

 

「ほらアンジュ、ベルはパパのお友だちなんだからちゃんと挨拶しなさい」

 

「……こんにちは」

 

 本当に人見知りするな、この子は。

 

 ──この時、トキからはアンジュの顔が見えなかった。そしてベルからは見えていた。少女は幼くも端整な顔を、まるで仇を睨むような表情に歪ませていた。ベルは出会ったばかりの頃のレフィーヤを思い出していた。

 

「あはは、アンジュちゃんはパパのことが大好きなんだね」

 

「……しょうらいの夢はパパのおよめさんになることだから」

 

 その言葉に、隣から黒いオーラが飛んできた。

 

「アン、パパのお嫁さんはママだけよ?」

 

「ヘルメスさまがはーれむはおとこのまろんだって言ってたもん!」

 

「アン、まろんじゃなくてロマン」

 

 ……ヘルメス様、あんたうちの子に何教えてんだよっ!

 

「何だか大変そうだね」

 

「まあな。これはこれで幸せなんだけどな」

 

 邪魔をしても悪いから、ベルに別れを告げて、自宅に戻った。

 

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 夕飯を食べながら、今日の大劇場(シアター)で行われた公演についてアンジュとウィリアムがしゃべる。本当に楽しそうに話す二人を見ると、とても微笑ましい気持ちになる。

 

「あ、そうだ。パパ、こんど魔法大国(アルテナ)にいきたい!」

 

 突然アンジュがそんなことを言い出した。

 

「……アンジュ、どうしてだい?」

 

「ロキにね、まほうのこととか教えてもらって、そのことをヘルメスさまに教えたら、魔法大国(アルテナ)ってところにいけばもっといろいろべんきょうできるって言われたの!」

 

 レフィーヤに目を向けてみる。彼女は首を横に振った。……あんたら、本当にうちの子に何教えてんだよ!

 

 今度顔を合わせた時に1発ずつ殴るという決意をし、アンジュの提案を考えてみる。

 

  魔法大国(アルテナ)。正直あまり行きたくない。俺はヒューマンでありながら、生まれつき魔法、というかスキルが使える。レフィーヤは3つ以上の魔法が使える。そんな人間が魔法大国(アルテナ)なんかにいったら……うん、考えたくない。

 

  しかし、父親として娘の願いは叶えてやりたい。ちらりとレフィーヤに目を向ける。今度は、仕方がないなあ、という風に肩をすくめられた。

 

「わかった。遠征が終わってまとまった休みが取れたら魔法大国(アルテナ)に旅行に行こう」

 

「ほんと!? ありがとう、パパ!」

 

  食卓には楽しそうな声が響いていた。

 

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  すぅ、すぅ、と隣から静かな寝息が聞こえる。二人の子供がぐっすりと眠っていた。

 

「今日はいっぱいはしゃいだからな」

 

「うん、そうだね」

 

  この時間がすごく幸せだ。今まで生きてきた人生は、ずっと怒涛の日々の連続だった。だから、このような穏やかな日はとても心地いい。

 

「レフィーヤ」

 

「うん?」

 

「愛してる」

 

「うん、私も」

 

  ------------------

 

  かつて漆黒と透明だった少年の魂。その透明な部分には、時を経て、新たな色がついていた。

 

  その色は豊かな碧。大木の葉のような、穏やかな森林のような、人々を包む優しい色に染まっていた。




……いい最終回でした。…………冗談です。

クオリティについてはご勘弁を。まあいつもと変わらないと思いますが。

リクエストは寄せられれば可能なかぎりお応えします。

ご意見、ご感想お待ちしております。


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憧憬の果てに

万華鏡様、ナイフ様よりリクエスト、ベルとアイズの結婚生活を見たい、ということで書いていきます。

相変わらずのクオリティですが、どうか1つ見てやって下さい。


 ベルside

 

 東の空から昇ってきた太陽の光が、部屋につけられている窓のカーテン越しに入ってくる。

 

 長年の習慣からか、いつもこんな朝早い時間に目が覚める。今日は仕事もないからゆっくりしていられる。

 

 体を起こし、隣を見る。そこには一人の少女が眠っていた。処女雪のような白い髪、そして整った顔立ちには、種族がヒューマンでありながらまるで妖精のような雰囲気がある。

 

 片手で少女の髪を撫でる。さらさらとした感触が指を通して伝わってくる。くすぐったそうに身じろぎする少女の様子に、思わず笑みがこぼれる。

 

 ふと、少女の向こう側からも身じろぎする音が聞こえた。目をやると、むくりと一人の女性が目を擦りながら起き上がった。

 

 長く真っ直ぐな金髪、長年見ているにも関わらず、今でも見惚れる顔立ちには、かつてのあどけなさはない。

 

 彼女と目が合う。その金色の瞳は、出会ったころから変わらない光を宿していた。

 ふっ、と彼女が微笑む。

 

「おはよう、ベル」

 

 その声音はとてもやさしいもので。その笑顔はとても愛おしいものだった。

 

 顔に笑みを浮かべ、彼女に挨拶を返す。

 

「おはよう…………アイズ」

 

 僕は、ベル・クラネル。憧れの女性と結婚し、一人の娘を授かった幸せな冒険者だ。

 

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 アイズさ……アイズとの結婚は、まさに僕の人生の中でも最大級の冒険とも言っていいだろう。……というか今でもたまにアイズさんと言ってしまう。そう呼ぶと、彼女は頬を膨らませて怒るのだ。

 

 本題に戻ろう。発端は6年前、『第7次オラリオ侵攻』の時からだ。オラリオと、近隣の諸国全てとの大戦争。

 

 毎度毎度攻めてくる王国(ラキア)はともかく、魔法大国(アルテナ)、海国など、大陸中のあらゆる国々がオラリオに攻めてきたのだ。

 当時、中堅規模だった【ヘスティア・ファミリア】団長だった僕も前線に出た。そこで……あの怪物、『隻眼の竜』に出会った。

『黒竜』によって、オラリオにはかつてないほどの犠牲が出た。そして死闘の末、僕達は伝説の怪物を倒した。

 

 その戦いの中で、僕とアイズは惹かれあった。僕の中の憧憬は、いつの間にか恋慕へと変わっていた。戦いが終わって、徐々に互いの距離を縮めていった。結婚も、真剣に考えていた。

 

 だけどそれを許さない人……否、神がいた。

 神様ことヘスティア様と、アイズの主神ロキ様である。彼女達はかたくなに僕達を引きはなそうとした。

 

 だけど、僕達はそれでも離れたくなかった。それほどまでに愛し合っていた。そして……僕達はオラリオを出た。駆け落ちである。

 あてもない流浪の旅。何にも縛られることのない、二人だけの旅。幸せだった。

 

 だけどやっぱり追っ手は来た。【ロキ・ファミリア】や【ヘスティア・ファミリア】を始めとした、オラリオの名高い冒険者達が僕達を追ってきた。中でもベートさんは特に怖かった。

 アイズはあの戦い以来、冒険者をやめていた。あの美しくも過激な剣さばきは既に失われていた。

 

 だけど、僕は彼女を必死に守った。互いに手を取り、追っ手を払いのけ、世界を旅した。今にして思えば、あの親友がいろいろと見えないところで手を回してくれていたのだろう。そうでなければ、僕達は早々に捕まっていたかもしれない。

 

 そんな生活が1年ほど続いた頃、僕達は新しい命を授かった。

 

 親友に協力してもらい、神様達を説得した僕達は、ついに正式に結ばれた。

 

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「それで、今に至るって感じかな?」

 

「そうなんだー!」

 

 膝に乗せた少女に自分達の話を聞かせる。かつてお祖父ちゃんにされていたことを、まさか自分がやる日が来るとは夢にも思わなかった。

 

 僕譲りの白髪と深紅(ルベライト)の瞳。アイズ譲りの顔立ち。元気いっぱいの娘、アリアは今年で5才になる。

 子供は目に入れても痛くないと昔言われたけど、うん、実際に授かってみてその気持ちがわかった。

 

「アリア、ご飯だよ」

 

「はーい」

 

 アイズが台所から料理を運んでくる。この6年間で彼女の料理の腕は著しく上がった。……まあ、最初がとても低かったけど。

 

 アリアがピョン、と僕の膝から下り、とことこ、と机の向かいに移動。座る所が高い子供用の椅子にうんしょ、とよじ登る。

 

 みんなで手を合わせて朝食を食べる。

 

「おとうさん、きょうはおしごとおやすみなんだよねっ」

 

 食事中、アリアが嬉しそうに話をふってくる。

 

「そうだよ」

 

「あのね、アリア、おとうさんとおかあさんと3人でピクニックに行きたい!」

 

「ピクニックか~。アイズはどう?」

 

「……うん、いいよ」

 

「だってさ。じゃあ今日は3人でピクニックに行こうか」

 

「やったー!」

 

 椅子の上でぱたぱたと喜ぶアリア。うん、とても微笑ましい。危ないから暴れないの、とアイズが注意すると素直におとなしくなった。うん、とても良い子だ。

 

「……それじゃあ、これから準備するね」

 

「うん、お願い」

 

 朝食を食べ終え、急遽決まったピクニックの準備に取りかかる。

 

「そうだ、アリア」

 

「なーに?」

 

「ピクニックだけど、どこに行きたい?」

 

「んーとねー」

 

 アリアは首を傾げた後、満面の笑みを浮かべて言った。

 

「18かいそう!」

 

  ------------------

 

「で、18階層までピクニックに来た、と。……馬鹿だろ、お前」

 

「あはははは……うん、自分でもそう思う」

 

 目の前の親友に呆れられながら僕は苦笑する。

 冒険者の格好で家を出発し、二人を守りながらこの18階層までたどり着いた。……途中で階層主(ゴライアス)討伐に鉢合わせた時はさすがに肝が冷えたけど。

 

 アリアは現在、18階層の草原で、遠征によって偶然鉢合わせた【ロキ・ファミリア】、【ヘルメス・ファミリア】の団員達と遊んでいる。キャッキャッ、と笑いながら駆け回る彼女を見ていると心が安らぐ。

 その笑顔は、仲が悪い神様とロキ様を一時的に仲良くさせるほどの力がある。

 

 向こうでは、アイズがティオナさんやリヴェリアさんと話をしていた。彼女は感情が乏しかった昔よりも、だいぶ笑うようになった。

 

「そう言えば、アリアちゃんって今何歳?」

 

「今年で5才だよ」

 

「そうか……早いなー」

 

 親友、トキ・オーティクスがそんなことをこぼす。

 今年で34歳になる彼は、3人の子供の父親でありながら、今や【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】に並ぶ第3の最大派閥とも言われている、【ヘルメス・ファミリア】の団長を務めている。

 

 団長としては立派な彼だが、父親としては悩みが絶えない。この前も一番下の子供が自分の【ファミリア】に入ってくれなかったとか。リヴェリアさんがいる【ロキ・ファミリア】の方がいいらしい。おかげでそれの愚痴に付き合わされた。経験したことがあるけど、【ファミリア】の団長ってけっこう大変なのである。

 

 そう、僕はもう【ヘスティア・ファミリア】の団長ではない。というのも、駆け落ちした際に自動的に交代となったのだ。今はリリが団長を務めている。僕の次に古参であり、かつ、僕よりもしっかりしているから、という理由らしい。

 ちなみに、僕がオラリオに帰った後もリリが団長を続けている。正直に言うと、面倒になってしまったのだ。ほら妻も子供もできたし。

 

 最近のリリはすっかり苦労人になってしまった。というのも、ことあるごとに神様がホームを抜け出し、アリアに会いに来るのだ。それを連れ戻しに頻繁に家に来る。……本当にごめん。

 

「さて、それじゃあそろそろ行くか。おーい、お前ら。そろそろ行くぞー」

 

