僕と契約と一つの願い (萃夢想天)
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記入「吉井明久、11歳」


初めましての方は初めまして。
ご存知の方はお久しぶりです。

萃夢想天と申します。

前々から書きたかった作品を遂に書く決心が
出来たので書こうと思いますが、文章構成などが
下手だったり、更新が不定期だったりするのが嫌な方や、
明久のヒロインが姫路や美波もしくは優子じゃなきゃ
認めない!と言うような方は閲覧をお控え下さい。


それでは、どうぞ!


 

 

 

1996年5月13日、僕が小学校五年生に上がって少し経った頃だった。

 

その日、僕は家族と一緒にデパートへ来ていた。

来年から姉さんが海外の大学へ通うことになったから、向こうの生活で使う

家具とかを買う為の買い物だったけど、僕らも着いて行ったんだ。

父さんと母さん、僕と姉さんと…………そして、妹と。

 

「アキくん、しっかりと明奈(あきな)を見ているのですよ」

 

「うん、分かった」

 

 

僕はその時姉さんに言われて、妹の明奈のお守りをしていた。

明奈は少し前に父さんに買って貰ったアイスクリームを舐めていた。

そのままデパートの通路で立っているのも周りの迷惑だと思ったから、

僕達は近くのソファに座って家具コーナーへ消えた姉さん達を待つことにした。

大体十分くらい経った頃だったか、明奈がアイスを食べ終わるとすぐに

トイレへ行きたいと言い出したから、僕は明奈をトイレへ連れて行った。

 

 

「じゃあ、お兄ちゃんはここで待ってるからね」

 

「うん」

 

僕が女子トイレへ入るのはマズいので、外で明奈を待つことにした。

どうせすぐに用を足して戻ってくる、子供の僕はそう考えていたんだ。

 

 

 

 

_______________でも、それが間違いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレ………? おかしいな、もう二十分くらい経つのに」

 

 

明奈はいつまで経ってもトイレから出てこなかった。

そろそろ戻らないと姉さん達が家具を買って戻ってくるかもしれない。

心配になった僕は、少しオドオドしながら女子トイレへ入っていった。

いけない事だって分かってたけど、何故だか胸騒ぎがして待っていられなかった。

 

 

「ねぇ明奈………? もう戻らないと姉さん達が」

 

初めて入った、女性用のトイレ。

普段僕や父さんが使っている場所とは違って、個室ばっかりだったが全て扉は開いていた。

 

 

「__________明奈?」

 

女子トイレの中で僕が最初に見たのは____________明奈の履いていた靴だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕達一家は、その日からバラバラになった。

あの時あの場所で何が起こったのか、僕には全く分からなかった。

その二日後に「吉井 明奈失踪事件」として警察が捜索を開始して

様々な方法で明奈が消えた原因を探ったが、結局これといった成果は出なかった。

世間でもこの事件はそれなりに取り上げられ、近所では好奇の視線に晒された。

自称専門家達が画面の向こう側で、好き勝手な事を言って騒いでいたが

僕達残された家族については決まって「無責任」の一言しかなかった。

 

明奈がいなくなって半年後、母さんが家を出て行った。

あの日以来、母さんは精神を病んでしまって譫言(うわごと)のように明奈の名を呟いていたが

父さんとの口論が本格的な溝になって、母さんは海外の親類の元へと行ってしまったのだった。

しばらくは僕と姉さんと父さんの三人で暮らしていたが、母さんのことが心配だと言って

父さんも同じく海外へと飛び立っていった。

 

そしてそこから三年後、僕が中学校を卒業する間際になって姉さんも海外へ行くと言い出した。

あの事件の影響で姉さんの進学も先延ばしになっていたのだが、向こうで母さんが病にかかって

入院したと父さんに伝えられて、姉さんは介助と進学の為に海外へと行くことになった。

その時姉さんと何か約束した気がするが、もう覚えてはいない。

 

そんな約束を忘れてしまうほど、過酷な契約(しゅくめい)を背負ってしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2001年12月17日、クリスマスが近づいて町も人も活気付く頃だった。

僕はその日、運命の選択をした。

この先の未来を決める、最初で最後の『後悔の無い選択』だった。

僕は高校に入っても、周りに上手く馴染めなかった。

いつまで経っても明奈の事を引きずって、他人と関わろうとしなかった。

だから部活にも委員会とかにも入らなかったし、課外も取らなかった。

別に学校が嫌いって訳じゃないし、寧ろ好きな部類に入ると思う。

だけど……………やっぱり普通の日常を生きる皆が、僕は気に入らないんだ。

「おーい明久ぁ! この後ゲーセン寄ろうぜー」

 

「……………ゴメン、また今度ね」

 

 

授業が終わって僕がすぐに帰る身支度をしていると、数少ない友人の一人が声を

掛けてきたけど、僕はそれを断って教室を出た。

多分彼らは付き合い悪いよなぁと思っているんだろう。事実そうだもんね。

部活へ向かう生徒や、委員会の仕事をしている生徒、参考書を抱えた教師達の横を

俯きながら無言で通り抜ける僕は、まるで別の世界で生きているようだった。

 

此方からは向こうが見えて向こうからは此方が見えない、そんな別世界………………。

 

そんな風に独り思い耽っていると、昇降口横の男子トイレが見えた。

少し尿意を感じた僕は、自宅の水道費の事も考えて学校で用を足すことにした。

トイレに入った途端、鼻につく臭いが僕を出迎えた。

顔をしかめつつ、一番出入り口に近い場所へ近付いた。

 

 

ピシッ……………………パリンッッ‼‼

 

 

すると突然、手を洗う為の蛇口台に立てかけてある鏡が音を立てて割れた。

僕は驚いて鏡があった方向を見るが、そこには誰もいなかった。

いったい何があったのか分からないが、僕は気味が悪くなってきたから

トイレからすぐに立ち去ろうとした。

 

 

______________キィィイィィィン

 

 

 

「ッ‼⁉ 何だ、この音! あ、頭が………うぅ」

 

 

その時、唐突に響いてきた不快な音が僕を襲った。

でも、何故だか聞き覚えがある音のような気もした。

鼓膜にじゃなく、直接頭の中に響くようなこの音が。

 

「何なんだよクソ! あぁ‼」

 

 

両手で頭を抑えて音を少しでも遮断しようとしても効果は無く、

僕はその音が止むまで、ただそこで立っていることしか出来なかった。

だけどしばらくして、つんざくような音は止んでいた。

僕は恐る恐る両手を放して辺りを見回した。

すると足元に散らばっていた鏡の破片が、カタカタと震えだして光を放った。

僕がまぶしさに顔を手で覆っていると、どこからか声が聞こえてきた。

 

 

『やっと私の声が聞こえたか、吉井 明久』

 

「_______え⁉ 何! 誰⁉」

 

 

光が収まって薄れていくのを感じて、僕も顔を覆っていた手を下げると

床一面に鏡の破片があって、その全てに同じ人の姿が映っていた。

でも僕の周囲に人はいない………何がどうなってるんだ‼

 

 

『私を認識出来たのならば、決断の時だ』

 

「何なんだよ……何言ってるんだ、そもそもあなたは誰なんだよ‼」

 

僕はさっきから何が起こっているか分からない恐怖で頭が混乱していた。

だから初対面の人にも、荒い口調で詰め寄ってしまった。

でも相手の人はそれに構わずに、僕の目を見つめながら話を続けた。

 

 

『もう時間は無い、すぐそこまで迫って来ている(・・・・・・・・・・・・・)

私はお前の全てを知っている、お前の欲する物を知っている、お前の願いを知っている。』

 

「何が…………言いたいんだ」

 

 

鏡に映っている男の人が、僕に無言で何かを差し出してきた。

僕はソレをよく見ようと顔を近付けると、男の人の手に持っていた物が飛び出してきた。

 

「うわぁぁ‼ な、何⁉」

 

『ソレはお前を変えるもの、お前の運命を変えるもの、お前の願いを叶えるもの』

 

「え…………?」

 

 

僕の手に収まっている物を渡した男の人は、振り返って歩き出した。

鏡に映っていた向こうの景色はただただ黒い空間で、その中に男の人はゆっくり消えていく。

そしてまた段々と光が大きく強くなっていくのを感じて、左手で顔を覆う。

僕の視界が光で埋め尽くされる直前、男の人の声が聞こえた。

 

 

『さぁ、戦え。最後の一人になるまで……………………………………ひたすら前へ進め。

戦わなければ生き残れない、人の願いがぶつかり合う【ライダーバトル】へ……………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2002年3月25日、もうすぐ高校2年生に進級するほど成長した僕は今、戦っている。

家を出たのが夜の9時くらいだったから、今は多分9時半辺りだろうか。

だがそんな事は今の僕にはどうでも良かった。

今僕の目の前には_______怪物がいるからだ。

 

 

「ハァァァァ……………ギィ、ギュイィ………」

 

僕の前で手を広げながら空中で水を掻くような不気味な動きをしている鏡世界の怪物(ミラーモンスター)

赤黒い体表のこの怪物……………名前は確か、『ゲルニュート』だったか。

ヤツは背中に巨大な手裏剣を所持していて、さっきから僕の動きを制限してきた。

あの手裏剣攻撃はかなり厄介だったが、もう突破口は見えた。

僕は荒く息を吐いているゲルニュートに向かって、全速力で突っ込んだ。

 

 

「うおぉぉぉぉぉりゃぁぁぁ‼‼」

 

「ギィ! シャァアァァ‼」

 

 

僕が向かっていくと同時にゲルニュートが背中の手裏剣を投げ飛ばしてきた。

その攻撃を予め読んでいた僕は、走りながらベルトのバックルに(・・・・・・・・・)手を伸ばした(・・・・・・)

そこから一枚のカードを取り出し、僕の左手にある龍の頭部を模したソレのギミックを動かし

カードを挿入口へと差し込み、再びギミックを動かしてカードを読み込んだ。

 

 

【STRIKE VENT】

 

「せぇぇぇやぁぁぁ‼‼」

 

 

カードが読み込まれ、その内容が反映される。

目の前に迫ってくる手裏剣よりも早く、僕の右手めがけて空の彼方から何かが飛来してきた。

僕はそれに合わせて右手を前に突き出して、飛んで来た何かを装着した。

眼前まで迫っていた手裏剣に向かって、走った勢いを乗せて右手のソレを振るう。

 

ガキィィイィィンッ‼‼‼

 

 

大きな金属音を立てて手裏剣を掴んだのは、右手に装着された『赤龍撃爪(ドラグクロー)』。

掴んだその手裏剣を、力を込めて右手の龍の頭が噛み砕いた。

粉々になって地面に散らばっていく手裏剣の破片を見たゲルニュートは少し後ずさる。

 

「逃がすかッ‼」

 

 

僕は手裏剣を噛み砕いた右手のドラグクローをゲルニュートへ向けて構えた。

僕の行動に身の危険を感じたのか、ヤツは近くの住宅の塀をよじ登って屋根に飛び乗り、

そのまま別の屋根に飛び移ろうとしている………このまま逃げる気だろうけど、させない!

 

 

「はあぁぁぁぁぁ……………!」

 

 

僕は声を上げながら左手を前へゆっくりと突き出し、右手を構えたまま後ろへ引く。

そして左足を右足より後ろへ下げつつ、屋根を飛び回るゲルニュートに狙いを定める。

十字路の角にある家の屋根に飛び乗ったヤツは、次に移る屋根(あしば)を探していて無防備だった。

ドラグクローの口から、炎が溢れ出て僕の仮面の頬(・・・・)を明るく照らす。

充分な量の炎が溜まった右手を、雄叫びと共に前へと突き出す。

 

 

「おおぉぉりゃぁぁあァァァッ‼‼‼」

 

 

ドラグクローから発射された一発の巨大な炎の弾が、ゲルニュートへと直進していく。

僕の攻撃に気付いたゲルニュートはすぐに跳躍しようとしたが間に合わず、爆発四散した。

耳をつんざく断末魔と共に燃え上がる炎に飲み込まれたヤツの最期を見届けながら背を向ける。

そのまま近くのスーパーの擦りガラスの前に立って、ふぅと小さく息をつく。

そして僕はそのガラスを手慣れた態度ですり抜けて(・・・・・)、先程とは何もかもが

反転した__________もとい、元通りになった世界に帰り着いた。

 

スーパーを出て、すっかり暗くなってしまった空を見上げる。

僕は家へと帰る道を歩きながら、ふと思ったことを口にした。

 

 

「2週間後には2年生か…………アレからもう6年も経ったのか。

これからが本番なんだよな…………待ってろ明奈、今度はお兄ちゃんが迎えに行くからな!」

 

 

 

 

 

 

僕の新しい高校生活と、激しさを増していく闘いの日々が

待っているであろう4月が、僕は待ち遠しく感じられた。

僕の願いを………『明奈の命』を、手に入れるために。

 

 

 




ハイ、序章です。
こちらは完全に不定期更新ですので
ご理解ご容赦下さい…………書きたいけど。


ご意見ご感想、お待ちしてます‼


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配点「キャラクター設定及び紹介」



不定期更新と最初に言いましたが、これからはディケイドと
あわせて2週に一回の間隔で書こうと思っております。


それでは、どうぞ!


 

 

 

 

________________主なキャラクター設定の紹介

 

 

 

 

 

『吉井 明久 17歳 男』

 

・本作の主人公であり、文月学園に通う高校二年生。

幼い頃に妹が失踪し、それを境に家族がバラバラになった。

・学力は元々はDクラス中堅並だったが、仮面ライダーとしてモンスターと

契約してからは日夜『鏡世界(ミラーワールド)』で戦い続ける日々を送っていた為、

段々と下がっていきとうとう最低ランクのFクラスレベルまでに落ちてしまった。

・ドラゴン型の『ドラグレッダー』の力によって『仮面ライダー龍騎』に変身する。

・最近の悩みは、近隣の住民を襲っているミラーモンスターから守っている姿を度々目撃されて

『赤い騎士』という都市伝説化して学校でも話題になっていること。

 

 

『小山 友香 17歳 女』

 

・本作のメインヒロインであり、明久と同じ学園に通う高校二年生。

両親から『頭の良い男と結婚しろ』と常日頃から言われ続けてきた為、その通りに育った。

・学力は平均より少し上のCクラス主席(学力トップ)だが、本人としては納得がいっていない。

明久と関わってからは成績がグングン伸びていくようになる。

 

 

『坂本 雄二 17歳 男』

 

・明久と同じ学園に通う高校二年生。

小学校の時にあったトラブルの影響で勉学を捨て、己を鍛える道を選んだ。

・学力は幼少時は今のAクラスをも凌ぐ頭脳を有していたが、中学に上がってから

喧嘩ばかりの毎日を過ごした影響でFクラスレベルにまで下がっている。

・Aクラス主席である霧島 翔子の事が好き。

 

 

 

『霧島 翔子 17歳 女』

 

・雄二と同じ学園に通う高校二年生。

小学校の時に起きたトラブルに巻き込まれ、雄二への恋愛感情が芽生える。

・学力は幼少時から変わらずトップクラスの天才であるが、日本史のある問題だけは

無意識に擦りこまれている誤った回答を答えてしまう(?)。

・Fクラス主席である坂本 雄二を愛している(狂気的レベルで)。

 

 

 

『秋山 蓮 24歳 男』

 

・明久と同じくミラーモンスターと契約した仮面ライダー。

コウモリ型の『ダークウィング』の力によって『仮面ライダーナイト』へ変身する。

・明久が初めて出会った自分以外のライダーであり、【ライダーバトル】の事を

身をもって教えた雰囲気に陰りのある男。

・ある願いを叶えるために『神崎』と名乗る男からライダーの資格を得る。

だが明久の熱意に動かされ、以後行動を共にしている。

 

 

『北岡 秀一 30歳 男』

 

・明久と同じくミラーモンスターと契約した仮面ライダー。

バッファロー型の『マグナギガ』の力によって『仮面ライダーゾルダ』へ変身する。

・明久が生活費を稼ぐために片っ端からアルバイト募集にかけあった結果辿り着いたのが

北岡の弁護士事務所であった為、しばらく行動を共にしていた縁でよく共闘する。

・自身が重病の身である為、『永遠の命』を得るために【ライダーバトル】への参加を

強く要望するが、その病気の発作の影響で即座に戦線を離脱することが多い。

 

 

『仮面ライダーリュウガ ??? 男』

 

・明久の戦いを陰から観察し続けている謎のライダー。

他のライダーの前には姿を現すが決して明久の前には姿を見せず、戦いにも参加しない。

・本来なら数十分しか居られないはずのミラーワールドに普段から存在していて、

ミラーモンスター達から非常に疎まれているらしいが、本人はライダーにしか興味が無い。

 

 

 






それではまた次回をお楽しみに。

恐らく2週間後になります!


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問1「僕と新学年とFクラス」

本当は早く投稿したかったんですが、
まぁ色々な事がありまして御座います………。


長く話すのも面倒なので、割愛します。
それでは、どうぞ!


 

 

2002年4月8日、僕がこの文月学園に入学して二度目の春が来た。

 

本校舎に続く長く長い急勾配な坂道には、風で舞い散った桜の花びらが敷き詰められ

この道を歩いている新入生や卒業生達にそれぞれ異なる感情を抱かせているだろう。

…………………まぁそれはちょうど中間の在校生である僕もなんだけどね。

 

まさしく桜色の温暖な吹雪の中を歩いている僕の心中は、一つの事でいっぱいだった。

少しづつでも歩いていけば、どんな長い道のりでも終点へとたどり着けるように

無駄に長ったらしい坂道もとうとう終わりを迎え、桜並木のある校門へと到着した。

新入生は普通に校門を通過していくが二、三年生達は校門で教師達から封筒を受け取る。

僕もその封筒を______と言うより、その封筒の中身を受け取りに、だけど。

 

「吉井、急げ。後二分遅ければ遅刻だったぞ」

 

昇降口の前で声を掛けられて振り向く。

するとそこには浅黒い肌色をした短めの髪の大男がスーツを纏って立っていた。

 

「あ、西む_______鉄人。おはようございます」

「何故だ吉井、貴様何故今俺の名を呼びかけて故意に呼び間違えなおした?」

 

「呼び間違えなおすって、すごい日本語ですね」

 

「黙れ吉井、そういうことは現国のテストで40点以上を取ってから言ってみろ」

 

「………………………………………………………」

 

 

ヤバい、コレ以上口答えしたら確実に血を見ることになる。

しかも陰で西村先生のこと『鉄人』って呼んでるから、うっかり出ちゃったよ。

ちなみに何故この先生のあだ名が鉄人なのかと言うと、その理由の一つに彼の趣味が

トライアスロンであるということがある。しかも日本記録とは二秒差だという………。

 

「それにしてもだ、吉井。お前はよくも進級出来たものだな」

 

「進級ぐらい訳ないですよ。むしろ僕の事バカにし過ぎなんですよ先生は」

 

「お前の成績を見れば誰でもそう考えると思うが……………まぁとにかくだ」

 

僕が進級出来たことをわざとらしく驚いていた先生が、懐から封筒を取り出す。

そのまま僕に手渡してきた。…………鉄人、なんだよコレ。封筒が熱帯びてんだけど。

差し出された封筒の宛て名の欄には、『吉井 明久』と僕の名が大きく書かれていた。

気になるのは、何で名前の横に『問題児』って横線で消された文字があるのかだけど。

 

「あ、どーもです。…………ねぇ西村先生、どうして文月学園はクラスの編成を

こんな面倒臭いやり方で発表するんですか?それこそ掲示板か何かに張り出して

みんなに一斉に公表すれば手っ取り早いし、教員も何かと楽になるのに」

 

「お前はそういうことには頭が働くんだな……………だが確かに一理はある。

それでもこの学園は普通の進学校とは変わった方針を(・・・・・・・)とっている(・・・・・)のは知ってるな?

ただでさえそれの事で世間から注目されてるんだ、他の事でも何か並の高校とは

違ったことをしないと良いアピールにはならないのだろうよ」

 

「そんなもんなんですかね」

 

鉄人先生の大して有り難くも無い話を適当に流しながら早速封筒を開けてみる。

実はこの封筒には、各個人の在籍するクラスが書かれた紙が入っているんだ。

さっき言った、並の高校とやらとは違った緊張感があってドキドキしてくる。

僕はまぁ…………あんな事があったから中学では勉強サボり気味だったけど、

高校に入ってからは勉強に専念したんだし、最高ランクのAクラスとまでは

行かなくても、せめてB、いやCクラス程度には在籍しているはずだきっとそうだ!

逆に言えば、最低ランクであるFクラス。あそこにだけは行きたくないよな。

容姿も性格も成績もゴミみたいな連中の吹き溜まりだ、とか先輩が言ってたしね。

所属するクラスだけでその人間の頭の出来が分かる、恐ろしい制度だよね……。

 

 

「あー、その、吉井。今だから言うことなんだがな?」

 

「?」

 

僕がいざ中身を拝見しようとした瞬間に、鉄人が声を掛けてきた。

少し申し訳なさそうな表情で、顔を上げた僕へと向けた視線を逸らしつつ続ける。

 

「俺は去年一年間を通してお前を見てきた結果、

『吉井 明久は常軌を逸した想定外のバカなんじゃないか?』なんて

そんな事を考えて日々を過ごしてきたわけだったんだが……………それは誤解だった」

 

 

何を真顔でとんでもなく失礼極まる話をカミングアウトしてんだこの合金男は。

 

「ま、まぁ僕もこうして大人の階段を順調に昇っているわけですし?

先生のそんな無礼極まりない間違いも許せるぐらいに広い心もありますし?

何より、そんな誤解をしているようじゃ、更に不名誉なあだ名がついちゃっても

仕方ないかもしれませんよ~っと………あ、やっと取れた。どれどれ…………」

 

 

さっきから封筒の底でピッチリ側面に張り付いて取れなかった中身が取れた。

それに、一年生最後の振り分け試験に至って言えば、僕はかなり自信があった。

まぁその二日前にミラーモンスターが人を襲ってるのを目撃しちゃって、

仕方なくテスト勉強を放り出して助けに駆け付けたから多少は落ちてるかも。

でも、きっと今回の点数に鉄人も考えを改めたに違いないだろう。

 

 

「そうだな、今回の振り分け試験の結果を見て、先生は間違いに気付いた」

 

「そりゃ良かったですねっと!_________________え?」

 

 

ようやく引っ張り出せた紙を開いてみると、そこには簡潔にたった一文字

大きく達筆で書かれた『F』の文字が激しい自己主張をしていた。

 

 

「喜べ吉井、貴様の評価の疑問詞は削除された。

_________________貴様はバカだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが格差社会ってヤツなのかな………………」

 

 

僕はAクラスの扉の前で、目元から流れる塩水を拭きながらつぶやいた。

 

僕が脳みそが錆びついた鉄人から死刑宣告を温もり付きで手渡された後、僕たち二年生の

クラスがある校舎の三階へやってくると、そこにあったのはバカデカく豪華な教室だった。

並の教室の4倍…………いや、5倍くらいあるよね。____________畜生。

元々僕のクラスメイトになるはずだった人達がどんな人なのか気になった僕は、

(ふち)まで煌びやかな装飾が施された窓から、中の様子を覗いてみた。

 

 

「皆さん進級おめでとうございます。

私はこの二年Aクラスの担任、高橋 洋子です。よろしくお願いしますね。

そしてこちらの方はこのクラスの副担任の、久保田 若志(くぼた わかむね)先生です」

 

「皆さん初めまして。高橋先生のご紹介通り、今日から皆さんのクラスの副担任を

務めさせていただく久保田です。一年間、よろしくお願いします」

 

 

髪を後ろでお団子状にまとめ、眼鏡をかけてスーツをきっちり着こなした知的美人と

少し痩せていて、髪も潤ってなさそうにしおれたオールバックの初老の紳士的男性が

凄まじく広い教室の後ろの人にも伝わるように、黒板代わりの巨大パノラマモニターを

使って皆に自己紹介をしていた。っつーかモニターでかッ‼‼

僕が驚いていると、高橋先生が再び説明を再開した。

 

 

「まずは設備の確認をします。ノートパソコン、個人用エアコン、個人専用冷蔵庫、

リクライニングシートその他の設備に不備のある人はいませんか? 」

 

ち ょ っ と 待 っ て ほ し い

 

 

今僕が耳にしたのは、大型家電量販店の搬入メモか何かか⁉

いや絶対そうだよそうに違いないよじゃなきゃおかしいもん認めるかこんな理不尽‼‼

学費が全生徒共通で何なんだこの差は‼

最近の社会縮図なんてメじゃないよこの理不尽極まる異空間は‼

僕が心中で嘆き身体で憤慨していると、いつのまにか話が進んでいた。

 

「……………では、次にクラス代表を紹介します。霧島さん、前へどうぞ」

 

「……はい」

 

 

先生に名前を呼ばれて席を立ったのは、艶やかな黒髪を腰元まで伸ばした大和撫子だった。

物静かな雰囲気を漂わせる彼女はその整った容姿も相まって、穢れを寄り付かせない

ある種の神々しさすら放っているようだった。………歩いたそばから花とか生えてないよね?

 

そんな彼女には、自然とクラス全員の視線が集まっていく。

Aクラス代表__________それはつまり、僕ら二年生の中で最も成績の優秀な存在。

この優秀な成績の人だらけのクラス内において、頂点に君臨する至高の頭脳の持ち主。

 

「……霧島(きりしま) 翔子(しょうこ)です。よろしくお願いします」

 

彼女は大勢の視線の集まる中、顔色一つ変えずに淡々と名を告げた。

しかし、これだけの美人がいるならとっくに誰かが手を出しているはずだよね。

なのにそういった浮いた噂が出てこないということは……………あまり考えないでおこう。

 

僕がある一つの結論に至って身震いしていたら、霧島さんは席に戻っていった。

彼女が着席したのを確認してから、再度高橋先生が話を切り出した。

 

 

「Aクラスの皆さん。これから一年間、霧島さんを代表として協力し合い、研鑽を重ねて

ここから更なる高みを目指してください。これから始まる『戦争』で、負けないように」

 

「皆さん。今日この時を持ちまして、私達は信頼できる仲間であり、友であり、

また互いを切磋琢磨し、各々の持つ個性を再発見させてくれる良きライバルとなります。

私と高橋先生から古きを学び、我々は貴方たちから新しきを学ぶ………これが私の望む

教師と生徒との理想的な関係。実現出来るよう、全力を持ってペンを取りましょう」

 

 

担任と副担任の締めの言葉が述べられ、教室から拍手が沸き上がる。

おっと、こうしちゃいられない。僕も手違いか何かで割り振られたクラスへ向かわないと。

僕は走らない程度の速さで急ぎながら、窓辺から手を放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年Fクラスと書かれた木の板のぶら下がってる教室の前で、僕は躊躇(ちゅうちょ)していた。

今時刻は8時36分………ヤバいな、言い訳のしようのないほどの遅刻だコレ。

新学期早々遅刻してくる人を、暖かく迎えられるほどの教養のあるヤツがいるのだろうか?

怖そうな人とか痛そうな人とか、嫌なヤツやBカップ以下の女子とかがいないといいけど……。

「なんて、考えすぎだよね………こんな僕を知ってる人なんて、そうそういないよ」

 

 

たかだか遅刻程度でビビッてどうするんだよ僕、いつももっとヤバいのと戦ってるじゃないか。

それに…………僕はあの日以来、後悔することは止めにしたんじゃないのか。

そうだ、そうだよ。泣くのも嘆くのも後にすればいい。

うん、大丈夫。僕は一年の時は本当に限られた人としか交流なかったからね。

そんな僕が遅刻してきたとして、後々に響くことなんて何もないって!

ネガティブに楽観的な方向に気を紛らわせた僕は、思い切ってFクラスの扉を開けた。

 

 

「すみません、ほんの少しだけ遅れちゃいました♪」

 

「さっさと席につけミイデラゴミムシ」

 

まさかの固有名詞ッ‼‼‼

 

 

「聞こえねぇのかカス野郎が、あぁ?」

 

全く、さっきから聞いてればなんて言い草だ。

いくらこんな吹き溜まりのクラスの教師でも、言い方ってものがあるだろうに。

僕は反抗の意を込めて、教壇に立っている男を睨みつけた。

身長は思っていたほど高く、薄い赤色の逆立った短髪が特徴的だった。

身体の輪郭は制服越しでは分かりにくいが、かなり鍛えられているように見える。

 

………………………ん? 制服?

 

 

雄二(ゆうじ)、そこで何してるのさ」

 

 

教壇から僕を見()ろして罵った男は、僕の悪友『坂本 雄二』だった。

制服を着用しているから分かるだろうけど、コイツは教師でも何でもない。

 

 

「んだ明久か。担任が遅れるってんでな、代わりに教壇から見(くだ)してみた」

「ソコはせめて見下ろすと言ってよ………」

 

本当に性格のねじ曲がった男だ。それでいて喧嘩で鍛えてるんだから余計質が悪い。

それにしても、今この野生児は代わってと言ったのか?

 

「代わってって、なんで雄二如きが?」

 

「いっぺん捻り潰すぞ。………まあ俺がこのゴミ溜めの代表だからな」

 

 

雄二がドスの効いた声で僕を脅した後で自分がクラスの代表だと告げた。

その言葉を聞いて僕は初めてこのクラスを一望した________そして絶望した。

ここは学校だと言うのに、まさか椅子が無い教室が設けられているとは。

流石と言うべきなのか、コレがFクラスなのか………………。

 

 

「おっ、来たみたいだ。先生、点呼終わってまーす」

 

「ああはい、ありがとうございます。それでは皆さんおはようございます」

 

 

僕がFクラスの環境に絶句していると、雄二が教壇から降りて空いてる場所に座った。

椅子が無い以上、僕も同じように空きスペースに座るしかないみたいだ。

丁度一人分の空き場所を見つけて座ると、入れ替わりで教壇に立った教師が話し出す。

 

 

「私は二年Fクラスの担任、福原(ふくはら) (しん)です。よろしくお願いします」

 

 

そう語りだした先生が黒板へと向き直ってチョークを手に…………したけど折れた!

ひっどいな、設備がボロ過ぎて他のは使えないみたいだ。

手を少し払って粉を落とし、先生は自己紹介を諦め次に進んだ。

 

 

「えー、各自もし設備に不備を感じたら、学校の規則に反しない程度でですが

自宅からの持ち込みを許可します。まあエアコンとか持ってきても無意味ですが」

 

 

だね。窓が割れて隙間風が素肌にダイレクトアタックしてきてるもん。

 

 

「えーでは、さっさと自己紹介して終わりましょう」

 

 

投げ出した! とうとう担任がクラスの事投げ出しちゃったよ‼

なんて僕がカルチャーショックを受けていると、先生が廊下側に視線を向けた。

多分廊下側から自己紹介を始めてくれとでも思ってるんだろうか。

すると廊下側の最前列の人はその意思を読み取ったのか、おもむろに立ち上がる。

 

「ではまずワシから。木下 秀吉じゃ、演劇部に所属しておる。

名前についてはかの偉人との関係を黙秘しておくぞい。

ちなみに承知していると思うが、この通りワシは『男』じゃからな」

 

 

そう言ってAクラスで見た霧島さんとは違った髪質の『美少女』が振り向く。

彼の名前は聞いての通り、すごく突っ込みたくなる点が二つほどあったけど…………。

何故美少女の秀吉がじじい言葉を使用しているかについては未だに謎だけれど、

もう一つの、何故自分の性別を偽るのかについて、これは皆理解している。

 

 

((((自分が女だって、まだ自覚出来てないんだな~))))

 

 

満場一致である。

 

 

僕らが体内のナノマシン(という怪電波)で意思を統一していると、

秀吉の自己紹介が終わっていた。ちなみに彼は僕の数少ない友人の一人だ。

そして数人の紹介が終わった後で、また僕の知ってるヤツが出てきた。

 

 

「………土屋(つちや) 康太(こうた)

 

 

相変わらずの口数の少なさで名を告げたのは、友人の一人だった。

身長は一般的な男子の中では小柄な方でも、引き締まった肉体で運動神経は

抜群な男なんだけど…………やたらと大人しいんだ、職業柄。

それにしても、見渡す限りに男だらけだなホント。

学力が学園最低ランクだからか、女子の姿がまるで見当たらないな……がっかり。

 

「_______です。海外育ちで日本語の読み書きがまだ不慣れです」

 

 

僕がさっきの友人の職業について深く考察していると、既に次の人へ。

なんだか男にしてはハスキーな声のトーンだなぁ…………ポニーテールの男子?

 

 

「あ、でも英語も苦手です。海外でもドイツ育ちで………えっと、趣味は____」

 

 

いや違った、普通に女の子じゃないかビックリした。

一名を除いて男だらけのクラスだと思い込んでたから、彼女を見てなかったよ。

しかしこのクラスに来るほどか…………仕方ない、僕が勉強を教えてあげようかな。

 

 

「_____趣味は吉井を殴る事です☆」

 

誰か彼女に世間の常識をご教授願えませんかッ‼⁉

 

 

とてつもない危険な言葉を吐き出した彼女を方を見て思わず悪態つく。

笑顔でこちらに手を振っていたのは_________危険な地雷源(かわいらしいおんなのこ)だった。

 

 

「うぅ………島田さん」

 

「吉井~、今年もよろしく………………ね?」

 

 

またしても僕の知り合いで、一年の頃から僕の命を狙っている島田 美波(みなみ)さん。

それにしても、あまりにも僕の知り合いが集まりすぎているような……………?

そういえば、類は友を呼ぶとかって言葉を聞いたことあるけど、まさかね。

 

 

八嶋(やしま) 快人(かいと)です、よろしく」

 

 

僕が悪夢のような考えに縛られていると、僕の前の人の紹介が終わったようだ。

よぉし、さっきの件で僕の評価は『遅刻してきたミイデラゴミムシ』となっている。

そんなふざけた悪評は、今からの自己紹介で拭い去る事が出来るはずだ!

 

こう言ったことは出だしが肝心なんだ。

僕は仮面ライダーとして戦わなきゃいけないし、他人をあまり巻き込みたくない。

だから極力、大勢との接触は避けなきゃいけないからね、うんうん。

そうだ、思いっきり滑ってみるのはどうだろうか?

いっそのことその方が僕一人で行動することが多くても問題は無い。

よし、それでいこう‼

 

 

 

 

 

 

 

「____コホン。えーっと、吉井 明久って言います。

僕の事はこれから、『ダーリン♪』って呼んでくださいね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「ダァァーーリィーーーン‼‼」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「失礼、忘れてください。とにかくよろしく……………オエェッ」

 

 

このクラスで生きていける自信が、音を立てて崩れ去った。

 

 




ハイ、頑張りました。
これからは少し文章を節約します。
じゃないとライダーバトル終わらないので。


最後の締めにバカテストを一つ。




『バカテスト ~国語~』

【第一問】

問、以下の意味を持つことわざを述べなさい。


「(1)得意な事でも失敗すること」

「(2)悪いことが続けざまに起こる喩え」



姫路 瑞希の解答

「(1)弘法も筆の誤り」

「(2)泣きっ面に蜂」


教師のコメント

正解です。流石は姫路さん、優秀ですね。
他にも(1)なら『猿も木から落ちる』や『河童の川流れ』
など、(2)なら『踏んだり蹴ったり』や『弱り目に祟り目』
などといった答えもありますが、ご存知でしょうね。



土屋 康太の解答

「(1)弘法の川流れ」

「(2)蜂弱り踏んだり」


教師のコメント

シュールな光景ですが、(2)はただ残酷です。



吉井 明久の解答

「(1)猿も木を誤る」

「(2)泣きっ面蹴ったり」


教師のコメント

何をどうしたら猿が木を誤るのか非常に
気になりますが、(2)について君は鬼ですか


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問2「僕と戦争と危険な出会い」


はーい風邪引きましたぁ~
近頃は季節の変わり目ですから、皆様もどうか
くれぐれも体調管理にはお気をつけなさいますよう
自分の不甲斐なさを見てお考え下さい。


それでは、どうぞ!


 

 

 

 

あー、気色悪かった。

まさかドン引きされるつもりのネタにこっちがドン引きさせられるとは………。

そんな僕の気持ちとは無関係に、教室内では自己紹介が続いている。

その後もしばらく名前を聞くだけの単調な作業の繰り返しで、いい加減飽きて眠たくなってきた

頃になって不意に建付けの悪い扉が開き、息を切らして苦しそうにしている女子が現れた。

 

「あ、あの! 遅れて、すみま、せん………」

 

「「「「えっ?」」」」

 

 

誰からということも無く教室全体から驚きの声が起こる。

まぁでも、それも仕方ないよね。

なんせ、やって来た人物が人物なんだから。

 

 

「丁度良かった。今自己紹介をしているところなので、姫路さんもお願いします」

 

「は、はい! あの、姫路 瑞希といいます。よろしくお願いします………」

 

 

元々小柄な体格の彼女は、さらに身体を縮こめるようにしながら挨拶をした姫路さん。

その肌は新雪のように白く、背中まで届く柔らかそうな髪は、彼女の性格を表すようだった。

そして今もモジモジと恥ずかしそうにしている彼女の姿は、その儚げで可憐な容姿も

相まって野郎だらけのFクラスで明らかに異彩を放っている。(勿論良い意味で)

でも、僕らは彼女の容姿を見て驚いたりしたんじゃない。

 

 

「あの、質問いいですか⁉」

 

「は、はい。何でしょうか?」

 

ああ、可愛いなぁ仕草も表情も何もかも。

 

「えっと、何でここに居るんですか?」

 

 

聞きようによってはかなり失礼な質問が浴びせられる。

でもこの質問はまさしくクラスの全員の抱いた疑問でもあるはずだ。

姫路瑞希さんは、その可憐な姿で人目を引くだけじゃなく、何より彼女は成績が凄い。

入学後の初試験で学年二位をマークし、その後のテストの全てで上位一桁台を維持して

おり、まさに全校生徒の憧れの的って感じの女子生徒だったからだ。

そんな彼女が成績最下層のこのFクラスに何故来たのか、誰もが疑問に思うはずだ。

__________________この僕以外は。

 

 

「それはその…………振り分け試験の最中に、熱を出してしまって………」

 

 

その言葉を聞いて、クラスのみんなが納得した。

試験途中で退室した場合、それがどんな理由であっても0点扱いとなってしまうのだ。

彼女は昨年の振り分け試験の途中で熱を出して退室し、この最低な環境のクラスへと

強制編入させられてしまったという訳なのだ。

姫路さんの話を聞いて、クラス中から言い訳の声がチラホラと沸き起こる。

 

 

『そう言えば俺も熱(に関する問題)が出たせいでFクラスなんかに』

『ああ、化学のアレね。確かに難しかったよな』

 

『俺は弟が事故にあったって聞いて、気が気じゃなくて』

 

『黙ってろ一人っ子が』

 

『前の晩に彼女が寝かせてくれなくてなぁ』

 

『今世紀最大級の大嘘をありがとよ』

 

 

思った以上に偏差値が低いようだ

 

 

「で、ではっ! 皆さんよろしくお願いしますっ!」

 

 

バカだらけの中で姫路さんが逃げるように僕と雄二の隣の空いていたちゃぶ台に着いた。

ああそう、言い忘れていたけど………このクラスには椅子どころか机すらも支給されてない。

机代わりにちゃぶ台が、椅子代わりに畳と座布団が敷かれていた。いやはや、酷過ぎる。

こんな環境下に彼女を置くだなんて、もはや犯罪のにおいすらしてくるようだった。

 

 

「き、緊張しましたぁ~……」

 

隣のちゃぶ台に着くや否や、安堵のため息をついて突っ伏した姫路さん。

実は彼女とは小学校で同じクラスになったことがあり、何度も話したりして

彼女の事を心から好きになったこともあった。まぁ昔の話だけどさ。

今はそんな感情を抱いている場合じゃないし、あの事件以来僕は今までとは正反対の

暗い性格になっちゃって彼女と関わりがなくなったから、それっきりに。

 

 

「あ、あの……吉井く______」

 

「おい明久ぁ、ちょっといいか?」

 

 

ん?今姫路さんに呼ばれた気が………気のせいかな?

いけないね、僕はまだ未練を引きずっているのかもしれない。

僕はもうライダーなんだから、極力人とは関わらない生き方を決意したはずなのになぁ。

そうだ、今雄二から呼ばれたんだっけ、聞いてやらないとね。

 

 

「んー?何ー?」

 

「実はよ……………いや、HRの後でいいわ。廊下にでも来てくれ」

 

「え?んまぁいいけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで?話って何?」

 

 

HRが終わった直後、僕は雄二に言われた通りにFクラスの廊下に出てきた僕は

腕を組んで壊れそうな扉に寄りかかっている雄二に話の内容を聞こうとした。

 

 

「明久、お前さ………このクラスをどう思うよ?」

 

「え? このFクラスが? えっと………最悪?」

 

「良く分かった、もういい喋るなバカが感染する」

 

ミンチにすんぞ赤ゴリラ

 

「まあいい。それよりもお前のことだ、どうせ『僕の本来のクラスになるはずの

クラスにはどんな人がいるんだろうか』とでも思ってAクラスの中でも覗いたから

遅刻したんだろ?どうだったよ、あのクラスの設備は?」

 

 

嘘みたいに心情を看破されて数分前の僕の行動を言い当てた雄二。

まぁ半分しか当たってないからセーフだよね、多分。

とにかく、僕が見てきたのは事実なんだし、教えてやってもいいかな。

 

「うん、凄かったよ。あんな教室見たことないって」

 

「だろうな。そんで、それについて俺からの提案があるんだが」

 

提案?何を言ってるんだこのバカは(笑)

 

 

「何が提案だよ。『今から話すこと実行すっから覚悟しろ』って顔してるよ」

 

「はっ、お前にしては勘がいいじゃねぇか。そうだ、『戦争』を仕掛ける」

 

「『戦争』? もしかして『試験召喚戦争』の事?」

 

「そうだ。略して試召戦争とも言うがな。それをAクラスに仕掛けるんだ」

 

 

何を言ってるんだこのバカは(真顔)

 

 

試験召喚戦争、それはこの学園が世間とは全く異なっている要因の一つ。

今更ながら説明すると、この学園には『試験召喚システム』という物が存在する。

このシステムは学園に所属する者のみに与えられるもので、簡潔にまとめると

『テストで取った点数が強さに比例する召喚獣を召喚し、使役するシステム』なのだ。

文月学園の学園長ら数人の科学者の『科学とオカルトと偶然』によって生み出された

(というか発見した?)システムを使用して、二年生以降の各クラスが互いのクラスの

設備や環境を目当てに引き起こせる、クラス単位での戦争行動こそが試召戦争のことだ。

そしてこの文月学園において、最高ランクのAクラスから順にB、C、D、Eときて最後に

残った落ちこぼれクラスが僕らなのだ。最強に最弱が挑む? 結果は僕でも分かる。

 

 

「いや、あのさ…………正気?」

 

「お前の憐みの視線ほど腹の立つものを、俺は知らん」

 

 

言いたい放題のバカに好き放題言われて腹の立った僕だが、僕の目の前に居るこの男は

何も考えずにこんなアホみたいな事を言うような奴じゃ無い……………はず。

とにかく、言葉の意味を聞きださないと。

 

 

「雄二の失礼な物言いはともかく、なんでそんな事を?」

 

「あ? んなもん俺だってこのクラスに不満があるからに決まってんだろ」

 

 

あからさまな嘘で取り繕う悪友を見て、僕はある事を思い出した。

この男が遅れてやってきた姫路さんの事をまじまじと見ていたことを。

しかも普通の女子を見るような目ではなく………その、想いを寄せる相手へのような。

これはもしかして、姫路さんの事を考えての言葉なんだろうか。

だとしたらこの戦争は彼女への最高の贈り物になるんじゃないだろうか。

 

 

「是非協力させてくれよ雄二」

 

「ん?んぉ、そうか。(何か急にやる気になったな…………)」

 

 

もしそれが本当なら、僕はこいつに恩を売ることが出来る。

そうしておけば、いつかは分からないけどきっとその事を有効的に活用出来る日が来るはずだ。

僕はなんて頭が良いんだろう! いわゆる先行投資ってヤツだよねコレ!

 

 

「と、とにかくさ! こんな大事な話を僕達だけで決めたら不味くない?」

 

「んな訳あるかよボケ。キチンと捨てご…………同志諸君にも話はつけるさ」

 

 

今コイツ捨て駒って言おうとしてなかったか?

 

 

「でも、だったら何で僕にだけ最初に話しかけたの?」

 

「これから話すことは、お前じゃ理解出来んから分かりやすく話しとこうと思って」

 

「おいゴリラちょっと表出ろや」

 

「落ち着けバカ、ここはある意味表だっつの」

 

 

そうだった。

僕に無礼な物言いをした雄二は、そのままFクラスの中へ入っていった。

僕もそれに続いて行ったが、既に雄二が壊れかけの教卓に手をついていた後だった。

そのまま雄二は大きな声で注目とだけ言い放ち、僕の着席を待っていた。

すぐに僕も近くのちゃぶ台に座って雄二の話の続きを聞く準備をした。

 

 

「良く聞いてくれ諸君、さっきの自己紹介で名乗った通り、俺がFクラスの代表の

坂本 雄二だ。坂本でも雄二でも代表でも、将軍でも閣下でも好きなように呼んでくれ」

 

 

後半おかしいと思ったのは僕だけ?

 

 

「まあ俺の呼び名なんてのは、正直どうでもいいことだ。

それよりも、俺は皆に一つ聞きたい……………………………なぁみんな」

 

 

腐っても小学校時代、その明晰な頭脳から『神童』と呼ばれていたらしい。

そんな彼は人の視線を集めることも、間を取ることも上手いようでクラス全員が彼に注目した。

雄二が皆の様子を確認した後で、雄二の視線はクラスの各所に移りだす。

 

カビ臭く、薄汚れた教室の壁に。

 

古くなって綿の抜けた座布団に。

 

傷だらけで痛んだちゃぶ台に。

 

それに連られて僕らも視線を追い、それらの備品を辿っていった。

 

 

「Aクラス様は、噂じゃ冷暖房完備の上で座席にはリクライニングシートらしいんだが………」

 

 

雄二はここまで言って一呼吸置いた。

そして軽く息を吸って、さっきよりも少し大きな声で語る。

 

 

「___________不満はあるか?」

 

 

『『『『大ありじゃぁっ‼‼‼』』』』

 

 

二年Fクラス生徒の、魂からの叫びであった。

 

「そうだろうと思っていた。俺とてこの現状は大いに不満だ。このクラスの代表として

問題意識すら抱いていたところだ。(主にお前らの成績についてだがな)」

 

『そうだそうだ!』

 

『いくら学費が安いってったって、この待遇はあんまりだろう!』

 

『そもそもAクラスだって同じ学費だろう⁉ 差が激し過ぎんだろうが‼』

 

川の堰を切ったように溢れ出す愚痴の数々。

僕も同じように思っているが、ここまでとは……………。

 

 

「皆の意見はもっともだ。そこで…………」

 

捨て駒、もとい級友達の反応に満足したのか、自信に満ちた顔に不敵な笑みを浮かべた。

そのまま野性味たっぷりの表情を見せ、さらに話を続ける。

 

 

「これはクラス代表としての提案なんだが………FクラスからAクラスに対して

試召戦争を仕掛けてみようかと思っているんだが………………どうだ?」

 

 

僕らFクラスの代表は、学年最初の戦争の引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、なんか悪いな『友香』。こんな時間になるまで待たせてよ」

 

「いいのよ『根本』君。私達一応付き合っているんだし」

 

「一応………かよ」

 

夜も7時をとっくに過ぎた頃、一組の男女が薄暗がりの通路を歩いている。

男のほうは長身で、おかっぱな髪型をしていて卑屈そうな笑みを見せている。

女のほうは中背で、サラサラのキレイにそろえた短髪でクールな顔つきをしている。

二人は並んで歩いていてカップルのような会話をしていたが、足並みはバラついていた。

やはり四月半ばの夜はまだ肌寒いようで、友香と呼ばれた少女は少し身震いをした。

 

「それにしても、たしか二週間前だったっけ? この辺りでまた出たらしいぜ」

 

「出た? 幽霊か何か? 根本君ってそういうの信じる人だったの?」

 

「いやいや、そんなんじゃなくてな。お前知らないの?『赤い騎士』の噂」

 

「ああそっちね。聞いたことは何度かあるわよ。」

 

__________都市伝説『赤い騎士』の噂。

 

 

文月学園の生徒だけでなく、町全体で囁かれている都市伝説の一つ。

基本的に夜に見られることが多く、また発見できてもすぐに忽然と姿を消してしまう。

最近ここら一帯で起こっている連続失踪事件にも、関係があるとも言われている。

そして最も有名な噂が、『怪物から人々を救っている』というものだ。

目撃例が多々挙がっているその怪物達と、赤い騎士が戦っている姿もまたたびたび目撃

されているのだという。

 

 

「でもそれって噂でしょ?」

 

「いや、この間もAクラスの奴が助けられたって言ってた。今も信じられないけどな」

 

「ふぅん」

 

 

まるで興味が無さ気に呟いた友香を見て、根本もまたすぐに話題を終わらせた。

そのまま歩き出していつも通りに家路につき、眠り、明日を迎え、また学校で勉強する。

そんな繰り返しが日常だと考えていた二人の背後に、一瞬だが影が横切った。

友香はそれに気付いて振り返るが、街灯が道を照らしているだけだった。

 

 

「どうした友香?」

 

「今、誰かいるような気がして……」

 

「はっ、何? お前俺の話真に受けたのか? これは傑作だね」

 

「……………気のせいよ。行きましょう」

 

 

根元の口ぶりに少し腹を立てた友香は再び振り返って歩き出す。

先ほどより歩調を早めた彼女の後ろをついて、根本もまた歩き出した。

二人は前後に並ぶように歩いているが、会話は全く無くなっていた。

 

 

『シィィィィ………………』

 

そんな二人の後ろ姿を、一つの異形が覗いていた。

青みがかった体表に、人間の眉のような部分と直結したような形状の白く長い触覚。

胴体には臓器を思わせるような、むきだしになった黄色や白の装甲。

そして何より特徴的なのは、その背に背負った巨大なブーメランだった。

 

カミキリ虫型のミラーモンスター、名を『ゼノバイダー』という。

 

ゼノバイダーはまるで江戸時代の忍のような身のこなしで二人の後を追いかける。

道路に、屋根に、電柱に、彼は飛び回ったり飛びついたりして着実に二人に近付いた。

 

「………………」

 

「どうした友香?」

 

「いえ、なにも…………」

 

 

先ほどからやはり何かがおかしいと感じたのか、何度も振り返る友香を怪しむ根本。

だが二人して振り返っても、怪しい者の姿も、噂の『赤い騎士』らしき者の姿も見られない。

根本は怖がり過ぎだと笑い飛ばし、さらに友香の機嫌を損ねるが気にしない。

友香は根本の言葉に耳も貸さないが、やはり違和感を拭えずに立ち止まっては振り返る。

 

 

『ヒュゥゥゥ……………キュルルァァ…………‼』

 

 

その姿を見ているゼノバイダーは、静かにほくそ笑んだ。

自分が見つかるはずが無い、見つけられるわけが無い。

人間(エサ)が自分に捕食され、そのゴミのような命を落とす瞬間になって初めて知覚する。

自分の肉体が未知なる存在によって、喰われていることに。

この鏡世界(ミラーワールド)にいる自分は、ゆっくりと安心してエサの品定めが出来る。

さぁ、どっちから先に食べてやろうか。

 

 

『キュアアァァァ…………………‼』

 

 

友香が立ち止まって振り返るたびに、根本は位置上の関係で立ち止まる事を余儀なくされた。

その事に段々と腹が立ったのか、友香がもう一度振り返った時に、怒鳴ってやろうと考えた。

そして彼の思惑通りに友香が足を止め振り返ろうとした時、根本は聞いた。聞いてしまった。

 

 

『ギュルルゥワァァアァァーーーーッッ‼‼』

 

 

背後からか細くも凄まじい咆哮が轟いてきたのを。

その轟声に驚いて固まっていた根本の目の前で、友香がクルリと振り返った。

そして何を見たのか、手を口元に当てて目を見開き、大声で叫んだ。

 

「きゃああぁぁぁぁ‼‼」

 

「ごッ…………ば、あぁ……」

 

「うわぁ⁉ な、何なんだ‼」

 

友香と同じように根本も振り向き、背後の光景を目の当たりにする。

 

その光景は、悲惨の一言に尽きた。

根元の後ろには定時の見回りだろうか、一人の警官が自転車に乗っていた。

だがその警官の心臓の辺りからは、白い刀剣状の物体が突き出ていた。

血に塗れたその物体が突如引き抜かれ、警官が力なく道路にドサリと倒れ伏した。

しかし、警官の手がピクリと動き、顔が少しずつ上がってきて二人を捉える。

友香はただ怯え、根本もまた突然の異常事態に足がすくんでしまっていた。

 

『キュルル‼ ジィィィ………………キュルルァ‼‼』

 

「あ、ああ………………ああああああああ‼」

 

 

警官はどうやらまだ息があったようだった。

幸運にも白い物体は、心臓に直撃していたわけではなく横に逸れていたようだった。

だがそんな幸運をあざ笑うかのように謎の唸り声の主が姿を現し、警官の足を掴み

ズルズルと引きずり始め、どこかへ連れ去ろうとしていた。

悲鳴を上げながら血の跡を付けて暗がりへと消えていった警官と怪物。

根本と友香はようやく状況を理解したのか、その場から走り出した。

背後からは重い物が引きずられる音と、断末魔のような悲鳴が聞こえている。

友香は目元に涙を浮かべて走り、根本はただ人気(ひとけ)のある場所をめざして走った。

 

『シィィィ…………ギュルルゥワァァ‼』

 

 

今日はなんと幸運な日なんだろうか。

二人のうちどちらを先に食べようか迷っていると、まさか三人目がやってくるとは。

思ってもみなかった幸運に、ゼノバイダーはただただ奇声を上げて喜んだ。

まずは最初に"あえて"生かしておいた人間を掴んで、自分の寝床へと運び込む。

すると残りの二人が逃亡を図った為、夕食前の運動を楽しむように後を追った。

 

「何なんだ、何なんだよアレぇ⁉」

 

「私が、知るわけ、無いでしょ‼」

 

 

走りながら意味のない質問を投げかける根本に、怒りを込めて返す友香。

二人は息を切らしながら背後を恐る恐る振り返るが、怪物の姿は見当たらなかった。

ひとまずは安心と息をついた二人だったが、背後から風を切る音が聞こえてきた。

 

 

___________ヒュン‼

 

 

「痛ッ‼」

 

「ゆ、友香‼ クソ、もう来たのか」

 

 

再び風を切る音を鳴らしながら闇の中へ帰っていく、白いブーメラン状の物体。

その刃のように鋭い部分が友香の右足を軽く裂いて、彼女の肌に赤い脈を生み出す。

 

「根本君、足が! 足が切れて…………痛い‼」

 

「ああ、友香………………ッ‼」

 

 

友香が右足を抱えてしゃがみこみ、それを心配した根本が彼女を抱き起そうとした時

背後から警官を襲った怪物の奇声が聞こえてきて、それを断念させた。

足を震わせながら背後の暗闇と友香を交互に見比べた根本は、迷っているようだった。

 

 

「ねぇ根本君! お願い、早く助けて‼」

 

彼女である友香が泣きながら彼氏の根元に懇願する。

その姿を見てさらに顔を焦りに歪ませた根本は、再び背後を見つめる。

 

 

『ギュルルゥワァァアァァーーーーッッ‼‼』

 

「うわ、うわぁぁぁーーーッ‼」

 

「根本君⁉ どこに行くの、ねぇ待ってよぉ‼」

 

 

背後から再び迫って来た怪物の声で、完全に心が恐怖に屈した根本は友香を見捨てた。

情けなく走り去っていく根元の背を、涙で歪んだ視界のままに見つめる友香。

泣き崩れる彼女の背後に、ゆっくりと怪物が歩み寄る。

その手にした巨大ブーメランを振り上げ、友香の身体を引き裂こうと近付く。

友香はただ、迫り来る怪物に怯えながら死を待つだけだった。

 

 

『シィィィ……………ジィィィ‼』

 

 

狙い通りに女の方を動けなくしたゼノバイダーはゆっくりとエサに近付く。

男の方はあえて逃がした。自分は逃げるエサを追いかけて喰うのが好きだから。

戻って来たブーメランを手にして、婉曲した部分を鎌のように見立てて振り上げる。

さっきの男はもう胃袋に収めた、さぁ次はこの女の番だ。

今度は冷めた身体じゃなく、体温の残った暖かい肉を丸のみにしたい。

抑えきれない食欲を胸に、ゼノバイダーはその武器を女に向けて振り下ろした。

 

 

 

 

【ADVENT】

 

 

『ギュルルァ? ___________ッギイィ‼‼』

 

 

怪物がその血塗れの武器を振り下ろそうとした瞬間、何かが頭の上を掠めた。

何が起きたのか理解出来なかった友香は、ゆっくりと後ろを振り向いた。

するとそこには、空中に浮かぶ真っ赤な躰の龍のような怪物がさっきの怪物と戦っている

またも現実離れした異様な光景が広がっていた。

慌てて後ずさった彼女は、後ろにいた何かにぶつかり小さく悲鳴を上げた。

 

「大丈夫⁉ 怪我は無い⁉」

 

「え…………赤い、騎士?」

 

 

そこには、噂に違わぬ『赤い騎士』が立っていた。

 

 

 

 

 

 






あー、頭痛いのぉ。
そんな訳で更新いたしました。

個人的にバカテスが好きなのでそちらの成分が
少し多めに入っていく予定です。(まぁ序盤だけですが)


ちなみにバカテストですが、毎回は持たないので
ライダー関連の無い話にのみとさせていただきます。
これからバトルが激化し、またそれに比例して人間の被害者も
増えていくので、グロ表現も当然増えていくわけなのですが、
それが苦手な方は…………閲覧を控えるか否かはお任せします。


ご意見ご感想、お待ちしております。


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問3「僕と着替えと彼女の素顔」



先日定期の握力測定をしたところ、
右手だけが筋痙攣………要するに吊りました。
そして昨日は友人達とストレス解消と称して
バトミントンをしたんですが…………今朝筋肉痛になりました。


何故こうも右腕だけがこうなるのでしょうか。
幻想殺し、いわゆるイマジ○ブレイカーにでも目覚めたのか
少しワクワクしながら待ってましたが、気のせいでした。


それでは、どうぞ!


 

 

「ねぇ君、大丈夫⁉ 怪我は無い?」

 

「…………え、ええ。大丈夫だけど」

 

「なら良かった! なら、すぐに隠れるんだ‼」

 

 

それだけ言うと、赤い騎士は謎の怪物と赤い龍の行った方向へ向かった。

その方向へと友香が目線を向けると、先程の怪物が赤い龍に噛みつかれて悶絶していた。

そこへ赤い騎士が飛び込み、さらに訳の分からない状況になってしまっていた。

友香は目の前の状況が現実だとは思えなかった。

突然現れた不気味な怪物が自分の目と鼻の先で警官を殺害し、その怪物が今度は自分を

狙ってここまで追って来て命を絶たれようとした時、またしても突然に現れた都市伝説の

赤い騎士が同じく赤い体表の龍のような怪物と共に自分を助けてくれたなどと。

 

「夢でも見てるのかしら…………………痛ッ!」

 

 

友香が自分の見ているものが幻覚か何かだと思い込もうとした途端、右足の足首に

痛みが迸り、これが現実であり事実であることを無理矢理再確認させた。

自分の足から巡ってきた痛みに顔を歪ませた直後、再び顔を上げると__________

 

 

「______________え?」

 

 

 

その先に、赤い騎士も龍も怪物も、何も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ジィィイイ‼ ジュルルァァア‼』

 

 

今、僕の眼前にはさっきまで女の子を襲っていた怪物がいる。

右手には巨大なブーメランを握りしめていて、僕を威嚇してきている。

おそらく僕が今丸腰だから自分が有利なんだとでも思っているんだろうか。

 

 

「まぁでも、その程度ならどうとでもなる!」

 

『ジュルルリィィ………?』

 

【SWORD VENT】

 

 

僕は冷静に腰のバックル、もといカードデッキから一枚のカードを取り出し

左手首から先に装着されている【龍召機甲(ドラグバイザー)】にそのカードを装填して読み込む。

カードには僕がさっき召喚した僕の契約モンスターの尻尾を模した刀剣が描かれている。

僕がソードベントのカードを読み込んだ直後、空の彼方から風切り音が聞こえてきて

頭の少し上に掲げた僕の右手に、先程の絵柄通りの姿の刀剣が飛んできた。

いつ見ても僕にピッタリのサイズのこの剣の切れ味は、並の銃弾の通らない鏡世界の怪物(ミラーモンスター)の固い

体表を易々と切り裂けるほどであり、それを証明する輝きが今も月明かりに反射する。

 

 

「さて、まずは厄介なブーメランから行こうか………?」

 

『ジュルルァァア‼』

 

 

僕が狙いを呟いた途端、ヤツはやってみろと言わんばかりに飛びかかって来た。

右手に握ったブーメランの刃先を僕に向けて、二度三度と振り回して牽制してきた。

僕はその刃先を手にした刀剣、ドラグセイバーで弾いて僕への攻撃を許さない。

四度目の攻撃をドラグセイバーで受け止めたが、その直後に怪物の触覚が僕の右手に

巻き付いてギリギリと締め付けてきて、ドラグバイザーは僕の手から零れ落ちた。

まるで勝ち誇ったように肩を揺らしてわめく怪物________ゼノバイダーの目を見て

僕も同じく勝ち誇ったように仮面の下でほくそ笑んだ。

 

 

「いいぞ、そのまま縛って放すなよ………………おっりゃぁぁあぁぁ‼‼」

 

『ギュィイィィイッ‼⁉』

 

 

右手にゼノバイダーの触覚を絡ませたまま、僕は左手で右手を押さえながら

体の向きを反転させて、ちょうど柔道の一本背負いのような体勢を取った。

僕の行動が予想外だったのか、ゼノバイダーは触覚を元に戻せないまま引っ張られ

フワリと宙に浮いて僕の眼前に、無様に腰を強く打ち付けて地面に倒れた。

そのまま左足でゼノバイダーの頭部を踏みつけて、一気に右腕を真上へと上げる。

僕の足元でブチブチと嫌な音を立てながらゼノバイダーがもがいているけれど、

そんな事には構わない……………………コイツはもう、一人殺しているんだ‼

 

『ジュイッ‼ ギィィィイィィジィィ‼‼』

 

「んんんーーーーッッ‼」

 

 

さらに足と腕に力を込めた僕の足を振り払おうとしてきた

ゼノバイダーの手を、僕は右足で器用に打ち払って再び元の位置に戻す。

そして戻した右足のかかとをキュッと鳴らして、一気にゼノバイダーの頭部

めがけて蹴りを全力でかました。

 

 

___________ブチィイィッ‼‼

 

 

不快な音と共に僕の右腕のしがらみが随分軽くなった。

そう、僕はゼノバイダーの二本の触覚を無理矢理引き千切った。

最初にブーメランの方へと注意を向けさせて、本命への警戒を薄めて

チャンスをうかがい、一気に無力化する。それが僕の作戦だった。

作戦は見事に成功し、頭部を押さえながら悶絶するゼノバイダーを尻目に

ドラグセイバーを落とした場所へと転がっていき、地面に落ちたソレを拾った。

 

「よし! これでやっと互角だな‼」

 

『…………………ジュアァァァ』

 

僕がドラグセイバーを拾って構え直した直後、ゼノバイダーはフラフラと

立ち上がって僕を睨みつけるが、もうブーメランの攻撃はさほど怖くは無い。

何故なら、僕はこのゼノバイダーと戦闘をした事があるからだ。

と言っても、今目の前にいるヤツじゃなく、あくまで同族とだけど。

だからこそ、コイツとの戦い方は良く分かっている。

さぁ、第二ラウンド開始と行こうか怪物(モンスター)

 

 

『ギュルルァ……………ジィ、ジィィィイイィ‼』

 

コイツは、ヤバイ。

今までこんな相手は出会ったことが無い、だが分かる。

本能的に目の前の生き物の危険性が理解出来る、コイツには勝てない。

悟ってしまった。力量を見誤ってしまった。

こんな奴がいると知っていたら、あんな人間(エサ)になんて手は出さなかった。

どうすればいい、戦うか?

いや、触覚を失った今、感覚が半分以上断たれたに等しい……………無理だ。

ならば、このまま逃げるか?

コイツが追ってこない確証は無いが、まだ生きられる可能性はある。

…………………………………………決まりだ。

 

 

「ん? 逃げる気か?」

 

どうやらコイツは逃げる気らしいが、そうはいかない。

僕はドラグセイバーを握る手に力を込めて、一気に距離を詰める。

ゼノバイダーは僕の気配に気付いて大きく跳躍し、屋根の上に登った。

 

「クソッ! コレじゃ届かない‼」

 

『ジュルルァァ……………ギッジイィィ』

 

 

僕が追撃してこない事を確認して喜んだのか、一声上げたゼノバイダーは

そのまま他の民家の屋根に飛び乗って逃走を図ろうとしている。

でも、何も打つ手が無い訳じゃないんだよね、これが。

 

 

【STRIKE VENT】

 

「コイツで撃ち落とす‼」

 

 

僕は折角拾ったドラグセイバーを破棄した。

ピシピシと薄氷にヒビが入るように剣がひび割れ、パキンッと小気味良い

音を立てて砕け散り、代わりに空いた手でデッキから新たにカードを

取り出して左手のドラグバイザーに装填して読み込んだ。

その直後に、ドラグセイバーの時とは違って僕の正面の方向から

ストライクベントのドラグクローが僕の右手めがけて飛んできた。

 

 

「さぁて、避けるなよ………」

 

 

僕の右手のドラグクローの口内が赤く光る。

口内に収まりきらなくなった炎が溢れ出て、右手の周囲を飛び回る。

さて、もう充分にパワーは溜まった頃だろう。

 

「コイツで__________止めだァッ‼」

 

僕は二週間前に踏んだ手順を繰り返して、同じように右手を突き出した。

その瞬間、ドラグクローから大火力の火炎球が飛び出し、屋根の上から

こちらを見下ろしていたゼノバイダーの腹部に直進していき、衝突した。

轟音と共に周囲を赤い爆炎が包み込み、跡形も無くなってしまった。

完全に奴を消滅させたことに安心していると、僕の身体を包んでいた

契約の装甲、つまり『龍騎の鎧』が少しずつ塵になってき始めていた。

 

「ヤバい! もう時間になっちゃうのか‼」

 

今まで僕が戦っていたのは、普段僕が生きている世界とは鏡を隔てて

存在しているもう一つの世界…………鏡世界(ミラーワールド)という世界だ。

そこでは僕ら人間はそのままの姿では生きることが出来ないらしい。

この世界に住んでいるのは、鏡世界の怪物達だけ。

しかもそいつらのエサは僕ら人間なんだから、笑えない。

 

「とにかく、急いでここから出ないと‼」

 

 

僕のようなライダーならばある程度はこの世界の現象に耐えられるが

普通の人間であればこの世界に足を踏み入れて三分も肉体は保てない。

僕だって命は惜しい……………早く戻らなきゃ‼

 

 

「ふぅ………間に合ったか」

 

 

と言うことで元の世界に戻ってこれた。

普段通りの世界に戻って来た瞬間、龍騎の鎧が限界を迎えて砕けた。

その途端に僕の本当の肉体が外部に露わになって、まだ春先の夜風が

僕の汗ばんだ額や首筋に当たってヒンヤリとして心地よかった。

 

 

「______________あなた確か、Fクラスの‼」

 

「えっ?」

 

 

さっきの女の子、なんでここにいるの⁉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで取りあえず大丈夫なはず」

 

「うっ………あ、ありがとう」

 

 

あのまま外に放置してたら、傷口からばい菌でも入って化膿

するかもしれなかったから、一先ず僕の家で手当てすることにしたけど……。

いくら何でも、女の子を夜中に家に招き入れるのはマズかったかな?

 

 

「ねえ、吉井君…………だったわよね」

 

「え? あ、うん。そうだけど、何かな?」

 

「あの……………さっきの事なんだけど」

 

 

やっぱり、聞くに決まってるよね普通。

そりゃ、僕も同じ立場だったらそうするもんね。

でも無関係の人間を巻き込むのは気が引け……………もう巻き込まれてるか。

僕がどう答えようか返答に困っていたら、彼女が勝手に話し始めた。

 

 

「そうか、あなたFクラスだから上手く話せる訳無いわよね」

 

 

この子助けない方が良かったかもしれない。

 

 

「いや、そう言うんじゃないけど………」

 

「けど、何よ? 話せない訳でもあるの?」

 

 

ううん、こんなに高圧的なタイプだったなんて…………。

しかもこの人、どこかで見たことあると思ったらCクラスの代表になった

『小山 友香』さんじゃないか! ____________今更だけど気付いた。

でも確か彼女はBクラス代表の、根本君、だったかな?

その人と付き合ってたはずだよね。何で一人であそこに居たんだろう。

 

「いや、それよりも………なんであんな場所に一人でいたの?

家が近いにしても、女の子一人であんな夜道は危ないと思うけど……」

 

「別に、何でもいいじゃない」

 

「良くないよ! 現にこんな目にあったんだしさ!」

 

 

僕が正論を唱えると、彼女も俯いて黙ってしまった。

マズいな、もしかしたら触れたらいけない問題だったのかも。

何か言って取り繕おうとしたら、彼女が口を開いた。

 

 

「____________見捨て、られたの」

 

「え? 何だって?」

 

「だから! 見捨てられたって言ったでしょ‼」

 

 

顔を覗き込もうとしたら、いきなり大声で叫びだした。

しかも、あまり聞き捨てならないような言葉を。

僕は気になってその言葉の真意を聞いてみることにした。

 

 

「えっと、それってもしかして根本く「その名前は聞きたくない‼」………ハイ」

 

どうやら悪い方の予想が当たってしまったらしい。

Bクラスの根本君…………良い噂は元々聞かなかったけど、まさか女の子を

夜道に見捨てて置き逃げするような男だっただなんて。

 

「いくら何でも酷過ぎるよ、そんなの!」

 

「…………何よ、急に」

 

「だって、だってそんなの‼ …………ゴメン」

 

「今度は何なのよ、急に、謝ったり、してぇ……………ううぅ」

 

小山さんは僕の言葉を聞いたすぐ後で、火がついたように泣き出した。

両手で自分の顔を覆っているのは、僕に泣き顔を見られたくない為か。

それでも、緊張の糸が解けたようですぐには泣き止みそうになかった。

 

 

「うっ………うう、ごめんなさい。急に、泣いたりして…………」

 

「ううん、大丈夫だよ。僕の方こそ、ゴメンね」

 

「いいの、平気よ。私こそ取り乱してごめんなさい」

 

 

それから大体五分ほど経った頃だろうか、ようやく小山さんが

泣き止んでくれて話せる状態にまで落ち着いてくれた。

取りあえず涙をティッシュで拭いてもらって、そこから話でも………。

 

 

「__________寒い」

 

「へ?」

 

「だから、寒いって言ってるの! ココアか何かぐらい出しなさいよ!」

 

「えぇ………分かったよ」

 

 

何でか知らないけど急に寒いと言い出した彼女の要望通りに、

台所へ暖かい飲み物を作りに行った………………ココアなんてあったかな?

 

「えっと、ココア………ココア……………やっぱり無いか。どうしよ」

 

小山さんの言ってたココアが無かったから、仕方なく備えのお茶を棚から

引っ張り出してお湯を汲んで流し、しっかりと濾して湯呑に注いで

リビングの方で待たせている小山さんの元へとこぼさないように運んだ。

 

「小山さんゴメン、ココアが切れてたからお茶で…………も………」

 

「_____________きゃああぁぁ‼」

 

 

僕がリビングのドアを足で開け放つと、そこには何故か制服を脱いで

まさに着替え途中の状態の小山さんと目があってしまった。

急いで廊下へ出て小山さんの着替えを見ないようにする………もう遅い気もするけど。

お茶をこぼしそうになりながらも、僕は震える声で小山さんに問いかける。

 

 

「えっ…………とぉ……小山さん? あの、その、大丈夫?」

 

「_________________________」

 

 

無反応が怖過ぎる。

 

「あの、こ、小山さん?」

「______________見たわね?」

 

 

まるで地獄の底から響いてくるような底冷えする音程で僕の問いかけに

応じているようないないような感じの返答をしてくる小山さん。

とんでもなく恐ろしく、今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られながら

取りあえず僕の身の潔白を証明しようと試みる。

 

 

「み、見てません! 決して‼」

 

「本当に? 本当に見てないのね⁉」

 

「も、勿論! 白いパンツも薄い水色のブラも細い腰のくびれも

何一つ僕は見てないのでご安心してください‼」

 

「バッチリ見てんじゃないのよ‼‼」

 

 

しまった、まさか語るに落ちることになるとは。

 

 

「ごごごごめんなさい! 見てない訳じゃないわけでそのあのえっと」

 

「___________はぁ、もういいわよこのバカ…………」

 

 

何故だか分からないけど、何やらお許しを頂いたようだ。

でも、ホントに何であんな所で着替えなんか………着替え、なんか。

 

(ううん、でも本当に凄かったな。どちらかと言えば胸がおっきい方が

好みの僕がああも心を乱されるとは、でもそれが女の人の体の不思議なのかな。

サラサラの髪も綺麗だったし、腰も本当に細くてくびれてたし、それに………)

 

「ちょっと、吉井君てば」

 

「えひゃいッ⁉」

 

 

僕が先程の光景を脳内ディスプレイで再生していたら、当のご本人が

リビングから顔だけ出して僕の事を呼んでいた。

呼びかけに応じてお湯呑みを持ちながら入ると、小山さんは文月学園指定の

ジャージを上下ともに着ていて、少し身震いしていた。

 

 

「えっと、なんでジャージなんかに?」

 

「それは、さっき走った時に汗かいちゃったから………着替えもあるわけないし

仕方なく今日は使わなかったジャージにでも着替えようと思ったのよ」

 

「なるほど、そういう訳だったのか。あ、これお茶」

 

「ありがとう。…………お茶? 私ココアが良いって」

 

「無かったんだってば。仕方ないじゃないか、独り暮らしなんだし」

 

「え? そうだったの?」

 

 

意外そうな目で僕を見つめる小山さん。

高校二年生で一人暮らしってそんなに珍しいものなのかな………。

 

「うん、母さんは精神を患って外国の病院へ行っちゃってね。

父さんも後を追って向こうに移ったんだ。姉さんも居るんだけど、向こうの

凄く頭のいい大学に通うことになったから、少し遅れて行ったんだ」

 

「じゃあ、あなたは一人でここに残ったの?」

 

「……………一人じゃないよ」

 

「え?」

 

「……………妹が、いたんだ。だから一人じゃないんだ」

 

「そうなの。で、妹さんは?」

 

「………死んだ、多分」

 

「えっ⁉」

 

 

僕の言葉に驚きを隠せずに表情を変えた小山さん。

非日常な出来事をした直後だからか、反応が過剰になっている。

それでも彼女は僕の言い方に疑問を感じたのか、さらに追及してきた。

 

 

「待って、多分ってどういう事?」

 

「……………行方不明になって、もう六年になるかな」

 

「六、年………でも、助かってるかもしれないじゃない」

 

「もしかして小山さんって、この辺りに昔は住んでなかった?」

 

僕の妹のことに関しては、この辺りじゃ知る人は少ないにしろ

知っている人間はいることにはいるから、何も知らないって事は

きっと彼女は他の地域から転校してきたんじゃないかと考えた。

それが見事に的中したのか、また驚いた表情で僕を見つめた。

 

 

「そうだけど、何で知ってるの?」

 

「いや、そうなんじゃないかなって思っただけだよ」

 

「そう…………って、そうじゃなくて! さっきの話よ!」

 

「え?」

「だから、あの怪物とあなたのあの姿の事よ」

 

「い、いや……それはその」

 

「あんたさ、さっき私の着替え見たでしょ」

 

「見てません! 誓って見てなんていません‼」

 

 

いきなり話題を変えられ、しかも変な方向へと進んでいるのに

気付いた僕は、身の潔白を訴えながら話を逸らそうと試みた。

 

 

「見てたわよ完全に……………とにかく、私の着替え見た事を学校や

他の皆に言いふらされたくなかったら、さっさと話しなさい‼」

 

「え、ええぇ⁉」

 

 

どうやら、長い夜になりそうだ………。

 

 

 






日をまたいで書き上げましたが、
納得する形で書くことは出来ませんでした。

もう少し細やかに状況を描こうと思ったのですが
最近どうも個人的な用事で忙しくて………言い訳ですね。
次回はしっかりと望んだ形に収められるように
書こうと思っております。それでは、また!


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問4「僕と試召戦争と新たな戦い」



ハイ、お久しぶりでございます。
先週は私の地区の祭に参加していたため書けず、
先々週は個人的な用事があった為に書けませんでした。

大変申し訳ないです。


気を取り直して、それでは、どうぞ!


 

 

Cクラス代表の小山さんを助けた翌日、僕はいつも通りに目を覚ました。

あの後小山さんと色々話して、僕の事情の大半を彼女に教えてしまった。

大まかにライダーの存在や、鏡世界(ミラーワールド)鏡世界の怪物(ミラーモンスター)のことまで。

ただ、ライダーバトルを終えた先にある『願いを叶える力』の事は伏せておいた。

何故だか分からなかったけど、あの時はそうするべきだと思ったんだ。

とにかく今は7時15分だから、早く朝食を食べて学校へ行かないとね。

 

 

「ま、ご飯と呼べるものなんて無いんだけど………」

 

 

台所で見つけたのは、砂糖と塩とその他の調味料………あ、乾パンあった。

食べられるものを食べながら、僕は文月学園の制服の袖を通して着替える。

乾パンに砂糖水と塩水を付けて2種類の味を楽しみながら着替えを終えた僕は、

鞄の中に筆記用具やらを突っ込んだ後、家から出ようとした。

 

 

「あ、しまった。お供えするの忘れてた」

 

 

家を出る直前にある事を忘れていたのを思い出して中へと戻る。

そして僕の部屋の一つ奥側の部屋の扉を開けて、仏壇に線香を供えた(・・・・・・・・・)

そのまま手を合わせて一礼し、部屋の窓を少しだけ開けておいて換気をしておく。

やることを終えた僕は改めて部屋を出て、家を出る直前に思い出したように言った。

 

「それじゃ、行ってくるね明奈!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その朝、Bクラス代表の根本は目が覚めても震えが止まらなかった。

昨日の夜に目の前で起きた惨劇が、頭の奥に焼き付いて離れなかった。

それでもいつものように母親が起こしに来たため、なんとか冷静さを保てた。

いつものように朝食を取り、歯を磨き顔を洗い、制服に着替え家を出る。

昨日の朝と変わらないごくごく普通の平日の朝の風景に、根本は安心した。

 

 

「ンだよ、全くいつも通りじゃねぇか……………アホらしい」

 

 

先ほどまで見ていた悪夢が、文字通りの夢であると結論付けた彼は

いつものように自宅の前にやってくるであろう自分の彼女の到着を待った。

しかし、家の前に立って5分ほど経っても彼女は現れることは無かった。

根本は時間が経つに連れて、自分の昨日見た光景を思い出して冷や汗を流した。

 

 

「そんな訳ねぇよ、いつもと変わらない………そうだ、アイツ風邪でも引いたんだ。

そうでなけりゃ、そうでなけりゃ…………いや、有り得ない! 認めるかよ‼」

 

 

最悪の結論に至った彼は、頭を振るってその考えを頭の中から掻き捨てて

いつもとは違う早足で、なおかつ一人で学校への道を歩みだした。

その結果、いつもよりも数分早く学校の校門をくぐった彼は真っ先にCクラスへ向かった。

自分が見捨てたんじゃない、アレは全部夢か幻だ。

そんな自己中心的な解釈を胸に、彼はCクラスの扉を半ば強引に開け放った。

 

「…………嘘だろ、友香」

 

 

そこに、彼女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、最後に言い残す言葉はあるか? 吉井 明久よ」

 

「誤解だよ‼」

 

 

僕は今、Fクラス内で雁字搦(がんじがら)めにされて転がされている。

何故こんな事になったのかは、すぐに彼らによって明らかにされた。

 

 

「被告、吉井 明久には弁解の意思無しと見なし有罪を言い渡す‼」

 

「ちょっと待ってよ、君って須川君だよね⁉ 何だってこんな事を‼」

 

「言葉を慎み給え、君は裁判長の前にいるのだ」

 

「どこかで聞いた事あるセリフを流用するな‼」

 

「うるさい、黙れ! 判決、有罪! 罪名、死刑‼」

「横暴にも程がある⁉」

 

「ええい黙れ異端者め! 貴様は本日7時53分、女子と共に通学路を距離にして

約784mに渡って登校していたとの報告が入っているのだ。

その情報に関しては、多くの者から同様の申請が来ているために真実とした‼

つまりは、我らが今日の授業と言う苦行をなさんとしている最中に朝っぱらから」

 

「私怨が混じっているぞ、横溝裁判官。事の一切を簡潔に述べよ」

 

「キレイな女子と登校してたから超うらやましかった‼」

 

「実に分かりやすい、そして許されざる蛮行だと改めて認識した。

吉井 明久よ、貴様には本日の試験召喚戦争での特攻隊長を任命する‼」

 

 

朝も早いのによくもまぁこんなバカげたことをやる元気があるよなぁ…………。

なんて感心している場合じゃない、すぐにここから脱出しないと‼

僕が必死になって縄をほどこうとしていると、教室の扉が勢い良く開いた。

 

 

「おーっすお前ら、昨日は勉強してきたか? ……………何してんだお前ら」

「…………処刑場を思わせる」

 

「お主ら、揃いも揃って…………今日は大事なDクラスとの戦争なんじゃぞ?」

 

 

教室に入ってきたのは、僕の頼れる友人たちだった。

赤い逆立った髪の野生児の雄二に、物静かで小柄な体躯の土屋 康太(ムッツリーニ)

煌めく茶色のショートヘアにつぶらな瞳に珠のような肌を併せ持った美少女の秀吉。

彼らの助けさえあればもうFクラスの皆なんて怖くはないさ‼

 

 

「お願い、助けて! 変な誤解のせいで殺されかけてるんだよ!」

 

「あん? 朝っぱらからご苦労なこったな」

 

「全くじゃな。儂ですらキチンと勉強したというのに」

 

「………誤解って?」

 

「僕が女子と一緒に登校してたって話、信じられると思う⁉」

 

「………死んでも文句は言えない」

 

「ちょっと待ってよぉ‼」

 

 

クソッ、駄目だ。助けを乞う相手を完全に間違えた‼

どうしたらいいんだ、この状況を打開する切り札となり得る策は無いのか⁉

そ、そうだ姫路さん! あの人の言うことなら彼らも黙って聞き入れるはずだし

何より彼女は温厚な性格だから、僕なんかでも助けてくれるかも!

そうと決まったら彼女が教室に入ってくる瞬間を待つだけだ。

僕がFクラスの血に飢えた野獣共の追撃から身を躱し続けながら姫路さんの到着を

待っていると、僕の願いが通じたのか、教室の木製の扉がゆっくり開いた。

そこから教室の床を踏みしめる為に出された足、アレは完全に女の子の足だ!

 

「助けて姫路さん! 女子と登校したって嘘から僕を救って‼」

 

「_________へぇ、アキ? 一体誰と一緒に登校したって?」

 

「ゑ?」

 

 

必死に逃げていた僕がスライディングしながらすがった女性の口からは、

普段の温厚な彼女とは似ても似つかないほど荒々しい言葉が漏れ出した。

それに加えて、ある特定の人物からしか呼ばれていないあだ名が返ってきた。

_______________つまり

 

 

 

「ねぇ、教えてよアキ。ウチを誰と間違えて、誰と登校してきたって?」

 

僕がすがった足は、僕を見下ろす大魔神(島田さん)の足だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間目から4時間目までが終わって、今は昼休み。

今日の授業は本当なら古典に数学、化学に続いて世界史という面倒な教科の

オンパレードだったんだけど、実は全てが臨時テストに早変わりした。

その訳は勿論、雄二の言っていた試験召喚戦争を実施するからだった。

試験召喚戦争を実施する際、各クラスの代表の意見が使者を通じて話し合われ、

何日の何時などの時間設定を決めることが出来るようになっている。

しかも、下位のクラスから試験召喚戦争を上位クラスに仕掛けた場合は、

相手の戦争拒否権は剥奪されて、強制的に戦争行動を開始させる事が出来る。

ただ、僕ら下位クラスもメリットだけがあるわけではない。

もしも上位クラス勝てずに敗北した場合、クラスの設備が更に下げられるのだ。

今は机代わりに卓袱台で椅子代わりに座布団だから、今よりも下げられてしまったら

最悪の場合、卓袱台が画版になったり座布団が茣蓙(ござ)になったりするかもしれない。

そんな訳で、僕らからしたらハイリスクハイリターンの大博打って訳だ。

 

 

「おい明久、期待しちゃいないがテストの出来はどうだったよ」

 

「あ、雄二。うん、中々悪くない手応えだったよ」

 

「そうか、んで? お前らはどうだった?」

 

「儂は古典が若干解けたかのう。今回の範囲は大鏡じゃったからな」

 

「ムッツリーニは?」

 

「………いつも通り」

 

「保健以外は全滅か。ま、分かりやすいな」

 

「………不名誉な言い方」

 

「ホントの事だろ。島田は数学が出来たって言ってたし、まぁまぁか」

 

雄二がクラスの皆の出来を確認して作戦を立てている。

昼休みの今では教室には僕らしか残っていない、大半は購買に行ったんだろう。

だから僕らは何の気兼ねも無く今回の試召戦争について語っていた。

だが、そこに誰も予期していなかった人物が現れた。

 

 

「ここがFクラスね、噂通りに汚い教室だわ」

 

「こ、小山さん? なんでこのクラスに⁉」

 

「ん? お前確かCクラスの代表の………そんな奴が俺らに何の用だ」

 

「あなたに用は無いわ。私が呼びに来たのは吉井君よ」

 

「え? 僕?」

 

「そうよ、早く来なさい」

 

 

床の木の板を踏み鳴らしてやって来たのは、昨日助けた小山さんだった。

彼女は雄二との会話を早々に切り上げ、僕を指さして廊下へ出るよう促した。

僕は彼女の言葉に従って立ち上がった直後、雄二がこっそり耳打ちしてきた。

 

 

(おい明久、今後の試召戦争の妨げになるような事は漏らすなよ)

 

(分かってるって。大丈夫、何で呼ばれたかは見当ついてるから)

 

 

雄二の耳打ちに軽く返した僕は、彼女の誘導のまま廊下へ出て扉を閉めた。

僕が扉を閉めた直後、小山さんが高圧的に僕に詰め寄って口を開いた。

 

 

「吉井君、誰にも言ってないわよね?」

「言う訳ないじゃないか。僕だって秘密を握られてるんだし」

 

「それは、そうだけど…………」

 

「僕ってそんなに口が軽そうに見えるのかな?」

 

「見えなくも、無いわね」

 

「そうですか………」

 

 

僕の予想通りに、彼女は自分の秘密を漏らしていないか確認しに来たのだ。

昨日僕が見た事やら何やらを、僕と小山さんが互いに取り決めた約束として。

小山さんは僕が都市伝説の赤い騎士であることを黙っている代わりに、

僕が小山さんの昨日の事についての一切を喋らないというものだった。

正直言って、これは完全に互いに取ってメリットなんて無いんだけども

どうしてか小山さんはこの約束については一歩も譲らなかった。

 

 

「とにかく、そろそろ僕らの戦争が始まるからもういい?」

 

「ええ、確認しに来ただけだし。絶対誰にも言わないで、いいわね?」

 

「分かってるってば。というか、今日一緒に登校したのも……………」

 

「ええ、勿論そういう事よ。帰りも同じだからね」

 

「そんなぁ……………」

 

 

僕にそれだけ言いて、小山さんは自分のクラスへと戻って行った。

その後ろ姿は、いつものように凛としていて優雅なものでしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうして、わざわざ会いになんて行ったのかしら」

 

自分のクラスへと戻る途中で、小山 友香は一人ポツリと呟いた。

周囲には丁度誰もいなかった為に彼女の呟きは誰にも聞かれることは無かったが

それでも彼女は心の中にその言葉を留める事が出来なかった。

昨日の夜の出来事を思い出したくも無いのに思い出してしまっても、自分を救った

あの赤い騎士、吉井 明久の事が頭のどこかに浮かび上がるだけで心が安らいでいく。

何故こんな事になってしまったのか、彼女自身にも分かってはいない。

だが、彼女の生きてきた17年間でこれほどまでに眠ることが怖かった夜は無かった。

また、朝起きてすぐに生きていることを実感してこれほどまでに嬉しかった事も無かった。

命を奪われる寸前の恐怖を味わい、その命を馬鹿にしていた人物の手で救われた。

今までの自分だったら、そんな事は決して認めずに偉ぶっていただろう。

しかし、今の自分はどうだろうか。

 

 

「こんなの、今までなかったのに……………」

 

 

彼の目の前でみっともなく泣き崩れ、彼の目の前で情けなく裸体を晒して。

とんでもなく恥ずかしいはずなのに、かつてないほど憤っているはずなのに。

なのに、なのに、何故なんだろうか。

 

 

「早く学校終わらないかな」

 

こんなに心がざわめくのは、何故なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……………おえぇ」

 

「こりゃ酷ぇな、文字通りに残虐な犯行だ」

 

明久が文月学園でDクラスと試験召喚戦争を始めている頃、

その通学路先のとある道に、多くの人だかりが形成されていた。

彼らが見つめる先には、『KEEP OUT』と書かれたテープが張り巡らされ、

野次馬よりかは少ないにしろ、大勢の警察官が慌ただしく動き回っていた。

 

「一体何をどうしたらこんな、こんな血痕が残るんだ?」

 

「さ、さぁ……………うぶっ、おえ‼」

「馬鹿野郎、吐くなら向こうで吐け!」

 

「………………お早くどうぞ」

 

「す、すみません………」

 

 

黄色いテープの内側で、三人の男がそれぞれの反応を見せている。

彼らの眼下には、おびただしい量の血痕と遺留品が残されていた。

数mに渡って現場に残されていた黒く変色した血で描かれた太い直線と

警察官が所持していた携帯と帽子、そして被害者の体だったものの一部が

粗雑に残されていて、まるで食事の残りカス(・・・・・・・・・・)のようにも見えた(・・・・・・・・)

現場を検証しに来た刑事の一人が、鼻を抑えながらに呟いた。

 

 

「しかしまぁ、仏さんもこんな殺られ方されたってのに、

なんで肝心の遺体が見つからねぇんだ? これだけ探してるのによ。

血痕も途中で綺麗に途切れちまってやがるし…………どうなってんだ」

 

 

眼下の現場を見下ろしながら、年配の刑事は周囲を見渡した。

足元には異常な量の血痕があるというのに、遺体はどこにも無かったのだという。

最初は何かの間違いだと思っていたが、現場に来てそれが本当だと知らされた。

彼の隣で冷静なまなざしで現場を分析している刑事に、年配の刑事は語り掛ける。

 

 

「なぁ須藤よ、おめぇさんはどう思うんだ?」

 

「……………………」

 

「おい、須藤?」

 

「あ、ああ、すみません。少し考え事をしていて」

 

「こんな状況でか⁉ おめぇさんも肝が据わってんのかどうだか分からんな」

 

 

若さを残しながらも疲労で衰えたような顔つきの須藤と呼ばれた男性刑事は、

血痕の途切れている辺りだけをじっと見つめているのを年配の刑事は見ていた。

 

「やっぱり気になるか? あんな量の血痕がどうしてカーブミラーの真下辺りで

プッツリと途切れていやがるのか、おめぇさんはそれが気になるんだろ?」

 

「ええ、まあ。とにかく、もう少し詳しく現状を調べてみましょう」

 

「つってもな、遺体が無いんじゃ死亡時刻も何も分からんぞ?」

 

「ですが血の乾き具合から、ある程度は絞り込めるかと。

被害者の勤務していた交番から通信が途絶えた時間も加味するとより詳しく

死亡した時刻が明らかになると思いますよ」

 

「…………おめぇさんは頭が回るな、将来上に上がれるぞ」

 

「それはどうも」

 

 

年配の刑事に褒められた須藤刑事は、あまり嬉しそうでは無かった。

その事に気付いた年配の刑事だったが、出世欲が無いのだろうと結論付けた。

そしてしばらく現場検証が続いたのだが、目ぼしい証拠等は見つけられず

この日の捜査は打ち切りとなり、警察官や検査官などが撤収していった。

日も沈みかけた頃になってしまった為、カーブミラーに夕日が映り込み反射する。

年配の刑事は何故か現場から動こうとしない須藤刑事に声をかけた。

 

「おい須藤、もう上がるぞ。送ってやるから早よう乗れ」

「ハイ、すぐ行きます」

 

 

顔だけを年配の刑事の方へと向けて返事をした須藤は、再び現場の血痕を見下ろす。

すると、一か所だけ妙に離れた場所で変色していたわずかな血痕を発見した。

どうしてかその血痕が気になった須藤は、春先にも関わらず羽織っていたコートの

ポケットに手を突っ込んで、その中にあったある物(・・・)を取り出した。

それを見て怪しく不気味に笑った彼は、それをカーブミラーにかざして呟く。

 

 

「この血痕の匂いを辿れ。もし発見できたのなら、俺に伝えろ」

 

 

彼が横目で見たカーブミラーには、先ほどまでは見えなかったものが見えた。

須藤の行動の見ていた年配の刑事も同じようにカーブミラーを見てみたが、

輝く夕日に反射してその先の景色を見ることが出来なかった。

だが、見えなかったほうが幸いだっただろう。

カーブミラーには、この世のものとは思えない異形が映り込んでいたから。

その異形は須藤の言葉を理解したように大きく頷き、鏡の奥へと消えていった。

 

 

「任せたぞ、『ボルキャンサー』」

 

須藤が呟いた直後、鏡の奥から小さな鳴き声のような音が響いた。

 

 

 






いかがだったでしょうか。
始めてみて思いましたが、学校生活とライダーの両立とか
難しいにも程がありますね…………いや、ホントに。

ですが、だんだん面白くなってきました。
今後の展開も、上手く龍騎とバカテスのストーリーを
かぶせながらも互いの原作を崩さないようにしていきたいです。


ご意見ご感想、お待ちしております


それでは次回をお楽しみに。


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問5「僕とDクラスと迫る影」


大体二週間ぶりくらいでしょうか?
お待たせしてしまって大変申し訳ないです。

しかし、今私が執筆しているSSの中で最も閲覧数
及びお気に入り登録数が多いのがこの作品であるという事に
驚きを禁じえません。

これからもお付き合いのほどよろしくお願いします。

それでは、どうぞ!


 

 

 

 

「吉井! 木下達がDクラスの連中と渡り廊下で交戦状態よ!」

 

 

トレードマークであるポニーテールを揺らしながら駆けてきたのは、

僕と同じ部隊に配属された島田 美波さんその人だった。

今僕らが居るのはFクラスの教室のある旧校舎を出て少し先の廊下だ。

お昼休みが終わって二分後だというのに冬の名残とでもいうのだろうか、

太陽が南の空から大きく西側に傾き、暖かい日差しが校舎に隠されている。

そんな時間帯に僕らが廊下に出ているのは、今まさに行っている試験召喚戦争の

先兵として送り出されているからだ。

幾つかの部隊に分けられた内の一つであるこの部隊の指揮官は、僕に任命されている。

つまるところ、この部隊のリーダーは僕ということだ。

そのリーダーに対して他の部隊の近況を報告してくれたのは戦闘員の島田さん。

改めて彼女の姿を見てみると、背もそれなりに高くて脚も綺麗に伸びてはいるというのに

どうしてか女性らしさ、あるいは女性としての魅力が欠けているように思えてしまう。

一体何が足りないのかと思った僕は、少し視線を上にずらしてその答えに行き着く。

 

 

「ああ、胸か」

 

「アンタの指を引き千切ってあげる。もちろん足の方の指も全部」

 

 

イカン、僕の絶命へのカウントダウンが始まった。

 

 

「そ、それよりもホラ! 試召戦争に集中しなきゃ!」

 

 

今戦闘の最前線にいるのは僕らがアイドルの秀吉率いる先攻部隊で、僕らはその援護が

総指揮官兼大将の雄二から言いつけられている主な任務だ。

でも援護の僕らが集中してなきゃ何の役にも立てはしないだろう。

戦場になっている渡り廊下の状況を知っておくべきだろし、覗いてみようかな。

 

 

「さあ来い、この負け犬が!」

 

「て、鉄人⁉ 嫌だ、鬼の補習室だけは嫌なんだぁ‼」

 

「黙れ! 敗者のお前らは捕虜となり、全員戦争が終わるまで補習室で特別講義を受ける!

それが規則だからな、甘んじて受け入れろ。終戦まで何時間かかるか知らんがな!」

 

「頼む、あんな拷問に耐えきれる訳がない! み、見逃してくれぇ‼」

 

「拷問? バカ言うな、コレは立派な『教育』だ。ここにいる全員、誰もがみな補習を

終える頃には趣味が勉強、尊敬する人物は二宮金次郎、そんな模範的生徒にしてやろう!」

 

「あ、悪魔ッ‼ 誰か助け__________嫌だァァァァァァッ‼‼(バタン、ガチャ)」

 

 

なるほど、これが最前線か。

 

「島田さん、控えている中堅部隊に通達して」

 

「何? 何か作戦でも思いついたの?」

 

「__________総員撤退」

 

「このヘタレ‼」

 

 

僕が涙を飲んで伝えた苦肉の策も、グーパンと共に一蹴された。

しかも躊躇無く顔面に向かって…………本当の悪魔がここにいる。

 

 

「顔が、顔がァァァッ!」

 

「目を覚ましなさいこの馬鹿! 指揮官が臆病風に吹かれてどうすんのよ!」

 

目を覚ますどころか目が二度と開かなくなりかけてるんだけど⁉

 

 

「ウチらが木下の部隊を援護するってことが、どれだけ大事か分かってるの?

戦闘で消耗した点数を補給するために下がってくる時、前線を留めるのはウチらでしょ!

もしウチらが逃げ出したりなんてしたら、それこそ勝利を諦めることと同義なのよ⁉」

 

日本語が苦手なくせに、やたら正論を言ってきた島田さん。

でも彼女の言っていることに間違いはないし、僕らの役割はとても重大だ。

いくら戦死したときのペナルティがアレだからって、指揮官の僕が仲間を見捨てて

自分可愛さに逃げだそうだなんて………………羞恥心(と激痛)で前が全く見えないよ‼

 

 

「そうだよね………よし、やるぞ!」

 

「その意気よ、吉井!」

 

『『『うおぉぉーーーッ‼‼』』』

 

張り上げた声と共に握った拳を挙げる僕達の部隊。

士気を高めて突撃の用意も済ませた僕らの前に、伝令係の八嶋君がやって来た。

 

 

「島田、前線が崩れかけて後退を開始したぞ!」

 

「総員撤退よ」

 

 

お前今なんて言った?

 

 

「吉井、ボケっとしてないで撤退するわよ!」

 

「え? う、うん」

 

 

人間として致命的に間違ってる気がするけど、まぁ仕方ないよね。

勝てない戦に無謀にも突っ込んでいくのは勇気とは言わない、それは蛮勇だ。

即座に回れ右して本陣のFクラスへと駆け出した僕達を、誰が(とが)められようか。

そう思っていると、Fクラスの扉の少し前にクラスメイトの横田君が立っていた。

 

 

「横田じゃない、何してんのよこんな所で」

 

「大隊指揮官殿より、伝令があります!」

 

 

手にしたメモを確認のために改めて見直しながら、若干雄二の呼び方に違和感がある

横田君がハッキリとした口調でメモに書いてある僕らへの新たな伝令を告げた。

 

 

「『逃げたらコロス』」

 

「「総員突撃開始ィーーッ‼」」

 

 

気が付けば僕と島田さんが同時に全く同じ命令を下していた。

誰が撤退なんてするものか、仲間を見殺しになんて僕らには出来ないよ‼

方向転換して走り出した僕らの先に、絶世の美少女が現れた。

 

 

「おお、明久よ。援護に来たくれたのか、かたじけない!」

 

「秀吉、大丈夫だった⁉」

 

「うむ。じゃが味方が四人地獄へと連行されてしもうた…………かくいう儂も

ほとんどの教科をかなり削られてしもうての、コレ以上は補充せんと駄目じゃ」

 

 

そっか、僕らの救出が間に合わなかったばかりに四人も…………。

なんて非道な連中なんだDクラス、 この代償は高くつくからな!

僕らに謝りながら後ろのFクラスへと戻っていく秀吉の背中を静かに見送る。

戦死した皆の為にも、僕らは顔を見合わせて戦場の最前線へと駆け出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間としても距離としても、そんなに長くは走っていないのに妙に疲れる。

しばらくも経たないうちに、僕らの目の前にDクラスの人達の姿が見えてきた。

 

「吉井、見て! 五十嵐(いがらし)先生と布施(ふせ)先生がいるわ!

Dクラスの奴ら、化学の教師を引っ張り出して勝負するつもりのようね‼」

 

 

島田さんに促されて見た方向には、二人の男性教師が立っているのが見えた。

二人共化学の科目教師だから、一気に採点速度を上げて僕らを攻め立てに来たのか!

 

「島田さん、化学の点数に自信とかある?」

 

「全く無いわ、60点後半の常連だもの」

 

 

流石はFクラスの生徒、お世辞にもいい点数とは呼べないなぁ……………。

でも二人も教師が固まってるなら、他の場所にはさほど戦力は投じられてはいまい。

そう考え付いた僕は、部隊の一部を残して島田さんと数人を連れてその場を移動した。

少し離れた場所で、他の教科での戦闘が行われているのを目撃した僕らはそこにいる

Fクラスの二人に加勢すべく一気に駆け出したその時、通路をDクラスの数人に阻まれた。

 

「見つけましたわよお姉様! 五十嵐先生、こちらに来てください!」

 

「しまった!」

 

 

道を阻んできたDクラスの生徒の中で凄く特徴的な女子が先生を呼んだ。

マズイな、こっちも召喚獣を出して応戦しないと二人仲良く補習室行きになる。

 

 

「よし、島田さん。ここは君に任せて僕は先に行くね!」

 

「普通逆じゃない⁉ 『ここは僕に任せて君は先に行け』じゃないの⁉」

 

「現実はそんなに甘くはない。なまっちょろい言葉は通じないのが世の常さ!」

 

「このゲス野郎! 待ちなさいってば!」

 

「お姉様、逃がしませんわ!」

 

「『美春』ッ! ウチの邪魔しないでよ‼」

 

 

五十嵐先生から10m程________召喚フィールドの効果範囲_________離れて様子をうかがう。

相手の子が召喚獣を出し終えた頃になって、やっと島田さんの覚悟も決まったようだった。

 

 

「_________試獣召喚(サモン)ッ‼」

 

 

島田さんの声に応じて、彼女の足元になにか幾何学的な魔方陣のようなものが現れる。

科目教師の立会いの下にシステムが起動した証拠として、召喚獣が姿を現すのだった。

青い軍服を着用し、右手に反り返ったサーベルを持っている点を除けば島田さんに

驚くほどそっくりな顔つきの召喚獣、ただし、その身長は80センチにも満たないほどだ。

言ってしまえば、『デフォルメされた島田 美波』のような外見を持った召喚獣に対するのは

同じようにデフォルメされたような外見の小さなDクラス女子だった。

 

「お姉様に捨てられて以来、この日を一日千秋の想いで待っておりました……………」

 

「いい加減にウチの事は諦めなさいよ美春‼」

 

 

いよいよ僕の目の前で本物の戦闘が行われる、そう思うと少しだけ寒気がした。

そんな僕になどお構いなしに、二人による戦闘の幕が切って落とされた。

 

 

「こっちに来ないで! ウチは男が好きなんだって言ってるでしょ⁉」

 

「見え透いた嘘を。お姉様はこの美春だけを愛していると確信しています!」

 

「ふざけないでよぉ!」

 

「大真面目ですわ、お姉様!」

 

 

…………何でだろう、島田さんがとても遠くの人に見えるや。

 

 

「ていっ!」

 

「このっ!」

 

 

二人の戦闘が徐々に激しくなっていくのが遠目でも分かる。

しかし相手はレベルが文字通りに二つも上の相手、正面からぶつかるのは不利だ。

互いの手にしている武器から火花が散りそうなほど激しくぶつかり合う二人。

 

 

「島田さん! 向こうの方が格上なんだっ!」

 

「分かってるけど、細かい制御は難しいんだってば!」

 

 

僕のかけた言葉に反応するほどの余裕はまだあるみたいだ。

それでもやっぱり島田さんの召喚獣が少しずつだけど圧されてきている。

その事実を裏付けするかのように、彼女らの召喚獣の頭上には化学の科目での

戦闘力(テストの点数)がハッキリと表示されていた。

 

 

『Fクラス 島田 美波 ___________ 化学 53点』

VS

『Dクラス 清水 美春 ___________ 化学 94点』

 

 

島田さんめ、何が60点台後半だ。明らかにサバ読んでたじゃないか。

 

 

「さ、お姉様。勝負は着きましたね?」

 

倒れた島田さんの召喚獣の喉元に刀の切先を向けた相手の召喚獣。

腕や足を切られたくらいなら点数が減るだけで済むけど、頭部と心臓部は違う。

特定の部分を攻撃されれば即死__________つまり補習室行きは確実となる。

 

「い、嫌! 補習室は嫌ぁ‼」

 

「補習室? 今から行くのは保健室ですわよお姉様!」

 

「え………何で保健室に?」

 

「ふふふ………へへ、今なら保健室のベッドは空いてるはずですから………」

 

「吉井ぃ! 早く援護を! なんか知らないけど補習室よりヤバい所に

連れていかれるような気がするのぉ! 早く助けて!」

 

うん、だろうね。 その子の口の端からよだれが垂れてるもの。

 

 

「分かった、今すぐ助「殺します、美春の邪魔をするなら誰だろうと」け………」

 

 

助けたかったけど、僕には荷が重すぎる気がするよ。

 

 

「島田さんの勇姿を僕は忘れないッ!」

 

「コラ吉井ぃ! 逃げるなんて卑怯よ‼」

 

 

反転して逃げ出した僕の背後でひたすら責め立てる声が聞こえてくる。

でもしょうがないじゃないか、狩る側の目をしたあの子が怖過ぎるんだもの!

僕が目の端から涙を流しながら脱兎の如く駆けると、その先にいた部隊の一人の

須川君が入れ替わるように駆け出し、僕の代わりに島田さんの回収に向かってくれた。

素直に感謝しながら、背中に吐き続けられる呪詛の言葉に恐怖しつつ部隊の再編成を

するために一度前線の後ろ側へと一気に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって、旧校舎とは違い清潔感溢れる新校舎の一室。

そこには午後の授業を大半が真面目に受けている生徒達の姿があった。

ちょうど教室の中央辺りに衣服を正して座っている女子生徒、小山 友香は

若干の眠気を覚えながらもしっかりと板書された項目をノートに写していた。

授業が始まって今は15分くらいしか経っていないが、やけに外が(うるさ)く感じる。

実際は怒号にも似た大声が廊下に木霊しているのだが、各教室は防音にも対応しているため

そこまで不快なようには感じはしなかった。

 

(ああ、そう言えば吉井君がDクラスと戦争するって言ってたわ)

 

 

昨日の晩に自分の命を救ってくれた、頭の足りない男子の顔を思い浮かべる。

途端に味わった恐怖を思い出して気分が悪くなるが、同時に心が安らいでいった。

吉井 明久___________自分が馬鹿だと見下していた学園最底辺クラスの生徒。

一昨日まではそんな認識しかしていなかったし、興味も無かった。

自分は頭のいい人に好感を抱く、両親が昔から自分に言い聞かせていたように。

だから彼についてはほとんど知らないし、クラスの男子もよく知らないようだった。

 

(彼の秘密を漏らさない代わりに、私の秘密も誰にも言わない………そんな口約束なんて

普通なら反故にするだろうし、何よりこの約束は互いにメリットがなさ過ぎるわよね)

 

 

先程までしっかりと教師の解説を聞いていた聴覚を遮断して物思いにふけり始める友香。

自分が慌てて彼に課したあまりにも弱々し過ぎる紙クズのような足かせ。

すでに終わっている事なのに、彼の事となると心配で考えずにはいられない。

 

(でも何の損得も無く私を助けるような人が、秘密を故意に漏らすかしら)

 

 

彼の行動を実際目の当たりにして、今までの評価を覆すような考えを抱き始める。

少なくとも助けた自分の傷の手当てまでしてくれる人間が、他人の弱味につけ込む

ような真似はしないだろう。吉井 明久という人間にはそう思わせるだけの温かさがあった。

今まで自分が見てきた相手は、すぐに優劣を決めたがるような利己的な人ばかりだった。

実際、自分をあの場に置いて逃げ出したあの男もそういった類の人間だったし、

自分の実の両親ですら物事を有益か無益かで判断するような人間だった。

血の繋がった人ですら、好意を伝え合った相手ですら、こうなのだ。

なのに吉井 明久はそれらとは全く違った行動しか見せない。

 

 

(もしかして私だけに⁉ …………それは流石に無いか)

 

 

一瞬だけ自分の頭の中に浮かんだ言葉に対して心臓が跳ね上がったような感覚に見舞われた。

だが彼がそのように人を選り好みするような人物ではないと結論付くと、すぐに治まった。

それでも一度熱を帯びた顔の表情は戻らず、しばらく俯かなければならなくなった。

傍から見れば自分が眠っているように見えても仕方ないだろう。

しかし自分はこのCクラスの代表なのだ、そんな情けない姿はクラスメイトにも晒せない。

 

 

(でも寝顔よりももっと恥ずかしいところ、見られたのよね………ああもう!)

 

 

 

気をしっかり持とうと意気込んで顔を上げた途端に、昨日の醜態を思い出し再び顔を伏せる。

先程よりも更に顔が熱を帯び、隣の女子が心配になるほど挙動不審に悶絶し始める。

もはや黒板に書かれた数学の計算式なんて頭には無い。

彼女の頭の中にはたった一人の男の事しか入ってはいなかった。

 

 

(どうしてくれるのよ吉井君! 帰りになったら覚えてなさい!)

 

 

右手のシャーペンを握りしめながら、友香は理不尽な怒りに燃え上がる。

沸騰しかけたヤカンのように真っ赤な頬のまま、残り20分となった授業に身を投じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見つけた、見つけた。とうとう見つけた。

血の匂いを辿(たど)れと言われたが、まさか本当にいるとは思わなかった。

もうすでに他の怪物(モンスター)に喰われていると思っていた、だが違った。

しかもここにはかなりの量の人間(エサ)共がうじゃうじゃしている。

まるで自分の為に用意された絶好の狩場のように思えて仕方ない。

 

「ギィィィ……………キュカカ」

 

 

だがこの場にいる人間共を食べることは契約者(あのおとこ)が許さないだろう。

契約者は人間共の中でも変わった力を持っているらしく、ここにいる人間共よりも

大きな人間共とほとんどいつも行動を共にしている。どんな意味があるのかは知らない。

確か前に自分が人間を狙っていた時に、契約者が止めに入った事があった。

 

 

「止めろボルキャンサー、今殺ったら私が疑われてしまうだろ」

 

 

あの時言った言葉の意味は未だに理解できないが、要は勝手な真似をするなという事か。

 

 

「ギュッ、ギャルルゥゥ‼」

 

 

_________________調子に乗るなよ、たかが人間風情が。

 

 

 

「ギュ、キュカカ! ギィギィ‼」

 

 

思い出すたびに無性に物を壊したくなってくる。

所構わず何かにこの衝動をぶつけて、発散したくなってくる。

自分は『契約のカード』によって一時的に共同関係を結んでいるに過ぎない。

それを契約者はまるで自分が支配しているかの如く自分に命令を下してくる。

鏡を超える力を分け与えたのは、この自分なのだ。

お前は黙ってその力で自分を飢えさせぬように怪物を狩ればいいのだ。

 

 

「キュキュ…………ギギィ」

 

 

一通り両手_________両ハサミを振り回すと気持ちが落ち着いた。

そのまま改めて人間共が大人しく無防備に集まっている場所を見つめなおす。

自分が嗅ぎ付けた匂いの元である人間は、確かに今もここにいる。

多過ぎてどれがそうなのか特定までは出来そうにないが、いるのは確かだ。

契約者に報告して、その後どう動くのだろうか。

消すのだろうか? だとしたら、自分に喰わせてくれるだろうか。

現段階ではまだ分からない、だが可能性が無いわけじゃない。

 

「ギギィ! ギュッ、ギュカカ‼」

 

 

そうと決まれば話は早い、さっさと契約者の所に戻ろう。

報告して、時間が余れば怪物狩りにでも連れ出そうか。

怪物を狩って自分がそれを喰う、そうすれば結果的に契約者も強くなる。

時間はかかるかも知れないが、お互い損だけはしないはずだ。

「ギギィギ______________ギ?」

 

『ブオォォォォォオ‼‼』

 

 

そう思って契約者の元へ帰ろうかと思っていたら、背後から鳴き声が聞こえた。

あまり聞いた事の無い鳴き声だ、珍しいタイプか何かだろうか。

振り返った自分の視線の先にいたのは______________

 

 

「ギ……………ギュッガ⁉」

 

『グォォォォォオアアァァァ‼‼』

 

 

まるで人間共の腹を掻っ捌いた時に出る血のように真っ赤な双眸に漆黒の巨躯。

決して細くは無い体周りをくねらせ、空中でとぐろを巻き始める闇の権化。

自分に向けて放っているのは、単なる遠吠えか。それとも尋常ならざる怨嗟か。

ただこれだけはハッキリと分かることがあった。

眼前に現れた圧倒的な力の塊を見て、直感した。

 

 

『グォォォォォオアアァァ‼‼』

 

「ギュ…………ギギィ!」

 

 

____________コイツは、ヤバい。

 

 

 

『__________ボルキャンサー、か』

 

「ギッ⁉」

 

 

ふと呟くような声が漆黒の巨龍の背後から聞こえてきた。

驚愕と恐怖に体を震わせながらも、声の発生源を確認せずにはいられなかった。

黒く小さめな自分の両眼をそちらに向けると、そこには『影』が立っていた。

自分と仮面越しに目が合った気がして、より一層体の震えが激しくなる。

逃げるか戦うかどちらを選ぶか悩み始めた時、相手がまたも小さく呟いた。

 

 

『______行け、お前に興味は無い』

 

『グオォォアァァァ‼』

 

「ギギギ…………キュカ、ギュイ‼」

 

 

行けと言われてわざわざここに留まる理由は無い。

今の自分には契約者が居ない、あんな奴でもいないと確実に戦えない。

後ろを振り返らずに、一気に人間共のいる場所から遠ざかるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『__________ここに、いるんだな』

 

 

一人残った漆黒の仮面と装甲を纏う『影』が静かに佇む。

その背後には空中をグルグルと小さく旋回しながら吠える漆黒の巨龍がいた。

全く同じ色の双眸を怪しく輝かせて、ボルキャンサーの見ていた鏡をのぞき込む。

しばらくそうしていたが、やがて満足したのか鏡から離れて振り返る。

そのままゆっくりと歩き出し、『影』は呟きながら闇の中へと姿を消す。

 

 

『_________もうすぐだぞ、待っていろ…………明奈』

 

 






ハイ、いかがだったでしょうか?

長時間書いているとPCがすぐ処理落ちしちゃいます。

それでは次回もお楽しみに!

戦いの幕が上がり、戦士たちが相まみえる。
自分の願いの為に、他人の命を犠牲にして。
賭けるのは自分の命、決して降りられないゲーム!

戦わなければ生き残れない!


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問6「僕と終戦とライダーバトル」

先週は投稿できなくて申し訳ありません!
少し個人的な急用が出来てしまって………言い訳ですよね。

さて気を取り直して。
実は友人と話し合った結果、バカテスと龍騎のどちらに
重点を置いて話を構成するべきかという議題だったんですが、

龍騎の方に重点を置くことに決定いたしました。
理由としては、頂いている感想の多くが龍騎関連だったという
至極簡単なものです。バカテス重視の方には申し訳ないですが。


それでは、どうぞ!


 

 

「あの、えっと………さ、試獣召喚(サモン)です!」

 

『Fクラス 姫路瑞希 _____________現代国語 339点』

VS

『Dクラス 平賀源二 _____________現代国語 129点』

 

「え? あ、あれ?」

 

Dクラスの教室内に()び出された二体の召喚獣。

片方は重厚な鋼の輝きを宿した鎧で頭部以外を完全に覆っていて、

もう片方は一般的な武者鎧を着込んだ侍調の服装で佇んでいる。

最初に喚び出された召喚獣が自分の身長の2倍はありそうな大剣を振りかざし、

相手に狙いを定めて一気に風を割きながら振り下ろした。

 

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 

可愛らしい声と共に放たれたのは、可愛さとは対極の場所に存在する攻撃。

明らかに重たげな獲物を軽々と捌き、平賀君の召喚獣を一刀のもとに両断した。

 

 

「戦争終結! 勝者、Fクラスッ‼」

 

『『『いよっしゃあぁぁぁぁーーーッッ‼‼』』』

 

 

Dクラスの戦闘を見届けた教師が、手を挙げて戦争の終結を高らかに宣言した。

僕らが待ち望んでいたセリフに、Fクラスのほぼ全員の魂の絶叫が教室に木霊する。

それと同時に膝から崩れ落ちていくのは、対戦相手のDクラスの生徒達。

みんな信じられないとでも言いたげな表情で天井辺りを見渡して現実逃避している。

そりゃそうだ、最低ランクのクラスに負けたんだ。現実逃避したくなるのも分かる。

でもコレは紛れもない現実だ、僕達が上位のDクラスに勝利したんだ。

 

 

「そ、そんな………」

 

「えっと、その………喜んでいいんでしょうか?」

 

 

僕の目の前でこの戦争の勝敗を分けた二人がそれぞれ違った反応を見せていた。

勝利した姫路さんは相手を気遣って、敗北した平賀君は絶望を体現している。

__________そう、僕らは戦争に勝利したんだ!

 

はじめは戦力差に潰されかけ、加えて相手側の策略によってこちらの戦力が分断、

さらに味方側からの援誤射撃(誤字ではない)によって主に僕の身に危険が及んだ。

それらを乗り越え、僕らの秘密兵器である姫路さんを最終局面まで温存しておき、

戦線が硬直した瞬間に彼女を投入し、一気にDクラスに攻め入り勝利をもぎ取る。

僕らの大将、坂本雄二が考案した必勝の策。

すでに太陽は西の空に傾き、白色の輝きは燃えるようなオレンジになっている。

時刻は現在16:33分。六時限目も終了し、他の生徒が帰り始めていた。

 

「まさか、Fクラスに負けるなんて………いや、その驕りが敗因か」

 

 

Dクラスの代表、大将である平賀君が独り言を呟いている。

そんな彼を見て、他のDクラスの生徒達も同じように俯いている。

彼を責めてもおかしくないはずなのに、思う事でもあったんだろうか。

しばらくしてから、ようやく僕らの大将が満遍ない笑みを浮かべてやって来た。

 

 

「よお平賀。所詮大将の真似事じゃ、大将には勝てないってこったな」

 

「坂本か……悔しいが俺はお前達と自分に負けたんだ。認めるよ」

 

「潔い男は好かれるぜ。さてとそんじゃそろそろ恒例のアレといきますか」

 

「ああ、分かってる。敗者として、この教室は明け渡す……………だが」

 

やって来た雄二と皮肉交じりに会話する平賀君。

ああ、そういえば雄二と平賀君は1年の頃体育で競い合っていたっけなぁ。

意外と仲がいいのかもしれない、彼らのやり取りを見てそう思った。

そして雄二が戦後対談として話を切り出した途端、平賀君が口ごもった。

 

「何だ? 今更教室が惜しくなったか?」

 

「違うさ、確かに明け渡すが………時間が時間だ。明日でもいいかな?」

「ああ、そういう事か。それについては心配いらない」

 

 

雄二が平賀君の合理的な案を聞いて納得したように頷き、はにかむ。

その間僕らはこのDクラスで明日から暮らすことが出来るという喜びを

みんなで噛みしめ、ウキウキしていた。

 

 

「この教室はいらないからな」

 

ついさっきまでは。

 

 

「雄二‼ どういう事だよ⁉」

 

「今から説明するから大人しく正座してろバカ」

 

「…………………」

 

「どういう事なんだ、坂本?」

 

 

相手の平賀君ですら困惑している。

そりゃそうだ、上位のクラスの教室を得る権利を自ら放棄するなんて有り得ない。

だからこそ僕や後ろにいるFクラスのみんな、更にはDクラスの生徒までもが

雄二の説明とやらを聞こうと静まり返っている。

 

 

「んじゃ話すぞ。平賀、まずお前らのクラスを獲らん理由は二つある。

一つ目は俺たちの最終目標、Aクラスの設備を手に入れるという事にある」

 

「だったら最初からAクラスに挑めばいいじゃないか」

 

「お前は………あのな、レベル1の勇者が最初っからラスボスを倒せるか?

どう考えても不可能だろ? なら、経験を積んでいけばいい。

つまりこの戦争は小手調べ、いうなれば前哨戦ってヤツだな」

 

「なるほど…………それじゃ、もう一つの理由って?」

 

「それは、取引材料にするためだ。

平賀、聞いての通り俺たちの目標はAクラスでな。ここに興味は無い。

ここを獲った途端に、ウチのバカ共がやる気をなくす可能性も出てくる。

そんな訳で教室を獲らない代わりに、一つ協力してもらいたい事があんだ」

 

 

誰が見ても悪いことを考えているような表情で雄二が詰め寄る。

その顔を見て平賀君は少し戸惑っていたが、顔を上げて仕方なさげに頷いた。

 

 

「協力? 命令の間違いだろ?」

 

「分かってんなら都合がいい、なら早速俺からの交換条件だ。

俺が指示を出した日に、お前らの窓の外に部屋の間取り上仕方なく設置された

哀れな子羊をほんのちょっといじって動かせなくしてもらいたいんだ」

 

「…………Bクラスの室外機?」

 

 

雄二が指さしたのは、彼の言ったように部屋の間取り上の都合で

Dクラスの窓の外に設置されているBクラスのエアコンの室外機だった。

でも、どうして今それが話に出てくるんだろうか?

すると同じ疑問を抱いたのか、平賀君が雄二に質問した。

 

 

「でも、なんでアレを動かせなくしたいんだ?」

 

「対Bクラス戦での切り札になる。学校の備品を壊すんだ、多少教師達に目を

付けられるだろうが…………一学期の大半をカビ臭い部屋で過ごしたいか?」

 

「………破格の条件だな、ありがたくその条件を呑ませてもらおう」

 

「タイミングの指示は後日として、今日はお開きにしよう」

 

「Aクラスとの決戦、お前達の勝利を祈っているよ」

 

「ほざいてろ、顔にはっきりと『負けろ』って書いてあるぜ」

 

「酷い奴だな。勝てるとは思ってないが、負けろとまでは言ってないぞ」

 

「似たようなもんだ。それじゃまた明日な」

 

 

雄二が一方的に話して、最後に対談終了の合図として大将同士が握手する。

二人して笑みを浮かべて、僕らは雄二の後ろについてDクラスを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、しまった。日本史の教科書卓袱台の上に置いてきた」

 

「あほ、早く取って来いよ。待っててやるから」

 

「うん、すぐ戻るよ!」

 

 

戦争が終わってから二十分程、僕らは帰ろうと昇降口に来ていた。

雄二と僕の家とは進行方向が同じだから、よく一緒に帰っている。

僕はすぐに校舎内に戻ってFクラスに向かって小走りする。

すぐに目的地に到着し、時間が無いため中を確認せずに勢いよく扉を開ける。

 

 

「よ、吉井君⁉」

 

「あれ? 姫路さん?」

 

すると教室内には、何故か姫路さんがいた。

時刻は既に16:58分と、部活に所属していない彼女が校内に残っているのは

少々不自然な時間帯になっていた。

僕は自分の卓袱台まで近付き教科書を鞄に詰め込み、改めて彼女に向き直った。

姫路さんは僕が来てからずっと挙動不審な動きをしていて、少し気になる。

 

 

「ん? 何コレ?」

 

そんな彼女から目線を少し落とした卓袱台の上に、何やら見慣れない物が。

良く見てみるとそれは可愛らしい便箋(びんせん)と同じ柄の封筒だった。

これら二つが意味するものは____________ラブレターではないだろうか。

クソ! このクラスの中に姫路さんがラブレターを送りたい相手がいるだと⁉

なんだか無性にイライラしてきた…………で、でもまだ決まったわけじゃない。

落ち着け、落ち着くんだ僕。素数を数えて落ち着こう。

素数は誰にも割る事が出来ない数字だ、えっと……1,2,3,5,………アレ?

