GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ (フォレス・ノースウッド)
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⊡主人公設定(ビジュアル付き)

※前のが大分ごちゃごちゃしてきたので整理して挙げなおしました。


⊡草凪朱音(くさなぎ・あやね)

イメージCV:小林沙苗

歌唱パートICV:アニゴジ主題歌でお馴染みXAIさんをイメージ

フルネーム:アヤネ・ティルダ・シャイニー・クサナギ=スティーブンソン

身長:169cm 体重:ヒミツ

誕生日:10月3日

血液型:AB型

スリーサイズ:B89/W60/H88(リディアン一回生の身体測定時点)

髪色:黒(なんだけどもし絵になる際は調ちゃんとの差別化で黒味の濃い葡萄色)

瞳の色:翡翠

前世:ガメラ

 

アウス・ハーメンさんのイラスト(ギア待機形態の勾玉付き)

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ギア変身ver

【挿絵表示】

 

 

アウスさんのを下地に『ダウナー女子の作り方』で作った

【挿絵表示】

 

 

人物像:主人公の一人、かの地球の守護神―最後の希望―ガメラの転生体で、私立リディアン音楽院高等科一回生(一年生)の高校生な少女。

一人称は私、二人称は君や貴方、やや中性的な口調だが、特徴的な語弊センス持ちの多いシンフォギア世界の地球人の中では大人しめな方、戦場はせんじょうと読む。

中学生卒業したての女子高生離れしたスタイルと、大人びて凛としたクールビューティな容貌、黒髪ロングで長身な少女で、美少女と言うよりも、美人と表した方が相応しい。そのせいで同い年な響たちより年上だと勘違いされ易い。

その容姿もあって、初対面からは近寄りがたい印象を与えてしまうが、実は表情豊かでノリもよく、日常では面倒見のいいお姉さん系な人物。相手をからかう時はその相手を君付けすることがある。

実は当人は無自覚だが、小悪魔を通り越した魔性属性持ちで、同性異性問わずどぎまぎさせる物腰仕草を見せることも。

同性、特に同年代の女子からも羨むルックスの持ち主だが、当の本人は可愛げがない、発育するにももう少し時間を掛けてほしかったとコンプレックスを感じており、年齢を間違われる度にどよ~んと落ち込むことも。

歌うことが好きな余り、気が付くと声に出して歌ってしまううっかりさんな面もあるが、翼に奏やマリアたちに匹敵する歌唱力の持ち主なのもあってクレームは出ない。

リディアン校舎の屋上で熱唱するのが日課となりつつある。

そしてガメラなので無論ながら、無類の子ども好き。

同じ映画を嗜む弦十郎とは年代差を超えたオタ友な仲。

 

両親は考古学者であったが、彼女の幼き日に目の前でノイズに殺されている。

その時のショックで、ガメラである前世の自分の記憶が蘇ってしまった。

現在でもノイズへの憎しみの炎がその心に灯されており、ノイズに関連する報道、記事を逐一纏めていたり、武術の鍛錬に勤しんでいたりと言った形で表れていたが、かつて自身への憎悪を利用され、右腕を犠牲にしてまでも救った少女の存在、ギャオスハイパーとの長き戦いで自分を見失った経験が抑止力となっている。

 

根っこは争いを好まぬ(自身とギャオスとの戦いの実態もあり、特にイデオロギーのぶつけ合いには反吐が出るほど毛嫌いしている)平和主義者なロマンチストだが、覚悟を以て戦いに飛び込むことも辞さないリアリストでもある。

 

武術家兼ハリウッド俳優な祖父から幼少期よりあらゆる武術を習っていた為、身体能力はOTONA予備軍クラス。

 

一度自身のシンフォギア―ガメラを起動させて鎧を纏うと、普段の少女らしさは消え、凛然とかつ鬼気迫る鋭き眼光を放ち、アームドギアより発せられるプラズマの炎で、ノイズたちを苛烈に狩る戦士となる。

要は原作の装者たちに負けず劣らずの『おっぱいのついたイケメン』

 

⊡使用ギア―ガメラ

 

両親からプレゼントされた形見の勾玉に、シンフォギア世界の地球から齎されたマナが注がれたことで誕生したシンフォギアで、正確に言えばギアをモデルにした模造品でありながら新たに生まれ出でた〝聖遺物〟でもある代物で、ぶっちゃけ言えばシンフォギアシステムの皮を被ったガイア世界のウルトラマン。

歌唱しながらバトルポテンシャルを上げる、その歌でノイズの位相差障壁を無効化等、用途がシンフォギアシステムと酷似しているのは、地球の意志が記憶していた装者とノイズとの戦いの記録を反映して構築された為。

 

起動聖詠は『Valdura airluoues giaea(ヴァルドゥーラ エアルゥーエス ズィーア)』超古代文明語で『我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん』と唱える。

 

ギアスーツはガメラのプラズマの炎を連想させる紅緋なメインなカラーリング。肌が露出している部分は顔を除けば二の腕と肩と背中(インナースーツ込みでカラーイメージに一番近いのはISの篠ノ之箒の紅椿)。

脚部と両腕の前腕部と腰を中心に推進機構―スラスターがあり、それを噴射することで前世の自身同様、XDモードにならずとも空中を自在に長時間飛行可能。

 

アームドギアはノイズとの一対多数戦を想定して身の丈を超す長柄のロッドを最初に構築し、次にショットガンとグレネードランチャーの特徴が掛け合わさった円筒状の銃身な銃、ガメラの甲羅をモデルにしたドーム状の盾を生成した。

当然ながら技の大半はプラズマ火球と言ったガメラが使っていたものが元であり、また奏でられる主な歌の歌詞は超古代文明語(他の装者との合唱の際は日本語に合わせる)。

 

⊡本人に質問(診断メーカーより)

 

Q1:短所

朱音「気分が良いと気がつけばところ構わず歌っちゃうんだよね(苦笑」

 

Q2:異性のタイプ

朱音「異性のタイプか、男の子に限らずだけど、ちょっと弄り甲斐のある子かな~~♪ ふふ♪(⌒∇⌒)」

 

Q3:好きな人いる?

朱音「好きの定義もよるけど、私が『慕える、信頼できる』と信じられる人はみんな好きだよ、恋愛としては……ヒ・ミ・ツ♪」

 

Q4:告白した&された回数

朱音「自分から告白したことはないけど、された経験は結構あるよ、ベタだけどリディアンでも下駄箱開けたらラブレターの束が落ちてきた経験もして弓美から無論『アニメじゃないんだから』とツッコまれた、勿論リディアンは女子校、当分男女共学になる予定もない」

 

Q5:あだ名

朱音「創世からは『アーヤ』と呼ばれてる」

 

Q6:家族構成

朱音「詳しく話すと暗い話になるから、アメリカに今でも現役なハリウッドのアクション俳優兼監督で大塚明夫さんに声がそっくりなグランパがいると言っておくよ」

 

Q7:長所

朱音「長所は他者に見つけてもらうものと思ってるから、自分から言うのは余り気が乗らないけど、しいて言うなら『諦めが悪いとこ』と『自分にできることを懸命に果たす上で他者に頼る』ことかな?」

 

Q8:捨てて後悔したもの

朱音「『樋口監督のスーパーX撮影用模型投棄』くらいの後悔の経験は今のところ無いね」

 

Q9:仕事

朱音「音楽学校(リディアン)の女子高生兼公務員のアルバイトもといシンフォギア装者やってま~す」

 

Q10:好きなフルーツ

朱音「フルーツは大抵のものは好きだけど、しいて挙げると、メロン、キウイ、マスカット、梨」



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⊡朱音―ガメラの技集(オリ技あり)

昨日はG1――大怪獣空中決戦の公開日だったので、何か出せないかなと思いつつも本編最新話はまだ書いてる途中だし良いネタが思いつかず、でも何か出したいと思い、技集にしました。



・プラズマ火球

別名、『烈火球』。いわずと知れた平成ガメラの十八番、本作ではフォニックゲインから変換されたプラズマエネルギーをライフル形態のアームドギアから発射する。

いわゆる樋口撃ちも健在。

 

・ハイプラズマ

別名、『超烈火球』。ライフル形態の出力を120%まで上げつつ、周辺の酸素を取り込んで発射するプラズマ火球の強化版。着弾すれば高圧縮されたプラズマの炎が一気に全方位に拡散し、直撃は免れた周辺にいる複数のノイズごと巻き込んで焼失できる。

 

・ホーミングプラズマ

別名『烈火球・嚮導』、朱音の周囲に追尾機能の付いた火球を生成し、一斉発射(イメージ的にはかの英雄マニアな博士と中の人が一緒なギ○ガのギ○ガファイヤーボール)。平成ガメラ本編ではお蔵入りとなった幻の技。ノイズとの戦闘は常に一対多数戦なので、重宝されている。

 

・ブレイズウェーブシュート

別名『轟炎烈光波』本作オリジナルであり、朱音がレギオンのマイクロ波シェルを参考に編み出した技。ライフル形態の銃身を伸長し、マザーレギオンの角を模した三つの突起を展開してプラズマエネルギーをチャージし、強力なプラズマ過流の熱線を放射する。いわばガメラ版バ○ターライフル。

なまじ強力過ぎるので使い処には慎重さも求められるが、ノイズの群れを一挙に殲滅できる。

 

・バーニングエッジ

本作オリジナル技で別名『灼熱刃』、ロッド形態のアームドギアの先端から放出された炎を直剣状の刃に押し固めて敵を斬る。おなじく映画本編未使用で自主制作のG4でお披露目されたと言うイデ○ンソードもといバーナーが元。

 

・ラッシングクロー

別名、『激突貫』。手のアーマーに付いている爪で、敵を突き指す刺突技、原作ではイリスの胸部も抉った。

 

・エルボークロー

別名、『邪斬突』。前腕部のアーマーから伸長した爪で切り裂く、本作では必要に応じて爪が伸びるG1式で刃の形状が真ゲ○ター1またはア○ゾンオ○ガ風。

 

・シェルカッター

別名『旋斬甲』、原作では回転ジェットの勢いで体当たりし甲羅の縁で敵を斬り裂く技だが、本作では甲羅を模した遠隔操作可能な盾形態のアームドギアをキ○プテンア○リカよろしく投擲して使用する。

 

・ヴァリアブルセイバー

本作オリジナル技、別名『裂火斬』、エルボークローの刃を高振動炎熱化させて、敵をすれ違いざまに切り抜ける。

 

・バニシングフィスト

別名、爆熱拳。G3でお馴染みガメラ版ゴッ○フ○ンガー、手のプラズマエネルギー噴射口から放出させた炎を、ガメラの手の形にし、渾身のストレートパンチを叩き込む。

 

・バニシングソード

原作ではバニシングフィストの別名だが本作では別個の技と言う設定、大型のプラズマ―エネルギーの刃で以て両断する技。エネルギーの消耗が激しかったので、現状まだ課題が残る未完成技である。

 



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本編:第一楽章
Prologue - NEW HOPE


年代が西暦2020年代となっておりますが、XVで原作は西暦40年代が舞台だと判明する前に設定してしまったもので、ご了承下さい(汗


 西暦2020年代の日本の首都東京の、太平洋の海沿いに面している地点に位置している都市。

 今、海面に暮れようとしている夕陽に照らされているこの街では、ある災害が跋扈していた。

 

 認定特異災害――ノイズ。

 

 この世界の地球の有史以前より存在していた未知なる〝異形〟。

 突如空間を歪ませてどこからか現れては――人間を襲い、その肉体を生きたまま全て炭素に変え生命活動を奪ってしまう〝人類共通の脅威〟。

 その脅威が、今まさにこの街を襲っていた。

 

 つい数時間前まで、確かに存在していた〝日常〟は、最早どこにもない。

 

 姿形、形態も大きさもバラバラ、二足歩行もいれば四足歩行も、地上を進むものもいれば空を翔る個体もいる――群れる異形たちが、まだ生きている人間を探し、生命をはく奪しようと傲岸に街の渦中を回っている。

 道路や歩道で無秩序にに放置されている炭素の塊と、空気中に漂い、舞う黒い粉塵は……逃げ遅れた〝人間〟たち………確かに生ける者として存在していた筈の命の成れの果てだ。

 ソーラーパネルを携えた建築物たちも、一部はノイズらの侵攻によって損傷を受けたものも少なくはなかった。

 

 血も涙もない、無慈悲な〝殺戮〟と〝不条理〟が、人の営みの集合体を完全に支配しつつあったその時―――一つの光の柱が、地上から夕空から夜天に変わっていく空へと向かって立ち上った。

 まるで、地球の〝地球〟の血液とも言えるマグマの如き、鮮やかな朱き光。

 輝く柱の周辺には、多数のノイズが取り囲んでいたが、その光に近づいてはいけないと本能が悟っているのか、一体として近寄ろうとする者はいない。

 その光の発生地点には――幼子を抱えて膝を地面に付けている制服姿の少女がいた。

 背中の半分まで伸ばされ、真っ直ぐで艶やかで、肌触りのよさそうな黒髪。

 年相応よりも伸びて均整の取れた体躯。

 顔つきも、〝綺麗〟と表した方が相応しいくらい大人びて端整なもの―――その美貌を、少女は〝涙〟で濡らしていた。

 

 この瞬間巻き起こっている災厄と、とうに〝力〟を失って無力な〝自分〟に対する絶望によって。

 

 しかし、先程まで嗚咽に歪んでいた彼女の容貌は、ノイズたちと同様、自身が立つ大地かわ湧き出た光を前に驚きを隠せずにいる。

 

 少女は同性の幼子を抱えたまま、ペンダントとして首に掛け、服の内側に隠れていた〝モノ〟を取り出して右の掌に乗せた。

 

「あたたかい……」

 

 先史、または古代の時代の日本人たちが身に着けていた装身具――勾玉。

 

「シン――フォギア?」

 

 水のせせらぎを思わす、透明感のある声で、少女は呟く。

 

「お姉……ちゃん」

 

 不可思議な現象以上に、さっきまで泣き崩れていた少女が幼いなりに気がかりだったようで、幼子は彼女を案じた。

 幼い命の健気な顔を見た少女は――一転して母性的で優しさに満ちた微笑みを返すと、慈愛と母性に溢れた仕草で。

 

「絶対―――お姉ちゃんが手出しをさせない」

 

 そっと小さな身体を、優しく抱きしめた。

 幼子も、再び目を合わせて微笑む少女に、〝うん〟と頷き返し、自分から彼女の腕の中から離れた。

 

 少女は感謝の想いも込め、幼子の頭を撫でてあげると、その場から立ち上がり、左腕で双眸から流れ出でた涙を拭うと、数歩進み、首に掛けていた勾玉を外し、紐を右手の指の間に挟む形で持ち、胸の前で祈るように両の指で包み込んで目を閉じる。

 地上から放たれる光が、より強まり、指の隙間から、光の筋がいくつもあふれ出て来た。

 

『―――』

 

 どこの言語とも知れぬ、少なくとも現代の世には使われてはいない言葉を呟く。

 その言葉には、このような意味が込められていた。

 

『我、星(ガイア)の力を纏いて――悪しき魂と戦わん』

 

 一度閉ざされた〝翡翠色〟に彩られる少女の瞳が露わとなる。

 泣き顔からも、慈愛に溢れた微笑みからも転じて、凛としつつも闘志の籠った瞳を、異形の群れたちに向けた。

 最早――彼女を少女と呼ぶよりも、戦士と呼んだ方が相応しいだろう。

 

 勾玉を握りしめた右手を左肩に一度添え――

「■■■ーーーーーーーー!!!」

 

 ――空へと真っ直ぐ突き上げた。

 戦士の意志に呼応し、勾玉は彼女の全身を見えなくする程の、炎の揺らめきにも似た朱色の輝きを放ち、彼女を球体に包み込む。

 程なく、球体は閃光と一緒に飛び散る。

 

 その中にいた少女の装束は、高校の制服から一変していた。

 黒を主体をし、体のラインと象る形でノースリーブのスーツと、四肢には先程の日光とほぼ同色な紅緋色のメカニカルな鎧が、身に纏われている。

 頭部にはヘッドギアのようなオブジェクトが装着され、両頬に密着している部位は、どこか―――生物の長い〝牙〟を連想させた。

 

「覚悟しろ、お前たちの―――」

 

 少女――草凪朱音(くさなぎあやね)は、右手から、プラズマの火炎を吹かし、その焔は棒状に押し固めると、長柄の棒――ロッドへと相成り。

 

「――好きにはさせない!」

 

 高速回転を経て、構えた。

 

 

 

 

 

 かつて、〝地球の守護神〟であった玄武は――人として、シンフォギアの装者として、再び〝最後の希望〟となる。



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#1 - 最後の希望、再誕 ◆

2019/10/25:楽曲の歌詞を掲載できるようになったのでそれに合わせて加筆修正、サブタイも微妙に変えて上げ直しました。

橋本仁:『青空になる』(仮面ライダークウガED)


 神奈川県律唱市(りっしょうし)、東京湾に面し、また首都東京と県庁所在地の横浜市に挟まれている形で隣接している地区な、関東の大都市の一角。

 この市の特徴を上げるなら、未来と昔が折衷している点であろう。

 二〇二〇年に開催された二度目の東京オリンピック開催の煽りを受けて始められた再開発事業で、律唱市にもモダンな高層ビルが立ち並び、山間には市内全体の電力を確保するべく作られた大型ソーラーパネルが鎮座し、主要交通機関としていわゆる〝懸垂式〟のモノレールの路線が網目のように敷かれて市民たちの足をなっている。

 その一方で、情緒感と一緒にどこか昭和の時代の香りも漂う商店街と言った風景も、二〇年代に入った二一世紀のこの時代ながら、この律唱市には残されていた。

 

 そんな今昔が折衷した街にある、ごく一般的だが就寝用のロフトが付いたワンルームマンションの一部屋が、今年高校生になったばかりで……数時間後に〝装者〟と言う形で、かつての〝自身〟を目覚めさせることになる〝彼女〟の住まいだった。

 

 午前五時丁度、予め設定していた通りの時間に鳴り響いたスマートフォンのアラーム。

 振動とともにスピーカーから発せられる――金管楽器と弦楽器と、女性のコーラスで構成された勇壮かつヒロイックなBGM――メロディを、彼女は画面にタッチすることで止めた。

 

「はぁ~~」

 

 目覚めてショーツから出て来た彼女――草凪朱音(くさなぎあやね)と言う名を持つ少女は、両腕を伸ばしながら、あくびを上げた。

 寝間着にしていたのはシンプルなデザインの半そでのTシャツと短パンなのだが、起きたばかりな状態でもある為か、妙に扇情的である。

 顔つきも、よく見ればあどけなさを残しているが、高校生になりたてとは思えない凛として大人びたもので、いわゆるクールビューティそうなオーラを発し、まだ寝ぼけている両目と、少々寝癖の立っている髪は独特の色気を醸し出していた。

 

 まだ残った眠気を晴らすべくまず窓を開けて朝陽を浴び、次に顔を洗って歯磨き、シャワーを浴び、時間を掛け過ぎず、かと言って手も抜かない程度に手入れを行い、寝惚けで隠れていた凛々しい容貌と、艶やかで葡萄色がかった黒髪が姿を現した。

 上着を除いたブレザータイプの制服に着替え、その上にエプロンを羽織った朱音は、点けたテレビに映る朝の報道番組をBGM代わりに、朝食と昼食用の弁当を作り始めた。

 

「次に、ノイズ関連のニュースです」

 

 手慣れた様子で調理をテンポよく進ませていた朱音は、アナウンサーの発した単語を聞いた途端、その手を止めてしまい、視線をテレビへと移す。

 今流れるニュースの内容は、この世界の人類を脅かしている〝特異災害――ノイズ〟に関わるものであった。

 具体的な内容は、昨日律唱市からそう遠くない箇所にある山々にて、ノイズが出現したものの、自衛隊の尽力で民間人への被害は出なかったと言うもの。

 その報道に対し、朱音は宝石に負けず劣らず麗しい〝翡翠色〟の瞳に憂いを帯びさせて、無力さを味あわされているかのような沈痛な眼差しで画面を凝視していた。

 

「っ――しまった」

 

 しかし直ぐに我に返り、危うく吹きこぼれそうになっていた味噌汁の鍋を、どうにか寸前で阻止して、ほっと溜息を零し、一方で物思いに耽っていた自身を戒める。

 

 

 

 

 

 いい加減にしろ、一体何度言えば分かるのだ――〝私〟よ。

 

 もう〝私〟は、超古代文明人ではない………ましてや――最後の希望――〝■■■〟じゃない。

 この世界の地球の、現代を生きる一介の日本人でしかない……四分の一アメリカ人でもあるけれど。

 

 ともかく、今の自分は〝ただの人間に戻っている〟………そんな己で、何ができると言うのだ?

 

 この世界を侵す脅威と、それに対し何もできない現在の己に気を病んでいたところで、キリがないと言うのに。

 

 なら―――どうして今日まで、ノイズに関係していると思われる事件を記録に取ってファイルに幾つも纏めている?

 

 あれは………そうだ、いわば防災対策の一環のようなもの……備えあれば憂いなしと言うではないか。

 

 なら――アメリカの中学校(ジュニアハイスクール)を卒業してからリディアン高等科に編入するまでの間も、受験勉強に使う時間を用いてまで鍛錬を欠かさなかった?

 どうして受験を合格(パス)してから入学式までの間、この世界の人類最強の存在と言っても過言ではない〝あの人〟に無理を言ってまで、師事を受け、彼の下で修行(トレーニング)を受けていた?

 

 昔から日課と趣味嗜好の一端――武術と映画を通じての好奇心から来るものだ………他意はない、他意なんてものはないんだ。

 

 

 

 

 

 今から八年前に体験した〝悪夢〟と愛する者との〝死別〟が引き金となって、かつての自身の〝記憶〟が蘇って以来、もう何度目かも知れぬ自問自答ジレンマを、どうにか一時的に振り切って、朱音は自作の朝食と、昼食用の弁当を作り上げた。

 

 

 

 

 

 朝の食事を終え、自身が通う学校の制服である、スクールセーターとブレザーの特徴を掛け合わされた上着とネクタイを着込んだ彼女は、机の引き出しから、長方体上のペンダントケースを取り出す。

 その中に入っているのは―――鎖状の輪でペンダントにした、少し赤味がかった茶色の〝勾玉〟であり、朱音はそれを首に掛けた。

 小さい頃、両親にプレゼントされてから、いつも、今でも肌身離さず持ち歩いている―――形見であり、宝物。

 

 彼女の通学前の準備は、まだここで終わりではない。

 横長で小ぶりなキャビネットの上に置かれ、扉が締まられたモダンミニな仏壇を開き、品のある所作で正座をする。

 その小さな仏壇と横並びになる形で、写真立てに飾られた写真が一つ、そこには幼い頃の人間としての自分と、かつて〝心を通わせた少女〟と瓜二つな母と、その少女の父親の若き頃に似た父親の三人が、海外のどこかで笑い合いながら映っていた。

 

 輪を鳴らして、合掌、お辞儀をした彼女は、写真の中の両親に微笑みかけ。

 

「行ってきます」

 

 と、一言送った。

 

 そうして今日も朝も、いつもの〝挨拶〟を済ませた草凪朱音は、学生鞄を肩に掛けて、自宅を後にした。

 

 

 

 

 少し、現金な自分に苦笑いしたくなった。

 外に出て、今日も晴れ晴れとして春の晴天をこの目を拝んで、同時に朝特有の気持ちいい空気を深呼吸で目一杯味わっていると、一転して心がうきうきとする。

 空の青は大好き、海の青とはまた違った趣があって、透明感のある澄んだこの色合いは、見ていると心まで透き通り、もやを晴らしてくれた。

 自分の心情の移ろい様に、我ながら呆れてしまうのが―――落ち込んだ顔で行くよりは、父も母も喜んでくれるだろう。

 とりあえずここは、己の感情ってものに、素直になってみることにしよう。

 

 よほどの大きい声量でなければ、鼻歌を奏でるくらいなら大丈夫――と、〝青空〟にちなんだ曲を歌ってみることにした。

 歌詞が日本語のバージョンと、英語のバージョンあるけど、今日は英語で歌ってみよう――考古学者な両親と一緒に世界を回ることが多かったし、リディアンに入学する前までアメリカ暮らしも長かったので、英語含めた日本語以外の言語の扱いにも自信はある―――って、鼻唄で留めるんだから別にどっちの歌詞でも良いじゃないか、危ない危ない。

 

〝重い荷物を~~枕にしたら~~深呼吸~~青空になる~~♪〟

 

 頭の中で、記憶していた前奏を鳴らし、口を閉じたまま、出だしの歌詞から奏で始めた。

 そう―――途中までは鼻唄で歌っていたつもりだったんだけど。

 

「君を~~連れて行こう~悲しみのない~未来まで~~♪」

「おはよう朱音ちゃん」

「え?」

 

 律唱市の鳴海町って地区にある『なるみ商店街』に入って歩いていると、横から女性の声が聞こえて、頭の中での演奏ごと、歌唱が中断される。

 

「あ、おはようございます、藍おばさん」

 

 自宅も兼ねた飲食店の前で掃除をしている女性に呼び止められて、挨拶の一礼をした。

 少しウェーブの掛かった髪をアップで纏め、気立てのよさそうな雰囲気を発しているエプロン姿の女性、この方の名は――花笠藍さん。

 長年この律唱(まち)の商店街で、鉄板焼きのお店を開いているお方。

 

「今日も気持ちいい歌ありがとね」

「へ? もしかして私………声に出してました?」

「そりゃもう、みんな店の準備忘れて聞き入っちゃうくらいにね」

 

 藍おばさんの視線を追いかけて、周りを見渡してみると、実際に夢中で聞いていたと思わしき商店街の方々は自分を見て微笑みかけていた。

 

「ご――ごめんなさい! 私ってば、また……」

 

 謝罪の礼を反復する度、頬の温度がどんどん熱くなる。当然顔色も羞恥で赤くなっているのが、熱で嫌というほど分かった。

 かつて体内に秘められた〝プラズマ〟の超高熱に比べれば、ほんと微々たるものなのに………熱いし、そしてとても恥ずかしい。

 ああ~~結局またやらかしてしまった………昔から、物心ついて間もなく歌に触れた頃からだ、何だか気分がよくなると、気がつけば実際に声を出して歌ってしまう。

 そりゃ……ほんと遥か遠くの〝昔〟から、歌うことは好きだった………でも少しは自重しないと………いくらこの癖のお蔭で、入学初日に〝あの子〟たちと友達になれたからって、全く。

 

「いいのよ、それぐらい上手い上に何と言うかこう、情緒的に歌われちゃ、文句なんか出てきやしないさ」

「それは――どうもありがとうございます」

 

 クレーム付けられるどころか、藍さんら一同から、お墨付きも貰ってしまった。

 さすがにあの〝ツヴァイウイング〟らプロたちに比べれば見劣りするし、まだまだだろうけど、せっかくなので、ちゃんとお礼返しをしておく。

 

「今日新作を出すんだけど、どう? 今日の夕飯」

「はい、じゃあお言葉に甘えさせて、TATSUYAの後に寄らせて頂きます、何なら〝弦さん〟も一緒に連れて、予定が合えばの話ですけど」

 

 長年〝ふらわー〟って名の店で鉄板焼きをたくさんのお客さんに送ってきた賜物か、おばさんの作る焼きそばもお好み焼きも絶品、そんなおばさんの新作の一品となれば、食べない手はない。

 

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃ~い」

 

 藍おばさんたちに見送られる形で、自分の通う学び舎の下へと急いだ。

 

 

 

 

 

『私立リディアン音楽院高等科』

 

 それが、今年の春から朱音の通っている日本の学び舎の名。

 海を拝める高台に建てられたこの教育施設は、名前の通り、音楽に力を入れた私立高等学校な女子校である。

 基本小中高一貫校だが、積極的に中途編入の門も大きく開かれており、朱音のその一人であった。

 タレントコースも設けられており、ここを卒業した学生がそのままアーティストとしてデビューすることも少なくない。

 

 さてさて――朱音の在籍している、近代ヨーロッパ風の趣があるクラスでは――

 

「た~ち~ば~な~~さぁ~~~ん!」

 

 まだ一か月目だと言うのに、すっかりクラスの恒例行事になりつつある、気難しそうな担任教師の怒号が鳴り響いた。

 

 

 

 

 朱音も朱音で〝またこれか〟――と、HRとは別に朝のある種の行事となりかけている光景前に、苦笑いを浮かべた。

 教卓の前では、一人の女子生徒が、向かい合う形でおっかんむりな先生の〝雷〟を受けている。

 背丈は150㎝後半で、スリットの入ったマントを広げているみたいな独特のくせと跳ねっ毛のある淡い黄色がかったショートヘア、まだまだあどけなさのあるまんまるとした輪郭な瞳。

 

 あの子の名前は――立花響(たちばな・ひびき)。

 

 リディアンに編入してからできた、朱音の友達の一人だ。

 

「ごめんさない朱音………また響がお騒がせして」

 

 通路を隔てた隣の席に座る女子から、朱音は小声で弁明を受ける。

 背は響より微かに小柄で、後ろ髪の一部を白いリボンで縛ったセミロングの女子は小日向未来(こひなたみく)―――響とは小学校からの幼馴染が親友であり、彼女とも入学の日に友人になったばかりだ。

 

「気にはしてない、発声の見本だと思えばどうってことないよ」

「ふふ、そうだね」

 

 ちょっとばかりジョークを返すと、ツボに嵌ったようで未来は先生にばれないよう慎ましく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 今日も朱音のクラスメイトな少女が、担任から怒号を受けるシチュから始まった一日も、半分過ぎたお昼時の学生食堂。

 窓際の四人前の席にて、朱音は朝作っていた弁当、もう二人が食堂のメニューをそれぞれ食している。

 

「はぁ~~何か何か入学してからクライマックスの乱れ撃ちが百連発で来ている気がするよ」

 

 仮にも女子高なのに、なぜかレギュラーメニューにあるメガトンカツ定食+白飯大盛りをしれっと平らげている響は、美味しそうに食するまま、愚痴っぽく溜息を零した。

 

「半分はドジだけど、もう半分は響のお節介焼きのせいでしょ?」

 

 そこに今日はロールパンとサラダにハンバーグの組み合わせで昼食を取る未来が食しながら、長い付き合いだからこそとも言える、鋭さのある苦言の言葉を送る。

 

 

「そこは〝人助け〟と言ってよ……人助けは私の趣味なんだから」

「響の場合は度が過ぎてるの」

「それに今日の遅刻の原因は人助けじゃなくて、猫助けと言った方が良いんじゃない?」

 

 響は決して不良学生ではないのだが、すっかりこのひと月弱で〝遅刻常習犯〟の異名をほしいままにしてしまっていた。

 原因は本人が趣味だと表した〝人助け〟がほとんど……どころか全部を占めていると断言できてしまう。

 通学途中、視界の中に〝困っている人〟を見かけたら、本当に躊躇いなく即決で助けに行ってしまうのだ。

 朱音が知っているだけでも――

 

 迷子になった幼児の親を探すことなどしょっちゅうあるし。

 足腰が悪くて杖の欠かせないご老体のサポート。

 本来どの日にどの住人がやっているか決まっている集団登校を義務付けられている小学生たちの、横断歩道の横断のサポート。

 町内清掃の飛び入り参加。

 

 ――などなど相当な数となり、一日に最低でも二回以上は、学業を犠牲にした善行を積極的にやっている形である。

 恐らく、リディアンに入学してから今日までの〝人助け〟の回数を数えれば、百は悠に超えてしまっている筈。

 

「猫を助けようとして遅刻した学生なんて、世界広しと言えど響くらいしかいないわね」

「そんなこと言ったって………木から降りられなくなってて可哀想だったんだもん」

 

 今朝の遅刻に繋がった善行は、木に登ったら降りられなくなってた誰かの飼い猫を助け、しかも持ち主を探そうとしたこと。

 

「わざわざ響君が助けなくても、その猫さんは自力で降りられたと思うけど」

「どうして?」

「生命と言うものは、君たちが思っている以上に逞しい、猫たち一つとっても、自分たちより遥かに大きい人間たちと、走る凶器にも等しい車に、想像を絶する大きなビルに囲まれた人間社会で暮らしている、それに比べれば、木の高さ程度、最初は怖がってても直ぐに克服して飛びおりただろうさ」

「う~ん……言われてみれば確かに……な気もするけど」

「あくまでこれは私の個人的意見に過ぎないから、適当に流してほしい」

「でも朱音ってさ、生き物の話になると妙に熱が入るよね」

「そ、そうかな?」

「うんうん、何て言ったらいいかな? こう熱心に生命の根源なんたらを人生掛けて追求している学者っぽいって言うか」

「お、響にしては的を得てる発言」

「ちょっと未来、それどういうこと!?」

「まあ響君は明るく社交的だが、猪突猛進な突撃ロケットと言える一面もある、幼馴染の未来君でも今の君の発言は物珍しかったのだろう」

 

 普段朱音は友人に対してファーストネームの呼び捨てなのだが、からかいたくなった時は〝君付け〟になる癖があった。

 

「朱音ちゃんまで~~………私ってやっぱ呪われてるかも」

 

 未来(しんゆう)に続いて朱音からも援護射撃された響はぼやきを零す。

〝私って呪われてるかも〟

 この言葉も結構頻繁に聞いているような気がするなと、朱音はここ一か月の付き合いを反芻した。

 そして響がこの口癖を呟いてからの立ち直るまでも時間も、ものすごく早いことに行き着いた、特に食事時は顕著。

 現に――

 

「おかわりおかわり♪」

 

 ――大盛りご飯を平らげたばかりだと言うのに、もう一杯大盛りでおかわりしていた。

 人助けの他に〝大食い〟を趣味と特技に入れてしまってもそん色ない。

 

 朱音は幼馴染の未来と一緒に級友の食欲に驚かされながらも、昼食と雑談を続けていると、急に食堂内の空気が騒がしくなってきた。

 

「ねえねえ、風鳴翼よ」

「芸能人オーラが迸ってるよね」

「まさに孤高の歌姫」

 

〝風鳴翼〟―――全くひそひその体を為してない周りの生徒たちのひそひそ話の中から何度も出て来たその名前に、嬉々として食べていた響の大きな目が一際見開かれる。

 そして―――何らかの気持ちに駆られたかのように、その場で立ち上がり。

 

「はっ!」

 

 偶然にも、朱音たちの席の横を歩いていたその〝当人〟と、間近で鉢合わせてしまった。

 青味がかり、腰の近くまで伸ばされた後ろ髪を全て切りそろえたワンサイド。

 実は朱音より二センチほど下なのだが、それでも同年代の女子たちより長身でモデルとみまごうスレンダーボディ。

 

「あ……あの……」

 

 ただ校舎の中を歩くだけで他の女子生徒の注目を集める目の前の〝先輩〟に対し、響は何やら言いたげで、しかしどう伝えていいか分からず立ち往生して震えていた。その震えで、手に持っていた箸を意図せず茶碗に接触し続け不格好な演奏を続けるばかりである。

 傍から見れば完璧に挙動不審そのものな響に対し、彼女はすまし顔を維持したまま、自分口周りを指さした。

 

「え?」

 

 一泊置いて響は、彼女のジェスチャーが『口元にご飯粒ついている』を意味していることに気づいた。

 

「すみません、この子昔からあなたのファンで、いざ実際にご対面したら緊張で強張ってしまったんです」

 

 若干フリーズしている響の代役で、朱音は言葉の通り〝有名人〟な先輩に謝意を表明する。

 上手く収めた朱音のフォローに、未来は『フォローナイス』の意味合いも込め、テーブルの下でサムズアップを送った。

 

「そう」

 

 朱音の釈明に対して相手は、たった一言返しただけで、その場から離れていった。

 風鳴翼、現在リディアン高等科三年生の彼女は、現在日本の音楽界のトップを走り続けるアーティストでもある。

 かつては二人組のボーカルユニット――〝ツヴァイウイング〟のメンバーとして一世を風靡していたが、パートナーであるもう一人が、二年前に起きたノイズ災害に巻き込まれて亡くなり、以来彼女一人、ソロで歌手活動を続けている。

 今でも風鳴翼の人気が留まることは知らず、彼女目当てに編入してくる女子の大勢いるとのこと。

 

「あ~~~絶対変な子だって思われた……」

「間違ってないんだから仕方ないでしょ?」

 

 硬直状態から回復した響は、ぐて~~とした様子で頬をテーブルに着けて項垂れ、幼馴染から痛烈な突っ込みを受けた。

 

 一方、さっきまで二人と仲良く雑談していた朱音は、窓の外に視線を向けていた。

 正確には――アーティストも含めた〝偶像〟を背負っている風鳴翼の後ろ姿を、思い浮かべ。

 

「今日も〝泣いている〟のですね――あなたは」

 

 誰にも聞こえない、ささやき声で一人静かに、ソロとなってからの彼女に対するイメージを呟くのだった。

 

 

 

 

 勿論、今度は自分も噂話の話題になっていることなど。

 

「見た? 今のツーショット」

「うん、あの子も翼さんに負けず劣らず美人だよね、向かい合っても全然負けるどころか張り合ってるし、目の色宝石みたいだし、大人っぽさではむしろ――」

「確か毎日放課後屋上で歌ってる噂の新入生って、あの子だよね?」

「そうだよ彼女だよ、もう嫉妬もできないくらい上手くてびっくりした」

 

 てんで、耳に入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼は未来の〝響の人助けは度が過ぎてる〟と同調しているけど、自分も人のことは言えない。

 今日の授業日程を全て終えた私は、二〇一〇年代当時あれほど衰退すると言われながらも逞しく生き残り続けている映像ソフトレンタルショップの一つ、TATSUYAに向かっている途中だった。

 今日あそこで弦さんと会ったら、今日も映画について熱く語り合い、藍さんの〝ふらわー〟での夕食に誘おうと思いながら歩いていたら、迷子になっている五歳くらいでツーサイドアップな女の子を出会ってしまい………はぐれた家族を見つけようと右往左往する姿に放っておけず、その子の手を引いて街の中を歩いている。

 

「丁度君くらいの時、父さんと母さんでタイって国の遺跡を見に旅行に行った時、はぐれてしまってね………心細くて泣きそうになったんだけど、二つしか歳が違わないのに、ガイド役の男の子がとてもしっかりしてて、お姉ちゃんに『大丈夫だよ』って励ましてくれたんだ」

「ほんと?」

「ほ~んと、今でもあの時のあの子の笑顔は、はっきりと覚えてる」

 

 ある特撮ヒーローの、みんなの笑顔を守る為に戦士となった冒険野郎が主人公のとそっくりな体験談などで、女の子の不安をできるだけ緩和させつつ。

 

 ここがショッピングモールだったら、迷子センターに行くだの、親が探し回ってそうな場所を絞り込むだのできたけど、外となると………自力で見つけるのは困難、娘である女の子はともかく、顔も知らない相手一人見つけ出そう虱潰しに回っても時間と体力を浪費してしまうだけ。

 なので、スマホのアプリの助力も得て、現在地から一番近い交番に向かっていた。

 でも嫌な気はしないし、まして貧乏くじを引いたなどと、微塵も思っていない。

 白状すると、私は〝子ども〟が大好きだ。

 この小さな体から溢れる眩しい〝生命〟のオーラに、心惹かれずにはいられない上に、人の身に戻った今の自分にとって子どもたちは――〝未来〟そのものも同然だった。

 いや……それは〝超古代人〟だった頃からそうだったな………あの頃の記憶は断片的なものしか覚えていない………けど、子どもたちに歌を聞かせることを至上の喜びとしていたことは、覚えていた。

 

「もう直ぐだな」

 

 もう一度画面上の地図と周辺を照らし合わせて、表示された地点が近いことを確認する。

 さて、問題はどう交番のお巡りさんにこの子を委ねるかだ………きっと不安に駆られて、私から離れようとしないだろう、やっぱり母親と連絡が取れるまで同伴した方がいい―――

 

「っ………」

 

 交番まで、もう二角分まで来た私は、不吉な予感に駆られた。

 静か過ぎる………モール街からそんなに離れていないこの地区なら、もう少し人々の日常の〝音色〟が聞こえてもおかしくないのに、閑静な住宅街がまだ賑やかだと思えてしまうくらい、異様な静寂。

 その静けさと一緒に、空気中を浮遊している………黒く微小な粒子たち。

 まさか――思わず駆けだして、角を曲がると………そこにはもう、人の営みが、殺し尽されていた。

 アスファルトで複数散らばる、大きさがバラバラな炭の塊たち。

 その中で、ただ一人虚ろにこちらの方へと歩く会社員らしき男性が一人。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 前のめりに倒れそうになったその人に駆け寄り、抱き留めた私だったが………彼に触れた瞬間から、もう〝死んでいる〟と、それでも肉体が動いていたのは死後硬直のようなものだと、思い知らされる。

 男性の体は、纏う服ごと黒一色へと変色していき、炭と化して瞬く間に崩れ落ちて行った。

 

「はぁ………」

 

 震える両手の掌を中心にこびり付いた炭から、目を離せす。

 

〝いやぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!〟

 

 草凪朱音としての自分の転機となった………あの惨劇がフラッシュバックする。

 

 この人の命は、私が見つけた時にはもう死んでいた………だが、ほんの少し前の時間では、まだ、生きていたのだ………確かに生を謳歌していた筈なのだ………彼も、ここに散らばる塵になった人たちも、明日があると信じて疑わず、自らの住まいに帰って一日を終える筈だった………なのに。

 かつて……人間の尊厳を無視し、無慈悲に踏み潰した〝殺戮〟の罪を犯してしまったからこそ、父と母が同じ不条理で命を奪われたのを目にしたからこそ、分かる。

 断じてこれは―――生命の死ではない、死であってはならない。

 どの生命にも〝死〟は存在する……だからこそ、子を産み、いつかオトナとなるその子たちに未来を託す。

 だがこれは、そんな〝生命の時の流れ〟そのものすら侮辱し、足蹴にし、冒涜する行為だ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 不安に駆られた女の子が、肩部分の制服を掴んですがってくる。

 直後、さらなる不吉な胸騒ぎが、胸の内に押し寄せた。

 

「あれは……」

 

 距離にして、十メートルくらいの場所に位置する空間そのものが、歪み出していた。

 

「くっ………お姉ちゃんに掴まってなさい!」

 

 あの現象が何を意味するか理解して歯噛みした私は、女の子を抱き上げ、全速力で走り出す。

 

 くそ! どうしてもっと早く〝異変〟に気づけなかった!?

 

 自分の鈍さが腹立たしい!

 

 体力の出し惜しみをしている場合じゃない!

 

 せめてこの子をシェルターへ―――そこが完全に安全が保障されているわけじゃないけど、少なくとも外で彷徨っているよりは!

 

 

 

 

 

 朱音たちの前に現出したあの空間の歪みこそ、認定特異災害――ノイズたちが襲来する前兆に他ならなかった。

 

 今から十三年前に国連で正式にその存在が明かされて以来、小学校の教科書にも載るくらい存在自体は知られているノイズ。

 しかし広く認知はされていれど、その存在そのものは多くの謎に包まれている。

 一般の人間が知りうる限りの情報は――

 

 地球の生物に似つつも、形態も大きさも多種多様、共通する特徴として、蛍光色のような色合いと、名の由来であるアナログ放送のノイズをイメージさせるざらつきの走った体表。

 

 意志の疎通は絶望的に不可能で、人間たちを前にすれば見境なく襲う。

 

 通常兵器は、一切通用しないこと。

 

 彼らに触れた、触れられた生命体は、生きたまま生体組織が破壊され、炭素へと果ててしまう。

 

 出現してから一定時間が経つか、人間に接触すると、ノイズ自身も炭となって無害化すること。

 

 実際に、ノイズと遭遇する確率は、東京都民が通り魔と鉢合わせてしまう確率より低い………筈だった。

 

 

 

 

「………」

 

 行く先行く先、その道に散らばる炭――人間の亡骸を目にする度、年相応より大人びた美貌が悲痛に染められ、血を流しそうなくらい唇を噛みしめながらも。

 

(どうか無事でいて―――みんな!)

 

 朱音はどうにか、響たちの無事も内心で祈り続けながら、幼子をシェルターまで送り届けようと、ひたすら走り続ける。

 それが、ノイズらによる不条理に対する、朱音の必死の〝抵抗〟であった。

 

「お姉ちゃん! あっちにもノイズが」

 

 だが……そんな彼女の足掻きを嘲笑でもするかの如く、とても知性を有しているとは思えない外見からは想像もできないほど、行く先々にノイズの群れが待ち構えていた。

 それでも……負けてなるものか………負けてたまるか………諦めてたまるかと、無我夢中で走り走り続けた。

 

 そしてとうとう、無情にも限界の時が訪れる。

 

「そん……な……」

 

 海とは目と鼻の先な、倉庫街の中に入り込んだ朱音たちに待っていたのは、

ノイズの大群。

 完全に、道と言う道を塞ぎつくしてしまっている。

 いっそ、海に飛び込んで、奴らが自然消滅するまで待つか? ダメだ………まだ冷たさの残る春の東京湾を前では、この子の体力が持たない………ノイズの消滅前に死んでしまう。

 それに……もしもノイズが水中活動も可能、もしくは活動できる個体がいたら………一環の終わりだ。

 

 そうでなくとも、どこを見渡しても、ここに〝逃げ道〟はもう残っていない。

 

 地上のこの数のノイズが相手では、一度たりとも触れずに振り切れそうにない。

 よしんば、倉庫の屋根に飛び移れたとしても………〝弦さん〟のお蔭で一応それは可能なのだが、上空には飛行タイプの漂っており、跳躍などすれば狙い撃ちにされる。

 

 

 自衛隊の救助も……見込めない。

 

 押し寄せ、突きつけてくる絶望を前に、ここまで駆け抜けてきた両脚の力が一気に消失し、コンクリートの大地に膝を打ち付けた。

 

「ごめん…………」

 

 幼子を抱く左腕の力だけは離さまいとしながらも、右手も地面に付かれて、

項垂れる。

 どうしようもないと言うのに、こらえ切れず、翡翠色の瞳から、大粒の涙が大量に流れ出て、頬を伝い、その美貌を痛ましく濡らしていった。

 彼女の脳裏には、彼女の理性とは裏腹に、ノイズに襲われ〝生命〟をはく奪された人々のイメージが何度も投影され、彼女自身を痛めつけ、苦しめさせていた。

 

 

 

 

 なぜだ?

 答えは出てくれるわけもない……けどどうしても問わずには、投げかけずには、訴えずにはいられない。

 

 自分の気持ちに、素直になるしかなかった。

 

 今まで、無理やりずっと押し込んで来たのが祟って………反動の濁流が一気に押し寄せ、御する術がなかったのだから。

 

 私はかつて、草凪朱音として生まれ変わる以前……〝災いの影〟がもたらす破滅から、地球(せかい)と、そこに住む生命たちを救わんと………〝人間〟であることを捨て………〝最後の希望〟となった。

 

 命を代価に、あの世界の現代人間たちとともに勝利と未来を勝ち取って、再び人として生まれたばかりの頃は、前世の記憶など微塵も覚えていなかった………あの日、ノイズに父と母を殺されるまでは―――

 

 なぜだ………なぜ転生前の自身の記憶が、今の自分の脳の内で、蘇ればならなかったのだ?

 

 もう自分の体には、あの地球(ほし)の力は、一片たりとも残ってはいないのに、思い出だけは明瞭にあの日、忘却の彼方から戻ってきてしまった。

 

 思い出さなければよかった………この世界の地球を脅かす〝災いの影〟に、無力な自分を、ここまで攻めることもなく、その想いを偽って誤魔化し続けることもなかったのに。

 巡り合わせが悪ければ、自分もまた、命を散らされていた………でもずっと忘れたままだったなら………ここまで苦しみに苛まれることは、なかったのに。

 

 それでも………求めずにはいられない。

 力が……欲しい。

 この不条理な災厄から、儚い命を〝守る力〟が――。

 

「ごめんね………ごめんね………」

 

 もう言葉すら、ノイズどもの猛威に呑まれようとしているこの子に謝ることくらいしかできなくなっていた。

 

 そんなことはお構いなしに、ノイズらは一斉に、私たちへと襲い来る。

 

 零れ溢れる涙はとうとう、一部が雫となって―――大地に落ちた。

 

 

 

 

 

 反射的に、子どもを守ろうと庇い、瞳を覆った。

 

 なのに……ノイズが奇声を鳴らしてこちらに向かってくる気配が、一切感じられない。

 

 代わりに、コンクリートに触れた右手と両脚から、振動を感じる。

 地震にしては微弱過ぎるけど、とても無視はできない……大地の鼓動。

 瞼の外がどうなったのか、確かめるべく、そっと開けてみる。

 

「これって……」

 

 光が……今まさに水平線に沈みゆく太陽の夕陽に似た……鮮やかさのある光の輪郭が、私たちを囲む形で、描かれている。

 そこから発せられるエネルギーの膜がバリアの役目を果たして、ノイズの侵入を妨げ、実際に触れた個体は大きく弾き飛ばされていた。

 何が起こっているのか、この子も、私も分からぬまま、今度は円の内部全てから、光が……風とともに、真っ直ぐ空へと向かって、放たれる。

 熱の宿った………だけど不快さは感じない風。

 

 と、同時に……自分の胸からも、鼓動と熱を感じた。

 

 その正体に行き着いた私は、服の内に隠れていた〝勾玉〟を、手に取る。

 

 熱を有し、マグマの揺らぎに似た輝きを発するその様は、自分と心を通わせたあの少女――草薙浅黄との、精神感応が強まった時におきる現象を、そっくりだった。

 

「暖かい……」

 

 ノイズに囲まれた状況は変わっていないのに、地上から伸びる光の熱も、勾玉が持つ熱も、暖かで、安心すら感じさせ……悲しみに乱されていた心を、穏やかな水面のように落ち着かせていった。

 この光………間違いない………この〝熱〟の正体を、私は知っている。

 

 地球の、この星そのものの生命エネルギー―――マナ。

 

 その単語が過った瞬間、睡眠学習とでも言うべきか、脳に直接……情報が流れてくる。

 

 ほんの一瞬の頭痛を経て、私は――この勾玉に宿った力も、その力の使い方も。

 

「シン――フォギア?」

 

 力が持つ名すら、知らない筈なのに、知っていた。

 もっと表現に正確さを求めるなら、教えられたのだ………地球が、マナを伝い、この勾玉を通して、私に。

 さらに、力と、その使い方と一緒に――聞こえてくる。

 

 

 

 

〝あきらめるなッ!〟

 

 

 

 

 

 声、誰かの声……誰なのか知ってはいる声……それも一人ではない人間の声が……一度に脳裏で、響き続けてくる。

 その中には―――困難に立ち向かう、強い意志が込められた〝歌声〟も、数多く混じっていた。

 

「おねえ……ちゃん」

 

 しばし、地球が齎した現象の数々に対し、呆気に取られていた私は、その幼い声で我に返り、勾玉から女の子へと目の捉える先を変える。

 私と目を合わせている小さな命の持ち主の眼差しは、この一連の不思議な事態に対する恐れの気持ちよりも……むしろ自分を案ずる気持ちの方が勝っていると、その潤いのある瞳が、雄弁に語っていた。

 そう言えば……さっきまで……情けなく泣いていた………頬にはまだ、流れの止まった涙がこびり付いたままでもある。

 

 ほんと、何て………情けない。

 

 まだこんな小さいのに、こんな常軌を逸した状況の渦中にしても尚、さっき会ったばかりの自分を、気に掛けてくれているのに。

 

「もう……大丈夫」

 

 その健気さは、この暖かな光とともに、折れかけ、堕ちかけてていた自分の心に―――〝這い上がる〟力をくれた。

 感謝の意味合いも込めて、女の子に微笑みを返して、母との〝思い出〟を手繰り寄せて、小さく儚い身体を、優しく抱きしめる。

 

「絶対……お姉ちゃんが手出しをさせない」

 

 再び、目と目を向き合わせた私の言葉に女の子は――

 

「うん」

 

 ――こっくりと頷き返す。

 この子なりに、私の決意を読み取ってくれたのか、嫌がる素振りを見せることなく、私の腕から一時的に離れた。

 本当はまだ心細くて、離れたくはない筈なのに……私のちょっとした我がままに付き合ってくれた彼女の勇気を称えて、小さな頭を手で撫でてあげると、その場を立ち上がらせる。

 左腕で顔にこびりつく涙を拭い取り、臆することなく正面からノイズを見据える。

 

 私自身の意志に呼応して、〝勾玉〟がその輝きを強めた。

 

 マナの光で、私を戦う姿へと〝変身〟させるアイテムとなった形見を、首から外し、右手に乗せ、胸の前で祈るように勾玉を包み込み、瞳を閉じる。

 

 ごめんなさい……母さん、父さん。

 

 たとえ〝災いの影〟が蔓延るこの世界でも、幸福に生きてほしい願いを持っていたのは、痛いほど分かる。

 

 私が今、踏み出そうしている道は―――そこからほど遠い、茨の道……子をどこまでも愛しぬく親たちの、誰が好き好んで、そんな道を歩ませたいと思うのか。

 

 この〝祈り〟はいわば、その〝願い〟を払おうとしている自分から、愛する人たちへの懺悔でもあり、油断の許されぬ戦いの世界に臨む――〝通過儀礼〟。

 

 そして今一度―――〝最後の希望〟をその身に背負う〝儀式〟。

 

 空へと昇る光の勢いはさらに増し、手の中にある勾玉の輝きも、指の隙間から溢れ出していた。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪〟

 

 現代の地球では、ルーン文字の始祖ともいえる言語を以て。

 

〝我――星(ガイア)の力を纏いて、悪しき魂と戦わん〟

 

 胸の奥から、戦意と闘志―――この力を呼び覚ます〝言霊〟を、歌を奏でる調子で以て、囁く。

 光の輪郭から、幾つも流星が飛び立ち、勾玉へと集束――その輝きが極限にまで至った瞬間、右手を左肩に添え。

 

「ガメラァァァァァァァァァァァーーーーー!!!」

 

 天まで届かせるとばかり叫び上げ、夜天に変わりつつある空へ、真っ直ぐに、一直線に――勾玉を高々と掲げた。

 

 

 

 

 

 朱音の想いの丈を受け取った勾玉は、世界をホワイトアウトさせんとばかりの〝光〟を迸らせ、彼女の全身を球体上に包み込んだ。

 その内部にて存在する……荒れ狂うマグマを模した〝異空間〟にて、両腕を広げて浮遊してる朱音の体から、リディアンの制服が粒子状となって消え、一糸纏わぬ姿となり、首回りと両足の指先から、黒を主体とし、彼女のボディラインに密着したノースリーブのインナースーツが――両腕の前腕部とにも同形状で、指ぬきグローブと一体となったアームカバーが生成された。

 次に、彼女の両手、両足の順に――人のものではない爬虫類の特徴を持った両腕、両脚を象った炎が包み込み、それらは一瞬の閃光の後、鮮明な紅緋色かつメカニカルで、各部に推進機構――スラスターも備えた鎧(アーマー)となり、同様の流れで、腰にも背部にもアーマーが装着され。

 

〝ガァァァァァーーーオォォォォォォーーーン!〟

 

 同じ炎で形作られた―――〝怪獣〟と呼ぶ他ない―――厳めしく、口の両端に一際長い牙を生やした生命体の顔が、天地を轟かさんと咆哮を上げ、朱音の頭部に包み込む。

 同様の閃光から飛び散る炎の中から、ヘッドフォンに酷似し、ハウジング部に相当する部位から、あの牙を模したと思われる突起が、朱音の下あごを沿う形で伸長した。

 

〝変身〟が完了し、防護フィールドでもあった球体上の炎がその役目を終えて消滅し、凛とした立ち姿で現実世界に降り立った。

 

「…………」

 

 後ろ姿を見上げる幼子は、ある種の感嘆とした気持ちも混じった表情で、変身した朱音から目を離せずにいる。

 

 ノイズたちも、顔らしい顔を持たぬ見てくれをしていながら〝戦士〟と相成った彼女を釘付けに、一体たりとも、一歩分すら踏み出せずにいた。

 

 本能で悟っているのだろう―――あの紅緋の鎧(アーマー)を纏った少女は、自分たちの〝天敵〟であるのだと。

 

 

 

 

 

「覚悟しろ―――」

 

 

 

 

 

 

〝シンフォギア〟

 

 

 

 

 

「―――お前たちの好きには、させない!」

 

 

 

 

 

 人類がそう名付けた戦装束の〝鋳型〟で、草凪朱音は―――〝最後の希望〟―――〝ガメラ〟として、蘇った。

 

つづく。

 




のっけから架空の都市の紹介ですが、当小説の二次設定で公式ではありませんので注意を(シンフォギアの主な舞台の街の名称は原作では結局不明のまま、年号は明らかになったのに)

そしてガイアの変身BGM(実は冒頭のアラームのそれ)がそのまんま流れてきてもおかしくない、仮にも女子なのにガイアばりの絶叫変身でした。


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#2 - 戦場を舞う歌

さて第二話、朱音の歌の伴奏の全体的イメージは梶浦語風のコーラス入った澤野さんのBGM風です。



 認定特異災害――ノイズが引き起こす災害、事件に対処する機関は、当然ながら日本政府にも存在している。

 

〝特異災害対策機動部〟――通称、特機部(とっきぶ)

 

 この機関には一課と二課、二つのセクションが存在し、前者は主に民間人の迅速な避難のサポートと、ノイズの進行をできるだけ人口密集地から遠ざける為の誘導に、被害の後処理が主な任務。

 一般の人間が〝特機部〟のことを聞かれて思い浮かぶのは、主にこの一課。

 

 なら――第二課は?

 

 ノイズに齎される被害対策を担う点は無論一課と共通しているが、二課には二課ならではの〝一面〟を持っていた。

 

「ノイズとは異なる、高出力のエネルギーを検知」

「発生地点、音無倉庫街と判明」

 

 その第二課の、地下深くに存在し、オペレーター含めたスタッフたちの肉声が飛び交う本部の司令部。

 

「まさかこれって―――アウフヴァッヘン波形?」

 

 律唱市の倉庫街が発生源なエネルギーの正体を掴んだ、ポニーテールとマゼンダ色な縁の眼鏡と白衣を着込んだ科学者らしき妙齢の女性が驚きの表情を見せる。

 

「アーカイブに、該当する聖遺物は存在しません」

 

 そのエネルギーを放っている〝源泉〟は、本来二課にとって馴染みのあるものでありながら、未知なる存在であった。

 

「未知なるシンフォギア……だと?」

 

 長身かつ筋肉隆々の、1980年代アクションスターにひけを取らぬ肉体と、獅子の如く逆立った髪に、絵に描いた豪胆さと人格者な雰囲気を併せ持った男――この特機部第二課の司令官である彼も、〝正体不明なシンフォギア〟の存在に、驚きを禁じ得ていなかった。

 この後、さらなる驚愕を突きつけられることになるのだが――

 

「ノイズドローンの一機のカメラが捉えました」

 

 ――人間のみを襲い、二次的被害を除けば人間の産物には手を出さないノイズの習性を利用し、特機部は無人偵察機――ドローンを活用し、常にノイズの活動と、ノイズに立ち向かう戦士の戦いを記録している。

 

「映像、出ます」

 

 宙に出現した3Dモニターに、ドローンに搭載されたカメラの映像――俯瞰からの音無倉庫街が映し出される。

 

「ん?」

 

 長い黒髪と大人びた容姿に背も高い、〝美人〟と称した方が相応しいあの少女……どこかで見たような……まさか――

 

「〝装者〟と思われる少女の方へ拡大してくれ」

「了解」

 

 コンクリートから上空へ垂直に、かつ円形上に放出されている何らかのエネルギーフィールドの内側に、尻もちを付く幼女と、ギアらしきアーマーを装着している少女の図を目にした司令官は、見た目に違わぬ野太い声で、映像の拡大を指示した。

 ある直感を過ったのが、その理由。

 

 

「なぜ………あの子がギアを?」

 

 顔が画面のほとんどを占めるくらい拡大された映像を目の当たりにしたことで、彼は自身の直感が、ものの見事に的中してしまった事実を突きつけられた。

 あの翡翠色の瞳……見間違いようのない。

 

〝草凪朱音〟

 

 司令官にとって、共通の趣味を持つ年代差を超えた友人でもある少女が、正体不明な未確認――UNKNOWNの〝FG(フォニックゲイン)式回天特機装束――シンフォギア〟を纏って、ノイズと対峙していたのだ。

 いつも見る彼女とは思えない〝戦士〟の眼差しを発する彼女に、さしもの彼も、驚愕を秘めておくことはできずにいる。

 

 彼の驚きをよそに、カメラが捉えた朱音の翡翠の瞳が、こちらへと向かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球の生命エネルギー――マナの力を取り込んだ〝勾玉〟によって誕生したシンフォギアを身に纏い、凛然と――そして眼光で撃ち貫かんとばかりに力強い眼力で以てノイズと相対していた朱音は、右の掌を広げる。

 掌に装着された装甲の円状の部位から、炎が突如噴き出たかと思うと、最初は形状を変動させていた火炎が、彼女の身の丈の半分より長い長さな棒状に押し固められ、紅緋色のアーマーと同色のロッドへと変質した。

 それを手に取った朱音は、頭上で高速回転させた後、ノイズに牽制する形で中段構えを取り、同時にロッドの両端が伸長して、彼女の身の丈を越す長柄となる。

 

 

 

 

 

〝覚悟しろ――お前たちの好きにはさせない〟

 

〝変身〟した直後は、ノイズたちにそう啖呵を切ったものの……存分に戦えるかと言えばそうじゃない。

 自分の背後には、ここまでどうにか守り抜けた女の子がいる。

 足手まといなんて毛頭考えるつもりはないけど、この子をあの数のノイズの攻撃から守りながら戦うのは、中々骨が折れる。

 やっぱりまずは、女の子を連れてここを振り切り、安全な場所に連れて行くのが現状最善なのだが……どうするか?

 

「あれは?」

 

 警戒を怠らず、あらゆる方角に目を向けていた私は、すっかり日が暮れ、夜天となった空に、ノイズとは違う滞空する飛行物体をを見つけた。

 ギアの力で、五感も強化されているのか、夜だと言うのに物体の輪郭がくっきり見えた。

 二つのプロペラで動く無人機――ドローン。

 しめた……ノイズが跋扈するこの状況でドローンが飛ばされているってことは、あれは〝特異災害対策機動部〟が保有している機体と見ていい。

 本来、日本政府が〝秘匿して保有している兵器〟であるこのシンフォギアを、一介の民間人――つまり自分が使っている様を目にしたら、放ってはおけない筈……そこを上手く利用すれば、この子の安全を確保できる―――なら決まり。

 

「来て」

「うん」

 

 脳に送られた情報によれば、〝アームドギア〟と呼称されるらしいロッドを右手で構えたまま、私は一時しゃがんで女の子を左手で抱き寄せ、再び抱き上げた。

 まだ、周りはノイズを妨げるフィールドが張られているが、私の変身が完了した以上、そろそろこの〝防御壁〟も消失してしまうだろう。

 現に、フィールドの勢いはみるみる落ちていき、厚みも薄くなっており、ノイズどもはいつでもこちらを襲えるよう、待ち構えている。

 この障壁が完全に消えれば、奴らは一斉に攻め掛かってくる――その瞬間が――この包囲網から一気に脱出するチャンスだ。

 

「高いところは苦手?」

 

 前もっての確認も怠らず。

 私の質問に、女の子は首を振って答えた。

 さすがにこの子を抱えた状態で〝音速越え〟は叶わないが、私も久々に〝飛ぶ〟身なもので、肩慣らしのハンデとしてはむしろ丁度いい。

 

 もうじき、だな。

 

 円形状の光の輪郭の明度も弱まり始めたかと思うと、あっと言う間に、ノイズから私たちを守っていた障壁が消滅した。

 予想通り、邪魔ものがいなくなったノイズたちは、人を襲う本能のまま、包囲網の円を維持したまま、距離を詰めてくる。

 内何体か、両腕を伸ばしてきた。

 

 距離、約十メートルまだだ……ギリギリまで粘れ、タイミングを見誤るな。

 

 

 

 

 よし―――そこだ!

 

 

 

 

 「――――」

 

 焼き払え!

 

〝歌〟を奏でつつ、ロッドの打撃部分から、鉄さえ融解させる〝プラズマの火炎〟を放射し、同時にその場からバレエダンスの要領で全身を一回転させる。

 円を描いて吹き荒れる灼熱の豪火は、肉薄してきたノイズたちの先頭集団を糸も簡単に呑み込み、奴らに断末魔の奇声を鳴らせて灰も残さず焼き尽くしていく。

 

 今だ!

 

 360度まで回転仕切ったところで―――両の足裏に備えられたスラスターユニットを点火、白い噴流を放出し、こちらの攻撃を受けて態勢を崩しているノイズへ煙幕代わりにばら撒いた。

 

「掴まってなさい!」

 

 白煙と暴風の二重攻めで敵がたじろいでいる隙を突き、スラスター出力を急上昇させて、その推進力を糧に飛翔、ノイズに溢れた倉庫街――地上から離れていく。

 生物でありながら、飛行機よろしくジェット噴射で空を駆けた〝私〟ならではの飛行方法。

 行ける………肉体組織は人間な上に十五年以上のブランクと言う不安要素はあったけど、自分が思っていた以上に、感覚はちゃんと〝飛行〟のイロハを忘れずに覚えていた。

 

「す、すごい……本当に飛んでる」

 

 恐がるどころか男の子に負けじと興奮した様子で地上を眺めながら、慣れた様子で宙を走る私にも感嘆の眼差しを女の子が向けてきた。

 実際、久々なだけで飛び慣れてはいたんだけど。

 よし、ドローンもこちらを追走している。このままできるだけノイズのいない区域にまで飛んで行けば………けど、敵もすんなり振り切らせてはくれない。

 案の定、海生生物のエイに似た群青色の飛行型ノイズが、こちらに接近している。

前方から三体、後方から二体、挟み撃ちにする魂胆だ。

 

「させるか!」

 

 この姿であの〝火球〟を最も効率よく撃つとなれば――〝銃〟の形にとる他ない。

〝アームドギア〟の生成に必要なのは、エネルギーとイマジネーションなのは分かっている。その二つが揃えれば、武器の変成など―――右手に持つロッドが、金属音をいくつも鳴らして形を変え、グレネードランチャーとショットガンの特徴を掛け合わせた紅緋色で円筒状の銃身をした〝飛び道具〟となる。

 

 それを構え、トリガーを引いた。

 

 銃口から、鉛の弾丸――ではなく、〝プラズマの火球〟を発射。

 初発が前方の一体に命中、瞬く間にノイズの体組織を燃焼させ、爆発。

 続けて、二発、三発と連射、さらに右肘のスラスターを吹かして素早く後方に転換、もう二発の火球を撃ち放ち、背後の飛行タイプも蒸発させる。

 全弾命中、自分以上のスピードで飛べる災いの影どもに比べれば、当てることなど造作もない。

 

 足と背中のスラスターで飛行を続けながら、進行方向にいる飛行タイプを先んじて撃ち落としていく。奴らはいずれ消滅する運命だが、これ以上犠牲者を増やさない為の措置だ。

 

「お姉ちゃん、見て」

 

 女の子が地上の方へ指を差し、指先の奥へ目を向けると、工場地帯の道路に黒色の乗用車が三台、空にいる私たちを追いかけている。

 

「おいでなすった……ってとこか」

 

 見ようによってはヤクザの車両にも見えてしまうが、特機部所属の人間たちが乗っていると見て間違いない。

 

「大丈夫、特機の人たちだから、保護してもらいなさい、お母さんたちもあの人たちに助けられていると思うから」

「お姉ちゃんは?」

「もう少し、ノイズ退治に行ってくる」

「わかった」

 

 警戒の度合いは引き下げず注意し、高度を下げて行った。

 

 

 

 

 

 ブレーキを掛けてから停止までのラグも計算に入れて、約三十メートルの距離を取ってアスファルトに着地、実体化させていたアームドギアを一時解除する。

 若干の間を置いて、黒い車両三台も停車した。

 程なく、スーツにサングラスと言う、どこのSF映画に出てくる仮想世界のエージェントか、はたまた地球に住むエイリアンたちの監視を担う組織の方のエージェントにもそっくりな、黒づくめの風体の男たちが降りてくる。

 

「特機部の方々ですよね、この子を保護してもらいたいのですが」

 

 服装に突っ込みたい気分を抑えて、女の子の保護を依頼すると。

 

「分かりました、お任せください」

 

 黒づくめの内、グラスは掛けず、茶髪で温和そうな顔つきにソプラノボイスが特徴的な青年が、名乗り出た。

 どこかで見たような顔だけど、今はそんな場合ではないか……私は女の子を抱きかかえたまま、その青年に女の子を手渡した。

 

「その……人命救助は有り難いのですが、あなたには色々とお聞きしたいことが――」

 

 そして案の定、私が身に纏っている〝シンフォギア〟の件で、色々聞きたそうな様子を見せてきた。

 別に文句はない、この力のことを考えれば、重要参考人扱いで一時連行されることは予想できるし、反抗する気はさらさらない。

 

「お姉ちゃんは何も悪いことしてないもん」

「いや、それはお兄ちゃんたちもよく分かっていますよ………ちょっとこのお姉ちゃんから、話を聞きたいだけで」

「私もじっくりあなたたちのお話を聞く所存ではあります、ですが――」

 

 後方から気配を感じ取った私は、素早く銃形態のアームドギアを具現化させながら振り向き。

 

「―――」

 

〝歌唱〟で威力を高めた火球を銃口から連射、こちらから五十メートル先の空間の揺らぎから出現した直後のノイズたちを、プラズマの炎による先制攻撃で屠った。

 

「ごめんなさい、事情聴取はもう少し後ってことで」

 

 銃口からの煙を吹く私は、そのまま両足のスラスターを噴射し。

 

「ノイズがシェルターを襲ってますので、急がせてもらいます」

 

 強化された聴覚が、戦車の砲弾、ミサイル、機関銃等の火器の発射音を捉え、現在地と方向を照らし合わせて、場所が市内のシェルターの一つだと感づいた私は、素早くその場から離陸した。

 

「君! ちょっと!」

「行ってらっしゃ~い!」

 

 ある程度高度を確保すると、後進翼の飛行機な体勢を取り、両腕の内側前腕部にもスラスターを展開して、足裏のと一緒に点火。

〝高速飛行形態〟となって、叶わぬと分かりながらも奮戦する自衛隊とノイズたちのいる戦地へと、急いだ。

 

 良くも悪くも縁のある彼らだけど、同じ〝生命〟を守る戦士でもある――なら、やるべきことは……とう決まっていた。

 

 

 

 

 

 律唱市、ノイズ災害用第三シェルター出入り口の近辺では、シェルター内にいる市民たちを狙ってか、ノイズの軍団が進行していた。

 群れる異形どもを相手に、陸上自衛隊第一師団所属の戦車隊、及び歩兵部隊が迎え撃っている。

 彼らにとって、誇張抜きに〝背水の陣〟だ。自分たちがやられれば、シェルターの内部にいる避難民たちはほぼ無防備に晒されてしまう。

 ノイズに唯一対抗できる、特機二課所属のシンフォギアの担い手は現在一人しかおらず、他の区域にも群体が出現している為、もう暫くは彼らが粘るしかなかった。

 しかし、防衛網は着実に後退する一方だ。

 機関銃の銃弾も、戦車の砲弾も、ミサイルさえ、ノイズたちの身体をすり抜けてしまう。

 

〝位相差障壁〟

 

 ノイズたちが人類最大の天敵たらしめるのが、この能力。

 かなり分かりやすく説明するならば、自らの〝存在の度合い〟をコントロールするこで、ノイズ自身は対象に接触できるが、反対に相手側からは立体ホログラムに等しい状態となってしまう。この〝反則技〟で人類側の通常兵器はほとんど通用しないのだ。

 一応、通常兵器でもダメージを与えることは不可避ではないが、それがノイズが攻撃を仕掛けようとした瞬間をカウンターで狙う神業を要求されるか、周辺の環境に与える被害を完全無視した波状攻撃によるゴリ押しであったりと、はっきり言えばデメリットの方が大きい。

 それでも、無駄弾を消費するだけなのは承知の上で、自衛官たちはなけなしの時間を稼ごうと、距離を取りつつ攻撃を継続していた。

 

「怯むな! 装者が到着するまで、何としても死守するぞ」

 

 この防衛網を指揮する、声優をやっていても不思議ではない渋みのある声と彫りの深い容貌の指揮官が発破を掛ける。

 彼らも民間人を見捨てて逃げる気など、持ってはおらず、何としても守り抜こうする意志を捨てていなかった。

 

 引く気がないのなら潔く灰となれ、そう言わんばかりに、有肺類型のノイズたちが飛び上がり、虹の軌道で、空からの突進を仕掛けてきた。

 迎撃の雨を、上空へ降らせるが、弾のほとんどはどうしてもすり抜けられてしまい、微々たりとも阻みとならない。

 

「っ!」

 

 覚悟を決めていた隊員たちが、息を呑んだ―――その刹那。

 

「―――」

 

 歌声が、ややハスキーさのありながら、水のせせらぎのように澄んだ美しさも有した、聞く者を鼓舞させる力強さも帯びた少女の歌声が、戦場に響き渡る。

 この世界の自衛隊員にとって、この状況そのものはさして珍しいものではない――が、二課所属の装者とは明らかに違う誰かの歌声に、彼らの脳裏で〝誰だ?〟と言う疑問符が浮かんだ直後、厚いアスファルト抉って引きずる轟音が響き、炎できたカーテンが、降下していたノイズらを焼失させた。

 

 正体は、ギアを纏いし朱音。

 高速飛行形態から、速度を維持したまま大地に降り、そのままスライディングで戦闘の隊員たちの前に躍り出て。

 

「ハァァァァァーー!」

 

 ロッド形態のアームドギアから発した火炎放射で、彼らを間一髪救ったのである。

 

 

 

 

 本当に間一髪だったな………急いでいたせいで道路には大きく痕が付いてしまったけど、彼らも代え難い命、助けられるチャンスがあるのなら、躊躇ってはいられなかった。

 その隊員たちが、呆気にとられた様子で、私を釘づけにしている。

 この人たちからしたら、いきなり見慣れない〝装者〟が現れたのだから、無理ないと言われれば、無理ないけど。

 

「後は――任せて下さい!」

 

 ロッドを構え、両足と背部のスラスターを噴射し、アスファルトスレスレを沿う形で、ホバリング移動で疾走した私は――胸部の勾玉から響く音色に乗り、胸の奥から浮かんでくるルーン文字の原形たる超古代文明の言語で形成された歌詞を唱えて、身の周りに浮遊するプラズマの火球を、計十球、生成。

 

 放て! ホーミングプラズマ!

 

 一斉に、火球たちをノイズらへと向けて放った。

 威力は銃形態のアームドギアから放たれるものより少々譲るが、その代わり対象を追尾する機能がこの火球たちにはある。

 半分は地上にいる個体に命中し、火球が起こした爆発は近くにいた個体たちを魔添えにして炭化。

 飛行タイプも、何体かは回避したが、追いかけてくる火球を前に呆気なく着弾して爆発四散した。

 

 今度こそ覚悟してもらうぞ―――この世界の〝災いの影〟よ!

 

 スラスターの出力を上げて急加速し、ホーミングプラズマの攻撃で足並みを乱した群れの渦中に一気に飛び込み、ロッドの先端から、プラズマエネルギーを直剣状に押し固め、右横薙ぎ、袈裟掛け、右切り上げの順で、炎の刃――バーニングエッジがノイズの肉体を次々と両断していく。

 

 私が希望したとは言え、弦さんの奇天烈ながらも厳しい修行の数々は、決して無駄ではなかった。

 シンフォギアの〝形〟で蘇ったこの〝地球(ほし)〟の力を、十全に使いこなせている。

 

 でも、油断してはならない………ギアの力で奏でられる私の〝歌声〟は、ノイズをこちらの物理法則下に置き、確実に我がプラズマの炎で殲滅させられる効力があるけど………だからこそ慢心は禁物。

 かつて私が戦ってきた怪獣は、いずれもそんな慢心を持つことは許さない強敵ばかりだった。

 あのノイズらとて、まだ未確認の個体が存在しているかもしれないし、どんな隠し玉を持っているか分からない………何が来ても動じぬよう、気を引き締め、歌い続けろ!

 自身への戒めの欠かさずに、逆風の軌道で、ほぼ真下から炎を纏ったロッドを切り上げ、大地から噴き出すマグマの如き様相な炎の衝撃波―――バニシングウェーブでさらに多くのノイズを焼き払った。

 

 このまま、人間一人殺せるまま自然消滅するのを恐れ始めたからか………こちらの猛攻を前に辛うじて生き残っていた個体たちが、一か所に集い始めると、一つとなりて変化し、頭と胴体が一体となり、巨大な口を携えた巨体となった。

 目測で分かる限りでは、身長三十メートル………いわゆる〝怪獣〟より小ぶりではあるが、巨体なことに変わりない。

 

 巨大ノイズは、その肥大化した巨体から、高速回転する刃をいくつも飛ばしてくる。

 

 私もスラスターの噴射で飛翔、各々独立した動きで、この身を切り裂こうと迫りくる刃たちを全身のアーマーに備え付けられたスラスターを活用して躱し、またはロッドで打ち払う。

 

 あれだけの巨体で、しかもノイズの集合体、下手な攻撃で肉片を散らせば逆に敵を増やすことになる。

 なら――強大な火力を以て、一撃で撃破するしかない……のだけれど、それだけの威力のある攻撃を放つには、一度足を止めないと、それにはこの刃たちが邪魔だ。

 しかもいくら打ち払っても、巨大ノイズが新たに続けて発射してくるので、絶えず動き続けていないと餌食にされてしまう。

 敵はこちらの消耗が強まったところを、その巨大な口で一呑みする気でいるらしい……どうする?

 

「っ!」

 

 攻めあぐねていた最中、巨大ノイズの肉体から爆発が上がった。

 

 今のはまさか……自らの発する歌声が響く眼下の地上では、さっきは擦り抜けられていた自衛隊の攻撃が命中していた。

 

「―――」

 

 そうか、自分とギアの歌の効力で、ノイズはこの世界の物理法則化にねじ伏せられている……だから通常兵器でも、決定打にこそならずとも、攻撃を当てられる。

 さすがに何の痛みも感じないわけでなく、飛び回る刃の動きが精細さを欠け始めていた。

 その光景に、守護神だった自分の記憶の一端が再生される

 あの時、あの〝宇宙怪獣〟との戦いの時に自衛隊が放ったミサイル………今ならば分かる……あれは、私を助ける為に決行された〝援護〟であったと。

 

 そして、この世界の彼らの援護が見出してくれたチャンス、逃すわけにはいかない!

 

「後退して下さい! 巻き込まれますよ!」

 

 まず部隊に後退を進言し、飛び回る刃をプラズマ火球で撃ち落とし、銃形態のアームドギアをさらに変形させる。

 銃身が伸び、前方に突き出された三つの突起が、正面からは三角を描けるように展開される。

 

 歌の声量を高めながら、それを両手で構えた。三つの爪――突起の先から、電磁波の稲妻が迸り、銃口の前でそのエネルギーを集束させる。

 奴のあの〝青い光〟は、電磁波を応用したマイクロ波の光線だった。

 ならば―――同じ〝プラズマ〟を扱える自分でも。

 

 超古代文明語の歌とシンクロし、爪のマイクロ波のエネルギーの出力はより飛躍的に高まっていき、銃口にもプラズマエネルギーがチャージされ。

 

〝穿て―――ブレイズウェーブシュート!〟

 

 トリガーを引き、火薬の役を担うプラズマが、弾丸役たるマイクロ波に衝突、その刺激で球体上に圧縮したエネルギーは、火炎のゆらめきと超放電を持ったオレンジ色のプラズマ炎熱光線となって解き放たれた。

 周辺大気の分子と原子すらイオン化させるプラズマの奔流は、自衛隊の攻撃に気を取られた巨大ノイズの頭部に直撃。

 着弾地点から体組織が燃焼されたノイズは、散らばり分裂する暇もなく、ほとんど一瞬の内に全身がプラズマの火に覆われ。

 

「gyaaaaaaaーーーーーーー!!!」

 

 断末魔を上げながら閃光となって蒸発し、散った。

 

 

 

 

 

 銃身の一部分から通気口が現れ、排熱の白煙を上げる。

 

「はぁ……」

 

 ノイズの気配も、空間歪曲の気配も感じなかったので、歌を止めて深呼吸すると、疲労感が体に押し寄せてきた。

 そう言えば………体力に自信があったからってその残量を弁えず走り回って、ほとんど間を置かず変身して戦闘に入ったんだったな……その上初陣でこんな大技使えば、疲れもくっきりと来る筈だ。

 まだ体力は残っている内に、ゆっくりと高度を下げて、アスファルトが敷かれた地面に降り立った。

 

 心の内で念じると、アーマーが解除され、元のリディアンの制服姿に戻った私の耳に、何やら喚声らしきものが入り込んできた。

 

「え?」

 

 それは、自衛隊員たちから湧き出る勝利の〝歓声〟だった。

 それだけ、今まで苦杯を舐められ続け、シンフォギアの装者に頼らざるを得なかった現実に………シンフォギアとなったこの〝勾玉〟を手にするまでの自分と同じ、悔しさを噛みしめられてきたのだと、彼らの喜びから読み取れた。

 

「ありがとうよ、装者の嬢ちゃん」

 

 その中から、指揮官らしき………どこかク○ガの杉○刑事に見た目も声もそっくりな男の人がこちらに歩み寄ってきて。

 

「お蔭で、ノイズの奴らに一泡吹かせられた」

 

 感謝の言葉を述べてくれた。

 

「いえ……私こそ民間人の身で、でしゃばった真似を」

 

 自衛隊とは苦い思い出も少なくないのもあって、指揮官からの賞賛にはこそばゆいものを感じてしまう。

 彼らから見れば、私はどこのものとも分からないシンフォギア――極秘兵器で勝手に戦場(せんじょう)の渦中に入り込んだ身………幸い彼らの守り手としての沽券は傷つけられてはいないものの、頭はちゃんと下げておかないと。

 

「気にするな、二課の風鳴の野郎が、『責任は俺がとるから遠慮なく援護してやってくれ』って頼んできたもんでな」

「かざ……なり?」

 

 え? 今、この人〝かざなり〟と言ったか?

 

「ひょっとして、風鳴弦十郎さんのことですか?」

「お? 嬢ちゃんあいつと知り合いだったのか?」

「ええ……まあ、趣味友と言いますか」

 

 苦笑い気味に答える。

 本人から職業は警察官だと聞いていたけど、まさか特機の司令官をお勤めになっていたとは………いや、ノイズみたい人間の常軌を逸した存在が相手なら、むしろあの人――弦さんみたいな人が案外相応しいのかもしれない。

 

 さて………ここで待っていれば、さっきの特異災害対策機動部の、多分情報統制を担っている隊員たちも来る筈、その前に災害伝言サービスで響たちに連絡を取っておいて、互いの無事を――

 

〝Balwisyall Nescell gungnir tron 〟

 

 制服の内ポケットからスマホを取り出し、災害用のアプリを起動しようとした矢先………私の脳裏に、聞き覚えのある声で、歌が奏でられた。

 

「どうした嬢ちゃん?」

「聞こえませんでしたか? 歌が?」

「いや……今はさっぱり聞こえねえな」

 

 だが、幻聴とも思えないし……あの響き、もしや――シンフォギア。

 

 その単語を思い浮かばせた時、胸が膨大なエネルギーを感じ取り。

 

「はっ……」

 

 コンビナートの塔の一つの頂きから、エネルギーの柱がそびえ立っていた。

 

 瞳が捉えた現象から、私は確信する。

 

 

 

 

 今日、シンフォギアの装者となったのは―――私一人ではなかったと言うことを。

 

 

 

 

つづく。

 



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#3 - 装者、三人◆

予想はしてたけど、予想してた以上に響の心理描写、むずい!
リリゼロでなのはを描く時めちゃくちゃ苦労しましたが、それ以上に響って女の子を描くのに苦労の連続、あんだけ対話を求めてる子なのに……。 

追記:あれから結構経ちましたが……やはり描きづらいビッキーです。書いても書いても書いて対話を何度も試みても、心象風景をはっきり見せてくれない(苦笑


 律唱市内のコンビナート、その塔の一角の頂きより立ち上った……橙色の光の柱。

 シンフォギアの装者として、かつての自身の力を取り戻したばかりの草凪朱音も、共闘していた部隊の指揮官と、一目で膨大なエネルギーを内包している〝柱〟を、翡翠色の瞳で凝視していた。

 

「何だ?あの光……」

「シンフォギア………〝ガングニール〟」

 

 かと思えば、その大人びた美貌を引き立てる凛々しい表情で、シンフォギアに携わる者たちにとって、衝撃を与える単語を呟く。

 

「え? おい嬢ちゃん……今何て言いやがった―――っておい待て!」

 

 指揮官の質問に答えぬまま、かつ光の柱に己が視線を固定させたまま、何かに駆られる様子で、先程大技を使ったことによる疲労を抱えていたとは思えない速さ、アスファルトを蹴り上げ疾走する。

 

「あぶねえぞッ!」

 

 進行先には、合体による集合体なノイズの爆発跡、まだ火が強く立ち昇っている。

 指揮官ら自衛隊員らの警告を振り切って、朱音は躊躇せず火の海に飛び込んだ。火の密度具合から考えれば、あっと言う間に火は制服に引火して、彼女の身体ごと燃やそうとする筈なのだが――。

 

「ど……どうなってやがる?」

 

 部隊を代表して朱音に礼を述べた指揮官の息が、飲まれる。

 ノイズと言う謎だらけの存在を相手にしてきた彼らでさえ、不可思議な現象が起きたのだ………火は朱音を襲うどころか、まるで意志を有しているかの如く、宇宙を駆ける流星に似た動きで彼女の胸元に下げられた勾玉に吸い寄せられていった。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪ (我、ガイアの力を纏いて―――悪しき魂と戦わん)〟

 

 風の如き素早さで走る朱音は、前世の自分が有していた能力と同様の手段で炎を味方に付けエネルギーとして取り込み、マグマの流動に酷似した発光現象を見せる勾玉へ、シンフォギアを起動する為のパスワード――聖詠(せいえい)を唱え。

 

「ガメラァァァァァァァァーーーーーー!!」

 

 勾玉を右手に取り天高く掲げ―――〝最後の希望〟としての自身の名を、再び叫び上げた。

 

 

 

 

 

 一方、特機二課地下本部の司令部でも、3Dモニターに、これが二度目である光の柱が立ち上る光景を映したドローンのカメラ映像が投影されていた。

 

「波形パターン照合………これは―――」

 

 コンビナートを発信源とするエネルギーの解析は、すぐさま結果は出たのだが……その結果そのものに対して、司令部にいた全員が〝信じられない〟と言った面持ちを見せていた。

 現二課司令官――風鳴弦十郎も、例外ではない。

 

「ガングニール……だと?」

 

 どれだけ激しい運動を休まず続けていても、疲労の色を見せなさそうだと思えてしまうくらいの屈強な肉体の持ち主である彼の額から、『草凪朱音が正体不明のシンフォギアの装者となった事実』を超える驚愕で湧き出た汗が、一筋流れた。

 

 

 

 

 律唱市内のモール街の一角。炭素の塊が散乱し、炭素粒子も無数飛び交う地にて、誰の力も援護も借りず〝ただ独り〟………右手に日本刀型の片刃の剣(つるぎ)を携えてノイズと戦い、この場にいた個体を全て狩り尽していていた戦士――装者も、ほぼ無表情でいたその顔を、司令部からの通信、正確には、通信内容に含まれていた単語――。

 

〝ガングニール〟

 

 ――を聞いた途端、衝撃に打ちのめされたものに歪められていた。

〝柱〟を見据えて、大きく開かれた双眸は、震えていながら半ば凝固してしまっている。

 

「そんな………だって………あれは……」

 

(嘘だ………嘘よ………そんな筈はない………あるわけがない………何かの間違いよ………そうでなければ………だって、だってあれは――)

 

 彼女は、瞳に提示された事実を前にしてひたすら〝否定〟で抵抗し。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!〟

 

 否応なく………装者としても、そして歌い手としても〝最高の相棒〟であった少女との、永遠の別離の瞬間を、脳の内部のスクリーンに映写させてしまっていた。

 

『翼、至急こちらが指定したポイントに向かってくれ、お前のいる地点からはそう遠くない』

「っ………了解、直ちに向かいます」

 

 司令部からの命令で、どうにか我に返った装者の少女――風鳴翼は、かつて相棒が〝持ち〟、彼女の死とともに失われた筈の〝シンフォギア〟が発する光の下へ、急いだ。

 

 

 

 

 

 さて、今の状況の中心地に立っている筈の―――〝ガングニールのシンフォギア〟を纏っている少女、立花響は、ほとんど自分の置かれた状況を理解し切れずにいる。

 

(何が……どうなっているの?)

 

 今日が発売日であった風鳴翼のニューシングルのCD初回限定版を、何としても初日に購入すべく、急ぎ学校からショップに向かう途中、炭素化させられた市民の亡骸たちからノイズの襲来を察し、あわや奴らに襲われるところだった幼子を助け、シェルターに行こうにも何度もノイズの待ち伏せをくらい、どうにかこうにかコンビナートエリアの建物の頂上まで逃げ延びたものの………そこにもノイズらが多数空間転移してきて、完全に追い詰められた最中。

 

〝諦めるなッ!!〟

 

「絶対に――諦めないでぇ!」

 

 二年前、自分を救ってくれた〝あの人〟の言葉を思い出しながら、絶対絶命以外の何ものでもない状況を、それでも〝生きて打ち破ろう〟とする意志が極度に高まった瞬間。

 

《Balwisyall~Nescell~gungnir~tron 》

 

 響は胸の奥から響いてきた言語(かし)を、無意識に歌い上げ、直後……二年前のあの時胸に負った怪我の〝傷痕〟から突如放たれた光に、彼女の身体は包まれた。

 

 呻き声を上げて我(いしき)を一時は失うまでに迫る、全身のありとあらゆる神経全てから上がる〝悲鳴〟の後、我を取り戻した響に待っていたのは―――四肢と頭部に黄色がかった鎧(アーマー)が接着された装束(スーツ)を身に纏っている、己が姿であった。

 

「え?わたし………これ、どうなっちゃってるの?」

 

 当然、突如自分の身に起きた事態に、響は答えに行き着くだけの余裕もない。

 どうして自分の纏うアーマーからメロディが鳴り響き、合わせる形で自分が歌っているのか、なぜ歌の歌詞がぽっと浮かび上がってくるのか………そのメカニズムを今の彼女が理解するには無理があり過ぎた。

 ただ――

 

〝何としても、この子を守り抜く!〟

 

〝絶対に~離さない!この繋いだ手は~こんなにほら暖かいんだ~ヒトの作る温もりは~~♪〟

 

 ――その想いだけは偽らず、その心のままに、彼女にとって正体不明な力に振り回されながらも、幼子を抱きかかえてどうにかコンビナートの敷地内を我が物顔で氾濫しているノイズたちから振り切ろうとした。

 

〝解放全開!イっちゃえHeartのゼンブで~~進む事以外~答えなんて~あるわけない~~♪〟

 

 咄嗟に塔から飛びおり、予想もしていなかった今の自分の跳躍力に戸惑いながらもどうにか地上に着地。

 程なく落下してきたノイズらを横合いに飛んで回避しようとしたものの、加減が利かずに高く跳び過ぎ、どうにか自身を盾に衝撃から幼子を守りながらも壁面に衝突して、再びアスファルトに降り立った。

 そこを狙って、突進を仕掛けてくる一体に対し、反射的になりふり構わず、響は右の拳を付きたてた。

 

〝響け!胸~の鼓動!未来の先へぇぇぇぇ~~~~♪〟

 

 完全に素人そのものである、目を瞑りながら拙い拳打は、しかし一発でノイズの身体を〝炭素〟に変えて粉々に散らせた。

 

(私が……やったの?)