「えー、団長、もうちょっといいじゃないですかー」

 

「あほ、俺達だけならともかく、今回は【ロキ・ファミリア】との合同遠征なんだぞ。これ以上は先方に迷惑がかかる。そんなにアリアちゃんと遊びたかったら、遠征が終わった後、75階層の攻略の土産話を持って行け」

 

「はーい。じゃあアリアちゃん、またね」

 

「ばいばーい!」

 

 踵を返して団員達とともに去っていくトキ。

 

「あ、そうだ。ベル」

 

「ん? 何?」

 

「子供が小さい頃に母親ばかりに世話を任せていると、大きくなった時に、お父さん嫌い、と言われることが多いらしいぞ?」

 

 そう言って今度こそ去っていく。……うん、良いことを聞いた。今度、リリに休みを増やしてもらえないか交渉しよう。

 

  ------------------

 

 18階層でのピクニックを終え、帰宅すると、神様とロキ様が家の前にいた。

 

「あ、ロキさまとかみさまだー!」

 

「おおっ、アリア君! おかえ──」

 

「アリアたーん! お帰りー!」

 

 あ、ロキ様が神様を押し退けてアリアに飛び付いた。ロキ様に高い高いしてもらって、アリアはご満悦のようだ。アイズもこの光景に馴れたのか、微笑ましそうに見ている。

 

「こらー! ロキ、何をするんだー!」

 

「なんやドチビ、居たんか。小さすぎて気づかんかったわー」

 

「なんだとー!」

 

「むー、ふたりともけんかはめっ!」

 

「「はーい!」」

 

 仲が悪い神様達を鎮める娘は、既に【天使の微笑み(エンジェリック・スマイル)】なんていう二つ名が、オラリオで秘かに広まっている。父親として嬉しい限りだ。

 

  その後、神様とロキ様は、アリアとしばらく遊んだ後、リリに引きずられて帰っていった。

 

  ------------------

 

 すーすー、と静かな寝息が耳を通り抜ける。先程まで騒いでいたのが嘘のように寝静まっている。アリアの手を握りながらその姿に微笑む。

 

「ベル」

 

「ん? 何?」

 

 アリアを挟んだ向かい側、同じく手を握るアイズは、僕と同じように笑みを浮かべていた。

 

「……私、今幸せだよ」

 

 真っ直ぐにこちらを見てくる彼女は、本当に綺麗だった。

 

「ベルと結ばれて、アリアを身籠って、家族3人で暮らして。こんな日がくるなんて思わなかった」

 

「……僕も」

 

 なんだか消えてしまいそうな彼女の頬を撫でながら言葉を紡ぐ。

 

「僕もアイズと結ばれて、アリアを授かって、本当に幸せだよ」

 

 そっと、アイズの手が僕の手を握る。目を細める彼女がとても愛おしい。

 

「……お休み、ベル」

 

「お休み、アイズ」

 

  ------------------

 

 少年は青年となり、その憧憬は恋慕へと変わった。

 

 そして、少年の背中にあったスキルは……永遠の眠りにつくかのごとく、その効果を失っていた。




いかがだったでしょうか? 上手くリクエストに応えられたでしょうか?

さて、今回ちょこっと出てきた『第7次オラリオ侵攻』。これは翔威様からいただいたリクエストなのですが……次回の番外編からこれを長編という形でやっていきます!

という訳で番外編の予告! オラリオVS世界with『隻眼の竜』!お楽しみに!

ご意見、ご感想お待ちしております。またリクエストの方も募集しております。

リクエスト内容は感想欄または個別のメッセージから随時受け付けております。こんなクオリティでもいいという人はぜひください。よろしくお願いします。


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少年の過去

随分前にリクエストしてもらったトキの過去話です。大変長らくお待たせしました。


「トキの過去を知りたい、ですか?」

 

アスフィ・アル・アンドロメダが聞き返すと、彼女と向き合うように座っている2人はコクコクと頷いた。

ベル・クラネルとレフィーヤ・ウィリディス。トキと親しい2人だった。

 

「構いませんが……なぜですか?」

「その、トキって何でもできるじゃないですか。それでたまに聞いてみるんです、『どうしたらそんな風にできるようになったのか』って」

「そしたらいつも『秘密だ』って言われるんです。だから気になっちゃって……」

 

後ろめたいことをしている自覚がある2人は、若干うつむきながらも事のいきさつを語る。それに対しアスフィは──

 

(まあ、仕方ないでしょう)

 

と納得していた。

トキの過去を知る彼女からすれば、トキの反応は当然だと思う。もし自分が同じ軌跡をたどっていれば、断固としてそれを人に話したくはない。

 

「それで、ダメ元でヘルメス様に聞いてみたんです。そしたらアスフィさんの方が詳しいから聞いてきなさい、って」

「…………ヘルメス様」

 

かの主神の考えは予想できる。トキの話を聞いた2人が、今後どのようにトキに接するのか興味があるのだろう。

ヘルメスはトキを可愛がっているが、真に子を思うのなら愛情だけでは駄目だと、多くの子と接してきた神ならではの考えだった。

ため息をつきながら眼鏡をかけ直し、正面の2人をもう一度見てみる。

トキにとってベルとレフィーヤ(ふたり)はなくてはならない存在だ。そんな2人のトキを見る目が変わったとなれば、彼は少なくないショックを受けるだろう。だが、同時にこの2人ならば大丈夫だろう、とアスフィは考えていた。

 

「いいでしょう。全てはお話しできませんが、個人的に印象深かった話をいくつか話しましょう」

 

------------------

 

ある街でのこと。トキにお使いを頼んだ時のことです。

 

「トキ、お使いをしてきてください」

「……わかった。何を取ってくればいい?」

 

トキの言い方に若干の疑問を感じながらも、私は必要な物のリストを渡しました。それを受け取ったトキは、何故かお金を受け取らずに部屋を出ていきました。

 

「すぐに彼を追うんだ」

「どうしてですか?」

 

トキが部屋を出ていってからすぐ、ヘルメス様にそう命じられました。それに対し、私は疑問を投げかけました。トキに頼んだものは、そう難しいものではありませんでしたから。

 

「わかってる。だけど何か嫌な予感がするんだ」

「……わかりました」

 

すぐにトキを追いかけました。そしてその時私が見たのは………………少年が黒い短刀を手に、店の主人に襲いかかっている光景でした。

慌てて止めに入り、トキに事情を聞きます。すると、彼は小首を傾げながら、

 

「こうやって調達するんじゃないの?」

 

と返答しました。なんと、トキはお金のことを知らなかったのです。

 

私は唖然とし、店の主人も言葉を失いました。店の主人は激怒し、それに対して私は謝り倒しました。しかし許されることはなく、私達はそれ以来、その店どころか、その街を出禁にされてしまいました。

 

------------------------

 

「それは……」

「その後確認してみたのですが、当時のトキには常識というものが全くありませんでした」

 

それに、とアスフィは口に出さずに付け加える。

トキに欠落していたのは常識だけではなかった。感情や倫理観、さらには欲求など、人間として当たり前に存在する筈のものがとても薄かったのだ。

 

「それからのトキは、打ってかわって知ることに貪欲になりました。推測ですが、自分が知らなかったことにより私達に迷惑がかかったことを悔やんだのでしょうね」

 

------------------------

 

またある日のこと。その日、私はトキにあれこれと聞かれていました。生活に必要なこと、冒険者になるために必要なこと、全く関係のなさそうなこと等。すると、

 

「……じゃあ、人間の子供って……どうやってできるの?」

 

一瞬言葉に詰まりました。ええ、まさかこの歳で、子供に聞かれたら答えに詰まる質問をされるとは思っていませんでしたから。

すると私の横からヘルメス様が代わりに答えました。

 

「それはね、キャベツ畑から産まれてコウノトリさんが運んでくるんだよ」

 

別の意味で言葉に詰まりました。思わず振り返ると、その時のヘルメス様は()()()()()()()で笑っていました。あの頃のトキは純粋で、本当に信じてしまう可能性がありましたが、致し方ないと話を合わせようとしました。が──

 

「……じゃあ、血の繋がりって何?」

 

再三言葉に詰まりました。

 

「……親子っていうのは、よく血が繋がってる、とか同じ血が流れてる、って言うけど、ヘルメス様の言った通りだと、コウノトリが選んだ、ただの他人だよね?」

 

……ええ、どこからそんな知識を仕入れてきたのかわかりませんでしたが、あの時は本当に困りました。私ももちろん反論出来ませんでしたが、ヘルメス様も尋常じゃない汗をかいていましたからね。

その後、いろいろと誤魔化そうとしましたが、その度に新たな質問で返され、結局嘘だと訂正して、正しい知識を教えました。

 

------------------------

 

「……え、正しい知識って」

「そうです。本来の性知識です。誤魔化し切れませんでしたから」

 

(あの時は、私が真っ赤になって教えているのに対して、あの子は淡々とそれを聞いていて、無性に腹が立ったのを覚えています。……思い出したらムカムカしてきました)

 

「後はそうですね…………ダンスを教える時は、なかなか呑み込みが早かったですね」

「ダンス、ですか?」

「ええ」

 

------------------------

 

トキを拾ってしばらく経った頃。ヘルメス様が、社交界にトキを出席させる、とか無茶ぶりを言って、そのためのマナーを私が教えている時のことでした。

 

「違います。お辞儀の角度は15°、30°、45°を、それぞれ相手や場合によって使い分けるのです」

「……こう?」

「……まあ、いいでしょう。では、次にダンスの練習です。私が先導(リード)しますから合わせてください」

 

トキの手を取り、ステップを踏む。しかし彼は体が強ばっており、上手く踊れなかった。

 

「肩の力を抜いて」

 

一言言うだけで、彼の肩から力が抜けた。けれど今度は腕に力が入ってしまっていた。これでは先導(リード)するときに強引な形になってしまうだろう。

 

「腕だけで先導(リード)しないように」

「……難しい」

 

厳しい顔で右に左に足を動かす姿は、年相応の少年に見えた。そんな様子にクスリと笑う。

 

「ダンスには決まったリズムはありますが、貴族とか相手でなければ相手の目を見て判断しなさい」

 

苦戦するトキに一声かける。

 

「……目?」

「そうです。ダンスは駆け引きと同じです。相手を観察し、次にどう動くのか予測するのです」

 

先程から、彼はずっと足下を見ていました。ですが、それでは上手くならない。ならば、彼ができる方法で上達させるのが最善の方法でしょう。

 

「……それならできる」

「けっこう。では続けますよ」

 

------------------------

 

「その後たったの30分で、その社交界で踊るであろうダンスを全て覚えてしまったのです」

「す、すごいですね」

「ダンスかぁ。今度踊ってもらおうかなぁ」

 

懐かしそうに微笑むアスフィに、ベルの顔がひきつる。彼も『神の宴』の時に踊ったことがあるが、あれの動きを覚えるとなると、いったい何時間かかるかわからない、と冷や汗をかいていた。

対照的にレフィーヤは、妄想の中でトキに先導(リード)されながら踊っていた。クルクルと回る自分達を想像し、幸せそうに顔をふやけさせている。

 

「こんなところですかね。他にもいろいろありますが、全部話すとなると、いつまで経っても話し終わりませんからね」

「そうですか……」

「もう少し聞きたかったです」

 

ションボリする2人に微笑みながら、アスフィは話を締めくくる。

 

「また機会があったらお話しますよ。それでは、これにて失礼します」




ご意見、ご感想お待ちしております。また、リクエストも活動報告にて募集しております。


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出会い

複数の方々からリクエストをいただいたトキとレフィーヤの出会いの話。


 レフィーヤside

 

 それは、私が【ロキ・ファミリア】に入団して数ヵ月経った頃だった。

 入団した時には既にLv.2だった私は、しかしその性格からその能力を発揮出来ずにいた。モンスターを前にすれば取り乱し、まともに詠唱することができない。詠唱ができない魔導士なんてただのお荷物でしかなかった。

 

 そしてその日、私は消沈した面持ちで街を歩いていた。その前日の探索で『怪物の宴(モンスター・パーティー)』に遭遇した私は案の定パニックを起こし、それが原因でパーティが壊滅しかけた。

 幸い死者は出なかった。しかし、私を除いた全ての人が大怪我を負い、バベルの治療院で寝かされていた。

 

 パーティを組んでいた皆さんの寝顔を見ていると、申し訳なくて、情けなくて、気づけばふらふらと外に出ていた。

 

「はぁ」

 

 意識せずため息が溢れる。その度に自分が惨めに見えてくる。脳裏に映るのは昨日の光景。あの時、もしも取り乱さなかったら、もしもあそこを通らなかったら……思い浮かぶのは、そんなもしもの想像ばかり。

 

 わかっていた筈だ。ダンジョンは危険なところで、死と隣合わせだってことは。それでも、今まで周りに頼りってばかりで、それが当たり前になってきて、そのせいか段々自分が強くなったと錯覚していた。

 

「はぁ」

 

 こんな体たらくで【ロキ・ファミリア】の一員だなんて言えるわけがない。……やっぱり私は──

 

 ドンッ!