 

 

「ここ、これはですね! あの、その………」

 

「……………大丈夫だよ、僕は分かってるから」

 

「え⁉」

 

 

何となく数字を数えただけだけど、少しは落ち着く事が出来たようだ。

落ち着いた僕の頭脳は、冷静に一つの結論に至りイライラを解消させる。

彼女が誰に恋文を送ろうとも、僕には関係ないじゃないか。

僕はもう彼女のように、誰かを好きになったりなられたりする日常には戻れない。

日々命を懸けて鏡世界(ミラーワールド)で『仮面ライダー』として戦う事を決意したんだ。

そしてライダーになるという事は、自分の願いを懸けて他のライダーと戦うという事。

自分の欲するものの為に、誰かを犠牲にしなければならない残酷な世界の住人。

そんな僕が、彼女と関わることなんてこれ以上は無いだろう。

 

 

「うん、分かってる。頑張ってね」

 

「え、えっと………ハイ! が、頑張ります!」

 

「うん。それじゃ、また明日」

 

「あ……さ、さようなら」

 

 

僕は彼女に背を向けて教室から出ようとする。

その一歩一歩が、ずいぶん重たく感じられた。

やっぱり、僕はまだ初恋ってヤツを引きずっているんだろうか。

小学校の頃に、僕は彼女の事を好きになっていた。

でも、僕はその年に妹の明奈を失い、家族を失い始めた。

そして高校一年の時、僕は今までの僕を捨てた。

いつまでもくだらない過去を持ったままではいられないんだ。

___________明奈を、取り戻すために。

 

 

僕は扉の前で一度立ち止まって、改めて姫路さんの方を見る。

彼女は卓袱台の上にあった便箋と封筒を回収して、その手に収めていた。

姫路さんからの告白だ、断る男なんてオカマかゲイくらいだろう。

願わくはそのどちらかに意中の相手が分類されていないことだね。

今できる最高の笑顔を作って、僕は彼女に『別れ』を告げる。

 

 

「さよなら、姫路さん」

 

 

そして、僕の初恋。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕はその後そのまま昇降口に戻って玄関を出た。

そして待っているであろう雄二の姿を探したけど、どこにもいなかった。

待つことに飽きて先に帰ったんだろうか、あの薄情者め。

仕方なく少し暗くなりかけている通学路を帰ろうと校門をくぐる。

すると、そこには見覚えのある女生徒が立っていた。

 

 

「遅いわよ吉井君! さ、行きましょ」

 

「え………えっと、小山さん? もしかして本当に待ってたの?」

 

「失礼ね、待っててあげたの」

 

そこにいたのは、Cクラスの小山さんだった。

昼間僕に言ってたことは本当だったのか…………参ったな。

そうなると随分長い間待たせていた事になる。

女の子一人でこの校門で下校時間になっても待っててくれたなんて。

 

 

「あ、ありがとう」

 

「別に感謝は要らないわ。あなたが私との約束を破らないか心配なだけ」

 

「破らないし、破っても僕にメリットなんて無いよ…………。

それに、僕なんかに時間を使う小山さんの方がデメリットが大きいんじゃない?」

 

「分かってるんならもっと早く来なさいよ!

まだ春先なんだからこの時間帯は寒いんだからね!」

 

「ご、ごめん。でも本当に大丈夫なの?

好きでもない男の為に寒い中待ってるなんて、普通しないよ?」

 

「うるさいわね! だ、黙ってなさいよ……………バカ」

 

顔を赤らめて僕を罵倒した小山さんはさっさと歩き始めてしまった。

待っててくれた人をほったらかしには出来ないから、僕もつられて歩く。

急勾配な坂道を下りながら、二人並んで歩いて帰る帰り道。

既に辺りは薄暗く、木々の連なる場所に何かが潜んでいそうなほど暗かった。

お互い何も話さずに黙々と歩き続けるだけ、ただ時間と距離だけが過ぎていく。

そんな均衡を、小山さんが破った。

 

 

「そう言えば、あなた達Dクラスに勝ったんですってね。おめでとう」

 

「え、ああ。うん、ありがとう」

 

「何よ、嬉しくないの?」

 

「いや、小山さんがそんな事言うなんて思わなくって」

 

「……………あなたも見た目で判断するのね」

 

「え?」

 

「何でもない! もういいわ、また明日ね」

 

 

何やら機嫌を悪くした小山さんが歩調を速めて去っていった。

取り残された僕はどうしようかと迷うが、自宅の方へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小山友香は不機嫌だった。

寒いからではない、帰宅が遅れたからではない。

待っていた彼の言葉が、自分の神経を逆撫でしたからだった。

そんな彼女の心情を体現するかのように荒い歩調で道を進んでいく。

顔も心なしか普段よりも険しい表情になっていたが、すぐに掻き消えた。

彼女は歩幅を狭め、ついには立ち止まってしまった。

 

「…………うぅ」

 

彼女が立ち止まったのは、昨日の事故現場。

途端に彼女は昨夜の惨劇を思い出し、唐突な吐き気に襲われる。

あまりの恐怖に対して人間は、体調を崩して気を紛らわせることがあるという。

今がまさにその状況であるが、友香は落ち着いてはいられなかった。

 

 

(こんな所に長く居たくない…………早く帰ろう)

 

凄惨な現場からなるべく目を逸らすように歩いてその場を通り抜ける。

上を見るように歩くと、ちょうど通路の角に設置されているミラーが目に入った。

沈みかけている夕日を跳ね返し、オレンジ色の光を道路にぶち撒けている。

何て事のない科学現象だったが、少し奇妙な点があった。

オレンジ色の光が、僅かに動いているようだったのだ。

友香は光の上下運動に気付き、立ち止まってミラーを角度を変えて覗き込んだ。

____________覗き込んでしまった。

 

 

「きゃあぁーーーッ‼‼」

 

『キュカカ! ギギィギィ‼』

 

 

カーブミラーの中に映りこんでいたのは、黄金色の蟹の化け物だった。

人型のうえ二足で直立しているのに蟹だという根拠は、両腕の大きなハサミ。

人間でいう肘から先が巨大なハサミの形状になっている為、蟹のように見える。

眼前に迫る恐怖に怯えた友香は、尻もちをついてその場に倒れこむ。

その拍子に気絶しなかったのは、幸運とも不運とも言えよう。

恐ろしさのあまり震えていると、鏡の中から蟹の化け物が飛び出してきた。

声帯が縮み上がって悲鳴すらも上げられない、助けも呼べない。

震え上がる彼女の頭上で、蟹の化け物がそのハサミを振り上げる。

命を絶たれる、数秒後に訪れるだろう最悪の未来を凍える脳で予測する。

 

 

『ギュッ! カカッ、ギッギィ‼』

 

まるで喜んでいるかのような高音程の鳴き声を上げる蟹の化け物。

友香はそのハサミを見ていられず、顔を背けて目を固くつぶる。

あと3秒だろうか、2秒だろうか、自分の死が訪れる時を震えながら待つ。

しかし、いつまで経ってもハサミが振り下ろされることは無かった。

恐怖よりも好奇心が勝った友香は、その両目をゆっくりと開き前を向く。

その先に広がっていた光景は、待ち望んでいた希望ではなかった。

 

 

『キュイィィ! キュイィィ!』

 

『ギュカ‼ ギギ、ギュイィ⁉』

 

 

眼前に広がっていたのは、蟹と蝙蝠(コウモリ)のようなもう一体の化け物が戦っている戦場だった。

翼を羽ばたかせて、黒一色の巨大な蝙蝠の化け物が蟹の化け物に体当たりを仕掛ける。

蟹の方も負けじと上空にいる敵に、何度かハサミを振り回して応戦しようとする。

するとどこかから黒い騎士が現れ、手にしている巨大な重鎗(ランス)で蟹の化け物を打つ。

勢いよく振るわれた重鎗の威力で吹き飛ばされた蟹の化け物は、その先にあったミラーの

中に吸い込まれるように消え、蝙蝠と黒い騎士も同じように鏡の中に消えた。

 

 

「はぁっ! はぁっ! はぁ………はぁ……………」

 

 

目の前で起こった出来事が現実離れし過ぎていた為か、汗が流れ落ちる。

たった二日で普通の女子高生だった自分が二回も死の危機に陥るなんて想像してなかった。

出来るはずがない、鏡の世界から化け物が襲ってくるだなんて。

しばらく立ち上がる事も出来ずに震えていると、誰かが走って近付いてきた。

顔を上げて確認すると、長いコートを羽織ったやつれている見知らぬ男性だった。

化け物を見た直後のせいか、人間相手に若干警戒心が緩んだ友香は安堵のため息をつく。

すると、男がコートの中から警察手帳を取り出しながら話しかけたきた。

 

 

「私は須藤、警察の者です。こんな所でどうかしたんですか?

近くを通っていたところ、女性の悲鳴が聞こえてきたので駆けつけてきましたが」

 

「あ、ハイ………刑事さん、ですか?」

 

「ええ、そうです。それで、何があったんですか?

ここは昨日殺人事件が起きたばかりでして、犯人も捕まっていないんです。

まだ17時過ぎだからと言って、女の子が一人ではあまりに危険ですよ。

とにかく、まずは何があったのか話をしてくれませんか?」

「え、ええっと…………」

 

 

須藤と名乗った刑事が手を差し伸べてきて、友香は少し不安を覚えた。

いくら刑事だと言っても、知らない相手にそこまで気を許してもいいものか。

それに、正直に何が起こったか話しても相手にされないだろう。

『蟹の化け物と蝙蝠の化け物に襲われそうになりました』、言える訳がない。

どうしようかと迷っていると、男は後ろに止まっている車を指差して言った。

 

 

「あそこに私の上司の車が停まってますので、それで送りましょう。

何があったかは車の中でも、また改めて後日でも構いません。

ですが、私はこの殺人事件を担当しているものですので、解決の糸口はどんな

些細(ささい)な事であろうと知りたいのです。…………どうしますか?」

 

新たに明かされた第三者の存在に警戒心を露わにした友香だったが、

その先にあった車の運転席から初老の男性が顔を出し、笑顔を見せた。

少なくとも、見た目からは悪人には見えないと友香はそう考えた。

それになにより、こんな場所にはもうこれ以上いたくないという思いが

強まったせいか、差し伸べられた須藤の手につかまり立ち上がった。

須藤は嬉しそうに笑みを見せ、エスコートするように歩き出す。

 

 

「それじゃあ後部座席に乗ってください、私は助手席へ行きますので。

こうすれば襲われる心配は少しは薄れるでしょう?」

 

「えっ……その、すみません」

 

「いえいえ。自分の身は自分で守る、良い心掛けだと思いますよ。

今の時代、警察だと言っても信用されないことなんてよくありますので」

 

自分が唯一懸念していた事も言い当て、紳士的な態度を取る男に謝る友香。

初老の男性はともかく、目の前の須藤という男は少し信頼できると考えて

言われるがままに車の後部座席へ乗り、ドアを閉めて車が発進した。

運転手の初老の老人に進行方向を教え、その間に何があったのかを須藤に話す。

そんな作業を十数分した頃、須藤が助手席から初老の男に声をかけた。

 

 

「すみません、そこを右に曲がってもらえますか?」

「ん? この子の家はこのまま真っ直ぐ行きゃすぐなんだろ?」

「ああいえ、私の方の用事なんですが………先に送り届けるべきでしたね」

「………お嬢ちゃん、ちょいと寄り道してやってもいいかな?」

 

「え………ハイ、構いません」

 

「だそうだぜ、須藤よ」

 

「………無理を言ったようですみませんね、ではお願いします」

 

「あいよ」

 

 

交差点を右折して自宅から遠退く事を少し寂しく思った友香だったが、

須藤という男が用事という以上、捜査に関することなのだろうと考える。

それに、どうせ遅く帰ってもあの(・・)冷めた両親がいるだけだ、問題は無い。

初老の男性が須藤の指示通りに道を曲がっていくと、ついに車が停まった。

窓に近付いて外を見ると、そこにあったのは古びた工場跡地だった。

どうやら潰れた工場の跡地が売れず、取り壊す業者すら呼ばれなかった為に

建物が錆びれていても未だに残っているのだろう。

 

「なぁ須藤よ、お前さんここでどうするんだ?」

 

「ええ、少し………片付けをするだけですよ」

 

「片付け? 一体何を片付けるってんだ?」

 

「それは……………私にとって厄介な___________」

 

 

須藤が何かを言い終わる直前、車のサイドミラーが輝き出した。

何が起きたのかと初老の男性と友香は二人してミラーを覗き込む。

そして、そこから飛び出してきた巨大なハサミが、初老の男性の首を断った。

 

 

「_____________貴方ですよ」

 

 

首の断面から血が噴き出す瞬間、男性の身体ごとミラーに引きずり込まれた。

突然の出来事に何が起こったか理解できなかった友香は、ただ唖然とする。

僅かに車のドアに付着した血を須藤がハンカチで拭き取り、ポケットにしまう。

そして掠れるような声で笑い出し、邪悪な笑みを浮かべて友香に向き直る。

 

 

「ずっと、ずっと邪魔だったんだよアンタは!

年老いたジジイのくせに、やたらと勘だけは鋭いときた!

私の計画的な掃除をアンタは見抜き、上層部に捜査の許可を取り次いで!

挙げ句私にその捜査を手伝えだと? 本当に目障りだったよアンタは‼」

 

「ひっ…………」

 

 

狂気に憑りつかれたように暴れだす須藤に友香は恐怖した。

しばらく荒い呼吸をした後で、自分を見つめながらまた呟く。

 

 

「そうそう、あの巡査も目障りだったぁ………。

『街の平和は我々警察に属する者が築けなければ』とか御大層な夢を吐いて

私の計画に勘付いて止めようとしやがった! だから私が殺したかった!

なのに誰かが邪魔をした………たかが怪物(モンスター)の犯行ならまだ許せた。

だが目撃者である君は生きている、つまり助けた奴がいるってことになる‼

鏡世界の怪物(ミラーモンスター)を倒せるのはライダーだけ、つまりそういう事だ‼」

 

「ま、さか………私を餌に、呼び寄せて……⁉」

 

「勘がいいねぇ君は、その通りだよ。

例え通りすがりだろうが君の関係者だろうが、ライダーは必ず潰す。

その後で私の正体を知る君も…………………殺してあげますよ!」

 

 

そう声高に叫んだ須藤が再び笑い声を発する。

だが今の友香にとっては、それすらも恐怖する一因となってしまう。

怖くて仕方ない、でも逃げられない。

泣き叫んでも誰も気付かない、死んでしまう。

死ぬことがこれほど怖いことだと、今改めて実感出来てしまった。

友香が今できる事は、ただ祈ることしかできなかった。

自分を救ってくれる、ほんの僅かな可能性に。

 

 

【ADVENT】

 

「何ッ⁉」

 

『ギギィ⁉』

 

 

そして、その祈りは聞き届けられた。

電子音声と共に、鏡の中から姿を現した紅蓮の体躯を持つ龍。

身体を空中で何度かくねらせ、再び須藤の方へと向かっていく。

慌てた須藤は、鏡の中にいるであろう蟹の化け物に向けて命令した。

 

 

「くっ、ボルキャンサー! 私の身を守れ‼」

 

『ギッギギィ‼』

 

 

紅蓮の龍の口から炎が放たれ、車を焼き上げる。

驚いた友香はパニックになりかけるが、自分の後ろのドアが開いた。

そこにいた人物が、友香の腕を掴んで外に引っ張り出して救った。

息を整えながら見上げると、やっと彼女の待ち望んだ光景が見えた。

 

 

「もう大丈夫だよ小山さん、後は僕に任せて!」

 

 

紅い身体に銀色の鎧を纏った騎士が、友香を抱き寄せた。

その先で車が炎によって爆発を起こし、炎がさらに広がった。

炎の向こう側で、須藤がうめくような声が聞こえる。

それを聞いた赤い騎士こと明久は、一歩前に出て叫んだ。

 

 

「僕が相手だ、シザース‼」

 




はーい、いかがでしたでしょう?

蟹刑事のクズっぷりが止まらない。
そして最初に言っておきますが、彼はもうクライマックスです。

さてさて、今後もライダーをどんどん出しますが、
唯一懸念している事がございます………それは『ファム』です。

友人と作った大体の脚本を読み直して気付きました。
「アレ? ファムがどこにもいねぇ」
ハイ、ピンチです。どうしましょう。


それでは次回!

遂に現れた仮面ライダーシザース!
龍騎と共に並び立つ黒い騎士とは何者なのか!
明久が友香に告げる、本当の戦いの意味とは⁉

戦わなければ生き残れない‼


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問7「龍騎とナイトと願いの為に」

先週投稿予定だったはずなんですが、私用が入りまして………。
前回同様に言い訳になってしまうのですが、それが理由です。


書くつもりはもちろんありますので、どうかご容赦を‼


それでは、どうぞ!






既に夕日が西の地平線に沈みかけている。

そんな時間だというのに、今目の前には紅とオレンジの鮮やかな炎が灯っている。

これが単なる火ならば問題は無いのだが、燃えているのは軽自動車であった。

焼け焦げた金属と燃えるガソリンの臭いをまき散らしながら、黒煙が立ち昇る。

丁度暗くなりかけている空と相まって、その煙はあまり目立ってはいない。

炎の塊と化した車を挟んで、僕と黒い騎士がくたびれたコートを着た男を睨む。

僕達の視線に勘付いたのか、男はヨロヨロとした足取りで寂れた工場の中へ逃げた。

隣にいた黒い騎士はすぐさまその後を追ったが、僕はくるりと体の向きを変える。

 

「何をしている!」

 

「この子を安全な所へ逃がしたら、すぐに!」

 

「………分かった」

 

僕を大声で咎めた黒い騎士は、僕の言葉に頷くとそのまま廃工場に消えていった。

後ろ姿を目で追った後、僕は腕の中で小刻みに震えている小山さんに優しく話しかけた。

 

 

「大丈夫、小山さん?」

 

「え、ええ…………」

 

「立てる? 急いでこの場を離れないと」

 

「__________嫌ッ‼」

 

 

僕が小山さんの腕を掴んで立たせようとすると、彼女が僕にしがみついてきた。

急に抱き着かれたもんだから慌てたけど、何とか体勢を保って彼女を支える。

その間にも彼女の体の震えが、鎧越しにでも僕の体に伝わってきた。

相当怖かっただろう、目の前で人が死ぬ惨劇を二日続けて見せられたんだ。

無理もないことだろうし、それで平然としてられる方がどうかしてるんだ。

……………………どうか、してるんだよな、僕も。

 

 

「小山さん、落ち着いて」

 

「落ち着けるわけないでしょバカ! バカ、バカ‼」

 

「ちょ、ちょっと小山さんってば!」

 

「………………ばか、ばかぁ、怖かったよぉ………」

 

「………小山さん」

 

 

丁度腹筋のあたりにしがみついている彼女を引き離そうとして止める。

小山さんはひたすら両目から涙を溢れさせながらも、僕をバカ呼ばわりしてくる。

でも僕はそんな理不尽な彼女の言葉も、甘んじて受け入れようと思った。

だって、僕があの時小山さんを追いかけていればこんな目に合わせずに済んだんだ。

昨日彼女を襲ったミラーモンスターを倒してからって、流石に油断しすぎていた。

だから、小山さんは悪くない。彼女を巻き込んでしまった僕に責任があるんだ。

 

 

「うぅ…………ひっく………………」

 

「小山さん、もう大丈夫だから。とにかく今は僕の話を聞いて?」

 

「いや………いやだ……………」

 

「お願いだ小山さん。僕は行かなきゃいけないんだ」

 

「……………………………」

 

「ここからは確か、家は近かったよね?」

 

「……うん」

 

「だったら、すぐに帰って今日は外出しちゃ駄目だ。

それと、光を反射したりするものには絶対に近付いちゃ駄目だからね!」

 

「………うん」

 

「離してくれてありがとう、小山さん。

……………………それと、ゴメン。助けるのが遅くなって」

 

「…………ううん。あたしが悪いのよ、吉井君と一緒にいれば」

「だから、あの時僕が小山さんを怒らせちゃったじゃない?

理由は今も分かってないけど、どちらにせよ僕が悪いんだから」

 

「そんなこと………アレだって私が」

 

「このままじゃ話が終わらないから、僕が悪いって事でおしまい!

それじゃ、今言ったこと守ってよ? …………行ってくるから」

 

最後に小山さんの言葉を遮って僕は彼女に背を向ける。

そのまま僕は振り向かずに廃工場の中へと走っていく。

彼女が去り際に「あっ………」と寂しげな声を上げたのは、耳には届いた。

だとしても、僕にはやるべきことがあるんだ。

僕がこの戦いに賭けるもの、『明奈の命』を手にするためには僕以外の

全てのライダーと戦い、そして勝利しなくてはならない。

つまり、12人の人間を、殺さなくてはならない。

 

 

「_____________覚悟は、出来てる」

 

 

消え入りそうな声で僕は呟き、手ごろな大きさの鏡を見つけて飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鉄骨の所々に赤茶けた錆が目立つ廃工場の中を、須藤は息を切らして走る。

ぜぇぜぇと息を切らしながら、彼は頭の中でひたすら状況の把握に努めていた。

入口からある程度離れた場所で立ち止まり、息を整えようと試みる。

 

 

「はぁ…………はぁ…………まさか、龍騎とナイトに出くわすとは!」

 

 

恨めしそうな視線を、先程まで二人がいた外の通路の方へと向けて呟く。

実は、須藤は【仮面ライダー龍騎】と【仮面ライダーナイト】の存在は知っていた。

新たにライダーが誕生すると、既にライダーである者にその報告がやって来る。

無論その報告をしてくるのは、自分にライダーデッキを与えた鏡の中のあの男(・・・・・・・)

 

「……………か、【神崎 士郎】め、アレはルール違反ではないんですか⁉」

 

 

少し息の整った須藤は、全く別の方向へと怒りの矛先を向け始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

須藤は、4年前の1998年の春に警察庁に入った。

当初は安定した給料と危険手当、そして彼自身の性格の都合上という理由だった。

しかしある時、彼は非番の日に限って麻薬の密売現場を目撃してしまったのだ。

本来であれば警察官として、刑事の卵である彼は警察に連絡して丸く収めるべきだった。

だが、彼の元々の性格が災いして丸く収まる事は無かった。

須藤という男は、子供の頃から『他人と自分を比較し、常に自分を上にする』性格の

一般的な人間から見ればある種、歪んでいるような性格の持ち主だった。

その為、警察などの犯罪者に関わる職に(たずさ)われば、罪を犯した人間と

それを取り締まる自分との具体的かつ明らかな差を見て、優越感に浸れると思ったのだ。

そんな彼は、麻薬の密売人の後を着けて住所を割り出して、後日警官として訪問した。

もちろん相手は抵抗しようとしたが、そこで須藤は密売人にこう話しかけた。

 

 

「私が警察の捜査二課………つまり麻薬関連の捜査内容を君に流しましょう。

その見返りとして、君の仕事の売上の4割、いえ3割ほど頂ければ………どうでしょう?」

 

 

こうして須藤とその男は、2年間に渡って犯罪の片棒を担ぎ合った。

しかし須藤が刑事としてそれなりになってきた頃、上司であり先輩であった初老の

刑事に関係を怪しまれ、一度は麻薬密売幇助(ほうじょ)(犯罪を手助けする事)の疑いをかけられた。

このままでは自分の人生が台無しになってしまう、そう考えた須藤はすぐに行動を起こした。

 

 

「お、おい………何の真似だよあんた!」

 

「私は疑うのは好きですが、疑われるのが嫌いなんでね………」

 

 

麻薬密売人を真夜中の廃工場に呼び出して、ナイフで刺殺した。

死体を隠蔽するのに、誰も近付かないこの寂れた工場はうってつけだったからだ。

須藤は男の死体を工場の剥がれたタイルの下にドラム缶に詰めて埋め立てた。

彼にかけられた麻薬密売幇助の疑いは、その後証拠不十分によって取り消された。

その直後、須藤の目の前__________というより落ちていた鏡にあの男が現れたのだ。

 

「な、なんだ………この耳鳴りは⁉」

 

『_________どんな事も自分の思うような人生を、歩みたくないか?』

 

「…………な、何なんだ……」

 

『_________自分の為の人生を歩みたいのなら、戦え』

 

そう言って鏡の中に現れたその男は、一つのカードデッキを手渡してきた。

カードデッキの表面には、黒く縁取られた金色の意匠の蟹がデザインされていた。

鏡の中の男が言うには、それで【仮面ライダーシザース】になれるらしい。

何のことかよく分からなかったが、男が去り際に言った一言が全てを物語った。

 

 

『_________自分の欲するものの為に、命ある限り戦え‼』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回も、あの時のように埋めれば終わりだと思っていたのに…………クソ!」

 

 

【仮面ライダーシザース】となった日の事を思い返し、盛大に毒づく。

だがそんな彼の背後から、足早に近付いてくる靴音が聞こえてきた。

もう追いつかれたのかと須藤は焦るが、ある物を見つけて表情を一変させる。

 

「見つけたぞシザース、そろそろ鬼ごっこは終わりだ」

 

「………………ナイトですか。くっ、ふふふふふふふ」

 

「何だ? 追い詰められておかしくなったか?」

 

「…………一つ、聞いてもいいですか?」

 

「………………?」

 

「何故私がシザースだと? いつ、どこで気付いたんですか?」

 

黒い騎士__________ナイトは僅かだが首を傾げる素振りを見せる。

その様子を見て、まずは作戦の第一段階が成功したことを小さく喜ぶ。

この問いかけは時間稼ぎだが、実は本当に知りたかったことでもあった。

自分の計画は(実際は違うが)完璧に近いと思っている。

なのにナイトも龍騎も、ボルキャンサーを使役していたとはいえ何故?

どうやって須藤という一人の人間をシザースと特定したのであろうか。

 

 

「警察官が襲われた事件、あの日の夜にある馬鹿から連絡が入ってな。

『モンスターに襲われたけど、知り合いがケガをした』とかなんとか。

だから俺が代わりに現場を見に行ったんだ。するとどうだ?

現場から撤収する警官の中で一人だけモンスターとお話している奴がいてな。

気になってその人物をある時から尾行、監視を続けていたんだよ」

 

「なる………ほど……」

 

「これで満足か?」

 

「ええ、満足です___________充分に時間が稼げてね‼」

 

「何⁉」

 

『ギギッ! ギュイッギギ‼』

 

 

須藤の質問に答えたナイトの真横から、ボルキャンサーが飛び出してきた。

唐突な出現に驚いたナイトは、ボルキャンサーのタックルに押し負ける。

 

『ギュカッ! ギィギィ‼』

 

勝利を祝うかのようにハサミを振り上げて唸るボルキャンサー。

何故気配もなく突然ナイトの死角に出現したのかは、彼の能力にある。

ミラーワールドに住むミラーモンスターには、それぞれ種ごとに能力がある。

ある者は空を泳ぐように飛翔し、ある者は鋼鉄すら引き裂く爪を有する。

ある者は三匹で一体となり活動し、ある者は電気を体内で生成し放電する。

そんな特異な能力を個々に保有するのが彼らミラーモンスターだが、

もちろんその能力の強さや汎用性などにもレベルが存在する。

 

ボルキャンサーは強さの面で言えば、並のモンスターとほぼ同等だ。

しかし、このモンスターには独自の特殊能力が存在する。

その固有能力は、『鏡界移動(ミラーワープ)』というものだ。

簡単に言えば、彼らミラーモンスターは鏡などの反射物を利用して世界を移動する。

人間の世界とミラーワールドは、そういった反射するものを隔てて隣接しているのだ。

ところがボルキャンサーは、それを自分でその扉____反射物を作り出せる。

それによって瞬時に自分の任意の場所に転移し、奇襲を仕掛ける事が出来るのだ。

他にも口から泡を吐いて爆裂させたり、ハサミで並の鉄板を切り裂いたりなど、

蟹らしい特性もあるのだが、最も恐ろしいのが先のミラーワープだろう。

 

そんなボルキャンサーが、はるか後方に吹き飛ぶ。

悲鳴すら上げずに吹っ飛ぶ契約モンスターを、須藤は凝視する。

ボルキャンサーと反対方向にいたのは、赤色と銀色の鎧を纏ったライダーがいた。

 

 

「遅かったな、龍騎」

 

「あ、すみませんれn_________ナイト!」

 

「…………まあいい。今は、とにかくコイツを片付けるぞ」

 

「ハイ‼」

 

龍騎とナイトが須藤の前で合流し、臨戦の構えを取る。

それを見て若干逃げるべきかと思ったが、その考えを切り捨てる。

そして即座に懐から目の前の二人の腰にある物と同じ物を取り出して構えた。

 

「来るぞ」

 

「分かってます」

 

「………二対一とは不利ですがね、仕方ない_________変身‼」

 

 

左手にカードデッキを持ち、あらかじめ地面に砕いて落とした鏡の破片を見つめる。

すると鏡に映った須藤の腰に、重厚そうなベルトが独りでに装着されていった。

鏡の中の須藤にベルトが装着されると、現実世界の須藤にもそれが反映された。

龍騎とナイトが仮面越しに見つめる中で、須藤は右手を胸の前に折りたたんだ後、

即座に前方に押し出して人差し指と中指を立てて、残りの指を折り曲げる。

その後左手のデッキをベルトのバックル部分に装填し、ライダーの装甲を身に纏う。

 

「ふふふ………さあ、始めましょうか!」

 

「負けるか! 【SWORD VENT】 行くぞ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが反転した鏡の中の世界で、無数の剣戟が弾き合う。

実際には、龍の尾を模した剣とコウモリの背を模した重鎗と巨大なハサミの

三種類の異形の武器が互いに攻め合い、そして弾いている戦場の音だった。

かれこれ、三人が刃を交えてから5分ほどが経過している。

ところが二対一という有利な条件であるのに、僕とナイトは攻め切れない。

原因はシザースの契約モンスターのボルキャンサーにあった。

ヤツは突然現れては攻撃してきて、応戦しようとすると瞬時に離脱する。

いわゆる『ヒットアンドアウェー』の戦法で、僕達を翻弄している。

 

 

「それなら! ナイト、僕がヤツを足止めする、だから‼」

 

「いいだろう!」

 

「って事で、行くぞ‼」

『ギュカカ‼ ギギィ‼』

 

眼前のボルキャンサーに向けて、手にしたドラグセイバーの切先を向ける。

ヤツも応戦の意思があるのか、両手のハサミを振り上げてこちらに構えた。

睨み合いも数秒、僕は剣を構えたまま走ってボルキャンサーと距離を縮める。

ボルキャンサーは口のような部分から無数の泡を吐いて僕の視界を遮った。

だが僕はソレに構わずドラグセイバーを振るって泡を薙ぎ払い、一度止まる。

 

 

「い、いない…………でもそのパターンは覚えたよ!」

 

『ギュギギィ‼』

 

「そこだ真後ろォ‼‼」

 

『ギ、ガァッ⁉』

 

完全に死角を取ったのだろうが、生憎その攻撃はもう三度目なんだよ!

 

 

「いくら僕がバカでも、三回も同じパターンなら覚えられるさ!」

 

『ギィ…………ギギィ』

 

「流石に契約モンスターだな、まだ倒れないか」

 

 

汗を拭うような仕草で、頭に冷静さを取り戻させる。

いくらモンスターでも、底なしに体力があるわけじゃない。

このまま戦っていれば勝機は見える。それに、これはあくまで足止めだ。

 

「さてと………第2ラウンドといきますか‼」

 

 

僕はそう一言吠えて、士気を高ぶらせる。

だが次の瞬間、僕の背後の暗闇から電子音声が響いてきた。

 

 

【FINAL VENT】

 

 

「何⁉」

 

『ギギ、ギュギィィ‼』

 

 

唐突に背後から聞こえた音声に驚いて僕が振り返った瞬間、

ボルキャンサーは足元に巨大な鏡を出現させてその中に飛び込んだ。

慌てて後を追おうとしたが、寸前でその鏡は消失して途絶えてしまった。

悔みながらも、僕は不吉な予感を拭うことが出来なかった。

 

 

「まさか、(れん)さん…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殴打、刺突、弾かれ、躱す。

 

ナイトは手にした重厚な重鎗を巧みに操りシザースを攻撃する。

対するシザースは完全な接近戦特化の為、間合いに入れず苦戦する。

 

「くっ!」

 

「どうした、その程度か?」

 

「…………舐めないでください!」

 

相次ぐ攻撃で膝を屈したシザースは、バックルのデッキからカードを取り出す。

取り出したカードを左手のハサミ状の篭手【シザースバイザー】に装填した。

その瞬間、どこからか巨大な金色の物体がシザースめがけて飛来してくる。

 

 

【GUARD VENT】

 

 

飛来してきたものが、シザースの左手の篭手と同化して強固な盾となった。

『ガードベント』とは、使用者に頑強な壁となる盾を装備するカードだ。

ところがこのカードには、もう一つの特性が存在している。

それは、『装着している間はある程度の衝撃を緩和できる』というものだ。

これにより生半可な攻撃では怯むことすら無く相手と対峙できるようになる。

 

 

「厄介な! くっ‼」

 

「褒め言葉としてッ! 受け取らせて貰いましょう‼」

 

防御力を底上げしたシザースが先程とは逆に有利に戦いを進める。

ナイトの重鎗_________ランスは一撃の攻撃力は高いが小回りが利かない。

先程まではその攻撃力に任せてシザースを牽制していたが、今度はそれが仇になった。

攻撃に怯まなくなったシザースが、ひたすらランスを掻い潜って接近戦に持ち込む。

接近戦に慣れていないのか、ナイトは徐々にシザースに追い詰められていく。

そもそもナイトが得意とするのは、武器を用いた中距離戦闘である。

だが今シザースによって展開されているのは、徒手空拳による肉弾戦。

故に、その差が少しづつお互いの力の差を明確にしていった。

 

 

「捕まえましたよ」

 

「ぐっ! く、くそ……‼」

 

「無駄ですよ。私はこれでも刑事ですので柔道などは有段者なんです。

一度接近戦に持ち込んでしまえば、並の人間では相手にはなりません!」

 

 

とうとう背後を取られてナイトは組み敷かれて動きを制限された。

ギリギリと音を立ててナイトの首がシザースの両手によって絞められていく。

だが膝をつかされた体勢のまま、ナイトはデッキからカードを取り出して右手の

剣と一体化した【ナイトバイザー】に差し込んで機構を動かし、装填する。

その行動で読み込まれたカードの内容が反映され、電子音声と共にやって来る。

 

 

「並の…………人間なら、な!」

 

【NASTY VENT】

 

「ぐうっ‼ あ、うおおぉぉ⁉」

 

 

ナイトが読みこんだのは、『ナスティーベント』というカード。

その効果は、ナイトの契約モンスター『ダークウィング』の巨大な両翼の起こす

羽ばたきと超高音パルスによって発生する不快音波で自分以外の対象を行動不能にする。

いわば、アクティブジャマーのような効果のカードだった。

『ナスティーベント』の効果をモロに受けて耳を押さえて地面にうずくまるシザース。

拘束から解放されたナイトは、好機とばかりに新たなカードを取り出す。

それを見て焦ったシザースは、同じようにデッキからカードを取り出した。

 

 

「…………行くぞ」

 

 

ナイトが右手のナイトバイザーに、カードを装填する。

少し遅れてシザースも同様に、左手のシザースバイザーにカードを装填した。

そのカードには、デッキの表面の紋様と全く同じマークが描かれていた。

 

 

【FINAL VENT】

 

【FINAL VENT】

 

 

ナイトとシザースが発動したのは、『ファイナルベント』のカード。

最終召喚(ファイナルベント)の名の通り、ライダーの持つ最強の力を持ったカードで攻撃力は絶大。

直撃してしまえばほぼ間違いなく命を落とし、奪うであろう力を持ったカード。

 

「来い、ダークウィング‼」

『キュィキュィ‼‼』

 

「来なさい、ボルキャンサー‼」

 

『ギギギィ‼‼』

 

 

ナイトは手にしたランスを構えて、シザースに向けて突撃する。

対するシザースは背後に出現したボルキャンサーが交差させたハサミに飛び乗った。

疾走するナイトの背後に、召喚されたダークウィングが舞い降りマントに変化する。

シザースはタイミングを合わせ、持ち上げられる力と共に大きく上昇した。

 

 

「おおおおおおおおぉぉ‼‼」

 

「はああああああぁぁ‼‼」

 

 

マントを纏い若干の飛行能力を得たナイトは上空へ飛び、ランスの切先を真下に構え

背中のマントを発生させた竜巻に合わせて自身を覆うように巻き付けて急降下する。

逆にシザースは空中高くに放り上げられ、その勢いを利用して高速で回転し始めた。

そのまま自然落下するエネルギーを利用して強力な(かかと)落としを決めようとしたが、

上空から落下してくるナイトの【飛翔斬】の速度に追い付けずに直撃した。

 

 

「ぐおおぉぉあああああああぁぁぁ‼‼‼」

 

 

全身を覆っていたマントが元の状態に戻り、地面に着地したナイトが振り返る。

二つの大技が正面からぶつかったことによる衝撃で、大きな爆発が起きていた。

その爆発の中心地で、満身創痍となったシザースが全身に駆け巡る痛みに悶える。

 

「がっ! ああっ! ああ、うぐぅ‼」

 

「………………終わったか」

 

ナイトは少し声のトーンを低くして呟く。

いくら自分の願いを(・・・・・・・・・)叶えるためとはいえ(・・・・・・・・・)、一人の命をこの手で

奪う事になってしまった現状への憤りと罪悪感は、決して無い訳ではない。

彼とて、ライダーである以前に一人の人間なのだから。

 

 

「…………それでも、俺は」

 

 

決意を新たにしたナイトは、完全なとどめを刺すべくシザースに歩み寄る。

当のシザースは痛みに苦しみながらも、必死にナイトから逃げようとしていた。

手にしたランスを振り上げ、切先を振り下ろす。

それで一人倒せる。それで一人消える。それで一人__________殺す。

 

「やるしか、ないんだ」

 

言葉に出してはいるが、ランスの切先が微かに震えている。

自分でも制御できないほど小刻みな震えは、ナイトの心情を体現していた。

迷っているのか、この期に及んで俺は‼

自分を心の中で叱責しても、震えは止まりはしなかった。

だがそんな切先から目線を少しずらすと、シザースの体があった。

目の前にあるのに、俺の願いを叶える手段が、目の前にあるのに。

 

 

「俺は………俺は!」

 

 

自分は迷うことしか出来ないのか。

迷っているだけで、彼女(・・)を救えたか。

どんな手段であっても、俺は俺の願いを叶えたい。

その為に、多くの犠牲が必要だというのなら…………。

 

 

「う………う、ぐっ…………」

 

「しぶとい奴だな」

 

 

ナイトから少し離れた場所で、シザースがよろめきながら立ち上がる。

フラフラとした不安定な立ち方は、彼の戦う意思の消失を感じさせた。

その姿を見つめていたナイトがランスを構えた、その時だった。

 

 

【FINAL VENT】

 

「何⁉」

 

 

突如どこかから聞こえてきた最強の切札を宣言する電子音声。

不意を突かれたナイトは辺りを見回すが、それらしき姿は無い。

眼前のシザースも聞こえたようで、よろけながら辺りを見回す。

そして次の瞬間、前触れ無くナイトの視界からシザースが消えた。

驚いたナイトはランスを構えて警戒するが、影も形も見えなくなっていた。

 

「そぉらぁっ‼‼」

 

 

慌てふためくナイトの右側から、固い物がアスファルトに当たって

粉々に砕けるような破砕音と膨大なエネルギーの衝突による爆音が響いてきた。

すぐにそちらに振り向くと、そこにいたのは_______________

 

 

「か……………は…………………」

 

「ふぅ! チョロイもんだったぜ、ハッハー!」

 

「コイツ、新たなライダーか⁉」

 

 

シザースをアスファルトの地面にパイルドライバーの要領で突き刺し、

その上に乗ってご機嫌そうにガッツポーズを組む若草色のライダーだった。

 

 

「んん~、ん? はは、コイツぁ当たりか。まだライダーがいたとは」

 

「その契約の紋章…………お前が【仮面ライダーベルデ】か⁉」

 

「そーゆーお前は確か………ナイト、だったか?」

 

 

眼前でシザースの頸椎(けいつい)を砕き折って倒したライダー、

ベルデが両手を広げて芝居がかった歩き方でナイトに詰め寄る。

ランスを構えたナイトに対して、ベルデはただ、淡々と告げた。

 

 

「この世じゃ所詮、力のある奴が勝つんだよ…………分かるか?

さて、それじゃそろそろ始めようか……………【ライダーバトル】をな‼」

 

 

 

 

 







ハイ、いかがだったでしょうか。
先週投稿できなかった分の埋め合わせはいずれまた……………。

今回の見どころは何といっても、シザースの最期!
人知れず死んでいくなんて、さっすが「卑怯もラッキョウも大好物」な
蟹刑事さんは雑魚キャラとしての格が違いますわ、格がwww

そしてこれまた、新たなライダーの参戦。
【仮面ライダーベルデ】、今作の序盤で重要なキャラです。
彼は原作でテレビスペシャルでしか登場しないゲストだったので、
一体どう絡ませようか悩みに悩んだのです。それがこの結果です。

やはり、原作重視を謡う私としてはナイト(というかボルたん)に
須藤の引導を渡してもらいたかったんですが………ベルデの引き立て役、
良かったねシザース、自滅じゃなくておいしく死ねたよ!


それでは次回!

突如乱入してきた新たなライダー、ベルデ!
彼の介入によって、ライダーバトルは加速する!
そして明久とFクラスは、遂にBクラスとの戦争を開始する‼

戦わなければ、生き残れない‼


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問8「僕と決着と初めての顔」


更新が大幅に遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
言い訳するつもりは毛頭ございませんが、強いて言わせてもらうならば

低スペックのPCが反抗期になった、くらいでしょうか。


お待たせしてしまって大変遺憾に思っておりましたので
それでは、どうぞ!


 

住宅が重なって見えなくなった地平線に、煌々と輝く夕日が沈んでいく。

鏡合わせとなっているこのミラーワールドの中にも、外の風景が反映されていた。

もはや薄っすらとではなく確実に暗くなっていく空の下、荒廃した工場の中で僕はひたすら

一緒にこの地に赴いた仲間である人物の名を呼び続けていた。

 

 

「ナイト! ナイト‼」

 

 

一度目の呼びかけに、彼からの返事は返ってこなかった。

舌打ちしそうになる気持ちを抑えながら、工場内を走りつつ再び声を張り上げる。

先程よりも大きく、先程よりも祈りを込めて。

 

 

「ナイトォ‼」

 

 

二度目の呼びかけにも、返事は返ってくることは無い。

その事実が、僕の脳内に最悪の事態を想像させた。

僕は頭を大きく振るってそれを振り払い、もう一度声を引き絞って呼びかける。

 

 

「ナイトォ‼」

 

「_________________龍騎‼」

 

 

三度目の呼びかけでようやく待ち望んだ結果が訪れた。

僕の中には喜びと安心からか、急激な脱力感と早く会いたいという活力が湧いてきた。

それに従って、声の聞こえてきた方角に向かって走り続ける。

大した距離じゃなかったようで、僕は声をかけていた人物に出会うことが出来た。

 

 

「蓮さん‼」

 

「来るな龍騎、邪魔になる‼」

 

「え…………?」

 

 

だが僕の目に飛び込んできたのは、疲弊して片膝をついているナイトの姿だった。

彼が苦戦するほどの相手だったらしい、僕一人ではシザースに負けていたかも………。

そう思いながら彼に駆け寄ると、ヨロヨロと情けなく立ち上がって僕を睨みつけてきた。

いや、正確には僕をではなく、僕の斜め後ろで余裕の態度を見せている人物を、だった。

 

 

「へぇ、ソイツが龍騎ねぇ。お前ら手を組んでるのか、異常だな」

 

「何だお前は‼」

 

「龍騎、コイツはベルデだ! 【仮面ライダーベルデ】、四人目の契約者だ‼」

 

「え⁉」

 

 

僕がナイトの言葉で慌てて振り向くと、ソイツ___________ベルデは芝居がかったような

立ち振る舞いのまま僕らの正面まで歩いてきて、上から目線で見下すように話し始めた。

 

 

「そう、俺は四人目だ。お前らよりも先輩だ、分かったかヒヨっ子共が」

 

「何が先輩だ、僕らライダーに年功序列なんかあるもんか‼」

 

「はっ! 年上に算段無く盾突こうってか? これだからケツの青いガキは………」

 

 

やれやれだ、とでも言いたげに肩をすくめつつ両手を肘のあたりで曲げて広げたベルデの

態度と言葉に僕の怒りは一気に燃え上がるが、ナイトが片手でそれを制してきた。

 

 

(安い挑発だ……………乗るな)

 

(分かってますけど、でも…………でも!)

 

 

距離を置いて離れているベルデには聞こえない声量で会話する僕とナイト。

その行動を見てどう思ったか、向こうは余裕の態度を払って戦闘態勢に入った。

僕はそれに続いて臨戦態勢を取ろうとして止め、ナイトに肩を貸す。

 

 

「…………何の真似だ?」

 

まるで戦う事を放棄したように見える僕の対応を見て、ベルデが言及してくる。

それを観越していた僕は腰のカードデッキから一枚カードを取り出し、ナイトに貸した

肩の先にあるドラグバイザーにゆっくりと装填し、読み込んで反映させた。

 

 

【STRIKE VENT】

 

「何の真似だろうね……………」

 

「調子に乗るなよこのガキが‼」

 

 

僕の仕掛けた安い挑発に踊らされてベルデが僕らめがけて駆け出してきた。

ナイトを連れ立っている以上、スピードでは勝てないし逃げられもしないだろう。

でも、そもそも逃げるなんて選択肢は僕にはない。

願いを叶えるために、僕は全てのライダーと戦ってそれを倒さなきゃいけない。

だったら、戦うっきゃないだろ‼

 

 

「これでも喰らえ‼」

 

 

ナイトに貸しているのとは逆の腕の先に装着された龍の頭_________ドラグクローから

燃え盛る紅蓮の砲弾が三発連続で発射され、ベルデの行く手を着弾の炎で遮る。

突然の攻撃に驚いたのか、はたまた炎で道をふさがれるとは思ってなかったのか、

ベルデが慌てふためくような声を上げてバック転や跳躍を駆使して後退した。

 

 

「チッ! クソガキが味なマネを‼」

 

 

炎の壁の向こう側から、ベルデが僕を毒づく声が聞こえてきた。

でもこれは単なる時間稼ぎであって、逃げるための策ではない。

少し先まで歩いて、崩れかかっているアスファルトの柱の陰にナイトを降ろして

この場で安静にして動かないようにとキツく言い聞かせた。

無論ナイトが僕の言う事を聞くはずも無いため、彼を置いたらすぐにベルデの元へ駆けた。

 

「さぁて、ここからが……………ん?」

 

 

ベルデを足止めした辺りまで戻って来たのに、肝心のベルデの姿が無い。

逃げたのだろうかと考えていると、もう少し先の場所から何かがぶつかる音が聞こえてきた。

 

 

(まさか、別のライダーも来て戦ってるのか⁉)

 

 

明らかに自然なものではない音を聞いた僕はそう考えて急行する。

するとそこには予想通りの戦闘が、そして予想外の戦闘が行われていた。

 

 

『ギッ! ギギィギ‼』

 

「なんっだ、コイツは! くそ、鬱陶しい‼」

 

「アレは………ボルキャンサーか」

 

 

僕の眼前で繰り広げられていたのは、ベルデとボルキャンサーの一騎打ちだった。

とうに暗くなった廃工場の中であっても目立つメタリックオレンジに輝くハサミを振り上げ

若草色を基調とした鎧とスーツを纏ったライダーを上半身が膨張した怪物が追い立てる。

ハサミを回避したベルデは足払いでボルキャンサーのバランスを崩そうとする。

しかし口から吐き出された無数の泡の爆裂によってそれは断念され、互いに距離を取った。

金属を擦り合わせるような不快な音を立てて威嚇するボルキャンサーを前に、余裕の態度で

ふざけた体勢を取り続けてベルデは相手から攻撃を仕掛けさせようとしている。

咄嗟に近くの柱の陰に隠れた僕は冷静に状況を確認した。

 

 

(多分、契約モンスターにとって一番手近にあった餌を盗られたボルキャンサーが

ベルデを物陰から襲って、今それがもつれているって感じかな)

 

 

コッソリと顔を柱の陰から覗かせつつ、客観的に現場を捉える。

するとしばらくの攻防があった後に、二人はちょうど僕のいる柱と直線状の位置で硬直した。

上段から振り下ろされたハサミを両腕で押さえ、両足で押し負けないように支えている。

お互い完全に無防備な状態。コレを見逃す機は無い‼‼

 

 

「もらった‼」

 

 

柱の陰から躍り出た僕は右手を大きく後ろにやって、力を溜めてから一気に押し出した。

右手のドラグクローからは周囲を包み始めた暗闇を照らす紅蓮の炎が弾け飛んでいく。

一直線に突き進む灼熱の砲弾の先にいるのは、ボルキャンサーとベルデの二人のみ。

 

「なっ⁉ くっそが‼」

 

『ギ、ギギィ⁉』

 

 

二人は周囲の闇を照らす明るさに気付き、迫り来る攻撃を直前で認識する。

ベルデはボルキャンサーの胴体を蹴って宙に浮き、身体をひねってわずかに滞空する。

蹴られた反動でボルキャンサーの身体は一歩分僕の放った火球に近付いたが、

両腕のハサミを大きく振り上げたと同時にそのメタリックオレンジの巨体が掻き消えた。

 

 

「鏡を作ってワープしたか! でも‼」

 

 

出来れば同時に仕留めたかったが、上手くいかないのは仕方が無い。

それでも一番の目的であるライダーの方は未だに火球の進む先で着地して間もない。

今から回避しようにも火球の大きさもあるし、直撃は避けられても多少のダメージは確実。

しかもここは廃工場の中心部に続く通路だった場所らしく、周りには窓以外に壁しかない。

僕が攻撃の成功を確信した時、ベルデのわずかな動きを仮面越しの視界で捉えた。

 

 

「………………ハッハハ」

 

 

薄ら笑いを浮かべているだろうベルデはしゃがみつつ、デッキからカードを取り出していた。

そして左足の太もも辺りに巻き付いている小さな何かから、細い糸のようなものを引っ張って

カードに付けて手を放し、顔を上げて迫り来る火球を睨みつけた。

 

 

【ADVENT】

 

 

どうやらベルデの太ももにあるのは、カードを読み込むバイザーだったようだ。

僕は自分の左手にある篭手型のドラグバイザーを横目で見てから、相手を再び見つめる。

 

「……………どこだ⁉」

 

だがそこには既に、若草色の影も形も見当たらなかった。

初めからそこには何もいなかったかのように、僕の放った火球も直進して壁にぶつかる。

着弾の衝撃で炎上した壁が廃工場を一瞬だが明るく彩り、暗闇を晴らした。

そのおかげか、消えたベルデの若草色が僕の視界の隅で炎に反射して煌めいた。

 

 

「天井⁉ い、いつの間に‼」

 

 

僕は声を上げながら勢いよく上を向いて驚く。

視線の先には何やら赤いロープのようなものを腰に巻き付けて宙吊りにされていた。

僕が驚いたのは何故一瞬のうちにそこまで移動しているのか。

それとどうしてそんな間抜けな格好で僕を上から見下ろしているのかって事だ。

つい思った事が口を吐いて出てきてしまう。

 

 

「何で宙吊り…………失敗したのか?」

 

「失敗だと⁉ クソガキがナメた事言うなよ‼」

 

「どう見ても失敗にしか思えないんだよアンタの今の状況は‼」

 

 

ブラブラと揺られながら僕に罵声を浴びせるベルデ。

でも現状を加味するとどうしてもバカみたいに見えてくるんだよなぁ。

そんな事を思っていると、ベルデが怒鳴るような口調で上を見上げた。

 

 

「オイ何してる『バイオグリーザ』、早く上げろ‼」

 

 

ベルデの視線を追うようにして天井を見上げると、そこに影が一つ(うごめ)いた。

 

 

鋭角的な頭部に、ギョロリと飛び出たカメレオンによく似た形状の両眼球。

しかし首から下は人間のような体格をしており、腕も足も太く筋肉質にも見える。

遠目からでハッキリとは見えないが脚は膝から逆関節になっているらしく、

その部分には人体にはあるまじき長大なバネのような部品が付けられていた。

そして何より腰の辺りから脚と触角をもいだムカデの如き形状の尻尾をまるでカタツムリの

背負う殻のように丸めて揺らしていた。

 

仮面ライダーベルデの契約モンスター、名をバイオグリーザという。

 

 

バイオグリーザは古びた工場の屋根の上に空いた穴から舌を伸ばしてベルデを吊るしていた。

恐らく僕の火球が直撃する瞬間に発動したアドベントでヤツを呼び出して回避したんだ。

契約者の命令に従って、ラーメンをすするかのようにして徐々に上へと引き上げていく。

でもそれをただ傍観するほど、僕はお人好しじゃない‼

 

 

「逃がすか‼」

 

 

右手のドラグクローを構えてベルデに狙いを定めるが、突然横からの衝撃に襲われる。

大きく吹き飛ばされた僕はすぐさま立ち上がって何が起きたのかを確認した。

 

「ボルキャンサー……………邪魔をするな‼」

 

『ギギッギ、ギィィ‼』

 

「ハッハッハ、お前随分好かれてるみたいだなぁ?」

 

 

僕がボルキャンサーと対峙している隙に屋根の上に登り切ったベルデからの余裕の一言。

どこまで行っても挑発してくるらしいベルデの言葉を聞いて、僕は仮面の下で顔をしかめる。

そのまま目の前でいきり立っているボルキャンサーにドラグクローの砲口を向ける。

 

 

「仕方ない、お前が先だ。時間が無いからかかってこい!」

 

『ギュカカ‼ ギギィギ‼』

 

ベルデとバイオグリーザの事は一先ず無視してボルキャンサーに狙いを変える。

ボルキャンサーも僕の言葉に応えるように鳴いてからハサミを振り上げる。

すると上から興味を失くしたように抑揚の無い声でベルデが話しかけてきた。

 

「何だ、もうライダーバトルは終了か?

だったら俺は帰らせてもらうぜ、こう見えても多忙な身なんでね」

 

【CLEAR VENT】

 

 

ベルデは僕にそう言い残して、その姿を掻き消した。

まるで最初からそこにいなかったかのように、どこにも姿が見えなくなった。

ボルキャンサーの動きに警戒しながら上を見上げるとバイオグリーザも消えていた。

クリアーベント、とか聞こえたけど……………まさか姿を消すカードもあるのか。

 

 

「……………ま、今はそれよりも、コッチの方が大事だよな?」

 

『ギギギッ、ギッギィ‼』

 

 

恐らく逃げたであろうライダーの事は頭の片隅に追いやって目の前の敵に集中する。

メタリックオレンジの武器を振り上げたまま突撃してくるボルキャンサーに向けて

ドラグクローを構えるが、まだ思っていたよりも炎が溜まっていなかったために

射出出来ずに攻撃を受け止めるだけに終わる。

 

 

「くっ、ぐうぅ………………くっそ!」

 

『ギュカカッ、ギッギ‼』

 

 

左のハサミでの攻撃をドラグクローで受け止めるが、右のハサミが追撃してくる。

追撃を回避するために屈んで、その姿勢のままボルキャンサーの脚に蹴りをかます。

僕の攻撃にビクともしないボルキャンサーは体勢の崩れた僕を押し切ろうと身体を前に

倒してくるが、それを左手で受け止める。

しかし人間よりもわずかに大きな身体を受け止めるには、僕はまだ弱かった。

重量に耐えきれずに押し切られ、堅いアスファルトの地面に背中から叩き付けられる。

 

「ぐっ‼」

 

『ギュイィ‼ ギッギッギ‼』

 

 

倒れた僕の上に追い打ちとばかりにボルキャンサーが馬乗りになって歓声を上げる。

耳障りな遠吠えの後で、その黒く小さな瞳で捉えて両腕のハサミを開き切る。

どうやらコレで僕を切り裂いてやるとでも言いたげなアピールをしてるな。

でも、やっぱりモンスターか。

 

 

「惜しかったな」

 

『ギ、ギ?』

 

 

うんうん、本当に惜しかったよ。

僕の言葉を聞いてボルキャンサーは首が無いために胴体ごと斜めにかしげる。

何を言ってるのか分からないようだから、もう一度分かりやすく言ってやるかな。

 

 

「惜しかったなって言ってるんだよ。

もう少し慎重に行動してれば、僕に勝てたかもしれないのにさ」

 

『ギッギ、ギギィ‼‼』

 

「まだ分からないの? これ以上教えるくらいなら実践してやるさ」

 

『ギ、ギギ⁉』

 

 

不敵に笑う僕とボルキャンサーの間にあるわずかな隙間が明るく輝きだす。

どうやら気づけたようだね、まあもう遅過ぎるんだけど。

まるで炎が互いの間で燃え盛っているかのような輝きにボルキャンサーが慌てる。

 

『ギッ、ギッギ‼』

 

「おっと待ちなよ。そんなに慌てなくてもいいじゃないか」

 

 

立ち上がって逃げ出そうとするボルキャンサーに寝たままの姿勢で蹴りを浴びせる。

ちょうど強制的に座らされたような感じで僕の上に戻って来たヤツに語りかけた。

 

 

「今更どうにかなんてなると思うなよ。今まで何人喰ってきたか自覚してるんだろ?」

 

『ギッ……………ギギギィ‼‼』

 

「コレで、終わりだぁぁあ‼‼」

 

 

灼熱の炎が溢れ出たことを確認し、素早くドラグクローをボルキャンサーに突き出す。

僕の上で悲鳴を上げるボルキャンサーを飲み込むほどの爆炎が廃工場を照らし、消えた。

 

 

『ギギギィィィィイイィィィッッ‼‼』

 

 

僕の仮面の頬を熱風が撫で、眼前の怪物を獄炎が包み込んで焼き焦がす。

爆発にも近いその爆炎はまるで怪物の断末魔すらこの世に残さないと言いたげに燃え盛る。

遠くから当てても意味が無く、背後から当てても甲殻で弾かれる。

だったらゼロ距離で一番ガードの甘そうな腹部に直撃させてやればいい。

そう考えた僕なりの奇策であり、捨て身覚悟の自爆特攻だった。

ゆっくりと立ち上がりながら至近距離での無茶を今更ながら後悔する。

 

 

「痛っ…………ってか熱ッ‼」

 

 

主に背中側に残った鈍い痛みと前方に奔る焼け付く痛みのデュエットに悶え苦しむ。

ってかホントに痛いよコレ! 痛い痛い痛い痛い‼

全く、ライダーになってしばらく経つけどこんなに痛いのは久々だよ…………………。

 

 

「あ、そうだ。蓮さんは大丈夫かな?」

 

 

ここから少し離れた場所に蓮さん___________ナイトを置いてきたことを思い出した。

あの人はかなり強いはずだから、多分シザースと戦って消耗した後でベルデに襲われたから

本来の強さを出し切れずに翻弄されたんだろうと思う。

……………何だかんだであの人も、挑発に乗りやすいタイプの人間だし。

 

「アレ? いない」

 

 

蓮さんの事を考えながら置いてきた場所まで戻ってくると、そこに彼の姿は無かった。

一人で逃げるような人では無いと思っていたし、付近にモンスターの気配も無い。

とくれば、僕にはもう彼がいなくなった理由は一つしか思い当たらなかった。

そして僕の身体に変化が現れ、その予想が的中していた事を確信する。

 

 

「………………時間か」

 

 

この鏡合わせの世界、ミラーワールドは言わば『深海』のようならしい。

ミラーワールドには現実の世界からの干渉は一切受け付けないのだという。

それは空気も、風も、物質も、無機物も、そして『時間』でさえも。

共通しているのは重力くらいなものなんだろう、実際普段と変わらない重力は感じる。

ただその異様な環境に人間は適応出来ない。だからこそライダーの鎧が重要になってくる。

これはダイバーで言う酸素ボンベと潜水服が兼ね備わっているものに近い。

だから酸素にも潜水服にも限界が来る、一度に潜れる時間にも制限があるのだ。

ライダーの鎧もまた同様、ダメージを受ければ壊れ、ミラーワールドに居られる時間も減る。

蓮さんは僕よりも早くミラーワールドに入ったから、その分の差が出たんだろう。

この世界に居られる時間が終わりを迎え始めると、鎧は徐々に崩れて塵になり始める。

今まさに僕の纏っている龍騎の鎧に起こっている現象がそうだ_____________って結構ヤバい‼

早くここから出ないと鎧が無くなって僕死んじゃう‼

 

 

「いぃよぉいしょおぉぉおっ‼‼」

 

 

崩れゆく鎧を纏った戦士が、奇声を上げながら入って来た鏡に猛然と飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミラーワールドから元の世界に戻るとき、最初に感じるのは風だ。

無風状態かつ鎧を着込んだ僕の身体に時に優しく、時に激しく当たるのは風なんだ。

戦い終わった僕を労い、気を引き締めさせるかのような彼らには随分助けられた。

いつものように風を感じつつ、すっかり暗くなってしまった工場前の道路に出る。

するとそこには、僕の予想していなかった人物が僕を待っていた。

 

 

「あ……………吉井君」

 

「小山さん⁉ 何でまだここに居るの‼」

 

 

暗がりの中で春先の寒さに凍えながら立っていたのは、小山さんだった。

彼女は僕の顔を観た瞬間、さっきまでの死にそうな顔が嘘のように晴れて穏やかになった。

歩み寄ってくる小山さんに対して僕は、ただ冷静に、冷徹に事実を告げた。

 

 

「何でここにいたんだよ! 帰ってないと危ないって言ったろ‼」

 

 

普段の僕とは違う怒声に驚いたのか、小山さんは今にも泣きそうな表情になる。

例え泣いたとしても、僕は彼女に言わなくちゃいけないことがある。

だから彼女の言葉も聞かずに僕は一方的に告げた。

 

 

「それとも、Cクラスの君はFクラスの僕の言葉なんか聞く訳ないのかな‼」

 

「ち、ちが…………」

 

 

俯いたまま小さく肩を震わせ始めた彼女を、暗がりの中ただ見つめる。

付近はもう夜の帳が下り切っていて、高校生の男女が二人きりというのはマズい時間だ。

僕はため息を吐いて少し考えて、傷だらけの身体に鞭打って彼女を送り届けることにした。

 

 

「小山さん、もう時間も時間だし…………送るよ」

 

「……………………………うん」

 

 

僕の言葉に従って少しだけ顔を上げた小山さんと、街頭だけが頼りの夜道を並んで歩く。

ただ、下校途中のような会話は二人の間には無く、沈黙のみが風と共に漂っていた。

しばらく道に沿って歩いていくと、車通りの少なくなった交差点に行き着いた。

星の明かりよりも眩しい車のヘッドライトが、今の僕らにとっては騒がしいほどに思える。

信号の色が変わるのを待っていると、ようやく隣の小山さんが僕を見て話しかけてきた。

 

 

「吉井君、その…………ごめんなさい」

 

「…………………………ううん、僕こそ」

 

 

小山さんからの覇気の無い声での謝罪に、僕もまた同様に平坦な口調で謝る。

僕の言葉を聞いてどう解釈したのか、先程よりは若干明るい表情で言葉を紡いだ。

 

「あの、吉井君。あなたの言葉を聞かなかったわけじゃないの、信じて。

私もあの後すぐに帰ろうとしたんだけど、何て言うか……………すごく怖かったの」

 

「……………怖かった?」

 

 

僕の反応を良しとしたのか、小山さんはさらに話を続ける。

最初は聞き流そうかと思ったけど、彼女の言葉を聞いていたら信号がまた変わっていたため

もう一度変わるまで待つ間に聞こうとくらいには思い直した。

小山さんはさっきよりも強めに肩を震わせて僕から目を背けて話を続ける。

 

 

「あの化け物がもし追って来たらって、別の化け物が私のところに来たらって、

そう考えたら怖くて動けなくて、でも吉井君の近くに居れば何とかなるかもって」

 

「それであの場に居たの? ずっと、僕を待ってたの?」

 

「うん…………でも素直に忠告を聞いておくべきだったわね」

「…………………………………」

 

 

僕は小山さんの話を聞いてから、ようやく自分が馬鹿だって事に気付いた。

よく考えなくても、彼女からしてみればどこから来るか分からない化物に独りで怯える

よりも、その化物と戦える僕の近くにいる方が安全だって考えるのも当然じゃないか。

なのに僕はミラーモンスターの脅威を軽んじて、彼女にキツく当たって。

倒さなきゃいけないライダーに逃げられたのは僕自身の未熟さが原因で、彼女に非は無い。

こんなのただの八つ当たり…………………僕は最低だ。

 

 

「本当にごめんなさい。勝手に頼られて、迷惑だったよね」

 

「………………………………違うよ」

 

「今日も私が勝手に吉井君から離れたから、だから襲われたからって文句は言えないの。

今まで何で気付かなかったんだろ、吉井君は悪くないのにね…………………私って最低よね」

 

「違うッ‼‼」

 

 

車通りが少ないとは言っても人の通りが全く無いわけじゃない。

僕らの周囲に居た人達が唐突な僕の大声に驚いて注目するが、そんなのに構ってられない。

周りの人達と同様に驚いて僕を見つめていた小山さんの顔を正面から見つめて、息をのむ。

彼女に抱いた最初の印象は、気丈で自己主張の激しい人、だった。

でも僕の目の前に居る彼女の顔にそんな印象は見受けられず、ただただ儚く可憐だった。

目元は薄っすらと赤色に腫れて、頬には流れた涙の後が付いており、普段の方が綺麗だ。

それでも今の彼女の表情に、何故か僕は釘付けになってしまった。

 

 

「よ、吉井君?」

 

「………………あっ、いや、その」

 

小山さんに声をかけられなかったら、多分ずっと見つめていたかもしれない。

一体どれほど時間が経ったのだろうかと思って周囲を見回すと、誰もいなくなっていた。

信号がどれほど変わったのだろうか、それすらも覚えていないほど彼女を見つめていた。

戦いの後だから汗も多少掻いてるし、まだ冬の名残があるから夜は冷えるはずなんだけど。

そう考えているとまた少し時間が経ったのか、小山さんが怪訝そうな顔で見つめてくる。

 

 

「ねえ吉井君? 何が違うの?」

 

「えっ……………な、何だったっけ?」

 

「何それ………ふふっ」

 

 

小山さんの顔を真っ直ぐに見られず、顔を背けて質問も曖昧に答える。

すると彼女は僕の不自然さがツボに入ったのか、泣き腫らした顔のまま破顔した。

二人して夜の交差点の信号の下で小さく慎まやかで笑い合い、わずかな時を過ごす。

たったそれだけのはずなのに、何故だか僕の中にはとてつもない満足感が生まれた。

しばらくするとお互い笑いが治まり、やっと冷静に話せるくらいに戻った。

その頃にはもう、先程までのわだかまりも距離感も消え去っていた。

 

「小山さん、そろそろ帰らないと」

 

「え、もう少し…………ううん、そうね」

 

 

このままずっと話していたくなるのを堪えて、小山さんに帰宅を促す。

彼女は僕の言葉に一瞬抵抗するも、今度は素直に聞き入れてくれた。

多分廃工場の時の事が負い目になっているのだろう。

二人でそろって青信号の歩道を歩きだした_____________直後に小山さんが振り向いた。

僕を盾にするように後ろに隠れて動かなくなってしまった彼女に理由を尋ねた。

 

「小山さん、どうしたの?」

 

「え、えっと…………吉井君、もう少しお話しましょう」

 

「え? でもさっき」

 

「お願い。後ホントに少しだけでいいから…………前見て、前」

 

「ん?」

 

 

ゆっくりと後退して信号機の真下まで戻った僕ら二人はそろって前方を見つめる。

僕らの視線の先に居たのは、息を切らして汗を流す見たことのある制服を着た男子。

アレって確か僕らと同じ学年…………………そうだ! Bクラスの代表、根本(ねもと)恭二(きょうじ)じゃないか‼

んん? でも待てよ? 確か根本君は小山さんと昨日何かがあってそれから…………?

 

 

(このままやり過ごして、吉井君!)

 

(え? う、うん)

 

 

直立不動の姿勢になって背後に居る小山さんの存在を悟られないようにする。

しばらくそのままでいると、根本君は周囲を忙しなく見回した後で駆け出して行った。

根本君がいなくなったことを確認すると、背後から疲れた様な表情の小山さんが出てきた。

 

「はぁ…………やっと行ったわね」

 

「えっと、小山さん?」

 

「……………何も聞かないで」

 

疲れ切った彼女の表情を見て、思わず無言で首を縦に振ってしまった。

すると向こうも僕と同じ心境なのか、小さくか細い声でありがと、と呟いた。

結局帰るタイミングを掴み損ねただけで、また同じ信号を待つ作業に入る。

また無言に戻った僕らだが、そこには決して不和も沈黙も無かった。

ただ、僕の隣で小山さんが真剣に何かをブツブツ呟いているから邪魔しないように静かに

しているだけだった。

 

「ん…………ね、ねぇ吉井君?」

 

しばらくすると何かを決心したように小山さんが話しかけてきた。

僕は首だけを動かして彼女の話を聞く姿勢になり、彼女の言葉の続きを待った。

小山さんは僕に一歩詰め寄り、上目遣いの姿勢であるお願い事をしてきた。

 

 

「今日は、吉井君の家に泊めてくれない?」

 

「えっ、えっ⁉」

 

 

彼女の口から飛び出してきた言葉を理解するのに手間取る僕を差し置いて、

小山さんは有無を言わさぬ勢いでさらに話を続けた。

 

 

「吉井君の事、もっとよく知らないといけないって思って……………。

それにその、ライダーとかあの化物の事とかも、出来れば教えてほしいの」

 

「ぼ、僕の事を?」

 

 

無言で首を縦に振る彼女を見て、僕は拒むに拒めなくなってしまった。

それに彼女は口にしなかったが、多分根本君と遭遇したくないのも理由の一つだろう。

そこまで考えた僕はため息をついて、彼女と一緒に信号に背を向けて帰り道を急いだ。

 

 

 

 

 

 










何とか投稿することが出来ました。
前に消えた時よりも時間をかけて長く書けましたが、皆様をお待たせしてしまった事に
関しては完全に完璧に私個人の問題ですので、謝罪のしようもありません。


それでも今年最後の投稿が出来て良かったです。
来年はもしかしたら今年よりも投稿ペースが落ちるかもしれませんが
何卒よろしくお願いいたします。


ご意見ご感想、お待ちしております‼


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問9「僕と事情と新たな約束」




最近妙についてない気がするんです。
あくまで気がするだけなんですが……………。
それとこの作品もそうなのですが、しばらく投稿することが出来なくなります。
ですが二月の後半に入れば万全を期することができそうです。


それでは、どうぞ!







 

 

 

 

「ただいま」

「お、おじゃまします」

 

 

現在の時刻は19:44分、学生ならほとんど自宅に居る時間帯。

東の空から昇り始めている月を、自宅の扉を開けて入る直前に横目で眺めた。

そしてそのまま玄関を通ってリビングに向かうが、今僕の後ろにはお客さんがいるしなぁ。

一先ずお茶を淹れてもてなして、お風呂を沸かして……………………あ。

 

 

(そういえば友香さん、着替えとかどうする気だろう)

 

 

今日は普通の授業だったから、着替えなんて持ってきてるわけないし。

あ、でも、僕らとクラスが違うからもしかしたら体育の授業とかでジャージ持ってるかも!

もし持ってなかったとしても僕のジャージを貸してあげればいいかな?

 

「まさか二日続けてここに来るなんてね」

 

 

そんな事を考えていると、友香さんがリビングを見回しながらそう呟いていた。

まあその気持ちは分かる気がする。

今までろくに話したことも無い同じ学校の男子の家に上がり込むなんて中々無いだろうし、

何より僕らの通う文月学園は学力で完全にクラス分けしているから、差別も激しいしから

機会どころかそう思う考え自体が希少極まりないんだろうなぁ。

 

「嫌だった?」

 

「あ、ううん。あのまま帰るよりかはその………………安心できるわ」

 

僕が彼女の呟きに気遣いと皮肉を込めて応えると、少し照れながら返してきた。

確かに二日連続で死にそうな目にあった彼女が一人で家に帰るよりも戦える僕のそばに居る方が

安心には安心だろうけど、友香さんみたいな人がこんな弱気な発言をするとは思わなかった。

それに何だか、僕の事を頼りにしてるみたいな言い方だから反応にも困ってしまう。

そうしてお互い黙っていると、また友香さんの方から沈黙を打ち破ってくれた。

 

 

「それはそうと、吉井君。厚かましいようだけどシャワーを貸してくれない?」

 

「シャワー? ああ、お風呂か。もう少し待ってて、お湯がもうすぐ沸くはずだから」

 

「ありがとう」

 

 

いつでも入れるように風呂の用意をしておいて良かったと心の底から思っているが、

本当に問題になるのはここからだと内心で冷や汗を垂れ流す。

さっき考えていた着替えの件、彼女は僕より頭がいいはずだからもう気付いているはず。

だというのにお風呂の事を要求してくるのだから、きっと問題は解決されているに違いない!

 

 

「あ、着替え………………どうしよ」

 

 

考えてらっしゃらなかった‼

 

 

「えっと、ジャージとかは?」

 

「………………今日体育無かったわ」

 

「おぉう………………」

 

 

これはかなりマズイ状況なのかもしれない。

もちろん僕の家には女の子が着るような服なんてあるわけが無い。

さて困ったぞ、本当にこういう場合はどうしたらいいんだろうか。

必死に考え込んでいると、ちょうどお風呂のお湯が沸いたことを告げるベルが鳴った。

 

「服は取りに戻ったらいいんじゃない?」

「何の為にあなたの家に泊まりに来てると思ってるのよ」

 

「そうでした………………」

 

「もうどうしようもないわ、吉井君のジャージを貸してくれる?」

 

「ジャージを? あ、そうか。ジャージは男女共用だから」

 

「そういう事。それじゃシャワー借りさせてもらうわ」

 

「あ、うん」

 

 

僕にそう告げて友香さんはお風呂場絵と向かっていった。

彼女が僕のジャージでもいいって言うんだし、仕方ないか。

でも男の僕が着てるジャージを着てもなんとも思わないのかな。

いや、きっと彼女だって嫌に決まってる。

現状怖い思いをするよりかはマシだって判断した結果だろうね。

さてと、こうなったらもう僕も腹を括るかな。

 

「アレ? でも確か予備のジャージを着ずにしまってたような」

 

 

ふと記憶の片隅に引っかかった過去の出来事を思い返してみる。

そうだ、確かに文月学園に入学する前の準備で買ってた気がする!

 

「どこにしまってたかな…………………物置かな?」

 

 

僕の家にはあんまり生活必需品以外は置かれていない。

昔はゲームやら漫画があったんだけど、ライダーになった頃からそれらは売り払って

身体を鍛える器具やら何やらに注ぎ込んだから面白味が無くなっちゃったんだよね。

とにかくまずはどこかにしまったジャージを取りにいかなくっちゃね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チャプン、と水滴が水面に落ちる音が狭いバスルームで反響する。

曇りガラスの引き戸にまで濃密な量の湯気が付着し、また水滴となって床に落ちる。

そんな静かな喧噪の中、友香は湯船に浸かって一日の疲れを癒していた。

ほっと自然に体の内側から息が漏れ出てきて今自分が最も弛緩していると自覚する。

ちょうどいい温度の湯で潤っている肌を軽く撫でながらバスルーム内を見回す。

 

ゴムの部分にカビが一切見られない扉や窓枠。

湯気と湿気で発生する特殊なカビもどこにも見られない壁面。

髪の毛も埃も詰まっておらず、金属部分が錆びてすらいない排水溝。

(すごい丁寧に掃除されてる。しかもコマメに……………意外だわ)

 

 

心の内で先程まで会話していた彼への評価を改める。

二日前まではただのFクラス所属の馬鹿というイメージしかなかったのに、

今では誰よりも頼りになって細かな気配りも出来る中々優秀な男性という印象に変わっていた。

いや、馬鹿という部分だけは今でも変わっていない気がする。

それでも頼れる、という点ではあの男(・・・)とは天と地ほどの差がある。

 

 

(根本く…………いえ、根本。アイツは最低だった)

 

 

明久とは別の元彼氏である人物の事を思い返した途端に不機嫌になる。

眉は逆向きの八の字にへし曲がって、視線は瞬時に恐ろしいほど鋭利に尖った。

あの男は、一年生の二学期に自分に声をかけてきた。いわゆるナンパというヤツだ。

見た目は正直に言って格好いいとは言えなかったが、それでも頭脳では明晰な男だった。

自分は当時学校の定期テストにおいて、337名の一年生の中で73位を獲得していた。

順位に興味は無かったが、常に勉強でいい成績を取れと口うるさい親からの命令に近い教育の

影響からか、かなり上位のあたりに常連として鎮座することが出来た。

だがあの男は55位とAクラスに入ってもおかしくないような順位を取っていた。

それほどの成績を取る男となら付き合ってもいいかな、と軽く考えてしまったのだ。

 

 

(あれがそもそもの間違いだったのよね……………)

 

 

彼氏彼女としての付き合いを始めた次の日から、あの男は上の立場に着こうとしてきた。

とにかく何をするにしても自分が上、そうでなければ気が済まないような独裁者ぶり。

連れ歩くにしても自分が前、話題に付き合わせるのも彼が先、彼はそんな人間だった。

個人的に言えば魅力があるわけでもないただの学力の高い一般的な男子、その程度の認識。

学力さえあれば誰でもいい。頭のいい男性を好きになるように自分は育てられたから(・・・・・・・・・・)

 

(でも今は………………頭の良さなんて本当にどうでもよくなった)

 

 

どれだけテストで点数を取れても、死の瀬戸際にそんなものは役に立たない。

どんなに頭が良くても、鏡の中から襲ってくる化け物から身を守るなんて出来はしない。

生きる上で勉強は必要だが、死の渦中から生き抜く上では全くもって無意味だと。

そして今の自分にとっても、学力は何ら関係が無いと。

 

 

(それに引き換え彼は、吉井君は本当に強くて……………優しかった)

 

 

下を向いて眼に映ったのは無色透明な適温の湯舟と自分の身体のみ。

だがほぼ日に焼けていない身体の中で、唯一右足だけに赤紫色に腫れた部分がある。

これこそが自分に学力の無力さを痛感させた死への恐怖の象徴。

これこそが自分に人間本来の優しさを思い出させた温和の象徴。

今思い返しても、自分の事をあれだけ心配してくれたのは彼だけだろう。

 

 

(ほとんど面識の無い私ですらこうして気遣ってくれて………………)

 

 

嬉しい。自分へ向けられた純粋で単純な優しさが、ただただ嬉しい。

自分がどういう人間であるのか、どういう性格をしているかは理解している。

そのせいもあって、彼を振り回して辛く当たったりもした。

彼自身は気にしていないようだったが、ここに来る前の彼の怒声は心に重く響いた。

 

 

『それとも、Cクラスの君はFクラスの僕の言葉なんか聞く訳ないのかな‼』

 

「ッ‼」

 

 

鮮明に思い出す、彼の怒りが込められた表情を。

あまりにリアルに思い出し過ぎたせいで湯船から飛び上がりそうになった。

慌ててドアの方を見つめるが、彼がここに来ることは無いようだ。

 

 

(また余計な事して変に心配させたくないし……………それに)

 

 

力を入れた右足が少しだけ湯に染みて痛みを感じた。

だが今の友香にとっては、その痛みこそが生きている事を認識させた。

今、生きている。死の淵に二度も突き落とされた自分が生きているその理由。

言わずもがな、彼だ。

 

 

(…………………………また裸見られたくないし)

 

 

適温の湯に充分浸かったからか、それとも他の要因によるものか。

友香の身体はほどよく健康的な水準でほんのりと白い肌が火照っていた。

だが顔にはっきりと羞恥の色が混ざっていた。

昨日この家に来た時に(偶然とはいえ)彼に下着姿を見られてしまった。

今回もそう言う事が無いとは言い切れないし、彼もまた男には違いない。

そういう感情がつい湧き上がってしまったとしても、何ら異常では無いのだ。

 

 

(でもきっと、吉井君はそんな人じゃないわ)

 

 

ほんの二日間の交流であるにも関わらず、友香には確信があった。

吉井 明久という人間は決して、他人の弱みにつけこむような人間では無いと。

だからこそ自分はまたこうして、無防備な姿を晒しているのだ。

 

 

(あんまり長風呂するのも悪いかな)

 

 

久々にゆっくりと浸かったためか、それとも彼が近くに居る安心感か。

思っていた以上に長風呂になってしまった気がした友香は風呂から上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風呂から上がった友香は脱衣所に置かれていた文月学園指定のジャージを

若干の躊躇いの後に着こんでリビングへと歩き出す。

扉を開けてリビングに一歩踏み込んだところで目に飛び込んできたのは、彼だった。

だが先ほど見た時よりもかなり疲れてやつれているようにも見えた。

 

 

「えっと、吉井君? お風呂あがったわ」

 

「あー、小山さん。分かった、じゃあしばらく楽にしてて」

 

「え、うん………………えっと、どうしたの?」

 

「え? ああ。小山さんに渡したジャージだけど、それまだ未使用のなんだ。

だいぶ前に予備として買っといてしまってたのを思い出してね~。

今の僕にはサイズ的に小さいけど、小山さんにちょうど合って良かったよ!」

 

「あ………………そうなの」

 

 

友香は改めて自分が身にまとっているジャージを見下ろして感触を確かめる。

触ってみると確かに彼が一年着てきたには糊が効き過ぎているように思えた。

これも彼の気遣い、彼の優しさなのだと再度実感して心の内に安心感が広がる。

 

「それじゃ、ここでゆっくりしててね」

 

「ええ」

 

 

そう言って明久は風呂場へと歩いていってしまった。

誰もいなくなったリビングの中で独り取り残された友香は周囲を見回す。

昨日はいろいろな事が起こり過ぎて周りを気にする余裕が無かったのだろう。

テレビ、台所、その他色々。

だが共通して、それらにはある特徴があった。

 

 

「……………そうか。反射しないようにしてるんだ」

 

 

鏡などは一切ない。加えて反射するような輝きの無いプラスチックが主だった。

テレビなども布がかけられていて、リビングが映り込まないようになっている。

これもきっと、あの鏡の中から襲ってくる化け物への対抗策なのだろう。

彼も一介の高校生であるはずなのに、何故あんな異形と関わっているのだろうか。

 

「何で、吉井君なんだろ」

 

 

どうして彼がそんな危険な存在と関わってしまっているのだろう。

昨日も話は聞くだけ聞いた気がするが、自分の身の事で頭がいっぱいだったのだろう。

だが自分が彼の事を知ったところで一体どうなるというのか。

今日のように彼に要らぬ心配をさせて怒らせてしまうだけになるのではないか。

 

(だとしても……………知りたい)

 

 

彼の事が気になる。彼の事をもっと知りたい。

自分が知っているのは彼が同じ学園の最底辺クラスに所属しているということだけだ。

それ以外は何も知らない。それが何故だか酷く悔しい。

 

 

「ふぅ、さっぱりした!」

 

「え? 吉井君、もう上がったの⁉」

 

 

ソファの上で悶々としていると、扉を開けて彼がタオルで頭を拭きつつやって来た。

つい五分ほど前に風呂場に行ったはずなのにあまりにも早すぎやしないか。

内心そう思っていたことが顔に出たのか、彼が察して語ってくれた。

 

 

「いやぁ、一人暮らしだとお湯代もバカにならなくてさ~」

 

「そ、そうだったの? ごめんなさい、無理させたかしら」

 

「あ、気にしないで。流石に一日一回はちゃんと身体洗ってるし」

 

「そういう事じゃなくって!」

 

「?」

 

心底不思議そうな顔で自分を見つめてくる彼。

本当に彼と話していると調子を狂わされてしまう。

だが悪い気はしない。むしろもっと彼と話していたくなる。

 

「もういいわ…………それより聞きたい事があるの」

「ん? 何かな?」

 

「今日突然来たからその、どこで寝ればいいのかな?」

 

「ああ、その事ね。それなら…………………」

 

 

と、そこまで話してから少しだけ彼が思案する。

しばらくすると友香の方を見て言葉を口にした。

 

 

「僕の部屋のベッドで寝るか、妹がいた部屋で寝るか。

小山さんはどっちがいいかな? まあ効く必要ないと思うけど一応ね」

 

「え? 妹さんのいた部屋に?」

 

 

うん、と頷く彼だったが、一瞬だけ表情が曇ったのを見逃さなかった。

彼の本心で言えば、自分を部屋に泊まらせて彼はこのリビングで寝るつもりなのだろう。

そこまで分かるほど如実な表情の変化だったが、理解したことでより友香は困った。

自分は彼にこれ以上心配をかけたくは無いし、迷惑にもなりたくない。

それに彼の妹のいた部屋にほとんど初対面の自分を入れさせたくないのも分かる。

しかし、どうしてもこれだけは聞いておきたかった。

 

 

「妹さん、行方不明だったのよね?」

 

「……………………………うん」

 

「ならまだ帰ってくるかもしれないじゃない。

それなのに見ず知らずの私が寝てたら、妹さん怒るわよ?」

 

「…………………………………」

 

 

友香の言葉を聞き入れて彼の視線が一気に鋭くなる。

彼自身は昨日『妹は死んだ』とほのめかしていた。

だが死体が見つかったわけでは無いため、死んでいるとは限らない。

無論そんな事は屁理屈でしかない。

だとしても彼にほんの少しでも要らぬ気苦労はかけたくない。

そこまで考え至った友香の心境は今、一つの結論を出した。

 

 

「私はこのリビングでもいいのだけれど、あなたが許さないわよね?

だったら吉井君の部屋で寝るから、あなたはリビングで寝て頂戴」

 

「…………………本当にいいの?」

 

「あら、妹さんの部屋で寝てほしいの?」

 

「……………………ありがとう、小山さん」

 

「お礼を言わなきゃいけないのは私の方、だからいいのよ」

 

 

改まって礼を言うのは恥ずかしかったが、それでも言うべきだと思った。

自分の命を二度も助けてくれた上に、怖いからという理由で家に泊めてくれた。

そんな相手に厚かましい態度をとれるほど自分は腐ってはいないと自負する。

 

 

「あ、そうだ。夕ご飯まだだよね?」

 

「え、そうだけど………………コンビニで買って済ませるんでしょ?」

 

「え? いや、何かリクエストがあるなら作ろうと思ったんだけど」

 

「作るって、あなた料理できるの⁉」

 

「うん」

 

 

何の事は無いと言いたげに頷いた彼に軽く衝撃を覚えた。

てっきりこの後コンビニで適当に弁当でも買うのだと思い込んでいた。

だが彼は料理を作ると言い、しかも自分のリクエストを聞くという。

 

「り、リクエストって言ったって………………そんな急には」

 

「あ、そっか。食材もなきゃリクエストに応えられないよね」

 

「いえ、そうじゃなくて」

 

「え?」

 

「何でも無いわ………………そうね、作れそうな物を頼めるかしら」

 

「分かった」

 

 

服を着て髪を乾かしたタオルを洗濯機に放り込んだ彼はキッチンに立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさま。それじゃ片付けちゃうね」

「う、うん………………ごちそうさまでした」

 

 

テーブルに並べられた食器が次々に片付けられていく。

友香はそれを黙って見ているだけで手伝う事はしなかった。

いや、食事を前までは片付けは自分でしようと思っていたのだ。

だが食事を始めてから予想外の出来事が起こった。

 

 

(何なの…………………あんな美味しいオムライス初めて食べた‼)

 

 

そう、彼が食卓に上げたオムライスの出来が半端じゃなかったのだ。

米の一粒一粒までしっかりとケチャップが混ざり、コンソメも少々盛られていた。

一緒に炒められた野菜の一片までしっかりと火が通っているうえに、

それらを覆い隠す卵のベールの焼き加減も大きさも触感も絶妙だった。

全ての食材の調和がとれている抜群の美味さを誇るオムライス。

その見た目の美しさに驚き、その味の甘美さに酔いしれてしまった。

 

 

(食べきるのが惜しいって思うなんて、どんな腕してるのよ⁉)

 

 

自分にもオムライス程度は作れる。だからこそ余計に彼の才能が理解できた。

世間一般的に言えば、料理とは女性の仕事の一つに認識されているだろう。

しかし彼の料理の味を覚えてしまっては、並大抵では満足出来なくなる。

そう思えてしまうほど、友香は彼と自分との歴然たる差を実感したのだ。

 

 

「さて、洗い物も終わった~っと」

 

「え? 嘘、もう?」

 

「うん」

 

 

背後から歩いてきた彼が手を拭きながら近くのソファに座り込む。

手際の良さが留まるところを知らない。

だが彼の新たな一面を知ることが出来た。

おそらく文月学園に居る女子は誰も知らないであろう彼の素顔。

『誰も知らない』という部分に、友香は小さな優越感を見出した。

友香がそんな風に考えていると、明久はカバンから参考書を取り出して読み始めた。

意外と勉強もしているんだと素直に感心した途端、彼は手にした本をカバンに戻した。

 

「ダメだ、全っ然分かんないや」

 

「………………ねえ吉井君、私でよければ教えてあげようか?」

 

「え、小山さんが? いいの?」

 

「嫌なの?」

「ぜひお願いします‼」

 

 

友香の呟いた皮肉にも気付かずに深々と頭を下げて教えを乞う明久。

その姿には先程までの威厳も料理の腕が一級品である意外性も見られない。

こうした素直な部分が、彼がバカであると受け取られる原因の一部なのだろうか。

そう思った友香だったが、加えてもう一つ考えが浮き上がった。

 

「そうね。教えてあげてもいいけど、代わりに教えてほしい事があるの」

「小山さんが僕に?」

 

「ええ。あの化け物の事とかあなたの事とか」

「………………昨日少しだけ話したよね」

 

「でも、もっと詳しく知りたいの」

 

「どうして?」

 

 

明久からの疑問の投げかけに友香はすぐには応じられなかった。

どうして彼の事をもっと知りたいと思ったのか。

それを知りたいのは、実のところ自分なのだから。

迷いながらそれでもなんとか友香は答えを導き出して語った。

 

 

「何も分からないままあの化け物に殺されるのなんて、嫌」

 

「………………………強情だなぁ」

 

「何とでも言って。それで、教えてくれるの?」

 

「……………………分かった。全部話すよ」

 

 

わずかに渋った表情になったが、それでも明久はついに折れた。

そして彼の口から出てきたのは、友香の想像をはるかに超えていた。

 

 

「まず初めに、僕が変身しているのは【仮面ライダー龍騎】って名前で

今日君を襲ったのは【仮面ライダーシザース】って名前のライダーだよ」

 

「仮面ライダー、ね。最近都市伝説になってる赤い騎士は、あなたなのよね?」

 

「………………あんまり目立ちたくは無かったけど、襲われてる人を見捨てるのもね」

「やっぱりあなたがこの街の人達をあの化け物から救っているのね」

「それは、半分正解って言った方がいいかな」

 

「半分?」

 

明久の言葉に違和感を覚えた友香は思わず彼の言葉を復唱する。

頷いた明久はさらに話を続けた。

 

 

「僕らライダーは鏡の中の世界、通称ミラーワールドに生きている

ミラーモンスター達と契約を結ぶことによって初めてライダーになるんだ。

勿論彼らも生き物だから腹が減る。食事を摂る必要がある」

 

「その食事って、もしかして」

 

「そう、人間。ヤツらの主食は人間なんだ」

 

 

友香は明久の口にした言葉を意外とすんなり受け入れられた。

と言っても、実際自分が食糧にされる寸前に遭遇したのだから無理も無い。

そして彼の話を聞いてその部分に疑問に思った。

 

 

「人間が主食なら、どうして人間と契約なんてするの?

というかそもそも、契約って一体何を契約したのよ?」

 

「ああ、えっと。それはちょっと僕も分からない部分があるから多少の

説明は省くけど、要するにこのカードをモンスターにかざして逃げなければ

契約が成立するし、逃げ出したら契約は不成立って事になるんだ」

 

「このカード? その、赤い龍の描かれた変なカードのこと?」

 

「そうだよ。契約のカード【アドベント】」

 

 

説明と共に彼が懐からカードデッキを取り出し、一枚のカードを見せる。

そこには友香が昨日も今日も見たあの赤い龍が本物さながらに描かれていた。

とぐろを巻いて炎を吐きながらこちらに向かってくるのではと錯覚するほどにリアル。

そのカードをデッキにしまい込んだ彼はそのまま話を戻した。

 

 

「コレで僕はこの【ドラグレッダー】と契約してライダーになったんだ。

契約の内容はただ一つ、僕がミラーワールドで戦ってエサを与えるだけ」

 

「エサ? つまり、人間を⁉」

「ううん、違うよ。僕らライダーはミラーモンスターをエネルギー体に変換する力を

持ってるんだ。それを使ってモンスターを倒して自分の契約したモンスターに与える。

そうすることで自分の契約モンスターはどんどん強くなっていくんだ」

 

「そういう事だったの………………」

 

「モンスターが強くなればなるほど、僕のライダーとしての性能も向上する。

耐久力が上がったり、火力が上がったりとか。メリットは大きいんだ。

だからこそ他のライダーも積極的にモンスター狩りをするから、この街の人を僕が

一人で助けてるわけじゃないと思う。あの人もそうだから」

 

「あの人?」

 

 

カードデッキを懐かしむように眺めながら、明久はそう呟いた。

友香は彼の言葉から『あの人』というのが誰なのか予想がついた。

 

「もしかして今日一緒に居た、あの黒い騎士のこと?」

 

「そうだよ。名前は出せないけど、彼は【仮面ライダーナイト】って言うんだ。

契約したモンスターは【ダークウィング】、コウモリみたいなモンスターだよ」

 

「あの時助けてくれたのは、ナイト……………吉井君の仲間なの?」

 

「……………ちょっと違うかな」

 

「違う?」

 

「うん。これは言いたくなかったんだけどね。

僕らライダーは全部で十三人いるらしくて、それらは戦い合わなくちゃいけない」

 

「戦うって、どうして? 相手はモンスターなんでしょ?」

 

「だから違うんだよ。僕らが本当に戦わなくちゃいけないのはライダーなんだ。

理由は単純。十三人から行われる【ライダーバトル】にただ一人勝ち残った者だけが

どんな願いでも叶える事が出来る力を手にすることが出来るからさ」

 

「願いを、叶える力?」

 

 

力強く頷く彼の瞳が友香の目を貫くように見つめる。

だが彼の言葉はあまりも突拍子が無さ過ぎるし、そんな神様みたいな力なんて

存在するわけが無い。

_________と、三日前の自分なら鼻で笑っていたことだろう。

 

しかし現実に、自分の知らない未知の出来事がこの世にはある。

そんな力があったとしても、否定しきることは出来ない。

 

 

「そう、なんだ」

 

「…………馬鹿げてるって思わないの?」

 

「そりゃ少しはね。でも理解不能な出来事に直面した後になったら、

そんな不思議な力があったとしてもおかしくないんじゃないかなって思ったの」

 

「そっか。それで、僕らライダーはその力を手に入れるために戦う。

他の十二人を倒して、自分だけがその願いを勝ち取る為にね」

 

「吉井君、あなたの言ってる『倒す』っていうのはまさか…………」

 

「………………そうだよ。十二人の人間を殺すんだ」

同級生の口から出てきた言葉に、友香は大きなショックを受けた。

要するにただの人殺し、人間の作った法に触れる犯罪行為だ。

間違っている。人が人を殺すなんて絶対に間違っている。

そうやって否定するのは簡単だが、どうしても言葉に出来なかった。

彼の眼には、言った言葉を実行する覚悟があるように見えたからだ。

 

「正しい事だなんて思わないし、間違っているって認識もあるにはあるよ。

でも、だとしても、今の僕にはそれしか出来る事が無いんだ。

それにもう契約もしちゃったし、この戦いから降りる事は出来ないんだ」

 

「契約………………破棄することは出来ないの?」

 

「出来るよ。でも契約の破棄の代償は契約者の命だからね。

ライダーになって戦う事を止めた途端に、その人生も終わりになるから」

 

「……………………本当に、戦うの?」

 

「うん。もう決めた事だし、やるしかない」

 

「……………………何の為に戦うの?」

 

「そりゃ、願いのためだよ。叶えたい願いがあるから」

 

「人を殺してまで叶えたい願いって何よッ‼‼」

 

 

椅子から立ち上がって怒号を飛ばす友香。

明久はただ黙って彼女を見つめて、当たり前のように語った。

 

 

「明奈の___________妹の命だ」

 

「………………………行方、不明なだけよ」

「ライダーになって分かったんだ。明奈が消えたあの日、あの状況を思い返すと

どう考えてもモンスターが絡んでいるとしか思えないんだ。

人間には不可能な失踪事件も、反射する物さえあればヤツらにとって朝飯前なんだよ。

モンスターが人間を捕まえたら、後はもう捕食する以外に道は無い。

だから明奈は死んでいる。間違いなく、死んでしまっているんだ」

 

「…………………………………」

 

「明奈は僕が目を離したせいでヤツらに捕まって、喰われたんだ。

責任は僕にある。だからライダーになることは僕の贖罪の意味もあるんだ。

そうして強くなって、他のライダーをみんな倒して、明奈を甦らせる。

どれだけ時間がかかっても構わない。それでも必ず明奈を生き返らせるんだ」

 

「……………………………………」

 

「他の人も色んな願いを叶えるために、全力で殺しに来る。

もしかしたら僕と同じように、身内の蘇生を願っている人かもしれない。

それでも僕は、必ず戦う。そして、勝ち続ける」

「…………………………………」

 

立ち上がった友香はゆっくりと腰を下ろして彼を見つめる。

もう、何も言えなかった。

彼は前を見ているようで何も見えていない。

それどころかずっと後ろを、過去を見つめ続けている。

そんな状態の彼に、今を生きている自分が口を挟む隙なんて無い。

だとしても、それでも、友香は彼を否定出来なかった。

 

「…………………………………」

 

「ゴメン、少し熱くなりすぎたよ」

 

「……………いいえ、私も何も知らないのに余計な口出してごめんなさい」

 

「いいんだ。間違ってるって認識は一応あるんだし」

 

「……………………………そうね」

 

 

広くはないはずのリビングにいる二人の距離が、遠く感じられた。

彼の事をもっと知ろうとしてたのは自分なのに。

彼の事をもっと知りたいと望んだのは自分なのに。

彼の決意に対して、自分が介入する余地なんて存在しない。

その事実がまるで、彼から必要とされていないように感じられた。

まるで被害妄想のようだが、そう思った時から友香は怖くなってしまった。

目の前の彼にとって自分が必要の無い人間として判断されることが怖い。

もっと自分を見てほしい。知ってほしい。必要としてほしい。

それは生まれて初めて友香が感じた、『誰かに必要とされたい』という顕示欲。

一度火が付いた欲望の炎は簡単には消えず、友香の心に残滓を焼き付ける。

 

 

「………………………」

 

 

もっと話したい。でも拒否されたくない。

もっと知りたい。でも否定されたくない。

もっと近付きたい。でも迷惑にはなりたくない。

 

いくつもの矛盾が友香の内側でせめぎ合う。

それが限界を迎えようとした瞬間、明久が沈黙に耐えかねて口を開いた。

 

 

「そうだ、小山さん。約束の件だけど」

 

「えっ……………ああ、約束ね!」

 

慌てて意識を戻した友香を見つめたまま明久が続ける。

 

 

「小山さんは僕がその、色々やらかした事を知られたくなくて。

それで僕が赤い騎士__________【仮面ライダー】だって事を知られたくない。

お互い秘密にしたい事をばらされたくないけど僕が黙ってる保証が無いから

今日も一緒に帰ろうとして行動を制限したんだよね?」

 

「え、あ、うん。そうよ」

 

「だったらさ、はいコレ」

 

「え、ちょっ、何コレ?」

 

 

明久に自分の考えが看破されたことに動揺しながら出された物を受け取る。

友香が彼から受け取ったのは、デッキから取り出された一枚のカードだった。

そこには先ほど見た赤い龍の前肢と後肢がくっついた腹の部分が描かれている。

受け取った友香が物のことを尋ねると、明久がすぐに答えた。

 

 

「それは【ガードベント】のカードだよ。

使用すると一定時間だけ僕はそこに描かれた盾を装備することが出来るんだ。

敵からの攻撃を弾いたりするのに使ってたんだけど、僕って防御が苦手でさ。

どちらかって言えば回避する方が性に合ってる気がするんだよね」

 

「どうしてこれを私に?」

 

「さっきも言ったけど、僕はそのカードをあんまり使わないし、

君がもし万が一モンスターに襲われたときにそれをかざせば逃げるかもしれない。

それにこれを持ってれば、物的証拠を押さえられて小山さんも安心でしょ?」

 

 

二コリと笑って見せる彼に、自分はただただ呆然とした。

自分の考えを学力最底辺クラス所属の彼に見透かされたことも大きいのだが、

それよりもまず戦うことにおいて重要な防御を捨てる行為が理解出来なかった。

しかし同時に、彼の言っていた言葉に込められた優しさも知れた。

可能性が小さくても、自分の事を考えて戦力を削いでくれているのだ。

絶えず自分を心配してくれる彼の姿勢に、友香はまた嬉しく思えた。

 

 

「そうね、そうさせてもらうわ」

 

「これでこれから帰りは一緒じゃなくてもいいんだよね?」

 

「あら、何を言ってるの。これからはずっと一緒よ?」

 

「…………………ゑ?」

 

 

笑顔を見せた明久が、友香の一言で真顔になる。

そんな間抜けな表情になった彼をしっかりと見つめながら、

友香は晴れ晴れとした、それでいて悪戯っ子のような笑顔で続けた。

 

 

「下校だけじゃなくって登校もこれからは一緒よ。

世の中危ないから、信頼できるボディーガードに守ってもらわなきゃ!」

 

「いや、あの、ちょっと」

「そういう訳で、監視はこれからも継続していくからね。

登下校は必ず一緒、出来ればお昼も一緒が望ましいわ」

 

「いやだから、その、小山さん?」

 

「あとそれ、その呼び方もなんか良くないわ。

秘密を共有する……………いえ、共犯する相手なんだから名前で呼ぶ方が」

 

「いやいや、あの、ねえちょっと!」

 

「そうね、そうよ! 名前で呼び合った方がいい感じになるわ。

という訳でこれからは私のことを『友香』って呼んでくれないかしら?

私も『明久君』って呼ぶから」

 

「僕の話を聞いてよ‼ ねえ小山さん‼」

 

「早速ダメね。呼び方は変えるって言ったでしょ?」

 

「うぅ………………ゆ、友香さん?」

 

「…………………うん、まぁさん付けでもいっか!」

 

 

明久の言葉を都合良く無視した友香は椅子から立ち上がって背伸びし、

骨を数回鳴らした後で大きく息を吐いてリビングから歩き出した。

慌ててソファから起き上がった明久がしきりに訴えかけているが

今の友香の耳に届くことは無かった。

 

 

「それじゃ私はもう寝るわ。ちょっと早いけど」

 

「だから、ちょっと、こ__________友香さん?」

 

「明日も…………これからもよろしくね、明久君!」

 

「ああ、ちょっ…………………んもぅ」

 

友香は自分が言いたい事を言い終えた瞬間に扉を閉めてしまった。

憐れ明久の悲痛な言葉には、一片の慈悲も与えられなかった。

諦めが入った明久は脱力しつつ、物置から持ってきておいた布団を敷いて

春先の夜中の寒さと今後自分に降りかかる災厄に震えながら眠りに着いた。

 

 

一方明久の部屋に入った友香だが、彼女もベッドに入っていた。

だがその顔色は非常に赤く、湯気が出るほど熱を帯びていた。

 

 

「………………勢いですごい事言っちゃった」

 

 

布団を顔までかけながら、彼女はつい先ほどのやり取りを思い返す。

反省していた。そして羞恥に顔色を朱に染め上げる。

まるで自分でない誰かが変わりに彼と話していたように感じるほどの違和感。

今までの自分からすれば有り得ないような会話の内容。

無自覚に突っ走ったからこそ、自覚した今になって猛烈に恥じらいが生まれた。

 

 

「明日もこれからもって、なんか告白みたいじゃない‼」

 

 

自分で口にした言葉の意味を思考し、再びベッドの中で悶える。

しかもそのベッドですら、彼が普段使っているものなのだから手に負えない。

変に意識してしまって眠れない。眠気なんて湧き上がってこない。

早めに寝ると言って彼と別れたのは、ある意味ではいい判断だったかもしれない。

 

「だとしても、明日からどんな顔すればいいのよ………………んもぅ」

 

 

恥じらいが友香の顔を体温の上昇と共に赤くしていく。

リビングに居る彼から顔を背けるように窓へと顔を向けて布団をかぶる。

そのまま一時間ほど、友香は睡魔に苛まれることは無かった。

 

小山 友香 16歳。

交際経験 一度のみ。ただし既に破局(自分の観点では)

生まれて初めて『本当の恋心』を体験し、持て余している彼女は

まだ吉井 明久に抱いた想いに、気付くことは無かった。

 

 

 

 

 








はい、いかがだったでしょうか。

これでやっとタグの『不遇ベント』が出せましたね。
そう、我らが最強装備のガードベントです。


次回もお楽しみに。
ご意見ご感想、お待ちしております。




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問10「僕と関係とBクラス戦」



皆様、お待たせいたしました。
この作品も話数が少ないながらも人気が出てきたように思えます。
それも、読者の皆様あっての事です。
改めて感謝を述べるとともに、気持ちを強く持っていきたいです‼


それでは、どうぞ!


 

 

 

 

「……………ん、んぅ……………」

 

 

口からと言うよりも喉の奥の方から漏れ出た感じの小さな呻き。

眠りについていた自分自身を淀んだ意識の底から引きずりあげて目を開ける。

視覚が受け取った情報を脳に伝達して、弾き出された答えは大きな『違和感』だった。

 

「あ…………れ………?」

 

 

ゆっくりと体を起こして未だに覚醒しきっていない頭のままで周囲を観察する。

そうして徐々にクリアになって行く思考を活動させて改めて違和感の正体を探る。

時間をそれほど取ることはなく、彼女の一般的な平均より優秀な頭脳が答えを出す。

 

「………あ、そっか。ここ私の部屋じゃないんだっけ」

 

 

結論を自分の口に出してから彼女はようやく状況を把握した。

自分がどうして自分の部屋では無い場所で一夜を過ごすことになったのか。

そして、この部屋の本来の住人が誰であるのかも。

 

 

「………そうだ、吉井君___________じゃなかった。

あ、あ、明久、君はどうしてるんだろ。もう起きたかしら」

 

体を起こしてベッドから歩み出た彼女___________友香は自分の代わりに

リビングで寝ることになってしまったこの部屋の住人の事を気に掛ける。

そしてつい昨日、たった数時間前に呼び方を変えたことを思い返して顔を真っ赤に染めた。

誰にでも分け隔て無く呼ばれる苗字ではなく、親しい者と接する時に呼ばれる名前を呼ぶ。

同じ女子ならともかく、男子では一度も経験が無いという部分に着目してしまって顔が熱くなる。

朝早くから体温を上げ始めた彼女は冷静になるために頭をふるって、部屋から飛び出した。

 

 

「あ、起きたんだ。おはよう、昨日はよく眠れ……………る訳ないか」

 

「あ、お、おはよう」

 

扉を開けて数歩歩くと、窓から朝日が差し込んで春先の少し底冷えする寒さを交えた

リビングで既に朝食を作り終えて配膳していた明久と対面した。

自分の心境を察して笑顔で接してくれる彼を見て、友香も自然と笑みが浮き出る。

 

 

「そうだ、悪いんだけど家にはお茶しか無いから朝もそれで我慢してくれるかな?」

 

「え、別にいいけど…………?」

 

「良かった。また前みたいに『朝は牛乳じゃなきゃイヤ!』みたいになったらって」

 

「あ、あれはその、色々あったから! 別に普段からわがままなわけじゃなくて‼」

 

「うん、分かってるよ。昨日もあんなことがあった後なのに僕を気遣ってくれたしね」

 

「それは………………もういいわ、とにかく食べましょ」

 

 

彼との会話を無理やり中断させて食卓に着き置かれた皿を眺める。

おそらくさっき彼が言っていたのは、昨日助けられてこの家に来た時に無理に気丈に

振る舞おうとしてココアを催促した事について茶化したのだろう。

優しい彼からすれば少し不安だったからつい漏らしてしまった不満だったのだろうが、

先日とは違って彼と言う人間の温かさを知った今では、その事実がただただ恥ずかしい。

だから冷静さを取り戻そうとした頭が沸騰し、顔もベッドにいた時と同様に赤くなっている。

そんな自分を切り捨てるようにして友香は目の前の朝食だけに意識を注ごうとした。

 

 

「それもそうだね。それじゃ、いただきます!」

 

「ええ、いただきま____________ちょっと待って、それは何?」

 

「え? 何って、見ての通りだけど?」

 

「そうよね。私が幻覚を見てるわけじゃないのよね。

私はいたって正気だわ、むしろ正気じゃ無いのは貴方の方なのよね?」

 

「えっと、どういう事?」

 

「どうもこうも____________朝食に乾パン食べる人なんていないわよ‼」

 

 

意識を注ごうとした結果、食卓に並ぶにはいささかおかしい物体が目に入った。

自分の前にはコンビニでも売っているような普通のパンと焼かれたベーコンがそれぞれ

二つずつ皿の上に乗せられて並んでいるのに、彼の前には砂糖と塩が一山ずつと乾パンのみ。

明らかにおかしい。一般的な男子高校生のとる朝食にしては不自然かつ不可解極まりない。

考えるよりも先にそう感じた友香は声を荒げるが、当の彼はキョトンとしている。

 

 

「だって、僕は一人暮らしだからあんまりお金を贅沢に使えないしさ。

一食一食ちゃんと自炊するのって、案外お金とか電気代も掛かるんだよ」

 

「そ、それはそうとしてもなんで乾パンなのよ!」

 

「小山さんの分のパンで家のまともな食料は出し切ったから」

 

「え……………そうなの?」

 

「ああ、気にしないで。小山さんはお客さんなんだし、当然だよこんなの。

逆にお客さんに乾パン食べさせて自分がパン食べるなんて僕には出来ないし」

 

「それは、まぁ確かに」

 

「でしょ? だからほら、気にしないでどんどん食べて」

 

「う、うん」

 

 

彼の言葉に頷いて食事を始める友香だが、どうも違和感が拭えない。

自分はパンを千切って食べる。だが彼は乾パンをかじって食べている。

しっかりと火が通っていて熟成された油がテカテカと光るベーコンを噛みしめる自分と、

塩と砂糖をそれぞれ別々にまぶして乾パンに微かな風味をつけようと奮闘している彼。

お互い無言には違いないが、何故だか友香は妙に満ち足りた気分になっていった。

 

 

(家でも黙って食べるのに、どうしてなんだろ………)

 

 

自宅での食事は、ハッキリ言えば今自分が取っている物より遥かに豪勢だ。

しかしどうしてか、少し物足りないと思えるこの食事が今の自分には嬉しく思えた。

お茶を嚥下して一息ついてから自分なりにこの幸福感について考えてみた。

だがどう考えても、彼と一緒だからという結論にしか至らなかった。

もし本当に結論通りだとすれば、もう少し普段は感じないこの感覚を味わいたい。

友香はまた少し顔を赤く染めながら、彼が焼いてくれた幸せ味のベーコンをほおばった。

 

 

「ふぅ、ごちそうさまでした」

 

「お粗末様でした」

 

 

数分後、二人して朝食を取り終えて食器を流し台に置く。

昨日の夕食では彼の調理スキルの高さに驚いて何も出来なかったが、今日こそはと友香が

奮起して食器洗いを手伝ったおかげで早く片付けられた。

そのまま二人は学校に行くために着替え、身支度を整えた。

無論、友香は明久の部屋で、明久はリビングでと別々にだが。

そうして明久が登校する時間帯になり、友香は玄関へと足を運ぶ。

だが肝心の彼がどこかへ行ってしまい、待っていても玄関にやって来ない。

 

「どうしたのかしら……………」

 

 

探しに行くべきかと迷っていると、彼が奥の部屋から出てきた。

 

「ゴメンゴメン、待たせちゃったね」

 

「別にいいけど、どうかしたの? もしかして忘れ物とか?」

 

「ううん、明奈の部屋に仏壇があるから、行ってきますって」

 

「……………そう」

 

「えと、朝からしんみりさせちゃってゴメン」

 

「もう、別にいいって言ったでしょ。ほら行くわよ!」

 

「あ、ちょっと! 鍵、鍵閉めさせてってば‼」

 

 

顔を俯かせる明久の腕を取って玄関を開け放つ友香。

そんな彼女の行動をいさめようとする明久の声が聞き入れられるのは数分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に鍵を閉めるのにわざわざ戻ったから、いつもより数分遅れて通学路を歩く。

別に僕一人だったら何ら問題は無かったんだけど、今は僕の隣に彼女がいる。

 

 

「………………何?」

 

「い、いえ、別に何も!」

 

「そう、ならいいわ」

 

「……………………………」

 

 

首は動かさず目線だけで隣の彼女を見ようとすると、先に彼女から声をかけられた。

身長的な面で仕方ないとはいえ、下からの上目遣いの構図になると何も言えなくなる。

しかも隣にいる小山さんは文月学園の女子陣の中でもトップクラスの人気者なのだ。

クールビューティーともてはやされる彼女の上目遣いだなんて、ギャップで死にそうになる。

もしもこんなところFクラスの持てない男子連中に見つかりでもしたら厄介だなぁ。

そんなことを考えながら二人して通学路を歩いて十数分後、軽快なメロディが鳴り響いた。

すぐに音の正体が着信音だと分かったが、僕はこんな感じの着信音は設定していない。

………………となると必然的に答えは絞られてくるわけで。

 

 

「_______________うわっ、何コレ」

 

「どうしたの?」

 

「う、ううん! 何でも無いわ、気にしないで!」

 

答え合わせのつもりで隣の小山さんを見つめると、彼女の整った端正な顔が少し歪んだ。

見たくないものを見たとか、嫌いな物を目の前に突き付けられたと言うか、そんな感じに。

僕が何事か尋ねると、彼女はすぐに取り出したケータイをしまって笑顔を繕った。

その反応を見て、僕は何となく今の着信音の相手が誰なのかを察した。

 

 

(多分だけど、根本君だろうな。モンスターに襲われた彼女を見捨てたらしいけど)

 

 

彼女から大まかな話を聞いてから、正直彼への評価はガタ落ちした。

元々良い噂よりかは悪い噂の絶えない男ではあったが、今回の件でハッキリした。

自分を見捨てた男が都合よく電話なりメールなり図々しくしてくれば、流石に嫌がるだろう。

だから昨日も彼女は家に帰ろうとせずに僕の家に泊まるなんて言い出したんだから。

そこまで考えてから、僕は彼女の言葉通りに気にするのを止めた。

あまり詮索されたくないことだろうし、こっちも正直聞きたい話では無い。

 

 

「……………うん、分かった」

 

「ありがとう。それじゃ行きましょ」

 

「うん。でもさ、その、えっと」

 

「何? どうかしたの?」

 

「いや、その、なんて言うか………………距離が近くない?」

 

「………………そうかしら?」

 

「近いよ! わざわざそんなにくっつかなくっても‼」

 

 

そんな事よりも彼女に聞きたかったのは、僕との距離感の無さだ。

傍から見れば付き合っているのだろうと勘繰られるほどに僕らの距離は近い。

しかも女子だからなのか、普段嗅ぎ慣れない爽やかないい匂いが………………って‼

 

 

「だだ、ダメだって! 何と言うか、ダメでしょ⁉」

 

「え、そ、そうかしら?」

 

「そうだよ、あんまりこういうのは……………」

 

「そう…………あ、明久君が嫌なら止めるわ」

 

「え? いやいや、僕じゃなくて小山さんが」

 

「わ、私は別に……………それよりも、呼び方!」

 

「え?」

 

「だから呼び方よ! き、昨日ちゃんと言ったじゃない」

 

「……………あー、アレはその、恥ずかしいと言うか」

 

少し顔が熱くなっているのを自覚しながら彼女の方から目線を逸らす。

僕の顔を見たのか、それとも察してくれたのか友香さんはそれ以上何も言わなかった。

二人してさっきと同じように通学路を歩き始めても、距離が少し開いてしまう。

彼女も僕の言葉で意識し始めたのかまでは分からないけど、無言がやけに心に響く。

 

「________________いた! おい、友香‼」

 

「ん?」

 

「…………うわ」

 

 

通学路の途中の信号機で立ち止まっていると、背後から小山さんを呼ぶ声が聞こえた。

あまりに大きな声だから、周囲の同じ文月学園の生徒や近所の人達も振り返っている。

僕と小山さんも振り返って声の主を視界に収め、そして二人同時に落胆した。

 

 

「友香、オイ友香! お前どうして電話もメールも無視すんだよ‼」

 

「………………………………………」

 

「オイ、何だよ! お前どうしたんだよ⁉」

 

「………………………………………」

 

「今日だって、どうして勝手に登校してんだよ、なあ‼」

 

僕の横にいる小山さんの方へ詰め寄って大声で喚き散らす彼____________根本君。

彼女のことしか頭にないのか、それとも彼女以外のすべてが眼中にないのか。

だが、そう思えるほど苛烈な勢いで攻め立てる彼の事を小山さんは見てすらいない。

それどころか、離れていた僕らの距離を半ば抱き着くようにして再び縮めてきた。

 

 

「あ、青になったわ。行きましょ」

 

「え、あの、ちょ、小やm「あ、き、ひ、さ、君?」…………友香さん」

 

「さぁほら、早くしないと遅刻するわよ?」

 

「痛たたた! わ、脇腹つねらないで‼」

 

 

信号の色が変わったことで小山__________友香さんが僕を連れ立って歩き出す。

その動きに少しでも逆らおうとすれば、彼女が掴んでいる僕の脇腹が地味にねじれて痛む。

どうにか彼女について行こうとすると、自然と密着するような体勢になってしまうわけで。

後ろで呆然としているだろう根本君を置き去りにしながら、僕らは登校を足早に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『___________諸君、今のを見たかね?』

 

『ええ、バッチリクッキリハッキリと』

 

『自分も見ました。吉井のクソ野郎ぶっ殺してやる‼』

 

『須川……………いや、裁判長。もう我々も我慢の限界です‼』

 

『そうだな…………諸君らの怒り、確かに伝わった!

Fクラス男子各員に通達、間もなく、異端者狩りを始めるとな‼』

 

『『『ウオオォォォオオォォッ‼‼‼』』』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_______________で、こうなった訳だ」

 

「皆、目を覚ましてよ! 僕の身の潔白は明らかだ‼」

 

 

僕を教卓という遥か高みから見下ろしている雄二の言葉に反論し、身をよじる。

 

通学路で根本君と出くわしてから数分後に学校に到着した僕らの、と言うより僕個人の

前に現れたのは中世ローマの薬師を思わせるカルティックな衣装に身を包んだFクラス生徒達。

彼らの人類という種を超越するほどの連携力の前に手も足も出せずに意識を刈り取られてしまい、

気が付いて目を開いたらいつも通りの生贄魔術(サバト)の儀式場。僕は黒魔術師か何かか。

 

 

『下らん戯言は見苦しいぞ、吉井 明久』

 

「だから! 僕はたまたま通学路で一緒になっただけなんだって‼」

 

『貴様がそのように弁明することも予測していた。横溝二級裁判官、ここに』

 

『ハイ、今朝吉井と登校していたのは皆もよく知るCクラス代表の、小山 友香氏だ』

 

 

裁判長と呼ばれている須川君の呼びかけに応じて、カルト集団の中から一人が歩み出て

僕と一緒に登校してきた友香さんの名前を皆の前で言い放つ。

途端に周囲から驚愕と、同時にかなり濃密な怒りの感情の混じった舌打ちが聞こえてくる。

 

 

「何じゃ明久、お主も中々際どい人物に目を付けたものじゃな」

 

「………………でも確か、小山はBクラス代表の根本 恭二と彼氏彼女の関係のはず」

 

 

雄二の隣で僕が縛られて転がされているのをさも当然であるように見つめている

秀吉とムッツリーニこと康太の言葉を聞いて、僕の背筋に冷や汗が浮き出た。

そんな状態の僕に見向きもせず、横溝君が再び話を続ける。

 

 

『無論、同志諸君らも(くだん)の女子生徒とあのキノコ頭との関係は周知だろう。

しかし、今回の事で新たに発覚した事実があることが明らかになった』

 

『……………どういう事だ、横溝二級裁判官‼』

 

『静粛に‼ 横溝二級裁判官、続けてくれ』

 

『ハイ、実は今回の件で小山 友香氏と腐れキノコとの関係の破綻を確認することが出来た』

 

『『『何ッ⁉』』』

 

根本君に個人的な恨みでもあるのかと疑うほど口汚く罵る横溝君の言葉に周囲がどよめく。

そう、僕は知っているが彼女は僕らライダーとモンスターとの戦いに巻き込まれて、

それこそ本当に死の瀬戸際に二度も追い込まれて恐ろしい目に合ってきたんだ。

恐怖に屈するにしても自分と恋仲になった彼女を見捨てるのは、同じ男として容認出来ない。

 

 

「そ、それは何かの間違いなんじゃないかな~なんて」

 

『黙ってろよクズ………………そしてもう一つ重要な事態が発覚した。

それは、今ここで異端審問会に掛けられている容疑者との熱愛関係だ‼』

 

『『『何ィィッ‼‼⁉』』』

 

 

どうでもいいけど正直うるさい。

なんて冷静に愚痴ってる場合じゃない。

このままだと彼らは間違いなく暴走する。

良くて全身粉砕骨折、悪ければ瀕死の重傷から蘇生させられてまた瀕死の重傷のループ。

彼らのモテない非リア事情になんて毛ほども興味無いけど、ライダーとして戦うことが

出来なくなるとなるとかなりマズイ。戦闘不能と契約破棄、つまり死亡はイコールだ。

やっぱりどうにかしてこの拘束を解かないとヤバい。とにかくまずは状況の最良化が先決だ。

 

 

「熱愛なんて馬鹿馬鹿しいよ、僕らFクラスの人間がCクラスの女子となんて

付き合えるわけが無いじゃないか‼ 君たちも充分分かってるだろう⁉」

 

『やかましいぞ吉井‼ そんな事実は認められない、認めたくない‼』

「現実を見てよ! 頼むから向こう側から帰ってきてよ‼」

 

『ええいうるさい! 黙れ、もういい! 死刑だ死刑‼ 有罪判決死刑執行‼』

 

「落ち着けこのバカァァァアァァァ‼」

 

 

あと一分で一時限目が始まるというのにこの体たらく。

流石学力最底辺の落ちこぼれ集団だと褒めるべきか呆れるべきか。

そんな風に思いながら縛られたままでカルト集団からの猛攻を凌いでいると、

不意にFクラスのボロっちい木製の扉が勢いよく開け放たれた。

誰もが突然の出来事に驚く中、教室内に入ってきた人物を見てさらに驚愕が増した。

 

 

「お前…………何の用だ、根本」

 

「坂本…………ちょうどいい、お前に話があって来たんだ」

 

「あ? 用があるならさっさと言えってんだ」

「チッ、これだからクズ共は……………まあいい、よく聞け。

俺達Bクラスは今日の二時限目からお前らFクラスに対して

__________________________試召戦争を申し込む‼‼」

 

「何⁉」

 

「何じゃと⁉」

 

 

突然現れた根本君から告げられた宣戦布告。

かつて『神童』と謳われた雄二ですら予想だにしてなかった現状に驚きを隠せない。

普段は冷静沈着であまり驚いた表情を見せない秀吉ですら、驚愕で顔が引きつっている。

そんな周囲の緊迫感を知ってか知らずか、根本君が更なる爆弾発言をかましてきた。

 

 

「テメェらFクラスとの戦争なんか、まるでメリットなんてありゃしない!

