ヴォルデモートに死ぬほど愛されています、誰でも良いので助けてください (カドナ・ポッタリアン)
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プロローグ

 

 

 魔法界は、「闇の帝王」ヴォルデモートと名乗る青年に支配されていた。

 真っ赤な瞳、漆黒の髪、そして誰よりも整った容姿を持った残酷非道な闇の魔法使い。莫大な力と勢力を持っている割にはとても若く見える。

 ヴォルデモートは、「愛」というものが理解出来なかった。

 

 しかし、ある日に予言を信じてポッター夫妻を殺しにいった際に、目的の赤ん坊を殺そうとした時、闇の帝王の前には、一人の少女が立ちはだかった。

 少女はヴォルデモートと同じ、赤い瞳と深い闇のような髪。

 

 

「この子には手を出さないで! 人殺し!」

「...」

 

 

 ヴォルデモートは少女を殺そうとした。しかし、何かが彼の中でうずいた。何か、熱いものが。運命のようなものさえも感じるのだ。

 

 彼はしばらく少女の顔を呆然と見つめていた。

 少女は其れを見計らい、ベビーチェアの中で闇の帝王と同じく呆然とした、赤ん坊を抱き上げる。そして杖を持ち、今にも「姿くらまし」をしようとしていた。

 

 

「『クルーシオ! 苦しめ!』」

「あ゛...アァあッ!!」

 

 

 少女は何と表現して良いか分からないほど激痛に襲われ、赤ん坊を抱きしめながら床に倒れ込む。

 

 

「アァあッ!! ...ゲホっケホッ」

 

 

 激痛が収まるも、ヴォルデモートの心は、何だか苦しくなる。人を苦しめて、こんな気分になったのは初めてだったのだ。

 

 

「...お前は、生きる道を選ぶか」

 

 

 ヴォルデモートは少女に問いた。感じた事のない感情を、この少女だけには感じた。

 

 

「この子を...ハリーを生かしてくれるのなら、私は死んでも構わない」

「...その子供を殺し、お前を生かす」

「命にかえてもこの子は守るわ」

「何故だ」

「大切な、弟だからよ...貴方には到底分からないのかもしれないけど...」

「...」

 

 

 ヴォルデモートは、無言で少女の意識を奪った。服従ではない。あくまでも意識を奪ったまでだ。既に杖を落としてしまった少女には、もはや抵抗など不可能。

 

 闇の帝王は少女を抱えた。普通なら魔法で浮かべる所だが、何故か自らの手で触れたかった。

 気絶しても尚、赤ん坊を離そうとはしなかった。だがコイツは邪魔だ。

 魔法で無理矢理赤ん坊を引きはがすと、ベビーチェアに放り込んだ。赤ん坊も気絶をしているのか、声一つ上げない。

 

 滞在しているマルフォイの屋敷に戻った時には、勿論驚かれた。邪魔者は老若男女関係なく殺す闇の帝王が、一人の少女を抱きかかえているのだ。

 

 

「ご、ご主人様...その娘は...」

「ルシウス、そう言えばこの屋敷には地下牢があったな。この娘をそこへ連れて行け。鎖で繋ぎ、決して逃げられないようにするのだ」

「か、畏まりました...」

 

 

 ルシウスと呼ばれた白髪の男性はお辞儀をする。そして少女は丁重に運ばれ、広い広い地下牢に繋がれた。

 

 *

 

 少女の名は、アイル・ポッター。ジェームズ、リリー・ポッターの娘で、ハリーの姉だ。ルシウスが調べた所、ホグワーツの六年生のようだった。

 抵抗不可能な事を理解したアイルは、ヴォルデモートに素直に従った。まだ死ぬ事なんて出来ない。この男を殺すまでは、死ねない。

 

 

「アイル、僕の事をどう思う?」

「...分かりません、ご主人様」

 

 

 ヴォルデモートは、魔法で自らの顔と体を若返らさせた。そちらの方が釣り合いが取れるともでも思ったのか、どうなのか。流石にあの第一印象はマズイ。明らかに若い彼の姿を見て困惑したアイルは、彼自身の説明によって全てを理解した。

 

 

「可愛いなぁ...ホント、全て壊してしまいたいくらいに」

「...」

 

 

 ヴォルデモートの手が、アイルの頬に触れた。途端に彼女はビクッと震え上がる。

 

 

「怖いのかい? 大丈夫。アイルを壊したいだけだから。だから、何度も何度も壊して、何度も何度も直してあげるよ」

「っ...」

「アイルは僕だけを見ていれば良い...ほら、食事も用意してあげたよ。口を開けて」

 

 

 ヴォルデモートの手元には、食事の入ったトレイが置かれていた。アイルは素直に従い、口を開ける。

 彼は満足げに笑うと、コップに入った水を飲ましてくれた。

 

 

「ほら、美味しいだろう?」

「は...い」

 

 

 アイルは彼に質問した。

 

 

「ハリーは?」

「殺してはいない。だが、あの家に置いて来た」

「...っ、ハリー...」

「...」

 

 

 途端、ヴォルデモートは怒りを覚えた。

 アイルは自分だけのものなのに、ハリー・ポッターなどという赤ん坊を心配している。自分だけを見ていれば良いのに...。

 

 彼は考える。

 そうだ、殺してしまえば良い。なに、殺した事がバレなければ良い話だ。

 

 

 其の夜、ヴォルデモートは全てを失った。

 ハリー・ポッターを殺そうとした事により、全てを失った。肉体は破壊され、赤ん坊には稲妻の傷が残された。

 

 ヴォルデモートは霊魂だけの存在となった。しかし、まだ復活をもくろんでいる。魔法界だけでなく、アイルを再び支配するためにーー




何となく書きたかったんだ、こういうの。

ええー、プロローグだけでは分からんと思いますが本作は非常にカオスですので、ご覧の際にはマトモな人間はほとんどいないと考えてもらえると嬉しいです。


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主な登場人物

【アイル・ポッター】

このお話の主人公的な存在。愛の象徴。

リリーとジェームズの娘。ホグワーツきっての秀才で、容姿端麗才色兼備。目の前で母親が殺されたが、過去は捨て去る…と決めている。

二人の娘にも関わらず、面影はあるがあまり似ていない。ヴォルデモートの若りし頃と現在が混ざったような、黒髪赤目。唯一ヴォルデモートが愛する事のできた人間。

現在はホグワーツ魔法魔術学校の教授として働いている、弟をこよなく愛する「愛された女の子」。

 

 

 

【ハリー・ポッター】

このお話の重要人物的な存在。友情の象徴。

リリーとジェームズの息子。アイルの弟で、いつも優しく聡明な姉が誰よりも好き。従兄弟のダドリーに虐められていたが、姉が大好きなためにそれを言い出せない。

アイルとは違い、両親の容姿を受け継いでいる。リリーの透き通るような緑色の目、ジェームズの黒い髪。丸メガネをかけている。10年前、ヴォルデモートを倒したとされる「生き残った男の子」。

 

 

【アルバス・ダンブルドア】

このお話のキーパーソン的な存在。正義の象徴

じゃが◯こをこよなく愛する老人校長。「一番好きなモノは?」と聞くと、「じゃ◯りことスナックじゃのう…ポテチも中々美味美味〜♪」と答える。スナック菓子をあげると懐く。

ヴォルデモートが恐れる唯一の人物と呼ばれる、お菓子こそが正義のもう一人の無敵の魔法使いと呼ばれる。

白髪白髭半月系メガネの不思議な老人。

 

 

【ヴォルデモート】

このお話のラスボス的な存在。悪の象徴。

世界最強の魔法使いと呼ばれる存在。「闇の魔法使い」を下僕とし、闇の陣営を作り上げて魔法界を支配しようとしていた。

リリーとジェームズを殺したあの日、アイルに何か特別なモノを感じる。しかし、本人はそれが何なのかはよくわかっていない。

人を殺すことに抵抗はなく、仲間を仲間と思っていない。ハリーを殺そうとするが、返り討ちにあって全てを失う。

 

 

【ヴォルデモート(学生時代)】

このお話の運命をある意味司る的な存在。狂気の象徴。

ヴォルデモートが以前の姿に自分を戻したモノ。その状態でなら、アイルをより愛する事が出来る。「破壊欲」の塊のような存在。

ハリーの存在に嫉妬をして、彼を殺そうとするが、返り討ちにあって全てを失う。

 

 

【ロン・ウィーズリー】

このお話の脇役的な存在。羨望の象徴。

代々続く由緒正しい「ウィーズリー家」の六男。赤毛にソバカスで、ハリーの初めての友達であり、親友。

兄達が皆優秀なので、自分も頑張らねばと奮闘している。

 

 

【ハーマイオニー・グレンジャー】

このお話の知識の源的な存在。英知の象徴。

マグル生まれにもかかわらず、とても優秀な魔女。豊かな栗毛に少し前歯が大きいが、普通に可愛い女の子。ハリーの親友。

ガリ勉で毒舌なので、今まで友達は一人もいなかった。

 

 

【ネビル・ロングボトム】

このお話のだんだん成長する度に顔が縦長になってくる的な存在。勇気の象徴。

純血で、親は二人共「闇祓い」だが、あまりその事について話そうとしない。丸顔にキョトンとした男の子。ハリーの友達。

あまり魔法力は強くないが、「薬草学」はハーマイオニーを飛び抜けている。

 

 

 

 

 

 

 

 



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アイル・ポッターと賢者の石
生き残った男の子と愛された女の子


ひとまず、最初は原作通りに進んでいきます
ちなみに、指摘があったので言っておきますが、今作ではリリー、ジェームズは37歳没という事でお願いします。


 

 ヴォルデモート卿は死んだ。ハリー・ポッターを殺そうとして死んだのだ。

 マルフォイ家は、それが分かった途端アイル・ポッターを地下室から解放した。アイルはそれを親切心と受け取る。逆らうと殺されるから、仕方なしに地下室を貸していたと...そう、思い込もう。

「死喰い人」達は、魔法をかけられて従っていたかのように見せかけたりなどして、大半が逃げおおせた。

 

 アイルは、すぐに「闇祓い」達に保護された。闇の帝王に溺愛され、監禁までされていた事を知った彼らは、すぐさまアイルを安全な場所へ保護。

 

『生き残った男の子ハリー・ポッター』と『愛された女の子アイル・ポッター』。

 この二人を知らない人間は、魔法界にはいないだろう。

 

 *

 

 プリベッド通り4番地の一角。そこには、アイル・ポッターその人と、白髪で長い髭を持った老人。そしてトラ猫がいた。

 真っ暗な番地は、何故か街灯の明かりがついていない。

 

 

「ダンブルドア先生、私…」

「君は、何も言わなくて良い。でも大丈夫じゃ。もう君は安全じゃ」

「ハリーは…?」

「本当に君は弟思いの良い姉じゃのう」

 

 

 ダンブルドアと呼ばれた老人は優しく微笑んだ。半月形のメガネの奥で輝く彼の淡い目は、アイルの心の中を全て見透かすようだ。

 彼はアルバス・ダンブルドア。アイルの通うホグワーツ魔法魔術学校の校長だ。

 

 

「マクゴナガル先生、こんな所でずっと何をしているのかの」

 

 

 ダンブルドアはトラ猫に目を向けた。否、そこにトラ猫はおらず、四角いメガネをかけた厳格そうなキリッとした女性が立っていた。

 エメラルド色のローブを着て、メガネをカチャッと押し上げている。

 

 

「私は…一日中この場所で、この家の住人を見ておりました。校長」

「どうしてそんな事を? 先生も周りと同じくどんちゃん騒ぎをしていれば良かったのに」

「それには同意しかしかねません。全くもって、皆軽率過ぎるのです。今日イギリス中で様々な事が起こっていますが…全て我々の仲間の仕業ですよ?」

 

 

 この日は、流星群が降ってきたり、ふくろうが昼間に飛び交ったり、普通の人間(マグル)のいる前でも魔法使い・魔女が大声で語り合ったりーーと、何時も以上に目立つ奇怪な行動が繰り広げられていた。

 

 

「まぁまぁ、あまり責めないであげてくれ。祝う事なんて、この暗黒時代一度もなかったのじゃから」

「そう、ですが…」

 

 

 マクゴナガルは苦虫を噛み潰したような顔をした。すると、アイルはダンブルドアに質問をする。

 

 

「先生、ヴォルデモートは…ハリーを殺そうとしたのですよね? あの最強の魔法使いと謳われたヴォルデモートが、何故ハリーに負けたのでしょう?」

「あぁアイル…その名前は…」

 

 

 アイルの一言で、マクゴナガルは震え上がった。ヴォルデモートという名前は、所謂「禁句」となっており、その名前を聞くだけで恐怖に慄く人間は大勢いる。

 

 

「ミネルバ、貴女のような聡明な人間が、彼の事を名前で呼べないなんて事はありませんじゃろう?」

「っ…わ、わかりました。ヴォルデモート卿、ですね…」

「アイル、何故ハリーがヴォルデモートに打ち勝ったのかはわからぬ。想像するしかないじゃろう」

「そうですか…まぁ、ハリーが無事なら!」

 

 

 彼女は急に笑顔になる。大好きな弟が生きているだけで、彼女は満足だった。

 

 

「しかし、ハグリットは随分遅いのう…わしもう眠い」

「そろそろ来るハズですが」

「先生、私は何故、こんな所に?」

「それは勿論、君とハリーを叔母さん夫婦に預けるためじゃよ。魔法界にはもう親戚はいないのでな」

 

 

 ダンブルドアの言葉を聞くと、マクゴナガルはヴォルデモートと聞いた時以上に顔を青ざめた。

 

 

「まさかダンブルドア、この家の者達ではないでしょうね?!」

「せ、先生?」

「ダメですよダンブルドアっ。あの家は、今まで私が見てきたマグルの中でも、最低です! よりにもよって、あんな大マグルの家族に…伝説になりうるアイルとハリーを預けるだなんて…」

「この場所が、二人にとって一番良いのじゃ」

 

 

 白髪の老人は、ゆったりとした長いローブを翻してアイルを見た。

 

 

「アイル、君は、魔法界で伝説として過ごしたいかね?」

「いえ…あまり注目はされたくありませんし。過ごし辛そうです。できる事なら、しばらくは離れた所で静かに過ごしたいです」

「よろしい。アイル、君は熟練の魔法使いに匹敵するほどの魔力と能力を兼ね備えている。よって、ホグワーツ魔法魔術学校を卒業という形にしてもよろしいかな?」

 

 

 彼は悪戯っぽく笑う。だが、アイルにとってそれはショッキングなものだった。

 彼女は学校が大好きだ。毎日のように勉強して、遊んでーーホグワーツはもう一つの家のようだったから。

 

 

「大丈夫じゃ。再び戻る事はできる。安心してほしい。わしとしてはまだいてほしい所じゃが、ハリーを一人にするのは可哀想じゃからのう。それに、君もハリーと離れたくないじゃろう」

「はい。ありがとうございます」

 

 

 アイルは丁寧にお辞儀をする。

 彼女の頭の方程式は、「ハリー>>>学校=勉強」だ。アイルはもう肉親が死んだという事実を受け止めてはいるが、まだ心の準備もできていない赤ん坊に、苦しい気持ちを味あわせるわけにはいかない。

 

 

「ハリーは…ハグリットが連れてくるのですか?」

「その通りじゃ。そろそろ来るハズじゃが…」

 

 

 ダンブルドアが漆黒の空を見上げる。数多の星がきらめき、街灯の消えたプリベッド通りを薄暗く照らしていた。

 途端、低いゴロゴロという音が静かなプリベッド通りに響き渡り、空中から大きなオートバイが降ってきて、道路に着地した。

 

 着地したオートバイの大きさと言ったら、普通のモノと比べて三倍ほどあるだろう。しかし、それに乗っている男はゾウのような巨体を誇っていた。

 大男は、ボウボウとした手入れされていない黒い髪と髭が顔中を覆っていて、目をほとんど見えなかった。

 その大きな腕には、何か毛布にくるまれた小さなモノがあった。

 

 

「ハグリット! 久しぶり!」

「おうアイルか。無事なんだな、良かった良かった」

 

 

 この大男は、ルビウス・ハグリット。ホグワーツの森の番人だ。

 ハグリットとアイルは仲がよく、よく二人で魔法生物の事について語り明かしたり、森に入って生物の手当てをしたりーーと中々気の合う友達だった。

 アイルは、ハグリットの腕に抱かれているモノに目を向けた。

 

 

「っ! ハリー!」

 

 

 ハグリットは、アイルに毛布に包まれた赤ん坊ーーハリーを渡した。

 

 

「嗚呼ハリー! 無事だったんだね、嗚呼もう…こんな傷までできて…」

 

 

 アイルは、ハリーの額に稲妻型の傷跡がある事に気がついた。スヤスヤと眠っているシルクのような漆黒の髪を持つ赤ん坊。

 彼はアイルを心を安らがせるのだった。

 

 

「この傷…」

 

 

 マクゴナガル先生が覗き込む。

 

 

「一生残るものとなるじゃろう」

「そう、なんですか…」

「さてと。そろそろ済まさなければ」

「先生、オレはこのバイクをシリウスに返して来ますだ」

「わかった。気をつけるのじゃぞ」

「へい」

 

 

 ハグリットは名残惜しそうにハリーとアイルを見ていたが、すぐにその場からオートバイに乗り込んで立ち去った。

 

 

「アイル。わしは、この真夜中に君をこの場所に置いていくのは気がひけるのじゃが…この家でハリーと待っておいてくれて大丈夫かの?」

「はい。えっと…親戚がいないのでって事で大丈夫ですよね?」

「あぁ、勿論。しかし、詳しい説明は…この手紙を」

 

 

 ダンブルドアは、アイルに封筒を渡した。

 

 

「ペチュニア・ダーズリーという、君の叔母さんに渡してほしい」

「はい。わかりました。それでは先生、お元気で」

「あぁ。幸運を祈るよ、アイルに…ハリー」

 

 

 

 

 

 

 

 



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消えたガラス

 ダーズリー夫妻が、玄関の前にアイルとハリーがいるのを見つけてから、約10年の月日が経った。プリベッド通りは、全くと言って良いほど変わった様子はない。ただ移り変わったのは、長くも短い年月のみ。

 

 ただ、ダーズリー家には変化があった。

 息子を溺愛していたペチュニア、バーノン・ダーズリーは、アイルの優しさの人柄に触れて、ハリーやアイルも自らの子供同然に扱っていた。

 しかし、ハリーは息子とは思われても、扱いが良いというワケではない。アイルは部屋をもらえたが、ハリーは物置で寝泊まりをしていた。

 アイルは自分と同じ部屋で過ごさないかと言ったが、優しいハリーはそれを断った。

 

 ダーズリー夫妻の息子はダドリー・ダーズリーというのだが、彼はアイルの事が大好きだった。

 彼女に褒められたいがために勉強を必死に頑張り、ゲームも極めて、ボクシングも始めた。勿論アイルは「すごい! 流石ダドリーね!」と褒めてはくれるが、ハリーに対する溺愛っぷりは変わらない。

 ダドリーはその嫉妬から故に、ハリーをアイルに隠れて虐めるようになった。しかし、ハリーはアイルに心配をかけたくないがために、アイルには虐められているとは言わない。

 

 ダーズリー家の暖炉の上には、五人の家族の仲睦まじい写真がたくさん飾られていた。

 

 

「アイル、良ければ新聞を取ってきてくれないかしら?」

「はい、叔母さん」

 

 

 アイルは現在26歳。

 サラサラとしたなめらかな髪に、引き込まれるような赤目。その顔立ちは、どこか母親のリリー・ポッターを思い出させた。

 彼女は叔母さんにも叔父さんにも可愛がられている。容姿端麗才色兼備なアイルは、バーノンの経営するドリル会社「グラニングズ社」で働いているのだ。

 

 そして、アイルが家にいない今、ダーズリー家でハリー・ポッターが目を覚ました。

 

 

「さあ起きなさい! 早く起きるんだよ!」

 

 

 物置で寝ていたハリーは、突然甲高い声で目を覚ました。叔母さんが、部屋の戸を叩いていた。

 ハリーはため息をついて起き上がった。

 物凄く良い夢を見ていたのに。そう、空飛ぶオートバイが出てきた…

 

 

「早く支度をおし。目玉焼きの具合を見ておくれ。今アイルは新聞を取りに行っているんだ。あと、今日はダドリーのお誕生日なんだから…何も起こさないようにね」

「はい、叔母さん」

 

 

 ハリーは唸るように言うと、着替えを始めた。今日は、アイルにプレゼントしてもらった服を着よう。

 彼はアイルによって、丁寧に畳まれている靴下の一つを取って履いた。

 

 服を着ると、彼はキッチンへ向かった。

 リビングとキッチンの繋がった大きな居間は、ダドリーの誕生日プレゼントで溢れかえっていた。相変わらず多い。

 ダドリーの誕生日プレゼントは、ゲーム機器やスポーツ用品が多かった。ハリーの誇りで、唯一心の許せる相手である姉に褒められたいがためにダドリーがスポーツをしている事を、ハリーはよく知っていた。

 

 ハリーが格別に可愛がられているからか、よくハリーはダドリーのボクシングの練習のサンドバックにされていた。

 物置に住んでいるせいか、あまり食べないせいか、かなり小柄だった。

 だが、極端に痩せているワケではなく、細っそり系男子という感じだった。漆黒の髪に、綺麗な緑色の目をして、丸いメガネをかけていた。

 よくメガネはダドリーの顔面パンチで壊れてしまうのだが、アイルに見せてみると、「任せてね。ちょっと待ってて」と言って、ハリーがその場から立ち去るとすぐに治してしまうのだ。

 

 ハリーが唯一自分の顔で好きだったのは(アイルは全部好きだと言ってくれる)、稲妻型の傷跡だ。物心ついた時からずっとあるこの傷は、ずっと不思議だった。

 ハリーがペチュニア叔母さんに、

 

「どうして傷があるの?」

 

 と聞いた時、叔母さんは

 

「お前の両親が自動車事故で死んだ時の傷だよ」

 

 と答えた。しかし、アイルはこう答えた。

 

「良いハリー。貴方は特別な存在よ。この傷は、その証なの。叔母さんは自動車事故でお父さんとお母さんが死んだって言ってるけど…本当は違うの」

「じゃあ、どうして死んだの?」

「何時か分かる時が来る。それまで、待ってるのよハリー」

 

 アイルの言葉で、ハリーは何時も勇気づけられていた。

 

 ハリーがキッチンで目玉焼きの様子を見ていると、バーノンが入ってきた。

 

 

「相変わらずボサボサな髪だな。クシを貸そうか?」

 

 

 バーノンは皮肉っぽく大声で笑った。

 叔父さんは、よくハリーに髪を切れと言ってきてアイルが綺麗に切りそろえているのだが、その伸びるスピードは尋常じゃない。

 

 ハリーが卵焼きを皿に移していると、ダドリーとアイルがキッチンに入ってきた。

 ダドリーは、ガッチリ引き締まった体にフサフサのブロンドの髪を持った好青年だった。アイルに手伝ってもらってテーブルに朝食を並べると、みんな席についた。

 

 

「ダドリー、お誕生日おめでとう。私からのプレゼントよ」

「っ! ありがとうアイル」

 

 

 アイルは、ダドリーに小さな真っ白な箱を渡した。ダドリーは笑顔で受け取った。

 ハリーはあまり関心を持たなかった。

 

 ダドリーは嬉々として箱を開けた。中には、金色の時計。

 

 

「あは…あんまり良いモノじゃなくてごめんね」

「いや、俺嬉しいよ! ありがとうアイル!」

「どういたしまして」

 

 

 ハリーは黙々と朝食を食べていた。

 

 ダーズリー家は、まともでない事が大嫌いだ。

 魔法やら神秘やら、そんなモノは一切信じない人間で、正直ハリーは今までそういった問題をたくさん起こしてきた。

 しかし、その全てじゃ丸く収まる。不思議でならなかった。

 何故かアイルがその事を知ると、何事もなかったかのように終わるのだ。

 

 *

 

 今日は、ダドリーの誕生日なので動物園に来ていた。

 昼食も取り、たくさん遊んで、最後に一向は爬虫類館に来ていた。ダドリーは、自分に似た巨大なヘビを見たがっていた。

 しかし、ヘビはあまりそういう気分ではないらしく、とぐろを巻いて眠っていた。

 

 

「つまんないな」

 

 

 ハリーは、ヘビに自分と何か似たものを感じた。

 突然、ヘビは鎌首をもたげ、ハリーをジッと見つめ、ウインクをした。ヘビは、ハリーに向かって話し始めた。

 

 

「いつもこうなんだよ」

「分かる。物凄い憂鬱だよね」

 

 

 隣でヘビを見ていたアイルは、驚いて目を見開いた。アイルはしばらく呆然として、何が起こったのかを理解できなかった。

 気がついた時には、ハリーが床に倒れ、ヘビの入っていたケースのガラスが消えていたのだ。

 

 

「まさかーー」

 

 

 アイルが通路の方を見た時にはもう遅かった。ヘビはスルスルと外へ行ってしまった。

 アイルは慌ててハリーの所に寄った。

 

 

「ああハリー。怪我はない?」

「う、ん…でも、ガラスが…」

「分かったわ。ちょっと待ってて」

 

 

 何事かと集まってきた群衆の目をかいくぐって、アイルはコッソリとダドリーに「忘却魔法」をかけた。

 これで、さっきあった事は覚えていないハズだ。

 そして、再びバレないようにガラスを魔法で元通りに。こんなの、いつもの仕事だ。

 

 そしてハリーは、何があったのかを全くもって理解できていなかった。

 

 

 

 



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手紙

 夏休みが始まった。

 アイルは長期の休みをバーノン叔父さんからもらっていた。ハリーはよく、アイルと外に散歩に出かけていた。

 9月に入ったら、ハリーは7年制のストーンウォール校に入る。アイルと別れるのは辛いが、ダドリーから離れられるのはありがたかった。アイルも悲しいのか、学校の話をすると何やら苦い顔をする。

 

 ダドリーは、バーノン叔父さん卒の名門校スメルティングズ男子校に入学する事になった。

 

 7月の誕生日、ハリーの枕元にはアイルがいた。

 

 

「っ! 何してるの、お姉ちゃん」

「あぁ、おはようハリー。えっとね…ハリーの学校の制服。ちょっと金欠だったので、私が作ったよ」

「え…?」

 

 

 ハリーは、ベッドの上から床に畳まれた服を見た。

 

 

「まぁ…多分使わないけど」

「え、どういう意味?」

「あ、いやーー何でもないよ。私でるから、着替えてね」

 

 

 アイルは慌ててそう言うと、物置から出て行った。

 途端、郵便受けがパカッと開いて、手紙やら何やらが床の上に落ちた。アイルはそれらを手に取ると、一つ一つ送り主を確認した。

 一つは叔父さんの妹のマージから。一つは市役所からの請求書。一つはーーハリーとアイル宛ての手紙だった。

 

 

「あぁ…そっか。もうこの時が来たのか」

 

 

 アイルは自分とハリー宛ての羊皮紙をポケットにしまうと、リビングへ行き、叔父さんに二つの手紙を渡した。

 

 *

 

「ハリー、貴方に話さなければならない事があるの」

「何? お姉ちゃん」

 

 

 朝食を取った後、アイルは自分の部屋にハリーを呼び出した。

 彼女の手には、黄色ずんだ分厚い羊皮紙の手紙が握られていた。その封筒の真ん中には、紋章の入った赤いロウで封されていて、Hという文字を、ライオン、ワシ、アナグマ、ヘビが囲んでいた。

 

「それは?」

「これは…私とハリー宛の手紙よ。やっとこの時がやってきた」

 

 

 アイルは優しく微笑んだ。

 

 

「全てを話す時が」

「どういう、意味?」

「今まで、ハリーの周りでは不思議な事がたくさん起きてきたでしょ? 例えば…この間のヘビとか」

「うん」

 

 

 ハリーは興味しんしんで頷いた。一体、自分の姉は何を話してくれるのかーー物凄い気になったからだ。

 

 

「単刀直入に言うね。貴方は…魔法使いよ」

「え…っ、冗談?」

「私が冗談言った事ある?」

「あるーー」

「まぁそれは置いておいて!」

 

 

 アイルは羊皮紙の封筒をハリーに渡した。ハリーは、封を破って中に入った紙を取り出した。

 

 

『親愛なるポッター殿

 この度、ホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可された事を心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストを同封いたします。

 新学期は9月1日に始まります。7月31日必着でふくろう便にてのお返事をお待ちしております。

 敬具 副校長 ミネルバ・マクゴナガル』

 

 

「こ、これ…は…」

「ホグワーツ魔法魔術学校。イギリス一の名門魔法学校よ。私も此処の学生だった。つまり…私も魔女よ」

「じゃあ、僕が今までやってきた事は…魔法?」

「えぇ。そして、何事もなかったのように日々が過ぎて行ったのは私のかけた魔法のおかげなの。ハリー、貴方は魔法学校に行きたい? それとも、普通の人間として…」

「僕、行きたい。ホグワーツに」

 

 

 ハリーは、真剣な目でアイルを見た。

 結局の所、どちらへ行ってもアイルと別れる事になってしまうーーハリーはそう思っていた。

 

 

「あぁ、それは大丈夫。私はホグワーツでも結構優秀でね。教授にならないかって来てたの。勿論了承したよ」

「っ! 本当?」

「うん。楽しみだな〜、ホグワーツは久しぶりなんだよね」

 

 

 アイルは笑顔で言う。

 ハリーも嬉しかった。しかし、彼は一つ疑問を持っていた。

 

 

「ねぇお姉ちゃん。僕はどうして傷を持ってるの? お姉ちゃんは僕を特別な存在だって言うけど、僕は何なの?」

「っ…」

 

 

 アイルは悲し気な顔を見せた。途端にハリーは青ざめる。姉には悲しんでほしくないからだ。

 

 

「あ、ごめんね」

「ううん、大丈夫。あまり思い出したくない時代だってだけ。でも、ハリーはずっと気になってたからね。話してあげる」

 

 

 彼女は話し始めた。

 

 

 時は10年ほど前に遡る。

 暗黒時代ーーあの頃はそう呼ばれた。

 誰も信用できない。皆が恐怖におののいていた時代だ。

 

 一人の魔法使いが闇の道に踏み込み、「死喰い人」という仲間を従えて、魔法界を支配しようとしていた。

 勿論、それに抵抗する者達も現れた。ハリーとアイルの両親もその一環だ。

 

 ある日、その闇の魔法使いが私達の家にやってきた。

 そして両親を殺し、ハリーとアイルも殺そうとした。しかし、不思議な事に彼は殺さなかった。闇の魔法使いは殺さずにアイルを連れ去り、監禁した。

 アイルがハリーばかり気にかけるので、それに怒った闇の魔法使いは、ハリーを殺そうとした。

 

 しかし、それは出来なかった。

 ハリーの何かがヴォルデモートを負かしたのだ。

 それ以来、『生き残った男の子ハリー・ポッター』と『愛された女の子アイル・ポッター』の名は、魔法界で知らない者はいないという。

 

 

「概要はわかったけど…その闇の魔法使いって人の名前は?」

「魔法界で、最も恐れられているから、あまり人前で言うとビックリされるんだけど…彼の名は『ヴォルデモート』。『例のあの人』や『名前を言ってはいけないあの人』として、恐れられている。私からして見れば、名前も怖くて言えないなんて、情けない。ヴォルデモートは死んだと言われているけど、私はそうは思わない。まだやつは生きてる。復活を目論んでるわ...」

 

 

 アイルはわざとらしくため息をつき、やれやれと肩をすくめた。

 

 

「お姉ちゃん、この事、叔母さん達には…」

「そうだね…言うよ。私もホグワーツに職つくワケだから。彼らは私が説得する。うん、説得…」

 

 

 ハリーは嫌な予感しかしなかったが、部屋の何処からか現れた黒いふくろうに目を奪われてしまった。

 

 

「魔法界では、郵便の代わりにふくろうが代用されるの。魔法界のふくろうは、とても頭が良いの。宛先を自分で探し出してくれる」

 

 

 アイルはそう言うと、ツクエの上で紙に何やら書いて、ふくろうの足に結びつけた。

 

 

「あの子はパル。私のふくろうよ。しばらく会ってなかったな...友達なの」

「へぇ、凄くカッコイイや」

 

 

 アイルはパルを窓から放した。

 友達…か、とため息を漏らして、ベッドに座った。

 優秀故にか、美しすぎる故か、誰も彼女に近寄れなかった。一部では信者ができていて、宗教団体が出来るんじゃないかと言われた事もあった。

 今では懐かしい話だが、ハリーは優しい子なので、友達はきっとたくさん出来る事だろうと彼女は思っていた。

 

 

「さて、明日は買い物に行こうねハリー!」

 

 

 

 



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ダイアゴン横丁

 

 

 翌朝、ハリーは驚いた。何故だと聞くのは些かヤボかと見受けられる。

 夢のようだった。自らが魔法使いだと知り、姉と一緒に学校に行ける。こんな幸せな事はあるだろうか。一瞬夢だとは思ったが、現実だった。

 今日は、居間の様子がおかしい。

 

 

「アラ、オハヨウハリー。キョウハイイテンキネ」

「オハヨウハリー、キミノブンノチョウショクヲハコンデオイタヨ」

「アイカワラズイイカミダナハリー、サスガアイルニキッテモラッテルダケアルナ」

「「「HAHAHAHAHA!」」」

 

 

 正直怖かった。

 棒読みで虚ろな目をしたダーズリー一家は、アイルに何かされたとハリーは考えるまでもなく分かった。だって、横で苦笑いをして杖を片手に持つ姉がいるのだから。

 

 

「ごめん、やりすぎた。でも、許可は貰ったから。行こうか」

 

 

 アイルはハリーの手を取ると、そそくさと家から出て行った。熱気が二人を包み込んだ。アスファルトから溢れ出る暑い空気は、二人の肌から一筋の水を垂れ流させた。

 彼女はハリーを腕をシッカリ掴んだ。

 

 

「ハリー、良い? 絶対に私の腕を掴んでて」

「つかむまでもなく、掴まれてるけどね」

「あは…そうだね。じゃ、行くよ」

 

 

 バチッという破裂音がして、プリベッド通りから二人の人間の姿が消えた。

 ハリーは息が出来なかった。何だか、狭い管の中を無理矢理二人で通っているような感覚だ。苦しいーー

 

 再びバチッという音が鳴った時、二人はロンドンの裏路地にいた。

 

 

「嗚呼、久し振りにやったけど、どうやら成功みたい」

「っ…今のは?」

「『姿現し』。人間界で言う…テレポーテーションって所かな」

「凄いね…」

「ハイリスクすぎるから、あまり使わないけどね。さ、行こうか」

 

 

 アイルはハリーの手を引き、裏路地から出た。人通りの多いロンドンの通りだ。美人のアイルは、人一倍視線を集めていた。

 そして、本屋とレコード店の間の、よくよく見ても見逃してしまうようなちっぽけなパブの中へ入って行った。誰も二人がそこに入って行った事に気がつかない。

 

 

「此処が『漏れ鍋』。中々不思議な所よ」

 

 

 不思議な所ーーという意見はあながち間違ってはいなかった。

 人間だけでない、鬼婆や吸血鬼といった、別種族の者もたくさんいた。ある人はコソコソと話ながらビールのようなモノを飲んでいたり、ある人は肝臓を注文していたり、またある人は額から1mくらいのツノが飛び出て、そこに荷物をかけていた。

 

 10人中10人が振り向くであろうアイルは、歩く度に皆が振り返った。ハリーは大勢の姿勢を感じて、あまり良い気分はしなかった。アイルは慣れっこなので、気にするまでもなかった。

 

 

「失礼、少し飲んで行かれませんかな? お嬢さん」

 

 

 バーテンは笑顔でアイルに言った。すると、彼女は酷く驚いた顔をした。

 

 

「あ〜、私の事忘れちゃってますか。まぁそうだよなぁ、10年もいなかったからなぁ…」

「え…その声はもしや…アイル・ポッターさん?!」

 

 

 バーテンは叫んだ。すると、周りは一層ガヤガヤ声を増した。『愛された女の子アイル・ポッター』、彼女もまた有名だった。

 

「良かった。覚えててくれて」

「いやいやいや! 貴女のような美しい方を忘れるハズがありませんよ!」

「そんな事ないですよ」

 

 

 漏れ鍋の客たちは、よくアイルを見ようと身を乗り出してきた。ハリーは困惑した。

 

 

「その少年は…?」

「この子は…私の弟の…」

「ハリー・ポッターか?! やれ嬉しや!」

 

 

 有難い事に、ハリーの方が注目度が高かった。だって、実質的にヴォルデモート退治したのはハリーだからだ。『生き残った男の子ハリー・ポッター』もまた、有名だった。客達は二人の周りに殺到し、握手をしようと挨拶をしようと詰め寄ってきた。

 

 

「あぁ、何て嬉しいんでしょう。お帰りなさい、ポッターさん」

「光栄だ。実に光栄だ」

「アイルさん、嗚呼、近くで見るともっと美しい」

「お二人に会えて、人生で一番最高の日だ!」

 

 

 握手を大勢の人に求められ、ハリーは驚きながらも請け負った。やっと嵐から出られたと思ったら、アイルは悪戯っぽく笑った。

 

 

「これからあんな事がしょっ中あるんだよ。覚悟しとかないと」

 

 

 二人はパブを抜けて、小さな中庭のような場所へやってきた。レンガの壁で、ゴミバケツやら空の植木鉢やらが置いてあった。アイルは何やらブツブツつぶやいて、杖でレンガ壁を叩いていた。するとどうだろうか。レンガはグルグルと回り始めて、一度瞬きをしただけでアーチ型の入り口へと早変わり。

 

 

「ようこそ、ダイアゴン横丁へ。此処では、学用品から日用品などーー様々なモノを取り揃える事が出来る魔法使いの横丁よ」

「うっわ〜あ!」

 

 

 ハリーは興奮した。

 見た事のないモノばかりだった。見た事もないような奇怪な人達ばかりだった。ハリーはアイルにまだ進まないでほしかった。まだ全部見れていない。

 

 

「買い物リストは持ってきてるから…まずはお金を取りに行くわよ」

 

 アイルの言葉は、耳に入らなかった。

 ハリーは足はゆっくりとしながらも、肩から上は激しく動いていた。たくさんのモノをたくさんみたいーーそんなハリーの気持ちをわかっているようで、離れないように手はシッカリ繋いでいるモノの、彼に合わせて歩いていた。

 

 

「あれがグリンゴッツ」

 

 

 小さな店々が立ち並ぶ横丁の中で、際立って美しく大きな建物がそこにはあった。真っ白な石で出来た建物は、太陽の光に照らされて輝いていた。ブロンズの扉の両脇には、赤い服を着た小鬼が立っていた。

 二人で扉の前まで行くと、小鬼はお辞儀をして両開きの扉を開けた。二人で中に入る。すると、もう一つ扉があった。銀色のそれには、文字が刻まれていた。

 

 見知らぬ者よ 入るがよい

 欲にむくいを 知るがよい

 奪うばかりで 稼がぬものは

 やがてはつけを 払うべし

 おのれのものに あらざる宝

 わが床下に 求める者よ

 盗人よ 気をつけろ

 宝のほかに 潜むものあり

 

「グリンゴッツに盗みに入るなんて、狂ってるとしか思えないわ」

 

 

 銀色の扉の向こうは、広い広い大理石のホールだった。何百という小鬼がセカセカと働いている。宝石の真偽を一つ一つ見たり、コインの数を数えたりーー他にも数多の扉があり、別の場所へと繋がっていた。上を見上げると、高いガラス張りで外の光で中が照らされていた。

 歩く度に、カツカツという靴の共に、小鬼の視線はアイルに釘付けになった。二人は、一番奥の小鬼の所まで近づいた。

 

 

「お久しぶりね。ガーライド」

「アイル様でいらっしゃいますか。お久しぶりです。今日は、どんな要件で?」

「ポッター家の金庫からお金を降ろしに。はい、コレ鍵ね」

 

 

 アイルは、金色の小さな鍵を、ガーライドと呼ばれた小鬼に渡した。

 

 

「では…グリップフック!」

 

 

 グリップフックと呼ばれた小鬼は、スタスタとペンギンのように可愛らしく走ってきた。彼はお辞儀をすると、扉の一つへ案内した。

 

 *

 

 一向は、トロッコに乗り込んだ。アイルの目からは光が失せていた。

 

 

「それでは出発します」

 

 

 グリップフックが口笛を吹くと同時に、トロッコを動き出した。

 冷たい空気が頬を掠った。まるでジェットコースターのようだった。クネクネ曲がったり一回転したり、急斜面に差し掛かったりーー

 トロッコは地下へ地下へと進んでいった。水晶や石筍や所々から飛び出し、神秘的に光り輝いていた。

 しばらく進んで、あ、酔ってきたな気持ち悪いなと思った辺りで、トロッコは止まった。ハリーは若干フラフラしながらトロッコから降りた。グリップフックはトロッコにくっついていたランタンを取ると、先に大きな扉ーーおそらく金庫だろうーーの所へ行っていた。

 小鬼サイズの鍵穴に、アイルの渡した金色の鍵が差し込まれた。すると、金庫はギギギ…と軋みながら開いた。ハリーは驚いた。なんと、金庫の中には目が痛くなるほどの金貨や銀貨、銅貨が幾千幾万と入っていたのだ。

 

 

「全部、私達のお金よ。両親が残してくれたの」

「おお…」

「金貨がガリオン。銀貨がシックル。銅貨がクヌート。17シックル1ガリオン。1シックル29クヌート。簡単でしょ? ちょっと待ってて」

 

 

 アイルは金貨や銀貨や銅貨を少しかき集め、バッグにお金を詰め込んだ。

 

 

「これで一年は大丈夫。じゃ、買い物いこっか」

 

 *

 

 買い物は一通り済ませ、ハリーは最後に杖を買う事になった。ちなみに、ハリーはアイルに誕生日プレゼントとして白ふくろうを買ってもらった。中々可愛い。

「紀元前382年前創業 高級杖メーカー」と、掲げられたみすぼらしい店は、中々ツッコミ所満載の場所だった。二人は店の中に入った。すると、そこにはギョロっとした銀色の目を持ち、不気味な雰囲気を纏う老人が一人。

 

 

「おうおう…そろそろ会えると思っていましたよ、ポッターさん」

「こんにちは、オリバンダーさん」

「おぉ、アイル・ポッターさんか。相変わらず綺麗だ。覚えているぞ。貴女が杖を買った時の事。桜に不死鳥の尾羽、29cm。そうじゃったな?」

「ええ」

 

 

 アイルは、店の壁に背をつけてハリーの様子を見た。

 店の中は、細長い箱が天井まで積み上げられ、少し地震があったら崩れ落ちてきそうだ。老人はハリーを巻尺で測り、様々な杖を渡した。しかし、どれも彼には合わないご様子で、中々決まらなかった。アイルは自分の時の事を思い出していた。そう、自分の時もハリーと同じく中々杖が決まらなかったのだ。

 

 

「では…これはどうかな。珍しい組み合わせじゃが…柊に不死鳥の尾羽、28cm、良質でしなやか」

 

 

 ハリーは老人に杖を渡された。途端、彼は何やら手が熱くなったような気がした。力がフツフツと湧いてくるようだった。杖を振り上げ、そして勢いよく下ろした。すると、金色の火花が飛び散り、それは空中を踊るように舞い、鳥の形になって消えた。

 

 

「凄いわハリー! 流石私の弟!」

「まったく見事じゃったポッターさん。さて…不思議じゃ…本当に不思議な事もあるモノじゃ…」

 

 

 老人は、ハリーの杖を箱にしまって袋で包みながらブツブツとつぶやき続けていた。

 

 

「何が、そんなに不思議なんですか?」

「…ポッターさん方、特にアイルさん。わしは自分で売った杖は全て覚えておる。誰にどんなモノを売ったかさえもな。お二人の杖に入っている不死鳥の尾羽は、同じ不死鳥が提供した三枚のうちの二つなのじゃ。あとのもう一つは…不思議な事じゃ。お二人の兄弟杖が…その傷を作ったというのに」

「っ…それは、どういう意味ですかっ」

 

 

 アイルの目は殺気立っていた。

 

 

「アイルさん、無理に思い出させたくはないが…きっと貴女が一番理解している事だとわしは思う」

「クッ…!」

「34cmのイチイの木じゃった…もしかすると、兄弟羽が三人に共通したモノを見つけたのかもしれん。嗚呼、貴方方もきっと偉大な事をなさる。『あの人』に並ぶ、偉大な事を…あれは悪じゃったが…偉大な事をしたには違いない」

「オリバンダーさん、もう言わないで…」

 

 

 ハリーにとってこの時のアイルの苦しい顔は、一生忘れられないモノとなった。

 

 

 




フォイフォイイベント? そんなもんねぇってばよ!


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9と4分の3番線

 ダーズリー家は、夏休み中ずっとあの「HAHAHAHA」棒読み状態だった。別に不自由はしなかったが、かなり鬱陶しかった。白ふくろうは、『魔法史』で見つけた”ヘドウィグ”という名前にする事にした。ヘドウィグはアイルの部屋に置いてもらっている。

 教科書はとても面白かった。自分の知らない世界、これから行く世界が楽しみで楽しみでならなかった。ハリーの部屋に飾られているカレンダーは、過ぎる度に一つずつバツ印で消されていた。

 

 そして、9月1日の朝。ハリーは忘れ物がないか10回くらい確かめ、それでもまだ足りないと思っていた。あまりにも興奮して朝4:00に起き、ついアイルを起こしてしまった。だが彼女は怒る事なく笑顔でおはようを言ってくれた。

 

 

「私も、ホグワーツに初めて行く日は、ドキドキしてすぐに起きちゃったの。でも大丈夫。私がいるからね。何も心配する事はないからね」

 

 

 そう言って頭を撫でてくれた。

 

 

「お姉ちゃん、どうやってホグワーツに行くの?」

「ロンドンの、キングズ・クロス駅からよ。詳しい事はお楽しみ。手紙の中に切符が入ってたのでしょ?」

「うん」

 

 

 ハリーは、ポケットの中から切符を1枚取り出した。何度も何度も見返して、アイロンがかかったかのようにピシッと平行を保っていた。

「9と4分の3番線 ホグワーツ行き」

 と書かれている。

 

 

「9と4分の3…? そんなのがあるの?」

「イエスでノーよ。ハリー、これから行くのが不可思議な世界だって事を忘れないようにね」

 

 

 アイルは優しく微笑んだ。そして、ヘドウィグをカゴから出した。白い影は部屋の中を嬉しそうに飛び回り、ピーピーと鳴いていた。パルは枕の上でくつろいでいた。アイルが撫でると、嬉しそうに鳴いた。

 

 

「さて…そろそろ行こうか」

 

 *

 

 ロンドンは、イギリスの首都であり多くの建造物を誇る。

 その中でも、キングズ・クロス駅は立派な建造物だ。広大な土地を誇り、その威厳として紳士たる姿勢は多くの人間を誘っていた。キングズ・クロスも美しいが、アイルの並べば虫以下の存在となってしまう。

 

 

「さぁハリー、行くわよ」

 

 

 ハリーは嫌だった。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 ハリーは自分の姉が大勢から見られる事が嫌だった。だって、そしたら自分も注目されてしまうし、姉も目立つ事は好きじゃない。でも、それはどうしようもない。

 

 

「おーい…ううん、まぁ確かに『姿現し』はキツイけど、ハリーは耐久あると思ったんだけどなぁ…んにゃろ!」

 

 

 呆然としているハリーの頬を、アイルはグイッと抓った。

 

 

「っ!」

「目を覚ましたね。じゃあ、行こうか」

 

 

 カートを見つけ、そこにハリーの荷物を積み込んだ。トランクや鳥かごでいっぱいだが、アイルの荷物は見当たらなかった。それについて聞くと、

 

 

「あぁ、私は魔法でバックを『永久拡大』したから、その必要はないの。パルは、先にホグワーツに行かしてるわ」

「そう、なんだ…すごいねお姉ちゃん!」

「勉強すれば、この程度なら卒業までにできるようになるわよ」

 

 

 ふくろうを持っているせいか、アイル以外の理由でも注目されていた。朝なので、マグルで混み当ている駅。途端、後ろを大家族の一団が通った。

 

 

「あれは…魔法族ね。行きましょ。一緒についていっても怒られはしないでしょうしね」

 

 

 アイルとハリーは、大家族を追った。大家族は、ハリーと同じく大きなトランクをカートに乗せ、ふくろうも一羽いる。炎のような赤髪の持ち主達で集団移動故か、一際人の目を集めていた。

 

 

「あぁもう…本当にマグルだらけね」

「その通りですわおば様」

「っ?!」

 

 

 いつの間にか、大家族の母親であろうかーーふっくらとしたおばさんの横に、アイルはいた。他には、四人の赤毛の子供。

 

 

「あら失礼。あの子が今年入学で…」

 

 

 アイルはハリーを見た。

 

 

「知り合いもいないので、良ければお子さんとお友達になれたらと…」

「あら嬉しいわ! 私はモリー。モリー・ウィーズリーよ!」

 

 

 一向は進みながら喋る。アイルはモリーに優しい笑顔を向けながら言う。

 

 

「私はアイル・ポッターです」

「あ…いる…? って、貴方、あのアイル・ポッター?」

 

 

 モリー並びに、赤毛達は驚いた様子を見せた。ハリーは思う。きっと、早くに友達を作ってほしくて自分から動いたのだな…と。本当に優しい姉だ。

 アイルはモリーの問いに対して頷いた。すると、赤毛の双子が同時に言う。

 

 

「「おっどろきー。聞いた通りの美人だ」」

「あら、ありがとう」

「「って事はこっちは…」」

 

 

 双子が言いかけた時、モリーが金切り声を上げた。丁度、9番線と10番線の間の壁の前に立っていた。

 

 

「此処よ。もう少しで出発だから、急いで! ほらジョージちゃん、先に行きなさい」

「ちえーっと、お母様はセッカチですな」

 

 

 双子の一人は、目の前の壁にカートごと突っ込んだ。ハリーは目を疑った。ジョージは壁にぶつかる事なく、すり抜けてしまったのだから。驚いてアイルの方を見ると、さぞ涼しい顔をして明後日の方向を向いていた。

 

 

「次、フレッド、行きなさい」

「ほほいのほい。フレッドちゃんが通りますよ〜」

 

 

 双子のもう一人は戸惑う事なく、ダッシュでレンガの壁に突っ込んだ。すると、さっきと同じようにめり込んで消えていった。

 

 

「あ…」

「怖がってはいけない。大丈夫よ。私が一緒にいるからね」

 

 

 アイルは優しく微笑み、ハリーの頭を撫でた。彼と同じくらいの赤毛の男の子は、アイルに見惚れていた。その男の子の後ろで、こちらを恐る恐る覗いているのは小さな女の子だった。モリーはアイルを見て手で誘った。

 

 

「お先にどうぞ。この子達、少し人見知りでね」

「いえいえ…さぁ、行くわよ。少し小走りで良いから…」

「う、ん」

 

 

 ハリーは壁を見た。相変わらず硬そうだ。もしかして、飛び込む瞬間だけスポンジのように柔らかくなるんじゃないかと思ったが、そんな事はなかった。目の前の赤い敵は、依然としてハリーを嘲笑うかのように存在していた。アイルはそんなハリーの中での変換も気に留めず、何も言わずに9に走り出した。

 ーーよし、お姉ちゃんに弱虫だって思われたくない!

 

 敵にぶつかった。しかし、衝突する気配はなくスーッとすり抜けていく。あれ、なんでだろう? 突然ガヤガヤ声がハリーの耳の中に入ってきた。気がつくと、ハリーはあのマグルだらけのキングズ・クロス駅にはいなかった。今は、魔法使いだらけの「9と4分の3番線」だ。

 目の前には、大きな紅の汽車。アイルの瞳のように真っ赤なホグワーツ特急から出る白い煙は、プラットホームを充満していた。アイルは、ハリーが迷子にならないようにシッカリと手を握った。

 黒、エメラルド、赤ーーと奇々怪々なローブを着た集団は、言うまでもなく魔法使い。そして、マグルの服を着る立派な卵達。空中では、小さいが色とりどりに光り輝く紙鳥が数多舞っていた。

 ダイアゴン以上に混み合うホームは、永世の如く遥か彼方へと続いていた。

 

 

「凄いでしょう? これから7年間…この道を通るのよ。そして、子供ができたらまた此処に…素敵でしょう?」

「うん…お姉ちゃん、僕がんばるよ」

「よろしい。それでこそハリーだ。さ、別に此処で用があるわけではないから、先に汽車に乗るよ」

 

 

 子供達は親とまだ話していて、汽車に乗っている人間はそこまで多くはない。

 アイルはハリーの荷物の入った重い荷物を持ち上げ、ハリーに先に行かせて汽車に乗り込んだ(ハリーはこの時、筋トレしようと切実に思った)。

 汽車の中は、何だか高級宿泊汽車のような印象を与えた。スベスベとした魔法陣の模様をした床、2メートルほどある丸く凹んだ天井、そして、一つ一つ分けられたたくさんのコンパーメント。ハリーは先に進んでいると誰もいない空きのコンパーメントを見つけたので、紳士らしくドアを開けて、アイルを誘った。

 

 

「あぁ、ありがとうねハリー」

 

 

 アイルは笑顔でお礼を言うと、コンパーメントの入る。そこからは、少しかなり高いがプラットホームの景色がよく見えた。大好きなママとパパにキスをされている子供、友達と戯れ合っている子供ーーどれもこれもハリーにとって羨ましいモノだった。ハリーに友達なんていなかった。ダドリーがハリーに嫉妬して、嫌っている事はみんな知っていた。故にか、ダドリーの権力と力を恐れてハリーに近づこうとする人はいないのだ。

 そんな中、ただ一人…心からの優しさを与えてくれるのはアイルだった。ハリーは、アイルが大好きだ。

 

 

「さぁてハリー。まずは君に基本的なホグワーツの事を説明しておくね」

「え、なに?」

 

 

 ハリーは、アイルの向かいの赤いソファに座った。

 

 

「ホグワーツは、4つの寮に分けられるの」

「うんうん!」

 

 

 彼は、興味津々だった。魔法界の事なら、なんだって知りたかった。アイルはその事を理解していた。最後の最後まで渋って。でもそんな意地悪なアイルもハリーは好きだった。

 

 

「『グリフィンドール』『レイブンクロー』『ハッフルパフ』『スリザリン』っていう、寮よ。全て、ホグワーツを創立した偉大なる魔女と魔法使いの4人の名前から取られたの。ほら、ホグワーツからの手紙に、紋章があったでしょ?」

「あぁ、あの動物の…」

「Hがーー当たり前だけどーーホグワーツ。そして、『グリフィンドール』は獅子、『レイブンクロー』はワシ、『ハッフルパフ』は穴熊、『スリザリン』は蛇をシンボルとしている。ホグワーツを守り囲む4人の創設者…そういう意味が込められてあの紋章は作られたの。ハリー、貴方はどの寮に入るかはわからないけど、どの寮も素晴らしい所よ。ホグワーツの生徒になれる事を、誇りに思ってね」

「分かった! でも…どうやって寮を決めるの?」

 

 

 ハリーの質問を聞き、アイルは遠目をしながら子供っぽく笑った。

 

 

「内緒♪」

「わーーまた…勿体ぶって」

「だってさ、言っちゃったらつまんないでしょ?」

「うぅ…」

 

 

 ボーっとバイクの唸りのような汽笛が鳴り響いた。窓から外を見ると、親が子供に手を振っている。しばしの別れがさぞ辛いのか、涙ぐむ魔女も多数見られた。汽車がゆっくりと動き出す。次第にスピードが上がって行き、ついにはプラットホームが見えなくなった。

 

 

「今からホグワーツへ。楽しみねハリー」

「うん。これから、新しい生活が始まるのか…」

 

 すると、突然コンパーメントのドアがとんとんと叩かれた。ドアの外を見ると、キングズ・クロス駅の時の赤毛のハリーと同い年の少年と、双子がいた。ハリーがドアを開けると、三人は中に入ってきた。

 

 

「「おったまげ〜、この汽車大人も乗れるんだな。あ、他に空いてなかったんで此処良いですか?」」

「おう双子くん。実は私、ただの大人じゃないんだなぁ。あと、普通大人は乗れないよ。良いよ、私達のいる場所でよければ」

「え、何? ありがとう」「俺は魔法関係だと推測するぜ。ありがとう」

「実は私、今年度よりホグワーツ魔法魔術学校に就任いたしました。アイル・ポッターです。以後、お見知り置きを。ミスター・ウィーズリー君達? どういたしまして」

 

 

 さりげなく二つの会話をこなすアイルは、同じく双子に向かってウインクをする。すると、彼らはわざとらしく拳が二つ入るくらい口をあんぐりと開けた。そして、笑いながらハリー側のソファに座った。ただ、双子の片方はアイルの方に座った。

 

 

「じゃあ、君はポッター先生の息子?」

 

 

 赤毛の少年は、ハリーに目を向けた。ハリーは丸メガネを通して少年を見た。鮮血のような髪に、ソバカスのある顔。何処かぼんやりとした何処にでもいそうな男の子だ。

 

 

「おや我が弟よ無神経な」「此処は世辞でも『お姉さんですか?』と聞く所だぜ」

「君達も随分失礼だね。私とノリが合うからって、何言っても良いワケじゃないぞ少年よ」

「「失礼いたしました。熟女様(レディ)?」」

「うん、皮肉かな? これでも26だぞまだまだ熟女の域には達してないからな」

 

 

 楽しんでるなぁ、とハリーと少年は三人のやり取りを見ていた。

 

 

「おっと失礼先生。俺はフレッド」「俺はジョージ」

「僕は、ロン・ウィーズリーです。先生」

「「ホグワーツの『二代目悪戯仕掛人』あーんど『最強の悪ガキ』とは俺らの事よ!」」

「随分いらない不名誉な称号ね」

 

 

 フレッドとジョージは胸をどでんと張る。そして、さりげなくロンも自己紹介をしていた。

 

 

「ロン、君はお兄さんと違って礼儀正しいね」

「な、失敬な!」「我々、英国紳士ですぞ?」

「悪戯に真摯なだけでは?」

「「ちゃいます。紳士です。レディを尊重する世界一の紳士です」」

「はいはい…で、この子は私の弟のハリーよ」

「「「え?!」」」

 

 

 双子と少年が驚きという名の見事なハーモニーを奏でた。まさか、本当に今までアイルの息子だとでも思っていたのだろうか。

 アイルの隣に座るフレッドは、ハリーの近くに来て彼の前髪を持ち上げた。そこには、思い出したく過去を物語る稲妻型の傷跡があった。

 

 

「もしかして、あのハリー・ポッター? 『生き残った男の子』?」

「そうよ」

「もっとおったまげだ。伝説に二人も出会えるなんて」

 

 

 ジョージは今度は顎が外れるほど口を大きく開けた。もう明らかにわざとだ。

 

 

「あ、えっと…僕はハリーだよ。よろしく」

「あぁ、よろしく。僕はロンだよ。ロン・ウィーズリー!」

 

 

 ロンは嬉しそうにもう一度挨拶をした。

 

 

「すごいや。僕と同学年だよね?」

「うん。一年生だよ」

「よかった。友達が出来た。同じ寮になれると良いな」

「和気藹々とした弟よ…兄は嬉しいぞぐすん」「ちなみに先生、先生は何の寮だったんスか?」「グリフィンドールよ」

 

 

 さぞ当たり前かのようにアイルは言う。

 

 

「おう、俺らもグリフィンドールなんですよ」「というか、我が一族はみなグリフィン!」

 

 

 フレッドとジョージは自分の事のように威張って言う。

 

 

「騎士道貫くグリフィンドール! 勇猛果敢なグリフィンドール!」

 

 

 ハリーは苦笑いしか出なかった。

 

 

 




知名度はハリーの方が上だけど、人気度はアイルの方が上ですね。だってだって、美人なんだもん!
フレッドとジョージは、書いていて楽しいですね。


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少年少女よ

 

「んじゃ、俺らちょっとリーに呼ばれてるからチェケラ」「行ってくるってばよ」

「「行ってらっしゃい…」」

 

 

 赤毛の双子は、手を振りながら颯爽とコンパーメントから出て行った。

 アイルは、窓を見る。花鳥風月が外を流れる。シルクのような緑の畑は、太陽の光で星となり、ホグワーツの生徒達に宇宙の森を見せていた。蒼の風は、永久に続く純金の輝きの刹那を、大きな腕で抱擁していた。孤独のような静寂は、コンパーメントを飛び回っていた。

 二人の少年は顔を合わせ、一人の女性は外を見ていた。

 

 

「あ…ね、ねぇロン! 君の家族は、みんな魔法使いなの?」

「うん、そうだよ。僕は兄ちゃんが、あの二人も合わせて5人いるんだ。で、妹が1人」

「良いなぁ…楽しそうだね」

「君は、マグルと過ごしているって聞いたけど、どうなの? どんな感じ?」

「あー…」

 

 

 ハリーはチラッとアイルを見た。どうぞ、とでも言いた気に彼女は笑った。

 

 

「お姉ちゃんがいるから楽しいよ。何ていうか…魔法のないだけの世界みたいな」

「へ〜、マグルに生まれてもそんな感じなんだな。マグルって凄いよね。魔法もないのに色んなモノを作って。正直、マグルの方が僕ら魔法使いより進歩してる感じだな」

 

 

 ハリーは、ダドリーにいじめられている事は言わなかった。目の前に姉がいるからだ。ロンになら何だって話せそうな気がするが、姉には心配をかけたくないので言えない。

 

 

「ポッター先生…ですよね?」

「まだ敬語も先生も良いよ。さて…私ちょっと出るかな」

「え、お姉ちゃん何処行くの?」

「あの双子が何かやらかしそうだから、探してくる。あと、私がいたら話辛いでしょう?」

「あ…」

「行っちゃったね」

 

 

 ハリーが止める間も虚しく、アイルはコンパーメントから出てしまった。

 あの一触即発な双子を野放しにするワケにはいかない。リー…というのは恐らく仲間だ。アイルは辺りを見回した。廊下に気配はない。コンパーメントにいるのかと右に踏み出した時、隣のコンパーメントのドアが開いた。

 

 

「あら、ねぇネビル。この汽車って大人も乗れるのね」

「え、知らないよ…」

 

 

 髪が栗色で爆発した可愛らしい女の子と、丸い顔をした気の弱そうな男の子が出てきた。あの自称「悪戯仕掛人」と同じ反応だ。

 

 

「すみません。ヒキガエルを見ませんでしたか? ネビルのがいなくなったのだけど」

「ヒキガエル?」

「はい…僕の大事なペットで…」

 

 

 この二人は、礼儀を学んでいるようだ。あの赤毛ツインズに見習わせたい。大事なペットが何処かに行ってしまう…というのは何よりも辛い。

 

 

「ごめんなさいねネビル。ヒキガエルは見てないわ」

「うぅ…」

「私も探すわ。少し汽車の中を歩くつもりだし」

「っ! よ、よろしくお願いします! 僕、ネビル・ロングボトムです」

「私は、ハーマイオニー・グレンジャーです」

「良い名前ね。私はーー」

 

『おいリー! 何だよこの生物!』『フレッド落とすな! 爆発するぞ!』

『はうああああ! 俺のハイパーデンジャラスポテンシャルを喰らえこんにゃろおお!!』

 

「ごめん、私ちょっと行ってくるわ」

 

 

 奥のコンパーメントから、赤い問題児が飛び出してきた。何か騒ぎが起きているようだった。アイルは二人に謝ってその場所まで走って飛んで行った。

 

 

「ちょっとアンタ達! 新学期早々問題起こすんじゃないわよ!」

「おう先生! どうかミーヘルプっ」

 

 

 そこのコンパーメントの中では、フレッドが何かピンク色のもふもふしたモノに襲われていた。廊下には、ジョージとドレッドヘアの少年ーーリーだろうかーーがいた。

 

 

「うん、5文字いないで説明しなさい」

「ヘルプピー」

「じゃ10文字」

「フレッドが襲われた」

「何に?」

「分かんない。試作品なんだけど…落としたら爆発するんだ」

 

 

 ジョージは苦笑いをしながら言う。フレッドは、そのピンクのもふもふーー略してもふピンーーと格闘していた。どうにか床に落とさないように頑張っていたが、その顔は引っ掻き傷だらけだった。

 

 

「ったく…ホグワーツ行ったら覚悟しなさい」

「おー…怖い」

 

 

 アイルは杖を構え、コンパーメントの中に躊躇わずズカズカと入って行った。

 

 

「のわあああははちょっがっきいっ!」

「はいはい、罰則が楽しみね」

 

 

 アイルは杖を使うまでもなく、手で「もふピン」を持ち上げ、それの正面を向けた。空中で暴れまわる。醜い顔だった。シワの寄った顔は垂れ下がり、眼が細く何やら黒いブツブツのようなモノがたくさんある。そしてアイルは、杖をその生物に構えた。

 

 

「『ステューピーファイ! 失神せよ!』『フィニート・インカーターテム! 呪文よ終われ』」

 

 

 アイルが魔法をかけると、その生物は消えた。やはり人工物。

 

 

「あっははーねぇフレッド。どんな罰則が良い? 外のお二人も」

「い、いやぁ、俺ら何にもしてないッス」「そうッス。窓から飛んできた奴を倒していたなり〜」

「いやいや、じゃあ何で落としたら爆発するって知ってんの」

「「「…」」」

 

 

 3人共何も言えなかった。アイルは床に寝転がるフレッドを起き上がらせて、ソファに座らせた。酷い傷だが、正直お仕置きはこのまま一週間…でも良いかもしれないが、流石にそれは可哀想なので魔法で治してあげる事にした。

 

 

「『エピスキー 癒えよ』」

 

 

 アイルが杖をフレッドの顔に向けると、傷は見る見るうちに塞がり、元のジョージに瓜二つの顔に戻った。

 

 

「あぁ、傷があった方が見分けついたかもね」

「おいリー…」

「だって、僕も見分けつかないんだぜ? モリーおばさんがわかるのは、やっぱ母親だからであってね…」

 

 

 ドレッドヘアの男の子は、やはりリーらしい。

 

 

「あぁ、リー。彼女はアイル・ポッター。新しい先生らしいよ」

「えっ! アイル・ポッター? あの? 『愛された女の子』?!」

「もう女の子って歳じゃないけどね」

「ぼ、僕はリー・ジョーダンって言います」

「よろしくねリー」

 

 

 リーは顔を赤くして嬉しそうに言う。だがアイルはそんな事に気がつかなかった。窓を見ていたからだ。赤い毛糸で美しい夕焼けが編み出されている。空という名の踊り子が紅と白銀のベールを羽織い、イギリスという名の舞台で舞っていた。

 

 

「おっと、俺らそろそろ着替えないと」

「お先生、お外にお出いただけるとお嬉しくお思います」

「仕方ないわね、今日は減点はしないけど、明日は罰則喰らわすからね。…ちなみにこれは罰則には影響しないけど、さっきの生き物は何なの?」

「あれは、『ピグミーパフ』2号。俺が作った生物だZ!」

「1号は?」

「爆発でお亡くなりになりました」

「あっ…」

 

 *

 

 アイルがハリー達のいるコンパーメントに戻る途中、ある3人組に出くわした。シルバーブロンドの美少年。そして、その横に後ろにいる2人のぽっちゃりとした少年。シルバーブロンドは、アイルを見るなり嫌味ったらしく笑った。

 

 

「おや、どうやらハリー・ポッターの保護者として、お姉さんも来ていたようですね」

「君は? 一年生のようだけど…」

「僕はドラコ・マルフォイ」

「マル…フォイ…?! まさか、ルシウス・マルフォイの…」

「何故父の名を? 聞いた話だと、ホグワーツで教鞭を取られるそうですね。よろしくお願いします」

 

 

 マルフォイは手を差し出す。しかし、アイルはその手は取らなかった。ただ、驚きと憎しみを堪えていた。マルフォイ…それはアイルを監禁するための場所をかした人間だ。この少年が知らない事から、ルシウス・マルフォイは話していないようだった。

 アイルを解放した時のルシウス・マルフォイの涼し気な顔、「助けてやった」とでも言うような視線、ご主人様に頭を垂れて喜んで地下牢を貸したくせに、よくそんな事が言えたなと…アイルは今でも彼に怒りを覚えている。

 

 

「退きなさい。急いでいるの」

 

 

 アイルはマルフォイの顔を見たくなかった。あの高慢と自信に溢れたルシウス・マルフォイにソックリだ。彼女は3人を脇を通って、小走りでコンパーメントに戻った。

 中を見てみると、ハリーとロンは既にローブに着替えていた。

 

 

「あ…お姉ちゃん、さっき何か…」

「あの少年とは…お願いだから関わりを持たないで…ロン、貴方もよ。お願い…」

「ど、どうしたんですか?」

 

 

 もう会いたくない、もう思い出したくないーーアイルはソファに座ると、頭を抱えた。あの冷たい地下牢の記憶が蘇ってきた。封じたハズのあの記憶の一部が、脳裏に浮かび上がってきた。ーー私が残したいのは、あの時のダンブルドア先生の優しさだけなのに…!

 

 

「お、お姉ちゃん?!」

「ごめんねハリー…私の所為よ」

「え…?」

「その傷ができたのは私の所為…嗚呼…」

「ごめんねハリー…ハリー…」

「お姉ちゃん、僕傷の事なんて何も気にしてないよ!」

 

 

 アイルの目からは熱い液体が溢れ出てきた。嗚呼私の所為なんだ。私がハリーの事ばかり口にしなければ、ヴォルデモートはハリーの事はーー

 

 

「先生、もしハリーの傷が先生の所為だったとしても…魔法界が救われたのはある意味先生のおかげなんですよ!」

「…」

「先生が…な、何かしなかったら、魔法界はまだ『例のあの人』に支配されていたかもしれない! 先生とハリーのおかげなんですよ。今の平和は」

「…ハハッ」

 

 

 彼女は苦しみを流しながら笑った。苦しいけど、嬉しかった。ハリーとロンの言葉が何よりも嬉しかった。

 

 

「嗚呼、君たちは良い子だね。もし私が闇に堕ちても、君たちは私の事を嫌いでいないでくれるかい?」

「え…当たり前だよお姉ちゃん。僕は、どんなお姉ちゃんでも好きだよ」

「僕も、先生の事はまだよく知らないけど…先生は物凄く良い人だから」

「フフッ、ありがとう二人共。ありがとう…」

 

 

 アイルは別の意味で涙した。

 




何故投稿が遅れたかだって?
何故さっさと書かないかって?
(以下言い訳)
...いやぁね、「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」のゲームの買ったんですよ。Wiiのをやっと手に入れたんですよ。
私プレステとか持ってないから。ゲーム機とかWiiとWii Uしか持ってないから。もう本当に手に入れるの大変だったんだから。
ん? それの何処か言い訳だって?
ゲームをやり込んで執筆の時間がなかったんだよオオオオォオオオ!!

うん、面白かったです。ゲーム。


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乱入

 

 

 新しい日が来る朝は恋。白い昼は愛。暖かい夕は慈愛。じゃあ夜は?

 

 *

 

 紅が、溢れたインクに宝石をちりばめた空の下で止まる。漆黒に染められた子供達は、鉄の馬から降りた。闇に沈んだ宵は、氷のように冷たい空気を肌に擦りつけていた。白地で、黒いラインと魔法陣の模様がある新しいローブをアイルは身につけていた。

 その姿は輝く惑星に照らされ、美しく揺らめいていた。

 降りた先は薄暗い駅。吊り下げられたランタン以外に明かりはなかった。此処は「ホグズミード駅」。ホグワーツへと続く駅だ。

 

 

「おう! イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」

 

 

 大きな声が響いた。辺りを見回すと、一人の大男が嫌でも目に入った。途端にアイルは懐かしい気持ちに覆われた。そう、あの髭もじゃデカ男は…

 

 

「ハグリット! 久しぶりだね!」

「ん? その声は…おう、アイルじゃねえか。久しぶりだな」

 

 

 アイルは走って大男に駆け寄った。古き良き友、ルビウス・ハグリットだ。10年ぶりだ。周りの生徒達は、そんな嬉しそうなアイルを不思議そうに見つめた。

 

 

「えぇ、嗚呼嬉しい。相変わらず元気そうで」

「おうとも。オレはず〜っとお前さんらを待ってたからな。元気でなくてどうする」

「そうね。さてハグリット…私も船に乗るの?」

「いんや、定員オーバーだ」

 

 

 一年生は、ホグワーツに行く時小船に乗る。そして、ホグワーツの周りに位置する湖を渡るのだ。その時の美しい景色を言ったらーー言葉では表現する事が出来ない。まさに桃源郷のようである。

 

「いや、定員オーバーって…」

「馬車は余らないだろうな。悪いが、歩いて行ってくれんか?」

「…酷いね。傷ついた」

「まぁまぁ。暇だったら、いつでもオレの家に遊びに来てくれ」

「じゃ、深夜2:47頃に行きます」

「具体的な数字でてるしその時間帯は止めてくれ」

 

 

 ハグリットは本気で止めてほしいらしく、顔を歪めて言う。すると、ハリーやロンがこちらに走ってきた。

 

 

「お姉ちゃん、急に走っていくからビックリしたよ」

「あぁ、ごめんね。ちょっと私別行動になるから。彼はハグリットよ。私の親友」

「親友だなんて、オレには勿体ねぇ立場だな。そうか、お前さんが…」

 

 

 ハグリットは、ハリーをジッと見つめた。アイルは静かに気配を消した。

 

 *

 

 全員が船に乗り込み、姿が見えなくなった頃、アイルは駅でため息をついた。どうやって歩いていけと?