 

「きゃっ!?」

「わっ!?」

 

 思考を巡らせていた私は、当然周りなんて見ておらず、結果、前から来た人にぶつかってしまった。

 

 ぶつかった拍子に尻餅をつく。最初はなんともなかったが、徐々に鈍い痛みが襲ってくる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 お尻を擦る私に手が差し出される。顔を上げると、同年代と思われる人族(ヒューマン)の男の子がこちらを見ていた。あっ、と男の子が声を漏らす。

 

 彼の視線は私の顔の横、耳の辺りを見ていた。彼の眉が困ったように垂れる。

 

 どうしたのだろう? と思ったがとりあえず差し出された手を取ろうとし……瞬間、その手が真っ黒に染まった。

 

「えっ!?」

 

 驚きのあまり声が裏返った。もう一度彼の顔を見てみる。当の本人は困ったように笑いながら口を開いた。

 

「えっと、直には触れないのでこれで大丈夫ですか?」

 

 その言葉でエルフの風習を思い出した。多くのエルフは己の認めた者にしか肌の接触を許さない。男の子はその事を知っていて、こんな手品みたいなことをしたのだろう。

 

「は、はい」

 

 そういうことではないのだが、私は気にしないので、黒く染まった手を取り、立ち上がる。

 

「すいません、ちょっとよそ見をしていました」

「い、いえ、こっちこそ考え事をしていて……」

 

 互いに頭を下げる。握られた手は未だ離されていなかった。

 

「……何か悩み事、ですか?」

 

 ドキリと心臓が大きく鼓動をした。

 

「ど、どうして──」

「視線が下がっていますし、暗い顔をしてます。それで考え事ってなると、何か悩み事かなって」

 

 会って数分もしていないのに、私の様子に気づく少年の洞察力に思わず舌を巻く。

 

「よろしければ相談に乗りましょうか?」

「えっ?」

「全くの他人だからこそ、相談できることだってあるでしょう?」

 

 冷静に考えてみればあまりにも怪しい申し出。けれどもこの時の私は、この少年なら何かいいアドバイスをしてくれるかもしれない、と思い、少年の申し出に甘えてしまった。

 

 ------------------------

 

 立ち話では何だから、ということで少年に連れられて入ったのは、近くにあった普通の喫茶店だった。彼が知っている店かと思っていたが、後日聞いたところ、初めて入った店だったらしい。

 

「なるほどね」

 

 私の話を聞いた後、彼はそう言ってテーブルのカップに手をつけた。口に運んで一口啜る。その動作は、どこか気品を感じさせた。

 

「とりあえず、反省をしてみたらどうですか?」

 

 そして、唐突にそう切り出した。

 

「反省? 反省ならずっと──」

「いえ、貴方がやっているのは反省ではなく後悔です。あれが駄目だった、これがいけなかった、という風に。そこから何をすればよかったか、どうしたらそうならなかったか、それが反省です」

 

 ……確かに。今まで自分を責めるばかりで、そんな事考えてもみなかった。

 

「失敗しない人間なんていない、重要なのはそこから何を学ぶか。……俺の恩人の言葉です」

 

 何を、学ぶか……。

 

「ありがとうございます。なんだかスッキリしました」

「いえいえ。……あ、反省をするときは複数人で、できれば第三者を入れた方がいいですよ」

「第三者?」

「反省をするとき、主観的ではなく客観的に物事を見つめることが大切です。ですが、自分を客観的に見つめるのにはある程度の馴れが必要です。なので、他の人がいた方が自分のためになると思います」

 

 なるほど……。

 

「後は実践するだけです。頑張ってください」

 

 彼の手が伝票に伸びる。ちらりと見た後それを持って席を立った。……じゃない!

 

「ま、待ってください! 会計なら私がっ!」

「女性に払わせるほど、俺は甲斐性なしではないので」

 

 そ、それじゃあ私の立場がなくなる。相談に乗ってもらった上に支払いまでなんて。

 

「せ、せめて何かお礼をさせてください!」

「見返りを求めた訳じゃないんですが……」

「それだと私の気が治まりません!」

 

 捲し立てる私に彼は困り顔で笑う。しばらく悩んだ後、あっ、と声を漏らした。

 

「じゃあ、今度貴女の冒険の話を聞かせてください」

「私の、話?」

「最近、何でも屋を始めまして。そこでは依頼を受ける対価として、その人の話をしてもらっているんです」

 

 ですから、と今度は屈託のない笑顔を浮かべ、彼は言う。

 

「いつの日か貴女の冒険を、貴女だけの冒険を、俺に話してください。それが、俺が提示する貴女への対価です」

 

 ポカンと呆ける私に彼は背を向け……再びあっ、と言って振り返った。

 

「そう言えば自己紹介がまだでしたね」

 

 どこか優雅さを感じさせる礼をした彼は、己の名を口にした。

 

「【ヘルメス・ファミリア】見習いのトキ・オーティクスです。以後お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 

 これが私とトキの出会い。その後、私は彼のところに通い続け、様々な面で成長していく。大変なことにも巻き込まれたりするけど……それはまた別の話です。




ご意見、ご感想お待ちしております。また活動報告にてリクエストも募集しております。


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ハーレム

大変長らくお待たせしました。トキのハーレム話……なのですが、先に謝らせていただきます。申し訳ございません。理由は後程。

なお、今回はメタ回とキャラ崩壊があります。苦手な方はブラウザバックしてもらって構いません。


 レフィーヤside

 

 こんにちは。レフィーヤ・ウィリディスです。今回この話の主観をさせていただきます。

 

 さて、今回のリクエストはトキのハーレム。まあ、気持ちはわかりますよ。本編だと相手が私しかいないから、安定しているけどハラハラ感がない、ということでしょう。

 きっとリクエストしてくれた方もあのアイズさんやティオナさん、リヴェリア様、さらにはアスフィさんがトキを巡って修羅場を繰り広げる事を期待されたのでしょう。

 

 ですが一言だけ言わせてください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そ ん な 事 を し な く て も ト キ は モ テ ま す!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 主観的で悪いですが、話させてもらいますよ!?

 まず容姿ですが、これは悪くありません。そりゃ団長やベートさんと比べれば優れているとは言えません。ですが平均よりかは上、言うなればトキの容姿は中の上!それによって、少し美形だけど気後れするほどじゃないかな? という風な印象を持てます!

 次に性格。本人はヘルメス様の影響で付かず離れずみたいな性格だと言っていますが、私からしたらトキもベルに負けないくらいお人好しです!大体【深淵の迷い子】を見れば分かると思いますが、困っていることを解決して、対価はその人の話、って慈善事業以外の何物でもないでしょう!困っている人がいれば取り敢えず声をかけて、それから解決できるか判断する、って結局自分で解決するか、解決できる人に頼みに行くかで最終的に解決しようとしてるじゃん!

 さらに能力。スキルの方じゃありません。言うなれば技能です。調薬、研磨、目利きなど冒険者に必要なものを始め、経理、事務などの組織運営、料理、大工、接客などの仕事に活かせそうなものまで、とにかくトキはいろいろなことができます。ヘルメス様のお陰とか本人は言っていましたが、それをマスターする本人も凄いと思いませんか!?

 

 まだまだ話し足りないですが、これ以上話すといつまで経っても本文に行かないので先に進みます。

 

 ------------------------

 

 さて、『深淵の迷い子』に場所を移しました。ここからは、トキに少なからず想いを寄せている方々を紹介していきましょう。

 

 コンコン。

 

「はーい」

 

 トキが玄関に向かい、その人物を招き入れました。私はいつも通り3人分のお茶を用意し、トキとその人物の前に置きます。

 

「こんにちは、ルノアさん」

「うん、こんにちは」

 

 ルノア・ファウストさん。西のメインストリートに店を構える酒場、『豊穣の女主人』の従業員です。

 彼女とトキの出会いは、私が彼にお店を紹介した時のことです。最初は普通に店員と客だったのですが、ルノアさんが『深淵の迷い子』に来てお店の愚痴を言いに来たのが切っ掛けでした。

『豊穣の女主人』の従業員は一人を除いて全員お店に泊まり込んでいるそうです。しかし近しいからこそ、言えずに溜め込んでしまうものがあります。そこに現れたのが、ちょうどいい吐き出し場所(『深淵の迷い子』)。最初はちょっとした気分転換のつもり……だったのでしょうが、少年が本当に親身になって聞いてくれて、さらにストレスの解消法や彼自身の体験も話してくれるのです。

 しかもそれは仕事だから仕方なくやっているのではありません。彼自身がやりたいからやってくれているのです。

 そんな彼に興味が湧き、それが徐々に変化して恋慕になった、という過程です。

 

 ……え?何でそんなに詳しいのか、ですって?ずっとトキの隣で見てきたからです。同性ですから何となくはわかりますよ。

 

 酒場の方ではなに食わぬ顔をしていますが、こっちに来ると顔つきが違いますね。きっと腹の内では、どうやって私を追い出し、トキに迫るかを考えていることでしょう。あそこのお店の人達はみんな(したた)かですからね。

 

 ですが、ここは譲りません!

 

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 続いて……欲しくはありませんが二人目です。ノックからお茶を出すまでの過程は省略します。毎回やる必要はありませんからね。

 

「それでディアンケヒト様が……」

「あー、わかります。うちもヘルメス様が……」

 

 この己の主神の愚痴を言う女性。白銀の細い長髪、大きめな目と長い睫毛は、精緻な人形という印象を見た者に持たせます。

【ディアンケヒト・ファミリア】所属の治療師(ヒーラー)、アミッド・テアサナーレさんです。

 

 彼女も切っ掛けはルノアさんと同じ経緯です。それが主神の愚痴である、という違いはありますが。

 しかし違うのはここから。あれは彼女の来店が10回を越えた頃のことでした。いつものように二人が話している(基本私は口を挟まないようにしている)と、不意にトキが呟きました。

 

「アミッドさんは、本当に聖女みたいですね」

 

 口説き文句、という感じではなかった。むしろ自嘲という印象だ。

 

「そんな事はありません。私は普通の人間ですよ」

「その普通が、普通でいることが俺には羨ましい……」

「……貴方は違うのですか?」

「……過去に……罪を犯してますから」

 

 その時の彼はいつも自分の話を真剣に聞いてくれる青年ではなく、寂しく震える小さな子供に見えました……。

 

 ……様はあれです。『ぎゃっぷ』というものです!そう、アミッドさんは『ぎゃっぷもえ』だったんです!