けどな、このままじゃ俺の苛立ちが治まらないんだよ、なあ吉井よぉ‼」

 

「……………僕がなんだって言うのさ」

 

「とぼけるな‼ お前だろ、友香をおかしくしたのは‼」

 

「誤解だ。僕と友香さんは別に特別な関係じゃない」

 

「ハッ、言ってろ。もう宣戦布告はしちまったんだ、後には引けねえぞ。

それにお前らが俺たちに勝つことは不可能だ。だから戦争に条件を加える」

 

「条件だって?」

 

「ああ、そうだ。俺らが勝ってもお前ら最底辺クラスの設備が下がるだけ。

そんなの面白くも無い、ならば、俺らが勝ったら吉井。お前はここから出ていけ」

 

「………………どういう事?」

 

「理解力に劣る馬鹿だな。そういう奴は大嫌いなんだよ、俺も友香もな‼

お前のせいで友香は変になっちまった。だからその原因のお前が消えればいい。

今回の戦争の条件はそれだ、いいな」

 

 

血走った彼の目が僕だけを見つめて逃さない。

怒りからか息も荒くなっていて、肩が激しく上下しているのが分かる。

だとしてもコレは完全にクラス代表としての職権乱用以外の何物でもない。

だって、Bクラスに所属するほどの人たちがこんな馬鹿気た理由で僕らと戦争なんて

するはずが無いし、したがるわけがない。

その事を口にしようとすると、それよりも早く状況を把握した雄二が口を開いた。

 

 

「ちょっと待てよ根本。そっちがその気なら、俺もそれで構わんさ。

けどな、お前らだけが好き勝手にルール決めるなんざ不公平じゃねえか?」

 

「は? お前何言ってんだ?」

 

「それは正直コッチのセリフなんだけど、まあそれはいいとしてだ。

とにかく、戦争に条件を付けるんならコッチもそれに見合う条件をつけさせてもらうぞ」

 

「ふざけるな。なんで俺がFクラス如きの提案に乗らなきゃいけないんだ?」

 

「いいや、どうしても乗らなきゃいけなくなるぜ根本よぉ。

お前今の話の流れから察するに、このバカと何かしらあったんだろ、女絡みで」

 

「………………それが何だ」

 

「いくら代表だっつっても、クラスの総意無しでの宣戦布告は明らかにマズいだろ。

それすら見落とすほどにキレてるってんなら、正常な思考での布告とは見なさないが?」

「………………何が言いたい?」

 

「やっと落ち着いたか。話を戻すが、コイツに女取られたなんて恥ずかしい理由で

戦争吹っかけてきた上に、馬鹿からも馬鹿にされるほど馬鹿気た条件のオマケ付きときた。

そんなふざけた宣戦布告にも布告された側は付き合わなくちゃいけねえが、

お前らのクラスの連中はまず納得しないだろうし、戦争にも協力はしないだろうさ」

 

「だから何が言いたい‼」

「理解力に劣る馬鹿だな、そういう奴はこのクラスにしかいないと思ってたぜ。

まあとにかくだ、場合によっては今のこの状況を逆転させてやるってんだ、どうする?」

 

 

根本君が握っていた主導権をいつの間にかひったくった雄二が笑みを浮かべる。

アイツがあんな表情をする時は決まってこう考えてる、『かかった』と。

事実、僕も雄二の巧みな話術の展開速度には舌を巻いているし、手口が鮮やか過ぎる。

いくら冷静さを失っているとはいえ、根本君クラスを手玉に取れるのはそうそう無い。

心の中で改めて悪友の犯罪方面でのスキルの高さに驚いていると、話が再び始まった。

 

 

「……………どうするってんだ坂本」

「簡単さ。お前単独での宣戦布告を"無かったこと"としてFクラス内で揉み消す。

そうして一時限目が終了し次第、俺らFクラスが改めてお前らに宣戦布告するのさ」

 

「…………ちょっと待つのじゃ雄二。それでは何も変わらんぞ?」

 

「………言葉の真意が読めない」

 

「まあお前らには後で説明してやるから、今は大人しく傍観しててくれ。

とにかくだ、これで俺の言いたいこととやりたいことが分かったろ、根本」

 

「……………………いいぜ、待っててやるよ。

それで、さっき言ってた条件ってのは何なんだ?」

 

「お前の言ってた条件を飲むことを前提にコッチも条件を付与させるぞ。

………………とは言ったが、今はまだ明確には出せないな。終戦時公開でいいか?」

 

「ああ、分かった。それじゃあな吉井、最後の学園生活をせいぜい楽しみな‼」

 

 

雄二とよく分からない難しい話をし終えた根本君は僕を睨んでから教室を後にした。

扉が閉まってすぐ入れ違いで一時限目の教師が入ってきて、何とか事なきを得た。

だが、僕の死刑執行が取り消しになった訳じゃないし、試召戦争の事もある。

それに………………今の僕にはそれよりも厳しい問題が迫ってきている。

 

 

「食費が、今朝の友香さんのパンで尽きかけだよ………………」

 

 

そう、実は昨日の夜に朝食が出せない事に気付いて夜中に近くのコンビニで

コッソリとなけなしの生活費を削ってパンを二きれほど買ってきたんだ。

友香さんのためだったとは言え、流石に四月初頭で生活費の底が見えてるのはマズイ。

でもさっきも挙げた二つの問題があるし、加えて僕にはライダーとしての戦いがある。

 

「………………これだけはしたくなかったんだけど、止む無し、かな」

 

「ん? 何か言ったかの、明久?」

 

 

小さく漏らした僕の呟きが前の席で授業を聞いていた秀吉に聞こえたらしく、

首を動かして僕に問いかけてくる。ああ秀吉、やっぱり今日も美少女だ。

でもそんな秀吉からの問いかけにも、僕は愛想笑いを浮かべるだけで済ませる。

これは僕自身の問題だから秀吉には関係の無い話だ。

それに、例え友香さんに問い詰められたとしてもこの事は決して言えない。

 

 

「何でもないよ秀吉。ほら、ちゃんと前向いてないと指されるよ?」

 

「む、それもそうじゃな」

 

 

僕の話題の転換に違和感を抱くことなく秀吉は前に向きなおってくれた。

その素直さに感謝しつつ、僕は卓袱台の下でコッソリとケータイを使用する。

仕方ない、しょうがないと、自分の胸に言い聞かせながら、『彼』にメールを送った。

ちなみに一連の動作を横溝君に見られ、友香さんとのやり取りだと誤解されてしまい、

クラス内の男子九割との命の殺り奪りが授業終了とともに開始されたのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「____________ん、あらら?」

 

「どうかなさいましたか、『先生』?」

 

「んー、ちょっとね。しかし、もう二度と無いかと思ってたけど」

 

「…………………何がです?」

 

「なーに、ちょっとしたバイトの申し込みのメールだよ」

 

「バイト、ですか……………もしかして俺、クビですか⁉」

 

「おいおい、そう早まらないでよ。

何でも命令通り完璧にこなす最高の秘書を、クビになんて出来ないよ」

 

「………それは言いすぎですよ、先生」

 

「本当の事じゃない。照れなくていいよ、『五郎ちゃん』」

 

「…………先生がそうおっしゃるなら、ありがたく受け取ります」

 

「そーそー、素直が一番だって____________あん?」

 

「先生? どうかなさいましたか?」

 

「あー、全く。これから大事な仕事が入ってるってのにさー。

ホンット空気の読めない奴らだよね…………五郎ちゃん、先方に連絡しといて」

 

「ハイ、どのように?」

 

「急用で遅れるって。理由はまあ、五郎ちゃんが適当に考えといてよ」

 

「分かりました。『向こうの』お仕事なんですね?」

 

「そーゆーこと。ま、今回も出会えないとは思うけどね」

 

「…………早く会えるといいですね。先生のためにも」

 

「そーだねー、早いに越したことは無いよね。

それじゃ、取りあえず行ってくるよ。言い訳の方はヨロシク」

 

「分かってますって。先生こそ、お気を付けて」

 

「五郎ちゃんこそ、俺を誰だと思ってるわけ?

黒を白にだって出来るスーパー弁護士よ、俺」

 

「ええ。でも、万が一ってこともありますから」

 

「…………ま、五郎ちゃんの忠告だから聞いといてあげますか」

 

「……………行ってらっしゃいませ」

 

「ハイハイ、五郎ちゃんもそっちは任せたよ」

 

「ハイ、失礼します」

 

「__________さーて、この俺に仕事ケラせて呼び出すなんて

どんだけ高く付くと思ってんのよ。まあ分かる訳が無いか」

 

『ブオォォ! ブオッ、ブオオォォッ‼』

 

「ハイハイ、そう急かすなって。

一度受けた仕事は最後までやり通すのが俺のモットーだからさ。

本職の方をケラせてまで俺を呼びつけて、今更逃げるとかは無しよ?」

 

『ブオオォォォオォォッ‼‼』

 

「面倒事はちゃっちゃと済ませるに限るね___________変身‼」

 

 

 

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?

それとこれからはまとまった時間が取れそうなので
しばらくは更新が滞るようなことは無くなりそうです。

それにしてもアレですわ、恋愛感情の描写は苦手ですわ。
何とかしようと思ってるんですけど、どうにもなりませんね。


ちなみに最後に出てきた会話のみのシーン、誰か分かりましたか?
アレが分からない人はおそらく龍騎を知らない人のみだと思われます。
それほどの有名人ですからね、彼と五郎ちゃんはw


それでは次回もお楽しみに。
ご意見ご感想の方も、随時お待ちしております。


戦わなければ生き残れない‼



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問11「僕と白昼夢と開戦」



近頃立て込んでおりまして、ハイ。
言い訳するつもりなどございませんが、一応はと。

それと『仮面ライダーゴースト』で最近出てきた新ライダー
『仮面ライダーネクロム』なる者がめちゃんこかっこ良過ぎてハゲますわ。
元々将来的なハゲだと診断されてるのに……………悩ましや毛根。

加えて今回はネタが大量に注入されております。
どうかご容赦ください


それでは、どうぞ!


 

 

 

 

 

これは夢だ、これは絶対に夢だ。

悪い夢だ、文字通りの悪夢なんだ、いつかは覚めるはずなんだ。

 

「ゆ、雄二…………目を覚ましてよ雄二!」

 

「い、イカン。完全に白目を剥いておるぞ‼」

 

「………黄泉の世界との境目」

 

 

僕の目の前に広がるのは、まさしく終焉の具現。

今まさに僕らの全てを終わらせんとする災厄が舞い降りていた。

 

雄二は既にこの世からタッチダウンをかまし、残るは秀吉とムッツリーニのみ。

その片割れのムッツリーニですら、気を抜けば雄二と同じ場所へ旅立ってしまうかも

しれない危うい状況に変わりは無い。

一体どうしてこんなことになってしまったのか。

原因を究明しようと試みた僕の頭脳は、ほんの十数分前に遡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぁー、づがれだ~……………」

 

四時限目の授業が終わって、精根尽き果てた僕は卓袱台に突っ伏した。

ハッキリ言おう、朝から四時間ぶっ続けで点数補給テストなんて拷問でしかない。

僕らは昨日Dクラスとの試召戦争を終えたばかりで消費した点数の補充が済んで

いなかったから、Bクラスが戦争を仕掛けてきた今日の午前中に何とかそれらを

済ませておかないといけなかった。にしてもこれはハードワーク過ぎると思うけど。

昼休みを告げるチャイムを聞きながらそう思っていると、後ろから肩を叩かれた。

 

 

「あ、雄二。どしたの?」

 

「テストで頭使ったからな、飯にしようぜ。今日は学食で済ませようと思ってんだ。

お前らはどうする? 一緒に行くか?」

 

「うむ、同行しよう」

 

「………午後に備えて栄養補給」

 

「だな。明久、お前はどうすんだ?」

 

「皆が行くなら僕も行くよ」

 

「決まりだな。んじゃ俺はラーメンとカツ丼とチャーハンとカレーでも食うかな」

 

 

四次元ポケットか、コイツの胃袋は。

 

などというごく普通のボケが浮かんでくるほど疲弊した脳みそで考えながら

僕ら四人はそのまま学食のある新校舎一階へと向かおうとした時、

後ろから遠慮しがちな声色である人物が声をかけてきた。

 

 

「あ、あの……………皆さん」

 

「姫路さん、どうしたの?」

 

「どうかしたのか?」

 

やって来たのは桃色の髪をフワリと流した長髪の美少女、姫路さんだった。

でも少しおかしい。別に彼女が僕らに声をかけてきたってことではない。

彼女は昼食を取る時はいつも数少ないFクラス女子の島田さんと一緒のはずだ。

完璧美少女の秀吉は僕らと一緒に昼休みを過ごしてくれるけど、今姫路さんの近くに

島田さんの姿は無い。その辺りが少し気になった。

するとモジモジしていた彼女が意を決したかのように大きめの声量で言った。

 

 

「え、えっと…………もしよければ、お昼にお弁当を作って来たので皆さんで」

 

「弁当? 姫路が? マジか!」

 

「………天からの贈り物」

 

「おお、女子(おなご)の手製の弁当か! さぞ愛情で味付けが良くなっておるのだろう!」

 

「え⁉ あ、愛情って……………はぅ………」

 

 

秀吉の一言で顔を真っ赤に染め上げて恥ずかしがる姫路さん。

でも驚いたな、彼女が弁当を作ってきたうえに僕らに振る舞ってくれるなんて。

そこが気になった僕は彼女に直接尋ねてみることにした。

 

 

「でも姫路さん、急に僕らに弁当なんてどうしたの?」

 

「え……………えと、実はその」

 

「何?」

 

「昨日お昼休みの時に吉井君と坂本君が、手製の弁当が食べたいって言ってたのを聞いて

もしかしたら私のお弁当でも喜んでくれるんじゃないかって思って……………忘れてください!」

 

 

そう言い終えてさっきよりもさらに顔を紅く染め上げた姫路さんを見て、

いつの間にか僕らの周りを取り囲んでいたモテないFクラス男子勢から怨嗟の声が上がる。

その気持ちはよく分かる。何せあの姫路さんからの食事のお誘い、しかも彼女の手料理。

これだけの好条件を添えられて飛びつかない男がいたら、そいつは絶対に同性愛者だろう。

 

 

「あん時の話聞いてたのか。んじゃ、姫路のせっかくの弁当だしいただくか!」

 

「そうじゃな。儂らは学食代が浮いて万々歳じゃ」

 

「………心踊る」

 

「だね。姫路さん、どこで食べようか。流石にここだと色々マズいよね」

 

主に衛生面(二重の意味で)とかね。

 

そんな諸々の事情を考慮した僕らは、空気と見晴らしがいい屋上へとやって来た。

この文月学園は他の学校と違って屋上への立ち入りを禁止してはいない。

といっても普段の授業中は基本的にカギがかけられていて、昼休みや放課後などに

事務員の人がカギを開けてくれているって話らしいけど。

 

 

「む? そう言えば雄二はどこに行ったんじゃ?」

 

「あれ、ホントだ。ムッツリーニ、何か聞いてる?」

 

「………午後のBクラス戦への景気付けに飲み物買ってくると」

 

「へー、あの雄二が。気前良いもんだね」

 

 

悪友のらしくない行動に感心しながらも屋上についた僕らは、

姫路さんが持ってきたランチシートをそこに敷いて座り込んだ。

雄二が戻るまで待つのもどうかと思って、僕らで先に食べ始めていようと彼女を

言いくるめて彼女手製の弁当とやらを拝むことにした。

 

 

「あ、あんまり自信無いんですけど………………どうぞ」

 

「「「おおぉ!」」」

 

 

未だに恥ずかしがっている姫路さんが開けた弁当箱の中身を見て僕らは歓声を上げた。

狐色の衣をまとったから揚げやエビフライ、形のいいおにぎりやアスパラの肉巻きなど。

もちろんレタスやトマトを盛ったサラダなんかもついていて、彩りも当然華やか。

定番のメニューが詰まったその箱を見て、僕ら三人の腹の虫が一斉に騒ぎ出した。

 

「それじゃ、雄二の分を残しつつ皆で先に_____________」

 

「………いいや、限界だ(パクッ)」

 

「あ、ずるいぞムッツリーニ! しかもそのセリフは起爆ボタン押すヤツだろ!」

 

「お主は何を言っておるのじゃ……………しかしムッツリーニよ、お主も抜け駆けは」

 

 

四人で手を合わせて姫路さんの弁当に手を出そうとした時、ムッツリーニが我慢

出来ずに勝手に食べ始め、最初にエビフライを摘まんで口の中に放り込んだ。

僕と秀吉はその行動に文句を付けたが、そこで秀吉が彼の違和感を感じ取った。

 

 

「む? 何じゃ、どうかしたのかムッツリーニ」

 

「………………(バタッ)」

 

「ムッツリーニ⁉」

 

エビフライを一息に食べようとした彼がそのまま後頭部から屋上の床にダイブした。

しかも仕切りに体をビクンビクンと小刻みに震えさせながら。何かがヤバい。

 

 

「………………秀吉?」

 

「………………何じゃ明久」

 

「………………コレ、もしかして」

 

「………………それしかあるまいて」

 

「つ、土屋君? どうしちゃったんですか⁉」

 

 

姫路さんが突然倒れたムッツリーニに驚いて持っていた割り箸を落としてしまう。

だが今それどころじゃない。今問題なのは、ムッツリーニが昏倒した原因についてだ。

秀吉と二人でそのことを相談しようとしたら、倒れたムッツリーニが起き上がった。

僕らはすぐに彼の容態を心配したが、彼は姫路さんを見てゆっくりとサムズアップした。

おそらく、『最高に美味かったぜベイベー』って意味なんだろうけど、違う気しかしない。

何て言うか、KO寸前のボクサーとか、風で今にも散りそうな枯れ葉みたいな。

そんな弱々しい印象しか抱くことが出来ない今の彼を見て、僕らはさらに震え上がった。

 

 

「ひ、秀吉。ムッツリーニのアレ、悪乗りに見える?」

「い、いや。アレが演技だとはどうしても思えんのじゃ」

 

「だよね、アレは完全にガチのヤツだよね」

 

「うむぅ…………そうじゃ、お主腹の方は丈夫かの?」

 

「うーーん、どうだろ。最近はまともな食生活遅れてないからね」

 

 

安心する姫路さんをよそに、僕と秀吉の秘密の対談が開始された。

本当ならムッツリーニも交えて実体験談を聞きたかったけど、そんな余裕は無さそうだ。

それに僕ら二人が彼女のお手製の料理を拒否しているのも感付かれてはマズい。

故に今の僕と秀吉の表情は、完全なる笑顔のままで固定されている。

そんな能面状態の僕らは彼女に気付かれないようにそのまま対談を続ける。

 

 

「ならば、ここは儂が往こう」

 

「そんな、無茶だよ秀吉! ムッツリーニの死に様を見たろ⁉」

 

「まだ死んではおらぬ……………と明言出来ぬのが怖いが、まあさほど心配せんでもよい。

こう見えても儂は存外丈夫な胃袋になっておってな、日切れもジャガイモの芽も、

ある程度であれば食ってもびくともせん程なのじゃ」

 

張り付いた笑顔のまま語る秀吉が、どこまでも頼もしく見えた。

でも待てよ、確かジャガイモの芽って毒性の強い有害食材じゃなかったっけ?

 

 

「でも、でも秀吉にそんなこと!」

 

「安心せい、儂の自慢の胃袋を信じておれ。この鉄の胃袋を」

 

誰よりも美少女な秀吉が誰よりも男らしいセリフを決めようとした時、

屋上へと続く扉が派手に開いて短く逆立った赤髪の男が飲み物を抱えてやって来た。

 

「おっす、遅れたぜ___________ってオイ、何だよ先に食ってたのかよ」

 

「あ、坂本君。皆さんが待ちきれないようだったので」

 

「ほー、お! こりゃ美味そうだ! 確かに待ちきれなくてもしょうがねぇな!」

 

僕ら五人分の飲み物を携えてやって来た雄二がはにかみながら弁当箱を覗き込む。

そのままシートの空いてる場所に座り込んで飲み物を配ってから流れるような

動きで手を伸ばし、僕と秀吉が忠告する暇すらなくアスパラの肉巻きを口に入れ。

 

 

パクッ

 

 

バタン

 

ガタガタガタガタ

 

 

そのまま流れるようにしてムッツリーニと同じ運命を辿った。

 

「坂本君もですか⁉ え、えっと、どうしたんですか⁉」

 

倒れ伏して小刻みに震える雄二を見て、僕と秀吉は確信した。

間違いない、コイツは本物だ。マジでヤバいものだコレ、と。

すると雄二はムッツリーニよりも早く回復し、真っ先に僕を睨んできた。

そして彼の瞳が、僕にこう訴えかけてくる。

 

 

『毒を盛ったな』と。

 

 

とんでもない、見当違いもいいところだと首を振るが信じてもらえない。

仕方ないから僕は隣にいる秀吉に視線を送って誤解を解いてもらえるよう頼み込んだ。

その視線だけで全てを察してくれた秀吉は、僕の代わりに雄二との密談を始めた。

 

 

『雄二よ、儂らは本当に何もしておらぬ。全て姫路の実力なのじゃ』

 

『冗談だろ⁉ 優等生の姫路が作った料理が劇物レベルとか笑えねぇぞ‼』

 

『………経験者は語る、どころか経験した者は皆既に解脱済み』

 

『ほら、今にもテイクオフしそうな被害者(ムッツリーニ)が言ってるんだから』

 

視線と瞬きだけで意思を疎通し終えた僕らはそのまま何事も無かったように振る舞う。

どうでもいいけど、たった一年でここまでのアイコンタクトが出来るようになるなんて

どう考えても普通じゃないはずなんだけどなぁ……………ま、今更どうでもいいか。

倒れた姫路さんが雄二に駆け寄ろうとするけど、そのまま雄二は起き上がって呟く。

 

 

「い、いや、何でもない。今しがた走って来たから足が攣ってな」

 

「足が、ですか?」

 

「そう、足だ足。近頃運動不足でな、気にするな」

 

「そうですか……………気を付けてくださいね」

 

 

出来るだけ違和感が無いように演技しながら姫路さんに心配をかけさせまいと

雄二が珍しく気遣いを見せていた。正直、ここまでやるヤツだとは思わなかったけど。

でも問題はそこじゃない。本当にマズいのはここからなんだ。

 

さて問題、今僕らの目の前には食したら一発で現世とグッバイ出来る手料理がある。

しかし、その料理を作ったのは我らがFクラスに咲く二輪の高根の花である姫路さん。

食べねばならないという男の使命感と、食べたらヤバいという人間の生存本能。

そこへさらに条件が加わってくる。

あの劇物の犠牲者は二人、ムッツリーニと雄二という野郎二人だ。

つまり残る生存者は同じく二人、僕と完璧美少女の秀吉というコンビ。

姫路さんの作った料理はまだそれなりの量がある。つまり犠牲者は必要不可欠。

 

さぁ、改めて現在直面している問題の何がマズいのかを考えよう。

既に姫路さんの手料理によって満腹(さいきふのう)になったのが野郎二人で、

残っている生存者は完璧健全美少女の秀吉と僕という人選。

(どう転んでも食わ(サクリファイス)されるのは僕になる‼)

 

 

死ぬのが分かっていながら食べさせられる運命が見えている。

これを上回る恐怖なんて、この地球上にあっていいはずが無い。

僕は死ねない、死にたくない。

ライダーとして戦って、絶対に明奈を蘇らせると心に誓ったんだ。

こんなふざけた理由であの世になんて行きたくはない。

 

 

(考えろ! 知恵を絞り切れ‼ 午後のBクラス戦なんてどうでもいいから‼)

 

 

人間というのは、死が目前に迫った時に想像を絶するほど力を発揮するらしい。

まあその事に関しては、ライダーとして戦うようになってより実感が湧いたけど。

考えるんだ、生き残る方法を。

秀吉を殺さず、かつ僕も生きていられる最高の結末(ハッピーエンド)を。

そうして考えあぐねること数舜、僕の頭脳が高らかに勝利宣言を発した。

 

 

(そうか、そうだよ。ハハ、なんだ簡単なことじゃないか)

 

 

自分の辿り着いた答えを改めて考えてみて、随分簡単だったことに気付く。

どうして真っ先にこの答えが出なかったんだろう、自分の頭脳が少し恥ずかしい。

あるじゃないか、秀吉も僕も巻き込まない答えが。

それでいて姫路さんの名誉も笑顔も守れる最上級の結末が。

結論を出した僕はムッツリーニと雄二の殺気の混じった視線を一身に受けながら

軽く息を吸い込みつつ右手を明後日の方向に、右手を弁当の中身に向けて叫んだ。

 

 

「あっ、姫路さん! アレは何だろ‼ (ガシッ)」

 

「え? どれですか? (クルッ)」

 

(そこだ必殺弁当(ファイナルベント)ォォオォォ‼)

 

(もごぉぁあぁっ‼⁉)

 

 

『必ず』『殺す』と書いて『必殺』。

僕は躊躇無く掴んだおにぎりを雄二の口の中に無理矢理ねじ込んだ。

済まなかったね雄二、君の役目はもう終わったよ。

安らかに眠るといい。後は万事僕らが上手くやっておくから。

 

雄二の隣で僕のした一部始終を見ていた犠牲者の片割れであるムッツリーニが

僕を人以外のおぞましい何かを見るような目で見つめてくる。

そんな彼には姫路さんに気取られないよう、アイコンタクトでこう告げた。

 

 

『僕の(がわ)につけ、そうすれば止めは刺さないでおくよ』

 

『………我が身は御心のままに』

 

『お主ら、存外どころか普通に畜生以下じゃな』

 

 

秀吉がジト目で僕らを見つめてくるけど気にしない。

さて、いくら姫路さんの料理と言ってもコイツはかなりタフな方だ。

そろそろ起き上がっても不思議じゃない。

ならばどうするか、答えは簡単だ。

 

 

「う、ごぉぉ…………………」

 

「ゴメンゴメン、僕の見間違いだったみたい」

 

「なーんだ、見間違いですか!」

 

「そうそう、見間違いだったんだ。アレ、雄二どうしたの?(チラッ)」

 

「(コクリ)………どうかしたのか?」

 

「(コクリ)急いで食いすぎたんじゃろう。ほれ、姫路の飯は逃げも隠れもせんぞ?」

 

「そうだよ。別に誰も横取りしようなんて考えないんだからさ!」

 

「………そんなに気に入ったなら、あせらずゆっくりと食べればいい」

 

「喉でも詰まらせたんじゃろう。どれ、儂が飲み物を飲ませてやるか」

 

 

有無を言わさぬ連携で雄二の逃げ場を着実に削いで身動きを封じる。

美少女の秀吉に飲み物を飲ませてもらうなんて贅沢だけど、冥土への土産と考えれば

不思議と釣り合うような気がした。

僕らの言葉のままに秀吉が雄二に飲み物を飲ませ、開いた口に僕とムッツリーニの二人で

姫路さんの料理を次々と投下していく。

料理の名を騙った対人兵器の数が減っていくのに比例して雄二の顔色も徐々に悪くなる。

正直に言えば、ここまでいったら蘇生はほぼ不可能だろう。

だが安心しろ、雄二の犠牲のおかげで姫路さんの世間体は守ることが出来た。

あとはコイツの死体ごと事実を僕ら三人で隠蔽するだけ。

 

「わーすごいやー雄二ってばそんなに気に入ったのー?(グイグイ)」

 

「………食いつきが半端じゃない(グイグイ)」

 

「やれやれ、このままでは儂らの分も食われてしまうな(ドバドバ)」

 

「あ、あの…………皆さん何をしてるんですか?」

 

「やだなー姫路さん。どこからどうみても楽しい昼食だよ」

「………心温まるフレンドリーな光景」

 

「全くじゃ。男たる者、食事の時も仲良くするのが当然じゃろうて」

 

「そうなんですか…………」

 

 

少しいぶかしむような視線を投げかけてくるが、まだ誤魔化せる範囲だ。

ここから先は根気勝負だ。どちらが先に負けを認めるか、勝負と行こう。

雄二の消化分解能力が勝つか、姫路さんの安楽直行(ハッピーターン)の威力が勝つのか。

勝敗を決するために、弁当箱の中に残っていた全ての食べ物を雄二に集中させる。

すると弁当箱が空になるのと同時に、雄二が口から泡を吹いて倒れこんだ。

慌て(たフリをし)て駆け寄った僕らは雄二の体を揺さぶって喉の劇物を胃に送り込む。

 

「ゆ、雄二…………目を覚ましてよ雄二!」

 

「い、イカン、完全に白目を剥いておるぞ‼」

 

「………黄泉の世界との境目」

 

喉に詰まっていた全ての劇物を雄二の胃袋に流し込んだ僕らはその場で十字を切る。

キリスト教を信仰したことはない僕らだけど、救いを求めればきっと来てくれる。

せめて殺した側の僕らだけでも、犠牲となった彼の魂の安眠を祈ろう。

そう思った僕らはしばらく、白目で気絶している雄二に心中でハレルヤを賛美した。

こうして僕らの忘れられないお昼休みが過ぎ去っていったのだった。

 

 

ちなみにこの後、復活出来た雄二にボコボコにされたのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さてお前ら、午前の総合科目補充テスト、ご苦労だったな」

 

 

激動の昼休みを終えた僕らは、朝にやって来た根本君との密約通りに

こちら側から宣戦布告をしたという形で試験召喚戦争を開始した。

そしてBクラスへ向かった使者がボコされて帰って来たのを確認してから、

雄二は全員に聞こえるように教卓の前に立ってこれからの事を説明し出した。

 

 

「これからBクラスとの試召戦争が開始されるが、殺る気は充分か?」

 

『『『ウオオォォォオオォォッ‼‼』』』

 

「大変よろしい。さて、一旦沸いた脳ミソ冷やして俺の話をよく聞け。

今回は敵を教室に押し込めておく事が重要だ。だからこそ開戦直後の渡り廊下の

争奪戦には絶対に負けるわけにはいかない。ここまではいいな?」

 

一人一人からの視線に応えるように自分の目線を動かして誘導する雄二の

手練手管には毎度毎度驚かされるが、アイツはどこでそんな技覚えるんだろう。

なんてくだらないことばっかり考える余裕なんて今回は全く無いんだった、集中しよう。

 

 

「んで、渡り廊下戦での指揮権は姫路に委ねる。野郎共、キッチリ死んでこい」

 

『『『いよっしゃあぁぁああぁぁぁっ‼‼』』』

 

「よ、よろしくお願いします」

 

渡り廊下戦での中心戦力となる姫路隊総勢二十名の男子が雄叫びを上げる。

男のノリについていけない姫路さんは若干引き気味に決意表明していた。

そうして大体の人選と配置場所の確認を済ませた直後に、授業開始のチャイムが鳴った。

 

さぁ、ここから先は戦争だ。学び舎が先に引き金を引いた方が勝つ戦場と化す。

途端にクラス代表の雄二の命令を受けている先攻部隊が教室から飛び出した。

後に続くように、各々が与えられた命令を思い返しつつ座布団から立ち上がる。

 

 

「さぁ逝け、人生の敗残兵共! 目指すはBクラスのシステムデスクだ‼」

 

『『『サー、イエッサー‼』』』

 

 

雄二の味方に掛けるとは思えない激励を受けた彼らは脱兎の如く教室を出る。

今回の作戦の要は、『いかに敵を教室内に押し留めておく事が出来るか』だ。

求められるのは迅速な行動と対処、つまり今回の僕らの戦術は電撃攻城戦(ブリッツガロン)が主体。

その為にわざわざ雄二は序盤の戦いを有利にするために(・・・・・・・・・・・・・・)屋上なんて人目に付きやすい

場所でDクラス戦以来どのクラスにも存在が知れ渡った姫路さんと一緒にいたのだ。

その間に警戒されていない他の生徒が指令通りに動いてくれたおかげで、この戦争は雄二が

想定していた通りの展開で幕を上げることが出来た。

 

 

「明久、お前も行け。人数(コマ)ってのは多ければ多いほどいいからな」

 

「全く、雄二は人に対して何かをさせようって気はあるの?」

 

「させるも何も、やらなきゃ死ぬんだ。だから俺は言うんだ、『やれ』ってな」

「このキチクマめ、いやゴリラか」

 

「さっさと行けチキンヘッド。お前程度でもいないよりかはマシだからな」

 

「ハイハイ分かったよ、行ってきます!」

 

 

最後に教室に残っていた僕は雄二と軽口を言い合う。

本当は『もし勝てなかったら』って聞きたかったんだけど、

そんな事聞いてる暇があったら黙って戦えって言われそうだから止めておいた。

それに、普段は粗野で乱暴でも、一度スイッチが入るとアイツは誰よりも頼りになる。

昔の話だとしても、『神童』と呼ばれた天才児だった男なんだ。

ご大層な名前で呼ばれていた男が『お前も行け』って言うんだ、行くしか無いだろ。

言葉の裏に隠された期待を読み取った僕は、そのまま教室を飛び出した。

 

 

「いたぞ、Bクラスだ!」

 

「高橋先生がいる! どうすんだオイ⁉」

 

 

Fクラスから出てしばらく走ったところにいたのは、Bクラス生徒と学年主任の高橋先生。

高橋先生の受け持つ科目は確か総合科目。国社数理英の五科目の総計が点数になる。

今回僕らは数学を戦力の中心としておいていたから、彼女の登場は想定外だった。

一科目勝負ならまだ抵抗出来たけど、元の学力が違う僕らじゃ総合で勝ち目は無い。

 

それでも僕らに後退は許されない。あるのはただ、前進あるのみ。

意気込みを見せる僕だったが、前方を走る部隊の中の一人が急に振り返った。

 

「なあ、吉井」

 

「何、どうしたの? 八嶋君?」

 

 

走りながら振り返って僕に話しかけてきたのは、八嶋君だった。

彼はそのまま少し走る速度を落として僕と並んでまた話しかけてきた。

 

 

「今回の戦争なんだけどよ。俺はもちろん勝つつもりだぜ」

 

「そりゃ僕だってそうだし、皆だってそうだよ」

 

「それもそうだけど、俺は他のみんなとは違う。

この戦いだけには絶対に負けられない理由がある」

 

「え、理由?」

 

「ああ、この戦いには俺の大切なモンが掛かってるんだ」

 

「大切な、もの?」

 

「……………なあ吉井、お前がBクラスの根本と何があったのかは知らん。

聞く必要も無いと思ってるが、一応これだけは言っといてやるぞ」

 

並走しながら話す八嶋君の眼に決意の炎が灯り、僕を見据えた。

 

 

「何があろうと、お前をこの学園から追い出させはしない」

 

「八嶋、君…………」

 

「楽しい学園生活はこれからだ。それに、お前にまだ借りを返してない(・・・・・・・・・・・・・)しな!」

 

「えっ、借りって?」

 

 

前方で待ち構える敵に近付きながら八嶋君に尋ねるが、彼は答えない。

だが今度は僕らよりも前で走っていた他の皆が一斉に振り向いて口々に語った。

 

 

「俺もだ吉井。まだお前に退学になられちゃ困る」

 

「俺も俺も。Fクラスにはお前が必要なんだよ」

 

「行かせねぇ、お前を退学なんかにさせるか」

 

「み……………みんな……………」

 

 

振り返ったみんなの口から語られる僕への思いを、今心に刻み付け

 

 

『『『まだリア充への恨み辛みを晴らせてないからなぁ‼‼』』』

 

____________ようとして思い留まった。

 

 

「何というか、みんな正直だね」

 

「正直過ぎるが、まあおおむね良いクラスだろ!」

 

「そう、かもね。うん、きっとそうだ」

 

「ああ、だから吉井。この戦争、必ず勝つぞ‼」

 

「うん‼」

 

 

狂気的なまでに固執した執念が伝わってくる中、僕と八嶋君は笑い合っていた。

前方には太刀打ち出来ないほどの格差のある敵が待ち構えているというのに。

勝てないという現実を直視しているのに、自然と笑みがこぼれる。

それに、眼前の敵に対して恐怖心が一切沸いてこない。

これも、負けられない理由があるからなんだろうか。

もしかしたらもっと別の_____________って、今考えても始まらないか。

 

そうこうしているうちに、FクラスとBクラスの生徒同士が戦場で激突した。

今は悩んでいる時間も、無駄な事を考える時間も余裕も無さそうだ。

だから、僕もこの戦いに交じるために指揮官としての一声を張り上げる。

 

 

「全員生かして帰すな‼ この場で全員殺しきれ‼」

 

 

物騒なセリフを皮切りに、負けられない戦争が始まった。

 

 

 

 

 

 














いかがだったでしょうか?

ええ、ネタの件に関しましてはやり過ぎたとしか。
それとしばらくは早く更新できるかもしれません。
あくまで"かもしれない"なので、期待は避けてください。


それでは次回をお楽しみに。
ご意見ご感想、お待ちしております。


戦わなければ生き残れない‼


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問12「僕と駆け引きと解き放たれた蛇」



どうも皆様、二週間ほど空けてしまいましたね。
その代わりと言っては何ですが、題名をご覧ください。

どうでしょう、これ以上分かりやすい題名がありますかね?
分かりやす過ぎて泣き笑いが止まりませんぜ。


それでは、どうぞ!


 

 

 

 

 

Bクラスとの負けられない試験召喚戦争が始まって既に一時間を過ぎた。

しかし僕らは今、絶望と言う名の現実を見ている。

 

 

『Bクラス 野中長男__________総合 1943点』

VS

『Fクラス 近藤吉宗__________総合 564点』

 

圧倒的かつ絶望的なまでの戦力差だ、まさに桁が違う。

戦場のあちこちに目を向ければ、その全てに敗北が映り込んでいた。

 

 

『Bクラス 金田一祐子_________数学 158点』

VS

『Fクラス 武藤啓太__________数学 66点』

 

もはや比較するのもバカらしい敵との差に、前線がことごとく討ち取られていく。

何とか戦死させまいとフォローに出ようとしたその時、

 

 

「お、遅れ、ました、すみ、ません……………」

 

流れるような桃色の髪をそのままに、走った影響で乱れた呼吸を整えつつ姫路さんがやってきた。

一番最後に教室を出た僕より後に来るってことは、彼女は相当足が遅いんだろうか。

なんて失礼な疑問を抱きつつも彼女に近付いた僕は戦線への参加を要請した。

 

 

「姫路さん、ちょうどいいところに! 早速で悪いんだけど」

 

「は、ハイ。行って、きます!」

 

ヨタヨタとおぼつかない足取りで戦場へ向かう彼女を見ると、何とかして守って

あげたくなる衝動にかられるけれどそれをどうにか堪えて後方で待機する。

すると彼女の存在に気付いたBクラスの人たちも一様に警戒し始める。

やっぱりDクラス戦でのFクラスデビューを他のクラスも既に知っていたんだろう。

姫路さんの参戦に対して、彼らの中から二人の女子が行く手を遮るように現れた。

 

 

「長谷川先生、Bクラス岩下律子が姫路さんに勝負を申し込みます‼」

 

「律子、私も手伝うわ! 先生、同じく菊入真由美も申し込みます‼」

 

『『『試験召喚(サモン)‼』』』

 

 

三人が教師の立会いの下に形成された召喚フィールドの中で声を張り上げ、

彼女らの呼び声に応じておなじみの魔法陣が展開されて召喚獣が姿を現す。

デフォルメされた三人の召喚獣が、それぞれ装備を着こなして出陣する。

相手は細身の剣と普通の槍を持っているが、姫路さんは彼女らとは別格で、

重厚な鎧と身の丈の二倍はありそうな大剣を振りかざして肩に担いでいる。

しかしそれ以外にも姫路さんと二人との違いがもう一つあった。

 

 

「アレ、姫路さんの召喚獣って"腕輪"なんてしてたっけ?」

 

「え? ハイ、数学はかなり出来たので」

 

「へー、点数が良いとオシャレ出来るんだ。知らなかったよ」

 

「う、腕輪ってまさか⁉」

「嘘でしょ、そんなの勝てっこないじゃない‼」

 

 

僕が気付いた違いとは、召喚獣の左腕に備わった金色の腕輪の事だ。

相手二人の腕には無い輝きが姫路さんの召喚獣の腕には宿っている。

ただ僕が今言った「オシャレ」という点については、すぐに誤りだと知った。

異様なまでに怯え始めた二人を無視して、姫路さんの召喚獣が左腕を掲げる。

 

そして次の瞬間、僕らの目の前が閃光に包まれた。

 

「きゃああぁぁぁ‼」

「いやぁああぁぁ‼」

 

 

目を閉じずにはいられないほどの光と衝撃の向こう側からBクラス女子二人の

悲鳴が聞こえてきたが、あまりの明るさにどんな状況なのか把握出来ない。

ただしばらくして閃光が収まり、姫路さんの召喚獣の姿を目視出来た直後に

僕らFクラスの部隊は、驚きの光景を目にした。

 

『Fクラス 姫路瑞希__________数学 412点』

VS

『Bクラス 岩下律子&菊入真由美__________DEAD』

 

 

召喚フィールド内に仁王立ちしていた姫路さんの召喚獣の前には何も無い。

先ほどまで対峙していたはずの二体の召喚獣は、一瞬で討ち取られたらしい。

ただよく目を凝らしてみると、召喚獣だったらしきものは発見出来た。

一体は全身を完全に炭化させられ、もう一体は上半身を消し飛ばされ下半身が残っていた。

正直言って、ここまでリアルに再現する必要があったのかと言いたくなるほどに

悲劇的な光景が広がっていた。

この凄惨な殺戮現場を見せられてから、僕はこの試験召喚システムのもう一つのルールを

忘れていたことを思い出した。

そのルールとは、『試験で取った点数が400点を超えた場合の特殊装備』について。

本来召喚獣は召喚者がテストで取った点数を攻撃力としてフィールド内のみで召喚可能であり、

相手への攻撃、または相手からの攻撃によって点数を徐々に失っていくシステムになっている。

攻撃であれば武器の摩耗、防御であれば装備や盾の劣化などの減少に点数が関わってくるのだが

詳しい補正値やダメージ値なんかについては素人の僕らには理解出来る領域にはない。

まぁ簡単に言えば、攻撃したり攻撃を受けたりすれば点数が減っていくって訳だね。

 

しかし、普通の高校で出されるテストには必ず、『上限(まんてん)』が設定される。

だがこの文月学園の試験召喚システムにそんなものがあっては、戦争自体の意味が無くなる。

仮にテストの点が強さと比例するこのシステムに強さの上限である100点が設定されてみろ、

間違いなくAクラスやBクラスの生徒は一騎当千の豪傑集団と化すだろう。

そうさせないためにこの学園のテストには上限が無く、時間の限り点数を獲得出来るのだ。

そして極稀(ごくまれ)に、テストで優秀過ぎる成績を収める天才なんてのが現れる。

学園はそういった学習能力の高い者への才能として、先ほども言ったルールを加えたのだ。

単一科目、つまり総合科目以外のどれか一つでも400点以上の点数を取得した者に限り、

絶大な特殊能力を発動させることの出来る『腕輪』の装備が許可されるのだ。

各生徒ごとに個別の能力があるかどうかは知らないけど、先輩達の話を聞いてみたうえでは

それぞれ違った能力を持ち、同一の能力を持った敵と対決したことは無いらしい。

 

要約すると、『400点を超えたら超能力を発動できる装備が解禁される』ってことだ。

僕とは無縁の世界の話だったから完全に忘れてたけど、そんな制度もあったんだっけ。

 

 

「岩下と菊入が戦死した‼」

 

「そんな馬鹿な⁉」

 

「姫路さん、予想以上に厄介よ!」

 

 

目の前で訳も分からず仲間を蒸発させられたBクラスの面々はそろって怖気づき、

少しずつ後退したかと思ったら背を向けて一気に逃走を図った。

文月学園の試験召喚戦争ルールとして、こういうものがある。

『相手が召喚獣を召喚したにも関わらず召喚をしなかった場合、

その者を敵前逃亡、あるいは戦闘放棄したものと見なし、戦死者同様の扱いとする』

この場合は一応の決着は着いているから、彼らが姫路さんから逃げたとしてもルールに

抵触することは無いのだろうと秀吉が教えてくれたけど意味がさっぱり分からない。

 

 

「とにかく、姫路さんのおかげで息を吹き返した!

このまま一気に進軍して敵を教室内に押し込もう‼」

 

「ハイ! み、皆さん、援護は任せてください!」

 

「「「っしゃぁあああぁぁあ‼‼」」」

 

 

敵の出鼻を挫いた形になった渡り廊下戦、このまま畳みかけよう。

そう思って逃げた相手の追撃を開始しようとした僕を秀吉が捕まえて呟いた。

 

 

「明久よ、ワシらは一度退却するぞ」

 

「え? なんで、どうして?」

 

「仮にも相手はBクラス、格上じゃぞ。

それに今回の相手の大将は、あの根本恭二じゃ」

 

「……………確かに。ここは様子見が賢明かな?」

 

「じゃな。姫路よ、ワシらの部隊から新田(にった)嵐山(あらしやま)八嶋(やしま)以外の全員を

そちらの部隊に組み込ませて以後の行動を共にさせる。好きに使ってくれい」

 

「分かりました!」

 

「という訳じゃ、新田、嵐山、八嶋。

お主らはワシと明久と共に退却して補充試験を受けるのじゃ」

 

「了解!」

 

「分かった!」

 

「行くぜ、吉井!」

 

「うん!」

 

 

秀吉の口から根本君の名前が出た直後から、僕の頭の中に友香さんの事が浮かんできた。

戦争の真っ最中なのに僕はそんな事を考えられるほど余裕なんだろうか。

そうこうしている内に秀吉が部隊の再編成を終え、姫路さんに前線を託して僕ら五人は

一度本陣であるFクラスへと帰還の一路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、見つけた! おい吉井、秀吉‼」

 

僕ら五人がFクラスへと帰還している最中、新校舎二階へ続く廊下から僕たちを

呼ぶ声が聞こえて周囲を見回すと、斥候部隊副長の須川君がこちらに向かっていた。

 

 

「む、なんじゃ須川か。驚かせよって」

 

「全くだ、そんでどうした須川?」

 

敵の奇襲を警戒した僕らの緊張の糸は解れたが、当の須川君はそのままで

焦りと危機を感じさせる表情のまま僕らに助けを求めてきた。

 

 

「かなりマズイことになった!

新校舎三階廊下での戦闘で、島田が敵に捕まった‼」

 

「何だって⁉」

 

須川君の口から飛び出してきたのは、卑怯の王道とも言える『人質』。

彼の言葉のおかげで今さっき緩んだ僕らの緊張の糸が再びきつく結わえられる。

 

「相手はたった一人なのに、島田を盾にされて手が出せねぇ!」

 

「クソ、どうする秀吉?」

 

「むぅ…………ワシらが退却するには支障は無いのじゃが、もしも島田を盾にした者が

捨て身覚悟でワシらの後を追ってFクラスに突っ込めば、隙が生まれてしまうぞ」

 

「…………だったら本陣に気付かれてない今のうちに潰しておこう!」

 

「そうだな。須川、案内頼めるか?」

 

「分かった、こっちだ‼」

 

思いがけない敵の出現に少し戸惑った僕らだが、秀吉の的確な戦況分析と

念の為と言って引き連れていた護衛部隊の戦力もあって、孤立した生き残りを

全員で包囲して一気に潰す作戦が立案された。

須川君の案内の元、僕らは進路を変更して島田さんが捕らえられた現場に急行した。

 

 

「いた、島田!」

「島田さん!」

 

「吉井! 木下! お願い、何とかして‼」

 

 

案内された場所で僕らを待ち受けていたのは、補習担当の教員とBクラス一名。

そして点数が一桁にまで削られて戦死寸前となってしまっている島田さんだった。

この場面を言い換えるなら、人質を取られた警官と犯人の逮捕劇みたいだな。

 

 

「それ以上近寄るな! もし来たらこいつの召喚獣に止めを刺して

補習室への道連れにしてやるからな‼」

 

 

訂正、逮捕劇っていうよりもドラマの方が近いや。

なんてふざけてる場合じゃない、とにかく現状を整理しなくては。

 

まず相手はBクラスの男子。しかし、既に召喚獣も瀕死の状態。

さらに彼は僕らの切り込み隊長たる島田さんを人質に取っている。

彼女もまた瀕死で、一撃加えられれば戦死、補習室送りとなるだろう。

もしもこのまま僕らが攻撃を仕掛けようとすれば、その瞬間島田さんの召喚獣の

首と胴体がお別れを言い合って二度と出会うことは無くなってしまう。

……………アレ、でも待てよ?

 

逆に島田さん一人を見捨てれば、Bクラスの戦力を一人分削れる?

だとしたら彼女は無駄死にではなく、名誉ある殉死という事に?

 

 

「このままでは手が出せん、どうすれば…………」

 

「クソッ、卑怯な連中だ! 何とかして島田だけでも‼」

 

 

とある重大な事実に気付いた僕の隣で秀吉と八嶋君が何か言ってるけど

そんな事よりももっと重大な案件を考えている僕の耳には届かない。

もう一度整理しよう。相手は瀕死だが、味方を人質に時間を稼いでいる。

相手が時間を稼げば、異常に気付いた敵が援軍を送ってくるかもしれない。

元々補充の為に帰還しようとしていた僕らだ、絶対に勝ち目なんて無い。

つまり、今目の前にいる敵は必ず(くちふうじ)しておかなきゃならないんだ。

 

僕は頭の中で状況を完璧に把握し、打開策を練り上げた。

大丈夫。大義名分はこちらにある、味方殺しの忌み名は降り掛からない。

だったらさっさと殺ってしまおう、そうしよう。

 

 

「問題無いね、総員突撃ィィィ‼」

「おまっ、何言ってんだ吉井⁉」

 

 

僕は声を張り上げると同時に新田君と嵐山君に召喚獣を出させる。

だがちょうど真横にいた八嶋君だけが僕にツッコミを入れてきた。

 

 

「お前隊長なのにそれでいいのか、仲間を見殺しにしていいのか⁉」

 

「…………………八嶋君」

 

 

熱血漢らしい彼の漢気溢れる言葉が戦場を駆け巡り、わずかな静寂が生まれる。

でもね八嶋君、君はここがどこだか分かっているのかい?

 

 

「八嶋君、ここは戦場だ。弱肉強食、弱さが死に直結する場所なんだよ‼

相手は瀕死、されど味方も瀕死。ならば隊長である僕が出せる命令はただ一つ、

『首を跳ね飛ばされようが決して敵を逃がすな』、ただそれだけだよ‼」

 

「お主はどこまで人の道から外れれば気が済むのじゃ⁉」

 

 

僕の冷酷で、されど現実味を帯びた言葉に秀吉が暴言を浴びせるが構わない。

さっき僕が言った言葉は、自分自身が身に染みて理解できた世の摂理でもある。

ライダーになって闘って、モンスターを倒したり倒されかけたり。

そこには慈悲も温情なんてものもありはしない、ただただ強さがものを言う。

だからこそ僕は戦いの非情さを知っている。故に僕は間違っていないんだ。

…………決して一年の頃からいじめられてたからとか、そんなんじゃない。

 

 

「ま、待て!」

 

「命乞い? 見苦しいよ、言葉が話せる内に胴体にお別れを言わなくていいの?」

 

「お主、その言葉がどれだけ恐ろし気なものか分かっておるのか?」

 

「分かっているからこそだよ、さあ観念しなよ!」

 

「待て、聞いてくれよ!

コイツがどうして俺に捕まったのか、知りたくないか?」

 

「……………島田、何があったんだ‼」

 

 

敵の言葉に釣られた八嶋君が文字通り相手の術中にハマってしまった。

アイツは多分、こうして時間を稼いで援軍が来るのを待ってるんだ。

だとしたら猶予は無い、チンタラするのは元々性に合わないんだよ‼

 

 

「どうでもいい、殺せぇ‼」

 

「ま、待て、話を____________あああぁぁ‼」

 

「吉井ッ、アンタ、覚えてなさいよぉぉおお‼」

 

 

新田君と嵐山君の二人の召喚獣が僕の号令と共に突貫し、

死にかけのボロ雑巾二体を手持ちの武器でいとも容易く引き裂いて討ち取った。

最後に敵と味方の断末魔が混じり合っていたような気がするけど、気のせいだ。

そんな事より僕らは早く点数の補充に戻らないといけないんだった。

 

「さ、行こう皆!」

「う、うむ。何か釈然とせんが致し方あるまい」

 

「…………助けられた気がするんだがなぁ」

 

未だに帰らぬ人となった島田さんの最期を嘆く二人を引き連れて、

須川君を含めた僕ら六人は、そろってFクラスに帰還して補充試験を受けた。

 

 

ちなみに後で知った話だと、島田さんが捕まったのは

『吉井が姫路さんのパンツを見て鼻血が止まらなくなって戦線離脱したから、

心配になった隙を突かれて敵の猛攻を喰らってしまったから』らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「休戦協定を結んだ‼⁉」」」

 

 

教室に戻った僕らが補充試験を終えた直後に、六限目のチャイムが鳴り響いた。

試験召喚戦争は一応、授業の枠組みとして扱われている。

だから他のクラスの授業が終わると同時に戦争も終えなければならない。

ただ、絶対に一日で戦争に決着がつくとは限らない訳で。

そういう特殊な状況の場合のみ、試験召喚戦争は『休戦』することが許可されている。

例えば今みたいな、今日の残りの授業がもう無い場合とか。

 

 

「やかましいぞ馬鹿共。授業が無いからまた明日、そういう事だ」

 

「だからって明日になったら戦況はリセットされちゃうんだよ⁉」

 

 

そう、この休戦というシステムにもデメリットはある。

翌日に戦争を延期した場合、再び本陣からの再スタートとなる。

ただし、本人の点数は当日最初の戦闘で点数を削らないと試験は受けられない制度がある。

要するに、帰って勉強して一時限目に補充試験を受けて強化スタートは不可能って事だ。

このルールは下位クラスが上位クラスと戦争をした時に戦力バランスが大きく崩れないように

するための措置らしいんだけど、現状それはあんまり意味は無い。

「うむ、島田も他の者も戦死スタートじゃ。不利に変わりは無いぞ」

 

「…………絶望的状況」

 

「言われなくても分かってるっつの。だからこその休戦"協定"だ」

 

「「「?」」」

 

「今説明してやるから座れ」

 

 

我らが大将の雄二の言葉通りに座った僕らFクラスの面々。

残存戦力の全員が座ったのを確認してから、雄二は語りだした。

 

 

「いいか、お前らが試験を受けている時にBクラスと休戦協定を結んだ。

それはただ単に今日の授業が終わったからって訳でもねぇ。

根本との協定内容で今回最も重要な部分をお前らに伝える」

 

「…………重要な部分?」

 

「そうだ、この協定で俺が提示して認めさせたのは、

『休戦中の他クラスへの一切の干渉を禁止とする』ってルールだ」

 

「む? 何故他のクラスとの接触を禁止するのじゃ?」

 

「一応根元対策でな、奴が自分で手を下さない性格なのは知ってるし、

もしかしたらEクラス辺りでも口車に乗せて横槍を入れさせるかもしれんしな」

 

「なるほどのぉ」

 

「そういう事だ。んでムッツリーニ、頼んでいた件はどうなってる?」

 

「…………良くも悪くも」

 

 

話を区切った雄二は、ムッツリーニを呼んで何かを聞いた。

呼ばれたムッツリーニは微妙そうな表情を浮かべて彼に報告した。

 

「…………Cクラスの様子がおかしい」

 

「Cクラスだと?」

 

「…………明らかに戦力を整える動き方をしていた」

 

「そんな、何で友香さんのクラスがそんな事を⁉」

 

「落ち着け明久、ムッツリーニ、他は?」

 

「…………他のクラスに動きは無し。あるのはCクラスのみ」

 

「チッ、陰険な連中だ。漁夫の利でも狙いに来たか?」

 

 

どうやら雄二はムッツリーニに密偵を頼んでいたらしい。

ただ問題なのは、どうしてこの局面でCクラスが出てくるのか。

Cクラスの代表は僕がよく知る女子の、友香さんだ。

確かに僕らが出会ったのは昨日今日の話だけど、それでも彼女はそんな卑怯な手を使う

人間には見えなかったし、何より信じたくなかった。

 

 

「待ってよ、どうしてCクラスが戦争準備なんて」

「…………雄二、説明を」

 

「分かってる、いいかお前ら。

Cクラスの代表は知っての通り根本の彼女…………今は違うんだっけか?

まあとにかく、クールビューティーで知られる小山だ。

アイツは勉強の方はBクラスに劣るが、世が世なら名が知れ渡ってた切れ者だぜ」

 

「どういう事じゃ?」

 

「つまりだ、現代日本じゃ役に立たねぇ『戦争指揮の才能』があるんだよ。

的確な指示と対応、そして時には冷酷な判断に大胆な作戦の実行なんかもする。

一年の頃から試験召喚戦争の計画も練ってたみたいだし、相当の難敵かもな」

 

「…………だが問題は、そこじゃない」

 

「え?」

 

「そう、今ムッツリーニも言ったが問題はそこじゃねぇ。

本当に厄介なのは、Bクラスよりワンランク下のクラスが戦争準備をしてるって事だ。

今の言葉だと伝わりにくいかもしれんが、よく考えてみろ。

一人一人が下手すりゃ200点届きそうな連中にあと少しで仲間入りしてたかもしれん

連中の集まりが、戦争後に消耗した俺らを待ち構えてるって事なんだぜ?」

 

 

雄二の理解しやすくも把握したくなかった事実を前にFクラス全員が閉口した。

誰一人として現状を嘆くような真似はしないが、待ち受ける未来には絶望しかない。

教室中を見渡せば誰もが俯いて、教卓で話す雄二の顔を見ようとはしていない。

ただ、僕だけは違う。何故なら、雄二の言葉をよく聞いていたからだ。

クラス中に漂う絶望を払拭するように出来るだけ大きく明るい声を作って僕は語る。

 

「ねぇ皆、今の話をちゃんと聞いてた?

だったら顔を上げて真っ直ぐ前を向いて、これからの作戦に集中しようよ‼」

 

「何言ってんだ吉井、今の聞いてたろ?」

 

「そーだそーだ!」

「状況も理解出来んバカは引っ込んでろ!」

 

「バカは君達だよ。さっきの雄二の言葉をよく思い返しなよ。

さっき雄二は『戦争後に消耗した俺らを待ち構えている』って言ったんだよ」

 

「…………それが?」

 

「つまり、雄二が心配してるのは現状じゃなくて未来。

Bクラス戦じゃなくって、その先にあるCクラス戦を心配してるんだよ‼」

 

 

僕の自信に満ちた言葉に、次第にFクラスメンバーの顔が上がっていく。

しかしまだ数人は僕の言葉をバカの戯言だと聞き流してい俯いている。

ここまで言っても分からないなんて、一体どっちが状況も理解出来ない馬鹿だよ。

 

 

「そうか、そういう事か!」

「なるほどのぉ、まだ勝機はあるという事じゃな!」

 

「そうさ、雄二は一言も『Bクラス戦に負ける』なんて言ってない。

むしろ、Bクラスに勝って、その先に待つCクラス戦について心配してたんだ!」

「よくぞ同じことを無駄に二回も言葉にしてくれたな明久」

 

「それ褒めてる? けなしてる?」

「好きに解釈しろ間抜け面。さてお前ら、これから作戦を決行する!

文句なんざ後から聞いてやるから今はとにかく話を頭に叩き込め‼」

 

 

ようやく士気を取り戻した面々を待っていたのは我らが大将からの厳命。

しかし本当にコイツは人へのものの頼み方ってヤツを知らなさすぎるな。

そう思いつつも雄二の言葉に耳と意識を傾け、内容を覚えることに努める。

 

 

「これからこのクラスを工作部隊と本隊との二つに分けて行動させる。

まずは工作部隊、明久を隊長として五、六人程度の小隊で活動しろ。

お前らへの指令は一つ、今からCクラスに行って協定を結んでこい」

 

「え、僕が行くの?」

 

「当然だろ、お前は朝一番に根本からマークされてんだ。

さっさと帰るフリでもさせれば釣られてあのマッシュ頭も出てくだろ」

「そうかな?」

 

「ま、本当はCクラスの代表と良い感じのお前を向かわせれば

相手からの待遇や態度も軟化して収まるとこに収まるかもしれねぇという

思惑もあるにはあるんだがな」

 

「それが本音か‼」

 

 

雄二の無遠慮なぶっちゃけに思わず声量が増すが仕方ない。

彼はもう少し発言に気を使うべきだ、でないと今さっき一瞬で制服から怪しげな

カルト集団の服装にメタモルフォーゼしたFクラス男子からの熱烈な殺意を全身に、

しかも物理的に浴びせられてしまうかもしれないじゃないか。

猛烈なまでの視線に耐え抜き、僕は指示通りに数名を引き連れて教室を出る。

ただ去り際、僕の視界の端に姫路さんが何か言いたげな表情でこちらを見ていたのに

気付いたけれど、僕はそのままCクラスへと向かって行った。

 

下校し始めた生徒に紛れてコソコソとCクラスへと向かう僕ら工作部隊。

メンバーは六人。僕、新田君、嵐山君、君島君、須川君、そして八嶋君だ。

男六人が集まって新校舎へ向かうさまは決して美しいとは言えないけれど

なりふり構っていられないし、戦争で綺麗も汚いもありはしない。

 

 

「ん? アレ、ちょっと待って?」

 

「どうした吉井」

「今気付いちゃったんだけどさ……………コレって協定違反だよね」

 

「「「「「あっ」」」」」

 

 

新校舎、廊下で気付く、バカ六人。

 

そんな現代風の一句が浮かんでくるほどの羞恥が僕らに襲い掛かる。

逆にこれだけいたのに誰一人としてそのことに気付かないのが異常だよね。

なんて思ったのも数秒、僕はすぐに気持ちを切り替えてヤツの真意を探った。

 

 

「…………もしかして、分かっててやらせた?」

 

「どういうことだ吉井?」

 

「雄二があれだけおおっぴらに協定内容を伝えた挙句に違反するなんて

いくらアイツが馬鹿でもそんな矛盾だらけの行動はしないはずだよ。

だから多分、この作戦には裏があるんじゃないかな」

「裏ねぇ、何考えてんだろうな」

 

「そこまでは流石に分からないけど、大丈夫だよ」

「何でそこまで余裕かましてられるんだ?」

「だって、雄二はこの戦争に負けることは考えてないんだよ?

大将が勝ち戦を想定してるのに、僕らが弱腰のままじゃ勝てっこないさ」

 

「…………それもそうだな」

 

もうすぐ三年生になる男子高校生六人が廊下の真ん中で緊急会議。

知らない人が見ればかなり危ない人達に見えるだろうけど、当人は必死そのものだ。

隊長である僕が部下を信頼しないでどうやって戦うって言うんだ。

きっとそれは、雄二も同じことを考えているんだろう。

そう信じて進むしかない。そう告げて僕らはCクラスへと急行した。

そして目的地であるCクラスの教室に辿り着き、扉に手をかけて中に入る。

 

 

「_________ダメだろぉ、お前らぁ。協定破ったらさぁ‼」

 

「根本、恭二⁉」

 

 

だが、その先で待っていたのは、最悪の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらです、どうぞ」

 

「はいはい、お勤めごくろーさん」

 

「いえいえ、先生ほどではありませんよ。

それでは、面会時間は十分間ですので何かあれば私どもに」

 

「どーせ今回も三分で終わるからダイジョブだって」

 

 

国民の安全を守る義務を責任から繕われた青い警官服の男と軽口を交わし、

スーツをバッチリ着こなした爽やかな印象を持つ男が扉を開け放つ。

男の目に最初に留まったのは、あまりにも質素で暗く、惨めな部屋。

部屋の中にあるのは、パイプ椅子と部屋を分断する強化ガラスのみ。

緊張した感じも無く入るにはあまりに場違いな男はそのまま歩を進めて

部屋の中央に鎮座するこの部屋の『住人』と対話すべくパイプ椅子に腰かける。

 

 

「よぉ、気分はどうだ、『浅倉(あさくら) (たけし)』」

 

「………………ハッ、最悪だ」

 

 

入ってきた男とは違い、その部屋の『住人』はあまりにも部屋に似合っていた。

その男はあまりに恐ろしく、不気味で、粗悪で、凶暴な視線で射貫くように睨むが

スーツの男はまるで気にしていないように軽口を続ける。

 

 

「あのさぁ、お前本当に俺という人材の貴重さを理解してんの?

俺は引く手数多のイケメン敏腕スーパー弁護士、『北岡(きたおか) 秀一(しゅういち)』なのよ?」

 

「…………知るか、んな事より俺を出せ」

「釈放? お前を? 冗談じゃないね、大金積まれてもお断りだバーカ」

 

「…………ぉオイ、俺をイラつかせるなァ………」

 

「わざわざお前と顔を合わせなきゃいけない俺の方がイラついてくるよ。

あーあ、こんな事なら弁護士で優秀になり過ぎなきゃよかったかなぁ」

 

「…………北岡ァ、ここから出たらお前を真っ先に潰してやるよぉ」

「言ってろ、どーせ無理だっての。お前懲役何年くらってると思ってんの?

本来なら禁固刑だって良かったのに、それを仕方なく十五年よ、十五年!」

 

「………お前なら本気出せば五年で済んだろぉ?」

 

「お前みたいな生きる価値も無いクズを何年で出しても結果は一緒さ。

分かるんだよ。ほら、俺ってスーパー弁護士だから」

 

「……………あぁああ‼」

 

 

スーツの男、北岡と粗悪な部屋の住人、浅倉は言葉を数回交わすとすぐこうなる。

部屋の外で待機していた警官もこうなると分かっていたから彼の言葉に頷いたのだ。

暴れだした浅倉を抑え込もうと部屋の反対側の扉からも警官が三人ほど入ってきて、

警棒で浅倉の首や腹部を滅多打ちしてやっと動きを鎮静化させる。

打って変わって対岸の火事でもみるかのような冷ややかな視線で浅倉を見下ろす北岡は

パイプ椅子から立ち上がって面会終了を告げて部屋から立ち去ろうとした。

だが彼は出口で立ち止まり、取り押さえられた浅倉を一瞥して嘲笑う。

 

 

「ホント、お前って何のために生まれてきたんだろうね」

 

 

北岡はそう言い残してその部屋__________刑務所の面会室を後にする。

数人の警察官に抑えられた浅倉は北岡の最後の言葉に対して、ただ笑っていた。

しかし、その笑いは純粋な笑みからはかけ離れた、凶悪で邪険な笑みだった。

 

「…………ぁあー、ああー」

 

 

北岡との面会後、浅倉は警官に本来の独房に移された。

独房で再び孤独となった彼は無気力にただ部屋の鉄格子に頭突きをかます。

ゴツッ、ゴツッ、と鈍い音が響くが警官は誰一人相手にしようとはしない。

何故なら彼が、浅倉という男が異常な行動をとるのは当たり前と認識しているからだ。

時には窓を蹴り破り、時には拳で壁を殴り続けたり、今のように頭突きをしたりと。

 

だからこそ警官たちは、この時浅倉の身に起きた『異常』に気付かなかった。

 

 

「________あン?」

 

 

普通のより耳障りな耳鳴りが聞こえる。

浅倉が最初に感じたのは、その程度の異変だった。

気のせいだろうと鉄格子に頭突きを当てる自傷行為を再開させた浅倉だったが、

次第に、しかし確実に先程聞こえた耳鳴りが大きく正確になってきたのを感じた。

ついには頭痛だと錯覚するほど強烈な耳鳴りに、彼の怒りのボルテージが数段上がる。

元々薄かった理性を引き千切るほどの暴虐を周囲にまき散らそうとしたその時。

 

 

『___________何を、欲するか?』

 

 

強烈な光が窓から差し込んだかと思いきや、聞いたことのない男の声が響いてきた。

慌てて周囲を見回す浅倉だったが、独房の中にも外にも人の気配は全く無かった。

にも関わらず耳鳴りは止み、代わりのように男の声が語り掛けてくる。

 

 

『___________願いは、あるか?』

 

「誰だ、お前?」

 

『___________何が、望みだ?』

 

「………ぉオイ、俺をイラつかせるなァ、あぁ⁉」

 

苛立ちを隠そうともせずに暴れまわる浅倉だったが、ある一点を見た後から動きが止まった。

彼の視線の先にあったのは、夕日が差し込んでいる影響でオレンジ色に染まった窓ガラス。

単なる遮蔽物であるはずのそれに、浅倉はある『異常な光景』を目にした。

 

春先なのにロングコートを着た、痩せこけた印象の男が映っていた。

だが自分の周囲には誰もおらず、また窓ガラスの向こうにも人なんていない。

気でも狂ったのかと冷静になりかけた浅倉に、またしても男が語り掛ける。

 

 

『__________そうか。願いの為に戦うのではなく、闘いを望んでいるのか(・・・・・・・・・・)

 

「おォ!」

 

 

窓に映った男の呟きに、浅倉が違った反応を見せる。

その反応を吉と受け取ったのか、窓に映る男がさらに続ける。

 

 

『_________いいだろう、多少趣旨が違えど願いは願いだ』

 

「あァ? なんだよ」

 

『_________お前に与えよう。好きなだけ暴れられる最高の力を』

 

そう言って窓に映る男は浅倉にそっと何かを渡そうと手を伸ばす。

窓に映っているのにものなんか貰えるのかと浅倉が考えるよりも早く、

男が持っていた物体が窓から浅倉のいる独房の固い床に落下してきた。

マジックでしか見ない光景を前に浅倉は少し固まるが、男は気にせず語る。

 

 

『_________使え、その力でお前は好きなように暴れろ』

 

「……………コレは?」

 

『_________言っただろう。お前の、望んだ、力だ』

 

「…………ハッ、訳の分からんことを」

 

『_________今日からお前は、【ベノスネーク】の契約者となる』

 

「あァ…………さっきからゴチャゴチャと、何が言いたい?」

 

男が落とした紫色の手のひら大の物体を掴んだ浅倉は単刀直入に尋ねる。

浅倉からの問いかけに、窓に映る男は後ろへ振り向きながらただ告げた。

 

 

『________ライダーとなり、お前の望むがままに、闘え‼』

 

「闘う…………闘う、か。なら誰と闘えるんだ?」

 

『_______お前と同じ力を持った、十二人のライダーと闘え』

 

「あァ? 十二人? それしかいねぇのか!」

 

『________鏡の世界で、契約したモンスターと共に、存分に闘え』

 

「…………チッ、それで? そのライダーってのはどこにいるんだ?」

 

 

窓に差し込む光が強くなり、浅倉は思わず顔を腕で覆って隠す。

直後、一瞬の閃光と共に窓に差し込んでいた光が消え、同時に男も消えていた。

自分の問いに答えず逃げたとわずかに苛立つが、また頭に男の声が微かに響いた。

 

『________北岡 秀一。あの男もまた、ライダーの一人だ』

 

「ほォ! そうか、ヤツがライダーなのか! ハハッ、ちょうどいい‼」

 

『________そうだ、ここから抜け出して、奴と闘え』

 

「あァ、言われなくてもアイツと闘ってやるさ‼』

 

『________いいだろう。さぁ、闘え。最後の一人になるまで‼』

 

不可思議な現象は鳴りを潜め、また普段通りの退屈な独房となったこの場所で、

浅倉は未だかつてないほどに興奮しきって凶悪を超越した悪の笑みを浮かべる。

 

男から手渡されたものの使い方が分からなかった浅倉だったが、

表面に刻まれたコブラのような刻印を睨んだ瞬間、頭が冴え渡った。

今まで一度も見たことが無いはずのこの物体の、使い道と役割を把握した。

普通なら常軌を逸した出来事に恐怖するはずなのだが、浅倉は違う。

むしろ、この物体が『闘うための道具』であることを知ってさらに昂る。

手にした物体の全てを理解した浅倉は窓ガラスにその物体を掲げ、

この世の全てに対して己の存在を刻み付けるかのように荒々しく吠えた。

 

「いいぜ、こういうのを待ってたんだァ…………変身‼」

 

そしてその日、浅倉のいた刑務所に緊急事態のサイレンが鳴り響き、

翌日のニュースで浅倉 威の脱獄が報道された。

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?

ライダーバトルに新たな戦士が誕生!
誰もが願いをかける闘いに、闘う事が願いの戦士が参戦‼

仮面ライダー龍騎を知らない方の為にお伝えしておきますが、
このライダーは本当に仮面ライダーの歴史を覆した上に
塗り替えてしまった史上最『悪の仮面ライダー』なのです。


果たして明久はBクラス戦に勝利出来るのか!
Cクラスの不穏な動きに隠された秘密とは!
そして、新たなライダーがバトルをどう左右するのか‼

闘わなければ生き残れない次回を、お楽しみに‼


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問13「僕と実力と決戦直前」



長らくお待たせして申し訳ありません!
ですがこの作品も、読者の皆様のおかげで先日とうとう
読者数が10,000人を超えることができました‼

五桁の数の人々に自分の作品を読んでいただけるなど至上の幸福。
皆さまの応援や感想を糧にこれからも邁進していく所存です‼


それでは、どうぞ!





 

 

 

「馬鹿のくせに下手に知恵を回そうとするから天才に読まれるんだよ‼」

 

日が落ち始めた夕暮れ時の校舎の一室に、下卑た男の耳障りな高笑いが響き渡る。

それでも僕ら六人はその聞きたくも無い笑い声を発する男の存在を無視出来る状態ではなく、

むしろ目を逸らすことの方が自分の首を絞めることになるであろうと確信しつつ見据える。

 

眼前で僕らを嘲笑しているBクラスの代表、根本 恭二を。

 

 

「なんでBクラスの代表がこんなところにいるんだよ‼」

 

「作戦が全部バレてたのか⁉」

 

「ど、どうすりゃいいんだ‼」

 

「みんな落ち着け! とにかくヤバい、早く逃げるぞ‼」

 

 

僕の後ろ、つまり廊下側で待機していた同部隊のみんなが悲鳴に近い声で怯え、

それを副隊長の八嶋君が何とかいさめようとしてくれているけどほぼ効果が無い。

どにかく彼の言う通りこのままここにいても意味も無く死ぬだけだ。

急いで僕も教室から脱出してFクラスへと元来た道へ脱兎の如く駆け出そうとした時、

背中を見せた僕に向かってさらに倍増しの下卑た声を上げて根本君が声を上げる。

 

 

「つくづく馬鹿だな‼ 逃がすわけないだろうが、近衛部隊‼」

 

「了解!」

 

「逃がさないわ!」

 

「ここで討ち取る!」

 

「き、来た! 追手だ‼」

 

「ヤバいヤバい、どうすんだよ⁉」

 

「逃げ切れねぇ!」

 

「諦めるな‼ 吉井、オイ早くしろ!」

 

 

いち早くCクラス前の廊下から離脱した他の皆が口々に焦りを溢し始める。

最後尾になっている僕を心配する八嶋君の声が僕にも充分聞こえてきたけど、

僕が今気にしているのは後ろにいる部隊の皆じゃなく、むしろ前にいる彼女の方だ。

 

 

「友香………さん……………どうして⁉」

 

途切れ途切れに僕が呟いた少女の名前に二人の人物が反応した。

一人はもちろん呼んだ名前の本人である、小山 友香さん。

もう一人は背後から近衛部隊を送り出して迫ってくる根本君だった。

 

 

「どうして? ハッ、コイツはお前みたいな馬鹿は眼中に無いんだよ‼」

 

「友香さん、どうして! なんで根本君に協力してるの⁉」

 

「あーもー、うるせぇんだよ! お前ら、目障りなそこの馬鹿を始末しろ‼」

 

「「「了解!」」」

 

逃げながらもCクラス内まで届く大きさの声で彼女に呼びかけても反応は返らず、

逆に迫り来るBクラスの追撃隊の勢いを増長させる結果に終わってしまった。

一気に追い上げてくる敵の部隊を振り切ろうと僕らも何とか逃げようと必死になって

腕を振り、足の回転を上げて速度をどんどん上げていく。

けれど逃走劇にも限界が来たらしく、僕らはついに三階の踊り場で二手に分かれた相手の

追撃部隊の片割れと鉢合わせしてしまい、上と下を抑えられる形に追い込まれた。

まさしく前門の虎、後門の狼。四面楚歌にしては僕らの戦力は武将クラスがもぬけのカラ。

どうあがいても越えられない戦力差の前で僕らはただ、打ちひしがれるしかなかった。

 

 

「ようやく追いついたわ」

 

「手こずらせやがって!」

 

「観念しろ、Fクラス!」

 

 

そしてとうとうCクラス内にいた代表の側近までもが僕らに追いついてしまった。

明らかに過剰な戦力の投入に対してこちらは最初から勝ち目のない戦力でありながら

分隊で行動しているだけのゴミの塊のようなものだ。いや、スライムかな?

絶望的な戦力差に部隊の皆が愕然とする中、ついにあの男までもが姿を現した。

 

 

「チッ、さっさと死んどけばお互い楽だったのによ。

逃げるから二分も人生無駄にしちまったじゃねぇか」

 

「根本の野郎、最初から俺達を罠にハメる気だったんだ!」

 

「何が協定違反だ、テメェらだって最初から守る気無かったんじゃねぇか!」

 

「うるせぇなぁ、喚くなカス共。すぐに息の根止めてやるから大人しくしてろ」

 

 

大勢のBクラス生徒の中から歩み出てきたのは憎むべき敵の御大将、根本 恭二。

彼は手当たり次第に僕らに暴言を吐きまくるとスッキリしたのか対して長くもない

マッシュルームヘアーをかきあげ、無駄に切れ味鋭い目元を露出させて告げる。

しかも彼らが連れてきた召喚獣召喚のための教師はどうやら数学の長谷川先生らしい。

 

「一応、優等生様が来た時用のプランで用意してたんだが、ちと豪華過ぎるか?」

 

「優等生…………姫路の事か!」

 

「姫路さん…………そうか、姫路さんは数学で少し消耗してるから」

 

「まあお前ら相手じゃ消耗もクソも無いんだけどな!」

 

 

根本君直々のネタばらしに歯噛みし、乗せられていたことに苛立ちが募る。

僕らの行動だけじゃなく、雄二の作戦まで読まれてたって事じゃないか。

Fクラス自慢の奇天烈な作戦を練り上げる頭脳の策を看破されていたという事実が

既に退路を断たれた僕ら全員に重くのしかかり、訪れる死の足音をより増幅させた。

けどその時、僕の頭にふと数分前の彼の言葉が浮かび上がってきた。

そう、あれはCクラスへ行けと命令される直前の、確かに刻まれた大将の言葉。

 

 

『_________これからこのクラスを工作部隊と本隊との二つに分けて行動させる』

 

 

言葉と同時にあのゴリラの憎たらしい顔が脳裏に鮮明に浮かび上がり、

僕の顔にハッキリと『歓喜』の表情を作らせた。

 

 

「…………なぁんだ、それならそうと最初に言ってよ」

 

「あ?」

 

「吉井…………?」

 

 

場に似つかわしくない表情になっている僕を見た誰もが怪訝そうな視線を送ってくる。

中には『なんだあのバカ?』って感じの侮蔑の視線も混じってる気がするけど、

今はそれすらも気にならないくらい自分の頭の冴えっぷりに酔いしれている。

そして特に意味も無く呟いたであろう僕の言葉に、たった一人が反応して応えた。

 

 

「__________ねぇ、雄二?」

 

「最初から作戦の肝を最前線の雑兵如きに伝える将軍がいてたまるか」

 

「なっ、坂本だと⁉」

 

 

僕の呼びかけに反応した雄二と彼の引き連れたFクラスの大半で構成された本隊が

踊り場の上で僕らを見下ろしていい気になっていた根本君をあからさまに動揺させた。

姿すら確認していなかった敵が突然自分達の後ろに湧いたら誰だって驚くだろうし、

ましてその相手が本陣で缶詰になっているはずの大将(ゆうじ)ならなおさらだろう。

仕掛けた罠に獲物が引っかかった事を確信し、元々歪んでいた顔をさらに歪めた雄二は

人数で敵を上回っていることを武器に堂々と根本君の前まで歩み寄っていく。

 

「ひ、怯むな! 相手はたかがFクラスだ‼」

 

「おいおい、"たかが"Fクラスに作戦を読まれて背後を取られた"たかが"Bクラスの

代表様よぉ、少々コッチの話を聞く時間を作っちゃもらえねぇか?」

 

 

相手からの安い挑発に対して特売大売出し状態で喧嘩を吹っ掛けていく雄二。

どう考えても向こうを怒らせるような言い回しだったのに、根本君は予想とは裏腹に

近衛部隊を自分の周囲に展開させながら雄二を正面に見据えて語り始めた。

 

 

「いいぜ坂本、そっちの話とやらを聞いてやろうじゃないか」

 

「助かるぜ。さて、コッチの話はただ一つ。

今回行われてしまった悲劇的なまでの行き違い、戦争での『協定違反』行為についてだ」

 

 

僕らの代表が物怖じしない態度で言い放ったのは、まさしくこの戦いの核心。

Cクラスに予め接触を図って僕らを卑劣にも待ち伏せていたBクラスへの言及だ。

的確かつストレートな雄二の問いかけには、流石の根本君も手は出せないだろう。

ここまで格下を追い詰めておきながら見逃すしかない屈辱を噛み締めるがいい‼

 

 

「コレについてはこちらの落ち度だ。先に詫びる、済まなかった」

 

 

カッコよく決めていた二秒前の僕はどこへ行ったのか。

 

じゃなくて、これはどういう事なの⁉

どう考えても向こうが悪いのにどうして僕らが悪者なの⁉

 

なんて秒速で口に出そうとしてる間にも僕らの代表は眼前のBクラスに向かって

そのツンツンと逆立った髪の毛を真っ正面に向ける、つまりは、深々とした一礼。

顔を真下に向けつつ腰を折り、一部の隙も無い佇まいから繰り出される謝罪の意。

あまりに直接的な詫びの方法に根本君もBクラスも唖然としているけど、そうじゃない。

 

 

「雄二、どうしてそんな事を⁉」

 

「だからこそコレだけはハッキリとしておく。

今回のCクラスへの協定違反行為について、俺の後ろにいる連中は関与していない」

 

「……………は?」

 

「繰り返す。俺を含めてこちら側にいるFクラス生徒は全員、今回の件とは無関係だ」

 

 

憮然と、そして堂々と。その男はその場の誰もに聞こえる声量でそう告げた。

途端に新校舎三階の踊り場一帯に静寂が舞い降り、一瞬だけ世界が静止する錯覚が起きた。

そしてそこから彼の言葉の意味を理解した僕ら全員の感情が一気に膨れ上がり、爆ぜた。

 

 

「「「「ハアアアアァァァ‼⁉」」」」

 

 

しんとした校舎内に二クラス分の人間の怒号が響き渡り、染み込んでいった。

なんて情景を意識してる場合じゃない、早くあのバカに宣言を撤回させないと。

即座に回復した僕はすぐさま、未だに前を見据えて威風堂々たる様を見せつけている

逆立った赤い髪のファッキンゴリラに激しい憎しみと苛立ちを込めた視線を全力投球する。

けれど現場は先程のヤツの宣言で完全に混乱し、似たような怨嗟や困惑の視線が飛び交って

上手く向こうまで届くことはなかった。

 

「だからBクラス代表並びに同諸君、あの反乱分子はどうしてくれても構わん」

 

「…………あーなるほど、そういうハラか坂本」

 

「何の事だか。先生、さっきの俺の言葉には撤回も訂正もありません。

なのでこの後の処刑で被告人共が何を喚こうが聞く耳は持たないでください」

 

「は、はぁ。分かりました」

 

「そういうことだ、煮るなり焼くなり好きにして構わんぞ」

 

「…………まあいいさ、受け入れてやるよ」

 

 

そうこうしている内に代表同士での腹の探り合いが終わったらしく、互いに意味ありげな言葉を

投げかけ合って、雄二はそのままFクラス本隊を引き連れて何事も無く帰っていった。

どうやら頭のいい人にはこの場がうまくまとまったように見えるらしいが、僕らは違う。

ハッキリ言おう。僕たちはあの腐れ外道の悪知恵によって見捨てられたって事だよね!

どうしてこうなった! 何でアイツはここまで来て僕らを見殺しにしたんだ!

全く以て理由が不明だ。不明過ぎて頭の何割かが機能停止寸前まで貶められてしまった。

 

とはいえ僕は少なからず頭は回る。すぐさま現状を把握出来た。

孤立無援、包囲網完成、背水の陣(勝率0%)、パーフェクト四面楚歌状態。

ダメだ、何をどう考えてもチェスや将棋で言う『詰み(チェックメイト)』に嵌まってしまっている。

ここからどうあがいても僕らの生還は望めない。

 

 

「さて、これで心置きなくお前らを処刑出来るわけだ」

 

「…………ここまでか!」

 

「し、死にたくねえよぉ…………」

 

「クソ、クソ!」

 

「補習は嫌だ補習は嫌だ補習は嫌だ補修は嫌だ」

 

 

上を見上げれば鎌を振り上げていつでも処刑開始可能な死神連中が待機、

横を見れば現状を理解してしまったが為に往生際の悪さを露見するバカ達、

下を見下ろせば地獄の釜の蓋を全開にして手招きしている鬼集団が待機。

盤石過ぎるにも程がある布陣に挟まれた僕らはただただ絶望する。

それでも、例え勝ち目が無いと分かっていたとしても。

僕は、僕は惨めに負けたままで死にたくは無い。

個人のワガママだとしても、同じ男ならきっと分かってくれる。

そんな希望的観測を込めて、僕は部隊の隊長として最後の命令を下した。

 

 

「みんな、せめて戦って、その上で散ろう。

こんな奴ら相手に無駄死になんて、僕は絶対嫌だ」

 

 

たった五秒ほどの呟き。

文章にすらならない位の短く、懇願にすら近しい死に逝く部隊長の命令。

けど、たったそれだけでいい。

 

「「「「「応ッ‼‼」」」」」

 

 

僕らバカの吹き溜まり、Fクラスにはコレ位が丁度いい!

 

 

「無様にでも何でもいい、とにかく喰らいつけ!

お互いに背を向け合って死角を潰して正面の敵と応戦しろ‼」

 

「任せろ隊長!」

 

「せめて二人は道連れにしてやる‼」

 

「かかって来いやぁ‼」

 

「あのクソキノコを採取してやんぞ‼」

 

「乱戦に混じって女子のパンツ覗いたらぁ‼」

 

 

死を悟って絶望する、それはおそらく一般的な人間がする当然の反応だ。

でも僕らは違う。何故なら、僕らは学力最底辺のFクラスなのだから。

むしろ死ぬのが分かってるならせめてその散り際にいい思いをしてから死のうと

決意して戦いに臨む僕らの士気を、舐めてもらっちゃ困る。

 

 

「な、なんだコイツらいきなり」

 

「気持ち悪…………」

 

「ヤダ、それ以上目線を下に向けないでよ‼」

 

 

そして圧倒的なまでの士気の高さに怖気づいたBクラスの面々が目に見えて怯え

僕らから一歩、また一歩とその足並みを後ろへと下げていく。

もしかしたらこのまま行けば無血開城も有り得るんじゃないだろうか。

そんな夢想まで浮かんでくるほどの状況の変わりように少し気が緩む。

 

 

「落ち着け、相手はFクラスだ。囲めば墜とせる!」

 

あ、ヤバくない?

 

「下の連中は戦線を押し上げろ! 俺たちが前進すれば潰せる!」

 

「元々人数で勝ってるんだし、怖がる必要は無いのよ!」

 

「よし、皆固まって動くぞ!」

 

 

さ、流石Bクラスだ。あの空気を一瞬で立て直すとは。

逆に味方が場の空気よりも早く退散していかれた僕らは今度こそ

断崖絶壁に立たされる羽目になってしまった。

いや、絶壁ならまだ前に進めば何とかなるかもしれないけど、これは違う。

前には断崖、後ろには絶壁。もはやこれ以上の修羅場は地球上には無いだろう。

窮地に落とされた僕らには救いの手は無い、故に自分達で這い上がる他ない。

 

仕方ない、覚悟を決めよう。

 

 

「…………皆、明日の一時限目からは鉄人とにらめっこだね」

 

「「「「「…………………」」」」」

 

 

現状を無理やりにでも彼らに理解させた僕は戦闘に立ち、

せめて生き残る可能性のある下の階の部隊を迎え撃つように歩み出る。

僕らの覚悟を悟ったのか次々と召喚獣を喚び出して応戦の姿勢を見せる

敵の一団を前に、僕らは、ただ底抜けに笑った。

 

 

「一人でも多く殺してから死のう、行くぞ‼」

 

僕の味方への最後の命令を皮切りに、両軍の戦力が火花を散らし始める。

 

 

「……………試験召喚(サモン)‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坂本君、あの、吉井君をどうして……………」

 

「見殺しにしたんですか、ってか?」

 

「あ、その、えっと…………」

 

「答えは一つ。『アイツなら大丈夫だから』、それだけだ」

 

「それだけって!」

 

「他の雑兵ならともかく、明久は尋常じゃないほどしぶとい」

 

「でも…………」

 

「確かにアイツは勉強じゃ小学生にも劣る。

だがな、世の中学力で全てが決まるわけでもない」

 

「それってつまり…………?」

 

「あのバカも伊達や酔狂で【観察処分者】なんて呼ばれてないって事だ」

 

「その名前って、素行不良な生徒や学力が一定基準値以下の生徒とかに

課せられる重い処罰を表すはずですけど……………」

 

「そうだ。観察処分者は並外れた桁違いのバカに学園から贈られるペナルティの総称で

大体は教師の雑用係とか放課後残って掃除やらされたりとか、そんなんだ」

 

「でもそれと今回と、何の関係が?」

 

「成績優秀なお前は知らんだろうがな、観察処分者もリスクばかりじゃない。

真面目に暮らしてるやつから見ればそうかもしれんが、実はメリットもある」

 

「そうなんですか⁉」

 

「ああ、しかもこの学園ならではのとびっきりのメリットがな」

 

「そ、そのメリットがあるからこそ坂本君は吉井君を信じて?」

「よせ姫路、俺があんなバカを信じてるわけが無いだろうが。

まあそうだな、せめて信じてるというか、分かってる点を挙げれば」

「挙げれば?」

 

「アイツはこの俺以上に____________負けず嫌いだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんで⁉」

 

「どういう事だよコレ‼」

 

「くっそ、俺が聞きてえよ‼」

 

「あーもー‼」

 

 

新校舎三階の踊り場、僕らがいるこの場所は先程から既に視界をどこに向けても

殺気と鋼色に輝く武器凶器が乱舞する悪夢の如き戦場と化していた。

その戦場の中から時折、雄叫びや悲鳴に混じって疑問符が飛び交うことがある。

そしてそれは主に、僕が参加している戦線で見られる現象であった。

 

 

「もう一度やるぞ!」

 

「動きを合わせろ、いいな!」

 

「さっきからやってるわよ!」

 

「分かってるってば!」

 

場面は二階へと続く階段で、僕と四人の敵グループとの変則デスマッチ。

この戦線で使用されてる教科科目は上の階段の戦線と同じく数学。

そして肝心の戦っている召喚獣の強さ(スコア)はというと。

 

 

『Bクラス 柳田奏太&浅場啓介_________数学 131点&120点』

『Bクラス 真田由香&百武飛鳥_________数学 126点&117点』

VS

『Fクラス 吉井明久&八嶋快人_________数学 51点&92点』

 

 

素人が見たとしても分かる絶対的な戦力差に覆らない物量差。

どちらも戦争という一つの観点から見れば必要不可欠な要素であるのに

今の僕らにはどちらもかけている。何たることか勝ち目が迷子な状態だ。

だとしても、僕らの分身として戦っている召喚獣の迫力だけは引けを取らない。

 

精悍で見る者全てを虜にしてしまいかねない美貌を備えた顔立ち。

しなやかでありながら繊細な一面を垣間見せる本体より短めの肢体。

あらゆる行動から見え隠れする他を寄せ付けない軽やかで俊敏な動作。

召喚するたびに場の全てを凍てつかせる絶対的な強さの具現。

 

 

「クソ、あんなチンピラ装備の二桁召喚獣なのに‼」

 

「言うなよ! 迫力とか威厳とかまるでパァじゃないか‼」

 

「余計なこと考えてないで立て直せよこのバカ‼」

 

「八嶋君⁉ 君は味方だよね、味方であってるんだよね⁉」

 

 

先程までリアルに再現されかけてた僕の召喚獣のイメージが崩れ去った。

確かに着てるのは重そうな鎧とかじゃなくて改造された黒の長ランだし、

持ってる武器も鉄製の剣とか槍じゃなくて手作り感丸出しの木刀一本だし。

弱そうに見えるかもしれないけど、ハートは誰にも負けてないんだ!

「クソ、オラァ!」

「いい加減くたばれよッ‼」

 

なんて周囲からの評価に押し潰されそうになってる場合じゃなかった。

階段を二体の召喚獣が同時に駆け上がり、一体が僕の召喚獣の足めがけて、

もう一体が横から振り抜くようにして互いの持つ武器を突き出してくる。

普通なら格上相手に挟まれたら何も出来ずに死んでいくんだろうけど、

相手が悪過ぎたことを恨むべきだね。

加速して突っ込んでくる敵を前に僕は余裕の笑みを浮かべ、召喚獣を動かす。

 

 

「いよぃしょぉ‼」

 

「「は⁉」」

 

僕の召喚獣は手にした木刀を真下に突き立て、柄の部分に(つか)まって逆立ちをして

滞空し、相手の同時攻撃を躱した直後に地面に降りる勢いを足に載せて足を狙っていて

姿勢が低くなったまま呆然といている方を蹴り上げ、即座に握り直した木刀を裏拳の

要領でもう一体の召喚獣の右肩にぶつけて吹き飛ばす。

 

『Bクラス 柳田奏太&浅場啓介_________数学 119点&108点』

VS

『Fクラス 吉井明久_________数学 51点』

 

 

やってる攻撃はかっこいいのに実際の戦績は行動に反比例するらしく、

ダブルスコアがトリプルスコアに蹴りと木刀で一本入れただけでは到底

太刀打ち出来やしないって現実だけが色濃く残る結果となった。

ただ、向こうはそうは思ってないみたいだけど。

 

 

「なんでアイツに避けられるんだよ‼」

「俺が知るわけねぇだろ‼」

 

 

そう、相手からしたら格下の雑魚に攻撃を完全に躱された上で一撃ずつ入れられて

ダメージを受けたという上位クラスにしては恥に相当する結果になっている。

だとしてもこればっかりは仕方が無いし、妥当な結果だとしか言いようが無い。

言ってしまえば僕はこの戦争に参加している生徒の誰よりも、操作(たたかい)に慣れているから。

 

 

「吉井、どういう事だ?」

「んー、まぁアレだよ。観察処分者の数少ない利点ってヤツかな」

 

「利点?」

 

「要は、僕は召喚獣の操作に慣れてるってわけ」

 

 

叩かれれば一撃で殺られるレベルの戦力差で上回っていることに驚いたのか早速

八嶋君が僕に理由を尋ねてきたけれど、思い当たるのはやっぱりこれしかない。

 

要するにこの試験召喚戦争での勝ち方は、一つじゃあないということだ。

確かに勉強が出来ればその分召喚獣の強さは比例して上がっていく。

けれど召喚獣を使うことが出来るのは、試験召喚戦争中のみの話だ。

いちいちクラス単位で大掛かりな動きをしなければいけない戦争を

何度も何度も繰り返すクラスなんていないだろうし、負けたリスクも少なくない。

でも観察処分者である僕は教師の立会いのもとである限り、戦争以外でも召喚獣を

喚び出して動かすことが出来る仕様になっているんだ。

しかも教師の雑用で呼ばれるのがほとんどだから通常では設定されていない

『物体干渉機能』がONになっていて、物に触ることも可能になってる。

 

数少ない特権、使わなきゃ損だよ。

 

 

「さてと、どうしたの? 格下相手に随分時間かかってるみたいだね」

「うるせぇ‼」

「Fクラスの分際で生意気言ってんじゃねぇ‼」

 

「いいね、来なよ!」

 

 

雄二仕込みの安い挑発で相手の判断力を鈍らせ、さらに動きを単調にする。

動きが単調で直線的になればなるほど操作に長けてる僕には避けやすくなるし、

追撃や重い一撃を加える場面も増えてくることだろう。

そう考えた矢先に向こうが勢いに任せた同時攻撃を仕掛けてくる。

ただ今回は完全にお互いがお互いの間合いを完全に無視していて、

明らかに連携は取れていないようだった。

 

先に突っ込んできた(なた)装備の召喚獣の攻撃をバックステップで回避し、

横から追撃しようと突っ込んできた片刃剣装備の召喚獣の手を空いた手で掴み、

最初の召喚獣の方へとスイングして放り投げ、二体が重なったところを木刀で叩く。

 

「クソ、クソクソ!」

 

「邪魔すんなよ!」

 

「ハァ⁉ 邪魔してんのはお前だろうが‼」

 

「なんだと‼」

 

 

あまりに戦闘が長引いて集中力が途切れたのかついには仲間割れにまで発展し、

目の前で体勢を立て直してる僕をよそに二人で殴り合いを始めてしまった。

でも正直に言っちゃえば、僕からしたら好都合なんだよね。

 

 

「余所見は禁物だよっと!」

僕の召喚獣そっちのけで殴り合う二人の召喚獣をジト目で見つめて、

自分の召喚獣をすばやく移動させて二体を射程圏内に捉える。

そして僕は点数の差を一発で埋めるべく相手の急所を見定め、射貫く。

 

鉈持ちの方の召喚獣の背後に一挙手一投足に細心の注意を払って近付き、

木刀を逆手持ちにして内側に切先が向くように構え、そっと背後を取る。

そのまま羽交い絞めにして動きを封じた鉈持ちの後頭部にヘッドバットを

浴びせてから、開いた相手の口の中に木刀の切先を一瞬でねじ込む。

 

 

『Fクラス 吉井明久_________数学 51点』

VS

『Bクラス 柳田奏太_________DEAD』

 

「あっ‼」

 

「まず一人!」

 

 

人体の弱点の一つ、体内の脆さも如実に再現されていて助かった。

この召喚獣同士の戦いに置いては、決して点数だけが強さの基準というわけじゃない。

実際の戦争でも同じだけど、幅広く緻密な策略や戦略もまた武器に成り得るし、

戦闘スキルを突き詰めればこうして圧倒的な戦力差も覆せるようになる。

 

目の前で格下相手に急所を突かれて補習室送りにされた仲間を怯えた視線で見送る

もう一人の召喚獣が戦場のど真ん中で突っ立っている、やるなら今だ!

 

「そこだッ‼」

 

「わっ、うわぁ‼」

 

 

倍近い点数差を覆された仲間を見て驚愕を禁じ得ない気持ちは分かるけど、

ここは戦場なんだし、何より敵を目の前にして意識を別の方へ向けるなんて

もはや自殺行為もいいとこだ。あっさり殺されたって文句の一つも言えやしない。

 

棒立ちになっていた片刃剣持ちの足を木刀で薙ぎ払って体勢を大きく崩し、

後頭部から廊下に沈んでいくのを確認しながら相手の胴体を絞めるように馬乗りに

なって両足でガッチリとホールドして半開きになった口に木刀の切先を突き刺す。

 

 

『Fクラス 吉井明久_________数学 51点』

VS

『Bクラス 浅場啓介_________DEAD』

 

 

本当ならあのまま相手の首を跳ね飛ばすのが一番楽なんだけど、

僕の召喚獣の武器は木刀だからそもそも『斬る』こと自体が難しいんだよね。

手持ちの武装の頼りなさを痛感しつつも限りなく薄かった望みをつなげて

どうにか退路を手繰り寄せることに成功したようだ。

上からの猛攻は他の三人が何とか抑えてくれているみたいだし、

ここは一気に突っ込んで一人ずつでも駆け抜けられる経路を確保しないと

生きて帰ることが出来なくなってしまう。

 

 

「八嶋君、まだ生きてる⁉」

 

「何とかな! 嵐山、お前はどうだ‼」

「お前らバカと一緒にすんな!」

 

僕の背後に張り付いて流れてきた敵を上手く牽制してくれている八嶋君と嵐山君の

生存を確認してから一度大きく息を吐いて、一気に吸い込んだ息を声に変えて

相手を制する意図も込めながら部隊全員に新たな指令を下す。

 

 

「総員、これから撤退戦に移行する!

上の階の侵攻は引き続きそっちの三人で上手く抑え込んで!

下の階は僕ら三人が死んでも突破口を切り開く、行くぞ‼」

 

命令が踊り場内で伝播した途端に喧噪の中でひと際大きな雄叫びが上がり、

平坦になりかけていた僕らの士気が再び燃料を投下されたエンジンのように

火が燃え盛って周囲に火の粉を撒き散らしながら暴れ回る。

 

 

「逃がすな、何としてでもここで殺せ!」

 

「格下相手に油断するな、いいな!」

 

 

とはいえ相手もそう簡単に逃がしてくれるわけも無い。

僕らの狙いが判明した直後にはもう下の階に分厚い陣形が組み込まれていて

絶対に死守すると言わんばかりの無言の圧力がひしめき合っていた。

人数的にも勝てるとは思えない、狂気じみた僕らの凶行。

それでも、無意味にこの命を散らすことを考えてる奴は今はもういない。

 

「必ず、勝つ‼」

 

 

生きる事への執念を燃料にして、僕らはもう一度戦争の火蓋を切って落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー…………」

 

「おお明久、お主無事じゃったか!」

 

「…………何より」

 

「流石だな明久。そのしぶとさときたらゴキブリ並みか?」

 

もはや見慣れた面子と聞き慣れた侮辱のコントラストを受けながら

僕は建付けがやたら悪い木製のオンボロ扉を器用に開けて教室に入る。

 

ただ今の時刻は午前8:09分、朝のSHRには充分間に合う時間だ。

それでも今日の僕はどうしてもいつもより早くここに来てとある人物に

言わなきゃいけないことがあった。他でもない、僕らを見捨てたあの男に。

 

 

「どういう事だよ雄二‼ 何で昨日僕らの隊を見捨てたんだ‼」

 

教卓の前でいつも通りのブサイクな顔で僕を待っていた雄二の胸倉を

掴んで引っ張り上げて自分の拳の射程圏内に奴を引き込む。

身長差でどうしても重心が上手く移動出来なくなるけど今はどうでもいい。

どうしてコイツは昨日、あそこで僕ら六人を見捨てたのか。

その理由を意地でも聞かなきゃ気が済まなかった。

 

 

「答えろよ雄二‼」

 

「…………ああ分かった、全部話してやる。

だからまずは落ち着け、話はそれからだ」

 

「落ち着け? 何言ってるんだよ、雄二が僕らを見捨てたせいで

昨日の撤退がどれだけ辛かったか分かってるの⁉」

 

「明久、落ち着くのじゃ!」

 

「放してよ秀吉! 昨日の撤退戦で新田君と須川君が死んだんだぞ‼」

 

 

そう、あの撤退戦で上の階から僕らを押し潰そうと迫った来た敵に対して

新田君と須川君は残る僕を含めた四人を助けるために果敢に特攻を掛け、

勇猛さ虚しく壮絶な討ち死にでその命を散らしてしまった。

責任は部隊長である僕にもある。けれど全ての元凶は間違いなくコイツだ。

せめて何か彼らに対しての哀悼の意を示してもらわなきゃ示しがつかない。

激しい怒りを露わにする僕とは対照的に雄二はどこまでも冷静沈着のままで

悪びれることも無く話を始める。

 

 

「それがどうした。全滅しなかっただけ大金星だろうが」

 

「お前…………それだけか⁉」

 

「それだけも何もまずは俺の話を聞いてから怒鳴れってんだバカ。

いいか、昨日俺らがお前らを助けなかったのには理由がある」

 

「…………どんな理由だよ」

 

「あのな、そもそもBクラス相手に正面から向かって勝てる戦力なんざ

このクラスには姫路と俺、保険に絞った場合込みでムッツリーニの三人だけだ。

そんな状況で科目が数学と削られたものが選択されてた上に味方はクラス全員の

六割程度しかいないときてる。お前だけならまだしもこれで勝てると思うのか?」

 

「……………でも、なら何で」

 

「一度姿を見せたのか、だろ? それだって同じことだ。

俺一人で話をしに行ってもみすみすクラスの首ぶら下げて行くようなもんだ。

だから最大級の護衛は必要不可欠だったし、何よりあの状況下でお前らの部隊を

庇い立てしてみろ、野次の変わりに召喚獣の攻撃が飛んできてたろうぜ」

 

「つまり、あれは必要な犠牲だったとでも?」

 

「いや、本音を言ってしまえば助けることは出来た。

だが今日の戦争で俺らが事を有利に運ぶためにはあの場で連中の警戒心や焦燥を

焚き付けることだけは避けなきゃならなかった。だからこそ、お前らを見捨てた」

 

「……………………」

 

「根本はこちら側が一時的にでも下手(したて)にでれば満足する小さい男だ。

俺があの場であの腐れキノコに頭を下げたからこそ、お前らの追撃に奴自身と本隊は

加わっては来なかっただろ?」

 

掴んでいた胸倉を放して雄二の言葉を聞き入れる。

確かにコイツの言う通り、昨日の撤退戦に根本君と取り巻き部隊は参加していなかった。

途中まではいたんだけど、多分僕ら六人程度なら簡単に潰せると思ってたんだろう。

ここまでの雄二の話に不自然な点も、納得のいかない点も見当たらない。

やっぱり腐ってもコイツは元『神童』、考えてるには考えてるんだなぁ。

 

 

「納得してもらえたか?」

 

「うん。ゴメン雄二、昨日の事は本当に大変だったから……………」

 

「分かってる。それについてはそこまで押された指揮官の無能さが原因だ。

俺を責めるってんならその部分だな。そこに関しちゃ何の文句も言えやしねぇ」

 

「いや、このクラスで雄二以上に汚い作戦を考えられる人なんていないよ」

 

「なんで今の流れで俺を罵倒したんだ明久。褒めるフレーズだったよな今の」

 

「納得してたんだよ。このクラスの大将は雄二しかいないってさ」

 

「…………まあとにかく昨日の事は済まなかった、俺の落ち度でもある。

だがそれにしても四人も生き残るとは思ってなかったぜ。

せいぜいお前一人程度にまで減るとは覚悟して来てたんだがな」

 

「舐めてもらっちゃ困るよ」

 

 

教室内に漂っていたギスギスした空気は僕の心中と同様に晴れやかになり、

僕と雄二の間で行き交っていた負の感情の連鎖も自然と立ち消えた。

お互い悪かったんだし、これでお相子お流れさんってヤツだよね。

 

 

「…………雄二、昨日の明久の撤退戦での結果を統計し終えた」

「お、ご苦労ムッツリーニ」

 

 

僕が雄二と腹を割って話し合いを終えた直後、どこからともなく忍び装束を

まとった現代のニンポウ=マスターことムッツリーニが現れて何かを手渡した。

数枚のメモ用紙らしき紙束を受け取った雄二はそこに書かれている内容を素早く

読み取って表情を驚愕に染め上げていった。

 

 

「オイ、これは流石に冗談臭くないかムッツリーニ?」

 

「…………既にウラは取れている。俺の情報網を舐めるな」

 

「だからって___________撤退戦でBクラス生徒七人単独撃破はねぇだろ」

 

「なんと! 明久、それは真か⁉」

 

「え、まぁ、うん

っていうかムッツリーニ、それどうやって調べたの?」

 

「…………情報ソースは明かせない」

 

 

ムッツリーニが仕入れてきた情報は昨日の撤退戦での詳細だったらしく、

部隊の生存者はともかく、相手側の被害とか使用した科目とかを細やかに把握

しておきたかったから頼んでいたらしいんだけど、それよりもこの武勲の方が

雄二にとってショックは大きかったみたいだ。

 

 

「す、凄いですね吉井君! 一人で七人もやっつけちゃうなんて!」

 

「あ、うん。まぁね」

 

 

いくら教室と言っても広さには限りがあるから、すぐに僕の昨日の戦績が広まって

窓際の席でテスト勉強をしていた姫路さんまでもがこちらにやってきて混じった。

天才の彼女に褒められるのは確かに嬉しいんだけど、実は内心複雑な気持ちだった。

 

「しかし明久、お主ここまで強かったかの?」

 

「…………生への執着が異常」

 

「確かにな。おい明久、お前数学のテスト勉とかしてなかったよな」

 

「え? うん、してないけど」

 

「それにしては点数差も比較にならん相手ばかりじゃぞ」

 

「…………七人の内一人は理科でAクラスレベルの点数保持者だった」

 

「ほー、そんな理数系の奴をお前が単独でねぇ。

そこまで召喚獣の操作に慣れてるとは、嬉しい誤算だったぜ明久」

 

「ま、まぁね」

 

 

口々に飛び出してくる好意的な言葉の数々にも僕は愛想笑いで応える。

特に雄二の言葉が一番ドキッとしたけど、何とか上手く誤魔化せたみたいだ。

さっきの姫路さんといい雄二といい、彼女たちは僕のもう一つの姿を知らない。

だからこそ知る由も無い。僕が慣れてるのは召喚獣の操作だけでなくもう一つ、

『命の奪い合い』にも長けてしまっているという悲しい事実。

ライダーとして日夜鏡世界(ミラーワールド)で戦う日々を送ってきた僕にとって

本当のただ一つきりの自分の命を懸けない戦いなんて、お遊び程度にしか感じられない。

それで昨日も自分で思っていた以上に冷静で着実な行動が出来たんだと思う。

 

そんな口に出せない後ろめたい事情を思っていた時、

不意にFクラスの古臭い木製の扉が勢いよく開け放たれた。

その奥から、つまり廊下からはまたしても予期せぬ人物がやって来た。

 

 

「明久君! 良かった、家にいなかったから急いで来たの!」

「友香さん⁉」

 

両肩で息をするように激しく上下させながら僕の名前を呼んだ人物は友香さんだった。

口ぶりから察するに僕の家の前をわざわざ通って来た挙句にここまで来たらしい。

たった一日ぶりに見かけたと言うのに、僕の心の中で何かが溶け出すような感覚が

広がっていき、やがてそれが表情に現れかけたのでどうにか気を引き締めて防ぐ。

けど、僕は彼女にも話しておきたいことが一つだけあったんだ。

 

 

「友香さん、昨日はどうして根本君と組んで僕らを嵌めたの?」

 

「………それは、違うの」

 

僕が淡々と口にした言葉に彼女は一瞬だけバツが悪そうな表情を浮かべて

真っ正面から僕を見据える場所まで歩み寄って来てもう一度繰り返した。

 

 

「お願い明久君、少しでいいからコッチで話を聞いて!」

 

「えっ、ちょ、ちょっと!」

 

Cクラスの代表がこんな短期間で二度も訪れ、さらに同じように僕を指名したことに

クラス内の非リア軍団が一斉に襲い掛かって来る未来を予期しながらもかなり慌てた

様子の彼女の行動に着いて行かざるを得ず、僕は彼女と一緒に廊下へと移動した。

僕を引っ張って誘導した友香さんはほんの一瞬だけ握っていた手を凝視した後で

恥ずかしそうに手を引っ込めて唐突に話を切り出してきた。

 

 

「昨日の事は本当にごめんなさい。でも、聞いてほしいことがあるの」

 

「何? どうしたの?」

「実は………このメール見て」

 

「ん? このメールってもしかして」

 

「そう、根本よ。アイツが私と明久君の関係を両親にばらすって」

 

「えっ⁉ じゃあまさか根本君って僕の正体を⁉」

 

「………それは多分違うと思う。

アイツが言ってるのは、私と君の交友関係の事よ」

 

「あ、あー。そういうことか」

 

 

人の通りが少ない場所まで移動した僕ら二人はケータイの画面に注目する。

そこには端的な電子文字でこう書かれていた。

 

 

『友香、何があったか知らないけど俺の話を聞け。

じゃないとお前とあのバカが妙な付き合いを始めたってお袋さんに

全部話してやるからな、分かったら明日の放課後教室で待ってろ』

 

 

つまり彼女は、根本君に脅されていたというわけらしい。

実のご両親に僕との関係をバラされて何か問題があるのかと聞こうとしたけど、

よく考えてみれば学力最底辺の男子生徒と突然親密な関係になったと聞かされて

彼女の親はそれを良しとするだろうか、いや間違いなく有り得ない。

でもそうなると彼女は僕との関係を明かされたくないから根本君の脅迫にあえて

協力したということにならないかな。

 

 

「こんな下らない理由で明久君の秘密が他人にバレたら

それこそ最悪の結果よ。しかもよりによって根本になんて」

 

「それって、つまり僕との関係を知られたくないって事?」

「えっ⁉ い、いえ別に! そんなんじゃないんだから!」

 

「そうなんだ…………」

 

「か、勘違いしないでよね!

私は根本の思い通りに事が運ぶのが嫌なだけなんだから‼」

妙に言い訳臭い友香さんの言葉を真に受けて僕は真摯な態度で頷いてみせる。

友香さんも僕の反応を見て落ち着いたのか一気に冷たい目線に戻って

先程まで続けていた話し合いに会話を戻す。

 

 

「…………とにかく、これが昨日私が明久君を助けられなかった理由よ。

こんな脅迫じみたことさえされてなかったら君を裏切ったりしないわよ」

「うん、ありがとう。

別に疑ってたわけじゃなかったんだけど、安心したよ」

 

「してる場合じゃないわよ、どうするのよ。

このカードをアイツが握ってる時点で私はあなた達に協力出来ないのに」

 

「あ、そっか」

 

「……………もう、本当に普段は頭が働かない人なのね」

 

「うーん、生まれつきだしなぁ」

 

(私を助けてくれたときはあんなにカッコ良かったのに)

「カッコイイって誰が?」

 

「ふぇ⁉ え、えっと、今の聞こえてたの⁉」

 

「聞こえちゃまずかったの?」

 

「いや、えと、その、アレよ!

カッコイイって言ったのは明久君じゃなくて、龍騎の方よ‼」

 

「……………あー、そーだね」

 

 

友香さんがボソッと呟いた「カッコ良かった」という言葉が聞こえて

もしかしたら僕の事なんじゃないかと若干期待をしていたんだけれど、

あながち間違いじゃないけど決定的に違うというもどかしい答えが返ってきた。

僕の事を期待ごと裏切ってくれた龍騎の鎧を心の中で恨みながら友香さんとの

会話を再開させる。

 

 

「とにかく、昨日の事に関してはもう大丈夫だよ。

でも今日もまたBクラスとの戦争があるからそのメールの事に

ついて考えてられる余裕が無いかも」

 

「最初から期待してないから大丈夫よ。

この件は私の問題だから、私が何とかしてみせるわ」

 

「…………ホント、友香さんみたいな人は頼れるなぁ」

 

「えっ? た、頼れる? 私が⁉」

 

「うん。雄二も友香さんも頭がいいから悪知恵が働くし、

大抵の問題は自分で何とかできちゃうんだもん」

 

「…………あー、そうね」

 

僕が口にした「頼りになる」というフレーズに変な反応を見せる友香さんだったけど

理由を話した瞬間に僕に向ける視線が普段の何倍も冷たいものになったのは何故だろう。

さっきの僕とほとんど同じ反応をしたけど、何か間違った事言ったかな。

 

 

「もういいわ、吉井君は戦争に集中してちょうだい。

コッチの問題は私が何とかするから、いいわね?」

 

「うん、お願いするよ」

 

「任せて!」

 

「じゃあそろそろいいかな?

もう戻らないと作戦会議が始まっちゃうし」

 

 

やたら冷たい視線から逃れるために本当の事を交えて逃げる口実を作った

僕はそのまま友香さんに背を向けて走り出す姿勢を整えて出発しようとする。

けど一歩目を踏み出そうと息を吸った直後に彼女が僕を呼び止めた。

 

 

「あ、待って明久君!」

 

「え、何?」

 

「もう一つ言っておくべきことがあったの。

これは明久君だけじゃなくてFクラスの戦争にも関係するかも」

 

「え?」

 

 

僕を呼び止めた友香さんはそのまま少し間を置いてから言葉を続ける。

 

 

「あなたのクラスの姫路さん、今日は戦えないかも」

 

「えっ、何で姫路さんが出てくるの?」

 

「昨日、アイツ明久君たちを追って出ていった後に戻って来て

『俺はそろそろ明日の仕込みをしておくかな』って言って

そのまま私を連れて昇降口にあるFクラスの靴箱に行ったのよ」

 

「Fクラスの靴箱に? どうして?」

「…………それは、詳しくは言えないんだけど」

 

「けど?」

 

「姫路さんは多分、今日の戦争に参加出来なくさせられるわ。

昨日アイツがそれを実現出来るほどの"弱み"を手に入れたから」

 

「弱み? 姫路さんを戦線から離脱させられるほどの?」

「ええ。だから、気を付けて」

 

 

友香さんはそう言って僕に一抹の不安を残したまま歩いて行き、

僕は僕でさっきも言った作戦会議に間に合うようにFクラスに戻っていった。

彼女の最後の言葉を、ずっと心の奥底に留めておきながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその言葉の真意は、すぐに明らかになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄叫びと怒号が飛び交う戦場の最中、

純情可憐な雰囲気をまとう桃色の長髪を揺らす彼女の前に立つ、

護衛を連れて世の全てを見下すような下卑た笑みの男の手には、

 

二日前に僕が教室で見た、姫路さんの持っていた可愛らしい便箋があった。

 

奴は、姫路さんの心を、人が人を愛する想い(ココロ)を、踏みにじった。

 

 

 






いかがだったでしょうか?

今回は気合を入れた書かせていただきました。
というより、原作がある分書きやすかったんです(本音)
ですが完全に同じでは原作を知る方々にとってはつまらないので
ある程度は自分の思い描く独自の展開にさせてもらっています。

と、思っていたらバリバリ独自展開でした。


次回はおそらくBクラス戦堂々決着になるかと。
ご意見ご感想をお待ちしておりますのでどうか、


戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!


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問14「僕と激怒と戦争終結」




大変長らくお待たせしてしまいました‼
さっさと書ければよかったんですが、スランプってやつでして。
その影響がまだ残っているのかどうか定かではありませんが、
今回はいつもより少しだけ短くなっていると思います。

多くの読者の方々にご迷惑と多大なる期待を、
これからはそれらをキチンと受け止めて邁進いたします!


それでは、どうぞ!


 

 

 

 

 

僕は未だかつて、こんなにも怒りを覚えた経験は無かったかもしれない。

そう思えるほどに今の僕は怒りという炎で自分自身を焼き焦がしそうになっている。

無意識の内に歯を噛み締め、両手を拳へと変え、一歩ずつ踏みしめる足に力がこもる。

 

FクラスとBクラスの誰もが校舎内で互いの点数(いのち)を削り合う戦場の真っ只中で僕は、

見てはならないものを見た。いや、見てしまったというほうが正しいのかもしれない。

何故ならそれは本来、一対一で本人の意思の元にやり取りされるべきものだったのに、

それを悪用し、悪用される現場をこの目で見てしまったのだからそう思っても仕方ない。

 

あの男、Bクラス代表 根本 恭二。

 

奴だけは絶対に許すことは出来ない。

彼は僕のような非道徳的な人間にも分かる、『最低の行為』を働いたんだ。

自分の目的のために他人の純粋な思いを踏みにじる、人間以下のクズ野郎。

そんな奴に対して、僕は今怒りの炎を燃え上がらせているんだ!

 

 

「雄二ッ‼」

 

「あん? どした明久、脱走か? そんならチョキで眼球シバくぞ」

 

 

溢れ出る怒りをそのままに僕は大事な前線から本陣であるFクラス教室へと戻って来て、

作戦の遂行状況や戦況などの情報をまとめ上げている総大将の雄二の名を叫ぶように呼んだ。

名を呼ばれた彼は真っ先に物騒な単語を吐き出して茶化してきたけど、生憎今はそんなことに

付き合っていられるほど余裕のある精神状態じゃないんだ。

 

 

「話があるんだ」

 

「…………分かった、とりあえず聞こうか」

 

 

雄二も僕の様子の違いに気付いて何かを察してくれたのか、

手に付けていた作業を中断して僕の方へと向き直って話を聞く体勢をとってくれた。

その行動に素直にありがたさを感じて、僕も顔つきを真面目なものへと変えて話す。

 

 

「雄二、今回の戦争の終結についてなんだけど」

 

「終結? それは終わった後の話か? それとも終わらせ方そのものか?」

 

「………流石、やっぱり分かっちゃうんだね」

 

「当たり前だろ。んで、今の終わらせ方に不満でもあるのか?」

 

 

雄二の頭の回転の速さに舌を巻くように驚きはしたけどすぐに意識を戻して

僕自身の考えていることを彼に伝えようとする。

 

「ううん。不満とかは無いんだけど、提案………というかお願いがあるんだ」

 

「お願い、ねぇ。まあ昨日の失態もあるし、一つか二つ程度なら可能な範囲内でのみ

聞いてやるとしよう。それで、お前は何がお望みなんだ明久」

 

「……………根本を、どうにか暗殺出来ないかな」

 

「暗殺だと? なんでまたそんな回りくどい手なんか」

 

「そこを何とか‼ 理由は詳しく言えないんだけど、コレは僕一人の問題じゃなくて、

もしも根本を多くの人の目の前で殺れたとしても、困る人がいるんだよ‼」

 

「…………………………」

 

 

本当ならここまで僕なんかの話を真摯に聞いてくれている雄二にだけでも話すべきじゃ

ないかとは思ったけど、この件に関してだけはどうしても、誰にも言えない。

だってこれは僕のワガママでしかないんだから。

昔好きだった女の子の、姫路さんの想いを利用する根本が許せないという個人的な理由で

クラス全体を指揮する立場の男に無理やりこちらの意見を強要する、僕がしてるのはそれだ。

 

この世界は残酷で、救いなんて無いのかもしれない。

でも、もしそうだとしても、彼女には幸せになってもらいたいと切に思う。

人を殺すことでしか自分の願いを叶えられない僕とは違って、彼女は自分の意思で願いや夢を

叶えることができるかもしれない可能性を秘めているんだから。

 

 

「お願いだよ雄二!」

 

「……………………」

 

 

険しい顔つきでひたすら考えを巡らせている雄二に再度頼み込む。

どうしても、彼女の想いを踏みにじって利用している奴だけは許せない。

個人的な理由なのは分かってるけど、それでも、僕は見て見ぬふりは出来ないんだ。

しばらく思案していた雄二はやがてゆっくりと顔を上げて僕と目線を合わせて語った。

 

 

「分かった、いいだろう。その件は俺の方で何とかしてやる」

 

「本当⁉」

 

「ああ。昨日の件もあるし、何よりお前が無茶を言う時は大概他人の為だしな」

 

「うぇ⁉」

 

「ほれみろ、大当たりじゃねえか。まあ深入りしてほしくねえから詳しいことも

何も言わないんだろうけどな。それでもお前の考えることぐらい分かるっつの」

 

本当にコイツは。なんて頼りになる男なんだ、雄二のくせに。

悔しいことにこの男は僕に無い物をたくさん持っている。

冷静な判断力も、優秀な体格も、明晰な頭脳も、堂々たる態度も、何もかも。

その上こうして他人を思いやれる優しさまで備わってるんだから手に負えないよ。

でも、今度ばかりはそのスペックに感謝しなくちゃだね。

 

「ありがとう、雄二」

 

「礼ならBクラスに勝ってからほざけバーカ。んで、まだ何かあるか?」

 

 

僕の心からの感謝の言葉を再び茶化すようにしてけなして話を再開しようとする雄二。

若干照れくさそうに見えたのは多分気のせいじゃないんだろうけど、それは後だ。

今はとにかくただでさえ厳しいこの現状に僕が無理やり加えた足枷をどうにかする

方法と、それを上手く利用して彼女の想いを奪い返す算段を立てないと。

必死になって考えた僕は雄二の言葉の続きから話を返す。

 

「それともう一つだけ。姫路さんを今回の戦闘から外してあげてほしい」

 

「理由と、メリットを言ってみろ」

 

「理由は言えない。メリットの方は、その、ゴメン」

 

「……………まあ普通に考えりゃメリットなんざあるわけねぇよな」

 

 

二人して目線を下げてFクラスの小汚い腐りかけた木製の床を見つめてため息をつく。

そりゃそうさ、ウチの最高戦力の姫路さんを戦線から下げて得られるメリットなんて

おそらく無いに等しいのだろう。それは雄二でなくても誰にでも分かる事だよ。

それでも今回は、メリットや勝算うんぬんの話じゃないんだ。これは僕のワガママで、

そのせいでこのクラスにいるみんなのこれからを大きく左右してしまう事になりかねない。

だとしても、こればっかりは譲れない。

再び熱くなっていく頭をどうにか冷ましながら話を続ける。

するともう一度深い溜め息をついた雄二が右手の人差し指を立てて僕に見せながら呟いた。

 

 

「一つ、条件がある」

 

「条件?」

 

 

顔を上げながら雄二が見せたのは、もはや僕にとってはお馴染みの表情だった。

 

 

「条件って言うより、命令だよね」

 

「似たようなもんだ。いいか、姫路をお前の要望通り戦線から下げさせてやる。

だが代わりに姫路が果たすはずだった役割をお前が成し遂げろ。何をしても構わん」

 

「僕が、姫路さんの代わりを?」

 

「当たり前だろうが。コッチは勝ち目をわざわざ戦線から外すんだぞ。

そのふざけた発案をした奴が責任を取るのはむしろ当然の事だと思うが?」

 

「…………いいよ、やってみせる!」

 

「よく言った」

 

 

雄二から提唱された代案(もとい命令)に僕は乗った。

Fクラス唯一の勝機といっても過言じゃないほどの戦力の代役が僕なんかに

勤まるのかどうかという不安は残るけれど、ここまできたならやるしかない!