 ホグワーツの二年生以上は、「セストラル」という魔法生物の引く馬車に乗って学校へ行く。しかし、その馬車はもう全部ホグワーツの方にあるはずだし、そこまで行って歩いていくのはキツイ。かといって湖を泳いでいくわけにもいかないーー

 

 

「仕方ない。最終手段だ」

 

 

 アイルは目を閉じ、ジャンプをした。すると、物凄いスピードでアイルは地上から飛び立ったーー一部のそれを目撃した生徒はその光景を、「白い煙がびゅんびゅっんって空飛んでたぜ!」と言うーー高速で地上から100メートルほど上まで来た。そこには、月夜に照らされ妖しくそびえ立つ城があった。これがホグワーツ城だ。

 大小たくさんの尖塔、広大な土地、そして周りを囲う深い深い湖は、魑魅魍魎が住み着く麗しい黒だった。

 

 

「久しぶりだから…中々コントロールが難しいな」

 

 

 これは、詠唱無しで杖さえ持っていれば使える高難易度の魔法だ。「死喰い人」がホウキも使わず空を飛んでいるのをこの目で見て、そしてそれが自分にも開発出来ないハズがないという事で、一日という短期間で作り上げた。その名も、「白の飛翔」。

 アイルの魔法作成能力は、そこらの熟練魔法使いも、魔法戦士も闇祓いも負かすほどだった。学生時代の異名は、「魔法の錬金術師(マジックアルケスト)」だった。華麗なる黒歴史だ。

 彼女は飛んだ状態でホグワーツを見下ろす。相変わらず美しい。

 

 

「さて、何処から入ろうか」

 

 

 天性の方向音痴であるアイルは、正直ホグワーツのこの複雑で面倒くさい移動は嫌いだった。地図を作ったくらいだったが、残念ながら現在持ち合わせていない。適当な所から入ったら絶対迷子になるし、正面の扉から入ったら一年生達の説明の邪魔になってしまう。ええいもう良いや。

 

 

「正面玄関から入ろう」

 

 

 正直、大広間の場所も此処からじゃよく分からない。なので、邪魔とかもう気にしないで正面玄関から行こう。

 アイルは下を向き、体重をかけた。すると、体はすぐに急降下していく。もう少しで着陸ーーという所でバランスが崩れ、近くの窓を割って入ってしまった。パリーン!というガラスが粉々に砕け落ちる音がして、アイルは城の中へ飛び込んだ。

 冷たい石の床を2、3回でんぐり返りして、彼女はノックダウンした。

 

 

「くあああ…痛い…」

 

 

 頭を強く打った。近くの松明で、辺りは照らされていた。此処は何処だ?

 見覚えのない場所だった。長い長い廊下が続いているだけだった。よく目を凝らすと、奥の方に大きな黒い扉が見える。アイルは立ち上がり、ローブについたガラスの破片を落とした。擦り傷一つないポテンシャル。半端ない。

 しかし、窓の方はというと悲惨な事になっていた。どうやらステンドガラスになっていたようで、カラフルな瑠璃が散らばっていた。

 

 

「『レパロ 直れ』」

 

 

 アイルが杖を構えて唱えると、ガラスが徐々に浮かび上がり、瞬間的に再生した。元のステンドガラスは、何やら大鍋の中に赤ん坊が溺れていて、死神のような銅像が少年を捕らえていて、ネズミのような男がナイフで自分の腕を切っている…というモノだった。ガラスなのに、生々しいのは気の所為だろうか。

 彼女は扉へ向かって歩き始めた。何もない。何のための部屋なのかは分からない。しかし、何か不思議な力を感じた。

 扉を少しだけ開けた。外は、何やらジメジメとした暗い空気を纏っていた。そして、懐かしい空気も感じた。

 

 

「此処は…地下牢教室?」

 

 

 アイルが学生時代の「魔法薬学」の授業で使っていた教室だ。棚には様々な種類の材料は瓶が詰め込まれ、大きな黒板には消した跡が残っていた。ひんやりとした教室は、何処か冷たかった。アイルは長い黒髪を揺らし、材料棚の所に行った。魔法薬も作るのが得意なので、どんなモノがあるか見たかったのだ。

 様々なモノが置いてあった。しかし、どれも初歩的なモノばかりであまり難しい魔法薬を作るのには適していなかった。つまらないなと辺りを見回すと、棚の下の方にヒッソリと本が置かれていた。どうやら、六年生の「上級魔法薬学」の教科書だった。

 アイルはそれをペラペラをめくってみた。教科書の中の文章が訂正ーー書き加えされていた。中をみていると、ある呪文が目についた。

 

 

「戦うための魔法…? 『セクタムセンプラ』? 呪いかな? 他にもいろいろあるな…『レビコーパス』とか…」

 

 

 アイルが本を元の場所に戻すと、地下牢教室の外からドタバタという音がして、教室のドアがバン!と開いた。そこは、アイルが入ってきた扉ではなかったーーというより、その扉自体消えていたーー。外から入ってきたのは、ねっとりとした黒髪に鉤鼻の、黒いローブに包まれた男性と、ケバケバしいピンク色のターバンを巻いたオドオドしたインド系の男性だった。

 二人共杖を構え、アイルに向けていた。

 

 

「貴様は…一体何者だ」

「『何者だ!』と聞かれたら! 答えてあげるが世の情ーーはい、すみません。不法侵入しちゃってすみません」

 

 

 アイルは素直に頭をさげる。顔を上げた時、二人の魔法使いは驚きの表情を浮かべた。

 

 

「まさか…リリー?」

「え、何故母が?」

「うっ…リリーの娘か? アイル・ポッターか?!」

「い、イェス。アイアム!」

 

 

 鉤鼻男の覇気に驚き、彼女は声が上ずってしまった。

 

 

「嗚呼、通りでリリーの面影が…」

「え、ありますか? 私よく娘なのに似てないって言われるんですけど…」

「確かにそこまでは似ていない。何方かと言えばお前は…っ、我輩はセブルス・スネイプだ。校長から話は聞いている」

「わ、わわわ、私は、クィリナス・クィレルです。ぽ、ぽぽぽ、ポッターさん」

「お二方はホグワーツの先生で?」

「あぁ…」

 

 

 スネイプは、アイルの顔を凝視していた。リリーの面影がある…そう言われてアイルは嬉しかった。今まで、両親の何方にも似ているなどと言われた事はない。何方から受け継いだかのかも分からない赤目、そして黒髪。

 後者はジェームズ・ポッター…父親の方であるとして、この赤い目はなんなのだろうか。

 

 

「リr…アイル、我輩が大広間まで案内してやる。侵入者を知らせる警報が聞こえて飛んできたが、まだ『組み分けの儀式』の途中だったからな。おそらく、もう終わっているだろう」

「ありがとうございます」

 

 *

 

 スネイプに案内されて、アイルは大広間の扉の前までやってきた。2階か1階の窓から入ったハズなのに、何故地下牢教室にいたのだろうか。スネイプはあまり追求してこなかったが、クィレルの訝し気な目線は避ける事が出来なかった。

 

 

「…」

「な、何ですかクィレル先生」

「いえ…」

「…」

「じゃ、御邪魔しま〜す!」

 

 

 アイルはとりあえず気にしない事にして扉を魔法で全開にした。しかし、勢いが強すぎて両開きの大きな扉は吹っ飛んでしまった。生徒と両脇の魔法使いと先生方を完全に驚かせてしまった。げ…と一人苦笑して頭をさすっていると、長い長い大広間の一番上座のテーブルーー教職員テーブルーーのど真ん中の座る白く長いひげと髪の老人は立ち上がり、大声を出した。

 

 

「ナンデヤネン!」

「流石校長! 素晴らしいツッコミ! はい拍手!」

 

 

 ノリの良い生徒は、アイルの言葉に合わせて大きな音を立てて手を打った。しかし、大半の生徒は苦笑しか出なかった。ハリーを探してみると、案外早く見つかった。グリフィンドールテーブルにいるのが分かる。ポカンと口を開けて呆れ顔をしていた。

 アイルは堂々と公然と大広間の真ん中の通路を歩いた。もう目立たないなんて出来ない。そして、教職員テーブルの前まで来ると、バサッとマントを翻し、子供のような無邪気な笑みで言った。

 

 

「私はアイル・ポッター! 今年度より、『呪文学』の教鞭をとる事になった! みんなよろしく!」

 

 

 嗚呼、面倒な年になりそうだと、先生方は肩をすくめて思うのだった。

 

 



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初めての授業

 

 

 

 朝はブラックコーヒー。バターを塗りたくったトースト。少し甘みが欲しかったら、マーマレードを塗るのもアリだ。

 アイルは翌朝、教職員テーブルの一番端で「日刊預言者新聞」をめくり、朝食を食べていた。此処までリラックスしている先生は少ない。実は昨晩、先生方にこっぴどく叱られた。

 

 アイルが新聞を捲っていると、

 

 

「全く…良いですか? あくまでも貴女はレディですからね。10年ぶりに会えたのは嬉しいですが、あの時のように学校のモノを壊すのはやめてください」

 

 

 マクゴナガル先生に呆れたように言われた。アイルはホグワーツ在学中、よく学校内のモノを破壊していた。時には昨日のように大広間の扉を壊したり、時には魔法生物が吹っ飛んで窓に穴が開いたり、時には学校中の窓ガラスが割れる事もあった。全て彼女の魔法力が強すぎる故の事なのだが…

 

 

「わざとじゃないです」

「でも加減はしましょうね。大広間の扉、何処かに消えてしまいましたから」

「まぁまぁ先生。私が直しますから」

「貴女に任せたら、大変な事になります!」

「えー…スネイプ先生も良いと思いますよね?」

「え…我輩?」

 

 

 急に話を振られた、何となくペリーに似ている先生第1位。

 

 

「我輩は…そうですな、あの新しい扉に彫られたホグワーツの紋章とマクゴナガル教授の似顔絵は…中々粋かと」

「あら〜、スネイプ先生分かるぅ」

「ミス・ポッター…それでも私の顔を彫るのはどうかと思います…」

「でもでも、案外気に入ってたり?」

「今度小さい板にお願いします」

「かしこまり〜」

 

 

 アイルは小さく敬礼すると、日刊預言者新聞をたたんだ。大見出し記事には、「グリンゴッツ、強盗に破られる! 闇の魔法使いか魔女の仕業か」の文字が。

 彼女が向かった先は、弟のいるグリフィンドールテーブルに行った。

 

 

「おはようさんみんな」

「「先生! あの扉最高だぜ!」」

「ありがとう双子くん。ねぇハリー、友達は出来たかな?」

「あぁうん。みんな優しい人ばっかりで、僕物凄く楽しかったよ!」

 

 

 ハリーは笑顔で言う。今まで友達なんてものがいなかったハリーにとって、ロンもフレッドもジョージも他の人もーーとても大切な人たちだろう。アイルも嬉しかった。ずっとハリーの事を心配していたが、そろそろちょっと弟離れしても良いかなぁと思い始めた。

 

 

「そうか。良かったねハリー。ロン、これからこの子をよろしく頼むよ?」

「はい、ハリーはもう親友です!」

「ありがとうロン」

 

 

 仲睦まじい。ーー此処に私が乱入する余地なんてないわね。

 アイルは優しく微笑むと、大広間から立ち去った。

 

 *

 

 とりあえず、今日は初めての授業だ。教室は、生徒たちがたどり着きやすいように大広間を出て階段を上がった少し先に作ってもらった。その途中の道には、ご丁寧に「呪文学は、こっちだよん☆→」と書かれた蛍光色の看板がしつこいほど置いてあった。

 教室は、至って質素なモノとした。生徒用のツクエとイス、そして本を大量に詰め込んだ棚と黒板と教壇。ただそれだけだ。

 1時間目、初めての授業はグリフィンドール1年生のみんなだ。レイブンクローと混合授業で、中々楽しみ。弟贔屓だと言われないように、全員に厳しく接したいと彼女は思っている。

 

 最後にとりあえずまとめとして、アイルは自分の部屋へ入って行った。

 

 *

 

 授業5分前になると、教室は生徒で埋まっていた。皆、アイルが出てくるのを楽しみにしている。しかし、ハリーは少しソワソワしていた。なんだか、姉が先生というのが恥ずかしいというか、顔を合わせ辛いというかーー

 ハリーと同じ部屋になった、ディーン・トーマスとシェーマス・フィネガンは、特に楽しみだった。若干ブラコンだという事は聞いていたので、もしかすると近くに座ってルームメイトだから話す事が出来るかもしれないという、密かな期待があったのだ。

 

 チャイムが鳴り響く。静けさに包まれたホグワーツの廊下は、鐘の音が木霊していた。

 

 

「やぁやぁやぁ、みなさん。おはようございます」

 

 

 気がつくと、教壇にアイルが座っていた。ハリーは、よくアイルにマジックを見せてもらっていたが、よく考えるとあれは普通に”魔法”だったのかもしれない。

 

 

「昨晩も述べました通り、私はアイル・ポッター。『呪文学』教授です。ご存知かもしれませんが、前学期教鞭を取っていらっしゃったフィリットウィック教授は、『ギックリ腰があまりにも酷いので、隠居するね♪』という事で、私が代わりに。では、今年はこの教科、グリフィンドールとレイブンクローが合同で学習を行いますが、一応欠席確認だけ…名前を呼びますので、返事をしてください」

 

 

 アイルは何処からか取り出した名簿を片手に、生徒達の名前を順に呼んでいった。名前を呼ばれた生徒の中では、あまりの嬉しさに気絶してしまう人もいた。あのヒキガエルのネビルと、栗毛ハーマイオニーもいた。二人共嬉しそうに席についている。

 

 

「あらネビル、ヒキガエルは見つかったかしら?」

「は、はい! 先生」

「良かったわね」

 

 

 アイルは優しく微笑みかける。すると、周りの生徒が悔しそうにうつむいた。

 

 

「先生、今日はどんな魔法を教えてもらえるのですか!」

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャーはどうやら、知識に飢えているようで、自分から積極的に質問をしてくる生徒だった。アイルはそういう子が好きだ。自分から知ろうする事ほど、素晴らしいモノはない。

 

 

「今日は…一番初歩的。でも使い方を変えるとかなり便利な魔法。そう…『浮遊呪文』」

 

 

 皆、アイルの事は知っていた。マグル出身の子でさえ、彼女の噂は聞いた事があるくらいだ。本で読むか、親から聞くか、魔法使いの子供はこの2つの方法でハリーとアイルについて知っていた。魔法使い達は、子供が物事を理解出来る歳になると、『暗黒時代』の事を話して聞かせる。今では、何だか義務のようなモノにもなってきている。闇の魔法使いがどれほど酷いモノだったのか…それをわかってもらうためだ。そして、同じ道を歩ませないためーー

 その際、ハリーとアイルの名前も上がる。ハリーは、ヴォルデモートを倒した張本人。アイルは、ヴォルデモートが唯一愛した人間だと。

 女の子はハリーを調べる。男の子はアイルを調べる。両者を調べる子供もいる。しかし、結局は皆アイルの事を調べるのだ。ハリーについての記述は様々な本に多くあるが、どれも似通ったモノばかり。「例のあの人」を倒した子供…と、それだけしか書かれていないのだ。

 アイルの場合、学歴や言動、性格から容姿まで全てを調べる事が出来た。しかし、本人は過去を嫌っているので、自分の口からは詳しくまで中々話そうとしない。せいぜい、「ヴォルデモートに監禁された」とだけ。それは、大好きな弟でも例外ではなかった。

 

 

「『ウィンガーディアム・レビオーサ』」

 

 

 アイルは、近くの誰も座っていないイスに向かって魔法をかけた。誰も目を離さなかった。途端、イスはふわふわと浮かび上がり、空中を移動した。下手すると破壊しかねないので、アイルは力加減を考えなくてはならなかった。

 

 

「これは、手の動きが若干難しいから、最初のうちは使えなくて大丈夫よ。しかし呪文が長いから噛み易いのよね…だから、この呪文は授業の3つ使って使えるようになってもらうわ。あぁ、難しかったら私に言ってね」

 

 

 そして、授業が始まった。

 

 

「まずは手の動きから。そうね…簡単に言うと、ピューンヒョイ…かな。滑らかに手を下に下ろし、勢いよく振り上げる。私が合格って言った生徒は、呪文も合わせて言ってみて。じゃあ、私に合わせてせーっの」

『ピューンヒョイ』

「うん、中々良いよ。ハーマイオニー、ディーン、ファル、カイト、貴方達は呪文も入れて良いわよ。タイミングを揃えるためにね」

 

 *

 

 結局、この日魔法を使えたのはハーマイオニーだけだった。近くの羽根を自在に浮かばせていたので、アイルはグリフィンドールに10点を上げた。これなら贔屓とは言わないだろう。

 一先ずこの日は大した事が起こらずに終わった。いや、一度あったか。

 あれは最後の授業だった。3年生のグリフィンドールとスリザリンの合同だった。

 

 

「皆さんこんにちは…ん、こんばんはかな。アイル・ポッターだ。眠いかもしれないけど、最後の授業だから気張っていこう!」

「「わ〜! せっんせ〜!」」

「え、君たち3年生だったの?!」

 

 

 いつものノリで挨拶したが、赤毛がいた。というか、ウィーズリー家をよく見かけるのはなぜだろうか。見分けのつかない双子であるフレッドとジョージだが、アイルは一目で分かった。

 

 

「さぁ先生! フレッドちゃんはどっちでしょうか〜! 俺だ!」「俺だ!」

「うん、私から見て右だね。授業始めようか」

 

 

 ノリが良い生徒はどの寮にもいるようで、中々教えていて楽しかった。

 授業が終わった。フレッドとジョージは案外魔法が上手く、あのもふピンを作り出す事も彼らも簡単に出来るのかもしれない…と思ったほどだった。

 

 

「先生! 俺らと一緒に大広間行きませんか!」

「あぁ、私は少し用があるからいけないよ。ごめんね」

「そうッスかそうッスか」

 

 

 アイルは彼らが全員出たのを確認すると、小さくため息をつくのだった。

 

 



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ハロウィーンの悲劇

 月日というのは、思ったよりも早く過ぎ去るモノだ。楽しい時ほど早く過ぎ、つまらない時ほど遅く過ぎる。ハリーにとっても、アイルにとっても、この2ヶ月はとても楽しいモノだった。そして今日はハロウィーン。しかも休日という事で、ホグワーツの飾り付けはいつも以上に豪華になっていた。

 カボチャランタンが立ち並び、学校は見た事のないゴーストも飛び交っていた。

 アイルが散歩と称してホグワーツを歩いていると、誰かに声をかけられた。

 

 

「あれ? アイルなの?」

「こ、この声は…げ」

 

 

 恐る恐る後ろを振り向くと、白い半透明の少年のゴーストがいた。ホグワーツのローブを着ていて、半透明でも分かるほど血だらけだった。見た感じはただの美少年だが、その目は狂気に満ちていた。

 

 

「アイルじゃないかあ、久しぶりだな。ふふ、相変わらず可愛いなぁ」

「何でゲーデが…いるの…」

「君がボクに100キロメートル圏内に入れない魔法をかけたけど、今日だけは特別って校長が解いてくれたんだ」

「あのヒゲ老人!!!」

 

 

 このゴーストはゲーデ・ユダート。彼女が学生時代時のスリザリンの数少ない友人の一人だったが、ある日闇の魔法使いに殺され、悲しんでいた所ゴースト化して帰ってきたストーカーだ。別に生きていた時にストーキングされていたわけではないが、その時からずっとアイルの事が好きで、ゴーストになって行為がエスカレートしたようだった。いつでも何をしている時でも構わず絡んでくるので、自分で開発した「ゴースト避け呪文」でゲーデのみのゴーストを、自分の近くに入れないようにした。

 

 

「あとね〜、手だけ実体化もしてもらったんだぁ〜」

 

 

 体の一部が、ひんやりとした感触に襲われた。

 

 

「っ! こんのセクハラゴースト!」

「セクハラだって? ボクの純粋なる愛を手で表現しただけだよ」

「だからって触るな来るなァ!! あの半月ジジイ覚悟しとけよ!」

 

 

 淑女らしからぬ暴言を吐き、アイルはゲーデから今自分の持つポテンシャル全てを発揮して逃げ出した。あのストーカーは一応常識はあるが、無視していると着替えから風呂まで覗いてくる変態だ。逃げる以外どうしろというのだろうか。

 しかし、ゴーストに敵うワケがない。スタミナも体力も無限大で、ただフラフラと猛スピードで真横にピッタリをくっついてくる。

 

 

「今までずっと情はかけてたけど、もう我慢できない! 今この場でアンタを地獄に送ってあげるわ!」

「え〜、ボクずっとアイルの側にいたいんだけどなぁ」

「成仏したいよね? したいよね!」

「いや、ちょーー」

 

 

 アイルは生徒の大勢いる小庭までやってきて止まった。そこはホグワーツの別階の窓から観れるので、何事かといつも以上に人が集っていた。

 随分立派な物見になってしまった中、アイルは杖を構えた。涼し気な柔らかい秋の風。紅葉のようなベールに包まれ、静寂が轟いた。

 

 

「いや、いやいやいやいや! ボクまだ逝きたくないから! 死んでるけど成仏はやだから!」

「私に近づけないようにしただけじゃ、やっぱ不安だ! 色々不安過ぎる!」

 

 

 そして無言で魔法を放つ…とその前に、生徒達に守りの魔法をかけた。

 

 

「おやおや、相変わらず優しいなあボクのアイルは」

「私は誰のものでもない!」

 

 

 杖から数多の線香が散り、花火のようにゲーデに向かって舞った。彼は余裕の表情を見せていたが、それも虚しく魔法が突撃し、彼は吹っ飛んだ。

 

 

「な、何で…ゴーストなのに!」

「私がアンタに対して何の攻撃も持っていないと?」

「っ…それなら、ボクだって!」

 

 

 ゲーデはニヤリと笑うと、懐から杖を取り出した。何をするのかと思いきや、突然魔法を放ってきた。ありえない、ゴーストが魔法を使うなんてーー

 急に飛んできた事には驚いたが、アイルは表情一つ変えずに半身で避けた。おかげですぐに魔法が発動でき、再びゲーデに魔法を放つ。ゲーデはそれを守る。

 この繰り返しが何十秒か続いていたが、ついにアイルは急にしゃがみ込み、大きくジャンプをした。するとどうだろうか。ホウキもないのに空中に飛び立ったのだ。

 

 

「『闇の魔術』…」

 

 

 誰かがつぶやいた。当たり前だが、違う。これは闇の魔術なんかじゃない。ーーあいつらと一緒にしないでほしい。

 

 

「嗚呼アイル。素晴らしいよ」

「…ゲーデ、私はアンタが嫌いよ。『ゼロ・アブソレム! 絶対零度!』」

 

 

 アイルが両手を広げ、呪文を唱えると、彼女の周りには幾多の氷の矢が現れた。その氷は、何よりも美しく何よりも輝いていた。彼女の目は、いつも以上に赤く煌めいている。

 アイルは杖をゲーデに向ける。

 

 

「『オパグノ! 襲え!』」

 

 

 氷矢はアイルの詠唱に従い、回転しながら勢いよくゲーデに突き刺さる。あまりの刹那ーー誰もが瞬間移動でもしたのではないかと思った。ゲーデは最後に優しく笑い、つぶやいた。

 

 

「ハハッ…嬉しいよ」

 

 

 彼の体から放たれる光が乱反射して、静かに見守る生徒達の目に入った。

 

 皆、一度は考えた事はあるだろう。死んだら、何処に行くのかと。今から彼は、その場所へ行くのだ。誰も分からない、未知の世界へ。

 

 *

 

「嗚呼ハリー、君のお姉さんって凄いんだな」

「え、そうかな…?」

 

 

 ハロウィーンの夜の大広間、そこではアイルとゲーデの話で持ちきりだった。先生方もその事は知っていたがーーというか見ていたがーー別に何も言わなかった。

 グリフィンドールのテーブルでは、ハリーとロン、フレッド&ジョージが仲良く喋っていた。

 

 

「そうだぜ? 良いか? お前の麗しいお姉さまは、ホグワーツきっての秀才であり、対峙したらダンブルドアでさえ打ち負かすのではないかというほどの存在だ。それにあの魔法、見ただろ?」

「すげえ綺麗な魔法だったぜ?」

「お姉ちゃん…凄い人なのかなぁ」

「当たり前だよ。ゴーストを成仏させるなんて…人が成せる技じゃない」

 

 

 赤毛トリオは口を揃えて言う。しかしハリーは、他にも気になる事があった。

 

 

「ハーマイオニー…来てないね」

「良いだろあんな奴」

「でも、悪口は良くないよロン。謝らないと」

「まあ、今度見かけたらそうするよ。パーバティの話だと、3回の女子トイレでお嘆きだそうですよ」

 

 

 ロンは皮肉っぽく言い、カボチャジュースを口に含んだ。

 

 

「そうなのか…」

 

 

 ハリーがつぶやくと、突然大広間の扉が勢い良く開き、神経質な紫ターバンを頭に巻いたクィレルが息絶え絶えに入ってきて叫んだ。

 

 

「トロールが! 地下室に!! トロールがあああぁあ…ぁぁ…!!」

 

 

 と叫び死亡。

 したワケでもなく、気絶して倒れてしまった。何というメンタルの低さ。生徒達はクィレルの言葉を聞くと、パニックを起こして騒ぎ始めた。

 

 

「嗚呼、騒ぎは大嫌いよ。少し静かにしなさいな」

 

 

 アイルの声は魔力があった。普通に発したハズなのに、拡大もしていないハズなのに。その声は大広間全体に響き渡った。凜とした艶やかな声色は、静かな迫力があり、生徒達は声が出なくなった。彼女は美しくも、恐ろしかった。何処か「闇」のような「光」のような、でも何処か「黒」に満ちていた。

 

 

「み、ミス・ポッター…っ、監督生は今すぐに生徒達を連れて寮に戻りなさい!」

 

 

 生徒がゾロゾロと大広間から出て行くと、ダンブルドアはつぶやいた。

 

 

「じゃ◯りこ食べたい…」

「校長、後でチョコが大量にかかったポテトチップスを差し上げますので、今はトロールの所へ行きましょう」

 

 

 先生方は立ち上がると、スタスタと大広間へ出て行った。床に倒れたクィレル先生は、ガン無視だ。というか、踏んで行った人もいたーースネイプだーー。アイルはしゃがみ、クィレルに声をかけた。

 

 

「クィレル先生、クィレル先生」

「…」

「そう、か。気絶してるのか。神経質だなぁ。『エネルベート 活きよ』」

 

 

 アイルは杖でクィレルに魔法をかける。すると彼は、ゆっくりと目を開け、ボーっとした顔でアイルを見た。

 

 

「アイル…ポッター…?」

「そうです。ったく、『闇の魔術に対する防衛術』の教授でしょう? 確か、貴方はトロール退治が得意なのでしたね。それなら、早くいかないと。…っ!」

 

 

 クィレルの体に触れた途端、身体中が激痛に襲われた。目眩がする。心なしか、クィレルの口がつり上がったように見えた。心臓が締め付けられる感覚がする。苦しい、息が出来ない。

 

 

「っああ、ぁぅ…!! く、あぁぁあっ」

「…」

 

 

 苦しむ私の姿を、クィレル教授はムックリと立ち上がり、見下ろした。嗚呼、この苦しみは何と表現すれば良いのか。息苦しさならまだしも、身体中が捥がれたような、内臓が潰されているようなーーそんな痛みに襲われ、「磔の呪い」よりもアイルを苦しみの淵に立たせた。視界が眩み、クィレルに悶えながら助けを求める。

 

 

「きょ…ぁ…じゅ…っぁあ!」

「…アイル・ポッター、ご主人様のおっしゃる通り、貴様の悶え苦しむ姿は美しい」

「っぁあ…な…を……」

「『何を』だって? アイル・ポッター、貴様を我が帝王に献上する。復活はまだ時間はかかるが、貴様がいればご主人様の復活はより早くなる事だろう」

「っ…おまえ…は…ぁあっ」

 

 

 苦しい、息ができない、涙がとめどなく溢れ出てくる。ーーこんな苦しい思いをするんなら、逸そ一思いに殺してほしい!

 

 

「クィリナス・クィレルがただの神経質な魔法使いだと思ったか? 否、だ」

 

 

 クィレルはターバンを取る。嗚呼、その無慈悲な目はアイルを恐怖に陥れた。こんな事ってーー

 クィレルの髪のない頭がうっすらと見えた。そして、クィレルが振り向くと、彼ではない声が響く。

 

『嗚呼、アイル・ポッター。僕を事を覚えているか?』

「っ…ヴォルデモート…ぁ!」

『その通りだ。嗚咽した少女よ、何と美しい…』

「しん…だ…はず…ああっ」

『僕は死んでなどいない。死を制しているのだ。肉体を失った事により、今こうやってクィレルに取り憑いている』

 

 

 視界がぼやけて見えないが、クィレルの頭部にもう一つの顔が見えた。

 

 

『僕は今、体を欲している。しかし、このひ弱な男の体では、到底活動をする事ができない。嗚呼アイル、僕のアイル。僕はお前の体が欲しい』

「っ! アン、タなんかに…私の体は渡さないわ!」

 

 

 逃げ出そうと体を起こそうとするも、力が入らず、床に倒れこんでしまう。近くのテーブルのイスに体重をかけ、起き上がろうとするが、足が動かない。

 

 

『苦しいだろうアイル。僕がその痛みを鎮めてやろう。さぁ、身を委ねろ。なに、時がくれば体は返し、再び愛でてやる。安心しろ』

「っ…あぁっ!」

 

 

 身体中に何とも言えない激痛が走る。全てを大きな鉄の針で貫かれ、四肢を切り離されたようなーー先ほどとは比べものにならない痛みが体を襲った。今、アイルは気づいた。これは魔法だという事に。

「磔の呪い」ではない、もっと強力な「拷問呪文」だった。それに対抗し、杖で魔法を解こうとするもそれも叶わず。痛みの方が勝ってしまう。

 

 

「ポッター、ご主人様に従え。抵抗するのは止めろ」

「私は…アンタ達なんか…っ、屈しない!」

 

 

 呪いに抵抗する事は諦めた。しかし、勝つ事は諦めていない。アイルは地べたに這いつくばりながら叫ぶ。

 

 

「『ナイプノウ・ブロウラ! 変形:剣!』」

 

 

 杖が姿を変え、白い宝石の埋め込まれた剣に変形した。最後の力を振り絞り、彼女は剣をクィレルの向かってふるった。彼は咄嗟に守りを張ったが、それはアイルの魔法には通用しなかった。剣はクィレルの左膝から脳天にかけて、一直線に切り裂いた。鮮血が飛び、途端に痛みは消え失せた。

 しかし、体は動かない。

 二つに切り裂かれたクィレルの体から、黒いモクモクとした煙のようなモノが湧き上がった。あれが何なのかと分かるまでもなく、アイルは意識を失った。

 

 



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届かなくたって

 

 

 

『嗚呼アルバス、あれは本当なのでしょうか? 本当にアイルはクィリナスを…』

『さぁ、分からぬ。わしらがトロールを発見していた時、大広間で何があったのかは謎じゃ。ねぇわしにポテチちょうだい』

『こんな事なら、私がクィレルを起こしておけば…。ワサビ味ならありますよ』

『自分を責めるでない。わしにも責任がある。…しかし、何かしらあったのじゃろう。アイルは人を傷つける事を嫌う。ワサビかぁ、美味しいのかなぁ』

『それは百も承知ですが…あのクィレルが、何かをやらかすとは到底…。ではポテチどうぞ』

『クィレル教授は彼女の魔法で真っ二つ、アイルは拷問呪文を受けていた痕があった。おう、美味美味〜♪』

 

 

 時として、人は狂気を見せる。例えそれが正義感に溢れた人間であっても、その真逆であっても、はたまた普通の人間であっても。

 

 時として、狂気は黒を見せる。狂気に満たされる事で、快感まで感じるようになる。

 

 時として、黒は白を見せる。黒は時々真逆の色を見せる事がある。黒と白を隔てる壊す事の出来ない壁は、時として姿を消す。

 

 アイルは分からなかった。自分が白なのか黒なのか、混ざっているのか。彼女は、兎に角自分の正義を貫く人間だ。と同時に、その考えを阻むモノは全て切り捨てる。それが仲間であろうが敵であろうが。

 愛されている身だが、心の傷が治ったと言ったら、そうではない。母親が目の前で死んだのだ。そして、殺した張本人に監禁されたのだ。あの時の恐怖と言ったらーー

 

 彼女は目を覚ました。

 暖かい朝日が窓からアイルの顔を照らし、眩しさに目が眩んだ。目を薄っすらゆっくりと開け、今自分がホグワーツの医務室のベッドで横たわっているのが分かった。近くでは、ワサビポテチの袋を持ったダンブルドアと、呆れ顔のマクゴナガル、そして、ベッドに顔を伏せて寝ているハリーの姿があった。

 アイルはフッと微笑むと、スヤスヤと眠るハリーの頭を鈍る手で撫でた。

 

 

「おうアイル、起きたか」

「おはようございます、ダンブルドア先生」

「おはようアイル」

 

 

 ダンブルドア校長は、ワサビポテチの袋を振りながら言う。

 

 

「辛いチップスはいかがかの?」

「マダム・ポンプリーに怒られますよ」

「あ…まぁ、大丈夫じゃ〜」

 

 

 アイルは天井を見上げる。清潔な医務室だ。カーテンのあるベッドは何十と立ち並び、清潔感の溢れる白い大きな部屋は、ワサビの匂いが充満していた。マダム・ポンプリーとは、医務室の治安と平和を守る看護婦だ。

 

 

「ミス・ポッター、お疲れの所申し訳ありませんが…大広間で一体、何があったのでしょうか?」

「…難しい質問ですね」

「では、”はい”か”いいえ”で答えられるモノにします、アイル。貴女は、クィリナス・クィレルを殺しましたか?」

「…はい」

 

 

 マクゴナガル先生は、訝し気な表情を浮かべながらアイルに問いかける。アイルは微笑みを消す。

 

 

「では、貴女はクィリナス・クィレルに『磔の呪い』を受けましたか?」

「いいえ、あれは磔ではなかった」

「え…? ではその魔法は、創作魔法ですか?」

「…おそらく、はい。『磔の呪い』をもっと酷くしたような、そんな感じです」

「君も作れるかの? その強化版のようなモノは」

 

 

 次は、ダンブルドアが質問した。

 

 

「…えぇ。今この場でも。もしかして、かけてほしいんですか?」

「相変わらす君は恐ろしくも面白い子じゃのう。そうかそうか…わしはのう、ずっと心配しておった。君のように才能あふれる魔女が、闇の陣営に加わるのではないかと」

「私が両親の期待の裏切るような事、すると思いますか?」

「…いいや、そうは思わん。まぁ、老人のお節介だと思ってほしい」

 

 

 彼はポテチの袋を魔法で消すと、隣のベッドに座った。すると、マダム・ポンプリーが水差しとコップを持って自分の部屋から出てきた。

 

 

「あら、起きたんですね」

「お久しぶりです、マダム」

「えぇ本当にお久しぶりですね」

 

 

 マダム・ポンプリーは、キビキビとした様子でベッドの脇に来た。そして、ベッドに顔を埋めて寝込むメガネの少年に目をやる。

 

 

「ったく、こんな所で寝て…風邪引いても知りませんよっ。もう、貴方はただでさえ医務室によく運び込まれていたのに。良い大人になったのですから、今回で最後にしてくださいね」

「はーい…」

「まぁまぁポピー、責めないでやってくれ」

「そういう貴方こそ! ワサビの匂いが! また医務室でスナック菓子を…」

「だって美味しいんだもん美味なんだもん」

 

 

 ダンブルドアは朗らかに笑うと、ベッドから立ち上がった。アイルは起き上がろうとしたが、体に力が入らない。精々顔を向きを変えられるくらいだ。

 

 

「まだ起き上がってはいけません。『磔の呪い』ではありませんでしたが…あれの類のようなモノでした。しかし、『磔の呪い』は対象に苦しみを与えるだけで身体的なダメージは与えませんが、今回貴女がかけられたモノは、体にも影響を与えるモノでした」

「それは…どういう意味でしょう」

 

 

 マクゴナガルは首を傾げた。通常の所、「磔の呪い」はマダム・ポンプリーの言う通り外傷は与えない。しかし、類をかけられたアイルは体に影響が与えられた。強化版というのは強ち間違っていないかもしれない。

「磔の呪い」は、アイルは何度かかけられた事がある。その時の痛みは、全身を貫かれたような時や焼いた鉄で体中を押さえつけられたような時などーー時によって様々だ。しかも、外傷はない。痛みだけが延々と続く。

 今回受けた呪いは、内臓や骨まで締め付けられたような痛みもした。息もできなかった。

 

 

「内臓がほぼ全て傷つき、骨がかなり砕かれていました。首や腕は無事でしたが…。しかし、大丈夫ですよ。すぐに治りますからね。しんどいですが」

「はい…」

「それでアイル。聞かせてくれるかの? 何があったのか…」

「ちょっと難しいです…なので、小瓶ください」

「小瓶…?」

 

 ダンブルドアは全て悟ったかのように頷くと、アイルに小瓶を渡した。そして、数少ない無事な部位である手で杖を持ち、自分の額の横にくっつけた。少し痛そうな顔をして杖を話すと、その先には束ねられた光る糸のようなモノがあった。そしてそれを丁寧に小瓶の中にしまうと、ダンブルドアに渡した。

 

 

「『記憶』ですか…」

「はい、話すのは少し…」

「ハリーには側にいてほしいかの? 彼もそれを希望していたが」

「いえ、この子には授業を。アハ…人を殺してこんな爽やかな笑顔を浮かべている人間なんて、気味が悪いでしょ? ハリー」

 

 

 アイルはハリーの髪を撫でた。

 

 

「起きてるのはわかってるよ。怒らないから顔を上げなさい」

「っ…おはようお姉ちゃん」

 

 

 ハリーは恐る恐る顔を上げた。しかし、アイルは優しい笑みを浮かべているだけだった。

 

 

「あ…っ、僕はお姉ちゃんの事、気味が悪いなんて思わないよ」

「何で?」

「だって、お姉ちゃんだから。お姉ちゃんは仕方なくクィレルを殺したんだよね? それなら僕は、お姉ちゃんを怖いとは思わないよ」

「良い子だね、ハリーは。本当に優しい子だね…」

 

 

 素直に嬉しかった。こんな自分を愛してくれる弟が、本当に愛おしかった。胸が熱くなった。そして思う。この子だけは絶対に守り抜くーーと。

 

 

「さぁさぁ、姉弟愛は素晴らしいモノですが、早く治したいのでしたらせめてお静かに」

 

 *

 

 アイルは、ものの一週間で完全に回復した。クィレルの件は、辞職という事で片がついた。そして、アイルの記憶を見た先生方はホグワーツの強化を魔法省に要請した。彼女自身の記憶を証拠に、ホグワーツとアイル近辺の警護を求めたのだ。

 魔法省は、ヴォルデモートが生きている事は頑としてみとめようとはしなかった。あのヴォルデモートの声は、アイル自身の「幻覚」と断定したのだ。現実逃避が厳しい。

 

 

「嗚呼ポッター、もう大丈夫なのですか?」

 

 

 厳しい体制をとりながらも、マクゴナガルはアイルの事を心配してくれていた。厳格ながらも、優しい人なのだ。

 

 

「えぇ、職に復帰するのは、なるべく早い方が良いですし。有給…」

「そうですね。有給…というか、給料貰わなくてもよろしいのでは?」

「確かにグリンゴッツには使い切れないほどお金がありますが…私は、自分のお金でハリーにプレゼントを上げたいんです」

「そうですか…嗚呼アイル、そういえば、ハリーが寮代表のクィディッチチームにシーカーに」

 

 

 マクゴナガルの言葉を聞き、アイルは驚きで転けそうになった。彼女は急いでアイルを支える。

 

 

「ハリーが…シーカーですか?」

「えぇ、やはり才能は受け継がれると言いますか。貴女とお父様も…素晴らしいクィディッチの選手でしたね」

「父はチェイサーでしたね。シーカーなら…私が教えられますね」

 

 

 アイルは学生時代、2年生からずっとグリフィンドールのシーカーとして努めていた。出場した試合は必ず勝つという所謂「最強」の名を誇っていたのだが、あんな事があったからーー

 

 

「折角なら、卒業式も出たかったなぁ」

「今年は出れますよ」

「フフッ、そうですね」

 

 

 彼女は楽しそうに微笑むと、ため息をついた。

 

 

「嗚呼…先生、私の記憶を見ましたか?」

「えぇそうですね」

「どう、思いましたか?」

「選択的には、間違っていませんでした。しかし、あの殺し方は…」

「同意します。殺し方か…バタフライエフェクトですよ」

 

 

 そう、あの時アイルがクィレルを引き裂いていなかったら、確実に体を奪われていただろう。あんなやつに体を取られたら、何をされるか分からない。愛されてる…のかもしれないけれど、変態執着系ヤンデレ男が好きな人の体を乗っ取ったら、何するか…いや、考えるのは止めておこう。

 

 

「バタフライエフェクト…そうですね。…『例のあの人』は、やはり辛うじて生きていた…という事が分かりました。まぁ、皆信じようとはしませんが。しかし、貴女が『例のあの人』が唯一愛した人物というのは事実です。魔法省は闇祓いを送ってきませんでしたが、警戒している事は確かです」

「ありがたい限りですね。…まぁ、私はある意味の”切り札”ですから。ヴォルデモートに対する」

「っ! そ、の名前を…」

「あら、マクゴナガル先生。10年前ダンブルドア校長もおっしゃっていたでしょう?」

 

 

 アイルは小さく微笑む。そして目を閉じて言うのだ。

 

 

「…あんな奴、大っ嫌い」

 



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「闇の魔術に対する防衛術」の教師がいなくなった。ダンブルドアは当たり前だが、新しい教師を募集した。アイルがその日の夕食の時、自分のイスの上に置かれた「日刊預言者新聞」を覗くと、求人欄で教師の募集を文章を見かけた。

 

 

 

【ホグワーツ魔法魔術学校・「闇の魔術に対する防衛術」の教師募集!】

 先日、当学校教師が辞職されましたので、新たに「防衛術」の教師を募集いたします。月給:25ガリオン。

 ホグワーツに住み込みで教鞭をとってくださる方を募集しています。

 現在は、アルバス・ダンブルドアが校長をしております。

 

 校長から

「もし来てくれたら、ポテチあげるぞ? それもワサビ味☆ 美味美味〜♪」

 

 

 

 

 校長は相変わらずだ。求人広告でふざけて、誰も来ないのではないかと思う。よく見てみると、これは一週間前のモノだった。アイルはそんなにも寝ていたのか。ワサビ味のポテトチップス、少し食べてみたいが、マクゴナガル曰く口から火出るほど辛いらしいので止めておく事にした。

 チラッと左を見ると、マクゴナガルや校長が何やら話しているのが見えた。左を見ると、図体の大きいハグリットがソーセージを食べているのと、イスが一つ空いているのが見えた。しばらくボーッとしていると、スネイプが話しかけてきた。

 

 

「…アイル、さっきからお前は呆然としているが…どうした」

「いえ。別に…」

「無理には聞かん。あの日何があったのか。しかし、目障りな奴がいなくなると、中々爽快だ」

「”目障りな奴”? それはどういう…」

 

 

 アイルが聞こうとすると、大広間の扉が勢い良くバン!と開いた。途端、生徒達や教員方は驚き、料理を取り落とす。そして皆、音の方向を見る。そこには、真っ赤なローブを着た、ダンブルドアのような長い白髪の、アイルの同い年くらいの若者が立っていた。

 女子達から黄色い悲鳴が上がった。見た事もないような美しい顔立ちをしていて、何処か不機嫌そうだったが、その顔も尚神々しい雰囲気を醸し出していた。

 アイルがそれぞれの寮を見ていくと、スリザリンテーブルでドラコ・マルフォイが驚愕の表情をしているのが分かる。しかし他の周りの人間は唖然としているだけで、驚いてはいなかった。

 

 その男は、何処かで見た事があるようだった。

 

 

「ルシファースト・マルフォイ」

 

 

 男は言葉を発しながら真ん中の道を通り、上座の教職員テーブルに向かって歩いてくる。歩くたびに、美しい純白の絹が揺れた。

 

 

「この度、『闇の魔術に対する防衛術』の教鞭を取る事になった」

 

 

 感情の無い目をして、笑う事も表情を変える事もなく坦々とただ歩いてくる。

 

 

「スネイプ先生…あのマルフォイって人…」

「ルシウス・マルフォイの息子、ドラコ・マルフォイの兄だ…」

「っ!」

 

 

 通りで似ている。あの嫌味ったらしい「死喰い人」。彼奴には二人も息子がいたのか。怒りと殺気がフツフツと湧き上がってくる。あの男はアイルと同い年のよう。それならば、彼女の事を知っているハズだ。彼女の事をーー

 アイルには記憶があった。シルバーブロンドの少年の記憶。彼女が地下に監禁されていた時、一度だけ見た事があった。

 

 

『オマエ…あの人に連れてこられたんだよな?』

 

 

 鎖に繋がれ、逃げる事を完全に諦め、考える事を止めようかなと思っていた頃だった。ヴォルデモートは”調教”と称して「磔の呪い」をかけた。何度も何度もかけた。辛くて辛くて、死にたいくらい痛くて怖くて。でもその度に、ヴォルデモートはアイルをそっと抱きしめる。そしてまた呪いをかけるのだ。

 目の前に現れた白髪の少年は怖くはなかった。アイルは「助けて」とでも言いた気な目で彼を見た。少年は、何処かで見た事のある人物だった。

 

 

『無理だ。助けられない。オマエが俺を恨む理由は分かる…』

『…』

『おい、アイル・ポッター? 何でこんな所に』

『…』

『分からないのか? …あの人は、そろそろ帰ってくる。俺の事は言うなよ』

 

 

 結局その少年が何がしたかったのかはわからなかった。しかし、その時の記憶だけは薄らと残っていた。

 目の前の男ーールシファーストは、その時の少年に似ていた。本人、なのだろうか。

 

 

「おう、ルシファーストか。わしは、ご存知の通りアルバス・ダンブルドアだ。よろしく頼むぞ」

「…はい、よろしくお願いします。…そこの女性は、何か俺に恨みでも?」

 

 

 ルシファーストは、アイルの方を見る。

 

 

「殺気を感じるのだが」

「知ってるくせに。覚えているくせに」

「…」

「そうやって、貴方達はいつも逃げる。いつもいつもいつも。私の苦しい思いは…貴方達の所為で大きくなったのよ」

「俺には知る由もない」

 

 

 彼とアイルとの間に、火花が散っていた。大広間にいる人間は皆、その空気を感じ取った。すぐにスネイプが止めに入る。

 

 

「ルシフ、止めろ。今はそんな事をやる時ではない。後で睨みあえ」

「…オマエはいつもながら邪魔をするな。スネイプ」

 

 

 ルシファーストは言い放つと、スネイプの隣の空いた席に座った。

 

 *

 

「ルシファースト・マルフォイ…貴方はそんな名前だったのね」

 

 

 夕食が終わり、生徒も先生も全員大広間から出た瞬間、そこにはアイルとルシファーストだけが取り残された。天井で輝く魔法で作られた空は、数多の星を映し出し、浮かび続けるロウソクは、淡く辺りを照らしていた。

 漆黒の女と、純白の男。正反対であり表裏一体。その二つの存在が、今対峙していた。

 

 

「アイル・ポッター…俺はオマエを助けたかった」

「戯言かしらね? 私には、虚言にしか聞こえないわ。私がどんな思いをしていたか、知らないくせに」

「違う…俺は両親を死なせたくなかっただけだ。あの人の力は膨大だ」

「私は、彼奴に勝てない事はない」

「分からないだろう? そんな事」

 

 

 ルシファーストはため息をつくと、グリフィンドールのテーブルに座った。

 

 

「…貴方の父親と母親は『死喰い人』なのでしょう? 何故捕まらないのよ。そうでもすれば、私の心は少しでも軽くなるのに」

「俺は知らない。俺に言われても分からない。俺はあの人に逆らえなかっただけだ。もう忘れてくれないか?」

「…」

「俺はやり直したい」

 

 

 彼は真剣な目でアイルを見る。冗談にも嘘にも見えないが、何を今更やり直すというのだ。

 

 

「俺の事は、ルシフと呼べ。暗黒の時代は終わった。もう過去に囚われる事はない」

「何故、何故貴方はそれを私に言うの? 何故ホグワーツに…」

「オマエに会いたかった、ただそれだけだ」

「え…?」

「俺はずっと…オマエの事好きだったから」

『…俺様を差し置いて…』

「っ!」

「ど、どうしたの?」

「いや…」

 

 

 ルシファーストはアイルを見た。さっき、何か声が聞こえた。低い、恐ろしい声だった。しかし、気の所為だろう。彼はアイルを見た。心なしか両者共、頬が赤くなるのを感じた。色白のルシファーストの肌はピンク色に染まっていた。

 

 

「な、何だか、恥ずかしくなってきたな…」

「そうだね…ねぇ、ルシフ? ダンブルドアから何か聞いたのかな? 先任の事とか…」

「嗚呼、辞職くらいしか聞いてないな」

「そうかぁ」

 

 

 なら良し、とアイルはつぶやく。ルシファースト…否、ルシフは訝し気な目で彼女を見るが、何も言わなかった。アイルは、ルシフの気持ちについてはあまり触れない事にした。恋というのは複雑なモノだから。彼女自身、体験などした事ないが。

 

 

「…弟、いるよね?」

「ドラコの事か。良い子にしているか?」

「うーん…分からないな。普通の生徒みたいな感じだよ」

「オマエも弟がいるな。ハリーだろう?」

「えぇ。…あ、贔屓とかないから」

「分かっている」

 

 

 ルシフは楽しそうに笑う。その笑顔はとても素敵だった。アイルはこの時、生まれて初めて心が熱くなった。

 




ハリポタの世界の物価って、案外低いですよね。
世界最速の箒「ファイアボルト」は500ガリオンなのですが、日本円に直すと(1ガリオン約870円)約435,000円のご様子。これを知った時の私の顔→( ´Д`)安い〜〜!
ハリー曰く、ファイアボルトでグリンゴッツの金庫を空には出来ないという事なので、イギリスの魔法界は相当物価が低いのでしょう。
なので、教員の給料は30ガリオン。まぁこれでも高い方なんじゃないかなと思います。ダンブーちゃん太っ腹だからなぁ良いなぁ( ̄ー ̄ )
皆さん、今年も宜しくお願いいたします( ´ ▽ ` )ノ


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ハグリット

 

 

 

 それから一ヶ月が過ぎた。ルシフは普段笑顔を見せないクールな教師だが、アイルの前だけデレるというギャップが女子からの絶大な人気を誇っていた。「闇の魔術師対する防衛術」の授業は中々分かりやすく楽しいらしく、教科自体も全校生徒から支持を得ていた。

 この頃、長い髪を緑色のリボンで結んで上機嫌だった。実はアイルからのプレゼントだったりするのだ。

 一ヶ月間過ごしてきたが、アイルはいつの間にかルシフの事が好きになっていた。最初はその感情がわからなかったが、彼に聞いてみたら、赤らめながら「それは恋だ」と教えてくれた。ヴォルデモートもこんな感覚だったのかな、と闇の帝王の気持ちも考えてしまう。アイルは、好きな人をどうにかして手に入れようとしようとは思わない。しかし、初めてのこの気持ちは大切にしたいと思っていた。

 お付き合いも初めた。しかし、ある日夢の中で誰かがアイルに聞いた。

 

 

「先生は、マルフォイを恨んでいたんではないですか?」

 

 

 と。ごもっともな意見だが、アイルは自分に正直に答えた。

 

 

「私が恨んでいたのは、結局ヴォルデモートただ一人。本当は彼らの事を恨んでなかったのよ。ただ嫌いだと決めつけて、自分が苦しい事への『言い訳』にしていただけ…本当、弱い人間よね」

 

 

 仕方なかった、そんな事分かりきっていた。恨んでいたーーなんて、そんな事はなかった。ただ単に現実から逃げていただけだ。なんて自分は酷い人間なのだろう、と心の底から反省した。

 

 

「あらお三方、相変わらず仲良しですなぁ」

 

 

 ハリー、ロン、ハーマイオニーは、あのハロウィーンの日に何やかんやあったらしく、何だか親友になっていた。びっくり。

 アイルと散歩をしていた三人組は、立ち入り禁止になっていた4階の廊下に入ってしまったと聞いた。

 

 

「そうなの…仕方ないなぁ」

「先生、怒らないんですね」

「ん? だって間違えて入っちゃったんでしょう? 怒るなんて…理不尽じゃない。迷いやすいしね」

「っ…ありがとうございます!」

 

 

 栗毛女子のハーマイオニーは、とにかくアイルにその話をすべきか悩んだようだ。成績優秀の彼女は、それを落としたくないのだ。しかし、ハリーの姉だから良いだろって話す事にしたらしい。

 

 

「ただ、他の先生には言っちゃダメだよ? 罰則じゃ済まなくなるかもしれないから…」

「あそこには、三頭犬がいたんです。な? ハリー」

「あ、うん」

 

 

 ロンにそう言われ、ハリーも大きく頷いた。

 

 

「三頭犬…フラッフィーの事ね」

「フラッフィー?」

「ハグリットのペットよ」

「ぺ、ペットにあんなモノを?!」

「『禁じられた森』に入ってみなさい。あんなの可愛いモノよ」

 

 

 ハーマイオニーは信じられない…という驚愕の表情を浮かべ、ハリーは素朴な疑問を感じた。

 

 

「あの犬は…何のためにあるの?」

「これ以上はダメよ。クビになっちゃう…」

「え…」

「どうしても知りたいのなら、ヒントを上げるわ。『不死』『黄金』…よ。後は自分で調べなさい」

「『不死』…『黄金』…」

 

 

 ハーマイオニーは復唱する。本気で知りたいのかもしれないが、アイルは三人の好奇心に答えるほど甘くない。これでも教師だ。いくらハリーでも、機密事項は漏らせない。

 

 

「お姉ちゃん、機嫌良いね」

「んっふふ〜、気づいた? 実はね、ルシフにこれ貰ったんだ〜」

 

 

 アイルは嬉しそうに左手首を見せた。そこには、銀色のチェーンの黒の光沢のある宝石がついたブレスレットがあった。

 

 

「まぁ、素敵!」

「ありがとうハーマイオニー。ルシフったら本当に優しい人なんだから〜♪」

「良かったねお姉ちゃん。初めて恋人が出来たね」

「っ、皮肉なの? 嫌味なの? ハリー」

 

 

 ハリーは少し悲しそうな目をしていた。ロンとハーマイオニーはその原因が分かっている。大好きなお姉ちゃんに、恋人が出来てしまったからだ。今までずっと相手がいないのは可哀想だなとは思っていたハリーだったが、それならば一生そのままで良いとも思っていた。ずっと自分の側で笑っていて欲しかった。恋人ができたら、もしかしたら自分から離れていってしまうのではないか、取られてしまうんじゃないか…という不信感があったのだ。

 

 

「別に…」

「(あー、これ不機嫌だなハリー)」「(しょうがないわね。後で元気付けてあげないと)」

「む〜、じゃあみんな、ハグリットの所にいかない? 丁度彼、見せたいモノがあるって言ってたし」

 

 *

 

 ハグリットの小屋は、「禁じられた森」のすぐ側にあった。トンガリ屋根のホグワーツに比べるととても背の低いレンガの家だ。しかし、近づくと2メートル以上はあるのではないかと思うくらいの大きさだった。近くの畑にはカボチャや野イチゴが植えられていた。三人共、この場所に来るのは初めてだった。

 

 

「ハグリット〜、いる〜?」

 

 

 アイルは小屋の大きな扉をノックした。すると、中でギシギシという軋む音がして、扉が勢い良く開いた。ハリー達は驚いて飛び上がった。

 

 

「おう、アイルか。いつ来るかと待っとったぞ」

 

 

 小屋の中から、髭もじゃの巨大な男が出てきた。三人共その大きさに唖然としていた。普通の人の2倍はあるのではないかという縦幅と横幅。そして豊富な髪と髭。切っても切っても無くなりそうになさそうだった。

 

 

「やぁハグリット。今日はハリーとそのお友達も連れてきたんだよ」

「おお、みんな、まぁ中に入れや」

 

 

 彼は朗らかに笑うと、扉を開けたまま中に入った。アイルが先導して、三人も中に入る。少し埃っぽい小屋だった。鍋やら何かの卵やらが天井からたくさん吊り下げられ、アイルは何も言わずに近くにあったイスに座った。すると、黒い大きな犬がアイルの元にやってきた。

 

 

「嗚呼、久し振りだねファング。相変わらずじゃないか」

 

 

 アイルはファングの頭を撫でる。ハグリットは、そこに大きなケーキのようなモノを持ってきて、自分も座った。

 

 

「お前らも座りぃや」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 ハリー達は、大きなソファに三人で並んで座った。なんとも言えない空気が流れたが、アイルは嬉しそうにファングの頭を撫でるだけだった。

 

 

「おうお前さんら、俺はハグリット。ホグワーツの森の番人だ」

「僕はハリーだよ、ハグリット」

「お前さんがハリーか。いやぁ、ジェームズに似てるなあ。ただ、目だけは母さんだ」

 

 

 ハグリットは堪能したような笑みを見せ、他の二人に目を向けた。

 

 

「私は、ハーマイオニー・グレンジャーよ。ハグリット」

「僕はロン・ウィーズリー」

「お? またウィーズリーか? あの家は子供が多いな。お前さんの兄さん達にはいつも手こずらされてるぞ。お前さんからも一言言ってくれ」

「フレッドとジョージ?」

「そうだ。『禁じられた森』に入ろうとしてな」

 

 

 彼は苦笑いを浮かべながらため息をつく。

 

 

「フレッドとジョージは、中々面白い生徒よね」

「そう言うのはお前さんだけだ」

「でもね…彼らは本当に面白いんだよ」

 

 

 アイルは楽しそうに笑う。フレッドとジョージは、アイルからしたら面白い生徒なのかもしれない。とても気が合うし、口が上手い。

 

 

「そういえばアイル、ルシファースト・マルフォイと恋人同士だって聞いたが? 事実か?」

「…まぁ、そうね」

「お、そんな目で見らんでくれ。俺はスリザリンとかグリフィンドールとか、寮同士の偏見は持たないつもりだ…良かったなアイル」

「ありがとうハグリット。それで、見せたいモノって何なのかしら?」

 

 

 



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ルシファーストの想い

 

 

 

 俺はルシファースト・マルフォイ。由緒正しい純潔族の「マルフォイ一家」の長男だ。俺の父は、死喰い人で、俺の家にはヴォルデモートが出入りを行っていた。

 丁度あの頃、俺はホグワーツの6年生。学校内で俺は、ある少女に好意を抱いていた。

 

 

「ねぇルシフぅ、どうしたのぉ?」

 

 

 ホグワーツでは俺は、女に好かれた。顔なのか金なのかは分からないが、女共は俺にいつも擦り寄ってくる。成績は学年で2番手ほど、その所為でいつも父親に叱られる。どんなに頑張っても成績は伸びない。だって俺の上には、越えられない壁があったから。

 

 バーン!という大きな音がして、大広間の扉が吹っ飛んだ。こんなことは、日常茶飯時。

 

 

「アイル・ポッター! また扉を壊して!」

「あー…」

「これで何度目ですか?! 嗚呼、137回目ですね!」

「何で覚えてるんですか…」

 

 

 漆黒の髪を持った赤い目の少女、心なしかヴォルデモート卿に似ている少女は、本当に美しかった。始めはそんな事は微塵も思っていなかったが、再び時は遡る。

 

 そう、あれは俺が3年生の時の事だ。相も変わらず俺は2番手。勉強もクィディッチも2番手だった。アイルは、勉強なんてしていなかった。練習もしていなかったーー少なくとも俺にはそう見えていた。昼休みはいつも湖で何かをしている。グリフィンドールが競技場で練習していても、アイルの様子は見えない。

 自分は誰よりも頑張っているのに、何でいつも2番なんだ? おかしいだろ?

 

 もしかすると、不正行為でもあるのかもしれない。先生に何か媚とか色々売って、点数を稼いでいるのかもしれない。

 そんなモノで、自分の成果が消されるのは許せないーー俺はそんな気持ちで、本性を暴くべく彼女をつけ始めた。

 

 授業から昼休みまで姿を隠してーー

 しかし、そんな甘い工作では彼女を騙せるワケなかった。

 

 

「ねぇストーカー君、一体全体朝から何なのかしら?」

「っ!」

 

 

 アイルは人通りのない廊下で、俺がいる所をジッと見つめた。すると、見る見るうちに魔法は解けていく。無言で魔法を解く、何て強い魔力だとあの時は思った。

 

 

「スリザリンの…同学年かな」

 

 

 アイルが一歩近づいてくる毎に、俺は一歩下がった。

 

 

「何で逃げるんだい? スリザリンの少年」

「…じゃあ聞きたい。何故お前は勉強しないのに学年トップなんだ? 何故お前は練習もしていないのにクィディッチが上手い?」

「勉強はそう…既に小さい時からしていたから。覚えているだけよ。クィディッチは、皆がいなくなった頃に『禁じられた森』上空でやっているわ。一人の方がやりやすいもの」

「え…」

「許可は取ってある」

 

 

 彼女は真顔で首を傾げて、俺を見つめた。

 

 

「どうしてこんな事を?」

「俺は…由緒正しい家系の人間だ。文武両道でなければならない。オマエが…いつも一番だから…」

「ふぅん、私が何かやってるんじゃないかって思ったんだね。でも残念ながら…私は何もやってないわ」

「そのようだな」

「でもまぁ…血なんて気にする事ないよ。勉強だって、クィディッチだって、君は才能で溢れてる。私なんかよりもずっとね。今聞いた話だと、成績が上がらないのは、私を追い抜かせないからっていう『言い訳』にしか聞こえないよ?」

 

 

 アイルの言葉は、刃物に姿を変えて俺の心に突き刺さった。と同時に、暖かい優しさのようなモノが俺の傷を治していった。

 

 

「君は頑張ってる…勉強にもクィディッチも、貴方は頑張ってる。だからそのまま、上を目指せば良いの。貴方には頑張って欲しい。でも、私は気を抜くつもりはないよ。貴方が望むなら、私は貴方と同じくらい勉強する。同じくらい皆と練習する。それでどう?」

「っ…」

「うん、じゃあ、頑張ってね」

 

 

 俺は彼女を追いかける事が出来なかった。優雅な背中を見つめる事しか出来なかった。

 

 翌日から、アイルは有言実行となった。勉強に励み、クィディッチは競技場で練習しているのを見かけた。それを見て、俺も頑張った。

 俺は何だか、アイルを見ていると胸が熱くなっていた。気がつくと写真まで撮っていた。少し自分に寒気がしたけども、そこで俺は気がついた。

 

 

「俺は彼奴が好きなんだ…」

 

 *

 

 ホグワーツの6年生にもなった時も尚、俺はアイルの事が好きだった。勉強も碌に頭に入らないほどに好きだった。丁度その時、俺には弟が生まれたドラコ・マルフォイという名前らしい。早く家に帰って会いたい。

 暗黒時代真っ盛り。俺の父さんと母さんは死喰い人となり、ヴォルデモートに屋敷を貸しているらしい。というより、ヴォルデモートが滞在しているというべきか。

 ある日、俺には父さんから手紙が届いた。

 今すぐに家に帰って来い。彼の方がお呼びだ。来ないと殺されるぞ。

 

 ルシウス・マルフォイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん…」

 

 

 短い手紙だったが、それだけは俺は全てを悟った。彼の方、というのはヴォルデモートの事だろう。俺は慌てて帰宅した。何故だか、アイル・ポッターは今年いなかった。

 

 *

 

「嗚呼、ルシフ。お帰りなさい」

「母さん…一体何が…」

 

 

 家に帰るとすぐに俺は両親の安否を確認した。良かった、まだみんな生きていた。聞いた話だと、俺は何やら仕事があるらしい。

 だがそんな仕事も伝わらない間に、事は起きた。

 

 

「ご、ご主人様...その娘は...」

「ルシウス、そう言えばこの屋敷には地下牢があったな。この娘をそこへ連れて行け。鎖で繋ぎ、決して逃げられないようにするのだ」

「か、畏まりました...」

 

 

 俺はヴォルデモート卿を初めて見た。アイルと同じ真っ黒な髪と真っ赤な瞳、ハンサムな顔立ち。一見成人間近の青年に見えたが、卿からは何か恐ろしい空気を感じた。何人も人を殺めたような雰囲気だ。そして彼の手には、見覚えるのある者が抱えられていた。

 アイルだった。気絶した様子で、眠り姫のように目をとじていた。驚いた。家に帰っていたハズの彼女が、何故こんな所にーー

 

 地下室に彼女は閉じ込められた。頻繁にアイルの叫び声が聞こえる。何がされているのか、考えたくなかった。こんな声も聞こえた。

 

 

「嗚呼、僕のアイル…痛かっただろう? ほら泣かないで…僕が癒してやるよ…」

 

 

 ヴォルデモートは少し若返っていた。俺と同じ年くらいに。声も恐ろしいモノではなく、若い冷静な声だった。

 俺は彼女が心配になって、ヴォルデモートが出かけた時俺は地下室に降りて彼女の様子を見に行った。鎖で繋がれたアイルは、酷く衰弱したように見えた。何度も何時間も「磔の呪い」をかけられて事だろう。可哀想に。これがずっと続くのだ。

 

 どうやらアイルは俺の事を覚えていないようだった。しかし、そんな事どうでも良い。彼女を助けたかった。でもそれは、ヴォルデモートを敵に回す事になる。アイル自身の苦しみを長引かせたのは、ある意味俺だったのかもしれない。

 

 *

 

 ヴォルデモートは滅んだ。アイルは解放された。あの時の彼女は、本来なら精神が壊れている所だろう。しかし、彼女には「弟」という心の支えがあったのだ。

 

 あれから10年。父さんから、アイルがホグワーツの教師になった事を聞いた。丁度、「闇の魔術に対する防衛術」の教師がいないという事なので、求人広告が出されていた。俺はそれを見つけるや否や、ダンブルドア当てに手紙を送った。職につきたい、と。

 すると、1日も経たずにふくろう便が帰ってくる。「勿論じゃ。いつでも歓迎じゃぞ」と書かれてあった。ダンブルドアはきっと、俺の気持ちが分かっているのだろう。

 

 ホグワーツに行く。久しぶりの学校だ。

 早速大広間の扉を開ける。生徒達の目が一斉に俺に集まる。俺はずっと髪を伸ばしていた。その所為で、歩く度に髪がウザったらしく揺れる。

 自己紹介をしながら、俺は教職員テーブルの所までくる。ダンブルドア、マクゴナガル、そしてーーアイル。彼女は俺を強く睨みつけてくる。理由は、分からなくもない。だが、あれは仕方なかった。本当に悪いと思っている。

 

 夕食の席が終わった後、俺とアイルは二人きりで大広間に残った。

 

 

「アイル・ポッター…俺はオマエを助けたかった」

「戯言かしらね? 私には、虚言にしか聞こえないわ。私がどんな思いをしていたか、知らないくせに」

「違う…俺は両親を死なせたくなかっただけだ。あの人の力は膨大だ」

「私は、彼奴に勝てない事はない」

「分からないだろ? そんな事」

 

 

 嗚呼アイル、いつもながら何て美しいんだ。

 しかし、その本心を出さず、俺はため息をついてグリフィンドールの席に座る。

 

 

「…貴方の父親と母親は『死喰い人』なのでしょう? 何故捕まらないのよ。そうでもすれば、私の心は少しでも軽くなるのに」

「俺は知らない。俺に言われても分からない。俺はあの人に逆らえなかっただけだ。もう忘れてくれないか?」

「…」

「俺はやり直したい」

 

 

 俺は真剣な目でアイルを見る。嘘でも冗談でもない。心からの言葉だ。

 

 

「俺の事は、ルシフと呼べ。暗黒の時代は終わった。もう過去に囚われる事はない」

「何故、何故貴方はそれを私に言うの? 何故ホグワーツに…」

「オマエに会いたかった、ただそれだけだ」

「え…?」

「俺はずっと…オマエの事好きだったから」

 

 

 俺は、今までずっと伝えたかった事を口にした。アイルは少し驚いた顔をしたが、途端に低いうなるようなーーそして恐ろしい声が聞こえたような気がした。

 

 

『…俺様を差し置いて…』

「っ!」

「ど、どうしたの?」

「いや…」

 

 *

 

 それから一ヶ月の月日が経った。俺はその間、アイルに対する想いがさらに強くなってきていたのを感じた。そしてアイルも、心なしか俺の事が好きなんじゃないかと思い始めてきた。この間、髪が邪魔だろうと緑色のリボンで結んでくれた。物凄く嬉しかった。

 俺は覚悟を決めて、アイルに言った。月明かりの下、満面の星空が見守る中ーー

 

 

「アイル、俺は…前も言った通りオマエが好きだ。いや、そんな甘い言葉じゃ伝えられない。愛している」

「っ…私は…」

「どうか、俺と付き合ってもらえないか?」

「それは…恋人?」

「あぁ…」

「そっか、恋人か…」

 

 

 しばらく不思議そうな表情を浮かべていたアイルだが、しばらくすると再び口を開いた。

 

 

「良いよ。私もルシフの事好きだもの」

「ほ、本当か?!」

「うん。でも、自分から好きだっていうのは恥ずかしくって…嬉しい」

「良かった…!」

 

 

 俺は嬉しくって仕方なくって、アイルに思いっきり抱きついた。彼女はビクッと震えたが、優しく微笑んで頭を埋めてくれた。嗚呼、何て可愛いんだ。

 

 

「ありがとう…」

 




恋愛語る奴は恋人いないっていうけど、本当だね。


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ドラゴンと少女

 

「おう、ちょっと待ってくれ」

 

 

 ハグリットは、火を灯した暖炉の所まで行った。そこでは、大鍋の中で何かが温められていた。ハグリットは大きな分厚い手袋をはめると、大鍋の中のモノを取り出し、ツクエの上にゆっくりと置いた。それは卵だった。灰色でダチョウの卵のような大きさだった。

 

 

「…ハグリット、貴方、逮捕されたいの?」

「え、アイル、俺はただ、ペットの卵を孵化させようとしているだけだが? ドラゴンの」

『え?!』

「はぁ…良い? ハグリット。ドラゴンの卵は、取引禁止品目Aクラスの危険な魔法生物よ。すぐに移動させないと…」

「んなもん無理だ。もう卵から出てくるぞ〜」

 

 

 彼は手袋を取って鼻歌を歌いながら、大鍋を何かでかき混ぜ始めた。ロンは興奮した様子で言った。

 

 

「ドラゴン誕生の瞬間なんて! 生きている間ではもう二度と見られるもんじゃないぜ!」

「何言ってるのロン、これが見つかったら、ハグリットが大変な事になるわ」

「同意よ。この家が燃えるわ」

「お姉ちゃん、ドラゴンってそんなに危険なの?」

 

 

 ハリーは卵をジッと見つめる。今まで魔法界と切り離されていたハリーにとって、こんな非現実的な事はとても興味があるのだ。アイルは笑顔で頷き、ハリーの頭を撫でた。すると彼は、少し嬉しくなって自然と笑みがこぼれ落ちる。二人の友人は、それを見て苦笑した。このシスコンめ。

 途端、卵に少し亀裂が入った。ハグリットはすぐに駆けつけてくる。

 

 

「生まれるぞ。よーく見とれ」

「仕方ないわね。此処は、見守るしかないわ」

 

 

 アイルは立ち上がってカーテンを閉め、外から中の様子を絶対に見られないように魔法もかけた。

 

 

「これで大丈夫…」

 

 

 五人でツクエを取り囲み、卵を見つめる。何かの小さな足が、大きな卵の殻を破った。パリ…という音とともに、その怪物は姿を現した。

 黒い小さなコウモリのようだった。筋がクッキリと見え、それに相応しない美しくも強い羽。そして、大きな半分ほど飛び出した黄金の瞳。見るからに不気味だった。卵から出たばかりなので、白いベトベトした膜がドラゴンにまとわりついていた。

 

 

「ふ〜ん、可愛い子ね」

「そうだろうそうだろう…嗚呼、美しい」

『え…』

 

 

 三人の子供は、目の前の麗しい女性と巨体の髭もじゃの感性が分からなかった。この不細工なドラゴンの何処に、可愛いや美しいといった要素があるのだろうか。

 アイルは、ドラゴンに触れた。

 

 

「ハグリット、『刻印』して良い?」

「え、あれをするのか? お前さんが? まぁ構わんが…」

 

 

 ドラゴンは首を傾げた。特に抵抗する様子はない。それどころか、何だか安心したように尖った尻尾を振り、少し紅蓮の炎を吐いて、ツクエに寝た。アイルはそのドラゴンの頭を優しく撫でる。

 

 

「ハリー、ロン、ハーマイオニー、今から私がする事は完全に他言無用。もし誰かが知ってたら…容赦なく全ての記憶を消させてもらうわ」

『は、はい…!!』

 

 

 そして彼女は目を閉じ、杖をドラゴンに向けて詠唱を始めた。辺りは、水を打ったかのように静かになる。自然の音も暖炉の燃え盛る炎の音もかき消され、その小屋は大きな魔力で包み込まれた。

 

 

『我の前に生けるノルウェー・リッジバックよ』

 

『永久の紲は其方を繋ぎ止め』

 

『其方は主人に全てを捧ぐ』

 

『曙の美しさ』

 

『燈の光』

 

『尊の刹那』

 

『烈の強さ』

 

『主人は其方にそれらを捧ぐ』

 

『我の前に生けるドラゴンよ』

 

『其方の忠誠を体に刻み込みたまえ』

 

『主もまた刻む 不滅の縁を』

 

 

 アイルは唱え終わると、杖で自分の腕を切った。途端に緋色の液体が宙を舞い、ドラゴンにかかった。すると、ドラゴンは物凄い光を放ち始めた。眩しくて、目が見えないほどだ。

 煌が失せると、五人の目の前には銀髪ショートの中性的な少女があった。少女は牛乳のような色をした、だぶだぶのローブを着ていた。天使のように可愛らしい少女は、5歳半ばのようで、白金の瞳を周りに向けてキョロキョロとしていた。

 

 

「お、ねえ、ちゃん…?」

「おぉ、久しぶりだけど上手くいったようね」

「あり? なんでにんげんになってるの?」

 

 

 可愛らしい少女は、自分の姿がドラゴンでなく人間になっている事に気がつき、アイルに目を向けた。すると、彼女は笑顔で答える。

 

 

「私のかけた魔法の所為よ」

「ドラゴンを、人間にする魔法…? そんなの、聞いた事ない」

「当たり前よ。私が作ったモノだもの」

「あ! 『魔法の錬金術師』!」

「あぁグレンジャー、私の黒歴史を掘り起こさないで!」

 

 

 アイルはわざとらしく頭を振る。

 

 

「おかあちゃん?」

「えぇそうよ。可愛いドラゴンちゃん」

 

 

 麗しき女性は優しく微笑むと、ツクエに座る小さな少女の頭を撫でた。シルクのような滑らかな銀髪は、何処かルシフを連想させた。でも、よく見ると若干色が違うのが分かる。

 

 

「私はアイル。この髭もじゃさんはハグリット」

「はぐりっと?」

「そうよ。それで、ハリー、ロン、ハーマイオニーね」

「はにー、ろむ、はーみゃいおにー?」

「あ…うん、そうね」

 

 

 少女は首を傾げてハリー達を見た。

 

 

「ハチミツみたいな名前になっちゃった」

「僕はハムじゃないのか?」

「私は猫っぽくなったわね…」

「アイル…その子の名前、俺がつけて良いか?」

 

 

 ハグリットは、アイルの様子を伺うように恐る恐る言う。何を恐る必要があるのか。数多の怪物達を目の前にして、ひるまずに「可愛いな〜♪」と言ってきた男が何を今更。アイルはえぇ、と笑って言った。

 

 

「貴方のドラゴンよハグリット。是非名前をつけてあげて」

「うぅ…お前さん良い奴だなぁあ」

「さぁ、どんな名前なの?」

「女の子だから、ノーバーとかどうだ?」

「ノーバーだって…どう思う?」

「うん! それがいい!」

 

 

 少女…否、ノーバーは大きく首を上下に揺らした。すると、ハグリットは本気で嬉しそうな顔をした。今にも泣きそうだった。どんだけ嬉しいんだよ…

 

 

「おうをおおお!!」

「ハグリット、お黙りなさい」

「はいぃ、すまんアイル。みんな」

 

 

 急に叫び出したハグリットに驚き、ハリー達は目をカッと見開いて若干震えていた。

 

 

「ねぇノーバー、貴方、この小屋で過ごしてもらえないかしら?」

「え…このいえ? いいよ!」

「うおおっぉ!」

「はぐりっと、よろしくね」

「あぁ! 良い子だなぁ!」

 

 




注意:別に犯罪じゃねぇよ、だって相手はドラゴンだ

アイルがチートすぎるんじゃないかという意見もリアルで聞いたのですが、個人的にチートは大好きです。なので容赦なく打ち込みます。私の小説はみんなチートだ、それを理解してくれ。
正直、こっちの話は秘密の部屋まで書き溜めをしているのだけど、私は大きなストックがある方が安心なので、この調子で進んでいきます。


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賢者の石

 

 

 

「そういえば、あの卵はどうやって手に入れたの?」

「お? パブで飲んでたらな、不思議な奴でであって…ちょいと賭けをしたんだ」

 

 

 何時の間にかノーバーに懐かれているハグリットに、ハリーは問いを投げかけた。

 

 

「賭け?」

「そうだ。ちょいとポーカーをな。俺が勝ったワケで、この卵を貰ったんだ。面白い奴でな。俺の仕事に物凄い興味を持っとった」

「…続けて」

 

 

 アイルは何やら急に表情が険しくなり、考え込むような顔をした。

 

 

「どんな魔法生物を飼っとるかとか聞かれてな。特にフラッフィーの事について聞きたがったな」

「え、話したの?」

「あぁ。彼奴を手なずけられるのは、俺やダンブルドア校長…あとアイルだけだって。でも、ちいと音楽を聞かせてやればスヤスヤ〜っと…」

「っ! …不味い。非常に不味いわ…ハグリット、その人物の特徴は?!」

 

 

 彼女は急に立ち上がり、ツクエの力強くたたいた。その表情は、焦りと恐怖に満ちていた。

 

 

「早く言いなさい!」

「わ、わかった…声は男だったな。黒いローブを着ていて顔を見えなかったが…背格好は女みたいな感じだったな」

「声が男で…背格好が女?! どういう…」

「お姉ちゃん、どうしたの? 急に怒鳴ってーー」

「貴方達は関わり合いになってはならない事よ」

 

 

 アイルは歯を食いしばり、大きなバン!という音を立てて小屋から出て行った。ハリー達はただ呆然としているだけだった。あんなに怒ったアイルを、ハリーは初めて見た。怒っていても綺麗な人だったけど、やっぱりずっと笑顔でいてほしい。ハリーの悲し気な顔を見かねたハグリットは、気まずそうに言った。

 

 

「あー…アイルは怒ると怖いんだ」

「お姉ちゃんが怒った所、僕初めて見た」

「そりゃあ唯一の家族だもんな。怒りも涙も見せたくはないんだろうな」

「ねぇハグリット、教授はどうしてあんなに怒ったのかしら?」

 

 

 ハーマイオニーは首をかしげた。頭の良い彼女の事だから、きっと大方の想像はついているのだろうけど、それでも確信はなかった。あくまでも仮説に過ぎないのだから。

 

 

「ハグリット、本当は知っているんでしょう? 全部」

「おうおうハーマイオニー、いくらお前さんの頼みでもそれは教えられん。ダンブルドアとの約束だ」

「…ハグリットはポッター先生とかダンブルドアとかと親しいんだね」

 

 

 ロンが言った。すると、ハグリットが嬉しそうに胸を張った。

 

 

「その通り。二人共、偉大な人だ。俺なんかを気にかけてくれて…」

「ダンブルドアとの約束だなんて…貴方は相当信用されているのね」

「おうよ。ダンブルドアは俺の事を信頼なさってくれている。何と嬉しい事だ」

 

 

 髭もじゃの友人は上機嫌そうに笑い、戸棚からクッキーを取り出した。ロンはそれの一つを口に放り込むと、食べながらモゴモゴと言った。

 

 

「だんぶるどあ?」

「おうノーバー、俺の恩師だ。物凄い人なんだぞ」

「あいたい! あいたい! ノーバーあいたいー!」

「わかった。今度あわせてやるぞ」

 

 

 ハグリットは滑らかなノーバーの髪を撫でた。多分、アイルが連れ歩いていたらルシフとの子供だと思われるだろう。勿論違うが。ロンは不思議そうに言った。

 

 

「なぁハーマイオニー、さっきさ、『魔法の錬金術師』とか言ってなかった?」

「貴方、知らないの? アイル教授の異名。魔法をいとも簡単に作る魔女だと言われてるのよ。その様は、まるでニコラス・フラメルのようみたいだって」

「ニコラス・フラメルっ!」

「どうしたの? ハグリット」

「いや、なんでもない…」

 

 

 ニコラス・フラメル…その言葉に反応したハグリット。ハーマイオニーは訝しげな顔をして唸った。

 

 

「ニコラス・フラメル…確か、『賢者の石』を作った人物…あ!」

「げ、なんでそんな…」

「ハグリット! フラッフィーのいた所には、『賢者の石』があるんじゃないの?!」

「げ、なんでそんな…」

「図星なのね…」

 

 

 ハーマオニーは呆れた表情でため息をつく。『賢者の石』とは、あらゆる金属をも黄金に変え、不死の水は作り出す錬金術によって生まれた代物。アイルはこの事を言っていたのだ。しかし何故ホグワーツにそんなものが…

 

 

「そういえば本に、現在石は作成者のニコラス・フラメルが所有しているとあったけど…」

「ハーマイオニー、べ、別に俺は『賢者の石』があるとは言っておらんぞ」

「でも、顔に書いてるもの」

「…」

「はぐりっと、うそついちゃ、めー!」

「うぐぐ…」

 

 

 可愛いノーバーにもヒゲを引っ張られ、嬉しいけどちょっと悲しいハグリット。嘘ついちゃダメだてさ。

 

 

「お姉ちゃん、何処行ったのかな…」

「アイルは行動の分岐が多いからな。兎に角わからない子だったよ。昔っから」

「大丈夫さ。アイル先生は強いから、何があっても」

「そうよ。…何故『賢者の石』がこの場所にあるのかは分からないけど、今私達にできる事は何もないわ。じゃあね、ハグリット。また来るわ」

 

 

 ハーマイオニーはソファから立ち上がり、ノーバーの頭を撫でた。

 

 

「今度は普通の話題を持ってきてくれや」

「さぁどうかしら? でも、今度はノーバーの好きそうなモノを持ってくる」

「ノーバーのすきなもの?」

「そうよノーバー、まだわからないけど…ドラゴンだからね…」

 

 *

 

 とりあえず暇だったので、ハリーとロンは、何処かへと向かうハーマイオニーの背を追った。何やら興奮した様子で、楽しそうな表情を浮かべていた。

 たどり着いたのは「図書館」だった。厳格な司書の取り締まる宝庫は、いつもながら少しガヤガヤてして、人で賑わっていた。

 

 

「ねぇハーマイオニー、どうしたんだい?」

「ちょっと、『ニコラス・フラメル』について調べてみようと思うの。あと、『賢者の石』についても」

「何でだよ。別に良いだろ? 論文書けって言われたわけでもあるまいし」

「言われるかもしれないわよ?」

 

 

 ハーマイオニーはハキハキと言うと、早足で奥へ奥へと進んで行く。その間、本を手に持つ少女や、魔法で本を取っている青年、宿題をしていると見せかけて悪巧みをしている赤毛の双子を見かけた。

 すると、彼女はある本棚の前で止まった。天井からは、「魔法史」と黒い文字で書かれている装飾の施された木の板がぶら下がっていた。よく見ると、ヒゲの老人や見た事のある女性が彫られている。アイルが作った事は確かだろう。

 

 

「とりあえず、私はそれが知りたいの。わかる?」

「はぁ…」

「だから、手伝ってねハリー」

 

 

 




やっと本題が入ってきた...