 

 ノイズの炭素分解の脅威は、彼女も身を以て体感しているだけに、眼前で起きた人間である自分が逆にノイズを倒してしまった現象に、響は呆気にとられる。

 

 それによって、さらにもう数体からの突貫を前に、反応が遅れた―――が、ギリギリノイズと響の身体が接触する直前、大気ごと肉を切り裂く斬撃音を響かせて、彼女らを襲おうとしていた個体らがほぼ一斉に両断された。

 

「呆けているな――でないと死ぬぞッ!」

 

 飛び上がりながら、右手の刀でノイズに引導を渡した剣士――風鳴翼は、響に背を向ける形で着地。

 

「貴方(おまえ)はその子を肌身離さず守っていろ!」

 

 どこか時代がかった言葉遣いと、一応の気遣いの色を帯びながらも響にテレビで見る時より低めの声音で叱責を投げた青色主体の〝シンフォギア〟を装着している彼女は、そのままノイズの群れへと勇猛果敢に飛び込んでいく。

 

「翼……さん?」

 

 翼の背中を見送る響は、二年前のあの日を思い出していた。誘ってくれた未来が家庭の事情で来れなくなり、成り行き上一人で〝ツヴァイウイング〟のコンサートを見に行って、他の観客とともに二人の歌声に魅了される中、特異災害に巻き込まれ。

 

〝諦めるな!〟

 

 命と引き換えに救ってくれたツヴァイウイングの片割れであったあの人――天羽奏から、あの言葉を貰い受けた……〝あの日〟の記憶を。

 

 

 

 

 

 

 そして、再び己が前世の力を宿すシンフォギア――ガメラの装束を纏い、アーマー各部にある推進器から火を吹かし空を翔ける朱音も、コンビナートに向かっていた。

 

 

 

 

 

〝ガングニール〟

 

 またの名をグングニル――投擲すれば確実に対象を仕留めて持ち主の手に戻り、槍の刃にはルーン文字が彫られていたと言う、北欧神話の神オーディンが愛用していた槍、さっき頭に響いたあの歌の詩にも、その槍の名が含まれていた。

 さっき聞こえたあの歌は―――間違いなく〝シンフォギア〟の起動パスワードだと断言できる。

 そこまで言い切れるのは、〝地球〟そのものから教えてもらったからだ。

 あのマナの光を浴びた瞬間、私の脳はこの世界の〝地球の意志〟から、シンフォギアの大まかな〝使い方〟をラーニングされると同時に、この星そのものが記憶していたシンフォギアの戦士たちの戦いの記録を、―――送り込まれていた。

 

 表では〝二人で一人〟のアーティストとして、人々に歌で勇気と希望を与え、裏では人知れず歌をも武器に勇敢にノイズと戦ってきたツヴァイウイングの〝戦記〟を。

 

 そのツヴァイウイングの片割れであった天羽奏の、シンフォギアの使い手としての彼女のアームドギアは大振りな〝槍〟。

 しかも起動パスワードである歌詞は――《Croitzal ronzell Gungnir zizzl 》。

 先程頭に響いたのとは少し異なるけど、ガングニールの単語が入っている点は共通している。

 けれどなぜだ? 脳裏に埋め込まれた地球からの記憶の中身(えいぞう)に間違いがなければ、ガングニールと言う名のシンフォギアは………〝あの子〟を助ける為、禁じ手に手を出した使い手の命とともに散って……失われた筈なのに。

 いけない――疑問の追求は後に回せ!

 どこの誰が、ガングニールの新たな使い手になったかまでまだはっきり分からない………さっきの声には聞き覚えがるのだけれど、懸念のせいでとても断定できずにいる。

 だけど……あのツヴァイウイングの二人のように訓練を受けたわけでも、私のように――怪獣としてとは言え幾多の修羅場を潜り抜けて、ある程度〝地球〟からレクチャーを受けたわけでもない素人なのは確か、特機部に所属する正規のシンフォギアの使い手は、昨日まで〝一人〟しか存在しなかったのだから。

 ならからくりはどうあれ、今ガングニールを起動させた〝何者〟かは、戦いを全く知らない一般市民………そんな者に〝世界の希望〟なんて責務は、余りにも重すぎる。

 誰もが……〝ガメラ〟になることを選んだ私や、私と精神を交感させる〝巫女〟の役に選ばれた〝浅黄〟みたいに、享受できるわけじゃない。

 理由の窺いしれない〝運命(さだめ)〟に、為す術を持てずに翻弄されてしまうのが普通だ。

 

 助けれければ――その誰かが、不条理な運命の牙を前にして、完全に飲み込まれてしまう前に。

 

「―――」

 

 演歌の趣きと、独特のビブラートが混じった歌声が、コンビナートのエリアから聞こえた。

 先に来ていたのか………テレビでも動画サイトでも、何度もその歌声を耳にしていたから、その声の主を特定するのに、一秒も掛からなかった。

 地上では、青と白と水色で構成されたギアを着装している風鳴翼が、日本刀に似た剣の形状をしたアームドギアで、文字通り一騎当千の戦闘を繰り広げながら、戦場に〝和〟を連想させる歌声を轟かせていた。

 

 歌がサビのパートに入ったと同時に、剣が彼女の身長を遥かに越える大剣に変形、刀身に青色のエネルギーを纏わせ、上段から振り落とすと三日月型のエネルギー波を飛ばして、およそ二十体の数のノイズを葬り、間髪入れず、虚空に光の剣を幾つも生成し、一挙に放って敵を串刺しにする。

 さらに彼女は逆立ちの体勢で高速回転し、両脚に装着されたスラスター付きの刃を、疾風怒涛、鬼神の如き勢いを相乗させて次々とノイズを切り伏せていった。

 

 まさに伊達ではないな………この目で直に目にして、彼女(あのひと)の卓越した

戦闘センスに驚嘆させられる。その上実戦経験も豊富であることも一目瞭然であり、アーティストと学生生活の裏でストイックに磨き続けてきたであろう剣腕は、まだ私より二つ年上な十代だと言うのに、達人の領域にある。

 私も祖父(グランパ)から剣術を習い受けていたが、明らかに腕は圧倒的に自分を凌駕していた。

 それなのに……私は、風鳴翼の戦いから……〝危うさ〟を感じずにはいられない。

 以前から時々、ソロに転向してからの彼女の歌声を聞いていると―――〝泣いている〟感覚が過るのだけれど、それと同じものを、彼女が纏うシンフォギアの本来の用途からかけ離れた〝戦い方〟から、見受けられてしまう。

 剣の太刀筋も、洗練されてはいるのだが………まるで鋼鉄だけで作られてしまった〝刀〟のように……カタくて、脆さも抱えているのが分かってしまった。

 悲壮さも内包した風鳴翼の勇姿は………前世(むかし)を思い出させるには十分過ぎた………〝心〟を殺してまでも、使命に準じようとしていた――ガメラ――としての自分を。

 

「Gohooooooーーーーーーー!!!」

 

 風鳴翼の歌声が響く戦場で、一際大きなノイズの鳴き声。そちらへと目を移すと、首と頭部の境目が分からず、四角状の大口を有し、両手両脚が細いのに上半身は肥大なで四十メートルくらいある黄緑色の異形が、自分と同じくらいの少女と、あの子にそっくりな幼女を見下ろしていた。

 

「…………」

 

 勝手に口が息を呑む、勝手に右の手が口を抑えた………ほんの微かな一瞬の間、呼吸までもが止まっていた。薄々、脳裏に過りながらも恐れてていた事実を、見せつけられたから。

 自分と風鳴翼、そして天羽奏さんのものと似た意匠のあるアーマースーツ、紛れもなくあれもシンフォギアであり、ガングニールで間違いない。

 そして……それを纏っていたのは……私の……〝友達〟だった。

 

〝なんで………なぜあの子が―――ガングニールの継承者なんだ?〟

 

〝ノイズに人生を狂わされたと言うのに………なのに……なのにこんな重責まで――背負わされなければならないんだ?〟

 

 少女と、その少女が纏う装束に、頭が一面白色になりかけた………なのに体は、自分の本能が赴くまま、大型ノイズへと加速、降下して行った。

 

〝やらせない――やらせぬものかッ!〟

 

 目の前に提示された〝現実〟に惑っていた翡翠色の瞳は――瞬く間に〝ガメラ〟のものとなっていた。

 

 

 

 

「凄い……やっぱり翼さんって……」

 

 幼子を抱いたまま、響も風鳴翼の獅子奮迅の如き戦い様に驚嘆し、見とれていた。

 やっぱり………二年前のあの日、自分が見た光景は、夢でも幻でも、間違いでもなく……本当に起きていたことだったんだ。

〝ツヴァイウイング〟が―――影でノイズと戦う戦士であったことを。

 響はずっと……あの日以来、それを確かめたかった。

 CDを聞いたり、ライブに見に行ったり以外は特に音楽と関わりがなかった響が、この春からリディアンの高等科に編入したのも、風鳴翼が在籍しているのが理由の一つだったが、何よりそれ以上に強い理由として、直接翼本人に、〝あの日〟のことを聞きたかったからだ。

 今日も、食堂に現れた彼女に、思い切って話をできる機会を作って、その時に問おうと考えてたんだけど………実際本人を前にしたら、どう尋ねていいか分からずに空振ってしまった。

 この春できた友達の一人にフォローしてもらえなかったら、もっと〝変な子〟だと印象付けられてしまっていただろう。

 

「ふぇ!」

 

 見とれ過ぎていたが為に、幼子が気づくまで、響は気がつけなかった。

 いつの間にか、目と鼻の先にも等しい近さで、大型ノイズがこちらを見下ろしていたのだ。

 

 口らしきもの以外は顔に顔らしい表情のないカオナシの巨大ノイズは――〝くたばれ〟とでも言いたげな様子で、その顔を響らの下へ近づけ傲然と見下ろし、振り上げた右腕で二人を打ちのめし、炭化させようとした。

 

 だが、傲岸さを隠しもしないノイズの蛮行を、許さぬ者が――

 

「――――」

 

 ――風鳴翼のものではない、別の誰かの歌声とメロディを、響の耳が捉える。

 日本語でも英語でもない……響からすれば全くわけの分からない言語だと言うのに。

 

〝災いを撒く邪悪よ――受けるがいい〟

 

 不思議にも……歌詞の内容が、手に取るように理解できていた。

 

「バニシングゥゥゥゥゥ――」

 

 声からしてそう歳が変わらなさそうな、でも風鳴翼に勝るとも劣らない歌唱力を秘めた女の子の歌声は、パッションを惜しげもなく放出させる激情に満ちたものに変わり。

 

「――フィストォォォォォォォォーーー!!!」

 

 ジェット機のような轟音とシャウトを鳴らして、赤味を帯びた飛行する〝火の影〟が、ノイズの頭部と激突。

 仮にも巨体に恵まれているノイズは、ほんの少しでも耐えることが叶わず、呆気なく仰向けに倒れ、爆炎となって、爆風と炭と火花とセットで、爆音を周辺にまき散らせた。

 吹き荒れる風から幼子を守るべく、咄嗟に響は自身を盾とする。

 少し時間が経つと、暴風は止み、彼女はゆっくりと背後の光景を見た。

 あれ程の巨大なノイズが、もう影も形もない、宙を舞う黒い粒たちは、そのノイズであった残り滓だと言えた。

 一撃であの巨体を打ち倒した影は、常人の目では拝めないほどの速さであったが、シンフォギアによって五感が強化されていた響の瞳は、確かにはっきり目にしていた。

 炎でできた人間のものではない〝手〟に覆われた右手で、渾身のストレートパンチをぶちかました、〝見覚え〟のある女の子の姿。

 同じく強化されていた響の耳が火の中から、砂利が踏まれて響く足音を認識する。

 音に追随する形で、こちらへと歩いてくる人影が、一つ。

 段々……その影の輪郭がくっきりとしてきた……燃え盛る火が逆光となって、人影はまだ黒ずんで暗い。

 

「え?」

 

 ただし、響は人影の正体を、たった今ノイズを炎の拳で倒した戦士の姿を、明確に目の当たりにしていた。

 メラメラと大気を取り込んで燃える火をバックに、麗しさと逞しさ、一見すると相容れそうにない二つを双方兼ね備えた立ち姿を見せる戦士な少女は――

 

「朱音……ちゃん?」

 

 ――草凪朱音、リディアン編入初日に友人となったクラスメイト。

 ただでさえ、響にとってわけの分からない状況がつるべ打ちの如く連発し、幼い子どもを守る〝意志〟でどうにかぐらつかずにいた彼女の思考は、さらなる混乱に見舞われる。

 

 火が間近にあっても乱れる気配がない艶やかな黒髪、響きより一回り以上伸びた背丈、同い年であると時に忘れさせる大人びた顔つき、少し目じりがつり上がって潤いも豊かな翡翠色の瞳は、まさしく朱音そのものなのに………紅緋色の鎧と〝着衣〟している雰囲気は、学校で見る彼女と違い過ぎた。

 彼女はその外見で、初対面は近寄りがたく見えるし、実際響も未来もそんな印象だったけど、実際付き合って見れば、表情も感情表現も豊かだし、ノリも良いし、何と言うか……慈しみさが一杯なお姉さんって感じで、それでいて大人びた自分の容姿を気にしていたり……と結構女の子らしさも持ってる女の子だったから。

 

「怪我はない?」

「へ?」

 

 漠然としたものながら、自分が二年前目にしたあの〝ツヴァイウイング〟の戦いを何度も経験してきたような、ある種の〝貫録〟と一緒に顕われている〝厳かさ〟を前に、戸惑いを覚えていた響は、朱音が発した声にぽかんとなる。

 見れば、さっき目にしたのは〝自分の気のせいだったのか?〟と勘ぐりたくなるほど、朱音の格好はいつの間にかリディアンの制服姿で、刃のように鋭利だった両目と容貌は、このひと月にて毎日目にしていた〝いつもみる〟朱音のものへと戻っており、短い言葉の中には、心から響たちを案じている声音が込められていた。

 

「あ……だ、大丈夫! 私もこの子も切り傷どころか打撲も痣もないし―――何とかへいき、へっちゃらのぴんぴんだよ、あはっ、あはははは」

 

 急に安心感がどっと押し寄せてきて、つい笑いまでもが込み上げてきた。

 

「君も、どこも何ともない?」

「うん」

 

 幼子も最初は不安がっていたが、屈んで目線を合わせてきた朱音の様子から同じく安心を齎されたみたく、緊張感から解放されてほっとしていた。

 

「よかった」

 

 傍からは滑稽さまで感じられる響の笑顔に、朱音も安心させられたようで、まさに〝慈愛〟って言葉を表現に使うのに相応しい微笑みを見せてくる。

 

「それと、ありがとう……助けてくれて」

 

 それを見た響も、感謝を述べる裏で〝よかった〟と思った。

 幼馴染の未来と比べればまだ全然短いお付き合いだけどはっきり言える、その笑顔は見間違いなく〝草凪朱音〟その人のものであった。

 安堵の気持ちはでほっとしながら、けれど………さっきの〝あの姿〟にあの〝顔だち〟も、自分が錯覚で見間違えたわけではなさそうであり………何だったのだろう?と、また疑問が響の思考と心から浮かんできた矢先。

 

「何者だ? どこでそのギアを手に入れた?」

 

 その疑問を、響に代わって朱音に問いかける者が一人。

 

「つ、翼……さん?」

 

 まだ〝あの姿〟で、右手には刀を持ったままでいる風鳴翼。

 その刀の切っ先を朱音に向け、冷静な態度ではいるのだけれど、ちょくちょく主に未来から〝空気読めない〟と揶揄される響でも汲み取れてしまうくらい、彼女と全く正反対に、警戒の色を響の級友へと見せていた。

 

「ま、待って――」

 

 思わず身を乗り出しそうになった響は、朱音の右手に遮られる。

 

「朱音ちゃん……」

 

 目線で『大丈夫』と響に伝えてくるが、どうするつもりなのだろう?

 明らかに朱音は、風鳴翼から怪しまれている。

 そこからどうやって、あの人の警戒を解かせる気なのか?

 

「草凪朱音、リディアン高等科一年生の十五歳で、今日シンフォギアを着たばかりの〝新米〟ですよ、風鳴翼先輩」

「っ!……な……に?」

 

〝シンフォギア〟

 

 この時、響はようやく、自分が着ている〝アーマー〟の名前を知ると同時に――。

 

(どう見ても新米どころかベテランって感じだったよ、朱音ちゃん)

 

 ――実際に肉声として出さなかったものの、彼女はジョークも混じった朱音――友達の返しに、心の中で突っ込みを入れてしまうだった。

 

 

 

 

 

 こうして三人の少女が、シンフォギアの〝装者〟として邂逅した。

 

 しかし、彼女らが共に手を取り戦うようになるまで―――まだしばしの時間が必要なのでもあった。

 

つづく。



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#4 ⁻ 特機二課

 ノイズとの戦場となったコンビナートは、特異災害対策機動部によって完全封鎖されていた。

 現場周辺は〝立入禁止〟と銘打たれた万能板が張り巡らされ、機関銃を肩に掛けた地上の自衛隊員と、空中を飛び回るヘリコプターが厳重に見張っている為、蟻一匹這い出る隙間もない、ましてや民間人が勝手に入り込めるわけもない。

 内部では炭素化したノイズの残骸たちを特殊な吸引機で回収等、事後処理が迅速に行われている。

 特機部とそれに関わる者たちの作業を目にしながら、朱音と響はコンテナを椅子代わりに腰を下ろしていた。

 

 

 

「あの――」

 

 直にノイズとシンフォギア装者――つまり私たちと戦いの後始末に尽力している人々の姿をまざまざ見ていた私と響に、紺色な特機部の制服を着ているお方が、こちらに声を掛けてきた。

 ショートヘアで、真面目さと知的さと気丈さ、それでいて懐の深さも合わさった雰囲気のある二十代の女性、後から聞いたんだけど、この特機に勤めているらしいお方の名前は――〝友里あおい〟と言う。見たところオペレーター……でも現場に率先して出られるだけの胆力も技量も持っていそうだ。

 

「あったかいもの、どうぞ」

 

 両手には煙を上げるホットココアの紙コップがそれぞれ握られており、それらを私たちに手渡してくれた。

 手慣れた様子を見るに、ノイズ災害が起こる度、生き残った人たちにこうして元気づける形で飲み物を提供しているのだろう。

 

「あ、あったかいもの、どうもです」

「ありがとうございます」

 

 温かなお心遣いに、ありがたくホットを頂いた私たち。

 響は両手で紙コップを持ちながら、ふーふーと熱を和らげながら口に入れ、その姿にちょっと微笑ましさを覚えながら私もココアの熱と甘味を味わう。

 この女の子が〝背負ってしまった〟ものに、色々思うところはある……今でも、正直嘆きたくなる気持ちになり、胸の奥に重しと圧迫感がのしかかってくる。

 とても、争い事には向いていない……それどころか忌避しているきらいさえあり、そして〝ノイズの災厄〟と〝人の悪意〟を味あわされたこの子に……なぜ〝戦う力〟が宿ってしまったのか、それも何の準備も覚悟も、決断する間すら与えられずに放り込まれたと思うと、憂いずにはいられない。

 会ってひと月の自分ですらこうなのだ………幼馴染の未来がもしこの現実を知ってしまったら。

 一方で、同時に……今もこうして無事に生きていることが、素直に喜ばしい、その気持ちにも偽りはない。

 

「あ、あのさ……朱音ちゃん」

「何?」

 

 その響が、どう言葉にしていいか悩んでいる様子で、私に話を振ってくる。

 大体の内容は予想できるので、気長な気持ちで聞き手に徹した。

 

「〝シンフォギア〟……って言ってたよね、あの力のこと」

 

 首を縦に振って頷く。

 

「あれって……何なのかな? 朱音ちゃんは――どこまで知っているの?」

 

 疑念と不安がないまぜになっているまるまるとした瞳を伏せて投げてきた彼女質問そのものの中身は、予想こそできていたし、当たってはいたけど、いざ答えるとなると、非常に骨の折れる問いかけでもあった。

 何しろ……私が手にした〝シンフォギア〟は、私自身の出生と言ったものらと、密接に繋がっているからだ。

 しかも、α(はじめ)からΩ(おわり)までとなると、求められる分量が半端なく多い。

 学問に喩えれば、生物学、考古学、遺伝子工学、物理学、宇宙科学、宗教学……果てはパラレルワールド――多次元宇宙論に前世に転生と、幅が広いどころじゃない。

 ああ……ダメだ。右も左も分からない濃密な靄に囲まれた立ち位置な今の響に、これだけ膨大な量を時間掛けて丁寧に説明しても、理解が追いついてくれないだろう。

 下手すると、頭がオーバーヒートして知恵熱も起こしてしまいそうだ。

 

「大雑把に言うと、特異災害対策機動部が開発し、日本政府が密かに保有する対ノイズ用パワードスーツ、今のところ、ノイズを確実に殲滅できる唯一(ただひとつ)の兵器と言ってもいい」

 

 響の脳がこんがらないよう、とりあえずシンフォギアについての大まかな説明に止めておくことにした。

 

「詳しいことは、特機部の人たちが説明してくれるだろうから、もう少し待ってくれる? 心の準備も必要だろうし」

「そうだね……そうしとく」

 

 一時保留と言う形ではあるけど、響からの疑問はクリア。

 問題は、特機部の人間たちにどこまで自分のことを説明するか……さすがにただの女子高生としらを切るわけにもいかない、と言うか……自分から〝切れない〟状態にさせてしまった。

 ギアを纏ってからの自分の行動を客観的な目線で大まかに纏めると。

 

 手慣れた様子で空を飛ぶ。

 空中の敵を撃ち落とす、振り抜きざまに空間転移したばかりのノイズを先制攻撃で倒す。

 大型ノイズを〝プラズマ炎熱光線〟で撃破。

 さらにもう一体を、あの時の土壇場で生まれた技をモデルに、巨大な手の形に押し固めた炎を纏わせた右手で拳打――バニシングフィストをぶち込む。

 

 冷静に思案してみると……悔いこそなけれど、いわゆる〝初陣〟からド派手にやってしまった。

 ここまでやっておいて、自分は〝素人です〟なんて言っても、見苦しい言い訳にしかならない、どう足掻いても向こうからは完全に〝手練れ〟だと認識されてしまっている。

 全てとまで行かずとも、ある程度打ち明けるしかないか……〝恐怖〟は無知から生まれるものでもある、私は今日その〝種〟をばら撒いたのだから、責任は果たさないと。

 弦さんが司令官をやっている組織だから、信頼に値するとは思うけど………どこまでこちらの話を信じてもらえるか不安でもある。

 常識外の存在なノイズがいる世界でも、人はやはり〝常識〟に縛られてしまう生き物だからだ―――なのは確かだけど、考えてみれば〝人類最強の男〟が指揮する立場にいる点を失念していた………なのであっと言う間にその不安は杞憂へと変わってしまった。

 

 本当、弦さん――本名〝風鳴弦十郎〟が司令官であったのは幸いだ。

〝常識外〟――〝非常識〟――〝超常〟に対する耐性は、人一倍どころか人数百倍も付いているに違いない。

 

「あっ」

 

 コーヒーを少しずつ飲み入れていた響は、どこかの方向に視線を飛ばすと、

安心した笑みな表情を浮かばせた。

 

「ママ!」

 

 私も同じ方向に見据えると――そこには私が助けた女の子と、響が助けた女の子と、その母親らしい女性が再会を喜び、抱き合って笑顔を交わしてした。

 どうりで〝瓜二つ〟なわけだ……あの子たち、双子だったのだな、家族も無事に生きていて本当に良かった。

 ドライな〝見方〟をすれば、今日会ったばかりの〝他人〟である――それでも、生きている事実は、あの無垢な顔に晴れやかな笑みを浮かばせている姿は、とても喜ばしかった。

 再会して間もなく、母親が特機部の女性職員から〝口止めの同意書〟のサインを求められたのはご愛嬌ってことで、親子三人ともぽか~んとした表情を浮かべる様に、私も響も苦笑してしまう。

 最上級の〝国家機密〟を目にしてしまった以上、あのような手続きが踏まれるのは納得している、有無を言わせず〝記憶消去〟されるよりはまだ優しい方ではあるし。

 

「お姉ちゃん!」

 

 私が助けた方の女の子が、私の存在に気づいて大きく手を振ってくれ、私も笑みを見せて手を振って上げる。

 

「あ~~できれば……今日はもう帰りたいんだけど」

「それはまだ無理」

「な、何で!?」

「さっきも言ったが、私たちは政府が秘密裏に保有している兵器を持っている、直ぐに帰してもらえるわけがない」

 

 響のガングニールはともかく、私の〝シンフォギア〟は正確に表現すると出自こそ常軌を逸したものだが、いわば本物をモデルに生み出された〝模造品〟であるのだけれど、それでも政府側にとっては見過ごせない存在だ。

 

「じゃあ……家に帰れるのはいつぐらいなる?」

「う~ん…………日を跨ぐギリギリくらい、かも」

「そぉぉ~んなぁ~~~」

 

 多分、夜遅くに帰ってきたところを未来に怒られる模様も想像している様子で、涙目になった響は泣き言を零した。

 

「お友達の言う通りです」

 

 そこに、声だけでは私たちと同じ十代にしか聞こえないあのソプラノボイスの持ち主な見覚えのある青年が、こっちの会話の輪に入り込んできた。

 一体どこで、彼と会った、もしくは顔を見たのか………と記憶を探ると、校内で風鳴翼に同伴している〝眼鏡〟を掛けた彼の姿が浮かび上がった。

 歌手と学生とシンフォギアの戦士の三足の草鞋を履く風鳴翼の立場を踏まえれば、合点がいく、確か彼女から『緒川さん』と呼ばれていた筈、仕事柄偽名の可能性もあるけど。

 

「すみませんが、特異災害対策機動部二課本部まで、ご同行願えますか?」

「はい」

「あの……もし……断ったら?」

「身柄拘束させて頂きます」

 

〝手錠されたくなければ大人しく同行して下さい〟な意味合いの物騒な発言と対照的に、青年はニッコリ顔を私たちに見せた。

 見た目通りの穏やかな人柄の持ち主だろうけど、案外腹黒い一面も持ち合わしていると勘ぐらせてしまうには充分な笑顔、芸能界でも生きていくには、それぐらいの強かさも求められると言うわけか。

 

「分かりました……」

 

 渋々響も、了承の返事をした。

 

 

 

 

 

 私たちを乗せた黒づくめの〝エージェント〟たちの黒づくめの車は、大通りを経て。

 

「あれ、学校?」

 

 他の小中高ら学び舎たちと同じく『関係者以外は立入を禁じる』と看板が立てられているリディアン音楽院の校舎内に勝手知ったる感じで堂々と進入。

 先に降りたエージェントたちが迅速に見張り番に付いた中央棟の出入り口へ、風鳴翼と〝緒川さん〟に先導される形で入り、主な明かりは非常灯ぐらいな薄暗い建物の中を進んでいくと、丸型のリーダーが扉の横に設置されたエレベーターの前に着く。

 緒川さんが組織専用の端末を、どこぞのスペースオペラなSF映画での宇宙船の人工知能に似た丸型のリーダーに翳すと扉が開かれ、五角筒状な昇降機内部に乗り込み、私たちも同乗したことを確認すると、同形状のリーダーにもう一度端末をスキャンさせた。

 何重にも扉が閉まり、床から『HANG ON(手を離すな)』と文字が彫られた長方形で縦型の大きめで金色な手すりが現れる。

 

「あの……これは?」

「これに掴まって」

「へ?」

 

 それらの器具と単語が意味するものを理解した私は、響の手を手すりに掴ませた。

 

「危ないですから、しっかり握っていて下さいね」

「危ない……って?」

 

 緒川さんからの忠告通り、手すりをしっかり握った直後。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 東京スカイタワーの高速エレベーターとは比べものにならない強烈な速度で、エレベーターは地下へと急速降下し、響はジェットコースターもしくはフリーウォールに乗せられた状況そのものな上ずった絶叫を反響させた。

 音速で飛び回り、雲より上の高度から富士山中に撃ち落とされた経験もある身な私としては、肉体が人間な今でもこれぐらいの体感重力はどうってことない。

 

 どうにか落ち着きを取り戻し、エレベーターが動いた直後の自分の奇声を自覚している響は、沈黙が支配している場にて愛想笑いを浮かべる。性格上、この手の空気は彼女にとって苦手な代物である。

 

「愛想は無用よ」

 

 響の笑みを、素っ気なく風鳴翼は一蹴した。

 彼女の頑なな佇まいに、私はまた〝鋼鉄のみで鍛えられてしまった抜き身の刀〟を連想させてしまう。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 地球の記憶から、彼女の最愛のパートナーが羽の如く〝美しくも残酷に散る瞬間〟までも目にしてしまったからもあるだろう。

 あの時の彼女の涙の果てが――〝頑な〟で塗り固められた今の彼女に至ってしまっていると思うと………少し暗めとなった気持ちを紛らわそうと、翡翠色の自分の瞳が写るガラスを眺めていると、半透明な壁面の向こうの景色が一変する。

 行き先まで半分を過ぎた辺りより、窓の向こうは黒い壁から、やけにカラフルな色合いの、どこぞの古代文明からインスパイアでもされたかのような幾何学的模様やら壁画やらが描かれる広大な円塔の内側に様変わりした。

 煌びやかな景色で退屈はせずには済むが、政府機関の建物としては、少し凝り過ぎな上に派手過ぎなのでは? と、エレベーターが通り抜けていく中、つい揶揄したくなってしまった。

 しかもこの先の〝二課本部〟とやらは、公立並みに授業料がお手頃な私立の教育機関の真下にある……いくら弦さんがトップにいる組織だとしても、きな臭い事情を邪推したくなる衝動に駆られるのは否めない。

 

「これから向かう先に、微笑みなど必要ない」

 

 片翼の喪失以来、〝微笑み〟を捨てようとしている自身に言い聞かせようとしている様子で、風鳴翼はふと呟いた。

 

 

 

 

 

 

〝微笑みなど必要ない〟

 

 風鳴翼からこう言われて、ようやくエレベーターから降りられた私たちに待っていたのは――

 

「ようこそ!」 

 

 夥しい数のクラッカーの炸裂音とラッパの演奏音がけたたましく鳴り、既に床はクラッカーのテープ塗れになり、周りは新店によく見かける花環だらけ、複数あるテーブルには料理、お菓子、ワインの酒類にジュースらがずらり、なぜかまだ目玉のない達磨も置かれ、デカデカと飾られた『二課へようこそ』だの『熱烈歓迎! 立花響 草凪朱音』だのと言った垂れ幕をバックに。

 

「人類守護の砦――特異災害対策機動二課へ!」

 

 長くて、血管も浮き出て、どこを触っても鍛えられた筋肉で堅そうな二の腕を大きく広げた赤シャツとマゼンタ色のネクタイをラフに着こなす弦さん……風鳴弦十郎と、その愉快な部下たちの熱烈な歓迎であった。

 

「へ?」

 

〝微笑み〟を通り越して、笑顔一杯な二課の皆様方に、響は呆けた顔を浮かべて硬直しているし、生真面目に前述の発言をして赤っ恥な目に遭った真面目一徹な風鳴翼は呆れ顔で溜息を盛大に吐き、緒川さんも思わず苦笑な表情を端整な顔に形作っていた。

 こんな調子で〝人類守護の砦〟だの言われても、言葉の持ち腐れとしか言い様がない。

 

「弦さん……パーティーに招待された覚えはないんだけど」

 

 自分で言うのも何だし、自慢ではないが、こんなバカ騒ぎに興じれるだけの器は持っている自分でも、事情聴取を受ける為の心構えをしていたのもあって、このお出迎えの発案者と断言していい〝司令官〟にジト目で苦言を呈した。

 

「公務中にこんなクリスマスじみたバカ騒ぎをやっていて大丈夫? 上から即時解散要求されても知りませんよ」

「そう固いことを言うな朱音君、君とてエージェント・ス○スのような強引でネチネチとした尋問を受けたくはないだろ?」

「まあ口を封じられた状態で、お腹に虫型の発信機を埋め込まれるなんて目には確かに遭いたくないな、でもいつもの格好にシルクハットは似合わないと思うけど?」

「こ、こいつは言わば苦肉の策ってやつだ、俺の体格に合うタキシードが見つからなくてだな」

 

 そう言う自分も、政府直属組織の基地の真っただ中で、司令官と〝いつもの映画〟が元ネタ(弦さんは仮想世界が主な舞台のSF映画、私は世界一ついていないNY市警の刑事が主人公のアクション+帰ってきた巨大特撮ヒーロー)なジョークを投げ合っているので、人のことは言えないけど。

 でもいつ〝警察官〟からこっちに鞍替えしたのか? 組織の空気と組織柄から察するに、二課での勤務歴の方が長そうに思える。

 

「朱音ちゃん………そのマッチョな大男さんと知り合いなの?」

「ああ、この司令官とは歳の離れた〝友達〟ってとこ」

 

 彼と付き合いは結構長い、初めて会ったのは………かれこれ物心ついて間もなく、度々映画に特撮ヒーロー目当てに近くのTATSUYAへ通うようになった頃、たまたま同じ映画をレンタルしようとしたのを切っ掛けに知り合ってそのまま趣味友となった。

 リディアンに編入するまでは一時期日本を離れてたけど、それでもSNSやス○イプを通じて交流を絶えず続けていた仲である。

 

「さあさあ、二人とも笑って笑って」

 

 弦さんのことを紹介しようとした矢先、紺色の制服だらけの中からグラマラスなスタイルにお似合いの露出の高い私服の上に白衣、ポニーテールな茶髪と深紅の半縁メガネ、少々濃い化粧が全然不快にならないくらいの美女な科学者らしき女性が、スマホ片手に私たちに近寄ってくると。

 

「お近づきの印にスリーショット写真♪」

 

 そのまま私らを抱き寄せ記念写真を取ろうとする。

 

「ちょちょちょ! 待って下さい、自己紹介もしてないのにいきなり写真撮られても困りますって!」

 

 シャッターボタンが押される寸前、響は自力で逃れて撮影を阻止した。

 

「と言うか……どうして初対面の皆さんが私の名前を知ってるんですか? 朱音ちゃんは司令官さんとお友達だそうですからまだ分かりますけど」

 

 言われてみれば、さっきのガングニールの起動からそんなに時間が経っていないのに、どうやって響のフルネームを知ったのか?

 

「我々二課の前進は、大戦時に設立された特務機関なのでね、調査程度お手の物な・の・さ」

 

 真相は、弦さんは手に持ったスティックから花束を出す手品を披露したと同時に、あっさりと明かされた。

 さっきの陽気な、でも何となく……〝アダムとイヴを誑かした蛇〟っぽさを感じさせる女性科学者さんが、私と響の通学鞄を持ってきたから―――大方中に入ってた学生証がソースってとこだろう。

 

「あっぁぁぁぁーー! なぁ~にが調査はお手の物ですか!? 人の鞄を勝手に漁って!」

 

 特務機関――諜報機関にしては、何ともせこいやり口である。かと言ってハッキングで名前を特定されても、それはそれでプライバシーの侵害甚だしい話だけど。

 

 

 

 

「では改めて自己紹介だ、俺は風鳴弦十郎、この特機二課を仕切っている」

「あれ? かざなりって?」

「弦さんと風鳴先輩は、叔父と姪の間柄なんだ」

「へぇ……」

 

 屈強な肉体でフランクな態度の司令官と、現役トップアーティストが親戚である事実に、響は妙に感心していた。

 

「で、翼と同伴していた青年は緒川慎次(おがわしんじ)、この二課に所属するエージェントだ」

「改めましてよろしくお願いします、表の顔は風鳴翼のマネージャーをやっています」

 

 その緒川さんがスーツのポケットから眼鏡を取り出して額に掛けた……やはり以前見かけた、眼鏡を掛けた風鳴翼のマネージャーとこの人物は同一人物だったわけだ。

 ただでさえ歌手の身で多忙な彼女の〝三足の草鞋〟を実現させるのは、マネージャー役を担う二課の関係者の存在が絶対欠かせない。

 

「おお~~名刺を貰うなんて初めてです、これはまた結構なものを」

 

 わざわざマネージャーとしての自身の名刺も、私たちに手渡してくれた。恐らく毎日のマネージャー活動の癖が出てしまったのであろう。

 

「そして私は~~~できる女と評判の櫻井了子(さくらいりょうこ)、よろしくね♪」

「は、はぁ……」

 

 自分から〝できる女〟とか………けど自称するだけあって〝できる女〟なオーラがたっぷり漂っている。

 

「貴方ですね、シンフォギアを開発したのは」

 

 実際、特機二課にいると言うことはノイズを殲滅できる兵器――つまりシンフォギアを開発した張本人、地球もそれをモデルにしてしまう辺り、とんでもなく優秀な科学者だと言う他ない。

 

「どうして君がシンフォギアのことを知ってるかは置いといて、大せいか~~い♪ 良い勘してるじゃな~い?」

 

 私と櫻井博士の口から〝シンフォギア〟の単語が出ると、響はハッとした顔つきを見せる。

 

「教えて下さい、そのシンフォギアって……一体何なんですか?」

 

 パーティー会場と化した基地の賑やかな空気のせいで一時頭から飛んでいた疑問を、弦さんたちに投げかけると、櫻井博士がこちらに寄ってきて。

 

「その質問に答える前に、お二人には二つ約束してほしいことがあるの――一つ目は今日のことは誰にも内緒」

 

 一つ目は分かる……なら、二つ目は?

 

「もう、一つは……」

 

 フォースを持っている覚えはないのだが、妙に……〝嫌な予感〟がする。

 それを裏付けるかのように、博士は両腕をそれぞれ、私たちの背中に回し。

 

「取りあえず、〝脱いで〟もらいましょうか?」

「ひぃ!」

 

 やたらアダルティで、傍目からは欲情しているとしか見えない声色で、ほぼ確実に勘違いを引き起こす危険な発言を言い放ち、響は鳥肌を立てた様子で身震いする。

 私も嫌な汗が背中で流れていたが、それを悟られたら何だか負けな気がして、ポーカーフェイスを貫いていた。

 

「なぁぁぁぁーーーんでぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!!」

 

 完全に誤解方向で受け取ってしまった響は、博士のセクハラ行為に悲痛な悲鳴を迸らせるのであった。それはまた大声大会で優勝間違いなしの大声量を響かせて。

 

 念のため言っておくと、櫻井博士の発言の本当の意味は〝身体検査〟で、単に彼女が紛らわしい表現と言い方を使っただけでいかがわしさはない。

 と、言いたいところではあるけど、MRIによる肉体の精密検査の際、この前の身体測定では〝八十九〟はあった二つの山を触られて褒められたことも記述しておこう。

 

 

 

 結局その日は、私と響の身体検査だけで、それが終わったらあっさりと弦さんが帰してくれた。

 

 でも、私たちが各々の自宅に帰れたのは、深夜午前零時になるギリギリ手前なのでもあった。

 

つづく。

 



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#5 – 告白

まさか……ガメラのクロスオーバーを書き始めた矢先、本家復活の朗報が入っちまうなんて………なんて偶然なんでしょうか(驚

しかもパイロットフィルムとは言え、こっちの特撮魂を震え上がらせるとんでもねえもんが出てきやがった。

今回はある意味自虐なメタ風ネタがございます(汗
こんぐらいしないと、アクの強い金子キャラを前にしたら埋没してしまうもんですから。

なお朱音の祖父は勿論、スティーブン・セガールがモデルでございます。

さらに小さい頃の朱音のモデルは、小さい頃のたっくんこと半田健人がモチーフです(監督目当てに映画を見てた恐ろしい子だったとのこと)


 草凪朱音と立花響が、経緯は微妙に異なれど、シンフォギアの〝担い手〟となった、

またはなってしまってから、一日分の時間が経過した。

 

 街にはノイズたちによる被害の爪痕がまだ残るものの、十年以上奴らの猛威に晒されている人間たちも中々の図太さの持ち主で、一夜明けると〝日常〟の空気感が街の中に漂わせていた。

 その中を、今日も早起きな朱音はリディアン高等科へ通学中なのだが、その前に彼女は行きつけのレンタルソフト店〝TATSUYA〟に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 そのTATSUYAの、洋画、邦画、国内と海外ドラマ、アニメのソフトたちがびっしり棚に敷き詰められた店内では、映画マニアで常連客である風鳴弦十郎が、アクション系の洋画の棚の前で、今日借りる作品の選別をしていた。

 パッケージを手に取り、内容を確認しているその目は、いつもなら喜怒哀楽の内〝楽〟に相当するものであるのだが、今日の朝の彼は重々しい様子であった。

 

 本日借りる映画を選びながらその実、弦十郎の意識は、一昨日の、シンフォギアを纏った〝友〟――草凪朱音の姿とその〝戦い振り〟……そしてその時見せた〝瞳〟を、半ば無意識に投影していた。

 

「おはよう、弦さん」

「おっ……」

 

 左手側から発せられてきた挨拶で、考え込んでいた弦十郎を我に返らせたのは、何の因果か、かの朱音その人であった。

 彼女は至って〝いつもの様子〟で、弦十郎と接してきている、彼としてもその方が喜ばしい。一昨日二課本部で顔を合わせた時も、内心ぐるぐると巡っていた疑念を抑制させ、友人としての〝いつもの調子〟で彼女と接していた。

 

 

 

「おはよう、朱音君」

「どうしたの? 弦さんが〝好物〟を目の前にしてぼーとしてるなんて珍しい」

 

 

 ここで言う〝好物〟とは、勿論無数の映画たちのことである。

 

 

「いや、別に……気まぐれで瞑想の練習をしていただけだ」

「にしては、雑念だらけに見えたけど」

 

 

 首を傾げて百九十センチを超す背丈な弦十郎の顔を見上げて微笑んでくる百七十近い朱音の、ただでさえ端正で、よく見ればまだあどけなさを残しつつも大人びている彼女の美貌をさらに引き立てさせる潤いと艶に満ちた翡翠色の瞳には、冷や汗の流れる弦十郎の顔が映っていた。

 まだ数え年くらいの小さな頃から、本当に彼女はまだ十代の半分の齢だと言うのに、麗しい女性へと様変わりした………見事な八頭身と、適度な筋肉で引き締まりつつも性的肉感に恵まれた体躯、透明感と温かさを併せ持つ柔肌、隠れ巨乳と表する他ない密かに膨らんでいる胸。

 

 それらが組み合わさった姿は時に、いい歳かつ、外見通りな豪放磊落さの一方で堅実さと実直さをも有する〝大人〟な弦十郎でさえ、時にどきっとさせてしまう〝魔性〟さを秘め、そのくせ年相応の少女らしい明るさ、快活さも併せ持っている。

 現に、本人は全く自覚していないが、その仕草は大抵の異性を〝殺す〟だけの破壊力を秘めている。

 

 

〝おじちゃん、そこのジ○ームズ・キ○メロンのア○ス取って〟

 

 だが、人工の証明さえ煌びやかに反射する艶に溢れた細く柔らかな黒髪と、吸い込まれてしまいそうな美麗さを醸し出す翡翠色の瞳だけは、初めて会った時から全く変わっていない。

 

 

「そんなにびっくりした? 〝一昨日の私〟って」

 

 

 朱音のことで考え込んでいた最中に当の本人がご登場した状況に、何とか誤魔化そうとする彼だったが、余りに咄嗟に浮かんだ言い訳が、お世辞にも出来が良くないものでなかったのもあり、あっさりと本人から看破されていた。

 

「白状すると……そうなるな」

 

 

 あの日の時点では、立花響と言う少女が、姪の翼とは戦友であり、同じ舞台で歌うパートナーであった〝奏君〟の愛機も同然だった三番目のシンフォギア――ガングニールを装着した事実の方が勝っていたが、今は正体不明なシンフォギアの装者となった彼女に対する驚愕の方が、一日分間を隔てた今となっても大きく尾を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 時間は昨日に遡る。

 その日の特機二課地下本部司令室では、ノイズドローンが撮影していた――新たにシンフォギアと適合した少女たちの映像から、分析が行われていた。

 

「改めて見ても………初めてギアを使ったとは思えない戦い振りですね、〝アームドギア〟もいきなり具現化させるなんて」

 

 少々暗めの黄土色がかって跳ね気味な髪型をした二十代の青年――二課所属のオペレーターの一人である藤尭朔也は、朱音の苛烈かつ洗練された様相な初めて離れしている〝初戦〟をこう評した。

 

 

「まるで……久方振りに武器を手に取って戦線に加わったけど、腕に衰えはないって印象です、ノイズドローンに補足されたのを逆に利用したりと、機転も利いていますし」

 

 彼と同じ普段はオペレーター業をこなし、朱音たちに〝あったかいもの〟を提供してくれたあの友里あおいも、ほぼ同じ印象を述べている。

 

「私の与り知らぬシンフォギアって時点で色々興味深いけど、彼女の操る炎も中々よね」

 

 同じくこの場にいて、蛍光しているキーボードを操作している櫻井了子は、朱音が銃型のアームドギアの銃口から〝火球〟を迸らせた瞬間で映像を停めた。

 

「どういうことだ? 了子君」

「この炎、通常の火よりも〝プラズマ〟の量も密度も桁違いな超放電現象なの」

 

 プラズマを可能な限り簡易的に説明すると、ようは気体となった物体は一定以上の熱を与えられたことで、その気体が構成しているパーツ――原子がバラバラかつ高速で動き回る状態になってしまう現象のことである。

 科学にさほど詳しくなくても分かる身近な例を上げると、雷と言った大気中を猛進する電流、蛍光灯の光、マッチやライターが灯す火などだ。

 朱音が見せた〝火炎〟の数々は、通常の燃焼現象とは比較にならない膨大なプラズマを帯びていた。

 

 

「恐らく、ギアが生成したプラズマエネルギーを火炎に変換させて放射しているようね、直撃すれば通常は燃焼困難な物体でも一瞬で消滅させてしまう、無論装者のフォニックゲインで位相固着されたノイズをも燃やし尽す威力を有する業火………戦闘面では門外漢な私でも、これだけの高濃度なプラズマの火を巧みに御している彼女が―――只者じゃないってことは分かるわ」

「綺麗な見た目に似合わずあの子、おっかないものを取り扱ってますね、バ○ターライフルまで発射するし………いくらあの〝ケイシー・スティーブンソン〟のお孫さんとは言え」

 

 

 二課の面子の中では、比較的〝常識人〟の部類に入る藤尭は、少々身震いしながらそう呟いた。

 

 

「突拍子もない質問だけど、朱音ちゃんが海外で従軍していた経験なんて――」

「あるわけがない、幼い頃から祖父より武術の指南を受け、私も及ばずながら入学前に彼女たっての希望で修行を課してはいたが………」

 

 

 

 

 

 

 そして現在、朝のTATSUYA店内に戻る。

 こうして調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、朱音の扱うシンフォギアと、彼女自身の〝特異性〟は、ガングニールの適合者の〝二代目〟となった立花響がなまじ〝突然強大な力を手にしてしまった素人〟らしい素人だったのも相まって、より際立っていくばかりであった。

 

 飛行一本取っても、本来は地に足付けた生物であり、飛ぶにしてもそれを可能とする物体に乗らなければならない人間でありながら、自身そのものを〝飛行物体〟にし、それもジェット噴射と言う自然界では絶対見られない方法で自在に飛び回っていた。しかも子どもを抱えたままと言った微細さも要求されるフライトすら難なくこなしていた。

 

 戦闘面しても、幼少期より俳優兼武術家であり、老齢な現在でも精力的にアクション映画にも出演しているケイシー・F(フレデリック)・スティーブンソンからあらゆる武道、武術を学び、身体能力は高くても………弦十郎の記憶では、〝悲劇〟を体験したことがあっても……〝実戦〟を経験したことなど一度たりともない。

 

 だからこそ、ギアを纏った時の朱音の翡翠色の瞳が、弦十郎の頭から離れずにこびりついて離れない。

 同時に、〝公安〟に勤めていた頃より磨かれた弦十郎の〝直感〟は彼自身にこう告げていた。

 朱音のあの〝目〟は、幾多の〝死戦と死線〟を潜り抜けてきた〝猛者〟の域にある戦士(もののふ)の眼差しであると。

 それらを乗り越えて鍛え上げられた〝戦う意志〟を有していたからこそ、初戦でアームドギアを実体化させられたのだろう。

 本来あれは、正規の〝適合者〟でも、相応の鍛錬を積み重ねなければ具現化できぬ代物なのだ。

 

 一体………あれ程の〝眼光〟を得るまでに………どれ程の修羅場を潜ってきたのか?

 

「失礼する」

「っ!」

 

 また意識が思案の泉に沈みそうになるところへ、弦十郎の右手に来る感触、見れば朱音が、彼の右手に透明ケースに収納されたメモリーカードを乗せていた。

 

 

「これは?」

「弦さんたちが知りたいことは、そのメモリの中にレポート形式で纏めておいた」

「ああ……そいつはわざわざ、済まないな」

「弦さんも仰天するくらい派手に立ち回ってしまったからな、説明責任は果たさないと」

 

 どうやら開いた一日の間を活用して、朱音は予め弦十郎らが持つ〝疑問〟に対する解答を纏めてくれていたらしい。

 

「じゃあ放課後」

 

 

 いつもなら、時間の許す限り映画等の雑談を交わす流れなのだが、今日はそのメモリーカードを渡す為にTATSUYAに来たらしく、それを済ませた朱音はすぐさまリディアン高等科に向かおうとした。

 

「朱音君!」

「ん………何?」

 

 背を向けた朱音に、思わず弦十郎は呼びかけ、彼女は彼に振り向く。

 

「どこで、使い方を習った?」

 

 脳内に漂う謎の答えがこのメモリーに入っていることは分かっている………それでも急速に流れてくる疑問を抑えきれず、図らずもあるアクション映画での吹替えの台詞と同一の単語で構成された問いを、朱音に投げかけてしまっていた。

 ほんの数瞬置いて、弦十郎はその〝偶然〟を自覚。

 

〝全く……何をやってるんだ?〟

 

 幸い表現は抽象的で機密漏洩に繋がるミスまで犯してはいないものの、ここから、どう対処していいか困ってしまう。

 

〝いかん………雑念に相当やられているな……まだまだ俺も修練が足りん〟

 

 己の未熟さを恥じる中、対して朱音は、助け船を出すようにこう答えた――

 

「I read the instructions(説明書を読んだの)」

 

 ――彼女も映画の台詞と類似している偶然性を察したらしく、わざわざ原語版の英語でその台詞に対する返しを発し、そのままこの場を後にしてリディアンに向かっていく、帰国子女なだけあり、発音はネイティヴそのものだ。

 

「こいつは一本、取られちまったな」

 

 朱音のユーモアな返しに、弦十郎は後頭部を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 よっぽどガメラ――私のシンフォギアと、それを使いこなしていた自分が気になっていたらしい。弦さん自身でも思いもよらず、警察の護送車からロケランで助けられた時のシュ○ルツネッガーと同じ言葉を口走っていたくらいだ。

 ちょっと困っている弦さんが可愛かった余り、悪戯心が働いてしまって、わざわざ原語で返してしまった。あの人日頃から〝大人〟を自称するだけあって、人格者な大人ではあるんだけど、良い意味で感性は〝子ども〟らしい柔軟さを持ち合わせているし、大好きな映画に対する純真さ溢れる愛にはリスペクトと同時に、時たま私も〝可愛い〟と思ってしまう。

 それだけ三度の飯より映画を愛する弦さんに、眼前の映画(たから)の山そっちのけで、シンフォギアの担い手としての自分のことで考え込ませてしまったのには、ちょっとばかり罪悪感も覚えた。

 

 

 大体の疑問は、私が渡したメモリーの文書データが解決してくれるだろうけど。

 

 

 あれには学業の合間にて、レポート方式で書き纏めた自身の諸々が保存されている。口頭だけでは不足あると思っての措置だ。

 弦さんたちに、どこまで〝ガメラ〟としての自分を話すかは、結構迷わされた。

 自分と〝災いの影〟との因縁に止めるか……それとも〝宇宙からの侵略者たち〟と、災いの影から転じた〝邪神〟との戦いも織り込むか。

 落としどころに悩み、考え抜いた末、弦さんら二課と響にが、前世の記憶は全て覚えているわけではない(実際、超古代人としての記憶は一億五千万年分の眠りで摩耗している)ことにし、ガメラの特性と生み出されるに至った大まかな経緯に止めておくことにした。

 

 全て説明するのに相当な分量と時間が必要だからってのもあるけど………私が〝人間〟であることを捨てたことと、〝ガメラ〟となってからの激闘、特に〝最後の決戦〟で私が下した〝決断〟と結末は、とても響と風鳴翼の二人に話せる代物ではない。

 響は、きっと心を痛める余り、あの太陽の光の如き笑顔を消して曇らせてしまうだろうし、風鳴翼にとっても相棒を失ったあの日のトラウマを再燃させてしまうかもしれないからだ。

 私の――ガメラとしての〝戦い〟は、優しさを持っている少女たちには、残酷できつすぎる。

 

 弦さんに対してもそう。

 彼の人柄と、彼独特の〝大人〟に対する持論と責任感と矜持を思えば、とても〝超古代文明人〟であった自分が〝異形〟になったとは言えそうにない。

 私は今でも後悔はしていないけど、〝あさぎ〟くらいの歳の少女が下した決断に、あの人も嘆いてしまうだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の学校の学生たちや、サラリーマンら社会人たちが行きかう通学ルートを進んでいくと、リディアン高等科の校門に到着。

 

「アーヤ!」

 

 して間もなく、私を呼びかける声が一つ。

 

「おはよう」

 

 呼びかけてた子も含めた三人の女の子に、挨拶を返し、雑談しながら校舎へと歩いて行く。

 彼女らは、響に未来と同じく、リディアンに編入してからできた級友(クラスメイト)たちである。

 最初に私を『アーヤ』とあだ名で呼んだ黒鉄色のショートカットで、三人の中では一番背の高い(私にとっては丁度いい高さな)ボーイッシュ風の子は安藤創世(あんどうくりよ)、下の名は『そうせい』と書いて『くりよ』と呼ぶ。

 自身変わった名の持ち主な為か、親しい間柄な相手にあだ名を付ける癖があり、響は『ビッキー』、未来は苗字の小日向から抜き取って『ヒナ』と呼んでいる。

 

 

「草凪さん、今日の放課後、立花さんたちとも一緒にふらわーに行きませんか?」

 

 前髪が切り揃えられた淡い金色の長髪で、おっとりとした雰囲気と、それに違わない柔らかな口調の女の子がこう尋ねてくる。

 彼女は寺島詩織(てらしましおり)、苗字は『てらじま』ではなく『てらしま』だ。

 趣味はグルメ巡りと言う一面もあり、編入してからと言うもの、休日は彼女の誘いを受けて街を周りながら食べ歩くことが多くなった。運動はしている方なので、いわゆる〝女の子の悩み〟とは今のところ無縁である。

 

「ごめん……今日ちょっと用事が入ってて、来れそうにないんだ」

「そうですか、残念です」

 

 ふらわーともなれば、いつもなら行かない手はないのだが……生憎今日は〝二課本部〟に行かなければならない用事があり、一昨日と同様に夜遅くまで帰れないかもしれないので、とても誘いに乗るわけにはいかない。

 当たり前だが、本当のことを話すわけにもいかないので、それらしい断りの理由を述べておく。

 内容は、最近知り合った地元の幼児向け音楽教室の先生から助っ人に呼ばれたってことで、実際何度か本当にあったことだし、疑われることはないだろう。

 

「どこまでアニメキャラ的属性秘めてんのあんた?」

「そんなもの持っている覚えはないのだが?」

「自覚がないだけで、アニオタなアタシからすれば、見てくれだけでも黒髪ロング、高身長、隠れ巨乳及び中学卒業したての高一離れしたスタイルに黒ニーソの絶対領域、中性的口調にアメリカ人のクォーターに帰国子女に抜群の歌唱力と、ク○イマックスフォーム並みにてんこもりなのよ」

 

 ビシビシっとした感じもある、アニメ(一部特撮込み)を比喩表現に使った少しキレのある言い回しが特徴的な、茶色がかった長髪をツインテールで纏めている少女は、板場弓美(いたばゆみ)。

 ご覧のとおり、筋金入りのアニメ、アニメソングマニアであり、カラオケに行けば歌うのは全曲アニソン、リディアンに入ったのもアニソンを修められると思ったからが理由。

 残念なことに………そんなピンポイントな学科も授業もリディアンにはなく、それを知った当時の彼女は相当ショックを受けていたのだが、それでもめげずに〝アニソン同好会〟を開くのが、今の彼女の学生生活における目標となっている。

 

 

「藍おばさんにもよろしく伝えておいてくれ」

「分かった、じゃあまた今度ってことで」

「ああ」

 

 三人及び響と未来は三者三様、異なる容姿、性格、個性の持ち主なのだが、それでも年相応な見た目をしており、私はそれが羨ましくもあり、コンプレックスでもある。

 弓美の言う通り、高校一年生離れしたこの容姿のせいで、彼女らと同い年に見られることはほとんどない………休日一緒に街を出歩けば大抵〝先輩〟と間違わられてしまい、そのパターンは高校生活ひと月目ですっかり定着してしまっており、それに出くわす度私は、『私も高校一年生です!』と思いっきり叫びたくなってしまうのだった。

 男女含め、他者からは〝恵み〟かもしれないが、現在の私にとっては〝呪い〟である。

 いくら周りから〝綺麗〟と讃えられても、可愛げのないの私の見てくれは〝可愛い〟とは程遠いものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、そろそろ五月に入る目前な春の夕陽が律唱市を照らす時間帯。

 

「はぁ………」

 

 教科書にノート、学習用具一式を鞄に入れながら、響は一人ごちた。

 せっかく創世たちがふらわーに行かないかと誘ってくれたのに……いつもなら喜んで乗り、遠慮なくおばさんに大盛りのお好み焼きを頼んでいたのだが………今日二課の本部にまた行かなければならない用事の都合上、申し訳なさを押し込めて断らざるを得なかった。

 

 

「私、呪われてるかも……」

 

〝また先生からの呼び出し〟と解釈してくれたので納得してくれたけど、親友兼同居人の未来にはどう説明するべきか、響にとって一番骨の折れる試練であった。

 

「はぁ………って、朱音ちゃん」

 

 盛大に二度目の溜息を吐いて教室から出てきた響は、廊下の壁に背を預けていた朱音の存在に気づいた。

 どうも、響を待っていた様子………窓から見える夕焼けに負けず劣らず、その佇まいは響の主観から見ても、美術の教科書で見る絵画のようで綺麗だった。

 本人は気にしてるから口には出せないけど、やっぱり時々、彼女が自分や未来たち同い年であることを忘れてしまう。

 

「また先生から呼び出しを受けたのか? 〝響君〟」

 

 朱音が翡翠色の目を猫っぽく細め、〝君付け〟して微笑む時は、からかおうとしているサインだ。

 

「そうじゃないってこと知ってるくせに、いじわる」

「うふふ、ごめん」

「でも、ありがとう」

 

 彼女のちょっとした冗談のお蔭で、教室を出るまでは溜息だらけだった響の現在の気分も少し快方に向かった。

 

「じゃあ行こうか」

「う、うん」

 

 ガラスから降り注ぐ夕陽の薄明光線に照らされた廊下を、朱音に先導される形で響は歩を進めていく。

 一年のフロアを抜けると、朱音が急に立ち止まった。

 

「どうしたの……あ……」

 

 前方より、正面から向かい合う形で来ていたであろう風鳴翼が、二人を見据えていた。

 少し驚いた表情(かおつき)を浮かべているところから、二人を二課に連れていくべく教室に向かっている途中で鉢合わせたらしい。

 

「………ついて来て」

 

 直ぐに素っ気ない無表情に戻った翼は、背中を向けて中央棟の方面へと歩き出し、続く形で響たちも横並びで歩き出す。

 三人の足音以外は、ほとんど無音な廊下………心なしか、さっきより廊下の空気が重くなったような気が響に押し寄せる。

 一昨日も味わった味わったあの〝沈黙〟………やっぱり苦手だと再認識させられた。

 

〝あ……朱音ちゃん?〟

 

 かと言ってこの沈黙を破れるだけの勇気も出せない中、響のまるまるとした瞳は、隣にいる朱音の横顔に釘づけになる。

 

 翼を見つめているらしい朱音の翡翠色の目は、眩しい外の暁と、それに負けないさっきの微笑みと正反対に――〝悲しく曇って〟――いた。

 

 しかし〝この時〟の響は、全くと言っていいほど、朱音のその横顔の意味を理解できてはいなかった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」

 

 

 おまけに、朱音に気を取られるが余り、すっかり例のエレベーターの加速の猛威を忘れていた彼女は、不意撃ち同然に二度目の洗礼を受けて、淀み気味だった心情を吹き飛ばす勢いで絶叫を響かせてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリーウォールの如く超高速な二課本部行きのエレベーターを、これが二度目な響の悲鳴を聞きながら地下本部に着いた私たちは、次にメディカルルームらしい部屋に連れていかれた。

 

「それでは、お二人のメディカルチェックの結果発表~~♪」

 

 弦さんと、あの〝あったかいもの〟をどうぞしてくれたオペレーターの友里さんと、

彼女と同じ業務をこなす藤尭さんも同席している中、初対面の時と寸分違わぬテンションな櫻井了子博士が、一昨日の身体検査の結果を私たちに報告し始める。

 

「お二人とも、身体にはほぼ異常は見られず正常値でした~~~でも朱音ちゃんはともかく、響ちゃんが知りたいのはこういうことじゃないわよね」

「はい……あのシンフォギアって力のこと、もっと詳しく教えてください」

 

 響は一昨日の時点から聞きたくて仕方のなかった質問を、改めてぶつけた。

 

「その前に、まずは聖遺物の説明をしなければならない」

「せい……いぶつ?」

「聖なるの聖に、遺物と書いて聖遺物、要は世界各地の伝承に登場する、現代の科学力では再現できないオーバーテクノロジーの塊で、多くは遺跡から発掘されるんだけど、大抵は経年劣化が激しくて完全な形で残っているのはごく希でね」

 

 弦さんと風鳴翼がアイコンタクトを取ると、彼女は小型の集音マイクに似た多角系状の細長く水色なペンダントと私たちに見せる。

 それが〝正規のシンフォギア〟の非戦闘待機形態と言うわけか。

 

「翼の使うシンフォギア、第一号聖遺物――天羽々斬(あまのはばきり)も、元は砕けた刃のごく一部の欠片に過ぎない」

 

 そして風鳴翼のシンフォギアである《天羽々斬》は、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した際に使ったと伝わる、神代三剣の内の一振りである。

 

「その欠片に残された力を増幅して解放させる唯一の鍵が、特定振幅の波動なの」

「とくていしんぷくの……はどう?」

「その鍵こそ〝歌〟、と言うわけですね?」

「そうだ、普段眠っている状態な聖遺物は、歌が持つ力――俺達は〝フォニックゲイン〟とも呼んでるんだが、そいつで呼び起こされる」

「そして、フォニックゲインで活性化された聖遺物のエネルギーを鎧の形で再構成したものが、アンチノイズプロテクター――シンフォギアなの」

 

 立体モニターからの視覚情報も交えながら、弦さんと櫻井博士の〝変身の原理とメカニズム〟の説明は、大方地球から教えられたものとほとんど変わりないものだったけど、おさらいと言うことで私も一言一句逃さず耳を傾けていた。

 知る、学ぶ上で〝予習と復習〟は絶対に欠かせない基本要素である。

 

「だからとて――」

 

 そんな中、弦さんたちの説明に割って入り込む形で。

 

「――どんな歌にも、誰の歌声にも、聖遺物を起動させる力が備わっているわけではない!」

 

 沈黙の姿勢でいた風鳴翼は、いきなり語気を強めに、意固地さも抱えた声色でそう言い放った。

 けど、彼女の発言も事実。

 

 

「翼の言う通り、誰もが聖遺物を起動させる歌声を持っているわけではなく、その数少ない歌声の主を、我々は〝適合者〟と呼んでいる」

 

 これは自分の推測だが、シンフォギアの開発は最低でも十三年前、ノイズの存在が国連から表明される前後辺りから始まっていた筈、にも拘わらず、特機二課に所属するシンフォギアの担い手は現在〝一人〟だけ、それだけギア――聖遺物の眠りを呼び覚ませる人間の数は極端に少ないと言うことだ。

 

「で、どう? あなたたちに目覚めた力について、少しはご理解いただけたかしら? 質問は大歓迎よ」

 

 私は感覚面でも、知識面でも大体は把握できているので遠慮しておく。

 ただ………私みたいに〝理解できている〟方がむしろ異常なのでもあり。

 

「あの――」

「はい♪ 響ちゃん!」

「――全然……分かりません」

 

 苦笑いながら正直にきっぱり〝分からなかった〟と正直に打ち明ける響の方が、普通なのである。

 

「でしょうね」

「だろうな」

「ごめんなさい……いきなりは難し過ぎた話だったわね」

 

 同席していた友里さんと藤尭さんも、同意を示す。

 

 

「つまり、現代科学を凌駕する力を秘めている聖遺物の武具の一部から作られたシンフォギアは、歌声でスイッチを入れることで鎧と武器に変換され、鎧はノイズの攻撃を防ぐ〝盾〟になり、武器はノイズを倒す〝矛〟になる―――と言うことですね」

 

 せめてものサポートで、私は博士たちの説明を要約して纏めておいた。

 

「そういうこと♪ そして聖遺物からシンフォギアを作り出す唯一の技術――〝櫻井理論〟の提唱者がこの私であることも覚えておいてね」

「はぁ……」

 

 やっぱり理解し切れてなさそうな雰囲気で、響は相槌を打つ、当然と言えば当然の反応、分からないと自覚できているだけでもありがたいことだ。

 

「響君、君に目覚めたシンフォギアについて話す前に、朱音君のギアの出自についてのことから、入っても構わないか?」

「はい、どうぞ」

 

 

 さて、前置きは終わって、いよいよ私にとっての本題が回ってくる。

 

「朱音君……君が今朝渡してくれた〝レポート〟を読ませてもらった上で、改めて聞く」

 

 一昨日のパーティー様式の歓迎よりは鳴りを潜めてはいるが、それでも日常で見る気さくな調子だった弦さんの態度から、一気に真剣味が強まった。

 同時に、宙から〝私が描いた絵〟が表示される。

 

「本当なのか? 君が前世では、異世界の地球の先史文明が生み出した〝生物兵器〟だったことは」

 

 その絵とは――私の前世の姿、即ちガメラの全身像。

 

「え?……えぇ?」

 

 モニターに移された絵と、思いもしなかった弦さんの質問と、その中に入っていた〝兵器〟の一単語によって、響は軽い混乱状態に陥ってしまっていた。

 

「はい、確かに私は、超古代文明が生み出したバイオキメラ――災いの影ギャオスに対抗する為に作られた………生物兵器(バイオウェポン)――〝ガメラ〟でした」

 

 

 私が……ガメラとしての自分を告白するのは、〝祖父〟に続いてこれが二度目である。

 

つづく。

 




原作ではギアの待機モードは共通デザインでしたが、それではちと味気ないと思って、ギアごとに色が違う設定(天ノ羽々斬は水色)になっております。


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#6 – 少女の歪み

どんどん原作との話数が広がってまう。

原作:二話目のBパートの真ん中=GAMERA:六話目。

本来朱音の出自の方が異端なのに、それをブッ飛ばしてしまう響の○○な回です。

それと今回は試しに、次回予告を入れてみました。


「ガメ……ラ?」

 

 私の口から――かつての私の〝名〟が発せられた時、響は視線を立体モニターに表示された〝絵〟と私との間を行き交いさせて、その名――ガメラを無意識に呟いていた。

 この絵は私の記憶とイメージを元に描かれた〝自画像〟、鉛筆で描いたのをスキャナーでデータ化させたもの、イメージも入っているのは人間みたいに自分自身の〝鏡像〟を目にしたことがないから、己を目にするのは自然界ではとても珍しいことなのである。

 ガメラとしての生態上、時期によって容姿の差異は激しいのだが、ここは最も厳めしい頃の自分をチョイスした。目覚めたばかりの姿では少し愛嬌があり過ぎる。生体兵器としての自分の説明に、可愛さはネックだ。

 案の定、響にとっては理解が全く追いつかない域の話の濁流に、脳内の思考運動は目に見えて乱れている。

 シンフォギアの諸々の詳細な説明でさえ、ノイズに対抗できる点と起動するには歌声が必要であること以外はほとんど測りかねているので、私の出自までも直ぐに理解してほしいなんてことは酷な話だ。

 見れば風鳴翼も、意識的に組み上げていた〝すまし顔〟を崩して驚きを見せている。ノイズ殲滅に出動する以外は歌手業か学業で忙しい身なので、例のレポートを読んでいる時間などないことは容易に想像できた。

 ノイズ、古代文明の置き土産たる聖遺物、その聖遺物の一部から作られたシンフォギアで戦う日々と言う、人の営みから外れた〝経験〟を何度受けていても、根は良く言うと生真面目、棘のある方で言うと融通が利かない気質には、パラレルワールド――多次元宇宙と前世は飲み込みづらい話でもある。

 

「響、パラレルワールドと前世について、どれぐらい知ってる?」

「あ……えーと、パラレルなんちゃらなら………ちょっと前に偶々テレビのバラエティで見て、前世は弓美ちゃんが前にカラオケで歌ったセー○ームーンの設定を教えてくれたので……どうにか?」

 

 幸いなことに、普段の生活ではほとんど縁のない〝世界〟に対する耐性が、響にはある程度あったと言うことだ。

 二課の皆さんは、弦さんの部下って時点で問題なしだろう。

 

「改めて皆さまにもご説明致しますが、草凪朱音として生まれる以前の私は――こちらの地球とは別次元の世界の地球の、太平洋に存在していた大陸発祥の〝超古代文明〟が生み出した―――〝生きた聖遺物〟でありました」

 

 一億五千万年の眠りで、目覚めた頃には大半が失われていた〝超古代文明人〟としての数少ない記憶を抜き出して、私は語り始める。

 前もって文章と言う体裁は取ったけど、壮大な上に突拍子もない話でもあるので、自分の肉声による言葉での説明も、ある程度は必要だ。

 

「私にインプットされていた記憶が確かなら、その文明はバイオテクノロジーが驚異的に発達し、地球が球体であることは認識され、星そのものを〝神〟として敬い、心棒する宗教的概念が普及していました」

 

 現代にも現存する宗教と同様、その〝信仰〟にも〝宗派〟と言うものが存在し、当然〝原理主義〟、それすらも超える〝過激派〟と表せるシンパと言うものは存在した。

 次第に過激派たちは、自ら人間そのものを〝地球〟を侵す癌細胞だと憎悪するようになり、これ以上人の世が腐敗し星までもその煽りを受けさせまいとと言う考えを芽生えさせてしまった。

 

「その〝過激派〟たちが、バイオテクロノジーの粋を集めて作り上げたのが、災いの影―――ギャオス」

 

 もう一つモニターが出現し、そこには同じく私が描いた〝ギャオス〟の絵が表示された。

 イメージ混じりの自画像と違い、何度も何度も、嫌と言うほどその異形を目にしただけあり、ほぼ実物そのままを描くことができた。

 この場にいるほとんどは鳥なのか蝙蝠なのか、または翼竜なのか判別できない鋭角的で禍々しい異形に対し嫌悪感を露わにしている、特に女性陣――翼と友里さんら不快感を露骨に見せ、響も少なからず引いた様子が顔に出ていた。

 

「こいつらは見た目に違わず凶暴で、近くに生物が存在すれば見境なく捕食し、食料が無ければ躊躇いなく仲間同士で食い合い、口からは超音波で高層ビルさえ両断する超音波メスを発射する性質を有していますが……最も奴らを脅威たらんとしていたのは、遺伝子構造です、弦さん」

「ああ」

 

 ギャオスの全身像と切り替わる形で、同じく私が記憶を元に描いたギャオスの染色体が表示される。

 

「〝一対〟だけ? まさか……」

「えーと……中学の理科で習った染色体って確か、人間だと」

「二十三対、鶏は三十九、アマガエルで十一、自然界で一対だけと言うのは本来ありえないこと、しかもどの生物も進化の過程で遺伝情報には〝無駄〟が出てくるのですが、奴らのにはそれが全くないどころか、あらゆる生物の利点のみを掛け合わせた良いとこどりな………完全無欠の一対なわけです」

 

 古代人だった自分がこのギャオスの生態を聞かされた時の感情は、今でもはっきり覚えている。

 奴らに対する拒絶感、不快感、〝断じてこの異形を一匹たりとも生かしてはならない〟衝動が荒波の勢いで押し寄せただけでなく、それを作り上げてしまった人間たちにも、〝本当に同じ人間が作ったのか?〟と、思わされてしまった。

 

「この遺伝構造のお蔭で、ギャオスはどんな劣悪な環境下でも短期間で適応でき、しかも卵より孵化してから数日で翼長約15メートル、数週間で百五十メートルまで急成長できる上、性転換もできる上に単位生殖も可能、一度に卵を十個以上も産み落とし、成長した個体も同様のサイクルで繁殖していくので――」

「まさに………場合によってはノイズすらも凌駕しかねない、人類どころか地球全体の生態系にとっても害悪な〝特異災害〟ね」

 

 櫻井博士の発言は的を得ている。人間しか襲わないノイズと違い、ギャオスはあらゆる生物の命を見境なく食らうどころか………世界そのものを破壊してしまうと言ってもいい。

 決して広くはないメディカルルームの空気の重さが、ここにいる人間たちの感情に応じる形で、急速に増加していくのを私は感じ取る。

 奴らの本性を踏まえれば当然の感情………こんな〝生きた遺物〟がこの世界の地球の先史文明時代、つまり超古代にももし作られ――〝現代にもし蘇ったら?〟――そんな最悪の想像を過らせてしまうのは避けられない。

 

「そして、ギャオスに対抗すべく作られたのが前世の貴方――ガメラ」

「はい」

 

 無論、過激派たちの過激を通り越した破滅思想によって生まれたギャオスどもによる破滅の道を回避する為の打開策を講じた。

 それが最後の希望――ガメラ。

 地球の生命力――マナを力の源とする――〝守護神〟。

 身長約八十メートル、甲羅など亀に酷似しながら、二足歩行する体躯、口の両端に一際伸びた牙、シンフォギアの特性の一つよろしく、外見、体組織をより戦闘に適したものへと短期間で〝進化〟できる身体構造、血液の色は緑色。

 体内にはプラズマ変換炉を有し、あらゆる熱エネルギーをプラズマエネルギーに変換、貯蔵。

 四肢を引き込み、そこから火炎を放射することでジェット機の如く飛行可能。

 と言った、ガメラであったの自分の大まかな生態を述べていった。

 

「ガメラは――予め作られた甲殻の肉体に、マナを注入させることで生み出されました」

「マ……マナ?」

「メラネシアや太平洋諸島の宗教で根付いている、万物に宿る超自然的な力って意味なんだけど、私は地球の生命エネルギーそのものととして〝マナ〟と呼んでいる」

 

 しかし、弦さんたちへの説明では省いたけど、ガメラとしての〝私〟が生まれるまでの道のりは、前途多難で険しいものだったと、摩耗している記憶でも覚えている。

 ガメラの生成に携わった科学者たちは、多数のプロトタイプたる〝器〟を作り、マナを注入させたのが……失敗。実験体は全て、息吹を吹き込まれたと同時に、マナが器に定着し切れず拒絶反応を起こして死亡してしまったらしく、亡骸は海底に遺棄されたらしい。

 行き詰った科学者たちが次に打って出た手段は―――人間の魂を取り出し、マナと器の〝パイプ〟の役割を担わせようと言うものだった。

 科学者たちの中で誰がそんな〝非人道的〟なやり方を思いついてしまったのかは知らない………だがその頃には既にギャオスは大量繁殖し、人間の領域(テリトリー)どころか、地球全体の生態系まで侵略されていった終末そのものな時世もあり、手段など選んでもいられなかったのだろう。

 さすがに目星のついた者を拉致して強制とまではいかず、魂を献上する役となる人間は志願制の形で集められた。

 その中に、唯一の〝女性〟として………私もいた。

 

「だが結局、マナと定着できたガメラは君一人しか生まれず、しかもその頃には滅亡の一歩手前で間に合わなかった」

「ええ……だから次なる時代の為に、私は海の底で封印されました」

 

 そして、自分が見た現代の街の風景からして20世紀末頃の時代に、文明の発展と引き換えに積み重ねられた地球環境の破壊で、超古代に産み落とされていた耐久卵から新たなギャオスたちは生まれ………私もまた〝時のゆりかご〟から解き放たれた。

 

「私が覚えているガメラの記憶は、現状ここまでです」

 

 と、この場にいる面々にはそう言いはしたが、勿論嘘、20世紀末頃に覚醒して以降のガメラとしての記憶は全て、現代人としての私の脳にきっちり刻まれてしまっている。

 

 八年前の………あの夏の日の〝惨劇〟が齎した精神的苦痛――ショックによって。

 

 忘れるわけがない………幼き自分の目の前で、父と母が生きたまま炭となって崩れていき、同時に前世の記憶の奔流が一気に蘇ったあの〝瞬間〟を――鮮烈過ぎて、一欠けら分たりとも、忘れられない。

 胸の奥から、何度目かもしれない実体のない〝しこり〟がのしかかってきた。

 持前の勘と、前身が情報機関だった組織柄で〝あの日〟のことを調べ上げて把握していたからか………弦さんも二課の人たちも、私がいつ前世の記憶を〝持ってしまった〟かは、聞かなかった。

 響も、聞いてはいけない雰囲気を薄々察したのか黙したまま、明るく社交性溢れる一方で、少し周囲に流されやすい面もある子だけど、今回はその一面が彼女自身を助けたな。

 私も何の準備もなしに、〝あの日〟のことを知らせて心を痛ませたくはなかった………〝ガメラの戦い〟と同等に、刺激が強い上にデリケートな代物なのだから。

 

 ノイズどもに対する黒い感情がないと言えば嘘になってしまう………今でも私の胸の内には、〝哀しみ〟と一緒に、消しても消したくても消しきれない〝憎悪〟の火が未だに灯されている。

 

 紙の新聞、インターネットの記事、テレビのニュース番組の報道、メディアを問わず〝ノイズに関わる情報〟を集めて、ファイルに何冊も纏めていたのは………特異災害に対する〝備え〟の一環でもあったけど……その暗い〝炎〟を灯し続けたいが為でもあったと、今は自覚できている。

 それでも、ある時期の天羽奏のようにその〝衝動(ほのお)〟に駆られるまま仇討ちに走ったり、あの日シンフォギアを手にしたことで〝爆発〟しなかったのは………その先に待っているのは〝破滅〟しかないのだと………邪神にその情念を利用され、弄ばれた〝とある少女〟から教えられたからだろう。

 でなければ………地球は私に〝ガメラ〟を託したりはしない。

 ただでさえ………〝力〟そのものは恐れ、畏敬すべき存在であり、それを忘れれば使い手を心身ともに歪めてしまう危険を伴う………ましてやそれが地球そのものが由来となれば、それこそギャオスを生み出した連中と同じ――〝地球の意志の代行者〟――などと言う意識を植え付けられて暴走を引き起こしかねない。

 

 

 

 伝える情報を選り抜いても長くなってしまった前置きは終わり、ここからが〝本題〟だ。

 

「朱音君、例の〝勾玉〟を見せてくれないか?」

「はい」

 

 私は、制服の内側にしまっていたペンダント――勾玉を取り出して、弦さんたちに見せる。

 

「一昨日のあの日、こちらの地球のマナを浴びて、ガメラと同様の力を宿すシンフォギア――聖遺物となったのが、この勾玉です」

 

 私と〝あさぎ〟の心を繋げたそれによく似たこの勾玉は……まだ片手で歳を数えられる頃に、父と母から誕生日祝いにプレゼントされたものだ。

 現代ではお守りとしてよく使われているけど、こちらの世界での古代日本ではどういう用途でこの装身具が使われていたのかはまだ不明、どうしてこんな形状をし、何が由来となったかすら諸説あってはっきりしていない。

 ただ、父は勾玉を、神羅万象と交信する為のある種の〝通信機〟の役割があったのでは? と解釈していた。

 

「正確には、櫻井博士が開発したシンフォギアをモデルにした〝模造品〟ではありますが、歌で活性化されて起動、鎧と武具となり、ノイズをこちらの物理法則にねじ伏せて確実に殲滅できると言った使用法は、正規のものとほとんど変わりありません」

「君が使い方を知っていたのは?」

「〝地球〟から脳(ここ)に教えてもらったのです、これは〝歌〟で戦うものであると」

 

 自分の頭を指さして、そこに直接〝How to use〟の情報が送られたことを表現し、星そのものもまた生命であり、生きている以上そこに〝意志〟と言うものは存在していると、解説した。

 一方、確たる自我を持った私たち人間に比べると、その意志はあやふやで決して〝明確〟なものではない。

 もっと踏み込んだ表現をするなら、かの地球生まれのウ○トラマンみたいなもの、と言うか出自は私のシンフォギアと全く同じと断言してもいい。

 少なくとも、〝他愛ない雑談に興じれる相手ではないのは確か〟と、少しジョークも交えながら説明に加えておいた。

 少々笑いの琴線に触れたようで、友里さんと藤尭さんらオペレーター組から笑みが零れた。

 逆に風鳴翼は、こちらのユーモアに若干怪訝そうな顔になる……ちょっと真面目過ぎだと思うぞ、と突っ込みそうになった。多分〝相棒〟もそう言った苦言を何度も口にしていたと想像できる。

 

「なるほど、朝の君の〝説明書を読んだ〟って発言、あながち間違いではないってことか」

 

 脳内に表示された説明を読んだとも解釈できるので、私は今朝たまたまコ○ンドーの劇中の台詞と被った弦さんからの質問に対して『説明書を読んだのよ』と応えたのだ。

 

「ふ~~ん」

 

 半縁な眼鏡を隔てた櫻井博士の瞳が、濃密な好奇心に彩られて煌めくのを目にした。

 未知なるものに対する強い〝探究心〟は、やはり科学者と言ったところか、別にその心情そのものは否定はしない。

 父も母も、その探究心から考古学者となることを選んだわけでもあるし、〝人類の進歩〟の源でもあるのは疑いようがない。

 けれども……やはりどこか〝アダムとイヴを誑かした蛇〟を、博士のその眼差しから連想させられてしまう。

〝マッド〟と付くほど黒くはないと、自分の勘が確信していると言うのに。

 

「朱音ちゃ~ん、できればその勾玉、詳しく分析したいのだけれど、いいかしら?」

 

 一昨日の身体検査の依頼に続いて、誤解を招きかねない声音で博士はそう尋ねてきた。

 響もその時のことを思い出させられたらしく、少し引き気味に苦笑っている。

 

「お気持ちは分かりますが……どうも地球が用心として、私以外の者の〝歌〟にはたとえ適合者でも使えないようプロテクトらしきものが掛かっているみたいでして………解析はほとんど不可能かと」

「あら……それは残念」

 

 先程からある程度の〝嘘〟も交えながら発言をしている私だが、今のは本当、使い方をレクチャーされたあの時、人の言葉に翻訳すれば――『この力を扱えるのは私だけ』――となる情報も受信したのだ。

 人から見れば地球の意志はあやふやだと表したが、意外に悪用されないよう対策を講じるだけの強かさは持っていたりする。

 

「まあ、地球様が我がシンフォギアをモデルにしただけでも、良しとしましょう♪」

 

 こちらの予想に反して、櫻井博士は大人しく引っ込んでくれた。

 もうちょっとぐいぐい調べさせて押してくるものだとばかり考えていたので、内心ほっとしつつも若干拍子抜けてしまう。文明の産物でなく、地球そのものが生み出した〝聖遺物〟など、科学者にとっては喉から手が出る代物だからだ。

 とりあえずは、悪用されるリスクが一つ減ったと、安心させてもらうことにした。

 

「すまない響、長話に付き合わせた」

「気にしないで朱音ちゃん、あの……それで」

 

 ずっと聞き手のままでいるのもそろそろ窮屈になる頃合いだと思って、私からの説明はここでお開きにし、響へ彼女にとっての一番の疑問を弦さんたちに投げかける。

 

「朱音ちゃんのシンフォギアについては何とか分かりました………けど私には、聖遺物なんてものは持ってもいないし、地球から力を貰ったわけでもありません……なのにどうして」

「その原因は、身体検査の結果判明したわ、これを見て」

 

 陽気さと呑気が鳴りを潜め、真面目な物腰と声色になった櫻井博士がモニターに表示させたのは、胸部の骨と心臓が映し出されたレントゲン写真。

 心臓部には、何かの破片らしき小さな物体が、見る限り十個ほど付着している。

 

「この〝影〟が何なのか、君には分かるな?」

「はい、二年前のあの怪我です」

 

 彼女の言う二年前とは、最後となってしまったツヴァイウイングのコンサート中に起き、死者と行方不明者が一万二千八百七十四人も出るほどの大参事となったノイズらによる特異災害のことだ。

 その日ライブを見に来ており、突然の災厄を前に避難が出遅れてしまった響は、ギアを纏ったツヴァイウイングとノイズとの戦闘に巻き込まれ、重傷を負いながらも……九死に一生を得た。

 前に体育の授業前の着替えの際、丁度欠片のある位置の表皮に、音楽記号であるフォルテのfの字に似た傷痕を見たことがあるが………待てよ。

 私は、地球から送られた記録を引き出す………あの子のあの怪我は、天羽奏がノイズの猛攻から彼女を守っている時に………と言うことは――

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいた為、手術でも摘出できなかったこの無数の破片、検査の結果……これはかつて奏ちゃんが身に纏っていたシンフォギア、第三号聖遺物――ガングニールの破片の一部であることが分かったの」

 

 そう言うことだったのか………あの時響を瀕死に追い込んだものの正体は、ノイズの攻撃を受けて破砕したアームドギアの一部………なら響がガングニールを纏った謎も解ける。

 

「奏ちゃんの………置き土産ね」

 

 何て………皮肉だろうか。

 

〝お願いだ! 目を開けてくれ! こんなところで死ぬんじゃねえ―――諦めるな!〟

 

 

 天羽奏の、声が枯れるのも構わず必死に叫ぶ声が、頭の中で反響する。

 掌に乗る勾玉――シンフォギアを、私は握りしめ、その右手を左手の指で包み込んだ。

 勾玉そのものの重みは、どちらかと言えば軽い方……でもこれに宿っている〝力〟は………とてつもなく重いものだ。

 私は、この重みも、その選択の先にある茨の道も、母さんたちをどれだけ悲しませることになるか、全て覚悟の上で、人のまま―――再び〝ガメラ〟となった。

 

 けど響は……選ぶ猶予すら与えられずに、〝人類の希望〟を背負ってしまうことになってしまった。

 無情なる事実を前に、歯が強く食いしばられる。

 

〝ありがとう……生きていてくれて〟

 

 禁忌の扉を開く直前に見せた、天羽奏の清らかで眩しい笑顔が、離れない。

〝憎しみ〟を乗り越えて、優しさと強さ、両方を持っていたあの人が、自分の命と引き換えに響を救ったのは、心から〝生きてほしい〟と願ったからであり………命を賭けてまでノイズとの死戦(たたかい)を送ることではなかったと言うのに。

 

 どうして………どうして運命と言う奴は、そんな〝因果〟この子とあの人の二人に、押し付けたんだ!

 

 いや………二人じゃなかった………彼女も入れて〝三人〟だ。

 

 片翼でもあった大切な相棒に先立たれてしまった歌姫―――風鳴翼。

 

 残酷な〝真実〟を突きつけられた彼女は、今にも咽び泣きそうに弱弱しく震えて、おぼつかない足取りでメディカルルームから出ていった。

 

 辛辣な言い方をすれば、響が遠因となって、天羽奏は命を散らしたのだ。

 その響が、彼女のと同じガングニールの装者になってしまった………穏やかでいられるわけがない。

 退室したのも、響を目にしていることで、精神的外傷(トラウマ)が彼女の意志と関係なく、疼いて暴れまわり、ここにいてはとても耐えられそうになかったたから。

〝戦場(せんじょう)〟では気丈に振る舞い、研ぎ澄まされた刃の如き佇まいで、鍛え抜いた剣腕を以てノイズたちを切り伏せていった彼女ではあるけど、本当は――

 

「あの……」

「どうした?」

「この力のこと、やっぱり誰かに話しちゃ、いけないんでしょうか?」

「響、そんなことをしたら、君と、君の大事な人たちの命が危ない、勿論未来も例外じゃない」

「え? 命って……」

「政府がシンフォギアをずっと隠し続けているは、その力が強すぎるからだ………それが露見してしまったら――」

 

 ノイズの猛威に晒されたこの地球で、現在唯一対抗できるシンフォギアを持っていると言うことは、ある意味で世界(にんげんしゃかい)を手中に収めるに等しい。

 その上この日本は憲法で、本来戦争行為も、武力も持ってはならない決まりになっている……自衛隊ですら未だグレーな立ち位置だと言うのに、シンフォギアの存在は、完全に憲法の条文に抵触してしまう。

 もしそんな兵器が明るみとなったら………同じく特異災害に悩まされている国家群が黙ってはいない。

 国によっては平気で内政干渉をけしかけてくるだろうし………ギアの生成技術と適合者を強引に手にしようと裏工作に打って出る可能性も高い、自分も無論、ターゲットの一人に入る。

 極めつけは、響の体質………適合者でなかった彼女が、偶然の不幸によるものとは言え、体内に聖遺物を埋め込まれたことで、後天的な〝装者〟になってしまった。

 こんなことが露見してしまえば………多感な年頃の少女を〝兵士〟に仕立て上げる悲劇だって、起こり得るかもしれない。

 世界の〝タガ〟は―――間違いなく外されてしまう。

 

「俺たちは、機密ではなく、人の命を守りたいからこそ、シンフォギアの存在を秘密にしてきた……その為にも、どうかこの力のことを、隠し通してはもらえないだろうか?」

「あなたに秘められた力は、それだけ大きなものでもあるの、響ちゃん」

 

 特異災害対策機動部が、必死になってシンフォギアの存在を秘密にしていたのは、つまるところ、そんな〝悲劇〟を起こさぬ為でもあるのだ。

 

「草凪朱音君、立花響君、日本政府、特異災害対策機動部二課として―――君たちには協力を要請したい」

 

 毅然とした物腰で弦さん、いや……風鳴司令は、私たちと正面から向かい合う形で、私たちに協力を求めてくる。

 だけど、その逞しく隆々な体躯と精悍な容貌の裏には、本来〝大人〟として守らなければならない〝子どもたち〟に、人類の存亡と命運を託して、戦場に送り出さなければならない〝現実〟に対し、無力さを噛みしめているのだと、私の目は見抜いてしまった。

 一体どれだけ、その非情な現実を突きつけられながら………シンフォギアの戦士である少女たちの、戦場に向かう〝背中〟を、目に焼き付けてきたのか……。

 

「どうか、君たちのシンフォギアの力を、対ノイズ戦に役立ててはくれないだろうか?」

 

 改めて――頼まれるまでもない。

 これ以上奴らの暴虐によって、生命が無慈悲に蹂躙され、私も味わったあの〝哀しみ〟で、人々を苦しませない為にも、風鳴司令たちが味わい続けさせられた苦しみに対し、少しでも報いる為にも、そして何より………〝誰もが心から歌える世界〟を取り戻す為にも、私は元より――〝戦う覚悟〟はとうにできている。

 

 だが………私は直ぐに自分の意志を表明することはできなかった。

 隣に立つ響の横顔から………不安を煽らせる〝胸のざわめき〟を、覚えたからだ。

 

「私の力で……誰かを………助けられるんですよね?」

 

 響の問いに、司令と博士は頷き、程なくして――

 

「分かりましたッ!」

 

 ――一昨日まで普通の学生であった筈の少女は、余りにも早く、余りにも躊躇せず………承諾の旨を明かした。

 目の当たりにした私の胸のざわめきはより強く、より酷くなっていく。

 

「朱音ちゃん! 一緒に頑張ろう! 翼さんと三人で」

「え?」

「あ、そうだ私! 翼さんにも挨拶してくる!」

「ひ――響! 待って!」

 

 私からの制止も利かず、響は慌ただしくその場から掛け出し、開かれたオートドアを走り抜けていった。

 正常に閉ざされたドアが、却ってこっちの不安を煽り立ててくる。

 

 どうして……なんだ?