 

 

「それで、僕は具体的に何したらいいの?」

 

「タイミングを見計らって根本を殺れ。科目は何でもいい」

 

「他の皆のフォローとかは?」

 

「皆無だ。加えて言うなら、Bクラスの教室の出入り口の状況は変わってない」

 

 

聞くべき話と情報を聞き終えて僕の額に冷や汗が浮き上がって来る。

これは予想していたよりもハードな展開になるかもしれない。

現在の状況は、Bクラスの二つある出入り口の二カ所で戦闘が行われていて、

場所的な問題から、戦闘は常に一対一の実力勝負に持ち込まれているらしい。

そんな中で教室の奥に陣取っている根本の首を狩るには、圧倒的な個の火力が必要不可欠だ。

そう、それこそ、姫路さんのような圧倒的かつ絶対的な火力が。

 

 

「もしも失敗したら?」

 

「失敗はするな。何が何でも成功させろ」

 

いつも以上に力のこもった声に少しだけ恐れが生じる。

間違いなく、ここで負けたらそのまま戦争は僕らの敗北で幕が下りる結果になるだろう。

本当に僕なんかがそんな作戦の中核を担って大丈夫なんだろうか。

自分で言い出したこととはいえ、僕は『観察処分者』。学園お墨付きの大馬鹿なのに。

なんて事を考えていると雄二がダルそうに立ち上がって教室の扉を開けて出ていこうとした。

 

 

「雄二、どこ行くの?」

 

「Dクラスに指示を出しに行く。例の件でな」

 

「例の件…………ああ、エアコンの室外機か」

 

「おう。そろそろあの子羊ちゃんを生贄の祭壇に祭り上げる頃だと踏んでな」

 

言い方はかなりアレだけど、雄二はそう言い残して僕を置いて行ってしまう。

あの室外機を使って本当にBクラス戦で優位を得ることが出来るんだろうか。

 

「…………そんな事、僕が考えても仕方ないか」

 

 

自嘲気味に笑ってから僕は目の前の事に集中する。

僕がいくら考えても分からない事は、考えて分かる奴に任せておけばいい。

それよりも今は、僕にしか出来ない仕事を成し遂げることが先決だと言い聞かせる。

 

 

「でも、どうしたらいいのかな」

 

 

圧倒的に火力が足りてない中で、なおかつ僕が求めるのは一対一。

どれほど雄二や他の皆が上手くセッティングしてくれたとしても勝てる見込みなんて

見当たらないし、そもそも僕が望んだ暗殺すら決行出来るかも不明瞭なのに。

 

それでも、やるしかない。

僕のワガママで動き始めた話だ、僕自身が責任を持って決着を着ける!

 

「___________あ」

 

 

決着を着ける、というところまで考えた直後、僕の脳内に電流が迸った。

土壇場になって頭に浮かんできた急造の作戦。もちろん成功する試しなんかない。

むしろデメリットの方が簡単に見つかるくらいの杜撰な作戦だけど、賭けるしかない。

 

覚悟が必要だ。文字通りに、あの男の喉元へと続く『道を切り開く覚悟』が。

 

 

「やってやる、絶対に勝って姫路さんの想いを取り戻してみせる‼」

 

 

穴だらけでも方法は見つけた。限りなく薄く小さい勝算もあることが分かった。

気合と根性さえあればどうにかなる問題なら、やらない理由はどこにもない。

今の僕が持つ全力を賭して、今の僕にやれる精いっぱいの行動をするだけだ!

 

 

「武藤君、飯田君! それと八嶋君も! 悪いけど協力してほしいことがある‼」

 

 

思い立った僕はすぐにFクラスを飛び出して戦線の中を駆け抜ける。

その途中で出会った軽傷の三人に声をかけて同行してくれるように頼み込む。

三人は最初こそいきなりの僕の言葉に戸惑ったものの、断る事無く承諾してくれた。

時間がないから感謝の言葉を省きつつ、僕たちは一路、目的の場所へと急いだ。

 

この戦争のカギを握る、新たな戦いの区域(ステージ)を進むために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そりゃ一体何の冗談だよ吉井!」

 

「Bクラスから出てくる敵兵を全員押し返せだと⁉」

 

「うん。僕が作戦を完了させるほんの数分の間だけでいいんだ」

 

「…………何をする気だ、吉井」

 

「詳しくは話せない。それでも、やってもらいたいんだ」

 

「「「………………」」」

 

 

Fクラスを飛び出した僕と同行した三人がやって来たのは、Dクラスの教室。

Bクラス前での戦線の中を掻い潜ってどうにか辿り着いた僕らはすぐさま作戦を

決行するために、着いて来てもらった三人にしてほしい役割を語る。

僕が三人に求めたのは、数分間のこの教室の護衛だった。

無論教室内にDクラス生徒の姿は見受けられない。というのも、それには理由があった。

 

 

「ゴメンね平賀君、無理言っちゃって」

 

「仕方ないさ吉井。俺たちはお前たちに負けたんだ、言う事は聞かなきゃならない」

 

「本当にありがとう。助かるよ!」

 

「いいって。ただまぁ、一つだけ言うとしたら…………派手にやり過ぎるなよ?」

 

 

Fクラスの四人のそばで計算高い笑みを浮かべてサムズアップをしているのは、

このDクラスの代表であり、僕らの初めての試験召喚戦争の相手でもあった平賀君だ。

僕は彼に頼み込んで『ある事をする了承』を得て、作戦の決行を皆に伝えていた。

本当ならこんな事頼めないのに、彼は本当に良い人柄というか性格してるというか。

とにかく、これで必要な条件は全て整えた事になる。後は行動に移すのみ。

 

 

「善処するよ。それじゃあ皆、お願いね!」

 

 

平賀君からの忠告を受け取った後で作戦の開始を仲間たちに告げる。

そしてこれからすることは危ないから避難していた方がいいと真実味を帯びさせた話を

して、平賀君にも教室から出て行ってもらった。

他人の目はどこにもない。今ならば、やれる!

 

 

「本当ならこんな事に使いたくなかったけど、しょうがない‼」

 

誰もが自分の持てる『知識』を使って戦う戦場に、こんな場違いな力なんて持ち込みたく

なかったんだけど、この際下手なプライドはかなぐり捨てて勝利をもぎ取る!

僕は普段からカバンの中に忍ばせている布でくるんだ大きなガラスの破片を手に取り、

それをDクラスの机の上に置いて、そこに同じくカバンから一緒に持ってきたカードデッキを

かざして、他人に見せない僕のもう一つの姿を呼び出す儀式を始める。

 

鏡にかざされたカードデッキが一瞬光り、鏡の中に映っている僕の腰辺りに無骨な鈍色の

ベルトが独りでに装着され、それがいつの間にか現実の僕自身にも反映される。

出現したベルトの感触を確かめ、僕は一度息を吐き切ってから思いっきり息を吸いこんだ。

そしてデッキをかざした左手を腰元に、右手を左肩の前まで持ってきて素早く突き出して叫ぶ。

 

「変身‼」

 

 

掛け声と同時にデッキをベルト中央のくぼみに装填して工程を完了し、両手を握りしめる。

直後に鏡の中から龍騎の鎧が出現して回転しながら僕の体に張り付き、装着を一瞬で終える。

わずかな閃光の後にDクラス内に現れたのは、僕のもう一つの姿こと、赤い騎士であった。

 

 

「っしゃあ‼」

 

 

変身と同時に左手に装着されたドラグバイザーを仮面の前まで持ってきて再度強く握り直す。

もはやクセのようになってしまったポーズを終えてからすぐさまデッキからカードを一枚

取り出してドラグバイザーの機構を動かして読み込み口に挿入してカードを読み込ませる。

瞬間、僕の左手の龍から聞き慣れた電子音声が流れ出た。

 

 

【STRIKE VENT】

 

 

電子音声が流れるのとほぼ同時にどこからともなくやって来たもう一つの龍の頭部が

僕の右手に装着され、即座にその口内に超高温の炎を生成させて溜め込む。

アレ、でも待てよ?

ミラーモンスターとの戦闘ならともかく、学校でのコレはかなりマズいはずだ。

それなら威力を可能な限り弱めて何回かに分けて撃ちこめばいいんじゃないだろうか?

そうだ、それでいこう!

 

 

「はぁぁ……………」

 

 

右手に召喚したドラグクローの内部に充填している炎の圧力を少し調節して威力を下げて

せいぜい二発か三発で壊せるんじゃないかくらいの大きさまで手加減してみる。

すると僕の意思が伝わったのか、大きく膨れ上がるだけだった炎の塊が徐々に揺らいで

小さくなり、普段の半分程度の火炎球になってドラグクローの中で安定し始めた。

 

よし、これなら多分_________いける‼

 

燃え盛る火炎球を右手に備え、僕はいつもの工程を慣れたように済ませる。

右手と一緒に右足を大きく後ろに下げて、左手で目標を捉えて狙いを定める。

そしてそこから雄叫びと共に右手を大きく突き出して溜めた火炎球を一気に放つ!

 

 

「おぉぉ…………りゃあぁぁっ‼」

 

 

放たれた火炎球は一直線にDクラスの黒板へと突き進み、見事に直撃した。

威力を抑えたにも関わらず、盛大な炎と煙、さらには派手な爆砕音を巻き上げて

黒板の中央に大きな円形の焼け跡を刻みつけることに成功した。

 

けれど、まだ足りない。

 

再度先程と全く同じ工程を繰り返して右手に炎を溜めて射出する。

二度目の火炎球も全く同じ速度でほぼ同じ場所に着弾し、より大きな爪痕を残す。

けどまだ、もう少し足りない。

 

 

「らぁぁ‼」

 

 

二度でダメなら三度やるまで!

 

再び同じ工程を繰り返し、三発目の火炎球を黒板に向けて放つ。

火の粉を噴き上げながら猛進する弾丸はそれまでと全く同じ軌道を描きながら

前方にある黒板へと進んでいき___________________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前らいい加減諦めろっての。昨日からバカの一つ覚えみてぇに出入り口に

集まって無駄な抵抗続けやがって。暑苦しくて仕方ねぇぜ」

 

「どうした、貧弱なBクラス代表様はもうギブアップ宣言か?」

 

「はァ? ギブアップすんのはお前らだろうが」

 

「生憎と無用な心配だな」

 

「へーそうかい、何やら頼みの綱の姫路さんの調子が悪いらしいじゃねぇか?

今回の戦争で唯一勝てる勝機をわざわざ下げなきゃならんほどになぁ」

 

「……………そうか、そういうことか」

 

「あぁ?」

 

「いや、何でもねーよ。お前ら相手じゃ姫路を出すほどでもないって事だ」

 

「抜かせFクラス如きが! 口だけはいつも達者だよなぁ、負け組代表!」

 

「負け組? ソレがもしFクラスの事を言ってるんなら、時代遅れだな」

 

「何を言って…………チッ、さっきからドンドンとうるせぇな。

Dクラスの連中か? いったい何をやってんだアイツら」

 

「さぁな。人望と度胸と理性と知性の足りないご自慢のキノコ頭で考えてみろよ」

 

「コイツッ…………まあいいさ、テメェらはもうじき終わりだ。

オイお前ら! さっさとこのバカ共を一気に廊下まで押し出せ‼」

 

「………そろそろか。お前ら、一旦下がって体勢を立て直す! 後退だ‼」

 

「ハッ! 言うだけ言って結局撤退か! ざまぁないな坂本‼」

 

「まあ見てろ根本。戦争の素晴らしい幕引きを飾る最高のキャスティングだ。

もうすぐ主賓の登場だぜ? お前の首でも差し出して待ってなくていいのかよ?」

 

「ほざけFクラスが‼ 撤退なんかさせるな、廊下で全員討ち取れ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっさり引っかかりやがって___________後は任せたぞ、明久!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁぁーーっしゃぁーー‼」

 

豪快な音を立てながら僕の目の前にあったDクラスの黒板が後ろの壁ごと

粉々に砕け散り、その向こう側にある景色が鮮明に広がりつつあった。

そう、僕が建てた作戦は、Bクラスへと続く新たな道を開通することだった。

 

他の誰でもない、学園最高峰の大馬鹿(かんさつしょぶんしゃ)の僕にしか編み出せない、究極の解答。

普通に考えればBクラスに行きたいのなら廊下から教室に入るしかない。

けれど僕はこの学園の教室の見取り図を思い出して今回の作戦を思いついたんだ。

 

誰にも出来ない方法で、僕にしか出来ないやり方で、突破口をブチ破る。

 

 

「ハァァッ⁉」

 

崩れた壁の向こう側から埃と煙に紛れて根本の引き攣った声が聞こえてきた。

僕はすぐさま腰のベルトからカードデッキを取り外して変身を解除して元の僕の

姿に戻って、開通した穴を身軽に通って一人になったBクラスの総大将と向かい合う。

 

 

「くたばれ腐れ外道ォォオ‼」

 

 

即座に教室の後ろの出入り口で周りと同じように呆気にとられて立ち尽くしていた

英語の遠藤先生を見つけて、先生の召喚フィールドがまだ生きていることを確認し、

僕は僕自身の手で決着を着けようと召喚獣を喚び出した。

 

 

試験召喚(サモン)‼」

 

「くっ、こ、コイツ‼」

「下がれ根本、俺がやる! 遠藤先生、Bクラス山本が受けます!」

召喚された僕の改造学ランと木刀装備の召喚獣が根本の喉元へと突貫しようとした直後、

どこからともなく現れたBクラスの近衛部隊の援護が間に入って邪魔をしてきた。

あと一歩のところで、こんなところで!

 

 

「は、はは! 驚かせやがって! 残念だったな、ここまでだ吉井‼」

 

呆然と立ち尽くしていた醜態を取り繕うように笑い始めた根本。

彼は自分の目の前に現れた一人の近衛のおかげで随分といい気になっているようだ。

でも、本当に僕だけを見てていいのかな?

まだこの戦争の『本当の主賓』は、これからやってくるというのに。

 

 

 

 

突然だけど、ここで各教科の特性について話しておこうと思う。

 

 

 

各教科にはもちろん、それぞれに担当の教師がいて、その先生によってテストの

結果にも様々な特徴が現れたりすることがある。

 

例えば、数学の木内先生は採点が早い。

例えば、世界史の田中先生は採点の仕方が甘い。

例えば、今この場にいる英語の遠藤先生はある程度の事は寛容に受け取ってくれる。

 

では、保健体育についてはどうだろうか。

 

保健体育は採点が早いわけでも、採点の仕方が甘いわけでもない。

召喚した召喚獣が遠距離攻撃することが出来たりとか、騙しやすい先生だとか、

そういうわけでもない。ならば、保健体育の特性とは何なのか。

 

それは、教師が保健体育であるが故の__________圧倒的機動力。

 

 

出入口を多くの人で埋め尽くされ、四月上旬にしては暖かくなり過ぎた教室。

そこに唐突にガラスの破砕音が響き渡り、二人分の着地音が重なり合って聞こえた。

理由は不明だが、動かなくなったエアコンの代わりに(・・・・・・・・・・・・・・・・)涼を得るために開け放たれた窓。

そこへ屋上からロープを垂らしてさながらクライディングのように二人の人影が飛び込み、

再び呆然と立ち尽くしてしまっている根本の眼前へと降り立った。

 

「………Fクラス、土屋 康太」

 

 

窓からダイナミックに参戦したのは、我らが補習担当兼保健体育教諭の鉄人を

引き連れたFクラスきっての保健体育の申し子、寡黙なる性識者(ムッツリーニ)だった。

 

 

「キ、キサマぁ………!」

 

「………Bクラス根本 恭二に、保健体育勝負を申し込む」

 

「ムッツリィニーーーッ‼‼」

 

「………試験召喚」

 

 

『Fクラス 土屋 康太_______保健体育 441点』

VS

『Bクラス 根本 恭二_______保健体育 203点』

 

幾何学的な紋様から出現した二体の召喚獣が、互いを睨み合う。

 

ムッツリーニの召喚獣は手にした小太刀を人間の目では追い切れぬ速度で一閃し、

たったの一瞬、たったの一撃で根本の召喚獣の首を切断し、血飛沫を上げさせた。

 

 

 

今ここに、Bクラス戦は終結した。

 

 

 














いかがだったでしょうか?
やっぱり締めはムッツリーニが持っていきました。

さぁ、ここからが皆さんお待ちかねのキノコ制裁タイムの始まりです。
一体次回はどんな事になっちゃうんでしょうかねぇ?


それでは皆様、戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに‼


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問15「僕と戦後対談と二つの笑顔」





どうも皆様、先週は投稿が出来なくて申し訳ありませんでした!

実は先週の五月八日に東京で行われた超大規模同人誌即売会に参加
していたために、投稿が出来なかったんですハイ。

ええ、その、完全なる趣味です。


どんな罵詈雑言も受け入れる所存ではありますが、
この作品だけは見捨てないでいただきたいです‼ (0M0)<ゴカベンヲォ‼


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

「さぁ~て! そんじゃ嬉し恥ずかし戦後対談といくか! なぁ、負け組代表さん?」

 

「………………」

 

 

Bクラスとの試験召喚戦争が終結してから三分後、補習室送りになった全戦死者もそろって

ようやく二つのクラスのこれからを決める大事な戦後対談が始まろうとしているところだ。

今回の戦争では流石に色々とありすぎて僕自身もかなりヘトヘトになっちゃったから、

Bクラス生徒が使っている椅子を一つ借りて対談を行うこの教室にどっかりと腰を下ろした。

立って話を聞こうとしているFクラスのみんなよりも数段低い位置の目線になったおかげで、

この教室の様子がより鮮明に見えるような気がしてきた。人が多いのもあるんだろうけど。

大小様々に砕けて床に散らばった窓ガラス(大き目の破片は流石に片付けたらしい)に、

普段授業を受けている時とはまるで違う、乱雑に教室の隅の方に敷き詰められた机や椅子。

戦争の名残はまだあちこちに残ってはいるけれども、中でも一番目を引いたのがアレだ。

 

 

「…………それにしても明久よ、まさか教室の壁を粉砕するとは驚いたぞ」

 

「………驚天動地」

 

「え、えっと、まぁその、ハハハ」

 

 

いつの間にか僕の横に来ていた秀吉とムッツリーニの二人の言葉に乾いた笑いを浮かべつつ

彼らの目線が向いているのと同じ場所へと僕も視線を移し、その先にある光景を見てみる。

 

そこにあったのは、一言でいえば『大惨事』ともいえる光景だった。

本来そこには背面黒板か、あるいは壁があったはずであろう場所には巨大な穴がポッカリと

開いており、まるで何か巨大な力で無理やり人一人分の穴をこじ開けたかのように空虚で

殺伐とした元壁だった瓦礫の破片たちが乱雑と散り散りになってしまっていた。

 

 

「一体何をどうしたらここまで派手にやれたんじゃ? 明久よ」

 

「………気になるところ」

 

「え⁉ それは、えーっと…………き、企業秘密?」

 

「秘密が付けば何でも構わんというわけではないぞ」

 

「えっ、そうなの?」

 

「………やっぱりいつもの明久」

 

「そうじゃのう。何をしたかは知らぬが、こんなことをしでかせるのはお主だけじゃて」

 

そう言って秀吉もムッツリーニを苦笑いを向けてきた。

何だよその言い方は、まるでこんな馬鹿げた事できるのは僕以外にいないって確信してる

みたいじゃないか。失礼な、この学園になら探せば三人くらいはいるはずさ!(多分)

 

そんな取り留めのない会話を横に置いて、各代表の戦後対談はつつがなく進行していた。

 

 

「本来なら設備を明け渡してもらい、お前ら負け組にはお似合いの素敵な卓袱台を

くれてやるところだが、今回に限っては特別にそのルールを免除してやらんことも無い」

 

『『『えっ‼⁉』』』

 

勝ち組代表、もとい僕らが大将の雄二の発言に周囲の皆がざわつき始める。

そりゃ負けたんだから彼らは相応のペナルティーを覚悟してたんだろうから、

雄二の言葉に驚くのは当然ってものだろう。無論、それはFクラス生徒とて同じだけど。

Bクラスの優秀な設備を交換しないと案に語る大将の言葉に反感を抱いた皆が口々に

声を張り上げて『訂正しろ』だとか『くたばれゴリラ』だとか『姫路さん好きだ』とか。

なんか後半がおかしかったような気がしないでもないけど、とにかく雄二が話を続ける。

 

 

「落ち着けカス共。あとサラッとゴリラ呼ばわりした奴は後でミンチにしてやるからな。

んで、前にも言ったが、俺たちが目指している場所はAクラスであってここじゃない」

 

「だと思ったよ」

 

「そういう訳だ。もし俺の言葉にまだ異を唱えるつもりなら直接相手になってやる、

ただし手加減無しでな。五秒で挽き肉になる覚悟があるんならいつでもかかってこい」

 

 

大将の混じりっ気のないマジの口調が教室に響き、雑音がピタリと止んだ。

相手どころか味方すらも恐怖と暴力で黙らせる。とんだ圧政だと嘆きたいところだけど、

今度ばかりはそれが役に立ったらしく、一呼吸おいてから再び雄二が語り始めた。

 

 

「文句が消えたから続けるぞ。ここは俺たちにとって、いわば通過点でしかない。

だから、もしそちらさんがこちらの提示する条件を呑めば解放してやろうと思う」

 

「………その、条件ってのは何なんだ」

 

「随分と覇気と威勢と人望が薄れちまったじゃねえか根本よ。人望は元々か?

まあとにかくだ、俺らがBクラスに課す条件ってのは__________お前だよ根本」

 

「は?」

 

「ああ。戦争中、お前には散々好き勝手な事を言われてきたからなぁ。

それによ、正直俺は…………てか大概の奴らはお前の事気に食わないんだよ」

 

傍若無人な言い草で根本君の怒りのボルテージを一瞬で最高潮に引き上げた雄二。

でも、実際その通りなんだよね。現にBクラスの誰も根本君にフォローをしないし。

本人もそれくらいは分かっているのか、雄二の頭にくる言葉も聞き流している。

 

 

「そこでだ、Bクラスの諸君。お前らにチャンスをくれてやろうじゃないか」

 

パンッ! と手を打って音を響かせた雄二に教室中の視線が一瞬で集まる。

そこからグルリと教室にいる全員の顔を見るようにしながら雄二が間を溜め、

教室の誰もが続く言葉を待ちきれなくなる寸前で軽く息を吸って内容を明かした。

 

そう、これこそが僕と雄二との間に取り交わされた、取引の中心。

 

 

「俺がお前らのクラスの代ひょ…………負け組代表様に課す条件は三つ。

一つ目は、今日の放課後にAクラスに行って試召戦争の用意があると伝える事だ。

ただし、宣戦布告だけはしなくていい。あくまでも準備と意思がある事だけを

Aクラスに伝えてくればそれでいい。それが一つ目の条件だ」

 

「…………なるほどな。それで、二つ目は?」

 

 

雄二の遠くまでよく通る声で教室中に条件の内容が行き渡り、Bクラスの生徒が

またしてもザワザワと騒がしくなり始める。まあでも、気持ちは分かるけどね。

クラス設備の交換を免除するのに、こちらはただおつかいに行くだけでいいなんて

破格の条件過ぎて自分の耳を疑うレベルだと僕でも思うさ。でも、まだ終わらないよ。

 

条件を履行する側の根本君も意図を汲み取ったからか、それとも条件の内容が案外

拍子抜けするほどに簡単なものだったからか、さっきよりも表情が和らいでいたけど、

まさか自分がこの程度で許されるような人間だと本気で思ってはいないだろうね?

 

 

「二つ目か? 簡単さ。一つ目の条件を達成する時に、この服を着ていけ。

たったそれだけでいい。どうだ? 一つ目の条件よりも簡単な内容だろう?」

 

そう言いつつ雄二がどこからともなく取り出したのは、この文月学園の女子の制服。

なんで雄二がそんなものを持ってるのかと気になりだした直後に、横にいた秀吉が

周囲に聞かれないように配慮しながら小声で話しかけて真相を語ってくれた。

 

 

(実は、アレは儂が所属しておる演劇部の衣装なのじゃ)

 

(へー、そうなんだ。てっきり雄二の私物なのかと思ったよ)

 

(お主でもあるまいし、女子の制服を雄二が持っとるわけなかろうて)

 

(なんで僕が中学時代の女子の制服持ってたこと知ってるの⁉)

 

(本当に持っておったのか⁉ す、済まぬ。ほんの冗談のつもりだったのじゃが)

 

(なんだ冗談か。あんまり驚かせないでよ秀吉~)

 

(う、うむ。しかしなんじゃ、何故儂が責められておるのか、腑に落ちんのぅ)

 

 

全く秀吉も人が悪いなぁ、僕はたまたま男子と女子の制服を買い間違えちゃっただけで

本当にそういう格好を自分からしたがるような変態さんじゃないのに、酷いもんだよ。

 

そうやって二人でコソコソと小話をしていると、急に慌てふためいた声が聞こえた。

 

 

「ば、馬鹿なこと言うな! この俺がそんなふざけたマネ出来るか‼」

 

もちろん声の出どころは根本君だった。まあそりゃそうだろうね。

だけど、本人が嫌がらなきゃ嫌がらせになんてならないじゃないか。

 

 

『Bクラス一同、ここにFクラス代表の提案を呑むと誓おう‼』

 

『それを着せたら設備の交換は無しなのね⁉ だったら絶対にしてみせるわ!』

 

『この程度の犠牲でクラスを守れるんなら、一人くらいの人権なんざ知るか‼』

 

 

それにご覧よ根本君、君の背後でやる気を燃え上がらせる元同胞の彼らの姿を。

いかに自分がこれまで尊敬はおろか仲間としてすら見られていなかったかが一目瞭然だ。

戦いのためなら何でもするというのは分からなくもないけど、こうはなりたくない。

 

 

「よし、決定だな。そんじゃこのまま最後の条件も」

 

「ふ、ふざけんな‼ 誰がそんなことするかっての! お前r____________」

 

『やかましいんで黙らせました!』

 

「ご苦労。規律と調和を守ろうとするお前のような男は将来デカくなる、精進しろ」

 

『サー、イエッサー‼』

 

 

雄二が残る最後の条件を告げようとした時に根本君が往生際の悪さを見せつけたけど、

一瞬で自分たちの代表だった彼を見限って鳩尾にブローを叩き込んだBクラス男子。

そんな彼は雄二のそれらしい言葉に乗じて敬礼してるけど、さっきまで敵だったよね?

この男は本当にどうやって人の心を掌握しているのかまるで見当もつかないから怖い。

 

「んじゃ、そいつの新世界への第一歩の手助けは明久たちに任せる。

俺は俺でまだやるべきことが残ってるから、また後でな」

 

「ん、了解っ!」

 

 

意識を刈り取られて轟沈した根本君を近くにいたBクラスの人たちと力を合わせて

とりあえず他の空き教室に運び込んでから、雄二の指示通りの作業工程に移った。

男子の制服のネクタイを緩めて解き、ワイシャツのボタンを外して……………と。

なんで僕が野郎の服を丁寧に脱がしていかなきゃならないんだと愚痴りたいけども、

今回だけは状況が状況だから、我慢の一言に尽きるよなぁ。

 

「う、んむぅ……………」

 

「おらっ!」

「ごっ⁉」

 

嫌々作業をしているせいか、根本君が意識を取り戻しかけたので念には念をの

精神で追加攻撃を腹部に叩き込んでおく。これでまたしばらくは大丈夫だろう。

慣れた手順で男子の制服を脱がし、代わりに用意された女子の制服を着せようとする。

 

 

「あ、あれ? 女子の制服ってどうやって着せればいいんだろ?」

『それなら私がやるわ。任せて』

 

「そう? じゃあお願いするね。出来る限り可愛くしてやってよ」

 

『それは無理。土台が腐ってるもの』

 

「……………じゃ、じゃあよろしくね!」

 

 

僕が不慣れな女子の制服の着用に奮闘していると近くにいたBクラスの女子が

作業を代わってくれた。折角なので根本君の新たな一歩を成功させてあげられる

ようにしてやろうと注文してみたものの、中々に酷い答えが返ってきて焦った。

女子生徒にこの場を任せて僕は脱がせた根本君の制服をこっそりと拝借して誰にも

見られない場所まで持っていき、中身を改める。

やってることはかなりアブナイことのようにみえるかもしれないけど、今回だけは

こちらに大義があるからノーカンだよノーカン。そうであると願いたい。

 

 

「お、あったあった! これだよね、姫路さんの手紙!」

 

 

そのまま根本君の制服をまさぐっていると何かが指先に触れ、それを掴んで外に

引っ張り出してみると、そこにはやはりというべきか、見覚えのある可愛らしい

便箋があった。コイツめ、君のせいで僕らはかなり苦労させられたんだぞ?

 

 

「これは後でバレないように姫路さんに返すとして、この制服どうしよう?」

 

 

目的の物を手に入れた以上、こんな野郎の制服なんて持っていてもしょうがない。

一体どう処分したらいいものか……………そうだ、困るくらいなら捨てちゃおうか。

ゴミみたいな男が着てた服なんだし、ゴミと間違えて捨てられても気にしないよね。

どうせなら根本君も滅多に体験できない女子の制服を家に帰るまで存分に楽しんで

もらった方が本人も周りも気分がいいよね!(見てる分には不愉快だろうけど)

 

 

「それじゃ、落し物は持ち主の下へ帰りなさい、ってね」

 

 

戦争直後ということも相まって賑やかさが絶えないBクラスを尻目にして、

僕は一路昇降口の下駄箱へと足を運んだ。

 

 

「よし! これで任務完了っと!」

 

 

悪の魔の手から救い出した姫君を本来あるべき持ち主の下へと丁重に送り返す。

下駄箱の中にあったものなんだし、彼女の下駄箱に返すのは不自然じゃないよね?

女子の、しかも昔好きだった相手の靴箱を無断で開けるなんて気持ちのいいことじゃ

ないにしても、やらなきゃいけないんだからしょうがないよね。うん、しょうがない。

 

姫路さんの靴箱の中に便箋を折れないように気を付けながらしまい直して閉じ、

あらぬ疑いをかけられないために周囲に気を配りながらその場を即座に離れる。

すると僕が下駄箱から離れてから一分も経たないうちに一人の女子生徒がやってきた。

流れるような桃色の長髪を揺らしながらやってきたのは、もちろん彼女だった。

 

「………………良かったね、姫路さん」

 

 

息を切らしてやってきた彼女はそのまま迷うことなく下駄箱へと向かい、

少し迷うような仕草を見せた後に中を覗いて、そして驚きに目を見張っていた。

まあ根本君に奪われた大切なラブレターがいつの間にか戻ってきてたらそりゃ驚くか。

そのまましばらく硬直したまま動かなかったけど、五時間目終了のチャイムが校内に

鳴り響いたのを聞いて正気に戻ったのか慌てたようにして手紙を靴箱にしまい込んだ。

これ以上見るのは流石に覗きと一緒になっちゃうから、ここまでにしよう。

それに、最後の最後でこれだけの無茶をした甲斐があったって分かっただけでも

充分に満足できたし、後は教室に戻ってBクラスとの対談がどうなったのかを聞こうかな。

人知れず帰ってきた自分の想いを確認した彼女を背に、僕はFクラスに足を進める。

 

歩き出す直前に見た姫路さんの顔は、晴れやかな笑顔に染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、明久くーん! こっちよ!」

 

「友香さん、またなの?」

 

「当り前じゃない」

 

時刻は18時を大きく回った頃、僕は昇降口である人物に待ち伏せを食らっていた。

その人物とは、言うまでもなくCクラスの代表こと、友香さんその人だ。

普通なら用事の無い生徒はとっくに下校しているはずの時間帯に彼女が昇降口で

僕を待っていた理由は、正直一つしか考えられない。

 

 

「それじゃあ明久君、今日も護衛よろしくね?」

 

「ハイハイ、かしこまりましたー…………」

 

 

やはりというべきか、友香さんの一歩後ろに追従する形で昇降口から歩き出して

自宅への帰路に着く。でもそれは最初の内で、次第に僕らの足並みをそろっていき、

学園前にある無駄に勾配の急な長い坂道を下り終える頃には僕らの歩幅はほとんど

同じペースで動くようになっているのだった。

 

それにしても、春先だっていうのに18時をこれだけ過ぎれば暗くもなるか。

周囲の景色の移り変わりや空の色の変わり具合を気にしながら通学路を朝とは逆の

方向へと向かっていく僕らの間には、自然と今日の話題が広がっていった。

 

 

「ねえ、今度の戦争はどうだったの? 勝ったんでしょ?」

 

「まあね。雄二やみんなの協力のおかげではあるけど、ちゃんと勝てたよ」

 

「凄いじゃない! BクラスにFクラスが勝つなんて下剋上もいいところよ!」

 

「ハハハ、確かに。でもまだ下剋上は果たせてないかも」

 

「どうして?」

 

「だって下剋上ってのはさ、最弱が最強を倒して入れ替わることでしょ?

僕らが倒したのは最強の一つ手前。まだ、僕らは頂上に辿り着いてない」

 

「……………大丈夫。きっと明久君たちならAクラスにだって勝てるわ」

 

「本当? 冗談でも嬉しいなぁ」

「ここまでやれたんだもの、冗談にも思えなくなってきたわ」

 

「そうかな?」

 

「そうよ。だから頑張ってね」

 

 

二人並んで薄暗くなった通学路を歩きながら、その日学校であったことを語らう。

傍から見たら彼氏彼女のように見えるのだろうか、なんて柄にもなく考える。

そんな事を考えながら黙々と歩いていると、友香さんから不満げな視線を浴びせられた。

 

「え、えっと、どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃないわよ。折角待ってあげてたんだからさ」

 

「あー、そっか。待っててくれてありがとうね、友香さん」

 

「……………そ、それもそうなんだけど」

 

「え? まだ何かあったっけ?」

 

頬を空気で膨らませてわざとらしく「不機嫌です」って表情をアピールし始める

友香さんを横目で見て、不覚にも可愛いと感じながら他に何かないかを考えてみる。

僕を待っていてくれたことへの感謝なら今した、あとは何かまだあっただろうか?

 

「ご、ゴメン友香さん。分かんないや」

 

「だと思った。まあ明久君だものね、仕方が無いか」

 

「な、なんかガッカリされてる?」

 

「分かってたからそこまでは。でも、本当に分からないの?」

 

「あぅ、面目ない」

 

「…………遅れた理由よ。他のFクラスの人はどんどん帰っていってるのに

どうして君だけこんなに帰りが遅くなっちゃったのかが気になるの」

 

「ああ、そのこと?」

 

「そうよ。さあ、教えてくれるわよね」

 

 

顔を覗き込むようにして僕の方を見てくる友香さんだけど、

送られる視線から目を背けるように僕は真逆の方を向いて逃れる。

実は僕が他のメンバーよりも下校が遅れたのには理由があった。

それは言うまでもなく、DクラスとBクラスとの間の壁を粉砕した事について

学園側からのキツーイお叱りとお説教、並びに反省文三十枚の重罰を言い渡され、

解放された頃には辺りは既に薄暗く、時間もこんなに過ぎ去ってしまっていたのだ。

でも、こんなかっこ悪い理由を友香さんに言えるはずがない。

しきりに顔を覗いて僕が話すのを待ちわびている彼女になんて言えばいいのだろうか。

悩みに悩んで数分、結局先に折れたのは友香さんの方だった。

 

 

「もういいわ。明久君が何をしようと君の勝手だものね」

 

「え、あの、友香さん? もしかしてその、怒ってる?」

 

「……………多少はね」

 

「うーーん、理由はあるんだけどかっこ悪いし、あんまり他人には話せない

内容だからさ。出来れば詮索しないでくれると嬉しいかな~、なんて」

 

「…………いいわ、譲歩してあげる。ただし条件があるわ!」

 

「条件?」

 

 

不満そうな膨れ顔を引っ込めた友香さんは今度は逆に意地の悪い笑みを

浮かべながら僕の持っているカバンにその視線を向ける…………なんだろうか。

 

 

「明久君のアドレスを教えてくれない? 今までいろいろあったけど、

なんだかんだで連絡先の方はお互い知らないでしょ? だから、ね?」

 

「う、うん。それくらいなら別にいいけど…………」

 

一体何をやらされるのかと内心ビクビクしていると、提案された条件は思ったより

簡単な内容どころか何のデメリットもないもので一安心した。

僕が提案を承諾すると悪戯っ子のような笑みは即座に掻き消えて、代わりに彼女の

顔には照れくささと喜びが混在したかのような表情になってケータイを取り出した。

 

 

「い、いいわね?」

「そこまで緊張しなくっても」

 

「う、うるさいわね! 少し黙ってなさい!」

 

「ハイゴメンナサイ!」

 

「…………もう、恥ずかしいじゃない、バカ」

 

「ほぇ? 何か言った?」

 

「何でもない! ほら、これでおしまい!」

 

 

お互いに立ち止まってケータイを取り出してアドレスを交換し合う。

ほぼ同時に交換を終えた僕らはそのまま目線を手元から相手の目へと移していき、

そこでバッチリ目があってしまい、飲まれるように数秒間見つめ合った。

 

 

「「…………………」」

 

 

澄んだ彼女の瞳はとても鮮やかな色で、こんな夜も近い時間帯だというのに

関係なくひかりを宿しているから、正直言ってどれだけ見てても飽きがこない。

無言のまま吸い寄せられるように互いに見つめ合って十秒以上が経過し、

車のヘッドライトが僕らの横をかすめていったことでようやく正気に戻った。

慌てて目を背ける僕らだったけど、それでも心臓の鼓動は早鐘のようになっている。

 

せめて、せめて何か一言でも言わないと!

 

そう思って友香さんの方を向き、言葉を紡ごうとした直後に彼女が先に口を開いた。

 

 

「そ、そそ、そうだ! もうここまでくれば大丈夫だから!

ああ、ありがとう明久君! そ、それじゃあ今日はこの辺で!」

 

「え、あ、ちょっと! 友香さん!」

急に落ち着きが無くなった友香さんの口早な言葉が途切れるのが先か否か、

彼女はそのまま持っていたカバンを抱きしめながら脱兎の如く駆けていってしまった。

ここから彼女の家までは確かに遠くないはずだけど、女子高生がたった一人でこんな

時間帯に下校するなんてあんまり良くはない。加えてミラーモンスターが出る可能性も

ないわけじゃないし、一応彼女が無事に帰れるまで送っていってあげようかな。

 

 

『prrrrr!』

 

「ん? 着信だ。誰からだろ?」

 

 

友香さんの後を追いかけようとケータイをしまおうとした瞬間に着信音が鳴り出し、

僕の意識をそちらに向けさせる。一体誰なんだ、こんなピンポイントなタイミングで

連絡してくるだなんて……………あ、友香さんからだった。

 

 

 

『明久君、今日は試召戦争お疲れ様!

でも浮かれちゃダメよ? 目標は打倒Aクラスだもんね!

 

それじゃあ明日も迎えに行くからよろしくね! お休み!』

 

送られてきたメールを開いて内容を読んでみるとそう書いてあった。

本当に友香さんは面と向かっては素直になれない人なんだなって事が分かる。

でも、こうやって誰かに心配というか、労わられるのなんて久しぶりかもしれない。

女の子とのメールでのやりとりなんて初めてだし、だから余計に嬉しいのかな。

 

送られてきたメールに返信すべく、僕も足を止めて文字を打ち込んで

文章を書き、二分ほどで出来た簡素なメールを目的の人物に送信した。

 

 

『心配してくれてありがとう、友香さん。

 

ちゃんと勉強して、絶対にAクラスに勝ってみせるよ!

それとやっぱり明日の朝も一緒じゃなくちゃダメかな? とにかくお休み!』

 

 

無事に作成したメールが相手に届いたというメッセージを確認してから

今度こそケータイをカバンにしまい込んで止めていた足を動かしながら

自分の家のある場所へと移動する。

 

 

「友香さんを待たせないようにしなきゃなぁ…………」

 

 

独りでポツンと呟いた言葉は一層暗くなり始めた空に飲まれて消えていき、

誰の耳にも届くことはなかったけど、ちょうどそれで良かったかもしれない。

僕は久々に心からの笑みを浮かべながら、真っ直ぐ自宅への帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?

本当ならば今回で根本のこの作品オリジナルの刑罰を加えてやる予定
だったのですが、執筆上の都合でそれは延期と相成りました。
どうかご了承ください。(単純に時間不足と眠いだけです)
ですがちゃんと野郎への天罰は下しますのでどうかご安心召されよ!

それにしてもアレですね、ヒロインの心情を描くのは難しいですな。
しかも正規ヒロインではないのだからより大変ですよ。
おそらくキャラ崩壊につながる可能性もあるので、一応注意をしておいてください。


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに‼


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問16「彼と末路と新たな参戦」




どうもみなさん、梅雨時ですね。
雨を見るのは好きなくせに雨の日の外出は嫌いな萃夢想天です。
薔薇の花とかよりも紫陽花の方が好きだったりします。

ええ、単なるわがままです。でもそれがいいのです(暴論

孤独な水掛け論(水浴びるのは私だけ)も虚しくなるだけなので
さっさと本編に移っちゃいましょうそうしましょう!
今回は皆さんお待ちかねの彼への制裁とその後の展開がメインです。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

一言で言ってしまえば、彼__________根本 恭二は頭が良かった。

 

 

小学校の頃から頭脳明晰で知られ、年を重ねるごとにその頭角をめきめきと現し始めていた。

中学校へ進学するのも受験によって決め、地元の難関中学に見事合格し、近所でも評判になった。

 

(テストで100点を取れば大人からは褒められる、皆からはスゴイと注目される!)

 

 

しかし彼はこの時から、勉強が出来る自分と出来ない周囲に壁を感じるようになっていた。

毎日毎日繰り返し進んでいく授業に宿題。それらを着実にこなす自分とそうでない周囲。

人には同じ24時間という一日が課せられているのに、どうして彼らはそれが出来ないのだろう。

自分には当たり前に解ける問題がどうして彼らには解くことが出来ないのだろう。何故だろう。

 

自問自答を繰り返すこと二年。彼は中学三年生になった頃にその答えに辿り着いた。

 

 

「そっか、コイツらが馬鹿だからか」

 

 

少年がまだ幼かった頃から思っていたほど、世界というのは複雑ではなかったらしい。

勉強でも運動でも、出来る奴は最初から出来るんだ。出来ない奴は最初から出来ないんだ。

この世に生を受けてからたったの十五年で知れた真実に、根本は、根本の心は大きく変わった。

根本が中学卒業後の進路について考え始めた矢先、彼はある学校の宣伝広告を偶然見つけた。

その広告に書かれていることには、校内の優先度全てが個人の学力で決まる制度があるらしい。

おまけによく分からないシステムを使用してクラス単位での大きなイベントをクラス代表に

なりさえすれば行う権利を与えられるのだとか。これを見逃す手は無いと瞬時に判断した彼は

広告に書かれていた学校のを調べ上げ、そこに進学することに決めたのだ。

 

 

「ここだよ、この学校なら賢い奴はよりそうあるべき姿で暮らしていけるんだ!

しかも、おあつらえ向きに進学校と来た。ここで一番になれば人生勝ち組は決まったな!」

 

 

彼が進学先に決めた学園への入試試験前日の夜、彼は既に卒業後の自分を思い描いていた。

一流大学進学、一流企業入社、海外栄転決定、新事業開拓、ゆくゆくは次期総括役員ポストに。

夢は果てしなく広がりゆくもの、しかし彼の描く夢はその全てが成功を信じて疑わぬものだった。

 

賢い人間は賢く生きる、そうして馬鹿を踏み台にして作り上げた成功への道を歩み続ける。

自分は道を拓き歩む側であって、自分以外の全ては自分の往く道の踏み台になるべき存在。

栄光ある未来を掴むために少々考えの歪んだ少年は、そうして文月学園の扉を開いたのである。

 

そこから始まるのは決して沈むことなく頂点を行き続ける自分のための輝ける道、のはずだった。

 

 

「……………………」

 

 

しかし、入学から二年目に彼を待っていたのは、新たな性別への道だった。

今や深海のような暗色の青髪のおかっぱ頭の青年は影も形も見当たらず、そこにいるのはただ

見るにも堪えず、見るも無残な、名状しがたく殺人的なまでに醜い汚少女(モンスター)である。

彼だったはずの彼女は今、BクラスとFクラス合同の結束力によって生まれ変わってしまったのだ。

 

長い黒髪のウィッグと女子しか袖を通すことが許されないはずの女子制服を醜悪に着こなし、

明らかに角張った男の体格のまま風になびくスカートを意識した歩き方に周囲はどよめく。

何せ男女共学の学園内をどちらの性別か判別不能な生命体が顔を赤らめて歩いているのだから。

不自然な空間を生み出しながら根本が向かう先は、文月学園2-Aクラス、つまりは最高峰だ。

 

(クソ、クソ‼ なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ‼)

 

 

自身に降りかかった理不尽な行為に怒りの炎がこみ上げてくるものの、立ち止まる愚は犯さない。

今の姿で人目につく廊下に立ち止まれば最後、写真を無遠慮に取られメールで情報が拡散されて

最後にはPTAにまで行き渡り、事実上彼の社会(学園)生活の上での立場を失ってしまうからだ。

あまりの事態に彼は気づいていないが、これから彼が行おうとしていることを考えればそもそも

今後彼の学園生活は灰色を通り越して桃色(ピンク)紫色(パープル)のマーブル模様に染まる事は確定なのだが。

 

周囲からの痛々しい視線と沸き起こる羞恥に堪えながらも、彼女は目的地へと辿り着いた。

ここまで来るのにかなり精神を摩耗させたが、今の彼女にはこれから先の事の方が気がかりで、

過程や方法についてはどうでもいいとすら考え始めていた。人は短時間でも変われるようだ。

学年で二番目に優秀な頭脳を持つ生徒が所属するクラスの代表たる自分がこれから何をするのか、

それを頭の中で再確認するだけで腸が煮えくり返る思いだが、冷静さを取り戻して覚悟を決める。

 

 

コン、コン。

 

 

自分が所属するのとは別のクラス、しかも学年トップの成績を修める生徒がいる教室の扉を

怒りに任せてこじ開けるなど出来はしないし、今の格好を鑑みても出来ようはずもない。

二回のノックの後、腹を括った根本は扉を開けてBクラスよりも広く綺麗な教室に踏み入り、

即座にざわめく周囲の空気を肌で感じながらも手早く行動を起こして終わらせるのを優先させた。

 

「Aクラスの代表に話がある‼ Bクラス代表、根本が来たと伝えろ‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は18時を少しだけ回った頃、彼はようやく任務を完遂し終えた。

元々彼がAクラスに乗り込んだのにはれっきとした理由があったのだ。

用件を伝え終えた根本はもはや逃げ出すようにAクラスから飛び出して行き、

すぐさま自分が普段勉学を受けるBクラスの教室内へと逃げ込むように飛び込んだ。

全力疾走のために乱れた呼吸を整えながらヨロヨロと自分の机に向って歩いていく彼は、

その先に誰かがいたことに驚き、その人物が誰なのかを認識した途端驚きは怒りに変わった。

それまでに起きた不幸の全てを怒りとしてぶつけるように怒鳴りながらその人物に歩み寄り、

握りしめた拳を後先考えることなく一直線に打ち込んだ。

 

「坂本ォォォオ‼」

 

 

完全に暗くなった教室の中に、乾いた音が小さく響く。

怒りのままに振るった根本の拳は怒りの矛先である雄二には届かず、受け止められてしまった。

荒ぶる眼前の女装男子をよそに、雄二は溜め息をつきながら呆れたような視線を投げかける。

 

 

「そんなに息を荒げてどうしたんだ根本、顔も真っ赤だぜ?

まさかとは思うがお前、今回の件でソッチに目覚めたとか言うんじゃないよな?

もしそうだとしても礼はいらないぜ。お前とはもう関わり合いになりたくねぇしな」

 

「ざっけんな坂本‼ そんなんじゃねぇ‼」

 

「そりゃ良かった。このまま愛の告白でもされたらと思うと気が気じゃなかった」

 

「テメェ…………‼」

 

「随分とご立腹なようだが、そいつは自業自得ってやつだからな。

今回の戦争にお前は負けた、俺達最底辺(Fクラス)を侮ってな。文句は受け付けねぇ」

 

「クッ!」

 

「しかも、こともあろうにお前は俺らのエースが一番嫌う戦法を取りやがった。

一人の戦略家としては何も言うつもりはないが、一人の男としては言わせてもらうぞ。

俺は、お前ほど根本。そこまで腐りきった奴を見たことが無い。多分、これから先もな」

 

「ッ…………何故その事を⁉」

 

「さぁな。馬鹿と侮った俺らにボロ負けした、その優秀なオツムで考えてみろよ」

 

 

力が抜けきらずにブルブルと震える拳を収めつつ根本は雄二を睨みつけるものの、

当の本人は至って真面目な顔つきで自分を見つめてくるために強く出られず目を逸らす。

その反射的な行動が自分が負けた敗因であるのだと暗に嘲っているように感じられて

暗い教室の中で悔しさを爆発させる。辺りにあった机や椅子を蹴り飛ばすが治まらない。

暴力に訴えかける根本を憐れむような目で見つめる雄二はゆっくりとBクラスの扉まで

歩き出し、扉に手をかけてからそこでふと歩みを止めて振り返り、根本に語り掛ける。

 

 

「あー、そうだ。お前にまだ言ってないことがもう一つだけあったわ」

 

「…………あ?」

 

「俺は戦後対談の時に言ったよな、『負け組代表に課す条件は三つ』だと」

 

「お、お前! この期に及んでまだ何かやらせる気か⁉」

 

「当然だろ。敗者には苦汁を、勝者には美酒を。いつの時代も変わらん鉄則だろうが」

 

「くっ…………最後はなんだ坂本! 裸になって踊れとでもいうつもりか‼」

 

「誰がそんなことさせて喜ぶんだよ。Aクラスの久保じゃあるまいし」

 

「じゃ何なんだ‼」

 

激情に顔を歪ませる根本。そんな彼をただ冷静に見つめる雄二。

二人の視線が交錯し合ってから数秒、沈黙を破るように最後の条件を雄二が口にした。

 

 

「最後の条件、それは_________『二度と明久と小山に関わるな』だ」

 

二人だけにしてはあまりにも広過ぎる教室に、雄二の言葉がやけに大きく響く。

反響した言葉が根本の鼓膜に届いた時、既に雄二は開いた扉をくぐって廊下に足を

踏み出していて、彼が言葉の意味を理解した頃にはもう、雄二の姿は見えなくなっていた。

 

「よ、吉井と友香に、関わるな? は、ははっ! 訳分かんねぇ事ほざくな‼」

 

 

誰もいないことが理解できていないわけではないにしろ、叫ばずにはいられなかった。

膨れ上がる感情に身を任せて吠えなければ、自分の中の何かが壊れそうだったから。

虚ろな目で乾いたような笑い声を掠れさせてなお、根本は教室内に佇んでいた。

 

自分の周囲には誰もいない。否、誰もが自分の周囲から遠ざかっていなくなっていく。

同じ自尊心を持って共に下位クラスを見下していたクラスメイトも、

若干自分よりは劣るものの、それなりの頭脳を持った自分にふさわしい彼女も、

挙句の果てには男女問わずにこの学園に所属する全ての人が、離れていってしまう。

 

 

暗い教室でたった一人、根本は実感せざるを得なかった。

 

 

自分は、自分が最も見下していた存在に、惨めに敗れたのだと。

 

人の気配を感じさせぬほど暗い校舎から、根本はたった一人で帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はぁ~、スッキリしたぜ。言いたいことは全部言い切ってやった、いい気味だ。

さて、そろそろ俺も家に帰って晩飯にするとするか。今夜はビーフシチューだな。

なんて浮かれていた俺はFクラスに戻って教室から出た直後に渋い声に呼び止められた。

 

「坂本、学園長からお話がある。ついてこい」

 

 

この俺、坂本 雄二を呼び止めたのは身長180cmを超える筋肉教師こと鉄人だった。

俺もそこそこ身長はある方だが目線がほぼ同じでもここまで威圧感を出さちまうと

身長が一回りほど縮んだように感じられる。これが明久やムッツリーニだったらもっと

ヤバいくらいの身長差になってたんだろうか、なんて下らねぇこと考えてないで従うか。

 

 

「………………ウッス」

 

「教師の言葉には『はい』で答えろ坂本。お前もお前で目に余る節があるぞ」

 

「どーもです」

 

「褒めとらんわ、全く」

 

「にしても鉄じ…………先生も今日の戦争はさぞお疲れだったでしょうね!」

 

「ああ、全くだ。貴様らの策に乗ったせいで窓ガラスの修理代を減俸された」

 

「……………マジですんませんでした」

 

「謝罪なら態度で示せ。今後はFクラス全員が平均点20点アップくらいを目標に」

 

「マジですんませんでした‼ それだけは不可能なんで勘弁してくださいッ‼」

 

「……………とにかく、まずは学園長のお話を聞け」

 

 

廊下を歩く途中で言い渡された死刑宣告に対して即座に土下座。生きるためだ仕方ねぇ!

しかし実際には鉄人はそれほど怒ってはいないようだ。キレてたらあの終戦時に俺らは

全員正座させられていた上に補習確定、今日の帰りが20時を回っていただろうからな。

 

それにしても、なんで学園長なんかが俺に話があるんだ?

理由をいくつか考えてみたが、どう考えても一つしか思い浮かんでこない。

 

(戦争時のあの壁貫通か? だったら俺じゃなくて明久だろうが)

 

 

そう、考えうる理由はただ一つ。戦争中に明久が粉砕したBクラスの壁の事についてだ。

常識的に考えて窓ガラスを割る奴はいるとしても、壁を粉砕する奴は日本にいるとは思えん。

だが現状はこうだ。やった奴がいるんだから全部の責任はそいつにいくべきはずだろうが。

けど明久は放課後前に鉄人に今の俺と同じように呼び出されてどこかへ連れていかれた。

まぁ多分学園長に絞られたんだと思うが、それなら何で俺も呼び出されることになるんだ?

 

いくら考えても明確な答えが浮かばない。だったら直接聞いてみるしかないか。

鉄人に連れられて学園長室の前までやって来た。中からは明かりが漏れていて、

中に誰かがいることがハッキリと分かったが、ここで何故か鉄人が忠告をしてきた。

 

 

「そうだ。言い忘れていたが、今お客様がお目見えになっている。

くれぐれも我が校の品位を疑われるような言動は慎めよ、坂本」

 

「客? 生徒呼びつけといてそれはねぇだろ、常識ねぇのかよ、常識が」

 

「口を慎め坂本、学園長室前だぞ!」

 

「なら学園長室の後ろならいいんすか?」

 

「どうやら言葉ではなく拳でなければ分からんらしいな」

 

「品位! 先生、品位疑われますよ‼」

 

「我が校の汚点となりえるべき貴様への叱責行為は認可されるはずだ」

 

「されるはずって、仮定の話かよ‼ 教師がそんなあやふやでいいのか⁉」

 

「体罰的行為もまた指導! 先生の心が痛もうと、それでお前が更生するのなら!」

 

「先に痛むのは俺の方だろうが‼」

 

 

腐ってやがる‼ 生徒が生徒なら教師も教師か、クソッタレ‼

狭いエリアでいきなり物理最強のゴーレムとエンカウントしたような気分だぜ。

なんて悪態を吐きながらも互いに必中の距離を確かめ合いながら拳に力を込める。

相手がどんな化け物だろうが、俺は俺でケンカして渡り歩いてきたんだ。

ガキの頃は涙が出るほど弱かった俺だが、今じゃ並のチンピラ程度なら瞬殺出来る。

さぁかかってこいや鉄人。俺の拳とアンタの拳、どっちが堅いか勝負といこうや‼

 

 

「何をぎゃーぎゃー騒いでんだい!」

 

「あ、妖怪だ」

 

 

学園長室の前で鉄人とこれからドンパチ殺ろうかってタイミングで部屋の中から

とんだ妖怪が出てきやがった。やべぇな、郵便局に妖怪ポストってあったっけ?

てか今からゲゲゲの妖怪ハンター呼んだところでこの怪物の討伐に間に合うか?

 

 

「誰が妖怪さね⁉」

 

「き、貴様‼ 学園長に向かってなんだその口の利き方は‼」

 

「学園長? この大正時代からそのままタイムスリップしてきたみてぇな外見の

BBAが? 鉄人、アンタも洒落が分かるようになってきたんだな、驚いたぜ」

 

「_______________」

 

 

俺の目の前で筋骨隆々の鉄人が白目向いて今にも倒れそうになってる。

どういうわけかは知らんが、これはチャンスだ。一年の頃からの恨み、ここで晴らす!

改めてきつく握った拳を振り上げた直後、俺の拳はそこから1mmも動かなくなった。

 

 

「何⁉」

 

「いけませんよ、神聖な学び舎での暴力行為は。生徒が握るべきはペンで充分です」

 

 

俺の背後から冷静な物腰の声が聞こえてきた。まさか、俺の手を掴んでるのか⁉

振りほどこうともがく俺をよそに、背後にいた謎の男は余裕ぶって話を続け始める。

 

 

「カヲルさん…………いえ、学園長。貴女は今も昔も教育者には向いてませんね」

 

「やかましいよ。アンタだってアタシの元教え子だろうに」

 

「ええ、そうですとも。だから貴女の今の生徒さんを見れば分かるんです」

 

「偉そうに。この若造めが」

 

「その若造に破壊された教室の召喚フィールドの再設計を依頼されたのは、

いったいどこのどなたでしょうか? 藤堂 カヲル学園長先生?」

 

「…………クソジャリは嫌いだがね、インテリはもっと嫌いだよ!」

 

「だ、そうですよ。若い内に間違いを犯すのはいいことですが、あまりやり過ぎないように」

 

そう言って掴んでいた俺の手を放した男はまた学園長室に戻っていく。

もしかして今のが、お目見えになってるお客様ってやつか?

てっきり他校の関係者とか工事関係の人かと思ってたが、あてが外れたぜ。

それにしてもあの人、体育会系には見えねぇのに俺の動きを止めやがった。

見てくれは完全に理系のガリ勉って感じだな。眼鏡に白衣、研究員か何かか?

ワックスで七三わけにキメたヘアースタイルに太くも細くもねぇガタイ、

知的な印象を抱かせる切れ目に無難なシャツ。やっぱり体育会系じゃねぇよな。

 

 

「ん? どうかしましたか?」

 

「あ、ああ。いや、動きを止められたのなんか久々で驚いただけだ………です。

それでその、あなたは一体この学園に何の用があって来られたんですか?」

 

 

妙に目の前のおっさんの存在が気がかりで不躾だとは分かりつつも尋ねてしまった。

自慢っちゃ自慢になるが俺はかなり腕が立つし、ガタイも鍛えまくったから良い方だ。

いくら大人と半人前の差があるって言ったって流石にガチガチの勉強一直線な男に

身体能力で負けたとあっちゃ中学時代の"悪鬼羅刹"の名が泣くってもんだ。

……………まぁ、自分で名乗ってたわけじゃないんだが。

 

俺からの問いかけに対してすぐに鉄人とBBAが目の色を変えて敵意を見せてきたが、

当のおっさんだけは何ら雰囲気を変えることなく思案し、眼鏡を軽く押して応えた。

 

 

「いいでしょう、君の質問に答えてあげます。

まずは自己紹介をしましょうか。私の名前は、『香川 英行』と言います」

 

「香川さん、ですか。俺は」

「君は結構です。カヲルさん、学園長から大体の事は聞いてますので」

 

「BBAが?」

 

「ええ、そうです「そうですじゃないよクソインテリ! 訂正させな‼」………とにかく、

私は既に君の名前と所属するクラス、そして今日の試験召喚戦争の始終を把握しています」

「…………………」

「勿論、君のプライベートに差し支えない程度のことしか聞いていないのでご安心を。

話を戻しますが、私が今日ここに来たのは学園長に召喚フィールドの再設計を直々に

依頼されたからなんですよ」

 

「召喚フィールドの再設計?」

 

 

眼鏡の男、香川さんの言うことには今回の戦争中に明久がやらかした壁の粉砕には

かなり大きな力が加えられたために内部の配線がめちゃくちゃに寸断されてしまったらしい。

元々文月学園の試験召喚システムは割と不安定なものらしく、定期的なメンテナンスと

設備の点検及び交換を頻繁に行わないと存続すら危うくなるほど脆いモンらしいのだ。

その為に試験召喚システムの一端を担った香川さん自身が現地に赴いて被害状況を確認、

そこから改めてシステムを再構築して配線を繋ぎ直し、壁を埋め立てるのだという。

大体の作業工程の流れを説明してくれた香川さんはそこからさらに話を続けた。

 

 

「やはり実際に私が見に来て正解でした。今回の被害はかなり甚大でしたよ」

 

「そんなに酷かったんですか?」

「酷かったも何もあのクソジャリ、中の配線がショートして焼け焦げちまうまで

壁をタコ殴りにしてぶっ壊したってんだからチマチマと計算し直してからでないと

修繕できやしないのさ! ったく、観察処分者にしてもバカは治らないみたいだね」

 

「………………………」

 

「あの、どうかしたんすか?」

 

「あ、いえ。何でもありません。とにかく私はその壁の被害の視察で来たのです。

今しがた予定の打ち合わせをしていたんですが、そこに君と先生がいらしたんでね」

 

「め、面目次第もございません…………」

 

 

要するにお偉いさん自らの現状視察って訳だったのか、警戒して損したぜ。

それにしてもあの鉄人が敬語らしい敬語使って頭下げてんだから驚きだな。

鉄人は理不尽なほど暴力の鬼だが、不器用極まりないほどに真っ直ぐでもある。

一本の筋を貫いてる熱血漢だから簡単に他人に頭を下げるような男だとは思えねぇ、

つまりはあの鉄人が敬語使って頭下げなきゃならんほどのお偉いさんってわけか。

割と印象が悪かったかもしれん。今後の学園生活に響かなきゃいいけどな。

 

 

「それで? 結局お前さんはこのクソジャリをどうする気なんだい?」

 

「え?」

何だかんだで終わりそうになってた話がBBAの一声で振り出しに巻き戻された。

そう言えばそもそも俺はこのBBAから話があるとかで呼ばれてたんだっけか。

だが今のBBAの言い方だと少し変だ。『お前さんは』ってことは、BBA以外の

誰かに意見を求めてる言い方になる。俺はもちろん鉄人も論外、とすると?

 

 

「どうする気、ですか? そうですねぇ……………」

BBAの言葉に反応したのは、やはり香川さんだった。

でもどういう事だ? 何で学園の部外者の香川さんに意見を求める必要がある?

そう考えていると、BBAの方から答えをしゃべってくれた。

 

 

「早いとこ決めとくれ。お前さんがこのクソジャリに聞きたいことがあるから

って言うから仕方なくわざわざ呼び出してやったってのに」

 

「何…………香川さん、どういう事ですか?」

 

「それはこれから話そう。大丈夫、時間は取らせないさ。

簡単な質問を一つか二つ程度するだけで終わるから」

 

人当たりの良さそうな微笑みを投げかけてくる香川さんに俺は疑念を抱く。

普通なら警戒心が薄れると思うが、別に俺が捻くれてるからとかそんなんじゃない。

何かこの人の笑顔は、仮面のように見えたんだ。造り物の、本物に近い偽りの笑顔に。

単なる俺の思い過ごしなのかもしれないが、どうしてもこの人に気を許す気になれない。

さっきよりも数段警戒心を引き上げながら、あえて香川さんの質問に答える算段を立てた。

 

 

「分かりました。何を答えればいいんですか?」

 

「君は粗野で乱暴者のようだがそれはあくまで君の一面でしかなかったようだね。

一方では、と言うより君の内面は非常に計算高く緻密で、それでいて豪快なようだ」

 

「なっ⁉」

 

「当たってたかい? 私はね、普段は大学で教授をしているんだよ。

そのせいか講義中の学生の反応で今何を考えているのか読めるようになってしまってね。

今のもそれの応用だったんだが、どうだい? 正直に答えてもらえないかな?」

 

(こ、このおっさん…………ヤバい!)

 

 

先程とは少し違う笑み、ほんの少しだが本性が溶け出たような笑みを浮かべた香川さんの

言葉に警戒心が無意識に呼び起こされる。この人は本気でどこかヤバい雰囲気を感じる。

ケンカばかりしていた俺でも誰にでも噛みついてた訳じゃない。基本的に向かってくる奴を

返り討ちにする程度のケンカが主だったが、それでも手を出したらマズイ相手って言うのは

どうやっても本能的に理解できちまうもんらしい。今がまさにそうだ。

 

「正直に答えろってのが、質問の一つ目でいいのか?」

 

「………なるほど、上手いものだね。そうきたか、ではそうしよう」

 

「(ではそうしよう、か。舐めやがって)それなら、答えはNOだな」

 

「ほう? 違ってたのかな?」

 

「ああ、違ったよ。確かに俺は計算高くて緻密ではあるが、豪快じゃなくて大胆なんだ」

 

「…………そうか、そうかい。私は君を過小評価していたようだね」

 

「みたいだな」

 

 

眼鏡の奥の瞳に宿した冷徹なまでに知的な光が俺の視線を釘付けにする。

まるで俺の事を試そうとしているかのような言い回しに応対、何を考えてんだ。

そうこう考えていると、香川さんは少し楽しそうに笑った後に指を立てて見せてきた。

 

 

「君への謝意と敬意を込めて、次の質問で最後にしよう。いいかな?」

 

「ああ、構わないぜ」

「では___________君は吉井 明久君をどんな人間だと評価している?」

 

「は?」

 

香川さんからの最後の質問。それは、明久に対する俺の評価の是非だった。

だが何でいきなり明久の話になるんだ? さっきまでの流れはどこにいった?

質問の意図がまるで分からねぇ、何をどうすればあの流れで明久が出てくるんだ。

いくら考えても意図を読み切れねぇし、もしかしたら深い意味は無いのかもしれねぇ。

駄目だ! 元『神童』の頭脳を以ってしても回答が出ねぇ‼ こうなりゃぶっつけ本番だ!

 

 

「明久は、アイツは、どうしようもないくらいの大馬鹿です。

大馬鹿ですけど、だからこそ誰にも出来ないことをやってのける最高の馬鹿です‼」

 

 

俺は若干の恥ずかしさを含めながらも今日までに感じた本心をぶちまける。

そうさ、別に考える必要なんかなかったんじゃねぇか。バカ相手に悩む必要もな。

アイツは昔の俺が欲しかったモンを、手を伸ばしても得られなかったモンを持ってる。

理屈じゃなく、損得でもなく、ただ純粋に誰かのためを思って行動出来る無償の勇気。

今の俺が欲して止まないもの、それを持ち続けているアイツが単純にうらやましいんだ。

でも、最近のアイツはどこかおかしいんだ。たった一年の付き合いでも分かるほどに。

だから俺は、俺に出来るやり方でアイツの持つ全ての可能性を引き出してやるんだ。

答えを聞いた香川さんは眼鏡を軽く押し上げて、俺の回答に応えた。

 

 

その程度か(・・・・・)

 

「……………は?」

「いや、何でもない。君に聞きたいことはもう無いよ、充分だ。

こんな時間になるまで引き留めて悪かったね。私もここで失礼させてもらうよ」

 

「あ、ちょっと!」

 

急に余所余所しい態度になった香川さんは俺や鉄人の制止も聞かずに歩き出して

学園長室から出ていってしまった。それにしても、最後の言葉の意味はどういう事だ?

『その程度か』、か。まるで自分は俺より明久の事を知ってるみたいな言い草だな。

別にアイツの個人情報なんてどうでもいいが、舐められるのは不良時代からずっと

嫌いなまんまでね。今ので何が何でもあの香川って人について知る気になったぜ。

 

結局俺はその後学園長と鉄人に絞られ、帰りは20時を軽く過ぎた頃になっちまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やぁ、待たせたね二人とも』

 

『遅いですよ先生。それで、どうでしたか?』

 

『…………おかえりなさい、先生』

 

『ああ、戻ったよ。そうだねぇ、当たりか外れかで言えば当たりだと思うよ』

 

『本当ですか⁉』

 

『恐らくね。現場を見て分かったことだけど、あの破壊は通常では不可能だよ。

カヲルさんは誤魔化せたけど私相手には通用しない。設計者だからね』

 

『…………流石、です。香川先生』

 

『ありがとう東條君。ですが、これはこれで厄介ですよ』

 

『どうしてですか?』

 

『いいですか仲村君。そもそも13人のライダーの内の一人が高校生なのですよ?

学園という一つの社会組織に加入している以上、それが突然姿を消せば?』

 

『捜索は免れませんね』

『…………多くの人が、介入します』

『そうです。人の目が集中すればするほど、()の思う壺となる。

何としてでも最悪の結果につなげるのだけは阻止しなければなりません』

 

『承知してます! だから三人でアレを造ったんじゃないですか‼』

 

『…………仲村、君。アレはまだテスト段階で、実用データとかも』

 

『そんなの使いながら採取すればいい! そうでしょ先生!』

 

『落ち着きなさい。まず我々がすべきなのは、【ライダーバトル】の現状の把握です』

『…………生き残っている人数や、その力?』

 

『ええ。まずは我々が有利になる状況を作り出すことが先決なのです。

その為にはどうしても、今戦っているライダーの情報が必要不可欠ですね』

 

『でも、どうやってそんなの………』

 

『仲村君、その為に僕らは来たんじゃ、ないの?』

 

『東條君は鋭いですね、その通りです。私たちの方針が先程決まりました。

まず第一目標としては、現状最も怪しい吉井 明久君をマークすることです』

 

『了解です!』

 

『………分かり、ました』

 

『そちらは私の方がやりやすいでしょう。君たちはアレの最終調整を』

 

『ハイ!』

 

『………先生、お気をつけて』

 

『ああ、分かってるとも。そっちもね』

 

『…………ハイ』

 

『…………さて、楽しくなりそうだね。君はどんな人間なのかな、吉井 明久君』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言おう。彼、根本 恭二は運が悪かった。

 

その日、彼は苦もなく勝てるはずであった最底辺の存在に打ち負かされ、

挙句の果てにはたった二日前まで自身の彼女であったはずの女子生徒すら

見下していた学園一の馬鹿に奪われてしまっていたのだから。

普通ならここで心が折れ、腐るか乗り越えるかの選択を迫られるであろう。

だが、その点にだけ絞れば、根本と言う男は諦めが悪くがむしゃらだった。

 

少し先の通学路を見知った彼女と見たくもない馬鹿が並んで歩いているのを見て、

今日一日で起こったありとあらゆる不幸をまるごと他者に責任転嫁するように

怒りを込めた視線でその馬鹿を、明久を背後から睨みつける。

 

(お前さえ、お前さえいなけりゃ‼)

 

 

全ての元凶であると言わんばかりに怒りを通り越した憎しみの怨嗟をこぼしつつ、

根本は背後から明久をどうにかして痛めつけてやろうと考えて尾行し始める。

彼が明久と友香の後を追いかけ始めて数分後、何やら二人して立ち止まったかと

思えば突然友香が何かをわめきながら自宅の方へと走り去って行ってしまった。

何事かと思った根本だが、これはチャンスなのではと思考をすぐに切り替える。

自分が復讐すべき怨仇がそこにいて、それを一番見せたくない相手が消えたのだ。

 

ここで動かない手は無い。むしろ、今しか復讐を果たす機会は無い。

 

 

(もう何でもいい‼ 俺と友香の前からいなくなれ‼)

 

 

独善的かつ短絡的な思い込み。しかし今の彼を支えるのはそれしかなかった。

薄っぺらい自尊心を保ち続けるには、自らの中の怒りを放出させてやらねばならない。

その為にある程度の他者への暴行が必要ならば、喜んで目の前の大馬鹿を殴り倒そう。

全てお前が悪いんだ、俺は悪くない。お前が悪いんだ、俺じゃない。お前のせいだ。

 

 

(死ねッ‼ 吉井ィィ‼)

 

 

今この世界で最も憎い相手の元まであと数m。たった数歩で決着がつくだろう。

手にしたケータイを悠長にカバンへしまっている馬鹿を見て根本はニヤリとほくそ笑む。

やっと恨みを晴らせる。やっと怒りをぶつけられる。やっと目障りなのがいなくなる。

彼の目に映る景色は、奇しくも憎くて仕方がない明久だけで埋まってしまっていた。

 

だからこそ、ここが通路で、脇道から誰かが来ているなど考えもしていなかった。

 

ドンッと鈍い音を立てて根本は誰かとぶつかり、薄暗いアスファルトの路上に倒れ込む。

相手の方はどうやら寸前で踏ん張っていたらしく倒れはしなかったが、大きくよろめいた。

 

「ッ痛ぇな…………オイ! 邪魔すんな‼」

 

「……………」

 

 

根本はすぐにぶつかった相手に罵倒を浴びせて起き上がり、明久のいた方向を見てみるが

そこにもう憎むべき男の姿は見当たらず、あるのはただ沸き起こる怒りと虚無感だけだった。

 

恨みを晴らすべき対象がどこにもいないのでは晴らしようもない。

仕方なくこのまま自分の家へ帰ろうと別の道につながる交差点へ歩き出した時、

自分の肩を無遠慮に、それでいて万力のような力を込めて何者かが掴んできた。

 

「ンだよ、放せよ。俺は今イライラしてんだからな、何するか分かんねぇぞ‼」

 

「ほォ…………そうか、お前もイライラしてるのかァ、奇遇だなァ!」

 

「あ?」

 

「俺もなァ、ぶつかってきたお前にイライラしてんだ」

 

根本は自分の肩を掴んでいる人物と肩越しに目が合った。合ってしまった。

その男は長身細身で肌も髪も荒れ、外見はかなり野蛮な人に見えた。

しかし根本はそんな部分に恐怖は感じない。むしろ恐怖を感じさせたのは、男の眼だった。

まるで巨大な蛇が四肢が生え揃ったばかりの蛙を睨みつけるかの如き三白眼。

飢えに植えた極限の飢餓を体現する蛮虐の笑みは見る者全てを凍てつかせる。

重ねて言わせてもらうが、根本 恭二は運が悪かった。

 

人は誰しも、その日その時の運に人生や身を委ねることが多々ある。

気まぐれに買った宝くじが当たった時、大金を注ぎ込んだ競馬でボロ負けした時、

清々しい快晴の日に外出して事故に遭った時、嫌いな持久走大会当日に大雨が降った時。

 

こういった観点からみれば根本もまた、その日その時運が悪かった一人に過ぎないのだ。

 

 

「あまり俺を、イラつかせるなァ…………あァ‼」

 

「ごッ⁉ ぅああ‼」

 

 

まさか、たまたまぶつかった相手が脱獄した凶悪犯罪者だったとは夢にも思うまい。

根本は掴まれた肩を勢いよく引っ張られ、そしてすぐさま反対側の頬を殴られる。

鈍い音と鈍痛が根本の痛覚神経を駆け巡るが、その程度で終わることなどなかった。

彼は意図せずして、最も踏んではいけない虎の尾ならぬ蛇の尾を踏んでしまったのだ。

殴り飛ばされた根本はアスファルトの路上に再び倒れ込むが、その上に男が飛び乗る。

そして男は一発で根本の頬を腫れ上がらせた拳を振り上げ、何度も何度も振り下ろし始めた。

 

「ぐぅ‼ ぶっ‼ いだ、ぁあ‼」

 

「ハッハッハ、どうしたァ? 遊びはまだまだこれからだろうがァ‼」

 

 

馬乗りになって根本をひたすらに殴りつける男は顔に歪み切った笑みを浮かべて

さらに拳を固く握りしめ、早く打ち下ろし始める。鈍い殴打の音が暗い路上に響く。

やがて男は満足したのか飽きたのか、どちらにせよ根本に馬乗りになるのを止めて

起き上がり、次の獲物を探す狩人の如く夜の闇の中へと溶け込んでいった。

 

 

通り魔的に襲われた根本はその後、巡回中の警察官に発見されてすぐに病院へ搬送。

顔や腹部への殴打による打撲や脱臼、骨にヒビが入るなどの症状により入院が決定。

全治一か月以上の大怪我を負わされ、誰も見舞いに来ない病室で孤独に恐怖していた。

この一大事件はすぐに地域の住民や保護者、学園の生徒や関係者に広まっていった。

それも、根本にとっては嬉しくない形で、最も惨めな風潮と共に囁かれていった。

 

 

『Bクラス代表根本が、夜の街を女装して徘徊中に暴漢に襲われて重症』

 

 

噂は噂を呼び、また新たな噂となって見境なく広がっていく。

今となってはもはや、どの情報が真実なのかすら定かではなくなってしまった。

 

 







いかがだったでしょうか?
皆様が予想していた以上に重い罰になったのではないかと自負しております。

ええ、便利ですねリアリストさん。
流石平成初、変身の途中で妨害行為に走った最初の悪役さんです。
人間の時でこうなんだ、ライダーになったらどうなるんだこの人(ガクブル)

それとついにライダーバトルに新展開が!
龍騎を知る皆さんならご存知、あの方々がついに参戦です!
ということはつまり、奴も出さねばならぬという宿命に………大変だぁ(他人事


それでは皆様、戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに‼


ご意見ご感想は随時受け付けております。


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問17「僕と週末と危険なバイト」


二週間以上も投稿に間を開けてしまって、本当に申し訳ないです。
書こうとしたら書けなくなって…………情けない限りです。

ところで関係ないのですが、読者の皆様の中で
「ムヒョとロージーの魔法律相談事務所」という神マンガを知っている
人はいらっしゃいますでしょうか?
いえ、単純に興味本位だったんですが、少しでも知っている人がいれば
嬉しくなるものですよね。特にそれが隠れた名作であればあるほど!


投稿が遅れたくせに変なこと言ってすみませんでした。
それでは、本編スタートです! どうぞ!





 

 

 

奇跡の勝利を収めたBクラス戦終了から二日後。

 

今日は四月の第二日曜日、つまり二年生になってから初めての日曜日だ。

誰しもが新しく始まった学校生活の不慣れさに疲弊して休息を取ろうと決意しているで

あろうこの日、僕は朝早くに家から出てある場所へと向かっていた。

時刻は現在午前7:49で、少なくとも何の部活にも所属していない僕みたいな男子高校生が

外出するような時間帯ではないし、僕も本当ならこんな時間から外出なんてしたくなかった。

でも、状況が状況だからやむを得ないんだよね。

 

「…………今月も仕送りは無し、か。当然と言えば当然だけど、みんな元気かな」

 

 

カバンの中にあるついこの間更新したばかりの預金通帳の中を見て、海の向こうで暮らす

両親と姉の安否を気にする。妹を死なせてしまった僕だからこそ家族の無事は気になる。

妹の明奈が行方不明になってしまって以降、体調と精神に異常をきたし始めた母さんは

外国の親戚筋のいるところへ渡っていき、父さんもその後を追うように外国へ行ってしまった。

最後に残った姉さんも元々決まっていた向こうの大学への進学を決めたからついていった。

ただ一人残された僕だけが未だに過去を引きずっているけれど、それならそれで構わない。

ミラーワールドで戦う仮面ライダーとして契約してしまった以上、もう後戻りは出来ない。

だったら僕は僕なりのやり方で前に進むだけ、そう信じてひたすら今を生きるしかない。

 

なんてことを考えているうちに気が付けば目的地の目の前に辿り着いてしまっていた。

慌てて頭の中を切り替えて冷静になり、目的地である建物の扉についたベルを鳴らす。

 

 

「すみませーん!」

 

 

ベルを鳴らすのと同時に中に居る人に聞こえるような大きな声を出す。

しばらくすると扉がゆっくりと開いて、中から男の人が覗き込むように姿を見せた。

 

ワックスか何かで逆立たせた茶髪に、耳にはいかにもな感じのピアスを付けていて、

着ている服も何だか若者というよりもゴロツキに近い印象を感じる服装をしている。

 

一見して強面の男の人が無言で入るように顎を引き、それにうなずいて建物内に入る。

 

「いよぉ! 久しぶりだなぁ、待たされたよ」

 

「…………お久しぶりです、北岡さん」

 

「相っ変わらずむくれた面してるねぇ。おたくそれでも男子高校生だろ?」

 

「何でもいいじゃないですか」

 

 

建物の中に入って真っ先に声をかけてきた人物は、扉から下に続く階段の先に広がる

ゆとりある空間にポツンと置かれた机と椅子のそばにあるソファで寝転がっていた。

その人物に面識のある僕は久しぶりの面会に顔をしかめさせながら適当に返事をする。

 

僕がやってきた場所とは、隣町にあるかなり有名な法律相談事務所。

そしてそこに居る人物こそ、史上最高の弁護士(自称)にしてこの事務所のオーナー。

『北岡 秀一』その人であった。

 

彼と初めて出会ったのは僕が【仮面ライダー龍騎】となってまだ日も浅く、

どうにかミラーモンスターをボロボロになりつつ倒せるようになった頃だった。

確か三月の中旬に現れたモンスターを倒そうとこの隣町までやってきた時に、

僕の知り合いである【仮面ライダーナイト】とは違う別のライダーと遭遇したのだ。

それこそが【仮面ライダーゾルダ】こと、この目の前に居る北岡さんだった。

当初はライダー同士願いを叶えるために戦ったけど、何度か戦闘中に北岡さんが胸を

押さえて苦しみだして変身が強制解除されてしまう事があって、その度に僕は彼に

止めを刺すことが出来ずに助けてしまい、彼を逃がして自分一人でモンスターと戦い、

結局ライダーバトルを行うことなく二人共普段の姿を知って休戦することになった。

 

「まぁいいけどさ。ねぇ吾郎ちゃん、お茶ちょうだーい」

 

「はい先生、ただいま」

 

そんな北岡さんは僕の微妙な表情に気付いていながらもあえて無視を決め込んで、

後ろに来ていた若い男性、吾郎ちゃんこと吾郎さんにお茶の用意をさせる。

外見からは想像もつかないほど礼儀正しい言葉遣いと恭しい態度で北岡さんの命令に

応えた吾郎さんはそのままキッチンの方へ向かっていき、お茶の用意をし始めた。

僕はその間に積まれていた来客用の椅子を引っ張り出して腰掛け、待つことにした。

二分ほどした後で吾郎さんが高級そうなお皿に乗せて持ってきた茶菓子とティーセットを

堪能して、そこで二人して一息ついた僕と北岡さんは再度話を続ける。

 

 

「さて、と。今回は確かバイトの面接で来たんだっけ?」

 

「はい。そろそろ生活費とか諸々が厳しくなってきちゃって…………」

 

「学生のくせに一人暮らしとか生意気な事しようとするからだろ、ねぇ吾郎ちゃん?」

 

「えっ? いえ、その」

 

「ねぇ、吾郎ちゃん?」

 

「は、はい」

 

 

北岡さんの不愉快な物言いにむっとしながらも、僕は横目で吾郎さんを覗き見る。

吾郎さんは僕の方を見てためらう仕草を見せたけれど、その後に続けられた北岡さんの

高圧的な言い方に肩をビクリと跳ね上がらせてから急いで同意していた。

彼の言葉に満足したらしい北岡さんは飲みかけの紅茶に口を付けて香りを楽しみだした。

僕は顔を動かして吾郎さんの方を向くと、彼は申し訳なさそうに顔を伏せてきた。

外見から誤解されがちだけど、吾郎さんは根はかなり真面目で優しい人なのは間違いない。

初めてここにやってきた時も色々もてなしてくれたし、気配りの仕方も丁寧だったし。

吾郎さんの謝意を視線で感じた僕は先程の不快な思いが少しだけ薄れたのを感じた。

 

 

「まぁとにかくさ、俺としても悪く無い話なわけよ。どういう意味か分かる?」

 

「…………僕がライダーだからですか?」

 

「それもある。でもそれだけじゃない、吾郎ちゃん」

 

「はい。吉井君、君って一人暮らしだから炊事洗濯掃除は出来るんだよね?」

 

「え? ええ、まぁ。人並み程度には」

 

「だそうです、先生」

 

「そゆこと」

 

「え? えっ?」

 

紅茶を飲んで僕と同じように気分が安らいだのか、北岡さんが少し穏やかに話を戻した。

しかし吾郎さんの聞いてきた質問といい、言ってる意味がまるで理解できない。

頭の上に疑問符をフワフワと浮かばせていると、北岡さんが頭を抱えながら呟いた。

 

 

「何よ、分かんないわけ? おいおい勘弁してよ、お前ってそんなに頭悪いの?」

 

「いきなり何ですか。ちゃんと話してくれなきゃ分からないでしょ」

 

「……………ハァ、吾郎ちゃん」

 

「はい。吉井君、先生は君に留守の間の掃除洗濯を任せたいとの事です」

 

「え? そうならそうとなんで最初から言わないんですか?

もしかして北岡さんって、思ってたより頭良くないんですか?」

 

「………雇用主に対しての口のきき方じゃあないよなぁ」

 

「流石はスーパー弁護士だなぁ憧れちゃうなぁ‼」

 

「「………………」」

 

 

いくら慇懃無礼な態度を取ってこようと相手は大人でしかもバイト先の社長でもある。

そんな人に対して卑下するような発言をするような輩がいるだろうか、いやいない。

少なくとも僕なら絶対に言わないね。さて、ここからどう話を持っていこうかな。

とりあえず今はせっかくの収入源を失わないための努力をする他ない。

 

 

「と、とにかく! 僕は北岡さんの留守の間にここを掃除すればいいんですね?」

 

「ん? まぁそうなるな。あーでも、他にもしてもらいたい仕事はあるのよ」

 

「え? 掃除と洗濯以外にですか? ご飯は吾郎さんが作ってくれるでしょ?」

 

「あったりまえだろ、俺が吾郎ちゃん以外の手料理なんか食べるわけないじゃんか。

そっちじゃなくってさ、コッチのお仕事(・・・・・・・)よ。前みたいにさ」

 

「………………」

 

 

そう言った北岡さんが来ている上着の内ポケットから取り出して見せたのは、

もはや僕にとっては馴染み深く、それでいてあまり見慣れないものでもあった。

 

マイルドなグリーン一色に染め上げられたカードデッキ、

その中心には金色の猛牛の頭部のような意匠が施されている。

僕の持つ龍騎のものとはかなり違ったデザインのそれが意味するところは同じ、

鏡の世界の中で命を懸けて願いのために戦う仮面の騎士たちの一人である証。

 

それを気軽にプラプラさせながら値踏みするような視線を向けてくる北岡さんに

嫌なものを見るような視線を逆にぶつけてやりつつ、現状どうしようもないことを

悟って仕方なく無言のまま首を縦に振った。

 

 

「お、話が分かるじゃない。コッチの仕事の報酬は弾むからさ」

 

「…………こんな傭兵みたいなことはあんまりしたくないんですけど」

 

「何を甘っちょろいこと言ってんの。どうせ自分以外は殺すんだぜ?」

 

「ッ‼」

 

お金の為に龍騎の力を使うことへの抵抗感を示した僕の鼓膜に北岡さんの言葉が

重く深く突き刺さり、自分がしようとしている事の重大さを今一度思い知らされた。

確かに北岡さんの言う通りだ。僕がこの力でしようとしていたのは、人殺しそのもの。

それをどう取り繕ったところで重罪であることに変わりはないし、償うことすらできない

大罪になることもまた承知の上だったけど、改めて他人に言われると胸が痛くなる。

 

 

「ま、どーせ最後に勝つのは俺なんだからさ。気楽にいこうよ」

 

「………………僕だって負けられませんよ」

 

「へ~。ならどうするよ? 今ここで、殺り合おうか?」

 

 

先程までのふざけたような態度から一転、獲物を狙う猟師のような鋭い眼光になって

僕だけを真っ直ぐに見つめてくる。まるで見えない拳銃の銃口を向けられたような気分だ。

それでも怯むわけにはいかず、北岡さんの射貫くような視線にも睨み返して抵抗の意を示す。

お互いがカードデッキに手を伸ばし、完全に戦いの火蓋を切って落とそうとしたその瞬間、

それまでは気にも留めなかった朝のニュース番組が一気に騒がしくなり、アナウンサーや

キャスターたちが慌てふためいた様子で騒ぎ出した為、この場の三人ともが全員TVの画面に

視線を向けて放映されているニュース速報を見た。

 

 

『た、たった今入った速報です‼ 本日未明、○○市内の刑務所に投獄されていた殺人犯の

浅倉 威被告が刑務所から脱走し、現在行方が分からなくなっているとのことです‼』

 

「ハァッ⁉」

 

「えっ⁉」

 

「?」

 

『えー警察によりますと、脱獄したであろう浅倉被告は何らかの手段を用いて物理的に

独房の格子戸を破壊して脱走し、その後の足取りは現在詳しい捜査が行われていると』

 

「……………はぁ~、マジかよ」

 

「どうなさいますか、先生」

 

「え? え?」

 

 

ニュースキャスターが慌てながら伝えた情報を聞いた途端に北岡さんが盛大に驚き、

それとほぼ同じリアクションを吾郎さんも取っていた。でも、僕には何が何だかさっぱりだ。

ついさっきまで僕らの間にあった緊迫した空気はどこへやら、北岡さんは完全に脱力しきって

椅子の背もたれに身体を預けてぐったりとしてしまい、吾郎さんも対応しきれずに困っている。

とにかくいったいどうしたのか聞いとくべきかな?

 

 

「あのー、どうかしたんですか?」

 

「あぁ? どーもこーもないって! 浅倉が逃げちまったんだよ‼

せっかく俺が刑務所にぶちこませて面倒な案件が片付いたと思ってたのにさ‼

あーもー‼ ホンットにあーゆー奴の考えてることは俺には理解できないね‼」

 

「せ、先生。落ち着いてください」

「…………はぁ~、吾郎ちゃんに言われちゃしょうがないか。

もういいや。メンドいし、こういうのは俺じゃなくて警察の仕事だろうしさ」

 

「それはまぁ、確かに」

 

「だろ? そんなら俺に関係は無い、なら首を突っ込む必要も無いってわけ。

そーゆーわけで吾郎ちゃん、車出してー。そろそろ先方との約束の時間だ」

 

「はい」

 

 

怒り心頭といった感じだった北岡さんはひたすら感情をぶちまけたらスッキリしたのか

やる気になりだして、吾郎さんに仕事用の車を取りに行かせた。

ため息を二度ほどつきながら仕事着に着替えた北岡さんは迎えに来た吾郎さんと一緒に

外へ出ていき、そのまま仕事場へと向かってしまった。僕には何も無しかよ。

ま、とにかく言われた以上はきちんと仕事しないとね。

 

 

「よぉし、やったるかな!」

 

 

念の為に用意しておいた汚れてもいい服に着替えて、だだっ広い事務所の掃除に挑む。

最初はとりあえず一番最初に言われたように、窓拭きからでも始めようか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"ぁ"~~~、終わったぁ………」

 

ただ今の時刻は午後の15時を少し過ぎた辺りで、太陽はもう傾きかけている。

僕が北岡さんの事務所の清掃を開始したのが午前8時だから、既に七時間以上が経過していた。

もちろんぶっ続けで掃除を行っていたわけではなく、途中で休憩も食事もはさんだ結果では

あるんだけど、まさかここまで遅くなるとは思ってなかった。無駄に広過ぎるよ、ここ。

額から溢れ落ちる汗の粒を腕で拭って一仕事終えた後の爽快感を改めて実感する。

仕事終わりの一杯は最高って大人は言うけれど、こういう仕事を終えた直後の爽やかな気分は

まさしくそれに該当するものだと思っている。第一、僕は未成年だから飲めないんだしね。

 

「ふぅ~……………ん?」

 

 

綺麗に吹き終えたピカピカのタイルの上で一息ついていると、事務所のデスクの上にある電話が

けたたましく鳴り響いていることに今更気付いた。だってさっきまで掃除機かけてたから、ね?

もしかしたら北岡さんへの仕事の依頼かもしれないと考えた僕は電話を取ることにした。

筋肉疲労を訴える足腰に喝を入れながら立ち上がってデスクに近づいて電話の受話器を取る。

すると受話器の向こう側からはすごく聞き覚えのある嫌な大人の声が聞こえたきた。

 

 

『あー、もしもし? 自分で自分の事務所に電話かけるってなんか気持ち悪いんだけど

お前の連絡先知らないからさ、なぁおい、聞いてる?』

 

「なんだ北岡さんですか。どうしたんですか」

 

『なんだじゃないよ、早くコッチに来い。お待ちかねのお仕事だよ』

 

「……………ホントにやらなきゃダメですか?」

 

『当たり前でしょ。俺がもしもやられるようなことにあったらアレよ?

今回のバイト代も報酬も出ないってことになっちゃうわけよ? いいの?』

 

「あーハイハイ! 分かりました、行きます! 場所どこですか?」

 

『そこから駅前の方に走って6分ぐらいのとこにある高いビルの立体駐車場!』

 

「分かりました!」

 

 

電話の相手は北岡さんで、どうやら嬉しくない方の知らせが来たらしい。

仕事に行く前の彼に言われたけど、やっぱり抵抗があるんだよね、こういう事するのはさ。

それでも、やるしかないのかな。非合法なやり方を選んでしまった僕にはもう、こういった

自分で自分の手を汚すような血みどろの道しか残されていないのかな。

 

 

「でも、やるっきゃないんだ」

 

 

一介の高校生が進むには険しい道だとしても、一度選択した事実は変えられない。

後戻りが出来ない以上は進むしかできない。立ち止まっていても何も変えられない。

 

自分自身に対する覚悟を今一度改めた僕はカードデッキを手にして姿身鏡の前に立った。

そこでもはや手慣れたような動作を行って、右手を左肩の正面に鋭く伸ばして叫んだ。

 

 

「変身‼」

 

 

鏡に映った自分に装着されたベルトがいつの間にか現実の僕にも装着されていて、

そこに龍騎のカードデッキを差し込んで生成された龍騎の鎧が全身を包み込むのを待ち、

ほんの一瞬の光の後に残された自分自身の変わり果てた姿を見つめて、意気込む。

 

「ッしゃあ‼」

 

 

左手に鎧と同じく装着されていたドラグバイザーがあることを確かめ、鏡の世界に飛び込んだ。

 

「と、言ってもどうやってそこまで行けばいいんだろ」

 

意気込んで変身したはいいものの、実際は移動手段が無くて困り果てる。

このままでは北岡さんがピンチに陥って最悪やられてしまうかもしれない。

本当なら倒すべきライダーが減ることを喜ぶべきなんだろうけど、どうもそう思えない。

自分はこの手で倒したいわけでもないのに、ライダーが死ぬことに戸惑いを覚えている。

 

 

「…………いや、まずはどうするべきかを考えよう」

 

 

とにかくここで立っていたって何も変わらない、まずは行動あるのみだ。

思い立った僕はすぐさま全てが鏡写し状態の北岡さんの事務所から飛び出していき、

指定された場所に向かって駆け出した。

 

住宅街の脇や誰もいない道路を駆け抜けていく僕はすぐに目的地であるビルを視認し、

そこに向けての最短ルートを割り出して近道である建設途中の建物を通り抜けようとした。

このミラーワールドには人間はもちろんのこと、建物を作っている重機や機械も動いておらず、

あらゆる干渉を受けずに自由に動くことが出来るのだ。ミラーモンスターを除けばだけど。

そう考えて建物内部に入った矢先、いきなり頭上から鉄骨が降り注いできた。

 

 

「うわぁ⁉」

 

 

突然の出来事に驚きながらも寸前のところで気付いて回避に成功した僕はそのまま

鉄骨が降ってきた場所を特定するために頭上を見上げ、そして驚愕した。

 

 

鋭角的に尖った肩部の装甲と同化した鎧は、全てを朽ち溶かし腐らせんとする毒紫色に染まり、

それらの装甲の広がっている部分には金色の象形文字チックなラインがギラついた輝きを放つ。

黒いライダースーツで身を包み、腰のベルトの中央にあるバックル部には僕やナイトとは

異なる紫色に染まった金色のコブラのような意匠の施されたカードデッキが鎮座していた。

 

目につくモノ全てに襲い掛かり、弱ければ殺して喰らい、強ければ捻じ伏せ喰らう。

獰猛にして凶暴な野生動物の如き殺気を無差別にばら撒いている姿はまさしく、獣の(ちょうてん)

初めて見る新たな仮面ライダーを前に硬直した僕に、謎のライダーが話しかけてくる。

 

 

「お前かァ、ライダーってヤツは! やっとこのイライラをどうにかできそうだ‼」

「そんな、こんな時に他のライダーと出くわすなんて」

 

「おォ………気分が良くなってきた、ハハハッ! やっぱ、こうでなきゃなァ‼」

 

 

会話にすらなっていないほど不明瞭な言葉の投げ合いの後に、謎のライダーが襲い掛かってきた。

 

 






いかがだったでしょうか?
久々の投稿なので少し短めにさせていただきました。
どうもディケイドの方でも言ったのですが、戦闘描写が元から下手くそ
だったというのにさらに磨きがかかってド下手になったみたいでして。
文才が無いというのはやはり、嘆かわしい限りですね。

気を取り直して次回についてでも。
次回は前もってお伝えしますが、かなり投稿が遅れると思われます。
ですが失踪は決してしないので、どうか皆様お待ちくだされば幸いです。


戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!

ご意見ご感想、いつでもお待ちしております!


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問18「僕と報酬とわずかな疑念」




どうも皆様、のどを傷めて一か月経過した萃夢想天です。
一か月近くも更新を滞らせてしまったことをここにお詫び申し上げます。
忙しいというのもありますが、偏に私の力不足ですハイ。

しかし昨日から長期休暇に入りましたので、これから少しは早く投稿を
出来るのではないかと思っています。ええ、あくまで可能性です。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

「ハァッ‼」

 

 

北岡さんの援護に向かおうと近道のつもりで入った鏡世界(ミラーワールド)内の建設途中のビルの中で、

僕は全く予期せぬ相手と遭遇してしまった。

全身を紫色の装甲で覆っている謎のライダーがそれまで見下げるように立っていたのだが、

唐突に声を張り上げながら僕のいる一階部分に飛び降りて来て__________って危なッ‼

 

 

「うおぉ! いきなり何するんだ‼」

「ハッ! 避けるなァ、イライラするだろ」

 

 

出会って数秒で攻撃を仕掛けてきたライダーに向けて僕はその意思を問う。

まぁ戦い合うことが僕らの本来の姿だから間違ってはいないんだけど、それでもいきなり

攻撃を加えられて怒らない奴なんていない。だから僕は眼前のライダーに問いかけた。

しかし当の相手は心底身勝手な言い分と共に再び僕に攻撃を加えようと接近してくる。

 

 

「アァ‼」

 

「うわっ!」

 

 

地面を転がりつつも相手の放ってきた攻撃の始終を見ていた僕は確信する。

このライダー、こと戦闘という分野に関していえば明らかに素人なのだろうと。

普通倒れている相手に対しては拳を用いたりはせず、脚を使った蹴りを使うのが定石。

確かにこのライダーも蹴りをしてきたんだけど、どう見ても回避されることを読んでいない

フォームでの蹴りで、空振りしてしまったために体幹がブレて大きくよろめいている。

両手でバランスを取りつつ避けた僕の方を向いてしっかりと仮面の奥の双眸で捉えて、

そこからさらに距離を取った僕の動向をうかがうようにしてその場で立ち止まった。

 

 

「………いきなり、何をするんだよ」

 

僕はゆっくり立ち上がりながら再度同じ質問を繰り返す。

相手は確実に願いを叶えるためにモンスターと契約したライダーだということは分かって

いたけれど、それでも突然奇襲のような形で攻撃してきた目の前の相手の意図を知りたかった。

眼前で僕の方へと独特な体の揺らし方で向き直るライダーは、僕の問いを軽くあしらった。

 

 

「ハッ、何をするかだと? 闘うんだよ」

 

「だから、どうして闘うんだって聞いてるんだ‼」

 

「どうして? どうしてだと? お前バカか」

 

「何だと⁉」

 

「コレはこういう事のために使うモンなんだろ…………違うのか?」

 

 

ぶっきらぼうに答えたライダーの言葉に対して、僕は何も言えなくなる。

声の感じからして男なんだろうけど、実際彼の言う通りとしか言えない。

このライダーの力はそれぞれの持つ願いを叶えるためのものだ、理由はそれだけでいい。

そしてその願いを叶えるためには、力を持つ者同士が戦い合って最後の一人になるしかない。

だからこそ、この力を持つ僕らが戦い合うことのは何も間違ってはいないのだ。

 

でも、だからって、本当にそんな簡単に人と戦えるのかな。

 

数日前に現れたシザースと対峙した時は、現場にいた友香さんの身に危険が及んだからで、

さらにそこから乱入してきたベルデと闘ったのも、あの場にいたナイトを助けるためだった。

結局のところ、僕は自分自身の意思だけで人と戦ったことは一度もない。

そんな僕は本当に願いを叶えられるのだろうか。願いを叶えて、いいのだろうか。

 

 

「おォ………何をボーっとしてるんだ? ァア‼」

 

「ぐっ、がッ‼」

 

 

自分自身への矛盾に気付いて考えていた隙を、紫のライダーに狙われて攻撃を受けた。

中腰になっていた僕はボディーブローを浴びせられ、二撃目に右足で蹴り飛ばされてしまう。

吹っ飛んで基礎工事中の建物の中を転がる僕を、彼はとても愉快そうに眺めていた。

蹴りを受けた腹部を押さえながら立ち上がる僕を見て、相手もまたこちらに近付いてくる。

 

 

(このままじゃ本当にやられる…………相手は本気なんだ‼)

 

 

受けた一撃一撃がモンスターと同じく殺気を帯びていることを察した僕はすぐに相手が

僕を本気で殺しにきていることを悟り、どうにかしようとベルトのバックルに手を伸ばす。

バックルの右側のカードを取り出すための溝に手を置き、そこから一枚のカードを取り出し、

右手でつかんだカードを左手のドラグバイザーへと装填してその情報を読み取り発動させる。

 

 

【SWORD VENT】

 

「止めてくれ! 僕は今あなたの相手をしてる暇なんてないんだ!」

 

 

僕の契約している赤い龍、ドラグレッダーの尻尾の部分を模した青龍刀に似た専用武器の

ドラグセイバーを召喚した僕は、その切先を相手に向けながらどうにか説得を試みる。

そうだ、僕はこんなところでライダーバトルをしている暇なんてなかったんだ。

そもそも僕は北岡さんが援護を要請したからそこへ向かう途中だっただけであって、

わざわざその道中でライダーと戦って消耗する必要は無い。これは無意味な戦いなんだ。

 

いや、コレは逆にチャンスなのかもしれない。

 

相手と自分と一対一で、今のところモンスターが乱入してくる気配は無い。

だったら今この場でライダーを一人倒しておけば、残るライダーは十一人になる。

その内の二人はナイトと北岡さんのゾルダだから、実質残りは九人になるはずだ。

九人、果てしなく長い道のりだけど、そのための一歩が今目の前にいる。

 

やるしか、ない。

 

 

『何を甘っちょろいこと言ってんの。どうせ自分以外は殺すんだぜ?』

 

 

 

僕が自分自身に闘うべきだと言い聞かせた直後、北岡さんの言葉が脳裏に浮かんできた。

彼は昼間この言葉を何でもないように言っていたけど、よく考えれば正気じゃない発言だ。

自分以外の人間を十二人も、殺す。自分が叶えたい願いのために、今を生きる十二人の命を。

 

 

「確か、こーするんだったなァ………」

 

【SWORD VENT】

 

 

またしても僕は、先程犯したのと同じミスを繰り返してしまった。

自分の中で激しく葛藤しているうちに紫のライダーはコブラの頭部を模した杖上の召喚機に

カードを装填し、その効果を発動して不思議な形状の刃の無い曲剣を右手に掴んでいた。

 

 

「ハッハァ‼」

 

「ぐあぁ‼」

 

 

例えるならば神話上の生物の角のような形をしたその曲剣は異常なまでの剣速で僕へと

向かってきて、連撃などの計算を考えられていない一撃の一振りを浴びせられた。

龍騎の鎧がバチバチと火花を撒き散らして受けたダメージの深刻さを物語る。

この世界でのダメージは自分自身がこの世界にいられる時間の短縮に文字通り直結するため、

なるべくなら被弾は避けねばならなかったはずなのに………完全に僕の油断が招いた失態だ。

 

「あァ…………やっぱりコレはいい、スッキリする。イライラがもう治まってきた」

 

「ぐぅ………それは良かったね。だったらもう、戦いは止めにしない?」

 

「はァ、でもまだだ。今度は足りなくなってきた。暴れ足りなくなってきたなァ!」

 

手にした剣の腹をジロジロと見つめながら訳の分からない言葉を連呼するライダーに、

僕は痛みを堪えつつ停戦を呼びかけるも失敗に終わり、再び相手が襲い掛かってきた。

猛進してくる相手を見据え、僕は右手のドラグセイバーをタイミングよく横薙ぎに振るう。

しかし、相手はその攻撃を回転しながらの反撃でいなしてから空いた左手で拳を繰り出す。

 

「がッ‼」

「ォアぁ‼」

 

「うああっ‼」

 

 

左拳を仮面に直撃させられた僕は怯み、相手に更なる追撃のチャンスを与えてしまう。

そしてそのチャンスを相手は逃さず、もう一回転して正面を向き、右手の曲剣で切り上げた。

またしても剣での攻撃を受けて火花を撒き散らしていく龍騎の鎧は、深手を負い過ぎていた。

既に僕の見える範囲内で鎧のあちこちに小さなヒビが入り始めているのが見て取れる。

このまま勝負を下手に長引かせれば不利になるのはどちらなのか、言うまでもないだろう。

 

 

「やるしか、ないのか!」

 

「おォ…………ようやく戦う気になったのかァ」

 

「クッソォ‼」

 

「ハッハァ‼」

 

 

龍騎の鎧へのダメージと相手から感じられる殺気、そして僕自身の覚悟の甘さ。

現状における全ての要因を再認識させられた僕は、今度こそライダーとして戦う決意を固めた。

自分自身の情けなさからくる怒りの感情をそのまま口にし、眼前の相手を敵と認識する。

曲剣を振り上げながら向かってくる紫のライダーを直視して、僕もドラグセイバーを構える。

 

 

「たあっ‼」

 

「ハァッ‼」

 

 

見よう見真似の剣術もどきの太刀筋でドラグセイバーを届く範囲内にいる相手に振るうも、

相手は先程と同じようにくるりとその場で一回転しながら曲剣の腹で僕の攻撃を捌き弾いた。

僕は剣戟を弾かれて体勢を崩し、そこに回転のエネルギーを込めた蹴りを叩き込まれた。

 

 

「がはッ‼」

 

「オぉ………どうしたァ、もう終わりか? ァああ‼」

 

 

しかし今度は蹴り飛ばすだけでは終わらず、空いている左手でふらつく僕の腕を引き寄せて

曲剣の柄頭で四回ほど連続で仮面へ、頭部へ向けて殴打してきた。

当然ダメージを受けて唸り声を上げてしまうが、相手はお構いなしに膝蹴りまで織り交ぜる。

 

 

「ぐっ! あぐっ‼」

 

「ぁア…………イイ、やっぱりライダーってのはイイなァ!」

 

 

僕が同じ人間であっても知ったことではないと言うように、情け容赦ない攻撃を浴びせられる。

いくら戦法が素人だとは言っても相手は僕を殺すことに罪悪感も抵抗も感じてはいない、

つまり人を殺すことに躊躇もためらいもしていない。こんな人がライダーだなんて!

 

ふと、ここで僕は理解した。

 

相手が人だと分かっていながら、それでも殺そうと戦うことが出来るのがライダーではないか。

僕のように、願いがあるのに人を殺すことを躊躇っている方が、おかしいのではないか。

 

 

「ハァッ‼」

 

「あぁッ! ぐ、がぁ…………」

 

 

紫のライダーの猛攻が、曲剣を正面から上段振り下ろしての一太刀で幕を閉じた。

その一閃によって僕の龍騎の鎧から凄まじいほどの火花が噴出し、巨大なヒビを生み出す。

意識を回避や防御に専念させなきゃいけなかったのに、何故僕は考える事を止めなかったのか。

それとも、人の命の生殺与奪について考える事を、止められなかったのだろうか。

あるいはそのどちらもなのか。でも、今の状態に陥った僕からすれば些細な問題だった。

 

今、僕は死の瀬戸際に立たされている。

 

 

「ハァァ……………つまらん」

「ぐっ、ふぅぅ!」

 

「おァ‼」

 

「がはッ‼」

 

 

倒れ伏す僕を見ながら「つまらない」と吐き捨てたライダーを見上げ、ただ痛みに耐える。

立ち上がろうと力を籠めれば即座に力強く足で背を踏まれて地面に叩きつけられてしまう。

他者を踏みつけるという行為もこのライダーからすれば、何のことも無いのだろうか。

 

違う。そんなことは間違ってる‼

 

他人を無意味に傷つけて、他人の命を簡単に奪おうとして、それが正しいわけがない!

例え自分が殺されそうになったとしても、僕は他人の命を奪おうだなんて考えない!

 

だってそれが、正しいこととは思えないから!

 

 

「こんな、ところで………!」

 

「あァ? まだベラベラとしゃべるつもりか?」

 

「こんな、ところで!」

 

「ォお………?」

 

「死んで、たまるか‼」

 

 

とにかく今、僕にはすべきことがあって、出来ることがある。

だったらするべきことをして、出来ることを出来る限りやるしかない!

妹の命を求める戦いをする前に、僕が死んだら元も子もないじゃないか!

 

「う、おおおお‼」

 

「ォお!」

 

ゆっくり力を込めていてはさっきと同じように踏みつけられてまた振り出しだ。

だったら一気に力を込めて立ち上がれば、きっと相手が踏むよりも先に立てる!

そう考えた僕は即座に実行に移し、それを見事に成功させた。

瞬時に立ち上がった僕によろめかされた紫のライダーは片足で後ろへ後退していく。

 

でも、そこを逃がすほど僕は甘くはない!

 

「ぜりゃああぁ‼」

 

「ォあ⁉」

 

 

立ち上がったのと同時に右手のドラグセイバーを振り抜き、ライダーの鎧を切り裂く。

もちろん不意の一撃であった上に僕自身も体勢が整っていなかったため、攻撃と呼ぶには

少し弱かったものの、それでも相手を怯ませることには成功した。

そのまま完全に立ち上がった僕は、ドラグセイバーを構えつつ左手を仮面の前に持ってくる。

 

 

「ッしゃあ‼」

 

 

いつもミラーワールドへ入る時、自らを鼓舞するためにかける掛け声を力強く言い放つ。

その勢いそのままに、両手でしっかりと柄を握ったドラグセイバーで相手を斬りつける。

 

右斜め上から袈裟斬りに振り下ろし、返す刀で左側から腹部を真横へ薙ぐように一閃する。

相手の装甲から噴き出る火花を散らすように再び刀を振るい、更なる連撃を刻み込む。

上から下へ、下から横へ、横から上へ、そして再び上から下へ。

縦横無尽に剣を振るい、その度に紫色の鎧からは金属がぶつかる音と火花が弾ける。

ほんの数秒程度の攻撃だったはずなのに、僕にはそれが数分以上のものに感じられた。

 

 

「ぐォ、おァ!」

 

「はああぁ‼」

 

連続して攻撃を繰り出すたびに前進するため、気付けば建物の端の方まで辿り着いていた。

このままいくと相手が壁を背にすることになり、背面の死角を得られなくなってしまうと

戦いの中で磨いた勘が僕に囁きかけ、この辺りで攻撃を終わらせようと手に力を籠めさせる。

下から逆袈裟気味に斬り上げた剣の切先をそのままに、僕はその場で小さく跳躍した。

そして両膝を素早く畳み込み、よろめいている相手の胸部の装甲めがけて同時に突き出す。

 

 

「だりゃあ‼」

 

「おゥ………はン?」

 

 

ちょうど相手の胸部を踏み台にする形でそこからさらに上へと跳躍していった僕を、

蹴り飛ばされたことで先程以上に大きくよろめいた紫のライダーが見上げている。

僕が次に何をするのかを読んだのだろう、相手は手にした曲剣を顔の前に横向きに構えた。

 

(アレで防いでからカウンターで一太刀入れる気か! でも…………甘い‼)

 

 

空中で後ろ向きに回転しつつ相手の意図を読み取った僕は、咄嗟に行動を切り替える。

本来ならばこのまま落下する勢いを剣に乗せて両手で握ったドラグセイバーを振り下ろす

算段でいたんだけど、このままだと待ち構えている相手の思う壺になってしまう。

そこで僕は少しだけ体の位置を調整し、つい先程跳躍しながら見つけたある物へと近付く。

 

その時タイミングよく僕の体が半回転し、頭が下に、足が上へと向いた。

 

 

「今だッ‼」

 

「ァあ⁉」

 

 

次の瞬間、僕の両足は建設途中だったために(・・・・・・・・・・)剥き出しになっていた(・・・・・・・・・・)太い鉄骨(・・・・)を完璧に捉え、

それを足場にするようにして空中から地上へ向けて逆さまに跳躍し、その勢いを剣に乗せた。

僕のとった行動に驚きを隠せずに動揺する紫のライダーだったが、防御の構えは解いていない。

このまま反撃される可能性も捨てきれない。でも、だとしても!

 

 

「押し、通るッ‼」

 

この一撃に自分の全てをかけるように力を籠め、満身の力を以てドラグセイバーを振り下ろす。

 

「だああぁああ‼」

 

ほんの一瞬、ドラグセイバーと曲剣とがぶつかり合った感触が手に伝わったが。

 

 

「ぐォォおおおおッ⁉」

 

 

僕の覚悟を乗せた一撃が、曲剣を真っ二つに切り裂きながら相手の鎧に到達した。

激痛を感じているであろう悲鳴を聞きながら地面へ着地し、そのまま僕は猛然と駆け出す。

この一撃には僕の全てを賭けた。だからこそ、これ以上の戦闘は不可能だと分かっていた。

あのまま戦いを続けていればおそらく、人を殺す覚悟ができていない僕が負けていただろう。

だから勝負をお預けにして、願いの達成を先延ばしにしてでも、今は生き延びなきゃならない。

コレは決して敵前逃亡じゃない。あくまで生き残るための撤退だ。

自分にそう言い聞かせながら、僕は後ろを振り返らずに脱兎の如く駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ォお…………おお…………」

 

 

龍騎こと明久が重い一撃を繰り出して即座に撤退していったその後、建物内では。

思いがけない発想から繰り出された攻撃をまともに受けた紫のライダーは仰向けに倒れていた。

しきりに「ォお……」だの「あァ……」だの吐息に近しい言葉を口からこぼれ落としながらも

その仮面の下の双眸は、確かにギラギラと血走り、閉じられてはいなかった。

 

紫のライダーが受けたダメージは、実は龍騎が受けたダメージほどではない。

龍騎の攻撃は一撃一撃が軽く、また人を傷つけることへの抵抗もあってか浅かったのだ。

しかし最後のあの一撃、あの一太刀だけは紫のライダーの心と体に深々と刻まれた。

 

 

「ァ、あァ…………イライラ、するなァ………!」

 

 

戦っている間だけは普段から感じる理不尽なイラつきも抑えられて感じていなかったのに、

何故か今になって治まったはずのイライラが再び彼の肉体を支配しかけていた。

一度スッキリしてしまえば、しばらくは大丈夫だったはずなのに、一体なぜなのか。

紫のライダーは自身が感じ始めたイライラの原因を、本能で察していた。

 

 

「そうだ………あの赤い奴、アイツだァ! アイツが、俺を、イライラさせる!」

 

 

たった今自分を切り捨て、即座にどこかへと立ち去っていった赤いライダー。

最後の一太刀といい烈火の如き連撃といい、思い返せばさらに苛立ちを募らせることばかり。

もはや思い返すというより蒸し返すといった勢いで怒りを再発させ始めた紫色のライダーは、

受けたダメージなど気にも留めずに体を起こし、左腕を膝頭に置いて気怠そうに呟く。

 

 

「北岡を潰してもスッキリするだろうが、アレを潰してもスッキリするだろうなァ!」

 

 

仮面の下に邪悪な笑みを受けべながらその男、浅倉は人知れずそう呟いた。

 

 

「……………………」

 

 

そしてそんな状態の紫のライダー、浅倉のことを密かに観察する者がいた。

ミラーワールド内の太陽の影響で逆光の中に姿を隠している者は、先程まで龍騎と浅倉が

変身していた紫のライダーとの戦いを、その一部始終を全てここで観察していたのだ。

 

それまで無言で戦闘を見つめていたソレは、静かに呟く。

 

 

「脱獄犯の浅倉 威がまさか【仮面ライダー王蛇】になっていたとは…………驚きでした。

ですがそれ以上に興味を惹かれるのはやはり彼、仮面ライダー龍騎、吉井 明久君ですね」

 

 

龍騎と紫のライダーこと王蛇の正体を知るソレは、誰にも知られずにその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの紫のライダーと一戦交えた後、僕はすぐに北岡さんの事務所へと引き返した。

理由は単純。あのライダーとの戦いでダメージを受け過ぎた結果、龍騎の鎧の崩壊が

いつもより早まってしまい、仕方なくドラグレッダーを喚び出してから元の世界に帰ったのだ。

おそらく僕からの救援を待っているだろう北岡さんに申し訳ないと思いつつ事務所に掛けられた

鏡の中から飛び出し、不意に顔を見上げたその先に、驚くべき光景が広がっていた。

 

 

「よぉ、お疲れ。随分待たせてくれるじゃない?」

 

「え、あれ⁉ 北岡さん⁉」

 

そう、僕が喚び出したドラグレッダーが援護するはずの北岡さんが何故か目の前にいるのだ。

僕はすぐに後ろに目を向け、そして周囲を見渡す。よし、ここはもう現実の世界だ。

ミラーワールドから確かに出てきたことを確認してから、再度北岡さんがいることを確認する。

 

 

「なんでいるんですか‼」

 

「なんでって、ここは俺の事務所なんだから俺がいるのは当たり前でしょ」

 

「いや、そうじゃなくて!」

 

「何が違うんだよ、おかしな奴だなーおたくも」

 

「おかしいのは北岡さんでしょ⁉」

 

 

間違いなく目の前にいるのは北岡さんだ。ここまで口が悪い人がそう何人もいるもんじゃない。

ということは、僕がさっき援護に向かわせたドラグレッダーはいったいどこへいったんだろう。

そう思っているとすぐ後ろにある鏡の向こう側から、小さく聞き覚えのある遠吠えが聞こえた。

この声は間違いなくドラグレッダーの声だ。てことは、北岡さんを捜してここまで来たって事?

 

 

「どうして………?」

 

ほんのわずかな疑問だったが、改めて一から整理することにした。

 

まず初めに北岡さんが僕へ援護の要請をしてきた。だから変身してミラーワールドへ行ったんだ。

そして次に僕は現場へ向かう途中で紫色のライダーと遭遇し、ライダーバトルをさせられた。

思った以上に苦戦してしまい、余計なダメージを受け過ぎたせいで龍騎の鎧が時間切れを起こし、

止む無くミラーワールドから出てきた。そして目の前には北岡さんがいる。ハイここがおかしい。

 

けれどその時、僕の天才的頭脳がある仮説を立てた。

 

 

(待てよ? もしかしたら北岡さんは僕が来るのを待たずにモンスターを倒したんじゃないか?

それか、本当はピンピンしてたけど僕を誘き出してライダーバトルで勝とうとしたとか?)

 

瞬時に僕の優秀な頭脳が立てた二つの仮説。そのどちらも、ある意味説得力があった。

 

最初の仮説は、北岡さんの変身する【仮面ライダーゾルダ】の強さを鑑みての事だが、

実際ゾルダはかなり強く、そう簡単に窮地に陥りっこないことは実体験を以て語ることが出来る。

でも北岡さんはたまに胸を押さえて苦しそうにすることもあるし、それがあったのかもしれない。

だとしても、あの北岡さんが僕に助けを求めるだろうか。そう考えると可能性は低い。

となると最も有力な仮説は二つ目の僕を誘き出して戦い、ライダーバトルに勝利することになる。

正直な話、こういう性格の人だからやりかねない。というか、おそらくするつもりだったはずだ。

 

危ない危ない。策略に引っかかって僕の願いを台無しにされるところだったよ。

でも流石僕だな、北岡さんの仕掛けた罠すら見破ってこうして無事でいるんだから。

 

自分の優秀過ぎる頭脳を後で誉めてやろうと思考を切り替えた矢先、北岡さんが口を開く。

そしてその言葉を聞いた僕は、頭が真っ白になった。

 

 

「どうしても何も、おたくが来たからに決まってるだろ?」

 

「____________え?」

 

 

僕が、来た? 北岡さんが呼び出した場所に、僕が?