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透明マント

 

 

 

以来、アイルの姿が見えなくなった。授業は休講。弟のハリーでさえ、姉が何処へ行ったのかが分からなかった。ダンブルドアに聞こうとも思ったが、校長室の場所さえ分からないし、夕食の席には出ているがそれが終わった途端、すぐに何処かへ消えてしまう。マクゴナガル先生でさえ知らないという。

噂では、「死喰い人に連れて行かれた」とか「アズカバンに収監された」とか「自爆して死んだ」などーー中々不名誉なモノが流れていた。みんなアイルに何があったのかを知りたがり、弟のハリーに殺到したが、彼自信も何も知らないのだ。

アイルは不思議な人物だ。行動の分岐が多い、気まぐれな人。すぐフラッといなくなったと思ったら、気が付いたら側にいた…なんて事はよくあった。

 

アイルが失踪してから一ヶ月。流石に少し風邪をひいていたなどとは言い訳出来ない期間だった。ハリーはアイルが心配過ぎて碌に食事が喉に通らなかった。先生方も不穏な表情で校長に問い詰めていたが、ただ彼は「じゃが◯こ食べたい…」を連呼していただけだった。

大広間はいつもよりもより豪華になり、魔法で作られた夜空には満月が輝いていた。テーブルはご馳走で溢れ、皆必死で頬張っている。しかし、ハリーは楽しい気分にはなれなかった。姉がいないクリスマスなんて、クリスマスじゃない。

 

 

「ねぇハリー、元気を出して。アイル先生はきっと大丈夫よ」

「一ヶ月も前に何も言わずいなくなって、無事だっていうならそうなんだろうね」

「ハリー…」

 

 

ハリーは、目の前にある大きなチキンの丸焼きをフォークで突いた。アイルならこんなの丸々五つくらい食べそうだ。優しい姉の顔を頭の思い浮かべながら、ただ呆然とチキンを見つめた。食欲なんて皆無。お腹も空いていない。

 

 

「なぁ、僕ら暗いハリーは見たくないよ。先生は物凄く強いし綺麗だし…きっと、ダンブルドアが何も言わないって事は、極秘の任務とかについてるんだろ」

「そう、なのかなぁ」

「そうさ。じゃなきゃ、先生がハリー置いて何処かにいくわけないだろ?」

「そう…だよね!」

 

 

とりあえず、信じてみたかった。ロンの言葉を信じたかった。それが現実であってほしかった。

捨てられたんじゃないかとも考えていたハリー、今思えば、何でそんなに自分の姉を信用していなかったのか、不思議でならなかった。

 

 

談話室に戻ると、そこには大きなクリスマス・ツリーが飾ってあった。誰が巻いたのか、グリフィンドールのマフラーがツリーにグルグル巻きになっていた。昨日はこんなものなかったのに。談話室には、何故か人はいなかった。クリスマスの夜は、早く寝て明日を待とうという魂胆なのかもしれない。

ハリーのクリスマスは、そこまで良い思い出とまではいかない。アイルには毎年プレゼントを貰っていた。ハリーは基本的に欲しいものはなかった。あえて言うなら、姉の笑顔だろう。今まで貰ったプレゼントは、本が多かった。アイルはハリーが物欲がない事を知っているので、少しでも知識が多い方が良いだろうと本をプレゼントしてくれていた。

アイルのプレゼントは本が多い所為か、ハリーの成績は良かった。成績表を見せる度にアイルが窒息するほど抱きしめてくるので、姉の笑顔欲しさにもっと必死に勉強した。学年一とまではいかないが、上位何位にかは絶対入っていた。

今もハリーは毎日予習復習をしている。魔法でも数学でも、良い成績は取りたいのだ。アイルに見せたいのだ。自分の努力の結晶を。

彼はロンと一緒に自分の部屋へ上がった。ルームメイトのディーン、シェーマス、ネビルはベッドの上に寝転がっておしゃべりに没頭していた。

 

 

「おうハリー、良い所に来たな」

「どうしたの? シェーマス」

 

 

ハリーは黒のオーラを纏い、自分のベッドに横たわった。一日中の疲れがドッと溢れ出すのを感じた。

 

 

「何か、マルフォイ先生が挙動不審だとか言ってるんだよ?」

 

 

ネビルがおどおどした口調で言う。近くの机の上には、思い出し玉が乗せられていた。

 

 

「ルシファースト・マルフォイが?」

 

 

あのアイルの恋人であり、学校の人気教授の一人であるルシファースト・マルフォイ。不穏には思うが、アイルの好きな人なのであえて口は挟んでいないハリーだが、それなりに嫌悪はしていた。不安だし、怖いし、騙されているような気しかしないし。

 

 

「あ、ハリー、興奮するなよ? で、どんくらいキョドってるんだ?」

「何か、真夜中に学校を徘徊してるとか。一部の噂では、『アイル先生を拉致した』って…」

「はああぁああっ?!」

「いやハリー?!」

 

 

ハリーはディーンの言葉に反応して飛び上がり、奇声をあげた。ーー誰が誰を何したって?!

 

 

「あの野郎許さねぇ!」

 

 

彼はエメラルドグリーンの目を殺気立たせ、メガネがズレているのも気にせず、ベッドから飛び起きた。そして杖を取り出し、完全に人殺しの雰囲気だった。ロンは嫌な予感しか感じず、ハリーの腕を掴もうとしたが、間に合わずに彼は外へ出て行ってしまった。

ハリーは真顔で階段を駆け下りる。ロンは急いで後を追いかけた。

 

 

「待てよハリー! おい!」

 

 

談話室まで降りると、いくつかクリスマスプレゼントが置かれているのを見つけた。その中に一つ、「ハリーへ アイルより」と書かれた中くらいの箱がクリスマスツリーの目立つ所にあったのを、ハリーを見つけた。一瞬で表情が和らぎ、すぐにその場に座り込んだ。ロンが気がついた頃には、彼は杖を床に置いてプレゼントの箱を開けていた。

 

 

「ハリー、良かった…」

「…ロン、これ見てよ!」

 

 

ハリーはパアッと笑顔になった。ロンが箱の中を覗いてみると、クリスマスカードと何かスベスベした滑らかな黒い布が見えた。

 

 

「何これ?」

「見てよ!」

 

 

ハリーは嬉々としてロンにクリスマスカードを渡した。ハリーの目の色は、もう清々しいエメラルドグリーンに戻っていた。ロンは改めてハリーの見て思う。姉弟なのに、似ていないな…と。黒い髪色は同じだ。しかし、あの炎のような赤と森のような緑、正反対の色だが、引き立てあっているように見える。

ロンは彼の機嫌を損ねないようにと、笑顔を取り繕ってカードを受け取った。

 

メリークリスマス! ハリー!

 さて、最初に言っておきたいのは、ハリーを置いて勝手に何処かに行ってしまった事を許してください。本当に自分勝手な行動を取った事を反省しています。言い訳ですが、ダンブルドア先生のお使いなのです。ごめん本当にごめんね。

 その箱の中に入っているものは、私からのプレゼントです。手作りだよ? メイドインアイルの最高級品だよ? 

                  アイルより   

 

 

 

「透明マント…だって?!」

「これかな…」

 

 

ハリーは箱の中から黒い布を取り出した。それはシルク以上の滑らかさで、触り心地は水のようだった。ロンが着てみろよ、と言ったので、ハリーはいそいそと羽織った。途端、ロンが息を飲む声がした。ハリーが下を向いてみると、何もなかった。そう、自分の姿が見えなかったのだ。

 

 

「すっげー、先生の手作りか?」

「お姉ちゃん、こんなの作れるんだ…」

「これなら学校中歩き回れるな」

「学校中…」

「うわあ、ハリー、変な事考えるなよ? 考えるなよおお?」

「それはフリかな」

 

 

悪戯っぽく笑うと、マントを脱いで、嬉しそうに抱きしめた。

 

 

「お姉ちゃん…」

「シスコンめ。じゃ、部屋戻るぞ」

「嫌だ。ちょっと、これで旅に出てくるよ」

「うん、何があっても僕は知らないぞ」

「じゃあ、僕一人で行く」

 

 

ハリーがクリスマスカードを大事そうにポケットに仕舞い、透明マントを被ろうとした所で、ロンに腕を掴まれた。もうロンは、ハリーを逃すわけにはいかなかった。もし野放しにしていたら、何をやらかすか分かったもんじゃない。

 

 

「僕も行く。もう夜中だ。君一人じゃ危ない」

「…分かった」

 

 

 




更新遅いとか言わないでッ
もっと長くしろとか止めてッ
ハリポタのスリザリンの格好して、丸メガネかけて、ハリポタのサントラ流して、ハリポタの二次を書いてる私ね...幸せッス


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みぞの鏡

 

 

 外はもう暗闇の中。透明マントの影に隠れ、二人はホグワーツ城を歩いた。城内は真っ暗ではなく、僅かに松明や明かりがついて辺りを照らしていた。夜のホグワーツは、美しかった。肖像画は眠り、ゴーストは目を閉じたまま彷徨う、窓から見る黒い湖には、月明かりに照らされてホグワーツ城が摩天楼のように映し出されていた。

 二人は無言でホグワーツの中を歩いた。途中、見回りの先生も見かけたが、ーー気配は感じたかもしれないがーー気がつかれなかった。

 

 

「ねぇ、あれ見てよロン」

 

 

 ハリーが指差す方向には、ルシファースト・マルフォイがいた。ロウソクを片手に、怪し気にキョロキョロと辺りを見回していた。その表情は何処か硬かった。見回り、というわけでもなさそうだ。ハリーは、ルシファーストに対する容疑を一瞬にして思いついた。ロンが横を見た時には、ハリーの目からは正気が消えていた。

 此処で声を出したら確実にバレる。故にロンは、無理矢理ハリーを引き止める事が出来なかった。こんな事なら、聡明ならハーマイオニーを連れてくるべきだったとつくづく感じた。

 

 二人はルシフの後を追った。行き着いた先は、立ち入り禁止とまっている4階のあの三頭犬の部屋だった。ルシフはその中に躊躇せず入ったが、二人は戸惑った。入るべきか、入らぬべきか。いや、今日は此処で止めておこうーー

 

 *

 

 翌晩もまた翌晩も、ハリーは透明マントを乱用して学校中を見て回った。ロンには内緒で、だ。そして毎晩ルシフを探した。何か怪しい動きをしていないか、見張っていたのだ。寝不足になんてならない。だって、大好きな姉のためなのだから。

 ある日の事だった。いつもどおりハリーがルシフをつけていた。ルシフはいつも夜には自分の部屋にいる。この頃、少し右足を引きずっているようにも見える。

 

 ハリーはどうしても中の音が聞きたかった。悪趣味だとは思ったが、「盗み聞き魔法」というのを習得してみた。

 丁度この日、ハリーはその覚えた魔法を実践した。こうやって日常生活(?)に使ってみるのは初めてだった。ハリーには中の声が丸聞こえだった。

 

 

『あぁアイル、何て君は美しいんだ…』

 

『彼の方が欲しがるのも無理はない』

 

『この腕でずっと抱きしめていたい、アイル…』

 

『俺がずっと側にいるから』

 

 

 彼は聞くのをやめた。これ以上は、聞きたくなかったのだ。踵を返し、いつの間にか知らない空教室にいた。満月が大きな窓から差し込み、明かりもないのに辺りを白く照らしていた。冷たい空気に包まれ、ハリーは歩いた。その教室には、背丈の二倍くらいはある、大きな鏡があった。金の不死鳥の彫刻が施された豪華な縁に、小さくこんな文字が書いてあった。

「すつうを みぞの のろここ くなはで おか のたなあ はしたわ」

 

 一体なんの事だろうと、鏡を見たハリーは驚いて透明マントを落としてしまった。隣にアイルがいたのだ。しかし、急いで横を見ても姉の姿はない。鏡の中にいるのかもしれないと、鏡を叩いてみたが、アイルはただただこちらを向いて笑っているだけだった。

 姉の顔を久しぶりに見た。頭が良くて優しくて綺麗な自慢のお姉ちゃん。今何処で何をしているのだろうとふと考える。ハリーはアイルからプレゼントされた透明マントをかぶると、その場に座った。鏡の中には、アイルが写っている。ずっとこうしていたかった。ずっとアイルが見ていたかった。

 

 ずっと呆然と鏡を見つめていた。どのくらい時間が経ったのかは全く分からない。でもアイルはずっとそこにいた。寝ずにずっとそこにいた。鳥のさえずりが聞こえて、やっと我に返った。もう朝になっていた。窓から月ではなく、太陽の光が入っていた。早く自分の部屋に戻らないと、ロンに抜け出した事がバレてしまう。ハリーは笑顔でアイルに手を振って、急いで寮へと戻った。

 

 その日も、また次の日も、またまた次の日も、ハリーはその場所へやってきた。誘われるかのように、足が勝手に向くのだ。ロンにもハーマイオニーにも話さない、ハリーだけの秘密の場所だった。

 アイルは微笑んでいた。いつもの優しい姉だった。しかしーー

 

 

「ハリー、君は…また来たのか」

 

 

 終わった、と感じた。

 振り返るとすぐそこには、真っ白で長い髪と髭を持った偉人ーーアルバス・ダンブルドアがいた。口に細長いスナック菓子を咥えながら、楽しそうにしている。しかし、ハリーは大して驚かなかった。その場所にいた事は知らなかったが、驚くまでもなかった。

 

 

「先生…いつからそこに?」

「わしはずっといたぞ。ただ、君が気が付かなかっただけじゃ」

 

 

 この目の前の朗らかな老人を見て、ハリーは少し安心した。夜遅くに出かけるのは校則違反。もしこれがダンブルドアではなくマクゴナガル先生だったとしたら、罰則だけでは済まなかっただろう。

 

 

「その鏡は、『みぞの鏡』という。君は…その鏡に何を見るかの?」

「僕は…」

 

 

 ハリーは鏡をもう一度見て、つぶやいた。

 

 

「お姉ちゃんが見えます」

「なるほど、アイルが見えるのか。いやはや、中々姉思いの弟のようじゃ。アイルも嬉しい事じゃろう」

「ダンブルドア先生、この鏡は…一体なんなのでしょうか? 『みぞの鏡』とやらは…」

「これはのう…その人の心の奥底に眠る『願い』を映し出すのじゃ。君は、姉であるアイルしかいないから彼女が映る。なので、二人きりの空間が見えるのじゃ。この鏡は中々危険なモノじゃ。見る者を魅了し、いつかは発狂へと導いてしまう。明日、わしはこの鏡を別の場所に移そうと思う。大丈夫。君は自分の望みを、いつでも叶える事が出来る。無欲な子じゃのう…さて、その手作り透明マントを被って、寮へお戻り」

 

 

 ダンブルドアの言葉はごもっともだった。こんな現実なのか幻なのか分からない鏡に、ずっと魅了され続けたのだ。それに、アイルに会えばこの鏡以上の幸福感だって得る事が出来る。ハリーは透明マントを被りがてら、ダンブルドアに質問した。

 

 

「僕は姉ですが、先生には何が見えるのですか?」

「わしか? わしはそう…スナック菓子に囲まれておるな。みんなわしに、ヘルシーな野菜なんかを食べろと言ってくるのじゃが…わし菓子食べたい」

 

 

 

 

 

 




♪ 試験なんてやーだな
 受験なんてやーだな
 た〜だた〜だ布団にもぐってい〜たいよ〜ぉ

時というのは残酷なモノですね。という事で今日は少し短めでした。賢者の石が何処まで続くのかは、神のみぞ知る。


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決意

 

 

 

 ハリーはもう鏡は探さなかった。ダンブルドアにそう言われたし、どうせあの場所に行ってもないだろうからだ。それに、ダンブルドアのお使いなら、もうしばらく戻ってこなくても、無事だという事が分かる。ロンもハーマイオニーもあの鏡の事は知らない。もう記憶から消し去ろうと、ハリーは忘れようとしていた。あんな幻みたいなモノ、覚えておいても何ら得はないだろう。

 ハリーは時間を見計ってから、翌日の夜遅くの誰もいない談話室で、ハーマイオニーにも透明マントを見せた。

 

 

「これって…凄いわハリー。透明マントだなんて、本当に魔法じゃない。本で読んだ事があったわ。確か…何か珍しい魔法生物の毛皮でできているんじゃなかったかしら。それにしても、こんな高品質なモノを作るなんて、アイル先生やっぱり凄いわね」

 

 

 と、褒めまくってくれた。アイルはハリーにとって唯一の誇りだ。それを褒めてもらえるなんて、嬉しい事はまたとない。ハーマイオニーはもう、ハリーの機嫌を良くする方法を掴んでしまったようだ。

 透明マントの事も一緒に、ルシフの部屋で聞いたあのセリフを二人に話した。今までの自分の安心を全否定するようだったが、ダンブルドアのお使い以外に、ルシフに捕らえられている可能性も視野に入れたかった。

 

 

「でもさ、『魔法の錬金術師』とか、『ホグワーツ史上最高の魔女』とか言われてるんだぜ? マルフォイに捕まるかな?」

「ロン、でも分からないわよ。アイル先生はマルフォイ教授の事が好きだし、部屋までヒョコヒョコついて行って、そのまま不意を突かれてって事も…」

「お姉ちゃんの手紙には、『ダンブルドアのお使い』って書いてあったんだ。もし捕まってたら、ダンブルドアが気がつくはずだけど…」

 

 

 しばらく黙りこくった挙句、ハーマイオニーが何かを思い出したかのようにハッとした。

 

 

「そう、そうよ! 賢者の石の事を調べたの。これよ」

 

 

 自分のバックの中から分厚い本を一冊取り出した。随分の古い本で、継ぎ接ぎだらけ。表紙には、「古代の珍魔法道具」と書かれていた。ハーマイオニーは付箋のついているページを開いた。そこには真っ赤な楕円形の細長い石が描かれており、「賢者の石」と大きく見出しがついていた。

 

 

「これよ。『賢者の石。それは、かの有名な錬金術師、ニコラス・フラメルの作成した石である。あらゆる金属をも黄金に変え、命を水を生み出す。現在は、アルバス・ダンブルドアの保護の下、隠されているらしい』」

「そんなモノを、何でホグワーツで守ってるんだろう?」

「貴方達、新聞読まないの? まぁ、忘れているかもしれないけど、ホグワーツに入学した翌日、『日刊預言者新聞』でグリンゴッツに強盗が入った事が載ってたわ。きっとその金庫、賢者の石が入ってたのよ。闇の魔法使いか魔女の仕業だって」

 

 

 ハーマイオニーはバックの中から、まだ新しい綺麗な新聞を取り出した。その日付は、9月2日。ハリー達が入学した日の翌日だった。そして大見出し記事には、『グリンゴッツ、強盗に破られる! 闇の魔法使いか魔女の仕業か』と書かれていた。

 

 

「君、こんなモノ持ち歩いていたの?」

「違うわ。ホグワーツの図書館には、『日刊預言者新聞』がずっと取ってあるのよ。借りてきたわ。見て」

 

 

 

 グリンゴッツ、強盗に破られる! 闇の魔法使いか魔女の仕業か

 

 先日、グリンゴッツに強盗が侵入する。

 担当しているゴブリン曰く、「盗られたモノはなにもない」との事。その金庫は、その以前に空になっていたという。最低限の守りでも、破る事が出来る人間は少ない。魔法省は、この強盗を闇の魔法使いか魔女の仕業と発表。グリンゴッツは厳重警戒の姿勢を示している。

 

 

 

「そういえば、お姉ちゃん、グリンゴッツは物凄く安全だって言ってたなぁ」

「それでも突破出来る…相当強い魔法使いみたいだな。でも、そんなの何で欲しがるんだよ」

「そりゃあ、永遠の命と富が手に入るのよ。誰だって欲しくなるわ。それに…」

 

 

 ハーマイオニーの顔が、少し青ざめた。最悪の場合を想定しているのは容易く想像出来る。

 

 

「『例のあの人』の復活…」

「んなアホな」

「…お姉ちゃん、やつはまだ生きてる。復活を目論んでるって…」

 

 

 しかし、もし闇の魔法使い達に賢者の石が渡ってしまったら、再びあの恐ろしい暗黒の時代へ巻き戻ってしまうかもしれない。もしヴォルデモートが、闇の魔法使い達が命の水を口にしたら、どんなに魔法を受けても死ななくなってしまう。そんな事ーー

 

 

「絶対に止める」

「ハリー?」

「ルシファースト・マルフォイの父親って、『死喰い人』なんでしょ? ドラコが嘯いていたけど、お姉ちゃんの様子からしてそうなんでしょ?」

「あ、あのーー」

「あの部屋の声とか、絶対あやしい。びっこ引いてるし、お姉ちゃんに近づくし…そうだよ、彼奴が賢者の石を狙ってるんだよ!」

 

 

 ハリーは歯を食いしばり、二人に向かって言った。

 

 

「可能性の一環よ。早とちり過ぎるわ」

「そんな事ない。じゃあ、あの部屋から聞こえてきた声は何だって言うんだよ」

「う…でも、決めつけるのは早いわ」

「ダンブルドアに伝えに行かなきゃ…あの変態誑し男を止めなきゃ…」

「待ってハリー! ロン、彼を止めて!」

「もちのロンさ!」

 

 

 ハリーはすぐに透明マントを部屋から取ってきて、談話室に降りてきた。水がゆっくりと流れているようなそのマントは、何処か優しい光を帯びていた。ハリーはマントを被ろうとしたが、ロンが慌てて止めた。

 

 

「何処に行く気だよ」

「まず、あの男を殺す…」

「物騒な事言うなよ」

「じゃあ、ダンブルドアを見つける…」

「うん、そうしようーーって行くな!」

 

 

 透明マントを引っぺがし、ロンはハリーの頭にゲンコツを落とした。ハーマイオニーは嫌そうな顔をしていたが、やがてこう言った。

 

 

「ハリー、私達も行くわ」

「えっ…?」

「一人じゃ危ない。もう門限も過ぎてるし。本当は門限を過ぎているから外出はしてはいけないけど…仕方ないわ。貴方を放置してると、いつか大変な事をやらかしそうだからね」

 

 

 ため息混じりに言う栗毛の少女。ロンも頷いていた。正直、物凄く嬉しかった。こうやって心配してくれる友達が出来た事が嬉しかった。自分の居場所が、アイルの横だけでなくホグワーツにも出来た事を心から感じた。

 アイルがいない時は、此処ホグワーツが心の拠り所となるのだ。

 

 

「ありがとう、二人共」

「せっかちで姉思いの親友を、ほっとけるわけないもんな。行こう。先生を助けるんだ」

「うん!」

 

 

 ハリーは笑顔で言った。こんなに嬉しそうなハリーを見るのは、クリスマス以来だろう。ロンとハーマイオニーは、口ではアイルを助けるや何やかんや言ってはいるが、実際の所たいして信じてはいなかった。

 だって、ルシフが芯からアイルを愛している事は見て明らかだし、ハリーは馬鹿ではないけどアイルの事になるとどうも思考が回らなくなるから、今回の事は勘違いや思い込みによるモノだと考えたのだ。これで、ルシフの所に行って何もなかったら怒られるだけでハリーを納得させられるとも考えていた。

 ハリーがアイルの弟であるという事は、普段の成績から見て明らかだ。筆記系は得意ではないが、防衛術や呪文など、魔法関連はハーマイオニーに劣らないーーいやそれ以上ーーの実力を持っている。このいつ爆発するか分からない危険物を、野放しにしていては危ないのだ。

 

 



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あの部屋

 

 

 

 ハリー達は透明マントの中に隠れ、ルシフの部屋に向かった。「闇の魔術に対する防衛術」の教室は、4階にある。教授方はほぼ、自分のクラスの教室の中にある階段を上がった先の、部屋で寝泊まりしている。この間ハリーが盗み聞きした場所も、教室の中にある部屋だった。階段を上がったその先には、一体何が待ち受けているのか。それは誰にも分からない。でもただ彼らは、高まる鼓動をいなし、マントの中で身を縮め、歩いているのだった。

 静けさが冷えとなり、肌に鋭いモノを突きつけた。固唾をのみ、足音が立たないように進んだ。

 ホグワーツはまだ明るかった。永遠と続くように長い階段は、大広間のように蝋燭が何個も浮いていた。肖像画の主達は、深い眠りについている。羽飾りのついた大きな帽子を被った紳士は、蝋燭の明かりの所為で何度も目覚めていた。

 ついに4階へとたどり着き、教室へと足を向けた。声が出せなくて、お互い意思共有する事も出来ない。周りは広く、マントにはまだ隙間があるというのに、とても狭い空間に押し込まれているような感覚だった。

 教室へと繋がるドアをそろりそろりと開け、中に入った。誰もいない、シンとしたたくさんのツクエが並ぶ教室だ。月明かりがガラス窓から差し込み、哀しく輝いていた。

 すると、ハーマイオニーが小声で言った。

 

 

「ねぇハリー…大丈夫なの? 乗り込むつもり?」

「当たり前だよ。お姉ちゃんを助けるためだったら…僕は何でもする。君達まで巻き込みたくないから…こん中にいてよ」

 

 

 ハリーは一人で透明マントから出て、二人の無言の制止も虚しく、教授の部屋へと続く階段を駆け上がった。当然親友を止めないわけにもいかず、透明マントを脱ぎ捨てた二人の若者もまた、階段を駆け上がる。音でバレそうだが、もう引き返すわけにはいかない。

 しかし、杖を持った心優しき友は、ドアを凝視して殺気立っていた。到底、言葉で止められるわけなかった。

 何か言うまでもなく、ハリーはドアを蹴り飛ばした。その華奢な体に何故そんな力が眠っているのかは分からないが、ドアは金具もろとも吹っ飛んだ。普通に開けるという選択肢は、ハリーの中に存在しなかった。

 ズカズカと部屋の中に乗り込み、ハリーは杖を構えた。

 

 

「ルシファースト・マルフォイ! お姉ちゃんを返せ!!」

 

 

 しかしその怒鳴り声は、部屋の中で空回りした。ロンとハーマイオニーも中に飛び込んだ。しかし、部屋は私物や何か特殊な機械のようなモノ、たくさんの本が詰め込まれた棚などがあるだけで、人の姿はなかった。ルシフも、アイルも見当たらない。

 ただハリーは、壁付近でしゃがみこんでいた。

 

 

「いないわね…二人共。ハリー、どうしたの?」

「…これ見てよ」

「うわっ、何だこれ!」

 

 

 ハリーの見ていたそれは、鎖を手錠だった。よくよく見ていると、赤黒い何かがこびりついている。随分と悪趣味な拘束用具だった。アイルが捕まっていた、というのはあながち間違いではなかったようだ。

 

 

「あの変態ハゲ…お姉ちゃんをこんな汚い場所に監禁して…殺したらお姉ちゃんご褒美くれるかなぁ」

「ハリー、君怖いよ…でも、監禁されてたのは君の姉ちゃんだとは限らないよ? だって、クリスマスにダンブルドアのお使いで仕事をしてるってあっただろ?」

「あれは、マルフォイの奴が偽の手紙を送ってきてたんだよきっと…お姉ちゃんに無理矢理書かせて…僕が怪しまないように…」

 

 

 彼はキッと歯を食いしばった。その苦しい表情からは、何よりも大きな怒りを感じた。これを抑制できるのは、彼自身とアイルしかいないだろう。この怒りの矛先を何処へ向ける? そう問われれば彼は迷わず「マルフォイ」と答えるだろう。

 ハーマイオニーは少し安心した様子でハリーに言った。逆上させないように、慎重に、だ。

 

 

「ね、ねぇハリー…もう夜も更けたからそろそろ寮に戻らない? ほら、アイル先生無事だって分かったでしょ?」

「違うよハーマイオニー、まだマルフォイがいるであろう場所があるんだ」

「えっ…?」

「大丈夫だよ、君達に心配はかけないから」

 

 

 彼の纏う殺気は、恐らくヴォルデモートでさえ怯むような強いモノだった。ロンとハーマイオニーの目には、そんなハリーはアイルがルシフに捕まっていると完全に思い込んでいるようだった。怖かった、こんなハリーは恐ろしかった。でも二人は、それでもハリーの良き友人であり続ける。それはハリーのためでもあるし、自分達のためでもある。

 

 

「ど、何処なの?」

「ほら…あの立ち入り禁止の部屋だよ。この間、マルフォイがそこに入るのを見たんだ。絶対、あそこにいるはずだよ」

「分かった。じゃあ行こう」

 

 *

 

 あの三頭犬のいる立ち入り禁止の部屋、ハリーは躊躇なく飛び込んだ。一人で行かせるわけにもいかず、二人も恐る恐る中に入った。

 音楽が聞こえる。優しいハープの音だ。ふと前を見ると、真っ黒な三頭犬がグッスリと眠っている。右には、金色のハープが独りでに動き、美しい旋律を奏でていた。小さな窓から入る月明かりだけが、この部屋を照らしていた。

 すると、ロンが小さくささやく。

 

 

「眠ってる…マルフォイは何処に行ったんだ?」

「…これだよ」

 

 

 三頭犬の大きな腕の下には、大人一人ならギリギリ入れそうなドアがあった。ハーマイオニーが魔法で持ち上げ、ハリーがドアを開けた。下にも明かりがあるようだったが、中の様子はよく見えなかった。

 

 

「きっとこの奥だ」

 

 

 ハリーはそれだけ告げると中に飛び込んだ。ロンとハーマイオニーも飛び込んだ。途端、体全体に激痛が走る。骨が折れたような気がしたが、動かす事が出来たのでそんな事はなかった。

 

 

「『ルーモス 光よ』」

 

 

 ハリーは杖を右手にそう唱えた。真っ白な光が辺りに広がり全てを照らした。石の壁、石の床、上を見上げると開けっ放しのドアが見えた。

 三人は次々と進んでいった。道中、首と胴がバラバラで血まみれとなったトロールや、破壊された大きなドア、散らばったたくさんの鍵、捥がれた羽、そして粉々になった大きなチェス盤ーー全て何者かが通った後のようだった。

 

 そして最後にあったのは、楕円形の部屋だった。壁に何か貼ってあったので、ハーマイオニーは口に出して読み上げる。何やら暗号のようだった。

 近くの細長いテーブルには七つの小瓶が並んでおり、全て同じ形をしていた。後ろを振り向いてももう戻るドアはなく、その場所は大きな黒い炎が燃え盛っていた。閉じ込められたのだ。今存在するのはこの部屋だけ。何だかとてつもない恐怖が三人を襲った。

 暗号によると、この七つの小瓶のうち、一つがこの先へ。一つがこの部屋の前へ。そしてもう一つが暗黒へと誘うという。これを飲んであの炎の中に飛び込めば良いようだったが、ほんの一口分しかない。

 

 

「この問題は、一体誰が作ったのかしら? まぁ誰にせよ、とても頭の良い人だって事は確かなようね」

「ハーマイオニー、解ける?」

「えぇ。自信満々というわけにもいかないけど。でも困ったわ。どうやらこの部屋に三人来るとは誰も思っていなかったようね。一つが暗黒へ…無事とは言えないかもね」

「ハーマイオニー、この先へ進むのはどれ?」

 

 

 ハリーが聞くと、彼女は一番真ん中の小瓶を指差した。

 

 

「僕がこれを飲んで先へ進む。そしてお姉ちゃんを助けて、マルフォイの野郎を八つ裂きにする」

「は、ハリー…」

「そして、何方かが戻る薬を飲んで、ダンブルドアを連れて来るんだ。そしたら此処に残った人は大丈夫だろう?」

「…ハリー、君本気なの?」

 

 

 ぼそっとロンがつぶやいた。今まで特に口を挟もうとはしなかったロンだったが、もう我慢の限界だった。

 

 

「君は一年生だよ? マルフォイは先生で、熟練の魔法使いだ。一人じゃ危ない。君も此処に残るか、戻ってダンブルドアを呼ぶべきだ!」

「僕はお姉ちゃんをーー」

「正気の沙汰じゃない! 君おかしいよ!! そりゃあ、僕にも年上の兄弟が何人もいる。だから君の気持ちは死ぬほど分かる。大好きな人がいなくなって、悲しくて、孤独で…君にとって、先生は凄く大切な事、僕達分かってるよ」

 

 

 ロンはその真っ赤な赤髪に負けないくらい耳を赤くして言った。ハリーは表情一つ変えず、彼の言葉を耳に入れていた。

 

 

「でも、先生は君に傷ついてほしくないと思うんだ。誰かを傷つけないでほしいと思うんだ。先生ならきっと大丈夫だよ。ねぇハリー、気は変わらないかな?」

「…」

「僕もハーマイオニーも、君が大好きだ。とても大切な親友だ。だから、君が先生を想うように、僕達も君を想ってるんだ。君には笑っていてほしいんだ。正直、僕は怖いよ」

「…ロン、君が何を言おうが僕は変わらない。戻るつもりはないし、お姉ちゃんを助けるって気持ちも一緒。危険なのは承知だ。殺す殺す言ってるけど、まだ未熟な僕にマルフォイは倒せない。でも、お姉ちゃんがいなくなったら、僕…生きる意味を失っちゃうから」

 

 

 ハリーは優しく笑うと小瓶の中身を一気に飲み干した。全身が冷たくて、石みたいに固くなった。しかし怯まずに彼は炎の中に飛び込んだ。二人の親友の制止も届かず、ハリーは炎に飲まれていった。

 

 目を開けると、そこには誰かがいた。まだ試練があるのかと思ったが、そんな事はなかった。先客がいたのだ。一人は血だまりの上に倒れ、一人は大きな鏡の前で立っていた。

 

 

「お姉ちゃん!」

 




何でお気に入りが増えないのだろうか...文章量? 時間帯? ストーリー?
そして、自分の文章力が低い事に気がつく...悲しきかな、これは才能だからな(T ^ T)


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取り憑いた闇

 

 

 

 そこにいたのは、他の誰でもないアイルだった。ハリーの大好きで大切な姉が、その場所にいたのだ。血だまりの上に倒れているのは、よく見るとルシフだった。まだ辛うじて息はあるようだったが、このまま放置していれば死ぬだろう。

 ハリーは嬉しさのあまり叫ぶ。

 

 

「お姉ちゃん! 無事だったんだね!」

「…ハリー?」

 

 

 久しぶりに聞くアイルの声。自分の名前が呼ばれた事が嬉しくて、ハリーは顔を高揚させた。急いでアイルの元へ駆け寄った。すると、大きな鏡の正体が分かった。あの「みぞの鏡」だ。ダンブルドアが別の場所に移すと言っていたが、まさか此処だったとは。

 すると、アイルは心底嬉しそうな顔をした。

 

 

「ハリー、あぁ会えて嬉しい。おいで!」

「うん! …あれ?」

 

 

 ハリーはアイルに駆け寄って抱きつこうとしたが、ある事に気がつき体の動きを止めた。

 

 

「どうしたの? ハリー」

「…お前は、お姉ちゃんじゃない!」

 

 

 ハリーは杖を抜き、アイルに向けた。すると、彼女は一瞬焦ったような表情を浮かべたが、すぐにいつもの優しい笑顔を見せた。

 

 

「ハリー、冗談キツイよ。折角会えたのに…」

「冗談じゃない! お前はお姉ちゃんじゃない!」

「…」

 

 

 途端、彼女からは笑みがフッと消え去った。ハリーを憎たらしそうに見つめ、彼女もまた杖を構えた。アイルのこんな顔は初めて見た。今までどんな時でも笑顔を絶やさなかった姉は、この場にはいなかった。

 アイルはハリーをギッと睨み付けると、小さくため息を漏らした。

 

 

「やれやれ…此処までアイル・ポッターの事を分かっているとは。姿だけでは騙せない、という事か」

「お前は誰だ! お姉ちゃんを返せ!」

「君の姉は僕だぞ。まぁ正しく言えば、僕がアイルの体を少し借りているだけだけど」

 

 

 彼女は楽しそうに笑った。暗黒時代のあの人を連想させる口調だ。しかしハリーはそれが誰か分からず、このアイルが一体何なのか想定もつかなかった。

 

 

「あの男の体は窮屈でね。しかし、アイルの体は美しい。魔力も強く、この僕でも驚くぐらいの才能と人望を備え持つ…素晴らしいよ」

「お前は何者だ」

「僕? 僕はそうだね…『例のあの人』こと、ヴォルデモート卿かな?」

 

 

 その言葉を耳に入れ、ハリーは驚いた。あの闇の帝王が、魔法界を恐怖に陥れた闇の魔法使いが、ハリーの両親を殺したあの殺人鬼がーー今姉の体の中にいるのだ。考えただけでも吐き気がしてきた。

 

 

「汚らわしい! 僕のお姉ちゃんの体を!」

「返して欲しいかい? まぁ僕としては、このまましばらくアイルを堪能しても良いけども…僕の条件を飲んでくれるなら、返してあげても良いよ?」

「…条件って?」

「良い子だハリー。じゃあ、まずは杖を下ろせ」

 

 

 今ヴォルデモートの言葉に従っていないと、アイルは二度と戻らないかもしれない。傷ついたルシフを尻目に、ハリーは杖をゆっくりと下ろした。アイルの姿をしたヴォルデモートは、鏡の左側に身を引いた。

 

 

「僕は今は霊体みたいなモノだ。だから、永遠の命を手に入れなければならない。クィレルの時は、体自体を乗っ取る事が出来なかったから、定期的に『ユニコーンの血』を飲んでいたけれど、アイルの場合は体を乗っ取る事が出来たんだ。恐らく、魔力の器が大きいから僕を受け入れる事が出来たのだろうね。実に面白いよ」

「それで、何がしたい」

「ダンブルドアは、この部屋に『賢者の石』を隠した。完全な体に戻るためには、一時期それから出る『命の水』を飲んでいなければならない。僕は何をやっても手に入れられなかった。でも君なら…できるだろ?」

「…」

「鏡を見たら分かるんじゃないのか?」

 

 

 ヴォルデモートの言った通りに、ハリーは鏡を見た。そこにはアイルは映っておらず、自分がいた。すると、鏡の中の自分は楽しそうにニヤッと笑うと、ズボンのポケットの中から何か赤い石を取り出し、そしてもう一度中にしまった。と同時に、ズボンの中にズシッとした感覚があった。

 そう、ハリーは手に入れてしまったのだ。永遠の命をもたらし、あらゆる金属をも黄金に変える事の出来る伝説…『賢者の石』を。

 

 

「早いな。もう手に入れるとは」

「何の事だ?」

「君の心は読みやすい。とても単純なんだ。『賢者の石』は…そのポケットの中か。渡してもらおうか。そうすれば僕は体を創造出来るし、君の大好きなお姉ちゃんは返ってくる。魅力的な取引じゃないか」

「…」

「ゆっくりと、歩いて来るんだ。杖は捨てろ」

 

 

 ハリーは歯を食いしばりながら、杖をその場に置いた。そしてポケットから『賢者の石』を取り出し、ヴォルデモートに向かって歩き始めた。渡そうと『賢者の石』を持った手を差し出し、ヴォルデモートがニヤリと笑ったと同時に、突然アイルが苦しみ始めた。まるで、何かと戦ってでもいるように。

 アイルの動きが止まった。すると、途切れ途切れに何かを言い始めた。

 

 

「ゔ…がぁ…は…ハリー…渡じちゃ、ダメだ」

「お姉ちゃん…?」

「私は…大丈夫だ…問題…な、い!」

「フラグだ絶対大丈夫じゃない。お姉ちゃん?!」

「ヴォルデモート! 私は…アンタ何か…怖く、も何ともな…いん…だから! 死だって私は…ハァ…ハァ…甘ん、じて…受け入れるわ!!」

 

 

 するとアイルは何をしだすかと思えば、杖を自分の腹へと突きつけ叫んだ。

 

 

「『ターヴェル・スヴァイト! 永久の光よ!』」

 

 

 杖からは大きな光の筒が飛び出し、アイルの腹を貫いた。口から血を吐き、腹からは彼女の瞳と同じ真っ赤な液体が迸る。ハリーは急いで駆け寄ろうとしたが、アイルが手で制した。涙を流しながらハリーは訴える。

 

 

「何してるんだよ!」

「ハハ…こいつを復活させるくらいな、ら…寧ろ、私が犠牲に…」

「何て事するんだよ! お姉ちゃんが死んだら僕も…僕も…」

「えっ…?」

「僕も死ななきゃいけないじゃんかあああ!!」

「は、りー…?」

 

 

 ハリーは走ってアイルに抱きついた。途端にアイルの力が抜けて、ハリーに寄りかかった。ハリーのローブに、ジワジワと鮮血が染み、冷たくなっていった。意識朦朧のアイルを支えて、ハリーは囁いた。

 

 

「お姉ちゃんは、僕の生きる糧なんだよ。僕はお姉ちゃんがいないと生きていけない。お姉ちゃんだけが、僕の大切な人で大好きな人だから。僕は、お姉ちゃんがいるから生きていける。僕は、『お姉ちゃんの笑顔を守る』っていう使命があるから生きられるんだよ? 使命…いや、生きる目的。お姉ちゃんのいない生活を送って僕、気がついたんだ。僕にはお姉ちゃんが必要だって。物凄い寂しかった。孤独だった。お願い、もう何処にも行かないでよ…!」

「ハリー…分かった。もう何処にも行かない、よ…」

 

 

 その言葉とは正反対に、アイルは静かに目を閉じた。一瞬死んでしまったかと思ったが、息があった。出血多量で気絶しているだけのようだった。

 ハリーがホッとしていると、アイルの体の中から何か黒いもくもくしたモノが現れた。それは何故か、人の顔のように見えた。そして、その煙は何か大きな叫び声を上げて消えていった。あれがヴォルデモートだったのだろうか。

 アイルの体の中から汚いモノが取り出せて、ハリーは心から安心した。疲労の所為か、ハリーも意識を失ってしまった。

 

 



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一年の終わり

 

 

 小さな小さな体に、大きな大きな力が眠っている事はよくある。ハリーもそのようだった。まだ生まれてからそんなに経っていない赤ん坊なのに、最強の魔法使いを討ったというのだ。しかし、完璧ではなかった事がこの日、身に染みて分かった。本当は認めたくなかった。でも、分かってしまったから。現実逃避よりも、今はアイルとルシフの容態の方が心配だった。

 三人はあの後、ハーマイオニーが呼んだダンブルドアが救出した。ハリーはただ気絶しただけで怪我はなかったが、問題はアイルとルシフだった。

 アイルは「魔法の錬金術師」自らが作り出した中でも、かなり強力な域となる「永久の光」。これは、闇を浄化する魔法故に、取り憑いたヴォルデモートを取り払うのに最適なモノだった。しかし、リスクも伴う。人に対して使うと良ければ瀕死。悪ければ死に至る。そんな術を、魔力が高いアイルが自分に放ったのだ。死んではいないが、命の危険はある。

 ルシフは、アイルの体でヴォルデモートがやったのだ。つまり、最強の魔法使いが高魔力の魔女の体を使っていたぶった。しかも、見た目は愛するアイルだ。ルシフにとって、これほど辛い事はなかっただろう。

 ヴォルデモートには情の欠片などない。たとえ「死喰い人」上層部の人間の息子だったとしても、躊躇はしなかった。

 ダンブルドアやマダム・ポンフリーの魔法で、二人共どうにか峠は越えた。それでも二人は、まだ目を覚まさない。しかし、ハリーは落ち込まなかった。「何処にも行かない」と約束してくれたからだ。

 あの事件から一ヶ月が経った。相変わらず、二人は目を覚まさないが、ある日ルシフが消えた。アイル宛の手紙を残して。

 

 親愛なるアイルへ

 まずは最初に言っておく。俺がオマエを愛しているのは、紛れもない事実だ。これは、いかなる闇でも覆い隠す事の出来ない光だ。俺は、ホグワーツを去る。もう二度と会う事はないかもしれないが、俺の事はどうか忘れないでくれ。オマエと過ごした時間は、最高に楽しかった。最高の幸せだった。

 ヴォルデモートは、いつか蘇る。その時はきっと、俺はオマエの敵になるだろう。しかし、俺がオマエを愛している事を決して忘れないでくれ。

 こんな俺に、楽しい思い出をありがとう。

                            君の恋人、ルシフより

 

 ハリーはこれを見た時、頭の中に選択肢として『破り捨てる』と出たが、此処はグッとこらえた。姉に対する愛する人の最後の手紙だ。もし破ったりしたら、悲しむに決まっている。

 そして二ヶ月が経った。まだ目を覚まさない。好い加減目を覚まして欲しかった。ハリーは泣き出したかったが、小さく息を立てて安らかに眠っているアイルはいくら揺すっても起きないし、いくら声をかけても届かなかった。

 

 しかし、誰もいない時に彼女は目覚めた。真っ赤な瞳を開けると、白い天井を見つめた。何だか長い長い夢を見ていたような気がする。でも目覚めた世界は残酷で、それでも美しかった。

 ふと横の小さなテーブルを見ると、自分宛の手紙が置いてあった。自分宛なら良いだろうと思い、案外軽い手で手紙を開けた。

 そして、中を読んで小さく笑った。涙は不思議と出なかった。

 

 

「あぁ…ルシフ、貴方はいなくなってしまったんだね」

 

 

 自分の所為で傷ついてしまったのだ。自分の所為なのだ。だから、嫌われても言い訳は出来ないし、別れようと切り出されても仕方なかった。

 

 

「ごめんなさい、ルシフ。貴方の事は…忘れない」

 

 

 でも彼は、少しも怒りはしなかった。ただ、「自分の事は忘れないでほしい。君の事を愛している」と。こんな目に遭ってまでまだ自分を愛してくれるルシフが、本当に愛おしかった。嬉しかった。恋をした事がなかった身で、こんなに胸が熱くなったのは初めてだった。

 しかし、ルシフがいなくなったのは自分の所為だ。これは何をしても揺るがない事なのだ。

 

 クリスマス前に、アイルは自分の中に異様な何かを感じ取った。そこで、心から信用できる相手であるルシフに頼んだのだ。彼の目の届く場所に、自分を監禁してほしいと。でないと、何かをやらかしそうでならないのだ。勿論彼は断ったが、あまりにアイルが真剣なので、仕方なく手を貸した。

 毎日行くルシフの部屋に、鎖で繋いだ。その間も二人の感情は変わらず、寧ろもっとお互いを知る事が出来た。ハリーが心配している事は知っていたので、安心させるために元々準備していたプレゼントを贈った。

 

 

「私も愛してるよ…ルシフ」

 

 

 ベッドの上で、アイルは切実に微笑む。大好きな人の大切な手紙。一生大切にしよう。

 そして彼女は自分の左手首を見た。黒い宝石のブレスレット。ルシフの魔力が煌めいている。何だか、離れていてもずっと一緒のような気がした。このブレスレットは、肌身離さず身に着けておこう。愛の証として。

 すると、医務室のドアの先から、水差しを持ったマダム・ポンフリーの姿が現れた。彼女はアイルが目覚めているのを見るや否や、歓喜の叫び声を上げた。いつも静かに!と怒鳴っているマダム自身が、嬉しさのあまり大声を上げてしまったのだ。

 

 

「アイル!」

「先生…」

 

 

 マダムは顔を高揚させて、水差しの中身が溢れているのも気にせず走ってきた。あまりに嬉しそうなので、アイルは思わず苦笑いをしてしまった。

 

 

「あぁ嬉しいわ! また貴女の綺麗な瞳が見れて! すぐにポッターと…ダンブルドア先生を呼びましょう! それから魔法大臣やらハグリットから長官やらマクゴナガル教授やら執行部の人やらスネイプ教授やら神秘部の人間まで! お見舞いに来てくれた人みんな呼びましょう!!」

「お、落ち着きましょう先生…」

「そ、そうね…コホン…とりあえず、お水を飲みましょう」

 

 

 いつもの落ち着きをどうにか取り戻したマダム・ポンフリーは、水差しの中の水をコップに注ごうとしたが、生憎水差しは空になっていた。

 しばらくすると、マダム・ポンフリーが呼んできてくれたのか、息を切らしたハリーが飛び込んできた。久しぶりの姉の笑顔、久しぶりの姉の瞳、久しぶりの姉の声。その全てが全て嬉しくて、愛おしくて、ハリーは泣きそうになった。

 

 

「お姉ちゃあぁん…」

「ハリー、よく頑張ったね。ありがとう…」

 

 

 アイルは泣きじゃくるハリーを強く抱きしめ、額に小さくキスをした。稲妻型の傷跡が痛々しく目に入るが、アイルは何も感じなかった。今はハリーに会えた事が一番嬉しかったのだ。

 

 *

 

 アイルが目覚めた事は、ホグワーツ中で話題になった。何故か、面識のないはずの魔法省の人達もお見舞いに来てくれた。この時、アイルは初めて魔法大臣と会ったわけだが、お互い第一印象はとても良いものだった。

 

 

「コーネリウス・ファッジです、ミス・ポッター」

「アイル・ポッターです。お会いできて光栄です大臣。こんな不束者のために、わざわざホグワーツまで足をお運びなさって…」

「いえいえ。美しいレディのためならば、私は何処へだって行きますぞ」

「あらお上手ですのね」

 

 

 赤い瞳の彼女は、入院服だったわけだが、その美しさは健在であった。着飾り、化粧をし、笑顔を作ればたちまち世界中の男が虜になるだろう。

 

 

「お世辞などでは。ヴィーラさえも超越するミス・ポッターさんは、私の憧れのような存在ですよ。まぁともかくして、お体の具合はどうですかな?」

「えぇ。お陰様で上々。皆さんのお菓子は私の体重の天敵となりましたが」

「おや、では次は菓子ではなく本を持って来ましょう」

「お忙しいのですから、大臣も無理はなさらないでくださいね」

 

 

 みんなから「ハニーデュークスお菓子店」の甘い甘〜い食べ物をたくさん貰ってしまったので、今度大広間にばら撒こうと思う。全部食べても良いのだが、それだとアイルの体重がヤバイ事になってしまう。いくらいつもスッピンだとしても、体重だけは気にする。だって女だからね。

 すぐに、一年が終わりを迎えようとしていた。

 広い広い大広間では、たくさんのロウソクとお菓子が飛び交い、ダンブルドアはスナック菓子をジッと見つめながら話していた。

 

 

「一年の時が過ぎた。今年も様々な事があったのぅ…さて、夏休みが明けるとまた新学期じゃ! さーて、わっしょいこらしょいどっこらしょいのすけ!」

『WAAAーー!!』

 

 

 相変わらず、ホグワーツは危険で楽しくて平和だ。一見して矛盾しているようだが、アイルの中ではホグワーツはそんな場所だった。この美しき学び舎は、これからもたくさんの人間を育てていくのだろう。

 

 

「ホグワーツに、栄光あれ」




やっと一巻が終わった!
次は「秘密の部屋」ですね。あ〜嬉しや嬉しや☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆


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アイル・ポッターと秘密の部屋
...な誕生日


 

 

 

 真っ赤な太陽が照らすイギリスの一角。プリベッド通り4番地の、住宅で、一人の女性が小さくため息をついていた。今日もバーノン叔父さんの機嫌が悪い。仕事が休みだからか、朝っぱらからワインを飲んで赤くなっている。

 叔父さんの怒りの矛先は、ハリーに向いていた。また、あのうるさい怒鳴り声が大きな家に響くのだ。

 

 

「何度言ったら分かる! あのうるさいフクロウを始末せんか!」

「だ、だって…もう何週間も外に出てないんだよ?」

 

 

 ハリーの部屋には、ヘドウィグという真っ白いフクロウがいる。その美しい見かけと同時に、大きな声も持っていた。この家に帰ってくる時、フクロウを外へ出す事を禁止された。魔法を使うのも、手紙を出すのも禁止だった。理由はというと、無断で学校に入学したから。ハリーは、元より別のマグルの学校に入学するはずだったので、魔法という特殊なものを全否定し嫌うダーズリー家にとって、それは何をしても許せない事だった。

 仕方ない事なので、アイルは特に反論も文句も言わなかった。ダーズリー夫妻には、家に住まわしてもらったり、仕事を貰ったり、お金を貸してもらったりだとか、感謝してもしきれない事は山程あるのだ。それは、アイルに言い聞かせられたハリーも分かっていた。

 しかし、ヘドウィグのストレス度はMAXだ。流石に魔法で抑えるのも可哀想。

 

 

「まぁまぁ叔父さま…少し落ち着いてください」

「アイル! お前は…お前は…ふぅ、分かった。その代わり、お前があの白いケモノを躾けとくんだぞ」

「はい、勿論です」

 

 

 アイルの叔父さんであるバーノン・ダーズリーは、彼女の姿を見ると心が落ち着いてきた。誰だって、こんな美しい人を見たらうっとりせざるをえなくなる。

 そういえば、ダドリーは何処だろうか。

 

 

「叔父さま、ダドリーは何処でしょうか? 近頃姿を見かけないのですが」

「あぁ、あの子はいつもボクシングの練習にジムに行っているよ。ハリーも行かせた方が良いんじゃないか?」

「いえいえ。ハリーはこのくらいが丁度良いんで」

 

 

 その言い分は酷いんではないかと、ハリーは少しムスッとした表情を浮かべたが、こちらに向けられたアイルの目は「ごめんね」と言っていた。

 ダドリーは今ボクシングに励んでいるようで、此処らの地区では一番強い。もうジュニアチャンピオンでも夢じゃないわと、ペチュニア叔母さんはいつも褒め称える。家に帰ってくると、前よりも筋肉がつきがっしりとしたイケメンが、アイルを出迎えてきた。

 彼はこの頃女の子によくモテるようで、本人も嬉しいらしいが、やっぱりアイルが一番らしい。夏休みに入って、男友達だけではなく女の子もよく家に来ていた。しかしその大半の娘は、アイルの美しい容貌を見て諦めるのだ。

 ハリーから見て、アイルは前よりも一層美しさを増した気がする。ハリーは知らないが、それは「ハリーをヴォルデモートから必ず守る」と心に決めたからだ。人間というのは、自分の高い目標や目的、意思を持つと美しくなれるのだ。

 

 今日ハリーとアイルは、ペチュニア叔母さんのお手伝いを頼まれていた。庭の芝刈り、ペンキ塗り、掃除、買い物など、様々だった。しかし、アイルは嬉々として手伝った。ハリーにしても、アイルが楽しそうにしているので楽しかった。でもどうしても気がかりだったので、庭の雑草を刈っている時にハリーはアイルに聞いた。

 

 

「ねぇお姉ちゃん、どうしてお姉ちゃんはそんなに嬉しそうなの?」

「え? あぁ、お手伝いの事ね。魔法界にいるとね、こういう…自分の手で何かをするっていう感覚がなくなるの。だから、こういうのが懐かしくて。嬉しくって…時々は魔法使いも、魔法を使わずに暮らすというのを考えても良いと思うけどね」

「そうなんだ…」

「そうよ。魔法は、とても便利なの。ただその分、自分で何かをする事の喜びや楽しさを忘れてします。魔法は魔法使いたちの暮らしを豊かにしていくけど…案外そうでないのかもしれない」

 

 

 アイルは小さく微笑むと、ハリーの頭を撫でた。

 

 

「マグルって凄い。魔法がなくても、自分たちで生きる術を生み出すんだから。私魔法使いも、そうやって進歩していかなくちゃね。マグルを見習って」

 

 

 この日はハリーの誕生日だった。しかし、アイルはその事は口にしなかったし、ダーズリー家は覚えているかさえ分からない。最悪な気分だった。いつもなら、誕生日はアイルが起こしに来て、朝早くに誕生日プレゼントが貰えるはずなのに、今日は貰えなかった。

 それに、ロンやハーマイオニーからの手紙も一切届かなかった。そんな事は絶対にないだろうが、もしかして「忘れられてしまったのでは」という思いがハリーの頭の中をグルグルと回っていた。そんなわけないと、自分に言い聞かせるしかなかった。

 ハリーは、蒸し暑い黄昏の7月の空気の中、一人塗りたてのベンチに座って整えられた生垣を見つめていた。今アイルは、バーノン叔父さんの介抱を頼まれていた。

 

 

「あぁ…僕は何でこうなんだろう…?」

 

 

 ダドリーみたいに強かったら、かっこよかったら、アイルもロンもハーマイオニーも僕の事を気にかけてくれたかのかもしれない…そんな事を考えていた。ハリーは緑色の生垣から目を反らして、首筋を焼き焦がす空を見上げた。目の奥がジリジリと熱くなり、やがて涙がこぼれた。

 ハリーは比較的頭の良い方だ。姉が優秀な魔女で、親の血だって継いでいる。ハーマイオニーに次ぐ学年2位の魔法使いだ。それなのに、何でこんなに劣等感があるんだろうか。知識はハーマイオニーには劣るが、魔法力は何方かと言えば勝っているというのに。

 

 

「もっと強くなれば良いのか? もっと魔法を覚えたら良いのか? そしたらお姉ちゃんも僕の事…もっと大好きになってくれるのかな…」

 

 

 そして自分の手を見つめた。途端、何かを見られている感覚がして、ハリーはバッと立ち上がった。生垣の方で、何かが動いた。感覚だけでない。気配でさえも感じた。周りをキョロキョロと見回し、何もいないのを確認すると、ふぅと小さく息を吐き、家の中に入っていった。

 ドアを開け、中に入ると、丁度アイルがいた。彼女は驚いた顔をして、小さく笑った。

 

 

「ええっと…ハリー、もしかしてベンチに座った?」

「え、座ったけど…」

「うん、お風呂に入ってこようか」

 

 

 ハリーの背中はピンク色だった。髪も若干ピンクがかり、固まってパリパリになっていた。それを見たアイルは、あまりのおかしさに吹き出し、笑い出した。何だかハリーも笑わずにはいられなくて、二人して笑ってしまっていた。

 ようやく笑い収まってきたと思ったら、アイルは少し名残惜しそうに言った。

 

 

「ねぇハリー、この後お客様が来るのよ。叔父様のいつもの商談ね。ハリー、悪いのだけど…二階の自分の部屋にいてもらえないかしら? シャワーを浴びて」

「あっ…うん。分かった」

 

 

 アイルは、ハリーの誕生日の事なんて覚えていないんだ…そんな事を彼は今確信した。アイルの言葉を聞くと、今まで最低だった気分がもっと悪くなった気がした。そして、気持ちを切り変えるためにハリーはアイルに質問をする。

 

 

「お姉ちゃんは、どうするの?」

「私? 私はそうね…お散歩にでも行こうと思ってる。気分の入れ替えに。この頃、ずっとインドアヒッキーだったから」

「…僕は行っちゃダメなの?」

「えっ…あ…ダメってわけじゃないけど…」

「じゃあ、待ってて! 準備するから」

 

 

 ただ一人、佇むアイルを残して、ハリーはどたどたと階段を駆け上がっていった。その目には、大粒の涙がたまっていた。散歩と聞いて、自分には部屋にいろと言っているから、もしやルシファーストと密会でもするのではとも思った。しかし、そんな訳でもなく着いて行って良いかと問えば、あっさりと了承が取れたのだ。

 そんなにもどうでも良い存在となってしまった事が、ハリーにとって何よりも悲しかった。

 冷たい滝を浴びながら、ハリーは静かに泣いた。友達がいないよりも、ダドリー軍団にいじめられるよりも、ホグワーツに行けないよりも…アイルに嫌われるのが一番嫌だった。怖かった。恐ろしかった。愛してやまない姉に嫌われたという気持ちが、何よりも心を痛めた。

 

 アイルが支度していると、ダドリーが帰ってきた。ジムに行っていたが、今はキッチリとしたスーツに着替えておめかしをしている。ペチュニア叔母さんはいつになくご機嫌で、バーノン叔父さんの酔いはすっかり飛んでいた。

 もう外は薄暗くなり、月がそろそろ顔を見せる頃だろう。

 ハリーは新しい服に着替え、一階に降りた。ダーズリー家は皆リビング。玄関ではアイルが待っていた。

 

 

「お姉ちゃん…待った?」

「ううん、全然。じゃ、行こうか」

「うん!」

 

 

 でも今は、アイルと一緒に過ごせるだけでも十分幸せなのだろう。

 外に出て、二人でゆっくりと歩道を歩いた。不思議と暑くはなかった。整えられた鏡合わせなプリベット通りは、気持ちが悪いほど続いていた。シックな街灯が足元を照らし、生ぬるい風が頬を撫でていた。

 アイルの長い黒髪が風に靡き、花の良い香りをハリーは感じた。

 アイルが何も喋らないので、どうしたのかとチラリと彼女の横顔を見る。横顔も鍛錬に整えられ、神の作り出した芸術品の中で、最も美しいと言っても過言ではなかった。何処か悲し気な真っ赤な瞳は、ハリーの心を深く惹き付けた。

 そしてついに、アイルは口を開いた。

 

 

「ハリー…ごめんね。私、ルシフと会おうとしてた」

「えっ…?」

 

 

 意外だった。何を考えているか分からないアイルの思考が、この時だけ読み取る事が出来ていたのだ。ルシフに会うつもりだった…とはどういう事だろうか。

 あの事件後、突如として姿を消したアイルの恋人。

 

 

「彼は今何処にいるか分からない…でも、やっぱり忘れられないんだ。あの笑顔が。あの優しさが。日を増す毎に思い出す。日を増す毎に心が痛む。ルシフの事が忘れられなくて、夜も碌に眠る事が出来ない…一目で良いから、会いたかった。でも、そんな事できるわけないし…。ごめんね、ハリー」

「謝る事なんてないよ。僕だってお姉ちゃんがいなくなった時、物凄く辛かった。お姉ちゃんの気持ち、物凄くわかる」

「あぁ、貴方に気付かされた。私にはハリーっていう可愛い弟がいるのに、確実ではない事を何気にしているのだろう…てね。ありがとうハリー。私の大好きな人」

 

 

 アイルは立ち止まり、ハリーを強く抱きしめた。少し恥ずかしかったが、それに勝る嬉しさがそこにはあった。何だか、やっとハリーの心にアイルが帰ってきたような気がした。やっと再び自分だけのモノになったような気がした。言葉にできないほど嬉しかった。

 

 

「じゃあ、もうちょっとお散歩しようか」

 




秘密の部屋へ突入! ハイ、レッツゴー!