 

 一度死にかけた筈なのに……ノイズがどれだけ恐ろしい存在か身に染みて知っている筈なのに……どうして……〝誰かの助けになる〟だけで、ああも簡単に、命を掛けられる?

 

 何があそこまで………生き急ぐようにあの子を駆り立てている?

 

 脳裏を渦巻く疑問に答えを見いだせない中………特機二課の本部中に、けたたましいサイレンが、鳴り響いた。

 

つづく。




次回予告

「なら、同じ装者同士、戦いましょうか?」

「俺は同士討ちさせる為に、あの子たちにシンフォギアを託したわけじゃない!」

「覚悟とか、構えろとか言われても………全然分かりませんよ!」

「そこの覚悟無き〝半端者〟より、貴方と戦う方が興じれそうだ………草凪朱音」

「どうして二人が戦わなきゃいけないのッ!」




「二度は言わない、二度と―――〝天羽奏の代わりになる〟などと言わないでくれ!」




次回、『不協和音』

となる筈が、ボリュームの関係上二話分に伸びる&嘘予告っぽい感じに。
一応上記の台詞は全部入ってるんですが(汗


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#7 - 不協和音 ◆

翼の『泣いてなどおりません!』まで書く予定が……字数制限の問題にぶちあたってそこまで描けずじまい………なんて体たらくでしょう(大汗

今回初めて、作詞作業と言うものを体験しました。

攻殻機動隊のriseと、ウルトラマンネクサスEDの赤く熱い鼓動の歌詞を元に、うっかり似たような言葉だらけの表現にならないよう気をつけながらどうにか形に、はっきり言って全然自信がないのですが。

追記:規約に沿った上で翼の『絶刀・天羽々斬』の歌詞を掲載しました。


 特機二課本部内にてけたたましく轟く甲高いサイレン――ノイズが出現する前ぶれである現象、空間の歪曲が起きたことを知らせる警報であった。

 メディカルルームから急いできた弦十郎と朱音らが、司令室に着く。

 少し遅れる形で、響と翼も入室してきた、

 

「状況は?」

「空間歪曲反応多数、ノイズ出現まで、推定約二十秒」

「本件は、我々二課が預かることを一課に通達」

 

 司令官である弦十郎は、早速指示を飛ばす。

 

「転移反応感知、位置特定、座標は――」

 

 ノイズの出現地点を突き止めたオペレーターの友里あおいは、冷静さを維持しながらもその声音に驚きを混じらせていた。

 

「――リディアンより距離、二百!」

「近いな……」

 

 なぜなら、二課本部の真上な地上に立つ私立リディアン音楽院の校舎と、それほど遠くない場所からノイズが現れたからだった。

 

 

 

 

 

 市内の俯瞰図が映された司令室内のモニターには、紅く点滅するノイズの出現ポイントが表示されている。数は画面内だけでも六つ。

 律唱市にノイズの群団が現れてから僅か二日足らずの間で再び奴らが現れた状況に、私は胸騒ぎを覚えた。

 ひとたび現れれば、周囲にいた人間を躊躇なく襲い、炭へと変え、人々をの精神を絶望の奈落の底へと落としゆく〝災いの影〟ではあるけど、ミクロな視点で見れば、人間一人がノイズと鉢合わせる確率は、実を言うと………東京都民が夜道を歩いている中通り魔に出くわす確率よりも、遥かに低い。

 だからこの数日と言う短い期間に、朝のニュース番組でも報道された〝山中に現れた〟も含めて三度も、それも多数一度に出現するなんて………奴らの存在そのものがおかしいのだが、日々の情報収集で導き出した奴らの今までの行動パターンを照らし合わせると、今回連中のとった行動は、明らかにおかしい部類に入る。

 しかも、まるでリディアンを取り囲むように現れている………陣地を攻め立て、こちら側のものにしようとしているかの如く………胸騒ぎを覚えないのが無理な話だ。

 何を目的に、奴らは動いている?

 

「迎え撃ちます!」

 

 風鳴翼は、今自身が口にした通り、ノイズを迎え撃つべく司令室から駆け出していった。

 そして、戦地に赴く翼の背中を凝視していた響も、何を思ったのか、彼女を追いかける形で走り出す。

 

「響ィ!?」

「おい待つんだッ!」

 

 私と風鳴司令は、響を引き止めようとする。

 ノイズの特異災害に巻き込まれたことはあっても、響は〝実戦〟を全く経験していない素人、武術の類も習ってはいないし、未来の話では中学で部活に入っていなかったどころか、スポーツの一つも嗜んではいないらしい。

 無論……シンフォギアは纏えても、まだ全然〝シンフォギア〟を使いこなせてはいない。

 完全に〝戦う術〟を知らない………ただの女子高生な女の子だ。

 

「君はまだ訓練も何も――」

「わたしの〝力〟が――〝誰かの助け〟――になるんですよねッ!?」

 

 弦さんからの尤な制止の言葉を遮る形で、響はそう言い放つ。

 

「シンフォギアの力でないと―――ノイズとは戦えないんですよね!?」

「そう、だけど……」

 

 響本人にそのつもりはない………のだが、こちらからも返しを遮り、半ば一方的に捲し立てる形で、彼女は私たちに言葉をぶつけてくる。

 

「私だって、朱音ちゃんと翼さんみたいに〝助けた〟いんです! だから行きます!」

 

 まるで、何かに急かされている………よりはっきりとした表現をするなら、強迫観念に駆られた様子で、走り去っていった。

 

 

 

 

 

 ああ……まただ。

 さっきメディカルルームで、風鳴司令からの〝協力要請〟を、ほぼ即断で承諾した時の彼女を目にした時と、同じ〝胸のざわめき〟が、私に迫り、すり寄ってくる。

 

 響………どうしてなんだ?

 一体何が……そこまで君を駆り立て、逸り立てているのだ?

〝死〟の充満した生き地獄を過去に体験していたと言うのに、なぜまたその戦場(じごく)に、こうも躊躇なく飛び込めるのだ? 飛び込もうとするのだ?

 

 今彼女は、命の危険に満ち溢れた戦場に向かおうとしている………なのに、あの子からは、〝恐怖心〟と言うものが、ほとんど感じられなかった。

 恐怖と言う単語に対して、ネガティブな印象を抱く者は多いだろう。実際、その感情の荒波に呑まれ、支配されてしまえば………理性を失い、心を完膚無きまで壊されかねないのも事実。

 でも、全ての生きとし生きるものにとって、〝恐怖〟は絶対に捨てても、失くしてもいけないものだ。

 恐怖があるからこそ、私たち生命は、実は大量の〝危険〟にありふれた世界で、どうにか生を全うできる。

 使い方さえ身に着けていれば、ある意味で〝猛獣〟とも言える恐怖を、心強い味方に付けることさえできる。

 人が普段思っている以上に必要な存在であるその感情の一つは………特に一瞬の油断で命を散らしかねない世界である〝戦場〟では、欠かせぬアイテムだ。

 

〝私の力が―――誰かの助けになるんですよね!?〟

 

 つい先程、そう強く言い放った響から………それが見当たらない。

 と言うよりも、〝恐怖〟以上に極端極まる強迫観念の域で、ある〝感情〟が恐怖を押しつぶしてしまっているよう……な感じが見受けられた。

 しいて………最もそれらしい言葉にするなら………〝自殺衝動〟。

 

「危険を承知で誰かの為になんて……あの子、いい子ですね」

 

 藤尭さんが、戦場に向かっていった響を、そう評したけれど………私は違和感を覚えずにはいられない。

 

 彼の言う通り、表面上では〝誰かの為に危険に飛び込む勇敢な子〟に、見えなくはない。

  確かに、あの子は人一倍強い優しさと善意の持ち主………度々〝わたし、呪われてるかも〟とぼやくことはあっても、他人を故意に攻めたり、中傷したり、貶めたりなんてことは、入学式の日に会って友人となって以来一度もない。

 

「っ………違います」

「え?」

 

 唇を噛みしめ、拳を握りしめる私は思わず、藤尭さんの発言に、搾り取るような声色で……否定の意を示していた。

 よく〝勇気と無謀は似て非なる〟なんて話を聞くが、私もそうだと認識している。

 響がどちらの言葉を指すかと言えば………彼女には悪いが、無謀の方だ。

 

「俺も朱音君と……同じ意見だ」

 

 そこへ、風鳴司令が私の言葉に同調を示してきた。

 

「あの子は翼のように幼い頃から鍛錬を積んできたわけでもなく、朱音君のように前世とは言え〝修羅場〟を潜ってきたわけでもない………ついこの間まで〝日常〟に身を置いていた少女が――〝誰かの為になる〟――と言うだけで、命を賭けねばならない戦いに赴けると言うのは……〝歪〟なこと、ではないだろうか?」

 

〝誰かの為〟………響本人も口にしていた言葉を、司令が口にした瞬間、私の脳裏に閃光が走った。

 

〝人助けと言ってよ……人助けは私の趣味なんだから〟

 

〝私………食べることと人助け以外、何の取柄もないダメな子だから〟

 

〝だからさ………少しでも、みんなの役に立ちたいんだ〟

 

 記憶から……初めて会ってから今日までの付き合いの中で、響の人となりを表した、彼女の言葉の数々が再生される。

 それらがヒントとなり、私の直感が浮かび上がらせる、一つの確信。

 あの子は、立花響と言う少女は―――時に自分の命を軽視してしまうまでに、〝人助け〟と言う呪縛に、捕われていると。

 それを言うなら、私も〝常人〟からは逸脱している。

 死線の数々を経験してきた前世の記憶があるにしても………戦火の渦中へと駆ける覚悟を持ち合わせているのは、充分過ぎるほど人として〝異端〟なのだ。

 そんな異端なる私の目(しゅかん)さえ………あの子の在り方は、危うく、歪なるものに映った。

 

「朱音君、これを」

 

 司令は私に、補聴器に似た掌に収まる小さな機具を渡してきた。

 

「通信機ですか?」

「そうだ、二課保有のシンフォギアには通信機能が常備されているが、君のギアにも備わっているとは言えないからな、これで本部(こちら)と他の装者とリアルタイムに連絡が取りあえる」

 

 機具の説明に続いて、司令は指示を私に与える。

 

「響君のことが気がかりなところすまないが………上空にいる飛行型を重点的に叩いてはくれないか? 現在装者の中で、長時間の空中戦を行えるのは君しかいないんだ」

 

 私は、私自身の意識を組み替えていった。

 今、自分が為さなければならないことは何だ?

 何のために、私はここにいる? 〝力〟を手にしている?

 今は、今できること、為すべきことに――集中させろ!

 

「了解しました―――草凪朱音、これより出撃します」

 

 風鳴司令に向き直り、戦士のものへと変えた己が〝瞳〟を彼に向け、了承の意を司令含めた二課の面々に返し、司令室を後にして戦場へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

『日本政府、特異災害対策機動部よりお知らせ致します、先程、特別避難警報が発令されました――』

 

 とうに日は沈まれた律唱市の至るところに設置されたスピーカーから、サイレンとともに避難を勧告する女性のアナウンスが鳴り響く。

 大方避難は完了していた為か、街からは灯りが消え、沈黙と暗闇が支配し、炭素の粒子は飛び散り、塊が舗装された大地に散乱している。

 それらは――不幸にも逃げ遅れてしまったヒトだったもの、今日もまたノイズは〝特異災害〟と呼称された不条理をまき散らしていた。

 

 紺色の星空が半分ほど雲に覆われた上空を、飛行タイプのノイズたちが飛び回る。

 もし地上に一人でも人がいるのを感づけば、本能に従い急降下して襲おうとするだろう。

 

「Ah――――ah――――」

 

 この夜空は我らのものだとでも宣言なのか、傲岸さをひけらかした様子でノイズが飛行する上空に響く、シンプルながらも巧みに音程を変え、川のせせらぎを思わせる麗しさと、炎熱の如き力強さが折衷した歌声が奏でるコーラス。

 

 ジェットの轟音と、飛行機雲を描いて夜空を掛ける人影――シンフォギアを纏った朱音だ。

 

〝意識を変えろ! 戦いはすぐ目の前~♪〟

 

 アンチノイズプロテクターの胸部に装着されたスピーカーの役を担う〝勾玉〟から響く音楽。

 正規のシンフォギアは起動すると、スティック状のペンダントが変形し、装者の〝精神〟を元にメロディと歌詞を瞬時に作り上げ、スピーカーとなったペンダントから演奏、それに合わせて胸の奥から沸き上がり、脳に直接投影された〝詩〟を装者が歌う仕組み。

 朱音のギア――ガメラも、それらの機能が再現されている。

 

〝そこは地獄 全てを絶望へと変える闇〟

 

 ルーン文字の原形たる超古代文明語で構成された詩(かし)を歌唱しながら、銃形態のアームドギアの銃口から、火球を撃ち放つ。

 

 《烈火球――プラズマ火球》

 

 朱音――ガメラの基本技。

 

〝我は戦士~~絶望に飛び込む者~♪〟

 

 同時に、彼女の周囲に火球が生成、浮遊し、銃口からのものと同時に発射。

 

 破壊力と引き換えに追尾機能を付加させた火球――《ホーミングプラズマ》。

 

 朱音より中距離の敵にはホーミングを、遠方の敵にはアームドギアからの火球で狙い撃って爆発させ、着実に数を減らす。

 

〝半端な意志では呑み込まれる~守ると謳いながら奪い~救う傍らで切り捨てる~ 渦巻く矛盾が牙を向き~攻め立てる戦場(せかい)〟

 

 最も相対距離の近い個体たちには、素早くアームドギアをロッドモードに変形させ、火炎と遠心力を相乗させた打撃――《火焔打――プラズマインパクト》――でノイズをすれ違いざまに燃え上がらせ、破砕する。

 

 二課が観測した鳥とエイの特徴が掛け合わされた紫色な飛行型は、これで三十体撃破された。

 新手が出現しなければ、残り後十五体。

 

〝嫌な予感がする……〟

 

 シンフォギアとしてのガメラの力を使いこなしている朱音ならば、問題ない数なのだが、彼女当人にはある懸念から来る焦燥が現状彼女最大の〝敵〟となっていた。

 

 懸念とは、立花響と風鳴翼の二人のこと。

 

〝一緒に頑張ろうッ! 翼さんと三人で〟

 

 自分にそう言った直後、響は急ぎ、翼の下へと走っていった。

 

〝慣れない身ではありますが、よろしくお願いしますッ!〟

 

 きっと、彼女なりに謙虚な姿勢で〝一緒に戦う〟ことを表明しながら、握手を求めたと容易に朱音は想像できた。 

 でも、未だ相棒の喪失から吹っ切れていない今の翼の心情を踏まえれば………ガングニールの装者となった響と簡単に手を握り合うことも、響の意志を受け止められるわけもない、とも想像できる。

 

〝二人の気持ちのズレが、溝を作らなければ良いのだけれど……〟

 

 焦りを押さえつけ過ぎず、かつ流れまいと御しながら、朱音はノイズの殲滅を優先させる。

 

〝災いの影よ――ついて来れるかッ!?〟

 

 両腕の前腕部と両脚のスラスターの出力を上げ、高機動形態で朱音はギアが作詞した詩を奏でて夜空を駆け抜ける。

 

〝ならばなぜ戦う? なぜ臨む? 答えはこの身の奥~我が胸(こころ)の熱く灯す鼓動(ほのお)~常闇の前でも~打ち消せない真実(おもい)~~♪〟

 

 右手にガンモードのアームドギアを実体化させたままなので、若干の不安定さがある筈だが、本人はさほど支障を感じてはいない。

 残りの十五体は全て追走、何としても追いつき、彼女の肉体を炭に変えようと執念にでも駆られた様子で、各々自らをらせん状に捻らせて変形する。

 ノイズの攻撃方法の一つに、自らの肉体の形を変えて突然すると言うものがあるが、飛行型の場合、自らをドリルよろしく高速回転しながら地上の人間を貫くのが特徴。

 朱音からすれば、その姿形は羽を折りたたませたギャオスの高速飛行形態を思い出させた。 

 

〝そうだ、遠慮なく私を貫く気迫で来いッ!〟

 

 さらに加速させる朱音、次第にノイズの群れの密集具合が狭くなっていく。

 

〝生命(いのち)の熱(ひかり)を信じ~今~業火の海を飛ぶ~♪〟

 

 歌詞がサビのパートに入った朱音は、突如飛行スピードを減速させた。

 

〝矛盾さえ抱き締め――〟

 

 対して回転する巨大な弾丸も同然な飛行型ノイズは、全く速度を緩める気はない、むしろさらに加速させて一斉に朱音を襲う気でいる。

 むしろ―――彼女はそれを狙っていた。

 

 朱音はスラスターの推進力も借りて、その場から前方向へ宙返りし、地上からは逆さまの体勢となり。

 

〝今未来を~~この歌で掴め~~!♪〟

 

 その体勢のまま、銃口から一際大きなプラズマの光を発するアームドギアを両手で構え、歌声の声量を上げながら引き金を引く。

 通常のより、桁違いの火力な強大で猛々しい火球が、炸裂音を轟かせて放たれた。

 

 《超烈火球――ハイプラズマ》

 

 通常よりプラズマエネルギーを百二十パーセント以上にまで出力を上げてチャージし、吸収した酸素と掛け合わして放つ、強化されたプラズマ火球。

 威力重視なので連発できないが、その破壊力は折り紙付き。

 

 狙いを付けられた一体は、加速し過ぎていた余り対応できず真正面から直撃、高濃度のプラズマの猛威に、一瞬で身体組成がプラズマ化した個体は、半径数十メートルものの規模の爆発(はなび)を引き起こし、夜天の上空を派手に照らす。

 周囲の他の個体も、一人を追いすがる余り密集していたことで逃げる間もなく巻き込まれ、比較して小振りな爆発を幾つも巻き起こした。

 

〝我は戦士~~災いを焼き払う炎~♪〟

 

 ノイズたちの不意をつく為に体勢の安定を一度犠牲にした朱音だったが、慣れた様子で姿勢制御を行い、滞空状態に入った。

 

「本部へ、上空の敵は殲滅完了、新手のノイズの反応は?」

『現在空間歪曲の反応もなし、地上のノイズも翼さんが掃討しました』

 

 念のため、弦十郎から渡された通信機で本部に連絡、友里によれば新たに出現した個体はいない模様。

 

「そうですか……」

 

 ここ数日のノイズの動きに対する不可解さは否めなかったが、それでも一時的とは言え危機を脱せられたことに安堵しつつ、本部帰投しようとしたその時。

 

『翼! 何をやっている!? 剣を下ろせ!』

 

 向こうから、叫ぶ弦十郎の声がこちらにも響いてきた。

 

〝まさか……〟

 

 彼の切迫具合から、朱音の〝懸念〟が現実に起きてしまったと彼女は感づいた。

 

「っ!―――早まらないでくれよッ!」

 

 彼女は急ぎ、スラスターを吹かさせ、二人のいる地点へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きたのかと言えば――少し時計の針を戻さねばならない。

 

〝Imyuteus~amenohabakiri~tron~♪(羽撃きは鋭く、風切るが如く)〟

 

 二課本部は、リディアン中央棟以外にも地上に出られる非常用の高速エレベーターが設けられている。

 その一つを使って地上を出た翼は、待機形態の天羽々斬に聖詠を唱えて吹き込み、起動。

 

〝Ya~Haiya~セツナ~ヒビク~Ya~Haiya~ムジョウ~へ~♪〟

 

 コーラスを交えるゆったりと前奏とともにペンダントから放出されたエネルギーが空色の球状フィールドを形作り、内部では翼の全身に水色、白、黒の配色で構成されたスーツとアーマーが装着される。

 

〝Ya~Haiya~Haiya~Haiya~ie~♪――〟

 

 変身が完了してフィールドが分散されたと同時に、胸部のギアから流れる伴奏の曲調の勢いが増した。

 

〝―――アメノハバキリ~Yae~♪〟

 

 翼の〝心理〟を反映して構築された戦闘歌――《絶刀・天羽々斬》。

 

〝颯を~射る如き刃~~麗しきは~千の花~~♪〟

 

 伴奏が歌い出し部分に移行したと同時に、翼は唄う。歌唱することで、シンフォギアの出力、戦闘能力が飛躍的に上昇するのだが、逆を言えば〝一定以上の強さ〟を維持するには常に歌い続けなければならない。

 もし敵の攻撃を受けるなどと言ったアクシデントで、歌唱が中断されれば、ギアを纏う装者の戦闘能力(スペック)は大幅に低下してしまい、下手すると敵からの追い打ちでより装者に危機を招かせてしまう。

〝歌と戦闘〟――本来縁のないもの同士で実感は湧きにくいが………生死を賭けた過酷なる戦場で歌いながら〝戦い〟と言う名の舞を踊ると言うのは、使い手に想像を絶する負担を心身ともに与えるものなのだ。

 ノイズに対抗できる唯一の兵器である一方、使える人間が限られる上に、その特異な特性ゆえ非常にピーキーな兵器でもある。

 それが――〝シンフォギアシステム〟であった。

 

〝慟哭に吠え立つ修羅~~いっそ徒然と雫を拭って~~♪〟

 

 長年、訓練も実戦も積み重ね、ギアの特性も利点も弱点も、強みも弱みも、ピーキーさも熟知している翼は、人類に猛威を振るうノイズたちへ、今宵もシンフォギアの猛威を、日本刀型のアームドギアから繰り出す自らの卓越した〝剣技〟と〝歌唱力〟とともに見せつけていた。

 

 逆立ちの体勢で高速回転しながら、足に装着された曲剣(ブレード)で敵を切る――《逆羅刹》

 

 宙に直剣を複数実体化させて飛ばす――《千ノ落涙》

 

 アームドギアを翼の身の丈を超す片刃の大剣に変形させ、刀身に帯びたエネルギーを上段から振り下ろして三日月状に撃ち放つ――《蒼ノ一閃》

 

 それらの技を惜しげもなく振るって、地上の人間の社会(せかい)を侵食するノイズたちに〝断罪〟の刃を突きつけ、炭素化させていく。 

 戦いの場は、田園地帯の中に敷かれた道路の上へと移った。為す術なく彼女の刃にやられてはなるまいと、両生類の特徴を有したタイプのノイズたちは融合、華々しい初陣を飾った朱音をも一時は手こずらせた大型ノイズへと変貌する。

 だがノイズ戦のエキスパートたる翼からしてみれば、この手の融合タイプも何度となく戦ってきており、連中の攻撃手段など手に取るように分かっていた。

 

〝思い~出も誇りも~一振りの雷鳴~と~~―――♪〟

 

 現に巨体を前にしても、発せられる歌声には一切の動揺が見られない。

 本体から複数一度に飛ばされ、高速回転して自律行動する凶刃たちに対しては、跳躍からの〝逆羅刹〟の舞で一網打尽にし、ギアの刀を大剣形態に変形させて、大型に引導を渡す〝蒼ノ一閃〟を放とうしていたのだが――

 

「どぉぉぉぉぉーーーーりゃぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

 

 翼にとっては予想していなかったイレギャラー――相棒の形見たるガングニールのギアを纏った立花響が、大型の側面へ飛び蹴りをくらわせたのだ。

 ギアの恩恵による強化された身体能力以外は素人そのものな無駄の多い動きであったものの、それでも大型を怯ませるだけの威力はあった。

 

「翼さん!」

 

 助太刀のつもりらしい響の援護に、翼は苛立ちを覚えながらも跳び上がる。

 上昇する翼と、降下する響がすれ違う。

 両者が浮かべる顔つきは、完全に対照的、響は仮にも戦場だと言うのに場とにつかわしくない無邪気な笑みを見せ、翼はそんな彼女の態度が油となって〝苛立ち〟の火が強まっていった。

 

〝四の五の言わずに~~否~飛沫と果てよ~~ッ♪〟

 

 大型の体高より上の高度まで上昇した翼は、稲妻混じりの青いエネルギーを帯びたアームドギアを振り下ろし、蒼ノ一閃を炸裂。

 青白い三日月の飛刃は、大型の巨体を中心から〝ややズレながらも〟、アスファルトごと裂いて真っ二つに両断、ほんの一瞬、断面図が露わになりながらも、全身は瞬く間に炭素分解を起こし、全方位へ流れ出る注入された蒼ノ一閃のエネルギーで爆発し、七十メートルの煙の柱を登らせていった。

 

「翼さぁぁ~~ん!」

 

 煙と相対している翼の背後へ、助力したようで実は結果として〝足を引っ張ってしまった〟響は走り寄ってくる。

 翼の技量なら、ノイズの肉体を丁度中心で両断するなど容易かった………それが響の飛び蹴りでずれてしまった。彼女の腕でカバーはされたが、一歩間違えれば仕留めそこなう可能性もゼロではなかったのである。

 

「朱音ちゃんと比べたら、私はまだまだ足手まといかもしれないけど、一生懸命頑張ります!」

 

 瞳をキラキラと煌めかせる響の笑顔は、憧れの人と同じ舞台に立てる喜びに満ちていたものに他らない。

 

「だから―――私たちと一緒に戦って下さい!」

 

 しばし響に背を向けたまま、彼女の言葉に耳を傾けているのかいないのか、掴めぬ態度を取っていた翼は――。

 

「そう……」

 

 と、呟き、それが肯定の態度だと受け取ってしまい笑みの輝きが増した響に――。

 

「……ならば―――同じ装者同士、戦いましょうか?」

 

 ――不意をつく形で、翼は響に明確な〝敵意〟を突きつけた。

 口元は不敵に笑ってはいるが、両の目は全く笑ってはいない………むしろあからさまに響に対する〝拒絶〟の意志さえ現れている。

 

「ふぇ?」

 

 呆気にとられている響をよそに、翼は右手が握るアームドギアの切っ先を、彼女に向けた。

 

「あの……私は翼さんと一緒に戦いたくて――」

「そんなこと分かっている」

「え? じゃあ……なんで?」

 

 翼が刀の切っ先と一緒に突きつけてくる敵意の意味を、響は全く読み取れずにいる中、噴煙の中に残る爆炎の残り滓のゆらめく音をかき消す、重低な噴射音が場を響かせる。 

 一際大きい、大気の切断音もかき鳴らし、一連の音色の演奏者たる朱音が、響と翼の間に割り込む形で降り立つ。

 

「朱音ちゃん……」

 

 自分より背が遥かに高い同い年の少女の背中を響は見上げ、翼も割り入ってきた彼女に眉を潜めた。

 本部からの通信と怪獣クラスの噴煙から二人の現在地を確認した彼女は、遠間からでも窺える不穏な空気を感知し、実質落下しているも同然に頭部を地面に向け急速降下し、アスファルトと激突するギリギリ手前で向き直り、足のスラスターをメインに速度緩和させて、その身を慎ましく地上に着地させた。

 

 

 

 

 

 

「どういうおつもりです?」

 

 響を庇う形で彼女に背を向け、翼と正面から相対している朱音は、刃をこちらへ向けたままの〝先輩〟へ是非を問う。

 日常の場にいる時と比較すると、戦場での彼女の声音は低く凛然とし、〝ガメラ〟としての厳然とした眼差しで翼を見据えていた。

 日常の世界の中にいる時の彼女は、大人びて鋭利さもある美貌に反して年相応に表情豊かな〝女の子〟であるだけに、戦士としての様相の鋭さは、よりシンフォギアを使えるだけの一介の女の子でしかない響の不安を際立たせられている。

 かと言って、一昨日の時以上に切迫している為、その時朱音が用いたユーモアを発してはいられない。今そんなことをしても逆効果になるだけだ。

 

「私が〝立花響と戦いたい〟からよ――草凪朱音」

 

 片手で刀を構えたまま、翼は偽らざる己が旨を明かす。

 朱音の背後から、翼の真意が読めず納得できていない響の心情を反映した吐息が零れた。

 

「私は立花響を受け入れられない………ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない」

 

 突きつける刃を中心に、全身から発せられる翼の闘気が俄然強まり、彼女の声遣いも低くなっていく。

 

「そこをどけ草凪朱音――そしてアームドギアを構えろッ! 立花響ィ!」

「なっ! 待ってください!」

 

 声量も上げて、翼は響に〝アームドギア〟の具現化を要求してきた。

 当然、そんな要求を応じられるわけないと、響当人に代わって朱音は抗議する。

 

「今の響に、アームドギアを実体化できるだけの技量があるとお思いですか? 装者の武器を生成することがどれ程難しいことか、知らない貴方ではないでしょう?」

 

 いくらシンフォギアに適合して装者となっても、戦闘能力を確保する為には本来相応の訓練、鍛錬が必要となってくる。

 特に装者の主武装たるアームドギアとは、具現化し尚且つ武器として十全に扱えるようになるまで、長い期間使い手が自らを鍛え上げ、実戦を積み重ねなければならないものだ。

 

「だが貴方は初陣で成し遂げた………なら全く不可能と言うわけではない」

 

 朱音が返してきた正論を、暴論と言ってもいい反論で一蹴する。

 それこそ朱音が初戦からアームドギアを実体化できたのは、それを可能とする下地が揃っていた上に、何より彼女に確たる強靭な〝戦う意志〟を持ち合わせていたからであり、例外中の例外に該当する上。

 

「どうしても〝一緒に〟戦いたければ立花響、アームドギア――貴方の戦う意志を私に見せるがいいッ!」

 

 そもそもの話……響はシンフォギアの大まかな特性の説明を櫻井博士らから受けただけで、アームドギアのことなど全く知らないのだ。

 

「それは〝常在戦場の意志の体現〟、何物をも貫き通す無双の槍――ガングニールのシンフォギアを纏うのであれば………胸の覚悟を構えてご覧なさい!」

「そ……そんなこと言われても……私、アームドギアが何なのか分かりません……」

 

 だからいきなり有無も言わせず〝構えろ〟などと言われても、響は分からないと答えるしかない。

 

「分からないのに、いきなり覚悟とか、構えろとか言われても………全然分かりませんよ!」

 

 彼女の反論も、全く以て正論だ。朱音も響のこの発言には同意できる……一方で、時に正論は人の心をささくれさせ、乱してしまうものでもある。

 この現況において、響の正論な反論は、風鳴翼の〝逆鱗〟に触れてしまった。

 翼は、構えをといて刀を下ろし、二人に背を向けて歩き出した。

 しかし後ろ姿から放出される戦意も、敵意さえも失せず衰えないどころか、さらに膨れ上がり――。

 

「覚悟を持たず……のこのこと遊び半分に戦場(いくさば)の渦中へしゃしゃり出てくる貴方は……」

 

 翼の言葉は、半分は言いがかりであり、されどもう半分は事実でもある。

 さすがに響も、遊び半分な軽い気持ちで戦場には来ていない。

 が、朱音の見立て通り、彼女にある種の呪縛として存在している〝人助けしたい〟衝動に駆られ過ぎた余り、戦場の過酷さ凄惨さを認識、想像できぬまま、覚悟も伴なえず入り込んでしまったのも否めなかった。

 

「奏の……奏の何を受け継いでいると言うのッ!!」

 

 翼は朱音からは十メートル離れた地点より跳び上がり、宙返りながら全身は放物線を描く。

 狙いは響、落下速度も味方につけた上段の一閃、手に携える刀も〝峰〟ではなく〝刃〟、当然ながら真剣、たとえギアの鎧を纏いし装者でも、そんな一撃をまともにくらえば………ましてや素人の響に、剣の達人たる翼の剣撃を躱すことも、防御することも叶わない。

 朱音は足のスラスターを絶妙な出力で吹かし後退、響の〝盾〟となる形で立ちはだかり、右の掌に装着された火炎噴射口から放出された炎を瞬時にロッドモードのアームドギアに変え、翼の上段を受け止めた。

 激突による金属音を鳴らすロッドと刀。

 上段の一閃を阻まれた翼はロッドと密着したまま刃を押し込み、その反動を利用し右足で蹴りつけるも、対する朱音も素早く反応してロッドの柄で防御。

 

 二撃目の蹴りも防がれながらも、飛び退きながらアームドギアを大剣モードに変えた翼は三日月の刃――《蒼ノ一閃》を。

 

 迎撃する形で朱音も自身のアームドギアをガンモードに変え、チャージされたプラズマエネルギー弾――《ハイプラズマ》を発射。

 

 青色のエネルギー刃と、橙色のプラズマ火炎弾が宙で衝突し、爆音を響かせて焔の玉が巻き起こった。

 

 着地した翼は大剣のまま、剣先を相手に向けた雄牛の構えを取り。

 

「下がれぇ! 彼女は本気だ!」

 

 朱音も中段の構えを取りながら、翼から発する〝闘気〟が本気であることを悟り、背後の響に下がるよう警告する。

 その響は、どうにかある程度言われた通り後退したものの、二人の装者な少女が発する鋭利で張り詰めた大気に、言葉を失っていた。

 

「良い目と覇気、二度目にしてギアのその強固さ………そこの覚悟なき半端者より、貴方と戦う方が興じれそうだ………草凪朱音」

 

 剣豪の血に刺激を受けたのか、不敵な笑みを見せる翼は朱音に賞賛の言葉を贈り、対して贈られた方の朱音は、とても喜ぶ気にはなれなかった。

 響と天羽奏の間にできた因果には……確かに納得しがたく、嘆きたくなる理不尽さはある。

〝人助け〟と言うカンフル剤でアドレナリンが溢れた影響で、今の響に〝覚悟〟が足りなかったのも否定できない。

 

「どうしても、やると言うのですか?」

 

 だからと言って………こんな八つ当たりをしていい道理はない。

 これでは………天羽奏(あのひと)が浮かばれないではないか。

 風鳴司令だって、こんな〝私闘〟の為に私たちに委ねたわけじゃないと言うのに。

 

「彼女に戦場(せんじょう)の過酷さ、戦士が背負う十字架を説く気なのなら、他にもやり方があるでしょう?」

「…………」

「答えて下さい!」

 

 朱音の切実な問いに対し、これが〝答えだ〟と言わんばかりに、翼は大剣からの剣撃を連続で振るってくる。

 

(これもまた、強い自我を得てしまった人の性か………仕方ない!)

 

ガメラとしての朱音の思考は、最早戦いは〝不可避〟と判断した。 

 ここで下がれば、不条理を被るのは響……なら絶対に下がるわけにはいかない。

 苦虫を噛みしめながらも、朱音は翼の荒々しく激しい剣裁を、己が得物(アームドギア)で捌いていく。

 大剣と長柄の棒、どちらも武器としては大型の部類に入ると言うのに、彼女らは残像を描くほど目にも止まらぬ速さで互いの武具を振るい、ぶつけ合う。

 

「どうして……」

 

 激戦と見ることしかできない響の。

 

「どうして二人が戦わなきゃいけないの!?」

 

 虚しく響く叫びが、夜空へと木霊した。

 

つづく。




ここから暫くの間、公式も認めるうざい後輩とキレ気味の先輩に挟まれる守護神の苦労が続きます。

リアルタイム時は防人口調に戸惑いながらも翼に感情移入してたものだから、当時の響がほんとうざい上に地雷踏みまくるから、お前はもう黙れを突っ込みたくなる衝動が何度も出ました。

それもスタッフの狙い通りだったわけですが(汗


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#8 - 剥き出しの心

原作ではシリアスな笑い等で中和されていたものが、こっちでは剥き出しになって話そのものが内包していた重々しさが倍増する有様です(汗

特に翼の暴走が……でもこの頃の翼の心理状態踏まえると、こうなってもおかしくなかった。

今回の話のイメージED:aLIEz/SawanoHiroyuki[nZk]:mizuki(アルドノアゼロED)


 二課地下本部でも、ノイズドローンのカメラレンズとモニター越しに、朱音と翼、二人の装者の戦闘模様がリアルタイムで映されている。

 友里と藤尭のオペレーター組含めたモニターを見上げる二課職員たちの大半は、口を閉じることすら忘れて画面に釘づけとなっていた。

 新たなる装者の一人が、風鳴翼と互角の戦闘を繰り広げている。

 何年も装者たる少女たちの戦いを目にしてきただけあり、二課の面々は誰もが翼の戦闘能力の高さも、その域に至るまでの彼女の鍛錬も努力も、成長過程も目の当たりにしてきた。

 それゆえ、死線を掻い潜ってきた〝前世〟の恩恵があるにしても、シンフォギアの装者としては〝新米〟、起動させたのもまだ二度目である朱音が、その翼と伯仲している事実は、彼らを驚嘆させるには充分過ぎる光景だ。

 

「司令、どちらへ?」

 

 その一人の友里は、司令部から地上へ直通しているエレベーターに向かっている司令の弦十郎を目にする。

 

「俺たちは〝同士討ち〟をさせる為に、シンフォギアをあの子たちに託したわけじゃない! 誰かが止めてやらなきゃいかんだろうよ」

 

 装者たちの戦場に向かうべく、弦十郎は円筒状のエレベーターに乗り込んだ。

 このエレベーターも、高速で移動できるだけの性能と耐久性があると言うのに、今に限って〝遅い〟と感じ、〝もっと早く進まないのか!?〟と、機械に無理強いしそうになる。

 それだけ弦十郎の胸には、早く〝止めなければ〟と言う感情に駆られていた。

 

「ッ!」

 

 歯噛みし、右の拳を、左の掌に叩き付けた。

 こんな事態となるのを、事前に止められなかった自身の不甲斐なさに。

 姪の翼は、幼き頃より弦十郎の実兄である〝父〟に認められたい想いを端に発した……自らを〝剣〟に鍛え上げようとする〝強迫観念〟は、相棒の〝奏君〟を失ったのを切っ掛けにより強まってしまった。

 二年前のその日以来、弦十郎は一度たりとも年相応の少女な翼も、彼女の〝笑顔〟も一度たりとも見ていない。

 ソロになってからの〝歌〟も、ツヴァイウイングの頃と負けず劣らす人々を魅了しているが、その歌声には〝影〟が指し、曲たちの中にも〝喪失〟〝悲哀〟と言った重いテーマとネガな曲調のものが見られるようになってしまった。

 

 このままでは生前の奏が度々口にしていた――〝その内ぽっきり折れてしまう〟――言葉が、現実になってしまう。

 

 弦十郎も彼なりに、何度も彼女へ〝無理はするな、気負いすぎるな、時には羽を伸ばすことも必要だ〟と助言をしてきたが、その度に翼は――

 

〝必要ありません、私は剣、戦う為に歌っているに過ぎません〟

 

 ――と頑なな態度を貫くばかりであった。

 

 まさか……自分自身を追い込んで来た反動が、仲間となる少女たちに刃を向ける形で、表出してしまうとは……

 

〝すまない……朱音君〟

 

  弦十郎は翼の暴走の剣撃を今こうしている間も受け止めている朱音に、謝意を浮かばせた。

 本人が全て覚えているわけではないと言っている以上、想像するしかないが………弦十郎の想像力は、守護神ガメラの戦いが、とてつもなく過酷なものであったとイメージできた。

 何せ、あの子はかつて本物の怪獣だったのだ。

 およそ八十メートルもあったらしい身長と、厳めしい人外の容貌、しかもあちらの地球では亀型の生物は大昔に絶滅していたらしく、甲羅を背中に有した巨大な姿は、人々の意識に〝異形〟の一言を植え付けていたかもしれない。

 現代の人間から見れば………ガメラとギャオス、どちらからも〝脅威〟に映ったに違いない。

 実際あれだけの巨体が街を歩けば、それだけで甚大な被害が出てしまう……まして怪獣同士の戦闘が大都市の渦中で発生すれば、ノイズのものとは比較にならない物理的被害を出してしまうことだろう。

 彼女がギャオス一匹を倒した裏で、涙を流した人間も少なくなかっただろう。

 結果、時期によって差はあれど………あちらの世界の人類から、敵視され、攻撃されたことも幾度か体験させられた筈。

 怪獣である以上、知性はあっても言葉は発せられず、行動することでしか自らの意志を表明できず、そんなガメラを信じようとする人間は、決して多くはなかったであろう。 

 

 弦十郎の〝直感〟は確信していた。

 

 朱音のあの〝戦士の瞳〟は――〝守護神の孤独な戦いの積み重ね〟で相成ったものであると。

 

 そしてこの世界で、シンフォギアの形でガメラの力を取り戻した彼女にとって、同じ装者である少女は、独り戦い続けた彼女にとって、やっとできた〝仲間〟であったのだ。

 

 なのに……〝俺〟は、〝俺たち〟は、自分たちの不甲斐なさの後始末の役を、結果としてとは言え、あの子に押し付けてしまった。

 

 自らの図太く、高密度の筋肉の鎧に覆われた掌を見る。

 

 どれだけこの身を鍛え上げても………結局はうら若き少女たちを戦場に送り出さなければならない。

 もう何度も何度も、経験してきた〝苦味〟。

 なら………〝俺たち大人〟ができることは――

 

 

 

 身を焦がそうと思わされる熱気と、胸の中を底冷えさせかねない冷気、相容れない筈の両者が同居し、圧力を以て放出される〝戦い〟の空気。

 それを生み出す装者の少女たちの戦闘は、未だ続いている。

 

 風鳴と言う苗字に違わず、暴風の如き翼の刀(アームドギア)を携えた両腕から振るわれる剣撃に対し、朱音は自身のアームドギアたる紅緋色のロッドで円月を描き迎撃、応戦。

 得物の攻撃範囲(リーチ)はロッドの方が上と言うアドバンテージと、ガメラとしての激戦の経験と、幼少より学んできた武術の組み合わせで培わられた〝反射神経〟は、いかに対ノイズ戦の猛者である翼の攻撃も簡単には通させない。

 

〝あのクィーンの深紅の鞭たちに比べれば、まだ読みようがある〟

 

 翼の次なる攻撃、逆袈裟の剣閃、それを縦状に構え、柄部分で受け止める。

 金属音が鳴った直後、刃を交わしたまま翼は天ノ羽撃斬の機動性で朱音の背後へと素早く周り込んだ。

 全身を横回転させ、常人では捉えられない剣速なカウンターが、朱音の背部に襲い来る。

 だがその一閃を、朱音は背を向けたままロッドで防ぎ、間髪入れず刃を打ち払う。

 体勢のバランスを崩された翼に、朱音からの背を向けた状態からの突き、回転させながら振り向きざまの袈裟掛け、踏み込みながらのニノ太刀の逆胴、右薙の連撃が振るわれた。

 リーチの長さを生かした〝薙ぎ払い〟は、薙刀、槍、棒と言った長柄の武器たちが持つ最大の脅威、並の後退ではその攻撃を避けきることなど不可能。

 それを翼は、長年の経験の勘と、ギアの機動性を頼りに避け、または刃で巧みに受け流し。

 

「ハァッ!」

 

 続けて放たれた突きを最小限の動きで躱したと同時に、ロッドの側面を下段から打ち上げた。

 今度は朱音の体勢が崩された。身を屈ませながら一回転した翼は、朱音の長くすらりと伸びた脚部へと斬りつけようとする。

 刃が彼女の足を捕える寸前、地面から炸裂音と火の閃光が轟いた。

 咄嗟に朱音はロッドの先端を地面に打ち付け、そこから火球を零距離で発射、その際起きた反動で跳び上がり、翼の斬撃は空振りに。

 すかさず朱音は落下しながらロッドの先を翼に見据え、突きを入れようとしたが、半円を描いた翼の剣に払われる。

 突きの一打目が駄目なればと、朱音は二打目たる唐竹の一閃を振り下ろした。

 翼は斜めに防御の構えを取り、得物同士が接触した瞬間、朱音のロッドの力を逆に利用して先端をアスファルトに叩き付ける。

 ロッドを刀身で押さえつけたまま、翼はバックキックを繰り出す。

 対する朱音は、しゃがみ込んで躱し、その体勢から蹴り上げた。

 下あごに迫るキックを、体を反り返らせて逃れた翼は、追撃を避けるべく朱音の真上に、計五本の《千ノ落涙》を出現させて降らせる。

 朱音はスラスターを噴射して下がり、刃の直撃を免れると、相対距離十三メートルの差を開かせて着地。

 その瞬間を狙って、虚空に振るわれた翼の刃から放たれた《蒼ノ一閃》より小ぶりの刃――《蒼ノ一刃》。

 それを朱音は、横薙ぎの軌道で打ち払った。

 彼女が蒼ノ一刃に対応している僅かな間、翼は脚部のブレードのスラスターを噴射して接近、速度を維持したまま逆立ち、《逆羅刹》の回転剣撃を繰り出す。

 

〝これはまた、何と言う因果か……〟

 

 自身もかつて、高速回転しながら飛び回っていただけに、翼の技の一つから因果を感じずにはいられない朱音は、かと言ってセンチメンタルに溺れることなく、足のスラスターによるホバリング移動で迫る刃を捌いていく。

 

〝パワーはあるな……だが――〟

 

 右手には刀を持ったまま、片手と片腕のみで回転している翼、脚の刃に気を取られていれば足下を掬われかねない。

 ならば――安定性よりも攻撃性を取った翼の選択を突く。

 

「デリャッ!」

 

 回転で翼の瞳が一度外れ、またこちらに見据える瞬間を狙い、朱音は地面に打ち付けたロッドの先から放った火で地面にほんの小さな花火を起こす。

 たとえ小さくとも花火は花火、しかも逆立ちしている体勢な翼への目くらましには覿面の効果、片手で立っていた彼女の勢いは狂い。

 

〝もらったッ!〟 

 

 朱音は屈みながら翼の鳩尾に、正拳を打ち込んだ。

 あらゆる武術を学び、鍛えられた上にギアの力で強化された朱音のしなやかで強靭な肉体から打ち出された拳撃、玄武掌――《ハードスラップ》は、一撃で翼のスレンダーな体躯を打ち飛ばすも。

 

「ガハッ!」

 

 左肩に押し寄せた衝撃で、彼女も後方へ突き飛ばされた。

 両者とも、何度か地面を打ち回るりながらも体勢を立て直して互いに眼光を打ち合った。

 実は両者とも、これが初めての実戦における〝対人戦闘〟。

 片やノイズと、片や怪獣であった自身と同等、もしくはそれ以上の巨躯な怪獣。

 どちらも、人外の異形と戦ってきた戦士と言う、共通項が存在した。

 

 

 

 

 

 痛みで呻く左肩を、右手で掴む。

 私がアームドギアの一つに長柄の棒(ロッド)を選んだのは、必ず群れて行動するノイズとの一対多数戦を想定してのこと。

 その長柄の武器でリーチでは勝る敵に、剣で打ち勝つには、相手より三倍の力量が必要となる話はよく聞くが………得物の優位性とパワーではこちらの方が有利な中、互角の勝負に持ち込める優れた剣腕。

 それだけでなく、アスファルト上に発火させた火炎の閃光で、一時的に目が頼りにならない中、私の拳撃が当たるタイミングで刀を逆手に持った右手から柄を打ち込んでくる戦闘センスの高さ………この〝剣〟………やはり伊達ではない。

 さっきの柄の殴打も、ギアの鎧と、スラスターの噴射が間に合ったおかげで大事には至ってないが、もし生身で諸に受けていれば骨に亀裂が走ったかもしれない。

 彼女のカウンターで、昏倒させるつもりだった拳打の勢いは削がれてしまった。

 それでも翼にもダメージはあり、鳩尾を手で押さえ、膝を大地に付かせている。

 お互い、確実に体力は消耗している。背後で私らの戦いに気圧されて尻もちをついてしまっている響には、充分〝戦場の過酷〟さは伝わっただろう。

 これ以上やれば、風鳴司令ら二課の立場もぐらつかせてしまいかねない。

 できれば………このまま痛み分けで〝手打ち〟と言うやつにいきたいところなのだが……。

 

「なぜだ?」

 

 私と同等に息が荒くなっている翼が、納得しがたい旨が込められた言葉を発してきた。

 

「そこまでの力量と………覚悟を持ちながら………なぜそこの〝半端者〟を庇い立てる!?」

 

 彼女から見れば、響を守る為にここまで戦う自分が、納得できずにいるらしい。

 なぜそこまで響を拒絶しているのかは………私はある程度理解できた。

 口にはせずとも、翼が振るう剣閃が、雄弁に語ってくれたから。

 

〝あのギアは………ガングニールは………奏のものだ!〟

 

〝他の誰でもない! 血反吐に塗れてまでも手にした奏にしか持つことを許されぬ一振りだ!〟

 

〝返せ! 返せ返せ返せ返せ返せ!―――奏のガングニールを返せ!〟

 

 剣撃の数々には、彼女の内に秘めた激情が迸っていた。

 

 地球の記憶を通じて、二人の戦いを見てしまった身だから………翼の亡き相棒に対する〝想い〟の強さは知ってはいるし。

 

〝インチキ適合者じゃ……ここまでかよ〟

 

 なぜそこまでガングニールに拘る理由も、ある程度想像できる。

 もし私が考えている通りなら……体内に聖遺物が紛れ込んだだけで〝適合者〟になってしまった響にあそこまでの〝拒否反応〟を見せてしまうのも………無理からぬ話。

 おまけに、戦場に立つ自覚も覚悟も足りず、戦場、と言うより危険の中を立ち回る術も学んでいない身で、〝人助け〟したい気持ちだけでしゃしゃり出てこられたら、私でも怒る。

 ある意味で、〝人助け〟を生業としている人々を愚弄するようなもの………響には申し訳ないけど、さっきまでの彼女は無謀で思慮が浅はかだったのは否定できない。

 

「この子は適合者だとか装者である以前に―――世界で唯一無二の生命であり………〝友達〟です」

 

 だがそれでも、むしろ理解できる点があるからこそ、風鳴翼の〝暴走〟を許すわけにはいかない。

 非情と表されるまでに情は持たぬ身ではないが、安易に情に溺れるほど甘くもない。

 

「その命を、貴方は守るどころか、脅かそうとしている」

 

 本当はギャオスと同類な〝奴ら〟と比べたくもない………けど、不条理なる仕打ちを与えようとしている点では、今の彼女は、ノイズども変わらない。

 たとえ翼に、殺すまでの意志がなくともだ。

 

「それが――〝守護者〟のやることですかッ!?」

 

 翼は応えられずにいた………が、瞳と中心に、震える彼女から〝揺らぎ〟がはっきりこちらからも見えた。

 聞く耳を持たなかった先程と異なり、今の〝沈黙〟は、多少なりともこちらの言葉が心に響き渡ったものによる。

 これはつまり、まだ〝手遅れ〟にまで至っていないと言うことだ。

 

「こんなことをしても………貴方も………ましてや天羽奏も………報われない」

 

 だから私は、敢えて風鳴翼の〝逆鱗〟に触れる。

 

「なっ……んだと?」 

 

 私の口から発せられた相棒の名は、明らかに翼の心により大きな波紋を齎した。

 荒療治どころでないやり方ではあるが………頑なさで凝固された彼女の心が、完全に手遅れになってしまうその前に止める為には、〝鬼〟になるしかない。

 

「貴方の太刀筋は、鋭く激しくも脆い………私には、鋼鉄のみで鍛えられてしまった、鞘にすら入っていない〝抜き身の刀〟にしか見えません」

 

 ここで、翼の〝蛮行〟を許してしまえば………〝守護者〟としての彼女の〝翼〟までももがれ、地に落ちてしまう。

 

「貴方をそんな刀にしてしまった根源は、代え難い相棒をあの日死なせてしまった罪悪感………それに苛まれる余り、天ノ羽々斬の本来の用途を無視した戦い方をし、感情(こころ)を押し殺そうとしてまで、〝天羽奏〟と言う名の〝剣〟になろうとしている、違いますか?」

「やめろ……」

 

 真面目が過ぎる彼女は、誰よりも自身が犯してしまった蛮行に打ちひしがれ、なお一層悔やみ、自身を攻め、自傷し続けながら、苦しんでいくことになる。

 そうでなくとも、こんな自身に掛かる負担を度外視した………己の感情までも切り捨てようとする〝生き方〟は、確実に彼女を破滅に誘わせてしまう。

 

「誰が貴方に……そんな剣になれと命じましたか? 誰がそのような……修羅めいた生き方をしろと、押し付けましたか?」

「黙れ……」

 

 司令も、緒川さんも、何より天羽奏も……誰がそんな痛ましい彼女の姿を見たいのか? 誰もそんな生き方、求めていやしない。

 このまま本当に風鳴翼の心が壊れてしまえば………彼らもまた〝罪悪感〟と言う十字架を自ら背負ってしまうことになる。

 

「そんな風鳴翼を、貴方を想っている人達が、何より天羽奏が……見たいと思い――」

「黙れッ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇっーー!!」

 

 こちらが紡いできた言葉を、翼は絶叫と言う刃で切り裂いた。

 

「気安く―――奏の名を口にするなッ!」

 

 瞳は前髪で隠れてしまっており、表情は読み取れない。

 顔を見るまでもなく、彼女の全身からは、彼女が求める戦士の〝仮面〟が剥がれ、激情の濁流があふれ出ていたのだが。

 その姿は、まるで泣きじゃくる子どものよう。

 それ程までに………この人はあの人を、心から慕っていた、それ故にあの日あの人が命を散らし、自分は生き残ってしまった事実を、ずっとずっと悔やみ、押し隠そうとする余りに無理に無理を何段にも積み重ねてノイズとの戦いに明け暮れていたのだと、改めて実感する。

 溜め込んでいた想いは、今ついにこうして氾濫してしまっていた。

 招いたのは私だが、どの道こうなってしまうのは………時間の問題だった。

 

 

「お前が奏の何を知っている!? 奏の何を理解している!? 奏の―――何を分かっていると言うのだ!」

 

 ああ……荒れ狂う彼女が叫んでいる通り、私は知らない。

 装者としてのあの人の戦いも、二年前の最後の日も。

 

〝ありがとう……生きていてくれて〟

 

 あの笑顔すら………実際は目にはしていない、地球から教えられただけ………それ以前は映像と偶像越しでしか、天羽奏と言う女性を目にしたことがない。

 これでは、知らないも同然だ。

 

「奏はもういない………いないと言うのに………他に………」

 

 それでもこれだけは―――言い切れる。

 

「……他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ!」

 

 かつて同じ〝修羅の道〟を辿ろうとしていた者として――〝守りし者〟として、絶対に彼女を止めなければならない。

 

〝――――――♪〟

 

 天ノ羽々斬から、コーラスも交えた伴奏が鳴り始めた。

 

「――――♪」 

 

 歌い出すと同時に、上空から幾つも星のものではない光点が幾つも。

 あの剣の雨か? こちらの見越しの通り、星空に出現し浮遊する〝直剣〟、数は三十、いや四十を超えている。

 アームドギアでの迎撃(うちはらい)は不可能ではない、けどあの攻撃範囲では………響までも巻き込まれてしまう。

 今響は、戦闘の荒ぶる大気にさらされた影響で完全に放心している………とてもこの場から離れられる余裕はない。

 

 盾だ。あの刃の驟雨を一本足りとも通さぬ〝盾〟がいる。

 

 私は、右手のロッドのエネルギー結合を解いて消失させ、代わりに左手の掌の噴射口から、炎を吐いた。

 脳内に盾のイメージを明瞭に浮かべ、それを元に気体たる火炎を物体へと形成。

 

 形作られたのは―――紅緋色なドーム状の盾。

 

 表面は幾つもの甲坂が鱗状に敷き詰められ、側面は鋸のように鋭利な刃が斜めに伸び、中央にはプラズマエネルギーを放出させる掌のと同様の噴射口がある。

 

「――――♪」

 

 歌声は一昨日の夜に聞いたのと比べると、微々たりとも音程は外れていないと言うのに、荒々しい。

 滞空していた翼の直剣たちが、一斉に射出された。

 私はガメラの甲羅をモチーフとしたアームドギアの盾を空へと構え、中央の噴射口から炎を放って、膜状に広げていく。

 

〝固すぎず、柔になり過ぎず、日本刀の如き堅固さと、柔軟さを〟

 

 そう己に言い聞かせて集中力を高めて操作、燃え盛る火は火のまま、左手が持つ盾以上に甲羅で、二十メートルはある焔の〝障壁〟に象られた。

 直後、迫る直剣たちが障壁の表面と衝突し、重く鈍い爆音が響き、爆炎が上がる。

 あの群れる剣は、多数のいわゆる雑魚相手を殲滅する技、なので一本一本が持つ攻撃力は決して大きくはないが、塵も積もりれば山となる諺があるように、それらが一斉に豪雨の如く空から降り注げば、威力も威圧力も半端ではない。

 手には一度に、かつ何度も、剣と盾の衝突による振動が押し寄せる。

 

「――――♪」

 

 私も歌を奏でた。

 あの剣たちが〝歌声〟の恩恵を受けている以上、こちらも歌でギアの出力を上げなければ競り負ける。

 両手と、それに連なる全身に伝ってくる衝撃による重圧……だが引くつもりはない。

 

 一振りたりとも、この炎の盾の奥へは通させない!

 

 私の後ろには―――友達(ひびき)もいるのだから!

 

 私の意志に応えた甲羅(せなか)を模す焔の盾は、直剣の豪雨を凌ぎ切った。

 まだ天ノ羽々斬からは伴奏が流れ、翼は歌っている。

 次に来る筈の攻撃への警戒は解かずも、消費を抑える為、盾の組成を解くと、聴覚は空気を裂く音を、視覚は月光に反射された物体を捉え、反射的に首を横に傾ける。

 妖しく煌めく一本の短刀が、頬の直ぐ側を通り過ぎた。

 翼が投げたものだ………がなぜ、今さら短刀一本?

 

「なに!?」

 

 短刀による攻撃の意図が読めぬ中、異変が起きる。

 突如、金縛りに遭った……どんなに動かそうとしても、震えるだけで言うことを利かぬ肉体。

 これも天ノ羽々斬の力か? 今までの攻撃のどこに、こんな作用が………辛うじて動く首を、後ろに向けた。

 月光と街灯の光でできた私の影に、あの短刀が突き刺さっている。どうやらそれが……金縛りの原因らしい。

 まさか〝忍術〟とは………これはまたけったいな技を使う。

 

「――――♪」

 

 翼の歌がサビに入ると、彼女は夜空へと高々と跳び上がり、こちらへ向けてアームドギアの刀を投擲。

 重力と慣性の〝波〟に乗って斜線上に降下する刀は、道中片刃から諸刃に変わり、さらに全長四十メートル近い、推進器までも備えた巨大な刃となる。

 

「ちっ……」

 

 どうやら質量保存の法則が、裸足かつ全力で逃げだしたらしい。

 スラスターでもある脚部のブレードの推進力を得た翼は刃の後部の中央を蹴りつけ、刃自身も推進器から噴射、その巨大さに似合わない加速で突進。

 

 そこまで―――〝感情なき剣〟に縋るか!?

 

 相棒を失ってしまった悲しみと、相棒を死なせてしまったと言う後悔は、ここまで彼女を頑なにさせてしまった。

〝情〟を戦いの世界には無用の産物とし、切り捨てるのも、一つの〝戦士〟の形なのかもしれない。

 

 だがそれは―――歌を力に変えるシンフォギアの担い手にとって、致命的な〝矛盾〟だ!

 

〝我の内に灯る炎よ――熱気を滾らせろ〟

 

 胸部の勾玉から、バイオリンを主体とした弦楽器たちの伴奏が流れ始め、同時に沸き上がる歌詞を私は口ずさむ。

 

〝内なる炎は諸刃の剣 時に人を苦しめ 時に人に力を齎す〟

 

 全身に掛かる捕縛力は、私の歌唱の声量が強まるに比例して衰えていく。

 この程度の〝暗示〟に捕われ続けるほど、私も伊達ではない!

 

〝その火こそ歌を生み 我が力の糧となる!〟

 

 悔やむ余り、攻める余り、忘れてしまったのならば――――敵はおろか味方も、己さえ傷つける抜き身の刀と化して〝先輩〟に、今一度示そう。

 

〝さあ今―――歌を翼に変えて―――飛び立とう!〟

 

 歌の〝源〟の―――何たるかをッ!

 

 

 

 

 弦楽器とギターとベースとドラムとシンセザイザーが重なった伴奏をバックに、朱音は右足で渾身の踏み込み――〝震脚〟を大地に振るい。

 左足の噴射口からは、白煙が放出され、彼女の勇姿を隠すベールとなった。

 

 朱音の真意を読み取れない翼は、されど巨大な剣――《天ノ逆鱗》の降下を止めない、止められない。

 

 完全に、ここ二年間押し込んできた感情(こころ)の反動が生み出した濁流に、翼は呑まれてしまっていた。

 その為、狙いも碌に定めぬまま……《天ノ逆鱗》を発動してしまっていた。

 それが、彼女にとって致命的なミスとなる。

 

 

 

 

 白煙の奥から、翼に向かって飛ぶ物体一つ。

 咄嗟にそれを腕で弾いた彼女は、その正体に驚愕する。

 朱音の動きを封じていた筈の、短刀であった。

 彼女は右足で振るった震脚でアスファルトに亀裂を走らせ、影に突き刺さっていた短刀を舞い上がらせ、右手で掴み取り。

 左足の噴射から発した白煙でこちらの姿を隠し、相手側の噴射音で位置を割り出して正確に翼に向けて短刀を投げつけたのだ。

 

〝しまった!〟

 

 今の朱音の反撃の一つ目で、巨大な剣の射線がズレが生じる。

 しかも翼が短刀にほんの一瞬でも気を取られている間、白煙からもう一つ物体が飛び立つ。

 吹き出す炎で高速回転するそれは、朱音が新たに生み出したアームドギアたる甲羅(たて)であった。

 盾は一気に剣に肉薄し、実体刃と推進力となっている噴射炎の二重の回転斬撃――《シェルカッター》で、刃の側面を大きく抉らせた傷を負わせた。

 今の盾の攻撃で、《天ノ逆鱗》の軌道は修復困難なまでに陥る。

 

〝我が火炎よ―――紅蓮の刃となりて〟

 

 翼の短刀、アームドギアの盾に続いて、飛翔する朱音が、白煙の膜を獲物を見据えた猛禽の如く突き破る。

 彼女の両手には、長柄武器にしては短いが、剣にしては長すぎる、二つの武器の特徴を掛け合わせた形状な紅緋色の柄で、刃なきアームギアを携えていたが。

 

〝汝を蝕む闇を――――断ち切れ!〟

 

 朱音が剛健さと麗しさを兼ね備えた歌を唱えると当時に、アームドギアの先端から激しく燃える炎が放たれ凝縮。

 

「バニシングゥゥゥーーーー」

 

 十メートルを超した光り輝く炎の刃――《バニシングソード》となり。

 

「ソォォォォォォォ―――――――――ドッ!」

 

 スラスターの加速を上げ、翼の《天ノ逆鱗》へ、盾が先に刻んだ傷に沿い、右切上の流れで切りつけ、日本刀の斬撃、即ち引き切りの要領で、切り上げる。

 朱音の感情(こころ)の火炎が生み出した歌――高出力のフォニックゲインでできた紅蓮の大剣は、彼女が今奏でた超古代文明語の〝詩〟と、寸分違わず。

 

「ぬぅぅぅぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」 

 

 風鳴翼の巨大剣――アームドギアを、文字通り、真っ二つに〝断ち切った〟。

 

〝そん……な……〟

 

 茫然自失の状態となってしまった翼は、折れた自らの剣をただ目の当たりにすることしかできぬまま、落ちていった。

 

 

 

 

 

 両断された巨大剣は、力なくアスファルトに落下、激突して、周辺の大地を震撼させて消滅。

 今の衝撃で地下の水道管が割れ、道路の割れ目から噴水どころではない多量の水が噴き出して、

局地的な雨を降らせ始めた。

 

 ひび割れた人工の大地に着地した朱音はギアを解除、疲労で膝を付かせる。

 髪も顔も手も制服も、あっという間に水道水の豪雨によってずぶ濡れとなる。

 

「朱音ちゃ~~ん!」

 

 肩で息をしている朱音に、同じくギアは解かれ、戦闘の終結で我に返っていた響が駆け寄ってきた。

 

「朱音ちゃん、大丈夫?」

「ああ……すまない……君にはとんだ内ゲバを見せてしまった」

 

 朱音は響に詫びる。

 響を助ける為、翼の暴走を止める為とは言え、政府が極秘に所有している兵器であり、人類の希望でもある〝シンフォギア〟で私闘を行ってしまったことに変わりない。

 響にとってさぞ心苦しい光景だっただろう………級友と憧れの存在が、争う姿は。

 

「朱音ちゃんが謝ることないよ………〝誰かを助けられる〟からって、調子乗ってた私が………悪いんだから………ごめん」

「響………」

 

 眼前で起きた響が詫びを返した直後。

 

「一足、遅かったか……」

 

 雨音の中から、野太い男の声が響く。

 

「司令……」

「こいつはさすがに、広木大臣もご立腹になっちまうのは避けられねえか……」

「すみません……」

 

 急ぎ、この場に駆けつけ、実質人類最強の域な戦闘能力で〝戦闘〟そのものを止めようとしていた弦十郎であった。 

 生憎、到着する前に終結してしまったのだが。

 

「謝るのは俺たちの方だ………こんなことになっちまう前に、予め止めれなかったんだからな」

 

 弦十郎は二人に謝意を表明すると、その足で力なく荒れたアスファルトに尻もちをついている翼へと近寄り、起き上がらせようとする。

 

「翼も大丈夫かっ……………お前泣いて――」

「泣いてなんかいませんッ!」

 

 弦十郎の問いを、翼は語気を必要以上に強めて否定する。

 口調は武士を思わす古風さを帯びたものから、完全に年相応の少女のものに戻っていた。

 

「涙なんか………流してはいません………風鳴翼は、その身を鍛え上げた戦士です、だから―――」

 

 誰から見ても、戦士とはほど遠く、か弱さを漂わせた〝少女〟な風鳴翼は、意固地な姿勢のまま―――目元から、大量の雨に混じって流れ出していた。

 

「あの……」

 

 響なりに思うところがあったのか、翼に何かを伝えようとするが、直前に朱音の手が彼女に乗ったことで制止させられた。

 

「朱音ちゃん……どうして?」

 

 朱音は言葉にする代わりに、首を横に振って、〝そっとしてあげて〟と響に伝える。

 

 もしも、響が励ましの意図であったとしても――〝これから一生懸命に頑張って、奏さんの代わりになる〟――などと口にしたのなら、平手打ちを一発与え。

 

〝二度は言わない………二度と天羽奏の代わりになるなどと言わないでくれ〟

 

 と、朱音は友に叱責していたことだろう。

 

 それほどまでに………風鳴翼と言う少女の心は、未だに頑迷固陋の壁に塗り固められたままであった。

 

つづく




朱音が響の原作でのKY発言を未然阻止する展開となりましたが、むしろこの流れであんな分かりやすい特大地雷なんて踏ませたら余計響はKYヤローになってまうことに書いている途中で気づき、ラインを組み直した結果、こうなりました。


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#9 - 休日の追想

せっかくうちのガメラ―朱音が極上のエロボディの持ち主って設定なので、シリアスなのにサービス回となってしまいました。

だが私は謝らない(コラ


 その日は土曜日、学生にとって学校での授業はない休日。

 時間帯はまだ、朝の六時台である。

 部活には現状入っておらず帰宅部なのに休日でも早起きな朱音は、お手製の朝食を取っていた。

 さっきまで早朝の律唱市を〝ひとっ走り〟してきたばかりなので、下はジャージズボン、上はシンプルな半そでのTシャツな格好、これでも彼女の美貌は全く衰えないのだから恐ろしい。

 今朝はなるみ商店街のパン屋から買ってきた食パンを主食に、刻んだベーコンとポテトを入れたふわとろで綺麗な表面に鮮やかなケチャップの乗るオムレツと刻みサラダにコーンスープ、インスタントコーヒー二割とミルク八割で混ぜ合わされたカフェオレの組み合わせであった。

 向こう―アメリカでは祖父が年老いても尚精力的にアクション系も含めた映画に出演し続けているのもあって、調理含めた家事スキルは、自然と身につき、こうして一人暮らしに役立っている。

 オーブンで焼いたばかりのパンの表面に、自分で作った〝緑茶ジャム〟を朱音は塗り、頬張って〝サクッ!〟と言う音を鳴らし、スプーンで掬ったオムレツの生地を口に入れる、我ながら上手いバランスで焼けていて何より。

 何でジャムがかつての彼女の血の色に似る〝緑茶味〟かと言えば、ネットで料理のネタを探している時にたまたま発見、レシピを元に面白さ半分、怖いもの見たさ半分で作ってみたが、ほのかな茶の苦味がジャムの甘味と感触にマッチしてやみつきになる美味を生み出しており、気がつけばパンの日は必ず緑茶ジャムとセットで食べるようになっていた。

 

 部屋ではミニコンポからラジオ機能が起動され、今合わせたFMのチャンネルからは毎週土曜の朝に放送されているクラシックの音楽番組が流れている。

 日本に戻って来てからの朝は、何度かテレビのニュース番組をBGM代わりに流していたのだが、プロたちによるソリッドな内容のアメリカ等と違って、バラエティなのか報道番組なのか分からない、良くも悪くも日本独自のテイストに馴染めず、朝はラジオの聴取が習慣化しつつある。

 

「お早うございます、午前七時になりました、モーニングニュースの時間です」

 

 七時丁度を知らせる時報、続いてメロディが鳴り、音楽番組と入れ替わりになる形でニュース番組が始まった。

 中年男性なアナウンサーの下手な装飾を排した淡々ながらも丁寧な口調は、朱音の耳からは心地いい。

 

「一昨日律唱市で起きたノイズによる特異災害は、自衛隊の――」

 

 今アナウンサーが語るニュースを耳にした朱音は、翡翠色の瞳の視線をコンポへと移させた。

 彼女の口の中を、緑茶ジャムのとは異質な〝苦味〟が広がる。

 苦さを和らげようと、カフェオレを一口飲んだ。

 

「苦いな……」

 

 比率ではミルクの方が勝っていると言うのに、やけに苦く感じた。

 

 

 

 

 朝食を食べ終えた朱音は、まだまだ朝早い中、入浴用品一式が入った小型のプラスティックかごを携えて外出。

 彼女が向かった先は、借りているマンションから、歩いて五分で着けるほど近い場所にある公衆浴場である。

 名前は《スーパー銭湯・天海の湯》と言い、二千年代初頭にオープンして以来、律唱市に住むあらゆる年代の市民たちが愛用している温泉施設で、朱音もこちらに越して一人暮らしを初めて以来、何度も足しげく天海の湯に通っている常連客だ。

 

「ふぅ……」

 

 髪と体を一通り洗い終えた朱音は、お湯でより艶やかになった長い黒髪をアップで纏め、十種以上ある中から露天風呂を選び、転ばぬようゆったりと全身を丸みな石たちでできた湯船へ、足先、膝下、太もも、腰、胸の順で妖艶に全身を浸からせると、温水が齎す快感に蠱惑的な吐息を零した。

 当然ながら、ほとんど一糸纏わぬ姿であり、服で隠れていた美しく色香漂う裸身が無防備に晒されている。

 無駄をそぎ落としながら、しなやかさも備える鍛えられた筋肉を、絹のような透明感ある白磁の色合いで、触り心地の良さが窺える柔肌が覆っており、数字にして八十九はある上に形も良い二つの膨らんだ山々は、湯気立ち込めるお湯と大気の境界線にて浮き上がっている。

 湯の内にある腰とふくよかなお尻から見事な曲線を描き、それらと連なる百六十九センチの背丈を数字以上に高く見せる長い両脚も、スマートでありながら肉感的。

 年齢相応より鋭利で大人びて、凛として整っている容貌の一部たる両頬は体温の上昇で赤味を帯び、唇は口紅を塗ったくらい潤いに覆われ、元より彼女自身が有していた〝艶やかさ〟を、より引き立てていた。

 これ程男性を骨抜きに落としかねない魔性な美貌の持ち主な少女が、前世では武骨で猛々しい大怪獣であったと聞いて信じる人間はほとんどいないだろう。

 そうでなくとも、まだこれで十五歳だと見抜ける人間もまた、そうそういない。

 首に掛けた〝勾玉〟のペンダントは、実年齢離れした朱音の魔性を、さらに引き立てさせていた。

 

 

 

 

 朝の温泉での入浴も、中々のやみつきものである。

 生まれたて赤ちゃんの浴槽は台所のシンク、二・三歳の子のバスタイムに親は服を着たまま手伝い、親と子が裸の付き合いをしただけで児童虐待扱いされてしまい、公衆浴場なんて文化には拒否感すら出てしまう入浴事情なアメリカ暮らしがそこそこ長かった私だが、祖父(グランパ)が大の親日家だったのと、この身にも流れる日本人の血と、女の子の生態ゆえか、私は四分の一アメリカ人でありながら、自由の国では馴染みない温泉に入ることが、歌うことと子どもたちと遊ぶことに並んで好きだった。

 ガメラの頃は超高熱のプラズマ反応炉を体内に宿す体質持ちだった為か、人の身な今でも熱には結構耐性があり、何時間でものぼせず湯船を堪能していられる。

 ただなまじ熱さに強いせいで、この間など夜の時間帯に来た時は、うっかり閉店時間の二十三時ギリギリまで歌いながら浴し続けてしまったことがあった。

 

 肩に触れる、もう直ぐ終わる四月のまだ少しひんやりとした朝の空気と、体のほとんどが浸かる温泉の熱が、独特の心地良さを私に与えてくれる。

 お湯で火照った体の感度が上がり、より泉の温もりに快感を覚えさせていく。

 

「はぁ……」

 

 我ながら、少しいやらしい息が口から出てしまい、だから現年齢十五歳より上に見られてしまうのだぞ、と自分に苦言を呈す。

 私たちくらいの年代は、〝発育〟と言う単語に振り回される年代とも言える。

 進まないのは悩ましいし、かと言って進み過ぎても悩ましい……私の場合は後者な上に、どういうわけかその発育が、身長も込みで〝飛び級〟で進み過ぎてしまった。

 そりゃ女の子なので、色気が欲しいかと言われれば欲しいと答えるけど、もう少しはゆっくり時間を掛け熟れて欲しかったと、級友たちの体躯を見る度に思ってしまう。

 おかげで休日、みんなで外を出歩いていると、ほぼ百パーセントの確率で、年上だと勘違いされるのだ。

 だから現状の私にとって、この早熟し過ぎた見てくれはコンプレックス以外の何物でもなかった……私だって………高校一年な〝女の子〟なんだもん。

 まだ、子どものあどけなさが残るみんなが羨ましい……せめて百七十台寸前な身長は、百六十台をキープしてほしいものだと、願う毎日である。

 

〝草凪朱音です、よろしくお願いします〟

 

 こんな外見のおかげで、リディアン入学式の日の自己紹介の時も、この長身かつ近寄りがたさもある容姿が災い、クラスメイトからは話しかけにくい〝第一印象〟を持たれてしまった。

 彼女たちは口にこそ出さなかったけど、自分の目は表情と雰囲気で、大体読み取れていた。

 日本での高校生活初日から〝不安〟の二文字が入るスタートを切ってしまった私は、放課後校舎の屋上で、その不安を紛らわそうと、歌を奏でていた。

 

 その時歌っていたのは、あのツヴァイウイングの代表曲で、彼女らが人々の前で二人で歌う〝最後の曲〟となってしまった――《逆光のフリューゲル》。

 

 彼女たちの活躍は、世界をまたに掛けて広がっていたから、アメリカでも二人の歌声に魅入られたティーンエイジャーは多く、私もその一人だった。

 本当はデュエット曲なのだけれど、どうしてもあの時の私は、妙にそれを春の風が吹く空の下で、逆光のフリューゲルを歌いたい気に駆られていたのである。

 

 未知への恐れを乗り越えて、新たな地平に飛び立とうとする詩(かし)が込められたこの歌で、自分を鼓舞したかったからかもしれない。

 

〝草凪、朱音ちゃんだよね!?〟

〝え?〟

 

 そして、その歌が―――めぐり合わせてくれた。

 私と、立花響に小日向未来の二人の女の子を。

 

〝もうほんと今の逆光のフリューゲル凄かった~~~アカペラで、ここまでハートがビビッと来たの初めてと言うか!〟

〝響、落ち着きなよ……草凪さん、ちょっと引いてるじゃない〟

〝あ、ご――ごめ~ん、ちょっと興奮し過ぎちゃって〟

〝はぁ~~どうもすみません、友達がとんだご迷惑をお掛けしました〟

〝いや、そう畏まって謝らなくてもいい〟

 

 自分の右手を、見つめる。

 あの瞬間、私のこの〝右手〟を握った響の両の手の温もりと、太陽のように眩ゆい輝きに溢れた笑顔は、忘れられない。

 

〝アリガトウ………アサギ〟

 

 あの時、私――ガメラと心を通わせ合い、私が受けた〝痛み〟に耐えながらも共に戦ってくれた少女――アサギが見せてくれた〝微笑み〟と並んで、きっと……ずっと……私の心に刻み込まれることだろう。

 

〝私、立花響、十五歳!〟

〝歳は余計でしょ同い年なんだから、私は小日向未来です〟

〝よろしくね、朱音ちゃん!〟

〝ああ……こちらこそ、よろしく〟

 

 出会いの記憶が、まざまざと思い出し、見返したことで、胸の奥が温泉のものとは違う〝温もり〟に包まれた。

 言い方を変えると、ポカポカとして、とても柔らかく、自然と心が和やかに、安らかになって、顔もほころばせて――

 

〝私の力が――誰かの助けになるんですよね!?〟

 

「っ………」

 

 ――体全体が芯まで温かくなっていく中、いきなり横やりを突きつけきたも同然に昨夜の出来事の記憶がなだれ込んできて、口の中からは〝苦味〟が現れ、笑みを象った私の顔は一瞬で曇りがかったものへと変わってしまう。

 

〝私は立花響を受け入られない………ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない〟

 

 本音を言うと、風鳴翼のとは意味合いが異なってはいるけど………立花響と言う女の子が戦うことを受け入れられない一点は、私も彼女と同じだった。

 戦ってほしくない………戦わせたくなどない………あんな〝地獄〟になど、絶対行かせたくない。

 あの子自身が持つ、太陽の光にも負けない眩しさを実感すればするほど、その気持ちもまた強くなっていく。

 

 要は、はっきりかつ端的に言葉にすると―――私は一足分たりとも、あの子を戦場に踏み入れさせたくないのだ。

 

 少なくとも、あの子が毎日行っている〝人助け〟の延長で安易に入り込んでいい世界では、断じてないのだ。

 

 日本(このくに)固有の宗教である神道には、〝触穢(しょくえ)〟または〝死穢(しえ)〟と言う概念があった。

 人や動物は死ぬと、亡骸からは〝穢れ〟が生まれて災いを招くと、昔の日本人たちからは信じられていたのである。日本史において、天皇の代が変わる度、頻繁に遷都されていた時期があったのも、現人神たる天皇ほどのお方の死によって生まれる強大な〝穢れ〟を、当時の人々が恐れたからであった。

 この〝触穢思想〟は、たとえ生前がどれだけの悪行を積み重ねてきた悪党でも、死すれば丁重に弔うといった風習が育まれた一方で、医者、酪農者、狩人、今なら納棺師に当たらなくもない遺体を取り扱う非人と、〝死〟に強い関わりのある者たちに対する根深い差別も生むことにもなった。

 勿論、死が大量に生み出される戦場で戦う兵たちも例外ではなく、貴族たちにとって武士は汚らわしい存在であった。

 現代人から見ればとんだ迷信に見えるだろうし、私も自分の〝主観〟からは、ほとほとバカバカしく愚かしい思想だと思っている。

 けど………触穢思想における〝穢れ〟に相当するものが……〝戦場〟と言う世界では多く生まれてしまうとも、私は考えていた。

 

 ガメラとしての私の戦いの日々は、今でも私自身に突きつけてくる………あの世界――戦いが、どれほど過酷で、傷ましくて、惨たらしくて、悲しいかを。

 

 負ければ己含め多くの犠牲を生み、そこから逃れるには〝勝つ〟しかない。

 しかし、死にもの狂いで勝利を勝ち取っても、それと引き換えに多くの犠牲――穢れを蔓延させるとされた〝死〟を生み出してしまう。

 死が多ければ多いほど、それらを糧に生まれる恨みつらみ、怨念は〝呪い〟となって、戦士たちを身も心も蝕んでいく。

 

 私もまた………その呪いを、嫌と言うほど味あわされてきた。

 

 

 

〝ガメラ〟にとっても、ガメラを生み出した超古代人たちにとっても、地球の意志にとっても、

想定外(イレギュラー)であった宇宙規模の巣分かれを繰り返す〝地球外生命体群〟の侵略。

 節足動物に酷似した特徴を有する奴らは、あちらの世界の地球人たちからは、軍団を意味する単語であり、新約聖書マルコ第五章に登場する悪霊が自ら名乗ったのと同じ名である〝レギオン〟と呼ばれていた。

 実際、女王蜂の腹部の器官からは夥しい数の働き蜂たる同族を生み出し続ける能力があったので、ある意味で相応しい名と言えよう。

 巣分かれの為に地球の生態系を破壊し尽そうとするレギオンに対し、迎え撃った私と人類は辛くも勝利したものの、女王蜂を殲滅させる代償として、私は一度しか使えない〝禁忌の技〟に手を出し、大量の地球の生命エネルギー――マナを犠牲にしてしまった。

 それによる急激な環境激変で、世界中に散らばっていたギャオスの耐久卵が一斉に孵化し、超古代文明が辿った末路の再来とばかりに、災いの影は爆発的に数を増やすことになってしまう。

 

 一度レギオンに敗れた私は、再戦に臨む時点で〝禁じ手〟を使う決断と、その先にあるギャオスが大量発生する未来を見据えて、アサギ含めた人間たちの繋がりを断ち切った。

 情を捨て、冷徹なる〝生態系の守護者〟とならなければ、災いの影との戦いに勝ち抜けないと、覚悟していたからである。

 

 だが、復活し、最初に戦った個体たちよりも凶悪に進化したギャオスたちの猛威は、あの頃の私―ガメラの想像を遥かに超えていた。

 

 いくら倒しても倒しても、文字通りきりがなく、奴らはそれ以上の速度で増殖していく。

 一体をプラズマの豪火で焼き尽くしている間、奴らはそれ以上の数の生命を食らい尽していった。

 急ぎ駆けつけても、辿り着いた時には群れは逃げ去り、犠牲になった生命の凄惨な肉片の残りが散らばっている様を、何度も見せられた。

 おまけにガメラには、全ての生命体の〝思念〟を読み取るテレパシー能力を持っていたが為に、常時脳内には奴らに襲われた生命の断末魔が、数えきれない量で響いていた。

 耳を塞いでも消えない〝悲鳴〟を聞きながら、繰り返されるギャオスとの戦いに、肉体は急激な進化と強化を遂げていく一方、心はどんどん荒んでいった。

 

〝ユルサナイ、ダンジテユルサナイ………イッピキノコサズ、ホロボシテヤル〟

 

 最早、失われていく生命たちの為に、いちいち感傷になど浸ってなどいられない。

 慈愛など、潔く捨てろ。

 戦いによる犠牲には目を瞑り……完全に心を切り捨てた〝兵器〟とならなければ、奴らを滅ぼすことなどできやしない。

 

 ますます私は、冷徹なる守護者であろうとする余り、自分自身を追い詰めていった。

 その痛ましい姿は――〝感情なき剣〟――に縋ろうとする風鳴翼と、全く同じとしか言いようがない。

 

〝お前が奏の何を知っている!? 奏の何を理解している!? 奏の―――何を分かっていると言うのだ!〟

 

 心を否定していながら、その心から生まれる〝感情〟に振り回されているところなど、全く瓜二つだ。

 私も、あれ程非情に徹しようとしていながら………そのくせギャオスたちに対する憎悪の業火を、己が力の源にしてしまう矛盾を抱えてしまっていた。

 

 今の風鳴翼の写し鏡たるかつての私(ガメラ)は、さらなる苦痛を齎してくる内なる矛盾に気づけず、向き合えないまま………とうとう〝一線〟を越えてしまった。

 

 

 

 

 

 あの日、太平洋上の空を呼ぶギャオスの群れを発見した私は、有無を言わせず苛烈な先制攻撃を仕掛けた。

 突然降ってきた火球の驟雨に、群れの大半の個体は業火に呑まれたが、一部がどうにか逃げ延びようする。

 

〝イッピキタリトモニガサナイ、イカシテヤラナイッ!

 

〝オマエタチニハ――ヒトカケラノナサケモクレテヤラナイッ!