 

北岡さんの言っている言葉の意味が分からず、しばらくの間思考をフリーズさせてしまう。

そんな僕に気付いていないようで、北岡さんはさらに僕の思考をかき乱す発言を続けた。

 

 

「おかしいのはおたくだろ? こっちがびっくりするぐらい早く援護しに来といて、

モンスターを全滅させちまったら何も言わずにどっか行っちゃうしさ。しかもおたく、

なんで俺よりも早く帰っておいてここに来るのが俺より遅いわけ?」

 

 

続けて北岡さんの口から出てきた言葉を聞いた僕は、脳内回路が焼き切れる音を聞いた。

 

 

「何の、話ですか? 僕は北岡さんの援護にいけなかったじゃ、ないですか………」

「はぁ? おたくどうしちゃったの? 何いきなり訳の分からんことを________あ」

 

 

まるで理解不能な事を言い出した北岡さんが、僕の上手く思考が働いていない中で紡いだ

言葉を聞き終えてから何かを思い出したような顔つきになり、そして声高に語った。

 

 

「はは~ん、なるほどねー。おたくも中々食えない性格してるね」

 

「え? へ? あの、だから」

 

「戦った分の報酬金が少な過ぎる、って言いたいんだろ? ホントいい性格してるよ。

吾郎ちゃーん、コイツに支払う予定だった給金にもう5%上乗せしておいてー」

 

「ハイ、先生」

 

 

何やら僕のことを油断ならない視線で見つめてくる北岡さん__________って違う!

僕は別にお金のことなんてどうでもいい(訳じゃない)けど、それよりも大事な話が!

一人で納得している北岡さんにもう一度今の話の内容を詳しく聞こうと身を乗り出した

直後、僕の背後から吾郎さんが音も無くやって来て、目の前の机に何かを置いた。

見てみるとそれは、何てことはない普通の茶封筒だった。もしかしてこれ、バイト代?

 

 

「ほら、これで貸し借りは無しだ。大人の契約ってものが少しは分かったか?」

 

「え、その、だから!」

 

「おいおい、これ以上せびろうっての? いくら俺がスーパー弁護士で金持ちでも、

無駄遣いするべき場合とそうでない場合ってのは分かるぜ? というわけで、お疲れさん」

 

「は? え、ちょっと!」

 

「ほら帰った帰った。いつまでもいられて高校生のガキを働かせてるなんて知られたら、

俺の弁護士としての好感度だだ下がりよ? でしょ、吾郎ちゃん!」

 

「ハイ」

 

「だからさ、ほら! もらうモンもらったんだから早く帰れって、じゃあな」

 

 

訳が分からな過ぎて頭がどうにかなりそうになっていると、北岡さんがバイト代の入って

いるであろう茶封筒を僕にしっかりと握らせてから肩を掴んで向きを変え、背中を突っぱねた。

後ろにいる北岡さんの方に顔を向けると、椅子に座ろうとしながら僕に「シッシッ」と手を

プラプラ揺らしてあからさまな帰れアピールをしてきた。大人げなさ過ぎでしょ、北岡さん。

 

とにかくこれ以上ここにいても意味が無いし、逆に良くないことが起こるかもしれない。

特に北岡さん。あの人は僕を罠に嵌めようとしたかもしれない人だし、もっと警戒しないと。

さらに言えばあの紫のライダーも要注意だ。何の躊躇いも無く攻撃してくる辺り、かなり危険だ。

「そ、それじゃあさよなら」

「おーう。またヤバくなったら金出すから雇われてよ」

 

「もう二度としません!」

 

「………青いねぇ。ま、いいけどさ」

 

 

一応バイト代もくれたし、形式上雇用主だったため礼儀はある程度尽くさなきゃいけないと考え、

扉を開けて事務所を出ていく前に帰りのあいさつとお礼を言っておこうと振り返った。

でも北岡さんの口からは相変わらず利己的な印象の言葉しか出てこないため、僕は呆れてしまう。

こんなに神経が図太い人が倒すべきライダーの内の一人だなんて、気が滅入るよ。

 

あまりここと北岡さんには近寄らないでおこうと密かに決め、事務所を後にする。

それにしても北岡さんの言ってた言葉、まるで意味が分からなかったな…………ま、いいか!

 

 

 

 

 

ちなみに夜に家に帰って茶封筒の中を見て、5万2700円も入っていて感激したのは秘密だ。











いかがだったでしょうか?
一番閲覧数が多いこの作品も、ようやく更新ができました!

さぁ、ここからさらにライダーバトルが加速します!
皆さんが好きなライダーも、なるべく早めに出演させるように
努力いたしますので、皆さん応援よろしくお願いします!

それにしても、北岡さんの元に来た龍騎とは一体…………?


ご意見ご感想、並びに批評につきましても大歓迎です!


それでは皆様、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに‼


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問19「僕と心配と頂点への挑戦」




どうも皆様、またしても一か月も更新と滞らせてしまった萃夢想天です。
悪気はないんです。ただ、夏風邪ひいたりPCが不機嫌だったりPCが(略
とにかくこれ以上の停滞は無いです。無いと思いたいです。
ですので皆様もどうか、これからも応援よろしくお願いいたします。

実は謝罪文含め、この回書くのも五回目です。TAKE5なんです。
このクソスペックPCめ、またしても反抗期なんて起こしやがって!


最大級の謝罪と共に、どうぞ!





 

 

 

 

 

僕がバイトをしに行った日曜日から数えて実に三日目、つまり水曜日の朝。

学生なら学校へ登校する時間帯というわけで、僕もこうして通学路を歩いていた。

 

たった一週間も経たないうちに見慣れてしまった、僕の隣にいる彼女と共に。

 

 

「今日も下校は一緒だからね、明久君」

 

「りょーかい。アレ? でも友香さん今日部活は?」

 

「今日は休みよ。もし仮にあったとしても、明久君は待っててくれるわよね?」

 

「えぇ………ぼ、僕には帰って勉強をするという大事な使命が」

 

「どうせしないくせに何強がってんのよ」

 

わずかに紫がかった黒いショートヘアを揺らしながら強気で語るのは、友香さんだ。

ほんの数日前から紆余曲折を経て、こうしてそろって登下校する仲になったんだけど、

最近どうも様子がおかしい。おかしいというと語弊があるけど、何より距離が近い。

ここの歩道は整備されたばかりで広いのに、何故か僕の身体に密着しようとしてくる。

Fクラスのモテない皆が見れば殺しにかかってきそうな状況だけど、僕には分かる。

 

 

(友香さんがやたら近付いてくるのはやっぱり、心配してくれてるからだよなぁ)

 

 

内心で呟きながら、まだ僕についてぼやいている友香さんを横目で盗み見る。

まさしくクールビューティーという言葉を体現しているかのような大人びた雰囲気の

彼女が、僕なんかを心配するわけがないと思いながらも、一昨日の記憶がそれを否定する。

日曜日の朝、充電するのを忘れていたケータイを充電器にさして家を出た僕は、帰ってから

異様なほどの量のメールが来ていたことに腰を抜かすほど驚いた。しかも送り主は一人だけ。

あの日の朝から友香さんからメールが送られてきていたのだ。それも30件数以上も。

そして次の日の朝、つまり月曜日の朝に玄関前で待ち伏せしていた彼女に捕まってしまい、

連絡がつかなくなった日曜日に何をしていたのかを洗いざらい吐くように強制された。

最初こそ答えをはぐらかしていたものの、結局最後には折れて彼女に全てを話した。

北岡さんの所へバイトをしに行った事。そして、新たに現れた【仮面ライダー王蛇】の事。

 

全てを話し終えた時の彼女の表情は、一言では語りつくせないほど複雑なものだった。

当初は弁護士の世界やニュース等で話題に上がる人物である北岡 秀一と、僕が知り合いだった

事実にただ驚いていただけだったけど、その後に僕が口にした話を聞いた途端、豹変したのだ。

単純な高校生の日常から一転、人外の怪物と血で血を洗う闘争の非日常の話を聞かされた彼女は

瞳を大きく見開き、その目尻に小さな水滴を浮かばせながら、僕に縋り付いてこう言った。

 

 

『明久君…………お願いだから無茶はしないで! あの日、私、すごく心配したんだから‼』

 

 

周囲にいた人たちの視線を集めてしまうほどには大きな声を上げた友香さんは、その後すごく

恥ずかしそうに顔を伏せてから、もう一度同じ言葉を口にして、一緒に行こうと告げた。

あの時の彼女の、心の底から絞り出したような声と表情を、僕は決して忘れない。

 

きっと友香さんはあの時、僕に二度と戦わないように言うつもりだったんだろう。

けど、彼女は知っている。他人と自分の命を賭けてまで、僕が何を得ようとしているのかを。

だからこそ彼女は、強く否定できなかったんだろう。あの言葉は、それを僕に伝えてくれた。

結局のところ、あの戦いを経ても何も変わらなかった。自分以外の12人の命を奪って願いを叶える

ライダーバトルに、本当の意味で参加しているのかどうかすら、怪しくなってきてしまった。

僕が妹の、明奈の命を求めていることは変わらないのに、何が変わってしまったんだろうか。

それとも僕は今までの、命を奪う行為を認められない昔の僕と、全く変わってないんだろうか。

 

何もかも分からなくなってしまっている。僕は、この戦いで何を、何の為に戦っているのか。

 

 

「ちょっと、聞いてるの?」

 

「ふぇ? あ、えっと、ゴメン」

 

一人で自問自答を繰り広げていたところに、友香さんの問いかけが大きく響いてきた。

慌てて話を聞いていた素振りをしようにもバレているので、大人しく先に謝っておく。

怒られるんだろうなぁと気を揉んでいると、予想に反して彼女は気遣うような声で尋ねてきた。

 

 

「………大丈夫? もしかしてこの前の戦いで受けた傷が、まだ痛むの?」

 

「えっ? いや、うん。まぁほんのちょっとだけ」

 

 

友香さんの気遣いの方が胸に沁みると言えなくもないけど、とりあえず有耶無耶にする。

彼女が言った通り、僕はあの日曜日の戦いでかなりの傷を受け、月曜火曜の二日は痛みが

あまり引かずFクラスの何人かにどうかしたのかと心配をかけてしまっていたのだ。

当然目の前にいる友香さんも(Fクラスじゃないけど)その一人で、受けた傷の痕を見せた時は

彼女の顔から血の気が一瞬で引いていくほどに酷いものだったらしい。今はほぼ良くなっている。

特に酷かったのは胸部と腹部の裂傷と打撲痕で、赤黒く腫れ上がってしまっていたんだけど、

仮面ライダーとしてミラーモンスターと契約したおかげか、傷の治りが数倍早くなっていて、

一週間安静程度の傷であれば、ほんの二日か三日でほぼ全快してしまうようだった。

思わぬ効果に感動しつつもまだ完治ではないので、激しく動けばまだ痛みが感じられる。

そのことを彼女は心配してくれたようで、若干不安げな表情になって言葉を紡いだ。

 

 

「それならいいけど、あまり痛むようなら病院に行きましょ? 私もついていくから」

 

「いやいやいや、ダイジョブだって! しばらくはモンスターも大人しくしてるし」

 

「本当に? 絶対無茶はしないでよ?」

 

「大丈夫だって」

 

 

まだ不安そうな顔で見つめてくる友香さんに、心配無用とばかりに笑顔を向けてみせる。

その表情を見て少し安心したのか、彼女はとりあえずは引き下がってくれたようだ。

そう思って安心していたら、彼女がいきなり僕の目の前に歩み出て立ち止まった。

何事かと思って僕も立ち止まると、彼女はゆっくりと僕に近付き、身体に触れてきた。

 

 

「……………ねぇ、明久君」

 

「え、えと、友香さん?」

「お願い。もう無茶なことはしないで、お願いだから…………」

 

「友香さん…………」

 

 

僕が傷を受けた場所を知っている彼女は、その痕を優しく撫でるように服の上から触り、

そしてそのまま顔を上げて、上目遣いのような体勢になって僕の瞳を真っ直ぐ見つめる。

その瞳はまるで、何かを待ち望んでいるかのようにひたすら僕だけを見つめ続けていた。

少しずつ細くなっていく彼女の瞳に吸い寄せられるように、両手が勝手に彼女の両頬へと

伸びていき、二秒も経たずに彼女の頬に手のひらが触れ、柔らかな感触を脳に伝えてくる。

 

僕が伸ばした両手を上から優しく包むように、友香さんの両手が重ねられた。

より増した彼女の温もりを感じ取り、彼女もまた僕の手の温もりを手と頬の二つで感じ取り、

互いの体温を循環させるように手と手で触れ合った僕らは、ただただお互いを見つめていた。

 

 

「明久君…………」

 

「友香さん………」

 

 

普段の気の強そうな彼女であれば、僕の両手なんて跳ね飛ばして罵声を浴びせているだろう。

しかし現状はまるで異なり、僕が触れている彼女の頬は焼けるように熱くなってき始めて、

それを包むように重ねられた彼女の両手も段々と温度を上げて熱を帯びてきている。

いつもなら僕を小馬鹿にするような発言を吐き出す彼女の口も、今は固く閉ざされていた。

輝く瞳は少し不自然に感じるほどに潤み、それでもなおひたすらに僕だけを見つめ続けている。

あと少し、ほんの少しだけ僕が顔を下げれば、互いの肌が触れ合うだろう距離。

 

 

「「…………………」」

 

 

無言のまましばし見つめ合い、どちらからともなく、少しずつ距離を詰めていく。

このまま近付けていけば間違いなく、互いの唇が重なり合うであろう、それほどの近さ。

やがて意を決したように僕ら二人は、見つめ合っていた瞳を閉じて最後の数センチを詰める。

 

そしてあと一秒もあったら、僕らの唇は重なり合って熱を伝え合っていただろう。

 

 

『『『もう我慢ならねぇ‼ 死にさらせ吉井ィィ‼‼』』』

 

 

眼を紅蓮に燃やしながら特攻を仕掛けてきた、Fクラスの男子たちさえこなえれば。

 

 

「クラウチングダッシュ‼」

 

『逃がすかァ‼』

 

『殺す‼ 今度こそ殺す‼』

 

『追え‼ ヤツを捕らえて処刑するんだ‼ サーチアンドデェェェス‼‼』

 

 

目の前の美少女の温もりをかなぐり捨てて僕の両手はそのままの形でアスファルトを掴み、

コンマの秒数で腰を落として体勢を整え、迫り来る殺意から逃れるための逃走を始める。

僕がいた場所へ二秒後に武器を持ってやってきた彼らは、口々に危ない言葉を叫びながら

次々に追いかけてくる。クソ、せっかく良い雰囲気になりかけていたというのに!

 

僕は背後から感じる殺気から遠ざかる為、速度を上げて通学路を駆け抜ける。

次の信号を右に曲がれば、後は文月学園まで一直線のひたすらに長い坂道のみ。

そこさえ乗り切れば勝利は確実。さぁ、デッドヒートレースの始まりだ!

 

いつのまにかお馴染みの黒装束に身を包んだ嫉妬狂い(チェイサー)たちとの命がけの鬼ごっこが始まり、

仮面ライダーとなって得た身体能力を武器に、通学路を全力で走破する。

 

 

「アレ? 何か忘れてるような…………?」

 

 

全力疾走を続けながら、ふと頭の片隅に何かがよぎるが、それどころじゃないと片付けた。

 

「………………んもう! 明久君のバーカ!」

 

 

一方その頃、一人取り残された友香は彼方へと走り去っていく明久を罵倒していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ"ぁ~~、酷い目にあった…………」

 

 

両肩と首元からゴキゴキと定番の音を鳴らしながら、僕はFクラスの木製の扉に手をかける。

全く、とんだ連中だったよ。まさか校舎内に逃げてもまだ追いかけてくるだなんてさ。

仕方ないからわざと逃げ場のない空き教室に入って、突入して来た勇者を一人ずつ落としてきた。

教室に入って来た一人目をレッグラリアートで落とし、驚いた二人目の鳩尾にナイルパワーボムを

飛び掛かりざまに食らわせて落として、最後の一人を軽めのキャメルクラッチで完璧に落とした。

全部致死級のプロレス技だって? ()りに来てるんだから()られる覚悟だってあるよね!

そんなわけで彼らの意識はしばらく戻らないだろう。ざまぁみろ。

朝のHRに遅れてきて鉄人に鉄拳制裁されるであろう未来を容易に想像しつつ扉を開けると、

もはや見飽きてしまった面子と見るも無残な畳と卓袱台だけの貧相な教室が姿を現した。

慣れたくもない埃臭さに鼻を曲げていると、少し離れた卓袱台で二人の友達が何か話し合って

いるのが見えた。あまり珍しくもないんだけど、何故か妙にそれが気になった。

自分の卓袱台にカバンを置き、そのまま二人の友達、秀吉とムッツリーニの元へ向かう。

 

「む、おはようじゃ明久」

 

「………おはよう」

 

「うん、おはよう二人とも。今何を話してたの?」

 

 

朝の挨拶を簡単に済ませ、早速二人が何を話していたのかと尋ねてみると、意外なことに

二人ともやけに渋い顔をして話題を避けようとし始めた。何かあったんだろうか。

さっきよりもさらに気になって来た僕は、二人に何とか話してもらえるよう食い下がる。

そうしているとようやく折れたのか、秀吉が分かったとうなずいて僕にも話を聞かせてくれた。

 

 

「いや、実はじゃな。この前のBクラス戦が終わった後の話なんじゃが」

 

「………Bクラス代表、根本が入院したらしい」

 

「え⁉ 根本君が入院したって⁉」

 

 

驚きのあまり声が思いがけず大きくなってしまったが、それも当然だ。

根本恭二という男は、Bクラスという文月学園生徒の中で二番目に優秀なクラスの代表で、

その上さらにこの前僕らFクラスとの試召戦争に負けて、酷い拷問を受けた受けたのだった。

僕としては拷問を受けたことに関しては日頃の行いの報いだと思っている。そりゃそうだ。

我らがFクラスに二人しかいない美少女、目の前の秀吉と対をなす姫路さんのラブレターを

強奪し、それをネタに強請(ゆす)って僕らを罠に嵌めようとした張本人なんだから。

それでも顔見知りである彼が入院とは、一体何があったんだろうか。

 

彼の身に起きたことを考えようとした時、木製の建付けの悪い扉が乱暴に開かれた。

 

 

「おーっす。ん? どーしたお前ら、そんな隅っこで集まって」

 

「あ、雄二」

 

「おはようじゃ雄二」

 

「………ちょっとした戦後の話」

 

 

開かれた扉の向こうから顔をのぞかせたのは、このFクラスの代表の雄二だった。

逆立った赤い短髪を見せびらかすようにのしのしと大股で歩き、僕の横に座った彼は

そのまま僕らの話題の輪の中に入って、話の続きを聞かせろと上から要求してきた。

 

 

「ほー、戦後のね。興味あるな、俺にも聞かせてくれや」

 

「うむ。まぁ今更ワシらの内で隠そうが、もう知れ渡っている頃じゃろうて。

のうムッツリーニよ、明久と雄二にも話して構わんじゃろう」

 

「………俺は最初から話すつもりだった」

 

「で、結局何の話なんだ?」

 

「根本君が入院しちゃったんだって」

 

「あ? 根本が? 戦争終結から6日しか経ってねぇぞ?」

 

「詳しくはこれから聞くところだったんだ」

 

「そういうことか。おい秀吉、ムッツリーニ、さっさと話してくれよ」

 

 

僕のみならず雄二からも話の続きを強要され、二人は渋々といった体で話す。

 

 

「仕方あるまい。ワシも今しがたムッツリーニから話を聞いたばかりなのじゃが、

どうやら根本は何者かに襲撃され、重度の打撲や骨折で入院させられたらしいのじゃ」

 

「襲撃? 誰に?」

 

「………現状は不明。ただ、この件に関してある噂が広まっている」

 

「噂ね、そりゃ一体なんだ?」

 

「それがその、なんというか」

 

「………根本を襲撃した犯人は、酔っ払いか強姦魔ではないかと推測されている」

 

「「は??」」

 

 

事情を全く知らない僕と雄二はそろって間抜けな声を上げてしまう。

だっておかしいじゃないか、酔っぱらいは分かるけど強姦魔って、根本君は男だよ?

僕と同じことを思ったのか、雄二も不思議そうな顔をして話の続きを待っていた。

 

「ちょっと待て。なんだ、強姦魔って」

 

「いや、じゃからワシも聞いた話じゃから詳しくは分からんのじゃ」

 

「ムッツリーニ、どういう事なの?」

 

「………根本が襲撃されたのは先週の木曜の午後7時から8時の間らしい」

 

「ふむふむ」

 

「なるほど。で? それと強姦魔の何が関係があるんだ?」

 

「………根本が病院へ搬送される時の状態が、明らかな女装だったと聞いた」

 

「「……………女装?」」

 

 

ムッツリーニの話を聞き、何故か気になっていた予感が確信に変わってしまった。

根本君が襲撃された時に女装していたというのは、多分戦犯である彼への拷問のアレだ。

Bクラス戦が終わった後の戦後対談で、雄二が彼に課したクラス設備交換に目をつぶる

三つの条件の一つとして提示した物の一つに、『女装してAクラスに行く』とあったのだ。

そこまではいい。いや良くはないんだけど、そこで話が終われば何の問題もなかった。

しかし、この件には少し心当たりがある。主に、彼の着替えに関して(・・・・・・・・・)

 

 

(そうだ! あの時の僕は姫路さんのことでまだ若干頭に血が昇ってて、根本君の元々の

男子制服をゴミ箱に叩き込んだんだっけ! それで着替えられなくなって……………アレ?)

 

 

先週の自分がしたことを思い起こし、そこで重大な事実に気が付いた。

 

 

(それってつまり、僕が悪いってことになるよね⁉)

 

 

根本君が襲撃され、入院した背景には、僕のした暴挙が密接に関係していた。

よく考えなくても、自分の着替えがなくなれば恥を忍んで着替えさせられた女子の制服で

帰ろうとするのは当たり前じゃないか。そして犯行時刻は既に辺りが暗くなった夜だという。

おそらく犯人は暗がりを歩く根本君(女子スタイル)を女子と勘違いしてしまったんだろう、

襲い掛かった結果実はブサイクな男だと分かって腹が立ち、それで暴行を加えたに違いない!

 

自分の頭の冴えに恐ろしさすら感じながらも、自分のしでかしたことの重大さに悲嘆する。

 

 

(いくら姫路さんの件で怒っていたとはいえ、あそこまでする必要は無かったんだ!

それを僕は個人の感情をこじらせて、とんだ悲劇を……………ゴメンよ、根本君!)

 

 

心の中で病院のベッドの上にいるであろう被害者に、誠心誠意の謝罪を念じる。

秀吉たちがいる手前で土下座なんてするわけにもいかないから、これくらいに留めておこうと

考えて顔を上げると、僕の真横にいた雄二も何故か険しい表情で何かを呟いていた。

 

それにしても、なんで雄二が「やっちまった」みたいな表情をしてるんだろうか。

 

明らかに悪いのは僕なのに。雄二が責任を感じる要素はどこにもないはずだけど。

頭の上に疑問符を浮かべていると、ようやく戻って来た雄二が顔を上げた。

 

 

「ん、おお。どうした明久、お前なんか『やっちまった』って顔してんぞ」

「うぇ⁉ そそそそんなことないよ! 雄二こそどうしたの、やけに汗ばんでるけど」

 

「んなわけあるか、おお俺がそんな、汗ばんでなんかいるわけがねぇじゃねぇか」

 

「ムッツリーニよ、お主はどう思う?」

 

「………ひどいデジャヴを見た」

 

 

こうして僕と雄二の言い争いが始まり、担任である福原先生がHRにやって来るまで

二人の不毛な論争は終わる事は無く、秀吉とムッツリーニは終始呆れ顔のままだった。

 

 

そう言えば僕らは、何で言い争いになったんだっけ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝のHRが終わった直後、教卓に手を置いた雄二はFクラス全員に声をかけた。

 

 

「聞いてくれ皆。前回の戦争終結から今日で6日、そろそろ頃合いだろう」

 

 

毎度の手練手管で教室内の全員の視線を一手に集め、注目が向いた瞬間に言葉を紡ぐ。

 

 

「昨日一昨日と点数補充のテストを受けたお前たちに、まずは労いの言葉を贈ろう。

そして、戦力的にも戦局的にも厳しかったBクラス戦も、見事な健闘ぶりだった!」

 

 

普段の傍若無人さは鳴りを潜め、ただただ歴戦を勝ち抜いた兵士に謝辞を送る国王の

如き言葉と仰々しい動きで演説を行う雄二を、教室内の誰もが沈黙のまま見つめる。

 

「学力最底辺のクズと嘲笑された俺たちが、よくもこの高みまでこれたものだと思う。

偶然や運だとかぬかす連中も居るだろうが、ソイツらは俺たちの真価を知らんだけだ!」

 

胸を焼き焦がさんばかりに熱弁を語る大将の姿を、一同は固唾を飲んで見守る。

 

 

「だが、ここまで来た以上は頂を目指したい。最底辺(Fクラス)として、頂点(Aクラス)の上に立ちたい!

勉学最強の奴らを下し、世の中は勉強だけが全てじゃないと思い知らせてやろう‼‼」

 

『『『うおおぉぉおおぉおぉぉぉお‼‼』』』

 

 

先程までの演説で心の中にくすぶっていた火種に火を灯した戦士たちが、咆哮を上げる。

窓ガラスですらも音響で叩き割らんばかりの大合唱は、しばらく止むことは無かった。

「皆、ありがとう。諸君らの気持ち、痛いほどにこの身に響いた」

 

 

大統領が演説する際によくするような仕草で手を振るい、大咆哮がピタリと止んだ。

しかし魂の叫びを止めさせてもなお、彼らの瞳には戦意が炎となって煌々と輝いている。

戦争後の倦怠感や不燃焼感はまるで手品のように取り払われてしまっている現状を見ると、

あの教卓に手を置く男はこの状況を意図して作り上げたのではないかと思えてきてしまう。

絶対的忠誠を誓う騎士団か、あるいは狂信的忠義を謳う独裁国家にすら思えるやり口に、

逆立つ赤髪の男が敵でないことを、改めて幸運に感じた。

 

戦場を駆る兵士たちを五線譜上の音符の如く操る彼は、再び口を開いて語り出す。

 

 

「__________残るAクラス戦についてだが、俺は一騎打ちによる決着を望んでいる」

 

 

この学園で最弱の兵を指揮するその大将は、最も無謀な策略を真摯に告げた。

 

 







いかがだったでしょうか?
久々に手早く投稿できたと思ったらあまり長くないですねぇ。

そう言えば、私がこの作品を手掛けてから一年が経過していました。
一周年です。びっくりです。時の流れってのは早いもんです。
他の先品でも一周年だと思うと、全然進んでない現状に涙が………。
その上でまだ新作のSSを書こうとしてるなんて、バカですよねホント。
ですがもし私の他のSSを見かけたら、読んでやってください。


ご意見ご感想、並びに批評も一切合切受け付けておりますです!


それでは、戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!


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問20「僕とAクラスと頂上決戦」


どうも皆様、ウーロン茶中毒の萃夢想天です。

いくら二週で一話投稿とはいえ、一年かけてたった20話とは(絶句
これからも度々更新が遅くなることもあるとは思いますが、それでも私は
この作品を一度書き始めた以上、完結まで書き続けさせていただく所存です。


決意新たに、それでは、どうぞ!





 

 

 

_______________打倒Aクラス

 

それはこの学園において、神への挑戦に等しい意味を持つ。学園最高峰の頭脳を誇る神に。

しかし彼らは決して神そのものなどではなく、僕たちと同じ人間なのだ。

負ける理由がいくらでもあることは分かっているが、それでも勝てない理由はどこにもない。

だからこそ、僕たちが証明しなければならない。最底辺たる僕らが、最高峰たる彼らを討つ

という、誰にも予想できない結末を僕ら自身の手で作り上げて、初めてFクラスは認められる。

 

勉学だけが全てではない。優秀な頭脳を持つだけで、階級(ヒエラルキー)が決まるわけでもないと。

 

無茶とも無謀とも言われ続けてきた僕らの抵抗は、とうとうここに至るまでとなった。

2ランクも上のDクラスを初陣で軽く蹴散らし、神の1つ下にいるBクラスとの死闘を乗り越えて、

圧倒的弱者であるはずの僕らはついに、神への挑戦権を得ることが出来たというわけだ。

当初は夢だ妄想だと鼻で笑っていた上位クラスの生徒はもちろん、同じFクラスの仲間たちでさえ

実現不可能な空想だと決めつけていたというのに、今では歴戦を生き抜いた修羅の顔をしている。

最弱として、苦渋と辛酸を舐め続けてきた僕らが最強を打ち砕き頂点に座する夢を果たすのだ。

 

決意と戦意に満ち満ちた面構えの猛者たちを教室に残し、我らが大将は目的地へ歩を進める。

 

そして僕ら数名が教室を出てから数分後、ようやくAクラスの教室の前にたどり着いた。

 

「……………行くぞ」

 

 

総大将の雄二が緊張した面持ちで、後ろにいる僕ら全員に聞こえるほどの声で低く呟く。

誰からも声が発せられることはなかったが、その沈黙を受けて雄二は眼前の扉を開いた。

 

 

「失礼する! 俺たちはFクラスだ! ここに、Aクラスとへの宣戦布告を告げる‼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一騎打ちだって?」

 

「ああ、そうだ。俺たちは試召戦争として、Aクラスに一騎打ちを申し込む」

 

 

雄二の堂々たる入室からしばらくして、Aクラス内に入った僕らは戦争について話し合った。

今回は代表である雄二を筆頭に、僕、姫路さん、秀吉、そしてムッツリーニの五名で来た。

え? なんで島田さんがいないかだって? だってあの人まだ日本語にあまり慣れてないし、

そのくせやたらと一本筋が通ってる性格だから、こういった交渉事には向かないんだよね。

「…………それで、何が狙いなのかしら?」

「聞かせてはもらえないかな。と言っても、素直に答えてはくれないか」

 

対してAクラス側からは、我がクラスの清涼剤こと秀吉のお姉さんの木下 優子さんと、

頭脳明晰にして紳士的な振る舞いと端正な顔立ちが人気の久保 利光君が交渉の席に着く。

それにしても、流石はAクラスと言うべきか。交渉以前にもう腹の探り合いを始めている。

いくら最強とはいっても破竹の勢いで勝ち上がった僕らを警戒するのは、当然だけどね

そう思っていると、入室してからやけに態度が固くなっている雄二が厳かに語った。

 

 

「無論、俺たちFクラスの勝利が狙いだ。それ以外に何がある」

 

「ま、妥当な回答よね。実力差がハッキリしてるから、戦争をしてもすぐに決着する。

だとしてもわざわざこっちから無理にリスクを冒す必要性も感じないかなー」

 

「まぁ、賢明な判断だな」

 

 

とても最底辺の代表が取るとは思えないほどふてぶてしい態度で雄二が息を漏らす。

何やら提案を呑んでもらえなさそうな雰囲気になってきたけど、あの男ならば問題はない。

こういった他人との駆け引きに関しては随一の才能を持つ男だ。きっと想定済みだろう。

同じ交渉の席に着きながら少々無責任過ぎるかな、と考えた直後に雄二が再び口を開いた。

 

 

「ところで話は変わるが、Cクラスとの試召戦争の方はどうだった?」

 

彼の言葉に、僕は耳を疑った。

 

「どういう事だよ雄二‼ Cクラスとの試召戦争って何の話⁉」

 

 

もはや条件反射に等しい速度で雄二へと聞き返すが、当人は不満げな顔で返してきた。

 

「今はAクラスとの交渉の席だ。私的は発言は控えろ、明久」

「だ、だって!」

 

「秀吉」

 

「うむ」

 

 

食い下がろうとする僕から目を逸らし、雄二は秀吉へ言外に僕への対処を任せた。

この対応に余計沸点を刺激された僕は怒鳴ろうとするが、横にいる秀吉に止められ、

仕方なくこの場は引き下がることにした。すると、秀吉が小声で話しかけてきた。

 

 

「その事に関しては、ワシが説明しよう」

 

「え? 秀吉が?」

「うむ。こうなるだろうと予測しておったんじゃろう、雄二に頼まれての」

 

「止めるようにって?」

 

「説明と説得をするようにじゃ」

 

 

そう言った秀吉は、何故か着ている男子制服のズボンのポケットから一枚のメモを

取り出して、Aクラス側からは見えないようにしながら僕に見せてくれた。

そこに書かれていた文字は、またしても僕を驚愕させることとなった。

 

 

『一昨日の月曜日、CクラスがAクラスに宣戦布告して開戦。

Cクラス代表の小山の提案により、Aクラス教室内という限られたフィールドで

戦争が行われ、約一時間四十分ほど経過した後、Aクラスの勝利で終結した』

 

「な、何だよコレ」

 

「結果じゃ。雄二の言っておった、CクラスとAクラスの戦争のな」

 

「そんな! なんで、なんで友香さんがこんなことを…………」

 

 

そう、僕が疑問に思ったところはそこなのだ。なんで彼女がこんなことをしたのか。

僕なんかとは違って頭のいい彼女が何を考えたのか、まさかAクラスと戦うだなんて。

どう考えても得策どころか失策、戦犯として責められることは確定だというのに何故?

 

そんな風に考えあぐねているうちにも、向こうでは話し合いが進められていた。

 

 

「なるほどな。んで、あんたらはBクラスとやりあう気はあるのか?」

 

「Bクラス? あ、あぁ…………先週の木曜日辺りに来た、"アレ"のこと?」

 

「ああ、"アレ"が代表をやってたクラスだ。今は、その、入院中らしいが。

それでどうなんだ? 幸い宣戦布告まではされてないらしいが、どうなるだろうな?」

 

「だけど坂本君、Bクラスは君たちと戦争して負けてしまったじゃあないか。

驚きの結果ではあるけど、三か月の準備期間を空けない限り戦争は行えないはずだ」

 

 

久保君がそう言い、木下さんも同意したその言葉、『三か月の準備期間』。

文月学園の戦争にはいくつもの細やかなルールが定められていて、先程二人が主張した

その言葉も定められたルールのうちの一つである。ここで簡単に説明しておこう。

戦争に敗北したクラスは三か月の準備期間を経ない限り、自ら戦争を申し込めない。

これは負けたクラスがすぐ再戦を申し込んで、戦争自体が泥沼化するのを避ける為だとか。

確かにその通りだ、と自ら認めた雄二は、その後すぐに否定の言葉を言い放つ。

 

 

「おやおや、知ってるだろ? 実情はどうあれ、あの戦争は対外的に『和平交渉』という形で

決着がついているんだぜ。その規約には何の問題も無い。それこそ、Dクラスも同じでな」

 

ダメ押しとばかりにDクラスの名前を出してきたことで、僕らにも彼の考えが読めた。

僕らFクラスは戦争に勝利した下位クラスの権限である、『クラス設備の交換』を行使せず、

そのままの状態であることを条件に様々な要求をしてきた。それはつまり、どちらのクラス

とも和平という形で収まっているということに他ならない。そして優位なのは、僕らだ。

 

僕らがそこまで理解するよりも早く考えを読んだのだろう。久保君が冷静に尋ねた。

 

 

「…………それは、脅迫なのかな?」

 

「人聞きが悪いな久保。これは、単なるお願いだよ」

 

 

悪びれもせずにそう言い放ち、邪な笑みを浮かべた雄二。ダメだ、悪役にしか見えない。

我らが大将の言葉にたじろぐ久保君をよそに、意外にも木下さんが答えを返してきた。

 

 

「うーん………分かった。何を企んでいるにしろ、代表が負けるはずがないものね」

 

「いいのかい? 木下さん」

 

「別に私はいいと思うけど、久保君はどう?」

「…………異論は無いよ。分かった、その提案、受けようじゃないか」

 

「本当ですか⁉」

 

Aクラスの二人が提案を受け入れたことを、雄二の隣にいる姫路さんが素直に喜ぶ。

そりゃそうだ、こっちの思惑通りに事が運んでるんだから喜ばない奴はいないだろう。

僕や秀吉、ムッツリーニも無言で喜び合っていると、木下さんが「ただし」と口を挟んだ。

 

「こちらからも提案。代表同士の一騎打ちではなく、三……いえ、五対五の組み合わせで

一騎打ちを五回行ったうえで三回勝った方が勝ち。これが呑めないなら交渉は決裂かな」

 

「…………なるほど、そうきたか」

 

 

雄二が木下さんからの提案を聞いて顔をわずかにしかめている。でも、気持ちは分かる。

こちらはまともに戦っても勝てる策が無いから、雄二自らの提案で一騎打ちをすることで

勝率を少しでも引き上げる作戦だったのに、それを五回に増やされるなんて厄介極まりない。

この状況をどうすればいいのかと不安になるが、それでも雄二は毅然としていた。

 

 

「なるほどな。代表同士と一騎打ちと言ったが、俺ではなく姫路が出てくることを警戒しての

発言か。仮にも学力最高峰のAクラスの人間が考えるとは思えんほどに万全な策だな」

 

「まぁね。もし姫路さんが来てたとしても代表なら負けないとは思うけど、それはそれで

あなたたちの作戦を分かってて止められなかったって勘違いされるのも嫌だなーって」

 

「言ってくれるなAクラスさんよ。だが安心しろ、一騎打ちは俺が応じる」

 

「安心も信用も出来ないわ。だってコレ、クラスの威信をかけた戦争だもの」

 

「威信を賭けているからこそ、だ。俺らは姑息な手段で勝っても、そこに誇りは無い」

 

「言ってることはかっこいいんだけどね。それで、どうするの?」

 

「…………分かった。仕方ねぇ、その条件を呑ませてもらう」

 

 

木下さんとの舌戦を繰り広げた雄二は、意外にも相手の提案を受け入れてしまった。

これには流石に彼以外のFクラスメンバー全員が驚く。ただでさえ勝ち目は薄いのに!

 

 

「だが、勝負する科目はこちらが決める。まさかダメだとは言わないよな、Aクラス様?」

 

「えっ、それは…………だって………」

 

ところが雄二の口から続いて飛び出した言葉を聞き、僕ら全員は納得する。

なるほど、確かに勝負する科目さえ決めておけばある程度の下準備と心構えが出来るし、

何より相手側からしたら何の科目かを予測でしか絞れない。プレッシャーには充分だ。

交渉の主導権を奪い返した雄二がニヤつく中、木下さんは頭を抱えている。

それもそうだ。彼女の判断一つで、もしかしたらということが起こりうるのだから。

ところが、そんな状態の彼女の背後に音もないままにある人物が近づいて代弁した。

 

 

「………受けてもいい」

 

「え?」

 

「………雄二の提案、受けてもいい」

 

 

驚きで肩を震わせる木下さんの背後に現れたのは、静かでいて凜とした声の持ち主。

いつの間にそこまで移動したのかという疑問は残るけど、その人物を僕らは知ってる。

というより、この学園内で、しかも同学年である僕らが知らないはずが無い。

 

艶やかな黒髪を腰のあたりまで伸ばした、麗純にして可憐な大和撫子、霧島さんだった。

このAクラスの代表を務める、2学年最高峰の頭脳の持ち主である彼女は冷静に、

そして淡々とした口調で雄二の口にした提案を受け入れると小さな声で宣言した。

 

ん? でも今彼女、雄二の事を名前で呼んでなかった?

 

 

「ケッ! 強者の余裕ってヤツか? 翔子」

 

すると名を呼ばれた雄二も霧島さんを名前で呼んで毒を吐くように皮肉を漏らす。

って、ちょっと待って。一体何がどうなってるんだ? なんでそんなに親しげなの?

訳が分からずに混乱する僕らにようやく気付いたのか、雄二が嫌そうに呟いた。

 

 

「あー、言い忘れてたが、コイツとは幼馴染でな」

 

「「「「「お、幼馴染⁉」」」」」

 

 

雄二の遅過ぎる衝撃告白にFクラスメンバー一同は驚愕のあまり叫んでしまう。

学年最底辺クラスの代表と最高峰の代表が幼馴染? 一体どこのライトノベルだよ!

 

「ホントなの? 代表?」

 

「…………コイツなんて呼ばないで」

 

「あ、あぁ。そりゃ悪かっ「………おまえって呼んで、あなた」…………たな」

 

 

僕らが混乱している間にも雄二と霧島さんとの不釣り合いな会話が続いている。

なんて羨ましい野郎なんだ。僕よりもこういった奴を処刑した方が世の為人の為だろう。

ムッツリーニがやたらとカメラを手入れし始めたけど、どこに使う場面があるのか。

 

「ま、まぁとにかくだ。本当にいいんだな、翔子?」

 

「………問題無い。雄二の提案、全てを受け入れる」

 

「後で吠え面かくなよ?」

 

「………大型犬用の首輪、用意して待ってる」

 

 

物静かではあっても決して弱くは無い断固とした意志を感じさせる声で応じた

霧島さんに、雄二が何やらおぞましいものを見るような視線を投げかけていた。

それにしても、何で今の会話の流れで大型犬用の首輪なんて言葉が出てきたんだろう。

やっぱり犬を飼ってるから? でもここでわざわざ口にする必要は無いし、あれ?

訳が分からなくなってる間に二人で話し合いが進められていたようで、戦争開始時刻は

本日の二限目から開始ということになった。

 

僕らの目指すべき頂点(ゴールライン)は、すぐそこまできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、両名共に準備は良いですね?」

 

 

ここ数日の間で何度も引き起こされている戦争のせいで実に多忙極まっているであろう、

Aクラス担任かつ学年主任であらせられる高橋先生がこの戦争の立会人を務めている。

それでも疲れなどの私的な部分を一切見せない態度でかけられた先生の声に、

両サイドに分かれたクラスの代表五名が同時に頷く。

 

「では、一人目の方は前へ」

 

「アタシから行くわ!」

 

「ワシが行こう」

 

 

続く高橋先生からの言葉に、代表五名の中から初戦を戦う者のみが返事をして前に出た。

僕らFクラスからは完璧美少女の秀吉が、Aクラスからはその秀吉の姉である木下さんが

同時に歩み出る。どうやら期せずして姉弟(しまい)対決になってしまったようだ。

しかしコレといって弱点らしい弱点が見当たらない彼女を、秀吉はどう攻略するのだろうか。

きっと僕らは知らないような、それこそ姉弟だからこそ知っている秘孔を突き崩すのかも。

やってくれるかもしれないという期待を抱かせている秀吉は、そのまま姉と対面した。

 

 

「さてと。お相手いたすぞ、姉上!」

 

「どーでもいいからかかってきなさい。アタシはあんたなんかにかまってる時間も

惜しいんだから。早くこの戦争終わらせて、今日こそは………今日こそは!」

 

しかしこれから一騎打ちだという割には、やけに互いの雰囲気が噛み合ってないような。

秀吉はやる気を見せているのに対して、木下さんはこの勝負自体に興味が無いように見える。

これはクラスの威信を賭けているって自分で言っていたのに、どうしたことだろうか。

そう不思議に思っていると、目の前で対面している秀吉が辟易したようにうなだれて呟いた。

 

 

「なんじゃ、また姉上は噂の【赤い騎士】を探すつもりなのかの?」

 

 

え? 噂の赤い騎士って、それってもしかしなくても龍騎のこと、だよね?

それを木下さんが探している? どういう事なんだ? まるで意味が分からないよ⁉

 

 

「う、うるさいわね! アタシが別にどこで何しようがアタシの勝手でしょ⁉」

 

「それはそうじゃが、いくら何でも都市伝説を夜に探し回るなど…………」

 

「いーじゃない! 私は助けてもらったんだから! 赤い騎士様に‼」

 

「またその話かの………姉上は寝ぼけておったのじゃろう。流石に夢物語じゃて、

『夜道を歩いていたら怪物に襲われて、赤い騎士が助けてくれた』なんての」

 

 

えっと、つまり二人の話を総合してみると、こういうことになるのか。

 

木下さんは赤い騎士とやらに助けてもらって、夜に探しに出かけている。

ふんふん、なるほどなるほど。それは要するに僕を探してるってことじゃない⁉

 

あ、そう言えば進級試験の三日前にミラーモンスターに襲われた人を助けた時、

同じくらいの身長の女の子を助けたようなそうでないような。記憶があいまいだ。

もしかしたらその時助けたのが木下さんだったのかもしれない。違うかもだけど。

龍騎になってからは契約したモンスターの空腹を満たすために結構モンスターを

狩ってきたし、その最中で襲われている人を何人も助けたからあまり覚えてない。

でも、もし彼女の言葉が本当なら、僕は知らないうちに秀吉のお姉さんを助けた事になる。

恩を売るつもりも無いし正体を明かすつもりも無いけれど、無事で何よりだと思う。

 

 

「まあまあ姉上、その夢物語はこの際おいておくとしてじゃ。今は戦争の時間。

どうでもいい与太話に花なぞ咲かせておる前に、互いのクラスの為に戦うのじゃ!」

 

「…………夢物語? どうでもいい与太話?」

 

 

誰かの命を救ったのだという実感から意識を再び二人の方へと戻すと、

何やら木下さんからただならぬ気配がじわじわとにじみ出てき始めた。何だろうか、アレ。

未知の気配に身構えていると、木下さんは笑顔で秀吉の肩を掴んで朗らかに言った。

 

 

「ねぇ秀吉? ちょっとお姉ちゃんとオハナシシヨウカ?」

 

「む? なんじゃ姉上、これから一騎打ちをするのではないのかの?」

 

「イイカラチョットコイ」

 

 

笑顔の後ろに何やら人の目には見えざるモノを隠しつつ、木下さんは秀吉を引きずって

教室の扉を勢いよく開けて廊下へと飛び出し、すぐさま開けた扉をまたすぐに閉めた。

何だろう、今の木下さんの邪魔をしていたら、例え味方であっても死んでたかもしれない。

そんな恐怖を抱かせる状態の姉が弟と共に廊下へ向かったが、若干その会話が漏れてきた。

 

 

『姉上、一体どうしたのじゃ___________む? 何故ワシの腕を掴むのじゃ?』

 

『アンタ、一か月くらい前のアタシの事、何も覚えてないのかしら?』

 

『一か月前? そう言えば、やたらと何かに怯えておったようじゃったが』

 

『それよ! アンタ気付いてたくせに何も言わなかったの⁉』

 

『どこで何をしようがアタシの勝手と申したのは姉上ではないか!』

 

『減らず口を叩くのはこの腕かしらぁ?』

『あ、姉上ちがっ! その場合は口であって腕では! 腕ではないのじゃ!』

 

『無駄な抵抗は止めて大人しく両腕をよこしなさい』

 

『それも違うのじゃ! 正しくは両腕を上げるのであって!』

 

『ふんっ‼』

『う、腕の関節はそんな方向には曲がらぬように出来ておるのじ_________ゃ』

 

 

両クラスの生徒と立会人の高橋先生が見守る中で、ゴキリという不可解な音が聞こえた

数秒後に扉がゆっくりと開かれ、その奥からはすっきりした表情の木下さん一人しか

やってこなかった。一体秀吉の身に何が起こったのだろうか、想像出来るがしたくない。

やたらと軽い足取りでの入室を無言で見つめる皆に、木下さんはさらっと告げた。

 

 

「なんか秀吉の奴、お腹が痛くなったから早退するらしいわ!」

 

 

恐らく痛くなったのは腹ではなかろう。

 

「代わりの人、どうぞ?」

 

「い、いや。こっちの不戦敗で構わん」

 

「そ。それは仕方ないわね」

 

 

不自然なほどの笑顔を振りまく彼女の言葉に、流石の雄二も何も言えなくなったらしい。

理不尽な結果に終わってしまったが、Aクラス先鋒戦の勝敗は、僕らの黒星となった。

生真面目な高橋先生がPCに勝敗の結果を打ち込み、それが巨大スクリーンに投影される。

 

 

『Aクラス 木下 優子___________生命活動 ALIVE』

VS

『Fクラス 木下 秀吉___________生命活動 DEAD』

 

 

死んではいないと言い切れないのが、無性に不安感を煽り立てる。

なんて震えてる場合じゃない。雄二の作戦では、次の次鋒戦には僕が出るのだから。

ただ怖いのが相手が誰で来るのかが分からないこと。ま、誰が来ても結果は同じさ。

Aクラスの生徒は誰もが勉学の化け物ぞろいだ、正攻法で行けば勝ち目は無い。

だからこそ今回のテストでは僕は秘策を講じさせてもらった。誰しもが驚く策をね。

 

そうしているうちに入力が終わった高橋先生から、次鋒の選出を求められた。

 

「頼んだぜ、明久」

「うん。任せてよ雄二」

 

「ああ、頼りにしてるからな!」

 

「おう!」

 

我らが総大将からの期待を一身に寄せられ、それに応えるように声を大にする。

その気迫に怖気づいたのか、僕に遅れて出てきた女子生徒が警戒心を強めた。

でも、今更警戒しても遅いんだよね。勝負はもう、とっくについてるんだからさ。

 

「仕方ない。さ、早く始めちゃおうよ。後がつかえてるんだ」

 

「な、何ですかあなたのその自信は…………一体、何がそんなに」

 

「不思議かい? Fクラスの僕がどうしてこんなにも自信満々か、分からない?」

 

「へっ、もったいぶるなよ明久」

 

「やれやれ、雄二もせっかちだね。いいよ、僕の本気を見せてあげよう」

 

 

時間をかけて相手を威圧している途中で、雄二から横槍を入れられてしまった。

まったく短気な男だなぁ、せっかくこの僕が必勝の策を披露しようっていうのに。

どうやら相手は完全に場の空気に飲まれているようで、僕を怯えた目で見つめている。

 

 

「ま、まさか吉井君。あなた本当は!」

 

「ふふ、ご名答、かな? 今までの僕は本当の僕じゃあなかったのさ」

 

「………うかつ、でしたかね。たかがFクラスかと思いきや」

 

「今更後悔しても遅いよ。さ、始めようよ。実力差の拮抗した戦いってヤツをさ!」

 

 

目を細めて悔しがる相手に、見せつけるように僕は大ぶりな仕草で言葉を語る。

もういい頃合いだろう。この会場の誰もがそろそろ僕の策に気付いた頃だろうし。

二人同時に決まり文句である「試験召喚」を唱え、互いの召喚獣がその姿を見せた。

 

「さて、答え合わせといこうか? 教えてあげよう、実はこの吉井 明久は!」

 

 

そして点数の表示が見える前に、僕はこの場にいる誰もに己の策を公言する。

 

 

「___________左利きなんだ」

 

 

『Aクラス 佐藤 美穂___________物理 398点』

VS

『Fクラス 吉井 明久___________物理 46点』

 

 

おかしい。本気を出したのに負けるなんて。

 

 

「吉井のバカ! テストに利き腕なんて関係ないでしょ‼」

 

「え? でも雄二が『利き腕なら普段の二割増しの点が取れんじゃね?』って!」

 

 

島田さんがもっともなことを言い始めたけど、それについてはこちらにも言い分がある。

その事を伝えてから僕の後ろで腕を組んでいたはずの男を見ると、即座に反論してきた。

 

 

「馬鹿かお前は。んなもんで点数が取れるわけないだろうが」

 

「何だと⁉ 貴様謀ったな雄二‼」

 

「…………テスト勉強の息抜きにと、冗談で言ったんだがな」

 

 

おのれ、なんて男だ! この僕を騙してこんな赤っ恥をかかせるなんて!

「頼りにしてるからって、あの言葉は何だったのさ!」

 

「たより? なんだそりゃ、手紙のことか?」

 

許すまじ、坂本 雄二。

 

 

「いくら何でもこんな大事な場面で___________ぐっ‼」

「ん? どーした明久」

 

僕を裏切った総大将の首をどう討ち取ろうかと考え始めた僕の鼓膜に、というより

脳内に直接響くようにして、もはやお馴染みとなってしまった嫌な耳鳴りが響く。

耳障りなこの音が聞こえてくる時は、自分の近く範囲内にモンスターが現れた時だ。

 

 

「う、ぎっ______________アッチか」

「は?」

 

 

呆気にとられるFクラスの皆をよそに、僕は音の発生源を正確に捉えて走り出す。

いきなり教室を出ていこうとする僕を皆が引き留めようとするけど、努めて無視する。

学園の新校舎の三階の隅で反応を感じ取れたってことは、ここからは遠くない。

つまり最悪の場合は校内に出現しているかもしれないと考えて、足に力を籠めて駆ける。

そしてしばらく発生源の方へと向かっていくと、下の階にいることが判明した。

 

 

(最悪だ!)

 

 

もしかしたら職員が、生徒が襲われるかもしれない。それだけは阻止しないと!

 

モンスターの気配を感じるのと同じ方法でライダーの存在も知覚できるんだけど、

今回はその反応は無かった。まぁこんな学園にライダーがいられても困るけどさ。

とにかく今は想定しうる最悪の回避に専念しよう。どうにかしなければ。

そして一階に辿り着き、反応がものすごく近くなっていることを確認した僕は、

手近にあった職員用トイレに入って、そこにある置き鏡にカードデッキをかざした。

 

 

「とにかく急がなきゃ! 変身ッ‼」

 

 

あの嫌な音と同じく手慣れた工程を経て、僕の全身が鏡世界の鎧に包まれる。

 

赤き龍と契約した仮面の戦士、龍騎となった僕は目前の鏡面に視線を向けて、

契約モンスターの頭部を模した篭手を装着した左手を仮面に寄せ、意気込む。

 

 

「っしゃあ‼」

 

またもいつもと同じセリフを吐いてから、僕は鏡の世界へ飛び込んだ。

 

 






いかがだったでしょうか?

優子ちゃん初期の頃ってなんかギャルっぽいとこあったのね。
原作読み返して驚いちゃいました。後半? ただのショタコンですわ。

ついに戦いの幕が上がったAクラスとの決戦。
果たして勝利を手にするのは明久たちか、それとも翔子たちか。
そして鏡の世界で暗躍するライダーたち。
龍騎と、明久の運命は!


戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!

ご意見ご感想、並びに批評もバンバン受け付けております!
また質問などに関しても送っていただければお答えします!


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問21「僕と暗躍と謎の七人目」


どうも皆様、長期休暇最終日という事実に泣き叫びたい萃夢想天です。
おかしいなぁ、ついこないだまでは夏真っ盛りのはずだったのになぁ。
某鉈系女子の如く「嘘だッッッ‼‼」と叫べたら良かったんですがねぇ。

現実とは、げに非情なる微睡みにござりまする。

さて、今回のサブタイトルから察しのいい方はお気付きでしょうが、
今回は龍騎メインのバトル回になりますね。戦闘描写は、お察しですが。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

「明久の奴、どこ行っちまったんだ?」

 

全くあのバカときたら、こんな大事な場面だってのにいきなり出て行っちまいやがった。

確かにあれだけ大見栄きっといてあの有様じゃあ、逃げ出したくなるのも分かるんだが、

俺が知る限りアイツはそういうタイプじゃなかったはずだ。少なくとも俺はそう思う。

 

 

「………あまりの状況に便意を催した?」

 

「どうだかな。大体アイツがプレッシャーなんかでやられるタマかよ」

 

「………頭痛に襲われたように見えた」

 

「俺もだ。でも、すぐ治まったようにも見えたが?」

 

「………持病持ち?」

 

「病気で死ぬより先に餓死するような奴がか? ありえねぇだろ」

 

 

同じく明久が突然このAクラスの教室から出て行くのを不審に思ったであろう人物、

隣にいるムッツリーニが考えられる候補を幾つか挙げたが、俺はそれを悉く否定した。

 

便意なら問題無い。行って帰ってくるだけだ、しかも敗退した奴だから別に構わん。

頭痛は可能性としては一番高い。アイツの召喚獣は特別製で、ダメージの何割かが奴に

フィードバックする仕組みになっているから、その影響で頭痛が酷くなったのかもしれん。

ただ、そうだとしても頭を押さえながら戻ってくればいいだけで、わざわざこの教室から

飛び出して行かなきゃならんほどの理由にはならない。保健室に行くんなら別だけどな。

そんで最後の持病だが、これも否定はしたが可能性としてはありうる話ではあった。

俺たちが知らないだけ、あるいは明久自身も知らずに何らかの病気を患ってるということが

現実に起きたとしても不思議ではない。いくらか不明瞭な点はあるが、可能性はある。

 

一体アイツの身に何が起こったんだろうか。Aクラスの連中も不審がってるようだが。

 

 

「坂本! う、ウチ、吉井の事探してくるね!」

 

「島田、いいのか?」

 

「だってウチが居ても何もできないし、だったらせめて吉井の事………」

 

「美波ちゃん、それって」

 

そうこうしていると、Fクラスに二人しかいない女子の片割れの島田が明久捜索を願い出た。

確認をとったが、確かに島田がここにいても一騎打ちならぬ五騎打ちには参加させてないから

意味は無い。だったらせめて、という感情が見て取れた。まぁ、それは建前だろうがな。

姫路が島田に何かを言おうと不安げに視線をさまよわせていたが、不意に別の声が割り込んだ。

 

 

「島田、俺も手伝うぜ。いいよな坂本?」

 

「………八嶋か。まぁ、お前らがいいなら構わないが」

 

「分かった。よし、行こうぜ島田!」

 

「オッケー!」

 

 

姫路のか細い声を押しやって割り込んできたのは、Fクラス男子が一人、八嶋だった。

コイツはFクラスのバカには珍しく、成績はFクラス基準でも弱点と呼べる科目が見当たらない、

いわゆる万能タイプのオールラウンダーな奴だ。全員の成績を集めた時に驚いた記憶は新しい。

こういう指揮官向きの奴をそばに置けば、戦場でいくらか明久のフォローになるだろうと思って

同じ部隊に編成したんだが、ここまで忠誠心というか、心根に厚い男だっただろうか。

 

………まさかコイツもAクラスの久保と同類じゃねぇだろうな。

一瞬だが頭をよぎったおぞましい想像を振り払うように頭を振る。流石にそれは嫌過ぎるな。

同じクラスの、ひいては同じ部隊にそんな性癖の奴がいるなら、俺なら絶対に除隊するだろう。

学年トップに近い成績を誇るあの眼鏡でさえそうなんだ、最下層にいたところで不思議じゃない。

冗談じゃ済まされそうにない邪推を心の奥底に封印し、島田と八嶋の二人にゴーサインを送る。

 

「ムッツリーニ、お前どう思う?」

 

「………ノーコメント。今は戦争中」

 

「俺が許す。聞こえん程度の声量で言ってみろ」

 

「………ガチホモかマジゲイの類」

 

「だよな。言うと思ったわ。正直済まんかった」

 

「………性癖は人それぞれ。不干渉がちょうどいい」

 

 

島田と八嶋がAクラスから捜索に行った直後に、隣のムッツリーニにそれとなく尋ねてみたが、

やはり同じような結論に至った。流石は寡黙なる性識者と呼ばれた男だ、説得力が違うな。

だが二人して同じ答えに行き着いたおかげで、いくらか冷静になることはできた。

そこで新たな答えを見つけられた。八嶋は島田に惚れているんじゃなかろうか、と。

島田の明久を探すというイベントをきっかけに、好感度アップと二人きりになる時間を自ら

作りに行ったんじゃないだろうかと考えてみた。うん、意外と悪くない。あり得るかもしれん。

むしろそうであってほしいと願うばかりだが、今はそんな事に無駄な容量を費やす暇は無かった。

 

 

「ま、とにかくだ。二連敗することは正直読めていた。次はお前だ」

 

「………二人は捨て駒?」

 

「明久は五分(ごぶ)の賭けだった。勝っても負けてもいいように策は練ってある。

だがこの五騎打ちの要である中堅戦にだけは負けるわけにはいかない、だからこそのお前だ」

 

「………委細承知」

 

「勝てよ」

 

「………要らぬ心配。俺を誰だと思ってる?」

 

「ハッ! 知らない奴が居るとでも思ってんのか?」

「………行ってくる」

 

 

一般平均より少し小柄な男の背中が、俺の横から前へと迷うことなく歩み出る。

その背中は高身長の俺をもってしても、頼りがいのある戦士の背中に見えるほど大きかった。

先鋒の秀吉と次鋒の明久は、ムッツリーニの言ったように悪く言えば捨て駒だった。

秀吉は日本史と国語文学以外じゃ戦力にならんし、明久に至ってはもはや賭けでしかない。

ただし、今出ていってあの男だけは違う。奴の戦いに間違いは無く、その勝利は揺るがない。

俺はここで初めて、この戦いにおける優位に立った気分になった。この五騎打ちの戦いを有利に

進めるためにはどうしても、あの交渉の席で勝ち取った『科目選択』の権利が必要だったからだ。

科目選択権はそのままでも有利だが、さっきも言ったように秀吉と明久には大して効果は無い。

だがムッツリーニにだけは最大限に活かすことができる。何故ならあの男は、自身の総合得点の

実に8割をたった一つの科目で占めているからだ。故にこの中堅戦、勝ちはあっても負けは無い。

 

 

「じゃ、ボクが行こうかな~」

 

この学園の男子生徒なら誰もが知る事実を前に、驚くことに女子が対戦相手を名乗り出てきた。

誰だ? あの顔は一年の頃には見てないが……まさか、ムッツリーニのAクラス調査記録にあった、

一年の終わりに転入してきた女子生徒ってのが奴なのか。データが少ない、要注意人物だったな。

だがこれはラッキーだ。転入して間もなく、しかも女子ならばムッツリーニの恐れられた異名も

知っているはずが無いし、いくらAクラスといえど五科目でないこの科目で高得点は無いはずだ。

 

 

「一年の終わりに転入してきた、工藤 愛子で~す! よろしくね♪」

 

 

自分の事を知らない人物への自己紹介のつもりか、工藤という女子は手を振りながら名を名乗る。

アレだな、ボクという一人称や雰囲気からも察することができるが、ボーイッシュな性格だろう。

見た感じ女性的な凹凸を感じられないし、多分そうだろう。本人も自覚してるっぽいしな。

さて、この得体の知れない相手を前に、お前はどう出るんだムッツリーニ。

 

 

「………78、56、80………か?」

 

 

お前は何を見てるんだムッツリーニ。

 

 

「アハハ! ざ~んねん、最後は79でしたー!」

 

お前も何言ってるんだ⁉

 

 

「………正面からでは誤差が生じる」

 

「ってことは、キチンと見せれば完璧に分かるってこと? 面白いねー!」

 

「………キチンと、見せるだと(ボタボタ)」

 

 

大事な局面だってのに何なんだコイツらは! 戦う気がホントにあんのか?

 

AクラスFクラス共に代表者の会話内容に呆れが混じり始めた頃になって、ようやく両者が

召喚フィールド内に踏み入り、いよいよ緊張の瞬間が訪れようとしていた。

 

「教科の選択をお願いします」

 

「………保健体育」

 

 

Aクラス担任で主任の高橋先生が教科の選択を促し、ムッツリーニが静かに答える。

そう、保健体育。ムッツリーニの唯一にして最強を誇る科目が、彼自身に選ばれた。

奴は異名の通り、こと性的な案件に限れば無尽蔵と言えるほどの知識を有する専門家(スペシャリスト)だ。

そんな男が保健体育で負けるはずが無い。俺たちFクラスの面々は完全に勝利を確信する。

 

 

「えっと、土屋君だっけ? 随分と保健体育に自信があるんだってね~?」

 

「………流石に、警戒されていたか」

 

「んふふー、どうだろね? でも、ボクだってかなり得意なんだよねー」

 

 

召喚フィールド内で工藤とムッツリーニの会話が響いて聞こえてくる。だが、妙だ。

今さらになって気付いたが、おかしい。いくらAクラスでもこの展開は悪手だろうに。

この学園の、ひいては同じ学年の男子であればムッツリーニの溢れ出る性への欲求を知らぬ者

など誰もいない。だったら、保健体育なら学年トップの成績だということも承知のはずだ。

それなら普通は、この中堅戦を捨てるだろう。俺が秀吉と明久を捨て駒として潰したように。

だが何故奴らはそれをしてこない? Aクラス内で平均以下の奴を使えばそれで済む話だし、

俺たちに科目の選択権がある以上、ムッツリーニが保健体育を使うのは予測も容易かろう。

保健体育を捨てない理由。そこに俺の思考が辿り着いた時、やけに嫌な予感がした。

 

 

「………だとしても、俺には勝てない」

 

「へー、そうかな? ボクが得意なのは…………キミと違って、実技、なんだけど?」

 

「……………実技は俺の得意分野でもある(ブシュッ)」

 

 

いかん! せっかく止めた鼻血が勢いを増してまた吹き出やがった!

 

 

「そろそろ勝負を始めてください」

 

 

中堅戦を開始できないことに司会進行として気分がよくないのか、高橋先生が自前の眼鏡を

指で押し上げながら冷徹に告げる。ったく、ムッツリーニは今それどころじゃないってのに。

 

「はーい。それじゃいっくよー、試験召喚(サモン)!」

 

「………試験召喚」

 

 

促された二人は召喚フィールド内でお決まりの呪文を唱え、自身の召喚獣を呼び出す。

ムッツリーニの足元に出現したのは、Bクラス戦で見た、小太刀を携えた忍び装束の召喚獣

だったが、肝心の対戦相手である工藤の召喚獣は、俺たちの想像を遥かに超えていた。

 

 

「なんだ、あのバカデケェ斧は………」

 

見るからにとんでもない重量の剛斧を右肩に乗せた、セーラー服姿のデフォルメされた工藤

と言うべき召喚獣が微笑んでいた。図らずもその笑みは、戦意が満ち満ちているかのようだ。

しかもアイツ、単一科目400点越えの証である『腕輪』まで装備してやがる! 嘘だろ⁉

嫌な予感が見事に的中しちまった、こんな時に限って。いくらあのムッツリーニと言えども、

400点越えである奴と戦う以上、絶対の勝利という道筋が断たれる可能性も出てくる。

完全に予想外だった。ムッツリーニの無敵神話に対する安心を、逆手に取られたんだ。

 

「実践派と理論派、どっちが正しいか教えてあげるよ」

 

 

Fクラスの誰もが驚愕に目を見張る中、工藤が悪戯っぽい笑みと共に召喚獣を肉薄させた。

奴の召喚獣の腕輪が光ったと同時に、振り上げた巨大な斧に雷光がバリバリと音を鳴らして

まとわりつき始める。あの能力は武器の強化か、あるいは電気系統の付与効果と見ていいが、

召喚して間もなく、驚きで硬直しているムッツリーニの召喚獣はまだ動きを見せていない。

呆気に取られているのかは分からんが、とにかくマズイことだけはハッキリと伝わってくる。

 

 

「バイバイ、ムッツリーニくんっ!」

 

 

外見からはまるで想像もつかない膂力と速度で、その剛斧が振り下ろされ__________

 

 

「………加速」

 

 

その直前に、ムッツリーニの召喚獣の姿が消えた。

 

 

「え? え………?」

 

「……………加速、終了」

 

 

何が起こったのかよく分からない、という顔をしている工藤。いや、工藤だけじゃない。

この教室内にいる誰もが同じような顔をしている。おそらく俺もその一人だろうけどな。

工藤の困惑する声からわずかに一呼吸の後、工藤の召喚獣から赤い花が咲き乱れた。

 

 

『Aクラス 工藤 愛子__________保健体育 0点』

VS

『Fクラス 土屋 康太__________保健体育 572点』

 

 

そしてすぐさま、先程の戦いの答え合わせと言わんばかりに点数が表示される。

しかしまぁ、強いという言葉では収まらん領域だな。流石は寡黙なる性識者の異名を持つ男。

そういえば、Bクラス戦の時に受けたテストは出来が悪かったと嘆いていたが、謙遜じゃなく

本当の事だったみたいだな。ここまで取れれば出来の良し悪しもあって無いようなもんだ。

 

 

「そ、そんな…………446点も取れてたのに、嘘だ………」

 

 

床に膝を膝をつけて悲嘆にくれている工藤。よほど自信があったらしいが、相手が悪過ぎた。

だがこれはいい薬になったぜ。Aクラスであっても、こんな教科にまで抜かりがねぇとは、

正直に言ってそういう面では舐めていた。これからはこういった油断も慢心も無くそう。

 

 

「これで2対1ですね。それでは次の対戦者は前へ」

 

淡々と機械のようにつつがなく進行しようとする高橋先生。アンタ担任だろうに。

中堅戦はFクラスが勝利を収め、これで首の皮一枚つながったという状況になった。

相手の召喚獣を見た時は焦ったが、我が軍神(エロがみ)様は宣言通り勝利をもたらしてくれた。

さて、いよいよ次が副将戦。さっきと同じで、ここで負けたらそこで何もかもが終わる。

絶対に負けられない一騎打ちであり、俺が出る大将戦へとつながる重要な戦いでもある。

 

だとするなら、この場においてこれほど安心して任せられる人物はいない。

 

 

「頼むぜ、姫路」

 

「あ、は、はい! 私、行きますっ!」

 

「それなら、僕が相手をしよう」

 

 

こちらには文字通りの戦艦級、もといAクラス級の姫路 瑞希がいらっしゃるんだ。

ここで使わない手は無い。まぁ、それは流石にあちら側にも読まれてたようだが。

姫路と呼応するように前に歩み出てきたのは、Aクラスにおける懐刀にして、準最強。

 

 

「来やがったな。学年次席、久保 利光」

 

 

Aクラス在籍の身であり、最高峰にして最強の名を得られる主席の下に就く男。

今はFクラスにいる姫路は本来向こう側の存在なのだが、それでも勝るとも劣らん頭脳の

持ち主であることには間違いない。仮に姫路が次席としても、その場合は第三席となる。

言葉にすれば姫路の下位互換みたく聞こえるかもしれんが、成績だけは拮抗している。

つまり、例え我がクラス最強の剣をもってしても、貫き通せぬ最強の盾というわけだ。

 

 

「さて、ここが勝負所だな」

 

「………姫路でも?」

 

 

思わず呟いた一言を、隣に戻ってきていたムッツリーニに拾われる。

そしてその返答に対して、俺は苦渋の表情になって首を縦にゆっくりと下ろす。

学年次席と学年三席、この戦いだけは勝敗を予測できない。あまりに実力差が近過ぎる。

「総合科目で、お願いします」

 

 

勝負の行く末を見守ろうとしていると、何故か久保が科目を選択してきた。

 

 

「お、おい待て久保! 科目の選択権はこっちにあんだぞ!」

 

「構いません」

 

「ひ、姫路」

 

「私は構いません。総合科目勝負、受けて立ちます!」

 

 

独断で勝負を始めようとする久保をいさめようとするが、姫路に止められてしまった。

意外としか言いようがない。あの姫路が、あんなに毅然と振る舞うのは初めて見る。

 

「では、始めてください」

 

「「試験召喚」」

 

 

高橋先生の声をゴング代わりに、学年きっての英傑同士の召喚獣が顕現した。

 

 

『Aクラス 久保 利光__________総合科目 3997点』

VS

『Fクラス 姫路 瑞希__________総合科目 4409点』

 

 

そしてこの場にいる一同全ての目を、釘付けにした。

 

 

『な、なんだよあの点数………』

 

『あんなの、普通に戦ってたら勝てるわけねぇだろ!』

 

『流石姫路さん結婚してぇ………』

 

『Fクラスに行ったって聞いてたのに、何よアレ⁉』

 

『私たちの代表と、変わんないじゃない!』

 

 

両クラスから羨望と絶望が混ざり合ったような声が次々と飛び出してきているが、

当の本人方はまるで意に介することもなく、ただ目の前の相手と静かに対峙していた。

やがて睨み合った二人のうち、久保が溜め息を軽く吐いた後、細々と手を上げた。

 

 

「この勝負、僕の負けです」

 

 

驚くことに、なんと久保が敗北を認めて白旗を振った。どういう事だ?

 

久保が何故負けを認めたのか誰にも何も分かってないらしく、両クラスから一斉に

驚愕の絶叫ともいうべき大声が弾け飛んだ。あの秀吉の姉ですら目を剥いている。

 

 

「姫路さん、あなたはどうやってここまでの点数を?」

 

「…………それは、私がこのクラスが大好きだからです」

 

「Fクラスが、好き?」

 

「はい」

 

 

またしても唐突に久保が姫路に話を切り出し、尋ねられた姫路がそれに毅然と答えた。

姫路が何やらすごいことを言ってるな。おかげでFクラスの野郎どもが熱狂してるぞ。

背後からの燃えるようなラブコールが聞こえていないのか、当の彼女はそのまま

祈るように両手を胸の前で組みながら、優しい声色で言葉を重ねた。

 

 

「好きな人と、好きなみんなと、好きなクラスで、一生懸命になる。

どんな事にがあってもめげずに、諦めないで立ち向かう皆が、大好きです」

 

「………だから、ここまでの点数をとれた、と?」

 

「そうです」

「Fクラスの誰かが、姫路さんに勉強を教えられるとは思いませんが?」

 

「私が、頑張ったんです。少しでも、お役に立てるようにって」

 

 

一切の迷いもなく語られた言葉に、久保も俺たち部外者も押し黙る。

姫路の中にある覚悟と、それを支える思いの強さを知って、何も言えなくなっている。

俺の後ろではもう何人か男泣きしてる奴らもいるが、まぁ仕方ないだろうな。

あんな恥ずかしいセリフを笑顔のままで語った姫路に、久保は微笑みで返した。

 

 

「やはり君はFクラスにいるべきではない人物だ。その評価は変わらないよ。

でも、そんな君だからこそ、あのFクラスで大切な何かを学んだんだろうね」

 

「私は………私にできることを頑張るだけです」

 

「…………そうか、分かったよ。僕も認めよう、これからはライバルだ」

 

「はい!」

 

「…………お互い、吉井君のために頑張ろう」

 

「えっ?」

 

 

久保がフィールドから歩き去り、Aクラス陣営へと無言で戻っていく。

そんな奴を怪訝そうな顔で見つめた後、姫路が俺たちの陣営へと戻って来た。

そこでようやく後ろで泣いてる連中に気付いたのか、ひどくオロオロし始める。

 

 

「大丈夫だ。コイツらは姫路の演説に聞き惚れてただけだから」

「演説? 何のことですか?」

「は?」

 

急に真面目な雰囲気からいつもの調子に戻ったことに安堵しつつ、俺が状況を軽く

説明してやったんだが、何やら様子がおかしい。つい聞き返してしまった。

 

 

「何の事って、今久保と話し込んでたじゃねぇか」

 

「え? だってあれは私が勉強を頑張った理由を聞かれただけで」

 

「………まさかの無自覚」

 

「みたいだな。よし、いいこと教えてやるぜ姫路」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

「お前、さっきこのクラスが好きって言っただろ? アレだと告白と同じだぞ」

 

「ええっ⁉」

 

 

どうやら姫路は本気で無自覚だったらしい。それにしても、勉強を頑張る理由、ねぇ。

 

「どちらかと言えば、誰のために頑張ったか、の方が当てはまるだろ」

 

「はうぅ⁉」

 

「ま、その相手が誰なのか俺には見当もつかねぇが?」

 

坂本君は意地悪です、と姫路が顔を真っ赤にしながら腕をブンブン振り回している。

しかし誰の為でもいいが、ここまでやってくれたことには感謝しないとな。

姫路が負けていたら、ここから先は無かった。俺と、アイツとの対決は無くなってた。

そう考えると身が引き締まるし、姫路の事も笑ってられない。むしろ同じ穴の(むじな)かもな。

 

とうとう俺たちの、そして俺個人の念願を果たせる瞬間が訪れた。

一体どれだけこの時を待ちわびただろうか。どれだけの時間を費やしてきただろうか。

俺たちが積み上げてきた一つ一つが、ここでようやく大輪の花となって成就するのだ。

逸る気持ちを落ち着かせようと深呼吸を一つ、目を大きく見開き、一歩踏み出す。

 

 

「大将戦、相手はこの俺だ。さぁ、来いよ翔子」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、こっちだ」

 

「分かってる。セキュリティの解除は?」

「もう少しかかる。今の内にそっちも用意しておけよ」

 

 

ああ、と小さく頷き、俺たちは熱気と機械油の匂いが立ちこめる部屋を見渡す。

 

ここは長い坂の上に建設された文月学園の、地下に位置するメインサーバ前の小部屋。

そこにはこの学園特有の、あるシステムを管理するために作られた機械がびっしりと

部屋中を埋め尽くそうと敷き詰められている。そしてその部屋の前に、俺たちはいた。

 

当然そんな場所に入れるのは、学園関係者の中でもごく限られた人物のみだろう。

もちろん俺たちは違う。その資格があるんだったら、セキュリティを解除なんてしないし、

こんなに汗水垂らしてまで学園の敷地内に人目を気にして侵入しようとはしない。

有り体な言い方をしてしまえば、俺たちは企業スパイという奴になるわけだ。

 

 

「よし、これでいい。おい、早くしろよ」

 

「お、やっと終わったのか」

 

「バカにしてんだろ。セキュリティー誤魔化すのどんだけ大変だと」

 

「あーハイハイ、その話はここに来る前に聞いたからもう充分だ」

 

 

ちなみにここにいるのは俺一人じゃない。横にはもう一人の仕事仲間がいる。

俺たち二人はとある企業の命令で、この学園にある『試験召喚システム』とかいう

珍妙奇天烈なシステムデータを奪取して来いと命じられ、そしてここに来たってわけだ。

なんでも、利用方法を変えれば世界経済にも影響を及ぼせるのだとか。俺には分からんが。

とにかくそういう経緯で、俺たちは現在進行形で文月学園へ泥棒しに来てんだけど、

さっきからどうも妙な気がかりが生まれている。なんというか、不安になってきた。

 

 

「おい、何してんだ。手が止まってんぞ」

 

「あ、ああ。悪い」

「急げよ、俺の誤魔化しはいつまでも通じるわけじゃねぇんだぞ」

 

「分かってる」

 

 

口は悪いが嘘は言わない相棒の言葉だ、きっと本当に時間は限られているんだろう。

そうは思っているのに、中々手が動いてくれない。クソ、俺も焼きが回ったのかな。

確かにもう若いって年じゃないにしても、まだ現役は名乗れるし、体も動く。

なのに何故か、俺の手の動きは鈍い。まるで、誰かに監視されている(・・・・・・・・・・)みたいに。

 

 

「また止まってんぞ! お前、やる気あんのか?」

 

「わ、分かってるっての! お前は他に目ぇ通しとけよ」

「チッ、あー分かったよ。警報のダミーが切れて鳴り出しても知らねぇからな」

 

 

作業着を着た男二人が汗まみれになって口論してる場合じゃないだろ、と軽口を

叩こうとする余裕が自分の中にあることに気付き、余計に不安感を煽り立てられる。

 

やっぱりおかしい。どうしてだ? 思考はいつも通りにクリアなのに、手だけが鈍い。

何かが変だ。この学園に来る前までは普通だった、なのに、どうしてこんなことが。

 

俺はこういう仕事柄、直感を大事にする事が多い。勘でやるより、直感を信じる。

そんな俺の直感が、何かがおかしいと騒ぎ立てている。なら、これはおかしい事だ。

自分の臆病さに素直になって、何度も救われてきた。だから俺はこの直感を信じている。

ざわつく心を必死で押し殺しながら、隣でPCをいじっている相棒に危険を知らせた。

 

 

「なぁ、やっぱり妙な気がする」

 

「またそれか。お前本当にビビりなんだな」

 

「違う。これは違う、さっきから、誰かに見られてる気がすんだよ」

 

「ここに監視カメラはねーよ。驚くくらい手薄だって、お前も驚いてたろうが」

 

「そうだけど、そうじゃないんだって!」

 

 

必死に説得しようにも、相棒はいつものビビり癖だと勘違いして聞く耳を持たない。

その間にも俺の直感が心臓を早鐘のように鳴らし続けている。これ以上はヤバいと。

どうにかしてここから逃げようと思考を切り替えた時、ふいに鼓膜が揺すられた。

 

 

『__________フフフフフ』

 

誰かの、笑い声のような音が聞こえてきた。しかし、ここにいるのは二人だけ。

すぐに相棒のいる方へと顔を向けるが、そこには無言でPCをつつく男が居るだけだ。

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

まただ、また聞こえた。今度は幻聴なんかじゃない、本当にちゃんと聞こえた。

でも相棒の声じゃない。ましてアイツはさっきから苛立ってて、笑うはずがない。

なら、一体誰が、どこで笑ってんだ?

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

三度目の笑い声を聞き、いよいよ気が気でなくなってきた。もう指は震えてる。

これ以上はここにいたら危ないと直感が騒いでいる。俺は急いで立ち上がった。

 

「ヤバい。何かがヤバい。おい、逃げるぞ」

 

「何言ってんだよ、お前全然データのダウンロード出来てねぇじゃんか!」

「そんなのどうだっていい! 早く来い、逃げるぞ!」

 

「馬鹿言うなっての、ここまで来たらデータ盗るだけだろうが!」

「そんなことしてる時間はねぇ! 早く、逃げるんだよ!」

 

 

俺を呼び止めて作業に戻らせようとする相棒と怒鳴り合いになり、互いに譲らない。

確かにコイツの言う通り、あと二分我慢すればデータの奪取は無事に成功するけど、

今はその時間すらも惜しい。それくらいにヤバい何かが、すぐそこまで迫ってる。

それが何なのかまでは分からないが、俺の直感が体を翻して逃げろと叫んでいる。

 

「このビビりが! 今日はいつにも増して酷ぇな!」

 

「ビビってるだけじゃないんだ! おい、頼むから早く!」

 

「だったら先行ってろよ。帰りのセキュリティの保証は出来ねぇからな」

 

 

結局相棒は俺の言葉に耳を貸さず、俺の代わりにデータインストールを始めた。

もうこうなったら引きずってでも逃げるしかないと、俺は覚悟を決める。

 

そんな俺の視界に、赤い点が見えた。

 

 

(…………なんだ、アレは)

 

俺の視線の先には、薄ぼやけた赤い点が見えた。いや、アレは赤い光だ。

レーザーのような赤い光が、俺の視線の先でゆっくりとだが動いているのが見える。

その赤い光はどんどん先へ進み、そしてPCとにらめっこしてる相棒へと到達した。

物体に当たってまた点へと戻った赤い光は、相棒の足から徐々に上へと昇っていき、

そして、ついに彼の後頭部でその動きを止めた。さながら、捕らえた(ロックオン)とばかりに。

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

直後に聞こえた四度目の笑い声に、俺の中の直感が爆発するように暴れ狂う。

 

アレだ。あの赤い光だ、アレがさっきから俺たちを監視していたんだ。

赤外線カメラか何かかとも最初は思ったが、ここには監視カメラの一台すらない。

ならばレーザーの発生源は何なのか。疑問に思った俺は恐怖に震えつつ、上を見上げた。

 

 

『__________フフフフフ!』

 

 

その直後に聞こえた笑い声は、今まで以上に近くで聞こえた。

視界の横で何かが動いたのを横目で感じ、すぐさま相棒のいる場所へ視線を向けた。

 

だが、そこには誰もいなかった。

 

 

(何だ? 何が起きてる? ここに一体何がいる⁉)

 

 

パニックになった。頭の中が一瞬で真っ白に染まり、気付けば涙を流していた。

呼吸は自然と荒くなるが、それを両手で必死に抑える。何かに、気付かれないように。

しばらく声を殺して周囲を警戒していると、気付けば赤い点がどこにも無くなっていた。

そばにある機械を見回しても見当たらず、床や壁の方を見つめてもまるで見当たらない。

そう、見当たらないのだ。赤い光と、そして、一緒にいたはずの俺の相棒も。

ただ俺は、彼を探す気になれなかった。何故なら俺は奴に、何度も警告したからだ。

 

俺は妙だと言ったが、彼は笑った。

俺はヤバいと言ったが、彼は目的を優先した。

俺は逃げろと言ったが、彼はもういなくなっていた。

 

そして俺は悟った。アイツを探そうとすれば、きっと俺もいなくなるだろうと。

それだけは嫌だ。仕事もどうでもいい。俺はこんな思いをするのはたくさんだ!

 

 

「………逃げよう。早く、こっから逃げねぇと」

 

 

逃げないとどうなるのか、自分の口からは、それより先が出てこなかった。

出さずとも分かる。消えるのだ、俺もアイツと同じように、同じ場所に。

 

 

(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)

 

 

逃げたい。生きたい。死にたくない。

 

相棒が死んだかどうかは分からないのに、俺は自然とそう思っていた。

アイツは死んだ。きっと、あの赤い光と笑い声に、殺されてしまったんだと。

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

恐怖に打ち震えている俺の鼓膜に、またあの笑い声が響いてきた。

まだ足りないのか。アイツを殺しても、まだ足りないっていうのか!

まだ笑ってるのか。アイツを殺しても、まだ笑いが収まらないのか!

 

 

『__________フフフフフ』

 

 

笑い声が鼓膜に響く。さっきよりも、ずっと近くから聞こえてくる。

奴だ。相棒を殺して消した、奴が来たんだ。次は、俺の番なんだ。

 

 

「嫌だァッ‼」

 

 

恐ろしさに耐え切れず、俺は頭を抱えて頭上を見上げた。

空があれば叫んでいた。光があれば助けを求めていた。

 

でも、頭上にいたのは、三つの赤い瞳を血走らせた化け物だった。

 

 

『__________フフフフフ!』

 

「うわぁあああぁぁぁああああ‼」

 

 

視線の先にいた化け物は逆さまになって、しゃがみ込む俺に手を伸ばしてきた。

上を向くんじゃなかった。上を向かなけりゃ、アイツと同じように消えれたのに。

自分を殺したのが見るも恐ろしい化け物だって真実を、知らずに死ねたのに!

もう助からない。死ぬ。死ぬ。死ぬ。

 

 

【Sword Vent】

 

 

眼前まで化け物が迫った瞬間、俺の耳に女の声が聞こえた気がした。

 

 

『フフッ? ウフフゥ⁉』

 

 

あまりの恐怖で何が起こったのか分からない。ただ、化け物が視界から消えた。

いきなり現れた化け物が消えたことで、またさっきとは違った恐怖に苛まれる。

どこから来るのか、いつ現れるのか。もはや気が気じゃない俺は、確かに見た。

 

どことなく人工物のような黒い鎧で全身を覆った、その戦士を。

 

 

一体どこから現れたのか、いつからそこにいたのか、俺には分からない。

ただ直感が囁いていた。この戦士のそばにいれば安全だと。助かるのだと。

降って湧いたような登場をした戦士を呆然と見つめていると、その戦士がこちらの

存在にようやく気付いたのか、左手でマスクの顎をさするようにして呟いた。

 

 

「おや、これはいけませんね。こんなところに関係者でない者がいるとは。

まあとにかく今は、この【オルタナティブ・ゼロ】の調整兼稼働実験が優先ですか」

 

男の声だ。さっきは女の声が聞こえた気がしたんだが、気のせいか?

何やらわけの分からないことを呟いた、声からして男のような戦士はただ、

じっと俺を見つめた後でくるりと振り返り、右手に持つ巨大な剣を振るった。

 

「ご安心を。何者かは知りませんが、ここにいる限りは守りましょう。

一応私もこの学園の関係者なのでね、あまり余計なことをされると困る」

 

 

どう見てもヤバい重量の剣を右手一本で軽々と振るう戦士の言葉に耳を疑う。

私も、この学園の関係者、だと?

 

だったら何だ、あの化け物とこの戦士はこの学園と関係があるのか。

例の『試験召喚システム』とやらは、コイツらについての事だったのか。

 

恐怖からひとまず解放された頭の中が、今度は思考の波によって埋め立てられていく。

しかしこの場は何もせずに黙っていた方が良さそうだ、と俺の直感が告げている。

黒い戦士が顔だけを向けてくるのを見て、無言で何度も頷いて無抵抗の意思を示す。

彼はどうやら満足したようで、右手に持った剣を構えて、何かに向けて語り出した。

 

 

「よろしい。では、そこで固まって動かないでいてくださいね。

しかし……デッドリマーですか。あの悪趣味な食性は、彼女(・・)よりも()譲りでしょうかね」

 

『フフフフッ! ウフフ、ウゥフフフゥ‼』

 

「やれやれ、仕方ない。いいでしょう、かかってきなさい。いつでもどうぞ?

私を監視していたのか、それとも餌を求めただけなのか、どちらでも構いませんが、

これからやる事があるのです。そのウォーミングアップとして、お相手しましょう」

 

 

見えない何かに向けて豪語する戦士は、しばらく周囲を警戒するように見回し、

そして何かを見つけたように駆け出していき、そのまま機械の鏡面へと飛び込んだ。

 

 

「な、んだ………何なんだよ」

 

 

突如として黒い戦士は消えた。さっきの化け物や相棒のように、一瞬で。

けどもう彼らの行方を探ろうなどとは思わない。そして、逃げようとも思わない。

ここから一歩でも動いたら、俺も消えてしまうような気がして動けなかった。

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?

龍騎メインのバトル回と言ったな、アレは嘘になったな(謝罪)
ついついバカテス面に力を入れ過ぎてしまって、申し訳ないです。
まさか龍騎メインと言っておいて龍騎が登場しないとは、作者もビックリです。

あ、それと、次回からまた投稿ペースが少し遅くなります。
どうかご容赦ください。


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎でございます!


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問22「龍騎と共闘と戦争の行方」



どうも皆様、カントリーマームに癒されている萃夢想天です。
その点カントリーマームっていいよな、最後までチョコたっぷ(略

前回はひどい前書き詐欺を働いてしまい、申し訳ありませんでした。
今回こそはちゃんと龍騎が活躍しますので、どうかご安心を!

あ、それと前回友人から質問をされたのですが、
この作品に出てくるFクラスの八嶋はオリジナルキャラクターです。
原作にもいたかもしれませんが、とりあえずはオリモブということで。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

手近な職員用トイレの鏡からミラーワールドへ入り込んだ僕は、再び頭に直接響く耳鳴りの

ようなエコーを頼りにして、今いる場所から飛び出して音の発生源に向かって駆け出す。

 

ここは文月学園の一階フロア、そこの正門側の昇降口に位置する場所だ。

一年生から三年生までの生徒の外履きが靴箱に揃えられている。ま、授業中だしね。

もちろん来客用の靴箱もあるんだけど、そこはいつも通りに空箱となっていた。

 

 

(って、それよりも今はモンスターだろ!)

 

 

のんきに学校見学なんてしてる場合じゃないと自分を叱咤し、必死に校内をひた走る。

段々とエコーの反響音も大きくなってきているから、敵が近くにいることは間違いない。

走るうちに僕はAクラスのあった新校舎の一階、そこにある職員室を目指していて、

その付近からモンスターの反応があることに気付いた。まさか、奴は教師を食べる気か!

 

 

「させるかッ!」

 

 

ライダーとなって鍛え上げられてきた足を速く回し、十数メートルの距離を一気に詰め、

仮面の溝となっている部分にある赤い複眼で職員室の扉を確認して、蹴破ろうとする。

しかし右足を振り上げたその直後になって、頭に響くエコーの位置が微妙に変化した。

 

 

「ど、どういう事だ⁉」

 

 

いきなり場所が変わったことに困惑する。別に、ただ場所が変わるだけなら問題はない。

けど、エコーが聞こえてくる場所へと視線を向けると、その先には学園の床があるのだ。

僕がいるのは新校舎の一階。三階の下には二階があり、二階の下には一階がある。

 

では、一階の下には?

 

 

「____________そうか、地下があるのか!」

 

 

ここにきて僕の天才的ひらめきが冴え渡った。この学園の地下には、まだ空間があるのだろう。

それを一般の生徒である僕が知らなくてもおかしくない。クソ、厄介なところに現れて!

 

でも、地下に人間がいるのだろうか。昼とも呼べないほどの時間に、しかも授業中に。

 

脳裏をよぎった謎に一瞬だけ首をかしげたけど、よく考えれば確かめる方法は一つしかない。

直接行ってこの目で見る、それが唯一の策だ。それに、モンスターがわざわざ現れるんだ、

そこに餌である人間がいないはずがない。僕はそこで思考を打ち切り、下に行く方法を模索する。

 

 

「地下に行くにはどうすればいいんだ? エレベーターなんてあるわけないし………」

 

 

早急に手を打たなければ襲われている人を助けられない。どうにかしてここから地下へ行く

方法を考えないといけないのに、頭が回らない。エレベーターが仮にこの学園内にあっても、

ここはミラーワールドだからそもそも動かせるわけがない。だったら、階段で降りるしかない。

でも階段がある場所を僕は知らない。まさしく八方塞がりの状況に頭を悩ませたその時だった。

 

 

『ウフフフッ! フフッ‼』

 

「んぐっ⁉ うわあッ!」

 

 

急に鳴り響いていたエコーが大きくなり、その発生源が僕の目の前に躍り出てきたのだ。

いきなり肥大化した反響音に驚かされて初手が遅れた僕は、現れたソイツから不意打ちの一発を

くらって吹き飛ばされてしまった。腹部の装甲に圧力を感じたってことは、近接攻撃か。

 

 

『フフフフフ‼ ウフフッ‼』

 

「くそ………ん、アレは初めて見るタイプのモンスターだ」

 

不気味な笑い声を耳にして、その声のする方向へと仮面の下の複眼を向けてみると、

そこには発している音と同じような印象を抱かせる出で立ちのミラーモンスターがいた。

 

赤黒い表皮が身を包み、さらにその上から銀色の包帯のような帯状のもので覆っている。

胸部から腹部にかけては赤い血管のようなラインが、古代文字を表すように複雑な紋様を

描き出していて、人ならざる異形の恐ろしさをより強調しているようにも見受けられる。

そして極めつけはその頭部にある、キツネザルに似た形状の大耳と朱赤の三眼。

仮面ライダー龍騎となってまだ数か月の僕にとって、ソレは未知数の存在であった。

 

 

「どうする………相手の攻撃手段とかも分からないし、能力とかも………」

 

 

職員室前の廊下という、狭いエリアでの戦闘が始まったことにも愚痴をこぼしたくなるけど、

そんな事よりも敵の情報が少ないことに僕は苛立っていた。迂闊には攻め込めなくなるし、

何より警戒し過ぎて攻撃の手を鈍らせれば、要らぬ攻撃を受けることにもつながってしまう。

最悪の想像をすれば、コイツに殺られることだってありうる。けど、逃げられても面倒だ。

 

どうすればいい!

 

 

『フフフッ! フフフフッ‼』

 

 

必死に打開策を考えている僕を、小馬鹿にするように笑い声を上げ続けているモンスター。

色んな鳴き声を聞いてきたけど、こういうタイプもいるんだなと、余計なことを考えさせられる。

しかしただ見つめ合っていたところで状況は変わらないし、変えられない。ならば先手必勝だ。

 

 

「行くっきゃない‼」

 

『ウフフゥ‼』

 

 

相手の様子を観察することを優先しながら、僕は両拳を握りしめて敵への最短距離を駆ける。

対して向こうもこちらの敵対行動を認識したのか、両手を振り上げながら突進してきた。

 

先攻をかけようとしたけど、それをまるで読んでいたかのように一手先を打たれた。

互いにあと数メートルという地点に差し掛かった瞬間、相手がその場で大きく跳躍し、

上の階へと続く階段の手すりに摑まって位置を調節した後、そこから飛びかかってきたのだ。

 

 

『フフフッ‼』

 

 

両手の指先に並ぶ鋭い爪の先端を下から見つめつつ、右手を腰のバックルへ伸ばして

カードを一枚手に取り、それを左手の篭手型召喚機に装填して読み込ませる。

直後にドラグバイザーから男性の低い声のように感じる電子音声が響き渡った。

 

 

【SWORD VENT】

 

廊下に電子音声が反響し終えるのと同時に、どこかからか飛来してきた僕の愛刀が開かれた

右手に自分から収まり、もはや握り慣れてしまったグリップの感触を伝えてくる。

そして見上げた先には、上の階から落下してきている未知のミラーモンスターの爪先。

 

 

「せりゃああぁ‼」

 

『ウフゥ⁉』

 

 

右手に握ったドラグセイバーの切っ先を、一度左肩の上に置いてから即座に右へ振り抜く。

横一文字に振るわれたその剣先は、落下してきたそのモンスターの両手先を捉えていて、

人間程度なら容易く引き裂けたであろうその鋭い爪を、そのほとんどを切断できていた。

反撃を受けたモンスターは随分と驚いているようだけど、この程度で終わる僕じゃないよ?

 

 

「どりゃあああ‼」

 

 

頭上高く掲げたドラグセイバーと共に、受け身も取れずに廊下に落ちた相手へ突っ込む。

こちらに気付いて立ち上がろうとしているものの、ここまできたらもう射程範囲内だ。

 

右斜め上から左斜め下へと切り伏せ、相手はその痛みと勢いから僕の左側へ転がる。

追い打ちをかけるように一歩足を踏み出して突きを繰り出す。切っ先は眼前にいる敵の

腹部へと突き刺さったが、案外浅かったようで苦し紛れの反撃で弾かれてしまった。

お返しだとばかりに振りかざされた両腕を、左腕にあるドラグバイザーを盾にして防ぎ、

がら空きになった胴体へ右腕に持ったドラグセイバーで、反撃の体勢のまま切りつける。

モンスターの切り裂かれた腹部や、それを押さえている両手からは血が流れ出ていた。

 

 

『ヴフゥ………ヴウウッ‼』

 

 

まるで肩で息をするように激しく上下させている敵は、その三つの赤い眼で僕を睨み付ける。

モンスターの考えていることなんて理解することはできないけど、言葉にするのなら、

"よくもこんなことをしてくれたな"ってところかな? 本当かどうかは分からないけど。

 

けどいい調子だ。コイツはさっきのジャンプを見る限り、敵をかく乱させるような動きで

翻弄して、そこからの不意打ちや奇襲で止めを刺すようなタイプなんじゃないだろうか。

多分それは間違いない。今のところ、目立った武装による攻撃なんかはしてきてないし。

でも、そうなると厄介なのが能力の方だ。コイツにはおそらく、何か強力な能力がある。

 

ミラーモンスターはその姿形から、様々な動物をモチーフにしていることが見受けられる。

分かりやすい例は、僕のドラグレッダーやナイトのダークウィングとかかな。

とにかくミラーモンスターは、モチーフとなる動物の特徴を生かした狩りを得意とするのだ。

しかし中には強力な武器を持たないヤツもいる。そういうヤツらは、どう狩りをするのか。

答えは簡単だ。武器や武装など必要としないほどに、強力な能力を身に着けて狩りに使用する。

こちらも例としては、シザースのボルキャンサーやベルデのバイオグリーザが該当するだろう。

今回の敵は一見して分かりにくいけど、多分サルか何かがモチーフなんだろうと仮定して、

それをもとに戦略を組み立てる。閉所や高所でのかく乱戦法、か。それはもう怖くない。

敵を剣で斬りつけた結果、今の僕らがいる場所は職員室から離れた一本道の真ん中辺り。

飛び上がって摑まれる階段も手すりもなければ、近くに武器になりそうなものも無い。

 

 

(良し! このまま押し切れば、いけそうだ!)

 

 

未知の敵が相手でも、冷静に対処すれば出来ないことはない。僕もやればできるんだ!

ここから一気に攻勢に移って畳みかけるべく、僕は右手のドラグセイバーを強く握り直す。

鋼色の剣先が傷だらけの敵に向けられ、その攻撃力を身を以て知った相手はたじろぐ。

 

 

「行くぞ‼」

 

 

これ以上余計な時間は与えられない。そう考えた僕は、急かされたように突貫する。

握りしめたドラグセイバーを振りかざし、モンスターの頭部を狙って距離を詰める。

ダメージのせいか、思うように動けていない敵は身じろぎを一つしただけで、そこから

逃げ出そうともしない。どうやら観念したようだ。ならその首、僕がもらい受ける!

 

 

「うおりゃあああ‼」

 

 

駆ける速度と腕を振るう勢いを重ね合わせ、剣による攻撃力を増加させてからの斬りつけ。

薙ぎ払うようにして空間を滑るその切っ先は、モンスターの頭と胴体に別れを告げさせる。

 

____________その、はずだった。

 

 

『ウフフフフッ‼』

 

 

ドラグセイバーの射程範囲内まで到達した僕の耳に、またあの不気味な嘲笑がこだました。

 

 

ドンッ‼

 

 

直後に聞こえてきたのは、TVドラマや映画などでよく耳にした、火薬の炸裂音(・・・・・・)

それとほぼ同時に、僕は胸部から腹部にかけての装甲に、すさまじい痛みと衝撃を感じた。

 

 

「がはッッ⁉」

 

 

斬りつけようとした時に吸い込んだ空気が、胸の中で暴れ狂い、喉から押し出される。

生理的な反応で酸素を失った体は急速に力を失っていき、ふらふらとよろけてしまう。

敵の前でこんな隙を見せれば、当然次に何が起こるのかも容易に想像できた。

 

「がフッ‼」

 

再び先程と同じ衝撃をこの身に浴びて、僕の身体は耐え切れずに後方へと吹き飛んだ。

しかし今度はハッキリと知覚することができた。衝撃を受ける直前に響いた発砲音(・・・)を。

 

「クソ………モンスターが銃火器なんて、使うなよ……!」

 

『ウフフフフフフッ! フフフッ‼』

 

 

うめきながらに顔を上げ、硝煙を上げる銃口を向けて嗤う怪物(モンスター)を仮面越しに睨み付ける。

 

これまでに戦ってきたモンスターたちは、そのどれもが刃物や杖などの近接武器で

こちらを攻撃してきた。そうでないものは、特殊な能力でこちらの戦力を削いできた。

けれど今目の前にいるソイツは、明らかに弾丸を発射する遠距離武器を使っているのだ。

確かに、今までいなかったからと言って存在しないわけではない。理屈ではそうなる。

でも実際にそれを目の当たりにして、「理不尽だ」と思わずにはいられないのが人間だ。

痛む身体を仮面の下の複眼から見つめれば、赤と銀の装甲にヒビやくぼみが幾つもあった。

僕が聞いた銃声は二回。衝撃を受けた回数も二回。だが傷跡がその事実を否定する。

明らかに音や感触とそぐわない弾痕や傷跡を見やり、僕はヤツの武器の特性を見抜いた。

 

 

「あの銃__________もしかしなくても散弾銃(ショットガン)か!」

 

 

口にしたその言葉に、僕自身が震えあがる。

 

ショットガンとは、普通の銃とは異なる性質の弾丸を発射するための銃火器だ。

その特性は、銃火器にしては珍しい『近距離であるほど殺傷能力を増す拡散弾』というもの。

発射して直後に弾核が分割し、勢いそのままに四方八方へと炸裂していく弾を撃つ銃は、

遠距離戦にはあまり向いていないデメリットがあるものの、その代わりに近距離戦では

まるで別物のような戦果を上げる事ができる武器として、そちらの世界では有名過ぎるのだ。

一般市民の僕ですら特性を知っているほどの武器を、いったい今までどこに隠していたのか。

 

 

「…………まさか、尻尾が銃になってたのか?」

 

 

立ち上がっていくモンスターを身体を起こしつつ観察し、先程と変わった部分を見つけた。

あのモンスターが階段の手すりに摑まるためにジャンプした時、ヤツの臀部には確かに

尻尾のような形状のパーツがあった。しかし両足で立つ今のヤツには、ソレが見当たらない。

隠していたどころか見せつけてさえいたのか、と銃撃で痛む胸を押さえながら舌打ちする。

 

 

(クソ、クソクソ! 油断した! 押せば勝てると思って、急ぎ過ぎた!)

 

 

相手の行動にも苛立ちを覚えたけど、何より腹立たしいのは迂闊だった僕自身だ。

最後まで冷静に対処すべきだった。途中まではしっかりと相手をよく見て動いていた。

あのままずっと距離を置いて戦っていればこんな事には。そこまで考えてから頭を振る。

 

もしもの話をしても仕方ない。今更どうこうしたり出来ないんだから。

 

過去の自分のミスを、今の自分が取り返すことはできない。既に時は経過しているのだ。

こんな当たり前の事は明奈が、妹が消えてしまったあの日に学習したはずなのに。

あまりの不甲斐なさに対して、怒りで顔を歪ませるより先に笑みがこぼれてきた。

 

 

「……はは、あーあ。僕ってやつは本当に、いつまで経ってもこうなんだよなぁ」

 

 

それは嘲笑の笑み。どこまでいっても変わらない僕自身への、蔑みの嗤いだった。

笑おうと息を吸えばすぐに受けた傷が反応して、吸ったばかりの空気を吐き出してしまう。

かといって酸素を補給しなければろくに動くこともできないまま、死を迎えることとなる。

どうすることも出来ない状況下で、僕は痛みに苦しみながらモンスターを無心で睨んだ。

 

 

『………フフフフ』

 

 

視線の先にいるヤツは、その特徴的な声ではなく、本当に笑うように肩を揺らした。

自分に襲い掛かってきた敵が、仕掛けた罠に飛び込んできたんだからそれも当然か。

変なところで冷静になった僕は、ヤツの手にした散弾銃の銃口が向けられるのを、

ただ黙って見ていることしかできなかった。チャキ、と引き金に指が掛けられる。

 

 

(こんな、ところで‼)

 

 

いかに龍騎の鎧と言っても、そう離れてもいない距離で立て続けに散弾を浴びせられては

無事では済まない。既に何か所にもわたって破損が起こっているんだ、次で最後だろう。

ゆっくりと感触を味わうように、ヤツは赤黒い表皮に覆われた指で引き金を引いていく。

あの指があと数ミリ動かされれば、三度目の散弾が僕の全身にばら撒かれ、終わる。

 

 

『フフフッ‼』

 

 

癪に障る不気味な笑い声と共に、モンスターの右人差し指が、引き絞られた。

 

 

【Accel Vent】

 

 

けれど、僕の耳に届いたのは火薬の炸裂音ではなく、女性の電子音声だった。

 

 

『フヴゥッ‼』

 

そしてそのさらに後から、あのモンスターの悲鳴のような声が聞こえてきた。

一体何が起きたのかと、身を強張らせた時に閉じていた両目を開き、複眼越しに覗く。

目の前にいたのは、先程までのモンスターではなく、漆黒の外装に覆われた戦士だった。

 

どことなく僕らのとは違う、機械的かつ人工造物的な印象を抱かせる黒い装甲には、

至る所に銀色の円形のくぼみと、何かの培養液のような蛍光黄色のラインが光っている。

そんな特徴的な鎧の下にあるパワードスーツは、これも僕らのとは異なっているようで、

分厚いゴムのような見た目でなおかつ四肢の部分には暗い青色に、それ以外は黒色に

染められていて、本格的に異質なものであると感じさせるものとなっている。

加えてその頭部の仮面は、完全にライダーとは違う構造になっていた。ほぼ完全に別物だ。

龍騎もナイトも、鎧兜(フェイスヘルム)には溝のある仮面が上から重ねられているのに対し、

この戦士の仮面にはソレがない。兜顎(クラッシャー)より上には、黒く塗り潰されたバイザーがあるのみ。

何よりこの戦士がライダーと一番異なっている点は、腰のカードデッキとベルトだ。

他の部分と同じく龍騎とは異なり、ベルトの形状もデッキの外観もまるで別の代物なのだ。

突如現れた謎の戦士を見上げて訝しんでいると、その戦士が声をかけてきた。

 

 

「これはちょうどいいところに。君と話がしたいと思っていたところだったんです。

おあつらえ向きにここは鏡世界(ミラーワールド)、誰かに聞かれる心配が無くなりましたね」

 

「え、あの」

 

「どうやら君は、あのデッドリマーに手酷くやられた様ですね。選手交代といきましょう。

君はそこで休んでいてください。あとは私が代わりに戦いますから」

 

 

そこまで話してから、漆黒の戦士はくるりと向きを変え、モンスターを見据える。

いきなり何を言い出すのかと思えば、何なんだこのライダーは。そもそもライダーなのか?

 

何が起こっているのかすら把握できなくなっている僕は、黙って見ているしかなかった。

 

 

「さて、それでは手早くかたずけましょう。制限時間は限られてますから」

 

 

漆黒の戦士が誰に語るでもなく呟き、腰のカードデッキから一枚のカードを取り出す。

今の僕からではよく見えないけど、あのカードも僕らのものとは違っているように見えた。

しかも(声からして男だから)彼は、左手でカードを抜き取った。僕らは右手で取るのに。

どこを見ても異常なその人物は、抜き取ったカードを右腕にある巨大な鋼の篭手へと近付け、

龍騎のように機構を動かして装填するのではなく、カードリーダーにスキャンした(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

【Sword Vent】

 

 

すると右腕の巨大な篭手から女性のボイスアナウンスが響き、手にしたカードが消える。

呆気にとられてその様子を見ていた僕に、背中を向けたままの戦士が笑いながら呟く。

 

 

「いずれお話しますよ。私についても、この【オルタナティブ・ゼロ】についてもね」

 

 

彼がそう言い終わると同時に、どこからか彼のまとう装甲と同じ色合いの大剣が飛来し、

そこに来ることが当たり前であるかのように開かれていた左手に、音もなく収まった。

謎の戦士、オルタナティブ・ゼロとやらの出した大剣は、ハッキリ言って異様な物だった。

大きさや幅の違う幾つかの六角形が縦に重なって、剣先に向けて左右10本の刺らしきものが

くっついている。六角形の先端から突き出た両刃の刀身を見ても、並の剣ではない。

 

やたらと柄の長いそれを、オルタナティブ・ゼロは左手で逆手持ちにしながら軽々と振るい、

ゆったりとした足取りで、銃を構えて立つデッドリマーと呼ばれたモンスターへと向かう。

あの大剣は龍騎のドラグセイバーより遥かに長い。射程は目算でおよそ、僕の2.5倍ほどか。

 

『ウフフフ! フフフフッ‼』

 

「そうやって笑っていなさい。苦しげな断末魔ほど、聞くに堪えないものは無いからね」

 

 

デッドリマーの向ける銃を恐れることなく、オルタナティブ・ゼロは駆け出す。

でもソレは愚策だ。いくら僕より射程の長い武器を持っていても、ヤツの方が有利だ。

 

 

「危ない!」

 

 

僕は思わずそう叫んだ。大剣という武器を手にしても、勝てない武器を体験しているから。

しかし僕の言葉に耳を傾けることなく、オルタナティブ・ゼロの歩みは止まらない。

彼があと数歩踏み出せば、間違いなくモンスターの持つショットガンの射程範囲内となる。

 

 

『フフッ‼』

 

 

龍騎の装甲にヒビをいれたあの時と同じ、自分の勝利を確信したかのような不気味な笑声が、

肉薄するオルタナティブ・ゼロに向けられる。そしてその指が、散弾銃の引き金を絞った。

直後に火薬の炸裂音が高鳴り、続いて散弾銃より放たれた無数の弾丸の絶叫が聞こえた。

 

__________だが、オルタナティブ・ゼロの進軍は止まっていない。

 

 

『ウフッ⁉』

 

「さっき戦った時の事をもう忘れたのかね? せっかく説明してやったと言うのに」

 

 

驚愕に三つの赤い眼を見張るデッドリマー。その様子を見て、漆黒の戦士が溜め息を吐いた。

一体何が起きたのだろうか。何故彼はあれほどの弾丸の雨の中を、怯まずに進めるのか。

痛みが引いてきたせいか、戦いに目が釘付けになっている僕に背中越しでも気付いたのか、

ひたすら歩み続けている彼は、絶えずに襲い来る弾雨の中から平然とした口調で語った。

 

 

「あなたには言ってませんでしたね。ついでですから、教えておきましょう。

私は子供の頃からある能力を持っていましてね。いわゆる、"瞬間記憶能力"という

ヤツでして。この目に映ったものは、たった一瞬でも完全に記憶してしまうのですよ」

 

「瞬間記憶能力………」

 

「ええ。ですから私は、このモンスターの放つ攻撃の全てを"覚えてしまった"のです。

銃を撃つタイミング、銃口の角度、発射された弾丸の拡散範囲など、その全てをね。

ですから、どうすれば私自身がダメージを負わずに済むかを、(ココ)で計算出来たんです」

 

「そ、そんな事って」

 

「出来ますよ。知恵と経験と、そして勇気。これらがそろえば、出来ないことはありません」

 

 

なんて事もないように語られた言葉に、僕は何も言い返すことができなくなってしまった。

彼の言っている言葉の意味が理解できないわけじゃない。むしろその逆で、理解したくない。

敵を倒すためには攻撃をしなきゃいけないのに、彼は一度受けた攻撃を覚えてしまうという。

もしもそれが本当の事だとしたら、いや、本当の事だとしても認めたくない。

 

絶対に勝てない相手がいるなんて、考えたくない。

 

 

『フフッ、フフフフッ⁉』

 

「随分手こずらせてくれましたが、仮面ライダー龍騎にも会えたので結果オーライですかね。

オルタナティブ・ゼロの最終調整用のデータも充分でしょう。本当にご苦労様でした」

 

『フ、ウフフウフゥ‼』

 

「今更みっともなく暴れないでください。滅ぶべき時は、誰しも滅ぶのですから」

 

『ウフフフゥ‼』

 

「では、さようなら!」

 

 

隠し玉であり切り札でもあった散弾銃が意味を成さないことに恐怖し、怯えるように身を

竦めていたデッドリマーの前に仁王立ち、漆黒の戦士はその歪な大剣を逆手に振り上げる。

まるでモンスターと会話しているかのようなやり取りの後、彼はその切っ先を振り下ろし、

眼前にいた存在を物言わぬ骸と成り果てるまで、執拗に何度も剣を振りかざし続けた。

 

頭部から首を介して上腹部に至るまでを大剣で切り裂いた彼は、僕に向き直った。

受けたダメージが大きかったのと、当たり前のように会話してきたことですっかり忘れて

しまっていたけど、この人もライダーなんだ。決して気を抜けない相手なのだ。

おそらく満足に動けない僕と戦って勝つつもりなんだろう。そう思って身構える。

ところが予想に反して、オルタナティブ・ゼロは手をひらひらと振って苦笑していた。

 

 

「いやいや、私は君と戦うつもりは無いよ。私の敵は君じゃない(・・・・・・・・・)

 

「………同じライダーなのに、どうやってそれを信じろと?」

 

「はっはっは、いやぁ、君も随分とこの【ライダーバトル】で揉まれたようだね」

 

「笑い事じゃない‼」

「………そうだね、笑い事ではない。何の意味も無いこの戦いは、まさに笑い事ではないよ」

 

「えっ⁉」

 

 

剣の切っ先を下ろした漆黒の戦士と会話する中で、聞き捨てならない台詞を聞いた。

何の意味も無い戦い、だって?

 

「ど、どういうことだ‼」

 

 

慌てて彼の言葉を言及しようと、声を荒げる。しかし____________

 

 

「________ん、時間か」

 

「えっ、あ、あ!」

 

 

タイミングを見計らっていたかのように、僕らの鎧が限界時間をむかえてしまい、

サラサラと砂が風に舞い散っていくようにして、装甲のあちこちが消え始めたのだ。

話を詳しく聞こうと詰め寄ったのに、彼は身を翻してどこかへと歩き出していく。

後を追いかけようと僕も遅れて一歩目を踏み出した直後、全身を激痛が襲った。

胸部と腹部に受けた傷が激しい主張を繰り返している。こ、こんな時に限って!

 

 

「慌てる必要はありません。また、近いうちに会えるでしょう」

 

 

断続的な苦痛に仮面の下の顔をしかめる僕に、またしても彼は背中越しに語ってきた。

あまりにも紳士的な態度に戸惑いを覚えつつも、彼の言った言葉が本当であるかどうか

信用できず、結果的に助けられたお礼も言わずに、先に疑いの言葉を口にしてしまう。

 

「待て、お前は! 何が、目的でこんな、事を……!」

「目的? 目的、ですか…………それもまた、次の機会に」

 

 

しかし背を向けて歩き続けている彼は、僕の必死の言及もはぐらかして躱した。

そうしているうちに彼の姿はどんどん小さくなり、校舎の角に差し掛かる。

そこで彼はようやく歩みを止め、頭だけをこちらに向けて言い忘れたとばかりに告げた。

 

 

「五月末に行われる、文月学園『清涼祭』で会いましょう________吉井 明久君」

 

 

思ってもみなかった彼の言葉に、語られたその人名に驚き、僕は一瞬呼吸を忘れる。

どうして、僕の名前を?

どうして、文月学園のイベントを?

どうして、そこで会おうと?

 

訳も分からず混乱した僕が正気に戻った時、彼の姿をどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…………あ痛たた」

 

未知のモンスターとの死闘、そして現れた謎の戦士の事を考えながら、僕は鏡を通り抜ける。

ミラーワールドでは一切吹かない風が途端に肌を撫で、血を浴びた身体に安らぎを与えられた。

ここは現実世界の職員用トイレ。僕がミラーワールドへ入るために使った鏡の前だ。

慌てていたからって、今思い返せばもう少しましな場所もあったんじゃないかと思う。

けど、人の命には代えられないしね。それにトイレって言っても、ここはマトモな方だし。

戦いが終わった後で恒例となっている背伸びをしようと腕を伸ばし_______かけて止めた。

さっき散弾銃の弾丸を胸やら腹やらに二回も浴びせられたんだ、どうなるかは目に見えてる。

何もしてない今でさえ痛みが酷い。制服の上から血が染み出てないのがせめてもの救いかな。

第一ボタンをはずして服の中を覗き込んでみると、胸板が内出血で酷い有り様だった。

見なけりゃよかったと思いながらも、これは応急処置できそうにもないと悲嘆に暮れる。

 

「吉井! こんなところで何やってんだよ!」

 

「うわぁ! な、なんだ八嶋君か。脅かさないでよもう」

 

急に背後から声をかけられ、驚いて振り向いた先には八嶋君が汗だくで立っていた。

すごい息切らしてるけど、一体何があったんだろう。というか今何時だろうか。

 

「脅かさないでよ、じゃねぇよ! 戦争だ戦争、早く戻るぞ!」

 

「え? え………あぁ‼」

 

 

次いで彼の口から放たれた言葉を聞き、僕はようやく今日の日程を思い出せた。

そうだ、僕らはようやく念願のシステムデスクを得るための戦争を仕掛けたんじゃないか!

こんな大事なことを忘れるなんて………まぁ、あの戦いの後じゃあ無理もないし、仕方ない。

 

「急げ吉井! もうすぐ十分経っちまう!」

 

「う、うん!」

 

 

全てを思い出した僕を先導するように、八嶋君がトイレを出てすぐ横の階段を駆ける。

その背中を追うようにして、僕も痛む全身をどうにか鞭打って新校舎を駆け上がった。

ここから右に曲がって真っ直ぐに行けば、そこでは僕らの戦争が行われているはずだ。

Aクラスへと伸びる廊下を、傷ついた身体を引きずるようにしながらも進んでいく。

先を行く八嶋君が何度も急かしてくるけど、こればっかりはどうしようもないんだ。

牛歩の歩みの如き速度でも、進んでいればゴールにはたどり着くことができる。

その教えの通りに、僕と八嶋君はAクラスの豪奢なデザインが施された扉の前に立ち、

互いに顔を見合わせてから一呼吸置き、意を決して手触りの良いそれに手をかけた。

 

 

「雄二、戦争は___________」

 

 

僕が最も危惧している、戦争の勝敗の行方を尋ねながら、Aクラスの扉を開いた。

そして、僕の目に飛び込んできたのは、

 

 

『Aクラス 2勝2敗』

VS

『Fクラス 2勝2敗』

 

 

まだ勝負が終わっていなという確かな証拠と、

 

 

「大将戦、相手はこの俺だ。さぁ、来いよ翔子」

 

勝負を決める決戦をこれから始めんとする代表の雄姿だった。

 

 

 

 

 

 







いかがだったでしょうか?

前回の詐欺に反省して、龍騎を戦わせたらこの戦闘だよ!
作者もビックリだよ! こんなに戦闘長引くと思ってなかったよ‼

しかしここまできてようやく原作一巻分ですか………はぁ(諦観

ま、まぁ龍騎の成分とかも含めなきゃいけないし、ね!
ともかく、これからも長くなりますが、お付き合いのほどお願い致します。


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに批評も随時募集しておりまーす!


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問23「僕と疑問と戦争終結」




どうも皆様、約一か月ぶりの萃夢想天です。
またしても長らく更新ペースを落としてしまい、申し訳ありません。
他の二つの作品が遅れるとどうしても、こちらに支障が出てしまって、
割を食う羽目になってしまうようで………お待ちいただいている皆々様の
寛大な御心に甘えてばかりの弱輩者で、心苦しく思います。

自己嫌悪タイム終了!

色々とこちらにも事情があるもので、こちらの作品は本当によく
更新ペースが落ちてしまいますが、それでも完結目指して頑張ります!

それと、今回は結構短めになると思いますが、ご了承ください。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

FクラスとAクラスの生徒全員からの視線が、こちらへ向けられるのがハッキリ分かる。

そりゃそうだよね。いきなり戦争から抜け出して、しばらくして戻ってきたんだから、

何をしていたんだと訝しまれても仕方がない。けど、こっちはそれどころじゃないんだ。

 

 

「雄二!」

 

「明久! お前、どこ行ってやがった!」

 

「………何してた?」

 

「吉井! このバカ、どこいってたのよ!」

 

「吉井君! 何かあったんですか?」

 

 

今まさに最終決戦に臨もうとしてた大将の名を呼ぶと、Fクラスの皆が僕の顔を見て

心配そうにしてくれた。その厚意は本当にありがたいんだけど、今は後回しだ。

 

僕の顔を見た直後から顔つきを変えた雄二の前まで歩き、今の状況を尋ねる。

 

 

「雄二、もしかして今から、大将戦?」

 

「ああ、そうだ。お前がどこぞに消えてから、こっちは負けなしで二連勝したんだ。

アレ? もしかして明久がいないほうが俺たちの勝率が上がるんじゃねぇか?」

 

「何だよそれ! 流石に横暴だよ!」

 

「………その可能性は否めない」

 

「ムッツリーニまで⁉ 僕の味方はいないの⁉」

 

「あ、えっと………わ、私は吉井君の味方です、よ?」

 

「安心しろ吉井、俺もだぜ」

 

「ひ、姫路さん! 八嶋君!」

 

 

現状を聞こうとしただけで唐突に始まった茶番を、Aクラスの生徒が白い目で見てくる。

何やってんだアイツら、って言いたいんだろう? 僕だってそう言いたい気分だ。

ってそうじゃなくて、大事なのはこれからの話だ。一度場の緩んだ空気を断つために、

強めの口調で我らが最後の頼みの綱へと言葉をかける。

 

 

「大丈夫なんだよね、例の作戦は」

 

「ああ、安心しろ。この俺がぬかると思うのかよ」

 

「…………任せたよ、雄二」

 

「おう! 任されてやるぜ、明久」

 

 

大事な話とは言ったものの、もうここから先に僕の出番なんてありそうにない。

やはり最後の最後で決めてくれるのは、我らがFクラスの先導者であり統率者である、奴だ。

目の前で不遜な態度をとる悪友に、右拳を軽く突き出し、向こうも応じるように突き出す。

拳と拳が軽くぶつかり、ただそれだけでもう互いの意思は通じ合った。

 

雄二は振り返って再び壇上へと歩みだし、全く振り返るような気配を見せない。

そして僕らもその後ろ姿を無言で見つめて、彼が勝利の栄光とともに帰還することのみを

考えて、Fクラス生徒が見守る陣営の中へと戻っていった。

 

 

「ねぇ、吉井」

 

「ん? なに、島田さん」

 

 

そんな中で、いつの間にか僕の横に来ていた島田さんから小さな声で呼びかけられた。

こんな人混みの中でわざわざ小声で話そうとするなんて、何か良からぬことなのかも。

そう思って少し警戒しながら、彼女の言葉を聞き取るために右へと向き直った。

 

 

「アンタさぁ、さっきはどこに行ってたのよ」

 

「え、あ、アレは………えーと」

 

「なに? 言っとくけど、秘密ってのは無しだからね」

 

「う………」

 

 

やっぱり彼女は無駄に鋭いところがある。さて、どう答えればいいものか。

必死に考えてどうにか、彼女に僕の秘密を知られないようにしようとしていると、

ちょうど僕の後ろに立っていた八嶋君が話を聞いていたらしく、助け舟を出してくれた。

 

 

「島田、吉井はトイレに居たんだよ。しかも職員用のな」

 

「え? 職員用って、なんで?」

 

「そりゃ決まってるだろ、生徒用の方まで我慢できなかったからさ」

 

「…………な、なるほど」

 

「顔赤くしやがって。何を想像してたんだ、島田?」

 

「う、うるさい! 吉井のバカ!」

 

「何で僕が⁉」

 

 

八嶋君と島田さんの話し合いがヒートアップした結果、何故か僕に飛び火してきた。

な、なんで僕が島田さんの右ストレートをいただかなくちゃいけないんだ……不幸だよぉ。

 

仲間内でのちょっとしたハプニングがあったものの、雄二が壇上に上がりきってこちらに

視線を向けてきた辺りから、僕らはみんな嘘のようにシンと静まり返っていた。

そして、雄二の登場に応えるようにして、『彼女』もまた壇上へと姿を現した。

 

Aクラス最上位にして、我らが第二学年の中で最高の頭脳を持つ女生徒。

 

 

「よぉ、翔子。やっとここまで来たぜ」

 

「………待ってた。この日が来るのを、ずっと」

 

「それは俺のセリフだ。今日こそ、決着をつける」

 

「………(コク)」

 

 

スポットライトを独占する壇上の二人が、何やら意味深な会話を繰り広げているけど、

僕らFクラス生徒はともかく、どうやらAクラス側にも意味が分かってはいないようだ。

それもそのはず、雄二と霧島さんの二人が実は幼馴染であるという彼らの言葉を直接

聞いていた人物は、ごく限られている。多分、宣戦布告の際の交渉メンバーだけだろう。

でも、改めて見ても、あの二人が幼馴染なんて思えないよなぁ。美女と野獣が相応しい。

多分今二人が話しているのは、大将同士ではなく、幼馴染としての私的な事なんだろう。

しかしその話も一段落着いたようで、二人は互いを見るのを止めて正面へ向き直った。

 

 

「では、教科を選択してください」

 

 

彼らの行動を準備万端と受け取ったのか、高橋先生が待ってたように言葉をかける。

そう、僕たちFクラスがAクラスに勝つために編んだ、最後の秘策『教科選択』。

最初から最後までこの権利に頼りきりだけど、それでも得られる勝利に変わりはない。

さぁ、見せてやろうよ雄二。僕たちが学園の歴史に刻みつける、最初の栄光(しょうり)を!

