GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者~The Guardian of Symphogear~ (フォレス・ノースウッド)
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⊡主人公、平成ガメラ転生体『草凪朱音』の設定と本人と質問コーナー(イラスト付き)。※2023/11/23更新

2021年1/16追記:まさか本作の宣伝ツイートをガメラ公式垢さんからふぁぼされました(汗


⊡草凪朱音(くさなぎ・あやね)

イメージCV:小林沙苗

歌唱パートICV:アニゴジ主題歌でお馴染みXAIさんをイメージ

フルネーム:アヤネ・ティルダ・シャイニー・クサナギ=スティーブンソン

身長:169cm 体重:ヒミツ

誕生日:10月3日

血液型:AB型

スリーサイズ:B89/W60/H88(リディアン一回生の身体測定時点、まだまだ発育中)

髪色:黒味の濃いカシスベリーカラー

瞳の色:翡翠

前世:守護神ガメラ(平成三部作の個体)

 

SeaArtに作成してもらったイメージ

 

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変身時

 

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NovelAIDiffusionに作成してもらったイメージ

 

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フォロワーのアウス・ハーメンさんのイラスト

・ギア待機形態の勾玉付き

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・放課後下校中

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・ギア変身ver

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熊さん@N1lo1Vc5zmlDa4gのイラスト

全身像(私服)

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アウスさんのを下地にpicrewでの『ダウナー女子の作り方(現在閉鎖)』で作った

・初期イメージ

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・五分分け

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・ツインテール

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人物像:主人公の一人、かの地球の守護神―最後の希望―ガメラの転生体で、私立リディアン音楽院高等科一回生(一年生)の高校生な少女。

一人称は私、二人称は君や貴方、やや中性的な口調だが、特徴的な語弊センス持ちの多いシンフォギア世界の地球人の中では大人しめな方、戦場はせんじょうと読む。

中学生卒業したての女子高生離れしたスタイルと、大人びて凛としたクールビューティな容貌、カシスベリー色がかった黒髪ストレートロングの長身な少女で、美少女と言うよりも、美人と表した方が相応しい。そのせいで同い年な響たちより年上だと勘違いされ易い。

その容姿もあって、初対面からは近寄りがたい印象を与えてしまうが、実は表情豊かでノリもよく、日常では面倒見のいいお姉さん系な人物。ほぼ同年代には基本呼び捨てだが、相手をからかう時はその相手を『君付け』することがある。

実は当人は無自覚だが、小悪魔を通り越した魔性属性持ちで、同性異性問わずどぎまぎさせる物腰仕草を見せることも。

同性、特に同年代の女子からも羨むルックスの持ち主だが、当の本人は可愛げがない、発育するにももう少し時間を掛けてほしかったとコンプレックスを感じており、年齢を間違われる度にどよ~んと落ち込むことも。

歌うことが度を超して大好きな余り、一度興が乗ってしまうと周囲に構わず気が付けば声に出して熱唱してしまううっかりさんな面もあるが、翼に奏やマリアたちに匹敵する歌唱力の持ち主なのもあってクレームは出ない。

リディアン校舎の屋上で熱唱するのが日課となりつつある。

そしてガメラなので無論ながら、無類の子ども好き。

同じ映画を嗜む弦十郎とは年代差を超えたオタ友な仲。

 

両親は考古学者であったが、彼女の幼き日に目の前でノイズに殺されている。

その時のショックで、ガメラである前世の自分の記憶が蘇ってしまった。

現在でもノイズへの憎しみの炎がその心に灯されており、ノイズに関連する報道、記事を逐一纏めていたり、武術の鍛錬に勤しんでいたりと言った形で表れていたが、かつて自身への憎悪を利用され、右腕を犠牲にしてまでも救った少女の存在、ギャオスハイパーとの長き戦いで自分を見失った経験が抑止力となっている。

 

根っこは争いを好まぬ(自身とギャオスとの戦いの実態もあり、特にイデオロギーのぶつけ合いには反吐が出るほど毛嫌いしている)平和主義者なロマンチストだが、覚悟を以て戦いに飛び込むことも辞さないリアリストでもある。

 

武術家兼ハリウッド俳優な祖父から幼少期よりあらゆる武術を習っていた為、身体能力はOTONA予備軍クラス。

 

一度自身のシンフォギア―ガメラを起動させて鎧を纏うと、普段の少女らしさは消え、凛然とかつ鬼気迫る鋭き眼光を放ち、アームドギアより発せられるプラズマの炎で、ノイズたちを苛烈に狩る戦士となる。

要は原作の装者たちに負けず劣らずの『おっぱいのついたイケメン』

 

⊡使用ギア―ガメラ

 

両親からプレゼントされた形見の勾玉に、シンフォギア世界の地球から齎されたマナが注がれたことで誕生したシンフォギアで、正確に言えばギアをモデルにした模造品でありながら新たに生まれ出でた〝聖遺物〟でもある代物で、ぶっちゃけ言えばシンフォギアシステムの皮を被ったガイア世界のウルトラマン。

歌唱しながらバトルポテンシャルを上げる、その歌でノイズの位相差障壁を無効化等、用途がシンフォギアシステムと酷似しているのは、地球の意志が記憶していた装者とノイズとの戦いの記録を反映して構築された為。

 

起動聖詠は『Valdura airluoues giaea(ヴァルドゥーラ エアルゥーエス ズィーア)』超古代文明語で『我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん』と唱える。

 

ギアスーツはガメラのプラズマの炎を連想させる紅緋なメインなカラーリング。肌が露出している部分は顔を除けば二の腕と肩と背中(インナースーツ込みでカラーイメージに一番近いのはISの篠ノ之箒の紅椿)。

脚部と両腕の前腕部と腰を中心に推進機構―スラスターがあり、それを噴射することで前世の自身同様、XDモードにならずとも空中を自在に長時間飛行可能。

 

アームドギアはノイズとの一対多数戦を想定して身の丈を超す長柄のロッドを最初に構築し、次にショットガンとグレネードランチャーの特徴が掛け合わさった円筒状の銃身な銃、ガメラの甲羅をモデルにしたドーム状の盾を生成した。

当然ながら技の大半はプラズマ火球と言ったガメラが使っていたものが元であり、また奏でられる主な歌の歌詞は超古代文明語(他の装者との合唱の際は日本語に合わせる)。

 

⊡本人に質問(診断メーカーより)

 

Q1:短所

朱音「気分が良いと気がつけばところ構わず歌っちゃうんだよね(苦笑」

 

Q2:異性のタイプ

朱音「異性のタイプか、男の子に限らずだけど、ちょっと弄り甲斐のある子かな~~♪ ふふ♪(⌒∇⌒)」

 

Q3:好きな人いる?

朱音「好きの定義もよるけど、私が『慕える、信頼できる』と信じられる人はみんな好きだよ、恋愛としては……ヒ・ミ・ツ♪」

 

Q4:告白した&された回数

朱音「自分から告白したことはないけど、された経験は結構あるよ、ベタだけどリディアンでも下駄箱開けたらラブレターの束が落ちてきた経験もして弓美から無論『アニメじゃないんだから』とツッコまれた、勿論リディアンは女子校、当分男女共学になる予定もない」

 

Q5:あだ名

朱音「創世からは『アーヤ』と呼ばれてる」

 

Q6:家族構成

朱音「詳しく話すと暗い話になるから、アメリカに今でも現役なハリウッドのアクション俳優兼監督で大塚明夫さんに声がそっくりなグランパがいると言っておくよ」

 

Q7:長所

朱音「長所は他者に見つけてもらうものと思ってるから、自分から言うのは余り気が乗らないけど、しいて言うなら『諦めが悪いとこ』と『自分にできることを懸命に果たす上で他者に頼る』ことかな?」

 

Q8:捨てて後悔したもの

朱音「『樋口監督のスーパーX撮影用模型投棄』くらいの後悔の経験は今のところ無いね」

 

Q9:仕事

朱音「音楽学校(リディアン)の女子高生兼公務員のアルバイトもといシンフォギア装者やってま~す」

 

Q10:好きなフルーツ

朱音「フルーツは大抵のものは好きだけど、しいて挙げると、メロン、キウイ、マスカット、梨」



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⊡朱音―ガメラの技集(オリ技あり)※2022・10/05更新

昨日はG1――大怪獣空中決戦の公開日だったので、何か出せないかなと思いつつも本編最新話はまだ書いてる途中だし良いネタが思いつかず、でも何か出したいと思い、技集にしました。



⊡朱音―ガメラの技集(オリ技あり)※2022・10/05更新

 

・プラズマ火球

別名、『烈火球』。いわずと知れた平成ガメラの十八番、本作ではフォニックゲインから変換されたプラズマエネルギーをライフル形態のアームドギアから発射する。

いわゆる樋口撃ちも健在。

 

・ハイプラズマ

別名、『超烈火球』。ライフル形態の出力を120%まで上げつつ、周辺の酸素を取り込んで発射するプラズマ火球の強化版。着弾すれば高圧縮されたプラズマの炎が一気に全方位に拡散し、直撃は免れた周辺にいる複数のノイズごと巻き込んで焼失できる。

 

・ホーミングプラズマ

別名『烈火球・嚮導』、朱音の周囲に追尾機能の付いた火球を生成し、一斉発射(イメージ的にはかの英雄マニアな博士と中の人が一緒なギ○ガのギ○ガファイヤーボール)。平成ガメラ本編ではお蔵入りとなった幻の技。ノイズとの戦闘は常に一対多数戦なので、重宝されている。

 

・スティングプラズマ

別名『炎貫弾』、ライフルモードのアームドギアからライフル弾頭を連射する。

 

・ブレイズウェーブシュート

別名『轟炎烈光波』本作オリジナルであり、朱音がレギオンのマイクロ波シェルを参考に編み出した技。ライフル形態の銃身を伸長し、マザーレギオンの角を模した三つの突起を展開してプラズマエネルギーをチャージし、強力なプラズマ過流の熱線を放射する。いわばガメラ版バ○ターライフル。

なまじ強力過ぎるので使い処には慎重さも求められるが、ノイズの群れを一挙に殲滅できる。

 

・フォトンスパイラルシュート

別名「雷光集束波」、同じく朱音がレギオンのマイクロ波シェルから編み出した技、右腕のアーマーを変形、閉じた花のように右手を覆わせると三つの花弁のように展開しチャージ、強力なマイクロウェーブの光線を発射する。全体的な破壊力と攻撃範囲は前述のブレイズウェーブシュートに譲るが、弾速と貫通力はこちらが上回る。

 

・バーニングエッジ

本作オリジナル技で別名『灼熱刃』、ロッド形態のアームドギアの先端から放出された炎を直剣状の刃に押し固めて敵を斬る。おなじく映画本編未使用で自主制作のG4でお披露目されたと言うイデ○ンソードもといバーナーが元。

 

・ハルバードバーニングエッジ

別名『灼熱斧刃』、バーニングエッジの強化版で、ハルバード形態のアームドギアの斧刃の形状を維持したままプラズマ赤熱化し叩き切る。

 

・ラッシングクロー

別名、『激突貫』。手のアーマーに付いている爪で、敵を突き指す刺突技、原作ではイリスの胸部も抉った。

 

・エルボークロー

別名、『邪斬突』。前腕部のアーマーから伸長した爪で切り裂く、本作では必要に応じて爪が伸びるG1式で刃の形状が真ゲ○ター1またはア○ゾンオ○ガ風。

 

・ドライフォトンクロー

別名『参連熱爪』、握り拳にした状態で手甲からマー○ルヒーローのウ○ヴァリンよろしく三つのかぎ爪を伸ばし切り裂く。

 

・レッグシェルスラッシュ

別名『邪斬旋脚』のオリジナル技、両足に炎を纏っての旋風脚。

 

・ブレージングスティンガー

別名『邪突撃火』のオリジナル技、先述のと同じく足に炎を纏わせた上段前蹴り

 

・シェルカッター

別名『旋斬甲』、原作では回転ジェットの勢いで体当たりし甲羅の縁で敵を斬り裂く技だが、本作では甲羅を模した遠隔操作可能な盾形態のアームドギアをキ○プテンア○リカよろしく投擲して使用する。

 

・ヴァリアブルセイバー

本作オリジナル技、別名『裂火斬』、エルボークローの刃を高振動炎熱化させて、敵をすれ違いざまに切り抜ける。

 

・バニシングフィスト

別名、爆熱拳。G3でお馴染みガメラ版ゴッ○フ○ンガー、手のプラズマエネルギー噴射口から放出させた炎を、ガメラの手の形にし、渾身のストレートパンチを叩き込む。

 

・バニシングソードファンガ―

別名『爆熱豪砕牙』、本作オリジナル技にしてバニシングフィストの強化版、プラズマエネルギーをガメラ(G3版)の顔状にして繰り出すストレートパンチ

 

・バーニングメテオブレイク

別名『流星ノ焔雷撃』、プラズマエネルギーの炎と雷を足に帯びた状態で飛び蹴りを放つ

 



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本編:第一楽章
Prologue - NEW HOPE


年代が西暦2020年代となっておりますが、XVで原作は西暦40年代が舞台だと判明する前に設定してしまったもので、ご了承下さい(汗


 西暦2020年代の日本の首都東京の、太平洋の海沿いに面している地点に位置している都市。

 今、海面に暮れようとしている夕陽に照らされているこの街では、ある災害が跋扈していた。

 

 認定特異災害――ノイズ。

 

 この世界の地球の有史以前より存在していた未知なる〝異形〟。

 突如空間を歪ませてどこからか現れては――人間を襲い、その肉体を生きたまま全て炭素に変え生命活動を奪ってしまう〝人類共通の脅威〟。

 その脅威が、今まさにこの街を襲っていた。

 

 つい数時間前まで、確かに存在していた〝日常〟は、最早どこにもない。

 

 姿形、形態も大きさもバラバラ、二足歩行もいれば四足歩行も、地上を進むものもいれば空を翔る個体もいる――群れる異形たちが、まだ生きている人間を探し、生命をはく奪しようと傲岸に街の渦中を回っている。

 道路や歩道で無秩序にに放置されている炭素の塊と、空気中に漂い、舞う黒い粉塵は……逃げ遅れた〝人間〟たち………確かに生ける者として存在していた筈の命の成れの果てだ。

 ソーラーパネルを携えた建築物たちも、一部はノイズらの侵攻によって損傷を受けたものも少なくはなかった。

 

 血も涙もない、無慈悲な〝殺戮〟と〝不条理〟が、人の営みの集合体を完全に支配しつつあったその時―――一つの光の柱が、地上から夕空から夜天に変わっていく空へと向かって立ち上った。

 まるで、地球の〝地球〟の血液とも言えるマグマの如き、鮮やかな朱き光。

 輝く柱の周辺には、多数のノイズが取り囲んでいたが、その光に近づいてはいけないと本能が悟っているのか、一体として近寄ろうとする者はいない。

 その光の発生地点には――幼子を抱えて膝を地面に付けている制服姿の少女がいた。

 背中の半分まで伸ばされ、真っ直ぐで艶やかで、肌触りのよさそうな黒髪。

 年相応よりも伸びて均整の取れた体躯。

 顔つきも、〝綺麗〟と表した方が相応しいくらい大人びて端整なもの―――その美貌を、少女は〝涙〟で濡らしていた。

 

 この瞬間巻き起こっている災厄と、とうに〝力〟を失って無力な〝自分〟に対する絶望によって。

 

 しかし、先程まで嗚咽に歪んでいた彼女の容貌は、ノイズたちと同様、自身が立つ大地かわ湧き出た光を前に驚きを隠せずにいる。

 

 少女は同性の幼子を抱えたまま、ペンダントとして首に掛け、服の内側に隠れていた〝モノ〟を取り出して右の掌に乗せた。

 

「あたたかい……」

 

 先史、または古代の時代の日本人たちが身に着けていた装身具――勾玉。

 

「シン――フォギア?」

 

 水のせせらぎを思わす、透明感のある声で、少女は呟く。

 

「お姉……ちゃん」

 

 不可思議な現象以上に、さっきまで泣き崩れていた少女が幼いなりに気がかりだったようで、幼子は彼女を案じた。

 幼い命の健気な顔を見た少女は――一転して母性的で優しさに満ちた微笑みを返すと、慈愛と母性に溢れた仕草で。

 

「絶対―――お姉ちゃんが手出しをさせない」

 

 そっと小さな身体を、優しく抱きしめた。

 幼子も、再び目を合わせて微笑む少女に、〝うん〟と頷き返し、自分から彼女の腕の中から離れた。

 

 少女は感謝の想いも込め、幼子の頭を撫でてあげると、その場から立ち上がり、左腕で双眸から流れ出でた涙を拭うと、数歩進み、首に掛けていた勾玉を外し、紐を右手の指の間に挟む形で持ち、胸の前で祈るように両の指で包み込んで目を閉じる。

 地上から放たれる光が、より強まり、指の隙間から、光の筋がいくつもあふれ出て来た。

 

『―――』

 

 どこの言語とも知れぬ、少なくとも現代の世には使われてはいない言葉を呟く。

 その言葉には、このような意味が込められていた。

 

『我、星(ガイア)の力を纏いて――悪しき魂と戦わん』

 

 一度閉ざされた〝翡翠色〟に彩られる少女の瞳が露わとなる。

 泣き顔からも、慈愛に溢れた微笑みからも転じて、凛としつつも闘志の籠った瞳を、異形の群れたちに向けた。

 最早――彼女を少女と呼ぶよりも、戦士と呼んだ方が相応しいだろう。

 

 勾玉を握りしめた右手を左肩に一度添え――

「■■■ーーーーーーーー!!!」

 

 ――空へと真っ直ぐ突き上げた。

 戦士の意志に呼応し、勾玉は彼女の全身を見えなくする程の、炎の揺らめきにも似た朱色の輝きを放ち、彼女を球体に包み込む。

 程なく、球体は閃光と一緒に飛び散る。

 

 その中にいた少女の装束は、高校の制服から一変していた。

 黒を主体をし、体のラインと象る形でノースリーブのスーツと、四肢には先程の日光とほぼ同色な紅緋色のメカニカルな鎧が、身に纏われている。

 頭部にはヘッドギアのようなオブジェクトが装着され、両頬に密着している部位は、どこか―――生物の長い〝牙〟を連想させた。

 

「覚悟しろ、お前たちの―――」

 

 少女――草凪朱音(くさなぎあやね)は、右手から、プラズマの火炎を吹かし、その焔は棒状に押し固めると、長柄の棒――ロッドへと相成り。

 

「――好きにはさせない!」

 

 高速回転を経て、構えた。

 

 

 

 

 

 かつて、〝地球の守護神〟であった玄武は――人として、シンフォギアの装者として、再び〝最後の希望〟となる。



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#1 - 最後の希望、再誕 ◆ 2023/12/26挿絵追加

2019/10/25:楽曲の歌詞を掲載できるようになったのでそれに合わせて加筆修正、サブタイも微妙に変えて上げ直しました。

橋本仁:『青空になる』(仮面ライダークウガED)


 神奈川県律唱市(りっしょうし)、東京湾に面し、また首都東京と県庁所在地の横浜市に挟まれている形で隣接している地区な、関東の大都市の一角。

 この市の特徴を上げるなら、未来と昔が折衷している点であろう。

 二〇二〇年に開催された二度目の東京オリンピック開催の煽りを受けて始められた再開発事業で、律唱市にもモダンな高層ビルが立ち並び、山間には市内全体の電力を確保するべく作られた大型ソーラーパネルが鎮座し、主要交通機関としていわゆる〝懸垂式〟のモノレールの路線が網目のように敷かれて市民たちの足をなっている。

 その一方で、情緒感と一緒にどこか昭和の時代の香りも漂う商店街と言った風景も、二〇年代に入った二一世紀のこの時代ながら、この律唱市には残されていた。

 

 そんな今昔が折衷した街にある、ごく一般的だが就寝用のロフトが付いたワンルームマンションの一部屋が、今年高校生になったばかりで……数時間後に〝装者〟と言う形で、かつての〝自身〟を目覚めさせることになる〝彼女〟の住まいだった。

 

 午前五時丁度、予め設定していた通りの時間に鳴り響いたスマートフォンのアラーム。

 振動とともにスピーカーから発せられる――金管楽器と弦楽器と、女性のコーラスで構成された勇壮かつヒロイックなBGM――メロディを、彼女は画面にタッチすることで止めた。

 

「はぁ~~」

 

 目覚めてショーツから出て来た彼女――草凪朱音(くさなぎあやね)と言う名を持つ少女は、両腕を伸ばしながら、あくびを上げた。

 寝間着にしていたのはシンプルなデザインの半そでのTシャツと短パンなのだが、起きたばかりな状態でもある為か、妙に扇情的である。

 顔つきも、よく見ればあどけなさを残しているが、高校生になりたてとは思えない凛として大人びたもので、いわゆるクールビューティそうなオーラを発し、まだ寝ぼけている両目と、少々寝癖の立っている髪は独特の色気を醸し出していた。

 

 まだ残った眠気を晴らすべくまず窓を開けて朝陽を浴び、次に顔を洗って歯磨き、シャワーを浴び、時間を掛け過ぎず、かと言って手も抜かない程度に手入れを行い、寝惚けで隠れていた凛々しい容貌と、艶やかで葡萄色がかった黒髪が姿を現した。

 上着を除いたブレザータイプの制服に着替え、その上にエプロンを羽織った朱音は、点けたテレビに映る朝の報道番組をBGM代わりに、朝食と昼食用の弁当を作り始めた。

 

「次に、ノイズ関連のニュースです」

 

 手慣れた様子で調理をテンポよく進ませていた朱音は、アナウンサーの発した単語を聞いた途端、その手を止めてしまい、視線をテレビへと移す。

 今流れるニュースの内容は、この世界の人類を脅かしている〝特異災害――ノイズ〟に関わるものであった。

 具体的な内容は、昨日律唱市からそう遠くない箇所にある山々にて、ノイズが出現したものの、自衛隊の尽力で民間人への被害は出なかったと言うもの。

 その報道に対し、朱音は宝石に負けず劣らず麗しい〝翡翠色〟の瞳に憂いを帯びさせて、無力さを味あわされているかのような沈痛な眼差しで画面を凝視していた。

 

「っ――しまった」

 

 しかし直ぐに我に返り、危うく吹きこぼれそうになっていた味噌汁の鍋を、どうにか寸前で阻止して、ほっと溜息を零し、一方で物思いに耽っていた自身を戒める。

 

 

 

 

 

 いい加減にしろ、一体何度言えば分かるのだ――〝私〟よ。

 

 もう〝私〟は、超古代文明人ではない………ましてや――最後の希望――〝■■■〟じゃない。

 この世界の地球の、現代を生きる一介の日本人でしかない……四分の一アメリカ人でもあるけれど。

 

 ともかく、今の自分は〝ただの人間に戻っている〟………そんな己で、何ができると言うのだ?

 

 この世界を侵す脅威と、それに対し何もできない現在の己に気を病んでいたところで、キリがないと言うのに。

 

 なら―――どうして今日まで、ノイズに関係していると思われる事件を記録に取ってファイルに幾つも纏めている?

 

 あれは………そうだ、いわば防災対策の一環のようなもの……備えあれば憂いなしと言うではないか。

 

 なら――アメリカの中学校(ジュニアハイスクール)を卒業してからリディアン高等科に編入するまでの間も、受験勉強に使う時間を用いてまで鍛錬を欠かさなかった?

 どうして受験を合格(パス)してから入学式までの間、この世界の人類最強の存在と言っても過言ではない〝あの人〟に無理を言ってまで、師事を受け、彼の下で修行(トレーニング)を受けていた?

 

 昔から日課と趣味嗜好の一端――武術と映画を通じての好奇心から来るものだ………他意はない、他意なんてものはないんだ。

 

 

 

 

 

 今から八年前に体験した〝悪夢〟と愛する者との〝死別〟が引き金となって、かつての自身の〝記憶〟が蘇って以来、もう何度目かも知れぬ自問自答ジレンマを、どうにか一時的に振り切って、朱音は自作の朝食と、昼食用の弁当を作り上げた。

 

 

 

 

 

 朝の食事を終え、自身が通う学校の制服である、スクールセーターとブレザーの特徴を掛け合わされた上着とネクタイを着込んだ彼女は、机の引き出しから、長方体上のペンダントケースを取り出す。

 その中に入っているのは―――鎖状の輪でペンダントにした、少し赤味がかった茶色の〝勾玉〟であり、朱音はそれを首に掛けた。

 小さい頃、両親にプレゼントされてから、いつも、今でも肌身離さず持ち歩いている―――形見であり、宝物。

 

 彼女の通学前の準備は、まだここで終わりではない。

 横長で小ぶりなキャビネットの上に置かれ、扉が締まられたモダンミニな仏壇を開き、品のある所作で正座をする。

 その小さな仏壇と横並びになる形で、写真立てに飾られた写真が一つ、そこには幼い頃の人間としての自分と、かつて〝心を通わせた少女〟と瓜二つな母と、その少女の父親の若き頃に似た父親の三人が、海外のどこかで笑い合いながら映っていた。

 

 輪を鳴らして、合掌、お辞儀をした彼女は、写真の中の両親に微笑みかけ。

 

「行ってきます」

 

 と、一言送った。

 

 そうして今日も朝も、いつもの〝挨拶〟を済ませた草凪朱音は、学生鞄を肩に掛けて、自宅を後にした。

 

 

 

 

 少し、現金な自分に苦笑いしたくなった。

 

【挿絵表示】

 

 外に出て、今日も晴れ晴れとして春の晴天をこの目を拝んで、同時に朝特有の気持ちいい空気を深呼吸で目一杯味わっていると、一転して心がうきうきとする。

 空の青は大好き、海の青とはまた違った趣があって、透明感のある澄んだこの色合いは、見ていると心まで透き通り、もやを晴らしてくれた。

 自分の心情の移ろい様に、我ながら呆れてしまうのが―――落ち込んだ顔で行くよりは、父も母も喜んでくれるだろう。

 とりあえずここは、己の感情ってものに、素直になってみることにしよう。

 

 よほどの大きい声量でなければ、鼻歌を奏でるくらいなら大丈夫――と、〝青空〟にちなんだ曲を歌ってみることにした。

 歌詞が日本語のバージョンと、英語のバージョンあるけど、今日は英語で歌ってみよう――考古学者な両親と一緒に世界を回ることが多かったし、リディアンに入学する前までアメリカ暮らしも長かったので、英語含めた日本語以外の言語の扱いにも自信はある―――って、鼻唄で留めるんだから別にどっちの歌詞でも良いじゃないか、危ない危ない。

 

〝重い荷物を~~枕にしたら~~深呼吸~~青空になる~~♪〟

 

 頭の中で、記憶していた前奏を鳴らし、口を閉じたまま、出だしの歌詞から奏で始めた。

 そう―――途中までは鼻唄で歌っていたつもりだったんだけど。

 

「君を~~連れて行こう~悲しみのない~未来まで~~♪」

「おはよう朱音ちゃん」

「え?」

 

 律唱市の鳴海町って地区にある『なるみ商店街』に入って歩いていると、横から女性の声が聞こえて、頭の中での演奏ごと、歌唱が中断される。

 

「あ、おはようございます、藍おばさん」

 

 自宅も兼ねた飲食店の前で掃除をしている女性に呼び止められて、挨拶の一礼をした。

 少しウェーブの掛かった髪をアップで纏め、気立てのよさそうな雰囲気を発しているエプロン姿の女性、この方の名は――花笠藍さん。

 長年この律唱(まち)の商店街で、鉄板焼きのお店を開いているお方。

 

「今日も気持ちいい歌ありがとね」

「へ? もしかして私………声に出してました?」

「そりゃもう、みんな店の準備忘れて聞き入っちゃうくらいにね」

 

 藍おばさんの視線を追いかけて、周りを見渡してみると、実際に夢中で聞いていたと思わしき商店街の方々は自分を見て微笑みかけていた。

 

「ご――ごめんなさい! 私ってば、また……」

 

 謝罪の礼を反復する度、頬の温度がどんどん熱くなる。当然顔色も羞恥で赤くなっているのが、熱で嫌というほど分かった。

 かつて体内に秘められた〝プラズマ〟の超高熱に比べれば、ほんと微々たるものなのに………熱いし、そしてとても恥ずかしい。

 ああ~~結局またやらかしてしまった………昔から、物心ついて間もなく歌に触れた頃からだ、何だか気分がよくなると、気がつけば実際に声を出して歌ってしまう。

 そりゃ……ほんと遥か遠くの〝昔〟から、歌うことは好きだった………でも少しは自重しないと………いくらこの癖のお蔭で、入学初日に〝あの子〟たちと友達になれたからって、全く。

 

「いいのよ、それぐらい上手い上に何と言うかこう、情緒的に歌われちゃ、文句なんか出てきやしないさ」

「それは――どうもありがとうございます」

 

 クレーム付けられるどころか、藍さんら一同から、お墨付きも貰ってしまった。

 さすがにあの〝ツヴァイウイング〟らプロたちに比べれば見劣りするし、まだまだだろうけど、せっかくなので、ちゃんとお礼返しをしておく。

 

「今日新作を出すんだけど、どう? 今日の夕飯」

「はい、じゃあお言葉に甘えさせて、TATSUYAの後に寄らせて頂きます、何なら〝弦さん〟も一緒に連れて、予定が合えばの話ですけど」

 

 長年〝ふらわー〟って名の店で鉄板焼きをたくさんのお客さんに送ってきた賜物か、おばさんの作る焼きそばもお好み焼きも絶品、そんなおばさんの新作の一品となれば、食べない手はない。

 

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃ~い」

 

 藍おばさんたちに見送られる形で、自分の通う学び舎の下へと急いだ。

 

 

 

 

 

『私立リディアン音楽院高等科』

 

 それが、今年の春から朱音の通っている日本の学び舎の名。

 海を拝める高台に建てられたこの教育施設は、名前の通り、音楽に力を入れた私立高等学校な女子校である。

 基本小中高一貫校だが、積極的に中途編入の門も大きく開かれており、朱音のその一人であった。

 タレントコースも設けられており、ここを卒業した学生がそのままアーティストとしてデビューすることも少なくない。

 

 さてさて――朱音の在籍している、近代ヨーロッパ風の趣があるクラスでは――

 

「た~ち~ば~な~~さぁ~~~ん!」

 

 まだ一か月目だと言うのに、すっかりクラスの恒例行事になりつつある、気難しそうな担任教師の怒号が鳴り響いた。

 

 

 

 

 朱音も朱音で〝またこれか〟――と、HRとは別に朝のある種の行事となりかけている光景前に、苦笑いを浮かべた。

 教卓の前では、一人の女子生徒が、向かい合う形でおっかんむりな先生の〝雷〟を受けている。

 背丈は150㎝後半で、スリットの入ったマントを広げているみたいな独特のくせと跳ねっ毛のある淡い黄色がかったショートヘア、まだまだあどけなさのあるまんまるとした輪郭な瞳。

 

 あの子の名前は――立花響(たちばな・ひびき)。

 

 リディアンに編入してからできた、朱音の友達の一人だ。

 

「ごめんさない朱音………また響がお騒がせして」

 

 通路を隔てた隣の席に座る女子から、朱音は小声で弁明を受ける。

 背は響より微かに小柄で、後ろ髪の一部を白いリボンで縛ったセミロングの女子は小日向未来(こひなたみく)―――響とは小学校からの幼馴染が親友であり、彼女とも入学の日に友人になったばかりだ。

 

「気にはしてない、発声の見本だと思えばどうってことないよ」

「ふふ、そうだね」

 

 ちょっとばかりジョークを返すと、ツボに嵌ったようで未来は先生にばれないよう慎ましく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 今日も朱音のクラスメイトな少女が、担任から怒号を受けるシチュから始まった一日も、半分過ぎたお昼時の学生食堂。

 窓際の四人前の席にて、朱音は朝作っていた弁当、もう二人が食堂のメニューをそれぞれ食している。

 

「はぁ~~何か何か入学してからクライマックスの乱れ撃ちが百連発で来ている気がするよ」

 

 仮にも女子高なのに、なぜかレギュラーメニューにあるメガトンカツ定食+白飯大盛りをしれっと平らげている響は、美味しそうに食するまま、愚痴っぽく溜息を零した。

 

「半分はドジだけど、もう半分は響のお節介焼きのせいでしょ?」

 

 そこに今日はロールパンとサラダにハンバーグの組み合わせで昼食を取る未来が食しながら、長い付き合いだからこそとも言える、鋭さのある苦言の言葉を送る。

 

 

「そこは〝人助け〟と言ってよ……人助けは私の趣味なんだから」

「響の場合は度が過ぎてるの」

「それに今日の遅刻の原因は人助けじゃなくて、猫助けと言った方が良いんじゃない?」

 

 響は決して不良学生ではないのだが、すっかりこのひと月弱で〝遅刻常習犯〟の異名をほしいままにしてしまっていた。

 原因は本人が趣味だと表した〝人助け〟がほとんど……どころか全部を占めていると断言できてしまう。

 通学途中、視界の中に〝困っている人〟を見かけたら、本当に躊躇いなく即決で助けに行ってしまうのだ。

 朱音が知っているだけでも――

 

 迷子になった幼児の親を探すことなどしょっちゅうあるし。

 足腰が悪くて杖の欠かせないご老体のサポート。

 本来どの日にどの住人がやっているか決まっている集団登校を義務付けられている小学生たちの、横断歩道の横断のサポート。

 町内清掃の飛び入り参加。

 

 ――などなど相当な数となり、一日に最低でも二回以上は、学業を犠牲にした善行を積極的にやっている形である。

 恐らく、リディアンに入学してから今日までの〝人助け〟の回数を数えれば、百は悠に超えてしまっている筈。

 

「猫を助けようとして遅刻した学生なんて、世界広しと言えど響くらいしかいないわね」

「そんなこと言ったって………木から降りられなくなってて可哀想だったんだもん」

 

 今朝の遅刻に繋がった善行は、木に登ったら降りられなくなってた誰かの飼い猫を助け、しかも持ち主を探そうとしたこと。

 

「わざわざ響君が助けなくても、その猫さんは自力で降りられたと思うけど」

「どうして?」

「生命と言うものは、君たちが思っている以上に逞しい、猫たち一つとっても、自分たちより遥かに大きい人間たちと、走る凶器にも等しい車に、想像を絶する大きなビルに囲まれた人間社会で暮らしている、それに比べれば、木の高さ程度、最初は怖がってても直ぐに克服して飛びおりただろうさ」

「う~ん……言われてみれば確かに……な気もするけど」

「あくまでこれは私の個人的意見に過ぎないから、適当に流してほしい」

「でも朱音ってさ、生き物の話になると妙に熱が入るよね」

「そ、そうかな?」

「うんうん、何て言ったらいいかな? こう熱心に生命の根源なんたらを人生掛けて追求している学者っぽいって言うか」

「お、響にしては的を得てる発言」

「ちょっと未来、それどういうこと!?」

「まあ響君は明るく社交的だが、猪突猛進な突撃ロケットと言える一面もある、幼馴染の未来君でも今の君の発言は物珍しかったのだろう」

 

 普段朱音は友人に対してファーストネームの呼び捨てなのだが、からかいたくなった時は〝君付け〟になる癖があった。

 

「朱音ちゃんまで~~………私ってやっぱ呪われてるかも」

 

 未来(しんゆう)に続いて朱音からも援護射撃された響はぼやきを零す。

〝私って呪われてるかも〟

 この言葉も結構頻繁に聞いているような気がするなと、朱音はここ一か月の付き合いを反芻した。

 そして響がこの口癖を呟いてからの立ち直るまでも時間も、ものすごく早いことに行き着いた、特に食事時は顕著。

 現に――

 

「おかわりおかわり♪」

 

 ――大盛りご飯を平らげたばかりだと言うのに、もう一杯大盛りでおかわりしていた。

 人助けの他に〝大食い〟を趣味と特技に入れてしまってもそん色ない。

 

 朱音は幼馴染の未来と一緒に級友の食欲に驚かされながらも、昼食と雑談を続けていると、急に食堂内の空気が騒がしくなってきた。

 

「ねえねえ、風鳴翼よ」

「芸能人オーラが迸ってるよね」

「まさに孤高の歌姫」

 

〝風鳴翼〟―――全くひそひその体を為してない周りの生徒たちのひそひそ話の中から何度も出て来たその名前に、嬉々として食べていた響の大きな目が一際見開かれる。

 そして―――何らかの気持ちに駆られたかのように、その場で立ち上がり。

 

「はっ!」

 

 偶然にも、朱音たちの席の横を歩いていたその〝当人〟と、間近で鉢合わせてしまった。

 青味がかり、腰の近くまで伸ばされた後ろ髪を全て切りそろえたワンサイド。

 実は朱音より二センチほど下なのだが、それでも同年代の女子たちより長身でモデルとみまごうスレンダーボディ。

 

「あ……あの……」

 

 ただ校舎の中を歩くだけで他の女子生徒の注目を集める目の前の〝先輩〟に対し、響は何やら言いたげで、しかしどう伝えていいか分からず立ち往生して震えていた。その震えで、手に持っていた箸を意図せず茶碗に接触し続け不格好な演奏を続けるばかりである。

 傍から見れば完璧に挙動不審そのものな響に対し、彼女はすまし顔を維持したまま、自分口周りを指さした。

 

「え?」

 

 一泊置いて響は、彼女のジェスチャーが『口元にご飯粒ついている』を意味していることに気づいた。

 

「すみません、この子昔からあなたのファンで、いざ実際にご対面したら緊張で強張ってしまったんです」

 

 若干フリーズしている響の代役で、朱音は言葉の通り〝有名人〟な先輩に謝意を表明する。

 上手く収めた朱音のフォローに、未来は『フォローナイス』の意味合いも込め、テーブルの下でサムズアップを送った。

 

「そう」

 

 朱音の釈明に対して相手は、たった一言返しただけで、その場から離れていった。

 風鳴翼、現在リディアン高等科三年生の彼女は、現在日本の音楽界のトップを走り続けるアーティストでもある。

 かつては二人組のボーカルユニット――〝ツヴァイウイング〟のメンバーとして一世を風靡していたが、パートナーであるもう一人が、二年前に起きたノイズ災害に巻き込まれて亡くなり、以来彼女一人、ソロで歌手活動を続けている。

 今でも風鳴翼の人気が留まることは知らず、彼女目当てに編入してくる女子の大勢いるとのこと。

 

「あ~~~絶対変な子だって思われた……」

「間違ってないんだから仕方ないでしょ?」

 

 硬直状態から回復した響は、ぐて~~とした様子で頬をテーブルに着けて項垂れ、幼馴染から痛烈な突っ込みを受けた。

 

 一方、さっきまで二人と仲良く雑談していた朱音は、窓の外に視線を向けていた。

 正確には――アーティストも含めた〝偶像〟を背負っている風鳴翼の後ろ姿を、思い浮かべ。

 

「今日も〝泣いている〟のですね――あなたは」

 

 誰にも聞こえない、ささやき声で一人静かに、ソロとなってからの彼女に対するイメージを呟くのだった。

 

 

 

 

 勿論、今度は自分も噂話の話題になっていることなど。

 

「見た? 今のツーショット」

「うん、あの子も翼さんに負けず劣らず美人だよね、向かい合っても全然負けるどころか張り合ってるし、目の色宝石みたいだし、大人っぽさではむしろ――」

「確か毎日放課後屋上で歌ってる噂の新入生って、あの子だよね?」

「そうだよ彼女だよ、もう嫉妬もできないくらい上手くてびっくりした」

 

 てんで、耳に入っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼は未来の〝響の人助けは度が過ぎてる〟と同調しているけど、自分も人のことは言えない。

 今日の授業日程を全て終えた私は、二〇一〇年代当時あれほど衰退すると言われながらも逞しく生き残り続けている映像ソフトレンタルショップの一つ、TATSUYAに向かっている途中だった。

 今日あそこで弦さんと会ったら、今日も映画について熱く語り合い、藍さんの〝ふらわー〟での夕食に誘おうと思いながら歩いていたら、迷子になっている五歳くらいでツーサイドアップな女の子を出会ってしまい………はぐれた家族を見つけようと右往左往する姿に放っておけず、その子の手を引いて街の中を歩いている。

 

「丁度君くらいの時、父さんと母さんでタイって国の遺跡を見に旅行に行った時、はぐれてしまってね………心細くて泣きそうになったんだけど、二つしか歳が違わないのに、ガイド役の男の子がとてもしっかりしてて、お姉ちゃんに『大丈夫だよ』って励ましてくれたんだ」

「ほんと?」

「ほ~んと、今でもあの時のあの子の笑顔は、はっきりと覚えてる」

 

 ある特撮ヒーローの、みんなの笑顔を守る為に戦士となった冒険野郎が主人公のとそっくりな体験談などで、女の子の不安をできるだけ緩和させつつ。

 

 ここがショッピングモールだったら、迷子センターに行くだの、親が探し回ってそうな場所を絞り込むだのできたけど、外となると………自力で見つけるのは困難、娘である女の子はともかく、顔も知らない相手一人見つけ出そう虱潰しに回っても時間と体力を浪費してしまうだけ。

 なので、スマホのアプリの助力も得て、現在地から一番近い交番に向かっていた。

 でも嫌な気はしないし、まして貧乏くじを引いたなどと、微塵も思っていない。

 白状すると、私は〝子ども〟が大好きだ。

 この小さな体から溢れる眩しい〝生命〟のオーラに、心惹かれずにはいられない上に、人の身に戻った今の自分にとって子どもたちは――〝未来〟そのものも同然だった。

 いや……それは〝超古代人〟だった頃からそうだったな………あの頃の記憶は断片的なものしか覚えていない………けど、子どもたちに歌を聞かせることを至上の喜びとしていたことは、覚えていた。

 

「もう直ぐだな」

 

 もう一度画面上の地図と周辺を照らし合わせて、表示された地点が近いことを確認する。

 さて、問題はどう交番のお巡りさんにこの子を委ねるかだ………きっと不安に駆られて、私から離れようとしないだろう、やっぱり母親と連絡が取れるまで同伴した方がいい―――

 

「っ………」

 

 交番まで、もう二角分まで来た私は、不吉な予感に駆られた。

 静か過ぎる………モール街からそんなに離れていないこの地区なら、もう少し人々の日常の〝音色〟が聞こえてもおかしくないのに、閑静な住宅街がまだ賑やかだと思えてしまうくらい、異様な静寂。

 その静けさと一緒に、空気中を浮遊している………黒く微小な粒子たち。

 まさか――思わず駆けだして、角を曲がると………そこにはもう、人の営みが、殺し尽されていた。

 アスファルトで複数散らばる、大きさがバラバラな炭の塊たち。

 その中で、ただ一人虚ろにこちらの方へと歩く会社員らしき男性が一人。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 前のめりに倒れそうになったその人に駆け寄り、抱き留めた私だったが………彼に触れた瞬間から、もう〝死んでいる〟と、それでも肉体が動いていたのは死後硬直のようなものだと、思い知らされる。

 男性の体は、纏う服ごと黒一色へと変色していき、炭と化して瞬く間に崩れ落ちて行った。

 

「はぁ………」

 

 震える両手の掌を中心にこびり付いた炭から、目を離せす。

 

〝いやぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!!〟

 

 草凪朱音としての自分の転機となった………あの惨劇がフラッシュバックする。

 

 この人の命は、私が見つけた時にはもう死んでいた………だが、ほんの少し前の時間では、まだ、生きていたのだ………確かに生を謳歌していた筈なのだ………彼も、ここに散らばる塵になった人たちも、明日があると信じて疑わず、自らの住まいに帰って一日を終える筈だった………なのに。

 かつて……人間の尊厳を無視し、無慈悲に踏み潰した〝殺戮〟の罪を犯してしまったからこそ、父と母が同じ不条理で命を奪われたのを目にしたからこそ、分かる。

 断じてこれは―――生命の死ではない、死であってはならない。

 どの生命にも〝死〟は存在する……だからこそ、子を産み、いつかオトナとなるその子たちに未来を託す。

 だがこれは、そんな〝生命の時の流れ〟そのものすら侮辱し、足蹴にし、冒涜する行為だ。

 

「お姉ちゃん……」

 

 不安に駆られた女の子が、肩部分の制服を掴んですがってくる。

 直後、さらなる不吉な胸騒ぎが、胸の内に押し寄せた。

 

「あれは……」

 

 距離にして、十メートルくらいの場所に位置する空間そのものが、歪み出していた。

 

「くっ………お姉ちゃんに掴まってなさい!」

 

 あの現象が何を意味するか理解して歯噛みした私は、女の子を抱き上げ、全速力で走り出す。

 

 くそ! どうしてもっと早く〝異変〟に気づけなかった!?

 

 自分の鈍さが腹立たしい!

 

 体力の出し惜しみをしている場合じゃない!

 

 せめてこの子をシェルターへ―――そこが完全に安全が保障されているわけじゃないけど、少なくとも外で彷徨っているよりは!

 

 

 

 

 

 朱音たちの前に現出したあの空間の歪みこそ、認定特異災害――ノイズたちが襲来する前兆に他ならなかった。

 

 今から十三年前に国連で正式にその存在が明かされて以来、小学校の教科書にも載るくらい存在自体は知られているノイズ。

 しかし広く認知はされていれど、その存在そのものは多くの謎に包まれている。

 一般の人間が知りうる限りの情報は――

 

 地球の生物に似つつも、形態も大きさも多種多様、共通する特徴として、蛍光色のような色合いと、名の由来であるアナログ放送のノイズをイメージさせるざらつきの走った体表。

 

 意志の疎通は絶望的に不可能で、人間たちを前にすれば見境なく襲う。

 

 通常兵器は、一切通用しないこと。

 

 彼らに触れた、触れられた生命体は、生きたまま生体組織が破壊され、炭素へと果ててしまう。

 

 出現してから一定時間が経つか、人間に接触すると、ノイズ自身も炭となって無害化すること。

 

 実際に、ノイズと遭遇する確率は、東京都民が通り魔と鉢合わせてしまう確率より低い………筈だった。

 

 

 

 

「………」

 

 行く先行く先、その道に散らばる炭――人間の亡骸を目にする度、年相応より大人びた美貌が悲痛に染められ、血を流しそうなくらい唇を噛みしめながらも。

 

(どうか無事でいて―――みんな!)

 

 朱音はどうにか、響たちの無事も内心で祈り続けながら、幼子をシェルターまで送り届けようと、ひたすら走り続ける。

 それが、ノイズらによる不条理に対する、朱音の必死の〝抵抗〟であった。

 

「お姉ちゃん! あっちにもノイズが」

 

 だが……そんな彼女の足掻きを嘲笑でもするかの如く、とても知性を有しているとは思えない外見からは想像もできないほど、行く先々にノイズの群れが待ち構えていた。

 それでも……負けてなるものか………負けてたまるか………諦めてたまるかと、無我夢中で走り走り続けた。

 

 そしてとうとう、無情にも限界の時が訪れる。

 

「そん……な……」

 

 海とは目と鼻の先な、倉庫街の中に入り込んだ朱音たちに待っていたのは、

ノイズの大群。

 完全に、道と言う道を塞ぎつくしてしまっている。

 いっそ、海に飛び込んで、奴らが自然消滅するまで待つか? ダメだ………まだ冷たさの残る春の東京湾を前では、この子の体力が持たない………ノイズの消滅前に死んでしまう。

 それに……もしもノイズが水中活動も可能、もしくは活動できる個体がいたら………一環の終わりだ。

 

 そうでなくとも、どこを見渡しても、ここに〝逃げ道〟はもう残っていない。

 

 地上のこの数のノイズが相手では、一度たりとも触れずに振り切れそうにない。

 よしんば、倉庫の屋根に飛び移れたとしても………〝弦さん〟のお蔭で一応それは可能なのだが、上空には飛行タイプの漂っており、跳躍などすれば狙い撃ちにされる。

 

 

 自衛隊の救助も……見込めない。

 

 押し寄せ、突きつけてくる絶望を前に、ここまで駆け抜けてきた両脚の力が一気に消失し、コンクリートの大地に膝を打ち付けた。

 

「ごめん…………」

 

 幼子を抱く左腕の力だけは離さまいとしながらも、右手も地面に付かれて、

項垂れる。

 どうしようもないと言うのに、こらえ切れず、翡翠色の瞳から、大粒の涙が大量に流れ出て、頬を伝い、その美貌を痛ましく濡らしていった。

 彼女の脳裏には、彼女の理性とは裏腹に、ノイズに襲われ〝生命〟をはく奪された人々のイメージが何度も投影され、彼女自身を痛めつけ、苦しめさせていた。

 

 

 

 

 なぜだ?

 答えは出てくれるわけもない……けどどうしても問わずには、投げかけずには、訴えずにはいられない。

 

 自分の気持ちに、素直になるしかなかった。

 

 今まで、無理やりずっと押し込んで来たのが祟って………反動の濁流が一気に押し寄せ、御する術がなかったのだから。

 

 私はかつて、草凪朱音として生まれ変わる以前……〝災いの影〟がもたらす破滅から、地球(せかい)と、そこに住む生命たちを救わんと………〝人間〟であることを捨て………〝最後の希望〟となった。

 

 命を代価に、あの世界の現代人間たちとともに勝利と未来を勝ち取って、再び人として生まれたばかりの頃は、前世の記憶など微塵も覚えていなかった………あの日、ノイズに父と母を殺されるまでは―――

 

 なぜだ………なぜ転生前の自身の記憶が、今の自分の脳の内で、蘇ればならなかったのだ?

 

 もう自分の体には、あの地球(ほし)の力は、一片たりとも残ってはいないのに、思い出だけは明瞭にあの日、忘却の彼方から戻ってきてしまった。

 

 思い出さなければよかった………この世界の地球を脅かす〝災いの影〟に、無力な自分を、ここまで攻めることもなく、その想いを偽って誤魔化し続けることもなかったのに。

 巡り合わせが悪ければ、自分もまた、命を散らされていた………でもずっと忘れたままだったなら………ここまで苦しみに苛まれることは、なかったのに。

 

 それでも………求めずにはいられない。

 力が……欲しい。

 この不条理な災厄から、儚い命を〝守る力〟が――。

 

「ごめんね………ごめんね………」

 

 もう言葉すら、ノイズどもの猛威に呑まれようとしているこの子に謝ることくらいしかできなくなっていた。

 

 そんなことはお構いなしに、ノイズらは一斉に、私たちへと襲い来る。

 

 零れ溢れる涙はとうとう、一部が雫となって―――大地に落ちた。

 

 

 

 

 

 反射的に、子どもを守ろうと庇い、瞳を覆った。

 

 なのに……ノイズが奇声を鳴らしてこちらに向かってくる気配が、一切感じられない。

 

 代わりに、コンクリートに触れた右手と両脚から、振動を感じる。

 地震にしては微弱過ぎるけど、とても無視はできない……大地の鼓動。

 瞼の外がどうなったのか、確かめるべく、そっと開けてみる。

 

「これって……」

 

 光が……今まさに水平線に沈みゆく太陽の夕陽に似た……鮮やかさのある光の輪郭が、私たちを囲む形で、描かれている。

 そこから発せられるエネルギーの膜がバリアの役目を果たして、ノイズの侵入を妨げ、実際に触れた個体は大きく弾き飛ばされていた。

 何が起こっているのか、この子も、私も分からぬまま、今度は円の内部全てから、光が……風とともに、真っ直ぐ空へと向かって、放たれる。

 熱の宿った………だけど不快さは感じない風。

 

 と、同時に……自分の胸からも、鼓動と熱を感じた。

 

 その正体に行き着いた私は、服の内に隠れていた〝勾玉〟を、手に取る。

 

 熱を有し、マグマの揺らぎに似た輝きを発するその様は、自分と心を通わせたあの少女――草薙浅黄との、精神感応が強まった時におきる現象を、そっくりだった。

 

「暖かい……」

 

 ノイズに囲まれた状況は変わっていないのに、地上から伸びる光の熱も、勾玉が持つ熱も、暖かで、安心すら感じさせ……悲しみに乱されていた心を、穏やかな水面のように落ち着かせていった。

 この光………間違いない………この〝熱〟の正体を、私は知っている。

 

 地球の、この星そのものの生命エネルギー―――マナ。

 

 その単語が過った瞬間、睡眠学習とでも言うべきか、脳に直接……情報が流れてくる。

 

 ほんの一瞬の頭痛を経て、私は――この勾玉に宿った力も、その力の使い方も。

 

「シン――フォギア?」

 

 力が持つ名すら、知らない筈なのに、知っていた。

 もっと表現に正確さを求めるなら、教えられたのだ………地球が、マナを伝い、この勾玉を通して、私に。

 さらに、力と、その使い方と一緒に――聞こえてくる。

 

 

 

 

〝あきらめるなッ!〟

 

 

 

 

 

 声、誰かの声……誰なのか知ってはいる声……それも一人ではない人間の声が……一度に脳裏で、響き続けてくる。

 その中には―――困難に立ち向かう、強い意志が込められた〝歌声〟も、数多く混じっていた。

 

「おねえ……ちゃん」

 

 しばし、地球が齎した現象の数々に対し、呆気に取られていた私は、その幼い声で我に返り、勾玉から女の子へと目の捉える先を変える。

 私と目を合わせている小さな命の持ち主の眼差しは、この一連の不思議な事態に対する恐れの気持ちよりも……むしろ自分を案ずる気持ちの方が勝っていると、その潤いのある瞳が、雄弁に語っていた。

 そう言えば……さっきまで……情けなく泣いていた………頬にはまだ、流れの止まった涙がこびり付いたままでもある。

 

 ほんと、何て………情けない。

 

 まだこんな小さいのに、こんな常軌を逸した状況の渦中にしても尚、さっき会ったばかりの自分を、気に掛けてくれているのに。

 

「もう……大丈夫」

 

 その健気さは、この暖かな光とともに、折れかけ、堕ちかけてていた自分の心に―――〝這い上がる〟力をくれた。

 感謝の意味合いも込めて、女の子に微笑みを返して、母との〝思い出〟を手繰り寄せて、小さく儚い身体を、優しく抱きしめる。

 

「絶対……お姉ちゃんが手出しをさせない」

 

 再び、目と目を向き合わせた私の言葉に女の子は――

 

「うん」

 

 ――こっくりと頷き返す。

 この子なりに、私の決意を読み取ってくれたのか、嫌がる素振りを見せることなく、私の腕から一時的に離れた。

 本当はまだ心細くて、離れたくはない筈なのに……私のちょっとした我がままに付き合ってくれた彼女の勇気を称えて、小さな頭を手で撫でてあげると、その場を立ち上がらせる。

 左腕で顔にこびりつく涙を拭い取り、臆することなく正面からノイズを見据える。

 

 私自身の意志に呼応して、〝勾玉〟がその輝きを強めた。

 

 マナの光で、私を戦う姿へと〝変身〟させるアイテムとなった形見を、首から外し、右手に乗せ、胸の前で祈るように勾玉を包み込み、瞳を閉じる。

 

 ごめんなさい……母さん、父さん。

 

 たとえ〝災いの影〟が蔓延るこの世界でも、幸福に生きてほしい願いを持っていたのは、痛いほど分かる。

 

 私が今、踏み出そうしている道は―――そこからほど遠い、茨の道……子をどこまでも愛しぬく親たちの、誰が好き好んで、そんな道を歩ませたいと思うのか。

 

 この〝祈り〟はいわば、その〝願い〟を払おうとしている自分から、愛する人たちへの懺悔でもあり、油断の許されぬ戦いの世界に臨む――〝通過儀礼〟。

 

 そして今一度―――〝最後の希望〟をその身に背負う〝儀式〟。

 

 空へと昇る光の勢いはさらに増し、手の中にある勾玉の輝きも、指の隙間から溢れ出していた。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪〟

 

 現代の地球では、ルーン文字の始祖ともいえる言語を以て。

 

〝我――星(ガイア)の力を纏いて、悪しき魂と戦わん〟

 

 胸の奥から、戦意と闘志―――この力を呼び覚ます〝言霊〟を、歌を奏でる調子で以て、囁く。

 光の輪郭から、幾つも流星が飛び立ち、勾玉へと集束――その輝きが極限にまで至った瞬間、右手を左肩に添え。

 

「ガメラァァァァァァァァァァァーーーーー!!!」

 

 天まで届かせるとばかり叫び上げ、夜天に変わりつつある空へ、真っ直ぐに、一直線に――勾玉を高々と掲げた。

 

 

 

 

 

 朱音の想いの丈を受け取った勾玉は、世界をホワイトアウトさせんとばかりの〝光〟を迸らせ、彼女の全身を球体上に包み込んだ。

 その内部にて存在する……荒れ狂うマグマを模した〝異空間〟にて、両腕を広げて浮遊してる朱音の体から、リディアンの制服が粒子状となって消え、一糸纏わぬ姿となり、首回りと両足の指先から、黒を主体とし、彼女のボディラインに密着したノースリーブのインナースーツが――両腕の前腕部とにも同形状で、指ぬきグローブと一体となったアームカバーが生成された。

 次に、彼女の両手、両足の順に――人のものではない爬虫類の特徴を持った両腕、両脚を象った炎が包み込み、それらは一瞬の閃光の後、鮮明な紅緋色かつメカニカルで、各部に推進機構――スラスターも備えた鎧(アーマー)となり、同様の流れで、腰にも背部にもアーマーが装着され。

 

〝ガァァァァァーーーオォォォォォォーーーン!〟

 

 同じ炎で形作られた―――〝怪獣〟と呼ぶ他ない―――厳めしく、口の両端に一際長い牙を生やした生命体の顔が、天地を轟かさんと咆哮を上げ、朱音の頭部に包み込む。

 同様の閃光から飛び散る炎の中から、ヘッドフォンに酷似し、ハウジング部に相当する部位から、あの牙を模したと思われる突起が、朱音の下あごを沿う形で伸長した。

 

【挿絵表示】

 

〝変身〟が完了し、防護フィールドでもあった球体上の炎がその役目を終えて消滅し、凛とした立ち姿で現実世界に降り立った。

 

「…………」

 

 後ろ姿を見上げる幼子は、ある種の感嘆とした気持ちも混じった表情で、変身した朱音から目を離せずにいる。

 

 ノイズたちも、顔らしい顔を持たぬ見てくれをしていながら〝戦士〟と相成った彼女を釘付けに、一体たりとも、一歩分すら踏み出せずにいた。

 

 本能で悟っているのだろう―――あの紅緋の鎧(アーマー)を纏った少女は、自分たちの〝天敵〟であるのだと。

 

 

 

 

 

「覚悟しろ―――」

 

 

 

 

 

 

〝シンフォギア〟

 

 

 

 

 

「―――お前たちの好きには、させない!」

 

 

 

 

 

 人類がそう名付けた戦装束の〝鋳型〟で、草凪朱音は―――〝最後の希望〟―――〝ガメラ〟として、蘇った。

 

つづく。

 




のっけから架空の都市の紹介ですが、当小説の二次設定で公式ではありませんので注意を(シンフォギアの主な舞台の街の名称は原作では結局不明のまま、年号は明らかになったのに)

そしてガイアの変身BGM(実は冒頭のアラームのそれ)がそのまんま流れてきてもおかしくない、仮にも女子なのにガイアばりの絶叫変身でした。


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#2 - 戦場を舞う歌

さて第二話、朱音の歌の伴奏の全体的イメージは梶浦語風のコーラス入った澤野さんのBGM風です。



 認定特異災害――ノイズが引き起こす災害、事件に対処する機関は、当然ながら日本政府にも存在している。

 

〝特異災害対策機動部〟――通称、特機部(とっきぶ)

 

 この機関には一課と二課、二つのセクションが存在し、前者は主に民間人の迅速な避難のサポートと、ノイズの進行をできるだけ人口密集地から遠ざける為の誘導に、被害の後処理が主な任務。

 一般の人間が〝特機部〟のことを聞かれて思い浮かぶのは、主にこの一課。

 

 なら――第二課は?

 

 ノイズに齎される被害対策を担う点は無論一課と共通しているが、二課には二課ならではの〝一面〟を持っていた。

 

「ノイズとは異なる、高出力のエネルギーを検知」

「発生地点、音無倉庫街と判明」

 

 その第二課の、地下深くに存在し、オペレーター含めたスタッフたちの肉声が飛び交う本部の司令部。

 

「まさかこれって―――アウフヴァッヘン波形?」

 

 律唱市の倉庫街が発生源なエネルギーの正体を掴んだ、ポニーテールとマゼンダ色な縁の眼鏡と白衣を着込んだ科学者らしき妙齢の女性が驚きの表情を見せる。

 

「アーカイブに、該当する聖遺物は存在しません」

 

 そのエネルギーを放っている〝源泉〟は、本来二課にとって馴染みのあるものでありながら、未知なる存在であった。

 

「未知なるシンフォギア……だと?」

 

 長身かつ筋肉隆々の、1980年代アクションスターにひけを取らぬ肉体と、獅子の如く逆立った髪に、絵に描いた豪胆さと人格者な雰囲気を併せ持った男――この特機部第二課の司令官である彼も、〝正体不明なシンフォギア〟の存在に、驚きを禁じ得ていなかった。

 この後、さらなる驚愕を突きつけられることになるのだが――

 

「ノイズドローンの一機のカメラが捉えました」

 

 ――人間のみを襲い、二次的被害を除けば人間の産物には手を出さないノイズの習性を利用し、特機部は無人偵察機――ドローンを活用し、常にノイズの活動と、ノイズに立ち向かう戦士の戦いを記録している。

 

「映像、出ます」

 

 宙に出現した3Dモニターに、ドローンに搭載されたカメラの映像――俯瞰からの音無倉庫街が映し出される。

 

「ん?」

 

 長い黒髪と大人びた容姿に背も高い、〝美人〟と称した方が相応しいあの少女……どこかで見たような……まさか――

 

「〝装者〟と思われる少女の方へ拡大してくれ」

「了解」

 

 コンクリートから上空へ垂直に、かつ円形上に放出されている何らかのエネルギーフィールドの内側に、尻もちを付く幼女と、ギアらしきアーマーを装着している少女の図を目にした司令官は、見た目に違わぬ野太い声で、映像の拡大を指示した。

 ある直感を過ったのが、その理由。

 

 

「なぜ………あの子がギアを?」

 

 顔が画面のほとんどを占めるくらい拡大された映像を目の当たりにしたことで、彼は自身の直感が、ものの見事に的中してしまった事実を突きつけられた。

 あの翡翠色の瞳……見間違いようのない。

 

〝草凪朱音〟

 

 司令官にとって、共通の趣味を持つ年代差を超えた友人でもある少女が、正体不明な未確認――UNKNOWNの〝FG(フォニックゲイン)式回天特機装束――シンフォギア〟を纏って、ノイズと対峙していたのだ。

 いつも見る彼女とは思えない〝戦士〟の眼差しを発する彼女に、さしもの彼も、驚愕を秘めておくことはできずにいる。

 

 彼の驚きをよそに、カメラが捉えた朱音の翡翠の瞳が、こちらへと向かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地球の生命エネルギー――マナの力を取り込んだ〝勾玉〟によって誕生したシンフォギアを身に纏い、凛然と――そして眼光で撃ち貫かんとばかりに力強い眼力で以てノイズと相対していた朱音は、右の掌を広げる。

 掌に装着された装甲の円状の部位から、炎が突如噴き出たかと思うと、最初は形状を変動させていた火炎が、彼女の身の丈の半分より長い長さな棒状に押し固められ、紅緋色のアーマーと同色のロッドへと変質した。

 それを手に取った朱音は、頭上で高速回転させた後、ノイズに牽制する形で中段構えを取り、同時にロッドの両端が伸長して、彼女の身の丈を越す長柄となる。

 

 

 

 

 

〝覚悟しろ――お前たちの好きにはさせない〟

 

〝変身〟した直後は、ノイズたちにそう啖呵を切ったものの……存分に戦えるかと言えばそうじゃない。

 自分の背後には、ここまでどうにか守り抜けた女の子がいる。

 足手まといなんて毛頭考えるつもりはないけど、この子をあの数のノイズの攻撃から守りながら戦うのは、中々骨が折れる。

 やっぱりまずは、女の子を連れてここを振り切り、安全な場所に連れて行くのが現状最善なのだが……どうするか?

 

「あれは?」

 

 警戒を怠らず、あらゆる方角に目を向けていた私は、すっかり日が暮れ、夜天となった空に、ノイズとは違う滞空する飛行物体をを見つけた。

 ギアの力で、五感も強化されているのか、夜だと言うのに物体の輪郭がくっきり見えた。

 二つのプロペラで動く無人機――ドローン。

 しめた……ノイズが跋扈するこの状況でドローンが飛ばされているってことは、あれは〝特異災害対策機動部〟が保有している機体と見ていい。

 本来、日本政府が〝秘匿して保有している兵器〟であるこのシンフォギアを、一介の民間人――つまり自分が使っている様を目にしたら、放ってはおけない筈……そこを上手く利用すれば、この子の安全を確保できる―――なら決まり。

 

「来て」

「うん」

 

 脳に送られた情報によれば、〝アームドギア〟と呼称されるらしいロッドを右手で構えたまま、私は一時しゃがんで女の子を左手で抱き寄せ、再び抱き上げた。

 まだ、周りはノイズを妨げるフィールドが張られているが、私の変身が完了した以上、そろそろこの〝防御壁〟も消失してしまうだろう。

 現に、フィールドの勢いはみるみる落ちていき、厚みも薄くなっており、ノイズどもはいつでもこちらを襲えるよう、待ち構えている。

 この障壁が完全に消えれば、奴らは一斉に攻め掛かってくる――その瞬間が――この包囲網から一気に脱出するチャンスだ。

 

「高いところは苦手?」

 

 前もっての確認も怠らず。

 私の質問に、女の子は首を振って答えた。

 さすがにこの子を抱えた状態で〝音速越え〟は叶わないが、私も久々に〝飛ぶ〟身なもので、肩慣らしのハンデとしてはむしろ丁度いい。

 

 もうじき、だな。

 

 円形状の光の輪郭の明度も弱まり始めたかと思うと、あっと言う間に、ノイズから私たちを守っていた障壁が消滅した。

 予想通り、邪魔ものがいなくなったノイズたちは、人を襲う本能のまま、包囲網の円を維持したまま、距離を詰めてくる。

 内何体か、両腕を伸ばしてきた。

 

 距離、約十メートルまだだ……ギリギリまで粘れ、タイミングを見誤るな。

 

 

 

 

 よし―――そこだ!

 

 

 

 

 「――――」

 

 焼き払え!

 

〝歌〟を奏でつつ、ロッドの打撃部分から、鉄さえ融解させる〝プラズマの火炎〟を放射し、同時にその場からバレエダンスの要領で全身を一回転させる。

 円を描いて吹き荒れる灼熱の豪火は、肉薄してきたノイズたちの先頭集団を糸も簡単に呑み込み、奴らに断末魔の奇声を鳴らせて灰も残さず焼き尽くしていく。

 

 今だ!

 

 360度まで回転仕切ったところで―――両の足裏に備えられたスラスターユニットを点火、白い噴流を放出し、こちらの攻撃を受けて態勢を崩しているノイズへ煙幕代わりにばら撒いた。

 

「掴まってなさい!」

 

 白煙と暴風の二重攻めで敵がたじろいでいる隙を突き、スラスター出力を急上昇させて、その推進力を糧に飛翔、ノイズに溢れた倉庫街――地上から離れていく。

 生物でありながら、飛行機よろしくジェット噴射で空を駆けた〝私〟ならではの飛行方法。

 行ける………肉体組織は人間な上に十五年以上のブランクと言う不安要素はあったけど、自分が思っていた以上に、感覚はちゃんと〝飛行〟のイロハを忘れずに覚えていた。

 

「す、すごい……本当に飛んでる」

 

 恐がるどころか男の子に負けじと興奮した様子で地上を眺めながら、慣れた様子で宙を走る私にも感嘆の眼差しを女の子が向けてきた。

 実際、久々なだけで飛び慣れてはいたんだけど。

 よし、ドローンもこちらを追走している。このままできるだけノイズのいない区域にまで飛んで行けば………けど、敵もすんなり振り切らせてはくれない。

 案の定、海生生物のエイに似た群青色の飛行型ノイズが、こちらに接近している。

前方から三体、後方から二体、挟み撃ちにする魂胆だ。

 

「させるか!」

 

 この姿であの〝火球〟を最も効率よく撃つとなれば――〝銃〟の形にとる他ない。

〝アームドギア〟の生成に必要なのは、エネルギーとイマジネーションなのは分かっている。その二つが揃えれば、武器の変成など―――右手に持つロッドが、金属音をいくつも鳴らして形を変え、グレネードランチャーとショットガンの特徴を掛け合わせた紅緋色で円筒状の銃身をした〝飛び道具〟となる。

 

 それを構え、トリガーを引いた。

 

 銃口から、鉛の弾丸――ではなく、〝プラズマの火球〟を発射。

 初発が前方の一体に命中、瞬く間にノイズの体組織を燃焼させ、爆発。

 続けて、二発、三発と連射、さらに右肘のスラスターを吹かして素早く後方に転換、もう二発の火球を撃ち放ち、背後の飛行タイプも蒸発させる。

 全弾命中、自分以上のスピードで飛べる災いの影どもに比べれば、当てることなど造作もない。

 

 足と背中のスラスターで飛行を続けながら、進行方向にいる飛行タイプを先んじて撃ち落としていく。奴らはいずれ消滅する運命だが、これ以上犠牲者を増やさない為の措置だ。

 

「お姉ちゃん、見て」

 

 女の子が地上の方へ指を差し、指先の奥へ目を向けると、工場地帯の道路に黒色の乗用車が三台、空にいる私たちを追いかけている。

 

「おいでなすった……ってとこか」

 

 見ようによってはヤクザの車両にも見えてしまうが、特機部所属の人間たちが乗っていると見て間違いない。

 

「大丈夫、特機の人たちだから、保護してもらいなさい、お母さんたちもあの人たちに助けられていると思うから」

「お姉ちゃんは?」

「もう少し、ノイズ退治に行ってくる」

「わかった」

 

 警戒の度合いは引き下げず注意し、高度を下げて行った。

 

 

 

 

 

 ブレーキを掛けてから停止までのラグも計算に入れて、約三十メートルの距離を取ってアスファルトに着地、実体化させていたアームドギアを一時解除する。

 若干の間を置いて、黒い車両三台も停車した。

 程なく、スーツにサングラスと言う、どこのSF映画に出てくる仮想世界のエージェントか、はたまた地球に住むエイリアンたちの監視を担う組織の方のエージェントにもそっくりな、黒づくめの風体の男たちが降りてくる。

 

「特機部の方々ですよね、この子を保護してもらいたいのですが」

 

 服装に突っ込みたい気分を抑えて、女の子の保護を依頼すると。

 

「分かりました、お任せください」

 

 黒づくめの内、グラスは掛けず、茶髪で温和そうな顔つきにソプラノボイスが特徴的な青年が、名乗り出た。

 どこかで見たような顔だけど、今はそんな場合ではないか……私は女の子を抱きかかえたまま、その青年に女の子を手渡した。

 

「その……人命救助は有り難いのですが、あなたには色々とお聞きしたいことが――」

 

 そして案の定、私が身に纏っている〝シンフォギア〟の件で、色々聞きたそうな様子を見せてきた。

 別に文句はない、この力のことを考えれば、重要参考人扱いで一時連行されることは予想できるし、反抗する気はさらさらない。

 

「お姉ちゃんは何も悪いことしてないもん」

「いや、それはお兄ちゃんたちもよく分かっていますよ………ちょっとこのお姉ちゃんから、話を聞きたいだけで」

「私もじっくりあなたたちのお話を聞く所存ではあります、ですが――」

 

 後方から気配を感じ取った私は、素早く銃形態のアームドギアを具現化させながら振り向き。

 

「―――」

 

〝歌唱〟で威力を高めた火球を銃口から連射、こちらから五十メートル先の空間の揺らぎから出現した直後のノイズたちを、プラズマの炎による先制攻撃で屠った。

 

「ごめんなさい、事情聴取はもう少し後ってことで」

 

 銃口からの煙を吹く私は、そのまま両足のスラスターを噴射し。

 

「ノイズがシェルターを襲ってますので、急がせてもらいます」

 

 強化された聴覚が、戦車の砲弾、ミサイル、機関銃等の火器の発射音を捉え、現在地と方向を照らし合わせて、場所が市内のシェルターの一つだと感づいた私は、素早くその場から離陸した。

 

「君! ちょっと!」

「行ってらっしゃ~い!」

 

 ある程度高度を確保すると、後進翼の飛行機な体勢を取り、両腕の内側前腕部にもスラスターを展開して、足裏のと一緒に点火。

〝高速飛行形態〟となって、叶わぬと分かりながらも奮戦する自衛隊とノイズたちのいる戦地へと、急いだ。

 

 良くも悪くも縁のある彼らだけど、同じ〝生命〟を守る戦士でもある――なら、やるべきことは……とう決まっていた。

 

 

 

 

 

 律唱市、ノイズ災害用第三シェルター出入り口の近辺では、シェルター内にいる市民たちを狙ってか、ノイズの軍団が進行していた。

 群れる異形どもを相手に、陸上自衛隊第一師団所属の戦車隊、及び歩兵部隊が迎え撃っている。

 彼らにとって、誇張抜きに〝背水の陣〟だ。自分たちがやられれば、シェルターの内部にいる避難民たちはほぼ無防備に晒されてしまう。

 ノイズに唯一対抗できる、特機二課所属のシンフォギアの担い手は現在一人しかおらず、他の区域にも群体が出現している為、もう暫くは彼らが粘るしかなかった。

 しかし、防衛網は着実に後退する一方だ。

 機関銃の銃弾も、戦車の砲弾も、ミサイルさえ、ノイズたちの身体をすり抜けてしまう。

 

〝位相差障壁〟

 

 ノイズたちが人類最大の天敵たらしめるのが、この能力。

 かなり分かりやすく説明するならば、自らの〝存在の度合い〟をコントロールするこで、ノイズ自身は対象に接触できるが、反対に相手側からは立体ホログラムに等しい状態となってしまう。この〝反則技〟で人類側の通常兵器はほとんど通用しないのだ。

 一応、通常兵器でもダメージを与えることは不可避ではないが、それがノイズが攻撃を仕掛けようとした瞬間をカウンターで狙う神業を要求されるか、周辺の環境に与える被害を完全無視した波状攻撃によるゴリ押しであったりと、はっきり言えばデメリットの方が大きい。

 それでも、無駄弾を消費するだけなのは承知の上で、自衛官たちはなけなしの時間を稼ごうと、距離を取りつつ攻撃を継続していた。

 

「怯むな! 装者が到着するまで、何としても死守するぞ」

 

 この防衛網を指揮する、声優をやっていても不思議ではない渋みのある声と彫りの深い容貌の指揮官が発破を掛ける。

 彼らも民間人を見捨てて逃げる気など、持ってはおらず、何としても守り抜こうする意志を捨てていなかった。

 

 引く気がないのなら潔く灰となれ、そう言わんばかりに、有肺類型のノイズたちが飛び上がり、虹の軌道で、空からの突進を仕掛けてきた。

 迎撃の雨を、上空へ降らせるが、弾のほとんどはどうしてもすり抜けられてしまい、微々たりとも阻みとならない。

 

「っ!」

 

 覚悟を決めていた隊員たちが、息を呑んだ―――その刹那。

 

「―――」

 

 歌声が、ややハスキーさのありながら、水のせせらぎのように澄んだ美しさも有した、聞く者を鼓舞させる力強さも帯びた少女の歌声が、戦場に響き渡る。

 この世界の自衛隊員にとって、この状況そのものはさして珍しいものではない――が、二課所属の装者とは明らかに違う誰かの歌声に、彼らの脳裏で〝誰だ?〟と言う疑問符が浮かんだ直後、厚いアスファルト抉って引きずる轟音が響き、炎できたカーテンが、降下していたノイズらを焼失させた。

 

 正体は、ギアを纏いし朱音。

 高速飛行形態から、速度を維持したまま大地に降り、そのままスライディングで戦闘の隊員たちの前に躍り出て。

 

「ハァァァァァーー!」

 

 ロッド形態のアームドギアから発した火炎放射で、彼らを間一髪救ったのである。

 

 

 

 

 本当に間一髪だったな………急いでいたせいで道路には大きく痕が付いてしまったけど、彼らも代え難い命、助けられるチャンスがあるのなら、躊躇ってはいられなかった。

 その隊員たちが、呆気にとられた様子で、私を釘づけにしている。

 この人たちからしたら、いきなり見慣れない〝装者〟が現れたのだから、無理ないと言われれば、無理ないけど。

 

「後は――任せて下さい!」

 

 ロッドを構え、両足と背部のスラスターを噴射し、アスファルトスレスレを沿う形で、ホバリング移動で疾走した私は――胸部の勾玉から響く音色に乗り、胸の奥から浮かんでくるルーン文字の原形たる超古代文明の言語で形成された歌詞を唱えて、身の周りに浮遊するプラズマの火球を、計十球、生成。

 

 放て! ホーミングプラズマ!

 

 一斉に、火球たちをノイズらへと向けて放った。

 威力は銃形態のアームドギアから放たれるものより少々譲るが、その代わり対象を追尾する機能がこの火球たちにはある。

 半分は地上にいる個体に命中し、火球が起こした爆発は近くにいた個体たちを魔添えにして炭化。

 飛行タイプも、何体かは回避したが、追いかけてくる火球を前に呆気なく着弾して爆発四散した。

 

 今度こそ覚悟してもらうぞ―――この世界の〝災いの影〟よ!

 

 スラスターの出力を上げて急加速し、ホーミングプラズマの攻撃で足並みを乱した群れの渦中に一気に飛び込み、ロッドの先端から、プラズマエネルギーを直剣状に押し固め、右横薙ぎ、袈裟掛け、右切り上げの順で、炎の刃――バーニングエッジがノイズの肉体を次々と両断していく。

 

 私が希望したとは言え、弦さんの奇天烈ながらも厳しい修行の数々は、決して無駄ではなかった。

 シンフォギアの〝形〟で蘇ったこの〝地球(ほし)〟の力を、十全に使いこなせている。

 

 でも、油断してはならない………ギアの力で奏でられる私の〝歌声〟は、ノイズをこちらの物理法則下に置き、確実に我がプラズマの炎で殲滅させられる効力があるけど………だからこそ慢心は禁物。

 かつて私が戦ってきた怪獣は、いずれもそんな慢心を持つことは許さない強敵ばかりだった。

 あのノイズらとて、まだ未確認の個体が存在しているかもしれないし、どんな隠し玉を持っているか分からない………何が来ても動じぬよう、気を引き締め、歌い続けろ!

 自身への戒めの欠かさずに、逆風の軌道で、ほぼ真下から炎を纏ったロッドを切り上げ、大地から噴き出すマグマの如き様相な炎の衝撃波―――バニシングウェーブでさらに多くのノイズを焼き払った。

 

 このまま、人間一人殺せるまま自然消滅するのを恐れ始めたからか………こちらの猛攻を前に辛うじて生き残っていた個体たちが、一か所に集い始めると、一つとなりて変化し、頭と胴体が一体となり、巨大な口を携えた巨体となった。

 目測で分かる限りでは、身長三十メートル………いわゆる〝怪獣〟より小ぶりではあるが、巨体なことに変わりない。

 

 巨大ノイズは、その肥大化した巨体から、高速回転する刃をいくつも飛ばしてくる。

 

 私もスラスターの噴射で飛翔、各々独立した動きで、この身を切り裂こうと迫りくる刃たちを全身のアーマーに備え付けられたスラスターを活用して躱し、またはロッドで打ち払う。

 

 あれだけの巨体で、しかもノイズの集合体、下手な攻撃で肉片を散らせば逆に敵を増やすことになる。

 なら――強大な火力を以て、一撃で撃破するしかない……のだけれど、それだけの威力のある攻撃を放つには、一度足を止めないと、それにはこの刃たちが邪魔だ。

 しかもいくら打ち払っても、巨大ノイズが新たに続けて発射してくるので、絶えず動き続けていないと餌食にされてしまう。

 敵はこちらの消耗が強まったところを、その巨大な口で一呑みする気でいるらしい……どうする?

 

「っ!」

 

 攻めあぐねていた最中、巨大ノイズの肉体から爆発が上がった。

 

 今のはまさか……自らの発する歌声が響く眼下の地上では、さっきは擦り抜けられていた自衛隊の攻撃が命中していた。

 

「―――」

 

 そうか、自分とギアの歌の効力で、ノイズはこの世界の物理法則化にねじ伏せられている……だから通常兵器でも、決定打にこそならずとも、攻撃を当てられる。

 さすがに何の痛みも感じないわけでなく、飛び回る刃の動きが精細さを欠け始めていた。

 その光景に、守護神だった自分の記憶の一端が再生される

 あの時、あの〝宇宙怪獣〟との戦いの時に自衛隊が放ったミサイル………今ならば分かる……あれは、私を助ける為に決行された〝援護〟であったと。

 

 そして、この世界の彼らの援護が見出してくれたチャンス、逃すわけにはいかない!

 

「後退して下さい! 巻き込まれますよ!」

 

 まず部隊に後退を進言し、飛び回る刃をプラズマ火球で撃ち落とし、銃形態のアームドギアをさらに変形させる。

 銃身が伸び、前方に突き出された三つの突起が、正面からは三角を描けるように展開される。

 

 歌の声量を高めながら、それを両手で構えた。三つの爪――突起の先から、電磁波の稲妻が迸り、銃口の前でそのエネルギーを集束させる。

 奴のあの〝青い光〟は、電磁波を応用したマイクロ波の光線だった。

 ならば―――同じ〝プラズマ〟を扱える自分でも。

 

 超古代文明語の歌とシンクロし、爪のマイクロ波のエネルギーの出力はより飛躍的に高まっていき、銃口にもプラズマエネルギーがチャージされ。

 

〝穿て―――ブレイズウェーブシュート!〟

 

 トリガーを引き、火薬の役を担うプラズマが、弾丸役たるマイクロ波に衝突、その刺激で球体上に圧縮したエネルギーは、火炎のゆらめきと超放電を持ったオレンジ色のプラズマ炎熱光線となって解き放たれた。

 周辺大気の分子と原子すらイオン化させるプラズマの奔流は、自衛隊の攻撃に気を取られた巨大ノイズの頭部に直撃。

 着弾地点から体組織が燃焼されたノイズは、散らばり分裂する暇もなく、ほとんど一瞬の内に全身がプラズマの火に覆われ。

 

「gyaaaaaaaーーーーーーー!!!」

 

 断末魔を上げながら閃光となって蒸発し、散った。

 

 

 

 

 

 銃身の一部分から通気口が現れ、排熱の白煙を上げる。

 

「はぁ……」

 

 ノイズの気配も、空間歪曲の気配も感じなかったので、歌を止めて深呼吸すると、疲労感が体に押し寄せてきた。

 そう言えば………体力に自信があったからってその残量を弁えず走り回って、ほとんど間を置かず変身して戦闘に入ったんだったな……その上初陣でこんな大技使えば、疲れもくっきりと来る筈だ。

 まだ体力は残っている内に、ゆっくりと高度を下げて、アスファルトが敷かれた地面に降り立った。

 

 心の内で念じると、アーマーが解除され、元のリディアンの制服姿に戻った私の耳に、何やら喚声らしきものが入り込んできた。

 

「え?」

 

 それは、自衛隊員たちから湧き出る勝利の〝歓声〟だった。

 それだけ、今まで苦杯を舐められ続け、シンフォギアの装者に頼らざるを得なかった現実に………シンフォギアとなったこの〝勾玉〟を手にするまでの自分と同じ、悔しさを噛みしめられてきたのだと、彼らの喜びから読み取れた。

 

「ありがとうよ、装者の嬢ちゃん」

 

 その中から、指揮官らしき………どこかク○ガの杉○刑事に見た目も声もそっくりな男の人がこちらに歩み寄ってきて。

 

「お蔭で、ノイズの奴らに一泡吹かせられた」

 

 感謝の言葉を述べてくれた。

 

「いえ……私こそ民間人の身で、でしゃばった真似を」

 

 自衛隊とは苦い思い出も少なくないのもあって、指揮官からの賞賛にはこそばゆいものを感じてしまう。

 彼らから見れば、私はどこのものとも分からないシンフォギア――極秘兵器で勝手に戦場(せんじょう)の渦中に入り込んだ身………幸い彼らの守り手としての沽券は傷つけられてはいないものの、頭はちゃんと下げておかないと。

 

「気にするな、二課の風鳴の野郎が、『責任は俺がとるから遠慮なく援護してやってくれ』って頼んできたもんでな」

「かざ……なり?」

 

 え? 今、この人〝かざなり〟と言ったか?

 

「ひょっとして、風鳴弦十郎さんのことですか?」

「お? 嬢ちゃんあいつと知り合いだったのか?」

「ええ……まあ、趣味友と言いますか」

 

 苦笑い気味に答える。

 本人から職業は警察官だと聞いていたけど、まさか特機の司令官をお勤めになっていたとは………いや、ノイズみたい人間の常軌を逸した存在が相手なら、むしろあの人――弦さんみたいな人が案外相応しいのかもしれない。

 

 さて………ここで待っていれば、さっきの特異災害対策機動部の、多分情報統制を担っている隊員たちも来る筈、その前に災害伝言サービスで響たちに連絡を取っておいて、互いの無事を――

 

〝Balwisyall Nescell gungnir tron 〟

 

 制服の内ポケットからスマホを取り出し、災害用のアプリを起動しようとした矢先………私の脳裏に、聞き覚えのある声で、歌が奏でられた。

 

「どうした嬢ちゃん?」

「聞こえませんでしたか? 歌が?」

「いや……今はさっぱり聞こえねえな」

 

 だが、幻聴とも思えないし……あの響き、もしや――シンフォギア。

 

 その単語を思い浮かばせた時、胸が膨大なエネルギーを感じ取り。

 

「はっ……」

 

 コンビナートの塔の一つの頂きから、エネルギーの柱がそびえ立っていた。

 

 瞳が捉えた現象から、私は確信する。

 

 

 

 

 今日、シンフォギアの装者となったのは―――私一人ではなかったと言うことを。

 

 

 

 

つづく。

 



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#3 - 装者、三人◆

予想はしてたけど、予想してた以上に響の心理描写、むずい!
リリゼロでなのはを描く時めちゃくちゃ苦労しましたが、それ以上に響って女の子を描くのに苦労の連続、あんだけ対話を求めてる子なのに……。 

追記:あれから結構経ちましたが……やはり描きづらいビッキーです。書いても書いても書いて対話を何度も試みても、心象風景をはっきり見せてくれない(苦笑


 律唱市内のコンビナート、その塔の一角の頂きより立ち上った……橙色の光の柱。

 シンフォギアの装者として、かつての自身の力を取り戻したばかりの草凪朱音も、共闘していた部隊の指揮官と、一目で膨大なエネルギーを内包している〝柱〟を、翡翠色の瞳で凝視していた。

 

「何だ?あの光……」

「シンフォギア………〝ガングニール〟」

 

 かと思えば、その大人びた美貌を引き立てる凛々しい表情で、シンフォギアに携わる者たちにとって、衝撃を与える単語を呟く。

 

「え? おい嬢ちゃん……今何て言いやがった―――っておい待て!」

 

 指揮官の質問に答えぬまま、かつ光の柱に己が視線を固定させたまま、何かに駆られる様子で、先程大技を使ったことによる疲労を抱えていたとは思えない速さ、アスファルトを蹴り上げ疾走する。

 

「あぶねえぞッ!」

 

 進行先には、合体による集合体なノイズの爆発跡、まだ火が強く立ち昇っている。

 指揮官ら自衛隊員らの警告を振り切って、朱音は躊躇せず火の海に飛び込んだ。火の密度具合から考えれば、あっと言う間に火は制服に引火して、彼女の身体ごと燃やそうとする筈なのだが――。

 

「ど……どうなってやがる?」

 

 部隊を代表して朱音に礼を述べた指揮官の息が、飲まれる。

 ノイズと言う謎だらけの存在を相手にしてきた彼らでさえ、不可思議な現象が起きたのだ………火は朱音を襲うどころか、まるで意志を有しているかの如く、宇宙を駆ける流星に似た動きで彼女の胸元に下げられた勾玉に吸い寄せられていった。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪ (我、ガイアの力を纏いて―――悪しき魂と戦わん)〟

 

 風の如き素早さで走る朱音は、前世の自分が有していた能力と同様の手段で炎を味方に付けエネルギーとして取り込み、マグマの流動に酷似した発光現象を見せる勾玉へ、シンフォギアを起動する為のパスワード――聖詠(せいえい)を唱え。

 

「ガメラァァァァァァァァーーーーーー!!」

 

 勾玉を右手に取り天高く掲げ―――〝最後の希望〟としての自身の名を、再び叫び上げた。

 

 

 

 

 

 一方、特機二課地下本部の司令部でも、3Dモニターに、これが二度目である光の柱が立ち上る光景を映したドローンのカメラ映像が投影されていた。

 

「波形パターン照合………これは―――」

 

 コンビナートを発信源とするエネルギーの解析は、すぐさま結果は出たのだが……その結果そのものに対して、司令部にいた全員が〝信じられない〟と言った面持ちを見せていた。

 現二課司令官――風鳴弦十郎も、例外ではない。

 

「ガングニール……だと?」

 

 どれだけ激しい運動を休まず続けていても、疲労の色を見せなさそうだと思えてしまうくらいの屈強な肉体の持ち主である彼の額から、『草凪朱音が正体不明のシンフォギアの装者となった事実』を超える驚愕で湧き出た汗が、一筋流れた。

 

 

 

 

 律唱市内のモール街の一角。炭素の塊が散乱し、炭素粒子も無数飛び交う地にて、誰の力も援護も借りず〝ただ独り〟………右手に日本刀型の片刃の剣(つるぎ)を携えてノイズと戦い、この場にいた個体を全て狩り尽していていた戦士――装者も、ほぼ無表情でいたその顔を、司令部からの通信、正確には、通信内容に含まれていた単語――。

 

〝ガングニール〟

 

 ――を聞いた途端、衝撃に打ちのめされたものに歪められていた。

〝柱〟を見据えて、大きく開かれた双眸は、震えていながら半ば凝固してしまっている。

 

「そんな………だって………あれは……」

 

(嘘だ………嘘よ………そんな筈はない………あるわけがない………何かの間違いよ………そうでなければ………だって、だってあれは――)

 

 彼女は、瞳に提示された事実を前にしてひたすら〝否定〟で抵抗し。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!〟

 

 否応なく………装者としても、そして歌い手としても〝最高の相棒〟であった少女との、永遠の別離の瞬間を、脳の内部のスクリーンに映写させてしまっていた。

 

『翼、至急こちらが指定したポイントに向かってくれ、お前のいる地点からはそう遠くない』

「っ………了解、直ちに向かいます」

 

 司令部からの命令で、どうにか我に返った装者の少女――風鳴翼は、かつて相棒が〝持ち〟、彼女の死とともに失われた筈の〝シンフォギア〟が発する光の下へ、急いだ。

 

 

 

 

 

 さて、今の状況の中心地に立っている筈の―――〝ガングニールのシンフォギア〟を纏っている少女、立花響は、ほとんど自分の置かれた状況を理解し切れずにいる。

 

(何が……どうなっているの?)

 

 今日が発売日であった風鳴翼のニューシングルのCD初回限定版を、何としても初日に購入すべく、急ぎ学校からショップに向かう途中、炭素化させられた市民の亡骸たちからノイズの襲来を察し、あわや奴らに襲われるところだった幼子を助け、シェルターに行こうにも何度もノイズの待ち伏せをくらい、どうにかこうにかコンビナートエリアの建物の頂上まで逃げ延びたものの………そこにもノイズらが多数空間転移してきて、完全に追い詰められた最中。

 

〝諦めるなッ!!〟

 

「絶対に――諦めないでぇ!」

 

 二年前、自分を救ってくれた〝あの人〟の言葉を思い出しながら、絶対絶命以外の何ものでもない状況を、それでも〝生きて打ち破ろう〟とする意志が極度に高まった瞬間。

 

《Balwisyall~Nescell~gungnir~tron 》

 

 響は胸の奥から響いてきた言語(かし)を、無意識に歌い上げ、直後……二年前のあの時胸に負った怪我の〝傷痕〟から突如放たれた光に、彼女の身体は包まれた。

 

 呻き声を上げて我(いしき)を一時は失うまでに迫る、全身のありとあらゆる神経全てから上がる〝悲鳴〟の後、我を取り戻した響に待っていたのは―――四肢と頭部に黄色がかった鎧(アーマー)が接着された装束(スーツ)を身に纏っている、己が姿であった。

 

「え?わたし………これ、どうなっちゃってるの?」

 

 当然、突如自分の身に起きた事態に、響は答えに行き着くだけの余裕もない。

 どうして自分の纏うアーマーからメロディが鳴り響き、合わせる形で自分が歌っているのか、なぜ歌の歌詞がぽっと浮かび上がってくるのか………そのメカニズムを今の彼女が理解するには無理があり過ぎた。

 ただ――

 

〝何としても、この子を守り抜く!〟

 

〝絶対に~離さない!この繋いだ手は~こんなにほら暖かいんだ~ヒトの作る温もりは~~♪〟

 

 ――その想いだけは偽らず、その心のままに、彼女にとって正体不明な力に振り回されながらも、幼子を抱きかかえてどうにかコンビナートの敷地内を我が物顔で氾濫しているノイズたちから振り切ろうとした。

 

〝解放全開!イっちゃえHeartのゼンブで~~進む事以外~答えなんて~あるわけない~~♪〟

 

 咄嗟に塔から飛びおり、予想もしていなかった今の自分の跳躍力に戸惑いながらもどうにか地上に着地。

 程なく落下してきたノイズらを横合いに飛んで回避しようとしたものの、加減が利かずに高く跳び過ぎ、どうにか自身を盾に衝撃から幼子を守りながらも壁面に衝突して、再びアスファルトに降り立った。

 そこを狙って、突進を仕掛けてくる一体に対し、反射的になりふり構わず、響は右の拳を付きたてた。

 

〝響け!胸~の鼓動!未来の先へぇぇぇぇ~~~~♪〟

 

 完全に素人そのものである、目を瞑りながら拙い拳打は、しかし一発でノイズの身体を〝炭素〟に変えて粉々に散らせた。

 

(私が……やったの?)

 

 ノイズの炭素分解の脅威は、彼女も身を以て体感しているだけに、眼前で起きた人間である自分が逆にノイズを倒してしまった現象に、響は呆気にとられる。

 

 それによって、さらにもう数体からの突貫を前に、反応が遅れた―――が、ギリギリノイズと響の身体が接触する直前、大気ごと肉を切り裂く斬撃音を響かせて、彼女らを襲おうとしていた個体らがほぼ一斉に両断された。

 

「呆けているな――でないと死ぬぞッ!」

 

 飛び上がりながら、右手の刀でノイズに引導を渡した剣士――風鳴翼は、響に背を向ける形で着地。

 

「貴方(おまえ)はその子を肌身離さず守っていろ!」

 

 どこか時代がかった言葉遣いと、一応の気遣いの色を帯びながらも響にテレビで見る時より低めの声音で叱責を投げた青色主体の〝シンフォギア〟を装着している彼女は、そのままノイズの群れへと勇猛果敢に飛び込んでいく。

 

「翼……さん?」

 

 翼の背中を見送る響は、二年前のあの日を思い出していた。誘ってくれた未来が家庭の事情で来れなくなり、成り行き上一人で〝ツヴァイウイング〟のコンサートを見に行って、他の観客とともに二人の歌声に魅了される中、特異災害に巻き込まれ。

 

〝諦めるな!〟

 

 命と引き換えに救ってくれたツヴァイウイングの片割れであったあの人――天羽奏から、あの言葉を貰い受けた……〝あの日〟の記憶を。

 

 

 

 

 

 

 そして、再び己が前世の力を宿すシンフォギア――ガメラの装束を纏い、アーマー各部にある推進器から火を吹かし空を翔ける朱音も、コンビナートに向かっていた。

 

 

 

 

 

〝ガングニール〟

 

 またの名をグングニル――投擲すれば確実に対象を仕留めて持ち主の手に戻り、槍の刃にはルーン文字が彫られていたと言う、北欧神話の神オーディンが愛用していた槍、さっき頭に響いたあの歌の詩にも、その槍の名が含まれていた。

 さっき聞こえたあの歌は―――間違いなく〝シンフォギア〟の起動パスワードだと断言できる。

 そこまで言い切れるのは、〝地球〟そのものから教えてもらったからだ。

 あのマナの光を浴びた瞬間、私の脳はこの世界の〝地球の意志〟から、シンフォギアの大まかな〝使い方〟をラーニングされると同時に、この星そのものが記憶していたシンフォギアの戦士たちの戦いの記録を、―――送り込まれていた。

 

 表では〝二人で一人〟のアーティストとして、人々に歌で勇気と希望を与え、裏では人知れず歌をも武器に勇敢にノイズと戦ってきたツヴァイウイングの〝戦記〟を。

 

 そのツヴァイウイングの片割れであった天羽奏の、シンフォギアの使い手としての彼女のアームドギアは大振りな〝槍〟。

 しかも起動パスワードである歌詞は――《Croitzal ronzell Gungnir zizzl 》。

 先程頭に響いたのとは少し異なるけど、ガングニールの単語が入っている点は共通している。

 けれどなぜだ? 脳裏に埋め込まれた地球からの記憶の中身(えいぞう)に間違いがなければ、ガングニールと言う名のシンフォギアは………〝あの子〟を助ける為、禁じ手に手を出した使い手の命とともに散って……失われた筈なのに。

 いけない――疑問の追求は後に回せ!

 どこの誰が、ガングニールの新たな使い手になったかまでまだはっきり分からない………さっきの声には聞き覚えがるのだけれど、懸念のせいでとても断定できずにいる。

 だけど……あのツヴァイウイングの二人のように訓練を受けたわけでも、私のように――怪獣としてとは言え幾多の修羅場を潜り抜けて、ある程度〝地球〟からレクチャーを受けたわけでもない素人なのは確か、特機部に所属する正規のシンフォギアの使い手は、昨日まで〝一人〟しか存在しなかったのだから。

 ならからくりはどうあれ、今ガングニールを起動させた〝何者〟かは、戦いを全く知らない一般市民………そんな者に〝世界の希望〟なんて責務は、余りにも重すぎる。

 誰もが……〝ガメラ〟になることを選んだ私や、私と精神を交感させる〝巫女〟の役に選ばれた〝浅黄〟みたいに、享受できるわけじゃない。

 理由の窺いしれない〝運命(さだめ)〟に、為す術を持てずに翻弄されてしまうのが普通だ。

 

 助けれければ――その誰かが、不条理な運命の牙を前にして、完全に飲み込まれてしまう前に。

 

「―――」

 

 演歌の趣きと、独特のビブラートが混じった歌声が、コンビナートのエリアから聞こえた。

 先に来ていたのか………テレビでも動画サイトでも、何度もその歌声を耳にしていたから、その声の主を特定するのに、一秒も掛からなかった。

 地上では、青と白と水色で構成されたギアを着装している風鳴翼が、日本刀に似た剣の形状をしたアームドギアで、文字通り一騎当千の戦闘を繰り広げながら、戦場に〝和〟を連想させる歌声を轟かせていた。

 

 歌がサビのパートに入ったと同時に、剣が彼女の身長を遥かに越える大剣に変形、刀身に青色のエネルギーを纏わせ、上段から振り落とすと三日月型のエネルギー波を飛ばして、およそ二十体の数のノイズを葬り、間髪入れず、虚空に光の剣を幾つも生成し、一挙に放って敵を串刺しにする。

 さらに彼女は逆立ちの体勢で高速回転し、両脚に装着されたスラスター付きの刃を、疾風怒涛、鬼神の如き勢いを相乗させて次々とノイズを切り伏せていった。

 

 まさに伊達ではないな………この目で直に目にして、彼女(あのひと)の卓越した

戦闘センスに驚嘆させられる。その上実戦経験も豊富であることも一目瞭然であり、アーティストと学生生活の裏でストイックに磨き続けてきたであろう剣腕は、まだ私より二つ年上な十代だと言うのに、達人の領域にある。

 私も祖父(グランパ)から剣術を習い受けていたが、明らかに腕は圧倒的に自分を凌駕していた。

 それなのに……私は、風鳴翼の戦いから……〝危うさ〟を感じずにはいられない。

 以前から時々、ソロに転向してからの彼女の歌声を聞いていると―――〝泣いている〟感覚が過るのだけれど、それと同じものを、彼女が纏うシンフォギアの本来の用途からかけ離れた〝戦い方〟から、見受けられてしまう。

 剣の太刀筋も、洗練されてはいるのだが………まるで鋼鉄だけで作られてしまった〝刀〟のように……カタくて、脆さも抱えているのが分かってしまった。

 悲壮さも内包した風鳴翼の勇姿は………前世(むかし)を思い出させるには十分過ぎた………〝心〟を殺してまでも、使命に準じようとしていた――ガメラ――としての自分を。

 

「Gohooooooーーーーーーー!!!」

 

 風鳴翼の歌声が響く戦場で、一際大きなノイズの鳴き声。そちらへと目を移すと、首と頭部の境目が分からず、四角状の大口を有し、両手両脚が細いのに上半身は肥大なで四十メートルくらいある黄緑色の異形が、自分と同じくらいの少女と、あの子にそっくりな幼女を見下ろしていた。

 

「…………」

 

 勝手に口が息を呑む、勝手に右の手が口を抑えた………ほんの微かな一瞬の間、呼吸までもが止まっていた。薄々、脳裏に過りながらも恐れてていた事実を、見せつけられたから。

 自分と風鳴翼、そして天羽奏さんのものと似た意匠のあるアーマースーツ、紛れもなくあれもシンフォギアであり、ガングニールで間違いない。

 そして……それを纏っていたのは……私の……〝友達〟だった。

 

〝なんで………なぜあの子が―――ガングニールの継承者なんだ?〟

 

〝ノイズに人生を狂わされたと言うのに………なのに……なのにこんな重責まで――背負わされなければならないんだ?〟

 

 少女と、その少女が纏う装束に、頭が一面白色になりかけた………なのに体は、自分の本能が赴くまま、大型ノイズへと加速、降下して行った。

 

〝やらせない――やらせぬものかッ!〟

 

 目の前に提示された〝現実〟に惑っていた翡翠色の瞳は――瞬く間に〝ガメラ〟のものとなっていた。

 

 

 

 

「凄い……やっぱり翼さんって……」

 

 幼子を抱いたまま、響も風鳴翼の獅子奮迅の如き戦い様に驚嘆し、見とれていた。

 やっぱり………二年前のあの日、自分が見た光景は、夢でも幻でも、間違いでもなく……本当に起きていたことだったんだ。

〝ツヴァイウイング〟が―――影でノイズと戦う戦士であったことを。

 響はずっと……あの日以来、それを確かめたかった。

 CDを聞いたり、ライブに見に行ったり以外は特に音楽と関わりがなかった響が、この春からリディアンの高等科に編入したのも、風鳴翼が在籍しているのが理由の一つだったが、何よりそれ以上に強い理由として、直接翼本人に、〝あの日〟のことを聞きたかったからだ。

 今日も、食堂に現れた彼女に、思い切って話をできる機会を作って、その時に問おうと考えてたんだけど………実際本人を前にしたら、どう尋ねていいか分からずに空振ってしまった。

 この春できた友達の一人にフォローしてもらえなかったら、もっと〝変な子〟だと印象付けられてしまっていただろう。

 

「ふぇ!」

 

 見とれ過ぎていたが為に、幼子が気づくまで、響は気がつけなかった。

 いつの間にか、目と鼻の先にも等しい近さで、大型ノイズがこちらを見下ろしていたのだ。

 

 口らしきもの以外は顔に顔らしい表情のないカオナシの巨大ノイズは――〝くたばれ〟とでも言いたげな様子で、その顔を響らの下へ近づけ傲然と見下ろし、振り上げた右腕で二人を打ちのめし、炭化させようとした。

 

 だが、傲岸さを隠しもしないノイズの蛮行を、許さぬ者が――

 

「――――」

 

 ――風鳴翼のものではない、別の誰かの歌声とメロディを、響の耳が捉える。

 日本語でも英語でもない……響からすれば全くわけの分からない言語だと言うのに。

 

〝災いを撒く邪悪よ――受けるがいい〟

 

 不思議にも……歌詞の内容が、手に取るように理解できていた。

 

「バニシングゥゥゥゥゥ――」

 

 声からしてそう歳が変わらなさそうな、でも風鳴翼に勝るとも劣らない歌唱力を秘めた女の子の歌声は、パッションを惜しげもなく放出させる激情に満ちたものに変わり。

 

「――フィストォォォォォォォォーーー!!!」

 

 ジェット機のような轟音とシャウトを鳴らして、赤味を帯びた飛行する〝火の影〟が、ノイズの頭部と激突。

 仮にも巨体に恵まれているノイズは、ほんの少しでも耐えることが叶わず、呆気なく仰向けに倒れ、爆炎となって、爆風と炭と火花とセットで、爆音を周辺にまき散らせた。

 吹き荒れる風から幼子を守るべく、咄嗟に響は自身を盾とする。

 少し時間が経つと、暴風は止み、彼女はゆっくりと背後の光景を見た。

 あれ程の巨大なノイズが、もう影も形もない、宙を舞う黒い粒たちは、そのノイズであった残り滓だと言えた。

 一撃であの巨体を打ち倒した影は、常人の目では拝めないほどの速さであったが、シンフォギアによって五感が強化されていた響の瞳は、確かにはっきり目にしていた。

 炎でできた人間のものではない〝手〟に覆われた右手で、渾身のストレートパンチをぶちかました、〝見覚え〟のある女の子の姿。

 同じく強化されていた響の耳が火の中から、砂利が踏まれて響く足音を認識する。

 音に追随する形で、こちらへと歩いてくる人影が、一つ。

 段々……その影の輪郭がくっきりとしてきた……燃え盛る火が逆光となって、人影はまだ黒ずんで暗い。

 

「え?」

 

 ただし、響は人影の正体を、たった今ノイズを炎の拳で倒した戦士の姿を、明確に目の当たりにしていた。

 メラメラと大気を取り込んで燃える火をバックに、麗しさと逞しさ、一見すると相容れそうにない二つを双方兼ね備えた立ち姿を見せる戦士な少女は――

 

「朱音……ちゃん?」

 

 ――草凪朱音、リディアン編入初日に友人となったクラスメイト。

 ただでさえ、響にとってわけの分からない状況がつるべ打ちの如く連発し、幼い子どもを守る〝意志〟でどうにかぐらつかずにいた彼女の思考は、さらなる混乱に見舞われる。

 

 火が間近にあっても乱れる気配がない艶やかな黒髪、響きより一回り以上伸びた背丈、同い年であると時に忘れさせる大人びた顔つき、少し目じりがつり上がって潤いも豊かな翡翠色の瞳は、まさしく朱音そのものなのに………紅緋色の鎧と〝着衣〟している雰囲気は、学校で見る彼女と違い過ぎた。

 彼女はその外見で、初対面は近寄りがたく見えるし、実際響も未来もそんな印象だったけど、実際付き合って見れば、表情も感情表現も豊かだし、ノリも良いし、何と言うか……慈しみさが一杯なお姉さんって感じで、それでいて大人びた自分の容姿を気にしていたり……と結構女の子らしさも持ってる女の子だったから。

 

「怪我はない?」

「へ?」

 

 漠然としたものながら、自分が二年前目にしたあの〝ツヴァイウイング〟の戦いを何度も経験してきたような、ある種の〝貫録〟と一緒に顕われている〝厳かさ〟を前に、戸惑いを覚えていた響は、朱音が発した声にぽかんとなる。

 見れば、さっき目にしたのは〝自分の気のせいだったのか?〟と勘ぐりたくなるほど、朱音の格好はいつの間にかリディアンの制服姿で、刃のように鋭利だった両目と容貌は、このひと月にて毎日目にしていた〝いつもみる〟朱音のものへと戻っており、短い言葉の中には、心から響たちを案じている声音が込められていた。

 

「あ……だ、大丈夫! 私もこの子も切り傷どころか打撲も痣もないし―――何とかへいき、へっちゃらのぴんぴんだよ、あはっ、あはははは」

 

 急に安心感がどっと押し寄せてきて、つい笑いまでもが込み上げてきた。

 

「君も、どこも何ともない?」

「うん」

 

 幼子も最初は不安がっていたが、屈んで目線を合わせてきた朱音の様子から同じく安心を齎されたみたく、緊張感から解放されてほっとしていた。

 

「よかった」

 

 傍からは滑稽さまで感じられる響の笑顔に、朱音も安心させられたようで、まさに〝慈愛〟って言葉を表現に使うのに相応しい微笑みを見せてくる。

 

「それと、ありがとう……助けてくれて」

 

 それを見た響も、感謝を述べる裏で〝よかった〟と思った。

 幼馴染の未来と比べればまだ全然短いお付き合いだけどはっきり言える、その笑顔は見間違いなく〝草凪朱音〟その人のものであった。

 安堵の気持ちはでほっとしながら、けれど………さっきの〝あの姿〟にあの〝顔だち〟も、自分が錯覚で見間違えたわけではなさそうであり………何だったのだろう?と、また疑問が響の思考と心から浮かんできた矢先。

 

「何者だ? どこでそのギアを手に入れた?」

 

 その疑問を、響に代わって朱音に問いかける者が一人。

 

「つ、翼……さん?」

 

 まだ〝あの姿〟で、右手には刀を持ったままでいる風鳴翼。

 その刀の切っ先を朱音に向け、冷静な態度ではいるのだけれど、ちょくちょく主に未来から〝空気読めない〟と揶揄される響でも汲み取れてしまうくらい、彼女と全く正反対に、警戒の色を響の級友へと見せていた。

 

「ま、待って――」

 

 思わず身を乗り出しそうになった響は、朱音の右手に遮られる。

 

「朱音ちゃん……」

 

 目線で『大丈夫』と響に伝えてくるが、どうするつもりなのだろう?

 明らかに朱音は、風鳴翼から怪しまれている。

 そこからどうやって、あの人の警戒を解かせる気なのか?

 

「草凪朱音、リディアン高等科一年生の十五歳で、今日シンフォギアを着たばかりの〝新米〟ですよ、風鳴翼先輩」

「っ!……な……に?」

 

〝シンフォギア〟

 

 この時、響はようやく、自分が着ている〝アーマー〟の名前を知ると同時に――。

 

(どう見ても新米どころかベテランって感じだったよ、朱音ちゃん)

 

 ――実際に肉声として出さなかったものの、彼女はジョークも混じった朱音――友達の返しに、心の中で突っ込みを入れてしまうだった。

 

 

 

 

 

 こうして三人の少女が、シンフォギアの〝装者〟として邂逅した。

 

 しかし、彼女らが共に手を取り戦うようになるまで―――まだしばしの時間が必要なのでもあった。

 

つづく。



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#4 ⁻ 特機二課

 ノイズとの戦場となったコンビナートは、特異災害対策機動部によって完全封鎖されていた。

 現場周辺は〝立入禁止〟と銘打たれた万能板が張り巡らされ、機関銃を肩に掛けた地上の自衛隊員と、空中を飛び回るヘリコプターが厳重に見張っている為、蟻一匹這い出る隙間もない、ましてや民間人が勝手に入り込めるわけもない。

 内部では炭素化したノイズの残骸たちを特殊な吸引機で回収等、事後処理が迅速に行われている。

 特機部とそれに関わる者たちの作業を目にしながら、朱音と響はコンテナを椅子代わりに腰を下ろしていた。

 

 

 

「あの――」

 

 直にノイズとシンフォギア装者――つまり私たちと戦いの後始末に尽力している人々の姿をまざまざ見ていた私と響に、紺色な特機部の制服を着ているお方が、こちらに声を掛けてきた。

 ショートヘアで、真面目さと知的さと気丈さ、それでいて懐の深さも合わさった雰囲気のある二十代の女性、後から聞いたんだけど、この特機に勤めているらしいお方の名前は――〝友里あおい〟と言う。見たところオペレーター……でも現場に率先して出られるだけの胆力も技量も持っていそうだ。

 

「あったかいもの、どうぞ」

 

 両手には煙を上げるホットココアの紙コップがそれぞれ握られており、それらを私たちに手渡してくれた。

 手慣れた様子を見るに、ノイズ災害が起こる度、生き残った人たちにこうして元気づける形で飲み物を提供しているのだろう。

 

「あ、あったかいもの、どうもです」

「ありがとうございます」

 

 温かなお心遣いに、ありがたくホットを頂いた私たち。

 響は両手で紙コップを持ちながら、ふーふーと熱を和らげながら口に入れ、その姿にちょっと微笑ましさを覚えながら私もココアの熱と甘味を味わう。

 この女の子が〝背負ってしまった〟ものに、色々思うところはある……今でも、正直嘆きたくなる気持ちになり、胸の奥に重しと圧迫感がのしかかってくる。

 とても、争い事には向いていない……それどころか忌避しているきらいさえあり、そして〝ノイズの災厄〟と〝人の悪意〟を味あわされたこの子に……なぜ〝戦う力〟が宿ってしまったのか、それも何の準備も覚悟も、決断する間すら与えられずに放り込まれたと思うと、憂いずにはいられない。

 会ってひと月の自分ですらこうなのだ………幼馴染の未来がもしこの現実を知ってしまったら。

 一方で、同時に……今もこうして無事に生きていることが、素直に喜ばしい、その気持ちにも偽りはない。

 

「あ、あのさ……朱音ちゃん」

「何?」

 

 その響が、どう言葉にしていいか悩んでいる様子で、私に話を振ってくる。

 大体の内容は予想できるので、気長な気持ちで聞き手に徹した。

 

「〝シンフォギア〟……って言ってたよね、あの力のこと」

 

 首を縦に振って頷く。

 

「あれって……何なのかな? 朱音ちゃんは――どこまで知っているの?」

 

 疑念と不安がないまぜになっているまるまるとした瞳を伏せて投げてきた彼女質問そのものの中身は、予想こそできていたし、当たってはいたけど、いざ答えるとなると、非常に骨の折れる問いかけでもあった。

 何しろ……私が手にした〝シンフォギア〟は、私自身の出生と言ったものらと、密接に繋がっているからだ。

 しかも、α(はじめ)からΩ(おわり)までとなると、求められる分量が半端なく多い。

 学問に喩えれば、生物学、考古学、遺伝子工学、物理学、宇宙科学、宗教学……果てはパラレルワールド――多次元宇宙論に前世に転生と、幅が広いどころじゃない。

 ああ……ダメだ。右も左も分からない濃密な靄に囲まれた立ち位置な今の響に、これだけ膨大な量を時間掛けて丁寧に説明しても、理解が追いついてくれないだろう。

 下手すると、頭がオーバーヒートして知恵熱も起こしてしまいそうだ。

 

「大雑把に言うと、特異災害対策機動部が開発し、日本政府が密かに保有する対ノイズ用パワードスーツ、今のところ、ノイズを確実に殲滅できる唯一(ただひとつ)の兵器と言ってもいい」

 

 響の脳がこんがらないよう、とりあえずシンフォギアについての大まかな説明に止めておくことにした。

 

「詳しいことは、特機部の人たちが説明してくれるだろうから、もう少し待ってくれる? 心の準備も必要だろうし」

「そうだね……そうしとく」

 

 一時保留と言う形ではあるけど、響からの疑問はクリア。

 問題は、特機部の人間たちにどこまで自分のことを説明するか……さすがにただの女子高生としらを切るわけにもいかない、と言うか……自分から〝切れない〟状態にさせてしまった。

 ギアを纏ってからの自分の行動を客観的な目線で大まかに纏めると。

 

 手慣れた様子で空を飛ぶ。

 空中の敵を撃ち落とす、振り抜きざまに空間転移したばかりのノイズを先制攻撃で倒す。

 大型ノイズを〝プラズマ炎熱光線〟で撃破。

 さらにもう一体を、あの時の土壇場で生まれた技をモデルに、巨大な手の形に押し固めた炎を纏わせた右手で拳打――バニシングフィストをぶち込む。

 

 冷静に思案してみると……悔いこそなけれど、いわゆる〝初陣〟からド派手にやってしまった。

 ここまでやっておいて、自分は〝素人です〟なんて言っても、見苦しい言い訳にしかならない、どう足掻いても向こうからは完全に〝手練れ〟だと認識されてしまっている。

 全てとまで行かずとも、ある程度打ち明けるしかないか……〝恐怖〟は無知から生まれるものでもある、私は今日その〝種〟をばら撒いたのだから、責任は果たさないと。

 弦さんが司令官をやっている組織だから、信頼に値するとは思うけど………どこまでこちらの話を信じてもらえるか不安でもある。

 常識外の存在なノイズがいる世界でも、人はやはり〝常識〟に縛られてしまう生き物だからだ―――なのは確かだけど、考えてみれば〝人類最強の男〟が指揮する立場にいる点を失念していた………なのであっと言う間にその不安は杞憂へと変わってしまった。

 

 本当、弦さん――本名〝風鳴弦十郎〟が司令官であったのは幸いだ。

〝常識外〟――〝非常識〟――〝超常〟に対する耐性は、人一倍どころか人数百倍も付いているに違いない。

 

「あっ」

 

 コーヒーを少しずつ飲み入れていた響は、どこかの方向に視線を飛ばすと、

安心した笑みな表情を浮かばせた。

 

「ママ!」

 

 私も同じ方向に見据えると――そこには私が助けた女の子と、響が助けた女の子と、その母親らしい女性が再会を喜び、抱き合って笑顔を交わしてした。

 どうりで〝瓜二つ〟なわけだ……あの子たち、双子だったのだな、家族も無事に生きていて本当に良かった。

 ドライな〝見方〟をすれば、今日会ったばかりの〝他人〟である――それでも、生きている事実は、あの無垢な顔に晴れやかな笑みを浮かばせている姿は、とても喜ばしかった。

 再会して間もなく、母親が特機部の女性職員から〝口止めの同意書〟のサインを求められたのはご愛嬌ってことで、親子三人ともぽか~んとした表情を浮かべる様に、私も響も苦笑してしまう。

 最上級の〝国家機密〟を目にしてしまった以上、あのような手続きが踏まれるのは納得している、有無を言わせず〝記憶消去〟されるよりはまだ優しい方ではあるし。

 

「お姉ちゃん!」

 

 私が助けた方の女の子が、私の存在に気づいて大きく手を振ってくれ、私も笑みを見せて手を振って上げる。

 

「あ~~できれば……今日はもう帰りたいんだけど」

「それはまだ無理」

「な、何で!?」

「さっきも言ったが、私たちは政府が秘密裏に保有している兵器を持っている、直ぐに帰してもらえるわけがない」

 

 響のガングニールはともかく、私の〝シンフォギア〟は正確に表現すると出自こそ常軌を逸したものだが、いわば本物をモデルに生み出された〝模造品〟であるのだけれど、それでも政府側にとっては見過ごせない存在だ。

 

「じゃあ……家に帰れるのはいつぐらいなる?」

「う~ん…………日を跨ぐギリギリくらい、かも」

「そぉぉ~んなぁ~~~」

 

 多分、夜遅くに帰ってきたところを未来に怒られる模様も想像している様子で、涙目になった響は泣き言を零した。

 

「お友達の言う通りです」

 

 そこに、声だけでは私たちと同じ十代にしか聞こえないあのソプラノボイスの持ち主な見覚えのある青年が、こっちの会話の輪に入り込んできた。

 一体どこで、彼と会った、もしくは顔を見たのか………と記憶を探ると、校内で風鳴翼に同伴している〝眼鏡〟を掛けた彼の姿が浮かび上がった。

 歌手と学生とシンフォギアの戦士の三足の草鞋を履く風鳴翼の立場を踏まえれば、合点がいく、確か彼女から『緒川さん』と呼ばれていた筈、仕事柄偽名の可能性もあるけど。

 

「すみませんが、特異災害対策機動部二課本部まで、ご同行願えますか?」

「はい」

「あの……もし……断ったら?」

「身柄拘束させて頂きます」

 

〝手錠されたくなければ大人しく同行して下さい〟な意味合いの物騒な発言と対照的に、青年はニッコリ顔を私たちに見せた。

 見た目通りの穏やかな人柄の持ち主だろうけど、案外腹黒い一面も持ち合わしていると勘ぐらせてしまうには充分な笑顔、芸能界でも生きていくには、それぐらいの強かさも求められると言うわけか。

 

「分かりました……」

 

 渋々響も、了承の返事をした。

 

 

 

 

 

 私たちを乗せた黒づくめの〝エージェント〟たちの黒づくめの車は、大通りを経て。

 

「あれ、学校?」

 

 他の小中高ら学び舎たちと同じく『関係者以外は立入を禁じる』と看板が立てられているリディアン音楽院の校舎内に勝手知ったる感じで堂々と進入。

 先に降りたエージェントたちが迅速に見張り番に付いた中央棟の出入り口へ、風鳴翼と〝緒川さん〟に先導される形で入り、主な明かりは非常灯ぐらいな薄暗い建物の中を進んでいくと、丸型のリーダーが扉の横に設置されたエレベーターの前に着く。

 緒川さんが組織専用の端末を、どこぞのスペースオペラなSF映画での宇宙船の人工知能に似た丸型のリーダーに翳すと扉が開かれ、五角筒状な昇降機内部に乗り込み、私たちも同乗したことを確認すると、同形状のリーダーにもう一度端末をスキャンさせた。

 何重にも扉が閉まり、床から『HANG ON(手を離すな)』と文字が彫られた長方形で縦型の大きめで金色な手すりが現れる。

 

「あの……これは?」

「これに掴まって」

「へ?」

 

 それらの器具と単語が意味するものを理解した私は、響の手を手すりに掴ませた。

 

「危ないですから、しっかり握っていて下さいね」

「危ない……って?」

 

 緒川さんからの忠告通り、手すりをしっかり握った直後。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 東京スカイタワーの高速エレベーターとは比べものにならない強烈な速度で、エレベーターは地下へと急速降下し、響はジェットコースターもしくはフリーウォールに乗せられた状況そのものな上ずった絶叫を反響させた。

 音速で飛び回り、雲より上の高度から富士山中に撃ち落とされた経験もある身な私としては、肉体が人間な今でもこれぐらいの体感重力はどうってことない。

 

 どうにか落ち着きを取り戻し、エレベーターが動いた直後の自分の奇声を自覚している響は、沈黙が支配している場にて愛想笑いを浮かべる。性格上、この手の空気は彼女にとって苦手な代物である。

 

「愛想は無用よ」

 

 響の笑みを、素っ気なく風鳴翼は一蹴した。

 彼女の頑なな佇まいに、私はまた〝鋼鉄のみで鍛えられてしまった抜き身の刀〟を連想させてしまう。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 地球の記憶から、彼女の最愛のパートナーが羽の如く〝美しくも残酷に散る瞬間〟までも目にしてしまったからもあるだろう。

 あの時の彼女の涙の果てが――〝頑な〟で塗り固められた今の彼女に至ってしまっていると思うと………少し暗めとなった気持ちを紛らわそうと、翡翠色の自分の瞳が写るガラスを眺めていると、半透明な壁面の向こうの景色が一変する。

 行き先まで半分を過ぎた辺りより、窓の向こうは黒い壁から、やけにカラフルな色合いの、どこぞの古代文明からインスパイアでもされたかのような幾何学的模様やら壁画やらが描かれる広大な円塔の内側に様変わりした。

 煌びやかな景色で退屈はせずには済むが、政府機関の建物としては、少し凝り過ぎな上に派手過ぎなのでは? と、エレベーターが通り抜けていく中、つい揶揄したくなってしまった。

 しかもこの先の〝二課本部〟とやらは、公立並みに授業料がお手頃な私立の教育機関の真下にある……いくら弦さんがトップにいる組織だとしても、きな臭い事情を邪推したくなる衝動に駆られるのは否めない。

 

「これから向かう先に、微笑みなど必要ない」

 

 片翼の喪失以来、〝微笑み〟を捨てようとしている自身に言い聞かせようとしている様子で、風鳴翼はふと呟いた。

 

 

 

 

 

 

〝微笑みなど必要ない〟

 

 風鳴翼からこう言われて、ようやくエレベーターから降りられた私たちに待っていたのは――

 

「ようこそ!」 

 

 夥しい数のクラッカーの炸裂音とラッパの演奏音がけたたましく鳴り、既に床はクラッカーのテープ塗れになり、周りは新店によく見かける花環だらけ、複数あるテーブルには料理、お菓子、ワインの酒類にジュースらがずらり、なぜかまだ目玉のない達磨も置かれ、デカデカと飾られた『二課へようこそ』だの『熱烈歓迎! 立花響 草凪朱音』だのと言った垂れ幕をバックに。

 

「人類守護の砦――特異災害対策機動二課へ!」

 

 長くて、血管も浮き出て、どこを触っても鍛えられた筋肉で堅そうな二の腕を大きく広げた赤シャツとマゼンタ色のネクタイをラフに着こなす弦さん……風鳴弦十郎と、その愉快な部下たちの熱烈な歓迎であった。

 

「へ?」

 

〝微笑み〟を通り越して、笑顔一杯な二課の皆様方に、響は呆けた顔を浮かべて硬直しているし、生真面目に前述の発言をして赤っ恥な目に遭った真面目一徹な風鳴翼は呆れ顔で溜息を盛大に吐き、緒川さんも思わず苦笑な表情を端整な顔に形作っていた。

 こんな調子で〝人類守護の砦〟だの言われても、言葉の持ち腐れとしか言い様がない。

 

「弦さん……パーティーに招待された覚えはないんだけど」

 

 自分で言うのも何だし、自慢ではないが、こんなバカ騒ぎに興じれるだけの器は持っている自分でも、事情聴取を受ける為の心構えをしていたのもあって、このお出迎えの発案者と断言していい〝司令官〟にジト目で苦言を呈した。

 

「公務中にこんなクリスマスじみたバカ騒ぎをやっていて大丈夫? 上から即時解散要求されても知りませんよ」

「そう固いことを言うな朱音君、君とてエージェント・ス○スのような強引でネチネチとした尋問を受けたくはないだろ?」

「まあ口を封じられた状態で、お腹に虫型の発信機を埋め込まれるなんて目には確かに遭いたくないな、でもいつもの格好にシルクハットは似合わないと思うけど?」

「こ、こいつは言わば苦肉の策ってやつだ、俺の体格に合うタキシードが見つからなくてだな」

 

 そう言う自分も、政府直属組織の基地の真っただ中で、司令官と〝いつもの映画〟が元ネタ(弦さんは仮想世界が主な舞台のSF映画、私は世界一ついていないNY市警の刑事が主人公のアクション+帰ってきた巨大特撮ヒーロー)なジョークを投げ合っているので、人のことは言えないけど。

 でもいつ〝警察官〟からこっちに鞍替えしたのか? 組織の空気と組織柄から察するに、二課での勤務歴の方が長そうに思える。

 

「朱音ちゃん………そのマッチョな大男さんと知り合いなの?」

「ああ、この司令官とは歳の離れた〝友達〟ってとこ」

 

 彼と付き合いは結構長い、初めて会ったのは………かれこれ物心ついて間もなく、度々映画に特撮ヒーロー目当てに近くのTATSUYAへ通うようになった頃、たまたま同じ映画をレンタルしようとしたのを切っ掛けに知り合ってそのまま趣味友となった。

 リディアンに編入するまでは一時期日本を離れてたけど、それでもSNSやス○イプを通じて交流を絶えず続けていた仲である。

 

「さあさあ、二人とも笑って笑って」

 

 弦さんのことを紹介しようとした矢先、紺色の制服だらけの中からグラマラスなスタイルにお似合いの露出の高い私服の上に白衣、ポニーテールな茶髪と深紅の半縁メガネ、少々濃い化粧が全然不快にならないくらいの美女な科学者らしき女性が、スマホ片手に私たちに近寄ってくると。

 

「お近づきの印にスリーショット写真♪」

 

 そのまま私らを抱き寄せ記念写真を取ろうとする。

 

「ちょちょちょ! 待って下さい、自己紹介もしてないのにいきなり写真撮られても困りますって!」

 

 シャッターボタンが押される寸前、響は自力で逃れて撮影を阻止した。

 

「と言うか……どうして初対面の皆さんが私の名前を知ってるんですか? 朱音ちゃんは司令官さんとお友達だそうですからまだ分かりますけど」

 

 言われてみれば、さっきのガングニールの起動からそんなに時間が経っていないのに、どうやって響のフルネームを知ったのか?