 

 焦燥と、真っ黒い憤怒に支配された私は、火球を半ば乱れ撃ちの同然に発射し続けながら夜空を追走し、その内の一発が………東京都心、渋谷区上空で一体に直撃した。

 身を焼き尽くそうとする火炎の衣を纏った個体は、飛行能力を失い、渋谷駅へと落下。

 私も、大勢の人間が行き交う状態なのを構わず、渋谷の街へ強引に降り立ち、突然日常が破壊されてパニックに陥った眼下の人間たちに目などもくれず、傲然に街を破壊しながら踏み歩き。

 

〝ヤメロ………コロサナイデクレ〟

 

 あろうことか、命乞いをしてきた瀕死の個体に、私は完全に心中で激しく燃え上がる憤怒で我を忘れてしまい。

 

〝フザケルナ―――コノゲドウガッ!〟

 

 渋谷駅と、駅構内、駅周辺にいた人々ごと巻き添えにして、火球と言う名の引導を渡してしまった。

 最早……一体を倒した程度では静まらなくなっていた内なる〝激情の炎〟に流されるまま、渋谷の繁華街を壊滅させ、何万人ものの命を死なせ、神道で言う穢れを多量にまき散らしてしまったのと引き換えに、もう一体を倒した――殺した。

 

〝ガメラが僕を助けてくれたよ……〟

 

 火球が起こした爆発で、火の海を化した街の中から、響いてきた……男の子の声。

 

〝チガウ……ワレハ………ワレハ………〟

 

 咽び泣く母親に抱きしめられながら、男の子は、私に〝助けられた〟のだと言った。

 確かに、あの個体はあたり構わず超音波メスを発射し、高層ビルを両断しては真下にいた人々を下敷きにして圧殺していた。

 その内の一発が、近くにいたビルを襲い、その下にいたあの男の子が悲鳴を轟かせ、それを耳にした私は、無意識に手を出してメスの光をあえて受けていた。

 

〝チガウ………チガウ、チガウ、チガウ、チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウッ!〟

 

 ガメラに助けられたから助かった………そう信じて疑がわない無垢な子どもの言葉に、憤怒の炎が一気に沈火されられるも。

 

〝ワレハ………ワタシハ―――ダンジテタスケテナドイナイッ!〟

 

 無自覚に、小さな命を助けてしまった、救ってしまっていた事実を受け入れられず………完全に自暴自棄となって、逃げるように火の海の中から、黒い煙で曇ってしまった夜空へと飛び去っていった。

 

 

 

 

〝戦い〟と言うものは、それほどまでに戦士となった者たちの心を擦り切れさせ、かつての面影を失くしてしまうまでに変えてしまう、追い詰めてしまう。

 私も例外ではなく………生まれ変わっても消えることのない〝罪〟を犯し………ギャオスやレギオン、そしてあの邪神と同じ、災厄をまき散らす〝死神〟そのものへと堕ちていってしまった。

 

 響が、強すぎる人助けの衝動で意図せず恐怖を押しつぶし、覚悟もできぬまま、踏み込んで立とうとしていた〝世界〟は、そう言う地獄の火の海だ。

 戦場は無垢であるがゆえに無知な彼女にも、容赦はしない。

 たとえ相手が、殲滅するほかない存在である〝ノイズ〟だとしても。

 

〝人を助けたい〟

 

 あの子の、歪さを抱えながらも真っ直ぐなその気持ちを汚し、犯し、矛盾を突きつけ、苦しめ、最悪……心ごと完膚無きまで破壊し尽してしまうだろう。

 

 自分の手前勝手な〝エゴ〟なのは、分かっている。

 私とて、その過酷さを身に染みて分かっていながら……再び〝戦う〟ことを選んでしまった愚か者であり、暴走を止める為、響を守る為とは言え、翼のアイデンティティーたる〝剣〟を真っ二つに切り裂いてしまった咎人だ。

 

 

 それでも私は、余りに残酷極まる理(ことわり)に支配された領域に、優しすぎるあの子を行かせたくはない。

 

 自分が今、こうして見上げる空のように、澄んだあの子の心を、穢したくはない。

 

 こうして地上を今日も照らす太陽のように眩しい笑顔を、失わせたくない。

 

 九死に一生を得た親友が、戦地へと走っていく姿を、ただ見ていることしかできない……そんな現実を、未来に味あわせたくはない。

 

 間違いなく……このままガングニールの装者として戦わせたら、二年前の災厄の時以上に、立花響って女の子の人生を、狂わせてしまう。

 

 だけど、どうすればいい………止めろと言われて、大人しく引き下がる子じゃないってのは、あの夜痛いほど思い知った。

 

 それに結局、この自分のエゴを押し通そうとするなら、響は無論、翼からも〝剣〟を奪わなければならない、そうしてまた〝独り〟で戦おうなどとすれば、かつての自分と同じ過ちを繰り返してしまうだけだ。

 自分一人で、背負って戦えるほど、あの地獄は甘くはない。

 でも、このままってわけにもいかない。

 

「上がろう……」

 

 私は湯船から上がり、脱衣所へと向かおうとした矢先、左腕の〝腕時計型端末〟から着信音が響いた。

 これは二課から支給された、二千十年代後半の発売当初よりは普及し始めたスマートウォッチ型の通信機である。

 

「弦さん?」

 

 通信の送り主は弦さん――風鳴司令であった。

 丁度今から二課本部に向かうつもりだったので、向こうから連絡が来たのは幸い。

 今通信できる格好ではないので、もう少し待たせることになるけどもだ。

 

 

 

 

 ちなみに、もしこれがプライベートな電話であった場合、こうなる。

 

〝朱音君、今どうしている?〟

〝今って言われても、入浴中だけど〟

〝なっ――君も女の子だろう!? そんなはしたないことを口に――〟

〝あ~~れ? もしかして高校生のあられもない姿、想像しちゃった?〟

〝お……大人をからかうものじゃない!〟

〝うふふ、ごめん♪〟

 

 本人はてんで無自覚であるのだが、実は朱音は結構、小悪魔な一面を持っていたりする。

 

 

 

 

 どこかの西洋風の城の建物の中らしい広い部屋の中で、空間に浮かんだ立体モニターを、小柄で銀色の髪を生やした少女が目にしていた。

 

「なんて……奴だよ」

 

 モニターに映っていたのは、シンフォギア――ガメラを纏った朱音の戦闘の模様だった。

 適合者と言えど、シンフォギアを使いこなせるようになるまでどれだけの鍛錬と時間を費やすか、その少女は実感していただけに、たった二度の戦闘でギアの力を引き出し、アームドギアを三種も具現化させた装者に驚きを禁じ得ないでいる。

 

「でも……アタシの〝目的〟の為には、こいつとも――」

 

 あどけなさの残るその容貌の一部たる二つの瞳からは、悲壮さに溢れた決意と言うものが抱えられているのであった。

 

つづく。




劇中出てきた死穢を分かりやすく表現すると、もののけ姫のタタリ神。
と言うか、アシタカが受けた呪いと言い、乙事主に巻き込まれたサンの描写といい、タタリ神のネタ元こそ、触穢思想と言っても過言ではないですね。


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#10 - 追奏曲

本当は土曜日に更新する予定だったのですが、ツイッターのフォロワーの一人の方が開いたツイキャスラジオの特撮談義(主に平成ライダー)につい聞き入ってしまい……予定より遅れてしまいました。

あ、あと劇中某貞子さんお手製n呪いのビデオに呪い殺される様を比喩表現に使いましたが、間違ってもうっかりググらないように………絶対トラウマになります。
イリスに血を吸われたミイラと貞子さんに呪殺された方の断末魔は今でも直視できない(震


 弦さんから連絡を受けた私は今、リディアン地下の特機二課本部司令室にいる。

 このフロアの中央は談話室にもなっており、私と、同じく弦さんに呼ばれた響はソファーの一角に腰を下ろしていた。一応リディアンの敷地内にある施設なので、私も彼女も制服姿。

 向かいには弦さんと櫻井博士が腰かけている。

 風鳴翼は今ここにはいない。今日は所属するレコード会社、クイーンレコードでニューアルバムの打ち合わせ中だと、弦さんからは聞いた。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「あ……どうもです」

 

 友里さんが〝あったかいもの〟を、今日も提供してくれた。先日は程よく砂糖の入ったコーヒーだったが、今回は湯呑みに注げられたほうじ茶である。

 湯呑みを両手で持って一服すると口の中で苦味を抑えたさっぱりとした風味と、ぬるくはないけど熱すぎない加減な熱が広がる。

 先日のホットココアと言い、今日のほうじ茶といい、友里さんはオペレーターの能力だけでなく一服のさせ方の卓越していた。

 この一杯だけで、淹れた女性の温かな人となりが伝わってくると感じながら、隣にいる響を見やる。

 いつもの響なら晴れやかでさんさんとし、先生からの大目玉をくらったり、難度の高い宿題の提出を求められたりした時も、〝呪われてるかも〟とぼやくことはあっても陽気さと言うか、からっとしている印象なのだが………少しずつほうじ茶を飲む今の彼女は〝浮かない顔〟を浮かばせていた。

 あれからまだ一晩くらいしか経っていないのだから、まだ強く尾も引かれよう。

 

〝なら―――同じ装者同士、戦いましょうか?〟

 

 何せ、恩人である〝ツヴァイウイング〟の一人の風鳴翼から、ああも剥き出しの拒絶と敵意を突きつけられ、殺気すら秘めた攻撃まで受けかけ。

 

〝泣いてなんかいません! 涙なんか………流してはいません〟

 

 相棒の死を今でも引きずり、ノイズに対抗できる現状ただ一人の装者としての終わりの見えない戦いに心身は疲弊され、情緒も不安定に陥り、今にもぽっきり折れそうな危うい彼女の姿を、目にしてしまったのだから。

 ひと月分の級友としての付き合いで、風鳴翼ひいてはツヴァイウイングへの憧憬の想いの強さは汲み取れている。

 デュエット時代からソロとなった現在まで、あの子がシングルにアルバム含めたCD全てを買い揃えていることは学生寮の二人の部屋に遊びに来た時に知った。

 何度も彼女たちの類まれな歌唱力に備わる、躍動感と繊細さが同居し、それこそ大空へと羽ばたかんとする高揚感に溢れた〝歌〟の数々に夢中になっていたのも想像できる。

 その上二年前に助けられて以降、人助けに囚われ………人助けを〝生きがい〟とするようになった響にとって、人知れずノイズから人々を救い、または救ってきた彼女らは、〝ヒーロー〟も同然だっただろう。

 私からは〝危うい鞘無き抜き身の刀〟に見えた翼の現在の戦い振りも、あの子からはさぞ勇壮で、ヒロイックに映され、既に強かった憧憬の気持ちを、さらに高ぶらせてしまう〝興奮剤〟の役目を果たしていたのは想像に難くない。

 そんな憧れの存在の………〝偶像〟と言うフィルターによって隠されてしまっていた〝一面(こころ)〟に、戸惑いを覚えるとともに心痛めていると、自分の目はその横顔から読み取っていた。

 

「あの………翼さんは?」

 

 響は俯いていた顔を上げて、あどけなさがまだ残るまるまるとした瞳を弦さんたちに向け、翼の現状を彼らに問う。

 

「ひと月は、戦線に出すことを禁じることになった」

 

 対ノイズ戦の主戦力たる彼女にこのような処遇が下ったのは、無論昨日の〝私闘〟の一件だ。

 

「シンフォギアシステムは、日本政府が所有している〝兵器〟でもある………あんなことになっちまった以上、何のお咎めもなし、と言うわけにはいかないもんでな」

「喩えるなら、昨日の翼ちゃんの行為は、いわば兵士たちが公共の場で銃の撃ち合いをしてしまったようなものよ」

 

 櫻井博士は、あの陽気であっけらかんとした物腰を潜めて、弦さんの発言の補足を加えた。

 当然ながら、昨夜、彼女と私が引き起こした戦闘は………〝問題行動〟そのものである。

 今弦さんも口にしたが、櫻井博士が中心となって開発されたシンフォギアシステムは、極秘となっているとは言え日本政府――国が所有している兵器。

 理由や経緯はどうあれ、翼はその一つである〝天ノ羽々斬〟を、完全なる個人的感情、もっと言うなら人間相手――響に八つ当たりで使ってしまったのだ………問題にならないわけがない。

 政府の官僚たちからはそれはもう、〝はやく解散してくれないかな?〟なんて感じで、某呪われたライダーギアの適合者ばりにネチネチと文句は受けたと、どうもぼやき癖のある藤尭さんの愚痴から想像できた。

 実際二課は、正式名称の単語の一部を抜き取って〝特機部二(とっきぶつ)〟と揶揄されているらしい………権力の密を堪能している人種らしいねじ曲がったユーモアだ。

 つまり、特機部二→突起物→はみ出し者と言うわけだ。頻繁に〝解散だ!〟とまでは言われてはいないだろうが、実際東京湾内に基地を構える防衛チームのM○Tばりに厳しい立ち位置にあるのが特機二課と言えよう。

 現職の防衛大臣であり、昨夜弦さんの口からも出ていた広木威椎(ひろき・ひろつぐ)大臣からも、さすがに厳しく釘を刺されただろう。

 メディア越しに見る限り、聡明で冷静沈着、自らが背負う権限を驕ることなく責任と常に向き合う人格者で、非常に好感の持てる人柄ってイメージを、私はあの政治家に対して持っている。

 そんな人物から見ても、国の所有物で行われた私たちの〝私闘〟には、眉をひそめざるを得ない〝問題〟だ。

 

 彼女が繰り出した最初の跳躍からの上段の一閃からして………響に半ば本気で斬りつける気だったと、自分の得物と衝突した時の感覚で分かった。

 対ノイズ戦はともかく、あの〝私闘〟で生じた損害を、いわゆる〝コラテラルダメージ――やむを得ない犠牲〟とするには無理がある………私もそんな逃げの理論武装をするつもりはない。

 博士の比喩した通り、日常の場の真っただ中で実弾の入った銃を使って兵士たちが銃撃戦を行ってしまったようなものだ。

 ギャオスたちとの終わりの見えない戦いで荒んでいた頃の自分と〝写し鏡〟なだけあって………思うところや、理解も示せる点はあるのだけれど、生憎と感傷一辺倒になるほど甘くもなれない。

 昨夜の翼の行為は……最後まで〝人を守る戦士〟であり続けた天羽奏の復讐から転じた〝信念〟を足蹴にするようなものだし………あの時〝抜き身の刃〟を止めてやられければ、もっと酷い事態になっていた。

 それこそ今以上に精神が疲弊し、渋谷を壊滅させた時の私(ガメラ)のように、守ることよりも倒すことを優先してしまったが為に、民間人を犠牲にしてしまうなんて事態に陥ってしまうのも、あり得ない話ではなかったのである。

 

「では、私の処遇はどうなります? 正規のギアではないとは言え、私もその〝公共の場で撃ち合い〟をした一人なのですが?」

「しいて言うなら、翼が空いた分も背負うのが、朱音君に課せられたペナルティだ、君には二課の主戦力として、次にノイズが出現した場合、前線に出てもらうことになるが……」

「構いません、戦士としての覚悟は、とうにできています」

 

 二課のバックアップを受け、自衛隊の方々とも連携を取ることになるから〝独り〟ではないが、装者としては、当分一人で戦わなければならない。

 生憎、その程度の〝責務〟で居竦まるほど、柔な身ではない。

 もしこの瞬間にもノイズが現れたなら――〝戦士〟として、〝守護者〟として真っ先に戦場へ駆け込んでいこう。

 

「そして響ちゃんはまず、ガングニールを少しでも使いこなせるようになるのが目下の課題、だから当分実戦に出すのはお預けになるけど、そこのところ、よろしいかしら?」

「はい……」

 

 一方で響はと言えば、やはり現状〝シンフォギアを纏えるだけの素人〟であることは否めないので、当分は前線には出ず、ギアを使いこなせるようになるまで訓練に励む日々となるとのこと。

 私の個人的な――立花響を戦わせたくはない――気持ちを抜きにすれば、弦さんたちの下した判断は妥当……辛辣に評すると、今の響では一度の戦闘でノイズを倒すことはおろか、〝生き残る〟ことができるかすら怪しい。

 いや………響のことを思うならば、むしろ厳しくならないと………戦場が持つ呪いと内なる恐怖の感情との付き合い方も知らない今のままであの世界に飛び込んでしまえば………確実にこの子は〝命を落とし〟、奏(あのひと)の命を燃やして奏でた〝歌〟をも無碍にしてしまう。

 そうなれば今度こそ、響のご家族と親友の未来は………〝線香〟を上げなければならなくなってしまう。

 

〝もう逢えないなんて………そんなの………嫌だよ………響………ッ!〟

 

 自分の知性は、降りしきる豪雨の中、傘も持たずに、死の真相を知ることもなく響の亡骸が眠る墓の前で、泣き崩れる未来の姿を思わず想像してしまい、口の中に苦味が広がる。

 私も――そんな〝未来〟は、御免だ。

 

「ごめんなさい………私も………人を助けられるんだって、調子乗ったばっかりに」

「昨日も言ったが、謝るべきは俺たちだ………翼も装者だの戦士だの以前に、一人の女の子だ、その女の子を戦場に出しておきながら、大人(おれたち)は果たすべき責務を怠り、あのような事態を招いてしまった………力を貸してほしいなどと言っておきながら………すまない」

 

 彼女なりに、昨夜の一件に関して責任を感じていた響は詫びを入れ、弦さんの方の持前の責任感の強さから、改めて詫びを返した。

 朝の入浴を終えようとしたところで来た呼び出しの時点で感づいてはいたけど、弦さんは翼本人に代わって、彼女の釈明も兼ねて私たちを呼びつけていたのだ。

 あの夜の件で、響は憧れの人であった存在に対して、失望することもできず、かと言って以前のように憧憬の眼差しを向けることもできず、風鳴翼と言う人間をどう〝見て〟いいのか分からずに揺れ動いているから………丁度いい機会である。

 かく言う私も、ガングニールの装者となってしまった立花響と言う女の子を、どうしたいのか分からず………腰(きもち)が落ち着かずにいた。

 自分は父と母への負い目を感じながらも戦うことを選んでおいて、あの子には戦ってほしくはない、戦わせたくないエゴイスティックな想いも抱え、今のままでは他者どころか自分の命すら守れず死ぬことになると〝確信〟もしている。

 だけど、響の〝歪さ〟は、自分の願望(エゴ)などでは到底止められない……なんて〝確証〟もあった………苦々しいことに。

 

〝あさぎ〟………どうしたらいいかな? 

 

〝でも分かっています、ガメラは戦うつもりです――最後まで――一人になっても〟

 

 どうしたら君みたいに………戦いに臨む大事な人を、想いながらも、案じながらも、ああも強く信じて見送れるのか………答えを返してくれるわけもないのに、母と瓜二つな記憶の中の彼女に、つい問いかけてしまう。

 

「いつ頃から、翼先輩は天ノ羽々斬の装者となったのですか?」

 

 自身の〝揺れ〟への対処法を見つけられずにながらも、私は〝本題〟を円滑に進ませた。

 まずは、響の翼に対する〝揺らぎ〟をどうにかしないと。

 

「そうね………もう十二年も前になるわね、翼ちゃんが最初にシンフォギアを起動させたのは――」

 

 櫻井博士は司令室の天井を、正確には〝過去〟を見据えながら、話し始める。

 

 風鳴翼と言う、少女が背負ってしまった〝運命〟と言うものと、そして――

 

 

 

 

 十二年前………それは即ち、風鳴翼は当時七歳とまだ両手で数えられる歳に、シンフォギアの装者なる運命を背負ってしまったと言える。

 その頃の時点で、櫻井博士は一番目のシンフォギアである第一号聖遺物――天ノ羽々斬を開発していたのだが、起動するには適合者に相当する人間の歌声――フォニックゲインが必要と言うネックが、当然ながらあった。

 ギアの存在が最重要レベルの国家機密な以上、大っぴらに適合者候補を集めることもできない中、白羽の矢が立ったのは当時の翼。

 その頃から彼女は、実の両親の下を離れ、弦さんが保護者の代わりをしていたと言う。

 当時を語る弦さんの顔から、何とも言い難い苦々しいものを感じ取った私は、翼のその時期のと境遇風鳴家の〝家庭事情〟ってやつには、踏み込まないようにした。

 直感で、下手に触れると〝火傷〟する代物だと感づいたからである。

 それは、響の心情も踏まえてだった………弦さんの口から〝父親〟と言う単語が出た瞬間、彼女の顔から、少なくとも入学式の日に友達になってから、この瞬間まで見たことのなかった〝黒い影〟が、彼女の顔を覆っていたのを目にしたから。

 

「藁にも縋る想いで、俺たちは翼を天ノ羽々斬の起動実験に参加させ……」

 

 弦さんにとって、その実験は成功してほしい気持ちと、失敗してほしい気持ちで板挟みになり複雑だったことだろう。

 

「………翼の歌は、シンフォギアの眠りを覚まさせてしまった」

 

 だって、失敗してしまえばノイズに対抗する光明は遠のいたまま、一方成功してしまえば、その瞬間から………血を分けた兄弟の子でもある姪が、〝人類の希望〟と言う過酷な運命を背負い込むことになるのだから、素直に喜べるわけがない。

 そして実験は、翼の歌が〝天ノ羽々斬〟の眠りを覚まさせたことで、成功と言う結果となった………なってしまった。

 

 

 

 真面目な性分の持ち主の彼女のことだから、幼いながらも自分に課せられた〝使命〟を理解し、享受し、全うしようとしただろう。

 

「あの頃の翼は、今とはまた違った影を差していたし………いつも俺の後ろにいてばかりだった」

 

 でも幼いなりに、自分が背負ってしまったものに、自身に敷かれてしまった境遇と呼ぶレールに、どこか悲観な気持ちも抱え、それは歳を重ねて物心が育まれていくごとに大きくなり、そんな本音を〝使命感と責任感〟で、半ば無理やりにでも塗りつぶし続けてきたであろう。

 シンフォギアを目覚めさせ、扱える〝才〟は、間違いなく風鳴翼って〝子〟にとって……〝呪い〟であった筈だ。

 下手をすると………自分の〝歌の才〟も、愛してやまなかった〝歌〟そのものすらも、嫌悪し、憎みかけていたかもしれない。

 

「引っ込み思案だったあの頃の翼ちゃんを良い意味で変えてくれたのが………奏ちゃんだったわね」

 

 いずれにしても、一人子どもには重すぎる〝使命〟を負った彼女に訪れた………〝一度目〟の転機こそ―――天羽奏―――その人であった。

 

 

 

 

 

 現代の音楽史にその名を轟かせ、刻むこととなるツヴァイウイングの〝翼たち〟の出会いの前に―――今から五年前、翼が十三歳の年に起きた〝皆神山(みなかみやま)の悲劇〟を先に記しておかなければならない。

 皆神山とは、長野県長野市松代町にそびえ立つ、凝固した溶岩が積もりに積もってできた標高659メートルの山の名であり、不可思議な伝承に事欠かない地である。

 五年前、聖遺物発掘の為にかの山に訪れ、調査をしていたチームは、突如現れたノイズたちの襲撃を受け………たった一人を残し、ほとんど死亡してしまった。

 

 そのただ一人の〝生存者〟こそ………当時一四歳だった天羽奏。

 

 発掘チームの主任であった両親に連れられて山中に来ていた彼女は………八年前の自分と同じく、目の前で家族がノイズに殺される惨劇を直に突きつけられてしまい………生き残ってしまった。

 

「家族を失ったばかりの奏君は………〝狂犬〟と表現する他ないくらいに、荒んでいたものさ………哀しみに暮れるどころか、愛する肉親たちの命を奪ったノイズへの憎しみに駆られていた」

 

 弦さんの追憶の言葉と、地球から齎された装者としての彼女の映像を元に、私はイメージを思い浮かばせた。

 

 

 

〝離せぇ! 離せよッ! アタシを自由にしろッ!〟

 

 特異災害対策機動部に保護された彼女は、特機部が〝ノイズと戦う組織〟でもあると理解した途端、対ノイズ兵器を要求し、それこそ弦さんが比喩していたように〝狂犬〟の如き凄まじさで、拘束具を付ける措置を取らざるを得ないほど、暴れ回っていたとのことだ。

 

〝お前ら……ノイズと戦ってんだろ!? 奴らと戦える武器も持ってんだろ!? だったら私にソイツを寄越せッ! 奴らをぶっ殺させてくれッ!〟

 

 手足の自由を奪われても尚、天羽奏の〝復讐の念〟でできた炎は、彼女の胸の内で燃え滾り、拘束具を強引に壊さんとする勢いで暴れ狂いかけていた。

 

〝辛い記憶を思い出させるだろうが………ノイズに襲われた時のことを、詳しく話してはくれないか? 俺たちが――君の家族の仇を取ってやる〟

 

〝眠てえことほざいてんじゃねえぞおっさん! つべこべ言わずアタシにノイズをぶち殺させろッ!アタシの家族の仇討ちができるのは―――自分(アタシ)しかいねえんだッ!〟

 

 どうにか激情を鎮め、宥めようと静かに諭す弦さんの言葉にも、全く耳を聞き入れなかったらしい。

 

〝それは………君が地獄に落ちることとなってもか?〟

 

 弦さんのこの警告に対しても、彼女がこう答えたと言う。

 

〝奴らをこの手で皆殺せるんだったら―――アタシは望んで地獄に落ちてやるさッ!〟

 

 まさか………家族との死別だけでなく、そう言うところまで、自分と〝似ていた〟とわな。

 あの頃の私も、それこそ地獄に落ちても構わないと思うまでに、ギャオスどもを〝イッピキノコサズ〟皆殺しにしようと憎悪の業火で怒り狂っていた。

 

 

 

 

 家族の喪失によって生まれた〝怨念〟を、ノイズたちにぶつけるべく、ノイズに対抗できる武器――シンフォギアをものにしようとしていた天羽奏であったが、その道のりは険しいどころではない域で、過酷を極めた。

 

「ただ………奏ちゃんは翼ちゃんと違って、シンフォギアに適合できる資質に恵まれていたわけじゃなかった……」

 

 シンフォギアの眠りを覚まし、その力を鎧にして纏い、武器にして手に取れる歌声の主は、決して多くなく、彼女もまた、本来はギアを適合できる人間ではなかった。

 無論………シンフォギアを適合できる体質じゃない〝事実〟にぶちあたった程度で鎮火されるほど、天羽奏の復讐の炎は柔なものではなかった。

 

「だから彼女がギアを纏うには、私が開発途上だった人間と聖遺物を繋ぐ制御薬――Linker(リンカー)で、あの子の体を人為的に適合者へ作り替えなければならなかったの」

 

 適合者でないのなら―――適合者になればいい。

 薬物投与で、無理やり自分自身の体を、適合者に〝改造〟させる………彼女は躊躇せず、その選択肢を選び取った。

 

「………」

 

 響の顔が………〝絶句〟で固まってしまっていた。

 憧れの人が選んだ過酷な〝道〟を踏まえれば、詮無きことである。

 いくら本人が望んでいたからって………やっていることは人体実験そのもの、良心が育まれていればいるほど、怒り、嘆かずにはいられない………〝非人道的〟と糾弾されても致し方ない行為だ。

 まあ………かく言う私も、そんな非人道的行為に自らの意志で踏み込んだ性質ではあるのだけれど。

 

「俺たちは奏君を適合者にする為に、それはもう………痛めつけてきた…………たとえ本人が強く希望してきたとしても、その事実はくつがえらない」

 

 事実、人並み以上の良心の持ち主な人格者である弦さんにとって、今でも罪悪感の〝疼き〟に苛まれるほど、天羽奏を適合者にさせる実験は、困難かつ壮絶なものであった。

 

 体の中に異物が流し込まれるのだ……肉体の主がいくら望んではいても、肉体がその異物に侵食される事態を許すわけもない。

 体内に侵入した〝異物〟を排除しようとするあまり、免疫作用が過剰に働き過ぎて逆に自らの生命を危険に陥れ、処置が遅れれば最悪死に至らしめる〝アナフィラキシーショック〟と言う症状があるのだが………そのLinkerと名付けられた薬物を投与された彼女の肉体は、スズメバチやフグの毒、中毒性の高い薬物とは比較にならない強すぎる拒絶反応を示した。

 

 喩えとしてはいかがなものではあるけど、弦さんたちの話から想像するに、見てから一週間後に死ぬ〝ウイルス〟を入れ込まれる〝呪いのビデオ〟に殺された人間の断末魔の瞬間に匹敵するほど………天羽奏の顔が苦痛で歪みに歪み、のたうち回ったに違いない。

 それを見ていることしかできずにいたあの時の弦さんも、唇と拳を、噛みしめ過ぎる余り、握りしめすぎる余り、血を流してしまっていたのだと窺えられた。

 だがそうまでしても、肉体はシンフォギアと〝適合〟できず。

 

〝ここまでなんてつれねえこと言うなよ……〟

 

 実験を中止させようとした弦さんたちの制止を振り切り、既に許容量ギリギリまで投与されていたにも拘わらず。

 

〝パーティー再開と行こうぜ……〟

 

 彼女はジョークまで呟きながら、Linkerの入ったトリガー式の注射器を自らの首に突き刺して、注入させた。

 とうに侵入してくる異物――Linkerの排除で疲労困憊だった彼女の体は、さらなる流入に強烈なアナフィラキシーショックを引き起こし、吐血、実験室の床に少女の赤い血による水たまりができあがった。

 

〝適合係数が上昇してる? 第一、第二……第三段階も突破……〟

 

 その常軌を逸していると思われかねない執念が実を結んだのか、第三号聖遺物――ガングニールが休眠状態から脱し、天羽奏の意志と共鳴し。

 

〝Croitzal ronzell gungnir zizzl〟

 

 奏でられた〝聖詠〟で、ガングニールは完全覚醒し、口元と両手を中心に血まみれとなった彼女の全身に、アンチノイズプロテクターが装着され、装者へと〝変身〟した。

 

〝これで奴らと戦える……ガングニール………アタシのシンフォギアッ!〟

 

 今より五年分幼かった翼も、その瞬間を目の当たりにしていた。

 

〝覚悟も持たず、のこのこと遊び半分に戦場(いくさば)へしゃしゃり出てくる貴方は―――奏の、奏の何を受け継いでいると言うのッ!?〟

 

 あのような光景を目にしていれば………覚悟が足りぬまま中途半端に戦場に入ってきてしまった響を断じてしまうのも………ガングニールの装者となってしまった事実を受け入れられなかったのも分かる。

 翼の相棒は、文字通り血反吐に塗れてシンフォギアの〝力〟を手にしたのだ。

 たとえそれが〝憎悪〟と〝復讐心〟に塗れたものだとしても………敬意を抱かずにはいられなかっただろう。

 逆に、相棒が辿った苦難の道を通ることなくシンフォギアを扱えてしまう自分自身に、コンプレックスを抱かせてしまうことにもなっただろう。

 

 その気持ちが昨夜の暴走の〝一因〟となってしまったのは、疑いようがない。

 

 

 

 そうして風鳴翼と天羽奏は、ノイズを討つ装者(せんし)として、不条理が蔓延る戦場に身を投じた。

 その模様は、地球の記憶から教えられたことで、私も一応知っている。

 後に〝一心同体〟と言う表現が相応しいくらい、戦闘でもライブでもパートナーシップを発揮していた二人も、最初は決して足並みは揃ってはいなかった………むしろ〝二重奏〟からほど遠いくらい、揃わなかった。

 当初奏は強すぎる復讐心のまま、独断専行して飛び込むことなどしょっちゅう起こしていたし、決して押しの強い方ではない翼は、彼女の猛進を止められず苦虫を嚙んでばかりだった。

 それでも二人は、死線を潜る度に、少しずつ歩み寄り、心を通わせ合い、唯一無二のパートナーとして縁を深め合い………復讐を戦う理由にしていた奏自身の心にも、ある決定的な〝転機〟が訪れた。

 ある日の戦闘の後、戦友とも言える自衛隊員たちの救出作業を手伝っていた二人は、瓦礫の山の中で埋もれていた隊員たちを助けた際、彼らから感謝の言葉とともにこう言われたのだ。

 

〝もう、ダメかと思いましたが………貴方たちの歌声を聞いていたら、こんなとことで諦めてたまるかと踏ん張れて、どうにか生き残れました……感謝します〟

 

 隊員たちからのその言葉と自身の歌が人を勇気づけ、力を与えた〝事実〟は、〝復讐鬼〟であった天羽奏を〝守護者〟に変えるきっかけとなり、そしてツヴァイウイングを結成させるきっかけにもなった。

 

 

 

 

 ツヴァイウイングの二人の存在を知り、歌を聞いて以来、ずっと、私は知りたかった。

 自分と同じ、目の前で家族を殺される境遇を味あわされた筈なのに、憎しみの炎で自らを焼き尽くしてもおかしくはなかったと言うのに……どうして天羽奏は………あそこまで真っ直ぐで、眩くて、生気が溢れながらも包み込むような温かさも持った〝歌〟を奏でられるのか?

 どうして……あそこまで、その歌声が多くの人々に今でも〝希望〟を与え続けているのか?

 私が、彼女たちの歌声に魅入られたのも、それが理由の一つ。

 

 マナで生まれたシンフォギア――ガメラを手にしたあの日と、今日弦さんたちが話してくれた〝過去〟によって、ようやく〝答え〟を得られた。

 

〝諦めるな!〟

 

 瀕死の響に投げかけた――あの言葉に込められた〝おもい〟も。

 

 今となってはどうしようもないのだけれど、叶わぬ願いと知りながら、願ってしまう。

 

 あの人と、直に会ってみたかったと………そして願わくは、一緒に歌い合い、奏で合い、互いの歌声を響き合わせてみたかった。

 

 でも、万が一の確率で来るかどうかも怪しいその機会はもう、永遠に来ることはない。

 

 二年前のあの日に起き、立花響と風鳴翼ら、少女たちの〝生〟も大きく狂わせた〝災厄〟によって、喪われたのだから。

 

つづく。




しかしマリアさんが某不愛想系猫舌ライダーがフレンドリーになるくらいの猫舌とはwwwやっぱりクリスちゃんと並んでシンフォギア一の萌えっ子なお姉さんっすね(2828


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#11 - 追奏曲Ⅱ/落涙

今回の話のイメージBGM&ED「カヴァレリア・ルスティカーナ 第8景 交響的間奏曲」


 土曜日の休日もすっかり夕刻になり、律唱市の空も暁の色に染まり、暮れようとしている太陽に照らされ、夜の訪れを街に告げ、市内に流れる河川の水面は夕焼けの光を絶えず模様の形状を変えながら反射していた。

 河川の川岸は、19世紀により派生したネオ・バロック風のレンガ道にて舗装され、局地的ながらヨーロピアンな光景を形成していた。

 そんなレンガ道を、学校帰りの朱音と響が歩いている。

 いつもなら、未来ら他の級友たちと一緒に横並びで下校していることが多いのだが、今日は朱音が先頭を歩き、その後ろを三メートル近い間をキープさせている響が歩を進ませている状態であった。

 

 

 

 制服の上着のポケットから、私はライターに似た形をしている物体を取り出し、供えられているボタンを押すと物体は展開され、スマートフォンらしい長方形型携帯端末に変形した。

 2010年代はなまじ色々機能を盛り込んだせいで大きくてかさむなんて不評も少なからず出してきたスマホも、今ではこうして折り畳みができ、いわゆるかつてのガラケーよりもコンパクトに持ち運べるようなっている。

 足を歩かせたまま、私はスマホでネットを繋ぎ、ニュースサイトにアクセスして検索を掛けた。他に通行人がそういないとは言え、このご時世でも問題である〝ながらスマホ〟なのだが、ここは目を瞑ってもらいたい。

 探していた記事が複数見つかり、私は端末に備わっているホログラム機能で、画面から3Dモニターを表出させた。

 立体画面に投影されている記事の数々を読み進める。

 見出しの記事名や記事文にはそれぞれ、このようなことが書かれていた。

 

《生死を分けたのは、避難民同士の争い》

《絶えぬ生存者への中傷》

《現代の魔女狩り》

《〝人殺しに血税を使うのか〟と非難殺到》

《ネットから現実へ肥大化する論争》

《生き残った中学生、校内の陰湿ないじめを苦に自殺》

《被害者の父、家族を残して失踪》

 

〝お前がどんだけ血まみれになってまで戦っても、奴らは同族同士の無様でバカバカしくて惨めな争いで血まみれになるのを繰り返すだけだぞ〟

 

 もしかの核の落とし子たる〝怪獣の王〟が言葉を発せられたのなら、こんな〝皮肉〟を私に言い放ってくるのは間違いない。

 実際私も、人間(わたしたち)にはそういう〝面〟がどうしようもなく存在している事実からは目を逸らす気はないし、認めている。

 何しろ……私(ガメラ)とギャオスどもとの戦いは、怪獣同士の戦いの〝皮〟を被った人間たちのイデオロギーのぶつけ合いな〝代理戦争〟でしかなかったのだから。

 

「朱音ちゃん……」

 

 マスメディアを通じて、タガの外れた人間たちの残酷さを直視していた私は、丁度市内の主要交通機関たるモノレールの高架橋とその影を通り過ぎた辺りにて、後ろにいた響の声が聞こえた。

 この子の声を耳にするのは、かれこれ数十分振りである。リディアンの校舎を出て以来、ずっと一言も発しない状態が続いていたからだ。

 私もどう声を掛けるべきか、上手く言葉として纏められずにいて今に至っている。

 

「なに?」

 

 3Dモニターを切り、スマホを折りたたみ直してポケットに入れながら、何事もないように振る舞いつつ、振り向いた。

 夕焼けの光でできた高架橋の〝影〟の中に、佇んでいる恰好な響。 

 太陽に負けない笑顔を見せてくれる筈のあどけない顔には、高架橋のよりも濃い〝影〟が………差し込まれていた。

 

「私のせい……だよね?」

「っ…………」

 

 声を震わせて投げかけられた問いに、どう答えていいか分からず、困惑する。

 

「いや………決して君の――」

「私のせいだよッ!」

「響………」

「私があの時早く逃げなかったから………奏さんと、翼さんは……」

 

 今の響が、ここまで自分を攻め立てる理由、それは今日、二年前のかのツヴァイウイングのコンサートライブ中に起きた〝惨劇〟の真相を、弦さんたちから知らされた――からだった。

 

 

 

 

 

 その日、響は一人、ライブコンサート会場にいた。

 元々コンサートのチケットを手にしたのも、響を誘ったのも未来であり、本当は二人で来る予定であったのだが、当日盛岡にいる彼女の家の親戚が怪我をして、お見舞いの為に急に遠出しなければならない家庭事情で来られなくなったからだ。

 

 そして実はこのコンサート、ツヴァイウイングがファンの為、かつノイズが蔓延る世界でも〝希望〟の灯を絶やさない為に開かれただけではなかった。

 

〝ネフシュタンの鎧〟

 

 旧約聖書の民数記、第二十一章に登場する古代イスラエルの指導者モーゼが作り出した青銅の蛇の英名――〝Nehushtan〟 の名を冠した鎧。

 櫻井博士が〝希少〟と表していた、現代にでもほぼ完全な形で残されていた〝完全聖遺物〟の一つを、人間の奏でる〝歌声〟に宿っており、聖遺物を目覚めさせる鍵となるエネルギー――フォニックゲインで起動させる実験の準備が、あのコンサートの裏で進行していたのである。

 経年劣化で破損した聖遺物の一部から作られ、担い手が限られるシンフォギアと違い、一度起動すれば誰の手にも使える(ただし、使いこなすにはやはり相応の鍛錬は必要となる)一方、眠りから覚醒させるには大量のフォニックゲインが必要となる。

 その為に二課は、ツヴァイウイングの二人と、コンサートに駆け付けた十万人近い多数のファンによる、ライブの興奮と熱気と一体感より生じたフォニックゲインで、ネフシュタンの鎧を目覚めさせようとしたのだ。

 目的は対ノイズ戦用戦力の増強もあったのだが、まだまだ謎の多い古代のテクノロジーの産物たる聖遺物の解明と、ノイズ対抗手段をより上段に駆け上がらせるのが実験を行う理由であったと言う。

 しかしまあ………よくこんな大勢の民間人が目と鼻の先にいる実験を、広木防衛大臣ら政府の面々から許可を出してもらえたな……と最初聞かされた時は思ったものだ。

 実際、実験の詳細を記した計画書を読み通した広木大臣は、シンフォギアシステム等の聖遺物の有用性に理解を示した上で、二課からの申請を却下、後日計画書を練り直して提出する旨を伝えたらしい。

 皮肉にも、プレゼンテーションが行われていた基地施設にノイズどもがいきなり押し入り、それを翼と奏の二人が掃討すると言う〝百聞は一見にしかず〟によって、その日の内にネフシュタンの鎧の起動実験――《Project:N》は受理された。

 

 ただ弦さんたちを弁護すると、あの日のコンサート自体は実験ありきに開かれたわけではない。

 

〝歌で人々を勇気づけ、希望を与える〟

 

 天羽奏が翼とともに装者としての戦いの日々で見出した〝信念〟によって生まれたツヴァイウイングとしての列記としたアーティスト活動の一環だったのである。

 

 だがさらに皮肉にも、その日、希望を齎す筈のコンサートは、逆に会場に駆け付けた人々絶望を与える阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまった。

 

 

 

 

 最初はコンサートも、その際に生まれるフォニックゲインを燃料に同時進行するネフシュタンの鎧の起動実験も順調であった。

 

〝測定器は正常稼働中、フォニックゲインも想定内の伸び率を示しています〟

 

 ライブの幕開けから〝逆光のフリューゲル〟と言う大盤振る舞いで盛り上がる会場の別室で設けられた実験室内の安全弁の中で、ネフシュタンの鎧は少しずつ眠りから目覚め。

 

〝成功みたいね、みんなお疲れさま~~♪〟

 

 弦さんに櫻井博士も含め、その場にいた全員が成功を確信した矢先、響く警告音(アラート)と、点滅する警告灯。

 

〝どうした!?〟

〝安全弁(セーフティ)内部のエネルギー圧が急上昇―――このままでは起動、いえ……暴走します〟

 

 完全に〝想定外〟であったネフシュタンの鎧から発せられる高出力高密度のエネルギーは、安全弁の檻をいとも容易く破り、暴発した。

 

 

 

 

〝こっから五時間、付いてこられるかぁぁぁッーーーー!!〟

〝Oh――――ッ!!〟

〝それじゃ一緒に、もっと盛り上がって行こうッ!〟

 

 同時刻、一曲目を歌い終え、二曲目で逆光のフリューゲルと並ぶツヴァイウイングの代表曲――《ORBITAL BEAT》の前奏に入った会場の中央の円形ステージから爆発が巻き起こる。

 アクシデントか? ライブの演出か? その区別がつかず観客たちの混乱の感情が渦巻きだした会場に舞う無数の炭の粒子たち。

 特異災害が起きる……前兆(まえぶれ)。

 

 ここからは、私も地球の記憶で見た光景だ。

 

〝ノイズが……来るッ〟

 

 爆心地を突き破る形で、体長およそ二十メートル以上の四足歩行のワーム型が二体出現、続く形で一緒に大量の蛙型と人型がステージ上に現れ、異形の群体は我先に逃げ惑う観客に襲い掛かった。

 逃げ遅れ、ノイズに触れられ、または捕まった観客は生きたまま、悲鳴を上げたまま生体組織は炭素分解されていった。

 

〝行くぞ翼ッ!〟

〝待ってッ!〟

 

 ノイズどものが描く虐殺絵図の生き地獄に飛び込もうとする奏の腕を、翼は両手でつかみ上げ、引き止めた。

 

〝ダメだよ……今ガングニールを纏ったら……〟

 

 今にも涙を零しそうな悲痛な表情で、相棒に眼差しを向ける翼。

 

〝翼………〟

 

 眼差しを受ける奏は、少し困った様子を見せながらも、翼の手を強く握り返し。

 

〝付き合ってくれ―――アタシの我がままに〟

 

 決意を秘めた真っ直ぐな眼差しを、笑顔と一緒に翼に向けた。

 複雑な心情を顔に浮かばせながらも、翼は静かに頷き。

 

〝Croitzal ronzell Gungnir zizzl(人と死しても、戦士と生きる )〟

〝Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く ) 〟

 

 二人は同時に聖詠を奏でながら、ガングニールと天ノ羽々斬りを掲げ――〝変身〟。

 ノイズと言う名の〝カタストロフ〟へ、立ち向かっていく。

 

〝――――♪〟

 

〝覚悟〟と……どこか〝儚さ〟を帯びた奏の熱く滾る歌声で、会場にいるノイズたちは位相差障壁を無効化され、この世界の物理法則に置かれる。

 スピードに秀でた天ノ羽々斬を纏った翼が、右手の刀(アームドギア)で切り抜けながら撹乱し。

 奏がその隙を突き、両腕の籠手(ガントレット)を合体、変形させた大振りの、白い刃と赤い発光体を中心に携えた形状の槍を振るい、投擲した槍から多数の分身を生成させて流星雨の如く降らせたり、槍の穂先を高速で自転したことで生じた竜巻を叩き付けるなどと言った大技でノイズたちを狩っていった。

 

 しかし、最初こそ数の差をものともせず攻め立てていた二人、今までの戦いとは比べものにならない物量を前に、次第に押されていく。

 数の利はこちらにあると、ノイズたちはその物量で二人を引き離し、連携を崩した。

 

〝ガングニールが……〟

 

 さらに追い打ちとして、奏のアームドギアの発光体の輝きが弱まり、ギアの出力が低下。

 

〝インチキ適合者じゃここまでかよ!〟

 

 敵の攻撃を回避しながら毒づく。

 Linkerを体内に投与することで、後天的適合者となった奏ではあったが、文字通り血反吐に塗れながらも得た力であるシンフォギアを纏える時間には〝制限〟があり、奏はそんな自分を〝時限式〟、または〝インチキ適合者〟と揶揄していたと言う。

 加えて、ネフシュタンの鎧の起動実験の関係上、ここ数日はLinkerの服用を控えており、いつもよりシビアな時間制限の中戦わざるを得ず、既に体はギアとの適合に限界が迫っていたのである。

 アームドギアはおろか、アンチノイズプロテクターすら実体化を維持できず霧散するのは時間の問題、しかし合理的思考では撤退が適していたとしても、未だ会場に蔓延するノイズと相棒を置いて逃げるほど、天羽奏は非情ではなく、適合率の低下で重くなっていく体に鞭打って敵を迎え撃っている中………少女の悲鳴が奏の耳に入った。

 

 その少女こそ………響だった。

 

 爆発、ノイズの大量出現、追われ逃げ惑う観客、戦場で〝歌いながら〟迎え撃つツヴァイウイング。

 

 次々と押し寄せる非日常な濁流を前に、この時の彼女は逃げることもできず、ツヴァイウイングの勇姿を目の当たりにし、足場たる観客席の崩落で会場に放り込まれて、やっと我に返った。

 

〝大丈夫か!?〟

 

 脚を挫いてしまい、碌に走れなくなった響に、奏は駆け寄る。

 

〝あ……危ない!〟

 

 二人ごと殺そうと、人型ノイズが一斉に突進を仕掛け、響からの警告が功を奏して振り向きざまに奏はアームドギアを盾にして受け止めた。

 だが、ノイズの猛攻とともに、ギアとの適合率の低下は容赦なく奏を攻め立てる。

 口から呻き声が零れていく。

 アームドギアはとうに、攻撃を阻めるだけの強度を残しておらず、受ける度に亀裂が入り、入っては砕けていき、鳥の羽毛めいた髪と同じオレンジ色を主色とした身に纏うプロテクターにも、アーマーを中心にボロボロになっていった。

 

〝奏ッ!〟

 

 引き離された翼は、ノイズに取り囲まれていた上に、この時は今と比べて対複数用の技を身につけておらず、助太刀しようにも危機に陥る相棒の下へ駆けつけられずにいた。

 

〝くぅぅ……〟

 

 人型の攻撃が続き防戦一方な中、二体のワーム型のノイズの口から鈍い色合いの溶解液が吐き出された。

 

〝走れッ!〟

 

 発破をかけられた響は、挫いて思うように動けない片足も懸命に踏ん張りを入れて走り出した。

 奏は槍の柄を回転させてそれを食い止め、どうにか響が逃げ切るまでの時間を稼ごうとするも、損傷の激しいアームドギアは………ほんの数秒は受け止められたものの、押し寄せる水圧に耐えきれなくなり、刃の一部が砕け………弾丸並の速さで飛び散った破片が、響の胸に、突き刺さった。

 

〝んなろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!〟

 

 自身のシンフォギアの一部で少女が血を流した瞬間を目にした奏は、息を呑みながらも螺旋の槍となって突撃してきた飛行型をなけなしの――渾身の――拳打で打ち砕き。

 

〝おい!しっかりしろ!〟

 

 破片からの衝撃で観客席だった筈の岩塊に叩き付けられた響の下へ駆け寄り。

 

〝お願いだ………目を開けてくれ! こんなところで死ぬんじゃねえ!〟

 

 必死に、胸部を中心に血まみれとなり、瀕死の状態な響を呼びかける。

 

〝諦めるなッ!〟

 

 奏の叫びが届いたのか………閉ざされていた響の瞼が微かに開かれ、虚ろながらも自分を呼びかけた彼女を見上げた。

 まだ………生きている。

 その事実に奏は瞳を輝かせ、笑顔と言う形で心から喜び………華奢な響の体を抱きしめる。

 これ以上響を傷つけぬよう、そっと腕から離した奏は、〝決意〟で固めた眼差しをノイズの群れへと向け、立ち上がった。

 

〝今日はこんなにたくさんの連中が聴いてくれてんだ………なら、出し惜しみはしない………私の〝とっておき〟を、くれてやる―――〟

 

 傷だらけのアームドギアを手に、奏がゆっくりと歩を進め。

 

〝―――絶唱ッ〟

 

 今の自分にとって………死に直結している行為であると覚悟の上で、奏は禁忌の詩――〝絶唱〟を奏で始めた。

 

〝――――♪〟

 

 オペラ調の旋律で、荒廃したライブ会場に響く――歌声。

 

〝いけない奏ッ! 歌ってはダメぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 相棒からの制止の叫びに、奏は頬に流した一筋の〝涙〟で詫び入れながらも、歌うことを止めない。

 

〝――――♪〟

 

 その歌が自分たちのにとって本会を遂げられず〝破滅〟を齎すものだと感づいていたのか、ノイズたちは各々攻撃を再開するも、奏の歌声に呼応してギアから放出されるエネルギーフィールドが、奴らの攻めを頑なに阻ませた。

 

〝アタシの歌は、アタシの生きた証、たとえ燃え尽きる運命(さだめ)でも、覚えていてくれる人がいるなら、怖くない―――〟

 

 禁忌の詩を奏で終えた奏は、命を繋ぎ止めている響へ振り返り。

 

〝―――ありがとう………生きてくれて〟

 

 青空のような………晴れやかで澄み切った〝微笑み〟で、そう呟いた。

 

 直後、奏の全身から発せられた膨大なエネルギーフィールドはドーム状に広がり、その荒波を受けたノイズたちは全て、炭となって砕け散り、吹き飛ばされていった。

 

 絶唱――シンフォギアシステムの最大の攻撃にして、諸刃の剣。

 

 特定の詩の歌唱で極限まで高められたエネルギーを、アームドギアを介して一気に放出させる技。

 その威力は折り紙付きである一方、装者に掛かる負担(ダメージ)も甚大。

 特に………後天的適合者である上に、とうにギアとの適合に限界が来ていた奏にとって………自らの命を〝燃やす〟歌であった。

 

 夕暮れの空の下、ライブ会場を地獄絵図に塗り替えたノイズの群れを全て駆逐した奏は、その場で力なく倒れる。

 アンチノイズプロテクターはボロボロで破けていない箇所はなく、彼女自身も………その身に受けた絶唱のエネルギーで、全身のありとあらゆる細胞はほとんど壊死してしまっており、その身に宿る命は………〝風前の灯〟であった。

 

〝奏ッ!〟

 

 翼は大粒の涙を流して、奏の体をそっと抱き上げる。

 

〝どこだ………翼………もう、真っ暗でお前の顔も見えやしない……〟

 

〝ここだよ………私はここにいるよ!〟

 

 奏の五感は、聴覚を残してほとんどが壊れており、翼の泣き顔すら、今の彼女の目は捉えることができずにいた………自分の体が翼に抱きしめている皮膚感覚すら全くなく、彼女の泣き叫ぶ声で、やっと翼に抱かれているのだと気づいた。

 

〝悪いな………もう一緒には歌えないみたいだ………〟

 

〝どうして……どうしてそんなこと言うの? これからも二人で歌いたいって………二人でみんなを勇気づけようって、言ってくれたじゃない! 奏の嘘つき! 奏の………意地悪……〟

 

〝だったら翼は……弱虫で……泣き虫だ……〟

 

〝それでも構わない! だから………ずっとずっと一緒に歌ってほしい!〟

 

〝嬉しいよ、そう言ってくれて………でも、いいんだ………ここでアタシが消えても………アタシの歌は―――〟

 

 最後まで、翼に言葉を伝えきれぬまま………奏の全身は崩れ去り、まるで鳥の羽の如く飛び、散っていった。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!〟

 

 嗚咽で崩れ落ちる翼と、命を死の瀬戸際で繋ぎ止めている響を残して。

 

 その日以来、風鳴翼からは〝笑顔〟が消えた。

 

 ファンら人間たちを相手に歌っている時でさえ、影が付きまとい。

 

〝自分が弱かったから奏は死んだ………なら、自分が奏にならなければ………それが生き残ってしまった自分への罰なのだ〟

 

 

 とばかりに、頑なまでに一人で鍛え、一人で戦場の中、ノイズを相手に歌い……戦い続けてきたのであった。

 

 

 

 

 

 地球から送られた〝あの日〟の夕焼けと、今日の夕焼けは、とてもよく似て鮮やかな色合いだった。

 心なしか……その夕陽の光に照らされてできたモノレールの高架橋の影は、いつも夕方に見る陽の影より、黒味が濃く見える。

 

「だって私……あの時あそこにいて、逃げもせず見てたんだよ………〝歌〟を聞いてた筈なんだよ………」

 

 だけど、影の中にいる響の姿を、目にすることができていた………夕焼けの光の恩恵を受ける、周囲の風景よりも、くっきりと。

 

「私がぼっーとしてなかったら…………奏さん………あんな無茶をして、死なずにすんだかもしれないのに……」

 

 二つの握りこぶしを中心に、秒刻みで自分より一回り以上小さな身体の震えが、強まっていく。 

 

「なのに私………軽々しく一緒に戦いたいとか………〝奏さんの代わり〟になりたいだなんて…………酷いこと………翼さんに……」

 

 ぐすっと呑まれる……水気の入った息。

 丸みのある双眸は閉じているのに、そこからは流れる大粒の涙は……すっかり響のまだ幼さが残る顔を、濡らし尽していた。

 レンガが組み合わさってできた歩道に、響の涙の一部はぽたぽたと零れ落ち、斑紋が幾つもできていった。

 

〝奏さんの代わりになる〟

 

 もし、昨夜の翼に言おうものなら、心を鬼にして平手打ちを与えていた〝言葉〟。

 やっぱりあの時の響は、軽率にもその言葉を発しかけていたのだ。

 もし、実際に口にしてしまえば、最も過敏な逆鱗に触れられた翼が、軽率にも触れてしまった響に怒りをぶつけ………あの時点で二人の間に生まれていた〝溝〟は、和解が絶望的になるまでにより広がり、深くなっていたことは避けられなかった。

 私も翼なら、安易に……一番踏み込んでほしくない部屋(こころ)に押し入った少女を、とても許すことはできなかったと断言できる。

 たとえ……友達になってくれた女の子でも、弦さんからの〝協力要請〟を即断で了承してからのあの子の行動、言動の数々は、浅はかとしか言い様がない。

 でも………怒り任せに響を糾弾しようなんて気は、起きるわけがない………そんなのは血も涙もない非道な輩がやることだ。

 響はちゃんと、自分の〝過ち〟を認めている………いやそれどころか、昨夜の翼への行為に対する過失だけでなく、あの日奏を死に追いやり、翼の心を荒ませてしまったのは自分のせいだと、自身を過剰なまでに攻め立ててしまっていた。

 

〝罪悪感〟

 

 良心や慈しみと言ったものが育まれていればいるほどに、己を傷つけていく感情(こころ)の一つ。

 

 私も、人並み以上の優しさを持っているが為にすすり泣く響の姿に、身も心も裂かれてしまいそうな思いだった。

 たとえ〝人を助けたい〟想いが本物であり、自分もその想いがどれ程尊く眩いものか分かっているがゆえの〝戦わせたくない気持ち〟は………さらに膨れ上がってくる。

 戦場(あのせかい)は、今この子が味わっている苦しみよりも、もっと遥かに酷薄で残虐な〝地獄〟を見せようと待ち受けているから。

 

 でも、きっと………響は止められない………どれ程私が身を以て阻んだとしても、たとえ未来が止めようとしたとしても、彼女は踏み越えてしまうだろう。

 

 今日、改めて思い知った。

 もう既にこの子の人生は………あの日の〝災厄〟と、生き延びた先に待っていた〝人災〟で、狂わされてしまったのだと。

 

 なら………せめて………私の体は意識するまでもなく、動き出し―――

 

 

 

 

 

 優しさと、かつて味わった〝経験〟で生まれてしまった〝内罰性〟で自分を責め、瞳から止まらず零れ落ち続け、高架橋の影の内で涙に暮れている響は、とうとう立っていることすらできず………レンガ道に崩れ落ちようとしていた。

 そして膝が折れ、前かがみに倒れかけたその時、小柄の部類に入る響の身体は抱き止められた。

 体に伝った感触に、涙で閉ざされていた響の目が開かれ、自分を受け止めたのは朱音だと、悟った。

 

 朱音は何も言わず………そっと両腕を包み込むように、響の小さな背中に回して、抱き寄せる。

 

 言葉にせずとも、雄弁に語る………朱音の抱擁から伝わってくる柔らかで芯まで伝ってくる温もり。

 

 それを感じ取った響の瞼が再び潤いが溜まっていったかと思うと………幼い子どものように、朱音の腕の中で、彼女に縋る形で、激しく泣き叫んだ。

 

 いつの間にか沈み続ける夕陽で、高架橋の影は二人を通り過ぎ、鮮やかな陽の輝きが二人を照らす。

 

 響の涙はそれから暫く、完全に日が暮れるまで続いたが、それまで朱音はずっと抱きしめたまま、友の感情(こころ)の奔流を、慈しみを以て受け止め続けるのだった。

 

つづく。

 



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#12 - 彷徨う翼

朱音が今回劇中で歌っていた曲→A/Z・SawanoHiroyuki[nZk]:mizuki

ようつべで公式がミュージックビデオを出しているので、買うか借りる暇ない方はそちらを。


 翼が引き起こしてしまった〝私闘〟から、数日が経過した五月の初め。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!〟

 

「ハッ!」

 

 過去の自分自身の泣き叫ぶ声によって、翼の意識は夢の中から、叔父弦十郎の住まいである〝武家屋敷〟の一室であり、翼の私室である〝現実〟へと瞬時に引き戻され、飛び起こされた。

 時刻は深夜午前一時二十四分、ほのかな月の光が部屋の窓を通して慎ましやかに降り注いでいるものの、マネージャーの緒川の尽力で今日は部屋の主の悪癖の脅威を受けず整理整頓されている室内はほぼ夜の闇に覆われ、窓際に置かれた文机の上には、在りし日の翼と奏の二人が笑い合って写っている写真が添えられたフォトフレームが立っている。

 本来なら静寂も、じっくりと朝まで座している筈なのだが………ここでは先程まで悪夢(かこ)に魘されて、今は叩き起こされたばかりの翼によって半ばその秩序(ちんもく)は破られてしまっていた。

 

 ろくに呼吸もせず激しい運動を行っていたかのように、翼の息は荒れに荒れ、両肩は大きく上下運動をし、スレンダーな胸部も膨張と収縮を繰り返している。

 寝間着である水色の着物は彼女の体から流れ出した汗が染みつき、寝乱れて髪がダメージを受けぬよう軽く三つ編みにしている青みがかった長髪にも、それらの汗が多く付着していた。

 

 こんな真夜中の時に彼女を無理やり覚醒させた〝悪夢〟とは言うまでもなく………天羽奏との永久の別離のあの瞬間だった。

 あのライブの日の惨劇以来、翼は何度もあの時の〝記憶〟を悪夢として何度も見ては……苛まれている。

 忘れたくとも………忘れられるわけがなかった。

 瀕死の状態であり、自分が抱き上げていた奏の体から亀裂が走り………自分の腕の中でバラバラに飛び散っていった感触は、二年経った今となっても鮮明に翼の脳裏に焼き付けられていたのだから。

 

 ある程度時間が経つと、乱れた呼吸が大分落ち着きを取り戻した………と引き換えに、翼は三角座りにより膝頭で盛り上がった寝具に、自身の顔を押し付ける。

 口を固く締めながらも、それでも部屋に響く、翼の泣き声。

 月光は、彼女の瞼から零れ落ちてくる涙を照らし、煌めかせていた。

 

 

 

 

 私の………せいなんだ………奏が〝あの日〟死んだのは。

 私が、未熟だったから………弱かったから………戦う覚悟が足りなかったから……奏に甘えてしまっていたから……奏を死なせてしまい………私だけのこのこと一人、無様に生き残ってしまった。

 あんなことは二度と繰り返すまいと、私は………人類守護に携わる〝防人〟であり………人類を脅かす災厄を切り払う〝剣(つるぎ)〟なのだと、己に刻み、一人………一層の研鑽を重ねてきた。

 

 剣に――〝涙〟――は必要ない。

 

 二度と泣かぬと決めて、ノイズが蔓延る死線を潜ることに意味を求めず、ただひたすら戦い続けてきた。

 

 なのに………この二年間、我武者羅に磨きあげてきた筈の剣は………呆気なく――折れてしまった。

 

〝バニシングゥゥゥーーーソォォォォォォォ―――――ドッ!〟

 

 あの夜の戦いでの、彼女の歌声とシャウトが響き渡る。

 

 草凪朱音。

 

 かつて、神にも等しき、地球を守護する〝玄武〟であった少女。

 地球そのものが生み出したと言う〝シンフォギア〟を纏いし、異端かつ新たな装者。

 

 そして………私の〝剣〟を、一刀両断せしめた戦士。

 

 ノイズと言う異形との戦いに身を置き、遥か古代の先史文明のテクロノジーを使っている身でありながら、最初聞いた時は信じがたかった。

 前世は、超古代文明のバイオテクノロジーと地球そのもののエネルギーで生み出された〝生体兵器〟と言う彼女の話。

 だが……実際に手合わせをし、剣を断ち切った瞬間、それは真実(まこと)であり、あの戦闘能力は単に技量と才に裏付けられたものではないと、思い知った。

 翡翠色の瞳から発せられる戦士の〝眼光〟、一種の催眠術であり、緒川さんから伝授し、三年掛けてやっとモノにできた〝影縫い〟を打ち破る程の精神力………あれはまさしく、私たち以上に、過酷な〝死線〟を乗り越えてきた証左だ。

 己が剣を折られたことにも、奏の名を使ったことにも、時間を経て頭が冷えた今となっては恨みはない。

 

〝この子は適合者だとか装者である以前に―――世界で唯一無二の生命であり………〝友達〟です 、その命を、貴方は守るどころか、脅かそうとしているそれが――〝守護者〟のやることですかッ!?〟

 

 いくら立花響が、血反吐に塗れてまでも勝ち得た奏のギア――ガングニールを、浅はかな気持ちで纏い、あまつさえのこのこと戦場(いくさば)にしゃしゃり出てきた半端者だとしても………あの子は草凪朱音にとって大事な級友であるし、同時に防人にとって守るべき〝命〟である。

 どんな形にせよ、使命を蔑ろにして少女の命を脅かした私と、己が身を盾にして守ろうとした草凪朱音、どちらの方に理があるかと言えば、彼女の方だ。

 だから恨みようがない………むしろ、敬意さえ抱かずにはいられない。

 だって……彼女は奏と同じ〝熱〟を持っている。

 

〝アタシらは、一人でも多くの命を助けるッ!〟

 

 家族の仇を取る為に、復讐心を糧に装者となった奏が、戦いの中で辿り着いた〝境地〟。――歌で人々を勇気づけ、希望を与え、救う。

 

 彼女もまた……それを胸に宿し、歌い、戦う〝防人〟なのだと、戦いを通して知った。

 

 あの眼光も、あの戦闘力も、彼女が奏でる〝歌〟も、そしてそれらの源たる〝信念〟も………〝防人〟としての自分が求めずにはいられない〝勇姿〟そのものだったからだ。

 だから敬意こそあれ、恨みつらみなど微塵もない。

 

 だけど……草凪朱音が持ち、奏が持っていた防人としての在り方は、私へ残酷なまでにある〝事実〟を突きつけてくる。

 守護者に相応しき戦士な二人と違い私は……人類を守護する防人としては、〝出来損ないの剣〟なのだと。 

 

〝私には、鋼鉄のみで鍛えられてしまった、鞘にすら入っていない《抜き身の刀》にしか見えません 〟

 

 どれだけ刃を叩き上げ、研ぎ上げ、磨き上げても………私が鍛えた〝剣〟は二人に及ばず、脆く折れやすいのだと………草凪朱音の言葉と、彼女の想いが宿る歌で編み上げられた紅蓮の刃が、証明してしまった。

 思わず寝具に突きつけていた顔を上げ、二度と流さぬと決めていた涙で濡れた目を、机上の写真立てに飾られた写真へと向かれる。

 

「奏…………どうしたらいいの?」

 

 もうこの世の者ではない奏に問うても無駄だと、求めている答えは来ないと分かっていても、私は写真の中の奏に問いを投げてしまう。

 どうすれば………奏たちのような〝強さ〟を手にできるのか?

 分からない………私にはどうすればいいのか、全く見当がつかない。

 

〝お前が娘であるものか、どこまでも穢れた風鳴の道具にすぎんッ!〟

 

 代々、日本の国防を裏より担ってきた風鳴家の子として生まれ……我が〝父〟に切り捨てられ、幼き頃より愛してやまなかった〝歌〟でさえ戦いの道具となってしまった私には………戦いしか知らないのに………戦うことしか、できないのに。

 

「分からないよ………」

 

 写真の奏は、やはり何も答えてくれず………防人としての自分に立ちはだかる壁(げんかい)を打破する術を見いだせないまま、寝具越しに、再び顔を膝に押し付けた。

 もう二度と流さぬと決意した筈なのに………涙は瞼から流れ出るのを止まらせてはくれなかった。

 

 

 

 午前四時、夜明けを前にしながらもまだまだ夜空の天下な時間帯にて。

 

『こんな夜中に呼び出してすまない』

「いいえ司令、お気になさらず」

 

 外ではローターの騒々しい回転音が響く、陸上自衛隊制式汎用ヘリ―UH1Jの機内席に座しているリディアンの制服姿な朱音は、二課より支給されたスマートウォッチで本部司令室と通信を交わしていた。

 今より約八十分前、首都高速道路海岸線上にノイズが出現し、彼女も緊急招集を受け、陸自のヘリに搭乗して現場に向かいながら、端末が投影している立体モニターに映る司令室の弦十郎より状況の説明を受けていた。

 

「それで、状況は?」

『大黒ふ頭より出現したノイズは、横浜ベイブリッジより横浜市方面に南下中、中区の避難誘導はもうじき完了します』

 

 モニター一杯に映っていた友里の通信画面が縮小し、代わりに点滅赤い光点と矢印が記された俯瞰図が表示される。

 数は現在確認されているのに限れば、四十体はいるとのこと。

 

『橋はどちらも閉鎖済みだ、多少の物的被害は止むを得んが、くれぐれも銀幕の怪獣たちの真似事はせんでくれよ』

「了解、私も光線で真っ二つにする気はございませんので、善処します」

 

 映画通同士な二人がこんな軽口なやりとりをしたのは、かの橋が何かとフィクションでは怪獣たちに壊されることが度々あったからである。

 

「すみませんが、ここで下してもらえますか?」

「ベイブリッジまでまだ距離がありますが?」

「もし飛行型も転移してきた場合、このヘリでは振り切れません、後は自力で現場に急行します」

「分かりました」

 

 同乗している自衛官の一人が、搭乗口の扉を開ける。

 機内に入り込む上空の風が、機内と外の境界線に近づく朱音の黒髪をなびかせる。

 高度は三千メートル、いくらギアで〝変身〟すれば〝飛べる〟からとは言え、パラシュートも着けていない女子高生が陸自ヘリから飛び降りようとしている様を一言で表現するなら、それは異様。

 

「草凪さん……」

「はい?」

 

 翡翠色の瞳を凛とする戦士の目とした朱音がヘリより飛び出そうとした直前、パイロットが彼女を呼び止める。

 

「お気をつけて……」

 

 現況の都合上、向こうは朱音の名を知っていても、彼女は彼らの名を知らない。

 だが彼らの眼差しで、彼らもまた、複雑な思いで装者である以前にティーンエイジの少女たちを戦場に送っていったのだと、朱音の目は読み取れていた。

 

「ありがとう」

 

 かつては良くも悪くも因縁ができながら、現在は〝同士〟も同然な彼らのお気遣いに、朱音はウインクも付けつつ微笑みを返して、そっと滑らかに、長くすらりと伸びる黒髪から、ヘリより降りた。

 

 落下していく全身を横たわるように仰向けにし、両目を閉じ、両手で首に掛けた勾玉を祈るように包み込み。

 

〝我――ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん〟

 

 聖詠を歌い、彼女のシンフォギアたる勾玉――ガメラが目覚めの輝きを放って朱音を包みこんだ。

 

 同時に、上空で計六つの新たな空間歪曲が、朱音のいる紅蓮の炎の球体を挟み込むように、四方八方で起きる。

 

「湾内上空に、新たな空間歪曲を確認!」

 

 司令部でも、現場区域を飛行しているノイズドローンのカメラから

 歪み全てから、飛行型がらせん状な突撃形態でいきなり飛び出、球体めがけ突進。

 狙いは、変身が完了して防御膜とも言える炎が消失した瞬間を、不意打ちで朱音を串刺しにすること。

 

「朱音君ッ!」

 

 高速回転する槍たちが迫る中、役目を終えた球体が拡散して霧散し、無情にもその刃が装者の肉体を貫かんとする直前――

 

「ハァァァッ――!」

 

 ――肉薄し、奇襲を仕掛けてきたノイズを、アームドギアからあふれ出る炎のカーテンで以て焼き払った。

 何度も空の上で不意打ちの洗礼を味わってきただけあり、朱音は変身中も警戒を怠っていなかったのである。

 不意を突こうとした敵を返り討ちにし、一旦アームドギアの結合を解いた彼女はすかさずその足で朱音は、足裏と前腕のスラスターを噴射してベイブリッジへと飛ぶ。

 

〝――――♪〟

 

 胸部の勾玉から流れるメロディと言う波に乗って歌い、翔けながら、周囲に生成した火球――ホーミングプラズマで先手の攻撃を放つ。

 火球がノイズの肉体に着弾し、橋上にいくつも爆発の火の手が上がった。

 弦十郎からの忠言通り、加減はしてある。

 

「来い、〝獲物〟ならここにいるぞ」

 

 ノイズら正面から相対する形で橋上に降り立った朱音は、不敵に奴らへ挑発の態度を取り、駆け出した。

 ノイズの方も、群れの先頭におり、ギアの位相固定の効力でそれぞれ橙色と水色に変色した人型と蛙型が、自らを紐状に変えて突進。

 だが彼らのこの攻撃の速度と、飛行型と同様に突進中の軌道変更は困難であると実戦を通じて看破していた朱音は、速力を緩めず最小限の動きで回避しつつ、銃形態にしたアームドギアの銃口から、牽制も兼ねたプラズマ火球を発射、先陣を切った個体たちに続いて攻撃を仕掛けようとしてきた第二陣の個体らを撃破する。

 突撃をすれ違う形で躱された個体らは、後方から再び突進しようとするが、それを予測していた朱音が先んじて左手のプラズマ噴射口から発した炎で生成したガメラの甲羅を模したシールドを生成して投擲。

 彼女の〝脳波〟で遠隔操作されているシールドは、側面に供えられたスラスターからのジェット噴射で回転飛行しながら群れに迫り、鋸に酷似した甲羅の刃と、スラスターからの熱の刃による二重連撃――シェルカッターで人型と蛙型は次々両断された。

 

 一方、火球で牽制する朱音と正対する群体の中で、人型と同じ体格ながら、紫色の体色と背中と頭部に体と同色でサッカーボールほどの大きさな球体を夥しい数で抱えた個体が、球体を飛ばして来た。あの個体が抱える球体は、ある種の爆発物であり、戦闘ではこれを分離、飛ばして機雷よろしく起爆させる特性を有していた。 

 その個体の特性を、二課からの説明と地球の記憶で知っていた朱音は銃口からプラズマの炎を散弾状に連射。

 球体と散弾が宙で衝突し、爆発。

 装者とノイズ、お互いが天敵である者同士の間に、爆煙のベールが敷かれる。

 

〝穿てッ!〟

 

 朱音は、アームドギアをロッド形態に変え、投げつけた。

 後端から吹く炎は推進力に、先端より発する炎は槍の刃となり、煙のベールを通り抜け、紫の人型を串刺しにし、炭素分解させる。

 

〝―――――♪〟

 

 歌唱の声量を高め、疾駆する朱音はほぼ垂直に跳躍。 

 橋上より三十メートル跳び上がると、右の足裏の噴射口から発したプラズマ火炎で右脚を覆わせ突き出し、腰部のスラスターを全開に噴射。

 炎を纏った急降下蹴り――《バーニングブレイク》は、黒煙のベールを突き抜け、一度に十体のノイズを突き破り、焼失させた。

 アスファルトをスライディングして着地した朱音は、同時に脳波でアームドギアを手元に呼び寄せ、掴み取り、火を噴くロッドをローリングさせて突進の波状攻撃を仕掛けてくる残りの個体を迎撃して打ち払い、さらに回転飛行するシールドでの攻撃も同時に行って敵を葬っていった。

 

『大型の空間歪曲を検知』

『恐らく強襲型、注意して下さい』

 

 橋上の群れを朱音が狩り尽した直後、予め耳に付けていた小型通信機から藤尭と友里の警告が届いた。

 朱音から約二十五メートル離れた地点に現れる空間の歪みから、藤尭が予想していた通り四足歩行のワームのような巨体の持ち主で、天羽奏に〝絶唱〟を使う決断を迫らせた個体でもある強襲型が転移してきた。

 常人ではとても直視しがたい円形の口から、朱音へ溶解液を吐きつけようと首を引くも…………発射直前のタイミングで、朱音が凛然とした眼光とともに強襲型の口に火球を撃ちこんだ。

 口内で圧縮されていたプラズマが暴発し、爆炎が上がる。

 

〝災いを招く邪悪よ―――受けるがいい〟

 

 今の爆発のダメージの尾が引く強襲型へ、歌唱しながらスラスターを全開に急接近する朱音は、右手に持つアームドギアの結合を解いてプラズマの炎に戻し、掌の噴射口で火力も強め。

 

「バニシングゥゥゥゥゥーーーー」

 

 かの邪神を打ち倒した技でもある炎で編み上げたガメラの拳、烈火掌――《バニシングフィスト》を。

 

「フィストォォォォォォーーーーーーーー!!」

 

 強襲型の胴体へアッパーカットで撃ち込んだ。

 そのまま橋上より二百メートルの高度まで空に昇る龍の如く打ち上げ、紅蓮の拳打の直撃を受けた巨体の全身は炎熱化し、盛大に四散するのだった。

 

 

 

 

 大型の爆発による被害を最小限に抑えるべく、強襲型を上空へと打ち上げ、撃破した私は、ベイブリッジのアスファルトに降り立った。

 使い勝手が掴めてきたからか、前の戦闘に比べるとエネルギーの燃費は向上し、体力の消耗が抑えられき始めている。

 あの夜の戦闘でも、一見私が勝ったように見えるが、実際はこちらが先にガス欠を起こし、翼の方はまだ余力を残していた。

 もし彼女にまだ戦意が残っていたなら、私は間違いなく負けていた………それだけギリギリの勝負だったわけである。

 これから暫くは装者としては一人な戦いが続くのだ。

 もっと効率よく、エネルギーを扱えるよう自分も精進しないといけないな。

 

「ん?」

 

 己を戒めていた最中、私の感覚はほんの一瞬、誰かに見られた感触を捉えた。

 

「気の……せいか?」

 

 辺りを見渡すも、とうに気配は跡形もない。

 ただ……ここ数日のノイズどものやけに活発な動きを踏まえると、単なる思い過ごしと片付けることもできなかった。

 

 

 

 

 夜明け前で人気のない律唱市内にある森林公園の敷地内で、飛行物体が降り立った。

 その正体は人で、白色をメインとした〝蛇〟のうろこ状の表面と水色の発光体、両肩に長く生えた蛇の牙に似る突起が無数伸びている〝鎧〟で、それを纏う人……少女の顔の半分はバイザーで隠れている。

 その鎧が発光したかと思うと、光粒子状に散らばって脱着され、クリムゾンレッドな長袖のワンピースと黒のニーソックスと底の厚い靴と言う組み合わせな恰好の美少女が姿を現す。

 背丈は百五十代で厚底な靴を履いても尚小柄ながら、衣服越しでも隠し切れず、大きく恵まれた双丘を中心としてトランジスタグラマーなプロポーション。

 童顔でありながら棘のある顔つきは西洋人と日本人の面影が混合している一方、髪色は日本人離れした銀色であり、襟足部分の後ろ髪の一部が左右対称かつ極端に、まるで刺胞動物の脚を連想させるまでに腰より先まで伸びている一風変わった髪型をしていた。

 

〝犠牲を出すことを躊躇うなんて、そんな甘さで本当に貴方の望みが叶えられるとお思いかしら?〟

 

 その銀髪の少女の脳裏に、艶めかしさに溢れた妙齢の女性の声が響く。

 

「うるせえ……余計な犠牲を出さなくたって、鉄火場に出しゃばらせるくらいできるだろ」

 

 甲高い声を男勝りの荒々しい攻撃的語調で、少女は毒づいてそう反論した。

 彼女の手には、中央に赤紫色でドーム状の光体がはめ込まれた銀色の〝杖〟が握られていた。 

 

「それよりあのガメラとか言うギアの装者、ファストボール並にモノにしてきてるぞ………大丈夫なのか?」

 

〝だからこそ彼女が必要なのよ、それとも恐れているのかしら? 草凪朱音を〟

 

「バカ言うな、守護神だが何だか知らねえが、そいつ諸とも装者は………アタシ一人で充分だ」

 

 彼女は苛立ち気味に答え、杖の持ち手を握る手の力が強められた。

 

 

 

 

 

 

 一仕事終えた朱音は、ベイブリッジの近くにあり、後処理作業で特機部と自衛隊に閉鎖されている大黒ふ頭公園のフェンスの前で、東京湾と横浜の街と夜明け前特有の紺色と朱色がくっきり分れた朝がもうじきな空を眺めていた。

 女子高生が出歩くには些か不適な時間帯ゆえ、明るくなるまでここで彼女は待機、幸い今日は祝日なので、学校に遅れる心配はない。

 

「――――♪」

 

 色々と考えてしまいながらも、気分転換に彼女は海に向かって奏でていた。

 今歌っているのは、二〇一〇年代の後半に放送された地球と火星間の戦争を描いたロボットアニメのエンディング曲で、夜のビル群からふとその歌が思い浮かんだからが理由だ。

 静謐な海と潮の香りを乗せた大気に歌声を響かせる彼女には、気がかりなことが。

 二年前のライブの惨劇から生き延びた後に待っていた〝苦難〟によって〝人助け〟に囚われてしまっている響のことは無論なのだが………同じく〝囚われている〟風鳴翼のこともまた気がかりだ。

 

〝泣いてなんかいません!〟

 

 あの夜以来、数日が経っているが、その間は歌手活動の多忙さもあって、すれ違う程度の顔合わせすらできていない。

 

「すみません」

 

 潮風で艶やかな黒髪が靡く中歌う朱音に、声を掛ける男性自衛官が一人。

 二十代半ばで、職業上当然ながら短髪、日々の厳しい訓練で身体は鍛えられ、容貌は精悍ながら人の好さと真面目さも組み合わさった雰囲気漂わせる青年であった。

 

「はい?」

「五月でも朝は冷えるでしょう、これを」

「これはどうも」

 

 確かに冷たさも残る海風を前に、リディアンの制服だけでは心もとないので、自衛官が差し出したミリタリージャケットを受け取り、袖を通さず肩と背中に多いかぶせるように羽織る。

 

「ですが貴方は? いくら隊員でもお寒いでしょう?」

「ご心配なく、この程度の寒さ、どうってことありません」

 

 と、彼は申したものの、迷彩服を着込む青年の体は少々震え気味だった。

 

「そう無理をなさらず、自衛官も人の子です、何でしたら、〝私〟が暖めて差し上げますが?」

 

 どう見ても強がっている青年に、本人は無自覚ながら有している〝小悪魔性〟が刺激された朱音は、ジャケットの裾の片側を曰くげに開けつつ、流し目かつ色気混じりのささやき声でからかって見せる。

 

「い、いえ! ご……ご好意だけありがたく受け取っておきます」

 

 一瞬朱音の八十九ある胸の膨らみに視線を定めてしまった青年は、ビシッと背筋を伸ばし、頬を赤らめて狼狽する、明らかに海風の冷たさによるものではない。

 すっかり彼は、朱音の〝悪戯〟にたじたじである。

 

「ごめんさない冗談です、マジメ過ぎですよ、煮て食ったりはしませんから、そう強張らないで下さい」

「すみません……仕事柄、余り女性と接する機会に恵まれないものですから」

 

 青年のたじろぎっ振りに、可笑しくも微笑ましく映った朱音は笑みを浮かべた。

 胸を一瞬だが凝視された件も、特に気にはしていない。

 生物が子孫を残す〝義務〟と、それを促す為の〝本能〟を持っている以上、男が女体に釘づけになってしまうには無理ない、と、余程疾しくなければ見られるぐらい大目に見よう言う彼女独特の考え方と、青年がちゃんと〝恥じらい〟を持っていたからだった。

 そんな青年を、朱音は知っている。

 地球の記憶の中に、装者としてのツヴァイウイングに自衛官が間一髪助けられた模様があったのだが、その自衛官こそ、その青年だった。

 名前は、確か〝津山〟と言った筈。

 実際名を聞いてみると、「津山陸士長です」と返ってきた。

 

「…………」

 

 風の音と海の音がそれぞれ演奏される中、青年は何が話したいそうな雰囲気を出しながらも黙している状態が続き、待っていた朱音は仕方なくこちらから切り出すことにした。

 

「ジャケットを貸してくれたのは、あくまでも話す機会を作る口実、ですよね?」

 

 笑みを封じて、朱音は真剣な眼差しと声で青年を尋ねた。

 

「………はい」

 

 津山は肯定を示す。 

 本人曰く女性慣れしていない彼が、こうして朱音に話しかけてきた理由。

 

「風鳴翼のこと、ですね?」

「っ……なぜ……そうだと?」

「〝女の勘〟、ってことにしておいて下さい」

 

 朱音には見当がついていた。津山には〝女の勘〟と笑みではぐらかしたが、実際は地球の記憶と、彼の態度から推察し、行き着いていた。

 

 

 

 

 

「〝プロジェクトN〟のことは、ご存知ですか?」

「はい、風鳴司令から大体のことは」

 

 津山さんは、ツヴァイウイングの歌に心打たれた日のことを話し始める。

 かの日、防衛省庁内にある自衛隊特別総合幕僚監部ではネフシュタンの鎧の起動実験のプレゼンテーションが行われており、彼はツヴァイウイングの警護役として二人と同伴していた。

 しかし、施設内で突然ノイズが出現してしまう。

 この時彼女らは別室で待機していた上に、ギアは広木大臣らへのプレゼンの為に担い手の手元から離れており、暴れまわるノイズ掃討するにはまずプレゼンが行われている会議室のある区画まで向かわなければならなかった。

 この時津山さんは、省内の地理感に不慣れな彼女たちに最短ルートを提示してサポートに回ったのだが、途中実質丸腰の二人をノイズから守ろうとして左足を負傷してしまう。

 

〝アタシらは一人でも多くの命を助ける、その中にはあんたも入ってんだッ! 簡単に諦めるんじゃねッ!〟

 

「〝これでも自分は自衛官の端くれ、覚悟はできています、私の命を盾にしても守る〟と言ったら、奏さんからこう発破を掛けられましてね」

 

 そして、あわやノイズらの毒牙に掛かるすんでのところで、弦さんからギアを受け取り変身したツヴァイウイングに、辛くも助けられたのだ。

 

〝助けるって言っただろ、だからあんたも、アタシらの歌を忘れないでくれよな〟

 

「あの時二人の歌声を聴いて以来、すっかりファンになってしまいまして、寮の部屋は彼女らのCDだらけですよ、助けてくれた時、〝忘れないでくれ〟と奏さんからは約束されましたけど、間近であのような歌を魅せられたら………忘れられるわけがありません」

 

 一時は、ファンになったと言う発言にも納得なウキウキとした声音になっていたのだけれど、段々と声には影が入り込んできた。

 あのライブの日以来の………〝抜き身の刀〟となってしまった翼を思い返し………命の恩人の変わり果てた姿に、何度目かも知れぬ無力感が、胸の中に押し寄せていると、好漢さのある横顔が言葉の代わりに語っていた。

 

「忘れられないから………奏さんを失ってからの翼さんが………とても見ていられなくて、戦闘では独断専行がしょっちゅうでしたし………ツヴァイウイングの頃を比べると………何だか………〝義務感〟で歌い続けているような気がして」

 

 私も、装者になる以前からソロになった彼女の〝歌〟に対して、そのような印象を抱かされ、あの夜の一戦で確信へと固められていた。

 今のあの人は、装者――戦士としてはおろか、歌い手としても完全に自分を見失ってしまっている。

 何の為に歌い……何を以て戦っているのか………それを形にできぬまま、しかし生来の真面目さと使命感の強さ、相棒の死を無駄にしたくない想いの強さゆえ、装者としても、歌手としての自分も捨てることができず、半ば惰性的に今日にまで至っていたのだ。

 あのままでは心が完全に壊れてしまっていたとは言え、私の〝歌〟と〝刃〟によって鍛えてきた筈の〝剣〟が折れてしまった今、彼女の心を占めているのは………〝空虚〟と呼ぶもの。

 

「装者になったばかりで、翼さんから手荒い歓迎を受けた貴方に、こんなことを頼むのは………本当に忍びないのですが………」

 

 東京湾の海面に目をやっていた津山さんは、私の方へ正面から向き直ると。

 

「草凪さん……お願いします………翼さんを、助けてあげて下さい………一人ぼっちにさせないで下さい!」

 

 腰を直角に頭を下げて、強く私に願い出た。

 

「津山さん」

 

 その姿をしばし見つめていた私は、津山さんの右手を両手で握り上げる。

 

「あっ……」

 

 慣れない異性に手を触れられたからか、青年自衛官の頬が瞬く間に赤く染まり、胸に触れなくても心臓の鼓動が早まったと目にするだけで分かった。

 

「させませんよ……」

 

 彼の願いにどう応えるか、それはもうとっくに決まっている。

 

「あの人を孤独のまま、世界に独りぼっちになんか、させません」

 

〝だったら翼は……弱虫で泣き虫だ〟

 

 天羽奏が死の間際に翼に発したあの言葉、それは彼女の〝本質〟を何より物語っていた。

 その上頑固で強がりで、弱虫で泣き虫な自分を使命感の仮面を被り続けながら、人々をノイズから、一人でも多く救おうと戦ってきたのだ。

 なのに、その報いとして与えられるもの……絶望と破滅なんて………悲しすぎる。

 彼女だって、一人の人間(ヒト)であり、世界に一つしかない生命(いのち)だ。

 

 たとえ、奏(あのひと)のように彼女の〝翼〟にはなれなくても……それでも。

 

 一人でも多くの生命を助ける………その中には、風鳴翼も入っているのだから。

 

 見ていて下さい―――絶対に、救ってみせます。

 

 

 

 

 まるで朱音の決意に応えたが如く、東京湾の水平線から、太陽が顔を出し、朝焼けの光を照らしていった。

 

 

 ―――――――――

 

 

「草凪さん」

「何ですか?」

「さっき歌ってた曲、よかったら聞かせてくれますか?」

「ふふ……浮気者ですね」

「うっ………ご友人から意地悪だと言われませんか?」

「たまにです♪」

 

 朱音はポケットから折り畳みスマホを取り出して展開し、音楽プレーヤーアプリを起動。

 

〝~~~~♪〟

 

 リクエストされた曲を選び、前奏が流れる。

 

 朱音はAメロとBメロパートを、ささやくよう慎ましく歌い。

 

〝―――――♪〟

 

 サビに入ると、澄んだ青空が一杯に広がっていく様を思わせる雄大な伴奏に乗って、高らかに、力強くも繊細に歌い上げていく。

 

 現在ただ一人の観客(ききて)である津山陸士長は、初めてツヴァイウイングの歌を耳にした時とそっくりな顔つきで聞いていた。

 

 

 ―――――――

 

 

 そして、全歌詞全パート歌い終える頃には―――

 

「え?」

 

 いつの間にかギャラリーの数が大増量しており、朝の大黒ふ頭公園が拍手と歓声ですっかり賑わってしまっていた。

 

 少し気恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、朱音はお返しに一礼をするのだった。

 

 

つづく。




アニメしか見てない人は津山陸士長なんてキャラ誰? とお思いでしょうが、無印漫画版で登場するキャラです。

奏と翼のイチャイチャに赤面してたりと、初心っぽそうだったので、朱音の小悪魔性が存分に発揮されてしまいました。

それと設定では無印からあったけどGXで初登場した烏丸所長もとい安国寺恵瓊もといCV:山路和弘あの人も、あるキャラの回想内とは言え先駆けて登場。
それを言ったらクリスちゃんもなんだけど(汗


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#13 - 宿題

音楽学校ながら進学校なリディアン。
実在する音楽学校のカリキュラムを調べてみたら、数学ならⅠかA止まりなのにGXでのクリスちゃんの心象風景にて数学Ⅲの教科書が。

期末テスト前日に「いっそぐっすり寝た方がいい点取れるって」なんて発言も納得だな(汗


 私立リディアン音楽院は、地方より入学してきた学生たちの為に寮も設けている。

 外見は大型マンションとそん色ない規模で、何百人ものの生徒を住まわすことができ、基本二人共用で割り当てられる部屋はリビングと寝室はほぼ一体となったワンルームながら、学生寮としては破格の広さを誇っていた。

 

「ほら響」

 

 五月後半な頃の日の夕方、寮の一部屋に住む同郷で幼馴染な響と未来は、畳が敷かれたリビングフロアのテーブルにて、各々勉学に――

 

「寝ちゃったら間に合わなくなるよ」

「う、うん……」

 

 正確には、睡魔の猛威を前に今にもうたた寝しかねない響と、それを注意する未来である。

 

「レポート出せなかったら追試決定なんだから、書けるまでは起きてないと」

 

 高校生活一度目の中間考査で、お世辞にも良い成績が取れなかった響は、いつも彼女の人助け癖に手を焼かされては雷を降らせる担任から、追試免除の条件としてある課題のレポートの提出を突きつけられ…………まだ三、四行分しか進めていない中、期日が着々と迫っていた。

 ちなみに課題内容は「認定特異災害ノイズについて」である。

 シンフォギアの特性上、全くとまではいかないが………音楽学校なのに余り音楽と関係ない内容なのは気にしないでもらいたい。

 

「あっ……」

 

 どうにか書き進めている中、容赦なく襲う眠気にシャーペンで書かれた文字は途中でゲシュタルト崩壊を起こし、慌てて書き直そうと消しゴムを擦ったら力入れすぎてうっかり用紙を破ってしまった………書き直し決定。

 

「はぁ……私呪われてるよ……」

 

 また一から書かなければならない、状況に響は溜息を吐いて顔をテーブルに突っ伏した。

 

「だから……寝てる場合でもぼやいてる場合でもないんだってば」

「ねてないよ………ちょっと目を瞑ってるだけ」

 

 その台詞を吐く人間は、大抵眠りかけている状態に陥っていると突っ込むのは野暮だ。

 

「何だか最近お疲れだけど……大丈夫?」

「へいき……へっちゃら………」

「どう見てもへっちゃらじゃないよ……」

 

実際、響の体は溜まった疲労で重くなっており、机に突っ伏してなどいたら、そのまま眠り込んでしまうのは避けられない。

 それでも響の瞼はどうにか開かれたまま、意識もどうにか目覚めている状態をキープさせていた。

 

〝わたしだけの………戦う理由……〟

 

 級友であり、人を守る戦士としては〝大先輩〟である朱音から出され、未だに解答を導き出せずにいる〝宿題〟によって。

 

 

 

 一月前に時間は遡る。

 

 

 

 深夜の横浜ベイブリッジ上での戦闘より数日前の日曜のリディアン高等科の校舎内で、響は屋上に繋がる階段を登っていた。

 

〝~~~♪〟

 

 道中、上段の方から馴染みのある歌声が響いてきた。

 どうやら彼女は、今日も屋上を舞台にして歌っているらしい。

 入学してから一か月、度々朱音が行う屋上公演は、すっかりリディアンにおける名物の一つとして定着し始めている。いくら音楽学校な学び舎の校内と言えど、屋上で堂々と歌われるのは教師側からは目くじら立たされてもおかしくはないのだが、幼い頃から〝好き〟を原動力に磨き上げた彼女の歌唱力が幸いして、黙認どころか明言されていないだけで了承されている恰好である。

 響は階段を登り切り、フェンス際には小柄な緑たちが生い茂り、市街を一望できる屋上に踏み入れると、律唱の街並みを眺めながら歌う、朱音の横姿が瞳に映される。

 曲は、入学式の日の時と同じ――《逆光のフリューゲル》であった。

 響にとってあの日の朱音の歌う姿と、歌声はとても忘れられないものだった。

 上手く言葉にできないのだが………〝あの日〟初めて大勢のファンたちと一緒にツヴァイウイングの歌を直に拝めた時に匹敵するほど、心に強く響き渡ったのである。

 

 入学式の日と負けず劣らす、あの名曲をさざ波のように緩やかに、しなやかに、それでいて高らかと抒情的に奏でていた朱音は、ふとその歌声を止ませると、本物の翡翠に勝るとも劣らない透明感のある翡翠色の瞳を響に向けた。

 

「いや~~今日も見事な腕前だったんで、なんか、話しかけるタイミングが見当たらなくて」

「気に病むことはない、こちらから呼んでおいて歌に耽っていたのは私の方なのだし」

 

 あはは、と片手で後頭部分の羽毛と似通う癖っ毛を書きながら少々バツの悪そうに笑い上げ、朱音も微笑みを返す。

 

「響、今日君を呼んだ理由は言うまでもない……」

 

 一時何とも言い難い独特の緩みを持った屋上の空気は、戦闘の時とはまた違う凛とする朱音の一声で、一瞬にして堅さを帯び。

 

「あの戦いで、ずっと装者として戦ってきた風鳴翼がどれほど辛い思いをしてきたか、身に染みた筈だ、それでも君は………胸(ここ)にあるガングニールで、人を助けたい意志に―――変わりはないんだな?」

 

 朱音は自分の胸の、丁度響の〝傷痕〟がある部分に手を当て、改めて響に、ノイズと戦う〝意志〟があるのか否か、問いかけた。

 対して響は、弦十郎より要請された時よりは、少し黙って間を置いたものの――頷き、それでも、ノイズとの戦いに踏み入れる意志はあるのだと朱音に示した。

 

「そう………分かった………」

 

〝やはり君は、踏み込む方を選んでしまうのだな………〟

 

 響からの〝答え〟を受けた朱音は、翡翠色の瞳に〝せつなさ〟が張りつかせ、友が二年前の惨劇から生き残ったことで背負ってしまった〝歪さ〟にやりきれなさを覚えながらも。

 

「けど、条件………と言うよりは〝宿題〟と言うべきかな」

「どういう……こと?」

 

 気丈な態度を維持させつつ、予め響が自分の問いを肯定した場合に切り出すと決めていた〝条件〟を〝宿題〟と言う形で表現した。

 

「これからひと月、風鳴翼の出撃停止の期間が終わるまでに、君だけの〝戦う理由〟を見つけてほしい」

「戦う……理由?」

「そう」

 

 自分では、曲がりなりにも戦う力を手にしてしまった響を引き止めることはできないと思い知らされた朱音であったものの、だからと言って容易く戦わせる気もなかった。

 シンフォギアを纏えるだけでしかない現状の響では、とても実戦には出せられないほど心技体ともに装者として〝未熟〟ではあるし………そんな今の彼女を翼がともに戦う〝仲間〟として認められるわけがないとも踏まえていたからでもある。

 装者としてはしばし〝一人〟でノイズに相手をしなければならない朱音には、一歩間違えればあの夜にて確実に確執と言う〝溝〟を作らせてしまっていたのは必至だった二人の装者を取り持たなければならない〝課題〟も背負っていた。

 それをクリアする為には、少しでも響が実戦でもシンフォギアを使いこなせるだけの力量を持てるまでに鍛えるだけでなく、響自身が見いだせなければならない〝題目〟もあると。

 

「もし翼(あのひと)が戦線復帰するまでに見つけられなかったら、悪いけど………二度とガングニールを纏わないで……」

「え?」

 

 かつてギャオスとの戦いで自分を見失ってしまった経験で、戦場には戦士を心身ともに摩耗させる〝魔物〟もしくは〝悪魔〟が潜んでいることを嫌と言うほど思い知っている。

 