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追跡者

 

 夜は更け、真ん丸な顔が闇から姿を現した。数多に輝く宝石達が笑顔で地上を照らし、天から古車が舞い降りてきた(物理)。

 大きな怒鳴り声が辺りに響き、その車は静かに道路に着地した。ハリーは驚きのあまり声も出ず、アイルは満足そうに頷いていた。途端に車の中から、燃え盛る少年が姿を現した。前よりも背がかなり伸びたような気がしてならない少年は、息を弾ませていた。そばかすだらけだが、その可愛らしい顔立ちは未だ健在していた。

 

 

「ハリー! あぁ、やっと会えたね!」

「ろ、ロン?! 何で此処に…もしかして、お姉ちゃん?」

「エ、ナンノコトダロウナー…」

 

 

 アイルはそっぽを向いて月をジッと見つめた。すると、二つの低い重なった声が聞こえた。

 

 

「「おう、せんせーい」」

「あぁ、面白ツインズも来たんだね」

 

 

 車の中では、同じく赤毛の瓜二つの少年が二人いた。車の窓から体を乗り出し、ハリーとアイルを見るや否や、ニヤニヤし始めた。フレッドとジョージだ。相変わらずの息ぴったりさに、流石のハリーも驚くしかなかった。そもそも、この車は何だろうか。

 

 

「お姉ちゃん、何でロン達が此処にいるの?」

「だって、もう叔父様が学校には行かせん!って言うし、夏休み中あの場所にいても退屈でしょ? だから、ウィーズリー達を呼んだの。こんな手段でくるとは思わなかったけど…私好みよ。ナイス!」

「えっ…僕、行っても良いの?」

「ハリー、これが私からの誕生日プレゼント。目に見えるモノじゃなくてごめんなさい」

「ううん! 嬉しい!」

 

 

 何だか気が晴れた。やっぱりお姉ちゃんは、僕の事を忘れないでくれていたんだと分かると、物凄くホッとした。

 急いで黄色の古車に乗り込み、後ろに座るロンの隣についた。

 

 

「そうだ! 荷物は?」

「既に彼らの家に送り済み。大丈夫よ」

「お姉ちゃんは乗らないの?」

「私は…ちょっと用があるから。先に行ってて」

「う、うん…」

 

 

 痛そうに悲鳴をあげるエンジンがかかり、車は空へと飛び上がった。ハリーの騒ぎ声が聞こえる。上空へと舞い上がると、車は見る見るうちに姿を消した。

 アイルはその姿が消え失せたのを確認すると、小さくフッと笑った。そして、大きな声で呼びかける。

 

 

「ねぇ、何かな? さっきから私達の事ジーッと見つめて」

「ひぃっ」

「『ステューピーファイ! 失神せよ!』」

「うわぁあ!」

 

 

 アイルの杖先は、近くの茂みに向いていた。茂みをかき分けて覗いてみると、拳くらい大きな目で、ダブダブのゴム手袋のような尖った耳や肌を持ち、ボロボロの古い汚い布切れを体に巻いている生き物がいた。屋敷しもべ妖精だ。

 膝くらいの高さまであるこの生き物は、体が痺れて動かないようだった。

 アイルはため息をついてその生き物を持ち上げ、近くの公園まで連れて行った。もう誰もいない公園は、昼とは抽象的な静かな場所となっていた。

 ブランコに腰掛け、膝に生き物を乗せてアイルは言った。

 

 

「貴方…お名前は?」

「ど、ドビーでございます…お嬢様」

「そう。ドビーっていうのね。素敵よ。ねぇ、何故私達をつけていたの?」

「そ、それは…」

 

 

 ドビーと名乗る生き物は、アイルの膝から飛び退いた。その目は涙で濡れ、ウルルと揺れていた。体は震え、何かに酷く恐れている様子だった。アイルはそんなドビーを見て、小さく笑った。

 

 

「大丈夫。私は貴方を傷つけはしないし、怒りもしない。何を恐れているの? もし貴方が望むのなら、守ってあげる事が出来るわ」

「ご主人様は…ドビーのご主人様でございます。ご主人様の命令は絶対なのです。本来ならドビーめは、この場所に来てはならないのです。彼の方の愛する貴女様と、こうやって話す事も許される事ではないのです」

「愛する…?」

 

 

 途端、アイルの表情が変わった。自分を愛する人間…それは自分でも数え切れないほどいるとは分かっている。しかし、屋敷しもべ妖精を持つ人間は、相当地位が高く、金持ちなはずだ。今の魔法界でも、屋敷しもべ妖精を家に置く魔法使いは多くない。と考えると、今の範囲ではドビーのご主人様はルシフかヴォルデモートという事になるがーー

 

 

「貴方のご主人様は誰!」

「ど、ドビーめは…それは言えないのでございます。ただ、警告を」

「警告…? どういう事?」

「ご主人様が仰っておりました。今学年、ホグワーツは闇に包まれると。人が死ぬと。だからドビーめは、かの最強の魔法使いである『例のあの人』を倒したハリー・ポッターと、闇の帝王すら魅了した貴女様を守ろうと警告しに参りました。今年、貴女方は、ホグワーツ魔法魔術学校に戻ってはなりません」

「…そう。ご丁寧にありがとう。でも、私は大丈夫よ」

 

 

 彼女を知る人間にこう質問すると良い。

「魔法界の中で最も強い者を三人あげよ」と。

 そうすれば、全員がこう答えるだろう。

「ダンブルドア、『例のあの人』、そしてーーアイル・ポッター」と。

 もしも彼女を知らない人ならば、アイルの位置には「グリンデルバルト」という名の闇の魔法使いが入るだろう。つまり、アイルの力量はダンブルドアやヴォルデモートと等しい…いや、もしかすると少し下か、それ以上かもしれない。それほどまでに強いのだ。

 

 

「一つ聞くけど、その闇に包まれて人が死ぬっていうのは…ヴォルデモートが関係しているの?」

「その名を…!! …いいえ、『例のあの人』は関係しておりません」

「じゃあ、もっと大丈夫」

 

 

 魔法界最強のダンブルドアとアイル・ポッターがホグワーツにいるのだ。ヴォルデモートが敵に立たない限り、この二人がいればホグワーツは世界一安全な場所となる。それは、如何なる敵がやってこようとも、ヴォルデモート自身が出向かなければ敵わない。尤も、一対一ならば兎も角、二対一ならば圧勝だ。ヴォルデモートなしにして、ホグワーツが危険にさらされるなんて、有りえない…アイルはそう思っていたのだ。まだこの時は。

 

 

「ドビー、伝えに来てくれてありがとう。とても嬉しいわ」

「ど、ドビーめは…貴女様と会えて光栄です」

「そう。良かった…良ければ、もう少しお話しないかしら?」

 *

 一方、黄色い鉄の塊の中は、声が飛び交っていた。車は姿を隠して空中を掻き、インクの中を泳いでいた。ハリーは日本の聖徳太子ではないので、三人が同時に話したら、聞き取れるわけがなかった。それでも彼らは問いを続けた。 

 

 

「どうして手紙をくれなかったんだ?」

「あぁそうだ、お誕生日おめでとうハリー」

「先生はなんであんな美人なんだよ?」

「家を抜け出して大丈夫か?」

「誕生日プレゼント用意してるんだぜ」

「兎も角、先生無茶苦茶綺麗!!」

 

 

 否、問いでも何でもなかった。ロンは純粋にハリーに質問をするが、ジョージは誕生日の事、フレッドはアイルの事ばかり言っていた。ハリーは苦笑いするしかなくて、小さくため息を漏らしていた。運転は大丈夫なのかと一瞬頭に考えがよぎったが、多分フレジョの事だから何があっても大丈夫だろうと思っていた。

 散りゆく宵が段々とあけてきた。ハリーはロンの質問の答えを知らなかったので、何と答えるべきかかなり迷った。結局、どうするわけもなく朝となり、車は田舎のある一角に着地した。大きな鶏の鳴き声が、眠気に襲われていたハリーを吹き飛ばした。

 車から降りると、ハリーはわぁ!と大きく感嘆の声を上げた。

 とても不思議な大きな家だった。何だか、たくさんの小さな小屋が不安定に魔法でくっつけられているようで、赤い屋根に何本もの煙突が飛び出し、土の上では鶏や豚が楽し気に朝日を浴びていた。家の周りにある柵の入り口には、「隠れ穴」という看板がぶら下がっていた。物語の中に入ったような気分になった。

 

 

「変な家だろ? これでも、我が家さ」

「すっごい素敵だよ。世辞とかもなしに、物凄く好きだ」

「まだ誰も起きてないはずだ。さっさと入って隠れとこうぜ」

 

 

 フレッドに背中を押されるまでもなく、ハリーは目を輝かせながら中へと入っていた。狭いが何だか暖かい、家庭的なリビングだった。たくさんの鍋が沸騰して泡をふかし、多くの椅子の並んだ細長いテーブル、歩く度に軋む床、窓から差し込む朝日は、新鮮な空気と共に流れ込んできた。全てが全て、とても新しくて素晴らしく思えた。

 途端、大きなバチッという音がしたかと思えば、近くの階段から太ったおばさんがドタバタと音を立てて駆け下りてきた。

 

 

「ロナルド・ウィーズリー! フレジョ!」

「「「は、はい!!」」」

 

 

 それは、ウィーズリーおばさんだった。目が若干腫れ、殺気立っていた。花柄のエプロンをかけ、片手にはフライパンを持っていた。今にもその鉄のパンで殴られそうだった。彼女はハリーを見るや否や、優しい撫で声を出した。

 

 

「一体、何処に行っていたの! 母さんは、心配で心配で…」

「だって、アイル先生に頼まれたからーー」

「それでも置き手紙くらいは残しなさい! 心配するじゃないの!」

「はい…」

「あぁハリー。貴方は責めてないのよ。ゆっくりしていってね」

「は、はい…分かりました」

「フレジョ! アンタ達は本当にもう…」

「まぁまぁおば様、あまり責めないであげてくださいな」

 

 

 途端、家のドアが開き、麗しき女性が足を踏み入れた。

 




ちょ、ちょっとだけ言い訳をさせて。更新が遅れた言い訳をさせて。
新作ハリポタ二次をネリネリして書いてるんだウン。それも二作。だから大目に見てください。

アイル「時間止めれば良いのに」
カドナ「私はアンタみたいにチートじゃないんだよ」


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庭小人と優しき父

 とりあえずアイルは、「隠れ穴」に姿現しでやってきた。あの後ドビーとしばらくお話をして、それからこの場所にやってきたのだ。ドビーは屋敷しもべ妖精で、主人は相当鬼畜な人のようだった。たくさんのお仕置きの跡が垣間見え、あまりにも可哀想だったので、傷は全て魔法で癒してあげた。

 ハリー達が何処に行ったのかはわかっていたので、アイルは戸惑う事なく姿現しを使った。ついたと思ったら怒鳴り声が聞こえた。それは、ウィーズリーおばさんが息子達を叱り付ける声だった。どうやら、彼らは許可を取らずに抜け出してきたらしい。元は自分の所為なので、フレジョとロンを弁護しつつ、隠れ穴の「庭小人」の駆除を手伝う事になった。

 庭小人を振り回しながら、ハリーはアイルに聞く。

 

 

「お姉ちゃん、ロンは僕に手紙を出してたみたいなんだけど…どうして僕には届かなかったんだろう?」

「えっ…あ、それは…」

 

 

 本当は、ドビーが手紙を全て捨てていたからだった。どうやら、どうにかハリーをホグワーツに行かせないようにしたかったようで、友達に嫌われたと思えばホグワーツに戻りたがらないと思う…という考えだったらしい。しかしアイルは、あえてその事は口に出す気はなかった。ハリーがホグワーツに不信感を抱くのは避けたかったからだ。

 

 

「えっとね、この家のふくろうーーエロールっていうらしいのだけどーー相当な老人らしくてね、途中で断念してしまったみたいなの」

「そう、なんだ…」

 

 

 ふと目をフレジョの方へ向けると、庭小人をどのくらい遠くまで飛ばせるかを競っていた。ちなみにハリーの最高記録は、50mだ。

 

 

「ひぅぅう! あれはきっと100は行ったかな」

「そんな行ってないだろ。俺っちのは150だがな」

「いやいや兄弟。お前さんのは15だろ。一つ0が多いぞ」

「いやいやいやぁ」

 

 

 途端、ふざける赤毛の横で、物凄い速さで庭小人が飛んだ。庭小人は、視覚が届かないほど遠くまで吹っ飛び、何処からか悲鳴が聞こえた気がした。皆、庭小人を投げた犯人を見つめた。

 

「おや、あれはざっと1kmは行ったかな?」

 

 

 腰に手を当て、妖艶に微笑む犯人は、ハリー・ポッターの姉ーーアイル・ポッターだった。涼し気な風が黒髪を揺らし、すぐ近くにいるのに、いくら手を伸ばしても届かないほど遠くに感じられた。

 フレジョは歓声をあげ、アイルに向かって叫んだ。

 

 

「「キッターー! 我らが女王陛下!」」

「ひれ伏せ愚民共〜!」

「「わー! 仰せのままにーー!!」」

 

 

 アイルは双子のノリに乗って、楽し気に笑った。その姿は、昇りゆく太陽に照らされ、より美しく輝いていたからだ。

 彼女は小さくため息をつくと、ハリーに向かって言った。

 

 

「庭小人って、噛まれると痛いのよね…」

「うん、もう噛まれた…」

「えっ…大丈夫ッ?!」

 

 

 途端に余裕にあふれたアイルの顔が、一気に泣きそうになった。そしてハリーの噛まれた傷を見て、魔法で治し始めた。ハリーは、自分を気にかけてくれる姉がいる事が、少し嬉しくなった。というより、今にも泣き出しそうな姉が可愛く見えた。

 

 

「それより、何で置き手紙も残さなかったの? 元はと言えば私のせいだから文句は言わないけど…」

「いんや、ハリーと先生のためならば〜」「俺等は火の中水の中〜」

「ありがとう…ロン、久し振りだけど、かなり背が伸びたわね」

「は、はい!」

 

 

 ロンの返事を聞いて、ハリーの頭を撫でたアイルは、邪魔はしまいとその場から離れた。

 ウィーズリー家の家は、魔法界でもかなり珍しいタイプだ。魔法で作られた家はよくあるが、このようにたくさんの小屋がくっついてあるのは、興味をそそられる。相当魔力の高い人間が建てたのだろう。近くに普通のマグルの村があるが、この場所だけお伽話のようだった。

 とりあえず、家の中に入るのも忍びないので、ハリー達が中に行くまで辺りをウロウロしていようと考えたアイルは、家に背を向けた。

 近くで、黄色い可愛らしいヒヨコ達が、大きな鶏の後を一生懸命追いかけているのを彼女は眺めていた。この姿こそが、生き物の本来あるべき姿なのかもしれない。これが、平和というものだ。あぁ、美しい。

 アイルは考える。出かける度に、人に会う度に、アイルは綺麗だねと言われる。人々の羨望の視線を浴びる。かの闇の帝王でさえ魅了したけれど、自分の命を救ったけれどーーこの容姿のせいで、一体どのくらいの人間が傷ついてきたか。苦しんできたか。アイルは分かっていた。しかし、両親の与えてくれた財産だ。大切にしなければならない。これも一つの宿命なのだから。

 杖を取り出し、小さく振った。途端に杖先から美しい雪が現れ、暑い夏の炎天下の下で溶けていった。

 

 

「ふぅ…暑いなぁ…」

 

 

 魔法で辺りを冷たくしても良いかもしれないが、ハリー達は暑い中頑張って(?)いるし、時々は魔法を使わずに汗をかくのも一向だ。

 太陽の熱が首筋をジリジリと焼き付けるのを感じた。長い髪は上で結ばれ、ポニーテールとなっていた。そろそろ三十路だ。結婚も真剣に考えなければならない年頃なのに、愛しい人は何処かへ行ってしまうし、出会いの機会は一切ないしーー絶望的だった。

 小さくため息をつくと、近くでバチッという何かが弾けるような音がした。それが「姿現し」の音だと分かったアイルは、すぐに杖を構える。しかしウィーズリー家の前で「姿現し」をしたのは、赤毛の男性だった。古いローブを着た、朗らかな人だ。ウィーズリー家の人間だろうとアイルが杖を下ろすと、男性は彼女に気がついたようで、話しかけてきた。

 

 

「おや、君は誰だい?」

「あぁ、失礼いたしました。ウィーズリー宅にお邪魔させていただいております、アイル・ポッターです」

「アイル・ポッター…? もしや君は…!!」

 

 

 赤毛の男性は酷く興奮した様子で息を弾ませた。すると、身なりをすぐに整えて、アイルを家へと誘った。

 

「いやはや…ポッターさんが我が家においでくださるなんて、何と嬉しい事か。私はアーサー・ウィーズリー。魔法省の『マグル製品不正使用取締局』の局長を務めております」

 

 アイルとアーサーは握手を交わした。モリーと、歳はあまり変わらなそうだった。恐らく、ロン達の父親だろうか。アイルが笑みを浮かべていると、何処からか両手で持てるくらいの大きさの物体が飛んできた。それは大きく空を舞い、やがてはアーサーの頭に直撃した。鈍い音とアーサーの声が重なり合い、辺りに響き渡った。

 

 

「ヤバイ! 変な所に飛んでった!」

 

 

 庭の方からそんな声が聞こえてきた。アイルを苦笑をしながらアーサーを見る。しかし彼は、飛んできた庭小人の衝撃が強かったせいで、「ドギャッハー!」と叫び、頭を抱えてその場で蹲っていた。彼等は確実に怒られるだろう。

 すぐに庭からハリー達が走ってきた。アーサーの叫び声を聞いてやってきたのだ。双子の片方は、目線を逸らして走っていた。

 

 

「先生! もしかしてさっきの変な声は先生ですか!」

 

 

 たどり着いたフレッドが笑顔で言う。

 

 

「違う。貴方達のお父様よ」

「うわぁお父上様!」「何という事でしょう!」

「っていうか大丈夫なの父さん…」

「えーと…何があった」

 

 

 ハリーとロンは、おふざけなしに倒れこむアーサーの背中をさすっていた。ぶつかった庭小人は、フラフラしながら何処かへと歩いて行った。するとアーサーはゆっくりと起き上がり、心配してくれたハリーとロンに礼を言った。しかし、どうやらハリーが自分の家の子ではないと分かった様子で、彼に聞いた。

 

 

「君は…?」

「あぁ、すみません。僕、ハリーって言います。ハリー・ポッターです」

「おぉ! お姉さんが来ているからもしかしてとは思ったが…よろしく、私はアーサー・ウィーズリー。彼等の父親だよ」

 

 

 アイルが紹介をする事もなく、ハリーは自ら名乗った。前はコミュニケーション能力はかなり低かったというのに、ホグワーツに入学してからかなり成長したな…と我が弟ながらアイルは思う。二人は固い握手を交わし、お互いを見て笑顔を浮かべた。

 

 

「さぁみんな、もう母さんが朝食を作り終えた頃だろう。家に入ろう」

 

 

 驚いた事に、アーサーは双子を叱らなかった。器が広いというか、甘いというか、ただ、「危ないぞ」と後に注意しただけだった。しかし、そのフリーダムな教育が柔らかな発想と自由奔放な性格を生み出しているのか。アイルはこの兄弟を見ていると、型にはまらない彼等は物凄く面白いと感じた。

 アーサーに誘われ、アイル達は家の中に入った。

 

 



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お客様は神様のはずなのに

 

 ウィーズリー家は、アイルとハリーを心温かく歓迎してくれた。今家にいるのは、双子、ロン、そして兄の一人であるパーシー・ウィーズリーと今年ホグワーツに入学する、妹のジニー・ウィーズリーと両親だけだった。まだ兄が二人いるようだったが、仕事で今はいないとの事だ。

 ジニーはハリーの前だと緊張して、いつも逃げ出していた。アイルは「青春だなぁ」と遠目で見つめていた。

 休暇中は、宿題をしろとアイルに指導されながら、ハリーはウィーズリー家の子供達と毎日無邪気に遊んでいた。昼頃になると、人目につかない場所に行って、林檎でクィディッチの練習をしていた。ハリーの「ニンバス2000」に代わり代わりに乗り、1メートルほど浮かんで遊んでいた。しかし、パーシーだけはその遊びに参加せず、ずっと家で勉強に勤しんでいた。ある日、それを見かねたアイルがコーヒーを持って行ってあげるついでに聞いてみた。

 

「少しは息抜きでもしてみたらどう?」

「僕はアイル先生や兄達と同じように、優秀な人間になりたいんです。だから、勉強は怠れません」「でも、ずっとヒッキー状態じゃ、体に悪いわ。私とお散歩でもどうかしら?」

「…分かりました。丁度キリが良いので、少しだけなら」

 

 パーシーは魔法界に関する独自の考えを持っていた。一教師として、アイルはパーシーの夢を実現してもらいたかった。全力でサポートしてあげようと、そう思った。パーシーは横目でアイルの横顔を見て、何故か心がドキドキした。美しい人を前にしているからでもあるだろうが、それとはまた別の感情も感じた。

 *

 買い物の日がやってきた(切実)。ダイアゴン横丁に、今年の新しい教科書などを買いに行く事になったのだ。家族全員で行く事になり、魔法使いのローブを着て、9人という大人数で、ウィーズリー家の暖炉を囲むように並んでいた。

 モリーは”灰入れ”を手に持ち、中をかき混ぜていた。

 

「『煙突飛行粉(フルーパウダー)』も少なくなってきたわね…でも、全員行くのには足りるでしょう」

 

 ただ一人、暖炉の前で顔に疑問を浮かべる少年がいた。アイルはハリーが「煙突飛行」の移動法を知らないという事を思い出し、慌てて説明した。

 

「魔法界の暖炉は大体が繋がっていて、おば様が持っている粉ーーあれが『煙突飛行粉』と言って、あれを使って移動ができるの。やり方は…見た方が早いかもね」

「「じゃあ、ロン、お前が先に行け〜い」」

「何で僕なんだよ…」

 

 双子に背中を押され、ロンは小さくボヤきながらも暖炉の中に足を踏み入れた。そして、モリーの持っている”灰入れ”から中の粉を片手いっぱいに取り、皆の見守る中叫んだ。

 

「『ダイアゴン横丁』!」

 

 その声と同時に、粉が暖炉に沈み、エメラルドの炎となって全てが失せた。そこにロンの姿はなかった。ハリーは唖然としていた。これが魔法なのか、と改めて感じたのだ。

 

「簡単でしょ? まぁ、最初は抵抗があるモノだけど…重要なのは、ちゃんと場所を発音する事。もし間違えて発音したら、何処に飛ばされるか分からない」

「もし間違えちゃったら…?」

「さほど大きな間違えでない限り、大丈夫よ。せいぜい、近くの暖炉に飛ばされるだけ。そんな顔しないで…私は今まで五回くらい変な場所に飛ばされてるから。大丈夫。行ってら!」

「そう…?」

 

 ハリーは疑心暗鬼になりながらも、アイルに見送られて暖炉の中に入った。粉を手に掴み、初めての感覚に心を踊らせる。そして叫んだ。

 

「『ダイアゴン横丁』!!」

 

 粉が舞い落ちると同時に体が暖かな炎に包まれ、ハリーは自分がグルグル回っているような気がした。心地よかった。アイルの笑顔で見えなくなると、気がつけばハリーは「漏れ鍋」の暖炉から転げ落ちた。

「隠れ穴」の方といえば、もう既に双子が二人仲良く暖炉に消えていった所だった。一応教師が最後に移動するわけにもいかないので、アイルは暖炉の中に入る。粉を手に取るが、既に四人が移動した後なので、灰が舞っていた。それでも何とか体勢を持ち直し、大きく息を吸う。同時に埃と灰を多く吸い込み、完全にむせ込んだ。

 

「ダ…イアモ、ン横丁ッ!」

 

 喉が火傷する感覚に襲われるアイルは、炎の中に消えていった。ウィーズリー家は冷や汗を流す。五回間違った場所に飛ばされたというのは、あながち嘘ではないようだった。

 

「今先生、何て言った…?」

「『ダイアモン横丁』」

「あそこはそんな豪奢な名前じゃないよ…」

 

 *

 

 アイルは大きな音と同時に、何処か分からない暖炉から転がり出た。ほぼ涙目になって、その場でしゃがみこむアイル。

 薄暗い場所だった。廃れた店のようで、しかしまだ商品が置いてあるからやっていない事はないのだろう。幸運な事に店主も客もいない。アイルは心を落ち着かせ、ゆっくりと立ち上がった。埃っぽい店内には、見るからに「闇の魔法使い」の扱う物品が置かれていた。黄ばんだ骸骨、淡く光る青い大きなダイアモンドのネックレス、背の高いキャビネット、ミイラの手などーーダイアゴン横丁ではないようだった。

 誰か来ないうちに皆の所に戻ろうと、アイルは軋む床を抜足差足で歩き、店から出た。

 石レンガの敷き詰められた地面に上には、顔を隠した魔女や魔法使い達が早足で歩いていた。ふとアイルの出てきた店の名前を見ると、「ボージン・アンド・バークス」と書かれていた。

 薄暗く太陽の光もあまり通らないこの場所は、「夜の闇横丁(ノクターン横丁)」のようだった。此処は、闇の魔術の物品を専門にする店の集まる横丁だ。つまり、闇の魔女や魔法使いがわんさかいるという事だ。しかし幸運な事に、この横丁は「ダイアゴン横丁」に隣接する。ある程度移動すれば、すぐに横丁に出られる。

 途端に誰かに肩を掴まれる。反射的に振り返ると、そこには真っ黒なローブに身を包んだ汚れた魔法使いが立っていた。

 

「お前、アイル・ポッターか?」

「ッ!」

「やはりそうだ! アイル・ポッターだ!!」

 

 辺り一帯を闇の魔法使いらしき集団で囲まれ、まさに四面楚歌となってしまった。忘れていた。アイルはハリーと違って、顔が割れているのだ。特に「死喰い人」関係では特にーー

 杖を取り出し、無詠唱で辺り一帯の時を数秒間だけ止める。その間にアイルは走り抜けた。たどり着いた先は、何とも嬉しい事に「ダイアゴン横丁」だった。

 安堵のため息を漏らすと、杖をしまって辺りを見回した。ウィーズリー家の姿はなかった。すると、一人の見覚えのある少女が目に入った。彼女は豊かな栗毛を揺らし、こちらに走ってくる。

 

「アイル先生! 見つけた!」

「ハーマイオニー…久しぶりね」

「はい先生、お久しぶりです。あぁ良かった…ハリー達が探してて…」

 

 ハーマイオニーは笑顔でアイルに言う。久しぶりに大好きな先生に会えて、とても嬉しそうだった。アイルが彼女にハリー達の居場所を聞くと、可愛らしい少女は答えた。

 

「『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』です」

 

 アイルは彼女についていって、教科書などの揃えられる書店へ向かった。何だかいつもより人だかりが出来ていて、特に魔女が多かった。ハリー達は店の奥にいるようだったので、仕方なく人混みを魔法で優しくかき分けて奥へと進んだ。

 

「ハリー、見っけ!」

「お姉ちゃん! 見つかって良かった…何処に飛ばされたの?」

「知らない方が良い事もあるモノよ…」

 

 ハリーは急いで駆けつけてきて、アイルに抱きついた。可愛い弟に、「危うく闇の魔法使い達に襲われる所でした☆」なんて言えない。

 ふと顔を上げると、そこにはブロンドの背の高い男性がいた。ハンサムな顔立ちをしてはいるが、アイルは特に何とも思わなかった。彼の前には、男性が書いたのか「ギルデロイ・ロックハート著」の本が何冊も並べられていた。周りの魔女達の反応からして、かなりの人気者のようだったが、正直アイルには誰だか検討がつかなかった。対してロックハートは、本の題名を読むアイルに見惚れていた。

 途端に人混みが再びかき分けられ、ボサボサ頭のカメラマンと記者が一番先頭ーーアイル達と同列ーーに立った。

 

「ロックハート先生! 『日刊預言者新聞』の者です!」

「あぁ、ではそろそろ開始しようか」

 

 ロックハートは指を鳴らし、近くにいた助手のような人物から一冊の本を受け取った。その本には、「私はマジックだ」と書かれていた。

 

「紳士淑女の皆さん、この度ギルデロイ・ロックハートは、私の新作の自伝…『私はマジックだ』の発売を記念いたしまして、サイン会を開催いたします!」

 

 彼の言葉と同時に、周りの客達から大きな拍手が巻き上がった。新聞社のカメラが眩いシャッターを焚き、それと同時にロックハートも負けない笑顔を見せつけた。すると彼は、人混みの先頭に立つアイルの手首を掴み、強引ではあるが優しく彼女を前へ連れてきた。あまりに唐突な事で頭が痛くなってきた。

 カメラの真ん前に連れてこられるとロックハートに肩を抱かれ、再びシャッターが光った。しかしあまりに眩しく吐き気がしたので、アイルは迷わずロックハートを突き飛ばした。彼は倒れはしなかったが、まさか自分がつき飛ばされようとは思わなかったので、驚きの表情を浮かべた。シャッターも止まり、アイルは目を片手で覆い隠した。

 

「痛い…目が痛い…」

「おやおや、照れているのですか?」

「照れてなんてない! というか、よくそんな光浴びて目がやられないわね…感嘆するわ」

「褒められて…いるようだ」

 

 アイルは自分の目の奥が痛みを訴えるのを止めると、再びロックハートに向き直った。アイルの顔には、呆れが写っていた。ふと前を見ると、ハリーが周りが恐怖するほどの殺気を帯びている事に気がついた。新聞社の人間は腰を抜かし、ロンは冷や汗をかきながらハリーを落ち着けようとした。

 しかし眼鏡の少年の怒りは凄まじく、今にも杖を取り出して、ロックハートを殺してしまいそうだった。

 

「ダメだハリー! 杖、ダメ! 絶対!」

「離せよロン。僕はあのブロンド野郎をぶっ殺さなきゃならない」

「ダメよハリー。あんな偉大な方を殺すだなんて…できっこないわ!」

「そういう問題じゃないよハーマイオニー…」

 

 ロンとハーマイオニーの制止も聞かずに、ハリーは杖を取り出してロックハートに掴みかかった。周りの中年魔女達は悲鳴を上げ、店員が急いで止めに入った。それでもロックハートは笑顔を振りまくだけで、アイルから離れようともしなかった。

 アイルは慌ててハリーをロックハートから引き離し、彼を落ち着かせようとしゃがんで肩を掴んだ。

「何をしてるのよハリー! 暴力はダメよ。魔法も…ダメだけど」

「だって、あの金髪はお姉ちゃんを汚した! あの汚らしい手でお姉ちゃんに触れた! お姉ちゃんに触っても良いのは、僕だけなのに!!」

「あと、ルシフね」

 

 ハリーは涙目でアイルに訴えかけた。周りの人々はそれを息を飲んで見守る。若干の狂気を少年から感じつつも、事の成り行きに任せた。

 

「でもハリー、暴力はダメよ。あれでも一応ファンも多いから…下手するとハリーが睨まれる。私は平気だから。このローブも捨てるし、もうあのブロンドスマイルには触らせないから」

「…分かった」

 

 渋々了承したハリーの頭を撫で、アイルはロックハートをジロリと睨んだ。弟にこんな事をさせるような行動をするロックハートが、もっと恨めしくなった。しかしこのブロンドはそんな事も気に止めず、輝く歯をむき出しにして言う。

 

「んんん…私のファンには、中々過激な子もいるようだ。それでお嬢さん…お名前は?」

「…アイル・ポッターよ」

 

 アイルの吐き捨てるような一言で、店中に戦慄が走った。ロックハートはさぞ嬉しそうに笑顔を浮かべた。もしかして、この笑みを見せればどんな女でも虜になるとでも思っているのだろうか。否、アイルにはルシファーストという愛しい人がいるし、面倒な男は嫌いだ。

 

「おぉ! 皆さんお聞きになりましたか! あの『例のあの人』さえも魅了した、魔法界きっての美貌を持つアイル・ポッターさんが、この私の著書を買いにいらっしゃった!」

 

 別にお前の本なんて欲しかねぇよと突っ込みたいアイルだったが、騒ぎが一層大きくなるのは避けたかったので、代わりに黙って人混みの中へ戻っていこうとする。しかし、アイルはロックハートの発した言葉を聞いて、足を止めた。

 

「そして重要なお知らせが一つ! 実は私、今年度、ホグワーツの『闇の魔術に対する防衛術』の教授に抜擢されました!」

「はぁッ?! やだッ…嫌だよッ…」

 

 アイルのつぶやきは誰にも聞こえなかったが、彼女の叫びはロックハートは驚きの声と受け取ったらしく、笑顔で答える。客等は拍手を続ける。アイルは嫌だった。後任がロックハートだなんて、絶対にお断りだ。アイルはこの数分で、ロックハートを嫌悪の対象と認識した。それほど苦手な性質を持った人なのだ。しかしもう決まってしまった事。どうしようもない。

 

「さて、サイン会を始めましょう!」

 

 魔女が雪崩となって集まってくるのを尻目に、アイルは急いで店の一番後ろに移動した。そこには既に、ハリー達が固まっていた。しかし、モリーとハーマイオニーの姿が見えない。恐らく、ロックハートのサインを貰いに行ったのだろう。イケメンだから。

 ハリーは涙目でアイルを見つめていた。

 

「お姉ちゃん…何だか怖かった」

「うん、私も怖かった…」

 

 二人の「怖い」という感情の意味は全く違った。しかし、お互い意思が通じているかのように感じた。アーサーは苦笑を浮かべている。

 

「大変ですね、これから」

「えぇ本当に…すみません、ご迷惑をおかけして」

「いやいや、そんな事ありませんよ?」

 

 双子はニヤニヤ笑ってアイルを小突いてきた。きっといじるつもりなのだろう。

 

「成績下げるぞツインズ」

「おやおやぁ」「俺等、まだ何も言ってないのに」

 

 すると、店内に見覚えのあるシルバーブロンドの親子が入店してきた。寒気がした。まるで生気のない長い髪の男性と、ハリーと同学年の少年。見慣れた黒いローブをまとい、店内を舐めるように見回して、やがてアイルに注目した。アイルがその名を口にするまでもなく、アーサーが親し気に挨拶をした。

 

「ルシウス、久しぶりだな」

「…おや、まだそんな汚らしい仕事をしているのか、アーサー」

 

 ルシウス・マルフォイと、ドラコだった。アイルの愛するルシファーストの父親で、弟である二人は、あのまま幸せだったら家族になっていたのかもしれない人達だ。怒りと憎しみの感情を必死で押さえ込み、アイルは歯を食いしばった。ルシウスの方は、紛れもなくアイルが監禁された時の共犯者だ。

 

「『穢れた血』などと戯れているから、金が足りなくなるんだ。好い加減自分の立場を考えろ」

「お前に言われたくはない」

「そしてこちらは…あぁ、アイル・ポッターか」

「…」

「答えはなしか。義父になるのに、か?」

「今は関係ないわ。…ルシフは元気?」

 

 目線を下げ、白々しく言い逃れをしたルシウスの憎らしい顔を見ないように、アイルは一番知りたかった事を聞いた。すると、彼は肩をすくめる。

 

「さぁ? ルシフはあれっきり一切連絡がない。まぁ元気だろう…しかし、闇の帝王と我が息子さえも魅了するとは…相当魔力を秘めた容姿なのだろうな」

 

 ルシウスは地面を睨みつけるアイルの顎を片手で掴み、自分を向けせた。ハリーがまたもや杖を取り出して喚いていたので、慌ててアイルはその腕を強く握り締め、魔力を込めた言葉を放った。隣にいる、大鍋を持ったジニーを怖がらせるわけにもいかなかったが、今は仕方ない。

 

「何で貴方、まだ逮捕されていないの? 小悪党」

「ッ…」

 

 言葉に秘められた強い魔力に押され、ルシウスはその場で倒れこんだ。そのアイルの表情には、明らかな憎しみがこもっていた。しかし、今この狭い店で魔力を爆発させれば、周りの人間に被害が被る。アイルは店を出た。去り際にルシウスを強く睨みつけて。

 




私がハリポタで嫌いな人物ランキングを作るとするならば、

一位「ドローレス・アンブリッチ」
二位「ギルデロイ・ロックハート」
三位「コーネリウス・ファッジ」

基本悪役は好きだけど、どうもアンブリッチだけはいけ好かないですね。
ロックハートはペテン師でナルシストだから嫌いだ。嘘を吐くんなら自分で何とか頑張りやがれって言いたくなりますね。アイルファイト。
ファッジは可哀想な人だとは思いますが、やっぱり保身に走ったから好きにはなれませんね。

まぁ個人的には、上位二名は多くの方も好まれないとは思います。


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美しき城

 彼等はキングス・クロス駅に来ていた。騒がしい人混みの中に、魔法使い達は紛れていた。かなりマズイ時間帯だ。後一分で汽車が出発してしまう。彼等はホームを走り抜け、急いであの入り口へと向かった。

「九と四分の三番線」へ、ウィーズリー家は次々と入っていった。アイルは、ハリーとロンが迷子にならないように二人についていた。アイルは先にホグワーツ行きのプラットホームへと入った。後少しで出発だが、今なら間に合う。魔女と魔法使いで溢れかえるプラットホームへの入り口で、アイルは二人を待った。しかし、彼等はやってこない。汽車はもう出発するが、アイルは二人に何かあったのではないかと思い、もう一度マグルのプラットホームへ戻ろうとした。しかし、その壁は依然として機能しないのだ。本来ならばすり抜けられるはずなのに、それができなかった。もしや魔法が解けている?!

 

「何で?!」

 

 アイルは杖を取り出し、すぐに壁にかけられた「空間移動呪文」をもう一度かける。これでまた、こちらからでもあちらからでも移動は可能だろう。汽車がもう発車するという所で、ハリーとロンがあちら側から走って出てきた。プラットホームの魔法使い達は急いで彼等に道を開けた。アイルの魔法で、間一髪の所で荷物と一緒に汽車に乗り込む事が出来たのだ。

 三人共酷く息が切れていた。アイルは立ち上がり、小さな窓からプラットホームを見つめる。一体、何故魔法が解けたのだろうかーー

 

 *

 

 久しぶりのホグワーツ。これほどまでにホグワーツが待ち遠しかった事はまたとないだろう。ただ、一つ嫌な事はロックハートがやってくるという事だ。しかし、大広間の席ではスネイプによって隔てられる。これは幸運だった。

 教員の中で、ホグワーツ行きの汽車に乗るのはアイルだけだ。ほとんどの教員が実家に帰るかホグワーツ城に留まるかの二択で、アイルは以外は学校が始まる前に準備と称して城に戻る。

 

 さて、その唯一の教授が紅の猛牛から姿を現わす。非の打ち所のない黒髪の美女は、闇夜の下で満月に照らされた。大きく息を吸い、冷たい空気を肺の中に入れる。

 教員は早く大広間についておかねばならないので、急いで人目につかない場所に行き、魔法で空を飛んだ。ホグワーツへ入城すると、アイルは急いで『手で』大広間の扉を開けた。上座の教職員テーブルの前には、教授方が集まり、何かを話していた。

 

「あぁアイル、来ましたか」

「遅れてすみません…」

「おや! 貴女はアイルさんではありませんか!」

「うわッ…」

 

 マクゴナガルの陰に隠れていたのは、ブロンドの悪魔だった。ギルデロイ・ロックハートは、光り輝くスマイルを浮かべ、アイルに見せつけてきた。一番会いたくない人物No.1に上がる人間なのに、何故もういるのだ。この男の事ならば、目立とうとして全員が集まった頃に大広間に突入してくるだろうに。

 アイルは唐突なナルシストの登場に、近くにいたスネイプの陰に隠れた。

 

「いやはや、もしや、私に憧れを抱いてホグワーツにやってきたのですかな?」

「違います、元々ホグワーツの教授です」

「全員が揃った所で、彼の紹介をいたしましょうかの」

 

 ホグワーツの教授が、「魔法史」のビンズ教授と「占い学」のトレローニー教授以外は全員揃っていた。あの二人はいつも、夕食の席に顔を出さないので、もういない人物として扱われているのだろう。片方はゴーストだし、片方はイカサマっぽいし。

 ダンブルドアはロックハートに手を向ける。

 

「彼は、ご存知の通りギルデロイ・ロックハートじゃ。ギルデロイ、自己紹介をするかの」

「えぇ校長、ありがとうございます」

 

 ロックハートは心優しい老人の前に立ち、胸に手を置いてドヤ顔をした。

 

「皆さん! 私はギルデロイ・ロックハートです。今までに様々な著書を出してきましたが…勿論お読みになりましたよね? 私の素晴らしい功績の数々! まぁそれは、後ほどたくさんお聞かせしてさしあげよう」

「…あ、さて、私は新一年生を迎えに行ってまいります」

 

 ロックハートの話が長引かないうちに退室しようと、マクゴナガルは光の速さで大広間から立ち去った。すると、彼はチッチッチッ…と舌を鳴らす。

 

「私の話はまだ終わっていないのに」

「じゃあ私はもう席につこうかしらオホホ…」

「我輩もそうしよう」

「わしも。早くポテチ食べたいのぅ」

「さぁ皆さんお座りになりましょう」

 

 他の教授方(アイルも含め)は、マクゴナガルと同じスピードで教職員テーブルに座る。一人取り残されたロックハートは何か勘違いをした様子で、やれやれと首を横に振り、スネイプの隣に腰を下ろした。

 やがて他学年の生徒が大広間に入り、一年生がマクゴナガルの引率の元入場してきた。満天の星空に感激しながら、彼等は教職員テーブルの前に座る。一部の一年生は、アイルがーーダイアゴン横丁に行った時のーー新聞に載っていた「愛された女の子」だと気付き、周りの生徒とヒソヒソ声で話をしていた。

 そして、毎年恒例の「組み分けの儀式」が始まる。ジニーは無事、グリフィンドールに組み分けされた。寮は、大体血筋で決まると言われている。ウィーズリー家は代々グリフィンドールの家系なので、ジニーが獅子寮に入るのは運命というモノなのか。しかし、そうでない場合もアイルは知っていた。

 アイルの組み分けの時、帽子はかなり悩んだらしい。二十分程度の苦悩の末、結局「ねぇねぇ君はさ、どの寮に入りたい?」と聞かれ迷わずグリフィンドールと答えたのを覚えている。

 帽子の歌が終わり、ダンブルドアの挨拶が始まった。

 

「皆、よく聞きなさい。ほらそこ、わしの白髭と肩にポッ◯ーがついておるなど言うでない。これわしの非常食なんだから。それでの、『闇の魔術に対する防衛術』の前任、ルシファースト・マルフォイ教授がお辞めになったので、今年は新しい先生がきておる! ギルデロイ・ロックハートじゃ!」

 

 生徒間でざわめきが起きた。ロックハートが立ち上がり、ダンブルドアの方まで行くと、女子達から黄色い悲鳴が上がった。何しろ、あの有名なヒーローが今目の前にいるからだ。こんな人の授業を受けられるなんて、何という光栄だろうと思っている生徒も少なくないはずだ。

 

「やぁ皆さん、ご機嫌よう。挨拶は長くしたいモノですが、皆さんお腹を空かしている頃かと思いましてね…ギルデロイ・ロックハートだ! 勲三等マーリン勲章、闇の魔術に対する防衛術連盟名誉会員、そして、『週刊魔jーー」

「では、夕食タイムじゃ! スナックが余ったらわしにくれ? わしは特に日本のスナックが好きでのう…おっと失礼。では食事じゃ!」

 

 ダンブルドアの言の葉が飛び散ると同時に、大広間はご馳走で包まれた。この時間を心待ちにしている生徒も多いだろう。美味しそうな世界各国の食事の数々が並び、皆新しい味に舌鼓をしている。ロックハートは自分の言葉が遮られた事に少し怒ったようだったが、気にせずに食事を始めた。

 前まではホグワーツの料理は行事時以外は、イギリスの家庭内料理が多かったのだが、「マズイ」というアイルの鶴の一声により、世界各国の料理が並ぶようになった。これはダンブルドアも大喜び。それはというと、お菓子のバリエーションが増えたからだ。

 

「それでですねスネイプ教授! そこで私はバーンと杖を振り、人狼をやっつけたわけですが! そこで、ある災難が私に降りかかったのですよ」

「あーはいはい」

 

 スネイプはロックハートのしつこさにウンザリしている様子だった。アイルはワインの入ったグラスを置き、大広間を眺める。それぞれの寮で座り、新一年生が先輩方に温かく迎え入れられている。とても美しい光景だった。

 あまり食欲がない。目の前の料理が美味しそうな香りを漂わせていても、お腹は何も感じなかった。疲れてきているのかなと感じる。教授という仕事はハードではない。寧ろ楽だ。今までヴォルデモートから受けてきた苦痛と比べれば、1+1を解くくらい容易いモノだった。

 

「アイル、我輩と席を替わってみないか?」

「え、嫌です」

「中々座り心地の良い椅子だ」

「種類変わらないですし嫌です」

「何の話をしているのかな?」

 

 兎に角、今年は騒がしい一年になりそうだと感じつつ、アイルはマクゴナガル教授に質問を投げかける。

 

「そうだマクゴナガル先生、実は、私やハリー、ギリギリで汽車に飛び乗ったのですが…」

「もう少し時間に余裕を持ちましょうアイル」

「すみません…それで、私は『九と四分の三番線』に入れたのですが、ハリーが入ろうとした時にゲートが閉じられていて。もう一度魔法をかけ直したから大丈夫だったんですけど…もしかして、不具合だとかあったんですかね?」

 

 アイルの言葉を聞いたマクゴナガルは、眉間にしわを寄せる。基本はそんな事はあり得ない。ゲートの魔法は絶対に解けないはずだ。しかし、それをもう一度かけ直すアイルも凄い。

 

「原因については良く分かりませんね。しかし、調べさせておきましょう」

「ありがとうございます」

 



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日記帳

 夕食が終わり、生徒達に続いてアイルも大広間を出た。夏はもうそろそろ終わる。ひんやりとした空気が、アイルの頬を優しく撫でてきた。人のいない長い廊下からは、「禁じられた森」が見渡せた。薄暗いランプで照らされた場所を一人で歩き、小さくため息をつく。

 何だか気が乗らない。しかし、アイルは教授だし、明日から授業が始まる。色々と思いつめる事があるが、誰に吐き出せるわけもない。愚痴るには他の教授方は年上だから、中々出来るモノじゃないのだ。一人で抱え込むというのは、かなり辛いという事を改めて感じる。

 アイルは腰に手を当て、少し反りながら思い切り深呼吸をした。新鮮な空気が肺いっぱいに入り込み、心を落ち着かせた。途端、ローブのポケットの中に何かが入っている事に気がつく。

 ポケットに手を突っ込み、中の モノを取り出した。黒表紙の日記帳のようだった。裏の左下の方には、「T・M・リドル」と書かれていた。

 

「何でこんなモノが…」

 

 アイルは駆け足で部屋に戻り、自分の机に座った。片付けられた机の上に日記帳を置き、アイルは考えた。いつこれがポケットの中に迷い込んだのだろうか。

 確かにこのローブはいつも着ている。ハリーには捨てるとか言ったけど、実際買い換えるのが面倒なので捨てていない。魔法で毎日綺麗にして、脱ぐのは寝間着に着替える時程度なのに。ポケットの中に手を突っ込まれた覚えも、何かが中に入った記憶もない。持ち主のリドル君に心の中で謝り、アイルは日記帳を開いた。もしかすると、持ち主の手かがりがつかめるかもしれない。

 しかし、いくら羊皮紙のページをめくっても、何も文字が書かれている様子はなかった。

 

「T・M・リドル…何者?」

 

 日記帳の出版元を見ると、ロンドンのボグゾール通りの新聞・雑誌店の名が書かれていた。マグル生まれの人間なのかもしれない。しかしアイルの記憶の中には、マグル生まれでリドルだなんて男はいなかった。

 この日記の持ち主はもう老人魔法使いになっているかもしれない。しかし、マグル出身でT・M・リドルだなんてたくさんいるだろうし、特定はできないだろう。

 大の大人ではあるが、精神的に参っている。アイルはこの日記帳を、日々の鬱憤を吐き出す事に使おうと考えた。もし持ち主が見つかったら、インクを全て消せば良いし。

 アイルは現実から目を背けながらも、日記帳の一番初めのページをめくって、羽ペンにインクを浸した。そして、左上に小さく日付を書く。

 

「ええっと、九月一日だよね」

 

 真っ黒なインクで日付を書いたはずなのに、それはみるみるうちに羊皮紙に染み込んで消えてしまった。慌てて次のページを見るが、滲んでいる様子もない。新品同様だった。

 アイルは日記帳に不信感を抱き、羽ペンに浸されているインクを何度も何度も垂らした。その度にインクは羊皮紙に消えていった。アイルは遂に日記帳を閉じた。代わりに杖を取り出し、呪文を唱えた。

 

「『スペシアリス・レベリオ 化けの皮 剥がれよ』」

 

 杖で日記帳を鋭く二回突いた。しかし、日記帳に何ら変化はない。つまり、ただの日記帳? それにしては魔法が封じられている。

 

「でも、この魔法で変化がなかったという事は…魔法が入っているだけの日記帳?」

 

 もう一度日記帳を開くすると、ツラツラと文字が浮かび上がってきた。美しい細長い字だった。

 

『こんばんは』

 

 たった一言だった。それに、アイルが読み終わるとそれは消えてしまった。もしかすると、「組み分け帽子」のように知識を吹き込まれてあるのかもしれない。それならば危険性はないはずだ。一応確認のため、アイルは再び羽ペンを手に取った。

 

「『こんばんは』っと」

 

 すると文字は消えていき、再び違う字が浮かび上がってきた。

 

『僕はトム・マールヴォロ・リドルです。名前をお伺いしても?」

「…まぁ良いか。『アイル・ポッターです』」

『とても良い名前ですね』

「『貴方は何者?』」

 

 あぁ、このT・Mは、トム・マールヴォロだったのか。

 トムはアイルの問いにすぐには答えてくれなかった。やがて、再び文字が浮かび上がってくる。

 

『僕はこの日記帳の中の”記憶”です。僕自身がそれをこの日記帳の中を封じ込めました』

「『聞いた事のない魔法ね』」

『しかし存在します、貴女の目の前に』

 

 消えていく文字を見つめ、アイルは頬杖をついた。知らない魔法はないと思っていたが、案外そんな事もないようだ。でも、あまり危険性はなさそうだしーー

 

「『あまり信用出来ないわ。でも、貴方が自分の事を私に教えてくれたら、私は信じられるかもしれない。素性の確認もできるし。ホグワーツ生だったでしょ?』」

『えぇ、分かりました。しかし、そんな事まで調べられるほど、貴女の地位は高いんですか?』

「『地位が高いまではいかないけど、一応ホグワーツの教授をやらせてもらっているわ』」

『へぇ…それは凄い。じゃあ、話しますね』

 

 トムの言葉をまとめると、約50年前にホグワーツにいた、主席&監督生だった、ホグワーツの特別功労賞を貰ったーーなどと、中々の優等生のようだった。アイルはトムと自分自身を重ねた。何だか似ているような気がする。しかも、これ程までに優等生ならば、きっと記録にも残っているはずだ。一通り聞き終わったアイルは、トムに質問を投げかけた。

 

「『貴方、アルバス・ダンブルドアを知っているかしら?』」

『はい。彼はとても素晴らしい人でしたよ、僕がホグワーツ生の時には『変身術』の教授でしたが、生徒思いの先生でした。今もご存命ですか?』

「『えぇ、生きていらっしゃるわよ。お菓子ばかり食べているから、いつ亡くなるかヒヤヒヤだけどね。そうね、彼はとても良い人』」

『信じてもらえましたか? 僕の事』

「『素性を調べるまでは何とも言えないわ。今日は寝る。おやすみなさい』」

 

 まだ完全には信用出来ない。ちゃんと本当に存在する人間かどうかを調べて、それからだ。使う事にするのは。

 翌日の昼休み、アイルは本来ならば図書室で本を漁っているはずなのだが、この日は大広間の奥にある「トロフィー室」に来ていた。此処には、歴代でホグワーツの賞を受賞した人の名簿が置いてある。ABC順になっていて、見つけるのは容易かった。

 古い本を手に取り、アイルは「トム・マールヴォロ・リドル」の名を探した。すると、案外すぐに見つかった。

 

「トム・マールヴォロ・リドル…ホグワーツ特別功労賞受賞、ホグワーツ最高主席、監督生、歴代でも特に優れた成績を収める。本当に実在したのか。というか凄いなトム。トロフィーもあるじゃん」

 

 次々に名前を見ていくと、自分の名前があったので、アイルは苦笑を浮かべて閉じた。しかし、これだけでは確信がつかない。トムはダンブルドアが「変身術」の教授だったと言っていた。ダンブルドアならば覚えているかもしれない。

 きっとあの人ならば、じゃが◯こ一箱で何でも教えてくれるだろう。今はもしかすると、スナック探しの旅に出ているかもしれないが、校長室の前でポテチを食べれば出てくるだろう。

 校長室へ行く途中、アイルは背後に変な空気を感じた。誰かがさっきからつけてきている。どんな裏道を通っても、同じ道を通ってもその気配はついてくる。気がつかないふりをしてコッソリと杖を取り出し、アイルは角を曲がった。気配が角を曲がると同時にアイルは閃光を飛ばし、それに杖を向けた。

 

「ッ、貴方…」

「いててて…中々強気なお嬢さんですね」

 

 アイルの魔法を受けて地面に尻餅をついていたのは、ブロンドハンサムのギルデロイ・ロックハートだった。到底立たせてやる気にもならず、アイルは鋭い視線を彼に送った。

 

「…何の用ですか?」

「何方へ向かっているのかが気になりましてね。不思議な場所に行くモノですから」

「それは貴方がついてきたからです」

「失礼ですね」

「次ついてきたら、アズカバンに放り込みますからね。冗談抜きに」

 

 アイルは踵を返し、ロックハートにかけた魔法を解除する事もなく、もう一度目的地を目指した。あの魔法はしばらく消えない。顔以外は麻痺している事だろう。ロックハートの悲痛の叫びもアイルには届かず、彼はただあの美しい後ろ姿を眺めるしかなかった。

 もう邪魔者も追跡者もいないので、アイルは校長室へ案外早くたどり着いた。大きなガーゴイルの銅像が左右に置かれ、アイルを見下ろしていた。確か合言葉は…

 

「じゃ◯りこ!」

 

 アイルが言うと、二体のガーゴイルは本物と化し、そこから身を引いてアイルをお辞儀をした。彼女はガーゴイルに礼を言うと、螺旋状の階段を上がった。上がり終えるとそこには大きな扉があった。アイルは校長室の扉をノックする。すると、奥から物静かな声が聞こえた。

 

「どうぞ」

「…失礼します」

 

 アイルは扉を開け、中に入った。様々な道具の置かれたゴチャゴチャとした部屋は相変わらずだったが、入ってすぐに目に入る不死鳥だけは姿を変えていた。青い空のような羽も混じっている赤い不死鳥は、とても美しかった。

 

「アイルか。昼休みじゃが…どうかしたかの?」

「色々、聞きたい事がありまして…」

「そうかそうか。ではどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 アイルは小さく会釈をすると、近くにあるソファに腰掛けた。

 



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校長との対話

 

 ダンブルドアは静かにアイルの前に座った。アイルは目の前の老人の青い澄んだ瞳を見つめた。いつもこの目を見ていると、隠し事なんて出来ないような気がする。アイルはトム・リドルの事が聞きたかったが、それだけのためにこの場所にくるのはただの時間も無駄。故にアイルは、ずっと気になっていた事を聞いた。

 

「…先生、ヴォルデモートは何故、私を愛する事が出来たのですか? …先生は私にふと漏らした事があります。ヴォルデモートは『愛を知らない』と。それなのに何故ーー」

「あやつは君と出会い、愛というモノを知った。ただそれだけの事じゃ」

「そんな答えじゃ、納得いかない」

 

 アイルの問いに、ダンブルドアはこれ以上の答えを出さなかった。すると、話題を変えたいのかダンブルドアは透明な皿に入ったポテチを勧めてきた。アイルはお礼を言って一枚取り、口に入れた。ダンブルドアがハマるのも納得がいく美味しさだった。香ばしいオニオンの香と辛い塩味が絡み合い、口の中でハーモニーを奏でていた。是非、メーカーをお教えしてもらいたい。

 

「そうだ、さっきトロフィー室に行ってみたんですけど、中々興味深い部屋でしたね」

「そうじゃの。確かに歴史を感じられる部屋じゃ」

「そこで私の名前も見かけたのですが…私はホグワーツの特別功労賞を取った覚えはないのですが」

 

 彼女の言葉にダンブルドアは悪戯っぽく笑い、ポテチを口に突っ込んだ。体に悪いのではいかとも思ったが、まだ元気だからきっと大丈夫。

 

「でもまぁ、ホグワーツを飛び級で卒業した事になっているから…それくらいあっても良いかなぁと…思ったのじゃ怒らんでくれ謝るから」

「別に怒ってはいませんよ。あぁそうだ、確かトム・リドルって人も私と同じような感じだったな…」

 

 ダンブルドアは、アイルの言葉に激しく反応した。知っているという事はすぐに分かった。しかし、ダンブルドアがトムを知っているだけでは信用するには値しないので、アイルは彼について質問をした。

 

「その様子からして、知ってますね。どんな人だったんですか?」

「…まぁ、知らない方が良いかもしれんが、とても優秀で魅力的な若者じゃった。君が入学する前までは、ホグワーツ創立以降最も優秀な生徒という立ち位置は彼のモノだったのじゃ」

「頭の良かった人なんですね、もしかして、マグル生まれだったりとか?」

「いや、彼は半純血じゃった。マグルの孤児院に入学するまでいたがの」

「そうなんですか…大人しい生徒だったり?」

「いや、君のように信者の出来るようなタイプじゃったよ。…何故そこまで聞くのじゃ?」

 

 目の前の老人はアイルに真っ青な瞳を向ける。全てが見透かすような彼の目が 、アイルは好きだった。隠すような事でもないが、アイルはあえて日記の事は話さなかった。危険な人でないという事は分かった。今はそれで良いのだ。

 

「ありがとうございました。まだモヤモヤは残りますが」

「短い昼休みじゃ。ゆっくりと過ごすと良い」

「えぇ」

 

 *

 

 アイルは自分の部屋に戻り、窓ガラスから外の景色を眺めながら考えた。何故ダンブルドアは、アイルが「トム・リドル」という言葉を発した時にあんなにも驚いたのだろうか。彼女がその名を知っている事? それとも、二人の間で何かあったのだろうか。何方にしろ、気になる事は層を増して伸び続ける。

 ダンブルドアはいつも何でも分かっているのに、ダンブルドアの事はいつも何にも分からない。彼は何も教えてくれない。指導者のはずなのに、本当に知りたい事をいつもはぐらかされる。残酷な人だ。知る必要はない、とも取れる。

 

「あぁも〜ッ! あの人苦手!」

 

 ムシャクシャしたアイルは、リドルの日記を開いてペンを持った。

 

「『ダンブルドアに聞いたわ、貴方の事』」

 

 返事はすぐに返ってきた。

 

『へぇ、どうだったんですか?』

「『優秀な生徒だって聞いたわ。功労賞も貰っていたわね。一体何をしたのかしら?』」

『大した事はないですよ』

「『ホグワーツ創立以来の秀才だったとか』」

『お褒めに預かり光栄です』

「『その言い方、何だか癪に触るわ』」

 

 謙遜しているようで、でも裏では馬鹿にされているような気がしてならなかった。だからこっちは大人気ないが、馬鹿にしてやろう。

 

「『でも、その座は私が頂いているわ』」

『おや、負けちゃったんですね』

 

 案外あっさりした返事。つまらない…。

 

「『絶対モテないでしょ、トム』」

『いやいや、僕はホグワーツでも結構モテていましたよ。何しろ、極端に容姿が良かったモノですから』

「『自分で言うかしらねー?』」

『特別ですよ、貴女ですから。貴女に良く見られたいだけです。日記越しに見える、美しい貴女にーー』

 

 アイルは迷わず日記帳を閉じた。まさか、”記憶”がアイルの姿を見ているとでも言うのだろうか? しばらく日記帳は開かないようにしよう。しかしアイルは、無機質な文字の陳列でさえも、心なしかときめいてしまった。

 ルシフがいなくなってしまって、心が寂しかった。トムは、何でも気軽に話せる人になってくれるだろうか。魔法であろうと”記憶”であろうと、トムは自分の心を満たしてくれるだろうか。でも、彼は人ではなくても実質学生であるし、教師としてそれはいけない事なのでは…という自己嫌悪にも襲われた。

 

「本当私、バッカみたい…」

 

 恋愛をするにはもう遅い年齢かもしれない。ルシフとは別れていないが、これでは遠距離恋愛のようだ。寂しい。初恋なだけあって、喪失感が半端ではない。それならば、一応安全なトムに心を開くべきだろうか。いや、今まで遭ってきた経験が経験なので、人でないモノを信用するのは愚かだ。それでも、彼女はーー

 

「あ゛ぁッ! 会いたい…会いたいよ…!!」

 

 自然と目から涙がこぼれた。こんなにも人の温もりが欲しくなったのは、ヴォルデモートに監禁された時以来だ。ヴォルデモートはアイルを愛している。でもそれはアイルにとって苦痛でしかなかった。今は、それとはまた違う痛みを感じていた。寂しさによる悲しみ、愛する人が離れてしまった孤独感。自分にはハリーがいるけれど、あの子は自分だけのモノじゃない。

 溢れる涙を拭きながら、チラと日記帳を覗く。途端に、何もしていないにも関わらず真っ黒な表紙が捲り上がり、羊皮紙には文字が浮かび上がった。

 

『その喪失感、僕なら埋められる。僕はそう…貴女の家族になります。弟なんてどうでしょうか。ハリー以上に僕ならば、貴女の心を満たせる。弟兼恋人…みたいな?』

 

 本当に馬鹿らしかった。こんな日記帳の言葉にクラクラと惑わされるなんて。

 

 アイルは、日記帳の魔に堕ちた。

 



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緊急事態

 アイルはすっかり、トムの虜になってしまった。日々の悩み、退屈さ、心配事ーー全てをトムに打ち明け、そして語り合った。彼は誰よりも自分を理解してくれているような気がしたのだ。同情し、優しく慰め、そして癒した。

 トムは、どんな魔法よりもどんな言葉よりも深く、甘く、溶け込むようにアイルの心の中に浸透していった。日記帳の中の小さな家族であり、恋人。その存在がアイルにとってどれほど心強かった事か。ハリーには心配をかけたくないし、ダンブルドア先生やマクゴナガル先生に相談事なんて出来るわけがない。

 トムはもう一人のハリーであり、もう一人のルシフ。

 もう彼なしではいられなかいような気がする。授業後すぐに会話をするのが楽しみになっており、授業中も生き生きとしていた。

 

『姉さん、今日は生徒達にどんな魔法を教えたの?』

 

 1日の終わり、トムはいつもこんな話題を持ちかけてくる。彼はアイルを本物の姉のように慕ってくれた。呼び方はハリーとは一致せずとも「姉さん」。最初の頃よりかは口調も変わり、段々ハリーに似てきた。まぁ何方に師路、ホッコリホッコリ♡

 

「『そうね、一年生には初歩的な『鍵開け魔法(アロホモラ)』、二年生には『光源魔法(ルーモス)』って所かしら』」

『姉さんの授業はきっと分かりやすいんだろうね。僕も受けてみたいよ』

「『えぇその通りよ』」

『謙遜しない自信満々な態度もまた、姉さんらしい』

 

 座右の銘は、お亡くなりになりました。

 

『ねぇ姉さん、姉さんはまだ僕に本心を見せてくれないよね』

「『あら、見せてるわよ。秘密だって何個かは教えているつもりよ。どうせ日記に口はないしね』」

『それは酷い事を言うなぁ。秘密って言ったって、学生時代やらかした事ばかりじゃないか。もう少しないのかい? こう…人を殺してしまった、とか』

 

 ふと、ペンを走らせるアイルの手が止まった。時々トムはおかしな事を言う。人を殺した事なんて一度もない。傷つけた事なら数え切れないほどあるが、アイルは闇の陣営のように「死の呪文」を使ったりなんて絶対にしない。それがもし誰かを守るためであっても、武器は武器にしかならない。

 

「『この学生時代のやらかしが世間に公表されたら、私の教師人生が終わりよ。下手すれば魔法省で尋問を受けるわ。それに、大した秘密を持っていない人間だっている。そんなにこだわる事かしら?』」

 

 トムは考えているのだろうか。返事は返ってなどこなかった。しばらく日記帳を開いたまま放置していると、やがて文字が浮かび上がった。

 

『仕方ないな。姉さんが嫌なら構わないよ』

「『ありがとう』」

 

 今日はこの辺で止めておこう。明日は試験勉強に勤しむ五年生に、当てつけ的な何かで「熟睡呪文」を教えてやるのだ。当の本人の目の下にクマができていたら、あまり良い顔はされないだろう。それに、美容だ美容。

 

 *

 

 翌日のハロウィーンの夜、アイルはあまり夕食の席に出る気分ではなかった。「骸骨舞踏団」という魔法界の有名な音楽家達が来るようだったが、乗り気じゃない。気分が悪い、音楽に興味はないし、かと言ってカボチャパイにかぶりつくほど飢えてはいない。

 ハリー達に話を聞けば、どうやらニックの絶命日パーティーに参加するようだった。

 

 ーーアイルが気がついた頃には、たくさんの人に囲まれていた。

 

「継承者の敵よ、気をつけよ…次はお前らの番だ、『穢れた血』め」

「何でこんな事に…」

「あの猫を見てよ…」

 

 さっきまで廊下を歩いていたはずなのに、何故人に囲まれているのだろうか。ふと顔を上げれば、壁には誰かが読み上げたように『継承者の敵よ、気をつけよ』と真っ赤なインクで書かれていた。そしてそのすぐ下には、氷のように固まったフィルチの愛猫ーーミセス・ノリスが横たわっていた。何が何だか理解ができないアイルは、その場で立ちすくんでしまった。近くにはハリー達がいた。どうやら、ニックのパーティーも大広間のパーティーも終幕したようだった。

 しかしアイルは何故だかは分からない。杖を手に持ち、大勢の生徒達に親の仇を見るような目で直視されていた。やがて騒ぎを聞きつけた校長達が駆けつけてくる。ダンブルドアはアイルと壁とミセス・ノリスを交互に見て、真っ青になった。

 

「アイル、これは一体どういう事でしょうか…!!」

 

 マクゴナガル先生は絶句した。

 

「そんなの、私が聞きたいくらいですよ」

「貴女はハロウィーンの席にいませんでしたが」

「お散歩してたんですけど…何故こうなったかは…」

 

 すると剣幕を変えたフィルチがミセス・ノリスに駆け寄った。その瞳からは涙をこぼし、悲痛の叫び声を上げていた。そして猫を抱き上げると、アイルに迫った。

 

「お前がミセス・ノリスを!! 殺す! 私がお前を殺してやる!!」

「ファッ?! の、ノー! 私は違いますよ違います!」

「だったら誰がミセス・ノリスを殺したというんだ! あ? お前だろ!!」

「アーガス、落ち着きなさい」

 

 ダンブルドアはフィルチをなだめ、生徒達を寮へと帰した。流れに乗ってアイルも部屋に戻ろうとしたが、ダンブルドアに引き止められた。ハリー達も何故か残された。そして、近くにあったロックハートの教室を借りて、先生方とアイル、ハリー達は話を始めた。初めにダンブルドアが口を開く。

 

「アイルや、一体何があったのじゃ?」

「分かりません。気がついた時には、あそこにいました」

「わしがそれで納得すると思うかの?」

「ポテチ一年分差し上げますので」

「モノで釣ってくる時点で怪しいと思わねばのう…まぁ、後でわしの部屋に送っておくれ」

 

 ダンブルドアは少し微笑むと、ミセス・ノリスの容体を確かめた。2、3度魔法をかけ、小さく唸った。フィルチはマクゴナガルに慰められている。しかし、アイルを指差して再び叫んだ。

 

「お前がッ…私の…猫をッ…!!」

「アーガス、猫は死んではおらんよ。石になっておるだけじゃ」

「石?!」

「あぁやっぱり! 私もそう思っていた所ですよ!」

 

 ドヤ顔を浮かべ、ブロンドが割り込んだ。ダンブルドアはそれを気にする様子もなく、言葉を続ける。

 

「ただそれが何故なったのかは、わしにも分からん」

「あいつに聞いてくれ!」

 

 フィルチは尚アイルを顔を指差したままだ。ハリー達はどうすれば良いか分からず、ただ同じく状況の把握ができていないアイルの背を心配そうに見つめていた。

 ダンブルドアは疑う余地などないと考えてはいたが、念のためアイルに問いを投げかける。

 

「アイル、ミセス・ノリスがどうやってこうなった…君には分かるかの?」

「すみません校長、私には何が何だか先ほどからさっぱり分からなくて…しかし、高度な闇の魔術を以ってすれば出来ない事もないでしょう。まぁ…私ではありませんが」

「嘘だ!」

 

 フィルチは顔を真っ赤にして、グシャグシャになったままアイルに掴みかかる。

 

「『魔法の練金術師』やら『ホグワーツ創立以来の秀才』やら『愛された女の子』やら…お前になら出来るだろう! 聞いたぞ、お前があの場に一番最初にいた事を…それに知っているはずだ、お前は私が、私が…」

 

 彼の顔が苦し気に歪んだ。

 

「出来損ないの『スクイブ』だという事を!!」

 

 ハリーはその言葉を聞いて首をかしげた。するとロンが、小さな声で教えてくれた。スクイブとは、魔法族に生まれたにも下変わらず魔力を持っていない人間の事だという。落ちこぼれだとか、出来損ないだとか、迫害される存在だという。その言葉で、後ろの3人はようやくフィルチの心持ちを理解した。

 何故あんなに強く生徒に当たるのか。それは、きっと強い「嫉妬」によるモノなのだろう。自分は魔法が使えず、生徒達が使える。目の前で飛び交う魔法の力が、どれほど羨ましかった事か。フィルチはこの言葉を発する事だけに、残っている体力の全てを使い切ってしまった。

 するとスネイプが尋ねる。

 

「アイル、君はハロウィーンのパーティーの時に、一体何処で何をしていた?」

「だから、お散歩ですお散歩。あまり人とワイワイしたい気分ではなかったので」

「一人で?」

「ハイ。…もしかして、私がやったと皆さん思っているのですか? 確かに今すぐに皆さんを石に変えろと言われればすぐに出来ますが、実行しようとは思いません」

「確かに…皆さんはアイルの性格をよく知っているでしょう?」

 

 先生方はマクゴナガルの声に従って、大きく頷く。ロックハート教授はより深く頷き、満足気な表情をしていた。

 その後ろにいるハリー達は、自分が何故此処で呼ばれたのかを考えつつ、教師陣の会話に耳を傾けていた。

 

「アーガス、大丈夫ですよ。今私ね、温室でマンドレイクを育てているんですよ。十分に成長すれば、すぐに薬を作ってもらいますからね」

 

 薬草学担当教授のスプラウトが、笑顔でフィルチに語りかける。しかし、またしてもロックハートが口を挟んだ。

 

「私がそれをお作りいたしましょう。私は何回作ったか分からないくらいですよ。『マンドレイク回復薬』なんて、眠っていたって作れます」

「お伺いしますがね、この学校の『魔法薬学』の教授は我輩のはずだが」

 

 ロックハートとスネイプが壮絶な冷戦を繰り広げている間に、ダンブルドアは他の人間に気づかれないように、小さな声でハリー達に問いかけた。

 

「三人共、アイルが何か不審な行動を行ってはいなかったかね?」

「いいえ、先生。アイル先生が猫を石にするだなんて…ありえません」

「もしかして、ポッター先生を疑っているんですか? それなら、かなりの見当違いですよ。えーっと…隣の人が怖いです」

「お姉ちゃんが誰かを襲うなんてありえない…もしお姉ちゃんを疑ったりしたら、僕何するか分かりませんよ?」

「お、おぉ…分かっておる。三人共、帰ってよろしい」

 

 アイルにはその会話が聞こえていた。三人はいつも通りの対応だった。しかし、ダンブルドアがそれだけのために三人を引き止め、連れてきたのかが分からなかった。

 その後、アイルは「疑わしきは罰せず」というお偉いダンブルドア様のお言葉により、無罪放免となった。ポテチを要求されたけど。

 それより、あの消えてしまった記憶は一体…何だったのだろうか。

 

 翌日から、校内で噂が流れ始めた。「秘密の部屋」についての噂だ。図書館の「ホグワーツの歴史」という本は貸し出されているし、聞いた話によると、魔法史の授業でゴーストのビンズ先生が生徒の質問に答え、自分の知っている限りの「秘密の部屋」についての情報を教えたという。

 ホグワーツ創始者の一人であるサラザール・スリザリンがホグワーツを去る際に残したとされる、「秘密の部屋」。伝承によれば、スリザリンの継承者のみが部屋の封印を解き、その中の恐怖を解き放ち、それを用いて魔法を使うに値しない者を追い出すとされているらしい。しかし、実際に存在するかは判明していないし、スリザリンの継承者だなんて馬鹿げている。

 それでもホグワーツの生徒間では、アイル・ポッターがサラザール・スリザリンの継承者なのではないかという噂が流れていた。

 

「いや、私ちゃいます」

 



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決闘クラブ

 

 それから、様々な事が起こった。

 まずはクィディッチの試合だ。グリフィンドール対スリザリンは、全校生徒が注目する試合だった。スリザリンは最新箒の「ニンバス2001」をメンバー全員が持っており、スピードと反則ギリギリのブラックプレーを繰り返していたが、見事にグリフィンドールに負かされた。

 次に、スリザリンの継承者についての噂が尾びれに背びれと完全に嘘になっている状態で、学校中に滴っていた。アイル継承者説が最も有力な仮説となっていたが、勿論違う。先生方もダンブルドアもハリー達も、アイルが継承者ではないという事を、心から信じていた。一応「呪文学」の教授だという事もあるので、学校側も変な噂を流したままではいられなかった。このままでは授業を休む生徒も出てくる恐れがあったが、アイルは特に気にしていなかった。

 

 そして最後に、新しい継承者の犠牲者が出たという事だ。

 新たな犠牲者は、一年生のコリン・クリービー。ハリーの大ファンで、マグル生まれのとても元気の良い子だった。噂では、コリンがハリーにいつでも付き纏っていたので、アイルがハリーのために追い払ったらしい。絶対に違う。

 このまま学校側も黙っているわけにはいかなくなった。そして、スリザリンの継承者対策として「決闘クラブ」を開く事になった。

 

「アイル、『決闘クラブ』の教授を務めてもらえませんか?」

 

 朝食の席で、マクゴナガルはアイルにそんな事を言ってきた。

 

「先生…ご冗談でしょう?」

「ご冗談ではございませんよ」

「私、スリザリンの継承者って言われてるんですけど…」

「汚名返上のチャンスでは? それに、現在教師としてついているのは、スネイプ先生とロックハート先生でして…」

「あらそれは不安ですね」

 

 アイルは皮肉気にそう言うと、バターを塗りたくったトーストにかぶりついた。スネイプとロックハートは良い仲だ(悪い意味で)。きっと上手くやってくれるだろう。しかしマクゴナガルはそう考えてはおらず、頑としてでもアイルにもやってもらおうと考えていた。

 

「アイル、貴方の弟のハリーは、姉がスリザリンの継承者だと噂され、酷く心を痛めているのですよ。貴女が生徒達に親切で、フレンドリーな様子を見せていれば、きっと彼等も噂を嘘ではないかと思い始めます」

「…人に教えるのは好きじゃないんです」

「じゃあ何で教師になったんですか」

「ダンブルドアに頼まれたからですよ」

 

 アイルがそう言うと、マクゴナガルは小さくため息をついた。

 

「貴女は、ああ言えばこう言うタイプでしたね…ハァ、弱りました…アイル、本当にダメなのですか?」

「…うーん、マクゴナガル先生にそこまで言われると私も罪悪感凄いんですよね…分かりました、やりますよ。スネイプ先生とロックハート先生を傍観しておきます。…あ、殺っても良いですか?」