 

「我々二課の前進は、大戦時に設立された特務機関なのでね、調査程度お手の物な・の・さ」

 

 真相は、弦さんは手に持ったスティックから花束を出す手品を披露したと同時に、あっさりと明かされた。

 さっきの陽気な、でも何となく……〝アダムとイヴを誑かした蛇〟っぽさを感じさせる女性科学者さんが、私と響の通学鞄を持ってきたから―――大方中に入ってた学生証がソースってとこだろう。

 

「あっぁぁぁぁーー! なぁ~にが調査はお手の物ですか!? 人の鞄を勝手に漁って!」

 

 特務機関――諜報機関にしては、何ともせこいやり口である。かと言ってハッキングで名前を特定されても、それはそれでプライバシーの侵害甚だしい話だけど。

 

 

 

 

「では改めて自己紹介だ、俺は風鳴弦十郎、この特機二課を仕切っている」

「あれ? かざなりって?」

「弦さんと風鳴先輩は、叔父と姪の間柄なんだ」

「へぇ……」

 

 屈強な肉体でフランクな態度の司令官と、現役トップアーティストが親戚である事実に、響は妙に感心していた。

 

「で、翼と同伴していた青年は緒川慎次(おがわしんじ)、この二課に所属するエージェントだ」

「改めましてよろしくお願いします、表の顔は風鳴翼のマネージャーをやっています」

 

 その緒川さんがスーツのポケットから眼鏡を取り出して額に掛けた……やはり以前見かけた、眼鏡を掛けた風鳴翼のマネージャーとこの人物は同一人物だったわけだ。

 ただでさえ歌手の身で多忙な彼女の〝三足の草鞋〟を実現させるのは、マネージャー役を担う二課の関係者の存在が絶対欠かせない。

 

「おお~~名刺を貰うなんて初めてです、これはまた結構なものを」

 

 わざわざマネージャーとしての自身の名刺も、私たちに手渡してくれた。恐らく毎日のマネージャー活動の癖が出てしまったのであろう。

 

「そして私は~~~できる女と評判の櫻井了子(さくらいりょうこ)、よろしくね♪」

「は、はぁ……」

 

 自分から〝できる女〟とか………けど自称するだけあって〝できる女〟なオーラがたっぷり漂っている。

 

「貴方ですね、シンフォギアを開発したのは」

 

 実際、特機二課にいると言うことはノイズを殲滅できる兵器――つまりシンフォギアを開発した張本人、地球もそれをモデルにしてしまう辺り、とんでもなく優秀な科学者だと言う他ない。

 

「どうして君がシンフォギアのことを知ってるかは置いといて、大せいか~~い♪ 良い勘してるじゃな~い?」

 

 私と櫻井博士の口から〝シンフォギア〟の単語が出ると、響はハッとした顔つきを見せる。

 

「教えて下さい、そのシンフォギアって……一体何なんですか?」

 

 パーティー会場と化した基地の賑やかな空気のせいで一時頭から飛んでいた疑問を、弦さんたちに投げかけると、櫻井博士がこちらに寄ってきて。

 

「その質問に答える前に、お二人には二つ約束してほしいことがあるの――一つ目は今日のことは誰にも内緒」

 

 一つ目は分かる……なら、二つ目は?

 

「もう、一つは……」

 

 フォースを持っている覚えはないのだが、妙に……〝嫌な予感〟がする。

 それを裏付けるかのように、博士は両腕をそれぞれ、私たちの背中に回し。

 

「取りあえず、〝脱いで〟もらいましょうか?」

「ひぃ!」

 

 やたらアダルティで、傍目からは欲情しているとしか見えない声色で、ほぼ確実に勘違いを引き起こす危険な発言を言い放ち、響は鳥肌を立てた様子で身震いする。

 私も嫌な汗が背中で流れていたが、それを悟られたら何だか負けな気がして、ポーカーフェイスを貫いていた。

 

「なぁぁぁぁーーーんでぇぇぇぇぇぇぇーーーー!!!」

 

 完全に誤解方向で受け取ってしまった響は、博士のセクハラ行為に悲痛な悲鳴を迸らせるのであった。それはまた大声大会で優勝間違いなしの大声量を響かせて。

 

 念のため言っておくと、櫻井博士の発言の本当の意味は〝身体検査〟で、単に彼女が紛らわしい表現と言い方を使っただけでいかがわしさはない。

 と、言いたいところではあるけど、MRIによる肉体の精密検査の際、この前の身体測定では〝八十九〟はあった二つの山を触られて褒められたことも記述しておこう。

 

 

 

 結局その日は、私と響の身体検査だけで、それが終わったらあっさりと弦さんが帰してくれた。

 

 でも、私たちが各々の自宅に帰れたのは、深夜午前零時になるギリギリ手前なのでもあった。

 

つづく。

 



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#5 - 告白 ※2023/11/24挿絵追加

まさか……ガメラのクロスオーバーを書き始めた矢先、本家復活の朗報が入っちまうなんて………なんて偶然なんでしょうか(驚

しかもパイロットフィルムとは言え、こっちの特撮魂を震え上がらせるとんでもねえもんが出てきやがった。

今回はある意味自虐なメタ風ネタがございます(汗
こんぐらいしないと、アクの強い金子キャラを前にしたら埋没してしまうもんですから。

なお朱音の祖父は勿論、スティーブン・セガールがモデルでございます。

さらに小さい頃の朱音のモデルは、小さい頃のたっくんこと半田健人がモチーフです(監督目当てに映画を見てた恐ろしい子だったとのこと)

※挿絵付けてみました。


 草凪朱音と立花響が、経緯は微妙に異なれど、シンフォギアの〝担い手〟となった、

またはなってしまってから、一日分の時間が経過した。

 

 街にはノイズたちによる被害の爪痕がまだ残るものの、十年以上奴らの猛威に晒されている人間たちも中々の図太さの持ち主で、一夜明けると〝日常〟の空気感が街の中に漂わせていた。

 その中を、今日も早起きな朱音はリディアン高等科へ通学中なのだが、その前に彼女は行きつけのレンタルソフト店〝TATSUYA〟に向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 そのTATSUYAの、洋画、邦画、国内と海外ドラマ、アニメのソフトたちがびっしり棚に敷き詰められた店内では、映画マニアで常連客である風鳴弦十郎が、アクション系の洋画の棚の前で、今日借りる作品の選別をしていた。

 パッケージを手に取り、内容を確認しているその目は、いつもなら喜怒哀楽の内〝楽〟に相当するものであるのだが、今日の朝の彼は重々しい様子であった。

 

 本日借りる映画を選びながらその実、弦十郎の意識は、一昨日の、シンフォギアを纏った〝友〟――草凪朱音の姿とその〝戦い振り〟……そしてその時見せた〝瞳〟を、半ば無意識に投影していた。

 

「おはよう、弦さん」

「おっ……」

 

 左手側から発せられてきた挨拶で、考え込んでいた弦十郎を我に返らせたのは、何の因果か、かの朱音その人であった。

 彼女は至って〝いつもの様子〟で、弦十郎と接してきている、彼としてもその方が喜ばしい。一昨日二課本部で顔を合わせた時も、内心ぐるぐると巡っていた疑念を抑制させ、友人としての〝いつもの調子〟で彼女と接していた。

 

 

 

「おはよう、朱音君」

「どうしたの? 弦さんが〝好物〟を目の前にしてぼーとしてるなんて珍しい」

 

 

 ここで言う〝好物〟とは、勿論無数の映画たちのことである。

 

 

「いや、別に……気まぐれで瞑想の練習をしていただけだ」

「にしては、雑念だらけに見えたけど」

 

 

 首を傾げて百九十センチを超す背丈な弦十郎の顔を見上げて微笑んでくる百七十近い朱音の、ただでさえ端正で、よく見ればまだあどけなさを残しつつも大人びている彼女の美貌をさらに引き立てさせる潤いと艶に満ちた翡翠色の瞳には、冷や汗の流れる弦十郎の顔が映っていた。

 まだ数え年くらいの小さな頃から、本当に彼女はまだ十代の半分の齢だと言うのに、麗しい女性へと様変わりした………見事な八頭身と、適度な筋肉で引き締まりつつも性的肉感に恵まれた体躯、透明感と温かさを併せ持つ柔肌、隠れ巨乳と表する他ない密かに膨らんでいる胸。

 

 それらが組み合わさった姿は時に、いい歳かつ、外見通りな豪放磊落さの一方で堅実さと実直さをも有する〝大人〟な弦十郎でさえ、時にどきっとさせてしまう〝魔性〟さを秘め、そのくせ年相応の少女らしい明るさ、快活さも併せ持っている。

 現に、本人は全く自覚していないが、その仕草は大抵の異性を〝殺す〟だけの破壊力を秘めている。

 

 

〝おじちゃん、そこのジ○ームズ・キ○メロンのア○ス取って〟

 

 だが、人工の証明さえ煌びやかに反射する艶に溢れた細く柔らかな黒髪と、吸い込まれてしまいそうな美麗さを醸し出す翡翠色の瞳だけは、初めて会った時から全く変わっていない。

 

 

「そんなにびっくりした? 〝一昨日の私〟って」

 

 

 朱音のことで考え込んでいた最中に当の本人がご登場した状況に、何とか誤魔化そうとする彼だったが、余りに咄嗟に浮かんだ言い訳が、お世辞にも出来が良くないものでなかったのもあり、あっさりと本人から看破されていた。

 

「白状すると……そうなるな」

 

 

 あの日の時点では、立花響と言う少女が、姪の翼とは戦友であり、同じ舞台で歌うパートナーであった〝奏君〟の愛機も同然だった三番目のシンフォギア――ガングニールを装着した事実の方が勝っていたが、今は正体不明なシンフォギアの装者となった彼女に対する驚愕の方が、一日分間を隔てた今となっても大きく尾を引いていた。

 

 

 

 

 

 

 時間は昨日に遡る。

 その日の特機二課地下本部司令室では、ノイズドローンが撮影していた――新たにシンフォギアと適合した少女たちの映像から、分析が行われていた。

 

「改めて見ても………初めてギアを使ったとは思えない戦い振りですね、〝アームドギア〟もいきなり具現化させるなんて」

 

 少々暗めの黄土色がかって跳ね気味な髪型をした二十代の青年――二課所属のオペレーターの一人である藤尭朔也は、朱音の苛烈かつ洗練された様相な初めて離れしている〝初戦〟をこう評した。

 

 

「まるで……久方振りに武器を手に取って戦線に加わったけど、腕に衰えはないって印象です、ノイズドローンに補足されたのを逆に利用したりと、機転も利いていますし」

 

 彼と同じ普段はオペレーター業をこなし、朱音たちに〝あったかいもの〟を提供してくれたあの友里あおいも、ほぼ同じ印象を述べている。

 

「私の与り知らぬシンフォギアって時点で色々興味深いけど、彼女の操る炎も中々よね」

 

 同じくこの場にいて、蛍光しているキーボードを操作している櫻井了子は、朱音が銃型のアームドギアの銃口から〝火球〟を迸らせた瞬間で映像を停めた。

 

「どういうことだ? 了子君」

「この炎、通常の火よりも〝プラズマ〟の量も密度も桁違いな超放電現象なの」

 

 プラズマを可能な限り簡易的に説明すると、ようは気体となった物体は一定以上の熱を与えられたことで、その気体が構成しているパーツ――原子がバラバラかつ高速で動き回る状態になってしまう現象のことである。

 科学にさほど詳しくなくても分かる身近な例を上げると、雷と言った大気中を猛進する電流、蛍光灯の光、マッチやライターが灯す火などだ。

 朱音が見せた〝火炎〟の数々は、通常の燃焼現象とは比較にならない膨大なプラズマを帯びていた。

 

 

「恐らく、ギアが生成したプラズマエネルギーを火炎に変換させて放射しているようね、直撃すれば通常は燃焼困難な物体でも一瞬で消滅させてしまう、無論装者のフォニックゲインで位相固着されたノイズをも燃やし尽す威力を有する業火………戦闘面では門外漢な私でも、これだけの高濃度なプラズマの火を巧みに御している彼女が―――只者じゃないってことは分かるわ」

「綺麗な見た目に似合わずあの子、おっかないものを取り扱ってますね、バ○ターライフルまで発射するし………いくらあの〝ケイシー・スティーブンソン〟のお孫さんとは言え」

 

 

 二課の面子の中では、比較的〝常識人〟の部類に入る藤尭は、少々身震いしながらそう呟いた。

 

 

「突拍子もない質問だけど、朱音ちゃんが海外で従軍していた経験なんて――」

「あるわけがない、幼い頃から祖父より武術の指南を受け、私も及ばずながら入学前に彼女たっての希望で修行を課してはいたが………」

 

 

 

 

 

 

 そして現在、朝のTATSUYA店内に戻る。

 こうして調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、朱音の扱うシンフォギアと、彼女自身の〝特異性〟は、ガングニールの適合者の〝二代目〟となった立花響がなまじ〝突然強大な力を手にしてしまった素人〟らしい素人だったのも相まって、より際立っていくばかりであった。

 

 飛行一本取っても、本来は地に足付けた生物であり、飛ぶにしてもそれを可能とする物体に乗らなければならない人間でありながら、自身そのものを〝飛行物体〟にし、それもジェット噴射と言う自然界では絶対見られない方法で自在に飛び回っていた。しかも子どもを抱えたままと言った微細さも要求されるフライトすら難なくこなしていた。

 

 戦闘面しても、幼少期より俳優兼武術家であり、老齢な現在でも精力的にアクション映画にも出演しているケイシー・F(フレデリック)・スティーブンソンからあらゆる武道、武術を学び、身体能力は高くても………弦十郎の記憶では、〝悲劇〟を体験したことがあっても……〝実戦〟を経験したことなど一度たりともない。

 

 だからこそ、ギアを纏った時の朱音の翡翠色の瞳が、弦十郎の頭から離れずにこびりついて離れない。

 同時に、〝公安〟に勤めていた頃より磨かれた弦十郎の〝直感〟は彼自身にこう告げていた。

 朱音のあの〝目〟は、幾多の〝死戦と死線〟を潜り抜けてきた〝猛者〟の域にある戦士(もののふ)の眼差しであると。

 それらを乗り越えて鍛え上げられた〝戦う意志〟を有していたからこそ、初戦でアームドギアを実体化させられたのだろう。

 本来あれは、正規の〝適合者〟でも、相応の鍛錬を積み重ねなければ具現化できぬ代物なのだ。

 

 一体………あれ程の〝眼光〟を得るまでに………どれ程の修羅場を潜ってきたのか?

 

「失礼する」

「っ!」

 

 また意識が思案の泉に沈みそうになるところへ、弦十郎の右手に来る感触、見れば朱音が、彼の右手に透明ケースに収納されたメモリーカードを乗せていた。

 

 

「これは?」

「弦さんたちが知りたいことは、そのメモリの中にレポート形式で纏めておいた」

「ああ……そいつはわざわざ、済まないな」

「弦さんも仰天するくらい派手に立ち回ってしまったからな、説明責任は果たさないと」

 

 どうやら開いた一日の間を活用して、朱音は予め弦十郎らが持つ〝疑問〟に対する解答を纏めてくれていたらしい。

 

「じゃあ放課後」

 

 

 いつもなら、時間の許す限り映画等の雑談を交わす流れなのだが、今日はそのメモリーカードを渡す為にTATSUYAに来たらしく、それを済ませた朱音はすぐさまリディアン高等科に向かおうとした。

 

「朱音君!」

「ん………何?」

 

 背を向けた朱音に、思わず弦十郎は呼びかけ、彼女は彼に振り向く。

 

「どこで、使い方を習った?」

 

 脳内に漂う謎の答えがこのメモリーに入っていることは分かっている………それでも急速に流れてくる疑問を抑えきれず、図らずもあるアクション映画での吹替えの台詞と同一の単語で構成された問いを、朱音に投げかけてしまっていた。

 ほんの数瞬置いて、弦十郎はその〝偶然〟を自覚。

 

〝全く……何をやってるんだ?〟

 

 幸い表現は抽象的で機密漏洩に繋がるミスまで犯してはいないものの、ここから、どう対処していいか困ってしまう。

 

〝いかん………雑念に相当やられているな……まだまだ俺も修練が足りん〟

 

 己の未熟さを恥じる中、対して朱音は、助け船を出すようにこう答えた――

 

「I read the instructions(説明書を読んだの)」

 

 ――彼女も映画の台詞と類似している偶然性を察したらしく、わざわざ原語版の英語でその台詞に対する返しを発し、そのままこの場を後にしてリディアンに向かっていく、帰国子女なだけあり、発音はネイティヴそのものだ。

 

「こいつは一本、取られちまったな」

 

 朱音のユーモアな返しに、弦十郎は後頭部を掻いた。

 

 

 

 

 

 

 

 よっぽどガメラ――私のシンフォギアと、それを使いこなしていた自分が気になっていたらしい。弦さん自身でも思いもよらず、警察の護送車からロケランで助けられた時のシュ○ルツネッガーと同じ言葉を口走っていたくらいだ。

 ちょっと困っている弦さんが可愛かった余り、悪戯心が働いてしまって、わざわざ原語で返してしまった。あの人日頃から〝大人〟を自称するだけあって、人格者な大人ではあるんだけど、良い意味で感性は〝子ども〟らしい柔軟さを持ち合わせているし、大好きな映画に対する純真さ溢れる愛にはリスペクトと同時に、時たま私も〝可愛い〟と思ってしまう。

 それだけ三度の飯より映画を愛する弦さんに、眼前の映画(たから)の山そっちのけで、シンフォギアの担い手としての自分のことで考え込ませてしまったのには、ちょっとばかり罪悪感も覚えた。

 

 

 大体の疑問は、私が渡したメモリーの文書データが解決してくれるだろうけど。

 

 

 あれには学業の合間にて、レポート方式で書き纏めた自身の諸々が保存されている。口頭だけでは不足あると思っての措置だ。

 弦さんたちに、どこまで〝ガメラ〟としての自分を話すかは、結構迷わされた。

 自分と〝災いの影〟との因縁に止めるか……それとも〝宇宙からの侵略者たち〟と、災いの影から転じた〝邪神〟との戦いも織り込むか。

 落としどころに悩み、考え抜いた末、弦さんら二課と響にが、前世の記憶は全て覚えているわけではない(実際、超古代人としての記憶は一億五千万年分の眠りで摩耗している)ことにし、ガメラの特性と生み出されるに至った大まかな経緯に止めておくことにした。

 

 全て説明するのに相当な分量と時間が必要だからってのもあるけど………私が〝人間〟であることを捨てたことと、〝ガメラ〟となってからの激闘、特に〝最後の決戦〟で私が下した〝決断〟と結末は、とても響と風鳴翼の二人に話せる代物ではない。

 響は、きっと心を痛める余り、あの太陽の光の如き笑顔を消して曇らせてしまうだろうし、風鳴翼にとっても相棒を失ったあの日のトラウマを再燃させてしまうかもしれないからだ。

 私の――ガメラとしての〝戦い〟は、優しさを持っている少女たちには、残酷できつすぎる。

 

 弦さんに対してもそう。

 彼の人柄と、彼独特の〝大人〟に対する持論と責任感と矜持を思えば、とても〝超古代文明人〟であった自分が〝異形〟になったとは言えそうにない。

 私は今でも後悔はしていないけど、〝あさぎ〟くらいの歳の少女が下した決断に、あの人も嘆いてしまうだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の学校の学生たちや、サラリーマンら社会人たちが行きかう通学ルートを進んでいくと、リディアン高等科の校門に到着。

 

「アーヤ!」

 

 して間もなく、私を呼びかける声が一つ。

 

「おはよう」

 

 呼びかけてた子も含めた三人の女の子に、挨拶を返し、雑談しながら校舎へと歩いて行く。

 彼女らは、響に未来と同じく、リディアンに編入してからできた級友(クラスメイト)たちである。

 最初に私を『アーヤ』とあだ名で呼んだ黒鉄色のショートカットで、三人の中では一番背の高い(私にとっては丁度いい高さな)ボーイッシュ風の子は安藤創世(あんどうくりよ)、下の名は『そうせい』と書いて『くりよ』と呼ぶ。

 自身変わった名の持ち主な為か、親しい間柄な相手にあだ名を付ける癖があり、響は『ビッキー』、未来は苗字の小日向から抜き取って『ヒナ』と呼んでいる。

 

 

「草凪さん、今日の放課後、立花さんたちとも一緒にふらわーに行きませんか?」

 

 前髪が切り揃えられた淡い金色の長髪で、おっとりとした雰囲気と、それに違わない柔らかな口調の女の子がこう尋ねてくる。

 彼女は寺島詩織(てらしましおり)、苗字は『てらじま』ではなく『てらしま』だ。

 趣味はグルメ巡りと言う一面もあり、編入してからと言うもの、休日は彼女の誘いを受けて街を周りながら食べ歩くことが多くなった。運動はしている方なので、いわゆる〝女の子の悩み〟とは今のところ無縁である。

 

「ごめん……今日ちょっと用事が入ってて、来れそうにないんだ」

「そうですか、残念です」

 

 ふらわーともなれば、いつもなら行かない手はないのだが……生憎今日は〝二課本部〟に行かなければならない用事があり、一昨日と同様に夜遅くまで帰れないかもしれないので、とても誘いに乗るわけにはいかない。

 当たり前だが、本当のことを話すわけにもいかないので、それらしい断りの理由を述べておく。

 内容は、最近知り合った地元の幼児向け音楽教室の先生から助っ人に呼ばれたってことで、実際何度か本当にあったことだし、疑われることはないだろう。

 

「どこまでアニメキャラ的属性秘めてんのあんた?」

「そんなもの持っている覚えはないのだが?」

「自覚がないだけで、アニオタなアタシからすれば、見てくれだけでも黒髪ロング、高身長、隠れ巨乳及び中学卒業したての高一離れしたスタイルに黒ニーソの絶対領域、中性的口調にアメリカ人のクォーターに帰国子女に抜群の歌唱力と、ク○イマックスフォーム並みにてんこもりなのよ」

 

 ビシビシっとした感じもある、アニメ(一部特撮込み)を比喩表現に使った少しキレのある言い回しが特徴的な、茶色がかった長髪をツインテールで纏めている少女は、板場弓美(いたばゆみ)。

 ご覧のとおり、筋金入りのアニメ、アニメソングマニアであり、カラオケに行けば歌うのは全曲アニソン、リディアンに入ったのもアニソンを修められると思ったからが理由。

 残念なことに………そんなピンポイントな学科も授業もリディアンにはなく、それを知った当時の彼女は相当ショックを受けていたのだが、それでもめげずに〝アニソン同好会〟を開くのが、今の彼女の学生生活における目標となっている。

 

 

「藍おばさんにもよろしく伝えておいてくれ」

「分かった、じゃあまた今度ってことで」

「ああ」

 

 三人及び響と未来は三者三様、異なる容姿、性格、個性の持ち主なのだが、それでも年相応な見た目をしており、私はそれが羨ましくもあり、コンプレックスでもある。

 弓美の言う通り、高校一年生離れしたこの容姿のせいで、彼女らと同い年に見られることはほとんどない………休日一緒に街を出歩けば大抵〝先輩〟と間違わられてしまい、そのパターンは高校生活ひと月目ですっかり定着してしまっており、それに出くわす度私は、『私も高校一年生です!』と思いっきり叫びたくなってしまうのだった。

 男女含め、他者からは〝恵み〟かもしれないが、現在の私にとっては〝呪い〟である。

 いくら周りから〝綺麗〟と讃えられても、可愛げのないの私の見てくれは〝可愛い〟とは程遠いものなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、そろそろ五月に入る目前な春の夕陽が律唱市を照らす時間帯。

 

「はぁ………」

 

 教科書にノート、学習用具一式を鞄に入れながら、響は一人ごちた。

 せっかく創世たちがふらわーに行かないかと誘ってくれたのに……いつもなら喜んで乗り、遠慮なくおばさんに大盛りのお好み焼きを頼んでいたのだが………今日二課の本部にまた行かなければならない用事の都合上、申し訳なさを押し込めて断らざるを得なかった。

 

 

「私、呪われてるかも……」

 

〝また先生からの呼び出し〟と解釈してくれたので納得してくれたけど、親友兼同居人の未来にはどう説明するべきか、響にとって一番骨の折れる試練であった。

 

「はぁ………って、朱音ちゃん」

 

 盛大に二度目の溜息を吐いて教室から出てきた響は、廊下の壁に背を預けていた朱音の存在に気づいた。

 どうも、響を待っていた様子………窓から見える夕焼けに負けず劣らず、その佇まいは響の主観から見ても、美術の教科書で見る絵画のようで綺麗だった。

 本人は気にしてるから口には出せないけど、やっぱり時々、彼女が自分や未来たち同い年であることを忘れてしまう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「また先生から呼び出しを受けたのかな? 〝響君〟」

 

 朱音が翡翠色の目を猫っぽく細め、〝君付け〟して微笑む時は、からかおうとしているサインだ。

 

「そうじゃないってこと知ってるくせに、いじわる」

「うふふ、ごめん」

「でも、ありがとう」

 

 彼女のちょっとした冗談のお蔭で、教室を出るまでは溜息だらけだった響の現在の気分も少し快方に向かった。

 

「じゃあ行こうか」

「う、うん」

 

 ガラスから降り注ぐ夕陽の薄明光線に照らされた廊下を、朱音に先導される形で響は歩を進めていく。

 一年のフロアを抜けると、朱音が急に立ち止まった。

 

「どうしたの……あ……」

 

 前方より、正面から向かい合う形で来ていたであろう風鳴翼が、二人を見据えていた。

 少し驚いた表情(かおつき)を浮かべているところから、二人を二課に連れていくべく教室に向かっている途中で鉢合わせたらしい。

 

「………ついて来て」

 

 直ぐに素っ気ない無表情に戻った翼は、背中を向けて中央棟の方面へと歩き出し、続く形で響たちも横並びで歩き出す。

 三人の足音以外は、ほとんど無音な廊下………心なしか、さっきより廊下の空気が重くなったような気が響に押し寄せる。

 一昨日も味わった味わったあの〝沈黙〟………やっぱり苦手だと再認識させられた。

 

〝あ……朱音ちゃん?〟

 

 かと言ってこの沈黙を破れるだけの勇気も出せない中、響のまるまるとした瞳は、隣にいる朱音の横顔に釘づけになる。

 

 翼を見つめているらしい朱音の翡翠色の目は、眩しい外の暁と、それに負けないさっきの微笑みと正反対に――〝悲しく曇って〟――いた。

 

 しかし〝この時〟の響は、全くと言っていいほど、朱音のその横顔の意味を理解できてはいなかった。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!」

 

 

 おまけに、朱音に気を取られるが余り、すっかり例のエレベーターの加速の猛威を忘れていた彼女は、不意撃ち同然に二度目の洗礼を受けて、淀み気味だった心情を吹き飛ばす勢いで絶叫を響かせてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フリーウォールの如く超高速な二課本部行きのエレベーターを、これが二度目な響の悲鳴を聞きながら地下本部に着いた私たちは、次にメディカルルームらしい部屋に連れていかれた。

 

「それでは、お二人のメディカルチェックの結果発表~~♪」

 

 弦さんと、あの〝あったかいもの〟をどうぞしてくれたオペレーターの友里さんと、

彼女と同じ業務をこなす藤尭さんも同席している中、初対面の時と寸分違わぬテンションな櫻井了子博士が、一昨日の身体検査の結果を私たちに報告し始める。

 

「お二人とも、身体にはほぼ異常は見られず正常値でした~~~でも朱音ちゃんはともかく、響ちゃんが知りたいのはこういうことじゃないわよね」

「はい……あのシンフォギアって力のこと、もっと詳しく教えてください」

 

 響は一昨日の時点から聞きたくて仕方のなかった質問を、改めてぶつけた。

 

「その前に、まずは聖遺物の説明をしなければならない」

「せい……いぶつ?」

「聖なるの聖に、遺物と書いて聖遺物、要は世界各地の伝承に登場する、現代の科学力では再現できないオーバーテクノロジーの塊で、多くは遺跡から発掘されるんだけど、大抵は経年劣化が激しくて完全な形で残っているのはごく希でね」

 

 弦さんと風鳴翼がアイコンタクトを取ると、彼女は小型の集音マイクに似た多角系状の細長く水色なペンダントと私たちに見せる。

 それが〝正規のシンフォギア〟の非戦闘待機形態と言うわけか。

 

「翼の使うシンフォギア、第一号聖遺物――天羽々斬(あまのはばきり)も、元は砕けた刃のごく一部の欠片に過ぎない」

 

 そして風鳴翼のシンフォギアである《天羽々斬》は、スサノオノミコトがヤマタノオロチを退治した際に使ったと伝わる、神代三剣の内の一振りである。

 

「その欠片に残された力を増幅して解放させる唯一の鍵が、特定振幅の波動なの」

「とくていしんぷくの……はどう?」

「その鍵こそ〝歌〟、と言うわけですね?」

「そうだ、普段眠っている状態な聖遺物は、歌が持つ力――俺達は〝フォニックゲイン〟とも呼んでるんだが、そいつで呼び起こされる」

「そして、フォニックゲインで活性化された聖遺物のエネルギーを鎧の形で再構成したものが、アンチノイズプロテクター――シンフォギアなの」

 

 立体モニターからの視覚情報も交えながら、弦さんと櫻井博士の〝変身の原理とメカニズム〟の説明は、大方地球から教えられたものとほとんど変わりないものだったけど、おさらいと言うことで私も一言一句逃さず耳を傾けていた。

 知る、学ぶ上で〝予習と復習〟は絶対に欠かせない基本要素である。

 

「だからとて――」

 

 そんな中、弦さんたちの説明に割って入り込む形で。

 

「――どんな歌にも、誰の歌声にも、聖遺物を起動させる力が備わっているわけではない!」

 

 沈黙の姿勢でいた風鳴翼は、いきなり語気を強めに、意固地さも抱えた声色でそう言い放った。

 けど、彼女の発言も事実。

 

 

「翼の言う通り、誰もが聖遺物を起動させる歌声を持っているわけではなく、その数少ない歌声の主を、我々は〝適合者〟と呼んでいる」

 

 これは自分の推測だが、シンフォギアの開発は最低でも十三年前、ノイズの存在が国連から表明される前後辺りから始まっていた筈、にも拘わらず、特機二課に所属するシンフォギアの担い手は現在〝一人〟だけ、それだけギア――聖遺物の眠りを呼び覚ませる人間の数は極端に少ないと言うことだ。

 

「で、どう? あなたたちに目覚めた力について、少しはご理解いただけたかしら? 質問は大歓迎よ」

 

 私は感覚面でも、知識面でも大体は把握できているので遠慮しておく。

 ただ………私みたいに〝理解できている〟方がむしろ異常なのでもあり。

 

「あの――」

「はい♪ 響ちゃん!」

「――全然……分かりません」

 

 苦笑いながら正直にきっぱり〝分からなかった〟と正直に打ち明ける響の方が、普通なのである。

 

「でしょうね」

「だろうな」

「ごめんなさい……いきなりは難し過ぎた話だったわね」

 

 同席していた友里さんと藤尭さんも、同意を示す。

 

 

「つまり、現代科学を凌駕する力を秘めている聖遺物の武具の一部から作られたシンフォギアは、歌声でスイッチを入れることで鎧と武器に変換され、鎧はノイズの攻撃を防ぐ〝盾〟になり、武器はノイズを倒す〝矛〟になる―――と言うことですね」

 

 せめてものサポートで、私は博士たちの説明を要約して纏めておいた。

 

「そういうこと♪ そして聖遺物からシンフォギアを作り出す唯一の技術――〝櫻井理論〟の提唱者がこの私であることも覚えておいてね」

「はぁ……」

 

 やっぱり理解し切れてなさそうな雰囲気で、響は相槌を打つ、当然と言えば当然の反応、分からないと自覚できているだけでもありがたいことだ。

 

「響君、君に目覚めたシンフォギアについて話す前に、朱音君のギアの出自についてのことから、入っても構わないか?」

「はい、どうぞ」

 

 

 さて、前置きは終わって、いよいよ私にとっての本題が回ってくる。

 

「朱音君……君が今朝渡してくれた〝レポート〟を読ませてもらった上で、改めて聞く」

 

 一昨日のパーティー様式の歓迎よりは鳴りを潜めてはいるが、それでも日常で見る気さくな調子だった弦さんの態度から、一気に真剣味が強まった。

 同時に、宙から〝私が描いた絵〟が表示される。

 

「本当なのか? 君が前世では、異世界の地球の先史文明が生み出した〝生物兵器〟だったことは」

 

 その絵とは――私の前世の姿、即ちガメラの全身像。

 

「え?……えぇ?」

 

 モニターに移された絵と、思いもしなかった弦さんの質問と、その中に入っていた〝兵器〟の一単語によって、響は軽い混乱状態に陥ってしまっていた。

 

「はい、確かに私は、超古代文明が生み出したバイオキメラ――災いの影ギャオスに対抗する為に作られた………生物兵器(バイオウェポン)――〝ガメラ〟でした」

 

 

 私が……ガメラとしての自分を告白するのは、〝祖父〟に続いてこれが二度目である。

 

つづく。

 




原作ではギアの待機モードは共通デザインでしたが、それではちと味気ないと思って、ギアごとに色が違う設定(天ノ羽々斬は水色)になっております。


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#6 – 少女の歪み

どんどん原作との話数が広がってまう。

原作:二話目のBパートの真ん中=GAMERA:六話目。

本来朱音の出自の方が異端なのに、それをブッ飛ばしてしまう響の○○な回です。

それと今回は試しに、次回予告を入れてみました。


「ガメ……ラ?」

 

 私の口から――かつての私の〝名〟が発せられた時、響は視線を立体モニターに表示された〝絵〟と私との間を行き交いさせて、その名――ガメラを無意識に呟いていた。

 この絵は私の記憶とイメージを元に描かれた〝自画像〟、鉛筆で描いたのをスキャナーでデータ化させたもの、イメージも入っているのは人間みたいに自分自身の〝鏡像〟を目にしたことがないから、己を目にするのは自然界ではとても珍しいことなのである。

 ガメラとしての生態上、時期によって容姿の差異は激しいのだが、ここは最も厳めしい頃の自分をチョイスした。目覚めたばかりの姿では少し愛嬌があり過ぎる。生体兵器としての自分の説明に、可愛さはネックだ。

 案の定、響にとっては理解が全く追いつかない域の話の濁流に、脳内の思考運動は目に見えて乱れている。

 シンフォギアの諸々の詳細な説明でさえ、ノイズに対抗できる点と起動するには歌声が必要であること以外はほとんど測りかねているので、私の出自までも直ぐに理解してほしいなんてことは酷な話だ。

 見れば風鳴翼も、意識的に組み上げていた〝すまし顔〟を崩して驚きを見せている。ノイズ殲滅に出動する以外は歌手業か学業で忙しい身なので、例のレポートを読んでいる時間などないことは容易に想像できた。

 ノイズ、古代文明の置き土産たる聖遺物、その聖遺物の一部から作られたシンフォギアで戦う日々と言う、人の営みから外れた〝経験〟を何度受けていても、根は良く言うと生真面目、棘のある方で言うと融通が利かない気質には、パラレルワールド――多次元宇宙と前世は飲み込みづらい話でもある。

 

「響、パラレルワールドと前世について、どれぐらい知ってる?」

「あ……えーと、パラレルなんちゃらなら………ちょっと前に偶々テレビのバラエティで見て、前世は弓美ちゃんが前にカラオケで歌ったセー○ームーンの設定を教えてくれたので……どうにか?」

 

 幸いなことに、普段の生活ではほとんど縁のない〝世界〟に対する耐性が、響にはある程度あったと言うことだ。

 二課の皆さんは、弦さんの部下って時点で問題なしだろう。

 

「改めて皆さまにもご説明致しますが、草凪朱音として生まれる以前の私は――こちらの地球とは別次元の世界の地球の、太平洋に存在していた大陸発祥の〝超古代文明〟が生み出した―――〝生きた聖遺物〟でありました」

 

 一億五千万年の眠りで、目覚めた頃には大半が失われていた〝超古代文明人〟としての数少ない記憶を抜き出して、私は語り始める。

 前もって文章と言う体裁は取ったけど、壮大な上に突拍子もない話でもあるので、自分の肉声による言葉での説明も、ある程度は必要だ。

 

「私にインプットされていた記憶が確かなら、その文明はバイオテクノロジーが驚異的に発達し、地球が球体であることは認識され、星そのものを〝神〟として敬い、心棒する宗教的概念が普及していました」

 

 現代にも現存する宗教と同様、その〝信仰〟にも〝宗派〟と言うものが存在し、当然〝原理主義〟、それすらも超える〝過激派〟と表せるシンパと言うものは存在した。

 次第に過激派たちは、自ら人間そのものを〝地球〟を侵す癌細胞だと憎悪するようになり、これ以上人の世が腐敗し星までもその煽りを受けさせまいとと言う考えを芽生えさせてしまった。

 

「その〝過激派〟たちが、バイオテクロノジーの粋を集めて作り上げたのが、災いの影―――ギャオス」

 

 もう一つモニターが出現し、そこには同じく私が描いた〝ギャオス〟の絵が表示された。

 イメージ混じりの自画像と違い、何度も何度も、嫌と言うほどその異形を目にしただけあり、ほぼ実物そのままを描くことができた。

 この場にいるほとんどは鳥なのか蝙蝠なのか、または翼竜なのか判別できない鋭角的で禍々しい異形に対し嫌悪感を露わにしている、特に女性陣――翼と友里さんら不快感を露骨に見せ、響も少なからず引いた様子が顔に出ていた。

 

「こいつらは見た目に違わず凶暴で、近くに生物が存在すれば見境なく捕食し、食料が無ければ躊躇いなく仲間同士で食い合い、口からは超音波で高層ビルさえ両断する超音波メスを発射する性質を有していますが……最も奴らを脅威たらんとしていたのは、遺伝子構造です、弦さん」

「ああ」

 

 ギャオスの全身像と切り替わる形で、同じく私が記憶を元に描いたギャオスの染色体が表示される。

 

「〝一対〟だけ? まさか……」

「えーと……中学の理科で習った染色体って確か、人間だと」

「二十三対、鶏は三十九、アマガエルで十一、自然界で一対だけと言うのは本来ありえないこと、しかもどの生物も進化の過程で遺伝情報には〝無駄〟が出てくるのですが、奴らのにはそれが全くないどころか、あらゆる生物の利点のみを掛け合わせた良いとこどりな………完全無欠の一対なわけです」

 

 古代人だった自分がこのギャオスの生態を聞かされた時の感情は、今でもはっきり覚えている。

 奴らに対する拒絶感、不快感、〝断じてこの異形を一匹たりとも生かしてはならない〟衝動が荒波の勢いで押し寄せただけでなく、それを作り上げてしまった人間たちにも、〝本当に同じ人間が作ったのか?〟と、思わされてしまった。

 

「この遺伝構造のお蔭で、ギャオスはどんな劣悪な環境下でも短期間で適応でき、しかも卵より孵化してから数日で翼長約15メートル、数週間で百五十メートルまで急成長できる上、性転換もできる上に単位生殖も可能、一度に卵を十個以上も産み落とし、成長した個体も同様のサイクルで繁殖していくので――」

「まさに………場合によってはノイズすらも凌駕しかねない、人類どころか地球全体の生態系にとっても害悪な〝特異災害〟ね」

 

 櫻井博士の発言は的を得ている。人間しか襲わないノイズと違い、ギャオスはあらゆる生物の命を見境なく食らうどころか………世界そのものを破壊してしまうと言ってもいい。

 決して広くはないメディカルルームの空気の重さが、ここにいる人間たちの感情に応じる形で、急速に増加していくのを私は感じ取る。

 奴らの本性を踏まえれば当然の感情………こんな〝生きた遺物〟がこの世界の地球の先史文明時代、つまり超古代にももし作られ――〝現代にもし蘇ったら?〟――そんな最悪の想像を過らせてしまうのは避けられない。

 

「そして、ギャオスに対抗すべく作られたのが前世の貴方――ガメラ」

「はい」

 

 無論、過激派たちの過激を通り越した破滅思想によって生まれたギャオスどもによる破滅の道を回避する為の打開策を講じた。

 それが最後の希望――ガメラ。

 地球の生命力――マナを力の源とする――〝守護神〟。

 身長約八十メートル、甲羅など亀に酷似しながら、二足歩行する体躯、口の両端に一際伸びた牙、シンフォギアの特性の一つよろしく、外見、体組織をより戦闘に適したものへと短期間で〝進化〟できる身体構造、血液の色は緑色。

 体内にはプラズマ変換炉を有し、あらゆる熱エネルギーをプラズマエネルギーに変換、貯蔵。

 四肢を引き込み、そこから火炎を放射することでジェット機の如く飛行可能。

 と言った、ガメラであったの自分の大まかな生態を述べていった。

 

「ガメラは――予め作られた甲殻の肉体に、マナを注入させることで生み出されました」

「マ……マナ?」

「メラネシアや太平洋諸島の宗教で根付いている、万物に宿る超自然的な力って意味なんだけど、私は地球の生命エネルギーそのものととして〝マナ〟と呼んでいる」

 

 しかし、弦さんたちへの説明では省いたけど、ガメラとしての〝私〟が生まれるまでの道のりは、前途多難で険しいものだったと、摩耗している記憶でも覚えている。

 ガメラの生成に携わった科学者たちは、多数のプロトタイプたる〝器〟を作り、マナを注入させたのが……失敗。実験体は全て、息吹を吹き込まれたと同時に、マナが器に定着し切れず拒絶反応を起こして死亡してしまったらしく、亡骸は海底に遺棄されたらしい。

 行き詰った科学者たちが次に打って出た手段は―――人間の魂を取り出し、マナと器の〝パイプ〟の役割を担わせようと言うものだった。

 科学者たちの中で誰がそんな〝非人道的〟なやり方を思いついてしまったのかは知らない………だがその頃には既にギャオスは大量繁殖し、人間の領域(テリトリー)どころか、地球全体の生態系まで侵略されていった終末そのものな時世もあり、手段など選んでもいられなかったのだろう。

 さすがに目星のついた者を拉致して強制とまではいかず、魂を献上する役となる人間は志願制の形で集められた。

 その中に、唯一の〝女性〟として………私もいた。

 

「だが結局、マナと定着できたガメラは君一人しか生まれず、しかもその頃には滅亡の一歩手前で間に合わなかった」

「ええ……だから次なる時代の為に、私は海の底で封印されました」

 

 そして、自分が見た現代の街の風景からして20世紀末頃の時代に、文明の発展と引き換えに積み重ねられた地球環境の破壊で、超古代に産み落とされていた耐久卵から新たなギャオスたちは生まれ………私もまた〝時のゆりかご〟から解き放たれた。

 

「私が覚えているガメラの記憶は、現状ここまでです」

 

 と、この場にいる面々にはそう言いはしたが、勿論嘘、20世紀末頃に覚醒して以降のガメラとしての記憶は全て、現代人としての私の脳にきっちり刻まれてしまっている。

 

 八年前の………あの夏の日の〝惨劇〟が齎した精神的苦痛――ショックによって。

 

 忘れるわけがない………幼き自分の目の前で、父と母が生きたまま炭となって崩れていき、同時に前世の記憶の奔流が一気に蘇ったあの〝瞬間〟を――鮮烈過ぎて、一欠けら分たりとも、忘れられない。

 胸の奥から、何度目かもしれない実体のない〝しこり〟がのしかかってきた。

 持前の勘と、前身が情報機関だった組織柄で〝あの日〟のことを調べ上げて把握していたからか………弦さんも二課の人たちも、私がいつ前世の記憶を〝持ってしまった〟かは、聞かなかった。

 響も、聞いてはいけない雰囲気を薄々察したのか黙したまま、明るく社交性溢れる一方で、少し周囲に流されやすい面もある子だけど、今回はその一面が彼女自身を助けたな。

 私も何の準備もなしに、〝あの日〟のことを知らせて心を痛ませたくはなかった………〝ガメラの戦い〟と同等に、刺激が強い上にデリケートな代物なのだから。

 

 ノイズどもに対する黒い感情がないと言えば嘘になってしまう………今でも私の胸の内には、〝哀しみ〟と一緒に、消しても消したくても消しきれない〝憎悪〟の火が未だに灯されている。

 

 紙の新聞、インターネットの記事、テレビのニュース番組の報道、メディアを問わず〝ノイズに関わる情報〟を集めて、ファイルに何冊も纏めていたのは………特異災害に対する〝備え〟の一環でもあったけど……その暗い〝炎〟を灯し続けたいが為でもあったと、今は自覚できている。

 それでも、ある時期の天羽奏のようにその〝衝動(ほのお)〟に駆られるまま仇討ちに走ったり、あの日シンフォギアを手にしたことで〝爆発〟しなかったのは………その先に待っているのは〝破滅〟しかないのだと………邪神にその情念を利用され、弄ばれた〝とある少女〟から教えられたからだろう。

 でなければ………地球は私に〝ガメラ〟を託したりはしない。

 ただでさえ………〝力〟そのものは恐れ、畏敬すべき存在であり、それを忘れれば使い手を心身ともに歪めてしまう危険を伴う………ましてやそれが地球そのものが由来となれば、それこそギャオスを生み出した連中と同じ――〝地球の意志の代行者〟――などと言う意識を植え付けられて暴走を引き起こしかねない。

 

 

 

 伝える情報を選り抜いても長くなってしまった前置きは終わり、ここからが〝本題〟だ。

 

「朱音君、例の〝勾玉〟を見せてくれないか?」

「はい」

 

 私は、制服の内側にしまっていたペンダント――勾玉を取り出して、弦さんたちに見せる。

 

「一昨日のあの日、こちらの地球のマナを浴びて、ガメラと同様の力を宿すシンフォギア――聖遺物となったのが、この勾玉です」

 

 私と〝あさぎ〟の心を繋げたそれによく似たこの勾玉は……まだ片手で歳を数えられる頃に、父と母から誕生日祝いにプレゼントされたものだ。

 現代ではお守りとしてよく使われているけど、こちらの世界での古代日本ではどういう用途でこの装身具が使われていたのかはまだ不明、どうしてこんな形状をし、何が由来となったかすら諸説あってはっきりしていない。

 ただ、父は勾玉を、神羅万象と交信する為のある種の〝通信機〟の役割があったのでは? と解釈していた。

 

「正確には、櫻井博士が開発したシンフォギアをモデルにした〝模造品〟ではありますが、歌で活性化されて起動、鎧と武具となり、ノイズをこちらの物理法則にねじ伏せて確実に殲滅できると言った使用法は、正規のものとほとんど変わりありません」

「君が使い方を知っていたのは?」

「〝地球〟から脳(ここ)に教えてもらったのです、これは〝歌〟で戦うものであると」

 

 自分の頭を指さして、そこに直接〝How to use〟の情報が送られたことを表現し、星そのものもまた生命であり、生きている以上そこに〝意志〟と言うものは存在していると、解説した。

 一方、確たる自我を持った私たち人間に比べると、その意志はあやふやで決して〝明確〟なものではない。

 もっと踏み込んだ表現をするなら、かの地球生まれのウ○トラマンみたいなもの、と言うか出自は私のシンフォギアと全く同じと断言してもいい。

 少なくとも、〝他愛ない雑談に興じれる相手ではないのは確か〟と、少しジョークも交えながら説明に加えておいた。

 少々笑いの琴線に触れたようで、友里さんと藤尭さんらオペレーター組から笑みが零れた。

 逆に風鳴翼は、こちらのユーモアに若干怪訝そうな顔になる……ちょっと真面目過ぎだと思うぞ、と突っ込みそうになった。多分〝相棒〟もそう言った苦言を何度も口にしていたと想像できる。

 

「なるほど、朝の君の〝説明書を読んだ〟って発言、あながち間違いではないってことか」

 

 脳内に表示された説明を読んだとも解釈できるので、私は今朝たまたまコ○ンドーの劇中の台詞と被った弦さんからの質問に対して『説明書を読んだのよ』と応えたのだ。

 

「ふ~~ん」

 

 半縁な眼鏡を隔てた櫻井博士の瞳が、濃密な好奇心に彩られて煌めくのを目にした。

 未知なるものに対する強い〝探究心〟は、やはり科学者と言ったところか、別にその心情そのものは否定はしない。

 父も母も、その探究心から考古学者となることを選んだわけでもあるし、〝人類の進歩〟の源でもあるのは疑いようがない。

 けれども……やはりどこか〝アダムとイヴを誑かした蛇〟を、博士のその眼差しから連想させられてしまう。

〝マッド〟と付くほど黒くはないと、自分の勘が確信していると言うのに。

 

「朱音ちゃ~ん、できればその勾玉、詳しく分析したいのだけれど、いいかしら?」

 

 一昨日の身体検査の依頼に続いて、誤解を招きかねない声音で博士はそう尋ねてきた。

 響もその時のことを思い出させられたらしく、少し引き気味に苦笑っている。

 

「お気持ちは分かりますが……どうも地球が用心として、私以外の者の〝歌〟にはたとえ適合者でも使えないようプロテクトらしきものが掛かっているみたいでして………解析はほとんど不可能かと」

「あら……それは残念」

 

 先程からある程度の〝嘘〟も交えながら発言をしている私だが、今のは本当、使い方をレクチャーされたあの時、人の言葉に翻訳すれば――『この力を扱えるのは私だけ』――となる情報も受信したのだ。

 人から見れば地球の意志はあやふやだと表したが、意外に悪用されないよう対策を講じるだけの強かさは持っていたりする。

 

「まあ、地球様が我がシンフォギアをモデルにしただけでも、良しとしましょう♪」

 

 こちらの予想に反して、櫻井博士は大人しく引っ込んでくれた。

 もうちょっとぐいぐい調べさせて押してくるものだとばかり考えていたので、内心ほっとしつつも若干拍子抜けてしまう。文明の産物でなく、地球そのものが生み出した〝聖遺物〟など、科学者にとっては喉から手が出る代物だからだ。

 とりあえずは、悪用されるリスクが一つ減ったと、安心させてもらうことにした。

 

「すまない響、長話に付き合わせた」

「気にしないで朱音ちゃん、あの……それで」

 

 ずっと聞き手のままでいるのもそろそろ窮屈になる頃合いだと思って、私からの説明はここでお開きにし、響へ彼女にとっての一番の疑問を弦さんたちに投げかける。

 

「朱音ちゃんのシンフォギアについては何とか分かりました………けど私には、聖遺物なんてものは持ってもいないし、地球から力を貰ったわけでもありません……なのにどうして」

「その原因は、身体検査の結果判明したわ、これを見て」

 

 陽気さと呑気が鳴りを潜め、真面目な物腰と声色になった櫻井博士がモニターに表示させたのは、胸部の骨と心臓が映し出されたレントゲン写真。

 心臓部には、何かの破片らしき小さな物体が、見る限り十個ほど付着している。

 

「この〝影〟が何なのか、君には分かるな?」

「はい、二年前のあの怪我です」

 

 彼女の言う二年前とは、最後となってしまったツヴァイウイングのコンサート中に起き、死者と行方不明者が一万二千八百七十四人も出るほどの大参事となったノイズらによる特異災害のことだ。

 その日ライブを見に来ており、突然の災厄を前に避難が出遅れてしまった響は、ギアを纏ったツヴァイウイングとノイズとの戦闘に巻き込まれ、重傷を負いながらも……九死に一生を得た。

 前に体育の授業前の着替えの際、丁度欠片のある位置の表皮に、音楽記号であるフォルテのfの字に似た傷痕を見たことがあるが………待てよ。

 私は、地球から送られた記録を引き出す………あの子のあの怪我は、天羽奏がノイズの猛攻から彼女を守っている時に………と言うことは――

 

「心臓付近に複雑に食い込んでいた為、手術でも摘出できなかったこの無数の破片、検査の結果……これはかつて奏ちゃんが身に纏っていたシンフォギア、第三号聖遺物――ガングニールの破片の一部であることが分かったの」

 

 そう言うことだったのか………あの時響を瀕死に追い込んだものの正体は、ノイズの攻撃を受けて破砕したアームドギアの一部………なら響がガングニールを纏った謎も解ける。

 

「奏ちゃんの………置き土産ね」

 

 何て………皮肉だろうか。

 

〝お願いだ! 目を開けてくれ! こんなところで死ぬんじゃねえ―――諦めるな!〟

 

 

 天羽奏の、声が枯れるのも構わず必死に叫ぶ声が、頭の中で反響する。

 掌に乗る勾玉――シンフォギアを、私は握りしめ、その右手を左手の指で包み込んだ。

 勾玉そのものの重みは、どちらかと言えば軽い方……でもこれに宿っている〝力〟は………とてつもなく重いものだ。

 私は、この重みも、その選択の先にある茨の道も、母さんたちをどれだけ悲しませることになるか、全て覚悟の上で、人のまま―――再び〝ガメラ〟となった。

 

 けど響は……選ぶ猶予すら与えられずに、〝人類の希望〟を背負ってしまうことになってしまった。

 無情なる事実を前に、歯が強く食いしばられる。

 

〝ありがとう……生きていてくれて〟

 

 禁忌の扉を開く直前に見せた、天羽奏の清らかで眩しい笑顔が、離れない。

〝憎しみ〟を乗り越えて、優しさと強さ、両方を持っていたあの人が、自分の命と引き換えに響を救ったのは、心から〝生きてほしい〟と願ったからであり………命を賭けてまでノイズとの死戦(たたかい)を送ることではなかったと言うのに。

 

 どうして………どうして運命と言う奴は、そんな〝因果〟この子とあの人の二人に、押し付けたんだ!

 

 いや………二人じゃなかった………彼女も入れて〝三人〟だ。

 

 片翼でもあった大切な相棒に先立たれてしまった歌姫―――風鳴翼。

 

 残酷な〝真実〟を突きつけられた彼女は、今にも咽び泣きそうに弱弱しく震えて、おぼつかない足取りでメディカルルームから出ていった。

 

 辛辣な言い方をすれば、響が遠因となって、天羽奏は命を散らしたのだ。

 その響が、彼女のと同じガングニールの装者になってしまった………穏やかでいられるわけがない。

 退室したのも、響を目にしていることで、精神的外傷(トラウマ)が彼女の意志と関係なく、疼いて暴れまわり、ここにいてはとても耐えられそうになかったたから。

〝戦場(せんじょう)〟では気丈に振る舞い、研ぎ澄まされた刃の如き佇まいで、鍛え抜いた剣腕を以てノイズたちを切り伏せていった彼女ではあるけど、本当は――

 

「あの……」

「どうした?」

「この力のこと、やっぱり誰かに話しちゃ、いけないんでしょうか?」

「響、そんなことをしたら、君と、君の大事な人たちの命が危ない、勿論未来も例外じゃない」

「え? 命って……」

「政府がシンフォギアをずっと隠し続けているは、その力が強すぎるからだ………それが露見してしまったら――」

 

 ノイズの猛威に晒されたこの地球で、現在唯一対抗できるシンフォギアを持っていると言うことは、ある意味で世界(にんげんしゃかい)を手中に収めるに等しい。

 その上この日本は憲法で、本来戦争行為も、武力も持ってはならない決まりになっている……自衛隊ですら未だグレーな立ち位置だと言うのに、シンフォギアの存在は、完全に憲法の条文に抵触してしまう。

 もしそんな兵器が明るみとなったら………同じく特異災害に悩まされている国家群が黙ってはいない。

 国によっては平気で内政干渉をけしかけてくるだろうし………ギアの生成技術と適合者を強引に手にしようと裏工作に打って出る可能性も高い、自分も無論、ターゲットの一人に入る。

 極めつけは、響の体質………適合者でなかった彼女が、偶然の不幸によるものとは言え、体内に聖遺物を埋め込まれたことで、後天的な〝装者〟になってしまった。

 こんなことが露見してしまえば………多感な年頃の少女を〝兵士〟に仕立て上げる悲劇だって、起こり得るかもしれない。

 世界の〝タガ〟は―――間違いなく外されてしまう。

 

「俺たちは、機密ではなく、人の命を守りたいからこそ、シンフォギアの存在を秘密にしてきた……その為にも、どうかこの力のことを、隠し通してはもらえないだろうか?」

「あなたに秘められた力は、それだけ大きなものでもあるの、響ちゃん」

 

 特異災害対策機動部が、必死になってシンフォギアの存在を秘密にしていたのは、つまるところ、そんな〝悲劇〟を起こさぬ為でもあるのだ。

 

「草凪朱音君、立花響君、日本政府、特異災害対策機動部二課として―――君たちには協力を要請したい」

 

 毅然とした物腰で弦さん、いや……風鳴司令は、私たちと正面から向かい合う形で、私たちに協力を求めてくる。

 だけど、その逞しく隆々な体躯と精悍な容貌の裏には、本来〝大人〟として守らなければならない〝子どもたち〟に、人類の存亡と命運を託して、戦場に送り出さなければならない〝現実〟に対し、無力さを噛みしめているのだと、私の目は見抜いてしまった。

 一体どれだけ、その非情な現実を突きつけられながら………シンフォギアの戦士である少女たちの、戦場に向かう〝背中〟を、目に焼き付けてきたのか……。

 

「どうか、君たちのシンフォギアの力を、対ノイズ戦に役立ててはくれないだろうか?」

 

 改めて――頼まれるまでもない。

 これ以上奴らの暴虐によって、生命が無慈悲に蹂躙され、私も味わったあの〝哀しみ〟で、人々を苦しませない為にも、風鳴司令たちが味わい続けさせられた苦しみに対し、少しでも報いる為にも、そして何より………〝誰もが心から歌える世界〟を取り戻す為にも、私は元より――〝戦う覚悟〟はとうにできている。

 

 だが………私は直ぐに自分の意志を表明することはできなかった。

 隣に立つ響の横顔から………不安を煽らせる〝胸のざわめき〟を、覚えたからだ。

 

「私の力で……誰かを………助けられるんですよね?」

 

 響の問いに、司令と博士は頷き、程なくして――

 

「分かりましたッ!」

 

 ――一昨日まで普通の学生であった筈の少女は、余りにも早く、余りにも躊躇せず………承諾の旨を明かした。

 目の当たりにした私の胸のざわめきはより強く、より酷くなっていく。

 

「朱音ちゃん! 一緒に頑張ろう! 翼さんと三人で」

「え?」

「あ、そうだ私! 翼さんにも挨拶してくる!」

「ひ――響! 待って!」

 

 私からの制止も利かず、響は慌ただしくその場から掛け出し、開かれたオートドアを走り抜けていった。

 正常に閉ざされたドアが、却ってこっちの不安を煽り立ててくる。

 

 どうして……なんだ?

 

 一度死にかけた筈なのに……ノイズがどれだけ恐ろしい存在か身に染みて知っている筈なのに……どうして……〝誰かの助けになる〟だけで、ああも簡単に、命を掛けられる?

 

 何があそこまで………生き急ぐようにあの子を駆り立てている?

 

 脳裏を渦巻く疑問に答えを見いだせない中………特機二課の本部中に、けたたましいサイレンが、鳴り響いた。

 

つづく。




次回予告

「なら、同じ装者同士、戦いましょうか?」

「俺は同士討ちさせる為に、あの子たちにシンフォギアを託したわけじゃない!」

「覚悟とか、構えろとか言われても………全然分かりませんよ!」

「そこの覚悟無き〝半端者〟より、貴方と戦う方が興じれそうだ………草凪朱音」

「どうして二人が戦わなきゃいけないのッ!」




「二度は言わない、二度と―――〝天羽奏の代わりになる〟などと言わないでくれ!」




次回、『不協和音』

となる筈が、ボリュームの関係上二話分に伸びる&嘘予告っぽい感じに。
一応上記の台詞は全部入ってるんですが(汗


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#7 - 不協和音 ◆

翼の『泣いてなどおりません!』まで書く予定が……字数制限の問題にぶちあたってそこまで描けずじまい………なんて体たらくでしょう(大汗

今回初めて、作詞作業と言うものを体験しました。

攻殻機動隊のriseと、ウルトラマンネクサスEDの赤く熱い鼓動の歌詞を元に、うっかり似たような言葉だらけの表現にならないよう気をつけながらどうにか形に、はっきり言って全然自信がないのですが。

追記:規約に沿った上で翼の『絶刀・天羽々斬』の歌詞を掲載しました。


 特機二課本部内にてけたたましく轟く甲高いサイレン――ノイズが出現する前ぶれである現象、空間の歪曲が起きたことを知らせる警報であった。

 メディカルルームから急いできた弦十郎と朱音らが、司令室に着く。

 少し遅れる形で、響と翼も入室してきた、

 

「状況は?」

「空間歪曲反応多数、ノイズ出現まで、推定約二十秒」

「本件は、我々二課が預かることを一課に通達」

 

 司令官である弦十郎は、早速指示を飛ばす。

 

「転移反応感知、位置特定、座標は――」

 

 ノイズの出現地点を突き止めたオペレーターの友里あおいは、冷静さを維持しながらもその声音に驚きを混じらせていた。

 

「――リディアンより距離、二百!」

「近いな……」

 

 なぜなら、二課本部の真上な地上に立つ私立リディアン音楽院の校舎と、それほど遠くない場所からノイズが現れたからだった。

 

 

 

 

 

 市内の俯瞰図が映された司令室内のモニターには、紅く点滅するノイズの出現ポイントが表示されている。数は画面内だけでも六つ。

 律唱市にノイズの群団が現れてから僅か二日足らずの間で再び奴らが現れた状況に、私は胸騒ぎを覚えた。

 ひとたび現れれば、周囲にいた人間を躊躇なく襲い、炭へと変え、人々をの精神を絶望の奈落の底へと落としゆく〝災いの影〟ではあるけど、ミクロな視点で見れば、人間一人がノイズと鉢合わせる確率は、実を言うと………東京都民が夜道を歩いている中通り魔に出くわす確率よりも、遥かに低い。

 だからこの数日と言う短い期間に、朝のニュース番組でも報道された〝山中に現れた〟も含めて三度も、それも多数一度に出現するなんて………奴らの存在そのものがおかしいのだが、日々の情報収集で導き出した奴らの今までの行動パターンを照らし合わせると、今回連中のとった行動は、明らかにおかしい部類に入る。

 しかも、まるでリディアンを取り囲むように現れている………陣地を攻め立て、こちら側のものにしようとしているかの如く………胸騒ぎを覚えないのが無理な話だ。

 何を目的に、奴らは動いている?

 

「迎え撃ちます!」

 

 風鳴翼は、今自身が口にした通り、ノイズを迎え撃つべく司令室から駆け出していった。

 そして、戦地に赴く翼の背中を凝視していた響も、何を思ったのか、彼女を追いかける形で走り出す。

 

「響ィ!?」

「おい待つんだッ!」

 

 私と風鳴司令は、響を引き止めようとする。

 ノイズの特異災害に巻き込まれたことはあっても、響は〝実戦〟を全く経験していない素人、武術の類も習ってはいないし、未来の話では中学で部活に入っていなかったどころか、スポーツの一つも嗜んではいないらしい。

 無論……シンフォギアは纏えても、まだ全然〝シンフォギア〟を使いこなせてはいない。

 完全に〝戦う術〟を知らない………ただの女子高生な女の子だ。

 

「君はまだ訓練も何も――」

「わたしの〝力〟が――〝誰かの助け〟――になるんですよねッ!?」

 

 弦さんからの尤な制止の言葉を遮る形で、響はそう言い放つ。

 

「シンフォギアの力でないと―――ノイズとは戦えないんですよね!?」

「そう、だけど……」

 

 響本人にそのつもりはない………のだが、こちらからも返しを遮り、半ば一方的に捲し立てる形で、彼女は私たちに言葉をぶつけてくる。

 

「私だって、朱音ちゃんと翼さんみたいに〝助けた〟いんです! だから行きます!」

 

 まるで、何かに急かされている………よりはっきりとした表現をするなら、強迫観念に駆られた様子で、走り去っていった。

 

 

 

 

 

 ああ……まただ。

 さっきメディカルルームで、風鳴司令からの〝協力要請〟を、ほぼ即断で承諾した時の彼女を目にした時と、同じ〝胸のざわめき〟が、私に迫り、すり寄ってくる。

 

 響………どうしてなんだ?

 一体何が……そこまで君を駆り立て、逸り立てているのだ?

〝死〟の充満した生き地獄を過去に体験していたと言うのに、なぜまたその戦場(じごく)に、こうも躊躇なく飛び込めるのだ? 飛び込もうとするのだ?

 

 今彼女は、命の危険に満ち溢れた戦場に向かおうとしている………なのに、あの子からは、〝恐怖心〟と言うものが、ほとんど感じられなかった。

 恐怖と言う単語に対して、ネガティブな印象を抱く者は多いだろう。実際、その感情の荒波に呑まれ、支配されてしまえば………理性を失い、心を完膚無きまで壊されかねないのも事実。

 でも、全ての生きとし生きるものにとって、〝恐怖〟は絶対に捨てても、失くしてもいけないものだ。

 恐怖があるからこそ、私たち生命は、実は大量の〝危険〟にありふれた世界で、どうにか生を全うできる。

 使い方さえ身に着けていれば、ある意味で〝猛獣〟とも言える恐怖を、心強い味方に付けることさえできる。

 人が普段思っている以上に必要な存在であるその感情の一つは………特に一瞬の油断で命を散らしかねない世界である〝戦場〟では、欠かせぬアイテムだ。

 

〝私の力が―――誰かの助けになるんですよね!?〟

 

 つい先程、そう強く言い放った響から………それが見当たらない。

 と言うよりも、〝恐怖〟以上に極端極まる強迫観念の域で、ある〝感情〟が恐怖を押しつぶしてしまっているよう……な感じが見受けられた。

 しいて………最もそれらしい言葉にするなら………〝自殺衝動〟。

 

「危険を承知で誰かの為になんて……あの子、いい子ですね」

 

 藤尭さんが、戦場に向かっていった響を、そう評したけれど………私は違和感を覚えずにはいられない。

 

 彼の言う通り、表面上では〝誰かの為に危険に飛び込む勇敢な子〟に、見えなくはない。

  確かに、あの子は人一倍強い優しさと善意の持ち主………度々〝わたし、呪われてるかも〟とぼやくことはあっても、他人を故意に攻めたり、中傷したり、貶めたりなんてことは、入学式の日に会って友人となって以来一度もない。

 

「っ………違います」

「え?」

 

 唇を噛みしめ、拳を握りしめる私は思わず、藤尭さんの発言に、搾り取るような声色で……否定の意を示していた。

 よく〝勇気と無謀は似て非なる〟なんて話を聞くが、私もそうだと認識している。

 響がどちらの言葉を指すかと言えば………彼女には悪いが、無謀の方だ。

 

「俺も朱音君と……同じ意見だ」

 

 そこへ、風鳴司令が私の言葉に同調を示してきた。

 

「あの子は翼のように幼い頃から鍛錬を積んできたわけでもなく、朱音君のように前世とは言え〝修羅場〟を潜ってきたわけでもない………ついこの間まで〝日常〟に身を置いていた少女が――〝誰かの為になる〟――と言うだけで、命を賭けねばならない戦いに赴けると言うのは……〝歪〟なこと、ではないだろうか?」

 

〝誰かの為〟………響本人も口にしていた言葉を、司令が口にした瞬間、私の脳裏に閃光が走った。

 

〝人助けと言ってよ……人助けは私の趣味なんだから〟

 

〝私………食べることと人助け以外、何の取柄もないダメな子だから〟

 

〝だからさ………少しでも、みんなの役に立ちたいんだ〟

 

 記憶から……初めて会ってから今日までの付き合いの中で、響の人となりを表した、彼女の言葉の数々が再生される。

 それらがヒントとなり、私の直感が浮かび上がらせる、一つの確信。

 あの子は、立花響と言う少女は―――時に自分の命を軽視してしまうまでに、〝人助け〟と言う呪縛に、捕われていると。

 それを言うなら、私も〝常人〟からは逸脱している。

 死線の数々を経験してきた前世の記憶があるにしても………戦火の渦中へと駆ける覚悟を持ち合わせているのは、充分過ぎるほど人として〝異端〟なのだ。

 そんな異端なる私の目(しゅかん)さえ………あの子の在り方は、危うく、歪なるものに映った。

 

「朱音君、これを」

 

 司令は私に、補聴器に似た掌に収まる小さな機具を渡してきた。

 

「通信機ですか?」

「そうだ、二課保有のシンフォギアには通信機能が常備されているが、君のギアにも備わっているとは言えないからな、これで本部(こちら)と他の装者とリアルタイムに連絡が取りあえる」

 

 機具の説明に続いて、司令は指示を私に与える。

 

「響君のことが気がかりなところすまないが………上空にいる飛行型を重点的に叩いてはくれないか? 現在装者の中で、長時間の空中戦を行えるのは君しかいないんだ」

 

 私は、私自身の意識を組み替えていった。

 今、自分が為さなければならないことは何だ?

 何のために、私はここにいる? 〝力〟を手にしている?

 今は、今できること、為すべきことに――集中させろ!

 

「了解しました―――草凪朱音、これより出撃します」

 

 風鳴司令に向き直り、戦士のものへと変えた己が〝瞳〟を彼に向け、了承の意を司令含めた二課の面々に返し、司令室を後にして戦場へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

『日本政府、特異災害対策機動部よりお知らせ致します、先程、特別避難警報が発令されました――』

 

 とうに日は沈まれた律唱市の至るところに設置されたスピーカーから、サイレンとともに避難を勧告する女性のアナウンスが鳴り響く。

 大方避難は完了していた為か、街からは灯りが消え、沈黙と暗闇が支配し、炭素の粒子は飛び散り、塊が舗装された大地に散乱している。

 それらは――不幸にも逃げ遅れてしまったヒトだったもの、今日もまたノイズは〝特異災害〟と呼称された不条理をまき散らしていた。

 

 紺色の星空が半分ほど雲に覆われた上空を、飛行タイプのノイズたちが飛び回る。

 もし地上に一人でも人がいるのを感づけば、本能に従い急降下して襲おうとするだろう。

 

「Ah――――ah――――」

 

 この夜空は我らのものだとでも宣言なのか、傲岸さをひけらかした様子でノイズが飛行する上空に響く、シンプルながらも巧みに音程を変え、川のせせらぎを思わせる麗しさと、炎熱の如き力強さが折衷した歌声が奏でるコーラス。

 

 ジェットの轟音と、飛行機雲を描いて夜空を掛ける人影――シンフォギアを纏った朱音だ。

 

〝意識を変えろ! 戦いはすぐ目の前~♪〟

 

 アンチノイズプロテクターの胸部に装着されたスピーカーの役を担う〝勾玉〟から響く音楽。

 正規のシンフォギアは起動すると、スティック状のペンダントが変形し、装者の〝精神〟を元にメロディと歌詞を瞬時に作り上げ、スピーカーとなったペンダントから演奏、それに合わせて胸の奥から沸き上がり、脳に直接投影された〝詩〟を装者が歌う仕組み。

 朱音のギア――ガメラも、それらの機能が再現されている。

 

〝そこは地獄 全てを絶望へと変える闇〟

 

 ルーン文字の原形たる超古代文明語で構成された詩(かし)を歌唱しながら、銃形態のアームドギアの銃口から、火球を撃ち放つ。

 

 《烈火球――プラズマ火球》

 

 朱音――ガメラの基本技。

 

〝我は戦士~~絶望に飛び込む者~♪〟

 

 同時に、彼女の周囲に火球が生成、浮遊し、銃口からのものと同時に発射。

 

 破壊力と引き換えに追尾機能を付加させた火球――《ホーミングプラズマ》。

 

 朱音より中距離の敵にはホーミングを、遠方の敵にはアームドギアからの火球で狙い撃って爆発させ、着実に数を減らす。

 

〝半端な意志では呑み込まれる~守ると謳いながら奪い~救う傍らで切り捨てる~ 渦巻く矛盾が牙を向き~攻め立てる戦場(せかい)〟

 

 最も相対距離の近い個体たちには、素早くアームドギアをロッドモードに変形させ、火炎と遠心力を相乗させた打撃――《火焔打――プラズマインパクト》――でノイズをすれ違いざまに燃え上がらせ、破砕する。

 

 二課が観測した鳥とエイの特徴が掛け合わされた紫色な飛行型は、これで三十体撃破された。

 新手が出現しなければ、残り後十五体。

 

〝嫌な予感がする……〟

 

 シンフォギアとしてのガメラの力を使いこなしている朱音ならば、問題ない数なのだが、彼女当人にはある懸念から来る焦燥が現状彼女最大の〝敵〟となっていた。

 

 懸念とは、立花響と風鳴翼の二人のこと。

 

〝一緒に頑張ろうッ! 翼さんと三人で〟

 

 自分にそう言った直後、響は急ぎ、翼の下へと走っていった。

 

〝慣れない身ではありますが、よろしくお願いしますッ!〟

 

 きっと、彼女なりに謙虚な姿勢で〝一緒に戦う〟ことを表明しながら、握手を求めたと容易に朱音は想像できた。 

 でも、未だ相棒の喪失から吹っ切れていない今の翼の心情を踏まえれば………ガングニールの装者となった響と簡単に手を握り合うことも、響の意志を受け止められるわけもない、とも想像できる。

 

〝二人の気持ちのズレが、溝を作らなければ良いのだけれど……〟

 

 焦りを押さえつけ過ぎず、かつ流れまいと御しながら、朱音はノイズの殲滅を優先させる。

 

〝災いの影よ――ついて来れるかッ!?〟

 

 両腕の前腕部と両脚のスラスターの出力を上げ、高機動形態で朱音はギアが作詞した詩を奏でて夜空を駆け抜ける。

 

〝ならばなぜ戦う? なぜ臨む? 答えはこの身の奥~我が胸(こころ)の熱く灯す鼓動(ほのお)~常闇の前でも~打ち消せない真実(おもい)~~♪〟

 

 右手にガンモードのアームドギアを実体化させたままなので、若干の不安定さがある筈だが、本人はさほど支障を感じてはいない。

 残りの十五体は全て追走、何としても追いつき、彼女の肉体を炭に変えようと執念にでも駆られた様子で、各々自らをらせん状に捻らせて変形する。

 ノイズの攻撃方法の一つに、自らの肉体の形を変えて突然すると言うものがあるが、飛行型の場合、自らをドリルよろしく高速回転しながら地上の人間を貫くのが特徴。

 朱音からすれば、その姿形は羽を折りたたませたギャオスの高速飛行形態を思い出させた。 

 

〝そうだ、遠慮なく私を貫く気迫で来いッ!〟

 

 さらに加速させる朱音、次第にノイズの群れの密集具合が狭くなっていく。

 

〝生命(いのち)の熱(ひかり)を信じ~今~業火の海を飛ぶ~♪〟

 

 歌詞がサビのパートに入った朱音は、突如飛行スピードを減速させた。

 

〝矛盾さえ抱き締め――〟

 

 対して回転する巨大な弾丸も同然な飛行型ノイズは、全く速度を緩める気はない、むしろさらに加速させて一斉に朱音を襲う気でいる。

 むしろ―――彼女はそれを狙っていた。

 

 朱音はスラスターの推進力も借りて、その場から前方向へ宙返りし、地上からは逆さまの体勢となり。

 

〝今未来を~~この歌で掴め~~!♪〟

 

 その体勢のまま、銃口から一際大きなプラズマの光を発するアームドギアを両手で構え、歌声の声量を上げながら引き金を引く。

 通常のより、桁違いの火力な強大で猛々しい火球が、炸裂音を轟かせて放たれた。

 

 《超烈火球――ハイプラズマ》

 

 通常よりプラズマエネルギーを百二十パーセント以上にまで出力を上げてチャージし、吸収した酸素と掛け合わして放つ、強化されたプラズマ火球。

 威力重視なので連発できないが、その破壊力は折り紙付き。

 

 狙いを付けられた一体は、加速し過ぎていた余り対応できず真正面から直撃、高濃度のプラズマの猛威に、一瞬で身体組成がプラズマ化した個体は、半径数十メートルものの規模の爆発(はなび)を引き起こし、夜天の上空を派手に照らす。

 周囲の他の個体も、一人を追いすがる余り密集していたことで逃げる間もなく巻き込まれ、比較して小振りな爆発を幾つも巻き起こした。

 

〝我は戦士~~災いを焼き払う炎~♪〟

 

 ノイズたちの不意をつく為に体勢の安定を一度犠牲にした朱音だったが、慣れた様子で姿勢制御を行い、滞空状態に入った。

 

「本部へ、上空の敵は殲滅完了、新手のノイズの反応は?」

『現在空間歪曲の反応もなし、地上のノイズも翼さんが掃討しました』

 

 念のため、弦十郎から渡された通信機で本部に連絡、友里によれば新たに出現した個体はいない模様。

 

「そうですか……」

 

 ここ数日のノイズの動きに対する不可解さは否めなかったが、それでも一時的とは言え危機を脱せられたことに安堵しつつ、本部帰投しようとしたその時。

 

『翼! 何をやっている!? 剣を下ろせ!』

 

 向こうから、叫ぶ弦十郎の声がこちらにも響いてきた。

 

〝まさか……〟

 

 彼の切迫具合から、朱音の〝懸念〟が現実に起きてしまったと彼女は感づいた。

 

「っ!―――早まらないでくれよッ!」

 

 彼女は急ぎ、スラスターを吹かさせ、二人のいる地点へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 何が起きたのかと言えば――少し時計の針を戻さねばならない。

 

〝Imyuteus~amenohabakiri~tron~♪(羽撃きは鋭く、風切るが如く)〟

 

 二課本部は、リディアン中央棟以外にも地上に出られる非常用の高速エレベーターが設けられている。

 その一つを使って地上を出た翼は、待機形態の天羽々斬に聖詠を唱えて吹き込み、起動。

 

〝Ya~Haiya~セツナ~ヒビク~Ya~Haiya~ムジョウ~へ~♪〟

 

 コーラスを交えるゆったりと前奏とともにペンダントから放出されたエネルギーが空色の球状フィールドを形作り、内部では翼の全身に水色、白、黒の配色で構成されたスーツとアーマーが装着される。

 

〝Ya~Haiya~Haiya~Haiya~ie~♪――〟

 

 変身が完了してフィールドが分散されたと同時に、胸部のギアから流れる伴奏の曲調の勢いが増した。

 

〝―――アメノハバキリ~Yae~♪〟

 

 翼の〝心理〟を反映して構築された戦闘歌――《絶刀・天羽々斬》。

 

〝颯を~射る如き刃~~麗しきは~千の花~~♪〟

 

 伴奏が歌い出し部分に移行したと同時に、翼は唄う。歌唱することで、シンフォギアの出力、戦闘能力が飛躍的に上昇するのだが、逆を言えば〝一定以上の強さ〟を維持するには常に歌い続けなければならない。

 もし敵の攻撃を受けるなどと言ったアクシデントで、歌唱が中断されれば、ギアを纏う装者の戦闘能力(スペック)は大幅に低下してしまい、下手すると敵からの追い打ちでより装者に危機を招かせてしまう。

〝歌と戦闘〟――本来縁のないもの同士で実感は湧きにくいが………生死を賭けた過酷なる戦場で歌いながら〝戦い〟と言う名の舞を踊ると言うのは、使い手に想像を絶する負担を心身ともに与えるものなのだ。

 ノイズに対抗できる唯一の兵器である一方、使える人間が限られる上に、その特異な特性ゆえ非常にピーキーな兵器でもある。

 それが――〝シンフォギアシステム〟であった。

 

〝慟哭に吠え立つ修羅~~いっそ徒然と雫を拭って~~♪〟

 

 長年、訓練も実戦も積み重ね、ギアの特性も利点も弱点も、強みも弱みも、ピーキーさも熟知している翼は、人類に猛威を振るうノイズたちへ、今宵もシンフォギアの猛威を、日本刀型のアームドギアから繰り出す自らの卓越した〝剣技〟と〝歌唱力〟とともに見せつけていた。

 

 逆立ちの体勢で高速回転しながら、足に装着された曲剣(ブレード)で敵を切る――《逆羅刹》

 

 宙に直剣を複数実体化させて飛ばす――《千ノ落涙》

 

 アームドギアを翼の身の丈を超す片刃の大剣に変形させ、刀身に帯びたエネルギーを上段から振り下ろして三日月状に撃ち放つ――《蒼ノ一閃》

 

 それらの技を惜しげもなく振るって、地上の人間の社会(せかい)を侵食するノイズたちに〝断罪〟の刃を突きつけ、炭素化させていく。 

 戦いの場は、田園地帯の中に敷かれた道路の上へと移った。為す術なく彼女の刃にやられてはなるまいと、両生類の特徴を有したタイプのノイズたちは融合、華々しい初陣を飾った朱音をも一時は手こずらせた大型ノイズへと変貌する。

 だがノイズ戦のエキスパートたる翼からしてみれば、この手の融合タイプも何度となく戦ってきており、連中の攻撃手段など手に取るように分かっていた。

 

〝思い~出も誇りも~一振りの雷鳴~と~~―――♪〟

 

 現に巨体を前にしても、発せられる歌声には一切の動揺が見られない。

 本体から複数一度に飛ばされ、高速回転して自律行動する凶刃たちに対しては、跳躍からの〝逆羅刹〟の舞で一網打尽にし、ギアの刀を大剣形態に変形させて、大型に引導を渡す〝蒼ノ一閃〟を放とうしていたのだが――

 

「どぉぉぉぉぉーーーーりゃぁぁぁぁぁぁーーーー!!」

 

 翼にとっては予想していなかったイレギャラー――相棒の形見たるガングニールのギアを纏った立花響が、大型の側面へ飛び蹴りをくらわせたのだ。

 ギアの恩恵による強化された身体能力以外は素人そのものな無駄の多い動きであったものの、それでも大型を怯ませるだけの威力はあった。

 

「翼さん!」

 

 助太刀のつもりらしい響の援護に、翼は苛立ちを覚えながらも跳び上がる。

 上昇する翼と、降下する響がすれ違う。

 両者が浮かべる顔つきは、完全に対照的、響は仮にも戦場だと言うのに場とにつかわしくない無邪気な笑みを見せ、翼はそんな彼女の態度が油となって〝苛立ち〟の火が強まっていった。

 

〝四の五の言わずに~~否~飛沫と果てよ~~ッ♪〟

 

 大型の体高より上の高度まで上昇した翼は、稲妻混じりの青いエネルギーを帯びたアームドギアを振り下ろし、蒼ノ一閃を炸裂。

 青白い三日月の飛刃は、大型の巨体を中心から〝ややズレながらも〟、アスファルトごと裂いて真っ二つに両断、ほんの一瞬、断面図が露わになりながらも、全身は瞬く間に炭素分解を起こし、全方位へ流れ出る注入された蒼ノ一閃のエネルギーで爆発し、七十メートルの煙の柱を登らせていった。

 

「翼さぁぁ~~ん!」

 

 煙と相対している翼の背後へ、助力したようで実は結果として〝足を引っ張ってしまった〟響は走り寄ってくる。

 翼の技量なら、ノイズの肉体を丁度中心で両断するなど容易かった………それが響の飛び蹴りでずれてしまった。彼女の腕でカバーはされたが、一歩間違えれば仕留めそこなう可能性もゼロではなかったのである。

 

「朱音ちゃんと比べたら、私はまだまだ足手まといかもしれないけど、一生懸命頑張ります!」

 

 瞳をキラキラと煌めかせる響の笑顔は、憧れの人と同じ舞台に立てる喜びに満ちていたものに他らない。

 

「だから―――私たちと一緒に戦って下さい!」

 

 しばし響に背を向けたまま、彼女の言葉に耳を傾けているのかいないのか、掴めぬ態度を取っていた翼は――。

 

「そう……」

 

 と、呟き、それが肯定の態度だと受け取ってしまい笑みの輝きが増した響に――。

 

「……ならば―――同じ装者同士、戦いましょうか?」

 

 ――不意をつく形で、翼は響に明確な〝敵意〟を突きつけた。

 口元は不敵に笑ってはいるが、両の目は全く笑ってはいない………むしろあからさまに響に対する〝拒絶〟の意志さえ現れている。

 

「ふぇ?」

 

 呆気にとられている響をよそに、翼は右手が握るアームドギアの切っ先を、彼女に向けた。

 

「あの……私は翼さんと一緒に戦いたくて――」

「そんなこと分かっている」

「え? じゃあ……なんで?」

 

 翼が刀の切っ先と一緒に突きつけてくる敵意の意味を、響は全く読み取れずにいる中、噴煙の中に残る爆炎の残り滓のゆらめく音をかき消す、重低な噴射音が場を響かせる。 

 一際大きい、大気の切断音もかき鳴らし、一連の音色の演奏者たる朱音が、響と翼の間に割り込む形で降り立つ。

 

「朱音ちゃん……」

 

 自分より背が遥かに高い同い年の少女の背中を響は見上げ、翼も割り入ってきた彼女に眉を潜めた。

 本部からの通信と怪獣クラスの噴煙から二人の現在地を確認した彼女は、遠間からでも窺える不穏な空気を感知し、実質落下しているも同然に頭部を地面に向け急速降下し、アスファルトと激突するギリギリ手前で向き直り、足のスラスターをメインに速度緩和させて、その身を慎ましく地上に着地させた。

 

 

 

 

 

 

「どういうおつもりです?」

 

 響を庇う形で彼女に背を向け、翼と正面から相対している朱音は、刃をこちらへ向けたままの〝先輩〟へ是非を問う。

 日常の場にいる時と比較すると、戦場での彼女の声音は低く凛然とし、〝ガメラ〟としての厳然とした眼差しで翼を見据えていた。

 日常の世界の中にいる時の彼女は、大人びて鋭利さもある美貌に反して年相応に表情豊かな〝女の子〟であるだけに、戦士としての様相の鋭さは、よりシンフォギアを使えるだけの一介の女の子でしかない響の不安を際立たせられている。

 かと言って、一昨日の時以上に切迫している為、その時朱音が用いたユーモアを発してはいられない。今そんなことをしても逆効果になるだけだ。

 

「私が〝立花響と戦いたい〟からよ――草凪朱音」

 

 片手で刀を構えたまま、翼は偽らざる己が旨を明かす。

 朱音の背後から、翼の真意が読めず納得できていない響の心情を反映した吐息が零れた。

 

「私は立花響を受け入れられない………ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない」

 

 突きつける刃を中心に、全身から発せられる翼の闘気が俄然強まり、彼女の声遣いも低くなっていく。

 

「そこをどけ草凪朱音――そしてアームドギアを構えろッ! 立花響ィ!」

「なっ! 待ってください!」

 

 声量も上げて、翼は響に〝アームドギア〟の具現化を要求してきた。

 当然、そんな要求を応じられるわけないと、響当人に代わって朱音は抗議する。

 

「今の響に、アームドギアを実体化できるだけの技量があるとお思いですか? 装者の武器を生成することがどれ程難しいことか、知らない貴方ではないでしょう?」

 

 いくらシンフォギアに適合して装者となっても、戦闘能力を確保する為には本来相応の訓練、鍛錬が必要となってくる。

 特に装者の主武装たるアームドギアとは、具現化し尚且つ武器として十全に扱えるようになるまで、長い期間使い手が自らを鍛え上げ、実戦を積み重ねなければならないものだ。

 

「だが貴方は初陣で成し遂げた………なら全く不可能と言うわけではない」

 

 朱音が返してきた正論を、暴論と言ってもいい反論で一蹴する。

 それこそ朱音が初戦からアームドギアを実体化できたのは、それを可能とする下地が揃っていた上に、何より彼女に確たる強靭な〝戦う意志〟を持ち合わせていたからであり、例外中の例外に該当する上。

 

「どうしても〝一緒に〟戦いたければ立花響、アームドギア――貴方の戦う意志を私に見せるがいいッ!」

 

 そもそもの話……響はシンフォギアの大まかな特性の説明を櫻井博士らから受けただけで、アームドギアのことなど全く知らないのだ。

 

「それは〝常在戦場の意志の体現〟、何物をも貫き通す無双の槍――ガングニールのシンフォギアを纏うのであれば………胸の覚悟を構えてご覧なさい!」

「そ……そんなこと言われても……私、アームドギアが何なのか分かりません……」

 

 だからいきなり有無も言わせず〝構えろ〟などと言われても、響は分からないと答えるしかない。

 

「分からないのに、いきなり覚悟とか、構えろとか言われても………全然分かりませんよ!」

 

 彼女の反論も、全く以て正論だ。朱音も響のこの発言には同意できる……一方で、時に正論は人の心をささくれさせ、乱してしまうものでもある。

 この現況において、響の正論な反論は、風鳴翼の〝逆鱗〟に触れてしまった。

 翼は、構えをといて刀を下ろし、二人に背を向けて歩き出した。

 しかし後ろ姿から放出される戦意も、敵意さえも失せず衰えないどころか、さらに膨れ上がり――。

 

「覚悟を持たず……のこのこと遊び半分に戦場(いくさば)の渦中へしゃしゃり出てくる貴方は……」

 

 翼の言葉は、半分は言いがかりであり、されどもう半分は事実でもある。

 さすがに響も、遊び半分な軽い気持ちで戦場には来ていない。

 が、朱音の見立て通り、彼女にある種の呪縛として存在している〝人助けしたい〟衝動に駆られ過ぎた余り、戦場の過酷さ凄惨さを認識、想像できぬまま、覚悟も伴なえず入り込んでしまったのも否めなかった。

 

「奏の……奏の何を受け継いでいると言うのッ!!」

 

 翼は朱音からは十メートル離れた地点より跳び上がり、宙返りながら全身は放物線を描く。

 狙いは響、落下速度も味方につけた上段の一閃、手に携える刀も〝峰〟ではなく〝刃〟、当然ながら真剣、たとえギアの鎧を纏いし装者でも、そんな一撃をまともにくらえば………ましてや素人の響に、剣の達人たる翼の剣撃を躱すことも、防御することも叶わない。

 朱音は足のスラスターを絶妙な出力で吹かし後退、響の〝盾〟となる形で立ちはだかり、右の掌に装着された火炎噴射口から放出された炎を瞬時にロッドモードのアームドギアに変え、翼の上段を受け止めた。

 激突による金属音を鳴らすロッドと刀。

 上段の一閃を阻まれた翼はロッドと密着したまま刃を押し込み、その反動を利用し右足で蹴りつけるも、対する朱音も素早く反応してロッドの柄で防御。

 

 二撃目の蹴りも防がれながらも、飛び退きながらアームドギアを大剣モードに変えた翼は三日月の刃――《蒼ノ一閃》を。

 

 迎撃する形で朱音も自身のアームドギアをガンモードに変え、チャージされたプラズマエネルギー弾――《ハイプラズマ》を発射。

 

 青色のエネルギー刃と、橙色のプラズマ火炎弾が宙で衝突し、爆音を響かせて焔の玉が巻き起こった。

 

 着地した翼は大剣のまま、剣先を相手に向けた雄牛の構えを取り。

 

「下がれぇ! 彼女は本気だ!」

 

 朱音も中段の構えを取りながら、翼から発する〝闘気〟が本気であることを悟り、背後の響に下がるよう警告する。

 その響は、どうにかある程度言われた通り後退したものの、二人の装者な少女が発する鋭利で張り詰めた大気に、言葉を失っていた。

 

「良い目と覇気、二度目にしてギアのその強固さ………そこの覚悟なき半端者より、貴方と戦う方が興じれそうだ………草凪朱音」

 

 剣豪の血に刺激を受けたのか、不敵な笑みを見せる翼は朱音に賞賛の言葉を贈り、対して贈られた方の朱音は、とても喜ぶ気にはなれなかった。

 響と天羽奏の間にできた因果には……確かに納得しがたく、嘆きたくなる理不尽さはある。

〝人助け〟と言うカンフル剤でアドレナリンが溢れた影響で、今の響に〝覚悟〟が足りなかったのも否定できない。

 

「どうしても、やると言うのですか?」

 

 だからと言って………こんな八つ当たりをしていい道理はない。

 これでは………天羽奏(あのひと)が浮かばれないではないか。

 風鳴司令だって、こんな〝私闘〟の為に私たちに委ねたわけじゃないと言うのに。

 

「彼女に戦場(せんじょう)の過酷さ、戦士が背負う十字架を説く気なのなら、他にもやり方があるでしょう?」

「…………」

「答えて下さい!」

 

 朱音の切実な問いに対し、これが〝答えだ〟と言わんばかりに、翼は大剣からの剣撃を連続で振るってくる。

 

(これもまた、強い自我を得てしまった人の性か………仕方ない!)

 

ガメラとしての朱音の思考は、最早戦いは〝不可避〟と判断した。 

 ここで下がれば、不条理を被るのは響……なら絶対に下がるわけにはいかない。

 苦虫を噛みしめながらも、朱音は翼の荒々しく激しい剣裁を、己が得物(アームドギア)で捌いていく。

 大剣と長柄の棒、どちらも武器としては大型の部類に入ると言うのに、彼女らは残像を描くほど目にも止まらぬ速さで互いの武具を振るい、ぶつけ合う。

 

「どうして……」

 

 激戦と見ることしかできない響の。

 

「どうして二人が戦わなきゃいけないの!?」

 

 虚しく響く叫びが、夜空へと木霊した。

 

つづく。




ここから暫くの間、公式も認めるうざい後輩とキレ気味の先輩に挟まれる守護神の苦労が続きます。

リアルタイム時は防人口調に戸惑いながらも翼に感情移入してたものだから、当時の響がほんとうざい上に地雷踏みまくるから、お前はもう黙れを突っ込みたくなる衝動が何度も出ました。

それもスタッフの狙い通りだったわけですが(汗


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#8 - 剥き出しの心

原作ではシリアスな笑い等で中和されていたものが、こっちでは剥き出しになって話そのものが内包していた重々しさが倍増する有様です(汗

特に翼の暴走が……でもこの頃の翼の心理状態踏まえると、こうなってもおかしくなかった。

今回の話のイメージED:aLIEz/SawanoHiroyuki[nZk]:mizuki(アルドノアゼロED)


 二課地下本部でも、ノイズドローンのカメラレンズとモニター越しに、朱音と翼、二人の装者の戦闘模様がリアルタイムで映されている。

 友里と藤尭のオペレーター組含めたモニターを見上げる二課職員たちの大半は、口を閉じることすら忘れて画面に釘づけとなっていた。

 新たなる装者の一人が、風鳴翼と互角の戦闘を繰り広げている。

 何年も装者たる少女たちの戦いを目にしてきただけあり、二課の面々は誰もが翼の戦闘能力の高さも、その域に至るまでの彼女の鍛錬も努力も、成長過程も目の当たりにしてきた。

 それゆえ、死線を掻い潜ってきた〝前世〟の恩恵があるにしても、シンフォギアの装者としては〝新米〟、起動させたのもまだ二度目である朱音が、その翼と伯仲している事実は、彼らを驚嘆させるには充分過ぎる光景だ。

 

「司令、どちらへ?」

 

 その一人の友里は、司令部から地上へ直通しているエレベーターに向かっている司令の弦十郎を目にする。

 

「俺たちは〝同士討ち〟をさせる為に、シンフォギアをあの子たちに託したわけじゃない! 誰かが止めてやらなきゃいかんだろうよ」

 

 装者たちの戦場に向かうべく、弦十郎は円筒状のエレベーターに乗り込んだ。

 このエレベーターも、高速で移動できるだけの性能と耐久性があると言うのに、今に限って〝遅い〟と感じ、〝もっと早く進まないのか!?〟と、機械に無理強いしそうになる。

 それだけ弦十郎の胸には、早く〝止めなければ〟と言う感情に駆られていた。

 

「ッ!」

 

 歯噛みし、右の拳を、左の掌に叩き付けた。

 こんな事態となるのを、事前に止められなかった自身の不甲斐なさに。

 姪の翼は、幼き頃より弦十郎の実兄である〝父〟に認められたい想いを端に発した……自らを〝剣〟に鍛え上げようとする〝強迫観念〟は、相棒の〝奏君〟を失ったのを切っ掛けにより強まってしまった。

 二年前のその日以来、弦十郎は一度たりとも年相応の少女な翼も、彼女の〝笑顔〟も一度たりとも見ていない。

 ソロになってからの〝歌〟も、ツヴァイウイングの頃と負けず劣らす人々を魅了しているが、その歌声には〝影〟が指し、曲たちの中にも〝喪失〟〝悲哀〟と言った重いテーマとネガな曲調のものが見られるようになってしまった。

 

 このままでは生前の奏が度々口にしていた――〝その内ぽっきり折れてしまう〟――言葉が、現実になってしまう。

 

 弦十郎も彼なりに、何度も彼女へ〝無理はするな、気負いすぎるな、時には羽を伸ばすことも必要だ〟と助言をしてきたが、その度に翼は――

 

〝必要ありません、私は剣、戦う為に歌っているに過ぎません〟

 

 ――と頑なな態度を貫くばかりであった。

 

 まさか……自分自身を追い込んで来た反動が、仲間となる少女たちに刃を向ける形で、表出してしまうとは……

 

〝すまない……朱音君〟

 

  弦十郎は翼の暴走の剣撃を今こうしている間も受け止めている朱音に、謝意を浮かばせた。

 本人が全て覚えているわけではないと言っている以上、想像するしかないが………弦十郎の想像力は、守護神ガメラの戦いが、とてつもなく過酷なものであったとイメージできた。

 何せ、あの子はかつて本物の怪獣だったのだ。

 およそ八十メートルもあったらしい身長と、厳めしい人外の容貌、しかもあちらの地球では亀型の生物は大昔に絶滅していたらしく、甲羅を背中に有した巨大な姿は、人々の意識に〝異形〟の一言を植え付けていたかもしれない。

 現代の人間から見れば………ガメラとギャオス、どちらからも〝脅威〟に映ったに違いない。

 実際あれだけの巨体が街を歩けば、それだけで甚大な被害が出てしまう……まして怪獣同士の戦闘が大都市の渦中で発生すれば、ノイズのものとは比較にならない物理的被害を出してしまうことだろう。

 彼女がギャオス一匹を倒した裏で、涙を流した人間も少なくなかっただろう。

 結果、時期によって差はあれど………あちらの世界の人類から、敵視され、攻撃されたことも幾度か体験させられた筈。

 怪獣である以上、知性はあっても言葉は発せられず、行動することでしか自らの意志を表明できず、そんなガメラを信じようとする人間は、決して多くはなかったであろう。 

 

 弦十郎の〝直感〟は確信していた。

 

 朱音のあの〝戦士の瞳〟は――〝守護神の孤独な戦いの積み重ね〟で相成ったものであると。

 

 そしてこの世界で、シンフォギアの形でガメラの力を取り戻した彼女にとって、同じ装者である少女は、独り戦い続けた彼女にとって、やっとできた〝仲間〟であったのだ。

 

 なのに……〝俺〟は、〝俺たち〟は、自分たちの不甲斐なさの後始末の役を、結果としてとは言え、あの子に押し付けてしまった。

 

 自らの図太く、高密度の筋肉の鎧に覆われた掌を見る。

 

 どれだけこの身を鍛え上げても………結局はうら若き少女たちを戦場に送り出さなければならない。

 もう何度も何度も、経験してきた〝苦味〟。

 なら………〝俺たち大人〟ができることは――

 

 

 

 身を焦がそうと思わされる熱気と、胸の中を底冷えさせかねない冷気、相容れない筈の両者が同居し、圧力を以て放出される〝戦い〟の空気。

 それを生み出す装者の少女たちの戦闘は、未だ続いている。

 

 風鳴と言う苗字に違わず、暴風の如き翼の刀(アームドギア)を携えた両腕から振るわれる剣撃に対し、朱音は自身のアームドギアたる紅緋色のロッドで円月を描き迎撃、応戦。

 得物の攻撃範囲(リーチ)はロッドの方が上と言うアドバンテージと、ガメラとしての激戦の経験と、幼少より学んできた武術の組み合わせで培わられた〝反射神経〟は、いかに対ノイズ戦の猛者である翼の攻撃も簡単には通させない。

 

〝あのクィーンの深紅の鞭たちに比べれば、まだ読みようがある〟

 

 翼の次なる攻撃、逆袈裟の剣閃、それを縦状に構え、柄部分で受け止める。

 金属音が鳴った直後、刃を交わしたまま翼は天ノ羽撃斬の機動性で朱音の背後へと素早く周り込んだ。

 全身を横回転させ、常人では捉えられない剣速なカウンターが、朱音の背部に襲い来る。

 だがその一閃を、朱音は背を向けたままロッドで防ぎ、間髪入れず刃を打ち払う。

 体勢のバランスを崩された翼に、朱音からの背を向けた状態からの突き、回転させながら振り向きざまの袈裟掛け、踏み込みながらのニノ太刀の逆胴、右薙の連撃が振るわれた。

 リーチの長さを生かした〝薙ぎ払い〟は、薙刀、槍、棒と言った長柄の武器たちが持つ最大の脅威、並の後退ではその攻撃を避けきることなど不可能。

 それを翼は、長年の経験の勘と、ギアの機動性を頼りに避け、または刃で巧みに受け流し。

 

「ハァッ!」

 

 続けて放たれた突きを最小限の動きで躱したと同時に、ロッドの側面を下段から打ち上げた。

 今度は朱音の体勢が崩された。身を屈ませながら一回転した翼は、朱音の長くすらりと伸びた脚部へと斬りつけようとする。

 刃が彼女の足を捕える寸前、地面から炸裂音と火の閃光が轟いた。

 咄嗟に朱音はロッドの先端を地面に打ち付け、そこから火球を零距離で発射、その際起きた反動で跳び上がり、翼の斬撃は空振りに。

 すかさず朱音は落下しながらロッドの先を翼に見据え、突きを入れようとしたが、半円を描いた翼の剣に払われる。

 突きの一打目が駄目なればと、朱音は二打目たる唐竹の一閃を振り下ろした。

 翼は斜めに防御の構えを取り、得物同士が接触した瞬間、朱音のロッドの力を逆に利用して先端をアスファルトに叩き付ける。

 ロッドを刀身で押さえつけたまま、翼はバックキックを繰り出す。

 対する朱音は、しゃがみ込んで躱し、その体勢から蹴り上げた。

 下あごに迫るキックを、体を反り返らせて逃れた翼は、追撃を避けるべく朱音の真上に、計五本の《千ノ落涙》を出現させて降らせる。

 朱音はスラスターを噴射して下がり、刃の直撃を免れると、相対距離十三メートルの差を開かせて着地。

 その瞬間を狙って、虚空に振るわれた翼の刃から放たれた《蒼ノ一閃》より小ぶりの刃――《蒼ノ一刃》。

 それを朱音は、横薙ぎの軌道で打ち払った。

 彼女が蒼ノ一刃に対応している僅かな間、翼は脚部のブレードのスラスターを噴射して接近、速度を維持したまま逆立ち、《逆羅刹》の回転剣撃を繰り出す。

 

〝これはまた、何と言う因果か……〟

 

 自身もかつて、高速回転しながら飛び回っていただけに、翼の技の一つから因果を感じずにはいられない朱音は、かと言ってセンチメンタルに溺れることなく、足のスラスターによるホバリング移動で迫る刃を捌いていく。

 

〝パワーはあるな……だが――〟

 

 右手には刀を持ったまま、片手と片腕のみで回転している翼、脚の刃に気を取られていれば足下を掬われかねない。

 ならば――安定性よりも攻撃性を取った翼の選択を突く。

 

「デリャッ!」

 

 回転で翼の瞳が一度外れ、またこちらに見据える瞬間を狙い、朱音は地面に打ち付けたロッドの先から放った火で地面にほんの小さな花火を起こす。

 たとえ小さくとも花火は花火、しかも逆立ちしている体勢な翼への目くらましには覿面の効果、片手で立っていた彼女の勢いは狂い。

 

〝もらったッ!〟 

 

 朱音は屈みながら翼の鳩尾に、正拳を打ち込んだ。

 あらゆる武術を学び、鍛えられた上にギアの力で強化された朱音のしなやかで強靭な肉体から打ち出された拳撃、玄武掌――《ハードスラップ》は、一撃で翼のスレンダーな体躯を打ち飛ばすも。

 

「ガハッ!」

 

 左肩に押し寄せた衝撃で、彼女も後方へ突き飛ばされた。

 両者とも、何度か地面を打ち回るりながらも体勢を立て直して互いに眼光を打ち合った。

 実は両者とも、これが初めての実戦における〝対人戦闘〟。

 片やノイズと、片や怪獣であった自身と同等、もしくはそれ以上の巨躯な怪獣。

 どちらも、人外の異形と戦ってきた戦士と言う、共通項が存在した。

 

 

 

 

 

 痛みで呻く左肩を、右手で掴む。

 私がアームドギアの一つに長柄の棒(ロッド)を選んだのは、必ず群れて行動するノイズとの一対多数戦を想定してのこと。

 その長柄の武器でリーチでは勝る敵に、剣で打ち勝つには、相手より三倍の力量が必要となる話はよく聞くが………得物の優位性とパワーではこちらの方が有利な中、互角の勝負に持ち込める優れた剣腕。

 それだけでなく、アスファルト上に発火させた火炎の閃光で、一時的に目が頼りにならない中、私の拳撃が当たるタイミングで刀を逆手に持った右手から柄を打ち込んでくる戦闘センスの高さ………この〝剣〟………やはり伊達ではない。

 さっきの柄の殴打も、ギアの鎧と、スラスターの噴射が間に合ったおかげで大事には至ってないが、もし生身で諸に受けていれば骨に亀裂が走ったかもしれない。

 彼女のカウンターで、昏倒させるつもりだった拳打の勢いは削がれてしまった。

 それでも翼にもダメージはあり、鳩尾を手で押さえ、膝を大地に付かせている。

 お互い、確実に体力は消耗している。背後で私らの戦いに気圧されて尻もちをついてしまっている響には、充分〝戦場の過酷〟さは伝わっただろう。

 これ以上やれば、風鳴司令ら二課の立場もぐらつかせてしまいかねない。

 できれば………このまま痛み分けで〝手打ち〟と言うやつにいきたいところなのだが……。

 

「なぜだ?」

 

 私と同等に息が荒くなっている翼が、納得しがたい旨が込められた言葉を発してきた。

 

「そこまでの力量と………覚悟を持ちながら………なぜそこの〝半端者〟を庇い立てる!?」

 

 彼女から見れば、響を守る為にここまで戦う自分が、納得できずにいるらしい。

 なぜそこまで響を拒絶しているのかは………私はある程度理解できた。

 口にはせずとも、翼が振るう剣閃が、雄弁に語ってくれたから。

 

〝あのギアは………ガングニールは………奏のものだ!〟

 

〝他の誰でもない! 血反吐に塗れてまでも手にした奏にしか持つことを許されぬ一振りだ!〟

 

〝返せ! 返せ返せ返せ返せ返せ!―――奏のガングニールを返せ!〟

 

 剣撃の数々には、彼女の内に秘めた激情が迸っていた。

 

 地球の記憶を通じて、二人の戦いを見てしまった身だから………翼の亡き相棒に対する〝想い〟の強さは知ってはいるし。

 

〝インチキ適合者じゃ……ここまでかよ〟

 

 なぜそこまでガングニールに拘る理由も、ある程度想像できる。

 もし私が考えている通りなら……体内に聖遺物が紛れ込んだだけで〝適合者〟になってしまった響にあそこまでの〝拒否反応〟を見せてしまうのも………無理からぬ話。

 おまけに、戦場に立つ自覚も覚悟も足りず、戦場、と言うより危険の中を立ち回る術も学んでいない身で、〝人助け〟したい気持ちだけでしゃしゃり出てこられたら、私でも怒る。

 ある意味で、〝人助け〟を生業としている人々を愚弄するようなもの………響には申し訳ないけど、さっきまでの彼女は無謀で思慮が浅はかだったのは否定できない。

 

「この子は適合者だとか装者である以前に―――世界で唯一無二の生命であり………〝友達〟です」

 

 だがそれでも、むしろ理解できる点があるからこそ、風鳴翼の〝暴走〟を許すわけにはいかない。

 非情と表されるまでに情は持たぬ身ではないが、安易に情に溺れるほど甘くもない。

 

「その命を、貴方は守るどころか、脅かそうとしている」

 

 本当はギャオスと同類な〝奴ら〟と比べたくもない………けど、不条理なる仕打ちを与えようとしている点では、今の彼女は、ノイズども変わらない。

 たとえ翼に、殺すまでの意志がなくともだ。

 

「それが――〝守護者〟のやることですかッ!?」

 

 翼は応えられずにいた………が、瞳と中心に、震える彼女から〝揺らぎ〟がはっきりこちらからも見えた。

 聞く耳を持たなかった先程と異なり、今の〝沈黙〟は、多少なりともこちらの言葉が心に響き渡ったものによる。

 これはつまり、まだ〝手遅れ〟にまで至っていないと言うことだ。

 

「こんなことをしても………貴方も………ましてや天羽奏も………報われない」

 

 だから私は、敢えて風鳴翼の〝逆鱗〟に触れる。

 

「なっ……んだと?」 

 

 私の口から発せられた相棒の名は、明らかに翼の心により大きな波紋を齎した。

 荒療治どころでないやり方ではあるが………頑なさで凝固された彼女の心が、完全に手遅れになってしまうその前に止める為には、〝鬼〟になるしかない。

 

「貴方の太刀筋は、鋭く激しくも脆い………私には、鋼鉄のみで鍛えられてしまった、鞘にすら入っていない〝抜き身の刀〟にしか見えません」

 

 ここで、翼の〝蛮行〟を許してしまえば………〝守護者〟としての彼女の〝翼〟までももがれ、地に落ちてしまう。

 

「貴方をそんな刀にしてしまった根源は、代え難い相棒をあの日死なせてしまった罪悪感………それに苛まれる余り、天ノ羽々斬の本来の用途を無視した戦い方をし、感情(こころ)を押し殺そうとしてまで、〝天羽奏〟と言う名の〝剣〟になろうとしている、違いますか?」

「やめろ……」

 

 真面目が過ぎる彼女は、誰よりも自身が犯してしまった蛮行に打ちひしがれ、なお一層悔やみ、自身を攻め、自傷し続けながら、苦しんでいくことになる。

 そうでなくとも、こんな自身に掛かる負担を度外視した………己の感情までも切り捨てようとする〝生き方〟は、確実に彼女を破滅に誘わせてしまう。

 

「誰が貴方に……そんな剣になれと命じましたか? 誰がそのような……修羅めいた生き方をしろと、押し付けましたか?」

「黙れ……」

 

 司令も、緒川さんも、何より天羽奏も……誰がそんな痛ましい彼女の姿を見たいのか? 誰もそんな生き方、求めていやしない。

 このまま本当に風鳴翼の心が壊れてしまえば………彼らもまた〝罪悪感〟と言う十字架を自ら背負ってしまうことになる。

 

「そんな風鳴翼を、貴方を想っている人達が、何より天羽奏が……見たいと思い――」

「黙れッ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇっーー!!」

 

 こちらが紡いできた言葉を、翼は絶叫と言う刃で切り裂いた。

 

「気安く―――奏の名を口にするなッ!」

 

 瞳は前髪で隠れてしまっており、表情は読み取れない。

 顔を見るまでもなく、彼女の全身からは、彼女が求める戦士の〝仮面〟が剥がれ、激情の濁流があふれ出ていたのだが。

 その姿は、まるで泣きじゃくる子どものよう。

 それ程までに………この人はあの人を、心から慕っていた、それ故にあの日あの人が命を散らし、自分は生き残ってしまった事実を、ずっとずっと悔やみ、押し隠そうとする余りに無理に無理を何段にも積み重ねてノイズとの戦いに明け暮れていたのだと、改めて実感する。

 溜め込んでいた想いは、今ついにこうして氾濫してしまっていた。

 招いたのは私だが、どの道こうなってしまうのは………時間の問題だった。

 

 

「お前が奏の何を知っている!? 奏の何を理解している!? 奏の―――何を分かっていると言うのだ!」

 

 ああ……荒れ狂う彼女が叫んでいる通り、私は知らない。

 装者としてのあの人の戦いも、二年前の最後の日も。

 

〝ありがとう……生きていてくれて〟

 

 あの笑顔すら………実際は目にはしていない、地球から教えられただけ………それ以前は映像と偶像越しでしか、天羽奏と言う女性を目にしたことがない。

 これでは、知らないも同然だ。

 

「奏はもういない………いないと言うのに………他に………」

 

 それでもこれだけは―――言い切れる。

 

「……他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ!」

 

 かつて同じ〝修羅の道〟を辿ろうとしていた者として――〝守りし者〟として、絶対に彼女を止めなければならない。

 

〝――――――♪〟

 

 天ノ羽々斬から、コーラスも交えた伴奏が鳴り始めた。

 

「――――♪」 

 

 歌い出すと同時に、上空から幾つも星のものではない光点が幾つも。

 あの剣の雨か? こちらの見越しの通り、星空に出現し浮遊する〝直剣〟、数は三十、いや四十を超えている。

 アームドギアでの迎撃(うちはらい)は不可能ではない、けどあの攻撃範囲では………響までも巻き込まれてしまう。

 今響は、戦闘の荒ぶる大気にさらされた影響で完全に放心している………とてもこの場から離れられる余裕はない。

 

 盾だ。あの刃の驟雨を一本足りとも通さぬ〝盾〟がいる。

 

 私は、右手のロッドのエネルギー結合を解いて消失させ、代わりに左手の掌の噴射口から、炎を吐いた。

 脳内に盾のイメージを明瞭に浮かべ、それを元に気体たる火炎を物体へと形成。

 

 形作られたのは―――紅緋色なドーム状の盾。

 

 表面は幾つもの甲坂が鱗状に敷き詰められ、側面は鋸のように鋭利な刃が斜めに伸び、中央にはプラズマエネルギーを放出させる掌のと同様の噴射口がある。

 

「――――♪」

 

 歌声は一昨日の夜に聞いたのと比べると、微々たりとも音程は外れていないと言うのに、荒々しい。

 滞空していた翼の直剣たちが、一斉に射出された。

 私はガメラの甲羅をモチーフとしたアームドギアの盾を空へと構え、中央の噴射口から炎を放って、膜状に広げていく。

 

〝固すぎず、柔になり過ぎず、日本刀の如き堅固さと、柔軟さを〟

 

 そう己に言い聞かせて集中力を高めて操作、燃え盛る火は火のまま、左手が持つ盾以上に甲羅で、二十メートルはある焔の〝障壁〟に象られた。

 直後、迫る直剣たちが障壁の表面と衝突し、重く鈍い爆音が響き、爆炎が上がる。

 あの群れる剣は、多数のいわゆる雑魚相手を殲滅する技、なので一本一本が持つ攻撃力は決して大きくはないが、塵も積もりれば山となる諺があるように、それらが一斉に豪雨の如く空から降り注げば、威力も威圧力も半端ではない。

 手には一度に、かつ何度も、剣と盾の衝突による振動が押し寄せる。

 

「――――♪」

 

 私も歌を奏でた。

 あの剣たちが〝歌声〟の恩恵を受けている以上、こちらも歌でギアの出力を上げなければ競り負ける。

 両手と、それに連なる全身に伝ってくる衝撃による重圧……だが引くつもりはない。

 

 一振りたりとも、この炎の盾の奥へは通させない!