「人を助けることに理由はいらない、助けたい気持ちだけあればいいと響が考えているのなら、私も同感だ………だが戦場(せんじょう)と言う〝悪魔〟にそんな理屈は通用しない、その悪魔は君の心とその想いを打ち壊して嘲笑しようといつでも待ち構えている………いつも君がやっている〝人助け〟の次元で、踏み入って良い世界じゃないんだ」

 

 突き放した声色で発せられる言葉に、響は少々萎縮した様子を見せ、朱音の心にも震えが現れるが、彼女が〝厳然〟の仮面が外れぬよう律した。

 彼女を想い、同時に彼女の意志を尊重するのなればこそ、鬼とならなければならない。

 

「だから………忘れないで―――」

 

 朱音は響の手を両手で包み込むように握る。

 

「戦場でも、〝助けたい想い〟を捨てずに戦い続けるには、君だけの〝理由〟が必要だ………せめて今は、それだけでも分かってほしい」

「う……うん」

 

 響は朱音からの〝忠告〟に、戸惑いを隠せずにいながらも、こっくりと頷くのだった。

 

 

 

 

 

 かの日響に宿題を言い渡した私は、当然だけど一方的に出したまま放任するつもりはなかった。

 装者としての今の響に必要なのは〝二つ〟。

 一つ目、戦場が持つ呪いから打ち勝ち続ける確たる〝信念〟………ただこればかりは、あの子自身の手で見つけ出さないと意味がない………他者からの受け売りだけでは呆気なく〝悪魔〟に負けてしまう。

 私が今してやれることは、その二つ目、シンフォギアを使いこなす技術と、戦場で立ち回る技術の習得。

 私は宿題を提示したその日から、響の特訓を開始させた。

 二課の地下本部は装者向けの訓練施設も充実しているので、一般人に見られる問題はない。

 市の運営する総合体育館並の広さを誇る訓練施設の一つなシミュレーションルームで最初に行ったのは、響の技量の再確認。

 

〝響、ギアを纏った状態で私を殴ってみて〟

〝ちょっと待って………朱音ちゃんはノイズじゃない、人間だよ………同じ人間なのに〟

〝大丈夫、生身でも避けられるくらいには鍛えてるから〟

〝そういう問題じゃないよ!〟

 

 いわゆるパワードスーツを着た状態で生身の人間を殴ることに躊躇うのは良心があれば無理ないことなのだが、妙に過剰に拒否反応をこちらに見せつつも、どうにか渋々了承させると、響は震え上がる全身から右手を突き出してきた。

 

「ふあぁぁぁぁーーー!!」

 

 結果どうなったか、あっさり私は躱しつつ分厚い籠手が装着された腕を掴んで背負い投げ、床に叩き付けられた響はギアで身体が強化されているにも拘わらず両目をグルグルとなると状に回してノビてしまった。

 

「はぁ~~」

 

 まさか現実に、仰向けに倒れた人の顔の上に指で摘まめるくらいの小鳥がぴーぴー鳴きながら飛び回る様を目にするとは思わなかった。絶対アニメオタクな弓美はちゃっかりその鳥を撮るだろうなんてことは置いておいて………投げのカウンターに至ったあのパンチ、目は瞑る、へっぴり腰、足に踏ん張りは入っておらず手の力だけで振るってる………絵に描いた素人らしい素人のものだった。

 拳打は無論、格闘技の体技はそれこそ、肉体のあらゆる部位(がっき)たちの演奏が生み出す調和によって形作られる合奏だとも言え、その観点で言えば響はまさしく〝音痴〟の一言。

 これではやはり当分、本人にいくらやる気があっても実戦には出せそうにない………ギアの力で炭素分解と位相差障壁を封じられてしまえば人間と同等またはそれ未満なノイズの個体の単体の戦闘力は低い、つまりギアを纏えば今の響のへっぽこパンチでも実は充分撃破できるのだが………それは道具への依存だ。

 兵器に限らず道具は道具から隷属同然に〝依存(つかわれる)〟ものじゃない、特性を把握して〝使いこなす〟ものである。

 

 指導に関しては弦さんから教えを受けさせると言う手もあったが、あの人の指導法は変化球と言うか、実際教義を受けていた時は結構楽しめはしたものの………少なくとも素人の響には色んな意味で上級者向け過ぎるので、基礎の段階は私が叩き込むことにした。

 しいて内容(テーマ)を明文するとしたら―――〝自分の身を守る〟。

 レスキュー隊、自衛隊、海上保安庁等々の〝救助活動〟を担う隊員たちが日頃から厳しい訓練に励んでいるのは、勿論災害に巻き込まれた人たちを多く、迅速かつ確実に救う為でもあるが、同時に自分自身の命も守る為である。

 かつての私や天羽奏が〝命を引き換え〟にした行為はギリギリの瀬戸際に立った際の最終手段であり、救う側である自分自身の生存も掴むのは、その手の仕事に携わる者たちが持つ義務。

 

〝私の力が―――誰かの助けになるんですよねッ!?〟

 

 残念ながら、特にあの時の恐怖心をアドレナリンで押し潰していた響は、その意識すらも希薄であった………命を賭けるからこそ、覚悟だけでなく自分の身も守る意識を捨ててはならないのだ。

 

 そのテーマを芯とした主な指導をいくつか上げると。

 

 腕立て、腹筋、スクワットといった基本中の基本のトレーニングによる体力作り、歌いながら戦う性質上、消耗も激しくなるから。

 

「はい、Bコースもう一周!」

「は~~い……」

「だらっと答えない!」

 

 本部内をコースにしたランニング、高等科の体操着た私が、ホイッスルを吹いて同じく体操着姿の響に走るよう促す様が地下の長く広い回廊で見られるようになった。

 

「1,2、3、4! ほらもさっとしない! 今の段取りもう一回!」

「は、はいッ!」

 

 体捌きの無駄をそぎ落とすべく、ダンスも取り入れ。

 

「喉から声が出てる! 戦闘中に枯らしてしまったらどうする! 歌唱が途切れたらバトルポテンシャルが下がると博士から説明を受けたのを忘れたのか!?」

「すみません!」

「今のぐらいの声をキープさせろ!」

 

 シンフォギアを扱う上で歌は文字通り〝要〟なので、ボイストレーニングも盛り込まれている。

 余りに具体的に述べていくと長くなるので、省かせてもらうが、私は決して長くない限られた時間の中で、響をどうにか翼が戦線復帰する日までに素人の域から脱しようと扱きに扱き倒した。

 

 なにせ私たちは学生、日中は授業に費やされるし、予習復習と言った勉学もおろそかにできない。

 おまけに、響が寮生活で未来と〝二人暮らし〟しているのもネックだった。未来にもギアのことは守秘義務で話せないので、下手に不信感や疑惑を与えるほど平日は夜遅く、休日は一日中響を訓練で拘束させておくわけにはいかなかったからだ。

 こんな事情の為、授業のある日の訓練は、下手すると運動部の部活動時間よりも短い中で行わざるを得なかった。

 

 そんなタイトな環境下、白状すると内心響には〝無理だと根を上げてほしい〟なんて想いも抱えつつの特訓の日々は、あっと言う間におよそ一ガ月が経過した。

 この日の私は、借用しているマンションの部屋の中、机の前で勉強中。

 

 集中を阻害させない程度の音量でラジオ番組が流れている部屋にて、今は数学Ⅰの問題集の問題を、教科書の範囲と照らし合わせながら解いている。

 この五月の間も、東京都民が一生の内で通り魔と鉢合わせるより低い遭遇率なんてデータがゴミ屑になりかねない頻度でノイズは出現し、その度に自衛隊のバックアップを受けつつガメラを纏った私が連中を掃討する流れが繰り返されていた。

 装者絡みの事情で、喩えれば映画を構成する上で欠かせない〝ダレ場〟を入れる尺が設けにくいまでな程に忙しい毎日となってしまったし、四月の時と比べると創世たちの誘いを断る頻度が多くなってしまったが、私に不満を零す気はない。

 そんなもの、シンフォギアを手にした時点でとうに纏めてノイズどもに喰わせてやったし、かのウルト○マン先生も仰天ものな風鳴翼の歌手、学生、装者の〝三重生活〟に比べればまだ温い方だ。

 

 集中力が断絶させぬよう、数学はこの辺にして一旦休憩を取ることにした。

 冷蔵庫からはちみつ果物入りの自家製グリーンスムージーの入ったガラス瓶を取り出し、ガラスコップに注いで飲み入れる。

 今の一杯でそろそろ空になりかけの量になったので、予め切りまとめて保管しておいた材料から追加分を作っておくことにした。

 冷蔵庫から食材の入った保存容器を取り出し、中身をジューサーに入れ、機械は材料を勢いよくかき混ぜていき、ほどなくして緑色の青汁(スムージー)の出来上がり。

 それをガラス瓶に注いで冷蔵庫に入れ、使ったジューサーを洗浄し終えた直後、机に置いておいたスマホから、ガメラとしての自分とは結構似た者同士な〝超古代の光の巨人〟の戦闘用劇伴曲が流れた。

 

「もうそんな時間か……」

 

 私は『映画同好会定例会議 17:30』と表示された画面をタッチして演奏を止める。

 今のスケジュールアラームの内容は、機密を漏らさない為のカモフラージュであり、実際は二課の定例会議だ。

 装者である私たちもちゃんと出席する決まりとなっているので、私は黒のタートルネックとジーパンの組み合わせな私服からリディアンの制服へと着替えて部屋を出、急ぎリディアンへ向かった。

 

 

 

 

 

「すみません! 遅くなりました!」

 

 司令室の自動ドアから開かれ、慌て気味に響は走って入り込んできた。

 十七時三十分より何分か経ってしまっている、つまりは微々たるものとは言え遅刻だ。

 事情を知らない同居人に外出理由を言い繕うのに苦労したのが原因ってところか、こちらで未来への言い分を考えておいた方がいいかもしれない………響は隠し事が下手な口だから、碌に出かける言い分を取り繕えずに寮から出てしまっただろう。

 円を描くように置かれた談話室のソファーでは、私と弦さん、翼が座り、彼女の横に姿勢を正した緒川さんが立ち、フロアの中央部分を櫻井博士が陣取っていた。

 響は友里さんの淹れた茶を黙々と口にしている翼に、少々バツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「では、みんな揃ったところで、仲良しミーティングを始めましょう♪」

 

 櫻井博士はいつもながらのマイペース具合で場を仕切り始める。

 本人にそんなつもりはないのだけれど、場の空気を踏まえると、今の博士の一言はちょっとばかり〝皮肉〟に聞こえてしまう。

 響と翼、この二人には、まだギクシャクとした気まずさのある重々しい空気が流れたままだ。それ以前に片や多忙な歌手活動(ライブも迫っている上に、海外の大手レコード会社からご指名があるって話もラジオのニュースで耳にした)に追われているのもあって、まともに同じに場に居合わせること自体、あの夜以来今日が初めてだ。

 津山陸士長と交わした〝約束〟もあるので、どうにか手打ちをさせたいところだけど、焦って下手に手を打つと余計に溝を深ませてしまいかねないのが困り処、この二人、強情さで言えば〝似た者同士〟だったりする。

 なのでここひと月は、様子見に徹するしかなかった。

 

 談話室内の宙に、リディアンを中心軸とし、幾つも赤い点が明滅する律唱市の俯瞰図が表示されたモニターが浮かび上がる。

 

「こいつを見て、どう思う?」

「はい、いっぱいですね」

 

 弦さんからのクエスチョンに対し、やや緊張感の欠けた言い方でほんと見たまんまの解答をした響に、私はちょっとばかり吹きそうになり(逆に翼は一瞬おすまし顔をムスッとさせた)。

 

「ッははっ!、全くその通りだ」

 

 弦さんも破顔してそのまんまな響の解答を笑い飛ばしてくれたが、質問の答えとしては正解と言い難いので、補足しておこう。

 俯瞰図の赤い点たちが何を表しているかと言えば――

 

「ここ一か月に現れたノイズの出現ポイントを表した分布図、ですよね博士?」

「そういうこと♪ ノイズの発生率はそう高いものじゃないことを考えると、ここ最近の出現頻度は明らかに異常事態よ」

 

 そう、この一月の奴らの動きは、やけに活発で不可解で異常としか言いようがない。

 律唱市を起点として、短期間に何度も首都圏に出現しているだけでも異常であるのに、出現地点をこうして纏めて表示された分布図をみると、やっぱりリディアンを包囲しているかのように見える。

 

「となると、このノイズの一連の動きには、何らかの〝作為〟が働いていると考えるべきでしょうね」

「それって、誰かの手によるものって……ことですか?」

 

〝作為〟、つまり〝人の思惑〟が隠れ潜む………〝天災〟の皮を被った〝人災〟と言うことだ。

 私も、横浜ベイブリッジの戦闘の直後に感じた〝気配〟もあって、あながち絵空事でもないと考えている。

 

「響ちゃんせ~いか~い♪ まだはっきりはしてないんだけど、狙いは恐らく……本部(ここ)の最下層(アビス)で保管してある第五号完全聖遺物――〝デュランダル〟」

「デュランダル?」

「フランスの叙事詩、『ローランの歌』に登場する聖剣のことだ、響」

 

 名の意は〝不滅〟、その叙事詩の主人公で使い手たるローランが誇るほどの切れ味を有し、柄には聖母マリアの衣服の一部と、キリスト教にまつわるものとしての〝聖遺物〟がいくつも納められ、天使より遣わされたと言う聖剣。

 実在していたことはシンフォギアを手にした時点で感づいていたけど、それが〝完全聖遺物〟として現代にまで残っていたとはな、不滅の剣と言われるだけのことはある。

 聖遺物の破片の一部より作られた正規のシンフォギアは、適合者でないと扱えない代物だが、完全聖遺物は一度起動すれば、その力の一〇〇%を常時発揮でき、装者以外の人間にでも扱えると、櫻井博士たちの長年の研究でそう結果が出ているらしい。

 二年前のネフシュタンの起動実験は失敗に終わった為、まだあくまでも現状は〝理論上〟の域を出ていないのだが。

 

「なるほど、そのデュランダルの代価が、EUの不良債権の肩代わりだったのですね」

「今日も冴えているな、朱音君のご推察の通りだ」

 

 ギリシャの財政破綻より端を発したEUの財政危機は二〇二〇年代になっても解消できず、現在はすっかり経済破綻に至ってしまっており、日本はデュランダルの管理を代価にその借金の一部を代理で払わされていた。

 何とも世知辛い世界情勢と言うか政治事情だが、これだけではなかったりする。

 

「でもせっかく得た虎の子の一つなんだけど、中々政府から起動実験の許可が下りなくてね」

「しかも日米安保を盾に、アメリカから何度もデュランダルの引き渡しを要求されてるもんだから、余計に慎重に扱わざるを得なくてさ………下手打てば国際問題だ」

「まさか今回の件………米国政府が裏で糸を引いてっ……はぁっ……ごめんなさい朱音ちゃん」

 

 友里さんは口を両手の掌で覆ったかと思うと、私に謝ってきた。

 藤尭さんも「堪忍な」とばかり、合の手をこちらに向けている。

 二重国籍でアメリカ人でもある私の前で、失言を零してしまったと思ったのだろう。

 

「気にはしていません、そう思うだけの〝根拠〟もあるのでしょう?」

「ああ……調査部の報告によれば、ここ数か月の間に何万回に及ぶ本部のコンピュータにハッキングを試みた形跡が見つかったそうだ、それを短絡的に米国政府の仕業だと断定はできないが………勿論痕跡を辿らせている、本来こういう諜報活動こそ、俺たちの本分だからな」

 

 一億二千万年前から、とうに分かり切っていたことだが………ノイズと言う脅威を前にしても、中々人類は手を取り合うことができずにいる。

 それはマクロな視点で見れば、地球の国家群を指し、ミクロな視点で言うならば………私たちシンフォギアの装者だ。

 いやそれどころか………〝特異災害〟すらも利用して、陰謀と言う代物が裏で進行している事実が、今回の定例ミーティングで明らかとなった。

 私たちを取り囲む〝脅威〟は、ノイズだけではない。

 いや………もしかしたら―――

 

「心配に及ばないわ、なんてったってここは、この私が設計した〝人類守護の砦〟よ、先端にして異端のテクロノジーが、悪い奴らなんか寄せ付けないんだから♪」

 

 胸の中に疑念が渦巻き始めた中、今度はちゃんと、櫻井博士の陽気さはうまい具合に緩和剤となってくれたのであった。

 

つづく。




話の展開は良い意味でぶっ飛んでいる一方、設定面ではやけに生々しいシンフォギア世界。
国家間の外交も然り。


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#14 - Shadow ◆

外見や性格をご覧になればおわかりになったと思いますが、朱音の主人公造形は徹底して響との対比ができるように作っております。

一見正反対なようで、でもどこか通じる部分があるようで、やっぱり正反対だなってな感じで。

以下、倉田さんの台詞の引用。

「しかし、実はガメラはまだ人というものを絶ち切れずにいるんだよ、仙台でガメラの復活を願ったのはやはり人だからね、それがガメラの最大の弱みだ」

今回の話はその台詞を踏まえたものでもあります。

最後まで情を捨てきれなかったガメラですから、朱音となった今でも、葛藤が押し寄せる。それでも生命を脅かす者がいれば――


#14 – Shadow

 

「人類は呪われているッ!」

 

 いきなりのことで、申し訳ない。

 もう直ぐ制服が冬服から、セーターベストな中間服に衣替えする六月に入る目前な五月の末の日の昼、学生たちが雑談がてらの昼食に利用されるリディアン高等科の緑生い茂る中庭で、響は叫び。

 

「むしろ! 私が呪われているッ!」

「はいヴィッキー」

「あひがと♪」

 

 右手にシャーペン、左手にレポート用紙を持った状態で創世たちから、餌付けされるひな鳥よろしくな感じで、食物を食器で口まで運んでもらって昼食を取っていた。

 ひな鳥の羽毛を思い浮かばせる癖っ毛な響の髪型が、餌付けのイメージをより強固に私の頭の中で投影させてくる。

 

「あはは……」

 

 何とも表現し難い滑稽な光景に、見ているこっちは苦笑いするしかない。

 私と未来と創世と詩織と弓美が、それぞれ持参してきた弁当で食事している中、響一人だけ食べさせてもらいながらレポート用紙を半ば書き殴る勢いで筆を進めていた。

 

「ほら、お馬鹿なことやってないで……レポートの提出は放課後よ」

 

 さすがの未来も呆れ気味なご様子。

 今響が書いているのは、中間考査の追試免除の条件として提出しなければならない『認定特異災害ノイズについて』のレポートで、期限は今日の放課後だった。

 

「だからこうして、自分の限界に挑んでいるんだよ」

「ながら作業になって、効率もスピードも落ちて逆効果なだけな気もするけど?」

「だ……だから限界に挑戦中なんだよ……朱音ちゃん」

 

 とは本人の談なんだけど……単に食い意地が張っているだけにしか見えない。

 と言うか、いくら女子高で周囲には男性教師もいないからって、足も閉じずに体育座りして………ここのスカート結構丈短いので、紫色の下着が見え見えだ。

 てんで響と不釣り合いな色なのだが――紫だった。前に体育の授業の着替えの際に聞いた未来の話によれば、たまたま一人で出かけた先のデパートのセールの売れ残りを安い理由だけ(しかも上下の色を合わせる配慮もしない組み合わせ)で買ってきたらしい。

 オシャレとも可愛い気とも色気ともほど遠い話である………あるのは食い気だと言うべきか………私だって下着選びにはつい時間を掛けちゃうのに。

 ちなみに私の下着の色はくろっ―――こほん、なんてどうでもいい話は払っておいて。

 

「だよね、こんなことで作業はかどるのアニメの中くらいだし」

「ふぇっ? 手伝ってくれうんじゃなかったの?」

「こういうのは、たとえ不器用でも自分の言葉で紡ぐものだろう?」

「ぐっ………」

 

 日頃私から扱かれている分も込みで響が目線で〝手厳しいよ…〟と訴えてくるが、勉学と〝人助け〟の両立がいかに難しいか肌で感じてもらう意図も込みで、敢えて跳ね退けた。

 せめて次の期末考査は、フォローすることにしよう………一応中間考査の勉強時間まで奪わないようスケジュール調整はしていたのだが、それだけでは足りなかったようだし。

 

「これ以上お邪魔するのも忍びないので、次の授業まで屋上でバトミントンはどうでしょう?」

「お~~いいねえ、この間のアーヤへのリベンジもしたかったところだし、今度は負けないからね」

「望むところだと言っておこう」

 

 創世からの挑戦状を、私は快く不敵に受け取る。

 そして―――日頃の実戦で、動体視力も反射神経も判断能力も磨かれている私はあっさり創世から受けた再戦(リターンマッチ)に打ち勝った。

 

「また負けた……アーヤってば強すぎだって………」

 

 力なく四つん這いになって敗北を噛みしめる創世。

 うん、全く以て大人げないのは認める……これでも熱くなってしまうタイプなもので。

 

「〝背車刀〟で打ち返すとはアニメじゃないんだから!」

 

 試合の一場面を抜き出すと、ギャラリーの一人の弓美からこう突っ込まれるくらい。

 創世の渾身の壱打を、とっさに背中でラケットを左手に持ち替え、ネットの手前へと浅く緩く左切上の軌道で打ち上げ返し、まさかの私の反撃にどうにか返しながらも体勢を崩しかけた彼女の隙を突いて、ジャンピングスマッシュ。

 うん………こうして反芻してみると、我ながらほんと大人げない。

 

「今のはアニメの必殺技なのですか?」

「いや、実在する剣術の技だ、確かにアニメの敵役も使っていたがな」

 

 

 

 

 

 さて、先程何で響がああも叫んでいたかと言うと、お昼前の合唱の授業で、校歌をクラス一同斉唱していた時のこと。

 

〝仰ぎ見よ~太陽を~よろずの愛を~学べ~♪〟

 

 ちゃんとピアノの演奏に合わせてクラスメイトと一緒に歌っていた響は、途中から窓の方へ目を向け、ガラスの向こうのどこかをじっーと見つめていた。

 歌唱を途切れさせず注意しながら、もしかして翼が廊下を歩いているところでも見たのかと響を見ていた私は、ある意味で非常に不味い状況だと気づく。

 

〝朝な~夕なに声高く~♪〟

 

 今響は最前列にいる………と言うことは――。

 

〝バァンッ!〟

 

「立花さんッ!」

「はいッ!」

 

 鍵盤に指を叩き付けることで生じた荒々しく鳥肌を催すピアノの絶叫から、それ以上に強い声量な先生の怒鳴り声が教室に響き渡る。

 私は最後列にいたので、後ろ姿しか目にできなかったが、先生の大声に我に返って〝しまった〟と肩をビクッとさせる響と、〝またなの?〟と心配と呆れが五分五分の割合な未来の姿が後ろ髪と背中だけで読み取れた。

 

「全くあなたと言う人はまた………」

 

 先生の額に、〝怒〟を意味するのあのマークが出ているのを目にした。

 この間ののびた人間に現れる小鳥といい、妙に二次元特有の現象と巡り合う機会がある気がする。

 

「せっかくこうしてリディアンの学生となれたのですから、どうして受験勉強に発揮された筈の集中力を授業で発揮できないのですか!?―――」

 

 専門科目は声楽の合唱、普通科目では公民の担当で、響に追試免除のレポートを出した張本人でもある仲根先生は、合唱をサボっていた響への長々とした説教タイムを今日も開始させるのだった。

 響が叱られる状況だけを抜き出すと、彼女にだけ厳しい教える側としてはいかがなものかと印象づけられようが、実際この先生はどの生徒に対しても厳しい。

 

「草凪さんも、クラスメイトが気がかりなのは分かりますが、その気持ちは休憩時間にまで取っておいて下さいね、それと合唱なのですから、もう少し声量を落ち着かせて下さい、他の子の歌声を遮ってしまっては元も子もありません」

「すみません」

 

 同じくよそ見をしていた私も、こうして粛々とお叱りを受ける。

 授業での合唱でも、ついクラスメイトの歌声をかき消す勢いで熱唱しがちになったのには理由がある。

 この間の戦闘後に津山陸士長のリクエストで一曲を歌ったのを機に、出撃するごとにサポートと後処理を担う自衛官たちと高々に、プロのライブばりの熱量で彼らと歌い合うようになったのだ。

 心置きなくノイズと戦える環境を整え、ギアを纏う私たちと違いノイズの猛威に抗う術がほとんどない中、それでも彼らへの感謝と敬意もあって始めたことなのだが、聞き手と言うか観客側の自衛官たちのノリがあんまりにも良いことと、私も一度波に乗るととことんノリノリになってしまう性質なので、相乗効果でちょっとしたライブと化してしまっていた。やり過ぎてはいけないので、一度の機会につき歌う曲数は三つと暗黙のルールができるくらいに。

 この間なんて、年代的にリアルタイム世代の方が多かったのもあって、かのデジタル世界のモンスターと少年少女たちとの冒険を描いたアニメシリーズ一作目から三作目、プラスアンコールで四作目の主題歌を熱唱してしまったものだ。

 その影響が、今日の合唱の授業で少々出てしまい、つい熱込めて歌い過ぎたわけで、気をつけないと………特に、一代目は英語詞のバラード調で、そこから最後まで勢いよくアップテンポで歌った一作目の主題歌のせつなくも熱く盛り上がる曲調は、凄い中毒性であったし。 

 勿論、別の機会では挿入歌も歌いました。

 

〝つかめ! 描いた夢を~まもれ! 大事な友を~~たくましい!自分に~~なれるさァァァァ―――ッ♪〟

 

 歓声を上げながらも夢中に聞き入っている自衛官の皆様だけでなく、歌っているこっちの心にまで……〝火が点いてしまう〟くらい、だったことはさて置き。

 

「それから宮前さん―――」

 

 さらに一人ごとに生徒たちへさっきの合唱の際の問題点を的確かつ厳しく突きつつ、改善点もちゃんと提示してあげていった。

 生徒全員が歌い、ピアノを弾きながらの中、ここまで見抜ける先生の聴覚とセンスは驚嘆ものだ。

 ここまで先生の指導模様を述べてきたけど、日頃から善行なる人助けとは言え何かとトラブルを起こし、朝のHRはおろか午後の授業にも時として遅刻してしまうなど、授業態度に若干問題があるのは否めない響に手を焼かされているのもあって、特に彼女には隣の教室や廊下にまで響きそうな声量で怒鳴ることは………この二か月で結構頻度があるのだった。

 

 

 

 

 

「それで、例のレポートは無事に出せたのか?」

 

 その日の放課後、私は通学ルートの進行上にあり、眼下では多種多彩な車たちが走り流れているまだできてから新しい歩道橋の上にて、手すりに両腕を乗せて電話していた。

 

『まだ職員室で仲根先生の検閲を受けてる最中』

 

 相手はまだ校舎内にいて、職員室前の廊下にいるとのことな未来。

 進学校クラスの偏差値の高さを誇るリディアンは、生徒のモラル意識が高いのもあり校則は比較的穏やかで、スマホ、ガラケー、スマートウォッチら携帯端末の持ち込みも可、授業など一部の時間帯を除き校内での通話も許されている。さすがにSNSサービスの使用はご遠慮して下さいってことになっているし、バイトは禁止にされていたりと、厳しいとこは厳しくもある。

 つまり実質〝公務員のアルバイト〟であるシンフォギア装者としての仕事を全うしている私は、思いっきり校則違反をしているんだけど、人命がかかっているのでそこは大目に見てほしい。

 

「清書くらいはしてあげたか? 響には悪いが、字が〝ヒエログリフ〟に見えたものだから、先生が読めなかったどうしようかと心配でな」

『提出期限ギリギリに書き終わったから、書き直している時間が取れなくて……』

「となると、今頃先生は解読に悪戦苦闘中か」

『もう、暗号じゃないんだから……まあ私もどこぞの古代文字か何かに見えちゃったクチですけど』

 お昼に用紙を拝見してもらった時、私は書かれていた文字が間違いなく日本語であったにも拘わらず、一瞬古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)に見えてしまい、先生がレポートの内容を最後まで読めて、理解できるか本気で心配したくなったものだ。

 

『でも本当にいいの? せっかくの流れ星、一緒に見なくて』

 

 話題が変わり、未来の口から出た流れ星とは、四月の後半から五月に観測される〝みずがめ座流星群〟のこと、地平高度の関係で日本含めた北半球側ではそう多く見えないのだが、気象庁によると今年は日本からでもはっきり拝める絶好のチャンスらしい。

 予報では、今夜にて夜空に流れる雲の数は控えめな晴れ模様とのこと。律唱市は首都に近い比較的規模の大きい都市の一方で、人工の灯りの少ない緑の地にも恵まれている土地柄もあり、今日は流れ星を直に鑑賞するには好条件が揃っていた。

 

「せっかくだが、今日は遠慮させてもらうよ」

 

 私は未来から、一緒にその流星群を見ないかとお誘いを受けたのだが、丁重に断った。

 幼なじみの響と、二人だけの楽しみにしておいた方がいいと、考えたからである。

 

「だってせっかくの二人きりの〝デート〟だ、そこに水を差す趣味は私にはない」

『デ、デデデデートって!? 私と響は別に………そ、そういう関係じゃないから!』

 

 ちょっとしたジョークを吹っ掛けてみると、実際目にしなくても未来が顔を赤くして動揺している様を、声の狼狽え様で簡単に窺えた。

 

「違うのか?」

『違います! もう……安藤さんたちも朱音も………冗談きついんだから………人を夫婦か何かに喩えないでよ……』

 

 創世たちからも、私からのジョークと似た感じでからかわれたらしい。

 

『でも……ありがとう』

 

 スマホのフロントスピーカーから耳に届いてきた………未来からの………きっとはにかんだ顔から発せられたに違いない……〝ありがとう〟の一言。

 突如として息が呑まれ、そのまま詰まってしまいそうになる。

 

「…………」

 

 その感謝の言葉に籠った………余りにも嬉しそうな響きに、私の心の水面が揺れ動き出し、そのくせ………ざわめく胸は重しが伸し掛かってきて………重苦しい。

 

「未来っ……」

 

 なのに、揺れ出している心から流れてきた感情(おもい)が、口から出ていきそうになり………未来の名に続く言葉が飛び出す前に、どうにか理性が働いて口を固く噛みしめ、不用意に出ぬように結ばせた。

 この大馬鹿! 何を言おうとしていた!?

 君の親友は………ノイズを打ち倒す〝鎧――シンフォギア〟を纏う戦士となってしまったと…………これから、ノイズと命がけの戦いに赴くことになると………そう親友に突き刺すつもりだったのか?

 未来に言えるわけないだろう!

 機密だとか危険に巻き込むだの以前に………この事実は未来に、自分自身を攻め、傷を抉らせる刃にしてしまうのに。

 

「朱音? どうしたの?」

「いや……レポートの重責から解放された反動で………授業中に響が居眠りしないか、心配になって……」

「なんだそんなこと? 先生の雷が落ちないよう私が目を光らせておくから大丈夫、次の期末まで追試にはしたくないしね」

「そ、そうだな」

 

 どうにか、本当は何を言おうとしていたか悟られまいと、言い繕う。

 咄嗟に浮かんだ見苦しい言い訳だったが、未来は納得してくれたようである。

 

「そろそろ終わりそうな気配だから、じゃあ、またね」

「ああ、楽しんできてくれ」

 

 通話を切った。

 車たちのエンジン音と、宙に流れる風の音、通行人たちが歩く音、モノレールが走る音。

 今の私には、それらが妙に乾いて、寂しげな音色に聞こえた。

 いつもなら鮮やかに映り、ここからはビルの隙間から覗いている夕陽も、色合いを段々と変えていく空も、ゆったりと流れ行く雲海などと言った視界(せかい)に広がる色鮮やかな〝音楽たち〟が、今ばかりは色あせて聞こえて、見えてしまう。

 

「ごめん………未来」

 

 スマホを握る右手を左手で包んだ握り拳に、額に乗せて………私はさっき未来と通話している最中、口に出しそうになった言葉が………零れ出た。

 

 私は、未だ、煮え切れずにいる。

 むしろ……表では学生としてみんなと過ごし、裏ではシンフォギアの装者としてノイズどもに引導の豪火を渡す二重生活の一日一日を重ねる程………それでも戦うことを選んだ響の想いは決して中途半端ではないと分かれば分かる程………却って煮え切れなくなっていった。

 

 ノイズから人々を助けたい。

 響のその意志を尊重し、あの子をどうにか〝戦士〟にさせるべく、〝厳格〟の仮面を被ってこの一月………あの子を鍛えてきたけど………同時に私の中で、未来への〝罪悪感〟が、日増しに強くなっていた。

 

 だって……だって……二年前のあの日以来、ようやく二人は安寧な学生を取り戻せた筈だったのに。

 

 あの〝惨劇〟は、響に翼だけでなく、未来にもまた………大きく暗い〝影〟を落とさせてしまった。

 盛岡の親戚の下で、ツヴァイウイングのライブ中に大規模な〝特異災害〟が起きたと言う報を知った時、未来は生きた心地がしなかっただろう。マスコミの報道が、酷く無情なものに捉えられてしまっただろう。

 あのライブに響を誘ったのは、他でもなく未来だったのだから………親友の安否が知れず、救出されながらも重症を負い、生死を彷徨う親友の無事を祈っていた彼女の心には同時に――〝自分が誘わなければこんなことにならなかった………響が辛い目にあったのに自分はおめおめと地獄を受けずに済んでしまった〟――と、罪悪感に苦しめられていた筈だ。

 だから響が命を繋ぎ止め、リハビリの苦難も乗り越えた時………自分のことのように、喜びに溢れていたと、はっきり想像できた。

 

 けど………そこから二人を待ち構えていたのが………同じ人間たちが今世に顕現させた〝生き地獄〟だった。

 

 それを乗り越え………いや、乗り越えてなどいない。

 普段は目立たず、巧妙に隠れ潜んでいるだけで、あの日から――故郷を離れ、律唱(このち)に移るまでの二年間は、今でも彼女たちの心に、癌細胞も同然に精神的外傷(トラウマと)なってこびり付いている。

 

〝あきらめるなッ!〟

 

 命を燃やして奏でたあの人の歌と、その言葉を胸に、生きようと頑張っていた筈なのに、人の悪意によってそれを悉く踏みにじられた響は………極端に自己評価の低く、自らを罰するが如く人助けに執着し、無自覚に投げ出す勢いで〝命〟を賭けられるようになってしまった。

 そして………親友に降りかかる苦難を間近で長く目に焼き付けられてきた未来も……歪さと危うさをその身に抱えている。

 リディアンに進学してからの日々は………そんな二人がようやく取り戻せた筈の尊い〝日常〟だったのだ。

 友を集い、何気ない話題で笑みを浮かべ合いながら雑談を楽しみ、一緒に食事をし、ともに遊び合う。

 数か月前まで、学び舎はおろか故郷にすら家族と家以外に居場所のなかったのにも等しい二人は………そんなささやかな〝幸福〟さえ………望めなかった。

 なのに、やっと戻ってきた〝平穏〟は、少しずつ、またしても粉々に崩壊させようと、侵食しようとしている。

 私もまた………ある意味ではそれを侵す〝侵略者〟の一人だ。

 どんな理由があっても……たとえ響が望んでいることだとしても、私はあの子を……〝対ノイズ殲滅兵器〟に仕立てようとしている……その事実は誤魔化しようがない。

〝自分だけの戦う理由〟を、見つけてほしくないとさえ、時に思うことさえあった。

 

 けどもし響が、私からの宿題に確たる〝答え〟を見出した以上………私は受け止め、受け入れるしかないし、戦友としてともにノイズと戦わなければならない。

 

 だがどんな形であれ、響が自身が出した〝理由〟を胸に戦場に踏み込むことは………それを知らずとも、もしたとえ知ってしまったとしても、どちらにしても………未来にとってはトラウマを酷く疼かせ、響にもライブの真相を知った時以上の涙を流させる〝残酷〟になってしまう。

 もし………〝もしも〟じゃない。

 いずれその残酷は、そう遠くない未来にて今か今かと待ちわびている………分かっているのに、見通しているのに、私は、私には―――

 

 

 

 

 朱音は顔を上げる。

 少し前まで、ひとり友たちに忍び寄る悲惨な〝運命〟に嘆いていた少女の面影は潜み、瞳は爪を隠す能ある鷹よろしく戦士の眼光を秘めさせていた。

 彼女の鋭敏な〝感覚〟が、捉えたからだ。

 ひっそりと自分を見ている………〝影〟の存在を。

 どんな状況下、心情下にあろうと、一度〝危機〟や〝不穏〟を感知すれば、彼女の意識はこうして〝変身〟する。

 いわば――〝昔取った杵柄〟と言う代物である。

 

 

 

 

 いつから私を見ていたのか?

 気配を感じたタイミングからして、多分未来との通話を切った直後辺りか?

 しかもこの感覚………間違いなく、ひと月前に横浜ベイブリッジで感じたのと同じ。

 相手に感づかれたと悟られないよう、まだ少し落ち込み気味な雰囲気を装いながら歩き出す。

知覚する気配に変わりない。相手はこちらの跡をつけている。

 どうする? 弦さんたちに連絡は………いやできない。

 何の意図でこちらをつけているかはまだはっきりしないが、もしベイブリッジの時のと同じ視線の主だったとしたら、今は下手な行動は打てなかった。

 

 本当に、一連のノイズ大量発生が、人間の思惑が介入しているものだとしたら………狙いが二課本部最下層に保管されている〝デュランダル〟か、シンフォギアかどうかは置いておくとして、連中には―――ノイズを召喚、使役できる〝聖遺物〟を持っている可能性があった。仮にもノイズを兵器として扱おうと言うのなら、コントロールできる手段がないと話にならない。

 神話、伝承、叙事詩に登場する武器、武具が実在しているこの世界な上、何より自分が〝怪獣〟であったのだから、〝あり得ない〟なんて否定的見方は捨てた方がいい。

 そしてノイズを使役できると仮定すれば………迂闊に手を打とうとすれば、今この場で奴らを解き放とうとするかもしれない。

 私の周囲にいる人たちは、無自覚に人質にされているも状態だった。

 主だった行動に移すとその瞬間から街は地獄絵図になりかねず、けどこのまま無計画に歩き続けても向こうに怪しまれる。

 私としても、膠着な状況に入る前にあの影を通じて〝手がかり〟を得たかった。

 

『それでは、今夜のお天気です――』

 

 そこに来てくれた助け船。ビルの外壁に設置された大型モニターが放送しているニュース番組にて、天気コーナー担当の女性予報士が例の流星群の一件を報じていた。

 興味がありそうな感じでモニターを見上げ、スマホを展開させて地図アプリを、遠間からでも分かりやすく、けれどさりげなく立体画面に表示させる。

 よし、ここからでも徒歩で行け、夜は星空が見えるし、人気も少なくなる絶好の場所が見つかった。

 スマホを閉じて、目的地へと歩き出す。影の方も一定の距離を維持させて、私を尾行し続ける。

 段々と、追跡者への印象が読み取れてきた。そもそも、未来への罪悪感に浸かっていた自分にさえ、こうして気配を悟られている時点で素人だな、緒川さんら二課の諜報員と比べるのも失礼なくらい。

 あと、気配の質とも言うか、刺々しさはあるのだが、余り〝邪気〟や〝冷気〟と言った感じは見受けられない、むしろ〝熱〟があり………今の翼に似た〝張り詰めている〟感覚もあった。

 この感じは錯覚じゃない………あの影もまた………〝無理〟をしている類、とてもノイズを使役し、陰謀を秘めている側には似つかわしくない。

 こちらとしては、むしろ好都合だけど。

 そちらも、こそこそとしているのは性に合わないだろう?

 なら、堂々とご対面と行こうじゃないか――と、相手に知られない様、密かにほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 律唱市は、緑溢れる高台も多くそびえ立つ一面を持っている街だ。

 朱音が向かった先は、その高台の一つである音原公園。中心市街からは離れていながら徒歩でも行ける距離、夜は人気が少なく木々も多数園内に並び立っており、流星群を見る表の口実も、その裏、両方の意図のお眼鏡に叶う場所であった。

 陽が暮れかけて薄暗い園内の階段を登る朱音を、足音を立てぬよう留意はしている〝追跡者〟たる銀髪で、クラゲの足のような長い後ろ髪のあの少女。

 緊張感が張り付いたあどけなさの残る美貌は、少しばかりほっとしている様子も混じっていた。

 ハイヒール分を足しても尚、一五〇台半ばの身長な彼女からしたら、背も高いし大人びている見た目をしてても一歳分〝年下〟である女子――草凪朱音が、人のいないところへ行ってくれた。

 流れ星にでも見に来たのかどうか知らないが、この辺りなら、奴の足止めに多少大目に〝召喚〟しても、無用に犠牲は出さなくて済むし、■■■■に街のど真ん中で呼び出さなかったことへの言い訳にもなる。

 自分の〝悲願〟がどれだけ馬鹿げているかは分かっていたが、だからと言ってその為に〝関係のない奴ら〟を進んで巻き込むのは………彼女にとって胸糞悪い話だった。

 

 階段を登り切り、森の中に入った。

 

(この辺だな)

 

 太ももに巻いているミニケースから、掌に収まる銀色の物体を取り出すと、物体自身が少女の半身分以上ある細長い逆三角形状の〝杖〟へと伸長した。

 あいつ曰く〝地球(ほし)の姫巫女〟な奴の足止めたちを召喚と同時に、予め市内の別位相に潜ませておいたのをあの鈍くさそうな〝ひよっこ装者〟にぶつけてやる。

 

「あっ……」

 

 プランの内容の反芻していた少女は、尾行相手たる朱音の姿を見失った。

 慌てて並び立つ木々の中を走る。

 

「Tag's end――daughter」

 

 最中、英語で発せられた――〝鬼ごっこは終わりだ、お嬢さん〟――の声が、薄闇の中で響く。少女の背後で、何かが地面に降り立った音が鳴り、振り返った。

 草凪朱音が、ユーモアに反して凛と鋭い眼差しを、銀髪の少女へと射ていた。

 死角の多い木々の渦中を利用し、少女の隙を突いて枝の上に飛び乗っていたのである。

 

「What do you want with me? 」

 

〝私に何かご用ですか?〟

 

 そう尋ねる朱音に対し、少女は舌打ちしながら右手を夜空に掲げる。

 右手が輝いたかと思うと、彼女の全身に青白い光の粒子が纏わりつき、次の瞬間には………あの蛇の鱗に似る模様な白銀の鎧が纏われていた。

 

 

 

 

 

 あの鎧、まさか完全聖遺物か!?しかも蛇の体表のようなあのアーマーの形状………あれはもしや、二年前の〝Project:N〟の起動実験で行方知れずになった――。

 

「くらえよッ!」

 

 日本語で、吐き捨てる勢いから叫んだ少女が撫子色な三日月の連なりでできた鞭を振るってきた。

 横合いにステップして一撃目を躱し、逆胴の二撃目を跳び下がって避ける。

 着地したところへ迫る上段の三撃目、聖詠を唱えている時間はない、なら!

 

「ハァッ!」

 

 咄嗟に、右足を大地に強く踏みつけた。

 弦さん――司令譲りの震脚の衝撃で、畳返しよろしく土の一部が長方形に起き上がり、鞭はそれを砕きながらも勢いは削がれ、ギリギリ私の体に届かず空振る。

 完全聖遺物を纏った少女はそこで攻撃を止め、その場から飛び去っていった。

 

「待てッ!」

 

 こちらとしてギアを纏えば空を飛べる。

 ガメラを起動すべく首の勾玉を手に取り、歌おうとしたその時。

 

「朱……音?」

 

 私の名を声に出した………聞き覚えのある少女の声で、聖詠が中断させられた。

 

「未来……どうして?」

 

 声の主は、響と一緒に星を見に行っている筈の未来、息が少し荒れている様子から、走ってここに来たらしい。

 いやそれより………どうして彼女が一人ここに?

 もっとくっきり流れ星が見られる高台に行くと聞いていたから、 この音原公園を選んだのに………いやそれ以前に、もしや今の一部始終を見られたか?

 未来を鉢合わせた事態に戸惑う中、自分の〝第六感〟に、胸騒ぎが押し寄せた。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪(我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂を戦わん)〟

 

 疾風の如く駆け出し、目の前に未来がいるのも構わず、聖詠を奏でる。

 守秘義務に構っている時間が、無かったからだ。

 

「え?」

 

 突然走りながら、彼女からしたら不明の言語で歌い出し、全身から光を発し出した私に呆気にとられた未来を左腕で抱き寄せ、大きく広げた右手を真っ直ぐ宙に伸ばす。

 掌が発した炎がバリアとなり―――突進してきたノイズをそのまま焼失させた。

 

「っ…………」

 

 状況を理解し切れずにいる未来をよそに、私は、私たちを取り囲む形で現れたノイズどもに対し、怒りを込め、こう叫んだ。

 

「Don't hit my friend!!」

 

〝私の友達に手を出すなッ!〟

 

つづく。

 




さらりと原作で弦さんが見せてくれた震脚畳返しを披露した朱音ですが、何せ司令のヘンテコ映画修行を経験済みですので。

ちなみに最後の台詞はアメコミ映画X-MENウルヴァリンスピンオフのが元。


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#15 - 暴走の片鱗

 やっと原作第三話分消化しました。

 執筆の関係上、原作を何度も見返しているのですが、改めて金子さん、美少女だろうとキャラに試練を貸しますが特に響にはドSです。
 試練一つ乗り越えたと思ったらすぐさまそれ以上に高い試練課すし、GとGXだと、響が装者としてと言うかヒーローとして好調なのは一話で、二話目から十話過ぎた辺りまでは剣序盤のダディ並みに不調の足かせにずっと引っ張られてますし、実は好調期はむしろアニメ本編の合間の時期と言う(汗

 まあそういう私も、今回の話で残酷な対比を描いているので人のこと言えませんが(大汗

 ニコ動の公式配信では、三話での暴走の理由がしょぼいなんて(リアルタイム放送当時)コメあったけど、今後確実に〝卒業イベント〟がある筈のあの二人の愛の重さを踏まえると、実に納得と言いますか(苦笑

 ちなみに今作での響の断腸の想いでドタキャンは一応面と向かってに変えてます。緊急事態とは言え、いきなりいなくなってちょっと時間経ってから電話はさすがに響鈍くさ過ぎるし、余計未来にショック与えるだろと、あの場面見た時せつなくなりつつもそう突っ込みたくなったもので。


〝Balwisyall Nescell gungnir tron (喪失へのカウントダウン)〟

 

 響が〝聖詠〟を唱えると、彼女の心臓部にあるガングニールの欠片が呼び起こされ、フォニックゲイン「を糧に実体化させたオレンジと黒を主体としたスーツとアーマーが装着。

 ギアを起動させた響は、市内の地下鉄駅構内に繋がる階段を跳び下りる。

 

『朱音君は別地点で交戦中だが、翼がそっちに向かっている、それまではどうにか持ちこたえてくれ』

「分かりました!」

『くれぐれも無茶はするなよ』

 

 駅の改札口周辺は、とうにノイズたちによって占拠されている有様と化していた。

 いつも目にしている筈の日常の背景すら、不気味で異様な光景に変えてしまう………〝特異災害〟の恐るべき一面の一つ。

 彼らと対峙する響は、構えを取った。

 邪念などとは無縁そうなまるまるとした響の双眸に、今は〝怒り〟が彩られ、特異災害をばら撒く主たちを睨み付けていた。

 新たな人間(えもの)たる響を捉えたノイズは、接触して炭素化させようと向かってくる。

 

「―――――♪」

 

 歌い出した響は、突進してきた先頭の一体を正拳で迎え撃つ。

 突き出された拳がノイズと衝突し、そのまま炭素化されて打ち砕き、続けざまに振るわれた回し蹴りでもう一体を撃破する。

 まだ響には、アームドギアを実体化させるどころか、それに必要なエネルギーを集めることすらままならない。

 ゆえに彼女は、徒手空拳による肉弾戦(インファイト)しか戦う〝手段〟がなかった。

 しかし、朱音からのこのひと月の特訓のお陰で、どうにか響は人型、蛙型のノイズには複数が相手でも立ち回れるようになっていた。

 目はちゃんと開かれ、腰にも力を入れ、腕または脚だけでなく全身の筋肉を使って拳打や蹴りを繰り出し、迎え撃つ。

 歌に関しても、極度に音痴と言うわけでもなく、特別上手いわけでもない、平均的だが朱音や翼たちのような実力者を前では聞き劣りしてしまうのは否めなかった歌唱力と、不安定な声量は、

身体の鍛錬と同時に行われたボイストレーニングで、ギアの出力をある程度安定させることができるようになっていた。

 ただ………今回が実質的〝初陣〟な響の攻勢を続かせるほど、敵も攻められるばかりではない。

 以前、ベイブリッジで朱音と交戦し、彼女に串刺しされた紫色の人型が、背中に抱えた機雷の球体を飛ばして暴発させた。

 

「あっ!」

 

 他の個体との相手に気を取られていた響は爆発に巻き込まれ、その衝撃でホームの天井が崩れて落下。

 響はそのまま瓦礫の下敷きになってしまった。

 反撃を成功させた紫の人型は、ホームの方へと走っていった。朱音と戦った別個体はあっさりと倒されてはいたが、相手が悪かっただけで位相差障壁と炭素分解以外に強力な攻撃手段がある点は、厄介なタイプである。

 他の人型と蛙型の個体たちは、ゆっくりと瓦礫の山に近づいていく。

 

「見たかった……」

 

 山の中から、響の声が発したかと思うと、瓦礫から響が破片と白煙と一緒に飛び出してきた。

 

「流れ星―――見たかったッ!」

 

 その勢いのまま、周りにいたノイズを攻撃。

 先程対峙した時点で、響の心に〝怒り〟は少なからず込み上げていたのだが、先の機雷の爆発によって油を注がれ、怒れる感情の炎が強まってしまったらしい。

 

「未来と一緒に――――流れ星を見たかったのにッ!」

 

 段々と、響の攻撃は荒々しく、〝技〟とは程遠い力任せで、八つ当たりに拳を、蹴りをノイズにぶつけていった。

 犬歯を剥き出しにし、声にドスを利かせ、双眸の周りを憤怒の皺で歪める彼女の攻撃で突き飛ばされたノイズは、構内の壁や天井に叩き付けられる。

 

「ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 親友との〝約束〟を破ってしまう原因を作った者たちへの〝怒り〟に呑まれ、獣に似た呻き声すら上げる響に………戦闘で生じる二次的被害を抑えるのはおろか、考慮するだけの思考すら、全くなかった。

 それどころか、ノイズを追走する道中にて、理不尽にも駅の壁面に拳を叩きつけ、亀裂だらけのクレーターを作り上げてしまった。

 

 

 

 なんで―――現れたッ!

 なんで今日、この日に、現れたんだッ!

 なんであんたたちは、未来と大事な〝約束〟を交わしたこの日に―――どうして現れたんだ――――ノイズッ!

 ずっと前から………一緒に流れ星を見ようって、二人で楽しもうって……約束してたのに!

 私も楽しみにしてたけど………私以上に心待ちにしてたんだ―――未来はッ!

 

〝お待たせっ………どうしたの? 響〟

〝ごめん未来………急に用事できちゃって………一緒には……〟

〝また………大事なよう?〟

〝うん………〟

 

 約束を破るのに………本当はいけないのに………断らなきゃいけなかったあの時、未来の顔、とてもじゃないのけど、見れなかった。

 

〝じゃあ……仕方ないね〟

 

 なのに未来は、理由も話さない、顔すら合わせない私を、責めなかった。

 

〝あんまり遅くならないでね……部屋の鍵、開けておくから〟

 

 何も言わない私を……約束を踏みにじった私を……気遣ってくれた。

 

〝ありがとう………ごめんね〟

 

 けど……辛い気持ちを、我慢して……押し込めてるのは、私でも、顔を見ていなくても、分かった。

 

〝あんだけ人を殺しておいて、よく生きていられるよね?〟

〝しかもパパとママの税金で補償受けてるんでしょ? そりゃすぐ元気になるわけだ〟

〝この税金泥棒な人殺し!〟

〝なんであの人が死んで―――あんたみたいのが生き残ってんのよ!〟

 

 自分の〝一生懸命〟であんなことになったのに………それでも未来は傍にいてくれた。

 

〝どうしてそんな酷いこと平気で言えるの!? ただ生き残っただけで!〟

 

 一緒に耐えて、我慢してくれた。

 ずっと………〝親友〟でいてくれた。

 未来があんなに頑張ってた陸上部を止めたのも……未来自身は〝記録が伸び悩んだから〟と言ってたし……それも本当なんだけど、私にだって分かってるんだ………どうして未来がスプリンターのユニフォームを脱いだのか。

 

 いつも………いつもいつもいつも私は―――未来を辛い目に遭わせて……辛い気持ちを我慢させて。

 

 だからせめて………未来との大事な約束は、ちゃんと果たしたかったのに。

 

 それを………ソレヲオマエタチハ―――フミニジッタッ!

 

 ソウヤッテ……ヤクソクヲオカシ………ウソノナイコトバモ………アラソイノナイセカイモ………ナンデモナイニチジョウモ―――ウバウノカッ!?

 

 

 

 

 唸り声を響の全身が、禍々しさを覚えさせるオーラに包まれ、顔は黒く塗りつぶされ、双眸は暗色な赤い光が怪しく放っていた。

 

「Guhaaaaaaaaーーーーーーーー!!!」

 

〝破壊衝動〟

 言葉にするならそれに呑まれて歌唱すら放棄した響は、ケダモノとしか言い様のない咆哮を上げて、ノイズたちを襲う。

 蛙型を両腕で力任せに引き裂き。

 人型を押し倒して馬乗り、頭部を握力で潰してそのまま引き千切り。

 一体の胴体を右腕で突き貫いたまま、もう一体をホームの床に叩き付け、狂った笑いを浮かべながら足蹴にし、ヒールを押し付けてノイズの顔を抉った。

 知性も理性も、良心の欠片すら感じさせない、残虐なる猛威。

 これは最早戦闘ですらない、本来はこの少女が忌み嫌っている筈の、一方的な〝虐殺〟だった。

 

 人類を虐殺する〝特異災害〟が逆に虐殺される、そんな逆転現象が起きる中、紫の人型が機雷を多数、暴走する響に放つ。

 他のノイズへの加虐にご執心だった響は、またしても機雷の爆発を諸に受け、ホーム一帯は爆煙に一時支配された。

 煙の天下はそう長く続かず、何秒かするとホームの濃度は薄まっていき、完全に晴れる頃には、物理的衝撃にも強いアンチノイズプロテクターの効能により間近で爆発の猛攻に晒されながらも無傷な響がそこにいた。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 先程までの残虐なる様は、幻だったのかと思わされるほどに、響の姿と意識から〝凶暴性〟が失せていた。

 皮肉にも、特異災害が響の……体内のガングニールと彼女の感情(こころ)が生み出した〝暴走〟を食い止めた格好となった。

 響は自身の暴走に無自覚なまま、紫の人型を再び追いかける。

 ノイズは線路の頭上に機雷を幾つもぶつけ、地上に繋がる大穴を爆発でこじ開けて、そのままよじ登って地下より脱していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Don't hit my friend!! 」

 

 聖詠を唱えてシンフォギア――ガメラを纏い、未来を抱きかかえ、彼女に襲い掛かろうとしていたノイズの突進を右手の噴射口から発した炎のバリアで防ぎ、そのまま燃やし尽した朱音は、夜の高台公園の森に位相転移してきた〝災いの影〟に――

 

〝私の友達に手を出すなッ!〟

 

 と、苛烈かつ凛と、日本人にしてアメリカ人でもあるバイリンガルな彼女らしくネイティブな響きの英語で、ノイズたちに啖呵を切った。

 

「…………」

 

 間一髪朱音に助けられた未来は、現況を理解し切れずに閉口している。

 いきなり級友が、彼女からしたらどこのものか分からない言語で歌い出し、アニメのヒロインのよう、紅緋色のアーマーを纏って〝変身〟した状況に放り込まれたのだ、未来の反応は当然で無理からぬものである。

 

「ノイズ……」

 

 ほんの僅かな放心状態から、未来はノイズに囲まれている現在の事態を理解した。

 幸か不幸か、ここ最近の律唱市での異常な出現率を前にしても、未来はこの瞬間までノイズを実際に目の当たりにしたことがなかったが………その特異災害の恐ろしさ、おぞましさ、惨さは、かの〝二年間〟痛いほど思い知らされていた。

 

「…………」

 

 そのノイズが今、目の前にいる。

 本能が恐怖を感知し、体は震えていると言うのに目はノイズたちに釘づけとなっていた。

 スノーノイズの如きざらつきに塗れた異形から発せられる、無機質でありながら禍々しい〝殺意〟は、彼女の〝理性〟を切り崩そうと、少しづつ忍び寄る中。

 

「未来」

「あっ……」

 

 崩されそうになる精神を、鎧を纏った級友――朱音の凛とした声が繋ぎ止めた。

 未来は、自身を左腕で包み込んでいる、同い年ながら一回り以上背の高い朱音を見上げた。

 プロのモデル相手にも見劣りしないどころか勝り、〝クールビューティ〟と表されてもそん色ない大人びた美貌な横顔は、一層引き立たせるほど鋭く研ぎ澄まされ、物理的な覇気(あつりょく)を秘めた〝眼光〟を異形たちにぶつけていた。

 

「話は後、くれぐれも、私の傍から離れないでくれ」

 

 首を乱れたリズムで小刻みに、頷き返す未来。

 戸惑いがないわけじゃない………未来の〝意識〟は未だ恐怖と混乱でぐらつきがある。

 ノイズが目の前にいるだけでも乱されていると言うのに、彼女からしたら正体不明の風体で、震えも恐れも見せずに勇ましくノイズと正面から対峙している朱音は、未来の目から見ても〝歴戦の戦士〟と言う印象を見受けさせていた。

 リディアンに進学して、久方振りにできた響以外の〝友〟の隠された戦士としての一面は、この瞬間まで知らなかった未来を困惑させるには充分であった………が、朱音が眼光に帯びる闘気は、彼女を戸惑わせると同時に不思議と安心感も招き、金属質な鎧に覆われていると言うのに、左腕を中心とした彼女の体の温もりは、未来の皮膚感覚へくっきりと伝わってくる。

 なぜか? 今の未来にそれを見い出せる余裕はない。

 とにかく今は取り乱すより、朱音の言う通り、彼女の傍から離れない方がいいのだと、未来の思考は狼狽が尾を引きながらも、そう結論づけた。

 

 

 

 こんな可燃物が密集している場所、森の中では、迂闊に〝炎〟は使えない。

 私の――ガメラのプラズマの火は――強力過ぎる。

 規模は本物より遥かに小規模とは言え、地上に〝太陽〟を出現させるようなものだ。

 木々や緑たちの身と命を弁えず振るえば………こちらが災害を生み出してしまう。

 かと言って離れようににも、この森林公園は人の街に囲まれている………園内から出てしまえば、事態を知らない民間人を巻き込んでしまう。

 既に友達一人、巻き込まれてしまっているし、色々難題が待ち構えているが、今は戦闘と、未来に降りかかる火の粉を払うのを優先する時。

 

 まあ幸い、こんな状況下における最適な戦法は―――とうに見出している!

 

 

 

 

 

 

〝くらいなさいッ!〟

 

 先手を仕掛けたのは、朱音の方からだった。

 右手の噴射口から発せられた炎は、オートマチックの拳銃に形作られ、それを素早く構えると同時に朱音は発砲、銃口から飛び出した〝弾丸〟は攻撃しようとしていたノイズの一体のざらついた表皮を容易く破り、肉体に食い込むと、弾はプラズマ化して膨張、一瞬で敵を炭素に変えて火花混じりに四散させた。

 続けざまに、もう三発を電光石火の如き素早さで連射して排莢音を鳴らし、そのいずれもノイズの肉体に当て、炭素分解に至らしめる。

 右手が握り、構える〝拳銃(ハンドガン)〟は、朱音がこの一月の間の実戦にて新たに編み出したアームドギアの形態だった。

 モデルは、あらゆる国家の軍または警察の特殊部隊で採用されているシグザウエル社製の銃器、SIGシリーズの一つであるシグザウエルP226であり、黒を基調した色合いに、紅緋色のカラーラインが走り、六インチある銃身には発射時の反動と跳ねあがりを抑えるコンペンセイターが装着されている。

 朱音がP226をモデルにしたのは、SIGシリーズの高い信頼性を考慮してのことだったが、何の因果か、同じSIGシリーズで陸自の制式拳銃でもあるP220は、かのレギオンの〝働きアリ〟の一体を撃破せしめた実績もあった。

 

「――――♪」

 

 プラズマエネルギーで生成したカスタムガンで先制攻撃を成功させた朱音は、力強く歌唱しながら両足のスラスターを吹かして、ホバリング移動で森の中を〝バック〟で後退し、ノイズたちは逃がさぬとばかり追走を開始する。

 行く手を阻む木々が多数そびえ立つ森の中、そこを高速な上に進行方向に背を向けて突き進むなど、常識的に考えれば危険だった。

 現に未来は目を開けている余裕すらなく、必死にギアを纏った朱音の体にしがみついていた。

 当然――〝歌いながら戦う〟と言う、シンフォギアの特性を知らぬ者からすれば不可解極まりないやり方で朱音の行う戦闘に構ってなどいられない。

 反対に朱音は、まるで背中にも目を持っているのかと思わすほど、衝突どころかかすりもせず、高速で森をバックで掻い潜っていた。

 ノイズどもはと言えば、その動きはおぼつかなく、どこか惑ってもいる様子で移動速度も一定していない。

 位相差障壁で、目の前にどれほど大きく、頑強な物体があろうと擦り抜けてしまうノイズだが、

奴らには物体を透視する千里眼を有してはいない。

 しかも奴らの思考は基本的に至極単純であり、視界内に人間がいれば我先に襲い掛かり、逆に人の姿が映らなくなると、一転して何もしなくなる。

 

「―――――♪」

 

 しかも朱音の歌で、彼らはこちらの物理法則に縛られている為、頼みの位相差障壁も使えず、障害にならない筈の眼前の物体――木々が障害となって進行を邪魔されていた。

 猛スピードでのホバリングでじぐざくに軌道を描き後退しながら、死角の多く作る樹たちを隠れ蓑に姿を消したり現れたりを繰り返し、敵に攻撃どころか移動すら支障を来させて翻弄している朱音は、未来を離すまいと左腕で抱き、右手が持つP226モデルのハンドガンから連射されるプラズマエネルギー製の.40S&W弾を、一発も撃ち漏らさず正確に撃ち込み、ノイズの体に食い込んだ弾丸はプラズマの炎に戻って内側から体組織を破壊した。

 さらに周囲に、三日月型なプラズマの刃をいくつも形成、それらを高速回転して飛ばす。

 

 ホーミングプラズマの派生技、烈火刃――《ローリングプラズマ》。

 

 回転し飛び回るプラズマの刃は、ノイズたちの肉体を焼き切り、傷口から彼らを炭素化させていった。

 二列(ダブルカラム)の弾倉(マガジン)内の弾丸を撃ち尽くし、ホバリングを停止させる朱音、その時には数十体いたノイズは粗方狩り尽されていた。

 朱音は左腕で抱きかかえていた未来を地面に下ろす。

 

「大丈夫か?」

「うん……」

 

 ノイズが目の前に存在する戦闘の真っただ中にいた為、未だ意識と呼吸に乱れがあるのは否めず、両脚に全く力が入らない状態ながら、未来はアーマー姿の級友の問いに応じた。

 未来の無事を確認すると、ハンドガンからマガジンを排出させる―――

 

「あ、危ない!」

 

 未来の叫びが森の中にて響く、まだこの場にノイズが残っていたのだ。

 飛行型が五体、突撃形態で斜線上に降下していた。

 しかも五体は融合して、大型化して大気を打ち破りながら、朱音の背後を取って彼女を突き刺そうとしていた。

 

 が、螺旋の刃を突き立てられようとしている朱音は、左手の噴射口から発した炎を弾丸の入った新たなマガジンにへと固形化し、素早く装填、振り向きざまにスライドを引き、猛禽の如く鋭利な眼光で狙い、両手で構え。

 

「――――♪」

 

 奏でながら、連射。

 先陣を切る一発目が螺旋の先端に食いつき、風穴を開け。

 後続の弾たちは、いずれも一発目を押し上げ、風穴へと深く食い込んでいきプラズマ化して炸裂………朱音の精密射撃(ピンホールショット)を前に、融合体は敢え無く爆破されて炭を飛び散らされた。

 

「…………」

 

 未来は、月光の恵みで艶を帯びたさらりと伸びる黒髪が、爆風でなびく朱音の横顔を見上げている。

 美しくも勇壮なる学友の勇姿は、彼女の纏う〝鎧〟や振るわれた〝力〟と言った疑問を忘れさせ、困惑をも通り越させて、未来を見惚れさせていた。

 同時刻に、親友も〝シンフォギア〟を纏ってノイズを戦っている事実を、この時はまだ知らぬまま。

 

 

 

 

 紫の人型が地下鉄よりこじ開けた穴は、市内の森林公園の一つだった。

 地上に出たノイズは、その足で新たな獲物を探そうとしていただろう。

 公園の緑の上を走っていたところへ、コーラスを端に発せられる歌声が響く上空から、水色の三日月の刃が肉薄。

 空からの奇襲を前に、ノイズは何の対応もできぬまま両断され、爆音を夜の公園に轟かせて四散した。

 この個体も、相手が悪かったとしか表しようのない。

 遅れて地上に出た響は、夜空を見上げて、降下しながら歌い、月の光を刀身で反射させるアームドギアの大剣から、《蒼ノ一閃》を撃ち放った翼の姿を目にした。

 陸自のヘリで現場に急行して飛びおり、ギアを装着と同時に紫の人型を撃破した翼は両足に装着されている推進器付きのブレードの噴射で落下速度を抑えて園内の、響が立つ地点から約十メートルの場所に着地する。

 

「…………」

 

 決して穏やかからは遥か遠い、両者に流れる沈黙。

 しかも今回は、間に立ってくれる朱音が、この場にはいない。

 かの装者同士の私闘が起きてしまった時のより、重苦しい空気が、園内に流れる。

 不穏さを煽ろうとしているのか、月が夜天を流れる雲に隠れて闇が深まった。

 

「私だって………私にだって〝守りたいもの〟があるんですッ!」

 

 響は、何も言葉を口にしない、目どころか体の向きも合わせず背を向ける翼へ必死に思いをぶつける。

 自分だって、今は中途半端に、甘い気持ちでのこのこと戦場に出て来てはいない――ノイズと戦っているのではないと。

 

「だから―――」

 

 背を向けていた翼は、無表情な面持ちで横に向いた。

 だが二人の〝視線〟はぶつかりすらもしない。

 そのくせ翼の瞳は………〝ノイズ一体に手を焼かされ、踊らされている半人前の身で、何を一丁前なことを言っている?〟とでも言いたげに、冷めたものであった。

 相棒の愛機に対する強すぎる拘りも然りだが、初陣から、心身ともに〝守護者〟、翼の表現を借りるなら〝防人〟に相応しい獅子奮迅の活躍を見せた朱音の勇姿を直に目に焼きつけられていたのもあり、それが余計に響が〝未熟〟過ぎると映ってしまっていた。

 これで先の響の〝暴走〟を目の当たりにしていたら………どうなっていたか。

 あの瞬間の響の顔は、少なくとも〝人を守る者〟がしていい形相では、断じてなかった。

 

 

 

「〝だから〟なんだ? 早くその先を言えよノロマ」

 

 未だに噛みあうことも、向き合うこともできずにいる二人の装者の前に、一人の闖入者。

 遮っていた雲が過ぎ去り、月光が闖入者の姿を照らす。

 

「そんな……あれは……」

 

 目を大きく開かされた翼の面持ちは、〝信じられない〟と言う彼女の心境を、如実に表していた。

 闖入者は、あの銀色の髪の少女。

 そして彼女が身に纏っている蛇の鱗を象った白銀の〝鎧〟こそ。

 

「ネフシュタンの………鎧」

 

 二年前のツヴァイウイングの〝ラストライブ〟の裏で行われた起動実験で失われた筈だった〝完全聖遺物〟―――《ネフシュタンの鎧》であった。

 

つづく。



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#16 - 血に染まる ◆

ガメラと言えば、ボロボロになっても人、特に子どもを守る為に立ち向かう無骨ながらも献身なる勇姿ですが、ギャオス、レギオン、イリスとの激闘を戦い抜いたガメラ――朱音では、今さらノイズに苦戦するのは締まらないので、そこを描けなかったのですが………今回はこういう形で描けました。

いくら熱エネルギー操作が上手いガメラだからって、Gより先んじてこんなことやっていいのかと言われそうですが(大汗


「ネフシュタンの………鎧」

 

 月夜の下、未だ歩み寄れぬことのできず、それぞれ〝守りし者〟としての未熟さを露呈させている響と翼、二人の装者に現れた……失われた完全聖遺物――《ネフシュタンの鎧》を纏う銀の髪の少女。

 

「へぇ~~~よく覚えてたな〝こいつ〟のこと」

 

 バイザーに覆われた少女の顔は、よく見れば愛らしく整われていたが、その容姿とミスマッチな不良の如き粗暴さと、相手を小馬鹿にした口調で返す。

 

「あんたにとっちゃ思い出したくないトラウマなもんだから、てっきり頭から消し飛ばしたと思ってたのによ」

 

 少女は底意地の悪い笑みを浮かべ、自らが纏う鎧の名を口にした翼へ、不敵に、挑発的に、彼女の傷(トラウマ)ごと抉り出さんとする響きで、続けてそう言い放った。

 

「忘れぬものか……」

 

 信じがたいと言う表情で一時凝固していた翼の容貌は、少女が投げつけた言葉(ひばな)で点火した〝怒り〟へと染められていき、アームドギアを握る右手を中心に、酷く全身を震え上がらせえる。

 吊り気味な双眸はより吊り上がり、額は怒れる皺が集まり、苛立だしく唇を噛みしめ。

 

「私の〝不始末〟で奪われたその鎧を………私の〝不手際で奪われた命〟を………風鳴翼がどうして忘れられようかッ!」

 

 大量の怒気に満ちて時代掛かった語調で、吐き捨てる勢いから叫び上げた翼は、大剣形態のアームドギアを雄牛の構えにし、切っ先をネフシュタンの少女に向けた。

 胸に装着されているマイクからも、翼の意志に応じて、複数の女性コーラスを交えた《絶刀・天ノ羽々斬》の前奏が流れ始める。

 態度が挑発的なのに目を瞑れば、少女がどういう目的で完全聖遺物を纏った状態で彼女たちの前に現れたか、まだはっきりしていないにも拘わらず、翼は敵意をむき出しにし、戦闘態勢となっていた。

 朱音が揶揄していた通り、その様は〝鞘なき抜き身の刀〟と呼ぶ他ない。

 刃を向けている相手どころか、自分すらも切り捨ててしまいかねない荒れ模様であった。

 

 

 

 

 よくも、ずけずけと踏み入れたなッ!

 私の、決して消えることのない〝生き恥〟に――土足で!

 忘れるわけがない………絶対に忘れられようもない。

 二年前の〝あの日〟から、一日たりとも、一時たりとも、一秒たりとも、一度たりとも………あの〝生き恥〟を忘れたことなどない!

 

 あの日……私は何一つ為しえなかった………何一つ守れなかった。

 勇気づける為に設けられた歌の〝舞台〟に来てくれた人々に地獄を突き落とし。

 呼び覚まそうとしたネフシュタンの鎧を宥めることができず、暴走を許し。

 私が戦士として、防人として未熟で、弱かった余り………覚悟が足りなかった余り………多くの〝犠牲〟を出すことを許してしまった。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 挙句………挙句の果てに、その弱さと甘さで、奏までも死なせてしまった。

 なのに………私は、あの〝地獄の舞台〟の演出役を担っていたと言ってもいい自分は、おめおめと生き延びてしまった………無力の恥を晒しておきながら、生き長らえてしまった。

 なのに今日まで、人々に希望を与える〝偶像〟の仮面を被ったまま………今日(こんにち)まで〝歌女(うため)〟の自分に縋り続けてしまっていた………そんな資格など、とうに無いと言うのに。

 腸(はらわた)をかき乱そうとする旨が糧となり、胸のマイクが奏でる演奏の音量が、大きくなる。

 

 そして今………奏の残したシンフォギア――ガングニールと、失われた筈の完全聖遺物――ネフシュタンの鎧が、時を超え、再びこの場で巡り合った。

 

 私にとって、悪魔の業以外の何ものでもない、残酷なる運命(めぐりあわせ)。

 

 だが今の私の心は、悲観も、絶望の情に苛まれるどころか、むしろ……高揚している……この胸の内にて、昂ぶりが膨張している。

 全身に走る震えは、今や〝武者震い〟であり、それは甘美なる快感すらも覚え、このまま酔いしれてしまいそうだ。

 

 ああ、そうだとも………むしろ今の私には―――心地いい!

 

 眼前にて、傲然と立ちはだかる―――この〝残酷〟はッ!

 

 

 

 

 

 雄牛の構えを取る翼から、先鋭ながら荒々しい、〝抜き身の刃〟そのものな闘気が発せられ。

 ネフシュタンの少女も、不敵な笑みのまま、マゼンタ色な三日月の刃が連なった蛇腹状の鞭型の武器を手に持ち、戦う意志を見せる。

 余計な〝言葉〟など、必要ない。

 佇まいと闘気に満ちた眼光で、翼と少女は互いに戦う〝旨〟を伝え合った。

 既に翼の戦闘歌の前奏が響き渡るこの公園は――〝戦場〟と言う舞台と化している。

 このまま、聖遺物を身に纏いし少女たちの、戦端が開かれようとしているところへ――

 

「ダメです翼さん!」

 

 ――横槍が、入り込んできた。

 今にもネフシュタンの少女へ斬りかかろうとした翼に、響が縋るようにしがみついて止めようとしてきたのである。

 

「相手は人です! 同じ人間なんです! ノイズじゃないんですよ!」

 

〝戦う〟以外の現状における選択肢を放棄していたにも等しい翼を必死に引き止める響の声音は、悲観的で、悲愴的で……弦十郎からの協力要請を受けた直後のノイズ出現時の際の独断専行を思い出させる〝強迫観念〟を帯びていた。

 だがこれから戦う気でおり、闘志で精神が昂られていた彼女たちにとって、響の行為は不躾に水を差してくる〝邪魔者〟以外の何ものでもなく。

 

「「戦場(いくさば)で何を莫迦なことをッ!」」

 

 なんと、全く同じタイミングで、一言一句違わず、翼と少女は全く同じ言葉と表現を発して、割って入り込んだ響の行為を糾弾した。

 しかも戦場を〝いくさば〟と読んでいる点まで同じである。口調に古風さがある翼はともかく、

白色人種の血を引く少女までそう読むとは、余程この世界では〝いくさば〟がポピュラーと見た。

 勿論、当人たちにとっても意図せぬ偶然な波長の一致(シンクロ)であった為、驚きを隠せず互いの目を合わせあった。

 

 

 よくもまあ……そうぬけぬけと!

 アタシは風鳴翼とハモっちまったことに一瞬呆気に取られたが、すぐさまガングニールのシンフォギアを纏えるだけの〝鈍くさいノロマ〟の小奇麗な言動と行動に、舌打ちをしたくなった。

 何が〝相手は人〟だ………〝同じ人間〟だ………さも当然って感じに〝私たちは戦ってはいけない〟とばかり綺麗ごとを吐き出しやがって。

 この……何にも知らねえ温室育ちの良い子ちゃん振った〝偽善者(ヒポクリット)〟がッ!

 さっきまで激情剥き出しにノイズへ八つ当たりして、シンフォギアの力に呑まれて暴走仕掛けて、その暴走をよりにもよってノイズに止められてやがったてめえが言っても、説得力がねえよ。

 そうとも人間さ……てめえがほざくその〝同じ人間〟どもの為に………地球の裏側で……パパは、ママは………そして私は〝地獄〟を見せられたんだ!

 

 い……いけねえ……危うく……〝仮面〟を脱いじまうところだった。

 あいつが……〝地球(ほし)の姫巫女〟がこっちに来る前に、片をつけねえと。

 あいつの戦闘センスと、呑み込み具合の速さは、度を越してやがる………初陣でアームドギアを具現化しただけでもとんでもねえのに、ひと月の間にどんどんバリエーションを増やしやがるし。

 公園に呼び出した最初のも、二度目な足止めに召喚した分も、あっと言う間にあいつのプラズマ火炎で全滅、多分……あいつが戦ってきた〝怪獣〟に比べりゃ、ノイズなんて〝骨なし〟だろうよ。

〝ダチョウ型〟でひっ捕らえれば、それも無駄骨かもしれねえ、地上の生き物な人間を捕まえる為だか知らねえけど首が余り上に上がらねんじゃ、飛べるあいつを捕まえられない。

 正直……この鎧(ネフシュタン)を纏ってても、真っ向から勝負はしたくない相手だ。

 きっと………あいつの強さは、センスと、修羅場を潜ってきた経験だけじゃない。

 

 

 

 

「むしろ、貴様との方が気が合いそうだ」

 

 敵対する相手との思わぬ気の合い様に、翼は双眸にこそ敵意と戦意を込めながらも、少女に笑みを送り。

 

「だったら仲良く――」

 

 内心響への〝苛立ち〟を抱える少女も、彼女なりにシンパシーを感じている様子で翼の笑みを受け取りつつ。

 

「じゃれオォォォォーーやッ!」

 

 お返しの開戦の火ぶたを上げる先手――蛇腹の鞭を振り上げ、上段から振り落としてきた。

 翼はしがみつく響を突き飛ばすと言う、少々乱暴ながらも一応の配慮を見せると同時に跳び上がって迫る鞭の牙から逃れ。

 

「―――♪」

 

 宙を一回転して歌唱を開始、稲妻混じりにエネルギーを迸らせたアームドギアを振り下ろして、三日月の刃――《蒼ノ一閃》を放つ。

 大型ノイズさえも一撃で真っ二つ両断せしめる光刃に対し、少女は蛇腹の鞭を横合いに振るって、逆に両断させた。

 二つに裂かれた刃は、園内の木々の方へと激突し、爆発を上げる。

 苦を全く見せずに自らの技を打ち破り、不敵に見上げるネフシュタンの少女に驚愕の表情を浮かべるも、直ぐに次なる攻撃を仕掛ける。

 落下しながら上段より大剣を斬りつけ、さらに脚のブレードの《逆羅刹》と組み合わせることで大振りなゆえに小回りが利かず隙が出やすい大剣の短所をカバーしつつ、連続で攻撃するも、少女は翼の連撃を難なく躱し、さらには胴薙ぎの斬撃を、鞭で受け止めた。

 

「何ッ!?」

 

 斬撃を止めた鞭には傷一つなく、少女は物理衝撃を受けて呻いた様子もない。

 自分の攻撃が全く利いていない………その事実にさらなる衝撃を受ける翼。

 対して少女は余裕ぶった笑みから大剣を払い、同時に翼の腹部にストレートキックが繰り出される。

 スレンダーな翼の身体が、宙へ打ち飛ばされた。

 軽いフットワークと、それに反した重い蹴りの打撃に、翼の容貌が苦悶に染まる。

 

〝これが……完全聖遺物!〟

 

 パワーも、防御力も、翼の想像を凌駕していた。

 現代にまで破損せず生き残っていた完全聖遺物の一つだけあり、ネフシュタンの鎧が齎す身体強化は、刃の一部分でしかない天ノ羽々斬のそれを遥かに上回っていたのである。

 

「この程度でびっくらこいてんなよ! まだまだこんなもんじゃねえんだ―――」

 

 慣性の法則で足が地面を抉らせながらも、どうにか踏ん張って体勢が崩されるのを防いだ翼に。

 

「―――私の、実力(てっぺん)はな!」

 

 少女から振るわれる鞭の猛攻が襲う。

 速度と機動性、唯一ネフシュタンの鎧より勝っている天ノ羽々斬の特性と、翼自身の身体能力と反射神経、実戦で研ぎ澄まされた〝戦士の勘〟で荒ぶる龍の如き荒々しい少女の攻撃をどうにか避け、逃れる翼。

 しかし防戦に転じてしまった中、少女の攻勢を掻い潜って反撃に転じさせる機会を掴めずにいた。

 

「翼さん!」

「おっと、ノロマはこいつらの相手でもしてんだな」

 

 少女は鞭を振るいながら、腰に付けていたあの銀色の杖を手に取り、中央の光沢部から光線を発した。

 光線は地面に接触すると。

 

「ノ、ノイズ!?」

 

 一瞬の閃光から、ノイズが姿を現した。

 赤が中心の体色と、長い首に嘴と、ダチョウに酷似する外観なタイプが計四体。

 その全てが、響を睨み下ろし、嘴から乳白色の粘液を放ってきた。

 

「うそっ……」

 

 人間を無慈悲に無差別に襲う筈のノイズが、人の手によって召喚され、操られている事実を飲み込めきれずにいた響は、逃げることもできずに粘液の網(シャワー)を浴びてしまい、十字架に磔をされたような体勢で捕えられてしまった。

 ダチョウ型の粘液は粘液らしく、粘着性が強い上に、力で千切るのは困難なほどの強度と柔軟性も持っており、ギアの恩恵を受けた身体能力でもその網から脱するのは困難。

 ほぼノーモーションで周囲に飛び道具を生成できる朱音や翼ならともかく、それを持たぬ響では自力で抜け出すことは絶望的だった。

 

「その子にかまけて――」

 

 響に気を向かせていた隙を突こうと。

 

「――私を忘れたかッ!?」

 

 翼が大剣で斬り込んできた。

 パワーでは向こうが勝っていると、先程〝痛み〟を以て思い知らされたにも拘わらずである。

 当然、斬撃は鞭と鎧そのもののパワーに防がれ、殺された。

 それでも翼は防がれた刹那、足払いで少女の体勢を崩し、続けざまに二打目の蹴りを打ち込も。

 

「お高く止まるな―――」

 

 その攻撃すら、少女の前腕一本で阻まれてしまい。

 

「―――アイドル首相さんよ!」

 

 少女はそのまま翼の脚を片腕で掴み上げ、力任せに投げ飛ばした。

 今度は受け身を取ることもできず、芝生の大地に叩き付けられる。

 

「行けよッ!」

 

 少女はあの銀色の杖を構えて緑の光線を幾つも発し、ノイズの群体を召喚。

 杖を持つ少女の〝支配下〟に置かれているノイズどもは、翼へと進攻を開始した。

 

 

 

 

 

 

 未来を緒川さんら二課のエージェントに保護させてもらった私は、律唱の中心市街地から大分離れた山間に連なる道路上にてノイズと交戦している。

 ここまでどれくらいの数のノイズを相手にしたか………も少なく見積もっても六十体以上は撃破している感覚がある。

 私を挟み込んだ形なダチョウ型のノイズ二体から放出された捕縛用の粘液を、垂直に高速上昇して逃れ、互いの網が付着し絡み合ったところを、ハンドガン形態なアームドギアの銃口から奴らの頭部めがけ40S&W弾二発を発射。

 弾は対象の体内でプラズマ化し、ダチョウ型は頭部から爆発し、仰向けに倒れ込んで炭素化した。

 

「友里さん、戦況は?」

『翼ちゃんは苦戦中、響ちゃんは朱音ちゃんが今相手にしていたタイプに捕われているわ』

 

 やはりあの女の子が装着した鎧は、ネフシュタンの鎧だった。

 しかも私が推測していた通り、ノイズを呼び出し、使役できる〝完全聖遺物〟らしきものまで持っていると言う。

 でもあの銀髪の女の子………目的も気になるが、どこかで見たことがある気もするんだけど、曖昧な記憶を探っている場合でもなかった。

 

「もしかするとですが……力任せの戦いをしているのでは?」

『ええ』

「急行します!」

 

 スラスターを点火させて飛翔した私の内には、焦燥感が動き回っていた。

 案の定だ……あの人の本来の力量なら、完全聖遺物の使い手とノイズ、同時に相手をしても遅れを取る筈がない。

 なのに苦戦していると言うことは、天ノ羽々斬と彼女自身の特性(もちあじ)を殺した戦法を無理やりとって、自分で自分を窮地に追い込ませてしまっている。

 それに今のあの人の心には、いつ本格的に起爆してしまうか分からない〝爆弾〟を抱えている。

 その上、相手は因縁のある〝ネフシュタンの鎧〟を使い、同時に〝ガングニール〟を纏う響もいる………あの人のトラウマの根源が、戦場で同時に存在しているのだ。

 

〝奏はもういない………いないと言うのに………他に……… 他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ! 〟

 

 一戦交えた時に見せたあの〝激情〟がフラッシュバックし、嫌でも〝嫌な予感〟が頭の中に過って来る。

 

「世話を焼かせる〝先輩〟だ………」

 

 らしくなく、そんな言葉を口から零してしまう。

 前に風鳴翼当人にも言ったが、誰もそんな〝生き方〟……望んでいない。

 

〝翼さんを、助けてあげて下さい………一人ぼっちにさせないで下さい! 〟

 

 貴方は……決して〝独り〟で戦っているんじゃない!

 貴方を想っている人たちは――ちゃんといるとと言うのに、それすら目を逸らして!

 

 固いだけの荒んだ〝剣〟で、誰とも繋げようとしないその〝手〟で、どうやって守ると言うんですか!?