 

高橋先生の言葉を逆に待ちわびていたとばかりに、我らが大将が笑みと共に宣言する。

 

 

「教科は日本史。内容は小学校時点で履修済みのもの、方式は百点の上限付きだ‼」

 

 

最底辺の頂点が堂々と選択した教科内容に、教室内の一同が途端にざわつきだす。

 

 

『上限付きって、マジか?』

 

『しかも小学生レベルって………俺らの代表の勝ちは確定だろう』

 

『どういうつもりかしら?』

 

 

一同とは言ったけど、そのほとんどは僕らの向かい側のAクラスの生徒たちばかりで、

Fクラスの生徒たちは逆にほとんどが落ち着き払っている。いや、そうでもないか。

 

 

『ほ、ホントに大丈夫かよ………』

 

『なんか、腹痛くなってきたかも』

 

『大丈夫なんだよな? 俺たち、勝てるんだよな⁉』

 

Fクラス陣中でも、少なからず動揺があるようで、少々取り乱している人もいる。

確かに普通に考えれば、普通じゃない選択だ。

 

どう転んでも全面戦争で真っ向からぶつかり合ったとしても、僕たちがAクラス相手に

勝利を収められる確率はゼロに等しい。これは流石の僕にも分かっている事実だ。

だからこそ雄二は、"負けない策"ではなく、"勝つための策"を選んだのだから。

 

僕たち最底辺に残された最後の勝算、全てはアイツ一人にかかっている。

 

 

「…………そうなると、問題を用意する必要がありますが?」

 

「俺は構わない。時間をかけてくれてもいいですよ」

 

「………私も、問題ありません」

 

「分かりました。では、私はテスト問題を制作してきますので、各クラス代表両名は

今から視聴覚室へと移動してください。そこで私監修のもとでテストを行います」

 

担当である高橋先生が、眼鏡を凛々しく指で押し上げながら打開策を講じて、

壇上の二人はそれを承認した。ここまでの流れは全て、雄二の想定通りだ。

 

Aクラスへの宣戦布告を行った今日の朝から、少し前のFクラスのSHRにて、

僕らの大将は今回の無茶ともいえる前代未聞の作戦を立案し、その根拠を語った。

 

 

『Aクラス代表の翔子は、俺の幼馴染でな。それ故に、弱点も知り尽くしている。

おい、今カッター構えた連中は後で屋上に来い。そーだ、利口なのはいいことだ。

んで確かにアイツは知っての通り天才で、非の打ち所がない。それは俺がよく分かってる。

だが、奴にはただ一つだけ、絶対に間違える問題があるんだ。その一点を、突き崩す!』

 

途中で嫉妬に狂いかけた連中の報復行動があったりもしたけど、概ねこんな感じだった。

つまるところ、あの男はこの学園内で唯一、Aクラス最強の盾を貫く矛を持つ男というわけだ。

具体的にどんな弱点なのかまでは教えてくれなかったけど、わざわざ日本史の小学校レベルを

範囲指定した以上、そこに彼女の弱点があることに間違いはない。完全無欠の天才に本当に

弱点があったら、の話なんだけどさ。

 

高橋先生に連れられて雄二と霧島さんが教室を去って、実に十五分が経過した頃、

Aクラスの教室内に残っていた初老の男性教師が誰かと連絡を取り始めたと思ったら、

急に教室内の機器を操作し出して、巨大ホワイトボードに映写機で映像を投影した。

何事かと驚く生徒一同に、先の初老の先生が実に紳士的な口調で説明を口にする。

 

 

「みなさん、こちらの映像は現在、視聴覚室で最後の科目である日本史のテストを

受けている代表両名のものです。無論、定点カメラですので、音声も入れられません。

小学生時点で履修済みの範囲となれば、およそ三十分程度で全問解答させられるとの

目算ですので、それまではどうか生徒諸君、この映像でお二人を見守ってあげてください」

 

 

そう言い終えた先生は壇上から降りて、教室の出入り口のところまで行って立ち止まり、

自分で言ったように事の行く末を見守ろうと押し黙った。まるで、生徒への手本のように。

そんな初老の男性教師の姿を見て感化された一部の生徒は、口を固く結んで映像に食い入り、

他の生徒も彼らと同様に、映し出された二人の姿を目に焼き付けるようにしている。

 

そうして二人がテストを解くのに集中するのと同じく、映像を見るのに集中していた僕らも

時間が経つのを忘れていて、気が付けば先生が言った時刻になっていた。

初老の先生が腕時計を見たのとほぼ同時に二人がペンを置き、椅子から立ち上がって去る。

この行動が意味するのは、僕らFクラスとAクラスとの戦争に、決着がついたということ。

 

まだ視聴覚室から帰ってこない雄二を待ちながらも、僕らFクラス陣営は有頂天にいた。

 

 

『これで俺たち、Aクラスに勝てたんだよな⁉』

 

『傷だらけの卓袱台とも、綿のねぇ座布団とも、穴の開いてる障子戸とも!』

 

『ああ、おさらばできるんだ‼』

 

『夢にまで見たシステムデスクと、個人用冷暖房設備‼』

 

『俺たちの人生___________』

 

『『『『バラ色だぁぁぁ‼‼』』』』

 

 

見渡せば笑みをこぼす野郎の集団だらけ。もちろん、僕もそのうちの一人だ。

ただ、Aクラスからしたら急に勝ちを確信したような騒ぎように驚いたのも束の間、

察しの良い何人かは自分たちのクラスの敗北を、何も言わずに理解していたようだ。

 

まるでお祭り騒ぎのように浮かれている僕たちのところへ、視聴覚室から戻ってきた雄二が

やって来て、すさまじい疲労の色を見せた。無理もないよ、これまで気の抜けない戦いが

連続してきたんだから。でも、今日ばかりはコイツにもはしゃいでもらわなきゃね!

 

 

「どうしたんだよ雄二! 勝ったんだから喜ぼうよ!」

 

「ん、あ、ああ。そう、だな」

 

「………どうした?」

 

「坂本、アンタどうしたのよ」

 

「坂本君、何かあったんですか?」

 

 

そう思っていると、何やら浮かない顔色をしたままでいる雄二を不審に思ったみんなが

集まり出してきた。次々と何かあったのかと尋ねるも、何故かアイツの表情は硬い。

コレは本格的におかしい。雄二の性格上、『なーんちゃって、うっそぴょ~ん!』とか

そういうノリをするような事はほぼないから、コイツが沈んだ風な演技をする理由が

あるとは思えないんだけど………ここまで考え付いた直後、僕は弾かれたように顔を上げて、

視聴覚室の映像の代わりに二人の対戦結果が表示されるホワイトボードを睨みつける。

 

数瞬の後、そこに表示された結末は。

 

 

《日本史限定テスト 百点満点》

 

『Aクラス 霧島 翔子___________97点』

VS

『Fクラス 坂本 雄二___________53点』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

僕らの卓袱台が、みかん箱になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







いかがだったでしょうか?

すみません、本当に今回は短くなってしまいました!
心から謝罪させていただきます! すいませんでした‼

理由はまぁ、察していただけると助かります………はい。

次回はまた、うまく回れば二週間後ということになりますが、
多分三週間後辺りに長引いてしまうのではないかと考えております。
事情うんぬんは差し置いても、最近どうやらまたスランプを
生意気に再発させてしまったようなのです………これは本格的に困った。

どうにかして脱出を試みておきますので、応援よろしくお願いします!


それではまた、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


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問24「僕と理由と思わぬ共闘」




どうも皆様、最近「仮面ライダーW」を見直して泣いた萃夢想天です。

やっぱり平成2期のカウントダウン世代ライダーは良作ですよ!
中でもWは最高です。ライダーファンならばこの気持ちが分かるかと。

閑話休題

今回は前回短くなってしまった分も込みで、頑張るつもりです。
こちらもなるべく早めにストーリーを展開させないとですからね。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

「AクラスとFクラスの試験召喚戦争は、3対2でAクラスの勝利です」

 

 

雄二と霧島さんから遅れるようにAクラス教室に入ってきた高橋先生の、締めの台詞。

厳格な雰囲気さえ伝わってくる言い方が、その内容をより顕著に表しているように聞こえた。

学年主任の勝利宣言に、Aクラスの面々が打って変わって喜びの色を湛え始め、それとは逆に

僕たちFクラスのみんなは波一つない湖の水面のように静まり返ってしまう。

 

その中心で力なく膝を屈したFクラス大将に、勝戦の功労者がゆったり近付き、声をかける。

 

 

「………雄二、私の勝ち」

 

「……………殺せ」

 

 

Aクラスの総大将である霧島さんの言葉を受けて、雄二は顔を上げることなく呟いた。

こんな結果になってしまった以上、その言葉を聞いて冷静でいられる者は少なかった。

 

 

『上等だ! 言われなくても殺してやる‼』

 

『口先だけのペテン野郎が‼』

 

『しょうこたんとお話できるなんて羨ましいぞオラァ‼』

 

 

手にするはずだった栄光を奪われ、Fクラスの何名かはそのやるせなさを雄二にぶつけようと

拳をつくって殴りかかろうとする。そしてその行為を止められる者はこの場にいない。

 

そう思っていた。

 

 

『がっ!』

 

『うおおっ⁉』

 

『な、なんだ⁉』

 

「いけませんよ皆さん、自分たちの敗北を一人の責任だと押し付けては。

それに、君たちはここまで苦楽を共にした仲間を、友を本気で傷付けたいのですか?」

 

 

先行して雄二を殴ろうと駆け出した三人が、横合いから距離を詰めてきた初老の先生の

鮮やかな武術によって、成す術もなく教室の床に叩きつけられていた。何者だ、あの人。

 

 

「流石は元陸軍教官ですね、久保田先生」

 

「昔の事ですよ、高橋先生」

 

 

一連の出来事を見ていた高橋先生が、初老の先生を手放しで褒め称えると、評価を受けた

久保田先生はまるでそれが何でもない様なことだと言わんばかりの態度で佇まいを整える。

サラッと元陸軍とか聞こえたけど、この学校にはそんな出身の人材が流れているのか。

教師になるには必要のないはずの技能を備えたAクラス副担任の存在に愕然としていると、

ふいに教室のドアが丁寧に開かれて、その奥からスーツ姿の偉丈夫が現れた。

 

 

「いえ、流石は師範代。見事な御手前でした」

 

「西村君………いえ、西村先生。ここでは私も、一介の教師なんですから」

 

「ハッ! 失礼しました、久保田先生!」

 

 

Aクラスに足音を響かせてやってきたのは、まさかの鉄人こと西村先生だった。

保健体育教諭がなんでこんなところにいるんだろう。というか、師範代ってどゆこと?

 

あまりに突然な状況の変化に驚く僕らだったが、直後に更なる驚愕に見舞われた。

 

 

「さて、我がFクラスの諸君(・・・・・・・・・)! お遊びの時間はここまでだ」

 

『『『『『_____________え?』』』』』

 

「まずは業務連絡だ。お前らが今回戦争に負けた結果、当然ながら設備のランクが下げられる

ことになっていたんだが、元々Fクラスは最下層。これ以上の品質低下はモラルの問題等に

発展し、色々と教育関係上面倒が起こる。そこで、聡明な学園長はある結論に至った」

 

「……………………」

 

「教室設備の低下が出来ないのなら、担当教師自体を変更すれば万事解決できるとな!

おめでとう諸君! これから進級までの一年間、死に物狂いで俺が勉強をさせてやる‼」

 

『『『『『何だとぉッ‼⁉』』』』』

 

 

かくして、新学期早々に僕らが第2学年全体に巻き起こした波乱は、ひとまず幕を下ろす。

そして僕らはその代償に、この日から約一年もの間、鉄拳制裁に怯える日常を与えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Aクラスとの試召戦争が最悪の結末に終わってから数時間後、時刻は放課後。

その日の授業日程が終了し、学生である僕らを学校に縛り付ける要因は全て無くなり、

それぞれ部活に勤しむなり自宅への帰路についたりと、各々の時間を見つけていた。

 

もちろんそれは僕も同じで、一週間と数日で慣れた二人での下校が僕を待っていた。

 

 

「あ、友香さん」

 

「もう、遅いじゃない明久君。放課後始まってから30分経ってるのよ?」

 

「ご、ゴメン。実はちょっと色々あったからさ」

 

 

学園の正門前で僕の事を待ってくれていた友香さんに、形だけの謝罪を告げる。

僕が遅れた理由は、単なる制裁だったので、流石にソレを口にするのは憚られたからだ。

手や袖口にあの男の返り血などが付いていないかを確かめ、赤い点を指でこすり消して、

ついでに背後からこの状況を誤解して殺害を図る者の有無も確認し、今度こそ安堵する。

今のところ尾行や監視の気配は感じられないから、このまま帰っても大丈夫だろう。

 

 

「色々って?」

 

「な、何でもないよ! 待たせちゃったし、早く行こう!」

 

「………ま、いいわ。明久君の隠し事が多いのは今更だしね」

 

何か言いたげだった友香さんも、最後に皮肉を一つ吐き出すだけに留めてくれた。

そこに込められているのはおそらく、というか間違いなく僕のもう一つの姿の事だろう。

 

ミラーワールドの事、ミラーモンスターの事。そして、仮面ライダーの事。

 

それら全部を含めての言葉であると感じて、苦笑いを浮かべる僕はぴったりと横に

張り付いている友香さんを連れ立って、通学路を朝とは逆向きで歩き出した。

 

 

「………ねぇ、明久君」

 

「ん? 何?」

 

 

僕ら二人が学園を出てから十分ほど後、人通りもまばらになった通り道に差し掛かると、

友香さんが横にいる僕に対してどこか、おそるおそるというような感じで話しかけてきた。

いつもと少し違う態度に気付いた僕だけど、特別どうこうすることもないので普段通りに

対応した。するとやはり予想が的中したのか、バツが悪そうに彼女が言葉を紡ぎだした。

 

 

「その、聞いたんだ、今日の事。Aクラスとの戦争の…………残念だったわね」

 

「…………うん」

 

彼女が口にしたのは、今日僕らが起こした戦争の結果について。

こちらを気遣うような話し方をしたのも、きっとそのことを知っていたからだろう。

 

そこでふと、僕はあることを思い出した。

 

今日の午前中にAクラスへと宣戦布告に出向いた際、話題に上がった"とある事"。

あの戦争と途中で現れたモンスターと謎のライダーのせいで忘れかけていたけど、

偶然ながら今思い出せて良かったと心から思った。友香さんが近くにいる、今で。

今度は忘れる前に口に出しておこうと、隣の彼女に顔を向けて疑問をぶつける。

 

 

「でもそれより、聞きたいことがあるんだ。いいよね、友香さん」

 

「え、ちょっと、いきなり何よ?」

 

「…………Aクラスが僕らと戦争する前に、Cクラスとも戦争してたって聞いたんだ」

 

「__________っ」

 

「教えてよ友香さん。どうして、Aクラスに戦争を仕掛けたの?」

 

 

僕の一言を聞いた友香さんの表情が、先程の浮かないものから緊張したものに変わった。

彼女のその反応を見た瞬間、僕自身が口にしたことが本当であると裏付けされた。

今日から数えて一昨日、つまり今日が水曜日だから月曜日の朝、彼女は自身の所属する

Cクラスの生徒を率いてAクラスへと乗り込み、宣戦布告をして戦争に臨んだという。

しかもその勝負の方式も彼女が考案した、教室内のみ行われるものへと変化した。

新旧二つの校舎を使う従来の戦争であれば、いくらCクラスでも勝ち目はあったはずだ。

それなのに、彼女は代表としてそれを捨ててまで、Aクラスの教室内で全てを決した。

 

僕はバカだけど、これがどういう意味を持つのか分からないほど、マヌケじゃない。

 

 

「もしかして、友香さんは」

 

 

自分の頭の中に浮かび上がった推理を語ろうとしたが、それは彼女の言葉に阻まれる。

 

 

「戦争を仕掛けた理由? そんなの、勝つ算段があったからに決まってるでしょ」

 

「えっ…………で、でも」

 

「でもも何も、あそこまで状況が整えられていたら、動かないわけないでしょう?

新学期開始と同時に最底辺のFクラスがDクラスを撃破して、Bクラスも呑み込んだ。

Aクラス以外に残っているのは、私たちCクラスと実力差が拮抗しているEクラスだけ。

明久君のクラスの代表……坂本君だっけ? 彼って実はAクラス入りできたんじゃない?」

 

すました顔で毅然と言い放つ友香さんに、僕はなぜだか奇妙なズレのようなものを感じた。

何というかこう、何かを隠そうとしているみたいな、虚勢を張っているかに思える態度を

無理矢理つくっているとでも言うような気がして、今度は足を止めて彼女を見つめる。

僕の足が止まったのを見て彼女もまた、同じく歩を止めて髪を手でいじりながら続けた。

 

 

「きっとDクラスとBクラスを狙って、私たちとEクラスを残しておいたのは作戦のため。

Fクラスが目指していた打倒Aクラスのために練っていた、別の方法ってところかしら」

 

「ど、どういうこと?」

 

「私たちを倒しておかなかったのは、いざという時にAクラスにぶつけるため。

そうしてAクラスを少しでも消耗させておいてから、切り込む策があったんでしょう。

逆にEクラスを倒しておかなかったのは、念のためにかけておいた保険だと思うわ。

Aクラスとの戦争が予定より早まった場合、裏で情報を操作してEクラスを挑発して、

向こうからこちらに宣戦布告をさせて戦争を始める。そうすればAクラスと戦うための策を

戦争中に考えられる。まぁこれをすると、Aクラスにも時間を与えることになるけどね」

 

 

僕にも分かるような懇切丁寧な解説を繰り広げた彼女は、毛先をいじる行為を中断して

視線を目の前にいる僕へと向け直し、強い意志を感じさせる瞳で締めくくった。

 

 

「そこまでお膳立てされてて、乗らないわけがないでしょう?」

 

 

一から十まで知り尽くしたかのような物言いに、僕は危うく納得しかけてしまう。

もちろん彼女の話には筋が通っていたし、雄二の策は彼女の読んだ通りだとも思った。

少なくとも友香さんがCクラスの代表として、動く理由は充分だったと理解はできた。

 

けど違う。彼女がAクラスと戦ったのは、そんな建前みたいな理由だからじゃない。

 

まるで確証はないけれど、僕の心は確かにそう叫んでいた。

友香さんの事を知ったのは、ここ数週間の話で、知らないことの方が多い。

でもきっと、今回の件は彼女自身が口にしたものとは違う理由によるものだと思った。

余計なことだと心の片隅で思いながらも、僕はそれを確かめずにはいられなくて口を出す。

 

 

「確かに友香さんの言うとおりだ。でも、それだけじゃないんでしょ?」

 

「な、なんで、そう思うのよ」

 

「べ、別に友香さんのことを信じてないわけじゃないんだけど………」

 

「けど、なに?」

 

「…………友香さん、僕よりも悔しそうな顔して話してたから」

 

「ッ!」

 

 

戦争を仕掛けた理由を語っていた彼女の顔は、ずっと不快気に歪んでいたをの見ていた。

しかも、彼女は僕たちFクラスがAクラスに勝つための策を語っている時に、自分たち

Cクラスもその策の一つとして利用されることを、何とも思っていない風に語ったのだ。

僕の知る友香さんなら、まずいいように使われることを好まない性格のはずなのに、

その陰りすらも見せない口調で話を進めていたから、あの違和感に気付けたんだろう。

 

表情を指摘された彼女は、即座に僕から顔を逸らして見せないようにした。

けどそれは今更過ぎる。夕暮れ時でも分かるくらい、紅潮した顔がハッキリと見えた。

もちろんそれを口にしたら彼女の機嫌を損ねる為、言わずに記憶の中に留めたけど。

 

 

「ねぇ、教えてよ友香さん。本当に、Aクラスに勝つためだけに、宣戦布告したの?」

 

「う…………うぅ……」

 

顔を僕から逸らしたままの彼女に再度問いかける。しかし彼女は言葉を返さない。

代わりに肩をわなわなと震わせて、何かを言いかけてはそれを止めてを繰り返した結果、

言葉にならない呻き声を発し続けるだけとなってしまい、話はそこで途切れた。

これ以上しつこくすると、本当に機嫌が悪くなると判断して、話題を打ち切ろうとして

何か別の事でも話そうかと思い始めた直後、予想だにしなかったことが起きた。

 

 

「うぐっ‼」

 

「ん……あ、明久君? ちょっと、ねぇ大丈夫⁉」

 

「頭が…………クソ! この感じは‼」

 

 

時刻は午後の17時をとっくに過ぎた頃、街並みに明かりが灯され始める時間帯。

西の空にゆっくりと陽が沈んでいくその反対側で、月が昇る前の暗闇が空を染める。

澄み渡るような青や燃えるような橙はそこにはなく、あるのは純粋で深い黒一色のみ。

まるでその奥には人を飲み込む化け物がいるかの如く、不気味な雰囲気を醸し出している。

そして僕は知っている。その闇に近い鏡写しの世界に、人を飲み込める化け物がいることを。

 

耳鳴りの音が脳内に直接響くような感覚に襲われ、直後にその残響が大きくなり始める。

ズキズキと痛みが増してくる感覚に苛立ちが募り、膨れ上がる反響の根源を睨みつける。

 

僕の敵意のこもった視線は、目の前にいる友香さんの後ろ、数百メートル先に居を構えた

24時間営業のコンビニエンスストア_______そのガラスによく似た自動ドアに突き刺さった。

 

 

(あそこから来る………でも、速い‼)

 

 

まるで警報機のように頭の中で鳴り続ける独特の警鐘が、敵の情報を細やかに伝えてくる。

 

ライダーになった人間は、契約したモンスターと一部感覚器官が同調するらしく、

エサを求め続けるモンスターの嗅覚などの感覚が、ダイレクトに契約者に反映するようだ。

今回もそれによってモンスターが付近にいることを知覚できたんだけど、何かがおかしい。

普通なら徐々に、距離が縮まるたびに大きくなる反響が、今は心拍数並の速度で返ってくる。

それはつまり、移動手段が歩行でも疾走でもなく、飛行に近い速度であるということだ。

 

「マズイ………友香さん! 今すぐ、反射物の少ないところへ逃げて!」

 

「え? あ、明久君?」

 

「早く! モンスターが、すぐそこまで来てる!」

 

「えっ」

 

 

恐ろしく速い敵が迫っているこの状況で、悠長に説明が出来るほど肝は据わっちゃいない。

とにかく目の前にいる彼女だけは助けようと、ここから逃げるようにだけ必死に伝える。

訳が分からないようだった彼女も、僕の言葉と体験した非日常からなる経験が活きたのか、

すぐさま僕の射貫くような視線とは逆方向、つまりは僕の後ろに向けて駆け出していった。

これで彼女の安全はひとまず確保できた、そう思ったのも束の間、反響が動きを変えた。

前から一直線に迫っていたモンスターの反響が、唐突に二手に分かれて左右に散り、

僕のいる場所を大きく迂回するようなルートを通って再び合流し、突き進んでいく。

 

この反応からして、モンスターの狙いが絶望的なまでに色濃く浮かび上がる。

 

 

「コイツら_________狙いは友香さんだったのか‼」

 

 

モンスターの求めるエサが彼女であると確信し、すぐに振り返ってアスファルトを蹴る。

何の前準備も無しに駆け出せば心肺機能が不調をきたすのは当然で、すぐに肺の上辺りと

左わき腹がじくじくと痛みを訴えだす。でも、そんな痛みに意を介する暇なんてない!

 

 

「友香さん‼」

 

「明久君!」

 

『クカカカッ‼』

『コカカカッ‼』

 

 

僕の呼ぶ声に反応した友香さんが首だけを後ろに向け、僕の名前を大声で叫ぶ。

それに呼応したかのように、近くにあった建物の窓から二体のモンスターが飛び出して、

道の左右から彼女を挟み込むようにして飛び掛かってきた。クソ、やらせるもんか!

 

 

「変身‼」

 

 

手にしていたカバンから見慣れたカードデッキを取り出して、全力で走りつつ道路に隣した

住宅の窓ガラスにソレを突きつけ、いつの間にか装着させられていたベルトに装填した。

途端に僕の全身をガラスの結晶体のような何かが覆い、一瞬の閃光の後に赤い鎧へと変わる。

白銀に煌めくボディアーマーと仮面以外を赤色に染めた、龍の炎をその身に宿す戦士へと

変身した僕は、強化された身体能力をフルに活かして前方の彼女へと詰め寄った。

 

 

『クカッ‼』

 

『コカカッ‼』

 

 

友香さんを標的と定めたらしい二体のモンスターが、走っていた彼女の行く手を遮り、

そこから先へは逃がさないとばかりにジリジリと詰め寄って、嬉しそうな声を上げる。

どうやらアイツらはライダーである僕を、眼中にもいれていないらしい。頭にきたぞ。

 

 

「友香さんに手を出すなぁッ‼」

 

『クカカッ‼』

 

『コカッ‼』

 

 

何とか追いついた僕は、走ってきた勢いを乗せた飛び蹴りを繰り出すが、回避される。

元々当てるつもりのない攻撃を避けられても悔しくはない。今はそれより彼女が優先だ。

 

 

「友香さん、僕のそばを離れないで!」

 

「え、ええ!」

 

『クカカカッ‼』

 

『コカカカッ‼』

 

 

走ったばかりで息の上がっている彼女を背に庇い、モンスターの手から遠ざけつつ、

どうにかこの状況を打開できないかと必死に頭を回す。けど、いい案は浮かんでこない。

狙っていた獲物を僕に掠め取られてご立腹なのか、二体のモンスターは全身を震わせて

やけに荒々しい鳴き声を上げ続けている。もしかしたら、相当腹が減ってるのかも。

もしそうだったらかなり危険だ。最悪の場合、彼女から狙いを変えて通りすがりの人を

襲いにかかるかもしれない。彼女一人を守るのにも精一杯なんだ、何とかしないと。

 

 

『クカッ、クカカッ‼』

 

『コカカッ、コカッ‼』

 

 

友香さんを後ろ手に守りながら迫る二体を睨みつけると、その内の片方がいきなり僕に

襲い掛かってきた。一対一ならそう簡単に負けないけど、今は友香さんもいる。

後ろで怯えている彼女に気を配りながら二体を相手取るのは、正直かなりキツイ。

 

一体が右拳を大振りで繰り出すのを見て、僕は背中で守る彼女を考慮しつつ受け止め、

そしてすぐさま左足を一歩踏み出しながら重心を移動させ、お返しの左拳をぶつける。

けどやはり二方向に気を割いている分だけ挙動が鈍り、片方にあっさりと躱されて、

逆に右足を軸に一回転しながら振り抜かれた回し蹴りを、モロに喰らって飛ばされた。

 

 

「うぐっ‼」

 

「明久君!」

 

 

真横に弾き飛ばされた僕に駆け寄る友香さんを、すぐに起き上がって背後へと隠す。

今の攻撃で大したことがないと判断したのか、二体はそろって(いなな)きながら突進してくる。

 

二体が目にも止まらぬ速さで距離を詰めて、そこから交互に回転や跳躍を交えた攻撃を

息を吐かせぬ連撃として繰り出してきた。しかし、今度はそれを受け切ることが出来なかった。

 

 

「ぐっ、ガハッ‼」

 

『クコココッ‼』

 

『カコココッ‼』

「んぎ、ガッ! ぐぅッ‼」

 

 

二体の内の一体が左右の拳を振るえば、もう片方がその合間を縫って正確に蹴りを放ち、

続いて蹴撃の嵐となって僕の体を一切の容赦なく撃ち抜いて、止めにまた拳を見舞わせる。

一体一体はさほど脅威ではない攻撃力でも、二体、しかも恐ろしいまでの連携が加わると、

凄まじい戦闘能力の高さを有した存在となって、決して無視できないものとなっていく。

ジワジワと龍騎の鎧の耐久度が削られていくのを実感させられるが、手も足も出せない。

このまま一方的に(なぶ)られ続けたら、きっと龍騎の鎧を壊されて喰われるだろう。

 

そして、僕の背後で震えている友香さんも、殺され、食料にされる。

 

 

「そん、な、事………させるかぁッ‼」

 

 

想像したくない最悪を頭から振り払うように、大声を張り上げて二体の拳と蹴りを止める。

自分たちの攻撃を受け止められたことに驚いたのか、二体はそろって回避行動に移った。

拳と脚を捉えられた二体は僕の拘束を振りほどき、驚異の跳躍力で15メートルほど後退し、

今度は油断しないとばかりに構えを取り、不用意に近付こうとせずにジリジリと詰め寄る。

 

一度はしのいだとは言え、流石に受けたダメージがダメージだ。次は無いだろう。

奇跡的に攻撃を受けられたとしても、あれだけの連撃を叩き込まれたら今度こそ終わりだ。

迫りくる脅威と殺気を全身で受けつつ、背中にいる彼女だけは意識から外さず守り続ける。

 

『クココッ‼』

 

『カココッ‼』

 

 

睨み合いもさほど長くは続かず、痺れを切らした二体が大きく嘶いて同時に駆け出した。

彼ら二体の目標は、敵を認識した僕と、変わらず食料として狙い定めた友香さん。

互いに巧みなコンビネーションで、側転や空中前転を織り交ぜながら攻撃のタイミングを

絞らせない動きでまんまと5メートル以内に接近し、そのままドロップキックを放ってきた。

 

彼女が後ろにいる以上、避けることなどできない。

かと言って逃げなければ、直撃を受けて鎧が破壊され、ヤツらのエサになる。

 

どうしたらいいのかと判断に時間をかけ過ぎたその時、二発分の銃声が響いた。

 

 

『カココッ⁉』

 

『クココッ⁉』

 

 

直後に聞こえた炸裂音と、それを掻き消すほどの醜い悲鳴。

何が起きたのかと視線を向ければ、道路の上に転がった二体が痛みに苦しんでいた。

 

「おいおい、しっかりしろよ。おたくそれでもライダーかよ」

 

「えっ?」

 

 

呆然とその二体を見つめていると、ふいに僕らの背後に続く道路から声をかけられた。

もちろんそれにも驚いたけど、本当に驚いたのは、その声に聞き覚えがあったからだ。

常に他人を小馬鹿にしたような、不遜で横暴な態度の、僕の一時的な雇用主。

 

 

「北岡さん⁉」

 

「あのさぁ、今はライダーなんだから、本名はNGだろ?」

 

「あ、ああ、ゴメンナサイ」

 

振り向いた先には、やはり僕が予想した通りの人物、北岡秀一が立っていた。

しかしその姿は数日前に彼の事務所内で見た、人としてのものではなかったが。

 

その全身を覆い尽くすのは、龍騎の赤やナイトの黒紺でもなく、緑のパワードスーツ。

両肩と上半身には、まるで小型化された要塞の如き鋼色の分厚い重装甲が装着されていて、

やたらと角ばった部分の多いソレは、アメフト選手か等身大のロボットを思わせる。

頭部には小さな円柱型のアンテナが、額にV字状で備わっていて、その下にはまたしても

僕らとは異なる形状のアイカバーチックな仮面が無機質に視線を送り届けてくる。

そして極めつけは、緑色のライダーが右手に収めた、メチャクチャな構造の銃火器。

 

カードデッキに金色の闘牛の意匠をあしらった彼は、【仮面ライダーゾルダ】

 

自称天才弁護士である彼のもう一つの姿が、硝煙を上げる銃を片手にして歩み寄る。

 

 

「ははぁ~ん、【ギガゼール】に【メガゼール】ね。おたくも面倒に好かれるねぇ」

「冗談言ってる場合じゃないんですよ、きた………ゾルダ」

 

 

僕の横に並び立った緑色のライダーがモンスターの名を呼び、僕を茶化してきたため、

それを諫めようと強めの口調になった途端にNGワードを口にしかけ、踏み止まる。

幸いにもそれを見逃してくれたゾルダは、銃を肩の装甲に軽く当てて話しかけてきた。

 

 

「だろうねぇ。んで、おたくが大事そうに庇ってるその女子高生は?」

 

「…………このモンスターに、狙われてる同級生です」

 

「なるほど。んーじゃ、おたくにまた貸しでも作っておこうかな」

 

「え?」

 

 

語弊がないように彼女を「同級生」と呼んだのに、ゾルダは何かを思案するように左手を

仮面の兜顎(クラッシャー)に添え、トントンと人差し指で数回叩いてからそう呟いた。

いきなり何を言い出すのかと彼の方へ視線を向けると、ゾルダは先程の体勢のままで

正面にいる二体のモンスターを油断なく見据えながら、唐突に大きな声で話し出した。

 

 

「おーい五郎ちゃん! ソイツの後ろの子、しっかり見ててやってよ!」

「ハイ、先生」

「えっ、五郎さん? 何でここに⁉」

「ちょうど仕事帰りに近くを通ってたのよ。そしたらおたくがいたってわけ」

ゾルダの言葉に反応して、彼のさらに後方に停めてあった高級車からガラの悪そうな男性、

天才弁護士を支える付き人の五郎さんが現れ、友香さんを連れて車の方へ戻っていった。

その事を疑問に思った僕に、ゾルダが付け加えとして事の経緯を軽く教えてくれた。

 

なんでもいいけど、今はとにかくありがたかった。

 

 

「お礼は後で言います。でも、今はコイツらを先に!」

 

「ハイハイ、分かった分かった。ホントーにおたくは熱いねぇ」

「茶化さないでください! 貸し、作るんでしょ?」

 

「………ガキのくせして、俺を急かすんじゃないよ、ったく」

 

 

人間性に問題が幾つかあるけど、ひとまずこの状況を打開できる人を味方につけられて、

心の奥から安心感が噴き出してくるのが分かった。流石に完全に信頼はできないけど。

 

横に並んで右手の銃をダルそうに構えたゾルダと共に、目の前の二体を見つめる。

 

 

「っしゃあ‼」

 

「さてと、いきますか」

 

 

状況の不利を悟って逃げ出した二体の背を睨みつけ、僕とゾルダは鏡世界(ミラーワールド)へ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍騎とゾルダがミラーワールドへ消えた場所を、一人の男が見つめていた。

普通ならば異常である光景を、その男はそれが当たり前であるように眺めていた。

そして、鏡の中の反転した世界で始まった、ライダーとモンスターの戦いを無言で観賞する。

 

 

「…………さて、どっちの方が楽に(たお)せるかな?」

 

 

夕陽が西の空から姿を消した時、男の右手にある、カメレオンをあしらった金の意匠が輝いた。

 

 









いかがだったでしょうか?

今回で原作一巻の内容、Aクラスとの試験召喚戦争が終わりました!
しかし、龍騎との掛け合いの影響で、雄二と翔子のシーンがそれなりに
削らされることになってしまいました…………どこかで拾っておかなきゃ。


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎です!


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問25「龍騎とゾルダと不可視の危機」




どうも皆様、この期に及んでまだ作品を増やそうかなどと
馬鹿な事を考えている萃夢想天でございます。ホント自重すべきです。

自重と言えば、そろそろ冬も厳しくなるにつれて、お料理も温かくて美味しい
定番メニューが出始める頃ですよね。つまりそう、太りやすい季節です。
ただでさえ日頃運動不足なのに………頑張って動かなきゃ(使命感


さて、今回は龍騎とゾルダの共闘回となっております。
龍騎本編をご覧の方は、この組み合わせにピンとくるかと思いますが、
そうでない人であっても楽しめるような書き方を心がけますので、
どうかご安心ください。いつも通り明久がバカやるだけです。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

『クカカカッ‼』

 

『コカカカッ‼』

 

 

空中で前転や側転を織り交ぜながら、視線の遥か先を疾走している二体のミラーモンスター、

ギガゼールとメガゼールを追って、僕と北岡さんの変身するゾルダが住宅街を駆ける。

僕と友香さんが下校途中に出現したこの二体は、どうやら彼女を狙っているらしく、

先ほどから隙あらば現実の世界へ飛び出して行って彼女を襲おうとする動きを見せている。

でもそれを黙って見ているはずはなく、凄まじい速度を誇る二体の後を追いながらも、

何とかその姿だけは見失わないようにと必死に食らいついていった。

 

 

「ハァ……ハァ………は、速過ぎる」

「ったく……仕事終わりなのに、汗かかせてくれるなよ」

 

 

それでもモンスターの移動速度は素早く、追いつくどころか目で追うことすらも難しい

距離にまで逃げられてしまった。走ってジャンプして回って、なのにどうして僕らよりも

足が速いのか、見当もつかない。やはり人間とモンスターとの種族上の差というやつだろうか。

 

そんなことを考えていると、隣で同じように膝に手をやって息を整えていたゾルダが立ち上がる。

 

「ハァ、クソ。いつまでぼさっとしてんの、来るぞ」

 

「ふーっ………え、来るって、何がですか?」

 

「決まってんでしょうが。お客さんだよ」

 

 

未だ上がる息を煩わしく思いながら尋ねると、既にゾルダは腰のホルスターから銃を抜いていた。

彼が手にしている銃こそ、僕の左手にある篭手型召喚機【ドラグバイザー】と同じ性質のもの、

銃型召喚機【マグナバイザー】だ。武器と一体型であるあの召喚機は、正直かなり質が悪い。

普通の仮面ライダーは、丸腰の状態から鎧をまとう。戦闘方法はもちろん徒手空拳のみだが、

彼のようなタイプは、召喚機が武器として扱えるため、最初から戦う手段が一つ多いのだ。

こちらが近接格闘しか行えないのに対し、彼はその遠距離武器で一方的に相手を攻撃できるし、

仮に遠距離武器を召喚したとしても、その時点で使えるカード、つまり手札を一枚切らせることが

出来る。この時点でゾルダのようなタイプが如何に有利かが分かるだろう。

 

そんな銃を右手に構えた彼の視線は、二体が逃げた方向_________ではなく左に向いていた。

 

 

「そこかッ!」

 

『コカカッ‼』

 

すると今度は視線を向けている方へと体を向け、即座に右手人差し指が銃のトリガーを引き絞る。

マグナバイザーの銃口が火を噴いた直後、硬いものを擦り合わせるような鳴き声が微かに響き、

僕ら二人の目の前に降り立って反転した世界にその影を落とした。

 

 

「動きだけは速いんだよな~、コイツらは」

 

「き、北お………ゾルダ、コイツら知ってるんですか?」

 

「ん? あー、おたくはまだ遭ってないんだ。こーゆータイプのヤツらに」

 

「ハイ、見たことないです」

 

 

龍騎とゾルダの仮面越しの視線が見つめるのは、なんとも細マッチョな体系をしたモンスター。

 

全体的に紫がかった体色に、四肢や胴部に黒色の外皮らしき装甲をまとっているその怪物は、

両手両脚を大きく広げて威嚇するようなポーズをとったまま、ジリジリと詰め寄ってきている。

見たところ、両腕の半ばから生えている曲刀型のカッターが主だった武器みたいだけど、

今回は僕も流石に油断しない。午前中にあんな大敗を喫したばかりだ、警戒と注意は怠らない。

目の前の怪物の胴体は、首から肩にかけての金色の装甲のせいで、巨大な顔がそこにあるように

見えてしまうけれど、本物の顔はちゃんと首の上に乗っかっている。ただしこちらも癖があって、

ドリル状になった二本の角が真っ直ぐ上に向かって伸びていて、あたかもガゼルを連想させる。

 

異常な脚力と俊敏性を誇るモンスター、【ギガゼール】はただこちらを睨みつけるのみ。

 

 

『…………』

 

 

それに対して僕はひとまず剣を持っておこうかと、バックルへと手を伸ばした瞬間だった。

 

 

『カコココッ‼』

 

「え________うわっ⁉」

 

突如上から嘶きのような声とともに、先程いなくなったモンスターの片方が降ってきて、

背後を取られて瞬く間に三発ほど蹴りを入れられてしまった。クソ、背中がすごく痛い。

いきなりのことで動揺する僕に追撃を仕掛けようとするも、隣にいたゾルダからの牽制射撃が

路上にばらまかれ、奇襲をかけてきたもう一体の方はバック転をしつつ後退していった。

 

背中をさすりながら立ち上がり、狭い路上で退路を断つように挟撃してきた二体を見やる。

 

 

「おーおー、コイツら随分と頭がキレるじゃない。お前より成績いいかもよ?」

 

「何ふざけてるんですか! モンスターがテスト受けれるわけないでしょ!」

 

「………そーゆー意味じゃない、って言ってやるのも可哀想に思えてきたよ、おたく」

 

「え?」

 

「何でもない。さて、ギガゼールとメガゼールの挟み撃ちか。困ったもんだ」

 

 

そう言いながら道の両端を押さえた二体のモンスターのもう片方を二人で見据えた。

 

東側を塞き止めるギガゼールと、全体的な印象が似ている奇襲を仕掛けたモンスターは、

全体的に金色に近い体色で、四肢や胴部に蒼色の外皮らしき装甲を身にまとっている。

こちらの両腕にもカッターのような刃物が備わっていて、鈍いきらめきを放ちながら、

反対側にいるギガゼールと同じようなポーズをとりつつ、徐々ににじり寄ってきている。

異常な脚力と俊敏性を誇るモンスター、【メガゼール】はただこちらを睨みつけるのみ。

 

完全に挟まれた僕らは、少しずつ近寄ってくる二体に迂闊に攻め入ることができない。

ヤツらの恐ろしさはその速さにある。もしも安易に動いてどちらかを攻撃しようとすれば、

間違いなくもう片方が隙だらけの背中に蹴りを入れてくるに違いない。

攻めることに躊躇していると、なんと向こうの方からこちらに攻めかかってきた。

 

 

『クコココッ‼』

 

『カコココッ‼』

 

「うぐっ!」

 

「うおっ!」

 

 

ノーモーションでの跳躍に驚き、さらにそこから体をひねって放たれた蹴りが鎧にかすって

決して少なくはないダメージを受ける。早くも肩部の装甲にひび割れが生じ始めているし、

このモンスターたちも弱い部類ではないのだろう。なるべく攻撃を受けずに戦う方法を

考えなければならない。しかし、今の指手拳腕(ステゴロ)状態では、まともな戦闘もできやしない。

 

【SWORD VENT】

 

「よし!」

 

「まー、普通そう考えるよな」

 

 

そこで僕は、奇襲を受けて断念していた行動を再開し、バックルからカードを抜き取って

左手のドラグバイザーへと装填。機構を動かしてカードの情報を読み込ませて召喚する。

電子音声が一本道の通路にこだました直後、薄暗い空の彼方からドラグセイバーが舞い降りた。

コレがあれば少なくとも、今みたいに何の抵抗もできないままに攻撃を喰らい続けることは

なくなるだろうと考えたからの行動だったが、次の瞬間、それが悪手だと悟らされた。

 

 

『クココッ‼』

 

『カココッ‼』

 

「えっ⁉」

 

「まさか向こうも武器を出してくるなんて、思ってなかったか?」

 

「そんな……」

 

 

ドラグセイバーの切っ先を向けようと目線を上にした直後、目の前にいるメガゼールが

いきなり体をブルブルと震わせたかと思うと、右手を天高く掲げて剣を召喚してみせた。

しかも、どうやら普通の直剣でも曲刀でもない、ハサミに柄をくっつけたような形状の

巨大な剣だった。どうやって使うのかまるで想像できないけど、手に獲物を持つ以上は、

両者のアドバンテージが等しくなったと思っていいだろう。クソ、また僕は油断を!

 

 

「来るぞ!」

 

「ッ! うおおりゃああぁぁッ‼」

 

『クカカカッ‼』

 

『コカカカッ‼』

 

 

ゾルダの緊迫した声に反射的に顔を上げた僕は、目の前まで迫った鋭い剣先を見つめて

数瞬身体が硬直し、ソレが避けなければならない攻撃であると理解した頃にはもう何度も

斬撃を浴びてしまっていた。あんな見た目なのに、剣としての切れ味はそこそこあるな。

そんなことを思いながら慌てて体勢を立て直すと、後ろではいつの間にか、自身の頭部から

生える角と同じ形状のドリルが先端にある槍を手にしたギガゼールが、距離を開けようとする

ゾルダと一進一退の攻防を繰り広げていた。流石はゾルダ、体裁きが尋常じゃない。

幾度も死線を越えてきただろうことを軽く匂わせた戦い方で、突き込まれる槍の先端部分を

危なげもなく余裕をもって回避してる。ダメだ、僕もアレくらいできるようにならなきゃ!

 

「よし、来い!」

 

『カココッ‼』

 

 

再度気合を入れなおし、雄叫びを上げて剣を振りかざす僕は、眼前のメガゼールへ切り込む。

対するメガゼールも同じように嘶き、右手に持ったハサミ状の剣を軽々と振るって駆けだす。

 

互いに距離を詰めて間合いに入ったと同時に一閃、ややリーチの長い相手の剣先がこちらに

向かってくるが、それを右手に持ったドラグセイバーの腹で受け止め、無理やり押し返した。

たたらを踏んだメガゼールは一瞬よろけ、その隙を見逃さなかった僕は、下段に構えた剣を

力任せに自身の左肩口へと振るい、続けざまに左脚を踏み込んでから横薙ぎの斬撃を放つ。

ライダーである僕の方が装備面では優秀らしく、メガゼールの外皮のような装甲の一部は

剣の軌跡どおりに傷痕となり、そこからはいやに粘ついた朱色の血液が噴きこぼれている。

 

受けた傷に手をやってふらついている敵を目にして、ここは好機だと踏んでたたみかけた。

 

 

「ぜぇぇりゃああぁぁああ‼」

 

右上段から左下段へ大振りの袈裟斬りを喰らわせ、怯んだところへ踏み込んで振り上げる。

まんまと敵の懐へ潜り込み、そこからは空いた左手を拳に変えて二回連続で殴打を加えて、

体勢を整えようと後方へと下がろうとするメガゼールに、ドラグセイバーを投げつけた。

 

 

『コカッ、コカカカッ‼』

 

 

風切り音を上げて回転しつつ前進するドラグセイバーを、その右手にあるハサミ状の剣を

振り上げることでどうにか弾き飛ばして、メガゼールはダメージを回避した。

当然僕は手持ちの武器を投げ飛ばしたから、今は素手だ。何も持っていない。

 

でも、だからこそ、それでいい。

 

 

「たあッ!」

 

『カコッ⁉』

 

 

手の空いている僕は近くの民家の塀によじ登り、そこから弾き飛ばされた剣の落ちていく

場所を目算して目星を付け、空中でそれをキャッチできるタイミングを見計らって跳ぶ。

クルクルと回転するドラグセイバーの柄を見事に掴んだ僕は、そのまま落下していく力を

右手に持った剣に乗せて、着地する寸前に伸ばしていた右手を素早く前方へ振り下ろした。

 

 

「だりゃああぁぁああ‼」

 

『ゴガアアァァ‼』

 

「ぃよいしょおッ‼」

 

『ガゴッ⁉』

 

 

重力に引っ張られる力と腕を振るった速度を相乗させた一太刀は、メガゼールの蒼い外皮と

金色の肉体を容易く引き裂き、より粘度の増した朱色の体液を四方八方へぶちまけさせる。

ヨロヨロと身体を揺するヤツに向けて、着地してすぐに腰を落としたまま突き出した左脚の

蹴りをお見舞いしてやると、ロクにガードも回避もしようとせずに後方へと吹き飛んだ。

 

メガゼールの胴部もギガゼールと同じように、巨大な顔に見える構造になっていたのだが、

今では真っ直ぐ縦に引かれた生々しい線によって、作り物の仮面に見えなくもなかった。

溢れ出る体液を剣を持たない左手で押さえる敵へ、今度はこちらから距離を詰めていく。

ところが、弱っている敵に追撃を与えようとした瞬間、ドラグセイバーが砕け散った。

 

 

「しまった! 召喚時間が切れたのか!」

 

『ガ、ゴ………コカカカッ‼』

 

「がッ__________⁉」

 

 

右手にあった感触が消えていき、何もなくなったそこへ視線を向けたわずかな一瞬の間に、

再び攻める姿勢を取り戻したメガゼールが剣を突き出し、それが龍騎の胴部に直撃した。

 

途端に迸る激痛が、鎧に守られているはずの僕を襲う。

 

なんだ、何が起きた。まだ時間切れにもなってないし、ダメージもそれほどじゃない。

なのにどうしてこんなに激しい痛みを感じるんだ。ただの突きが、胸に当たっただけなのに。

 

そこでふと、今日の午前に起こった出来事を思い返した。

 

 

(そうか………あのデッドリマーとかいう奴の散弾銃で受けた傷か!)

 

 

午前中に現れたモンスターとの戦闘で大きなダメージを受けて、胸板辺りに酷い内出血を

起こしていたのを忘れていた僕は、そのことを思い出し、今なお続く激痛の正体を知った。

立て続けにモンスターが現れるのも無かったわけではないが、ここまで苦戦続きだったことは

記憶にない。単に僕がバカだからというわけじゃなく、大怪我を負わされるほどの強敵が

一日に二度も三度も現れることなんか、今まではなかった。そのせいで、油断していたんだ。

 

 

(クソ! クソ! クソクソクソッ‼)

 

 

ズキズキと痛覚が悲鳴を上げる中で、僕に起死回生の一撃を与えたメガゼールはと言うと、

受けた傷が想像以上に深いのか、おぼつかない足取りでヨタヨタとこちらに近付いてきた。

とどめを刺されるのかと一瞬警戒したけれど、メガゼールは僕を無視して歩き去っていく。

助かった、と内心で安堵したのも束の間、僕は自分の頭の悪さを心底憎く思うこととなる。

 

僕の後ろでまだ、あの人が戦ってたじゃないか。

 

 

『ゴガガッ‼』

 

「ぐあぁッ⁉」

 

『クカカッ‼』

 

「うっ、ガハッ! ぐおおぉぉッ‼」

 

「き……ぎだおが、ざん……!」

 

 

倒れ伏した今の僕からは見えないが、二体のモンスターの嘶くうなり声と金属の衝突音が

けたたましく鳴り響くのと同時に、聞き覚えのある男性の、聞いたことない絶叫が聞こえた。

 

痛む身体を無理やり動かして上体を起こし、両腕を踏ん張らせてどうにか身体の向きを変え、

メガゼールが向かった方へと向き直る。その先に見えた光景は、やはり想像した通りだった。

 

 

『ゴガガガッ‼』

 

「くぁ………ぐふっ」

 

『クカカカッ‼』

 

 

頑丈そうだった上半身の重装甲のあちこちにヒビが入り、既に何か所か破損も見受けられる。

その時点で彼の受けたダメージの深刻さがうかがえたが、さらにそこから視線をずらすと、

僕の考えがまだまだ甘かったのだということを、現実の非情さを再認識させられた。

 

彼の、銃を持っていた右腕が、ドリル状の槍とハサミ状の剣で挟撃を受けていたのだ。

 

緑色のパワードスーツがあるからこそまだあの程度で済んでいるが、もしもこれが単なる

一般人だったとすれば、きっと目も当てられない。穿ち、貫かれ、斬られ、裂かれていた。

文字通りの肉塊に成り果てたであろう結末を想像してしまうほど、今の彼が受けている攻撃の

壮絶さが遠目から見ている僕にも伝わってくる。しかも、まだ武器は下ろされていない。

あのままの状態が続いたら、そこでもし、鎧の制限時間を超過してしまったら。

 

 

「うあああぁぁああああッ‼」

 

 

最悪の未来が脳裏をよぎった瞬間、僕の身体は痛覚信号を無視して勝手に動き出していた。

何の武器も無い状態で攻め込んでも、あの俊敏性の前では何の意味もないことは百も承知。

だとしても僕は、それでも僕は、ゾルダのために全速力で駆けだしていた。

 

あれだけの大声で叫べば当然、背後からでも僕の気配を察知することが出来たようで、

反対側から僕を見ていたギガゼールも、メガゼールでさえも大きく跳躍してその場を離れる。

二体の武器によってぶら下げられていたゾルダの右手も当然、重力に従って落ちていく。

僕はそれを崩れ落ちる彼の身体ごと掬い上げて、これ以上の負担を掛けさせまいとする。

 

傷だらけの僕らは、仮面越しに二体のモンスターを、開戦前以上の眼力で睨みつけると、

それを察したのかそうでないかは定かではないけど、二体は同時に背中を見せて去った。

 

 

「北岡さん! 北岡さん! 聞こえますか、北岡さん⁉」

 

 

小さくなっていく背中を黙って睨みつけ、完全に消えたと確認してから彼の名を呼ぶ。

もしや意識が無いのではと思ったが故の行動だったけど、すぐにそれは中断させられた。

 

 

「あーもー、うるさいって! おたくさぁ、もう少し静かにできないの?」

 

「き、北岡さん! 良かった、無事だったんですね‼」

 

僕が声を掛けてから五秒も経たないうちに、声を掛けていた本人から止めるように言われ、

とりあえずの無事を確認できたために行為を中断する。それにしても、本当に良かった。

 

 

「無事でよかった、ね。あのさぁ、おたくそれ本気で言ってるわけ?」

 

「え?」

 

「………まぁいいけど。おたくがそーゆー奴だってのは、今更なわけだし」

 

「え? え?」

 

「もういいよ。さて、それじゃあ行きますか」

 

僕の言葉に妙な態度を見せる北岡さんを訝しんでいると、その当人が急に立ち上がって、

地面に落としたマグナバイザーを左手で掴んで腰にマウントし、快活に語った。

 

いきなり何を言い出すのかと気になった僕がそう尋ねると、彼は当然のように応える。

 

 

「何って、決まってんでしょ。アイツらと勝負つけに行くのよ」

 

「えっ⁉ だ、だって北岡さん、さっきアイツらにやられたばっかりじゃ」

 

「オイオイ冗談だろ? せっかくの契約モンスターのエサを、逃すわけにいかないでしょ」

 

「いくら契約モンスターのためって言ったって、わざわざあんなのを……」

 

 

彼の体を気遣って止めるようなニュアンスを伝えるけど、彼は一向に聞く耳持たない。

それもそうだろう、相手はあの北岡秀一だ。自分大好き人間のこの人が言い出したら、

まずよほどのことがない限りは前言撤回しないと思う。違う意味で面倒な人だ。

 

彼の頑固さに辟易としていると、ヤツらが去った方を向いてポツリとゾルダが呟く。

 

 

「それにさ、俺って、嫌いなのよね」

 

「…………何がですか?」

 

「………………やられっぱなし、ってのは」

 

仮面の奥底に秘めた感情を、珍しく表に出したような言葉に、僕は少し面食らう。

そうしている内に彼は右足を前に出し、そこからゆっくりと前に歩き出していく。

 

「ほら、何してんの。置いてくよ?」

 

「………あーもー! 分かりましたよ!」

 

「おたくのそういうクソ真面目なとこ、俺、割と好きよ?」

 

「全然嬉しくないですから!」

 

 

二人ともボロボロな状態のままで、傷だらけの身体を引きずって、歩みを進める。

 

目的地は、ヤツらの逃げていった方向にある、この街のショッピングモール。

 

目的は、ただ一つ。

 

 

「今度こそ、やってやる!」

 

「スーパー弁護士の利き腕………慰謝料はアイツらの命、ってところかな?」

 

 

男の意地と、やけくそだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、僕らは契約モンスターとの感覚共有による反響を頼りに、場所を絞り込んだ。

 

やはりと言うべきか、場所は最初に睨んでいた通りに、ショッピングモールの内部で、

近付いてもそこまで反響が大きくならないということから、ヤツらはきっと上の階へと

侵入していったのだろうとゾルダが教えてくれた。なんだかんだ、この人も頭いいんだな。

 

 

「なんか言った?」

 

「い、いえ」

 

「あっそ」

 

 

失礼な事を考えていたことがバレたかと一瞬焦ったものの、言及されずに幕は下ろされた。

って、いかんいかん。これは油断だ、こうした一瞬の隙が、致命的な被害を受ける要因に

なるんだって、さっきの戦闘で文字通り身体に刻み込まれたばかりじゃないか。

 

今一度集中することを自分に命じていると、上の階から微かに音が聞こえてきた。

いや、もしかしたら気のせいかもしれない。そう思ってしまうほどの音量だったけれど、

流石の僕もこれ以上油断はしない。どんな小さなことにも警戒は怠らないようにするんだ。

 

自分たちの周囲、特に頭上への警戒を強めていると、ふいに横合いから声を掛けられる。

 

 

「なぁ、おたくにコレやっとくよ」

 

「え、何ですか急に」

 

「いいから、ホレ」

 

「あ、ハイ_________ってコレ、ガードベントのカード!」

 

 

隣にいるゾルダからの言葉とともに渡されたのは、見覚えのある感じの一枚のカード。

そこにはなんと、彼の契約モンスターの身体の一部を盾として召喚するベントカード、

【ガードベント】の文字が書かれていた。つまりコレは、僕に盾をくれたのと同義だ。

 

何故こんな事をするのか聞こうとした瞬間、耳障りな反響が一気に膨れ上がった。

 

 

「来るぞ、使え!」

 

「え、でも、だってコレ」

 

「いいから早く!」

 

「は、ハイ!」

 

 

頭の中に響く音が敵の接近を伝えているのは理解しているため、迅速な対応をしなければ

ならないというのは僕にだって分かっているけど、それにしたって急すぎやしないか。

でも今は文句を言ってる場合じゃない。僕はこのガードベントのカードを、友香さんへの

お守り代わりとして渡しちゃってるから、防御するための盾を何一つ持っていない。

せっかくあの北岡さんがくれるって言うんだから、ここは甘んじて貸してもらおうかな。

 

左手のドラグバイザーに、いつもとは違う緑の意匠が入ったカードを装填する。

そしてすぐに機構を動かして、中に入れたソレの情報を読み取らせて召喚した。

 

 

【GUARD VENT】

 

「よし、来い!」

 

「………………」

 

 

違うカードは使えないんじゃないかと一瞬思ったけど、問題なく効果は発動している。

ショッピングモールの壁側にある窓を突き破って、装填したカードの絵柄とまるで同じ

外見をした巨大な盾が、一直線に僕の元へ来___________ずに素通りしていった。

 

「アレ?」

 

 

重厚そうな盾を受け止めるために両手を広げていた、僕の後ろで盾が使用者の手に収まる。

おかしいな。カードを使ったのは僕なのに、なんでゾルダの左手に盾が装着されてるの?

 

 

『クカカカッ‼』

 

「ぶわあぁぁああ‼」

 

『ガゴゴゴッ‼』

 

「ふんっ!」

 

 

片や盛大な衝突音を響かせ、片や激しい金属音を轟かせ、互いの行動の結果が現れる。

 

ギガゼールの槍によるすれ違いざまの一撃を、僕は背後から防御できずにぶちかまされ、

メガゼールの剣によるすれ違いざまの一撃は、ゾルダの強固な盾が使用者を守り抜いた。

おかしい。なにかがおかしい。

 

 

「な、なんで……」

 

「あったりまえだろうが」

 

 

幸い深刻な傷のある身体の前方部ではなく、後背部だったからまだ良かったものの、

これが正面からの堂々とした攻撃だったとしたら、龍騎の鎧はもう砕かれていただろう。

それにしても身体が痛む。前半分はもとからだけど、ここにきて背中側も痛んできた。

 

納得がいかない僕は、狭い通路で直立不動の姿勢のまま盾を構えるゾルダを問いただす。

 

 

「ちょっと、なんで今その盾、僕のとこに来なかったんですか⁉」

 

「だーかーら、なんで俺の盾がお前のとこに行かなきゃいけないわけよ」

 

「だ、だって、カード使ったの僕ですよ!」

 

「………分かった分かった、熱くなるなよ。じゃあ次、コレ使ってみな」

 

「こ、これは!」

 

 

痛む背中をさすりながらの言及には答えてもらえなかったけど、代わりにカードをもらった。

ここで【ストライクベント】だったら殴ってたかもしれない。でも、現実はそうではない。

彼が手渡してきたカードは、僕の持っていない【シュートベント】のカードだった。

このカードは、射撃(シュート)の名の通り、遠距離攻撃を支援するためのカードらしく、

今までゾルダとの数回に渡る戦闘で何度かその威力を見せつけられた。かなり強い。

しかも彼は、本来一種一枚しかないはずのこのシュートベントを、二枚も有している。

一枚ごとに武器が違うみたいだけど、今回のは両肩の上に巨大な砲塔を装着するタイプだ。

 

これなら僕でも使えるかも!

 

 

「よし、今度こそ!」

 

【SHOOT VENT】

「いよーし、来い!」

 

「……………………」

左手のドラグバイザーにカードを装填、機構を動かして情報を読み取り、効果を発動。

全てのプロセスが、問題なく作動していることを示す電子音声を聞き、裏切られたような

悲しさと怒りを感じていた僕も、少しだけテンションが上がってくる。

コレで僕も、念願の遠距離射撃が出来るようになるんだ!

 

ショッピングモールの壁側にある窓を突き破って、装填したカードの絵柄とまるで同じ

外見をした二門の巨大な砲塔が、一直線に僕の元へ来___________ずに素通りしていった。

 

「アレ?」

 

 

重たげな砲塔を受け止めるために両脚を踏ん張る、僕の後ろで砲塔が使用者の肩に装着される。

おかしいな。カードを使ったのは僕なのに、なんでゾルダの両肩に砲塔が装着されてるの?

 

 

『クカカカッ‼』

 

「あばああぁぁああッ‼」

 

「ふんッ‼」

 

『ゴガガァァァアアッ⁉』

 

 

片や盛大な衝突音を響かせ、片や激しい爆発音を轟かせ、互いの行動の結果が現れる。

っていうか、これってさっきとほとんど一緒じゃないか!

 

おかしい。コレは絶対におかしい。

 

 

「な、なんでそのキャノン砲が、僕のとこに来ないの………?」

 

「やっといてなんだけど、おたくが気の毒になってきたわ」

 

「北岡さん………それ使ったの、僕なのに」

 

「そもそもさ、その使ったカードの持ち主は誰よ」

 

「き、北岡さん?」

 

「それがもう答えだっての。なんで分からないかねぇ」

 

「だったらなんで教えてくれないんですか‼」

 

 

この文字通りの非常時にこの男、僕を利用して騙した挙句、オモチャにしたな⁉

いくら広く寛大な心を持つ僕であっても、ここまでされたら黙ってられない。

悪逆非道な策で僕を苦しめたゾルダに訳を尋ねてみるけど、案の定無言が返ってくる。

 

「_________あっ」

 

 

ただ、僕の仮面を通した狭い視界が、ソレを捉えた。

 

「………………」

 

 

彼の、ゾルダの右腕が、痛ましい傷痕を残しているのを。

 

 

(本当にこの人は………他人に弱みを見せない。強がり過ぎなんだよ)

 

 

おそらく僕の胸部の傷と同じように、悲鳴を上げてもおかしくないほどの激痛に

苛まれていることだろう。それでもゾルダは、決して戦うことから逃げ出さない。

今の彼は利き腕である右腕を封じられているのも同然、無論自分でカードを読み込んで

使うことすらままならない状態のはずだ。それでも彼は、戦うことを選んだ。

 

つまらないプライドにこだわって、その身を顧みることなく傷つけていく。

 

けど彼にとってそのつまらないプライドこそ、最も大切なものなんだと思う。

 

左手一本で見るからに重そうな盾を構えつつ、どこから来るかも予測できない二体の

強襲に警戒し続けているゾルダを見て、僕も覚悟を決めた。

 

 

「ったく、いちいちおたくもつっかかってくるねぇ。分かった分かった、次だ」

 

「………アドベント」

 

「んん? なんだ、今度はゴネないのか?」

 

「まぁね。僕は北岡さんと違って、大人だから」

 

「ハァ? 何寝ぼけたこと言ってんの、おたく頭ダイジョウブか?」

 

余計なお世話だ、と言ってやりたいのをぐっとこらえて、受け取ったカードを見る。

そこに描かれているのは、彼の契約モンスターである【マグナギガ】の雄姿。

 

契約のカードにして、モンスターの召喚を兼ねる【アドベント】のカードだ。

 

まず他人に渡すようなものじゃないってのに、不器用な人だね、ホント。

それまでに繰り返した行程をもう一度だけ反復し、同じように効果を発動させる。

 

 

【ADVENT】

 

「それじゃもう一枚」

 

「は?」

 

【STRIKE VENT】

 

 

ゾルダの契約モンスター召喚を終えた直後に、僕もバックルからカードを取り出して、

左手のドラグバイザーへ装填。同じ行程によってその効果を同時に発動させた。

 

僕らの目の前の床が突如、石を投じられた水面のような波紋の広がりを見せて、

その下からさながら眠りについていた脅威が呼び覚まされたように、何かが浮き出てくる。

音もなく足元から眼前にそびえたったのは、つい先ほど僕が呼び出したモンスターだった。

 

全体的なグリーンの体色のほかに、関節部や胸部などに強靭な筋を思わせる鋼色が顔をのぞかせ、

さらに四肢の末端部や両側頭部から上に湾曲して伸びる、闘牛のような角は金色に輝いている。

僕のドラグレッダーやナイトのダークウィングとは、明らかに違う無機質にして無頼な出で立ち。

そして何より、無言で立ち尽くすその姿は、ただ黙々と命令を待つロボットのようでもあった。

 

これこそ、ゾルダの契約モンスターである【マグナギガ】の本体だ。

 

大の大人であるゾルダを完全に覆い隠すほどの巨体が、二体のモンスターの前に立ちはだかり、

吠えることも叫ぶことも、鳴くことも動くこともないその風貌から、無言の威圧を放っている。

そんなマグナギガの後ろに隠れた僕は、ついでに召喚した龍騎唯一の遠距離攻撃武器である

ドラグクローを右手に装着し、左手のドラグバイザーの鼻っ柱とぶつけて音を鳴らす。

 

 

「それじゃ北岡さん、コレ借りますね」

 

「ハァ? オイちょっと待て、それは俺のだろ!」

 

「北岡さんは盾があるからいいじゃないですか」

 

「お前だって持ってただろ、ガードベント!」

「諸事情により、現在電波の届かないところにいます」

 

「なんだそりゃ⁉ とにかくそこをどけ、俺が狙われるだろうが!」

 

「だから、それがいいんじゃないですか」

 

「なに………?」

 

 

鋼鉄の武人の雰囲気を醸し出すマグナギガに隠れ、あの二体からすれば僕は狙いづらいだろう。

となれば、必然的に攻撃目標となる相手は限られてくる。そう、このゾルダただ一人だ。

けど僕は何も、彼を見捨てるつもりでこんな事をしたんじゃない。むしろその逆と言える。

 

このまま状況を長引かせても、僕らの鎧に時間制限がある以上、結局は不利になるだけだ。

なら多少強引な手を使ってでも、限界時間ギリギリのここらで、勝負を決めなきゃならない。

 

そして今、僕らにはそれを成せるだけの、火力がある。

 

 

「なーるほど、そういう腹か」

 

「分かってくれました?」

 

「ああ、このスーパー弁護士の俺を、顎で使おうってんだろ?」

 

「なんでそう捻くれた捉え方しかできないんですか⁉」

 

「俺の勝手だろう………ほら、合わせろよ」

 

「まったく、しょうがないなぁ!」

 

 

互いに互いの仮面を見つめ、その奥にある素顔に浮かぶ笑みを確認し、再び前を見据える。

上の階で様子をうかがっている二体は、まだ近くにいると頭に奔る残響が教えてくれるし、

向こうからしてもここまでして成果無しで終わる気はないだろう。勝って僕らを食いたいはずだ。

静まり返るショッピングモールだったが、それはすぐに喧噪の渦に飲み込まれることとなった。

 

 

「右腕の礼だ__________ふんッ‼」

 

 

自分が囮になると了承したゾルダは、ここから見える上の階の全てに砲弾の雨を浴びせ始め、

射出された巨大な爆発物がモール内の何かに触れる度、赤と橙の破壊的な光が瞬きだす。

それを始めて数秒後、自分たちの隠れていた場所が爆破された二体のモンスターたちは、

噴き上がる爆炎を利用してさらなる跳躍で砲弾を回避し、そのままこちらへ落下してきた。

そして彼ら二体は、爆発を引き起こした張本人であるゾルダを狙い、武器を振り上げる。

 

けどそれは、こちらの作戦どおりなわけで!

 

 

「はぁぁぁ…………今だぁぁぁああぁぁッ‼」

 

「せりゃぁ‼」

 

『ゴガッ、ガゴゴガアアアァァアアァァッ‼』

 

 

いくら異常な跳躍力があっても、いくら凄まじい俊敏性があっても、そこは空中。

飛び上がるために必要な足場も、自慢の俊足を生かせる足場も、何一つありはしない。

 

ならばそこへ誘い込み、逃げられない場所へ落ちたヤツらに、一撃を与えればいいだけだ。

 

ショッピングモール全体に響き渡るほどの轟音と、それを掻き消すほどの醜い断末魔が上がる。

直後に建物全体を揺さぶるほどの衝撃が大気に伝わり、建造物中の窓という窓が砕け散った。

あまりの震動に二人してよろけてしまったけど、何とか無事にヤツらを倒すことができたし、

特にライダーとしての活動に支障をきたすケガもない。北岡さんは少し不安だけど、彼なら

持ち前の財力とコネでいい医者にかかって何とかするだろう。流石にそこら辺は大人だし。

とにかく今は、早くこのミラーワールドから出ることが先決だ。もうさほど時間はない。

無言のまま同じ結論に至った僕らは、未だに爆炎を上げる場所を一瞥もくれず振り返り、

痛みしか感覚の残っていない身体を、まさしくひきずるようにして立ち去っていった。

 

 

だから、僕らは気付くことができなかった。

 

 

『………クカカ、クカカカカカッ‼』

 

 

あの時、間一髪爆撃を逃れたギガゼールが、息を潜めていたことに。

 

 

「…………チッ、まあいい。残りモンだが我慢するか」

 

【CLEAR VENT】

 

 

そして、かつて聞いたことのある電子音声を響かせる、ライダーがいたことに。

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?

今回は随分と長くなりましたねぇ………いやホント、マジで長く感じます。
なのに実際中身はそれほど進展してないのではないかと(絶句

今回は龍騎本編のとある回のオマージュ、もといリスペクト回でしたね。
私はこの回ともう一つ、龍騎・ナイト・ゾルダが共闘し始めた頃の回が
本当に大好きでして。書かずにはいられませんでした。
(特に、「小学生かお前は!」のあの流れが大好きです)


さて、長くなりましたが今回はここまで。


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに。


ご意見ご感想、並びに批評などもありがたく頂戴いたします!


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問26「僕とみんなと清涼祭」




どうも皆様、仮面ライダーゴーストの最新映画を見てきた直後から
執筆を開始した萃夢想天です。今作は意外に話の筋が通っててビックリです。

さて、今回からは原作二巻の「清涼祭編」へと移行します!
ここまで書くのにリアル一年以上とかマジでワロエナイ…………(白目
いくら三作品平行書きしてるからと言っても、流石に亀ペースですね。
これからは更新で躓かないようにしたいなぁと切に思っています。

余談ですが、実は前回の終わりにちらっと登場したカメレオンさんは、
本当ならあのまま龍騎ゾルダ両名と戦わせる予定だったんです。
物語の進行が鈍足過ぎたがゆえにそれを急遽キャンセルしたわけですが、
早く彼らライダーとの因果関係や戦闘もスッキリさせたいですよね(他人事


前書きで長々と語ってしまい、すみませんでした。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

 

これは、とある男女の会話。

 

 

誰も知らない、二人だけのお話。

 

 

「………雄二」

 

「なんだ?」

 

「………『如月ハイランド』って、知ってる?」

 

「ん、ああ。建設中のテーマパークだったか? もうじきプレオープンって話だよな」

 

「………とても怖いお化け屋敷があるらしい」

 

「元々は廃病院だったってアレか。すげぇ曰くつきみたいだぜ?」

 

「………日本一大きな観覧車とか」

 

「らしいな。聞いてる話だけでも、並のビルより高いらしい」

 

「………世界で三番目くらいに速いジェットコースターとか」

 

「速さだけじゃなく、距離もあるし、走行中に色んな方向に座席が動くって噂がある。

どれほどのモンなのかは分からんが、実物を見なくてもワクワクしてきそうだ」

 

「………他にも面白いものがたくさんある」

 

「そりゃスゲェ。行ったら間違いなく楽しいだろうな(コイツ、まさか……)」

 

「………それで、今度そこがオープンしたら」

 

「いい、分かった、皆まで言うな。お前の気持ちはよーく分かってる」

 

「……………」

 

「そこまで言うんだったら____________今度友達(ダチ)とでも行ってこいよ」

 

「………私の指圧指数、知りたい?」

 

「ぐああぁぁぁああッ! アイアンクローはよせこのバカッ‼」

 

「………私と雄二で、一緒に行く」

 

「オープン直後は混んでるだろ? だから俺はイヤだ(ガシッ)あああぁぁあ‼」

 

「………だったら、プレオープンならいい?」

 

「プ、プレオープンだと? でも確かそれってチケットが必要だったろ?」

 

「………うん」

 

「相当入手困難だって話だが?」

 

「………もし手に入ったら、一緒に行ってくれる?」

 

「あ? ああ、そうだな。もし手に入ったらな」

 

「………約束。もしも破ったら、イイ?」

 

「ダイジョブだっての。翔子、お前俺が約束を破るような奴に見えるか?」

 

「………破ったら、この婚姻届けに判を押してもらう」

 

「命に代えても約束を守ると誓う」

 

 

背の高い男の子と、見目麗しい女の子の、小さな約束のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の花が散り、道の端どころか視界のどこにも淡い花の色が見られなくなったこの季節。

四月の新学期シーズンは幕を下ろし、新たに活動的になる五月の幕が既に上がっている。

そして今日は、五月の中旬である16日。のどかな春うららを見られるのもあとわずかだ。

 

そんな僕らの通う文月学園では、毎年この季節に『清涼祭』という全校を挙げての行事が

執り行われる事になっている。分かりやすい例を挙げれば、学園祭や文化祭に近いのかな。

五月末に行われるこの新学期最初の一大行事に備えて、もう行内では準備が始まっている。

出し物をお化け屋敷に決定したクラスは教室を改造し始め、焼きそばなどの縁日系の食品を

調理するための器具を借り出すクラスは後を絶たない。他にも、この学校にしかない特別な

【試験召喚システム】についての専門的な展示を行うブースなどの設営も、手がかかっていた。

各々の出し物を準備するために割り当てられたLHRの時間は、どのクラスも活気付いていて、

言うなればそれは、人間のやる気を引き出させる魔法という名の、雰囲気に満ち満ちていた。

 

そして周囲がごたごたとしている中で、我らがFクラスはと言うと。

 

 

「こい、吉井!」

 

「勝負といこうか、須川君!」

 

「場外ホームランを予告してやるぜ!」

 

「言ったな⁉ 外角ストレートでケリをつけてやる!」

 

 

他クラスが準備にいそしむ中、グランドで野球をして遊んでいた。

現在僕らが守備側で、須川君たちが攻撃側。点差は互いに一点も譲らぬ拮抗状態。

マウンドをシューズでならし、キャッチャーミットを構えている捕手の雄二の手を見る。

一応キャプテンである彼がサインなどの、チーム上での行動を一手に担っているのだから、

ピッチャーである僕への球種を選択するのも彼の役目だ。先程からソレを待っている。

 

『カーブ』

 

グローブでボールと口元を隠していると、雄二からの球種のサインが送られてきた。

下方向へのチョキ(ピースサイン)だから、球はカーブって事だな。よし分かった。

彼は先に球の種類を選び、次にコースをミットで促す。さてさて、内角かな、外角かな。

 

 

『バッターの頭に』

 

「それ反則だよ! むしろ危険球で退場だよ‼」

 

 

雄二のミットが待ち構えているのは、バッターの頭部の直線上。つまり、撃ち抜けと?

いやいや、流石にそれは無理だ。確かにそこに投げれば場外どころか打たれることは

絶対に無いだろうけど、それは何か違う気がする。すごく致命的なまでに、何かが違う。

未だにバッターの頭を狙えと伝えてくる雄二を無視して、得意のスライダーを選んだ僕は、

高校球児ばりの安定したフォームで重心を移動させ、右手を球ごと大きく振りかぶった。

 

 

「貴様ら! 学園祭の準備をサボって、何をしている‼」

 

「ヤバい、鉄人だ‼」

 

「逃げろ!」

 

「捕まったら殺される!」

 

 

途端に、校舎の方から怒髪天を突く勢いで、僕らの担任になっ(てしまっ)た鉄人こと

西村先生がグラウンドで野球をしている僕らめがけて、矢のように突っ走ってきた。

誰かが怯えながら殺されると言ったが、殺されるくらいならまだマシに思えてくるような

地獄の補習を受けさせられること間違いない。なにせ、Dクラスの壁をぶっ壊した代償として

一週間にわたって続けられた、補習フルコースを味わったこの僕が言うんだからね。

 

ってかヤバい! 鉄人の目標(ターゲット)が僕になってる! 逃げなきゃ!

 

 

「雄二です! Fクラス代表坂本 雄二が野球やろうぜって言い出しました!」

 

何故か脇目も振らずにこちらへ猛進してくる修羅に向けて、自分よりも先に断罪すべき者が

この場に居る事を必死に伝える。そうさ、準備が面倒くさいから野球でもやろうぜって、

そう言ったのは紛れもなくあの男だ。ここはクラス代表の名の通り、僕たち男子生徒39名の

代わりに罰を受け入れてくれることだろう。脚を動かしながら、僕は彼の方へ視線を向けた。

 

 

『フォークボール』

 

「フォーク?」

 

『鉄人の』

 

「鉄人の?」

 

『________股間に』

 

「違う! 球種やコースを求めてるんじゃない!」

 

『内角 低め 鉄人のバットに』

 

「言い方の問題でもないよ‼ しかもそれ、やったら怒られるの僕じゃないか‼」

 

 

すると野郎、事もあろうに僕へ鉄人に危険球を投げてこいと命令してきた。なんて奴だ。

よくもまぁ走りながらミットと指で的確にサインを送れるもんだ、余裕かましやがって!

というかそもそも、この場面でストレートじゃなく、変化球を用いる必要性があるのかな。

 

 

「全員大人しく教室に戻れ! 出し物の内容が決まってないのは、このクラスだけだぞ‼」

 

 

魂をも震え上がらせそうな恫喝(どうかつ)を背に浴びて、僕らは小汚い教室へ逃げ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて諸君、そろそろ『清涼祭』の出し物を決めなくちゃならん訳なんだが、

とりあえず議事進行並びに実行委員を、誰かに任ずる。後はソイツに全権を委ねるから、

テキトーにやっといてくれ。クラス代表としての俺の活動は終わった、以上」

 

心の底からどうでもよさげな態度の雄二の言葉を、床に茣蓙(ござ)を敷いて座っている僕らも

同様の表情で受け取っていた。要するに僕らは、この学園祭行事に対してやる気が無いのだ。

四月に行った試験召喚戦争で、あと一歩のところまでAクラスを追い詰めていたというのに、

システムデスクと個人用冷暖房といった夢のような環境には届かず、羽ばたいた分だけ落下した。

かつては畳と卓袱台だったこのクラスも、今では床に茣蓙が敷かれ、机代わりにミカン箱がある。

まさかまさかのランクダウンに勢いを削がれた僕らには、何かを成すための気力は皆無だった。

 

 

「あの、吉井君。坂本君は、学園祭とかの催し物があまり好きじゃないんですか?」

 

 

気怠げなクラスの中で唯一と言っていい清涼剤の姫路さんが、ふいに小声で話しかけてきた。

揺れる桃色の髪が今日も綺麗だけど、こんなクラスの中だと宝の持ち腐れになりそうだなぁ。

なんて心配してるんじゃなくて、雄二が学園祭が好きかどうか、だったっけ?

 

 

「本人に聞いたわけじゃないからアレだけど、好きってことはないと思うよ。

興味があるんだったら、あの男はもっと率先して動いてるはずだからさ」

 

「そう、ですか………寂しいですね」

 

「え、なんで?」

 

 

あくまでも予想、ということを念頭に置いての推測を伝えると、姫路さんは顔を俯いて小さく

言葉を漏らした。寂しいって、どういうことなんだろうか。思わず聞き返してしまった僕の

声に反応して顔を上げた彼女は、慌てたように手を振りつつ、強引に話題を変えてきた。

 

 

「えと、それは……よ、吉井君はどうなんですか? 興味って、ありませんか?」

 

「ふぇ? 僕? う~ん、どうかな」

 

 

上目遣いで覗き込んでくる姫路さんから目を逸らしつつ、曖昧な答えを続ける。

 

 

「別にそこまで何かやりたいって気も無いしなぁ」

 

「わ、私は………吉井君と、一緒に思い出を作りたいです」

 

 

ポロリとこぼれだした意味深なセリフに、目を丸くして固まってしまう。

そうしてしばらくすると、姫路さんが急に口元に手を当てて咳をし始めた。

よく見てみると、顔もうっすらと赤みがさしているようだし、風邪かもしれない。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

「は、はい。すみません……ここって少し、ホコリっぽくて」

 

「ああ、なるほど。ならしょうがないよ」

 

 

元の設備も酷かったけど、そこからさらにランクを落とされた今、この教室内にあるもので

清潔感を漂わせるものなど何もありはしない。勉強をするにしても、机と違って箱だから、

かなり姿勢も悪くなって疲れるだろうし、何より不衛生だ。少し走るだけでも息が上がるほど

身体の弱い彼女では、体調を崩してしまっても不思議はない。そうでなきゃおかしいくらいだ。

 

「早めになんとかしなきゃね」

 

 

せめて前ほどの、いや、それ以上に衛生的な環境と身体に負担をかけにくい設備が必要になる。

このまま彼女をここにいさせるのは、僕もやぶさかではない。友達だから一緒に居たいっていう、

ごく個人的な感情は無いわけじゃないけど、彼女の健康とどちらが大事かなんて目に見えてる。

 

 

「んじゃ島田、お前が学園祭実行委員でどうだ?」

 

「え、ウチが? そういうのは瑞希(みずき)が………あ、ゴメン坂本。ウチも瑞希も無理だった」

 

「あ? なんかあんのか?」

 

「うん。召喚大会にペアで参加するから」

 

「あー、なるほどな。そりゃ無理だ」

 

 

姫路さんの体の具合を気にしていると、学園祭についてを話し合っていた雄二たちの方で何か

動きがあったみたいだけど、姫路さんの名前も聞こえてきた。どういう事なんだろうか。

召喚大会、確か島田さ_________美波はそんな事を言っていたような気がするけど。

召喚大会というのは、世界的にも注目されている試験召喚システムを世間に公開する場として

清涼祭開催中に催されるメインイベントだ。僕自身が全く興味なかったから、忘れてたよ。

 

ちなみに、僕が島田さんのことを美波と呼ぶようになったのは、つい最近のことだ。

Aクラスに勝てなかった悔しさと、そもそも戦力として戦えなかった悔しさの発散という名目で

近くに新しくできたカフェに連れられて行き、そこで互いを名前で呼び合おうと命じられた。

"言われた"でも"頼まれた"でもなく、命じられたで正しい。うん、アレは完全に命令だった。

とにかくそういうわけで、僕は彼女のことをこれから美波と、下の名前で呼ぶのだけれど、

何故か彼女の方は僕の下の名前である「明久」ではなく、「アキ」と呼ぶようになったのだ。

 

その名前は海外へ行った姉さんとのトラウマを掘り起こされそうだから、止めてほしいが。

 

 

「島田に姫路、話を戻してもいいか?」

 

 

と、ここで雄二が発した声によって、僕も数週間前の出来事から帰ってくることができた。

記憶を遡っている間に、どうやら美波と姫路さんの二人の話がヒートアップしていたらしく、

しきりに「お父さんを見返す」だの「バカの集まり」だのって単語が、こちらに漏れてくる。

多分だけど、姫路さんのお父さん辺りから、このFクラスがド底辺集団であることを笑われて、

それに怒った彼女がFクラスで出来た友達の美波と、トーナメント制の召喚大会を勝ち残る事で

僕らへの悪口を止めさせようって魂胆なんだろう。いや、実際バカの集まりだから否定なんて

出来るはずがないんだけどさ。まあ、やる気のところに水を差す方がよっぽど酷いだろうし。

 

そうしていると、何やら話の雲行きが怪しくなってきた。

 

 

「つまり島田は、自分一人で実行委員をやるのが不満なわけだな?」

 

「なんかウチがワガママ言ってるみたいに聞こえるけど、大体合ってるわ」

 

「なら、副実行委員を選出しよう。二人一緒になら文句は無いだろ?」

 

「………そうね。その副実行委員次第では、やってあげてもいいかな」

 

 

上手い具合に話を持っていく雄二と、また上手い具合に話に乗せられていく美波。

しかもさっきから、雄二が僕の方をチラチラと見てくるんだけど。まさか人身御供にする気か!

でも、サポートが一人ついたくらいで、美波が引き受けてくれるとは僕には思えない。

それでもここで一言釘を刺しておいた方が良いと思って、口を開きかけた瞬間に声が上がった。

 

 

「ワシは、明久が適任じゃと思うがの」

 

「秀吉?」

 

 

なんと、僕に一票を投じたのは爺言葉を遣う美少女の秀吉だった。でもそれは御免被りたい。

 

 

「秀吉、僕もできればそういう面倒事は、パスしたいんだよね」

 

「それは誰も同じじゃろうて。ならば適任者を推して、導いてもらわねばなるまい」

 

「むぅ………」

 

 

何やら言いくるめられてる感がすごいけど、美少女の頼み(?)とあっては断れないね。

けど、大丈夫だろう。あくまでコレは副実行委員の候補の選出で、確定ってわけじゃないし、

ここからさらに候補者が選び出されたうえで、それを現実行委員の美波が決定するんだから。

そう考えると気が楽になった。こういう時は、どっしり構えて大人の風格を見せつけようか。

 

 

「………こんくらいでいいだろ。島田、今までの候補者の中から二人ほど絞れ」

 

「了解。そうねー、誰にしよっかなー」

 

 

しばらくして候補者の名が出尽くしたところで、お待ちかねの厳選タイムが開始される。

ここまででクラスの半分近い男子の名前が挙げられてるし、よほどのことが無い限りは僕が

選出されるような事故は起こるまい。安心した面持ちで、ボロボロの黒板に書かれた名を見る。

 

 

『候補1________吉井』

 

 

げ、初っ端から僕の名前が出ちゃった。

 

 

『候補2________明久』

 

 

あ、二つ目のとこにも僕の名前が出た。

 

 

「さて、この二人のどちらがいいか選んでくれ」

 

「ねえ雄二、なんかおかしくない?」

 

『どうする? どっちがいいと思うよ?』

 

『どっちもバカみてぇな名前だけど』

 

『そうだなぁ………共通点は人間のクズ、ってところだけか』

 

 

真面目に悩んでるフリしてとんでもない連中だ。

 

 

「ほらほらアキってば。もう決まったんだから悪あがきしないの」

 

「この選出方法に甚だ遺憾を申し示したい………」

 

「おし、決まりだな。後は任せたぞ………ふあぁ~あ」

 

 

美波になだめられつつ、うなだれて壇上へと上がる僕。

そんな僕と入れ替わりに席に戻っていく雄二。あの野郎、いつか痛い目見せてやるからな。

 

でも確かに、決まっちゃったものは仕方ない。いくら民主制の暴力に物を言わせた方法でも。

 

進行役を美波、板書役を僕という風に役目を割り振って、話し合いを開始する。

短くなったチョークをボロボロの黒板に奔らせるのにも一苦労だよ、まったく酷い設備だ。

最初に出し物を何にするかという議題が挙げられた直後、音も無く一人が挙手をした。

アレは……友人の一人であるムッツリーニこと、土屋康太だ。さて、君の案を聞かせてくれ。

 

 

「……………写真館」

 

「……なんか土屋の言う写真館って、ヤバそうな感じがするのよね」

 

「………(フルフル)」

 

 

美波が思いっきり嫌そうな顔になりながら、一応案として出されたために仮認定する。

確かに女子である美波からすれば、普段の彼の行動から鑑みても忌避したくなるだろう。

けど、男子である我々からすると宝の山と成りうる。いや、覗き部屋とでも言おうか。

 

進行役が難色を示しても一応案なので、ムッツリーニの提案を板書する。ええと、こうか。

 

 

【候補1________写真館『秘密の覗き部屋』】

 

 

うん、我ながら読みやすく書けたぞ。こんな劣悪な備品でここまでやれれば勲章物だ。

 

 

「次は……ハイ、横溝」

 

「メイド喫茶________と言いたいが、流石にこの案は使い古されていると思うから、

ここは奇をてらった発想で、斬新にウエディング喫茶を提案します!」

 

「ウエディング喫茶? それってどんなの?」

 

「中身は普通の喫茶店だが、ウェイトレスの服をウエディング仕様にするんだ」

 

 

性欲の化身の次に案を提示したのは、横溝君。どうやら奇抜な案で出るようだけど。

彼が言いたいのは要するに、喫茶店をウエディング的なものにしてみようってことかな。

店の雰囲気が他のとはだいぶ変わってくるだろうから、結構面白いかもしれない。

 

 

『確かに斬新だ』

 

『憧れのドレス目当てに女子が来そうだな!』

 

『でも、それはそれでやりづらくないか?』

 

『調達も難しいと思う。普通の服とは違うだろ?』

 

『それに、男は寄らなそうだぜ。「結婚は人生の墓場」って言うくらいだし』

 

 

横溝君の一風変わったアイデアに、やる気のなかったクラスが真っ二つに割れる。

肯定派と否定派が徐々に討論に花を咲かせ始めたけど、このままだと暴力沙汰になるかも。

 

「はいはい! とりあえず案として出しておくから、賛否は後で決めて!」

 

「じゃあ、書いとくね」

 

段々と膨れ上がった険悪な雰囲気を感じ取ったのか、誰よりも早く美波がそれを諫めて、

僕に候補として仮認定させろと目で訴えかけてきた。流石美波、やっぱり行動力が違う。

 

あっと、そうだった。横溝君の案は、大体こんな感じか。

 

 

【候補2_________ウエディング喫茶『人生の墓場』】

 

 

今度は字が崩れちゃった。書きにくいなぁ、このチョーク。コレ位は充実させておいてよ。

 

「他にはなんかある? ハイ、須川」

 

「俺は中華喫茶を所望する」

 

 

斬新な横溝君の次に挙手したのは、意外にも須川君だった。

彼は普段とはまるで別人のような真面目くさった顔で、中華喫茶という案を提示してきた。

でも、言い方がおかしくない? 提示する、じゃなくて、所望するって。

 

わずかな違いに気付いたものの、立ち上がった須川君の反応に驚いて、考えを中止する。

 

「俺が所望する中華喫茶は、本格的なウーロン茶と飲茶(ヤムチャ)を出す店だ。間違ってもチャイナドレスの

ようなイロモノ的な格好をさせて、お客を釣って稼ごうだなんて考えてない。微塵もだ。

そもそも、『食の起源は中国にあり』という言葉があることからも分かるように、こと

『食べる』という文化に対しては中華ほどに奥の深いジャンルは無いと、確信を持って言える。

近年では、ヨーロピアン文化による中華料理の淘汰が見受けられるが、本来食とは________」

 

 

なんだ? よく分からないけど、目立たないはずの須川君が珍しく熱弁を振るっている。

何やら譲れないこだわりでもあるのか、すごい気迫を感じるけど、何を言ってるのか不明だ。

 

「じゃ、じゃあアキ、須川の意見もまとめて書いて」

「え、ああ、うん」

 

 

若干引いてるっぽい美波の言葉を受けて、いよいよ困惑しか浮かんでこない。

内容が全く頭に入ってこなかったから、正直何を書けばいいのか分からずにいる。

 

と、とりあえず、頭の中に残っている単語を組み合わせて、と。

 

 

【候補3________中華喫茶『ヨーロピアン』】

 

須川君の顔が「違う、そうじゃない」とでも言いたげに歪んだ、ような気がした。

 

「どうだお前ら、学園祭の出し物は決まったのか?」

「あ、鉄人」

 

「西村先生と呼べ」

 

ちょうど三つめの候補を書き終えたところで、建付けの悪い扉の向こう側から偉丈夫が、

もといスーツを着込んだ筋骨隆々の大男が姿を現す。さっき僕らを追い掛け回した先生だ。

 

「今のところは、黒板に書いてあるこの三つです」

 

「どれどれ?」

 

 

進行役の美波の言葉を聞いた鉄人が、黒板に目を向けて______そのまま硬直した。

 

 

「…………補習の時間を倍にした方がいいかもしれんな」

 

え? 何をどう見たらそうなるの? 完璧じゃないか、どこに問題があるんだ⁉

 

『先生、違うんです! それは吉井のバカが勝手に!』

 

『そ、そうッす! 俺らは普通に案を言い合ってただけなのに!』

 

『俺は………俺は、ただ中華の良さを語っただけなのに、なのに……』

 

『俺らがバカなんじゃありません! そこのバカが悪いんです!』

 

 

鉄人の呟きに衝撃を受けていると、急に男子生徒の面々がこぞって僕を祀り上げてきた。

なんだろう、聞いてる限りだと僕一人に責任を押し付けて、逃れようとしてるような。

 

 

「馬鹿者どもが、みっともない言い訳をするな‼」

 

 

騒ぎ立てる男子一同を、文字通り一言だけで黙らせる鉄人の一喝が教室にこだまする。

でも、流石は腐っても_______いや、腐ることがない鋼鉄製でも教師は教師。

クラスメイトを売ってその場逃れをしようとする魂胆を見破って、ソレを注意するなんて

意外だったな。普段は暴虐の限りを尽くす人だけど、ほんのちょっぴり見直したよ。

 

 

「俺はな、バカの吉井を選んだ事自体が、頭の悪い証拠だと言ってるんだ‼」

 

 

先生じゃなくて同級生だったらシバいてたぞ。

 

 

「まったく、お前達は………少しくらい真面目にやったらどうなんだ?

出し物の売り上げでクラスの設備をまともなものに変えようとか、そういう思考に

至らないほどに、お前たちはバカだったのか? どうなんだ、んん?」

 

 

溜息混じりで、そして煽るような鉄人の言葉で、クラスのみんなが輝きを取り戻した。

 

設備に不満を持つ者という意味では、このクラスは並外れた団結を結ぶことが出来る。

そりゃそうだろう。元々はこの劣悪な設備に我慢が出来なくて、僕らは戦争を始めたんだ。

前よりもさらに酷くなったこの状況を、甘んじて受け入れられるほど"できた"人間が、

こんなゴミ溜めにいるわけがない。あ、勿論女子の三名(秀吉込)を除いて、だけどね。

 

 

「み、皆さん! 一緒に頑張りましょう!」

 

 

膨れ上がっていく野郎どもの感情を代弁するかの如く、姫路さんが声をあげた。

しかし、どうしたんだろうか。設備に不満がある、とまではいかないだろうけど、

彼女がこんなにも率先して動くなんて、らしくない感じがする。何故だろうか。

姫路さんの鶴の一声によって目覚めたFクラス一同は、俄然張り切りを見せ始めたことで、

肝心の出し物決めも手早く済ませてしまい、結果的に僕らは中華喫茶に決定した。

 

「よし、ならここは発案者の俺が厨房担当を引き受ける!」

 

 

すると、それまで何がショックだったのか、ずっと呟きを漏らしていただけの須川君が

いきなり立ち上がって自身の役回りを公言する。何だろう、彼に一体何があったんだろうか。

 

「…………(スクッ)」

 

 

全員が須川君を見つめていると、意外にもムッツリーニがここで立ち上がった。

この場面で自己の存在をアピールするってことは、自分も調理担当になるって意思表明かな。

 

 

「ムッツリーニ、料理なんてできたっけ?」

 

「………紳士の嗜み」

 

 

無言で立った彼への確認を込めた質問に、果たして真偽が不明な解答を示される。

中華料理が紳士の嗜みだなんて聞いたことがない。いや、もしかしたらチャイナドレスが

見たいがために中華料理屋に通いだして、その恩恵というか、影響で身に付いたのかも。

まあムッツリーニは手先が器用だし、興味のあることへの知識欲は異常だから問題はない。

 

「一人ずつ聞くのは面倒だし、班になって分かれたほうが手っ取り早くて良さそうね。

厨房班は須川と土屋のところに、接客(ホール)班はアキのところに集まって!」

 

え、僕ホール決定なの? 厨房の方が良かったのに………ま、いっか。

 

 

「じゃあ私は、厨房班にいきますね」

 

 

みんなが美波の指示通りに動き始める中で、僕と近くにいた数人は爆弾発言を聞いてしまった。

 

姫路さんが厨房に立つ? それってかなりヤバいんじゃないの? いや、絶対にヤバい。

僕とムッツリーニ、秀吉、あとはここにいない雄二を合わせた四人は彼女の料理を知っている。

見た目はごく普通で、ともすれば並以上の出来栄えに見えるソレらの中身は、まるで別次元の

バイオ兵器であることを僕らだけが知っている。いや、大量殺戮兵器と言い換えてもいい。

なまじ見た目が普通な分、相手に警戒心を起こさせない。その時点でソイツの死は確定する。

彼女の手料理を疑いなく食した者は、人種、年齢、性別を問わず現世とのお別れが待っている。

予測不能回避不可能。仮に銃器に例えれば、極小サイズで命中率百パーセントの大型巡行ミサイル

とでも表現すればいいだろうか。的確に、正確に、相手を体内から爆散させる恐ろしき死の一撃。

 

運が良ければ即死、運が悪ければこの世のものとは思えぬ苦痛を味わってから死ぬ事になる。

 

「ダメだ姫路さん! 君は厨房(せんじょう)じゃなくて、ホールにいてもらわないと!」

 

クラスでの出し物で、中華喫茶と銘打った店で化学兵器を扱うなんて、冗談じゃない。

否、売り出したものが致死率9割越えの悪魔の産物だと知られたら、冗談じゃ済まされない。

 

『明久、グッジョブじゃ!』

 

『………勲章物だ』

 

 

彼女の恐ろしさを知る二人からのアイコンタクト。必死の形相が手に取るように伝わる。

 

その後は美波との一悶着があったものの、無事に殺戮兵器を世に出すことを防ぎ切った僕らは、

人並み程度の設備と環境を手に入れるという新たな悲願を胸に、一路邁進することとなった。

 

 









いかがだったでしょうか?

今回はバカテスパートですね。ギャグ回とかホントいつぶりだろう……。
私は基本的に原作を重視するので、バカテスの方は書きやすくていいです。
もちろんそのまま書き起こすだけじゃなく、私のアレンジを加えさせて
いただいていますが。面白ければ「面白かった」と言って頂ければ幸いです。


それではまた、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに批評も随時受け付けております!



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問27「僕と結束と彼女たちの本音」




どうも皆様、新年明けましておめでとうございます。
今年も、萃夢想天とその作品をよろしくお願い申し上げます。

このSSの投稿を始めたのが2015年の9月ですから、今年も続けると
2年になるわけですか。いやぁ、本当に時の流れが速く感じますよ。
どこぞで神父が時間を加速させてるんではなかろうか………(天国感

さて、前回からようやく入った原作第二巻【清涼祭編】ですが、
これも私たちが作った初期案よりも、長くなる可能性がかなり高いです。
もう一人いないとはいえ、まだあと十一人かぁ……長いこと長いこと。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

清涼祭での僕らの出し物が喫茶店となり、役割分担も決まったところでチャイムが鳴り響いた。

授業の終わりを知らせる鐘の音が、僕らを学校という一つの牢獄から釈放してくれたわけだ。

となればもうここにいる理由は無い。ミラーモンスターやライダーのこともあるし、何より早く

昇降口に行かないと、友香さんを待たせることになる。彼女を長く待たせると、下校途中の道で

小言を聞かされる羽目になるから、なるべく避けたい。教科書や筆箱を鞄に押し込んだ僕は、

帰りのSHRが終了したと同時に茣蓙から立ち上がって、教室の扉に手をかけて開こうとした。

 

 

「あ、アキ! その、ちょっといい?」

 

「ん? 島田さ________み、美波、何か用?」

 

 

けど扉を横に開こうとする寸前で、背後から声をかけられた。振り向いてみると、そこには

可愛らしいポニーテールの女子、美波がいた。やっぱりまだ、下の名前で呼ぶのは抵抗あるなぁ。

なんて思っていると、彼女は不安げな表情から一転、真面目な顔になって話を切り出してきた。

 

 

「アキに言うのが一番かなって思ったんだけど、やっぱり坂本をどうにかできないかな?」

 

「坂本って、雄二だよね? どうにかって、どういう事なの?」

 

「その、だから、坂本をどうにかして学園祭に引っ張り出せないかってこと!」

 

「雄二を、清涼祭に引っ張り出す?」

 

 

中途半端にオウム返し状態になっているけど、彼女が言いたいことは要するに、そういう事だ。

確かにさっきの授業中の態度を見る限りじゃ、アイツが清涼祭の成功に自ら貢献するという気概は

見受けられなかっただろう。でも、どうしてそれを本人じゃなく、僕にわざわざ言ったのかな。

 

いや、もしかしたら美波は、このFクラスの設備を清涼祭の売り上げでどうにかしたいと思って、

今の僕らじゃ成功は難しいから、確実に儲けを得るために雄二の知略を使わせようと考えている

かもしれない。腐っても『神童』と呼ばれたアイツの知恵があれば、確かに売り上げは伸ばせる。

それは分かるんだけど、それを僕に言う理由がわからない。けどやっぱり、無理だと思うなぁ。

 

 

「多分ダメだと思うよ。さっき姫路さんにも言ったんだけど、雄二は自分の興味のない事には

とことん無関心を貫く性格だからさ。僕が言ったところで、適当にあしらわれて終わりだよ」

 

「じゃあ、坂本はどうしても動かないっていうの?」

 

「え、う、うん。そうなるんじゃないかな」

 

「それ、何とかできないの? このままだと、喫茶店が…………」

 

 

僕が雄二の人柄をよく知っている以上、きっとその通りになるのだと彼女も理解したんだろう。

でも、目を伏せて沈んだ面持ちになりながらも、まだ食い下がってくる。どうしたんだろうか。

彼女はそれほどまでに、この清涼祭に思い入れでもあるのかな。いや、きっとそれは違う。

何か、もっと他に理由があるはずだ。美波がこれほどまでに必死になる、とても大きな理由が。

 

 

「その、美波。随分深刻そうな顔になってるけど、何かあったの?」

 

「!」

 

「どうかした?」

 

「………流石はアキね。今から言うことは、誰にも言わないでほしいって言われてたんだけど、

事情が事情だから話すわ。あ、でもやっぱり一応は言わない約束だから、秘密にしといてね?」

 

「う、うん」

 

 

浮かない表情を指摘した途端に、踏ん切りがついたように話をトントン拍子で進めていく美波。

というか、誰にも言わないでって言われたことを、言っていいんだろうか。女子って自由だな。

 

「ちょっとアキ、真面目に聞く気ある?」

 

「あ、あるよ」

 

 

そんな風に思ってたらいきなり注意された。危ない危ない、気取られるとは思わなかった。

気を引き締めて真っ直ぐ美波と向き合った僕は、彼女が話した内容とその意味に驚かされた。

 

 

「瑞希のことなんだけど……」

 

「姫路さんが、どうかしたの?」

 

「実は、もしかしたらだけどね? 転校しちゃうかもしれないの」

 

「転校⁉」

 

 

美波の放った言葉に思わず声を上げてしまったけれど、幸い誰の興味も惹かなかったようだ。

それにしても、予想の遥か上をいく話だな。あの姫路さんが転校して、いなくなるなんて。

わずかに意表を突かれた僕はしばらく無言の間にいて、ようやく自我が戻ってきたので即座に

彼女に問い直す。

 

 

「転校って、どういう事さ!」

 

「そのままの意味よ。このままだと瑞希は、転校させられちゃうかもしれないの」

 

「…………このままだと?」

 

 

すると、美波は随分と妙な言い回しで返してきた。このままだとって、おかしくないかな。

普通は転校するなんて一度決まったら、そう簡単に覆せるものじゃないはずだし、

転校するならともかく、転校させられるというのも妙だ。まるで、姫路さん本人の意思が

そこに介在してないみたいな言い方じゃないか。そう思った僕は、眼前の美波に再度問う。

 

 

「今はまだ大丈夫ってこと? でもそんなのっておかしくない?」

 

「おかしくなんてないわよ。瑞希の転校の理由は、『Fクラスの環境』なんだから」

 

「……ってことは、親御さんの仕事上の関係とかじゃなくて」

 

「そう。単純に、このボロっちいクラスの設備の問題なのよ」

 

 

重たげな溜息を吐く美波に同情しつつも、僕は彼女の話を聞いてようやく合点がいった。

最初は、二年生になったばかりのこの時期に転校するなんて、おかしな話だと思ったけど、

勉強に励むどころか呼吸すら難しいような環境に、大事な一人娘を預けられるわけがないと

思うのが、正しい親の心情ってところかな。僕には、両親からのそういうものはないけど、

何となくなんだけど、分かる気がする。しかも、姫路さんは頑張り過ぎで体調を崩すほどに

身体が弱い人だから、なおのことこんな場所に長く置いてはおけないと、そういう事か。

今は春先だから、花粉症でない限りはさほど問題になることはないけど、これから先もこんな

劣悪な設備のままだったら、冬場はきっと大変なことになる。真冬の隙間風なんて、姫路さんが

耐えながら授業を受けたら間違いなく身体を壊してしまう。そんな事になったら一大事だ。

 

 

「そうか、それで美波は何が何でも喫茶店を成功させて、売り上げで設備を良くしたいのか」

 

「そうよ。瑞希も瑞希で、『召喚大会で優勝して、両親にFクラスのことを見直してもらう』って

考えてるみたいで張り切っちゃって。でも、やっぱり一番の問題は設備のことだからさ」

 

これで美波が、あれほどまでに雄二の引き込みに食い下がった理由がハッキリした。

このFクラスで三人しかいない女子が一人でも減るのは、当然寂しいだろうし、何より彼女は

せっかく出来た友達との別れが寂しいのだろう。僕だって、姫路さんがこの教室から去るなんて

ことになったら、きっと寂しくなるに決まっている。そうさせないために、清涼祭は断固として

成功、いや、大成功させなくちゃいけなくなったわけだ。となれば、あの男は必要不可欠になる。

 

「そういう事なら話は別だよ。何としてでも、雄二を焚き付けてやるさ‼」

 

 

未だに不安そうな表情のままでいる美波に、僕は自信満々な態度でそう宣言してからすぐに、

とっくに教室から出て行った雄二と話をするために、一陣の風となって廊下を疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まぁまぁ、ちょっと落ち着いてよ。お願いを聞いてくれたらそれでいいんだから」

 

「お願いだと? ハッ、どうせ学園祭の喫茶店の事だろ」

 

 

喫茶店成功の為の鍵になる男、雄二を探して十分ほど。何故か女子更衣室に隠れていたヤツを

ようやく見つけ出し、道中で協力を仰いだ秀吉に雄二が大好きな霧島さんの声を真似てもらい、

それを脅しに使った。結果、雄二は不機嫌にはなったものの、こうして協力を取り付けられた。

 

しかし、この状況下で僕が「お願い」と言っただけでその内容を先読みするなんて、やっぱり

この男は並大抵レベルとは一線を画している。流石、『神童』と呼ばれていただけの事はある。

頭の回転の速さに救われたと内心で褒めていると、目の前の男が急に態度を変えて話し出す。

 

 

「こんな回りくどい事せんでも、『大好きな姫路さんの為に、何とかしてあげたいんだよ!

協力してください! 何でもします、雄二様!』って言えば、面倒くさいが手ぇ貸したのに」

 

「別に姫路さんが大好きって………というか、誰がそんなセリフを吐くものか‼」

 

「………あー、そうだったな。今お前がお熱いのは、姫路じゃなくって小山だったな」

 

「んbbsぴうふぇおj」

 

「頼むから日本語で反応してくれ」

 

 

つーかそこまで焦るほどかよ、とぼやいてから頭を掻いて、表情を普段通りに戻した雄二に、

僕は協力をしてもらうための理由として、このままでは姫路さんが転校する可能性があることを

丁寧に説明した。僕の話を聞き終えた彼は、しばらく無言で俯いてから、Fクラスの教室で他の

メンバーたちとも話しておきたいと一言だけ答え、そのままの足で僕らは教室に戻った。

 

僕ら二人が教室に戻ると、そこには美波だけでなく、今は部活に行っているはずの秀吉もいた。

秀吉の所属する演劇部は、文化系でありながらも非常にハードだと聞く。なのにどうして教室に

いるのかが分からずに訝しんでいると、察しの良い当の本人から事情を説明してくれた。

 

 

「ああ、演劇部は急遽休みになったのじゃ。顧問の先生に急な出張が入ったらしくての」

 

「へー、そうなんだ」

 

「うむ。じゃから、ここにワシが居てもおかしくないわけじゃ」

 

 

実に分かりやすい説明を受けて疑問が晴れた僕は、改めてこの場にいる四人で話し合いを始める。

 

 

「さて、さっそく姫路の転校についての話なんだが。まず一つ、喫茶店の成功だけじゃダメだ」

 

「なんで⁉ どうしてさ!」

 

「姫路の親御さんが転校を勧めた理由は、おそらくだが三つ」

 

 

ところが、いきなり雄二は僕らの考えていた案に異議を唱えて、指を三本立てて見せた。

声を上げた僕と同じように驚いている美波と秀吉を見てから、雄二は一つずつ説明しだす。

 

 

「まず一つ目は、茣蓙とみかん箱という貧相極まりないこの設備。快適な学習環境ではない、

という面だな。これについては、喫茶店の成功による売り上げで、どうとでもなるはずだ」

 

 

そう言いながら三つ立てた指の一つを引っ込めて、続けて語る。

 

 

「二つ目は、老朽化した教室そのもの。健康に害を及ぼす可能性のある学習環境である以上、

これは絶対に避けては通れない課題になる。むしろ、一つ目はさほど重要視しちゃいない」

 

「一つ目は勉強するための道具で、二つ目が勉強する場所ってことか」

 

「そうだ。これに関しちゃ喫茶店の利益程度でどうにかなる問題じゃねぇからな。

教室自体の改修ともなれば、学園側が動かない限りは一生徒がどうこうしても意味が無い」

 

やや厳し目な口調で語る雄二の言葉に、僕ら三人はただ黙って相槌を打つことしか出来ず、

僕らがやろうとしていることが、如何にハードルの高い事かを再確認させられる。

確かに、椅子や机を買うだけならば、最悪僕ら自身が自腹を切れば済む話だ。その気になれば、

ホームセンターなんかで木材を買ってきて、自分たちで木工作業をして一から作る事もできる。

けど、どれだけ道具を新調したところで、それを置く場所自体が不潔であったら効果は無い。

本当にこの男は、恐ろしく頭が回る。やはりコイツ無しでは、僕らに出来る事の範囲が狭まる。

 

優秀な頭脳を有している男に敬意を抱いていると、そいつは最後の指を折って話を続けた。

 

 

「そして三つ目、レベルの低いクラスメイト達。姫路自身が切磋琢磨するために必要な人材が、

この教室には一人だっていやしない。姫路の成長が促せない環境に、学習的な成長の見込みが

あるとお前らは思うか? 俺だったら絶対に首を振る。姫路を育めない学習環境という問題だ」

 

彼が最後に語った事は、要するにこのバカだらけの教室には、彼女に見合った競争相手が存在

しないから、学習意欲が停滞してしまうんじゃないかって危惧がある、ってことだよね。

 

「参ったねぇ。随分と問題が多いや」

 

「そうじゃな。一つ目はともかく、二つ目と三つ目はちと厳しいのじゃ」

 

「そうでもねぇさ。三つ目の方は、島田が姫路と一緒に例の召喚大会での優勝って対策案が

出てるんだろ? それが見事に実現されれば、三つもあった課題がたったの一つに減るわけだ」

 

そう言って、チラリと美波の方を向いて粗野な笑みを浮かべた雄二。確かにその話題は上がった。

召喚大会は日本全国どころか、学園に採用された『召喚システム』を研究している海外からも、

大勢の人が押し寄せてくるほど観衆の目が集まる大会だ。そこで学年最下層のクラスに所属する

女子生徒のタッグが優勝したとすれば、宣伝効果は半端ではないだろうし、娘が活躍したとあれば

姫路さんの親御さんだって気を良くするに決まってる。これは全部、事がうまく運べばの話では

あるけれど、そうなれば残る問題は一つしかなくなる………けど、その一つが厄介なんじゃないの?

 

 

「しかし、その二つ目が問題じゃろ。お主はどうするつもりじゃ?」

 

 

そう思ってたら、ちょうど秀吉が同じ質問をしてくれた。ラッキー!

 

「どうするも何も、学園長様に直訴する以外にねぇよ」

 

 

しかし、秀吉からの問いかけに対して、雄二はさも当然とばかりに軽く返した。

 

あまりに軽いノリだからうっかり賛同しかけたけど、それって策としてはいいんだろうか。

それに、承諾してくれなかった場合はどうする気だろうか。不安になった僕は素直に聞いてみた。

 

 

「僕らが何か言ったところで、学園長が何とかしてくれることってあるのかな?」

 

「あのねぇ、ここは実験的な面で色々とおかしな制度が多いが、曲がりなりにも教育機関だぞ?

いくら方針だからっつっても、生徒が健康被害を訴えるほど酷い状況が報告されたんなら、

それの改善を要求する権利は当然生まれるし、何より改善する義務が発生するのはあちらさんだ」

 

「どういうこと?」

 

「おま……………つまりだな、生徒が転校する理由に挙げられるほど、酷い環境がここにある。

それをもし、学園側が知らぬ存ぜぬを通せば、姫路の転校理由を知った色々な方面からの攻撃を

受けて、教育機関としての信頼を失う。そうなれば、実験的に導入していたシステムのあれこれも

中止、あるいは頓挫を免れない。その結末を辿ったら、科学者としてはもう終わり確定だぜ」

 

「ふむふむ。要するに?」

 

「…………学園側は、俺たちの要求を受け入れる可能性が、極めて高いってこった」

 

 

最後の方は何やら頭を抱えて顔をしかめていたけど、雄二の言いたかったことは大体分かった。

僕らがしなきゃならないことは、二つ。一つは、この喫茶店を成功させて、大きな利益を獲得して、

それらを勉強をしやすい設備の用意に充てること。残るもう一つは、学園側に訴え出ることだ。

召喚大会優勝は、美波と姫路さんの問題だから僕らじゃ何も出来ないため、リストから除外した。

 

さて、やるべきことは決まった。これから忙しくなりそうだ!

 

 

「そういう事なら、今すぐにでも学園長に会いに行こうよ!」

 

「ん、だな。俺ら二人で行ってくっから、秀吉と島田はその間に喫茶店の準備計画を練ってくれ。

ああ、それと、もし鉄人が俺らを探していたら、二人ともとっくに帰ったと伝えといてくれよな」

 

「オッケー、任せて」

 

「心得たのじゃ」

 

 

思い立ったが吉日って言葉もあるくらいだし、何事も即座に行動を起こした方がいいんだろう。

そう思った僕は雄二を連れて、文月学園一階に有る学園長室めがけて、勇ましく歩み始めた。

 

 

今にして思えば、この時、僕は姫路さんの事で頭がいっぱいになっていて、忘れてたんだ。

 

 

きっとこれから先に起こる出来事を知っていれば、僕はもっと別の行動を取っていたのに。

 

 

何も知らないまま、何もしないまま、何も出来ないまま、僕はただ敷かれた道を歩んでいた。

 

 

なぜこの時の僕は、思い出すことが出来なかったんだろうか。

 

 

「五月末に行われる、文月学園『清涼祭』で会いましょう__________吉井 明久君」

 

 

ヤツは確かに、そう言っていたというのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「_____________遅い」

 

 

明久が女子更衣室でかくれんぼ(比喩)をしていた雄二を発見し、Fクラスで作戦会議を

始めていたちょうどその頃、昇降口では新入生たちの目を惹く美少女が、苛立っていた。

 

 

「遅い」

 

 

クールビューティーという言葉がしっくりくるその美少女は、ある人物と待ち合わせていた

はずなのだが、部活動に所属していない彼が下校時刻になっても姿を現さないというのは、

どうにもおかしい。眉をヒクヒクと動かして待ち続ける美少女は、時計を睨んでまた呟く。

 

 

「遅い!」

 

 

秒針が一秒ごとに時を刻むたび、彼女の心の中には苛立ちが刻まれていくが、残念なことに

外見が他を寄せ付けない鋭い美しさをたたえているので、怒りの発散ですらも一部の人間には

綺麗に見えてしまう。だが、そんなことはお構いなしに、美少女_______小山 友香は呟く。

 

 

「お・そ・い‼ 何してんのよ明久君ってばもう‼」

 

 

とうとう我慢の限界を迎えた友香は、待ち人である少年の名前を惜しげもなく喚き散らす。

下校しようと昇降口から出ていた生徒のうち、その名を悪い意味で知っている二年生たちは、

名前を口にしたCクラス代表との関係を怪しむ小言を漏らしているが、友香は全て無視した。

 

 

(明久君の事、Fクラスってだけで見下してる奴らばっかり…………世の中頭が全てじゃない。

そんなことも分からずに明久君を馬鹿にしてる、アンタたちの方がよっぽど馬鹿だわ)

 

 

ひそひそと微かに聞こえる言葉に、内心でそう返した友香だったが、ここでふと立ち止まり、

時間になっても彼が来ない理由ではなく、時間になっても彼が来れない理由について考える。

彼女自身もつい最近になって知った、鏡の中の世界。そしてそこから来る怪物と、戦士たち。

彼と自身との間にある秘密を思い出した彼女は、彼に苛立ちを抱いていたことすら忘れて、

校内の何処にいるかも分からない彼の安否が気になりだし、昇降口から校内へ戻ろうとした。

 

しかし、ここで偶然にも、彼女の先の呟きを聞いている者がいた。

 

 

「明久君って…………吉井君のこと、ですよね?」

 

「えっ? あ、あなた、姫路 瑞希さん?」

 

 

急ぎ足で歩き出した友香の真横から声をかけられ、そちらを振り向いた彼女は声の主を

見て驚きに目を剥く。本来ならば頂点のAクラスに在籍できる実力者、姫路がいたことに。

だが今は、彼女にかまっている場合ではない。友香は持ち前の冷静さで、思考を立て直す。

優先すべきことは、明久の安否の確認。それ以外は全て二の次でいい、彼女の優秀な頭脳は

そう解答を示したため、彼女自身もそれに従う事にする。ただ、声をかけられた以上は、

日本人として一応返事を返し、やんわりとした態度で断りを入れなければならないという

妙な責任感がある。時代を経てもなお(変な形で)受け継がれる『WABI・SABI』の心だ。

 

ひとまず返事をして、そこからだと切り替えた友香は、立ち止まって姫路に向き直る。

そして、「今急いでるから」という言葉をなるべく丸くして、それでもニュアンスを変えない

ままで伝えようと頭脳を駆使していたところで、なんと姫路が先に話を切り出してきた。

 

 

「その、Cクラスの小山さん、ですよね?」

「え、あ、ええ。そうだけど………なにか?」

 

「いえ、その、今確かに吉井君のこと、明久君って言ってましたよね?」

 

「………言いましたけど?」

 

 

名前と所属が割れているのは当然だが、友香と姫路とでは全くと言っていいほど面識は無く、

そもそも会話のタネ自体が無いのだから、たまたま廊下で出会っても会話すらしていない。

ほぼ初対面と言える相手からの不思議な問いかけに、友香は素直に首を縦に振ってしまった。

その直後、それまでオドオドとした態度が一変し、意を決したような表情になった姫路が

友香へと一歩近付き、覇気に満ちた声で質問を重ねてきた。

 

 

「小山さんは、あ、あき………吉井君と、どういった関係なんですか⁉」

 

「えぇ⁉」

 

「も、もも、もしかして_________付き合ってたりとか!」

 

「姫路さん? えっと、とりあえず落ち着いてくれるかしら?」

 

 

ところが、決心が勢い余って暴走を引き起こしているようだと見て取れる状態の姫路を、

一旦冷静にさせようと周囲からの目線を気にかけた友香だったが、それは徒労に終わる。

 

 

「落ち着けるわけないじゃないですか! まだ何も、想いだって伝えられてないのに、

始める前から初恋が終わってたなんて、そんなの耐えられるわけありませんっ!」

 

「え………………? じゃあ、姫路さん、まさか」

 

 

それまでの"姫路瑞希像"を打ち砕くような感情の発露を前に、ただたじろいでいただけの

友香だったが、相対している人物の口から放たれた言葉を聞いて、雰囲気を変える。

 

そんなはずはない。そう思いながら友香は視線を投げかけ、そして大きな衝撃を受けた。

 

(__________泣い、てるの? あの姫路さんが、泣いてる)

 

 

桃色の髪を揺らす眼前の少女の瞳からは、今にも零れ落ちんとする大粒の滴が湧き出て、

眼の保護機能であるまばたきによって、その熱い水滴はゆっくりと頬を伝っていく。

時間をかけて流れ落ちていく軌跡を見つめ、友香はそれが本当に本気の感情であると悟った。

悟ったと同時に、同じクラスの人間ですら聞いたことのない怒鳴り声を上げた彼女が、

誰の事を想ってその水滴をあふれさせているのかを理解して、友香は息苦しさを感じた。

真っ直ぐにこちらを見つめてくる彼女の視線に耐え切れず、目を伏せて顔ごと俯く。

まるでやましい事があって、逃げているようだと思われたとしても、直視出来ないのだ。

 

しかし友香は、ここにきて自分がどうしてそんな感情に苛まれるのかを考える。

 

姫路が泣いているのは、先の彼女の発言から鑑みても間違いなく、彼の事が原因だ。

そして友香は聞き逃してはいなかった。彼女の口から出た、『初恋』という言葉を。

自分の記憶が正しければ、姫路と彼が面識を持つことになったのは、一か月前からのはずで、

まだそれほど時間は経っておらず、およそ一般人が語る『恋』に落ちる期間としては、

やや短いように感じる。一目惚れという言葉もあるにはあるが、目の前の彼女の涙がそんな

軽く手早い感情からくるものにしては、真に迫り過ぎているという実感があった。

初恋であったとしても、一目惚れしただけの相手に、ここまで涙を流すことが出来るのか。

そこまで考えた友香は、一つの結論に至った。

 

 

(この人はきっと、私なんかよりもずっと前から、明久君を知ってたんだ)

 

 

一年生としてここに入学した時からか、もしくは同じ中学からの出身だった時からか、

可能性としては低いが、もしかしたら小学校の時からという線もある。だとするならあの涙は。

彼女が今も頬から伝わせているその感情の結晶が、本当に本物であることの証明になるだろう。

 

自分よりも、彼を知っているかもしれない。

自分の知らない彼を、彼女は知っているのかもしれない。

自分よりもずっと前から、彼と時を過ごしたかもしれない。

 

そう考えただけで、友香の中で不快感は急激に増し、それは敵意となって視線に宿った。

それまで俯いて逃げていた姫路からの視線を、受けて立つように正面から見据えた彼女は、

ただただ自分の中で渦巻いている感情に従って、頬を伝う跡を憎むように睨みつける。

 

自分よりも前から彼と会っている? そんな事は関係ない。

自分よりもずっと彼を知っている? そんなわけがあるか。

自分よりも長い間彼を想っている? そんなのゆるさない。

 

たった一か月前の事だが、それでも友香は今なお鮮明に『あの日』の事を覚えている。

自身の中に有った、勉強への価値観をあっさりと砕き、生きることの難しさと厳しさを身を以て

教えてくれた彼に、一番近いのは他でもなく私だ。彼と秘密を共有している、私しかいない。

 

渦巻く黒い感情の波を押さえつけながら、友香はこの瞬間、姫路瑞希を競争相手と認識した。

 

 

「__________好き、なのね? 明久君の事が」

 

「っ………はい。私は、吉井君の事が好きです」

 

 

諭すような声から一転、低く迫るような声で確認を取る友香に、姫路は正直に想いを語る。

ハッキリとしたその意思表示、宣言とも取れる言葉を受けて、友香は自分の事を話し出す。

 

 

「私は、どうなのかしらね。明久君の事は、私自身もどう想ってるか把握しきれてないわ」

 

「…………………」

 

「でもね、これだけは分かった。たった今、分かったことがあるの」

 

「分かったこと、ですか?」

 

「ええ。それは_____________彼の隣に私以外の誰かがいるなんて、嫌ってこと」

 

「そう、ですか。だったら」

「私と姫路さん、陳腐な言い方だけど、これは競争よ。どちらが先に彼を射止めるか」

 

 

紛れもない本心を語った友香は、普段通りのクールビューティーな雰囲気を全身にまとい、

涙を拭いてこちらからの言葉を受け取った姫路に対して、本当に宣戦布告を行った。

言うなればそう、これは『恋の戦争』である。

 

友香からすれば、相手は長年彼を想い続けてきた下積みある強豪という認識だが、

姫路にしても、相手はいつの間にか彼の一番近くに来ていた、実力未知数の難敵なのだ。

油断も隙もありはしない。

自分の抱く想いに対して、素直になるきっかけとなったこの宣戦布告だが、それは同時に

戦わなければ彼の隣に立つことが出来ない、生き残れない戦陣に切り込むことと同義。

 

(絶対に負けられない! 明久君と姫路さんが付き合うなんて、そんなの嫌‼)

 

 

今までに、テスト勉強などで敗けて対抗意識を燃やした相手ならいくらでもいたのだが、

これほどまでに執念を燃やしてまで勝ちたいと、敗けたくないと思った相手はいなかった。

彼の隣が自分以外の誰かの者になるなど、想像しただけで心臓の奥がジリジリと痛むのだ。

勉強だけが全てではないと教えてくれた彼に、もっと自分を見てほしい。

理不尽な怒りをぶつけても助けてくれた彼に、もっと自分を知ってほしい。

 

かつて友香は、明久に自分を見てほしいという自己顕示欲を自覚したつもりだったが、

それはこの一か月という時間を経てより大きく膨らみ、取り返しのつかないところまで

成長しきっていた。傍に居続けたいとすら思うほどの、『恋』という巨大な欲求に。

 

 

「敗けません、私。小山さんに勝って、この想いを打ち明けてみせます!」

 

「させないわ、絶対。姫路さんに勝って、正々堂々と彼の隣に立ってみせる!」

 

 

もはや誰も寄り付かないほどにヒートアップしていた二人の口論。

 

己の中に有る感情を受け入れ、自覚した彼女たちの、戦いの幕が上がった。

 

 

 

 










いかがだったでしょうか?