「どうぞ死なない程度に料理してあげてください。まぁ、傍観だけでも十分です。宜しくお願いしますね」

 

 引き受けたは良いモノの、一体何を教えろというのだろうか。「武装解除呪文」や「失神呪文」などの攻撃系が頭に浮かんだが、一年生や二年生にそれはキツイかもしれない。かといって教えないわけにもいかない。

 やっぱりアイルは「呪文学」を教えるだけで手一杯だった。

 

 そしてやってきた「決闘クラブ」の日。スリザリンの継承者相手に決闘のやり方を学んで、一体どうなるのかと叫んでやりたい所だったが、今はそれよりも現実を見た方が、遥かに楽だった。しかし、意外と参加者人数が多いので、やはりアイルの出番は多くなるだろう。どうせなら、マクゴナガル先生がやれば良いのに。

 確かにスネイプとロックハートじゃ不安なので、アイルは泣く泣く会場へと足を踏み入れた。

 

 決闘クラブは大広間で行われ、長テーブルや椅子はなくなっている。広い空間の中、上座から真ん中辺りまで続く細長い道には、ギルデロイ・ロックハートが立っていた。女子からの黄色い歓声を浴び、上機嫌にお辞儀をしていた。

 個人的に、ああいうナルシストはいけ好かない。本も読めせてもらったが、書いてある事は聞いた事を文章にしたような薄っぺらいモノばかり。やっている事は確かに凄いが、本人にそんな力量があるか? 否、だ。というか、ダンブルドアには彼を採用するにあたって、教職員方にペテン師である事を伝えている。

 今の魔法界の魔女は、彼の容姿に騙されて本質が見えていない。可哀想に。

 

 アイルが入ってきた事に気がついたロックハートは、手を叩いた。大広間にいたたくさんの生徒達が、ノロノロと彼の周りに集まる。その中にハリーやロン、ハーマイオニーの姿も見かけ、アイルは少し安心した。せめてモノ対策を知っておくのは大切な事だ。

 すると、ブロンド野郎が叫んだ。

 

「あぁ皆さん! 皆さん、私がよぉく見えますか? 私の声でよぉぉおっく聞こえますか? …よろしい。今回私は、ダンブルドア校長より決闘クラブを開く許可をいただきました。自らを守る必要が生じた場合に備え、皆さんをしっかりと鍛え上げるためにです。詳しくはーー私の著書をみてください」

 

 アイルは皆の集まっている場所へ歩いて近づいていった。

 

「では、助手のスネイプ先生をご紹介しましょう」

 

 ロックハートは満面の笑みを浮かべ、振り返った。そこには、仏頂面の黒装束スネイプが、腕を組んで立っていた。あぁ、気が付かなかった。

 

「スネイプ先生が仰るには、決闘についてほんの極僅かベリーちょびっとを、ご存知らしい。訓練を始めるにあたって、短い模範演技をするのに、勇敢にも手伝ってくださるとのご了承をいただきました」

「その点に関してだが、」

 

 スネイプがロックハートに割り込んだ。

 

「『呪文学』の教授である、アイル・ポッター教授に相手を交代してもらおう」

「えッ…」

「アイル、構わんだろう?」

 

 スネイプは冷たい視線をアイルへ向けてきた。生徒達はギョッとした表情をして、アイルを見つめた。そんな目で見ないでほしい。スネイプは若干申し訳なさそうにしているが、ロックハートは口元をヒクヒクさせていた。

 

「いやはやスネイプ先生、私はレディには手を出したくないんですよ」

「別に、貴方にやられるつもりはないから大丈夫ですよ」

「おやおや、強気なお嬢さんで」

「言っておくけど、私と貴方同い年よ」

 

 目立ちたがり屋のロックハートの名前を、アイルは若干覚えていた。在学時代に、クィディッチピッチに六メートルほどの大きさで自分の名前を彫ったり、自分の顔を光で再現して空に打ち上げたり、自分宛に800通モノバレンタインカードを送って大広間を糞まみれにしたりーー頭はソコソコ良かったらしいが、何故こんなペテン師に育ってしまったんだろうと、少し可哀想に思える。

 アイルはロックハートの乗っているステージに飛び移り、小さくため息をついた。生徒達は恐々と心配そうな顔をして、ステージから遠ざかる。スネイプはその場から飛び降り、二人の経緯を見物し始めた。

 

「お姉ちゃん、ロックハートを殺っちゃえ!」

「そうだそうだー、ロックハートなんてコテンパンにしちゃえ〜!」

 

 たくさんの男子から野次が飛んできた。アイルはこっそり、全寮10点ずつ加点してあげた。ロックハートはどうやら、自分の都合の良いようにしか耳が働かないようで、野次なんて全然頭に入ってこなかったようだった。

 アイルはロックハートとは反対側の方面へ行き、杖を抜いた。お互いを見ながら一礼し、杖を突き出した。決闘のやり方は慣れている。

 

「ご覧のように、私達は作法に従って杖を構えています」

 

 ロックハートは自慢気にそう言う。アイルもとりあえず、授業の一環として、教師として言葉を付け加える。

 

「決闘のやり方は、覚えておいて損はないわ。まず、杖を取り出し、側面に腕をつけて礼をする。その後、相手から十メートルほど遠ざかって杖を構える。本来の魔法使いの決闘は”殺し合い”だけど、間違っても相手を殺すんじゃないわよ。これはあくまでも『クラブ』だからね」

「その通り! 今私が言おうとしていました! さて、三つ数えたら最初の術をかけまよ、良いですか?」

 

 ロックハートは笑顔を振りまき、肩にかけていたマントを女子の集団に放り込んだ。彼女等は黄色い悲鳴を上げ、床に寝転んでまでマントを取り合った。

 

「では行きます。一、二の…三!」

「『エクスペリアームス 武器よ去れ』! 『ステューピーファイ 失神せよ』! 『ペトリフィカス・トタルス 石化せよ』!」

 

 アイルの三連続攻撃を受け、ロックハートは杖を体を吹き飛ばされた状態で失神し、そのまま宙を舞いつつ石化してしまい、あられもない姿で床に叩きつけられた。女子達は悲鳴を上げてロックハートに殺到したが、正直アイルは後悔などしていない。逆にロックハートが好きじゃない人にとって、これほどスッキリする事はなかった。日々のロックハートストレスが晴れた。

 

「スネイプせんせー、ロックハートの介抱はしなくても良いですよねー」

「あぁそうだな。彼は、あー…我輩が隅の方に寄せておく。君は授業を進めろ」

「はーい」

 

 とりあえずアイルは皆を集めて、先ほどの決闘の説明(言い訳)をし始めた。誰も咎めていないから大丈夫だが、一部女子の敵対心がこちらに向いている。しかし命に別状はないのでどうって事はないだろう。すぐに起き上がるさ。多分。

 

「決闘で一番大事なのは、いかに相手を倒すか。試合は、元は『死合』と呼ばれ、殺し合いだったのよ。つまりは、真剣勝負。呪文を使う上で大事なのは、相手よりも多くの呪文を出す事。『無言呪文』というモノもあるけど、今回は分かりづらいから使わなかったわ。まぁできるならやった方が良いけど。基本、決闘は自由よ。ただ、”魔法”を使ってね。時々力技使う人がいるから…」

 

 その後、自分達の好きにペアを組ませ、決闘の練習が始まった。安全のため、床は倒れるとクッションが出るよう魔法をかけ、スネイプと二人で見回りをする事。

 

「今のは良かったわよボードル、レイブンクローに5点」

 

「惜しいわサイガ、此処はもう少し発音をシッカリした方が良いと思うわ。そう、その調子よ。スリザリンに5点ね」

 

 アイルはスネイプとは違い、良い生徒を見つければ誰でもすぐに加点してくれているので、皆必死にアイルにアピールをした。予想した以上に皆の出来が良く、スリザリンの怪物には敵わなくても、決闘の良い練習になる。

 

「さぁ、練習を続けよう」

 



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パーセルマウス

 そろそろ練習を終えようと、アイルは一息をついた。しかし最後に、誰か生徒二人に模擬戦をやってもらっても良いかもしれない。今夜習った事をフルに生かして、楽しい決闘を繰り広げてくれる人は…。

 アイルは練習を終わらせ、ステージの周りに人を集めた。ロックハートの石化はまだ解けていなかった。彼を気にしている人なんて、もう誰もいなかった。忘れていると言った方が正しいかもしれない。あまりにも面白おかしく楽しい授業だったので、皆時間も心配事も忘れてしまったのだ。多くの生徒達が、このクラブを毎晩開いてほしいと願った。

 

「じゃあ、最後に誰か〆として決闘をしてもらえないかしら? ほんの数分だけど…誰かやりたい人いるかしら?」

「アイル、我輩の寮のマルフォイと、君の弟ではどうかな?」

「えっ…ハリーと…?」

 

 アイルは、ハリーがドラコ・マルフォイに敵わないなどは一切思っていない。しかし、やはり弟故に心配なのだ。

 

「お姉ちゃん、僕なら平気だよ」

 

 ハリーは笑顔でそう言いながら、ステージへと上がってくる。対してドラコも、杖を持ってステージに上がってきた。何やらスネイプが何かを囁いている。作戦でも教えているのだろうか。

 

「そう? …怪我をしない程度にね。もし掠ったりしたら、私がすぐに治してあげるから!」

 

 アイルはハリーの両肩を掴み、よくよく言い聞かせた。眼鏡の少年は、大好きな姉がこんなにも

 自分を心配してくれる事を嬉しく感じ、絶対にマルフォイに勝ってやろうとやる気を奮い立たせた。アイルとスネイプはステージから降り、ジッと二人の様子を眺めた。

 お辞儀をし、杖を構えた。

 

「じゃあ、三秒数えるわ。一…二のーー」

「『エヴァーテ・スタティム 宙を舞え』!」

 

 ドラコはアイルが秒を数え終わらないうちに、呪文を使ってハリーを吹き飛ばした。各寮から野次とブーイングが飛ぶが、これも作戦のうちだ。否定は出来ない。だまし討ちなんて、実践では必要だ。格式ある儀式の場合は許されない事ではあるが。

 ハリーも負けじと呪文を唱えた。

 

「『リクタスセンプラ 笑い続けよ』!!」

 

 杖先から銀色の線香が飛び出し、ドラコに命中した。彼は突然笑いの発作に襲われ、息をする事が出来なくなり、床に倒れこんでゼーゼー言いだした。

 

「『タラントアレグラ 踊れ』!」

「あらハリー、ステップ上手いわね」

 

 ドラコが唱えた呪文で、ハリーの足は勝手に動き、クィック・ステップを踏み出した。アイルがクスクスと笑うと、このままでは両者勝負にならないと思ったスネイプが、その呪文を解いた。

 もう止めをかけようとアイルがステージに上がろうとした所で、ドラコが再び叫んだ。

 

「『サーペン・ソーティア 蛇出よ』!」

 

 彼の杖先が炸裂し、そこからニョロニョロと長い黒蛇が出てきた。皆ギョッとし、何歩も後ずさりをした。蛇は鎌首をもたげ、攻撃の態勢に入った。一体誰を攻撃してやろうかと辺りを見回すと、そこにいたのはアイルだった。

 咬みつこうと口を大きく開けた所で、蛇の頭の中には声が流れ込む。

 

 〔止めなさい、蛇さん〕

 

 それは、目の前の人間から発せられていた。蛇は頭を下げ、口を閉じた。

 

 〔申し訳ありません。まさか私と会話する事の出来る方とは〕

 〔まぁ、それで良いのよ。…貴方には悪いけど、消えてもらうわね〕

 

 赤い瞳の魔女は杖を掲げ、蛇を消し去った。

 辺りを見回すと、案の定、皆冷や汗をかき、恐怖に固まっているのが分かった。こうなる事は分かっていたが、仕方がない。ハリーはそんな生徒達の様子を見て、訳がわからないといわんばかりに首を傾げた。

 

「あ、アイル…?」

 

 スネイプでさえも、アイルを警戒し、鋭い目つきでこちらの様子を伺っていた。

 

「勘違いしないでほしいわ。…今日のクラブはこれで終わり。早く寮に戻りなさい」

 

 *

 

 翌日から、ホグワーツは戦慄した。学校の一教師がスリザリンの継承者であり、猫を襲い、マグル生まれを脅迫するような文章を書き残したという悪評な流れるのは、学校側としてもとても困った状態だ。勿論アイルはパーセルマウスではあるが、スリザリンの継承者ではない。

 それだけではなく、血の繋がりのあるハリー・ポッターもスリザリンと同じ血が流れていると言われ、他の生徒からは避けられ、疎まれていた。

 しかし、何百年も前の人物だ。アイルやハリーがスリザリンの継承者だという点は否めない。故に、アイル自身は否定しつつも口を紡ぐ態度を保っていた。

 

 トムはそんなアイルの話を熱心に聞いてくれていると同時に、何故だか喜んでいるようにも感じた。自分がパーセルマウスだと全校中に知れ渡るのを喜ぶ人間なんて、普通いない。

 

 アイルの呪文学の教科を休む生徒も増えてきた。マクゴナガルはアイルに、少しの間休暇を取ったらどうだと提案してきたが、一人の教室として職務を投げ出すわけにもいかなかった。特にアイルも気にしていないという理由もあるが、今年に大きな試験を持つ生徒が音を上げる可能性もあったのだ。生徒の未来もある意味懸かっている。

 

 ある日、グリフィンドールとハッフルパフ合同の呪文学の授業が終わると、ハリー達がアイルに相談にやってきた。

 

「どうしたのかしら?」

 

 ハリーは何だか怒っている様子で、ロンとハーマイオニーはそんな親友に呆れかえりつつも、心配している。アイルはとても三人に申し訳なくなった。自分が皆の前でパーセルマウスを使ってしまったから、彼等にも迷惑がかかっているのだ。本当、教師として無責任な行為だったと思う。

 

「お姉ちゃん…お姉ちゃんは、本当にスリザリンの継承者じゃないの?」

「それが、否定できないのよ。私もハリーも半純血だけど、お父さんの血筋は古くから伝わっている純血の多い一族だから…可能性としてはゼロではないのよ」

「可能性…ゼロじゃないにしても、凄く高いだろうな」

 

 ロンが苦笑を浮かべながらつぶやく。何故?とアイルが問うと、

 

「実は、僕も蛇と話せるんだ」

 

 とハリーが切羽詰まった様子でアイルに言った。様子からして、ロンもハーマイオニーも知っているようだった。魔法界でも稀有である「蛇語使い(パーセルマウス)」。血筋による天性的な場合と、後から学ぶ後天的な場合があるが、そもそも蛇の言葉なんて学ぼうなんて人は少ないし、人間と蛇は声帯が違うので話す事ができない。理解はできても、話せないという人物はいる。ダンブルドアが良い例だ。

 

「…知ってる」

「え?!」

「ずっと前から知ってるよ。そのくらい」

 

 アイルは努めて笑顔で答えた。ハリーが動物園で蛇をダドリーにけしかけた時から、アイルはハリーが蛇と話せる事を知っていた。蛇と会話するハリーを真横で見ていたのだから。

 

「な、何で…」

 

 ハリーが俯く。その肩は細かく震えており、アイルは血の気が失せた。ハリーを悲しませてしまった、怒らせてしまったーー心が締め付けられるような気分で、アイルはただ彼の頭を撫でてあげる事しか出来なかった。

 しかし、

 

「何で教えてくれなかったんだよ!」

 

 目に涙を溜めて、ハリーは心の奥底に眠っていた不満を吐き出した。

 

「何でパーセルマウスだって教えてくれなかったの?! 僕を信用してないの? 何で伝えてくれなかったの?! 嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよ嫌だよッ!!」

「は、ハリー…?」

 

 ハリーの豹変っぷりに、アイルだけでなく、親友達でさえもたじろいだ。可愛い弟はアイルのローブを両手で強く掴み、涙を流しながら縋ってくる。

 

「お姉ちゃんの事で僕が知らない事があるなんて絶対に嫌だ! お姉ちゃんは僕のモノなんだ!! 秘密なんて作らないでよ!」

「わ、分かってるよハリー。ごめんね、ごめんね…」

「…じゃあ、誠意を示して」

「…え゛?」

「それが嘘じゃないって、証拠を出して」

 

 ハリーは真顔でそんな事を言ってくる。しかし証拠と言われても、何をすれば良いのだろうか。今ハリーに隠している事と言えば、日記帳の事程度だ、が…もしかして、今ある秘密を全て暴露しろとでも言うのだろうか。

 

「な、何をすれば良いのかしら?」

「明日は休みだから、ずっと僕と一緒にいて。僕以外の人と会わないで。話さないで。部屋から出ないで。食事も何も全部僕が用意するから」

「お、オーケーだけど…クィディッチの練習は?」

「スリザリンに練習時間を取られちゃったんだよ。新しいシーカーを教育するとか言って。フレッドもジョージも悪戯三昧だし、ウッドは作戦を考えるので忙しいから、僕暇なんだ」

「そ、そうね。明日は一緒に過ごしましょうか」

 

 ロンとハーマイオニーは、ハリーの狂気に飲まれ、この日は悪夢に魘されてしまった。

 自分の弟の愛が強すぎる事は、アイルも懸念していた。早いうちに自立させないと、将来が心配だ。でも明日だけは、たっぷりと甘やかしてあげよう。

 



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三人目の犠牲者

 その日の夜にトムに一日だけ会話出来ない事を伝えると、彼はとても残念がった。

 

『何で姉さんと喋れないのさ。折角休みだから、色んな話が出来ると思ったのに』

「『ごめんねトム。ハリーがどうのこうの言ってきて…』」

『僕が本物の人間になれたら良いのに。そうしたら姉さんを、ハリーから守ってやれるのに』

「『ハリーもトムも、大切な家族よ』」

 

 甘えられるのは好き。でも、取り合われるのは好きじゃない。それは自分も相手も傷つけるし、何よりそれを経験した立場からすれば、恐ろしい事この上ない。トムはあくまでもトムで。ハリーはあくまでもハリーでいてほしい。

 

『じゃあ、今晩は明日の分会話しようよ。そうだな…いつもより一時間くらい遅くまで。夕食にも参加しないで』

「『良いわよ。ただ、話をするにしても十二時までね。お肌が荒れちゃう』」

『姉さんは何もしなくても十分綺麗なのに…』

 

 アイルはその後、マクゴナガルに夕食の席を欠席するとだけ言って、部屋に駆け込んだ。いち早くトムのために筆を走らせ、明日の準備を整えるためだ。ハリーには申し訳ないが、明日構ってやるのだから仕方がないだろう。

 アイルは自分で焼いたーー火加減間違えてかなり焦げたーーパンを食べながら、トムとの受け答えを始めた。行儀が悪いとか、淑女らしくないとか、そんな事言われても彼女は苦笑しか返すつもりはない。元々お嬢様になるつもりはないし、あくまでも自然体でいたいのだ。それでも尚、アイルは美しかった。

 

『姉さん、前に一年生の子が石になったんでしょ? 姉ちゃんも気をつけてね』

「『あらありがとう。でも私は大丈夫よ。そんな輩がいようものなら、血祭にあげてやるわ』」

『地味に怖いね姉さん…どうして石化してしまったんだろう?』

「『魔法なら闇の魔術の分類になるわ。もし魔法でないのなら…バジリスク? 考えられるのはその程度だけど』」

『そうだね』

 

 トムの事を、ハリーの代わりともルシフの代わりとも思っているわけではない。ただ新しいもう一人の家族というだけで、そのような気持ちは一切ない。そのはずだ。しかし、やはり思ってしまう。

 あぁ、トムが記憶でなく実際にいたらどれほど心地が良い事か。

 

『姉ちゃん、一緒に散歩に行こうよ』

「『散歩? ノートを持って歩けと?』」

 

 途端、目の前が真っ暗になった。何が起こったのか、全く理解が追いつかない。

 気がついた頃には、アイルは薄暗い廊下にいた。しかし一人ではない。足元には、見慣れた二人の人間が石のように硬くなって転がっている。そして眼前には、半透明なまま固まり、その場でグルグルと回転のみを続けているグリフィンドール寮の愉快なゴーストの姿があった。

 アイルは慌てて足元の人間を揺する。一人はハッフルパフ寮のジャスティン・フィンチ=フレッチリー。優秀な生徒ではあるが、アイルがパーセルマウスを使った以降呪文学には来なくなった生徒の一人。

 そしてもう一人が、無駄にキラキラと輝くブロンドを持った、あのナルシスト野郎だった。名前? 忘れました。

 

「何で…私は、さっきまで部屋にいたはずじゃ…」

 

 頭が、痛い。内側から張り裂けそうなほど強い頭痛が、アイルの脳を襲った。一体何が起こったというのだろうか。ブロンドは兎も角して、アイルはジャスティンとニックをどうにかして助けねばと思い、杖を抜いた。

 魔法は、構造や原理さえ理解していれば作る事は誰にだって出来る。強いイメージを構築し、思い浮かんだ呪文を唱えるのだ。呪文と言っても、適当なモノでは効果を発揮しない。それぞれそれぞれに意味を持たせなければならないのだ。

 しかし、彼等にかけられた呪いは強すぎる。アイルは冷や汗をかき、歯を食いしばった。天才と謳われた魔女でも、この強力な魔法の束縛を短時間で解く事は出来なかった。

 

 ブロンドを踏み台にして、アイルはニックに触れる。ひんやりとした感触があるだけで、後はすり抜けてしまった。

 恐怖に打たれた表情をしている三人は、一体どのような目に遭ったのだろうか。ブロンドは兎も角して、ジャスティンとニックは本当に可哀想だ。

 それでも、教師という身ではあるが、「この場を立ち去らなければならないのでは」という考えが頭を過ぎった。これ以上自分が疑われるような事があれば、学校の信用もハリーの信頼もなくなってしまう。自分はどうなっても構わないが、そのせいで他人が傷つくのは嫌だ。

 

 しかし、考えている暇などなかった。ドタバタという音がしたかと思えば、近くの教室からポルターガイスのピーブスが飛び出してきたのだ。

 

「おやおやぁ? ホグワーツの天才アイル・ポッティーちゃんはぁ〜またもや誰かを犠牲にしたようだ! みんな逃げろ〜!! 継承者が襲いかかってくるぞ〜〜!!」

「お黙りなさいピーブス!」

「早く捕まえろ! つ〜か〜ま〜え〜ろ〜〜!!」

 

 ピーブスは学生時代のアイルの態度を根に持っているのか、大声を出して大広間の方角まで飛び去った。これでは何もする事が出来ない。

 あっという間に先生方や生徒達が駆けつけ、「現行犯だ」だのと指を指されてしまった。アイルはどうする事も出来ない。逃げる事も、隠蔽する事も、弁解する事も出来ない。

 

「アイル…一体どうしたというのだ!」

 

 スネイプはこの状況を見るや否や、急いで駆け寄りアイルの肩を掴んで強く揺らし始めた。

 

「分からない。分からないですよ!」

「し、しかしこの状況は…」

「お二人共、一先ず倒れたロックハート教授の上から降りましょうか」

「「おや失敬」」

 

 どうやらブロンド胴体の上で話していたようで、アイルとスネイプは薄ら笑いを浮かべながら飛び降りる。マクゴナガルはどうして良いのかが分からない様子だったが、監督生に呼びかけて生徒達を寮へと帰した。

 

 アイルはマクゴナガルに無理矢理手を引かれ、校長室まで連行された。もしかして、自分の首が飛んでしまうのだろうか。そんなのは絶対に嫌だ。この学校と、生徒達と、先生方と、アイルは離れたくなかった。作り上げた自分の居場所が今、ボロボロと崩れ落ちていくのを感じた。

 校長室前のガーゴイルに合言葉を言い、螺旋階段を上った。途中でマクゴナガルは何度も何度も話しかけてきてくれたが、アイルの耳には入る事などなかった。ただ今は、不安に苛まれているだけだ。

 校長室に入るも、ダンブルドアの姿は見えない。「待っていなさい」とだけ言われ、マクゴナガルはアイルを置いて立ち去ってしまった。

 

 辺りを見回すと、近くに「組み分け帽子」があった。勝手に取ってはいけないという気もしたが、ダンブルドアもいないし良いやと帽子を手に取った。

 ボロボロの薄汚れた魔法使いの帽子。それでもその中に歴史を感じられた。赫々の偉大な魔女や魔法使い達も、この帽子を被った事があるのだ。肖像画の歴代校長達は、アイルの事に気付きもせず眠り込んでいた。

 多少の気がかりもあったので、アイルは何十年か前と同じように帽子を被った。

 

「何を思いつめているのだね、アイル・ポッター」

 

 耳の中に、優しい低い声が響いてくる。

 

「そうね。私の組み分けは間違いじゃなかったんじゃないかとか、ヴォルデモートの事とか、ハリーの事とか…」

「ふむ、後者二つは私にはどうにもならないが、君の組み分けは実に簡単だったぞアイル・ポッター」

 

 組み分け帽子はさも当たり前のように言う。アイルは眉を顰めながらも、次の言葉を楽しみにして待った。

 

「何故?」

「君には知性もある。優しさもある。才能もある。ただそれ以上に秀でているのは、スリザリンの求める狡猾さとグリフィンドールの求める勇気だった。君のように美しく聡明な生徒は、私は今までもこれからも遭遇する事はないだろう。つまりは、そういう事なのだよ」

「ごめんなさい、分からないわ」

 

 アイルは楽しげに笑った。帽子はその様子に同じ楽しさを覚えたのか、弾んだ口調で言った。

 

「私は、全てが寮で決まるとは思っていない。しかし、魔法使いの人生の半分は自寮によって変わる事は確かだ。それは、寮によって教育方針も考えも違うのだから」

「…それで?」

「私は今までに、何人もの闇に落ちていく生徒を見てきた。君にはその可能性が誰よりも高かった。そして、君の持ちうる自分を犠牲にして何かを守ろうとする『自己犠牲』という名の愛、勇気ーー私はそれを評価してグリフィンドールに入れたのだ。まぁ正直、白髭ジジイに少し脅されたってのもあるk…いや失礼」

 

 帽子を頭から取ると、彼女は再び棚へとそれを戻した。今抱えている問題を、もしかすると帽子が解決してくれるかもしれないとも思ったが、実際は逆で、アイルの頭の中にはいくつモノの疑問が残ってしまった。

 

「あらフォークス、久しぶり」

 

 近くにダンブルドアのペットの不死鳥フォークスが止まっていた。アイルがその首元を撫でると、フォークスは心地良さげに喉を鳴らす。頭をアイルの顔に擦り付けてきて、キューと高い声で鳴いた。

 すると、背後から年寄りの声が聞こえてきた。

 

「フォークスは忠実な鳥じゃが…わし以外の者にそれほど懐くのは珍しい」

「あら先生、それならフォークスを私にくださらない? 先生がご臨終されたら」

「勿論じゃよアイル。しかし、わしはまだまだ長生きする予定じゃぞ」

「フフ、そうですね」

 

 可愛らしく美しい鳥に癒され、アイルの中に溜まっていた毒気など一瞬にして吹っ飛んで行った。ダンブルドアは笑顔のアイルに安堵したのか、同じく満面の笑みで彼女をソファへと誘った。アイルはソファに座るも、フォークスはその膝の上から決して退こうとしなかった。

 

「ダンブルドア先生は、私を疑ってらっしゃいますか?」

「いや。わしは君の事をよく知っておる。君は、少しズボラで謙遜しない所もあるが、心優しい才能溢れる魔女じゃよ」

「かなりディスられてるけど、今は気にしないでおきます」

「結構結構。しかし、ロックハート教授も石と化したと聞いたぞ」

 

 ダンブルドアは真剣な眼差しでアイルを見た。

 

「うーん…正直あの人は良いです」

「わしも同感。ちょー同感」

「碌な授業をしていないというのも聞いているし、彼のファンには可哀想だけど、医務室の端に葬っておきましょう」

「ちょっとそれは可哀s「ポ◯キーあげます」

「交渉成立じゃ」

 

 アイルは徐に懐から縦長の紙箱を取り出すと、麻薬密入をするかのようにこっそりとダンブルドアに渡した。ダンブルドアは紙箱を頰でスリスリすると、そのまますぐに食べ始める。

 

「という事は、『闇の魔術に対する防衛術』は?」

「うむ、一時期は休講という事にしようぞ」

 

 その後、ダンブルドアは一応求人広告を「日刊預言者新聞」に出したらしいが、結局誰も仕事につこうとしなかったらしい。元々ホグワーツの呪われた教科と言われた闇の魔術に対する防衛術は、教授が一年以上続いた試しがない。

 結局、此処一年この席は空いたままだった。

 




はい、ブロンドは退場でーす。さよならー。


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上手く笑えないんだよね

 

 アイルは翌朝、学校にて魔法省の役人に尋問を受けた。教師が生徒に危害を加えるなど言語道断。ダンブルドアは魔法省が首を突っ込む事にあまり良い顔はしなかったが、生徒のためにと許容したのだ。

 今日は部屋から出るな、誰とも会うなと言い渡され、ハリーと過ごす事が出来なくなってしまった。これに眼鏡の少年は憤慨し、危うく役人に怪我をさせてしまう所だった。この弟の怒りっぷりは役人も腰を抜かすほどで、マクゴナガルの介入によってようやく自体は静まったとの事。

 

 誰とも会えない、話せない休日。これほど退屈で憂鬱な事があるだろうか。もう既に授業の内容は決まっているし、呪文を作っても良いけどこれはこれで魔法省に警告されそうだ。なので暇潰しと言っては何だが、話してくれるのはトム・リドルのみ。

 

「『あぁトム、部屋に軟禁されて疲れた。湖の畔でゴロゴロしたい』」

『僕も姉さんと一緒にゴロゴロしたいな。それにしても、魔法省は酷いね。姉さんを部屋に丸一日閉じ込めるだなんて』

「『籠の鳥にでもなった気分よ。トムに実際に会って話がしたい』」

『実際に会えますよ、姉さんがそうしたいのなら』

 

 ふと、羽ペンの動きが止まった。ーー私がそうしたいのなら会える、ですって?

 トム曰く、これは所詮は”記憶”に過ぎない。ただの記憶にそんな力などあるのだろうか。ただの虚言の可能性もある。それでも、そんな魔法は見た事も聞いた事もない。一体どうすれば…。

 

「『へぇ、どうやるの?』」

『姉さんがこの日記帳に文字を書く度に、僕の力も強まっているんだ。それは、姉さんの魔力が物凄く高く濃厚である事が理由。だから、姉さんの魔力と魂が多く注がれた僕は、簡単に実体化する事が出来るんだ。まだ時間は短いけどね』

 

「魔力と魂を注ぎ込む」

 その文章は、アイルにとっては闇の魔術他ならないもののように感じられた。それでも、今まで信用して多くの事を共有してきたトムが疑わしいとは、断言出来ない。

 

『姉さんはただ、杖を抜いて日記帳に魔力を注ぐだけで良いんだ。ほら、やってみて』

 

 トムを信じたい。トムを疑いたくない。

 アイルの頭の中は、それでいっぱいになってしまった。悩み、夢、希望、何でもかんでもを語り尽くした仲に、亀裂など簡単に入るものではなかった。かといって、それを受け入れて、何か起こったらどうしようという不安も残っていた。

 しかし、アイルの体は操られるように杖を抜き、日記帳の羊皮紙に杖先が当たった。途端に日記帳が輝きを帯び始め、アイルは咄嗟に目を塞ぐ。

 

「何?! 眩しい…!!」

 

 驚いて杖から手を離してしまった。しかしまだ光は止まない。

 

「あ、あれ…止んだのかしら」

 

 目の奥を突くような刺激がなくなり、瞼の向こうが再び暗に包まれたような気がする。少し目を開けると、案の定、もう光は止んでいた。一体どういう魔法なのだろうかというワクワクを抑えつつ、アイルは落とした杖を探した。

 しかし、机の上も下も、自分の杖は見当たらない。

 

「やぁ姉さん、良い杖だね」

 

 突然、自分とは違う声が耳に入ってきた。まさか、本当にトムがーー

 

「そんなに吃驚しないでくれよ姉さん。お探し物はこれかな」

 

 パッと振り返ると、そこにはスリザリンの制服を着た、背の高い凛々しい顔立ちの好青年が立っていた。手にはアイルの杖が握られている。彼は楽しむように笑うと、手の中で杖を弄び始めた。

「ッ…トム? トムなの?」

「あぁ、その通りだよ。姉さんに会えて嬉しい」

 

 人を寄せ付けざるを得ないほどの美形の青年。まさか相手が此処までイケメンだったとは。アイルは苦笑しながら立ち上がり、彼と同じく笑みを浮かべた。

 

「私も嬉しい。弟が増えたわ」

「そう、だね…」

 

 トムは一呼吸つくと、そのままアイルをギュッと抱きしめた。自分より結構背が高いので、アイルの顔はトムの胸の中に埋もれてしまう。抱きつかれたのが久しぶりというとの、驚きが入り混じって、アイルの顔は真っ赤になっていた。

 

「あッはは、姉さん…可愛いね」

「ご、ごめんなさいね、吃驚しちゃって。…ん? どうして目が赤くなってるの?」

 

 先ほどまでは、トムの瞳の色は黒だった。でも今は何故か、赤が混ざっている。

 

「姉さんとお揃いだ。黒い髪、赤い瞳」

「本当に姉弟みたいね」

「本当の、姉弟になりたいな」

 

 トムは笑顔でアイルの頭を撫でる。ハリーも将来こんな風になるのかなと少し心配になっていると、トムはアイルを無理矢理椅子に座らせた。

 

「どうしたの? トム」

「姉さん、姉さんの弟は僕だけだ。分かるかい? ハリーなんて弟はいない」

「…トム、そんな事を言わないで。ハリーは私の大切な弟よ。勿論トムも」

「…そうか。残念だ」

 

 彼の瞳は、先ほどとは比べ物にならないほど赤くなっていた。アイルのそれと比べても大差ないような、美しい赤だ。しかしそれは何か黒い感情によって支配されている。

 トムがアイルに手を翳すと、美貌の教師は一瞬にして意識を奪われた。フワッとした感触に押され、アイルはトムにもたれ掛かる。

 

「ハリー・ポッターなんて必要ないんだ、姉さん。姉さんには僕さえいれば十分だ」

 

 *

 

 その日から、記憶の続かない事が度々アイルの頭を襲った。気がつけば知らない場所にいて、何かをしている。そんな事が一日に最低一回は起こるのだ。

 

 それからも、グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローのマグル生まれの生徒達が次々と石化していった。いずれも雨だったり水が溜まっていたり鏡を持っていたりとそれぞれだったが、原因はやはり突き止める事が出来なかった。

 現犠牲者、十一人。

 

 途中、ハリーが継承者をドラコ・マルフォイだと思い込んで「ポリジュース薬」で探ろうとしたりだとか、そのせいでハーマイオニーが猫になってしまったとかーーある程度の事件は起こったが、問題はこの日記だった。

 

 破ろうとしても破れない。壊そうとしても壊れない。あれからもトムは、まるで実体化なんてなかったかのようにアイルに接してきたが、彼女はそういうわけにもいかなかった。あれが夢だという可能性も否定は出来なかったが、闇の物品である事はもう確証となりつつあった。

 無責任に捨ててしまえば、誰かがこの日記帳の闇に囚われてしまうかもしれない。

 あれから夢には、必ずと言って良いほどトムの姿が現れる。優しく、笑顔で話をしてくれるが、それには深い深い闇が見えるような気がした。

 

 ダンブルドアにこの日記を渡さなければーーそう思った矢先、新たな事件が起こった。

 

 それは、クィディッチの試合が始まる少し前。ハリーとロンの親友でマグル生まれの、ハーマイオニー・グレンジャーが石となっている所が発見されたのだ。

 その時刻前後の記憶が、アイルには残っていなかった。故に結論付けた。自分がスリザリンの継承者となり、生徒達を襲っていたという事をーー

 

 おまけにその容疑で、ハグリットまでもが魔法省に連行されてしまった。私のせいだ。私の、せいだ。

 

「早く、ダンブルドアの元へ向かわないと…」

 

 日記帳を引っ掴み、真夜中なのも気にせずにアイルは校長室へと走った。このままにしておくわけにはいかない。これ以上被害者が出ないうちに、この日記帳をダンブルドアに届けなくてはならないのだ。

 

「ダメだね姉さん。悪い子だ」

 

 髪を引っ張られる感覚がして、アイルはよろめいて尻餅をついた。この声は、トム・リドルだ。

 目の前にニュッと綺麗な顔が覗いてくる。あれからもう実体化はなかったし、日記も開かなかったのに。

 

「ダンブルドアに僕を突き出すだって? 冗談はよしてくれよ。僕の事を、弟だと思ってるって言ってくれたじゃないか」

「もう貴方は弟でも何でもないわよ、トム」

「間違ってるのは姉さんの方さ。僕がこんなにも姉さんの事を想ってるのに…姉さんはハリー・ポッターの方が好きなんだね」

「そうね。今はそう」

 

 アイルは杖を抜き、身構えてトムに向ける。しかし彼はただ高笑いをするだけだった。

 

「悪い子には…お仕置きをしなくちゃいけないね、姉さん?」

 




この頃忙しくて全然かけない...末長くお待ちくださいまし。


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秘密の部屋

 

「はっ…お姉ちゃんが、危機に瀕している気がする」

「ハリー? 急に何を言い出すんだい」

 

その頃、獅子寮の談話室では眼鏡の少年と赤毛の少年が、宿題に勤しんでいた。しかし魔法薬学の無駄に多く難しい宿題がまだ終わらない。ハーマイオニーがいれば、数十分が片付けられるというのに。にも関わらず、ハリーはパッと目覚めたかのように覚醒した。

ロンは、そんなハリーに若干引いている。

 

「僕の『お姉ちゃんレーダー』が、お姉ちゃんの危機を警告してるんだよ!」

「いやいやそんなの存在しないから。『お姉ちゃんレーダー』とかないから」

「僕とお姉ちゃんは、普通では考えられないような常識に捉われない絆で結ばれてるんだよ。だから分かる。今お姉ちゃんは、危険だ」

「君の頭の方が危険だよ!」

 

今にも暴れだしそうなハリーを、親友は慌てて押さえつけた。机に突っ伏しながらもハリーは杖を取り出す。

 

「お姉ちゃんを助けに行く!」

 

暗い空気に満ちた談話室は、ハリーに対する失笑と苦笑の表情に溢れた。パーシーは暴れる二人組に注意と落ちつく事を促すが、それは止まる様子はない。止める者もいない。今此処にアイル・ポッターがいれば、こんな暗い状態でも談話室は笑顔で満ちていただろう。

ハリーは親友達の拘束を解き、自らの部屋に飛び込んだ。トランクの中から丁重に保存された「透明マント」を取り出すと、そのまま被った。

 

「ちょ、ハリー! 行くなら僕達も一緒だよ。あ、捕まえた」

 

ロンは捕まえた透明の物体の布を引き剥がし、中に入る。ベッドでスヤスヤと眠りにつくルームメイト達にバレないよう、二人はソッと外に出た。

現在、夜中に談話室の外に出る事は禁じられている。しかし恐怖で眠れない者達も多い。早く寝たいのも山々だが、皆と一緒にいる方が安心出来る者達も多い。故に談話室には多くの生徒が集まっている。二人はそれに気づかれないよう、ソッと肖像画を抜けた。

目指すは、呪文学の教室ーーアイルの部屋だ。

しかし追い討ちをかけるかのように、珍しい校内アナウンスが流れる。

 

『教師陣は全員、職員室に大至急お集まりください』

 

それならば、職員室に行かなくてはーー二人は透明マントの中で、急いで駆け出す。ハリーは自分の『お姉ちゃんレーダー』が間違っている事を願いながら、切れる息も重くなる足も無視して走り続けた。透明マントなんて、とっくに外してしまった。

 

「また…襲われたのかな…?」

「分からない。でも、早くお姉ちゃんに会いたい…」

 

職員室にたどり着き、ハリー達はその少し開いた隙間を覗いた。心臓が張り裂けそうな程ドクドクと脈打ち、呼吸が途切れ途切れとなる。その血走った緑色の瞳は、隙間から自分の愛しい人の姿を探した。

しかし、どれだけ目を開けても、どれだけ探しても、姉の姿が見つからない。

 

「ま、まだポッター先生来てないんじゃないか? ほら、あの人天然だから階段でズッコケたのかもしれないし」

「そうか…お姉ちゃんこけたのか…だから僕の『お姉ちゃんレーダー』が反応してたのか…」

 

職員室の中から、ダンブルドアの声が漏れて聞こえてくる。

 

「とうとう起こった。遂に一人、怪物に連れ去られてしまった。『秘密の部屋』そのものの中に…」

「何ですって…?!」

 

ダンブルドアの言葉を、ハリーとロンは耳を澄まして聞いた。次の言葉を、聞きたくないにも関わらず、聞く事しか出来なかった。嫌な予感しかしない。

 

「『スリザリンの継承者』が、再び伝言を書き残したのじゃ」

 

ーー彼女の魂は永遠に継承者の物となり、「秘密の部屋」の寵姫となるであろう。

 

教師陣の蒼白な顔を見ていると、ロンでさえ心が重くなる。泣き出す者もいる。口を手で覆う者もいる。冷や汗を流す者もいる。

 

「そういえば、アイルが来ていない」

「あ、アイルは…」

 

マクゴナガルが俯く。まさかーー

スネイプは相変わらず感情を見せず平静を保っているようにも見えるが、その表情には焦りまでもが感じられる。いつも人を見下す態度をするスネイプの腰が抜けている。少し震えている。それは、長らく感じていなかった「恐怖」という感情。

最愛の人に似た者を失った悲しみ。恐怖。

 

「アイル・ポッター。彼女が、継承者の手により部屋に連れ去られました。あの子が連れ去られるなどーー継承者の力は強い。必ず、遅くとも明日には生徒を帰宅させなければなりません。ホグワーツはこれでお終いです」

 

厳格なマクゴナガルの瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。ダンブルドアは思いつめた様子ではあったが、校長らしく教師陣に指示を出す。

 

「…寮監は寮に戻り、何があったのかを知らせるのじゃ。しかし、アイル・ポッターの名を出してはならん。あくまでも、連れ去られた者がいたと言うだけ。そして、明日一番のホグワーツ特急で帰宅させるとも伝えてくれ。他の先生方はーーこんな真夜中にありえないじゃろうがーー生徒が寮外でうろついていないかの見回りを。わしは…アイルを探しに」

 

教師方は動き出すも、ハリーはドアの隙間を覗いたまま呆然と佇んでいる。危機感を覚えたロンは、慌ててハリーを揺すった。

 

「ハリー、どうするんだよ。アイル先生が連れ去られただなんて…」

「継承者許さない継承者許さない継承者許さない継承者許さない継承者許さない継承者許さない継承者許さない…!!」

「とりあえず場所を変えよう。そうだ、先生の部屋に行こう。何か調べているかもしれない」

「お姉ちゃん…お姉ちゃんの部屋…」

 

ロンの言葉に感化されたハリーは死んだ魚のような目をしたまま、突然走り出した。目指すは、愛しの姉の部屋。そこに一体何があるのかなどは理解していないが、何もしないよりかは、幾分マシであろう。

 

 

秘密の部屋は、「嘆きのマートル」の住み着く女子トイレが入り口となっている。昔、魔法界では珍しくマグル方式の配管(・・)の工事を行った事が原因で、バレないようにと現在の場所に継承者が移したらしい。そんな事、今の継承者が知るわけもないのだが…。

冷たい地面の奥深くには、その恐ろしきスリザリンの集大成が存在していた。

 

巨大な蛇の石像達は餓えを我慢出来ないかのように口を開け、訪問者をジッと見つめ続ける。訪問者など、ここ五十年いなかった。しかし今宵、新たな部屋の主が姿を現したのだ。

部屋の真ん中には、豪奢なベッドが用意されていた。天蓋が付き、薄い緑色の布で覆われる王族専用の寝具にも感じられる。部屋の真ん中には何処からか差し込んだ光が集まり、幻想的な雰囲気が醸し出されていた。

そしてその美しさを際立たせていたのは、寝具で眠る黒髪の姫の姿だった。姫の傍には、ホグワーツの制服を着たこれはまた整った顔立ちをした美青年。愛おしげに姫の髪を撫で、彼女に見惚れた様子でため息をつく。

 

「姉さん…何て美しいんだ…あぁもう、これを永遠のものに出来たら良いのに。僕だけのものに出来たら良いのに。…そうか、もう姉さんは僕だけのものか」

 

その美青年は、実体化したトム・リドルそのものだ。彼は恍惚した表情のまま、杖を取り出して姫の頭を優しく叩いた。

姫は眠りから徐々に目を覚まし薄ら目を開けるも、自らの状況を全く理解していない。しかし目の前の美青年の姿を確認すると、安心ではなく、恐怖と怒りが沸き起こった。

 

「あ、貴方…!!」

「やぁ姉さん、少し手荒な真似をしてしまってごめんね。痛くなかったかい?」

「何これ…何で体が動かないのよ…」

「あぁ、顔以外は『凍結呪文』をかけておいたから。姉さんの事だから、杖が無くても魔法使えるだろう?」

「流石にそれは難しいわ…さぁ、早く放しなさいリドル」

 

アイルの願いは、トムの心に届かない。彼は小さく頷くと、再び愛撫し始めた。

 

「リドルだなんて、酷い。姉さんにだけは”トム”って呼んでほしいのに」

「最悪。もう姉さんだなんて呼ばないで。貴方なんて弟じゃない。私の本当の弟は、ハリーただ一人よ。この猫被り男」

「猫被り? 僕は自分を偽ってなんていない。姉さんの前ならば、本当の僕になれる」

()()()()()()()!」

 

アイルの反抗的な態度を腹を立てたのか、トムは顔を歪めて杖を突きつけてきた。こんな事は慣れているのでアイルは動じないが、やはり今まで信用してきた相手に裏切られ、杖を抜かれるというのは辛いものだ。

トムは低い冷たい声で言う。

 

「ハァ? 姉さんは僕に従えばそれで良いんだよ。僕だけを見て、僕だけを想って、僕だけを感じればそれで良いんだよ。何が『弟じゃない』だ。僕がこんなにも姉さんの事を愛しているのに、何故分かってくれないんだ。…あぁそうか。全部ハリー・ポッターのせいか。あいつがいるから、姉さんは僕の事を見れないんだね。あんな身勝手な奴がいるから、姉さんは安心して僕を愛せないんだね。分かったよ姉さん。邪魔者は、排除しないとね」

 

冷たい声、冷たい瞳、それなのに口元は吊り上っている。悪魔のような邪悪な笑みは、アイルの心を一気に暗闇へと突き落とした。ハリーが、危ない。

 

「止めて! ハリーに危害を加えるのだけは止めて!」

 

まだハリーは幼い少年だ。自らを守る術を持たない未熟な子供だ。それなのに、スリザリンの継承者と怪物に両ばさみにされれば一溜まりもない。それだけは絶対に防がなくてはならない。

 

「お願いトム! 何でもいう事をきくから、ハリーを傷つけないで!」

「…あいつが羨ましいよ。姉さんの心を、こんなにも動かす事が出来るだなんて。これはもう、消すしかないね。安心して姉さん。姉さんは一生僕と暮らすんだ。もう少し魂を分けてくれれば、僕は再びこの世に再建出来る。二人だけの幸せな世界を作るんだ」

「再建…? …一体、貴方は何者なの?」

 

トムは再び冷たく笑うと、杖で空に文字を書き始めた。

「Tom Marvolo Riddle」

彼の名だ。トムが再び杖を一振りすると、文字が代わる代わるに場所を入れ替える。

「I am Lord Voldemort」

 

「まさか…貴方が、ヴォルデモート?!」

「如何にも。姉さん、未来の僕が姉さんを愛したと聞いた時、運命的なものを感じた。そう、僕と姉さんは、どんな状況でも愛し愛されるという宿命にあるんだ。だから、自分の現実を受け入れる事だね。未来の僕のためにも、今の僕のためにも…ハリー・ポッターは必ず殺す」

 

石像の前でトムの発した言葉は、紛れもなくパーセルタング。

 

〔スリザリンよ。ホグワーツ四強の中で最強の者よ。我に話したまえ〕

 

巨大な蛇と共に遠ざかっていく背中が、今までの何よりも恐ろしく思えた。

 




更新が遅くなり申し訳ありません。
勉強、行事と忙しい毎日が続き、中々パソコンに手をつける機会がなくて...。


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弟と弟

 

「早く、早くハリーを助けに行かないと…!!」

 

 トムの魔法のせいで、体が全く動かない。かろうじて顔ならば動かす事が出来るが、首から下がまるで無機物かのようだ。

 しかし、体が動かなくても、杖がなくても、魔法が使えないわけではない。

 

「『フィニート・インカンターテム 呪文よ終われ』」

 

 試しに唱えてみれば、単純な「呪文解除呪文」で拘束を解く事が出来た。しかし、杖無しで行う魔法はかなり体力を浪費する。何でも良いから、とりあえず杖を見つけなければ。

 早くしないと、ハリーが、生徒達が、殺されてしまう。

 しかし、ベッドから降りるも全身に力が入らない。立つ事もままならず、吐き気と眩暈がアイルの体に襲いかかる。視界がぼやけ、上から空気が押し付けてくるような感覚がする。

 

「ダンブルドア…貴方は何処…? お願い、助けて…」

 

 アイルの悲痛の叫びは、誰にも届かない。ただ何も出来ない自分が情けなくて、幼くて、いくら強くてもやっぱり弱い。今の自分は、ヴォルデモートに連れ去られたあの時と同じだ。何も出来ない。助けを求める事しか出来ない。

 

 途端、甲高い鳥の鳴き声のようなものが耳に飛び込んできた。重い首を入り口の方へ向ければ、そこから真っ赤な見慣れた美しい鳥が、古ぼけた魔法使いの帽子を持って飛んできた。

 

「フォークス…?!」

 

 ダンブルドアの不死鳥だ。

 フォークスはアイルの傍に止まり、赤いキラキラと光る羽を擦り付けてきた。

 

「あぁフォークス、随分楽になったわ。ありがとう。…不死鳥って、涙以外でも効果があるのね。良い子…」

 

 随分と体が動くようになってきた。アイルはフォークスの頭を撫でながら、床に落ちた帽子を見た。組み分け帽子? 何故こんな物をフォークスが持ってきてくれたのだろうか。

 

「ダンブルドアのお使い?」

 

 帽子に手を突っ込んでみると、何か硬い物が手に当たる。訝しく思い引っ張ってみると、赤い宝石の埋め込まれた銀色の鋭い剣が握られていた。

 刃の部分には「ゴドリック・グリフィンドール」と刻まれており、フォークスは剣をジッと見つめている。

 まさかこれが、かの有名なホグワーツの創設者の一人であるゴドリック・グリフィンドールの物だったとでも言うのだろうか。

 

「私に、これであいつを倒せと?」

 

 フォークスは静かに頷く。あのヒゲ老人でもどうにかなるでしょうに。

 

「剣術は得意じゃないけど、仕方ないわね…行くわよフォークス、手伝って」

 

 アイルはフォークスの足を掴む。不死鳥はグリフィンドールの女神を連れて、秘密の部屋から飛び立った。

 

 *

 

 〔ハリー・ポッターは…一体何処にいるんだろうな、バジリスク〕

 〔さぁ? 私に分かるわけがないでしょう〕

 

 実体化したトム・リドルは、バジリスクと共に夜のホグワーツを徘徊し始める。しかし、この一件のせいで、生徒も教師もゴーストでさえも見当たらない。

 ハリー・ポッターがいるのならば、グリフィンドール寮だろうな。そう思い、トムはグリフィンドール寮へと足を向ける。

 

 〔主、音がいたしますぞ〕

 〔音…?〕

 

 バジリスクは鎌首をもたげる。トムも耳を澄ましてみると、階段を駆け下りる靴の音と声が聞こえてきた。

 

『先生の部屋、何もなかったね』

『お姉ちゃん…一体何処に行っちゃんたんだよ…クソッ!』

 〔へぇ、探すまでもなかった。バジリスク、此処で待っていろ〕

 

 グリフィンドール寮に行って一々皆殺しにする手間が省けた。バジリスクをその場に待機させたまま、トムは清々しい笑顔を浮かべてハリー達に近づいていった。

 

「やぁ君達、一体どうしたんだい? そんなに急いで」

 

 一見して、スリザリンの優しい上級生。しかしハリーの目には不信感しか募っていない。今この状態で寮の外に出ている事自体おかしいし、まず雰囲気からして普通の生徒とは違う。

 こんな切羽詰まった状況で笑顔でいられる人間なんていない。しかもスリザリンだし。

 

「…誰だよお前」

 

 ハリーの反抗的な声が階段に木霊する。トムは憎らしげな表情を表に出さず、努めて笑顔で話しかけた。

 

「僕かい? 僕はスリザリンの監督生だよ。さぁ、早く寮に戻らないと」

「…ロン、こいつから離れろ」

 

 ハリーはいつもとは違う低い声を出し、杖を抜いた。トムは少し驚いた顔をするも、まだ微笑んでいる。

 何がどうなっているのかが分からない赤髪の親友は、動揺しながら後ずさりをする。

 

「ど、どうしたんだよハリー」

「…こいつから、お姉ちゃんの匂いがする」

「へぇ、鼻が良いな」

 

 鼻が良いっていうレベルじゃねぇよ…というロンのツッコミは闇に消えた。

 この誰もが羨む整った顔立ちをした美青年とハリーが睨み合う。トムの口元にはもう笑みなんて一切浮かんでいない。

 

「お前、お姉ちゃんを何処にやった! お前が継承者なのか?!」

「アイルの事かい? あぁ、彼女を『お姉ちゃん』と気安く呼ばないでくれるかな」

「どういう事だよ。お姉ちゃんは僕だけのお姉ちゃんだ」

「違う。アイルは僕の姉さんだ」

「何か姉争奪戦が始まったよ…!!」

 

 両者杖を抜き、交代ずつアイルへの愛を語りだした。

 

「お姉ちゃんはいつも僕の事を想ってくれて、優しくて可憐で最強で最高な世界一の姉だ! 僕はお姉ちゃんの事を一番よく理解している。お前みたいなよく分からない奴が弟を名乗るだなんて許さない!」

「お前は知らないだろうが、姉さんは人よりも深い心の闇を抱えているんだよ。お前のいう通り姉さんは美しい。まさに闇の女神だ。僕の姉にこそ相応しい。あぁあのシルクのような黒髪に顔を埋めて深呼吸をしたい。あの血に染まった赤い瞳に僕だけを映し出したい。あの透き通る声で僕の名だけを呼んでほしい。…お前のような血の繋がりがあるだけの奴が姉さんの弟だなんて、虫酸が走る」

「何言ってるんだよ。お姉ちゃんを僕を”愛してる”んだ。お前みたいな何処の馬の骨かも知らないような男を弟と認めるわけがない!」

「アイルは僕にだけ心の内を明かしてくれた。弟のお前にも話さないような悩み、苦悩、楽しみ…多くの事を僕にだけ教えてくれた。要は、君よりも信用されているんだよ僕は」

 

 ・

 

 ・

 

 ・

 

 一向に話が進まない。お互いに自分はこう愛されているだとか、アイルの美しさの論争だとか、どのくらい多くの事を知っているかだとかいう、ロンにとっては全くもってくだらない話。

 それでもハリーとトムはそういうわけにもいかず、ただ一心に自らの愛をぶちまける。此処まで心を露わにするのは両者初めてであったが、どんな言葉が出ようとも一歩も引かない。

 

「ラチがあかない! この僕が、直々にお前を殺してやる!」

 




ヤンシスェ...。

体育会も終わり、そろそろテストがやってきますね嫌だもうバッキャロー。
何が言いたいかって? アズカバンの囚人の執筆とテストに向けての勉強で更新が遅れるって事だよ。

アイル「勉強? 何それ美味しいの?」
カドナ「マズイ。超絶マズイよ」
アイル「私も勉強はあんまり好きじゃなかった。何方かって言うと魔法を使う方が好きだったから。安定の学年トップだけど」
カドナ「アズカバンの囚人は、私好きなんだよねー」
アイル「ヤンデレヴォルちゃんが直接的に出てこない、唯一つの年。ある意味平和だった」
カドナ「ってなわけで、少し更新遅れるかもしれません」
アイル「貴女なら、勉強サボって執筆するんじゃないの?」
カドナ「よく分かったね、正解だよアイル」


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美しい...それは罪?

 

 

 

 〔来い! バジリスク!!〕

 〔主、呼ぶのが遅いぞ〕

 

 その言葉は、ハリーにのみはっきりと聞き取れた。バジリスクがどんな奴なのかは分からないが、危険な生物だという事は確かだ。

 ハリーは頭の中に考えを巡らせる。姉のために誰よりも頭を良くしようと本を読み漁った記憶ーーその中で、バジリスクという名が一つヒットする。

 長さ十五メートルにも及ぶ巨大な蛇の王。その一睨みは相手を即死させる効果を持つ。それにより、全ての謎が解けた気がした。

 

 猫は水、ジャスティンはほとんど首無しニック、ハーマイオニーは鏡を通してバジリスクの目を見たという事が。

 

 全ての黒幕、それこそがこの目の前の青年。一体何者なんだーー?!

 

「僕の名はトム・マールヴォロ・リドル。またの名を…()()()()()()()()だ」

「ヴォルデモート…?! お前は…何で?!」

「何で? …説明すると長いが、僕はヴォルデモート卿の記憶なんだよ。姉さんが僕を実体化してくれた。故意ではないけれどね」

「お姉ちゃんを…利用したのか?」

「利用? いや、僕は姉さんとの理想郷を作るために協力してもらっただけだよ」

「協力?!」

 

 口喧嘩がヒートアップし、ついにトムはバジリスクを呼び出した。ロンは逃げ腰になるもあの蛇の王に恐怖し、動く事すらままならない。

 絶対に目を見るな!とハリーは叫ぶ。しかし、杖だけでは絶対にどうにもならない。

 

「こっちには杖と、バジリスク」

「その杖…お姉ちゃんのじゃないか! どうしてお前が!」

「あぁ、今丁度持ち合わせていないから、借りたんだ。別に構わないだろう?」

「良いわけがない! 返せ!」

 

 ハリーは怒り狂っていた。ヴォルデモートと名乗る青年がアイルを自分の姉だと言い張り、杖までも手にしている。

 当人者のハリーもアイルの生い立ちを知っている。彼女が一時期ヴォルデモートに捕まっていた事も。しかしまだ謎がある事は確かだ。何故ヴォルデモートの姿形があんなに若いのかだとか、アイルが愛された理由とか。

 今目の前に、ヴォルデモート卿がいる。何か聞けるかもしれないと思いつつ、怒りも湧いていた。

「姉さんから大方の事は聞いている。君の事もね。だから思った。僕の永遠の敵である君を、消してしまおうとね」

「ッ…」

「大丈夫。君が死んでも、姉さんは僕が大事にするよ。もう二度と、人の目に触れさせる事なんてないけれどね」

「殺ス!」

「良い心意気だ」

 

 トム、もといヴォルデモート卿は愉快そうに高笑いする。

 

「さぁ、スリザリンの継承者と…『生き残った男の子』の、アイル・ポッターを賭けての勝負といこうじゃないか」

「お姉ちゃんは僕だけのお姉ちゃんだ。絶対に負けない」

「所詮は十二歳の子供。まぁ…精々頑張ってくれよ。すぐに死なれてもつまらない。()()()()()()()

 

 *

 

 一方、賭けの対象ともなっているアイル・ポッターはダンブルドアの不死鳥に捕まり、秘密の部屋から脱出していた。

 一体ダンブルドアは何処にいるのだろうか。フォークスに聞いても、小さく啼いて頷くだけだ。全く意味が分からない。蛇語は分かっても、不死鳥語はちょっと…。

 

「フォークス、リドルの居場所は分かる? いや、分かるわけないか」

 

 体力もほとんど回復してきた。剣くらいなら振れる。しかしながら、バジリスク相手にこれを扱えるかと聞かれれば苦笑しか返せない。魔法は得意だが、剣は専門外だ。

 魔法で作り上げた剣なら扱えるも、あれは自らの魔力の塊だからだ。しかもこの剣は「ゴブリン製」。一応魔法的物品だろうが、それとこれとは話が別だ。

 

「彼が生徒に手を出さないうちに…急がなきゃ」

 

 トム・リドルの簡単な殺し方。彼はまだ完璧な存在になっていない。あれ以上アイルが「秘密の部屋」にいたら、きっと完全なるヴォルデモート卿として復活していただろうが、今はまだ大丈夫だ。彼は自らを「記憶」と名乗った。アイルは日記帳から魂を注ぎ込んだ。きっと本体は、「日記帳」だ。あれさえ破壊出来れば、リドルは消え去る。

 問題はバジリスクだ。一番厄介なあの凶暴な蛇の王さえ倒されば、後は簡単かもしれない。

 

 途端、何処からか破壊音とウワー!という叫び声が聞こえてきた。フォークスはすぐさま向きを変え、音を聞こえた方向へ向かう。

 嫌な予感しか、しない。

 

「なぁハリー・ポッター。バジリスクは今、お前の目を凝視しているぞ。目を開けたらどうなるだろうな」

「クッ…」

 

 飛び交う線香とジリジリと前に進むバジリスクの姿。此処からトム・リドルの姿は見えないが、きっとバジリスクを従えて何処かにいるだろう。

 ハリー・ポッター…? まさか、もう襲われているのだろうか。

 

「ロン! 逃げるんだ!!」

「自己犠牲精神でもあるつもりかい? 姉さんを独占したいだけの癖に」

 

 いや、やっぱハリーとトムだ。しかもロンまでいるのか。これは危ない。

 杖があったら教師陣を呼ぶ事が出来るが、今は剣しか持ち合わせていない。この状況を打開するには、自らが動くしかない。

 

「フォークス、お願い」

 

 こっそりとその場に降ろしてもらうと、フォークスはバジリスクの方へとすっ飛んで行く。すぐさま鉤爪で目を潰せば、バジリスクの苦痛の叫びが耳に響いてくる。蛇語の分かるアイルにとって、その声は聞くにも耐えぬ叫びだ。

 

「ダンブルドアの不死鳥か。クソッ、何処にいる。…まぁ良い。ハリー・ポッター、姉さんの魂は実に濃く美しくてね、取り込んだ事により、以前よりも力を発揮できそうだ」

「気色悪い!」

 

 怯んだバジリスクに、ハリーの呪文が炸裂する。しかし、流石危険度マックスで知られる魔法生物。十二歳の小柄な少年程度にどうこう出来る問題ではない。

 バジリスクはアイルの存在にはまだ気がついていない。トムもハリーも同様。これはーー卑怯だけれどーー騙し討ちが出来るかもしれない。

 

 〔バジリスク! 目がないのなら耳で探せ!〕

 〔バジリスク! そいつの言う事なんて聞くな!〕

 

 ハリーも負けじと蛇語で言う。バジリスクは少し迷った様子を見せるも、トムに従い始めた。

 

 〔ええいやかましい!! 私の主はサラザール・スリザリンただ一人だ!〕

 

 どうやら、言葉で説得する事は難しいご様子で。

 力に訴えるのは好きじゃない。でも、この手に握られている剣しか、この場を乗り切る方法はない。無駄に命を散らすのは嫌いだが、もう仕方がない。

 

 問題は、如何にバジリスクを殺すか。音さえ立てなければ、バジリスクがアイルの存在に気がつく事はない。蛇の癖に動きが素早いので、絶対に存在を知られてはならない。

 剣を持つ手に力が入る。痺れも取れた。後は、闇雲に敵を討つだけだ。

 ガチャン、という硬い石が破壊されるような音が耳に飛び込んでくる。バジリスクが直接的な先手を打った。

 蛇の尾がスルスルと角に消えていき、ハリーとロンの叫び声も聞こえた。そうだ、この戦場は私一人ではないのだ。生徒を危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 

「仕方がない!」

 

 アイルはすぐさま走り出し、スルスルと流れていくバジリスクの尾を一メートルほど切り離す。緑色の鱗から鮮血が溢れ出した。気色が悪い。

 

「姉…さん…?」

 

 トムの唖然とした声が聞こえるも、アイルは無視を突き通した。バジリスクの、目を潰されたと同じような悲鳴が響き渡る。

 

 〔痛い! 痛い痛い痛い!!〕

 

 ごめんなさい、すぐに終わらせてあげるから。

 しかしバジリスクは殺す間も与えてくれない。全身を無意識に大きく動かし、壁、床、天井ーーあらゆる物を破壊し始めた。

 

「姉さん…何で此処にいるんだい? 何で、バジリスクを傷つけるんだい?」

 

 トムはその場に突っ立ったまま、小さな声でアイルに語りかける。破壊を続けるバジリスクなどには目もくれず、アイルは静かに言った。

 

「私が貴方の敵だからよ、トム。私は貴方の、姉じゃない」

「…嘘だ」

「嘘じゃない」

 

 まるで幼子に話しかけるかのような言葉。バジリスクも、ホグワーツもハリーも存在しないような、静かな世界で二人きり。

 

「何で私を姉だなんて思ってしまうの? 私はただの教師で、ハリーの姉で、貴方とは…今の所、何の縁もなかった人間だというのに」

「…姉さんが悪いんだ」

「え?」

「そんな美しい顔で笑みを浮かべられたら…そんな綺麗な声で話しかけられたら…そんな澄んだ心で相談なんでされたら…全部、自分の物にしたくなるだろ?」

「…」

 

 何も言えない。喉の奥から言葉が出かけた。

 人の心とは何故こうも容易い。簡単に揺らぎ、壊れてしまう。簡単に歪み、狂ってしまう。

 

「姉さんはさ、生きている事自体が罪なんだよ。分かるかい? 人を惑わせて、弄んで…僕は姉さんの事が大好きだ。でもそれと同じくらい、姉さんが怖いよ」

 

「一度知ってしまった感情なんだ。もう二度と離したくない」

 

「今まで出会ってきたものと全てが違う。必ず自分のものにしたい。ならないんだったら…殺す」

 

「ねぇ姉さん…先生なら教えてくれないかい? …この感情は、一体何だ?」

 

 薄ら涙を流しながら、トムはアイルに言葉を投げつける。一つ一つが鋭くて、的確で、痛くて。バジリスクの所為で壁が崩壊し始めたのも、気にかからなかった。

 

「…貴方は、何所か普通と違う。未来も過去も、現在も。私の顔なんて関係ないわ。人と違っても…その感情は『愛』と呼ぶ。時には『独占欲』とも呼ぶ」

「『愛』か、ダンブルドアのお気に入りの言葉だ」

「そうね。『愛』は不滅だもの。でも、私は貴方を許せない」

 

 いくら同調しようとも、可愛い教え子達やニックを傷つけた事は絶対に許さない(「ロックハート? 知らない子ですね」)。ハリーを殺そうとした罪は重い。美しさよりも、ずっと。

 

 途端、天井が落ちてきた。バジリスクの破壊行動の所為で、アイルとハリー達は分断されてしまう。アイル側にはバジリスク。ハリー側にはトム。別々に争うしかなさそうだ。

 

 〔殺してやる! 殺す! 殺すうううぅうう!!〕

 

 バジリスクは死に物狂いで闇雲に攻撃してくる。咄嗟に避けるが、やはり素早い。瓦礫が山のように積み重なっても先生方やダンブルドアはやってこない。一体、何をしているというのだろうか。しかし音を立て続ければ、誰かが必ず気づいてくれる。なるべく人を巻き込みたくはないが、加勢はないよりもあった方が良い。

 

「バジリスク…あまり暴れないで欲しいけど…」

 

 そういうわけにもいかない。フォークスは何処かへ去って行ってしまったし、廊下には人っ子一人いない。ただでさえ、すぐそこに動く階段があるというのに、こんな狭い甲冑だらけの通路でどう戦えば良い。

 逃げ道は片方潰された。完全に一方通行だ。音を立てなければ逃げられるかもしれないが、逃げ道は一つしかない。しかも相手は超スピードだ。走ったりでもすればすぐにバレて食われる。

 

「自分のものにならないのなら…殺す? …トムのそれは、愛なんかじゃないわ。ねぇバジリスク、貴女もそう思わない?」

 

 って、人の言葉じゃ意味も分からないだろうけど。

 

「愛って不思議なのよバジリスク。人を狂わせる事が出来る。スリザリンの霊廟か何かなんて知らないけど、全部全部、ただの怨念じゃない!」

 

 マグル生まれを殺すなんて、馬鹿げた事を。魔法を学ぶ権利は、人と同じように平等だというのに。純血主義なんてエゴ、今この場で壊してやる。

 全身を奮い立たせ、蛇の王の御前にて深呼吸をする。嫌な空気。すぐにでも魔法で打ち砕いてやりたいくらい。

 

「さぁ、来なさい!!」

 




やっとテストがオワタ。
終わったではなく、オワタ。
Finishではなく、The end。


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獅子の本質

戦闘描写下手くそ野郎の悪あがきをご覧ください。


 

 アイルの声に反応し、バジリスクが雄叫びをあげる。メスだけど。

 突進してくるバジリスクに斬りかかるも、切り傷を作れただけで致命傷は与えられていない。しかし、グリフィンドールの剣の威力は凄まじい。これだけでも十分血が流れてくる。

 

 廊下でグルリと体をうねらせ、バジリスクの顔は今背後にあった。まずい、動いてあまり時間が経っていないせいで、素早く動けない。

 慌てて振り向いて剣で良ければ、銀色に光る刃にバジリスクの鋭い歯が強く当たる。流石に魔法が上手くとも、身体的な力が凄いわけではない。長時間この体勢で耐え切れるわけがない。腐っても女子の端くれだ。

 

「クッ! ーッ!!」

 

 バジリスクは歯ではなく重さで殺そうと目論んできた。胴体を持ち上げて上から力をかける。剣を持つ腕が震えてきた。全身の骨が軋む音が聞こえる。

 この状態でいるのはマズイと感じ取り、アイルは咄嗟に身を引いて、バジリスクが怯んだ隙に口を切り裂いた。丁度口裂け女のように口の端が何十センチか切れた。

 

 少し油断したせいかバジリスクの長い尾でアイルは突き飛ばされ、硬い壁に頭を打ち付けてしまう。頭がクラクラし、視界が歪んでいくーー

 体が痛い…少し咳をすれば、真っ赤な血がベットリと手についた。立ち上がって対峙しようとするも、猛烈な痛みが上半身を襲う。肋骨を何本がやられたかもしれない。

 バジリスクは思うように身動きの取れない私をジッと見つめながら、スルスルとゆっくりこちらに距離を寄せてくる。

 

 〔私を…殺す?〕

 〔継承者が望んだ事だ。お前も、あの少年も…私の言葉が分かる。…何故?〕

 〔分からない。でも、姉弟揃ってパーセルマウスだなんて奇妙だわ〕

 〔お前も、スリザリンの継承者か?〕

 〔さぁね。大昔の事だから、もしかしたらそうかもしれない〕

 

 ヴォルデモート卿と同じ血が流れているなんて考えたら、身震いしか湧いてこない。しかし、純血一族は大方が血縁関係にある。ヴォルデモートとアイルも、遠い親戚にある事は確かだ。

 

 〔お前が継承者ならば…私はお前を殺せない〕

 〔主様の命令じゃないの…? ケホッ〕

 

 また血を吐いてしまった。壁に背中をつけ、何とか気力だけで立ち上がる。

 

 〔そうだな。しかし、私はスリザリンの下僕である。下僕が主の一族の者を殺すなど、あってはならない事だ〕

 〔じゃあ、殺さないでいてくれる?〕

 〔それは、出来ない〕

 

 一体何方なんだと言いたいが、声が出てこない。殺さなければならないのに、殺せない。矛盾した命令と感情が交差して、バジリスクは迷っていた。

 

 〔継承者の命令は、自らの欲に満ちたものも存在した。私は別に、マグル生まれを殺すために生まれたわけではないというのに…望まぬ行動をさせられて〕

 〔違うの? 見聞ではそう記されているけれど〕

 〔違う。私はサラザール・スリザリンの私物…いわばペットのようなものだった。ホグワーツを出ていかざるを得なくなり、私を飼うスペースがなくなったのだ。また会いにくると約束して、彼は私を秘密の部屋に封印したまま去って行ってしまった!〕

 

 潰れた両目から、今にも涙が溢れてきそうな声だ。バジリスクはマグル生まれを殺すための「恐怖」ではない? …歴史も見聞も、完全に信用できるものではないようだ。

 

 〔こんな事、主は望んでいなかった! あぁ、私は罪深い。主はもうこの世には存在しない! 私は、私は私はああぁぁぁ…!!〕

 

 辛い話をさせてしまった。大好きなご主人様と別れて、それでも迎えに来てくれる日を何百年も待ち続けて。ようやく会えたと思ったら、主人の意思と反した行為を強要されて。今までずっと、辛かったんだろうな。

 

 〔…あぁ美しき蛇語使いよ、どうか私を殺しておくれ。この年老いた蛇王を、どうかその剣で叩き切ってくれ〕

 〔…分かったわ。なるだけ、痛くないようにするから〕

 

 バジリスクは呻きながら私に頭を垂れる。襲ってくる気配はない。きっと本気だろう。一番痛くない、すぐに終わる死に方ーー確か、中世ヨーロッパの処刑道具「ギロチン」は、一見残酷に見えてすぐに死ぬ事ができるから辛くはないよね。

 失敗したら痛いだろうが、一番すぐに逝けるのはこれだ。

 

 〔ニックみたいになったら…ごめんなさいね〕

 

 力の限り剣を振り上げる。そしてーー

 

 **

 

「ハリー・ポッター…お前がこの僕に敵うとでも思っているのか? 姉さんだったら兎も角…お前じゃ僕には勝てない」

「魔法の事を言うんだったら、否定はしないな」

 

 先にロンに誰かを呼びに行かせ、ハリーとトムは対峙して始めた。お互いに杖を向け、睨み合う。能力的にも、トムが有利なのは確かだ。

 トムは自らのローブの中から、本体である日記帳を取り出してその場に置いた。

 

「お前にチャンスをやろう。僕も勝ち目しかない戦いなんてつまらない。今僕は姉さんの魂のおかげで辛うじて実体化している状態。でも、僕自体の魂はこの日記帳の中にある。これを破壊できたら、めでたく僕はお陀仏さ」

「…本当だろうな」

「ヴォルデモート卿は()()()に嘘をつかない」

 

 しかし、これならばハリーにも勝機が無きにしも非ず。あくまでも有利なのはあちら側だが、これならばきっと、気力で勝てる!!