 

 私の後ろには―――友達(ひびき)もいるのだから!

 

 私の意志に応えた甲羅(せなか)を模す焔の盾は、直剣の豪雨を凌ぎ切った。

 まだ天ノ羽々斬からは伴奏が流れ、翼は歌っている。

 次に来る筈の攻撃への警戒は解かずも、消費を抑える為、盾の組成を解くと、聴覚は空気を裂く音を、視覚は月光に反射された物体を捉え、反射的に首を横に傾ける。

 妖しく煌めく一本の短刀が、頬の直ぐ側を通り過ぎた。

 翼が投げたものだ………がなぜ、今さら短刀一本?

 

「なに!?」

 

 短刀による攻撃の意図が読めぬ中、異変が起きる。

 突如、金縛りに遭った……どんなに動かそうとしても、震えるだけで言うことを利かぬ肉体。

 これも天ノ羽々斬の力か? 今までの攻撃のどこに、こんな作用が………辛うじて動く首を、後ろに向けた。

 月光と街灯の光でできた私の影に、あの短刀が突き刺さっている。どうやらそれが……金縛りの原因らしい。

 まさか〝忍術〟とは………これはまたけったいな技を使う。

 

「――――♪」

 

 翼の歌がサビに入ると、彼女は夜空へと高々と跳び上がり、こちらへ向けてアームドギアの刀を投擲。

 重力と慣性の〝波〟に乗って斜線上に降下する刀は、道中片刃から諸刃に変わり、さらに全長四十メートル近い、推進器までも備えた巨大な刃となる。

 

「ちっ……」

 

 どうやら質量保存の法則が、裸足かつ全力で逃げだしたらしい。

 スラスターでもある脚部のブレードの推進力を得た翼は刃の後部の中央を蹴りつけ、刃自身も推進器から噴射、その巨大さに似合わない加速で突進。

 

 そこまで―――〝感情なき剣〟に縋るか!?

 

 相棒を失ってしまった悲しみと、相棒を死なせてしまったと言う後悔は、ここまで彼女を頑なにさせてしまった。

〝情〟を戦いの世界には無用の産物とし、切り捨てるのも、一つの〝戦士〟の形なのかもしれない。

 

 だがそれは―――歌を力に変えるシンフォギアの担い手にとって、致命的な〝矛盾〟だ!

 

〝我の内に灯る炎よ――熱気を滾らせろ〟

 

 胸部の勾玉から、バイオリンを主体とした弦楽器たちの伴奏が流れ始め、同時に沸き上がる歌詞を私は口ずさむ。

 

〝内なる炎は諸刃の剣 時に人を苦しめ 時に人に力を齎す〟

 

 全身に掛かる捕縛力は、私の歌唱の声量が強まるに比例して衰えていく。

 この程度の〝暗示〟に捕われ続けるほど、私も伊達ではない!

 

〝その火こそ歌を生み 我が力の糧となる!〟

 

 悔やむ余り、攻める余り、忘れてしまったのならば――――敵はおろか味方も、己さえ傷つける抜き身の刀と化して〝先輩〟に、今一度示そう。

 

〝さあ今―――歌を翼に変えて―――飛び立とう!〟

 

 歌の〝源〟の―――何たるかをッ!

 

 

 

 

 弦楽器とギターとベースとドラムとシンセザイザーが重なった伴奏をバックに、朱音は右足で渾身の踏み込み――〝震脚〟を大地に振るい。

 左足の噴射口からは、白煙が放出され、彼女の勇姿を隠すベールとなった。

 

 朱音の真意を読み取れない翼は、されど巨大な剣――《天ノ逆鱗》の降下を止めない、止められない。

 

 完全に、ここ二年間押し込んできた感情(こころ)の反動が生み出した濁流に、翼は呑まれてしまっていた。

 その為、狙いも碌に定めぬまま……《天ノ逆鱗》を発動してしまっていた。

 それが、彼女にとって致命的なミスとなる。

 

 

 

 

 白煙の奥から、翼に向かって飛ぶ物体一つ。

 咄嗟にそれを腕で弾いた彼女は、その正体に驚愕する。

 朱音の動きを封じていた筈の、短刀であった。

 彼女は右足で振るった震脚でアスファルトに亀裂を走らせ、影に突き刺さっていた短刀を舞い上がらせ、右手で掴み取り。

 左足の噴射から発した白煙でこちらの姿を隠し、相手側の噴射音で位置を割り出して正確に翼に向けて短刀を投げつけたのだ。

 

〝しまった!〟

 

 今の朱音の反撃の一つ目で、巨大な剣の射線がズレが生じる。

 しかも翼が短刀にほんの一瞬でも気を取られている間、白煙からもう一つ物体が飛び立つ。

 吹き出す炎で高速回転するそれは、朱音が新たに生み出したアームドギアたる甲羅(たて)であった。

 盾は一気に剣に肉薄し、実体刃と推進力となっている噴射炎の二重の回転斬撃――《シェルカッター》で、刃の側面を大きく抉らせた傷を負わせた。

 今の盾の攻撃で、《天ノ逆鱗》の軌道は修復困難なまでに陥る。

 

〝我が火炎よ―――紅蓮の刃となりて〟

 

 翼の短刀、アームドギアの盾に続いて、飛翔する朱音が、白煙の膜を獲物を見据えた猛禽の如く突き破る。

 彼女の両手には、長柄武器にしては短いが、剣にしては長すぎる、二つの武器の特徴を掛け合わせた形状な紅緋色の柄で、刃なきアームギアを携えていたが。

 

〝汝を蝕む闇を――――断ち切れ!〟

 

 朱音が剛健さと麗しさを兼ね備えた歌を唱えると当時に、アームドギアの先端から激しく燃える炎が放たれ凝縮。

 

「バニシングゥゥゥーーーー」

 

 十メートルを超した光り輝く炎の刃――《バニシングソード》となり。

 

「ソォォォォォォォ―――――――――ドッ!」

 

 スラスターの加速を上げ、翼の《天ノ逆鱗》へ、盾が先に刻んだ傷に沿い、右切上の流れで切りつけ、日本刀の斬撃、即ち引き切りの要領で、切り上げる。

 朱音の感情(こころ)の火炎が生み出した歌――高出力のフォニックゲインでできた紅蓮の大剣は、彼女が今奏でた超古代文明語の〝詩〟と、寸分違わず。

 

「ぬぅぅぅぉぉぉぉぉあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー!!!!」 

 

 風鳴翼の巨大剣――アームドギアを、文字通り、真っ二つに〝断ち切った〟。

 

〝そん……な……〟

 

 茫然自失の状態となってしまった翼は、折れた自らの剣をただ目の当たりにすることしかできぬまま、落ちていった。

 

 

 

 

 

 両断された巨大剣は、力なくアスファルトに落下、激突して、周辺の大地を震撼させて消滅。

 今の衝撃で地下の水道管が割れ、道路の割れ目から噴水どころではない多量の水が噴き出して、

局地的な雨を降らせ始めた。

 

 ひび割れた人工の大地に着地した朱音はギアを解除、疲労で膝を付かせる。

 髪も顔も手も制服も、あっという間に水道水の豪雨によってずぶ濡れとなる。

 

「朱音ちゃ~~ん!」

 

 肩で息をしている朱音に、同じくギアは解かれ、戦闘の終結で我に返っていた響が駆け寄ってきた。

 

「朱音ちゃん、大丈夫?」

「ああ……すまない……君にはとんだ内ゲバを見せてしまった」

 

 朱音は響に詫びる。

 響を助ける為、翼の暴走を止める為とは言え、政府が極秘に所有している兵器であり、人類の希望でもある〝シンフォギア〟で私闘を行ってしまったことに変わりない。

 響にとってさぞ心苦しい光景だっただろう………級友と憧れの存在が、争う姿は。

 

「朱音ちゃんが謝ることないよ………〝誰かを助けられる〟からって、調子乗ってた私が………悪いんだから………ごめん」

「響………」

 

 眼前で起きた響が詫びを返した直後。

 

「一足、遅かったか……」

 

 雨音の中から、野太い男の声が響く。

 

「司令……」

「こいつはさすがに、広木大臣もご立腹になっちまうのは避けられねえか……」

「すみません……」

 

 急ぎ、この場に駆けつけ、実質人類最強の域な戦闘能力で〝戦闘〟そのものを止めようとしていた弦十郎であった。 

 生憎、到着する前に終結してしまったのだが。

 

「謝るのは俺たちの方だ………こんなことになっちまう前に、予め止めれなかったんだからな」

 

 弦十郎は二人に謝意を表明すると、その足で力なく荒れたアスファルトに尻もちをついている翼へと近寄り、起き上がらせようとする。

 

「翼も大丈夫かっ……………お前泣いて――」

「泣いてなんかいませんッ!」

 

 弦十郎の問いを、翼は語気を必要以上に強めて否定する。

 口調は武士を思わす古風さを帯びたものから、完全に年相応の少女のものに戻っていた。

 

「涙なんか………流してはいません………風鳴翼は、その身を鍛え上げた戦士です、だから―――」

 

 誰から見ても、戦士とはほど遠く、か弱さを漂わせた〝少女〟な風鳴翼は、意固地な姿勢のまま―――目元から、大量の雨に混じって流れ出していた。

 

「あの……」

 

 響なりに思うところがあったのか、翼に何かを伝えようとするが、直前に朱音の手が彼女に乗ったことで制止させられた。

 

「朱音ちゃん……どうして?」

 

 朱音は言葉にする代わりに、首を横に振って、〝そっとしてあげて〟と響に伝える。

 

 もしも、響が励ましの意図であったとしても――〝これから一生懸命に頑張って、奏さんの代わりになる〟――などと口にしたのなら、平手打ちを一発与え。

 

〝二度は言わない………二度と天羽奏の代わりになるなどと言わないでくれ〟

 

 と、朱音は友に叱責していたことだろう。

 

 それほどまでに………風鳴翼と言う少女の心は、未だに頑迷固陋の壁に塗り固められたままであった。

 

つづく




朱音が響の原作でのKY発言を未然阻止する展開となりましたが、むしろこの流れであんな分かりやすい特大地雷なんて踏ませたら余計響はKYヤローになってまうことに書いている途中で気づき、ラインを組み直した結果、こうなりました。


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#9 - 休日の追想

せっかくうちのガメラ―朱音が極上のエロボディの持ち主って設定なので、シリアスなのにサービス回となってしまいました。

だが私は謝らない(コラ


 その日は土曜日、学生にとって学校での授業はない休日。

 時間帯はまだ、朝の六時台である。

 部活には現状入っておらず帰宅部なのに休日でも早起きな朱音は、お手製の朝食を取っていた。

 さっきまで早朝の律唱市を〝ひとっ走り〟してきたばかりなので、下はジャージズボン、上はシンプルな半そでのTシャツな格好、これでも彼女の美貌は全く衰えないのだから恐ろしい。

 今朝はなるみ商店街のパン屋から買ってきた食パンを主食に、刻んだベーコンとポテトを入れたふわとろで綺麗な表面に鮮やかなケチャップの乗るオムレツと刻みサラダにコーンスープ、インスタントコーヒー二割とミルク八割で混ぜ合わされたカフェオレの組み合わせであった。

 向こう―アメリカでは祖父が年老いても尚精力的にアクション系も含めた映画に出演し続けているのもあって、調理含めた家事スキルは、自然と身につき、こうして一人暮らしに役立っている。

 オーブンで焼いたばかりのパンの表面に、自分で作った〝緑茶ジャム〟を朱音は塗り、頬張って〝サクッ!〟と言う音を鳴らし、スプーンで掬ったオムレツの生地を口に入れる、我ながら上手いバランスで焼けていて何より。

 何でジャムがかつての彼女の血の色に似る〝緑茶味〟かと言えば、ネットで料理のネタを探している時にたまたま発見、レシピを元に面白さ半分、怖いもの見たさ半分で作ってみたが、ほのかな茶の苦味がジャムの甘味と感触にマッチしてやみつきになる美味を生み出しており、気がつけばパンの日は必ず緑茶ジャムとセットで食べるようになっていた。

 

 部屋ではミニコンポからラジオ機能が起動され、今合わせたFMのチャンネルからは毎週土曜の朝に放送されているクラシックの音楽番組が流れている。

 日本に戻って来てからの朝は、何度かテレビのニュース番組をBGM代わりに流していたのだが、プロたちによるソリッドな内容のアメリカ等と違って、バラエティなのか報道番組なのか分からない、良くも悪くも日本独自のテイストに馴染めず、朝はラジオの聴取が習慣化しつつある。

 

「お早うございます、午前七時になりました、モーニングニュースの時間です」

 

 七時丁度を知らせる時報、続いてメロディが鳴り、音楽番組と入れ替わりになる形でニュース番組が始まった。

 中年男性なアナウンサーの下手な装飾を排した淡々ながらも丁寧な口調は、朱音の耳からは心地いい。

 

「一昨日律唱市で起きたノイズによる特異災害は、自衛隊の――」

 

 今アナウンサーが語るニュースを耳にした朱音は、翡翠色の瞳の視線をコンポへと移させた。

 彼女の口の中を、緑茶ジャムのとは異質な〝苦味〟が広がる。

 苦さを和らげようと、カフェオレを一口飲んだ。

 

「苦いな……」

 

 比率ではミルクの方が勝っていると言うのに、やけに苦く感じた。

 

 

 

 

 朝食を食べ終えた朱音は、まだまだ朝早い中、入浴用品一式が入った小型のプラスティックかごを携えて外出。

 彼女が向かった先は、借りているマンションから、歩いて五分で着けるほど近い場所にある公衆浴場である。

 名前は《スーパー銭湯・天海の湯》と言い、二千年代初頭にオープンして以来、律唱市に住むあらゆる年代の市民たちが愛用している温泉施設で、朱音もこちらに越して一人暮らしを初めて以来、何度も足しげく天海の湯に通っている常連客だ。

 

「ふぅ……」

 

 髪と体を一通り洗い終えた朱音は、お湯でより艶やかになった長い黒髪をアップで纏め、十種以上ある中から露天風呂を選び、転ばぬようゆったりと全身を丸みな石たちでできた湯船へ、足先、膝下、太もも、腰、胸の順で妖艶に全身を浸からせると、温水が齎す快感に蠱惑的な吐息を零した。

 当然ながら、ほとんど一糸纏わぬ姿であり、服で隠れていた美しく色香漂う裸身が無防備に晒されている。

 無駄をそぎ落としながら、しなやかさも備える鍛えられた筋肉を、絹のような透明感ある白磁の色合いで、触り心地の良さが窺える柔肌が覆っており、数字にして八十九はある上に形も良い二つの膨らんだ山々は、湯気立ち込めるお湯と大気の境界線にて浮き上がっている。

 湯の内にある腰とふくよかなお尻から見事な曲線を描き、それらと連なる百六十九センチの背丈を数字以上に高く見せる長い両脚も、スマートでありながら肉感的。

 年齢相応より鋭利で大人びて、凛として整っている容貌の一部たる両頬は体温の上昇で赤味を帯び、唇は口紅を塗ったくらい潤いに覆われ、元より彼女自身が有していた〝艶やかさ〟を、より引き立てていた。

 これ程男性を骨抜きに落としかねない魔性な美貌の持ち主な少女が、前世では武骨で猛々しい大怪獣であったと聞いて信じる人間はほとんどいないだろう。

 そうでなくとも、まだこれで十五歳だと見抜ける人間もまた、そうそういない。

 首に掛けた〝勾玉〟のペンダントは、実年齢離れした朱音の魔性を、さらに引き立てさせていた。

 

 

 

 

 朝の温泉での入浴も、中々のやみつきものである。

 生まれたて赤ちゃんの浴槽は台所のシンク、二・三歳の子のバスタイムに親は服を着たまま手伝い、親と子が裸の付き合いをしただけで児童虐待扱いされてしまい、公衆浴場なんて文化には拒否感すら出てしまう入浴事情なアメリカ暮らしがそこそこ長かった私だが、祖父(グランパ)が大の親日家だったのと、この身にも流れる日本人の血と、女の子の生態ゆえか、私は四分の一アメリカ人でありながら、自由の国では馴染みない温泉に入ることが、歌うことと子どもたちと遊ぶことに並んで好きだった。

 ガメラの頃は超高熱のプラズマ反応炉を体内に宿す体質持ちだった為か、人の身な今でも熱には結構耐性があり、何時間でものぼせず湯船を堪能していられる。

 ただなまじ熱さに強いせいで、この間など夜の時間帯に来た時は、うっかり閉店時間の二十三時ギリギリまで歌いながら浴し続けてしまったことがあった。

 

 肩に触れる、もう直ぐ終わる四月のまだ少しひんやりとした朝の空気と、体のほとんどが浸かる温泉の熱が、独特の心地良さを私に与えてくれる。

 お湯で火照った体の感度が上がり、より泉の温もりに快感を覚えさせていく。

 

「はぁ……」

 

 我ながら、少しいやらしい息が口から出てしまい、だから現年齢十五歳より上に見られてしまうのだぞ、と自分に苦言を呈す。

 私たちくらいの年代は、〝発育〟と言う単語に振り回される年代とも言える。

 進まないのは悩ましいし、かと言って進み過ぎても悩ましい……私の場合は後者な上に、どういうわけかその発育が、身長も込みで〝飛び級〟で進み過ぎてしまった。

 そりゃ女の子なので、色気が欲しいかと言われれば欲しいと答えるけど、もう少しはゆっくり時間を掛け熟れて欲しかったと、級友たちの体躯を見る度に思ってしまう。

 おかげで休日、みんなで外を出歩いていると、ほぼ百パーセントの確率で、年上だと勘違いされるのだ。

 だから現状の私にとって、この早熟し過ぎた見てくれはコンプレックス以外の何物でもなかった……私だって………高校一年な〝女の子〟なんだもん。

 まだ、子どものあどけなさが残るみんなが羨ましい……せめて百七十台寸前な身長は、百六十台をキープしてほしいものだと、願う毎日である。

 

〝草凪朱音です、よろしくお願いします〟

 

 こんな外見のおかげで、リディアン入学式の日の自己紹介の時も、この長身かつ近寄りがたさもある容姿が災い、クラスメイトからは話しかけにくい〝第一印象〟を持たれてしまった。

 彼女たちは口にこそ出さなかったけど、自分の目は表情と雰囲気で、大体読み取れていた。

 日本での高校生活初日から〝不安〟の二文字が入るスタートを切ってしまった私は、放課後校舎の屋上で、その不安を紛らわそうと、歌を奏でていた。

 

 その時歌っていたのは、あのツヴァイウイングの代表曲で、彼女らが人々の前で二人で歌う〝最後の曲〟となってしまった――《逆光のフリューゲル》。

 

 彼女たちの活躍は、世界をまたに掛けて広がっていたから、アメリカでも二人の歌声に魅入られたティーンエイジャーは多く、私もその一人だった。

 本当はデュエット曲なのだけれど、どうしてもあの時の私は、妙にそれを春の風が吹く空の下で、逆光のフリューゲルを歌いたい気に駆られていたのである。

 

 未知への恐れを乗り越えて、新たな地平に飛び立とうとする詩(かし)が込められたこの歌で、自分を鼓舞したかったからかもしれない。

 

〝草凪、朱音ちゃんだよね!?〟

〝え?〟

 

 そして、その歌が―――めぐり合わせてくれた。

 私と、立花響に小日向未来の二人の女の子を。

 

〝もうほんと今の逆光のフリューゲル凄かった~~~アカペラで、ここまでハートがビビッと来たの初めてと言うか!〟

〝響、落ち着きなよ……草凪さん、ちょっと引いてるじゃない〟

〝あ、ご――ごめ~ん、ちょっと興奮し過ぎちゃって〟

〝はぁ~~どうもすみません、友達がとんだご迷惑をお掛けしました〟

〝いや、そう畏まって謝らなくてもいい〟

 

 自分の右手を、見つめる。

 あの瞬間、私のこの〝右手〟を握った響の両の手の温もりと、太陽のように眩ゆい輝きに溢れた笑顔は、忘れられない。

 

〝アリガトウ………アサギ〟

 

 あの時、私――ガメラと心を通わせ合い、私が受けた〝痛み〟に耐えながらも共に戦ってくれた少女――アサギが見せてくれた〝微笑み〟と並んで、きっと……ずっと……私の心に刻み込まれることだろう。

 

〝私、立花響、十五歳!〟

〝歳は余計でしょ同い年なんだから、私は小日向未来です〟

〝よろしくね、朱音ちゃん!〟

〝ああ……こちらこそ、よろしく〟

 

 出会いの記憶が、まざまざと思い出し、見返したことで、胸の奥が温泉のものとは違う〝温もり〟に包まれた。

 言い方を変えると、ポカポカとして、とても柔らかく、自然と心が和やかに、安らかになって、顔もほころばせて――

 

〝私の力が――誰かの助けになるんですよね!?〟

 

「っ………」

 

 ――体全体が芯まで温かくなっていく中、いきなり横やりを突きつけきたも同然に昨夜の出来事の記憶がなだれ込んできて、口の中からは〝苦味〟が現れ、笑みを象った私の顔は一瞬で曇りがかったものへと変わってしまう。

 

〝私は立花響を受け入られない………ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない〟

 

 本音を言うと、風鳴翼のとは意味合いが異なってはいるけど………立花響と言う女の子が戦うことを受け入れられない一点は、私も彼女と同じだった。

 戦ってほしくない………戦わせたくなどない………あんな〝地獄〟になど、絶対行かせたくない。

 あの子自身が持つ、太陽の光にも負けない眩しさを実感すればするほど、その気持ちもまた強くなっていく。

 

 要は、はっきりかつ端的に言葉にすると―――私は一足分たりとも、あの子を戦場に踏み入れさせたくないのだ。

 

 少なくとも、あの子が毎日行っている〝人助け〟の延長で安易に入り込んでいい世界では、断じてないのだ。

 

 日本(このくに)固有の宗教である神道には、〝触穢(しょくえ)〟または〝死穢(しえ)〟と言う概念があった。

 人や動物は死ぬと、亡骸からは〝穢れ〟が生まれて災いを招くと、昔の日本人たちからは信じられていたのである。日本史において、天皇の代が変わる度、頻繁に遷都されていた時期があったのも、現人神たる天皇ほどのお方の死によって生まれる強大な〝穢れ〟を、当時の人々が恐れたからであった。

 この〝触穢思想〟は、たとえ生前がどれだけの悪行を積み重ねてきた悪党でも、死すれば丁重に弔うといった風習が育まれた一方で、医者、酪農者、狩人、今なら納棺師に当たらなくもない遺体を取り扱う非人と、〝死〟に強い関わりのある者たちに対する根深い差別も生むことにもなった。

 勿論、死が大量に生み出される戦場で戦う兵たちも例外ではなく、貴族たちにとって武士は汚らわしい存在であった。

 現代人から見ればとんだ迷信に見えるだろうし、私も自分の〝主観〟からは、ほとほとバカバカしく愚かしい思想だと思っている。

 けど………触穢思想における〝穢れ〟に相当するものが……〝戦場〟と言う世界では多く生まれてしまうとも、私は考えていた。

 

 ガメラとしての私の戦いの日々は、今でも私自身に突きつけてくる………あの世界――戦いが、どれほど過酷で、傷ましくて、惨たらしくて、悲しいかを。

 

 負ければ己含め多くの犠牲を生み、そこから逃れるには〝勝つ〟しかない。

 しかし、死にもの狂いで勝利を勝ち取っても、それと引き換えに多くの犠牲――穢れを蔓延させるとされた〝死〟を生み出してしまう。

 死が多ければ多いほど、それらを糧に生まれる恨みつらみ、怨念は〝呪い〟となって、戦士たちを身も心も蝕んでいく。

 

 私もまた………その呪いを、嫌と言うほど味あわされてきた。

 

 

 

〝ガメラ〟にとっても、ガメラを生み出した超古代人たちにとっても、地球の意志にとっても、

想定外(イレギュラー)であった宇宙規模の巣分かれを繰り返す〝地球外生命体群〟の侵略。

 節足動物に酷似した特徴を有する奴らは、あちらの世界の地球人たちからは、軍団を意味する単語であり、新約聖書マルコ第五章に登場する悪霊が自ら名乗ったのと同じ名である〝レギオン〟と呼ばれていた。

 実際、女王蜂の腹部の器官からは夥しい数の働き蜂たる同族を生み出し続ける能力があったので、ある意味で相応しい名と言えよう。

 巣分かれの為に地球の生態系を破壊し尽そうとするレギオンに対し、迎え撃った私と人類は辛くも勝利したものの、女王蜂を殲滅させる代償として、私は一度しか使えない〝禁忌の技〟に手を出し、大量の地球の生命エネルギー――マナを犠牲にしてしまった。

 それによる急激な環境激変で、世界中に散らばっていたギャオスの耐久卵が一斉に孵化し、超古代文明が辿った末路の再来とばかりに、災いの影は爆発的に数を増やすことになってしまう。

 

 一度レギオンに敗れた私は、再戦に臨む時点で〝禁じ手〟を使う決断と、その先にあるギャオスが大量発生する未来を見据えて、アサギ含めた人間たちの繋がりを断ち切った。

 情を捨て、冷徹なる〝生態系の守護者〟とならなければ、災いの影との戦いに勝ち抜けないと、覚悟していたからである。

 

 だが、復活し、最初に戦った個体たちよりも凶悪に進化したギャオスたちの猛威は、あの頃の私―ガメラの想像を遥かに超えていた。

 

 いくら倒しても倒しても、文字通りきりがなく、奴らはそれ以上の速度で増殖していく。

 一体をプラズマの豪火で焼き尽くしている間、奴らはそれ以上の数の生命を食らい尽していった。

 急ぎ駆けつけても、辿り着いた時には群れは逃げ去り、犠牲になった生命の凄惨な肉片の残りが散らばっている様を、何度も見せられた。

 おまけにガメラには、全ての生命体の〝思念〟を読み取るテレパシー能力を持っていたが為に、常時脳内には奴らに襲われた生命の断末魔が、数えきれない量で響いていた。

 耳を塞いでも消えない〝悲鳴〟を聞きながら、繰り返されるギャオスとの戦いに、肉体は急激な進化と強化を遂げていく一方、心はどんどん荒んでいった。

 

〝ユルサナイ、ダンジテユルサナイ………イッピキノコサズ、ホロボシテヤル〟

 

 最早、失われていく生命たちの為に、いちいち感傷になど浸ってなどいられない。

 慈愛など、潔く捨てろ。

 戦いによる犠牲には目を瞑り……完全に心を切り捨てた〝兵器〟とならなければ、奴らを滅ぼすことなどできやしない。

 

 ますます私は、冷徹なる守護者であろうとする余り、自分自身を追い詰めていった。

 その痛ましい姿は――〝感情なき剣〟――に縋ろうとする風鳴翼と、全く同じとしか言いようがない。

 

〝お前が奏の何を知っている!? 奏の何を理解している!? 奏の―――何を分かっていると言うのだ!〟

 

 心を否定していながら、その心から生まれる〝感情〟に振り回されているところなど、全く瓜二つだ。

 私も、あれ程非情に徹しようとしていながら………そのくせギャオスたちに対する憎悪の業火を、己が力の源にしてしまう矛盾を抱えてしまっていた。

 

 今の風鳴翼の写し鏡たるかつての私(ガメラ)は、さらなる苦痛を齎してくる内なる矛盾に気づけず、向き合えないまま………とうとう〝一線〟を越えてしまった。

 

 

 

 

 

 あの日、太平洋上の空を呼ぶギャオスの群れを発見した私は、有無を言わせず苛烈な先制攻撃を仕掛けた。

 突然降ってきた火球の驟雨に、群れの大半の個体は業火に呑まれたが、一部がどうにか逃げ延びようする。

 

〝イッピキタリトモニガサナイ、イカシテヤラナイッ!

 

〝オマエタチニハ――ヒトカケラノナサケモクレテヤラナイッ!

 

 焦燥と、真っ黒い憤怒に支配された私は、火球を半ば乱れ撃ちの同然に発射し続けながら夜空を追走し、その内の一発が………東京都心、渋谷区上空で一体に直撃した。

 身を焼き尽くそうとする火炎の衣を纏った個体は、飛行能力を失い、渋谷駅へと落下。

 私も、大勢の人間が行き交う状態なのを構わず、渋谷の街へ強引に降り立ち、突然日常が破壊されてパニックに陥った眼下の人間たちに目などもくれず、傲然に街を破壊しながら踏み歩き。

 

〝ヤメロ………コロサナイデクレ〟

 

 あろうことか、命乞いをしてきた瀕死の個体に、私は完全に心中で激しく燃え上がる憤怒で我を忘れてしまい。

 

〝フザケルナ―――コノゲドウガッ!〟

 

 渋谷駅と、駅構内、駅周辺にいた人々ごと巻き添えにして、火球と言う名の引導を渡してしまった。

 最早……一体を倒した程度では静まらなくなっていた内なる〝激情の炎〟に流されるまま、渋谷の繁華街を壊滅させ、何万人ものの命を死なせ、神道で言う穢れを多量にまき散らしてしまったのと引き換えに、もう一体を倒した――殺した。

 

〝ガメラが僕を助けてくれたよ……〟

 

 火球が起こした爆発で、火の海を化した街の中から、響いてきた……男の子の声。

 

〝チガウ……ワレハ………ワレハ………〟

 

 咽び泣く母親に抱きしめられながら、男の子は、私に〝助けられた〟のだと言った。

 確かに、あの個体はあたり構わず超音波メスを発射し、高層ビルを両断しては真下にいた人々を下敷きにして圧殺していた。

 その内の一発が、近くにいたビルを襲い、その下にいたあの男の子が悲鳴を轟かせ、それを耳にした私は、無意識に手を出してメスの光をあえて受けていた。

 

〝チガウ………チガウ、チガウ、チガウ、チガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウッ!〟

 

 ガメラに助けられたから助かった………そう信じて疑がわない無垢な子どもの言葉に、憤怒の炎が一気に沈火されられるも。

 

〝ワレハ………ワタシハ―――ダンジテタスケテナドイナイッ!〟

 

 無自覚に、小さな命を助けてしまった、救ってしまっていた事実を受け入れられず………完全に自暴自棄となって、逃げるように火の海の中から、黒い煙で曇ってしまった夜空へと飛び去っていった。

 

 

 

 

〝戦い〟と言うものは、それほどまでに戦士となった者たちの心を擦り切れさせ、かつての面影を失くしてしまうまでに変えてしまう、追い詰めてしまう。

 私も例外ではなく………生まれ変わっても消えることのない〝罪〟を犯し………ギャオスやレギオン、そしてあの邪神と同じ、災厄をまき散らす〝死神〟そのものへと堕ちていってしまった。

 

 響が、強すぎる人助けの衝動で意図せず恐怖を押しつぶし、覚悟もできぬまま、踏み込んで立とうとしていた〝世界〟は、そう言う地獄の火の海だ。

 戦場は無垢であるがゆえに無知な彼女にも、容赦はしない。

 たとえ相手が、殲滅するほかない存在である〝ノイズ〟だとしても。

 

〝人を助けたい〟

 

 あの子の、歪さを抱えながらも真っ直ぐなその気持ちを汚し、犯し、矛盾を突きつけ、苦しめ、最悪……心ごと完膚無きまで破壊し尽してしまうだろう。

 

 自分の手前勝手な〝エゴ〟なのは、分かっている。

 私とて、その過酷さを身に染みて分かっていながら……再び〝戦う〟ことを選んでしまった愚か者であり、暴走を止める為、響を守る為とは言え、翼のアイデンティティーたる〝剣〟を真っ二つに切り裂いてしまった咎人だ。

 

 

 それでも私は、余りに残酷極まる理(ことわり)に支配された領域に、優しすぎるあの子を行かせたくはない。

 

 自分が今、こうして見上げる空のように、澄んだあの子の心を、穢したくはない。

 

 こうして地上を今日も照らす太陽のように眩しい笑顔を、失わせたくない。

 

 九死に一生を得た親友が、戦地へと走っていく姿を、ただ見ていることしかできない……そんな現実を、未来に味あわせたくはない。

 

 間違いなく……このままガングニールの装者として戦わせたら、二年前の災厄の時以上に、立花響って女の子の人生を、狂わせてしまう。

 

 だけど、どうすればいい………止めろと言われて、大人しく引き下がる子じゃないってのは、あの夜痛いほど思い知った。

 

 それに結局、この自分のエゴを押し通そうとするなら、響は無論、翼からも〝剣〟を奪わなければならない、そうしてまた〝独り〟で戦おうなどとすれば、かつての自分と同じ過ちを繰り返してしまうだけだ。

 自分一人で、背負って戦えるほど、あの地獄は甘くはない。

 でも、このままってわけにもいかない。

 

「上がろう……」

 

 私は湯船から上がり、脱衣所へと向かおうとした矢先、左腕の〝腕時計型端末〟から着信音が響いた。

 これは二課から支給された、二千十年代後半の発売当初よりは普及し始めたスマートウォッチ型の通信機である。

 

「弦さん?」

 

 通信の送り主は弦さん――風鳴司令であった。

 丁度今から二課本部に向かうつもりだったので、向こうから連絡が来たのは幸い。

 今通信できる格好ではないので、もう少し待たせることになるけどもだ。

 

 

 

 

 ちなみに、もしこれがプライベートな電話であった場合、こうなる。

 

〝朱音君、今どうしている?〟

〝今って言われても、入浴中だけど〟

〝なっ――君も女の子だろう!? そんなはしたないことを口に――〟

〝あ~~れ? もしかして高校生のあられもない姿、想像しちゃった?〟

〝お……大人をからかうものじゃない!〟

〝うふふ、ごめん♪〟

 

 本人はてんで無自覚であるのだが、実は朱音は結構、小悪魔な一面を持っていたりする。

 

 

 

 

 どこかの西洋風の城の建物の中らしい広い部屋の中で、空間に浮かんだ立体モニターを、小柄で銀色の髪を生やした少女が目にしていた。

 

「なんて……奴だよ」

 

 モニターに映っていたのは、シンフォギア――ガメラを纏った朱音の戦闘の模様だった。

 適合者と言えど、シンフォギアを使いこなせるようになるまでどれだけの鍛錬と時間を費やすか、その少女は実感していただけに、たった二度の戦闘でギアの力を引き出し、アームドギアを三種も具現化させた装者に驚きを禁じ得ないでいる。

 

「でも……アタシの〝目的〟の為には、こいつとも――」

 

 あどけなさの残るその容貌の一部たる二つの瞳からは、悲壮さに溢れた決意と言うものが抱えられているのであった。

 

つづく。




劇中出てきた死穢を分かりやすく表現すると、もののけ姫のタタリ神。
と言うか、アシタカが受けた呪いと言い、乙事主に巻き込まれたサンの描写といい、タタリ神のネタ元こそ、触穢思想と言っても過言ではないですね。


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#10 - 追奏曲

本当は土曜日に更新する予定だったのですが、ツイッターのフォロワーの一人の方が開いたツイキャスラジオの特撮談義(主に平成ライダー)につい聞き入ってしまい……予定より遅れてしまいました。

あ、あと劇中某貞子さんお手製n呪いのビデオに呪い殺される様を比喩表現に使いましたが、間違ってもうっかりググらないように………絶対トラウマになります。
イリスに血を吸われたミイラと貞子さんに呪殺された方の断末魔は今でも直視できない(震


 弦さんから連絡を受けた私は今、リディアン地下の特機二課本部司令室にいる。

 このフロアの中央は談話室にもなっており、私と、同じく弦さんに呼ばれた響はソファーの一角に腰を下ろしていた。一応リディアンの敷地内にある施設なので、私も彼女も制服姿。

 向かいには弦さんと櫻井博士が腰かけている。

 風鳴翼は今ここにはいない。今日は所属するレコード会社、クイーンレコードでニューアルバムの打ち合わせ中だと、弦さんからは聞いた。

 

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「あ……どうもです」

 

 友里さんが〝あったかいもの〟を、今日も提供してくれた。先日は程よく砂糖の入ったコーヒーだったが、今回は湯呑みに注げられたほうじ茶である。

 湯呑みを両手で持って一服すると口の中で苦味を抑えたさっぱりとした風味と、ぬるくはないけど熱すぎない加減な熱が広がる。

 先日のホットココアと言い、今日のほうじ茶といい、友里さんはオペレーターの能力だけでなく一服のさせ方の卓越していた。

 この一杯だけで、淹れた女性の温かな人となりが伝わってくると感じながら、隣にいる響を見やる。

 いつもの響なら晴れやかでさんさんとし、先生からの大目玉をくらったり、難度の高い宿題の提出を求められたりした時も、〝呪われてるかも〟とぼやくことはあっても陽気さと言うか、からっとしている印象なのだが………少しずつほうじ茶を飲む今の彼女は〝浮かない顔〟を浮かばせていた。

 あれからまだ一晩くらいしか経っていないのだから、まだ強く尾も引かれよう。

 

〝なら―――同じ装者同士、戦いましょうか?〟

 

 何せ、恩人である〝ツヴァイウイング〟の一人の風鳴翼から、ああも剥き出しの拒絶と敵意を突きつけられ、殺気すら秘めた攻撃まで受けかけ。

 

〝泣いてなんかいません! 涙なんか………流してはいません〟

 

 相棒の死を今でも引きずり、ノイズに対抗できる現状ただ一人の装者としての終わりの見えない戦いに心身は疲弊され、情緒も不安定に陥り、今にもぽっきり折れそうな危うい彼女の姿を、目にしてしまったのだから。

 ひと月分の級友としての付き合いで、風鳴翼ひいてはツヴァイウイングへの憧憬の想いの強さは汲み取れている。

 デュエット時代からソロとなった現在まで、あの子がシングルにアルバム含めたCD全てを買い揃えていることは学生寮の二人の部屋に遊びに来た時に知った。

 何度も彼女たちの類まれな歌唱力に備わる、躍動感と繊細さが同居し、それこそ大空へと羽ばたかんとする高揚感に溢れた〝歌〟の数々に夢中になっていたのも想像できる。

 その上二年前に助けられて以降、人助けに囚われ………人助けを〝生きがい〟とするようになった響にとって、人知れずノイズから人々を救い、または救ってきた彼女らは、〝ヒーロー〟も同然だっただろう。

 私からは〝危うい鞘無き抜き身の刀〟に見えた翼の現在の戦い振りも、あの子からはさぞ勇壮で、ヒロイックに映され、既に強かった憧憬の気持ちを、さらに高ぶらせてしまう〝興奮剤〟の役目を果たしていたのは想像に難くない。

 そんな憧れの存在の………〝偶像〟と言うフィルターによって隠されてしまっていた〝一面(こころ)〟に、戸惑いを覚えるとともに心痛めていると、自分の目はその横顔から読み取っていた。

 

「あの………翼さんは?」

 

 響は俯いていた顔を上げて、あどけなさがまだ残るまるまるとした瞳を弦さんたちに向け、翼の現状を彼らに問う。

 

「ひと月は、戦線に出すことを禁じることになった」

 

 対ノイズ戦の主戦力たる彼女にこのような処遇が下ったのは、無論昨日の〝私闘〟の一件だ。

 

「シンフォギアシステムは、日本政府が所有している〝兵器〟でもある………あんなことになっちまった以上、何のお咎めもなし、と言うわけにはいかないもんでな」

「喩えるなら、昨日の翼ちゃんの行為は、いわば兵士たちが公共の場で銃の撃ち合いをしてしまったようなものよ」

 

 櫻井博士は、あの陽気であっけらかんとした物腰を潜めて、弦さんの発言の補足を加えた。

 当然ながら、昨夜、彼女と私が引き起こした戦闘は………〝問題行動〟そのものである。

 今弦さんも口にしたが、櫻井博士が中心となって開発されたシンフォギアシステムは、極秘となっているとは言え日本政府――国が所有している兵器。

 理由や経緯はどうあれ、翼はその一つである〝天ノ羽々斬〟を、完全なる個人的感情、もっと言うなら人間相手――響に八つ当たりで使ってしまったのだ………問題にならないわけがない。

 政府の官僚たちからはそれはもう、〝はやく解散してくれないかな?〟なんて感じで、某呪われたライダーギアの適合者ばりにネチネチと文句は受けたと、どうもぼやき癖のある藤尭さんの愚痴から想像できた。

 実際二課は、正式名称の単語の一部を抜き取って〝特機部二(とっきぶつ)〟と揶揄されているらしい………権力の密を堪能している人種らしいねじ曲がったユーモアだ。

 つまり、特機部二→突起物→はみ出し者と言うわけだ。頻繁に〝解散だ!〟とまでは言われてはいないだろうが、実際東京湾内に基地を構える防衛チームのM○Tばりに厳しい立ち位置にあるのが特機二課と言えよう。

 現職の防衛大臣であり、昨夜弦さんの口からも出ていた広木威椎(ひろき・ひろつぐ)大臣からも、さすがに厳しく釘を刺されただろう。

 メディア越しに見る限り、聡明で冷静沈着、自らが背負う権限を驕ることなく責任と常に向き合う人格者で、非常に好感の持てる人柄ってイメージを、私はあの政治家に対して持っている。

 そんな人物から見ても、国の所有物で行われた私たちの〝私闘〟には、眉をひそめざるを得ない〝問題〟だ。

 

 彼女が繰り出した最初の跳躍からの上段の一閃からして………響に半ば本気で斬りつける気だったと、自分の得物と衝突した時の感覚で分かった。

 対ノイズ戦はともかく、あの〝私闘〟で生じた損害を、いわゆる〝コラテラルダメージ――やむを得ない犠牲〟とするには無理がある………私もそんな逃げの理論武装をするつもりはない。

 博士の比喩した通り、日常の場の真っただ中で実弾の入った銃を使って兵士たちが銃撃戦を行ってしまったようなものだ。

 ギャオスたちとの終わりの見えない戦いで荒んでいた頃の自分と〝写し鏡〟なだけあって………思うところや、理解も示せる点はあるのだけれど、生憎と感傷一辺倒になるほど甘くもなれない。

 昨夜の翼の行為は……最後まで〝人を守る戦士〟であり続けた天羽奏の復讐から転じた〝信念〟を足蹴にするようなものだし………あの時〝抜き身の刃〟を止めてやられければ、もっと酷い事態になっていた。

 それこそ今以上に精神が疲弊し、渋谷を壊滅させた時の私(ガメラ)のように、守ることよりも倒すことを優先してしまったが為に、民間人を犠牲にしてしまうなんて事態に陥ってしまうのも、あり得ない話ではなかったのである。

 

「では、私の処遇はどうなります? 正規のギアではないとは言え、私もその〝公共の場で撃ち合い〟をした一人なのですが?」

「しいて言うなら、翼が空いた分も背負うのが、朱音君に課せられたペナルティだ、君には二課の主戦力として、次にノイズが出現した場合、前線に出てもらうことになるが……」

「構いません、戦士としての覚悟は、とうにできています」

 

 二課のバックアップを受け、自衛隊の方々とも連携を取ることになるから〝独り〟ではないが、装者としては、当分一人で戦わなければならない。

 生憎、その程度の〝責務〟で居竦まるほど、柔な身ではない。

 もしこの瞬間にもノイズが現れたなら――〝戦士〟として、〝守護者〟として真っ先に戦場へ駆け込んでいこう。

 

「そして響ちゃんはまず、ガングニールを少しでも使いこなせるようになるのが目下の課題、だから当分実戦に出すのはお預けになるけど、そこのところ、よろしいかしら?」

「はい……」

 

 一方で響はと言えば、やはり現状〝シンフォギアを纏えるだけの素人〟であることは否めないので、当分は前線には出ず、ギアを使いこなせるようになるまで訓練に励む日々となるとのこと。

 私の個人的な――立花響を戦わせたくはない――気持ちを抜きにすれば、弦さんたちの下した判断は妥当……辛辣に評すると、今の響では一度の戦闘でノイズを倒すことはおろか、〝生き残る〟ことができるかすら怪しい。

 いや………響のことを思うならば、むしろ厳しくならないと………戦場が持つ呪いと内なる恐怖の感情との付き合い方も知らない今のままであの世界に飛び込んでしまえば………確実にこの子は〝命を落とし〟、奏(あのひと)の命を燃やして奏でた〝歌〟をも無碍にしてしまう。

 そうなれば今度こそ、響のご家族と親友の未来は………〝線香〟を上げなければならなくなってしまう。

 

〝もう逢えないなんて………そんなの………嫌だよ………響………ッ!〟

 

 自分の知性は、降りしきる豪雨の中、傘も持たずに、死の真相を知ることもなく響の亡骸が眠る墓の前で、泣き崩れる未来の姿を思わず想像してしまい、口の中に苦味が広がる。

 私も――そんな〝未来〟は、御免だ。

 

「ごめんなさい………私も………人を助けられるんだって、調子乗ったばっかりに」

「昨日も言ったが、謝るべきは俺たちだ………翼も装者だの戦士だの以前に、一人の女の子だ、その女の子を戦場に出しておきながら、大人(おれたち)は果たすべき責務を怠り、あのような事態を招いてしまった………力を貸してほしいなどと言っておきながら………すまない」

 

 彼女なりに、昨夜の一件に関して責任を感じていた響は詫びを入れ、弦さんの方の持前の責任感の強さから、改めて詫びを返した。

 朝の入浴を終えようとしたところで来た呼び出しの時点で感づいてはいたけど、弦さんは翼本人に代わって、彼女の釈明も兼ねて私たちを呼びつけていたのだ。

 あの夜の件で、響は憧れの人であった存在に対して、失望することもできず、かと言って以前のように憧憬の眼差しを向けることもできず、風鳴翼と言う人間をどう〝見て〟いいのか分からずに揺れ動いているから………丁度いい機会である。

 かく言う私も、ガングニールの装者となってしまった立花響と言う女の子を、どうしたいのか分からず………腰(きもち)が落ち着かずにいた。

 自分は父と母への負い目を感じながらも戦うことを選んでおいて、あの子には戦ってほしくはない、戦わせたくないエゴイスティックな想いも抱え、今のままでは他者どころか自分の命すら守れず死ぬことになると〝確信〟もしている。

 だけど、響の〝歪さ〟は、自分の願望(エゴ)などでは到底止められない……なんて〝確証〟もあった………苦々しいことに。

 

〝あさぎ〟………どうしたらいいかな? 

 

〝でも分かっています、ガメラは戦うつもりです――最後まで――一人になっても〟

 

 どうしたら君みたいに………戦いに臨む大事な人を、想いながらも、案じながらも、ああも強く信じて見送れるのか………答えを返してくれるわけもないのに、母と瓜二つな記憶の中の彼女に、つい問いかけてしまう。

 

「いつ頃から、翼先輩は天ノ羽々斬の装者となったのですか?」

 

 自身の〝揺れ〟への対処法を見つけられずにながらも、私は〝本題〟を円滑に進ませた。

 まずは、響の翼に対する〝揺らぎ〟をどうにかしないと。

 

「そうね………もう十二年も前になるわね、翼ちゃんが最初にシンフォギアを起動させたのは――」

 

 櫻井博士は司令室の天井を、正確には〝過去〟を見据えながら、話し始める。

 

 風鳴翼と言う、少女が背負ってしまった〝運命〟と言うものと、そして――

 

 

 

 

 十二年前………それは即ち、風鳴翼は当時七歳とまだ両手で数えられる歳に、シンフォギアの装者なる運命を背負ってしまったと言える。

 その頃の時点で、櫻井博士は一番目のシンフォギアである第一号聖遺物――天ノ羽々斬を開発していたのだが、起動するには適合者に相当する人間の歌声――フォニックゲインが必要と言うネックが、当然ながらあった。

 ギアの存在が最重要レベルの国家機密な以上、大っぴらに適合者候補を集めることもできない中、白羽の矢が立ったのは当時の翼。

 その頃から彼女は、実の両親の下を離れ、弦さんが保護者の代わりをしていたと言う。

 当時を語る弦さんの顔から、何とも言い難い苦々しいものを感じ取った私は、翼のその時期のと境遇風鳴家の〝家庭事情〟ってやつには、踏み込まないようにした。

 直感で、下手に触れると〝火傷〟する代物だと感づいたからである。

 それは、響の心情も踏まえてだった………弦さんの口から〝父親〟と言う単語が出た瞬間、彼女の顔から、少なくとも入学式の日に友達になってから、この瞬間まで見たことのなかった〝黒い影〟が、彼女の顔を覆っていたのを目にしたから。

 

「藁にも縋る想いで、俺たちは翼を天ノ羽々斬の起動実験に参加させ……」

 

 弦さんにとって、その実験は成功してほしい気持ちと、失敗してほしい気持ちで板挟みになり複雑だったことだろう。

 

「………翼の歌は、シンフォギアの眠りを覚まさせてしまった」

 

 だって、失敗してしまえばノイズに対抗する光明は遠のいたまま、一方成功してしまえば、その瞬間から………血を分けた兄弟の子でもある姪が、〝人類の希望〟と言う過酷な運命を背負い込むことになるのだから、素直に喜べるわけがない。

 そして実験は、翼の歌が〝天ノ羽々斬〟の眠りを覚まさせたことで、成功と言う結果となった………なってしまった。

 

 

 

 真面目な性分の持ち主の彼女のことだから、幼いながらも自分に課せられた〝使命〟を理解し、享受し、全うしようとしただろう。

 

「あの頃の翼は、今とはまた違った影を差していたし………いつも俺の後ろにいてばかりだった」

 

 でも幼いなりに、自分が背負ってしまったものに、自身に敷かれてしまった境遇と呼ぶレールに、どこか悲観な気持ちも抱え、それは歳を重ねて物心が育まれていくごとに大きくなり、そんな本音を〝使命感と責任感〟で、半ば無理やりにでも塗りつぶし続けてきたであろう。

 シンフォギアを目覚めさせ、扱える〝才〟は、間違いなく風鳴翼って〝子〟にとって……〝呪い〟であった筈だ。

 下手をすると………自分の〝歌の才〟も、愛してやまなかった〝歌〟そのものすらも、嫌悪し、憎みかけていたかもしれない。

 

「引っ込み思案だったあの頃の翼ちゃんを良い意味で変えてくれたのが………奏ちゃんだったわね」

 

 いずれにしても、一人子どもには重すぎる〝使命〟を負った彼女に訪れた………〝一度目〟の転機こそ―――天羽奏―――その人であった。

 

 

 

 

 

 現代の音楽史にその名を轟かせ、刻むこととなるツヴァイウイングの〝翼たち〟の出会いの前に―――今から五年前、翼が十三歳の年に起きた〝皆神山(みなかみやま)の悲劇〟を先に記しておかなければならない。

 皆神山とは、長野県長野市松代町にそびえ立つ、凝固した溶岩が積もりに積もってできた標高659メートルの山の名であり、不可思議な伝承に事欠かない地である。

 五年前、聖遺物発掘の為にかの山に訪れ、調査をしていたチームは、突如現れたノイズたちの襲撃を受け………たった一人を残し、ほとんど死亡してしまった。

 

 そのただ一人の〝生存者〟こそ………当時一四歳だった天羽奏。

 

 発掘チームの主任であった両親に連れられて山中に来ていた彼女は………八年前の自分と同じく、目の前で家族がノイズに殺される惨劇を直に突きつけられてしまい………生き残ってしまった。

 

「家族を失ったばかりの奏君は………〝狂犬〟と表現する他ないくらいに、荒んでいたものさ………哀しみに暮れるどころか、愛する肉親たちの命を奪ったノイズへの憎しみに駆られていた」

 

 弦さんの追憶の言葉と、地球から齎された装者としての彼女の映像を元に、私はイメージを思い浮かばせた。

 

 

 

〝離せぇ! 離せよッ! アタシを自由にしろッ!〟

 

 特異災害対策機動部に保護された彼女は、特機部が〝ノイズと戦う組織〟でもあると理解した途端、対ノイズ兵器を要求し、それこそ弦さんが比喩していたように〝狂犬〟の如き凄まじさで、拘束具を付ける措置を取らざるを得ないほど、暴れ回っていたとのことだ。

 

〝お前ら……ノイズと戦ってんだろ!? 奴らと戦える武器も持ってんだろ!? だったら私にソイツを寄越せッ! 奴らをぶっ殺させてくれッ!〟

 

 手足の自由を奪われても尚、天羽奏の〝復讐の念〟でできた炎は、彼女の胸の内で燃え滾り、拘束具を強引に壊さんとする勢いで暴れ狂いかけていた。

 

〝辛い記憶を思い出させるだろうが………ノイズに襲われた時のことを、詳しく話してはくれないか? 俺たちが――君の家族の仇を取ってやる〟

 

〝眠てえことほざいてんじゃねえぞおっさん! つべこべ言わずアタシにノイズをぶち殺させろッ!アタシの家族の仇討ちができるのは―――自分(アタシ)しかいねえんだッ!〟

 

 どうにか激情を鎮め、宥めようと静かに諭す弦さんの言葉にも、全く耳を聞き入れなかったらしい。

 

〝それは………君が地獄に落ちることとなってもか?〟

 

 弦さんのこの警告に対しても、彼女がこう答えたと言う。

 

〝奴らをこの手で皆殺せるんだったら―――アタシは望んで地獄に落ちてやるさッ!〟

 

 まさか………家族との死別だけでなく、そう言うところまで、自分と〝似ていた〟とわな。

 あの頃の私も、それこそ地獄に落ちても構わないと思うまでに、ギャオスどもを〝イッピキノコサズ〟皆殺しにしようと憎悪の業火で怒り狂っていた。

 

 

 

 

 家族の喪失によって生まれた〝怨念〟を、ノイズたちにぶつけるべく、ノイズに対抗できる武器――シンフォギアをものにしようとしていた天羽奏であったが、その道のりは険しいどころではない域で、過酷を極めた。

 

「ただ………奏ちゃんは翼ちゃんと違って、シンフォギアに適合できる資質に恵まれていたわけじゃなかった……」

 

 シンフォギアの眠りを覚まし、その力を鎧にして纏い、武器にして手に取れる歌声の主は、決して多くなく、彼女もまた、本来はギアを適合できる人間ではなかった。

 無論………シンフォギアを適合できる体質じゃない〝事実〟にぶちあたった程度で鎮火されるほど、天羽奏の復讐の炎は柔なものではなかった。

 

「だから彼女がギアを纏うには、私が開発途上だった人間と聖遺物を繋ぐ制御薬――Linker(リンカー)で、あの子の体を人為的に適合者へ作り替えなければならなかったの」

 

 適合者でないのなら―――適合者になればいい。

 薬物投与で、無理やり自分自身の体を、適合者に〝改造〟させる………彼女は躊躇せず、その選択肢を選び取った。

 

「………」

 

 響の顔が………〝絶句〟で固まってしまっていた。

 憧れの人が選んだ過酷な〝道〟を踏まえれば、詮無きことである。

 いくら本人が望んでいたからって………やっていることは人体実験そのもの、良心が育まれていればいるほど、怒り、嘆かずにはいられない………〝非人道的〟と糾弾されても致し方ない行為だ。

 まあ………かく言う私も、そんな非人道的行為に自らの意志で踏み込んだ性質ではあるのだけれど。

 

「俺たちは奏君を適合者にする為に、それはもう………痛めつけてきた…………たとえ本人が強く希望してきたとしても、その事実はくつがえらない」

 

 事実、人並み以上の良心の持ち主な人格者である弦さんにとって、今でも罪悪感の〝疼き〟に苛まれるほど、天羽奏を適合者にさせる実験は、困難かつ壮絶なものであった。

 

 体の中に異物が流し込まれるのだ……肉体の主がいくら望んではいても、肉体がその異物に侵食される事態を許すわけもない。

 体内に侵入した〝異物〟を排除しようとするあまり、免疫作用が過剰に働き過ぎて逆に自らの生命を危険に陥れ、処置が遅れれば最悪死に至らしめる〝アナフィラキシーショック〟と言う症状があるのだが………そのLinkerと名付けられた薬物を投与された彼女の肉体は、スズメバチやフグの毒、中毒性の高い薬物とは比較にならない強すぎる拒絶反応を示した。

 

 喩えとしてはいかがなものではあるけど、弦さんたちの話から想像するに、見てから一週間後に死ぬ〝ウイルス〟を入れ込まれる〝呪いのビデオ〟に殺された人間の断末魔の瞬間に匹敵するほど………天羽奏の顔が苦痛で歪みに歪み、のたうち回ったに違いない。

 それを見ていることしかできずにいたあの時の弦さんも、唇と拳を、噛みしめ過ぎる余り、握りしめすぎる余り、血を流してしまっていたのだと窺えられた。

 だがそうまでしても、肉体はシンフォギアと〝適合〟できず。

 

〝ここまでなんてつれねえこと言うなよ……〟

 

 実験を中止させようとした弦さんたちの制止を振り切り、既に許容量ギリギリまで投与されていたにも拘わらず。

 

〝パーティー再開と行こうぜ……〟

 

 彼女はジョークまで呟きながら、Linkerの入ったトリガー式の注射器を自らの首に突き刺して、注入させた。

 とうに侵入してくる異物――Linkerの排除で疲労困憊だった彼女の体は、さらなる流入に強烈なアナフィラキシーショックを引き起こし、吐血、実験室の床に少女の赤い血による水たまりができあがった。

 

〝適合係数が上昇してる? 第一、第二……第三段階も突破……〟

 

 その常軌を逸していると思われかねない執念が実を結んだのか、第三号聖遺物――ガングニールが休眠状態から脱し、天羽奏の意志と共鳴し。

 

〝Croitzal ronzell gungnir zizzl〟

 

 奏でられた〝聖詠〟で、ガングニールは完全覚醒し、口元と両手を中心に血まみれとなった彼女の全身に、アンチノイズプロテクターが装着され、装者へと〝変身〟した。

 

〝これで奴らと戦える……ガングニール………アタシのシンフォギアッ!〟

 

 今より五年分幼かった翼も、その瞬間を目の当たりにしていた。

 

〝覚悟も持たず、のこのこと遊び半分に戦場(いくさば)へしゃしゃり出てくる貴方は―――奏の、奏の何を受け継いでいると言うのッ!?〟

 

 あのような光景を目にしていれば………覚悟が足りぬまま中途半端に戦場に入ってきてしまった響を断じてしまうのも………ガングニールの装者となってしまった事実を受け入れられなかったのも分かる。

 翼の相棒は、文字通り血反吐に塗れてシンフォギアの〝力〟を手にしたのだ。

 たとえそれが〝憎悪〟と〝復讐心〟に塗れたものだとしても………敬意を抱かずにはいられなかっただろう。

 逆に、相棒が辿った苦難の道を通ることなくシンフォギアを扱えてしまう自分自身に、コンプレックスを抱かせてしまうことにもなっただろう。

 

 その気持ちが昨夜の暴走の〝一因〟となってしまったのは、疑いようがない。

 

 

 

 そうして風鳴翼と天羽奏は、ノイズを討つ装者(せんし)として、不条理が蔓延る戦場に身を投じた。

 その模様は、地球の記憶から教えられたことで、私も一応知っている。

 後に〝一心同体〟と言う表現が相応しいくらい、戦闘でもライブでもパートナーシップを発揮していた二人も、最初は決して足並みは揃ってはいなかった………むしろ〝二重奏〟からほど遠いくらい、揃わなかった。

 当初奏は強すぎる復讐心のまま、独断専行して飛び込むことなどしょっちゅう起こしていたし、決して押しの強い方ではない翼は、彼女の猛進を止められず苦虫を嚙んでばかりだった。

 それでも二人は、死線を潜る度に、少しずつ歩み寄り、心を通わせ合い、唯一無二のパートナーとして縁を深め合い………復讐を戦う理由にしていた奏自身の心にも、ある決定的な〝転機〟が訪れた。

 ある日の戦闘の後、戦友とも言える自衛隊員たちの救出作業を手伝っていた二人は、瓦礫の山の中で埋もれていた隊員たちを助けた際、彼らから感謝の言葉とともにこう言われたのだ。

 

〝もう、ダメかと思いましたが………貴方たちの歌声を聞いていたら、こんなとことで諦めてたまるかと踏ん張れて、どうにか生き残れました……感謝します〟

 

 隊員たちからのその言葉と自身の歌が人を勇気づけ、力を与えた〝事実〟は、〝復讐鬼〟であった天羽奏を〝守護者〟に変えるきっかけとなり、そしてツヴァイウイングを結成させるきっかけにもなった。

 

 

 

 

 ツヴァイウイングの二人の存在を知り、歌を聞いて以来、ずっと、私は知りたかった。

 自分と同じ、目の前で家族を殺される境遇を味あわされた筈なのに、憎しみの炎で自らを焼き尽くしてもおかしくはなかったと言うのに……どうして天羽奏は………あそこまで真っ直ぐで、眩くて、生気が溢れながらも包み込むような温かさも持った〝歌〟を奏でられるのか?

 どうして……あそこまで、その歌声が多くの人々に今でも〝希望〟を与え続けているのか?

 私が、彼女たちの歌声に魅入られたのも、それが理由の一つ。

 

 マナで生まれたシンフォギア――ガメラを手にしたあの日と、今日弦さんたちが話してくれた〝過去〟によって、ようやく〝答え〟を得られた。

 

〝諦めるな!〟

 

 瀕死の響に投げかけた――あの言葉に込められた〝おもい〟も。

 

 今となってはどうしようもないのだけれど、叶わぬ願いと知りながら、願ってしまう。

 

 あの人と、直に会ってみたかったと………そして願わくは、一緒に歌い合い、奏で合い、互いの歌声を響き合わせてみたかった。

 

 でも、万が一の確率で来るかどうかも怪しいその機会はもう、永遠に来ることはない。

 

 二年前のあの日に起き、立花響と風鳴翼ら、少女たちの〝生〟も大きく狂わせた〝災厄〟によって、喪われたのだから。

 

つづく。




しかしマリアさんが某不愛想系猫舌ライダーがフレンドリーになるくらいの猫舌とはwwwやっぱりクリスちゃんと並んでシンフォギア一の萌えっ子なお姉さんっすね(2828


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#11 - 追奏曲Ⅱ/落涙

今回の話のイメージBGM&ED「カヴァレリア・ルスティカーナ 第8景 交響的間奏曲」


 土曜日の休日もすっかり夕刻になり、律唱市の空も暁の色に染まり、暮れようとしている太陽に照らされ、夜の訪れを街に告げ、市内に流れる河川の水面は夕焼けの光を絶えず模様の形状を変えながら反射していた。

 河川の川岸は、19世紀により派生したネオ・バロック風のレンガ道にて舗装され、局地的ながらヨーロピアンな光景を形成していた。

 そんなレンガ道を、学校帰りの朱音と響が歩いている。

 いつもなら、未来ら他の級友たちと一緒に横並びで下校していることが多いのだが、今日は朱音が先頭を歩き、その後ろを三メートル近い間をキープさせている響が歩を進ませている状態であった。

 

 

 

 制服の上着のポケットから、私はライターに似た形をしている物体を取り出し、供えられているボタンを押すと物体は展開され、スマートフォンらしい長方形型携帯端末に変形した。

 2010年代はなまじ色々機能を盛り込んだせいで大きくてかさむなんて不評も少なからず出してきたスマホも、今ではこうして折り畳みができ、いわゆるかつてのガラケーよりもコンパクトに持ち運べるようなっている。

 足を歩かせたまま、私はスマホでネットを繋ぎ、ニュースサイトにアクセスして検索を掛けた。他に通行人がそういないとは言え、このご時世でも問題である〝ながらスマホ〟なのだが、ここは目を瞑ってもらいたい。

 探していた記事が複数見つかり、私は端末に備わっているホログラム機能で、画面から3Dモニターを表出させた。

 立体画面に投影されている記事の数々を読み進める。

 見出しの記事名や記事文にはそれぞれ、このようなことが書かれていた。

 

《生死を分けたのは、避難民同士の争い》

《絶えぬ生存者への中傷》

《現代の魔女狩り》

《〝人殺しに血税を使うのか〟と非難殺到》

《ネットから現実へ肥大化する論争》

《生き残った中学生、校内の陰湿ないじめを苦に自殺》

《被害者の父、家族を残して失踪》

 

〝お前がどんだけ血まみれになってまで戦っても、奴らは同族同士の無様でバカバカしくて惨めな争いで血まみれになるのを繰り返すだけだぞ〟

 

 もしかの核の落とし子たる〝怪獣の王〟が言葉を発せられたのなら、こんな〝皮肉〟を私に言い放ってくるのは間違いない。

 実際私も、人間(わたしたち)にはそういう〝面〟がどうしようもなく存在している事実からは目を逸らす気はないし、認めている。

 何しろ……私(ガメラ)とギャオスどもとの戦いは、怪獣同士の戦いの〝皮〟を被った人間たちのイデオロギーのぶつけ合いな〝代理戦争〟でしかなかったのだから。

 

「朱音ちゃん……」

 

 マスメディアを通じて、タガの外れた人間たちの残酷さを直視していた私は、丁度市内の主要交通機関たるモノレールの高架橋とその影を通り過ぎた辺りにて、後ろにいた響の声が聞こえた。

 この子の声を耳にするのは、かれこれ数十分振りである。リディアンの校舎を出て以来、ずっと一言も発しない状態が続いていたからだ。

 私もどう声を掛けるべきか、上手く言葉として纏められずにいて今に至っている。

 

「なに?」

 

 3Dモニターを切り、スマホを折りたたみ直してポケットに入れながら、何事もないように振る舞いつつ、振り向いた。

 夕焼けの光でできた高架橋の〝影〟の中に、佇んでいる恰好な響。 

 太陽に負けない笑顔を見せてくれる筈のあどけない顔には、高架橋のよりも濃い〝影〟が………差し込まれていた。

 

「私のせい……だよね?」

「っ…………」

 

 声を震わせて投げかけられた問いに、どう答えていいか分からず、困惑する。

 

「いや………決して君の――」

「私のせいだよッ!」

「響………」

「私があの時早く逃げなかったから………奏さんと、翼さんは……」

 

 今の響が、ここまで自分を攻め立てる理由、それは今日、二年前のかのツヴァイウイングのコンサートライブ中に起きた〝惨劇〟の真相を、弦さんたちから知らされた――からだった。

 

 

 

 

 

 その日、響は一人、ライブコンサート会場にいた。

 元々コンサートのチケットを手にしたのも、響を誘ったのも未来であり、本当は二人で来る予定であったのだが、当日盛岡にいる彼女の家の親戚が怪我をして、お見舞いの為に急に遠出しなければならない家庭事情で来られなくなったからだ。

 

 そして実はこのコンサート、ツヴァイウイングがファンの為、かつノイズが蔓延る世界でも〝希望〟の灯を絶やさない為に開かれただけではなかった。

 

〝ネフシュタンの鎧〟

 

 旧約聖書の民数記、第二十一章に登場する古代イスラエルの指導者モーゼが作り出した青銅の蛇の英名――〝Nehushtan〟 の名を冠した鎧。

 櫻井博士が〝希少〟と表していた、現代にでもほぼ完全な形で残されていた〝完全聖遺物〟の一つを、人間の奏でる〝歌声〟に宿っており、聖遺物を目覚めさせる鍵となるエネルギー――フォニックゲインで起動させる実験の準備が、あのコンサートの裏で進行していたのである。

 経年劣化で破損した聖遺物の一部から作られ、担い手が限られるシンフォギアと違い、一度起動すれば誰の手にも使える(ただし、使いこなすにはやはり相応の鍛錬は必要となる)一方、眠りから覚醒させるには大量のフォニックゲインが必要となる。

 その為に二課は、ツヴァイウイングの二人と、コンサートに駆け付けた十万人近い多数のファンによる、ライブの興奮と熱気と一体感より生じたフォニックゲインで、ネフシュタンの鎧を目覚めさせようとしたのだ。

 目的は対ノイズ戦用戦力の増強もあったのだが、まだまだ謎の多い古代のテクノロジーの産物たる聖遺物の解明と、ノイズ対抗手段をより上段に駆け上がらせるのが実験を行う理由であったと言う。

 しかしまあ………よくこんな大勢の民間人が目と鼻の先にいる実験を、広木防衛大臣ら政府の面々から許可を出してもらえたな……と最初聞かされた時は思ったものだ。

 実際、実験の詳細を記した計画書を読み通した広木大臣は、シンフォギアシステム等の聖遺物の有用性に理解を示した上で、二課からの申請を却下、後日計画書を練り直して提出する旨を伝えたらしい。

 皮肉にも、プレゼンテーションが行われていた基地施設にノイズどもがいきなり押し入り、それを翼と奏の二人が掃討すると言う〝百聞は一見にしかず〟によって、その日の内にネフシュタンの鎧の起動実験――《Project:N》は受理された。

 

 ただ弦さんたちを弁護すると、あの日のコンサート自体は実験ありきに開かれたわけではない。

 

〝歌で人々を勇気づけ、希望を与える〟

 

 天羽奏が翼とともに装者としての戦いの日々で見出した〝信念〟によって生まれたツヴァイウイングとしての列記としたアーティスト活動の一環だったのである。

 

 だがさらに皮肉にも、その日、希望を齎す筈のコンサートは、逆に会場に駆け付けた人々絶望を与える阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまった。

 

 

 

 

 最初はコンサートも、その際に生まれるフォニックゲインを燃料に同時進行するネフシュタンの鎧の起動実験も順調であった。

 

〝測定器は正常稼働中、フォニックゲインも想定内の伸び率を示しています〟

 

 ライブの幕開けから〝逆光のフリューゲル〟と言う大盤振る舞いで盛り上がる会場の別室で設けられた実験室内の安全弁の中で、ネフシュタンの鎧は少しずつ眠りから目覚め。

 

〝成功みたいね、みんなお疲れさま~~♪〟

 

 弦さんに櫻井博士も含め、その場にいた全員が成功を確信した矢先、響く警告音(アラート)と、点滅する警告灯。

 

〝どうした!?〟

〝安全弁(セーフティ)内部のエネルギー圧が急上昇―――このままでは起動、いえ……暴走します〟

 

 完全に〝想定外〟であったネフシュタンの鎧から発せられる高出力高密度のエネルギーは、安全弁の檻をいとも容易く破り、暴発した。

 

 

 

 

〝こっから五時間、付いてこられるかぁぁぁッーーーー!!〟

〝Oh――――ッ!!〟

〝それじゃ一緒に、もっと盛り上がって行こうッ!〟

 

 同時刻、一曲目を歌い終え、二曲目で逆光のフリューゲルと並ぶツヴァイウイングの代表曲――《ORBITAL BEAT》の前奏に入った会場の中央の円形ステージから爆発が巻き起こる。

 アクシデントか? ライブの演出か? その区別がつかず観客たちの混乱の感情が渦巻きだした会場に舞う無数の炭の粒子たち。

 特異災害が起きる……前兆(まえぶれ)。

 

 ここからは、私も地球の記憶で見た光景だ。

 

〝ノイズが……来るッ〟

 

 爆心地を突き破る形で、体長およそ二十メートル以上の四足歩行のワーム型が二体出現、続く形で一緒に大量の蛙型と人型がステージ上に現れ、異形の群体は我先に逃げ惑う観客に襲い掛かった。

 逃げ遅れ、ノイズに触れられ、または捕まった観客は生きたまま、悲鳴を上げたまま生体組織は炭素分解されていった。

 

〝行くぞ翼ッ!〟

〝待ってッ!〟

 

 ノイズどものが描く虐殺絵図の生き地獄に飛び込もうとする奏の腕を、翼は両手でつかみ上げ、引き止めた。

 

〝ダメだよ……今ガングニールを纏ったら……〟

 

 今にも涙を零しそうな悲痛な表情で、相棒に眼差しを向ける翼。

 

〝翼………〟

 

 眼差しを受ける奏は、少し困った様子を見せながらも、翼の手を強く握り返し。

 

〝付き合ってくれ―――アタシの我がままに〟

 

 決意を秘めた真っ直ぐな眼差しを、笑顔と一緒に翼に向けた。

 複雑な心情を顔に浮かばせながらも、翼は静かに頷き。

 

〝Croitzal ronzell Gungnir zizzl(人と死しても、戦士と生きる )〟

〝Imyuteus amenohabakiri tron(羽撃きは鋭く、風切る如く ) 〟

 

 二人は同時に聖詠を奏でながら、ガングニールと天ノ羽々斬りを掲げ――〝変身〟。

 ノイズと言う名の〝カタストロフ〟へ、立ち向かっていく。

 

〝――――♪〟

 

〝覚悟〟と……どこか〝儚さ〟を帯びた奏の熱く滾る歌声で、会場にいるノイズたちは位相差障壁を無効化され、この世界の物理法則に置かれる。

 スピードに秀でた天ノ羽々斬を纏った翼が、右手の刀(アームドギア)で切り抜けながら撹乱し。

 奏がその隙を突き、両腕の籠手(ガントレット)を合体、変形させた大振りの、白い刃と赤い発光体を中心に携えた形状の槍を振るい、投擲した槍から多数の分身を生成させて流星雨の如く降らせたり、槍の穂先を高速で自転したことで生じた竜巻を叩き付けるなどと言った大技でノイズたちを狩っていった。

 

 しかし、最初こそ数の差をものともせず攻め立てていた二人、今までの戦いとは比べものにならない物量を前に、次第に押されていく。

 数の利はこちらにあると、ノイズたちはその物量で二人を引き離し、連携を崩した。

 

〝ガングニールが……〟

 

 さらに追い打ちとして、奏のアームドギアの発光体の輝きが弱まり、ギアの出力が低下。

 

〝インチキ適合者じゃここまでかよ!〟

 

 敵の攻撃を回避しながら毒づく。

 Linkerを体内に投与することで、後天的適合者となった奏ではあったが、文字通り血反吐に塗れながらも得た力であるシンフォギアを纏える時間には〝制限〟があり、奏はそんな自分を〝時限式〟、または〝インチキ適合者〟と揶揄していたと言う。

 加えて、ネフシュタンの鎧の起動実験の関係上、ここ数日はLinkerの服用を控えており、いつもよりシビアな時間制限の中戦わざるを得ず、既に体はギアとの適合に限界が迫っていたのである。

 アームドギアはおろか、アンチノイズプロテクターすら実体化を維持できず霧散するのは時間の問題、しかし合理的思考では撤退が適していたとしても、未だ会場に蔓延するノイズと相棒を置いて逃げるほど、天羽奏は非情ではなく、適合率の低下で重くなっていく体に鞭打って敵を迎え撃っている中………少女の悲鳴が奏の耳に入った。

 

 その少女こそ………響だった。

 

 爆発、ノイズの大量出現、追われ逃げ惑う観客、戦場で〝歌いながら〟迎え撃つツヴァイウイング。

 

 次々と押し寄せる非日常な濁流を前に、この時の彼女は逃げることもできず、ツヴァイウイングの勇姿を目の当たりにし、足場たる観客席の崩落で会場に放り込まれて、やっと我に返った。

 

〝大丈夫か!?〟

 

 脚を挫いてしまい、碌に走れなくなった響に、奏は駆け寄る。

 

〝あ……危ない!〟

 

 二人ごと殺そうと、人型ノイズが一斉に突進を仕掛け、響からの警告が功を奏して振り向きざまに奏はアームドギアを盾にして受け止めた。

 だが、ノイズの猛攻とともに、ギアとの適合率の低下は容赦なく奏を攻め立てる。

 口から呻き声が零れていく。

 アームドギアはとうに、攻撃を阻めるだけの強度を残しておらず、受ける度に亀裂が入り、入っては砕けていき、鳥の羽毛めいた髪と同じオレンジ色を主色とした身に纏うプロテクターにも、アーマーを中心にボロボロになっていった。

 

〝奏ッ!〟

 

 引き離された翼は、ノイズに取り囲まれていた上に、この時は今と比べて対複数用の技を身につけておらず、助太刀しようにも危機に陥る相棒の下へ駆けつけられずにいた。

 

〝くぅぅ……〟

 

 人型の攻撃が続き防戦一方な中、二体のワーム型のノイズの口から鈍い色合いの溶解液が吐き出された。

 

〝走れッ!〟

 

 発破をかけられた響は、挫いて思うように動けない片足も懸命に踏ん張りを入れて走り出した。

 奏は槍の柄を回転させてそれを食い止め、どうにか響が逃げ切るまでの時間を稼ごうとするも、損傷の激しいアームドギアは………ほんの数秒は受け止められたものの、押し寄せる水圧に耐えきれなくなり、刃の一部が砕け………弾丸並の速さで飛び散った破片が、響の胸に、突き刺さった。

 

〝んなろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!〟

 

 自身のシンフォギアの一部で少女が血を流した瞬間を目にした奏は、息を呑みながらも螺旋の槍となって突撃してきた飛行型をなけなしの――渾身の――拳打で打ち砕き。

 

〝おい!しっかりしろ!〟

 

 破片からの衝撃で観客席だった筈の岩塊に叩き付けられた響の下へ駆け寄り。

 

〝お願いだ………目を開けてくれ! こんなところで死ぬんじゃねえ!〟

 

 必死に、胸部を中心に血まみれとなり、瀕死の状態な響を呼びかける。

 

〝諦めるなッ!〟

 

 奏の叫びが届いたのか………閉ざされていた響の瞼が微かに開かれ、虚ろながらも自分を呼びかけた彼女を見上げた。

 まだ………生きている。

 その事実に奏は瞳を輝かせ、笑顔と言う形で心から喜び………華奢な響の体を抱きしめる。

 これ以上響を傷つけぬよう、そっと腕から離した奏は、〝決意〟で固めた眼差しをノイズの群れへと向け、立ち上がった。

 

〝今日はこんなにたくさんの連中が聴いてくれてんだ………なら、出し惜しみはしない………私の〝とっておき〟を、くれてやる―――〟

 

 傷だらけのアームドギアを手に、奏がゆっくりと歩を進め。

 

〝―――絶唱ッ〟

 

 今の自分にとって………死に直結している行為であると覚悟の上で、奏は禁忌の詩――〝絶唱〟を奏で始めた。

 

〝――――♪〟

 

 オペラ調の旋律で、荒廃したライブ会場に響く――歌声。

 

〝いけない奏ッ! 歌ってはダメぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 相棒からの制止の叫びに、奏は頬に流した一筋の〝涙〟で詫び入れながらも、歌うことを止めない。

 

〝――――♪〟

 

 その歌が自分たちのにとって本会を遂げられず〝破滅〟を齎すものだと感づいていたのか、ノイズたちは各々攻撃を再開するも、奏の歌声に呼応してギアから放出されるエネルギーフィールドが、奴らの攻めを頑なに阻ませた。

 

〝アタシの歌は、アタシの生きた証、たとえ燃え尽きる運命(さだめ)でも、覚えていてくれる人がいるなら、怖くない―――〟

 

 禁忌の詩を奏で終えた奏は、命を繋ぎ止めている響へ振り返り。

 

〝―――ありがとう………生きてくれて〟

 

 青空のような………晴れやかで澄み切った〝微笑み〟で、そう呟いた。

 

 直後、奏の全身から発せられた膨大なエネルギーフィールドはドーム状に広がり、その荒波を受けたノイズたちは全て、炭となって砕け散り、吹き飛ばされていった。

 

 絶唱――シンフォギアシステムの最大の攻撃にして、諸刃の剣。

 

 特定の詩の歌唱で極限まで高められたエネルギーを、アームドギアを介して一気に放出させる技。

 その威力は折り紙付きである一方、装者に掛かる負担(ダメージ)も甚大。

 特に………後天的適合者である上に、とうにギアとの適合に限界が来ていた奏にとって………自らの命を〝燃やす〟歌であった。

 

 夕暮れの空の下、ライブ会場を地獄絵図に塗り替えたノイズの群れを全て駆逐した奏は、その場で力なく倒れる。

 アンチノイズプロテクターはボロボロで破けていない箇所はなく、彼女自身も………その身に受けた絶唱のエネルギーで、全身のありとあらゆる細胞はほとんど壊死してしまっており、その身に宿る命は………〝風前の灯〟であった。

 

〝奏ッ!〟

 

 翼は大粒の涙を流して、奏の体をそっと抱き上げる。

 

〝どこだ………翼………もう、真っ暗でお前の顔も見えやしない……〟

 

〝ここだよ………私はここにいるよ!〟

 

 奏の五感は、聴覚を残してほとんどが壊れており、翼の泣き顔すら、今の彼女の目は捉えることができずにいた………自分の体が翼に抱きしめている皮膚感覚すら全くなく、彼女の泣き叫ぶ声で、やっと翼に抱かれているのだと気づいた。

 

〝悪いな………もう一緒には歌えないみたいだ………〟

 

〝どうして……どうしてそんなこと言うの? これからも二人で歌いたいって………二人でみんなを勇気づけようって、言ってくれたじゃない! 奏の嘘つき! 奏の………意地悪……〟

 

〝だったら翼は……弱虫で……泣き虫だ……〟

 

〝それでも構わない! だから………ずっとずっと一緒に歌ってほしい!〟

 

〝嬉しいよ、そう言ってくれて………でも、いいんだ………ここでアタシが消えても………アタシの歌は―――〟

 

 最後まで、翼に言葉を伝えきれぬまま………奏の全身は崩れ去り、まるで鳥の羽の如く飛び、散っていった。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!〟

 

 嗚咽で崩れ落ちる翼と、命を死の瀬戸際で繋ぎ止めている響を残して。

 

 その日以来、風鳴翼からは〝笑顔〟が消えた。

 

 ファンら人間たちを相手に歌っている時でさえ、影が付きまとい。

 

〝自分が弱かったから奏は死んだ………なら、自分が奏にならなければ………それが生き残ってしまった自分への罰なのだ〟

 

 

 とばかりに、頑なまでに一人で鍛え、一人で戦場の中、ノイズを相手に歌い……戦い続けてきたのであった。

 

 

 

 

 

 地球から送られた〝あの日〟の夕焼けと、今日の夕焼けは、とてもよく似て鮮やかな色合いだった。

 心なしか……その夕陽の光に照らされてできたモノレールの高架橋の影は、いつも夕方に見る陽の影より、黒味が濃く見える。

 

「だって私……あの時あそこにいて、逃げもせず見てたんだよ………〝歌〟を聞いてた筈なんだよ………」

 

 だけど、影の中にいる響の姿を、目にすることができていた………夕焼けの光の恩恵を受ける、周囲の風景よりも、くっきりと。

 

「私がぼっーとしてなかったら…………奏さん………あんな無茶をして、死なずにすんだかもしれないのに……」

 

 二つの握りこぶしを中心に、秒刻みで自分より一回り以上小さな身体の震えが、強まっていく。 

 

「なのに私………軽々しく一緒に戦いたいとか………〝奏さんの代わり〟になりたいだなんて…………酷いこと………翼さんに……」

 

 ぐすっと呑まれる……水気の入った息。

 丸みのある双眸は閉じているのに、そこからは流れる大粒の涙は……すっかり響のまだ幼さが残る顔を、濡らし尽していた。

 レンガが組み合わさってできた歩道に、響の涙の一部はぽたぽたと零れ落ち、斑紋が幾つもできていった。

 

〝奏さんの代わりになる〟

 

 もし、昨夜の翼に言おうものなら、心を鬼にして平手打ちを与えていた〝言葉〟。

 やっぱりあの時の響は、軽率にもその言葉を発しかけていたのだ。

 もし、実際に口にしてしまえば、最も過敏な逆鱗に触れられた翼が、軽率にも触れてしまった響に怒りをぶつけ………あの時点で二人の間に生まれていた〝溝〟は、和解が絶望的になるまでにより広がり、深くなっていたことは避けられなかった。

 私も翼なら、安易に……一番踏み込んでほしくない部屋(こころ)に押し入った少女を、とても許すことはできなかったと断言できる。

 たとえ……友達になってくれた女の子でも、弦さんからの〝協力要請〟を即断で了承してからのあの子の行動、言動の数々は、浅はかとしか言い様がない。

 でも………怒り任せに響を糾弾しようなんて気は、起きるわけがない………そんなのは血も涙もない非道な輩がやることだ。

 響はちゃんと、自分の〝過ち〟を認めている………いやそれどころか、昨夜の翼への行為に対する過失だけでなく、あの日奏を死に追いやり、翼の心を荒ませてしまったのは自分のせいだと、自身を過剰なまでに攻め立ててしまっていた。

 

〝罪悪感〟

 

 良心や慈しみと言ったものが育まれていればいるほどに、己を傷つけていく感情(こころ)の一つ。

 

 私も、人並み以上の優しさを持っているが為にすすり泣く響の姿に、身も心も裂かれてしまいそうな思いだった。

 たとえ〝人を助けたい〟想いが本物であり、自分もその想いがどれ程尊く眩いものか分かっているがゆえの〝戦わせたくない気持ち〟は………さらに膨れ上がってくる。

 戦場(あのせかい)は、今この子が味わっている苦しみよりも、もっと遥かに酷薄で残虐な〝地獄〟を見せようと待ち受けているから。

 

 でも、きっと………響は止められない………どれ程私が身を以て阻んだとしても、たとえ未来が止めようとしたとしても、彼女は踏み越えてしまうだろう。

 

 今日、改めて思い知った。

 もう既にこの子の人生は………あの日の〝災厄〟と、生き延びた先に待っていた〝人災〟で、狂わされてしまったのだと。

 

 なら………せめて………私の体は意識するまでもなく、動き出し―――

 

 

 

 

 

 優しさと、かつて味わった〝経験〟で生まれてしまった〝内罰性〟で自分を責め、瞳から止まらず零れ落ち続け、高架橋の影の内で涙に暮れている響は、とうとう立っていることすらできず………レンガ道に崩れ落ちようとしていた。

 そして膝が折れ、前かがみに倒れかけたその時、小柄の部類に入る響の身体は抱き止められた。

 体に伝った感触に、涙で閉ざされていた響の目が開かれ、自分を受け止めたのは朱音だと、悟った。

 

 朱音は何も言わず………そっと両腕を包み込むように、響の小さな背中に回して、抱き寄せる。

 

 言葉にせずとも、雄弁に語る………朱音の抱擁から伝わってくる柔らかで芯まで伝ってくる温もり。

 

 それを感じ取った響の瞼が再び潤いが溜まっていったかと思うと………幼い子どものように、朱音の腕の中で、彼女に縋る形で、激しく泣き叫んだ。

 

 いつの間にか沈み続ける夕陽で、高架橋の影は二人を通り過ぎ、鮮やかな陽の輝きが二人を照らす。

 

 響の涙はそれから暫く、完全に日が暮れるまで続いたが、それまで朱音はずっと抱きしめたまま、友の感情(こころ)の奔流を、慈しみを以て受け止め続けるのだった。

 

つづく。

 



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#12 - 彷徨う翼

朱音が今回劇中で歌っていた曲→A/Z・SawanoHiroyuki[nZk]:mizuki

ようつべで公式がミュージックビデオを出しているので、買うか借りる暇ない方はそちらを。


 翼が引き起こしてしまった〝私闘〟から、数日が経過した五月の初め。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!!〟

 

「ハッ!」

 

 過去の自分自身の泣き叫ぶ声によって、翼の意識は夢の中から、叔父弦十郎の住まいである〝武家屋敷〟の一室であり、翼の私室である〝現実〟へと瞬時に引き戻され、飛び起こされた。

 時刻は深夜午前一時二十四分、ほのかな月の光が部屋の窓を通して慎ましやかに降り注いでいるものの、マネージャーの緒川の尽力で今日は部屋の主の悪癖の脅威を受けず整理整頓されている室内はほぼ夜の闇に覆われ、窓際に置かれた文机の上には、在りし日の翼と奏の二人が笑い合って写っている写真が添えられたフォトフレームが立っている。

 本来なら静寂も、じっくりと朝まで座している筈なのだが………ここでは先程まで悪夢(かこ)に魘されて、今は叩き起こされたばかりの翼によって半ばその秩序(ちんもく)は破られてしまっていた。

 

 ろくに呼吸もせず激しい運動を行っていたかのように、翼の息は荒れに荒れ、両肩は大きく上下運動をし、スレンダーな胸部も膨張と収縮を繰り返している。

 寝間着である水色の着物は彼女の体から流れ出した汗が染みつき、寝乱れて髪がダメージを受けぬよう軽く三つ編みにしている青みがかった長髪にも、それらの汗が多く付着していた。

 

 こんな真夜中の時に彼女を無理やり覚醒させた〝悪夢〟とは言うまでもなく………天羽奏との永久の別離のあの瞬間だった。

 あのライブの日の惨劇以来、翼は何度もあの時の〝記憶〟を悪夢として何度も見ては……苛まれている。

 忘れたくとも………忘れられるわけがなかった。

 瀕死の状態であり、自分が抱き上げていた奏の体から亀裂が走り………自分の腕の中でバラバラに飛び散っていった感触は、二年経った今となっても鮮明に翼の脳裏に焼き付けられていたのだから。

 

 ある程度時間が経つと、乱れた呼吸が大分落ち着きを取り戻した………と引き換えに、翼は三角座りにより膝頭で盛り上がった寝具に、自身の顔を押し付ける。

 口を固く締めながらも、それでも部屋に響く、翼の泣き声。

 月光は、彼女の瞼から零れ落ちてくる涙を照らし、煌めかせていた。

 

 

 

 

 私の………せいなんだ………奏が〝あの日〟死んだのは。

 私が、未熟だったから………弱かったから………戦う覚悟が足りなかったから……奏に甘えてしまっていたから……奏を死なせてしまい………私だけのこのこと一人、無様に生き残ってしまった。

 あんなことは二度と繰り返すまいと、私は………人類守護に携わる〝防人〟であり………人類を脅かす災厄を切り払う〝剣(つるぎ)〟なのだと、己に刻み、一人………一層の研鑽を重ねてきた。

 

 剣に――〝涙〟――は必要ない。

 

 二度と泣かぬと決めて、ノイズが蔓延る死線を潜ることに意味を求めず、ただひたすら戦い続けてきた。

 

 なのに………この二年間、我武者羅に磨きあげてきた筈の剣は………呆気なく――折れてしまった。

 

〝バニシングゥゥゥーーーソォォォォォォォ―――――ドッ!〟

 

 あの夜の戦いでの、彼女の歌声とシャウトが響き渡る。

 

 草凪朱音。

 

 かつて、神にも等しき、地球を守護する〝玄武〟であった少女。

 地球そのものが生み出したと言う〝シンフォギア〟を纏いし、異端かつ新たな装者。

 

 そして………私の〝剣〟を、一刀両断せしめた戦士。

 

 ノイズと言う異形との戦いに身を置き、遥か古代の先史文明のテクロノジーを使っている身でありながら、最初聞いた時は信じがたかった。

 前世は、超古代文明のバイオテクノロジーと地球そのもののエネルギーで生み出された〝生体兵器〟と言う彼女の話。

 だが……実際に手合わせをし、剣を断ち切った瞬間、それは真実(まこと)であり、あの戦闘能力は単に技量と才に裏付けられたものではないと、思い知った。

 翡翠色の瞳から発せられる戦士の〝眼光〟、一種の催眠術であり、緒川さんから伝授し、三年掛けてやっとモノにできた〝影縫い〟を打ち破る程の精神力………あれはまさしく、私たち以上に、過酷な〝死線〟を乗り越えてきた証左だ。

 己が剣を折られたことにも、奏の名を使ったことにも、時間を経て頭が冷えた今となっては恨みはない。

 

〝この子は適合者だとか装者である以前に―――世界で唯一無二の生命であり………〝友達〟です 、その命を、貴方は守るどころか、脅かそうとしているそれが――〝守護者〟のやることですかッ!?〟

 

 いくら立花響が、血反吐に塗れてまでも勝ち得た奏のギア――ガングニールを、浅はかな気持ちで纏い、あまつさえのこのこと戦場(いくさば)にしゃしゃり出てきた半端者だとしても………あの子は草凪朱音にとって大事な級友であるし、同時に防人にとって守るべき〝命〟である。

 どんな形にせよ、使命を蔑ろにして少女の命を脅かした私と、己が身を盾にして守ろうとした草凪朱音、どちらの方に理があるかと言えば、彼女の方だ。

 だから恨みようがない………むしろ、敬意さえ抱かずにはいられない。

 だって……彼女は奏と同じ〝熱〟を持っている。

 

〝アタシらは、一人でも多くの命を助けるッ!〟

 

 家族の仇を取る為に、復讐心を糧に装者となった奏が、戦いの中で辿り着いた〝境地〟。――歌で人々を勇気づけ、希望を与え、救う。

 

 彼女もまた……それを胸に宿し、歌い、戦う〝防人〟なのだと、戦いを通して知った。

 

 あの眼光も、あの戦闘力も、彼女が奏でる〝歌〟も、そしてそれらの源たる〝信念〟も………〝防人〟としての自分が求めずにはいられない〝勇姿〟そのものだったからだ。

 だから敬意こそあれ、恨みつらみなど微塵もない。

 

 だけど……草凪朱音が持ち、奏が持っていた防人としての在り方は、私へ残酷なまでにある〝事実〟を突きつけてくる。

 守護者に相応しき戦士な二人と違い私は……人類を守護する防人としては、〝出来損ないの剣〟なのだと。 

 

〝私には、鋼鉄のみで鍛えられてしまった、鞘にすら入っていない《抜き身の刀》にしか見えません 〟

 

 どれだけ刃を叩き上げ、研ぎ上げ、磨き上げても………私が鍛えた〝剣〟は二人に及ばず、脆く折れやすいのだと………草凪朱音の言葉と、彼女の想いが宿る歌で編み上げられた紅蓮の刃が、証明してしまった。

 思わず寝具に突きつけていた顔を上げ、二度と流さぬと決めていた涙で濡れた目を、机上の写真立てに飾られた写真へと向かれる。

 

「奏…………どうしたらいいの?」

 

 もうこの世の者ではない奏に問うても無駄だと、求めている答えは来ないと分かっていても、私は写真の中の奏に問いを投げてしまう。

 どうすれば………奏たちのような〝強さ〟を手にできるのか?

 分からない………私にはどうすればいいのか、全く見当がつかない。

 

〝お前が娘であるものか、どこまでも穢れた風鳴の道具にすぎんッ!〟

 

 代々、日本の国防を裏より担ってきた風鳴家の子として生まれ……我が〝父〟に切り捨てられ、幼き頃より愛してやまなかった〝歌〟でさえ戦いの道具となってしまった私には………戦いしか知らないのに………戦うことしか、できないのに。

 

「分からないよ………」

 

 写真の奏は、やはり何も答えてくれず………防人としての自分に立ちはだかる壁(げんかい)を打破する術を見いだせないまま、寝具越しに、再び顔を膝に押し付けた。

 もう二度と流さぬと決意した筈なのに………涙は瞼から流れ出るのを止まらせてはくれなかった。

 

 

 

 午前四時、夜明けを前にしながらもまだまだ夜空の天下な時間帯にて。

 

『こんな夜中に呼び出してすまない』

「いいえ司令、お気になさらず」

 

 外ではローターの騒々しい回転音が響く、陸上自衛隊制式汎用ヘリ―UH1Jの機内席に座しているリディアンの制服姿な朱音は、二課より支給されたスマートウォッチで本部司令室と通信を交わしていた。

 今より約八十分前、首都高速道路海岸線上にノイズが出現し、彼女も緊急招集を受け、陸自のヘリに搭乗して現場に向かいながら、端末が投影している立体モニターに映る司令室の弦十郎より状況の説明を受けていた。

 

「それで、状況は?」

『大黒ふ頭より出現したノイズは、横浜ベイブリッジより横浜市方面に南下中、中区の避難誘導はもうじき完了します』

 

 モニター一杯に映っていた友里の通信画面が縮小し、代わりに点滅赤い光点と矢印が記された俯瞰図が表示される。

 数は現在確認されているのに限れば、四十体はいるとのこと。

 

『橋はどちらも閉鎖済みだ、多少の物的被害は止むを得んが、くれぐれも銀幕の怪獣たちの真似事はせんでくれよ』

「了解、私も光線で真っ二つにする気はございませんので、善処します」

 

 映画通同士な二人がこんな軽口なやりとりをしたのは、かの橋が何かとフィクションでは怪獣たちに壊されることが度々あったからである。

 

「すみませんが、ここで下してもらえますか?」

「ベイブリッジまでまだ距離がありますが?」

「もし飛行型も転移してきた場合、このヘリでは振り切れません、後は自力で現場に急行します」

「分かりました」

 

 同乗している自衛官の一人が、搭乗口の扉を開ける。

 機内に入り込む上空の風が、機内と外の境界線に近づく朱音の黒髪をなびかせる。

 高度は三千メートル、いくらギアで〝変身〟すれば〝飛べる〟からとは言え、パラシュートも着けていない女子高生が陸自ヘリから飛び降りようとしている様を一言で表現するなら、それは異様。

 

「草凪さん……」

「はい?」

 

 翡翠色の瞳を凛とする戦士の目とした朱音がヘリより飛び出そうとした直前、パイロットが彼女を呼び止める。

 

「お気をつけて……」

 

 現況の都合上、向こうは朱音の名を知っていても、彼女は彼らの名を知らない。

 だが彼らの眼差しで、彼らもまた、複雑な思いで装者である以前にティーンエイジの少女たちを戦場に送っていったのだと、朱音の目は読み取れていた。

 

「ありがとう」

 

 かつては良くも悪くも因縁ができながら、現在は〝同士〟も同然な彼らのお気遣いに、朱音はウインクも付けつつ微笑みを返して、そっと滑らかに、長くすらりと伸びる黒髪から、ヘリより降りた。

 

 落下していく全身を横たわるように仰向けにし、両目を閉じ、両手で首に掛けた勾玉を祈るように包み込み。

 

〝我――ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん〟

 

 聖詠を歌い、彼女のシンフォギアたる勾玉――ガメラが目覚めの輝きを放って朱音を包みこんだ。

 

 同時に、上空で計六つの新たな空間歪曲が、朱音のいる紅蓮の炎の球体を挟み込むように、四方八方で起きる。

 

「湾内上空に、新たな空間歪曲を確認!」

 

 司令部でも、現場区域を飛行しているノイズドローンのカメラから

 歪み全てから、飛行型がらせん状な突撃形態でいきなり飛び出、球体めがけ突進。

 狙いは、変身が完了して防御膜とも言える炎が消失した瞬間を、不意打ちで朱音を串刺しにすること。

 

「朱音君ッ!」

 

 高速回転する槍たちが迫る中、役目を終えた球体が拡散して霧散し、無情にもその刃が装者の肉体を貫かんとする直前――

 

「ハァァァッ――!」

 

 ――肉薄し、奇襲を仕掛けてきたノイズを、アームドギアからあふれ出る炎のカーテンで以て焼き払った。

 何度も空の上で不意打ちの洗礼を味わってきただけあり、朱音は変身中も警戒を怠っていなかったのである。

 不意を突こうとした敵を返り討ちにし、一旦アームドギアの結合を解いた彼女はすかさずその足で朱音は、足裏と前腕のスラスターを噴射してベイブリッジへと飛ぶ。

 

〝――――♪〟

 

 胸部の勾玉から流れるメロディと言う波に乗って歌い、翔けながら、周囲に生成した火球――ホーミングプラズマで先手の攻撃を放つ。

 火球がノイズの肉体に着弾し、橋上にいくつも爆発の火の手が上がった。

 弦十郎からの忠言通り、加減はしてある。

 

「来い、〝獲物〟ならここにいるぞ」

 

 ノイズら正面から相対する形で橋上に降り立った朱音は、不敵に奴らへ挑発の態度を取り、駆け出した。

 ノイズの方も、群れの先頭におり、ギアの位相固定の効力でそれぞれ橙色と水色に変色した人型と蛙型が、自らを紐状に変えて突進。

 だが彼らのこの攻撃の速度と、飛行型と同様に突進中の軌道変更は困難であると実戦を通じて看破していた朱音は、速力を緩めず最小限の動きで回避しつつ、銃形態にしたアームドギアの銃口から、牽制も兼ねたプラズマ火球を発射、先陣を切った個体たちに続いて攻撃を仕掛けようとしてきた第二陣の個体らを撃破する。

 突撃をすれ違う形で躱された個体らは、後方から再び突進しようとするが、それを予測していた朱音が先んじて左手のプラズマ噴射口から発した炎で生成したガメラの甲羅を模したシールドを生成して投擲。

 彼女の〝脳波〟で遠隔操作されているシールドは、側面に供えられたスラスターからのジェット噴射で回転飛行しながら群れに迫り、鋸に酷似した甲羅の刃と、スラスターからの熱の刃による二重連撃――シェルカッターで人型と蛙型は次々両断された。

 

 一方、火球で牽制する朱音と正対する群体の中で、人型と同じ体格ながら、紫色の体色と背中と頭部に体と同色でサッカーボールほどの大きさな球体を夥しい数で抱えた個体が、球体を飛ばして来た。あの個体が抱える球体は、ある種の爆発物であり、戦闘ではこれを分離、飛ばして機雷よろしく起爆させる特性を有していた。 

 その個体の特性を、二課からの説明と地球の記憶で知っていた朱音は銃口からプラズマの炎を散弾状に連射。

 球体と散弾が宙で衝突し、爆発。

 装者とノイズ、お互いが天敵である者同士の間に、爆煙のベールが敷かれる。

 

〝穿てッ!〟

 

 朱音は、アームドギアをロッド形態に変え、投げつけた。

 後端から吹く炎は推進力に、先端より発する炎は槍の刃となり、煙のベールを通り抜け、紫の人型を串刺しにし、炭素分解させる。

 

〝―――――♪〟

 

 歌唱の声量を高め、疾駆する朱音はほぼ垂直に跳躍。 

 橋上より三十メートル跳び上がると、右の足裏の噴射口から発したプラズマ火炎で右脚を覆わせ突き出し、腰部のスラスターを全開に噴射。

 炎を纏った急降下蹴り――《バーニングブレイク》は、黒煙のベールを突き抜け、一度に十体のノイズを突き破り、焼失させた。

 アスファルトをスライディングして着地した朱音は、同時に脳波でアームドギアを手元に呼び寄せ、掴み取り、火を噴くロッドをローリングさせて突進の波状攻撃を仕掛けてくる残りの個体を迎撃して打ち払い、さらに回転飛行するシールドでの攻撃も同時に行って敵を葬っていった。

 

『大型の空間歪曲を検知』

『恐らく強襲型、注意して下さい』

 

 橋上の群れを朱音が狩り尽した直後、予め耳に付けていた小型通信機から藤尭と友里の警告が届いた。

 朱音から約二十五メートル離れた地点に現れる空間の歪みから、藤尭が予想していた通り四足歩行のワームのような巨体の持ち主で、天羽奏に〝絶唱〟を使う決断を迫らせた個体でもある強襲型が転移してきた。

 常人ではとても直視しがたい円形の口から、朱音へ溶解液を吐きつけようと首を引くも…………発射直前のタイミングで、朱音が凛然とした眼光とともに強襲型の口に火球を撃ちこんだ。

 口内で圧縮されていたプラズマが暴発し、爆炎が上がる。

 

〝災いを招く邪悪よ―――受けるがいい〟

 

 今の爆発のダメージの尾が引く強襲型へ、歌唱しながらスラスターを全開に急接近する朱音は、右手に持つアームドギアの結合を解いてプラズマの炎に戻し、掌の噴射口で火力も強め。

 

「バニシングゥゥゥゥゥーーーー」

 

 かの邪神を打ち倒した技でもある炎で編み上げたガメラの拳、烈火掌――《バニシングフィスト》を。

 

「フィストォォォォォォーーーーーーーー!!」

 

 強襲型の胴体へアッパーカットで撃ち込んだ。

 そのまま橋上より二百メートルの高度まで空に昇る龍の如く打ち上げ、紅蓮の拳打の直撃を受けた巨体の全身は炎熱化し、盛大に四散するのだった。

 

 

 

 

 大型の爆発による被害を最小限に抑えるべく、強襲型を上空へと打ち上げ、撃破した私は、ベイブリッジのアスファルトに降り立った。

 使い勝手が掴めてきたからか、前の戦闘に比べるとエネルギーの燃費は向上し、体力の消耗が抑えられき始めている。

 あの夜の戦闘でも、一見私が勝ったように見えるが、実際はこちらが先にガス欠を起こし、翼の方はまだ余力を残していた。

 もし彼女にまだ戦意が残っていたなら、私は間違いなく負けていた………それだけギリギリの勝負だったわけである。

 これから暫くは装者としては一人な戦いが続くのだ。

 もっと効率よく、エネルギーを扱えるよう自分も精進しないといけないな。

 

「ん?」

 

 己を戒めていた最中、私の感覚はほんの一瞬、誰かに見られた感触を捉えた。

 

「気の……せいか?」

 

 辺りを見渡すも、とうに気配は跡形もない。

 ただ……ここ数日のノイズどものやけに活発な動きを踏まえると、単なる思い過ごしと片付けることもできなかった。

 

 

 

 

 夜明け前で人気のない律唱市内にある森林公園の敷地内で、飛行物体が降り立った。

 その正体は人で、白色をメインとした〝蛇〟のうろこ状の表面と水色の発光体、両肩に長く生えた蛇の牙に似る突起が無数伸びている〝鎧〟で、それを纏う人……少女の顔の半分はバイザーで隠れている。

 その鎧が発光したかと思うと、光粒子状に散らばって脱着され、クリムゾンレッドな長袖のワンピースと黒のニーソックスと底の厚い靴と言う組み合わせな恰好の美少女が姿を現す。

 背丈は百五十代で厚底な靴を履いても尚小柄ながら、衣服越しでも隠し切れず、大きく恵まれた双丘を中心としてトランジスタグラマーなプロポーション。

 童顔でありながら棘のある顔つきは西洋人と日本人の面影が混合している一方、髪色は日本人離れした銀色であり、襟足部分の後ろ髪の一部が左右対称かつ極端に、まるで刺胞動物の脚を連想させるまでに腰より先まで伸びている一風変わった髪型をしていた。

 

〝犠牲を出すことを躊躇うなんて、そんな甘さで本当に貴方の望みが叶えられるとお思いかしら?〟

 

 その銀髪の少女の脳裏に、艶めかしさに溢れた妙齢の女性の声が響く。

 

「うるせえ……余計な犠牲を出さなくたって、鉄火場に出しゃばらせるくらいできるだろ」

 

 甲高い声を男勝りの荒々しい攻撃的語調で、少女は毒づいてそう反論した。

 彼女の手には、中央に赤紫色でドーム状の光体がはめ込まれた銀色の〝杖〟が握られていた。 

 

「それよりあのガメラとか言うギアの装者、ファストボール並にモノにしてきてるぞ………大丈夫なのか?」

 

〝だからこそ彼女が必要なのよ、それとも恐れているのかしら? 草凪朱音を〟

 

「バカ言うな、守護神だが何だか知らねえが、そいつ諸とも装者は………アタシ一人で充分だ」

 

 彼女は苛立ち気味に答え、杖の持ち手を握る手の力が強められた。

 

 

 

 

 

 

 一仕事終えた朱音は、ベイブリッジの近くにあり、後処理作業で特機部と自衛隊に閉鎖されている大黒ふ頭公園のフェンスの前で、東京湾と横浜の街と夜明け前特有の紺色と朱色がくっきり分れた朝がもうじきな空を眺めていた。

 女子高生が出歩くには些か不適な時間帯ゆえ、明るくなるまでここで彼女は待機、幸い今日は祝日なので、学校に遅れる心配はない。

 

「――――♪」

 

 色々と考えてしまいながらも、気分転換に彼女は海に向かって奏でていた。

 今歌っているのは、二〇一〇年代の後半に放送された地球と火星間の戦争を描いたロボットアニメのエンディング曲で、夜のビル群からふとその歌が思い浮かんだからが理由だ。

 静謐な海と潮の香りを乗せた大気に歌声を響かせる彼女には、気がかりなことが。

 二年前のライブの惨劇から生き延びた後に待っていた〝苦難〟によって〝人助け〟に囚われてしまっている響のことは無論なのだが………同じく〝囚われている〟風鳴翼のこともまた気がかりだ。

 

〝泣いてなんかいません!〟

 

 あの夜以来、数日が経っているが、その間は歌手活動の多忙さもあって、すれ違う程度の顔合わせすらできていない。

 

「すみません」

 

 潮風で艶やかな黒髪が靡く中歌う朱音に、声を掛ける男性自衛官が一人。

 二十代半ばで、職業上当然ながら短髪、日々の厳しい訓練で身体は鍛えられ、容貌は精悍ながら人の好さと真面目さも組み合わさった雰囲気漂わせる青年であった。

 

「はい?」

「五月でも朝は冷えるでしょう、これを」

「これはどうも」

 

 確かに冷たさも残る海風を前に、リディアンの制服だけでは心もとないので、自衛官が差し出したミリタリージャケットを受け取り、袖を通さず肩と背中に多いかぶせるように羽織る。

 

「ですが貴方は? いくら隊員でもお寒いでしょう?」

「ご心配なく、この程度の寒さ、どうってことありません」

 

 と、彼は申したものの、迷彩服を着込む青年の体は少々震え気味だった。

 

「そう無理をなさらず、自衛官も人の子です、何でしたら、〝私〟が暖めて差し上げますが?」

 

 どう見ても強がっている青年に、本人は無自覚ながら有している〝小悪魔性〟が刺激された朱音は、ジャケットの裾の片側を曰くげに開けつつ、流し目かつ色気混じりのささやき声でからかって見せる。

 

「い、いえ! ご……ご好意だけありがたく受け取っておきます」

 

 一瞬朱音の八十九ある胸の膨らみに視線を定めてしまった青年は、ビシッと背筋を伸ばし、頬を赤らめて狼狽する、明らかに海風の冷たさによるものではない。

 すっかり彼は、朱音の〝悪戯〟にたじたじである。

 

「ごめんさない冗談です、マジメ過ぎですよ、煮て食ったりはしませんから、そう強張らないで下さい」

「すみません……仕事柄、余り女性と接する機会に恵まれないものですから」

 

 青年のたじろぎっ振りに、可笑しくも微笑ましく映った朱音は笑みを浮かべた。

 胸を一瞬だが凝視された件も、特に気にはしていない。

 生物が子孫を残す〝義務〟と、それを促す為の〝本能〟を持っている以上、男が女体に釘づけになってしまうには無理ない、と、余程疾しくなければ見られるぐらい大目に見よう言う彼女独特の考え方と、青年がちゃんと〝恥じらい〟を持っていたからだった。

 そんな青年を、朱音は知っている。

 地球の記憶の中に、装者としてのツヴァイウイングに自衛官が間一髪助けられた模様があったのだが、その自衛官こそ、その青年だった。

 名前は、確か〝津山〟と言った筈。

 実際名を聞いてみると、「津山陸士長です」と返ってきた。

 

「…………」

 

 風の音と海の音がそれぞれ演奏される中、青年は何が話したいそうな雰囲気を出しながらも黙している状態が続き、待っていた朱音は仕方なくこちらから切り出すことにした。

 

「ジャケットを貸してくれたのは、あくまでも話す機会を作る口実、ですよね?」

 

 笑みを封じて、朱音は真剣な眼差しと声で青年を尋ねた。

 

「………はい」

 

 津山は肯定を示す。 

 本人曰く女性慣れしていない彼が、こうして朱音に話しかけてきた理由。

 

「風鳴翼のこと、ですね?」

「っ……なぜ……そうだと?」

「〝女の勘〟、ってことにしておいて下さい」

 

 朱音には見当がついていた。津山には〝女の勘〟と笑みではぐらかしたが、実際は地球の記憶と、彼の態度から推察し、行き着いていた。

 

 

 

 

 

「〝プロジェクトN〟のことは、ご存知ですか?」

「はい、風鳴司令から大体のことは」

 

 津山さんは、ツヴァイウイングの歌に心打たれた日のことを話し始める。

 かの日、防衛省庁内にある自衛隊特別総合幕僚監部ではネフシュタンの鎧の起動実験のプレゼンテーションが行われており、彼はツヴァイウイングの警護役として二人と同伴していた。

 しかし、施設内で突然ノイズが出現してしまう。

 この時彼女らは別室で待機していた上に、ギアは広木大臣らへのプレゼンの為に担い手の手元から離れており、暴れまわるノイズ掃討するにはまずプレゼンが行われている会議室のある区画まで向かわなければならなかった。

 この時津山さんは、省内の地理感に不慣れな彼女たちに最短ルートを提示してサポートに回ったのだが、途中実質丸腰の二人をノイズから守ろうとして左足を負傷してしまう。

 

〝アタシらは一人でも多くの命を助ける、その中にはあんたも入ってんだッ! 簡単に諦めるんじゃねッ!〟

 

「〝これでも自分は自衛官の端くれ、覚悟はできています、私の命を盾にしても守る〟と言ったら、奏さんからこう発破を掛けられましてね」

 

 そして、あわやノイズらの毒牙に掛かるすんでのところで、弦さんからギアを受け取り変身したツヴァイウイングに、辛くも助けられたのだ。

 

〝助けるって言っただろ、だからあんたも、アタシらの歌を忘れないでくれよな〟

 

「あの時二人の歌声を聴いて以来、すっかりファンになってしまいまして、寮の部屋は彼女らのCDだらけですよ、助けてくれた時、〝忘れないでくれ〟と奏さんからは約束されましたけど、間近であのような歌を魅せられたら………忘れられるわけがありません」

 

 一時は、ファンになったと言う発言にも納得なウキウキとした声音になっていたのだけれど、段々と声には影が入り込んできた。

 あのライブの日以来の………〝抜き身の刀〟となってしまった翼を思い返し………命の恩人の変わり果てた姿に、何度目かも知れぬ無力感が、胸の中に押し寄せていると、好漢さのある横顔が言葉の代わりに語っていた。

 

「忘れられないから………奏さんを失ってからの翼さんが………とても見ていられなくて、戦闘では独断専行がしょっちゅうでしたし………ツヴァイウイングの頃を比べると………何だか………〝義務感〟で歌い続けているような気がして」

 

 私も、装者になる以前からソロになった彼女の〝歌〟に対して、そのような印象を抱かされ、あの夜の一戦で確信へと固められていた。

 今のあの人は、装者――戦士としてはおろか、歌い手としても完全に自分を見失ってしまっている。

 何の為に歌い……何を以て戦っているのか………それを形にできぬまま、しかし生来の真面目さと使命感の強さ、相棒の死を無駄にしたくない想いの強さゆえ、装者としても、歌手としての自分も捨てることができず、半ば惰性的に今日にまで至っていたのだ。

 あのままでは心が完全に壊れてしまっていたとは言え、私の〝歌〟と〝刃〟によって鍛えてきた筈の〝剣〟が折れてしまった今、彼女の心を占めているのは………〝空虚〟と呼ぶもの。

 

「装者になったばかりで、翼さんから手荒い歓迎を受けた貴方に、こんなことを頼むのは………本当に忍びないのですが………」

 

 東京湾の海面に目をやっていた津山さんは、私の方へ正面から向き直ると。

 

「草凪さん……お願いします………翼さんを、助けてあげて下さい………一人ぼっちにさせないで下さい!」

 

 腰を直角に頭を下げて、強く私に願い出た。

 

「津山さん」

 

 その姿をしばし見つめていた私は、津山さんの右手を両手で握り上げる。

 

「あっ……」

 

 慣れない異性に手を触れられたからか、青年自衛官の頬が瞬く間に赤く染まり、胸に触れなくても心臓の鼓動が早まったと目にするだけで分かった。

 

「させませんよ……」

 

 彼の願いにどう応えるか、それはもうとっくに決まっている。

 

「あの人を孤独のまま、世界に独りぼっちになんか、させません」

 

〝だったら翼は……弱虫で泣き虫だ〟

 

 天羽奏が死の間際に翼に発したあの言葉、それは彼女の〝本質〟を何より物語っていた。

 その上頑固で強がりで、弱虫で泣き虫な自分を使命感の仮面を被り続けながら、人々をノイズから、一人でも多く救おうと戦ってきたのだ。

 なのに、その報いとして与えられるもの……絶望と破滅なんて………悲しすぎる。

 彼女だって、一人の人間(ヒト)であり、世界に一つしかない生命(いのち)だ。

 

 たとえ、奏(あのひと)のように彼女の〝翼〟にはなれなくても……それでも。

 

 一人でも多くの生命を助ける………その中には、風鳴翼も入っているのだから。

 

 見ていて下さい―――絶対に、救ってみせます。

 

 

 

 

 まるで朱音の決意に応えたが如く、東京湾の水平線から、太陽が顔を出し、朝焼けの光を照らしていった。

 

 

 ―――――――――

 

 

「草凪さん」

「何ですか?」

「さっき歌ってた曲、よかったら聞かせてくれますか?」

「ふふ……浮気者ですね」

「うっ………ご友人から意地悪だと言われませんか?」

「たまにです♪」

 

 朱音はポケットから折り畳みスマホを取り出して展開し、音楽プレーヤーアプリを起動。

 

〝~~~~♪〟

 

 リクエストされた曲を選び、前奏が流れる。

 

 朱音はAメロとBメロパートを、ささやくよう慎ましく歌い。

 

〝―――――♪〟

 

 サビに入ると、澄んだ青空が一杯に広がっていく様を思わせる雄大な伴奏に乗って、高らかに、力強くも繊細に歌い上げていく。

 

 現在ただ一人の観客(ききて)である津山陸士長は、初めてツヴァイウイングの歌を耳にした時とそっくりな顔つきで聞いていた。

 

 

 ―――――――

 

 

 そして、全歌詞全パート歌い終える頃には―――

 

「え?」

 

 いつの間にかギャラリーの数が大増量しており、朝の大黒ふ頭公園が拍手と歓声ですっかり賑わってしまっていた。

 

 少し気恥ずかしそうに頬を赤くしながらも、朱音はお返しに一礼をするのだった。

 

 

つづく。




アニメしか見てない人は津山陸士長なんてキャラ誰? とお思いでしょうが、無印漫画版で登場するキャラです。

奏と翼のイチャイチャに赤面してたりと、初心っぽそうだったので、朱音の小悪魔性が存分に発揮されてしまいました。

それと設定では無印からあったけどGXで初登場した烏丸所長もとい安国寺恵瓊もといCV:山路和弘あの人も、あるキャラの回想内とは言え先駆けて登場。
それを言ったらクリスちゃんもなんだけど(汗


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#13 - 宿題

音楽学校ながら進学校なリディアン。
実在する音楽学校のカリキュラムを調べてみたら、数学ならⅠかA止まりなのにGXでのクリスちゃんの心象風景にて数学Ⅲの教科書が。

期末テスト前日に「いっそぐっすり寝た方がいい点取れるって」なんて発言も納得だな(汗


 私立リディアン音楽院は、地方より入学してきた学生たちの為に寮も設けている。

 外見は大型マンションとそん色ない規模で、何百人ものの生徒を住まわすことができ、基本二人共用で割り当てられる部屋はリビングと寝室はほぼ一体となったワンルームながら、学生寮としては破格の広さを誇っていた。

 

「ほら響」

 

 五月後半な頃の日の夕方、寮の一部屋に住む同郷で幼馴染な響と未来は、畳が敷かれたリビングフロアのテーブルにて、各々勉学に――

 

「寝ちゃったら間に合わなくなるよ」

「う、うん……」

 

 正確には、睡魔の猛威を前に今にもうたた寝しかねない響と、それを注意する未来である。

 

「レポート出せなかったら追試決定なんだから、書けるまでは起きてないと」

 