本当に私は、恋愛描写が下手で下手で………他の方々の作品を見て勉強しては
いるんですが、全くものに出来てませんよね。ああ、文才落ちてないかなぁ。
それにしても、私が書くヒロイン枠の女性はどうしてこうも、ヤンデレ属性に
偏っていくんでしょうか………私自身がヤンデレ好きだからといっても、
純愛系も清純系もこよなく愛しているんですが、どうしてこうなるのやら。

さて、次回はいよいよ、明久とあの人物がご対面されます。
彼との出会いが、明久をどのような運命に導いていくのか。


戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!
ご意見ご感想、並びに批評も(本当に)大歓迎でございます!


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問28「僕と取引と"代用者"の正体」





どうも皆様、一か月も更新停止してしまって申し訳ありません!
何かと立て込んでおりまして………ですが、ようやく一段落着きました!

これからしばらくの間は、通常更新の軌道に戻れるかと思います。
ですのでどうか、これからもよろしくお願いいたします。


実を言うとコレ、テイク2なんです。ま~たプチ反抗期なんです。
それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

既に今日の授業日程は終了し、窓ガラス越しにオレンジ色の光が差し込み始めた頃。

僕は悪友の雄二と二人で、教室の環境改善への助力を乞うべく、学園長室に歩を進めていた。

 

僕らFクラスの教室がある旧校舎から、学園長室のある新校舎一階の角まではそこまでの距離は

ないから、せいぜい二分くらいで着くことができた。さて、問題は学園長がいるかどうかだけど。

相談する相手が不在だったらここまで来た意味ないし、と考えていると、数人分の声が聞こえた。

 

 

『…………賞品の………として隠………!』

 

『……こそ、………勝手に………如月ハイランドに………!』

 

『まずは…………べきです。それに…………すれば、どちらも……』

 

 

学園長室の豪勢な造りの扉、その向こう側から、何やら言い争っているような声が響いている。

どうやら三人ほどいるようだ。三人、か。もしかしなくても、お取込み中ってやつだよね。

こういう場合って普通は日を改めるか、少し待ってから行くもんだろうと常識的判断を下して、

長くなるかもしれないと考えていた僕を無視して、隣に居た悪友はごく普通に扉をノックした。

「え、ちょっ! 何してんの雄二⁉」

 

「失礼しまーす!」

 

「本当に失礼なガキだねぇ。普通は返事を待つもんだろうに」

 

 

一切の躊躇いもなく部屋へと進んでいく悪友の背を追って、僕も慌てて学園長室に入室する。

すると第一声から、すさまじい正論を、ビックリするくらい口汚い言葉で放り返された。

確かにその言葉は間違ってない。社会的なマナーから言ったら、相手からの返事を待つのは当然。

でも、それを罵倒とともに交えて語ったのが、当の学園長というのが問題なんだよなぁ。

 

部屋の中に入った僕らと対面したのは、外からも聞こえていた通り、三人の大人たちだった。

一人は、言わずと知れた文月学園の学園長。外見は平安時代から生き永らえてる妖怪の如し。

そんなBBAと対面して顔を歪めているのは、この学園の教頭の地位に就く、竹原先生だ。

鋭い切れ目と知的なメガネが一部の女子に人気らしいんだけど、どうも僕は好きになれない。

この二人のことは分かる。僕だって一応、この学園の生徒だから集会とかで何度も見てるから、

学園長と教頭の顔を見間違えるはずもない。ただ、残った最後の一人が誰なのか分からない。

 

竹原教頭と同じような切れ目の持ち主で、ただこちらは黒縁の眼鏡でそれをすっぽり覆っている。

それに、少し妙なところがある。何と言えばいいんだろうか、その、教師っぽく見えない人だ。

すごく頭が良さそうに見えるのは確かなんだけど、着ている服が白衣という事もあってなのか、

教師や教員というよりも科学者っぽい印象の方が強い。もしかしたら、召喚システムの関係者?

 

そうやって僕が視界内に居る大人たちを観察している間にも、状況はどんどん進んでいた。

 

 

「まったく、とんだ来客だ。これでは話も続けられ_________まさか、貴女の差し金ですか?」

 

「馬鹿言うんじゃないよ。なんであたしが、そんなセコイ真似しなきゃならないんだい?

負い目なんざ、これっぽっちもありゃしないってのにさ。どうなんだい、ええ?」

 

「………そこまで仰られるのなら、この場はそういう事にしておきましょう。では」

 

 

何やらすごい剣幕の竹原教頭と、対照的に飄々とした態度の学園長とが言い争ってたけど、

どうやら決着……というより、落としどころを見つけたようで、二人の口論はそこで途切れた。

その後、一礼もせずにこちらを向いた竹原教頭は、何故か部屋の隅に飾ってある花瓶の方を

一瞬だけ横目で見て、扉の前に立っていた僕らのわきをかすめるようにして去っていった。

何だったんだろうか、今の。いや、そんなことよりも今は、やるべきことがあったんだ。

 

改めて僕らがここに来た理由を思い出したところで、先立って雄二が話を切り出してくれた。

 

 

「本日は、学園長にお話があって来ました!」

 

「そうかい。でも、あたしは今それどころじゃないんだ。悪く思わんでくれよガキども。

あー、学園の経営関係についてなら、今出てッた竹原に言うんだね。ああそれともう一つ。

相手に話聞いてもらおうってんなら、まずは名を名乗るのが社会の礼儀ってもんだ」

 

こんな横柄な性格の人間に、社会のマナーを説かれるなんて、世も末だよね。

 

「失礼しました。俺はFクラスの代表、坂本 雄二で、隣に居る間抜け面は_________」

 

 

そう言ってたら、雄二は意外にも反抗せずに自分の名を口にした。ん? 今なんて言った?

 

 

「_________二年生を代表する、バカです」

 

「おいコラ雄二! それは紹介じゃなくて酷評だよ! ってか、そんなの伝わるわけが」

 

「あぁ~、そうかい。アンタらがFクラス始まって以来の問題児、坂本に吉井かい」

 

「なんで伝わってるの⁉ 僕まだ名乗ってないんだけど‼」

 

 

今の雄二の言葉の、どこを聞いたら僕の個人名を特定できるのか問い詰めてやりたい。

が、しかし、今の僕らはお願いを聞いてもらう立場に居る。ここは我慢するしかない。

顔色一つ変えずに友人をバカと言い切った雄二と僕を交互に見て、学園長は何やら悪巧みを

企てているぞ、と言いたげな表情を浮かび上がらせて、棒立ちする僕を鼻で笑って応えた。

 

 

「いいだろう。気が変わった、話を聞いてやろうじゃないか」

 

「貴重なお時間を取ってくださって、ありがとうございます」

 

「慣れないブサイクな礼なんざ要らないね。そんな暇あったら、言いたいことサッサと言いな」

 

「分かりました」

 

 

それにしても、学園長の教育者と思えない口ぶりもそうだけど、驚くべきはむしろ雄二だ。

ここまで口汚く暴言を吐かれているというのに、この男がただ黙って聞いているだけだとは。

普通ならとっくにキレて殴りかかっているところなのに。敬語も使ってたし、本当に有能だな。

内外共に腐りきっていたとしても、上位者相手に礼節を欠かないとは、雄二も隅に置けないね。

 

 

「お話というのは、Fクラスの設備について…………その改善の要求にうかがった次第です」

 

「そうかい。そいつぁ暇そうなことで、なんとも羨ましい限りだよ」

 

「現状、我々の教室は、まるで学園長先生の脳みそのようにスッカスカ。穴だらけの状態です。

時折、隙間風も入ってくるほどに老朽化したその様は、もはや学園長の外観と同一と言えます」

 

 

とか思ってたら、雲行きが怪しくなってきたぞ?

 

 

「学園長のように、戦国時代以前から生きていると思しき老いぼれならばともかく、

現代社会を普通に生きている高校生にとっては、危険です。由々しき事態だと進言します。

このままこの問題を放置しておけば、健康に害を及ぼす可能性が非常に高くなると思われます」

 

 

一見すると、紳士的でかつ模範的な言葉に聞こえるかもしれないけど、その随所には地雷原に

匹敵するほど危険な言葉が散りばめられている。ご丁寧に、無礼と慇懃を適度に混ぜ合わせて。

これは多分、コイツも相当キレかかってるんじゃないかと思う。あ、目元が引きつってるし。

 

 

「長ったらしいねぇ。もっと簡潔にまとめな、ウスノロめ」

 

「要約すると、クソが作ったクソみたいなクソ教室のせいで、体調を崩す生徒が出てくるから、

業者でもなんでもいいからさっさと直せってんだよこのクソババア! と、いうことです」

 

 

あ、これはもう駄目だ。もう隠す気すら見当たらなくなってる。

 

しかし、これだけの言われようだといのに、学園長は何やら思案顔になって小言を呟くばかり。

少なくとも怒ってないことは無いだろう。あれだけの事を言われて、許せる奴はそうはいない。

いきなり先行きが不安でいっぱいになったと嘆いていると、学園長が顔を上げて答えを出した。

 

 

「よしよし。アンタらの言いたいことはよぉーく分かったよ」

 

「え? そ、それじゃあ、直してもらえるんですね!」

 

「却下だよクソガキ」

 

 

うん、まぁ正直分かってた。アレだけ言われて怒らないのは多分、聖人君子レベルだろうから。

なんてことを呑気に考えていたら、意外にもこめかみに青筋を立てている悪友が口を開く。

 

 

「な、る、ほど…………でしたら、どういうことかお教え願えますか、ババア‼」

 

「僕からもお願いします、ババア‼」

 

「………お前さんたち、本当に聞かせてもらう気はあンだろうね」

 

 

しまった、勢い余ってつい本音が。

 

「そこまでにしましょう、お互いに。自分の立場を考えて発言を選んだ方がいいですよ」

 

 

罵詈雑言の応酬を拡大させようとしたところで、それまで無言だった白衣の男性が僕たちの

言葉を遮るように声を上げて、その場を収めようとしてくれた。この人は良識がありそうだ。

 

白衣の人の言葉で冷静になった学園長と雄二の二人は、一度睨み合った後で口を閉ざした。

よかったよかった。これ以上機嫌を損ねられたら、どうなるか分かったもんじゃないからね。

 

 

「頭に上った血が戻って何よりです。では学園長、ご説明を」

 

「………説明も何も、設備に差をつけるのはこの学園の方針の一端なんだから、無理だね。

たかだかミカン箱と茣蓙で50分の授業を受けるくらいで、ガタガタ抜かすんじゃないよ」

 

 

なんてババアだ、それでも教育者の端くれなのか。

これが僕らの通う学園の長と言うんだから、涙すら出てくる。

でも、僕らのような男子高校生だって我慢ならないんだ。ましてや女子なんてあんな環境に

耐えられるわけがない。姫路さんはそれが原因で体調を崩してるし、退くわけにはいかない。

 

 

「それは困ります! 僕らはともかく、体の弱い女子がもう」

 

「__________と、いつもならそう言ってやるとこだけどね」

 

 

何としてでも首を縦に振らせようと決意を固めた直後、学園長が僕の言葉を遮ってきた。

驚いて口を閉ざした僕を見て満足そうに、手を顎に当てた彼女は自分勝手に話を続ける。

 

「こちらの頼みを聞く気があるんなら、相談に乗ってやろうじゃないか」

「よろしいのですか、学園長?」

 

「構やしないよ。向こうだって何やら企んでんだし、腹の探り合いは好かないね」

 

「貴女らしい」

 

どうやら、交換条件ということらしい。ただで頼みを聞くほど、大人は甘くないってか。

それにしても、こういう策謀やら画策なんかが得意な雄二が、何の反応も見せていない。

何やら真剣な顔つきで考え事をしているみたいだし、この場は僕が預かろうかな。

 

 

「その、条件って何ですか?」

 

「清涼祭で行われる、召喚大会は知ってるね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

「なら、その優勝賞品も当然知ってるね?」

 

「優勝賞品?」

 

 

黙り込んでしまった雄二の代わりに、学園長と取引の話を合いを始めちゃったけど、

どうしてここで召喚大会の賞品の話が出るんだろう。というか、優勝賞品あったんだ。

元々出場する気が無かったから、さほど興味が無く、知らなくてもしょうがないよね。

自分で自分を納得させている間にも、学園長は勝手に話を進めていく。

 

 

「学園から贈られる正賞には、賞状とトロフィーと『白金の腕輪』が出される。

副賞は『如月ハイランド プレオープン・プレミアムペアチケット』ってのが

用意されているんだけどね。この横文字の多い二枚の紙きれが厄介なのさ」

 

聞く限りでも、随分と賞品は豪勢なものらしい。賞状とトロフィーは定番だろうけど、

残る二つは相当レアな物なんじゃないだろうか。いやまぁ、さほど興味は無いけどね。

けど一瞬、ほんの一瞬だけ、隣に居た雄二の肩が震えた気がした。気のせいかもだけど。

 

「はぁ………でも、それと交換条件に何の関係が?」

 

「話は最後まで黙って聞きなクソガキ」

 

 

酷い言われようだ。

 

 

「この副賞のペアチケットなんだが、ちょいと良からぬ噂を聞いたもんでね。

出来ることなら、こちらとしては回収して、使用されることを避けたいのさ」

 

「回収、ですか? でもそれだったら、そもそも賞品として出さなければいいんじゃ?」

 

「出来るんならとっくにしてるよマヌケ。この賞品に関しては、あの教頭が進めた話とは

言えども、文月学園と如月グループとが行った正式な契約になっちまって手が出せない。

今更、おいそれと覆せるような代物じゃあないのさ。分かったかい?」

 

話を聞く限りじゃ、自業自得な感じが否めない。仮にも学園の最高責任者なんだから、

せめて経営関係の話は自分で立ち会うべきだと思う。やはり、学園長は召喚システムの

調整やらで手いっぱいだから、学園運営は他の先生に丸投げしてるって噂は本当らしい。

 

 

「何となくは分かりました。けど、その良からぬ噂っていうのは?」

 

「つい最近聞こえた話なんだが、如月グループは新規設営の如月ハイランドという場所に、

一つのジンクスを生み出そうとしてるのさ。『ここを訪れたカップルは幸せになる』ってね」

 

「………それのどこが良からぬ噂なんですか? 別にどこにも悪そうな部分は」

 

「そのジンクスを作り出すために、プレミアムチケットを使用したカップルを、グループ総出で

結婚するとこまでコーディネートするらしい。企業全体で、多少強引な手を用いてでもね」

 

「何だと⁉」

 

 

学園長からの話を聞いている最中、突然無言を貫いていた雄二が声を張り上げた。

 

 

「ど、どうしたの雄二。そんな大声出して」

 

「どうしたもこうしたもあるか! つまり、プレミアムチケットを手にしちまったら最後、

どうあがいてもそのペアはカップル成立どころか、人生のペアになっちまうって事だろ‼」

 

「い、言い直さなくも理解できてるよ」

 

「ちなみに、そのカップルを出す候補は、我が文月学園になったってわけさ」

 

「クソが‼ そんなもん、白羽の矢が立つどころか、脳天に直撃してんだろうが‼」

 

悔しげに唇を噛みながら狼狽する雄二。珍しいな、この男がこんなに焦る姿を見せるなんて。

なんだか顔色まで悪くなってきてるみたいだし、様子が明らかにおかしいぞ。

 

 

「ま、そんなわけで、本人らの意思をまるっきり無視して、可愛い生徒をくっつける。

明るい未来を強引に決定づけようとする計画が、あたしにゃどうも気に食わなくてね」

 

 

うーん、可愛い生徒ってところが妙に信じられないけど、それってつまりは…………

 

 

「などと申されていますが、実際は『自分よりも半世紀以上も年下の若造どもに、

先を越されたなんてことがあったら、年上の威厳と面目が丸潰れじゃないか、爆ぜろ』

という、行き遅れを隠そうとする陳腐で矮小な個人的思考から基づく提案なわけです」

 

「余計なこと言うんじゃないよクソインテリ眼鏡‼」

 

 

あ、白衣の人が全部ぶっちゃけた。

 

 

「つまるところ、君たちに提示したい条件とは、召喚大会の賞品の確保です」

 

「…………無論だが、優勝者から譲ってもらうってのはナシだよ。強奪も当然不可さ」

 

 

チッ、考えていた可能性を一度に二つとも潰された。こうなると、自力でやるしかないのか。

 

 

「僕らが優勝したら、教室の改修と設備向上を約束してもらえるんですね?」

 

「何言ってんだい、学園側が手ぇ出すのは教室の改修だけさね。設備の方は我慢しな」

 

「教育方針だから、ですか」

 

「そういうことさ。ただし、清涼祭の出し物で得た真っ当な利潤を使っての向上に関しては、

今回だけは特別に目をつむってやるよ。分かってると思うけど、これは他言無用だからね」

 

 

流石にそこまでは鬼じゃない、といったところか。学園を預かる身としては、勝手な理由で

学園そのものの教育方針を歪めたとあっては、責任問題を問われかねないだろう。

それに、この話し合いは要するに裏取引だ。言い方を変えるなら、学園長から生徒への逆賄賂(わいろ)

こんな事が教育委員会や他方面の人間にばれたら、それこそあらゆる意味での終わりとなる。

 

 

「分かりました。この話、お受けします!」

 

「俺も引き受けた。何が何でも強制ゴールインだけは防いでみせる‼」

 

「そうかい。なら、取引成立だね」

 

 

学園長から持ち出された取引を受ける形で、僕らの望む教室の環境改善措置は仮決定した。

しかし、学園の召喚大会での優勝かぁ。確かアレ、二・三年生で分けられてないんだよね。

となると、最悪の場合は3年生のAクラス生徒と戦う羽目になる可能性だってあるわけか。

いくら来年卒業だからと言っても、最後の大会だ、って血気盛んに飛び込んでくる人はいる

だろうから、なるべくなら当たりたくはないけど、気を引き締めていかないと勝てない。

 

その後、雄二が学園長に持ち掛けた提案によって、二対二のタッグトーナメント方式の大会で

勝てるための策として、対戦カードの決定と対戦科目の指定をやらせてもらうこととなった。

流石は元『神童』、抜け目がない。対戦科目さえ把握しておけば、どの科目に集中して勉強すれば

いいか分かるし、絶対的なアドバンテージになる。これはもしかしたら、僕らでも行けるかも。

 

「そんじゃボウズども、任せたよ」

 

「「おうっ‼」」

 

 

こうして、学園長公認のもと、文月学園が誇る最低ランクのコンビが結成された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、吉井君。少々お時間よろしいですか?」

 

「え、あ、あの………あなたは?」

 

 

目的だった学園長との話し合いも、お互いが納得する形で収まり、背を向けて部屋を去ろうと

した直後、何故か僕だけが白衣の人に呼び止められた。僕は思わず、その人に尋ねてしまった。

すると知的なその男性は、「これは失礼」と眼鏡を指で押し上げてから、自らの名を名乗る。

 

 

「私は、香川(かがわ) 英行(ひでゆき)と申します。召喚システム開発の関係者です」

 

「あ、どうも。僕は吉_________アレ? 僕の名前をどうして」

 

「君は有名人ですからね。召喚システムの回路を壁ごとぶっ壊した、エンジニア殺しと」

 

「あ、アレはですね! えと、その!」

 

「構いませんよ、復旧自体は済ませてありますから。それよりも少し、お話をしませんか?」

 

 

白衣の男性_________香川さんは、僕の肩に手を置きながら誘導するようにそう言った。

僕としては早く帰りたいんだけど、Dクラスの壁のことはまだ負い目に感じているから、

そのことを話題に出されると断りにくくなる。この人、案外イイ性格してるんじゃないかな。

 

結局、Fクラスのみんなへの報告は雄二に任せて、僕は香川さんと共に校舎へと足を運んだ。

途中で何度か質問をされたけど、僕の個人的な話なんて、本当に召喚システムの役に立つ事が

あるんだろうか。それになんだか、話を続ける内に、なんだかこの人が不気味に思えてきた。

言葉ではうまく言い表せないけど、危険な感じがする。本当に、よく分からないけど。

 

そうしていると、香川さん先導のもと、僕ら二人はDクラスの教室の前にたどり着いた。

もう既に夕日も地平線の彼方へ沈もうとしている。薄暗がりが増えた校舎は、どこか怖い。

そんな場所へ躊躇なく踏み込んでいく香川さんに続いて、僕も懐かしのDクラスの教室へ入る。

 

…………ん? もうとっくに下校時刻なのに、なんで鍵が開いてるの?

 

 

「さぁ、吉井君。そこの黒板を見てくれ」

 

いきなり身を翻してこちらを向いた香川さんに驚きつつも、彼の言葉通りにそちらを向く。

かつてのBクラス戦で勝利を得るために、僕が龍騎の力を使って破壊した、あの壁がある。

ただ、学園長室で香川さんが言っていた通り、もう傷跡などは見当たらない。

 

しかし、そこには、今までなかったはずのものがあった。

 

 

「____________鏡?」

 

 

黒板の下にある、チョークを置く場所。そこに立てかけてあったのは、顔を映すほどの鏡。

よくトイレの洗い場なんかにあるような形のソレが、なんだって教室の黒板にあるのか。

ただ、僕はこの鏡をもう一度よく見直した直後、衝撃を受けた。

 

 

「えっ⁉」

 

鏡に反射して映る僕の横には、まるでライダーのカードデッキのような物を持った香川さんが

いて、今まさにそれを鏡に向けて突き出しているところだった。

 

 

「ソレは!」

 

「あの時言ったでしょう__________『清涼祭で会いましょう』、とね」

 

「香川さん、あなた、まさか‼」

 

「ふっ…………変身‼」

 

 

鏡に映った虚像から本人へと視点を移すと、香川さんは右手に持ったソレを上へと放り投げ、

落下してきたソレをタイミングよく掴んで、鏡に映したことで腰に装着されたベルトへと

差し込み、工程を完了させた。つまりアレは、紛れもなく、仮面ライダーへの変身プロセス。

 

一瞬の眩い閃光の後、そこに立っていたのは香川さんではなく、かつて見た漆黒の戦士。

 

 

「オルタナティブ‼」

 

「ゼロ、ですよ。【オルタナティブ・ゼロ】、それがこの代用者(オルタナティブ)の名前です」

 

 

黒く塗り潰されたバイザーを向け、こちらを見据える漆黒の戦士を前に、僕は困惑する。

学校に現れたこと、それ以前に学園の関係者がライダーであることにも驚きを隠せないが、

そんなことよりも、何故自分の正体をわざわざ明かしたのかが、僕には理解できなかった。

 

ベルトもデッキも外見も、何一つ龍騎やナイトと一致しないオルタナティブ・ゼロは、

黒板に立てかけてある鏡に親指を向けながら、ゆっくりとこちらに近づいて話し始める。

 

 

「吉井 明久君。いえ、君を仮面ライダー龍騎と見込んで、頼みがあります」

 

「た、頼みって、何ですか?」

 

「ここでは話しにくいので、鏡世界(ミラーワールド)で話しましょう」

 

 

そう言ってから彼は、「ではお先に」と一言告げてから、設置してある鏡の中へと飛び込んだ。

一体何が目的なんだろうか。僕の目の前で変身して見せて、そのうえで一緒に来いと言われた。

正直言って、警戒せざるを得ない。どう考えても罠の可能性の方が高いだろうし、何も考えずに

ミラーワールドへ飛び込んだら最後、いきなり襲い掛かってくるかもしれない。

 

 

「…………でも」

 

 

そこまで考えてから、僕はオルタナティブ・ゼロと初めて出会った時のことを思い出す。

彼はピンチに陥っていた僕を、助けてくれたのだ。そしてその後も、攻めかかってくることも

ないまま、意味深な言葉だけを残して去っていった。襲うつもりだったなら、ケガを負っていた

あの時の方が絶対に有利だっただろう。そう考えると、彼は安全なのかもしれない。

 

「いや、考えていても始まらないか」

 

 

結局、それだけ頭で考えても、最終的には行動してみないと何も分からないだろう。

着いていった挙句が罠だったとしても、逃げ切ってみせる。むしろ、これはチャンスだ。

妹の、明奈の命を取り戻すためには、どちらにせよあと11人のライダーと戦うしかないんだし、

ここいらで一人減らしておかなくちゃならないだろう。今度こそ、今度こそやってやる!

 

 

「変身‼」

 

 

懐から出したデッキを鏡にかざし、変身の工程を辿った僕は、すぐさま龍騎へと変身し、

何が待ち受けているか分からないことに最大限の警戒をしながら、鏡の中へと飛び込んだ。

 

 

 

 










いかがだったでしょうか?

今回は割とバカテス側で重要な部分が多いので、自然とそちらが多くなりましたね。
しかし、香川先生は科学者だから絡ませやすいのは確かなんですが、どうしても
彼を出すのが早まったんじゃないかという感じが、否めなくもないんですよね。
まぁ、これから先のライダーバトルを激化させるバーサーカーの登場で、
素早く何人か退場していくので、そちらに任せちゃいましょう!

紫の狂戦士で思い出しましたが、なんと復活なされるそうで。
【ビーストライダー・スクワッド】でしたか。完全に戦隊側のコラボ映画に
触発されてますよね、アレ。なんで妙な部分で張り合いをつけようとするのか。
番外映像でもありますが、レジェンドライダーに変身できるシリーズなんて、
本編で使われないのにあんなたくさん造っちゃって大丈夫なんですかね?
ただでさえエグゼイドはCGが現時点でバカにならないらしいのに…………不安です。


やたら長くなってしまいましたね、すみません。


戦わなけれれば生き残れない次回を、お楽しみに!

ご意見ご感想、並びに批評も随時受け付けております!


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問29「騎士と道化師と始まる戦い」



どうも皆様、先日は投稿できず、すみませんでした。
色々と野暮用がありまして、その結果こうして月曜日に書く羽目に………。
日曜日の方が大勢の方が見てくださるんですが、これは仕方ありませんね。

さて今回は、タイトルから大体の内容は察することができるかと。
バカテス側のストーリーばかりに目を向けすぎて、肝心のライダーバトルを
疎かにするわけにもいきませんし、こうしてちょくちょくと戦いを挟んで
行こうかと思っていますが、どうでしょうか?


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

「痛たたたた‼ おい、いい加減に放せ、翔子‼」

 

「………私を置いて帰ろうなんて、甘い」

 

 

チッ、俺としたことがとんでもないヘマをしたもんだ。時間が時間だから、もうとっくに俺を

置いて帰ってるかと思ってたのに、チクショー。まさか校門前で今まで待っていやがったとは。

 

俺は翔子から逃げるために色々と手を尽くしていたんだが、そこに明久が現れて今度の学園祭に

協力してくれ、なんて助けを乞われたせいで、わざわざFクラスの何人かを集めた会議まで開き、

あげくは学園長に直談判までするハメに。面倒なことが嫌いな俺にとっては、はた迷惑過ぎる。

 

だが、明久のおかげと言うべきか。学園が裏で怪しい取引をしていたという事実はさておき、

ついこの間、翔子と約束しちまった『如月ハイランド』への優待チケットの知りたくもなかった

裏事情を知ることとなった。明久と今日話さなかったら、俺は学園祭が終了すると同時に翔子と

籍を入れる未来に縛られていたかもしれん。そういう意味では、アイツに感謝しておくべきか。

裏事情を知らなければ、翔子は間違いなくただのプレオープンペアチケットを手に入れるために

召喚大会に参加し、Aクラス主席の力を以てこれを入手。あとはもう、考えたくもねぇ。

 

とにかく、これで俺も戦わざるを得ない理由ができたわけだ。あーあ、お先真っ暗だぜ。

 

 

「………雄二、もっとくっつく」

 

「だぁあああぁああ‼ お前、バカか! 関節技(サブミッション)キメながら距離を詰めるな‼」

 

「………何のことか分からない」

 

「お前なぁああああああ‼ 肘が‼ 俺の肘が明後日の方向に⁉」

 

 

お先真っ暗というか、お肘真っ黒というか。変色し始めてるじゃねぇか!

 

 

「ったく! 毎度毎度死にかけてたまるか!」

 

「………残念。もっと雄二に近付きたいのに」

 

「関節技さえキメなきゃ、俺もさして抵抗しねぇよ」

 

「………何のこと?」

 

「オイ、嘘だろ? お前アレ素でやってんのか? 嘘だろ?」

 

 

強引に振りほどいた肘をさすりながら、既に陽が落ちて薄暗がりが増えた通学路を下校する。

やたらと長い下り坂を並んで歩き、そこから同じ道を通って俺たちは家路へと着くのだ。

翔子と俺の家はそこまで離れてねぇから、自然とお互いの通学路は同じになるわけだが、

こうも毎度毎度酷い目に遭わされたら、誰だって嫌がると思うのが普通だ。何故分からん。

 

西の空に陽はとっくに沈み、近くに見えてきた街並みの明かりが光源となって夜空を照らす。

星の光も輝いてはいるが、やっぱり人工物の光の方が明度が高いな。これも文明の利点ってか。

しかし、アレだな。俺は割とホラー系に耐性があるからさほどでもねぇが、それでもやはり

街灯のない通路とか、人気のない暗がりなんかは、不気味なものを感じる。怖くはねぇぞ。

ただ、こういう暗闇の中で突然物音がしたりすれば、いくら俺でも多少ビビったりはするさ。

だからなるべく速足で過ぎ去る。人っ子一人いない薄気味悪い通路とか、眺めても意味ねぇし。

 

 

「………雄二」

 

「あ? なんだ?」

 

「………アレ、なにかな」

 

「アレ? どれだよ」

 

「………あそこ」

 

 

暗がりの方へ目を向けないように前を見つめながら行こうとすると、横合いから服の裾を

引っ張られて、翔子に何かを尋ねられた。オイオイ、勘弁しろよ。この歳でお化けだとか

言うつもりじゃねぇだろうな。つーか、本気でやめろ。冗談にしても場所選べっての。

 

翔子に促されて周囲を見ても、何もない。そしたら翔子が、ゆっくりと道の奥を指差した。

俺たちが進んでいる通路の真横だな。確か、あそこを曲がるとすぐ先にT字路があるはずの。

周囲の暗さと、まだ完全に夜になりきっていないというシチュエーションが、今まで見てきた

数々のホラー映画などの一部と合致し始める。バカ野郎、こんなんで俺がビビるかってんだ。

 

さりげなく翔子を背中へ移しながら、俺は目を凝らして指先が示した暗がりの先を睨む。

 

 

「……………ん?」

 

 

そして、俺の瞳は何かを捉えた。

 

直後に、瞳だけでなく、耳も何かの音を拾った。

 

「………雄二」

 

「よく見えん。だが、人の足っぽく見えたな」

 

「………足?」

 

「ああ。でも、立ってたわけじゃねぇ。完全に横向いてた」

 

「………寝てる時みたいに?」

 

「そんな感じだな。ホームレスかなんかだろ」

 

 

明かりに乏しい通路の奥で微かに動いていたのは、人の足。まぁ、靴は履いてたけど。

翔子が言うように、完全に真横を向いていたその足は、例えるなら寝ているような状態だ。

ただ、自分はホームレスだって言ったが、そうは思えない。若干だが、下に履いていたのは

革靴っぽかったし、ここは町のはずれだって言っても、浮浪者がいたのは見たことがねぇ。

何か、何かがおかしい。それにさっきから、何か聞こえる。薄気味悪くなる、変な音が。

 

 

ずるずる、ずるずる

 

 

また聞こえてきた。何なんだ、この音は。いや待てよ、コレって、引きずる音に似てないか。

アスファルトの地面と擦れるのも構わずに、力任せに引きずっているような音が聞こえる。

それも、今しがた睨みつけている通路の奥から。ここまでくると、背筋に鳥肌が立ちそうだ。

 

 

「………雄二?」

 

「妙だ」

 

「………どうしたの?」

 

「あの足、動いてる………真横向きながら自分で動けるか? 無理だろ、絶対」

 

「………誰かに、引っ張られてる?」

 

「かもな。行くぞ、翔子」

 

「………うん」

 

 

どうもおかしい。嫌な予感が実感となって、いつの間にか握っていた拳の内側に、大量の

脂汗を掻かせてくるが知ったことじゃねぇ。まったく、一体何がどうなってやがるんだ。

 

流石に無視していくわけにもいかず、俺は翔子を背に庇いながら、通路の奥へ足を踏み入れる。

一歩ごとに周囲の暗さが増していき、街灯の明かりが徐々に離れていってしまう。

少しばかりそれが心細く感じるが、そんな情けない姿を翔子にだけは見せるわけにはいかねぇ。

半ば意地になった状態のまま、俺はすぐ手前まで迫っていた通路の曲がり角を、覗き込んだ。

 

 

「なっ⁉」

 

 

そこには、何もなかった。

 

いや、正確には、二つだけあった。明らかに異常なものが、二つ。

 

 

「なんで、こんなところに血痕があんだよ‼」

 

 

一つは、おびただしい量の血の痕だ。通路を曲がったところから、至る所が遍なく赤い。

しかもソレは、何故か緩やかな線を描きながら、少し先のカーブミラーまで続いていた。

そしてこれもまたおかしなことに、そのカーブミラーの下で、血痕がプッツリ途切れている。

 

 

「………なに、これ」

 

「見るな翔子‼ 後ろにいろ‼」

 

「………でも」

 

「いいから‼ それと、すぐに警察に連絡しろ‼」

 

「………わ、分かった」

 

 

異常なものはもう一つある。さっきの足が履いていたっぽい、上品な見た目の革靴だ。

さっき俺が見た時はちゃんと、二足そろってたはずだ。なのに今は、片方しかない。

これも血痕と同じで、カーブミラーの真下に転がってる。いったい、何がどうなってる。

 

 

この時の俺たちは、あまりに日常からかけ離れた光景を見たせいで、狼狽し、混乱していた。

だから、気付けなかった。いや、気付いていても、幻覚か何かだと割り切っていただろう。

 

俺たちが不可思議な惨状に竦む中、カーブミラーには黒い騎士の姿が映り込んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤髪の青年と黒髪の美少女が戦慄するカーブミラーの、その向こう側にある世界の中では、

全身を黒い強化スーツに身を包み、白銀の鎧を一部まとった黒騎士が異形と戦いを終えていた。

 

 

「ふん、ファイナルベントを使うまでもなかったか。大したエサにはならないかもな」

 

『キュイィィ‼』

 

「…………まあいいか」

 

 

勢いに任せたこともあってか、肉体的疲労が思っていた以上に重くのしかかってきているため、

その黒騎士________仮面ライダーナイトは、手にした細身の剣を杖代わりにして佇んでいる。

 

彼の上空には、既に暗くなっている夜空と同化するような色合いをした、彼の契約モンスター

であるダークウィングが旋回しつつ飛翔していた。ナイトが斃した敵モンスターの肉体から

抽出されたエネルギーを取り込むと同時に、用は済んだとばかりに去っていったが。

 

大したケガもなく無事に戦いを終えたナイトだが、何故かその場から動こうとはしない。

否、彼は動くことができないのだ。戦い始めた時から感じていた、何者かの気配を察知して。

 

 

「………最近、どうも誰かに監視されているような気がする」

 

ポツリと呟くようでいて、周囲にも聞こえるほどの音程で言葉を漏らしたナイトは、

自分が今いる通路を一望できる場所はないかと首を動かすが、それは徒労の結果に終わる。

ナイトがモンスターを倒し終えた通路。そこに面している家屋の屋根の上に、ソレはいた。

ソレはしゃがみこんでいた姿勢を正してから、一回の跳躍でナイトの目の前に降り立った。

 

 

「お前は、あの時の」

 

「油断も隙もねぇ奴だ。龍騎とかいうケツの青っちょろいガキの方が、よっぽど楽かもな」

 

「………シザースの一件以来、ずっと俺たちを監視していたのか」

 

 

夜の帳が下りた町の通路に現れたのは、いつぞやの戦いで乱入してきた、若草色のライダー。

過去にナイト自身が苦戦を強いられ、撤退を余儀なくされた因縁の敵、仮面ライダーベルデ。

 

人を小馬鹿にしたような態度を取る相手だと知っているナイトは、自身に冷静を心がけるべきと

内心で言い聞かせて、今度は奴の口車に乗せられないように慎重になろうと、警戒心を強める。

逆にベルデの方はと言うと、先ほど以上に警戒する雰囲気が増したナイトからの威圧感を受けて、

やはり襲撃するのは龍騎の方にすれば良かった、と若干後悔していた。

 

そんなベルデは、ナイトからの高圧的な言葉に返事を返す。

 

 

「ああ、そうだ。あの時はお前らのおかげで、楽に一人脱落させられたからな」

 

「お前がやらなくても、俺がやっていたさ」

 

「そいつはどーかな? 龍騎みたいなガキとつるんでんだ、お前も充分ガキなんだよ」

 

「俺はアイツとは違う‼」

 

 

ベルデの態度と言動を前にして、早くも冷静な心が乱されかけていると我に返ったナイトは、

右手に持った細身の召喚剣を強く握りしめて、そのまま剣の切っ先を眼前の敵に向ける。

 

 

「御託はいい。言葉遊びも御免だ。さっさとかかってこい」

 

「へっ、手っ取り早くて助かるね。でもいいのか? 龍騎のヤツを呼ばなくて」

 

「言ったはずだ、俺はアイツとは違うとな!」

 

「どーだかな。ああそれと、あのガキ。ゾルダの野郎とも手ぇ組んでるみたいだぜ?」

 

「なに?」

 

「へっへっへっへ………確認してないのか?」

 

「黙れ。そっちからこないなら、こちらからいくぞ‼」

 

「チッ………好きにしろよ」

 

 

再三にわたって口八丁を披露するベルデに、ナイトは聞く耳を持たずに剣を構えた。

その様子を見て、これ以上はもう効果は見込めないと悟ったベルデもまた、寸分の隙も

見せない黒騎士の姿を前にして、両手を広げた独特のスタイルで応戦の意思を見せる。

 

しかし、この場でナイトだけが、自分が不利な状況にいると理解していた。

 

彼はつい先ほどまで、モンスターと戦っていたのだ。大したケガもしなかったうえに、

ベントカードもほとんど使用してはいないため、ライダーと戦う分のストックは充分にある。

けれど、確実に勝てるという保証はない。何故なら、彼のまとう鎧には、制限時間があるからだ。

おそらくベルデは、それを消耗させた状態で戦うことを、その有利さを熟知しているからこそ、

今までのように遠巻きから監視して、絶好のタイミングを狙って現れたのだろう。

 

つまり、今回の戦いで圧倒的に有利なのは、言うまでもなくベルデの側だ。

 

 

(……………今の様子じゃ、あと六分といったところか)

 

 

変身直後でも、十分未満しかない制限時間だ。これ以上、下らない舌戦に費やす無駄な時間は

あるわけがない。それが分かっているからこそ、ナイトは早期決着に対して焦っていた。

 

内心で焦燥感に駆られるナイトと、道化師のように敵を翻弄するベルデが、対峙する。

 

「いくぞ!」

 

「どこからでも来いよ!」

 

 

光源が遠くの方で、夜闇を寂しく照らす反転した夜景の中、ライダーバトルが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは、この感覚は!」

 

「ええ、誰かと誰かが戦っているようですね」

 

 

僕がDクラスの教室に立てかけてあった鏡を通じて、この鏡世界(ミラーワールド)へとやってきた直後に、

仮面ライダーとして戦う者だけに作用する、特殊な反響のようなものが頭に響いてきた。

モンスターとライダーの反応は、結構違うから僕でも分かる。これは、ライダーとライダーだ。

つまりこれは、どこかでライダーバトルが始まったということに他ならない。

 

本当ならば、僕はすぐさまそこへ駆けつけて戦いたい。ライダーを一人でも減らしたい。

人を殺すという事実に変わりはないけれど、それでも、僕は明奈の命を手に入れたいから。

そんな僕の焦りを理解しているかのように、眼前の香川さん________オルタナティブ・ゼロは

龍騎へと変身した僕の肩に手を置いて、「まずはこちらの話の方を優先すべき」とだけ語った。

ライダーバトルよりも優先される話なんて、本当にあるんだろうか。あったとしても、どんな。

 

戦いを無視してまでの話の内容が気になり、僕は彼に食ってかかる。

 

 

「話してください、香川さん。一体何の目的でこんな」

 

「その前に、いいですか? 今のあなたは龍騎、私はオルタナティブ・ゼロです」

 

「は?」

 

「ですから、いくら人気(ひとけ)の少ない場所を選んだといっても、誰かに聞かれる可能性がない

わけでもないんですよ。ですので、なるべく本名は避け、ライダーとしての名を使うべきです」

 

「は、はぁ………」

 

「以後、気をつけなさい。おっと、それよりも本題でしたね」

 

 

話の内容を聞くことに焦るあまり、確かに僕は周囲に気を配ってなどいなかった。

余裕がないといえばそれまでだけど、彼の言う通りだと遅まきながら理解はできた。

今後はこういうことにも、気をつけなくちゃいけないよな。やっぱり難しいんだなぁ。

 

って、今はそれよりも大事なことがあるんだった。気を引き締めないと。

 

気を取り直した僕は、本題に入るという前置きのもと、香川さんの話に耳を傾けた。

 

 

「君の妹が失踪したその理由、知りたくはないかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ………ハァ……くっ!」

 

【SWORD VENT】

 

「……ハァ………ハァ……チッ!」

 

【HOLD VENT】

 

 

戦闘を開始してからおよそ二分ほど経過した頃、ナイトは召喚機と剣が一体化している

ダークバイザーで中距離戦を展開し、逆に徒手空拳のベルデはそれらの斬撃を潜り抜け、

蹴りや手刀を浴びせていた。だが、一向に埒が明かないと判断した二人は、ほとんど同時に

デッキからカードを抜き取り、自分の持つ召喚機へと装填し、新たに武器を召還する。

 

ナイトは、漆黒の夜空と同じ色合いをした、重厚なウィングランサーを手にして構え、

ベルデも、自身の契約モンスターの一部である、バイオワインダーを右手に装備した。

 

今度は互いに武器を手に取り、得物を持つという点ではアドバンテージは五分五分だが、

直接矛を交えたことが今まで一度もなかった二人は、武器の相性を熟知してはいない。

 

「そらよっ!」

 

「なにっ⁉」

 

 

先攻を取ったのはベルデ。彼はバイオグリーザの目と思わしき部位を模った武器である、

バイオワインダーを巧みな手捌きで操り、ランス系の武器であるウィングランサーを

構えたナイトに一撃を与えた。そのことに驚愕するナイトは、相手の武器を把握する。

 

(なんだあの武器は! 投擲武器かと思ったが、ヨーヨーみたいなものなのか⁉)

 

 

ナイトにダメージを負わせたソレは、シュルシュルと音を立ててベルデの右手へと戻り、

そのまま掌の中に再び収まった。その見た目はさながら、射程距離の長いヨーヨーである。

円盤状の見た目から、投擲するタイプの武器だと勘違いしていたナイトは、ここにきて

自らが鈍重で巨大なランスを召還した判断を、過ちだと悟り、内心で自らを叱責した。

ベルデの方は、敵の召喚した武器が大きめのランスということで、遠距離からチマチマと

攻撃できる武器をセレクトすれば、いい時間稼ぎ程度にはなるとだけ考えていたのだが、

これが意外にも相性が良い。当たりを引いたと内心小躍りしかけるベルデは、そこから

右手だけでなく、全身を用いて舞うように身体を動かし、己の武器を自由自在に操る。

 

 

「そーりゃ!」

 

「くっ!」

 

「ははっ! どーしたぁ?」

 

「チィッ!」

 

「はっははは! 無様だなぁ、ナイト‼」

 

 

糸でつながっているとはいえ、必ずしも放物線を描いて移動するというわけではなく、

ベルデの挙動一つでその方向を変え、不規則な軌道へと曲がり、ナイトを翻弄していく。

巧みな体捌きで舞いながら、右手に戻ってくる円盤を瞬時に放り返すその姿はまるで、

大玉の上に乗りながらジャグリングをする道化師さながら。怪しく、けれど実直な動作。

 

トリッキーな攻撃方法に押され気味なナイトだったが、これまでの戦いの場数の違いから、

ベルデの攻撃は、一回一回がさほど攻撃力がないことを理解し、攻勢に打って出た。

 

 

「はぁ!」

 

「へっ、そんな鈍い槍が当たるかよ!」

 

「それはどうかな」

 

「なに?」

 

 

切っ先を左に向けたウィングランサーを、射程範囲にベルデを捉えた瞬間横薙ぎに振るった

ものの、軽業師のような軽快な回避によって躱される。が、彼の狙いはベルデではない。

 

ベルデが投擲し、糸を伝って持ち主の右手へと舞い戻らんとするバイオワインダーの糸。

そこにウィングランサーをぶつけて、糸の軌道を無理やり変化させて自分へと向ける。

 

 

「なんだと⁉」

 

「狙いはお前じゃない。初めからコイツだ」

 

「武器破壊だと…………味な真似を‼」

 

そう、ナイトが狙っていたのは、その性質上糸と直結している武器そのものだった。

彼の目論見通り、ウィングランサーの太い部分に糸が絡め取られ、そこをなぞるようにして

バイオワインダー本体がナイトの手元にやってきた。それを手にしたナイトは、握り砕く。

ガラスが割れるような音を立て、ベルデが召喚した武器が粉々になって消滅した。

 

 

「無様だな、ベルデ」

 

「この、ガキがぁ‼」

 

 

中距離以上の間合いから攻められる利点を失ったベルデは、ナイトが意趣返しの意を込めて

口にした自らの言葉を受けて、たちまち激昂する。しかし、それで現実は変えられない。

一気に不利な状況に追い込まれたベルデは、次なる策を考え、実行しようとデッキに手を伸ばし、

その行動を目聡く察知したナイトも、同じく対抗しようとデッキからカードを抜き取ろうとする。

 

ところが、両者の取ったその行動は、横合いからの第三者によって中断させられた。

 

 

「ん~~…………あアァ‼」

 

「ガハッ‼」

 

「ぐあっ⁉」

 

 

誰もいないはずの通路の奥から、何者かが急接近してきたかと視界の端で捉えた直後には、

ベルでもナイトも一瞬のうちにそれぞれの装甲から火花を散らし、同時に膝から崩れ落ちる。

 

いきなりの不意打ちにロクな防御など取れるはずもなく、ただでさえ残り時間の少なかった

ナイトは、さらにその限界時間を縮めてしまうことになった原因を、立ち上がって睨みつける。

黒騎士の兜の隙間から覗く視線の先には、彼が未だかつて出会ったことのないライダーがいた。

 

 

「なぁんだァ……? もう祭は終わったのか?」

 

「やってくれるなぁ。お前、新しいライダーか」

 

「その紋章………まさか、王蛇⁉」

 

「ォお………暴れ足りない、もっと俺を楽しませろォ‼」

 

 

強化スーツ同様、その全身を毒々しい紫色が染め上げ、肩部が異様に鋭く突き出た装甲や

頭部には、神秘さではなく暴力性を感じさせる激しい金色のラインが輝いている。

言葉の節々から伝わってくる戦闘意欲を前に、ベルデもナイトも否応なく体勢を整えた。

 

 

「はっはっは………そォだ! まだ祭はこれからだろぉ‼」

 

「やれやれ、また面倒な奴がライダーになったみたいだな」

 

「こんな時に限って、くそ!」

 

 

無傷とまではいかないものの、攻撃手段を一つ失っただけの軽微な損傷のベルデに対し、

装甲のあちこちが還元され始め、サラサラと音を立てて鎧の一部が崩壊しているナイト。

その両者をギラギラとした狂気を孕んだ視線で見つめる、紫色の仮面ライダー、王蛇。

槍を手にする黒騎士と、飄々とした道化師、そこに戦いを祭と称する狂戦士が加わり、

願いを叶えようと生命を奪い合い、他者を蹴落とすライダーバトルが、さらに激化する。

 

 

 

 









いかがだったでしょうか?

本編の番組中盤から後半にかけては、本当にどこにでも湧いて出るように
戦いに参加してましたからね、王蛇さまは。あの戦闘狂め、なんて便利なんだ。

さて、明久が香川と接近する中で、新たな戦いの幕が上がりました!
こんなんでバカテスの本編も龍騎の本編も進めていくことができるのか、
いささか不安で仕方ない私ですが、ご期待に添えられるよう頑張っていきます!


それではまた、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!

ご意見ご感想、並びに批評も大歓迎募集中でございます!


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問30「僕と戦いと目の前の事(前編)」



どうも皆様、「小説家になろう」に手を出そうかと考えている萃夢想天です。
ただでさえ手が回らない上に文章力もポンコツな私が、あんな神聖な舞台に
足を踏み入れようなどと、思い上がりも甚だしいのは分かっているんですが。

友人が真剣に小説家を目指していて、彼を追いかけるようにしてSSを書く
自分を見つめなおしたら、私もいよいよと思ったのですが…………。


恒例の私事はここまで。


前回は、王蛇が乱入したところで終わっていましたね。
現在連載中の他の作品でもそうなのですが、たまに執筆がはかどらない事態、
いわゆるスランプに現在陥っておりまして。上手く筆が乗らないんですよね。
そのせいで日曜日更新がズレにズレて、まさかの水曜日に更新する羽目に。


愚痴はここまでといたしましょう。
それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

陽は完全に落ち、周囲を静寂と暗闇が支配する春の始夜。

全てが反転した世界の中、男たちは集った。

 

身の丈ほどはある重鎗を構えながらも、受けた傷によろめく黒騎士ことナイト。

若草色の装甲のあちこちにヒビを奔らせ、しかし余裕のある道化師ことベルデ。

毒々しい紫の装甲に身を包み、片手剣ベノサーベルを振るう狂戦士こと王蛇。

 

ひとたび鏡の世界で出会ったなら、己の命を賭けて戦う宿命にある三人の戦士たち。

自身が抱く願いを叶えるために、十二人の命を奪い合い、唯一の勝利者を決める戦いに

勝ち残ろうとする黒騎士と道化師の前に、戦うことこそが願いである狂戦士が現れた。

 

 

「ははァ………楽しい祭は、ここからだァ!」

 

命の奪い合いを"祭"と称して昂る王蛇は、湾曲したドリル状の武器、刃のない片手剣を振り上げ、

動きを見せようとしないナイトとベルデに戦いを促す。けれど、二人は一向に戦いを始めない。

否、戦いを始めるつもりが無いのだ。

 

彼らとて、自分のコンディションと態勢が万全であったのなら、王蛇の誘いに乗ったのだろうが、

今はとてもではないが勝負に出られるほどの力は無かった。カードもそれなりに使用した以上、

相手の実力が未知数な時点で、ナイトもベルデも真っ先に考えついたのは、撤退であった。

 

ナイトは特に、早急な対応が求められる状況にある。

ミラーモンスターとの戦いを終えた直後、ベルデから戦いを吹っ掛けられて応戦。しかしながら、

予想以上の苦戦を強いられてしまったため、ナイトの鎧に受けたダメージ量も決して少なくない。

この場は退こうと考え始めたころになって、第三のライダーが介入してきたとあっては、普通に

考えて一番最初に撤退の二文字が頭に浮かぶ。よってナイトは、この戦闘からの離脱を決定した。

 

しかし、この場に於いてもう一人、より効率的で合理的な撤退策を考えた者がいる。

 

 

【FINAL VENT】

 

「なに⁉」

 

「ァあ?」

 

 

街中に配置されている街灯のわずかな明かりの下で、仮面越しに聞こえてきた電子音声の内容に

ナイトは驚愕し、王蛇はようやくやる気になったかと内心喜んでいた。そして、彼は動き出した。

 

乱戦模様の現状、この混乱を利用して一人でも多く敵を倒そうと、そう考えたベルデが動いた。

 

悟られぬようにデッキから抜き取ったカードを、左太腿にある召喚機バイオバイザーから伸びる

糸に取り付け、瞬時に手を離した。すると糸は自動で巻き戻り、本体へと装填されていく。

そうして人知れず発動された必殺の一撃、その矛先は王蛇_________ではなく、ナイトだった。

 

 

「ヘっヘヘ…………ハッハァー‼」

 

 

唐突に宣言されたファイナルベントに驚く二人をよそに、ベルデは行動を開始する。

まず、ナイトの後方に音も無く契約モンスターのバイオグリーザが現れ、口内から伸びる舌を

街灯の緩やかに曲がった部分へと向けて伸ばし、三重ほどにグルグルと巻き付ける。

そこからさらに伸びる舌は、対角線上にいるベルデへと向かっていき、そのタイミングを完璧に

把握している彼は、自分の真上に舌先が来た瞬間にバック転の要領で跳躍し、足に舌を絡ませた。

 

客観的にその技を説明するのなら、大道芸人やサーカス一座が演目で行う、空中ブランコの如く。

宙吊り状態になったベルデは、空いた両腕をいっぱいまで広げながら、振り子と同じ運動方法で

前方でこちらを警戒しているナイトの、その足元へと急速に接近していった。

 

ベルデのファイナルベントの名は、『デスバニッシュ』という。

コレは、全ライダーが所有するファイナルベントの中でも、対人戦に於いて最強を誇る技である。

その理由は単純明快。このデスバニッシュは、そもそもライダーを仕留めるためにある技なのだ。

この技が発動し、このままベルデが順調に事を運べば、ナイトの命運は間違いなく尽きる。

振り子の運動によって、街灯を主軸に扇状の移動をする彼は、掻っ攫うようにしてナイトの足を

両腕でホールドした後、足に巻かれた舌を離させ、運動エネルギーと自然落下の二つを利用して

ナイトを始末するのだ。ナイトの足を掴み、両脇を自身の足で踏み、その態勢のまま地面へと

敵を頭から叩きつける。平たく言ってしまえば、空中で行うパイルドライバーである。

 

人間は弱点が多い。そしてその構造上、首の骨が折られただけでも、生命活動を維持できない。

ベルデのファイナルベントは、敵を頭から地面へ激突させるため、一度捕縛に成功すれば、

あとはもう間違いなく敵と葬り去ることが可能な技。それが今、満身創痍のナイトへ迫っていた。

 

 

「逃げるにしても、一人潰してからの方がいいよなぁ! せっかく弱り切ってる奴を前に、

尻尾だけ巻いて逃げ帰るってのも勿体ねぇ! コレでまた一人脱落だ、あばよナイトォ‼」

 

 

空中ブランコをしながら迫るベルデが、地面すれすれを滑空しつつ高らかにまくし立てる。

この技は対人戦に於いて最強と説明したが、だからといってモンスターに通じないという

わけでもなく、人型に近しい外観のモンスターであれば、大抵同じ末路を辿らせられる。

ベルデはこれまでの経験上、ダメージが蓄積したことで撤退を視野に入れた敵ほど、

単なる攻撃や追撃よりも、とどめの一撃を加えられるという方がよりプレッシャーとなることを

理解していた。さらに、ナイトにはかつて、キャンサーを始末する際にこの技を見られている。

デスバニッシュは、正面からの一対一という戦闘には不向きな技で、むしろ奇襲や不意打ちなどの

暗殺系統の技であることを、ベルデは熟知している。故にこの一撃は、必殺でなくてはならない。

 

一度目に始末し、二度目があるならば完全に抹殺する。三度も同じ技を目撃されてはならない。

いきなり最終技を繰り出してきたベルデに、警戒心を塗りつぶす驚愕によって対応が遅れた

ナイトは、何とか急接近してくる敵を排斥しようと重鎗を構えるが、もうその行動は遅過ぎた。

 

迎撃態勢を整えようとした頃にはもう、ベルデの死の抱擁が、ナイトの足元まで近付いていた。

 

 

「ォあア‼」

 

 

だが、死の抱擁がナイトの足を抱き締める寸前、王蛇の持つサーベルがベルデの胴を切り裂く。

 

 

「がッッ⁉」

 

 

宙吊りの状態で逃げ場のないベルデは、自分の運動エネルギーも相まって、相当な深さでの

切り傷を胸部から胴部にかけての装甲に受けてしまい、一瞬でナイト以上の痛手を負った。

 

あちこちに奔っていたヒビは、今の一撃を受けた箇所から伸びる亀裂とつながり、より大きな

ヒビとなって装甲を隅から破片へと変えていく。もはやベルデは、己の身を守る鎧が機能を

果たすことのできぬ状態となっていた。しかしながら、ここで手を休めるほど王蛇は甘くない。

 

 

「ハッハハ………ハッ! オラッ!」

 

「ぐっ___________あああぁぁ‼」

 

「ォお………いいぞ、コレだァ。この感覚だァ、俺を楽しませてくれるのは‼」

 

ファイナルベントが不発に終わり、さらに深く重い一撃によって道端に雑草のように転がった

ベルデに近づき、王蛇は痛みに悶え苦しむその体へ、何度も何度も力を込めて足踏みを繰り出す。

狂戦士の足が打ち下ろされるたびに、ベルデの体からは装甲が消え、代わりに苦痛の悲鳴が響く。

戦う事で何かしらの快楽を享受しているらしい彼は、欲望の赴くままに足を交互に打ち下ろした。

 

「はッ! はァッ! ハッハァッ‼」

 

「ガハッ、ぐぅ! クソ、がアアァァ‼」

 

 

子供がお気に入りの玩具に夢中になるように、王蛇はひたすらベルデの体をその足で踏み抜く。

戦う事の悦楽に浸り、敵を足蹴にして優位を誇る行為が、彼の中にある攻撃性をさらに刺激し、

一発を入れるたびに、どんどんその威力と力のいり具合が増していく。その姿は、まさに狂戦士。

 

だがここで、振り降ろされ続ける王蛇の右足をベルデが掴み、仮面越しに怨嗟の声を張り上げる。

 

 

「イイ気に、なってんじゃ、ねぇぞ…………ガキがぁぁああぁ‼」

 

 

仰向けに倒れたことが功を奏したのか、両手で掴んだ王蛇の右足へ向けてさらに自身の両脚を

絡ませ、そのままベルデは本来なら曲がり得ない方向へと、全体重をかけて掴んだ足を抑え込む。

型にすらなっていない寝技によって固められ、極められた右足から想像を絶する痛覚信号を送り

込まれた王蛇は、ベルデの動きとともにもんどりうちながら、アスファルトへと倒れこんだ。

 

完璧に足を極めた道化師は、そのまま右足をへし折ろうと力を込め、あらぬ方向へと全体重を

かけていこうとしたが、危機を察知した狂戦士の左足の蹴りが若草色の背中を猛烈に踏み抜く。

 

 

「ぐおッ! くっ、ああ、畜生………クソが‼」

 

「ァあ………おオォ、ハハハ! まだまだ、祭はこれからだよなァ‼」

 

「何なんだテメェは! ああ、最悪だ‼ ナイト、お前の始末は先延ばしにしてやる‼」

 

【CLEAR VENT】

 

「ッ! 待て‼」

 

 

蹴られた衝撃を利用して王蛇から離れたベルデは、そのまま急いでデッキからカードを取り、

バイザーに装填して効果を発動させた。彼が使用したカードは、自身を透明化させる効果を

発揮し、全身を完璧な光学迷彩で包み込んだ。このカードを使う場面は、ベルデにとって二つ。

 

奇襲を仕掛けるための接近。そしてもう一つは、言わずもがな、戦線からの離脱・撤退である。

 

姿を消したベルデは、ナイトと起き上がった王蛇をその場に残して、戦闘区域から逃げ出した。

追撃しようにも、姿は見えないうえに自分の身も危ないため、ナイトはやむを得ずベルデを

取り逃がすことを選択する。今は、逃げを選んだ敵よりも、より厄介で危険な敵がいるのだ。

 

「………この状態で、どこまでやれるか分からんが」

 

「なんだ? これからが楽しくなるところだろォ…………まァ、お前でも楽しめそうだな」

 

「逃げておいた方が良かったと、後で後悔する事になるぞ」

 

「俺は今が楽しけりゃそれでい_____________あン?」

 

 

大層大きな口を叩くナイトではあるが、その実、内心では撤退のための策を考えていた。

彼自身、この数分にも満たない邂逅の間に、目の前のライダーの異常な強さは感じている。

ファイナルベントを発動している相手へ、逆に自分から突っ込んでそれを迎撃するなどとは、

常人の考えではない。自分へ矛先が向けられていないのであれば、普通は傍観するだろう。

だが、このライダーはそうしなかった。加えて先ほどからの言葉の通り、戦意に溢れている。

 

逃がしてくれるとは思えない。どうにかして逃げなくては。

 

ナイトがそう考え、撤退する策を内心で練り始めた時、ふと王蛇の視線が別を向いた。

自分よりもさらに後ろへと向けられた視線に気付き、ナイトも同じ場所へ視線を向ける。

 

そして、本日何度目になるかも分からぬ驚愕に、身を震わせた。

 

 

「なっ………龍騎、何故お前が⁉」

 

「おォ、あの時の奴かァ………‼」

 

『………………………』

 

 

ナイトの背後には、一言も発することなくただ、呆然と立ち尽くす龍騎の姿があった。

 

時間帯が完全に夜となっているためか、いつもよりやけに暗い雰囲気を感じさせるが、

それでも外見は完全に龍騎のソレであった故に、ここにいることが不自然でならない。

それに、普段ならばライダーがミラーワールドに入る際に感じられる、頭に直接響くような

あのエコーのような感覚が全くなかったのもおかしい。何かが、どこか、不可解なのだ。

 

佇んだまま一言も発さない龍騎を訝しむナイトとは真逆に、王蛇は怒りを露にしていた。

ナイトは知らぬことだが、王蛇は前に一度龍騎と戦ったことがあり、その圧倒的な戦闘力を

以て攻め立てたものの、目を見張るような大反撃に遭い、完全に打ち負かされたのだ。

 

その一件以来、王蛇はいつか龍騎を打倒しようと、日々機会を得ようとライダーとしての

戦いに慣れるべく、時間があればミラーワールドに入るようにしているほどだった。

 

 

「はァァ………ちょうどいい。一人減ったから、お前も祭に参加しろ」

 

『……………………』

 

 

ベルデが逃げ出した状況を祭で例える王蛇だが、何故か龍騎は無言のまま立ち尽くすだけ。

依然とどこか様子が違う事にやっと気付いたのも束の間、手にしていたベノサーベルの

制限時間が終了したことで、ガラスが割れるような音とともにそれは粉々に砕け散る。

しかし、得物が無くなったことなど意に介さず、王蛇は徒手空拳で龍騎に襲い掛かった。

 

首をぐるりと回し、コキコキと音を鳴らしてから駆け出した王蛇は、ほんの数秒で距離を

詰め切ったかと思うと、両手を握り拳へと変えて構えも何もない戦法で、豪快に振るう。

 

 

『…………ふん、遊んでやるか』

 

 

ここで初めて言葉を発した龍騎は、目前まで迫っていた王蛇の拳を、何事もなく捉えた。

大の男が大振りで振るった拳を、いとも容易く受け止めて見せた龍騎に、流石のナイトも

ここで違和感が確信に変わる。龍騎の姿をしているが、目の前にいる奴は彼ではないと。

 

それは王蛇も同様で、あの時戦った龍騎は少なくとも、こんな余裕のある戦い方をする

ような人物ではなかったことを思い出し、力を込めても動かない拳を睨んで怒鳴った。

 

 

「誰だお前、アイツじゃないのか………?」

 

『いいや、正解だ。俺はアイツで、アイツは俺だからな』

 

 

対する龍騎は事もなげに返答を示し、受け止めた拳を解放したかと思うと、蹴りを入れる。

ガラ空きだった胴体に鋭い蹴打を撃ち込まれた王蛇は、大きくのけぞって夜空を見上げた。

それが皮切りとなって、龍騎の烈火の如き攻撃が、幕を開ける。

 

蹴りの一撃でのけぞる王蛇の懐へと潜り込み、上体を起こされる前に右脇腹へブローを

打ち込んだ龍騎はそこから、下腹部、右肩部、左胸部と、すさまじい拳の乱打をち叩き込む。

 

『弱いな』

 

 

一撃一撃がとてつもなく重いのか、傷の無かった王蛇の鎧がみるみるうちに蹂躙されていき、

拳の雨が一通り止んだ頃にはもう、ヒビのない箇所を探す方が苦労しそうな有り様であった。

たった十数秒の攻撃だけで王蛇は崩れ落ち、幽かな街灯がゴング代わりに勝者を照らす。

しかし龍騎は、膝から倒れ伏すところだった敗者を掴んで引き立たせると、そのまま静かに

右拳を握り、腰の後ろへと引き溜めてから前方へ押し出し、狂戦士を一発で吹き飛ばした。

 

街灯の明かりも届かぬ暗闇の先へと飛ばされた王蛇は恐らく、戦闘不能にされたはずだ。

強固な装甲にヒビを入れるほどの拳を受けた後に、ここまでの一撃をまともに喰らったと

あっては、いくら戦闘狂であったとしても不死身ではない。もう立ち上がれないだろう。

 

 

「はっ! そうだ、龍騎‼ アイツは__________いない⁉」

 

 

そんな事よりもと周囲を見回したナイトだったが、既に龍騎の姿はどこにもなかった。

気配を察知されることなく突然に現れ、同様に何の手がかりも残さぬまま忽然と消える。

 

いつの間にかいなくなっていた龍騎の存在に、ナイトは困惑することしかできなかった。

 

 







いかがだったでしょうか?

申し訳ありません、本日は本調子ではない上に短すぎましたね。
本当ならば明久の方も触れる予定だったのですが………何とも情けない。


それではまた、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに質問や厳しい批評も大募集しております!


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問31「僕と戦いと目の前の事(後編)」




どうも皆様、理由も無しに前回の投稿をサボった萃夢想天です。
本当に申し訳ございません。どこまで謝罪してもしきれません。

実はちゃんと書いてはいたんですが、また途中で消えちゃいまして。
言い訳になりますが、それがきっかけでまたモチベーションが…………。

加えて前回の話と今回は、元々一話分だったものを無理やり二つに
引き裂いて書いたものなので、前後編に分けて書くことに致しました。
なので、今回も前回同様に短く薄い内容になります。御了承ください。


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

「妹が失踪した理由って、何を言ってるんですか‼」

 

 

全てが反転した校舎内、その中の教室にいる僕は、同じく人ならざる姿をしている目の前の

黒い戦士に__________香川さんに対して、思わず食って掛かるようにして詰め寄った。

 

妹が、明奈が失踪した理由なんてあるのか? いや、あれは僕の単なる不注意だったはずだ。

当時はまだミラーモンスターの事を知らなかったとはいえ、明奈を一人にしたのは僕なんだ。

理由らしい理由があるとすれば、たまたま空腹だったモンスターが近くに居たってくらいだろう。

 

でも、もしも彼が言うような"理由"があるとするなら、僕は黙ってなんかいられない。

 

 

「明奈がいなくなった事をあなたが、何か知ってるって言うんですか⁉」

 

「まあまあ、そう焦らずに。まずは落ち着くことが肝心です」

 

「落ち着いてなんかいられるか‼」

 

あくまでも平静な口調で会話を行おうとする、香川さんの態度が余計に僕の癪に障る。

確かに彼の言っていることは間違ってないし、この場合は落ち着いて話を続けることこそが

正しいのだと言うことも、キチンと分かってはいる。でも、兄としては止められない。

 

先程よりもさらに一歩、物理的に詰め寄って距離を縮めると、僕は周囲に鎮座している机や

椅子をやたらめったらに弾き飛ばしながら、怒気を募らせつつ無感情な仮面を睨みつける。

 

 

「落ち着きなさい。これから話す事を、一時の感情に流されて無下にしてはいけない」

 

「分かってるよそんな事は‼」

 

「…………まぁ、肉親の死について、六年も経ってから浮き彫りになる事があるなどと

赤の他人から告げられた君の心境。月並みな言葉になってしまうが、察して余りあるよ」

 

「その………済みませんでした。僕は、えと」

 

「構いません。年端もいかない妹を失う悲しみなど、他人と共感しえないでしょう」

 

 

本当に僕は何度、香川さんの手を煩わせてしまったことだろうか。いい加減恥ずかしくなる。

ミラーワールドに入る前にも注意されたし、僕は馬鹿ではあるけど大馬鹿でないと思いたい。

 

けど、こればっかりは譲れないものがある。明奈がいなくなった事に、理由があるとすれば。

明奈が消えなきゃならない理由があったとするなら、僕はその理由を作った奴を許さない。

そしてそれを知る風な事を語った眼前の戦士も、場合によってはこの場で始末すべき敵になる。

 

この人が明奈の失踪に関与していると分かったなら。その時はもう、僕は僕を抑えられない。

 

 

「さて。あまり時間も残されてはいない。手短に話すとしよう」

 

「…………お願いします」

 

このライダーバトルに参加している以上、彼もまた僕と同じく、願いの成就のために戦いを

繰り広げるライダーの一人に過ぎない。だとすれば、事と次第によらずとも彼は、敵だ。

いつ戦闘になってもいいようにと、なるべく攻撃的な対応を取らないようにと敵意を隠し、

自分の戦い方が最も活かせるような間合いを意識しながら、彼の言葉に耳を傾けようとした。

 

 

「____________さ君? 明久君?」

 

 

その時、今いる反転世界の中では決して聞こえるはずのない声が、僕の耳に届いた。

 

 

「え⁉」

 

「だから、落ち着きなさいと言ったでしょう。アレは向こう側から聞こえる声ですよ」

 

 

慌てて周囲に視線をばらつかせた僕に、オルタナティブ・ゼロは嘆息しながらそう語る。

なるほど。ライダーじゃない彼女、声の主である友香さんがここに来る方法は、考えうる限り

モンスターの捕食という最悪の手段以外は無いはずだから、彼の分析は間違いないだろう。

 

だとしても、何で彼女がDクラスの教室にいるんだろうか。それが分からない。

しかもよりにもよって、このタイミングで邪魔が入ることは想定してなかった。

目の前のライダーが現段階では敵でないとはいえ、今後もこうして二人っきりで密かに語らう

機会なんて、そうそう巡るものじゃない。この機を逃せば最悪、二度と彼と話せなくなるかも。

 

どうしたらいいのかと狼狽する僕に、黒い戦士はやれやれと肩を竦ませ、僕の肩を軽く叩いた。

 

 

「これではまともな話し合いなど出来ませんね。今回は、ここでお開きとしましょう」

 

「そ、そんな‼ だってまだ僕は何も‼」

 

「吉井君、いいですか? 君はまだ高校生である以上、私としても下手な事は出来ません。

そして裏では仮面ライダーなのですから、あまり多くに怪しまれる要因を作るのも避けたい。

ならばこそ今は耐えてください。次に機会を見つけたら、またこうして話すとしましょう」

 

「次にって………いつになるんですか⁉」

 

「まずは落ち着くことです。冷静さを欠いている君に話しても、私としては意味が無い。

正常な判断力が残っている状態でなければ、私の話の真意を理解できないでしょうから」

 

 

では、今日はここまで。そう言って彼は僕の肩を掴んで振り向かせ、勢いよく前へ押し込んだ。

振り返った僕の先にあったのは、このミラーワールドへ入る時に通ってきた、黒板の置き鏡。

ろくに受け身も取ることができずに倒れこんだ僕は、ライダーの性質により鏡を難なく通り抜け、

何もかもが平常になっている現実の世界へと戻った。派手な音を立てて、机の群れに突っ込む。

 

 

「うわっ‼」

 

「きゃっ__________って、明久君⁉ ちょっと、大丈夫? 何があったの?」

 

「痛たた………と、友香さんこそどうして?」

 

「心配だから探しに来たの! いつまで待っても来ないんだから!」

 

「あ…………そっか」

 

「そっかじゃないわよ、バカ!」

 

 

仮面の上から頭を押さえる龍騎の姿に、鏡から飛び出すようにして現れたことを何よりも

心配した友香は、起き上がろうとする彼に手を貸しながら、自分との下校の約束を綺麗に

忘れていた事に憤慨する。しかし、心中は彼への心配が勝り、罵倒の語彙力に思考が回らない。

仕方なく最も言い慣れた『バカ』を用いると、彼はベルトからデッキを外して変身を解除し、

いつも見ている普段の彼の姿に戻ってから、申し訳なさそうな顔をして謝罪してきた。

 

 

「本当にゴメン、友香さん。けど、色々なことが重なっちゃって」

 

「………その色々なことって、なに?」

 

「それは……………」

 

「また言えない?」

 

「………ゴメン」

 

「もういいわよバカ。ほら立って! 七時過ぎてるのよ、早く帰りましょ」

 

「え、あ、ちょっと!」

 

 

腕を引っ張って強引に連れて行く友香さんに抗う事は出来ず、成すがままに連行される僕は、

教室を出る間際に首だけ振り返って鏡を見た。するとそこには、無表情な仮面の黒い戦士が。

 

 

『また会いましょう、吉井 明久君』

 

 

仮面である以上口は見えず、また前方で憤慨する彼女の声以外は何も聞こえてこないのに、

僕にはどうしてか、鏡の向こう側でこちらを見つめる彼が、そう呟いたように思えて仕方ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オルタナティブ・ゼロ、香川さんとの思いもよらない邂逅も過去となり、時は今に至る。

街並みを黄昏に染めていた夕陽は地平線に没し、取り替わって淡い月光が夜の闇に輝く。

普段の下校時刻からは大きく遅れてしまった現在、僕は友香さんと二人で下校していた。

 

 

「本当にごめんなさい」

 

「もういいわよ。それに、その、明久君が無事なら何よりだもの」

 

「友香さん…………」

 

「かか、勘違いしないで! 私はただ、あの化物から私を守るあなたが必要なだけなの!」

 

共に下校する約束を完全にすっぽかしていた事を誠心誠意謝罪すると、彼女は頬を緩ませて

僕を見つめながら、無事でよかったと言ってくれた。不意の優しい言葉と笑みに、僕は驚く。

しかしその後、僕を伴っての下校の理由を早口で語られて納得した。要するにSPってわけね。

 

でも彼女に何かあったら僕だって嫌だ。前みたいに、僕の不注意のせいで友香さんに危険が

及ぶなんて、想像するだけでも気分が悪くなる。彼女だけは、何があっても守り通したい。

自分でも知らないうちに、彼女を守ることを優先させていた僕は、最後に付け加えられた

言葉を微笑みを以て受け入れた。すると彼女は、顔を一気に赤くして俯いてしまった。

 

どうかしたのかと尋ねようとするより早く、彼女は頬を叩いて持ち直し、逆に問いかける。

 

 

「それで、さっきは何で鏡から? というか、どうしてあんな場所に鏡があったの?」

 

 

現状と、ライダーバトルという儀式に等しい逃走の本質を知らぬが故の、無悪な問いかけ。

彼女自身に悪気なんてこれっぽっちも無かったという事は、言われなくても分かっている。

でもどうしても、あの時の僕は思わずにいられなかった。今も、思わずにはいられない。

 

友香さんが、君が邪魔していなければ、僕は明奈の死の理由を聞けたかもしれないと。

 

勿論そんなのは八つ当たりだったことも分かってるし、彼女に非が無いことも理解してる。

けどダメなんだ。あの子が、明奈が死んだことに『運が無かった、ないし、全くの偶然』

以外の理由があったとするなら、『何者かの作為による理由』があったとするなら、僕は

知らなくちゃいけなかった。知りたかった。だから、その機会を潰した彼女を恨み憎む。

 

そんなのは嫌だ。彼女は悪くない。でも、兄としての僕は、彼女を憎んで揺るがない。

 

 

「……………それは、えっと」

 

 

思わず言い淀んでしまう僕に、言葉の切れが悪い事に違和感を抱いたであろう彼女が、

こちらの顔を覗き込むようにして近付いてくる。端正な顔立ちの美少女の顔が近いという

事実は、二重の意味で僕の心に波風を立てる。けど、その不安げな表情を見て意思を固めた。

 

 

「実は__________________」

 

 

気を抜けば恨みつらみを口走りそうになる自分を律しつつ、僕は彼女に今日の出来事を語る。

技術者として学園に来た男、香川がオルタナティブ・ゼロという仮面ライダーであることを

初め、つい先ほどDクラス内にて彼と会話をし、そこで妹の死の理由について何かを知っている

素振りの彼に、それを聞く機会があったことも。言われた通り、冷静であることに努めながら。

 

休むことなく話し終えて口を閉ざした僕は、途中からやけに顔色を目まぐるしく変えていた

彼女の様子を横目でうかがうと、何やら罪悪感を感じているような、申し訳なさげな顔をして

こちらを見る彼女に気付いた。言い過ぎたのかと焦る僕に、友香さんは顔色を曇らせ謝罪する。

 

 

「ごめんなさい! 私が余計な事をしたから…………」

 

「友香さんは悪くないよ。あれはただ、間が悪かっただけだから」

 

「でも、でも私が口を挟まなかったら、妹さんの事を」

 

「…………うん。でも、いいんだ」

 

 

心の底から申し訳なさそうにしている彼女の顔を見れば、本気の謝罪だとすぐに分かった。

だからこそ僕は、最初から考えていた通り、彼女には謝る理由なんてない事を諭しつつ、

香川さんとの会談があのタイミングで御破算になったことが良いことだと笑顔で答える。

 

 

「あの時の僕は冷静じゃなかった。何を言われても、きっと信じられなかったと思う。

実際何度も落ち着けって言われちゃったしね。だから、あの場はアレで良かったんだよ」

 

「明久君、でも、私は」

 

「いいんだってば。けどそんなに気にするなら、代わりに僕に勉強を教えて?」

 

「え?」

 

「今度の召喚大会、僕も出場する理由が出来ちゃったからさ。だから、お願い!」

 

「……………妥協案を出す側が頼み込んでどうするのよ、バーカ」

 

「うぅ」

 

 

未だに食い下がる友香さんに、僕は駄目押しの妥協案を出した。そこまでは良かったけど、

自分でも気付かないうちに下手に出ていたらしく、結果的に彼女が主導権を握ることとなる。

さりげにバカ呼ばわりされて情けなさを痛感すると、先程までの曇った表情を一変させて、

暗い夜空を照らす月のように穏やかな笑みをたたえた彼女は、ゆったりと距離を縮めてきた。

そのまま、ほとんどゼロ距離になった僕の右肘を掴みつつ、普段通りの勝気な口調で続ける。

 

 

「もう、いいわよ。手伝ってあげるわ、仕方なくね」

 

「ありがとう!」

 

「い、いいってば! もう、それじゃ明日からは猛特訓ね!」

 

「うん!」

 

 

こんなに暗くなった夜でも分かるほどに顔を赤くした友香さんに、僕は感謝を述べる。

いつのまにか立場が逆転してしまっているけど、こういうところが僕と彼女らしいといえば、

そういうことになるんだろう。それに今、改めて分かったことがもう一つあった。

 

 

「そうと決まれば、早く帰りましょう! 明久君!」

 

「_________________うん!」

 

 

 

小山 友香という人には、今みたいに笑っていてほしいということだ。

 

 

 

 









いかがだったでしょうか(息も絶え絶え)


もう本当に、どこまでも手抜きな前後編で申し訳ないです。
最近の自分は何というか、心情描写よりも戦闘描写の方が割合的に
書きやすくなっているとでも言いましょうか。ええ、まぁいいわけですね。


それではまた、戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!

御意見ご感想、並びに質問や批評なども受け付けております!


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問32「僕と祭と召喚大会/その1」




どうも皆様、先々週と先週と投稿できなかった萃夢想天です!
もう何も言いませんとも! 己の無計画さは重々理解していますから!

前回まではやたら不調で一話を分割して書かざるを得ませんでしたが、
今回からはかなり原作よりなので幾らかマシになるかと思います!

それと、本当に久々に書くのでかなり文がひどくなっております故、
そこのところをご了承ください(元から酷かったには酷かったんですが)


それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

白衣を着た謎の男性、香川 英行こと『オルタナティブ・ゼロ』を名乗る仮面ライダーと遭遇し、

僕の妹の秘密についての話を持ち出された日の翌日、すなわち今日というこの日。

文月学園所属の生徒が待ちに待ったイベント、清涼祭の幕が上がる日になった。

 

新たなライダーとの邂逅、そして六年前に死んだ妹の死の真相について。

昨日はあまりに多くの出来事が起こりすぎて、僕の脳内容量がかなり圧迫されている。

一緒に下校して家の前まで送り届けた友香さんと僕は、互いに自宅で一心地ついてからメールで

いろいろな情報を共有し合い、割と遅くまで意見交換に明け暮れてしまい寝付けなくなった。

 

けど、やっぱり自分より頭がよく回る人に相談できるというのは、本当に心強い。

友香さんが僕に遅くまで付き合ってくれたおかげで、自分一人では絶対に考えられないような

思考を知ることができたし、何よりこんな僕の手助けをしてくれたことが嬉しくて仕方ない。

 

「ふぅ」

 

 

翌朝、つまり今日の朝食であるパンの耳(塩・砂糖付け合わせ)を胃袋に押し込んで一息吐き、

昨日の夜に彼女と出し合ってまとめた様々な情報を、今一度冷静になった頭で思い出してみる。

 

まず一つ、あの時の僕は今になって思えば冷静さなど微塵もなかった。だからこそ、あの場で

香川さんのいう言葉を真に受けて、妹についての話を聞かなかったことが功を奏したこと。

冷静な判断力に駆けている相手であれば、どんな嘘やハッタリでも信じ込ませることが可能

だろうし、信じようと信じまいと大きな隙を生むことには変わりない。むしろ最悪の場合は、

こちら側の弱点や弱みを露呈してしまい、相手にそれを掴まれて良い様に操られてしまう事。

 

もちろん友香さんが言っていたことだけど、昨日の夜このメールを読んで僕は納得した。

弱みを握られて良い様に操られる。僕が仮面ライダーである以上、ライダーバトルにかける

願いは必ずあると向こうも分かっているだろう。そこを突かれたりすれば、まだまだ心理戦で

未熟どころかイロハすら知らない僕なんか、容易く自在に操られること間違いなし、らしい。

この文面を読んだ時はそんなことあるもんかとも思ったけど、友香さんが言うなら間違いない。

 

とにかく、あの時は彼の話を聞けなかったことこそ、僕にとっては良かったということ。

 

そして二つ、香川さん__________もといオルタナティブ・ゼロには、学園か学園関係者の

援助が少なからず存在しているということ。これも僕一人では知れなかった重要な問題だ。

 

友香さん曰く、生徒の誰もが下校し始めている時間帯に、いくら学園の召喚システムに携わる

エンジニアと言えど、修繕が完了しているはずの教室に鏡を設置しておくなどの小細工が、

個人で行えるとは考えにくい。教室の鍵は職員室でまとめて管理しているし、あそこにあった

鏡だって生徒が気付かないはずないから、間違いなく放課後に設置されたものである。

これらを加味して考えると、香川さんにはシステムエンジニアとしてのアンダーカバー以外に、

教室の鍵を拝借できる信頼と鏡を持ち運びしても怪しまれないという事実が確かに在るのだ。

僕には完全に理解することはできなかったけど、要するに香川さんには学園ないし関係者の

バックが存在し、嘘か真か僕の妹の情報を得る事が可能かもしれない情報収集能力があるの

だという。そこまでメールで教えてくれた友香さんへの感謝もしたけど、何よりもまず僕は

あの時の彼の話に乗らなくてよかったと、心から安堵した。

 

友香さんがこうして教えてくれなかったら、僕は今頃どうなっていたか定かではないのだ。

本当に頼れる存在である彼女には感謝しなくてはならない。そして、何を企んでいるのか

現状では全く不明な香川さんに対して、僕の警戒心はこれまでの何十倍にも膨れ上がった。

 

 

「____________さて!」

 

 

洗面所の蛇口から流れる水で顔を洗い、若干の爽快感と共に顔を叩き、気持ちを切り替える。

ふと今月の水道代はどうしようかという疑問も浮かんだけど、それはこの際置いておこう。

今日から始まる清涼祭、そこで僕らには、僕にはやらなきゃならない事が二つある。

一つは言わずもがな、Fクラスの清涼剤たる姫路さんの転校を阻止すべく、クラスの出し物

である中華喫茶で高い売り上げを叩き出すこと。そのお金で教室の環境を改善することだ。

そしてもう一つの方は、僕と雄二にだけ依頼された案件であり、極秘扱いの汚れ掃除。

清涼祭の目玉として行われる召喚大会に参加し、優勝賞品として授与されるペアチケットを

奪還、(雄二としては存在そのものを)白紙に戻してその分の恩賞を得ねばならないこと。

 

どちらも無視することのできない重要な任務だけど、やり切る以外に道は無い。

売り上げが低ければ最低ランクの教室設備を整えられず、我らが姫路さんは学園を去り、

チケット奪還をしくじれば、学園長直々の勅命を仕損じたとして相応の罰を受けるだろう。

「いってきます!」

 

 

やりがいがありすぎて八方塞がり気味だけど、万里の長城も一歩からって言うからね。

まずはやれるだけやってみようと結論付けて、僕は明奈の仏壇に向けて外出を告げる。

 

さぁて、最弱最悪最下層である僕らFクラスの本気、見せてやろうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつもはただのバカにしか見えないけど、坂本の統率力ってすごいわね」

 

「まったくじゃな」

 

「ホントホント」

 

 

そんなわけで僕らは現在、清涼祭で行う出し物のために様変わりした教室内で休憩していた。

本人のいないところで酷い言われようだと思うけど、実際その通りなんだし、ねぇ?

しかし改めて見回してみると、一か月を過ごしてなお「酷い」が絶えなかったFクラスの教室が、

よくぞここまで華麗に転身したものだと目を疑う。そこらの喫茶店と見分けがつかないほどだ。

 

ガラスが割れていて隙間風が入るセルフクールビズ仕様の窓は、ビニールを外側内側の両方から

三重にして貼り付けて固め、小さいフリルのついた布を窓枠から垂らして可愛らしさを付与。

傷んだ茣蓙の上には、みんなで一生懸命手洗いして汚れを落とした大き目のカーペットを敷き、

各所に設置されているテーブルは、普段使っているみかん箱に小奇麗なクロスをかけて代用。

 

ここまででかかった費用は当初予定されていた支出の四割程度。まさしくエコロジー。

 

 

「このテーブルなんて、パッと見じゃ汚いみかん箱の積み重ねだなんて気付かないよね」

 

「それは木下君が作ってくれたんです! どこからか持ってきたクロスで、テキパキと!」

 

「見かけばかりはそれなりじゃが、クロスをめくれば御覧の通りじゃ」

 

 

想像以上の低出費と出来栄えに改めて驚いていると、すごく嬉しそうに姫路さんが秀吉の

手際の良さを称え、逆に秀吉はクロスの端をつまんで綺麗の内側にある凄惨な現実を見せる。

僕らはあらかじめ作られる過程を知っているからまだいいけど、全く知らないお客様がこの

事実を知ったらと思うと、店の評判はどこまで落ちるのか予想できない。想像したくない。

 

「ま、まぁ店内の装飾はほぼ完璧だし、これくらいまでやればもう大丈夫だよ!」

 

 

少しだけ空気が重くなったのを察した僕は、縁起が悪くなりそうな思考を打ち払うように

普段より高めの声でそう言い放つと、姫路さんと美波、秀吉の美少女三人組は頷いてくれた。

 

 

「…………飲茶も完璧」

 

「おお、ムッツリーニ。厨房の方もオッケー?」

 

「…………問題ない。これは味見用の試作品」

 

 

美少女たちと話していた僕の背後に、いきなり片手に何かを持ったムッツリーニが現れる。

普通に話しかけたらいいんじゃないかと思うけど、日常的に気配を消すことで使命である

覗き行為の際に、発見される確率を下げる訓練をしているのだろうか。何か致命的に変だが。

 

さて、そんな業の深い忍が片手に持って差し出してきたのは、いたって簡素な木製のお盆。

何かと思ってのぞき込んでみれば、盆の上にはティーセットと美味しそうな胡麻団子が三つ。

 

「お、美味しそうですね………!」

 

「土屋、これ貰っちゃってもイイの?」

 

「…………(コクリ)」

 

「では遠慮なくいただこうかの」

 

 

瞬く間に食の色香に誘われた三人がムッツリーニ(というより胡麻団子)を取り囲み、

先端が二つに分かれているタイプの小串で刺して、美少女たちが魔性の茶菓子を実食する。

途端に彼女たちの瞳がとろんと垂れて、口の中に充満しているだろう旨味の虜となった。

 

 

「美味ひぃですぅ~!」

 

「表面はカリカリ、中はモチモチ! もう最高!」

 

「甘過ぎるというわけでもないのが、また絶妙じゃの」

 

 

三者三様の反応とコメントで、如何にムッツリーニの本気がすごいのかが一目瞭然となる。

ことエロが一ミクロでも介在する余地あれば、あの男は不可能ですらも可能にできるのだ。

しかしアレだね、やっぱりみんな年頃の女の子だし、甘いものには目がないんだね。

 

これだけの反応を見せられちゃうと、いくら男の僕でも欲しいと思ってしまうのは必然。

朝ごはんだってまともなものじゃあなかったわけだし、午前十時前のおやつってことで。

 

 

「僕も貰っていいかな」

 

「…………明久のはこっち」

 

 

盆の上には三つしかなかったからまさかとは思ってたけど、流石は仕事人ムッツリーニ、

顧客のニーズを理解しているうえに待たせない。これが出来る男の気配りってヤツなのか。

にしても、まるであらかじめ僕に食べさせるべく取っておいたかのように出された団子だ。

設置や装飾の仕事で疲れた僕を癒そうとキープしてくれてたのかも、これはラッキーだね。

 

というわけで待ちきれるはずもなく、小串で刺して二つある団子の一つを口へ放り込む。

 

 

「んむんむ、表面はゴリゴリで中はネバネバ。甘くなく、辛さ過ぎる味わいがンゴぱっ」

 

 

おそらく人体の構造上、出てはいけない音が喉から絞り出された。

 

「………明久、それは先程姫路がおぬしのためにと作っておった代物じゃ」

 

「…………まだまだたくさんある(グイグイ)」

 

「ムッツリーニ‼ 何故そんなに生まれたての小鹿みたいに震えながら盆を差し出すの⁉

む、無理だよ! いくら食に飢えている僕でも、異に劇物を押し込むほど飢えてないよ‼」

 

「…………まだまだ、たくさん、ある……!」

 

「話を聞いてよムッツリーニ! 人は毒に耐性があるらしいけど、致死量って言葉知ってる⁉

度を越した毒はもう死と同義なんだ! だから無理やり団子を食べさせようとしないでぇ‼」

 

異様に震えたままのムッツリーニが、いつの間にか増やされた団子を僕の口の中へと強引に

押し込もうと手を突きだしてくる。よせ、止めるんだ。素人が劇物処理を試みたりしたら、

かえってより酷い結末が待っているに違いないから。だからその劇物を僕に近付けるなッ!

 

 

「うーっす、最後の打ち合わせが長引いちまった________おお、悪くねぇ出来だな」

 

男子高校生の腕二つ分の距離で繰り広げられる生存競争の真っただ中、彼は帰ってきた。

ああ、本当に君って奴は、なんて間の良い男なんだろう。君のおかげで僕は生きられる。

 

 

「あ、雄二。お疲れ様、これ試作品だって。すごく美味しかったよ!」

 

「ん? おー、こりゃ良い出来栄えだな。どれどれ」

 

「…………‼(悪魔を見る眼で明久を見つめる)」

 

 

雄二に僕たちの激しい攻防を見られなかったのが幸いか、僕はムッツリーニの手から

素早く団子を刺した串を奪い取り、クラス代表を気遣う友情を以て、彼に死を送り届けた。

さっきからムッツリーニがおぞましいものを見る目で僕を見てるけど、知ったことじゃない。

君が僕にやろうとしたことを僕が雄二にしただけだ、どこに問題があるのか分からないな。

 

「雄二、おぬしは………たいした男じゃった」

 

「最高に輝いているよ、雄二。まるで線香花火みたいだ」

 

何言ってんだお前ら(はひふぃっへんはほはへあ)。んむんむ、表面はゴリゴリで 中はネバネバ。

甘さなど微塵もなく、辛さが味覚を蹂躙する味わいが不快感しか感じさせンゴぱっ」

 

 

さらばだ友よ、君のことは一週間程度まで忘れない。

 

 

「ねぇ雄二、それは姫路さんお手製らしいけど、お味のほどは?」

 

 

僕の身代わりで散った勇敢なる男の最期だ、せめて最後の言葉と骨くらいは拾わなければ。

そんなことを考えて返事も期待せずに尋ねると、倒れ伏して動かない彼が言葉を発した。

 

 

「何の問題も見当たらねぇ_____________あの川の向こう岸まで競争だな?」

 

 

いけない、思ってたより生死の境目にいる。

 

 

「その川はアウトだ雄二! 向こう側で親戚が手を振ってても渡っちゃダメだ!」

 

 

予想を遥かに超えた毒性と致死量だ、まさかたった一口であちら側へ引っ張り込むとは。

自分が死なないために雄二を差し出したけど、彼にはまだ成さねばならない大任がある以上、

僕としても死んでもらっては困るのだ。というわけで必死の延命措置の甲斐あり、見事復活。

おそらくこれで恨みは買ったこと間違いなしだけど、当面の協力関係があるから流石に奴も、

報復しに来るような馬鹿な真似はしないだろう。と、思いたいというのが正直な本音だけど。

 

「ところで、雄二は打ち合わせとか言っておったが、何を話しておったのじゃ?」

 

「ん、ああ、ちょっとした微調整だ」

 

 

閑話休題というほどじゃないけど、流石は秀吉、話を逸らすタイミングが完璧だよ。

それに対して雄二は、珍しく歯切れの悪い返事で適当に返していた。奴ほどの男が珍しい

なんて思ったけど、きっと学園長と召喚大会についての諸々を話し合っていたんだろう。

流石の悪逆非道を地で往く男でも、アンフェアな裏取引を公然と語るのは気が引けるのか。

 

「そうでしたか。お疲れさまでした、坂本君」

 

「気にすんな。さて、少しの間喫茶店を秀吉とムッツリーニ、お前たちに預ける。

俺と明久はこの後すぐに、召喚大会の一回戦に行かなきゃならないからな」

 

「え、アンタたちも大会に出るの⁉」

 

 

一応の連絡事項の確認を済ませた雄二は、秀吉とムッツリーニに喫茶店の切り盛りを

任せて、僕とともにもう一つの目的であるチケット奪取のための戦闘準備に入る。

すると急に態度を変えた美波が、背を向けて教室を出ようとする僕らに問いを投げた。

そう言えば、僕たちが大会に出るって明言したことないから、困惑するのも当然だよね。

 

 

「うん、その、色々あってさ」

 

 

でも、当然取引についての事は口外禁止だから、いくらクラスメイトでも話せない。

口止めされている以上誰にも話さないつもりだけど、そこまで神経質になるほどかな。

 

「も、もしかして………賞品が目当てなの?」

 

「うーん、そういう事になるのかな」

 

 

賞品が目当て、という言葉に少しだけ反応してしまったけど、まぁ概ねそういう事だ。

実際は賞品でどうこうするというわけじゃなくて、賞品を秘密裏に処理すべく学園側と

密約を交わしているんだけど、当然言えない。細かく言えば、賞品と設備の物々交換か。

 

ふと僕はここで、あることに気が付いた。もう一つの優勝賞品の事についてだ。

 

第一目標であるペアチケットともう一つ、『白金の腕輪』なるものも欄に記載されている

けれど、あれも回収した方がいいのかな。小耳に挟んだ噂によると、その腕輪は異なる

二つのものがあり、一つは使用者の召喚獣を二体同時に喚び出せるようになるものと、

教師(立会人)の代わりに召喚フィールドを形成できるものとがあるとのことらしい。

 

話を聞く限りすごそうだけど、旨い話には罠がある。力の裏には代償が必要ってね。

仮面ライダーとして闘争の世界を生きる僕は、こういった方面でも知恵を増やしている。

だから誘い文句には簡単に乗せられたりしない。その、昨日の話を除けば、だけどさ。

 

 

「___________誰と行くつもり?」

 

「吉井君、私も知りたいです。誰と行くつもりなんですか?」

 

「へ?」

 

 

なんてことをぼんやり考えていたら、攻撃的な視線で僕を射抜いてくる美波と、日頃の

ほんわかした雰囲気を取り払って真剣な面持ちで見つめてくる姫路さんが、そこにいた。

 

いったいどういう事なんだろうか。誰と行くってのはつまり、賞品を得た後の話?

 

 

「誰と行くって言われてもなぁ」

 

 

困ったな、どう返せばいいものか。正直な話、チケットは僕も雄二も使用せずに取引で

学園長に引き渡す事になってるから、誰かと行こうにも行けるはずがないんだけど。

話すに話せないこの状況で、僕の隣にいたその男が動けない僕の代わりに答えを出した。

 

 

「明久はな、俺と行くつもりらしい」

 

「そ、そんな………」

 

「アキ、坂本と二人で"幸せになりに"行くってこと?」

 

 

二人とも、そんなに驚かないでほしい。僕だって驚いてるんだから。

 

答えに詰まって押し黙っていたら、押し黙る分だけ不利になるという責め苦に早変わり。

こ、この男、さてはさっきの団子の仕返しか! 汚いぞ貴様、過ぎたことをネチネチと!

 

(なんてこと言いだしたんだバカ!)

 

(本当のこと話したらババアとの約束もパアだ、堪えろ明久)

 

(お前のせいで堪えなきゃならない状況になったんだろうが‼)

 

 

雄二が小言で呟いたメッセージの通り、ここで全てを明らかにしてしまったら何もかもが

水泡に帰してしまう。そうなれば、せっかくの苦労と努力が何の意味もなくなってしまう。

 

不本意だけど仕方ない。不本意極まるけど、仕方ない。今の話の流れだと僕だけじゃなく

雄二も"ソッチ"系の噂が流されることを我慢しなきぃけないし、最悪でも痛み分けになる。

女子生徒の目の色が色々と変わりそうだと嘆いていると、雄二が続けて口を開いた。

 

 

「俺は何度も断ってるんだがな」

 

 

あのまま三途の川で遊泳させておけばよかった。

 

 

「ア、アキ、あんたやっぱり…………」

 

「ちょっと美波! その"やっぱり"ってすごく心に刺さるからやめて!」

 

「でも、坂本だって了承してるみたいだし」

 

「雄二貴様! どう責任取るつもりだ⁉」

 

美波がどことなく察していたような面持ちで後ずさるのを見て、涙が出そうになった僕は

あふれでるソレを拭い去り、事の発端である悪友の襟を掴んで前後に揺すろうとする。

すると雄二はその手を面倒そうに払いのけてから、邪悪さがにじみ出る笑顔で続けた。

 

 

「ああ、済まん。俺を誘ったのはずっと前で、今は小山を誘ってたんだったな」

 

 

野郎、よほど人間離れした惨たらしい死に方がお望みとみえる。

 

 

「「………………小山(さん)と?」」

 

 

悪辣な笑顔を浮かべて機嫌良さそうにしているバカから視線を移すと、やたらと顔を

俯けた状態で淡々としゃべる二人が目に入った。ヤバい、ちょっとどころかかなり怖い。

くそったれ、こんな状況下で爆弾を投下してくれたな! 僕の心という名の地表が今の

爆撃で更地になりかけてる。おのれ雄二、貴様安らかに息を引き取れると思うなよ!

 

そうこういているうちに二人が下に向けていた顔を上げ、僕の目だけを見てくる。怖い。

 

 

「いや、その、まぁ、何と言いますか」

 

 

ダメだ、否定しなきゃいけないはずなのに、恐怖で舌も言葉を作る脳みそも回らない。

その場しのぎでもいいから否定するだけでも………いやダメだ、彼女たちには通じない。

何故かそういう変な方向での確信がある。嘘や誤魔化しでは、彼女らを欺けないだろう。

どうすれば良いのか分からず泣きそうになっていると、普段の授業日程に沿って校内の

チャイムが鳴り響き、召喚大会の予選一回戦の開始が近いことを放送で伝えていた。

 

 

「そろそろ時間だ、行くぞ明久」

 

「コイツ………! と、とにかく誤解だからね⁉」

 

 

三流の捨て台詞みたいなセリフしか絞り出せなかったけど、無いよりはマシだと信じ、

こんな状況を作り出した悪友の大きな背中を追いかけるように、僕は教室を後にした。

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?
久々の投稿故、思ったよりも文字数が少なくて驚きました。
いやはや、継続は力なり。継続せねば衰える一方ですな。

さて、今後しばらくはタイトルがその1その2と続きそうです。
いえ、別に毎回タイトル考えるのダルイとか考えてませんよ?


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに質問や喝や批評も何時でも受け付けております!


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問33「僕と祭と召喚大会/その2」





どうも皆様、萃夢想天でございます。
まずは初めに一言申しておかねばならないことが。


二か月以上もの間更新を滞らせてしまい、申し訳ありません‼


自分でもここまでほったらかしになるとは思っていなかったんです。
忙しさにかまけていたと言いますか、他の作品の投稿が遅れれば連動して
こちらも遅れてしまう固定観念に囚われてしまっていたと言いますか。

とにかく今後はこのようなことにはならぬよう細心の注意を払います故、
どうか皆様もこの作品を温かい目で見守ってやってくださいませ。


長らくお待たせいたしました。
それでは、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

「まずは一勝だな、明久」

 

「そうだね」

 

 

姫路さんと美波の追及から逃れるようにして出場した召喚大会第一回戦は、多少の波乱はあった

けれど何とか乗り切ることに成功。勝利を収めた僕らは、英雄の凱旋のように帰路についていた。

 

清涼祭の目玉ともいえるこの召喚大会は、学年別トーナメント方式をとっている。学年別と言えば

聞こえはいいかもしれないけれど、召喚獣を使う許可がまだない一年生からしたら嫉妬と羨望の

収束地点であり、本当の意味で注意しなければならないのは同学年の二年生と先輩方三年生だ。

二年生と三年生はトーナメントこそ別であれど、各学年リーグの優勝者は最後に勝負をする。

要するに二年優勝者と三年優勝者が最後の最後で戦ってシメになるということだ。つまり僕らは

学園長との契約を果たすために、上級生で一番頭のいい人とやりあわなきゃいけないってわけ。

 

召喚大会は校庭に造られた専用の特設ステージにて行われる。ただし、一般公開が始まるのは

戦いの佳境となる三回戦からで、一回戦と二回戦は早いうちに行われるため、観客はほとんど

いない。どのクラスも序盤は客足を引き込んでおきたいと考えるから、わざわざ最初に脱落する

相手を見に来るほど暇じゃないって雄二が言ってた。言われてみればその通りだ。

 

 

「それにしても雄二、あの召喚獣は何だったのさ」

 

「あ?」

 

「だから、あのクソ雑魚装備のチンピラ召喚獣は何だったんだよ」

 

 

両手を頭の後ろで組みながら、僕はふと先程の戦いの中で気になった事を雄二に尋ねてみる。

当の本人は僕の言葉に一瞬訝しむような視線を送ってきた後、言わんとしていることに気付いた

らしく、人を小馬鹿にするような薄ら笑いを張り付けた顔でこちらに向きなおって答えた。

 

 

「クソ雑魚とは失礼な奴だな。一回戦の数学の点数、お前見てなかったのか?」

 

「見てたよ! 雄二如きが179点なんて馬鹿げた点数取ってたのもばっちり見てたよ!」

 

「ならそれが答えだ、53点の木刀風情がガタガタぬかすんじゃねぇ」

 

「クソぉ‼ どうしてメリケンサックなんて雑魚装備があんなに強いんだ………‼」

 

「点数だ点数」

 

 

そう、雄二の召喚獣は改造された白の改造長ランにメリケンサック装備のチンピラだったのだ。

これには木刀に黒の改造長ランな僕の召喚獣もドン引きせざるを得なかった。相手の女子二人の

召喚獣は布の服と鉄の肩当とかサーベルとかのれっきとした武装だったのに、僕ら二人は何故か

地元ヤンキーの特攻服みたいになってた。何が基準か知らないけど、おかげで大恥かいたわ!

 

それにしてもあの雄二が、まさか本当にAクラスに勝つために勉強頑張ってたなんて驚いたよ。

まぁ正確に言えばAクラスに勝つためというより、代表の霧島さんとの強制的な婚約を阻止する

ためとなんだけど、いい加減あの男も腹を括るべきだ。絶世の美少女な彼女に求婚されるとか、

それだけでもう息をする価値はないだろう。それを不幸と嘆くとは、いよいよもって度し難い。

 

そんなこんなで対戦相手の女の子二人組を正々堂々と(卑怯な手を使って)打ち破った僕らは、

次の二回戦が始まるまでの間、また教室の喫茶店に戻って手伝いをしようと考えていた。

すると教室へと向かっていた僕らの前に、何やら急いでいる様子の秀吉が息を切らせて現れる。

 

 

「明久に雄二よ、ここにおったか。急いで教室に戻ってくれんかの?」

 

「どしたの秀吉」

 

「………喫茶店に何かあったのか?」

 

「うむ。少々面倒な客が来ての済まぬが話は向かいながらで頼む」

 

肩を弾ませながらそう告げた秀吉を筆頭に、僕らは教室へ向かう足を急ぎ足に速度を上げた。

 

「で、何があったの?」

 

「察しはつくぞ秀吉、営業妨害だな?」

 

「え、営業妨害? 学園祭の出店程度で? そんなまさか」

 

「いや、雄二の言った通りなのじゃ」

 

駆け足気味の移動の最中、いったい何が起きたのかと尋ねた僕に雄二と秀吉が言葉を返す。

それにしても、まさか営業妨害なんてものが本当に出てくるなんて思いもよらなかったな。

普通の飲食店とかならまだしも、ここは学生が祭の中で出す程度のなんちゃって営業なのに、

それを邪魔しようなんてヤツがいるなんて信じられない。目的は売り上げの独占なのかな。

 

 

「やっぱりか。そんで、相手はどこのどいつだ?」

 

「うちの三年生じゃな。ネクタイの色で確認しておる」

 

「よりにもよって三年生が? バレたら受験厳しくなるって分からないのかな?」

 

「心配すんな明久。お前程度が気付くことに気付かんバカは流石にいねぇよ」

 

 

失礼な奴だ。

 

 

「でもまぁ、そういうことなら雄二の出番じゃない? 目には目を、チンピラにはって」

 

「人にものを頼む態度がそれか? まぁいい、喫茶店を成功させないとお前の大好きな

姫路が転校しちまうからな。他人の恋路にゃ興味ないが、クラス代表として協力してやる」

 

「…………別に、そんなんじゃないよ」

 

「………………そうか」

 

 

駆け足で廊下を進みながら、過去に不良の間で畏れられたこのあくどいチンピラをぶつけて

始末してもらおうと提案すると、雄二は突拍子もないことを言い出してきた。

確かに姫路さんは可愛いし良い匂いがするし優しいし、好きだと思っていた頃もあったけど、

今の僕にはそんなことを思っている余裕はない。それに、多くの人を殺そうとしている僕が、

あんなきれいな人と一緒に居ていいはずがないんだ。だからかつての思いは、振り切ってる。

 

僕の返事に言葉を失ったのか、はたまた完全に予想外だったからか、雄二も一言だけ呟いて

からは押し黙ってしまった。あー、やめやめ。こんな空気にするつもりじゃなかったのに。

 

 

「む、聞こえるかの」

「………ああ、聞こえてきた」

 

「うん、僕も聞こえた。あの連中だね?」

 

「んじゃちょっくら始末してくるか」

 

 

少しすると、僕らの教室が見えてきて、距離が縮まっていくのとともに室内からやけに響く

耳障りな声がこちらにも聞こえてくる。さて、後は腕っぷしの強い雄二に任せておけば問題

ないだろう。そうなると僕は手持ち無沙汰になるから、証拠隠ぺいの準備をするべきかな。

 

 

「スコップ用意して裏山で待ってようか?」

「荒縄と麻袋も用意しとけ」

 

「おっけー」

 

「会話が不穏当過ぎるのじゃが………」

 

 

秀吉が何かに怯えているようだけど気にしない。世の中大衆に悪と定められた奴が悪であり、

それを誅する者は例えどんな行いをしたとしても善となる。これこそが民主的社会なのだ。

 

首やら肩やらをゴキゴキと鳴らしながら室内へ入っていく雄二。僕らも後に続こう。

 

 

「ハッ! マジできったねぇ机だなぁ! こんなんで食い物扱っていいと思ってんのか⁉」

 

『うわ、確かに酷い………』

 

『きれいなクロスで誤魔化してただけ?』

 

『学園祭と言っても、食べ物を出すならそれなりには………』

 

 

扉を開けた途端に耳へ飛び込んでくる罵声の数々。なるほど、あいつが諸悪の根源か。

男の言いふらすかのような物言いに充てられて、一般のお客様もクロスをつまんで下にある

ミカン箱をのぞき込んでしまい、次第にざわつき始める。これは本当にまずいかもしれない。

すると雄二がいきなりこちらに向き直って、秀吉の耳元で何かを囁き出した。なになに?

 

 

「至急用意してもらいたいものがある。頼めるか」

 

「ワシにできる範囲であれば構わんが、いったい何を用意するのじゃ?」

 

「…………と、…………だ。どうだ、いけそうか?」

 

「うむぅ、用意できんことはないが、あっても二つ程度じゃぞ?」

 

「充分だ。足りない分は後から調達してくる」

 

「ならばよかろう。すぐに戻る、ここは任せたのじゃ」

 

「ああ、任された」

 

 

周囲に聞こえないほどの声量で話しているせいで、何を用意させようとしているのかだけが

分からなかったけど、秀吉に頼むってことは多分演劇部の備品だよね。演劇用の小道具か

何かを持ってこさせる気なんだろうけど、二つ程度で言ってたし、本当にどうにかなるのかな。

今後のことに心配を隠せないでいると、雄二は僕にも声をかけてきた。

 

 

「明久、お前は野郎どもの面をよく覚えておけ」

 

「え? 顔を?」

 

「ああ、しっかり覚えておけよ。何なら身体的特徴だけでも構わん」

 

「よく分かんないけど、それくらいなら」

 

 

僕に与えられた仕事は、今も営業妨害を続けて声を張り上げている三年生の顔を覚えておけ

とのことだった。しかし、顔を覚えろってのはどういう事なんだろう。雄二が後で個人的に

お礼参りをするためにってことなのか分からないけど、やれっていわれたことはやらないと。

 

えっと、どっちも男で片方は割と小柄な体格。もう一人は180センチくらいの背の高さかも。

髪型は小さなモヒカンと丸坊主、か。覚えろも何も、一度見ただけで覚えられる外見だ。

 

 

「ったくよぉ、責任者出て来いよ! このクラスの代表はどゴブァ⁉」

 

「私が当店の代表、坂本 雄二です。何かご不満な点など御座いましたか?」

 

「不満も何もたった今連れが殴り飛ばされたんだが………」

 

 

顔や外見を僕が覚えている間に、雄二は営業妨害の相手に接触していたみたいだ。さながら

ホテルのウェイターのような恭しい態度を取っている。あれで話しかける前に坊主頭の男を

ぶん殴っていなければ、模範的な責任者となりえただろうに。でも個人的にはスッキリした。

 

幸いにも雄二の拳が振るわれなかったソフトモヒカンの男が驚いている。まぁ無理もないよね。

喫茶店に(行いが悪くても)いたらいきなり友人が殴り飛ばされて、当の加害者本人はしれっと

した顔で名乗り出てきたら僕でもビックリするだろう。さて、あの男はここからどうするのか。

 

「それは私が師事している『パンチから始まる交渉術』に対する冒涜でしょうか?」

 

とんだ交渉術があったもんだ。

 

 

「ふ、ふざけんな! 何が交渉術だバァッ⁉」

 

「続いて『キックでつなぐ交渉術』でございます。最後には『プロレス技で決める交渉術』で

お客様をお迎えする用意がございます、どうぞそのままの姿勢で一切の抵抗をせずお待ち下さい」

 

「分かった! 分かった、ならうちの夏川を交渉に出す! 俺は交渉の席には出ねぇからな!」

 

「ちょ、ちょっと待てや常村! お前俺を売る気か⁉」

 

何食わぬ顔で軽やかなステップを刻んで跳躍、涼しい顔のままにハイキックを浴びせた雄二に

対して流石の先輩も恐怖を感じたらしい。そりゃ店の責任者に突然襲い掛かられたら、誰だって

たまったもんじゃないだろう。けど今回ばかりは自分たちの行いと相手が悪かった、それだけだ。

 

いきなり殴り飛ばされた挙句に友人に売られて慌てているのは、坊主頭の夏川というらしい。

そして頬を蹴り抜かれて友人を売ったのはソフトモヒカンの常村、か。こんがらがりそうだな。

 

「それで常夏コンビとやら、まだ交渉の余地はあるのか?」

 

 

すると慇懃な態度を取っていた雄二の仮面がはがれた。にしても常夏か、悔しいが巧い命名だ。

 

 

「い、いや、こっちのその意思はない。ここらで退散させてもらう!」

 

 

モヒカンの常村先輩が、雄二の『まだまだやれるぞ』という剣呑なオーラを感じ取ったようで、

相方の人に目配せをして撤退を選択する。賢明な判断だけど、やはり相手が悪かったようだね。

 

 

「そうか、そんなら」

 

先輩方の勇気ある撤退宣言に大きく頷いた雄二は、背を見せた先輩にゆっくりと近付いていき、

常村先輩の後に続いて教室を去ろうとする丸坊主の夏川先輩に向けて、最後の交渉を開始する。

 

 

「おい! 俺は何もしてないだろ! 放せこの、あ、あああああ‼」

 

「これにて交渉は、決裂、だぁっ‼」

 

先輩の右膝裏から手を差し込み、同時に左腕を腰から股間にかけて差し入れて斜めにつなげた

腕で動きを封じ、勢いを殺さぬままに左斜め後ろへと倒れこんでバックドロップを叩き込んだ。

流石は雄二、普通に腰を掴んだだけだと抵抗されたり逃げられる可能性があるから、右腕で相手の

膝裏を刈り取るようにして持ち上げることで、バランスを崩して且つ脱出を困難にさせたわけか。

相変わらずの喧嘩殺法に畏れいる。できればこの交渉術は門外不出であってほしいもんだ。

 

「て、てめぇら覚えてろよ!」

 

 

白目をむいたまま痙攣する相方を抱えて、常村先輩は逃げるように教室から飛び出していった。

これでこれ以上悪評が広まることはないだろう。当面の問題は解決ってことでいいのかな。

 

他のお客様の反応を見ると、やはり一様に顔をしかめているのがうかがえた。汚い段ボール箱で

誤魔化していたことは事実だから、何とかして問題の火消しをしないといけない。どうしよう。

困惑する僕をよそに、佇まいを整えた雄二が「当店をご利用くださったお客様方」と再び慇懃な

態度の仮面を取り付けて前置きの口上を述べ、真摯な対応をしているように見せながら謝罪した。

 

 

「大変失礼致しました。手違いによりテーブルの導入が遅れてしまい、暫定的に段ボールを使って

到着までの時間を乗り切ろうという打開策を打ったのですが、結果として皆様に不快な思いを

させてしまいましたことを、深くお詫びいたします。すぐに清潔なテーブルが届けられますので、

どうかご安心ください。また、サービスとしてどれでも一品は無料とさせていただきます」

 

お客様一人一人と目を合わせるようにして流れるように謝句を口にして、深々と頭を下げる雄二。

そこに一切の誤魔化しや虚偽が見受けられない様子から、席を立ってお店を出ようとしていた人も

思いとどまって座り直してくれている。この男、こういった方面にも頼りになるから恐ろしい。

 

雄二の謝罪から十秒ほど経過した時、秀吉が他の男子数人と一緒になって立派なテーブルを運び

込んでくるのが見えた。なるほど、雄二が秀吉に注文していたのはコレのことだったのか。

こうして目の前にピカピカのテーブルを持ち出されれば、風評被害が拡大することも無くなると

考えてのことだろう。そこんところもキチンとしている雄二は、やっぱり「神童」なんだなぁ。

 

 

「あれ? テーブル入れ替えてるの?」

 

「あ、美波。それに姫路さんもおかえり」

 

 

テーブルの搬入が無事に終わり、どうなることかと思われた騒動も一段落ついたところで、

僕らと同じく一回戦に臨んでいた美波と姫路さんのペアが帰ってきた。表情と態度から察するに、

勝利を収めたのだろう。というか、姫路さんがペアに居る時点で勝ちはあっても負けはないか。

 

「ねぇアキ、ウチの話聞いてる?」

 

「き、聞いてるってば。テーブルのことだよね」

 

「そうよ、アレ入れ替えちゃってもいいの? 木下が持ってきてたってことは、アレ演劇部の

大道具とかそういうのでしょ。いくら演劇部って言っても、そんなにいっぱいあるの?」

 

なんて考えてたら美波に話を戻されたけど、確かに彼女の指摘はもっともだ。

雄二がアレを秀吉に頼んでいた時も、「二つ程度しかない」って言ってたのも聞いてたし、

流石に一個だけ変えた所で根本的な解決にならないよね。でも、雄二がその程度のことを考えて

いないわけがないと思う。まさか今から自分たちで木材を日曜大工して作るとか、はないか。

 

「ふぅ、こんなとこか」

 

「お疲れ雄二」

 

「何があったか知らないけど、お疲れ坂本」

 

「坂本君、お疲れ様です」

 

「おう、島田に姫路か。お前らもその様子だと勝ったみたいだな」

 

 

慣れない敬語を使いまくったせいで、やや疲れてるように見える雄二を一応労っておく。

美波と姫路さんもそれに続いて労いの言葉をかけると、それに反応した雄二が二人の勝利を

言葉を交わすことなく察する。こういうのって観察力なのかな、それとも洞察力?

 

「それより坂本、なんかあったみたいだけど大丈夫なんでしょうね?」

 

「………このまま何も妨害がなければ、問題はないだろ」

 

(まるでこの後も妨害があるみたいな言い方だな…………)

 

「あ、あの、テーブルの数は足りるんでしょうか?」

 

「おう、それなんだが。おい明久、厨房の連中と少しシフト変えてもらってこい」

 

「え?」

 

 

みんなでいろいろと話し込んでいる中で、雄二がいきなり僕のシフトに口を出してきた。

僕が次に厨房に入るのはお昼前から午後の二時前までで、今が午前十時直前だから、

約一時間近くの空き時間になるんだけど、それがいったいどうしたのか気になって尋ねてみる。

 

「急にどうしたのさ」

 

「二回戦が午前十一時開始、つまりは小一時間ってところだな。あまり悠長なことしてる暇は

なさそうだ。うし、ちゃっちゃと行くぞ明久。目標は一時間以内に四つの回収だ、いいな」

 

「どういうこと?」

 

 

何やらぶつぶつと呟きながら教室を出ようとする雄二の後を追いかけながら、問を重ねた。

すると雄二はふと足を止めてこちらを振り返り、口の端を釣り上げて悪質な笑みを浮かべる。

 

 

「決まってんだろ、テーブル調達だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雄二に連れられるままにとある場所についてから数秒後、僕らは校内を全速力で逃走していた。

 

「吉井君に坂本君! 今日という今日は許しませんよ!」

 

「走れ明久! 捕まったら生活指導室送りは免れん‼」

 

「鉄人の根城⁉ 冗談じゃない、死んでたまるか‼」

 

 

何故逃げているのか、だって? 別にやましいことをしたから逃げてるわけじゃないんだ。

 

 

「せっかくパクったテーブルだ! ヘマして落とすんじゃねぇぞ!」

 

「分かってらい!」

 

 

ただ、学園の応接室からテーブルを強奪(はいしゃく)してきただけで、全然やましくなんかないやい。

 

「ど、どうして、テーブルを背負って、そんなに、速く、走れるの、かな…………」

 

まさか応接室から脱出したところでバッタリ出くわすなんて、しかも日頃運動不足で脅威には

ならない長谷川先生ならまだしも、体を動かすのが趣味の布施先生まで追ってくるとは!