 いつもはしっかりしてるけど、不意に見せる弱気な所にキュン、ってなったんです!そりゃなりますよ!私だってなりましたから!だけどその時の私は女性としての包容力がありませんでした……。

 

 以来、アミッドさんは休みを取ると『深淵の迷い子』を訪れます。アミッドさんの休みと『深淵の迷い子』が営業している日が被らないと来れないだろうって?被らせるんですよ。営業日は一定ですからね。

 

 トキと話す彼女の顔は、誰から見ても人形らしさはなく、恋する乙女の顔をしてます。

 

 ------------------------

 

 どんどん……行って欲しくないけど行きます!3人目です!

 

「うぅ~、またダフネちゃんが私の話を信じてくれなかったの~」

「大丈夫ですよ。俺はカサンドラさんの事信じてますから」

 

 元【アポロン・ファミリア】、現【ミアハ・ファミリア】所属、カサンドラ・イリオンさんです。

 

 彼女の場合はちょっと特殊です。何でも彼女には予知能力があるみたいなんです。信じがたいですが。

 それで彼女は自分が予知したものを他人に言っても、信じてもらえず、【ファミリア】内でも孤立した位置にいたそうです。

 そんな時に偶然『深淵の迷い子』の事を聞き、誰かに信じて欲しい、という藁にもすがる思いで来店してきました。

 最初私も、トキでさえも彼女の話を信じていませんでした。だけど頭から否定するのは間違っている、と考えたトキはある提案をしました。

 

「今度予知した内容と実際に起こった出来事を話してみてください」

 

 彼の狙いは予知の内容と起こった事を話してもらい、裏で確認を取るというものでした。取り敢えず3回おこなってもらい、3回とも的中したのです。これには驚きました。

 以来、トキはカサンドラさんの話を信じ、カサンドラさんもその事を頼りに店を訪れ、トキの人柄に触れ、恋に落ちたということです。

 

 実際の所、トキは今でもカサンドラさんの話を100%信じることができないと言います。曰く、彼女の予知は信じられない『呪い』みたいな何かがある、とか。

 それでも彼はカサンドラさんの話を信じようとしています。彼女に笑顔で話をして欲しいから、と。

 

 ------------------------

 

 ……はい、4人目です。……正直な所、この人が一番紹介したくない人です。

 

 その人はいつも閉店間際に来店します。それだけでも迷惑です。1、2回ならともかく毎回です。絶対狙って来てますね。

 

「邪魔するよー」

 

 しかもノックなし、家主の断りなしに。まるで自宅であるかのように。礼儀がなっていません。

 

「こんばんは、サミラさん」

「こんばんは、トキ」

 

 元【イシュタル・ファミリア】の娼婦、サミラさん。

 

 彼女の切っ掛けは私の知らないところでしたが、トキによると、ヘルメス様の使いで歓楽街に行った時の事。用事を済ませ、家に帰ろうとした時に何の因果か目を付けられたそうです。

 

 最初は適当にあしらっていましたが、サミラさん自身の見栄か、娼婦のプライドか、しつこく迫って来たそうです。断り切れないと判断したトキは逃走。当然の様にサミラさんは追ってきました。

 その時、トキは『恩恵』を受けてませんでしたが、何故か逃げ慣れていて、上級冒険者のサミラさんでも捕まえられず、結局他の娼婦の人にサボり扱いされて連れ戻され、その場は収まったそうです。

 しかしこれで彼女自身のプライド、娼婦のプライド、冒険者のプライドと3つのプライドに火をつけてしまい、事あるごとに鬼ごっこを敢行させられたとか。

 後は予想できます。鬼ごっこをしている内に、彼は自分よりも弱いけど、強い人間だ、という認識をした。そして実際よりも強い人間に惹かれるというアマゾネス特有の本能でトキに惹かれた、という所でしょう。さらにトキが冒険者になってそれが顕著になりました。

 

 確かに気持ちはわからなくもなくもなくもないです。しかし見知らぬ相手と、その……同衾(どうきん)するなんて、ふ、ふしだらです!ですからトキは連れて行かせません!私の目が青い内はそんな事させません!

 

 ------------------------

 

 以上でトキに想いを寄せている方々の紹介を終わります。本当は他にもいらっしゃるんですけどね。カジノの女ディーラーさんとか魚屋さんのお姉さんとか知り合いのサポーターさんとか孤児院のシスターさんとか……ええ、それはもう、両手の指では数えきれないくらいには。……最近はロキも怪しかったな……。

 

 そういう訳で、私の女としての戦いはまだまだ続きます。例えトキの彼女になろうとも、略奪愛って燃えるよね、みたいな人達ばかりですから。

 

 以上、レフィーヤ・ウィリディスがお送りしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 作者さん、この仕事2度とやりたくないです。

 Sideout




今回の話の本当の理由なのですが、最初はレフィーヤが言っていた通り、色んな人がトキを巡って修羅場を展開する話を考えていました。しかしどう考えてもそのキャラクターの魅力を生かし切れないと言いましょうか、一人一人を個別に輝かせることができなかったのです。改めてハーレムアニメや小説の作者様が凄いと感じました。
ですから今回このような話にさせていただきました。期待してくださった方(いてくれたら)、本当に申し訳ございませんでした。

ご意見、ご感想、ご批判お待ちしております。またリクエストも活動報告で募集しておりますのでそちらの方もよろしくお願いします。


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『第7次オラリオ侵攻』
災厄の前兆


翔威様よりリクエスト、オラリオと全ての国の戦争が見てみたい、という事でやっていきたいと思います。

今回は短編ではなく何回かに分けようと思います。


「はぁ、暇だ~」

「団長ー、何で俺等はこんなところを任されたんですかー?」

 

「そういう指示だ」

 

 だらけている団員の質問に、漆黒の戦闘衣(バトル・クロス)を身に纏った青年、【ヘルメス・ファミリア】団長、トキ・オーティクスが答える。その隣では【ヘスティア・ファミリア】団長、ベル・クラネルが苦笑していた。

 

 彼らは現在、オラリオ北部にある『ベオル山地』の入り口に陣を敷いていた。その数、約70。その中で、ベルを除いた全ての者が【ヘルメス・ファミリア】である。

 

 なぜこんなところに陣を敷いているのか。それは2日前に遡る。オラリオ西部にある国、ラキア王国から兵が出兵された。その情報を掴んだオラリオは、またか~、とげんなりしながらも、それを迎え撃った。

 

 ──神々がこの地に降りてきてから、人の戦争はその姿を変えた。即ち、どれだけ『恩恵』を昇華させた人間を使うか、である。

 

 例えば、王国(ラキア)のLv.1の兵三万がLv.6の第一級冒険者一人とぶつかったとしよう。果たしてどちらが勝つか?

 

 答えはLv.6の第一級冒険者である。いくら数を集めたところでそれはLv.1。先の例えはモンスターに直すと、ゴブリン三万対ドラゴンの戦いのようなものである。

 

 王国(ラキア)には1柱の神が君臨している。その名は軍神アレス。彼は何故かオラリオを憎んでおり、ことあるごとに兵を送りつけてくる。過去に6回ほど侵略戦を行い、その全てが、王国(ラキア)側の大敗で終わっている。

 

「要するに、アレス様は戦いの神ではあるが勝利の神ではない、ってことなんだ」

 

「……なんか変な神様だね。ていうか普通懲りるでしょ?」

 

「忘れたのか? 神は成長しないんだぞ?」

 

「……ああ、うん。そうだね」

 

 王国(ラキア)についての解説をし、それに微妙な表情をする親友(ベル)。こいつとの付き合いも、何だかんだでもう14年になる。あの頃は目標に向けてただ走っているだけだったが、今では一組織の長になっている。本当に、人生とはわからないものだ。

 

「そういえばお前、アイズさんと進展あったのか?」

 

「……」

 

 無言で目を逸らされた。

 

「……まあ、うん、ドンマイ」

 

 ベルは未だにアイズさんへの想いを告げていない。第一級冒険者になったこいつだが、ヘタレのところはそのままに成長してしまったのだ。純粋なまま大人になるのは普通は難しいのだが、そこはこいつの才能? だろう。

 

「そ、それよりも。トキは今回の戦争、どう思ってるの?」

 

「露骨な話題逸らしだな。……正直嫌な予感がする」

 

 今回の王国(ラキア)による『第七次オラリオ侵攻』には、奇妙な点がいくつかある。

 

「1つ目に、王国(ラキア)が攻めてくるのが早すぎる」

 

王国(ラキア)が最後に攻めてきたのは、14年前だよね?」

 

「ああ、神々が降りてきてから約1000年。その間いろいろあったとは思うが、その1000年の間に王国(ラキア)は6回しか攻めてきていない。つまり、ある程度の期間をあけて攻めてきている。さすがに14年は短すぎる」

 

「他には?」

 

「……大陸の全ての国が攻めてきていることだ」

 

 今回の侵攻、攻めてきているのは王国(ラキア)だけではない。魔法大国(アルテナ)や海国、さらには極東の神々までもがオラリオに攻めてきているのだ。

 

「海国はまだわかる。実は、アスフィさんがそこの関係者なんだ」

 

「えっ、そうなの!?」

 

「詳しいことはわからないがな。だが魔法大国(アルテナ)や極東については理解不能だ。魔法大国(アルテナ)は魔法が盛んなだけあって、頭が良いやつが多い。極東の神々も良識的だと聞いている。それらが攻めてくる理由がわからない」

 

「……命さん達がショックを受けてた。故郷の人達と戦うことになっちゃったから……」

 

「さらに気になるのは、王国(ラキア)がどうやって他の国々にオラリオを攻めさせたか、だ。14年という期間は、国を動かすにはあまりにも短すぎる。しかも一国や二国だけでなく、大陸全ての国だ。これは明らかに異常だ」

 

「でも団長、いくら大陸中の国が団結したところで、オラリオには勝てないですよね?」

 

 トキとベルのやり取りを聞いていた【ヘルメス・ファミリア】の団員が質問する。

 

「ああ。なんせこっちが最大Lv.7に対し、あっちは精々Lv.2。さらにちょっと様子を見て来たが、連携もなっちゃいない烏合の衆だ。正直、負ける気はしていない」

 

「ならば、何故団長は嫌な予感がするのですか?」

 

「……大陸中の国を動かす何か。それが気になるんだ」

 

 トキが表情を険しくする。それと同時に、山から無数の影がこちらに迫っていた。

 

「あれは……モンスター!?」

 

「なんだよ、あの数!? 普通じゃないぞ!?」

 

『ベオル山地』は、オラリオに近いこともあり、太古の昔にダンジョンから逃げ出した無数のモンスター達が生息している。種の繁栄のために魔石を削り、その潜在能力(ポテンシャル)は通常のものと比べ著しく低いが、険しい地形故、ほとんど人の手が入っていない。

 

「総員、戦闘準備! 1体たりともオラリオに近づけさせるな!」

 

『了解!』

 

 トキの号令と共に、冒険者達が各々の武器を構える。そして。

 

「戦闘開始!」

 

【ヘルメス・ファミリア】、及び【ヘスティア・ファミリア】(1名)による戦争が幕を上げた。

 

 

 

 

 冒険者が武器を振る。それだけで複数のモンスターが吹き飛ばされる。上空に飛行型モンスターもいるが、同じく飛行する純白のマントの冒険者に打ち落とされる。

 

 戦闘は20分ほどで終了した。

 

「いったい何だったんだ、あのモンスター達?」

 

王国(ラキア)の兵隊、な訳ないよな?」

 

 武器を収めた冒険者達が口々に先程のモンスターについて推測する。

 

「ねえ、トキ。今のモンスター達って……」

 

「やっぱりお前もそう感じたか?」

 

 そんな中、二人の団長はモンスター達のある異変に気づいていた。

 