 ハリーは杖を構えたまま歯を食い縛る。一体どうやってあの日記帳を破り捨てよう、一体どうやってこの男を殺そうーーその二つの考えが頭の中をエンドレスし続けた。

 

「ん…? 反対側の音が止まったね。もしかすると、もう決着がついてしまったのかもしれない。姉さんの遺体は腐りも廃れもしない状態で完全に保管してあげるよ。生きて一緒にいたかったけど…きっと姉さんは、死んでも美しいんだろうな」

「お姉ちゃんは、あんな化け物なんかにやられない!」

「さぁ? いくらダンブルドアと肩を並べる実力も持ち主だとしても、バジリスク相手で、杖もなしに…敵うわけがない。勿論お前も、だ。ハリー・ポッター」

 

 トムは口角を吊り上げながら詰め寄ってくる。かの闇の魔法使いヴォルデモート卿と、生き残った男の子であるハリー・ポッターとの二度目の一騎打ち。一度目は負けたが、あれは単なる偶然だ。

 

「勝負だ、ハリー・ポッター!」

 

 トムの杖先からは、魔法の火花がほとばしる。赤、緑、青ーー色鮮やかな閃光は、ハリーの目の前で壁に塞がれる。

 いざという時アイルを守れるようにと、一番練習した「盾の呪文」。姉への思いは、トム・リドルの攻撃呪文さえも防いでいた。

 

「『エクスペリアームス 杖よ去れ』!」

「甘いな! 『ソウェード・クァイタス 銀の刃よ』!!」

 

 トムはハリーの「武装解除呪文」を軽く避け、闇の魔術を連続して使い続ける。もう「盾の呪文」も限界に達してきた。

 

「口程でもないな」

「『アクシオ 日記帳よ来い』!」

「お前は、少し無言呪文というものを学んだ方が良い」

 

「呼び寄せ呪文」で日記帳を呼び寄せようとするも、すぐさまトムに弾かれてしまう。

 二年生のレベルで此処まで魔法を扱える事自体、異常だ。それに加えて「無言呪文」は少々厳しい。既に体力も多く消耗しているというのに。それでも、流石アイルの弟と言えるだけある、魔法の才能と魔力だ。

 

「『インカーセラス 縛れ』」

 

 油断した隙をつき、トムはハリーを縛り上げる。立っている事もほとんど限界に近かった眼鏡の少年は、膝をついてその場に倒れこむ。死ぬのなら、せめて姉と一緒に死にたかった。

 

「あぁハリー・ポッター。無様だぞ。アイルのために戦い、そして死ぬ、か…まぁ本望じゃないか?」

「ク、ソッ…」

「おやおや、お口が汚いでちゅよ〜。ハッハハ!」

 

 トムは倒れこむハリーの顔を、足で強く踏みつけた。このまま甚振って殺すのも一向か。痛みと屈辱に顔を歪ませ、ハリーは自分の眼鏡がポキリと折れるのを感じ取る。

 

「君の本体が壊れたね」

「いや、眼鏡は本体じゃないから…」

 

 彼はハリーの壊れた眼鏡を執拗に踏みつけながら、杖で体の何処を狙うか考えている。逃げ出す手段なんて頭に思い浮かばない。ただぼんやりと浮かぶのは、アイルの笑顔だけ。アイルのいない世界なんて、文字のない本と同じだ。全く意味を成さない。それならば、此処で死んでしまっても良いのではないだろうか。

 

「あら、勝手に人を殺さないでほしいわね」

 

 途端、懐かしい綺麗な声が耳に飛び込んできた。

 

「お姉…ちゃん…?」

 

 目を向けたその先には、日記帳に何かの牙を突き刺す愛し姉の姿があった。

 



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教師としての責任

 

 

 

 頭から血を垂れ流しながらも、アイルは日記帳に牙を突き刺した。途端、耳をつん裂くような鋭い悲鳴が廊下中に木霊した。

 トムはハリーを踏みつけるその足を除け、一人で苦しみ、のたうち回り始めた。牙が刺された日記帳からは、黒いインクが血のようにとめどなく溢れ出し、勢いを止めない。やがてトムの体が光りだしーー消えた。彼がいたその場所には、カランとアイルの杖が転げ落ちる。

 

「先生! こっちです!!」

 

 すると、廊下の角から声が飛び込んできた。ハリーの親友であり、今回の件で一番マトモだっただろうロンの声だ。

 ドタバタと走る音と誰か数人の声が合わさって聞こえてくる。

 

「アイル! ハリー!」

「先生…遅い、ですよ…お年ですか…?」

 

 こんな状態ながらも、アイルは不敵に笑う。やってきたのはダンブルドア、マクゴナガル、スネイプだった。

 彼女の体はもう限界に近づいており、スネイプが駆け寄って支えた頃には意識を失った。バジリスクと真正面から杖なしで対峙して生きていたのは、きっとアイルくらいだろう。

 

「…すぐにアイルとハリーを医務室へ。ハリー、君は喋れるかの?」

「はい、先生」

 

 外傷の見当たらないハリーは魔法で縄を解かれ、何とか立ち上がる事が出来た。そしてアイルの杖を拾い、慌てて担架で運ばれる姉の姿を追いかける。

 

「ダンブルドア…これは、やはり継承者との戦いの後なのですかね?」

「無論、そうじゃろう」

「何故、何故助けに入らなかったのですか?」

「わしは…新作のポテチを食べながらパトロールをしておった。皆と同じじゃ。この異変に気づかなんだ。ちなみに新作は何と『寿司味』じゃ」

「…」

 

 *

 

 継承者は消え、連れ去られたアイルも戻って来た。やはり骨がかなり折れていたようだったが、流石魔法界。優秀な校医マダム・ポンプリーの呪文の一つ二つで片付いた。

 それにしても、あの廊下は大惨事だ。壁は崩れ、片方にはバジリスクの遺体が横たわっている。その後廊下を修理しようとして発見した時は、『もう死ぬかと思った』と先生が証言したらしい。ちなみに研究のため、ダンブルドアが全部回収したとのこと。

 

 三日は絶対安静と言われたため、アイルは体が回復してもベッドの上でふて寝していた。まだ少し折れた骨が痛むが、明日にもなれば完全に復活するだろう。

 幸運な事に、ハリーには軽いアザが出来ただけで、本体の眼鏡も「修復呪文」ですぐに元通りだ。そして、石へと変化した生徒達も元の姿を取り戻し、ホグワーツの日常へと戻り始めた。

 ただ一つアイルが気がかりだったのは、

 

「ダンブルドア先生…私、やっぱりクビですかね?」

 

 アイルは完全復活したのち、校長室で再びダンブルドアとの対話を始める。

 あんな事件を引き起こしたのだ。いくら誘惑され、操られていたとはいえ、教師が生徒を襲うという事態は決して起こってはならない事。この三日間、安心もあるけれど、クビ覚悟でベッドに横たわっていた。

 もしホグワーツを辞めなければならなくなれば、またダーズリー家のドリル会社の接客をしなければならない。楽しいちゃあ楽しい仕事だけど、縁談話がしつこいのだ。

 

「うむ…去年のあの出来事、覚えておるかの?」

「私が、十年ぶりにストーカーと再会した年ですね」

「うん、結構斜め上に行ったけどあながち間違っちゃいないね」

「もとい、ヴォルデモート卿がまだこの世に存在し、復活しようと目論んでいると確信しざるを得なかった年です」

「その通りじゃ」

 

 ダンブルドアはガラス皿に大量に入っている「ハワイアンブルー味」のポテチを食べながら言葉を続ける。

 

「故に、ホグワーツには君が必要じゃ。君がホグワーツを辞めれば、他に行くアテもなくマグル世界で再び働く事になるだろう。するとどうなる? 君やその周りの人間にも危害が及ぶ可能性が出てきたのじゃ」

「ダーズリー家の人も…私の家族です。とてもお世話になりました。絶対に傷つけたくない」

「だからこそ、君にはホグワーツにいてほしい。それに、君は良き指導者じゃ」

 

 ーー生徒を襲った張本人にそれを言いますか、ダンブルドア。

 

「かつてヴォルデモート卿はーートム・リドルは、あの容姿と巧みな言葉で多くの者を魅了してきた。特に君は、先の年で心に傷を負ったばかり。心を許してしまうのも無理はない」

「情けないです。大人として、教師として人を引っ張る立場にある人間が、あんな魔法如きに…」

「…君は、ホグワーツにいたいかの?」

「当たり前です。此処にならば、私の居場所がある。ハリーも同様です」

「それならば、追い出す必要はないのう」

 

 ダンブルドアは「ハワイアンブルー味」のポテチを一枚、アイルに差し出した。

 

「ホグワーツは、学ぶ意思ありて来る者は、如何なる者であろうと拒まぬ。そして、清き夢や愛を持つ者もまたーー拒む事はせぬ」

「先生...」

 

 ーーあぁ、私は此処にいても良いのね。

 それが分かれば満足だ。この学び舎は生徒達の、そして教諭の家。深く歴史の刻まれたこの城に、まだ自分は身を置く事が出来る。でもーー

 

「残念ながら、私は『ハワイアンブルー味』のポテチを食べるほど飢えてません」

「えー美味いのにー」

「食欲を低下させる色合いのポテチを、食べさせようとするなんて酷いです。この流れなら大体の人が受け取っちゃいます」

「よし、追加条件。ホグワーツにいて良いけど、わしと『ポテチ同盟』を組む事!」

「絶対に嫌です」

 

「ポテチ同盟」とは何たるかをダンブルドアが説明し始めようとすると、校長室の扉がノックされた。そして返事を待つ間もなく扉が開く。

 

「おや…アイル・ポッターか」

「…ルシウス・マルフォイ、一体何用かしら」

 

 今日ルシウス・マルフォイは、屋敷しもべ妖精のドビーも一緒に連れてきている。ドビーは前に会った時よりも傷が増えており、大変痛々しい。

 

「理事会では、貴方を退職させるという意見も出ていたのだが…どうやら自主解決したようですな」

「無論、その通りじゃ。ホグワーツには、わしとアイルがいるからのう」

「…それで、例の事件の犯人は?」

「全て、ヴォルデモート卿が手下にやらせていた事じゃった」

「そうですか」

 

 彼はつまらなさそうにアイルを一瞥すると、「では」と言って去ってしまった。一体何がしたかったのかは分からない。しかし、ドビーは確実に怯えていた。

 ドビーはマルフォイ家に仕えてはいるものの、完全なる忠誠を捧げてなどいない。何かをやらかす度に自分を自分で傷つけさせる。何と残酷な純血一家だろう。あの冷酷な男からルシフが生まれただなんて、正直考えられない。

 

「私…あの人嫌いです」

 

 完全に去ってしまった事を確認すると、アイルは足を組み替えながら言う。

 

「利己的で純血主義。死喰い人の鑑みたいな人」

「これこれ、そんな事を言うでないぞ。もし君がミスター・マルフォイと婚姻関係を結べば、晴れて二人は親子じゃ」

「嫌です。…ルシフ、何処にいるんでしょうかね」

「分からん。しかし、無理に追うでないぞ。君に手紙を残したという事は、何かしら理由があったはずじゃ」

「そう、ですよね!」

 

 少しだけで良いから、また会いたい。一体何処にいるんだろう。

 すると、フォークスがバサバサッと音を立ててこちらに身を寄せてきた。アイルは微笑みながら、フォークスの頭を撫でる。

 

「先生、私…時々思うんです。私はグリフィンドールで良かったのか…なんて」

「はて…それはどうしてかの? 君はグリフィンドールこそ相応しいと、わしは思うが」

「私、組み分け帽子に『君はスリザリンに入るべきだ』と言われた事があるんです。勿論殴って脅してやりましたけど」

「君一度帽子に謝りなさい」

 

 そういえば、ハリーも前に「組み分け帽子にスリザリンが良いと言われた」と言っていた。それはヴォルデモートを倒した張本人であるからなのか、それともその過度なシスコン故か。

 ダンブルドアは笑顔でグリフィンドールの剣をアイルに手渡した。

 

「これは…どのような者が手にする事が出来るか知っておるかの?」

「真のグリフィンドール生」

「その通りじゃ。つーまーりー?」

「私は、グリフィンドールですね」

「正解じゃ。ご褒美にわし秘蔵の『チョコレートポテチ』をプレゼントじゃ」

 

 案外マトモなポテチを渡された。絶対これ湿気ってる。

 

「君は、ホグワーツで働く事を望む。わしも、君が此処にいる事を望む。わしやヴォルデモートに肩を並べる君の実力は、これからもこの場所に留まる事で培われるじゃろう。いつか君は…魔法界で最も謳歌される存在となる」

「褒めすぎです」

「いやはや…わしと違い、君は若い。これからも十分伸びるじゃろう。望みとあらば、わしも教鞭を振るがどうじゃ?」

「私、独学が好きなんですよ」

 

 変なポテチも食べさせられそうですし、とアイルは付け加えた。まだ瞳は、赤く輝いている。

 

 *

 

 学校中を湧かせたのは、石になった者達の復活、ギルデロイ・ロックハートの解雇、そしてそいつの悪事の真実だ。

 ロックハートの醜聞は翌日「日刊預言者新聞」に掲載され、彼はイギリス中の批判を浴びた。勇気ある行動を起こした者の記憶を改竄し、自らの功績としたのだ。これほど酷いものはない。

 ロックハートファンの人達は悲しがっていたが、人は見た目で判断してはいけない事がよく分かる。正直、彼の顔に夢中だった人以外は、あのナルシスト具合と第三者的な文章の違和感に不信感を覚えていた。

 ダンブルドアは、彼の真実を暴くためにホグワーツの教師としてそれを雇ったらしい。他に希望する者もいなかったようだし。それにしても、来年は一体誰が「闇の魔術に対する防衛術」の教鞭を取るのだろうか。

 

「アイル、二つ教科やってみるwww?」

 

 とダンブルドアに聞かれたが、丁重にお断りさせてもらった。違う教科を兼業するなんて体が保たないし、第一疲れる。生徒達も自分も。

 

「マクゴナガル先生…今年はとても疲れました」

「でしょうね。波乱の一年…しかし、これからはもっと大変になりますよ」

「えぇ。勿論」

 

 ーー懸河な花は、まだこれからも咲き誇る。

 






カドナ「やばい、秘密の部屋が完結したのに...アズカバンが進んでない! テスト終わったからって油断してた!」
アイル「ただでさえ更新頻度も遅いし文字数も少ないのに...もう少し頑張りましょう」
ハリー「いや、僕とお姉ちゃんのイチャイチャ的場面を入れてくれるなら、僕は100年だって待つさ」
カドナ「この頃『原作涙目のカオス作品』って友人間でいつの間にか言われてたんだけど」
アイル「ていうか、ヴォルちゃんの死ぬほど愛する要素が、今の所全くもってゼロじゃない」
ハリー「もう改題しちゃおうよ。『ハリーに死ぬほど愛されています、誰でも良いので自慢したいです』って」
アイル「そういえば、カドナが活動報告で私の学生時代のイメージ絵を公開してたわね」
ハリー「僕なら恥ずかしくて絶対に出せない出来だけどね。お姉ちゃんはもっと綺麗」
カドナ「おい人の絵をディスるな」


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アイル・ポッターとアズカバンの囚人
愛の形も人それぞれで


更新遅れて申し訳ありません。
今回からアズカバンスタートです。


 

 基本、成人魔法使いであってもマグルの面前では魔法を使ってはならない。自分やその周辺のマグル、魔法使いの身に何かしらの危険が差し迫った場合のみ認められる。未成年魔法使いも然り。

 故にアイルは、ダーズリー家に戻ったら最後、マグル世界では魔法を乱用しないと決めた。マグルであるダーズリー家の者達はただでさえ魔法を嫌うし、勝手に家を出た事を怒っているのだ。

 

「誠に申し訳ありませんでした」

 

 ダーズリー家へ戻ると、アイルはジャパニーズスタイルで平謝りをする。ダドリーやペチュニアは久しぶりにアイルに会えて嬉しがっているが、恩知らずな態度を取られたバーノンは大層腹を立てているのだ。

 

「『ごめん』で済んだら警察はいらん! 今までどれだけ世話をしてやったというのだ! 確かにインチキ学校へ入学する事は許可した。というか何か気がついたら許可してた。だが! 去年のあれは何だ! 突然散歩に出かけたかと思えば帰ってこない!」

「い、一応手紙は残しましたし…ダドリーに商談が終わったら伝えておいてとも…」

「流石にこのワシも、堪忍袋の緒が切れた! お前は外出禁止だ!」

 

 外出禁止程度なら構わない。ホグワーツへ行くなと言われなかった分幸運だ。厳しい要求でもして魔法を使われたりしても困るからだろう。

 

「はい…」

「それとアイル。お前ももう年頃だろう。良い縁談が来ている。ワシの会社がよく世話になっている建設会社の社長令息だ」

「嫌です」

 

 罰なら甘んじて受け入れよう。しかし縁談は別物だ。人生を左右する大きな決断。それに、アイルには心に決めた人がいる。

 

「いやいやいや、即答ってないでしょ。令息様は大層アイルの事を気に入っている。容姿も家柄も申し分ない。写真もあるぞ」

「結構です。私はもう恋人がいます」

「イカれた連中の奴か?」

「そうです」

 

 居間には不穏な空気が漂っている。ペチュニアは顔をしかめながら二人に紅茶を出し、ハリーとダドリーは二人で格闘ゲームをしながら会話を盗み聞きしようとしていた。

 

「は、ハリー…一体どうしたってんだ、いきなり強くなって…」

「縁談なんて…縁談なんて…縁談なんて…縁談なんて…縁談なんて…」

「ママー! ハリーが壊れたー!」

「叩けば治るわよ」

 

 バーノンは懐から写真を取り出し、アイルに見せつけた。これが例の令息とやらだろう。確かに容姿の良い男ではあるが、ルシフには及ばない。

 アイルはため息をついて写真を押し返す。

 

「人は顔だけじゃ判断出来ないんです。それに、この人が魔h…我々を受け入れられるとでも?」

「令息は、何も知らない。というより、この縁談はあちらが持ち込んできた。少々ナルシスト気味らしいが、仕事も出来るぞ」

 

 ナルシストと聞くと、あの石化したブロンド野郎を思い出してしまう。ナルシストは生理的に受け付けない。今あいつはバッシングを受けすぎて身を隠しているようだが、高額な本を教科書として買わされた生徒の身にもなってほしいものだ。特にウィーズリー家はお気の毒としか言えない。写真の中の人物は、ドヤ顔でこちらを見つめてくる。ぶん殴ってやりたい。

 

「だから、嫌です。マグルと結婚なんてしたら、教師出来ないじゃないですか」

「何だ? その『まぐる』とやらは…」

「叔父様の言う、マトモな人間の事です」

「…しかし、人に教える事が好きならば、何処ぞの大学で教えれば良いじゃないか。お前は頭が良いんだから」

「学歴無しの人間に教鞭を振らせるとは到底…」

 

 実は、魔法使いがマグル社会で働くのは結構難しかったりする。マグル生まれの者ならば問題ないが、出身、学校、成績等全てを偽らなくてはならないからだ。それに、折角魔法というものを学んだというのに、マグルと結ばれる事を不安に思う魔法使いも多くいる。拒絶されたらどうしよう、気味悪がられたらどうしよう…みたいな。

 正直、相手のそういう点も受け入れられないような奴とは結ばれない方が良いとは思うけれど。アイルならばきっと、「忘却呪文」をかけて完全にさようならをするだろう。

 

「正直ね、叔父様。私も仕事が見つかったし、そろそろ自立しても良い年頃だと思うんです。ずっと此処でお世話になるわけにもいきませんし」

 

 結構ホグワーツの給料良いし。

 正直仕事をせずとも、両親が残してくれた遺産があるから構わないのだが、やはりずっと両親や親戚に甘えっぱなしなのもつまらない。

 

「…マジ? ダドリー折角やる気出してきた頃合いなのにさぁ…」

「時々顔見せますから。まぁ、夏休みは長いので今のうちから準備を進めておこうと思っています」

「自立に関しては、ワシからは何も言う事はない。お前が決めた事だ。きっと間違ってはいないんだろう。寂しい気持ちはあるが、縁談も嫌なのを無理矢理するもんじゃない」

「叔父様…」

 

 バーノンは諦めたように苦笑を浮かべる。この娘には何を言っても聞かないと思ったのか、その言葉そのままの意味か。

 相変わらず本音を出す事を嫌う人だが、何故だかその笑みだけは優しく見えた。親バカで、ケチで、魔法が嫌いな嫌味な人だけれど、本当は良い人だという事をアイルは知っている。

 すると、ペチュニアが真剣な目をしながらアイルの肩を叩いてきた。

 

「アイル…ちょっと良いかしら。二人きりで、話がしたいの」

「…分かり、ました」

 

 *

 

 ポカンと口を開けるバーノンと、ゲームを放り出してこちらを心配そうに見つめる二人の少年を尻目に、アイルとペチュニアは居間を後にした。

 向かうは裏庭。夏の燦々とした太陽が緑色の綺麗に刈り取られた芝生を照らし、ザクッという靴音を響かせる。

 

「少し…日に当たりたいと思ったの」

 

 ペチュニアは寂しそうに静かにつぶやいた。普段生活をしていると中々日向ぼっこーーましてや夏にーーする機会なんてない。彼女はそのままベンチに座り、入道雲の浮かぶ夏の空を見上げた。

 

「昔もこうやって、妹と空を見上げたものよ」

「妹…母の事ですか?」

「えぇそうよ」

 

 何故だか悲しい笑みを浮かべている。アイルは訳がわからなかったが、何も言わずに隣に座った。

「とても似てるわ。貴女と妹」

「そう言われると嬉しいです。いつも、父の髪しか受け継いでないなんて言われちゃって…」

「そんな事ない。リリーをよく見ていたから知ってる。本当、顔のパーツも、声も、性格もそっくりだわ」

「フフ…」

 

 十年以上前の母の記憶。追憶の向こうへと消えていった思い出は、今も脳内に止まっていてくれているだろうか。ハリーの事が手一杯で、もう過去なんて全て水で洗い流してしまいたいくらい。

 忘れたいのに、忘れたくない。忘れたくないのに、忘れない。暗黒時代真っ盛りに生まれて、辛い記憶ばかりが蘇る。

 

「確かにアイルの髪は黒いし、誰から遺伝したのかも分からない赤い目をしてる。でも…やっぱりリリーの娘ね」

 

 いつもの気取った喋り方は消えてしまった。

 

「懐かしい…昔に戻った気分。私、羨ましかったのよ。妹ばかりチヤホヤされて…。勉強だって頑張ったのに、両親は『やれリリーそれリリー』って…当たり前だって褒めてくれなかった。姉だから仕方のない所もあったけど…」

 

 リリーは特別製だった、とペチュニアは言った。

 

「でも妹が死んだって分かった時…ハッとしたの。貴女達は絶対に守らなきゃいけない、リリーの大事な子供達だからって。本当は妹の事が嫌いだったけど…それと同じくらい、大好きだったのよ」

 

 これも一つの、愛の形。

 素直になれない気持ちが、涙と共に口からこぼれ出してきた。息子や夫の前では出せない心内が、情けない姿が、アイルにだけは見せても大丈夫な気がした。妹の忘れ形見そのものが、リリーの姿のようにも思える。

 

「アイル、私ね、貴女の事も愛してるわ。一緒に十年も過ごして…とても楽しかった。妹との日々が戻ってきた気分だった。でも…独り立ちするのなら止めはしないわ。良い人もいるんでしょ? それなら心配ないわ」

「…叔母様なら、止めると思っていました」

「貴女も妹も、間違った事なんてないわ。自分を信じなさい。でも、時々顔を見せに来て頂戴。絶対」

「…えぇ。勿論です」

「ありがとう」

 

 *

 

 十数年前に比べて、ダーズリー一家は随分と丸くなった。初めはバーノンはアイルとハリーを引き取る事に乗り気ではなかったのだ。しかし、あんなにも美しく汚れなき少女を路頭に迷わせるわけにもいかず、とりあえず引き取った形だった。

 せめて恩を仇で返す事にならないようにと、アイルは子守り、家事の全てを請け負った。一度成人すれば、バーノンもある程度アイルに心を許すようになり、彼の経営するドリル会社の社員としても働き始めた。今思えば、魔法もヴォルデモートも、闇も苦痛も何もかもを忘れられる、平穏で幸せな時間だった。

 しかしそんな幸せだからこそ、長くは保たない事をアイルは知っている。

 

「あぁアイルさん、お久しぶりですね。おや、ロンドンの物件をお探しですか? それなら、ウチ(サリー州)じゃなくてロンドンに行った方がよろしいのでは…え、オススメの不動産会社? あぁ、ロンドンはですねーー」

 

 折角なので良い不動産を紹介してもらおうと、アイルは近くの知り合いの不動産屋のエドワードを訪ねる。時折食事をしたりする気の良い友人だ。もうほとんど会う機会がなくなってしまうから、お別れの挨拶も兼ねて。

 

「アイルさん…此処を離れてしまうんですね」

「えぇ。ロンドンが近い方が便利だし…新しい仕事も」

「残念です。僕も、ロンドンに行きたいな」

「これからも頑張ってね」

「ありがとうございます」

 

 エドワードは少し顔を赤らめて俯く。アイルの笑顔は、無条件で相手を魅了してしまう力を秘めているのだ。十人が出会えば、十人が惚れている…そんな美貌。

 いつも優しく美しいアイルに、エドワードはずっと前から惚れ込んでいた。彼女がこの街にやってくるずっと前からエドワードはリトルウィンジングに住んでいる。故に、交流も深い。

 しかしアイルに惚れる人間は多い。自分みたいな目立たない奴が彼女の隣に立てるはずがないと、半ば諦めていた所にこの一報だ。ショックではあるが、想いを断ち切る良い機会だ。

 

「エド、夏になったら遊びにくるから…そんな顔しないで」

「良かった。もう二度と会えないかと思いました」

 

 好きなのに、届かない。

 エドワードとアイルの間には、決して壊す事の出来ない強固な壁が存在する。壊す事が出来ないのなら、乗り越えるしかない。しかし、彼はそんな勇気を持ち合わせていなかった。

 初めはあんなにも近くにいたのに、いつの間にか背中ばかりが見えるようになった。追いかけても追いかけても届かなくて、純粋に恋をしているだけなのに、何故こんなにも辛いのだろう。

 

「会えないのは寂しいよ。ロンドンで家を借りても、どうせ一年じゃ三ヶ月くらいしかいないんだけどね。仕事の関係上」

「泊まり込みの仕事?」

「そう。一応学校の教師をやらせてもらってるのよ」

 

 本当は、諦めたくない。夏の眩い太陽のような輝く笑顔を、ずっと自分に向けていてほしい。でもーー

 

「凄いですね」

「でしょー? 実は母校なの」

 

 辛い。目の前にいるのに、いくら手を伸ばした所で届かないこの感覚が、辛い。

 

「新しい場所、新しい職場。…頑張ってくださいね、アイルさん」

 

 しかし、目の前の女性はそれを知る由もない。新生活を迎える人に、後味の悪い記憶を残したくない。きっと彼女は、自分の事を何とも思っていないはずだ。だから彼は、こう言うしかない。

 

「ずっと、応援してますよ」

 

 ずっと…愛してますよ。

 

 これも一つの、愛の形。

 



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引っ越し作業

 

 

 アイルは翌日、早速ハリーとエドワードの勧めの不動産会社に行ってみた。交通手段は勿論地下鉄。「姿現し」でも良いと思ったが、流石に体にかかる負担が大きすぎる。あれは、せめて十五歳になってからだ。

 あまり長い間は滞在しないので、賃貸は避けたい。土地を購入するにしてもあまり高い場所も避けたい。それならばダーズリー家にいても良いかもしれないが、これ以上養ってもらうのも心苦しいし、これからのためにも家はあった方が良い。

 ダンブルドアから聞いた、ハリーの強固な「護りの呪文」。血縁の家にいれば絶対に安全だが、その効力は十七歳までしか保たない。どうせなら一生継続させろと言いたいが、それも難しいようだ。

 

「格安物件ですか? …曰く付きの屋敷ならございますが。我々の業界では、『霊屋敷(ハビフェースト)』と呼ばれています」

 

 不動産の女性はそう言った。

 

「曰く付き?」

「えぇ。ウチで扱ってる中で一番安くて。まぁあまり言いたくはないんですけどね…十年前くらいに、前の持ち主がーーお金持ちだったらしいんですけどーー血縁含め全員がその屋敷で亡くなったらしくて。それから不可解な現象が起こったり、おかしな生物が現れたりするって言われてるんです。まぁ家具もそのままですし、電気も水道も通るんですがね」

「安いなら買います」

 

 魔法界の物価は、人間界の物価よりずっと安い。故にグリンゴッツの金庫の中にある金貨を、あまり消費したくないのだ。ハリーの自立資金やこれからの生活費、もし何かあった時の資金として貯めておきたい。

 中がボロボロならば魔法で直せるし、ゴーストも問題ない。一先ず安い値段で済めば…。

 

「…勧めておいてなんですけど、本当によろしいのですか?」

「えぇ。これでも十分暮らせますし、大きくて損って事もありませんしね」

 

 将来、ルシフと結婚した時に優雅に過ごすための計画の一環でもある。嫌な思い出しか存在しないマルフォイ家の屋敷には、絶対に住みたくない。

 

 頭の中で新婚生活の妄想を張り巡らすアイルを尻目に、ハリーはその「曰く付き屋敷」とやらの写真を見つめていた。

 黒色をした、禍々しくも美しい広大な屋敷。庭の草木は何故だか枯れず、今でもその緑を保ち続けているという。

 

「…お姉ちゃん、この屋敷買うの?」

「まぁ、そう思ってる。再来週に叔父様の妹のマージョリーさんが来るから、なるだけ早くでたいのよ…」

「あぁ、あの人か」

 

 バーノンの妹であるマージョリー・ダーズリーは、アイルの事を酷く嫌っている。若さと美しさへの嫉妬であると時折バーノンは言っているが、甥であるダドリーに対してはとても甘い。兄と同じく金持ち故に、遊びに来る度に大量の小遣いをダドリーに与える。

 おまけに犬をたくさん買っているため、毎度何匹か犬を連れてくる。犬は好きだが、マージョリーの犬はどうにも好きになれない。

 

「この屋敷、今すぐに買えますか?」

「多少の手続きは必要ですが、必要とあらばすぐに購入する事は可能です。荷物はどのくらいありますか?」

「今は居候状態なので、ほぼありません」

「なら、引越し業者に頼む必要もありませんね。それでは、契約書をお持ちいたします」

 

 *

 

 約一週間後。

 本来ならば家の購入等は一ヶ月弱かかるだろうが、エドワードの知人であるこの不動産の女性は、アイルとハリーの事情を汲み取って、テキパキと仕事をこなしてくれた。

 ダンブルドアや魔法省にも手紙を送り、何かあった時のための「警告呪文」と「守りの呪文」をダーズリー家にかけておいた。一応保護されている身なので、勝手に動くわけにもいかない。

 

 ダンブルドアの承諾は簡単に得る事が出来たが、魔法省は少々許可を出すのを戸惑った。ただでさえ「愛された女の子」と「生き残った男の子」だ。加え、現在魔法界では少々混乱が起きている様子で…。

 

 不動産屋は何度か屋敷を訪ね、ある程度中は見回った。あの女性の言ったような怪奇現象は起きなかったらしい。勿論決定だ。少々気味の悪い屋敷だが、魔法で改装して掃除をすれば何とかなるだろう。

 そして今日、ようやく二人は新居に足を踏み入れる。

 

「お姉ちゃん! ついに二人暮らしだよ!!」

「そうだね。色々不自由するかもしれないけど…もう私、魔法を乱用するから。決めたから」

「良いなぁ、僕も魔法を使いたい」

 

 大きな鉄の門を通れば、そこには緑豊かなアーチが広がっている。石レンガの道を歩いて行くと、徐々に徐々に黒い屋敷が姿を現す。太陽の光が葉の隙間から漏れ出して、点々と肌に浮かび上がった。

 

「抜け穴はあるんだけどね。成人魔法使いのすぐ側だったら魔法を使ってもバレない、っていう…。でも、ダメだからね」

「はーい」

 

 アイルに頭を撫でられて満足したのか、ハリーは笑顔で頷いた。

 目の前に漠然と佇む『霊屋敷(ハビフェースト)』。写真で見た以上の不気味さと禍々しさを兼ね備えた、とても趣味の良い(笑)屋敷だ。まぁ見た目は悪くない。古いが割れている所も色落ちしている所もなく、新築のようだ。

 古ぼけた鍵を使い、アイルは大きな扉を開けた。黒…というより闇に近い。夜が来たら全て同化してしまいそうな色をしている。

 

「前住んでいた人は、一体どんな好みだったのかしら」

「相当な金持ちだったんだね」

 

 すると高い天井からぶら下がるシャンデリアに光が灯り、その場全体を明るく灯した。

 大理石の床から二階へと続く大階段が三方向へ続いており、レッドカーペットが敷かれている。少々蜘蛛の巣や埃が見られるが、まぁ問題ないな。ホグワーツのような「室内拡大呪文」がかけられているようで、外からの見た目では想像できないほどの広さだ。

 

「凄いなぁ…部屋はいくつあるの?」

「えーっと…五十八部屋。加えて、大広間、裏庭、客間、調理場、温泉諸々がついてるらしい。ついでに超常現象というオマケつき」

「悪い気配はしないと思うんだけどなぁ」

 

 同感だ。魔法界の人間としてゴーストと接する機会は多かったが、この屋敷からは普通の空気しか感じられない。ゴーストが近くにいると大抵、寒気がしたり、気分が悪くなったりするものだが…。

 

「じゃあハリー、好きに冒険してきて良いよ。私は掃除を開始するから」

「で、でも…。…分かった。ありがとうお姉ちゃん!」

「行ってらっしゃい」

 

 *

 

 一通り蜘蛛の巣と埃を駆逐していくと、もうすっかり夜になってしまった。絶えない部屋々々を回るのも飽きた。さて、これが最後の部屋だ。

 安易な掃除呪文で汚い物を次々と取り除いていく。家具は多少埃を被った所もあったが、壊れる様子もなく、電気製品も新品同様にピンピンしていた。これならしばらくは直さなくても良いだろう。

 

「あらハリー、テレビを見てるの?」

 

 一日中魔法を使って完全にバテているアイルがリビングに行くと、ハリーが大型テレビでニュースを見ていた。

 此処でアニメやらを観ないのはハリーらしい。今までダドリーにテレビを占領され、あまり自分の好きな番組を選りすぐりする機会がなかったため、いつも観れるニュースは好きなようだ。日刊預言者新聞も取り始めた事だし、明日見せてあげよう。

 

「うん。あ、そうだ、これ」

 

 ハリーがテーブルの上に置いてある紅茶ポットを指差す。アイルが隣に座ると、ハリーは丁寧に紅茶を注いでくれた。

 

「ダージリンね。好きなのよ」

「知ってる。良い茶葉があったから、煎れてみたんだ」

「ありがとうハリー」

 

 アイルは彼の頭を優しく撫で、紅茶をすする。美味しいよ、と言うとハリーは満面の笑みを見せてくれた。

 ふとテレビに目を向ければ、ボサボサ頭でヒゲも伸び放題の不潔な男の写真が、画面に映し出されていた。テレビキャスターがニュースを読み上げる。

 

『先日、刑務所に殺人の罪で投獄されていたシリウス・ブラックが脱獄しました。脱獄囚は武器を所持しており、大変危険ですのでどうぞご注意ください。通報用ホットラインが特設されていますので、ブラックを見かけた方はすぐにご連絡を。次のニュースですーー』

 

 画面が変わる。

 

「シリウス…ブラック…?!」

「…どうしたの、お姉ちゃん」

 

 そのニュースを聞いて、アイルは大層驚いた顔をする。ハリーはすぐさま不穏そうな顔をするが、彼女は頭を横に振る。

 

「ごめんなさい、昔聞いた事のある名だったの。気のせいよ。…それにしても、マグルも大変ね」

「もしブラックが来たら、僕がお姉ちゃんを守るからね!」

「フフ…もしそんな事があったら、宜しくね」

「うん!」

 

 まだまだハリーは幼い。ホグワーツに入学し、ある程度教養もついて大人の階段を上がっているつもりだろうが、まだ幼さが抜けていない。姉として、いずれは所帯を持って幸せな人生を送ってくれる事を、ただ望むばかり。

 

 夕食を作る時間がなかったので、安易にレトルトのカレーを作って食べた。

 ハリーは「レトルトでもお姉ちゃんの愛がこもってるから美味しい。そもそもイギリス料理自体不味いからお姉ちゃんの料理は神」と言ってくれた。本当に姉想い(…?)の優しい子だ。

 食べ終わると、何だか少し動きたくなったアイルはハリーに言う。

 

「私ちょっと、そこら辺散歩してくる」

「えっ、こんな時間に一人歩きは危ないよ!」

「いや、敷地内を見て回るだけだから、大丈夫だよ。すぐ戻ってくるね。ハリーは、まだ終わっていない宿題をしていなさい。後で少しなら手伝ってあげるから」

「はーい…」

 




感想、評価、推薦、ブクマなどしていただけると嬉しいです。欲言うと、感想が欲しいです。


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真夜中の訪問者

 

 

「『ルーモスボール 光の弾よ』」

 

 外に一歩出れば、暗闇が広がっている。流石にこのまま外を歩き回るのも困難なので、懐中電灯レベルに辺りを照らす光の弾を作り出し、近くに浮かした。少し上から蛍光灯の光が出ているような感じだ。

 近くの植物の葉を見てみると、まだ青々として美しい。全く手入れされていないというのに、庭には雑草一つ生えないで清々しさを保ったままだ。利点でもあるが、此処が『霊屋敷(ハビフェースト)』と呼ばれる所以でもあるのだろう。こんなに便利なのに。

 何かしら魔法がかかっているのだろうが、下手にいじって破壊してしまったら怖い。あまり触らないようにしよう。

 

「後で、『守りの呪文』をかけておこうかな」

 

 こんなに豪奢な屋敷だったら、侵入者や泥棒でも来るかもしれない。警備会社に頼ると何かしら厄介事が起こりそうなので、もう関係者以外立ち入れられない魔法をかけてしまおう。

 途端、

 

『アイル…』

「ッ?!」

 

 誰かが自分の名前を呼んだ気がした。ハリーではない、低く落ち着いた暗い声。今のは一体、誰だろうか。

 

「誰かいるの?! 大人しく出てきなさい」

 

 屋敷の壁を背に、アイルは杖を構えたまま辺りを見回す。すると、木の陰から、ある人物が姿を現した。

 

 少々乱れた長い白髪、少し物悲しげな黒い瞳ーーその姿はまさに、ルシルファーストそのものであった。

 彼はこちらに微笑みを浮かべたまま、少しずつ近づいてくる。アイルは目の前の現実に狼狽えるも、目の前の人物が本物か確かめるため、ある問いを投げかける。

 

「…貴方がくれたブレスレットには、何色の宝石がついていた?」

「黒だ」

「私が貴方にプレゼントしたものは?」

「緑色のリボンで、髪を結んでくれたな。まだ…」

 

 彼は儚い光を瞳に浮かべながら、白い髪の毛を整える緑色のリボンを見せつけた。アイルは胸が熱くなる気分がして、左手首につける彼からの贈り物を、同じく見せつける。

 互いを互いと証拠付ける証のような存在が、離れ離れとなった魂を再び結びつける。

 

「本当に…本当にルシフ?」

「あぁ、本当だ。ずっと、会いたかった」

 

 ザクッという草を踏みつける音が二人分鳴り響く。気がつけばお互いに涙を流しながら抱きつき、声を出さずに泣いていた。

 一年振りのこの温かさを、もう二度と離したくない。しかしずっと抱き合っているわけにもいかず、先にアイルが切り出した。

 

「ルシフ…今まで何処にいたの?」

「俺はーーそれは…オマエにも、言えない」

「何故?」

「…」

「言えないならそれで良いわ。また、貴方に会えたんだから。それだけで良い」

 

 何も教えてくれなくて良いから、一秒でも長く一緒にいたい。

 日記に縋った去年の忌まわしい記憶など、すぐに洗い流されてしまう。今はただ、彼と少しでも長く一緒にいたい。

 

「アイル、この一年間、何度この日を夢見ていた事か。本当に良かった、元気そうで」

「私はいつでも絶好調の天辺にいるわよ。…ルシフ、怪我は完治したよね? まだ痛まない?」

「平気だ。もし仮に治ってなくとも、オマエとこうして抱き合っているだけで、すぐさま傷まで消えてしまいそうだ」

 

 ルシフはアイルの髪を愛おしげに撫で、その手をスルスルと顎まで滑らせ、そのまま口付けをする。今までの埋め合わせをするかのように、口の中で舌と舌が優しく絡まり合う。蛙チョコレートのような、甘い甘い口付け。

 

「この時を…ンッ、永劫に、瓶詰めにして…しまいたい」

 

 ルシフは途切れ途切れながらも口付けをしながらつぶやく。アイルも激しく同意したい。この幸せが続くのなら、グリンゴッツの金貨を空にしても、自らの魔力を悪魔に差し出しても構わない。それほどまでに、彼が愛おしい。時間なんて止まれば良いのに。

 唇が離れると、アイルが小さな声で言う。

 

「バーカ…キスなんかじゃ、この一年は埋まらないわよ」

「では、次会う時にはもっと別の何かを…そう、お互いになくては生きていけない程の何かを、プレゼントしよう」

 

 意味深な事を堂々と発言しないでいただきたい。アイルは笑みを浮かべながらため息を零した。

 

「ねぇルシフ、良かったら泊まっていかない? あの…何も聞かないから」

「俺は、お楽しみは最後に取っておくタチだし…オマエの弟が怒るだろう? それに、俺はすぐに戻らなくてはならない。本当は絶対に会ってはならないんだ」

「わ、分かった」

「悪いアイル。いつか、必ず話すから。それまで、俺以外に惚れるんじゃないぞ?」

「ルシフもね」

 

 *

 

 ハリーの所に戻るアイルは、当然の事ながらご機嫌だ。誕生日にアルバムをプレゼントした時以上にご機嫌だ。一年間も神様からお預けをくらっていたルシフと、今夜やっと再開する事が出来たのだから。今日はもうお腹いっぱい。熟睡できそう。

 部屋に戻るとすぐに、ハリーは拙い形をしたクッキーを差し出してきた。きっと星やハートの形を作りたかったのだろうが、角がかけていたり、逆に直線になっていたりしている。

 

「あのー…ハリー?」

「これ食べて」

「もう十時だよ? 私の怖い物知ってる? 体重計と夜更かしだよ。ボガートと出会ったらすぐさま体重計が現れるくらいに恐怖だよ?!」

「良いから食べて。お姉ちゃんは百キロになっても綺麗なままだから」

「お世辞も良いトコだねハリー!」

 

 しかし折角作ってくれたのだろうから、食べないわけにもいかない。此処で食べなかったら、ベッドまでついてきそうだ。くそっ、こんな夜にお菓子を口にする事になるとは…。

 

「うん、美味しい」

「本当? 良かった。いつまでもあんな男の汚れがお姉ちゃんの口の中についてるだなんて、吐き気がするからね!」

「…え?」

 

 ハリーはクッキーをもっと食べてと言わんばかりに差し出してくる。いつもは透き通るようなエメラルドグリーンをしている瞳が、今日は少し赤みを帯び、濁った色をしている。

 

「僕見てたよ。まさかマルフォイの奴と密会するなんて思わなかったけど…随分楽しんでたよね」

「教育に悪いものを見せてごめんなさい」

「良いよ別に。たださぁ…やっぱ嫌だから、全部食べて。僕の...クッキー(まぁ、僕の血が、たっぷり入ってるんだけどね)」

「う、うん…」

 

 教育に良くないのは弟の思考かもしれないが、此処はスルーだ。教師としてあってはならない事だが、現実から目を背ける方がずっと楽。このまま否定していたら爆発しかねない。

 明日の朝にたっぷりと、体重計の恐ろしさについて教えてあげないと。

 

 

 




アイルがボガートと対峙したら、体重計とハリーの亡骸が出てきます。体重計の方がデカイです。


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待ち合わせは猫とネズミの前で

 

 

 

 ロンやハーマイオニーから、ハリーへの誕生日プレゼントが送られてきた。ロンの手紙に同封された新聞には、アーサー・ウィーズリーが「日刊預言者新聞・ガリオンくじグランプリ」で見事入賞し、エジプト旅行を楽しんだ事が書かれている。ダーズリー家にいる間は新聞を取っていなかったので初耳だ。

 ロンからのプレゼントは「かくれん防止機(スニーコスコープ)」、ハーマイオニーからのプレゼントは上級箒磨きセット一式だ。そしてアイルからはーー

 

「本? 『世界呪文大辞典』…」

「えぇ。世界には、イギリスにはない魔法が溢れているのよ。例えば、ブラジルの魔法学校『カステロブルーシュー』では精霊魔法も一緒に教えてるわ。日本の『マホウトコロ』は…式神とかいう魂系統の魔法を使ってるの。まぁ、その国の人じゃないと使えない魔法もあるけど…とても面白いのよ」

「へぇ…ありがとうお姉ちゃん!!」

 

 その後のやりとりで、今日ハリーとアイルは「漏れ鍋」に行く事にした。ダイアゴン横丁で新しい教科書を買わなければならない。

 一応屋敷の外には強力な守りを張ったが、「煙突飛行ネットワーク」は正直使う気になれない。どうせ「漏れ鍋」は遠くないので、歩いて向かう事にする。

 

「おやアイルさん、お久しぶりです」

 

 店に入ると、バーテンのトムに声をかけられる。久しぶりね、とアイルが微笑めば、周りの空気が麗しさに包まれる。

 

「本日は買い物ですかな?」

「勿論。ハリー、二人を見つけたら一人で行ってきて良いわよ。私は用事があるから」

「え、お姉ちゃんも一緒じゃないの…?」

「ごめんね」

 

 悲しい顔をして服の裾を引っ張るハリーを見ていると何だか悲しくなってくるが、折角の休暇だから、友人と楽しんできてほしい。丁度「炎の雷(ファイアボルト)」が出荷されたはずだから、ゆっくりと眺めてくるも良し。

 すると、向こうから赤毛の少年と栗毛の少女が駆けつけてきた。

 

「やっと見つけたわハリー! 此処にいたのね!」

「ロン、ハーマイオニー! 久しぶり!」

 

 二人の親友に再開出来た喜びか、ハリーの顔がすぐさま明るくなる。なんだ、ちゃんと笑えるじゃないか。

 

「お久しぶりです、アイル先生」

「こんにちは」

「やぁこんにちは、二人共。ロン、エジプトに行ったのね! 驚いたわ、楽しかった?」

「そりゃあもう。僕の兄さんがーービルっていうんですけどーー色んなピラミッドを案内してくれたんです」

「素敵。今度お兄さん、紹介してね」

「は、はい!」

 

 目の前の親友の周りに黒い空気がまとわり始めたから、ロンも適当な事は言えない。これからは、言動一つ一つに気をつけないと殺されてしまう気がする。

 すると、何かを思い出したかのようにアイルが笑みを見せ、二人に羊皮紙の切れ端を渡す。聡明なハーマイオニーは、すぐにそれが何か分かったようだ。

 

「住所と…電話番号ですか?」

「えぇ。引っ越したから、一応ね。覚えたら燃やして。あまり流失させたいものじゃないからね。良かったら今度、うちに遊びに来ても良いのよ」

「ありがとうございます、是非!」

 

 先生の家に遊びに行けるなんて夢みたい!と優等生の殻を捨てて彼女は目を輝かせる。いくら頭が良くても、子供は子供だ。いつまでも純粋なままでいてほしい。

 アイルは小さく笑うと、店主にファイアウイスキーを注文する。朝っぱらからアルコールは良くないかもしれないが、今はお酒を飲みたい気分だ。もう少し待たなければならないだろうし。

 

「ねぇお姉ちゃん…用事って、マルフォイの奴と密会するんじゃないよね?」

「えッ…あぁ、違う違う。んー、人に言うなって言われてるんだけど…何か魔法大臣に呼び出し喰らっちゃって。十時に待ち合わせ。内緒だからね?」

「魔法大臣って…?! 先生、一体何をやらかしたんですか?」

「私が呼び出し喰らうと、何で皆そう言うかな…」

 

 別に毎度毎度不祥事起こしてるわけじゃないってーの。

 それでもイメージはついてしまっているようで。これでもホグワーツ時代は学年主席の超優等生だったのに、先生方からも多少偏見の目で見られている。経歴が経歴な事もあるが、特に勲章を貰った事もないし。

 何ヶ月か前に生徒に、

 

「ポッター先生は何故、マーリン勲章や魔法戦士の称号や賞を貰えないんですか? ダンブルドアのような偉大な魔法使いなのに」

 

 と言われた。「偉大な魔法使い」という点は否定しないが、別に称号や賞を欲した事はないし、それに見合う功績もあげていない。

 多大な才能や能力、毅然たる振る舞いは高く評価されているが、実際に闇の魔法使いと対峙した事も少ないし、有名な事と言えばヴォルデモートを惚れさせた事くらい。そんな事で賞を貰っていたら、世の美人は皆マーリン勲章だ。

 

 結局、「不祥事」やら「厄介事」やらの変なイメージがついているのは、ダンブルドアのように多くの肩書きを持っていないからかもしれない。彼女の本質を知る人間は少ないし、大体やらかした事も多い。

 

 結論:どうしようもない。

 

「あれじゃない? ファッジは先生に勲章を与える気だとか」

「ないない。去年生徒を襲ったと疑いをかけられたばっかなのに、そんな奴に賞なんてくれないよ。というかいらない」

 

 おい店主、失笑しながらファイアウイスキーを差し出してくるな。

 アイルは店主に少し舌を出しながら、代金を支払う。赤い液体の入ったジョッキはあまり食欲のそそるものではないが、魔法界では大人気。何でも、喉を焼くような感覚が良いらしいドM過ぎるぜ魔法使い。

 

「じゃ、行ってらっしゃいハリー」

「うん…行ってくる」

「二人共、ハリーの事宜しく」

「アイアイサー」

「ほら行くわよハリー、そんな杖出さないで良いから」

「やっぱ大臣信用できねーわアバダしてくる」

「止めなさい」

 

 *

 

 ロンとハーマイオニーに引っ張られているハリーを見ていると、自分の甘さが嫌になってくる。いつまでも姉離れ出来ていない気しかしないが、直す気にもなれない。弟とはずっと一緒にいたいし、唯一人の血縁なんだから大事にしたい。それが彼の暴走を悪化させている事は知っている。だからと言って、どうやって改善するべきだろうか。

 凶悪な闇の魔法使いのストーカーに、全てを目の敵にし破壊行動を起こしかねないヤンシス。何方が危険かと聞かれたら、正直答えられない気がする。いや、答えちゃいけない気がする。

 

 どうやってヤンシスを治そう。このままではハリーは一生恋愛も出来まい。何か他に焦点を向けれれば軽減するかもしれないが、どうやって他のものに興味を持たせよう。そもそも何が好きなんだ。クィディッチ?

 

「あぁ、難しいなぁ…」

「何が難しいのですかな?」

 

 店主のトムがこちらに目を向ける。

 

「弟のヤンシスを治したい」

「それは難しい課題ですな。それにしても、あのアイルさんにも難題が存在するとは」

「家族関係が一番難しいの。魔法じゃ解決出来ない。ハリーに好きな子出来ないかなぁ…」

 

 ハリーが好きな子なら知っている。ジニー・ウィーズリーだ。大広間で眺めていれば分かる。コリン・クリービーと一緒にハリーへ向ける視線は、普通のそれとは一味も二味も違う。まさに恋する乙女の顔。ジニー可愛いんだから、ハリー好きになってくれないかな。

「惚れ薬」を使うという手もあるが、人の心を弄るのは一番いけない事だ。ましてや生徒の心。魔法で勝手に変えて良いものじゃない。かと言って他に方法もないし…放置しかないのかな。

 

「大好きなのよ、ハリーの事。でも、これからの事を考えるとヤンシスは卒業しなくちゃ…」

「ヤンシスとは…何の話ですかな」

 

 すると、黒ローブの知らない男にアイルは肩を叩かれる。

 

「魔法大臣がお呼びです、ミス・ポッター」

「あー分かったわ」

 

 グラスに半分ほど残ったウイスキーを一気飲みし、アイルは立ち上がった。最後に軽くトムに手を振り、彼女は黒ローブ後についていく。チラチラとこちらを見る「漏れ鍋」の客には目もくれず、階段を上へ上へと上がっていく。

「漏れ鍋」の上階に上がるのは初めてだ。学生時代は丁度暗黒時代真っ盛りだったから、外泊なんて甘い事はしていられなかったからな。この宿は料金も安いし部屋もまぁまぁの広さを持っているから、様々な種族から人気らしい。一階だけでも、魔女・魔法使いだけでなく鬼婆や吸血鬼も見られる。そこにマグルも混ざっていたらもっと良いのに。

 

「こちらです」

 

 黒ローブが最上階の部屋の前で止まる。彼は部屋のドアをノックすると、「ミス・ポッターをお連れしました」と言ってドアを開けた。

 

「あぁミス・ポッター、お久しぶりですな」

 

 中には、少しやつれた様子の魔法大臣ーーコーネリウス・ファッジ。ハリーが一年生の時の終わりに会った以来、新聞でしか姿を見ていないが…うん、ちょっと老けたな。

 

「お久しぶりです、大臣。お元気…ではないようですね」

「まぁ…この頃色々ありましたからね。紅茶はどうですかな」

「ではお言葉に甘えて」

 

 大臣が二つのカップに紅茶を注ぎ始めると、アイルは静かな声で言った。

 

「シリウス・ブラックの事ですか?」

「おや、誰かから聞いたのかね?」

 

 先ほどまでの明るい口調とは打って変わって、大臣は低い地声を出す。まさかそんな反応をされるとは思わず、アイルは苦笑を浮かべた。しかし、本当の笑みを見せる気にはなれない。

 

「マグルのニュースで見ましたよ。シリウスが…脱獄したと」

「ミス・ポッター…悲しいお気持ちは分かりますが、これは貴女や弟君の身が危険だという事も示しているのですよ」

「どういう事ですか?」

 

 大臣の言っている言葉の意味が、よく分からない。

 シリウス・ブラックは、アイルの父親ジェームズ・ポッターの親友だ。学生時代は他にリーマス・ルーピンやピーター・ペティグリューと共に生活していたようだが、暗黒時代に入り、ピーターとその近くにいたマグルを殺した事でアズカバンに収監された。

 父親の親友達とは何度も交流がある。特にシリウスはとても優しく聡明な人だったというのに…。

 

 正直、シリウスがピーターを殺したと聞いた時、アイルは耳を疑った。あのシリウスがそんな事をしでかすわけがないーーそう思った。しかし、ピーターは指だけ残して他は跡形もなく消え去っているし、マグルが死んだのも事実だ。

 それでもアイルは、彼を信じ続けていた。

 

「ブラックが獄中にいる際、『あいつはホグワーツにいる…あいつはホグワーツにいる…』とまるで呪いのように呟いているのを吸魂鬼(ディメンター)がよく目撃しているのですよ。こちらとしては、ミス・ポッターや弟君を利用して、『例のあの人』を復活させようと目論んでいるんじゃないかと思っていましてね」

「…」

 

 あんなにも可愛がってくれたのに、そんな事をするはずがない。誰かを信じれば誰かを疑う事になるが、それでもシリウスを信じたい。

 きっと何か、別の意味があるはずだ。アイルは大臣の次の言葉を待つ。

 

「そのため、ホグワーツに吸魂鬼を配置した。あぁ、そんな顔をしないでくださいな。私だって嫌なんです」

「生徒が、危ないです。あんな野蛮な闇の生物、神聖な学び舎に入れたくありません!」

「ん、うん…ミス・ポッターのお気持ちもごもっともなのですが、ブラックは貴女や弟君を狙ってホグワーツに乗り込んでくる可能性もある。念のための配慮ですよ。勿論、貴女やダンブルドアの腕前を信用出来ないわけじゃないんです。どうか分かってください」

 

 たった一人の魔法使いのためにそこまでしなくても良いのに。ただでさえ学校には世界一と謳われる魔女と魔法使いが教師をしているのだ。仮にシリウスが闇の魔法使いだとしても、侵入は難しい。ヴォルデモートでさえダンブルドア一人に手も足も出なかったのだ。魔法省はよっぽど二人を守りたいようで。

 

「まぁ…分かりました。全て目が届くわけでもありませんし…。ただし、生徒や職員には絶対に手を出さないよう、忠告しておいてください。じゃなきゃ、私吸魂鬼共に何するか分かんなーい。瓶詰めにして黄泉に放り込んじゃうかも」

「りょ、了解です。それでは…不必要な外出はしないようにお願いします。もしもの時は、弟君も魔法を使って構いません」

「わざわざありがとうございます、大臣」

 

 一足先に、学校に乗り込んでくる厄介者の正体を知ってしまった。さて、今年も大変になりそうだ。

 






ヤンシスの治し方を教えてください。え、治療不可? そんな馬鹿な!


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降り注がれる雨

 

 

 今日は雨。

 ジットリとした暗い気持ちで新しい年を始めるのは気に食わないが、お天気の神様には逆らえない。いくらアイル言えども、一応ヒトだ。しかし雨が嫌いというわけでもなくて。ただ靴が濡れんのが嫌なだけなんだよコンチクショーというのが本音。

 

 いくら雨が降った所で、曇った気持ちが晴れるわけでもないし、シリウスの無実が証明出来るわけでもない。暗闇に現を抜かしていると、アイルは紅の汽車の中である人物を発見した。

 

「えっ、リーマス?!」

 

 丁度「空いてるラッキー★」と思って入ったコンパーメントの中には、見知った顔。青白くやつれ、ライトブラウンの色をした髪…顔にはいくつかの傷のある男性。父親の親友の一人である、リーマス・ルーピンだ。

 疲れているのか、窓際の席にもたれかかったまま寝ている。アイルの叫びも耳に届かなかった様子。

 

「お姉ちゃん…知り合い?」

 

 一回り背の高くなったハリーがジロリとアイルを見つめる。後ろの親友達はたじろぎながらも、その光景を黙って見ていた。

 

「えぇ。私達のお父様の、親友よ。リーマス・ルーピン。新しく教員が加わるだろうとは思っていたけど…驚いたわ」

 

 そう言うとアイルは嬉しそうにリーマスの隣に座り、三人を手招く。

 

「起きた時に驚かせてあげなきゃ」

 

 そう言うとアイルはリーマスの鼻に「棒状ペロペロ酸飴」を躊躇なく突っ込んでいく。流石に過度な悪戯をする姉に驚きを抱いたハリーは、そのままため息をついてしまった。だが、そんな姉も可愛らしい愛しいラブユーと思う今日この頃。

 

「先生…その人死にますよ」

「んー、まぁ平気でしょ」

「この人って、『闇の魔術に対する防衛術』の先生なんですかね?」

「多分、そうだと思うわ」

 

 今度はリーマスの顔にチョコペンで落書きをし始めた。鼻の下にヒゲを描き、額には「肉」という文字。完全に低レベルな悪戯だが、結構ショックだろう。

 

「ポッター先生って…その人に恨みでもあるんですか?」

「いやァね…私の父と、その親友達は、リーマスも含めてホグワーツでも名だたる『悪戯仕掛人』だったのよ。そう、今のフレジョに似た感じ。何方かって言うと父達はフレジョの兄貴分にあたるのかな」

「そんな過去が…!!」

「父と母が私を産んでから…暗黒時代ではあったけど、よく遊びに来てくれたのよ。でもねェ…その度に私に『悪戯という名の嫌がらせ』をしてきたのよ…」

 

 時には魔法で猛犬に模した兎に追いかけられ、時には頭から水をぶっかけられ、時には魔法で浮かばせられ、木に吊るされた事もあった。

 

「あいつ等…今思えば、ただの虐待ね。私も楽しんでた面もあるけどさぁ…こいつ」

 

 アイルは真顔でリーマスの頭にチョップを食らわす。若干ロンとハーマイオニーは引いているが、魔法を使わないだけまだマシだろう。

 

「その場にいた癖に半笑いのまま固まって、一回も助けてくれたないのよ。何回も泣きながらリーマスに助けを請いたのに…捨てられた子犬を見るような目しか送ってこなかったのよ…!! いざ、復讐の時」

 

 このままではリーマスがある意味で危険だと思ったのか、ハーマイオニーが別の話題を振る。

 

「そ、そういえば! ハリーから、新しいお宅は『幽霊屋敷』だって聞いたんですけど、大丈夫でしたか?」

「んー…大丈夫も何も、掃除した後にこれ貼ったらスッカリ成仏しちゃって」

 

 幽霊は、いるにはいた。しかし「対霊用呪文」は既に開発済みだ。適当にちゃっちゃちゃっちゃと奥の部屋まで駆逐して、皆さん仲良く成仏させてやった。勿論留まらせてあげても良かったが、血に飢えたような目をしたあの大家族は、絶対に危害を加えてくるような予感がしたんだ。

 アイルは落書きする手を止め、懐のローブから何やら「お札」のような物を取り出して、丁度一番近くにいたロンに手渡す。

 

「これって…何ですか? よく分かんないけど、何か禍々しい怖いものを感じます」

「それ私の魔力。日本の魔法使いはね、こんなの使って霊対策してるの。私の場合は適当に紙に書いて魔力込めただけなんだけどね。…あ、これで一儲け出来そう」

「そ、そんな物を何で持ってきたんですか…」

「そんなの、ピーブス対策に決まってるじゃない」

 

 秘密の部屋の一件で完全に調子に乗りやがっているあのポルターガイストを、日本で使われる術で退治してやろうという寸法だ。正直消し去りたいほど嫌いではないが、鬱陶しい。うるさい。迷惑。ミスター・フィルチでさえも毛嫌いしているというのに。

 何故ダンブルドアがピーブスを追い出さないのかが分からない。まぁどうせ、あのポテチ野郎の事だから「面白い奴じゃからのうポリポリ」と新作ポテチを食べながら言うのだろう。今度毒入りの物でもプレゼントフォーユーしてやる。

 

「何だかいつも…ごめんなさいね。三人の時間を奪っているようで」

 

 ホグワーツ城の中ではまだしも、汽車の中で友人同士募る話もしたい事だろう。

 

「そんな事ないです! 寧ろ、私と先生の知的なトークを二人が邪魔してるんで。また、先生の創った魔法、教えてくださいね」

「えぇ。勿論よ」

「やっぱ天才女子トークに男子は不要ですよね〜」

「そ、そうね〜」

 

 ハーマイオニーの…知られざる心内が見えてしまった、気がする。

 

「思ったんだけど、お姉ちゃんの魔法ってちゃんと魔法省に申請してるの? 前にハーマイオニーが少し言ってたけど…」

「えぇ勿論。法律違反なんて嫌だからね」

 

 一応暇な時に魔法省に顔を覗かせて、新しい魔法を登録してもらっている。流石に教師として認められていない魔法を使うのは良くないと思うし、生徒達にも教えたいし。

 

「そう言えば、魔法ってどうやって創るんですか?」

 

 ロンがそう質問する。確かに「魔法の錬金術師」という二つ名知っている者からしてみれば謎だ。魔法を使うのは容易いが、魔法を創る方法は分からない。図書館の本にも載っていないし、知っている者も少ない。勉強熱心なハーマイオニーにも聞かれた事のある質問だ。

 

「魔法は…鳥が空を飛ぶように、魚が水を泳ぐように、人が空気を吸うようにーー私の場合は何となく創ってる!」

「な、何となく…?」

「そう。なんか、『意識したら出来ちゃったーわーいやったぞー』みたいなノリで」

「それで良いのか?!」

「それで良いのだ」

 

 具体的な創り方? 学生時代の時からこうだよ。

 ダンブルドアに聞いた事があるが、彼も分からないと言っていた。人の限界とは計り知れない物よ。ヴォルデモートは多くの闇の魔術を生み出したと聞いている。今度会ったら聞いてみよう。

 

「正直、創り方が分かった所で十代の子供が魔法を作れるわけがないから、知る必要ないわ。自分なりに命と青春を謳歌しなさい」

「え、でもお姉ちゃんは学生時代に魔法を創りまくってたんでしょ?」

「ハリー、ロン、これが天才の領域よ」

 

 ハーマイオニーは何処までも味方してくれる。アイルの存在と才能を教師として、天才として評価してくれるのは嬉しい。

 

「アイル先生…学生時代人気者だったんだろうなぁ、羨ましい」

 

 ロンの切実な呟きを、アイルは笑顔で一蹴する。

 

「私、友達なんて一人もいなかったわよ」

「そうなんですか?!」

「えぇ。自分で言うのも何だけど、私は魔法力が高すぎたから、ホグワーツに入った時点で完全にはコントロール出来ていなかったの。だから、無意識に甲冑を破壊したり大広間の扉を吹き飛ばしたりして、誰も近寄らなくなっちゃった」

 

 大方、ホグワーツに入学した辺りから魔法の制御は完全に出来るようになるが、アイルはそれだけ習得が遅かった。溢れ出る魔力を抑えられず、人を傷つけてしまった事もある。

 

「まぁ、今振り返ると笑える思い出ね。先生方は優しかったし、ハグリットは友達になってくれたし」

「先生も先生で、中々苦労してるんですね」

「うーん、私は一人が楽だったから、そこまでじゃないのよ。皆みたいに毎日友達と一緒にいたかったっていうのもあるけど…暗黒時代だったから」

 

 *

 

 ロンとハーマイオニーが執拗にアイルの学生時代を聞きたがっていたので、大半の会話がその話題となった。ほとんど話す機会もなく封印していた記憶ばかりだが、学生時代も悪いものではなかった。

 ぼっち道は極めていたけれど、それでもホグワーツは新たな世界を開拓してくれた。新たな知識をくれた。新たな魔法をくれた。そんなホグワーツの教師に今はなれている。今まで叔父の会社を手伝ったり他にも色々と手をつけてみたが、もしかすると教師が適職かもしれない。人に教えるのは苦手だけど。

 

 魔法は数学や理科と違って、答えが決まっているわけではない。結果は人によって変わるし、完成度も得意不得意もある。覚えただけでマスター出来る科目ではない。勿論、連衆すればそれなりに使えるようになる。

 逆を言ってしまえば、魔法もマグルの勉強もさほど変わりはない。ただ例外として、アイルのような人間がいるというのも確かだ。

 

「ポッター先生がそんなに魔法を使えるのって、やっぱりたくさん勉強したからなんですか?」

「うーん…私の両親は優秀だったし、父方は純血の家系だったから血筋だと思うよ。ハリーも戦闘系の呪文が得意でしょ? 私は『呪文学』みたいな日常でも使えるものが好きだから」

「やっぱり血筋なのかなぁ…」

「でも、それが全てじゃないわ。私の母はマグル生まれだったけど、人気者で美人で頭も良くて魔法も凄く上手かった」

 

 ヴォルデモートから父と共に何度も逃れられたくらいにね、と付け加えたかったが、流石に一生徒にそこまで話す必要はないだろう。不死鳥の騎士団自体が暴露して良い内容ではないし、そもそもヴォルデモートの名を出せば二人が驚く。

 ふと窓に目をやれば、黒い雲から強い雨が打ち付けているのが見える。今日は雨が酷い。湖を渡ってくる生徒は大変だろう。それに、九月の初めだというのに何だか寒気がしてきた。リーマスも起きる様子はないし…。

 途端、列車が突然急ブレーキをかけて止まる。汽車の中の明かりも消え、一面が真っ暗。他のコンパーメントでも生徒達が騒いでいるのが聞こえる。

 

「て、停電?!」

「落ち着いて。『ルーモス 光よ』」

 

 アイルは杖先に光を灯らせて皆の安否を確認する。

 

「私は…他の生徒達を見回ってくる。もう魔法なら使って良いから、明かりをつけておきなさい。暗闇の中だと混乱が増す」

「お姉ちゃん…」

「大丈夫よ。どうせ車掌が、ファイアウイスキーでも飲んで酔っ払って動力止めっちゃったんでしょ。よくあるわ」

「よくあっちゃダメな事案だよね?!」

 

 アイルはコンパーメントから出ると、明かりを持ったまま廊下を歩く。驚いて皆コンパーメントに飛び込んでしまったようで、廊下には誰もいない。

 コンパーメントの中を覗きつつ、皆がいる事を確認。ついでに「ルーモス」も使えているか確認。去年二年生に教えたばかりなのだから、使えない方がおかしい。真っ暗なコンパーメントには声をかけて明かりを入れつつ、車掌のいる一番先頭に向かう。

 

「あぁ寒い…これは、雨のせいじゃない」

 

 歩く度に、より大きな寒気が込み上がってくる。これはーー車掌の不祥事ではないな。

 

「『エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来たれ』」

 

 彼女が守護霊(パトローナス)を呼び出せば、目の前には青く泡沫のような光を放ちながらも業火の如く鬣を靡かせる獅子の姿が現れた。

 

「吸魂鬼が来る。追い払っておいで」

 

 この寒さ、不快感は吸魂鬼以外有り得ない。とりあえず吸魂鬼は守護霊に任せるとして、早く明かりの復旧をしてしまおう。生徒の怯えが増長してしまう。

 

「ッ、あれは…」

 

 突如数メートル先に姿を現したのは、黒いボロボロの布切れで出来たようなーー魂の抜け殻、吸魂鬼だった。

 





更新が遅れてしまって誠に申し訳ございません(スライディング土下座
これから速めていきますので、どうかその振り上げた拳をお納めくださいまし。


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悪いのはこいつだ

 

 

 

「最悪な日ね」

 

 今近くにいる吸魂鬼は一体。守護霊は複数出す事が出来ない。しかし教師としても逃げる訳にもいかない。きっと彼等はシリウスを探しにこの汽車に乗り込んできたはずだ。此処は説得しなくては。

 

「この汽車の中に、シリウス・ブラックはいないわ。さっさと失せなさい、私短気だから」

 

 それでも、吸魂鬼はジリジリとにじり寄ってくる。滑るように廊下を進み、周囲の温度を氷点下にまで下げる。

 吸魂鬼は「魂の抜け殻」だ。つまり、あの姿はただの木偶。木偶を動かす動力源はーー人の負の感情だ。吸魂鬼は人の恐ろしい記憶を呼び起こし、負の感情を連鎖的に発生させる事が出来る。それが彼等の存在の源。ならばその木偶に溜め込んだ負の感情を、吸い取ってしまえば良い。

 

 アイルはお札を取り出し、吸魂鬼に突きつける。此処は外国の魔法技術を信用するしかない。お札には悪いものを浄化し、負の感情を拭い去る力がある。こいつをあれに貼り付ければ、きっと…。

 覚悟を決めて、アイルは吸魂鬼に向かって走り出す。カメ◯メ波の要領でお札を吸魂鬼の腹辺りに引っ付けた。一気に体を寒気が襲うが、吸魂鬼と呪文を撃って戦うよりかはマシだ。

 お札に原動力を奪われ、木偶は音もなく崩れていく。最後に床に戻ったのは、砂でも灰でもない、黒い物質。一応使えるかもしれないと回収すると、電力が復旧した。生徒達の安堵の声に混ざり、近くのコンパーメントから歓声も聞こえてくる。

 

 その後車掌に確認を取り、突然汽車がコントロールを失った事を聞くと、アイルは自分のコンパーメントに戻った。

 

「あぁ…初日から吸魂鬼が乗り込んでくるなんて…」

「アイル! あぁ、久しぶりだな」

 

 コンパーメントに入ると、顔に落書きと悪戯を引っ付けたリーマスの姿が目に入る。気がついていないのか、わざと放置しているのか。

 

「リーマス、起きたのね」

「お陰様で。君の守護霊がやってきてね、こちらにやってきた吸魂鬼を追い払ってくれたよ」

「流石先生! あんな魔法見た事ないです!」

 

 ハーマイオニーが尊敬の眼差しをアイルに向ける。彼女はリーマスの隣に座りながら、手持ちのチョコレートを齧った。

 

「『守護霊の呪文(パトローナスチャーム)』。吸魂鬼を追い払う唯一の魔法よ。守護霊を呼び出し、自らの身を守る」

「人によって守護霊は違うんだ。アイルは獅子か」

「えぇ。昔と何ら変わってなかった」

 

 アイルとリーマスは顔を見合わせ、ニッコリと笑う。対して男子勢はリーマスの顔を見ながら笑いをこらえている。流石に落書きをやりすぎたなとは思ったが、まだ教えないでおこう。報復だ。このくらい我慢してもらわなければ。

 

「それにしても、君が元気そうで良かった。ダンブルドアから話を聞いていたが、綺麗になったな」

「ありがとうリーマス」

「ハリーとは初めて会ったが…ジェームズに似てきたな。瓜二つだ」

「そうね。もう十三だもの」

 

 ロンと笑い合うハリーの顔は、父親であるジェームズ・ポッターの面影がクッキリと残っている。もっと違う時代に生まれて、家族四人で平和に暮らしたかったと何度思った事か。ヴォルデモートに追われて身を隠す宛ら、平和な世界を願った。

 大人になって実現された夢の世界。生まれた時から暗黒時代で生きてきたんだ。ダーズリー家に舞い込んだ時の静けさといったら、逆に喪失感まで感じる程だった。

 

「僕…そんなに父さんに似てるの?」

「えぇ。丸メガネから笑窪の位置までソックリ」

「僕は何方かと言うとお姉ちゃんに似たいんだけど」

「私の顔立ちは母似だから。父から受け継いだのは黒髪と性格だけだから」

 

 そうだね、とリーマスが笑いながら頷く。アイルの性格面は、何方かと言うと父親のジェームズに似ている。楽観的で、皆が楽しめる事が好き。彼の良い面だけ受け継いだのは喜ばしい事だ。勿論アイルにも学生時代、皆の人気を集める魅力はあった。しかし、両親から貰った魔法の才能と知力、秀麗過ぎる顔立ちのおかげで、誰も友達になんてなってくれなかった思い出がある。あの時ばかりは両親を恨んだ。

 対して弟のハリーは、魔法の才能はあれど「生き残った男の子」というブランドと平均以上には整った顔立ちをしている。友人の出来る彼が羨ましい。今でもアイルは、自分と近しい者としか親しくなれない。教師になったのは良い選択だったかもしれない。

 

「リーマス、やっぱり『闇の魔術に対する防衛術』を教えるの?」

「勿論。良ければ、ゲストとして君にも来てもらいたい。きっと盛り上がると思うよ」

「良いわね。楽しみだわ」

 

 *

 

「あの、ミス・ポッター…貴女、ご自分が何をしたか分かっておられるのですか?」

「分かってますけど、弁償とかはしませんからね」

「弁償出来るものじゃないです」

 

 ホグワーツにつくと、口元をヒクヒクさせているアズカバン担当の魔法省の役人がアイルを連行した。どうやら汽車に吸魂鬼が乗り込んできたのは魔法省の命令だったらしく、それを指揮していたのもこの役人だ。

 苦笑を浮かべるマクゴナガル先生に手招きされたと思えば、近くの空き教室に入れられた。どうやら、吸魂鬼を入れたが守護霊で追い払われ、片方が消えてしまった事の詳細を聞きたいらしい。悪い事をしたという自覚はあるが、予告もなしに乗り込んでくる方も悪い。

 

「それにしてもミス、どうやって吸魂鬼を消し去ったのですか?」

「消したっていうか…これです」

 

 アイルは懐からお札を取り出し、役人に見せる。日本の魔法だと説明すると、悲しそうな顔でため息をつかれた。

 

「この中に、吸魂鬼が…」

「こんなのなくても消せますよ。…魔法省にお伝えください。今後、私や生徒達に吸魂鬼が危害を加えようものなら、全て消し去りますと。まぁ近づかなければそんな事しませんから、ご安心を」

「分かりました…ただ、敵意のない吸魂鬼は消さないでくださいね。本当にお願いします。こっちも仕事なんで」

「それは申し訳ないと思っています。すみません」

 

 それから呆れつつも感心している役人の説教を受け、大広間に戻った。

 どうやら生徒達の間にはアイルが吸魂鬼を撃退した、消した、という話が広まりつつあるようで、大広間はその話題で満ちている。まぁアイル先生なら出来るかと、何故だか納得されている。吸魂鬼入りのお札は…後で燃やしておこう。どうせ出す気なんてないし。

 

「アイル、吸魂鬼を消したとは、一体どういう事かね?」

「いやぁ、不本意ですよ。自己防衛本能ですよ。条件反射ですよ。襲われたからお札で返り討ちにしただけですよ」

「そんな返り討ちの方法聞いた事ないぞ」

「私だって無駄に目立ちたいわけじゃないんですけどね。反省はしてますけど、悪いのはこいつです」

 

 そう言うとアイルは、吸魂鬼を封印したお札をヒラヒラと揺らす。スネイプは苦笑を浮かべながらも、お札を興味深く見つめていた。

 

「不思議なものだ、吸魂鬼さえも封じる魔法とは」

「そうですよねー…どうですか? スネイプ先生も私と一緒に、『吸魂鬼封印大作戦★』でもやりませんか? 吸魂鬼界をお札で無双するんです」

「丁重にお断りさせていただこう」

 

 あら残念、と小さく笑うアイルはお酒の入ったゴブレットに手をつけた。

 

「シリウス・ブラックには、気をつける事だ」

「先生もそんな事を言うんですか? シリウスは大丈夫ですよ」

 

 アイルは、スネイプと両親やシリウスとのいざこざをある程度知っている。昔ジェームズとシリウスが面白おかしく話してくれたのだ。あまり笑える話ではなかったけれど。

 

「あの男は犯罪者だ。君も、昔のあの痛ましい事件の事は覚えているだろう」

「覚えているからこそ、シリウスを信じるんです。彼はヴォルデモートの腹心なんかじゃないし、両親を裏切るなんて絶対にありえない。今きっと、シリウスは一人ぼっちなんです。アズカバンから脱獄して、イギリスの何処かで一人彷徨ってるんです。彼の親友の忘れ形見である私が、彼を信じないでどうするんですか」

「真実は時に、ほろ苦い味をするものだ」

 

 少し意味深な言葉だけを残して、スネイプは再び食事に手をつけ始めた。

 両親があんなにも信用して、愛して、自分にも仲良くしてくれたシリウスを、アイルはどうにかして信じたかった。あんな素敵な人柄のシリウスが、マグル何十人を巻き込んでピーターまで殺すなんて絶対にありえない。まぁ、幼い頃悪戯された恨みはあるけれど。

 かと言ってシリウスがそんな事をしていないという証拠もないし、実際にピーターも指しか残っていない。

 

「私は、甘い幻想の方が好みです」

 

 目を背けたくない現実が、甘く優しいものだったら、今までどれ程救われた事か。

 魔法ではどうにもならない真実は、時に嘘で塗り固められた冷たい壁にすりかえられる。何が真実なのかが分からぬのならば、私は自らの信じるものを真実としてしまおう。

 

「君に現実逃避は似合わん」

 

 例えそれが、逃げられない何かだとしても。

 

 *

 

 ハグリットが「魔法生物飼育学」の教授になった。

 噂なのか事実なのかはよく知らないが、聞いた話によるとどうやら本当らしい。自分の好きな分野を生徒に教えられるなんて、きっとハグリットは小躍りしながら準備を進めている事だろう。まぁ、その生物が安全かどうかはさておいて。

 

 ある日、アイルはハグリットの初授業を見ようと生徒の流れに乗って外に出ていた。

 

「お姉ちゃんもハグリットの授業を見るの?」

「えぇそうよ、ハグリットが『是非お前さんも来てくれ』って手紙をくれたから。親友の頼みよ、聞いてあげないわけにはいかないわ」

 

 そう、唯一の親友の頼み。

 彼がどんな授業をするのか、アイルは楽しみで仕方がない。ハグリットは今まで、学生時代のアイルにたくさんの魔法生物の事を教えてくれたが、それは相手がアイルだからこそ成り立つもの。普通の生徒では到底ついていけないようなものばかりだ。

 危険なものを愛でる趣向のハグリットは、一体どのような授業を行うのだろうか。

 

 というか、授業を行う以前に何だこの凶暴な教科書は。

 

「うわッ、これ、『怪物的な怪物の本』じゃない。何でこんなのを教科書にするのよ…」

 

 ハリーに見せられた教科書を見て、アイルは歩きながらそう呟いた。生きた教科書を使う先生なんて少ない。私でも使わないわよ、と彼女は苦笑を浮かべているが、反面ハグリットらしくて良いと思うという考えもあった。変人仲間になりつつある。

 ハグリットの授業は、「禁じられた森」の端の方で行われるらしい。放牧の出来るような状態で整地されたそこには、既に生徒達やハグリットが集まっていた。

 

 こちらの存在に気がついたハグリットは、アイルに手を振ってきた。こちらも笑顔でふり返す。

 とりあえず一緒にやってきた三人組とは別れ、アイルは急ぎ足でハグリットに駆け寄った。

 

「久しいわねハグリット!」

「おう、久しぶりだなアイル。お前さんが授業にきてくれて良かった。流石に初めての授業が一人だと、俺も緊張するんでな」

 

 そりゃあ初めての授業は体も強張るだろう。実際アイルも笑顔がガチガチだったし、少し戸惑ったりという経験もあった。既に教師をしている人間が側にいた方が安心だろう。

 生徒達は「怪物的な怪物の本」に戸惑っている様子ではあったが、我が校の森番を務める大男がどのような授業をするのか多少ながら興味関心を抱いていた。だが皮肉な事にグリフィンドールとスリザリンの合同授業だ。何も起こらなければ良いのだが。

 

「思ったんだけど、グリフィンドールとスリザリンって何かと合同授業をするわよね」

「そりゃあ、仲が悪いからだろうな」

「余計悪化させるだけだっていうのにね」

 

 ヤケにスリザリンとの合同授業が多いグリフィンドール。お互い忌み嫌っているのに、「仲良くしてほしい」という理由で同じにされるのは嫌だろう。アイルだって嫌だ。

 

「そういえばアイル、吸魂鬼を消滅させたって聞いたが…」

「あぁ、あれね。皆の反応が面白かったわ」

 

 吸魂鬼を消滅させた事は反省しているが、一匹程度消えた所で何ら損する事もないだろう。故に聞かれればその件について話はしているが、話が終わりに近づく度に皆の顔色が悪くなっていくのを見るのが面白い。性格悪い云々じゃない、皆がオーバーな反応をするだけだ。

 

「そろそろ授業が始まるな。アイルは、とりあえず近くにおってくれ」

「分かった。何かあればサポートするから、安心して」

「何かあるなんぞ、ありえんがな。楽しみにしとれ」

 

 どうやらハグリットは、自分の授業に相当な自信を持っているらしい。これは期待出来そうだ。流石に危険な生物が出てきたらアイルは「悪・即・斬」精神で叩き切るつもりだ。貴重な魔法生物よりも、生徒の身の安全の方が優先順位が高い。

 しばらくすると、授業が始まった。アイルは、自分はいないものと考えて欲しかったが、そうもいかない様子。チラチラとこちらの様子を伺う生徒をチラホラ見かける。すると、ハグリットが話しかけてきた。

 

「アイル、俺はちょいとあいつ等を連れてくるから、生徒達を見といてくれや」

「良いわよ」

 

 ハグリットが急足で森の中に消えていくと、アイルは微笑を浮かべて生徒達に問いかける。

 

「どんな魔法生物が来ると思う?」

「危険な生物、じゃないですよね…?」

 

 ハグリットが少々危険な生物を好む事を知っている生徒が、心配そうな顔でこちらを見てくる。もしもの時は私が守るから、と笑うアイル。しかし、心配な拭いきれないようだ。

 いくらアイル・ポッター言えども、五つ星クラスの魔法生物が出てこられたら対処しようがないと思っているのかもしれない。しかし心配はいらない。アイルならば、ドラゴン数十頭とやりあっても余裕で勝つ。

 

「私なら、まだ皆の学年には早いけど『一角獣(ユニコーン)』とかを出すわね。可愛いのよ、『一角獣(ユニコーン)』の赤ちゃん」

「こういう授業って、基本的に『禁じられた森』にいる生物を学ぶんですか?」

 

 スリザリンの男子生徒の質問が飛んできた。

 

「そうね…私は専門が違うからよく分からないけど、基本的にはこの森に住む生き物のはずよ。身近だしね。珍しいものを紹介したかったら、外から取り寄せるわよ」

 

 まぁハグリットの事だから、きっと森の中にいる生物を多く扱うでしょうけどね…と付け加えると、少し生徒達がざわめく。

 森の危険な生物だって…?! というかハグリットが連れてくるような生物が森に?!