 

現役男子高校生の脚力とスタミナを舐めるなと言いたいけれど、テーブル調達一件目にして

現行犯が捕捉されるのは不幸でしかない。今後の活動に支障が出るのは間違いないけど、

とにかく今はせっかく(無断で)お借りしてきたこのテーブルを回収班のもとへ届けねば!

 

 

「いいか明久、一旦コイツを喫茶店内に持ち込んじまえばコッチのモンだ!

一般の客が使用中のテーブル回収するなんざ、いくら教師だろうとできはしないからなぁ‼」

この極悪人め。おかげで片棒を担がされた僕の評価まで落ちちゃうじゃないか。

 

 

「こうなったら、長谷川先生! 西村先生に連絡を!」

 

「わ、分かり、まし、た」

 

 

息を切らせながらも追いかけてきている長谷川先生に、布施先生が恐ろしい指示を飛ばしている。

西村って、まさか鉄人か⁉ 冗談じゃない! 普段でも命がけなのに、テーブルを運んでいる状態で

あんなのとエンカウントしたら、間違いなく一方的に1ターンキルされちゃうじゃないか!

 

こちらは荷に細心の注意を払いつつも、追手の二人から逃げなければならない。しかもそこへ

敵の通信の妨害までしなければならないとなると、やることが多すぎる。どうしたらいい!

 

 

「___________おや、これは長谷川先生に布施先生。どうかされましたか?」

 

「えっ⁉」

 

現状をどうにかして打破しなければと必死に思考を巡らせていたところへ、やけに聞き覚えの

ある声が耳に響いてくる。声の主を足を動かしながら探すと、そこにやはりあの人がいた。

 

 

「か、香川先生! 協力してください、またあの二人です!」

 

「また………? ああ、あの二人でしたら心配いりません。アレは私がやらせたことです」

 

「「なに⁉」」

 

 

僕らと布施先生との間に立ちはだかるようにして現れたのは、あの香川という眼鏡の男だった。

教職員じゃないのに先生と呼ばれているのは、きっとここのシステムの関係者だからだろう。

そんなことを考えていると、何やら理解できない一言が彼の口から飛び出てきた。

 

思わず僕と雄二も足を止めて振り向いてしまったけど、香川さんは僕らの方を向いて小さく

微笑んでから先生の方へ視線を向けて、今の発言についての補足を語り始める。

 

 

「いえ、実は彼らのクラスに先程悪質な迷惑行為を働く者がいたと報告を受けまして。

聞くところによると、彼らのクラスで扱っているテーブルがテーブルではなく、段ボール箱に

小綺麗なクロスを代用品だったのが気に食わなかったらしいと。そこで私から吉井君たちに

助言をしたのです。『応接室に見栄えの良いテーブルがあるから、借りてきなさい』とね」

 

「そ、その話は本当なのですか、吉井君に坂本君」

 

「え、えと、あの」

 

「…………まぁ、その通りです」

 

「ほら、彼らもそう言っているではありませんか。何も問題はありませんのでご安心を。

それに先生方、今日は一般の方々もいらっしゃる日ですので、あまり本校のイメージを損ねる

行動などは控えるべきかと思いますが、どうでしょうか」

 

「「………………」」

 

 

どこまでも一貫して冷静で知的な雰囲気を醸し出す香川さんは、そう言い終わってから眼鏡を

指で押し上げて二人の先生を追い返してしまった。すごい手腕だと言わざるを得ない。

しかも今の話はどこも矛盾してないし、正当性の筋がしっかりと通っているのだから二人の

先生も何も言い返せなくなっていた。やっぱりこの人、話術というか頭の良さが尋常じゃない。

あの時、夕暮れのミラーワールドで話を聞かなくて本当に良かったと今さらになって安心する。

二人の先生の背中が見えなくなる頃、こちらに改めて向き直る香川さんが口を開いた。

 

 

「さぁ、速くお行きなさい。それと、君たちのお店の繁盛と大会の優勝を楽しみにしています」

 

 

それを告げたっきり、香川さんも踵を返してもと来た道を戻っていく。何を企んでいるんだ?

 

結局香川さんのお墨付きを得た僕らはその後も行動を続け、時間内に見事ノルマを達成。

テーブルを空き教室に置いて秀吉率いる回収班に連絡を取り、彼らにテーブルを運んでもらい、

店内で段ボールを撤去して入れ替える。こうすることで風評被害はもう起こらないだろう。

こそこそする必要がなくなったおかげか、思っていたよりも早く調達を終えてしまった僕らは、

回収班たちと一緒にテーブルを運んで店の様子を一度見てから二回戦に向かう事にした。

四つのテーブルを無事に運んで入れ替え作業も終えた僕らを、現場でホールを担当しながら

回収班に指示を出していた秀吉が明るい笑顔で迎えてくれた。これだけで疲れが癒えそうだ。

 

 

「明久に雄二よ、二人ともよくぞやってくれたのじゃ。大変じゃったろう」

 

「いや、それがさぁ「秀吉、聞きたいことがある」って何だよ雄二」

 

 

慈愛の女神のようにこちらを気遣ってくれる秀吉にわけを話そうとした僕の言葉を遮って、

雄二が歩み寄りながら何かを尋ねようとしていた。何だ、柄にもなく真面目な顔して。

 

 

「む、なんじゃ?」

「…………白衣を着た眼鏡の男がこの店に来たか? 髪型がオールバックの」

 

「また珍妙な問じゃのう。もしや、その男が先の妨害の黒幕かの?」

 

「いや、そういうわけじゃないが、ちょっと引っかかってな」

 

 

何やら険しい顔つきの雄二は、秀吉にある人物と一致する特徴を並べて問いかけている。

なんでここで香川さんのことを聞くんだろうか。引っかかるって、いったい何のことだろう。

僕がそれを不思議に思って雄二に尋ねようとすると、秀吉が少し早く答えを口にした。

 

 

「ふむ、眼鏡ならともかく白衣となると見覚えがないの。ワシもずっとホールに居たわけでは

ないから、確実な証言とも言い切れぬ。済まぬな、次からは客の人相も覚えておくとしよう」

「そうか、助かる」

 

「お互い様じゃ」

 

 

そう言って秀吉と別れた雄二は、「そろそろ二回戦が始まる」とだけ呟いてステージへ向かおうと

教室から出て歩き始める。慌てて後をついていく僕は、やはり聞かずにはいられなかった。

 

「ねぇ雄二、香川さんがどうかしたの?」

 

「ん、ああ。まぁそうだな、他の奴らの手前だから黙ってたが、お前ならちょうどいい」

 

「え、なに、どういうこと?」

 

「…………明久、あの香川ってオッサンが言ってたこと覚えてるよな?」

 

 

雄二が秀吉にした質問の意図、それがどうしても気になった僕は直接聞くことにしたのだが、

何故か逆に尋ね返されることになってしまった。えっと、香川さんが言ってたことって言えば。

 

 

「僕らにテーブル強奪を指示したってやつ?」

 

「それは先生を騙すための虚言だ、間違いねぇ。俺が聞いてるのはその後だ」

 

「後……………確か、僕らの店の妨害をしている奴がいるって報告を受けたとかなんとか?」

 

 

確かあの時、香川さんがそんなことを言ってた気がする。テーブルに問題があるから営業妨害が

起こって、それならテーブルを変えれば問題ないって、まとめるとそんな感じだったよね。

僕の言葉に小さく首肯した雄二は、そのまま右手の人差し指を立てながら話を続ける。

 

 

「そう、そこともう一つ」

 

「もう一つ?」

 

「それは、あのオッサンが代用品の中身を知ってたことだ」

 

「どういうこと?」

 

 

またしても増えた疑問に声を上げてしまった僕に、雄二は顔を険しくしたまま語り始めた。

 

 

「まず、俺らの店が妨害を受けたって報告の件だが、俺はコイツもデマだと思ってる。

理由はこうだ。まずあの時、常夏コンビが妨害をやり出した直後に秀吉が俺らに報告しに来た。

俺らに情報が伝わって現場に戻るまでがおよそ二分ってところだな。そんな短い時間で他の

誰かが営業妨害を訴えに行ける時間はなかっただろうし、もしやったとしても正規の教職員でも

なんでもないあの人に報告するのはおかしな話だ。今の話で分からなかったところはあるか?」

「いや、大丈夫」

 

 

なるほど、確かに雄二の言っていることは正しい。僕らのクラスの誰かが先生に助けを求めたに

営業妨害を漏らしたとしても、一年以上学校に居るんだから職員と非職員の見分けはつくはずだ。

心の中で納得していると、僕の理解が浸透した頃合いを見て雄二が話の続きを切り出す。

 

「なら続けるぞ。そんで、仮にもしあのオッサンに話が伝わっていたとしてもおかしな事になる。

学園祭で問題が発生したんなら、すぐにでも鎮火させようとするのが当たり前の思考だよな?

それなら報告に来た生徒と一緒に現場へ向かうべきだろ。だが、俺たちが秀吉と戻ったあの時、

オッサンは現場に居なかった。つまり、報告があったって部分はデマである可能性が高いんだ」

 

「た、確かに」

 

「んで極めつけはオッサンが代用品の中身を知ってたってところだ。ここは本当に謎なんだが、

さっきの報告の件がデマじゃなかった場合、実際に誰かが報告をしに行ったと仮定するぞ?

そいつはオッサンに営業妨害があったと報告する。だが、店の不利になるようなことまでも

公然と暴露する必要があると思えるか? 『汚ぇ段ボールをテーブルにしてお客が暴れた』なんて

少なくとも売り上げのことを第一に考えてるFクラスの馬鹿どもには絶対にできないことだ」

 

 

淡々と事実を紐解いていく雄二。僕は彼の話に耳を傾けながらも、何か恐ろしいものが背筋を

這いずっていくような感覚に襲われていた。そんな僕の様子に気付かず、雄二は話を再開する。

 

 

「で、問題はここからだ。さっきのは報告の件がデマじゃなく実際にあった場合の話だが、

もしも俺の仮設通りに報告がデマだった場合。この場合、本格的に奴を警戒せにゃならん」

 

「ど、どういうことなの?」

 

「報告が仮設通りにデマだったら、そもオッサンは俺らの店で営業妨害があったことなんて

知りもしないはずだろ? そんな奴がどうやって、汚ぇ段ボールの事を知る(・・・・・・・・・・・)ことが出来たんだ(・・・・・・・・)?」

 

「_____________‼」

 

「クロスの下が段ボールになってることは、風評被害につながるからと全員に口止めさせて

あるし、無論準備も一般客が入ってくる前に仕上げてあった。あのオッサンがこの事実を知る

方法が、どうにも見えてこないんだよ。一番低い可能性も、秀吉の証言で完全に0になった」

 

「そ、その可能性って?」

 

「店に客として入ることだが、召喚大会の一回戦が始まる頃には客足はまばらだったし、

一回戦が終わる頃になってあの常夏コンビが来た。となれば俺らがテーブル調達にあちこちを

駆け回ってた時になるんだろうが、秀吉の証言通りだ。クソ、何者だあのオッサンは………」

 

 

忌々しげに髪の毛を掻き毟りながら悪態を吐く雄二に、僕は声をかけることができなかった。

香川さんが何者なのかを知っているから、ではない。底の見えない不気味さから、でもない。

僕はこの時、別の理由で声をかけられなかった。正確に言えば、彼を気遣う余裕がなかった。

 

香川さんの行動、言動、それらすべてを当てはめて考えると見えてくる答え。

『神童』と謳われた雄二ですら分からない、僕だけが知ることの出来る答え。

 

 

香川 英行、彼は僕と僕に関するすべてを何らかの方法で監視しているのだ。

 

 

それを知ってしまったからこそ、僕は雄二に声をかけることができなかった。

 

 








いかがだったでしょうかッッ‼


大・増・量‼ な今回は、実に一万二千字を超える久々の過重執筆‼
筆が乗るとはこのことでしょうか、文字がスラスラとン気持ちイイ~~ッ!

失礼しました。やっぱり原作があるとなぞりやすくて助かります。
まぁ龍騎とクロスさせている以上、どこかで大きく改変するんですがね。


さて、これを書くのも久々ですが次回の更新は早めにします。
あ、でも私の都合上、やはり次の更新はどうしても八月に突入して
しまいますことを先に報告いたします。本当に申し訳ございません。


それでは、戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!


ご意見ご感想、並びに質問や批評なども受け付けております!


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問34「彼と祭りと知られざる陰謀」

どうも皆様、七月以降投稿を途切れさせてしまった挙句、
リハビリと称して二万字を超える短編を書いてしまった
萃夢想天です。まずは、更新を滞らせたことを御詫び致します。

本当に色々なことに時間が取られてしまっておりまして、
書こうと決意しても二週間近く時間がたって意欲が損なわれたりなど、
身勝手な理由ばかりで本当に申し訳なく思っております。


さて前回は、明久たちFクラスの中華喫茶に常夏コンビが乱入。
その裏で香川先生が何やら怪しい動きを見せていたところでしたね。
本当ならば今回は前回からの流れでパート3を書く予定だったんですが、
急きょ変更を加えることにしました。次回か、長引けば次々回には
予定通りのパート3(明久たちのストーリー)を書こうと思います。
なので、今回はまさかの香川先生にスポットが当たりますので、
お待ちくださった方々はぜひお楽しみください。

例のあの人もついに登場!

それでは、どうぞ!





僕らの出し物『中華喫茶 ヨーロピアン』にて、ちょっとした事件が起きたのも束の間。

時間が来てしまったために店内のことを秀吉たちに任せ、僕と雄二は召喚大会の二回戦に出場。

相手はBクラスとCクラスのカップルで、中々の戦力差があったんだけど、ここにきて科目選択の

優位性が強く発揮されたこともあり、またしても高得点だった雄二と僕のコンビが勝利を収めた。

 

今は二回戦が終わって教室へ戻る帰り道。雄二はトイレに寄ってから帰ると言っていたから、

僕一人きりになってしまったんだけど、正直都合がいい。雄二は人の顔色から思考を読むからね。

こういう時は逆に自分だけの方がかえって安心できる。そう思って、先ほどの戦いを振り返った。

 

「……………うん、今はもう何も感じないな」

 

 

振り返ると言っても二回戦の反省をしたりするんじゃなくて、あの時に感じた〝ある感覚〟に

ついてだ。僕が仮面ライダーになってから頻繁に感じるようになった、頭に直接響くあの音。

召喚大会の最中に突然きたもんだから驚いちゃったけど、何度も経験してるから間違いはない。

問題なのは、その反応が学校とは遠く離れた場所に現れたということ。

 

 

「反応がいくつかあった気がするし、もしかしてモンスターじゃなくてライダーかも」

 

 

学校付近か校内だったら流石に僕が変身して戦わなくちゃいけないところだったけど、学校から

それなりの距離がある場所みたいだし、手を出すこともしなくて良さそうだから放っておこう。

いざとなったら蓮さん、仮面ライダーナイトに連絡して助力してもらうって手もあるし大丈夫。

それよりも今考えるべきなのは、香川さんが僕らのことを見張っているだろうから、その対策を

どうすべきかということじゃないかな。けど、ミラーワールドを使った監視なんて防げないよ。

 

歩きながらも自分で色々考えてはみたけれど、いい考えは浮かばない。結局そのまま教室まで

辿り着いてしまい、これ以上はどうにもならないと区切りをつけて教室の扉に手をかけた。

 

 

「ただいま~………ってアレ? あんまりお客さんがいないなぁ」

 

「お、戻ってきたんじゃな」

 

「あ、秀吉」

 

 

扉を開けて店内に戻ってきてみると、思っていたよりもお客さんの姿が少なく伽藍としており、

接客担当の秀吉が暇だったのか顔を見せる。どうやら仕事が無くて退屈してたっぽいなぁ。

 

 

「その様子からすると勝ったことは明白じゃが、雄二のやつはどうしたのじゃ?」

 

「トイレに行ってくるって」

 

「勝利こそ喜ぶべきじゃろうが、何とも暢気なものじゃのう」

 

「ホントホント。あ、そーだ。アレから変な客とかは?」

 

「それなら安心せい。客足が減ったのを除けば、至って順調じゃ」

 

 

心配になって聞いてみたけれど、今のところは店にも二次被害が起きてないみたいでなによりだ。

でも、こうしてお客さんもまばらになってしまったのは割と痛い。売り上げを伸ばしたい僕らに

とって客の数と環境改善用資金は直結しているようなものだから、これ以上の低迷は困るのだ。

けどそうなると、お客さんが減った根本的な原因を見つけて、どうにかしなくてはならないはず。

こっちには他にも色々と考えなきゃいけないことがあるのに。そう考えていた時だった。

 

 

『お兄さん、ありがとうです!』

 

『いや、気にするなチビッ子』

 

『チビッ子じゃなくて、葉月です!』

 

『ははは、悪い悪い』

 

 

教室の扉のすぐそばから、聞き慣れた雄二の声と女の子の声が聞こえてきた。特徴的なトーンを

考慮すると僕らより年下な感じがするけど、葉月って名前、どこかで聞いたことがあるような?

 

 

『お、なんだ坂本。お前こんな可愛い妹がいたのかよ!』

 

『本当だ、羨ましいな~! ねぇ君、五年後に俺を彼氏にしてくれないかな?』

 

『むしろ俺は今すぐの方がいいな~』

 

『坂本、いえ義兄(おにい)様! 妹さんを僕のお嫁に下さい‼』

 

『三回生まれ変わってワンと鳴いたら考えてやる。あと、俺の妹じゃないぞ』

 

 

すると同じく教室に戻ろうとしていたらしい、雑用班の野郎どもが声の元へ群がってきていた。

実にFクラスに似合いのアホみたいな会話が筒抜けだが、お客さんが少なくて逆に良かったよ。

というか、そもそも雄二はトイレに行ってなんで女の子を連れて店に連れてきてるんだ?

 

『あ、あの、葉月はお兄ちゃんを探してるんです! 何か知りませんか?』

 

『お兄ちゃん? こんなに可愛い妹持ってる奴、ウチにいたっけか?』

 

『その人の名前は?』

 

 

漏れて聞こえてくる会話の流れからすると、おそらく雄二が女の子の人探しを手伝うついでに

ここへ戻ってきたんだろうと思われる。アイツ、何だかんだで面倒見がいいし子供好きだしね。

 

ただ、本当に彼女の力になってあげたいんだったら、放送部とかに言って校内放送を使った

迷子案内とかをすればいいと僕は思うんだよね。あ、でも、それってある意味恥ずかしいかも。

学校中に迷子扱いされちゃうってのは、かえって嫌な思い出になっちゃうかもしれないよね。

 

なんてことを考えている間にも、女の子と野郎どもの話が進んでいたようだ。

 

 

『あぅ………分からないです』

 

『お兄ちゃんなのに?』

 

『もしかして、家族とかじゃない意味のお兄ちゃんってことか?』

 

『なるほど。じゃあ、その人の特徴とかって分かる? ここが他の人よりスゴイってところ』

 

 

そして意外にも、群がったFクラスの非リア軍団の女の子に対する、気遣いや優しさを感じる。

普段から愛や可愛いものに飢えてる連中とはいえ、子供相手には配慮することもできるのか。

そう思っていた矢先、扉の向こうで困ったような声をしていた女の子が、特徴を答えた。

 

 

『バカなお兄ちゃんでした!』

 

 

ソレは果たして特徴に分類していいのだろうか。

 

 

『そ、そうか………』

 

 

女の子の答えを聞いた男たちが逆に言葉に詰まる。そこから数秒後、雄二が言葉を返した。

 

 

『その、なんだ___________たくさんいるんだが?』

 

 

否定できないのが妙に歯痒い。

 

 

『えっと、あの、そうじゃなくて』

 

『ん? 何か違うのか?』

 

『他にも特徴があったりする?』

 

純真無垢な言葉のナイフでザックリ抉られた音を聞いた気がしたけれど、流石にその程度で

へこたれるほどヤワなメンタルではない。心に傷を負いながらも復帰した者たちが再び質問を

重ねると、女の子もさらに有力な情報を引き出そうと唸りはじめ、新たな要点を追加する。

 

 

『とってもバカなお兄ちゃんだったんです!』

 

『『『『吉井だな』』』』

 

 

なんで満場一致なんだよ‼

 

 

「聞いちゃいられない! みんなしてバカバカって、大体僕に女の子の知り合いは」

 

「あ! バカなお兄ちゃんだ!」

 

「知り合いは…………その続きは?」

 

「いないと思ってた時期が僕にもあったなぁって」

 

 

顔を見せに行ったところで本人であると探し人から声が上がり、中々の勢いで抱き着かれた。

女の子に好かれるのが嫌なわけじゃないけど、先程まで連呼されてた特徴と一致する人物と

公言するのは止めていただきたかったという、やるせない気持ちをそっと胸の内にしまう。

ひとまず顔だけでも確認しようと、女の子を抱擁をやや惜しみながら引き剥がすと、そこには

確かに、どこかで見覚えのある愛らしい少女の笑顔が。アレ、ひょっとしてこの子は。

 

 

「もしかして、あの時のぬいぐるみの子?」

 

「ぬいぐるみの子じゃありません! 葉月ですっ!」

 

 

僕の曖昧な覚え方に対して、不服そうに頬を膨らませる女の子には見覚えがあった。

以前、小さな女の子がお姉ちゃんにプレゼントを渡したいけどお金が足りない、なんて困った顔を

していた現場に出くわしたことがあり、見過ごすのも嫌だったので一緒に知恵を絞った事がある。

確かその時は、鉄人のロッカーに置かれてた古い本を質に売り、意外な高値で買い取ってもらった

ために店で一番大きなぬいぐるみを買ってあげられたんだっけ。色々大変だったから忘れてたよ。

 

結局一度きりの出会いだったから、その後がどうなったか気になっていたけど、この子の笑顔を

見れば良い結果になったことは明白だ。うん、やっぱり姉妹は仲良くしなくっちゃダメだよね。

 

 

(姉妹、か)

 

 

自分の言葉を引き金に、僕の中で未だ癒えることのない過去の傷が痛み出す。アレからもう六年も

経ったのかと思うと、時の流れの速さが如何に残酷なのかが分かる。でも僕は、忘れられない。

 

妹の明奈が姿を消してから六年と数か月。当時の僕は、いつも後をくっついてくる可愛いあの子を

失った実感が無く、いきなり心にポッカリと大穴が開いた気分で日々を惰性に生きていたっけ。

母さんは早くに錯乱して心を壊し、父さんも母さんに付きっきりで明奈を失う前までは朗らかな

笑みを浮かべていたけれど、最後に見たときは頬も痩せこけてなお無理に笑顔を浮かべてたな。

 

ああ、そうだ。普段から物静かで大抵の事には動じない姉さんですら、夜になると自分の部屋で

声を殺して泣いていたのを何度か見た。姉さんは僕と明奈を着せ替えて遊ぶのが趣味だったし、

何より姉さんは素直に甘えていた妹を溺愛してたから、僕以上に心の傷は深かったと思う。

自分の過去を振り返ってみて、目の前で垢抜けた笑顔を浮かべる葉月ちゃんを見ると心が痛む。

 

 

「アレ? 葉月? なんでココにいるの?」

 

「あ、お姉ちゃん! 遊びに来たよっ!」

 

 

何とも言えない感傷に苛まれていると、二回戦を無事突破して戻ってきたであろう美波が店内に

戻ってくるなり、葉月ちゃんに抱き着かれていた。ん、待てよ。お姉ちゃんってもしかして。

 

 

「ねぇ葉月ちゃん、君のお姉ちゃんって………」

 

「ハイ! 葉月のお姉ちゃんです!」

 

「え、なに? アキと葉月って知り合いなの?」

 

 

そのまさか、というヤツだった。いやぁ、世界は広いなんて言うけど、実際は窮屈この上ないね。

たまたま街中のファンシーショップで出会った女の子がクラスメイトの妹とか、そんなのはもう

ギャルゲーの世界観だよ。妹との出会いから姉の紹介イベントが発生して、しばらく姉と妹の

両方の好感度を上げるイベントが相互に起こり、分岐点に入ると姉か妹かの選択を余儀なくされ、

悩み悩んだ末に片方を選ぶと、最後の方で選ばなかった方の子がスゴく胸に刺さる言葉を………。

 

____________ハッ! 僕はいったい何を⁉

 

 

何故かやけに具体性のある思考誘導をされた気がするけど、うん、深く考えちゃダメだろう。

決して『双子の妹を攻略しようとしたら姉が登場し、交互にイベントを消化していくと決断を

迫られる分岐イベントが発生。姉を選べば作り物消滅ENDに、妹を選べば結界守護ENDに』なんて

口にしてはいけないんだ。妹の方は簡単なのに姉の方はイベント条件が激ムズとか僕は知らない!

 

そうだ。ここは本土沖の孤島じゃないし、キラッキラのギャラクシー美少年もいないからセーフ。

 

どこからか怪しげな電波を傍受してしまったようだけど、気にしない方針でいこうそうしよう。

頭を切り替えて、まずは美波の質問に答える。葉月ちゃんとの出会いや経緯、事の顛末までを

僕なりにかいつまんで説明すると、何故だか顔を真っ赤にしたままモジモジし始めてしまった。

 

「そそそ、そーなんだ。あ、あのぬいぐるみはアキが………なら間接的にアキから貰った物⁉」

 

「…………美波ちゃんはズルいです。抜け駆けは無しにしようって約束してたのに、いつの間にか

家族ぐるみのお付き合いじゃないですか。私なんて、両親の紹介もまだ………姉妹とか姉弟とか

意外なアドバンテージになるんですね。一人っ子の私には取れない戦術です。羨ましいです」

 

熱に浮かされたように譫言を呟く美波の横で、こちらもどこか虚ろな表情で日頃の彼女からは

想像もつかないほどの速い独り言を漏らす姫路さん。二人とも二回戦で何かあったのかな?

 

そうして店の入り口で喋っていると、ちょうど中を覗ける位置にいた雄二が顔をしかめた。

 

 

「ん? 思ってたより少ないな。おいホール、また何かあったのか?」

 

 

店内の様子を一目見た雄二が不満げな表情になったのは、あまりにまばらな客足が原因だろう。

さっきここへ帰ってきた時も秀吉がそんなことを言ってたし。ただ、経営責任者としてこんな

状況を長引かせておけないと思ったのか、彼は暇を持て余していたホール担当に声をかけた。

 

 

「いや、それが俺にも分からなくて。ちょうどオーナーと吉井が出かけたくらいから……」

 

「俺と明久が? となると…………あぁ、何となく予想はついた」

 

 

雄二の質問に答える彼のセリフの中に、僕の意識に引っかかる呼びかけがあったことに気付く。

あー、そう言えばコイツ、皆に変な名前で呼ばせるの好きだったっけ。代表、総統閣下ときて

今度はオーナーか。一体いくつの名前があるのか気になるけど、それこそ「イッパイアッテナ」と

返されたら何も言えなくなる。僕は捨て猫じゃなくても、字の読み書きくらい完璧だい。

 

今日はどうも頭の中でおかしな回線が混ざるなぁと思い悩んでいると、僕らの視線の下側から

思いもよらない情報が持ち込まれた。

 

 

「そう言えば葉月、ここに来る途中で色んな話を聞いたよ!」

 

「それって、どんな話なの?」

 

「えっと、中華喫茶は汚いから行かない方がいい、って」

 

葉月ちゃんがもたらした情報を聞いた僕らは、そろって店内に置かれたテーブルへ視線を移す。

確かに調達が間に合わずに間に合わせ(という設定)でテーブル代わりに小汚い段ボール箱とかを

使ったりしてたけど、それはもう改善されているから噂が広まる可能性は相当低いはずだ。

なのにそれがまだ残って、この店の印象悪化につながっているとなると、噂の出所があるのかな。

 

「ねぇ雄二」

 

「分かってる。アイツらだろうな、十中八九」

 

 

何となく嫌な予感がして、こういう時には頼りになる悪友の名を呼ぶとそこには、悪魔ですらも

引き笑いして逃げだすような顔つきの男がいた。多分もう脳内で全部つながってるんだろうし、

僕だってここまでの事を加味して対象が分からないバカじゃない。そう思って尋ねてみる。

 

 

「けど、もしあの三年生………常夏コンビだっけ? いくらなんでもそこまで暇じゃないでしょ」

 

「バーカ。暇を持て余してるから、わざわざ召喚大会の注目度が低い時間帯に来たんだろ」

 

「でもさ、あの坊主の先輩なんか雄二のバックドロップ喰らったんだよ?」

 

「ああいう手合いはな、自分の事は棚に上げて恨み辛みを垂れ流して助長するタイプだ」

 

 

一応の確認として聞いてみたつもりだったけど、やっぱりこの男が悪だくみするほど抜け目が

無い時はないだろうと確信が持てた。流石は『悪鬼羅刹』と謳われた、ヤンキー=スレイヤー。

あ、間違えた。ヤンキースレイヤ=サンだなぁ。ハイクを読ませる暇も与えずにカイシャクし、

スコアを伸ばしてきたベテランだ。ニューロン細胞の活動もセンコハナビめいてる気がする。

 

こうして僕たちは、葉月ちゃんが噂話を聞いたという『短いスカートときれいな服を着た美人の

お姉さんたちがたくさんいるお店』を目指し、意気揚々と進軍を開始した。ん? 他意はないよ?

決してやましい気持ちで言ったわけじゃないから、本当だから! 言ってないのに着いてきた

ムッツリーニに写真の現像なんて頼んでないから! 信じ________野郎の写真じゃないか畜生‼

 

この後、葉月ちゃんの言ってたお店がAクラスのメイド喫茶【ご主人様とお呼び!】だったことを

知った雄二を無理矢理連行し、店内で騒いでいた例の常夏コンビを無事成敗。そのためとはいえ、

まさか女装させられるとは思ってなかったけど、終わりよければの精神で乗り切ったのだった。

ちなみに、雄二の前には料理ではなく、記名済みの婚姻届けと坂本家の実印が出されたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は一時間ほど前へと遡り、召喚大会Aブロックの二回戦開始直後から再始動する。

文月学園主催の清涼祭、その目玉と言える召喚大会を成功で飾るべく多くの職員や研究員らが、

召喚システムのプログラムやプロトコルの計算・修正を血眼になって行っているちょうどその頃。

大会の進行上仕方がないことではあるが、相次ぐ召喚の影響で召喚獣たちを召喚するための演算

機能がオーバーフロー寸前となり、本当ならば視察するだけの予定だったある男も駆り出された。

 

 

「いやぁ、本当に助かりましたよ。やはり開発担当の方が居てくれると作業が捗ります」

 

「御言葉はありがたいですが、今後も私が居るとは限らないので、スタッフの情報処理能力や

演算過程の把握力を鍛えておいた方が宜しいかと。まして今年の球技大会では、何やらまたも

カヲルさん………いえ、学園長が良からぬ思い付きで事を起こすおつもりらしいので」

 

「ははは______________冗談でも笑えませんよ」

 

「私は冗談など口にするタイプではありませんが?」

 

「存じておりますよ、だから余計に辛いんじゃありませんか」

 

 

文月学園のシステムサーバーの管理を担当している研究員と、白衣を整然と着こなす眼鏡の男が

プログラムのアップデート準備が整う合間に言葉を交わす。片や苦渋に満ち、片や能面の如き

無表情ではあったものの、互いに遠慮を持ち出さず、けれど立場を弁える形で会話していた。

眼鏡の男こと香川は、本音を言えばすぐにでもこの場を去りたいと思っており、仕事仲間である

研究員との話は合わせているだけであって、本人はそこに何の価値も意味も見出してはいない。

元々学園と密接な関係のある人物というほどではなく、むしろ今日は時間を最大限に活用して、

とある人物の監視とそれに合わせた情報収集を行うつもりでいたため、早くここを去る気でいた。

 

香川 英行はそもそも、研究者という立場に間違いではないが、それは学園所属というわけでも

ない。彼は清明院大学という、合格難易度は東大や京大、早稲田にも並ぶと言われる名門大学の

教授として籍を置いている。学者でもあり、研究者でもあるが、何より彼は教え伝う側である。

そんな彼が、大学所属の系列校でも何でもないこの文月学園に訪れた事には、二つの明確なる

理由が存在した。一つは、立場上断れない、かつての恩師である学園長からの仕事の依頼。

 

こちらは問題なく、一週間も通えば完了する内容だったが、彼が重要視したのはもう一つの方。

即ち、現在【ライダーバトル】に参加している仮面ライダーとの接触。及び情報共有であった。

その為に目を付けたのが件の問題児、学園きっての馬鹿と名高い最底辺(Fクラス)の吉井 明久だ。

 

依頼された際に渡された資料や写真から、彼の所業が人間離れしていることは充分認識可能で、

さらには仮面ライダーになった者だけに伝わる独特の耳鳴りが、可能性により拍車をかける。

この街やその付近では、比較的多くの仮面ライダーが活動していることは元から把握できては

いたのだが、文月学園周辺では反応の出現頻度が特に多く、対象が学生との予測はできていた。

 

(そして単身で私が乗り込み調べてみれば、大当たりだったわけですが)

 

 

おあつらえ向きにミラーモンスターと交戦していた折、予想通りの人物が姿を自ら晒しに来て、

頭脳明晰な彼は逆にそれが罠である可能性すら考えたが、実際に二度ほど対面して確信を得た。

そのような事ができるタイプではない。彼は、学園で噂されている人物像と遜色ない人間だと。

 

けれど思考を一点に留めない香川は、それすらも彼が日常で演じている仮の姿ではないかと疑い、

学園長に「Dクラスの壁を大破させるような生徒です、過去の遍歴に問題があるやも」などと

語り、極秘裏に吉井 明久の経歴を調べもした。その結果、彼の予想予測は確信へと昇華する。

 

 

(家族構成は父母と姉妹がおり、そのうち妹を六年前に『失踪事件』により喪失。死亡と断定。

当時のマスメディアや清濁乱れる記事によって、母親は精神を病み、治療のために海外移住。

数か月後に父親も介護目的で同じく海外へ飛び、唯一残った保護者の姉も、彼が中学校三年生

に進学した頃に海外留学、と。結果的に一家は離散し、定期的な仕送りがなされる日々を送る)

 

目にした資料の内容を〝鮮明に〟思い返す香川の奥底には、筆舌に尽くしがたい感情が溢れた。

壮絶、などという言葉では語りきることなど出来ないほど、燦々たる悲劇が彼の過去にあり、

それは間違いなく彼という平凡で普通な青年の心を蝕んでいるのだろうと、眉根を歪めさせる。

ここまでならば、世にそうそうあってほしくはないが、それでも稀にある悲劇で終わるのだが、

一つの不確定要素が加算されることによって、吉井 明久の未来が大きく変わってきてしまう。

そして何よりも、彼の境遇そのものが(・・・・・・・・・)、とある人物の琴線に触れるという事も予測できていた。

 

「それでは、私はこれで」

 

「ああ、はい。本日は急に御呼び立てして、申し訳ありませんでした」

 

社会人として、同門の者として、最低限必要であると判断した時間を過ぎたため、早々と話を

切って足早にサーバールームを去ろうとする香川。研究員はまだ何かを口にしているのだが、

それを聞こうとする配慮すら見せず、眼鏡を指先で持ち上げ、キチッとした姿勢で退出する。

 

学園の地下にあるそこから地上には、エレベーターしか行き来する手段がなく、上階へ向かう

エレベーターにちょうど良いタイミングで乗り込んだ彼は、服装を今一度正して到着を待つ。

数秒の後に学園一階専用入り口への到着を知らせるアナウンスが響き、ゆったりと両開きの

扉が開け放たれる。完全に開き切ったのを見てから足を出して、目的地の旧校舎を目指す。

 

 

『___________! ________________!』

 

『_______! ________、________!』

 

「おや?」

 

 

ところが、関係者以外立ち入り禁止の文字で規制されているはずの扉の向こう側から、

何やら人が揉めているような声が微かに届き、また面倒事かとやや呆れつつも対処に向かった。

ギギギと重たげな音を立てる扉を開けた先には、学園の警備員と、掴みかかる一人の女性が。

 

 

「何事ですか?」

 

「おお、貴方は!」

 

 

今度ばかりは必要に駆られて声をかけると、こちらを向いて安心しきったような警備員と、

標的を移し替えたとばかりに探るような女性の視線が、同時に香川へと集中した。

 

 

「いえ、少々問題が起こりまして………」

 

「見れば分かります。大方、そちらの女性が進入禁止を無視しようとしたのでしょう?」

 

「え、ええ。その通りですが、何故?」

 

「理由は簡単。そちらの女性が新聞記者だからですよ」

 

 

しどろもどろになっていた警備員を軽くあしらい、香川はまだ強めの視線をぶつけてくる

女性へと向き直り、この場で起きたこととその要因を無関心らしい口調で言い当てる。

これには警備員も女性も驚きを隠せなかったが、それらの反応を無視して香川は続けた。

 

 

「取材の件でしたら、どうぞ歩きながら。いや、お待たせしてすみません」

 

「……………いえ、こちらこそ」

 

「という訳なので、こちらの方については問題ありません。どうぞご心配なく」

 

「は、はぁ。了解しました」

 

 

理路整然とした立ち振る舞いで場を収めた香川は、先程まで抜かりなく隙を窺っていた、

今でも窺っている女性を先導し、警備員に何事も無かったことを念押しして歩き出した。

慌てて彼の後を追いかける女性は、肩からかけたカバンに手をやり、何やら考え込むような

顔つきになって押し黙る。だがそれを見計らってか、先んじて香川が女性に声をかけた。

 

 

「今度からお話を窺う際は、きちんとアポを取っていただかないと困ります」

 

「そ、それについてはすみませんでした」

 

「記者である以前に、社会人としてのマナーですので、今後はお忘れなきよう。

さて、それで今度はどのようなご用件ですか。 『OREジャーナル』の桃井 令子さん?」

 

 

顔も合わせず肩越しに告げた言葉に、背後にいる女性_________令子は心拍を跳ね上げる。

実はこの二人は面識があり、その時も今回と変わらない状況だったために印象が悪いのだ。

初めて対面した時の冷たい対応を嫌でも思い出す声色を前に、ここぞとばかりの記者根性で

耐え抜いた彼女は、意を決したように眼尻を釣り上げて普段通りの気丈な態度で切り出す。

 

 

「貴方ほどの人なら、言わずとも分かると思いますが?」

 

「記者にあるまじき言葉ですが………まぁ、ある程度は。召喚システムの取材でしたら、

私ではなく学園長にするのが正しいかと。あくまで私は開発の関係者であって、システム

自体の責任者などではありませんから。と言っても、あの学園長に話が通じるかどうか」

 

「…………そちらも大変興味深いですが、もう一つ別の要件が」

 

「ええ、もちろん承知していますよ。ですがこちらは前にもお答えしたはずです」

 

 

今はただ時間が惜しい。言外に相手をしている暇はないという態度であしらう香川だが、

令子も負けじと持ち前のタフさを見せ、取材で鍛えた控えめな食い下がり方で話をつなぐ。

そういった手合いは下手に話を切ると後が面倒になると、経験上理解している彼は、

一度深いため息で逸る気持ちを落ち着かせ、クリーンな思考回路を取り戻して言葉を選ぶ。

 

 

「言ったはずですよ、私は無関係だと」

 

「確かに証拠も動機も今のところは見えませんが、少なくとも関わりがあったことは」

 

「認めましょう。確かに私はあの日、彼と___________城戸 真司君と出会っています」

 

 

一呼吸置かれてから、振り向きざまに言い放たれた一言に、令子は表情を大きく崩した。

彼女は記者としてネタを探し求めるジャーナリストではあるが、それよりも人情あふれる

人格者であり、何より隠された事実を詳らかにして暴く、真性の探究者であったのだ。

 

香川が普段と変わらぬ鉄面皮のままにのたまった言葉を受け、彼女はさらに食い下がる。

 

 

「でしたら、その後の彼の動向について何か心当たりは? 何処かへ行く予定があった、

あるいは誰かと会う予定があったとか、何か聞いたりしていませんか?」

 

「そちらはお答えできません。彼も貴女と同じように無断で大学キャンパス内に侵入し、

私の研究室に飛び込んで取材を敢行しようとしてきましたが、その類の話は一切。

ええ、あの時は私も自分の研究で忙しく、すぐにゼミの生徒たちが追い返しましてね」

 

「………城戸君ってば、相変わらずなんだから」

 

「貴女方の所属するOREジャーナルでは、非常識な訪問を主流にする指導でも?」

 

「そんな事はありません! 城戸君は確かに無鉄砲ですが、全体がそうと言うわけでは」

 

「つい先程までの貴女の行動からみても、その発言には同意しかねますが」

 

「そ、それは」

 

 

自分の行いを棚に上げたような発言に気付き、思わず眼を泳がせ視線を逸らしてしまった

彼女は、このままでは前回と同じ轍を踏んで真相から遠のいてしまうと、気を逸らせる。

何とかしなくては。けれど取り付く島もない。どうにかして現状を打破しなくてはと焦る

彼女を、香川は一瞥しただけで変わらず冷徹な表情のまま、事務的な対応を継続しようと

口を開きかけた瞬間、どこからともなく頭蓋を軋ませる異常な耳鳴りに苛まれた。

 

 

「ッ………くっ!」

 

「あ、あの、香川教授? どうかされましたか?」

 

 

それまで仏頂面のまま表情筋をピクリとも動かさなかった彼が、急に頭を押さえて苦痛に

顔を歪めだしたことに驚いた令子。取材対象に異変が起きることは、記者の心臓に悪い。

無事を確かめようと声をかけた彼女を無視して、香川の眼鏡の奥にある瞳は、一点を睨む。

 

 

「この感覚は…………」

 

「香川教授? 大丈夫ですか?」

 

「ふぅ、ああ、どうも。ご心配には及びません。最近はシステムの調整で寝てなくて」

 

「な、なるほど。徹夜で作業してらしたんですか」

 

「複雑なシステムなのでね。すみませんが、今日の取材はここまでということで」

 

「え? あ、ちょっと!」

 

 

半ば強引に令子との会話を終わらせた香川は、未だに脳内で反響する耳鳴りを頼りに、

それまでとは打って変わってやや足早に歩を進め、職員用の給仕室へと転がり込んだ。

あの女性記者がタダで身を引くとは思えない以上、尾行されていたら厄介だと頭の隅で

痛みに乱されながらも思考する彼だったが、一際大きな反響音を最後に辺りが鎮まる。

脳をキリキリと締め上げるような音が消えたことに安堵した直後、不意に声が聞こえてきた。

 

 

『____________何をしている』

 

清涼祭の最中と言うことで、教師の誰しもが忙しなく校内を駆け巡っているような時間帯。

そんな時に給仕室で呑気に茶を啜るような者は一人もいない。ならば、この声は誰なのか。

緩んだ思考をコンマの値で引き締めた香川は、此処に自分を呼び出すような真似が出来る

人物の心当たりが、たった一人しかいないことに気付き、備え付けの置き鏡を鋭く睨んだ。

 

彼の予想通り、そこには、とある男が立っていた。

 

「やはり、君でしたか…………神崎 士郎君‼」

 

『旧交を深めるつもりはない。私の質問に答えてもらおう』

 

 

冷徹な瞳に射抜かれてなお、勝るとも劣らない眼光を放って返す男の名を、香川は口にした。

草臥れたような丈の長いコートを羽織り、整え方を知らぬとばかりに乱れ伸びた黒い髪。

世捨て人のように世界を灰色に俯瞰する窪んだ両眼と、生者とは思えぬ土気色に褪せた肌。

香川をもってしても冷静さを奪い去るほどの彼。鏡の中の男_________神崎 士郎。

 

 

「質問と言いましたが、その意図が読めません。君ならば私がこの学園に来た理由など、

お見通しでしょう。なにせ、最初から最後までミラーワールドから覗き見ているのですから」

 

『表向きの理由で私を誤魔化せると思うな、教授。もう一度問う、何をしに此処へ来た』

 

 

どうにか平静であろうと努めるべく眼鏡を指で押し上げる香川だが、その彼以上に鉄面皮な

神崎という男は、時間稼ぎや下らない雑談に付き合ってはいられないと態度のみで突き放す。

自分以外の存在との接触を極力避けるような物言いに、香川は相手が間違いなく神崎本人だと

確信する。そして、この場で彼を取り逃がせば、確実に不味いことになることも予測できた。

 

必要最低限の事務的な神崎の問いかけに対して、香川はわずか二秒でまとめた回答を述べる。

 

 

「その質問には答えましょう。ですが、代わりに私からの質問にも答えてもらいますよ」

 

『……………分かった』

 

「では簡潔に。神崎君、君は、この【ライダーバトル】によって何を成そうというのです?」

 

『…………………答える必要はない』

 

「いいえ、答えてもらいますよ。君は自分以外のライダー(・・・・・・・・)を利用して、あらゆる願いを成就させる

ために必要なエネルギーを集めようとしている。君は一体、何を叶えるつもりですか⁉」

 

 

言葉が口から放たれる度に、内に宿り籠もった感情に歯止めが利かなくなり、彼をよく知る

人が見たら驚くほどの激情を露にする香川。しかし、神崎は涼しい顔でそれを見つめるだけ。

香川はどうしても、彼の真意を知る必要があった。神崎の行っている狂気を逸脱した儀式や、

その為だけに彼によって選ばれた(・・・・・)仮面ライダー候補となる人々、そして彼のいる鏡の中の世界。

いったい彼は何の為に、世界と、戦士と、怪物を生み、【ライダーバトル】を開催したのか。

 

「答えなさい、神崎君!」

 

彼の所業は最早、人の犯していい罪の領域を遥かに超えている。人は、神にはなれないのだ。

歴史上の多くの人々が信仰し、崇拝し、排斥してきた神とは、あくまで尊き御名でしかなく、

縋り救いを求める「偶像的象徴」でしかない。だが彼は、現実に神に等しい行いを成している。

存在しないはずの鏡の中の世界を創り、其処に生きる怪物を造り、それらを倒す戦士を作った。

これだけの行いをしてなお、彼は止まらない。命と楽園を創造した神となっても、まだ続ける。

そこにはどんな祈りがあるのか。どんな願いがあるのか。それは、果たして叶えてよいものか。

 

『…………………………』

 

 

知らなくてはならない。見定めなくてはならない。世界創造の力を以て、さらに何を願うかを。

 

頬を自然と汗が滑り落ち、顎へと伝っていくそれを拭うこともせず、男の答えをひたすら待つ。

うっすらと開かれているその瞳が、世界というものに絶望し、諦観しているような眼が自分を

見つめていることを自覚しつつ、香川は心か思考のいずれかの端で、神崎の答えを読んでいた。

彼の人となりは、ある程度把握している。なにせ、かつては同じ大学の講義で教鞭を取り、

真面目ながらあらゆることに無関心な学生だと、良くも悪くも彼という一個人を見ていた故に。

 

だからこそ、香川の中にある冷静な部分が、己の予想を否定する。

 

 

まさか、そんな筈はない(・・・・・・・・・・・)

 

そんな事の為だけに、(・・・・・・・・・・)人の命を奪うはずがない(・・・・・・・・・・・)と。

 

 

自分でも意識せずに心拍数が増したことに気付く間もなく、ついに神崎がその口を開いた。

 

 

『_____________の為だ』

 

「…………今、何と言いましたか?」

 

 

微かに聞こえた言葉を、優秀な頭脳の中で繰り返す。それでも、理解できなかった。

否、信じられなかった。

 

 

「まさか、君は本当に」

 

『…………私の願いは、最初から変わらない』

 

「本当にそんな事の為に、君は! 他の多くの人間を犠牲にするつもりですか‼」

 

『それ以外に、()の人生に意味など無い‼』

 

 

真っ当な人間であれば到底信じられない発言に、香川の沈着な仮面がついに剥がれて

怒号を発させるが、それよりもさらに激しく強い激昂を放つ神崎に、思わず怯んでしまう。

見たこともない一面に驚きを隠せない香川だったが、続く彼の言葉に意識を呼び戻される。

 

 

『これが、今回が、最後になるかもしれないのだ……………もう失敗はできない』

 

今回が(・・・)? 待ちなさい、それはどういう意味ですか‼」

 

 

人が変わったような形相となった彼に動揺させられはしたが、それでもこれまでの流れの中で

考えて、違和感となるその呟きに対して、香川は過敏に反応する。すると、神崎の顔が歪んだ。

 

 

『ッ…………もういい。これ以上の干渉は、良からぬ結果を招くことになりそうだ』

「ま、待て! 待ちなさい、神崎君‼」

 

『最終通告だ、教授。次に私の邪魔をしたら、その瞬間からお前を〝計画〟の障害と見做す。

お前の作った不出来な模造品(オルタナティブ)は、このバトルの正式な参加者ではないから、調整を行う必要も

無いだろう。もっとも、お前は私以上に人という生き物に対する(・・・・・・・・・・・)認識が甘いがな(・・・・・・・)

 

「くっ、こうなっては…………変身を」

 

『やめておけ。言ったはずだ、最終通告だと。たった今、お前の妻と息子のいるデパートに数匹の

ミラーモンスターを向かわせた。確かあとふた月ほどで、息子は七歳になるのではなかったか?』

 

懐に忍ばせておいた、疑似ライダー【オルタナティブ・ゼロ】のカードデッキに手を伸ばして、

彼が映る鏡にかざそうと手を動かした直後、神崎の口から信じがたい警告が飛び出してきた。

妻と息子。その言葉を聞いてしまった瞬間、香川が完全に硬直するのを神崎が見逃すはずもなく、

先程まで発露させていた激情を隠すかのように、背中を向けて鏡面の奥へと歩き去っていく。

 

追わなくては。ここで彼と戦い、人の命を無益に散らせる茶番を終わらせなくてはならない。

頭では理解していて、既に幾つもの戦術パターンが脳裏を駆け巡っているのに、体は動かない。

変身しろと使命感が己を奮い立たせ、笑顔を浮かべる妻と息子を思い出す度に、戦意が削られる。

 

目の前の鏡に映る彼の行いを、常軌を逸した異常を垣間見たあの時から、何もかもを捨て去って

でも彼を倒すべきだと誓ったはずなのに。自分は、愛に酔いしれる軟弱な男ではないはずなのに。

 

「くぅ………‼」

 

 

悔しさと怒りで握った拳を震わせる香川に、神崎は鏡から消える直前に振り向いて言葉を残す。

 

 

『言い忘れたが、あの吉井 明久という少年の邪魔も許さん。彼は、あの男の代わり(・・・・・・・)だからな』

 

 

香川が追及の言葉を口にするよりも早く、再び大きな反響音を鳴らし、神崎は鏡から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やはり、今回も私の計画に気付くのはお前か。どこまでも私の障害となるつもりらしい』

 

『だが、多少は泳がせておけばいい。あちらにも既に、願いを叶える資格を持った者がいる』

 

『当面の問題は、やはり吉井 明久となるだろう。バトルの進行状況も、考慮しなくては』

 

 

『素質はある。もう一度あの男が龍騎にならないよう、私自身が選んで正解だったようだ』

 

 

『念には念を入れて、先んじて消しておいたのは早計…………いや、繰り返しでは意味がない』

 

『ドラグレッダーに強制契約させた弊害か、私の想定外の存在までもが資格を持ったようだが』

 

『アレはアレで、吉井 明久を龍騎としてさらに飛躍させる為に、利用せてもらうとしよう』

 

 

『…………………龍騎、か』

 

 

『あの男は、何を思って願いを見出したのか。最初から最後まで読めない男だったな』

 

『期待はしていたが、まさかあんな形で裏切られるとは。何があの男に、そう願わせたのか』

 

 

『欲がないわけではなく、むしろ人並みの欲を持つ男が。聖人気取りか、英雄願望か、あるいは』

 

 

『…………過ぎた事に意味は無いな。それでも、俺には理解できない。お前は、何故あのような』

 

 

『お前にとって【ライダーバトルの無かった世界】こそが、願うに値するものだったのか?』

 

 

『だが、それでは_____________は救われない! 俺の求める願いではない‼』

 

 

『………何度考えても、何度目の当たりにしても、何度果たされても、未だ俺には理解しかねる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前はいったい何を願った______________城戸 真司』

 

 

 

 

 

 

 





いかがだったでしょうか?

またしても長くなってしまいました、申し訳ございません。
ですが物語としてはそれなりの進展をさせられたでしょう。


長く語るのは駄作と友人に怒られたので簡潔に!


陰謀渦巻く清涼祭にて、さらなる妨害の苛まれる明久達!
その裏では、香川に警告を発する謎の男・神崎の暗躍が!
仮面ライダー、そしてライダーバトルが何故行われるのか、
少しずつその真相に近づく度、戦いは激化する!


それでは皆様、戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!
ご意見ご感想、並びに質問や批評など大募集しております!


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問35「彼らと監視と三つ巴の彼女たち」

どうも皆様、三月になれば時間が空いて書けるようになるのではないかと
淡い期待を抱いていた萃夢想天です。ええ、時間なんてありませんでした。

正確に言えば書く時間そのものはあったのですが、そうすると私自身の
仕事というか提出書類やら連絡やらが滞って大変な事になってしまう為、
どうしてもそちらを優先しなくてはならず………また遅くなってしまいました。

報告はここまで。
前回のあとがきで、今回からは明久視点に戻るよーと言った矢先で
申し訳ないのですが、もう一話ほど別視点でお話を書かせていただきます!
前回同様、バカテス側ではなく龍騎側で話が動くことになりそうですが、
友人と話し合った結果、納得のいく方針に固まったのでご安心を!


それでは、どうぞ!





唐突ではあるが、時間は少しだけ遡る。

明久が雄二とともに召喚大会の二回戦を開始してしばらく経過した頃まで。

 

 

生徒たちが特設されたステージ上で召喚獣を喚び出し鎬を削る最中、彼らのことを頭上から

見下ろし物見遊山気分で用意された椅子に深々と腰を下ろす数名の男女の姿があった。

召喚大会はまだ予選と言っても差し支えのない頃合いで、見世物としてのインパクトなどは

足りておらず、その証拠に観客席を見渡しても人影はまばらに映る程度でしかない。

では彼らは何故、大会開始早々から、観客席とは別途に用意された特等席にいるのだろうか。

 

その疑問に対する回答は、「スポンサーであるから」が妥当であろう。

 

そもそも文月学園とは、学園長を含めた技術者たちが新たに開発した『試験召喚システム』を

様々な各所方面からの金銭的支援を受け取ることで、生徒たちの学力向上という聞こえの良い

建前を並べつつシステムの実用性を実験するための、いわば学園型実験施設と言える場所だ。

当然それは生徒たちも把握しており、本来ではありえないほど安い学費と、それと反比例した

学内設備の豪華さとを天秤にかけた結果で、自ら実験台として学園に入学を希望している。

 

いや、実験台と言うのは流石に聞こえが悪い。何も(厳密には)人体実験をしているでもなく、

苦痛を伴う実験を強いているでもない。日本という国における暗黙の了解として当然ながら

学習課程はキチンと修めることが出来る上に、好成績を実証すれば将来の心配は無用となる。

とにかく、生徒たちは普通に学生として生活しており、学園側も一切の法に抵触するような

愚行をせずにシステムの運用実験を気兼ねなく行えるというわけなのだ。

 

つまるところ、本学園が成り立っているのは生徒だけでなく、外部の支援による所が大きい。

召喚システムの運用が現実的なものになれば利益を賜ることが出来ると、先見の明を持った

各界の資産家や企業家などらがこぞって学園のスポンサーを名乗り、数を増やした結果だ。

 

そして現在、そのシステムの稼働している実態を生で観察できるまたとない機会である、

今回の召喚大会。去年の大会よりさらに増加したスポンサーの代表たちが、化粧やスーツで

覆い隠した権謀術数を張り巡らせ、自分たちがより利益を多く得る、ないし独占するための

隙が無いかを特等席にて虎視眈々と窺っていた。

 

 

『いやはや、コレが噂の試験召喚システムですか。生で動くのを見るのは初めてですが』

 

『素晴らしいでしょう! これなら間違いなく、生徒たちの学力向上に繋がりましょう!』

 

『実用化が決定したなら、我が社の営業成績をシステムに置き換えて売り上げ向上を図って

みるのも良いかもしれませんなぁ。さしずめ、【営業売上召喚戦争】と名付けましょうか』

 

『それは面白い! 斬新な発想をお持ちだ! 私なら、会社の株にシステムを__________』

 

 

厚塗りの唇に肥えた舌から発せられるのは、上辺だけの賛美と、これ見よがしの机上の空論。

メリットとデメリットの比重を即座に計算し、利益を己に、負債を他者に被せようとしている

古びた狸の化かし合い。高名な詩人がいれば、詠うように彼らの姿を揶揄したことだろう。

誰も彼もが生徒たちの健闘など興味も抱かず、システムから得られる恩恵ばかりに思考を割く

中で、たった一人だけ口を開くこともなく、険しい顔のまま視線を動かさない男がいた。

 

 

(………間抜けな(バカ)どもめ、せいぜい足を引っ張り合って喰らい合え。狸の皮なぞ二束三文だ)

 

 

無言のまま心中で他の出資者たちを嘲るその男の名は、『高見沢 逸郎』という。

彼は祖父から三代で築き上げた巨大企業・高見沢グループの現総帥を務める日本経済の一角。

無論、彼がこの場にいるのは文月学園、ひいては召喚システムのスポンサーであるからだが、

周りにいる利己的な出資者たちとは異なり、利益以外の目的で出資をしていた人物でもある。

 

そんな彼は今、眼下に手繰り広げられている小さな獣たちによる代理戦争に意識を傾けていた。

 

(このシステムの本質は『闘争の可視化』にある。厳密に言えば『競争心の可視化』だが、

然したる違いはない。どいつもこいつも単純思考、どこまで行っても金、金、金か、豚め)

 

 

腕を組み、足を組んで泰然自若といった体を成す彼は、鋭い眼差しで大会参加者を睨みつける。

 

 

(そう、『闘争の可視化』だ。通常の勉強法では、定期試験での得点などでしか優劣が計れず、

生徒のほとんども試験期間を過ぎればそこで学習しようとする意志が停滞、衰退していく。

だがこのシステムが導入されればどうだ。クラス単位での設備をかけて試験の点数が直接己の

強さに反映する代理戦争が起き、一人の妥協は全体の敗北を招くというある種の吊し上げに

近い精神作用を呼び起こす。組織内での責任転嫁なんざ、企業もクラスもどこでも発生する。

点数が低ければ死が早まり、死はクラス内で己を孤立させる要因となり、そうはなりたくないと

他者は弱者を蹴り落として常に上を見る。精神面での水面下で常時戦争が勃発するわけだ)

 

 

思考を表情にはおくびも出さず、ただ鼻を軽く鳴らして侮蔑を吐き出し、戦闘を俯瞰する。

 

 

(戦争が終われば、今度は魔女裁判の始まりだ。『誰のせいで負けた』『誰の点数が低いか』と

責任の落としどころを探り合う。結果として成績下位の者が吊るされ、上位者が発言権を得る。

そうして一度、小さくても権力を得た人間は、そこにしがみつこうと身代わりの弱者を用意し、

同じことを繰り返す。お決まりだな、『ソイツが弱いから、自分たちが負けたんだ』とか)

 

 

高見沢はゆっくりと目を閉じ、その目で見たシステムの実態を幾度も反芻し、結果を見出す。

 

 

(それこそが社会だ! 上位者からの圧迫、下位となった者への非難、下位になる事への忌避!

まさしく現代社会の負の縮図! 機構(システム)歯車(パーツ)を生み出すのに最も効率の良い精神の加工と選別!

最高だ、素晴らしい、こうでなきゃな! 誰もが戦い、誰かを蹴落とし踏み上がってこそだ!)

 

 

達した結論のせいか、堪え切れずに彼の顔にはうっすらと笑みが浮かぶ。狂気を孕んだ嘲笑が。

 

良くも悪くも、彼は独自の二元論を掲げている。即ち、『戦って生きるか、負けて死ぬか』だ。

勝ち取ったものにこそ価値が宿り、敗北には何も残らない。勝利は強奪、敗北は剥奪である。

故に彼は他の出資者のような、出し抜くような真似を好まない。それは、戦いではないから。

 

騙すのは良い。騙される奴が悪い。

欺くのは良い。欺かれる奴が悪い。

唆すのは良い。唆される奴が悪い。

 

けれど、戦わずして弱者から搾取するのは認めない。戦っていない時点でそれは敗者と同類だ。

 

 

(そうさ、生きたいなら________死にたくねぇなら、他人を蹴落とすことを考えろ‼)

 

 

だから高見沢は、この試験召喚システムを心から気に入り、出資することを決意したのである。

 

高見沢が改めてこの会場へ来て良かったと本気で考えていた瞬間、脳裏に不快感が押し寄せた。

例えるならばそれは、頭蓋に直接響く耳鳴りか、あるいは何者かに強制された頭痛であろうか。

彼は数か月前から自身を蝕むようになったその感覚に顔をしかめ、額を手で押さえつつ目を開き、

視界内に光を反射する物があるかを探し、特設会場を支える鉄パイプを見つけて視線を向ける。

 

そこには、しかし彼が予期していた存在は見当たらず、逆に頭痛は鳴りを潜めていく始末。

普段ならば反射物に見慣れた異形(・・・・・・)の姿が映り込むはず、と首を傾げた彼は視線を鉄パイプから

そろそろ決着がつきそうな特設会場へと戻した直後、彼は己の見たものに対し驚愕を露わにする。

 

 

「____________あのガキ、俺と同じタイミングで頭を押さえた、だと?」

 

 

全くの偶然であると笑う事は可能だった。しかし、奇跡染みたシンクロニシティで同時に手を

額に押し当て、コピーしたというレベルで同様の苦悶の表情を浮かべる。これが偶然だろうか。

 

高見沢の出した答えは、否だった。

 

この時の彼は痛苦の余韻残る脳裏に、数日前鏡の中の世界(・・・・・)で相対した赤い騎士を思い出していた。

黒い騎士【仮面ライダーナイト】との戦いを有利に運んでいた最中にしゃしゃり出てきた、

やけに青臭いセリフで苛立たせてきた癇に障る赤い騎士、【仮面ライダー龍騎】のことを。

 

 

「……………まさか、な」

 

 

根拠は無い。偶然で済ませるのが普通だろう。

けれど高見沢は妙な確信を抱いていた。あの青二才の言動、行動。年若いガキに当て嵌まる。

外れの可能性の方が高い。だが万が一、もしもという事があったなら、奴が仮面ライダーなら。

 

 

(……………俺の願いに、また一歩近付くってわけだ)

 

 

自分が負けることなど考慮に値しない。だからこそ彼の行動は迅速であり、徹底していた。

他の出資者たちが未だに空論で騒ぎ合うのを横目に見やり、隙を窺った彼は右手でスーツの

内ポケットから新緑のカードデッキ(・・・・・・・・・)を取り出すと、左腕の腕時計を顔の前に持ってくる。

自国の確認の為などではなく、自身の体で右手に持つ物を見られないよう隠しつつ、反射物を

視界内に納めるために必要な工程だったのだ。腕時計のガラスに、見慣れた異形が現れ出でる。

 

 

「仕事だ、バイオグリーザ」

 

 

のそりのそり、と体を揺らして高見沢に姿を見せたのは、かつて龍騎を苦しめたこともある

新緑色の仮面ライダーと契約を交わしたモンスター。巨大な瞳が高見沢の次なる言葉を待つ。

自身に力を与えた異形が己の声で動いたことで、自然と上に立つ者としての立ち振る舞いが出た。

 

 

「あそこにいる、吉井 明久を見張れ。俺がこの視察を終えるまではな。もしあのガキがお前の

気配を感知したらビンゴだ。その時は透明化して撤退、すぐ俺に知らせろ。分かったか?」

 

『………………………シュルルル』

 

 

淡々と口にされた指令に対して、異形は舌を鳴らして了承の意を告げる。高見沢が最後に小さく

呟いた「行け」の一言を受け、新緑の怪物は腕時計のガラスから姿を消して去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

命令は二つ。

 

『吉井 明久という人間(エサ)を監視すること』

 

『見つかったら透明化して撤退、契約者に知らせること』

 

達成不可能な点は無い。むしろ今までに比べれば簡単な部類だ。

 

 

契約者は人間の中でも、「権力」という力を持った人間らしい。

見ただけでは強さは判別できないが、多くの人間を従えている姿を見ると納得する。

建物内に集まった無数の人間たちの全てが、契約者の為に日々動いているそうだ。

 

理解できないし、する気もない。どれもこれも、食い物でしかないのだから。

 

だが見境なく人間を食べる事は契約者に止められている。不愉快な事だ。

けれど、「食べるな」ではない。「バレないように食え」と言われている。

どうやら契約者は、自分の近辺で人間が消えると面倒な事になるらしい。どうでもいいが。

 

いや、どうでもよくない。契約者が困るという事は、自分も困るという事だ。

前に言ってた「警察」とやらに勘付かれると厄介だとか。なら食えばいいのではないか。

まぁ、「悟られないように食え」という命令に従いさえすれば、空腹に喘ぐこともない。

同族(モンスター)に食われても構わない人間を用意して、襲わせ、食った同族を契約者が殺す。

人間を直接食うより、人間を食ってパワーが増した同族を食う方が、少し腹が膨れる。

契約者も「俺もアシがつかないやり方は好みだ」と言っていた。どういう意味かは知らない。

 

とにかく、命令には従う。

 

 

指定された人間の監視、コレだけ。ただ、どうにもいつもの仕事とは違う気がした。

あの人間からは焼け焦げたような臭いが漂ってくる。肉か、血か。いや、両方か。

 

契約者からの命令もいつもと違う。

いつもは「一人になった時を狙って食え」とか「他のモンスターに襲われるよう仕向けろ」とか

遠回しな命令ばかりだったが、今回は全く違う。撤退ということは、死ぬ危険があるのか。

 

 

なら、あの人間は他の同族と契約した奴なのか。

 

 

理解した。契約者に面倒な仕事を命じられたことを理解した。

相手も同じ契約者なら話は別だ。最初から姿を消して近付き、抵抗させずに丸呑みにする。

完璧だ、それでいこう。他の契約者が減る事は、我が契約者の敵が減るという事。良い事だ。

 

監視対象が部屋に入った。この「学校」という建物は鏡や窓、我々が映り込める出入り口が

どこにでもあるから動きやすい。人間の多い場所は、ほとんど出入口があってやりやすい。

 

さて、あの人間はどこに行ったか_________________アレは何だ。

 

 

黒い体に銀の刺。見たことない同族だ……………同族なのかアレは。いや、どこか違う。

アレの体からは、同族の臭いがあまり感じられない。臭いが薄い。どういうことだ。

代わりに、鉄の臭いが強い。人間たちの臭いだ。我々のとは違う、嫌な臭いがする。

 

お前は、何だ。ミラーワールドにいる時点で、契約者か契約した同族かの二択。

契約者ならば人間の臭いがする。でもお前からはしない。なら、同族、なのか。

 

 

分からない。分からない。分からない。

 

お前は、何だ。

 

同族の気配がしない(・・・・・・・・・)お前は、誰だ。

 

 

お前は、同族じゃない。人間じゃない。

 

 

お前は、お前は、お前は。

 

 

「___________モンスターの反応を辿ってみれば、思わぬ遭遇ですね」

 

 

人間の、臭いが、する。

 

 

「今は学園祭の最中ですのであまり時間がありません。本気で行きますよ」

 

 

お前は、お前たちは、なんだ。

 

 

【Accel Vent】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よ、よし…………髪も整えたし、変なところは無いわよね?」

 

 

私、小山 友香は柄にもなく髪や服のシワなどを気にして、何度も指で弄り続けていた。

普段からこういった身だしなみには最大限気を遣っているのに、今日はどれだけチェックしても

何故だか納得ができず、こうして確認を繰り返していた。

 

ま、まぁ、順調に大会を勝ち進んでいる明久君に「頑張って」と言うだけにしても最低限の

礼節くらい保っていなきゃいけないわ。断じて恥ずかしいところを見られたくないからじゃない。

 

現在私がいる場所は旧校舎のFクラス教室前。前までは不衛生な小汚さがにじみ出ているような

酷い場所だったと記憶しているけれど、それが今では見違えるように綺麗な佇まいになっている。

生徒会広報が配っていたパンフレットによれば、明久君たちのクラスの出し物は、ええ、なに?

 

 

『中華喫茶・ヨーロピアン』

 

「………中華(チャイナ)欧州(ヨーロッパ)がどうやったら同居するのよ?」

 

 

思わず頭を抱えそうになる。どういう経緯を辿ってもそうはならないでしょ普通は。

けど、やっぱりFクラスなんてそんなものだろうと考えを引き戻す。明久君は普通とはかけ離れた

事情があるから勉学が疎かになっても仕方ないけど、他の人はただ学力が乏しいだけなのだろう。

 

いつまでもお店の前で尻込みするのも私らしくない。疚しい事するわけじゃないんだし、うん。

 

考えながらも髪を弄っていた指を下ろした私は、そのままお店の扉に手をかけてゆっくり開ける。

お店の外からある程度想像していたとはいえ、扉の先にあった光景に思わず私は声を漏らした。

 

 

「うそ、何よコレ………クオリティー高過ぎじゃない?」

 

 

視界に飛び込んできたのは、隙間風に埃が舞い飛ぶ雑多な廃教室ではなく、小洒落た空間だった。

私自身は一度も行った事がないけれど、一目見て「中華専門の喫茶店」という内観をしていて、

数週間前に訪れた時とは全く別物であり、同じ教室だと言われても信じられる気がしなかった。

 

あまりの劇的ビフォーアフターに硬直していると、ホール担当と思しき人に声をかけられる。

 

 

「あ、いらっしゃいま、せ…………」

 

「え、あ………姫路さん」

 

 

この場に相応しく実に映えるチャイナドレスを着こなすウェイトレスは、姫路さんだった。

それにしても彼女、本当に凄いわよね色々。ええ、スリットから見える柔らかそうな太腿とかも

充分煽情的だけど、何よりも顔の下にある二つの膨らみが特に。私の倍くらいあるのかも。

ふと思ったけど、明久君は胸の大きさを気にするのかしら? やっぱり男子は大きい方が好み

だったりするのかしらね。なんだろう、そう考えると眼前の彼女との差に苛立ちを覚える。

 

 

「あ、あの、小山さん? どうして私の、その、胸ばっかり見るんですか?」

 

 

はっ! い、いけない。いくら何でも返事もせずに胸を凝視するなんて失礼よね!

 

 

「ごめんなさい姫路さん、ちょっと考え事をね」

 

「考え事、ですか?」

 

 

流石に何を考えていたかまでは話せないわ。訪ねてすぐに「男子受けしそうな胸だわ」とは

言えないわよ。大体胸なんて大きければいいってものじゃないわよ。形とハリこそ絶対条件。

明久君だってきっと大きいだけの膨らみよりも私の手に収まるサイズの方が………って違う!

 

何考えてんのよ私ったら! 今は明久君の趣味嗜好じゃなくて明久君の応援でしょ!

 

 

「って、あら? そう言えば明久君はどこにいるの?」

 

「_________明久君はホールじゃなくって厨房担当なんです。残念でしたね」

 

 

恥ずかしさから赤くなった顔を鎮めるために頭を振っていると、ホールで接客している中に

肝心の彼がいないことに遅まきながら気付いた。すると姫路さんが彼の居場所を、ん?

ちょっと待って。今彼女「残念でしたね」って言わなかった? え、あの姫路さんが?

 

言葉の端に引っ掛かりを覚え顔を正面に向けると、そこにはやや眉根を寄せた笑顔の彼女が。

もしかして私、煽られた? あの姫路さんに? いや、そうか。そこからもう勘違いしてた。

そうよね。前に一度私たち互いに宣告したものね。ええ言ったわ、だからこその反応か。

 

私は自分の認識の甘さを恥じ、改めて自分の想いを主張するように声に力を籠める。

 

 

「それは当然よね。明久君はあんなに美味しい料理が出来るんだもの」

 

「美味しい、料理………?」

 

「そういうことなら仕方ないわ。さ、早く席に案内してもらいましょうか」

 

「…………どうぞ、こちらのお席へ」

 

 

一瞬言葉に詰まったようだが、あくまで私が客であることを思い出したように接客に戻った。

確かに彼の接客姿を見れないのは至極残念ではあるけれど、逆に言えばまた彼の作った料理が

食べられるってことじゃない。どっちに転んでも二重に美味(おい)しいとか、今日の私は冴えてるわね!

 

案内された席に座り、まずはメニューを手に取る。ふむふむ、代表的な中華の茶菓子なんかは

一通り揃えられてるみたい。オススメは、えっと、胡麻団子? わぁ、あんまんとかもある!

どれにしようかしらね、明久君が作ってくれるんだから味は保証されてるし、ううーん。

 

 

「あの、小山さん。一つ聞いてもいいですか?」

 

「どれが一番…………ん? え、何かしら?」

 

「さっき、吉井君の美味しい料理が、と。えと、吉井君が料理するの知ってるんですか?」

 

 

どのお菓子にしようか迷っていると、まだ私のテーブルに付いていた姫路さんに尋ねられた。

聞かれて数秒は彼女の質問の意味が分からなかったけれど、よく考えたら疑問を抱かれるのも

納得できる。なにせ姫路さんは明久君の手料理の味を知らない。知っているのは私だけだから。

 

私だけが彼の事を知っている。この事実が私の胸の内にふつふつと優越感を湧き上がらせた。

 

さて、どう答えたらいいかしら。姫路さんへの返答をあれこれ決めあぐねていると、視界の外

からもう一人の女子が近付いてくるのが見えた。彼女は確か、島田さん、だったかしら?

 

 

「瑞希ってば。いくら他にお客さんがいないからって仕事中にお喋りは、ってアンタは!」

 

「あ、ご、ごめんなさい美波ちゃん! でも、小山さんが吉井君の料理の事を話していて」

 

「……………何よソレ。どういうことなの、小山」

 

 

姫路さんに次いで現れたのは、やはりこのクラスのもう一人の女子である島田さんだった。

彼女は全体的に覚めるような青色を基調としたチャイナドレスを着こなしていて、姫路さんの

赤色と双璧を成す麗しさを醸し出している。スリットから覗く脚の線は、モデル顔負けね。

なんて冷静に俯瞰してる場合じゃなかった。顔をしかめた島田さんが詰め寄ってきてるし。

 

 

「アキの料理の話って、なに?」

 

「なんでも、吉井君の料理はあんなに美味しい、とか」

 

「あんなにって、アンタまさか、アキの手料理でも食べたことあるとか言うつもり?」

 

 

ぐいぐいと迫りくる島田さんが、早口にまくしたてながら私と姫路さんの間に割り込む。

確かドイツ出身だったかしら? 生粋の日本人では有り得ない、初対面の人に対する壁の薄さと

呼ぶべき境目が無いように思える。というか、さっきからアキって、まさか明久君の事なの?

お、同じクラスだからって随分な態度ね。私だって愛称で呼び合ったりしないのに………はっ!

 

冷静になりなさい友香! Fクラスのペースに乗せられちゃ駄目! 普段の私でいけば大丈夫!

とにかく今は、彼女からの問いかけに答えよう。咳払いを一つ溢し、私らしい私を演じた。

 

 

「ええ、それは勿論。少なくとも今までの人生の中で、明久君が作ってくれたオムライスを

超える味に出会ったことは無いわね。間違いなく、一番美味しいものだったと断言できるわ」

 

「へ、へぇ~。そうなんだぁ~」

 

「………吉井君が、オムライスを?」

 

 

返事を聞くまでは懐疑的な表情を浮かべていた島田さんも、私の言葉を聞いて目の色が変わる。

どんな反応を望んでいたかは知らないけれど、彼女の予想を軽々と越えはしたみたい。

もう一方の姫路さんはと言うと、そんなにも彼が料理をすることが意外なのか首を傾げていた。

本当に何も知らないのだろう。当人曰く随分と前からの初恋らしいが、私の方が一枚上手だ。

 

 

「あら姫路さん。貴女、明久君の手料理を食べた事なかったの? それは残念だったわね」

 

「っ………こ、小山さんは、吉井君の手料理をどれくらい……?」

 

「え? あ、ま、まぁ私はその気になればいつだって作ってもらえるのだけれど!」

 

「ぐぐぅ~! その言い方なんかムカつく!」

 

 

今度は私から姫路さんに意趣返しをさせてもらった。心の底から同情するわ、残念ねぇ。

ところが横にいた島田さんの方が過剰に反応してしまい、元々吊り上がっていた目尻がさらに

上方向へ向くようになっている。肝心の姫路さんも、焦燥と戸惑いを隠しきれていないけど。

 

 

「ああ、そうそう。今度は私が明久君にご飯を作ってあげる約束もしていたわね」

 

「「なっ_________‼」」

 

 

今しがた思い出したというように、有りもしない話をでっちあげて目前の二人の反応を窺う。

実際私は彼に何かをしてあげたいとは思っていても、中々口に出せずにいるせいで未だに

手料理の一つも振る舞えずにいた。とはいえ、あの味を知った後で堂々と出せはしないわね。

 

しかし私はわざわざこんなところにまで、彼女らを無為に煽り立てに来たわけではないのに。

そこらの生徒たちから「クールビューティー」だとか持て囃されている私でも、眼前に恋敵が

いるというのに冷徹の仮面は被り続けられない、といったところなのかしら。

 

流石に大人げないというか、可愛げのない私の言い草に思うところがあったのか、客である

私への対応を投げ捨て振り返り、そのまま厨房と思わしき店の奥側へと走り去っていった。

半分くらい狙ってやったとは言え、目の前の接客を放棄して料理勝負っていうのもどうなの?

 

 

『アキ! ちょっとそこどいて! しばらく厨房借りるわよ‼』

 

『吉井君ごめんなさい! けど、どうしてもやらなきゃいけない事が出来たんです!』

 

『え、ちょっと、いきなりどうしたの二人とも!?』

 

 

注文を取り損ねた私がメニューを再度眺め始めると、厨房の方から怒号に近い声が響いてくる。

すると彼女たちとは別の、聞き慣れた男子の声もこちらに聞こえてきた。やっぱり明久君だわ。

彼には悪いけれど、事の発端となった自覚がある私は、成り行きをただ見守る事にした。

 

 

『どうもこうもないわ! 小山に一泡吹かせてやるんだから‼』

 

『美波ちゃん、私もお手伝いします。二人で小山さんに泡を吹かせましょう!』

 

『だから待ってぇ! 特に姫路さんはストップ、違う意味で泡吹いちゃうから‼』

 

 

姫路さんと島田さんが息を巻く声が響くその後、明久君の沈痛な叫び声が厨房から漏れ出す。

ちらっと聞こえたんだけど、特に姫路さんってどういう事なのかしら? 特にって、なに?

特別扱いってことなの? 明久君にとっても姫路さんって特別な存在ってこと?

 

 

『大丈夫ですよ吉井君! 私も包丁で料理するくらい出来ますから!』

 

『そうよアキ、アンタは黙って見てなさい! 聞いてればやたら自慢気にぃ……‼』

 

『違うんだ姫路さん! 僕が言いたいのは、君の料理は本来理科室で済ませないといけない

品物が出来ちゃう可能性を持ってるってことで、だからここで料理するのは間違いだよ!』

 

『厨房以外のどこで料理を作れっていうのよ!』

 

 

時折聞こえてくる明久君の言葉を勘繰っている間も、喧騒は止むことはない。

 

 

『いいからどきなさい! 小山のヤツにギャフンと言わせてやるんだから‼』

 

『えっ? 小山って、友香さんが来てるの?』

 

『ちち、違いますよ吉井君! Cクラスの小山さんなんて来てませんから!』

 

 

店内のどこにいても聞こえてきそうな彼女らの声も、今の私には和気藹々としたものに

感じられてしまう。き、気のせいよね? やけに明久君が姫路さんの言葉に素直なのって、

私の勘違い…………本当に勘違いかしら。もう、なんでか分からないけど腹が立ってくる。

 

 

『二人とも落ち着いて! とにかく今はお店の売り上げを優先しなきゃ、ね⁉』

 

『あっ………そ、そう言われれば、そうだったわね』

 

『あう、ごめんなさい吉井君』

 

『分かってくれればいいんだ。流石に食品を扱う店で怪我人出すわけにもいかないし』

 

『『???』』

 

 

自分の内から湧き上がってくる原因不明の苛立ちにやきもきしていると、何やら厨房の

騒がしい声が響かなくなっていた。あら、明久君が二人をどうにかまとめあげたのかしら。

一変して静まり返った厨房を眺めてしばらく、バツが悪そうな顔色になった二人が私のいる

席の方へと戻ってきた。きっと明久君に怒られたりしたんでしょう。普段は明るく優しい

彼の怒鳴る姿は、私のここ一か月の記憶にも新しく、それが如何に重たいかも理解している。

出来れば二度と明久君に怒られたくないと、叱られた当時の心境も込みで心に誓っていたが、

接点が少ないとはいえ顔見知りの二人が同じ状況にあると思うと、少々同情してしまう。

 

それはそれとして、私は島田さんの持つ盆の上のお茶菓子に目が向いているわけだけど。

 

 

「お待たせしました。えと、こちらはご迷惑をおかけしたことへの、サービスとなります」

 

「注文も聞かずに行っちゃうんだもの、客としては確かに迷惑この上ないわ」

 

「うっ、それはウチらが、悪いわ」

 

「やっと冷静になったようね。別に誰も『この場で料理対決しましょう』だなんて

言ってないわよ。ともかく、お詫びのサービスというなら、遠慮なくいただきましょう」

 

 

姫路さんが軽く頭を下げ、反省の色が窺える表情の島田さんが盆の上に載った小皿を置く。

嫌味なクレーマーに成り下がるつもりはないし、向こうが一品サービスといった対応で

事を穏便に済ませようというなら、私はそれで構わない。そこまで迷惑被ってもいないし。

 

そんな事よりも私の意識は、皿の上に盛られた胡麻団子に向いていた。

はぁぁ、やっぱり明久君の料理の腕は一流なのね。胡麻の一粒一粒まで輝いて見えるわ。

丁寧に練られた球状の餅、そこに隙間なく張り付けられた胡麻の、仄かに漂う香り。

ただ見ているだけなのに、絶対に美味しいと分かる、小皿の上から放たれる圧倒的自信。

これ以上の我慢が出来そうにないと悟った私は、横の二人を視界から外して団子を頬張る。

 

備えの爪楊枝を刺して口に運んだ胡麻団子を噛むと、真っ先に広がるのは餅独特の甘み。

続いて歯が砕いた胡麻の香ばしさが、薄っすらとした餅の味を、ささやかだがしっかりと

後押ししてくれているのを感じ、間髪入れず前者とは別の濃厚な舌触りが味覚を惑わす。

その正体は、餅の中に包まれていた餡子だ。しかも、異物感を感じさせない漉し餡。

こちらの溶け出るような甘い波は、同時に潰れた胡麻の風味と混ざって完璧な調和を与え、

食す側に配慮された一口大のサイズに詰め込まれた味わいは、甘味の余韻を控えめに残す。

 

彼の家でオムライスを食べた経験から期待してたけど、ここまでくると最早芸術の域ね。

 

 

「ふぅ………あ、もう食べちゃったわ。どうして明久君の作る物ってこんなに美味しいのかしら」

 

 

以前オムライスを食べた時は食べ切るのが惜しく感じたけれど、今回はその真逆で、

食べ終わった事をしばらく自覚できないくらい、感覚まで魅了されるような仕上がりだった。

図らずに口の端から零れてしまう溜息は、ただ彼の味をもっと堪能していたかったという

気持ちの表れから次々に沸き起こる。三度目の溜息を吐いてようやく視界外に意識が向く。

そこにはまたしても表情を変えた姫路さんと島田さんがいた。他の客がいないからかしら。

 

 

「あぁ~~もう! さっきから何よ小山! アキの事名前で何度も何度も呼んだりして!」

 

「美波ちゃん⁉ お、落ち着いてください!」

 

「落ち着けるわけないでしょうが! いきなり馴れ馴れし過ぎるのよ!」

 

 

周囲に私以外の利用客がいないことを確認したうえで、眼前で怒髪天を衝く勢いで大声を

張り上げる島田さんを直視する。なるほど確かに、彼女の言いたいことも分からなくもない。

 

要するに、気に入らない、ということだと思う。

 

彼女にとって私は別のクラスの同性でしかなく、個人的交流もなければ部活も違っていて、

接点と呼べるようなつながりは皆無だ。そして、それは私と明久君についても同様だった。

彼との出会いは偶然で、そこから派生したものが続いているだけ。それはそれで形容し難い

感情が心に立ち込めるけど、端的に言えば、自分が知らない内に近づいたのが不快、かな。

 

冗談じゃない。誰が先に彼の事を想っていたか? そんなこと関係ないし、どうでもいい。

 

順番なんかで納得できるはずもないし、する気もないわ。大体、そっちこそ何なのかしら。

明久君の事を「アキ」って愛称なんかで呼んだりして、自分の方が彼に近いとでも言いたい

わけなの? 彼が背負っている苦悩も知らないくせして、己惚れないでほしいわ。

 

島田さんが目に見えて私に怒りをぶつける一方で、私自身は驚くほど急激に冷めていた。

 

 

「あのね、島田さん。私が言えた事でもないのだけれど、一ついい?」

 

「………なによ」

 

「これは貴女たち二人に言える事でもあるから、悪いけど直球で言わせてもらうわね」

「私たち二人に、ですか?」

 

「ええ。少なくとも今の貴女たちではきっと、今の明久君には見向きもされないわよ」

 

 

生まれつき目つきが鋭いと言われている私でも、今の自分が恐ろしく冷徹な表情になって

相手と向かい合っている事を自覚できた。顔に比例するように、言動も冷たくなっている。

ただ、私の言葉を受けた二人の方が、よほど酷い顔になっていた。それも当然だと思う。

なにを言われるかと心構えをしていたようだけど、流石に許容量をオーバーしたからか、

先程までは島田さんを止める立場にいた姫路さんですら、眉根を釣り上げて怒っていた。

 

でも私は彼女らの抗議よりも先に口を開き、声を発する。

 

 

「だって二人とも、自分の事を知ってほしいと気持ちを彼に押し付けているばっかりで、

明久君の気持ちを少しも理解しようとしていないんだもの。無理もないと思うのだけど」

 

 

息を飲んで押し黙る二人を真っ直ぐに見つめたまま、私は言葉を連ね続けた。

 

 

「こう言ってる私もね、少し前まではそうだったのよ。人の振り見て我が振り直せとは、

よく言ったものじゃない? いつも周りの人達の上辺だけの評価を鵜呑みにしたことで、

明久君本人の事を見ようともしなかったわ。Fクラス所属の外聞も、悪評を助長させた」

 

「小山、アンタは………」

 

「でも今は違うと断言できる。彼の生きる理由を、生き方を知って、傍にいてあげたいって

思うようになったの。ううん、傍にいてほしいの方が的確かしら?」

 

「吉井君の、生きる理由、ですか?」

 

「貴女たちは彼の事をよく知ろうともせずに近付いて、自分の理想を押し付け続ける気?」

 

 

まるで予め考えていたかのように言葉が私の口からスラスラと飛び出していき、ついには

姫路さんたちに反論を許さぬまま言いたいことを語り終えていた。でも、気分は晴れない。

こんなことをして何になるというのか。いや、分かってる。私も二人が気に入らないんだ。

 

理想を押し付ける、結構な事ではないか。押し付けられる側はたまったものじゃないかも

しれないけど、そういった気持ちの表現法だって世の中にはある。絶対にこうしなければ、

などといった基本の形もお手本もないのだから、人の感情の向け方は人それぞれのはず。

なのに今の私の言い方では、「まさかそんなはずはないでしょ」という侮蔑がこもっている。

 

ええ、ハッキリ認めましょう。私は島田さんも姫路さんも、どちらも気に入らないのよ。

 

愛称で彼の名を呼ぶ馴れ馴れしさは、互いの気持ちの距離が近いことの表れに違いないし、

彼が特別扱いをしていると感じるのも、彼女の事をよく知っているからに他ならないから。

それが私は気に入らない。いえ、いえ。きっとコレはいわゆる、「嫉妬」なのでしょう。

 

私も明久君ともっと近付きたい。物理的な距離も当然だが、精神的な距離も縮めたい。

どんな小さな事も気にかけてほしいし、気にかけてあげたい。彼を誰より知っているもの。

だからこそ。だからこそ。私は、私よりも彼の心に近い場所にいる二人が、気に入らない。

 

 

「それじゃあ、ご馳走様。明久君によろしくって伝えておいてもらえるかしら」

 

 

気付けば自分でも知らない間に私は席を立ち、店の扉に向けて歩み始めようとしていた。

あーあ、まったく最悪よ。さっきまで明久君の作ってくれた最高の胡麻団子の美味しさに

蕩けていたのに、今は一刻も早く彼女たちの前からいなくなりたいとしか考えられない。

だって、あのままずっと二人に面と向かっていたら、如何に自分が小さくて惨めなのかが

バレてしまうかもしれなかったから。あんなみっともない姿、彼の前以外では見せたくない。

 

一方的に伝えるだけ伝えた私は、軽い自己嫌悪から逃げたい一心を脚に反映させて少しでも

早くここから去ろうと、俯いたまま扉に手をかけようとした。

 

「ねぇお姉ちゃん。あきひさって、バカなお兄ちゃんのことですか?」

 

 

扉を開くために伸ばしかけていた手を、私はそのまま伸ばすことができずに引っ込める。

それまで私の心に満ち溢れていた醜い感情はさっぱり消え失せ、代わりにグツグツと煮えた

湯の如く沸き上がってきたのは、自分でも制御しきれないほどの「誰かの為の怒り」だった。

 

その場で振り返り、島田さんの正面にいる可愛らしい少女(先の発言を聞く限り妹らしい)が

さっきの発言をした人物と判断。喉元まで込み上げた感情をどうにか抑えつつ口を開く。

 

 

「今の言葉は聞き捨てならないわ。島田さん、その子は貴女の妹さんのようね?

いくらドイツからの帰国子女といっても、年上を、それも姉である貴女の同級生を

バカ呼ばわりさせているなんて、正気を疑うのだけど。彼の事を家ではそう呼んでるの?」

 

まただ、またやってしまった。そう思っても私の意思とは無関係に、口は攻撃を止めない。

 

 

「大体、姉なら妹の情操教育にも気を遣って然るべきじゃなくて? 自分が妹さんの手本に

なっているという自覚が足りないみたいだし、そもそも明久君が年下の子どもに平然と

暴言を吐かれて、どう思うかと考えた事が貴女にあるの? 心遣いに配慮も足りてないわ」

 

 

違うの、そうじゃないの。彼を悪く言われて腹は立ったけど、あんな小さい子に悪気がない

なんてことは、私でも分かってはいるの。でも、でも、あの人は私なんかを助けてくれた。

彼の苦労も、心の深いところにある傷も、何も知らない貴女たちに、悪く言ってほしくない。

 

ごめんなさい。辛く当たりたくはないの、本当なの。けど、お願いだから。

 

何も知らなくても私の為に命を懸けてくれた人を、冗談でも『馬鹿』だなんて言わないで!

 

 

「とにかく、その子が二度と明久君の事を変な風に呼ばないよう、気を付けて」

 

 

言い切るが早いか、私は耐え切れなくなり、扉を振り向き様に開け放って廊下を走り去った。

 

 




いかがだったでしょうか!

空いてる時間を見つけて少しずつ書いていったら、
気付けば六月になっちゃってました。本当におまたせしました。

もう私の作品を読んでくださっている心優しい方々ならば
お分かりと存じますが、この男「すぐに書きます」詐欺常習犯です。
全身全霊で頑張らせていただきますが、気長に待ってやってください。


さて、次回は龍騎側のストーリーを一気に動かそうかと考えてます。
とりあえず合宿編までの龍騎サイドの話は固めておりますので、
そこまでは問題なく書くことが出来るかと。問題はそこからですが。


それでは戦わなければ生き残れない次回を、お楽しみに!

ご意見ご感想、並びに質問や批評なども大募集しております!


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問36「彼らと秘密と小さな綻び」

どうも皆様、そろそろ肌寒さを感じるような季節になって
参りました。寒いの大嫌いこと萃夢想天です。

前回は美波と瑞希と友香の三人が初めて勢揃いしましたね。
どうも私が書く女性は愛が重いヤンデレ系に傾いてしまうようで
ほのぼのふわふわ純愛系を表現する力が足りていないのかと。
まぁ龍騎絡む時点でふわぼのだなんて有り得ないんですが(諦め)

今回は完全に龍騎パートに走ります。おそらくではありますが、
バカテス側の清涼祭はある程度展開を端折ることになるやも
しれません。どうかご了承ください。


それでは久々の、どうぞ!





 

 

 

 

 

 

 

文月学園の一角にある給仕室と書かれた職員専用の小部屋から、一人の男が出てきた。

縁の浅い眼鏡に背広の長い白衣を着こなす知的な男、香川は普段以上に眉根を寄せた顰め面で

部屋の扉を開け、周囲に人影がないことを確認したうえで、ようやく小さなため息を一つ溢す。

 

冷静沈着を体現するような彼がため息を吐く原因は、つい先程まで話していた一人の男にあった。

 

鏡の中だけに現れる謎の男。くたびれたコートを着て髪を乱した世捨て人のような印象を抱かせる

その人物こそ、香川が大学において講師と生徒という関係にあった、神崎 士郎その人である。

 

鏡越しに数年ぶりの再会を、喜ばしいとは言えない邂逅を果たした香川は、存在しえない鏡の中の

世界であるミラーワールドとそこに巣食う怪物ミラーモンスターを創造した理由を神崎に問うた。

ミラーワールドはともかく、ミラーモンスターは危険である。彼らの主食は自分たち人間であり、

つまるところ神崎は人間を喰らう怪物と、それらが生きる別世界を創世したことに他ならない。

神崎が学生の頃からこの鏡の中の世界と怪物の創造を考案していたと後から気付いた香川は、

自身の『一度見た物を決して忘れることが出来ない』特異体質を活かして対抗策を幾つも講じた。

その対抗策の一つにして完成形こそが、彼の変身する【オルタナティブ・ゼロ】である。

 

力ない足取りで給仕室を後にした香川は、先程の対話中に神崎が買い物に出かけている妻と息子に

モンスターを差し向けたと発言したことを(ブラフ)だと考えたが、念の為に妻へ確認の電話をかけた。

 

 

『__________はい、もしもし?』

 

 

数秒ほどのコール音が終わると、携帯電話のスピーカーから聞き馴染んだ妻の声が聞こえた。

その事実を当然であると認めつつも、無意識に安堵していることに気付かず普段の口調で答える。

 

 

「私だ。今日は買い物に行くと言っていたが、今はデパートにいるのか?」

 

『え? ええ、来てますよ』

 

「裕太は?」

 

『………何です? いつもは仕事中に電話なんかしてこないくせに』

 

「それは…………とにかく、裕太も一緒ならすぐ買い物を終えて家に戻りなさい」

 

『いきなりどうしたのあなた? 今日はやけに私たちを心配してくれるのね?』

 

 

努めて平静を保とうとしている自分に気付き、さらには妻からの苦笑交じりの疑問に言葉を

詰まらせた香川。決して浮気や不倫といった疚しい事など何もなく、不貞も働いたことはない。

しかし妻の口にした何気ない言葉が、日頃の自分がそれほど家族に無関心だったかと疑わせる。

 

確かに自分は研究者であり、研究の為に家を幾日も空ける時が多々ある。だが子を持つ父親として

息子や妻に接していないかと問われれば、否と答えられる。家をよく空ける、息子の小学校での

行事にまともに顔を出したことはない、それでも息子が描いた自分の絵は、大切に飾ってある。

 

面と向かい合えば言い出せないが、日々成達する息子も、傍らに寄り添い続けた妻のどちらも、

香川は確かに愛しているのだ。しかし、あまりに素っ気のない対応をしていたのかと己を蔑み

しばらく言葉を返せずに沈黙する彼に代わり、電話越しの妻の声が喜色を帯びて響いた。

 

 

『でも、嬉しいわ。あなた、最近は文月学園に召集されてお手伝いしてるって言ってたでしょ?

前から研究で忙しかったけど、特に近頃は時間が取れなくて裕太が「パパに会えなくて寂しい」

なんて言い出してるのよ。可愛い息子ほったらかしてまで研究が大事ですか、って言おうと

思ってたところで急に電話が来るんですもの。そんなに心配なら、会いに来てくださいね』

 

「………………ああ、済まない」

 

『本当に分かってるんですか?』

 

「分かってるとも、本当さ。今度の裕太の誕生日だって覚えてる」

 

 

自分が仕事をしている間、妻が何を思っていたかなど考えたこともなかった為に、彼女の言葉の

一から十までが香川の胸の奥底に重く、けれど温かくのしかかる。

 

 

『だったら裕太の誕生日までに、仕事を終わらせて帰ってきてくださいね』

 

「ええ、約束します」

 

『そう言って去年帰ってこなかったの、覚えてますから』

 

「い、いや、それは………今年は必ず帰ります。裕太にもそう伝えておいてください」

 

『分かりました。あなたも、無理をしないで体に気を付けて』

 

 

自分が抱えている壮大な計画も相対している強大な存在も、何一つ仄めかすような事をして

いないので体に気を付けるとは無理難題ではあるのだが、香川は妻の気遣いに笑みを浮かべた。

そして学園の廊下に並ぶ窓を見やり、そこに反射して映る自身の表情を見て僅かに驚く。

自分という人間をよく知るからこそ、自分がこんな顔をすることが出来るのかという意味で。

 

そんな驚きに停滞していた思考が再起動を果たし、廊下の角からこちらを覗き見ている人物の

存在に気付いた香川は、それが誰かを把握したうえで表情に力を籠め、普段の強面に戻った。

先程までとは真逆の、つまり普段通りの素っ気ない対応で通話を切って携帯電話をポケットへ

しまい、話が終わったのだと確認してこちらへ歩み寄る人物に向けて憮然とした態度で尋ねる。

 

 

「東條君ですか。君は何故此処に?」

 

 

眼鏡越しの視線が捉えた人物、香川が持つ研究室の生徒である東條は猫背気味な姿勢のまま、

乱雑に伸ばしたままの前髪の隙間から覗く瞳で教授を見つめ、か細く弱々しい声を発した。

 

 

「…………今のは、ご家族からの電話ですか?」

 

「私の質問に答えなさい東條君。君にはオルタナティブの稼働テストのデータを観測するよう

指示していたはずですが? 」

 

「そ、そちらの件は仲村君が代わってくれたので、先生に今後の動向を伺いに来ました」

 

「仲村君が? ふむ………分かりました」

 

 

中肉中背で視線は常に下を向き、どこかパッとしない雰囲気の人物。それが香川から見た

東條 悟という人間の印象だ。そしてそれはまさに目の当たりにしている今も変わらない。

 

元々彼は、大学で香川が受け持つゼミに所属する一般的な大学生に過ぎなかった。ほんの少し

周囲とズレている感覚はあったが、それは彼自身が内に秘めている願望がそうさせているだけ

なので、人格自体に問題はないと判断している。だから香川は、計画に東條を参加させたのだ。

むしろ彼が抱えている願望_________『英雄回帰』を知るからこそ、香川から声をかけた。

 

未知なる領域に存在する人食いの怪物から、人類の安寧と平穏を守る為に戦う『真の英雄』を

担うには、大きな犠牲を払わなくてはならない。そう述べた事で彼の意志はより顕著になる。

 

もう一人の賛同者である仲村 創という学生については、彼の方から香川の計画に加えさせて

ほしいと嘆願してきた。が、それは無理もない。なにせ仲村は神崎がミラーワールドに関する

実験を大学で行った際にその場に居合わせたメンバー、その唯一の生き残りだったのだから。

この現実世界とミラーワールドを接続する実験を神崎が行った際、その接続面をモンスターが

通過してきたことで、神崎と仲村以外のゼミ生は全員消息不明。恐らく、この世にはいない。

 

復讐目的と英雄願望を持つ二人は、香川の計画を実行するにあたっての準備や装備の開発に

真面目に取り組み、香川一人ではあと数か月はかかっていたであろう計画の始動も成された。

香川自身は人間の枠を超えようとする教え子の暴走を止める為、仲村は大切な友人達をただの

実験という名目で失った復讐を遂げる為、東條は秘めたる英雄願望を叶える為に。

 

三人の目的自体は別々でも、根幹で達成される事象は変わらず、それにより救われるであろう

人々がいるのも事実だ。過ちを正し、人知れず迫る脅威から人々を守るという偉業を成す。

 

改めて自分たちが行おうとしている計画の賛同者を見つめていると、東條が不安そうに自分を

見上げていることに気付く。彼の用向きを思い出した香川は、眼鏡を指で押し上げつつ語る。

 

 

「今すぐに動かなければならない要件はありません。一先ずは【ライダーバトル】に参加して

いる仮面ライダーから情報を得る事、これを最優先に動きます。ですので、今の間に可能な

限りはオルタナティブの調整と改良を施し、来るべき時に備える必要があるでしょう」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

「それと仲村君に、稼働テストのデータ採取が終わったら実戦テスト用のチューニングを

しておいてほしい、と伝えておいてください。清涼祭の数日後に、データを取るとも」

 

「伝えておきます………………やっぱり先生はすごいなぁ」

 

 

香川の言葉に対して、従順とも呼べる態度を見せる東條。彼は自分の中で燻る英雄願望を

昇華させてくれる機会と技術を与えてくれた、唯一無二の恩師として香川を崇拝している。

当然、香川も彼から向けられる視線に尊敬が混じっていた事は知っていたし、また書類など

詳細なデータを渡したとはいえ、複雑なシステム制御を可能にする技能も高く評価していた。

 

基本的に自分がシステム関連に携わっているが、彼らだけでも調整やデータ採取だけならば

問題なく遂行できる。技術者としてレベルが高い事を少しだけ誇らしく思い、香川は東條に

伝えるべき要件は告げたとばかりに白衣を翻して立ち去ろうとした。だが、その足は止まる。

 

香川の視線は廊下の先でも東條でもなく、規則正しく並んでいる窓________反射物に留まる。

ただの光の反射が映りこむはずのそこに、オルタナティブとの仮想契約を施した改造モンスター

である『サイコローグ』が佇んでいた。黒い体表と銀の装甲の異形は、ある方向を指し示す。

 

 

「_________! 東條君、オルタナティブ・ゼロの修繕は?」

 

「で、出来てます!」

 

「分かりました。君は反射する物から出来る限り離れなさい!」

 

 

異形が自分に何かを伝えようとしている事に気付いた香川は、東條にミラーモンスターへの

警戒を怠らないよう指示を出すと、周囲に自分たち以外がいない事を確かめて窓を睨みつけた。

ミラーワールドに佇む異形、サイコローグ。この名前は異形の種族名ではなく、検体名である。

集団で狩りを行うメガゼールやギガゼールといったモンスターは、ゼール種と分類されており、

龍騎のドラグレッダーやナイトのダークウィングにも、近縁種がいるのだと推測されている。

しかしサイコローグという名前の種族は存在しない。この存在は、香川らが捕獲に成功した

モンスターを、データ収集や装備の開発の名目で解剖。その後、正式なライダーバトル参加者

ではない香川たちがライダーとして戦えるよう、疑似的な仮想契約を押し付けた上で科学的な

強化改造を施したのが、サイコローグである。

 

端的に言えば、捕獲したモンスターを洗脳し、改造を加えたのがサイコローグということだ。

 

この香川らによる解剖と改造によって、サイコローグにはミラーモンスター特有の反応現象、

ライダーたちがモンスターの存在を知覚する不快な眩暈や耳鳴りが起こらなくなっている。

故にサイコローグは他のライダーやモンスターに気配を察知されず、契約を結んで変身する

オルタナティブシリーズも反応現象が発生しない。これまで人知れずライダー同士の戦闘を

観察したり、潜伏したり出来たのは、この反則染みた能力の封印が大きな要因であった。

 

反応現象を発現させないサイコローグにはこの学園の生徒、特に仮面ライダー龍騎に変身する

吉井明久の偵察を命じていた香川は、その彼に何かが起きたのだと推測して行動に移る。

白衣の内ポケットに忍ばせている黒一色の長方形の物体、オルタナティブのカードデッキを

取り出して目の前にある窓ガラスに突き出す。デッキに反応してベルトが腰に装着されるのを

確認した直後、右手に持っていたデッキを廊下の天井ギリギリの高さまで放り投げた。

 

 

「変身」

 

 

左足を一歩分だけ前進させ半身となった瞬間、落下してきたデッキを左手で掴み取る。そして

円を描くようにベルトのバックルへと装填し、変身に必要な工程を全て完了した。

 

一瞬の閃光の後に、白衣をまとった眼鏡の男の姿は、黒塗りの鎧を持つ戦士へと変貌を遂げる。

 

機械的かつ人工を思わせる造形の黒い装甲には、各所に銀色の円形のくぼみと培養液を連想

させるような蛍光黄色のラインがあり、目元を覆うバイザー諸共に頭部は黒一色となった。

正規のライダーバトル参加者たる戦士たちは、どこかに契約したモンスターの元である生物の

デザインが組み込まれているのに対し、このオルタナティブ・ゼロには生物的意匠は皆無。

人の手により造られた戦士、無機質に計算され尽くした鎧を纏う男は、己の使命を全うする。

 

 

「吉井明久君は、バトル参加者の中では話が通じやすく、またこちらとしても御しやすい逸材。

ましてや貴重な情報源たる彼にもしもの事が無いようにとの措置でしたが、功を奏しました」

 

 

Fクラス所属の問題児との扱いを受けている吉井だが、彼が抱えている闇は他人に慮ることなど

不可能なほどに深い。そんな彼は願いを叶える為に戦うという点では他のライダーと同じく、

融通が利きそうにないが、まだ青年である彼の心は願いの叶え方自体を良しとしていない。

つまり交渉の余地があり、何より吉井明久という人間の本質は、どこまでも善良であるのだ。

前途ある若者の命と未来を、神崎ただ一人のエゴの為だけに消費させるわけにはいかない。

 

底抜けにお人好しな優しい青年の顔を思い浮かべ、オルタナティブ・ゼロは戦意を滾らせた。

 

 

「…………………先生、なんで笑ってたんですか?」

 

 

だから(・・・)気付けなかった(・・・・・・・)

 

言いつけを守ってここから離れただろう、香川はそう結論付けていた。しかし実際は違った。

オルタナティブ・ゼロが廊下の窓からミラーワールドへ突入した後も、その場に残りぼそぼそと

独りごちる人物がいる事に、俯かせた顔を不快げに歪ませた東條に、もはや誰も気付かない。

 

 

「…………先生。前に僕に言ってくれたじゃないですか」

 

 

乱れた前髪が表情を隠してはいるが、口から漏れ出る言葉の端々から感じる感情は真に迫る。

 

 

昔から凡庸な自分には、誰も振り向いてくれなかった。今でも凡俗な自分に、誰も振り向かない。

だからこそ、内に秘めたる「英雄になりたい」という『英雄願望』は、その在り方を歪ませた。

いや、あるいは初めから歪んでいたかもしれない。元から歪んでいるか否かの判別は出来ないが。

 

きっと、きっと、僕が英雄になったら皆も僕を見てくれる。

きっと、きっと、英雄になった僕を皆は好きになってくれる。

 

周囲にひた隠してきた『英雄願望』だが、香川が計画に誘ってくれた事で自分自身の全てが肯定

されたかに思えるほどの爽快感を得た。故に東條は、香川を恩師として慕うことに決めたのだ。

もう一人の賛同者である仲村と香川と三人でオルタナティブを完成させた時、香川が自分たちに

語り聞かせてくれた言葉は、今も東條の心に刻まれている。もはや呪いと変わらない程に強く。

 

 

『多くを守る為に、一つを犠牲に出来る勇気を持つ者こそが、真の英雄なのですよ』

 

 

東條 悟という人間にとって、その言葉は天啓であり、自らの理想であり、呪詛と成り果てた。

 

素晴らしい格言を与えてくれた恩師は、間違いなく英雄なのだろう。一つを犠牲に出来る勇気を

持っている、英雄と呼ばれるに相応しい人物に違いない。そして、自分もそうでありたい。

胸に灯った憧憬の光はあまりに眩く輝かしい。しかし人は強過ぎる光に、目を細め曇らせる。

 

英雄と呼ばれる為の行いとして少数を犠牲にする場合、多数を守る為という前提条件が不可欠

なのだが、東條は英雄への強い憧れがこの部分を曖昧にさせてしまい、強迫観念だけが残った。

即ち、『大切な何かを犠牲にすることで、自分は英雄になれる』という、欠陥だらけの願望が。

 

 

「…………英雄(先生)にとって、家族は犠牲にしなくてもいいんですか?」

 

 

常に無表情で冷静沈着な恩師が、笑っていた。家族という、あまりに英雄に相応しくない人間的

弱さを持ったままなのに、英雄と呼べるのか。何かを犠牲にしないといけないのではないか。

つまり繋がりを持った家族よりも大切なものを犠牲にしないと、自分は英雄になれないのか。

 

東條にとって肉親は然程大切な存在ではなく、自分を認めてくれた恩師や仲間の方が価値は高い。

そして恩師である香川も家族を切り捨ててはいない。ならば、自分は何を犠牲にしたらいい。

大切なものを犠牲にする、ということはつまり、失ったら悲しいと思える人を思い浮かべれば

自ずと候補は絞られると考えた東條は、辿り着いてはいけない結論に時間をかけず辿り着いた。

 

 

「……………じゃあ、僕は」

 

 

ああ、なんて悲しいんだろう。失いたくない。失ったらこの心はどれだけ痛みを訴えるのだろう。

それでも切り捨てるしかない。失うしかない。こうすることでしか、英雄にはなれないのだから。

 

 

「___________まずは、仲村君からかな」

 

 

香川は、気付くことができなかった。

 

東條の心には既に、取り返しのつかない程に深く澱んだ闇が巣食っていたことに。

 

そして、彼の左手に、群青色のカードデッキが握られていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時の針は少しばかり先へ進み、現在。

 

 

「クソ! 何がどうなってる⁉」

 

 

高級感漂うスーツを着こなした壮年の男性、高見沢は鉄面皮を感情のままに歪ませていた。

彼はこの文月学園が導入している試験召喚システムへの援助者の一人で、今日この日に行われる

清涼祭のメインイベントたる召喚大会を見物する為に、多忙な身ながら足を運んでいたのだ。

祖父の代から続く高見沢グループに益を齎す為の出資の成果を、この目で確かめるという目的に

今も変わりはない。だが、至極個人的な目的が果たせる絶好の機会であるとも確信していた。

何故なら高見沢もまた、己の願いを叶える為に仮面ライダーとなった、バトルの参加者故に。

 

召喚大会を見物中、仮面ライダーの資格者にしか感知できないモンスターの反応に顔を歪めた

直後、なんと自分と全く同じ反応をする生徒を目撃し、半信半疑のままに狙いを定めた。

自身の契約モンスターであるバイオグリーザは、現実世界に生息するカメレオンと生態の一部が

一致する。全身を保護色効果によって周囲の風景に溶け込ませるなど、透明化と見紛う程に高い

レベルの隠密性能を誇り、長く伸びる舌で獲物を遠方から絡め取ることも造作もない。

 

その持ち味を活かすべく高見沢はバイオグリーザに偵察を任せていた。無論、偵察の対象は

仮面ライダーの疑いが濃厚な学園生徒、吉井明久である。

 

普通の人間であればミラーモンスターの存在など知りもせず、仮にライダーだったとしても

透明に等しい保護色による同化能力を持つバイオグリーザを、目視することはほぼ不可能に近い。

さらに吉井明久がライダーならば、気配を極力抑えたモンスターでも数メートルレベルにまで接近

されたら反応現象で存在を感知される。モンスターの存在と居場所を特定されたらビンゴだ。

 

 

(だから俺は気配を察知されたら、体色を風景と同化させて撤退して知らせろと命じたのに‼)

 

 

人間を、もしくはライダーが倒したモンスターのエネルギーを主食とするモンスターの食性は、

契約したとしても変わらない。だが契約のカードを持つ限り、契約者からの命令には素直に従う。

これまでも〝食事〟の催促をしてきたことはあっても、命令を無視したことは一度も無かった。

そうなると、答は自ずと絞られる。聡明な高見沢は一連の出来事を踏まえ、逆説的に解を求めた。

 

 

(モンスターの欲求は基本的に、戦うか喰うかの二種類しかない。連中に睡眠欲が無い事は契約を

結んでしばらくしてからやった実験で証明された。だからここへの視察前に餌は喰わせておいた。

なのにこうして反応を隠す気も無く垂れ流しって事は_________已むを得ない状況にいる?)

 

 

旧校舎側のFクラスへ監視に向かわせたバイオグリーザの反応が、新校舎沿いの体育館内に設置

された召喚大会用ステージにいた自分に感じられたということは、やはりそういう事なのだろう。

何者かとの戦闘状態になってしまった、というのが妥当な線だが、それは不可解だと首を傾げる。

 

仮に吉井明久を喰おうと現れたモンスターなら、ライダーである自分がその存在を感知できない

というのは妙な話だ。同様の理由で、ライダーが現れて交戦という可能性も現実味がない。

ミラーモンスターでも仮面ライダーでも、ましてや監視対象の吉井明久でもない完全な第三者。

未知なる存在の襲来であると結論を出した高見沢は、小走りで来客用トイレへと駆け込んでいき、

スーツのポケットから若草色のカードデッキを取り出し、左手に握ったソレを鏡へ突き出した。

 

 

「………変身!」

 

 

いわゆるサムズアップに似た、親指だけを立てた右拳を右脇から左肩の前へ素早く動かしつつ、

装着されたベルトのバックルに左手でデッキを装填。瞬時に若草色の道化師へと変貌を遂げる。

龍騎たちとの戦闘の際に放つ嗜虐的な嘲笑も悪辣な奔放さもなく、無言のままにミラーワールドへ

突入し、頭の中を直接揺さぶるような反応を頼りにバイオグリーザの元へと全力で疾走した。

 

屋外と違い、目的の場所へは迷う事無く到着出来たのだが、そこで見たものに対し言葉を失う。

何故ならそこには、バイオグリーザの他に、いるはずがないと半ば考えていた仮面ライダーと、

その契約モンスターと思しき異形の姿があったのだ。推測を覆された人間は普通なら思考が停滞、

体の動きすら鈍らせてしまい決定的な隙を作ってしまうのだが、この仮面ライダーベルデは違う。

 

 

【HOLD VENT】

 

 

デッキから瞬時にカードを取り出し、左太腿部にあるバイオバイザーから伸びるキャッチャーに

ソレを括り付け手放し、自動で巻き戻り装填された召喚機からベルデ唯一の武装を召喚した。

彼が右手に持つのは、バイオグリーザの眼球を模したヨーヨー型の武器、バイオワインダー。

目視が難しいほどに細く、しかし強靭な糸で繋がるこの武器を、今まさにバイオグリーザの頭部へ

手に持った大剣を振り下ろそうとしている謎のライダーめがけ、サイドスローの要領で放った。

 

ベルデの目論見通り、バイオワインダーは謎のライダーの手首と剣の柄を雁字搦めに縛り上げる。

腕の動きが固定された事に気付いた相手は、他のライダーたちとはどこか違う黒塗りのバイザーを

こちらへ向けてくるが、次の瞬間、契約モンスターらしい異形がこちらへ攻撃を仕掛けてきた。

見た目以上に素早い動きに驚くベルデだが、問題なく躱せると判断して足に力を込めて一気に跳躍

しようとした直後、謎のライダーが縛られた剣を振るい、それによりベルデの動きも制限される。

 

 

「テ、メェ‼」

 

「相手の動きを封じるという事は、自身の行動の選択肢を狭めるという事になりますよ」

 

「クソが! バイオグリーザ! 俺を守れ‼」

 

 

先程まで2対1の状況で劣勢を強いられ傷だらけのバイオグリーザに、ベルデは素早く命令を下す。

契約のカードを契約者が保有している限り、その命令には逆らい跳ね除ける事は難しい。

そう設定されている(・・・・・・・・・)ミラーモンスターである以上、バイオグリーザもまた契約者の命に従う。

 

ゆらゆらと立ち上がり、スプリング状の逆関節になっている両脚部を軋ませて瞬時に前方へ跳躍

することで相手との距離を一秒足らずで詰め、中空で体を一回転させながら口を開き舌を伸ばす。

最大で600メートルに及ぶ舌を鞭のように操り、ベルデに急接近するモンスターの頸部を絞めた。

そして着地の衝撃を脚部で緩和しつつ勢いよく振り返り、遠心力が加わった舌は弧を描くように

バイオグリーザの正面から背面方向へと動き、捕らわれの異形は校舎内に瓦礫の山を量産する。

 

黒と銀の異形の体がバイオグリーザの周囲を三回転程周った所で、舌による拘束が解かれた為に

慣性の法則が働き、狙いは寸分違わず謎のライダーが立つ場所へと弾丸の如き速度で吹き飛んだ。

さながら鎖に繋いだ鉄球を振り回してから放り投げるといった攻撃法に、謎の戦士は顔を上げる。

 

 

「改造を施して膂力や脚力のみならず、重量まで増したサイコローグをこうも容易く………ふむ。

バイオグリーザ、でしたか。同化能力や擬態能力によるトリッキーな戦法だけでなく、純粋な

戦闘能力も目を見張るものがありますね。これは、データの見直しと再計算が必要ですか」

 

 

飛来する自身の契約モンスターが見えていないような冷静な発言に、ベルデも困惑を隠せない。

すると謎のライダーはバイオワインダーに縛られている右手を軽く引っ張り、互いを繋げている

糸をピンと張った(伸びきった)状態にして、その下から空いている左手の甲で持ち上げた。

さっきと同じように自分の動きを制限するつもりかと警戒するベルデだが、それは杞憂であった。

 

体を半身に逸らし、糸と繋がった右手を頭の後ろよりすこし上に置いて左手の甲から一直線状に

張らせたところに、バイオグリーザが放り投げたモンスターが直撃。諸共に吹き飛ぶはずの結果は

そうならず、謎のライダーは体勢をそのままにモンスターだけがさらに後方へ吹き飛んでいった。

 

 

「何だと⁉」

 

「糸状の物質による防御に、力は必要ありません。支えとなる部分と、伸縮に必要な空間を確保

してしまえば、この通り。テニスのラケットにあるガット、今の働きはアレと同じものです」

 

「チィ……! 科学の実験のつもりか⁉」

 

「どちらかと言えば物理学なのですが、さて。貴方はやはり、この学園の関係者ではない様子

ですね。となると、本日来られたシステム出資者関連の外賓の何方(どなた)かになるわけですが」

 

 

武道の達人もかくやと言わんばかりの正確無比な動作で攻撃を回避した相手。それだけでなく、

こちらの素性すらもどうやってか絞り込んでいるような発言に、ベルデは動揺と焦りを見せた。

しかし、これまで腹の内を見せない狸たちと弁舌で渡り合ってきた手腕は、陰ることなどない。

自分ばかりが情報を抜き取られるのは許さないと心持ちを整え、冷静な態度と共に口を開いた。

 

 

「お前こそ何者だ? 今の口振りからしてこの学園の関係者なのは間違いないだろうが………」

 

「関係者という言葉の広義が共通するわけではないので、否定も肯定もできません」

 

「癪に障る言い回ししやがって…………まぁいい」

 

 

ベルデのホールベントは未だ謎のライダーの右手を剣ごと縛りつけている。不用意に動こうもの

なら、どちらも瞬時に対抗出来うる状況下にあるので、戦闘の続行ではなく会話が始められた。

 

「今更お前も隠そうとしても無駄だと分かってるだろうから言うが、この学園のガキ共の中に

ライダーがいるだろ? 俺はソイツが、少し前に戦り合った龍騎じゃねぇかと読んでんだが?」

 

「仮面ライダー龍騎が…………そうですか」

 

「とぼけても無駄と言ったろうが!」

 

 

顎に手を当て白々しく考え込むような素振りを見せる相手に、ベルデがとうとう業を煮やした。

ベルデからしてみれば、学園の生徒が仮面ライダーであり関係者も(どこか違う雰囲気だが)同じ

ライダーに変わりはなく、間違いなく共闘関係にあるだろうという結論に至るのが当然である。

 

 

「あの龍騎のガキがここにいるってことは、奴はテメェとナイトとツルんでるわけだ!」

 

「ナイト………? ゾルダはともかく、ナイトに関しては初耳ですね。とすれば彼は現時点で三、

いや四人のライダーと接点を持っている事に。貴重な情報を提供していただき感謝しますよ」

 

自らの推理を述べての反応を窺おうとしたベルデだが、逆にこちらの言葉から何かを得たらしい

返答に仮面の奥で苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。

言葉の随所から挑発的なものを匂わせたベルデだが、眼前の戦士は意にも介さず淡々と語る。

 

 

「私が欲しているのは、ライダーバトルに参加しているライダーたちの仔細な情報なんです。

貴方の正体にも関心はありますが、それはまたいずれ」

 

「チィッ………‼」

 

「少なくとも野良のモンスターが学園の生徒を狙っていたのではないと分かり、更には今日

この場にライダーがいたという事実も確認出来たので、今回のところは去るとしましょう」

 

 

ライダー同士は戦わなければならないはず、しかし目の前にいる謎のライダーは徹底して冷淡な

事務的対応をしている。どこまでもちぐはぐな印象を与えてくる相手にベルデの思考が淀む。

そうしている間に一方的な会話を終えた黒い戦士は、手にしていた大剣を破棄して右手を縛る

バイオワインダーの拘束から逃れると、そのまま背中を向けてすたすたと歩き去ろうとする。

 

 

「……………あぁ、達者でなぁ」

 

 

そして、そんな無防備な姿を晒すような相手を前に、ベルデが追撃の手を緩めるはずがない。

 

御高説を垂れて満足している愚か者に向けて、仮面の内側で嘲笑を浮かべたベルデは、物音を

立てないよう慎重な動きで左手をカードデッキへ運び、必殺の一撃を与える切り札を掴んだ。

ゆっくりと、それでいて緩慢ではない程度の速さで抜き取ろうとする直前、背中を向けて歩き

去ろうとしていたライダーが、まるで見切っていたようなタイミングで顔だけを振り向かせる。

 

 

「既にお気付きであるようなので、念の為の忠告を。この学園の生徒の一人は確かにライダーと

してバトルに参加しています。ですが私は今後、彼を説得してライダーバトルに終止符を打つ

真の『英雄』へと導くつもりでいるので、くれぐれも余計な詮索と手出しはしないように」

 

「ライダーバトルに、終止符? 真の英雄だと? 何の話だ⁉」

 

 

語るべきことは語ったのか、謎のライダーは今度こそ振り向かず歩き去ってしまった。

 

校舎の何処かへと消えた先程のライダーに対する怒りに、肩の装甲すら震わせるベルデだったが、

去り際に口にしていった言葉の中に、疑惑を確証へと昇華させるものがあったと気付いた。

つまるところ、この文月学園の生徒の一人、それもほぼ間違いなくFクラス所属の落ちこぼれが

仮面ライダーとしてバトルに参加しているという事実。最早怒りより喜びの方が勝る勢いだ。

 

 

「コイツをネタにあの忌々しいクソガキ、龍騎をいいように使ってやるとするか!

へへへ…………はぁーっはっはっは‼ 大人をナメた代償は、高くつく直々に教えてやる‼」

 

 

これから、もっと面白い事になりそうだ。

 

 

そう呟いたベルデは、傷だらけのバイオグリーザを伴い、ミラーワールドから姿を消した。

 

 






いかがだったでしょうか!

あぁ^~ビルド最高だったんじゃ^~

個人的には、W、オーズ、フォーゼに並ぶ神作だったと思っております。
正義のヒーローたちも、悪の怪人たちも、魅力にあふれてました!

という話はここまでにして、今回はほとんど地の文構成でしたね。
それも心情ばかりを書き連ねた感じの。戦闘パートにもう少し力を
いれておきたかったんですが、中々上手くまとまらなくて………。


さて、久々のあとがきなので何を言えばいいか忘れました!
なので戦わなければ生き残れない次回をお楽しみに!(ヤケクソ)

御意見ご感想、並びに質問や意見など募集しております!


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