「団長、今のモンスター達、どこかおかしかったですか?」

 

「ああ」

 

 トキの視線は未だ山の方を向いている。その顔は険しいものだった。

 

「さっきのモンスター達、まるで()()()()()()()()かのようだった」

 

 突然、先程まで晴れていた空に雲がかかり始めた。雲はみるみる発達し、やがて太陽を隠す。そして。

 

『──A──AA─』

 

 何かの、声が聞こえた。

 

「……おい、今のって……」

 

「モンスターの鳴き声?」

 

「でもけっこう遠そうだったぞ?」

 

 次第に風が出てくる。そんな中、風の音に混じって、何かが羽ばたく音が聞こえてきた。

 

「……ねえ、トキ」

 

「……何だ?」

 

「僕、鳥肌が立ってきた」

 

「奇遇だな。俺もだよ」

 

 冒険者達が山々の山頂を睨むように見つめる。……そして、()()は現れた。

 

 漆黒に輝く鱗。その全長は、今まで見てきたどんなモンスターよりも大きいことが遠目でもわかる。巨大な翼をはためかせ、()()()()()()目でこちらを見ている。

 

「まさか……あれは……」

 

「隻眼の……竜……」

 

 1度も見たことはない。だがそれでもわかった。わかってしまった。

 

 冒険者に求められる『三大冒険者依頼(クエスト)』、その最後のモンスター。かつてオラリオでもっとも栄えた派閥、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】を壊滅させた、正真正銘の怪物。

『隻眼の竜』。それが今、冒険者達の前に姿を現した。

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAッ‼‼』

 

 ──伝説の、第一幕が上がった。




こんな感じですかね? 長編ですから焦らずやっていきたいと思います。

また、他のリクエストも余裕があれば書いていきたいと思っているのでどんどん下さい。お願いします。

ご意見、ご感想お待ちしております。


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隻眼の竜

続きやっていきます。


『隻眼の竜』。『古代』の時代よりダンジョンを飛び出し、世界に現れた『災厄』。29年前、当時のオラリオ最大派閥である、【ゼウス・ファミリア】及び【ヘラ・ファミリア】が挑み、返り討ちにあった、正真正銘の、怪物。

 

 その存在が今、目の前にいる。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼」

 

 距離が離れているにもかかわらず、その咆哮(ハウル)だけで、多くの団員が恐怖に竦み上がる。

 

 その名前にもなった隻眼がこちらを捉え、その口から炎がちらつく。

 

「っ!? ブレスが来る!? 総員退避ッ‼」

 

 俺の号令に、後方に逃げる団員達。さらに俺は『ケリュケイオン』を詠唱し、思い付く限りの補助魔法、防御魔法を団員に付与し、目の前に展開する。

 

 これならば少しは防ぐことができるだろう──

 

 俺のそんな驕りは、放たれた一撃によって木っ端微塵に打ち砕かれた。

 

「────────────ッ‼」

 

 放たれた火炎は、俺が展開した防御魔法を容易く焼き尽くし、その勢いを以て全ての人間を包んだ。

 

 声にならない絶叫が響く。体が焼ける音が聞こえる。

 

 永遠にも等しいその感覚から解放されると、目の前に絶望が広がっていた。

 かろうじて立っているのは、俺とベル、少数の第一級冒険者のみ。他の団員、第二級以下の冒険者達は、全員が地に伏していた。

 

 全身が焼けているが、幸いと言っていいのか、息はまだあるようだ。しかし悠長なことは言っていられない。Lv.3の団員はほとんど死体も同然で、Lv.4の人達も虫の息だ。

 

 たった一撃。たった一回のブレスで壊滅させられた。

 

『サラマンダー・ウール』も焼け石に水にしかならない。そう思えるような攻撃だった。

 

 そして、『災厄』が降り立った。

 

 改めて見るとデカい。体長は目測100M以上。目の前にいるだけで、そこに存在しているだけで、体が恐怖で震える。

 

 これは無理だ。どう足掻こうとも、俺の、俺達の手には負えない。戦いを挑んだところで犬死にするだけだ。

 

「アスフィさん、他の団員を連れてオラリオまで後退してください!」

 

 しかし、それでも俺は短刀を、己の武器を構える。

 

「あ、貴方は、どうする、つもり、ですか……?」

 

「……こいつをここで足止めします」

 

 後ろで息を飲むのがわかった。

 

「だ、駄目ですッ‼ あんなもの、私達の手には負えないッ‼」

 

「そんなことわかってます‼ でも、こいつをオラリオに近づけさせる訳にはいかない‼ だったら、誰かがここで足止めをする必要がある‼」

 

 恐怖で震える体を必死に鼓舞し、目の前の『災厄』を睨む。

 

「早く行ってください‼ ここで言い争っている1秒が、他のやつらを死に至らしめるかもしれないんです‼ 早く‼」

 

 半ばヤケクソ気味に叫ぶ。体の震えは止まらない。

 

「……必ず、援軍を連れてきますッ。それまで持ちこたえなさい‼ ……動けるものは動けないものを背負ってオラリオまで後退しなさい‼」

 

 アスフィさんの掛け声とともに、後ろの団員達が動き出す。逃がすまいと、再び口から炎をちらつかせる『黒竜』に対し、

 

「【燃え尽きろ、外法の業──ウィル・オ・ウィスプ】!」

 

 ヴェルフの対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)を行使。2撃目を阻止する。

『ケリュケイオン』の行使回数を使い切る。再び詠唱。さらに影から万能薬(エリクサー)を取りだし、一気に煽る。もう1本取りだし、今度は頭から被った。

 

 ブレスを中断させられたからか、『黒竜』の目が俺を睨む。ただ視線を合わせただけなのに、決死の覚悟が折られそうになる。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 俺の横から炎の雷が走る。詠唱がないにも関わらず、そこそこの威力があるそれは、『黒竜』の目に当たり、その視界を一時的に塞ぐ。

 

 バッと振り返ると、体中を火傷しながらベルが立っていた。

 

「お前、何で……」

 

「君一人で、足止めできるわけないでしょ。できれば僕にも万能薬(エリクサー)頂戴」

 

「あ、ああ」

 

 影から万能薬(エリクサー)を取りだし、ベルに渡す。ふと後ろを見ると、既にアスフィさん達の姿はなく、数人の団員が倒れているだけだった。

 

「……あいつらは?」

 

「……もう、駄目な人達だって」

 

「……そうか」

 

 二人並んで『黒竜』を見上げる。

 

「こうして、二人だけで冒険するのって、いったい何年ぶりだろうな」

 

「そうだね……。あれ? リリと会ってから何だかんだで他の人とダンジョンに行ってたから、本当に駆け出しのころ以来じゃない?」

 

「マジか……。あの頃はいつもトラブル続きだったからな……。そういえば、俺もお前も、すぐに団長になっちまったな……」

 

「あはは。懐かしいね」

 

「まったくだ。お前なんざ、ダンジョンに出会いを求めてる、なんて。内心、はあ? とか思ったぞ」

 

「……改めて言われると恥ずかしいな。トキはあの頃からしっかりしてたよね」

 

「いや、まだまだ未熟だったさ」

 

 何だか懐かしい思い出ばかり甦ってくる。口元に笑みを浮かべながら、短刀と『ケリュケイオン』を構える。

 

 こいつが一緒なら、どんな敵でも負けはしない。何の根拠も無しに、そう思えた。

 

「行くぜ、親友」

 

「行こう、親友」

 

 どちらともなく拳をぶつける。次の瞬間、二人そろって、『黒竜』に向けて駆け出した。

 

  ------------------------

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインは走っていた。その息は、第一級冒険者にとっては大した距離を走っていないにも関わらず、乱れていた。

 

 突如として勃発した、『第7次オラリオ侵攻』。前回の戦いに参加していたアイズは、今回も大したことにはならない、と思っていた。

 

 しかし予想に反し、今回の侵攻は何もかもが違った。

 

 外から迫る、様々な国の兵士達。そして、開戦と同時に暴れ始めた密偵。今回の侵攻は外側からだけでなく、内側からも攻められていた。

 

 幸い力は大したことなく、オラリオ内部にいた冒険者によって撃退された。しかし、内側に敵がいたことにより、オラリオの冒険者達は少なからず動揺した。

 

 そして、さらなる凶報が、アイズの耳に飛び込んできた。

 

 北の『ベオル山地』の麓にて、『隻眼の竜』が出現。その場にいた【ヘルメス・ファミリア】は壊滅。現在、【ヘルメス・ファミリア】団長、トキ・オーティクスと、【ヘスティア・ファミリア】団長、ベル・クラネルが迎撃している、とのこと。

 

 それを聞いたアイズは、団長のフィンやリヴェリアの静止の声も聞かず、テントを飛び出した。

 

『隻眼の竜』。それはアイズにとって、冒険者となったきっかけであり、仇であった。

 父はあの『竜』と戦って死んだ。母はあの『竜』に連れ去られた。幼い頃の思い出が思い出せなくなってくる歳になったが、その記憶だけははっきりと覚えていた。

 

 そして、ベル・クラネル。アイズが少なからず関わってきた青年。自分を上回る速度で成長し、時にその手を取りあった青年。

 アイズの脳裏に、兎のような彼の笑顔が浮かぶ。

 

 (──たまるか)

 

 前方を睨みながら、アイズは必死に走る。

 

 (もう二度と、奪われてたまるかっ‼)

 

 報告を受けたのは、オラリオ南部に広がる平原に設置されたテントの中。そこからオラリオを横断し、一気に『ベオル山地』を目指す。

 

 第一級冒険者のアイズからしてみれば、5分ほどしかかからない距離。それでも、報告が届いた時には、既に『隻眼の竜』が現れてから15分が経過していた。

 最悪の光景を必死に振り払い、足を前へ前へ。

 

 そして、そこにたどり着き、それらを見た。

 

 倒れ伏す二人の人影。二人とも体のあちこちを火傷しているが、何とか原型を保っている。

 急いで駆け寄る。二人は……わずかながら呼吸をしていた。

 

 辺りに『隻眼の竜』の姿はない。しかしアイズにとって、そんなことは今はどうでもよかった。

 

 二人をすぐさま抱える。ダラリと脱力した成人男性の体重がかかってくるが、第一級冒険者であるアイズにとっては気にするほどでもない。

 

 そのままアイズはオラリオに引き返していく。その目には涙がたまっていた。




……やはりオリジナルになると途端にクオリティが下がる。原作ありの部分よりもさらに酷くなる。リクエストをくれた方々に申し訳ないのですが、これが作者の精一杯です。

ご意見、ご感想お待ちしております。


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冥界の淵より

 ──ここは……どこだろう……?

 

 気が付くとそこにいた。人の気配はなく、所謂ゴーストタウンと言われるような街。街の周囲を高い壁が囲み、街の中央には、壁を超えるほど高い塔が築き上げられている。

 パッと見はオラリオに似ているのだが、周りの建物は俺の記憶にあるオラリオのものとは違う。それに、人の気配がないのでまず違うだろう。

 

 空を見上げると、そこに月はなく星々がきらめいている。

 

 なんとなく、【インフィニット・アビス】の詠唱に出てくる『漆黒の都』が思い浮かんだ。

 

『ここに人がくるとは珍しいね』

 

 突然、後ろから声をかけられた。

 

 バッと振り返るとそこには奇妙な『もの』がいた。

 人の形をしているが、全身が黒い(もや)で覆われており、顔にあたるであろう部分にも、目や耳などは見当たらない。

 

 だが、そんな些細なことはどうでもいい。重要なのは、こいつに俺が背後をとられた、ということだ。

 自惚れるわけではないが、俺は気配探知に関してはオラリオの中でもトップクラスだ。幼少のころの暗殺者としての経験と、冒険者としての経験、そしてLv.6にまで昇華させた【ステイタス】。気が抜けていたとはいえ、俺の背後をとるのはかなり難しいと自負している。それがこうも簡単にとられるとは……!