 高校生活一度目の中間考査で、お世辞にも良い成績が取れなかった響は、いつも彼女の人助け癖に手を焼かされては雷を降らせる担任から、追試免除の条件としてある課題のレポートの提出を突きつけられ…………まだ三、四行分しか進めていない中、期日が着々と迫っていた。

 ちなみに課題内容は「認定特異災害ノイズについて」である。

 シンフォギアの特性上、全くとまではいかないが………音楽学校なのに余り音楽と関係ない内容なのは気にしないでもらいたい。

 

「あっ……」

 

 どうにか書き進めている中、容赦なく襲う眠気にシャーペンで書かれた文字は途中でゲシュタルト崩壊を起こし、慌てて書き直そうと消しゴムを擦ったら力入れすぎてうっかり用紙を破ってしまった………書き直し決定。

 

「はぁ……私呪われてるよ……」

 

 また一から書かなければならない、状況に響は溜息を吐いて顔をテーブルに突っ伏した。

 

「だから……寝てる場合でもぼやいてる場合でもないんだってば」

「ねてないよ………ちょっと目を瞑ってるだけ」

 

 その台詞を吐く人間は、大抵眠りかけている状態に陥っていると突っ込むのは野暮だ。

 

「何だか最近お疲れだけど……大丈夫?」

「へいき……へっちゃら………」

「どう見てもへっちゃらじゃないよ……」

 

実際、響の体は溜まった疲労で重くなっており、机に突っ伏してなどいたら、そのまま眠り込んでしまうのは避けられない。

 それでも響の瞼はどうにか開かれたまま、意識もどうにか目覚めている状態をキープさせていた。

 

〝わたしだけの………戦う理由……〟

 

 級友であり、人を守る戦士としては〝大先輩〟である朱音から出され、未だに解答を導き出せずにいる〝宿題〟によって。

 

 

 

 一月前に時間は遡る。

 

 

 

 深夜の横浜ベイブリッジ上での戦闘より数日前の日曜のリディアン高等科の校舎内で、響は屋上に繋がる階段を登っていた。

 

〝~~~♪〟

 

 道中、上段の方から馴染みのある歌声が響いてきた。

 どうやら彼女は、今日も屋上を舞台にして歌っているらしい。

 入学してから一か月、度々朱音が行う屋上公演は、すっかりリディアンにおける名物の一つとして定着し始めている。いくら音楽学校な学び舎の校内と言えど、屋上で堂々と歌われるのは教師側からは目くじら立たされてもおかしくはないのだが、幼い頃から〝好き〟を原動力に磨き上げた彼女の歌唱力が幸いして、黙認どころか明言されていないだけで了承されている恰好である。

 響は階段を登り切り、フェンス際には小柄な緑たちが生い茂り、市街を一望できる屋上に踏み入れると、律唱の街並みを眺めながら歌う、朱音の横姿が瞳に映される。

 曲は、入学式の日の時と同じ――《逆光のフリューゲル》であった。

 響にとってあの日の朱音の歌う姿と、歌声はとても忘れられないものだった。

 上手く言葉にできないのだが………〝あの日〟初めて大勢のファンたちと一緒にツヴァイウイングの歌を直に拝めた時に匹敵するほど、心に強く響き渡ったのである。

 

 入学式の日と負けず劣らす、あの名曲をさざ波のように緩やかに、しなやかに、それでいて高らかと抒情的に奏でていた朱音は、ふとその歌声を止ませると、本物の翡翠に勝るとも劣らない透明感のある翡翠色の瞳を響に向けた。

 

「いや~~今日も見事な腕前だったんで、なんか、話しかけるタイミングが見当たらなくて」

「気に病むことはない、こちらから呼んでおいて歌に耽っていたのは私の方なのだし」

 

 あはは、と片手で後頭部分の羽毛と似通う癖っ毛を書きながら少々バツの悪そうに笑い上げ、朱音も微笑みを返す。

 

「響、今日君を呼んだ理由は言うまでもない……」

 

 一時何とも言い難い独特の緩みを持った屋上の空気は、戦闘の時とはまた違う凛とする朱音の一声で、一瞬にして堅さを帯び。

 

「あの戦いで、ずっと装者として戦ってきた風鳴翼がどれほど辛い思いをしてきたか、身に染みた筈だ、それでも君は………胸(ここ)にあるガングニールで、人を助けたい意志に―――変わりはないんだな?」

 

 朱音は自分の胸の、丁度響の〝傷痕〟がある部分に手を当て、改めて響に、ノイズと戦う〝意志〟があるのか否か、問いかけた。

 対して響は、弦十郎より要請された時よりは、少し黙って間を置いたものの――頷き、それでも、ノイズとの戦いに踏み入れる意志はあるのだと朱音に示した。

 

「そう………分かった………」

 

〝やはり君は、踏み込む方を選んでしまうのだな………〟

 

 響からの〝答え〟を受けた朱音は、翡翠色の瞳に〝せつなさ〟が張りつかせ、友が二年前の惨劇から生き残ったことで背負ってしまった〝歪さ〟にやりきれなさを覚えながらも。

 

「けど、条件………と言うよりは〝宿題〟と言うべきかな」

「どういう……こと?」

 

 気丈な態度を維持させつつ、予め響が自分の問いを肯定した場合に切り出すと決めていた〝条件〟を〝宿題〟と言う形で表現した。

 

「これからひと月、風鳴翼の出撃停止の期間が終わるまでに、君だけの〝戦う理由〟を見つけてほしい」

「戦う……理由?」

「そう」

 

 自分では、曲がりなりにも戦う力を手にしてしまった響を引き止めることはできないと思い知らされた朱音であったものの、だからと言って容易く戦わせる気もなかった。

 シンフォギアを纏えるだけでしかない現状の響では、とても実戦には出せられないほど心技体ともに装者として〝未熟〟ではあるし………そんな今の彼女を翼がともに戦う〝仲間〟として認められるわけがないとも踏まえていたからでもある。

 装者としてはしばし〝一人〟でノイズに相手をしなければならない朱音には、一歩間違えればあの夜にて確実に確執と言う〝溝〟を作らせてしまっていたのは必至だった二人の装者を取り持たなければならない〝課題〟も背負っていた。

 それをクリアする為には、少しでも響が実戦でもシンフォギアを使いこなせるだけの力量を持てるまでに鍛えるだけでなく、響自身が見いだせなければならない〝題目〟もあると。

 

「もし翼(あのひと)が戦線復帰するまでに見つけられなかったら、悪いけど………二度とガングニールを纏わないで……」

「え?」

 

 かつてギャオスとの戦いで自分を見失ってしまった経験で、戦場には戦士を心身ともに摩耗させる〝魔物〟もしくは〝悪魔〟が潜んでいることを嫌と言うほど思い知っている。

 

「人を助けることに理由はいらない、助けたい気持ちだけあればいいと響が考えているのなら、私も同感だ………だが戦場(せんじょう)と言う〝悪魔〟にそんな理屈は通用しない、その悪魔は君の心とその想いを打ち壊して嘲笑しようといつでも待ち構えている………いつも君がやっている〝人助け〟の次元で、踏み入って良い世界じゃないんだ」

 

 突き放した声色で発せられる言葉に、響は少々萎縮した様子を見せ、朱音の心にも震えが現れるが、彼女が〝厳然〟の仮面が外れぬよう律した。

 彼女を想い、同時に彼女の意志を尊重するのなればこそ、鬼とならなければならない。

 

「だから………忘れないで―――」

 

 朱音は響の手を両手で包み込むように握る。

 

「戦場でも、〝助けたい想い〟を捨てずに戦い続けるには、君だけの〝理由〟が必要だ………せめて今は、それだけでも分かってほしい」

「う……うん」

 

 響は朱音からの〝忠告〟に、戸惑いを隠せずにいながらも、こっくりと頷くのだった。

 

 

 

 

 

 かの日響に宿題を言い渡した私は、当然だけど一方的に出したまま放任するつもりはなかった。

 装者としての今の響に必要なのは〝二つ〟。

 一つ目、戦場が持つ呪いから打ち勝ち続ける確たる〝信念〟………ただこればかりは、あの子自身の手で見つけ出さないと意味がない………他者からの受け売りだけでは呆気なく〝悪魔〟に負けてしまう。

 私が今してやれることは、その二つ目、シンフォギアを使いこなす技術と、戦場で立ち回る技術の習得。

 私は宿題を提示したその日から、響の特訓を開始させた。

 二課の地下本部は装者向けの訓練施設も充実しているので、一般人に見られる問題はない。

 市の運営する総合体育館並の広さを誇る訓練施設の一つなシミュレーションルームで最初に行ったのは、響の技量の再確認。

 

〝響、ギアを纏った状態で私を殴ってみて〟

〝ちょっと待って………朱音ちゃんはノイズじゃない、人間だよ………同じ人間なのに〟

〝大丈夫、生身でも避けられるくらいには鍛えてるから〟

〝そういう問題じゃないよ!〟

 

 いわゆるパワードスーツを着た状態で生身の人間を殴ることに躊躇うのは良心があれば無理ないことなのだが、妙に過剰に拒否反応をこちらに見せつつも、どうにか渋々了承させると、響は震え上がる全身から右手を突き出してきた。

 

「ふあぁぁぁぁーーー!!」

 

 結果どうなったか、あっさり私は躱しつつ分厚い籠手が装着された腕を掴んで背負い投げ、床に叩き付けられた響はギアで身体が強化されているにも拘わらず両目をグルグルとなると状に回してノビてしまった。

 

「はぁ~~」

 

 まさか現実に、仰向けに倒れた人の顔の上に指で摘まめるくらいの小鳥がぴーぴー鳴きながら飛び回る様を目にするとは思わなかった。絶対アニメオタクな弓美はちゃっかりその鳥を撮るだろうなんてことは置いておいて………投げのカウンターに至ったあのパンチ、目は瞑る、へっぴり腰、足に踏ん張りは入っておらず手の力だけで振るってる………絵に描いた素人らしい素人のものだった。

 拳打は無論、格闘技の体技はそれこそ、肉体のあらゆる部位(がっき)たちの演奏が生み出す調和によって形作られる合奏だとも言え、その観点で言えば響はまさしく〝音痴〟の一言。

 これではやはり当分、本人にいくらやる気があっても実戦には出せそうにない………ギアの力で炭素分解と位相差障壁を封じられてしまえば人間と同等またはそれ未満なノイズの個体の単体の戦闘力は低い、つまりギアを纏えば今の響のへっぽこパンチでも実は充分撃破できるのだが………それは道具への依存だ。

 兵器に限らず道具は道具から隷属同然に〝依存(つかわれる)〟ものじゃない、特性を把握して〝使いこなす〟ものである。

 

 指導に関しては弦さんから教えを受けさせると言う手もあったが、あの人の指導法は変化球と言うか、実際教義を受けていた時は結構楽しめはしたものの………少なくとも素人の響には色んな意味で上級者向け過ぎるので、基礎の段階は私が叩き込むことにした。

 しいて内容(テーマ)を明文するとしたら―――〝自分の身を守る〟。

 レスキュー隊、自衛隊、海上保安庁等々の〝救助活動〟を担う隊員たちが日頃から厳しい訓練に励んでいるのは、勿論災害に巻き込まれた人たちを多く、迅速かつ確実に救う為でもあるが、同時に自分自身の命も守る為である。

 かつての私や天羽奏が〝命を引き換え〟にした行為はギリギリの瀬戸際に立った際の最終手段であり、救う側である自分自身の生存も掴むのは、その手の仕事に携わる者たちが持つ義務。

 

〝私の力が―――誰かの助けになるんですよねッ!?〟

 

 残念ながら、特にあの時の恐怖心をアドレナリンで押し潰していた響は、その意識すらも希薄であった………命を賭けるからこそ、覚悟だけでなく自分の身も守る意識を捨ててはならないのだ。

 

 そのテーマを芯とした主な指導をいくつか上げると。

 

 腕立て、腹筋、スクワットといった基本中の基本のトレーニングによる体力作り、歌いながら戦う性質上、消耗も激しくなるから。

 

「はい、Bコースもう一周!」

「は~~い……」

「だらっと答えない!」

 

 本部内をコースにしたランニング、高等科の体操着た私が、ホイッスルを吹いて同じく体操着姿の響に走るよう促す様が地下の長く広い回廊で見られるようになった。

 

「1,2、3、4! ほらもさっとしない! 今の段取りもう一回!」

「は、はいッ!」

 

 体捌きの無駄をそぎ落とすべく、ダンスも取り入れ。

 

「喉から声が出てる! 戦闘中に枯らしてしまったらどうする! 歌唱が途切れたらバトルポテンシャルが下がると博士から説明を受けたのを忘れたのか!?」

「すみません!」

「今のぐらいの声をキープさせろ!」

 

 シンフォギアを扱う上で歌は文字通り〝要〟なので、ボイストレーニングも盛り込まれている。

 余りに具体的に述べていくと長くなるので、省かせてもらうが、私は決して長くない限られた時間の中で、響をどうにか翼が戦線復帰する日までに素人の域から脱しようと扱きに扱き倒した。

 

 なにせ私たちは学生、日中は授業に費やされるし、予習復習と言った勉学もおろそかにできない。

 おまけに、響が寮生活で未来と〝二人暮らし〟しているのもネックだった。未来にもギアのことは守秘義務で話せないので、下手に不信感や疑惑を与えるほど平日は夜遅く、休日は一日中響を訓練で拘束させておくわけにはいかなかったからだ。

 こんな事情の為、授業のある日の訓練は、下手すると運動部の部活動時間よりも短い中で行わざるを得なかった。

 

 そんなタイトな環境下、白状すると内心響には〝無理だと根を上げてほしい〟なんて想いも抱えつつの特訓の日々は、あっと言う間におよそ一ガ月が経過した。

 この日の私は、借用しているマンションの部屋の中、机の前で勉強中。

 

 集中を阻害させない程度の音量でラジオ番組が流れている部屋にて、今は数学Ⅰの問題集の問題を、教科書の範囲と照らし合わせながら解いている。

 この五月の間も、東京都民が一生の内で通り魔と鉢合わせるより低い遭遇率なんてデータがゴミ屑になりかねない頻度でノイズは出現し、その度に自衛隊のバックアップを受けつつガメラを纏った私が連中を掃討する流れが繰り返されていた。

 装者絡みの事情で、喩えれば映画を構成する上で欠かせない〝ダレ場〟を入れる尺が設けにくいまでな程に忙しい毎日となってしまったし、四月の時と比べると創世たちの誘いを断る頻度が多くなってしまったが、私に不満を零す気はない。

 そんなもの、シンフォギアを手にした時点でとうに纏めてノイズどもに喰わせてやったし、かのウルト○マン先生も仰天ものな風鳴翼の歌手、学生、装者の〝三重生活〟に比べればまだ温い方だ。

 

 集中力が断絶させぬよう、数学はこの辺にして一旦休憩を取ることにした。

 冷蔵庫からはちみつ果物入りの自家製グリーンスムージーの入ったガラス瓶を取り出し、ガラスコップに注いで飲み入れる。

 今の一杯でそろそろ空になりかけの量になったので、予め切りまとめて保管しておいた材料から追加分を作っておくことにした。

 冷蔵庫から食材の入った保存容器を取り出し、中身をジューサーに入れ、機械は材料を勢いよくかき混ぜていき、ほどなくして緑色の青汁(スムージー)の出来上がり。

 それをガラス瓶に注いで冷蔵庫に入れ、使ったジューサーを洗浄し終えた直後、机に置いておいたスマホから、ガメラとしての自分とは結構似た者同士な〝超古代の光の巨人〟の戦闘用劇伴曲が流れた。

 

「もうそんな時間か……」

 

 私は『映画同好会定例会議 17:30』と表示された画面をタッチして演奏を止める。

 今のスケジュールアラームの内容は、機密を漏らさない為のカモフラージュであり、実際は二課の定例会議だ。

 装者である私たちもちゃんと出席する決まりとなっているので、私は黒のタートルネックとジーパンの組み合わせな私服からリディアンの制服へと着替えて部屋を出、急ぎリディアンへ向かった。

 

 

 

 

 

「すみません! 遅くなりました!」

 

 司令室の自動ドアから開かれ、慌て気味に響は走って入り込んできた。

 十七時三十分より何分か経ってしまっている、つまりは微々たるものとは言え遅刻だ。

 事情を知らない同居人に外出理由を言い繕うのに苦労したのが原因ってところか、こちらで未来への言い分を考えておいた方がいいかもしれない………響は隠し事が下手な口だから、碌に出かける言い分を取り繕えずに寮から出てしまっただろう。

 円を描くように置かれた談話室のソファーでは、私と弦さん、翼が座り、彼女の横に姿勢を正した緒川さんが立ち、フロアの中央部分を櫻井博士が陣取っていた。

 響は友里さんの淹れた茶を黙々と口にしている翼に、少々バツの悪そうな表情を浮かべた。

 

「では、みんな揃ったところで、仲良しミーティングを始めましょう♪」

 

 櫻井博士はいつもながらのマイペース具合で場を仕切り始める。

 本人にそんなつもりはないのだけれど、場の空気を踏まえると、今の博士の一言はちょっとばかり〝皮肉〟に聞こえてしまう。

 響と翼、この二人には、まだギクシャクとした気まずさのある重々しい空気が流れたままだ。それ以前に片や多忙な歌手活動(ライブも迫っている上に、海外の大手レコード会社からご指名があるって話もラジオのニュースで耳にした)に追われているのもあって、まともに同じに場に居合わせること自体、あの夜以来今日が初めてだ。

 津山陸士長と交わした〝約束〟もあるので、どうにか手打ちをさせたいところだけど、焦って下手に手を打つと余計に溝を深ませてしまいかねないのが困り処、この二人、強情さで言えば〝似た者同士〟だったりする。

 なのでここひと月は、様子見に徹するしかなかった。

 

 談話室内の宙に、リディアンを中心軸とし、幾つも赤い点が明滅する律唱市の俯瞰図が表示されたモニターが浮かび上がる。

 

「こいつを見て、どう思う?」

「はい、いっぱいですね」

 

 弦さんからのクエスチョンに対し、やや緊張感の欠けた言い方でほんと見たまんまの解答をした響に、私はちょっとばかり吹きそうになり(逆に翼は一瞬おすまし顔をムスッとさせた)。

 

「ッははっ!、全くその通りだ」

 

 弦さんも破顔してそのまんまな響の解答を笑い飛ばしてくれたが、質問の答えとしては正解と言い難いので、補足しておこう。

 俯瞰図の赤い点たちが何を表しているかと言えば――

 

「ここ一か月に現れたノイズの出現ポイントを表した分布図、ですよね博士?」

「そういうこと♪ ノイズの発生率はそう高いものじゃないことを考えると、ここ最近の出現頻度は明らかに異常事態よ」

 

 そう、この一月の奴らの動きは、やけに活発で不可解で異常としか言いようがない。

 律唱市を起点として、短期間に何度も首都圏に出現しているだけでも異常であるのに、出現地点をこうして纏めて表示された分布図をみると、やっぱりリディアンを包囲しているかのように見える。

 

「となると、このノイズの一連の動きには、何らかの〝作為〟が働いていると考えるべきでしょうね」

「それって、誰かの手によるものって……ことですか?」

 

〝作為〟、つまり〝人の思惑〟が隠れ潜む………〝天災〟の皮を被った〝人災〟と言うことだ。

 私も、横浜ベイブリッジの戦闘の直後に感じた〝気配〟もあって、あながち絵空事でもないと考えている。

 

「響ちゃんせ~いか~い♪ まだはっきりはしてないんだけど、狙いは恐らく……本部(ここ)の最下層(アビス)で保管してある第五号完全聖遺物――〝デュランダル〟」

「デュランダル?」

「フランスの叙事詩、『ローランの歌』に登場する聖剣のことだ、響」

 

 名の意は〝不滅〟、その叙事詩の主人公で使い手たるローランが誇るほどの切れ味を有し、柄には聖母マリアの衣服の一部と、キリスト教にまつわるものとしての〝聖遺物〟がいくつも納められ、天使より遣わされたと言う聖剣。

 実在していたことはシンフォギアを手にした時点で感づいていたけど、それが〝完全聖遺物〟として現代にまで残っていたとはな、不滅の剣と言われるだけのことはある。

 聖遺物の破片の一部より作られた正規のシンフォギアは、適合者でないと扱えない代物だが、完全聖遺物は一度起動すれば、その力の一〇〇%を常時発揮でき、装者以外の人間にでも扱えると、櫻井博士たちの長年の研究でそう結果が出ているらしい。

 二年前のネフシュタンの起動実験は失敗に終わった為、まだあくまでも現状は〝理論上〟の域を出ていないのだが。

 

「なるほど、そのデュランダルの代価が、EUの不良債権の肩代わりだったのですね」

「今日も冴えているな、朱音君のご推察の通りだ」

 

 ギリシャの財政破綻より端を発したEUの財政危機は二〇二〇年代になっても解消できず、現在はすっかり経済破綻に至ってしまっており、日本はデュランダルの管理を代価にその借金の一部を代理で払わされていた。

 何とも世知辛い世界情勢と言うか政治事情だが、これだけではなかったりする。

 

「でもせっかく得た虎の子の一つなんだけど、中々政府から起動実験の許可が下りなくてね」

「しかも日米安保を盾に、アメリカから何度もデュランダルの引き渡しを要求されてるもんだから、余計に慎重に扱わざるを得なくてさ………下手打てば国際問題だ」

「まさか今回の件………米国政府が裏で糸を引いてっ……はぁっ……ごめんなさい朱音ちゃん」

 

 友里さんは口を両手の掌で覆ったかと思うと、私に謝ってきた。

 藤尭さんも「堪忍な」とばかり、合の手をこちらに向けている。

 二重国籍でアメリカ人でもある私の前で、失言を零してしまったと思ったのだろう。

 

「気にはしていません、そう思うだけの〝根拠〟もあるのでしょう?」

「ああ……調査部の報告によれば、ここ数か月の間に何万回に及ぶ本部のコンピュータにハッキングを試みた形跡が見つかったそうだ、それを短絡的に米国政府の仕業だと断定はできないが………勿論痕跡を辿らせている、本来こういう諜報活動こそ、俺たちの本分だからな」

 

 一億二千万年前から、とうに分かり切っていたことだが………ノイズと言う脅威を前にしても、中々人類は手を取り合うことができずにいる。

 それはマクロな視点で見れば、地球の国家群を指し、ミクロな視点で言うならば………私たちシンフォギアの装者だ。

 いやそれどころか………〝特異災害〟すらも利用して、陰謀と言う代物が裏で進行している事実が、今回の定例ミーティングで明らかとなった。

 私たちを取り囲む〝脅威〟は、ノイズだけではない。

 いや………もしかしたら―――

 

「心配に及ばないわ、なんてったってここは、この私が設計した〝人類守護の砦〟よ、先端にして異端のテクロノジーが、悪い奴らなんか寄せ付けないんだから♪」

 

 胸の中に疑念が渦巻き始めた中、今度はちゃんと、櫻井博士の陽気さはうまい具合に緩和剤となってくれたのであった。

 

つづく。




話の展開は良い意味でぶっ飛んでいる一方、設定面ではやけに生々しいシンフォギア世界。
国家間の外交も然り。


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#14 - Shadow ◆

外見や性格をご覧になればおわかりになったと思いますが、朱音の主人公造形は徹底して響との対比ができるように作っております。

一見正反対なようで、でもどこか通じる部分があるようで、やっぱり正反対だなってな感じで。

以下、倉田さんの台詞の引用。

「しかし、実はガメラはまだ人というものを絶ち切れずにいるんだよ、仙台でガメラの復活を願ったのはやはり人だからね、それがガメラの最大の弱みだ」

今回の話はその台詞を踏まえたものでもあります。

最後まで情を捨てきれなかったガメラですから、朱音となった今でも、葛藤が押し寄せる。それでも生命を脅かす者がいれば――


#14 – Shadow

 

「人類は呪われているッ!」

 

 いきなりのことで、申し訳ない。

 もう直ぐ制服が冬服から、セーターベストな中間服に衣替えする六月に入る目前な五月の末の日の昼、学生たちが雑談がてらの昼食に利用されるリディアン高等科の緑生い茂る中庭で、響は叫び。

 

「むしろ! 私が呪われているッ!」

「はいヴィッキー」

「あひがと♪」

 

 右手にシャーペン、左手にレポート用紙を持った状態で創世たちから、餌付けされるひな鳥よろしくな感じで、食物を食器で口まで運んでもらって昼食を取っていた。

 ひな鳥の羽毛を思い浮かばせる癖っ毛な響の髪型が、餌付けのイメージをより強固に私の頭の中で投影させてくる。

 

「あはは……」

 

 何とも表現し難い滑稽な光景に、見ているこっちは苦笑いするしかない。

 私と未来と創世と詩織と弓美が、それぞれ持参してきた弁当で食事している中、響一人だけ食べさせてもらいながらレポート用紙を半ば書き殴る勢いで筆を進めていた。

 

「ほら、お馬鹿なことやってないで……レポートの提出は放課後よ」

 

 さすがの未来も呆れ気味なご様子。

 今響が書いているのは、中間考査の追試免除の条件として提出しなければならない『認定特異災害ノイズについて』のレポートで、期限は今日の放課後だった。

 

「だからこうして、自分の限界に挑んでいるんだよ」

「ながら作業になって、効率もスピードも落ちて逆効果なだけな気もするけど?」

「だ……だから限界に挑戦中なんだよ……朱音ちゃん」

 

 とは本人の談なんだけど……単に食い意地が張っているだけにしか見えない。

 と言うか、いくら女子高で周囲には男性教師もいないからって、足も閉じずに体育座りして………ここのスカート結構丈短いので、紫色の下着が見え見えだ。

 てんで響と不釣り合いな色なのだが――紫だった。前に体育の授業の着替えの際に聞いた未来の話によれば、たまたま一人で出かけた先のデパートのセールの売れ残りを安い理由だけ(しかも上下の色を合わせる配慮もしない組み合わせ)で買ってきたらしい。

 オシャレとも可愛い気とも色気ともほど遠い話である………あるのは食い気だと言うべきか………私だって下着選びにはつい時間を掛けちゃうのに。

 ちなみに私の下着の色はくろっ―――こほん、なんてどうでもいい話は払っておいて。

 

「だよね、こんなことで作業はかどるのアニメの中くらいだし」

「ふぇっ? 手伝ってくれうんじゃなかったの?」

「こういうのは、たとえ不器用でも自分の言葉で紡ぐものだろう?」

「ぐっ………」

 

 日頃私から扱かれている分も込みで響が目線で〝手厳しいよ…〟と訴えてくるが、勉学と〝人助け〟の両立がいかに難しいか肌で感じてもらう意図も込みで、敢えて跳ね退けた。

 せめて次の期末考査は、フォローすることにしよう………一応中間考査の勉強時間まで奪わないようスケジュール調整はしていたのだが、それだけでは足りなかったようだし。

 

「これ以上お邪魔するのも忍びないので、次の授業まで屋上でバトミントンはどうでしょう?」

「お~~いいねえ、この間のアーヤへのリベンジもしたかったところだし、今度は負けないからね」

「望むところだと言っておこう」

 

 創世からの挑戦状を、私は快く不敵に受け取る。

 そして―――日頃の実戦で、動体視力も反射神経も判断能力も磨かれている私はあっさり創世から受けた再戦(リターンマッチ)に打ち勝った。

 

「また負けた……アーヤってば強すぎだって………」

 

 力なく四つん這いになって敗北を噛みしめる創世。

 うん、全く以て大人げないのは認める……これでも熱くなってしまうタイプなもので。

 

「〝背車刀〟で打ち返すとはアニメじゃないんだから!」

 

 試合の一場面を抜き出すと、ギャラリーの一人の弓美からこう突っ込まれるくらい。

 創世の渾身の壱打を、とっさに背中でラケットを左手に持ち替え、ネットの手前へと浅く緩く左切上の軌道で打ち上げ返し、まさかの私の反撃にどうにか返しながらも体勢を崩しかけた彼女の隙を突いて、ジャンピングスマッシュ。

 うん………こうして反芻してみると、我ながらほんと大人げない。

 

「今のはアニメの必殺技なのですか?」

「いや、実在する剣術の技だ、確かにアニメの敵役も使っていたがな」

 

 

 

 

 

 さて、先程何で響がああも叫んでいたかと言うと、お昼前の合唱の授業で、校歌をクラス一同斉唱していた時のこと。

 

〝仰ぎ見よ~太陽を~よろずの愛を~学べ~♪〟

 

 ちゃんとピアノの演奏に合わせてクラスメイトと一緒に歌っていた響は、途中から窓の方へ目を向け、ガラスの向こうのどこかをじっーと見つめていた。

 歌唱を途切れさせず注意しながら、もしかして翼が廊下を歩いているところでも見たのかと響を見ていた私は、ある意味で非常に不味い状況だと気づく。

 

〝朝な~夕なに声高く~♪〟

 

 今響は最前列にいる………と言うことは――。

 

〝バァンッ!〟

 

「立花さんッ!」

「はいッ!」

 

 鍵盤に指を叩き付けることで生じた荒々しく鳥肌を催すピアノの絶叫から、それ以上に強い声量な先生の怒鳴り声が教室に響き渡る。

 私は最後列にいたので、後ろ姿しか目にできなかったが、先生の大声に我に返って〝しまった〟と肩をビクッとさせる響と、〝またなの?〟と心配と呆れが五分五分の割合な未来の姿が後ろ髪と背中だけで読み取れた。

 

「全くあなたと言う人はまた………」

 

 先生の額に、〝怒〟を意味するのあのマークが出ているのを目にした。

 この間ののびた人間に現れる小鳥といい、妙に二次元特有の現象と巡り合う機会がある気がする。

 

「せっかくこうしてリディアンの学生となれたのですから、どうして受験勉強に発揮された筈の集中力を授業で発揮できないのですか!?―――」

 

 専門科目は声楽の合唱、普通科目では公民の担当で、響に追試免除のレポートを出した張本人でもある仲根先生は、合唱をサボっていた響への長々とした説教タイムを今日も開始させるのだった。

 響が叱られる状況だけを抜き出すと、彼女にだけ厳しい教える側としてはいかがなものかと印象づけられようが、実際この先生はどの生徒に対しても厳しい。

 

「草凪さんも、クラスメイトが気がかりなのは分かりますが、その気持ちは休憩時間にまで取っておいて下さいね、それと合唱なのですから、もう少し声量を落ち着かせて下さい、他の子の歌声を遮ってしまっては元も子もありません」

「すみません」

 

 同じくよそ見をしていた私も、こうして粛々とお叱りを受ける。

 授業での合唱でも、ついクラスメイトの歌声をかき消す勢いで熱唱しがちになったのには理由がある。

 この間の戦闘後に津山陸士長のリクエストで一曲を歌ったのを機に、出撃するごとにサポートと後処理を担う自衛官たちと高々に、プロのライブばりの熱量で彼らと歌い合うようになったのだ。

 心置きなくノイズと戦える環境を整え、ギアを纏う私たちと違いノイズの猛威に抗う術がほとんどない中、それでも彼らへの感謝と敬意もあって始めたことなのだが、聞き手と言うか観客側の自衛官たちのノリがあんまりにも良いことと、私も一度波に乗るととことんノリノリになってしまう性質なので、相乗効果でちょっとしたライブと化してしまっていた。やり過ぎてはいけないので、一度の機会につき歌う曲数は三つと暗黙のルールができるくらいに。

 この間なんて、年代的にリアルタイム世代の方が多かったのもあって、かのデジタル世界のモンスターと少年少女たちとの冒険を描いたアニメシリーズ一作目から三作目、プラスアンコールで四作目の主題歌を熱唱してしまったものだ。

 その影響が、今日の合唱の授業で少々出てしまい、つい熱込めて歌い過ぎたわけで、気をつけないと………特に、一代目は英語詞のバラード調で、そこから最後まで勢いよくアップテンポで歌った一作目の主題歌のせつなくも熱く盛り上がる曲調は、凄い中毒性であったし。 

 勿論、別の機会では挿入歌も歌いました。

 

〝つかめ! 描いた夢を~まもれ! 大事な友を~~たくましい!自分に~~なれるさァァァァ―――ッ♪〟

 

 歓声を上げながらも夢中に聞き入っている自衛官の皆様だけでなく、歌っているこっちの心にまで……〝火が点いてしまう〟くらい、だったことはさて置き。

 

「それから宮前さん―――」

 

 さらに一人ごとに生徒たちへさっきの合唱の際の問題点を的確かつ厳しく突きつつ、改善点もちゃんと提示してあげていった。

 生徒全員が歌い、ピアノを弾きながらの中、ここまで見抜ける先生の聴覚とセンスは驚嘆ものだ。

 ここまで先生の指導模様を述べてきたけど、日頃から善行なる人助けとは言え何かとトラブルを起こし、朝のHRはおろか午後の授業にも時として遅刻してしまうなど、授業態度に若干問題があるのは否めない響に手を焼かされているのもあって、特に彼女には隣の教室や廊下にまで響きそうな声量で怒鳴ることは………この二か月で結構頻度があるのだった。

 

 

 

 

 

「それで、例のレポートは無事に出せたのか?」

 

 その日の放課後、私は通学ルートの進行上にあり、眼下では多種多彩な車たちが走り流れているまだできてから新しい歩道橋の上にて、手すりに両腕を乗せて電話していた。

 

『まだ職員室で仲根先生の検閲を受けてる最中』

 

 相手はまだ校舎内にいて、職員室前の廊下にいるとのことな未来。

 進学校クラスの偏差値の高さを誇るリディアンは、生徒のモラル意識が高いのもあり校則は比較的穏やかで、スマホ、ガラケー、スマートウォッチら携帯端末の持ち込みも可、授業など一部の時間帯を除き校内での通話も許されている。さすがにSNSサービスの使用はご遠慮して下さいってことになっているし、バイトは禁止にされていたりと、厳しいとこは厳しくもある。

 つまり実質〝公務員のアルバイト〟であるシンフォギア装者としての仕事を全うしている私は、思いっきり校則違反をしているんだけど、人命がかかっているのでそこは大目に見てほしい。

 

「清書くらいはしてあげたか? 響には悪いが、字が〝ヒエログリフ〟に見えたものだから、先生が読めなかったどうしようかと心配でな」

『提出期限ギリギリに書き終わったから、書き直している時間が取れなくて……』

「となると、今頃先生は解読に悪戦苦闘中か」

『もう、暗号じゃないんだから……まあ私もどこぞの古代文字か何かに見えちゃったクチですけど』

 お昼に用紙を拝見してもらった時、私は書かれていた文字が間違いなく日本語であったにも拘わらず、一瞬古代エジプトの聖刻文字(ヒエログリフ)に見えてしまい、先生がレポートの内容を最後まで読めて、理解できるか本気で心配したくなったものだ。

 

『でも本当にいいの? せっかくの流れ星、一緒に見なくて』

 

 話題が変わり、未来の口から出た流れ星とは、四月の後半から五月に観測される〝みずがめ座流星群〟のこと、地平高度の関係で日本含めた北半球側ではそう多く見えないのだが、気象庁によると今年は日本からでもはっきり拝める絶好のチャンスらしい。

 予報では、今夜にて夜空に流れる雲の数は控えめな晴れ模様とのこと。律唱市は首都に近い比較的規模の大きい都市の一方で、人工の灯りの少ない緑の地にも恵まれている土地柄もあり、今日は流れ星を直に鑑賞するには好条件が揃っていた。

 

「せっかくだが、今日は遠慮させてもらうよ」

 

 私は未来から、一緒にその流星群を見ないかとお誘いを受けたのだが、丁重に断った。

 幼なじみの響と、二人だけの楽しみにしておいた方がいいと、考えたからである。

 

「だってせっかくの二人きりの〝デート〟だ、そこに水を差す趣味は私にはない」

『デ、デデデデートって!? 私と響は別に………そ、そういう関係じゃないから!』

 

 ちょっとしたジョークを吹っ掛けてみると、実際目にしなくても未来が顔を赤くして動揺している様を、声の狼狽え様で簡単に窺えた。

 

「違うのか?」

『違います! もう……安藤さんたちも朱音も………冗談きついんだから………人を夫婦か何かに喩えないでよ……』

 

 創世たちからも、私からのジョークと似た感じでからかわれたらしい。

 

『でも……ありがとう』

 

 スマホのフロントスピーカーから耳に届いてきた………未来からの………きっとはにかんだ顔から発せられたに違いない……〝ありがとう〟の一言。

 突如として息が呑まれ、そのまま詰まってしまいそうになる。

 

「…………」

 

 その感謝の言葉に籠った………余りにも嬉しそうな響きに、私の心の水面が揺れ動き出し、そのくせ………ざわめく胸は重しが伸し掛かってきて………重苦しい。

 

「未来っ……」

 

 なのに、揺れ出している心から流れてきた感情(おもい)が、口から出ていきそうになり………未来の名に続く言葉が飛び出す前に、どうにか理性が働いて口を固く噛みしめ、不用意に出ぬように結ばせた。

 この大馬鹿! 何を言おうとしていた!?

 君の親友は………ノイズを打ち倒す〝鎧――シンフォギア〟を纏う戦士となってしまったと…………これから、ノイズと命がけの戦いに赴くことになると………そう親友に突き刺すつもりだったのか?

 未来に言えるわけないだろう!

 機密だとか危険に巻き込むだの以前に………この事実は未来に、自分自身を攻め、傷を抉らせる刃にしてしまうのに。

 

「朱音? どうしたの?」

「いや……レポートの重責から解放された反動で………授業中に響が居眠りしないか、心配になって……」

「なんだそんなこと? 先生の雷が落ちないよう私が目を光らせておくから大丈夫、次の期末まで追試にはしたくないしね」

「そ、そうだな」

 

 どうにか、本当は何を言おうとしていたか悟られまいと、言い繕う。

 咄嗟に浮かんだ見苦しい言い訳だったが、未来は納得してくれたようである。

 

「そろそろ終わりそうな気配だから、じゃあ、またね」

「ああ、楽しんできてくれ」

 

 通話を切った。

 車たちのエンジン音と、宙に流れる風の音、通行人たちが歩く音、モノレールが走る音。

 今の私には、それらが妙に乾いて、寂しげな音色に聞こえた。

 いつもなら鮮やかに映り、ここからはビルの隙間から覗いている夕陽も、色合いを段々と変えていく空も、ゆったりと流れ行く雲海などと言った視界(せかい)に広がる色鮮やかな〝音楽たち〟が、今ばかりは色あせて聞こえて、見えてしまう。

 

「ごめん………未来」

 

 スマホを握る右手を左手で包んだ握り拳に、額に乗せて………私はさっき未来と通話している最中、口に出しそうになった言葉が………零れ出た。

 

 私は、未だ、煮え切れずにいる。

 むしろ……表では学生としてみんなと過ごし、裏ではシンフォギアの装者としてノイズどもに引導の豪火を渡す二重生活の一日一日を重ねる程………それでも戦うことを選んだ響の想いは決して中途半端ではないと分かれば分かる程………却って煮え切れなくなっていった。

 

 ノイズから人々を助けたい。

 響のその意志を尊重し、あの子をどうにか〝戦士〟にさせるべく、〝厳格〟の仮面を被ってこの一月………あの子を鍛えてきたけど………同時に私の中で、未来への〝罪悪感〟が、日増しに強くなっていた。

 

 だって……だって……二年前のあの日以来、ようやく二人は安寧な学生を取り戻せた筈だったのに。

 

 あの〝惨劇〟は、響に翼だけでなく、未来にもまた………大きく暗い〝影〟を落とさせてしまった。

 盛岡の親戚の下で、ツヴァイウイングのライブ中に大規模な〝特異災害〟が起きたと言う報を知った時、未来は生きた心地がしなかっただろう。マスコミの報道が、酷く無情なものに捉えられてしまっただろう。

 あのライブに響を誘ったのは、他でもなく未来だったのだから………親友の安否が知れず、救出されながらも重症を負い、生死を彷徨う親友の無事を祈っていた彼女の心には同時に――〝自分が誘わなければこんなことにならなかった………響が辛い目にあったのに自分はおめおめと地獄を受けずに済んでしまった〟――と、罪悪感に苦しめられていた筈だ。

 だから響が命を繋ぎ止め、リハビリの苦難も乗り越えた時………自分のことのように、喜びに溢れていたと、はっきり想像できた。

 

 けど………そこから二人を待ち構えていたのが………同じ人間たちが今世に顕現させた〝生き地獄〟だった。

 

 それを乗り越え………いや、乗り越えてなどいない。

 普段は目立たず、巧妙に隠れ潜んでいるだけで、あの日から――故郷を離れ、律唱(このち)に移るまでの二年間は、今でも彼女たちの心に、癌細胞も同然に精神的外傷(トラウマと)なってこびり付いている。

 

〝あきらめるなッ!〟

 

 命を燃やして奏でたあの人の歌と、その言葉を胸に、生きようと頑張っていた筈なのに、人の悪意によってそれを悉く踏みにじられた響は………極端に自己評価の低く、自らを罰するが如く人助けに執着し、無自覚に投げ出す勢いで〝命〟を賭けられるようになってしまった。

 そして………親友に降りかかる苦難を間近で長く目に焼き付けられてきた未来も……歪さと危うさをその身に抱えている。

 リディアンに進学してからの日々は………そんな二人がようやく取り戻せた筈の尊い〝日常〟だったのだ。

 友を集い、何気ない話題で笑みを浮かべ合いながら雑談を楽しみ、一緒に食事をし、ともに遊び合う。

 数か月前まで、学び舎はおろか故郷にすら家族と家以外に居場所のなかったのにも等しい二人は………そんなささやかな〝幸福〟さえ………望めなかった。

 なのに、やっと戻ってきた〝平穏〟は、少しずつ、またしても粉々に崩壊させようと、侵食しようとしている。

 私もまた………ある意味ではそれを侵す〝侵略者〟の一人だ。

 どんな理由があっても……たとえ響が望んでいることだとしても、私はあの子を……〝対ノイズ殲滅兵器〟に仕立てようとしている……その事実は誤魔化しようがない。

〝自分だけの戦う理由〟を、見つけてほしくないとさえ、時に思うことさえあった。

 

 けどもし響が、私からの宿題に確たる〝答え〟を見出した以上………私は受け止め、受け入れるしかないし、戦友としてともにノイズと戦わなければならない。

 

 だがどんな形であれ、響が自身が出した〝理由〟を胸に戦場に踏み込むことは………それを知らずとも、もしたとえ知ってしまったとしても、どちらにしても………未来にとってはトラウマを酷く疼かせ、響にもライブの真相を知った時以上の涙を流させる〝残酷〟になってしまう。

 もし………〝もしも〟じゃない。

 いずれその残酷は、そう遠くない未来にて今か今かと待ちわびている………分かっているのに、見通しているのに、私は、私には―――

 

 

 

 

 朱音は顔を上げる。

 少し前まで、ひとり友たちに忍び寄る悲惨な〝運命〟に嘆いていた少女の面影は潜み、瞳は爪を隠す能ある鷹よろしく戦士の眼光を秘めさせていた。

 彼女の鋭敏な〝感覚〟が、捉えたからだ。

 ひっそりと自分を見ている………〝影〟の存在を。

 どんな状況下、心情下にあろうと、一度〝危機〟や〝不穏〟を感知すれば、彼女の意識はこうして〝変身〟する。

 いわば――〝昔取った杵柄〟と言う代物である。

 

 

 

 

 いつから私を見ていたのか?

 気配を感じたタイミングからして、多分未来との通話を切った直後辺りか?

 しかもこの感覚………間違いなく、ひと月前に横浜ベイブリッジで感じたのと同じ。

 相手に感づかれたと悟られないよう、まだ少し落ち込み気味な雰囲気を装いながら歩き出す。

知覚する気配に変わりない。相手はこちらの跡をつけている。

 どうする? 弦さんたちに連絡は………いやできない。

 何の意図でこちらをつけているかはまだはっきりしないが、もしベイブリッジの時のと同じ視線の主だったとしたら、今は下手な行動は打てなかった。

 

 本当に、一連のノイズ大量発生が、人間の思惑が介入しているものだとしたら………狙いが二課本部最下層に保管されている〝デュランダル〟か、シンフォギアかどうかは置いておくとして、連中には―――ノイズを召喚、使役できる〝聖遺物〟を持っている可能性があった。仮にもノイズを兵器として扱おうと言うのなら、コントロールできる手段がないと話にならない。

 神話、伝承、叙事詩に登場する武器、武具が実在しているこの世界な上、何より自分が〝怪獣〟であったのだから、〝あり得ない〟なんて否定的見方は捨てた方がいい。

 そしてノイズを使役できると仮定すれば………迂闊に手を打とうとすれば、今この場で奴らを解き放とうとするかもしれない。

 私の周囲にいる人たちは、無自覚に人質にされているも状態だった。

 主だった行動に移すとその瞬間から街は地獄絵図になりかねず、けどこのまま無計画に歩き続けても向こうに怪しまれる。

 私としても、膠着な状況に入る前にあの影を通じて〝手がかり〟を得たかった。

 

『それでは、今夜のお天気です――』

 

 そこに来てくれた助け船。ビルの外壁に設置された大型モニターが放送しているニュース番組にて、天気コーナー担当の女性予報士が例の流星群の一件を報じていた。

 興味がありそうな感じでモニターを見上げ、スマホを展開させて地図アプリを、遠間からでも分かりやすく、けれどさりげなく立体画面に表示させる。

 よし、ここからでも徒歩で行け、夜は星空が見えるし、人気も少なくなる絶好の場所が見つかった。

 スマホを閉じて、目的地へと歩き出す。影の方も一定の距離を維持させて、私を尾行し続ける。

 段々と、追跡者への印象が読み取れてきた。そもそも、未来への罪悪感に浸かっていた自分にさえ、こうして気配を悟られている時点で素人だな、緒川さんら二課の諜報員と比べるのも失礼なくらい。

 あと、気配の質とも言うか、刺々しさはあるのだが、余り〝邪気〟や〝冷気〟と言った感じは見受けられない、むしろ〝熱〟があり………今の翼に似た〝張り詰めている〟感覚もあった。

 この感じは錯覚じゃない………あの影もまた………〝無理〟をしている類、とてもノイズを使役し、陰謀を秘めている側には似つかわしくない。

 こちらとしては、むしろ好都合だけど。

 そちらも、こそこそとしているのは性に合わないだろう?

 なら、堂々とご対面と行こうじゃないか――と、相手に知られない様、密かにほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 律唱市は、緑溢れる高台も多くそびえ立つ一面を持っている街だ。

 朱音が向かった先は、その高台の一つである音原公園。中心市街からは離れていながら徒歩でも行ける距離、夜は人気が少なく木々も多数園内に並び立っており、流星群を見る表の口実も、その裏、両方の意図のお眼鏡に叶う場所であった。

 陽が暮れかけて薄暗い園内の階段を登る朱音を、足音を立てぬよう留意はしている〝追跡者〟たる銀髪で、クラゲの足のような長い後ろ髪のあの少女。

 緊張感が張り付いたあどけなさの残る美貌は、少しばかりほっとしている様子も混じっていた。

 ハイヒール分を足しても尚、一五〇台半ばの身長な彼女からしたら、背も高いし大人びている見た目をしてても一歳分〝年下〟である女子――草凪朱音が、人のいないところへ行ってくれた。

 流れ星にでも見に来たのかどうか知らないが、この辺りなら、奴の足止めに多少大目に〝召喚〟しても、無用に犠牲は出さなくて済むし、■■■■に街のど真ん中で呼び出さなかったことへの言い訳にもなる。

 自分の〝悲願〟がどれだけ馬鹿げているかは分かっていたが、だからと言ってその為に〝関係のない奴ら〟を進んで巻き込むのは………彼女にとって胸糞悪い話だった。

 

 階段を登り切り、森の中に入った。

 

(この辺だな)

 

 太ももに巻いているミニケースから、掌に収まる銀色の物体を取り出すと、物体自身が少女の半身分以上ある細長い逆三角形状の〝杖〟へと伸長した。

 あいつ曰く〝地球(ほし)の姫巫女〟な奴の足止めたちを召喚と同時に、予め市内の別位相に潜ませておいたのをあの鈍くさそうな〝ひよっこ装者〟にぶつけてやる。

 

「あっ……」

 

 プランの内容の反芻していた少女は、尾行相手たる朱音の姿を見失った。

 慌てて並び立つ木々の中を走る。

 

「Tag's end――daughter」

 

 最中、英語で発せられた――〝鬼ごっこは終わりだ、お嬢さん〟――の声が、薄闇の中で響く。少女の背後で、何かが地面に降り立った音が鳴り、振り返った。

 草凪朱音が、ユーモアに反して凛と鋭い眼差しを、銀髪の少女へと射ていた。

 死角の多い木々の渦中を利用し、少女の隙を突いて枝の上に飛び乗っていたのである。

 

「What do you want with me? 」

 

〝私に何かご用ですか?〟

 

 そう尋ねる朱音に対し、少女は舌打ちしながら右手を夜空に掲げる。

 右手が輝いたかと思うと、彼女の全身に青白い光の粒子が纏わりつき、次の瞬間には………あの蛇の鱗に似る模様な白銀の鎧が纏われていた。

 

 

 

 

 

 あの鎧、まさか完全聖遺物か!?しかも蛇の体表のようなあのアーマーの形状………あれはもしや、二年前の〝Project:N〟の起動実験で行方知れずになった――。

 

「くらえよッ!」

 

 日本語で、吐き捨てる勢いから叫んだ少女が撫子色な三日月の連なりでできた鞭を振るってきた。

 横合いにステップして一撃目を躱し、逆胴の二撃目を跳び下がって避ける。

 着地したところへ迫る上段の三撃目、聖詠を唱えている時間はない、なら!

 

「ハァッ!」

 

 咄嗟に、右足を大地に強く踏みつけた。

 弦さん――司令譲りの震脚の衝撃で、畳返しよろしく土の一部が長方形に起き上がり、鞭はそれを砕きながらも勢いは削がれ、ギリギリ私の体に届かず空振る。

 完全聖遺物を纏った少女はそこで攻撃を止め、その場から飛び去っていった。

 

「待てッ!」

 

 こちらとしてギアを纏えば空を飛べる。

 ガメラを起動すべく首の勾玉を手に取り、歌おうとしたその時。

 

「朱……音?」

 

 私の名を声に出した………聞き覚えのある少女の声で、聖詠が中断させられた。

 

「未来……どうして?」

 

 声の主は、響と一緒に星を見に行っている筈の未来、息が少し荒れている様子から、走ってここに来たらしい。

 いやそれより………どうして彼女が一人ここに?

 もっとくっきり流れ星が見られる高台に行くと聞いていたから、 この音原公園を選んだのに………いやそれ以前に、もしや今の一部始終を見られたか?

 未来を鉢合わせた事態に戸惑う中、自分の〝第六感〟に、胸騒ぎが押し寄せた。

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪(我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂を戦わん)〟

 

 疾風の如く駆け出し、目の前に未来がいるのも構わず、聖詠を奏でる。

 守秘義務に構っている時間が、無かったからだ。

 

「え?」

 

 突然走りながら、彼女からしたら不明の言語で歌い出し、全身から光を発し出した私に呆気にとられた未来を左腕で抱き寄せ、大きく広げた右手を真っ直ぐ宙に伸ばす。

 掌が発した炎がバリアとなり―――突進してきたノイズをそのまま焼失させた。

 

「っ…………」

 

 状況を理解し切れずにいる未来をよそに、私は、私たちを取り囲む形で現れたノイズどもに対し、怒りを込め、こう叫んだ。

 

「Don't hit my friend!!」

 

〝私の友達に手を出すなッ!〟

 

つづく。

 




さらりと原作で弦さんが見せてくれた震脚畳返しを披露した朱音ですが、何せ司令のヘンテコ映画修行を経験済みですので。

ちなみに最後の台詞はアメコミ映画X-MENウルヴァリンスピンオフのが元。


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#15 - 暴走の片鱗

 やっと原作第三話分消化しました。

 執筆の関係上、原作を何度も見返しているのですが、改めて金子さん、美少女だろうとキャラに試練を貸しますが特に響にはドSです。
 試練一つ乗り越えたと思ったらすぐさまそれ以上に高い試練課すし、GとGXだと、響が装者としてと言うかヒーローとして好調なのは一話で、二話目から十話過ぎた辺りまでは剣序盤のダディ並みに不調の足かせにずっと引っ張られてますし、実は好調期はむしろアニメ本編の合間の時期と言う(汗

 まあそういう私も、今回の話で残酷な対比を描いているので人のこと言えませんが(大汗

 ニコ動の公式配信では、三話での暴走の理由がしょぼいなんて(リアルタイム放送当時)コメあったけど、今後確実に〝卒業イベント〟がある筈のあの二人の愛の重さを踏まえると、実に納得と言いますか(苦笑

 ちなみに今作での響の断腸の想いでドタキャンは一応面と向かってに変えてます。緊急事態とは言え、いきなりいなくなってちょっと時間経ってから電話はさすがに響鈍くさ過ぎるし、余計未来にショック与えるだろと、あの場面見た時せつなくなりつつもそう突っ込みたくなったもので。


〝Balwisyall Nescell gungnir tron (喪失へのカウントダウン)〟

 

 響が〝聖詠〟を唱えると、彼女の心臓部にあるガングニールの欠片が呼び起こされ、フォニックゲイン「を糧に実体化させたオレンジと黒を主体としたスーツとアーマーが装着。

 ギアを起動させた響は、市内の地下鉄駅構内に繋がる階段を跳び下りる。

 

『朱音君は別地点で交戦中だが、翼がそっちに向かっている、それまではどうにか持ちこたえてくれ』

「分かりました!」

『くれぐれも無茶はするなよ』

 

 駅の改札口周辺は、とうにノイズたちによって占拠されている有様と化していた。

 いつも目にしている筈の日常の背景すら、不気味で異様な光景に変えてしまう………〝特異災害〟の恐るべき一面の一つ。

 彼らと対峙する響は、構えを取った。

 邪念などとは無縁そうなまるまるとした響の双眸に、今は〝怒り〟が彩られ、特異災害をばら撒く主たちを睨み付けていた。

 新たな人間(えもの)たる響を捉えたノイズは、接触して炭素化させようと向かってくる。

 

「―――――♪」

 

 歌い出した響は、突進してきた先頭の一体を正拳で迎え撃つ。

 突き出された拳がノイズと衝突し、そのまま炭素化されて打ち砕き、続けざまに振るわれた回し蹴りでもう一体を撃破する。

 まだ響には、アームドギアを実体化させるどころか、それに必要なエネルギーを集めることすらままならない。

 ゆえに彼女は、徒手空拳による肉弾戦(インファイト)しか戦う〝手段〟がなかった。

 しかし、朱音からのこのひと月の特訓のお陰で、どうにか響は人型、蛙型のノイズには複数が相手でも立ち回れるようになっていた。

 目はちゃんと開かれ、腰にも力を入れ、腕または脚だけでなく全身の筋肉を使って拳打や蹴りを繰り出し、迎え撃つ。

 歌に関しても、極度に音痴と言うわけでもなく、特別上手いわけでもない、平均的だが朱音や翼たちのような実力者を前では聞き劣りしてしまうのは否めなかった歌唱力と、不安定な声量は、

身体の鍛錬と同時に行われたボイストレーニングで、ギアの出力をある程度安定させることができるようになっていた。

 ただ………今回が実質的〝初陣〟な響の攻勢を続かせるほど、敵も攻められるばかりではない。

 以前、ベイブリッジで朱音と交戦し、彼女に串刺しされた紫色の人型が、背中に抱えた機雷の球体を飛ばして暴発させた。

 

「あっ!」

 

 他の個体との相手に気を取られていた響は爆発に巻き込まれ、その衝撃でホームの天井が崩れて落下。

 響はそのまま瓦礫の下敷きになってしまった。

 反撃を成功させた紫の人型は、ホームの方へと走っていった。朱音と戦った別個体はあっさりと倒されてはいたが、相手が悪かっただけで位相差障壁と炭素分解以外に強力な攻撃手段がある点は、厄介なタイプである。

 他の人型と蛙型の個体たちは、ゆっくりと瓦礫の山に近づいていく。

 

「見たかった……」

 

 山の中から、響の声が発したかと思うと、瓦礫から響が破片と白煙と一緒に飛び出してきた。

 

「流れ星―――見たかったッ!」

 

 その勢いのまま、周りにいたノイズを攻撃。

 先程対峙した時点で、響の心に〝怒り〟は少なからず込み上げていたのだが、先の機雷の爆発によって油を注がれ、怒れる感情の炎が強まってしまったらしい。

 

「未来と一緒に――――流れ星を見たかったのにッ!」

 

 段々と、響の攻撃は荒々しく、〝技〟とは程遠い力任せで、八つ当たりに拳を、蹴りをノイズにぶつけていった。

 犬歯を剥き出しにし、声にドスを利かせ、双眸の周りを憤怒の皺で歪める彼女の攻撃で突き飛ばされたノイズは、構内の壁や天井に叩き付けられる。

 

「ぐぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

 

 親友との〝約束〟を破ってしまう原因を作った者たちへの〝怒り〟に呑まれ、獣に似た呻き声すら上げる響に………戦闘で生じる二次的被害を抑えるのはおろか、考慮するだけの思考すら、全くなかった。

 それどころか、ノイズを追走する道中にて、理不尽にも駅の壁面に拳を叩きつけ、亀裂だらけのクレーターを作り上げてしまった。

 

 

 

 なんで―――現れたッ!

 なんで今日、この日に、現れたんだッ!

 なんであんたたちは、未来と大事な〝約束〟を交わしたこの日に―――どうして現れたんだ――――ノイズッ!

 ずっと前から………一緒に流れ星を見ようって、二人で楽しもうって……約束してたのに!

 私も楽しみにしてたけど………私以上に心待ちにしてたんだ―――未来はッ!

 

〝お待たせっ………どうしたの? 響〟

〝ごめん未来………急に用事できちゃって………一緒には……〟

〝また………大事なよう?〟

〝うん………〟

 

 約束を破るのに………本当はいけないのに………断らなきゃいけなかったあの時、未来の顔、とてもじゃないのけど、見れなかった。

 

〝じゃあ……仕方ないね〟

 

 なのに未来は、理由も話さない、顔すら合わせない私を、責めなかった。

 

〝あんまり遅くならないでね……部屋の鍵、開けておくから〟

 

 何も言わない私を……約束を踏みにじった私を……気遣ってくれた。

 

〝ありがとう………ごめんね〟

 

 けど……辛い気持ちを、我慢して……押し込めてるのは、私でも、顔を見ていなくても、分かった。

 

〝あんだけ人を殺しておいて、よく生きていられるよね?〟

〝しかもパパとママの税金で補償受けてるんでしょ? そりゃすぐ元気になるわけだ〟

〝この税金泥棒な人殺し!〟

〝なんであの人が死んで―――あんたみたいのが生き残ってんのよ!〟

 

 自分の〝一生懸命〟であんなことになったのに………それでも未来は傍にいてくれた。

 

〝どうしてそんな酷いこと平気で言えるの!? ただ生き残っただけで!〟

 

 一緒に耐えて、我慢してくれた。

 ずっと………〝親友〟でいてくれた。

 未来があんなに頑張ってた陸上部を止めたのも……未来自身は〝記録が伸び悩んだから〟と言ってたし……それも本当なんだけど、私にだって分かってるんだ………どうして未来がスプリンターのユニフォームを脱いだのか。

 

 いつも………いつもいつもいつも私は―――未来を辛い目に遭わせて……辛い気持ちを我慢させて。

 

 だからせめて………未来との大事な約束は、ちゃんと果たしたかったのに。

 

 それを………ソレヲオマエタチハ―――フミニジッタッ!

 

 ソウヤッテ……ヤクソクヲオカシ………ウソノナイコトバモ………アラソイノナイセカイモ………ナンデモナイニチジョウモ―――ウバウノカッ!?

 

 

 

 

 唸り声を響の全身が、禍々しさを覚えさせるオーラに包まれ、顔は黒く塗りつぶされ、双眸は暗色な赤い光が怪しく放っていた。

 

「Guhaaaaaaaaーーーーーーーー!!!」

 

〝破壊衝動〟

 言葉にするならそれに呑まれて歌唱すら放棄した響は、ケダモノとしか言い様のない咆哮を上げて、ノイズたちを襲う。

 蛙型を両腕で力任せに引き裂き。

 人型を押し倒して馬乗り、頭部を握力で潰してそのまま引き千切り。

 一体の胴体を右腕で突き貫いたまま、もう一体をホームの床に叩き付け、狂った笑いを浮かべながら足蹴にし、ヒールを押し付けてノイズの顔を抉った。

 知性も理性も、良心の欠片すら感じさせない、残虐なる猛威。

 これは最早戦闘ですらない、本来はこの少女が忌み嫌っている筈の、一方的な〝虐殺〟だった。

 

 人類を虐殺する〝特異災害〟が逆に虐殺される、そんな逆転現象が起きる中、紫の人型が機雷を多数、暴走する響に放つ。

 他のノイズへの加虐にご執心だった響は、またしても機雷の爆発を諸に受け、ホーム一帯は爆煙に一時支配された。

 煙の天下はそう長く続かず、何秒かするとホームの濃度は薄まっていき、完全に晴れる頃には、物理的衝撃にも強いアンチノイズプロテクターの効能により間近で爆発の猛攻に晒されながらも無傷な響がそこにいた。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 先程までの残虐なる様は、幻だったのかと思わされるほどに、響の姿と意識から〝凶暴性〟が失せていた。

 皮肉にも、特異災害が響の……体内のガングニールと彼女の感情(こころ)が生み出した〝暴走〟を食い止めた格好となった。

 響は自身の暴走に無自覚なまま、紫の人型を再び追いかける。

 ノイズは線路の頭上に機雷を幾つもぶつけ、地上に繋がる大穴を爆発でこじ開けて、そのままよじ登って地下より脱していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Don't hit my friend!! 」

 

 聖詠を唱えてシンフォギア――ガメラを纏い、未来を抱きかかえ、彼女に襲い掛かろうとしていたノイズの突進を右手の噴射口から発した炎のバリアで防ぎ、そのまま燃やし尽した朱音は、夜の高台公園の森に位相転移してきた〝災いの影〟に――

 

〝私の友達に手を出すなッ!〟

 

 と、苛烈かつ凛と、日本人にしてアメリカ人でもあるバイリンガルな彼女らしくネイティブな響きの英語で、ノイズたちに啖呵を切った。

 

「…………」

 

 間一髪朱音に助けられた未来は、現況を理解し切れずに閉口している。

 いきなり級友が、彼女からしたらどこのものか分からない言語で歌い出し、アニメのヒロインのよう、紅緋色のアーマーを纏って〝変身〟した状況に放り込まれたのだ、未来の反応は当然で無理からぬものである。

 

「ノイズ……」

 

 ほんの僅かな放心状態から、未来はノイズに囲まれている現在の事態を理解した。

 幸か不幸か、ここ最近の律唱市での異常な出現率を前にしても、未来はこの瞬間までノイズを実際に目の当たりにしたことがなかったが………その特異災害の恐ろしさ、おぞましさ、惨さは、かの〝二年間〟痛いほど思い知らされていた。

 

「…………」

 

 そのノイズが今、目の前にいる。

 本能が恐怖を感知し、体は震えていると言うのに目はノイズたちに釘づけとなっていた。

 スノーノイズの如きざらつきに塗れた異形から発せられる、無機質でありながら禍々しい〝殺意〟は、彼女の〝理性〟を切り崩そうと、少しづつ忍び寄る中。

 

「未来」

「あっ……」

 

 崩されそうになる精神を、鎧を纏った級友――朱音の凛とした声が繋ぎ止めた。

 未来は、自身を左腕で包み込んでいる、同い年ながら一回り以上背の高い朱音を見上げた。

 プロのモデル相手にも見劣りしないどころか勝り、〝クールビューティ〟と表されてもそん色ない大人びた美貌な横顔は、一層引き立たせるほど鋭く研ぎ澄まされ、物理的な覇気(あつりょく)を秘めた〝眼光〟を異形たちにぶつけていた。

 

「話は後、くれぐれも、私の傍から離れないでくれ」

 

 首を乱れたリズムで小刻みに、頷き返す未来。

 戸惑いがないわけじゃない………未来の〝意識〟は未だ恐怖と混乱でぐらつきがある。

 ノイズが目の前にいるだけでも乱されていると言うのに、彼女からしたら正体不明の風体で、震えも恐れも見せずに勇ましくノイズと正面から対峙している朱音は、未来の目から見ても〝歴戦の戦士〟と言う印象を見受けさせていた。

 リディアンに進学して、久方振りにできた響以外の〝友〟の隠された戦士としての一面は、この瞬間まで知らなかった未来を困惑させるには充分であった………が、朱音が眼光に帯びる闘気は、彼女を戸惑わせると同時に不思議と安心感も招き、金属質な鎧に覆われていると言うのに、左腕を中心とした彼女の体の温もりは、未来の皮膚感覚へくっきりと伝わってくる。

 なぜか? 今の未来にそれを見い出せる余裕はない。

 とにかく今は取り乱すより、朱音の言う通り、彼女の傍から離れない方がいいのだと、未来の思考は狼狽が尾を引きながらも、そう結論づけた。

 

 

 

 こんな可燃物が密集している場所、森の中では、迂闊に〝炎〟は使えない。

 私の――ガメラのプラズマの火は――強力過ぎる。

 規模は本物より遥かに小規模とは言え、地上に〝太陽〟を出現させるようなものだ。

 木々や緑たちの身と命を弁えず振るえば………こちらが災害を生み出してしまう。

 かと言って離れようににも、この森林公園は人の街に囲まれている………園内から出てしまえば、事態を知らない民間人を巻き込んでしまう。

 既に友達一人、巻き込まれてしまっているし、色々難題が待ち構えているが、今は戦闘と、未来に降りかかる火の粉を払うのを優先する時。

 

 まあ幸い、こんな状況下における最適な戦法は―――とうに見出している!

 

 

 

 

 

 

〝くらいなさいッ!〟

 

 先手を仕掛けたのは、朱音の方からだった。

 右手の噴射口から発せられた炎は、オートマチックの拳銃に形作られ、それを素早く構えると同時に朱音は発砲、銃口から飛び出した〝弾丸〟は攻撃しようとしていたノイズの一体のざらついた表皮を容易く破り、肉体に食い込むと、弾はプラズマ化して膨張、一瞬で敵を炭素に変えて火花混じりに四散させた。

 続けざまに、もう三発を電光石火の如き素早さで連射して排莢音を鳴らし、そのいずれもノイズの肉体に当て、炭素分解に至らしめる。

 右手が握り、構える〝拳銃(ハンドガン)〟は、朱音がこの一月の間の実戦にて新たに編み出したアームドギアの形態だった。

 モデルは、あらゆる国家の軍または警察の特殊部隊で採用されているシグザウエル社製の銃器、SIGシリーズの一つであるシグザウエルP226であり、黒を基調した色合いに、紅緋色のカラーラインが走り、六インチある銃身には発射時の反動と跳ねあがりを抑えるコンペンセイターが装着されている。

 朱音がP226をモデルにしたのは、SIGシリーズの高い信頼性を考慮してのことだったが、何の因果か、同じSIGシリーズで陸自の制式拳銃でもあるP220は、かのレギオンの〝働きアリ〟の一体を撃破せしめた実績もあった。

 

「――――♪」

 

 プラズマエネルギーで生成したカスタムガンで先制攻撃を成功させた朱音は、力強く歌唱しながら両足のスラスターを吹かして、ホバリング移動で森の中を〝バック〟で後退し、ノイズたちは逃がさぬとばかり追走を開始する。

 行く手を阻む木々が多数そびえ立つ森の中、そこを高速な上に進行方向に背を向けて突き進むなど、常識的に考えれば危険だった。

 現に未来は目を開けている余裕すらなく、必死にギアを纏った朱音の体にしがみついていた。

 当然――〝歌いながら戦う〟と言う、シンフォギアの特性を知らぬ者からすれば不可解極まりないやり方で朱音の行う戦闘に構ってなどいられない。

 反対に朱音は、まるで背中にも目を持っているのかと思わすほど、衝突どころかかすりもせず、高速で森をバックで掻い潜っていた。

 ノイズどもはと言えば、その動きはおぼつかなく、どこか惑ってもいる様子で移動速度も一定していない。

 位相差障壁で、目の前にどれほど大きく、頑強な物体があろうと擦り抜けてしまうノイズだが、

奴らには物体を透視する千里眼を有してはいない。

 しかも奴らの思考は基本的に至極単純であり、視界内に人間がいれば我先に襲い掛かり、逆に人の姿が映らなくなると、一転して何もしなくなる。

 

「―――――♪」

 

 しかも朱音の歌で、彼らはこちらの物理法則に縛られている為、頼みの位相差障壁も使えず、障害にならない筈の眼前の物体――木々が障害となって進行を邪魔されていた。

 猛スピードでのホバリングでじぐざくに軌道を描き後退しながら、死角の多く作る樹たちを隠れ蓑に姿を消したり現れたりを繰り返し、敵に攻撃どころか移動すら支障を来させて翻弄している朱音は、未来を離すまいと左腕で抱き、右手が持つP226モデルのハンドガンから連射されるプラズマエネルギー製の.40S&W弾を、一発も撃ち漏らさず正確に撃ち込み、ノイズの体に食い込んだ弾丸はプラズマの炎に戻って内側から体組織を破壊した。

 さらに周囲に、三日月型なプラズマの刃をいくつも形成、それらを高速回転して飛ばす。

 

 ホーミングプラズマの派生技、烈火刃――《ローリングプラズマ》。

 

 回転し飛び回るプラズマの刃は、ノイズたちの肉体を焼き切り、傷口から彼らを炭素化させていった。

 二列(ダブルカラム)の弾倉(マガジン)内の弾丸を撃ち尽くし、ホバリングを停止させる朱音、その時には数十体いたノイズは粗方狩り尽されていた。

 朱音は左腕で抱きかかえていた未来を地面に下ろす。

 

「大丈夫か?」

「うん……」

 

 ノイズが目の前に存在する戦闘の真っただ中にいた為、未だ意識と呼吸に乱れがあるのは否めず、両脚に全く力が入らない状態ながら、未来はアーマー姿の級友の問いに応じた。

 未来の無事を確認すると、ハンドガンからマガジンを排出させる―――

 

「あ、危ない!」

 

 未来の叫びが森の中にて響く、まだこの場にノイズが残っていたのだ。

 飛行型が五体、突撃形態で斜線上に降下していた。

 しかも五体は融合して、大型化して大気を打ち破りながら、朱音の背後を取って彼女を突き刺そうとしていた。

 

 が、螺旋の刃を突き立てられようとしている朱音は、左手の噴射口から発した炎を弾丸の入った新たなマガジンにへと固形化し、素早く装填、振り向きざまにスライドを引き、猛禽の如く鋭利な眼光で狙い、両手で構え。

 

「――――♪」

 

 奏でながら、連射。

 先陣を切る一発目が螺旋の先端に食いつき、風穴を開け。

 後続の弾たちは、いずれも一発目を押し上げ、風穴へと深く食い込んでいきプラズマ化して炸裂………朱音の精密射撃(ピンホールショット)を前に、融合体は敢え無く爆破されて炭を飛び散らされた。

 

「…………」

 

 未来は、月光の恵みで艶を帯びたさらりと伸びる黒髪が、爆風でなびく朱音の横顔を見上げている。

 美しくも勇壮なる学友の勇姿は、彼女の纏う〝鎧〟や振るわれた〝力〟と言った疑問を忘れさせ、困惑をも通り越させて、未来を見惚れさせていた。

 同時刻に、親友も〝シンフォギア〟を纏ってノイズを戦っている事実を、この時はまだ知らぬまま。

 

 

 

 

 紫の人型が地下鉄よりこじ開けた穴は、市内の森林公園の一つだった。

 地上に出たノイズは、その足で新たな獲物を探そうとしていただろう。

 公園の緑の上を走っていたところへ、コーラスを端に発せられる歌声が響く上空から、水色の三日月の刃が肉薄。

 空からの奇襲を前に、ノイズは何の対応もできぬまま両断され、爆音を夜の公園に轟かせて四散した。

 この個体も、相手が悪かったとしか表しようのない。

 遅れて地上に出た響は、夜空を見上げて、降下しながら歌い、月の光を刀身で反射させるアームドギアの大剣から、《蒼ノ一閃》を撃ち放った翼の姿を目にした。

 陸自のヘリで現場に急行して飛びおり、ギアを装着と同時に紫の人型を撃破した翼は両足に装着されている推進器付きのブレードの噴射で落下速度を抑えて園内の、響が立つ地点から約十メートルの場所に着地する。

 

「…………」

 

 決して穏やかからは遥か遠い、両者に流れる沈黙。

 しかも今回は、間に立ってくれる朱音が、この場にはいない。

 かの装者同士の私闘が起きてしまった時のより、重苦しい空気が、園内に流れる。

 不穏さを煽ろうとしているのか、月が夜天を流れる雲に隠れて闇が深まった。

 

「私だって………私にだって〝守りたいもの〟があるんですッ!」

 

 響は、何も言葉を口にしない、目どころか体の向きも合わせず背を向ける翼へ必死に思いをぶつける。

 自分だって、今は中途半端に、甘い気持ちでのこのこと戦場に出て来てはいない――ノイズと戦っているのではないと。

 

「だから―――」

 

 背を向けていた翼は、無表情な面持ちで横に向いた。

 だが二人の〝視線〟はぶつかりすらもしない。

 そのくせ翼の瞳は………〝ノイズ一体に手を焼かされ、踊らされている半人前の身で、何を一丁前なことを言っている?〟とでも言いたげに、冷めたものであった。

 相棒の愛機に対する強すぎる拘りも然りだが、初陣から、心身ともに〝守護者〟、翼の表現を借りるなら〝防人〟に相応しい獅子奮迅の活躍を見せた朱音の勇姿を直に目に焼きつけられていたのもあり、それが余計に響が〝未熟〟過ぎると映ってしまっていた。

 これで先の響の〝暴走〟を目の当たりにしていたら………どうなっていたか。

 あの瞬間の響の顔は、少なくとも〝人を守る者〟がしていい形相では、断じてなかった。

 

 

 

「〝だから〟なんだ? 早くその先を言えよノロマ」

 

 未だに噛みあうことも、向き合うこともできずにいる二人の装者の前に、一人の闖入者。

 遮っていた雲が過ぎ去り、月光が闖入者の姿を照らす。

 

「そんな……あれは……」

 

 目を大きく開かされた翼の面持ちは、〝信じられない〟と言う彼女の心境を、如実に表していた。

 闖入者は、あの銀色の髪の少女。

 そして彼女が身に纏っている蛇の鱗を象った白銀の〝鎧〟こそ。

 

「ネフシュタンの………鎧」

 

 二年前のツヴァイウイングの〝ラストライブ〟の裏で行われた起動実験で失われた筈だった〝完全聖遺物〟―――《ネフシュタンの鎧》であった。

 

つづく。



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#16 - 血に染まる ◆

ガメラと言えば、ボロボロになっても人、特に子どもを守る為に立ち向かう無骨ながらも献身なる勇姿ですが、ギャオス、レギオン、イリスとの激闘を戦い抜いたガメラ――朱音では、今さらノイズに苦戦するのは締まらないので、そこを描けなかったのですが………今回はこういう形で描けました。

いくら熱エネルギー操作が上手いガメラだからって、Gより先んじてこんなことやっていいのかと言われそうですが(大汗


「ネフシュタンの………鎧」

 

 月夜の下、未だ歩み寄れぬことのできず、それぞれ〝守りし者〟としての未熟さを露呈させている響と翼、二人の装者に現れた……失われた完全聖遺物――《ネフシュタンの鎧》を纏う銀の髪の少女。

 

「へぇ~~~よく覚えてたな〝こいつ〟のこと」

 

 バイザーに覆われた少女の顔は、よく見れば愛らしく整われていたが、その容姿とミスマッチな不良の如き粗暴さと、相手を小馬鹿にした口調で返す。

 

「あんたにとっちゃ思い出したくないトラウマなもんだから、てっきり頭から消し飛ばしたと思ってたのによ」

 

 少女は底意地の悪い笑みを浮かべ、自らが纏う鎧の名を口にした翼へ、不敵に、挑発的に、彼女の傷(トラウマ)ごと抉り出さんとする響きで、続けてそう言い放った。

 

「忘れぬものか……」

 

 信じがたいと言う表情で一時凝固していた翼の容貌は、少女が投げつけた言葉(ひばな)で点火した〝怒り〟へと染められていき、アームドギアを握る右手を中心に、酷く全身を震え上がらせえる。

 吊り気味な双眸はより吊り上がり、額は怒れる皺が集まり、苛立だしく唇を噛みしめ。

 

「私の〝不始末〟で奪われたその鎧を………私の〝不手際で奪われた命〟を………風鳴翼がどうして忘れられようかッ!」

 

 大量の怒気に満ちて時代掛かった語調で、吐き捨てる勢いから叫び上げた翼は、大剣形態のアームドギアを雄牛の構えにし、切っ先をネフシュタンの少女に向けた。

 胸に装着されているマイクからも、翼の意志に応じて、複数の女性コーラスを交えた《絶刀・天ノ羽々斬》の前奏が流れ始める。

 態度が挑発的なのに目を瞑れば、少女がどういう目的で完全聖遺物を纏った状態で彼女たちの前に現れたか、まだはっきりしていないにも拘わらず、翼は敵意をむき出しにし、戦闘態勢となっていた。

 朱音が揶揄していた通り、その様は〝鞘なき抜き身の刀〟と呼ぶ他ない。

 刃を向けている相手どころか、自分すらも切り捨ててしまいかねない荒れ模様であった。

 

 

 

 

 よくも、ずけずけと踏み入れたなッ!

 私の、決して消えることのない〝生き恥〟に――土足で!

 忘れるわけがない………絶対に忘れられようもない。

 二年前の〝あの日〟から、一日たりとも、一時たりとも、一秒たりとも、一度たりとも………あの〝生き恥〟を忘れたことなどない!

 

 あの日……私は何一つ為しえなかった………何一つ守れなかった。

 勇気づける為に設けられた歌の〝舞台〟に来てくれた人々に地獄を突き落とし。

 呼び覚まそうとしたネフシュタンの鎧を宥めることができず、暴走を許し。

 私が戦士として、防人として未熟で、弱かった余り………覚悟が足りなかった余り………多くの〝犠牲〟を出すことを許してしまった。

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 挙句………挙句の果てに、その弱さと甘さで、奏までも死なせてしまった。

 なのに………私は、あの〝地獄の舞台〟の演出役を担っていたと言ってもいい自分は、おめおめと生き延びてしまった………無力の恥を晒しておきながら、生き長らえてしまった。

 なのに今日まで、人々に希望を与える〝偶像〟の仮面を被ったまま………今日(こんにち)まで〝歌女(うため)〟の自分に縋り続けてしまっていた………そんな資格など、とうに無いと言うのに。

 腸(はらわた)をかき乱そうとする旨が糧となり、胸のマイクが奏でる演奏の音量が、大きくなる。

 

 そして今………奏の残したシンフォギア――ガングニールと、失われた筈の完全聖遺物――ネフシュタンの鎧が、時を超え、再びこの場で巡り合った。

 

 私にとって、悪魔の業以外の何ものでもない、残酷なる運命(めぐりあわせ)。

 

 だが今の私の心は、悲観も、絶望の情に苛まれるどころか、むしろ……高揚している……この胸の内にて、昂ぶりが膨張している。

 全身に走る震えは、今や〝武者震い〟であり、それは甘美なる快感すらも覚え、このまま酔いしれてしまいそうだ。

 

 ああ、そうだとも………むしろ今の私には―――心地いい!

 

 眼前にて、傲然と立ちはだかる―――この〝残酷〟はッ!

 

 

 

 

 

 雄牛の構えを取る翼から、先鋭ながら荒々しい、〝抜き身の刃〟そのものな闘気が発せられ。

 ネフシュタンの少女も、不敵な笑みのまま、マゼンタ色な三日月の刃が連なった蛇腹状の鞭型の武器を手に持ち、戦う意志を見せる。

 余計な〝言葉〟など、必要ない。

 佇まいと闘気に満ちた眼光で、翼と少女は互いに戦う〝旨〟を伝え合った。

 既に翼の戦闘歌の前奏が響き渡るこの公園は――〝戦場〟と言う舞台と化している。

 このまま、聖遺物を身に纏いし少女たちの、戦端が開かれようとしているところへ――

 

「ダメです翼さん!」

 

 ――横槍が、入り込んできた。

 今にもネフシュタンの少女へ斬りかかろうとした翼に、響が縋るようにしがみついて止めようとしてきたのである。

 

「相手は人です! 同じ人間なんです! ノイズじゃないんですよ!」

 

〝戦う〟以外の現状における選択肢を放棄していたにも等しい翼を必死に引き止める響の声音は、悲観的で、悲愴的で……弦十郎からの協力要請を受けた直後のノイズ出現時の際の独断専行を思い出させる〝強迫観念〟を帯びていた。

 だがこれから戦う気でおり、闘志で精神が昂られていた彼女たちにとって、響の行為は不躾に水を差してくる〝邪魔者〟以外の何ものでもなく。

 

「「戦場(いくさば)で何を莫迦なことをッ!」」

 

 なんと、全く同じタイミングで、一言一句違わず、翼と少女は全く同じ言葉と表現を発して、割って入り込んだ響の行為を糾弾した。

 しかも戦場を〝いくさば〟と読んでいる点まで同じである。口調に古風さがある翼はともかく、

白色人種の血を引く少女までそう読むとは、余程この世界では〝いくさば〟がポピュラーと見た。

 勿論、当人たちにとっても意図せぬ偶然な波長の一致(シンクロ)であった為、驚きを隠せず互いの目を合わせあった。

 

 

 よくもまあ……そうぬけぬけと!

 アタシは風鳴翼とハモっちまったことに一瞬呆気に取られたが、すぐさまガングニールのシンフォギアを纏えるだけの〝鈍くさいノロマ〟の小奇麗な言動と行動に、舌打ちをしたくなった。

 何が〝相手は人〟だ………〝同じ人間〟だ………さも当然って感じに〝私たちは戦ってはいけない〟とばかり綺麗ごとを吐き出しやがって。

 この……何にも知らねえ温室育ちの良い子ちゃん振った〝偽善者(ヒポクリット)〟がッ!

 さっきまで激情剥き出しにノイズへ八つ当たりして、シンフォギアの力に呑まれて暴走仕掛けて、その暴走をよりにもよってノイズに止められてやがったてめえが言っても、説得力がねえよ。

 そうとも人間さ……てめえがほざくその〝同じ人間〟どもの為に………地球の裏側で……パパは、ママは………そして私は〝地獄〟を見せられたんだ!

 

 い……いけねえ……危うく……〝仮面〟を脱いじまうところだった。

 あいつが……〝地球(ほし)の姫巫女〟がこっちに来る前に、片をつけねえと。

 あいつの戦闘センスと、呑み込み具合の速さは、度を越してやがる………初陣でアームドギアを具現化しただけでもとんでもねえのに、ひと月の間にどんどんバリエーションを増やしやがるし。

 公園に呼び出した最初のも、二度目な足止めに召喚した分も、あっと言う間にあいつのプラズマ火炎で全滅、多分……あいつが戦ってきた〝怪獣〟に比べりゃ、ノイズなんて〝骨なし〟だろうよ。

〝ダチョウ型〟でひっ捕らえれば、それも無駄骨かもしれねえ、地上の生き物な人間を捕まえる為だか知らねえけど首が余り上に上がらねんじゃ、飛べるあいつを捕まえられない。

 正直……この鎧(ネフシュタン)を纏ってても、真っ向から勝負はしたくない相手だ。

 きっと………あいつの強さは、センスと、修羅場を潜ってきた経験だけじゃない。

 

 

 

 

「むしろ、貴様との方が気が合いそうだ」

 

 敵対する相手との思わぬ気の合い様に、翼は双眸にこそ敵意と戦意を込めながらも、少女に笑みを送り。

 

「だったら仲良く――」

 

 内心響への〝苛立ち〟を抱える少女も、彼女なりにシンパシーを感じている様子で翼の笑みを受け取りつつ。

 

「じゃれオォォォォーーやッ!」

 

 お返しの開戦の火ぶたを上げる先手――蛇腹の鞭を振り上げ、上段から振り落としてきた。

 翼はしがみつく響を突き飛ばすと言う、少々乱暴ながらも一応の配慮を見せると同時に跳び上がって迫る鞭の牙から逃れ。

 

「―――♪」

 

 宙を一回転して歌唱を開始、稲妻混じりにエネルギーを迸らせたアームドギアを振り下ろして、三日月の刃――《蒼ノ一閃》を放つ。

 大型ノイズさえも一撃で真っ二つ両断せしめる光刃に対し、少女は蛇腹の鞭を横合いに振るって、逆に両断させた。

 二つに裂かれた刃は、園内の木々の方へと激突し、爆発を上げる。

 苦を全く見せずに自らの技を打ち破り、不敵に見上げるネフシュタンの少女に驚愕の表情を浮かべるも、直ぐに次なる攻撃を仕掛ける。

 落下しながら上段より大剣を斬りつけ、さらに脚のブレードの《逆羅刹》と組み合わせることで大振りなゆえに小回りが利かず隙が出やすい大剣の短所をカバーしつつ、連続で攻撃するも、少女は翼の連撃を難なく躱し、さらには胴薙ぎの斬撃を、鞭で受け止めた。

 

「何ッ!?」

 

 斬撃を止めた鞭には傷一つなく、少女は物理衝撃を受けて呻いた様子もない。

 自分の攻撃が全く利いていない………その事実にさらなる衝撃を受ける翼。

 対して少女は余裕ぶった笑みから大剣を払い、同時に翼の腹部にストレートキックが繰り出される。

 スレンダーな翼の身体が、宙へ打ち飛ばされた。

 軽いフットワークと、それに反した重い蹴りの打撃に、翼の容貌が苦悶に染まる。

 

〝これが……完全聖遺物!〟

 

 パワーも、防御力も、翼の想像を凌駕していた。

 現代にまで破損せず生き残っていた完全聖遺物の一つだけあり、ネフシュタンの鎧が齎す身体強化は、刃の一部分でしかない天ノ羽々斬のそれを遥かに上回っていたのである。

 

「この程度でびっくらこいてんなよ! まだまだこんなもんじゃねえんだ―――」

 

 慣性の法則で足が地面を抉らせながらも、どうにか踏ん張って体勢が崩されるのを防いだ翼に。

 

「―――私の、実力(てっぺん)はな!」

 

 少女から振るわれる鞭の猛攻が襲う。

 速度と機動性、唯一ネフシュタンの鎧より勝っている天ノ羽々斬の特性と、翼自身の身体能力と反射神経、実戦で研ぎ澄まされた〝戦士の勘〟で荒ぶる龍の如き荒々しい少女の攻撃をどうにか避け、逃れる翼。

 しかし防戦に転じてしまった中、少女の攻勢を掻い潜って反撃に転じさせる機会を掴めずにいた。

 

「翼さん!」

「おっと、ノロマはこいつらの相手でもしてんだな」

 

 少女は鞭を振るいながら、腰に付けていたあの銀色の杖を手に取り、中央の光沢部から光線を発した。

 光線は地面に接触すると。

 

「ノ、ノイズ!?」

 

 一瞬の閃光から、ノイズが姿を現した。

 赤が中心の体色と、長い首に嘴と、ダチョウに酷似する外観なタイプが計四体。

 その全てが、響を睨み下ろし、嘴から乳白色の粘液を放ってきた。

 

「うそっ……」

 

 人間を無慈悲に無差別に襲う筈のノイズが、人の手によって召喚され、操られている事実を飲み込めきれずにいた響は、逃げることもできずに粘液の網(シャワー)を浴びてしまい、十字架に磔をされたような体勢で捕えられてしまった。

 ダチョウ型の粘液は粘液らしく、粘着性が強い上に、力で千切るのは困難なほどの強度と柔軟性も持っており、ギアの恩恵を受けた身体能力でもその網から脱するのは困難。

 ほぼノーモーションで周囲に飛び道具を生成できる朱音や翼ならともかく、それを持たぬ響では自力で抜け出すことは絶望的だった。

 

「その子にかまけて――」

 

 響に気を向かせていた隙を突こうと。

 

「――私を忘れたかッ!?」

 

 翼が大剣で斬り込んできた。

 パワーでは向こうが勝っていると、先程〝痛み〟を以て思い知らされたにも拘わらずである。

 当然、斬撃は鞭と鎧そのもののパワーに防がれ、殺された。

 それでも翼は防がれた刹那、足払いで少女の体勢を崩し、続けざまに二打目の蹴りを打ち込も。

 

「お高く止まるな―――」

 

 その攻撃すら、少女の前腕一本で阻まれてしまい。

 

「―――アイドル首相さんよ!」

 

 少女はそのまま翼の脚を片腕で掴み上げ、力任せに投げ飛ばした。

 今度は受け身を取ることもできず、芝生の大地に叩き付けられる。

 

「行けよッ!」

 

 少女はあの銀色の杖を構えて緑の光線を幾つも発し、ノイズの群体を召喚。

 杖を持つ少女の〝支配下〟に置かれているノイズどもは、翼へと進攻を開始した。

 

 

 

 

 

 

 未来を緒川さんら二課のエージェントに保護させてもらった私は、律唱の中心市街地から大分離れた山間に連なる道路上にてノイズと交戦している。

 ここまでどれくらいの数のノイズを相手にしたか………も少なく見積もっても六十体以上は撃破している感覚がある。

 私を挟み込んだ形なダチョウ型のノイズ二体から放出された捕縛用の粘液を、垂直に高速上昇して逃れ、互いの網が付着し絡み合ったところを、ハンドガン形態なアームドギアの銃口から奴らの頭部めがけ40S&W弾二発を発射。

 弾は対象の体内でプラズマ化し、ダチョウ型は頭部から爆発し、仰向けに倒れ込んで炭素化した。

 

「友里さん、戦況は?」

『翼ちゃんは苦戦中、響ちゃんは朱音ちゃんが今相手にしていたタイプに捕われているわ』

 

 やはりあの女の子が装着した鎧は、ネフシュタンの鎧だった。

 しかも私が推測していた通り、ノイズを呼び出し、使役できる〝完全聖遺物〟らしきものまで持っていると言う。

 でもあの銀髪の女の子………目的も気になるが、どこかで見たことがある気もするんだけど、曖昧な記憶を探っている場合でもなかった。

 

「もしかするとですが……力任せの戦いをしているのでは?」

『ええ』

「急行します!」

 

 スラスターを点火させて飛翔した私の内には、焦燥感が動き回っていた。

 案の定だ……あの人の本来の力量なら、完全聖遺物の使い手とノイズ、同時に相手をしても遅れを取る筈がない。

 なのに苦戦していると言うことは、天ノ羽々斬と彼女自身の特性(もちあじ)を殺した戦法を無理やりとって、自分で自分を窮地に追い込ませてしまっている。

 それに今のあの人の心には、いつ本格的に起爆してしまうか分からない〝爆弾〟を抱えている。

 その上、相手は因縁のある〝ネフシュタンの鎧〟を使い、同時に〝ガングニール〟を纏う響もいる………あの人のトラウマの根源が、戦場で同時に存在しているのだ。

 

〝奏はもういない………いないと言うのに………他に……… 他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ! 〟

 

 一戦交えた時に見せたあの〝激情〟がフラッシュバックし、嫌でも〝嫌な予感〟が頭の中に過って来る。

 

「世話を焼かせる〝先輩〟だ………」

 

 らしくなく、そんな言葉を口から零してしまう。

 前に風鳴翼当人にも言ったが、誰もそんな〝生き方〟……望んでいない。

 

〝翼さんを、助けてあげて下さい………一人ぼっちにさせないで下さい! 〟

 

 貴方は……決して〝独り〟で戦っているんじゃない!

 貴方を想っている人たちは――ちゃんといるとと言うのに、それすら目を逸らして!

 

 固いだけの荒んだ〝剣〟で、誰とも繋げようとしないその〝手〟で、どうやって守ると言うんですか!?

 

「馬鹿野郎が……」

 

 自分も似たような生き方をして……完全に〝折れかけた〟経験があったからか、異形相手でもないのに、またらしくなく、口調を荒立だせてしまった。

 

『朱音ちゃん、新たな位相歪曲反応、気をつけて』

 

 おまけに、新手の飛行型まで来る始末。

 

「邪魔だ!どけぇぇーーそこをッ!」

 

 進行を妨害している奴らに叫び上げるとともに、ホーミングプラズマを生成、射出した。

 響たちのいる公園より離れた地点にノイズを呼び寄せたといい、あのネフシュタンの子は余程、自分との戦闘を避けたいらしい。

 

「藤尭さん、近くに旅客機の類は?」

 

 上空の状況を確認。

 

『大丈夫です、民間人の避難も完了していますし、撃てますよ』

 

 よし、なら一気に殲滅する。

 

 

 

 

 朱音はアームドギアを、ハンドガンとの区別の為にガン形態改めライフル形態にし、銃身を伸長させてプラズマ集束用の三つの爪を立て、左腕に銃身を乗せる形で構え、銃口と爪から、稲妻を迸らせるこう高圧縮プラズマエネルギーが球状となって集まり。

 戦闘経験の蓄積で、初戦の時よりもエネルギー集束の効率が高められていた。

 

「――――♪」

 

 朱音の歌――フォニックゲインによってプラズマの輝きは増し、ライフリング状に回転。

 

〝ブレイズウェーブシュートッ!〟

 

 チャージ完了と同時にトリガーを引いた。

 上空を震撼させ、まさしく〝太陽〟の如き超放電の光を発する膨大な橙色のプラズマ火炎の奔流が、雲海と、夜の闇を払って突き進み、空中型の群れを飲み込み、炭となる間もなく消滅。

 火炎流の直撃を免れた個体も、周囲に発生した大気のイオン化による灼熱地獄に焼かれていった。

 初陣の時よりも洗練され、破壊力も増した《ブレイズウェーブシュート》は、一発で群体を殲滅せしめた。

 

 マナより生まれたシンフォギアとの親和性の高さもあって、人の身であり、装者となった今でも、ガメラとしての〝進化能力〟は健在であると頷かせる戦いぶりの一端であった。

 

〝津山さん、あなたとの約束は、無下にはしません!〟

 

 次なる新手が来る前に、朱音は全速力で地上の戦場に急ぎ飛んだ。

 

 

 

 

 森林公園は、市民の娯楽施設としての体をように為さなくなっていた。

 木々はいくつも折られて倒れ、芝生も大きく抉られている箇所が多数見受けられた。

 《逆羅刹》と《千ノ落涙》で、ネフシュタンの少女が召喚したノイズたちを次々と滅する翼は、少女に、もう一度《蒼ノ一閃》を放つ。

 射線上にいたノイズたちを巻き込んで進む刃は、やはり少女が振るう鞭で払われる。

 

 

 

 

〝朱音ちゃんがまだ他の場所で戦ってるなら、私がどうにかしないと……〟

 

 ダチョウ型の粘液に捕われたまま響は、どうにかこの状況を変えようと、アームドギアを実体化すべく、手にエネルギーを集めようとしていた。

 ギア固形化の訓練も、何度か朱音から受けていたものの、エネルギーを一か所に集めることすら達成できていない響。

 

「お願い!出てきてよ! アームドギアッ!」

 

 それでも、プラズマの炎を武器へと変える朱音の姿と、大振りの槍を手に戦っていた奏の姿を必死に記憶から手繰り寄せ、それを糧にアームドギアを形にしようとする。

 

 願いは虚しくも………響の手に〝槍〟どころか、武器が現れることはなかった。

 

「そんな……」

 

 響はまだ、自覚できていない。

 自分がアームドギアを手にできないのは、今の自身の未熟さ以上に、彼女の心――〝潜在意識〟が阻んでいると言うことを。

 

 

 

 大剣と鞭が火花を散らして激しくぶつかり合い、戦い合っているのがティーンエイジャーな少女たちであることを忘れさせる勢いで拳も蹴りも交わる白兵戦が繰り広げられる。

 この期に及んでも、翼は時折彼女のセンスの高さを窺わせる〝技〟を垣間見せつつも、力による真っ向勝負に固執してしまっていた。

 この現況における最善は、天ノ羽々斬の速さを最大限に生かして相手を翻弄しつつ、一撃離脱の戦法で攻撃を加えながら攻撃力に秀でる朱音の加勢を待つことであるが、今の翼に冷静な判断ができる思考はほとんどない。

 朱音の見立ては当たっており、翼が心中〝残酷〟と表したガングニールとネフシュタンが同時にこの場にある状況は、彼女を依怙地の袋小路へと追い込ませていくばかりだ。

 固執が過ぎる余り、ギアはまだ演奏していると言うのに歌うことすら忘れ、〝力〟主体の攻めに傾倒していた。

 少女はまだ余力がたっぷりあると言うに、反対に翼の体力は確実に消耗していっている。

 

「ハァッ!」

 

 太腿のアーマーに内に収納されていた小太刀を、指に挟む形で三つ取り出し、投擲。

 

「ちょっせえ!」

 

 少女は独特の語弊を発しながら弾いて跳び上がり、鞭の先端に宵闇より濃い黒色な雷撃状のエネルギー球を生み出し、打撃武器であるフレイル型モーニングスターよろしく振るって投げつける。

 翼は大剣の刃を横にして、あろうことか正面から受け止めた。

 

〝天羽奏と言う名の剣になろうとしている、違いますか?〟

 

 朱音のこの言葉を証明していると言えよう。

 確かにパワータイプだった奏なら、Linkerの効力がまだ続き、体力に余裕が残っていればしのぎ切れただろう。

 だが翼でそれを為しえず、高威力なエネルギー球は爆発。

 至近距離から受けた翼は吹き飛ばされ、大地に打ち付けられてうつ伏せに倒れ込んだ。

 ギアから流れていた演奏が止まる。

 今受けたダメージも大きく、立つことすらままならなくなっていた。

 

「ふん、まるで出来損ない」

 

 少女はそんな満身創痍の翼を鼻で嗤い。

 

「将来有望な後輩がいんだ、これ以上恥晒すくれえなら潔くっ―――何ぃ!?」

 

 捨て台詞を吐いて本命の〝目的〟を遂行しようとして、自分が〝金縛り〟に遭っていることに気がづいた。

 月光でできた影に、先程翼が投げた小太刀が刺さっているのを少女は目にする。

 

《影縫い》

 

 百姓の出よりのし上がったかの天下人に仕えた忍の一族の末裔である緒川から伝授された、相手の動きを封じる忍術である。

 朱音には彼女の精神力と震脚、そして歌を前に破られてしまったが、一度封じられれば完全聖遺物の使い手でも逃れるのはそう容易いことではない。

 あの小太刀の投擲は、これを見越してのものだった。

 

「ああ、出来損ないさ……私は……」

 

 一糸報いた翼は、疲労が蔓延した声音で、自らを嘲け始める。

 

「この身を一振りの剣に鍛え抜いてきた筈だと言うのに………あの日、無様にも生き残ってしまった………〝出来損ないの剣〟として………生き恥を晒し続けてきた………だが、それも今日までのこと」

 

 アームドギアの刃を地面に突きたて、それを支えに疲労困憊な自らの体を翼が立ち上がらせた。

 

「その鎧を取り戻すことで……我が身の汚名を、注がせてもらうぞ」

 

 直ぐにでも倒れ伏しそうな痛ましい姿な翼の両の瞳には、悲愴な〝覚悟〟の色に塗りつぶされている。

 

「まさか……あれを……お前」

 

 その〝覚悟〟を突きつけられた、碌に身動きのできぬ少女は、不敵な笑みを顔から消し、代わりに戦慄の表情を浮かべ。

 

「月が覗いている内につけるとしよう………決着を」

「〝絶唱〟………歌う気なのか?」

 

 翼が行おうとしている〝禁じ手〟の名を、口にした。

 絶唱――装者の肉体への負担を度外視して、限界以上にまで高められたシンフォギアのエネルギーを一気に放つ〝禁忌の歌〟を。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 そして翼は奏で始めた。

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

 

 片翼(あいぼう)の命を燃やし尽くすにまで至った……かの歌の詩を。

 

「やめて下さい!それを歌ったら翼さんだって!」

 

 弦十郎たちからその〝歌〟のことを聞き、生死の境を彷徨っていたがゆえにその時はおぼろげな意識だったものの、実際に奏が歌い、そして命が散らされる様をこの目で見ていた響は必死に呼びかけるも、翼は歌うのを止めず、アームドギアを手放した。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 本来絶唱は、アームドギアを介して発動するもの。

 それを手放して解き放とうなどとすれば、装者に掛かる負荷は、牙を向くまでに増大されてしまう。

 正規の適合者ならば、ある程度肉体を襲うダメージ――バックファイアを軽減させることができるが、アームドギアを手放したとなっては、その恩恵はほぼ……受けられないだろう。

 

「くそ……こんなもので……」

 

 少女は自由の利かない体で、どうにかノイズの召喚機な杖を持つ右腕を動かし、ノイズを呼び出して歌唱を止めようとするも、翼の全身から発せられるエネルギーフィールドは攻撃を通さない。

 

〝Emustolronzen fine el zizzl~♪ 〟

 

 なけなしの抵抗もむなしく、絶唱の詩を翼が歌い切ろうとしていたその時だった。

 絶唱で高められた翼の全身から、溢れんとばかりの多量のエネルギーフィールドが弱まっていく。

 

 その波動を受けるところだった少女も、傍観以外に為す術がなかった響も、半ばこの身を贄にしようとしていた翼も、絶唱エネルギーの〝減圧〟と言う現象に、驚愕で我を忘れかけた。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

 夜天から―――同じ禁忌の詩を静謐の奏でる、澄み渡った歌声が、響き渡る。

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

「あ……朱音ちゃん!?」

 

 この現象を引き起こしていたのは、上空にて佇み、ロッド形態のアームドギアを持った右手を夜天に掲げる朱音であった。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal ~♪〟

 

「絶唱のエネルギーを………吸い取ってやがる……だと?」

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl ~♪〟

 

 そして、歌い終えた朱音の体と、アームドギアから―――膨大な波動の衝撃が、暴風と一緒に広がっていった。

 

 

 

 

 

 

 視界をホワイトアウトさせるほどの輝きを持った吹き荒れる絶唱の嵐は、この場にいたノイズ全てを、薙ぎ払った。

 

 

 

 

 

 閃光の眩しさと、荒ぶる風によって閉ざされた瞼を、響はそっと開ける。

 一転して静寂となった………少し前まで戦場となっていた公園。

 辺りを見渡すと、力なくその場で座り込んでいる翼を目にし。

 

 続いて、何が大地に落ちた音が聞こえ、目をそちらへと移すと。

 

「朱音ちゃん……」

 

 空より落ちて、仰向けに倒れる朱音が――

 

「朱音ちゃぁぁ~~~ん!」

 

 響は横たわる級友の下へ、急ぎ駆け寄り。

 

「朱音ちゃん!しっかり………」

 

 朱音の体を抱き上げた響は、意識のない彼女の姿に愕然とする。

 閉じた両の目から、血涙がそれぞれ一筋流れ、口からも同じ色の赤い液体が零れ。

 ギアのアーマー含めた全身が、血に塗れていた。

 

「ああっ………はぁっ………」

 

 丸く大きな瞳をより大きく開かせる響は、自分の手を見る。

 五指も掌も、朱音の赤い血に染められていた。

 

「あやねちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーん!!」

 

 夜天が引き裂かれそうな…………響の悲痛なる叫びが、轟いた。

 

 

つづく。

 



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#17 - なお昏き夜から

 絶唱を奏でた代償で重症を負った朱音は、リディアン音楽院高等科と隣接し、装者含めた特異災害対策機動部関係者の治療も請け負っている市が運営する《律唱市立市民総合病院》に緊急搬送された。

 ICU―集中治療室内では、全身に包帯を巻かれ、口に呼吸器を付けられた朱音が、治療カプセルの中で床に着いていた。

 

「よろしくお願い致します」

 

 ICUのある階の薄暗い院内の廊下では、いつものラフさを潜めてスーツを正している弦十郎と黒づくめなスーツのエージェントたちが担当医師の一人に頭を下げていた。

 

「エージェント各員は鎧の探索を続けてくれ、まだそう遠くは行っていない筈だ、どんな手がかりも見逃すな」

 

 弦十郎は部下のエージェントたちに指示を飛ばし、彼らは素早く〝ネフシュタンの鎧の少女〟の探索任務に取り掛かるべくこの場を後にしていく。

 経過を説明していた医師も治療室に戻り、廊下に残された弦十郎は、この階の一角にある休憩室の円形状のソファーに、心細く腰かけている響の不安が伸し掛かった後ろ姿を目にした。

 

「響君」

 

 彼が呼びかけると、響は俯いていた顔をこちらに向ける。

 

「朱音ちゃん………大丈夫ですよね?」

 

 弦十郎は厳つく雄々しい瞳を曇らせる。

 ノイズが複数の地点に同時発生した状況だったとは言え、まだアームドギアを手にできていない彼女を実戦に出し、あまつさえ血まみれとなった級友を見せられるような事態に遭わせてしまった。

 この子だけではない………翼にも。

 現場に駆けつけた時の姪の姿は、二年前のあの時と………よく似ていた。

 まるで魂が抜け出てしまった、体だけは生命活動を続けている〝殻″となってしまったと思わせてしまう放心とした姿。

 娘を突き放した〝兄貴〟に代わって〝父親〟の役を担っていたつもりだったが、自分も色々至らないと、自嘲する。

 

〝いつまで経っても………慣れぬものだな〟

 

 何度もとなく味わう、少女を戦場に送り出し、その多感な年頃の心を傷つけさせてしまうことへの〝罪悪感〟……しかし、一向にこの痛みに慣れそうにない。

 いや……たとえ〝偽善〟だと突かれ、詰られたとしても、この胸の疼きは絶対に慣れてはいけないものだと弦十郎は噛みしめていた。

 

「一命はとりとめたが………まだ予断は許されない、とのことだ」

 

 治療に当たるチームスタッフの主任医から聞かされた容体の状況を、弦十郎は打ち明ける。

 それを聞いた響の瞳に指す影は、より大きくなった。

 

「ただな――」

「え?」

「あれ程の深手を負ったと言うのに、朱音君の心拍数は、一定の数値を維持し続けているだそうだ」

 

 そのことを説明していた主任医は、口調こそ冷静であったものの、「こんな経験は初めてですよ」と、大層驚いていた様子だった。

 弦十郎も、共通の趣味で通じ合う歳の離れた友である朱音の〝生命力〟に驚かされている。

 

「彼女が諦めちゃいないってことだ、生きることをな」

「あきらめちゃ……いない」

 

 オウム返しをした響に、弦十郎は屈強なその手で彼女の頭をそっと撫で、少しでも不安を和らげようと微笑んだ。

 

「そうだ、翼のことも心配だろうが、後は俺たちに任せて、今夜はもうゆっくり休むといい」

「でも……」

「せっかくの友達との大事な〝約束〟を破らせてしまったんだ、それくらいの施しはさせてくれ」

 

 一緒に流れ星を見ると言う未来との約束のことは、響に出動要請の連絡をした時点での弦十郎は知らなかった。

 しかし、出動要請の連絡を入れた時の響の声音から、彼は〝直感〟で今日の彼女には大事な約束があったと悟り、その後朱音との通信の際に、響は未来とで今夜に流星群を見る約束をしていたと知ったのだ。

 

「ど、どうしてそれを……」

「元警察官の〝勘〟さ」

 

〝身内に目を光らせる、公安警察だったがな〟

 

 と、内心弦十郎は呟き、同時に数時間前の朱音からの言葉を反芻する。

 

〝司令、響も戦っていることは、未来に話さないでもらえますか、まだ……〟

 

 

 

 

 

 その頃、翼は叔父弦十郎の屋敷での私室の片隅で、一人小山座りをしていた。

 明日も歌手活動のスケジュールが詰まっていると言うのに、寝間着に着替えもせず、制服姿のまま。

 首から上を壁にもたれ掛け、顔は茫洋として、口は半開き、先程まで張り詰めていた両の目は、ほとんど微動だにせず開かれたまま焦点がどこにも合わない、発する生気もひどく希薄だ。

 壁が無ければ、そのまま倒れ込んでしまっている。

 自室に着くまでの足取りは、半ば浮浪者も同然にふらついてさえいた。

 

 虚ろげな翼の脳は、絶唱の〝詩〟と〝調べ〟が何度も何度も、再生させられていた。

 

 奏と、そして朱音、二人の装者の歌声で………二人の歌うその勇姿も。

 

「ふっ……」

 

 ふと口元から、乾いていて痛々しい自虐な笑みが浮かんだ。

 

 

 

 

 何をやっていたのだろうか………さっきまでの自分(わたし)。

 何が……〝この残酷はむしろ心地いい〟だ。

 その激情に身を任せて、酔いに酔いしれていた自分の醜態を思い出すと、滑稽にさえ思えてくる。

 あのネフシュタンの少女………戦っていたあの時、何を言っていたか?

 途中で〝影縫い〟の罠に気づき、途切れてしまったが、その先も含めるなら、こう言いたかったのだろう。

 

〝将来有望な後輩がいんだ、これ以上恥晒すくれえなら潔く身を引くんだな〟

 

 と―――吐き捨てるように口にしたあの少女の言う通り。

 奏と、草凪朱音は言うに及ばず。

 ガングニールの装者を継いでしまった未熟者である立花響にも、人のことは言えない。

 

 やはり私は、どこまで行っても………〝出来損ないの剣〟でしかないのだな。

 結局、私は……何も為し得られなかった。

 満足に〝使命〟を全うできない。

 誰一人の命も、守れない。

 潔くこの命を果てることすらできぬまま、醜悪な生き恥を晒してばかり。

 

 それどころか、こんな自分より遥かに防人――守り手に相応しき彼女に、私が身に受ける筈だった絶唱の代償――バックファイアを背負わせ、生死の境を彷徨わせている。

 

 私は戦いしか知らない、戦うことしかできない……できなかったのに………戦士としての、防人としての存在意義すら、自らかなぐり捨ててしまった。 

 

 何の為に……私は……戦っていた?

 

 何の為に………歌っていた?

 

 なんだったっただろう………それすらもう、思い出せない。

 

 空っぽだ………私は――二度と流さぬと決めていた涙すら、流れてこない。

 

 むしろ相応しい………この命にはもう、意味も価値も残っていないのだから。

 

 

 

「翼さん……」

 

 二課のエージェント兼、翼のマネージャーたる眼鏡姿の緒川は、彼女の私室の扉の前に立ち、とんとんとノックした。

 中にいる部屋の主から返事は来ないどころか、物音一つすらない。

 緒川は弦十郎邸宅にまで送っている際の、バックミラー越しに見た翼の放心としていた姿を思い出し、端整な容貌を曇らせ。

 

〝もっとちゃんと………強く言っておくべきだった……〟

 

 後悔の念で唇を噛みしめた。

 装者としても、歌手としても、公私ともに〝風鳴翼〟支える立場にありながら……なんと至らなず、不甲斐ない。

 

「今後の予定のことで窺ったのではありません……」

 

 と前振りを言いつつ、度の入っていない眼鏡を外した。

 彼にとって眼鏡を付ける自身は、〝風鳴翼のマネージャー〟としての自分なのである。

 

「本当はもっと早く伝えるべきでしたが……歌手風鳴翼のマネージャーでもなく、特機二課エージェントとしてでもなく―――」

 

 扉の向こうにいる今の翼に、自分の声が聞こえているかは怪しい。

 もしかしたら、全く届いていないのかもしれない。

 かと言って今、不躾に扉を開ける気にもなれなかった。

 

「―――一個人の緒川慎次として、お伝えしたいことがあります」

 

 それでも、伝えておきたいことがある緒川は、言葉を紡がせていく。

 この二年間の、片翼でもあったパートナーの奏を失ってからの、我武者羅に戦い、同世代の少女が知っているべきな恋愛も、娯楽も、覚えず、アーティストの立場ゆえもあるが、ともに学生生活を謳歌する友人すら作らず。

 

「私たちは、確かに貴方を、ノイズと戦う戦士――剣に仕立て上げました……」

 

〝剣に……そんな感情はありません〟

 

 己の心を封じ込め、一振りの剣として生きようと殺し続けてきた彼女を思い出しながら。

 

「ですが、対ノイズ殲滅兵器として、戦場(せんじょう)で一人死に果ててくれなんて、そんなこと………一度たりとも思ったことはありません………シンフォギアに選ばれたからと言って、人類守護の使命を背負ったからと言って………修羅めいた排他的な生き方をすることはないんです」

 

 反芻していた為か、緒川のソプラノボイスに、切なさが帯びていった。

 

「いいんですよ、人間として………〝女の子〟として………生きてもいいんです、人として夢を望み、求めたっていいんですよ、たとえ偽善だと言われても、私たちはそれを願っているから、貴方を一人ぼっちにさせまいと、サポートしてきたのです………貴方だけでなく、奏さんにも………新たに装者となった響さんにも、朱音さんにも」

 

 部屋から、翼が息を呑んだ音がした。

 

「朱音さんのことが気がかりでしたら、大丈夫です、彼女は絶唱の傷を負っても尚、生きようと頑張っています」

 

 少しほっとする。自分の声を耳にできるだけの精神(こころ)が、まだ残っている証拠に他ならなかった。

 

「これは津山さんから………あ、覚えていますか? N計画のプレゼンテーションの日、貴方と奏さんの警護を担当していた自衛官です、彼から聞いたのですが………朱音さん、出撃があるごとに、隊員たちに小さなライブを開いて、歌を振る舞っているそうです」

 

 翼が出撃停止の処分を受けていた都合上、ここひと月の緒川の仕事はマネージャー業が中心であり、エージェントとして余り現場に赴く機会がなかった。

 そんな数少ない機会の際、目にしたのだ。

 朱音が、自衛官たちや特機部の職員たちを観客に、歌う姿を。

 楽器も演奏者も、マイクもアンプもない、路上ライブを行うミュージシャンたちのよりも簡素で、スマホから流れるメロディのみをバックに、生き生きと、躍動感に溢れ、本当に歌が心の底から〝歌〟が好きであることが分かるほどな、彼女の少しハスキーながら、翡翠色の瞳に負けず劣らず伸びやかで澄み渡り、生命感を漲らせた歌声が奏でる歌の数々を………観客たちは夢中に聞いているどころか、一緒に一体となって歌っていた。

 その熱量は、遠くで眺めていた緒川すらも圧倒し、一時エージェントとしての務めを忘れそうになってしまうくらいであった。

 同時に、彼の記憶から呼び起こさせるのは充分だった。

 この熱気……この一体感………かつて自分も体験していた、体感していた。

 そう、ツヴァイウイングのライブのそれと。

 

「どうしてか分かりますか? 朱音さんは知っているからです―――戦っているのは決して自分一人なのではないと、装者である自分のように、ノイズと正面から対抗できる術がなく、それでもノイズの脅威から人々を守ろうと尽力する人々がいる、いるからこそ、自分は最前線で存分にシンフォギアの力を振るえると分かっている、だからこそ彼女は――自身を支えてくれる人たちへのリスペクトと、感謝の気持ちの形として、歌っているんです」

 

 緒川が朱音のことを話したのには、二つ理由がある。

 

「翼さん……貴方も決して、一人で戦ってきたわけではありません、そしてこれからも………一人にはさせません…………希望をもらっているからです、貴方の歌ってきた〝歌〟からも」

 

 想いを一通り伝え終えた緒川は、スーツの胸ポケットに差していた眼鏡を再び額に掛け、マネージャーとしての緒川慎次に戻った。

 

「今は戦いを忘れて、ゆっくり休んで下さい、明日も学校です、精勤賞、取るんでしたよね? 午後三時にお迎えに上がりますので」

 

 最後にそう付け加え、後にする。

 

〝そろそろ部屋、片付けておかないといけないな〟

 

 邸内の廊下を歩きながら、緒川は苦笑しながらそう心の内で零した。

 彼がこう思考できるのは、自分の言葉が少なからず、翼に伝わっていると言う確信があったからである。

 マネージャー業をやっているのも、それが単に任務だからとか仕事だからではなく、彼自身が彼女の歌に感銘を受け、歌手としても、一個の人間としても、風鳴翼と言う少女を支え、応援したいと強く願い、想っていたからに他ならなかった。

 もっと分かりやすく言えば、緒川慎次と言う青年は、風鳴翼の熱狂的ファンなのであった。

 

 

 

 

 

 緒川の読みは的中。

 抜け殻みたく虚ろだった翼の瞳は、少しずつ、生気を取り戻していった。

 

 

 

 

 

 ネフシュタンの鎧の少女は、絶唱の衝撃波が襲い、呑み込もうとする寸前、咄嗟に飛行型を突撃形態にして自分の影に突き立てさせ、影縫いの金縛りからどうにか解放されてギリギリ波動の奔流から逃れてダメージを最小限に抑え、公園から逃げ延びた。

 

 目の前には、現在の彼女の〝住まい〟とも言え、ここが日本の山中であることを忘れさせるルネサンス様式風の屋敷がそびえたっている。

 ようやく逃走の重荷から解放され、その反動で全身が疲労感を覚える中、ほっと息を吐いた。

 この屋敷に戻るまでに、少女は相当の回り道を強いられた。

 飛行能力を有すネフシュタンの鎧であれば、一直線にここまで来られるのだが、それでは屋敷(ここ)の存在が二課に知られてしまう。

 加えて二課には、保有する専用のドローンと、聖遺物の発するエネルギー反応を捉えるレーダー設備もあり、しかも市内は少女の行方を探索するエージェントたちが行き交っていた。

 こんな状況下なので、少女は迂闊に鎧を使えず、ドローンとエージェントの網を掻い潜りながら遠回りをして逃げなければならなかったわけである。

 

「あいつ………どうして……」

 

 

 

 

 

 

 翌日の放課後。

 二課の司令室では、ネフシュタンの少女と、その背後にある存在に関する緊急対策ミーティングが開かれてた。

 例によって、ニューアルバムの発売とライブの準備がある翼と緒川はこの場には欠席しており、ミーティングの場にいる装者は響だけ。

 

「ネフシュタンの鎧と、ノイズを呼び出し、操作できる完全聖遺物をどうやって入手したかはさておき、あの少女の目的は……響君が狙いだったと見るのが妥当だ」

 

 弦十郎が口にしたその仮説には、幾つか根拠がある。

 一つ、まるで朱音と響を遠ざけるように離れた地点でノイズが発生し、執拗にノイズの物量を以て朱音を足止めし続けた。

 二つ、響に対してはダチョウ型ノイズたちの粘液で拘束。

 さらには現場にいた響からの証言――ネフシュタンの少女の発言等々。

 

「仮にそれが事実だと仮定して、それが何を意味しているのかまでは不明」

「いや………個人を特定していると言うことは、我々二課の内情を知っている可能性が高く、響君が〝特異なシンフォギア装者〟であることも把握していると言うことだ」

 

 これらから、昨夜の少女の動向に、手がかりと仮説のピースを当てはめていくと――

 

 少女は、聖遺物を体内に宿した特異な後天的適合者となった響の捕獲を命じられ、何者かから二年前の起動実験以来行方知れずだったネフシュタンの鎧と、ノイズを使役する杖型の完全聖遺物を与えられた。

 

「朱音君のこともどこまで知っているかは分からんが、あれ程の数を彼女にけしかけていたことから、完全聖遺物を纏っても正面から戦うには厄介な相手だと、見ていたようだな」

「あの子〝万物を燃やし尽くす〟炎の使い手の大ベテランな大物ルーキーですもの、真っ向勝負を避けたいのは、敵ながら無理ないわ」

 

 複数地点にノイズを出現させ、響にも出撃させなければならない状況を作り、彼女と朱音を引き離し、誘導させたところを捕まえ、連行。

 翼にも足止めのノイズを寄越さなかったのは、そこまでノイズたちを同時使役はできなかったのかもしれないが、翼相手ならその〝真っ向勝負〟でも勝てると踏んでいたのだろう。

 実際、搦め手の〝影縫い〟が月光でできた少女の影に刺さらなければ、パワーに勝る相手に天ノ羽々斬の特性を無視した猪武者そのものな攻め方で、翼が自滅に至っていたのは明らかである。

 

「もし一連の大量発生も、二課のメインコンピュータへのクラッキングも、あの女の子の背後にいる黒幕と同一犯だとしたら………二課(ここ)の情報を漏らしている〝内通者〟がいる、と言うことになります……よね」

 

 いずれにしても、今苦虫を嚙んだ表情な藤尭も発言したように、昨夜の戦闘で、特機二課の保有する先史文明の〝異端技術〟を狙う〝陰謀〟の存在がはっきりしただけでなく、二課の内部にて、内通者――裏切り者もいると言うことも判明した。

 二課にとって、これは非常に危うい事態だ。

 個人か? それとも組織か?

 組織だとして、どれぐらいの規模なのか?