 ハグリットは危険な生物しか連れてこないという印象が随分とあるようだが、あながち間違いでもないので否定できない。

 

「おーいアイル! 皆! 見てくれ!」

 

 すると、嬉しそうなハグリットの声が聞こえてきた。

 



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怪我なんざすぐ治るさ

 

 

 

 ハグリットが連れてきたのは、数十体のヒッポグリフ。最初の授業でヒッポグリフを使うのは題材としてどうかと思うが、授業内容は大方教師の趣味だから特に言うまい。それより、今日はハグリットの授業を成功させる事に集中しなければ、

 

「こいつ等はヒッポグリフだ。美しかろう?」

「本当、貴方ヒッポグリフを飼ってたのね」

 

 専門家でなければ飼ってはいけない動物だが、今此処でそれを言ってはならない気がする。しかし、アイルもいるし心配はなかろう。ハグリットも専門家ではないが、大方の魔法生物の扱いには長けている。

 

「ヒッポグリフ相手には、とても礼儀が大事なんだ。もし無礼な態度を取ったら、喉元を搔っ切られるぞ。ヒッポグリフに近寄る時は、まずはお辞儀をする。ヒッポグリフがお辞儀を返してくれたら、近づいても大丈夫だ。さぁ、誰が最初にやる?」

 

 ハグリットがヒッポグリフの一体を連れて生徒達の前にきた。まだこの生物が怖いのか、誰も自らやろうとは言いださない。

 …と、その中でハリーが一歩踏み出した。

 

「僕がやるよ」

「おう、ハリーか。じゃあ、前にでてきてやってみろ」

 

 姉に良い所を見せたいと思ったのか、少し顔が生き生きとしている。だが、そんなハリーの心情に反して後ろから声が聞こえてきた。

 

「ダメだよハリー!」

「トレローニー先生の言葉を忘れたの?」

 

 もしや、とアイルは勘づく。

 毎年恒例「トレローニーの死の予言(笑)」が今年はハリーに送られたらしい。勿論、トレローニーの言った事が当たった事なんざ一度もない。故に、死の予言も気にしないで良いのだが…一部の生徒は気にかけているようで。

 そもそも、「占い学」は魔法教科の中であまり信憑性のあるものではない。カッサンドラ・トレローニーは生れながらの「預言者」だったが、それも稀。トレローニーがどれ程その才能を受け継いでいるかも分からないし…。

 

 

 結果、ドラコ・マルフォイが怪我をした。

 ハリーがヒッポグリフに乗って飛び立つという行為を平然とやってのけたので、皆も勇気を乗り出してヒッポグリフ達に近づき始めたのだ。

 ヒッポグリフは、知的で尊厳高い生物だ。事前に説明したというのにドラコは彼等を侮辱した。勿論ヒッポグリフの怒りを買い、腕を切り裂かれた。

 

「アー! 死んじゃう! 死んじゃうよォ!」

 

 整備された土の上に血が滴る。寸前で避けようとしたため、重症ではない。

 

「何をやっているの!」

 

 しかしこのままでは責任問題に発展する。ハグリットは暴れるヒッポグリフを慌てて諌め、アイルはドラコの元へ飛んで行った。

 彼女は杖を傷口に当て、小さく呪文を唱える。

 

「『ヴァルネラ・サネントゥール 傷よ、癒えよ』」

 

 すると、見る見る内に傷が塞がっていく。

 ルシフの弟なのに…何というヘタレ具合。もう少し落ち着いても良いだろうに、傷が塞がっても未だ泣き出しそうな顔をしている。

 

「大丈夫?」

「うッ…」

「一応、医務室に向かいましょうか」

 

 ルシフの弟じゃなかったら此処までしない…という事もない。一応教師だし。

 アイルはドラコを背負い、そのまま立ち上がった。ドラコはハリーの憎悪と嫉妬の視線に戦慄しているが、アイルは自分の弟にまで目がいっていない。ハグリットに一言「医務室に連れていく」と告げ、そのままホグワーツ城に向かって歩いた。

 

 *

 

「落ち着いた? マルフォイ君」

「まぁ…何とか」

 

 医務室に連れて行き、マダム・ポンフリーに後の治療を任せようとしたが、アイルはドラコに引き止められた。ただでさえ忙しい(笑)アイルを引き止めるなんて、大層なご身分になったものだ。まぁ、怪我をした生徒の言葉を聞くくらい良いだろう。

 治療をしようとマダム・ポンフリーは傷口の状態を見たが、かすり傷一つ残っていなかった。流石アイル、仕事は完璧である。一応包帯を巻き、様子を見る事にした。

 

「傷は残ってないみたいだから良かったよ」

「…」

「それで、私に何か話があるなら聞くわよ?」

 

 ベッドに座り、少し下を向いたドラコ。その表情には何処か悲しさが見える。傲慢で、気取り屋で、いつも自信満々なドラコには珍しい表情だ。

 この間ルシフと会った時も、ルシフ()はこんな顔をしていた。やっぱり兄弟だ、とても似ている。

 

「先生は…兄上の居場所を知りませんか?」

「ルシフの?」

「はい」

 

 柄にもなく礼儀正しい。

 そうか…ドラコもルシフの事が心配なのか。

 

「一年が終わったあの日から、ずっと兄上の顔を見ていないんです。連絡もなくて」

「そっか…ごめんなさい、力になれなくて。でも、確実に生きてはいるわよ」

「何故、そう言い切れるんですか?」

「…この間、会ったの。ほんの数分だけだけど」

 

 そしてアイルは、夏休みに新しい家でルシフに再開した事を話す。ドラコは、「何故自分にも会いに来てくれなかったんだ」とは言わなかった。ただ、一人俯いて、歓喜か悲哀か、溢れ出しそうな涙を堪えている。

 

「そう…ですか。生きていて良かったです」

「ドラコ、涙は堪えないで良いのよ」

 

 そう言うと、アイルはドラコをそっと前から抱きしめる。

 身長差もそれ程ないが、小さくなっているドラコはアイルの胸元に顔を埋めた。羞恥心もプライドも全て捨て去り、ドラコは彼女の胸の中で泣きじゃくる。

 優秀で、かっこ良い大好きな兄と会えないなんて…さぞ辛い事だろう。もしハリーが突然いなくなってしまったらと考えると、ドラコに深く同調させられた。アイルも泣きたい気分だ。愛する恋人が消えてしまったのだから。

 でも今は教師として、いずれ義姉となる身として、彼の悲しみを受け止めてあげよう。

 

「あぁドラコ、思う存分泣いて良いよ。甘えて良いよ。ずっと抱きしめてあげるから」

 

 今まで溜め込んできたストレスやら悩みやらの全てを、ドラコはこの涙に詰め込んだ。

 純血で、マグル嫌いで、死喰い人の息子で…泣き顔なんて見せたらいけない、そう思って生きてきたのだろう。おまけに慕っていた兄までいなくなって、本当に自分を打ち明けられる友達もいなくて。

 本当は心優しくて、甘えん坊な少年だというのに。血筋が彼を偽らせてしまう。何と哀れな子だろう。

 

 しばらくすると、泣き声が止んできた。

 落ち着いてきたのかと思えば、何故だか寝息が聞こえてくる。一旦抱きしめるのを止めてドラコの顔を見てみると、そこには眉目秀麗な少年の寝顔があった。どうやら、泣きながら眠ってしまったらしい。

 アイルは彼をベッドに寝かせ、毛布をかける。その後、目周辺に呪文をかけ、腫れないようにした。泣いたなんて誰にも知られたくないでしょうからね。

 

「ドラコ、私は貴方の味方だからね。いつでも素で頼って良いのよ」

 

 サラサラのシルバーブロンドを撫で、頬に唇を落とす。ルシフのためにも、ドラコを守らなければいけない。

 例え彼の弟でなくても、生徒に寄り添うのは教師の仕事だ。

 

「目が醒めたら、会いに来てね」

 

 貴方の話、たくさん聞かせて頂戴。

 

 

 アイルはドラコに向かって小さく微笑んだ。しかし近くには、そんな生徒想いの教師を見つめる不穏な影。医務室のドアの隙間から、歯ぎしりをしながら中を覗く怒りに震えた一人の少年。

 

「お姉ちゃん…何で、あんな奴と…」

 

 彼が見たのは、憎きドラコ・マルフォイが愛する姉の胸に顔を埋め泣いた事、アイルが彼を強く抱きしめた事、髪を撫で頬にキスまでした事ーー全てを全て見つめていた。

 

 嗚呼何で、とハリーは拳を握り締める。

 何で本当に姉弟でもないあいつが、弟振って甘えているんだ、と。ドラコ・マルフォイに対する殺意だけでない、愛する姉に対しても怒りが湧いてくる。

 

 何で、何で自分以外の人間を受け入れるんだ、と。甘えて良いのは僕だけのはずなのに、抱きしめられるのは僕だけの特権なのに、何であんな奴にやらせるんだ。

 あぁでも、彼女を繋ぎとめるにはまだ力が足りない。最強と謳われるダンブルドアとヴォルデモートに並ぶとされる人物だ。未熟な自分では、まだ所有を示す首輪程度の力しかない。そのためには、強くならなくてはーー

 

「あらハリー、こんな所までどうしたの?」

「お姉ちゃんが心配で」

 

 医務室から出ようとしたアイルに見つかってしまったが、いつもの可愛い弟の笑みは崩さない。

 

「そう? 大丈夫よ私は。じゃあ、次の授業に行かなきゃね」

「うん、分かったよ」

 

 アイルは、その笑みに隠された殺意に気がついていなかった。

 





▶ドラコ は ヤンシスの いかりを かった!

にげる
にげる◀︎
にげる
にげる


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夜の侵入はもっと静かに

 

 

 

「『リディクラス ばかばかしい』!」

 

「り、りり、『リディクラス ばかばかしい』!」

 

「きゃっ、『リディクラス ばかばかしい』! やった!」

 

 目の前で、生徒達とボガートの攻防が繰り広げられている。

 新しい「闇の魔術に対する防衛術」の教師であるリーマスは、どうやら人に教えるのが上手なようだ。かつての恨みは忘れないが、それだけは教師として褒め称えよう。

 

 リーマスも、新人教師としてアイルを授業に招待した。彼もアドバイスやら何やらが欲しいらしい。しかし、助言する点は全くもって見つからない。逆に腹が立つ。

 昔から人に教えるのは得意だったが、まさか教師をするとは思っていなかっただろうな。人狼として就職は難しいようだったから。

 

 それにしても、彼の授業は至極”マトモ”だ。「闇の魔術に対する防衛術」という教科は、呪われてでもいるのか、教師が一年保った試しがない。おまけに授業もつまらなかったりくだらなかったりと、あまり好きになれるものではなかった。

 それだというのに、この一時間で何十人もの生徒をこの授業の虜にしてしまったらしい。

 魔法は論理ではなく、感覚だ。ただひたすらの教科書を読み続けるのと、楽しく練習するのとでは効率がまるで違う。

 

 ボガートと対峙する生徒達の列が徐々に徐々に減ってくる。次はハリーの番だ。

 大好きな姉に良い所を見せようと意気揚々を杖を抜き、ミイラの姿をしたボガートに立ち向かう。するとボガートとはグルグルと渦巻くように姿を変え、アイルの姿へと変化した。世界一大切な人のはずなのに、何故ボガートがアイルの姿にーー?

 

『ハリー、私ね、ルシフと結婚するから。これからマルフォイ邸でルシフやドラコ、お義母様やお義父様と一緒に暮らすわ。だから、もうお別れよ』

「えっ…」

『あぁ、やっと弟から離れられて清々したわ! ずっと離れたいって思ってたのよね。だって、いつまでも嫌いな奴の面倒を見る程、私優しくないもの』

「…『リディクラス ばかばかしい』」

 

 今日の授業の中で、これ程悲しい声で呪文を唱えた者はいるだろうか。

 彼の顔には怒りも笑いもない。ただ、悲しみの色だけが浮かび上がっている。いくらボガート言えど、自分の姉に瓜二つの奴に一番傷つく事を言われたのだ。あれがアイルじゃない事くらい分かっていたけれど、それでも彼女の声と姿でそんな事を言われてしまうと、悲しみに襲われる。

 

「ハリー…大丈夫?」

 

 ハリーが手を顔において俯きながら列から逸れると、他の生徒達で慌ててボガートの対処を再開し始めた。

 ハーマイオニーとロンは列から外れてハリーに駆け寄る。酷く具合が悪そうで、リーマスも心配そうにこちらを見ていた。

 

「へい、き。多分」

「ハリー!」

 

 泣き出しそうな顔のハリーを見て、我慢しきれなくなったアイルはすぐさま彼を抱きしめる。温かい優しい香りに包まれ、ハリーは思わず目を瞑った。

 

「具合が悪そう。医務室に行きましょう」

「うん…」

 

 *

 

「ったく、貴女は本当によく医務室に来ますね」

「私、マダム・ポンフリーに会いに来てるのに」

「はいはい、早く患者を此処へ」

 

 あの後、リーマスに許可を取って二人で授業を抜け、医務室に行った。リーマスもついていきたがったが、アイルがいるのに授業を放棄して連れていくわけにもいかないで、渋々二人の背中を見届けた。

 ハリーは熱があるわけでも、怪我をしているわけでもない。だが、あまりのショックで表情が消えている。

 

「何かあったのかしら?」

「授業で、少し…疲れが溜まっているというのもあるんでしょうけど」

「そうですか…」

 

 マダム・ポンフリーは、どうもアイルに甘い。ホグワーツ時代から医務室によく来ていたという事もあるのだろうが、気さくな性格で礼儀も守るアイルに、気がつけば愛着が湧いていたのだろう。ハリーはアイルと違ってあまり医務室には来ないが、マダム・ポンフリーの目には心の病にかかっているようにも見えた。だが残念ながら、魔法というものは万能ではなく、体ならば兎も角、心の病までは治せない。

 

「無理はしないでくださいね、ただでさえ、シリウス・ブラックの事で警戒モードですし」

「シリウスは、無実ですよ」

 

 ベッドに寝かせると、ハリーはすぐに意識を飛ばしてしまった。やはり疲れが溜まっていたのだろう。先ほども、一言も言葉を発しなかった。

 

「もう一度会いたいです。私の大切な人達は、いつも私から離れてしまう…」

「アイル…」

「だから私、ハリーだけは守りたいんです。たった一人の家族ですし、たった一人の、弟ですから」「貴女は、幼い頃から変わりませんね。大切なものを一心不乱に守ろうとする。優しい子です」

「私は、優しくなんかありませんよ。ただ一人になりたくないから…神様は、残酷ですよね。どうして私から、大切な人を奪っていくんですかね…」

 

 ハリーの眠るベッドに腰掛け、アイルは顔を暗くする。マダム・ポンフリーはかける言葉もなく、ただ真正面に座って彼女の顔色を伺っていた。

 

「辛いんです。生きるのが。今はハリーがいるから、笑っていられる…」

「アイル、貴女はもう独りじゃないんですよ。だから、そんな悲しい顔をしないで頂戴。貴女の過去は、それはそれは過酷なものだった。けれど、今は違うでしょ? 貴女にはハリーがいる、恋人もいる、友人も、生徒も…皆貴女を大切に思っているのよ。貴女がそんな顔をしたら、悲しむ人がいっぱいいるわ」

「ありがとうございます」

 

 *

 

 馬鹿みたい。一人だと思っていた自分が、馬鹿みたい。

 そもそもその考えこそが、私の弱みだ。だからこそ去年はトム・リドルに体を乗っ取られた。ただ、寂しいだけだ。

 ハリーは私を心から愛しているし、ルシフも、他の皆も…私の事を、大切に思ってくれているというのに。

 

「あぁ、まだまだだな」

 

 真っ暗なホグワーツ城。

 自室の窓から見上げる三日月は、いつもよりも妖しく光っている。星々を眺めようと身を乗り出すと、吸魂鬼の姿が見えた。彼等を見ていると、落ち着いた感情も一気に高ぶり、美しいものに見とれる気持ちも萎えてしまう。

 興ざめしたアイルは、とりあえず窓を閉め、部屋の明かりをつけた。今日はあまり眠くない。寝不足はお肌の天敵だが、眠れないんじゃ仕方がない。

 

「久しぶりに、本でも読もう」

 

 本棚の所まで行き、適当な呪文の本を取る。この間、ダンブルドアにプレゼントとして貰った古い呪文の本だ。今はあまり使われていない呪文やその効果が事細かに書いてある。

 今度、特別課外授業として希望生徒だけに授業をやる事にするから、その時のために。休日に行う特別授業だが、ハーマオニー等の学に熱心な生徒はきっと参加してくれるはずだ。

 

 さて、第一章「(いにしえ)呪文の手引き」。

『古呪文とは、古来の古き良き呪文である。現代で使われている呪文とは一味も二味も違った、独特な呪文である。紀元前の魔女や魔法使い達が造り上げた壮大で美しい呪文は、現代では使われていない・・・』

 

「あー、やっぱ長い文章は読むのが辛い…。よし、呪文乗ってるトコまで飛ばそう」

 

 元々長文は得意ではない。実践の方がずっと楽しい。ほら、漫画とか、そういう簡単に読めるチープな物の方が良い。

 しばらく呪文の載ったページを読み、杖を振っていると、部屋のドアが「コンコン」と優しくノックされた。時計を見てみると、もう十二時。こんな夜中に訪ねてくるなんて、相当な用事でもあるのか、ただの悪戯か。いや、コンコンダッシュの可能性も否めないか。

 

 アイルは本をその場に置き、警戒しながらドアの方へ近づいた。もうノック音はしない。だが、何かの気配ならば感じる。

 

「今出ます…」

 

 とりあえず声をかける。だが、まだ杖は握ったままだ。相手の返事はなかったが、深呼吸をして素早くドアを開けた。

 すると、真っ暗なドアの外から、薄汚い男が雪崩のように倒れこんできた。酷い匂いだ、おまけに怪我までしている。それにしても、どうやってあの吸魂鬼のバリアを突破して入ってきたのだろう。

 しかし、不審者いえども大分、怪我をしている様子だ。すぐに手当てをしなくては…。

 

 大丈夫ですか、と体を揺すると、顔が見えた。それは正しく、あの時ニュースで見たーー

 

「シリウス…ブラック?」



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懐かしのあの人

 

 

 

 シリウス・ブラック…かつての父の親友。

 この間新聞で見た時よりも、ずっと窶れてしまった大切な人。よく悪戯はされていたけども、彼の優しさは忘れない。ホグワーツの近くで目撃情報があったとは聞いたが、まさか乗り込んでくるとは思わなかった。

 

 アイルはシリウスに杖を向け、まずは怪我を治して体を綺麗にしようと呪文を唱える。

 

「『エピスキー 癒えよ』、『スコージファイ 清めよ』…これで良し」

 

 汚れた服も呪文で綺麗になったため、一先ずアイルはシリウスをベッドへと運ぶ。このまま床に寝かせるわけにはいかないし、まだ意識も目覚めない。

 恐らく、ドアをノックした所で意識を手放してしまったのだろう。相当疲れていたようだ。熱はないし、もう外傷も見当たらない。後は食事、か。

 非常食として、部屋にある程度のお菓子やパンは保存してある。紅茶やコーヒーも然り。これならば、シリウスが目覚めても外に出る必要はないだろう。

 

「あぁ…そろそろ私も眠くなってきた…」

 

 念のため完璧に戸締りをして守りの呪文を張ると、アイルはシリウスと同じベッドに入って寝た。

 

 *

 

『アイル…アイル、起きてくれ、アイル』

 

 人に起こされるのは、随分と目覚めの悪いものだと、今気がついた。

 もう朝なのか。シリウスらしき男に、アイルは体を揺すられていた。いやまぁシリウスなんだけども。

 少し寝不足気味の重い瞼を抉じ開け、ふと横を見ると、そこには上半身裸のダンディーなシリウス。

 

「あ、夢か。私今から、もう一回ゴートゥースリープするんで消えてください」

「いや、消えないから。俺、現実だからね?」

「上半身裸で人の睡眠を邪魔する男なんて、私ベッドに入れた覚えないです。ご退室ください、ゴートゥーヘルしてください」

「つまりは死ねって事? ねぇアイルちゃん、死ねって事?」

 

 時計の針は六時を指している。まだ十分寝られる時間だ。だというのに、この男は…。

 

「寝る前に教えてくれ、アイル。君と俺は…一体どんな一夜の過ちを犯したんだ? 俺はよく覚えてないんだ、内容を詳しく」

「何の過ちも犯してません。強いて言えば、貴方をこの部屋に招き入れた事が過ちです。そして服を着なさい」

「何だか、服を着ると解放された気分になるんだ」

「裸族じゃないんだから着なさい。そしてその顔止めろ」

 

 恍惚に浸ったような表情でシリウスはベッドの中に潜り込む。今までアズカバン暮らしだったせいか、ベッドが異様に居心地が良いらしい。大の大人が情けない。加えて、まだ上着も着ようとしないから、目のやり場に困る。

 アイルがため息をついてベッドから降りると、シリウスが手首を掴んできた。

 

「アイル、もうこういう事はこれっきりにしよう。俺も、親友の娘に手を出した事はもう忘れるから」

「あのさぁ、シリウス、さっきからちょいちょい話が食い違ってるんだよね。だから黙ろう? ね?」

「…久しぶりにふざけただけじゃないか」

「おふざけも大概にして欲しいわね」

 

 今日は休みだが、大広間に行くのは止めよう。シリウスを一人で置いていくわけにはいかないし、色々と聞きたい事がある。

 魔法でお湯を沸かせてコーヒーと二人分の軽い朝食を用意していると、未だにベッドの中にいるシリウスが話しかけてきた。

 

「アイル…綺麗になったな。ますますリリーに似てきた」

「ありがとうシリウス。貴方は…随分と老けたわね」

「仕方ないだろ、ずっとアズカバンにいたんだから」

 

 食事は貰えるらしいが、あそこは衛生上あまり宜しい所ではないからな、とシリウスが苦言を申す。

 アイルはアズカバンに行った事はないが、相当気味の悪い最悪な場所らしい。北海の何処かに位置しているらしいが、誰もその事細かな場所は知らないだとか。まぁ、知りたくもないけれど。

 コーヒーをシリウスに出すと、彼は嬉しそうな顔ですぐに飲み始めた。アズカバンに収監され、ずっと温かいコーヒーを飲む事なんて出来なかったのだろう。物凄い笑顔だ。

 

「私を襲おうとしないって事は、やっぱりシリウスは無実なのね」

「ん、当たり前だろう。俺が君を襲う? 性的な意味でなら兎もk「私彼氏持ちだから、そういうセクハラ発言は止めてください」あれ、本当?」

 

 残念だなぁ、とアイルが自分用に出したコーヒーまで飲み始めるシリウス。

 

「俺等の娘に、彼氏が出来たのか…ジェームズ、アイルは元気でやってるぞ」

「ま、私顔良いし」

「流石お前の娘だ…ジェームズ、アイルは相変わらず謙遜しないぞ」

「よく言われる」

「本当、リリーとジェームズの良い所だけを受け継いでるよな」

 

 今度は差し出したパンにかじりつき始める。そんなにがっつかずとも、パンは逃げたりしないというのに。

 とりあえず、これまでの中で一番の謎を聞く。

 

「どうやって脱獄したの?」

「随分とドストレートだな。ヒ・ミ・ツ♡、じゃダメか?」

「殴るぞ」

「じょ、冗談だって…ほら、俺『動物もどき(アニメーガス)』だろ? 吸魂鬼はちゃんとマトモな意識を持った人にしか反応しないんだ。だからバレなかった。あいつ等馬鹿だな」

 

 それから、脱獄した後の経緯も聞く。どうやらイギリスの各地を転々として、アイルやハリーを探していたようだった。何度かプリベッド通りに行ったらしいが、既に二人はロンドンに引っ越しており、会う事が出来なかったらしい。

 ゴミ箱を漁って残飯を食べたり、ネズミを食べたりの毎日ーーもう少し早くに気がついてあげれば良かった。辛い思いをさせて申し訳ない。

 

「ねぇ、アズカバンにいる時、『あいつはホグワーツにいる…』って言ってたんでしょ? どういう意味なの? ストーカー?」

「違う。ーーって、何でそんな独り言まで…まぁ、アイルやハリーがいるから、というのもあるんだが…実は、ピーター・ペティグリューが()()()()()んだ」

「まさか…ワームテールが、生きてる、ですって?」

「あぁ。あいつは、ネズミの姿になってハリーの友人のペットに成り代わっているんだ。ほら、ガリオンくじが当たった家族がいただろう?」

「え、ロンのペットの、スキャバーズだって言うんじゃないでしょうね?」

 

 信じられない、何度か目にしてきたネズミなのに…。確かにピーター・ペティグリューも動物もどき(アニメーガス)だ。しかもネズミの。

 何故分かるのかと聞けば、新聞で見た写真に写っていたそうだ。何千回も彼の姿を見てきた自分ならば分かる、と。

 

「アイル、ジェームズやリリーを売ったのは俺じゃない。…ワームテールだ」

「…本当、なのね?」

「あぁ、本当だ」

 

 残念でならない。今までピーターともとても仲良くしていたのに。一緒に笑って、遊んで、楽しんでいたのに。

 隠れ住んでいた両親の居場所を密告したのは、他でもない親友の一人。シリウスは泣きながら謝ってきた。自分が、自分が「秘密の守人」はピーターにしろと言ったから、ジェームズやリリーは殺され、アイルはヴォルデモートに酷い目に遭わされた、と。

 アイルはシリウスを思い切り抱きしめた。

 

「何で泣くの…? シリウスは、知らなかったんでしょ? ワームテールがヴォルデモートと繋がっていた、って」

「…あぁ」

「なら泣く必要なんてないわよ。私もハリーも、最初は辛かったけど…今は幸せよ。シリウスも無実だったし、こうやってまた抱き合えた…幸せ。だから自分を責めないで。私、ワームテールを捕まえるのに協力するわ。あいつを捕まえて、魔法省に突き出すの。それで、賠償金をタップリと搾り取った後は…私とハリーとシリウスで…暮らしましょうよ」

「アイル…」

「大丈夫。例え誰が何と言おうとも、私は貴方を信じてるから」

 

 *

 

 ハリー・ポッターは、ホグズミード村への外出を許可されなかった。

 理由は二つ。一つ目は、シリウス・ブラックが彼の命を狙っているかもしれないから。二つ目は、アイルが許可証にサインをするのを忘れていたから。

 引っ越し作業で忙しかった、授業準備に忙しかった、マクゴナガルからの説教に時間を取られていた、と限りなく多くの原因があるが、単純に期限が過ぎていたというのもある。第一、ハリーだってクィディッチの練習で忘れていたし。

 

 この間のグリフィンドール対ハッフルパフのクィディッチ戦では、何事もなくグリフィンドールが勝つ事が出来た。少々コンディションが悪かったが、それでもハリーの実力は落ちず。

 吸魂鬼はクィディッチ競技場の熱狂的な雰囲気に引き寄せられたが、途中でアイルによって消された仲間を思い出して回れ右をしてくれたらしい。ありがたい限りだ。もし吸魂鬼が乱入なんてしたら、騒ぎ所じゃ済まなくなる。

 

 さて、問題はホグズミードだ。

 元より他の教師陣が反対していたが、アイルはハリーを村に行かせる気満々だった。彼女が学生時代ボッチだった事が原因だろう、自分の分まで楽しんできて欲しいらしい。

 

「ホグズミードか…懐かしいな」

「誰かさんのお陰で私も行くな、って言われたけどね」

「俺のせいか? 心外だ」

「まぁ、今まで何度か行ってたから良いんだけど」

 

 吸魂鬼がウロウロしているらしいしね、とアイルが付け加える。シリウス対策はホグズミードでも相変わらずのようだ。

 

「…ハリーの様子も見た。ジェームズそっくりだ」

「でしょ? 本当にお父さんに似てきて…成績もとっても良いの。毎年、学年トップテンには入ってるわ。筆記はまぁまぁなんだけど、特に実技が得意でね」

「ジェームズみたいだな。あいつは魔法バカだったし」

「シリウスも人の事言えないでしょ?」

「まぁな」

 

 途端、

 

 部屋のドアがドンドン、と少し強めに、切羽詰まったようにノックされた。ノックというより、叩いた、という表現の方が良いだろうか。

 血の気の失せたアイルは、すぐさまシリウスをベッドの下に押し込んだ。まだ無実を証明されていない彼を、誰かの目に触れさせるわけにはいかない。責任問題では済ませられなくなる。一先ず不審に思われないように「今行きます」と返事をして、ドアの所まで行く。

 

『お姉ちゃん、いる?』

 

 ハリーだ。あぁ、ハリーならばまだ安心だ。バレたとしても一から説明すれば大丈夫なはず。

 まだシリウスと会わせるわけにはいかないが、とりあえずドアを開けた。

 

「おはようハリー」

「おはようお姉ちゃん…もう十時過ぎてるけど」

「どうしたのこんな時間に。今日は休みだから部屋で新しい魔法の創作をしようと思ってたんだけど…」

「いやぁ…ね」

 

 ふとハリーの手元を見ると、古い羊皮紙と杖が握られている。彼の貼り付けられた笑みは、冷たく恐ろしい。

 

「ねぇお姉ちゃん、今まで…誰と話してたの?」

 

 何故、今まで一人でなかったのを知っている? 外には誰もいなかったはずだが。

 

「誰、って…一人だったけど?」

「…嘘つき」

 

 そう言うと、ハリーは杖をアイルのベッドに向かって突きつける。シリウスは身の安全が脅かされている気配を感じ、警戒を強めた。

 ダン!と大きな音がしたかと思えば、ベッドの下からシリウスが弾き飛ばされた。呪文は一切唱えていない…まさか、無言呪文か? 三年生のハリーが?

 

「…お姉ちゃん、この男誰?」

「か、彼は…友人よ」

「ふーん、指名手配犯とお友達だったんだー」

 

 もはや、笑みさえもなくなってしまった。シリウスも顔面蒼白だ。親友の息子に、まさか杖を向けられるとさえ思っていなかっただろう。それでも傷つけたくないという気持ちが勝ったのか、杖は使わず言葉でハリーの説得を始める。

 

「落ち着くんだハリー! 俺は、アイルには一切危害を加えていない」

「そうよハリー、匿っていただけなの。お願い、杖を下ろして」

「…分かった」

 

 どうやら、やっと落ち着いてくれたようだ。

 




個人的にシリウスの一人称は「俺」なので、本作はそれに統一します。


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親友の娘と息子

 

 

 さて、かくかくしかじかと、ハリーに一から説明していく二人。

 ジェームズ、リリーの話からピーター・ペティグリューの爆破事件まで全て。徐々に暗くなっていくハリーの顔を見ているのは辛かったが、シリウスは容赦なく真実を述べ続けた。この二人を前に真実を偽っても、何一つ変わりゃしない。

 

「…なるほど、そういう、事だったんだね」

「あぁハリー。その通りだ」

「…でも、お姉ちゃんの部屋に一晩中いたのは納得いかない!」

「はぁ…?」

 

 突然シリウスに対して怒鳴りだしたハリー。素っ頓狂な声が出てしまうのも無理はない。

 

「シリウス、絶対にお姉ちゃんに何もしてないよね? ね?」

「んー、あーんな事やこーんな事をしたかったが、一応親友の娘だk「あ゛ぁ?!」いや、ごめんって」

「ハリー、あんまり乱暴しちゃダメよ。こいつは私が半殺しにするんだから」

「アイルさん?!」

「分かったよお姉ちゃん。じゃあ半分ずつ殺そう?」

「そうね。日々のストレスとこれまでの恨みを全部ぶつけてやるわ」

 

 二人は杖を取り出し、黒い笑みを浮かべる。冷や汗を浮かべるシリウスはその場で後ずさりをし、機嫌を取ろうと必死に声をかけ始めた。

 

「待って! いや、待ってください! 俺、今の今まで死にかけてたんで! アズカバンで衰弱してたんで!」

「選べ変態。地獄か吸魂鬼」

「何その究極の選択ッ。あ、アアァアアアッ!」

 

 誰にも届かない脱獄囚の悲痛の響きは、独りで部屋の中に木霊した。休日はまだまだこれかららしい。

 

 *

 

「はーい、というわけで、『第五十七回、チキチキ、ロンのペット兼ピーター・ペティグリューを捕まえに行きましょだーいさーくせーん』!」

「五十六回までは一体いつしたんだ…そして名前が長い」

「提案者のハリーさん、それでは作戦をどうぞ」

 

 三人でベッドに胡座をかき、適当に作ったサンドイッチを食べながら作戦会議を始める。

 ハリーは口に入れていたサンドイッチを飲み込み、一息がこう言った。

 

「スキャバーズは今、何処にいるのか分からないんだ。だから、捕まえるのはとても大変だと思う」「そうね…確か、ハーマイオニーの猫だっけ? あの子頭良いわよね、捕まえようとしたんでしょ?」

「多分」

 

 シリウスの無実の晴らすためには、まずピーター・ペティグリューが生きているという事を証明しなければならない。最速の方法は、彼自身を捕まえる事。存在を証拠として突き出せば、魔法省も言いくるめられるだろう。

 

「どうやったら捕まえられるかな…」

「『呼び寄せ呪文』とか」

「あれは対象が何処か分かってないと出来ないんだけど…」

「ぁッ…」

 

 すると、ハリーは古い羊皮紙を後ろで握りしめた。

 先ほどから気になっていた、部屋にやってきた時から持っていたその羊皮紙が。

 

「ねぇハリー、それは何なの? 随分と大切な物みたいだけど」

「ラブレターか? なぁハリー、誰にも言わないからさぁ…ちょっと見せてくれよぉ」

「シリウスうざいよ」

「…」

「シリウスうざい」

「…あの、姉弟で揃って、俺の心に追い打ちをかけないでくれる?」

 

 おいおいと泣き出したシリウスは置いといて、アイルはハリーに向き直る。

 

「ハリー、それは何?」

「えーっと…『忍びの地図』って云うんだけど…」

「『忍びの地図』だって?」

「知ってるの? シリウス。というか、何なのそれは」

 

 すると、先ほどの涙は何処へ消えたのか、シリウスは意気揚々と「忍びの地図」について語り始めた。

 どうやら、ムーニー、ワームテール、パッドフット、プロングス…かつて「()()悪戯仕掛け人」としてそう名乗っていたシリウス達の作ったホグワーツの地図らしい。このあだ名はアイルも知って呼んでいたが、まさかこんな物まで作っていたとは。

 

「見てろよ? 『我、此処に誓う。我、良からぬ事を企む者なり』」

 

 シリウスがアイルの杖を向けると、スルスルとインクが流れるような模様が現れ、あっという間にホグワーツ全体の見える地図となった。

 足跡一つ一つに名前がついており、その人が今、何処にいるのかが分かる仕組みになっている。それだけではない。事細かな場所や秘密の通路まで書かれてある。

 

「凄い…流石『初代悪戯仕掛け人』ね。ハリーはこれで、私の部屋にシリウスがいるって知ったのね」

「うん、襲われてるのかと思って、慌てて…」

「誰かに言ったの?」

「いいや。早くしなきゃ、って思ったから」

 

 今となっては、誰にも言わないで良かったと思える。もしシリウスの事がバレてしまえば、叱責だけでは済ませられない。

 

「何処で見つけたの? それとも、誰かに貰った?」

「え、えっと…」

「言えない?」

「…うん」

「なら良いわ。本当は問い詰めて減点しなきゃいけない所だけど、お父さんやシリウス達が作った物だから…ハリーが持ってる方が良い」

「そうだな。その方がジェームズも喜ぶ」

 

 そうして、軽いノリの三人は地図の中の「ピーター・ペティグリュー」の字を探し始めた。

 アイルが自分の部屋の場所をチラと見てみると、「アイル・ポッター」「ハリー・ポッター」「シリウス・ブラック」「ピーター・ペティグリュー」の文j…あ。

 

 これが間違いでなければ、部屋にいる事は分かった。恐らく、部屋から逃げ出るタイミングを逃したのだろう。「ピーター・ペティグリュー」の文字が、この部屋の入り口付近でドアが開くのをジッと待っている。

 アイルは近くの空き瓶を手に取り、割れない魔法をかけ、そのまま杖を振り上げた。

 

「『アクシオ 来い』!」

 

 驚き顔の二人は無視して、アイルはそのまま杖を瓶の方に向けた。すると、ドア方面から物凄いスピードの毛だらけの物体が飛んできて、瓶の中にドスッと嫌な音を立てて入った。

 すぐさま蓋を閉め、中を覗いてみる。そこには汚らしいネズミが一匹。ネズミは慌てて出ようともがくが、瓶の中だという事に気がついて唖然とした。

 

「人には戻らない方が良いわよ。この瓶、割れないように魔法をかけたから」

「あ、アイル…それはもしかして…」

「えぇ。ピーター・ペティグリューよ」

「…本当だ、奴だ」

 

 瓶の中を確認したシリウスは、苦々しい顔で頷いた。酷く怯えた様子のネズミーーもといワームテールは、まだ諦めずに踠いている。

 

「これ、いつからお姉ちゃんの部屋にいたんだろう」

「さぁ? 最初に私の部屋を見た時、私とシリウスの名前しかなかったんでしょ? それなら、ハリーがドアを開けた拍子に入ったんじゃない?」

 

 この部屋には小さな穴もない。きっと安全圏だと思って入ってきたのだろうが、ある意味で魔物の巣窟だ。しかし、間違いに気がつくのが一足も二足も遅かった。

 瓶の中で一人、人に戻る事もままならない裏切り者は項垂れた。弁解する事も出来ず、今はただこの瓶の中に閉じ込められているしかないのだ。

 

 *

 

「…という訳で、シリウスの無実を証明します」

「本当、貴女はいつも規格外な事を言いますね」

「よく言われます」

 

 あの後、アズカバン担当の魔法省の役人を数人呼び出した。

 アイルが「シリウスの無実を晴らす」と言ったからか、丁度仕事が片付いたらしい魔法大臣までやってきた。暇人達め。

 

 何もない狭い空き教室に、逃げられないように魔法をかけ、アイルは皆の前でネズミを人に戻した。もしこれが本当にワームテールでなければ赤っ恥所では済ませられないが、「忍びの地図」が間違う事なんてない。

 魔法省の役人だけでなく、ホグワーツの教師陣も固唾を飲んで見守る中、ネズミは汚らしい小男へと姿を変えた。

 

「ワームテール! お、お前は…本当に…!」

「あぁリーマス、私を助けてくれ! 私は、私は無実なんだ!」

 

 と、小男(ワームテール)はリーマスに無実を訴えたりしたが、無実ならば何故今まで姿をくらましていたんだ、という話になる。

 いやはや、何十年もネズミとして過ごしていたなんて、根性だけはあるようだ。そういえば、「動物もどき(アニメーガス)」になったら味覚も変わるのだろうか。

 

「アイル! あぁ、本当に綺麗になったな。お母さんそっくりだ。そう、君の両親と私は、親友だったんだよ…!」

「はいはい、そういうの良いから」

 

 裏切った癖に、何を今更。

 

「アンタのせいで…両親は死んだ。アンタがいなければ、私はあいつと出会う事なんてなかった。アンタのせいよ…全部全部」

「アイル…許してくれ。許して…私が話さなければ、私を殺すと、あの方がそう仰ったんだ!」

「…」

 

 シリウスやリーマス、ジェームズならきっと、友を守るためならば自らの命だって投げ打つだろう。彼は前から臆病な男だった。何方かと言えば、親友達の光に呑まれていただけ。所詮は、その程度の友情だったというわけか。

 許せない、けれど…自分が可愛いのも理解出来る。死にたくないという気持ちも、痛い程分かる。

 アイルは杖を握りしめてはいるが、もうワームテールに向ける気は起きなかった。後は、しかるべき場所で、しかるべき対処を。

 

「自白したな。捕らえろ。あいつは『動物もどき(アニメーガス)』だ。警備を厳重に行え」

 

 魔法大臣の言葉で、役人達はすぐさまワームテールを捕らえた。

 これから、吸魂鬼に連れられてアズカバンに連行されるらしい。これでもう、シリウスの無実は確定した。何十年も背負わされていた偽物の罪の荷を、彼はようやく下ろす事が出来るのだ。

 

「ミス・ポッター…まさか、本当に、ピーター・ペティグリューが生きていたとは…」

「ずっと言ってたでしょう? シリウスは無実だと」

「本当に申し訳ない。ミス・ポッター、今シリウス・ブラックが何処にいるか分かりませんか? 直々に謝罪と、指名手配の解除を行いたいんです」

 

 少し青ざめている大臣。色んな事がありすぎて、頭が混乱しているのだろう。そこで、アイルが爆弾を投下する。

 

「あぁ、彼なら私の部屋にいますよ」

「…え」

「だから、私の部屋にいますって。いやぁ、昨夜、私の部屋を訪ねてきたんですよ。吸魂鬼の警備、ガバガバですよ」

「…え」

「アイル、ちょっとこっちにいらっしゃい」

 

 おや、マクゴナガルが黒い顔をして手招きをしている…。ヤバイ、嫌な予感しかしない。

 

「何で指名手配犯を部屋に匿ってるんですか! もしシリウス・ブラックが無実でなかったら、どうなっていた事か…」

「いや、平気ですよシリウスくらい。杖持ってませんでしたし、熟練の魔法使いを数十名連れてこなきゃ、私は倒せませんよ」

「その自信は相変わらずですね…まぁ良いでしょう。では、シリウスを連れてきてください。説教はその後です」

「はい…」

 

 *

 

『シリウス・ブラック、実は無実だった?! 魔法省の捜査不足に批判殺到』

 

 翌朝の新聞の大見出しには、そんな文字がデカデカと書かれていた。

 本文には、魔法省や大臣が直々にシリウスに謝罪をし、賠償金を支払ったという事が書いてある。本文の途中には、すっかり姿を整えてドヤ顔をしているブラック氏。五十代になっても、かなりイケメンだ。

 

「シリウス…元気でやってるみたい」

「そうだな。今はロンドンの実家で、絶賛片付け中だそうだが」

「へぇ、ロンドンに実家があるのね」

 

 新聞を読みながら、アイルは隣に座るリーマスと駄弁る。本来ならば隣はスネイプの席だが、彼はリーマスと一緒にいる事を嫌がってあまり大広間に来ないのだ。

 

「実はね、アイル…私…この仕事、辞める事になったんだ。形としては、自主退職なんだけど」

「え、どういう事よ?」

「バレちった。人狼情報」

「マジか」

「マジ」

 

 確かにこの頃、「リーマス・ルーピンは人狼ではないか」との噂が所々から聞こえていた。

 いや、何処から漏れたんだそれ、と思ったが認める事はせず、単に噂としてスルーしていた。が、どうやら誤魔化しきれなくなったようだ。誰が噂を流したかなんて容易に想像出来てしまう。嗚呼、何だか悲しくなってきた。

 

「じゃあ何、リーマスは…また無職? そんな…やっと、やっと立ち直って職につけたのに…!」

「あのさ、人をさも”今までニートでしたー”みたいに言わないでくれる? アンブリッチのせいで就職が難航してたんだよ。本当はもう五十代入っちゃったからさ、ずっとホグワーツ教師しようと思ってたのに…」

「そうよね。ったく、ダンブルドアに抗議しなきゃ」

「良いんだ、もう」

 

 抗議のふくろうが相次いでいるらしい。赤の他人からしてみれば、自分の子供の教師が”人狼”というのは不安でならないだろう。今は「脱狼薬」も発明されているから、それほどの心配はいらないというのに。

 この頃スネイプの機嫌が良いのはそのせいだろう。

 

「これからどうするの? リーマス」

「そうだなぁ…ホームレスでもしながらまた就職活動再開かな…」

「じゃあ、私達の家に来ない? 新しい家を買ったの。部屋も腐るほど余ってるから…良かったらどう?」

「…本当に良いのかい?」

「えぇ。平気よ。定期的に『脱狼薬』も送るから。あれくらい材料揃えば簡単に作れるし」

「わお、流石規格外」

 

 シリウスは無罪放免。ピーター・ペティグリューはアズカバン行き。リーマスと同棲決定。

 去年と比べ、まだ平和な一年だ。ヤンシスには少々不安が溜まり気味だが、多くの収穫と真実が見えた。

 嗚呼、これで今まで陰を生きてきた人間が堂々と外を歩ける。本当の親友と笑顔を交わせる。

 

「ハリー、リーマス、夕食出来たわよ!」

「はーい」

「今行くよアイル」

 

 悪夢が、じわじわと幸せとの距離を詰めているとも知らずに。





...はい、というわけでアズカバン終了〜! ドンドンパフパフ〜♪
え、適当だって? これが平常運転です。
今回の話でストックがなくなってしまったので、今週はストック溜めに勤しみます。来週からゴブレットにいけると良いな。

さて、実は先日「ハリー・ポッターと呪いの子」を購入しまして、先ほどまで読んでおりました。ネタバレはいたしませんので、ご安心を。
簡潔な感想を述べさせていただくと...とても素晴らしいお話でした。台本形式ではありますが、慣れれば読みづらくもなく、いとも簡単に世界観に入り込む事が出来ました。
完結編というと、微妙だったり、面白くなかったり...と若干期待ハズレな作品が多いですが、「呪いの子」はある意味で私達の期待を裏切ってくれます。まさかこんな展開があったのか...と七巻まででは細かく描写されなかった部分や伏線を丁寧に回収し、ポッタリアンに新たな夢を与えてくれました。
1900円と、それ程高い金額ではありませんので、お財布に余裕があれば、皆様も是非ご購入する事をお勧めします。

本作は、「死の秘宝」が終わり次第「呪いの子」を続けて書く予定ですので、末長くお待ちいただけると嬉しいです。


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アイル・ポッターと炎のゴブレット
クィディッチ観戦の前に


 

 

「ねぇハリー、クィディッチ・ワールドカップのチケットを貰ったんだけど、良かったら観に行かない?」

「…え、クィディッチ・ワールドカップ?!」

 

 薄い雲に覆われたイギリスの空。

霊屋敷(ハビフェースト)」に住む三人の男女は、昼食をとりながら談話をしている。

 アイルが取り出したのは、二枚のチケット。「クィディッチ・ワールドカップ来賓席 アイル・ポッター殿、ハリー・ポッター殿」と書かれている。

 

「おや、私の分は?」

「リーマスはお留守番ね。誘われたのは私とハリーだけだし」

「酷いな…誰から貰ったんだ? 来賓席という事は、かなりの高官だろう?」

 

 少し不満顔のリーマス。だが、魔法省の高官が集まる場に人狼である自分が行くのは危険だとは分かっているらしい。

 

「魔法大臣よ」

「「ゴホっ、ケホッ!」」

「大丈夫?」

 

 予想外の答えにむせ返る二人組。規格外なのはいつもの事だが、まさか魔法大臣から招待されるとは。

 

「いやぁね、この間のお礼だって。『貴女のおかげで真実がハッキリした。ありがとう』って。太っ腹だよねぇ」

「そういえば、ロン達もそんな事言ってたな」

「あぁ、ミスター・ウィーズリーに誘われたわよ。でも、これがあったからね。席は自由だし、一緒に行くのも手間だから、バラバラに行く事にしたわ。まぁ、テントは一緒だからすぐに会えるわよ」

「良かった」

 

 ヤンシスでも親友は大切だ。姉とも一緒にいたいが、同じように親友達と過ごす時間も良い。

 

「それにしても、相変わらずアイルは凄いな。魔法大臣と親しいし、こんなチケットまで…来賓席なんて、普通の魔女や魔法使いじゃ絶対に立ち入れないぞ。それに、イギリスで決勝戦が開かれるのは、一体何年ぶりだか…」

「私ってほら、いつの間にか知らない人が周りにいっぱいいるタイプだから」

「あれだね、宝くじ当たったらヤケに友達が優しくなるのと同じだね。学生時代はぼっちだった癖に」

「一匹狼って言ってほしいわね…」

 

 ”ぼっち”は禁句だ。ぼっちじゃない、決して。そう、私は一匹狼。

 アイルは自分にそう言い聞かせる。

 

「お、新聞は相変わらずワールドカップ一色だな。スポーツ紙の記者達が随分とやる気を出している」

この家(うち)のニートにも、就職に対するやる気を出して欲しいわね」

「ニートじゃない、別に働きたくないわけじゃないぞ。ただ、ただな…やっぱり人狼は雇ってくれないみたいだ」

「『脱狼薬』飲んだ? 明日は満月だけど…」

「相変わらず苦いが、上々だ」

「スネイプ先生と協力して、甘い『脱狼薬』を開発してみるね」

 

 *

 

「じゃあ私は、ちょっと庭の手入れをしてくるわね」

 

 朝食が終わると、アイルは席を立った。いくら魔法使いの住む館いえど、植物は好き勝手に伸びてしまう。

 ハリーは「僕も行くよ」と立ち上がろうとしたが、「宿題をやりなさい」と一蹴された。家に教師が二人もいるのだ。ホグワーツの夏休みの宿題の量は気が遠くなる程多いが、アイルは手伝う気はサラサラない。仮にも教師。弟ばかりを贔屓するわけにもいかないのだ。

 

「はぁ…宿題嫌だなぁ…」

「早く終わらせれば終わらせるほど、アイルは笑顔で褒めてくれるぞ」

「よーし、僕頑張る。一時間でこの地獄を全て制覇する」

「その意気だ」

 

 リーマスは元教師だが、宿題を教えるのに抵抗はないらしい。

 流石、元監督生で、ジェームズやシリウスの親友。頭も良い。学生時代から何十年経っているかも分からないのに、多種多様で意地悪な問題を次々と分かりやすく教えてくれる。

 

「リーマスは本当に頭が良いね」

「そうかい? まぁ…私は勉強が好きだったしね」

「お姉ちゃんは、どんな人が好きなんだろう…?」

「あ、知ってるよ、昔よく恋バナしてたし」

「教えてくださいルーピン様」

「食いついてきたね…じゃあ、この教科を一人で五分以内に解けたら教えてあげるよ。アイルに関する事は、きっとジェームズよりも知ってるはずだから」

 

 それからというもの、ハリーはアイルの話が聞きたいという一心で筆を走らせ続けた。リーマスが口を挟む隙は一切見当たらない。

 良い事なのだろうが…勉強の動力源が”姉”というのはどうなのだろう。

 対してアイルは、自分が引き合いに出されている事も露知らず、マグルは覗く事の出来ない屋敷の庭を魔法で綺麗に整備中だ。

 

「終わった…終わったよリーマス…」

「早い。アイルパワー凄い」

「さぁ、早くお姉ちゃんの好きなタイプを! カモン!」

「はは…」

 

 リーマスはハリーの出来上がった宿題に目を通しながら、そうだなぁ…と少し昔を思い出す。

 

「アイルは優しくて、強い人が好きだろうな…ほら、恋人がいるんだろう? ルシファースト・マルフォイ…彼の噂は私も、かねがね耳にしていたよ。ルシウス・マルフォイの息子で、成績優秀な美青年だってね」

「やっぱ、顔もかな…」

「アイルが面食いだとは思わないけどね、顔も大事だと思う。女だし」

「女だもんね」

 

 ハリーはため息をつく。自分の容姿はまぁまぁ良い方だとは自負しているが、誰もが認めるような絶世の美少年ではないし、さして女子に人気があるわけでもない。

 しかし、この頃段々身長も伸びてきた。まだアイルには届かないが、後一年もすればすぐに抜かしてしまうだろう。

 さて、ハリーには他に、ずっと疑問に思っている事があった。

 

「ねぇリーマス、ヴォルデモートがお姉ちゃんを攫って、地下に閉じ込めていた時期は一週間くらいだって聞いてるんだけど…」

「…そう、だね。酷い目に遭わされたと聞いているよ」

「うん、その事なんだけどね。両親は死んだ、お姉ちゃんは攫われた…じゃあ僕は、その一週間、一体何処にいたの?」

「…あぁ、それか」

 

 アイルに聞いていないのかい?とリーマスが逆に質問をすると、ハリーは首を横に振る。

 アイルにとって、暗黒時代は思い出したくない過去だ。今まで、その時代についてハリーが質問をした事はない。それに、本人が語らずとも近くには必ず過去を知る者がいた。

 

「そうか…ハリーは知らないのか…実は、私も詳しくは知らないんだけどね、聞いた話、あの後君は、ダンブルドアの知人の家にアイルを救出するまでの間、匿ってもらう事にしたんだ。けれど、そこでもワームテールのような、裏切り者が出て、君の居場所がヴォルデモートにバレてしまったんだ…」

「僕の事を匿ってくれた人達は…?」

「無残な事に、殺されてしまった」

「…」

 

 ハリーは手元にあったペンを強く握りしめる。自分が存在するがために、一体何人の人が命を犠牲にしてしまったのだろう。

 何が「生き残った男の子」だ。犠牲の上に立つ汚れた称号に過ぎない。ヴォルデモートに勝ったからといって、自分が特別だとは思っていない。ただ、自分を守ろうとして、姉が死んでしまうかもしれない事が怖い。

 

「ハリー…大丈夫かい?」

「くは…」

「え?」

「僕は、自分のせいで誰かが傷つくのは嫌だ。僕のせいで、お姉ちゃんまで死んでしまいそうで…」

「ハリー、君が責任を感じる事はない。皆、命を懸けて戦っていたんだ。君を守って死んだのなら、彼等も本望だよ」

「…だと良いけど」

 

 *

 

「あー、暑い…ベリー暑い」

 

霊屋敷(ハビフェースト)」、庭にて。

 アイルは相変わらず黒いローブを羽織ったまま、魔法で庭を手入れしている。幽霊屋敷と言えど、草木は伸びるし暑いもんは暑い。

 マグルの夏服を着れば話は済むが、何だか露出の多いものばかりだし、ローブでないと落ち着かない。

 真夏の白昼で庭に一人。寂しい。とりあえず「冷却呪文」をローブにかけて、日陰で涼み始めた。少し休憩だ。

 

「あぁ…伸びてるなぁ木。一年放置してたらそりゃああれるだろうけど…庭師でも雇おうかな。いや、お金かかるな。…うちのニートにやらせよう」

 

 ホグワーツに行っている間は、リーマスに屋敷の周りの整備をしてもらう事にしよう。どうせ屋敷に引きこもって絶賛ニートニートするつもりなのだろう。丁度良い仕事じゃないか。

 屋敷の壁の影にしゃがみ込んで涼んでいると、何処からふくろうの鳴き声が聞こえてきた。今度は何事かと周りを見回すと、上空から見覚えのない黒いふくろうが舞い降りてきた。

 ふくろうの足には手紙が括り付けられている。魔法省でも、ウィーズリー家でも、ホグワーツでもないこのふくろう…一体誰からの手紙だろう。

 

 目つきの悪いふくろうは、アイルへ足を突き出してきた。手紙を取れと言っているのだろう。

 不審に思いながらも足に括り付けてある手紙を取ると、ふくろうは一瞥もせずに再び飛び去ってしまった。さて…この手紙はどうしよう。

 

「『スペシアリス・レベリオ 化けの皮、剥がれよ』」

 

 杖で幾度か叩いてみたが、手紙は特に動きを見せない。どうやらただの手紙のようだ。

 今まで何度か、呪いのかけられた手紙やものが届いたりした事があった。死喰い人ではないだろう、きっと面白半分で送ってきたに違いない。故に、不審な届け物には全て警戒しなければならないのだ。この頃はそういったものも減ってきたと思っていたのだが…。

 

「誰からかしら…」

 

 ふくろうが落とした手紙を開けてみると、「愛するアイルへ」と、何度も何度も見た事のある字が書かれていた。

 

「ルシフ…?!」

 

 一心不乱に一面を開き、中の文章を食い入るように見つめる。

 

『愛するアイルへ

 突然手紙が送られてきた事に、オマエはきっと驚いた事だろう。しかし不審には思わないでほしい。

 去年の夏にオマエと再開して、もう一年も経ってしまうのか。時間が過ぎるのは早いものだ。出来る事ならば、オマエと共に生徒に教鞭を取っていたあの頃に戻りたい。

 それより、シリウス・ブラックの無実が証明されて本当に良かった。オマエは前から、彼の事を信じていたから。オマエの幸せそうな笑顔を隣でずっと見ていたい…けれど、しばらくはそれさえも叶わないようだ。

 俺にはやらなければならない事があるんだ。だが信じてくれ、俺はまだ、オマエを愛している。どんなに邪魔されようが、どんなに苦しめられようが、どんなに引き裂かれようが…俺の気持ちは絶対に揺らがない。

 

 アイル、もし俺の弟に会う機会があれば、この封筒に同封してある別の手紙を渡してくれ。ただし、父上の前では遠慮してくれると嬉しい。

 一方通行ですまない。愛してる。

 ルシファーストより』

 

「ルシフ…」

 

 あぁ、会いたい。

 けれど、今は無事が知れればそれで満足だ。まだ彼が自分の事を愛しているという事が分かっていれば。

 封筒を広げてみると、確かにもう一つ手紙が入っている。人の手紙をみる趣味はないので、そのまま封筒に入れ、ローブの内ポケットにしまった。満ち足りた気分だ。

 

「…もう少し、頑張ろ」

 

 




さて、今回から炎のゴブレット編スタートです。
今回からタイトル通り、アイルが死ぬほど愛されて参りますので、ハリーのヤンシスっぷりとヴォルの執着にご注目ください。


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歯車がズレ始める

 

 

「じゃあハリー、出かけるわよ」

「うん、リーマス、行ってくるね!」

「私の分まで楽しんでくるんだよ」

 

 夏休みの中盤。

 とうとう、クィディッチ・ワールドカップの日がやってきた。普通の席を取った人は、試合の一週間前には出なければならないようだが、今回アイルとハリーは来賓席。余裕を持って競技場まで行く事が出来る。

 丁寧に整備された庭に立ち、日差しを浴びながらアイルは思い切り伸びをする。これから、何十年か振りにイギリスで行われる決勝戦を見に行くわけだが、現在早朝六時。まだ眠い。

 

「お姉ちゃん、どうやって競技場まで行くの?」

「『姿現し』よ。私、これあんまり好きじゃないんだけど…人目につかない場所が少ないせいか、ロンドンには『移動(ポート)キー』が用意されなかったから。箒で行くのも時間がかかるしね」

「『姿現し』…聞いた事があるよ。何だっけ、瞬間移動…みたいな」

「そうよ。久しぶりにするからどうなるかは分からないけど…まぁバラける事はないでしょうよ。さ、捕まって」

 

 ば、バラけるだって…?とハリーはアイルの言葉をいかがわしく思ったが、考える間も無くアイルに腕を強く掴まれた。

 

「絶対に離さないでね」

「う、うん…」

 

 離す離さない以前に離れられないんですが、とは言わない。ハリーは良い子だから。

 

「行くわよ。覚悟しててね」

「え」

 

 破裂音がしたかと思えば、二人の男女が屋敷の庭から姿を消した。

 

 微かに漂う香水の残り香が、リーマスの鼻を擽った。これでも狼だ、鼻は良い。香水の甘ったるい香りは嫌いだが、アイルのそれは不思議と不快にならない。何一つ偽る事なく、着飾る事なく、己の有りのままだけを人の目に晒すというのは、どれほど勇気のいる事だろう。しかし、彼女はそういう人だ。

 

「嫌な予感がする…アイル、ハリー…何もなければ良いが…」

 

 今宵は屋敷に一人。

 三日月でも眺めて、思い耽ようか。

 

 *

 

「う、うぇ…」

「うあ、気持ち悪い…」

 

 バチッ、と再び破裂音が響いたのは、とある森の中。魔法使いのローブを着た二人は、吐き気を堪えて近くの木に寄りかかる。

 ハリーは真っ青な顔で、胃の奥底から這い上がってきた嘔吐物を飲み込んだ。初めての「姿現し」で、吐かないはずがない。正常な反応だ。

 対して、ダンブルドアやヴォルデモートと肩を並べるとも言われるアイル・ポッターはーー嘔吐はしていないものの、酷い頭痛に襲われていた。

 

「お、お姉ちゃん…大丈夫…?」

「へ、へーき。ハリーは? 初めてでしょ?」

「うん、僕は平気だよ。お姉ちゃんの方が辛そうだ」

「私は元々、この魔法があんまり得意じゃないから…」

 

 何十年ぶりだろう、一応免許は取っているが、久しぶり過ぎて気持ちが悪い。

 あの狭いゴム管の中を、無理矢理通るような感覚が何よりも嫌いだ。「磔の呪文」には及ばないが、二番目に苦しい。出来る事ならば使いたくないと、なるべく避けていた。

 

「それにしても、よく耐えたわね。初めての『姿現し』の時は、大体の人は吐くのよ?」

「お姉ちゃんは現在進行形で吐きそうになってるけどね」

「ぅ…苦手なんだもん」

 

 良い歳こいた大人が「もん」なんて語尾につけている。

 さて、ウィーズリー家もそろそろ此処についた頃だろう。それにしても、此処には人がいないな…事前に場所は確認しておいたから間違いはないはずなのだが。

 

「此処、何て森なんだろう」

「さぁ…?」

 

 丁度近くに大きめの湖がある。清々しくて気持ちの良い場所だ。

 

「本当、誰もいない…とりあえず、此処では魔法はあんまり使っちゃダメだからなぁ…久しぶりだから、少しテントが密集してる場所から離れちゃったのかなぁ…」

「少し探してみる?」

「そうね。この湖、少し大きいみたいだから…迷わないように、印でもつけておきましょうか」

 

 そう言うとアイルは懐から刃渡十センチ程のナイフを取り出し、近くの大木の根元に突き刺した。

「そのナイフ…何?」

「え、うーん…普通のナイフ。錆びないのよ? 凄いでしょ? マグルには認知されないし」

「凄い」

 

 どうせアイルが自分で魔法をかけたナイフなのだろう。もう見慣れてしまった。一年生の時は全てに感動していたが、今はもう微動だにしない。

 しかし、マグルに認知されないというのは凄い。姿を隠す魔法ならば存在するが、一部に対してのみ効く魔法は聞いた事がない。

 

「さて、探しますか」

「うん」

 

 *

 

 しばらく森の中を歩き回っていると、騒がしい人の声が聞こえてきた。色とりどりのテントや珍妙なマグルの服を着た魔法使いの姿も見える。

 やっと森から出れたようだ。これで一安心。

 最初から「姿現し」でもう一度目的地に向かっても良かったが、もう使いたくなかったので止めた。

 

 さて、肝心のテントの溜まり場だが、それはそれは奇怪なものばかりだ。

 あるテントはクローバーに囲まれているし、あるテントはペンキをぶちまけたようなデザイン。また、ある魔法使いはスカートを履き、ある魔女は手袋を首に巻いている。魔法省からのお達しで、決して魔法使いである事がバレないようにしなさいとあった。

 だがこれを見てアイルは思う。絶対こいつら隠す気ないだろ、と。

 

 魔法省も諦めているのだろう。疲れた様子の役人が、その場に座って一人寂しくカボチャジュースを飲んでいる。

 

「凄い…ね」

「えぇ。混沌としてる。でも嫌いじゃないわ。じゃあウィーズリー家を探しましょ。顔見知りを当たれば、すぐに出会えるはずだわ」

「分かった」

 

 それから、マグルもどきの魔法使い達の間を二人で通っていく。世界中から人が来ているせいか、とにかく人が多い。逸れてしまいそうだ。

 すると、アイルはハリーの手を掴んだ。

 