 

 咄嗟に手から短刀を生成しようとし……失敗する。驚いて手を見つめた。そしてようやく気づいた。魔力が、感じられない!?

 

『当然だよ。ここは冥界の淵なんだから』

 

 靄のかかった『もの』が、俺の心を見透かしたように声をかける。その声は、男とも女とも聞き取れるものだった。

 

「冥界の……淵?」

 

『そう、冥界の淵。まあ冥界の1歩手前、ってところだね』

 

「……死んだ人間は、その魂を天界の神々に回収され、まっさらな状態で再び転生する、と聞いたんだが?」

 

『うん、大半はそうだね。だけど、特別な魂や別の世界の魂は違う。君の場合、まっさらにするのが難しい魂だからね。だから、神々に回収されずにここに流れてきたんだろうね』

 

「……それは、どういう意味だ?」

 

『君の宿す力、神殺しの力は、神にとって天敵のようなものさ。魂に刻み込まれたそれに、神々は極力触れたくないんだよ。そうして回収するのを躊躇されまくった結果、この街に流れ着いた、って訳だ』

 

 ……いろいろと言いたいことはある。だが、こいつの言っていることが本当ならば。

 

「俺は……死んだのか……」

 

 言葉にすると、体が震え始めた。涙がこぼれる。

 

 冒険者なんだから早死にするとはわかっていた。いろいろなことがあったし、後悔しないように生きてきたつもりだ。……だけど、やっぱり心残りはある。

 

 まだ子供達が大人になるのを見ていない。まだ【ファミリア】団長の後継者を育てきれていない。……まだ、オッタルさんとの約束を果たせていない。

 

『ま、嘘なんだけどねー』

 

「……は?」

 

『さっきの話は本当。君は死んだら、神々に魂を回収されるよりも、冥界(ここ)に流れてくる可能性の方が高い。だけど今回、君がここにいるのは死んだからじゃない』

 

 ……やべえ、知らない『もの』の前でガチ泣きしてしまった。死にたい。

 

『君がここにいるのは、僕がここに呼んだからなんだよねー』

 

「……って、お前の所為かよ!?」

 

 今すぐ短刀が欲しい。そして今すぐこいつを殺したい……!

 

『アハハ、ここは冥界の淵だから、そもそも半分死んでるようなものだよ? そんな存在をどうやって殺すのさ!』

 

 ……何だろう、この感じ。すごく神に似ている!

 

「お前は、いったい何『もの』だ?」

 

『……君、薄々気づいているんだろう?』

 

「……なるほど、つまりお前はそういう存在ってことでいいんだな?」

 

『フフフ』

 

 確証は得られなかったが、こいつがどんな存在かはなんとなくわかった。

 

「なら、何故俺をここに呼んだ?」

 

『君と話がしたかったから!』

 

「……は?」

 

 頬がひきつる。今、こいつはなんと言った?

 

「それも、俺をからかうための冗談か?」

 

『違うよ、これは本当。何でそんな下らない用件で呼んだのかって? 僕と君とが話すには、君が本当の意味で死にかけないといけなかったからさ! そんな機会、滅多にないでしょ?』

 

「当たり前だ! そんな何回も死にかけてたまるかァ‼」

 

『うんうん、やっぱり君は面白いね』

 

 顔は見えないが間違いない。こいつ、今笑ってやがる!

 

「……で、何か聞きたいことは?」

 

『うーん、いろいろあったんだけどね。なんかもういいや!』

 

「ここまで引っ張っといて何だそれはァ!?」

 

『アハハハハ!』

 

 靄でわからないが、やつの体が心なしか揺れている。絶対ケタケタと笑っているのだろう。

 

 目の前の存在に怒りを感じていると、ふと意識が遠退くのを感じた。

 

『……そろそろ現実に戻るみたいだね』

 

「……そうか」

 

 今度の声は、なんだか寂しそうだった。

 

「ま、当分来るつもりはないから」

 

『ひどいなぁ、頻繁に来てくれてもいいんだよ?』

 

「お断りだ」

 

 体の感覚がどんどん消えていく。……ま、一言くらい声をかけていくか。

 

「じゃあな、()()()()

 

『もの』はピクリとその靄を揺らした後、嬉しそうに言った。

 

『またね、()()()()()

 

 ------------------------

 

 目が覚めると、何度か見たことがある天井が目に映った。バベルの治療院の天井だ。

 

「……パパ?」

 

 ふと、声をかけられた。顔を動かして見てみると、そこには娘のアンジュがいた。

 

「おはよう、アンジュ」

 

 声をかけると、アンジュはその目に涙を浮かべ、ワッと泣き出した。

 

「アンジュ、どうした!?」

 

 アンジュの泣き声を聞きつけたのか、息子のウィリアムが部屋に入ってくる。

 

「う、ウィリアム、パパが、パパがあ~」

 

「あーと、おはよう、ウィリアム」

 

 涙声で話すアンジュと片手を上げて答える俺に、ウィリアムは最初キョトンとしていたが、すぐに目に涙を溜めた。

 

「ぼ、僕、ママとギルドの人に知らせてくる!」

 

 そう言って、ウィリアムは部屋を出ていった。

 

 ------------------------

 

 戻ってきたウィリアムと、一緒に来たレフィーヤに再び泣きつかれ、さらに、俺が目を覚ましたと聞き付けた【ファミリア】の皆にも囲まれ、落ち着いたのはそれからしばらくしてのことだった。

 

 どうやら俺は6日も眠っていたらしい。そして、戦争の現状はあまりよくない、とか。

 

「やはり、『隻眼の竜』ですか……」

 

「ええ、6日前と2日前の2度。それも数十分だけですが、それでも被害は甚大です。幸い、死者は6日前の我々の団員だけですが、重傷者がとにかく多いです」

 

 アスフィさんからの報告を受け、顔をしかめる。重傷者の内訳を聞いてみると、かなり有名な冒険者も少なからず混ざっていた。

 

「ベルは?」

 

「貴方と一緒に、【剣姫】によってここへ運びこまれました。命に別状はありませんが、意識がまだ──」

 

 ──うわーん、ベルくーん‼ うわあ‼ か、神様!?

 

「……いえ、今目覚めたようです」

 

「あはははは……」

 

 とりあえず、後で様子を見に行こう。恐らく俺以上に時間がかかると思うけど。

 

「他の【ファミリア】の動きは?」

 

「連携して『黒竜』を倒そう、という動きはあります。ですが、戦力を出すのを渋る派閥が多く、それほど人数は集まっていません」

 

「そうでしょうね。あれと戦うには第一級冒険者でないとダメです。それ以外は足手まといになる。戦争の状況は?」

 

「『黒竜』の影響か、あちらの士気は上がっています。レベルの差で一応は押していますが、数も多く制圧しきれない、というのが現状ですね」

 

「そうですか……」

 

 やはり『黒竜』をどうにかしないと、今回の戦争、勝てはしないだろう。

 

「……一応、『黒竜』を倒せるであろう案はありますけど……」

 

「あるんですか!?」

 

「けど、それにはオラリオ中の【ファミリア】の協力が必要になります」

 

 無理ではないが、不可能に近い。それに、これは案であって作戦ではない。それほど粗末なものであり、しかも100%倒せるという保証もない。

 

「だけど、恐らく次に『黒竜』が出た時に倒せなければ、オラリオは負ける。……最悪、滅ぶ」

 

「ほ、滅ぶ!?」

 

「伝説の『黒竜』ですからね。戦力の消耗を考えても、次が山場でしょう」

 

 息を吐き、考えを纏める。今やるべきことを整理し、次の決戦までの準備の手順を考え、戦闘のシミュレーションを空想する。

 

「アスフィさん、動ける団員を全員集めてください」

 

「……わかりました」

 

 そう言ってアスフィさんは部屋を出ていった。

 

 長い間寝ていたからか、傷はもう癒えていた。ベッドから立ち上がり、近くに畳まれていた戦闘衣(バトル・クロス)に着替える。

 

 ご先祖様にあんなことを言ったんだ。そうそうに再会してたまるか。




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決戦準備

お久し振りです。お待たせしました。番外編更新します。


【ヘルメス・ファミリア】のホームは10年前の脱税発覚以来、少々その姿を変えた。具体的には縦長になった。主神のヘルメス自身、元々そこまで大きくする予定もなかったため、土地はあまり大きくなかったのだ。

 

「それがこんなになるとはな~」

 

 ホームの自室で主神(ヘルメス)は優雅にコーヒーを飲む。しかし扉の向こうからは団員達がバタバタと走る音が聞こえる。

 

 バンッ!

 

「失礼します、ヘルメス様この書類にサインをお願いします!!」

 

 ノックの無しにドアが開かれ、一人のエルフが入って来る。高潔なエルフにしては珍しく、実際普段の彼はどんなことがあっても部屋の主の許可を得ずに入室するようなことはないのだが、今の彼はそれを気にする余力すらなかった。

 

「はいはーい」

 

 事態を理解しているヘルメスは書類を受け取り、目を通す。普段ならいつもと様子が違う彼をからかったりするのだが、スルーされそうなのでやめた。というか彼の前に何人かやってみたが見事に無視された。

 

「はい」

「ありがとうございます!! 失礼します!!」

 

 サインをすると羊皮紙をひったくるようにして彼は出ていった。その様子に微笑を浮かべながらヘルメスは再びカップに口をつける。

 

(それにしても……)

 

 思考するのは先程の内容。人がギリギリ読めるか読めないかという程の乱雑な文字の羅列。これを書いた団員(こども)もかなり大変なのだろう、と思考の隅で考える。

 

(【ディアケヒント・ファミリア】の万能薬(エリクサー)1()0()0()本購入か……)

 

【ディアケヒント・ファミリア】の万能薬(エリクサー)は1本が50万ヴァリスする。それが100本だから総額5000万ヴァリス、第1級冒険者の武器、数本と同じくらいの金額だ。

 先程の書類だけではない。その前にも【ヘファイストス・ファミリア】への武器発注、各商隊への物資購入など、持ち込まれた羊皮紙にはどれも普段目にしないような数字が並んでいた。総額はヘルメスも数えていない。

 

 しかしこれを指示している団長(トキ)はこれでも足りない、というだろう。相手は伝説の怪物(モンスター)。どれだけ準備しても、足りない。

 

 これだけ準備して結局来なかった、ということはあり得ない。

 それはヘルメスの、いやオラリオにいる全ての神の勘が告げていた。新な伝説が生まれる、と。

 

 ------------------------

 

「ちょっと休憩~」

 

 ルルネがそういうと彼女に付いていた団員達が一斉に息を吐き座り込む。無理もないだろう。ずっとオラリオを駆け回ったていたのだ。ルルネよりもレベルが低い彼らにはきついだろう。

 その様子に彼女は苦笑する。

 

「いやーそれにしてもこうしてると10年前を思い出すな~」

 

 ポツリと呟くとそれに近くにいた猫人(キャットピープル)の少女が聞き返した。

 

「10年前って【ヘルメス・ファミリア】が大きくなったっていうあの事件のことですか?」

 

 その少女は4年前に入団したので当時のことは断片的な話しか知らなかった。

 

「うん、あの時はこれを毎日してたからなー」

「こ、これを毎日ですか!?」

「お蔭で『敏捷』のアビリティがすごく上がったね。ギルドの冒険者依頼状(クエスト)も総なめしたね」

「そ、総なめ……」

「今ファルガー達がやってるみたいにダンジョンでひたすら素材集めとかみんなでローテーションでやったよ。睡眠時間なんて三時間寝れればよかったかな」

「さっ……」

 