 敵の全容が分厚いベールに覆われていると言うのに、こちらの機密を売る裏切り者までいて、ほぼ二課の動きは筒抜けも同然、しかも組織内での疑心と疑惑が蔓延して足並みが乱れれば、相手側にとって好都合。

 

「どうして……こんなことに」

 

 やりきれない気持ちを友里が零した直後。

 

「私の……せいなんです」

 

 ずっと黙ったままだった響が、そう言った。

 

 

 

 

 

「私が……いつまでも気持ちだけ先走って……未熟だから、シンフォギアなんて力を持ってても、私が全然、至らないから……」

 

 今なら、はっきり分かる。

 

〝わたしの力が、誰かの助けになるんですよね! 〟

 

 弦十郎さんから、力を貸してほしいと言われたあの時の自分。

 

〝シンフォギアの力でないとノイズと戦うことはできないんですよねッ! 〟

 

 どれだけ調子乗って、舞い上がっていたか……どれだけ物を知らなかったか。

 

〝慣れない身ではありますが一緒に戦えればと思います 〟

 

〝朱音ちゃんと比べたら、私はまだまだ足手まといかもしれないけど、一生懸命頑張ります!〟

 

 どれだけ、翼さんの気持ちを逆なでさせて、踏みにじってしまったか。

 どれだけ中途半端な気持ちで、戦おうとしていたか。

 

 誰かを助けたいって気持ちに、嘘はない。

 だけど、それだけじゃダメなんだ……気持ちだけじゃ、空回りしてしまうだけなんだ。

 朱音ちゃんの言ってた通り、いつもやってる〝人助け〟と同じ感じじゃ、半端な気持ちで戦うことと、一緒なんだ。

 

 私……奏さんが命を燃やして死んでいくところを、見ていた筈なのに………朱音ちゃんと翼さんのこと、憧れの気持ちが強すぎて、。どこかで自分とは違う〝超人〟みたいな目で、見てしまってた。

 けど違う、いくらシンフォギアを纏えて、その力を使いこなしていても……二人だって、〝人間〟なんだ。

 二人だって怪我をすれば血が流れるし、一歩間違えれば死ぬかもしれない、もし生身でノイズに触れられたら、炭になって殺されてしまう。

 当然だよ、だって――〝人間〟なんだもん。

 

 翼さんは、決して強かったから戦い続けてきたんじゃない。

 辛かった筈なのに、逃げたいと思ったこともあった筈なのに、本当は泣きたくてたまらなくて、誰かに縋りたかった筈なのに。

 ずっと、必死に涙を押し隠して、無理やりにでも自分を奮い立たせて……人を助ける剣であり続けながら、奏さんがいなくなってから、ずっとずっと、戦ってきたんだ。

 

 朱音ちゃんだってそう。

 いくら前世が怪獣でも、あんな怪物との戦いで、辛い思いをしてきた、守る為に戦っていたのに助けられなくて、悲しい想いをしてきた筈なんだ。

 でも、自分が負ければ、戦うことを辞めてしまえば、人間も、地球の色んな生き物も、地球そのものも、他の生き物たちを食い殺しながら増え続けるギャオスのせいで、滅亡してしまう。

 だからガメラだった朱音ちゃんも、無理やりにでも踏ん張って………数えきれない数の〝災い〟と戦ってきたんだ。

 

 そんな朱音ちゃんだから、私なんかよりもっと早く、翼さんが〝無理〟をしてると気づいていた。

 だから翼さんの背中を見つめてた朱音ちゃんの横顔は、あんなにも哀しそうだったんだ。

 

〝私、これから一生懸命頑張って、奏さんの代わりになって見せます!〟

 

 だから、泣いている翼さんの気持ちも碌に考えず、こんなことを口走りそうになった私を、止めてくれたんだ。

 

〝いつも君がやっている人助けの次元で、踏み入っていい世界じゃないんだ〟

 

 戦うことがどれだけ辛いか、痛いほど分かっていたから、私をその戦いに関わらせたくない気持ちを隠して、心を鬼にしてまで、未熟で気持ちばっかりな私に宿題を出して、付き合ってくれたんだ。

 

 そして、私も、翼さんも助けようと、ボロボロになるのを覚悟で……〝絶唱〟を歌って、それでも生きることを諦めず、踏ん張って、頑張っている。

 

 二人に比べれば……私は未熟で半端者で、最近までそれすら自覚できなかった大馬鹿だ。

 

 だけど……それでも私にも、私にだって――

 

 

 

 

 

「こんな私にも、私にだって―――守りたいものがあるんです」

 

 気がつくと響は、弦十郎ら二課の面々が大勢いる司令室の中で、勢いよく立ち上がって、そう想いの丈を大声で放っていた。

 

「響ちゃん……」

「あ、ごめんなさい………何私ってば、場所も構わず叫んでんしょうね……あはは」

 

 直ぐさま、キョトンとして様子な面々を前にして我に帰った響は、バツの悪そうに苦笑いを浮かばせ、後頭部を右手で掻き出した。

〝私、呪われてるかも〟に並ぶ、彼女の癖と言ってもいい。

 

「響君」

 

 この場にいた大半が呆気に取られている中、ただ一人真剣な目つきで響を見つめていた弦十郎はその場から立ち、響の方へと歩み寄ると。

 

「負い目を感じることは決して悪いことではない、だが……それも行き過ぎれば、そいつはひたすら君自身を傷つけてしまう毒だ」

 

 彼の巨躯からは小さいことこの上ない、響の肩にそっと手を置き。

 

「守られたことへの負い目で苛まれるくらいなら、自分の手で、自分の意志で、大切なものを守り切ってみろ」

「弦十郎……さん」

「それが、守られた者の、為すべきことって奴だ」

 

 厳つく精悍なその顔に、笑みを象らせて響に送った。

 

「俺が、その手伝いをしてやる」

「どういう……意味ですか」

「先生代わりだった朱音君は治療中だからな、俺でよければ、本格的な戦い方を教えてやってもいいのだが、どうかな?」

 

 実は弦十郎、この時響には朱音の代理で名乗り上げたように言っててはいたが、前々から彼が〝師〟として彼女を教導することは、朱音との間で取り決められていたのだ。

 

〝もし響が、自分だけの戦う意義と覚悟を見いだせたらな、あの子の先生になってもらえませんか、あの子の感性なら、私より弦さんの方が適任だと思って〟

 

 勿論弦十郎は、朱音からの頼みを、快く了承した。

 彼自身の、〝大人としての矜持〟と言うものによって。

 

「はい! お願いします! 前から私、弦十郎さんってすんごい武術を知ってると思ってたので」

 

 響は、意気揚々と、それこそ太陽に負けない晴れやかな笑みで、応じた。

 

「最初に言っておくが、俺の〝やり方〟も、甘くはないぞ」

「はい!」

「ところで、響君」

「はい?」

「君は、アクション映画を見る趣味は、あるかい?」

「は、はい?」

 

 そんで、一転してフランクな調子でこんなことを尋ねてきた弦十郎に、当然ながら映画を見るかなんてことを聞かれると思ってもみなかった響は、ぽかんとなった。

 

 

 

 

 

 

 それから二日後、あの夜からは三日が過ぎた日のお昼頃。

 

「先生、患者の意識が――」

「各部のメディカルチェック、急げ」

 

 ICU内の治療カプセルで眠りに着いていた朱音の瞼が開かれ、その意識を目覚めさせる。

 瞳は天井、室内を移ろう医師と看護師たちを行き往きしていた。

 

「草凪さん、ここがどこだか分かりますか?」

 

 全身が血に塗れてしまうほどの重傷を負っていた筈なのに、朱音の意識は医師や看護師や驚くほど明瞭であり、女性看護師の一人からの問いかけにはっきり頷き、唇の動きで〝びょういん〟と答えた。

 

つづく。




多分気が付かれた方もいるでしょうが、今作ではいわゆるエア奏は出てきません。
ファンの方々には申し訳ない。

原作無印を見てた時は、放送前のフェイク広報と一話での奏退場もあって、何だかんだ毎回出てきてくれる奏に喜んでたのですが……あんまり死者をそうホイホイ出すのはちょっと………と思ってしまいまして。

だって、ガンダムだとアムロとシャアは最後の最後までララァの死を引きずってたし、テレビ版Zのカミーユは死者の念を取り込み過ぎて精神崩壊。

仮面ライダー大戦でも草加が変わらぬゲスさで『早く死んでくれないかな?』と要求してくるし。


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#18 - EGO ◆

分かる人は分かると思いますが、のっけから翼の中の人ネタをやらかしてます、もちろん某ニチアサ。

最初は三つ編みおさげのつもりでしたが、ネタ成分を入れたくてこうなった。
病室前での葛藤は、同じくニチアサ繋がりでアギト40話での不器用武骨警察ライダーな氷川さんの美杉君お宅訪問を参考にしてます。
この回の氷川さん激おこ顔面ドアップから殻ごと栗ドカ食い(本当に口の中切っちゃった)、なると占いでショボ~ンまでずっと面白い。
美杉教授のお嫁さん発言に対する真魚ちゃんの『あちゃ~』顔も翔一君本人のアハハ~~からのショボ~ンもツボですが。


#18–EGO

 

 律唱市立市民総合病院の正面玄関口の自動ドアを潜り、一人の少女が広いエントランスフロアに入ってきた。

 青味がかった長い髪を、二つ結びなおさげで纏め、前髪は七三分け、丸形で縁の無い眼鏡を掛けた一六〇cm台後半な、高一女子平均より一〇㎝高い背丈で、白シャツにベストなリディアン高等科の中間期の制服を着た女子高生。

 腕の中にアレンジメントされたプリザーブドフラワーの花束を携えて、オレンジとピンクのガーベラを中心とした組み合わせである。

 近年は衛生上の問題から、見舞い品にお花を持参するのは遠慮頂いている病院も少なくないが、この市民病院は生花でなければ許されていた。

 

「すみません、草凪朱音さんのお見舞いに来たのですが、病室はどこでしょうか?」

 

 おさげで眼鏡な少女は、本人なりに悟られないよう気も配ってはいたが、妙に周囲を見回りながら、受付嬢に尋ねる。

 

「草凪朱音さんですね―――402号室でございます」

「ありがとう」

 

 眼鏡で二つ結びのおさげ少女は、エントランスから直近な階段を登っていく。

 絶唱の代償で負った深手でここに搬送されてから五日、ICUから一般病棟に移された朱音の見舞いに来て、少々そわそわとしているこの少女の正体は―――何を隠そう、風鳴翼。

 髪型や眼鏡の他にも自分だと悟られにくいように、いつもは絶対領域ができるほどの長さなロングブーツなところを、ハイソックスにローファーの組み合わせであった。

 歩き方にも気を配り、普段はそれこそ現代では時代劇くらいしか見ない侍の如く堂々とした所作なのだが、そうならないよう細心の注意を払っている。

 声のトーンも、いつもより高い。

 まあその注意払い過ぎなのと、もし正体がバレてしまったら……な心配で、よそよそしい感じであり、声量もか細くなっているものの、結果として普段の彼女らしい佇まいを抑え、周囲から悟られにくい効果は出るには出ていた。

 

 

 

 

 

 

 今日、こうしてこの市民病院に来ているのは………それは昨日のこと。

 その日のスケジュールを終えて、弦十郎(おじさま)の邸宅に帰る途中、運転する緒川さんから、突然〝明日は休日〟を言い渡されたのだ。

 本当突然のことで、驚愕の極みだった。

 ニューアルバムの発売も、ライブも、月末に迫っていると言うのに………そこは元から本業だったのかと思うほどマネージャー業が板に付いている緒川さんなので、一日休日を挟んだくらいでスケジュールに狂いが生じることはなく、安心ではあるのだけれど……。

 ただその緒川さんから、今日は装者としての〝鍛錬〟もご法度だとも言い渡され――『じっくり休息を満喫して下さいね』――と、ソプラノボイスにぴったりな温和で端整な顔を笑顔にして言われたのだ。

 だがなぜか? あの時の緒川さんの笑み、覇気も威圧感も皆無で晴れ晴れとしたものだったと言うのに………妙に圧倒させられ、〝否〟と表明してはいけない感覚が押し寄せたのだが、どうしてか?

 多分、この二年………色々と公私ともに面倒を掛けさせてきた自分の後ろめたさかもしれない。

 それに、折角緒川さんから機会を頂いたのだ。

 こんな機会、明日以降はとても巡り合えそうにない。

 なので、二度に渡って……防人の風上にも置けぬ醜悪な自分の〝暴走〟を止めてくれた彼女に、謝罪も兼ねた見舞いに行くことにし、こうして変装しつつ病室に向かっている。

 

『402』号と札が立てかけられた病室の前に着いた。

 

「…………」

 

 もう目の前だと言うのに………私は廊下と病室を隔てる境界(とびら)を開く為のボタンも付いたインターホンを押そうとしたところで、身動きが取れなくなった。

 ど………どうすればいい?

 額から、緊張がしみ込んだ嫌な汗が、したりと頬を伝う。

 ここまで来るまで全く意識していなかったと言うのに、いざ目前に控えるところまで至ると………突如として、どういう顔で、どういう態度で訪問し、彼女にどう言葉をすればいいか………分からない感覚に襲われた。

 一応、前もって決めておくか?

 

〝先日は本当に済まなかった………これはせめてもの〟

 

 ダメだ……何と言うか、これは少しばかり固すぎる気がする。

 では、にこやかにかつ気さくに――

 

〝や、やあ、今日たまたまお暇ができたので来てみたら、ご健全そうで本当良かった良かった〟

 

 もっとダメだ! 言語道断だ! こんな軽薄な様を思い浮かんだ己にぞっとして顔が青ざめる。

 生死の境を彷徨わせるほどの深手を負わせた分際の身でこんな態度、無礼千万の域を超える所業だ!

 くぅ………もうこうなれば、出たとこ勝負と言う奴だ!

 ここでぐだぐだと足踏みしているくらいなら、対策など動いてから立てる臨機応変の気で、まずはこのインターホンを―――くそ!

 押すだけ、この右のひとさし指をたった一押しするだけで良いのだぞ!

 なのになぜ、震えが止まらない? 左腕で花を抱えているので、左手で震えを抑えることもできない。

 ケータイのバイブレーターかと我ながら突っ込みたくなる程震える右手を踏ん張らせて、何とか押そうとするが、 一度ならず、二度も空振る。

 三度目の正直で、今度こそと指を突き出そうした矢先―― 

 

「あ、あの……」

「ひゃあ!?」

 

 ――まさかの背後からの不意打ち!?

 体が飛び跳ねそうなくらい驚き、うっかりドア開閉のボタンを押してしまい………あげくバランスを崩して。

 

〝バタン!〟

 

 開かれた自動扉から病室の床へ仰向けに、真っ逆さまに転げ落ちてしまった。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 呼びかけてきた看護師の女性が、私を案じてくる。

 

 何と言う……恥晒しだ。

 

 どうにか、見舞いの花と後頭部は死守できたが………私の心は不覚を取った自分への情けなさに、苛まれそうになった。

 いっそ、近くに穴があるのならそこに入ってしまいたい………。

 

 

 

 

 後に、数々のバラエティ番組で数えきれない〝爪痕〟もとい偉業を残すことになる風鳴翼の、ある種の才の片鱗が見えた瞬間だった。

 

 

 

 

 草凪朱音本人は、402号室のベッドにはいなかった。

 見舞い品の花を預けてもらった看護師に聞いてみれば、彼女は今屋上にいるかも、とのことだ。

 あれ程の傷で、目覚めてからまだ二日目だと言うのに、もう今日の時点で、まだ杖の補助が必要とは言え歩けるようになるなどと………二十一世紀も二十年代に入ってより日進月歩著しい現代医療の恩恵があるにしても、何と言う生命力の主なのか。

 装者としての彼女に会ってからと言うもの、驚かされてばかりな気を覚えながら、屋上庭園に繋がる階段を登っていた。

 エレベーターも繋がってはいたが、超高層ビルや、それ以上な二課の地下本部と言った超高速型でもない限り、できるだけ階段を使う主義なので乗っていない。

 階段を登り終えて外に出ると、薄暗い室内にいたせいで、日光の眩しさに目が反射的に閉じ、腕で光を遮った。

 外の光の強さに慣れると、初夏に入って色合いの濃くなり始めた青空、緑と花、赤レンガに彩られた庭園が視界に広がる。

 あの看護師が言っていた通り、患者服を着て私からは後ろ姿で、きめ細やかで真っ直ぐと、太陽光でエンジェルリングが煌めく黒髪が風でなびいている草凪朱音は、フェンスの前で佇んでいた。

 杖こそ付いているのに、先日まで意識不明の重体だったと思えないほど、立ち姿はしっかりとしている。

 先程生き恥をかいてしまった作用か、病室の前にいた時よりは体が緊張に苛まれていない。

 それでも心臓は、奏と二人で〝両翼〟だった頃のライブの本番に匹敵するほど、忙しく動いてはいるも、向こうがこちらに気づくまで待つようなせこい手は使いたくないので………互いの距離を詰め、呼びかけようとした時だ。

 

〝――――♪〟

 

 私に背を向けたまま………まだ頭や二の腕と包帯が幾つも巻かれている彼女は、歌の前奏らしきメロディを奏で始めた。

 両耳にはイヤホンらしきものはなく、音楽プレーヤーを持っている様子でもなく、アカペラで歌おうとしているらしい。

 どんな、歌なのだろう?

 歌手活動の賜物で、ゆったりとしたリズムな歌い方から、伴奏はシンプルにピアノ一本だと推測できるくらいで、私にとっては知らない歌だ。

 そう………知らない………筈、なのに――

 

「………」

 

 私は、影縫いを掛けられてしまったのだろうか?

 

「ご機嫌な蝶になって~~♪」

 

 草凪朱音の、躍動的で、同時に切なさも備わった澄んだ歌声で、彩られるその〝詩〟は………私の身体を、動けなく……釘づけに、させる。

 

 その歌の詩を、要約するならば………。

 

「煌めく風に乗って~~今すぐ~~君に~会いに~行こう~~♪」

 

 かつて――〝翼〟があった。 

 ひとたび風に乗れば、どこまでも行けた、どこまでも飛べた。

 どこまでも高く、どこまでも遠く。

 高らかと、真っ直ぐに、純粋に、自由に、胸の想いは一点の曇りもなく、無限大の大空へと、羽ばたいていけた。

 

〝両翼揃ったツヴァイウイングは、どこまでも飛んで行ける〟

 

 そう……奏と二人で一対の翼――ツヴァイウイングだった頃の、私。

 でも、奏を……片翼を失ってしまった今は、もうあの頃のように、飛べない。

 片翼が無くとも、片翼だけでも、飛んでみせると……意気込み、助走(はしり)続けてきた。

 けれども………ダメだった。

 どんなに走っても、身体に鞭打って走り続けても………私は〝一人〟では、私の〝片翼(つばさ)〟だけでは、音色の青空へと飛び立てなかった。

 飛ぼうとする度、無様に地に落ち、空に見放され、情けなくのた打ち回り、飛び立てぬ己に打ちのめされて。

 

 正に、今の私の……〝生き恥〟を晒してばかりな在り方を表しているとしか、言いようのない――

 

「無限大な――夢の後の――何もない世の中じゃ~~♪」

「っ!」

 

 慎ましく、ゆったりと、そっと語るが如く、情感を秘めさせて歌っていた彼女の歌声が、大きく深呼吸を一回、したのを気に一変する。

 せつなさ、やるせなさ、もどかしさ、それらを以て緩やかに奏でていた声量と音色は、まるで強く大地を踏み込ませて、それでもと飛翔しようと、疾走し始める。

 

「STAY~しがちな~イメージだ~らけの~~頼りない翼でも~~♪」

 

 高まる歌声が、それを発するエモーションが、さらに昇っていく。

 熱気を有した風が、身体に押し寄せてきた。

 太陽の熱でも、宙に吹く自然の風でもない。

 その熱も、風も、彼女の〝歌声〟から放たれたものとしか………思えなかった。

 温かで、柔らかで、熱い。

 

「き~っと飛べるさ~~Oh――My――LOVEッ♪」

 

 完全に私は、圧倒されていた。

 全身は未だ、まともに身動きができない。

 なのに、熱唱と言う言葉では物足りないまでの熱量で歌い上げる草凪朱音の歌は、この体の、血の一本一本を、骨の一本一本を、神経の一本一本を、細胞の一つ一つを、胸の中の奥の奥にまで、響き渡っていく。

 胸の内にまで、込み上がってくる〝熱〟………気がつけば、私の頬に水気が。

 手に取ると、それが涙だと分かった。

〝あの日〟から………二度と流さぬと誓っていたのに、止まらない。

 なのに私は、溢れる勢いで流れるその涙を、否定できなかった……切り捨てられなかった。

 飛べる、飛べるよ、飛び立って行けるさ!

 たとえどんなにみっともなくても、情けなくても、無様でも、弱弱しくても、頼りなくても、何度も止まってしまっても、無限に、飛び立てるさ――どこまでも!

 

 むしろ……どうして否定できようか?

 彼女の〝歌〟に込められた………そして、かつて奏の歌にも込められていた―――この温かさを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌い終えた朱音の耳は、やっと背後から響く泣き声を耳にする。

 気づいた彼女が振り向くと、膝を付いて崩れ落ち、重ねた両手を口に着けて泣いている翼を目にし、ハッと驚いた朱音はまだ杖の補助が必要で上手く走れない足と脚を、傷を疼かせず留意しながらも急がせて駆け寄る。

 翼は構わず、泣き続けてきた。

 この二年、凍てつかせようとしてきた心の溜め込んできた想いを、洗いざらい、流し出して。

 

 

 

 

 

 彼女に促される形で、ベンチに座る。

 流れ続けていた涙の勢いが、ようやく和らいできた。

 水気の増した鼻をすする。

 自分の顔は今、どうなっているだろうか?

 鏡を見るまでもない………きっと目の周りは腫れあがって、顔はぐちゃぐちゃになっているに違いない。 

 

「どうぞ」

 

 隣に腰かけ、私の心が落ち着くまで黙して待っていた彼女が、患者衣のポケットに入っていたと思われるハンカチを差し出す。

 

「かたじけ……ない」

 

 私はそれを受け取り、涙の雨ですっかり濡れている顔を吹き、ぐすっとまた何度か鼻をすする。

 

「大分、落ち着きました?」

「あ、ああ……」

 

 問いに応えようと彼女の方へ振り向くと、私は………彼女の目に釘づけとなった。

 十五歳……今年で十六歳、自分より二年分年下なのに、年相応より大人びて、美人と呼ぶに相応しい美貌を、さらに彩らせる………滑らかなカーブを描いて吊り上がる瞼の合間に宿る、翡翠色の瞳。

 

「あの……私の顔に何か?」

「いや……そういうわけじゃ……ない」

 

 両目の翡翠に疑問符を浮かべる彼女から慌てて目を逸らし、ハンカチを返す。

 一瞬、こちらを見つめてくるその瞳に、我を忘れていた。

 それぐらい………あの〝翡翠〟は、本物の翡翠と見紛う澄んだ透明感と、輝きを有した綺麗なもので、吸い込まれそうな感覚さえあった………どうも彼女の目は〝魔性〟があるらしい。

 もう一度、こっそりと彼女を見てみる。

 患者服の袖から伸びて、ところどころ包帯の巻かれた二の腕と両脚、顔と言った柔肌は絹の如き透明感で肌触りがいい、無駄を削いで研磨されているくせに肉付きもいい筋肉を包み込んでいる。

 間近で見れば、きめ細やかな黒髪は一本一本が陽光を受けて艶を放ってストレートに延びている。

 親日家で日本の武道、武術に精通し、現在もアクション映画でも現役なハリウッド俳優の孫だけあり、ベンチに座す姿は姿勢が良く、患者服でも隠せない均整の取れた色香漂う八頭身な全身の美しさをより美しく見せる。

 見れば首に掛けられた勾玉――シンフォギアが乗る胸………胸も………大きかった。

 どうやら着やせする体質らしく、巧妙に布地がカモフラージュしているが、それでも私の眼は、彼女の胸の大きさを、はっきり捉えていた。

 数字にして九五はあった十七歳の時の奏ほどではないが、それでも今の朱音と同じ齢の十五歳の頃の、当時八九だった奏くらいはある。

 つい、自分のと見比べてしまった。

 もう私、とっくに今年の誕生日を終えて奏より一歳年上の、十八歳になってしまったのに、自分のより彼女の方が大きい………って、何人の胸と自分のを見比べているのだ?

 大体、私だって八〇は一応越えているし、大きければ良いものでもないだろう?

 それに〝剣〟を振るう私からすれば……所詮は脂肪の塊な膨らみなど、防人にとってはむしろ邪魔ではないか! ハンデ! 障壁ではないか!

 ああそうとも、乳房(あれ)は、剣たらんとする己には敵だ………敵であると言うのに、防人には必要ないと言うのに………なぜだろうか?

 強がって突っぱねようとすればするほど………なんだか、虚しくなってきた。

 あ、あれ?

 ふと、気がつく。

 決して多くはないが、彼女と顔を合わせるのは、少なくもなかった筈なのに………初対面みたいな、もしくは新鮮な感覚が過っているのだろうか?

 ああ、そうか………私、彼女を……〝彼女たち〟を見ていたようで、見ていなかったんだ。

 食堂で、唇にご飯粒を付けて挙動不審だったあの子をフォローした――初めて会った時も。

 同じ日の夜―――装者として再び会った時も。

 あの子のことを認められずに刃を向け、その刃で彼女のアームドギアとぶつけ合った時も。

 私の絶唱のエネルギーを、絶唱で吸い取り束ねて……代償のバックファイアを受けたあの時も。

 

 奏がいなくなった今、私は〝一人〟だと……奏を死なせてしまった自分は〝独り〟で戦わなければならないと………思いつめてしまった余り、隣にいる少女の〝容姿〟さえ、まともに見ていなかったのだ。

 

「その、今日窺ったのは………その……本当に……申し訳ないことをした………」

「風鳴……先輩……」

 

 ようやく、見舞いに来た目的の〝一つ目〟に辿り着けた。

 刃を交えたあの時に、彼女が言っていた通り………私は〝鋼鉄だけでできた鞘のない抜き身の刀〟だった。

 

〝それが――守護者のやることですか!?〟

 

 腕が固く伸び、膝の上に乗せたその先の手の震えが、強くなる。

 装者と言えども、人であり、防人が守るべき命。

 なのに、当たり前の事実を忘れ、守る為に振るう筈な剣で………脅かしてしまった。

 

 それどころか、彼女には散々、不甲斐ない〝先輩〟な自分のせいで、苦労させてしまった。

 シンフォギア装者としては、あの子と同じ新米だったのに、一度目の暴走であの子に刃を突き立てた私を一戦交えさせられた上、一人戦場の最前線へ主戦力として駆り出され。

 私が本来、担わなければならなかった後輩の指導も押し付けて。

 挙句、ネフシュタンの鎧を纏ったあの少女の出現で、我を忘れた二度目の暴走で、こんな怪我を負わせてしまった。 

 

 なのに彼女は、どの面下げて見舞いにやって来た私を、攻め立てたりするどころか………いきなり泣き崩れて醜態晒したと言うのに、私が落ち着きを取り戻すまで待ち、ハンカチを渡してくれる気遣いまで………。

 その優しさが、今の私には陽光より眩しかった。

 

「今まで、散々迷惑を被らせておきながら………いきなりこんなことを聞くのは不躾がましいのは分かっている! だが……」

 

 私は、その眩しい光を放つ源な彼女の方へ向き、勢い任せで〝投げた〟。

 

「教えてほしい! どうしたらそう―――強くあれる? どうしたら……君や奏のように、優しさと強さの両方を持って、人を守れるのだ?」

 

 彼女に深手を負わせた罪悪感と失意で、本当に〝心がぽっきり折れかけた〟あの夜。

 緒川さんからくれた言葉のお陰で、どうにかそのまま壊れずに、踏みとどまれた。

 だが……どんなに〝私の歌は人々に、勇気を、希望をくれている〟と励まされ、それが真だとしても、私は依然として無様で、防人とは程遠い出来損ないで情けない〝剣〟のままだ。

 こんな身でギア――天ノ羽々斬を纏い、歌っても、また……守るべき命はおろか、自分自身をも無慈悲に傷つける〝過ち〟を繰り返してしまうだけ。

 でも………自分一人の頭では、どれだけ考えても分からない、答えどころかその片鱗すら、見つけられずにいた。

 どうすればこんな〝出来損ない〟の身から、そびえ立つ限界(かべ)を超えられるか………その方法を、未だ私は見つけられずにいた。

 

「今の私には分からない………今まで………何の為に、何を支えに剣を振るい、歌ってきたのか………分からないんだ」

 

 他力本願と揶揄されても仕方ない。

 彼女が求める答えを示してくれるとなどと、そんな都合のいいことを考えてはいない。

 が、自分一人ではどうにもならない以上、せめて……ほんの少しの光明は、欲しかったのだ。

 かつて、地球の守護者――ガメラであり、今でも前世の自身が使っていたのと同質の力で、防人の使命を、曇りなく一路で、全うしている彼女から………。

 

「…………」

 

 案の定として、いきなりの、奇襲にも等しい私の質問に、彼女は戸惑った様子で、瞬きも忘れて大きく開いた翡翠色の瞳を、私の瞳に向けていた。

 彼女の反応は無理なきこと、そう簡単に言葉にできるわけもない………やはり、虫の良過ぎる話、だったな。

 

〝すまない………今のは、忘れてほしい〟

 

 と、言おうとした直前だった。

 

「そう……ですね……」

 

 彼女は、少し困った表情で微笑みながら、青空を見上げる。

 

「〝エゴ〟……です、私の……」

 

 答え難い私からの問いに、彼女はそう、答えた。 

 

「え?」

 

 エゴ―EGO―欲望。

 日本語と英語、どちらにしても……決して良い意味とは言えない。

 ノイズドローンが撮影した映像と、エージェントたちが作成した報告書越しではあるけど、彼女の勇姿は私も目にしていた。

 あれ程………苛烈に、鮮烈に、猛々しく歌い、戦い。

 同時に、彼女の歌は人々に確かな希望を与えて、勇気づけている。

 その姿は、私にとって私が求める〝防人〟そのものだと言うのに………なぜなのだ?

 

「だって……」

「だっ…て?」

 

 どうして、その一言を使ったのか?

 その疑問で、鸚鵡返しをしてしまう。

 

「私は父と母の〝願い〟を押しのけてまで………戦うことを選んだのですから……」

 

 彼女は――草凪朱音は、今は亡き自身の両親との〝別離〟を、打ち明け始めた。

 あくまで事実だけを淡々と記された、無駄はないけど素っ気なくもある報告書を通じてではあるが、私も一応、彼女が体験した〝惨劇〟を知っている。

 奏の両親と同じ、考古学者であった彼女の父母は、夏の長期休暇を利用して当時小学生だった彼女を、太平洋で浮上したと言う、岩塊で覆われた先史文明の遺跡に連れて来て見学させていた。

 それが、悲劇の始まり……発掘中、突如して……ノイズが多数出現、停泊していた船舶には、位相歪曲反応を感知して自動的にSOSを送る機能があったにで、迅速に救出部隊が現場に向かったのだが、その時彼らが目にしたのは………母親であった〝炭〟を全身に被り、その母に庇われたことで生き残り、泣くこともできず震えていた〝一人娘〟だった。

 何の因果か、奏が味あわされたのと……ほとんど同じ境遇なんて。

 

「父も母も、本当はもっと……生きたかった筈なんです、もっと色んな過去の文明の謎を解きたかっただろうし、私の成長を見たかっただろうし………孫の顔だって………でも私と自分たちの命を天秤に掛けて………私を生かすことを選んだんです………なのに、私」

 

 ペンダントにしている、両親の形見でもあった勾玉を右手に乗せる。

 

「ずっと……自分の気持ちを誤魔化して生きてきました………仇討ちなんかして何になるんだと分かったような振りして………でも、本当は力が欲しくてたまらなかった………」

 

 今は、彼女の言う〝力〟を内包している勾玉を握りしめ、左手を胸に当てた

 

「奴らが許せないって気持ちは、まだこの胸(この)中には、くすぶってますし………」

 

〝許せない〟って発言に、私は一瞬驚かされた。

 少なくとも彼女の戦いから、家族の復讐の為に戦っていた頃の奏のような……〝暗さ〟も抱えた熱が、感じられなかったからだ。

 けど、彼女だって人の子であり、奏と同じく目の前で家族を殺されたのだ。

 しかも相手は血も涙もないノイズ………そんな存在が〝仇〟では、拭いたいくとも拭えるものではない。

 

「奴らが踏みにじろうとする生命(いのち)と……色んな生命が奏でる〝歌〟を守れる力を求める気持ちも、あの日までずっとくすぶらせてました」

「生命が奏でる……歌?」

 

 彼女の使ったその表現に、私は二度目の鸚鵡返しをした。

 

「はい、普段気づいていないだけで、世界はいつも音楽が鳴っているんですよ、風の音、その風に吹かれて揺れる草花の音、風に乗って空を泳ぐ鳥の飛ぶ音、その鳥や虫の鳴き声、流れる川の水音、その川に流れて飛び跳ねる石たちの音、青空をゆったり進むあの雲、お天道様から降り注がれる光にも………どんな生命にもメロディがあって、歌を作っていると、私は思っているんです」

 

 どうやら………それが彼女を、ノイズを皆殺す為の復讐の戦いでなく、人々を守る意志で戦う彼女の、〝原動力〟らしい。

 

「なら……なぜその〝信念〟を、貴方は……エゴなどと表したのだ?」

「だってそうでしょう? さっきも言いましたが、私は家族の〝生きてほしい〟願いで、こうして今でも生きているんです、ならどんなお題目を掲げたって、ガメラと同じ力を持つこのシンフォギアを纏ったって、自分の命を………危険に晒して戦うことに変わりないんです」

 

 再び、彼女は青空を見上げる。

 この世にはもういない、家族が今いる〝黄泉の国〟を見ているらしかった。

 

「あちらにいる両親は、自分の無力さに嘆きながら………私を見守っているでしょうから………その想いを振り切って戦うことは、どう足掻いても、エゴなんですよ、私の――」

 

 改めて、自分自身の戦う旨を、信念を――〝EGO〟――だとはっきり言い放った彼女は、そのネガティブな意味合いの言葉とは裏腹に、青空に負けじと、晴れやかな笑顔を見せて。

 

「だからせめて、この胸の中にあるエゴと向き合って、自分の〝心〟に従って………歌っているんです、参考になったかどうかは、分かりませんけど」

 

 最後に謙遜を付け加えた彼女――朱音に、私は――

 

「いや……なったよ」

 

 そう、答えた。

 

 

 

 

 見つけられなかったのは………当然だ。

 なにせ私は、定められた戦う宿命への悲観と、それを使命感で無理やりねじ伏せ、誤魔化しまったことで、そもそも自分だけの〝戦う意義〟を見出してこなかったのだから。

 奏と言う片翼――パートナーを持ったことで、ようやくそれを形にする機会が、得られたと言うのに私は――

 

〝奏と二人でなら戦える〟

 

〝奏と一緒なら、頑張れる、歌える、飛べる〟

 

 余りにも奏を、寄る辺にし過ぎた余り、自信の持てない自分をまやかす余り、戦う理由も……歌う理由も………何から何まで奏に、依存してしまっていたんだ。

 

 反対に奏は、復讐の念を乗り越え、自分だけの〝意義〟を見つけてしたと言うのに、そんな奏を、すぐ近くで見ていた筈なのに。

 

〝一振りの剣〟などと、〝人類守護の務めを果たす防人〟などと、偉そうに息巻いていた自分が愚かしい。

 

 これでは、いくら鍛えても鞘無き抜き身で脆く、折れやすく、守るべき命も、自分自身も傷つけるだけの〝剣〟にしかなりえないではないか。

 どんなに片翼だけで飛ぼうと一心不乱に羽ばたいても………堕ちていくばかりだったのは、道理だ。

 

 まだ、答えは見えない。

 目の前には、深くて濃い霧が、まだまだ立ち込めている。

 でも、回り道ばかりして、迷走を繰り返して………ようやく私は、始発点へとどうにか辿り着いた。

 今度こそ、私自身の〝心〟で、見つけるのだ。

 

 朱音の胸に確かに在り、奏の胸にも確かに存在していた、自分だけの〝熱〟を――

 

 

 

 

 

 そう、噛みしめたことで………あの子のことが、急に浮かんできた。

 なら……あの子は一体。

 

〝立花響〟

 

 本人にとっても、奏にとっても、思いもしなかった形で……ガングニールを継いでしまったあの少女。

 

「先輩……どうしました?」

 

 顔にある程度出ていたらしく、朱音が翡翠色の瞳でこちらを覗いて問うてくる。

 

「あ、いや……」

 

 心に余裕ができて、拒絶感が薄らいできている為か、今度はそれと引き換えに、あの子に対する不可解が靄となって頭の中へ、入り込んでくる。 

 装者となったばかりの時の彼女は、戦場の過酷さを知らぬ〝半端者〟だったのは疑いようがない。

 その点は、朱音も共通認識だった筈だ。

 だが……二年前に特異災害の恐ろしさを、直に体験して、生死の境を彷徨って生き延びた筈でもあると言うのに。

 

「なぜ貴方の……君の友達、立花響が、なぜああも躊躇なく戦場(いくさば)に入り込んできてきたのか、今さらながら………気になって……」

 

〝私、戦います、慣れない身ではありますが、一緒に戦えればと思います!〟

 

 叔父様から、協力要請を受けた直後の時の彼女を思い出す。

 思い返すと、まるで部活に入り立てで、その部の競技の経験すらない初心者な新入生が、先輩に挨拶するような感じに見えた。

 

〝分からないのに、いきなり覚悟とか、構えろとか言われても……全然分かりませんよ!〟

 

 私に拒絶の意志が込められたアームドギアの刃を向けられた時だって、無論真剣である凶器を突きつけられたと言うのに、その時の彼女の顔は恐怖を覚えるどころか、なぜ〝戦おう〟とほざいた私に対する意図が理解できないと言った風であった。

 

 なぜ……奏に助けられた命を、ああも無頓着にも等しく……。

 

 庭園は外が穏やかな陽光と、ほのかな風で気持ちいいと言うのに、私の背中には、薄ら寒さが張り付いて、全身が震える。

 

 ようやく私は、あの子の〝歪さ〟を知覚した。

 

 

 

 朱音も、その歪さを直視させられてきたのだろう。

 あの子のことが話題に上がった瞬間から、彼女の大人びた美貌に、苦味の影が差し込んでいた。

 

 やがて彼女は、左腕に付けていたスマートウォッチから立体モニターを宙に投影させて、右手の指で操作すると、それを私に見せる。

 

 モニターに載っていたのは………あの二年前の惨劇から始まった、ある社会問題の記事。

 

 そして私は、立花響の〝歪さ〟の根源を、思い知ることになる。

 

つづく。

 




改めてこの回で朱音が歌っていたのは――

『Butter-fly』:デジモンアドベンチャーOP主題歌
歌:和田光司
作詞・作曲:千綿偉功

――でございます。
奏繋がりでガンダムW EW特別篇主題歌もありかなと思ったけど、私的にこっちの方がぴったりかつ、前の話でも自衛官たち相手に歌わせてたので。

ちなみに、物語が分岐した感を出したくて、朱音の病室は、原作での翼の病室と同じ番号になってます。

しかし最近って生のお花を見舞いに持参するのお断りしている病院が多いそうですね。


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#19 - 魔性

奏がいたころの可愛い翼も書きたい。
でも防人語あっての翼だし、本人にそのつもりはないのに出ちゃうシリアスな笑いも出す、真面目天然な翼も書きたい。
奈々さん譲りの弄られ属性な翼も書きたいし、漫画版の凛々しい成分多めな彼女も書きたい。
色んな欲が働いて、こうなった。


 二年前、私と奏の――ツヴァイウイングのライブの最中、起きてしまった〝大規模特異災害〟。

 観客、ライブの関係者を含めて、あの会場にいた約十万人の内、死者と行方不明者は、およそ一万二八七四人にも登ったと言う。

 勿論、奏もその人数の中に入っている。

 非情な見方をすれば、生き残れた人間の数の方が遥かに多く見えてしまうだろう。

 

 だけど………私にとって……奏含めた〝一万二八七四人〟を死なせてしまった事実は、朱音が表した〝感情なき剣〟と〝修羅めいた生き方〟への固執から脱することができた今でも、重くのしかかる。

 

 あの日、私は、私たちは、何も知らずに来てくれたファンである人たちを……〝ネフシュタンの鎧〟を起動させるフォニックゲインを生み出す為に、利用したのだ。

 さらに皮肉なことに、あの時、あれ程の数ノイズが現れなかったら………直前に起きた鎧の暴走による爆発事故で、ライブを開催した私たち、企画者ら関係者はマスメディアを中心に批判の的にされただろうし、実験を進めた二課にも、政府関係者からの中傷は避けられなかった、

 奴らの猛威によって、私たちの〝罪〟は結果的に巧妙に蓋をされ………私は………パートナーを失った〝悲劇のヒロイン〟として、生き残ってしまった。

 

 それどころか………生き延びた人々にまで。

 

 沈痛な面持ちで、麗しい翡翠の瞳にも憂いが差す朱音が、スマートウォッチの立体モニターで私に見せたのは、その生き延びた人たちに降りかかった〝地獄〟だった。

 

 あのライブが、完全聖遺物の起動実験の場でもあり、私たちがシンフォギアの装者でもあったが為に、あの日の特異災害は特に情報統制が厳しく、徹底的に為された。

 奏の死も、表向きは観客の避難誘導に尽力していた際、ノイズによって殺されたことになっている………ただシンフォギアと絶唱のことを除けば、ほとんど事実ではある。

 

 それらの情報統制が、生存者が受けた地獄を生む源となるなんて。

 

 立体モニターに表示されているのは、その源より地獄へと繋がる〝発端″そのものだ。

 

 始まりは、昭和の中期の時代から現在まで刊行されている週刊誌に掲載された記事。

 内容は――ツヴァイウイングライブ中に起きた大規模特異災害による死者、行方不明者の内、ノイズの被災で亡くなったのは全体の三分の一、残りは避難中のパニックによる将棋倒しや、避難経路の確保を巡って争ったことによる傷害致死、つまり三分の二は同じ人間によって死に至った―――と言うものだった。

 この記事を掲載した週刊誌の出版社の取材は正確で、内容も偏りを出さぬように留意され、あくまで〝真実〟を伝える誠意あるジャーナリズムの姿勢で公表したのは分かる……分かるけど。

 

「…………」

 

 見るからに顔色が悪くなっていたらしく、あの子の〝歪さ〟の根源の前置きを説明していた朱音は自分の心境を案じてモニターのブラウザを閉じようとしたけど、私は閉じようとする朱音の手を掴んで、それを制した。 

 

「頼む……続けてくれ」

 

〝だったら翼は………弱虫で泣き虫だ〟

 

 最後に奏からそう言われた通りの私だけど、事実から目を逸らす〝臆病者〟のままで、いたくない、甘んじたくない。

 

「分かりました………でも、辛いと思ったら正直言って下さい」

「ああ……」

 

 真っ当なジャーナリズムで明かされた事実は、思いもよらぬ連鎖を起こす。

 生き残った九割分の被災者たちへの、バッシングが始まったのだ。

 市民感情を煽らぬよう留意し、表現も慎重で公平さを損なわぬよう努力の痕が見えた記事でさえ、それを目にした人々の中から、その事実を極端に解釈して、極度に歪め、それらがネットから発信され、論争を巻き起こし、多くのマスメディアにその流れに乗って煽りに煽り、現実にまで波及………被災者当人はおろか、その家族にまで、中傷の牙が向けられた。

 しかも、特異災害で被災した人々には、政府からの補償金を受けられる制度が設けられていたのだが、人を助ける為に作られたその法は、逆に人が人を貶める行為の助長まで。

 生存者たちへの袋叩きは、日に日に、ウイルスのパンデミック並みの域で、狂熱的に、爆発的に日本中に広がっていった。

 付和雷同と言う単語を用いるのに、あれ程相応しく最悪な〝喩え〟はそうないだろう。

 過熱し、暴走するその流れに、反対意見を述べて立ち向かう者もいたそうだが………沈静化の傾向に向かうまでは圧倒的物量で、ともすれば融合体のノイズの容姿より醜く肥大化した〝濁流〟を前に、呆気なく打ち負かされたと言う。

 

「当時のSNSの書き込みを載せているサイトを見つけたのですが……」

 

 モニターには、どうも冷静にかつ知的にかのバッシングに対する問題を提起しているらしいブログのサイトへアクセスされ、社会問題にまで膨れ上がった〝悪意〟の一部が露わとなる。

 

〝人殺し、ひ~とごろし!〟

〝同じ人間を見殺しにしといて、よくぬけぬけと生きてられるよな〟

〝人間しか襲わないノイズよりも人間の方がたくさん殺してるなんて、ある意味笑える〟

〝あんな奴らに、俺たちが払っている税金が渡っていると思うと、吐き気がするわ〟

 

 胸の中が圧される感覚に見舞われるほど、心ないにも程がある〝言葉でできた凶器〟が、次々と押し寄せ………読んでみるこちらまで、吐き気を………。

 こんな中傷を全世界に発信した人たちは分かっているのか?

 これでは、今までの人類の歴史で繰り返されてきた〝虐殺〟も同然ではないか!

 

 

 

 この人々の悪意が生み出した〝生き地獄〟から、示されるもの。

 

「つまり……あの子は………」

「はい………響もこの中傷の地獄を受けてきたんです、卒業して、律唱(ここ)に越してくるまで………これは、藤尭さんに調べてもらったのですが、死者の中には、響の通っていたのと同じ中学の学生で、将来プロ入りも確実と言われていたサッカー部のキャプテンの子がいたのですが……」

 

 ガングニールの欠片で負った傷もどうにか癒え、リハビリも負えて復学した直後の彼女に、その男子学生のファンだった女子が、糾弾したと言う。

 その女子とサッカー部のキャプテンを、自分と奏に置き換えて想像すると。

 

〝なんであんたみたいな奴が、生き残ってんのよ〟

 

 恐らくは、こんなヒステリックに叫んで、攻め立てて。

 なんて理不尽だ……あの子がその学生を死に至らしめたことなど、何一つしていないと言うのに、片や召され、片や生きているだけで。

 不条理な叫びが切っ掛けとなり………生存者への中傷と言う〝洗礼〟が、あの子にまで及ぶことになった。

 学校に行けば、毎日毎日、バッシングの嵐に流され悪意に染まり切ったクラスメイトや同級生から、陰湿に、粘着質に、陰口を叩かれ、なじられ、貶され………あの子自身の人格は、否定に否定を、重ねられ続けてきた。ほぼ全校生徒にまで広がっていたのなら、その学校の教師たちはほとんど無力だっただろう。

 さらに……他の多く被災者同様、あの子の家族にも、〝厄難〟が、連なる形で………。

 

 自宅には、塀に、外壁に、窓に、中傷の張り紙が幾つも貼られ。

 時に石が投げ込まれて、ガラスが割れることもあったらしい。

 学校どころか………半ば故郷(ふるさと)の街全体から、迫害されたと言ってもいい。

 

「今………あの子の家族は?」

「母と祖母は、今でもその街に暮らしているそうです」

「なら………父親は? 母子家庭ってわけでは、ないのだろう?」

 

 私の口から、父親の単語が出ると、朱音は一度口を固く噛みしめながらも、答えた。

 

「蒸発、したらしくて……」

 

 曰く、サラリーマンであったあの子の父は、当初は娘が生還した喜びを勤めていた会社中に触れ回っていたとのこと。

 だがそれを耳にした取引相手の企業は一方的に契約を打ち切った………その企業の社長令嬢も、私たちのライブに来ていて、命を落としていたからが、理由らしい。

 この一件で、あの子の父は社の大きなプロジェクトのメンバーから外され、社内での居場所も無くしていったと言う。

 私の家は、一般家庭とは程遠い環境なゆえ、上手く想像はできないが………同じ痛みを受けている家族に、〝八つ当たり〟をしてしまったと、どうにか窺える。

 その果てに……家族を残して、失踪、情報処理のエキスパートである藤尭さんでも、その後の足取りは、現状未だ掴めず………。

 

 ライブの惨劇から、一年が経つ頃には、バッシングの勢いと熱は、急速に衰えて沈静化していき………加害者たちにも〝後ろめたさ〟があったのか、腫れ物を触るが如く現実でも電子の中でも、話題に上がらなくなった。

 あの子と、あの子の家族への迫害も同じ時期に息を潜めたと思われるけど………〝周りもそうしてるから〟と流れて加虐の輪に入った学友たちが、よりを戻そうと踏み出すわけがない。

 中学を卒業して、リディアンに入学して、朱音ら新たな学友を得るまで、あの子の生活は………さぞ〝虚無〟が充満していたに違いない。

 母と祖父母は、血を分けた子であり孫である彼女を案じ、支えようとしただろうけど、その心はそう簡単に晴れなかったであろう。

 

「…………」

 

 胸の中の、圧し、締め付けられる感覚が強くなり、手で抑えた。

 声が出ない………そのまま呼吸も止まってしまいそうだ。

 朱音から、生存者が受けたバッシングのことを切り出された時点では………あの子が、立花響が、ああも躊躇わずガングニールを纏って戦おうとするのは、生き残ってしまったことへの罪悪感、私もつい先日まで蝕まれていた、いわゆる〝サバイバーズギルト〟だと、考えていた。

 でもその二年間の境遇を、朱音から一通り聞いた後では………〝罪悪感〟の方がまだ良いと思えさした。

 

 あの日の、荒廃した会場での戦いを思い返す。

 あの時、敵の物量に物を言わせた攻撃で分断されていた私は、奏と立花響との間に、何があったのか………詳細は知らない。

 

〝諦めるな!〟

 

 ただ………奏のその叫び声は、私の耳にも届いていた。

 きっと奏のその想いは、あの子に〝生きる力〟を齎した……筈なのに。

 

「ガングニールを纏っている姿を見るまで、私は………少し人助けとお節介が過ぎて、おっちょこちょいで食いしん坊だけど、お天道さまみたいに明るい子だと、思ってました」

 

 確かに私も、最初に会った時点では……あの日あの会場にいたことを知った時でさえ、奏とガングニールのことで一杯一杯だったにせよ、そんな〝影〟を抱えていると、考えもしなかった。

 

「響も………生きようと、必死に頑張ってきた筈なんです………でもその一生懸命を、響自身ごと一方的に残酷に否定され続けて………家族もバラバラになってしまった………普段は見えないだけで、今の響の心は―――強い〝自己否定〟の念が染みついているんです…………それはあの子の〝優しさ〟まで、歪ませた」

 

 それが、〝人を助けられる〟なら迷いなく、恐れさえ塗りつぶして、戦場(いくさば)に飛び込めてしまう〝歪さ〟の根源。

 

「幼なじみの未来からも〝度を越してる〟と言われるくらい人助けに励むのも、散々周りから悪意に見舞われて、家族まで巻き込ませ、傷つけてしまった自分は、〝人の善意を証明し続けなければならない〟、〝常に自分以外の誰かの為に、頑張らなければならない〟と、強迫観念に駆られ、無意識に自分を縛っているんです…………本人から聞いたわけじゃないから、多分……なんですが」

 

 クラスメイトとして、装者同士としての付き合いを元にした自分の〝推測〟でしかないと、〝多分〟と付け加えて苦笑した朱音。

 確認しようにも、本人に直接聞くわけにもいかない。〝二年間〟の傷が、癒えていないどころか、瘡蓋にさえなっていないとしたら、とても聞けたものじゃない………それこそズケズケと他人の内に土足で踏み込む行為。

 一方で私は………朱音曰く〝多分〟な彼女の立花響に対する人物評は、ほとんど当たっていると、確信していた。

 速さと機動性――天ノ羽々斬の特性を無視した戦い方から、奏の穴を埋めようとする余り無意識に〝奏〟になろうとしていた自分の〝心〟と〝強迫観念〟を看破した彼女の洞察力、人を見る目の鋭敏さが根拠の一つでにあるし。

 

〝私たちと一緒に、戦って下さい!〟

 

 何より、戦場に割って入ってきた時の、立花響のあの戦場に不釣り合いなきらきらとした瞳と〝笑顔〟が、物語っている。

 あれは、憧憬抱く相手――私と朱音と〝同じ場〟に立てることへの喜びだけではない。

 生きる為――自分の為の〝一生懸命〟で他者を、家族をも傷つけた………〝大っ嫌い〟で、〝誰かの為、他人の為にしか生きてちゃいけない〟自分でも、人助けできる――誰かの役に立てるのだと、本人でさえ自覚し切れていない、と言うよりむしろ、自分でも気づかずに自覚しないようにしている己の欲求――エゴの表れだ。

 どんなお題目でも大義でも、結局は自分のエゴでしかないと、自身の選択に嘆く存在がいるのだと、他者の命と引き換えに救われた己が命を賭けることであると、理解し、向き合った上で、己の〝心〟に従い、装者として、再び〝災いの影〟から生命を守る戦士として、ガメラの力を宿したシンフォギアで戦うことを選んだ朱音とは、正に対極的で真逆。

 

 人間と言う種そのものの〝誰かの為に一生懸命になれる善意〟を証明し続ける為に〝人を助け〟、そんな自分であり続ける為なら、生き残ったことで他者を傷つけてしまった自身の命を、投げ出す勢いで葛藤を飛ばし―――〝賭けられてしまう〟。

 それでは、まるで―――

 

「血を吐きながら続ける………悲しいマラソンじゃないか………」

 

 私は………そんな立花響の〝前向きな自殺衝動〟とも言える目を瞑って全力疾走するあり方を、そう表現した。

 

 

 

 

 

 身体の至るところで、強い震えに見舞われて、止まらない。

 特に、膝の上の両手は最も酷く、爪が掌に食い込んで血が流れそうなくらい、強く握られる。

 同様に唇も、口の中を切ってしまいそうな程、上下の歯を噛み込ませていた。

 握り拳の甲に、小さな水の玉が、したたり落ちる。

 

「せん……ぱい」

「す、すまない………でも、止まらないんだ」

 

 口の中が、すすられる。

 一体どこに残っていたのか?

 つい今しがた……顔中を濡らし尽すほどに、泣き崩れていたにも拘わらず、まだ微かに瞼に腫れの残る両の目から、また……涙が零れてきた。

 莫迦だ、なんて………大莫迦だ………私は………あの子に………立花響に、なんてことをしてきたのか?

 あの時の私には、目ざわりで、苛々とさせ、忌々しく映ったあの子の〝笑顔〟。

 その笑みの裏にある心には、一生〝笑顔〟が失われたままだったかもしれない……傷痕にも、古傷にもならず、またいつ疼き、血が出て苦しめさせるか分からない〝傷口〟があった。

 奏がいなくなった喪失感と言う傷口にずっと引きずられて、身も心も手が一杯だったかもしれない………が、今の私には言い訳にすらならなかった。

 

 あの子の心を、あんなにも歪ませたのは………あの日、あの場所で、裏で大勢のファンの声援をも利用して〝猛獣〟を目覚めさせようと企てライブを開いた………〝私たち〟でもあるのに。

 

 なのに理由はどうあれ、私はあの子を虐げてきた者たちと同じ、一方的になじり、ヒステリックに攻め立て、人を守る為にある剣の刃を突き立てた挙句………存在そのものを〝無視〟し続けてきたんだ。

 

「本当、泣き虫で………情けない先輩だ………私は……」

 

 どうしたら……いい?

 あの二年で植え付けられた〝前向きな自殺衝動〟は、容易に取り払えるものじゃない………たとえどんなに〝戦うな〟と言われても、ノイズが現れ、多くの人の命が奪われようとしている様を目にしたら、躊躇せず飛び込み、ガングニールは彼女の意志に応じてあの子を〝装者〟とさせるだろう。

 それが痛いほど、嘆きたくなるほど承知しているから、朱音も、叔父様も、あの子を厳しく鍛え上げている。

 戦場で死なせない為に、いつでも日常に身を置く、普通の少女に戻れるように。

 だがきっと、〝人を助けられる力〟を得てしまったあの子は、時に衝動のままに………奏の忘れ形見でもあるその命を瀬戸際のギリギリまで、自ら追い込ませてしまうかもしれない。

 もし、その時が訪れたら………私は―――

 

 今度は、一人の少女に伸し掛かった〝十字架〟の存在に対する悲観の涙が止まらず、暮れていた私に、温もりのある感触が、手と背中と肩に。

 

「あ……朱音?」

 

 朱音は、点滴が注入されている右手で、私の膝の上の両手にそっと置き、左腕で私の背中を回して、抱き寄せていた。

 鍛えているのは明白なのに柔らかな彼女の身体が、私の身体に。

 肩に、人並み外れた美貌を乗せて………吐息も聞こえるくらい、間近だ。

 患者な身だから、おめかしなんてできるわけもなく……大気を伝って、朱音自身のふんわりとしたいい匂いが、鼻孔に触れる。

 

「あっ……」

 

 半ば、彼女の齢と乖離した妖艶な肢体が持つ感触と、血の通った〝熱〟に包まれている事態に、

相手は怪我人ゆえ私は引き離すことも、かと言ってこのまま享受していては体温はどんどん上がっていくばかりで、背筋は固く伸びて強張っていた。

 もし今、「リラックスして」などと言われても、無理だ。

 だってこの状況………恥ずかしいにも程がある。

 相手は同じ女子、ここには私と朱音以外人は誰もいないし、それに奏が生きていた頃は……彼女からしょっちゅうスキンシップはされて、今朱音からされているのに負けじとぎょっと抱きしめられたこともあったたのに。

 胸を手を当てずとも、心臓の鼓動が速まっている………こんな経験、最後のライブの本番直前以来だ。

 口が半開きのまま動きが一定しない、目も右往左往しているし、夏が近いのに寒気を覚えていた全身の体熱が、羞恥のせいか逆に熱くなってきている。

 頬も然り……また泣きだしているのに、赤くなってもいる顔を見られたら………こんな近くでは無駄に終わるのに、私は顔を背けた。

 一方で私は、恥ずかしくはあるのだけれど………決して嫌とは思っていなかった………むしろ心地よく、涙で波紋が起き揺れていた胸の内が、穏やかになってさえいる。

 その上、なぜだろう?

 朱音の抱擁が持つ、この温もり、何だか……とても懐かしい気がする。

 奏に抱かれた時のと似ているけど………もっと、昔の、子ども自分の頃ことのような。

 

「先輩」

 

 近くでささやかれる、同性でも意識をとろけさせてしまいそうな吐息混じりの、朱音のささやき声が、耳に。

 あ……何だ? この妙な感覚……。

 普段の時は、しっとりとせせらぐ水の音の如く透明で、対して戦場に身を置いている時は、荒々しく激しく、迫力に溢れる。

 比喩すれば〝水〟だと断言できるくらい、元より変幻自在な声質の持ち主である朱音の声だけど、今のは………同じ朱音の発した声なのに、どこか異なる感じに見舞われた。

 

「はっ……」

 

 気になって振り向くと、本当に目と鼻の先な、朱音の顔と翡翠の瞳が間近に。

 不味い……元より熱くなっていた顔の熱がさらに上がっているのがまざまざと感じる上に、頭にまで回ってきた。

 沸騰したやかんよろしく、煙が頭から昇ってしまいそうな気にさらされてしまう。

 

「恥じることは、ありません」

 

 動揺されっぱなしの私をよそに、朱音は――

 

「誰かを想う〝涙〟に、間違いなんて、ないのですから」

 

 泣き虫と自ら嘲った私に、抱擁の温もりと違わず、慈しみに満ち溢れた笑顔で、そう言った。

 奏を失って以来、流さぬと決めながら、不要だと切り捨てようとしながら、その意固地さに反して、何度も流されてきて、今も瞼と頬にこびりついている〝涙〟。

 朱音は、その涙と、奏や立花響と言った他者(だれか)の為に涙を流せる心は、間違いじゃないと――肯定したのだ。

 少し前の私なら、それこそ〝感情なき剣〟に縋りつく私であったなら、絶対理解できなかった。

 なら今は?―――と問われれば、こう答えよう。

 泣ける心、つまりは〝感情〟があるからこそ――〝歌〟は在ると。

 彼女の歌が、教えてくれた、思い出させてくれたことだ。

 

「あ……ありがとう」

 

 それにしても、朱音から引き起こされるこの懐かしい〝感覚〟って………もしかすると………外道な我が祖父の悪しき〝欲〟の落とし子な私にもあった………遠く、おぼろげにしかない記憶の―――

 

「何だか今の朱音………〝母親〟………みたい、だな」

 

 これが正体なのかは、まだはっきりしないが、泣き虫な私を抱きしめた朱音に対する印象――〝母性〟を、正直に、でも恥ずかしくもあるので視線を逸らしながら打ち明けてみた。

 すると、いきなり朱音からの抱擁が解かれてしまう。

 いかん………温もりが離れた瞬間、昔抱いてきた奏の手が離れた時と同じく、少し、寂しさを覚えてしまった。

 しかし、いきなりどうしたのかと気にもなり、もう一度朱音の方へ向けると――

 

「えぇ!?」

 

 ――そこには、私に背を向ける形で、ベンチの上にて小山座り、一般的に馴染みある表現で体育座りをして、明らかに落ち込んでいる朱音がいた。

 目の錯覚か?

 彼女の艶に恵まれた黒髪が生える頭の周りには、どんよりとした紫がかったオーラが見えるのだが………。

 

「あ、朱音? 一体、何が?」 

「母親を貶す気は毛頭ないですよ………けど、私………これでもまだ………十五歳です…………まだ十代を半分残している女子高生なんです、青春真っ盛りなんです………でも、無理ないですよね………だって、全然高校生に見えないんですもの、この体(みため)」

 

 母性が溢れんばかりの笑みから一転、暗い声色な朱音は自分自身を嘲笑う。

 し、しまった………私、いわゆる〝地雷〟を踏んでしまったのだ。

 いくら前世の記憶があるからって、戦場では勇ましい戦士だからって………彼女もまだ十代の、〝年頃〟の女の子、そんな身からすれば、他の同年代の子たちらより、年相応より成長してしまった〝外見〟にコンプレックスを抱いていても、なんらおかしいことではない。

 休日に級友たちと街を出歩けば、一人先輩が混じっていると勘違いされる機会もそれなりにあったと推察できるし、と言うか現にこうして落ち込んでいるではないか!

 なんて、迂闊ぅ………。

 

「あ………ち、違うのだ朱音!」

 

 私の不始末な発言で落ち込む朱音と正面になる位置へ急ぎ移動し、慌てて弁明する。

 

「何だか懐かしい感じを覚えてだな、それで記憶を探ってみたらたまたま………偶然に先の言葉が出てきただけであって、朱音が、とても高校生のものとは思えぬ包容力の持ち主だなとか、見た目と齢が一致していないだ、だとか、友人と一緒にいても同い年と見られないなだと言うつもなどこれっ――い、いぃぃいや、そそっそう言うわけじゃなくてだな! だっだっ……だから――」

 

 あ~~~もう何を言っているのだ私ッ!?

〝地雷〟を避けようと表現に気を遣いつつフォローしようと試みたら、逆により大きな地雷を踏んでしまった気がするではないか! いや絶対踏んでしまっているではないか!

 先程とは違う意味合いで、また泣きたくなってきた………口下手な己が恨めしい。

 

「ふふ……」

 

 ますますドツボに嵌っていくばかりで、どう収拾つけていいかさっぱり分からず、秒単位で混乱が強まっていき頭を抱えさせられる中、不意に、朱音のささやかな笑い声が聞こえた。

 見れば………また一転、小山座りの体勢のまま、右手を口の前に添えて、気品すらある含み笑いを浮かべる彼女がいた。

 私は安堵するも………しかしまた、なぜいきなり笑い出したのか?

 ここまでの流れで、どう笑いのツボ(この言葉は奏から教えてもらった)を刺激されたのか?

 

「何が………そんなにおかしい?」

「うふっ……ごめなさい先輩」

 

 訊いてみると、天候が見計らったとしか思えないタイミングで、私からは左手側の横合いから来た風に吹かれて舞った髪を右手でかき上げ、湯船に足を入れるような仕草でベンチに置いていた左足を下ろし。

 

「あなたって、おもしろい」

「何故そこで〝おもしろい〟ッ!?」

 

 十代の少女離れした艶めかしい流し目で魅惑的な微笑を見せての発言に、私は仰天の極みに襲われた。

 全く、彼女の言葉の意図が分からない。

 そもそも私、しょっちゅう奏から〝真面目が過ぎるぞ〟と言われ、自他ともにお固く融通の利かぬ類の人種であり、ユーモアとは最も真逆でほど遠い場所にいる人間だ。

 こんな私を、どうして朱音は〝おもしろい〟などと言ったのか?

 

「忘れて下さい、特に意味はございませんので、ふふっ」

 

 そう付け加えた本人は、まだベンチに乗る右脚を両手で包み、傾けた顔の片頬を膝頭に乗せて、魅力的で可愛らしくて情深くも、どこか妖しさも含んだ声と微笑みを私に向けていた。

 その高校生と言う年代に似つかわしくない、しかし草凪朱音と言う少女にこの上なく似つかわしい仕草を前に、私は――

 

 朱音、なんと―――おそろしい子!

 

 心中で、こんなことを口走っていた。

 かつてCD冬の時代に老若男女問わず魅了して一世を風靡し、私が尊敬し、幼少の頃から二〇〇〇万枚のミリオンヒットを飛ばした名曲〝恋の桶狭間〟を何度も熱唱し、この曲のPVの振り付けは今でも全部記憶し、歌女としての私の根源とも言える演歌歌手――織田光子。

 その織田女史のディスコグラフィの中に、〝魔性〟と言う題名な歌がある。

 少女にして女性。

 あどけなくも大人びて。

 キュートにしてビューティ。

 泰然にして情操豊か。

 したたかにしてお茶目。

 清楚にして妖艶。

 繊細にして強靭。

 天使にして悪魔。

 本来は相対して相容れない〝面〟を同時に持ち、独特の魅力を振りまく謎めいた〝魔性の女〟に、翻弄されつつも惹かれずにはいられない男性の目線で歌われた歌謡曲だった。

 そして朱音は、その〝魔性〟で描かれた女性像を体現しているとしか思えない。

 まだ十五歳と言う若輩の年頃で、その魔性さが板に付いてしまうなど、何という境地に至っているのか、朱音は……。

 

「本当に……意味はないのか?」

「はい♪」

 

 捉えどころのないミステリアスな魅力を持ち合わせた彼女に、もう一度訊いて見るも、やはりはぐらかされた。

 絶対に、私を〝おもしろい〟と言い放った意図を明かす気はないらしい。

 自然と頬がむくれた。

 

「朱音も……奏と同じくらい、いじわるだ」

 

 せめてもの反撃。

 

「ええ、意地悪です♪」

 

 も、あっさりいなされた。

 

 でも実を言えば、私が奏相手によく言っていた〝いじわる〟の一言を使うのは、それだけ相手に確かな好意があると言う、証拠でもあった。

 

 

 

―――――

 

 

 

 朱音が翼の天性の〝コミカル〟さをすっぱ抜いた直後、庭園内でぐう~~と鈍い音が響いた。

 

「「………」」

 

 片やむくれ、片や微笑んでいた二人の少女は、自身の腹部に手を触れた。

 音の正体は、空腹を知らせるかの〝腹の虫〟。

 しかも、狂いもズレもなく、見事に腹の虫の鳴き声は重なって合唱していた。

 それが二人の〝笑いのツボ〟を押したようで、ほぼ同時に朱音も翼もその場で、仲睦まじい様子で笑い合い始めた。

 

 それは翼にとって、奏を失ったあの日以来、久方振りに心から笑えた瞬間でもあった。

 

「腹(ここ)が催促してるので、お昼にしましょう、空腹のまま考えごとをしてると、碌でもないことばかり考えてしまうそうですし」

「な、何なのそれ?」

「行きつけの鉄板焼き屋の女主人の格言です」

「その主人、ただものでは……なさそうね」

 

 二人は雑談を交わしながら、昼食を取るべく食堂に向かう。

 

「あ、あのさ朱音」

「はい?」

「その………二人きりの時は、私のことは………翼で………いいよ」

「せんぱ……翼がそう望むなら構いませんが、なぜ二人きり?」

「は………恥ずかしいだもん………特に櫻井女史にでも知られたら、絶対からかわれる……」

「あはは、確かにノリノリと嬉々としてネタにしそうですね、あの博士」

 

 翼本人も気づかぬ内に、朱音に対する口調は、時代がかった武士風から、年相応の少女のものへとなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが響の在り方を表した翼の比喩を聞いた朱音は、内心驚かされていた。

 ある特撮ヒーローの主人公も、少々ニュアンスが違えど、同じ言葉を使っていたからである。

 

つづく。

 




前回の話でやっちまったこと。
それは翼に朱音のことを朱音とファーストネーム呼ばせてしまったこと。
ファンなら知っての通り、クリスちゃんには「名前くらい呼んでもらいたいものだな」と言っておいて自分も一部の例外除けば苗字呼びが基本な翼。
あるキャラが他のキャラをどう呼ぶのか、それもキャラを構成する大事な要素だし、原作が○○ならそれも尊重せんと。
ならばやっちまった以上、翼が名前呼びするそれらしい〝理屈〟を用意せんと、と考えた結果。
翼が名前呼びする相手は、彼女の『引っ張るより引っ張られたい』潜在意識のお眼鏡に叶う相手、つまり『おかん、またはお姉さん属性持ち系』だと言うことにしました。


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#20 - 潜む陰謀

ちょっと間が空きましたが、更新です。

シンフォギアシリーズでは、結構ディスられた扱いなかの自由の国。
公式HPの用語集見ていると、かなりやらかしているのが分かります(汗

ちなみに劇中朱音が歌った青空繋がりの歌。

いわずもがな、特撮界の名曲。
かの泣きゲーの挿入歌。
貞子さんの原作者の著作なホラー小説の映画版の主題歌。
日本語で青い心たちなロックバンドの曲。


 日本の関東地方、首都圏よりさほど離れていない山間部の森の中を鎮座し、あのネフシュタンの少女が二課の捜査網からどうにか逃げ、辿り着いた〝隠れ家〟であるルネサンス様式風の巨大な屋敷。

 邸内の吊りさがるシャンデリアが見下ろす広間は、〝混在〟とも呼べる異様な光景であった。

 中央に細長く、席が両端に二つしかない長方形上な食事用のテーブル。

 窓際や壁際には、拷問器具と思わしき物体が幾つも置かれ。

 広間の奥には、大型のモニターがいくつも飾られた操作卓(コンソール)まである。

 いかにもな異様さのあるこの広間では、屋敷の主らしき妙齢の女性が、テーブルに置かれたアンティーク系のダイヤル式固定電話の受話器を当てて、誰かと通話していた。

 空間が異様なら、腰より先まで伸び、全ての毛先を切り揃えた淡い金髪で、〝イタリアの宝石〟と称された女優に勝るとも劣らぬ、ふくよかで肉感的な肢体の持つ美女のいでたちも異様。

 なぜかと言えば、首のアクセサリー、黒のロンググローブ、同色のストッキングとヒール以外は何も着ず、付けず、全く恥じらう様子も見せず、その濃艶な肉体を惜しげもなく晒しているのだ。

 

「我々が君に貸与した完全聖遺物、起動実験の経過はどうかね?」

 

 例えるなら〝蛇〟と言える妖しい艶な声の主な女性の電話相手は、〝米国英語〟を口にする、〝傲岸〟な匂いが声音にこびりついた男。

 

「前にも報告したけど、完全聖遺物の起動には、相応のフォニックゲインが必要なのよ」

 

 女性も完璧なイントネーションな英語で、応じている。

 

「簡単に〝お目覚め〟とはいかないわ」

 

 と、答えた女性は、嘘をついている。

 彼女の左手には、あのネフシュタンの少女が使っていた杖、それこそ男が話題に上げ、曰く電話相手の女性に〝貸与〟の形で提供した〝完全聖遺物〟。

 あろうことか女性は、呼吸するように嘘をつきながら、杖の発光部から光線を放って、ノイズを広間に召喚し、すぐさま呼び出した個体たちを消失させた。

 

「分かっているさ、だが失われた先史文明の技術、是非とも我々の占有物としたいのだよ」

「ギブ&テイクってやつね、あなたの祖国からの支援には感謝しているわ、今日の〝鴨狩〟も、首尾よく頼むわね」

 

 女性は長いテーブルの端の椅子に腰かけ、肉惑的な両脚を交差させて机上に乗せた。

 マナー的に良いとは言えないが、そのグラマラスな肢体と風体で、非情に扇情的な趣きを醸し出している。

 

「あくまでこちらを便利に扱う腹か、ならばそれに見合うだけの働きも見せてほしいものだ」

「もちろん理解しているわ、従順な飼い犬ほど、長生きすると言うしね」

 

 表向きは比較的友好に、しかし実態は腹の探り合いの化かし合いな、ある意味で国家間同士のいかに相手の弱みを握って優位に立つ為の〝外交〟の縮図とも言える両者のやり取りはそこでお開きとなり、通話が途切れた。

 

「全く………野卑で下劣だこと………生まれた国の品格そのもので辟易するわね」

 

 切れた音が鳴る受話器を本体に置いた女性は、仮にも自身を〝支援〟している通話相手、と言うよりバックにある国そのものに対し、心底忌々しく吐き捨てる。

 

〝あんな国から、どうして地球(ほし)の姫巫女のような子が……育つのか〟

 

 内心女性は、自身とっての〝最大の脅威〟に対して、そう零す。

 あの少女が〝巫女〟――抑止力(カウンターガーディアン)に選ばれたのは、単にかつて〝生態系の守護者〟だっただけではない………でなければ、地球が与えるわけがない。

 

「そんな連中に、ソロモンの杖はとっくに目覚めていると、教える義理はないわよね?」

 

 脚をテーブルの上より下ろし、ヒールの靴音を鳴らしながら艶めかしい足取りで、一際大きな拷問器具の方へ足を運ばせ。

 

「クリス」

 

 その器具にて〝磔〟にされている身となっているあの銀髪の少女に呼びかけた。

 一五〇前半と小柄ながらも発育のいいトランジスタグラマーな彼女の身体に黒のボンテージが纏われているのも、ラテン語の〝キリスト教徒〟が語源な〝クリスチャン〟から派生したその名よろしく磔にされているのも、女体を晒す女性の差し金であり、中々の趣味をしていると皮肉れる。

 

「………」

 

 長いことこの状態で拘束され、足下に水たまりができるほど汗も多く流れ、疲労に苛まれてぜえぜえと息を吐く〝クリス〟と言う名の少女には、まともに女性の言葉を応じられるだけの力は余りない。

 女性は汗で濡れ切ったクリスの頬のラインを、指でなぞり、下顎を掴んだ。

 

「苦しい? 可哀想なクリス」

 

 などと言ってはいるが、何を隠そうこの女性は少女にこんな苦痛を与えている張本人であり。

 

「けどこうなっているのも貴方がぐずぐずと戸惑っているからよ……〝誘い出されたあの子〟を捕えて、ここまで連れてくるだけでよかったのに………」

 

 ネフシュタンの鎧と、〝ソロモンの杖〟と称されたノイズを操作できる完全聖遺物をクリスに持たせ、立花響を捕えてくるよう命じた、先日の事態の発端を作った張本人でもある。

 

「手間取ったどころか………〝空手〟で戻ってくるなんてね………この間見せてくれた意気はどうしたのかしら?」

 

 張本人は、その〝命〟を果たせぬままのこのこと戻ってきたクリスを、嘲りも含まれた笑みで咎めたてた。

 失敗だったのは否めない。

 完全聖遺物を二つも有し、相手の装者が一人は経験不足な響、もう一人の翼は精神面で難ありの状態で、確実に追い込んでいたにも拘わらず、翼の〝搦め手〟で逆に追い込まれる失態を犯したからだ。

 もし翼が、逸り過ぎる余り絶唱を歌わなければ、足止め役のノイズの群体を殲滅して駆けつけた朱音の助勢も加わり、さらに弦十郎まで現場に急行できていれば、クリスはそのまま特機二課に拘束されていた。

 

「分かってる……さ……」

 

 唇も満足に、碌に動かせない中、クリスは現状肉体に辛うじて残っている体力を集め、搾り。

 

「アタシの……望みを叶える……には、あんたの……望みを叶えなきゃならねえんだからな」

 

 容貌に反した男子的口調で、女性に返答をし。

 

「そうよ、だから貴方は私の全てを受け入れなさい………でないと嫌いになっちゃうわよ?」

 

 女性は器具に備えられていたレバー型スイッチを下ろして、拷問器具を起動。

 大広間にて、荒れ狂う電流の稲妻の閃光が迸り、その轟音と雷光でもかき消されない、少女クリスの悲鳴が響き渡る。

 電圧は人体に耐えられる許容範囲内に設定はされていたが、疲労に蝕まれた少女の身体を襲う〝電流地獄〟は、傷口に塩にも等しかった。

 

「可愛いわよクリス………私だけが貴方を愛してあげる」

 

 地獄を与える主は、悪魔と女神、その二つが混在する恍惚とした声音と面様で、苦しむクリスを見つめる。

 少女をいたぶる行為に反して、様相から〝愛している〟と言う言葉に偽りはないらしい。

 電撃で痛めつける〝十字架〟を停止させる。

 

「覚えておくのよ、クリス」

 

 絡みつく蛇の如くな仕草で、女性は艶やかな肢体をクリスのと密着させ、頬に手を添え、相手の心の奥底にまで刻みつけるとばかりに、こう言った。

 

「〝痛み〟だけが、人の心を結び繋げる唯一の〝絆〟………世界の真実だと言うことを……」

 

 振る舞いと違わない、蛇を思わす悪魔的な女性の響きと微笑みには、どこか〝諦観〟と〝悲哀〟が入り混じっていた。

 

 

 

 

 

 さてさて、特機二課司令官にして、〝日本国憲法〟に抵触しかねない域にまでの達人な武術家でもある風鳴弦十郎の指導を受けることになった響。

 言うなれば、〝弟子入り〟だとも表せられる。

 響の〝師〟となった弦十郎が、一体どんな特訓や鍛錬で彼女を鍛えているのか………おそらく常識度の高い人間ほど、仰天ものなのだが、それでも………驚かないで、聞いて、見てほしい。

 

 初日。

 ジャージ姿の弦十郎と体操着姿の響の二人が行うは、まずオーソドックスな準備運動による体のならし運転。

 次が、腕立て、腹筋、スクワット等々、基礎的な基礎トレーニング。

 

 そしてその次が――三二歳の若さで急逝した伝説の武道家兼アクションスター主演映画の4Kリマスター版が再生されている大型テレビ画面の前で、劇中そのスター演じる〝怪鳥音〟を鳴らす主人公と同じ構えを取り、そのスターが劇中披露する自身が考案、創設した格闘技――ジークンドーの体技を実践する、と言うもの。

 

 あ……あれ?

 これは………夢? 幻?

 目どころか、脳の認識能力まで疑わしくなる光景だが、大真面目に弦十郎は構え、響もド真面目に倣って構えている。

 二人とも、わざわざジャージと体操着からスターが劇中着ている黄色に黒のラインが入った衣装に着替えてさえいた。

 常識向きな感性の持ち主な人らから見れば、大半はこう突っ込みたくなるだろう。

 おい、鍛錬しろよ――と。

 しかしこの程度で驚くのはまだ早く、序の口で。

 弦十郎の特訓の主たる一部を並べていくと。

 

 夜の道路をランニングする響と、竹刀を肩に掛けて自転車で並走する弦十郎。

 

 細長い三角形上に配置された直系の細い三つの丸太に、両手と両脚を乗せた状態で腕立て伏せ。

 

 足の甲を鉄棒に引っかけた逆さ吊りの状態で腹筋。

 

 同じく逆さ吊りの状態で両手に持ったお猪口で水の入った壺から水を掬い、起き上がらないといけない位置にある樽へこぼさずに移し。

 

 水入りのお猪口を両腕、両肩、頭に置かれたまま、一定の体勢をキープ。

 

 かのフィラデルフィアの三流からスターに上り詰めたボクサーを彷彿とさせる、朝陽、または夕陽が照らされた海岸での全力疾走に、高速縄跳びに、スパーリング。

 

 精肉工場の冷凍庫で氷結されている肉塊をサンドバックに打ち込み。

 

 アメリカでは衝撃の光景だった生卵の一気飲み。

 

 演武や組手の際は、わざわざ九〇年代末にして二十世紀末に大ヒットした、仮想空間を舞台としたSFアクション映画の一作目に出てきた、洋画特有のなんちゃって日本風な道場内にて、弦十郎は貫録を感じさせる黒の道着、響は初々しさのある白い道着を着用して行われた。

 

 そう、弦十郎の特訓とは―――主に古今東西のアクション映画の劇中で登場した特訓を、そのまんま実行すると言う代物でもあったわけだ。

 リディアン入学直前に同様のを受けていた朱音曰く〝色んな意味で上級者向け過ぎる特訓〟だったと独白したのも納得である。

 そう言う彼女も、〝突っ込んでくれと言わんばかりの突っ込みどころ満載〟なのを分かっている上で彼の特訓メニューにノリノリで乗っていたわけなのだが、それぐらいの適応力がなければ、初陣から歌いながら戦えたりはしない。

 さらに補足しておくと、朱音の指導時の訓練メニュー(ボイトレやダンス等々)も盛り込んだ上、一連のアクション映画が元な特訓が行われている。

 

 そんな特訓も七日目。

 本日は朝早くから行われている。

 弦十郎の邸宅の庭にて、響はサンドバックを相手に、拳打を連続で叩き付けていた。

 幼少期から武道武術を嗜んできた朱音から〝素人らしい素人〟と揶揄された面影は、すっかり見られない。

 一見すると、今回のは偉く手堅い印象を与えるが――

 

「じゃあ次は、稲妻を喰らい、雷を握りつぶすように打ってみろ」

 

 まさに――〝Don't Think.Feel!〟だ。

 弦十郎の教え方は、絶対に理屈で捉えられる代物じゃない。

 大抵の人間は、意味が分からないと絶句するだろう。

 

「言ってること全然分かりませんッ!」

 

 対して響は、はっきり分からないと言いながらも。

 

「でも、やってみます!」

 

 と、気迫たっぷりにそう意気込んだ。

 特訓初日から、響はこんな調子で励んでいる。

 基本的に余り深く考えすぎない彼女の性分が、功を奏していたどころか、弦十郎の指導方と上手く噛み合う相乗効果を生んでいた。

 かのアクションスターの生前の言葉に、〝形にとらわれるな〟と言うものがある。

 ある意味で、この師弟は彼の思想を体現していると言えよう。

 

「………」

 

 構えを取り、相手を見据える響は、深呼吸して意識の集中を高め。

 

〝バニシングゥゥゥゥゥーーーーフィストォォォォォォーーーー!〟

 

 響にとって弦十郎の言葉を最も連想させる、初めてギアを纏った日に朱音が見せた〝紅蓮の拳〟のイメージを頼りに、彼女の覇気の籠った意志の〝指揮〟の下、全身を動員した演奏――渾身の拳を打ち放った。

 庭の木の枝に結ばれていた紐は破れ、サンドバック本体も響の一打で大きくふっ飛ばされた。

 

「よし、今度は俺に打ち込んでこい!」

「はい!」

 

 次はミットを嵌めた弦十郎へのスパーリング。

 

 常識的な人間ほど疑わしく映る、映画からインスパイアを受けた弦十郎流の鍛錬の数々。

 しかしそれは、弦十郎に歴代アクションスターが演じた超人たちを凌ぐまでの戦闘能力を持つまでに至らせ、約ひと月前までは〝素人〟そのものだった響を、確実に鍛えさせて〝脱皮〟させてもいたのだった。

 

 

 

 水分補給含めた小休止を挟めながらも、朝からの破天荒で厳しい特訓は昼近くにまで続き。

 

「はぁ……」

 

 響は二課司令室内のソファーにて、ぐったり猫みたくうつ伏せで横になっていた。

 

「はい、ごくろうさま」

「あ、ありがとうございます」

 

 そこへ良いタイミングで友里が清涼飲料水の入ったストローボトルを差し入れ、響は疲れが溜まる体内に水分を供給させる。

 

「あれ? そう言えば了子さんは?」

 

 と、ここで櫻井博士がいないことに気づく。

 

「了子君は今永田町で、政府のお偉いさん相手に本部(ここ)の安全性と防衛システムに関する説明に行っている最中だ」

「えーと……広木大臣にですか?」

「そうだ」

 

 ノイズの出現頻度が急増し、政府官僚の多くからは〝突起物〟と揶揄されている通り半ば問題児扱いされている二課が保有する〝聖遺物〟を狙う何者かが存在している以上、説明義務が生じるのは避けられない。

 博士は二課の代表として、その義務を果たしに行っている………筈だったのだが。

 

 

 

 

 同時刻、国会議事堂、防衛大臣執務室。

 定時はとっくに過ぎて、説明も中盤に差し掛からなければならないと言うのに、櫻井博士はまだこの場にいない。

 政界と言う戦場、ある歌人兼劇作家曰く〝血を流さない戦争〟を潜り抜けてきた証とも言える髪の白さも顔の皺も含めて風格のある広木防衛大臣は、微笑みを絶やさず涼しい顔で待っているものの、灰皿の上にて半分が燃え滓になり崩れ落ちて煙を登らす葉巻と、平静を装いながらも顔から微かに苛立ちの気が零れている眼鏡を掛けた若年な秘書官が、不味い状況であることを語っている。

 櫻井博士、完全に大も付けるしかない〝大遅刻〟をやらかしていた。

 

 

 

 そんで、現内閣の閣僚でもある政治家に待ちぼうけをさせている大物な博士本人はと言えば――

 

「だれかが私の噂でもしているのかな?」

 

 山間部にて淡いピンクの乗用車を運転し、妖艶かつ知的な美貌を一瞬台無しにさせるくしゃみを吐いていた。

 

「今日はいい天気ね、何だかラッキーなことが起こりそうな予感♪」

 

 呑気なものだ。

 確かに本日は晴天なり、青空に流れる雲も小振りなすじ雲程度で、快晴そのものな天気。

 この世で最も面倒な人種相手にでかいヘマを今まさにやらかしている事情に目を瞑れば、ピクニックにでも行くような能天気な様子で、しかし周囲に他の車がないのを良いことに、荒々しくも巧みなカーアクション映画ばりのドライビングテクでカーブだらけな山道のアスファルトの上を派手に走らせていた。

 

 

 

〝風鳴翼を一人ぼっちにさせない〟

 

 どうにかこうにか、津山さんとの約束を果たし、アーティストとしての〝風鳴翼〟では絶対に見られない〝おもしろい〟一面も目にできて、何だかほっこりとさせられもした私は、今日も、市民病院屋上庭園にいて、青空を見上げている。

 別に、病室のベットの上で横になっているのが窮屈と言うわけではない。

 ただ、せっかく緑彩る山々とほど近いのに、私の病室の窓からは向かいのリディアンの校舎と中庭ぐらいしか拝めない。

 それにせっかく、学業からも、守護者としての使命からも、一時的に解放されている身なので、入院患者な立場ゆえの〝暇(いとま)〟を、ただ寝ているだけで費やしてしまうのは勿体ないと思ったからだ。

 だからこうして、病院の頂の上で、こうして世界が演奏している音楽を聞きながら、私も負けじと歌っていた。

 

〝―――♪〟

 

 ここ数日は晴れ模様が続き、今日は特に澄み渡る青空なので、青空にちなんだ曲縛りで。

 人々の笑顔を守る為に戦ったヒーローのED、泣きゲーの金字塔と言われた恋愛ゲームの主題歌、ホラー映画の主題歌でもあったサングラスがトレードマークのシンガーソングライターの一曲――

 

「あっ……」

 

 歌から歌へリレーして、急に止めてしまった。

 いや……止めるしかなかった。

 今歌っていた………日本ロックバンドの曲は、確かに題名は〝あおいそら〟だけど、歌詞が、かなり痛烈に響くもので、このゆったりとした空気には似つかわしくないものだった。

 

「はぁ……」

 

 自分から皮肉ごと水を差した自分に、溜息が零れる。

 よっぽど自分は、気になってしょうがないらしい………自分も少なからず関わっている人の〝性〟と言うものに。

 人間としての私は、シンフォギアの装者以前に、一介の高校生である。

 こう言うことは、弦さんら二課の仕事であり、自分がどうこう思案、推察したところでどうしようもないと言うのに。

 仕方ない………このまま空と反比例して頭の中の疑問(もやもや)が大きくなるくらいなら……と、反芻することにした。

 考えごとをする癖で、ベンチの上で体育座りになる。

 

 二課本部周辺で起きるノイズの局地的異常発生。

 何万回にも渡る、機密情報の抜き取りを目的とした二課本部へのクラッキング、

 体内に聖遺物を宿した特異な適合者であると知っている上で、響を捕えようとし、完全聖遺物を二つも持っていた、あの〝銀髪の少女〟。

 

 明らかに、人の意志、作為……もっと辛辣に言えば、禍々しくどす黒く歪んだ〝エゴ〟が潜んでいるこの状勢。

 

〝短絡的に米国政府の仕業だと断定はできないが……〟

 

 とは、弦さん――風鳴司令の言葉。

 明確な証拠が出ていない以上、司令の言う通り断定は危険だ。

 世界規模で特異災害が起きている以上、どの国もノイズに対抗できる〝兵器〟は喉から手が出るほど欲しいし、鍵でもある聖遺物――先史文明技術の研究は行われているは明白であり、公表されてないだけで日本が実質〝先進国〟であることを疎ましく思っているだろう。

 ロシアも然り、中国も然り、他の国々も。

 だからこの状勢に、私の二つの祖国の一つ――アメリカが関わっている可能性はあるが、まだ無きにしもあらずの程度でしかない……が、言い換えれば……日本の国防の一部を負っているのに、その日本が裏でこそこそと〝異端技術〟の研究を進めているどころか、対ノイズ兵器を保有するに至っている実状を快く思わない合衆国政府が、暗躍している可能性も、捨てきれない。

 私は日本人とアメリカ人、両方の国籍と血を継ぐ自身の在り方を享受しているし、どちらの祖国に対しても敬意を持っている。

 一方で私には、どちらにも盲信する気はない、どちらの国にも正負、清濁、功罪の両側面があることから目を逸らす気もない。

 一七七六年にかの大英帝国から独立を勝ち取って以来、南北戦争、世界大戦、冷戦にベトナム、湾岸にアフガンにイラクと、戦争に明け暮れてばかりだった自由と平等を謳った多民族国家は、今や〝世界の警察〟だと称されたかつて面影など見る影もなく、ほとんど世界での信用は失墜している。

 だから、異端技術の研究の最先端に上り詰めることで、かつての〝威光〟を取り戻そうと画策していたとしても、おかしな話ではなかった。

 憲法上では軍を持つことは許されず、国防の一部を代行している同盟国な日本(このくに)が、自由の国が目指そうとしている〝域〟に立ち、対ノイズ兵器――シンフォギアを曲がりなりにも実用化しているのに、こそこそとそれを隠し持っている現状が面白くないと考えていることも、虎の子であるデュランダルの引き渡しを何度も要求している件からも窺える。

 シンフォギアを秘匿しなければいけない事情は、理解しているけど………正直、アメリカ含めた他の国々からずっと隠し通しておけるとも思っていない。

 外交手段としての〝戦争〟を一切しない、武力も持たないと憲法で明記されていながら、どう言い繕ってもその武力を有した軍――自衛隊(英語で『Self-Defense Forces』、Forcesとは軍隊の意だ)が存在しているダブルスタンダードだけでも、自分で自国の首を絞める縄なのに、その上櫻井博士と言う人材の恩恵もあって他国より数歩どころか何万歩も飛躍している聖遺物研究と、その結晶たるシンフォギアは、それ以上に日本にとって〝諸刃の剣〟であり、〝爆弾〟だ。

 九条改正派の一人でもある広木防衛大臣は、自衛隊を正式な軍すると同時に、最重要機密な特機二課とシンフォギアを〝公の武力〟としたいとする姿勢(他国からすっぱ抜かれる前に自分からカミングアウトすること)には、実を言うと私も賛同している。

 言っておくが、公式に軍を設けることに賛成だからって、私に好き好んで戦争をする趣味はない、平和を尊ぶ想いだってある。

 特に、〝神の名の下〟になどといった大義やお題目など大っ嫌いだし、過剰な〝イデオロギー〟のぶつけ合いで起きる流血なんて………実際にそれで世界が滅ぶのを目にしてしまっただけに、反吐が出る。

 だが………〝祈り〟だけでは悲劇を避けられない、〝和〟を保ち続けることなどできやしないと、超古代文明の顛末と、ガメラとしての戦いの日々で、散々思い知らされてきたからだ。

 平和であることと、ただ戦わないことは違う。

 平和を維持する為の努力も尽力も、武器を取らない〝戦い〟なのである。

 なんて思想家ぶって巡らせてはみたけれど、結局、まだ選挙権すら持たない女子高生である自分が、現在の世界情勢を考察したところで、どうにもならないんだけど。

 

 ただ、これだけは言える。

 

 私は〝聖遺物〟に絡みつき、裏に潜む陰謀も、その根源である………私にとってはギャオスと同類なノイズどころか、ティーンエイジャーの女の子までも利用する歪み切った黒いエゴも――許さない。

 

 私――ガメラと、ギャオスどもとの戦いと、同じだ。

 小山と作った両脚を巻く腕の力が、強くなる。

 あの戦いは、一見すれば異形の怪獣同士の戦い。

 だけど、その実態は結局、人間のバイオテクロノジーで生まれた者同士による、人間同士のイデオロギーの〝代理戦争〟でしかなかった。

 そして今回………表では人間とノイズの戦いも、その実、その裏は、人間のエゴとエゴとのぶつけ合いが〝本性〟だ。

 

 私は響に、戦場には〝魔物〟が潜んでいると言った。

 けれども、戦場の外にも、現実って名の〝悪魔〟がいた。

 歪んだ形で人を愛で………〝善意〟など人の本性を隠すだけの醜い〝仮面〟しかないと謳う、悪魔。

 

 私自身は、上等だ、受けて立ってやると意気込めるけど………響のことを知れば知る程……その悪魔が、あの子に憑りつこうしているように思えて、不安と憂いが先走ってしまう。

 

 その上、親友の未来は……シンフォギアの存在を知ってしまった。

 あの時、目の前で〝変身〟したことに後悔は今でも一片たりともない………が、聡明な未来のことだから、薄々、響もギアを纏って戦う装者(せんし)となっている事実を、感づいているかもしれない。