 

「馬鹿野郎が……」

 

 自分も似たような生き方をして……完全に〝折れかけた〟経験があったからか、異形相手でもないのに、またらしくなく、口調を荒立だせてしまった。

 

『朱音ちゃん、新たな位相歪曲反応、気をつけて』

 

 おまけに、新手の飛行型まで来る始末。

 

「邪魔だ!どけぇぇーーそこをッ!」

 

 進行を妨害している奴らに叫び上げるとともに、ホーミングプラズマを生成、射出した。

 響たちのいる公園より離れた地点にノイズを呼び寄せたといい、あのネフシュタンの子は余程、自分との戦闘を避けたいらしい。

 

「藤尭さん、近くに旅客機の類は?」

 

 上空の状況を確認。

 

『大丈夫です、民間人の避難も完了していますし、撃てますよ』

 

 よし、なら一気に殲滅する。

 

 

 

 

 朱音はアームドギアを、ハンドガンとの区別の為にガン形態改めライフル形態にし、銃身を伸長させてプラズマ集束用の三つの爪を立て、左腕に銃身を乗せる形で構え、銃口と爪から、稲妻を迸らせるこう高圧縮プラズマエネルギーが球状となって集まり。

 戦闘経験の蓄積で、初戦の時よりもエネルギー集束の効率が高められていた。

 

「――――♪」

 

 朱音の歌――フォニックゲインによってプラズマの輝きは増し、ライフリング状に回転。

 

〝ブレイズウェーブシュートッ!〟

 

 チャージ完了と同時にトリガーを引いた。

 上空を震撼させ、まさしく〝太陽〟の如き超放電の光を発する膨大な橙色のプラズマ火炎の奔流が、雲海と、夜の闇を払って突き進み、空中型の群れを飲み込み、炭となる間もなく消滅。

 火炎流の直撃を免れた個体も、周囲に発生した大気のイオン化による灼熱地獄に焼かれていった。

 初陣の時よりも洗練され、破壊力も増した《ブレイズウェーブシュート》は、一発で群体を殲滅せしめた。

 

 マナより生まれたシンフォギアとの親和性の高さもあって、人の身であり、装者となった今でも、ガメラとしての〝進化能力〟は健在であると頷かせる戦いぶりの一端であった。

 

〝津山さん、あなたとの約束は、無下にはしません!〟

 

 次なる新手が来る前に、朱音は全速力で地上の戦場に急ぎ飛んだ。

 

 

 

 

 森林公園は、市民の娯楽施設としての体をように為さなくなっていた。

 木々はいくつも折られて倒れ、芝生も大きく抉られている箇所が多数見受けられた。

 《逆羅刹》と《千ノ落涙》で、ネフシュタンの少女が召喚したノイズたちを次々と滅する翼は、少女に、もう一度《蒼ノ一閃》を放つ。

 射線上にいたノイズたちを巻き込んで進む刃は、やはり少女が振るう鞭で払われる。

 

 

 

 

〝朱音ちゃんがまだ他の場所で戦ってるなら、私がどうにかしないと……〟

 

 ダチョウ型の粘液に捕われたまま響は、どうにかこの状況を変えようと、アームドギアを実体化すべく、手にエネルギーを集めようとしていた。

 ギア固形化の訓練も、何度か朱音から受けていたものの、エネルギーを一か所に集めることすら達成できていない響。

 

「お願い!出てきてよ! アームドギアッ!」

 

 それでも、プラズマの炎を武器へと変える朱音の姿と、大振りの槍を手に戦っていた奏の姿を必死に記憶から手繰り寄せ、それを糧にアームドギアを形にしようとする。

 

 願いは虚しくも………響の手に〝槍〟どころか、武器が現れることはなかった。

 

「そんな……」

 

 響はまだ、自覚できていない。

 自分がアームドギアを手にできないのは、今の自身の未熟さ以上に、彼女の心――〝潜在意識〟が阻んでいると言うことを。

 

 

 

 大剣と鞭が火花を散らして激しくぶつかり合い、戦い合っているのがティーンエイジャーな少女たちであることを忘れさせる勢いで拳も蹴りも交わる白兵戦が繰り広げられる。

 この期に及んでも、翼は時折彼女のセンスの高さを窺わせる〝技〟を垣間見せつつも、力による真っ向勝負に固執してしまっていた。

 この現況における最善は、天ノ羽々斬の速さを最大限に生かして相手を翻弄しつつ、一撃離脱の戦法で攻撃を加えながら攻撃力に秀でる朱音の加勢を待つことであるが、今の翼に冷静な判断ができる思考はほとんどない。

 朱音の見立ては当たっており、翼が心中〝残酷〟と表したガングニールとネフシュタンが同時にこの場にある状況は、彼女を依怙地の袋小路へと追い込ませていくばかりだ。

 固執が過ぎる余り、ギアはまだ演奏していると言うのに歌うことすら忘れ、〝力〟主体の攻めに傾倒していた。

 少女はまだ余力がたっぷりあると言うに、反対に翼の体力は確実に消耗していっている。

 

「ハァッ!」

 

 太腿のアーマーに内に収納されていた小太刀を、指に挟む形で三つ取り出し、投擲。

 

「ちょっせえ!」

 

 少女は独特の語弊を発しながら弾いて跳び上がり、鞭の先端に宵闇より濃い黒色な雷撃状のエネルギー球を生み出し、打撃武器であるフレイル型モーニングスターよろしく振るって投げつける。

 翼は大剣の刃を横にして、あろうことか正面から受け止めた。

 

〝天羽奏と言う名の剣になろうとしている、違いますか?〟

 

 朱音のこの言葉を証明していると言えよう。

 確かにパワータイプだった奏なら、Linkerの効力がまだ続き、体力に余裕が残っていればしのぎ切れただろう。

 だが翼でそれを為しえず、高威力なエネルギー球は爆発。

 至近距離から受けた翼は吹き飛ばされ、大地に打ち付けられてうつ伏せに倒れ込んだ。

 ギアから流れていた演奏が止まる。

 今受けたダメージも大きく、立つことすらままならなくなっていた。

 

「ふん、まるで出来損ない」

 

 少女はそんな満身創痍の翼を鼻で嗤い。

 

「将来有望な後輩がいんだ、これ以上恥晒すくれえなら潔くっ―――何ぃ!?」

 

 捨て台詞を吐いて本命の〝目的〟を遂行しようとして、自分が〝金縛り〟に遭っていることに気がづいた。

 月光でできた影に、先程翼が投げた小太刀が刺さっているのを少女は目にする。

 

《影縫い》

 

 百姓の出よりのし上がったかの天下人に仕えた忍の一族の末裔である緒川から伝授された、相手の動きを封じる忍術である。

 朱音には彼女の精神力と震脚、そして歌を前に破られてしまったが、一度封じられれば完全聖遺物の使い手でも逃れるのはそう容易いことではない。

 あの小太刀の投擲は、これを見越してのものだった。

 

「ああ、出来損ないさ……私は……」

 

 一糸報いた翼は、疲労が蔓延した声音で、自らを嘲け始める。

 

「この身を一振りの剣に鍛え抜いてきた筈だと言うのに………あの日、無様にも生き残ってしまった………〝出来損ないの剣〟として………生き恥を晒し続けてきた………だが、それも今日までのこと」

 

 アームドギアの刃を地面に突きたて、それを支えに疲労困憊な自らの体を翼が立ち上がらせた。

 

「その鎧を取り戻すことで……我が身の汚名を、注がせてもらうぞ」

 

 直ぐにでも倒れ伏しそうな痛ましい姿な翼の両の瞳には、悲愴な〝覚悟〟の色に塗りつぶされている。

 

「まさか……あれを……お前」

 

 その〝覚悟〟を突きつけられた、碌に身動きのできぬ少女は、不敵な笑みを顔から消し、代わりに戦慄の表情を浮かべ。

 

「月が覗いている内につけるとしよう………決着を」

「〝絶唱〟………歌う気なのか?」

 

 翼が行おうとしている〝禁じ手〟の名を、口にした。

 絶唱――装者の肉体への負担を度外視して、限界以上にまで高められたシンフォギアのエネルギーを一気に放つ〝禁忌の歌〟を。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 そして翼は奏で始めた。

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

 

 片翼(あいぼう)の命を燃やし尽くすにまで至った……かの歌の詩を。

 

「やめて下さい!それを歌ったら翼さんだって!」

 

 弦十郎たちからその〝歌〟のことを聞き、生死の境を彷徨っていたがゆえにその時はおぼろげな意識だったものの、実際に奏が歌い、そして命が散らされる様をこの目で見ていた響は必死に呼びかけるも、翼は歌うのを止めず、アームドギアを手放した。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 本来絶唱は、アームドギアを介して発動するもの。

 それを手放して解き放とうなどとすれば、装者に掛かる負荷は、牙を向くまでに増大されてしまう。

 正規の適合者ならば、ある程度肉体を襲うダメージ――バックファイアを軽減させることができるが、アームドギアを手放したとなっては、その恩恵はほぼ……受けられないだろう。

 

「くそ……こんなもので……」

 

 少女は自由の利かない体で、どうにかノイズの召喚機な杖を持つ右腕を動かし、ノイズを呼び出して歌唱を止めようとするも、翼の全身から発せられるエネルギーフィールドは攻撃を通さない。

 

〝Emustolronzen fine el zizzl~♪ 〟

 

 なけなしの抵抗もむなしく、絶唱の詩を翼が歌い切ろうとしていたその時だった。

 絶唱で高められた翼の全身から、溢れんとばかりの多量のエネルギーフィールドが弱まっていく。

 

 その波動を受けるところだった少女も、傍観以外に為す術がなかった響も、半ばこの身を贄にしようとしていた翼も、絶唱エネルギーの〝減圧〟と言う現象に、驚愕で我を忘れかけた。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 夜天から―――同じ禁忌の詩を静謐の奏でる、澄み渡った歌声が、響き渡る。

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

「あ……朱音ちゃん!?」

 

 この現象を引き起こしていたのは、上空にて佇み、ロッド形態のアームドギアを持った右手を夜天に掲げる朱音であった。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

「絶唱のエネルギーを………吸い取ってやがる……だと?」

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

 

 そして、歌い終えた朱音の体と、アームドギアから―――膨大な波動の衝撃が、暴風と一緒に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 視界をホワイトアウトさせるほどの輝きを持った吹き荒れる絶唱の嵐は、この場にいたノイズ全てを、薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 閃光の眩しさと、荒ぶる風によって閉ざされた瞼を、響はそっと開ける。

 一転して静寂となった………少し前まで戦場となっていた公園。

 辺りを見渡すと、力なくその場で座り込んでいる翼を目にし。

 

 続いて、何が大地に落ちた音が聞こえ、目をそちらへと移すと。

 

「朱音ちゃん……」

 

 空より落ちて、仰向けに倒れる朱音が――

 

「朱音ちゃぁぁ~~~ん!」

 

 響は横たわる級友の下へ、急ぎ駆け寄り。

 

「朱音ちゃん!しっかり………」

 

 朱音の体を抱き上げた響は、意識のない彼女の姿に愕然とする。

 閉じた両の目から、血涙がそれぞれ一筋流れ、口からも同じ色の赤い液体が零れ。

 ギアのアーマー含めた全身が、血に塗れていた。

 

「ああっ………はぁっ………」

 

 丸く大きな瞳をより大きく開かせる響は、自分の手を見る。

 五指も掌も、朱音の赤い血に染められていた。

 

「あやねちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーん!!」

 

 夜天が引き裂かれそうな…………響の悲痛なる叫びが、轟いた。

 

 

つづく。

 



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#17 - なお昏き夜から

 絶唱を奏でた代償で重症を負った朱音は、リディアン音楽院高等科と隣接し、装者含めた特異災害対策機動部関係者の治療も請け負っている市が運営する《律唱市立市民総合病院》に緊急搬送された。

 ICU―集中治療室内では、全身に包帯を巻かれ、口に呼吸器を付けられた朱音が、治療カプセルの中で床に着いていた。

 

「よろしくお願い致します」

 

 ICUのある階の薄暗い院内の廊下では、いつものラフさを潜めてスーツを正している弦十郎と黒づくめなスーツのエージェントたちが担当医師の一人に頭を下げていた。

 

「エージェント各員は鎧の探索を続けてくれ、まだそう遠くは行っていない筈だ、どんな手がかりも見逃すな」

 

 弦十郎は部下のエージェントたちに指示を飛ばし、彼らは素早く〝ネフシュタンの鎧の少女〟の探索任務に取り掛かるべくこの場を後にしていく。

 経過を説明していた医師も治療室に戻り、廊下に残された弦十郎は、この階の一角にある休憩室の円形状のソファーに、心細く腰かけている響の不安が伸し掛かった後ろ姿を目にした。

 

「響君」

 

 彼が呼びかけると、響は俯いていた顔をこちらに向ける。

 

「朱音ちゃん………大丈夫ですよね?」

 

 弦十郎は厳つく雄々しい瞳を曇らせる。

 ノイズが複数の地点に同時発生した状況だったとは言え、まだアームドギアを手にできていない彼女を実戦に出し、あまつさえ血まみれとなった級友を見せられるような事態に遭わせてしまった。

 この子だけではない………翼にも。

 現場に駆けつけた時の姪の姿は、二年前のあの時と………よく似ていた。

 まるで魂が抜け出てしまった、体だけは生命活動を続けている〝殻″となってしまったと思わせてしまう放心とした姿。

 娘を突き放した〝兄貴〟に代わって〝父親〟の役を担っていたつもりだったが、自分も色々至らないと、自嘲する。

 

〝いつまで経っても………慣れぬものだな〟

 

 何度もとなく味わう、少女を戦場に送り出し、その多感な年頃の心を傷つけさせてしまうことへの〝罪悪感〟……しかし、一向にこの痛みに慣れそうにない。

 いや……たとえ〝偽善〟だと突かれ、詰られたとしても、この胸の疼きは絶対に慣れてはいけないものだと弦十郎は噛みしめていた。

 

「一命はとりとめたが………まだ予断は許されない、とのことだ」

 

 治療に当たるチームスタッフの主任医から聞かされた容体の状況を、弦十郎は打ち明ける。

 それを聞いた響の瞳に指す影は、より大きくなった。

 

「ただな――」

「え?」

「あれ程の深手を負ったと言うのに、朱音君の心拍数は、一定の数値を維持し続けているだそうだ」

 

 そのことを説明していた主任医は、口調こそ冷静であったものの、「こんな経験は初めてですよ」と、大層驚いていた様子だった。

 弦十郎も、共通の趣味で通じ合う歳の離れた友である朱音の〝生命力〟に驚かされている。

 

「彼女が諦めちゃいないってことだ、生きることをな」

「あきらめちゃ……いない」

 

 オウム返しをした響に、弦十郎は屈強なその手で彼女の頭をそっと撫で、少しでも不安を和らげようと微笑んだ。

 

「そうだ、翼のことも心配だろうが、後は俺たちに任せて、今夜はもうゆっくり休むといい」

「でも……」

「せっかくの友達との大事な〝約束〟を破らせてしまったんだ、それくらいの施しはさせてくれ」

 

 一緒に流れ星を見ると言う未来との約束のことは、響に出動要請の連絡をした時点での弦十郎は知らなかった。

 しかし、出動要請の連絡を入れた時の響の声音から、彼は〝直感〟で今日の彼女には大事な約束があったと悟り、その後朱音との通信の際に、響は未来とで今夜に流星群を見る約束をしていたと知ったのだ。

 

「ど、どうしてそれを……」

「元警察官の〝勘〟さ」

 

〝身内に目を光らせる、公安警察だったがな〟

 

 と、内心弦十郎は呟き、同時に数時間前の朱音からの言葉を反芻する。

 

〝司令、響も戦っていることは、未来に話さないでもらえますか、まだ……〟

 

 

 

 

 

 その頃、翼は叔父弦十郎の屋敷での私室の片隅で、一人小山座りをしていた。

 明日も歌手活動のスケジュールが詰まっていると言うのに、寝間着に着替えもせず、制服姿のまま。

 首から上を壁にもたれ掛け、顔は茫洋として、口は半開き、先程まで張り詰めていた両の目は、ほとんど微動だにせず開かれたまま焦点がどこにも合わない、発する生気もひどく希薄だ。

 壁が無ければ、そのまま倒れ込んでしまっている。

 自室に着くまでの足取りは、半ば浮浪者も同然にふらついてさえいた。

 

 虚ろげな翼の脳は、絶唱の〝詩〟と〝調べ〟が何度も何度も、再生させられていた。

 

 奏と、そして朱音、二人の装者の歌声で………二人の歌うその勇姿も。

 

「ふっ……」

 

 ふと口元から、乾いていて痛々しい自虐な笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 何をやっていたのだろうか………さっきまでの自分(わたし)。

 何が……〝この残酷はむしろ心地いい〟だ。

 その激情に身を任せて、酔いに酔いしれていた自分の醜態を思い出すと、滑稽にさえ思えてくる。

 あのネフシュタンの少女………戦っていたあの時、何を言っていたか?

 途中で〝影縫い〟の罠に気づき、途切れてしまったが、その先も含めるなら、こう言いたかったのだろう。

 

〝将来有望な後輩がいんだ、これ以上恥晒すくれえなら潔く身を引くんだな〟

 

 と―――吐き捨てるように口にしたあの少女の言う通り。

 奏と、草凪朱音は言うに及ばず。

 ガングニールの装者を継いでしまった未熟者である立花響にも、人のことは言えない。

 

 やはり私は、どこまで行っても………〝出来損ないの剣〟でしかないのだな。

 結局、私は……何も為し得られなかった。

 満足に〝使命〟を全うできない。

 誰一人の命も、守れない。

 潔くこの命を果てることすらできぬまま、醜悪な生き恥を晒してばかり。

 

 それどころか、こんな自分より遥かに防人――守り手に相応しき彼女に、私が身に受ける筈だった絶唱の代償――バックファイアを背負わせ、生死の境を彷徨わせている。

 

 私は戦いしか知らない、戦うことしかできない……できなかったのに………戦士としての、防人としての存在意義すら、自らかなぐり捨ててしまった。 

 

 何の為に……私は……戦っていた?

 

 何の為に………歌っていた?

 

 なんだったっただろう………それすらもう、思い出せない。

 

 空っぽだ………私は――二度と流さぬと決めていた涙すら、流れてこない。

 

 むしろ相応しい………この命にはもう、意味も価値も残っていないのだから。

 

 

 

「翼さん……」

 

 二課のエージェント兼、翼のマネージャーたる眼鏡姿の緒川は、彼女の私室の扉の前に立ち、とんとんとノックした。

 中にいる部屋の主から返事は来ないどころか、物音一つすらない。

 緒川は弦十郎邸宅にまで送っている際の、バックミラー越しに見た翼の放心としていた姿を思い出し、端整な容貌を曇らせ。

 

〝もっとちゃんと………強く言っておくべきだった……〟

 

 後悔の念で唇を噛みしめた。

 装者としても、歌手としても、公私ともに〝風鳴翼〟支える立場にありながら……なんと至らなず、不甲斐ない。

 

「今後の予定のことで窺ったのではありません……」

 

 と前振りを言いつつ、度の入っていない眼鏡を外した。

 彼にとって眼鏡を付ける自身は、〝風鳴翼のマネージャー〟としての自分なのである。

 

「本当はもっと早く伝えるべきでしたが……歌手風鳴翼のマネージャーでもなく、特機二課エージェントとしてでもなく―――」

 

 扉の向こうにいる今の翼に、自分の声が聞こえているかは怪しい。

 もしかしたら、全く届いていないのかもしれない。

 かと言って今、不躾に扉を開ける気にもなれなかった。

 

「―――一個人の緒川慎次として、お伝えしたいことがあります」

 

 それでも、伝えておきたいことがある緒川は、言葉を紡がせていく。

 この二年間の、片翼でもあったパートナーの奏を失ってからの、我武者羅に戦い、同世代の少女が知っているべきな恋愛も、娯楽も、覚えず、アーティストの立場ゆえもあるが、ともに学生生活を謳歌する友人すら作らず。

 

「私たちは、確かに貴方を、ノイズと戦う戦士――剣に仕立て上げました……」

 

〝剣に……そんな感情はありません〟

 

 己の心を封じ込め、一振りの剣として生きようと殺し続けてきた彼女を思い出しながら。

 

「ですが、対ノイズ殲滅兵器として、戦場(せんじょう)で一人死に果ててくれなんて、そんなこと………一度たりとも思ったことはありません………シンフォギアに選ばれたからと言って、人類守護の使命を背負ったからと言って………修羅めいた排他的な生き方をすることはないんです」

 

 反芻していた為か、緒川のソプラノボイスに、切なさが帯びていった。

 

「いいんですよ、人間として………〝女の子〟として………生きてもいいんです、人として夢を望み、求めたっていいんですよ、たとえ偽善だと言われても、私たちはそれを願っているから、貴方を一人ぼっちにさせまいと、サポートしてきたのです………貴方だけでなく、奏さんにも………新たに装者となった響さんにも、朱音さんにも」

 

 部屋から、翼が息を呑んだ音がした。

 

「朱音さんのことが気がかりでしたら、大丈夫です、彼女は絶唱の傷を負っても尚、生きようと頑張っています」

 

 少しほっとする。自分の声を耳にできるだけの精神(こころ)が、まだ残っている証拠に他ならなかった。

 

「これは津山さんから………あ、覚えていますか? N計画のプレゼンテーションの日、貴方と奏さんの警護を担当していた自衛官です、彼から聞いたのですが………朱音さん、出撃があるごとに、隊員たちに小さなライブを開いて、歌を振る舞っているそうです」

 

 翼が出撃停止の処分を受けていた都合上、ここひと月の緒川の仕事はマネージャー業が中心であり、エージェントとして余り現場に赴く機会がなかった。

 そんな数少ない機会の際、目にしたのだ。

 朱音が、自衛官たちや特機部の職員たちを観客に、歌う姿を。

 楽器も演奏者も、マイクもアンプもない、路上ライブを行うミュージシャンたちのよりも簡素で、スマホから流れるメロディのみをバックに、生き生きと、躍動感に溢れ、本当に歌が心の底から〝歌〟が好きであることが分かるほどな、彼女の少しハスキーながら、翡翠色の瞳に負けず劣らず伸びやかで澄み渡り、生命感を漲らせた歌声が奏でる歌の数々を………観客たちは夢中に聞いているどころか、一緒に一体となって歌っていた。

 その熱量は、遠くで眺めていた緒川すらも圧倒し、一時エージェントとしての務めを忘れそうになってしまうくらいであった。

 同時に、彼の記憶から呼び起こさせるのは充分だった。

 この熱気……この一体感………かつて自分も体験していた、体感していた。

 そう、ツヴァイウイングのライブのそれと。

 

「どうしてか分かりますか? 朱音さんは知っているからです―――戦っているのは決して自分一人なのではないと、装者である自分のように、ノイズと正面から対抗できる術がなく、それでもノイズの脅威から人々を守ろうと尽力する人々がいる、いるからこそ、自分は最前線で存分にシンフォギアの力を振るえると分かっている、だからこそ彼女は――自身を支えてくれる人たちへのリスペクトと、感謝の気持ちの形として、歌っているんです」

 

 緒川が朱音のことを話したのには、二つ理由がある。

 

「翼さん……貴方も決して、一人で戦ってきたわけではありません、そしてこれからも………一人にはさせません…………希望をもらっているからです、貴方の歌ってきた〝歌〟からも」

 

 想いを一通り伝え終えた緒川は、スーツの胸ポケットに差していた眼鏡を再び額に掛け、マネージャーとしての緒川慎次に戻った。

 

「今は戦いを忘れて、ゆっくり休んで下さい、明日も学校です、精勤賞、取るんでしたよね? 午後三時にお迎えに上がりますので」

 

 最後にそう付け加え、後にする。

 

〝そろそろ部屋、片付けておかないといけないな〟

 

 邸内の廊下を歩きながら、緒川は苦笑しながらそう心の内で零した。

 彼がこう思考できるのは、自分の言葉が少なからず、翼に伝わっていると言う確信があったからである。

 マネージャー業をやっているのも、それが単に任務だからとか仕事だからではなく、彼自身が彼女の歌に感銘を受け、歌手としても、一個の人間としても、風鳴翼と言う少女を支え、応援したいと強く願い、想っていたからに他ならなかった。

 もっと分かりやすく言えば、緒川慎次と言う青年は、風鳴翼の熱狂的ファンなのであった。

 

 

 

 

 

 緒川の読みは的中。

 抜け殻みたく虚ろだった翼の瞳は、少しずつ、生気を取り戻していった。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの鎧の少女は、絶唱の衝撃波が襲い、呑み込もうとする寸前、咄嗟に飛行型を突撃形態にして自分の影に突き立てさせ、影縫いの金縛りからどうにか解放されてギリギリ波動の奔流から逃れてダメージを最小限に抑え、公園から逃げ延びた。

 

 目の前には、現在の彼女の〝住まい〟とも言え、ここが日本の山中であることを忘れさせるルネサンス様式風の屋敷がそびえたっている。

 ようやく逃走の重荷から解放され、その反動で全身が疲労感を覚える中、ほっと息を吐いた。

 この屋敷に戻るまでに、少女は相当の回り道を強いられた。

 飛行能力を有すネフシュタンの鎧であれば、一直線にここまで来られるのだが、それでは屋敷(ここ)の存在が二課に知られてしまう。

 加えて二課には、保有する専用のドローンと、聖遺物の発するエネルギー反応を捉えるレーダー設備もあり、しかも市内は少女の行方を探索するエージェントたちが行き交っていた。

 こんな状況下なので、少女は迂闊に鎧を使えず、ドローンとエージェントの網を掻い潜りながら遠回りをして逃げなければならなかったわけである。

 

「あいつ………どうして……」

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 二課の司令室では、ネフシュタンの少女と、その背後にある存在に関する緊急対策ミーティングが開かれてた。

 例によって、ニューアルバムの発売とライブの準備がある翼と緒川はこの場には欠席しており、ミーティングの場にいる装者は響だけ。

 

「ネフシュタンの鎧と、ノイズを呼び出し、操作できる完全聖遺物をどうやって入手したかはさておき、あの少女の目的は……響君が狙いだったと見るのが妥当だ」

 

 弦十郎が口にしたその仮説には、幾つか根拠がある。

 一つ、まるで朱音と響を遠ざけるように離れた地点でノイズが発生し、執拗にノイズの物量を以て朱音を足止めし続けた。

 二つ、響に対してはダチョウ型ノイズたちの粘液で拘束。

 さらには現場にいた響からの証言――ネフシュタンの少女の発言等々。

 

「仮にそれが事実だと仮定して、それが何を意味しているのかまでは不明」

「いや………個人を特定していると言うことは、我々二課の内情を知っている可能性が高く、響君が〝特異なシンフォギア装者〟であることも把握していると言うことだ」

 

 これらから、昨夜の少女の動向に、手がかりと仮説のピースを当てはめていくと――

 

 少女は、聖遺物を体内に宿した特異な後天的適合者となった響の捕獲を命じられ、何者かから二年前の起動実験以来行方知れずだったネフシュタンの鎧と、ノイズを使役する杖型の完全聖遺物を与えられた。

 

「朱音君のこともどこまで知っているかは分からんが、あれ程の数を彼女にけしかけていたことから、完全聖遺物を纏っても正面から戦うには厄介な相手だと、見ていたようだな」

「あの子〝万物を燃やし尽くす〟炎の使い手の大ベテランな大物ルーキーですもの、真っ向勝負を避けたいのは、敵ながら無理ないわ」

 

 複数地点にノイズを出現させ、響にも出撃させなければならない状況を作り、彼女と朱音を引き離し、誘導させたところを捕まえ、連行。

 翼にも足止めのノイズを寄越さなかったのは、そこまでノイズたちを同時使役はできなかったのかもしれないが、翼相手ならその〝真っ向勝負〟でも勝てると踏んでいたのだろう。

 実際、搦め手の〝影縫い〟が月光でできた少女の影に刺さらなければ、パワーに勝る相手に天ノ羽々斬の特性を無視した猪武者そのものな攻め方で、翼が自滅に至っていたのは明らかである。

 

「もし一連の大量発生も、二課のメインコンピュータへのクラッキングも、あの女の子の背後にいる黒幕と同一犯だとしたら………二課(ここ)の情報を漏らしている〝内通者〟がいる、と言うことになります……よね」

 

 いずれにしても、今苦虫を嚙んだ表情な藤尭も発言したように、昨夜の戦闘で、特機二課の保有する先史文明の〝異端技術〟を狙う〝陰謀〟の存在がはっきりしただけでなく、二課の内部にて、内通者――裏切り者もいると言うことも判明した。

 二課にとって、これは非常に危うい事態だ。

 個人か? それとも組織か?

 組織だとして、どれぐらいの規模なのか?

 敵の全容が分厚いベールに覆われていると言うのに、こちらの機密を売る裏切り者までいて、ほぼ二課の動きは筒抜けも同然、しかも組織内での疑心と疑惑が蔓延して足並みが乱れれば、相手側にとって好都合。

 

「どうして……こんなことに」

 

 やりきれない気持ちを友里が零した直後。

 

「私の……せいなんです」

 

 ずっと黙ったままだった響が、そう言った。

 

 

 

 

 

「私が……いつまでも気持ちだけ先走って……未熟だから、シンフォギアなんて力を持ってても、私が全然、至らないから……」

 

 今なら、はっきり分かる。

 

〝わたしの力が、誰かの助けになるんですよね! 〟

 

 弦十郎さんから、力を貸してほしいと言われたあの時の自分。

 

〝シンフォギアの力でないとノイズと戦うことはできないんですよねッ! 〟

 

 どれだけ調子乗って、舞い上がっていたか……どれだけ物を知らなかったか。

 

〝慣れない身ではありますが一緒に戦えればと思います 〟

 

〝朱音ちゃんと比べたら、私はまだまだ足手まといかもしれないけど、一生懸命頑張ります!〟

 

 どれだけ、翼さんの気持ちを逆なでさせて、踏みにじってしまったか。

 どれだけ中途半端な気持ちで、戦おうとしていたか。

 

 誰かを助けたいって気持ちに、嘘はない。

 だけど、それだけじゃダメなんだ……気持ちだけじゃ、空回りしてしまうだけなんだ。

 朱音ちゃんの言ってた通り、いつもやってる〝人助け〟と同じ感じじゃ、半端な気持ちで戦うことと、一緒なんだ。

 

 私……奏さんが命を燃やして死んでいくところを、見ていた筈なのに………朱音ちゃんと翼さんのこと、憧れの気持ちが強すぎて、。どこかで自分とは違う〝超人〟みたいな目で、見てしまってた。

 けど違う、いくらシンフォギアを纏えて、その力を使いこなしていても……二人だって、〝人間〟なんだ。

 二人だって怪我をすれば血が流れるし、一歩間違えれば死ぬかもしれない、もし生身でノイズに触れられたら、炭になって殺されてしまう。

 当然だよ、だって――〝人間〟なんだもん。

 

 翼さんは、決して強かったから戦い続けてきたんじゃない。

 辛かった筈なのに、逃げたいと思ったこともあった筈なのに、本当は泣きたくてたまらなくて、誰かに縋りたかった筈なのに。

 ずっと、必死に涙を押し隠して、無理やりにでも自分を奮い立たせて……人を助ける剣であり続けながら、奏さんがいなくなってから、ずっとずっと、戦ってきたんだ。

 

 朱音ちゃんだってそう。

 いくら前世が怪獣でも、あんな怪物との戦いで、辛い思いをしてきた、守る為に戦っていたのに助けられなくて、悲しい想いをしてきた筈なんだ。

 でも、自分が負ければ、戦うことを辞めてしまえば、人間も、地球の色んな生き物も、地球そのものも、他の生き物たちを食い殺しながら増え続けるギャオスのせいで、滅亡してしまう。

 だからガメラだった朱音ちゃんも、無理やりにでも踏ん張って………数えきれない数の〝災い〟と戦ってきたんだ。

 

 そんな朱音ちゃんだから、私なんかよりもっと早く、翼さんが〝無理〟をしてると気づいていた。

 だから翼さんの背中を見つめてた朱音ちゃんの横顔は、あんなにも哀しそうだったんだ。

 

〝私、これから一生懸命頑張って、奏さんの代わりになって見せます!〟

 

 だから、泣いている翼さんの気持ちも碌に考えず、こんなことを口走りそうになった私を、止めてくれたんだ。

 

〝いつも君がやっている人助けの次元で、踏み入っていい世界じゃないんだ〟

 

 戦うことがどれだけ辛いか、痛いほど分かっていたから、私をその戦いに関わらせたくない気持ちを隠して、心を鬼にしてまで、未熟で気持ちばっかりな私に宿題を出して、付き合ってくれたんだ。

 

 そして、私も、翼さんも助けようと、ボロボロになるのを覚悟で……〝絶唱〟を歌って、それでも生きることを諦めず、踏ん張って、頑張っている。

 

 二人に比べれば……私は未熟で半端者で、最近までそれすら自覚できなかった大馬鹿だ。

 

 だけど……それでも私にも、私にだって――

 

 

 

 

 

「こんな私にも、私にだって―――守りたいものがあるんです」

 

 気がつくと響は、弦十郎ら二課の面々が大勢いる司令室の中で、勢いよく立ち上がって、そう想いの丈を大声で放っていた。

 

「響ちゃん……」

「あ、ごめんなさい………何私ってば、場所も構わず叫んでんしょうね……あはは」

 

 直ぐさま、キョトンとして様子な面々を前にして我に帰った響は、バツの悪そうに苦笑いを浮かばせ、後頭部を右手で掻き出した。

〝私、呪われてるかも〟に並ぶ、彼女の癖と言ってもいい。

 

「響君」

 

 この場にいた大半が呆気に取られている中、ただ一人真剣な目つきで響を見つめていた弦十郎はその場から立ち、響の方へと歩み寄ると。

 

「負い目を感じることは決して悪いことではない、だが……それも行き過ぎれば、そいつはひたすら君自身を傷つけてしまう毒だ」

 

 彼の巨躯からは小さいことこの上ない、響の肩にそっと手を置き。

 

「守られたことへの負い目で苛まれるくらいなら、自分の手で、自分の意志で、大切なものを守り切ってみろ」

「弦十郎……さん」

「それが、守られた者の、為すべきことって奴だ」

 

 厳つく精悍なその顔に、笑みを象らせて響に送った。

 

「俺が、その手伝いをしてやる」

「どういう……意味ですか」

「先生代わりだった朱音君は治療中だからな、俺でよければ、本格的な戦い方を教えてやってもいいのだが、どうかな?」

 

 実は弦十郎、この時響には朱音の代理で名乗り上げたように言っててはいたが、前々から彼が〝師〟として彼女を教導することは、朱音との間で取り決められていたのだ。

 

〝もし響が、自分だけの戦う意義と覚悟を見いだせたらな、あの子の先生になってもらえませんか、あの子の感性なら、私より弦さんの方が適任だと思って〟

 

 勿論弦十郎は、朱音からの頼みを、快く了承した。

 彼自身の、〝大人としての矜持〟と言うものによって。

 

「はい! お願いします! 前から私、弦十郎さんってすんごい武術を知ってると思ってたので」

 

 響は、意気揚々と、それこそ太陽に負けない晴れやかな笑みで、応じた。

 

「最初に言っておくが、俺の〝やり方〟も、甘くはないぞ」

「はい!」

「ところで、響君」

「はい?」

「君は、アクション映画を見る趣味は、あるかい?」

「は、はい?」

 

 そんで、一転してフランクな調子でこんなことを尋ねてきた弦十郎に、当然ながら映画を見るかなんてことを聞かれると思ってもみなかった響は、ぽかんとなった。

 

 

 

 

 

 

 それから二日後、あの夜からは三日が過ぎた日のお昼頃。

 

「先生、患者の意識が――」

「各部のメディカルチェック、急げ」

 

 ICU内の治療カプセルで眠りに着いていた朱音の瞼が開かれ、その意識を目覚めさせる。

 瞳は天井、室内を移ろう医師と看護師たちを行き往きしていた。

 

「草凪さん、ここがどこだか分かりますか?」

 

 全身が血に塗れてしまうほどの重傷を負っていた筈なのに、朱音の意識は医師や看護師や驚くほど明瞭であり、女性看護師の一人からの問いかけにはっきり頷き、唇の動きで〝びょういん〟と答えた。

 

つづく。




多分気が付かれた方もいるでしょうが、今作ではいわゆるエア奏は出てきません。
ファンの方々には申し訳ない。

原作無印を見てた時は、放送前のフェイク広報と一話での奏退場もあって、何だかんだ毎回出てきてくれる奏に喜んでたのですが……あんまり死者をそうホイホイ出すのはちょっと………と思ってしまいまして。

だって、ガンダムだとアムロとシャアは最後の最後までララァの死を引きずってたし、テレビ版Zのカミーユは死者の念を取り込み過ぎて精神崩壊。

仮面ライダー大戦でも草加が変わらぬゲスさで『早く死んでくれないかな?』と要求してくるし。


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#18 - EGO ◆

分かる人は分かると思いますが、のっけから翼の中の人ネタをやらかしてます、もちろん某ニチアサ。

最初は三つ編みおさげのつもりでしたが、ネタ成分を入れたくてこうなった。
病室前での葛藤は、同じくニチアサ繋がりでアギト40話での不器用武骨警察ライダーな氷川さんの美杉君お宅訪問を参考にしてます。
この回の氷川さん激おこ顔面ドアップから殻ごと栗ドカ食い(本当に口の中切っちゃった)、なると占いでショボ~ンまでずっと面白い。
美杉教授のお嫁さん発言に対する真魚ちゃんの『あちゃ~』顔も翔一君本人のアハハ~~からのショボ~ンもツボですが。


#18–EGO

 

 律唱市立市民総合病院の正面玄関口の自動ドアを潜り、一人の少女が広いエントランスフロアに入ってきた。

 青味がかった長い髪を、二つ結びなおさげで纏め、前髪は七三分け、丸形で縁の無い眼鏡を掛けた一六〇cm台後半な、高一女子平均より一〇㎝高い背丈で、白シャツにベストなリディアン高等科の中間期の制服を着た女子高生。

 腕の中にアレンジメントされたプリザーブドフラワーの花束を携えて、オレンジとピンクのガーベラを中心とした組み合わせである。

 近年は衛生上の問題から、見舞い品にお花を持参するのは遠慮頂いている病院も少なくないが、この市民病院は生花でなければ許されていた。

 

「すみません、草凪朱音さんのお見舞いに来たのですが、病室はどこでしょうか?」

 

 おさげで眼鏡な少女は、本人なりに悟られないよう気も配ってはいたが、妙に周囲を見回りながら、受付嬢に尋ねる。

 

「草凪朱音さんですね―――402号室でございます」

「ありがとう」

 

 眼鏡で二つ結びのおさげ少女は、エントランスから直近な階段を登っていく。

 絶唱の代償で負った深手でここに搬送されてから五日、ICUから一般病棟に移された朱音の見舞いに来て、少々そわそわとしているこの少女の正体は―――何を隠そう、風鳴翼。

 髪型や眼鏡の他にも自分だと悟られにくいように、いつもは絶対領域ができるほどの長さなロングブーツなところを、ハイソックスにローファーの組み合わせであった。

 歩き方にも気を配り、普段はそれこそ現代では時代劇くらいしか見ない侍の如く堂々とした所作なのだが、そうならないよう細心の注意を払っている。

 声のトーンも、いつもより高い。

 まあその注意払い過ぎなのと、もし正体がバレてしまったら……な心配で、よそよそしい感じであり、声量もか細くなっているものの、結果として普段の彼女らしい佇まいを抑え、周囲から悟られにくい効果は出るには出ていた。

 

 

 

 

 

 

 今日、こうしてこの市民病院に来ているのは………それは昨日のこと。

 その日のスケジュールを終えて、弦十郎(おじさま)の邸宅に帰る途中、運転する緒川さんから、突然〝明日は休日〟を言い渡されたのだ。

 本当突然のことで、驚愕の極みだった。

 ニューアルバムの発売も、ライブも、月末に迫っていると言うのに………そこは元から本業だったのかと思うほどマネージャー業が板に付いている緒川さんなので、一日休日を挟んだくらいでスケジュールに狂いが生じることはなく、安心ではあるのだけれど……。

 ただその緒川さんから、今日は装者としての〝鍛錬〟もご法度だとも言い渡され――『じっくり休息を満喫して下さいね』――と、ソプラノボイスにぴったりな温和で端整な顔を笑顔にして言われたのだ。

 だがなぜか? あの時の緒川さんの笑み、覇気も威圧感も皆無で晴れ晴れとしたものだったと言うのに………妙に圧倒させられ、〝否〟と表明してはいけない感覚が押し寄せたのだが、どうしてか?

 多分、この二年………色々と公私ともに面倒を掛けさせてきた自分の後ろめたさかもしれない。

 それに、折角緒川さんから機会を頂いたのだ。

 こんな機会、明日以降はとても巡り合えそうにない。

 なので、二度に渡って……防人の風上にも置けぬ醜悪な自分の〝暴走〟を止めてくれた彼女に、謝罪も兼ねた見舞いに行くことにし、こうして変装しつつ病室に向かっている。

 

『402』号と札が立てかけられた病室の前に着いた。

 

「…………」

 

 もう目の前だと言うのに………私は廊下と病室を隔てる境界(とびら)を開く為のボタンも付いたインターホンを押そうとしたところで、身動きが取れなくなった。

 ど………どうすればいい?

 額から、緊張がしみ込んだ嫌な汗が、したりと頬を伝う。

 ここまで来るまで全く意識していなかったと言うのに、いざ目前に控えるところまで至ると………突如として、どういう顔で、どういう態度で訪問し、彼女にどう言葉をすればいいか………分からない感覚に襲われた。

 一応、前もって決めておくか?

 

〝先日は本当に済まなかった………これはせめてもの〟

 

 ダメだ……何と言うか、これは少しばかり固すぎる気がする。

 では、にこやかにかつ気さくに――

 

〝や、やあ、今日たまたまお暇ができたので来てみたら、ご健全そうで本当良かった良かった〟

 

 もっとダメだ! 言語道断だ! こんな軽薄な様を思い浮かんだ己にぞっとして顔が青ざめる。

 生死の境を彷徨わせるほどの深手を負わせた分際の身でこんな態度、無礼千万の域を超える所業だ!

 くぅ………もうこうなれば、出たとこ勝負と言う奴だ!

 ここでぐだぐだと足踏みしているくらいなら、対策など動いてから立てる臨機応変の気で、まずはこのインターホンを―――くそ!

 押すだけ、この右のひとさし指をたった一押しするだけで良いのだぞ!

 なのになぜ、震えが止まらない? 左腕で花を抱えているので、左手で震えを抑えることもできない。

 ケータイのバイブレーターかと我ながら突っ込みたくなる程震える右手を踏ん張らせて、何とか押そうとするが、 一度ならず、二度も空振る。

 三度目の正直で、今度こそと指を突き出そうした矢先―― 

 

「あ、あの……」

「ひゃあ!?」

 

 ――まさかの背後からの不意打ち!?

 体が飛び跳ねそうなくらい驚き、うっかりドア開閉のボタンを押してしまい………あげくバランスを崩して。

 

〝バタン!〟

 

 開かれた自動扉から病室の床へ仰向けに、真っ逆さまに転げ落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 呼びかけてきた看護師の女性が、私を案じてくる。

 

 何と言う……恥晒しだ。

 

 どうにか、見舞いの花と後頭部は死守できたが………私の心は不覚を取った自分への情けなさに、苛まれそうになった。

 いっそ、近くに穴があるのならそこに入ってしまいたい………。

 

 

 

 

 後に、数々のバラエティ番組で数えきれない〝爪痕〟もとい偉業を残すことになる風鳴翼の、ある種の才の片鱗が見えた瞬間だった。

 

 

 

 

 草凪朱音本人は、402号室のベッドにはいなかった。

 見舞い品の花を預けてもらった看護師に聞いてみれば、彼女は今屋上にいるかも、とのことだ。

 あれ程の傷で、目覚めてからまだ二日目だと言うのに、もう今日の時点で、まだ杖の補助が必要とは言え歩けるようになるなどと………二十一世紀も二十年代に入ってより日進月歩著しい現代医療の恩恵があるにしても、何と言う生命力の主なのか。

 装者としての彼女に会ってからと言うもの、驚かされてばかりな気を覚えながら、屋上庭園に繋がる階段を登っていた。

 エレベーターも繋がってはいたが、超高層ビルや、それ以上な二課の地下本部と言った超高速型でもない限り、できるだけ階段を使う主義なので乗っていない。

 階段を登り終えて外に出ると、薄暗い室内にいたせいで、日光の眩しさに目が反射的に閉じ、腕で光を遮った。

 外の光の強さに慣れると、初夏に入って色合いの濃くなり始めた青空、緑と花、赤レンガに彩られた庭園が視界に広がる。

 あの看護師が言っていた通り、患者服を着て私からは後ろ姿で、きめ細やかで真っ直ぐと、太陽光でエンジェルリングが煌めく黒髪が風でなびいている草凪朱音は、フェンスの前で佇んでいた。

 杖こそ付いているのに、先日まで意識不明の重体だったと思えないほど、立ち姿はしっかりとしている。

 先程生き恥をかいてしまった作用か、病室の前にいた時よりは体が緊張に苛まれていない。

 それでも心臓は、奏と二人で〝両翼〟だった頃のライブの本番に匹敵するほど、忙しく動いてはいるも、向こうがこちらに気づくまで待つようなせこい手は使いたくないので………互いの距離を詰め、呼びかけようとした時だ。

 

〝――――♪〟

 

 私に背を向けたまま………まだ頭や二の腕と包帯が幾つも巻かれている彼女は、歌の前奏らしきメロディを奏で始めた。

 両耳にはイヤホンらしきものはなく、音楽プレーヤーを持っている様子でもなく、アカペラで歌おうとしているらしい。

 どんな、歌なのだろう?

 歌手活動の賜物で、ゆったりとしたリズムな歌い方から、伴奏はシンプルにピアノ一本だと推測できるくらいで、私にとっては知らない歌だ。

 そう………知らない………筈、なのに――

 

「………」

 

 私は、影縫いを掛けられてしまったのだろうか?

 

「ご機嫌な蝶になって~~♪」

 

 草凪朱音の、躍動的で、同時に切なさも備わった澄んだ歌声で、彩られるその〝詩〟は………私の身体を、動けなく……釘づけに、させる。

 

 その歌の詩を、要約するならば………。

 

「煌めく風に乗って~~今すぐ~~君に~会いに~行こう~~♪」

 

 かつて――〝翼〟があった。 

 ひとたび風に乗れば、どこまでも行けた、どこまでも飛べた。

 どこまでも高く、どこまでも遠く。

 高らかと、真っ直ぐに、純粋に、自由に、胸の想いは一点の曇りもなく、無限大の大空へと、羽ばたいていけた。

 

〝両翼揃ったツヴァイウイングは、どこまでも飛んで行ける〟

 

 そう……奏と二人で一対の翼――ツヴァイウイングだった頃の、私。

 でも、奏を……片翼を失ってしまった今は、もうあの頃のように、飛べない。

 片翼が無くとも、片翼だけでも、飛んでみせると……意気込み、助走(はしり)続けてきた。

 けれども………ダメだった。

 どんなに走っても、身体に鞭打って走り続けても………私は〝一人〟では、私の〝片翼(つばさ)〟だけでは、音色の青空へと飛び立てなかった。

 飛ぼうとする度、無様に地に落ち、空に見放され、情けなくのた打ち回り、飛び立てぬ己に打ちのめされて。

 

 正に、今の私の……〝生き恥〟を晒してばかりな在り方を表しているとしか、言いようのない――

 

「無限大な――夢の後の――何もない世の中じゃ~~♪」

「っ!」

 

 慎ましく、ゆったりと、そっと語るが如く、情感を秘めさせて歌っていた彼女の歌声が、大きく深呼吸を一回、したのを気に一変する。

 せつなさ、やるせなさ、もどかしさ、それらを以て緩やかに奏でていた声量と音色は、まるで強く大地を踏み込ませて、それでもと飛翔しようと、疾走し始める。

 

「STAY~しがちな~イメージだ~らけの~~頼りない翼でも~~♪」

 

 高まる歌声が、それを発するエモーションが、さらに昇っていく。

 熱気を有した風が、身体に押し寄せてきた。

 太陽の熱でも、宙に吹く自然の風でもない。

 その熱も、風も、彼女の〝歌声〟から放たれたものとしか………思えなかった。

 温かで、柔らかで、熱い。

 

「き~っと飛べるさ~~Oh――My――LOVEッ♪」

 

 完全に私は、圧倒されていた。

 全身は未だ、まともに身動きができない。

 なのに、熱唱と言う言葉では物足りないまでの熱量で歌い上げる草凪朱音の歌は、この体の、血の一本一本を、骨の一本一本を、神経の一本一本を、細胞の一つ一つを、胸の中の奥の奥にまで、響き渡っていく。

 胸の内にまで、込み上がってくる〝熱〟………気がつけば、私の頬に水気が。

 手に取ると、それが涙だと分かった。

〝あの日〟から………二度と流さぬと誓っていたのに、止まらない。

 なのに私は、溢れる勢いで流れるその涙を、否定できなかった……切り捨てられなかった。

 飛べる、飛べるよ、飛び立って行けるさ!

 たとえどんなにみっともなくても、情けなくても、無様でも、弱弱しくても、頼りなくても、何度も止まってしまっても、無限に、飛び立てるさ――どこまでも!

 

 むしろ……どうして否定できようか?

 彼女の〝歌〟に込められた………そして、かつて奏の歌にも込められていた―――この温かさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌い終えた朱音の耳は、やっと背後から響く泣き声を耳にする。

 気づいた彼女が振り向くと、膝を付いて崩れ落ち、重ねた両手を口に着けて泣いている翼を目にし、ハッと驚いた朱音はまだ杖の補助が必要で上手く走れない足と脚を、傷を疼かせず留意しながらも急がせて駆け寄る。

 翼は構わず、泣き続けてきた。

 この二年、凍てつかせようとしてきた心の溜め込んできた想いを、洗いざらい、流し出して。

 

 

 

 

 

 彼女に促される形で、ベンチに座る。

 流れ続けていた涙の勢いが、ようやく和らいできた。

 水気の増した鼻をすする。

 自分の顔は今、どうなっているだろうか?

 鏡を見るまでもない………きっと目の周りは腫れあがって、顔はぐちゃぐちゃになっているに違いない。 

 

「どうぞ」

 

 隣に腰かけ、私の心が落ち着くまで黙して待っていた彼女が、患者衣のポケットに入っていたと思われるハンカチを差し出す。

 

「かたじけ……ない」

 

 私はそれを受け取り、涙の雨ですっかり濡れている顔を吹き、ぐすっとまた何度か鼻をすする。

 

「大分、落ち着きました?」

「あ、ああ……」

 

 問いに応えようと彼女の方へ振り向くと、私は………彼女の目に釘づけとなった。

 十五歳……今年で十六歳、自分より二年分年下なのに、年相応より大人びて、美人と呼ぶに相応しい美貌を、さらに彩らせる………滑らかなカーブを描いて吊り上がる瞼の合間に宿る、翡翠色の瞳。

 

「あの……私の顔に何か?」

「いや……そういうわけじゃ……ない」

 

 両目の翡翠に疑問符を浮かべる彼女から慌てて目を逸らし、ハンカチを返す。

 一瞬、こちらを見つめてくるその瞳に、我を忘れていた。

 それぐらい………あの〝翡翠〟は、本物の翡翠と見紛う澄んだ透明感と、輝きを有した綺麗なもので、吸い込まれそうな感覚さえあった………どうも彼女の目は〝魔性〟があるらしい。

 もう一度、こっそりと彼女を見てみる。

 患者服の袖から伸びて、ところどころ包帯の巻かれた二の腕と両脚、顔と言った柔肌は絹の如き透明感で肌触りがいい、無駄を削いで研磨されているくせに肉付きもいい筋肉を包み込んでいる。

 間近で見れば、きめ細やかな黒髪は一本一本が陽光を受けて艶を放ってストレートに延びている。

 親日家で日本の武道、武術に精通し、現在もアクション映画でも現役なハリウッド俳優の孫だけあり、ベンチに座す姿は姿勢が良く、患者服でも隠せない均整の取れた色香漂う八頭身な全身の美しさをより美しく見せる。

 見れば首に掛けられた勾玉――シンフォギアが乗る胸………胸も………大きかった。

 どうやら着やせする体質らしく、巧妙に布地がカモフラージュしているが、それでも私の眼は、彼女の胸の大きさを、はっきり捉えていた。

 数字にして九五はあった十七歳の時の奏ほどではないが、それでも今の朱音と同じ齢の十五歳の頃の、当時八九だった奏くらいはある。

 つい、自分のと見比べてしまった。

 もう私、とっくに今年の誕生日を終えて奏より一歳年上の、十八歳になってしまったのに、自分のより彼女の方が大きい………って、何人の胸と自分のを見比べているのだ?

 大体、私だって八〇は一応越えているし、大きければ良いものでもないだろう?

 それに〝剣〟を振るう私からすれば……所詮は脂肪の塊な膨らみなど、防人にとってはむしろ邪魔ではないか! ハンデ! 障壁ではないか!

 ああそうとも、乳房(あれ)は、剣たらんとする己には敵だ………敵せあると言うのに、防人には必要ないと言うのに………なぜだろうか?

 強がって突っぱねようとすればするほど………なんだか、虚しくなってきた。

 あ、あれ?

 ふと、気がつく。

 決して多くはないが、彼女と顔を合わせるのは、少なくもなかった筈なのに………初対面みたいな、もしくは新鮮な感覚が過っているのだろうか?

 ああ、そうか………私、彼女を……〝彼女たち〟を見ていたようで、見ていなかったんだ。

 食堂で、唇にご飯粒を付けて挙動不審だったあの子をフォローした――初めて会った時も。

 同じ日の夜―――装者として再び会った時も。

 あの子のことを認められずに刃を向け、その刃で彼女のアームドギアとぶつけ合った時も。

 私の絶唱のエネルギーを、絶唱で吸い取り束ねて……代償のバックファイアを受けたあの時も。

 

 奏がいなくなった今、私は〝一人〟だと……奏を死なせてしまった自分は〝独り〟で戦わなければならないと………思いつめてしまった余り、隣にいる少女の〝容姿〟さえ、まともに見ていなかったのだ。

 

「その、今日窺ったのは………その……本当に……申し訳ないことをした………」

「風鳴……先輩……」

 

 ようやく、見舞いに来た目的の〝一つ目〟に辿り着けた。

 刃を交えたあの時に、彼女が言っていた通り………私は〝鋼鉄だけでできた鞘のない抜き身の刀〟だった。

 

〝それが――守護者のやることですか!?〟

 

 腕が固く伸び、膝の上に乗せたその先の手の震えが、強くなる。

 装者と言えども、人であり、防人が守るべき命。

 なのに、当たり前の事実を忘れ、守る為に振るう筈な剣で………脅かしてしまった。

 

 それどころか、彼女には散々、不甲斐ない〝先輩〟な自分のせいで、苦労させてしまった。

 シンフォギア装者としては、あの子と同じ新米だったのに、一度目の暴走であの子に刃を突き立てた私を一戦交えさせられた上、一人戦場の最前線へ主戦力として駆り出され。

 私が本来、担わなければならなかった後輩の指導も押し付けて。

 挙句、ネフシュタンの鎧を纏ったあの少女の出現で、我を忘れた二度目の暴走で、こんな怪我を負わせてしまった。 

 

 なのに彼女は、どの面下げて見舞いにやって来た私を、攻め立てたりするどころか………いきなり泣き崩れて醜態晒したと言うのに、私が落ち着きを取り戻すまで待ち、ハンカチを渡してくれる気遣いまで………。

 その優しさが、今の私には陽光より眩しかった。

 

「今まで、散々迷惑を被らせておきながら………いきなりこんなことを聞くのは不躾がましいのは分かっている! だが……」

 

 私は、その眩しい光を放つ源な彼女の方へ向き、勢い任せで〝投げた〟。

 

「教えてほしい! どうしたらそう―――強くあれる? どうしたら……君や奏のように、優しさと強さの両方を持って、人を守れるのだ?」

 

 彼女に深手を負わせた罪悪感と失意で、本当に〝心がぽっきり折れかけた〟あの夜。

 緒川さんからくれた言葉のお陰で、どうにかそのまま壊れずに、踏みとどまれた。

 だが……どんなに〝私の歌は人々に、勇気を、希望をくれている〟と励まされ、それが真だとしても、私は依然として無様で、防人とは程遠い出来損ないで情けない〝剣〟のままだ。

 こんな身でギア――天ノ羽々斬を纏い、歌っても、また……守るべき命はおろか、自分自身をも無慈悲に傷つける〝過ち〟を繰り返してしまうだけ。

 でも………自分一人の頭では、どれだけ考えても分からない、答えどころかその片鱗すら、見つけられずにいた。

 どうすればこんな〝出来損ない〟の身から、そびえ立つ限界(かべ)を超えられるか………その方法を、未だ私は見つけられずにいた。

 

「今の私には分からない………今まで………何の為に、何を支えに剣を振るい、歌ってきたのか………分からないんだ」

 

 他力本願と揶揄されても仕方ない。

 彼女が求める答えを示してくれるとなどと、そんな都合のいいことを考えてはいない。

 が、自分一人ではどうにもならない以上、せめて……ほんの少しの光明は、欲しかったのだ。

 かつて、地球の守護者――ガメラであり、今でも前世の自身が使っていたのと同質の力で、防人の使命を、曇りなく一路で、全うしている彼女から………。

 

「…………」

 

 案の定として、いきなりの、奇襲にも等しい私の質問に、彼女は戸惑った様子で、瞬きも忘れて大きく開いた翡翠色の瞳を、私の瞳に向けていた。

 彼女の反応は無理なきこと、そう簡単に言葉にできるわけもない………やはり、虫の良過ぎる話、だったな。

 

〝すまない………今のは、忘れてほしい〟

 

 と、言おうとした直前だった。

 

「そう……ですね……」

 

 彼女は、少し困った表情で微笑みながら、青空を見上げる。

 

「〝エゴ〟……です、私の……」

 

 答え難い私からの問いに、彼女はそう、答えた。 

 

「え?」

 

 エゴ―EGO―欲望。

 日本語と英語、どちらにしても……決して良い意味とは言えない。

 ノイズドローンが撮影した映像と、エージェントたちが作成した報告書越しではあるけど、彼女の勇姿は私も目にしていた。

 あれ程………苛烈に、鮮烈に、猛々しく歌い、戦い。

 同時に、彼女の歌は人々に確かな希望を与えて、勇気づけている。

 その姿は、私にとって私が求める〝防人〟そのものだと言うのに………なぜなのだ?

 

「だって……」

「だっ…て?」

 

 どうして、その一言を使ったのか?

 その疑問で、鸚鵡返しをしてしまう。

 

「私は父と母の〝願い〟を押しのけてまで………戦うことを選んだのですから……」

 

 彼女は――草凪朱音は、今は亡き自身の両親との〝別離〟を、打ち明け始めた。

 あくまで事実だけを淡々と記された、無駄はないけど素っ気なくもある報告書を通じてではあるが、私も一応、彼女が体験した〝惨劇〟を知っている。

 奏の両親と同じ、考古学者であった彼女の父母は、夏の長期休暇を利用して当時小学生だった彼女を、太平洋で浮上したと言う、岩塊で覆われた先史文明の遺跡に連れて来て見学させていた。

 それが、悲劇の始まり……発掘中、突如して……ノイズが多数出現、停泊していた船舶には、位相歪曲反応を感知して自動的にSOSを送る機能があったにで、迅速に救出部隊が現場に向かったのだが、その時彼らが目にしたのは………母親であった〝炭〟を全身に被り、その母に庇われたことで生き残り、泣くこともできず震えていた〝一人娘〟だった。

 何の因果か、奏が味あわされたのと……ほとんど同じ境遇なんて。

 

「父も母も、本当はもっと……生きたかった筈なんです、もっと色んな過去の文明の謎を解きたかっただろうし、私の成長を見たかっただろうし………孫の顔だって………でも私と自分たちの命を天秤に掛けて………私を生かすことを選んだんです………なのに、私」

 

 ペンダントにしている、両親の形見でもあった勾玉を右手に乗せる。

 

「ずっと……自分の気持ちを誤魔化して生きてきました………仇討ちなんかして何になるんだと分かったような振りして………でも、本当は力が欲しくてたまらなかった………」

 

 今は、彼女の言う〝力〟を内包している勾玉を握りしめ、左手を胸に当てた

 

「奴らが許せないって気持ちは、まだこの胸(この)中には、くすぶってますし………」

 

〝許せない〟って発言に、私は一瞬驚かされた。

 少なくとも彼女の戦いから、家族の復讐の為に戦っていた頃の奏のような……〝暗さ〟も抱えた熱が、感じられなかったからだ。

 けど、彼女だって人の子であり、奏と同じく目の前で家族を殺されたのだ。

 しかも相手は血も涙もないノイズ………そんな存在が〝仇〟では、拭いたいくとも拭えるものではない。

 

「奴らが踏みにじろうとする生命(いのち)と……色んな生命が奏でる〝歌〟を守れる力を求める気持ちも、あの日までずっとくすぶらせてました」

「生命が奏でる……歌?」

 

 彼女の使ったその表現に、私は二度目の鸚鵡返しをした。

 

「はい、普段気づいていないだけで、世界はいつも音楽が鳴っているんですよ、風の音、その風に吹かれて揺れる草花の音、風に乗って空を泳ぐ鳥の飛ぶ音、その鳥や虫の鳴き声、流れる川の水音、その川に流れて飛び跳ねる石たちの音、青空をゆったり進むあの雲、お天道様から降り注がれる光にも………どんな生命にもメロディがあって、歌を作っていると、私は思っているんです」

 

 どうやら………それが彼女を、ノイズを皆殺す為の復讐の戦いでなく、人々を守る意志で戦う彼女の、〝原動力〟らしい。

 

「なら……なぜその〝信念〟を、貴方は……エゴなどと表したのだ?」

「だってそうでしょう? さっきも言いましたが、私は家族の〝生きてほしい〟願いで、こうして今でも生きているんです、ならどんなお題目を掲げたって、ガメラと同じ力を持つこのシンフォギアを纏ったって、自分の命を………危険に晒して戦うことに変わりないんです」

 

 再び、彼女は青空を見上げる。

 この世にはもういない、家族が今いる〝黄泉の国〟を見ているらしかった。

 

「あちらにいる両親は、自分の無力さに嘆きながら………私を見守っているでしょうから………その想いを振り切って戦うことは、どう足掻いても、エゴなんですよ、私の――」

 

 改めて、自分自身の戦う旨を、信念を――〝EGO〟――だとはっきり言い放った彼女は、そのネガティブな意味合いの言葉とは裏腹に、青空に負けじと、晴れやかな笑顔を見せて。

 

「だからせめて、この胸の中にあるエゴと向き合って、自分の〝心〟に従って………歌っているんです、参考になったかどうかは、分かりませんけど」

 

 最後に謙遜を付け加えた彼女――朱音に、私は――

 

「いや……なったよ」

 

 そう、答えた。

 

 

 

 

 見つけられなかったのは………当然だ。

 なにせ私は、定められた戦う宿命への悲観と、それを使命感で無理やりねじ伏せ、誤魔化しまったことで、そもそも自分だけの〝戦う意義〟を見出してこなかったのだから。

 奏と言う片翼――パートナーを持ったことで、ようやくそれを形にする機会が、得られたと言うのに私は――

 

〝奏と二人でなら戦える〟

 

〝奏と一緒なら、頑張れる、歌える、飛べる〟

 

 余りにも奏を、寄る辺にし過ぎた余り、自信の持てない自分をまやかす余り、戦う理由も……歌う理由も………何から何まで奏に、依存してしまっていたんだ。

 

 反対に奏は、復讐の念を乗り越え、自分だけの〝意義〟を見つけてしたと言うのに、そんな奏を、すぐ近くで見ていた筈なのに。

 

〝一振りの剣〟などと、〝人類守護の務めを果たす防人〟などと、偉そうに息巻いていた自分が愚かしい。

 

 これでは、いくら鍛えても鞘無き抜き身で脆く、折れやすく、守るべき命も、自分自身も傷つけるだけの〝剣〟にしかなりえないではないか。

 どんなに片翼だけで飛ぼうと一心不乱に羽ばたいても………堕ちていくばかりだったのは、道理だ。

 

 まだ、答えは見えない。

 目の前には、深くて濃い霧が、まだまだ立ち込めている。

 でも、回り道ばかりして、迷走を繰り返して………ようやく私は、始発点へとどうにか辿り着いた。

 今度こそ、私自身の〝心〟で、見つけるのだ。

 

 朱音の胸に確かに在り、奏の胸にも確かに存在していた、自分だけの〝熱〟を――

 

 

 

 

 

 そう、噛みしめたことで………あの子のことが、急に浮かんできた。

 なら……あの子は一体。

 

〝立花響〟

 

 本人にとっても、奏にとっても、思いもしなかった形で……ガングニールを継いでしまったあの少女。

 

「先輩……どうしました?」

 

 顔にある程度出ていたらしく、朱音が翡翠色の瞳でこちらを覗いて問うてくる。

 

「あ、いや……」

 

 心に余裕ができて、拒絶感が薄らいできている為か、今度はそれと引き換えに、あの子に対する不可解が靄となって頭の中へ、入り込んでくる。 

 装者となったばかりの時の彼女は、戦場の過酷さを知らぬ〝半端者〟だったのは疑いようがない。

 その点は、朱音も共通認識だった筈だ。

 だが……二年前に特異災害の恐ろしさを、直に体験して、生死の境を彷徨って生き延びた筈でもあると言うのに。

 

「なぜ貴方の……君の友達、立花響が、なぜああも躊躇なく戦場(いくさば)に入り込んできてきたのか、今さらながら………気になって……」

 

〝私、戦います、慣れない身ではありますが、一緒に戦えればと思います!〟

 

 叔父様から、協力要請を受けた直後の時の彼女を思い出す。

 思い返すと、まるで部活に入り立てで、その部の競技の経験すらない初心者な新入生が、先輩に挨拶するような感じに見えた。

 

〝分からないのに、いきなり覚悟とか、構えろとか言われても……全然分かりませんよ!〟

 

 私に拒絶の意志が込められたアームドギアの刃を向けられた時だって、無論真剣である凶器を突きつけられたと言うのに、その時の彼女の顔は恐怖を覚えるどころか、なぜ〝戦おう〟とほざいた私に対する意図が理解できないと言った風であった。

 

 なぜ……奏に助けられた命を、ああも無頓着にも等しく……。

 

 庭園は外が穏やかな陽光と、ほのかな風で気持ちいいと言うのに、私の背中には、薄ら寒さが張り付いて、全身が震える。

 

 ようやく私は、あの子の〝歪さ〟を知覚した。

 

 

 

 朱音も、その歪さを直視させられてきたのだろう。

 あの子のことが話題に上がった瞬間から、彼女の大人びた美貌に、苦味の影が差し込んでいた。

 

 やがて彼女は、左腕に付けていたスマートウォッチから立体モニターを宙に投影させて、右手の指で操作すると、それを私に見せる。

 

 モニターに載っていたのは………あの二年前の惨劇から始まった、ある社会問題の記事。

 

 そして私は、立花響の〝歪さ〟の根源を、思い知ることになる。

 

つづく。

 




改めてこの回で朱音が歌っていたのは――

『Butter-fly』:デジモンアドベンチャーOP主題歌
歌:和田光司
作詞・作曲:千綿偉功

――でございます。
奏繋がりでガンダムW EW特別篇主題歌もありかなと思ったけど、私的にこっちの方がぴったりかつ、前の話でも自衛官たち相手に歌わせてたので。

ちなみに、物語が分岐した感を出したくて、朱音の病室は、原作での翼の病室と同じ番号になってます。

しかし最近って生のお花を見舞いに持参するのお断りしている病院が多いそうですね。


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#19 - 魔性

奏がいたころの可愛い翼も書きたい。
でも防人語あっての翼だし、本人にそのつもりはないのに出ちゃうシリアスな笑いも出す、真面目天然な翼も書きたい。
奈々さん譲りの弄られ属性な翼も書きたいし、漫画版の凛々しい成分多めな彼女も書きたい。
色んな欲が働いて、こうなった。


 二年前、私と奏の――ツヴァイウイングのライブの最中、起きてしまった〝大規模特異災害〟。

 観客、ライブの関係者を含めて、あの会場にいた約十万人の内、死者と行方不明者は、およそ一万二八七四人にも登ったと言う。

 勿論、奏もその人数の中に入っている。

 非情な見方をすれば、生き残れた人間の数の方が遥かに多く見えてしまうだろう。

 

 だけど………私にとって……奏含めた〝一万二八七四人〟を死なせてしまった事実は、朱音が表した〝感情なき剣〟と〝修羅めいた生き方〟への固執から脱することができた今でも、重くのしかかる。

 

 あの日、私は、私たちは、何も知らずに来てくれたファンである人たちを……〝ネフシュタンの鎧〟を起動させるフォニックゲインを生み出す為に、利用したのだ。

 さらに皮肉なことに、あの時、あれ程の数ノイズが現れなかったら………直前に起きた鎧の暴走による爆発事故で、ライブを開催した私たち、企画者ら関係者はマスメディアを中心に批判の的にされただろうし、実験を進めた二課にも、政府関係者からの中傷は避けられなかった、

 奴らの猛威によって、私たちの〝罪〟は結果的に巧妙に蓋をされ………私は………パートナーを失った〝悲劇のヒロイン〟として、生き残ってしまった。

 

 それどころか………生き延びた人々にまで。

 

 沈痛な面持ちで、麗しい翡翠の瞳にも憂いが差す朱音が、スマートウォッチの立体モニターで私に見せたのは、その生き延びた人たちに降りかかった〝地獄〟だった。

 

 あのライブが、完全聖遺物の起動実験の場でもあり、私たちがシンフォギアの装者でもあったが為に、あの日の特異災害は特に情報統制が厳しく、徹底的に為された。

 奏の死も、表向きは観客の避難誘導に尽力していた際、ノイズによって殺されたことになっている………ただシンフォギアと絶唱のことを除けば、ほとんど事実ではある。

 

 それらの情報統制が、生存者が受けた地獄を生む源となるなんて。

 

 立体モニターに表示されているのは、その源より地獄へと繋がる〝発端″そのものだ。

 

 始まりは、昭和の中期の時代から現在まで刊行されている週刊誌に掲載された記事。

 内容は――ツヴァイウイングライブ中に起きた大規模特異災害による死者、行方不明者の内、ノイズの被災で亡くなったのは全体の三分の一、残りは避難中のパニックによる将棋倒しや、避難経路の確保を巡って争ったことによる傷害致死、つまり三分の二は同じ人間によって死に至った―――と言うものだった。

 この記事を掲載した週刊誌の出版社の取材は正確で、内容も偏りを出さぬように留意され、あくまで〝真実〟を伝える誠意あるジャーナリズムの姿勢で公表したのは分かる……分かるけど。

 

「…………」

 

 見るからに顔色が悪くなっていたらしく、あの子の〝歪さ〟の根源の前置きを説明していた朱音は自分の心境を案じてモニターのブラウザを閉じようとしたけど、私は閉じようとする朱音の手を掴んで、それを制した。 

 

「頼む……続けてくれ」

 

〝だったら翼は………弱虫で泣き虫だ〟

 

 最後に奏からそう言われた通りの私だけど、事実から目を逸らす〝臆病者〟のままで、いたくない、甘んじたくない。

 

「分かりました………でも、辛いと思ったら正直言って下さい」

「ああ……」

 

 真っ当なジャーナリズムで明かされた事実は、思いもよらぬ連鎖を起こす。

 生き残った九割分の被災者たちへの、バッシングが始まったのだ。

 市民感情を煽らぬよう留意し、表現も慎重で公平さを損なわぬよう努力の痕が見えた記事でさえ、それを目にした人々の中から、その事実を極端に解釈して、極度に歪め、それらがネットから発信され、論争を巻き起こし、多くのマスメディアにその流れに乗って煽りに煽り、現実にまで波及………被災者当人はおろか、その家族にまで、中傷の牙が向けられた。

 しかも、特異災害で被災した人々には、政府からの補償金を受けられる制度が設けられていたのだが、人を助ける為に作られたその法は、逆に人が人を貶める行為の助長まで。

 生存者たちへの袋叩きは、日に日に、ウイルスのパンデミック並みの域で、狂熱的に、爆発的に日本中に広がっていった。

 付和雷同と言う単語を用いるのに、あれ程相応しく最悪な〝喩え〟はそうないだろう。

 過熱し、暴走するその流れに、反対意見を述べて立ち向かう者もいたそうだが………沈静化の傾向に向かうまでは圧倒的物量で、ともすれば融合体のノイズの容姿より醜く肥大化した〝濁流〟を前に、呆気なく打ち負かされたと言う。

 

「当時のSNSの書き込みを載せているサイトを見つけたのですが……」

 

 モニターには、どうも冷静にかつ知的にかのバッシングに対する問題を提起しているらしいブログのサイトへアクセスされ、社会問題にまで膨れ上がった〝悪意〟の一部が露わとなる。

 

〝人殺し、ひ~とごろし!〟

〝同じ人間を見殺しにしといて、よくぬけぬけと生きてられるよな〟

〝人間しか襲わないノイズよりも人間の方がたくさん殺してるなんて、ある意味笑える〟

〝あんな奴らに、俺たちが払っている税金が渡っていると思うと、吐き気がするわ〟

 

 胸の中が圧される感覚に見舞われるほど、心ないにも程がある〝言葉でできた凶器〟が、次々と押し寄せ………読んでみるこちらまで、吐き気を………。

 こんな中傷を全世界に発信した人たちは分かっているのか?

 これでは、今までの人類の歴史で繰り返されてきた〝虐殺〟も同然ではないか!

 

 

 

 この人々の悪意が生み出した〝生き地獄〟から、示されるもの。

 

「つまり……あの子は………」

「はい………響もこの中傷の地獄を受けてきたんです、卒業して、律唱(ここ)に越してくるまで………これは、藤尭さんに調べてもらったのですが、死者の中には、響の通っていたのと同じ中学の学生で、将来プロ入りも確実と言われていたサッカー部のキャプテンの子がいたのですが……」

 

 ガングニールの欠片で負った傷もどうにか癒え、リハビリも負えて復学した直後の彼女に、その男子学生のファンだった女子が、糾弾したと言う。

 その女子とサッカー部のキャプテンを、自分と奏に置き換えて想像すると。

 

〝なんであんたみたいな奴が、生き残ってんのよ〟

 

 恐らくは、こんなヒステリックに叫んで、攻め立てて。

 なんて理不尽だ……あの子がその学生を死に至らしめたことなど、何一つしていないと言うのに、片や召され、片や生きているだけで。

 不条理な叫びが切っ掛けとなり………生存者への中傷と言う〝洗礼〟が、あの子にまで及ぶことになった。

 学校に行けば、毎日毎日、バッシングの嵐に流され悪意に染まり切ったクラスメイトや同級生から、陰湿に、粘着質に、陰口を叩かれ、なじられ、貶され………あの子自身の人格は、否定に否定を、重ねられ続けてきた。ほぼ全校生徒にまで広がっていたのなら、その学校の教師たちはほとんど無力だっただろう。

 さらに……他の多く被災者同様、あの子の家族にも、〝厄難〟が、連なる形で………。

 

 自宅には、塀に、外壁に、窓に、中傷の張り紙が幾つも貼られ。

 時に石が投げ込まれて、ガラスが割れることもあったらしい。

 学校どころか………半ば故郷(ふるさと)の街全体から、迫害されたと言ってもいい。

 

「今………あの子の家族は?」

「母と祖母は、今でもその街に暮らしているそうです」

「なら………父親は? 母子家庭ってわけでは、ないのだろう?」

 

 私の口から、父親の単語が出ると、朱音は一度口を固く噛みしめながらも、答えた。

 

「蒸発、したらしくて……」

 

 曰く、サラリーマンであったあの子の父は、当初は娘が生還した喜びを勤めていた会社中に触れ回っていたとのこと。

 だがそれを耳にした取引相手の企業は一方的に契約を打ち切った………その企業の社長令嬢も、私たちのライブに来ていて、命を落としていたからが、理由らしい。

 この一件で、あの子の父は社の大きなプロジェクトのメンバーから外され、社内での居場所も無くしていったと言う。

 私の家は、一般家庭とは程遠い環境なゆえ、上手く想像はできないが………同じ痛みを受けている家族に、〝八つ当たり〟をしてしまったと、どうにか窺える。

 その果てに……家族を残して、失踪、情報処理のエキスパートである藤尭さんでも、その後の足取りは、現状未だ掴めず………。

 

 ライブの惨劇から、一年が経つ頃には、バッシングの勢いと熱は、急速に衰えて沈静化していき………加害者たちにも〝後ろめたさ〟があったのか、腫れ物を触るが如く現実でも電子の中でも、話題に上がらなくなった。

 あの子と、あの子の家族への迫害も同じ時期に息を潜めたと思われるけど………〝周りもそうしてるから〟と流れて加虐の輪に入った学友たちが、よりを戻そうと踏み出すわけがない。

 中学を卒業して、リディアンに入学して、朱音ら新たな学友を得るまで、あの子の生活は………さぞ〝虚無〟が充満していたに違いない。

 母と祖父母は、血を分けた子であり孫である彼女を案じ、支えようとしただろうけど、その心はそう簡単に晴れなかったであろう。

 

「…………」

 

 胸の中の、圧し、締め付けられる感覚が強くなり、手で抑えた。

 声が出ない………そのまま呼吸も止まってしまいそうだ。

 朱音から、生存者が受けたバッシングのことを切り出された時点では………あの子が、立花響が、ああも躊躇わずガングニールを纏って戦おうとするのは、生き残ってしまったことへの罪悪感、私もつい先日まで蝕まれていた、いわゆる〝サバイバーズギルト〟だと、考えていた。

 でもその二年間の境遇を、朱音から一通り聞いた後では………〝罪悪感〟の方がまだ良いと思えさした。

 

 あの日の、荒廃した会場での戦いを思い返す。

 あの時、敵の物量に物を言わせた攻撃で分断されていた私は、奏と立花響との間に、何があったのか………詳細は知らない。

 

〝諦めるな!〟

 

 ただ………奏のその叫び声は、私の耳にも届いていた。

 きっと奏のその想いは、あの子に〝生きる力〟を齎した……筈なのに。

 

「ガングニールを纏っている姿を見るまで、私は………少し人助けとお節介が過ぎて、おっちょこちょいで食いしん坊だけど、お天道さまみたいに明るい子だと、思ってました」

 

 確かに私も、最初に会った時点では……あの日あの会場にいたことを知った時でさえ、奏とガングニールのことで一杯一杯だったにせよ、そんな〝影〟を抱えていると、考えもしなかった。

 

「響も………生きようと、必死に頑張ってきた筈なんです………でもその一生懸命を、響自身ごと一方的に残酷に否定され続けて………家族もバラバラになってしまった………普段は見えないだけで、今の響の心は―――強い〝自己否定〟の念が染みついているんです…………それはあの子の〝優しさ〟まで、歪ませた」

 

 それが、〝人を助けられる〟なら迷いなく、恐れさえ塗りつぶして、戦場(いくさば)に飛び込めてしまう〝歪さ〟の根源。

 

「幼なじみの未来からも〝度を越してる〟と言われるくらい人助けに励むのも、散々周りから悪意に見舞われて、家族まで巻き込ませ、傷つけてしまった自分は、〝人の善意を証明し続けなければならない〟、〝常に自分以外の誰かの為に、頑張らなければならない〟と、強迫観念に駆られ、無意識に自分を縛っているんです…………本人から聞いたわけじゃないから、多分……なんですが」

 

 クラスメイトとして、装者同士としての付き合いを元にした自分の〝推測〟でしかないと、〝多分〟と付け加えて苦笑した朱音。

 確認しようにも、本人に直接聞くわけにもいかない。〝二年間〟の傷が、癒えていないどころか、瘡蓋にさえなっていないとしたら、とても聞けたものじゃない………それこそズケズケと他人の内に土足で踏み込む行為。

 一方で私は………朱音曰く〝多分〟な彼女の立花響に対する人物評は、ほとんど当たっていると、確信していた。

 速さと機動性――天ノ羽々斬の特性を無視した戦い方から、奏の穴を埋めようとする余り無意識に〝奏〟になろうとしていた自分の〝心〟と〝強迫観念〟を看破した彼女の洞察力、人を見る目の鋭敏さが根拠の一つでにあるし。

 

〝私たちと一緒に、戦って下さい!〟

 

 何より、戦場に割って入ってきた時の、立花響のあの戦場に不釣り合いなきらきらとした瞳と〝笑顔〟が、物語っている。

 あれは、憧憬抱く相手――私と朱音と〝同じ場〟に立てることへの喜びだけではない。

 生きる為――自分の為の〝一生懸命〟で他者を、家族をも傷つけた………〝大っ嫌い〟で、〝誰かの為、他人の為にしか生きてちゃいけない〟自分でも、人助けできる――誰かの役に立てるのだと、本人でさえ自覚し切れていない、と言うよりむしろ、自分でも気づかずに自覚しないようにしている己の欲求――エゴの表れだ。

 どんなお題目でも大義でも、結局は自分のエゴでしかないと、自身の選択に嘆く存在がいるのだと、他者の命と引き換えに救われた己が命を賭けることであると、理解し、向き合った上で、己の〝心〟に従い、装者として、再び〝災いの影〟から生命を守る戦士として、ガメラの力を宿したシンフォギアで戦うことを選んだ朱音とは、正に対極的で真逆。

 

 人間と言う種そのものの〝誰かの為に一生懸命になれる善意〟を証明し続ける為に〝人を助け〟、そんな自分であり続ける為なら、生き残ったことで他者を傷つけてしまった自身の命を、投げ出す勢いで葛藤を飛ばし―――〝賭けられてしまう〟。

 それでは、まるで―――

 

「血を吐きながら続ける………悲しいマラソンじゃないか………」

 

 私は………そんな立花響の〝前向きな自殺衝動〟とも言える目を瞑って全力疾走するあり方を、そう表現した。

 

 

 

 

 

 身体の至るところで、強い震えに見舞われて、止まらない。

 特に、膝の上の両手は最も酷く、爪が掌に食い込んで血が流れそうなくらい、強く握られる。

 同様に唇も、口の中を切ってしまいそうな程、上下の歯を噛み込ませていた。

 握り拳の甲に、小さな水の玉が、したたり落ちる。

 

「せん……ぱい」

「す、すまない………でも、止まらないんだ」

 

 口の中が、すすられる。

 一体どこに残っていたのか?

 つい今しがた……顔中を濡らし尽すほどに、泣き崩れていたにも拘わらず、まだ微かに瞼に腫れの残る両の目から、また……涙が零れてきた。

 莫迦だ、なんて………大莫迦だ………私は………あの子に………立花響に、なんてことをしてきたのか?

 あの時の私には、目ざわりで、苛々とさせ、忌々しく映ったあの子の〝笑顔〟。

 その笑みの裏にある心には、一生〝笑顔〟が失われたままだったかもしれない……傷痕にも、古傷にもならず、またいつ疼き、血が出て苦しめさせるか分からない〝傷口〟があった。

 奏がいなくなった喪失感と言う傷口にずっと引きずられて、身も心も手が一杯だったかもしれない………が、今の私には言い訳にすらならなかった。

 

 あの子の心を、あんなにも歪ませたのは………あの日、あの場所で、裏で大勢のファンの声援をも利用して〝猛獣〟を目覚めさせようと企てライブを開いた………〝私たち〟でもあるのに。

 

 なのに理由はどうあれ、私はあの子を虐げてきた者たちと同じ、一方的になじり、ヒステリックに攻め立て、人を守る為にある剣の刃を突き立てた挙句………存在そのものを〝無視〟し続けてきたんだ。

 

「本当、泣き虫で………情けない先輩だ………私は……」

 

 どうしたら……いい?

 あの二年で植え付けられた〝前向きな自殺衝動〟は、容易に取り払えるものじゃない………たとえどんなに〝戦うな〟と言われても、ノイズが現れ、多くの人の命が奪われようとしている様を目にしたら、躊躇せず飛び込み、ガングニールは彼女の意志に応じてあの子を〝装者〟とさせるだろう。

 それが痛いほど、嘆きたくなるほど承知しているから、朱音も、叔父様も、あの子を厳しく鍛え上げている。

 戦場で死なせない為に、いつでも日常に身を置く、普通の少女に戻れるように。

 だがきっと、〝人を助けられる力〟を得てしまったあの子は、時に衝動のままに………奏の忘れ形見でもあるその命を瀬戸際のギリギリまで、自ら追い込ませてしまうかもしれない。

 もし、その時が訪れたら………私は―――

 

 今度は、一人の少女に伸し掛かった〝十字架〟の存在に対する悲観の涙が止まらず、暮れていた私に、温もりのある感触が、手と背中と肩に。

 

「あ……朱音?」

 

 朱音は、点滴が注入されている右手で、私の膝の上の両手にそっと置き、左腕で私の背中を回して、抱き寄せていた。

 鍛えているのは明白なのに柔らかな彼女の身体が、私の身体に。

 肩に、人並み外れた美貌を乗せて………吐息も聞こえるくらい、間近だ。

 患者な身だから、おめかしなんてできるわけもなく……大気を伝って、朱音自身のふんわりとしたいい匂いが、鼻孔に触れる。

 

「あっ……」

 

 半ば、彼女の齢と乖離した妖艶な肢体が持つ感触と、血の通った〝熱〟に包まれている事態に、

相手は怪我人ゆえ私は引き離すことも、かと言ってこのまま享受していては体温はどんどん上がっていくばかりで、背筋は固く伸びて強張っていた。

 もし今、「リラックスして」などと言われても、無理だ。

 だってこの状況………恥ずかしいにも程がある。

 相手は同じ女子、ここには私と朱音以外人は誰もいないし、それに奏が生きていた頃は……彼女からしょっちゅうスキンシップはされて、今朱音からされているのに負けじとぎょっと抱きしめられたこともあったたのに。

 胸を手を当てずとも、心臓の鼓動が速まっている………こんな経験、最後のライブの本番直前以来だ。

 口が半開きのまま動きが一定しない、目も右往左往しているし、夏が近いのに寒気を覚えていた全身の体熱が、羞恥のせいか逆に熱くなってきている。

 頬も然り……また泣きだしているのに、赤くなってもいる顔を見られたら………こんな近くでは無駄に終わるのに、私は顔を背けた。

 一方で私は、恥ずかしくはあるのだけれど………決して嫌とは思っていなかった………むしろ心地よく、涙で波紋が起き揺れていた胸の内が、穏やかになってさえいる。

 その上、なぜだろう?

 朱音の抱擁が持つ、この温もり、何だか……とても懐かしい気がする。

 奏に抱かれた時のと似ているけど………もっと、昔の、子ども自分の頃ことのような。

 

「先輩」

 

 近くでささやかれる、同性でも意識をとろけさせてしまいそうな吐息混じりの、朱音のささやき声が、耳に。

 あ……何だ? この妙な感覚……。

 普段の時は、しっとりとせせらぐ水の音の如く透明で、対して戦場に身を置いている時は、荒々しく激しく、迫力に溢れる。

 比喩すれば〝水〟だと断言できるくらい、元より変幻自在な声質の持ち主である朱音の声だけど、今のは………同じ朱音の発した声なのに、どこか異なる感じに見舞われた。

 

「はっ……」

 

 気になって振り向くと、本当に目と鼻の先な、朱音の顔と翡翠の瞳が間近に。

 不味い……元より熱くなっていた顔の熱がさらに上がっているのがまざまざと感じる上に、頭にまで回ってきた。

 沸騰したやかんよろしく、煙が頭から昇ってしまいそうな気にさらされてしまう。

 

「恥じることは、ありません」

 

 動揺されっぱなしの私をよそに、朱音は――

 

「誰かを想う〝涙〟に、間違いなんて、ないのですから」

 

 泣き虫と自ら嘲った私に、抱擁の温もりと違わず、慈しみに満ち溢れた笑顔で、そう言った。

 奏を失って以来、流さぬと決めながら、不要だと切り捨てようとしながら、その意固地さに反して、何度も流されてきて、今も瞼と頬にこびりついている〝涙〟。

 朱音は、その涙と、奏や立花響と言った他者(だれか)の為に涙を流せる心は、間違いじゃないと――肯定したのだ。

 少し前の私なら、それこそ〝感情なき剣〟に縋りつく私であったなら、絶対理解できなかった。

 なら今は?―――と問われれば、こう答えよう。

 泣ける心、つまりは〝感情〟があるからこそ――〝歌〟は在ると。

 彼女の歌が、教えてくれた、思い出させてくれたことだ。

 

「あ……ありがとう」

 

 それにしても、朱音から引き起こされるこの懐かしい〝感覚〟って………もしかすると………外道な我が祖父の悪しき〝欲〟の落とし子な私にもあった………遠く、おぼろげにしかない記憶の―――

 

「何だか今の朱音………〝母親〟………みたい、だな」

 

 これが正体なのかは、まだはっきりしないが、泣き虫な私を抱きしめた朱音に対する印象――〝母性〟を、正直に、でも恥ずかしくもあるので視線を逸らしながら打ち明けてみた。

 すると、いきなり朱音からの抱擁が解かれてしまう。

 いかん………温もりが離れた瞬間、昔抱いてきた奏の手が離れた時と同じく、少し、寂しさを覚えてしまった。

 しかし、いきなりどうしたのかと気にもなり、もう一度朱音の方へ向けると――

 

「えぇ!?」

 

 ――そこには、私に背を向ける形で、ベンチの上にて小山座り、一般的に馴染みある表現で体育座りをして、明らかに落ち込んでいる朱音がいた。

 目の錯覚か?

 彼女の艶に恵まれた黒髪が生える頭の周りには、どんよりとした紫がかったオーラが見えるのだが………。

 

「あ、朱音? 一体、何が?」 

「母親を貶す気は毛頭ないですよ………けど、私………これでもまだ………十五歳です…………まだ十代を半分残している女子高生なんです、青春真っ盛りなんです………でも、無理ないですよね………だって、全然高校生に見えないんですもの、この体(みため)」

 

 母性が溢れんばかりの笑みから一転、暗い声色な朱音は自分自身を嘲笑う。

 し、しまった………私、いわゆる〝地雷〟を踏んでしまったのだ。

 いくら前世の記憶があるからって、戦場では勇ましい戦士だからって………彼女もまだ十代の、〝年頃〟の女の子、そんな身からすれば、他の同年代の子たちらより、年相応より成長してしまった〝外見〟にコンプレックスを抱いていても、なんらおかしいことではない。

 休日に級友たちと街を出歩けば、一人先輩が混じっていると勘違いされる機会もそれなりにあったと推察できるし、と言うか現にこうして落ち込んでいるではないか!

 なんて、迂闊ぅ………。

 

「あ………ち、違うのだ朱音!」

 

 私の不始末な発言で落ち込む朱音と正面になる位置へ急ぎ移動し、慌てて弁明する。

 

「何だか懐かしい感じを覚えてだな、それで記憶を探ってみたらたまたま………偶然に先の言葉が出てきただけであって、朱音が、とても高校生のものとは思えぬ包容力の持ち主だなとか、見た目と齢が一致していないだ、だとか、友人と一緒にいても同い年と見られないなだと言うつもなどこれっ――い、いぃぃいや、そそっそう言うわけじゃなくてだな! だっだっ……だから――」

 

 あ~~~もう何を言っているのだ私ッ!?

〝地雷〟を避けようと表現に気を遣いつつフォローしようと試みたら、逆により大きな地雷を踏んでしまった気がするではないか! いや絶対踏んでしまっているではないか!

 先程とは違う意味合いで、また泣きたくなってきた………口下手な己が恨めしい。

 

「ふふ……」

 

 ますますドツボに嵌っていくばかりで、どう収拾つけていいかさっぱり分からず、秒単位で混乱が強まっていき頭を抱えさせられる中、不意に、朱音のささやかな笑い声が聞こえた。

 見れば………また一転、小山座りの体勢のまま、右手を口の前に添えて、気品すらある含み笑いを浮かべる彼女がいた。

 私は安堵するも………しかしまた、なぜいきなり笑い出したのか?

 ここまでの流れで、どう笑いのツボ(この言葉は奏から教えてもらった)を刺激されたのか?

 

「何が………そんなにおかしい?」

「うふっ……ごめなさい先輩」

 

 訊いてみると、天候が見計らったとしか思えないタイミングで、私からは左手側の横合いから来た風に吹かれて舞った髪を右手でかき上げ、湯船に足を入れるような仕草でベンチに置いていた左足を下ろし。

 

「あなたって、おもしろい」

「何故そこで〝おもしろい〟ッ!?」

 

 十代の少女離れした艶めかしい流し目で魅惑的な微笑を見せての発言に、私は仰天の極みに襲われた。

 全く、彼女の言葉の意図が分からない。

 そもそも私、しょっちゅう奏から〝真面目が過ぎるぞ〟と言われ、自他ともにお固く融通の利かぬ類の人種であり、ユーモアとは最も真逆でほど遠い場所にいる人間だ。

 こんな私を、どうして朱音は〝おもしろい〟などと言ったのか?

 

「忘れて下さい、特に意味はございませんので、ふふっ」

 

 そう付け加えた本人は、まだベンチに乗る右脚を両手で包み、傾けた顔の片頬を膝頭に乗せて、魅力的で可愛らしくて情深くも、どこか妖しさも含んだ声と微笑みを私に向けていた。

 その高校生と言う年代に似つかわしくない、しかし草凪朱音と言う少女にこの上なく似つかわしい仕草を前に、私は――

 

 朱音、なんと―――おそろしい子!