 ルルネの口から出る内容に少女は言葉を失う。二人の話を聞いていた周りの団員も口を開けたまま固まっていた。

 

「でも一番頑張ってたのはやっぱりトキだったよ」

 

 その言葉に少女は目を輝かせる。少女はトキに憧れ、【ヘルメス・ファミリア】に入団したのだった。一方口にしたルルネは少し寂しそうに笑った。

 

「1ヶ月、あの莫大な負債をトキは1ヶ月で全部返して逆に盛り返したんだ。ほとんど休むことなく、机にかじりついて、走り回って、武器を振って。」

 

 今もそれは変わらない。昨日目覚めたトキは既にホームの自室でペンを取り、団員に指示を出している。

 ルルネにとって、【ヘルメス・ファミリア】の古参メンバーにとってトキはそれまで弟のようなものだった。

 今でも思い出す。トキが来た当初のこと、珍しくヘルメスが団員を集めて主命を下した。

 

『この子を愛してあげて欲しい』

 

 詳しいことはわからない。だけどあの主神が珍しく真剣な目付きでの一言。全員黙って頷いた。

 本当に手がかかる子だった。常識というものを知らず、純粋とも違う影を操る少年。それが今では自分達の頭をやっている。

 

「さ、休憩終わり。行くよー」

「「「はい!!」」」

 

 だが彼女にとって、きっと他のメンバーにとってトキは大切な弟分だ。無茶をするというならとことん付き合ってやる、そう意気込んでルルネは団員を引き連れ走る。

 

 ------------------------

 

 日が落ち込んだオラリオの街でトキは一人とある建物の前に立っていた。【ヘスティア・ファミリア】ホーム『竈火(かまど)の館』。

 

 息を1つ吐き、その門をくぐる。アポなしで来てしまったが、見張りの団員に用件を伝えるとすぐに案内してくれた。

 リビングで少し待っていると【ヘスティア・ファミリア】の団長、ベル・クラネルが姿を現す。その隣にはリリルカ・アーデ、ヴェルフ・クロッゾ、主神ヘスティアもいた。

 

「やあ」

「よっ」

 

 軽い挨拶の後、さっそく本題に入った。

 

「これが今日1日で決まった『隻眼の竜』討伐の参加派閥と提供物資、その他もろもろの内容だ」

 

 トキが差し出した羊皮紙をベルは受け取り目を通す。横からヘスティアが内容を覗くとな、なんだこれっ!? と驚いていた。

 全て見終わったベルは羊皮紙をリリに渡す。それを見たリリはヘスティアと同じく驚愕した。

 

 書かれている参加派閥の中には【ヘルメス・ファミリア】を始め、【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】さらには【フレイヤ・ファミリア】の名前があった。提供物資の方も武器の種類からその数まで膨大な量だった。『ファミリア』の経理を担当しているリリが無意識に総額を計算しようとして意識的に止めるレベルで。

 

「足りないと思う」

「同感だ」

 

 しかしベルとトキはそれでも不十分だと告げる。戦った本人達だからこそこの結論が出た。

 

「出来る限り集めているが時間がない。何せ襲撃の1回目と2回目の間が4日しかない。同じペースでやられたら後2、3回でオラリオは終わりだ」

「だから次で決めるってことだね」

「ああ、だからお前にも参加して欲しい」

 

 これが1つ目。頭を下げるトキにベルは頷く。

 

「もちろん参加--」

「駄目だっ!!」

 

 しかしそれは主神ヘスティアによって遮られた。

 

「駄目だっ、ベル君は参加させない!!」

「か、神様っ」

「ベル君はまだ完全に治った訳じゃない。そんな怪物(モンスター)と戦える状態じゃないんだ!! こんなに強い子供達がいるんだ、ベル君がいなくたって……」

「駄目なんです、神様」

 

 憤るヘスティアを宥めたのは他でもないベルだった。

 

「あいつには、『隻眼の竜』にはそこに書いてある人達でも倒し切れません」

「第1級冒険者の『魔法』なんて比じゃないほどのブレス、第1級特殊武装(スペリオルズ)すら弾く鱗、かつての『黒いゴライアス』をも超える速度の再生能力。挙げていったらキリがありません」

 

 トキの言葉にベルを除く三人が絶句する。確認するようにベルの方を向くと静かに頷いた。

 

「でも僕なら、僕の『英雄願望(アルゴノゥト)』ならできるかもしれないんです」

 

 1回目の戦いの時、ベルは『英雄願望(アルゴノゥト)』を『隻眼の竜』に放っていた。チャージ時間は5分ほどだったが、それは確かに『黒竜』の鱗を貫いていた。

 

「正直なことを言いましょう。そこに書いてあるものは全て時間稼ぎと万が一の保険です。本命はベルの最大チャージ時間、30分で『黒竜』を倒します」

 

 ベルの現在のレベルは6。かつて推定Lv.5のゴライアスをLv.2のチャージ時間3分で打ち破っている。これが現在『隻眼の竜』を倒しうる唯一の策であった。

 

「……保険っていうのはどういうことだ?」

「『黒竜』を倒しきれなかった時にトドメを差すって意味だよ」

 

 ヴェルフの疑問に淡々とトキは答えた。

 

「随分と杜撰(ずさん)な作戦ですね」

「自覚はあるよ」

 

 この作戦はベルの攻撃が回避される、ということを考慮していない。というのも失敗すれば2発目は恐らく撃てない。

 外れれば負け、当たっても倒せる保証はない。

 

「やるよ」

 

 それでもベルは決意する。

 

「ベル君……」

「あの『黒竜』がここに来たら全部壊される。人もたくさん傷つく。……みんなもどうなるかわからない。だから--」

 

 

 

「戦います。僕の『家族』は僕が守ります」

 

 

 

「……わかった」

 

 ベルの覚悟をヘスティアは認めた。

 

「君が行くことは認める。だけどこれだけは約束して欲しい。…………必ず、必ず帰って来てくれ」

「はい、神様」

 

 ヘスティアの許可も出て1つ目にして最大の案件をクリアしたトキは息を吐く。続けてヴェルフへと向き合った。

 

「それからヴェルフ、依頼したいことがある」

「……一応聞いてやる」

「『魔剣』を打って欲しい」

 

 2つ目の用件、『クロッゾの魔剣』の製作依頼。

 羊皮紙にも『魔剣』の本数は大量に書いてある。だが用意した『魔剣』では『隻眼の竜』を傷つけることはできない。もっと強力なもの、かつて海を焼いた『クロッゾの魔剣』が必要だった。

 

 しかしトキはこれに関してはあまり期待していない。ヴェルフが『魔剣』を嫌っているのは彼も知っていたから。だから仁辺にもなく断られると思っていた。

 

「1つ聞かせてくれ」

 

 だから疑問がかけられたのは予想外だった。

 

「俺が『魔剣』を打てばベルの役に立てるのか?」

「……少なくとも成功確率は格段に上がる」

「そうか……」

 

 ヴェルフは一瞬目を閉じるとベル同様に覚悟を決めた。

 

「その依頼、受けるぜ。ただ本数は期待しないでくれ」

「……十分だ。ありがとう」

 

 その後、短い打ち合わせをしてトキは『竈火の館』を後にした。

 

 ------------------------

 

 着々と期限は迫る。それぞれの思いを胸に冒険者達は『冒険』への準備を続ける。

 そして--

 

「さぁ、舞台を始めましょう」

 

 咆哮が轟いた。




ご意見、ご感想よろしくお願いします。


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たとえこの身がどうなろうとも

お待たせしました。『黒竜編』更新します。


 オラリオの北部に広がる『ベオル山地』は凄まじい傾斜を有する山々の集合体である。何度山頂を越えても見える無数の山嶺から、人々は別名『山城』と呼ぶ。

 またオラリオから近い事もあり、『古代』の時代、ダンジョンから進出して来たモンスター達が生息している地()()()

 

 現在この『山城』に住み着いている動物は一体のみである。それ以外の人、モンスター、それ以外の動物、果てには虫までもがこの山嶺から姿を消していた。

 

『それ』はゆっくりと身体を起こした。周囲を見回し、遠方を睨む。しばらくした後に翼を広げ、羽ばたく。

 

 ──今度は遠慮しなくていいわ。思う存分暴れなさい……。

 

 どこかからそんな声が聞こえた。

 

 ------------------------

 

「目標に動きあり! オラリオの方角を向いています!」

 

『それ』を監視していた者達がいた。全部で4人、その全てが同一のエンブレムを装備に刻んでいた。翼がついた旅行帽と(サンダル)、【ヘルメス・ファミリア】のものである。

 

「了解。全員そのまま聞いてくれ」

 

 4人の中の隊長が神妙な顔つきと重い声音で隊員を見回す。

 

「ここから先は後戻りできない。生存率は絶望的、しかし必ず成功させなければならない強制任務(ミッション)だ。抜けるなら今しか──」

「やめて下さいよ、隊長」

 

 隊員の一人が隊長の言葉を遮った。

 

「俺達全員、志願してここにいるんです。今さら逃げたりしません」

「それに人数が多い方が成功率も上がるでしょ?」

「ていうかそれこそ今さらですよ、隊長」

 

 いつものような隊員達の軽口に隊長は笑みをこぼす。

 

「そうだな。今さらだな」

 

 隊長は懐から1つの『魔道具(マジックアイテム)』を取り出す。それは遠方と通信する為の魔道具(マジックアイテム)だ。スイッチを入れ、息を吸う。

 

「団長、これより『黒竜』の『誘導』を開始します」

『……頼む』

 

 返ってきたのはその一言だけだった。それだけで彼らは満足だった。

 

「行くぞ!」

 

 ------------------------

 

 通信を聞いた後、【ヘルメス・ファミリア】団長、トキ・オーティクスは近くに待機していた団員に指示を出した。

 

「『黒竜』討伐に参加する冒険者達を()()()()に集めろ。Lv.3以上は生産【ファミリア】から物資を運搬、それ以外は各【ファミリア】へ警戒を取るように、と伝達」

「はい!」

 

 トキの声はあまりにも平淡だった。傍目から見れば残酷な人間だと言われるだろう。伝説の『黒竜』を北の『ベオル山地』からオラリオ東にある平原まで誘導しろ、と指示……否、命令して、なお眉1つ動かさないのだから。

 だが、今指示を受けた団員はそんな事は思わなかった。なぜなら、トキの手は今にも血が出んばかりに握りしめられていたのだから。

 

 ------------------

 

 数時間後、オラリオの東に広がる大平原に20人もの第一級冒険者が集められた。

 

「それでは『黒竜』討伐のミーティングを始めます」

 

 彼らを見回しながらトキは言葉を続ける。

 

「今回の作戦は至って単純、【ヘスティア・ファミリア】ベル・クラネルのスキルが最大まで溜まるまでの30分間、彼を守るというものです」

 

 そんな彼の作戦に大半の冒険者の顔が強ばる。

 

「『黒竜』の鱗は硬く、最低でも我々の『超長文魔法』でようやく貫ける、というものです。さらに『自己再生』能力まで持っているため、長時間戦えば敗北するのはこちらです」

 

 説明するトキの顔に不安や迷いはない。確固たる意思を持って冒険者達の眼光を受け止める。

 

「ですが彼のチャージ『スキル』、それであれば『黒竜』の身体を貫き、『魔石』を破壊できるでしょう。現に彼は14年前、Lv.2の時にLv.5相当のモンスターをその『スキル』で撃破しています」

 

 冒険者の視線がベルの方へ向けられる。若干体を小さくしながらベルはトキに先を促す。

 

「作戦は以上。次に物資についてです。内訳は既に配ってあるものです。物資はここから10(キロル)離れた場所にあります。状況に応じて【ヘルメス・ファミリア】がここまで運びますので、皆さんは戦いに集中してください」

 

 さらにトキは影から袋を人数分出現させ、それらを冒険者達へ配る。

 