 なら、波紋が起きる前に、前もって………事実を伝えておくべきなんだろうけど、踏ん切りがつかずにいた。

 思い浮かばないのだ………未来に、どうにか納得させる言葉が。

 そのくせ………知ってしまった未来がどう思うかは、はっきり浮かんでしまうのが、歯がゆい。

 だからって………このまま引き延ばしたままで、良いわけが、ないのに。

 

 ~~~♪

 

 ふと、チャイムのメロディが聞こえた。

 午後五時だと知らせる、街に響く、日本の童謡の音色。

 空もすっかり、夕空へと様変わりし、太陽も海面へと降りている最中だ。

 とりあえず、時間も時間なので、病室に戻ることにした。

 

 

 

 

 しかし、あの銀色の髪の女の子……どういう目的でノイズまでも利用する連中に加担しているのはさておき……やっぱり、そう遠くない昔に、どこかで見た気がする。

 多分、雑誌か新聞に載っていた写真で目にしたと思うんだけど………そこまでしか思い出せずにいながら、廊下を歩いていると、通りがかった談話室の方から、何やら不穏な気配を感じた。

 そこに入ってみると、他の患者さんたちが設置されているテレビを、凝視している。

 何事かと、私も画面に映る夕刻時のニュース番組を覗いて。

 

「………」

 

 絶句した。

 報道ヘリが中継で撮影している映像には、夥しい弾痕がこびり付いてボロボロな車両。

 

 私は、この瞬間、思い知った。

 

 私の祖国の片割れ――自由の国が、新たに犯した………〝罪〟を。

 

つづく。

 



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#21 - 暗殺

やばい………女の子な翼は見たいとは思ってたけど、をこんなに早くデレデレにさせる気なかったのに………自分の想像以上に朱音のオカン属性が働いてる(汗

前半は広木大臣の独白だったのですが、実は大臣が装者の少女たちをどう思ってたのか全く描かれてなかったから、それ描こうとして勝手にドツボに嵌ってました。


 朱音がニュースより知った――自由の国の新たな罪が起きたのは、つい約一時間前。

 夕空の下な、東京の、建設途中のビルが立ち並ぶ再開発地区の中を、三台の車が走っている。

 その内の、先頭と後尾に挟まれる形な黒塗りの一台の後部席には、広木防衛大臣が乗車していた。

 暁色の空に流れる雲を眺めていたらしい大臣は、ふと微笑みを零した。

 

「大臣? どうかなされましたか?」

「いや、あの雲から、二課(かれら)の奔放さが思い浮かんだものでね」

「笑いごとではありません………旧陸軍の特務機関とは言え、二課への対応は、些か放縦が過ぎます」

 

 櫻井博士に渡す筈だった〝極秘資料〟が保管されているアタッシュケースを膝の上に乗せる眼鏡姿の秘書官が、顔をしかめて忠言する

 この日、予定されていた二課の防衛機構に関する説明は、その役を担っていた博士の一方的な反故、いわゆるドタキャンで中止となった。

 しかも、あれだけ現閣僚を待たせておいて、電話一本で済まされる始末。

 これで激怒するどころか、慎ましくも笑い飛ばせる大臣の器の大きさは、相当どころでも収まり切れない。

 

「それでも、特異災害に対抗できる現状唯一の切り札だ、〝問題児〟なのは疑いようがないが、だからこそ、勝手気ままな彼らを疎ましく思う連中から守ってやるのが、私の役目なのだと、自らに課している」

 

 実際、二課は〝突起物〟と揶揄されるだけの問題児たるだけある。

 聖遺物の研究には、莫大な費用が掛かり、二課の予算申請が毎年揉めるのは半ば恒例行事と化しているし。

 Project:Nに限らず、シンフォギアの開発、私立女子高の地下に大規模な基地の建設などなど、色々無茶も通している。

 おまけに、ラストライブ以降から朱音が絶唱の代償で深手を負うまでの翼は、一課や自衛隊との連携を無視して独断専行していたばかりか、かの〝私闘〟で公共物を損壊する事態を起こした。

 実はそれより十年前にも、天ノ羽々斬、ガングニールの間において開発された〝二番目のシンフォギア〟が紛失する大失態によって、トップ――司令の交代劇も起きている。

 ここまでのトラブルメーカーなら、組織のはみ出し者扱いも、頷かされると言うものだ。

 広木大臣もまた、そんな二課を〝問題児〟と認識しているし、〝非公開の存在に多くの血税の投入や、際限のない超法規的措置は許されない〟と、厳しい態度で接することも度々あった。

 それらは彼らに一目を置き、思ってこそのものでもあったのだが。

 先の広木大臣の発言は、その証明である。

 

「人の存亡を、うら若き少女たちに押し付けているのだ、だからこそ大人(われわれ)も、努めを果たさなければならない、そうだろう?」

「はい」

 

 大臣の思いも、二課が特異災害から国民を守るのに必要な〝砦〟であることも存じている秘書官も、微笑を浮かべた。

 

 広木大臣は、目線を夕空へ移し直す。

 

 未だに〝軍〟と認められず、民主主義の理念の無視だと言うのに正規軍にするかの議論すら許されず、施行されてから約八十年も経っても一度たりとも改正されていない憲法の護憲派たちに一方的に存在を否定されながら、無力だと分かっていながら、特異災害に立ち向かう自衛隊。

 問題児な点を抜きにすれば、一課と同じく、特異災害に対処する機関だと言うのに、異端技術を扱っている上に官僚らから誤解のレッテルも貼られながら〝砦〟の役を全うする二課。

 そして異端技術の研究の結晶にして現行唯一の対ノイズ殲滅兵器――シンフォギア、それと適合できる装者に選ばれた少女たち。

こうして夕焼けとなった太陽が沈み、今日も一日が過ぎ去ろうとし、自分が帰路の途についているのは、人が営む〝社会〟を守ろうしている者たちの尽力もあってのことだ。

 特に………装者である子どもたち。

 シンフォギアと、それと適合する数少ない使い手が合わさったことで生まれる〝歌〟で、ようやくノイズを滅することが可能になる……とはいえ、まだ自分の確たる〝生き方〟を見定められない年代の子を、特異災害の戦線の最前線に送り出さなければならない現実には、後ろめたさがある。

 現に、かのツヴァイウイングの一人、天羽奏を戦場で、血肉も骨も残らぬ死に至らしめ………ノイズドローンが記録した戦闘映像またはテレビで見るライブ映像越しでも分かる程、残された風鳴翼は、ずっとパートナーの死に囚われていた。

 この上、新たに二人の少女が、報告書によればどちらもイレギャラーな形らしいが、装者に。

 

 立花響………二年前の特異災害に巻き込まれ、生き延びたと思えば生存者のバッシングも晒されただろうに。

 

 そして、草凪朱音。

 日本人にしてアメリカ人でもある彼女も、天羽奏と同じく、特異災害で肉親を亡くしている。

 遺族な上に、人類守護の責務を負ってほどなく、主戦力として先陣を切り………天羽奏を死に至らしめたと言う〝歌〟で深手を負った。

 なのに、驚きの生命力で、三日で目覚め、まだ杖は必要だが歩けるようにまで回復していると言う。

 恐らく全快すれば………たとえ日本(われわれ)と米国が、聖遺物を巡って〝不協和音〟を奏でていようとも、特異災害に立ち向かうに違いない。

 そう確信できてしまうのは、彼女の勇姿から、子どもの頃熱中させられたヒーローたちを思い出されるから、だった。

 特にアメコミの、ゼウスの子でもあるアマゾネス族の姫君を――

 

 つい最近まで普通の学生だったとは思えぬ体技、あらゆる武器と使いこなす技術、男を黙らせるまでに熱く、猛々しく、苛烈で鬼神なる戦士の姿と。

 ともに、特異災害と戦う同朋たちへのエールで送られる歌を、情感たっぷりに歌う姿。

 

 ――から、連想させられる。

 しかし、不老不死なかのヒロインと違い、草凪朱音は人の子だ。

 

 確かにシンフォギアの加護を得た装者の戦闘能力は、たった一人の軍隊――ワンマンアーミーにも等しいが、それでも彼女らとて、人間なのだ。

 いつまでも………彼女たちに甘えるわけにはいかない。

 

 使命から解放され、ただの人間に戻れるように、私たち大人は――

 

 

 

 

 

 大臣を乗せた車は、四角型のトンネルに入り、通り抜けようとした直前。

 突然、横から〝南北運送〟とロゴが描かれた運送トラックが進行に割り込む、先頭を走っていた一台のドライバーはハンドルをは急ぎ切るもコンテナに激突してフロントが潰れ、後続の二台も、将棋倒しも同然に先頭車両に突き当たって走行不能になった。

 接触事故を引き起こしたトラックのコンテナの扉から、武装した戦闘服の男たちが素早く統率された動きで現れ、M4A1カービンと言った突撃銃――アサルトライフルを一斉に発砲。

 大臣の護衛役たちも拳銃を取り出して応戦しようとするも、連射の豪雨を前にあえなく撃ち殺された。

 秘書官も頭部、胸部、腹部に撃ち込まれて死亡。

 ただ一人生きている広木大臣は、秘書官の血が付着したアタッシュケースを奪われてなるものかと右手を伸ばすも、リーダー格らしい兵士が、乱射で約二〇〇度の熱を帯びたライフルの銃口で窓ガラスを突き破り、そのまま大臣の手の甲を押し潰す。

 

「貴様ら……」

 

 右手の甲に骨折の痛みと、火傷の痛みが同時に押し寄せ、大臣は左手を抑えながら、襲撃者たちを見据えた。

 

 元より広木大臣がターゲットであった襲撃者たちは――そのまま彼の命を冷徹に奪い尽し、同時に血だまりを作り上げた。

 

 

 

 

 

 広木防衛大臣殺害が起きてから、各テレビ局の夕刻のニュース番組が速報で報じられ始め、それを朱音も目にした頃、眼鏡を掛けた〝マネージャーモード〟な緒川が運転する車両内の後部席では、音楽雑誌に掲載される予定なニューアルバムのインタビューを終えたばかりの翼がいる。

 ハンドルを丁寧に操作する緒川は、後部側から伝わってくる音色をふと耳にし、こっそりバックミラーを見た。

〝いつも〟であれば………剣であり続けようとする余り、半ば座禅よろしく目を瞑っていた。

 それが今日はどうだ? 窓の外を眺めながら、粛々と、なのにうきうきとした様子で、鼻唄を奏でていた――と言うか途中から普通に口ずさんでいた。

 緒川には聞き覚えのないメロディである。

 

「何の歌ですか?」

「はぁっ! お、緒川さん!」

 

 訊いてみると、本人は何やら我に返って驚き、手で音色を発していた口元を覆う。

 どうやら、今の鼻唄は無意識に歌っていた代物らしい。

 

「こ、これは……あやっ……」

 

 途中で口ごもり、両手で口を強く抑え、恥ずかしそうに縮こまる。

 赤味を増した顔は〝しまった……〟と言った雰囲気だった。

 恥ずかしそうと言うより、どこからどうみても完全に恥ずかしがっていた、口滑った自身を恥じていた。

 

「大丈夫です、翼さんがいいと言うまでは秘密にしていますから」

 

〝あやっ……〟とまで言って途切れた単語から、おおよそ見当がついた緒川は、フォローを投げる。

 

「ほ……本当、ですか?」

「本当です」

 

 よほど多数の人間に知らさせたくないほど秘密にしたいらしく、注意深く問い直してきた翼に念を押す。

 

「不承不詳ながら承知しました、その言葉、信じます」

 

 今の言葉の裏には――〝緒川さんと言えど、明かしたら許しませんからね〟――意味合いも込められているのが、マネージャーでもある彼には筒抜けだった。

 余りに微笑ましいので、後部席の当人に悟られぬようこっそりとクスクス笑みを零す。

 

「その………朱音から……教えてもらった歌でして」

 

 緒川の察していた通り、朱音を〝朱音〟と言いかけていたのだ。

 翼によると、先日の突然の休日を利用して、朱音のお見舞いに行ったところ、昼食以降からすっかり、歌を愛する者同士によるガールズトークが盛り上がり、しまいには病院の屋上庭園をステージ代わりに、歌のセッションをするまでに至ったらしく、夕方まで歌ざんまいだったらしい。

 さっき口ずさんでいた歌、その日に朱音から教えてもらった曲の一つで、二〇〇〇年代初期にヒットした少年少女とモンスターたちの冒険を描いたアニメの主題歌で、余程翼は気に入っていると見た。

 

 途中、他の入院患者たちが屋上に来て、歌っている様を見られてしまうアクシデントも起きたのだが。

 

〝すみません、私たちカラオケ行くのが日課なんですけど、私がこんなザマなので、誰もいなかったものだからつい――〟

 

 咄嗟に上手いこと朱音がフォローしてくれたおかげで、正体が明るみになる事態は防げたとのこと。

 それどころか、二人の歌唱力も相まってデュエットも披露し、屋上庭園をちょっとしたライブ会場にさせてしまったらしい。

 

「よく気づかれませんでしたね?」

「歌手としての〝私〟のイメージとは繋がらない選曲だったので、『また君に○してる』とか」

 

〝確かに、ファンの方々にはびっくり転がる選曲ですね〟

 

 それにしても、歌っていた歌込みで、朱音とのことを話している翼は、照れくさそうながら、えらくうきうきと生き生きとして、楽しそうなご様子だった。

 声のトーンも、生真面目を通し越して頑固の域にあったのと比べると、奏が存命だった頃並みに高い。

 

〝変わったのか? それとも変えられたのか?〟

 

 先日の定例会議をスケジュールの都合上で中途退席した直後のやり取りを反芻する。

 基地内の回廊を歩きながら、スケジュールの確認していた中――

 

〝それから、例の海外移籍の件ですが――〟

〝前にも言った筈です、その件は断っておいてほしいと、私は剣(つるぎ)、戦う為に歌っているに過ぎないのですから〟

〝怒っているのですか?〟

〝怒ってなどおりませんッ! 剣に………そんな感情など………持ち合わせていません〟

 

 なんて強情だったのに、今は一転して景気よく〝歌っている〟し、プライベートの時間を楽しむ余裕すら出てきている。

 そのことを尋ねた際の狼狽する様といい、この〝歳相応の女の子〟らしい口振りといい、ほんの数日前までの彼女からえらい変わり様である。

 いや………変わったと言うよりむしろ、この二年間翼が抑圧し続けてきた自身の人間性、心が、解き放たれたと表現した方が良いかもしれない。

 

〝ここまで丸くさせるとは………朱音さんには、頭が上げられませんね〟

 

 自分とてお見舞いの機会を設けたりなど、風鳴翼の凝固していくばかりだった心を解きほぐすきっかけを作ったのだと自負しているが、やはり最大の功労者は、草凪朱音だろう。

 自分たち大人だけでは、為しえなかったことを為しとげてくれたのだ。

 感慨が浮かぶ一方、申し訳のなさも緒川にはあった。

 響と同じ、朱音もついこの間まではただの〝高校生〟であり、装者としてはまだ新米の身………なのに自分たちは、色々と彼女と〝苦労〟を背負わせている。

 本人は、深手を負っても尚、全く弱音も泣き言も吐かず、最前線で特異災害に立ち向かい、〝戦友〟たちを励まし、一人の女の子としての〝風鳴翼〟を救いさえした。

 その〝ヒーロー〟に相応しい〝強さ〟と〝優しさ〟が、とても眩しく映ってしまう。

 相反する二つの思いを、同時に味わっていた最中、車内のコンソールボックスから、緊急招集を知らせるベルが鳴った。

 

「緒川さん、テレビを点けて下さい」

 

 同時に、スマートウオッチに送られた何らかのメッセージを読み、彼女の言葉曰く〝防人〟の顔つきとなって凛とした眼差しを放つ翼から催促を受ける。

 

「はい、テレビ1チャンネル」

 

 音声入力で、コンソールから立体モニターが現れ、画面からは――広木大臣殺害の速報を伝えるニュース番組の切迫した様子が、投影されていた。

 

「本部に急行します!」

 

 事態を把握した緒川は眼鏡を外し、急ぎ二課本部へと車を走らせた。

 

 この時翼の端末に送られた朱音からのメッセージは、こうだ。

 

〝憲法を変える議論すら許さない者がいる偽りの民主国家で戦う勇士が、命を奪われた〟

 

 

 

 

 

 二課本部ブリーフィングルームでは、招集された職員たちによって席は埋め尽くされている。

 響と翼も、彼らに混じって一列目に座していた。二人の間には二人分の職員がいる形で。

 

「特機二課本部周辺を中心に頻発しているノイズ発生の事例から、その狙いは本部最奥区画《ABYSS(アビス)》に保管されている完全聖遺物、サクリストD、デュランダルの強奪と日本政府は結論づけました」

 

 正面の大型モニターには、薄緑色の宝玉が埋め込まれた諸刃の大剣――デュランダルが表示されている。

壁一面ほどの大きなな画面の前には弦十郎と櫻井博士が立ち、博士は政府から受領された〝極秘資料〟の内容を一同に説明していた。

 実は一時、博士との連絡が不能な状態に陥り、本人が極秘資料の入ったケースを手に本部に戻ってきたのは、二課に広木大臣が殺害された報告が来た程なくの頃だった。

 連絡が取れなかったのは、博士が持っていた携帯端末の電源を切ったままでいたから、だとのこと。

 彼女が持ち帰った資料とは、EUの債権の肩代わりを代価に手にした不滅の聖剣―デュランダルの移送計画。

 戻ってきた時は「だ~い~へん長らくお待たせ致しました♪」と、いつものマイペースさだった博士も、その陽気さを潜めて説明している。

 

「どこに移送すると言うんですか? 本部(ここ)以上に厳重な防衛システムなんて……」

 

 藤尭は、この場にいる職員を代表する形で、移送計画に対する疑問を投げかけた。

 

「移送先は〝記憶の遺跡〟、そこならば、と言うことだ」

 

 永田町――国会議事堂の地下最深部に位置する特別電算室、通称《記憶の移籍》に移される予定となっている。

 しかし、たとえその場所が二課の最奥区画より安全だとしても、厳重警戒の中で秘密裏に行われるとしても、移送中はデュランダルを強奪するのに格好の機会だ。

 しかもつい先程、現役閣僚が殺されたばかり、もし〝同一犯〟だとすれば、記憶の遺跡へと運ぶ道中に襲撃する強行手段に出る可能性は高い。

 

「どの道、木っ端役人は俺たちでは、お上の意向に従うしかない」

 

 弦十郎もそのリスクは重々承知な上で、諦念と皮肉を、苦笑いとセットで言い放った。

 

「予定移送日時は明朝〇五〇〇、詳細はこのメモリーチップに記載してあります」

 

 

 

 

 ブリーフィングの後、櫻井女史はアビスからデュランダルを取り出す作業に入り、職員たちも移送の準備に追われている中、私は本部内のベッド付き個室型仮眠室で休息をとっている。

 移送が開始される〇五〇〇まで、今回の指令で担う護衛役として、体力を温存させる為だ。

 室内に設置されている机の前で私は、机上にあるタッチパネルボードから3Dホロブラウザモニターが表示されたPCの前で、朱音とチャットを通じて取っていた。

 画面には、SNSのテキストチャット式のアプリが表示されている。

 デザインは一般に使われているものとさほど違いがないが、二課職員または関係者同士が連絡する専用のものだ。

 

『〝ランドール〟とは、いつ出発する?』

 

 最重要機密事項に関わることなので、念の為と暗号によるカモフラージュも交えた英語で交わしている。

 ランドール――Randoolは、デュランダルの使い手たる剣士《ローラン》のイタリア語名の《orlando――オルランド》をアナグラムにしたもので、デュランダルの隠語だ。

 

『陽が顔を出している頃には、ツーリング中だ』

 

 私も、自分の趣味にちなんだ表現で返信する。

 カモフラージュの会話内容は『バイク仲間とのツーリング』って設定。

 そこから、他愛ない私たちなりの女子高生同士なやり取りを重ねた後――

 

『次の防衛大臣は誰になると思う?』

 

 ――話題は政治、正確には広木防衛大臣が殺害された件に移る。

 朱音が学生の年代でも政治への関心が高い者が多く、幼児の頃から大統領選に熱中していると言うアメリカ人の一人でもあったのが幸いだ。

 私も、代々国防に携わり、二課の前身な諜報機関の長だったお家柄、政治に関する知識は日本の一般学生より多く持って詳しい方である。

 

『大臣の右腕であった、石田副大臣が後釜(ポスト)に付くだろうな』

『ああ、あの〝フランキー〟か』

『朱音……せめてそこは、親米派と言ってほしいぞ』

 

 辛辣さのある朱音の発言に、苦笑いが浮かぶ。

 まだ大臣が殺されてから、数時間ほどしか経過していない。

 だから正式に後任が決まって発表されるまで日数は掛かる……ものの、この情勢で最も有力な候補は、副大臣を務めていた石田爾宗(いしだよしむね)。

 九条改正派で、自衛隊再編派でもあり、同盟国であるアメリカに対しても本国内の米軍撤退も求めたりと強い姿勢をとっていた広木大臣とは反対に、協調路線を取る親米派な政治家であった。

 その石田氏をFLUNKY――腰巾着と揶揄したのは、日米双方の籍を持つ朱音ならではの見方だった。

 

『この国で親米な政治家と言うのは、そう呼ぶものだよ翼、今の自由の国、いや合衆国政府は〝Cap〟も幻滅するほど落ちぶれている、国民が〝銃〟を持つ本当の権利を行使できるくらいに………こんな時に裏で謀略を企てるほど、政府も愚かではないと信じる気は、まだ持ってはいるんだが……』

 

 Capとは、アメリカの理念の体現者でもあったアメリカンコミックのスーパーヒーローのあだ名を指している。

 さらに辛辣な皮肉を表現された朱音の文からは、市民が政府の圧政に対する抵抗として〝銃〟を持つことを許されていると憲法に記載されている〝自由の国〟に対する憤り、呆れ、落胆と言った感情が染み込まれていた。

 親米派の石田氏が就任すれば、親米派の防衛大臣が誕生し………日本の国防政策に関して、アメリカ側の意向が通り易くなってしまう。

 内政干渉の域にも行きかねないこの動きが何を意味するかと言えば………広木大臣が殺されたこの時勢下で、最も得をするのは………デュランダルの引き渡しを何度も要求してきているアメリカ合衆国だと言うことだ。

 無論、アメリカが〝犯人〟だと証明できるものは、現状だと何もない………むしろこの時勢であんな事態が起きれば、疑ってくれと言うようなものだ。

 殺害事件が起きた直後、複数の革命グループからの犯行声明も発表されている。

 

 だが一方で………大臣暗殺が、あのネフシュタンの少女の背後にいる、特異災害を人為的に起こしている連中と関連がないとも言えなかった。

 

 こんな状況で、前々から計画されていたとは言え、デュランダルの移送を敢行するのは、良い判断と言えない。

 断言できる………あの者たちは、またあの少女と完全聖遺物を使って〝虎の子〟を奪うべく、移送中にて二課に強襲を仕掛けてくると。

 私の防人――戦士としての〝勘〟は、そう強く主張を繰り返していた。

 体内にガングニールを宿す立花も狙われている以上、起きないなんて希望的観測は捨て、確実に起きると想定した方がいい。

 

『そろそろお開きにしないか? これ以上翼の休息は潰すわけにはいかないし』

『お気遣いありがとう、そうさせてもらう』

 

 と、朱音の気遣いに対してそう返し、アプリをモニターごと切った。

 司令(おじさま)も言っていたように、どの道………政府の決定が覆せない以上、防人が今果たすべきことは一つ――デュランダルを、そして立花を、良からぬ思惑を持つ者たちに渡させないことだ。

 

 でもその前に………駄々っ子の出来損ないで、ただ固く脆いだけの抜き身の〝剣〟だった私には、つけておかねばならない〝けじめ〟がある。

 立場上、果たさなければならなかったのに、この身の未熟さと至らなさゆえ、放棄し、朱音に押し付けてしまった〝務め〟とも言える。

 そろそろエージェントが、荷造りに一度リディアンの学生寮へと戻った〝あの子〟を本部に連れ帰った頃合い。

 PCの電源を完全に切って、私は仮眠室を出た。

 

 

 

 

 廊下を進んでいると、観葉植物が飾られたU字の形をしたソファーにて、本部での泊まり込み用の荷物の入ったサブバックを脇に置いた立花響が、座っていた。

 何やら……バツの悪そうに小山座りをして、縮こまっている。

 恐らく、ルームメイトで古くからの付き合いな親友――小日向未来のことだろう。

 朱音の話では、この子は隠し事の下手さには右に出るものはいないらしい。

 その性格とこの様子から、寮の門限が迫る夜中に荷物を纏めて外出する理由を、碌に言い繕えないまま、勢いで出てってしまったと見える。

 

「未来絶対怒ってるよね……あっ……」

 

 ぶつぶつと親友のことで呟いていた立花は、私の存在に気づいて、同い年の朱音とは全く正反対な丸い目をこちらに向けた。

 今まで彼女に犯してきた仕打ちが頭に再生されて、胸中に気まずさと言う重しが掛かる。

 

「いやっ~~その………あはは」

 

 手で頭の後ろをかいて、困惑した笑み……少し前の自分なら頭がカッとなって〝ヘラヘラするなッ!〟と苛立ちをぶつけるに至っていた恐れのある………軽薄さと印象付けられかねない、ぎこちない笑みだった。

 立花は困ったことがあると、今のように笑って無理に誤魔化そうとしてしまう性分の持ち主であると、これも朱音から聞いた。

 きっとこれは………自分の〝一生懸命〟で他人を傷つけてしまったと立花が考えている〝経験〟から生まれた、彼女なりの波紋を起こさない為の〝処世術〟……なのだろう。

 

 唇を噛みしめし過ぎそうになり、顔も悲痛さに覆い尽くされそうになる。

 

 この笑みを浮かべる〝癖〟を、彼女に植え付けたのは、私たちでもあるからだ。

 

「隣、座ってもいいか?」

 

 胸に疼く〝気持ち〟を、どうにか溢れぬよう御しながら、話す場を作ろうした。

 己が想像している以上に、自分のことが〝大嫌い〟なこの子のことだ………きっと私のこの疼きすら、〝自分のせい〟だと攻めてしまう、だろうから。

 

「へ? ……いい、ですけど」

 

 戸惑いを見せる立花から了承を得た私は、少し体が強ばる感覚を覚えながら、彼女の隣に腰を下ろす。

 正面からの相対では、彼女を過度に委縮させかねなかったからだ。

 

「………」

 

 沈黙を長引かせてはいけない、気まずさも助長されて、余計切り出せなくなる。

 深呼吸して、緊張で堅くなりつつある全身をほぐし。

 

「立花……」

「は、はい……」

「す―――すまないッ!」

 

 私は、踏み出した。

 

つづく。



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#22 - 不和を超えて

さて、読者のみなさまにはお待ちだった筈の、一足早い響と翼の対話パート。

本作ではこうなりました。

響の『前向きな自殺衝動』の根源をはっきり知っているのもあって、テレビのと漫画版のとを合わせつつも、結構異なる感じに


 デュランダル移送任務開始時間0500―午前五時が迫り、東からは陽が出始めながらも空はまだ淡い紺色な頃。

 

「防衛大臣殺害犯を検挙する名目で検問を配備、記憶の遺跡まで、一気に駆け抜ける」

 

 二課地下本部内の駐車場では、改めて移送任務の概要を説明する弦十郎と櫻井博士に向かい合う形で、移送任務に参加するエージェントらと、響と、天ノ羽々斬と同じカラーリングなバイクジャケットを着込み、フルフェイスを抱えるヘルメット翼が横に整列している。

 翼はこっそり瞳だけをスライドして響の横顔を見た。

 顔に幾つか流れる汗と、過度に伸びた背筋で、緊張しているのが分かる。

 

 

「名付けて―――〝天下の往来一人占め作戦〟♪」

 

 指をツーピースする博士のネーミングセンスに関してはスルーしてほしい。

 確かに天下の往来――公道に検問を敷くので、大体合ってはいるのだった。

 

 

 

 

 櫻井博士のピンクの2ドアタイプの軽四に、響とデュランダルを保管する大型アタッシュケースを乗せ、それを囲む形でエージェントたちの乗る黒のセダンタイプが四台の陣形で、発進。

 そしてヘルメットを被り、エンジン音を鳴らすブルーカラーなオンロードのスポーツタイプバイクに乗る翼は、博士たちを追走する形でアクセルグリップを廻し、走らせた。

 陽は空を晴天に染めるまでに昇っている。

 ある程度道路を進めると、ヘリのローター音が静かな朝の空気に響いてきた。

 車両の真上にて飛ぶ二課のヘリで、弦十郎も搭乗している。

 それを見上げる翼はいつでも戦闘に入れるよう、神経を張り巡らせて周囲を警戒しつつ、博士の軽四の助手席にいる響との、昨夜の会話を反芻した。

 

 

 

 

 

 

「すまない!」

 

 

 本部内の回廊に設置されたソファーにて、立花と話をする機会に恵まれた私は、ずぶずぶと気まずい沈黙の泥沼に嵌るまいと、逡巡で足踏みする〝気〟を大きく踏み出し、上段から剣を素振る勢いで頭を深々と下げた。

 

〝真面目が過ぎるぞ翼………そうあんまりガチガチだと、その内ぽっきり折れそうだ〟

 

 奏がいた頃、よく言われていた自分の堅苦しい性分を的確に指した言葉。

 冗談半分、本気で心配半分で口にしてた奏のこの言葉の通り………己で己をぽっきり折りかけて、朱音や緒川さんのお陰でどうにか自分の今の〝在り方〟を見つめ直せる〝目〟を持てるようになったことで、改めて立花響に対しての自分の仕打ちの〝酷さ〟が…………身に染みた。

 あの時の〝抜き身〟で愚かな私に、恐怖の欠片もなく戦場に飛び込んできた立花に、哀しく惨い過去があったかなど………考える余裕などなかった。

 

〝同じ装者同士―――戦いましょうか〟

 

 なかったからと言って、ああも刃を突きつけていいわけがなかった。

〝前向きな自殺衝動〟と表せる歪さを抱えているとは言え、あの日あの子の体内に眠っていたガングニールの欠片が目覚める瞬間まで………普通に学生生活に送る少女だったのだ。

 当然、シンフォギアの特性も、戦い方も、戦場を渡り行く術も、アームドギアの生成どころかそのものすら、知るわけもなかった。

 なのに私は、立花の軽率さを咎めるのを通り越して………〝二重基準〟で彼女を糾弾してしまった。

 

「己の未熟さすら向き合えなかったばかりか………人を守るべき剣で、君を斬りつけてしまうところだった……」

 

〝私は立花響を受け入れられない……ましてや力を合わせて戦うことなど、風鳴翼が許せる筈がない〟

 

 奏が血反吐に塗れて勝ち得たガングニールを、まるで我が物顔で纏うその姿が直視できなかった、許せなかったくせに。

 

〝奏の………奏の何を受け継いでいると言うのッ!〟

 

 本来一朝一夕で為しえるものではないアームドギアの実体化を強いり………運命の悪戯で適合者となったに過ぎない彼女を、勝手に〝奏の後継者〟にして押し付け、あんな醜態を見せてしまった。

 装者だと認められないくせに、〝先輩〟と言う立場を、八つ当たりの〝正当化〟の言い訳にして………我が愛機である以前に国の所有兵器である天ノ羽々斬――シンフォギアで、彼女に不条理な暴力を振るいかけてしまった。

 あの時朱音が止めてくれなければ………どれ程の〝過ち〟となってしまったか………守る為に振るう剣で、守るべき命を傷つけてしまった己と罪悪感、立花響と言う少女を歪ませてしまった〝現実〟を前に、良心を刃にして己を斬りつけ、本当に心がぽっきり折れてしまっていたのは………明らかだった。

 改めて、すれ違い、傷つけあうばかりであった自分らにとって、朱音の存在がどれ程大きく、同時に苦労を掛けてきたのか、痛感させられる。

 

「そんな………翼さんが謝ることなんて、ないですよ……」

 

 頭を深々と下げた私の耳に、戸惑っている様子な立花の声が聞こえた。

 

「翼さんの気持ちなんて考えず、人助けができるって調子乗って、中途半端に出しゃばってきた………私がいけなかったんです」

 

 それを聞いた私は、訴え返しそうになる。

 

 違うんだ!

 君がそう思い詰めることも、攻め立てることもないんだ!

〝責め〟を受けるべきは……理由がどうあれ、あの日ファンのみんなの想いを利用しようと、君の心をこうまで歪ませる因を作った私たちなんだ!

 

 口からそう言い放ちかけて、固く唇を封じ込める。

 ここで私がどれだけ……〝君のせいではない〟と必死に伝えても、却って立花……は〝自分のせい〟だと自分を攻めてしまう。 

 あの惨劇を生き残ってより立花が受けた〝地獄〟は、あの子の元からあったと見える気質たる内罰性を、〝自己否定〟の領域にまで過度に強まらせ、歪めてしまった。

 加えてこの子は、私と比肩できる程……もしかしたらそれ以上に、強情でもある。

 きっと、どうあっても立花は、朱音曰く〝無自覚に大っ嫌いな自分〟が悪いと、譲らないだろうし、さっきみたいに無理やりにでも笑って取り繕ってしまうだろう。

 

「立花が、〝戦士〟としての覚悟を決めてここにいることは、今ならば承知している」

 

 下げていた顔を上げて、正面から立花の双眸と向き合わせる。

 

「だからこそ、、明日戦場に馳せる前に、聞かせてほしいのだ――」

 

 朱音は私の暴走を止めた夜から程なく、立花に〝戦う理由〟と言う宿題を出していた。

 今その朱音は、不徳な私の不始末で負った傷で出られない。

 

「――貴方の、戦う理由」

 

 今さら、先輩の面を被るなどおこがましいのは承知の上で、私は朱音からの宿題を、立花がどんな形で見出したか、問いかけた。

 彼女を信用していないわけではない………その逆、信頼したいからこそ、その戦う意志も、覚悟も〝本気〟だと信じているからこそ、一度拒絶してしまった身だからこそ、本人の口から聞いておきたかったのだ。

 

「すみません………上手く、説明できないんですけど………」

「一晩でも待つさ」

 

 朱音の影響か、お固い自分の口から、ちょっとしたユーモア込みのフォローが出た。

 

「前にも、朱音ちゃんからそんなこと言われて、考えに考えたんですけど………」

 

 一度ここで、沈黙の間を置いた立花は――

 

「正直、まだ自分でもよく分かって、なくて……」

 

 ――続けて、そう答えると、ソファーから立ち上がった。

 

「私、人助けが趣味みたいなもので……」

「人、助け?」

 

 立花曰く〝趣味〟のことも、朱音を通じて知ってはいたが、敢えて初耳だと装った。

 

「だって、勉強とかスポーツって誰かと競い合って結果を出すしかないけど、人助けは競わなくてもいいじゃないですか、私には朱音ちゃんや翼さんみたいに特技とか誇れるものってないから………せめて、誰かの助けになりたいって………でも、朱音ちゃんにはそれだけじゃ、気持ちだけじゃ足りないって言われて………辛い思いをしてきた翼さんや、私たちを助ける為に大怪我した朱音ちゃんを見て、ただ助けたい気持ちだけじゃダメなんだってことは………痛いほど分かったんですけど………」

 

 私に背中を向けながら、そう少しづつ繋げていく立花の言葉に、腰かけたままじっくりと耳を傾ける。

 

「原因はやっぱり……〝あの日〟かもしれません」

 

 あの日、〝私たち〟を一変させてしまった………あのライブの日。

 

「奏さんだけじゃない………あの日、たくさんの人がそこで亡くなりました………でも、私は生き残って、今日もたくさんご飯を食べたり、笑ったりしています」

「だから立花は、その人たちの代わりに、なりたいとでも?」

 

 あの夜立花は、泣いているのに、水道管の豪雨を利用して泣いてなんかないと強がる私に、こう言いかけたと言う。

 

〝これから一生懸命頑張って、奏さんの代わりになって見せます!〟

 

 その意図を察した朱音によって引き止められたが、もしあの時、その言葉を聞いていたら、自分のことを棚に上げて、糾弾していたかもしれない………二度と、彼女とこうして向き合うことはなかったかもしれない。

 何せ私も、奏を助けられなかった自分が許せなかった余り、自分でも自覚のないまま、奏の代わりになろうと、奏になろうと、朱音の言葉で〝修羅めいた生き方〟で己を追い込ませていたからだ。

 

「前は、そうでした………でも、今は…………私に守れるものなんて、小さな約束とか、何でもない日常くらいかもしれませんけど―――」

 

 後ろ姿を見せていた立花が、ようやく私の方へ向いた。

 

「―――自分の意志で、助けたい、守りたいんです、いつまでも守られたことを、負い目に思いたくないから」

 

 全身も、顔も、歳相応よりあどけない丸みのある双眸も、真っ直ぐ私に向け、先程の哀しい〝愛想笑い〟から一転、強い意志に彩られた眼差しが、立花から発せられていた。

 その眼差しから、彼女の〝意志〟は本気で本物だと言うことを、私は受け取った。

 

「なら――」

 

 私もソファーより立ち上がり、今までできなかった―――立花の瞳を正面から見据える。

 

「今貴方の胸にあるその〝想い〟を、強くはっきり思い描くことだ、そうすれば、ガングニールは貴方に力を貸してくれよう」

 

 散々迷惑を被らせ、生き恥を晒してきた未熟者ゆえ、こんなことを表するのはおこがましい限りなのだが。

 

「私も、望んで貴方と、肩を並べられる」

 

 ようやく私は、立花響を、ともに戦う装者(なかま)として受け入れ、向かい入れることができた。

 

「翼さん……」

「だが――」

 

 喜びと驚きが交わった表情を浮かべる立花の両肩に、私は伸ばした両の手を置く。

 

「――気をつけろ立花」

「へ?」

 

 一見、屈託も屈折も感じさせないこの少女の内に潜む歪さ――強迫観念。

 

〝他者の為なら自分の命を躊躇いなく投げ出し、どんなことでも自分のせいだと自傷してしまう、強烈な自己否定の念〟

 

〝自分は自分の為に頑張ってはいけない、常に他者の為にしか頑張ってはならない、人の善意を証明し続けなければならない〟

 

 こうして対話を交わしたことで、私は、朱音の立花への〝人物評〟が、的を射ている確信をより強めていた。

 

「己の命を度外視した他者への救済は、いつ起爆するか分からない爆弾を抱えて悪路を全力で走るようなものだ」

 

 立花も、そして朱音も、ノイズの猛威から人々を救う旨を持っているのは同じ………しかし二人には、決定的な〝相違点〟がある。

 

 朱音は、どんな大義、題目、理由でも、誰かを守るべく命を賭けてノイズと戦うことは、誰かの想いを振り切って、悲しませる自分の〝エゴ〟なのだと言った。

 かつて奏も持っていた。自分の心の内側と、外側の世界にいる自分と向き合う〝目〟。

 それを持っているからこそ、自身の信念を曇らせることなく、奏は最後まで歌い、戦い貫き、朱音も防人の使命を全うしている。

 だからこそ、二人の勇姿と歌の輝きは、私に立花の心の〝影〟を、より色濃く見せてくる。

 

〝人助け〟をしたい、誰かの為に頑張りたいと言う立花の胸の内には、他者に認められたい、自分の存在を示したいと言う欲求――エゴが確かに在る。

 

〝私たちと一緒に戦って下さい!〟

 

 私に拒絶されたあの夜の言葉と、反対に認められた瞬間の反応から見ても、立花の心にだって存在するその欲求は、人によって差はあれど、誰も彼もが例外なく、私とて持っているものであり、それ自体は決して〝悪〟ではない。

 

 厄介なのは………立花自身が全くの無自覚どころか、無意識に見ないようにしていることだ。

 他者から〝承認〟されたいとは、つまるところ〝自分の為〟である。

 他者の為にしか頑張ってはならない、ましてやエゴなど持ってはいけないと、己が自覚している以上に〝自己否定〟の念に囚われている立花にとってそれは………最も認められない〝事実〟であり、私が爆弾とも表した〝影〟である。

 このまま装者として、過酷な戦場の中にて戦い続けていけば………立花の内なる影は、確実に彼女を蝕ませていく。

 最悪、あの時絶唱を謳おうとした私以上の〝破滅〟に、自ら踏み込んでしまうかもしれない。

 命を燃やした奏に救われたその先に待っていたのが………そんな顛末など、悲し過ぎる。

 

「私もそうであった身ゆえ、よく分かる……そんなものを抱えたままでは、本当の意味で人助けは為し得ないぞ」

 

 はっきり断言できるのは、他ならぬ私も、己が内なる影に呑まれかけたからだ。

 本当は、よりもっと明確に、自らの歪さを立花に伝えたかった。

 だが………自らが受けた迫害も、家族の輪が壊れてしまったのも、自分のせいであり、そんな自分を許せずにいる立花には、最も受け入れがたい〝残酷〟だ。

 きっと、朱音から自らの強迫観念を見抜かれた時の私と、比にすらならぬほど………拒絶してしまう。

 それ程………今の立花の心は危うい均衡によって成り立ってしまっていると、この対話で教えられた。

 

「…………」

 

 私に気圧されているからでもあるとは言え、ほとんど立花は、私からの忠告の意味を読み取れずに困惑している様子を見せてくる。

 

「今は分からずとも良い………」

 

 この忠告で、立花の〝血を吐きながら続ける悲しいマラソン〟に至りかねない〝前向きな自殺衝動〟を、ほんの少しでも緩和できたとは、思っていない。

 この先、何度〝言葉〟を投げかけても………簡単にはいかないだろう。

 一度や二度でどうにかできるなら、朱音も〝叔父様〟も妥協したりはしていない。

 仇討ちに燃えていた奏と、奏を失った哀しみに沈んでいた私………今の立花の心は、それ以上に頑なに固められてしまっている。

 だからと言って、易々と諦め、投げ出してなど、たまるか。

 

「だがどうか、この不出来な先輩の言葉を、重々よく覚えておいてくれ」

 

 何度だって、呼びかけ続けよう―――〝私たち〟で。

 

「は……はい」

 

 納得し切れないながらも、立花は頷いた。

 

 

 

 

 

 この昨夜の立花との〝対話〟が再生されながらも、櫻井女史らの乗る前方の車両との車間距離を維持させて、この機械仕掛けの馬を走らせていた。

 移送ルート周辺の市民誘導は完了している為、私たちが進む道路の周りには民間人が一人もいない無人状態。

 今のところ、経過は順調、一課の協力も得てルート上に複数配備された検問(チェックポイント)の内、一つ目であるETCを定刻通り通過し、首都圏へと繋がる高速道路に入る。

 車両は河川上に繋がれた高架橋に。

 まだ何の動きもない………だが一直線にしか道なきこの橋上、仕掛けてくるとすれば―――脳裏に一筋の稲妻が走り、胸の奥より不穏が騒ぎ始めた。

 防人としての研鑽と実戦で研いできた〝戦士の勘〟――本能の警告に、私は咄嗟にハンドルを右側に切り、同時に車体を傾けた。

 タイヤが通り掛けたアスファルトが、爆発し、風圧の直撃を受けるギリギリのところで横切る。

 続けて左側、また右側と、左、右と、アスファルトを稲妻上に描いてスラロームし、連続して起きる爆発の猛火から、どうにか呑まれずに避ける。

 飛び散るアスファルトの破片も、幸いにして掠める程度で済んだ。

 上空から攻撃が降り注いでいない……となると、紫の人型の爆雷が橋の内部に埋め込まれていたのか?

 敵の奇襲のからくりを読み取ろうとする中、今度は橋上が震撼し、移送車両前方の道路に巨大が亀裂が走った。

 同時に亀裂の手前にて、爆発が再び起きる。

 櫻井女史のと、エーンジェントが乗用している車両一台はどうにか通り抜けられたが………残りの三台が爆発でバランスを崩してスピンし、どうにか急停止する。

 私も急ブレーキを掛けて車体をほぼ真横にし、バイクはタイヤから金切り音を鳴らして道路に濃い跡を描き、たった今現れた断崖の瀬戸際で止まった。

 分断させされた………今の亀裂で崩落したアスファルトは真下の河川へと落下し、できた溝はこちらの進行を阻ませる。

 アクセルを私は吹かし、一旦逆走、橋上の溝と距離を稼ぐ。

 急がないと………ネフシュタンの鎧には飛行機能がある、今頃あの少女が立花とデュランダルを奪おうと櫻井女史の車両を追走している筈。

 翼などと言う〝名〟でありながら、私と天ノ羽々斬には、朱音と朱音のギア――ガメラのように長時間の飛行ができない………そんな自分がもどかしかった。

 剣に感情は必要ないとほざきながら、情の濁流に流されるまま戦ってしまった………あそこで判断を見誤っていなければ、朱音が深手を負うことも。

 いかん……悔やむのは後だ!

 溝から百メートルよりUターンし、フルスロットル全開、エンジンを荒々しく演奏(ならして)疾走。

 

〝羽撃きは鋭く――風切るが如く〟

 

 我が聖詠を歌う。

 バイクジャケットの内のギアが起動し、アンチノイズプロテクターが装着された。

 足の曲刀を展開し、スラスターを点火させ、バイクの加速力を上げる。

 瀬戸際に肉薄すると、ウィリー走行で前輪を上げるとともにスラスターの出力も上げ、断崖より跳び上がった。

 まず向かうは向こう岸――されどそこには、群れをなすノイズらが位相転移していた。

 

「押し通るッ!」

 

 その阻み、切り開かせてもらう!

 

 曲刀を伸長させて前方へと向け、各々の切っ先を連結。

 左手にはアームドギアを手に、ノイズの敵陣へと真っ向から突っ込む。

 向こう岸に着くと同時に、駆け抜けながら、アームドギアの刃と、曲刀の刃を以て、群れの中を切り抜けていった。

 

 立花………どうか持ちこたえていてくれ!

 

 

 

 

『鎧の少女、移送車両に急速接近中!』

 

 一方、高速を出た櫻井博士たちの車両へ、翼の見立て通りネフシュタンの鎧の少女――クリスが追走していた。

 クリスは翼の斬撃おも受け止めた蛇腹状の鞭を振るい、残るエージェントの車のタイヤを的確に狙い、破壊。

 

「あ……」

 

 響は、弦十郎の修行の一環で見たアクション映画そのものな光景――車が回転しながら宙を舞う様に、響は言葉は出ずにいる。

 

「安心して、二課(うち)のエージェントはあの程度でくたばらないわ」

 

 博士の言う通り、横転した車の扉からは怪我こそしているもエージェントたちが自力で出てきていた。

 しかしこの状況は不味くはある。

 車内にデュランダルがあるお陰で、少女は積極的に攻撃はしてこないものの、完全聖遺物に追いかけられる車など、動く〝棺桶〟そのものだ。

 

「命あっての物種って言うし、いっそこのままデュランダルを放置して私たちは逃げま――」

「そんなのダメですッ!」

「ごめんごめん、冗談よ響ちゃん」

 

 まだジョークをかませる余裕こそあるも、博士の額には焦燥の汗が見られた。

 

「弦十郎君、この先薬品工場なんだけど、どうすればいいかしら?」

 

 博士は耳に付けた小型通信機から、上空にいる弦十郎に指示を求める。

 

『〝敢えて〟そのまま入り込め、狙いがデュランダルな以上、攻め手を封じられる』

 

 弦十郎は敢えて、戦地とするには二次被害の高い、危険過ぎる薬品工場を選んだ。

 敵の目的がデュランダルの確保であることを逆手に取り、起爆力の強い攻め手を使えなくさせる効果を狙ってのことだ。

 

「勝算はあるの?」

「思いつきだ、〝神のみぞ知る〟ってやつさ」

「そのアバウトさ、どこの特務機関の作戦部長かしらね?」

 

 博士はアクセルを力の限り踏み込み、工場内部に進入。

 

「そんな小細工でッ!」

 

 少女は車の足元のアスファルトに鞭を打ち込んだ。

 今の攻撃でスピンした博士の車は、敷地内のパイプにタイヤが引っかかり、建物の外壁に衝突。

 

 車内の人間もミンチにさせかねないほど大破するも―――その前に聖詠を唱え、ギリギリのところでギアを纏えた響が、博士とデュランダルが保管されたケースを抱えて車外に脱出し、着地していた。

 

「了子さん、ケースをお願いします」

「貴方はどうするの?」

「守りますッ!」

 

 そう宣言する響のあどけなさが残る容貌は、〝戦士〟の気迫に彩られている。

 

「こっちも空手で戻るわけにはいかねんだよッ!」

 

 少女――クリスは、腰に携えていた〝ソロモンの杖〟を手に取り、黄緑色の光線を発してノイズたちを召喚させ。

 

〝―――♪〟

 

 彼らと対峙し、構えを取る響の胸のマイクから、戦闘歌の前奏が流れ始めた。

 

 

 

 

 その頃、朱音は屋上庭園にて首都圏の方角へと見つめている。

 

「始まった、か……」

 

 朱音からは移送に関する詳細な状況をリアルタイムで知る術はない。

 だが、直感で〝戦端〟が開かれたと、悟っていた。

 

「…………」

 

 首に掛けている〝勾玉〟を、強く握りしめる。

 自身と心を通わせた少女――〝アサギ〟と、全く同じ握り方で。

 その勾玉には、微かに輝きが帯びていた。

 

つづく。

 



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#23 - 悪夢を止める歌

境界のゴジラ第二部をシンゴジ公開前には完結させようと優先したので、間が空きましたが最新話です。

今回のメインの挿入歌/『Next Destination』(レンタルまたはネットで試聴して見て下さい)


 ネフシュタンの少女が持つ〝ソロモンの杖〟より召喚されたノイズたちに四方を囲まれる格好となった響。

 

〝――――♪〟

 

 しかしこの状況となっても響は、落ち着いて周囲、全方位に気を巡らして構えを取り、胸のマイクより流れる演奏をバックに、自身の戦闘歌――《撃槍・ガングニール》の、人の手が持つ熱と、それを取り合うことで深まる暖かさも謳った詩を唄う。

 同じ〝構え〟でも、攻撃できる隙だらけだった以前のとは比べるまでもなく見違えている。

 人型数体が、まず時間差をつけて突進してきた。

 それをステップとすり足で全て避けた響に、前部に触手を生やした鈍い赤紫色の蛞蝓型が突撃するも、響はアスファルトを抉るほど右足を踏み込んだ勢いから掌底を突き出して迎え撃ち、敵の肉体を四散させた。

 二匹目の突進には右腕をハンマーよろしく振り下ろして粉砕し、背後から不意を突いてきた手が三日月状の刃となっている人型にひじ打ち、もう一体を上段後ろ蹴りで、さらに斬りつけてきたもう一体の手首をつかみ上げて引きつけ、そのまま背負い投げた。

 物量差のある状況ながら、響は徒手空拳で以て、確実にノイズたちを撃破し、圧倒する。

 繰り出される拳撃も蹴りも、初めてギアを纏った直後のと比べるまでもなく、拳がノイズの肉体に直撃せずとも纏う衝撃波で近場にいた個体を複数巻き添えで倒してしまう程の威力を有していた。

 

「こいつ……」

 

 工場内の円筒の上から見下ろす少女も、この短期間で急速に〝腕〟を上げている響に、驚きを隠せずにいたが、与えられた〝命〟を全うすることを忘れる程呆けてはおらず、ソロモンの杖を通じてノイズに指示を与え、蛞蝓型たちが一斉に触手を伸ばして響を捕えようとする。

 不規則な軌道で迫る触手の網を、響はステップを利かせて掻い潜り、懐に踏み込んで拳打を叩きつけた。

 

「だが、少しはやれるようになったってッ!」

 

 ノイズの操作を除けば静観の位置にいた少女も、円筒から跳び上がり、蛇腹の鞭を響のいる地上めがけ振り下ろす。

 攻撃を察知した響はその場から跳び上がって鞭の牙から逃れるも、少女はむしろそれを狙っていた。

 

「今日こそは――」

 

 飛べない響を空中に〝おびき出し〟、自由に飛行できるこちらのアドバンテージで攻める為に。

 

「モノにしてやるよッ!」

 

 高速で一気に距離を詰めて迫る少女に対し、響は咄嗟に両腕をクロスさせるも、飛行速度を相乗させたキックが直撃される直前――

 

「ナにッ!?」

 

 両者の間から割り込んできた闖入者の突撃で、少女は弾き飛ばされた。

 

「翼さんッ!」

 

 機械仕掛けの馬――バイクを駆り、たった今この戦場に駆け付けた翼であった。

 

「彼女は私が引き受ける、立花はデュランダルと櫻井女史を守り抜けッ!」

「は、はい!」

 

 

 

 

 翼の駆るバイクは、半円を描いて地面に降り、スピンを利かせて急停車する。

 

 「足手まといの庇い立てで恥晒しに来たのか? 〝出来損ないの剣(つるぎ)さん〟よ」

 

  ほぼ同時に降り立った少女の挑発的笑みから、翼が前の戦闘の際の言葉を用いた煽りを受けても、その時のようにまんまと煽られ、乱すこともなく、バイクより降車し、太腿部のアーマーに収納していた〝柄〟しかない刀型アームドギアを取り出すと、刀身が形成された。

 胸のマイクより、翼の戦闘歌――《絶刀・天ノ羽々斬》の前奏とコーラスが流れ出し、剣を構えぬ構え――無形の位の体勢にて、悠然と、凛と、少女へ向け、歩み出した。

 鉄火場となった場所が火薬庫同然なだけに、下手な攻撃は使えないが、それは相手も同じ、そしてスペックでは、こちらの方に分がある。

 

「だったら今度こそぶち――」

 

〝ぶちのめす〟と言い終える前に少女の声は途切れ、不敵な笑みも消える。

 なぜなら―――一回瞼を瞬く僅かな間で、翼は自らぼ得物(アームドギア)の有効範囲内にまで肉薄していたからだ。

 

〝は……速い!〟

 

 一転バイザーの奥の顔から焦燥の汗が流れる少女は、歌い始めた翼からの一刃目――右切上、二刃目――袈裟掛け、三刃目――右薙らの連撃を辛うじて避ける。

 避ける必要が、無いにも拘わらず………ネフシュタンの鎧の防御力とパワーならば、翼の攻撃を真っ向から受け止められると言われればそれまでだが、少女が防御より回避を選ぶほど、今の翼の攻撃は、ただ速いだけでなく、鋭利な覇気を持っていた。

 後退する少女以上の速さで、四振り目の太刀が来る。ある程度、思考内の焦燥の熱が和らぎ、四刃目の斬撃を蛇腹鞭で受け止めようとする。

 刃と鞭がぶつかる寸前、片刃が〝寸止め〟で停止し、少女の視界から翼が一瞬消えた。

 驚く暇すらなく、バイザーに覆われた少女の頬に、衝撃が〝二度〟走り、頭が揺れ動く。

 四刃目はフェイントであり、その隙を突いた一回転からの右手の裏拳が一度目。

 一見隙が大きそうなこの技は、回転すること相手の視界から外れ、消えたと錯覚させる効果があり、現に少女は惑わされたところで一度目の裏拳が決まり、続けてもう一回転から左脚足刀部からの上段サイドキックによる〝二度目〟もヒットした。

 

「――――ッ!♪」

 

 さらに演奏と歌詞がサビに入ると同時に、アームドギアからの突きも決まり、少女の左肩部のネフシュタンの鎧に火花が散る。

 

〝何が変わったんだ? この間と……まるで動きが……違う〟

 

 これ以上の翼の攻勢を継続させまいと鞭を振るい、距離を稼ぎつつも、先日に相見えた時とはまるで〝別人〟などころか、完全聖遺物を纏ったこちらを圧倒させる翼の戦闘技術と闘気を前に、戦慄すら覚えた。

 今の突きで、左肩部の鎧(アーマー)に亀裂を作らせていたからだ。

 少女――クリスに理解するのは無理な話だ。

 今相手をしているの風鳴翼は、長年の実戦で磨かれていながらも、心理的影響でストッパーがかけられて持て余していた〝戦闘能力〟が、十全に引き出された〝戦士〟だと言うこと。

 

 

 

 

 

「はっ…」

 

 眼前の戦闘を、半ば観戦する立ち位置な櫻井博士は、背後から〝圧力〟を感じ取って振り返る。

 

「デュランダルが……」

 

 発生源は、ケースの中にあるデュランダル。

 光を発しているらしく、ケースの隙間より、金色の薄明光線が漏れていた。

 

「これは……まさか……」

 

 零れる光は強まり、ケース全体が大きく震撼したかと思うと、内部のデュランダルが突き破り、立ち昇り、地上より約六〇メートルの宙にて、静止し鎮座した。

 この戦場に響く歌――フォニックゲインによって、聖剣――デュランダルは、覚醒、起動したのだ。

 

 

 

 

〝あれが………デュランダル〟

 

 前回の戦闘の時と遥かに凌ぐ、俊足と剣速、そして洗練された刀剣の刃の如き闘志と気迫を以て攻めてくる翼相手に、どうにか相対距離を、刀(アームドギア)の攻撃範囲(リーチ)外に維持させながら呟いた。

 自分が持つ〝ソロモンの杖〟は、起動するまで半年の時間を掛けたと言うのに、デュランダルはこの鉄火場(いくさば)で流れる歌で〝飛び起きた〟事実に納得いかないものの、起きてくれたのなら好都合………シンフォギアと違って、起床した完全聖遺物は使い手をえり好みするほどワガママじゃない。

 どうにか風鳴翼(こいつ)を振り切って、デュランダルを手にしちまえば、逆転できるし、完全聖遺物を三つも手にした勢いに乗れば、融合症例(どんくさいノロマ)だって■■■■の下へ連れ帰られる。

 今度こそ〝命〟を果たす為にも―――何が何でもこの〝剣〟から振り切ってやる!

 

「おらよ」

 

 大分翼のスピードに目が追いつき始めたクリスは、まず右手の方の蛇腹鞭を彼女目がけ、荒れ狂うように振るった。

 やはり前回と比して難なく躱されるも、どうにか攻勢がこちらに向いている、そして完全聖遺物を二つ持つアドバンテージを活用させる。

 蛇腹鞭を荒れ狂う龍の如く振るいつつ、少女はソロモンの杖から新たなノイズを召喚した。

 飛行型四体に、口から発射する粘液で対象を捕縛する駝鳥型、二体だ。

 少女は杖を通じてノイズに指示を送り、飛行型たちはヘリのプロペラよろしく自身を回転させた旋回形態になり、常に翼をを取り囲む形で旋回。

 駝鳥型たちも、巨体に似合わぬ機動性で動き回りながら、粘液で捕える機会を窺う。

 

〝こいつらでどうにか……〟

 

 今召喚した個体で翼をどうにかできるとは端から期待してしない。

 あの戦闘能力を前では、足止めにすらならないかもしれないが………ほんの少しでも時間を稼いでくれるならば、それだけでよかった。

 急ぎ少女は、虚空に浮遊するデュランダルを手にすべく、飛翔した。

 

 

 

 

 くっ……どうやらネフシュタンの少女は、ほんの僅かでもノイズで時間稼がせる間に、完全聖遺物にしてはやけに目覚めの良いデュランダルを奪取する気でいるらしい。

 こちらの足止め役たるこの者らを〝千ノ落涙〟で一網打尽と行きたいところだが、あの技はある程度動きを止める〝間〟が必要と言う泣き所がある。

 今までの戦いでは、ノイズの動作が緩慢かつほぼ無秩序なものだったからこそ泣き所が戦場(いくさば)で露わとならずに済んでいたのだが………明確に人の意志を介した彼らは想像以上に機敏で統制が取れていた。

 口元が自嘲で綻んだ………出来損ないながらも、最も長い時間鍛錬と実戦を潜り抜けてきたが、朱音のお陰で吹っ切れた今でも、まだまだ至らぬな。

 

 だがしかし―――まだ鍛えたりぬこの剣、舐めてもらっては困るッ!

 

 

 

 旋回形態の飛行型四体、駝鳥型二体は、数の利と機動性を生かして翼を取り囲む形で追い込もうとする。

 回転するその身そのものが〝凶器〟な飛行型が切り裂こうと次々襲い来るも、翼はダンスと剣術のすり足を掛け合わせたステップで素早くも軽やかに避け、手に持つ得物(アームドギア)を上空へと放り投げた。

 二体の飛行型が挟み撃ちするべく迫る中、翼は逆立ち、脚部の曲刀(ブレード)を展開して、回転――《逆羅刹》で迎え撃つ。

 リーチでは翼に分があったが為に、二体は逆羅刹の刃でほぼ同時に切り裂かれた直後、もう一体が、逆立ったままの翼へと急接近。

 足を地面に付け直した翼は、その足がノイズの身体に触れるギリギリの高さで跳び、落ちてきたアームドギアをキャッチしてその身を縦状に廻らせる。

 丸い円を描いた翼の剣筋は、不意を突こうとした一体を両断。

 そこが狙いであったのか、駝鳥型二体は、翼を中心点に向かい合う形で彼女目がけ嘴より粘液を飛ばした。

 

 スピードタイプの翼が捕われれば、自力で解くには困難な粘液―――が、廻る翼は、掌を広げた右手を地面に伸ばし、地面に突き立て接着させると、大地に亀裂の入るほどの衝撃を走らせた。

 弦十郎直伝な、彼の我流拳法の応用で、手からギアのエネルギーと同時に浸透勁を発し、その反動で高く跳び上がる。

粘液は対象を捕縛できず絡まり、本来翼を捕えたところへ攻撃する筈だった飛行型がその網へとぶつかり、行動不能となった。

〝今だッ!〟

 跳躍の慣性に乗って舞う翼は、アームドギアを持った左手を空へ掲げる。

 上空にて水色なエネルギーの直剣――〝千ノ落涙〟が出現し、地上目がけ降り注ぐ。

 雨は駝鳥型らの頭部に突き刺さり、彼らの粘液に捕われた飛行型も串刺しにする。

 

「なッ!?」

 

 デュランダルを目前にしていた少女は、自身にも降ってきた直剣の雨の奇襲に阻まれ、気を取られた。

 

「行けッ! 立花ァ!」

 

 響の周囲にもいる個体たちにも〝落涙〟を浴びせ。

 

「絶対に―――」

 

 剣の雨の中を全力で駆け抜ける響は、足裏の靴底(ヒール)が押し潰されるほどの強い踏み込みから、全身を総動員させた渾身の力で、デュランダルへ一直線に跳び上がる。

 

「させるかよ!」

 

 少女も雨を掻い潜り、響より先に聖剣を手にしようとするも――

 

「渡すもんかァァァァァァーーーーーーー!!!」

 

 ――ギリギリの紙一重の差で、幸運の女神は、響に微笑んだ。

 彼女の、まだアームドギアを顕現できていない〝手〟は、聖剣を握りしめる強さで、掴み取った。

 

 だがその幸運は、朱音が以前口にしていた〝戦場に潜む悪魔〟も、同時に〝微笑む〟ものだった。

 

 響が手にした瞬間、聖剣より響き渡る………甲高くとがって、けたたましく強烈に大気中に反響される――〝叫び〟。

 それは本来聞こえぬ〝悪魔〟の嘲笑を、聖剣自身にとっても、図らずも代弁していた。

 

 

 な………何だ? 今のは?

 まるで邪悪な悪鬼が高笑いでもしたかのような………轟音だった。

 まだ聴覚に〝耳鳴り〟の影響が濃く残っている中。

 

「デュランダルが……」

 

 不滅の聖剣は、立花に握られたまま、未だ滞空し、刀身に帯びた金色の輝きは、かの轟音とともに、光も、エネルギーの出力も………増大させていく。

 先端が音叉に似た形状だった刀身が、三角上に伸長され、金色の光も天へと向かって立ち昇り、〝柱〟となった。

 

「その剣を早く手放せ!」

 

 その光景から、私の〝戦士の勘〟が警告を発し、立花に聖剣を握るよう呼びかけるも………彼女に起きている〝異変〟に、戦慄を覚えた額から、汗が一滴伝って落ちた。

 比喩ではなく………本当に立花のまだ幼さを残した貌は、独特の癖がある髪ごと黒く染まり、双眸は怪しく――赤く発光し、吸血鬼を連想させるほどに、歯ぎしりする犬歯は鋭利となっているように見えた。

 

「Ugaaaaaaaaaa――――――――ッ」

 

 獰猛なる獣じみた唸り声は………確かに立花の口から、発せられていた。

〝暴走〟………だと言うのか?

 目の前でこうして起きているのに、私はこの現象を信じがたい目で見上げている。

 完全聖遺物は、確かに起動するには多量のフォニックゲインが必要であり、丁重に目覚めさせるのにも困難を伴う代物、現に………二年前私たちの歌声を聞いたネフシュタンは、眠りから無理やり起こされた腹いせとばかり、暴走し、あの少女が纏って現れるその瞬間まで、姿を消した。

 だが………理論上では、一度完全に起動すれば〝誰にでも〟扱える………筈だったと言うのに。

 何がデュランダルを、あそこまで荒ませる?

 何ゆえ、立花を―――悪鬼か、それとも修羅かと表せざるを得ない禍々しい形相に、歪めさせているのだ?

 

 

 

 

 

「ちっ……」

 

 少女も空中から、聖剣の猛威に呑まれようとしている響を目の当たりにして、舌を打ち鳴らして。

 

「碌に制御もできねえくせに、そんな力を―――」

 

 ソロモンの杖より。

 

「――見せびらかすなァァァァーーーー!!!」

 

 新たに飛行型ノイズを、大多数呼び寄せた。

 辺り一面を埋め尽くそうとする群体は球状に響の周囲を何度か円周すると、杖を通じて発せられた少女の指示通り、一斉に突撃形態となって、押し寄せる。

 

 その猛攻を、暴走する響は………否、響をその暴力的な力で〝傀儡〟へと貶めている〝聖遺物たち〟は、彼女の身の丈を超す〝刃〟を、横薙ぎに、一周して振るい………たった一薙ぎで放たれた高熱のエネルギー波は、突撃してきた飛行型たちを全て焼き払ってしまった。

 

「…………」

 

〝聖遺物たち〟による圧倒的な力に、少女は粗暴な口振りを吐くことも、瞬きすることすらも忘れ。

「はぁ………」

 反対に、櫻井博士は科学者の性か、開口したまま我を忘れ、恍惚とした眼差しで見上げていた。

 聖遺物の猛威は、ノイズらを一掃した程度では全く衰えを見せず、響の意識を〝破壊衝動〟で覆い染めたまま、剣を振りかぶり、少女へと突貫する。

 戦闘能力は向上しても、まだ響自身が使いこなしていると言えない身ゆえ、全く使われていなかった腰部の推進器(スラスター)を噴射させて。

 

〝不味いッ!〟

 

 我に返った少女は、袈裟掛けに振り下ろされた聖剣の大振りな刃を、蛇腹鞭で受け止めようとした。

 刃と鞭がぶつかり合った瞬間、暴発同然に放出されたエネルギーの炸裂が、爆発を引き起こす。

 その爆圧で、少女は吹き飛ばされ、タンクの一つへと叩き付けられ、新たに巨大な〝焔〟と爆音を上げさせた。

 

 

 

 

「ハッ!?」

 

 屋上で、ずっと勾玉を握りしめながら、戦場の渦中にいる響に翼たちを案じていた私は、いきなり現れたビジョンを前に、投影された目を右手で覆った。

 胸の奥が圧せられて………息も、肩が大揺れする程に荒々しくなる。

 見た………確かに私は見た。

 ここより離れた場所での、今こうして起きている〝事態〟を。

 まるで、憤怒で暴れ狂う〝怪獣〟そのものとしか言い様のない凶暴な面持ちで、目覚めたデュランダルを振るい、ネフシュタンの少女を追い詰める響の姿を。

 

 ビジョンと同時に、確かに、感じた。

 滑りとした真っ黒い泥が、体の中の奥の奥へと侵食されていく感覚と―――

 全部壊せ!

 全て破壊してしまえ!

 何もかも吹き飛んでしまえ!

 壊せ、壊れろ、壊せ、壊れろ、壊せ、壊れろ、壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろ壊せ壊れろッ!

 

 ミンナッ―――コワレテシマエッ!

 

 響であって………響でない…………抑えても抑えきれない、ドス黒く毒々しく、吐き気にも襲われる〝否定〟に埋め尽くされた、衝動。

 

 常識的観点では、表現の一つに〝不可思議〟だ、〝異様〟だと上げられるこの現象………私には心当たりがあった。

 手の中で、柔らかな熱と輝きを秘めている〝勾玉〟、恐らくは………装者の戦闘によるフォニックゲインの増加した影響で、あちらでの状況がマナを伝って勾玉がキャッチし、私に見せている、と思われる。

 地球(ほし)が記憶していた装者の〝戦記〟を脳内に送られた経験から踏まえれば、当たらずも遠からずだった。

 

「ッ!」

 

 脳裏に、新たなビジョンが映し出される。

 聖遺物に翻弄され、暴走の濁流に呑まれている響が、ネフシュタンの少女がタンクの一部に叩き付けられて起きた爆炎に向けて………怪獣の体高に匹敵する長さにまで膨れ上がったデュランダルの膨大なエネルギーの刃を、上段から振り下ろそうとしていた。

 

 前に私が響に伝えた警告―――戦場に潜む悪魔が、〝人助け〟の為に災いと戦う彼女を、今まさに嘲笑っていた。

 

「ダメだッ!」

 

 ビジョンから推して、戦場となっているのは薬品工場………そんな可燃性物質が密集しているも同然な場所で、あれ程の規模の攻撃を振るったら。

 私自身の脳が、フラッシュバックの形で、私に再生(みせる)。

 再び守護者となる道を選んだ以上、私が、絶対に忘れてはならない〝罪〟。

 

 なりふり構わぬ私(ガメラ)の戦いで、多くの人々を吹き飛ばし、踏みつぶし、焼き尽くし………業火の津波に呑み込まれた………〝渋谷の惨劇〟。

 

「響! 目を覚ましてくれ!」

 

 もし、人間相手に、戦略兵器並みの〝破壊〟を起こしてしまったら………度を越した〝自己否定〟に囚われているあの子は――

 

「響ィ!」

 

 理性では戦場より離れた屋上(ここ)で叫んでも、どうにもならない、そう分かっていても叫ばずにはいられない。

 まだ傷の尾が引く体で無理を押して駆けつける?

 ダメだ………たとえ今から〝変身〟して飛んでも、間に合わない。

 だが………何か手を打たないと、どうにかしないと………思案する間もまともに残されていない中、惨劇を止める方法を探ろうとした私は、まだ輝きと熱を持つ〝勾玉〟を目に止めた。

 そうか……向こうで起きている事態をこちらでも認識できるのなら、その逆も。

 確証を固めている時間はない。

 

 イチかバチか―――これに賭けるッ!

 

 

 

 

 朱音は両手で、包み込むように、されど強く勾玉を握りしめ。

 背筋を伸ばし、大きく息を吸い込んで――奏で始めた。

 

 

 

 

「Gu―――――ah―――――――!!」

 

「立花ッ! もういいんだ! 剣を下ろせッ!」

 

 どう見ても、完全聖遺物を纏っているとは言え、一人の少女相手に過剰極まる攻撃を、方向を上げながら浴びせようとしている立花に、私は何度も何度も呼びかけるも、全く応じる気配がない。

 やむをえまいと、剣(アームドギア)を大剣にし、武力行使で止めようとするも………逡巡と、懸念が過る。

 もしあれ程のエネルギーを生み出しているデュランダルに、刺激を加えて、暴発するような事態を起こしてしまったら、最悪、この周辺一帯は壊滅、立花もただでは済まない。

 しかし、このままみすみす手をこまねいていれば………最悪の事態を起こす〝引き金〟は引かれてしまう。

 

 破壊を齎す光の大剣が、とうとう振り下ろされ始めた。

 

 彼女の想いを無下にせぬ為にも、覚悟を決めろ―――風鳴翼ッ!

 

 意を決し、立花へ切り込み、防人の務めを果たそうとした―――その時だった。

 

「止まった………だと……?」

 

 刃を上段より振り下ろそうとしていた、デュランダルの柄を握る立花の両腕が、突如動きを止める。

 

「何が……」

 

 状況の変異に面食らい、戸惑う中、私の聴覚………違う、私の脳裏にて、確かに聞こえた、響いてきた。

 朱音………朱音なのか?

 この澄み渡る情感豊かな歌声……間違いなく、朱音のものだった。

 しかも、歌声が奏でるミディアムチェーンなこの曲は、私と奏の、ツヴァイウイングのディスコグラフィの一つ――《Next Destination》だった。

 

 私だけではなく、戦場の動向を半ば静観する身であった櫻井女史にも、様子を見る限り………聞こえているらしい。 

 

「立花?」

 

 段々と歌声がより明瞭に聞き取れていく中、暴走させられていた立花にも変化が………葛藤しているかの如く、全身は震え出し、左右に揺れる顔を染め上げる暗黒が色合いが薄くなっていき、デュランダルの刀身に纏われているエネルギーの刃が、出力ごと、縮小され始めていた。

 

 これらの現象がどういうカラクリのものかは、今は置いておこう。

 

 私はアームドギアを通常形態に戻し、剣先を地面に突き立て、柄から手を離し、呼吸を整理させる。

 もし朱音の歌声――フォニックゲインが、立花の暴走と、デュランダルの凶行を止めようとしているのなら…………賭けてみる価値は、あるッ!

 

 

 

 朱音の歌声に続く形で、翼も《Next Destination》を歌い始めた。

 

 翼の歌声も、マナを通じて、朱音の脳裏に届く。

 

 顔を合わせるまでもなく、言葉で交わすまでもなく、互いの歌声で、お互いの意志を疎通させる二人は、頷き合い、二重奏(デュオ)で、サビに入った。

 二人の意志の応じ、天ノ羽々斬から、伴奏も流れ出す。

 

「「~~~~♪」」

 

 シンフォギアの助力も受け、時に交互に、時に重ね合わせ、まるで長年ともに歌ってきたと錯覚を促すまでに歌声がシンクロし、相乗し、ハーモニーを生み出す二重奏が、戦場に広く、高々に響き渡らせていった。

 彼女らの歌の力――〝フォニックゲイン〟は、響を乗っ取り暴れ狂っていた聖遺物たちを、宥めていき。

 

「「――ッ、――――!!♪」」

 

 サビの締めとなる詞を、 絶妙なる調和と、天をも越えんとする声量とビブラートで、長く、長く響かせ、こだまさせ、歌い上げた。

 

 光の刃は消失し、デュランダルは沈静化。

 響の容貌も元に戻ると同時に意識を失い、地面へと落ちていく。

 

「立花!」

 

 駆け出そうとする翼だったが、完全聖遺物の暴走を止めるほどのフォニックゲインを生成した代償で、肉体は疲労困憊の中にあり、上手く走れず、進まない。

 

「しまっ――」

 

 亀裂の走ったコンクリートに足が引っかかり、前方に転倒しそうになるも、ならばとブレードの推進部を噴射しさせた勢いに乗ってスライディングし、両腕を伸ばしてギリギリのところで、響をキャッチさせ、ほっと息をついた。

 

 不滅の聖剣――デュランダルが起こしかけた〝災厄〟は、二人の歌姫によって、こうして阻止されたのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方朱音も、体力の大半をフォニックゲインに持っていかれ、まだ傷が癒えきっていない体が倒れ込みそうになるも。

 

「朱音さんッ!」

 

 念には念と、この時彼女の護衛を務めていた緒川が駆け寄り、スーツの似合うシャープながら鍛えられた腕と胸部が受け止めた。

 そのまま朱音は、疲労を背負った体を休める眠りにつく。

 

「全く、貴方には、いつも驚かされます」

 

 安堵の息を吐いて胸をなで下ろした緒川は、翼を救ってくれた恩人でもある少女へ、そう呟いて、微笑みを送ったのだった。

 

つづく。

 




この下りは前々から決めていたのですが、選曲に悩みに悩み、結果あやひの歌うED曲をオリ設定で出すと言う暴挙に


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#24 - 曇る兆し

原作なら無印中盤辺りなのに翼のパパさんが結構本格的に登場しているのは山路さんと山路さんの渋ボイス好きな吹替えファンである私の責任だ。

だが私は謝らない(コラ

そんで重苦しい政治劇っぽい空気が原作より倍増しになっていることは平成ガメラの樋口さん繋がりでシンゴジにあやかってのことだ(マテ


 日本の関東の山間にあるかのルネサンス様式風の屋敷。

 そこに隣接する湖の桟橋の果てにて、ネフシュタンの少女――クリスは降り立った。

 足を桟橋上に付くと同時に、疲労で膝ががっくりと曲がり、両の掌と一緒に板に付き、全身に装着されていた鎧は閃光を経て脱着される。

 額から、汗の一部が桟橋に落ちた。

 デュランダルらに乗っ取られた響の攻撃で工場のタンクに叩き付けられ、その際爆発が起きたのを逆手に取り、炎と煙に紛れてどうにか戦場から逃げ延びることができた。

 これによって、デュランダルの強奪と響を連れて帰る〝使命〟は、また失敗に終わってしまったのだが。

 

 

 

 

 あの綺麗ごとを吐くノロマ………何てトンでもなさだ。

 完全聖遺物を起動するには、相応の量のフォニックゲインが必要だって………■■■■は言っていた。

 現に、ノイズを召喚して、自由に操つれるこの〝ソロモンの杖〟、こいつをアタシの歌で起こすのに、半年も時間が掛かっちまった……ていうのに……手に持つ杖の待機形態を握る力が、苛立ちで強くなる。

 なのにあいつは、鉄火場(いくさば)の渦中で戦いながら、ほんの数分くらいでデュランダルを目覚めさせやがった。

 それどころか………無理やり〝力〟をぶっ放しやがった。

 

「化け物……」

 

 歯ぎしりした口から、あいつのとんでもなさをそう口にした。

 戦場で、今だって目を瞑ればはっきりと思い出せ、耳を塞ぎたくなるくらいくっきりと聞こえる爆発、銃声、悲鳴、飛び散る血、砕け散る肉―――兵士だろうと民間人だろうと見境なく〝殺す〟不快な演奏を鳴らしやがる兵器ども。

 あいつが見せびらかした力………そいつらの比じゃない。

 ヒロシマ生まれだったパパが昔、教えてくれた〝核〟並だ。

 

「Jesus(ちくしょう)」

 

 舌が鳴らされて、吐き捨てる。

 このアタシに身柄の確保を命じるくらい………■■■■は、あの野郎にご執心ってわけかよ。

 

 少しだが、自力で立てるくらいにまで体力が戻ってきた。

 とはいえ、今の戦闘で鎧が受けたダメージと、その再生でアタシの体はネフシュタンの組織に侵食されちまっている。

 そいつを全部取り除く、拷問も兼ねた磔にされた体勢での電撃地獄………またあれを受けなきゃならねえと思うと、気が遠くなる。

 

「あっ……」

 

 一瞬こっちに吹いてきた微風から、気配を感じ取って見上げた。

  魔女じみた真っ黒なワンピと帽子の風体な、淡い金髪の妖艶さが匂い立つ、アダムとイヴを誑かした〝蛇〟じみた雰囲気(オーラ)ってもんも漂わせる美女……あいつこそ■■■■……日本(ここ)の反対側でパパとママを亡くして、長いこと紛争地帯のど真ん中で嫌なってどころじゃない散々な目に遭ってきた私を引き取った女。

 今の私にとって、保護者(パトロン)な存在ってやつだ。

 

「杖(こんなもん)に頼んなくたって、あんたの言うことぐらいやってやらあ!」

 

 アタシは待機形態のソロモンの杖を投げつけ、■■■■は顔色一つ変えずにさらりと受け取る。

 

「見せてやるよ!あいつらよりアタシの方が優秀だってことを―――アタシ以外に力を持つ奴は全部ぶちのめしてやるッ!」

 

 そうでなければ………アタシはアタシの〝望み〟を叶えるどころか、また……一人ぼっちになっちまう。

 二度目も失敗してしまった………もし次の〝三度目〟もやり遂げることができなかったら………。

 

「そいつが、アタシの目的だからなッ!」

 

 不安を無理やり払おうと、そう口では強がって、アタシは■■■■に〝杖〟がなくてもやってやると豪語してしまった。

 言ったそばから心の中では、〝なんてバカなことをほざいてんだよ……〟と自分の馬鹿さ加減を恨みそうになる。

 一度目の夜戦の時点では、碌にギア使いこなせてりゃしないヒヨっコで鈍くさいノロマ。

 

〝相手は人です! 同じ人間なんです!〟

 

 またあのノロマの、偽善者じみた綺麗言(キレエゴト)を頭が勝手に流して、イラついて、舌が鳴って歯ぎしりして鳥肌が立った。

 たく………あんなのいちいち気になんかしやがってたらバカを見るだけ、地球の反対側がどんな世界か碌に知りもしないガキの戯言だと一蹴すりゃいい。

 

〝忘れるものかッ!〟

 

そのノロマと、クールなギアの色と反対に煽られやすくて熱しやすい、切れたナイフでメンタルボロボロ剣士は敵じゃなかった………短期間で今はその時より〝強く〟なっていやがる。

 特にあの青い剣士………一体何が切っ掛けで、あそこまで清々しく吹っ切れたのか知らねえが、ネフシュタンの鎧に亀裂を入れてしまうくらい、本来持っていたらしい戦闘能力ってもんを引き出せるようになっちまっている。

 だってのに、こっちの戦力(アドバンテージ)をみすみす捨てて削ぐのは………ほんとバカのやることだ。

 

「なら、やたら交戦を避けていた〝星の姫巫女〟にも、正面から打ち勝てると言うわけね」

 

 私の心中を、知ってか知らずか………■■■■はアタシにとって一番の障害(たんこぶ)を、体に絡みついてくる蛇みたいな感じで追及してきやがった。

 

「あ、当たり前だ!」

 

 図星だってのを見透かされまいと、余計に語気を強めて反論してしまう。

〝星の姫巫女〟

 そう■■■■が呼ぶのは、生まれが異端なシンフォギア――《ガメラ》を持つイレギュラーな装者――草凪朱音。

 異名を■■■■から耳にし、心の中でそいつの本名を口にしたアタシの胸が、またざわめく。

 オカルトじみて信じられない話――前世の記憶があり、その前世では〝生体兵器な怪獣〟だったと、いやでも信じさせられてしまう………戦場を知り、とんでもなく固い〝信念〟を宿した猛者の目を持つ戦士。

 アタシにとって、完全聖遺物を以てしても、最も、戦いたくはない相手。

 それ以上に、戦う以前に、最も直に、正面から見えたくない―――相手。

 そんで………アタシの〝願い〟を叶える為の意志を、ぐらつかせて、揺らがせてきやがる相手。

 今や単なる厄介な敵を超えて、自分にとって最も――アタシ自身を脅かしてくる………存在だった。

 

 

 

 

 数日後。

 東京都内の、長年多くの芸能人、政治家、実業家、著名人の弔いの儀の場となってきた碧山セレモニーホールでは、広木防衛大臣の葬儀が粛々と、大々的に執り行われていた。

 現職の大臣だっただけあり、会場には各々喪服に身を包んだ遺族、総理含めた閣僚、国会議員、政府官僚、後援者、生前親交のあった者たちが参列し、祭壇には数えきれない多数の献花が供えられていた。

 各テレビ局を中心に取材の為来ているマスメディアも、カメラを手に葬儀の模様を撮影している。

 参列者の中には、いつものラフさを潜めて喪服(スーツ)を、礼儀よくきっちり着込んでいる弦十郎も、勿論いた。

 

 

 

 

 

 締めであるお別れの儀――告別式が終わり、広木大臣の亡骸を乗せた霊柩車が火葬場へと出棺し、その日の葬儀の流れは一通り、滞りなく終わった。

 

「弦」

 

 火葬の儀に立ち会う遺族親族を除き、参列者たちが各々帰宅の準備入る中、弦十郎はある男に呼び止められる。

 弦十郎は、独特の渋味がある声の主で、本日の大臣の葬儀に参じてくれたその男に頭を下げる。

 

 五〇代前半、和装な喪服を着こみ、横髪の一部は灰色。

その佇まいと六角形上な眼鏡のレンズの奥の容貌を、言葉で端的に表すと、冷徹で怜悧、厳格にして武骨、静かに燃え上がる炎を連想させる眼力を秘めていた。

 

「律唱の屋敷まで送っていこう」

「いや、そこまでは……」

「〝彼ら〟は先に下がらせてある」

 

 彼らとは、弦十郎に同伴していた二課所属のエージェントのこと。

 

「それに、今は兄弟としてお前と話しているのだ、堅苦しさは抜きにしよう」

「なら、兄貴の言葉と厚意に甘えて、乗せてもらうとするか」

 

 先程、弦十郎を〝弦〟と読んだこの男の名は――風鳴八紘(かざなり・やひろ)

 総理大臣支援機関でもある内閣官房内、内閣情報調査室の長として情報収集活動を統括する〝内閣情報官〟であり、日本の国防、安全保障を諜報面から担い、支える〝影の宰相〟とも称せる切れ者にして、風鳴弦十郎の実兄である。

 

 

 

 

 

 風鳴兄弟を後部に乗せ、八紘の付き人が運転する車両は、律唱市方面へと向かって都内を走っていた。

 

「本部の防衛強化の進行はどうなっている?」

「了子君の言葉を借りて、『予定よりプラス一七パーセント』進んでいる、元より、設備の拡張を前提とした設計をしていたからな」

 

 固く結んでいた葬儀用の黒ネクタイを緩めて、第一ボタンを外しながら弦十郎は兄の問いに応えた。

 

 ネフシュタンの鎧の少女の確保も兼ねていた、デュランダルを国会議事堂地下〝記憶の泉〟に移送させる計画、櫻井博士命名――〝天下の往来独り占め作戦〟は………痛み分けの失敗であったと、言わざるを得ない。

 狙いが響とデュランダルだった少女の目的こそ阻止されたが、身柄をまた確保し損ね、その響が起動した不滅の聖剣を手にしたことで起きた暴走(アクシデント)で、あわや〝原爆〟並の大惨事を引き起こしかけたのだから。

 結果、次期防衛大臣にスライド就任が決まっている石田爾宗副大臣ら上からのお達しで、移送計画は頓挫、木っ端役人な特機二課にとって骨折り損な話だ。

 結局デュランダルの管理は、二課本部最奥区画――アビスにて厳重保管される状態に逆戻りした。

 その代わりの〝飴〟として、本部の防衛機構の強化作業の認可を貰ったわけなのだが………要は面倒ごとを二課に強いた挙句―――

 

「俺達木っ端役人へ、体よく面倒ごとを押し付けられちまった……」

 

 ――に、等しく、その事実に弦十郎は皮肉な笑みを浮かべてぼやくのだった。

 

「ぼやくのはもう少し先にとっておいた方がいいぞ、弦、後ろ盾だった広木を失い、石田が後任となったことで〝親米派の防衛大臣〟が誕生するとなれば、二課への〝圧力〟が強まるのは避けられん」

「覚悟は、しているさ」

 

 弦十郎がつい先程述べてもいたが、リディアン地下二課本部は、元より改造強化拡張を前提とした作りで設計、建造されており、その本部改造計画自体は前々から政府に何度も申請を出していた。

 だが、議員連盟の根強い反対で、長いこと何度も却下されており、その反対派筆頭は、〝突起物〟と揶揄され厄介者、はみ出し者扱いされている二課を信頼し、彼らの数少ない理解者、支援者であった広木大臣その人であった。

 曰く――〝非公開の存在に、大量の血税と、制限無き超法規的措置を与えるわけにはいかない〟――と。

 一見辻褄の合わなさそうなこの広木大臣の姿勢は、〝理解者〟だったからこそのもので、二課に過度な力を与えず、法令の遵守と公務員の一員である自覚を忘れさせないことで、余計な横槍、組織の枷に捕われ身動きが制限されることなく、身軽に活動できるようにとの取り計らっていたのだ。

 不慮の死に見舞われた広木大臣を補佐してきた石田副大臣の後押しによって、改造計画は受理され、既に着工に入ってはいる一方で、そこには素直に喜べない事情もある。

 朱音が〝腰巾着〟と揶揄した通り、アメリカには対等かつ毅然とした態度を持っていた改憲派の広木大臣とは正反対に、石田副大臣の立ち位置は〝親米派〟。

 彼が次なる防衛大臣となったことで、日本の国防政策に、アメリカの意向が通り易い、より辛辣に言えば口出しがしやすい状況に、ひいては二課の活動に〝足枷〟が嵌められやすい状況になってしまったのである。

 本部の防衛機構強化が急務な状況とは言え、改造計画の受理も、見方を変えれば、恩を受けたと同時に〝弱み〟を握られたとも言えるのだ。

 

「兄貴は、この〝一連〟を、どう考えている?」

「最も〝徳〟を得たのが米国であるのは………無視できぬ事実でもある、しかしまだ断定は禁物だ、日米の同盟関係に溝を入れることを目的に、あえて米国の暗躍を匂わせ疑心を招いている可能性も否定できん………その上ネフシュタンにノイズを使役する杖と、完全聖遺物を複数所持している点から、国家または国家規模の資金力を持った組織が背後に存在しているのは確かだ」

「さすがだな」

 

 気品さえある落ち着いた渋味の声からも、特機二課、ひいては日本国そのものが置かれている状況を、常に冷静な視点で見据えようとしている辺りから見ても、彼の〝切れ者〟さが窺えよう。

 弦十郎も、公安警察時代に養われた〝直感〟で、ほぼ同じ考えに行き着いていた。

 余りにもアメリカが〝暗躍〟しているかもしれない匂いが、立ち過ぎていたからである。

 

「この程度の考察、弦の趣味仲間でもある〝紅蓮の戦乙女〟も、容易く導き出すぞ」

 

 逆を言えば、前世(ガメラとして)の記憶があり、政治への関心が高いアメリカ人でもあるとはいえ、十代の女子高生でそれくらいの視点を持っている朱音の眼の鋭さも、驚嘆ものだ。

 実際弦は、彼女にこの状勢について意見を窺ったところ、〝自由の国を疑ってくれと言わんばかり〟と揶揄を用いていた。

 

「紅蓮の……戦乙女? 朱音君のことか?」

「そうだ、この短期で特異災害を相手にあれ程の武勇を轟かせたのだ、二つ名の一つや二つ、定着するものだよ」

 

 八紘の情報筋によると、政府関係者の中には、密かにファンとなっている輩も結構いるらしい。

 

「特に改憲派からの支持は、相当なものらしい」

 

〝だろうな、同じ〝守護者〟として、彼女は自衛隊(かれら)を心から尊敬している〟

 

 一時期の翼と異なり、積極的に連携を取り、戦闘の後は歌を振る舞う等で自衛官たちから、その高校生離れし、プロのモデル顔負けの凛としたルックスも相まって人気を得ていることは弦十郎も知っていたが、今兄から齎されたのは初耳だ。

 

「最初の内は、アメリカが差し向けたスパイ疑惑を掛けていたと言うのに……とんだ掌返しもあったものだ」

「連中も、人の子な証左さ」

 

 実は、朱音が装者となった当初、日米二重籍者であり、今年の春までアメリカ在住だった彼女を〝スパイでは?〟と疑念を抱く政治家、官僚も少なからずおり、弦十郎は一時期、彼女への〝情〟は胸に秘めつつ、経歴を改めて調べ上げた上で、彼らへの説得に追われていた。

 それが今ではアイドル視じみた目を向ける輩もいるのだから、ボヤきも零れると言うもの。

 補足として、八紘ら一部の人間を除き、ガメラとしての彼女の出自は伏せ、表向き〝以前より目星を付けていた適合者候補で、先の特異災害に巻き込まれた際、肉親の形見がシンフォギアに酷似した特性を発揮した、原因は目下調査中〟と言う真と嘘を交えた虚言で通している。

 朱音と彼女のギアの特異性を利用されないが為の措置でもあるが、先史文明技術や聖遺物自体懐疑的に見る者も少なくないのに、前世だの生体兵器だの言っても信じてもらえるわけない――のも理由に入っている。

 

〝娘に対しても、今のくらい気兼ねなく話題に上げたって……………バチは当たらんだろうに………〟

 

 弦十郎は、自分たちにとっては〝たんこぶ〟に当たる連中にやれやれと呆れると同時に………〝娘〟に対する兄の態度に対する〝憂い〟が、また込み上げてきた。

 八紘には、もう一八になる娘が一人いる、それが誰であるかは、ここで明言するまでもない、その娘と八紘との間には………できてからもう一〇年近くも経っている〝溝〟があった。

 弦十郎もどうにかしようと尽力してきたが、二人が似た者同士な〝親子〟であるのもあり、上手くいっていない。

 溜息を吐きそうになり、弦十郎は気晴らしに車窓の外へ目を向けた。

 

 丁度、先日の移送計画で戦場の一つとなり、復旧作業で生産活動が停止されている薬品工場の近くを走っており、しかも車両は軽い渋滞で進行が緩やかなものとなっていた。

 

「…………」

 

 この状態を逆手に取り、弦十郎は〝戒め〟として、破壊された工場内のタンクを、まじまじと見上げていた。

 

 

 

 

 

 その頃、風鳴兄弟の会話で話題に上がっていた朱音本人は――

 

「へくちっ!」

 

 あざとい域で可愛らしい、この手の噂をされた影響によるくしゃみを発していた。

 

 

 

 

 

 怪我人な入院患者であっても、病人ってわけではないのに、くしゃみが一つ、なぜか出て鼻を吸った私は今、歌手業の合間を塗った翼と、腕のスマートウィッチに搭載の二課関係者専用のテキストチャット風アプリで、連絡を取り合っていた。

 当然、同時間帯に、弦さんとそのお兄さんが私の噂をしていることなど、この時の私は知る由もない。

 

『どうかしたか? 朱音』

 

 角度調整機能付きなガラス製のオーバーテーブルには、チャット画面が表示され、翼からの返信が来た。

 このオーバーテーブルは、タッチパネルに携帯機のゲームを据え置きハードで遊べるが如く、携帯端末内のアプリを、ワイヤレスかつ大画面で使用できる機能をも持っている優れもの、テクノロジーさまさま、と言うもの。

 

『いや、ちょっとくしゃみが出ただけ』

『そうか、それより……今朱音が送ってくれた資料だが……』

 

 さっきのくしゃみが出る直前、私は翼の端末宛てに、ある資料(データ)を送っていた。

 

『やっぱり……彼女も〝適合者の候補〟だったんだな?』

『ああ、こうして見比べれば…………バイザーをしていたからとは言え、なぜあの時に気づけなんだのか………』

『でもそんな余裕、あの時の翼にはなかっただろう?』

『それは、そうなのだが………だとしてもだ』

 

 文字の羅列だけでも、悔しさで苦虫を嚙み潰した顔を翼がしているのが分かった。

 送信したデータの中身は、世界的に高名であったヴァイオリニスト――雪音雅律、その妻にして声楽家だったSonnet・M・Yukine(ソネット・M・ユキネ)。

 私も、小さい頃テレビで、片や演奏、片や歌唱する姿も込みで何度も目にしてきた音楽家夫妻である………いや、あったと過去形を使うべき、だな。

 雪音夫妻は、音楽活動の傍ら、NGO活動団体にも身を置き、紛争が現在でも絶えない国々に何度も訪れては、難民救済といったボランティア活動を精力的に行ってきた。

 その活動の一環で、南米に位置し、当時政変が起きたばかりで国交も断絶するほど混乱状態にあった『バル・ベルデ共和国』へ、一人娘を連れた夫妻は、同じNGO団体員らと国連の使節団とともに入国するも………激化の一途を辿っていた内戦に巻き込まれ、行方不明となった。

 やがてまもなく………紛争の猛威で生前の姿からほど遠い、惨く痛ましい亡骸の姿で、夫妻は発見された。

 だが……両親に同行していた一人娘の消息は、確認できず、生死不明となった。

 それから年月は経ち、二年前の、ツヴァイウイングのラストライブより数か月前に、その一人娘が発見、保護され、世界的規模で、大大的に報じられた。

 その頃の記憶を抜き出すと、確か当時の新聞記事には、生死不明直前に撮られた写真と一緒に………長きに渡っていつ戦火の牙で死ぬか分からぬ中〝捕虜生活〟を強いられ、その影響で重度の〝人間不信〟に陥っていた、と記されていた筈。

 しかし、あのラストライブの前日でもあった日本への帰国当日、失踪を遂げ………二度目の行方不明となった。

 

 なぜ、戦火の犠牲となったこの〝音楽一家〟のことを上げたのかと言うと――

 

〝くらえよッ!〟

 

 ネフシュタンの少女を見えた時に覚えた………既視感の正体を掴もうと、記憶の海に何度も何度も潜っていく内に、テレビ画面越しに見た………ソネット・M・ユキネの晴れ舞台で歌う姿が、まず浮かび、続いて報道番組より彼女の面影がある、まだエレメンタリースクール低学年の年頃だった一人娘のことを、思い出したからだ。

 

 私はその一人娘と、あの少女が〝同一人物〟なのかはっきりするべく、二課の司令室と翼の端末に、予めレポート形式に纏めていた雪音一家の詳細を送り、こうして事実を確定させたのである。

 尤も、送る直前には、藤尭さんが持ち前の高い情報収集能力で少女の正体に行き着いていたわけでもあるのだけれど、さすがエキスパート。

 

『しかし………なんの目的で彼女は立花やデュランダルを狙う連中に加担している』

 

 翼のその疑問に関しては、私もまだ答えを見つけられていない。

 一応………COPSやFBIのプロファイルもどきで、それらしい〝仮説〟は立てているものの。

 

『話は突然変わるんだけど…………あれから、響の様子は、どう?』

 

 今の私は、二年の時を経て、ネフシュタンの鎧を纏って現れた少女の〝目的〟以上に、その少女に向かって戦略兵器クラスなデュランダルの巨大〝光刃〟を振るいかけてしまった響のことが………一番の気がかりだった。

 

『過剰に責を背負いこんでしまっているのは……相違ないな』

『そう……』

 

 噛みしめる口の中で、苦味が急速に広がり。

 

〝私のせいだよッ!〟

 

 弦さんたちから、あのライブで真相を聞かされた日の、自責の念どころではない、自分自身を攻め、極度に断罪する響の泣き顔がフラッシュバックして、胸の中が………締め付けられる感覚に見舞われ。

 同時に、未だ未来に、響が今置かれている状況を知らせていないことへの、罪悪感もぶり返してきた。

 

 ―――ッ♪

 

 直後、病室内に備えられているインターフォンが、鳴り響いた。

 

つづく。

 



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#25 - 鞄の中に押し込めて

未来が出るのは超久々になってしまった回(汗

勿論原作視聴済みな適合者には予想がついていますが、ビッキー最大の危機たる修羅場はもうすぐそこまで迫っております。


 朱音が翼と連絡を取り合っていた中かかってきたインターフォン、面会を希望する〝方々〟がお越しになったと言うものだった。

 

 病院内に敷かれている、市民公園並に広々とした中庭のベンチの一角にて。

 

「「「朱音お姉ちゃん!退院(たぁ~いん)おめでとう!」」」

「ありがとうみんな」

 

 その見舞客たちと言うのが、朱音が時々ボランティアの形で歌の先生(おねえさん)をやっている音楽教室に通う子どもたちだった。

 もう暫く病院通い続くものの、明日には退院、明後日の月曜にはリディアン高等科に復学を許されるほど、絶唱の代償で全身に負った(表向きは車に引かれるところだった子どもを助けようとして、で通している)傷は大分、癒えていた。

 担当医師の、もう後何週間は入院が必要との当初の見立てを凌駕する彼女の生命力が為し得たものである。

 朱音は歌の教え子である子どもたちが持ってきた退院祝い品な明るく花々が彩るブリザードフラワーを心から喜んで受け取る。

 それ以上に子ども好きな彼女にとって、子どもたちの笑顔こそ、一番のお祝い品でもあり、お花たちにすら勝る晴れ晴れとした彼女の笑みは、何より彼女の喜びを表していた。

 

「じゃあお礼に朱音お姉ちゃん、一曲歌いま~す♪ みんなリクエストはあるかな? はい手を挙げて!」

「「「「は~いっ!」」」」

 

 一斉に各々のリクエストを胸に、子どもたちはあふれ出る元気を漲らせて挙手。

 この幼い命たちのエネルギッシュさは、朱音―ガメラが子どもを愛する点の一つだ。

 

 熾烈な競争の果てに、朱音が選び取ったのは、スーパーヒーローに憧れる年代真っただ中な男の子からのリクエストで、三〇〇〇万年前の古代文明の時代に、かつて人類を守護し、現代に復活した光の巨人の活躍を描いた巨大ヒーローシリーズのエポックとなった作品の主題歌であった。

 朱音にとっても、彼女の戦闘歌のメロディに、ギアが曲調(テイスト)に組み込まれるくらいお気に入りの一曲だ。

 

〝~~~~っ♪〟

 

 朱音は、持前の高校生離れした歌声と歌唱力を発揮し、その曲をバラード調にアレンジして歌い上げていく。

 子どもたちは、久しぶりに生で聞く情感の豊かな朱音の音色に、最初はじっくりと聞き入っていた。

 けれど、段々と彼らは一緒に歌いたいと言う衝動が込み上がり始めていた。

 生来の子ども好きゆえに、その気持ちを汲み取った朱音は、歌いながら器用に懐に持っていたスマホのミュージックプレイヤーを起動し、二代目のサビを歌い終えるタイミングで、クラシカルさとロックさが共存し高め合う間奏からスタートさせ、ウインクして見せ、粋のある朱音の計らいに、子どもたちは〝やったー!〟と喜びを表情で表現してみせた。

 エア指揮棒を持った朱音の指揮を頼りに、子どもたちはリズムの川の流れに乗り。

 

〝――――ッ♪〟

 

 途中、元の歌い手たるアイドルグループがライブで奏でる際のアレンジを経て、全員で、最後のサビを一気に締めまで――〝もっともっと高く〟――と歌い上げ、歌い切ったのだった。

 

 

 

 

 

 ロビーにて、見舞いを終えて帰路につく子どもたちへ手を振って見送った朱音は――

 

「ごめん、また待たせてしまったな、響」

「へ?」

 

 背後にいる次の見舞い客であり、朱音のソロパートから院内に来ていたのだが、気を遣う余り中々呼びかけられずにいた響に呼びかけた。

 

「朱音ちゃん、気づいてたの?」

「響君のような独特の癖っ毛の持ち主は、そう他にいるものではないよ」

「そりゃ一本の漏れもなくさらさらヘアな朱音ちゃんと違って、癖があるけど、そんなに私の髪の毛って、か、変わってる?」

「変わっているかどうかは別にして、私から見たら現状〝唯一無二〟と言ってもいい」

「またまた朱音ちゃんってばご冗談を、大げさだって、あはは」

 

 朱音のユーモアある発言で、響の顔は綻んではいたが………それが却って、彼女の心を落とす〝影〟の存在を、際立たせてもいた。

 

 

 

 

 

「いつからあの子たちに歌を教えているの?」

「入学初日から、三日目だったかな――」

 

 担当看護師に子どもたちからの見舞い品を預けた朱音と響は、雑談を交わしながら病院の屋上へと向かう。

 今日も緑豊かで、太陽の光を色鮮やかに反射する園内の、ベンチの一つへ先に座った朱音は、腰かける板をそっと叩いて座るよう響に促した。

 少々へりくだった物腰で、響は朱音の隣に腰を下ろす。

 

「ただ私とお喋りをする為だけに、来たわけではないだろう?」

「あはは………やっぱり、お見通しされちゃってたね……」

 

 響は一時、後頭部の癖っ毛を手でかきながら、あの〝愛想笑い〟を浮かべるも、ほどなく彼女の心に差し込んでいた〝影〟が、あどけなさの残る表情(かお)より、現れ始める。

 

「じゃあやっぱり、この間の………〝戦い〟?」

 

 かのデュランダル移送計画中での〝戦い〟にて起きてしまった、響を巻き込んだ〝聖遺物たち〟の暴走。

 朱音がその問いを投げてから、おおよそ一〇秒ほどの間を沈黙に使いつつも、響は黙して頷き返した。

 

 

 

 

 

 音楽学校ゆえ、音楽関連の書物が充実しているが、それだけでなく市立図書館に匹敵する蔵書数と施設の規模を誇るマンモス学校でもあるリディアン高等科の図書室。

 授業が休みの土曜な今日でも、自習目当てにこの静寂なる秩序が保証された空間に足を運ぶ生徒は、本日として少なからずいた。

 未来もその一人で、自習室の机の前で、次の課題(レポート)を書き終えるべくシャーペンを進ませている。

 まだ提出期限日まで余裕はあるものの、親友兼ルームメイトがギリギリまで悪戦苦闘することになるのは目に見えている為、サポートできるよう未来としては早い内に書き上げたかった。

 

「もう……」

 

 しかし、その気持ちに反して、今の未来の脳内は絶えず〝雑念〟に妨害され、思うように纏められずにいる。

 シャーペンの芯は頻繁に折れ、消しゴムを使う頻度もいつもより多く、机上は響の勉強中並みに消し滓が多く散らばっていた。

 

「はぁ……」

 

 目の前の課題に集中し切れない己の口から零れる溜息は、静かな空気の中にいるせいで、と息は一際大きく聞こえてくる。

 仕方なく筆(シャーペン)を一度手放し、課題を中断させた未来は、両腕を組んで机に置き、自身の顔を腕枕に乗せた。

 

 

 

 

 

 響と一緒に流れ星を見る……約束だった。

 

〝ごめん、未来〟

 

 でも、〝急な用事〟で約束が果たせず、何か背負い込んでいる様子だった響に責めるなんてできるわけもなく、行き場のない気持ちを〝鞄〟に押し込めたけど、寮の部屋に一人でいる気になれず、でも約束していた律唱(ここ)で一番星がはっきり見える場所まで一人で行く気にもなれず、寮からそう遠くない音原公園へ行った矢先、いきなり現れたノイズが、自分に襲いかかってきて――

 

〝Don’t hurt my friend!!〟

 

 自分より先に公園に来ていたらしくて、いつも大事そうに首に掛けている勾玉を握りしめて切迫した顔をしていた朱音が………鎧を纏って、歌いながら、自然消滅するのを待つしかないと言われていたノイズと戦って倒して、私を助けてくれた。

 あの後、真っ黒なスーツを着た男の人たちに保護されて、情報漏えい防止の為って言う〝同意書〟のサインを求められて、朱音のあの姿に関したことも含めた説明を受けた。

 分からないことだらけではあったけど………大体のことは、どうにか納得できた。

 

〝シンフォギア〟………それが朱音の纏った、ノイズに対抗する為に秘密裏に作られたと言う鎧、武器の名前で、あの時彼女が知らない言葉で歌っていた〝歌〟は、ノイズの能力を無効化するってことも、でもそれを扱える人間はとても少なくて、朱音と、奏さんと翼さん――ツヴァイウイングは、その数少ない中の一人であり、特異災害に立ち向かう〝戦士〟だってことも、どうにか呑み込めた。

 

 そんな〝国家最重要機密事項〟と言うらしい秘密を知ってしまって以来、私は気になって気になってたまらない〝不安の種〟が、心に寄生してしまっていた。

 

 もし、もしも………ひ――ひっ………ダメ、ダメだ………心の中でそれを言葉で形にすることさえ、怖くなってしまってる。

 

 なら確かめればいい、朱音に訊ねてみればいい………と思っても、切り出せない。

 思いきって切り出す勇気と、もし本当だった時それを受け止められるだけの決心がつかないのも、あるんだけど。

 

〝私の友達に手を出すな!〟

 

 あの時朱音は、英語でもニュアンスで理解できるくらい、そうはっきり啖呵を切って、助けてくれた。

 

 こう言うと、何だかヒーローに憧れる小さな男の子みたくはあるんだけど、朱音のあの戦う姿と、その普段のお姉さん風なとは一転して勇ましくて凛とした眼差しに、見とれてしまうくらい、カッコいいと思った。

 

 今まで友達を庇って、〝友達だ〟と言い切って助けてきたことはあっても、逆に助けられるなんて経験は、本当に久しぶりだし、友達だと言い切ってくれたことなど、響を除けば、初めてだった。

 

 そんな……恩人で、友達で、人知れず、私たちにも秘密にしたまま、みんなの為に命がけでノイズと戦ってきて、あの後大怪我も負った朱音に、そんなことを聞くのは、不躾だと、彼女の〝人助け〟に水を差す行為だと考えてしまい、とてもじゃないけど………訊けなくて、尋ねる気になれなくて、安藤さんたちと一緒にお見舞いにすら行けず、何日も何週間も経ってしまっていた。

 

 このまま机で寝そべっていても、気分が余計に悪くなりそうで、私は本でも読んで気分転換しようと、丁度いい本を探しに広い図書室の中を周ることにした。

 ずらりと陳列した本の背表紙の題名を、一冊ずつ見ていく。

 

「これ、かな」

 

 その中から一冊、手に取った。

 

 題名――《素直になって、自分》、著者――《金城彰史》。

 

 これに決めた。

 明日には朱音は退院すると聞いている。

 せめて明日か明後日の月曜の学校で、お見舞いに行かなかったことは、ちゃんと謝っておかないといけない。

 選んだこの本には、その勇気をくれると、妙な確信があった。

 

 これを借りようと、ロビーに行こうとした、矢先、私は――

 

「あっ……」

 

 

 

 

 

 

 

 この図書室も含めた校舎の一角は、市民病院と隣接している場所に立っている。

 気分転換の読書に使う本を決め、ふと窓の方に目を向けた未来は………見てしまった。

 なまじ視力が良いだけに、明瞭(くっきり)と目にしてしまった。

 

 病院の屋上庭園のベンチに座る、響と朱音の後ろ姿を――

 

「………」

 

 ――窓の向こうの光景からカーペットが敷かれた室内の床へ、目を落とした未来は、本の表紙をじっと眺めると、そのまま表紙すら開きもせず、棚に戻した。

 

 

 

 

 

 私からの問いに頷いて応えてから、また響は暫く沈黙し。

 

「あの時……あれを………デュランダルを………手にした時……」

 

 そこまで言い繋いで、また黙り込む。

 

「なんか………胸の奥から、真っ暗で……ねっとりとしたのが……広がって」

 

 両手と両腕、背中を中心に体が震える中、言葉を発しては、口をつぐみ、開いてはつぐむ。

 この二つが、交互で、庭園に吹く微風よりもゆったりと、繰り返される。

 

「全部、何もかも………吹き飛べって、壊してしまえって………」

 

 せっかちな人間からすれば、苛立ちが押し寄せるのも否めない間延び加減であったけど、私はじっくりと、響を決して急かさずに、聞き手の役を全うしていた。

 

「気が付いたら…………あれを人に、あの〝女の子〟に、向けて………」

 

 櫻井博士の書いたレポートによれば、体内の聖遺物(ガングニール)の欠片を宿している体質によってより効率よく生み出された響の歌のフォニックゲインによって、デュランダルは起動し、さらに柄を手にした響の手を通じて、聖遺物同士が共鳴、共振を起こしたことにより、彼女の意識に干渉して乗っ取るほどの爆発的エネルギーを生成させた………らしい。

 現代の科学では未だ解けない未知数な点が多く残る先史文明のオーバーテクロノジーの凄まじさが窺える話だ。

 

「朱音ちゃんと翼さんの歌声が聞こえなかったら………私……」

 

 この子の性格上、あのライブの以前から、陽光に喩えられるその優しさの持ち主ゆえに、悩みを抱えても他者を気遣う余り、打ち明けられないことは、あった筈。

 きっと………あのどうしようもなく愚かしい迫害を受けた二年間も、父親が一人〝蒸発〟してしまった時でさえ、残された家族にも、親友で居続けてくれた未来にさえも、心配かけまいと、させまいと〝笑顔〟を被ってなんとでもない様に、振る舞い続けていただろう。

 その響が、胸の内に押し込むことなく、不器用で途切れ途切れな表現(いいまわし)でも、こうして自分に打ち明けてきてくれた。

 この子の重すぎる境遇を思えば、喜ばしいことだ。

 けど同時に、哀しくもなる………自分でさえ、父と母の死と引き換えに蘇った前世(ガメラ)の記憶を、打ち明けられた相手がいたと言うのに。

 

「朱音ちゃんはさ………〝怖い〟って、思ったこと、ある?」

「何を?」

「その………上手く、言えないんだけどね………自分の持ってる力とか、それで………誰かを………」

「怖いさ」

 

 一段とたどたどしく歯切れの悪くなった響の口から出た〝問い〟に、私は即答で返し、勾玉を乗せた自分の手を見つめる。

 

「そりゃ怖いさ、この〝力〟そのものにも………これを手にして、自在に扱えてしまう〝自分自身〟にも………」

 

 と、言い返して隣の響に目を向けると。

 

「っ……………どうしだ? そんな顔して」

 

 なぜか、物凄く意外そうな表情をして私を見つめる響がいた。

 

「いや~~~………そりゃ、朱音ちゃんだって人間だから、戦いそのものは怖いものだったり、その命がけの戦いに臨むことには怖がってたりはしてると思ってたんだけど、あれだけシンフォギアをもう〝達人〟ってなくらいに使いこなす朱音ちゃんが、そう言うとは………思わなくて」

 

 どうも装者としての自分の口から、シンフォギアの力と自分自身にまで〝恐れ〟を抱いていると言われるとは、予想だにしていなかったらしい。

 何だか……心外、歳を間違われるくらいショックだ………私だって一介の女の子だもんと、大人げなく拗ねそうになる。

 まあ………同じ日に装者となったのに、初陣からアームドギアを手にして、そこから間も置かずしてベテランな翼の巨大剣(アームドギア)を叩き切ったところを見てしまえば、そう印象づけられるのも、無理ないと言い切れなくもない。

 

「なら言わせてもらうけど、この〝怖い〟気持ちは、戦い続ける上で絶対に捨ててはならないと私は思っている、だって私たち〝人間〟は………〝猛獣を飼っている猛獣使い〟でもあるのだから」

「あれ? その言葉………どこかで聞いたような………」

「〝山月記〟ってお話は、聞いたことないか?」

「あっ……ああ………うん、中学の時、国語の授業で……」

 

 その山月記とは、唐の時代の中国を舞台に、役人エリートコースを走りながら詩人として大成しようとして挫折し、都落ちして発狂した挙句〝虎〟に変貌してしまった主人公と、彼の行方を追って再会した友人との約束と別離を描いた変身譚だ。

 祖父の書斎で初めて読んだ時から、同じ詩――歌を愛する者として、主人公の李徴の境遇に対して人ごととは思えない気持ちを抱かされた物語だった。

 

「虎になってしまった李徴も言っていたように、人は知性を得たと引き換えに、心の中に感情って〝猛獣〟を飼わなければならなくなってしまった、それは私も、響も、そして翼先輩も決して例外じゃないし、現に翼(せんぱい)の中の感情(もうじゅう)が荒れ狂う様を、実際に目にしただろう?」

 

 この〝猛獣〟云々の言葉で、響がかつての級友たちたちから受けた〝魔女狩り〟を思い浮かべてしまう懸念があったので、翼本人には申し訳ないけど、抜き身の剣だった頃の彼女を挙げることで、響のトラウマへの刺激を、少しでも緩和させる。

 

「うん」

 

 今は和解しているとは言え、一度は意図せず失言で逆鱗に触れかけてしまったのもあり、響は刃を突きつけられたあの時を思い出している様子で、同意を示した。

 

「その上、シンフォギアと言ったこの力………と言うよりも、人が知性で作り上げてきた道具は、人の作ったものなのに、いわゆる……人の価値観である善悪の概念と言うものを持ってなくて、使い手の想いにそのまま染まってしまう」

「え……ごめん、よく……分かんないんだけど……」

「もし、私の中の感情(もうじゅう)が、何もかも壊してやると暴れ出したら、このシンフォギアも猛獣………怪獣となって、万物を焼き尽くす破壊者となってしまう…………そんな内なる猛獣と、力が結託することが、どれ程恐ろしいか…………」

 

 あの夜に、渋谷を火の海してしまった〝罪〟こそ、正に私(ガメラ)を蝕んでいたギャオスども対するどす黒い〝憎悪――内なる猛獣〟と力が悪しき方向で共謀してしまったことで起きた惨劇に他ならなかった。

 今でもあの惨劇は、過ちは、再び守護者となる茨の道を選んだ私にとって、絶対に忘れてはならない〝戒め〟として………背負う〝十字架〟だ。

 だが、もし今の響があの時デュランダルのあの光で破壊と言う地獄を生み出してしまったら………戒めにすることすらできずに、絶望の奈落に堕ちて、二度と這い上がれなかった筈だ。

 

「だからこそ、私のこの言葉を胸の奥に刻んでおいてほしい、力と、それを使える自分への〝怖い〟って気持ちも………自分次第だって、ことを」

 

 私は〝十字架〟を背負う先覚者として、響の目を見据え。

 

「じぶん……しだい?」

「そう、どんな道具でも、どれ程強い力をも持っていようとも、最終的に人助けを為すのは、己自身の強い気持ち――〝意志〟なんだ」

 

 自分の胸、意志の源たる〝心〟に手を当てて、響に伝える。

 

「それらを忘れなければ、一度はデュランダルと結託して、響を暴走に至らせたガングニールも、たとえ〝悪魔が蔓延る戦場〟の中でも――君の〝人助け〟に、全力で力を貸してくれる」

 

 あの暴走の原因は、聖遺物同士の共振も一つではある。

 けれど………やっぱり最大の原因は、響の自覚し切れていない………過剰な自己否定に支配されている〝潜在意識〟。

 それが、最も密接に結びついていると………勾玉を通じて、マナが、地球(ほし)が教えてくれたのだ。

 本当なら、その潜在意識のことを直に教えてやりたいが………響の自己否定の強さは、それすらも否定して受け入れようとしれくれない。

 一朝一夕でいかないのは承知、果ての見えない戦いの果てに、響が自分で自分を破滅(ころ)させない為にも、じっくりと語り掛け続ける。

 

〝よろしくね、朱音ちゃん〟

 

 いつか………響が、自分自身にも、あの太陽の如き眩しい笑顔を、向けてほしいと、願ってもいるから――

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 私からの忠告と、私なりのエールを受けた響に。

 

「ありがと………朱音ちゃん」

 

 笑顔が浮かぶ。

 

「実はね、色々朱音ちゃんには世話になり過ぎてるから………相談するの、ちょっと迷ってたんだ………でも、良かった」

 

 相手を気遣い過ぎる余りの〝愛想笑い〟ではなく、入学初日の日、私とこの子を〝友達〟にしてくれた、戦場に潜む悪魔によって、失われてほしくないと願わずにはいられなかったあの笑顔。

 私は、久々に見ることができたそのキラキラとした笑みに、もらい泣きならぬ、もらい笑みになりかけたところへ。

 

「あっーーーッ!」

 

 へ?………いきなり大声を上げた響に、きょとんとさせられた。

 

「そう言えば私、お見舞い品の何も持ってきてない!」

 

 なんだ………何かと思えばそんなことか。

 

「いや、私は別に気には――」

「でも悩みを聞いてくれたどころかアドバイスもしてくれたのに、何のお礼もしないわけにはいかないよ…………どうしよう………何がいいかな?」

「あっ………あの……」

「そうだ、フラワーのおばちゃんのお好み焼き! 私――今から買ってくる!」

「ちょっと、響!」

 

 思い立ったら一直線。

 頭にその単語が一瞬で浮き上がる勢いで、響は走り出した。

 

「ここは病院なんだから、廊下は走ったらダメだよ!」

 

 咄嗟に院内の医師、看護師、患者、見舞客のみなさんに迷惑が掛からないよう、注意をしながらも、その元気一杯な様子に、私の胸は温かみを増して、笑みが零れた。

 

 

 

 

 

 

 今なら、彼女にも伝えられると―――ようやく踏ん切りも、この時ついた。

 

 

 

 

 

 朱音は、患者服のポケットに入れていたスマホを取り出し、メール文を打ち込み始める。

 

「………」

 

 も、途中で思い直し、文の作成を中断させると、電話帳に登録していた未来のスマホの電話番号を発信させる。

 

『もしもし?』

 

 呼出音(リングバックトーン)が四回分鳴ると、未来の声が響く。

 

「もしもし未来、今時間あるかな?」

『ごめん、今男の子と女の子の兄妹と、はぐれちゃったお父さんを探しているの』

「じゃあその子たちの父(ダディ)が見つかってからでいいから、病院に来てくれないか? 大事な話があるんだ」

 

 大事な話とは、未来の心情に気を回し過ぎて………ずっと先送りしてしまっていた〝響の人助け〟だ。

 

『うん、分かった』

「未来?」

『なに?』

「いや、とても機嫌よさそうだなと思って」

 

 声音だけでも、未来が妙にウキウキとした感じなのが汲み取れるのが気になって、訊いてみる。

 

『多分、フラワーのお好み焼きを食べたお陰かな』

 

 なるほど、藍おばさんのお好み焼きの美味なら、そこまで上機嫌になるな――と、思った直後。

 

『あ、響―――!』

 

 響を呼ぶ未来の声が聞こえ―――未来のも含めた〝悲鳴〟と、アスファルトか何かが砕け散る轟音が、電話口から私の耳へと、鳴り響いた。

 

「未来……未来ッ!」

 

 呼びかけるも、応答が返ってこない。

 悲鳴の直前、微かに聞こえたのは―――〝お前はァァァァーーーッ!〟

 

 

 

 

 

 級友と子どもたちの悲鳴で〝戦士の目〟となった朱音は点滴針を外し、電光石火の勢いで、電話の向こうの戦場へと急ぎ飛び出していった。

 

つづく。

 

 




ニコ動でのガイアの一挙放送見ながら書いてたけど、やっぱり本作の一話の下りガンガンガイアのBGMをバックに描いてたのがバレバレだと自覚させられた。



今回の話の冒頭部は、単にガメラである朱音の子ども好きを改めて表現しただけではないのですが、その意図は次以降の話で。


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#26 - 想いはすれ違う

いきなりビッキーの話なのですが、考えてみると原作のビッキー、まだ原作GXまで経てもまだ本当の意味で〝対話〟に対する挫折をしていない(汗

だってクリスちゃんにしても、調にしても、キャロルにしても、対話を臨もうと踏み込んで地雷を見事に踏んじゃうことはあっても……対話が上手くいかない現実を突きつけられるより、ぶり返した自分のトラウマに苛まれてしまうから(コラ

つまり現実の壁にぶち当たる前にトラウマで転んじゃってヒーローとして絶不調に陥るのが一作品につき一度は必ず起きると言う。

もしかしたら……今度こそ四期以降は意地悪な金子さんによって対話がままならない現実に打ちのめされそう。

しかも今までも激闘の被害を踏まえると、MCUにおけるソコヴィア協定的なものが装者たちに課せられそうな予感もあるんです(オイ

とにかく前半は未来の愛は重い、後半はクリスちゃん激おこで構成された回です(マテ


 図書室の窓から、隣の市民病院の屋上で、朱音と響がいるのを目にしてしまった未来は、あの後逃げるように校舎から出ていき、市内を一人〝彷徨い人〟な様相を漂わせて、一人歩いている。

 響自身の隠し事のできなさ、ごまかしの下手さといった性分、学生寮で同居している環境、そして小学生からの長い付き合いもあって、具体的な形まで分からずとも、何か辛いこと、苦しいことを背負っている気配を、未来は薄々感づいていたものの………どちらかと言えば内向寄りに当たる彼女は、親友の〝隠し事〟を確かめるほどに、踏み込めずにいた。

 そんな中、遠間から、背中越しからでも、響から悩み事を打ち明けられ、それを真摯に聞いて上げている。

 リディアンに進学して、新たにできた友人である彼女に、未来はどうしようもなく心を乱された。

 

 

 

 自分からは、いくら聞いても尋ねても、何も言ってくれない……応えてくれない、ただただ気まずく取り繕った〝愛想笑い〟で、誤魔化されてしまうのに。

 中学の………あのライブの後にあった〝誹謗中傷〟を受けていた頃だってそう……心ないたくさんの〝言葉の刃〟を、毎日毎日、身も心にも突き刺せられて………お父さんがいなくなって………お母さんもおばあちゃんにまで及んで、本当は辛くて、哀しくて溜まらなかった筈なのに。

 

〝へいき、へっちゃら、だって〝私の陽だまり〟な未来がいるんだもん〟

 

 私にすら、自分を〝陽だまり〟だとそう言って、笑顔を見せて強がってばかりだった。

 だからせめて………あの日響を死に際に追いやる原因と、誹謗中傷を受ける原因、家族をバラバラにしてしまった原因の大元な自分が………二度と手を離さないように、〝友達〟として傍にい続けようと、決めたのに。

 その為なら、陸上にも、走ることへの〝情熱〟だって、諦められた。

 潔く、捨てることを………受け入れることだってできた………なのに。

 

〝ごめん未来……〟

 

 一緒に流れ星を見られなくなったと伝える時の、親友の背中が再生される。

 なのに………響は幼馴染である未来にすら明かしてくれない秘密を、背負っている〝重荷〟を、朱音には打ち明けて………朱音は聞いてあげている。

 未来はいくらでも〝受け皿〟になってあげられるのに、朱音がその役を担って、受け止めている。

 親友の自分を差し置いて、響は朱音と、一緒に………共有している。

 未来の心をざわめかせるのは、図書室の窓越しに見た光景だけではない。

 一か月以上前の休日、どこか物憂げな様子だった響が制服姿で一人外出したあの日の夕方、夕飯のお弁当を買いに行った帰りの道中にて、未来は見ていたのだ。

 夕陽が照らされる中、遠くからでも分かるほど、大粒の涙を流して咽び泣いている響と………彼女を優しく抱きしめ、涙を哀しみごと受け止めている朱音の姿を――。

 

〝私には……何も……私だって………いつだって……〟

 

 ある種の〝羨望〟と〝ジェラシー〟が入り混じった心情をも、抱いてしまい、同時に人知れず命がけでノイズと戦い人助けをしている〝命の恩人〟へ、そんな気持ちを持ってしまった己に、自己嫌悪さえしてしまっていた。

 粘液じみて胸の内で周る気持ちが堂々巡りをして整理がつかない中、未来はリディアン他校含めた談笑し合う学生たちも行き交う喧噪の中で、一人行きつけのお好み焼き屋――フラワーに足を運んだ。

 

「いらっしゃい―――おや? 今日は未来ちゃんお一人かい?」

 

 暖簾を潜って扉をがらがらと開けると、藍おばさんが今日もきさくに迎え入れる。

 

「はい、急におばちゃんのお好み焼きが食べたくなって……」

「そうかい、じゃあ今日は未来ちゃんに特別サービスで、うちの〝特性まかない〟、ご馳走しましょうかね」

 

 客足が落ち着いている時間帯もあり、まずお冷を未来に提供した藍おばさんは気前よく当店の裏メニューの調理に取り掛かり始めた。

 

「お願いします………実は昼から、何も食べてなくて………ペコペコで」

 

 カウンター台へと俯くと、コップの中の水面が暗然とする未来の目の周りを映していた。

 肉や野菜などの具材が混ぜ込まれ、練り込まれ生地が熱せられた鉄板の上で焼かれ、じゅうじゅうと食欲を刺激し増進させる効果も付いた、火によって演奏(かきなら)される音色に、未来は耳をすませて、空腹の直ぐ上にある〝胸〟の中で渦巻き続けるドロッとした思いを紛らわそうとしていた中。

 

「未来ちゃん、お腹空いたままか考え込んでいるとね――」

 

 いきなり呼びかけられ、未来は藍おばさんの後ろ姿へ見上げる。

 

「――そう言う時に限って、嫌なことばかり浮かんでくるもんだよ」

 

 その助言に、未来は面食らわされた。

 

「経験あるの、って顔してるね」

 

 器用に裏返しつつ、調理したまま首だけを振り返ったおばさんに、こっくりと未来は頷き返す。

 

「これでもおばちゃん、昔は夢に向かって我武者羅に全力疾走していた時期があってね、でも中々上手くいかなくて、いつも虫が鳴きそうなくらいお腹を空かせて、へればへるほど嫌な考えが頭に張り付いてくるから、大変だったものさ」

「おばちゃんの……〝夢〟って?」

「それは―――秘密」

 

 口元に人差し指を立てた藍おばさんは、長年培った腕で巧みに焼き上げ、プロの絵描きの如き手つきでソース、マヨネーズ、青のり、鰹節を飾りつけたお好み焼きを、食べやすく十字状で綺麗に四頭分にして皿に移し。

 

「何にお悩みかは、無理に訊かないけど、まずは頭を休めて、ペコペコな体に食べさせておやり」

 

 未来の前のカウンターに、特性まかないをにっこりとした笑顔と一緒に差し出した。

 

「いただきます」

 

 未来はいつもよりも深く礼をして合いの手をし、煙が立ち昇って鰹節が賑やかに踊るお好み焼きを食し始める。

 まかないとしておくには勿体ないほどの旨味が、口の中で広がった。

 

〝これじゃ、一人相撲……だよね……〟

 

 段々と食べていく内に、未来の心は余裕と落ち着きを取り戻し、自分の勝手な思い込みに思い込みを重ねて、一人ネガティブな思考が生んだ沼に嵌りかけていた自分を恥じた。

 

〝私ってば……バカ〟

 

 悩みの中身は置いといて、これは自分にとっても響にとっても喜ばしいことではないか?

 いつも誰かの為にばかり頑張り過ぎて………いつも自分のことは、無頓着に後回しにしてしまうあの響が、自分から〝悩み〟を打ち明けていたのだ。

 傍にいると決めておいて、自分は手をこまねいていた中、響にそこまで至らせた恩人の朱音には、むしろ感謝しなくちゃいけない。

 だったら自分も、一人で勝手に思い込んで沈んでいないで、ちゃんと話せば――

 

「ありがとう―――おばちゃん」

「何かあったら、いつでもおばちゃんのところへおいで」

「はい」

 

 さっきまで〝沈痛〟が張り付いていた顔に笑みを浮かべて、未来は藍おばさんに感謝を送った。

 

 

 

 

 ふらわーに入店する前は重かった足取りも一転して軽やかとなった未来は、その足で改めて朱音の見舞いに行くべく、市民病院へと向かっていた。

 

「泣くなって……ここで泣いたって父ちゃんがみつかるわけないだろ?」

「だってぇ……」

 

 途中、道脇に設置されたベンチに座って泣いている小学校一・二年くらいの女の子と、その子を宥める二歳分ほど年上な男の子を見つける。

 

「君、どうかしたの?」

「父ちゃんと、はぐれちゃって」

 

 話を聞くとこの子らは兄妹で、休日がてら父親と三人で外出したら、街中ではぐれて迷子になってしまったらしい。

 

「それじゃ、私も一緒に探してあげる」

「ほんと!」

 

 尋ねた手前、放ってはおけず、未来はこの兄妹の父親捜しを手伝ってあげることにした。

 彼らの話では、下音谷森林公園の近くではぐれてしまったとのことで、その辺から探し始めた。

 駐車場と隣接した園内のレンガ道を歩いていると、鞄に入れていた未来のスマホから着信音が鳴り。

 

「ちょっとごめんね――もしもし?」

『もしもし未来、今時間あるかな?』

「ごめん――」

 

 電話を掛けてきた主である朱音に、迷子な兄妹の父親捜しを手伝うまでの経緯を話す。

 

『じゃあ、その子たちのダディが見つかってからでいいから、病院に来てくれないか? 大事な話があるんだ』

「うん、分かった」

 

 見舞い相手の朱音と約束を交わした直後、レンガ道の向かいから、響がこちらの方へ走って来ていた。

 

「あ、響―――!」

 

 彼女に気づいた未来は、親友に呼びかけるも。

 

「み……未来っ……」

 

 その親友当人は、切迫した様子で鉢合わせた未来に対し、驚きの面持ちをしていた。

 

 もしも、このまま何事もなく、市民病院に着いて、朱音の口から〝真実〟――愛しい親友が背負っている〝十字架〟を知ることができたら、どれ程幸いだっただろうか。

 たとえ、驚愕と、衝撃、戸惑いを覚えながらも、親友の〝本気〟を汲み取って、許容することができたかもしれない。

 だが――

 

「お前はァァァァァーーーー!」

 

〝運命〟と言う悪魔は、最悪の形で、立花響の〝十字架〟を、親友たる小日向未来に、突きつけてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「未来―――未来ッ!」

 

 電話越しに、日常が破壊される轟音と、未来と子どもたちの悲鳴を耳にした朱音は、点滴針を抜くと同時に突風の如く駆け出した。

 行く先は、この庭園からも繋がっている非常階段、院内の廊下は走行ご遠慮なのを考慮した彼女は、迷うことなくそこから院内に出るルートを選んだ。

 朱音は屋上と連なる最初の踊り場の手すりに手を掛け、膝を曲げた両脚を横向きから跨がせて跳ぶ――トゥーハンドヴォルトで、六階の踊り場に降り立つ。

 足と階段の接触音が響き終える前に直ぐ様、六階の手すりを、全身の向きをターンさせて跳び越える。

 その先は地面まで約二〇メートル、このまま堕ちれば当然ただでは済まず、傍からは朱音の行動は常軌を逸したものだったが、ターンヴォルトから落下する彼女はなんと五階部分の踊り場の端に手を掛け、両脚を振った勢いで四階部に入り込んだ。

 そのまま急ぎ三階、二階へ駆け下り、地上から二段目の踊り場から、地上の駐車場目がけて飛び降りた。

 足がアスファルトと接地した瞬間、その場で前転し衝撃を緩和し、見惚れるほどな一連のパルクールアクションで病院の外に出た朱音は、駐車場内を疾走する。

 敷地内を超える寸前、右手側から出てきた車が彼女の目の前で急停車した。

 

「乗って下さい!」

 

 助手席の扉を開けた運転手、朱音の警護に当たっていた私服姿の二十代半ばくらいな二課のエージェントが、乗車を促し、朱音は応じて乗り込んだ。

 車両が発進した直後、特異災害の発生を知らせる警報(サイレン)が街中に響き始めた。

 

「なぜ?」

「司令からの指示です、貴方の即断を見越してのことでしょうね、まさかパルクールを披露するとは思いませんでしたが」

「サラジアのエージェントのように律儀に降りてはいられなかったもので」

「サラジア?」

「後で検索してみて下さい」

 

 かの怪獣映画にちなんだジョークを飛ばした朱音は、スマートウォッチの通信機能を立ち上げる。

 

「友里さん、状況は?」

『現在下音谷公園内で、響ちゃんとネフシュタンの少女が交戦中、ノイズの反応は現在見られません』

 

〝どういうこと?〟

 

 友里からの報告に対し、疑問が生じる。

 一度ならず、二度も少女は狙いである響の身柄の強奪に失敗している。

 今度こそは何としても果たそうと全力を以て現れた筈なのに………なぜ戦力面では有効な、ノイズを操作できる〝古代イスラエル王国三代目の王の杖〟を使っていないのか?

 相手がノイズの天敵な装者でも、物量で攻め込めるアドバンテージを有した手持ちの戦力(カード)を、みすみす切り捨てるなんて………彼女、何を考えている?

 一連の陰謀に加担するあの少女の正体と、その〝胸の内〟に心当たりを見出しているだけに……〝背水の陣〟な筈の彼女の意図が、解せす。

 

〝どうか………無事で……〟

 

 巻き込まれた未来と子どもたちの安否を願う中、車が急停車する。

 

「未来っ……」

 

 フロントガラス越しに、向かうから、どうにかここまで避難してきたらしい、体も服も煤で汚れた未来と、例の父親と逸れた兄妹らしき子どもたちを見止めた。

 

「要救助者を発見、小日向未来さんと小学生二人です」

 

 二人はほぼ同時に車から降り、エージェントは本部に報告し、朱音は彼女らの下へ駆け寄り。

 

「みっ――」

 

〝未来ッ! 大丈夫か!?〟

 

 と、口より発しようとした声が、一単語目で、途切れてしまい、走っていた足も止まってしまう。

 朱音の存在に気づいて、彼女に目をやった未来の瞳から、涙が………溢れ出す様を、目に止まってしまったからだ。

 未来自身は、口を固く結んで必死にこらえようとしていたが………こらえ切れず、瞬く間に彼女の顔は涙で濡れ染まり、膝が屈されて、泣き崩れていった。

 頬を伝って零れた雫が、地に付いた手の甲へ、ぽたぽたと落ちていく。

 

〝見てしまったのか………シンフォギアを纏った……親友の姿を……〟

 

 友の泣き崩れる姿を目にするだけで、朱音はその〝事実〟を知った。

 恐らく、少女の襲撃で生じた二次災害から、未来と子どもたちを守ろうと、彼女らの目の前で、響は聖詠を唄って〝変身〟したのだろう。

 

〝こんな形で………知ってほしくは………知らせたくは―――なかったのに………〟

 

 未来に〝真実〟を伝えるのに逡巡して先延ばしにする余り、こんな最悪の形で………突きつけてしまった。

 己への不徳さ、不甲斐なさに、朱音は自らの拳を震えるほど握りしめ、同じくらいの強さで、歯噛みする。

 

「お姉ちゃん、どうしたの? どこか痛いの?」

 

 そこへ、未来の泣く姿を間近に見ていた兄妹たちは、その理由までは分からずとも彼女を案じ、妹の方は言葉も掛けていた。

 

「怪我の心配はない、君たちを安全な場所まで送ろうと頑張ってた分、ここにきて怖い気持ちが湧いて来たんだ」

 

 涙の理由の大半は……響のことな一方、実際子どもたちの安全を確保する為に、命の危機に瀕しながらも気丈に振る舞っていたのも事実なので、その点を強調して子どもたちに述べる。

 

「それより………君たちも」

 

 子どもたちを見れば………戦闘の巻き添えになった際に、飛び散った破片か何かで、兄は頬に、妹は腕の皮膚に切り傷が刻まれていた。

 怪我そのものは軽傷だが、それでも幼い命に、痛覚――肉体が発する警告は、決して小さくはない苦しみを与えるもの。

 現に、彼らの顔をよく見れば、傷の疼きで歪みそうに、泣きそうになっている。

 

「痛くないよ、だって僕男の子だもん!」

「お姉ちゃんこそ、怪我、大丈夫なの?」

「そうだよ、お姉ちゃんが着てるそれ、病院の服だよね?」

 

 だと言うのに、この小さな身体で、痛みに耐えて必死に戦いながら、患者服姿な朱音を、気に掛けていた。

 

〝おねえ……ちゃん〟

 

 初めてシンフォギアとしてのガメラを纏った日を思い出す。

 あの子も、大勢のノイズに囲まれて、押し寄せる不安と恐怖で一杯一杯な筈なのに………不条理に屈しかけ、前世(ガメラ)の記憶と無力な己に押し潰され、絶望しかけていた朱音を、気に掛けてくれていた。

 改めて、この幼く小さない生命(いのち)たちの、理不尽を前にしても消えぬ健気さと、強さに、胸より温かさを覚え………心打たれた朱音は――

 

「大丈夫、君たちの怪我に比べれば、お姉ちゃんのなんて、どうってことない、だから――」

「あっ……」

 

 両腕を広げて――子どもたちと未来を包み込んで抱き寄せ。

 

〝kiss it~and~~make it~Well♪〟

 

 そう、メロディを奏でて、唱える。

 

「今の、何?」

「痛みが和らぐ、おまじない」

 

 男の子の疑問に、朱音は母性すら感じさせる微笑み答えた。

 彼女が今口ずさんだのは日本で言う、〝痛いの痛いの~とんでけ~〟に当たるおまじない―――〝魔法の言葉〟である。

 

「この人は特機部の人だから、もう大丈夫」

 

 子どもたちの小さな頭に、優しくぽんぽんと手を置き、彼らを安心させると。

 

「この子たちの保護、頼みます」

「お任せ下さい、さあっ君たち、車に乗って」

「う、うん」

 

 ここまで連れて来てくれたエージェントに、後を任せた。

 急ぎ変身して戦場に向かい、響の助太刀に向かいたいが、その前に朱音は、ゆっくりと涙で顔が濡れている未来を立ち上がらせると。

 

「必ず戻る、響も連れてだ」

 

 決意を込めた声音で未来にそう伝え、すれ違い様にそっと、彼女の肩に手を置いた。

 

「っ………」

「小日向さん、こちらに」

「はい……」

 

 振り返った未来は朱音の背中を見つめて、何やら言いたげな様子を見せるも、エージェントに催促されて、車に乗り込む。

 エージェントも運転席に乗り直して車を発進、その場でUターンして走り去っていく。

 

 

 

 

 

 未来たちを乗せた車の後ろ姿を見送った私は、勾玉を手による。

 同時に、脳裏である雑音(ノイズ)たちが響いてきた。

 

 機関銃が乱れ放ち、弾たちが大気を裂いて突き進む銃撃音、それらが人の血肉を打ち貫く音。

 戦車から放たれる砲弾、それが地面に着弾して上がる爆音。

 空を翔る無数の戦闘機から落とされる――爆撃の雨。

 火を吹かして飛翔する………ミサイル。

 そして………それらの兵器の猛威によっていくつも響き渡る………人の悲鳴。

 

 哀しく凄惨な争いの中で、かき鳴らされる…………残酷な〝合奏〟、私も――ガメラも、何度となく、直に耳にしてきた不快なる〝不協和音〟だ。

 

 実を言えば………私は悪しき陰謀の片棒を担ぐ〝彼女〟に対して――〝怒り〟を覚えている。

 

 何年も、あの〝不協和音〟と隣り合わせで、一秒でも長く生き長らえるのかすら………分からない〝恐怖〟の日々を、命が無慈悲に奪われていくその〝地獄〟を………直に目で、耳で、心で味あわされ、直面し続けてきたと言うのに。

 彼女は………故郷である筈のこの日本で、特異災害をも利用し、幸いにも人同士の醜い争いに巻き込まれることなく過ごしてきた人々を………未来(こどもたち)の音楽(いのち)を脅かし………自らの両親の〝願い〟を足蹴にして、どんな理由を、想いを心に秘めているにせよ………自身の人生を狂わせ、憎んでさえいる筈の〝地獄〟を、引き起こす側に立っている。

 その現実が…………とても腹正しい。

 彼女がそのような残酷な〝選択〟をしなければ………響の胸にあるガングニールは目覚めることはなく、ただの女子高生として、日常の中で人助けに励む普通の女の子として…………いられ続けたのかもしれないのに。

 長年の親友とも、こんなすれ違いをせずに、済んだと言うのに。

 

〝我―――ガイアの力を纏いて―――〟

 

 だからこそ、私は内なる〝猛獣〟の手綱を握りしめて御しながらも、〝義憤〟と戦意の炎を、静かに燃え上がらせ、聖詠を唄う。

 

〝悪しき魂と、戦わん〟

 

 その〝不条理〟―――我が〝炎〟で―――断ち切るッ!

 

 

 

 

 

 決意の火を滾らせ、勾玉を持つ右手を左肩に当て。

 

「ガメラァァァァァァァァーーーーーーーー」

 

 自身のかつての名であり、シンフォギアの名を叫び上げ、前方に突き出した勾玉より発せられた光に包まれた。

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、シートベルトしなきゃダメだよ」

 

 この時、後部席に座っていた少年は、ガラス越しに―――朱音が変身する様を、妹からの注意が聞こえなくなるほど夢中になって、目にしていた。

 

 

 

 

『そのまま響ちゃん側から見て一二時の方角に進んで下さい』

「はい!」

 

 今度こそ自分を捕えようと三度、襲撃してきた少女から未来たちを守るべくガングニールを起動させた響は、二課本部オペレーターからのサポートも受けつつ、戦闘に差し障りのない場所へ少女を誘導させていた。

 

〝響………どうして………〟

〝未来ぅ………ごめん〟

 

 一瞬、この姿を見せてしまった時の自分を見る未来の姿が過りながらも、歌いながら今置かれている状況に意識を集中させ、少女からの鞭の攻撃を躱しながら森の中を駆け抜ける。

 

「どんくせえ癖に一丁前の挑発をッ!」

 

 一方少女は、挑発的言動は崩さずにいながらも、内心。

 

〝くそっ………アタシのしたことが…………関係ないやつらを巻き添えにしちまった………〟

 

 結果を言えば無事に逃げ延びたとは言え、自分の起こした〝戦闘〟に民間人を巻き込ませてしまったことを悔やみ、それを招いた自分を攻め立てていた。

 

 完全に周りには自分と少女以外、人がいないことを確認した響は、移動を止めて相手を向き直す。

 止まったところを狙い、少女は鞭の一閃を振るうも、響は籠手が装着された両腕をクロスして防御した。

 

 

「やってくれるな、どんくせえノロマがッ!」

「〝どんくせえノロマ〟なんて名前じゃないッ!」

「あっ?」

 

 偽悪の仮面を被ったまま煽り立てる少女に、響は反論を投げ返す。

 

「私は立花響!一五歳! 誕生日は九月の一三日――血液型はO型――身長はこの間の身体測定じゃ一五七センチ! 体重はもう少し仲良くなったら教えてあげる! 趣味は〝人助け〟で好きなものは〝ごはんアンドごはん!〟――あと――彼氏いない歴は年齢と同じィッ!」

「っ………」

 

 これには少女も、今戦っている状況を忘れかけるほど呆けそうになり、困惑を見せていた。

 

「な……なにトチ狂ったこと抜かしやがるんだ? お前は……」

 

 意識的にしていた偽悪的声音が一時消え、思わず響に苦言を呈してしまう少女。

〝トチ狂った〟などと言う表現は行き過ぎだとしても、引かれるほど突っ込まれるのは無理ない。

 戦いの最中にて、ここまで自身のパーソナリティを事細かく、大声ではっきりと、体重は秘密なのに彼氏は生まれてから現在まで一人もいないこと含め堂々と、長々と述べ立てる輩など、恐らくこの先の人類史でも響以外に現れることは絶ッ―――対、ないであろう。

 

「私たちは――ノイズと違って言葉を持っているんだからちゃんと話し合いたい! どうしてそんな怖い力を振るっているんか――知りたいんだッ!」

 

 しかし、響は〝トチ狂って〟少女に言葉を投げかけているわけでは――断じてない。

 ご覧のとおり、本気も本気で敵対している筈の少女との〝対話〟を望み、求めていた。

 

〝話し合いたいだ? また戦場(いくさば)のど真ん中でバカなことを――〟

 

「何て悠長! この期に及んでッ!」

 

 内心、また響への苛立ちが芽生えつつも、口調を偽悪的なものに直し、響の呼びかけに余裕ぶった態度で一蹴し攻撃を再開する。

 

〝何?〟

 

 牽制目的だったさっきのと違い、今度は確実に当て、ノックアウトさせる気で振るわれた鞭の猛攻の数々を、響は回避しいく。

 

〝この間よりさらに動きが? どうなってやがる!?〟

 

「だから止めよう! こんな戦い! ちゃんと言葉を交わして――話し合って、通じ合えば―――分かり合えるよ!」

 

 得物を持つ少女の手の力が強まり、さらに鞭の攻撃が激しさを増していっても、双眸に強い眼差しを帯びた響は避け切り、語るのを止めない。

 

〝ちっ! ―――聞く耳を立てんじゃねアタシッ!〟

 

 響のその姿勢に、苛立ちが強まった少女は舌打ちを鳴らす。

 

「だって私たち―――」

 

 心の底から、対話を、立場では敵対していても分かり合おうと呼びかける響だったが――

 

「―――同じ〝人間〟だよ! 人間なんだよッ!」

 

 続けて発した………思いの丈の籠ったこの響の手(ことば)は、意図せずして、少女の〝逆鱗〟に――

 

「ウルサいッ!」

 

 ―――触れてしまっていた。

 証拠として、バイザーを被る少女のあどけなさが残る整った容貌は、響への憤怒一色となって歪んでしまっていた。

 

 

 

 

 

 クソッタレが!

 胸ん中で疼き、沸騰しやがった熱は、真っ赤な血ごと一気にアタシの頭んにまで昇ってきやがった。

 けどアタシには………それを抑えつける気なんざ、毛頭ない、逆に歓迎したいくらいだ!

 さっきから……聞いていればこの野郎は………そんな耳障りが過ぎて反吐が出てきやがる綺麗言(キレエゴト)を………おめでてえくらい度が過ぎて癇に障る青臭さを―――胸糞悪い空虚でクソの役にも立たない理想論を―――ベラベラベラベラ知ったように―――ほざき吐きまくりやがってッ!

 

「何が分かり合えるだ!? 言葉を交わせるだぁ!? 理解(わかり)合えるもんかよ! そんな風にできてるもんじゃねえんだよ―――人間ってのはッ!」

 

 お前のほざく通り――言葉を持っている癖に争っているのが人間だ!

 言葉を使えるくらいの知恵(おつむ)で、同じ人間を殺すおぞましい武器、殺戮兵器――力を生み出して殺し合っているのが人間だ!

 その人間たちに、歌と音楽でお前みたいに仲良くしよう、仲良くなろうとのこのこ国中が内戦で鉄火場となっていた国に転がり込んだパパとママを無残にぶち殺しやがったのが人間だ!

 同じ人間と人間から生まれたアタシら子どもを、道具も同然に弄んだ屑揃いな大人どもも人間だ!

 いくら痛いと言っても、いくらやめてと訴えても、これっぽっちもアタシの話なんか聞いちゃくれなかった連中も、同じ人間だ!

 そんな目を覆いたくなる、塞ぎたくもなる、瞑りたくもなる〝現実〟も知らねえ温室育ちの癖に………知ったような口で―――偉そうにッ!

 

「気に入らねえ!気に入らねえ! 気に入らねえ!――気に入らねえッ!」

 

 もう融合症例(こいつ)を引きずって連れ帰るって■■■■からの〝頼み〟すら、どうでもいい!

 

「何も分かっちゃいねえくせして知った風にペラペラと口にする偽善者(ヒポクリット)ヤロォォォォーーーがァァァァァァーーーーーー!!!」

 

 この手でこの〝キレイゴトヌカスギゼンシャ〟を、叩き潰す!

 

 お前の何もかも―――全てを―――踏みつぶしてやるッ!

 

 

 

 

 

 激情の濁流に流されるまま、少女はネフシュタンの鎧の飛行能力で跳び上がり。

 

「吹っ飛べッ!」

 

 鞭の先端より、漆黒の雷撃を纏ったエネルギー球――《NIRVANA GEDON(ニルヴァーナ・ゲドン)》を投げ放つ。

 響は交差した両腕で、一撃で翼をも追い込んだエネルギー球を受け止め、大地を踏みしめる両足が後退させられながらも耐えていたが。

 

「もってけよ――」

 

 そこへさらに。

 

「―――トリプルだッ!」

 

 二連続で《NRVANA GEDON》を地上の響へ、投げつけた。

 追い打ちのエネルギー球の衝突で、響の姿を飲み込むほどの爆発が、巻き起こり、辺りは巨大な爆煙に覆い、漂った。

 

〝お前みたいのなのがいるから………私はまた――〟

 

 迸らせた激情と、大技を三連続で放った代償による消耗で、息が荒くなっている少女は滞空状態を維持しようとするも、ふらつく中。

 

 煙(ベール)の奥より、〝焔の弾〟が、少女へと肉薄する。

 避けようにも、消耗の影響で思うように飛行制御できず、直撃を受けて、鮮やかな爆炎が轟く。

 

〝今の火の玉、ヒポクリットヤローのじゃない………〟

 

 着弾から、拡散して膨れ上がるプラズマの炎から、煤で鎧の至る箇所が黒ずんだ少女が地上へt落ちていくも、どうにか態勢を立て直して降り立った。

 まだ地上を彷徨って流れる煙に浮かぶ、人影が目に止まる。

 

〝まさか……〟

 

 そのまさか、であった。

 響のではない人影が、手を手刀の形にした左腕で、煙を振り払う。

 

「今度は――」

 

 右手には、少女を撃ち落としたプラズマ火球を放って銃口より白煙を上げるライフル――アームドギア。

 

「――私が相手だ」

 

 少女が最も戦いたくはなかった、見えたくなかったイレギュラーなる装者。

 最も少女の意志を揺さぶらしてくる相手。

 最も彼女の心を、脅かしてくる存在。

 

 政府官僚らからは、《紅蓮の戦乙女》と呼ばれ。

 

 ■■■■からは――《地球(ほし)の姫巫女》と異名を付けられし、戦士。

 

 草凪――朱音。

 

「雪音(ユキネ)――クリス」

 

 朱音は、生命(いきとしいけるもの)を脅かす〝不条理〟に立ち向かうあのガメラの眼差しそのもので、少女と相対し、彼女の名を、呼び上げた。

 

つづく。

 

 




当SSでは花笠藍って名前を勝手につけてしまったふらわーのおばちゃん。
巷ではおばちゃん=織田光子(翼の尊敬する憧れの歌手)説があり、そのネタ使おうかなと思ったけど公式側の見解がもし違ってたらと言う可能性もあるので、織田光子だったのかもしれないし、ライバル歌手だったのかもしれないバランス(中の人が元ウルトラマンのつもりで演じたガイアの石室コマンダーのバランス)で描きました。


澤海(ゴジラ)「一番怒らせちゃ不味い奴を怒らせて、どう見てもそのクリスとやらが勝てる要素が全く見られねえんだけどな」

怪獣王が言ってやるな(コラ


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#27 - ichii-val

どうにか8月中に最新話出せました(汗

シリアス展開大好きな歪んだ性分のせいで、無印の時期なのにGの時のハードテイスト漂う回となっております。


「今度は―――私が相手だ」

 

 爆発の煙(ベール)を振り払って、紅緋色の鎧(アーマー)を身に纏い、たった今自身を撃ち落とした火球を放つ大型銃(ライフル)の銃口を向け、翡翠色で鋭利な瞳より物理的圧力さえ感じさせる眼光を発する装者――草凪朱音が鉄火場(いくさば)に馳せ参じた状況に、ネフシュタンの少女は、口が開かれたままでありながら、戦慄で〝閉口〟させられていた。

 

〝嘘だろ? あんだけの怪我を、負ったってのに………〟

 

 絶唱を絶唱で以て吸い取り、その莫大なエネルギーの猛威を受けて、全身血まみれな重傷を負ってから、それ程長くは経っていないと言うのに、今こうして自分の目の前に現れ、対峙している事実を、少女は信じられずにいた。

 響の心からの言葉、しかし同時に少女の逆鱗に触れる言葉によって一瞬で沸き上がった憤怒で歪んでいた美貌は一転して青ざめ、頭に昇っていた血流も急激に下がり、全身に渡って沸騰するほど昂っていた熱は瞬く間に冷え込む。

 自覚している以上に、朱音に対して強い脅威を覚えている彼女の両目は、震えに震えていた。

 当人すら知らず知らず内に、体の一部たる足は一歩、後方へと退いてさえいた。

 

「雪音――クリス」

「なっ!?」

 

〝アタシの名前ッ―――なんで!?〟

 

 朱音と相対している状況により頭が混乱する影響で、足を下げたことも気づけぬ中、自身の名をその相手より呼ばれたクリスの心に、驚愕の衝撃が上乗せされた。

 

 

 

 

 

 

「く、くりす……ちゃん?」

 

 朱音の背後から、たった今彼女が口にしたネフシュタンの少女の名を、響がつぶやく。

 

「気を抜くな響、ノイズを操れる〝ソロモンの杖〟を持った仲間が隠れ潜んでいる可能性もある」

 

〝敵対している相手にも〝ちゃん〟付けか……響らしくは、あるな〟

 

 内心にて朱音はこう呟きつつも、気を抜くことも、戦士の眼差しを解くこともなく響に警告を伝える。

 

「ッ!?」

 

 朱音から名を呼ばれ、バイザーの内の頬に疲労のものではない汗を流していたクリスの表情の狼狽さが増す。

 響への先の忠告には、クリスへのいわゆる〝かまをかける〟意味合いも込められており、相手の反応から朱音はあの〝完全聖遺物〟への正体に対する確信を得た。

 

《ソロモンの杖》

 

 ソロモンとは、《旧約聖書》にて記された古代ユダヤの歴史書――《列王記》に登場する古代イスラエル王国、三代目の王の名だ。

 高位の魔術師としての一面もあったソロモン王には、〝Goetic daemons〟、和名では〝ソロモン72柱〟と呼称される悪魔たちを召喚、自在に使役する魔術も有していた。

 その魔術の行使に使われた聖遺物こそ、かのソロモンの杖であったのである。

 一三年前に国連にて議題が上がる以前より存在自体は観測されていたノイズへの研究により、現代にまで伝わる先史文明期の神話や伝承に登場する〝人外・異形・魑魅魍魎〟の類の正体はノイズのものであるとの説が出ている。

 それを踏まえて朱音は、入院中の間にノイズを召喚し使役する完全聖遺物の特性に該当するものを探し、ソロモンの杖であると行き着いていたのだ。

 

「あれだけ大判振る舞いをして、どんな聖遺物か突き止められないとでも思ったか?」

 

 口元を不敵に笑みを象り、さらなる挑発を朱音はクリスに投げつける。

 

「朱音ちゃん」

 

 一方、目元は全く笑っていない――むしろ義憤に彩られたガメラの眼光そのもの。

 

「分かっている」

 

 背後に佇む響の呼びかけには応じながらも、眼光は対峙するクリスを一点に突きつけていた。

 響の声音にはどんな〝意味合い〟を込められているか、朱音は汲み取ってはいるし、できることなら応えてやりたいとも思っている。

 しかし一方で、胸の内に義憤の熱をも抱える朱音の脳裏には、先のクリスの襲撃に巻き込まれた未来と子どもたちに――

 

〝そこまで……〝争い〟を憎んでおきながら………〟

 

 ――装者としての戦いで、自身が直に目の当たりにしてきた………〝特異災害〟にと言う名の不条理で命を奪われた人々と、残された人々の姿が、鮮明に明瞭に再生されていた。

 

 

 

 

 

 一歩、また一歩を近づいてくる草凪朱音に、血の気が物凄い速さで引いていたアタシの頭は、厚底(ヒール)越しに足が、地面から顔を出していた大きめの石と接触してことで、何とか我に返った。

 このバカ………鉄火場の渦中で見えちまってるんだから、最早やり合うしかないってのに、もう後がない背水の陣だってのに……何やり合う前から退いちまってんだアタシ………。

 

〝やたら交戦を避けていた星の姫巫女にも、正面から打ち勝てると言う〟

〝あ、当たり前だッ!〟

 

 ■■■■からの言葉に、まんまと煽られて、ああ応じちまって――

 

〝アタシ以外に力を持つ奴は、全てぶちのめしてやるッ!〟

 

 ――ああも強気に宣言しちまった以上、絶対に引くわけにはいかないんだ。

 

 引いていた足を一歩踏み出し、蛇腹鞭を握る力を強めて構え、闘気を相手めがけ投げつける。

 

 そうだ………力を有し、今まさに戦う意志を持ち、日本政府の、汚く下衆で外道な大人どもから〝紅蓮の戦乙女〟などと崇め立てられている草凪朱音(こいつ)も………アタシの願いを果たす為に倒さなければならない、アタシの――〝敵〟だッ!

 

 

 

 

 

 

 クリスは手に持つ蛇腹鞭を振り上げ、朱音めがけ勢いよく上段より振り下ろした。

 獲物に襲いかかる蛇の如きしなやかさと、地面ごと抉らんとする速さで、朱音の頭上目がけ鞭の先端の刃(きば)を、朱音は相対するクリスを見据えたまま。

 

〝意識を変えろッ――戦いは直ぐ目の前――♪〟

 

 最小限の動作で軽やかに躱し、胸部に装着されている勾玉より流れる、弦楽器たちと打楽器たちと金管楽器たちに、コーラスらで彩られた水流をイメージさせるハイテンポで厚みのある重層的な伴奏(メロディ)に乗り、ルーンの原形(アーキタイプ)たる超古代文明語で編まれた歌詞を奏で始める。

 対するクリスは一撃目に続き、両手にそれぞれ持った蛇腹鞭を、一際荒々しく機関銃を乱れ撃つように連続で振るう。

 繰り出される打撃の威力は、今までの戦闘で振るわれたのより、遥かに凌ぎつつも、言い方を変えれば、ひたすら〝力任せ〟によるものとなっていた。

 それでも音速を超えるスピードを有し、完全聖遺物の一部でもある〝蛇〟であり、直撃を受けた大地は大蛇が荒々しくのたうち回った跡にも見える痕が刻み込まれていた。

 まともに当たれば、アンチノイズプロテクターを纏っていてもただでは済まない攻撃の数々を、朱音は鍛えられた反射神経と動体視力、実戦で磨かれた直感と、両足のスラスターによるホバリングを生かし、響を巻き込むよう彼女から距離を稼ぎながら、スケーティングの如く軽やかに最小限の動きで回避していく。

 マルコ第五章に登場する悪霊と同名の宇宙生物群の女王から繰り出された無数の深紅の帯による苛烈な逆襲をかつて貰い受けた彼女(ガメラ)からすれば、ネフシュタンとクリスの打撃は、温いものだった。

 

〝我は戦士~~絶望に飛び込む者~~〟

 

 伸びやかで、力強く勇壮な戦闘時特有の歌声も、少女の猛攻と言う雑音(ノイズ)に晒されていても、全くブレも揺らぎを見せてはおらず、クリスの耳にもはっきり聞き届いていた。

 

〝くそっ!〟

 

 クリスの舌は鳴らされ、下手に口内の肉を嚙むと、そのまま切ってしまいそうな強さで歯に力が入り込む。

 自分とネフシュタンの攻撃が当たらないだけではない………朱音の〝歌声〟は、雄姿は、払おうともがけばもがくほど、クリスの心に波紋が起き、荒波にさらされた船よろしく大きく揺らがせる。

 

〝なんで………こうまで……〟

 

 先の響の言葉を投げかけられた時のように、〝綺麗言〟と切り捨てることすらできず………心中の動揺は、荒くも不安定に蛇行する鞭の軌道と重なっていた。

 

「それ以上、そんな歌をォォォォーーーー!!」

 

 無理やり音色をかき消そうと、右手の方の鞭が朱音の足下めがけ、迫る。

 一打目は朱音が跳躍して避けられるも、元よりそれを狙い目にしていたクリスは即座に左側の鞭を逆袈裟上に振るう。

 

 だが、最早稲妻の如く乱舞する〝蛇〟の猛攻を―――朱音は右手で、手練れの獣が一瞬で食らいつく敏速さで、掴み上げた。

 

 一際鋭利となって突きつける、朱音――ガメラの眼光。

 

「っ!」

 

 クリスは、ここは鉄火場(せんじょう)であることを、ほんの刹那忘れた。

 

 右の拳は掴み上げた鞭の胴体を握りつぶし、朱音は力の限り〝蛇〟をクリスごと引き寄せ、同時に背部のスラスターを点火させて猛加速。

 地上の重力を振り切らんとする強烈な引力に、クリスはただ流されるしかない。

 

〝受けるがいい―――〟

 

 伴奏はより重々しく猛々しいものに転調し、左手は掌の噴射口より放出された炎に包まれ、歌唱で昂るプラズマの火はガメラの左手となり。

 

〝バニシングゥゥゥゥーーーーー〟

 

 大型ノイズをも一撃で焼き尽くす、爆熱拳――《バニシングフィスト》を。

 

〝フィストォォォォォォーーーーーー!!〟

 

 白銀の鱗(よろい)で覆われているクリスの鳩尾に――叩き込んだ。

 豪炎(ごうえん)を纏う拳が放つ衝撃は、鱗に太い亀裂を走らせ。

 

〝バカな……ネフシュタンが……こうも……〟

 

 ガメラの拳を象らせた炎は、朱音の拳より打ち放たれ、クリスの小柄な体躯は激しく突き飛ばされ、地上に叩き付けられる。

 園内の風景の一部たるコンクリートは衝突で粉微塵に砕かれ、土をも抉り取って風穴を作り出していた。

 

 

 

 

 全身にまで広がる激痛に、クリスは苦悶の面様となって呻く。

 鳩尾に打ち込まれた部分の鎧も、穿たれた大きな跡ができて彼女の素肌を露わにさせていた。

 

 

 

 

 なんて、威力だよ………ネフシュタンがこうも簡単に、紙みたく食い破られちまうなんて。

 いや……威力だけじゃね………あんだけのパワーで、鉄をも一瞬で燃やし尽くすらしいプラズマの火付きの重たいパンチをぶち込まれたってのに……鎧の破壊に止めて、アタシの体は痛みで喚いてはいても、火傷の一つもない。

 こんだけの〝力〟を、あいつは自分の手足も同然に、物にしていやがる。

 見た目の武骨さに派手さと裏腹に、あの炎の拳は洗練された〝芸達者〟で成り立っていた。

 前々から、突起物の記録した映像で戦いぶりは目にしてきたが………映像を隔てたのと、直に目にするのは、全くの別物だった。

 空からこっちを見下ろし、射貫いてきそうな眼力を発した姿からは、無駄で余分な力も、隙らしいものも見当たらない。

 まるで………熟練のハンターな獣だ。

 あ………実際、前世はバカでかい〝怪獣〟だったんだよな。

 

「がぁっ……うぅ………」

 

 草凪朱音(あいつ)から受けた分のダメージが和らぎ始めたところで、今度は肌が見え見えな鳩尾に蛇に強く噛みつかれた感じなひでえ痛みに晒された。

 このままじゃ………あいつにぶちのめされる前に、ネフシュタンに〝食われちまう〟。

 

 けど………〝アレ〟を纏うのは………忌々しいアタシの■を使うのは………。

 

 畜生……どうしてあいつは、鉄火場(いくさば)がどんだけ悲惨で凄惨で惨たらしいのか知ってる筈なのに、そのど真ん中にいても尚、ああも真っ直ぐに………歌を……〝歌えるんだ?〟。

 

 

 

 

 

 クリスから〝熟練のハンターな獣〟と表された朱音は、悠然と地上に降り立ち、右手より発した炎をロッド形態のアームドギアに変え、彼女への視線を微々たりとも逸らさずに歩み始める。

 鳩尾に叩き込んだ朱音のバニシングフィストでネフシュタンにできた風穴は、みるみる小さくなる一方で、鎧の再生が進むごとに少女の苦悶の表情が強まっていくのを目にした。

 

〝再生と引き換えに、肉体を侵食しているのか……〟

 

 朱音の眼光は、ネフシュタンの鎧が持つ〝諸刃の剣〟の側面を見抜く。

 かの〝青銅の蛇〟は、たとえ損傷を負い、原型と止めぬほどに破砕されても、瞬く間に自力で元の形に修復させてしまう自己再生能力がある。

 だが、一度再生が始まってしまうと、鎧の傷口から、装着者の体に侵食してくる厄介な(デメリットも存在していた。

 

〝なんて……皮肉〟

 

 旧約聖書における青銅の蛇は、モーゼの導きで約束の地へ目指す旅をしていたイスラエルの民が、道中その過酷さに耐えかねて不平不満を口にしたのが切っ掛けで怒りに駆られた神が遣わした〝炎の毒蛇〟に噛まれ苦しむ民を救うためにモーゼが作り上げた仰ぎ見るだけで毒蛇の猛毒の洗礼を受けても生き長らえる〝福音〟であった。

 それになぞらえるなら、バニシングフィストは〝炎の毒蛇〟の毒で、鎧は毒牙に対する救いの手になる筈だと言うのに、逆に青銅の蛇は担い手に苦痛を与えている。

 伝承とかけ離れたこの実態、朱音のように皮肉を覚えるのも無理はなかった。

 

〝これが背水の陣な以上、聞き入れてくれる可能性はほぼないが……〟

 

「福音の蛇に喰われたくなければ鎧を外せ、私も矛を引く」

 

 まだ右に左にと周囲に目線を移動させる雪音クリスから闘志が残っていることを感じ取りつつも、朱音は響の想いに応えるべく、ダメ元で彼女に勧告を投げるも。

 

「誰がッ!」

 

 クリスは即、拒否の意を示し、立ち上がる。

 

「ハッ――響、Get down(伏せろ)‼」

「え?」

 

 相手の意図を察して息を呑み、翡翠色の瞳を見開いた朱音が、響に警告を放ったと同時に。

 

「吹っ飛べよッ!」

 

 肉体を侵食する鎧を、敢えて脱着――アーマーパージさせた。

 

 全身に装着されていた鱗は粉々に欠片となって、弾丸の如き速さで全包囲に飛び散り、木々をなぎ倒し、多量の土埃を巻き上げ、周囲の園内の景観を破壊して鈍い色合いの爆煙を巻き上げていく。

 朱音の下にも高速で飛ばされた破片が迫るが、アームドギアを回転させることで迎撃し、事なきを得た直後。

 

〝Killiter ~~Ichaival~ tron~~♪〟

 

 濃い煙の奥より、雪音クリスの〝歌声〟で唱えられた………〝聖詠〟が、こちらに響いたかと思うと、ワインレッドの光球が出現する。

 

「イチイバル……〝ウルの弓〟か」

 

 朱音は、聖詠を構成する単語の一つであり、クリスが纏おうとしている〝シンフォギア〟の名を口にした。

 

 

 

 

 

「エリア内に新たな〝アウフヴァッヘン波形〟検知!」

「アーカイブデータと照合完了、間違いありません、コード『ichii-val』です!」

 

 二課本部司令室でも、新たに現れたシンフォギア――イチイバルが発する〝アウヴァッヘン波形〟の反応を捉え、室内は一同のどよめきと驚愕が宙を漂っていた。

 

《イチイバル》

 

 北欧神話に登場する雷神トール、別名ソーの義理の息子である決闘の神ウルが愛用し、イチイの木より作られた〝イチイの弓〟。

 十年前、櫻井博士が北欧神話由来の聖遺物の欠片より作り上げた、第一号聖遺物――天羽々斬に続く二番目のシンフォギアが、紛失すると言う事態が起きた。

 そのシンフォギアこそ、クリスがたった今聖詠で起動させたイチイバルであった。

 

「よもや第二号聖遺物(イチイバル)までもが……渡っていたとは……」

 

 弦十郎にとっても、彼が実父の後を継ぐ形で二課の司令官を任じられる切っ掛けとなった因縁のあるシンフォギアが再び現れたこの状況に、歯噛みする口の中は苦味で充満していくのだった。

 

 

 

 

 

 爆煙が晴れるとともに光球が消滅し、濃い赤紫のインナースーツとワインレッドのアーマーとヘッドギア、胸部には正規のシンフォギアである証なアーマーと同色のマイクが装着されたクリスの姿が露わになる。

 

「歌わせたなぁ………」

 

 マイクより荒れ狂うギター音を中心としたロックテイストな伴奏が流れ、両腕前腕部の籠手(アーマー)が、二挺のクロスボウガン型のアームドギアとなってグリップがクリスの手に握られ、ボウガンにマゼンダ色のエネルギーの矢が一挺に五発、計十発装填。

 

「アタシに歌を―――歌わせたなぁぁぁぁぁーーーー!!!」

 

 心底忌々しく、苛立たしく、しかし嫌悪感にどこか嘆きも帯びて怒り狂う叫喚を上げて。

 

〝―――――ッ!♪〟

 

 マゼンダの光の矢を、戦闘歌に乗せて一斉に放つ。

 

 対する朱音はロッド形態のアームドギアを円状に描いて振り回し、連射される光矢の内、自身の直撃コースの矢を打ち払う。

 矢が着弾された地点は、爆音と爆煙に混じって土埃が舞った。

 

 英語と日本語の両方を交えた、憤怒で昂った猛獣が牙を剥き出す様を比喩できるほどの闘争心、攻撃性、自身と家族を狂わせた何もかもに対する憎悪が塗りたくられた歌詞と謳う物凄まじいクリスの歌声が戦場に轟き響く中、アームドギアのクロスボウガン二挺が三銃身二連装のガトリングガンに変形。

 

〝重火器に変形した!?〟

 

 弓矢由来のシンフォギアが現代兵器へと変質した事実に、朱音も驚きを沸かされる。

 

 二振りのガトリング砲身が高速回転し、毎分数千発分の大量の25m弾が発射された。

 

〝この数と威力、《イコライザー》並か……〟

 

 アメリカ空軍航空機に搭載されている回転式機関砲GAU-12《イコライザー》に匹敵する弾丸の暴風雨――《BILLION MAIDEN》に、現代の重火器が来るなど予想していなかった朱音は回避を優先せざるを得ず、スラスターの出力を上げて逃れようとする。

 

「朱音ちゃん!」

 

 響は近づくことすらできず、乱射を避ける術すらない緑の木々たちは矢継ぎ早に撃ち込まれた弾で胴体を蜂の巣にされ、力なく倒れていった。

 

〝~~ッ―――ッ―――!!♪〟

 

 クリスの戦闘歌がサビのパートに入ると、歌声はロックのシャウトの域にまで声量が昇り立ち、腰部のひし形状のアーマーから、ミサイルポッドが展開され。

 

〝ミサイルまでもか!?〟

 

 ガトリングを乱射したまま、ポッドからミサイルが出し惜しみを微塵たりともせず、一斉に飛ばされた。

 自動追尾機能をも有した誘導ミサイルの大群――《MEGA DEATH PARTY》は、朱音を取り囲む形で迫り、ほぼ同時に起爆して大爆発が生み出され、彼女を呑み込んだ。

 爆炎にガトリングの弾をダメ押しに打ち込んだクリスは、大技を使用した代償の消耗で、攻撃を中断する。

 額にも頬にも両肩にも、大量の疲労による汗が湧き出、肩で息をするほど呼吸が酷く乱されていた。

 

〝やった……か?〟

 

 胸の内にてクリスがそう呟いた直後、彼女にそれは〝フラグ〟だと突きつけるかのように、立ち昇る煙(ベール)から銃声が響き、クリスの両側面にて炸裂(バースト)が発生。

 近距離で起きた爆発の轟音に、クリスの両耳は強烈な耳鳴りで一杯になり他の音が妨げられた。

 一時目が固く閉ざされながらも、重い瞼をどうにか開かせたクリスは、爆煙から人影を垣間見て、咄嗟に利き腕の右腕側からガトリングガンの銃口を向けようとしたが―――銃身に突如として上から衝撃がかかり、バランスが大きく崩される。

 

〝あいつのアームドギアァ!?〟

 

 異変に右側へ移されたクリスの目は、長い銃身の隙間に飛び込む形で朱音のアームドギアが地面に突き刺さっていた。

 

〝しまっ――〟

 

 気づいたクリスはデッドウェイトと化した右手が持つアームドギアを手放すが、時既に遅し。

 耳鳴りがまだ残響し、上空から奇襲してきたロッドに気を取られてしまっていた間に、朱音は歌唱で高めたスラスターの推進力に乗ってクリスへと一気に肉薄。

 初手に掌底を、クリスの下あごに打ち込み。

 二手目に、両手を挟み込むように側頭を叩き込み頭と両耳を揺さぶり。

 そこから疾風怒涛の勢いで、先程バニシングフィストが打ち込まれたばかりの鳩尾に再度右手からの掌底、下腹部に左手によるアッパー、ヘッドギアへ右腕からの肘打ち、再度鳩尾へ左膝げりを叩き入れ、流麗な一回転からの右足上段足刀蹴りを見舞わせた。

 足刀蹴りの衝撃に流されるまま、クリスは横に倒されてしまう。

 

 意識までも飛ばされまいと維持しながらも、目を開けて態勢を立て直そうとするが――

 

「悪いな」

 

 左手のガトリングの銃身が朱音の足に踏み込まれ。

 

「現代兵器の恐ろしさは、嫌と言うほど知っている」

 

 かつて自衛隊からの攻撃を通じて、現代兵器の洗礼を受けてきたガメラでもある朱音の右手に現れたSIG SAUR P226をモデルとした銃身が紅緋色のハンドガンの銃口が、クリスの頭部に向けられていた。

 

 

 

 

 

 一度は追い込んだ筈のクリスが、逆に追い込まれる側となってしまったのは、彼女の兵装選択のミスが原因だった。

 大量の自動追尾ミサイルを前に朱音は、その正確な追尾力と自身を取り囲むミサイルの陣形を逆手に取り、足を軸に回転しながらロッドから炎を放出。

 ミサイルは炎のカーテンに激突して爆発し、爆風も爆圧も朱音の高濃度のプラズマ火炎に阻まれて届かずに終わる。

 さらにミサイルの起爆力をも利用して自分の身を隠し、遠隔操作もできるロッドを上空へ放り投げ、ハンドガンを生成して爆煙越しにプラズマ製の40S&W弾を二発発砲、

 クリスの真横で弾丸を炸裂させ聴力を一時奪い、上空に待機させていたロッドを急降下させてガトリングの片割れを串刺しにし、その攻撃力の高さと広域殲滅力の一方で、機動力を補助または向上させる機構がなく、またガトリングの長銃身ゆえの小回りの利かなさといった〝泣き所〟を防戦中にて見抜いていた朱音は、隙に付け入って今の相手にとって不得手な肉弾戦に持ち込み、持前の武術による打撃の連打で逆転へと至らせたわけである。

 

 

 

 

 

 下手に動けば即刻撃つと忠告せんとばかりに、朱音のハンドガンはほとんどブレを見せることなくクリスを突きつけ。

 クリスはと言えば、ハンドガンの、弾丸が飛び出てくる円形の銃口を、自身の意志と反して己の目によって凝視させられ、呼吸すら忘れかけようとしていた。

 

〝パパッ! ママッ!〟

 

 脳も勝手に、悪い意味で全く色褪せてなどくれぬ過去(きおく)を、再生する。

 

 最初は、フラッシュバックで断続的に………しかし、次第にはっきりとした映像になっていく。

 

 生前の姿を止めぬ惨い亡骸となってしまった物言わぬ両親を必死に揺さぶって呼びかける幼い少女。

 

 その少女に、アサルトライフルの銃口を向ける武装した〝大人たち〟。

 

〝やめろ―――やめてくれッ!〟

 

 少女の現在たるクリスは、己自身に記憶の再生を止めるよう頭を振って訴えるも、途切れる気配が見えない。

 

 大人たちは、幼いクリスにとっては全く理解不能な言語――〝言葉〟で一方的に言い合いって彼女を捲し立てると、母親から愛情込めて編んでくれた銀色の髪を強引に引っ張り、両親の亡骸から引き離し、連れ出そうとする。

 

 クリスは愛らしい顔立ちがぐちゃぐちゃになるほど泣き喚いて、止めるよう〝大人たち〟に訴え続けるも、彼らは全く聞き入れてくれることはなく………彼女はその後、凄惨で過酷な運命を――

 

 

 

 

 

「怖いか? 君の憎む兵器を持つ私を」

 

 底深い記憶(かこ)の沼に溺れかけた直前、クリスは朱音からの悲哀が籠った声によって、我に返り、いつの間にか銃口を下ろしていた彼女を見上げた。

 

「なら、その目で見てみろ――」

 

 朱音が左手の指を差した方角へ、思わずクリスは目を向ける。

 

「これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ」

 

 そこに存在していたのは……皮肉にも、クリスが紛争渦巻く『バル・ベルデ共和国』で、何度も何度も、数えきれるほど目と脳に焼き付けられてきた戦火の〝傷痕〟以外の何ものでもない………荒廃した大地の他ならなかった。

 

〝ちがっ………チガウ………〟

 

 自分自身が胸の内に抱いていた〝願い〟………それとは全くの真逆な、彼女が生み出したものでもある〝現実〟。

 

〝アタシが…………アタシがしたかったのは………〟

 

 その乖離が………クリスを容赦なく突きつける中…………上空から、彼女に襲いかかろうと迫る人の世に雑音をまき散らす〝影〟が――

 

 

つづく。

 




クリスちゃんの過去の描写は、スピルバーグのプライベート・ライアンが元、ふとしたことで外壁が崩れ、建物の中で隠れていたドイツ兵と鉢合わせ、銃を向け合いながら意思疎通が全く取れずに片や英語、片やドイツ語で哀しいドッチボールをし合う描写、中々衝撃的ビジュアルでした。

ビッキーのハンマーパーツ展開による絶唱パンチは、次回までお待ちを、やっぱり人助けの為に使ってほしい自分の我がままのせい。


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#28 - 終わりの名

AbemaTVでのシンフォギア無印放送からほぼ間を置かず今度はGXまで一挙放送、Abemaさん気前良すぎでしょ。

でも三日間ほぼぶっ通し、先の放送で適合者になったばかりの新規ファンの皆さんの体力持つかなあ(汗


 上空からこちらに急速降下する物体の存在を感づいた朱音は、〝ソロモンの杖〟に操作されたノイズと判断し、地面に突き刺していたロッドを引き寄せつつ、歌唱して後退。

 案の定、らせん状の突撃形態となった飛行型ノイズが複数迫り、朱音は火炎を纏わせたロッドを振るい、その豪火で打ち払った。

 

 朱音が迎撃を続ける中、地上に降り注ぐノイズらは、彼女だけでなく、クリスのアームドギアたる回転式機関銃(ガトリングガン)を破壊した。

 

 ノイズたちの――正確にはソロモンの杖を使い、影に潜んで特異災害を操る者の行為に、自らがあれほど憎悪していた〝争い〟を生み出す側にいた事実――荒廃の大地を目にしていたクリスの貌は、居た堪れない驚愕が形作られる。

 

〝彼女を〝トレッドストーン〟に………外道が!〟

 

 ノイズの〝操者〟の意図――言葉巧みにクリスを、少女の純粋な筈の想いや願いと言う物を利用してきた挙句――〝捨石(トレッドストーン)〟――にする気であると見抜いた朱音は駆け出す。

 分かってはいた………どんな理由であれ、やり方であれ、〝背水の陣〟で三度現れた雪音クリスを打破すれば、どんな形でも目的を阻止すれば、体よく切り捨てられると言うことを、勝っても負けても、必ず苦みを味あわされ、背負うものがあるというのが〝戦い〟だと言うことを………それでも――。

 

〝我が炎~~汝を守る~~盾となれ♪〟

 

 足のスラスターを吹かして、超古代文明語の詩を唄う朱音はクリスの下へ再び躍り出ると、ロッドを一旦プラズマ火炎に戻し、ガメラの甲羅を模したシールドへ再構成し空へ向け、奏でる歌声を源に直径5メートルもののドーム型なプラズマエネルギーの盾――《バーニングフィールド》を張る。

 表面自体が超放電現象を起こしている為、降下してフィールドと衝突したノイズは〝飛んで火にいる夏の虫〟に、次々と灰も残らず燃焼されていく。

 

「っ………」

 

 力なく地上に座り込んだまま、先程まで戦っていた筈の自身の〝盾〟となっている朱音の背中を、微かな声も出ずに放心とした様子で見上げていた。

 

 クリスに迫る不条理に対する〝盾〟となりながら、朱音は敵の次なる出方を窺う。

 自分と同年代の少女の純粋な想いをも冷徹に利用する輩である………この程度で攻撃の手を引いてくれるとは思えない。

 

〝次は、どう来る?〟

 

 地上からか? それとも地中から?

 

 だが違った。

 上空を見回した朱音は………次なる来襲も、また空から来ると知る。

 

 多数の飛行型が次々と寄り集まって肉体を融合させ、大型化、そのまま突撃形態となり斜線を描いて降下。

 

〝前のよりも、ずっと大きい〟

 

 以前未来を守る為に装者の姿を見せた時にも目にした現象であったが、融合後の個体の大きさは、それよりも遥かに凌駕しており、朱音の目測で確認できる限りでは、全長は、およそ四〇メートルはある。

 前回の一点集中で撃ち込んだピンホールショットでは、撃破できそうにない。

 しかもあの質量と巨体相手では………このまま盾を手にしていないと生成も維持もできない《バーニングフィールド》で、突進を地上で受け止めたら、周辺被害が拡大する………最大の理解者でサポーターでパトロンであった広木防衛大臣亡き今、〝突起物〟扱いされる二課の良いとは言えない風聞を広げるわけにもいかない。

 こちらも飛翔して迎え撃つべきなのだが………他の飛行型たちの攻撃も続いている中、フィールドを解いて地上を離れれば、狙われているクリスは格好の的だ。

 通常の大きさの飛行型でさえ、操作次第ではアームドギアを破壊できるのである。

 さっきの戦いで自分が〝戦意〟を奪ってしまった以上、歌う気力も残ってはいなさそうな彼女に迫る〝火の粉〟は、何としても払いのけると決めている朱音であったが、攻めあぐねている中………フィールド越しに、自分らの真上を跳び越える〝影〟を目の当たりにする。

 

〝響ッ!?〟

 

 その影とは――暴走を除き、今まで使われていなかった腰部の一対で円形のバーニアを勢いよく点火させて、融合体へと跳び上がる響の勇姿であった。

 

 

 

 

 

 たった今自らの意志で使えるようになった腰のスラスターの噴射力を、歌により最大の全力で吹かして飛び上がる響であったが。

 

〝朱音ちゃんのように、飛べない………このままじゃ………〟

 

 響自身が飛び慣れていない上、以前よりも上昇した響のレベルに合わせてアップグレードされた現在のガングニールの性能(スペック)でも、長時間飛行できるまでに機能が向上されていない為、跳躍とスラスターの勢いは、どんどん弱まっていく。

 このままでは――融合体にまで届く前に、落ちる。

 

〝もっと………もっと………もっと高く………高く!〟

 

 高まる歌声と響自身の想いで、フォニックゲインの出力は急上昇し、そのエネルギーで両脚部のアーマーから、片足の外側と内側に二つずつ、赤と黒のカラーリングなパワージャッキが展開。

 

〝朱音ちゃんのように上手くできなくても………エネルギーはあるんだ―――だったらそれを―――ぶつける!〟

 

 計八つのジャッキは、響の進行方向へと向かって自らを強く牽引させ、右の拳も大きく振り上げる。

 

〝雷(いかづち)を―――握りつぶすようにッ!〟

 

 師である弦十郎の修練を受けた際、直観力を試される彼からの教えを反芻し、右手に本来アームドギアの形成実体化に使うエネルギーを集中、右腕のアームドギアの一部となるべき籠手のハンマーパーツが、オートマチックの銃身よろしくスライド。

 

〝最速で――最短で――真っ直ぐに――一直線にッ!〟

 

 引き絞られたハンマージャッキが解かれ、生じた反発力――衝撃波は、彼女の後方の空気を〝蹴り上げ〟た、。

 慣性の恩恵が消えかけていた響の体は、大気を踏み台にし、同時にバーニアを再噴射させて再跳躍。

 戦闘歌の詩も伴奏も、サビのパートへと移行。

 

〝飛べえぇぇぇぇぇぇッーーーーーー!!!〟

 

 まさしく電光石火な猛加速で、真っ向から融合体へと押し迫り。

 

〝ッ―――――♪〟

 

 サビの締めを、絶叫の如き声量で響き放つとともに、渾身のストレートパンチを、融合体の螺旋の先端に、ぶち込み。

 

「うぉぉぉぉぉぉーーーーー!!!」

 

 スライドしていた籠手の撃鉄(パーツ)が起こされ、拳と螺旋との衝突面を通じて、さらなる大量のエネルギーを惜しみなくパイルバンカーさながらに、ゼロ距離から豪快に叩き入れた。

 

 螺旋の先端は、クレーター状に深く抉られるほどにまで陥没。

 

 そのまま杭(エネルギー)は巨体を打ち貫き、陥没部からの亀裂が全身へと回ると、一気に炭素化し、爆発四散した。

 

 

 

 

 

 なんて威力だ………私は戦闘中であること失念しないよう留意しながらも、響が繰り出し、あの巨大な融合体を一撃で炭素へと帰した全力全開の正拳を前に、驚かずに済ますのは無理な話だった。

 はっきり言うと………見合うだけの威力を有してはいたけれど、響の今の力の使い方は無理筋、効率は度外視、燃費は最悪、傍からでも体力の消耗が非常に激しい拳撃だ。

 一方自分の感覚が知覚できただけでも、翼がアームドギアを介さずに歌った絶唱の際に生み出された分の数倍もののエネルギーが、一瞬で融合体の全身を駆け巡ったのが分かった。

 

 起動したてのデュランダルを掴んだ時に起きた暴走で生じた爆発的エネルギーといい………これが、聖遺物と人の肉体が合わさった、イレギュラーな〝適合者〟が為せる現象なのか?

 自分も。そのイラギュラーな身であると言うのに。

 

 額から、嫌な汗が一筋、滴り流れる。

 

 どうして………今まで思い至らかった………のか?

 

 これほどの爆発的なエネルギーを、元の聖遺物の欠片から作られたシンフォギア――ガングニールの、さらにアームドギアの一部から産み落とされているとしたら………その〝欠片〟を体内に宿す響の体は………どうなる?

 プラズマの熱を内包するギアを着衣されている全身に、初めて響の〝歪さ〟に直面した時のと、同じ悪寒が走る。

 ガングニールの鎧を纏った姿の響を目の当たりにして、大粒の涙を流して崩れ落ちた……さっきの未来の姿が、頭に流れてくる。

 

「はっ……」

 

 ギアの恩恵で鋭敏化した感覚が、融合体ノイズの体内から全方面に広がろうとする運動エネルギーを捉えた。

 不味い………大地に足を踏みしめない空中からの拳打には、ある〝落とし穴〟がある。

 壁に投げつけられたボールが、ぶつかった壁面から大きく跳ね飛ばされるのと同じく、踏ん張りの利かない状態でパンチを打つと、自分の発したパンチ力に突き飛ばされてしまう。

 フィクションでは度々見かける宙からの拳は、傍目以上に難儀な技術が必要とされるのだ。

 

「ノイズから離れろッ!」

 

 響に警告を発したが、声が空気に響くと同時に融合体は木っ端微塵となって四散し、ほぼ同じタイミングで響の拳が発した運動エネルギーが、ノイズの爆圧と一緒に襲いかかり、消耗している彼女の体が地上へ吹き飛ばされた。

 

「響ッ!」

 

 地に激突する前に受け止めようとしたところへ、自分より不時着地点に近かった雪音クリスはへたり込む体勢から立ち上がって走り出し、抱き留める形で落下してきた響をキャッチした。

 私の側からは後ろ姿しか見えないのだが、そこからでも、体が無意識に行った行動で、当人が戸惑っている様子が窺え。

 

「お前――どうして」

 

 そんな雪音クリスは、自身の腕の中で、自力で立つのさえ困難なほどに疲労困憊な響に問いを投げる。

 

 なぜ、助けたのか?――を。

 

「朱音ちゃんとくりすちゃんが危なかったから―――」

 

 か細い声で、当然の響きで、響は全力でノイズの猛威から助けたクリスに、そうお俺の旨を応答し、伝える。

 

〝人助けを為すのは、己自身の強い気持ちーー意志なんだ〟

 

 私と弦さんとの特訓で戦えるようになり始めた矢先に体験した、デュランダルとガングニールとの共鳴に巻き込まれあわや戦略兵器並みの被害を出すところだった〝暴走〟の一件で、相談に来てくれた時に、善悪を持たない〝力〟に呑み込まれない為に私が伝えた〝アドバイス〟。

 その通りになった。

 ガングニールは間違いなく………響の〝人助け〟をしたい想い、それを為そうとする意志に応えてくれた。

 けど………この先、響が血肉と繋がったガングニールを目覚めさせるたびに、より使いこなせるようになるたびに、ガングニールがあれ程の力を響に齎せてくれる度に………果たして、ただ人助けを為し得るだけに、止まってくれるのだろうか?

 

 さっきの、未来のあの涙が、また流れてしまうようなことに………ならないのだろうか?

 

「このバカッ!」

 

 また――〝前向きな自殺衝動〟を背負う響への懸念と不安がぶり返してきた中、雪音クリスの大声が、耳が入ってきて、俯く顔を上げる。

 

「アタシはお前らの敵だ! 余計なお節介なんだよッ!」

 

 文字にして抜き出せば、響の行為を切り捨てるような言葉。

 でも、私の耳――音感は拾い上げていた。

 その粗暴な調子の言葉に帯びている気持ちから、明白に響の、たとえ立場上敵対していたとしても、その相手に危機が迫っているなら助けようとする〝ひたむき〟さに、心揺れ動いてると。

 

 両親がご健在だった幼少の頃から激変してしまった……攻撃的な言葉遣い、佇まい、そして〝歌〟に隠れている現在の雪音クリスの〝根っこ〟を垣間見た中、彼女が何かに反応して、いきなり空を見上げた。

 まるで、何者かの存在に気づいた素振り。

 

 彼女に〝汚れ役〟を押し付け、ノイズで始末しようとしていた親元が、テレパシーを送っているのか?

 

「フィーネ……」

 

 どうやら当たりらしく、クリスは空にそう口にした。

 

 FINE(フィーネ)………元はイタリア語、音楽用語で、音楽の〝終わり〟を意味する言葉。

 

〝終焉〟と言うその名に、引っかかりを覚えた私の額の眉が顰められた直後。

 

「くっ………」

 

 クリスは抱き止めていた響をこちらに放り込んできて、私は受け止めた。

 一見した限りでは、疲労以外に響の体からは〝異常〟は見当たらない。

 辺りを見れば、先の攻撃を仕掛けている間に回収されたのか、バラバラに脱着(キャストオフ)されたネフシュタンの鎧の破片は、一切が消え失せていた。

 

「こんな奴らがいなくたって――」

 

 そうして、どこかからテレパシーでクリスの脳に語りかけているそのフィーネとやらに向かって、クリスは差し迫った声色な大声を荒げさせた。

 

「――戦争の火種くらいアタシが全部消してやる! そうすればあんたの言う通り人は〝呪い〟から解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?」

 

〝呪い〟―――〝バラバラになった世界〟?

 

 訴えの中に混じっていた〝単語〟の一部は、私の疑念をより大きくさせる。

 

 クリスの〝根っこ〟を上手く利用し、誑かす為の悪魔の虚言、戯言だと言われればそれまでなんだけど………とてもそうとは断じれないと、直感が断言してくる。

 

 沈黙が………私たちの周り、戦禍の跡地となった公園に広がり。

 

「何だよそれッ!?」

 

 破るように響くクリスの声。

 

 先に始末しようとしておいて、わざわざ〝用済み〟であることを彼女の頭めがけて言い放ったらしい。

 恐らくは――

 

〝もう用はない〟

 

 とでも、ほざいたのであろう。

 

「フィーネとやら、聞こえているだろう?」

 

 返答など端から期待していないが、正直黙って模様を見ている気になれなくなった私も、空へ――どこかにいる、私(ガメラ)が最も毛嫌いする類な匂いもする〝悪魔〟の名を、終わりの名を呼ぶ。

 

「こんな失楽園の蛇――ルシファーの真似事をして、何が目的だ? 人間(ヒト)の誘惑と堕落か?」

 

 咄嗟に浮かび上がったフィーネへの印象を、はっきり当人に投げ込んだ。

 

 言葉が返ってくる代わりに、旋回形態な飛行型が新たに出現し、私らに襲撃。

 響を左腕で抱きかかえたまま、ロッドで飛行型を打ち払う。

 

「フィーネッ!」

 

 夕陽に染まる東京湾の方へ、クリスは走り出した。

 

「待てッ!」

 

 誑かして切り捨てた挙句殺そうともした相手に追い縋ろうとするクリスを止めようとするが、響を抱える私を取り囲む形で、さらなるノイズの群体が召喚された。

 中には、首を石火矢で吹き飛ばされたデイダラボッチもどきな見てくれの大型もいる。

 

 下手に雪音クリスを追いかければ………こいつらを操作して街に放つ魂胆か!?

 

 市民への被害を防ぐにはここで応戦するしかない状況の最中、上空から、半透明の水色なエネルギーの直剣の雨が、聞き覚えのある音色とともに振ってきた。

 

 翼か!?

 

《千ノ落涙》が地上の小型の個体らを、一度に串刺しにし。

 

〝Yoh――――――――!!♪〟

 

 戦闘歌のサビの締めを奏でての、大剣形態なアームドギアによる上段の一閃が、大型を縦状に両断する。

 翼の斬撃で真っ二つに分かれた大型も、他の個体も、炭素分解されて崩れ落ちていった。

 

『イチイバルの反応ロスト、これ以上の追跡は不可能です』

 

 そのままクリスの追跡を試みようとしたが、戦闘エリアの外に出た彼女の足取りはそこで途絶えてしまった。

 シンフォギアの機密保持の関係上、いくら私のギアが飛行できても、特機による民間人の避難誘導が完了したエリア内でないと自由に動けない以上、多くの人々にこの姿を晒してまで飛び回って探すわけにはいかなかった。

 たとえそれで見つけて確保できたとしても、代償が大きすぎる………ここはこらえろと、飛び立ちそうになる己に言い聞かせる。

 

「二人とも、無事か?」

 

 助太刀に駆け付けた翼は、私らに駆け寄り無事を確認してくる。

 

「ああ、響も疲れで眠っているだけ、特に外傷はない」

「なら何より……とは言いたいが、明日で退院する身で、無茶をする」

 

 と、確かに退院目前の身で出撃した私に翼は注意をかけてきた。

 

「でも翼だって、似た状況だったなら同じことをしたと思うけど?」

 

 半ば〝状況終了〟した途端に悪戯心が姿を見せてきて、私はそれに乗っかる形で言い返す。

 自他ともに認める不器用で不屈の警察官ばりに不器用な舌の持ち主な先輩は、擬音にして〝ぐぬぬ〟と口を結ばれてしまう。

 

「ぐぬ……否定はしないが………そこは素直に先輩からの心配の気持ちであると受け取ってほしいものだ……」

「うふっ、ごめん、先輩風吹かせる翼が、ちょっと面白くて」

「またそうやってカラかって………朱音も意地悪だ」

 

 なんて膨れ面で拗ねて見せるけども、こちらからしたら〝カワイイ〟としか映らないので、良い方面で〝やぶ蛇〟である。

 

「拗ねても逆効果ですよ、先輩」

「今さら先輩呼ばわりしても遅いわよ、後輩、だがそれだけ元気なら、入院が引き伸ばされる心配はなさそうね」

 

 時代がかった男性的武士口調から、女の子らしい響き返してくる。

 緒川さんが作った歌姫の休息の日でのお見舞い以来、すっかり私と翼は〝戦い〟の外では、こんなやり取りを交わすまでになっていた。

 奏さんを失ってからは誰一人として見せることなかった〝女の子〟としての顔を覗かせる翼に、一時ながら私は………心が温まって微笑んだ。

 

 

 

 

 

 そう、この戦闘によって誘発される形で、この後に待っている〝波紋〟と、悲劇(トラジティー)を踏まえれば………本当に………〝一時〟だったのだ。

 

 

 

 

 

 本部司令室も〝状況終了〟によって、緊張の糸が解け、職員たちの一息が零れ出る。

 

「エージェント各員は雪音クリスの捜索を続けろ、ただし彼女は〝バル・べルデ〟での境遇で〝大人〟に対し極度の不信を持っている、見つけたとしても慎重に保護するように」

『『了解』』

 

 弦十郎も通信でエージェントにそう命じ終えると、椅子に座り込んだ。

 しかし体はリラックスで和らげることはできても、彼の頭は一連の事態の流れに対する疑念で、動かし続けざるにはいられない状態となっていた。

 

 一〇年前に失われた第二号聖遺物――イチイバル。

 

 二年前に、ツヴァイウイングのライブの裏で行われた起動実験の失敗と、大規模特災害の最中に紛失してしまったネフシュタンの鎧。

 

 そして同時期に、『バル・ベルデ共和国』にて保護されながら、日本への帰国の際失踪してしまった………翼に続く正適合者候補であった少女――雪音クリス。

 

 あの子が、イチイバルの装者となり、ネフシュタンの鎧を纏い、奏の置き土産たるガングニールの破片でイレギュラーの装者となった響、その事実は特に念入りに情報が漏れるように留意されていたと言うのに。彼女の特異性を知っての上で、狙いに現れた。

 しかも………朱音の機転で〝ソロモンの杖〟であるとはっきり判明した、特異災害のコントロールを可能とする完全聖遺物をも、引っ提げて。

 

 どう考えても、これらを偶然と片付けられない、片付けられるわけがない。

 

 確実に―――今、この瞬間にも進行し続けている事態は、少なくとも一〇年以上前から〝繋がっている〟。

 

 元凶の真の狙いが何であれ、一連の点と点を結んでいる〝糸〟を、何としても見つけ出さなければならない。

 

 その上――弦十郎は眼前の操作卓(コンソール)を入力し、3Dモニターを投影させる。

 

 モニターには、バル・ベルデでの内戦に巻き込まれ行方不明になる以前の、愛らしい笑顔を見せる当時のクリスの写真と、新聞記事のデータが。

 二年前に失踪した際に、当時の新聞に記載された記事である。

 

 今年で一六歳となる今の彼女と、当時の彼女を照らし合わせた弦十郎。

 

〝俺たち〝大人〟が、あの子をここまで………変えてしまった〟

 

 クリスは、内戦地で両親と悲惨な死別をして以来、ずっと大人たちに振り回されて続けてきた………否、今も尚、翻弄されていると言ってもいい。

 

 そして………大人(じぶんら)の情況に、また巻き込ませてしまった少女が、もう一人。

 

 次にモニターが表示したのは、二課のデータバンクに保管されている小日向未来のデータであった。

 

 響とは幼い頃から現在も縁が続く〝親友〟の間柄。

 

 しかし………二年前の大規模特異災害と、この二年の間に起きてしまった〝生存者狩り〟のことを踏まえると、今の響と未来の関係性を、単なる〝幼馴染の親友〟とは片付けられないだろう。

 

〝司令、響も戦っていることは、未来に話さないでもらえますか、まだ……〟

 

 朱音もそれを察していたからこそ、級友である彼女を守るべく目の前でギアを纏い助けながらも、響も〝装者〟である事実は伏せてほしいと進言していたのだ。

 

 が―――とうとう小日向未来は、人知れず〝人助け〟の為に、ノイズと戦う戦士としての親友の隠された〝顔〟を、知ってしまった。

 

 朱音から聞いた話では、響が翼を――そしてツヴァイウイングのファンになった切っ掛けと作ったのが、未来であると言うのだ。

 

 もしそうだとすれば………未来は友が背負っているものに対して、こう感じてしまっているかもしれない。

 

〝残酷〟………だと。

 

つづく。




翼の口調は、普段はSAKIMORI風だけど朱音の前では女の子寄りに戻ってしまうバランスとなりました。

ちなみにトレッドストーンとは、最新作が今年10月に日本公開されるマット・デイモン主演のボーンシリーズに登場する劇中のCIAの『暗殺者育成運用プログラム』が元です。


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#29 - もつれ、交わる糸

我ながら、鬼だと突っ込みたくなる構成な回です。

原作では隠し事がクッションとなったひびみくのすれ違いですが、こちらではかなりストレートな表現に(汗


 日が完全に暮れて間もない、まだ空も淡い紺色な時間帯にて、未来は特機二課のエージェントに送ってもらう形で、リディアンの学生寮に帰宅する。

 国家最重要機密事項たるシンフォギア、それを扱うことのできる適合者――装者の存在と、戦闘を目にしたのはこれで二度目であったので、長い長い説明も、口外しないと言う約束に同意する書類へのサイン記入と言ったまどろっこしい手続きが省かれた分、以前より早めに帰ることができた。

 ただし、寮内の廊下を進み、エレベーターに乗り、自室へと向かう未来の表情は、深夜の夜天よりも遥かに暗みのある影が、差し込んでしまっており、足取りはほとんど体による無意識のものと等しい。

 気が付けば部屋の中、手が勝手に電灯のスイッチをオンにしていた。

 室内は明るさに彩られるも、それが返って未来の貌の〝影〟をより濃くさせる。

 

〝ごめん……〟

 

 歌を奏でて、シンフォギアを纏い、自分と父親と逸れた兄妹たちを助けてくれた時の親友の〝背中〟が、瞳に張り付いたまま一向に離れてくれず。

 

 それどころか、頭の中で、過去(むかし)が――

 

 盛岡の親戚の家のテレビで、破壊されたライブ会場をバックにレポートするレポーターの映像を突きつけられたあの時。

 

 ガラス越しに、集中治療室の中で意識が彷徨ったままだった響の姿。

 

 必死に、思うように動かない足を奮い立たせて、リハビリに励んでいた響の姿。

 

 教室の机の上に埋め尽くされた中傷の手紙の前に立ち尽くす響を目の当たりにして、心無い視線を感じながら悪意の文面たちをゴミ箱に捨てる自分。

 

〝お、お父さんが………お父さんが……ね………〟

 

 お昼の場所となっていた予備の音楽室の中で、涙ながらに愛する家族がいなくなったことを響が打ち明け、せめてその悲しみを和らげようと分け合おうとする未来。

 

 ―――それらの記憶が勝手に流れて、親友のあの〝姿〟は未来の〝罪〟だともばかり、未来の意識を埋め尽くそうとして、抗うように物置となっていた二段ベッドの下段目を、本来の役割に戻してしまう。

 

〝必ず戻る――響も連れてだ〟

 

 前言通り、恩人(きゅうゆう)は〝響も連れて戻る〟と、約束を果たしてくれたと言うのに、ここで待っていれば、響は必ず帰ってくると………分かっていると言うのに。

 

 煤で汚れた制服から部屋着に着替えて、冷蔵庫の中を見る。

 昨日買っておいたコンビニ弁当が二人分、残っていた。

 初見の第一印象では料理ができると思われることの多い未来だが、実はからっきしである。時々自前の弁当で昼食を取る日もあるが、おかずは全品レンジで温めるだけの冷凍食品の組み合わせ、本格的な料理経験は小学生の頃の母親の調理のお手伝いをしたくらい、それも途中で母から〝邪魔だ〟と追い払われてしまい、それっきりでほとんど調理器具に触れたこともない。

 進学校クラスなリディアンの厳しい授業内容もあり、中々料理の勉強する機会も作れずにいた、家庭科の調理実習も、まだ当分先の予定。

 他の級友のように、自足できる級友が羨ましいと思う時は何度かある。

 その一人である朱音なんて、四月の時、ちょっとした料理に関するトークが切っ掛けで、自分たちのこの寮部屋でご馳走を振る舞ってくれたことがあった。

 羊肉とジャガイモメインなアイリッシュ・シチュー(ハリウッド俳優の祖父がアイルランド系のハーフにちなんで)と、サーモンのムニエル、ふんわりと口の中に広がる旨さは絶品だった。

 響なんて大盛りで三杯分おかわりしていたし、未来も響くらいの胃袋の持ち主だったらそれぐらいは平らげていたくらいだし、夏休みに宿題を早急に終わらせ次第本格的にやってみようと思い立たされた。

 

 もし、この寮部屋のルームメイトが朱音で、今日までシンフォギアを使える戦士になることなく、響がその装者として〝人助け〟をしていると知ってしまったとしても、料理を作って待ってくれているのだろうか?

 笑顔で、迎えてくれるのだろうか?

 

 きっと、そうだろう。

 

〝今はいない………父も母も、小さい時………特異災害から私を守ろうとして……〟

 

 ご馳走してくれたあの日、うっかり家族のことを話題に上げてしまった中、両親が特異災害で亡くなったことを打ち明けた時に見せた、朱音の乾いた笑み。

 

 おまじないを歌って、自分と子どもたちの痛みを和らげようと柔らかく包み込んだ抱擁。

 

 響が装者になってしまってから程ない日でもあった、夕焼けの綺麗な日の、泣きじゃくる響を優しく抱き止める、遠間からでも感じ取れるくらい、同い年とは思えないと思ってしまうあの包容力の強さが、示してきた。

 

 なら自分はと言うと、今の自分では………たとえ料理の腕前があって、冷蔵庫の食材が恵まれていたとしても、とてもキッチンの前に立って作る気になれそうに………ない。

 ましてや………もうじき帰ってくる響を――

 

 

 

 

 

 未来は気晴らしにと、リビングフロアのテーブルの前に座り、毎月読んでいるティーン向けの女性誌の今月号を読み始めた。

 

 いくら記事文を読み進めても、写真を拝んでも、まともに頭に入らないまま、ただ淡々とページを進めていった中、部屋の扉が開く音が鳴った。

 

 細々とした足音が、緩慢に、不規則に、こちら側に近づいてくる。

 

「ねえ……未来……」

 

 その足音を鳴らしていた当人の響が、バツの悪そうな顔をひょっこり見せた。

 

「なんて言うか………その……」

「おかえり……」

 

 上手く言葉を整えられていない響に、未来は〝おかえり〟と掛けるものの、視線は碌に活字を読み進めていない雑誌の文面から微々たりとも動かず、声音も堅苦しい。

 

「あ……うん、ただいま………あの、入っても、いいかな?」

「入れば……貴方の部屋でもあるのだから……」

 

 いつもは必ず〝響〟と名前で呼んでいる口から、余りに自然と、他人行儀に〝貴方〟などと一単語を使っていた。

 

「っ………あ、あのね……」

「なに?」

 

 ぎこちなくリビングに入ってきて、何か言いたげで、どうにか言葉にしようと努力する親友を。

 

「もう大体のことは、前に朱音が助けてくれた時に特機二課の人たちから聞いたわ………今さら貴方の口から聞いておくことなんて、ないと思うけど」

 

 遮る形で、突き放した言葉を突きつけてしまっていた。

 

〝私………なんて、こと……〟

 

 内心、直ぐに自分のしでかしたことを後悔するも、その気持ちを顔に出して響に見せる気力すらない。

 

「未来………」

 

 それどころか、冷たい態度を取る飼い主に縋りつく子犬を思わせる親友の顔を目にした瞬間、気持ちが後悔に沈みかけていると言うのに――

 

「見たんでしょ!」

 

 ――部屋一杯に広がる叫び声を上げ、響を萎縮させる。実際の背丈は未来より僅かばかり上なのに、小さく、細々と、未来の瞳(レンズ)と脳(カメラ)が映した中。

 

「見てたんでしょ!? あの日ノイズに殺された人たちを見て――ノイズと戦っている人たちがいて――目の前でその一人の奏さんが死んでいくのを―――残された翼さんがそれをずっと引きずって歌って戦っていたことを―――大怪我をした体中血だらけな朱音を―――ノイズと戦うことがどれだけ苦しくて、哀しくて、辛いってこと………全部分かった上で、それでも選んだんでしょ!? シンフォギアで、命がけで、人助けをしたいって――しようって――」

 

 呼吸も、響からの返しに必要な間も、碌に挟まずに、畳みかける勢いでぶちまけてしまっていた。

 全力疾走をしたばかりにも見える、荒々しく吐かれる未来の吐息、中学の陸上部にして、走ることへの情熱を燃え上がらせていた頃でも、ここまで荒んだものになったことはない。

 

「なら………もっと堂々としなさいよ! はっきりと〝人助け〟をしてるんだって言ってよ!」

 

 親友がどんな表情をしているか、直視も想像もできない状態な未来は、物置から本来の役割に戻っていた二段ベッドの一段目に入り込み、一気にカーテンを強く、固く締めきってしまった。

 体を壁の方に向けた形で、枕に頭を乗せ、ダウンケットを被る。

 カーテン越しに、響の気配を感じた。

 

「ごめん……」

 

 ただ一言、消え入りそうな小さい声で、ギアを纏った姿を見せた時のと同じ言葉を伝える。

 はっきり耳は受け取りながらも、未来は一切応じなかった。

 その日の二人のやり取りは、そこで終わった。

 

 現在の彼女らとは正反対に、部屋に飾られた小学校の頃に撮られた記念写真の中の、当時の二人は、変わらず晴れやかな笑みを浮かび合わせていた。

 

 

 

 

 

 日曜日、六月に入ったばかりだが、梅雨の月であると忘れさせられるくらい、今日は陽がさんさんと降り注ぐ快晴日。

 お昼時。

 純白のスクールシャツに黒色系のベストな組み合わせの中間服な制服を着衣している私は、リディアン高等科校舎の屋上の一角に置かれているオープンテラスの円形型テーブルの前に座している。

 向かいには私のとは異なるボタン付きニットベストな朱音がいる。

 リディアンの制服の内、冬期の上着はブレザーとカーディガン、中間期のベストも通常のとニット型と、種類があり、どれを着るかは各生徒が自由に選択できる。

 私は冬期の際はブレザーを着ているのだが、なまじ芸能人の身なせいか、自分と同じのを着るのを恐れ入る学生が多いようで、朱音や立花も含めた大半がカーディガンを着用していた。

 この極端な制服の使用率の差は、恐らく私が卒業するまで続くだろう。

 

 リディアンの制服事情はさておいて、なぜ私が朱音とこうしているのかは、昨日にて彼女に『付き合わないか?』と誘ったからである。

 退院祝いと、色々と恩を貰い受けてばかりな身ゆえのせめてもの恩返し、のつもりでもあったが………急に思い立った事情等もあり、上手い施しが思いつかず、予め使用申請していたリディアンの個人練習室の一つにて、日課の一つである歌唱とダンスの鍛錬に付き合わせることにし、牛刻の昼食までは二人で踊り歌っていたわけである。

 

 朱音はテーブルに布地で包まれた立方体を置き、結び目を解くと、二段重ねのバスケットなお弁当箱が現れた。

 

「おお……」

 

 蓋が開けられると、私は思わず声を上げて心服させられた。

 

 一段目には長方形状のサンドイッチがずらりと。

 二段目には見事に乾燥させられたドライフルーツらがびっしりと盛り付けられていた。

 

「全部手作りか、このチキンサンドのソースも、ドライフルーツも」

「Sure(もちろん♪)」

 

 付属していた使い捨ておしぼりで手を拭きながら訊ねると、朱音は英語で『もちろん』と応えた。

 料理ができることは彼女当人との女子談(ガールズトーク)を通じて知ってはいたが、その技量は私の予想を超えていた。

 サンドイッチはチリソースが付いたチキンサンド、コーンと黒のすりごまをマヨネーズと混ぜ合わせたシーチキンサンド、トマトレタス胡瓜ら生きの良い野菜が挟まれたハムサンド、ふんわりと焼き上がった弾力のあるシンプルな卵焼きサンドの四種。

 それらの食した後のデザートとして、オレンジ、パイン、バナナ、キウイ、レーズンらが入り交ざったドライフルーツ。

 朱音の話では病院を出たのは八時、今日待ち合わせた時間は十時、しかも五分前には着いていたと言うことは、二時間も満たない時間帯の間に、ラインナップを決め、食材を買い集め、住まいの台所で調理をして、お弁当箱に丁寧に詰めて、リディアンに向かい、指定した時間より前に待ち合わせ場所にしていたことになる。

 歌女と防人と学生の三重生活を送る身から見ても、驚くべき手際の良さ。

 これが高い〝女子力〟とやらの為せる技か……。

 

「知らない? ドライフルーツを家で作れる専用の器具もあるんだよ」

「はぁ………そうなのか?」

 

 最近、最新のドライフルーツ調理器具が発売されたと平日お昼のバラエティでも取り上げられたそうだが、生憎その時間帯にテレビを見る機会はまずないので、専用器具の存在自体初めて知った、

 

「寝耳に水だ…………文明の利器はここまで進んでいるのか?」

「どこの時代のサムライ?」

「無論、〝現代に生きる防人〟だ(ドヤ」

 

 と、はっきり堂々と応じたら、またもや笑いのツボを刺激されたようで品の良い含み笑いを見せてきた。

 まだ私は、どう自分を見て朱音が〝面白い〟と印象付けたのか……さっぱり分からずにいる。

 当然本人に聞いても、巧みにはぐらかされてしまうし、その度に微笑ましくも魔性な眼差しを向けられてしまう。

 こうなると私の生来の〝負けず嫌い〟が刺激されるので、何が何でも自力で答えを導き出して、朱音に看破してみせると決意を胸に秘めながら。

 

「いただきます」

 

 合いの手をして、朱音特性のサンドイッチを食してみた。

 

「どう?」

 

 感想を朱音から求められる。

 なぜか、妙にそわそわと期待と不安が混在した面持ちをしていた。

 そこまで気を張らずともよいのに。

 

「美味しい」

 

 一口目を頬張った時点で、とうに答えは決まっている。

 旨味の作用でできた笑みと一緒に、称賛の感想を返した。

 

「むしろなぜそう不安げに味を聞く? 剣客に喩えれば凄腕の中でも抜きんでた達人の域だぞ」

 

 今の私ではこれが手一杯。

 もしかしたら歌でなら、柔らかく焼き上がった鶏胸肉と出だしほんのり甘味も混じった辛さからのピリッとくる後味なチリソースなチキンサンド、ゴマとシーチキンの風味にコーンのアクセントが利いたツナサンド、野菜そのものの味と歯ごたえが味わえるトマトハムサンド、外側からは想像もしなかった中の半熟卵がとろとろな卵焼きサンドらの美味を、もっと手の込んだ表現で伝えられるかもしれないが………少々気恥ずかしいので、やめておこう。

 それにここは変に凝らさず直球で伝えた方が良いと思うし、先の評価の表現は、誰がどう言おうが覆す気は毛頭ない。

 本当に美味しい。

 実際、サンドの美味で食欲が促進され、食が進むに進む。

 

「よかった」

 

 肩の荷が下りたようで、奏並みに大きな胸を撫で下ろしながら、歳相応の少女らしさのある喜ばしい笑顔となる。

 

「ヘルシーだけど味の薄い病院食ばっかり食べて、味覚が落ちていたらどうしようかと不安だったものだから」

 

 アメリカ人でもある朱音だから、確かに患者向けに味付けが控えめそうな病院食は物足りないかも……ん? 私は朱音が漏らしてきた言葉に引っかかりを覚えた。

 

「ま、待て………それではまるで、私は毒見役を担われた風に……聞こえるんだけど?」

「じゃあそういうことで♪」

「〝そういうこと〟って何ッ~~~!?」

 

 言下に打ち返してきた朱音のやけにウキウキとしたキレのある返答に、私は我ながら珍妙な反応……またの名を、リアクション(これも奏から習った言葉)を見せてしまっていた。

 

 勿論、今のリアクションが朱音の笑いのツボに強く作用されたのは言うまでもなく、凛として大人びた鋭利な美貌が笑い一色となって、腹をも抱えて盛大に破顔して、大笑いをしていた。

 

 いつもの私なら、真面目な性分で『無礼な奴だなッ!?』と反応してしまうところだったが、朱音のまだ一五歳、もうすぐ一六歳相応の可愛らしい喜色満面を見ていると、こっちももらい泣きならぬ〝もらい笑い〟をしてしまっていた。

 

 やはり恐ろしいくらい、しかし多面的な魅力のある〝魔性〟な女子(おなご)だ、朱音は。

 こう言うのを………〝ギャップ萌え〟と呼ぶのかもしれない。

 今日一本抜き取って見てもだ――。

 

 健康的で引き締まりながらも色香に恵まれた体躯で、先日まで入院生活していたことを忘れかけるほど機敏で流麗な体捌きで、プロでも難儀で体力を非常に消費させて泣かせる、踊りながらの歌唱(ちなみに私と奏は――踊って生歌を奏でられる――を売りにしていた)を見せられた。

 歌、武術だけでなく、舞踊歴も相当積んでいるらしい。

 喩えるならば、真性の巫女の舞とでも言うか。

 額から流れる汗すらも美に昇華させるあの美しい舞を一人で拝めていることにありがたみすら感じたし………しかと目に焼き付けられるくらい、揺れていたな、朱音の端整な恵まれた丸みが実った二つの〝盛り上がり〟が………その後のシャワーなど、同じ女子で裸の付き合いに何の問題もないと言うのに、自分のを見せられて、朱音のを(特に胸の辺りを)見てしまうのが無性に恥ずかしくなって、一緒に浴びるのを控えたくらいだ。

 実はこれが初めてではなく、以前にも奏相手にこんな経験をしたことがある。

 理由(わけ)も碌に話さず顔を赤くして〝終わったらメールで連絡してくれ〟と逃げ去った際にチラリと見た彼女の首を傾げたキョトン顔、奏のとはまた違った不思議な味わいがあったな。

 

 この昼食時にしても、少女相応にコロコロと表情を豊かに変えていったと思いきや、やけに品と色気を兼ね備えた仕草で、サンドイッチを頬ぼってもいた。

 

 本物の翡翠に勝る麗しい翡翠色の瞳など、女性の身ながらも、こうどきりと来てしまう。

 

 サンドの味を隅々まで味わいながら、海鳥が翼を広げて飛び回っていそうな海の如く澄み渡る青空を見上げる。

 

 一体この先、後どれほど、様々な朱音の魅力(かお)を目にするのだろうか?

 

 楽しみではあるし、もっと見てみたい欲求すらもあった。

 

「ありがとう……翼」

 

 しばらく空とゆったり泳ぐ雲を鑑賞していた中、急に朱音から感謝の言葉を貰った。

 何事かと、朱音に目を向け直す。

 

「………」

 

 切なさと、今にもそよ風で消え去ってしまいそうな、どこか儚さも漂わせて伏し目となった朱音の微笑と、声と言う音色。

 

 普通なら、何事かと尋ねるところではあるが………聞くまでもない。

 昨日の戦闘の後、二課のエージェントに送られる形で帰路についた級友を見送ったあの時の、後ろ姿を思い出させられたからだ。

 今日のお付き合いの約束も、その姿を見た時に勢いで取り付けてしまった産物。

 

「今日翼に誘ってもらわなかったら………ずっと一日中、どうしてもっと早く言えなかったのかって………悔やんでたと、思うから」

 

 朱音の〝悔やみ〟とは、級友で、立花の幼馴染である――小日向未来。

 

 私の絶唱のバックファイアを請け負って朱音が重傷を負った同じ日、特異災害に巻き込まれた小日向を救う為に、彼女が級友の目の前でシンフォギアを纏った。

 一方で、立花も装者の一人である事実に関しては、伏せてもらうように叔父様らに進言したそうなのだ。

 

「確か、立花に私達(ツヴァイウイング)を紹介したのは……」

「未来で………あのライブに誘ったのも、彼女だったんだ……」

 

 しかし小日向はその日、家族とともに怪我をしたと言う地方の親類のお見舞いに行く急用ができてしまい………地獄絵図と化すことになる会場にはいなかった。

 この因果と、立花が生き延びた先に受けた迫害、肉親の一人が蒸発してしまった事実を踏まえれば、なぜ秘匿したか、その理由は読み取れる。

 あの二年間、立花の〝親友〟で居続けることが、どれだけ辛苦であったかも。

 

 朱音もその二年間を想像し、小日向の心情を案じて、彼女を守ろうと躊躇わず装者としての自分を見せた一方で、親友も装者の一人であることは秘めていたのだが、同じ寮の部屋で同居している環境と、ただの親友とは言い難いものになっている現在の二人の関係性からずっと隠し通しておくのは不可能でもあると悟っていたようで、昨日にて小日向に〝事実〟を打ち明ける気でいたと言う。

 その前に、次こそはと立花を浚いに現れた雪音クリスの襲撃に巻き込まれ………直に装者としての立花を目の当たりにしてしまう形で、知ってしまったのだが。

 

「分かってた筈なのに………何の準備も心構えもできず、いきなり〝真実〟を突きつけられることが………どれだけ痛くて、苦しくて、無情だってこと……」

 

 物憂げな潤いに覆われた――翡翠色の瞳。

 過去を追想していると、その言葉と双眸が、私に教えてくる。

 

 愛する両親をノイズに殺され、同時に、かつて生きとし生けるものを守護する獣であった前世――ガメラの記憶が、人の身な今の自身に蘇ってしまった悲劇を。

 

 まだ……私には、朱音の〝過去〟を踏み入れる勇気がない。

 

 

 

 

〝マイクだ、歌うのならば使うといい〟

〝ありがとうございます! お父様!〟

 

 何せ私にも……あるのだ。

 

〝引っ越し……それはお父様も一緒に、ですよね?〟

〝いや、お前だけだ、今後私とともに暮らすことはないだろう〟

〝そんな………どうして………どうしてお父様と一緒に暮らしてはいけないのですか!〟

〝お父様お父様とよく言ったものだ………〟

〝お……お父様?〟

 

 

 

 

〝お前が娘であるものかッ! どこまでも穢れた風鳴の道具にすぎん!〟

 

 

 

 

 簡単には他者に、打ち明けられぬ過去を。

 

 

 

 

〝翼さんは父である貴方に歌を聴かせることが好きだと言ったッ! その父親の貴方がそれでは――〟

〝私は翼の父親ではない!〟

〝えっ?〟

 

 

 

 

〝血が繋がってはおらんのだ………あの子は―――私の妻が、私の■、■■に孕まされ、産み落とされた………我ら風鳴の業の―――〟

 

 

 

 

 この身に背負う――因果を。

 

 

 

 

 今朱音の過去と因果に、これ以上深く踏み込んでしまえば、私の――風鳴の因果、闇に巻き込んでしまいそうで、たとえ朱音に覚悟できていたとしても、立ち入らせるには、まだ忍びない。

 なので、まだ当分は、踏み止まったままだ。

 

 それでも、現在(いま)の朱音から、分かることがある。

 

 奏を失った私と、家族を失った奏………その時の私達より遥かに幼い時に、愛する人を失いだけではなく、幼子には余りに無情な〝因果〟を背負った、背負わされてしまったと言うのに。

 下手をすれば、私やあの雪音クリス以上に、自らの境遇に悲観し、荒み切ってしまってもおかしくないと言うのに。

 

 災い、不条理、困難に毅然と立ち向かう強さを。

 

 他者を心から想い、慈しみ、愛しむ優しさを。

 

 その両方を、今でも失わずに今日を生きているのだ………人間(ひと)として。

 

 

 

 

 

「う、歌おう!」

 

 そんな朱音への敬意と、憧憬と、愛しさゆえに、気が付けばその場から立ち上がると同時にこんな言葉(こと)を口走っていた。

 

「は、はい?」

 

 当然ながら、朱音は不思議な味わい深さのあるキョトン顔で私を見上げ、翡翠色の瞳に、自分から言い出しておいて困惑している私を映し出している。

 こんな時、奏だったらどう言葉にして伝えるのだろうか?

 

 奏や朱音のように人を励ますのは………難しいな。

 

「い、いや………さっき歌ったばかりだと言うのに、また急に朱音と歌いたくなってな……あはは」

 

 見え透いた低次元の言い訳と、下手くそな愛想笑いで、茶を濁してしまう。

 

 本当、どうして私の口と舌はこうも不器用なのか?

 立花には、ああも拒絶の旨をすらすらと滑らかに、刃の先とともに突きつけておいて………全く。

 

「with joy♪」

「え?」

 

 自分の口下手さ加減にまた嘆いていた中。

 

「喜んで」

 

 と応えてくれた朱音は見せてくれた―――麗らかな笑顔を。

 

 

 

 

 

 その日の六月の陽光が照らす午後の刻にて、二人がスマホの音楽プレーヤーから流れる伴奏をバックにツインボーカルで歌い上げた歌の一部を上げると。

 

 戦国御伽草子な少年漫画原作のアニメ四番目のOP曲でもある、九〇年代より人気を博した音楽グループの一曲。

 

 以前、翼の心を解きほぐしてくれた、不死蝶の歌い手と呼ばれたアーティストのデビュー曲。

 

 さらに、かのツヴァイウイングの代表曲――《逆光のフリューゲル》のフルコーラスを、本人らも意識せずして、MVやライブにて披露したダンスも込みで、歌いきっていたのであった。

 

 

 

 

 これがある反響を起こすことになるのだが、それはまだ先のこと。

 

 

 

 

 

 そしてこの二人の歌女が、縁の糸が揺らぎかけていた少女たちを救うことになるのが、直ぐ先のことだ。

 

つづく。

 




今回の台詞の一部には、mototennさんってpixivユーザーが描いた同人誌『かざなりさんちのつばさちゃん』の一部が使われております。
motoさんありがとうございます!


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#30 - 離れゆく前に ※挿絵追加(2023/11/25)

明日から三連休まるまる、AbemaTVで無印~GXまで全39話シンフォギア一挙放送があり、その期間内は多数の適合者が体力を消耗することうけあいなので、前日までに書かねばと書いて、なんとか書き上げました。

ここから暫くのイメージED:ドリカム/何度でも

※挿絵追加(2023/11/25)


 翼なら、もう大丈夫。

 

 鋼鉄だけで作られた、ただ固いだけの脆く、敵はおろか自分自身をも傷つける抜き身の刃だった面影を感じさせないくらい、以前の彼女からは〝脱皮〟している。

 戦闘の際は、磨き抜かれている剣技含めた、研磨された〝日本刀そのもの〟な戦闘能力は、精神の枷が解かれて存分に発揮されているし。

 日常では面白い部分も込みで〝女の子〟な一面が顔を出すようになり(でもシャワーの時にあんな恥ずかしがることないのに、私からすれば翼のスタイルは〝名刀〟並に綺麗だし、全体的に着物と調和する絵に描いた大和撫子だと思うんだけど)。

 デュエットを通じて間近に拝めてもらっている歌声も、活き活きと溌剌として、解放感、そして〝熱〟を感じさせるものになっていた。

 もし奏さんの墓参りに行って報告する機会があれば、世話焼き好きそうなあの人も安心して、あちらの世界に居たまま見守ってくれるだろうし。

 津山さんも、次のライブでは心置きなく観客席からエールを送れること間違いない。

 現に最近の翼の様子をメールでご報告をしたら、喜びを分かち合う同僚たちと一緒に写った写真付きの感謝の返信を返してくれた。

 ただ……その津山さんら自衛官の皆さまの写真内にあった垂れ幕、なぜ翼を差し置いて私の退院祝いだったのだろうか? と気にはなったけど、嬉しくもあったので変に勘ぐらないことにした。

 

 一緒に青空の向こうまで飛ばす勢いで歌い踊り、改めて翼は大丈夫だと確信した日曜の翌日な月曜日。

 昨日の時点で、翼に誘われる形で来てはいたけど、平日にて勉学に励む学生としては久しぶりに、私はリディアン高等科に通学していた。

 とっくに衣替えがされていたので、中間期の制服を着た大勢の学生たちが歩く朝の風景に対し、妙に新鮮さを覚えて、瞳が映させられていると。

 

「アーヤ、おはよう」

 

 創世、詩織、弓美の三人と鉢合わせ、そのまま四人並びで校舎へと向かう。

 

「お体の方はもう大丈夫そうですね」

「ああ、念の為、後何回かは検査に通わなきゃいけないんだけど」

「でも一昨日まで入院してたとは思えないくらいピンピン、アニメキャラ並みの回復力だわ」

「私の体は歌えば治るようにできていると言ってもいい」

「お、あれだけ歌が大好きのアーヤなら、確かにその体質っぽそう」

 

 私はどや顔で〝現代に生きる防人だ〟と豪語した昨日の翼をモデルにこう返した。

 彼女にはその大のつく真面目な性分だからこその、天性の域なコメディアンの才能がある。

 歌舞伎座で言えば〝二枚目〟の路線なアーティストとしての《風鳴翼》のイメージを崩さない為の留意が二割、日本のコメディアン―漫才師ならボケ役に当たる翼の〝面白い〟一面は、当分自分だけにとっておきたい欲求半分が八割の比率で秘密にしておく気でいるけど、案外長い付き合いで常々そう思っていた緒川さん辺りが、プロモーションの放心をそっち方面に転換しそうな気もしていた。

 

 

 

 実はこの後の今年度中に、新曲の宣伝も兼ねてゲスト出演したあるクイズバラエティにて、翼のかの隠れた〝才能〟が全国、どころか全世界に知れ渡ってしまうことになるのだが、言わずもがな、この時の私も、翼本人も、知る由も、知る術もない。

 

 

 

「待って頂戴、どう聞いても今のイ○ム・ダ○ソンのもじりよね、それ?」

「ご名答」

 

 生粋のアニメマニアな弓美のおっしゃる通り、元は女ったらしだが空が恋人で貰った勲章の分だけ没収もされた問題児エースパイロットの名言だ。

 女好きと軍規などクソくらえ、ランチを一四回も奢らせる性分はともかく、架空の人物ながら〝好きこそ物の上手なれ〟を地で行く彼には、私も敬意を持っていたりする。

 

「課題の方は大丈夫そうですか?」

「心配ない、義務を果たさずして自由は謳歌できないんだし、みんなのフォローも貰った分、期日内には仕上げるさ」

 

 入院中の授業のブランクは、その期間の分のノートを見せてくれた創世たちのフォローのお陰もあり、どうにか全教科着いてはいけるだろうし、提出しなければならないレポートも、昨日の夜の内に集中して取り組んだ分六割ほどは進めたので、提出期限には何とか間に合いそうだ。

 このように、勉学と、さっき述べた翼に関しては………問題はないんだけど。

 むしろ………学生の領分外にある問題の方が、厄介な上に数も多いとも言えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の最初の授業は英語だった。

 日本の学生としては面倒、けどバイリンガルの帰国子女で、英語が体に染みついている身な私からすれば一番退屈な教科である、担当の先生方には申し訳ないけど。

 いつ教科書を読んでも不可解に思う……仮にも国際的に活躍できる人材を育てないのなら、なぜ英語からわざわざ日本語に変換し直すのか?

 この面倒くささを助長するやり方が、今でもなぜ続いているのか、上履きへの履き替えは納得できても、こちらはさっぱり分からない、明らかに日本の学生たちに英語力が中々浸透しない原因の一つの筈なのに……海外からの観光客を乗せる機会も多い人力車の車夫さんの方が堪能に喋れる事実を知った時にはアイロニカルを覚えたもの、実践を前にしては、所詮机上は空論か。

 なんてジョークしてみたけれど、今の自分にとっては好都合でもあるので、今教科書の何ページであるかぐらいは聞く耳立て、ノートを取る素振りをしながら、私は赤い線が混じる罫線が刻まれた紙面と、手に持つシャーペン、藤尭さんらソースな情報たちを使って、今までの〝おさらい〟をしている。

 

【挿絵表示】

 

 機密事項な単語はアナグラム含めて暗号にしつつ、一九二〇年代中期までのアメリカのビジネス業界にて使われていたスペンセリアン風の書体で記しているので、たとえ隣のクラスメイトがのぞき見しても、一文たりとも読まれる心配はない、何しろ英語圏の現代人からでも読みにくいと評判で、書けない人の数も少なくないのが実態な筆記体である。

 そこまでしてペンと紙を使うのは、この方が頭の整理に利くのが理由だ。

 

 今から一〇年前、櫻井博士が開発し、特機二課の前身でもある聖遺物の研究を担っていた非公開の政府組織――《風鳴機関》の所有物でもあった第二号聖遺物――《イチイバル》が紛失。

 組織の長であった今の風鳴家の当主らしい、写真を拝見した時はいかにもな風貌をしていた《風鳴訃堂(かざなりふどう)》は引責辞任、次男であり当時公安警察官だった弦さんこと風鳴弦十郎がその座を引き継ぎ、今の二課に再編された。

 自分たちのことは棚に上げて、世襲制だの七光りだの揶揄したり、難癖つける連中がいたのが手に取るようにイメージできた。

 一度、偶然にも弦さんらをいびる官僚どもを目にしたことがある。

 私がいることを気づいた連中が慌てて口を引っ込めて掌を返した様は、ある意味笑いものだった。

 つい私も『I admire your being eager but I can´t respect at all(お仕事熱心ですね、全く尊敬できませんが)』と投げ放ち、装者であり、ある意味で公務員のアルバイターな身であれど、正規の軍人でも警察官でもなく、帽子も被っていないのに敬礼をしてやった。

 基本的に〝無帽での敬礼はありえない〟を利用したジョークだ。

 弦さんら二課と一課、自衛隊の方々へのリスペクトはあっても、ああいう連中の犬になった覚えはない。

 自らの信条で、こういうグレーで汚くて世知辛い〝大人の問題〟には巻き込ませたくない弦さんから、あの後苦言は呈されたけれど、私からしてみればその手の問題にも直面する覚悟で装者をやっているので、大人しく目隠しされるのを甘んじる気もない。

 

 再編してから八年後、今より二年前、バル・ベルデ共和国への国連軍の介入が切欠で、長年行方不明だった雪音クリスが保護され、裏では虎の子なシンフォギアの正適合者候補の一人として日本に帰国しながらも、直後に謎の失踪。

 

 雪音クリスの、バル・ベルデに続き二度目となる行方不明が報じられた日、ツヴァイウイングのライブの裏側で行われていたネフシュタンの鎧の起動実験は、暴走事故を起こして失敗、直後の大規模特異災害の混乱の最中紛失。

 奏さんの殉職と同時に、第三号聖遺物―《ガングニール》も失われた事態を考えると、広木大臣が相当、二課の存続に奮闘していたと、今の二課の風向き具合から見ても分かる。

 

 そして現在、体内に聖遺物を宿した響の体質を目当てに、イチイバルとネフシュタン、その上ソロモンの杖も携えて、雪音クリスが二年の空白から姿を現した。

 

 そのクリスを体よく利用していた首謀者の名が―――フィーネ、終わりの名を持つ者。

 

 奴が聖遺物をかき集めて、何を行おうとしているかは一度置いておいて、現状はっきりできる事実を整理しよう。

 

 フィーネ自身には、資金力もコネクションも豊富な一方、奴自身の目論見を実現する為の手足たる駒は、二課のエージェントたちによる捜索が続いている雪音クリス、しいて他を上げると例の内通者くらいしかおらず、およそ〝組織〟と呼べる体ではない―――と、私は割り出していた。

 

 わざわざ完全聖遺物を携えて、雪音クリスが半ば正面から堂々と響を誘拐しようとしたどころか、私を響から遠ざけ足止めさせる役すら彼女が担っていたのが根拠。

 何しろ、響が初めてガングニールを纏ってから、クリスが現れるまでの間、あの子を浚う機会は、山ほどあった。

 特に装者になりたての頃の響は、絵に描いた素人そのもの。

 通学、または下校中のあの子へ不意を突く形で、聖詠を唱える暇も与えぬ手際で連れ去るくらい、可能だったのに、そうはしなかったと言うことは、その命を直接与えられる傘下にあり、実行できる数の人員を持っていなかった。

 

 一方で、広木防衛大臣の暗殺。

 もしフィーネの思惑も関与していたとすれば………the united states of Americaが、奴に支援をしている可能性が高い。あのソロモンの杖も、かの国から貸与される名目で手にしたと思われる。

 余りに自由の国を疑ってくれと言わんばかりの大事と状況だったから、迂闊に断定するのは危ないと言い聞かしてきたけど、今は祖国の片割れも関係していると仮定した方がいいと考えている。

 私も祖国を疑うのは忍びない、そこまで星条旗の政府に関わる人間たちは愚かではないと信じたくもあるだけれど………。

 苦味に堪えて、どう考えてみても反芻しても、今広木大臣を亡き者にしてまで得を手に入れることのできる存在が、米国以外に見当たらないのだ。

 恐らく、フィーネは巧言令色に、高いリスクを払うだけのメリットはあるなどと合衆国をそそのかした。

 

 この推論の根拠は、フィーネに切り捨てられた時に見せた、雪音クリスの、奴への依存の高さ。

 

 二課のデータベースの記録によると彼女は、『バル・ベルデ』での悲惨な境遇から、大人たちに対して重度の不信と憎悪、攻撃性を抱えているとあった。

 無理もない………日本(ここ)の反対側で彼女が出くわした大人どもは悉く、幼い少女の身も心も痛めつけてきた〝鬼〟〝悪徒〟ばかりだったと、荒々しく現代兵器を模したアームドギアによる攻撃に乗せて歌っていた戦闘歌の、刺々しくパンクテイストな歌詞と歌い方から、窺えた。

 そのクリスが、憎む〝大人〟の一人の筈なフィーネに、あそこまで依存していた。

 彼女本人には悪いが、アダムとイヴを失楽園に至らせた蛇――悪魔も同然な悪辣さで、ボロボロに荒み切った少女を、自らの命に忠実な駒に落とすまでに隷属させたに違いない。

 私の祖父(グランパ)はよく口にしていた………〝悪魔ってやつは大抵、天使の声と微笑みに化けて囁いてくる性質の悪さの持ち主〟だと。

 

 心を閉ざす一人の女の子をも誑かした〝天使の皮を被る悪魔の囁き〟ならば、自由の国を唆して凶行に走らせてもおかしくはない。

 

 私の推理が当たっているのなら、向こうも向こうで、話に乗っかり、聖遺物を提供しつつも、隙あらば、奴をも出し抜こうと腹に一物持っていることだろう。

 

 一度タガが外れれば、どこまでも残酷に堕ちて悪魔の快楽って酒を生み出してしまうのが人間(ヒト)、災いの影ギャオスを生み出してしまった超古代文明の頃から見てきた、一度たりとも忘れたことのない悲しい事実であり、業の一端。

 

 人の悪しき一面をも利用し、聖遺物をかき集めて………フィーネは何をしようと言うのか?

 

 奴の思惑を掴む為に必要な、現状最もはっきりしている手がかりは、今のところ、クリスがあの時発したあの言葉。

 

〝人は呪いから解放され、バラバラになった人類は元に戻る〟

 

 なぜクリスを誑かす為の虚言も捨てきれないのに、有力な糸口かもしれないと思えるのは、少し前に、似たような言葉を耳にしていた……から。

 

〝人類は、呪われている〟

 