 

 心中で、こんなことを口走っていた。

 かつてCD冬の時代に老若男女問わず魅了して一世を風靡し、私が尊敬し、幼少の頃から二〇〇〇万枚のミリオンヒットを飛ばした名曲〝恋の桶狭間〟を何度も熱唱し、この曲のPVの振り付けは今でも全部記憶し、歌女としての私の根源とも言える演歌歌手――織田光子。

 その織田女史のディスコグラフィの中に、〝魔性〟と言う題名な歌がある。

 少女にして女性。

 あどけなくも大人びて。

 キュートにしてビューティ。

 泰然にして情操豊か。

 したたかにしてお茶目。

 清楚にして妖艶。

 繊細にして強靭。

 天使にして悪魔。

 本来は相対して相容れない〝面〟を同時に持ち、独特の魅力を振りまく謎めいた〝魔性の女〟に、翻弄されつつも惹かれずにはいられない男性の目線で歌われた歌謡曲だった。

 そして朱音は、その〝魔性〟で描かれた女性像を体現しているとしか思えない。

 まだ十五歳と言う若輩の年頃で、その魔性さが板に付いてしまうなど、何という境地に至っているのか、朱音は……。

 

「本当に……意味はないのか?」

「はい♪」

 

 捉えどころのないミステリアスな魅力を持ち合わせた彼女に、もう一度訊いて見るも、やはりはぐらかされた。

 絶対に、私を〝おもしろい〟と言い放った意図を明かす気はないらしい。

 自然と頬がむくれた。

 

「朱音も……奏と同じくらい、いじわるだ」

 

 せめてもの反撃。

 

「ええ、意地悪です♪」

 

 も、あっさりいなされた。

 

 でも実を言えば、私が奏相手によく言っていた〝いじわる〟の一言を使うのは、それだけ相手に確かな好意があると言う、証拠でもあった。

 

 

 

―――――

 

 

 

 朱音が翼の天性の〝コミカル〟さをすっぱ抜いた直後、庭園内でぐう~~と鈍い音が響いた。

 

「「………」」

 

 片やむくれ、片や微笑んでいた二人の少女は、自身の腹部に手を触れた。

 音の正体は、空腹を知らせるかの〝腹の虫〟。

 しかも、狂いもズレもなく、見事に腹の虫の鳴き声は重なって合唱していた。

 それが二人の〝笑いのツボ〟を押したようで、ほぼ同時に朱音も翼もその場で、仲睦まじい様子で笑い合い始めた。

 

 それは翼にとって、奏を失ったあの日以来、久方振りに心から笑えた瞬間でもあった。

 

「腹(ここ)が催促してるので、お昼にしましょう、空腹のまま考えごとをしてると、碌でもないことばかり考えてしまうそうですし」

「な、何なのそれ?」

「行きつけの鉄板焼き屋の女主人の格言です」

「その主人、ただものでは……なさそうね」

 

 二人は雑談を交わしながら、昼食を取るべく食堂に向かう。

 

「あ、あのさ朱音」

「はい?」

「その………二人きりの時は、私のことは………翼で………いいよ」

「せんぱ……翼がそう望むなら構いませんが、なぜ二人きり?」

「は………恥ずかしいだもん………特に櫻井女史にでも知られたら、絶対からかわれる……」

「あはは、確かにノリノリと嬉々としてネタにしそうですね、あの博士」

 

 翼本人も気づかぬ内に、朱音に対する口調は、時代がかった武士風から、年相応の少女のものへとなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが響の在り方を表した翼の比喩を聞いた朱音は、内心驚かされていた。

 ある特撮ヒーローの主人公も、少々ニュアンスが違えど、同じ言葉を使っていたからである。

 

つづく。

 




前回の話でやっちまったこと。
それは翼に朱音のことを朱音とファーストネーム呼ばせてしまったこと。
ファンなら知っての通り、クリスちゃんには「名前くらい呼んでもらいたいものだな」と言っておいて自分も一部の例外除けば苗字呼びが基本な翼。
あるキャラが他のキャラをどう呼ぶのか、それもキャラを構成する大事な要素だし、原作が○○ならそれも尊重せんと。
ならばやっちまった以上、翼が名前呼びするそれらしい〝理屈〟を用意せんと、と考えた結果。
翼が名前呼びする相手は、彼女の『引っ張るより引っ張られたい』潜在意識のお眼鏡に叶う相手、つまり『おかん、またはお姉さん属性持ち系』だと言うことにしました。


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#20 - 潜む陰謀

ちょっと間が空きましたが、更新です。

シンフォギアシリーズでは、結構ディスられた扱いなかの自由の国。
公式HPの用語集見ていると、かなりやらかしているのが分かります(汗

ちなみに劇中朱音が歌った青空繋がりの歌。

いわずもがな、特撮界の名曲。
かの泣きゲーの挿入歌。
貞子さんの原作者の著作なホラー小説の映画版の主題歌。
日本語で青い心たちなロックバンドの曲。


 日本の関東地方、首都圏よりさほど離れていない山間部の森の中を鎮座し、あのネフシュタンの少女が二課の捜査網からどうにか逃げ、辿り着いた〝隠れ家〟であるルネサンス様式風の巨大な屋敷。

 邸内の吊りさがるシャンデリアが見下ろす広間は、〝混在〟とも呼べる異様な光景であった。

 中央に細長く、席が両端に二つしかない長方形上な食事用のテーブル。

 窓際や壁際には、拷問器具と思わしき物体が幾つも置かれ。

 広間の奥には、大型のモニターがいくつも飾られた操作卓(コンソール)まである。

 いかにもな異様さのあるこの広間では、屋敷の主らしき妙齢の女性が、テーブルに置かれたアンティーク系のダイヤル式固定電話の受話器を当てて、誰かと通話していた。

 空間が異様なら、腰より先まで伸び、全ての毛先を切り揃えた淡い金髪で、〝イタリアの宝石〟と称された女優に勝るとも劣らぬ、ふくよかで肉感的な肢体の持つ美女のいでたちも異様。

 なぜかと言えば、首のアクセサリー、黒のロンググローブ、同色のストッキングとヒール以外は何も着ず、付けず、全く恥じらう様子も見せず、その濃艶な肉体を惜しげもなく晒しているのだ。

 

「我々が君に貸与した完全聖遺物、起動実験の経過はどうかね?」

 

 例えるなら〝蛇〟と言える妖しい艶な声の主な女性の電話相手は、〝米国英語〟を口にする、〝傲岸〟な匂いが声音にこびりついた男。

 

「前にも報告したけど、完全聖遺物の起動には、相応のフォニックゲインが必要なのよ」

 

 女性も完璧なイントネーションな英語で、応じている。

 

「簡単に〝お目覚め〟とはいかないわ」

 

 と、答えた女性は、嘘をついている。

 彼女の左手には、あのネフシュタンの少女が使っていた杖、それこそ男が話題に上げ、曰く電話相手の女性に〝貸与〟の形で提供した〝完全聖遺物〟。

 あろうことか女性は、呼吸するように嘘をつきながら、杖の発光部から光線を放って、ノイズを広間に召喚し、すぐさま呼び出した個体たちを消失させた。

 

「分かっているさ、だが失われた先史文明の技術、是非とも我々の占有物としたいのだよ」

「ギブ&テイクってやつね、あなたの祖国からの支援には感謝しているわ、今日の〝鴨狩〟も、首尾よく頼むわね」

 

 女性は長いテーブルの端の椅子に腰かけ、肉惑的な両脚を交差させて机上に乗せた。

 マナー的に良いとは言えないが、そのグラマラスな肢体と風体で、非情に扇情的な趣きを醸し出している。

 

「あくまでこちらを便利に扱う腹か、ならばそれに見合うだけの働きも見せてほしいものだ」

「もちろん理解しているわ、従順な飼い犬ほど、長生きすると言うしね」

 

 表向きは比較的友好に、しかし実態は腹の探り合いの化かし合いな、ある意味で国家間同士のいかに相手の弱みを握って優位に立つ為の〝外交〟の縮図とも言える両者のやり取りはそこでお開きとなり、通話が途切れた。

 

「全く………野卑で下劣だこと………生まれた国の品格そのもので辟易するわね」

 

 切れた音が鳴る受話器を本体に置いた女性は、仮にも自身を〝支援〟している通話相手、と言うよりバックにある国そのものに対し、心底忌々しく吐き捨てる。

 

〝あんな国から、どうして地球(ほし)の姫巫女のような子が……育つのか〟

 

 内心女性は、自身とっての〝最大の脅威〟に対して、そう零す。

 あの少女が〝巫女〟――抑止力(カウンターガーディアン)に選ばれたのは、単にかつて〝生態系の守護者〟だっただけではない………でなければ、地球が与えるわけがない。

 

「そんな連中に、ソロモンの杖はとっくに目覚めていると、教える義理はないわよね?」

 

 脚をテーブルの上より下ろし、ヒールの靴音を鳴らしながら艶めかしい足取りで、一際大きな拷問器具の方へ足を運ばせ。

 

「クリス」

 

 その器具にて〝磔〟にされている身となっているあの銀髪の少女に呼びかけた。

 一五〇前半と小柄ながらも発育のいいトランジスタグラマーな彼女の身体に黒のボンテージが纏われているのも、ラテン語の〝キリスト教徒〟が語源な〝クリスチャン〟から派生したその名よろしく磔にされているのも、女体を晒す女性の差し金であり、中々の趣味をしていると皮肉れる。

 

「………」

 

 長いことこの状態で拘束され、足下に水たまりができるほど汗も多く流れ、疲労に苛まれてぜえぜえと息を吐く〝クリス〟と言う名の少女には、まともに女性の言葉を応じられるだけの力は余りない。

 女性は汗で濡れ切ったクリスの頬のラインを、指でなぞり、下顎を掴んだ。

 

「苦しい? 可哀想なクリス」

 

 などと言ってはいるが、何を隠そうこの女性は少女にこんな苦痛を与えている張本人であり。

 

「けどこうなっているのも貴方がぐずぐずと戸惑っているからよ……〝誘い出されたあの子〟を捕えて、ここまで連れてくるだけでよかったのに………」

 

 ネフシュタンの鎧と、〝ソロモンの杖〟と称されたノイズを操作できる完全聖遺物をクリスに持たせ、立花響を捕えてくるよう命じた、先日の事態の発端を作った張本人でもある。

 

「手間取ったどころか………〝空手〟で戻ってくるなんてね………この間見せてくれた意気はどうしたのかしら?」

 

 張本人は、その〝命〟を果たせぬままのこのこと戻ってきたクリスを、嘲りも含まれた笑みで咎めたてた。

 失敗だったのは否めない。

 完全聖遺物を二つも有し、相手の装者が一人は経験不足な響、もう一人の翼は精神面で難ありの状態で、確実に追い込んでいたにも拘わらず、翼の〝搦め手〟で逆に追い込まれる失態を犯したからだ。

 もし翼が、逸り過ぎる余り絶唱を歌わなければ、足止め役のノイズの群体を殲滅して駆けつけた朱音の助勢も加わり、さらに弦十郎まで現場に急行できていれば、クリスはそのまま特機二課に拘束されていた。

 

「分かってる……さ……」

 

 唇も満足に、碌に動かせない中、クリスは現状肉体に辛うじて残っている体力を集め、搾り。

 

「アタシの……望みを叶える……には、あんたの……望みを叶えなきゃならねえんだからな」

 

 容貌に反した男子的口調で、女性に返答をし。

 

「そうよ、だから貴方は私の全てを受け入れなさい………でないと嫌いになっちゃうわよ?」

 

 女性は器具に備えられていたレバー型スイッチを下ろして、拷問器具を起動。

 大広間にて、荒れ狂う電流の稲妻の閃光が迸り、その轟音と雷光でもかき消されない、少女クリスの悲鳴が響き渡る。

 電圧は人体に耐えられる許容範囲内に設定はされていたが、疲労に蝕まれた少女の身体を襲う〝電流地獄〟は、傷口に塩にも等しかった。

 

「可愛いわよクリス………私だけが貴方を愛してあげる」

 

 地獄を与える主は、悪魔と女神、その二つが混在する恍惚とした声音と面様で、苦しむクリスを見つめる。

 少女をいたぶる行為に反して、様相から〝愛している〟と言う言葉に偽りはないらしい。

 電撃で痛めつける〝十字架〟を停止させる。

 

「覚えておくのよ、クリス」

 

 絡みつく蛇の如くな仕草で、女性は艶やかな肢体をクリスのと密着させ、頬に手を添え、相手の心の奥底にまで刻みつけるとばかりに、こう言った。

 

「〝痛み〟だけが、人の心を結び繋げる唯一の〝絆〟………世界の真実だと言うことを……」

 

 振る舞いと違わない、蛇を思わす悪魔的な女性の響きと微笑みには、どこか〝諦観〟と〝悲哀〟が入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 さてさて、特機二課司令官にして、〝日本国憲法〟に抵触しかねない域にまでの達人な武術家でもある風鳴弦十郎の指導を受けることになった響。

 言うなれば、〝弟子入り〟だとも表せられる。

 響の〝師〟となった弦十郎が、一体どんな特訓や鍛錬で彼女を鍛えているのか………おそらく常識度の高い人間ほど、仰天ものなのだが、それでも………驚かないで、聞いて、見てほしい。

 

 初日。

 ジャージ姿の弦十郎と体操着姿の響の二人が行うは、まずオーソドックスな準備運動による体のならし運転。

 次が、腕立て、腹筋、スクワット等々、基礎的な基礎トレーニング。

 

 そしてその次が――三二歳の若さで急逝した伝説の武道家兼アクションスター主演映画の4Kリマスター版が再生されている大型テレビ画面の前で、劇中そのスター演じる〝怪鳥音〟を鳴らす主人公と同じ構えを取り、そのスターが劇中披露する自身が考案、創設した格闘技――ジークンドーの体技を実践する、と言うもの。

 

 あ……あれ?

 これは………夢? 幻?

 目どころか、脳の認識能力まで疑わしくなる光景だが、大真面目に弦十郎は構え、響もド真面目に倣って構えている。

 二人とも、わざわざジャージと体操着からスターが劇中着ている黄色に黒のラインが入った衣装に着替えてさえいた。

 常識向きな感性の持ち主な人らから見れば、大半はこう突っ込みたくなるだろう。

 おい、鍛錬しろよ――と。

 しかしこの程度で驚くのはまだ早く、序の口で。

 弦十郎の特訓の主たる一部を並べていくと。

 

 夜の道路をランニングする響と、竹刀を肩に掛けて自転車で並走する弦十郎。

 

 細長い三角形上に配置された直系の細い三つの丸太に、両手と両脚を乗せた状態で腕立て伏せ。

 

 足の甲を鉄棒に引っかけた逆さ吊りの状態で腹筋。

 

 同じく逆さ吊りの状態で両手に持ったお猪口で水の入った壺から水を掬い、起き上がらないといけない位置にある樽へこぼさずに移し。

 

 水入りのお猪口を両腕、両肩、頭に置かれたまま、一定の体勢をキープ。

 

 かのフィラデルフィアの三流からスターに上り詰めたボクサーを彷彿とさせる、朝陽、または夕陽が照らされた海岸での全力疾走に、高速縄跳びに、スパーリング。

 

 精肉工場の冷凍庫で氷結されている肉塊をサンドバックに打ち込み。

 

 アメリカでは衝撃の光景だった生卵の一気飲み。

 

 演武や組手の際は、わざわざ九〇年代末にして二十世紀末に大ヒットした、仮想空間を舞台としたSFアクション映画の一作目に出てきた、洋画特有のなんちゃって日本風な道場内にて、弦十郎は貫録を感じさせる黒の道着、響は初々しさのある白い道着を着用して行われた。

 

 そう、弦十郎の特訓とは―――主に古今東西のアクション映画の劇中で登場した特訓を、そのまんま実行すると言う代物でもあったわけだ。

 リディアン入学直前に同様のを受けていた朱音曰く〝色んな意味で上級者向け過ぎる特訓〟だったと独白したのも納得である。

 そう言う彼女も、〝突っ込んでくれと言わんばかりの突っ込みどころ満載〟なのを分かっている上で彼の特訓メニューにノリノリで乗っていたわけなのだが、それぐらいの適応力がなければ、初陣から歌いながら戦えたりはしない。

 さらに補足しておくと、朱音の指導時の訓練メニュー(ボイトレやダンス等々)も盛り込んだ上、一連のアクション映画が元な特訓が行われている。

 

 そんな特訓も七日目。

 本日は朝早くから行われている。

 弦十郎の邸宅の庭にて、響はサンドバックを相手に、拳打を連続で叩き付けていた。

 幼少期から武道武術を嗜んできた朱音から〝素人らしい素人〟と揶揄された面影は、すっかり見られない。

 一見すると、今回のは偉く手堅い印象を与えるが――

 

「じゃあ次は、稲妻を喰らい、雷を握りつぶすように打ってみろ」

 

 まさに――〝Don't Think.Feel!〟だ。

 弦十郎の教え方は、絶対に理屈で捉えられる代物じゃない。

 大抵の人間は、意味が分からないと絶句するだろう。

 

「言ってること全然分かりませんッ!」

 

 対して響は、はっきり分からないと言いながらも。

 

「でも、やってみます!」

 

 と、気迫たっぷりにそう意気込んだ。

 特訓初日から、響はこんな調子で励んでいる。

 基本的に余り深く考えすぎない彼女の性分が、功を奏していたどころか、弦十郎の指導方と上手く噛み合う相乗効果を生んでいた。

 かのアクションスターの生前の言葉に、〝形にとらわれるな〟と言うものがある。

 ある意味で、この師弟は彼の思想を体現していると言えよう。

 

「………」

 

 構えを取り、相手を見据える響は、深呼吸して意識の集中を高め。

 

〝バニシングゥゥゥゥゥーーーーフィストォォォォォォーーーー!〟

 

 響にとって弦十郎の言葉を最も連想させる、初めてギアを纏った日に朱音が見せた〝紅蓮の拳〟のイメージを頼りに、彼女の覇気の籠った意志の〝指揮〟の下、全身を動員した演奏――渾身の拳を打ち放った。

 庭の木の枝に結ばれていた紐は破れ、サンドバック本体も響の一打で大きくふっ飛ばされた。

 

「よし、今度は俺に打ち込んでこい!」

「はい!」

 

 次はミットを嵌めた弦十郎へのスパーリング。

 

 常識的な人間ほど疑わしく映る、映画からインスパイアを受けた弦十郎流の鍛錬の数々。

 しかしそれは、弦十郎に歴代アクションスターが演じた超人たちを凌ぐまでの戦闘能力を持つまでに至らせ、約ひと月前までは〝素人〟そのものだった響を、確実に鍛えさせて〝脱皮〟させてもいたのだった。

 

 

 

 水分補給含めた小休止を挟めながらも、朝からの破天荒で厳しい特訓は昼近くにまで続き。

 

「はぁ……」

 

 響は二課司令室内のソファーにて、ぐったり猫みたくうつ伏せで横になっていた。

 

「はい、ごくろうさま」

「あ、ありがとうございます」

 

 そこへ良いタイミングで友里が清涼飲料水の入ったストローボトルを差し入れ、響は疲れが溜まる体内に水分を供給させる。

 

「あれ? そう言えば了子さんは?」

 

 と、ここで櫻井博士がいないことに気づく。

 

「了子君は今永田町で、政府のお偉いさん相手に本部(ここ)の安全性と防衛システムに関する説明に行っている最中だ」

「えーと……広木大臣にですか?」

「そうだ」

 

 ノイズの出現頻度が急増し、政府官僚の多くからは〝突起物〟と揶揄されている通り半ば問題児扱いされている二課が保有する〝聖遺物〟を狙う何者かが存在している以上、説明義務が生じるのは避けられない。

 博士は二課の代表として、その義務を果たしに行っている………筈だったのだが。

 

 

 

 

 同時刻、国会議事堂、防衛大臣執務室。

 定時はとっくに過ぎて、説明も中盤に差し掛からなければならないと言うのに、櫻井博士はまだこの場にいない。

 政界と言う戦場、ある歌人兼劇作家曰く〝血を流さない戦争〟を潜り抜けてきた証とも言える髪の白さも顔の皺も含めて風格のある広木防衛大臣は、微笑みを絶やさず涼しい顔で待っているものの、灰皿の上にて半分が燃え滓になり崩れ落ちて煙を登らす葉巻と、平静を装いながらも顔から微かに苛立ちの気が零れている眼鏡を掛けた若年な秘書官が、不味い状況であることを語っている。

 櫻井博士、完全に大も付けるしかない〝大遅刻〟をやらかしていた。

 

 

 

 そんで、現内閣の閣僚でもある政治家に待ちぼうけをさせている大物な博士本人はと言えば――

 

「だれかが私の噂でもしているのかな?」

 

 山間部にて淡いピンクの乗用車を運転し、妖艶かつ知的な美貌を一瞬台無しにさせるくしゃみを吐いていた。

 

「今日はいい天気ね、何だかラッキーなことが起こりそうな予感♪」

 

 呑気なものだ。

 確かに本日は晴天なり、青空に流れる雲も小振りなすじ雲程度で、快晴そのものな天気。

 この世で最も面倒な人種相手にでかいヘマを今まさにやらかしている事情に目を瞑れば、ピクニックにでも行くような能天気な様子で、しかし周囲に他の車がないのを良いことに、荒々しくも巧みなカーアクション映画ばりのドライビングテクでカーブだらけな山道のアスファルトの上を派手に走らせていた。

 

 

 

〝風鳴翼を一人ぼっちにさせない〟

 

 どうにかこうにか、津山さんとの約束を果たし、アーティストとしての〝風鳴翼〟では絶対に見られない〝おもしろい〟一面も目にできて、何だかほっこりとさせられもした私は、今日も、市民病院屋上庭園にいて、青空を見上げている。

 別に、病室のベットの上で横になっているのが窮屈と言うわけではない。

 ただ、せっかく緑彩る山々とほど近いのに、私の病室の窓からは向かいのリディアンの校舎と中庭ぐらいしか拝めない。

 それにせっかく、学業からも、守護者としての使命からも、一時的に解放されている身なので、入院患者な立場ゆえの〝暇(いとま)〟を、ただ寝ているだけで費やしてしまうのは勿体ないと思ったからだ。

 だからこうして、病院の頂の上で、こうして世界が演奏している音楽を聞きながら、私も負けじと歌っていた。

 

〝―――♪〟

 

 ここ数日は晴れ模様が続き、今日は特に澄み渡る青空なので、青空にちなんだ曲縛りで。

 人々の笑顔を守る為に戦ったヒーローのED、泣きゲーの金字塔と言われた恋愛ゲームの主題歌、ホラー映画の主題歌でもあったサングラスがトレードマークのシンガーソングライターの一曲――

 

「あっ……」

 

 歌から歌へリレーして、急に止めてしまった。

 いや……止めるしかなかった。

 今歌っていた………日本ロックバンドの曲は、確かに題名は〝あおいそら〟だけど、歌詞が、かなり痛烈に響くもので、このゆったりとした空気には似つかわしくないものだった。

 

「はぁ……」

 

 自分から皮肉ごと水を差した自分に、溜息が零れる。

 よっぽど自分は、気になってしょうがないらしい………自分も少なからず関わっている人の〝性〟と言うものに。

 人間としての私は、シンフォギアの装者以前に、一介の高校生である。

 こう言うことは、弦さんら二課の仕事であり、自分がどうこう思案、推察したところでどうしようもないと言うのに。

 仕方ない………このまま空と反比例して頭の中の疑問(もやもや)が大きくなるくらいなら……と、反芻することにした。

 考えごとをする癖で、ベンチの上で体育座りになる。

 

 二課本部周辺で起きるノイズの局地的異常発生。

 何万回にも渡る、機密情報の抜き取りを目的とした二課本部へのクラッキング、

 体内に聖遺物を宿した特異な適合者であると知っている上で、響を捕えようとし、完全聖遺物を二つも持っていた、あの〝銀髪の少女〟。

 

 明らかに、人の意志、作為……もっと辛辣に言えば、禍々しくどす黒く歪んだ〝エゴ〟が潜んでいるこの状勢。

 

〝短絡的に米国政府の仕業だと断定はできないが……〟

 

 とは、弦さん――風鳴司令の言葉。

 明確な証拠が出ていない以上、司令の言う通り断定は危険だ。

 世界規模で特異災害が起きている以上、どの国もノイズに対抗できる〝兵器〟は喉から手が出るほど欲しいし、鍵でもある聖遺物――先史文明技術の研究は行われているは明白であり、公表されてないだけで日本が実質〝先進国〟であることを疎ましく思っているだろう。

 ロシアも然り、中国も然り、他の国々も。

 だからこの状勢に、私の二つの祖国の一つ――アメリカが関わっている可能性はあるが、まだ無きにしもあらずの程度でしかない……が、言い換えれば……日本の国防の一部を負っているのに、その日本が裏でこそこそと〝異端技術〟の研究を進めているどころか、対ノイズ兵器を保有するに至っている実状を快く思わない合衆国政府が、暗躍している可能性も、捨てきれない。

 私は日本人とアメリカ人、両方の国籍と血を継ぐ自身の在り方を享受しているし、どちらの祖国に対しても敬意を持っている。

 一方で私には、どちらにも盲信する気はない、どちらの国にも正負、清濁、功罪の両側面があることから目を逸らす気もない。

 一七七六年にかの大英帝国から独立を勝ち取って以来、南北戦争、世界大戦、冷戦にベトナム、湾岸にアフガンにイラクと、戦争に明け暮れてばかりだった自由と平等を謳った多民族国家は、今や〝世界の警察〟だと称されたかつて面影など見る影もなく、ほとんど世界での信用は失墜している。

 だから、異端技術の研究の最先端に上り詰めることで、かつての〝威光〟を取り戻そうと画策していたとしても、おかしな話ではなかった。

 憲法上では軍を持つことは許されず、国防の一部を代行している同盟国な日本(このくに)が、自由の国が目指そうとしている〝域〟に立ち、対ノイズ兵器――シンフォギアを曲がりなりにも実用化しているのに、こそこそとそれを隠し持っている現状が面白くないと考えていることも、虎の子であるデュランダルの引き渡しを何度も要求している件からも窺える。

 シンフォギアを秘匿しなければいけない事情は、理解しているけど………正直、アメリカ含めた他の国々からずっと隠し通しておけるとも思っていない。

 外交手段としての〝戦争〟を一切しない、武力も持たないと憲法で明記されていながら、どう言い繕ってもその武力を有した軍――自衛隊(英語で『Self-Defense Forces』、Forcesとは軍隊の意だ)が存在しているダブルスタンダードだけでも、自分で自国の首を絞める縄なのに、その上櫻井博士と言う人材の恩恵もあって他国より数歩どころか何万歩も飛躍している聖遺物研究と、その結晶たるシンフォギアは、それ以上に日本にとって〝諸刃の剣〟であり、〝爆弾〟だ。

 九条改正派の一人でもある広木防衛大臣は、自衛隊を正式な軍すると同時に、最重要機密な特機二課とシンフォギアを〝公の武力〟としたいとする姿勢(他国からすっぱ抜かれる前に自分からカミングアウトすること)には、実を言うと私も賛同している。

 言っておくが、公式に軍を設けることに賛成だからって、私に好き好んで戦争をする趣味はない、平和を尊ぶ想いだってある。

 特に、〝神の名の下〟になどといった大義やお題目など大っ嫌いだし、過剰な〝イデオロギー〟のぶつけ合いで起きる流血なんて………実際にそれで世界が滅ぶのを目にしてしまっただけに、反吐が出る。

 だが………〝祈り〟だけでは悲劇を避けられない、〝和〟を保ち続けることなどできやしないと、超古代文明の顛末と、ガメラとしての戦いの日々で、散々思い知らされてきたからだ。

 平和であることと、ただ戦わないことは違う。

 平和を維持する為の努力も尽力も、武器を取らない〝戦い〟なのである。

 なんて思想家ぶって巡らせてはみたけれど、結局、まだ選挙権すら持たない女子高生である自分が、現在の世界情勢を考察したところで、どうにもならないんだけど。

 

 ただ、これだけは言える。

 

 私は〝聖遺物〟に絡みつき、裏に潜む陰謀も、その根源である………私にとってはギャオスと同類なノイズどころか、ティーンエイジャーの女の子までも利用する歪み切った黒いエゴも――許さない。

 

 私――ガメラと、ギャオスどもとの戦いと、同じだ。

 小山と作った両脚を巻く腕の力が、強くなる。

 あの戦いは、一見すれば異形の怪獣同士の戦い。

 だけど、その実態は結局、人間のバイオテクロノジーで生まれた者同士による、人間同士のイデオロギーの〝代理戦争〟でしかなかった。

 そして今回………表では人間とノイズの戦いも、その実、その裏は、人間のエゴとエゴとのぶつけ合いが〝本性〟だ。

 

 私は響に、戦場には〝魔物〟が潜んでいると言った。

 けれども、戦場の外にも、現実って名の〝悪魔〟がいた。

 歪んだ形で人を愛で………〝善意〟など人の本性を隠すだけの醜い〝仮面〟しかないと謳う、悪魔。

 

 私自身は、上等だ、受けて立ってやると意気込めるけど………響のことを知れば知る程……その悪魔が、あの子に憑りつこうしているように思えて、不安と憂いが先走ってしまう。

 

 その上、親友の未来は……シンフォギアの存在を知ってしまった。

 あの時、目の前で〝変身〟したことに後悔は今でも一片たりともない………が、聡明な未来のことだから、薄々、響もギアを纏って戦う装者(せんし)となっている事実を、感づいているかもしれない。