「逸れちゃ元も子もないでしょ? 手、繋ぎましょ?」

「うん!」

 

 ハリー・ポッター、十四歳。大好きな姉相手ならば、羞恥心もすっかり消えてしまう。道行く人は皆アイルの事を見るが、そんな事さえも気にならなかった。

 久しぶりに繋いだ手があまりにも温かくて、あまりにも優しくて。つい、愛おしくて強く握り返してしまう。

 

「は、ハリー…? ちょっと痛い」

「あ、ごめんお姉ちゃん」

「フフ、可愛い」

 

 彼女になら、子供扱いされたって構わない。それならば、ずっと側にいられる。ずっと離さないでいてもらえる。

 途端、フッとアイルの手が離れた。

 

「ハァイ、セドリック! 久しぶりね!」

「ポッター先生…?!」

 

 手を離した代わりにアイルが呼び止めたのは、ハッフルパフのセドリック・ディゴリー。ハリーは実際に会った事はなかったが、ハンサムだという事で女子に人気があり、噂くらいは耳にしている。

 しかし、今大事なのはセドリックがいる事じゃない。何故、こいつが現れた瞬間、姉が手を離したのか、だ。

 強く拳を握り締めるハリーに気づかず、アイルはセドリックと話を進める。

 

「ポッター先生もワールドカップを?」

「えぇ。大臣に招待されたから。ねぇ、確か、ディゴリー家はウィーズリー家と同じ『移動(ポート)キー』じゃなかった?」

「えぇ、そうですけど」

「テント、何処か知らないかしら? 私、彼等と落ち合う約束をしていて…」

「あぁ、それならあっちにーー」

 

 セドリックは東の方を指差し、ついさっきあちらのマグルの経営するレンタル場で別れたと言った。しかし、あそこは此処以上に人が密集している。

 これはまた、探すのが大変そうだ。

 

「セドリック、一体誰と話しているんだね?」

 

 すると、セドリックに誰かが声をかけた。そこには、少し小太りで、眼鏡をかけた優しそうな魔法使い。

 

「あぁ、父さん。先生、父のエイモス・ディゴリーです」

「おやおや、ホグワーツの先生でしたか。これは失礼」

 

 エイモスはハンチング帽を取り、笑みを見せてきた。

 

「セドリックの父です」

「初めまして、ミスター・ディゴリー。私はアイル・ポッター、ホグワーツの『呪文学』の教師です。こっちは、弟のハリー」

「おやおやおや、貴女が噂の!」

 

 エイモスは、ハリーになんて目もくれない。目の前の美しい人に目を奪われているようだ。

 セドリックはそんな父に半ば呆れつつも、「ごめんね」とハリーに謝っていた。堅実な青年だ、此処までならば、ハリーも少し好感を持てる。が、今となっては自分と姉との時間を邪魔した虫けらだ。

 

「お噂はかねがね耳にしていますよ、えぇ! 評判通り美しい方だ」

「ありがとうございます」

「それで先生、私の息子はとても優秀でしょう? 我が家の自慢なんですよ!」

「えぇ、セドリックは、生徒達の中でも特に優秀なんです。呪文も上手だし、レポートも文句のつけ所がありませんよ」

「そりゃあ! 私の息子ですからね!!」

 

 エイモスは嬉しそうだ。先ほどよりも楽しそうな笑み浮かべる。

 

「では、私はこれで失礼します。ウィーズリー家と合流しなければならないので」

「もう少しお話したかったですが…では、息子を宜しくお願いしますね」

 

 *

 

「ねぇ…お姉ちゃん…」

 

 東の方面で進んで行く矢先、ハリーはアイルの手首を掴みながら耳打ちをする。

 こんなにも人がいるというのに、酷く冷たく、酷く通って聞こえた。聞きなれた声のはずなのに、何故だか鳥肌が立つ。

 

「ど、どうしたの? ハリー」

 

 こんな声を聞いたのは初めてだ。

 いつもの優しい、穏やかな声とはまるで違う。何処か、あのトム・リドルに似通っている。

 

「さっき、何で手を離したの?」

 

 ハリーに手を繋ぐ素振りはない。代わりに、強く、強く手首を握りしめてくる。

 

「い、いや…セドリックを前にして、手を繋いでいたら、恥ずかしいと思ったから」

「…誰が? 僕? それとも、お姉ちゃん?」

「ハリーに決まってるじゃない。ハリーが私の事大好きなのは知ってるわよ。けど、思春期だし…ハリーが嫌かな、って思って…」

「…そう」

 

 単調で、かつ感情のない返事。

 アイルはガラスオブハートなので、大好きな弟にこんな反応をされると辛い。

 

「そうだお姉ちゃん、一つだけ、間違ってる事があるよ」

「え?」

 

 先導してアイルの前を進んでいたハリーが、突然歩みを止める。一瞬にして世界まで止まったようで、頭が真っ白になった。

 

「僕、お姉ちゃんに、大好きだとか、そんな適当な感情抱いてないから」

「…どういう、意味?」

 

 アイルが小さく尋ねると、ハリーにゆっくりと振り向いた。その目は、血のように赤い。一瞬見間違えかと思ったが、何度瞬きをしても瞳は赤いまま。母から受け継いだ、あの緑色の瞳はない。そして一瞬狂気じみた笑みを浮かべ、そのまま呟く。

 

「愛してる…この世の何よりも。

 お姉ちゃんが僕の手を離すなら、僕はお姉ちゃんの手を離さない。お姉ちゃんが僕から離れるのなら、僕はどんな非道な手を使ってもお姉ちゃんを引き止める。大丈夫、もう振り返って僕の手を引かなくて良いよ。これからは、僕が絶対にお姉ちゃんを離さないから」

 




ハリーのヤンシス、ただいま加速中。


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偽物の笑顔

 

「そ、そう…?」

 アイルはそう言ってその場を乗り切った。ハリーはこれ以降何も言わなかったが、依然と手首は強く掴まれたままだ。

 此処まで来たら、好い加減認めざるを得ない。ハリーは正気じゃないって事を。

 昔からお姉ちゃんっ子だったけれど、まさか此処までの感情を内に秘めていたとは。ハリーは好きだ、大好きだ。アイルも、彼の事を愛していると言える。

 けれどハリーは、”姉”としてではなく、一人の”女”として愛していると言っているような口ぶりだった。

 

 曖昧に誤魔化してしまった自分を殴りたい。

 これまでもそうだった。ハリーの気持ちをウヤムヤにして、見て見ぬ振りをし続けた。怖かったから、日常が壊れるのが。

 

 しかし、そんな配慮なんていらなかったのかもしれない。日常なんてとうの昔に家出してしまっている。帰って来る目処はない。何処かで野垂れ死んでいるかもしれない。

 

「お姉ちゃん、元気ないね。もしかして、具合でも悪い?」

「い、いや…早くウィーズリーさん達が見つからないかな、と思って。人が多いから、早く合流しないと」

「…そう」

 

 不機嫌そうな表情。親友達と会って、気が晴れてくれたら良いが。

 

「あ、ロンとハーマイオニーだ…オーイ、ロン! ハーマイオニー!」

 

 親友を見つけたのだろう、ハリーはそちらの方へ走っていく。勿論片方の手には姉の手首が握られているわけで、アイルもその勢いに乗せられて引っ張られてしまった。

 

「あらハリー、やっと見つけたわ」

「久しぶりだねハリー」

 

 バケツを片手に持った二人の男女。ロンは少し背が伸びた気がする。

 するとアイルに気がついたハーマイオニーが、すかさず挨拶をした。

 

「おはようございます、アイル先生」

「おはようハーマイオニー。ロンもおはよう」

「おはようございます…ところで、何でハリーはポッター先生の手首を握ってるの?」

 

 苦笑気味のロン。何となく察しはついているが、一応聞いておこう。

 

「あぁ、お姉ちゃんが僕から離れないように、ね」

「うん…オーケー」

 

 予想通り、マトモな回答は返ってこなかった。ハーマイオニーはアイルに憐れみの目を向けてくる。ヤンシスが悪化していく様を眺めるしか出来ない二人は、ただただアイルに「逃げて」と無言のメッセージを送る事しか出来ない。

 

「二人は水汲みに?」

「そうさ。此処じゃ魔法は厳禁だっていうからね、仕方なくだよ」

「ハーマイオニー、ウィーズリー家のキャンプは何処かしら。早めにご挨拶に伺いたいのだけど」

「あぁ、それならすぐ近くですよ。そこの森に入って、数十メートル進んだらあると思います」

「ありがとう」

 

 早くウィーズリー家の方々に会いたい。そして、ハリーと一度距離を置き、その後でゆっくりと話し合いたい。

 が、ハリーは手を離してはくれなかった。それ所か、力が先ほどよりも強くなっている。青少年の握力は馬鹿に出来ない。魔法が使えない夏休みの間は、自主的に体を鍛えたりもしていたから、かなり筋肉もついてきた。

 

「ウィーズリーおじさん達の所に行くの?」

「え、えぇ…早めに挨拶をしておこないと」

「…離さない、って言ったよね? 忘れた?」

「忘れてないわよ? ただ、絶対に離れない、離さない、なんて無理な話よハリー。出来うる限り一緒にいるから、ね?」

 

 ハリーの手が緩んだ隙に抜け出し、手を振って向こう側に去っていくアイル。その背中は何処か安心しているようにも見えた。

 ハリーはアイルの手首を握っていた手を見つめ、そのまま歯ぎしりをする。

 

「…そんなんじゃ、今までと同じだ。何も、何も変わらない…」

「ハリー…大丈夫?」

「ロン、ハーマイオニー…僕、おかしいかな? 僕、今、たまらなくお姉ちゃんを殺したいんだ。だって、死んだら、こんな風に、離れないし…」

「あぁ、君、ちょっとおかしいよ。普通、姉を殺したいなんて思わない。恋人でもそうさ」

「そうね。少し考えを改めた方が良いかも。…誰か、身近な大人に相談してみたらどうかしら」

 

 ロンとハーマイオニーには、今のハリーをどう扱えば良いのかまるで検討がつかない。

 下手に口を出せば刺激しかねないし、黙っているわけにもいかない。実の姉を”殺したい”だなんて、愛情を通り越して狂気だ。今まで側で彼の言動を見てきたが、年々酷くなっているのを痛感する。しかし、自分達にはどうしようもない。

 

「さ、さぁハリー、水を汲みに行こう。父さん達の所なら、変な奴にも絡まれないはずさ」

「そうね。話したい事がたくさんあるの、行きましょ」

 

 *

 

「ハァ…もう、疲れた…」

 

 何故、クィディッチを見にきてまでこんなに疲れなければならないのだろう。

 アイルはウィーズリー家の人達がいるであろう方向に、千鳥足で歩いていた。早く誰かに会いたい。そして、なるべく早く落ち着きたい。

 怖かったのだ、大好きな弟が。愛する弟に恐怖を感じたのだ。こんなの、こんなのは嫌だ。ハリーとヴォルデモートがどうも重なって見えて、怖かった。

 

「ルシフ…助けてよ…」

 

 大人なのに、教師なのに、弟の気持ちが分からない。どうして良いかも分からない。

 かつて、ダンブルドアやヴォルデモートと並ぶとも言われた。学生にして様々な魔法を創り出した。目紛しいほどのクィディッチの才能に恵まれた。ヴォルデモートを心底惚れさせた。天は二物も三物も与えてくれた。

 なのに、こんな時だけ何も分からない。何も浮かばない。

 

 辛い時は、必ず誰かが側にいた。悩んだ時は、必ず誰かが導いてくれた。

 だからだろうか、自分で何をして良いのかが分からない。

 

「あれ、これはこれは、麗しのアイル様ではございませんかぁ」

「ご機嫌麗しゅう〜」

 

 誰かに肩に手を置かれたかと思えば、そんな拍子抜けした声が聞こえてきた。フッと顔を上げれば、そこには赤毛の二人組。

 

「フレッド、ジョージ! 久しぶりね」

「お久しぶりですセンセ」

「はてさて、随分とお悩みの様子でしたが?」

「まぁ…色々あるのよ」

「「なるほど、恋煩いですね」」

「お黙り」

 

 この二人に相談しても、どうにもならない、か。

 アイルはため息をついて、背の伸びた悪戯兄弟を押しのける。一ヶ月少し経ったが、随分と顔立ちも整ってきた。久しぶりに見た顔だが、相変わらずそっくりで見分けがつかない。

 

「じゃあ、ウィーズリーさん達に挨拶に行くから、双子、案内しなさい」

「そりゃないぜアイル様!」

「俺達、今から火を起こさなきゃならないんだ。マッチとかいうマグルの道具を使ってさ。父さんがギブしちゃったから」

「先生、マッチ使えますでしょう? やってくださーい」

「嫌でーす」

 

 生徒達に弱みを見せるわけにはいかない。

 教師は生徒の見本にならなければならないのだ。あまり教え子に心配はかけたくない。

 

「じゃ、フレジョ頑張ってね」

 

 だから今は、必死で笑顔を取り繕うしかない。



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闇の印の光

今日は2話連続投稿


 

 それからの事は、よく覚えていない。

 ただ無心になって挨拶をし、話し、キャンプを準備をした。そしてハリーが戻ってきて、皆で夕食を食べてーー気がついたら、クィディッチ競技場の席に座っていた。

 

「あぁ…頭が痛い」

「大丈夫? お姉ちゃん。具合悪いなら、テントに戻る?」

 

 平然としたハリーは、アイルの顔を覗き込んできた。先ほどの一件なんてまるで夢だったかのような振る舞い。

 いや、手首を掴まれている時点で夢ではない、か。

 

 クィディッチ競技場の来賓席。

 来賓席には、ウィーズリー一家を始めとした純血一族や、魔法省の高官等様々な人がいた。来賓席以外にも人は溢れ、酷い騒音が耳をつんざくように響いている。

 先ほど、マルフォイ一家と目が合ったが、お互い挨拶一つせず顔を背けたままだった。ドラコもいたが、父親が一緒だったためルシフからの手紙は渡せない。あの手紙は、やはりホグワーツに行ってからの方が良いか。

 

「そっか、うるさいもんね此処。全人類滅ぼす?」

「いや、頭痛の原因は騒音じゃないと思うんだ私。だから良いよハリー、気にしないで」

「そう…」

 

 クィディッチの試合が始まる。

 騒音は先ほどよりも増したというのに、耳には何の音も入ってこない。何も感じられない。目の前で繰り広げられるクアッフルの争奪戦を、ただ呆然と見つめるだけ。

 折角招待されたのに、勿体無い事をしているのは分かっている。だけれど、周り以上に興奮する事が出来ない。

 

 結果、ブルガリアがスニッチを取ってアイルランドの勝利。

 圧倒的な力量差であった。

 

 *

 

「あぁ、凄かったなぁ試合」

「それにしても、何でクラムはスニッチを取ったんだろう?」

 

 テントに戻っても続く討論。魔法界はどうもクィディッチ狂が多いようで、ハリーも混ざって語らい合っている。

 そう、ブルガリアのビクトール・クラムは、自らスニッチを取り、自ら試合を終わらせた。折角決勝まで来たというのに、自分から負けたのだ。曰く、アイルランドに勝てないと直感的に感じ取ったから、自ら試合に幕を下ろしたという。少し理解が出来ない。

 ーーいや、時には諦めも重要なのかもしれないな。

 

「ポッターさん、始終浮かない顔をしていたが、何かあったんですか?」

 

 優しい表情のアーサーが聞いてくる。あぁ、相変わらず優しい人。

 

「大丈夫です。少し気分が悪いみたい。外の空気を吸ってきても良いかしら?」

「…僕も一緒に行くよ」

 

 席を立ったアイルに合わせて、クィディッチ討論をしていたハリーも立ち上がる。

 静止しても良かったが、また激情しかねない。黙って頷き、アイルはテントの外に出た。

 

 夜になっても、未だに騒がしい魔法使い達。星空にはいくつもの火花が散り、あちらこちらで色とりどりの光が舞っている。

 絶対、魔法使いだって隠すつもりない。魔法省の役人も、疲れ果てている。

 

「綺麗だね、お姉ちゃん」

「そうね…やっぱり、魔法は綺麗」

「違うよ。僕、お姉ちゃんの事を”綺麗だ”って言ったんだ。お姉ちゃんよりも綺麗なものなんで、存在しないよ」

「ありがとうハリー」

 

 隣のハリーの頭を、アイルは優しく撫でる。すると、ハリーはムッとした表情を浮かべ、今度はアイルの頭を撫で返してきた。

 

「もう子供扱いしないで良いよ、お姉ちゃん」

「あら、お昼は手を離さないで、みたいな事、言ってたじゃない。大好きな弟だもの、少しはお姉ちゃんらしくさせて」

「…」

 

 彼の目は、母の緑色に戻っている。あの赤い目は何だったのだろう、自分によく似た、あの赤い目…気のせいにしては、強く記憶にこびりついている。

 適当な地面に座って、互いに頭を撫であう。変な気分だ、姉として、教師として、人の上に立って、人の頭を撫でるのが役割なのにーー

 

「今日の試合、凄かったわね」

「そうだね。特にビクトール・クラムが凄かった…」

 

 ハリーはグリフィンドールのシーカーだ、世界で活躍するシーカーに目がいっていたのだろう。

 ビクトール・クラム…ブルガリアにあるダームストラング専門学校の生徒だ。ハリーや他の生徒達は知らないが、今年はホグワーツで、「三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)」が行われる。

 その際に、きっとクラムにも会えるだろう。

 

「今年はホグワーツで大行事があるから…楽しみにしておいてね。あ、秘密だった」

「え、何かあるの? うわぁ…楽しみ」

 

 どうやら今年は十七歳未満の生徒は試合に立候補出来ないらしい。

 危険を伴う行事だから、仕方のない事なのだろう。

 

「ねぇハリー、お昼の事だけど…」

「あぁ、あれ? …冗談だよ。ずっとお姉ちゃんと一緒にいたいっていうのとか、セドリック・ディゴリーに嫉妬しちゃったっていうのとかは…本心だけど」

「ごめんなさい、私、ハリーの事、ちゃんと考えてなかった」

「良いんだよ、僕も行き過ぎた冗談を言ってしまった」

 

 騒がしい夜。

 アイルもハリーもその場で体育座りをしたまま、真っ暗な空を見上げている。星々は妖しく煌き、三日月は燃えるような色をしている。

 こんな日も悪くない、と呟きかけたその時、

 

 ダーン!

 

 と、何処からか何かが崩れるような、大きな音が響いてきた。

 

「何事?!」

 

 次第にあちらこちらから爆発音のようなものが聞こえ、徐々に悲鳴が近づいてくる。

 テントの中の魔法使い達は、何かあったのだろうかと、寝巻きのまま飛び出してきた。ウィーズリー家も例外ではない。

 

「ポッターさん、一体何が?!」

「分かりません、ですが、すぐに皆を避難をさせてください!」

 

 たくさんの魔法使い達が、我先にと森の方へと逃げていく。周辺から火の手が上がり、この場に留まっていれば危険が増す。恐らく、何か事件がーー

 

 ロンやハーマイオニー等、子供達を先に避難させ、アイルやアーサーは救助に向かう事にした。ハリーは逃げる事を嫌がったが、双子に引っ張られ、無理矢理森の方へ。

 四方八方から響く悲鳴。

 交差する閃光。

 聞こえてきたのは、「死喰い人」という言葉。

 

 ーーまさか、ヴォルデモートが?

 

 そう思うだけで吐き気がした。

 ありえない、一体いつ復活したというんだ。それに、こんな人の多い場所で騒ぎを起こすだなんて…。もっと警戒すべきだった。

 

「ポッターさん、どうやら『死喰い人』達が暴れているようだ…頼むから、一人で突っ込むような真似はしないでくださいね…」

「分かってますよ、ミスター・ウィーズリー。流石にそこまで馬鹿な事はしません」

 

 一人で死喰い人の中に突撃したって構わない。だが、そのせいで周辺に被害が出ても困る。

 腹の奥底からこみ上げてくる怒りをグッと堪え、アイルは火の中に飛び込んだ。

 

 まだ奥の方には、人が残っている。

 全員が森に避難出来たわけではない。騒ぎが起きてから、まだ十分も経っていないのだ。それに、この場所にいるのは何も、魔法使いだけというわけではない。キャンプ場の管理をしているマグルだって当然いる。

 

「誰か! 誰か助けて!!」

「やだ、お母さぁん!」

 

 女性と、子供の声がした。

 アーサーと別れ、急いでその場所に駆けつけると、マグルの女性が、死喰い人に宙に浮かばせられている。その拍子に寝巻きのスカートが捲れ、下着が見え隠れしている。地面に座り込んで泣き叫ぶ子供には目もくれず、死喰い人達は下品な笑いを飛ばす。生憎、死喰い人達の顔は仮面のせいで見えない。

 

「この下衆が! 『ステューピーファイ 失神せよ』! 『ウィンガーディアムレヴィオーサ 浮遊せよ』」

 

 アイルは、周辺にいた死喰い人を数名まとめて吹き飛ばした。

 浮いていた女性は、魔法が切れた事でその場に墜落しそうになったが、アイルの浮遊呪文により、ゆっくりと、静かに地面に降り立った。

 女性は泣きじゃくる自分の子供を抱きしめ、アイルに目を向けた。

 

「助けてくださって、ありがとうございます!」

「いえ。…此処は危険です。避難場所までご案内します。立てますか?」

「は、はい…」

 

 怯えながらも立ち上がるマグルの母親。

 女性は本当に強い。見知らぬ不可解な術により辱められていたというのに、子供のためならば立ち上がれるのだ。

 

「怖い思いをさせてしまい、申し訳ありません」

 

 子供を抱きかかえる母親に、アイルは小さな声でそう言った。

 アイルのせいではない、が、自分の仲間がしでかした事なのだ。この親子にとって死喰い人は、どれほど恐ろしかった事だろう。それは、自分が負わされた感情と、違いはない。

 

 その後、アイルはマグルの親子を、魔法省の役人に預けた。熱りが覚めれば、記憶を書き換えてもらえるはずだ。

 安心した所で、アイルは再び、現場へと駆け出した。死喰い人を、奴らを追い払わなければーー

 

 *

 

 一方、森の中では。

 

「フレッド、ジョージ、離してくれ! 僕、お姉ちゃんの所に行かなきゃ!」

「ダメだハリー、危険すぎる」

「そうだ、死喰い人がいるんだぞ?」

「それでも、それでも行かなくちゃ!」

 

 暴れるハリーを、必死で押さえつける赤毛の姿。

 アーサーは今、魔法省の役人として事態を収束しようと奮闘している。そのため、今この場所には子供達しかいない。アイルも危険な中、救助に向かっている。

 そんな状態で、ハリーが暴れないはずがない。大好きな姉が、自ら危険な場所に足を踏み入れたのだ。助けにいかない以外の選択肢は見つからない。

 

「ハリー、落ち着いて。先生はダンブルドアと並ぶ実力の持ち主なのよ? 死喰い人なんかにやられるわけないじゃない」

「でも、でも、あいつらがいるって事は、ヴォルデモートも!」

「ハリー、その名を言うな! …それでも、必ず『例のあの人』がいるってわけじゃないだろ」

「そうよ。あ、ちょっとーー」

 

 双子の手が緩んだ隙に、ハリーは走り出した。向かう先は、火の手の上がるキャンプ場。

 死喰い人なんかどうでも良い。アイルさえ無事ならば、アイルさえ怪我をしていなければ、それで良い。

 足手纏いにはならないはずだ。だって、今まであんなに魔法の練習をしてきたんだから。学年でも、ハーマイオニーと競うくらいの学力や魔法の才能はあるんだから。

 

「ハリー! 待って! そっちは危険だよ!」

 

 追いかけてくる友人達。だが、そんなものに気を取られている暇はない。早く、早くアイルに追いつかなくてはーー

 

 気がつけばハリーは、火の通り過ぎた後の、キャンプ場に残骸に辿りついていた。

 炎のせいで燃え、灰と化したテント。地面も空も真っ黒だ。人の姿は見えない。「救助に行く」と言っていたから、恐らくアイルは此処にはいないだろう。

 

 別の場所に移動しようと、向きを変えたその途端、

 

「『モース・モードル 闇の印よ』!」

 

 背後数十メートル先から、男の声がした。慌てて近くの岩陰に隠れ、その男の様子をジッと見つめる。

 男はマスクはしていなかったが、遠いため顔が見えない。杖を空に構えている。空を見てみると、そこには何とも不気味な骸骨が浮かび上がっていた。骸骨の口から出た蛇が、自分を睨みつけているような気がした。

 偶然な事に、ハリーはこの印に見覚えがある。「闇の印」、本で読んだ事があったのだ。そう、あれは、紛れもないヴォルデモートの印。

 

『こっちに人がいるぞ!』

『死喰い人かもしれん、急げ!』

 

 向こう側から声が聞こえてくる。

 ハリーが余所見をしている内に、男は跡形もなく姿をくらましてしまった。きっと「姿くらまし」だろう。

 もう良いだろうと立ち上がると、ハリーは誰かに肩を掴まれた。

 

「あぁ、やっと見つけたわハリー」

「皆、心配してたんだぜ」

 

 ロンとハーマイオニーだ。二人とも息を切らし、少し怒ったような表情をしている。

 

「さぁ、行くわよ。此処は危険なんだから」

 

 ハーマイオニーがハリーの手首を掴んだ途端、

 

「「「『ステューピーファイ 失神せよ』」」」

 

 何本もの赤い呪文の閃光が、彼等のいた場所に突っ込んだきた。咄嗟にしゃがみ込んで難は逃れたが、もし直撃していれば失神どころではあるまい。

 

「止めろ、止めなさい! この子達は子供だ」

 

 いつの間にか、数名の魔法省の役人に囲まれていた。

 その中に、見覚えのある顔がある。セドリックの父、エイモス・ディゴリーだ。切羽詰まった表情のまま、三人に杖を向けている。

 

「何をした、貴様等!」

「は? 何をって…」

「あの印を見ただろう?! 誰がやった!」

「止めてエイモス、まだ子供なのよ」

「だが、あの印は! 『例のあの人』のものだ!」

 

 やっぱり…ハリーは心の中でそう呟く。

 ヴォルデモートの印。姉を傷つけた外道の印。あぁ、早く消えないものか。憎たらしい。

 すると、向こう側からアイルが走ってきた。恐怖で満ちた、酷く青い顔をしている。「闇の印」が、彼女の心の傷を抉ったのだ。それでも駆け寄ってくるアイルの心象は、死喰い人を許せない気持ちに染まっているのだろう。

 

「何があったんですか? 『闇の印』が…ハリー!」

 

 駆けつけたアイルは血相を変え、ハリーを抱きしめた。

 

「何で、何でこんな所にいるの!」

「お姉ちゃんが心配だったから…」

「私が、心配されるほど弱いとでも? あのね、私ならダンブルドアでも木っ端微塵に出来るんだからね? 死喰い人くらいで怪我するわけないじゃない」

「ごめん…」

「…良いの。無事で良かった。三人とも」

 

 アイルはそう言うと、黒い雲の真ん中で、妖しい緑色の光を漂わせる「闇の印」を睨みつけた。一体誰があの印を浮かべたのだろう。

 まさか、ヴォルデモートがーー

 

 考えるだけで寒気がする。だが、今は子供達の無事に感謝し、森の避難場所へ送り届けてしまおう。

 




ファンタビ見てきました。
いや、あれはヤバイ。マジでヤバイ。ニュート・スキャマンダーがカッコ良すぎるし、声優さんも良い。これはハリポタ好きなら見なきゃ損ですね。
五部作になる予定らしいので、今後に期待。小説版が出てくれれば、二次でも書きやすいんですけどね...。

私、pixivでもこの作品を投稿してるんですけど、読み返す度に自分のご都合設定の多さが伺えます。何だよ、何でドラゴン人にしちゃってんだよ、とか、突然くっつきやがったなリア充め、とかとか。
これから過去の文章にメスを入れていく予定です。設定なんかは大幅改訂しないので、その点は大丈夫です。


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マッド−アイ・ムーディ

『クィディッチワールドカップに黒い影、闇の印に会場騒然』

 

1994年8月25日、イギリスでクィディッチワールドカップが開催された。試合は非常に賑わい、ブルガリアがスニッチを取り、アイルランドが勝つという予想だにしない終わり方をした。

だが、試合が終わったその夜、事件は起きた。

死喰い人と思わしき人物達が、突然暴れ出し、マグル狩りを始めたのだ。周辺地域のマグルは多大な被害を受け、魔法使い達も私物を破壊される等の被害を受けている。

また、暗黒時代、「例のあの人」の印として使われていた闇の印が打ち上がったとの情報が入っている。これはかつて、死喰い人が人を殺した際に打ち上げたとされている。

魔法省の役人はこの事件に対し、

「死人は出ていない」

とだけコメント。

魔法省は事態の対応に追われている。

 

「あー、まだやってるねこの新聞」

「まだやってるねぇ」

 

ホグワーツ行き特急にて。

黒髪の美女は、コンパーメントで新聞を開き、足を組みながらコーヒーを口にしていた。

未だに「日刊預言者新聞」は、この間のクィディッチワールドカップ事件の事を取り上げている。今魔法省は、テントの損害賠償やら書類仕事やらで、どの部署も大わらわらしい。全く関係のない役人も駆り出されているだとか。魔法省の責任問題ではないというのに…可哀想だ。

 

「誰が打ち上げたのかしら、この印…」

「確か、魔法省の役人の人達が駆けつけた頃には、もう姿はなかったんでしたっけ?」

「えぇ。分かるのは、男って事くらいかな」

 

コンパーメントにいる四人で唸る。すると、ロンが何かを思い出したかのように言う。

 

「そういえば、今年の『闇の魔術に対する防衛術』の先生はどうなるんですか?」

「新しい先生が来るわよ、リーマスは辞めちゃったし…」

「またロックハートみたいな奴じゃなきゃ良いんだけど」

「その点は心配しなくて良いと思う。うーん…良い意味でも、悪い意味でも、物凄く刺激的な人だしね。でも、機嫌を損ねないように気をつけてね」

「うわぁ、嫌な予感しかしないや」

 

その嫌な予感は、ある意味当たりとも言えよう。

今年の「闇の魔術に対する防衛術」の教師は、元闇祓いのアラスター・ムーディだ。ダンブルドアの頼みながら、一年だけ教員職を請け負うと言ってくれた。アズカバンの大半の闇の魔法使いは、彼が逮捕したものだ。

暗黒時代、ヴォルデモート対抗組織「不死鳥の騎士団」のメンバーとしても闇祓いとしても何度か会った事があるが、中々クレイジーな奴だった。

出会って早々、

 

「お前には闇祓いの素質がある! どうだ、わしと一緒に死喰い人共を蹴散らそうじゃないか!」

と思い切り背中を叩かれた。いや、まだ学生なんスけど…と言いたかったが、その時点で既に、熟練の魔法使いに匹敵する実力は持っていたため何も言えなかった。

「闇祓い」…将来の仕事として、幾度なく選択肢に上がったものだったが、今は教師をしていて良かったとつくづく思う。平穏な日々も悪くない。…いや、平穏じゃないな。

 

「本当に凄い人なのよ」

「楽しみだなぁ…」

 

今年は、何事もなく終わるだろうか。

 

 

ホグワーツにつくと、アイルは皆と別れ、急いでホグワーツ城へ向かった。

新しい先生の紹介のため、大広間で皆の前に出る前に挨拶を済ませるためだ。事前に報告を受けているため、先生方は皆、ロックハートのような無能ではない事は認知している。

ムーディを紹介する他に、今年の「三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)」の最終確認もあるのだろう。夏休みの間も、その打ち合わせのため、何度かホグワーツに戻った事がある。

 

「今年度から一年間だけ、ホグワーツの『闇の魔術に対する防衛術』を請け負う事になった。アラスター・ムーディだ。元闇祓い、ダンブルドアの旧友、以上!」

「まぁ…こんな奴じゃが、宜しく頼むぞ皆」

 

ムーディは、十何年も前に会ったあの時から、全く姿が変わっていない。

左目の義眼は相変わらず奇妙だし、その義足の独特な歩き方もまた、彼らしい。ざっと今年の行事について説明が終わった後、先生方は続々と教職員テーブルに戻っていった。

 

「何年振りかしら、久しぶりね、マッド−アイ」

「あぁ、久しいなアイル。ダンブルドアに聞いたぞ、学生時代に何度か会っただけだったが、見違えるほど強くなったようだ」

「いえいえ。マッド−アイも、変わりないのね」

「本当だな」

 

ギョロギョロと、いつも焦点の合っていない義眼がアイルを見つめる。

 

「ホグワーツの教授になったとは…お前は、『闇祓い』になると思っていたが」

「ハリーがいるしね。魅力的なお仕事だけど…やっぱり平和が一番よ。仕事に危険は持ち込みたくないし」

「そうだな…だが、油断大敵! いつ何処に敵が潜んでいるか分からないぞ!」

「そうね、気をつける」

 

彼の突然の「油断大敵!」には、いつも驚かされてしまう。突然叫ばないで欲しいと、何度心の中で願った事か。

だが、昔の知り合いに会うのも悪くない。

 

しばらくすると、生徒達が入場してきた。

今日の天気は土砂降り。生徒達は皆ーーあの雨の中を通ってきたのだろうーー全身雨水まみれだ。可哀想に。

このままだと風邪を引くかもしれないと思ったアイルは、

 

「『ウィルタンズ 乾け』」

 

と全生徒達にまとめて呪文をかけた。新一年生には後でかけてあげよう。

口々にアイルにお礼を言う生徒達。その中には、教職員テーブルの横で仏頂面をしているムーディを見つける生徒もいた。特にスリザリン生はバツの悪そうな顔をしている。

ムーディはあまり人を信用しない人種らしい。食べ物ならまだしも、飲み物は絶対に自分の携帯用酒瓶から飲むとか。

ダンブルドアがワインとポテチを後で勧めようとしていたが、何かを口にするまもなく却下されていた。ちなみに、ポテチは歯に挟まるから嫌らしい。

 

すると、新一年生達がマクゴナガルの引率の下、大広間に入ってきた。彼等もビショ濡れだ。話を聞いてみると、ピーブスが悪戯で水風船を生徒達に投げつけたらしい。ホグワーツ初日にして、期待とイメージは台無しだろう。

だが、そこでもアイルはすかさず魔法で生徒達を乾かした。

 

「ありがとうございますアイル、それでは、組み分けを始めましょう」

 

大広間の空は、暗く、雷が轟いている。外の景色が丸ごと反映される大広間の天井からは、雨が降っているようにも見えた。

何千個ものロウソクが各テーブルの金食器を照らしたが、今年は何故だか少し重い空気が流れている。

組み分けが終わり、夕食が始まると、マクゴナガルはため息をつきながらテーブルに戻ってきた。

 

「ピーブスにはもううんざりです。全くもう…今年は二校の方々が来るというのに…」

「私は嫌いじゃないですけどね、悪戯の伝道者って感じで。学生時代の父さん達とフレジョを、足して2で割ったような感じですね」

「本当にその通りですよ…ハァ…」

 

疲労困憊している様子のマクゴナガル。恐らく、大広間から一歩出れば、そこにはピーブスが水風船を持って待ち構えているだろう。

聞いてみれば、毎度毎度、大広間での食事に招待されない事に腹を立てているだとか。自業自得だろうに、何を言っているんだか。

 

さて、食事も終わり、遂にホグワーツの大行事を発表する時がやってきた。と、その前に新しい先生のご紹介。

 

「前任のリーマス・ルーピン先生がお辞めになってしまったため、今年度から新しく、元闇祓いのアラスター・ムーディ先生に『闇の魔術に対する防衛術』の担当教授をしてもらう事になった」

 

ダンブルドアに発言に、大広間中がざわめく。

アラスター・ムーディ…最恐の闇祓いとも称される彼。魔法族の家系の子ならば、一度は聞いた事のある名だ。特に元死喰い人を親に持つ生徒としては、今「絶対に関わりたくない人」堂々のナンバー1に輝くだろう、ベストオブ恐怖だ。

そのどよめきには一切反応せず、ムーディは簡潔な自己紹介で済ませてしまった。勿論締めは、「油断大敵!」。

 

「さて、今年はホグワーツで、とある大行事が開催される。その名も…『三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)』ッ!」

 

ダンブルドアの発言に、またもやホグワーツ中がざわめく。

双子に至っては、「ご冗談でしょう?!」と声を張り上げていた。

 

「それがご冗談ではないのじゃよ、ウィーズリー君達。長年、夥しい死傷者が出やがったせいで、開催出来なかったのじゃ。魔法省の『国際魔法協力部』やら『魔法ゲーム・スポーツ部』等の方々が交渉をしてくださり、やっとの事で開催にこぎつけたんじゃ。

知らない者もいるだろうから、とりあえず説明しようぞ。これは、ヨーロッパの三大魔法学校、『ホグワーツ』『ボーバトン』『ダームストラング』から、各校で一人ずつ代表選手を選抜し、互いに競うものじゃ。代表選手は、公明正大な審査員が決める。ちなみに、十七歳未満はエントリー出来まっせぇーん。残念だったなガキ共! そして、今年はクィディッチはありません! はい、解散! 終わり!」

 

マジかよー、クレイジーな校長がクレイジーな行事やるとか楽しみで仕方ねーわー、今年半端ねーよ、つーかガキっつったぞあのジジイ、と口々に今年度のクレイジー具合を呟きながら寮に戻る生徒達。もう少しマトモな説明をしろと説教されるダンブルドア。グビグビと携帯用酒瓶の飲み物を飲むムーディ。

 

本当だ、クレイジー。

 

アイルは良い子だから、口には出さなかった。

 




あけましておめでとうございます。
これから物語が加速していきますので、これからもどうぞ宜しくお願いします。
ちなみに、結構前に活動報告でアイルさん(大人バージョン)の絵を出したんで、良かったら見て行ってくれると嬉しいです。


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狂った目

 

新学期が始まった。

三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)」が開かれるという事で、皆ワクワクドキドキ。百年以上も開催されなかったこの行事に丁度巡り会えるだなんて、今年の生徒達はラッキーだ。

十七歳未満はエントリー出来ないと聞いた生徒達は嘆いていたが、これまでに大量の死人が出ていた事は事実。それを考慮した上での年齢設定なので、低学年の子達は特に何も言わなかった。問題は、ギリギリ十七歳以上ではない者だ。

 

「後、もう少し誕生日が早ければ…」

 

という人は決して少なくはないだろう。

だが、まだ一体誰が代表選手を決めるのかは発表されていない。ダンブルドアか、はたまた魔法省の役人かーー人ならば騙せるかもしれないと、試行錯誤している生徒達を見るのは実に楽しかった。

 

「アイル先生、先生は審査員なんですか?」

「いーえ。私ではありませーん」

 

勿論、アイルは一体誰が審査員なのか知っている。

いや、”誰”という言い方は正しくないか。アイルは、一体何が審査員なのか知っている。

「炎のゴブレット」と呼ばれる古い魔法具だ。名前と学校名を書いて入れると、そこから代表選手に相応しい選手を選出するという。また、選ばれた生徒は魔法契約によって縛られ、決して試合を棄権出来ない仕組みになっている。だからこそ立候補にはそれなりの覚悟が必要なわけだがーー彼等にはそれがあるのかさえ謎だ。絶対にふざけている。

 

さて、四年生の「呪文学」の授業は、グリフィンドールとレイブンクロー、スリザリンとハッフルパフで合同授業を行う。

アイルは初日、片付けを手伝って欲しいという口実で、ドラコ・マルフォイを教室に残らせた。勿論、ルシフからの手紙を渡すためだ。父親の前では渡さないで欲しい、という事は、誰にも知られたくない内容なのだろう。アイルは時々、最後のクラスで特に優秀だった生徒を残して、片付けを手伝ってもらうという口実で、話をしたりする事がある。下手に呼び出すよりかはずっと怪しまれない。

 

「ドラコは『呼び寄せ呪文』が上手いのね。これは、得意不得意があるんだけど、少し練習しただけで出来るなんて凄いわ」

「あ、ありがとうございます!」

 

本当は片付けなんて、魔法ですぐに終わる。

本音を言うと、優秀な生徒と駄弁りたいだけなのだが、今回は訳が違う。

教室の外に「耳塞ぎ呪文」をかけ、誰も中に入れないようにすると、アイルは一息ついてこう言った。

 

「実は、夏休みに、ルシフから手紙が来たの」

「え? 兄上から?!」

「そう。それで、これ」

 

アイルは内ポケットから封筒を取り出し、ドラコに渡した。当然、中身は一度も見ていない。

 

「ドラコに、ルシウス・マルフォイのいない所で渡して欲しいって。秘密の内容なのだろうから、中身は見てないわ」

「ありがとうございます」

 

自分に直接手紙を送ってくれなかった事がショックなようだが、秘密ならば仕方がない。ドラコは手紙を受け取ると、小さく微笑んだ。

 

「もう少しで、きっと会えるわよ」

「はい…」

「ルシフは、貴方の事を本当に大切に思ってるわ。大丈夫よ」

「…そう、ですね。戻ってきた時に兄上が褒めてくれるように、勉強も頑張ります」

「えぇ。分からない所があったら、遠慮せずに聞きに来て良いからね、『呪文学』以外でもいけるわよ」

「ありがとうございます」

 

教室を去っていくドラコの背中は、何処か悲しげに見えた。手紙を貰った嬉しさよりも、まだ兄と会えない寂しさの方が勝っているのだろう。早く手紙を渡せて良かった。あの手紙の中身は気になったが、アイルは人の信用を裏切るような真似はしない。

 

一人ため息をつき、手首のブレスレットを見つめる。ルシフがくれた、初めてのプレゼント。

まだ黒い宝石の中には彼の魔力が煌めいている。握る度に彼を感じられる気がして、何よりも大切な物だ。

 

「会いたいなぁ…」

 

早く戻ってきてくれないものか。

 

 

「アイル、今日の昼休み、わしの部屋に来い。話がある」

 

ある日の朝、ムーディにそんな事を言われた。

別段用事があるわけでもないし、昼休みはいつも昼寝か図書室の禁書の棚にいるので、ムーディと久しぶりに駄弁るくらいは構わない。トーナメントはもう少し先だし、今日は打ち合わせもない。

 

お昼になり、簡単に昼食を取ったアイルはムーディの部屋に行く。

相変わらずホグワーツは広い。たった一つの教室に行くだけで、十分も二十分もかかる。さて、面倒だが歩くかと思った矢先、ハリー達と出くわした。

 

「こんにちは、三人共」

「「こんにちは」」

「こんにちはお姉ちゃん。…何処行くの?」

「マッド−アイとお喋りに。十何年も会ってなかったから、物凄く楽しみ。彼の授業はどう?」

「実は、明日なんですよ…」

「あら、そうなの。中々クレイジーだって聞いたわよ。楽しみにしてると良いわ、じゃ」

 

耳にした限りでは、実際に目の前で「許されざる呪文」を見せただとか、過激な闇の魔術に関する話をしたとか、彼らしい授業内容だ。

闇の魔術と戦うには、闇の魔術を学ばなければならないと、彼は昔もそう言っていた。闇祓いを辞めてもその癖は治っていないようで、生徒達にも「油断大敵!」を連呼しているらしい。

 

ハリー達と別れ、アイルは再び歩き始める。

途中途中でたくさんの生徒達にすれ違い、たくさんの挨拶をかけられる。寮も性別も越えた所で皆に挨拶が出来るのは清々しいものだ。学生時代は、スリザリンとは関わっちゃいけないみたいな暗黙の了解まであったし。

 

「「あ、先生発見」」

「おう、何か用ですかツインズ」

「「相変ワラズお綺麗デスネー」」

「棒読みで言われても嬉しくありませーん」

 

双子に絡まれた。珍しくリー・ジョーダンといないようだったので、それを聞いてみると、

 

「あぁ、あいつ何か、タランチュラが脱走したって言ってて」

「寮の中を駆け回ってんですよ」

「ロンが泣くわよ…貴方達も捕まえてあげなさいよ」

「だって…ねぇ?」

「ねぇ?」

「はは…そういえば、ハリーに『忍びの地図』をあげたのは二人?」

 

アイルの言葉に、双子は青ざめ顔を合わせた。

 

「ヤベェ、バレてんぞ兄弟」

「バレてんな兄弟。ハリーが話したんですかー?」

「いいえ。シリウスに聞いたら、フィルチの事務室にあったはずだって言ってて。ハリーは貰ったって言ってたし、そこから盗み出せるのは、二人しかいないと思っただけよ。二代目悪戯仕掛人さん?」

「うわぁ、よりにもよってこの人にバレるとかうわー」

「うわーうわー」

「罰則も減点もするつもりはなかったのに、今何故か無性にやりたくなってきたわ…」

「よし、逃げよう」

 

双子にダッシュで逃げられた。今度減点を喰らわせてやる。

小さくため息をつき、今度こそはとアイルはムーディの部屋に向かった。

 

 

「あぁ、お前か。思っていたより遅かったな」

「色々絡まれてしまって…ごめんなさい」

「いや、構わん」

 

先生方の部屋というのは、その人の好みや趣向によって大分内装が変わるものだ。

リーマスは、温かい暖炉やお菓子ボックス、奇妙な魔法生物なんかを部屋に置いていたが、ムーディは一味違う。本物の「かくれん防止器」や「敵鏡」、「秘密発見器」に「闇検知器」までーー彼が闇祓い時代に使っていたであろう道具がたくさん置かれている。

アイルがそれらの道具を見つめていると、ムーディは小さく笑った。

 

「気に入ったか? どれも貴重な物品だ」

「えぇ凄く。…それで、話って何かしら?」

「ルシファースト・マルフォイについてだ」

 

ビクンと体が痙攣した。

動揺するアイルを尻目にムーディは鼻で笑い、外した義足を平然と磨いている。

 

「それが、どうかしたの?」

「ダンブルドアに聞いたぞ。あいつと恋人同士らしいな。ルシウス・マルフォイの息子だと、知っての事か?」

「当たり前よ」

「恨んでいたと思っていたが? お前を保護した時も、あんなに悪態付いていただろう」

「彼は関係ないし…それに、もう、そんな事どうでも良いから…」

 

段々と声が小さくなっていく。

 

「フン、そうか。まぁ、お前が気にしていないのならば良い。だが、いつ寝首を搔っ切られるか知った事じゃないからな。早々に見切りをつけて、別れた方が身のためだ」

「マッド−アイ、彼はそんな事しないわ」

「さぁ? わしはあいつに会った事があるぞ。あれは闇の魔術に浸かっている。そりゃあまぁ、ルシウス・マルフォイの息子だからな」

「それでも、私は彼を愛してるわ。好い加減怒るわよ…ハァ…」

「油断大敵!」

 

ため息をつき、近くの椅子に座る。

改めて部屋の中をよく見回してみると、壁際に、何やら大きめのトランクが見えた。若干動いているようにも見える。

 

「あれ、何なの?」

 

アイルが指をさして聞くと、ムーディは眉を潜めた。まぁ、とても親しい仲ではないから、無理に答える必要はないのだけれど。

 

「地獄の淵を見たいのならば、見せてやるが?」

「まぁ怖い。遠慮しておくわ」

 

やはり無粋だったか。

 





本作の番外編を書かせていただきました。
今回の番外編の題名は、「【番外編】冷淡に見える彼女は」です。
結構前に、アイルの学生時代の番外編を...と言われていましたので書いたんですけど、何か違う気がします。個人的に。

よろしければ、読んでくださると嬉しいです。


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目立ちたがり屋な方々

 

「本日は、『三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)』の他二校の生徒達がやってくる」

 

 金曜日の朝の、ダンブルドアの第一声だ。

 今日はついに、「ダームストラング専門学校」と「ボーバトン魔法アカデミー」の生徒達がやってくる。

 一体、どんな生徒だろう……ダームストラングはクラムがいる。ボーバトンは男女共、美形勢が多いと聞いた。楽しみだ。それに、ホグワーツの代表選手は誰になるのだろう。個人的には、セドリック・ディゴリーあたりが妥当かと思われる。

 

「楽しみですね、先生」

「そうね、どんな方法で来るのかしら……」

 

 アイルの今日の最後の授業は、ハッフルパフとグリフィンドールの六年生。勿論、セドリック・ディゴリーもいる。

 相変わらずハンサムで、周りの女子達が彼の事を見つめている。女を侍らせるような性格ではないようで、いつも一緒にいるのは男子の同級生だ。

 

「期待してるわよ、セドリック。立候補するんでしょ?」

「まぁ……今の所はそのつもりです」

「いけるわよ、貴方なら。まぁ、贔屓するわけにはいかないけど……」

「まだ分かりませんよ。僕なんかより、ずっと実力のある人はいっぱいいるし」

「私、教師四年目だけどね……貴方程優秀な生徒は、今まで会った事ないわ。もっと自信を持ちなさい」

 

 アイルがそう言うと、セドリックははにかんだ笑顔を浮かべた。

 

「ありがとうございます、先生にそんな事言ってもらえるなんて」

「本当の事だもの。さ、皆で行きましょ。ダームストラングとボーバトンの生徒が来るわ」

 

 *

 

 生徒達は、玄関ホールに集められた。

 各寮の寮監が生徒達を並ばせ、それぞれ身だしなみの注意をしている。他校から遥々やってくるのだ、少し見栄を張らせてほしい。

 そのまま玄関を抜け、石段を降りて城の前に整列した。晴れた寒い夕方。多くの生徒が、寒さで震えている。月さえも、禁じられた森から顔を出しそうだ。

 

「寒い……」

「先生、魔法で暖かくしてください」

「仕方ないわね……『ヒーディスト 暖めよ』」

 

 杖を取り出して、寒さに凍えた生徒達を皆暖める。

 

「これくらいで大丈夫かしら?」

「流石アイル様だぜ!」

「意地悪な他の先生方とは違うなぁ」

「双子、静かにしなさい。グリフィンドール五点減点」

「「何で?!」」

 

 途端、薄暗い空の彼方に、城に向かって突進してくるものが見えた。

 生徒達もその存在に気がついたようで、先生方の制止も聞かず、あれはドラゴンだ、空飛ぶ家だ、等と言いながら立ち上がった。ダンブルドアも、興奮して飛び跳ねている。

 

 やってきたのは、巨大なパステル・ブルーの馬車。

 像程に大きな天馬に引かれ、こちらに近づいてくる。彼等が巨大な音を立てて着地すると、その衝撃で、生徒の何人かが吹っ飛んでしまった。もう少し配慮してくれないものか。

 馬車の戸に描かれた紋章から察するに、ボーバトンだろう。

 

「ほら、落ち着きなさい! 呪文解くわよ!」

 

 アイルの言葉で、ようやく辺りが静まり返った。

 すると、馬車の中から誰かが出てきた。ハグリットよりも少し背の高い、巨大な女性だ。こんな人が乗っていたら、そりゃあ馬車や天馬も必然的に大きくなる事だろう。

 彼女は、ボーバトンの校長、マダム・マクシーム。

 

「ダンブリー・ドール、おかわりーありませーんか?」

「お陰様で上々じゃ」

「わたーしのせいとです」

 

 続々と、馬車から生徒達が降りてくる。

 誰も彼も、十七歳か十八歳のようだが、あまりの寒さに震え、縮こまっている。着ているローブは薄いし、マントを羽織る者もいない。

 イギリスとフランスでは温度差が激しいが、まさかこんな格好で来るとは思わなかった。

 

「仕方ないわね……『ヒーディスト 暖めよ』」

 

 流石に可哀想なので、アイルは彼等にも呪文をかけた。

 どうやらボーバトンの生徒達は城に入るらしい。

 すれ違い様に、何人もの生徒達が、片言の英語でアイルにお礼を言ってきた。

 

 ボーバトンの生徒が全員城に入った頃、誰かが囁いた。

 

「何か聞こえないか?」

 

 途端、黒い湖の水面が騒めいた。

 揺れは段々と大きくなり、いつの間にか、水中から巨大な船が姿を現す。ダームストラング校だ。

 どんな魔法を使ったのか分からない生徒達は立ち上がり、歓声を上げた。

 随分と豪奢な船だ。よく見ると、生徒達が操縦しているのが分かる。全員がガッチリとした体つきをしていて、寒がっている様子は少しも見えない。が、ボーバトンとは違い、分厚い皮のマントを着ているだけのようだ。

 

 城まで彼等を率いてきている男性だけは、違うものを着ている。高価そうな銀色の皮だ。

 そしてあの男はーーイゴール・カルカロフ。

 

「ダンブルドア! あぁ、元気かね?」

「元気いっぱいじゃよ、カルカロフ校長」

 

 元、死喰い人……。

 アイルはカルカロフを小さく睨みつける。スネイプのような、そんな存在である事を願うばかりだ。今回のトーナメントで、何も起きなければ良いのだが。

 すると、ダームストラングの生徒の中に、ビクトール・クラムがいる事に皆が騒ぎ始めた。

 

 まぁ…興味ないわね。

 アイルは足早に、城の中に入っていった。

 

 *

 

 大広間に全員が入ると、いつもよりも狭く感じてしまう。

 二校の参加者達は、それぞれ適当なテーブルにつき、教職員は上座につく。カルカロフは兎も角、マダム・マクシームが兎に角大きいので、少し影が出来る。

 アイルはいつもの席に座り、食事を食べるボーバトンとダームストラングの生徒達を眺めた。

 

 此処にいる間、彼等はホグワーツの教師から魔法を学ぶのだ。

「呪文学」は、語弊があってもある程度把握は出来るので楽だが、「魔法薬学」や「変身術」はそうもいかないだろう。まぁ…お二人共ベテランですからね。

 

 ボーッとサラダをつついていると、大広間に誰かが入ってきた。

「魔法スポーツ・ゲーム部」の部長、ルード・バグマンと「国際魔法協力部」の部長のバーティ・クラウチだ。

 恐らく開会を見に来たのだろう。

 

 デザートが出終わると、ダンブルドアが立ち上がり、お二人の紹介と試合の詳細について語り始めた。

 バグマンとクラウチが、試合のために骨身を折ってくれた事、審査員として試合を評価する事等。話が終わったかと思えば、フィルチが宝石の散りばめられた木箱を持ってきた。

 

 ーーあぁあれが、「炎のゴブレット」か。

 

「皆も知っての通り、試合を行うのは三人の代表選手じゃ。各校から一人ずつ…選手は課題の一つ一つをどのようにこなすのか採点され、三つの課題の総合点が最も高い者が、優勝杯を獲得する。代表選手を選ぶのは、公正なる選者…『炎のゴブレット』じゃ」

 

 ダンブルドアが杖を振った事により、ゴブレットの全貌が見えた。

 一見すればただの古臭い杯。だがその縁からは、溢れんばかりの青白い炎が踊りだしている。

 

 代表選手になりたい生徒は、羊皮紙に学校名と名前を書いて入れる。

 結果が分かるのは、明日のハロウィーン。

 

「そういえばマクゴナガル先生、二校の生徒達は何処に泊まるんですか?」

「ダームストラングは船、ボーバトンは馬車ですよアイル」

「なるほど……」

 

 解散となったが、人数が人数なだけに、大広間の入り口が詰まっている。

 カルカロフは、自校の誘導と称してダームストラングの生徒達の方に駆けて行ったが、本当はクラムが心配なだけなのだろう。相当な過保護っぷりだ。

 それでも詰まりは直っていないよう、おまけに入り口付近で多くの生徒達が足を止めているので、アイルはため息をついて入り口の方へ歩いて行った。

 

「何をやっているの。止まらないで、早く寮に戻りなさい」

 

 チラと入り口付近を見ると、カルカロフは目を見開き、固まっているのが見えた。

 一体何をしているのかと生徒を掻き分けて行ってみると、ハリーとカルカロフがかち合わせていた。

 

「ハリー・ポッターに……まさか貴様、アイル・ポッターか?!」

 

 カルカロフの言葉に、ダームストラングに加えボーバトンの生徒まで騒ぎ始めた。

 まさか伝説の二人がいるとは思っていなかったのだろう。二人を見ようと、多くの生徒達が背伸びをしている。

 対してホグワーツは、「何を今更」状態。

 大した事ではなかったと知ると、そそくさと寮へ戻ってくれた。

 

「イゴール・カルカロフ……何も言う事がないのなら、早く船に戻りなさい。出口を塞いでいるわ」

 

 ハリーとカルカロフは、なるべく接触させないようにしなければ。

 



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ゴブレットから出た名前

 

 

 ハロウィーンに、あまり良い思い出はない。

 十何年前に両親が殺されたのもハロウィーン、クィリナル・クィレルと対峙したのもハロウィーン、ミセス・ノリスが石になったのもハロウィーン……そして今日は、ゴブレットが代表選手を決める日。

 忌み日とも思える十月三十一日。

 嫌な予感がするのは、アイルだけではないはずだ。

 

「さて、ついに、代表選手が決定する!」

 

 夕食の大広間で、ダンブルドアが声高々にそう言う。

 湧き上がる生徒達。

 この大広間の中で警戒心を解かないのは、アイルとマッド−アイくらいだろう。皆浮かれている。行事くらい楽しむべきだが、どうも腑に落ちない。

 カルカロフがいる。マッド−アイもいる。必ず、何かがある。

 

 ゴブレットにダンブルドアが手をかざすと、大広間が一気に静まり返った。誰も何も言わない。

 途端、ゴブレットの炎が青く光り、中から羊皮紙が舞い上がった。

 

「ボーバトンの代表は、フラー・デラクール!」

 

 ボーバトンの生徒の中から、美しい風貌の女子生徒が立ち上がる。ボーバトンの中には泣く人間も見える。

 次は、

 

「ダームストラングの代表は、ビクトール・クラム!」

 

 クラム…あぁ、あのクィディッチ選手の。

 先ほど以上に会場は湧き上がり、中には立ち上がってクラムの姿を見ようとする者もいる。

 次が最後だ。

 

「ホグワーツ代表は……セドリック・ディゴリー」

 

 おぉ!という感心の声と共に、ハッフルパフの生徒達が立ち上がってセドリックを激励した。

 照れ笑いを浮かべながら、セドリックは教員テーブルの近くまでやってきた。チラッと目があったので、親指を立てて笑顔を向ける。

 やはりホグワーツ代表は…セドリックか。

 

「さて、これで各校の代表選手が決まった! フラー・デラクール、ビクトール・クラム、セドリック・ディゴリー。これより彼等は、恐ろしく危険な競技に参加し、その腕を競い合う…皆、この三人を…」

 

 ダンブルドアの言葉が止まった。

 何事かと思い顔を上げてみると、炎のゴブレットが、またもや青く大きな炎を上げている。もう代表選手の発表は終わったはずなのにーー

 驚きも束の間、ゴブレットが四枚目の羊皮紙を吐き出した。

 

「……」

 

 羊皮紙を手にしたダンブルドアは、紙を見たまま立ち尽くす。

 そしてアイルを一瞥すると、大きな声で叫んだ。

 

「ハリー・ポッター! 来なさい!」

 

 教師陣の視線が、一気にアイルに突き刺さる。

 一体どういう事だ? ハリーが、四人目の代表選手?

 怒りと驚きが水紋のように広がり、大広間のざわめきが大きくなった。誰も歓声を上げない。誰もハリーを称えない。

 ただアイルとハリーを交互に見て、「何であいつが」と悪態付くばかり。

 

「アイル、貴女もしや……」

「マクゴナガル先生、誓って、私は何もしていません。たった一人の弟を、死ぬかもしれない競技に参加させるわけがないでしょう?」

「そうですが、これは…」

 

 トロフィールームに入ろうとしたハリーの表情は心なしか、笑っているように見えた。

 

 *

 

「ハリー、君は、自分の名前をゴブレットに入れたか?」

 

「上級生に頼んで入れてもらったか?」

 

 しばらくしてトロフィールームに入ると、ダンブルドアに尋問されているハリーの姿が見えた。

 いずれも首を横に振るハリー。

 マダム・マクシームやカルカロフは怒り狂っている。あんなにも会議を重ね、計画立てしたというのに、四人目の代表選手が現れたのだ。

 皆、ホグワーツに勝ちたい。ダンブルドアも普通の人間なのだと証明したい。それ故に、ホグワーツから二人も代表選手が出る事が我慢ならないのだ。

 

「恐らく、何者かがゴブレットに『錯乱の呪文』をかけ、ゴブレットに四校目があると思い込ませる事で、ポッターを代表選手にする事が出来たのだろう。強力な闇の魔術だ。ポッターには出来まい」

「ではマッド−アイ、ポッターでない誰かが、そんな事をしたというのか?」

「あぁ。ポッターの命を狙う輩がいるかもしれん」

「ほう? 四六時中自分の命が狙われていると思っている貴方は、そういう意見なのですな。では、あの女はどうだ?」

 

 カルカロフが指差したのは、アイル。

 下手に否定するともっと疑われかねないので、いつも通り肩を竦める。

 

「私が? ハリーの名前を、ゴブレットに?」

「貴様なら簡単に出来るだろう、アイル・ポッター? 姉弟共に、さらに有名になろうと躍起になっているのか?」

「とんだ濡れ衣ね。そんな面倒な事しないわ。ハリーには、危ない目には遭ってもらいたくないし……私は、そんなに目立ちたがり屋じゃないしね」

 

 目立ってしまうのは不本意だ。別にわざと扉を吹き飛ばしたりしているわけでもないし、ハリーの名前をゴブレットに入れたりもしていない。

 だがこの状況で、一番疑わしいのはアイルだ。

 

「まぁ、別に良いですよ。私には競技の事を言ってくださらなくて構いません。傍観しているつもりですし、ハリーとも接触しません。これで良いですか?」

「アイル……」

「では、私はこれで失礼します」

 

 一体誰が、ハリーの名前をゴブレットに入れたのだろう。

 マッド−アイの言う通り、ハリーの命を狙っている人間がいるのかもしれない。

 



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犯人は

すみません、大分短いです。


 

『ハリー! 凄いな! どうやってゴブレットに名前を入れたんだ?』

『やっぱアイル先生に頼んだとか?』

『応援してるぜハリー!』

 

 ハリーは虚ろな瞳のまま、談話室に戻った。

 そして、グリフィンドール生達の熱い歓声に包まれた。グリフィンドールから代表が出たのが余程嬉しいのか、ハリーを揉みくちゃにしながら応援の言葉を投げかけた。

 

「ハリー、名前をゴブレットに入れるんだったら俺等に言ってくれりゃ良いのにさ!」

「そうだぜ、一人だけ抜け駆けなんて狡ィや」

 

 すっかり髭の取れた双子がハリーの肩を揺らす。

 ーー僕は、自分の名前をゴブレットに入れてない…なら、一体誰が? お姉ちゃん? いや、お姉ちゃんはそんな事はしないはず……マッド−アイの言う通り、僕の命を狙っている人がいるとか?

 

「なぁ、どうやって入れたんだ? 名前を」

「先生に頼んだのか? まぁ、彼女なら何とか出来そうだしな。あーあ、アイル先生に言ってみりゃ良かったなー」

 

 もしかしたら入れてくれたかも、とフレッドが続ける。

 トロフィールームで、先生方の言葉を聞いて、視線を見て、嫌でも分かった。

 

 ハリーの名前がゴブレットから出てきた事で、弟のためにアイルが手引きしているのではないか。

 

 先生方はアイルを疑っている。

 あの時のアイルの悲しい表情と言ったら……思い出したくない。何もしていないのに疑われて、きっと心苦しいはずだ。それに、自分とは接触しないとまでーー

 

 何とか、アイルの容疑を晴らさなくては…そうだ。

 

「うん、入れたよ。まさか本当に名前が出てくるとは思わなかったけどね」

「マジで自分で入れたのかよ!」

 

 談話室が感嘆の言葉で埋め尽くされる。

 そうだ、自分で入れたと言えば、アイルは責められない。だって、全く関係がないのだから。

 先生方からの評価が下がろうが、誰が自分を陥れようとしていようが、知った事ではない。自分が名前を入れたと認めれば、それで解決なんだから。

 

 まぁ…他寮からは非難の嵐だろうけど、堂々としていればどうって事ないよね。

 マッド−アイが言っていた「錯乱の呪文」も……使えない事もないわけだし。認めてしまえば、本当に名前を入れた人間も困惑するかもしれない。

 困惑せずとも……そんな奴の思い通りになんて絶対になるつもりはない。

 

「すげーな! どうやって入れたんだ?」

「秘密。フレッドとジョージだって、悪戯の種を明かそうとは思わないだろう?」

「まぁ、そうりゃそうだな。気が向いたら教えてくれよ」

 

 いざ先生に問い詰められたら、マッド−アイの言っていたような事を言えば良い。

 アイルに聞かれたら……アイルなら、本当の事を話しても良いか。

 

「あれ、そういえば、ロンとハーマイオニーを知らない?」

 

 

 *

 

 

 誰が、名前を入れたのか。

 

 アイルは自分の部屋で、そんな考えを巡らせる。

 確実に自分ではない。

 リドルの時のような魔法具も持っていないし、そんな記憶もない。そもそも入れる理由もない。

 

 ハリーはどうだろう……アイルに認めてもらおうと、褒めてもらおうと、自分から名前を入れるだろうか?

 いや、それは有り得ない。

 アイルが不正を好まない事をハリーは知っているはずだ。あの子は、アイルに嫌われるような事は絶対にしない。

 

「シリウスとリーマスに、手紙でも出すか……」

 

 あまり心配はかけたくない。

 けれど、ニュースになる前に、事前に知らせておく方が賢いだろう。

 

「もしゴブレットに名前を入れて、確実に代表選手になるのなら…マッド−アイの言った『錯乱の呪文』が一番効果的よね……」

 

 流石、元闇祓いというだけある。

「錯乱の呪文」は非常に強力な呪文だ。相手を錯乱させ、嘘を吹き込む事だって出来る。「服従の呪文」に近い呪文……だが、闇の魔術ではない。

 まぁ、闇の魔術を嗜むくらいの実力はないと扱いは難しいけれど。

 

「ハリーは無理。あの子にコレはまだ早いわ……やっぱり、カルカロフかしら」

 

 真っ先に自分に疑いの言葉を浴びせたのは彼だ。

 元闇の魔法使いで、マッド−アイとはあまり良い思い出がなさそう……けれど、彼にそんな事をする度胸はあるのだろうか?

 

 確か、捕まった際に我が身可愛さで、仲間を売った事があったはずだ。客観的に見れば一番疑わしいが、ヴォルデモートが消えて安堵した人間の一人のはず。

 そんな彼が、ハリーを危険な目を遭わせようとする理由なんてない。

 

「じゃあ、誰が?」

 

 やはり、あの二人に手紙を出して相談しよう。

 犯人は分からなくても、安心したいし……リーマスには定期的に「脱狼薬」も届けないといけないしね。

 

「ハリーを助けてあげたいけど……接触しないって言っちゃったからなー。言わなきゃ良かった。せめて、私の無実は晴らさないと……」

 

 



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潔く認めた方が楽だった

皆、忘れてるんじゃないかな......。
遅れてしまってすみません。


 

 

「そう、僕が入れたんだよ」

 

「どうやってって……内緒だよ内緒」

 

「ありがとう、課題、全力で頑張るよ」

 

 

 アイルがどうやって無実を晴らそうか画策していた事も知らず、ハリーは翌日、大広間で声高々にそんな事を言う。

 

 ーーは? 一体どういう事だ?

 

 ハリーが何故、自分で名前を入れたと公言している?

 誰かに操られている様子でもない……という事は本当に、ハリーが名前を入れた? 一体どうやって? ハリーにそんな魔法は使えないはずだ。

 困惑しているアイルに、マクゴナガルはそっと声をかけた。

 

「アイル、本当に、ハリーが自分で名前を入れたのですか?」

 

 彼女は首を横に振る。

 

「分からない……何を考えているのかも、分からないです」

「アイル、私は貴女の事を疑ってはいませんよ。もしかするとハリーは……何もしていないのに責められる姉の姿を見て、庇おうと思ったのかもしれません。もしくは、自分で名前を……」

「そんな……でも、私を庇ったがために、ハリーが孤独になるのは嫌です」

「しばらく様子を見ましょうアイル。他校の校長達はまだ、貴女を疑っています」

「……はい」

 

 *

 

 数日間、アイルはハリーの様子をずっと観察していた。

 至っていつも通り。いや、寧ろ多くのグリフィンドール生に囲まれている気がする。

 スリザリンは「セドリック・ディゴリーこそが真の代表選手だ!」みたいなバッチを作ってからかっているようだが、当の本人は全く気にしていない。

 ハッフルパフもセドリックを応援し、ハリーを目の敵にする様子はなかったが、逆にその潔さに好感を持った者もいるらしい。スリザリンの作った嫌味なバッチをつける人間は、ほとんどいなかった。

 

 ただ一つ、いつもと違った事がある。

 それはーー

 

「ハリー、この頃、ロンと一緒にいないな」

「喧嘩でもしたのか?」

 

 双子がそう言っているのを聞いた。

 確かに、いつも一緒にいるロンの姿が見当たらない。ハーマイオニーはいつも通りだが、ロンがいないのだ。

 しかし、授業を受けていないわけでもなく、「呪文学」の教室でも、ハリーと離れた席に座っているだけだった。双子の言う通り、喧嘩でもしたのだろう。

 

 授業の終わり、ハーマイオニーにそれとなく聞いてみた。

 

「ハリーとロンが喧嘩……えぇ、してますよ。とは言っても、口喧嘩とかじゃなくて……ロンが、名前を入れるなら、自分にも教えてくれたら良かったのに、親友にくらい入れ方を教えてくれたって良いのに、って拗ねてしまって」

 

 ずっと有名な彼の陰に隠れて、ずっと優秀な兄の陰に隠れて、劣等感が溜まっていたのだろう。

 

「あの、ハリーが、自分で名前を入れたと言っている事だけど……」

「あれ、先生はハリーに聞いてませんか? 先生が責められないように、ハリーは嘘をついてるんですよ。少し前にコソッと教えてくれて……ロンには、言う機会がなくて困ってるんですよね」

「そう……良かった。まさか、本当に自分から危険な競技に出ようとしたのかと思ったわ。ハリーに、心臓に悪いからそういう嘘は止めてね、って伝えておいて」

 

 そうか…ハリーはマクゴナガルの言う通り、嘘をついてくれただけなんだ。

 自分の事を思ってくれるのは嬉しい。だが、こんな嘘をつかなくても…だからと言って、今更嘘でしたなんて言えないだろうし…これも、リーマスとシリウスに相談してみよう。

 

 *

 

 自分の部屋に戻ると、手紙を足に括り付けたふくろうが、嘴で窓を叩いているのが見えた。

 リーマスのふくろうだ。

 シリウスは……まだ、ロンドンの屋敷の片付けに忙しいのかもしれない。何てたって、闇の物品やらおかしな道具やらで溢れているらしいから。

 さて、窓を開けてふくろうを外に呼び込んだ。

 

「やっぱりリーマスね。ありがとうふくろうさん」

 

 手紙を開け、中の文章を読む。

 

『親愛なるアイルへ

三大魔法学校対抗試合(トライウィザードトーナメント)」の事は、私も新聞で読んだよ。まさかハリーが代表選手の一人になるとは思わなかったがな…。

 つい先日、シリウスが「霊屋敷(ハビフェースト)」に来たんだけど、その時にハリーの事も話したよ。

 やはり、イゴール・カルカロフが疑わしいね。あいつは元死喰い人だ。だが、ダンブルドアとムーディの目と鼻の先で大それた行動が出来るとは思わないから、そこは安心しても良いと思う。

 何かあったら、すぐにふくろうを送ってくれ。

 

 リーマスより

 

 PS、脱狼薬をありがとう。苦くなくなったから、随分と飲みやすくなったよ。

 後、シリウスが夏休み中に君達に会えなかった事を嘆いていたよ。もしホグワーツ(そっち)に行く機会があれば、二人で行くね』

 

 なるほど…リーマスやシリウスも、イゴール・カルカロフを疑っているのだ。まぁ、一番疑わしいのは彼だから仕方がなかろう。

 

「ハァ…ハリーが嘘をついて、ゴブレットに名前を入れた事を認めてるって、送るか」

 

 ハリーは辛そうな顔は一切見せなかった。

 ロンとの関わりは少なくなったかもしれないが、皆に嫌われてはいない。寧ろ応援されているくらいだ。

 自分から認める様子は、好感さえも持てる。

 

 だから、それが嘘であってとしても、ハリーが辛くないのなら、それを止める必要はない。

 いずれ真犯人も出てくるだろうし、今はそっとしておいた方が、却って騒ぎを大きくせずに済むかもしれない。

 それに、近くには少なからず、真実を知っている人もいるのだ。

 

「試合で、怪我でもしなきゃ良いんだけど…」

 

 ハリーを手伝ってはならない。

 アイルはたった一人の姉として、願う事しか出来ないのか。

 

 *

 

「ハーマイオニー、もしかして、お姉ちゃんに『あの事』言ったの?」

「えぇ。貴方が言ってなかったようだから。…ダメだったかしら?」

「いや、良いんだ」

 

 グリフィンドールの談話室で。

 辺りの生徒達は、本を読んだり、悪戯グッズの取引をしたり、スネイプの悪口を言ったりしている。いつも通りの、平穏な寮。

 ただ一つ違うとするならば、とある有名な三人組が、今日も二人しかいないという事だ。

 

「ロンは、まだ拗ねているのかしら」

「良いんだよ…ロンと喋れないのは寂しいけど、避けられてるから『嘘だ』って伝える事も出来ないし。熱りが冷めたら…」

「そんなんじゃダメよハリー、ちゃんと仲直りしなきゃ」

 

 僕だって、好きでロンと喧嘩してるわけじゃないんだ。

 

 ハリーの言葉に、ハーマイオニーはため息をつく。

 知っている。

 ハリーは、意図してロンの機嫌を損ねたわけではない。

 ロンも、好きでハリーを避けているわけではないはずだ。本当ならすぐにハリーを信じられるはずなのに、自分で入れたと公言してしまったから、信じるも何もない。

 

「僕は別に…悪くない」

「そうだけど…このままってわけにもいかないでしょ? ちゃんと話をしましょ。私が仲裁するから。私も、ずっと二人が別れたままなんて辛いわ」

「…分かった」

 



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