 ~~~♪

 

 リディアン独特のチャイムが鳴り響いて、今日の英語の授業の終わりを告げてきた。

 整理と思案はこの辺にして、学生の本分、授業に注力する方へ頭を切り替えないと。

 机に置く教科書とノートを次の教科に組み替えて、今日の授業に出てくる分を大まかに予習し直し始める中………ふと目にしてしまった。

 未来が一人、教室からそそくさと出ていき、その背中を、縋るように見つめている響の姿。

 

 舌が苦さを感じ取る。

 デュエットを通じた翼からのエールが無かったから、もっと感傷的になって、罪悪感で落ち込んでいたかもしれない。

 

 今朝からずっと、響と未来はこんな調子。

 未来は堅苦しい表情で口を固く結んでしまい、響はそんな親友に、一声も掛けられずぎこちない視線を送ることしかできず。

 

「立花さん!」

「はぁ、はい!?」

「教科書の続きを読んでごらんなさい」

「すみません………ぼんやりしてました」

「最近酷くなっていませんか? 次の課題レポートは、必ず期限内には提出するように、いいですね?」

「はい……すみません」

「草凪さん、代わりに続きを読んでもらえますか?」

「はい」

 

 一際授業にも身が入らず、担任の仲根先生からきついお叱りと、期日内での課題提出の催促も受けてしまっていた。

 いつもは心配の眼差しを送っている未来の瞳は、机に向けられたまま、シャーペンを持った手だけが、淡々と、早々と動き廻って、ノートに書き込んでいる。

 

 響が今、装者の一人である事実を伝えられず、ずるずると引き伸ばしていた時から、そう簡単に、親友が〝命がけの人助け〟をしている事実を受け入れられないと懸念はしていた。

 ずっと、あの日親友が死の淵を彷徨い、自分は特異災害に巻き込まれずに助かってしまった自分を、責め続けてきたらがゆえに。

 けど………実状は自分の懸念以上に深刻だった。

 

 頑なな親友の態度に萎縮して、響は想いを一言たりとも伝えられずにいる。

 

〝自身が、大事な人とともに過ごす日常を守る〟

 

 一昨日のやり取りで、私が出した〝宿題〟に対し、響がそう答えを見い出したのだと、私は汲み取っていた。

 だけど今、特異災害から人々と自分も過ごす日常を守るどころか、守るべき日常を、大事な存在とともに送ることすら、ままならなくなってしまっている。

 

 このままだと………響が無自覚に抱える、心に巣食う強すぎる〝自己否定〟が、さらにあの子を追い詰め、自分の命を天秤にすら置かない無謀で投げやりな〝人助け〟にのめり込んでしまう。

 そうなってしまえば、体内のガングニールは、あの爆発的エネルギーを、響の摩耗していく心にぶちまける、大量のガソリンと何ら変わらなくなってしまう。

 

 未来も自分の心を自傷し続ける親友に、抱え込む罪悪感の影を、より強くさせしまう。

 自分も経験があるから分かる。

 今日の未来が見せる無表情は、それだけ感情が、いつ理性の堤防を決壊させてもおかしくないことを知らせる信号で、苦しんでいると示すSOSでもある。

 

 そうして互いが互いを、傷つけ合い続けてしまう。

 

 まるで、お互いの温もりをもっと感じたいが余り、自分の針が相手を傷つけ、相手の針が自分を傷つけるのも構わずに身を寄せ合い過ぎてしまう………ヤマアラシみたいだ。

 当然、その先にあるのは……関係性の、破滅。

 

 初めて会った時に見せてくれた響の笑顔、あの陽光も守りたかったから、私はまた〝ガメラ〟となることを選び、戦っている。

 

 そのような末路に、至ってたまるか………あの子たちの笑顔を、失わせてたまるか。

 

 だからこそ、私にも責任がある。

 未来に、真実と一緒に、響がどうして戦うことを選んだか伝える為に、根気よく対話しなければならなかったのに………彼女の心情を案ずるのを言い分にして、ただ時間だけを先に先にと引き伸ばして、後回しにしてしまった。

 その癖、翼の気遣いがなかったら、歌声を貰わなかったら、ただ未来に伝えられなかった罪悪感に一人沈んで、独り善がりの一人相撲、全く以て情けない。

 

 まず放課後に、未来と対話する機会と時間を作る。

 

 今日の響の様子から見て、多分、あの二年間の経験ゆえに、想いの丈をぶつかり合ってまで対話することに臆病になっているきらいがある。

 響本人には忍びないけど、今日の心理状態を見るに、とても響自身の言葉だけで、未来と正面から向き合えそうにない。

 未来も未来で、響と話そうとしても、想いと裏腹に心が乱れて、突き放した言葉ばかり口から出てしまう状態にある。

 腹を割って話すなど、夢のまた夢だ。

 

 ならせめてどうにか、離れていく二人の距離を、縮めるくらいはさせてあげないといけない。

 

 

 

 

 

 午前の分の授業が終わり、昼休み。

 今日は日直当番の日であった私は、級友たちを先に行かせ、黒板周りの掃除と、学級日誌の記入を先に済ませて、昼食用のお手製弁当を片手に、食堂に向かう。

 昼休みの内に、未来と面と向かって機会を取り付けておきたかった。

 食事を終えた時くらいに、まずは『放課後時間を取れないか?』と切り出した方がいいだろう、いきなり本題からはリスクがある。

 本日も各学年の生徒らが多数、学食または購買のパンに弁当でお昼を取って談笑し、賑わっている大広間の食堂内を進んでいると、未来を見つけた。

 見つけたのだが、できれば一人でいたい気な未来本人に反し、一人ではない。

 未来の向かいの席には、大盛りのラーメンを頼んだらしい響が腰かけ、二人に創世たちが立ったまま何やら話しかけていた。

 

 皆の下へ近づく中。

 

「ビッキーったら、内緒でバイトとかしてるんじゃない?」

「えぇっ! 響が!?」

「本当ならナイスな校則違反ですよね、それ」

 

 三人のこのやり取りで、無表情に黙々とハンバーグ定食を食べ進めていた未来の手が止まり、立ち上がると同時に走り出し。

「未来!」

 

 響も即座に後を追いかけ出した。

 取り残された三人は、どうしてこうなったのか見当がつかず、顔に疑問符を浮かべ。

 

「あ、草凪さん」

 

 最初に私の存在に気づいた詩織が、呼びかける。

 

「あの、お二人に何かあったかご存知ですか?」

「さあ、私にもさっぱり」

 

 守秘義務のあるシンフォギアが絡む問題なので、事情を知らず茶々を入れてしまった三人には知らない振りをしながらも。

 

「ただ、ジョークをジョークだと流せる余裕が二人にないことは私でも分かった、預かっててくれ」

 

 と、付け加え、弁当を彼女らに預けて二人の後を追った。

 

 響も響なりに、未来と腹を割って話そうと、向き合おうとしていたのだろう。

 自力で踏み出そうとする意気には敬服したい………ただ……場と、間と、巡り合わせが悪過ぎた。

 静寂と集中が求められる授業中はともかく、談笑しながら昼食を取る女子たちがひしめく空間の中で、あのような固く重い空気を醸し出していたら目立つ。

 特に創世の言った〝バイト〟………実はあながち、間違ってはいない。

 

「すみません、さっき生徒が二人、走っていませんでしたか?」

 

 廊下内で、不思議そうな面持ちをする他クラスの学生や先生たちに尋ね周り、未来が衝動的に走って行った先を突き止めようとしていると。

 

「朱音?」

 

 この棟の屋上に繋がる階段の前で、これから食堂に行く途中らしかった翼と鉢合わせた。

 

「響と未来、見かけなかった?」

「いや……見てはないが、何があった?」

「be estranged……(溝ができた……)」

 

 走りながら、端的に一言で説明すると、直後に階段から未来が、元陸上部の経歴に違わぬ俊足で走り去っていった。

 潤む目に、涙が浮かび、雫を飛び散らせて。

 

「立花は任せろ、朱音は小日向を」

 

 状況を読み取ったらしい翼が願い出。

 

「ありがとう、助かる」

 

 私は翼の厚意を受け取って、見失うまいと、未来の背中を見据え、追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 翼は未来が降りてきた階段を登り、もしやと屋上まで辿り着くと。

 

〝当たりか……〟

 

 屋上の中央付近にて、佇んでいる響を見つけた。

 翼のからは後ろ姿しか窺えないが、全身が震え、両の拳を握りしめ、今にも崩れ落ちてしまいそうな、心ここにあらずな佇まいが、ここで何が起きていたかを語っていた。

 

「立花!」

 

 翼が呼びかけると、響は彼女がここにいる驚きで両肩を飛び上がらせるも、顔を見せたくない様子で、振り向こうとしない。

 

「どうしたのだ?」

 

 翼は響へと、一歩また一歩と少しずつ歩みながら、続けて呼びかける。

 

「な……なんでも………」

 

 背を向けたまま、何でもないと翼に答えようとする響。

 しかし、無理やり笑顔にしようとした声音には、隠し切れない、抑えつけられない〝嘆き〟がはっきり表出している響は――

 

「へいき……へっちゃら、です」

 

 ――その場から、少しでも翼から離れようと、逃げ去ろうと、独りに自ら飛び込もうと、走り去ろうとした。

 

 全力疾走で、翼を横切ろうとするも、翼の、かつてアームドギアを突きつけて拒絶の意を示した右手は、神速の居合の如き速さで、響の左腕をしっかりと掴み取った。

 その翼の手を振り払おうと、響はもがく。

 執拗なまでに、涙で濡れてしまっている顔を、翼に見せようとしない。

 

〝お前ら……ノイズと戦ってんだろ!? 奴らと戦える武器も持ってんだろ!? だったら私にソイツを寄越せッ! 奴らをぶっ殺させてくれッ!〟

 

 初めて会った時の、家族にノイズを殺されたばかりの奏を思い出すほど……手負いの獣めいた、荒れ模様であった。

 つい数か月までは戦いを知らぬ素人だったと言うのに、同年代の少女離れした腕力に解かれそうになりながらも。

 

「はなっ………はなしっ………離して!――下さい!」

「ダメだ――離さん!」

 

 翼は頑として離さない。

 

「今ここで立花の手を離せば、立花を一人にしてしまえば、必ず後悔する……だから……離せない」

 

 手を払おうとしていた響のもがきが、ぴたりと止まった。

 

「不出来さばかり見せてきた身だが、それでも立花の背負う苦しみ、悲しみを和らげてやりたい………だから………頼む」

 

 静寂に帰していく屋上にて、一筋のそよ風が、二人の髪を、なびかせた。

 

つづく

 




終盤の翼とビッキーの下りは、これ書き始めた段階から絶対入れたかった場面。
翼は右手で、ビッキーが『左腕』なのがポイントだったり。

あとちゃっかり朱音のアドレス入手している津山さんである(コラ


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#31 - 揺れる想い

劇中流れているBGMのモチーフ。

映画『夕陽のギャングたち』のテーマ曲『Giu' La Testa』
映画『ニューシネマパラダイス』の『愛のテーマ』

つまり、愛ですよ。


 陽が暮れる時間がどんどん延びてきている六月の夕刻。

 窓の外は、まだ微かに赤味のある丸い陽の光が顔を出していた。

 少し窓の向こうを見ていた私は、自分の今の住まいたるマンションのキッチンで、今日の夕食を――〝二人分〟、作っている最中。

 ミニコンポからは、数々の名作映画の音楽を手掛け、一〇〇歳近いご高齢の身ながら、今でも現役な作曲家の歴代劇伴が流れ、今はイタリア風西部劇のジャンルを作った一人であるイタリア人映画監督作で、革命家と盗賊、二人の男の不思議な友情を描いた映画の、口笛含めたコーラスが印象的なテーマ曲が程よい音量で響いている。

 その曲に続いて、次は監督になるまでに映画に魅せられた男の物語なイタリア映画の名作のテーマ曲が流れ出す。

 メロディに聞きながら私は、主食の一つで、グリルで西京風に焼いているサワラの様子を窺いながら、黄金色な丸鶏スープの中の鶏肉、ポテト(ジャガイモ)、にんじん、玉葱、大根、糸こんにゃくに三度豆、くらげにヤングコーンらを圧力鍋でぐつぐつと煮込ませている。

 勿論、日本の伝統的庶民の味の代表たる料理――《肉じゃが》である。コラーゲンもたっぷりで、女子の肌にも良い仕様。

 

 もう少しだなと、長年の経験で後どれ程煮込み必要か、箸で差し込んだポテトの柔らかさから、直感で時間を割り出すと、ちらりと……〝彼女〟を見た。

 彼女とは―――未来のこと。

 

 ソファーで、足を丸め込む形で座る未来は、日没したての黄昏時に入った空を、ただじっーと見つめていた。

 とりあえず……お昼の時の濁流じみた〝発露〟の時より大分、落ち着きを取り戻している様子で、何よりではある。

 今日のお昼時の未来は、それこそこの二年、無自覚に溜め込み続けてきたものを、洗いざらい、吐き出していたのだから………。

 

 

 

 

 

 走行ご遠慮な校内の回廊内を、響を翼に任せた私は、未来の背中を追いかける。

 お互いの距離はおよそ一〇メートル。

 元陸上部の面目躍如か、未来の走る速度は全く衰えがない。

 だからと言って、このまま引き離される気も、未来を見失う気もさらさら私は持っていない。

 

 響が、なけなしの勇気で踏み込んできたその手を払ってしまった未来を、このまま……〝独り〟にしていいわけがない、させない!

 

 靴を履き替えもせず、我武者羅に走る未来は校舎を飛び出し、グラウンド、体育館含めた高等科施設全体を囲む森の中に入り込んだ。

 

「未来ッ!」

 

 未来の体力が消耗するまで、悠長に走り続ける気のなかった私は、自分と未来以外に人気のない、その風と葉が触れ合う音色が聞こえる緑の下で深く息を吸い、未来の名を、森の隅々まで響き渡らせる気で叫ぶ。

 私の声が木霊する中、ここまでずっと走り続けていた未来の足が、ようやく止まった。

 陸上部現役時代でも、これほどの長い距離を全力で走ったのは初めてだったようで、後ろ姿でも大分息が荒れているのが分かる。

 

「…………」

 

 疾走を止めても、背中を向けたままの未来に。

 

「ごめん………」

 

 深々と、頭を下げて謝る。

 

「………なんで朱音まで謝るの?」

 

 一分の半分ほどの沈黙を経て、未来はそう返してきた。

〝も〟と表現したところを見るに、響にも同じ問いを掛けたらしい。

 私は頭を上げ直し、足音も控えるくらいそっと、彼女の背に近寄る。

 

「何も言っても言い訳になる………でも響も装者だった事実に未来がここまでショックを受けたのは………〝未来を傷つけたくない〟なんて言い訳で黙っていた私の――」

「朱音は何も悪くない!」

 

 謝った理由を述べていた途中、未来の叫びが遮った。

 

「あの日………私が……響を誘わなかったら………一人にしなかったら…………響があんな目に遭わずに済んだのに……なのに………どうして?」

 

 未来の口から、零れ呟かれた一言を端に、彼女の全身が、疲労のものではない揺れを見せてきた。

 そして、次の瞬間には――

 

「どうしてなの!?」

 

 縋りつく様相で私に詰め寄り、制服の胸部を掴み上げて、揺らす。

 

「どうして………どうして響ばっかり! 苦しまなきゃいけないの!? 辛い目に遭わなきゃいけないの!? 辛い想いを背負わなきゃならないの!? 響が一体何をしたって言うの!?」

 

 生い茂る木々の下の、宙を流れる風よりも、草木を震撼させそうな未来の号叫。

 二つの瞼の周りは、流された涙で赤く腫れあがっていると言うのに、未来の瞳からはなおも、大粒の涙でできた水流が、溢れ出るのを止めてはくれない。

 

「あの日あのライブに来ていただけで、ただいただけで………ただ生き残ったってだけで……一生懸命に生きようと頑張ってきただけなのに………あんな想いをして…………これ以上響に………何を……」

 

 分厚い涙のベールに覆われた未来の瞳は、私の姿こそ映しだしているものの、未来自身には違う〝光景〟が投影されているのが分かった。

 

「なのに………私………さっき響に……〝友達ではいられない〟って………あんな酷いこと」

 

 未来を過度な自責に蝕ませる、つい先程、響に向かってそう言い放ってしまった言葉と、二人の在り方を一変させてしまった過去。

 

 テレビ画面越しに知った、自分も行くはずだったツヴァイウイングのライブの惨劇。

 生死の狭間を彷徨いながら眠る親友――響の帰還を、ひたすら願う日々。

 一日でも早く歩けるように、体から上がる悲鳴(くつう)に耐えて、リハビリに励む響を見守り、支え、応援する日々。

 後遺症も残らず、無事退院できた矢先に待っていた悪意に呑まれ堕ちた級友たちや、同じ街に住む人々からの、不条理な〝生存者狩り〟。

 不条理に耐え抜けられず、家族を残して、一人消え失せてしまった響の〝父親〟。

 愛する友が受けた地獄の数々を間近で見せつけられ、内心あの日特異災害に巻き込まれずに助かってしまった罪悪感に苛まれながらに、誰も彼もが響を糾弾する側に愚かしく流される中、独りその濁流に抗い、自分の中傷の対象にされるのを、そして日々スプリンターとして情熱を傾けていた〝陸上〟をも捨てる覚悟で、親友であることを貫き続けた日々。

 

 この春リディアンに編入し、私達と会い、新たな友達ができるまでの、暗闇の中も同然だった二年間の記憶(トラウマ)が、明確な映像で、一度に未来の頭の中のスクリーンが映している様と、響が人々から特異災害(ノイズ)に立ち向かう責務を背負ってしまった因果に対して、どうすることもできず無力で、突き放す言葉を突きつけてしまった自身に攻め立てる様が、私の目から見ても、理解できてしまっていた。

 

「ねえ……朱音……あるんでしょ?」

 

 この言葉の先がどう繋がり、未来が何を言おうと、私に伝えようとしているのかを……。

 

「他にも聖遺物があるんでしょ? それをシンフォギアにできる技術があるんでしょ? なら私にも使わせて! 私に戦わせてよッ!」

 

 未来は訴えてくる。

 心より発せられる感情の形こそ違うけど、弦さんから〝君が地獄に堕ちることなっても?〟と警告されても構わず、むしろ自ら落ちる気概でノイズと戦う力――シンフォギアを求めた奏さんと、似た響きで、求めてくる。

 

「訓練が必要なら受ける! どんなに辛くたって耐えてみせるから――お願いッ! お願いだから! 私に――」

 

 自分も、シンフォギアを纏って、戦いたいと、戦わせてほしい。

 

 責めも、苦しみも、辛さも、響ではなく自分が背負うべきだと。

 

 罰を負うべきは、愛する友を死の淵と、生き地獄に突き落とした自分が相応しいと。

 

「未来……」

 

 縋りついてくる未来の両肩に、私は自分の両手をそっと触れ、泣き濡れた彼女の瞳を見据える。

 

「前にも言った筈だ………誰にでも扱える〝力〟ではないと」

 

 響への強い慕情が、激しく混沌に渦巻き、己の心を自傷する未来へ。

 

「何より――」

 

 私は、心を厳格なる〝鬼〟にさせて。

 

「――君と響を、より不幸に落とすだけだ」

 

 突き放し過ぎずに、けれど厳然と、粛然と、激情の余り破滅に流されようとしていた友を、諭す。

 

 一転して、荒れ模様だった未来の様相が、鎮まり、周囲の森は静けさを取り戻す。

 

 こちらの背の高さもあって、私を見上げる格好だった未来は、数泊置いて私の言葉の意味を呑み込んだ様子で…………そのまま、膝から大地に崩れ落ちた。

 

 私は改めて………思い知らされた。

 幼い頃からの長い付き合いな、ただの〝親友〟から変質してしまった、響と未来の関係性を。

 

 誰も彼もが響のと言う人の尊厳を傷つけ、脅かし、否定する中で、一人ずっと響の友達で、居続けようとする未来。

 

 血を通わせた大切な肉親すらも離れていき、絶望の奈落の底に堕ちかける中、ずっと未来が、友達で居続けてくれた響。

 

 この二人が抱える………歪さ………〝共依存〟を。

 

 

 

 

 

 

 あの後、翼と相談し合いつつ、本人たちにも了解を取った上、一度二人の間に距離を取らせることにした。

 今の二人では、お互いへの慕情と、寮の相部屋で同居している環境も込みで、すれ違いと傷つけ合いを深めてしまうだけだ。

 未来には一晩、私の住まいにて泊まらせることになっている。着替えも寮から持ち込み済み。

 今頃翼が面倒を見ている響の方は、二課本部内の宿泊室、さすがに定期的に緒川さんの手入れがないと、あっと言う間に汚部屋(トラッシュハウス)となってしまう弦さんの屋敷内の翼の自室に立ち入らせるわけにはいかないので、そこは私が釘を刺しておいた。

 翼も女の子なのではっきり私から言及された時は、一応納得する一方しょぼ~んとショックを見せていたが、当然の措置。

 散らかった魑魅魍魎もとい私物たちが跋扈する部屋に、傷心の響を放り込むわけにはいかない、たとえ本人から可愛く『意地悪だ』と拗ねられてもだ。

 

 熱で泡立った黄金色のスープの中で、具材丁度いい具合に煮込まれたのを確認した私はガスを切る。

 グリルで焼いていたサワラの西京焼きたちも、程よく焦げ目が付いて焼き上がった。

 

 入院生活以来久々な、お手製の夕食ができあがり、各お皿に盛った料理一式をテーブルに並べていく。

 

 流した涙の分だけ疲れも溜まった未来の体に、滋養を与えるのが先決である。

 

 

 

 

 

 

 お昼に色々と吐き出してしまい、午後は授業を受けるどころじゃなく、迷惑も面倒もかけてしまった朱音からのご厚意で、彼女のマンションの一室に泊まることになった。

 響はと言うと、翼さんのところで一晩過ごすらしい。

 ふらわーの藍おばちゃんの言う通り、お腹が空いている時に何か考えると嫌なことばかり浮かぶので、ソファーの上で体育座りをしたまま気晴らしに外の景色を見て、コンポから流れている映画の音楽で有名らしい(大河ドラマも担当したこともあるとか)作曲家さんの、夕陽にぴったりな郷愁を感じさせるゆったりとした音楽に耳を傾けていた。

 実は途中から、朱音の作っている最中な料理の良い香りも、たんまり味わっている。

 そうでもしていないと………せっかく朱音の〝歌声〟で落ち着けたのに、あの日々と、響が背負ったものと、響に辛く当たってしまった自分への〝痛み〟がまた疼き出してしまいそうだったからでもあるんだけど。

 多分、無意識に口笛で曲の演奏に加わっている朱音の作る料理の香りが、実際いい匂いでもあった。

 せめてお腹の虫だけは鳴ってほしくない、たとえ朱音本人が気にしなくても、私が気にして恥ずかしいからだ。

 ちらりと、エプロンを着て、髪をアップで纏めて、普段はさらさらとした長髪で絶対見れない綺麗な白磁のうなじを晒し、小皿に少量入れた肉じゃがの汁の一部を吸って朱音の後ろ姿を見る。

 大体の見た目と味は想像できるから何とかなるなんて考えてしまう、典型的なお料理できない人間に属している私でも、場数をこなしていると見るだけで判るくらい、メロディを奏でながら、だと言うのに、手際よくきびきびとスピーディに作っていた。

 一体どうすれば、音程を外さず演奏しつつ、同時にああも手早く進められるのだろうか?