「この袋には『万能者(ペルセウス)』が製作した魔道具(マジックアイテム)が入っています。()()()()ので、有効に使って下さい。使い方は後ほど説明します」

 

 この説明に冒険者達は様々なアクションを起こした。驚愕するもの、思案するもの、悪巧みを考えるもの。

 

「なお、返却せずにそのまま持ち去った場合、地の果てまででも追い掛けて取り立てますから、そのつもりで」

 

 ここまで険しい表情で説明したトキは、ふと口元を緩める。

 

「ま、こんな事を言っても納得できない方もいるでしょう。というかそんな人が大半ですよね」

 

 第一級冒険者というのはオラリオの上位に存在する冒険者であり、その分灰汁が強い者が多い。当然、自尊心が強い。そんな彼らが時間稼ぎという役回りをさせられるのだ。納得できるはずがない。

 

「ですがこう考えてみてください。『ここまで準備してアッサリと『黒竜』を倒してしまったら、【ヘルメス・ファミリア】はただの馬鹿じゃないか』と」

 

 ピクリと数人の肩が動いた。

 

「これほどまでに準備して、各【ファミリア】に頭を下げて、自分達に変な役回りをやらせて、ベル・クラネルの『スキル』が決まる前に倒せたら赤っ恥をかくじゃ済まないな、と」

 

 ニヤリとトキは挑発的に笑う。

 

「それでは皆さん、俺に大恥をかかせるよう、頑張ってくださいね」

 

 ------------------------

 

 それぞれの具体的なポジションを言い渡してミーティングは終了となった。

 

「……トキ」

 

 そんな中、アイズ・ヴァレンシュタインは己のポジションに不服だった。

 

「どうしたんですか?」

「……私を前衛攻役(アタッカー)に入れて欲しい」

 

 彼女が言い渡された役割。それはこの作戦の要、ベル・クラネルの護衛だった。

 

「駄目です」

「っ! ……お願い……!」

 

 歯牙にもかけないトキの様子に、アイズはなおも食い下がる。ベルの護衛はまず間違いなく後衛、もしかしたら魔導師達よりも後ろに下がらなくてはならないだろう。

『黒竜』と因縁がある彼女にとってそれは看過できないものであった。

 

 このままなら土下座しかねないアイズに、トキは嘆息する。

 

「さっき言ったポジションはあくまで一応のものです。それに……」

 

 ちらりとトキは彼女の後ろを見る。釣られて振り向いたアイズはその先にベルの姿を見つける。

 

「この役割、アイズさんしかできないんで」

 

 そう言ってトキは他の冒険者の元へと向かった。

 どういうことだろう? とアイズがトキの言葉の意味を考えていると、彼女に気づいたベルが近づいてくる。

 

「アイズさん、今日はよろしくお願いします」

「……うん、よろしく」

 

 満面の笑顔を向けるベルにアイズは視線を逸らす。そして意を決して自らの意見を言おうとした時、先にベルが口を開いた。

 

「まず最初に謝っておきます。すみません」

「…………え?」

 

 いきなり謝られた彼女は何がなんだかわからず、言おうとしていた事を忘れてしまった。

 

「僕、多分きっと……いえ、絶対無茶します。ですから、できればフォローしてくれると助かります」

「えっ、えっと……」

 

 真剣な表情にしどろもどろした後、アイズはコクリと頷いた。それにベルは顔を綻ばせる。

 

「よかった……。アイズさんがいてくれれば百人力です」

 

 そう言って、ベルはトキが歩いていった方へ向かった。

 

(……あれ?)

 

 そんなベルの姿に、アイズは内心首を傾げた。

 

(この子、こんなに大きかったっけ?)

 

 アイズとベルは、今日までにも少なからず接する機会があった。それでも、隣に立って戦うということはなかった。

 かつては自分の方が高かった身長。それが見事に逆転していた。一度意識してしまうと、かつてのベルと今の彼の違いを探してしまう。自分の中にあった彼のイメージがどんどん、変わっていく。

 

 

 だけど……それが嫌じゃない……。

 

 ------------------------

 

「アイズさんの視線を感じる……」

「よかったじゃないか」

「なんか全身見られてる……」

「……あ、そう。ま、がんばれ」

「……うん」

 

 そんなやり取りをしながら二人は北西の方角、『ベオル山地』を見続ける。

 

「そう言えば、トキが杖なんて珍しいね」

 

 ベルが言う通り、トキが装備しているのは短刀でもハルペーでもなく、蒼を基調とした杖だった。

 

「まあな。今回はこっちに専念するから」

「わかった」

 

 顔を合わせる事もせず、二人は会話を続ける。

 

「それにしても、トキにしては随分杜撰な作戦だね」

「わかってるさ。だが時間が足りない。さらに今回は攻める側じゃなくて守る側だ。俺を含め、そう言った戦闘はあまり経験がない」

 

 現代のオラリオの冒険者はダンジョンを攻略する、所謂『攻める』事に特化している。『守る』戦いは得意ではない。

 

「でも失敗はできない」

「外せば、全部壊される」

 

 それ以上二人は言葉を交わさなかった。互いに抱える気持ちが違い、互いにそれを察していたから。

 

 トキ・オーティクスが抱くのは殺意。【ファミリア】の同胞を、仲間を殺され、その仇を取ると誓う。

 ベル・クラネルが抱くのは興奮。伝説の怪物と戦うという緊張と憧憬(アイズ)と共闘するという興奮。何より『未知』への挑戦という冒険者の本能がうずいていた。

 

『GAAAAaaaaaaa!!』

 

 咆哮が聞こえる。第一級冒険者達が戦闘体勢に入る。

 

 そんな中、トキとベルはどちらともなく拳を差し出し、コツリと合わせた。そしてトキは……詠唱を開始した。

 

「『悠久の時を眠る力よ、永遠の静寂を過ごす力よ 』」

 

 その視線の先には『黒竜』に追い掛けられる1つの人影が映っていた。ギリッと奥歯を噛み締める音がした。

 

 隣に立つベルは右手に光を集め始める。ゴォン、ゴォォン……と大鐘楼(グランドベル)の音が大平原に響き渡る。

 

 限界突破(リミット・オフ)。自らの限界以上の力を二人は躊躇することなく発動させる。

 出し惜しみはしない。己の限界を越えて『未知』の怪物に相対する。

 

 詠唱が完了する。その直後、人影は『黒竜』の炎に焼かれた。

 言葉はなかった。だがその目が語っていた。

 

 

『団長、後を頼みます』

 

 

 トキが杖を構える。ベルが体を沈める。託された思いのため、愛する者達を守るため、冒険者達は『伝説』へ弓を引く。

 

 

 

 そして、矢は放たれた。




この話はベル×アイズです。違和感があるかもしれませんがご了承ください。ご意見、ご感想お待ちしております。


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それぞれの戦い

なんだかんだでこのサイトで二次創作を投稿し始めてから1年が経過しました。早いですね。見返してみると感慨深いです。
ここまで続けられたのも読んで下さる皆様のお陰です。本当にありがとうございます。

さて肝心の更新ですが、今回はトキ達よりも以外の話です。もともとこの話のリクエスト内容はオラリオVS他国全てwith黒竜ですから。


第一級冒険者達が『黒竜』と戦闘を開始する頃。他の戦場では既に激戦が繰り広げられていた。

 

南門前に設置されたテントでは各地の戦況が絶え間無く流される。

 

「北方面、第一陣撃破! 敵の士気、落ちていません!」

「南方面、さらに増援。旗章からラキアとは別の兵だと思われます!」

「西方面、やや圧され始めました!」

 

入ってくる報告はあまりいいものではなかった。総指揮を取っている【ロキ・ファミリア】の指揮官の顔が歪む。

 

常時であれば決して圧されることのない戦争。しかし今回ばかりは勝手が違った。

 

1つ目は敵の数。毎回ラキアが起こす戦争はその国のみが攻めてくるため、その総数はどんなに多くても三万~五万の兵に留まる。しかし今回は大陸中の国が攻めて来ているのだ。その全貌は未だ捉えられていない。

2つ目に『黒竜』の存在。もちろん伝説の怪物なだけあってその戦闘力は計りしれない。だが一番の痛手は、『黒竜』を倒すために第一級冒険者が他の戦闘に参加できないことだ。

例え数で負けていようとも昇華した『恩恵』の差は覆せない。それが神時代の戦争だ。第一級冒険者であれば武器の一振りで数十、数百の敵を薙ぎ払い、数千の攻撃も受け止めるだろう。

だがその第一級冒険者は参戦できないため、第二級以下の冒険者が応戦するしかなくなる。

 

それでも優位は崩れはしないが、冒険者も人間であり、体力や精神力(マインド)にも限界がある。未だ回復薬(ポーション)も数多く残っているが、無限ではない。あちらの兵も限度はあるだろうが、先も言った通り大陸中が1つの国を攻めているのだ、その差は明らかであろう。

 

このまま持久戦になれば確実にじり貧になる。

 

(いや、それよりも……)

 

指揮官は戦況を聞きながら、あることを考えていた。それは今日、戦いが始まる前に【ヘルメス・ファミリア】からもたらされた推測だった。

 

 

 

 

曰く、『黒竜』を操る者がいるかもしれない、と。

 

 

 

 

馬鹿馬鹿しいと、聞かされた当初は思った。【ヘルメス・ファミリア】の使者も同感であったようだが、彼らの団長の推測である、とのことだ。

 

【ヘルメス・ファミリア】の団長といえば現代の英雄の一人、トキ・オーティクスである。たった1ヶ月でほぼ壊滅していた【ファミリア】をオラリオ屈指の派閥に立て直したという伝説を持ち、その変幻自在な戦い方は終始相手を圧倒する、と言われる冒険者だ。

 

その事を念頭において考えてみると、指揮官にもその推測の根拠が浮かんできた。

 

それは、王国(ラキア)以外の他国がオラリオに攻めてきた理由だ。いくら王国(ラキア)が軍事力に力を注いでいるからといっても、他の国を動かす程の影響力はない。だが『黒竜』の存在があれば、いとも容易く他国を従わせることが可能だ。

さらにこの戦争の期間中、『黒竜』は二度()退()()()()()。千年以上生きていればモンスターも相当な知恵をつけるかもしれないが、二度とも『黒竜』にとって優位な状況であった。引く意味は、少なくとも指揮官が考えられる中では思いつかなかった。

 

(となると、その操る者は、ラキアの者ではない)

 

仮にラキアの者だとすれば、他国を巻き込むなどという策を練らない。『黒竜』をそのままオラリオにぶつけるだろう。そもそもそれほどの力を持つほどの『恩恵』を持っているなら本人が出てくる筈だ。

だがこれまでの戦闘でそういった者は発見されていない。即ち前線に出ていないか、巧妙に姿を隠しているかだ。

 

(ならばこの戦争、勝つためには……)

 

指揮官は東の方角を見る。城壁の向こう、大平原へと思いをはせる。

 

(『黒竜』の討伐が必要不可欠、か)

 

『黒竜』さえ倒せれば彼らの士気も落ち、制圧も容易くなるだろう。もしかすれば、脅されていた国も『黒竜』がいなくなることで戦闘をやめてくれるかもしれない。

 

そんな楽観的な気持ちを頭の片隅に置きつつ、指揮官は呟いた。

 

「頼みますよ、英雄達」




皆さん、ダンまちの10巻の表紙絵はもう見ましたか? 巷ではベル君が闇落ちした、なんて言われています。作者はそんなこと信じたくないのですが、一応予防線を張っておきます。

この話は私の別作品『冒険者に憧れるのは間違っているだろうか』の98話までを元に書いています。原作との間に齟齬が発生しても私はこの路線を走り続けますのでご了承下さい。

ご意見、ご感想お待ちしております。


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