 なら、波紋が起きる前に、前もって………事実を伝えておくべきなんだろうけど、踏ん切りがつかずにいた。

 思い浮かばないのだ………未来に、どうにか納得させる言葉が。

 そのくせ………知ってしまった未来がどう思うかは、はっきり浮かんでしまうのが、歯がゆい。

 だからって………このまま引き延ばしたままで、良いわけが、ないのに。

 

 ~~~♪

 

 ふと、チャイムのメロディが聞こえた。

 午後五時だと知らせる、街に響く、日本の童謡の音色。

 空もすっかり、夕空へと様変わりし、太陽も海面へと降りている最中だ。

 とりあえず、時間も時間なので、病室に戻ることにした。

 

 

 

 

 しかし、あの銀色の髪の女の子……どういう目的でノイズまでも利用する連中に加担しているのはさておき……やっぱり、そう遠くない昔に、どこかで見た気がする。

 多分、雑誌か新聞に載っていた写真で目にしたと思うんだけど………そこまでしか思い出せずにいながら、廊下を歩いていると、通りがかった談話室の方から、何やら不穏な気配を感じた。

 そこに入ってみると、他の患者さんたちが設置されているテレビを、凝視している。

 何事かと、私も画面に映る夕刻時のニュース番組を覗いて。

 

「………」

 

 絶句した。

 報道ヘリが中継で撮影している映像には、夥しい弾痕がこびり付いてボロボロな車両。

 

 私は、この瞬間、思い知った。

 

 私の祖国の片割れ――自由の国が、新たに犯した………〝罪〟を。

 

つづく。

 



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#21 - 暗殺

やばい………女の子な翼は見たいとは思ってたけど、をこんなに早くデレデレにさせる気なかったのに………自分の想像以上に朱音のオカン属性が働いてる(汗

前半は広木大臣の独白だったのですが、実は大臣が装者の少女たちをどう思ってたのか全く描かれてなかったから、それ描こうとして勝手にドツボに嵌ってました。


 朱音がニュースより知った――自由の国の新たな罪が起きたのは、つい約一時間前。

 夕空の下な、東京の、建設途中のビルが立ち並ぶ再開発地区の中を、三台の車が走っている。

 その内の、先頭と後尾に挟まれる形な黒塗りの一台の後部席には、広木防衛大臣が乗車していた。

 暁色の空に流れる雲を眺めていたらしい大臣は、ふと微笑みを零した。

 

「大臣? どうかなされましたか?」

「いや、あの雲から、二課(かれら)の奔放さが思い浮かんだものでね」

「笑いごとではありません………旧陸軍の特務機関とは言え、二課への対応は、些か放縦が過ぎます」

 

 櫻井博士に渡す筈だった〝極秘資料〟が保管されているアタッシュケースを膝の上に乗せる眼鏡姿の秘書官が、顔をしかめて忠言する

 この日、予定されていた二課の防衛機構に関する説明は、その役を担っていた博士の一方的な反故、いわゆるドタキャンで中止となった。

 しかも、あれだけ現閣僚を待たせておいて、電話一本で済まされる始末。

 これで激怒するどころか、慎ましくも笑い飛ばせる大臣の器の大きさは、相当どころでも収まり切れない。

 

「それでも、特異災害に対抗できる現状唯一の切り札だ、〝問題児〟なのは疑いようがないが、だからこそ、勝手気ままな彼らを疎ましく思う連中から守ってやるのが、私の役目なのだと、自らに課している」

 

 実際、二課は〝突起物〟と揶揄されるだけの問題児たるだけある。

 聖遺物の研究には、莫大な費用が掛かり、二課の予算申請が毎年揉めるのは半ば恒例行事と化しているし。

 Project:Nに限らず、シンフォギアの開発、私立女子高の地下に大規模な基地の建設などなど、色々無茶も通している。

 おまけに、ラストライブ以降から朱音が絶唱の代償で深手を負うまでの翼は、一課や自衛隊との連携を無視して独断専行していたばかりか、かの〝私闘〟で公共物を損壊する事態を起こした。

 実はそれより十年前にも、天ノ羽々斬、ガングニールの間において開発された〝二番目のシンフォギア〟が紛失する大失態によって、トップ――司令の交代劇も起きている。

 ここまでのトラブルメーカーなら、組織のはみ出し者扱いも、頷かされると言うものだ。

 広木大臣もまた、そんな二課を〝問題児〟と認識しているし、〝非公開の存在に多くの血税の投入や、際限のない超法規的措置は許されない〟と、厳しい態度で接することも度々あった。

 それらは彼らに一目を置き、思ってこそのものでもあったのだが。

 先の広木大臣の発言は、その証明である。

 

「人の存亡を、うら若き少女たちに押し付けているのだ、だからこそ大人(われわれ)も、努めを果たさなければならない、そうだろう?」

「はい」

 

 大臣の思いも、二課が特異災害から国民を守るのに必要な〝砦〟であることも存じている秘書官も、微笑を浮かべた。

 

 広木大臣は、目線を夕空へ移し直す。

 

 未だに〝軍〟と認められず、民主主義の理念の無視だと言うのに正規軍にするかの議論すら許されず、施行されてから約八十年も経っても一度たりとも改正されていない憲法の護憲派たちに一方的に存在を否定されながら、無力だと分かっていながら、特異災害に立ち向かう自衛隊。

 問題児な点を抜きにすれば、一課と同じく、特異災害に対処する機関だと言うのに、異端技術を扱っている上に官僚らから誤解のレッテルも貼られながら〝砦〟の役を全うする二課。

 そして異端技術の研究の結晶にして現行唯一の対ノイズ殲滅兵器――シンフォギア、それと適合できる装者に選ばれた少女たち。

こうして夕焼けとなった太陽が沈み、今日も一日が過ぎ去ろうとし、自分が帰路の途についているのは、人が営む〝社会〟を守ろうしている者たちの尽力もあってのことだ。

 特に………装者である子どもたち。

 シンフォギアと、それと適合する数少ない使い手が合わさったことで生まれる〝歌〟で、ようやくノイズを滅することが可能になる……とはいえ、まだ自分の確たる〝生き方〟を見定められない年代の子を、特異災害の戦線の最前線に送り出さなければならない現実には、後ろめたさがある。

 現に、かのツヴァイウイングの一人、天羽奏を戦場で、血肉も骨も残らぬ死に至らしめ………ノイズドローンが記録した戦闘映像またはテレビで見るライブ映像越しでも分かる程、残された風鳴翼は、ずっとパートナーの死に囚われていた。

 この上、新たに二人の少女が、報告書によればどちらもイレギャラーな形らしいが、装者に。

 

 立花響………二年前の特異災害に巻き込まれ、生き延びたと思えば生存者のバッシングも晒されただろうに。

 

 そして、草凪朱音。

 日本人にしてアメリカ人でもある彼女も、天羽奏と同じく、特異災害で肉親を亡くしている。

 遺族な上に、人類守護の責務を負ってほどなく、主戦力として先陣を切り………天羽奏を死に至らしめたと言う〝歌〟で深手を負った。

 なのに、驚きの生命力で、三日で目覚め、まだ杖は必要だが歩けるようにまで回復していると言う。

 恐らく全快すれば………たとえ日本(われわれ)と米国が、聖遺物を巡って〝不協和音〟を奏でていようとも、特異災害に立ち向かうに違いない。

 そう確信できてしまうのは、彼女の勇姿から、子どもの頃熱中させられたヒーローたちを思い出されるから、だった。

 特にアメコミの、ゼウスの子でもあるアマゾネス族の姫君を――

 

 つい最近まで普通の学生だったとは思えぬ体技、あらゆる武器と使いこなす技術、男を黙らせるまでに熱く、猛々しく、苛烈で鬼神なる戦士の姿と。

 ともに、特異災害と戦う同朋たちへのエールで送られる歌を、情感たっぷりに歌う姿。

 

 ――から、連想させられる。

 しかし、不老不死なかのヒロインと違い、草凪朱音は人の子だ。

 

 確かにシンフォギアの加護を得た装者の戦闘能力は、たった一人の軍隊――ワンマンアーミーにも等しいが、それでも彼女らとて、人間なのだ。

 いつまでも………彼女たちに甘えるわけにはいかない。

 

 使命から解放され、ただの人間に戻れるように、私たち大人は――

 

 

 

 

 

 大臣を乗せた車は、四角型のトンネルに入り、通り抜けようとした直前。

 突然、横から〝南北運送〟とロゴが描かれた運送トラックが進行に割り込む、先頭を走っていた一台のドライバーはハンドルをは急ぎ切るもコンテナに激突してフロントが潰れ、後続の二台も、将棋倒しも同然に先頭車両に突き当たって走行不能になった。

 接触事故を引き起こしたトラックのコンテナの扉から、武装した戦闘服の男たちが素早く統率された動きで現れ、M4A1カービンと言った突撃銃――アサルトライフルを一斉に発砲。

 大臣の護衛役たちも拳銃を取り出して応戦しようとするも、連射の豪雨を前にあえなく撃ち殺された。

 秘書官も頭部、胸部、腹部に撃ち込まれて死亡。

 ただ一人生きている広木大臣は、秘書官の血が付着したアタッシュケースを奪われてなるものかと右手を伸ばすも、リーダー格らしい兵士が、乱射で約二〇〇度の熱を帯びたライフルの銃口で窓ガラスを突き破り、そのまま大臣の手の甲を押し潰す。

 

「貴様ら……」

 

 右手の甲に骨折の痛みと、火傷の痛みが同時に押し寄せ、大臣は左手を抑えながら、襲撃者たちを見据えた。

 

 元より広木大臣がターゲットであった襲撃者たちは――そのまま彼の命を冷徹に奪い尽し、同時に血だまりを作り上げた。

 

 

 

 

 

 広木防衛大臣殺害が起きてから、各テレビ局の夕刻のニュース番組が速報で報じられ始め、それを朱音も目にした頃、眼鏡を掛けた〝マネージャーモード〟な緒川が運転する車両内の後部席では、音楽雑誌に掲載される予定なニューアルバムのインタビューを終えたばかりの翼がいる。

 ハンドルを丁寧に操作する緒川は、後部側から伝わってくる音色をふと耳にし、こっそりバックミラーを見た。

〝いつも〟であれば………剣であり続けようとする余り、半ば座禅よろしく目を瞑っていた。

 それが今日はどうだ? 窓の外を眺めながら、粛々と、なのにうきうきとした様子で、鼻唄を奏でていた――と言うか途中から普通に口ずさんでいた。

 緒川には聞き覚えのないメロディである。

 

「何の歌ですか?」

「はぁっ! お、緒川さん!」

 

 訊いてみると、本人は何やら我に返って驚き、手で音色を発していた口元を覆う。

 どうやら、今の鼻唄は無意識に歌っていた代物らしい。

 

「こ、これは……あやっ……」

 

 途中で口ごもり、両手で口を強く抑え、恥ずかしそうに縮こまる。

 赤味を増した顔は〝しまった……〟と言った雰囲気だった。

 恥ずかしそうと言うより、どこからどうみても完全に恥ずかしがっていた、口滑った自身を恥じていた。

 

「大丈夫です、翼さんがいいと言うまでは秘密にしていますから」

 

〝あやっ……〟とまで言って途切れた単語から、おおよそ見当がついた緒川は、フォローを投げる。

 

「ほ……本当、ですか?」

「本当です」

 

 よほど多数の人間に知らさせたくないほど秘密にしたいらしく、注意深く問い直してきた翼に念を押す。

 

「不承不詳ながら承知しました、その言葉、信じます」

 

 今の言葉の裏には――〝緒川さんと言えど、明かしたら許しませんからね〟――意味合いも込められているのが、マネージャーでもある彼には筒抜けだった。

 余りに微笑ましいので、後部席の当人に悟られぬようこっそりとクスクス笑みを零す。

 

「その………朱音から……教えてもらった歌でして」

 

 緒川の察していた通り、朱音を〝朱音〟と言いかけていたのだ。

 翼によると、先日の突然の休日を利用して、朱音のお見舞いに行ったところ、昼食以降からすっかり、歌を愛する者同士によるガールズトークが盛り上がり、しまいには病院の屋上庭園をステージ代わりに、歌のセッションをするまでに至ったらしく、夕方まで歌ざんまいだったらしい。

 さっき口ずさんでいた歌、その日に朱音から教えてもらった曲の一つで、二〇〇〇年代初期にヒットした少年少女とモンスターたちの冒険を描いたアニメの主題歌で、余程翼は気に入っていると見た。

 

 途中、他の入院患者たちが屋上に来て、歌っている様を見られてしまうアクシデントも起きたのだが。

 

〝すみません、私たちカラオケ行くのが日課なんですけど、私がこんなザマなので、誰もいなかったものだからつい――〟

 

 咄嗟に上手いこと朱音がフォローしてくれたおかげで、正体が明るみになる事態は防げたとのこと。

 それどころか、二人の歌唱力も相まってデュエットも披露し、屋上庭園をちょっとしたライブ会場にさせてしまったらしい。

 

「よく気づかれませんでしたね?」

「歌手としての〝私〟のイメージとは繋がらない選曲だったので、『また君に○してる』とか」

 

〝確かに、ファンの方々にはびっくり転がる選曲ですね〟

 

 それにしても、歌っていた歌込みで、朱音とのことを話している翼は、照れくさそうながら、えらくうきうきと生き生きとして、楽しそうなご様子だった。

 声のトーンも、生真面目を通し越して頑固の域にあったのと比べると、奏が存命だった頃並みに高い。

 

〝変わったのか? それとも変えられたのか?〟

 

 先日の定例会議をスケジュールの都合上で中途退席した直後のやり取りを反芻する。

 基地内の回廊を歩きながら、スケジュールの確認していた中――

 

〝それから、例の海外移籍の件ですが――〟

〝前にも言った筈です、その件は断っておいてほしいと、私は剣(つるぎ)、戦う為に歌っているに過ぎないのですから〟

〝怒っているのですか?〟

〝怒ってなどおりませんッ! 剣に………そんな感情など………持ち合わせていません〟

 

 なんて強情だったのに、今は一転して景気よく〝歌っている〟し、プライベートの時間を楽しむ余裕すら出てきている。

 そのことを尋ねた際の狼狽する様といい、この〝歳相応の女の子〟らしい口振りといい、ほんの数日前までの彼女からえらい変わり様である。

 いや………変わったと言うよりむしろ、この二年間翼が抑圧し続けてきた自身の人間性、心が、解き放たれたと表現した方が良いかもしれない。

 

〝ここまで丸くさせるとは………朱音さんには、頭が上げられませんね〟

 

 自分とてお見舞いの機会を設けたりなど、風鳴翼の凝固していくばかりだった心を解きほぐすきっかけを作ったのだと自負しているが、やはり最大の功労者は、草凪朱音だろう。

 自分たち大人だけでは、為しえなかったことを為しとげてくれたのだ。

 感慨が浮かぶ一方、申し訳のなさも緒川にはあった。

 響と同じ、朱音もついこの間まではただの〝高校生〟であり、装者としてはまだ新米の身………なのに自分たちは、色々と彼女と〝苦労〟を背負わせている。

 本人は、深手を負っても尚、全く弱音も泣き言も吐かず、最前線で特異災害に立ち向かい、〝戦友〟たちを励まし、一人の女の子としての〝風鳴翼〟を救いさえした。

 その〝ヒーロー〟に相応しい〝強さ〟と〝優しさ〟が、とても眩しく映ってしまう。

 相反する二つの思いを、同時に味わっていた最中、車内のコンソールボックスから、緊急招集を知らせるベルが鳴った。

 

「緒川さん、テレビを点けて下さい」

 

 同時に、スマートウオッチに送られた何らかのメッセージを読み、彼女の言葉曰く〝防人〟の顔つきとなって凛とした眼差しを放つ翼から催促を受ける。

 

「はい、テレビ1チャンネル」

 

 音声入力で、コンソールから立体モニターが現れ、画面からは――広木大臣殺害の速報を伝えるニュース番組の切迫した様子が、投影されていた。

 

「本部に急行します!」

 

 事態を把握した緒川は眼鏡を外し、急ぎ二課本部へと車を走らせた。

 

 この時翼の端末に送られた朱音からのメッセージは、こうだ。

 

〝憲法を変える議論すら許さない者がいる偽りの民主国家で戦う勇士が、命を奪われた〟

 

 

 

 

 

 二課本部ブリーフィングルームでは、招集された職員たちによって席は埋め尽くされている。

 響と翼も、彼らに混じって一列目に座していた。二人の間には二人分の職員がいる形で。

 

「特機二課本部周辺を中心に頻発しているノイズ発生の事例から、その狙いは本部最奥区画《ABYSS(アビス)》に保管されている完全聖遺物、サクリストD、デュランダルの強奪と日本政府は結論づけました」

 

 正面の大型モニターには、薄緑色の宝玉が埋め込まれた諸刃の大剣――デュランダルが表示されている。

壁一面ほどの大きなな画面の前には弦十郎と櫻井博士が立ち、博士は政府から受領された〝極秘資料〟の内容を一同に説明していた。

 実は一時、博士との連絡が不能な状態に陥り、本人が極秘資料の入ったケースを手に本部に戻ってきたのは、二課に広木大臣が殺害された報告が来た程なくの頃だった。

 連絡が取れなかったのは、博士が持っていた携帯端末の電源を切ったままでいたから、だとのこと。

 彼女が持ち帰った資料とは、EUの債権の肩代わりを代価に手にした不滅の聖剣―デュランダルの移送計画。

 戻ってきた時は「だ~い~へん長らくお待たせ致しました♪」と、いつものマイペースさだった博士も、その陽気さを潜めて説明している。

 

「どこに移送すると言うんですか? 本部(ここ)以上に厳重な防衛システムなんて……」

 

 藤尭は、この場にいる職員を代表する形で、移送計画に対する疑問を投げかけた。

 

「移送先は〝記憶の遺跡〟、そこならば、と言うことだ」

 

 永田町――国会議事堂の地下最深部に位置する特別電算室、通称《記憶の移籍》に移される予定となっている。

 しかし、たとえその場所が二課の最奥区画より安全だとしても、厳重警戒の中で秘密裏に行われるとしても、移送中はデュランダルを強奪するのに格好の機会だ。

 しかもつい先程、現役閣僚が殺されたばかり、もし〝同一犯〟だとすれば、記憶の遺跡へと運ぶ道中に襲撃する強行手段に出る可能性は高い。

 

「どの道、木っ端役人は俺たちでは、お上の意向に従うしかない」

 

 弦十郎もそのリスクは重々承知な上で、諦念と皮肉を、苦笑いとセットで言い放った。

 

「予定移送日時は明朝〇五〇〇、詳細はこのメモリーチップに記載してあります」

 

 

 

 

 ブリーフィングの後、櫻井女史はアビスからデュランダルを取り出す作業に入り、職員たちも移送の準備に追われている中、私は本部内のベッド付き個室型仮眠室で休息をとっている。

 移送が開始される〇五〇〇まで、今回の指令で担う護衛役として、体力を温存させる為だ。

 室内に設置されている机の前で私は、机上にあるタッチパネルボードから3Dホロブラウザモニターが表示されたPCの前で、朱音とチャットを通じて取っていた。

 画面には、SNSのテキストチャット式のアプリが表示されている。

 デザインは一般に使われているものとさほど違いがないが、二課職員または関係者同士が連絡する専用のものだ。

 

『〝ランドール〟とは、いつ出発する?』

 

 最重要機密事項に関わることなので、念の為と暗号によるカモフラージュも交えた英語で交わしている。

 ランドール――Randoolは、デュランダルの使い手たる剣士《ローラン》のイタリア語名の《orlando――オルランド》をアナグラムにしたもので、デュランダルの隠語だ。

 

『陽が顔を出している頃には、ツーリング中だ』

 

 私も、自分の趣味にちなんだ表現で返信する。

 カモフラージュの会話内容は『バイク仲間とのツーリング』って設定。

 そこから、他愛ない私たちなりの女子高生同士なやり取りを重ねた後――

 

『次の防衛大臣は誰になると思う?』

 

 ――話題は政治、正確には広木防衛大臣が殺害された件に移る。

 朱音が学生の年代でも政治への関心が高い者が多く、幼児の頃から大統領選に熱中していると言うアメリカ人の一人でもあったのが幸いだ。

 私も、代々国防に携わり、二課の前身な諜報機関の長だったお家柄、政治に関する知識は日本の一般学生より多く持って詳しい方である。

 

『大臣の右腕であった、石田副大臣が後釜(ポスト)に付くだろうな』

『ああ、あの〝フランキー〟か』

『朱音……せめてそこは、親米派と言ってほしいぞ』

 

 辛辣さのある朱音の発言に、苦笑いが浮かぶ。

 まだ大臣が殺されてから、数時間ほどしか経過していない。

 だから正式に後任が決まって発表されるまで日数は掛かる……ものの、この情勢で最も有力な候補は、副大臣を務めていた石田爾宗(いしだよしむね)。

 九条改正派で、自衛隊再編派でもあり、同盟国であるアメリカに対しても本国内の米軍撤退も求めたりと強い姿勢をとっていた広木大臣とは反対に、協調路線を取る親米派な政治家であった。

 その石田氏をFLUNKY――腰巾着と揶揄したのは、日米双方の籍を持つ朱音ならではの見方だった。

 

『この国で親米な政治家と言うのは、そう呼ぶものだよ翼、今の自由の国、いや合衆国政府は〝Cap〟も幻滅するほど落ちぶれている、国民が〝銃〟を持つ本当の権利を行使できるくらいに………こんな時に裏で謀略を企てるほど、政府も愚かではないと信じる気は、まだ持ってはいるんだが……』

 

 Capとは、アメリカの理念の体現者でもあったアメリカンコミックのスーパーヒーローのあだ名を指している。

 さらに辛辣な皮肉を表現された朱音の文からは、市民が政府の圧政に対する抵抗として〝銃〟を持つことを許されていると憲法に記載されている〝自由の国〟に対する憤り、呆れ、落胆と言った感情が染み込まれていた。

 親米派の石田氏が就任すれば、親米派の防衛大臣が誕生し………日本の国防政策に関して、アメリカ側の意向が通り易くなってしまう。

 内政干渉の域にも行きかねないこの動きが何を意味するかと言えば………広木大臣が殺されたこの時勢下で、最も得をするのは………デュランダルの引き渡しを何度も要求してきているアメリカ合衆国だと言うことだ。

 無論、アメリカが〝犯人〟だと証明できるものは、現状だと何もない………むしろこの時勢であんな事態が起きれば、疑ってくれと言うようなものだ。

 殺害事件が起きた直後、複数の革命グループからの犯行声明も発表されている。

 

 だが一方で………大臣暗殺が、あのネフシュタンの少女の背後にいる、特異災害を人為的に起こしている連中と関連がないとも言えなかった。

 

 こんな状況で、前々から計画されていたとは言え、デュランダルの移送を敢行するのは、良い判断と言えない。

 断言できる………あの者たちは、またあの少女と完全聖遺物を使って〝虎の子〟を奪うべく、移送中にて二課に強襲を仕掛けてくると。

 私の防人――戦士としての〝勘〟は、そう強く主張を繰り返していた。

 体内にガングニールを宿す立花も狙われている以上、起きないなんて希望的観測は捨て、確実に起きると想定した方がいい。

 

『そろそろお開きにしないか? これ以上翼の休息は潰すわけにはいかないし』

『お気遣いありがとう、そうさせてもらう』

 

 と、朱音の気遣いに対してそう返し、アプリをモニターごと切った。

 司令(おじさま)も言っていたように、どの道………政府の決定が覆せない以上、防人が今果たすべきことは一つ――デュランダルを、そして立花を、良からぬ思惑を持つ者たちに渡させないことだ。

 

 でもその前に………駄々っ子の出来損ないで、ただ固く脆いだけの抜き身の〝剣〟だった私には、つけておかねばならない〝けじめ〟がある。

 立場上、果たさなければならなかったのに、この身の未熟さと至らなさゆえ、放棄し、朱音に押し付けてしまった〝務め〟とも言える。

 そろそろエージェントが、荷造りに一度リディアンの学生寮へと戻った〝あの子〟を本部に連れ帰った頃合い。

 PCの電源を完全に切って、私は仮眠室を出た。

 

 

 

 

 廊下を進んでいると、観葉植物が飾られたU字の形をしたソファーにて、本部での泊まり込み用の荷物の入ったサブバックを脇に置いた立花響が、座っていた。

 何やら……バツの悪そうに小山座りをして、縮こまっている。

 恐らく、ルームメイトで古くからの付き合いな親友――小日向未来のことだろう。

 朱音の話では、この子は隠し事の下手さには右に出るものはいないらしい。

 その性格とこの様子から、寮の門限が迫る夜中に荷物を纏めて外出する理由を、碌に言い繕えないまま、勢いで出てってしまったと見える。

 

「未来絶対怒ってるよね……あっ……」

 

 ぶつぶつと親友のことで呟いていた立花は、私の存在に気づいて、同い年の朱音とは全く正反対な丸い目をこちらに向けた。

 今まで彼女に犯してきた仕打ちが頭に再生されて、胸中に気まずさと言う重しが掛かる。

 

「いやっ~~その………あはは」

 

 手で頭の後ろをかいて、困惑した笑み……少し前の自分なら頭がカッとなって〝ヘラヘラするなッ!〟と苛立ちをぶつけるに至っていた恐れのある………軽薄さと印象付けられかねない、ぎこちない笑みだった。

 立花は困ったことがあると、今のように笑って無理に誤魔化そうとしてしまう性分の持ち主であると、これも朱音から聞いた。

 きっとこれは………自分の〝一生懸命〟で他人を傷つけてしまったと立花が考えている〝経験〟から生まれた、彼女なりの波紋を起こさない為の〝処世術〟……なのだろう。

 

 唇を噛みしめし過ぎそうになり、顔も悲痛さに覆い尽くされそうになる。

 

 この笑みを浮かべる〝癖〟を、彼女に植え付けたのは、私たちでもあるからだ。

 

「隣、座ってもいいか?」

 

 胸に疼く〝気持ち〟を、どうにか溢れぬよう御しながら、話す場を作ろうした。

 己が想像している以上に、自分のことが〝大嫌い〟なこの子のことだ………きっと私のこの疼きすら、〝自分のせい〟だと攻めてしまう、だろうから。

 

「へ? ……いい、ですけど」

 

 戸惑いを見せる立花から了承を得た私は、少し体が強ばる感覚を覚えながら、彼女の隣に腰を下ろす。

 正面からの相対では、彼女を過度に委縮させかねなかったからだ。

 

「………」

 

 沈黙を長引かせてはいけない、気まずさも助長されて、余計切り出せなくなる。

 深呼吸して、緊張で堅くなりつつある全身をほぐし。

 

「立花……」

「は、はい……」

「す―――すまないッ!」

 

 私は、踏み出した。

 

つづく。



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#22 - 不和を超えて

さて、読者のみなさまにはお待ちだった筈の、一足早い響と翼の対話パート。

本作ではこうなりました。

響の『前向きな自殺衝動』の根源をはっきり知っているのもあって、テレビのと漫画版のとを合わせつつも、結構異なる感じに


 デュランダル移送任務開始時間0500―午前五時が迫り、東からは陽が出始めながらも空はまだ淡い紺色な頃。

 

「防衛大臣殺害犯を検挙する名目で検問を配備、記憶の遺跡まで、一気に駆け抜ける」

 

 二課地下本部内の駐車場では、改めて移送任務の概要を説明する弦十郎と櫻井博士に向かい合う形で、移送任務に参加するエージェントらと、響と、天ノ羽々斬と同じカラーリングなバイクジャケットを着込み、フルフェイスを抱えるヘルメット翼が横に整列している。

 翼はこっそり瞳だけをスライドして響の横顔を見た。

 顔に幾つか流れる汗と、過度に伸びた背筋で、緊張しているのが分かる。

 

 

「名付けて―――〝天下の往来一人占め作戦〟♪」

 

 指をツーピースする博士のネーミングセンスに関してはスルーしてほしい。

 確かに天下の往来――公道に検問を敷くので、大体合ってはいるのだった。

 

 

 

 

 櫻井博士のピンクの2ドアタイプの軽四に、響とデュランダルを保管する大型アタッシュケースを乗せ、それを囲む形でエージェントたちの乗る黒のセダンタイプが四台の陣形で、発進。

 そしてヘルメットを被り、エンジン音を鳴らすブルーカラーなオンロードのスポーツタイプバイクに乗る翼は、博士たちを追走する形でアクセルグリップを廻し、走らせた。

 陽は空を晴天に染めるまでに昇っている。

 ある程度道路を進めると、ヘリのローター音が静かな朝の空気に響いてきた。

 車両の真上にて飛ぶ二課のヘリで、弦十郎も搭乗している。

 それを見上げる翼はいつでも戦闘に入れるよう、神経を張り巡らせて周囲を警戒しつつ、博士の軽四の助手席にいる響との、昨夜の会話を反芻した。

 

 

 

 

 

 

「すまない!」

 

 

 本部内の回廊に設置されたソファーにて、立花と話をする機会に恵まれた私は、ずぶずぶと気まずい沈黙の泥沼に嵌るまいと、逡巡で足踏みする〝気〟を大きく踏み出し、上段から剣を素振る勢いで頭を深々と下げた。

 

〝真面目が過ぎるぞ翼………そうあんまりガチガチだと、その内ぽっきり折れそうだ〟

 

 奏がいた頃、よく言われていた自分の堅苦しい性分を的確に指した言葉。

 冗談半分、本気で心配半分で口にしてた奏のこの言葉の通り………己で己をぽっきり折りかけて、朱音や緒川さんのお陰でどうにか自分の今の〝在り方〟を見つめ直せる〝目〟を持てるようになったことで、改めて立花響に対しての自分の仕打ちの〝酷さ〟が…………身に染みた。

 あの時の〝抜き身〟で愚かな私に、恐怖の欠片もなく戦場に飛び込んできた立花に、哀しく惨い過去があったかなど………考える余裕などなかった。

 

〝同じ装者同士―――戦いましょうか〟

 

 なかったからと言って、ああも刃を突きつけていいわけがなかった。

〝前向きな自殺衝動〟と表せる歪さを抱えているとは言え、あの日あの子の体内に眠っていたガングニールの欠片が目覚める瞬間まで………普通に学生生活に送る少女だったのだ。

 当然、シンフォギアの特性も、戦い方も、戦場を渡り行く術も、アームドギアの生成どころかそのものすら、知るわけもなかった。

 なのに私は、立花の軽率さを咎めるのを通り越して………〝二重基準〟で彼女を糾弾してしまった。

 

「己の未熟さすら向き合えなかったばかりか………人を守るべき剣で、君を斬りつけてしまうところだった……」

 

〝私は立花響を受け入れられない……ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない〟

 

 奏が血反吐に塗れて勝ち得たガングニールを、まるで我が物顔で纏うその姿が直視できなかった、許せなかったくせに。

 

〝奏の………奏の何を受け継いでいると言うのッ!〟

 

 本来一朝一夕で為しえるものではないアームドギアの実体化を強いり………運命の悪戯で適合者となったに過ぎない彼女を、勝手に〝奏の後継者〟にして押し付け、あんな醜態を見せてしまった。

 装者だと認められないくせに、〝先輩〟と言う立場を、八つ当たりの〝正当化〟の言い訳にして………我が愛機である以前に国の所有兵器である天ノ羽々斬――シンフォギアで、彼女に不条理な暴力を振るいかけてしまった。

 あの時朱音が止めてくれなければ………どれ程の〝過ち〟となってしまったか………守る為に振るう剣で、守るべき命を傷つけてしまった己と罪悪感、立花響と言う少女を歪ませてしまった〝現実〟を前に、良心を刃にして己を斬りつけ、本当に心がぽっきり折れてしまっていたのは………明らかだった。

 改めて、すれ違い、傷つけあうばかりであった自分らにとって、朱音の存在がどれ程大きく、同時に苦労を掛けてきたのか、痛感させられる。

 

「そんな………翼さんが謝ることなんて、ないですよ……」

 

 頭を深々と下げた私の耳に、戸惑っている様子な立花の声が聞こえた。

 

「翼さんの気持ちなんて考えず、人助けができるって調子乗って、中途半端に出しゃばってきた………私がいけなかったんです」

 

 それを聞いた私は、訴え返しそうになる。

 

 違うんだ!

 君がそう思い詰めることも、攻め立てることもないんだ!

〝責め〟を受けるべきは……理由がどうあれ、あの日ファンのみんなの想いを利用しようと、君の心をこうまで歪ませる因を作った私たちなんだ!

 

 口からそう言い放ちかけて、固く唇を封じ込める。

 ここで私がどれだけ……〝君のせいではない〟と必死に伝えても、却って立花……は〝自分のせい〟だと自分を攻めてしまう。 

 あの惨劇を生き残ってより立花が受けた〝地獄〟は、あの子の元からあったと見える気質たる内罰性を、〝自己否定〟の領域にまで過度に強まらせ、歪めてしまった。

 加えてこの子は、私と比肩できる程……もしかしたらそれ以上に、強情でもある。

 きっと、どうあっても立花は、朱音曰く〝無自覚に大っ嫌いな自分〟が悪いと、譲らないだろうし、さっきみたいに無理やりにでも笑って取り繕ってしまうだろう。

 

「立花が、〝戦士〟としての覚悟を決めてここにいることは、今ならば承知している」

 

 下げていた顔を上げて、正面から立花の双眸と向き合わせる。

 

「だからこそ、、明日戦場に馳せる前に、聞かせてほしいのだ――」

 

 朱音は私の暴走を止めた夜から程なく、立花に〝戦う理由〟と言う宿題を出していた。

 今その朱音は、不徳な私の不始末で負った傷で出られない。

 

「――貴方の、戦う理由」

 

 今さら、先輩の面を被るなどおこがましいのは承知の上で、私は朱音からの宿題を、立花がどんな形で見出したか、問いかけた。

 彼女を信用していないわけではない………その逆、信頼したいからこそ、その戦う意志も、覚悟も〝本気〟だと信じているからこそ、一度拒絶してしまった身だからこそ、本人の口から聞いておきたかったのだ。

 

「すみません………上手く、説明できないんですけど………」

「一晩でも待つさ」

 

 朱音の影響か、お固い自分の口から、ちょっとしたユーモア込みのフォローが出た。

 

「前にも、朱音ちゃんからそんなこと言われて、考えに考えたんですけど………」

 

 一度ここで、沈黙の間を置いた立花は――

 

「正直、まだ自分でもよく分かって、なくて……」

 

 ――続けて、そう答えると、ソファーから立ち上がった。

 

「私、人助けが趣味みたいなもので……」

「人、助け?」

 

 立花曰く〝趣味〟のことも、朱音を通じて知ってはいたが、敢えて初耳だと装った。

 

「だって、勉強とかスポーツって誰かと競い合って結果を出すしかないけど、人助けは競わなくてもいいじゃないですか、私には朱音ちゃんや翼さんみたいに特技とか誇れるものってないから………せめて、誰かの助けになりたいって………でも、朱音ちゃんにはそれだけじゃ、気持ちだけじゃ足りないって言われて………辛い思いをしてきた翼さんや、私たちを助ける為に大怪我した朱音ちゃんを見て、ただ助けたい気持ちだけじゃダメなんだってことは………痛いほど分かったんですけど………」

 

 私に背中を向けながら、そう少しづつ繋げていく立花の言葉に、腰かけたままじっくりと耳を傾ける。

 

「原因はやっぱり……〝あの日〟かもしれません」

 

 あの日、〝私たち〟を一変させてしまった………あのライブの日。

 

「奏さんだけじゃない………あの日、たくさんの人がそこで亡くなりました………でも、私は生き残って、今日もたくさんご飯を食べたり、笑ったりしています」

「だから立花は、その人たちの代わりに、なりたいとでも?」

 

 あの夜立花は、泣いているのに、水道管の豪雨を利用して泣いてなんかないと強がる私に、こう言いかけたと言う。

 

〝これから一生懸命頑張って、奏さんの代わりになって見せます!〟

 

 その意図を察した朱音によって引き止められたが、もしあの時、その言葉を聞いていたら、自分のことを棚に上げて、糾弾していたかもしれない………二度と、彼女とこうして向き合うことはなかったかもしれない。

 何せ私も、奏を助けられなかった自分が許せなかった余り、自分でも自覚のないまま、奏の代わりになろうと、奏になろうと、朱音の言葉で〝修羅めいた生き方〟で己を追い込ませていたからだ。

 

「前は、そうでした………でも、今は…………私に守れるものなんて、小さな約束とか、何でもない日常くらいかもしれませんけど―――」

 

 後ろ姿を見せていた立花が、ようやく私の方へ向いた。

 

「―――自分の意志で、助けたい、守りたいんです、いつまでも守られたことを、負い目に思いたくないから」

 

 全身も、顔も、歳相応よりあどけない丸みのある双眸も、真っ直ぐ私に向け、先程の哀しい〝愛想笑い〟から一転、強い意志に彩られた眼差しが、立花から発せられていた。

 その眼差しから、彼女の〝意志〟は本気で本物だと言うことを、私は受け取った。

 

「なら――」

 

 私もソファーより立ち上がり、今までできなかった―――立花の瞳を正面から見据える。

 

「今貴方の胸にあるその〝想い〟を、強くはっきり思い描くことだ、そうすれば、ガングニールは貴方に力を貸してくれよう」

 

 散々迷惑を被らせ、生き恥を晒してきた未熟者ゆえ、こんなことを表するのはおこがましい限りなのだが。

 

「私も、望んで貴方と、肩を並べられる」

 

 ようやく私は、立花響を、ともに戦う装者(なかま)として受け入れ、向かい入れることができた。

 

「翼さん……」

「だが――」

 

 喜びと驚きが交わった表情を浮かべる立花の両肩に、私は伸ばした両の手を置く。

 

「――気をつけろ立花」

「へ?」

 

 一見、屈託も屈折も感じさせないこの少女の内に潜む歪さ――強迫観念。

 

〝他者の為なら自分の命を躊躇いなく投げ出し、どんなことでも自分のせいだと自傷してしまう、強烈な自己否定の念〟

 

〝自分は自分の為に頑張ってはいけない、常に他者の為にしか頑張ってはならない、人の善意を証明し続けなければならない〟

 

 こうして対話を交わしたことで、私は、朱音の立花への〝人物評〟が、的を射ている確信をより強めていた。

 

「己の命を度外視した他者への救済は、いつ起爆するか分からない爆弾を抱えて悪路を全力で走るようなものだ」

 

 立花も、そして朱音も、ノイズの猛威から人々を救う旨を持っているのは同じ………しかし二人には、決定的な〝相違点〟がある。

 

 朱音は、どんな大義、題目、理由でも、誰かを守るべく命を賭けてノイズと戦うことは、誰かの想いを振り切って、悲しませる自分の〝エゴ〟なのだと言った。

 かつて奏も持っていた。自分の心の内側と、外側の世界にいる自分と向き合う〝目〟。

 それを持っているからこそ、自身の信念を曇らせることなく、奏は最後まで歌い、戦い貫き、朱音も防人の使命を全うしている。

 だからこそ、二人の勇姿と歌の輝きは、私に立花の心の〝影〟を、より色濃く見せてくる。

 

〝人助け〟をしたい、誰かの為に頑張りたいと言う立花の胸の内には、他者に認められたい、自分の存在を示したいと言う欲求――エゴが確かに在る。

 

〝私たちと一緒に戦って下さい!〟

 

 私に拒絶されたあの夜の言葉と、反対に認められた瞬間の反応から見ても、立花の心にだって存在するその欲求は、人によって差はあれど、誰も彼もが例外なく、私とて持っているものであり、それ自体は決して〝悪〟ではない。

 

 厄介なのは………立花自身が全くの無自覚どころか、無意識に見ないようにしていることだ。

 他者から〝承認〟されたいとは、つまるところ〝自分の為〟である。

 他者の為にしか頑張ってはならない、ましてやエゴなど持ってはいけないと、己が自覚している以上に〝自己否定〟の念に囚われている立花にとってそれは………最も認められない〝事実〟であり、私が爆弾とも表した〝影〟である。

 このまま装者として、過酷な戦場の中にて戦い続けていけば………立花の内なる影は、確実に彼女を蝕ませていく。

 最悪、あの時絶唱を謳おうとした私以上の〝破滅〟に、自ら踏み込んでしまうかもしれない。

 命を燃やした奏に救われたその先に待っていたのが………そんな顛末など、悲し過ぎる。

 

「私もそうであった身ゆえ、よく分かる……そんなものを抱えたままでは、本当の意味で人助けは為し得ないぞ」

 

 はっきり断言できるのは、他ならぬ私も、己が内なる影に呑まれかけたからだ。

 本当は、よりもっと明確に、自らの歪さを立花に伝えたかった。

 だが………自らが受けた迫害も、家族の輪が壊れてしまったのも、自分のせいであり、そんな自分を許せずにいる立花には、最も受け入れがたい〝残酷〟だ。

 きっと、朱音から自らの強迫観念を見抜かれた時の私と、比にすらならぬほど………拒絶してしまう。

 それ程………今の立花の心は危うい均衡によって成り立ってしまっていると、この対話で教えられた。

 

「…………」

 

 私に気圧されているからでもあるとは言え、ほとんど立花は、私からの忠告の意味を読み取れずに困惑している様子を見せてくる。

 

「今は分からずとも良い………」

 

 この忠告で、立花の〝血を吐きながら続ける悲しいマラソン〟に至りかねない〝前向きな自殺衝動〟を、ほんの少しでも緩和できたとは、思っていない。

 この先、何度〝言葉〟を投げかけても………簡単にはいかないだろう。

 一度や二度でどうにかできるなら、朱音も〝叔父様〟も妥協したりはしていない。

 仇討ちに燃えていた奏と、奏を失った哀しみに沈んでいた私………今の立花の心は、それ以上に頑なに固められてしまっている。

 だからと言って、易々と諦め、投げ出してなど、たまるか。

 

「だがどうか、この不出来な先輩の言葉を、重々よく覚えておいてくれ」

 

 何度だって、呼びかけ続けよう―――〝私たち〟で。

 

「は……はい」

 

 納得し切れないながらも、立花は頷いた。

 

 

 

 

 

 この昨夜の立花との〝対話〟が再生されながらも、櫻井女史らの乗る前方の車両との車間距離を維持させて、この機械仕掛けの馬を走らせていた。

 移送ルート周辺の市民誘導は完了している為、私たちが進む道路の周りには民間人が一人もいない無人状態。

 今のところ、経過は順調、一課の協力も得てルート上に複数配備された検問(チェックポイント)の内、一つ目であるETCを定刻通り通過し、首都圏へと繋がる高速道路に入る。

 車両は河川上に繋がれた高架橋に。

 まだ何の動きもない………だが一直線にしか道なきこの橋上、仕掛けてくるとすれば―――脳裏に一筋の稲妻が走り、胸の奥より不穏が騒ぎ始めた。

 防人としての研鑽と実戦で研いできた〝戦士の勘〟――本能の警告に、私は咄嗟にハンドルを右側に切り、同時に車体を傾けた。

 タイヤが通り掛けたアスファルトが、爆発し、風圧の直撃を受けるギリギリのところで横切る。

 続けて左側、また右側と、左、右と、アスファルトを稲妻上に描いてスラロームし、連続して起きる爆発の猛火から、どうにか呑まれずに避ける。

 飛び散るアスファルトの破片も、幸いにして掠める程度で済んだ。

 上空から攻撃が降り注いでいない……となると、紫の人型の爆雷が橋の内部に埋め込まれていたのか?

 敵の奇襲のからくりを読み取ろうとする中、今度は橋上が震撼し、移送車両前方の道路に巨大が亀裂が走った。

 同時に亀裂の手前にて、爆発が再び起きる。

 櫻井女史のと、エーンジェントが乗用している車両一台はどうにか通り抜けられたが………残りの三台が爆発でバランスを崩してスピンし、どうにか急停止する。

 私も急ブレーキを掛けて車体をほぼ真横にし、バイクはタイヤから金切り音を鳴らして道路に濃い跡を描き、たった今現れた断崖の瀬戸際で止まった。

 分断させされた………今の亀裂で崩落したアスファルトは真下の河川へと落下し、できた溝はこちらの進行を阻ませる。

 アクセルを私は吹かし、一旦逆走、橋上の溝と距離を稼ぐ。

 急がないと………ネフシュタンの鎧には飛行機能がある、今頃あの少女が立花とデュランダルを奪おうと櫻井女史の車両を追走している筈。

 翼などと言う〝名〟でありながら、私と天ノ羽々斬には、朱音と朱音のギア――ガメラのように長時間の飛行ができない………そんな自分がもどかしかった。

 剣に感情は必要ないとほざきながら、情の濁流に流されるまま戦ってしまった………あそこで判断を見誤っていなければ、朱音が深手を負うことも。

 いかん……悔やむのは後だ!

 溝から百メートルよりUターンし、フルスロットル全開、エンジンを荒々しく演奏(ならして)疾走。

 

〝羽撃きは鋭く――風切るが如く〟

 

 我が聖詠を歌う。

 バイクジャケットの内のギアが起動し、アンチノイズプロテクターが装着された。

 足の曲刀を展開し、スラスターを点火させ、バイクの加速力を上げる。

 瀬戸際に肉薄すると、ウィリー走行で前輪を上げるとともにスラスターの出力も上げ、断崖より跳び上がった。

 まず向かうは向こう岸――されどそこには、群れをなすノイズらが位相転移していた。

 

「押し通るッ!」

 

 その阻み、切り開かせてもらう!

 

 曲刀を伸長させて前方へと向け、各々の切っ先を連結。

 左手にはアームドギアを手に、ノイズの敵陣へと真っ向から突っ込む。

 向こう岸に着くと同時に、駆け抜けながら、アームドギアの刃と、曲刀の刃を以て、群れの中を切り抜けていった。

 

 立花………どうか持ちこたえていてくれ!

 

 

 

 

『鎧の少女、移送車両に急速接近中!』

 

 一方、高速を出た櫻井博士たちの車両へ、翼の見立て通りネフシュタンの鎧の少女――クリスが追走していた。

 クリスは翼の斬撃おも受け止めた蛇腹状の鞭を振るい、残るエージェントの車のタイヤを的確に狙い、破壊。

 

「あ……」

 

 響は、弦十郎の修行の一環で見たアクション映画そのものな光景――車が回転しながら宙を舞う様に、響は言葉は出ずにいる。

 

「安心して、二課(うち)のエージェントはあの程度でくたばらないわ」

 

 博士の言う通り、横転した車の扉からは怪我こそしているもエージェントたちが自力で出てきていた。

 しかしこの状況は不味くはある。

 車内にデュランダルがあるお陰で、少女は積極的に攻撃はしてこないものの、完全聖遺物に追いかけられる車など、動く〝棺桶〟そのものだ。

 

「命あっての物種って言うし、いっそこのままデュランダルを放置して私たちは逃げま――」

「そんなのダメですッ!」

「ごめんごめん、冗談よ響ちゃん」

 

 まだジョークをかませる余裕こそあるも、博士の額には焦燥の汗が見られた。

 

「弦十郎君、この先薬品工場なんだけど、どうすればいいかしら?」

 

 博士は耳に付けた小型通信機から、上空にいる弦十郎に指示を求める。

 

『〝敢えて〟そのまま入り込め、狙いがデュランダルな以上、攻め手を封じられる』

 

 弦十郎は敢えて、戦地とするには二次被害の高い、危険過ぎる薬品工場を選んだ。

 敵の目的がデュランダルの確保であることを逆手に取り、起爆力の強い攻め手を使えなくさせる効果を狙ってのことだ。

 

「勝算はあるの?」

「思いつきだ、〝神のみぞ知る〟ってやつさ」

「そのアバウトさ、どこの特務機関の作戦部長かしらね?」

 

 博士はアクセルを力の限り踏み込み、工場内部に進入。

 

「そんな小細工でッ!」

 

 少女は車の足元のアスファルトに鞭を打ち込んだ。

 今の攻撃でスピンした博士の車は、敷地内のパイプにタイヤが引っかかり、建物の外壁に衝突。

 

 車内の人間もミンチにさせかねないほど大破するも―――その前に聖詠を唱え、ギリギリのところでギアを纏えた響が、博士とデュランダルが保管されたケースを抱えて車外に脱出し、着地していた。

 

「了子さん、ケースをお願いします」

「貴方はどうするの?」

「守りますッ!」

 

 そう宣言する響のあどけなさが残る容貌は、〝戦士〟の気迫に彩られている。

 

「こっちも空手で戻るわけにはいかねんだよッ!」

 

 少女――クリスは、腰に携えていた〝ソロモンの杖〟を手に取り、黄緑色の光線を発してノイズたちを召喚させ。

 

〝―――♪〟

 

 彼らと対峙し、構えを取る響の胸のマイクから、戦闘歌の前奏が流れ始めた。

 

 

 

 

 その頃、朱音は屋上庭園にて首都圏の方角へと見つめている。

 

「始まった、か……」

 

 朱音からは移送に関する詳細な状況をリアルタイムで知る術はない。

 だが、直感で〝戦端〟が開かれたと、悟っていた。

 

「…………」

 

 首に掛けている〝勾玉〟を、強く握りしめる。

 自身と心を通わせた少女――〝アサギ〟と、全く同じ握り方で。

 その勾玉には、微かに輝きが帯びていた。

 

つづく。

 



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#23 - 悪夢を止める歌

境界のゴジラ第二部をシンゴジ公開前には完結させようと優先したので、間が空きましたが最新話です。

今回のメインの挿入歌/『Next Destination』(レンタルまたはネットで試聴して見て下さい)


 ネフシュタンの少女が持つ〝ソロモンの杖〟より召喚されたノイズたちに四方を囲まれる格好となった響。

 

〝――――♪〟

 

 しかしこの状況となっても響は、落ち着いて周囲、全方位に気を巡らして構えを取り、胸のマイクより流れる演奏をバックに、自身の戦闘歌――《撃槍・ガングニール》の、人の手が持つ熱と、それを取り合うことで深まる暖かさも謳った詩を唄う。

 同じ〝構え〟でも、攻撃できる隙だらけだった以前のとは比べるまでもなく見違えている。

 人型数体が、まず時間差をつけて突進してきた。

 それをステップとすり足で全て避けた響に、前部に触手を生やした鈍い赤紫色の蛞蝓型が突撃するも、響はアスファルトを抉るほど右足を踏み込んだ勢いから掌底を突き出して迎え撃ち、敵の肉体を四散させた。

 二匹目の突進には右腕をハンマーよろしく振り下ろして粉砕し、背後から不意を突いてきた手が三日月状の刃となっている人型にひじ打ち、もう一体を上段後ろ蹴りで、さらに斬りつけてきたもう一体の手首をつかみ上げて引きつけ、そのまま背負い投げた。

 物量差のある状況ながら、響は徒手空拳で以て、確実にノイズたちを撃破し、圧倒する。

 繰り出される拳撃も蹴りも、初めてギアを纏った直後のと比べるまでもなく、拳がノイズの肉体に直撃せずとも纏う衝撃波で近場にいた個体を複数巻き添えで倒してしまう程の威力を有していた。

 

「こいつ……」

 

 工場内の円筒の上から見下ろす少女も、この短期間で急速に〝腕〟を上げている響に、驚きを隠せずにいたが、与えられた〝命〟を全うすることを忘れる程呆けてはおらず、ソロモンの杖を通じてノイズに指示を与え、蛞蝓型たちが一斉に触手を伸ばして響を捕えようとする。

 不規則な軌道で迫る触手の網を、響はステップを利かせて掻い潜り、懐に踏み込んで拳打を叩きつけた。

 

「だが、少しはやれるようになったってッ!」

 

 ノイズの操作を除けば静観の位置にいた少女も、円筒から跳び上がり、蛇腹の鞭を響のいる地上めがけ振り下ろす。

 攻撃を察知した響はその場から跳び上がって鞭の牙から逃れるも、少女はむしろそれを狙っていた。

 

「今日こそは――」

 

 飛べない響を空中に〝おびき出し〟、自由に飛行できるこちらのアドバンテージで攻める為に。

 

「モノにしてやるよッ!」

 

 高速で一気に距離を詰めて迫る少女に対し、響は咄嗟に両腕をクロスさせるも、飛行速度を相乗させたキックが直撃される直前――

 

「ナにッ!?」

 

 両者の間から割り込んできた闖入者の突撃で、少女は弾き飛ばされた。

 

「翼さんッ!」

 

 機械仕掛けの馬――バイクを駆り、たった今この戦場に駆け付けた翼であった。

 

「彼女は私が引き受ける、立花はデュランダルと櫻井女史を守り抜けッ!」

「は、はい!」

 

 

 

 

 翼の駆るバイクは、半円を描いて地面に降り、スピンを利かせて急停車する。

 

 「足手まといの庇い立てで恥晒しに来たのか? 〝出来損ないの剣(つるぎ)さん〟よ」

 

  ほぼ同時に降り立った少女の挑発的笑みから、翼が前の戦闘の際の言葉を用いた煽りを受けても、その時のようにまんまと煽られ、乱すこともなく、バイクより降車し、太腿部のアーマーに収納していた〝柄〟しかない刀型アームドギアを取り出すと、刀身が形成された。

 胸のマイクより、翼の戦闘歌――《絶刀・天ノ羽々斬》の前奏とコーラスが流れ出し、剣を構えぬ構え――無形の位の体勢にて、悠然と、凛と、少女へ向け、歩み出した。

 鉄火場となった場所が火薬庫同然なだけに、下手な攻撃は使えないが、それは相手も同じ、そしてスペックでは、こちらの方に分がある。

 

「だったら今度こそぶち――」

 

〝ぶちのめす〟と言い終える前に少女の声は途切れ、不敵な笑みも消える。

 なぜなら―――一回瞼を瞬く僅かな間で、翼は自らぼ得物(アームドギア)の有効範囲内にまで肉薄していたからだ。

 

〝は……速い!〟

 

 一転バイザーの奥の顔から焦燥の汗が流れる少女は、歌い始めた翼からの一刃目――右切上、二刃目――袈裟掛け、三刃目――右薙らの連撃を辛うじて避ける。

 避ける必要が、無いにも拘わらず………ネフシュタンの鎧の防御力とパワーならば、翼の攻撃を真っ向から受け止められると言われればそれまでだが、少女が防御より回避を選ぶほど、今の翼の攻撃は、ただ速いだけでなく、鋭利な覇気を持っていた。

 後退する少女以上の速さで、四振り目の太刀が来る。ある程度、思考内の焦燥の熱が和らぎ、四刃目の斬撃を蛇腹鞭で受け止めようとする。

 刃と鞭がぶつかる寸前、片刃が〝寸止め〟で停止し、少女の視界から翼が一瞬消えた。

 驚く暇すらなく、バイザーに覆われた少女の頬に、衝撃が〝二度〟走り、頭が揺れ動く。

 四刃目はフェイントであり、その隙を突いた一回転からの右手の裏拳が一度目。

 一見隙が大きそうなこの技は、回転すること相手の視界から外れ、消えたと錯覚させる効果があり、現に少女は惑わされたところで一度目の裏拳が決まり、続けてもう一回転から左脚足刀部からの上段サイドキックによる〝二度目〟もヒットした。

 

「――――ッ!♪」

 

 さらに演奏と歌詞がサビに入ると同時に、アームドギアからの突きも決まり、少女の左肩部のネフシュタンの鎧に火花が散る。

 

〝何が変わったんだ? この間と……まるで動きが……違う〟

 

 これ以上の翼の攻勢を継続させまいと鞭を振るい、距離を稼ぎつつも、先日に相見えた時とはまるで〝別人〟などころか、完全聖遺物を纏ったこちらを圧倒させる翼の戦闘技術と闘気を前に、戦慄すら覚えた。

 今の突きで、左肩部の鎧(アーマー)に亀裂を作らせていたからだ。

 少女――クリスに理解するのは無理な話だ。

 今相手をしているの風鳴翼は、長年の実戦で磨かれていながらも、心理的影響でストッパーがかけられて持て余していた〝戦闘能力〟が、十全に引き出された〝戦士〟だと言うこと。

 

 

 

 

 

「はっ…」

 

 眼前の戦闘を、半ば観戦する立ち位置な櫻井博士は、背後から〝圧力〟を感じ取って振り返る。

 

「デュランダルが……」

 

 発生源は、ケースの中にあるデュランダル。

 光を発しているらしく、ケースの隙間より、金色の薄明光線が漏れていた。

 

「これは……まさか……」

 

 零れる光は強まり、ケース全体が大きく震撼したかと思うと、内部のデュランダルが突き破り、立ち昇り、地上より約六〇メートルの宙にて、静止し鎮座した。

 この戦場に響く歌――フォニックゲインによって、聖剣――デュランダルは、覚醒、起動したのだ。

 

 

 

 

〝あれが………デュランダル〟

 

 前回の戦闘の時と遥かに凌ぐ、俊足と剣速、そして洗練された刀剣の刃の如き闘志と気迫を以て攻めてくる翼相手に、どうにか相対距離を、刀(アームドギア)の攻撃範囲(リーチ)外に維持させながら呟いた。

 自分が持つ〝ソロモンの杖〟は、起動するまで半年の時間を掛けたと言うのに、デュランダルはこの鉄火場(いくさば)で流れる歌で〝飛び起きた〟事実に納得いかないものの、起きてくれたのなら好都合………シンフォギアと違って、起床した完全聖遺物は使い手をえり好みするほどワガママじゃない。

 どうにか風鳴翼(こいつ)を振り切って、デュランダルを手にしちまえば、逆転できるし、完全聖遺物を三つも手にした勢いに乗れば、融合症例(どんくさいノロマ)だって■■■■の下へ連れ帰られる。

 今度こそ〝命〟を果たす為にも―――何が何でもこの〝剣〟から振り切ってやる!

 

「おらよ」

 

 大分翼のスピードに目が追いつき始めたクリスは、まず右手の方の蛇腹鞭を彼女目がけ、荒れ狂うように振るった。

 やはり前回と比して難なく躱されるも、どうにか攻勢がこちらに向いている、そして完全聖遺物を二つ持つアドバンテージを活用させる。

 蛇腹鞭を荒れ狂う龍の如く振るいつつ、少女はソロモンの杖から新たなノイズを召喚した。

 飛行型四体に、口から発射する粘液で対象を捕縛する駝鳥型、二体だ。

 少女は杖を通じてノイズに指示を送り、飛行型たちはヘリのプロペラよろしく自身を回転させた旋回形態になり、常に翼をを取り囲む形で旋回。

 駝鳥型たちも、巨体に似合わぬ機動性で動き回りながら、粘液で捕える機会を窺う。

 

〝こいつらでどうにか……〟

 

 今召喚した個体で翼をどうにかできるとは端から期待してしない。

 あの戦闘能力を前では、足止めにすらならないかもしれないが………ほんの少しでも時間を稼いでくれるならば、それだけでよかった。

 急ぎ少女は、虚空に浮遊するデュランダルを手にすべく、飛翔した。

 

 

 

 

 くっ……どうやらネフシュタンの少女は、ほんの僅かでもノイズで時間稼がせる間に、完全聖遺物にしてはやけに目覚めの良いデュランダルを奪取する気でいるらしい。

 こちらの足止め役たるこの者らを〝千ノ落涙〟で一網打尽と行きたいところだが、あの技はある程度動きを止める〝間〟が必要と言う泣き所がある。

 今までの戦いでは、ノイズの動作が緩慢かつほぼ無秩序なものだったからこそ泣き所が戦場(いくさば)で露わとならずに済んでいたのだが………明確に人の意志を介した彼らは想像以上に機敏で統制が取れていた。

 口元が自嘲で綻んだ………出来損ないながらも、最も長い時間鍛錬と実戦を潜り抜けてきたが、朱音のお陰で吹っ切れた今でも、まだまだ至らぬな。

 

 だがしかし―――まだ鍛えたりぬこの剣、舐めてもらっては困るッ!

 

 

 

 旋回形態の飛行型四体、駝鳥型二体は、数の利と機動性を生かして翼を取り囲む形で追い込もうとする。

 回転するその身そのものが〝凶器〟な飛行型が切り裂こうと次々襲い来るも、翼はダンスと剣術のすり足を掛け合わせたステップで素早くも軽やかに避け、手に持つ得物(アームドギア)を上空へと放り投げた。

 二体の飛行型が挟み撃ちするべく迫る中、翼は逆立ち、脚部の曲刀(ブレード)を展開して、回転――《逆羅刹》で迎え撃つ。

 リーチでは翼に分があったが為に、二体は逆羅刹の刃でほぼ同時に切り裂かれた直後、もう一体が、逆立ったままの翼へと急接近。

 足を地面に付け直した翼は、その足がノイズの身体に触れるギリギリの高さで跳び、落ちてきたアームドギアをキャッチしてその身を縦状に廻らせる。

 丸い円を描いた翼の剣筋は、不意を突こうとした一体を両断。

 そこが狙いであったのか、駝鳥型二体は、翼を中心点に向かい合う形で彼女目がけ嘴より粘液を飛ばした。

 

 スピードタイプの翼が捕われれば、自力で解くには困難な粘液―――が、廻る翼は、掌を広げた右手を地面に伸ばし、地面に突き立て接着させると、大地に亀裂の入るほどの衝撃を走らせた。

 弦十郎直伝な、彼の我流拳法の応用で、手からギアのエネルギーと同時に浸透勁を発し、その反動で高く跳び上がる。

粘液は対象を捕縛できず絡まり、本来翼を捕えたところへ攻撃する筈だった飛行型がその網へとぶつかり、行動不能となった。

〝今だッ!〟

 跳躍の慣性に乗って舞う翼は、アームドギアを持った左手を空へ掲げる。

 上空にて水色なエネルギーの直剣――〝千ノ落涙〟が出現し、地上目がけ降り注ぐ。

 雨は駝鳥型らの頭部に突き刺さり、彼らの粘液に捕われた飛行型も串刺しにする。

 

「なッ!?」

 

 デュランダルを目前にしていた少女は、自身にも降ってきた直剣の雨の奇襲に阻まれ、気を取られた。

 

「行けッ! 立花ァ!」

 

 響の周囲にもいる個体たちにも〝落涙〟を浴びせ。

 

「絶対に―――」

 

 剣の雨の中を全力で駆け抜ける響は、足裏の靴底(ヒール)が押し潰されるほどの強い踏み込みから、全身を総動員させた渾身の力で、デュランダルへ一直線に跳び上がる。

 

「させるかよ!」

 

 少女も雨を掻い潜り、響より先に聖剣を手にしようとするも――

 

「渡すもんかァァァァァァーーーーーーー!!!」

 

 ――ギリギリの紙一重の差で、幸運の女神は、響に微笑んだ。

 彼女の、まだアームドギアを顕現できていない〝手〟は、聖剣を握りしめる強さで、掴み取った。

 

 だがその幸運は、朱音が以前口にしていた〝戦場に潜む悪魔〟も、同時に〝微笑む〟ものだった。

 

 響が手にした瞬間、聖剣より響き渡る………甲高くとがって、けたたましく強烈に大気中に反響される――〝叫び〟。

 それは本来聞こえぬ〝悪魔〟の嘲笑を、聖剣自身にとっても、図らずも代弁していた。

 

 

 な………何だ? 今のは?

 まるで邪悪な悪鬼が高笑いでもしたかのような………轟音だった。

 まだ聴覚に〝耳鳴り〟の影響が濃く残っている中。

 

「デュランダルが……」

 

 不滅の聖剣は、立花に握られたまま、未だ滞空し、刀身に帯びた金色の輝きは、かの轟音とともに、光も、エネルギーの出力も………増大させていく。

 先端が音叉に似た形状だった刀身が、三角上に伸長され、金色の光も天へと向かって立ち昇り、〝柱〟となった。

 

「その剣を早く手放せ!」

 

 その光景から、私の〝戦士の勘〟が警告を発し、立花に聖剣を握るよう呼びかけるも………彼女に起きている〝異変〟に、戦慄を覚えた額から、汗が一滴伝って落ちた。

 比喩ではなく………本当に立花のまだ幼さを残した貌は、独特の癖がある髪ごと黒く染まり、双眸は怪しく――赤く発光し、吸血鬼を連想させるほどに、歯ぎしりする犬歯は鋭利となっているように見えた。

 

「Ugaaaaaaaaaa――――――――ッ」

 

 獰猛なる獣じみた唸り声は………確かに立花の口から、発せられていた。

〝暴走〟………だと言うのか?

 目の前でこうして起きているのに、私はこの現象を信じがたい目で見上げている。

 完全聖遺物は、確かに起動するには多量のフォニックゲインが必要であり、丁重に目覚めさせるのにも困難を伴う代物、現に………二年前私たちの歌声を聞いたネフシュタンは、眠りから無理やり起こされた腹いせとばかり、暴走し、あの少女が纏って現れるその瞬間まで、姿を消した。

 だが………理論上では、一度完全に起動すれば〝誰にでも〟扱える………筈だったと言うのに。

 何がデュランダルを、あそこまで荒ませる?

 何ゆえ、立花を―――悪鬼か、それとも修羅かと表せざるを得ない禍々しい形相に、歪めさせているのだ?

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 

 少女も空中から、聖剣の猛威に呑まれようとしている響を目の当たりにして、舌を打ち鳴らして。

 

「碌に制御もできねえくせに、そんな力を―――」

 

 ソロモンの杖より。

 

「――見せびらかすなァァァァーーーー!!!」

 

 新たに飛行型ノイズを、大多数呼び寄せた。

 辺り一面を埋め尽くそうとする群体は球状に響の周囲を何度か円周すると、杖を通じて発せられた少女の指示通り、一斉に突撃形態となって、押し寄せる。

 

 その猛攻を、暴走する響は………否、響をその暴力的な力で〝傀儡〟へと貶めている〝聖遺物たち〟は、彼女の身の丈を超す〝刃〟を、横薙ぎに、一周して振るい………たった一薙ぎで放たれた高熱のエネルギー波は、突撃してきた飛行型たちを全て焼き払ってしまった。

 

「…………」

 

〝聖遺物たち〟による圧倒的な力に、少女は粗暴な口振りを吐くことも、瞬きすることすらも忘れ。

「はぁ………」

 反対に、櫻井博士は科学者の性か、開口したまま我を忘れ、恍惚とした眼差しで見上げていた。

 聖遺物の猛威は、ノイズらを一掃した程度では全く衰えを見せず、響の意識を〝破壊衝動〟で覆い染めたまま、剣を振りかぶり、少女へと突貫する。

 戦闘能力は向上しても、まだ響自身が使いこなしていると言えない身ゆえ、全く使われていなかった腰部の推進器(スラスター)を噴射させて。

 

〝不味いッ!〟

 

 我に返った少女は、袈裟掛けに振り下ろされた聖剣の大振りな刃を、蛇腹鞭で受け止めようとした。

 刃と鞭がぶつかり合った瞬間、暴発同然に放出されたエネルギーの炸裂が、爆発を引き起こす。

 その爆圧で、少女は吹き飛ばされ、タンクの一つへと叩き付けられ、新たに巨大な〝焔〟と爆音を上げさせた。

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 屋上で、ずっと勾玉を握りしめながら、戦場の渦中にいる響に翼たちを案じていた私は、いきなり現れたビジョンを前に、投影された目を右手で覆った。

 胸の奥が圧せられて………息も、肩が大揺れする程に荒々しくなる。

 見た………確かに私は見た。

 ここより離れた場所での、今こうして起きている〝事態〟を。

 まるで、憤怒で暴れ狂う〝怪獣〟そのものとしか言い様のない凶暴な面持ちで、目覚めたデュランダルを振るい、ネフシュタンの少女を追い詰める響の姿を。

 

 ビジョンと同時に、確かに、感じた。

 滑りとした真っ黒い泥が、体の中の奥の奥へと侵食されていく感覚と―――

 全部壊せ!

 全て破壊してしまえ!

 何もかも吹き飛んでしまえ!

 壊せ、壊れろ、壊せ、壊れろ、壊せ、壊れろ、壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろッ!

 

 ミンナッ―――コワレテシマエッ!

 

 響であって………響でない…………抑えても抑えきれない、ドス黒く毒々しく、吐き気にも襲われる〝否定〟に埋め尽くされた、衝動。

 

 常識的観点では、表現の一つに〝不可思議〟だ、〝異様〟だと上げられるこの現象………私には心当たりがあった。

 手の中で、柔らかな熱と輝きを秘めている〝勾玉〟、恐らくは………装者の戦闘によるフォニックゲインの増加した影響で、あちらでの状況がマナを伝って勾玉がキャッチし、私に見せている、と思われる。

 地球(ほし)が記憶していた装者の〝戦記〟を脳内に送られた経験から踏まえれば、当たらずも遠からずだった。

 

「ッ!」

 

 脳裏に、新たなビジョンが映し出される。

 聖遺物に翻弄され、暴走の濁流に呑まれている響が、ネフシュタンの少女がタンクの一部に叩き付けられて起きた爆炎に向けて………怪獣の体高に匹敵する長さにまで膨れ上がったデュランダルの膨大なエネルギーの刃を、上段から振り下ろそうとしていた。

 

 前に私が響に伝えた警告―――戦場に潜む悪魔が、〝人助け〟の為に災いと戦う彼女を、今まさに嘲笑っていた。

 

「ダメだッ!」

 

 ビジョンから推して、戦場となっているのは薬品工場………そんな可燃性物質が密集しているも同然な場所で、あれ程の規模の攻撃を振るったら。

 私自身の脳が、フラッシュバックの形で、私に再生(みせる)。

 再び守護者となる道を選んだ以上、私が、絶対に忘れてはならない〝罪〟。

 

 なりふり構わぬ私(ガメラ)の戦いで、多くの人々を吹き飛ばし、踏みつぶし、焼き尽くし………業火の津波に呑み込まれた………〝渋谷の惨劇〟。

 

「響! 目を覚ましてくれ!」

 

 もし、人間相手に、戦略兵器並みの〝破壊〟を起こしてしまったら………度を越した〝自己否定〟に囚われているあの子は――

 

「響ィ!」

 

 理性では戦場より離れた屋上(ここ)で叫んでも、どうにもならない、そう分かっていても叫ばずにはいられない。

 まだ傷の尾が引く体で無理を押して駆けつける?

 ダメだ………たとえ今から〝変身〟して飛んでも、間に合わない。

 だが………何か手を打たないと、どうにかしないと………思案する間もまともに残されていない中、惨劇を止める方法を探ろうとした私は、まだ輝きと熱を持つ〝勾玉〟を目に止めた。

 そうか……向こうで起きている事態をこちらでも認識できるのなら、その逆も。

 確証を固めている時間はない。

 

 イチかバチか―――これに賭けるッ!

 

 

 

 

 朱音は両手で、包み込むように、されど強く勾玉を握りしめ。

 背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んで――奏で始めた。

 

 

 

 

「Gu―――――ah―――――――!!」

 

「立花ッ! もういいんだ! 剣を下ろせッ!」

 

 どう見ても、完全聖遺物を纏っているとは言え、一人の少女相手に過剰極まる攻撃を、方向を上げながら浴びせようとしている立花に、私は何度も何度も呼びかけるも、全く応じる気配がない。

 やむをえまいと、剣(アームドギア)を大剣にし、武力行使で止めようとするも………逡巡と、懸念が過る。

 もしあれ程のエネルギーを生み出しているデュランダルに、刺激を加えて、暴発するような事態を起こしてしまったら、最悪、この周辺一帯は壊滅、立花もただでは済まない。

 しかし、このままみすみす手をこまねいていれば………最悪の事態を起こす〝引き金〟は引かれてしまう。

 

 破壊を齎す光の大剣が、とうとう振り下ろされ始めた。

 

 彼女の想いを無下にせぬ為にも、覚悟を決めろ―――風鳴翼ッ!

 

 意を決し、立花へ切り込み、防人の務めを果たそうとした―――その時だった。

 

「止まった………だと……?」

 

 刃を上段より振り下ろそうとしていた、デュランダルの柄を握る立花の両腕が、突如動きを止める。

 

「何が……」

 

 状況の変異に面食らい、戸惑う中、私の聴覚………違う、私の脳裏にて、確かに聞こえた、響いてきた。

 朱音………朱音なのか?

 この澄み渡る情感豊かな歌声……間違いなく、朱音のものだった。

 しかも、歌声が奏でるミディアムチェーンなこの曲は、私と奏の、ツヴァイウイングのディスコグラフィの一つ――《Next Destination》だった。

 

 私だけではなく、戦場の動向を半ば静観する身であった櫻井女史にも、様子を見る限り………聞こえているらしい。 

 

「立花?」

 

 段々と歌声がより明瞭に聞き取れていく中、暴走させられていた立花にも変化が………葛藤しているかの如く、全身は震え出し、左右に揺れる顔を染め上げる暗黒が色合いが薄くなっていき、デュランダルの刀身に纏われているエネルギーの刃が、出力ごと、縮小され始めていた。

 

 これらの現象がどういうカラクリのものかは、今は置いておこう。

 

 私はアームドギアを通常形態に戻し、剣先を地面に突き立て、柄から手を離し、呼吸を整理させる。

 もし朱音の歌声――フォニックゲインが、立花の暴走と、デュランダルの凶行を止めようとしているのなら…………賭けてみる価値は、あるッ!

 

 

 

 朱音の歌声に続く形で、翼も《Next Destination》を歌い始めた。

 

 翼の歌声も、マナを通じて、朱音の脳裏に届く。

 

 顔を合わせるまでもなく、言葉で交わすまでもなく、互いの歌声で、お互いの意志を疎通させる二人は、頷き合い、二重奏(デュオ)で、サビに入った。

 二人の意志の応じ、天ノ羽々斬から、伴奏も流れ出す。

 

「「~~~~♪」」

 

 シンフォギアの助力も受け、時に交互に、時に重ね合わせ、まるで長年ともに歌ってきたと錯覚を促すまでに歌声がシンクロし、相乗し、ハーモニーを生み出す二重奏が、戦場に広く、高々に響き渡らせていった。

 彼女らの歌の力――〝フォニックゲイン〟は、響を乗っ取り暴れ狂っていた聖遺物たちを、宥めていき。

 

「「――ッ、――――!!♪」」

 

 サビの締めとなる詞を、 絶妙なる調和と、天をも越えんとする声量とビブラートで、長く、長く響かせ、こだまさせ、歌い上げた。

 

 光の刃は消失し、デュランダルは沈静化。

 響の容貌も元に戻ると同時に意識を失い、地面へと落ちていく。

 

「立花!」

 

 駆け出そうとする翼だったが、完全聖遺物の暴走を止めるほどのフォニックゲインを生成した代償で、肉体は疲労困憊の中にあり、上手く走れず、進まない。

 

「しまっ――」

 

 亀裂の走ったコンクリートに足が引っかかり、前方に転倒しそうになるも、ならばとブレードの推進部を噴射しさせた勢いに乗ってスライディングし、両腕を伸ばしてギリギリのところで、響をキャッチさせ、ほっと息をついた。

 

 不滅の聖剣――デュランダルが起こしかけた〝災厄〟は、二人の歌姫によって、こうして阻止されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方朱音も、体力の大半をフォニックゲインに持っていかれ、まだ傷が癒えきっていない体が倒れ込みそうになるも。

 

「朱音さんッ!」

 

 念には念と、この時彼女の護衛を務めていた緒川が駆け寄り、スーツの似合うシャープながら鍛えられた腕と胸部が受け止めた。

 そのまま朱音は、疲労を背負った体を休める眠りにつく。

 

「全く、貴方には、いつも驚かされます」

 

 安堵の息を吐いて胸をなで下ろした緒川は、翼を救ってくれた恩人でもある少女へ、そう呟いて、微笑みを送ったのだった。

 

つづく。

 




この下りは前々から決めていたのですが、選曲に悩みに悩み、結果あやひの歌うED曲をオリ設定で出すと言う暴挙に


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#24 - 曇る兆し

原作なら無印中盤辺りなのに翼のパパさんが結構本格的に登場しているのは山路さんと山路さんの渋ボイス好きな吹替えファンである私の責任だ。

だが私は謝らない(コラ

そんで重苦しい政治劇っぽい空気が原作より倍増しになっていることは平成ガメラの樋口さん繋がりでシンゴジにあやかってのことだ(マテ


 日本の関東の山間にあるかのルネサンス様式風の屋敷。

 そこに隣接する湖の桟橋の果てにて、ネフシュタンの少女――クリスは降り立った。

 足を桟橋上に付くと同時に、疲労で膝ががっくりと曲がり、両の掌と一緒に板に付き、全身に装着されていた鎧は閃光を経て脱着される。

 額から、汗の一部が桟橋に落ちた。

 デュランダルらに乗っ取られた響の攻撃で工場のタンクに叩き付けられ、その際爆発が起きたのを逆手に取り、炎と煙に紛れてどうにか戦場から逃げ延びることができた。

 これによって、デュランダルの強奪と響を連れて帰る〝使命〟は、また失敗に終わってしまったのだが。

 

 

 

 

 あの綺麗ごとを吐くノロマ………何てトンでもなさだ。

 完全聖遺物を起動するには、相応の量のフォニックゲインが必要だって………■■■■は言っていた。

 現に、ノイズを召喚して、自由に操つれるこの〝ソロモンの杖〟、こいつをアタシの歌で起こすのに、半年も時間が掛かっちまった……ていうのに……手に持つ杖の待機形態を握る力が、苛立ちで強くなる。

 なのにあいつは、鉄火場(いくさば)の渦中で戦いながら、ほんの数分くらいでデュランダルを目覚めさせやがった。

 それどころか………無理やり〝力〟をぶっ放しやがった。

 

「化け物……」

 

 歯ぎしりした口から、あいつのとんでもなさをそう口にした。

 戦場で、今だって目を瞑ればはっきりと思い出せ、耳を塞ぎたくなるくらいくっきりと聞こえる爆発、銃声、悲鳴、飛び散る血、砕け散る肉―――兵士だろうと民間人だろうと見境なく〝殺す〟不快な演奏を鳴らしやがる兵器ども。

 あいつが見せびらかした力………そいつらの比じゃない。

 ヒロシマ生まれだったパパが昔、教えてくれた〝核〟並だ。

 

「Jesus(ちくしょう)」

 

 舌が鳴らされて、吐き捨てる。

 このアタシに身柄の確保を命じるくらい………■■■■は、あの野郎にご執心ってわけかよ。

 

 少しだが、自力で立てるくらいにまで体力が戻ってきた。

 とはいえ、今の戦闘で鎧が受けたダメージと、その再生でアタシの体はネフシュタンの組織に侵食されちまっている。

 そいつを全部取り除く、拷問も兼ねた磔にされた体勢での電撃地獄………またあれを受けなきゃならねえと思うと、気が遠くなる。

 

「あっ……」

 

 一瞬こっちに吹いてきた微風から、気配を感じ取って見上げた。

  魔女じみた真っ黒なワンピと帽子の風体な、淡い金髪の妖艶さが匂い立つ、アダムとイヴを誑かした〝蛇〟じみた雰囲気(オーラ)ってもんも漂わせる美女……あいつこそ■■■■……日本(ここ)の反対側でパパとママを亡くして、長いこと紛争地帯のど真ん中で嫌なってどころじゃない散々な目に遭ってきた私を引き取った女。

 今の私にとって、保護者(パトロン)な存在ってやつだ。

 

「杖(こんなもん)に頼んなくたって、あんたの言うことぐらいやってやらあ!」

 

 アタシは待機形態のソロモンの杖を投げつけ、■■■■は顔色一つ変えずにさらりと受け取る。

 

「見せてやるよ!あいつらよりアタシの方が優秀だってことを―――アタシ以外に力を持つ奴は全部ぶちのめしてやるッ!」

 

 そうでなければ………アタシはアタシの〝望み〟を叶えるどころか、また……一人ぼっちになっちまう。

 二度目も失敗してしまった………もし次の〝三度目〟もやり遂げることができなかったら………。

 

「そいつが、アタシの目的だからなッ!」

 

 不安を無理やり払おうと、そう口では強がって、アタシは■■■■に〝杖〟がなくてもやってやると豪語してしまった。

 言ったそばから心の中では、〝なんてバカなことをほざいてんだよ……〟と自分の馬鹿さ加減を恨みそうになる。

 一度目の夜戦の時点では、碌にギア使いこなせてりゃしないヒヨっコで鈍くさいノロマ。

 

〝相手は人です! 同じ人間なんです!〟

 

 またあのノロマの、偽善者じみた綺麗言(キレエゴト)を頭が勝手に流して、イラついて、舌が鳴って歯ぎしりして鳥肌が立った。

 たく………あんなのいちいち気になんかしやがってたらバカを見るだけ、地球の反対側がどんな世界か碌に知りもしないガキの戯言だと一蹴すりゃいい。

 

〝忘れるものかッ!〟

 

そのノロマと、クールなギアの色と反対に煽られやすくて熱しやすい、切れたナイフでメンタルボロボロ剣士は敵じゃなかった………短期間で今はその時より〝強く〟なっていやがる。

 特にあの青い剣士………一体何が切っ掛けで、あそこまで清々しく吹っ切れたのか知らねえが、ネフシュタンの鎧に亀裂を入れてしまうくらい、本来持っていたらしい戦闘能力ってもんを引き出せるようになっちまっている。

 だってのに、こっちの戦力(アドバンテージ)をみすみす捨てて削ぐのは………ほんとバカのやることだ。

 

「なら、やたら交戦を避けていた〝星の姫巫女〟にも、正面から打ち勝てると言うわけね」

 

 私の心中を、知ってか知らずか………■■■■はアタシにとって一番の障害(たんこぶ)を、体に絡みついてくる蛇みたいな感じで追及してきやがった。

 

「あ、当たり前だ!」

 

 図星だってのを見透かされまいと、余計に語気を強めて反論してしまう。

〝星の姫巫女〟

 そう■■■■が呼ぶのは、生まれが異端なシンフォギア――《ガメラ》を持つイレギュラーな装者――草凪朱音。

 異名を■■■■から耳にし、心の中でそいつの本名を口にしたアタシの胸が、またざわめく。

 オカルトじみて信じられない話――前世の記憶があり、その前世では〝生体兵器な怪獣〟だったと、いやでも信じさせられてしまう………戦場を知り、とんでもなく固い〝信念〟を宿した猛者の目を持つ戦士。

 アタシにとって、完全聖遺物を以てしても、最も、戦いたくはない相手。

 それ以上に、戦う以前に、最も直に、正面から見えたくない―――相手。

 そんで………アタシの〝願い〟を叶える為の意志を、ぐらつかせて、揺らがせてきやがる相手。

 今や単なる厄介な敵を超えて、自分にとって最も――アタシ自身を脅かしてくる………存在だった。

 

 

 

 

 数日後。

 東京都内の、長年多くの芸能人、政治家、実業家、著名人の弔いの儀の場となってきた碧山セレモニーホールでは、広木防衛大臣の葬儀が粛々と、大々的に執り行われていた。

 現職の大臣だっただけあり、会場には各々喪服に身を包んだ遺族、総理含めた閣僚、国会議員、政府官僚、後援者、生前親交のあった者たちが参列し、祭壇には数えきれない多数の献花が供えられていた。

 各テレビ局を中心に取材の為来ているマスメディアも、カメラを手に葬儀の模様を撮影している。

 参列者の中には、いつものラフさを潜めて喪服(スーツ)を、礼儀よくきっちり着込んでいる弦十郎も、勿論いた。

 

 

 

 

 

 締めであるお別れの儀――告別式が終わり、広木大臣の亡骸を乗せた霊柩車が火葬場へと出棺し、その日の葬儀の流れは一通り、滞りなく終わった。

 

「弦」

 

 火葬の儀に立ち会う遺族親族を除き、参列者たちが各々帰宅の準備入る中、弦十郎はある男に呼び止められる。

 弦十郎は、独特の渋味がある声の主で、本日の大臣の葬儀に参じてくれたその男に頭を下げる。

 

 五〇代前半、和装な喪服を着こみ、横髪の一部は灰色。

その佇まいと六角形上な眼鏡のレンズの奥の容貌を、言葉で端的に表すと、冷徹で怜悧、厳格にして武骨、静かに燃え上がる炎を連想させる眼力を秘めていた。

 

「律唱の屋敷まで送っていこう」

「いや、そこまでは……」

「〝彼ら〟は先に下がらせてある」

 

 彼らとは、弦十郎に同伴していた二課所属のエージェントのこと。

 

「それに、今は兄弟としてお前と話しているのだ、堅苦しさは抜きにしよう」

「なら、兄貴の言葉と厚意に甘えて、乗せてもらうとするか」

 

 先程、弦十郎を〝弦〟と読んだこの男の名は――風鳴八紘(かざなり・やひろ)

 総理大臣支援機関でもある内閣官房内、内閣情報調査室の長として情報収集活動を統括する〝内閣情報官〟であり、日本の国防、安全保障を諜報面から担い、支える〝影の宰相〟とも称せる切れ者にして、風鳴弦十郎の実兄である。

 

 

 

 

 

 風鳴兄弟を後部に乗せ、八紘の付き人が運転する車両は、律唱市方面へと向かって都内を走っていた。

 

「本部の防衛強化の進行はどうなっている?」

「了子君の言葉を借りて、『予定よりプラス一七パーセント』進んでいる、元より、設備の拡張を前提とした設計をしていたからな」

 

 固く結んでいた葬儀用の黒ネクタイを緩めて、第一ボタンを外しながら弦十郎は兄の問いに応えた。

 

 ネフシュタンの鎧の少女の確保も兼ねていた、デュランダルを国会議事堂地下〝記憶の泉〟に移送させる計画、櫻井博士命名――〝天下の往来独り占め作戦〟は………痛み分けの失敗であったと、言わざるを得ない。

 狙いが響とデュランダルだった少女の目的こそ阻止されたが、身柄をまた確保し損ね、その響が起動した不滅の聖剣を手にしたことで起きた暴走(アクシデント)で、あわや〝原爆〟並の大惨事を引き起こしかけたのだから。

 結果、次期防衛大臣にスライド就任が決まっている石田爾宗副大臣ら上からのお達しで、移送計画は頓挫、木っ端役人な特機二課にとって骨折り損な話だ。

 結局デュランダルの管理は、二課本部最奥区画――アビスにて厳重保管される状態に逆戻りした。

 その代わりの〝飴〟として、本部の防衛機構の強化作業の認可を貰ったわけなのだが………要は面倒ごとを二課に強いた挙句―――

 

「俺達木っ端役人へ、体よく面倒ごとを押し付けられちまった……」

 

 ――に、等しく、その事実に弦十郎は皮肉な笑みを浮かべてぼやくのだった。

 

「ぼやくのはもう少し先にとっておいた方がいいぞ、弦、後ろ盾だった広木を失い、石田が後任となったことで〝親米派の防衛大臣〟が誕生するとなれば、二課への〝圧力〟が強まるのは避けられん」

「覚悟は、しているさ」

 

 弦十郎がつい先程述べてもいたが、リディアン地下二課本部は、元より改造強化拡張を前提とした作りで設計、建造されており、その本部改造計画自体は前々から政府に何度も申請を出していた。

 だが、議員連盟の根強い反対で、長いこと何度も却下されており、その反対派筆頭は、〝突起物〟と揶揄され厄介者、はみ出し者扱いされている二課を信頼し、彼らの数少ない理解者、支援者であった広木大臣その人であった。

 曰く――〝非公開の存在に、大量の血税と、制限無き超法規的措置を与えるわけにはいかない〟――と。

 一見辻褄の合わなさそうなこの広木大臣の姿勢は、〝理解者〟だったからこそのもので、二課に過度な力を与えず、法令の遵守と公務員の一員である自覚を忘れさせないことで、余計な横槍、組織の枷に捕われ身動きが制限されることなく、身軽に活動できるようにとの取り計らっていたのだ。

 不慮の死に見舞われた広木大臣を補佐してきた石田副大臣の後押しによって、改造計画は受理され、既に着工に入ってはいる一方で、そこには素直に喜べない事情もある。

 朱音が〝腰巾着〟と揶揄した通り、アメリカには対等かつ毅然とした態度を持っていた改憲派の広木大臣とは正反対に、石田副大臣の立ち位置は〝親米派〟。

 彼が次なる防衛大臣となったことで、日本の国防政策に、アメリカの意向が通り易い、より辛辣に言えば口出しがしやすい状況に、ひいては二課の活動に〝足枷〟が嵌められやすい状況になってしまったのである。

 本部の防衛機構強化が急務な状況とは言え、改造計画の受理も、見方を変えれば、恩を受けたと同時に〝弱み〟を握られたとも言えるのだ。

 

「兄貴は、この〝一連〟を、どう考えている?」

「最も〝徳〟を得たのが米国であるのは………無視できぬ事実でもある、しかしまだ断定は禁物だ、日米の同盟関係に溝を入れることを目的に、あえて米国の暗躍を匂わせ疑心を招いている可能性も否定できん………その上ネフシュタンにノイズを使役する杖と、完全聖遺物を複数所持している点から、国家または国家規模の資金力を持った組織が背後に存在しているのは確かだ」

「さすがだな」

 

 気品さえある落ち着いた渋味の声からも、特機二課、ひいては日本国そのものが置かれている状況を、常に冷静な視点で見据えようとしている辺りから見ても、彼の〝切れ者〟さが窺えよう。

 弦十郎も、公安警察時代に養われた〝直感〟で、ほぼ同じ考えに行き着いていた。

 余りにもアメリカが〝暗躍〟しているかもしれない匂いが、立ち過ぎていたからである。

 

「この程度の考察、弦の趣味仲間でもある〝紅蓮の戦乙女〟も、容易く導き出すぞ」

 

 逆を言えば、前世(ガメラとして)の記憶があり、政治への関心が高いアメリカ人でもあるとはいえ、十代の女子高生でそれくらいの視点を持っている朱音の眼の鋭さも、驚嘆ものだ。

 実際弦は、彼女にこの状勢について意見を窺ったところ、〝自由の国を疑ってくれと言わんばかり〟と揶揄を用いていた。

 

「紅蓮の……戦乙女? 朱音君のことか?」

「そうだ、この短期で特異災害を相手にあれ程の武勇を轟かせたのだ、二つ名の一つや二つ、定着するものだよ」

 

 八紘の情報筋によると、政府関係者の中には、密かにファンとなっている輩も結構いるらしい。

 

「特に改憲派からの支持は、相当なものらしい」

 

〝だろうな、同じ〝守護者〟として、彼女は自衛隊(かれら)を心から尊敬している〟

 

 一時期の翼と異なり、積極的に連携を取り、戦闘の後は歌を振る舞う等で自衛官たちから、その高校生離れし、プロのモデル顔負けの凛としたルックスも相まって人気を得ていることは弦十郎も知っていたが、今兄から齎されたのは初耳だ。

 

「最初の内は、アメリカが差し向けたスパイ疑惑を掛けていたと言うのに……とんだ掌返しもあったものだ」

「連中も、人の子な証左さ」

 

 実は、朱音が装者となった当初、日米二重籍者であり、今年の春までアメリカ在住だった彼女を〝スパイでは?〟と疑念を抱く政治家、官僚も少なからずおり、弦十郎は一時期、彼女への〝情〟は胸に秘めつつ、経歴を改めて調べ上げた上で、彼らへの説得に追われていた。

 それが今ではアイドル視じみた目を向ける輩もいるのだから、ボヤきも零れると言うもの。

 補足として、八紘ら一部の人間を除き、ガメラとしての彼女の出自は伏せ、表向き〝以前より目星を付けていた適合者候補で、先の特異災害に巻き込まれた際、肉親の形見がシンフォギアに酷似した特性を発揮した、原因は目下調査中〟と言う真と嘘を交えた虚言で通している。

 朱音と彼女のギアの特異性を利用されないが為の措置でもあるが、先史文明技術や聖遺物自体懐疑的に見る者も少なくないのに、前世だの生体兵器だの言っても信じてもらえるわけない――のも理由に入っている。

 

〝娘に対しても、今のくらい気兼ねなく話題に上げたって……………バチは当たらんだろうに………〟

 

 弦十郎は、自分たちにとっては〝たんこぶ〟に当たる連中にやれやれと呆れると同時に………〝娘〟に対する兄の態度に対する〝憂い〟が、また込み上げてきた。

 八紘には、もう一八になる娘が一人いる、それが誰であるかは、ここで明言するまでもない、その娘と八紘との間には………できてからもう一〇年近くも経っている〝溝〟があった。

 弦十郎もどうにかしようと尽力してきたが、二人が似た者同士な〝親子〟であるのもあり、上手くいっていない。

 溜息を吐きそうになり、弦十郎は気晴らしに車窓の外へ目を向けた。

 

 丁度、先日の移送計画で戦場の一つとなり、復旧作業で生産活動が停止されている薬品工場の近くを走っており、しかも車両は軽い渋滞で進行が緩やかなものとなっていた。

 

「…………」

 

 この状態を逆手に取り、弦十郎は〝戒め〟として、破壊された工場内のタンクを、まじまじと見上げていた。

 

 

 

 

 

 その頃、風鳴兄弟の会話で話題に上がっていた朱音本人は――

 

「へくちっ!」

 

 あざとい域で可愛らしい、この手の噂をされた影響によるくしゃみを発していた。

 

 

 

 

 

 怪我人な入院患者であっても、病人ってわけではないのに、くしゃみが一つ、なぜか出て鼻を吸った私は今、歌手業の合間を塗った翼と、腕のスマートウィッチに搭載の二課関係者専用のテキストチャット風アプリで、連絡を取り合っていた。

 当然、同時間帯に、弦さんとそのお兄さんが私の噂をしていることなど、この時の私は知る由もない。

 

『どうかしたか? 朱音』

 

 角度調整機能付きなガラス製のオーバーテーブルには、チャット画面が表示され、翼からの返信が来た。

 このオーバーテーブルは、タッチパネルに携帯機のゲームを据え置きハードで遊べるが如く、携帯端末内のアプリを、ワイヤレスかつ大画面で使用できる機能をも持っている優れもの、テクノロジーさまさま、と言うもの。

 

『いや、ちょっとくしゃみが出ただけ』

『そうか、それより……今朱音が送ってくれた資料だが……』

 

 さっきのくしゃみが出る直前、私は翼の端末宛てに、ある資料(データ)を送っていた。

 

『やっぱり……彼女も〝適合者の候補〟だったんだな?』

『ああ、こうして見比べれば…………バイザーをしていたからとは言え、なぜあの時に気づけなんだのか………』

『でもそんな余裕、あの時の翼にはなかっただろう?』

『それは、そうなのだが………だとしてもだ』

 

 文字の羅列だけでも、悔しさで苦虫を嚙み潰した顔を翼がしているのが分かった。

 送信したデータの中身は、世界的に高名であったヴァイオリニスト――雪音雅律、その妻にして声楽家だったSonnet・M・Yukine(ソネット・M・ユキネ)。

 私も、小さい頃テレビで、片や演奏、片や歌唱する姿も込みで何度も目にしてきた音楽家夫妻である………いや、あったと過去形を使うべき、だな。

 雪音夫妻は、音楽活動の傍ら、NGO活動団体にも身を置き、紛争が現在でも絶えない国々に何度も訪れては、難民救済といったボランティア活動を精力的に行ってきた。

 その活動の一環で、南米に位置し、当時政変が起きたばかりで国交も断絶するほど混乱状態にあった『バル・ベルデ共和国』へ、一人娘を連れた夫妻は、同じNGO団体員らと国連の使節団とともに入国するも………激化の一途を辿っていた内戦に巻き込まれ、行方不明となった。

 やがてまもなく………紛争の猛威で生前の姿からほど遠い、惨く痛ましい亡骸の姿で、夫妻は発見された。

 だが……両親に同行していた一人娘の消息は、確認できず、生死不明となった。

 それから年月は経ち、二年前の、ツヴァイウイングのラストライブより数か月前に、その一人娘が発見、保護され、世界的規模で、大大的に報じられた。

 その頃の記憶を抜き出すと、確か当時の新聞記事には、生死不明直前に撮られた写真と一緒に………長きに渡っていつ戦火の牙で死ぬか分からぬ中〝捕虜生活〟を強いられ、その影響で重度の〝人間不信〟に陥っていた、と記されていた筈。

 しかし、あのラストライブの前日でもあった日本への帰国当日、失踪を遂げ………二度目の行方不明となった。

 

 なぜ、戦火の犠牲となったこの〝音楽一家〟のことを上げたのかと言うと――

 

〝くらえよッ!〟

 

 ネフシュタンの少女を見えた時に覚えた………既視感の正体を掴もうと、記憶の海に何度も何度も潜っていく内に、テレビ画面越しに見た………ソネット・M・ユキネの晴れ舞台で歌う姿が、まず浮かび、続いて報道番組より彼女の面影がある、まだエレメンタリースクール低学年の年頃だった一人娘のことを、思い出したからだ。

 

 私はその一人娘と、あの少女が〝同一人物〟なのかはっきりするべく、二課の司令室と翼の端末に、予めレポート形式に纏めていた雪音一家の詳細を送り、こうして事実を確定させたのである。

 尤も、送る直前には、藤尭さんが持ち前の高い情報収集能力で少女の正体に行き着いていたわけでもあるのだけれど、さすがエキスパート。

 

『しかし………なんの目的で彼女は立花やデュランダルを狙う連中に加担している』

 

 翼のその疑問に関しては、私もまだ答えを見つけられていない。

 一応………COPSやFBIのプロファイルもどきで、それらしい〝仮説〟は立てているものの。

 

『話は突然変わるんだけど…………あれから、響の様子は、どう?』

 

 今の私は、二年の時を経て、ネフシュタンの鎧を纏って現れた少女の〝目的〟以上に、その少女に向かって戦略兵器クラスなデュランダルの巨大〝光刃〟を振るいかけてしまった響のことが………一番の気がかりだった。

 

『過剰に責を背負いこんでしまっているのは……相違ないな』

『そう……』

 

 噛みしめる口の中で、苦味が急速に広がり。

 

〝私のせいだよッ!〟

 

 弦さんたちから、あのライブで真相を聞かされた日の、自責の念どころではない、自分自身を攻め、極度に断罪する響の泣き顔がフラッシュバックして、胸の中が………締め付けられる感覚に見舞われ。

 同時に、未だ未来に、響が今置かれている状況を知らせていないことへの、罪悪感もぶり返してきた。

 

 ―――ッ♪

 

 直後、病室内に備えられているインターフォンが、鳴り響いた。

 

つづく。

 



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#25 - 鞄の中に押し込めて

未来が出るのは超久々になってしまった回(汗

勿論原作視聴済みな適合者には予想がついていますが、ビッキー最大の危機たる修羅場はもうすぐそこまで迫っております。


 朱音が翼と連絡を取り合っていた中かかってきたインターフォン、面会を希望する〝方々〟がお越しになったと言うものだった。

 

 病院内に敷かれている、市民公園並に広々とした中庭のベンチの一角にて。

 

「「「朱音お姉ちゃん!退院(たぁ~いん)おめでとう!」」」

「ありがとうみんな」

 

 その見舞客たちと言うのが、朱音が時々ボランティアの形で歌の先生(おねえさん)をやっている音楽教室に通う子どもたちだった。

 もう暫く病院通い続くものの、明日には退院、明後日の月曜にはリディアン高等科に復学を許されるほど、絶唱の代償で全身に負った(表向きは車に引かれるところだった子どもを助けようとして、で通している)傷は大分、癒えていた。

 担当医師の、もう後何週間は入院が必要との当初の見立てを凌駕する彼女の生命力が為し得たものである。

 朱音は歌の教え子である子どもたちが持ってきた退院祝い品な明るく花々が彩るブリザードフラワーを心から喜んで受け取る。

 それ以上に子ども好きな彼女にとって、子どもたちの笑顔こそ、一番のお祝い品でもあり、お花たちにすら勝る晴れ晴れとした彼女の笑みは、何より彼女の喜びを表していた。

 

「じゃあお礼に朱音お姉ちゃん、一曲歌いま~す♪ みんなリクエストはあるかな? はい手を挙げて!」

「「「「は~いっ!」」」」

 

 一斉に各々のリクエストを胸に、子どもたちはあふれ出る元気を漲らせて挙手。

 この幼い命たちのエネルギッシュさは、朱音―ガメラが子どもを愛する点の一つだ。

 

 熾烈な競争の果てに、朱音が選び取ったのは、スーパーヒーローに憧れる年代真っただ中な男の子からのリクエストで、三〇〇〇万年前の古代文明の時代に、かつて人類を守護し、現代に復活した光の巨人の活躍を描いた巨大ヒーローシリーズのエポックとなった作品の主題歌であった。

 朱音にとっても、彼女の戦闘歌のメロディに、ギアが曲調(テイスト)に組み込まれるくらいお気に入りの一曲だ。

 

〝~~~~っ♪〟

 

 朱音は、持前の高校生離れした歌声と歌唱力を発揮し、その曲をバラード調にアレンジして歌い上げていく。

 子どもたちは、久しぶりに生で聞く情感の豊かな朱音の音色に、最初はじっくりと聞き入っていた。

 けれど、段々と彼らは一緒に歌いたいと言う衝動が込み上がり始めていた。

 生来の子ども好きゆえに、その気持ちを汲み取った朱音は、歌いながら器用に懐に持っていたスマホのミュージックプレイヤーを起動し、二代目のサビを歌い終えるタイミングで、クラシカルさとロックさが共存し高め合う間奏からスタートさせ、ウインクして見せ、粋のある朱音の計らいに、子どもたちは〝やったー!〟と喜びを表情で表現してみせた。

 エア指揮棒を持った朱音の指揮を頼りに、子どもたちはリズムの川の流れに乗り。

 

〝――――ッ♪〟

 

 途中、元の歌い手たるアイドルグループがライブで奏でる際のアレンジを経て、全員で、最後のサビを一気に締めまで――〝もっともっと高く〟――と歌い上げ、歌い切ったのだった。

 

 

 

 

 

 ロビーにて、見舞いを終えて帰路につく子どもたちへ手を振って見送った朱音は――

 

「ごめん、また待たせてしまったな、響」

「へ?」

 

 背後にいる次の見舞い客であり、朱音のソロパートから院内に来ていたのだが、気を遣う余り中々呼びかけられずにいた響に呼びかけた。

 

「朱音ちゃん、気づいてたの?」

「響君のような独特の癖っ毛の持ち主は、そう他にいるものではないよ」

「そりゃ一本の漏れもなくさらさらヘアな朱音ちゃんと違って、癖があるけど、そんなに私の髪の毛って、か、変わってる?」

「変わっているかどうかは別にして、私から見たら現状〝唯一無二〟と言ってもいい」

「またまた朱音ちゃんってばご冗談を、大げさだって、あはは」

 

 朱音のユーモアある発言で、響の顔は綻んではいたが………それが却って、彼女の心を落とす〝影〟の存在を、際立たせてもいた。

 

 

 

 

 

「いつからあの子たちに歌を教えているの?」

「入学初日から、三日目だったかな――」

 

 担当看護師に子どもたちからの見舞い品を預けた朱音と響は、雑談を交わしながら病院の屋上へと向かう。

 今日も緑豊かで、太陽の光を色鮮やかに反射する園内の、ベンチの一つへ先に座った朱音は、腰かける板をそっと叩いて座るよう響に促した。

 少々へりくだった物腰で、響は朱音の隣に腰を下ろす。

 

「ただ私とお喋りをする為だけに、来たわけではないだろう?」

「あはは………やっぱり、お見通しされちゃってたね……」

 

 響は一時、後頭部の癖っ毛を手でかきながら、あの〝愛想笑い〟を浮かべるも、ほどなく彼女の心に差し込んでいた〝影〟が、あどけなさの残る表情(かお)より、現れ始める。

 

「じゃあやっぱり、この間の………〝戦い〟?」

 

 かのデュランダル移送計画中での〝戦い〟にて起きてしまった、響を巻き込んだ〝聖遺物たち〟の暴走。

 朱音がその問いを投げてから、おおよそ一〇秒ほどの間を沈黙に使いつつも、響は黙して頷き返した。

 

 

 

 

 

 音楽学校ゆえ、音楽関連の書物が充実しているが、それだけでなく市立図書館に匹敵する蔵書数と施設の規模を誇るマンモス学校でもあるリディアン高等科の図書室。

 授業が休みの土曜な今日でも、自習目当てにこの静寂なる秩序が保証された空間に足を運ぶ生徒は、本日として少なからずいた。

 未来もその一人で、自習室の机の前で、次の課題(レポート)を書き終えるべくシャーペンを進ませている。

 まだ提出期限日まで余裕はあるものの、親友兼ルームメイトがギリギリまで悪戦苦闘することになるのは目に見えている為、サポートできるよう未来としては早い内に書き上げたかった。

 

「もう……」

 

 しかし、その気持ちに反して、今の未来の脳内は絶えず〝雑念〟に妨害され、思うように纏められずにいる。

 シャーペンの芯は頻繁に折れ、消しゴムを使う頻度もいつもより多く、机上は響の勉強中並みに消し滓が多く散らばっていた。

 

「はぁ……」

 

 目の前の課題に集中し切れない己の口から零れる溜息は、静かな空気の中にいるせいで、と息は一際大きく聞こえてくる。

 仕方なく筆(シャーペン)を一度手放し、課題を中断させた未来は、両腕を組んで机に置き、自身の顔を腕枕に乗せた。

 

 

 

 

 

 響と一緒に流れ星を見る……約束だった。

 

〝ごめん、未来〟

 

 でも、〝急な用事〟で約束が果たせず、何か背負い込んでいる様子だった響に責めるなんてできるわけもなく、行き場のない気持ちを〝鞄〟に押し込めたけど、寮の部屋に一人でいる気になれず、でも約束していた律唱(ここ)で一番星がはっきり見える場所まで一人で行く気にもなれず、寮からそう遠くない音原公園へ行った矢先、いきなり現れたノイズが、自分に襲いかかってきて――

 

〝Don’t hurt my friend!!〟

 

 自分より先に公園に来ていたらしくて、いつも大事そうに首に掛けている勾玉を握りしめて切迫した顔をしていた朱音が………鎧を纏って、歌いながら、自然消滅するのを待つしかないと言われていたノイズと戦って倒して、私を助けてくれた。

 あの後、真っ黒なスーツを着た男の人たちに保護されて、情報漏えい防止の為って言う〝同意書〟のサインを求められて、朱音のあの姿に関したことも含めた説明を受けた。

 分からないことだらけではあったけど………大体のことは、どうにか納得できた。

 

〝シンフォギア〟………それが朱音の纏った、ノイズに対抗する為に秘密裏に作られたと言う鎧、武器の名前で、あの時彼女が知らない言葉で歌っていた〝歌〟は、ノイズの能力を無効化するってことも、でもそれを扱える人間はとても少なくて、朱音と、奏さんと翼さん――ツヴァイウイングは、その数少ない中の一人であり、特異災害に立ち向かう〝戦士〟だってことも、どうにか呑み込めた。

 

 そんな〝国家最重要機密事項〟と言うらしい秘密を知ってしまって以来、私は気になって気になってたまらない〝不安の種〟が、心に寄生してしまっていた。

 

 もし、もしも………ひ――ひっ………ダメ、ダメだ………心の中でそれを言葉で形にすることさえ、怖くなってしまってる。

 

 なら確かめればいい、朱音に訊ねてみればいい………と思っても、切り出せない。

 思いきって切り出す勇気と、もし本当だった時それを受け止められるだけの決心がつかないのも、あるんだけど。

 

〝私の友達に手を出すな!〟

 

 あの時朱音は、英語でもニュアンスで理解できるくらい、そうはっきり啖呵を切って、助けてくれた。

 

 こう言うと、何だかヒーローに憧れる小さな男の子みたくはあるんだけど、朱音のあの戦う姿と、その普段のお姉さん風なとは一転して勇ましくて凛とした眼差しに、見とれてしまうくらい、カッコいいと思った。

 

 今まで友達を庇って、〝友達だ〟と言い切って助けてきたことはあっても、逆に助けられるなんて経験は、本当に久しぶりだし、友達だと言い切ってくれたことなど、響を除けば、初めてだった。

 

 そんな……恩人で、友達で、人知れず、私たちにも秘密にしたまま、みんなの為に命がけでノイズと戦ってきて、あの後大怪我も負った朱音に、そんなことを聞くのは、不躾だと、彼女の〝人助け〟に水を差す行為だと考えてしまい、とてもじゃないけど………訊けなくて、尋ねる気になれなくて、安藤さんたちと一緒にお見舞いにすら行けず、何日も何週間も経ってしまっていた。

 

 このまま机で寝そべっていても、気分が余計に悪くなりそうで、私は本でも読んで気分転換しようと、丁度いい本を探しに広い図書室の中を周ることにした。

 ずらりと陳列した本の背表紙の題名を、一冊ずつ見ていく。

 

「これ、かな」

 

 その中から一冊、手に取った。

 

 題名――《素直になって、自分》、著者――《金城彰史》。

 

 これに決めた。

 明日には朱音は退院すると聞いている。

 せめて明日か明後日の月曜の学校で、お見舞いに行かなかったことは、ちゃんと謝っておかないといけない。

 選んだこの本には、その勇気をくれると、妙な確信があった。

 

 これを借りようと、ロビーに行こうとした、矢先、私は――

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 この図書室も含めた校舎の一角は、市民病院と隣接している場所に立っている。

 気分転換の読書に使う本を決め、ふと窓の方に目を向けた未来は………見てしまった。

 なまじ視力が良いだけに、明瞭(くっきり)と目にしてしまった。

 

 病院の屋上庭園のベンチに座る、響と朱音の後ろ姿を――

 

「………」

 

 ――窓の向こうの光景からカーペットが敷かれた室内の床へ、目を落とした未来は、本の表紙をじっと眺めると、そのまま表紙すら開きもせず、棚に戻した。

 

 

 

 

 

 私からの問いに頷いて応えてから、また響は暫く沈黙し。

 

「あの時……あれを………デュランダルを………手にした時……」

 

 そこまで言い繋いで、また黙り込む。

 

「なんか………胸の奥から、真っ暗で……ねっとりとしたのが……広がって」

 

 両手と両腕、背中を中心に体が震える中、言葉を発しては、口をつぐみ、開いてはつぐむ。

 この二つが、交互で、庭園に吹く微風よりもゆったりと、繰り返される。

 

「全部、何もかも………吹き飛べって、壊してしまえって………」

 

 せっかちな人間からすれば、苛立ちが押し寄せるのも否めない間延び加減であったけど、私はじっくりと、響を決して急かさずに、聞き手の役を全うしていた。

 

「気が付いたら…………あれを人に、あの〝女の子〟に、向けて………」

 

 櫻井博士の書いたレポートによれば、体内の聖遺物(ガングニール)の欠片を宿している体質によってより効率よく生み出された響の歌のフォニックゲインによって、デュランダルは起動し、さらに柄を手にした響の手を通じて、聖遺物同士が共鳴、共振を起こしたことにより、彼女の意識に干渉して乗っ取るほどの爆発的エネルギーを生成させた………らしい。

 現代の科学では未だ解けない未知数な点が多く残る先史文明のオーバーテクロノジーの凄まじさが窺える話だ。

 

「朱音ちゃんと翼さんの歌声が聞こえなかったら………私……」

 

 この子の性格上、あのライブの以前から、陽光に喩えられるその優しさの持ち主ゆえに、悩みを抱えても他者を気遣う余り、打ち明けられないことは、あった筈。

 きっと………あのどうしようもなく愚かしい迫害を受けた二年間も、父親が一人〝蒸発〟してしまった時でさえ、残された家族にも、親友で居続けてくれた未来にさえも、心配かけまいと、させまいと〝笑顔〟を被ってなんとでもない様に、振る舞い続けていただろう。

 その響が、胸の内に押し込むことなく、不器用で途切れ途切れな表現(いいまわし)でも、こうして自分に打ち明けてきてくれた。

 この子の重すぎる境遇を思えば、喜ばしいことだ。

 けど同時に、哀しくもなる………自分でさえ、父と母の死と引き換えに蘇った前世(ガメラ)の記憶を、打ち明けられた相手がいたと言うのに。

 

「朱音ちゃんはさ………〝怖い〟って、思ったこと、ある?」

「何を?」

「その………上手く、言えないんだけどね………自分の持ってる力とか、それで………誰かを………」

「怖いさ」

 

 一段とたどたどしく歯切れの悪くなった響の口から出た〝問い〟に、私は即答で返し、勾玉を乗せた自分の手を見つめる。

 

「そりゃ怖いさ、この〝力〟そのものにも………これを手にして、自在に扱えてしまう〝自分自身〟にも………」

 

 と、言い返して隣の響に目を向けると。

 

「っ……………どうしだ? そんな顔して」

 

 なぜか、物凄く意外そうな表情をして私を見つめる響がいた。

 

「いや~~~………そりゃ、朱音ちゃんだって人間だから、戦いそのものは怖いものだったり、その命がけの戦いに臨むことには怖がってたりはしてると思ってたんだけど、あれだけシンフォギアをもう〝達人〟ってなくらいに使いこなす朱音ちゃんが、そう言うとは………思わなくて」

 

 どうも装者としての自分の口から、シンフォギアの力と自分自身にまで〝恐れ〟を抱いていると言われるとは、予想だにしていなかったらしい。

 何だか……心外、歳を間違われるくらいショックだ………私だって一介の女の子だもんと、大人げなく拗ねそうになる。

 まあ………同じ日に装者となったのに、初陣からアームドギアを手にして、そこから間も置かずしてベテランな翼の巨大剣(アームドギア)を叩き切ったところを見てしまえば、そう印象づけられるのも、無理ないと言い切れなくもない。

 

「なら言わせてもらうけど、この〝怖い〟気持ちは、戦い続ける上で絶対に捨ててはならないと私は思っている、だって私たち〝人間〟は………〝猛獣を飼っている猛獣使い〟でもあるのだから」

「あれ? その言葉………どこかで聞いたような………」

「〝山月記〟ってお話は、聞いたことないか?」

「あっ……ああ………うん、中学の時、国語の授業で……」

 

 その山月記とは、唐の時代の中国を舞台に、役人エリートコースを走りながら詩人として大成しようとして挫折し、都落ちして発狂した挙句〝虎〟に変貌してしまった主人公と、彼の行方を追って再会した友人との約束と別離を描いた変身譚だ。

 祖父の書斎で初めて読んだ時から、同じ詩――歌を愛する者として、主人公の李徴の境遇に対して人ごととは思えない気持ちを抱かされた物語だった。

 

「虎になってしまった李徴も言っていたように、人は知性を得たと引き換えに、心の中に感情って〝猛獣〟を飼わなければならなくなってしまった、それは私も、響も、そして翼先輩も決して例外じゃないし、現に翼(せんぱい)の中の感情(もうじゅう)が荒れ狂う様を、実際に目にしただろう?」

 

 この〝猛獣〟云々の言葉で、響がかつての級友たちたちから受けた〝魔女狩り〟を思い浮かべてしまう懸念があったので、翼本人には申し訳ないけど、抜き身の剣だった頃の彼女を挙げることで、響のトラウマへの刺激を、少しでも緩和させる。

 

「うん」

 

 今は和解しているとは言え、一度は意図せず失言で逆鱗に触れかけてしまったのもあり、響は刃を突きつけられたあの時を思い出している様子で、同意を示した。

 

「その上、シンフォギアと言ったこの力………と言うよりも、人が知性で作り上げてきた道具は、人の作ったものなのに、いわゆる……人の価値観である善悪の概念と言うものを持ってなくて、使い手の想いにそのまま染まってしまう」

「え……ごめん、よく……分かんないんだけど……」

「もし、私の中の感情(もうじゅう)が、何もかも壊してやると暴れ出したら、このシンフォギアも猛獣………怪獣となって、万物を焼き尽くす破壊者となってしまう…………そんな内なる猛獣と、力が結託することが、どれ程恐ろしいか…………」

 

 あの夜に、渋谷を火の海してしまった〝罪〟こそ、正に私(ガメラ)を蝕んでいたギャオスども対するどす黒い〝憎悪――内なる猛獣〟と力が悪しき方向で共謀してしまったことで起きた惨劇に他ならなかった。

 今でもあの惨劇は、過ちは、再び守護者となる茨の道を選んだ私にとって、絶対に忘れてはならない〝戒め〟として………背負う〝十字架〟だ。

 だが、もし今の響があの時デュランダルのあの光で破壊と言う地獄を生み出してしまったら………戒めにすることすらできずに、絶望の奈落に堕ちて、二度と這い上がれなかった筈だ。

 

「だからこそ、私のこの言葉を胸の奥に刻んでおいてほしい、力と、それを使える自分への〝怖い〟って気持ちも………自分次第だって、ことを」

 

 私は〝十字架〟を背負う先覚者として、響の目を見据え。

 

「じぶん……しだい?」

「そう、どんな道具でも、どれ程強い力をも持っていようとも、最終的に人助けを為すのは、己自身の強い気持ち――〝意志〟なんだ」

 

 自分の胸、意志の源たる〝心〟に手を当てて、響に伝える。

 

「それらを忘れなければ、一度はデュランダルと結託して、響を暴走に至らせたガングニールも、たとえ〝悪魔が蔓延る戦場〟の中でも――君の〝人助け〟に、全力で力を貸してくれる」

 

 あの暴走の原因は、聖遺物同士の共振も一つではある。

 けれど………やっぱり最大の原因は、響の自覚し切れていない………過剰な自己否定に支配されている〝潜在意識〟。

 それが、最も密接に結びついていると………勾玉を通じて、マナが、地球(ほし)が教えてくれたのだ。

 本当なら、その潜在意識のことを直に教えてやりたいが………響の自己否定の強さは、それすらも否定して受け入れようとしれくれない。

 一朝一夕でいかないのは承知、果ての見えない戦いの果てに、響が自分で自分を破滅(ころ)させない為にも、じっくりと語り掛け続ける。

 

〝よろしくね、朱音ちゃん〟

 

 いつか………響が、自分自身にも、あの太陽の如き眩しい笑顔を、向けてほしいと、願ってもいるから――

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 私からの忠告と、私なりのエールを受けた響に。

 

「ありがと………朱音ちゃん」

 

 笑顔が浮かぶ。

 

「実はね、色々朱音ちゃんには世話になり過ぎてるから………相談するの、ちょっと迷ってたんだ………でも、良かった」

 

 相手を気遣い過ぎる余りの〝愛想笑い〟ではなく、入学初日の日、私とこの子を〝友達〟にしてくれた、戦場に潜む悪魔によって、失われてほしくないと願わずにはいられなかったあの笑顔。

 私は、久々に見ることができたそのキラキラとした笑みに、もらい泣きならぬ、もらい笑みになりかけたところへ。

 

「あっーーーッ!」

 

 へ?………いきなり大声を上げた響に、きょとんとさせられた。

 

「そう言えば私、お見舞い品の何も持ってきてない!」

 

 なんだ………何かと思えばそんなことか。

 

「いや、私は別に気には――」

「でも悩みを聞いてくれたどころかアドバイスもしてくれたのに、何のお礼もしないわけにはいかないよ…………どうしよう………何がいいかな?」

「あっ………あの……」

「そうだ、フラワーのおばちゃんのお好み焼き! 私――今から買ってくる!」

「ちょっと、響!」

 

 思い立ったら一直線。

 頭にその単語が一瞬で浮き上がる勢いで、響は走り出した。

 

「ここは病院なんだから、廊下は走ったらダメだよ!」

 

 咄嗟に院内の医師、看護師、患者、見舞客のみなさんに迷惑が掛からないよう、注意をしながらも、その元気一杯な様子に、私の胸は温かみを増して、笑みが零れた。

 

 

 

 

 

 

 今なら、彼女にも伝えられると―――ようやく踏ん切りも、この時ついた。

 

 

 

 

 

 朱音は、患者服のポケットに入れていたスマホを取り出し、メール文を打ち込み始める。

 

「………」

 

 も、途中で思い直し、文の作成を中断させると、電話帳に登録していた未来のスマホの電話番号を発信させる。

 

『もしもし?』

 

 呼出音(リングバックトーン)が四回分鳴ると、未来の声が響く。

 

「もしもし未来、今時間あるかな?」

『ごめん、今男の子と女の子の兄妹と、はぐれちゃったお父さんを探しているの』

「じゃあその子たちの父(ダディ)が見つかってからでいいから、病院に来てくれないか? 大事な話があるんだ」

 

 大事な話とは、未来の心情に気を回し過ぎて………ずっと先送りしてしまっていた〝響の人助け〟だ。

 

『うん、分かった』

「未来?」

『なに?』

「いや、とても機嫌よさそうだなと思って」

 

 声音だけでも、未来が妙にウキウキとした感じなのが汲み取れるのが気になって、訊いてみる。

 

『多分、フラワーのお好み焼きを食べたお陰かな』

 

 なるほど、藍おばさんのお好み焼きの美味なら、そこまで上機嫌になるな――と、思った直後。

 

『あ、響―――!』

 

 響を呼ぶ未来の声が聞こえ―――未来のも含めた〝悲鳴〟と、アスファルトか何かが砕け散る轟音が、電話口から私の耳へと、鳴り響いた。

 

「未来……未来ッ!」

 

 呼びかけるも、応答が返ってこない。

 悲鳴の直前、微かに聞こえたのは―――〝お前はァァァァーーーッ!〟

 

 

 

 

 

 級友と子どもたちの悲鳴で〝戦士の目〟となった朱音は点滴針を外し、電光石火の勢いで、電話の向こうの戦場へと急ぎ飛び出していった。

 

つづく。

 

 




ニコ動でのガイアの一挙放送見ながら書いてたけど、やっぱり本作の一話の下りガンガンガイアのBGMをバックに描いてたのがバレバレだと自覚させられた。



今回の話の冒頭部は、単にガメラである朱音の子ども好きを改めて表現しただけではないのですが、その意図は次以降の話で。


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#26 - 想いはすれ違う

いきなりビッキーの話なのですが、考えてみると原作のビッキー、まだ原作GXまで経てもまだ本当の意味で〝対話〟に対する挫折をしていない(汗

だってクリスちゃんにしても、調にしても、キャロルにしても、対話を臨もうと踏み込んで地雷を見事に踏んじゃうことはあっても……対話が上手くいかない現実を突きつけられるより、ぶり返した自分のトラウマに苛まれてしまうから(コラ

つまり現実の壁にぶち当たる前にトラウマで転んじゃってヒーローとして絶不調に陥るのが一作品につき一度は必ず起きると言う。

もしかしたら……今度こそ四期以降は意地悪な金子さんによって対話がままならない現実に打ちのめされそう。

しかも今までも激闘の被害を踏まえると、MCUにおけるソコヴィア協定的なものが装者たちに課せられそうな予感もあるんです(オイ

とにかく前半は未来の愛は重い、後半はクリスちゃん激おこで構成された回です(マテ


 図書室の窓から、隣の市民病院の屋上で、朱音と響がいるのを目にしてしまった未来は、あの後逃げるように校舎から出ていき、市内を一人〝彷徨い人〟な様相を漂わせて、一人歩いている。

 響自身の隠し事のできなさ、ごまかしの下手さといった性分、学生寮で同居している環境、そして小学生からの長い付き合いもあって、具体的な形まで分からずとも、何か辛いこと、苦しいことを背負っている気配を、未来は薄々感づいていたものの………どちらかと言えば内向寄りに当たる彼女は、親友の〝隠し事〟を確かめるほどに、踏み込めずにいた。

 そんな中、遠間から、背中越しからでも、響から悩み事を打ち明けられ、それを真摯に聞いて上げている。

 リディアンに進学して、新たにできた友人である彼女に、未来はどうしようもなく心を乱された。

 

 

 

 自分からは、いくら聞いても尋ねても、何も言ってくれない……応えてくれない、ただただ気まずく取り繕った〝愛想笑い〟で、誤魔化されてしまうのに。

 中学の………あのライブの後にあった〝誹謗中傷〟を受けていた頃だってそう……心ないたくさんの〝言葉の刃〟を、毎日毎日、身も心にも突き刺せられて………お父さんがいなくなって………お母さんもおばあちゃんにまで及んで、本当は辛くて、哀しくて溜まらなかった筈なのに。

 

〝へいき、へっちゃら、だって〝私の陽だまり〟な未来がいるんだもん〟

 

 私にすら、自分を〝陽だまり〟だとそう言って、笑顔を見せて強がってばかりだった。

 だからせめて………あの日響を死に際に追いやる原因と、誹謗中傷を受ける原因、家族をバラバラにしてしまった原因の大元な自分が………二度と手を離さないように、〝友達〟として傍にい続けようと、決めたのに。

 その為なら、陸上にも、走ることへの〝情熱〟だって、諦められた。

 潔く、捨てることを………受け入れることだってできた………なのに。

 

〝ごめん未来……〟

 

 一緒に流れ星を見られなくなったと伝える時の、親友の背中が再生される。

 なのに………響は幼馴染である未来にすら明かしてくれない秘密を、背負っている〝重荷〟を、朱音には打ち明けて………朱音は聞いてあげている。

 未来はいくらでも〝受け皿〟になってあげられるのに、朱音がその役を担って、受け止めている。

 親友の自分を差し置いて、響は朱音と、一緒に………共有している。

 未来の心をざわめかせるのは、図書室の窓越しに見た光景だけではない。

 一か月以上前の休日、どこか物憂げな様子だった響が制服姿で一人外出したあの日の夕方、夕飯のお弁当を買いに行った帰りの道中にて、未来は見ていたのだ。

 夕陽が照らされる中、遠くからでも分かるほど、大粒の涙を流して咽び泣いている響と………彼女を優しく抱きしめ、涙を哀しみごと受け止めている朱音の姿を――。

 

〝私には……何も……私だって………いつだって……〟

 

 ある種の〝羨望〟と〝ジェラシー〟が入り混じった心情をも、抱いてしまい、同時に人知れず命がけでノイズと戦い人助けをしている〝命の恩人〟へ、そんな気持ちを持ってしまった己に、自己嫌悪さえしてしまっていた。

 粘液じみて胸の内で周る気持ちが堂々巡りをして整理がつかない中、未来はリディアン他校含めた談笑し合う学生たちも行き交う喧噪の中で、一人行きつけのお好み焼き屋――フラワーに足を運んだ。

 

「いらっしゃい―――おや? 今日は未来ちゃんお一人かい?」

 

 暖簾を潜って扉をがらがらと開けると、藍おばさんが今日もきさくに迎え入れる。

 

「はい、急におばちゃんのお好み焼きが食べたくなって……」

「そうかい、じゃあ今日は未来ちゃんに特別サービスで、うちの〝特性まかない〟、ご馳走しましょうかね」

 

 客足が落ち着いている時間帯もあり、まずお冷を未来に提供した藍おばさんは気前よく当店の裏メニューの調理に取り掛かり始めた。

 

「お願いします………実は昼から、何も食べてなくて………ペコペコで」

 

 カウンター台へと俯くと、コップの中の水面が暗然とする未来の目の周りを映していた。

 肉や野菜などの具材が混ぜ込まれ、練り込まれ生地が熱せられた鉄板の上で焼かれ、じゅうじゅうと食欲を刺激し増進させる効果も付いた、火によって演奏(かきなら)される音色に、未来は耳をすませて、空腹の直ぐ上にある〝胸〟の中で渦巻き続けるドロッとした思いを紛らわそうとしていた中。

 

「未来ちゃん、お腹空いたままか考え込んでいるとね――」

 

 いきなり呼びかけられ、未来は藍おばさんの後ろ姿へ見上げる。

 

「――そう言う時に限って、嫌なことばかり浮かんでくるもんだよ」

 

 その助言に、未来は面食らわされた。

 

「経験あるの、って顔してるね」

 

 器用に裏返しつつ、調理したまま首だけを振り返ったおばさんに、こっくりと未来は頷き返す。

 

「これでもおばちゃん、昔は夢に向かって我武者羅に全力疾走していた時期があってね、でも中々上手くいかなくて、いつも虫が鳴きそうなくらいお腹を空かせて、へればへるほど嫌な考えが頭に張り付いてくるから、大変だったものさ」

「おばちゃんの……〝夢〟って?」

「それは―――秘密」

 

 口元に人差し指を立てた藍おばさんは、長年培った腕で巧みに焼き上げ、プロの絵描きの如き手つきでソース、マヨネーズ、青のり、鰹節を飾りつけたお好み焼きを、食べやすく十字状で綺麗に四頭分にして皿に移し。

 

「何にお悩みかは、無理に訊かないけど、まずは頭を休めて、ペコペコな体に食べさせておやり」

 

 未来の前のカウンターに、特性まかないをにっこりとした笑顔と一緒に差し出した。

 

「いただきます」

 

 未来はいつもよりも深く礼をして合いの手をし、煙が立ち昇って鰹節が賑やかに踊るお好み焼きを食し始める。

 まかないとしておくには勿体ないほどの旨味が、口の中で広がった。

 

〝これじゃ、一人相撲……だよね……〟

 

 段々と食べていく内に、未来の心は余裕と落ち着きを取り戻し、自分の勝手な思い込みに思い込みを重ねて、一人ネガティブな思考が生んだ沼に嵌りかけていた自分を恥じた。

 

〝私ってば……バカ〟

 

 悩みの中身は置いといて、これは自分にとっても響にとっても喜ばしいことではないか?

 いつも誰かの為にばかり頑張り過ぎて………いつも自分のことは、無頓着に後回しにしてしまうあの響が、自分から〝悩み〟を打ち明けていたのだ。

 傍にいると決めておいて、自分は手をこまねいていた中、響にそこまで至らせた恩人の朱音には、むしろ感謝しなくちゃいけない。

 だったら自分も、一人で勝手に思い込んで沈んでいないで、ちゃんと話せば――

 

「ありがとう―――おばちゃん」

「何かあったら、いつでもおばちゃんのところへおいで」

「はい」

 

 さっきまで〝沈痛〟が張り付いていた顔に笑みを浮かべて、未来は藍おばさんに感謝を送った。

 

 

 

 

 ふらわーに入店する前は重かった足取りも一転して軽やかとなった未来は、その足で改めて朱音の見舞いに行くべく、市民病院へと向かっていた。

 

「泣くなって……ここで泣いたって父ちゃんがみつかるわけないだろ?」

「だってぇ……」

 

 途中、道脇に設置されたベンチに座って泣いている小学校一・二年くらいの女の子と、その子を宥める二歳分ほど年上な男の子を見つける。

 

「君、どうかしたの?」

「父ちゃんと、はぐれちゃって」

 

 話を聞くとこの子らは兄妹で、休日がてら父親と三人で外出したら、街中ではぐれて迷子になってしまったらしい。

 

「それじゃ、私も一緒に探してあげる」

「ほんと!」

 

 尋ねた手前、放ってはおけず、未来はこの兄妹の父親捜しを手伝ってあげることにした。

 彼らの話では、下音谷森林公園の近くではぐれてしまったとのことで、その辺から探し始めた。

 駐車場と隣接した園内のレンガ道を歩いていると、鞄に入れていた未来のスマホから着信音が鳴り。

 

「ちょっとごめんね――もしもし?」

『もしもし未来、今時間あるかな?』

「ごめん――」

 

 電話を掛けてきた主である朱音に、迷子な兄妹の父親捜しを手伝うまでの経緯を話す。

 

『じゃあ、その子たちのダディが見つかってからでいいから、病院に来てくれないか? 大事な話があるんだ』

「うん、分かった」

 

 見舞い相手の朱音と約束を交わした直後、レンガ道の向かいから、響がこちらの方へ走って来ていた。

 

「あ、響―――!」

 

 彼女に気づいた未来は、親友に呼びかけるも。

 

「み……未来っ……」

 

 その親友当人は、切迫した様子で鉢合わせた未来に対し、驚きの面持ちをしていた。

 

 もしも、このまま何事もなく、市民病院に着いて、朱音の口から〝真実〟――愛しい親友が背負っている〝十字架〟を知ることができたら、どれ程幸いだっただろうか。

 たとえ、驚愕と、衝撃、戸惑いを覚えながらも、親友の〝本気〟を汲み取って、許容することができたかもしれない。

 だが――

 

「お前はァァァァァーーーー!」

 

〝運命〟と言う悪魔は、最悪の形で、立花響の〝十字架〟を、親友たる小日向未来に、突きつけてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「未来―――未来ッ!」

 

 電話越しに、日常が破壊される轟音と、未来と子どもたちの悲鳴を耳にした朱音は、点滴針を抜くと同時に突風の如く駆け出した。

 行く先は、この庭園からも繋がっている非常階段、院内の廊下は走行ご遠慮なのを考慮した彼女は、迷うことなくそこから院内に出るルートを選んだ。

 朱音は屋上と連なる最初の踊り場の手すりに手を掛け、膝を曲げた両脚を横向きから跨がせて跳ぶ――トゥーハンドヴォルトで、六階の踊り場に降り立つ。

 足と階段の接触音が響き終える前に直ぐ様、六階の手すりを、全身の向きをターンさせて跳び越える。

 その先は地面まで約二〇メートル、このまま堕ちれば当然ただでは済まず、傍からは朱音の行動は常軌を逸したものだったが、ターンヴォルトから落下する彼女はなんと五階部分の踊り場の端に手を掛け、両脚を振った勢いで四階部に入り込んだ。

 そのまま急ぎ三階、二階へ駆け下り、地上から二段目の踊り場から、地上の駐車場目がけて飛び降りた。

 足がアスファルトと接地した瞬間、その場で前転し衝撃を緩和し、見惚れるほどな一連のパルクールアクションで病院の外に出た朱音は、駐車場内を疾走する。

 敷地内を超える寸前、右手側から出てきた車が彼女の目の前で急停車した。

 

「乗って下さい!」

 

 助手席の扉を開けた運転手、朱音の警護に当たっていた私服姿の二十代半ばくらいな二課のエージェントが、乗車を促し、朱音は応じて乗り込んだ。

 車両が発進した直後、特異災害の発生を知らせる警報(サイレン)が街中に響き始めた。

 

「なぜ?」

「司令からの指示です、貴方の即断を見越してのことでしょうね、まさかパルクールを披露するとは思いませんでしたが」

「サラジアのエージェントのように律儀に降りてはいられなかったもので」

「サラジア?」

「後で検索してみて下さい」

 

 かの怪獣映画にちなんだジョークを飛ばした朱音は、スマートウォッチの通信機能を立ち上げる。

 

「友里さん、状況は?」

『現在下音谷公園内で、響ちゃんとネフシュタンの少女が交戦中、ノイズの反応は現在見られません』

 

〝どういうこと?〟

 

 友里からの報告に対し、疑問が生じる。

 一度ならず、二度も少女は狙いである響の身柄の強奪に失敗している。

 今度こそは何としても果たそうと全力を以て現れた筈なのに………なぜ戦力面では有効な、ノイズを操作できる〝古代イスラエル王国三代目の王の杖〟を使っていないのか?

 相手がノイズの天敵な装者でも、物量で攻め込めるアドバンテージを有した手持ちの戦力(カード)を、みすみす切り捨てるなんて………彼女、何を考えている?

 一連の陰謀に加担するあの少女の正体と、その〝胸の内〟に心当たりを見出しているだけに……〝背水の陣〟な筈の彼女の意図が、解せす。

 

〝どうか………無事で……〟

 

 巻き込まれた未来と子どもたちの安否を願う中、車が急停車する。

 

「未来っ……」

 

 フロントガラス越しに、向かうから、どうにかここまで避難してきたらしい、体も服も煤で汚れた未来と、例の父親と逸れた兄妹らしき子どもたちを見止めた。

 

「要救助者を発見、小日向未来さんと小学生二人です」

 

 二人はほぼ同時に車から降り、エージェントは本部に報告し、朱音は彼女らの下へ駆け寄り。

 

「みっ――」

 

〝未来ッ! 大丈夫か!?〟

 

 と、口より発しようとした声が、一単語目で、途切れてしまい、走っていた足も止まってしまう。

 朱音の存在に気づいて、彼女に目をやった未来の瞳から、涙が………溢れ出す様を、目に止まってしまったからだ。

 未来自身は、口を固く結んで必死にこらえようとしていたが………こらえ切れず、瞬く間に彼女の顔は涙で濡れ染まり、膝が屈されて、泣き崩れていった。

 頬を伝って零れた雫が、地に付いた手の甲へ、ぽたぽたと落ちていく。

 

〝見てしまったのか………シンフォギアを纏った……親友の姿を……〟

 

 友の泣き崩れる姿を目にするだけで、朱音はその〝事実〟を知った。

 恐らく、少女の襲撃で生じた二次災害から、未来と子どもたちを守ろうと、彼女らの目の前で、響は聖詠を唄って〝変身〟したのだろう。

 

〝こんな形で………知ってほしくは………知らせたくは―――なかったのに………〟

 

 未来に〝真実〟を伝えるのに逡巡して先延ばしにする余り、こんな最悪の形で………突きつけてしまった。

 己への不徳さ、不甲斐なさに、朱音は自らの拳を震えるほど握りしめ、同じくらいの強さで、歯噛みする。

 

「お姉ちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」

 

 そこへ、未来の泣く姿を間近に見ていた兄妹たちは、その理由までは分からずとも彼女を案じ、妹の方は言葉も掛けていた。

 

「怪我の心配はない、君たちを安全な場所まで送ろうと頑張ってた分、ここにきて怖い気持ちが湧いて来たんだ」

 

 涙の理由の大半は……響のことな一方、実際子どもたちの安全を確保する為に、命の危機に瀕しながらも気丈に振る舞っていたのも事実なので、その点を強調して子どもたちに述べる。

 

「それより………君たちも」

 

 子どもたちを見れば………戦闘の巻き添えになった際に、飛び散った破片か何かで、兄は頬に、妹は腕の皮膚に切り傷が刻まれていた。

 怪我そのものは軽傷だが、それでも幼い命に、痛覚――肉体が発する警告は、決して小さくはない苦しみを与えるもの。

 現に、彼らの顔をよく見れば、傷の疼きで歪みそうに、泣きそうになっている。

 

「痛くないよ、だって僕男の子だもん!」

「お姉ちゃんこそ、怪我、大丈夫なの?」

「そうだよ、お姉ちゃんが着てるそれ、病院の服だよね?」

 

 だと言うのに、この小さな身体で、痛みに耐えて必死に戦いながら、患者服姿な朱音を、気に掛けていた。

 

〝おねえ……ちゃん〟

 

 初めてシンフォギアとしてのガメラを纏った日を思い出す。

 あの子も、大勢のノイズに囲まれて、押し寄せる不安と恐怖で一杯一杯な筈なのに………不条理に屈しかけ、前世(ガメラ)の記憶と無力な己に押し潰され、絶望しかけていた朱音を、気に掛けてくれていた。

 改めて、この幼く小さない生命(いのち)たちの、理不尽を前にしても消えぬ健気さと、強さに、胸より温かさを覚え………心打たれた朱音は――

 

「大丈夫、君たちの怪我に比べれば、お姉ちゃんのなんて、どうってことない、だから――」

「あっ……」

 

 両腕を広げて――子どもたちと未来を包み込んで抱き寄せ。

 

〝kiss it~and~~make it~Well♪〟

 

 そう、メロディを奏でて、唱える。

 

「今の、何?」

「痛みが和らぐ、おまじない」

 

 男の子の疑問に、朱音は母性すら感じさせる微笑み答えた。

 彼女が今口ずさんだのは日本で言う、〝痛いの痛いの~とんでけ~〟に当たるおまじない―――〝魔法の言葉〟である。

 

「この人は特機部の人だから、もう大丈夫」

 

 子どもたちの小さな頭に、優しくぽんぽんと手を置き、彼らを安心させると。

 

「この子たちの保護、頼みます」

「お任せ下さい、さあっ君たち、車に乗って」

「う、うん」

 

 ここまで連れて来てくれたエージェントに、後を任せた。

 急ぎ変身して戦場に向かい、響の助太刀に向かいたいが、その前に朱音は、ゆっくりと涙で顔が濡れている未来を立ち上がらせると。

 

「必ず戻る、響も連れてだ」

 

 決意を込めた声音で未来にそう伝え、すれ違い様にそっと、彼女の肩に手を置いた。

 

「っ………」

「小日向さん、こちらに」

「はい……」

 

 振り返った未来は朱音の背中を見つめて、何やら言いたげな様子を見せるも、エージェントに催促されて、車に乗り込む。

 エージェントも運転席に乗り直して車を発進、その場でUターンして走り去っていく。

 

 

 

 

 

 未来たちを乗せた車の後ろ姿を見送った私は、勾玉を手による。

 同時に、脳裏である雑音(ノイズ)たちが響いてきた。

 

 機関銃が乱れ放ち、弾たちが大気を裂いて突き進む銃撃音、それらが人の血肉を打ち貫く音。

 戦車から放たれる砲弾、それが地面に着弾して上がる爆音。

 空を翔る無数の戦闘機から落とされる――爆撃の雨。

 火を吹かして飛翔する………ミサイル。

 そして………それらの兵器の猛威によっていくつも響き渡る………人の悲鳴。

 

 哀しく凄惨な争いの中で、かき鳴らされる…………残酷な〝合奏〟、私も――ガメラも、何度となく、直に耳にしてきた不快なる〝不協和音〟だ。

 

 実を言えば………私は悪しき陰謀の片棒を担ぐ〝彼女〟に対して――〝怒り〟を覚えている。

 

 何年も、あの〝不協和音〟と隣り合わせで、一秒でも長く生き長らえるのかすら………分からない〝恐怖〟の日々を、命が無慈悲に奪われていくその〝地獄〟を………直に目で、耳で、心で味あわされ、直面し続けてきたと言うのに。

 彼女は………故郷である筈のこの日本で、特異災害をも利用し、幸いにも人同士の醜い争いに巻き込まれることなく過ごしてきた人々を………未来(こどもたち)の音楽(いのち)を脅かし………自らの両親の〝願い〟を足蹴にして、どんな理由を、想いを心に秘めているにせよ………自身の人生を狂わせ、憎んでさえいる筈の〝地獄〟を、引き起こす側に立っている。

 その現実が…………とても腹正しい。

 彼女がそのような残酷な〝選択〟をしなければ………響の胸にあるガングニールは目覚めることはなく、ただの女子高生として、日常の中で人助けに励む普通の女の子として…………いられ続けたのかもしれないのに。

 長年の親友とも、こんなすれ違いをせずに、済んだと言うのに。

 

〝我―――ガイアの力を纏いて―――〟

 

 だからこそ、私は内なる〝猛獣〟の手綱を握りしめて御しながらも、〝義憤〟と戦意の炎を、静かに燃え上がらせ、聖詠を唄う。

 

〝悪しき魂と、戦わん〟

 

 その〝不条理〟―――我が〝炎〟で―――断ち切るッ!

 

 

 

 

 

 決意の火を滾らせ、勾玉を持つ右手を左肩に当て。

 

「ガメラァァァァァァァァーーーーーーーー」

 

 自身のかつての名であり、シンフォギアの名を叫び上げ、前方に突き出した勾玉より発せられた光に包まれた。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、シートベルトしなきゃダメだよ」

 

 この時、後部席に座っていた少年は、ガラス越しに―――朱音が変身する様を、妹からの注意が聞こえなくなるほど夢中になって、目にしていた。

 

 

 

 

『そのまま響ちゃん側から見て一二時の方角に進んで下さい』

「はい!」

 

 今度こそ自分を捕えようと三度、襲撃してきた少女から未来たちを守るべくガングニールを起動させた響は、二課本部オペレーターからのサポートも受けつつ、戦闘に差し障りのない場所へ少女を誘導させていた。

 

〝響………どうして………〟

〝未来ぅ………ごめん〟

 

 一瞬、この姿を見せてしまった時の自分を見る未来の姿が過りながらも、歌いながら今置かれている状況に意識を集中させ、少女からの鞭の攻撃を躱しながら森の中を駆け抜ける。

 

「どんくせえ癖に一丁前の挑発をッ!」

 

 一方少女は、挑発的言動は崩さずにいながらも、内心。

 

〝くそっ………アタシのしたことが…………関係ないやつらを巻き添えにしちまった………〟

 

 結果を言えば無事に逃げ延びたとは言え、自分の起こした〝戦闘〟に民間人を巻き込ませてしまったことを悔やみ、それを招いた自分を攻め立てていた。

 

 完全に周りには自分と少女以外、人がいないことを確認した響は、移動を止めて相手を向き直す。

 止まったところを狙い、少女は鞭の一閃を振るうも、響は籠手が装着された両腕をクロスして防御した。

 

 

「やってくれるな、どんくせえノロマがッ!」

「〝どんくせえノロマ〟なんて名前じゃないッ!」

「あっ?」

 

 偽悪の仮面を被ったまま煽り立てる少女に、響は反論を投げ返す。

 

「私は立花響!一五歳! 誕生日は九月の一三日――血液型はO型――身長はこの間の身体測定じゃ一五七センチ! 体重はもう少し仲良くなったら教えてあげる! 趣味は〝人助け〟で好きなものは〝ごはんアンドごはん!〟――あと――彼氏いない歴は年齢と同じィッ!」

「っ………」

 

 これには少女も、今戦っている状況を忘れかけるほど呆けそうになり、困惑を見せていた。

 

「な……なにトチ狂ったこと抜かしやがるんだ? お前は……」

 

 意識的にしていた偽悪的声音が一時消え、思わず響に苦言を呈してしまう少女。

〝トチ狂った〟などと言う表現は行き過ぎだとしても、引かれるほど突っ込まれるのは無理ない。

 戦いの最中にて、ここまで自身のパーソナリティを事細かく、大声ではっきりと、体重は秘密なのに彼氏は生まれてから現在まで一人もいないこと含め堂々と、長々と述べ立てる輩など、恐らくこの先の人類史でも響以外に現れることは絶ッ―――対、ないであろう。

 

「私たちは――ノイズと違って言葉を持っているんだからちゃんと話し合いたい! どうしてそんな怖い力を振るっているんか――知りたいんだッ!」

 

 しかし、響は〝トチ狂って〟少女に言葉を投げかけているわけでは――断じてない。

 ご覧のとおり、本気も本気で敵対している筈の少女との〝対話〟を望み、求めていた。

 

〝話し合いたいだ? また戦場(いくさば)のど真ん中でバカなことを――〟

 

「何て悠長! この期に及んでッ!」

 

 内心、また響への苛立ちが芽生えつつも、口調を偽悪的なものに直し、響の呼びかけに余裕ぶった態度で一蹴し攻撃を再開する。

 

〝何?〟

 

 牽制目的だったさっきのと違い、今度は確実に当て、ノックアウトさせる気で振るわれた鞭の猛攻の数々を、響は回避しいく。

 

〝この間よりさらに動きが? どうなってやがる!?〟

 

「だから止めよう! こんな戦い! ちゃんと言葉を交わして――話し合って、通じ合えば―――分かり合えるよ!」

 

 得物を持つ少女の手の力が強まり、さらに鞭の攻撃が激しさを増していっても、双眸に強い眼差しを帯びた響は避け切り、語るのを止めない。

 

〝ちっ! ―――聞く耳を立てんじゃねアタシッ!〟

 

 響のその姿勢に、苛立ちが強まった少女は舌打ちを鳴らす。

 

「だって私たち―――」

 

 心の底から、対話を、立場では敵対していても分かり合おうと呼びかける響だったが――

 

「―――同じ〝人間〟だよ! 人間なんだよッ!」

 

 続けて発した………思いの丈の籠ったこの響の手(ことば)は、意図せずして、少女の〝逆鱗〟に――

 

「ウルサいッ!」

 

 ―――触れてしまっていた。

 証拠として、バイザーを被る少女のあどけなさが残る整った容貌は、響への憤怒一色となって歪んでしまっていた。

 

 

 

 

 

 クソッタレが!

 胸ん中で疼き、沸騰しやがった熱は、真っ赤な血ごと一気にアタシの頭んにまで昇ってきやがった。

 けどアタシには………それを抑えつける気なんざ、毛頭ない、逆に歓迎したいくらいだ!

 さっきから……聞いていればこの野郎は………そんな耳障りが過ぎて反吐が出てきやがる綺麗言(キレエゴト)を………おめでてえくらい度が過ぎて癇に障る青臭さを―――胸糞悪い空虚でクソの役にも立たない理想論を―――ベラベラベラベラ知ったように―――ほざき吐きまくりやがってッ!

 

「何が分かり合えるだ!? 言葉を交わせるだぁ!? 理解(わかり)合えるもんかよ! そんな風にできてるもんじゃねえんだよ―――人間ってのはッ!」

 

 お前のほざく通り――言葉を持っている癖に争っているのが人間だ!

 言葉を使えるくらいの知恵(おつむ)で、同じ人間を殺すおぞましい武器、殺戮兵器――力を生み出して殺し合っているのが人間だ!

 その人間たちに、歌と音楽でお前みたいに仲良くしよう、仲良くなろうとのこのこ国中が内戦で鉄火場となっていた国に転がり込んだパパとママを無残にぶち殺しやがったのが人間だ!

 同じ人間と人間から生まれたアタシら子どもを、道具も同然に弄んだ屑揃いな大人どもも人間だ!

 いくら痛いと言っても、いくらやめてと訴えても、これっぽっちもアタシの話なんか聞いちゃくれなかった連中も、同じ人間だ!

 そんな目を覆いたくなる、塞ぎたくもなる、瞑りたくもなる〝現実〟も知らねえ温室育ちの癖に………知ったような口で―――偉そうにッ!

 

「気に入らねえ!気に入らねえ! 気に入らねえ!――気に入らねえッ!」

 

 もう融合症例(こいつ)を引きずって連れ帰るって■■■■からの〝頼み〟すら、どうでもいい!

 

「何も分かっちゃいねえくせして知った風にペラペラと口にする偽善者(ヒポクリット)ヤロォォォォーーーがァァァァァァーーーーーー!!!」

 

 この手でこの〝キレイゴトヌカスギゼンシャ〟を、叩き潰す!

 

 お前の何もかも―――全てを―――踏みつぶしてやるッ!

 

 

 

 

 

 激情の濁流に流されるまま、少女はネフシュタンの鎧の飛行能力で跳び上がり。

 

「吹っ飛べッ!」

 

 鞭の先端より、漆黒の雷撃を纏ったエネルギー球――《NIRVANA GEDON(ニルヴァーナ・ゲドン)》を投げ放つ。

 響は交差した両腕で、一撃で翼をも追い込んだエネルギー球を受け止め、大地を踏みしめる両足が後退させられながらも耐えていたが。

 

「もってけよ――」

 

 そこへさらに。

 

「―――トリプルだッ!」

 

 二連続で《NRVANA GEDON》を地上の響へ、投げつけた。

 追い打ちのエネルギー球の衝突で、響の姿を飲み込むほどの爆発が、巻き起こり、辺りは巨大な爆煙に覆い、漂った。

 

〝お前みたいのなのがいるから………私はまた――〟

 

 迸らせた激情と、大技を三連続で放った代償による消耗で、息が荒くなっている少女は滞空状態を維持しようとするも、ふらつく中。

 

 煙(ベール)の奥より、〝焔の弾〟が、少女へと肉薄する。

 避けようにも、消耗の影響で思うように飛行制御できず、直撃を受けて、鮮やかな爆炎が轟く。

 

〝今の火の玉、ヒポクリットヤローのじゃない………〟

 

 着弾から、拡散して膨れ上がるプラズマの炎から、煤で鎧の至る箇所が黒ずんだ少女が地上へt落ちていくも、どうにか態勢を立て直して降り立った。

 まだ地上を彷徨って流れる煙に浮かぶ、人影が目に止まる。

 

〝まさか……〟

 

 そのまさか、であった。

 響のではない人影が、手を手刀の形にした左腕で、煙を振り払う。

 

「今度は――」

 

 右手には、少女を撃ち落としたプラズマ火球を放って銃口より白煙を上げるライフル――アームドギア。

 

「――私が相手だ」

 

 少女が最も戦いたくはなかった、見えたくなかったイレギュラーなる装者。

 最も少女の意志を揺さぶらしてくる相手。

 最も彼女の心を、脅かしてくる存在。

 

 政府官僚らからは、《紅蓮の戦乙女》と呼ばれ。

 

 ■■■■からは――《地球(ほし)の姫巫女》と異名を付けられし、戦士。

 

 草凪――朱音。

 

「雪音(ユキネ)――クリス」

 

 朱音は、生命(いきとしいけるもの)を脅かす〝不条理〟に立ち向かうあのガメラの眼差しそのもので、少女と相対し、彼女の名を、呼び上げた。

 

つづく。

 

 




当SSでは花笠藍って名前を勝手につけてしまったふらわーのおばちゃん。
巷ではおばちゃん=織田光子(翼の尊敬する憧れの歌手)説があり、そのネタ使おうかなと思ったけど公式側の見解がもし違ってたらと言う可能性もあるので、織田光子だったのかもしれないし、ライバル歌手だったのかもしれないバランス(中の人が元ウルトラマンのつもりで演じたガイアの石室コマンダーのバランス)で描きました。


澤海(ゴジラ)「一番怒らせちゃ不味い奴を怒らせて、どう見てもそのクリスとやらが勝てる要素が全く見られねえんだけどな」

怪獣王が言ってやるな(コラ


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#27 - ichii-bal

どうにか8月中に最新話出せました(汗

シリアス展開大好きな歪んだ性分のせいで、無印の時期なのにGの時のハードテイスト漂う回となっております。


「今度は―――私が相手だ」

 

 爆発の煙(ベール)を振り払って、紅緋色の鎧(アーマー)を身に纏い、たった今自身を撃ち落とした火球を放つ大型銃(ライフル)の銃口を向け、翡翠色で鋭利な瞳より物理的圧力さえ感じさせる眼光を発する装者――草凪朱音が鉄火場(いくさば)に馳せ参じた状況に、ネフシュタンの少女は、口が開かれたままでありながら、戦慄で〝閉口〟させられていた。

 

〝嘘だろ? あんだけの怪我を、負ったってのに………〟

 

 絶唱を絶唱で以て吸い取り、その莫大なエネルギーの猛威を受けて、全身血まみれな重傷を負ってから、それ程長くは経っていないと言うのに、今こうして自分の目の前に現れ、対峙している事実を、少女は信じられずにいた。

 響の心からの言葉、しかし同時に少女の逆鱗に触れる言葉によって一瞬で沸き上がった憤怒で歪んでいた美貌は一転して青ざめ、頭に昇っていた血流も急激に下がり、全身に渡って沸騰するほど昂っていた熱は瞬く間に冷え込む。

 自覚している以上に、朱音に対して強い脅威を覚えている彼女の両目は、震えに震えていた。

 当人すら知らず知らず内に、体の一部たる足は一歩、後方へと退いてさえいた。

 

「雪音――クリス」

「なっ!?」

 

〝アタシの名前ッ―――なんで!?〟

 

 朱音と相対している状況により頭が混乱する影響で、足を下げたことも気づけぬ中、自身の名をその相手より呼ばれたクリスの心に、驚愕の衝撃が上乗せされた。

 

 

 

 

 

 

「く、くりす……ちゃん?」

 

 朱音の背後から、たった今彼女が口にしたネフシュタンの少女の名を、響がつぶやく。

 

「気を抜くな響、ノイズを操れる〝ソロモンの杖〟を持った仲間が隠れ潜んでいる可能性もある」

 

〝敵対している相手にも〝ちゃん〟付けか……響らしくは、あるな〟

 

 内心にて朱音はこう呟きつつも、気を抜くことも、戦士の眼差しを解くこともなく響に警告を伝える。

 

「ッ!?」

 

 朱音から名を呼ばれ、バイザーの内の頬に疲労のものではない汗を流していたクリスの表情の狼狽さが増す。

 響への先の忠告には、クリスへのいわゆる〝かまをかける〟意味合いも込められており、相手の反応から朱音はあの〝完全聖遺物〟への正体に対する確信を得た。

 

《ソロモンの杖》

 

 ソロモンとは、《旧約聖書》にて記された古代ユダヤの歴史書――《列王記》に登場する古代イスラエル王国、三代目の王の名だ。

 高位の魔術師としての一面もあったソロモン王には、〝Goetic daemons〟、和名では〝ソロモン72柱〟と呼称される悪魔たちを召喚、自在に使役する魔術も有していた。

 その魔術の行使に使われた聖遺物こそ、かのソロモンの杖であったのである。

 一三年前に国連にて議題が上がる以前より存在自体は観測されていたノイズへの研究により、現代にまで伝わる先史文明期の神話や伝承に登場する〝人外・異形・魑魅魍魎〟の類の正体はノイズのものであるとの説が出ている。

 それを踏まえて朱音は、入院中の間にノイズを召喚し使役する完全聖遺物の特性に該当するものを探し、ソロモンの杖であると行き着いていたのだ。

 

「あれだけ大判振る舞いをして、どんな聖遺物か突き止められないとでも思ったか?」

 

 口元を不敵に笑みを象り、さらなる挑発を朱音はクリスに投げつける。

 

「朱音ちゃん」

 

 一方、目元は全く笑っていない――むしろ義憤に彩られたガメラの眼光そのもの。

 

「分かっている」

 

 背後に佇む響の呼びかけには応じながらも、眼光は対峙するクリスを一点に突きつけていた。

 響の声音にはどんな〝意味合い〟を込められているか、朱音は汲み取ってはいるし、できることなら応えてやりたいとも思っている。

 しかし一方で、胸の内に義憤の熱をも抱える朱音の脳裏には、先のクリスの襲撃に巻き込まれた未来と子どもたちに――

 

〝そこまで……〝争い〟を憎んでおきながら………〟

 

 ――装者としての戦いで、自身が直に目の当たりにしてきた………〝特異災害〟にと言う名の不条理で命を奪われた人々と、残された人々の姿が、鮮明に明瞭に再生されていた。

 

 

 

 

 

 一歩、また一歩を近づいてくる草凪朱音に、血の気が物凄い速さで引いていたアタシの頭は、厚底(ヒール)越しに足が、地面から顔を出していた大きめの石と接触してことで、何とか我に返った。

 このバカ………鉄火場の渦中で見えちまってるんだから、最早やり合うしかないっ