 

「未来、夕食ができたから食べよう」

 

 気がつけば……テーブルに、肉じゃが、給食でも食べたことがある西京焼き、ホウレンソウのゴマ添え、豆腐とワカメの味噌汁に雑穀ご飯と、そうそうたる夕ご飯が並んでいる。

 時計を見ると、調理を初めてから一時間も経ってない。

 こんな短い時間で作られたとは思えない、響だったら間違いなく、瞳はキラキラと輝かせて、口の中に溜まった唾液が口から零してしまいそうな出来栄えたる料理の数々に、自分のお腹も、早く〝食べたい〟なんて欲求を、自分の理性に向けて絶えず呼びかけ始めた。

 危ない………油断の隙を突いてお腹の虫が鳴くところだった。

 

 私も、響に人のこと言えないくらい――〝ごはんアンドごはん〟――だ。

 

「いただきます」

 

 手を合わせて挨拶し、実際に食べてみる。

 四月以来久々な朱音の手料理は、響がうきうきと、生き生きと喜ぶ顔で食べる姿がはっきり浮かぶくらいの、美味しさが、口の中一杯に広がり、ほっぺがとろけそうになる。

 朱音が作り始める前は、一口もできるか怪しいくらい食欲がなかったと言うのに、全部食べ切るまで、箸が動きを止めてくれそうにない。

 

「そんなに早く食べなくても、料理は逃げやしないよ、未来君」

 

 それほど食いつきが良かったらしく、初めて会った日から吸い込まれそうに綺麗だと思った翡翠の瞳を私に向けて、目つきと口元を猫っぽく艶やかに微笑むこの夕飯の作り主の朱音から、こう言われてしまった。

 朱音が今にも猫耳と尻尾を生やしてきそうな猫顔で相手を君付けする時は、〝イタズラモード〟に入っている証。

 こういう態度と仕草は、同じ女性からだとあざといであったり猫かぶりだったり等々、不評を生み易いんだけど、朱音はほんと自然にさらりと見せて、どきりと来るほど様になっているのだから、彼女の天然さに恐れ入る。

 

「う……うん」

 

 自分でも分かるくらい、こっくりと頷くの顔のほっぺの熱が急に上がり、恥ずかしさで猫背に丸まり、慎ましさを意識しながら食べた。

 とは言うものの、結局美味の誘惑を前に、雑穀ご飯と肉じゃがは、もう一杯おかわりをしてしまったんだけど………あの二つを組み合わせて生まれる中毒性の高さときたら、これ以上食べ過ぎないようにしないと、響のように何杯も食べても膨らむのは日に日に盛られる〝胸〟だけ、とはならないのだから。

 

 けど、久々に食べる朱音の手料理は、やっぱり美味しくて……泣きじゃくる私に聞かせてくれた〝歌声〟が思い出されるくらい、体と心の芯から、沁み渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 消灯されて、外から微かな明かりが入ってくる薄暗い、いつも見ているのと違う天井を、見上げている。

 朱音が寮から持ってきてくれた自分の寝間着を着ている私は、ワンルームマンションなのに結構広めなロフトに置かれた寝具で横になっていた。

 近くの小さな窓を見ると、晴れていた昼間と一転して、外は雨模様。

 ガラスには、次々と張り付いて滴り落ちる、空から落ちてきたたくさんの雨粒………何だか涙にも見える。

 外を眺める余裕がある私はこの通り、リディアン高等科に編入して、二人きりの寮生活が始まって以来、初めて響のいない夜を送る中、中々寝付けずにいた。

 

 そう………初めての、響のいない夜。

 

〝これ以上………私………響の友達じゃいられない………ごめん〟

 

 泣きながらあんな言葉を、響に突き刺しておいて、絶対にもう二度と離さないと決めておきながら突き放しておいて、なのに謝る狡い手も使っておいて。

 気がつくと、響のことばかり考えている。

 ちょっとしたことでも、響に絡めて考えてしまう。

 二人で暮らせるようになって以来、夜眠る時は………毎日間近にあった、一日の終わりには必ず〝生きている〟と感じていたかった響の温もりに、私は薄情にも焦がれてしまっている。

 

 朱音に当てない様、彼女の目覚まし時計を発光させると、まだ午後一〇時の後半。

 とりあえず目を瞑っていても、瞼を閉じ続けることすら億劫になって開いてしまう。

 仰向けになっているのもきつくなってきて、寝返りを打ってみると。

 

「あっ………」

 

 そこには、普段は制服が上手いこと着やせして隠している大きい膨らみの谷間が覗く、黒のタンクトップパジャマと、引き締まってるけど柔らかそうな太腿に張り付くスパッツな格好な、薄明りの暗闇でも溶け込まず、逆にくっきり浮かぶ長い黒髪、筋肉質なのに透明感のある白い柔肌に均整が取れて魅惑的で、自分と同じつい数か月まで中学生だったのが信じられないプロポーション(高校初の体育の前の着替えの時は、色気より食い気な性格なのに体つきがどんどん女性らしく発育が進む響を毎日目にしてたのもあって、すんごく負けた感があった、アニメマニアの板場さんによればその時の私はライバルに打ちのめされたホ○オ○ユルっぽかったらしい、全く知識がないからさっぱりだけど)の持ち主である朱音の寝顔が、本当にそれこそ目と鼻の先な間近にあった。

 細やかな彼女の吐息を、肌が、耳が捉えて私の感覚を刺激してくる。

 当然瞳も、すやすやと眠る朱音を見据えてしまっている。

 だって朱音って、こんな子どもっぽい可愛い表情で………眠るんだなと、。

 

 当の本人にとってはコンプレックスだそうだけど、それでも同い歳なのに大人びた美貌とスタイルと、時々ふと見せる高校生離れした艶やかな佇まいを見せる時がある朱音に、同じ女子ながら、今のも入れて見惚れてしまうことがよくあった。

 あのシンフォギアを纏った時の姿さえ、眼力だけでノイズを倒してしまいそうな勇ましさだった上に、凛としてて、美しかった。

 なのに一方で………あどけないって言葉が似合うこの寝顔も含めて、年頃の女の子な〝顔〟も見せてくるのだから、ほんとある意味恐ろしい。

 

 その朱音の、寝息を立てる無防備な寝姿を前にして、私の胸はなぜか鼓動が強まっていた。

 女の子と一緒に寝るなんて、それこそ響と毎日してきた筈なのに………どうしてこんなにも恥ずかしさを覚えているのか。

 ともかく、朱音の寝顔を拝んでいたんじゃ余計に眠れないので、反対側に寝返りを打とうとしたら。

 

「未来」

 

 ハスキーで掠れているような、でも水のせせらぐ音が思い浮かぶ透明感もあるような、朱音の独特の艶と品がある朱音の声が、私の名を呼ぶ。

 

「起きてたの?」

「今、起きたところ」

 

 いつの間にか、気持ちよさそうに閉じていた瞼は開いてて、薄暗くても吸い込まれそうな翡翠色の瞳が、私に向けられていた。

 

「そういう未来は、眠れないのか?」

 

 眠れずにいるのは本当なので、頷く。

 

「朝よりは、落ち着いたんだけど……」

 

 朱音のご厚意の数々のお陰で、無理やり無表情で堅い澄まし顔でいないと、平静すら装えなかった、現に抑えきれず激情が破裂してしまった私の心は、なんとか静けさを取り戻せた。

 

 でもなまじ、鬱々とした気分から落ち着けたことで………申し訳ない気持ちが湧いてくるし、落ち着けても、簡単に拭えない気持ちも抱えている。

 

 理由はどうあれ、人助けで頑張っている響に、以前は級友だった仲な記憶を綺麗さっぱり忘れたいくらい響の尊厳を散々貶めた連中よりも酷いこと言って………傷つけてしまった。

 今までの〝繋がり〟を、壊したくなかったくせに………自分で壊してしまいそうになって、ごめんなんて言葉を、あんな狡くて汚い使い方をして。

 こんな私を〝陽だまり〟と言ってくれる響が、あのライブ以来から、どれだけ傷つけられてきたか………嫌ってほど、見てきた筈なのに。

 

 事情を知らない安藤さんたちにだって、八つ当たりも同然に、いきなり何も言わず逃げ出してしまった。

 

「ごめん……今日は……」

 

 何より、朱音にとんだ迷惑を掛けてしまった。

 

「私――」

 

 言葉を繋げようとした私の口が、朱音のすらりと細い人差し指で止められる。

 唇に触れた指の柔らかい温もりと感触で、心臓が肩と一緒にびくりと来て、顔がほんの一瞬で火照ってしまった。

 暗がりの中で、ほんと助かっている。

 

「その件、おあいこで言いっこなしって決めただろう?」

「そう、だったね……ごめん」

 

 朱音曰く、自分も私への気遣いを言い訳にして、響もシンフォギアの使い手の一人である事実を打ち明けず、ただただ引き伸ばしてきた責がある、と言い、それでも私のせいと譲らない頑固な自分との対案として〝おあいこ〟と切り出したのだ。

 それでも………朱音に対しても、〝罪悪感〟がある。

 いくら朱音から自分にも非があると言われても、悪化させたのは自分の方。

 

 一昨日まで、朱音は装者としての過酷な戦いで負った大怪我の治療の為に入院してて、退院したばかりなのに、あんなはしたなく泣き喚いて、理不尽で無茶苦茶な言葉をぶつけまくって。

 

 何より………私たちが少しでも〝日常〟を平穏無事に過ごせるように、人知れずノイズと戦っていた筈でもあるのに………響を傷つける形で、朱音が必死に守ろうとしていたものを壊しかける〝過ち〟を犯しかけてしまったのに。

 

「あのね………」

 

 どこまでも心から深く気遣ってくれている朱音に聞くのは、ちょっと言い難くはあるんだけど。

 

「朱音から見た響って………どんな子?」

「なんでそれを、私に聞く?」

「色々………響のこと………分からなくなって」

 

 私は今の響を、どう謝ればいいのか、どう見ていいのか、どう向き合えばいいのか、全然、分からずにいる。

 

〝響にだけは、隠し事……したくないな〟

 

 少し前、シンフォギアで戦う朱音を目にした直ぐ後に、私は、明らかに〝隠し事〟をしていた響に、こんなワガママを、口にしていた。

 

〝わ……私だって、未来に隠し事………しないよ〟

 

 対して、嘘も隠し事も下手くそな響は、そう応えてくれた。

 思い返してみても、偽りのない本心であることは、信じられる。

 

 だから、分からない………私がこの想いを伝えた時点で、響は装者で、私にすらそのことを隠さなきゃいけない〝秘密〟を抱えていたのに。

 

 その上、特異災害を間近で見て、装者の一人だった奏さんも含めたたくさんの人が命を奪われて、自分も危うく死にかけた響だって、分かっていた筈だ。

 ノイズに立ち向かうことが、どれだけ辛く、苦しいものか。

 

 だから、分からなくなる………隠し事をしたくない私にまで隠さなきゃならないのに。

 

〝いいんだよ未来………いいの……だって――〟

 

 争いごとに対して、あんなにも拒否感を持っていたのに………人助けの為だとしても……命を賭けてまで〝戦う〟ことを、選んでしまったのか。

 

 小さい頃からの長い付き合いなのに………親友としてずっと傍にいたくて、ずっと近くで支えていきたいと思い続けていたのに。

 でも……いくら頭に響への疑念が渦巻いて……あんな酷い仕打ちをしてしまった後なのに、今でも私は、思わずにはいられない、抱かずにはいられない。

 

 できることなら、私にとっては太陽な………響と、一緒にいたい……響の……傍にいてあげたい。

 

 人の為に頑張ろうとする親友を、助けて上げたい………支えて上げたい。

 

 響の言う〝ひだまり〟として、温めてあげたい。

 

 そしてできることなら………自分にも、欲しい

 たとえこの私の欲求が、朱音の言う通り〝不幸〟を呼ぶもので、その意味を重々理解できていても……求めずにはいられない。

 

 

 響が辛く、苦しく、哀しい思いをまたしなくても良いように、背負わなくても良いように―――あの朱音みたいに、大事な人を守れる力と、それを扱える〝自分〟になりたい……なりたくてたまらない。

 

 だけどその想いが強まっていくと、そうでない現実の自分と、シンフォギアを纏った響の姿が、私の心をぐらつかせる。

 

 現在(いま)の響の在り方は、自分が招いてしまったものだと………自分の〝罪〟なんだって、疼き出す。

 

 自分の起こした痛みに苦しみながら、どんどん遠くに行ってしまう響を追いかけたくなる。

 

 行ってほしくない………行かないで………いかないで―――イカナイデッ!

 

 整理のつかず、いつまた……今日のように暴れ出すか分からない〝気持ち〟で、藁にも縋る思いで、友達で、憧れの人にも等しい朱音に、尋ねていた。

 散々迷惑をかけておいて、これ以上朱音に頼るのは忍びなくも思うけど、こうでもしないと、押し潰されそうだった。

 

「朱音なら………私の知らない響を、知ってるんじゃないかって」

「幻想だよ、それは」

「………」

 

 なぜ? なんでそう応えたの?

 朱音が返してきた言葉の意味が、いまいち分からず、無言と目線『なぜ?』と、問い返していた。

 

「だって人間は、自分自身でさえ、他人との付き合いって〝鏡〟を見て、自分がどんな人間かの手がかりの一部をやっと手にできる困った生き物でもあるからさ、私も、誰も彼も例外じゃない、人ってのは、当人が思っている以上に……面の皮の数は多いし、厚いものなんだ」

 

 辛辣さも、シニカルさも、シビアさも、どこか物悲しささえ籠っている朱音の言葉に、私は大量の水を一気に打ち付けられた感覚に見舞われた。

 けれど、同時に、頷かされもした。

 良くも悪くも、そのどちらの意味でも私は……朱音の語った〝真実〟を、体験してしまっている。

 

 

「そう私から言われても………聞きたい? 私か見た立花響って〝女の子〟のこと」

「うん……」

 

 それでも、引くことはできそうにない。

 

「生憎私は、親しいからこそ時に厳しくあらねばならないと考えている性分の身でもある、未来からしたら、甘いばかりの話じゃない、それでも?」

「それでも」

 

 あえて厳しい眼差しで、我が子を諭そうとする、母親を思い浮かばせる表情(かおつき)で語り掛ける朱音に、私ははっきり、そう答えた。

 

つづく。




実は朱音の最後の言葉は、ある意味ラスボスへの痛烈なカウンターとなっていたり(コラ

フィーネ:〝呪い〟さえ解ければ人類の相互理解云々でさらなる高みに云々

朱音:呪いが解けた程度でお互いどころか自分自身を理解できるほど人の面の皮は浅くもないし少なくもねえ


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#32 - 巣立ちを願って

結構間を置いた上に、できあがったのはずっと夜の部屋の場面と言う有様な回です(汗

しかも、ある匂いの濃度が高すぎる気もする回(コラ

ちなみに今回朱音が歌ったのはガンダムUCの挿入歌『A LETTER』です。
歌詞は英語ですが検索すれば訳詞も読めます。


 二年前、私が〝手を離してしまったあの日〟によって………響が、シンフォギアの使い手――装者となって、特機二課の司令さんの言葉を借りて〝人類守護の最後の砦〟の責を背負ってしまった事実を、私は未だ……受け入れられず………この先どう響と接していいのかも分からず。

 またいつ整理のつかない気持ちが、暴れ出すかもしれず。

 藁にも縋る想いで、散々迷惑も掛けて、お世話にもなってしまった………憧憬の気持ちも実は抱いている朱音に、〝朱音から見た響〟って質問、と言うかワガママを、私は投げかけていた。

 どうしても自分一人では、どうすればいいのか糸口も見つからない。

 それに………夜の中でも色合いがくっきり見える麗らかな翡翠色の朱音の瞳。

 根拠はほとんどないのに、この不思議な吸引力のある瞳の持ち主な彼女なら………一抹でも光明をくれると、相手からしたら傍迷惑な期待も……してしまうのだ。

 

〝幻想だよ……それは〟

 

〝人ってのは……当人が思っている以上に、面の皮は多いし、厚いものなんだ〟

 

 朱音から――響とは〝長い付き合い〟で、響とはあの姿を見るまで何から何まで〝通じ合っている〟、自分の〝知らない響〟なんていない、と思い込んでいた私にとっては、冷水を掛けられるみたいに痛烈なアイロニーを聞いて、〝それでも?〟と返されても、〝それでも――〟と伝え返した。

 それでもこのまま……響の〝今〟を受け止められず、攻め立ててすれ違ったままなのは、私も……嫌だし。

 むしろ却って、自分でも身勝手だと思う朱音への〝期待〟が、強くもなっていた。

 あの〝人の心は見えづらい〟と意味している言葉の裏を返せば、朱音はそれだけ付き合いの長さに惑わされずに人を見ている。

 朱音の翡翠色をした〝碧眼〟なら、もしかしたら………それこそ争い事は大嫌いで、特異災害で一度死にかけたに人助けの為に戦場(せんじょう)に飛び込んできた様が頭に容易に浮かんじゃう響や、装者としての事情を抜きにしても奏さんの死を引きずっていたと窺えた翼さん絡みで、辛い想いをしてきた筈なのに。

 他人の、時に理不尽にもなりえると自分が身を以て証明した激情を受け止める器の大きさと、ありきたりな言い方かもしれないけど……心から、慈しむ献身的な優しさの持ち主であると、付き合いの長さはまだ短くても、言い切れる。

 

「それでも……」

 

 私は〝甘くはない〟とも言った朱音の言葉の意味を承知の上で、我を通した。

 

 朱音は、少しせつなさもある笑みを浮かべると、その場から少し気だるそうに起き上がって、体育座りの体勢になって、緩やかなカーブを描くモデル並みの綺麗な背中を見せる。

 

 何のことない仕草と佇まいなんだけど、可愛らしい寝顔をさっきまで拝めていたのもあって、やけに色っぽく映ってしまう。

 いくら憧れの気持ちもあるからって、今日だけでクラスメイト相手に、何をどぎまぎしているのだろうか?

 仮にも女の子な自分でもこうなのだから、スケベな思春期男子は彼女のフェロモンに気を失ってしまいそうだ。

 

「あの子は………響は………」

 

 我ながら俗っぽい想像で脱線しかけたところで、朱音の独特の艶と憂いのある声音で、現実に引き戻される。

 

「強い自己否定に縛られて、自分が思っている以上に………自分のことを許せなくて………大っ嫌いっで……」

 

 口数は多くもないけど少なくもない、でも口を一たび開けばめったに言葉を途中で詰まらせたりせずお得意の〝歌う〟ように滑らかに語る朱音が、詰まらせて声音を途切れさせながら。

 

「〝未来の友達〟であること以外………自分には何の取柄もないと思ってる………それが私から見た………立花響って、女の子だ」

 

「…………」

 

〝自己……否定………取柄が……ない?〟

 

 語った立花響の人物像(ひととなり)に、頭の中一面が、暗い夜とは全くの正反対に、真っ白になっていた私は、朱音の背中を見つめることしか……できなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

〝わたしの力で……誰かを………助けられるんですよね?〟

 

 私の脳裏(スクリーン)に映し出される。

 

〝私だって、朱音ちゃんと翼さんみたいに〝助けた〟いんです! だから行きます!〟

 

 初めて………立花響って女の子の、太陽の如き笑顔を持つ裏の、彼女の心が抱える影、歪さを目の当たりにした瞬間。

 

「弦さん……風鳴司令から〝力を貸してほしい〟って言われた時、逡巡も葛藤もなし、〝誰かを助けられる〟って、だけで、あの子は、碌にシンフォギアも使いこなせていないのに、戦場に飛び出しちゃってさ………まるで野生がどんな世界か知らずに、飛び出してしまったひな鳥みたいだった………」

 

 あの日から一か月以上経っているけど、目を瞑れば、まだほんの数分前の出来事なくらい、鮮明に明瞭に、記憶があの時の胸のざわめきごと再生されてしまう。

 いやそれどころか………なまじ日常では見ることはなかったかもしれない響の人となりの影の面を、眼前にて視てきたことで、当時よりも今思い出した方が、より背筋に極寒の寒気を覚えてしまう。

 季節は夏が近づいていて、日ごとにお天道様の陽光は強くなっていると言うのに………。

 

「未来にとっても、響にとっても……思い出したくないことを言うけど………例の大規模特異災害の後、生き残った人たちへの中傷(バッシング)があっただろう?」

 

 自分の背を向けている恰好な背後で横たわる未来からは、何の反応も返ってこない。

 ほんの微かな息遣いさえ、耳は捉えてくれない。

 振り向いて、今未来がどんな顔をしているのか確かめるのも、少し怖くて、できそうにない。

 けどその沈黙は、間違いなく響もかの〝魔女狩り〟に遭ったと言うことを、改めて私に示していた。

 

「そ、それで……」

 

 膝を取り巻く両腕の力が強くなって、締め付けられた膝頭が二つある胸を押し付けて、喉には詰め物ができたような感覚が押し寄せ、言葉を連なるのを妨げようとし、繋げる言葉が上手く浮かんでこない。

 アメリカ暮らしの恩恵で、普段は喋っている時でも、歌っている時でも、どちらかと言われれば口も舌も流暢な方な身であるんだけど、響の〝歪さ〟が絡んでくると、途端にこうなってしまう。

 戦場にいる時でさえ、胸から沸く詩を奏でる意志を途切らしたことなんてなかったのに。

 かと言って、これから話すことをあっさりと淡々に語るのは、それはそれで酷なことでもあり、詰まってしまうも、無理ない。

 

 私は未来に………心がきつく締め付けられるほどな愛する親友の〝影〟を、はっきり口にしようとしているのだから。

 

 あの惨劇の日以来の二年間、未来は死の淵から生還しながらも、生き地獄の渦に突き落とされた響を、二度と手を離すまいと、ずっと傍に居続けようと、ほんの少しでも力になりたいと、親友を支え続けてきた。

 

 そうでなければ響はきっと、悪意に呑まれた哀れなティーンのファッカーども、手を差し伸べず何もしてくれなかった大人たち、家族を見捨てて逃げた父親、自らを谷底の闇に突き落とし、それを許した社会、世界、しまいには命と引き換えにしてでも助けようと、命の炎の全てを歌にして歌い果てた恩人の奏さんにまで、恨み、呪い、絶望の繰り返しの果てに………自分のスマートフォンに遺書を書き記して、誰にもSOSを発することなく、ある日突如として身を投げていた……かも、しれない。

 

 響が新天地での新たな生活の始まりの日に、新たな友達を自分から作りにいけるだけの積極性、社交性、明るさを取り戻せていたのは、やはり未来の尽力も大きいのは間違いない。

 

 

 だが………〝甘くない〟を表した私からの忠告を受けた上で、それでもと未来が応えたのだ。

 それに………そうやってずるずると〝言い辛さ〟を〝気遣い〟って言い分にしてきた結果、あんな形で未来に響の〝因果〟を直面(つきつけ)させてしまったのだ。

 こんな中途で、投げ出すわけにはいかない。

 

「その経験で、今の響には……響自身すら自覚できていない………〝自己否定〟が住み着いているんだ」

 

 慎重に言葉と表現を選びながら、私は続ける。

 

〝諦めるなッ!〟

 

 あの災厄で生死を彷徨いながらも、それでも響が生き延びられたのは、身も心も、そして命をも最後まで燃えあがらせて歌い切った奏さんの〝人助け〟もあっただろうけど、それだけじゃない。

 家族と、友達と、もう一度一緒に、美味しいご飯を食べ合って、笑い合って日常を過ごしたい〝欲求〟もあっただろうし。

 

〝生きたいッ!〟

 

 どんな生命も、最後の最後まで生きたいと言う想いがあり、人間だって同じ。

 だからガメラであった私も、断ち切ろうとした人との繋がりを、あんな惨劇まで起こしたと言うのに、最後まで絶ち切れなかった。

 あの子の中にもあった筈な、命あるものの本能、理屈を超えた〝望み〟。

 響の〝一生懸命〟は、家族の為、友も為、奏さんの為でもあったけど、自分が行きたいと言う欲求、想い、即ち〝自分の為〟でもあった筈なのだ。

 

 なのに、その先に待っていた〝同じ人間〟からの、あの子の家族をも巻き込んで響に向けられた謂れなき糾弾、中傷。

〝生存者狩り〟の過熱が和らぎもしない中、我が子である響含めた家族に背を向けて、一人逃げ去って蒸発してしまった父親。

 

 これらの経験(しうち)で、響の、一人の人間として尊厳は、幼いゆえに発展途上にあったアイデンティティーは、ずたずたに切り刻まれてしまった。

 

 元より………不条理を相手に戦い、立ち向かう術など持ってはおらず、争いごと、人と人との衝突、繋がりの間に起きる不和には人一倍以上に好まない一面もある響は、人並み越えたの優しさが仇となり、こうなってしまったのは、自分も周りも不幸に陥ってしまったのは、〝自分の一生懸命〟のせいだと、一番悪いのは〝自分の為に頑張った自分〟なのだと、自らを断じてしまい、傷だらけの心の深層に、嫌悪も劣等感も通り越して、自ら〝自己否定〟の四文字を刻み込んでしまった。

 

 日頃〝趣味〟として励む人助けも、響の生来の優しさでもあるが、同時に自己否定から派生した。

 

〝自分は他者の為に頑張らなければならない、誰かの為にしか頑張ってはならない〟、

 

 それと――

 

〝本当は必要とされる自分になりたい、自分を承認してもらいたい〟

 

 自己嫌悪では生ぬるいくらいの強迫観念の産物であり、自分の命を危険に晒す状況を前にしても、それで誰かを助けられるのなら―――誰かに貢献できる、助けとなる自分になれる機会があるのなら、逡巡も葛藤もなく我をも忘れて、その先に待つのは地獄であろうとも構わず飛び込めてしまう、時に無謀で投げやりな人助け――歪さの源でもある。

 そして、自覚も許さぬ自己否定の念の強さゆえに、命を賭けるのも厭わぬ人助けすら、趣味で生きがいではあっても、誇れる取柄ではない。

 だから、あの子にとって………かつて奏さんの愛機であったシンフォギア――ガングニールは、人助けが自分の〝取柄〟となり得るチャンスで。

 

〝分かりました!〟

〝一緒に頑張ろう!〟

 

 心の深層(おくそこ)では、日々無自覚な自己否定で自ら傷つける己の存在を、認めてもらいたい、必要とされたいと言う欲求(エゴ)も、自覚のないまま抱えている響にとっては………まさに〝福音の啓示〟も同然だったんだと、あの時の寒気を覚えた響の笑顔と喜びを、今思い返して、そう見出していた。

 前に翼にも話したけど、私はたとえ行いが〝他者の為〟であっても、それが自分の心から発せられている以上、それはEGOだと思っているし、人間(わたしたち)そのものが二面性の激しいEGOISTであると考えている。

 この人間の側面が在ることを。受け入れた上で、私――ガメラは今でも、人を愛している。

 

 けど世の中、自分のように考えられる人間は、そういない。

 響も、その一人だ。

 なまじ人の〝濁〟の面を直視させられ続けられたことで、響は充分善良な人となりの主なのに、あの子の中の人の〝善性〟のハードルが、極端に高くもなっていると言え、それが人助けに駆り立てる原動力の一つともなっている節がある。

 

 響自身が知覚し切れていない、なのにあの子の今の人格に深く結びついてしまっている、余りにも強すぎて、あの子を支配していると表現しても過言ではない、巧妙に隠れているくせに、実は傍から見ていれば剥き出しも同然な――〝衝動(リビドー)〟と言う猛獣。

 かような猛獣が、いつも何かしらの形で突き立て、突き立てられた本人は気づかぬまま、気づくだけの暇も得られぬまま、まともに止まる術も知らぬまま激走し続ける。

 それが、決して甘くない見方も含んだ、今の私から見た立花響って女の子の人となりの………〝一部〟。

 あの歪さたちが響の全てだなんて……思いたくはないし、決めつけたくない。

 

 だって――初めて会ったあの日。

 

 私の歌声に、心から感動したと、春一番な勢いで息巻き、私と違ってまだまだあどけない可愛らしさの残る面立ちから。

 

〝よろしくね、朱音ちゃん〟

 

 本当に太陽に負けない晴れやかさと、眩しさを持って、見ているだけで身体の奥からぽかぽかと温かいものが込み上げてくる笑顔を、私は拝めることができていた。

 たとえ内に影(ゆがみ)が巣食っていたとしても、その輝きは、紛れもなく本物で、あの子の心の底から沸き上がったものだと。。

 あの日以来の、級友としての数か月分の付き合いでも、日常で見せる響の色んな表情(かお)は、決して内なる影を隠す為の偽りのものでも仮面などでもなく、響って女の子そのものな――一面(かお)なんだと、はっきり言い切れる。

 でも、その光の分だけ、響と……そして未来に存在する影も、際立ってしまうのだ。

 

「多分、そんな響にとって………胸を張れるたった一つの〝取柄〟が………未来、君なんだ」

 

 家族を押し寄せる不幸を前にバラバラになり、自分に向けられた中傷を放ってきた連中にさえ、彼ら彼女らにそんな醜悪な行為に至らせたのは自分の一生懸命が原因だと、自分のせいなんだと自傷させてしまう響と、たとえどんな不条理の荒波が押し寄せようとも、響の親友で居続け、これからもずっと親友であり続けようとしてきた未来。

 

 彼女の献身は、日々傷だらけの自分にさらなる傷を刻ませ、一人冷たい沼に沈みかけていた筈の響にとって、文字通りの〝陽だまり〟であり……温もりをくれる〝希望〟でもあった。

 自分自身を信じられずに拒絶し、居ても居なくても変わらない、いらない人間だと無意識に詰り続けている響にとって、未来は幼馴染の親友を、唯一の自分の誇れる、立花響って人間を肯定してあげられる数少ない〝存在〟となっていたのだ。

 たとえ、その関係性にも、看過できない〝歪〟があったとしても。

 打ち明けると、装者となる日以前から私は………二人の歪さの片鱗を、実は目にしていた。

 

 学生寮としては破格のスペースで、二人で共用しても余裕が残る部屋におじゃました時、わざわざ二段ベッドの一段目が物置となっているのを見た。

 毎日一緒に入浴をしていると、雑談を通じて聞いた。

 女子高の寮生活であることは差し引いても、二人のスキンシップは近すぎると言う印象を受け………どこか常にお互いの温もりを、相手の〝生きている〟熱を感じずにはいられない様を覚えた。

 基本同年代の女の子にはファーストネームに〝ちゃん〟を付けるのに、未来にだけは呼び捨てで名を呼んでいた。

 

 その頃の私は、二人の間柄に対し、仲睦まじくて微笑ましいと思った以外は、特に気にはしていなかった………と言うよりも、気に止めない振りをしていたって方が、正確かもしれない。

 単に親友の一言では片付けられない、二人の間にある〝影〟を直感で嗅ぎ取りながらも、私自身、他人には容易に見せられない、打ち明けられない影を抱える身だったから、友人だからと言って、相手のデリケートな領域に下手に踏み込むわけにはいかないと、気づいていないことにして、見過ごしてきたのだ。

 

 ただ、良いか悪いかなんて見方を払っても、二人の今の関係性が………ある種の……傷の舐め合いの相互依存でもあるのは、否めない。

 二人みたいな余りに近すぎる、近づき過ぎる関係は、ちょっとしたズレや綻びで一気に、瓦解してしまう危うさがあると、私も尊敬しているあるシンガーソングライターの格言から聞いたことがある。

 親しき仲にも〝礼儀〟が必要、と言うことだし、私もそれには同意する。

 

 だけど、その歪さが、響と未来の心を繋ぎ止めて、日常を過ごす日々にまた至らす道筋となったのも、また事実でもあるから、二人の在り方を否定することもできない。

 それに、普通に女子高生として日常を過ごす分には、まだ高校生活の初めの初めな時期の時点では、何も問題はなかった。

 

 今は………皮肉なことに、ガングニールが目覚めた瞬間から生まれたその〝綻び〟で、互いを寄せ合い過ぎた二人の間に繋がる糸は――。

 

「まあ、あんまり鵜呑みにはしないでくれ、あくまで私からはそう見えただけっ――」

 

 言い方に、慎重さを何段も重ねに重ねて言葉にしていた私の耳へ、乱れた息が発する音色が進入してきた。

 

「未来っ……」

 

 振り向くと………そこには、短いサイクルで収縮と膨張を反復する胸を握りしめるように手を当て、口が開かれたまま息が大荒れとなって苦しみだしている未来がいた。

 

 

 

 

 

 余りにも、私にとって、ショッキングだった………響の………〝真実〟。

 

 頭の中が本当に、辺り一面隅から隅まで真っ白になって、なのに目の前が真っ黒一色になって、息も急に苦しくなってきて、そのまま意識が飛んで行ってしまいそうになりかけた………ところへ。

 

「未来!」

 

 次の瞬間、私の名前を呼ぶ声が聞こえて、柔らかで良い匂いが鼻孔を刺激して、バラバラになりそうだった意識が集まって、何とか我に返っていた。

 頭はまだ混乱してて、まだその状態から抜け出せない。

 目の前には、横たわる私を覆い被さる形で、端整で艶やかな顔立ちが暗闇でもくっきりと見せる間近から、朱音の翡翠色の瞳が、私の目を見つめている。

 

「今は何も考えなくていい、私の目をだけを見て、これから言うことをしっかり聞いて」

 

 戸惑っているせいで、小刻みで不規則な形だけど、どうにか翡翠からの目線を合わせたまま、朱音に頷き返せた。

 長くて引き締まった朱音のしなやかな腕が、私の背に周り、彼女の手の助力を受けて、そっとその場で起き上がる。

 

「まずは肩の力を抜いて、そう、次はゆっくりと鼻を吸って―――」

 

 そのまま背中をさすられながら、朱音の指示の通りのことを体にさせる。

 朱音の手の温かみを感じながら、何度か深呼吸を繰り返していく内に、また荒れそうになっていた体は、平静をなんとか取り戻して、乱れてた息も大分、穏やかでゆるやかな状態になっていた………ところへ。

 

〝響自身にすら―――自覚できていない、自己否定〟

 

 頭に、さっきの朱音の言葉の一部はフラッシュバックする。

 パニックな状態から抜け出せて、頭の中が整理されてまともに動けるようになったことで、最初聞いた時は呑み込み切れなかった〝朱音から見た響の姿〟って情報が、段々と読み取れてきた。

 朱音はあくまで〝自分からはそう見えただけ〟とフォローしていたけど………寒い………部屋の中は全然寒くないのに、むしろ間近に朱音がいて、温かい筈なのに………理解が進めば進むほど、今まで感じたことのない悪寒で、体中が震えてくる。

 

 知らなかった………ずっと………二度と離れない、離さないって決めて、響の傍に……寄り添ってきたのに。

 

 確かに………あんな酷い仕打ちを受けて、家族にまで飛び火して、響とお母さんとおばあちゃんを残して………お父さんがいなくなってしまったのだ。

 あの騒ぎが収まって笑顔をまた見せてくれるようになってからも、私は私が知る響が戻ってきてくれたこと喜ぶ一方で、響の心にはまだ、消えない影が指し込んでいて、それは簡単には晴れないものではあると、思っていた。

 

 でも……〝自己否定〟なんて言葉が出てくるくらい、響が、自分でも知らない内に自分を許せなくて断罪しているなんて……思ってもみなかった。

 

 笑顔をまた見せてくれるようになった頃と同じ時期から、響は毎日〝人助け〟に邁進して、それを自分の〝趣味〟だと言うようになった。

 私は本人相手には〝お節介の度が過ぎる〟と時々苦言は呈していたけど、心の中では響のその人助けを尊んで、応援してた。

 どんな形であれ、響が心から必死に何かに取り組み、打ち込んでいる姿からにも………嬉しさを覚えていたから。

 

 でも……響を人助けに駆り立てるものに………そんな暗くて重たい理由も混じっているなんて、考えもしなかった。

 

 変わらずに……〝生きてくれている〟と思っていた、私を〝陽だまり〟と言ってくれる響の、太陽そのものな笑顔の裏にあるものを………なんて私……片時も響を思わない時間はなかったのに………今まで、気づきもしなかったんだろう?

 

「どうしたら……いいの?」

 

 目の前の朱音に投げたものじゃない。

 誰に問いかけたわけでもなく、思わず口からそう零れ落ちていた。

 

 自分の心が、相反(くいちがう)気持ちで、また乱れて、暴れそうになっていく。

 

 できることなら、響の人助けを応援してあげたい、誰かがその頑張りを偽善だと詰ったとしても、自分は響の一生懸命を、肯定してあげたい。

 それとは反対に、身にも心にも鞭を打ち込んでボロボロになって、まるで罰を受けるみたいに、そんな後ろめたい理由で、人助けをしてほしくない、ノイズが溢れる戦場に、突き進んでほしくない。

 これじゃ……救済に奴隷として、こき使われてるようなものじゃないか。

 

 叶うのなら………響がずっと、自分の知る響のままでいてほしい。

 だけど………自分のことを全然信じてあげられず、私と〝親友〟でいることがたった一つの取柄だなんて、自分の存在を肯定できる唯一だなんて、思ってほしくはない。

 そんな………余りに悲し過ぎる。

 もっと響には―――響が自信持って誇れるものを、たくさん見つけてほしい。

 

 あんな重たい真実を知っても………私はやっぱり、響の傍にいたい。

 これからも、ずっとずっとずっと―――響の体温(ぬくもり)を感じられる近さで、響の力になってあげたい、支えてあげたい。

 その想いと、裏腹に………今となっては、ただ傍から離れないだけが、響のためになっているのかと………疑念も生まれてしまっていた。

 

「分からない………」

 

 俯いて悩める私は、ぽつりと耳に落ちてきた朱音の声を拾って、顔を上げてみると………伏し目がちになった翡翠色の瞳から、物憂いでる佇まいを漂わせて、乾いた笑みを浮かべる朱音がいた。

 

〝今はいない〟

 

 少し前に、両親のことを打ち明けた時のと、同じ表情をしていた。

 

「私も、どうしたらいいのか……さっぱり分からない………何をしても………結局〝響〟の傷を疼かせてしまいそうで………毎日、悩みっぱなし」

 

 私にとっては憧れでもある朱音が、弱音を零している。

 ちょっとそれにびっくりはしたけど、朱音だって………人の子に変わりない、弱音だって吐きたくなる。

 ましてや………付き合いの長い自分でさえ気持ちが乱されるほどの、響の自分を顧みない〝陰〟を、この何か月、何度も目にしてきたのだ。

 

「ごめん………色々……響が、苦労かけさせちゃって」

 

 つい、いつもの癖で、響の保護者面をしてしまい。

 

「未来、それは君が謝ることじゃない、謝ってもらいたくて口にしたわけじゃない」

 

 朱音から苦言を返されてしまった。

 とは言え、実際今の響が〝困ったさん〟なのは、逃れられない事実でもある。

 昔から響は、周囲の意見に流されやすいところがあるくせに、一度こうと決めたことはがんとして譲らない頑固なところもあった。

 シンフォギアでの命がけの人助けも、やめろと言われても絶対やめないだろうし、実際私から拒絶された今でも、もし――助けを求める声が聞こえたら、瞬く間に助けようと突っ走るのは間違いないし。

 下手なことを言えば、朱音の言う通り、却って響が自分を攻めて傷つけさせかねないことになるだろうし。

 実際、私に糾弾された時の響を今思い返してみれば………胸の奥で隠れているコンプレックスが、酷く疼いてた。

 

「まあ確かに、ほんの一瞬でも目を離せられないくらい、危なっかしさのある子ではあるよ、響って」

 

 ああ………やっぱり響に代わって、頭を下げたくなってしまう。

 今の一言だけでも、どれだけ朱音が苦労してきたか、想像できてしまったからだ。

 頭の中で、胸の内では悩みながらも厳しい態度で、先輩として響を指導する朱音の姿を浮かべていると。

 

「私も、未来みたいに………ずっと変わらず続いてほしいと、願わずにいられなかった時があった………でも」

 

 朱音の言う〝願わずにはいられなかった時〟が何を差しているのか、心当たりはあるので、敢えて今は訊かないことにしつつも、続くその〝でも〟って言葉から。

 

「そうは、いかないんだ……何があってもずっと響の傍にいてあげたいと思ってる未来には、申し訳ないんだけど」

 

 これから何か大事なことを、私に伝えようとしていると、漠然とながらも……分かって、耳を傾ける。

 

「私の祖父(グランパ)が昔言ってた……〝ひな鳥はいつまでもひな鳥じゃない、いつか自分だけの生き方って翼を見つけて、己の力だけで、羽ばたく時が来る〟んだって……私が大好きでたまらない子どもたちもね、ずっと〝子ども〟でいられるわけじゃない………音楽教室のあの子たちだって………歳を重ねて大きくなって、いつか大人になる………それは私たちも同じ、今私たちは、その自分だけの〝翼〟を見つけて、飛び立つ為に鍛え上げる時期にいる」

 

 言われてみれば………その通りだ。

 もう後、何年かすれば、大人の仲間入りが待っている高校生である私たちの今は、その時が来るまでの準備期間でもある。

 

「勿論、響も例外じゃない、いつかあの子も、自分の〝翼〟を見つけて、それを自分で羽ばたかせて飛ばなきゃならない時がくる」

 

 響への思い入れの強さで、朱音の言葉に籠る意味が、ずしりと胸に響いてきた。

 リディアンに編入して以来、ずっと続いてほしい……それこそ永遠に変わらずにと願わずにはいられなかった日々は、いずれ終わりが待っているんだって。

 私はともかく、その事実を前に、響のことで、不安が忍び寄ってくる。

 自分を強く信じられる人間なんて、世の中そういないだろうけど………それ以上に響はあの二年で、自分を信じてあげられずにいる、人助けを通じて〝誰か〟に手を差し伸べようとして頑張っているのに、自分自分には差し伸べられずにいる子であることは、今日一日で重々思い知らされたからだ。

 もし、そう遠くない未来にある〝巣立(そのとき)〟が来たら………響は、飛び立てるのだろうか?

 

「不安を覚えるのは無理ないさ………でもこればかりは………エールを送ったり、背中を押してあげることができても、それ以上のことはしてあげられない、これは〝自分との戦い〟で、自分に立ち向かって打ち勝てるのはつまるところ―――自分しかいないから」

「………厳しいね」

「言っただろう? 〝甘くはない〟って、私にとって〝甘さ〟と、そして〝優しさ〟は、似て非なるものだ」

 

 ちょっと前の自分だったら、絶対に聞き入れられない、受け入れられず拒絶してしまっていたのが分かる、朱音の厳しくも、温かさもはっきり感じ取れる言葉が、沁み込むように、私の胸に響いてくると。

 

「だから――」

 

 不意に、朱音の両手が、そっと顔を挟み込んできたと思うと、彼女は目を閉じて、おでこを私のおでこに触れてきた。

 

「あっ……」

 

 響と一緒に眠る時と、おんなじ近さだと言うのに、ここまで近くで見る朱音の顔と、頬に伝う朱音の手の熱に、心臓の鼓動の勢いが急に速まって、風邪でもひいたんじゃってくらい、顔中が火照っていく。

 なのに私の目は、開いたまま、言葉のまんま目の前の朱音の顔を焼き付けるように眺めていた。

 

「響が自分の翼で飛べるようになるまで、私たちが―――支えてあげよう」

 

 閉じていた瞼が開いて、夜の中でも煌めいている翡翠色の瞳が、露わになって、私は息を呑んでいた。

 

「そしてその時が来たら…………祝って、あげよう」

 

 額を密着させ合うほどの近さから、少し離すと、そう言って、微笑みかけてきた。

 

 四月に会ってから、朱音の色んな笑顔を見る機会は、結構あったけど、今まで見たことがない……微笑みだった。

 

 なんというか………上手く言えないけど………〝慈愛〟と言う言葉そのものを、人の顔で表したみたいな、そんな面差しを見せてくれた朱音に。

 

「うん」

 

 と、私は頷き返す。

 

 いつの間にか、相反(いきちがう)気持ちが飛び交っていた私の心は、静かで、安らかなものになっていた。

 

 

 

 

 

 ここからは、ちょっとした余談。

 

 

 

 

 

「そ……それでね、朱音」

 

 照れ顔な未来は、下に向けた目線を右に左に動かす。

 

「ん? どうかしたか?」

「いや………ちょっと………近すぎるよ………何だか、キスされそうで」

「じゃあしょうか」

 

 さらりと発せられた、艶を帯びた囁き声。

 

「へぇ?」

 

 少々滑稽味のある反応を未来が見せた刹那、一度離れた朱音の顔が、また未来の顔へと近寄ってくる。

 口紅を塗っていないのに潤っている唇の形を変えて、瞼をゆっくりと閉めながら………迫る高校生離れした容姿の級友に。

 

「ダ――ダメダメダメダメダメッ! ストップストップ!」

 

 暗闇の中の静謐さを打ち破るほどに、未来は大慌てでストップを申立てた。

 さすがに朱音は途中で取りやめた。

 

「私――まだやったことなんてないんだよ!」

「あら? てっきりファーストは経験してると思ってた」

 

 しかし、未来を慌ただせるには充分な、ジョークを投げてきた。

 

「ないって………今までそんな機会なかったよ………もう」

「おや残念」

 

 少々名残惜しそうに、艶やかに応える級友の一連の行為と言動に。

 

〝もしかして朱音って………その………りょうと――なんじゃ〟

 

 ある疑惑が浮かぶも。

 

〝考え過ぎ……かな〟

 

 時にミステリアスになる朱音へのそれ以上の追求は、控えることにした。

 

「今ので眠気が飛んじゃったよ……」

「ごめん♪」

 

 とは言え、今の刺激的行為のせいで、真夜中だと言うのにすっかり睡眠欲が洗いざらい体の外へ飛んで行ってしまっていた未来は。

 

「ごめんだけじゃ足りない………だから―――お昼に聞かせてくれた歌、もう一度、聞かせて」

 

 今日の昼間、泣き崩れていた自分を癒してくれた、朱音が奏でた歌のリクエストを申し込んだ。

 

「OK」

 

 朱音は快くリクエストを了承すると、未来の頭をそっと、自分の膝に乗せた。

 

「あ、朱音?」

「特別サービス」

 

 膝枕など、小さい頃母親にしてもらってからご無沙汰だった未来は当然ながら最初は戸惑っていたものの、鍛えられていながら柔らかく、肌触りのいい、微熱に包まれた太腿の感触に、未来は身を委ねる。

 

〝~~~♪〟

 

 口笛での前奏を経て、朱音は、日本語で『手紙』と題された歌を唄い始め、未来は聞き魅入られながら、夢の世界へと意識を泳がせていった。

 

つづく。

 



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#33 - 剣の厚情

ま~た前話との間をあかせてしまったな。

本作を描いたのは『ビッキーを救いたい』と言うのも理由だったのですが、いざ描こうとすると匙加減がむずいったらむずい(汗

あんまり階段を登らせ過ぎちゃうと、じゃあ原作の無印からGXまでかけての積み重ねは何だったんだになりかねないもので。

防人つつもこの剣――可愛いな翼さんはさらりと筆進めんでたと言うのに(オイ


#33 - 剣の厚情

 

 朱音が未来に、〝自分から見た立花響像〟を打ち明け、二人がちょっとした友に対する〝誓い〟を交わしたほんの少し遡った頃。

 

 

 

 

 クレジット機能も有している自前のスマートフォンを、二課本部内に置かれている紙コップ式自動販売機に翳し、ディスプレイに並ぶ商品の中から、自分の分の緑茶と、立花の分のホットココアを押す。

 順番に取り出し口に移されたコップを手に取り、近くのレクレーションルームに入る。

 ソファーとテーブルが置かれた中は薄暗く、壁面に敷かれたスクリーンには、映画が放映中だった。

 好みが偏っているきらいはあるが、映画好きな司令――弦十郎(おじさま)の影響もあり、本部にはこうしたホームシアターの設備が置かれている。さすがにこの手に掛かる費用は叔父様のポケットマネーから捻出されて作られたが、流れている映画は、叔父様が所有しているコレクションから引っ張り出してきたソフトのではない。

 自分が言うのも何ではある話だが、映画マニアでもある叔父様が嗜みとする映画は、無敵の戦闘能力を持った主人公が悪党を次々となぎ倒し、成敗し、無双する様を描く類を筆頭としたアクション映画にジャンルが偏り過ぎているので、装者とはいえ女子二人で鑑賞するには向かなかった。

 それで白羽の矢が立ったのが、奏が生きていた頃、ツヴァイウイングの活動と防人としての務めの合間の休息に、一般人に変装して、今のシネコンにはない昔の形態で鑑賞できる数少ない映画館でのリバイバル上映にて見に行ったことがおり、勢いでソフトも買ってしまった、八〇年代に公開された男女の意識の入れ替わってしまう模様を描いた青春映画だ。

 一時期、この映画の影響で、『もし、奏と意識が入れ替わってしまった』シチュエーションの妄想に囚われてしまったことがある。

 それはもう………とても他人に明かせぬ域な〝意識(なかみ)は自分な奏〟の妄想の数々。

 奏も生前ついぞ知ることはなかった、奏から教わった言葉に喩えるならそう………〝黒歴史〟なこの秘密、こればかりは朱音にまで知られるわけには………むしろ朱音だからこそ知られるわけにはいかない。

 もしそうなれば、大笑いされた挙句、あの翡翠色の瞳を向けて性別問わず見る者を惑わせてしまいそうな、少女な年頃を超越する〝魔性〟な微笑みを見せられかねず………また向けられた私は恥ずかしさの余り、頭と顔に熱が充満しその場で卒倒してしまう自信がある。

 この場に立花がおり、先輩としての責任感が胸の内になかったら、下手をすると想像しただけでそのような事態を招いてしまいそうだ。

 

「立花、あったかいものでもよければ」

「あ、あったかいもの、どうもです」

 

 ソファーの一角でスクリーンを見ていた立花に、ホットココアを渡し、彼女の隣に座る。

 片手で持つ茶を飲み、苦味を堪能しながら、湯気を上げるココアに、息で何度かさざ波を起こした後ゆっくりと口に入れて甘味を味わう立花を見る。

 中身は男子なヒロインが朝の着替えに四苦八苦する場面に入ったところで、立花の口元が笑みを象ったと思ったら。

 

「なんていうかその……意外でした」

「何がだ?」

 

 立花当人から、何やら曰くありげな言葉を受けた。

 

「翼さんって、何でもこなせる人ってイメージがありましたから、お部屋のことを聞いた時は、少しびっくりして」

 

 先に述べた〝黒歴史〟ほどではないが、お世辞にも褒められたものではない、歌女な偶像としての〝風鳴翼〟としては想像しがたい、自分の一面が話題に上がり、恥ずかしさで頬の熱が緑茶のよりも上がるような感覚に見舞われ、思わず隣の立花に見られぬようそっぽを向いて茶を一口。

 

「その……ああ言ったところに、気が回らないものでな……」

 

 実を言えば私……部屋を整理整頓する能力が、皆無(からっきし)なのだ。

 自分に部屋を一つ割り当てられたとして、二・三日ほど経った頃には、部屋中に物が無造作かつ無秩序に散乱し、足場となる床の範囲が極端に狭くなってしまう。

 

〝これは少々……散らかし過ぎではないか?〟

 

 幼き頃からこんな調子で………〝お父様〟からのプレゼントでもあった〝自室〟も、何日からするとあっと言う間に散らかり、当初は〝好きに使ってよい〟と言ってくれた父も、かの惨状を前に苦言を呈してしまうほどだった。

 今現在は、父との多いとは言えない眩い思い出も生まれていた幼き頃以上に悪化しており、酷い時には………この間など、リモコン一本探すのに苦労して、自室の至るところをを虱潰しに回るもそれでも見つからず、逆により散らかって足場もなくした部屋の真ん中で力なく項垂れると言う新たな〝生き恥〟を自ら生み出してしまった。

 こんな体たらくゆえに、私の部屋は定期的に緒川さんが隅から隅まで掃除し、作り立て匹敵するまでに綺麗すると言う了解ができているくらいである。

 そう……緒川さんとは言え、あの人にはしたなく嫌らしい下心などほんの僅かな欠けら分すら持ってはいないとは言え、異性である男性たる彼に、女性な我が身の自室の整理を委ねているのだ。

 

〝翼………いくら緒川さんでも………それは女の子としてはダメだと思う〟

 

 さすがに朱音も、この私の体たらくさを知った時は若干引き気味で、いつもなら米国暮らしで鍛えられたユーモアを交えるところを、ストレートに苦言を呈していた。

 

〝弦十郎(ダンナ)は一体、どーいう教育してたんだ?〟

 

 さしもの奏も、昔自室の惨状を直に拝んだ際は顔中呆れかえっていたものだ。

 奏を失って以来、誤った鍛錬で〝抜き身の硬いだけで脆い刀〟となっていた自分から大分脱却し、精神面で余裕が出てきた上に、同じ装者の身なのに朱音の磨かれた〝女子力〟の数々と公私の両立力をも目にしては、己がだらしない一面に気恥ずかしさを自覚できるようにもなっている。

 と言うよりも、自覚せざるを得ない。

 朱音から例の直球な苦言を貰った時、少しムキになった私は、半ば負け惜しみに『ならば朱音の部屋を今すぐ見せろ』と突きつけた。

 まだ朱音は私が負わした深手で入院中だったから、無理だろうと高を括っていたが………程なくチャットの返信で、朱音に割り当てられた病室の写真と、彼女の住まいの部屋の写真二枚が送られてきた。

 どちらも見事に整理整頓されており、特に掃除も行き届き、秩序が維持プライベートな私室を見せられた私は、清々しく一本取られ、圧倒的な女子力の差を前にして撃沈させられた。

 朱音は常日頃から部屋の手入れが行き届けるよう、掃除し終えた直後の自室の写真のデータを敢えて自らの携帯端末に保存していたのである。

 さすがだ………私の浅知恵への返り討ちなど造作もない。

 

〝翼の部屋だけはやめておいてくれ、傷心の響にあのダストルームは精神衛生上、宜しくない〟

 

 朱音の鍛えられた女子力を前にしては、その忠告を聞き入れるしかなかった。

 

〝剣(つるぎ)だから〟

 

 ああ……なぜあの頃の自分は、己のだらしなさをあのような言い訳で説明つくと思ったのか……羞恥の熱の度合いが強くなっていく顔を、両手で覆い被さりたくなる。

 い、いかん……私なりに傷心な立花をどうにかしようと計らっている最中と言うのに。

 立花が図らずも奏の置き土産たるガングニールの欠片によって〝シンフォギア装者〟となり、人類を脅かす特異災害から人類を守る〝防人〟の責を背負ってしまった事実によって、幼き頃からの親友で、私たちのラストライブに立花を誘った張本人でもあった小日向未来との間に溝ができてしまった。

 

 その事態に直面した防人としては〝先輩〟の身な私と朱音は、協議の末、一旦は彼女らの距離を取らせ、じっくり落ち着いて考える時間を与えることにした。

 二人は今同じ寮の部屋で同居している住環境、溝ができている状態で同じ屋根の下にでもいたら、心情のすれ違いが余計に深まり、決定的な確執に至ってしまう恐れがあったのだ。

 それでまず一晩は、立花を私が、小日向を朱音がそれぞれ面倒を見ると言う手筈となった………のではあるのだが………。

 

〝今ここで立花の手を離せば、立花を一人にしてしまえば、必ず後悔する……だから……離せない〟

 

〝不出来さばかり見せてきた身だが、それでも立花の背負う苦しみ、悲しみを和らげてやりたい………だから………頼む〟

 

 小日向より拒絶の涙を貰ってしまい、再来とばかりにかの〝二年間〟で散々突きつけられた己の〝一生懸命〟の否定を、よりにもよって立花の人間性の拠り所ともなっている一番の親友から、再びその痛みを味あわされると言う憂き目に遭ってしまい、なのに独りで、一人ではとても負いきれない〝悲しみ〟を抱え込もうとしていた立花に、ああは威勢よく言っては見たものの…………やはり奏に朱音みたく、他人を励まして勇気づけるのは、私にとって難題に他ならなかった。

 さっきは言うなれば無我夢中に〝波〟に乗れていたから為し得たものの、いざ意識的に行おうとすると、不器用な性分が災いして上手いやり方が思いつかず、立ち往生してしまう。

 

 立花には全く悪気があって言ったわけではない――〝なんでもこなせる〟と言う、歌女としての私の偶像が作り上げ、積み上げてきた虚構(イメージ)。

 皮肉だな……真実は、実態はまるで真逆。

 私は、戦うことしかできず、戦場(いくさば)以外には何も知らぬ〝剣〟。

 いや……戦い以外に自分には何もないと、自分の世界を、己自身を狭めて、自らを人の身ならざる感情無き剣――兵器に仕立て上げようとしてきた阿呆者だ。

 しかも……奏を失い、朱音たちと会うまでの二年間を思い出してみても、災い人を守る防人として同朋な一課や自衛隊の兵士らと碌に連携を取らず、一人ノイズの群体に切り込んで独断専行を繰り返してばかり、挙句は国家機密の塊でもあるシンフォギアでの私闘騒ぎに、文字通りの自殺行為で、朱音に深手を背負わせてしまったあの絶唱。

 こんな身勝手な独奏(スタンドアローン)を繰り返しては、〝兵器〟としても………〝出来損ない〟だ。

 その証拠に、傷心の後輩を励ますことさえままならない不器用さ。

 どうにか、少しでも気晴らしにはなると、映画を見せるまでには来たが、そこから先………どうするのが最善か、手も言葉も中々……浮かばない。

 

〝真面目が過ぎるぞ翼、そんなにガチガチだと、その内ぽっきりいっちゃいそうだ〟

 

〝誰かを想う〝涙〟に、間違いなんて、ないのですから〟

 

 奏と、朱音から、労いをくれた時のことを思い出す。

 

 こう言う時、どちらも面倒見のいい〝姉御肌〟の持ち主たる二人なら、私みたく悩みに陥るまでもなく、自然とできると思うと………羨ましくある。

 まあ、私みたいな不出来者を相手にしては、元より生来から持ち合わせていたとしても、面倒のよさも育つと言うものでもあったのだが。

 何せ二人とも、装者としては後輩に当たる共通点がある。

 

 今ごろ朱音は、同じく傷心の筈な小日向を、どうしているのか?

 

 年月をかけて磨き上げた女子力を存分に生かして、堂の入った美味しい料理を振る舞っていそうだ。

 実際にまだ見たことないと言うのに、髪を纏めたエプロン姿が板についた朱音が料理を作る姿が、やけに鮮明な形で想像できてしまっていた。

 そして十代の少女離れをしたあの包容力で以て、傷心な小日向を包み込み、温めているに違いない。

 何をやっているのやらと、自ら脱線しかける無様さに溜息を零しそうになり、本題にまで至れずに困っているところへ。

 

「あの……翼さん………」

 

 立花の方から、こちらかしたら助け船を出してくれた形で切り出してきた。

 

「遠慮はするな、今のうちに出せるものは出しておけ、内側に溜めてばかりの果てに自壊しかけたのが、少し前の〝私〟だ」

 

 手をこまねいて足踏みしていたのは事実なので、ありがたく乗り込むことにする。

 

「それでも、昼の時も申した通り、立花の背負う、苦しみ、哀しみを和らげるだけの受け皿は、持ち合わせるまでに育んだつもりだ」

 

 全く……内心手詰まり寸前に困っていたと言うのに、いざ口に出すと、ペラペラと流暢かつ威厳あるように話せている自分に、ポーカーフェイスの裏で心中は己自身に呆れていた。

 

〝忍術では、火薬を使う〟

〝武器としてか?〟

〝目くらましさ、まやかしと演出は戦いにおいて優れた武器となる、敵に自分をより大きな存在であると錯覚させることができるのだ〟

 

 不意に、昔叔父様が鑑賞していたのを偶然見た、毎晩裏通りで意味もなく人が死ぬほどの悪漢が蔓延る犯罪都市で、蝙蝠の衣装で悪と戦うスーパーヒーローの誕生秘話を描いたらしい映画の一幕で、主人公が忍術を学ぶ場面が思い出される。

 映画の後半で考え方の違いから主人公と衝突することになるその忍術の師の言葉を借りるなら、自分は自分を実態より大きく演出して見せる技に長けているらしい………偶像を背負う者としてはありがたい能力かもしれないが、私個人としてとても素直に喜べる才ではなく複雑だ。

 この辺の私の才のことはさておき。

 

「………私………自分なりに覚悟を強く決めたつもりでした……」

 

 もう少し時間が掛かると踏んでいた私の予想より早く、立花は打ち明け始めた。

 

「奏さんに翼さん、朱音ちゃんみたいにはなれなくても、守られた分の負い目も力にして、私が守りたいと思ってるものを、ちゃんと私の意志で守るんだって……」

 

 頬が、先程とは別種の〝照れ〟に覆われる。

 立花のその言葉を前にしては、さすがに、心中では喜びの気持ちを偽れそうにない。

 人としての尊厳を徹底的に足蹴にされ、強すぎる自己否定に囚われた立花に………散々な仕打ちを行ってきたのだ。

 ファンとしても、装者としても、防人としても、私一個人としても、幻滅されてしまっても何らおかしいことではなかったと言うのに、私の名をも挙げてくれた。

 少なからず負い目もあるだけに、嬉しさを感じない方が、無理な話だ。

 

「だけど………全然ダメダメな上に………朱音ちゃんにはほんと世話ばっかりかけっぱなしで」

 

 うっ………胸の奥にて、微かだが、しかしじわりとくる痛みが走る。

 立花には何の落ち度もない。

 私もまた、むしろ私の方が、朱音に世話をかけてばかりと言う事実に心が痛んだだけのこと………いや、世話って言葉では生ぬいな。

 様々な都合上、私は直にこの目で朱音の戦いぶりを見た機会は少ない。

 最も拝めたのは、私の不届きさが端を発したあの私闘ぐらいと言う有様なのだが………それでも防人の戦いで研磨された私の目は、朱音の勇姿から、前世での〝守護神ガメラ〟としての戦いが、いかに孤独で過酷だったかを感じ取っていた。

 それこそ最初から同じ使命を背負った仲間とともに務めを果たせるようになったのは、シンフォギアの力を手にしてからが初めてであったと言うのに。

 いくら多くの修羅場は潜り抜けてきてはいても、装者としては立花と同じく新参者で、人の身で〝守護者〟となったばかりだった彼女に対し、防人の務めを切り捨てた凶刃を突きつけ、一人対ノイズとの最前線に放り込ませ、その上絶唱の代償(バックファイア)を背負い込ませ、生死を彷徨わせもしてしまい………本当に苦労ばかり掛けてしまった。

 そう………〝苦労〟………その方が相応しい。

 だからこの罪悪感(いたみ)は粛々を受け止めつつ、この身に胸中を吐露してくれている立花に、耳を聞き入れる姿勢を忘れぬように、強く心がける。

 

「今日も………未来………友達から、これ以上シンフォギアで人助けをする私と……『これ以上、友達でいられない』って……言われちゃって」

 

 膝頭に乗る立花の握り拳が、震え出している。

 

「どうして……あんなことに………」

 

 投げ出す気など端から持ってはいないが……て立花を最も苦しめる問題は、私にとっても難題だった。

 何せ困ったことに、立花を今最も悩ます悩みは、私からは縁のない話だった。

 あの時緒川さんが言ってくれたように、彼も叔父様も二課の人たちも、私を〝対ノイズ兵器〟などと見なして扱ったことなどはないし、今ならば、一時は〝修羅めいた生き方〟に固執していた愚かな私をいつも案じ、思っていてくれていたし、私のこの宿命に対して、憂いていたことも理解している。

 それでも現状唯一ノイズに対抗、撃破せしめ、担い手が極端に少なく、虎の子なシンフォギアを扱える数少ない適合者の一人だったゆえ、今まで私は、己にとって大切な存在から、戦場(いくさば)に臨む、言い換えれば危険に飛び込むことに対して、止められたり、拒絶されたりした経験が……ないのだ。

 無論、最も近しい筈の〝肉親〟から、案じているからこそすれ違い、ぶつかり合い、ましてや嘆かれたことも、ほとんど………ない。

 

「立花……」

 

 こんな人並み外れた生い立ちを抱える私であったものの、幸いにして、立花の悩みの原因が、具体的に認識できてはいた。

 ほとんど、朱音から仕入れた情報と、朱音の推測(みたて)の恩恵によるものなのだが。

 

〝相互依存〟

 

 朱音は翡翠色をした慧眼で、幼馴染たる立花と小日向、現在の彼女らの在り方を、そう表していた。

 私も言い得て妙だと、あの、小日向に拒絶されてしまった直後の立花の後ろ姿から、言い切れる。

 まるで………何もない虚無が広がる乾いた風が吹く荒野に、たった独り、取り残されてしまった。

 あの時私の瞳はそんな風に、映った。

 

 

「急な質問をするのだが………二年前の私たちのライブに、どういう成り行きで参ずることとなった?」

「えっーと………その………」

 

 案の定、急な質問の内容に響は戸惑いを隠せずにいたが、応じる姿勢を見せる。

 

「未来が、誘ってくれたんです、一緒にライブを見に行かないかって、そもそも私にツヴァイウイングを紹介してくれたのも未来で、あの日は親戚の都合で行けなくなって、特異災害に巻き込まれずに助かったんです………けど」

 

 笑みが浮かぶほど思い出話に花開きそうになった立花は、言葉の途中で顔に何やら気がついた表情を見せた。

 

「気づいたか立花? 小日向はずっと、あの厄災の荒波に巻き込まれることなく助かってしまった自分と、己の手の届かぬ遠くまで立花の手を手放してしまった自分を、今日まで攻め続けていたのだ、立花たちと〝日常〟を過ごす裏で」

 

〝あの時自分がああしていなければ………私の大事な人はあんなことにならずに済んだのに………自分はおめおめと助かってしまった〟

 

 立花の心の深層に巣食うものが〝前向きな自殺衝動〟だとすると、小日向のそれが抱えるのを言葉にするなら、こうなるだろう。

 もっと短く表するなら―――〝後悔〟。

 それと――罪悪感。

 私にも………この類の痛みを齎す傷を、身を以て経験している。

 

〝ダメだよ奏……〟

 

〝アタシの我がままに、付き合ってくれ〟

 

 朱音たちのお陰で、戦士にして歌女でもある装者にとって矛盾そのものだった〝感情無き剣〟に執心、修羅に突き進んで堕ちていくばかりだった自分から脱することができた今でも、私は………あの日、あの時、Linkerも服用せず、肉体が薬物の禁断症状も同然な状態だった奏を引き止められなかったことを………悔やみ、自分だけが助かってしまった事実に、未だ時に胸の奥が疼く時がある。

 たとえ奏本人が、命燃え尽きるまで歌い続けた自身の決断に悔いを持っていなくとも………よしんばあの日生き残れたとしても、適合者で居続けるために肉体に投与され続けたLinkerの代償で、生い先をが決して長くない現実が待っていたとしても、簡単には拭えなかった。

 小日向にもまた、あの日にて拭いたくても拭えぬ痛みを発する〝傷〟を抱えてしまった。

 後悔と罪悪感に苛まれる中………生死を彷徨う親友が生き長らえるのを日々願い、幸良く生還できたと言うのに、その矢先、生存者たちへの誹謗中傷に晒され、肉親の一人にすら半ば切り捨てられてしまった立花の苦難を、間近で………しかし当事者とも言えぬ立場から、見せつけられてきだと、私の想像でも窺える。

 その上、立花がシンフォギア装者としての宿命(さだめ)を背負ってしまった事実まで突きつけられたのだ。

 友に降りかかる理不尽を目の当たりにしてきた小日向の目からは、ギアの装束を纏った姿は………朱音ら級友たちと送る日常で、微々たるものでも和らぎ、癒されていた筈の〝傷口〟が、荒ぶるほどに痛ましく開かれるものだった。

 

「小日向からすれば……装者として〝人助け〟をする立花の姿に対し、〝友が人類守護の責務を負ったのは自分の罪のせい〟だと、胸が抉られる感覚に迫られたのかもしれない」

「……………」

 

 私より伝えられた〝事実〟に、立花は言葉どころか一声すらも出なくなっている。

 立花曰く〝趣味〟であり、彼女にとって生きがいであった〝人助け〟に励む〝一生懸命〟が、己にとって最もかけがえのない親友を傷つけてしまう現実を突きつけられたのだ………ショックで無言にもなってしまう。

 立花がシンフォギアで以て人助けに尽力すればするほど………皮肉にも小日向の心を苛ます〝苦しみ〟は増していくと言う、なんとも……皮肉な構図があった。

 

「今小日向と、確実によりを戻せる方法は………なくもない」

 

 こう切り出した私に、立花は縋るような目線で、それを教えてほしいと訴えかけてきた。

 このままその先を口にしてもいいのか? と躊躇いが過る。

 自覚し切れていない〝自己否定〟の念に捕われている立花にとって、酷な言葉を発しようとしているからだ。

 これが、朱音が〝先輩〟として味わってきた苦悩の味か……しかしここで挫けるわけにはいかない。

 

「捨てればいい………〝装者としての自分〟を」

「ッ―――」

 

 恩人たる友も噛みしめてきたその味が広がり、重く閉ざされかけた口を開く。

 立花の、息が呑まれる音がした。

 

「装者となる以前の通りに、日常の内側での人助けならば、小日向も咎めはせぬし、友として共に日々を送れるだろう」

 

 とまで言ったところで、立花の様子を窺ってみる。

 心中の状態が反映されている形で、朱音とは正反対に丸みのある幼さを残した二つ瞳は、揺れ動いているのが見て取れた。

 

「だが、それはできない―――かと言って、小日向とこのまますれ違ったままなのも嫌だ――そうだろう?」

「…………はい」

 

 見るからに立花は、小日向とよりを戻したいが、その為に〝装者としての自分〟と決別することもできず〝板挟み〟となって、萎縮していた。

 

「すまない、さすがに言い方が悪かった、ただ私は立花を咎めているのではない………小日向の〝友達ではいられない〟と言う言葉は、立花も今こうして味わっている〝エゴとエゴの板挟み〟による苦しみから零れたものだと言うことを、知ってほしかったのだ」

「え……えご?」

「そう、エゴだ」

 

 やはり立花の性格と境遇上、その単語には特に好ましくない印象を持っているようで、戸惑いを見せながら反復していた立花に、鸚鵡返しをする。

 

「実は、前にお詫びも兼ねて朱音の見舞いに行った際に、どうしたらそこまで〝強さと優しさを両方持って、人を守れるのか?〟と尋ねたのだが、その時朱音は、〝自分のエゴ〟だと答えたんだ」

「あ、朱音ちゃんが……」

 

 顔一杯に、大層驚いた表情を立花は見せる。

 当然か………立花にとって朱音は奏と並び、ある意味で立花が求めずにはいられない〝理想〟でもあるのだ。

 その朱音の口からエゴなんて言葉が出たと聞けば、驚愕も避けられまい。

 

「朱音に言わせれば、人間どころか全ての生きとし生けるものにエゴを持たぬ生命はいないらしい、霞を食べてひっそり生きている無我無欲そうな仙人すら、世俗に関わらずに生きていたい欲求――エゴを持っていると、言っていたな、彼女にとっては〝エゴ〟もまた、持つ者の向き合い方、使い方次第なのだと捉えているのだろう」

「向き合い方………使い方………次第ぃ……」

 

 あの見舞いを機に積み重ねた交流を通じて知った、かつて地球の生命エネルギーより生まれしガメラであった出自の影響もあるであろう朱音の独特の生命観を話す。

 ここまで来て朱音の助力を借りなければならないのは、一応装者としては先輩な身として少し複雑ではあるが、そんなことを気にしていては目の前の悩み惑う少女すら救えないぞと言い聞かせる。

 実際、自分も朱音がいなければ、こうして立花と接することすら叶わなかったかもしれないのだし、せっかくの恩を生かすと思えば、どうってことはない。

 

「だからこそ、朱音はエゴが持つ清濁、陽(ひかり)の面と陰(かげ)の面、その全てと向き合った上で己自身を形作る一部として受け止め、人も含めた生命そのものが奏でる音楽を守りたいと言う自分自身の確たる〝信念〟を胸に、歌女(うため)として、防人として―――強く在れるのだ」

 

 いかん、余り朱音のことを語り過ぎると、本題から逸れてしまう。

 

「まあ、つまりだ立花………私が……言いたいのは――」

 

 いざ意識的に本題に軌道修正しようとすると、一時は滑らかに発せられていた私の不器用な口の流れは、また悪い方になって言い淀む。

 

「エゴもまた、目を背けた分、己に牙を向いてくるものであるが、向き合えば、味方ともなってくれるものでもあり――」

 

 まだまだ………先輩として不甲斐ないなと、自嘲したくなりつつも、必死に次へ次へと繋げていく。

 

「そして、己と他者のエゴと向き合った上で、立花の心からの想いを、小日向にしっかりと伝えてほしいと、言いたかったのだ」

 

 ここまで、何とか言い切っては見せた。

 だが、自分の拙い言葉が、どこまで立花の心に響いたか、少し不安もある。

 何だか妙に気恥ずかしくもなり、つい視線も逸らしてしまうが――

 

「翼さん」

 

 少しの間の後、名を呼ばれ、向き直してみると、そこには笑みを取り戻している立花がいて。

 

「ありがとうございます、やっぱり翼さんも、私の憧れです」

「た、立花?」

 

 ガッツポーズのような握り拳をしたかと思えば、急にその場から立ち上がった。

 

「だって、私があの日負った大怪我からの辛いリハビリを乗り越えられたのも、翼さんの歌に励まされたからです! 今もこうして、翼さんから元気を貰いました、だからもう一度、未来とちゃんと話をしてみます!」

 

 どうやら不安は、杞憂だったようだ。

 私は、かつて〝感情無き剣〟固執して破滅に落ちかけていた頃は忌々しく映りながらも、今は眩しさと温かみを感じさせる立花の笑みに微笑みを返しながら。

 

「何だか、私が励まされているみたいだな」

 

 そう、呟き返した。

 

「へぇ? あれ?」

 

 立花はきょとんとした顔になり、心当たりが見つからず疑問を浮かべる様が、私には微笑ましく映されて、また私の口元は綻ぶのだった。

 

つづく。

 

 



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#34 - 雨の日に

またまたお待たせいたしました(汗

12月中には出したかったのに年を跨いでしまいましたが最新話です。

のっけからサービスシーンなのは私の趣味だ(コラ

美女がふと意図せず無意識に見せるエ○スとか最高じゃないですか(マテマテ


 眠りの中にいた彼女の耳に響いてくる音色。

 正確に表するとスマートフォンのアラーム音に設定していた振動音と一緒に流れる音楽で、仰向けに眠っていた朱音の意識が目覚める。今回チョイスされたのは南北戦争下の西部で三人のアウトローが20万ドルの金貨を追い求めるイタリア西部劇のクライマックス、卑劣漢が金貨の眠る墓を見つけようと広大な墓地の中で生き生きと走り回る場面にて流れた名曲だ。

 瞼越しの瞳の視覚が、微かな明かりを感じ取った。

 

「うっ……」

 

 起きたばかりの翡翠色の瞳に負担が掛からぬよう少しずつ瞼を開け、起き上がりながら肩にかかった髪をかき上げる。

 

「はぁ……あぁ………んんっ………」

 

 艶かしい息を吐いて、ロフトに隣接し、明かりを寝床に通すロ窓の外をまだ半開きな双眸で見ると、無数の透明の水玉たちがガラスに付着していた。

 ガラスの向こうの空は明るくなってはいるものの、淡くも鈍い灰色な曇り空で、昨夜とほとんど変わらない勢いの雨が、地上に降り注いでいた。

 両手の指を絡め、背筋と二の腕を真上の天井の方へと伸ばしてあくびを発する、肩のラインに沿うシンプルな黒のタンクトップの紐が、今の弾みでするっと落ちた。

 意識は少しずつ寝惚けから抜け出し、窓から目線を落とすと、一晩ここで一緒に寝ていた筈の未来の姿がいないことに気づく。

 梯子でロフトから降りると、キッチンの前のテーブルに置いていたお皿に乗せて、ラップにくるませていた三つのおにぎりが無くなっていた。

 

〝やっぱり、か〟

 

 さすがに朝食までご馳走になるのは忍びないと思った未来が、自分が起きる前にこっそり部屋を後にすると踏んでいた朱音は、彼女が眠りについた直後にこっそりと作っていたのである。

 未来を起こさずにとなると余り手の込んだものが作れなかったので、おにぎりとなったものの、だからこそ朱音は手を抜かずに作り込んでいた。

 

 

 代わりに皿の下に抑えられたメモ用紙を手に取って、紙面に書かれていた文字を読む。

 

〝先に学校行ってます、今度はちゃんと響と向き合ってみるね、本当色々とありがとう〟

 

 友からの置手紙の文面を見た朱音は、まだ現状〝ひとまず〟であるのだと自身に言い聞かせながらも、ほっと一息して微笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 朝食を作る前に、日課の一つであるトレーニングを一通りこなすと、朱音は朝のシャワーの為に洗面所に行き、異名に〝戦乙女〟と言う単語がつくのも頷かされる類稀な女体美に彩られ、鍛えられた肢体を一糸まとわぬ姿にすると浴室に入り、始めに冷水の状態で、ヘッドから降り注ぐ雨を浴びた。

 水を吸った長い黒髪は、波を描いて彼女の絹肌と密着し、朱音は前髪を両手でかき上げて頭部をオールバックにする。

 いつも彼女は早朝のシャワーの際、あえて最初は冷水で心身を完全に呼び起こし、続いて適度なお湯で全身を洗うように心がけていた。

 ふと、朱音は腕をさすっていた手の指を口元に持っていき、慎ましく開いている唇を人差し指でそっと、口紅を塗るように、なまめかしく撫でる。

 温水が滴る朱音の美貌は、心情が生む熱で赤味を帯び、瞳は流し目に似る放心として、悦に浸る様な眼となっていた。

 彼女の様相を端的に述べると、いわゆる……〝女の顔〟と呼べるものである。

 

〝どうして……また……〟

 

 起きたての時は忘れていた夢の内容が――〝キスの味〟――とともに、急に再生される。

 昨夜、未来の唇と重なりかけた影響なのだろうか?

 朱音が見た夢は、記憶、それも前世の、超古代文明人だった頃のものだった。

 ほとんど摩耗してしまっている記憶の中で、数少ない、はっきりと彼女の脳に刻まれている一頁。

 それは、彼女が愛した者との――

 

 

 

 

 

 昔も昔、それも大昔の記憶(こと)を夢で見て、ちょっとしたどころじゃない郷愁に駆られるなんて体験をしながらも、私はリディアンへの通学ルートを歩く。

 家から出た時は一時止んでいたけどまた降り出してきて、差した傘の布地に落ちてきて弾かれるたくさんの雨が、音色を鳴らす。

 私は雨玉たちが傘を楽器に演奏する音楽が気に入っているのもあって、よほどの豪雨や台風並みでもなければ雨の時の天気も、梅雨の季節も好きな方だ。怪獣並みに巨大なクスノキに住み、千年以上生き、夜にオカリナを吹き、この雨音(メロディ)にうっとりしてしまった森の主にシンパシーを覚えるくらい。

 

〝~~~~♪〟

 

 二〇世紀の中頃に公開されたアメリカを代表するミュージカル映画の主題歌でもあり、外は雨でも心の中は晴れ晴れとしている様を詠ったかの歌を口ずさみ(さすがにタップダンスは控えた)、空を見上げると、上空を埋め尽くす密集具合で雨を降らしつつ、常に姿形を変えながら行進する雨雲らが見える。

 ラジオのニュースで聞いた天気予報によれば、午後からは晴れてくるそうなんだけど、逆を言えば午前中一杯はこの本降りの雨が続くと意味しているわけで。

 昨日未来らの寮部屋から着替えを取ってくる際、翌日の天候を見越して傘も一緒に持ってきたのは正解、でないとコンビニでビニール傘を買うなんて余計な出費をさせるところだった。

 

「あっ」

 

 気がつけば、目の前にリディアン高等科の校舎がそびえ立っていて、私は昇降口の前にいた。

 

「はぁ……」

 

 自分への呆れで溜息が出てくる。

 また我を忘れて夢中に歌ってしまった……夢中になってたからうろ覚えなんだけど、途中からスキップもしていたような気がする………十代の折り返しな齢とは不釣り合いで全く可愛げのないルックスな身で何をやってるのやら……私と言う奴は。

 生涯〝歌〟への慕情、もっとはっきり言えば〝愛〟を貫き続ける気はあるけど、せめてこの困った我が悪癖はどうにかしないと、と自分に戒めをかけて、校内に入ろうとすると。

 

「はぁ~~はぁ~~ギリギリセーフ……」

 

 背後から馴染みのある声が響く。

 

「それだけ濡れてたらギリギリでもアウトだ、響」

 

 どうも一晩泊まった二課本部を出てから昇降口前まで、傘を差すどころか持ちもせず、雨がやんでいる間の隙を突こうと全力疾走してきたらしい響だった。

 濡れ鼠なくらいびしょびしょとまではいかないものの、ひな鳥の羽毛を浮かばせる癖っ毛も、リディアンの中間服にも、雨の水っ気がしみ込んでいた。幸い学生鞄は中身の教科書やノートまで濡れてはなさそうだけど。

 

「あ、朱音ちゃん? あはは、やっぱり?」

「そう、やっぱり」

 

 無意識の産物である響の処世術な〝愛想笑い〟のものではない笑みに、こちらの笑みを投げ返す。

 様子を見る限り、響も昨日より、大分精神(こころ)の温度は上がって落ち着きを取り戻しているようだ。

 翼の、先輩としての面目躍如ってところかな。

 これなら、なまじ〝相互依存〟でお互いに近寄り過ぎてしまった余り、シンフォギアの存在を中心とした因果をきっかけに大きくすれ違って、離れてしまった二人の距離が、良い具合に縮まりそうだと期待も沸いてきた。

 

 二人で校舎に入り、日本のスクールでしかお目にかかれない下駄箱の前での履き替え、教室へ向かう為に廊下を通っていると。

 

「あ、あのね」

 

 階段に差し掛かったところで、横並びに歩いていた響が立ち止まり、少しよそよそしい雰囲気で、さっそく本題に入り込んできた。

 

「未来なら、私が起きる前に先に学校に行った」

 

 私も響と顔を合わせた時点で本題に真っ先に入る気でいたので、まず先に通学して行ったことと――

 

「心配ない、少なくとも響と面と向かって、腹を割って話せるくらいには、落ち着いている」

 

 未来の方も、涙とともに響に拒絶の言葉を突きつけてしまうほどの不安定で揺れ動いてた心は、大分安穏を取り戻せていたと伝えておく。

 

「そっか、また朱音ちゃんにも世話かけちゃったけど………ありがとう、私一人じゃ、未来になんであそこまで言われちゃったか………分かんないままだった」

「礼を受けるのはまだ早いかもしれないが、受け取っておく」

 

 せっかく笑顔と一緒に感謝を示してくれたのだから、それをちゃんと丁重に受け取る。

 それに正直………色々と響に対して拭えぬ不安も抱えているのもあって、ちょっと嬉しくもあった。

 響の内罰的過ぎる性分が歪みに歪んでしまい………〝自己否定〟の領域にまで陥ってしまっていることを思えば、ここで私に〝謝る〟だけでは止まらず、また過度に自分を攻め立て、自傷の袋小路に陥りかねなかったからだ。

 だから私としては、今みたいに笑みを見せてくれた方が、ずっと――喜ばしかった。

 けど――その気持ちは胸の奥に秘めておき、周囲には他に人がいないことを確認しつつ、自らの面持ちを引き締めさせようとした中。

 

 

 

〝~~~♪〟

 

 

 

 私のスマートフォンが、振動(バイブレーター)による独特のリズムを奏で始めた。

 周囲を確認し、鞄からスマートフォンを取り出して〝演奏〟を止める。

 響のスマホからも、ほぼ同じタイミングで振動が流れていた。

 今のバイブは腕に付けている二課支給の携帯端末(スマートウォッチ)に搭載されている機能の一つであり、二課本部から通信の催促が来ていることを知らせるメッセージだ。

 国家最重要機密に関わり、その〝秘匿〟を義務づけられている身ゆえ、当然ながら学生たちが行き交う校内及び公共の場の真っただ中で、機密を駄々漏らすも同然に堂々と本部と連絡し合うわけにはいかない。

 その為この二課に所属する人員に与えられている一見一般普及されているのとそん色ないスマートウォッチは、電波を受信した際に、周辺の環境をスキャンし、その場所が通信に適した場所でなかった場合、予め特殊なアプリをダウンロードしてあるスマートフォンとリンクして、メールやSNSの通知の体裁で私たちに報せてくれる仕組みとなっている。

 ちなみにと言うか、私のは〝モールス信号〟のリズムで通知されるよう設定してある。

 あのメロディは結構個人的な好みで気に入っており、小さい頃には信号を発信する電鍵を打つ仕草に対し、無性に憧れていた時期もあった。

 そうなった大元は巨大な雲海に守られ続けていた大空に浮かぶ伝説の城を巡るかの映画の影響だったりする。

 

〝ついてきて〟

〝うん〟

 

 アイコンタクトでやり取りした私たちは、、まず人気のない場所へと移動し始めた。

 通信場所に選んだのは、屋上のペントハウス。

 扉の向こうの外はまだ本降りの雨なので、わざわざ利用する生徒は誰もいない、私たちと除けばだが、状況が状況じゃなければ、暫く雨と建物が彩る演奏と風情を、五感の全てで味わっていたところだけど。

 端末の画面を確認すると、赤い色合いから緑に変わり、ここならば通信に適していると私たちに報せていた。

 

「お待たせしました司令、ノイズですか?」

『そうだ』

 

 スマートウォッチを操作して、受信を応じ、通信相手で車内にいるらしい弦さん――もとい司令の顔が表示された立体モニターが現れる。

 

『市街地第五区域に、ノイズの反応(パターン)が検知されてな、朝未明だったこともあり、人的被害こそ出なかったのは幸いだったんだが……』

 

 案の定、通信の理由はノイズが出現したと言うものだった。

 だが報せはそれだけではないと言うことを、通信が来た時間帯、司令の声と表情のニュアンスから読み取る。

 

「雪音クリスとの交戦の痕跡が見つかった――ですね」

 

 司令の様子を洞察して、最も〝正解〟に近い事柄を見いだした私は、それを彼に伝える。

〝豪胆〟の一言が似合う精悍な面持ちに陰が差し込んだ表情(かお)を更に曇らせる司令は、粛々と頷き返して、〝シンフォギア――イチイバルを纏った雪音クリスが、ノイズと交戦していた〟と言う事実を示す。

 彼のその顔と〝陰〟を私が目にするのは、これで二度目である。

 一度目は、入院中に〝ネフシュタンの少女が雪音クリスである可能性〟を本部に報告した時だ。

 

『朱音君の察しの通り、出現地点からイチイバルの波形パターンも検知された…………』

 

 仮に兵器として見做した場合、ノイズ殲滅に特化したシンフォギアとノイズ(たとえソロモンの杖による完全制御下にあっても)は、ギアの歌がノイズの特性を悉く無効化させてしまう根っこから天敵同士なゆえに、同時運用には全く向かない。

 この両者が一時同じ場所に存在していたとなれば、交戦があったと考えるのが自然だ。

 後は先日の戦闘の流れを思い返せば………何を示しているか、おのずと組み上がる。

 

「朱音ちゃん……」

 

 司令との通信が終わった直後、何か言いたげな響の声音を聞こえ。

 

「やっぱり………〝怒ってる〟の?」

 

 端末を見下ろしていた顔を上げて、向かいにいる彼女に目を向ける。

 

「その……クリスちゃんって、女の子のこと」

 

 一見唐突な響の質問だったが、別段私は不思議に思ってはいなかった。

 響なりに、私と雪音クリスとの戦闘を目の当たりにして、思うところがあったのだと、容易に想像できたからである。

 

「ああ………怒っているさ」

 

 響のその問いかけを、私は肯定する。

 だって、それは事実だからだ。

 私は今も、雪音クリスと言う少女に対し、少なからず――〝怒り〟の感情(きもち)を抱いている。

 

〝アタシはお前らの敵だ! 余計なお節介なんだよッ!〟

 

 響に助けられた時の態度と言葉を思い返せば……彼女は、いや私たちより一歳年上だから、一見攻撃的で直情過ぎるあの人の心根は、幼き日に最愛の肉親を失い、長年いつ死ぬかも分からぬ内戦下の渦中で、過酷で痛ましく、惨たらしくて悲しく、最悪女性としての貞操も奪われていてもおかしくはない、人間の尊厳を奪い尽くされた奴隷に落とされた地獄に浸かり続け、人としての生を狂わされ続けられてもても尚、心優しく慈悲深い人となりの持ち主だ。

 

〝戦争の火種くらいアタシが全部消してやる! そうすればあんたの言う通り人は〝呪い〟から解放されて、バラバラになった世界は元に戻るんだろ!?〟

 

 そしてあの言葉からも、あの人は心から、人の世の流れに巣食い続ける〝争い〟を心から憎み、根絶したいと言う願望(ねがい)を持っているのだと。

 

「雪音クリスは、自分が抱く〝願い〟を、自分で足蹴にして、己が憎むものを、逆にまき散らしてしまっている………」

 

 なまじあの人の気質を汲み取っていたからこそ、私は怒りを覚えずにはいられなかった。

 未来と子どもたちを、巻き添えにしたと言うのも……少なからずあるけど。

 

 口の中に広がっていく苦味。

 歌で以て戦うシンフォギア装者としての形で、再び地球(このほし)から災厄に立ち向かう守護者(ガメラ)の力を手にしたけれど………それでも父と母の形見に宿ったこの力は、万能ではない。

 

〝アタシらは一人でも多くの命を助ける、その中にはあんたも入ってんだッ! 簡単に諦めるんじゃねッ!〟

 

 奏さんが生前津山さんに投げかけたこの信念に彩られた言葉も、裏を返せば災いに晒された命の、その全てを助けられるわけじゃない、守りし者以前に人としての目を背けてはならない〝限界〟も、同時に表していた。

 覚悟と一緒に十字架を背負ったあの日は言うに及ばず、装者としての災いの影どもとの戦いの中で、どれほど救おうと尽力しても、掬いきれず零れ落ち、地獄の牙に為す術なく呑み込まれていく命を、何度も目にしてきた。

 

 あの人も、その地獄を………人同士の争いと言う形で、心が絶望で擦り切れるほど目に焼き付けられてきた筈だと言うのに。

 それは、イチイバルのアームドギアにも顕われている。

 

「博士も言っていただろう? アームドギアは装者の心象も反映されると」

「うん」

「現代兵器の形をした雪音クリスのアームドギアは、争いを憎む〝気持ち〟そのものなんだ」

 

 私のガメラを除く正規のシンフォギアのアームドギアは本来、元となった聖遺物に準拠した形態、つまりイチイバルの場合〝弓矢〟の形状となる筈なのだが、雪音クリスは、形態の一つに弓の一種であるクロスボウこそあったものの、後は同じ射る物に相当する〝飛び道具〟とは言え、ガトリングガンにミサイルと、現代の重火器ばかりだった。

 装者の心象――潜在意識の影響を強く受けるギアの特性を踏まえれば………自身の人生を狂わせた忌まわしい〝戦争〟の一部である現代兵器がアームドギアとなってしまうほどに、あの人の心の中で〝悪夢〟として住み着いていると。

 なのに……雪音クリスが終わりの名を持つ者の指示の下で行ってきた行為は、あの人自身が最も忌々しく憎み、その心に影として染みつき、今も尚苦しめている筈の〝地獄〟を、自分と同じ境遇に晒された命をこれ以上生み出したくない自らの想いに反して、逆に生み出している側に立っているに他ならなかったのだ。

 響と対峙している中、その響からの言葉で逆上して拒絶した姿など、人と人が起こす争いの縮図以外の何者でもない。

 それも………よりにもよって〝特異災害〟をも利用して………怒りが沸かない方が、私には無理な話だった。

 

 けど……かと言って単純に、それこそ響の身も心もボロボロにした魔女狩りに加担した連中も同然に、あの人を糾弾することはできない。

 

 

 身も心も疲弊して、追い込まれた人々は、時として極端な思考、思想に呑み込まれ、濁流にも等しいそれらに流されて過激な行動に移ってしまい、悲劇に繋げてしまうことがあるのは……歴史が証明している。

 現に私(ガメラ)も経験していた。

 あの頃の冷徹な守護者に固執していた自分は言うに及ばず……マナの枯渇によるギャオスの大量発生で人間社会どころか地球全体の生態系が脅かされる中、私が引き起こしてしまった罪。

 あの渋谷の過ちによって、一度は《ガメラ抹殺、ギャオス保護の方針》を取ったことでギャオスの急成長を許し、多くの人命が奴らに捕食されてしまう事態を招いてしまったにも拘わらず、その頃よりも多数のギャオスどもが無差別に生命を食い散らかす状況であったと言うのに、またしても〝ガメラ掃討〟に傾倒してしまう過ちに至らせてしまった。

 

 雪音クリスも、国連軍によるバル・ベルデ共和国の紛争介入で地獄の奈落からようやく解放された後も、その胸の内には、戦争と、その地獄を生み出し、己を同じ人と思わず虐げてきた〝大人たち〟への不信と憎悪、〝音楽〟で人と人を繋ぐ様を見せたかった親心が裏目となり、結果として戦禍の中に放り込むこととなってしまった肉親への愛憎が混濁した想いで渦巻き、荒んでいたと想像できる。

 そんな中で、天使に化けた悪魔の甘い口車(ささやき)を受け、同時に力を与えられてしまえば……世のテロリストと同じく極度に凝り固まったブレーンで………自由の国が行ってきたのと同じ――争いを無慈悲な力で一方的にねじ伏せる――過激な行為に走ってしまったとしても、おかしくはなかった。

 

「でも……」

 

 自分が怒りの理由の諸々を表した直後、響はその一言を口したが、その次に繋げる表現が上手く湧かないようで、俯いて口を閉じてしまう。

 幸いだったのは、私は響が何を言いたかったのか、ある程度汲み取ってはいたので。

 

「まあ私もできることなら、響がしたように言葉で、何とかしてあがったけど……」

 

 と、彼女に返してあげた。

 あれで三度目となった雪音クリスと対峙した際、響は未来を戦闘に巻き込んだ相手でもあるあの人に、言葉で以て説得しとうとしていた。

 既に一戦交え、戦場の中で響があの選択を取ったのは、元より争いごとを好まない気質と………やはりあの……人の悪意に呑み込まれた経験の影響もあるだろう。

 ただ響の〝影〟を知らなければ、響のあの姿勢と言葉は、現実を知らない甘ちゃんが振りかざす綺麗言、戯言だと一蹴されてしまうものだ。

 現にあの時の雪音クリスの聴覚と思考からは理想論にしか聞こえず、図らずも逆鱗に刺激を受け逆上してしまう格好となった。

 私が激情で平静ではいられなくなったあの人を叩きのめし、銃口を向ける荒いやり方を取ったのも、響への憤怒をこちらに向けさせつつ、敢えて私がその矛盾を写す〝鏡〟となってどうにか収める意図もあった。

 実際、響の言い方は………少々勢い任せの一方通行気味で、拙さがあったのは否めない。

 

「けど………〝言葉が通じる〟ことと、〝話が通じる〟ことは、同じようで違う」

 

 それでも、響のそのひた向きさを、否定したくはなかった。

 

「どちらも通じ合わせる為に努力し続けなければならないところは、一緒ではあるんだけどね」

 

 普段は女性的過ぎず、かと言って男性的過ぎない中庸なものになりがちな口調を、少し女性向にして、そう付け加える。

 

〝闘争〟が人間の本質の一つであるのは、どう足掻こうと否と叫ぼうと、否定することはできない―――〝真実〟。

 だけど、超古代文明人としての記憶を見たものあって、それだけではないと言う想いも、強まっていた。

 相争い、痛みを押し付け合う以外に、通じ合えるものはないなんて……やっぱり、悲し過ぎるものだ。

 

 そうだろう? クリス。

 

 どこかにいるあの人の頭上にも流れている雨空を見上げる。

 朝起きたばかりの時よりも、雨雲の密度も勢いも、段々と和らいで、雲の向こうにある青空が見えかけていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮮やかな夕陽が差し込まれるルネサンス様式風の屋敷内の長々と伸びた回廊を、クリスは握り拳にした両腕を大きく振るい、荒々しく両足を踏み出しては駆け出し、我武者羅に走っていた。

 目を背けるように瞼を瞑らせ、何かを振り払うように首を振り、口からは、体力の消費の加減を端から考えてない走り方で乱れた息が絶えず零れ落ちていた。

 どこまでも続くように思えた回廊だが、道の果てとなる巨大な扉が走る彼女の前にそびえ立っていた。

 

 走る速度を緩めず、その勢いのまま、クリスは扉をこじ開け。

 

『神ならざる者が全てに干渉するなど不可能だ、それは他ならぬお前自身が最も理解しているのではないのか?』

 

 扉の向こうの広間の奥の操作卓の前にて、クリスに背を向ける形で腰かけ、ダイヤル式電話と英語で〝取引相手〟と腹の探り合いをする黒いロングロープとストッキングとヒールを除き肉体を晒す女性――フィーネに。

 

「アタシが〝もう用済み〟ってなんだよッ!」

 

 広間全体に響く声量で、クリスは自らを〝用済み〟だと切って捨てた〝終わりの名を持つ者〟に訴えかけた。

 

「もういらないってことかッ!? アンタまで結局〝あいつら〟と同類だったのかよ! アタシを………〝モノ〟同然に扱うのかよッ!」

 

 両手で銀色の艶を帯びた髪を掻き毟る姿は、いかにクリスの精神が混乱しているのかを語っていた。

 見れば目元は潤んでおり、今にも涙の雫が滴り落ちそうになっている。

 

「頭ん中グチャグチャだ………何が正しくて何が間違ってんのかもう分かんねえ………」

 

 行き場のない激情をぶつけてくるクリスに対し。

 

『Do you undersutand?』

 

 受話器を本体に置いて一方的に通話を切ったフィーネの後ろ姿は、見るからに冷ややかな様相を見せており、溜息までも吐かれた。

 

「どうして誰も………私の思い通りに動いてくれないのかしら?」

 

 失望が染みつく冷たい声音で呟くフィーネは、振り向きざまに、手に持っていたソロモンの杖から緑の光をいくつか照射させ、クリスを取り囲む形で、ノイズらを広間に召喚させる。

 クリスは本能的に首に掛けているペンダント――イチイバルを手に取るが。

 

〝これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ〟

 

 逡巡で、聖詠を奏でられず、立ち尽くすばかり。

 瞳が濡れて揺れるその表情(かお)からは、幼き日より悲惨な運命に抗えず翻弄され続けた………少女の姿が、剥き出しとなっていた。

 

「いいことを教えてあげる」

 

 杖による操作でいつでもクリスを襲える中、その美貌で彼女を嘲笑う目顔を見せる〝悪魔〟は、容赦なく突きつける。

 

「貴方の〝戦いの意志と力を持つ人間を叩き潰す〟やり方じゃ、争いを亡くすことなんてできやしないわ、せいぜい一つ潰すと同時に新たな火種を二つ三つ、盛大にばら撒くくらいが関の山ね」

「あ――アンタが言ったんじゃないかッ!」

 

 朱音が看破していた、クリスの願望と裏腹な、争いを生み出す〝矛盾〟を、皮肉と嘲笑をたっぷりに。

 

「そうね、だから星の姫巫女のように矛盾が孕んでいると気づくどころか考えもせず甘言に乗ってくれたことには、一応の感謝はしておくわ………でも――」

 

 笑みは消え、冷気を纏った眼差しを突き刺す。

 

「それ以上に、ほんと失望させられたわ………〝私の与えたシンフォギア〟を纏いながら……〝紛い物〟に地にひれ伏せられ、毛ほどの役にも立たないなんて………そろそろ―――幕を引きましょうか」

 

 フィーネの全身に、青白い光の微粒子が集まり、彫像の如き濃艶な裸身が輝きに覆い隠され

 

「私も……この鎧(ネフシュタン)も不滅……未来は無限に続いていくのよ」

 

 クリスの視界を、白銀一色に染める閃光が迸った。

 

 今日まで生き延びてきた少女の命を、奪おうとする、死の光を――

 

 

 

 

 

 

 

 ホワイトアウトした視界は、一瞬で黒一色の闇に変質し。

 

「はっ!」

 

 悪夢の体で、脳裏に刻まれてから一晩しか経っていない記憶を追体験していたクリスの意識は、瞼が開かれると同時に目覚めた。

 体のほとんどは汗で濡れ、荒れているくせにリズムのいい息遣いで口はまともに閉じてくれずにいた。

 差し込んできた明かりは暗闇に慣れていた瞳には刺激が強く、一度目は強く瞑られ、ゆっくりと開き直す。

 視覚の明度の調整が済む頃には、クリスの意識は、今自分が日本家屋の屋内にいるくらいにまで回復する。

 同時に、夜の闇にて降りしきる激しい豪雨の中、追手のノイズらを振り払いながら逃げ続けたもの、体力の消耗で路地裏にて倒れ込んでしまった自分が、なぜこんなところで眠っていたのかと言う疑問が過った直後。

 

「よかった………」

 

 ほっとした様子な少女の声が聞こえた。

 その声でようやくクリスは、ずっと傍らで自分を看病し続けていた少女――未来の存在に、気がついた。

 

つづく。



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#35 - まよいご

2月には出したかったのにまた更新が伸びてしまいました。
しかも一万字も使ってまるまるクリみく回。

なんで原作と同じシチュでそんな時間掛かってんだよと突っ込まれそうですが、原作では未来がクリスちゃんを見つける場面はさらりとテンポ優先で流れたから、そういう状況になった時未来はどうするか?をやたら悩んでいたから。

後G編で出す予定のイリスたん転生体の設定も練ってたから(オイ

でもイメージCVはどうしよう、美しさ妖艶さと怪しさを両方表現できる方が望ましいのですが。
能登麻美子さんや田中理恵さんもいいし、ゆかなさんや浅川悠さん、大原さやかもいいし、でも種田さんも捨てがたい。

でもなぜか朱音とのやり取りをいくつかイメージすると、なぜかオーブ=ガイさんとジャグジャグっぽくなってしまうなぜだ?


 今の時代では、余り見かけなくなっている振り子の付いた掛け時計を見上げる。

 時間はとっくにホームルームを過ぎて、一限目の授業も終わったばかりの頃だった。

 本来ならリディアンの教室で授業を受けている筈の私は、ふらわーのおばちゃんの家に居て、6畳くらいの広さな和室で、おばちゃんが用意してくれた布団の中で眠っている銀色の髪をした外国人っぽいけど、でも日本人っぽい感じもする女の子の看病をしている。

 おでこに乗せていた熱さましのタオルの水気が少なくなったので、湯桶のお湯に浸して搾り、畳直して、置き直す。

 今日響と仲直りをすると決めてた矢先に、学業をすっぽかしてまで付きっ切りで介抱しているこの女の子とは、つい何時間かちょっと前に会ったばかりの見ず知らずで、向こうからしたら、まだ私とは面識すらない状態。

 

 

 

 

 

 

 そんなこの子との出会い………今日の朝のことだった。

 

 

 

 

 

 まだ空が薄暗い時間に、私の意識が目覚めた。

 上半身を起こして隣を見ると、まだ朱音は、まだ片手分の歳しかない幼くてちっちゃな女の子みたいに可愛い寝顔と、耳にするだけで心地よさすら覚える寝息ですやすやと、長身で大人びて見栄えのいい綺麗な体を丸めて、すやすやと眠っている。

 これ幸いと私は、起こさないよう、こっそりロフトから降りて、昨日の内に洗濯されていた自分の制服に着替え始める。

 昨日から色々とお世話になりっ放し、恩を貰いっぱなしだったから、さすがに………朝ご飯までお世話になってしまうのは、少し忍びなかったからだ。

 でも私の考えていることは朱音には筒抜けだったみたいで―――綺麗に三角に握られて、丁寧に海苔が巻かれたおにぎり4個が、ラップで包まれてお皿に乗った姿でテーブルに置かれていて、傍らには同じ三角の形をしたおにぎりケースまであった。

 私が眠り込んだ後に、こっそり作っていたらしい。

 せっかく作ってくれたので、鞄に入れていたメモ帳から1ページ取って、そこにメッセージを書いてお皿の傍に置くと、おにぎりをケースに入れて、そっと玄関に向かうと、私が普段から使っている傘が傘入れにあった。

 着替え諸々を寮に取りに行ってくれた時に、天気予報を見越して一緒に持ってきてくれたらしい。

 ここまで天性のものとしか思えない面倒見のよさを見せながら、押しつけがましさを感じないのだから、ある意味で恐ろしい。

 傘も手に取り、外に出ると。

 

〝ありがとう〟

 

 胸から沸いた気持ちのままに、扉の向こうで、まだ眠りの中な朱音に感謝を送った。

 

 

 

 

 

 予報通り、外は雨模様で、幾つもできた水たまりには、降ってくる雨水が盛大に絶えず飛び跳ねていた。

 一旦寮に戻って、お泊り用の荷物を置いて、リディアンに通学するその途中、なるみ商店街の表通りを歩いていて、近くのコンビニのイートインスペースにでも朱音のおにぎりを食べようかなと考えていた時にだった。

 

 ふと目を移した先の路地裏に、壁にもたれかかる形で、その女の子が、精根疲れ果てた様子で、気を失っていたのだ。

 

 まるで……親の下から離れ離れになって、いきなり外の世界に放り出されてしまった〝迷い仔〟にも思えたその女の子の姿が目に入った瞬間、私の足はその場から駆け出して、大雨に晒されている彼女の方へと駆け寄っていた。

 

 冷たい雨でずぶ濡れになった体を、これ以上冷やさせないよう、自分の服と体が濡れるのも構わず、彼女の片腕を私の肩に貸していた。

 

〝いらっしゃい、でも開店までまだ早いからもうちょっと――〟

〝おばちゃんッ!〟

 

 倒れていた路地がふらわーの近くだったのもあって、私はおばちゃんに助けを求めていた。

 せっかく助言を貰っておきながら、その後………響を拒絶してしまったこともあって、一瞬躊躇ったけど、服越しでも分かるくらいたくさんの雨水に打たれて冷たくなった女の子の体が伝ってきて………このまま放ってはおけない、助けたいって気持ちの方が勝って、後ろめたい気持ちを振り切らせた。

 

 

 

 

 さすがにいきなり私が見知らぬ女の子を連れてきた時はおばちゃんも少なからずびっくりしてたけど、それでもおばちゃんは気前よく応じてくれた。

 用意してくれたお布団に女の子を寝かせた私は、ずっと付きっ切りで介抱してあげている。

 びしょぬれだった赤ワイン色なレースワンピースは一度脱がせて、乾くまでの繋ぎで、今日の体育の授業で持ってきていた体操着に着替えさせている。

 結構長いこと雨に打たれていたみたいで、体全体はあんなに冷えていたのに、悪くなっている顔色、特におでこが熱くなっていて、私は桶の水でタオルを浸し直しては冷やしてあげていた。

 無断欠席ってわけにもいかないので、思いっきり嘘なんだけど、一応学校の方には電話で今日は〝病欠〟すると伝えてある。

 

 寝かせたばかりの時よりは、大分顔色はよくなってきたけど、まだ目が覚める気配は見せてくれない。

 

 やっぱり………似てる。

 

 類希なるとはこのことな愛らしい美貌な寝顔を何度も眺めるごとに、私はこの女の子に――〝見覚えがある〟――と言う確信を得て行った。

 直接彼女と会ったことはない。

 響が受けたあの地獄のこともあって、今はお世辞にも良い感情が浮かばない、テレビのニュースや新聞の記事と言ったメディアで、この子と同じ髪色で、顔だちもよく似ている女の子を、見たことがあったのだ。

 それに………私は、彼女の首に下げられている、集音マイクみたく細長くて多面体な、スカーレット色の光沢のある〝ペンダント〟に触れる。

 このペンダントも、よく似たのを………ちょっと前に、見たことがある。

 あの夜、朱音がノイズから助けてくれた後、保護してもらった二課の人たちから、色々と説明を受けた時に見せられた、立体CGで描かれたシンフォギアの〝待機形態〟と呼ばれていたのと、そっくりなのだ。

 

〝~~~♪〟

 

 制服のポケットに入れてマナーモードにしていたスマートフォンが、現在の女子高生のスマホには必ず入っているSNSアプリのメールが着信したと報せる振動を鳴らしてきた。

 手に取り出して、画面に表示さあれた受信ボタンを押してバイブを止める。

 メールの送り主は、朱音だった。

 

〝未来、今どこにいる? 何事もなければ返信してほしい〟

 

 朱音のものであるのが人目で分かる、中性的な言葉遣いで書かれた活字の文面には、私を心配している彼女と、気持ちが、しっかりしみ込んでいた。

 どうしよう………メールの文面を開いた時点で既読済みなのは向こうにも伝わっているし、皆の気持ちを思えば直ぐにでも、返信した方がいいんだけど。

 

〝響とは、友達でいられない〟

 

 一度拒絶してしまった手前、特に響は心配と不安でいっぱいいっぱいになっていてもおかしくないし。

 私を〝ひだまり〟と呼んでくれる意味を知ってしまった手前でもあるから、早く安心させてあげたい気持ちもある。

 

 でも……スマホを持つ手の指が、なかなか動き出してくれずにいた。

 

 理由はこの子と……この子の首にかけられているペンダント。

 

 もし……このペンダントが、あの………〝シンフォギア〟で………この女の子が……あの―――

 

「うっ……」

 

 スマホの画面とにらめっこしている感じになっていた私の耳へ、不意に女の子の呻き声が聞こえてきた。

 穏やかに眠っていた彼女の顔が、また苦悶で歪み始めていた。

 おでこに乗せているタオルの水気も減ってきていたので、それを桶のお湯で浸らせ直して、余分な水分を搾り取っていると。

 

「はっ!」

 

 眉間に皺ができるほど重く閉ざしていた女の子の瞼がかっと開かれ、目を覚ました同時にその場から、がばっとした勢いで飛び起きた。

 肩を上下させるくらい荒れた息を吐いて、顔に汗がいくつも染みついている彼女は、言葉にしなくても分かる程、〝ここはどこだ?〟と部屋の周りをきょろきょろしている。

 私はと言うといきなりのことでびっくりして、体が一瞬固まり、搾っていたタオルが手元から桶に落ちた。

 

「よかった」

 

 段々と体が驚きの金縛りから解かれてくると、色々と気になることがありつつも、彼女の目が覚めたことに対して、自分のことのようにほっとして、自ずと顔が微笑んでいた――

 

「服の方は今洗濯させてもらっているから――」

「かっ――勝手なことをッ!」

「っ!」

 

 ――のに、さっきと違う形で私の体は固まり、急に風邪でも拗らせてしまったのかくらいに、顔に熱が………押し寄せて………。

 

 

 

 

 

 目覚めたばかりなのもあり、自分が置かれている状況を呑み込み切れず放心気味dったクリスは、次第に我に返っていくと同時に、自分へ微笑みかけてくるこの少女――未来が、ノイズの魔の手から逃げる道中力尽きてしまった自身を助けてくれたのだと理解が及び、我に返ったと同時にクリスは、反射的に未来の厚意を〝跳ね除けよう〟と、拒絶の意を示すとともに前述の発言を放って、その場から立ち上がった。

 直後、クリスの立ち姿を見上げる未来の顔が瞬きの間に紅潮する。

 クリスは己の腰回りのやたらに通気の良い感覚と、未来の視線で、相手の異変の原因を悟った。

 

「まっ―――待て待て待て待て!」

 

 大慌てでクリスは立った状態から布団の上にいわゆる〝ぺたん座り〟の体勢で腰かけ戻り、ワインレッドカラーのワンピースの代わりに今自分が着ている服の裾を握りしめ、両脚の太ももに連なる腰回りを、必死に覆い隠していた。

 勿論と言うべきか、クリスの顔も未来に負けず劣らず、真っ赤な熱に染まっている。

 当然ながら、風邪の類ではない。

 

「なっ………ななっ――なんでだよッ!?」

 

 年頃の少女二人が織りなすこの状況を克明するのは気が憚れるのだが………一体どうしてこうなったのかと言えば、クリスの現在の格好に関係していた。

 眠っている間、未来から代わりに着せられていたのは、彼女の体操着である。

 しかも、上衣(トップス)のみな上に。

 

「ごめん………さ……さすがに下着の替えまでは持ってなかったから……」

 

 頬は赤くなったまま、顔の前に両手を翳して視界をガードし、目を瞑ってクリスから視線を逸らす未来のこの発言の通り、クリスは上の体操着一着以外、一切衣服を纏っていない、身ぐるみ一枚の身であった。

 こんな状態で立ち上がってしまった為に、図らずも未来はクリスのあられもない姿の一部にして〝秘湯〟を見てしまったのである。

 いくら同性相手でも、たとえ毎日親友と一緒にお風呂に入っていても、他人の裸身をいきなり見せつけられるのは、恥ずかしいに決まっている。

 それは未来だけでなく、男勝りの粗暴な口調に反して女の子らしい佇まいで己の体の一部を隠しているクリスも然りであった。

 体操着一枚では心もとなさがあったようで、掛け布団を自分に巻き付ける形でくるまった。

 物陰に隠れながら、顔だけ恐る恐るひょこっと出した小動物の如くである。

 

「あっ」

 

 なんとか先のアクシデントから落ち着きを取り戻していた未来は、何やら思いついた様子で学生鞄の中に手を入れ。

 

「はい」

 

 取り出したものをクリスに差し出す。

 

「よかったら、食べて、自分が作ったのじゃなくて、友達のなんだけどね」

 

 朱音が未来の為にこっそり作ってくれた、おにぎりであった。

 

「…………」

 

 綺麗な三角状に握られ海苔に包まれ、丁寧にラップでくるまれているおにぎりを、ばつの悪そうな面持ちからの目つきで見つめていたクリスは、少しずつ手を伸ばしていく。

 一度はその手を、引っ込めてしまうものの。

 

〝遠慮しないで、どうぞ〟

 

 と、微笑みと一緒に眼差しを発してくる未来に半ば根負けする形で、受け取ったおにぎりのラップを開いて、かぶりつくように食し始めた。

 

 

 

 

 

 

 行くあてなんて端っからなく、逃げ切れず炭にされて殺されるか、疲れ果てて独りのたれ死ぬかのどっちかだった自分を助けてくれた歳の近いこいつは、汗まみれな自分の背中を、良い意味で〝バカ〟が付くくらい丁寧にふき取ってくれていた。

 

 アタシは………とても〝恩〟なんて貰えた柄じゃないから、本当のところさっさとこっから出て生きたいところだけど………先進国ってやつの日本(ここ)で、身ぐるみ一枚の身じゃそれも叶わないし………どの道屋敷を飛び出してから呑まず食わずで追ってくるノイズをぶちのめしながら逃げてたもんだから空腹には勝てず、せっかくくれたおにぎりも食べてしまった手前、下手に振り払っちまうと却って胸糞も悪くなりそうだし。

 結局こうしてなし崩し的に、あの時アタシの起こした〝戦い〟に巻き込ませて………危うく死なせかけてしまうところだった恩人(こいつ)の世話を、受けてしまっている。

 ワタシも恩人も、一言も発しない中、まともに流れてる音は、痣だらけな自分の背中を吹くタオルだけ。

 

「………」

 

 くそ………この沈黙(しずか)な空気の中にいることへの気まずさが、どんどん強くなっていやがる。

 受け取ってしまった手前、今さら恩人の厚意を〝余計なお世話〟と一蹴するほど薄情じゃないし………助けてくれたのには、恩義ってもんがある。

 でも、だからこそ、こう………気まずさも覚えてしまう。

 

〝おや? お友達の具合、良くなったみたいだね〟

〝はい〟

〝ほら、お洋服、洗濯させてもらったから〟

〝あ、私、手伝います〟

〝あら、ありがとう〟

〝いえいえ〟

 

 あの〝おばちゃん〟もだけど……なんでこの恩人は、向こうからしたらどこの馬の骨だか知れない、お互い名前も知らない、見ず知らずの赤の他人で、そのくせいかにも訳あり匂いをぷんぷん漂わせているアタシを………助けてくれたのか?

 タオルの感触で、相手の〝善意〟が本物だってのは分かるだけに……逆に気になっちまう。

 向こうからその理由を打ち明けるのを待つのはなんか………妙に小狡い気がするし、かと言って、こっちからわけを尋ねるのも、少し気が引けた。

 

「あ………」

 

 ならせめて、理由は何であれ、打算とか損得抜きで助けてもらったんだから、お礼の一言くらいは言わねえと。

 

「……ありがと」

「うん」

 

 こんぐらいの静けさじゃねえと、聞き逃されちまうくらい、か細さのある声で、何とか……お礼をなんとか言葉にして。

 

「何も………聞かねえんだな」

 

 一向に裏通りで野垂れていたアタシのこと訊いてくる様子を見せない恩人に、思い切って………こっちから訊いてみた―――

 

「じゃあ私が何か聞いたら、答えてくれるの?」

 

 ―――のだが、こう返してきた恩人を前に、口が堅く閉め切られて、黙り込んでしまう。

 自分から振っておいて、ぬけぬけと訊いておいて、アタシは恩人からの問いに応える術(ことば)を、何も持ち合わせていなかった。

 それらしい上手い作り話も全然思い浮かんでこないし、仮に浮かんできても、理由がどうあれこの恩人に〝嘘〟をつくのが妙に気が引いてくるし、でもましてや、バカ正直に本当のことなんて……打ち明けられるわけない。

 自分の〝今まで〟を思い返して、膝の上に乗っかっている布団の生地を……握りしめる。

 

〝なら、その目で見てみろ――これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ〟

 

 草凪朱音(あいつ)の言う通り、アタシが生み出したあの、はっきり言ってアタシが今までしてきたことは………パパとママを殺した、屑い大人どもと、何ら変わらなかった………同じ穴の貉な………普通に日常を送れている人間たち〝テロリスト〟も同然だっで、一歩間違えていたら、不運が起きていたら、殺してしまうところでもあった。

 いくらお人よしの善人なこの恩人でも………知っちまったら、絶対助けたことを後悔させてしまうだろう。

 

「わりぃな……」

 

 アタシはやっと開いた自分の口から、その一言を返すだけで精一杯で。

 

「なら、言える準備ができるまで、訊かないでおく、それでいい?」

「ああ……」

 

 本当は〝知りたい〟本音も少なからずある筈な恩人の厚意に、甘えるしかなかった。

 

「それに私も、そういうの………苦手なタイプみたいで………今までの関係(つながり)を壊したくなかったのに………自分から壊してしまいかけることがあったから……」

 

 その恩人の口から、自嘲めいた感じで、何やらあったらしい話を、曖昧な言い方ながら、まだ名前も知らないアタシに打ち明け始める。

 

「それって……誰かと喧嘩でも、したのか?」

 

 思わず、聞き返してしまった………相手には踏み込まれほしくないと尊重させておきながら、踏み込んでしまった。

 いくら助けてくれたからって、甘え過ぎだと、こっちも自嘲したくなる。

 

「っ…………」

 

 あんまりにも静かな部屋の中にいるもんだから、黙り込んでしまった恩人が息を呑む音が、小さいくせにくっきり聞こえてきた。

 

「喧嘩の方が、まだよかったかもしれない……」

 

 様子から見て、ストライクを打ち込んでしまったらしい。

 こっちの返球がきっかけになったのか、恩人はアタシに、〝友達〟との一悶着を起こしてしまったと言う話を、語り始めた。

 上手い言葉どころか、上手い相槌も碌に打てない、見ず知らずの自分に聞かせても、何にもならないとは思うものの、無理に聞かせるなと突っぱねることもできず、耳を傾けることにした。

 恩人の語りは、何も語らないアタシを気遣ってか、肝心なところをぼやかしたものだったが、アタシなりに、相手の言葉の数々から、流れを纏めてみた。

 

 その〝友達〟とは、歳がまだ片手で数えられるちっこいガキの頃からの長い付き合いな幼馴染で、今は学校の寮で一緒に暮らしてて、お互い一緒にいられる時間が、ずっとずっといつまでも続けば良いと願うくらい、仲はいいらしい。

 ところがここ最近、その友達は〝隠し事〟が大の苦手な性格をしているらしいってのに、実際恩人からは薄々バレていたってのに、何やら〝秘密〟を抱え込むようになった。

 薄々恩人は感づいていたらしいが、下手に訊き出すこともできずにいた中、どうもその秘密を知ってしまった。

 この秘密ってのが、恩人からしてみれば長年の関係を揺らがしちまうどころか罅も入っちまうほどの代物で、ショックを受けた彼女は事実(そいつ)を受け入れられず、友達を一方的に攻め立てて、向こうから何を言われえも無視を決め込み、口も碌に聞けなくなってしまって仲違いしかけたと言う。

 

「それを……〝喧嘩〟って言うんじゃねえのか?」

 

 聞き役になっていたアタシは、頭に沸いた疑問を投げていた。

 

「私にしてみれば言わないよ………だって………ちょっとした口論も好まない性格だって知ってるのに、酷いこと言って……お互いの気持ちをぶつけ合うことすら。しなかったんだから……」

「わっかんねな……」

 

 なんか……アタシの思い浮かぶ〝喧嘩〟のイメージと、恩人のイメージとでは齟齬(ズレ)っと言うか………意味合いに食い違いがあるようで、勝手に自分の首は分かんなさで傾げていた。

 だけどその〝ズレ〟の正体は分かんなくても、恩人とその幼馴染の〝友達〟との、長い時間で積み重なった関係が、壊れ果てちまうところだった………ってのは、恩人の漠然とした表現(いいかた)でもアタシに伝わってきたし、理解できた。

 

「そいつとはまだ……仲直りはできてねえのか?」

「実はまだ……でも」

 

 今の時点では、まだ仲違いのままな状態みたいだ。

 原因が分かってるんだから、そいつをブッ飛ばす勢いでぶつかり合って、白黒はっきりさせてとっとと仲直りしろよと言いたくなるが、ここでそれを言うのはちょっと違う気がして、口から言い出さないことにした。

 それに〝でも〟って言葉の響き具合から、仲直りに繋げる糸口ってもんが、見つかっているみたいだし。

 

「もう一人の友達のお陰で、ちゃんと向き合おうって決めてるから」

 

 恩人の声音から感じ取った直感の通り、そのもう一人の〝友達〟って奴から、踏み出すきっかけをくれたらしい。

 おぼろげで靄がかかった感じの言い方でも、恩人がその友達らを、どれだけ信頼しているか、慕っているか、想っているのか………くっきり伝わってきて………分かってしまった。

 

〝友達〟か………ちっこい頃に地球の裏側で、パパとママを亡くして、ずっと一人で生きていくしかなかったアタシには、てんで関係も縁もゆかりもない話だ。

 一日その日を生き延びられるかどうかさえ分からない、死の崖っぷちに立たされた〝世界〟にいたから、そんな繋がりを作る余裕なんて全くなかった。

 その世界で会った何人かは、言葉の壁にぶつかりながらも友達と呼べる中になりかけたけど、実際そうなる前に………屑で最悪な大人どものせいで、他の大人どもに売り渡されて生き別れるか………糞最低な戦争(あらそい)に巻き込まれて………死に別れてしまうのが落ちだった。

 ただ一人………理解してくれると思った〝人〟さえ、アタシを散々道具扱いした挙句、切り捨てた。

 パパとママでさえ、鳥肌で身震いするほどの綺麗言で、何も知らない幼いアタシを地獄に放り出して、自分たちだけのこのこ〝楽〟になっちまった。

 結局誰も彼も、まともに相手してくれなかった。

 

 友達どころか………〝通じ合える〟と言い切れる存在なんて……アタシには――

 

 胸に掛かる圧力で、昏い情(きもち)が昇りかけていたのに気がついて、我に返り、慌てて口から出かけたのを、ちょっとでも漏れて恩人にぶつけてしまわないように、必死に唇を噛み締める。

 

「未来ちゃん、お友達の服、乾いたわよ」

「ありがと、お店の準備で忙しいのに畳んでもくれて」

「さっき手伝ってくれたお礼さ」

 

 丁度、もう一人の恩人が、綺麗に四角に折りたたまれたアタシの服と下着を持ってきてくれたので、恩人に自分の異変を気取られずに済んだ。

 

「はい」

「あっ……ああ……」

 

 手渡された服は、さっきまで土砂降りのせいでぐしょぐしょでびしょ濡れだったってのに、新品も同然に様変わりしていた。

 受け取ったアタシは直ぐに着込み始める。

 

 恩人たちへの〝優しさ〟には感謝しているし、できれば恩返しの一つや二つはしてやりたいが………だからこそこれ以上、ここはいられない。

 

 いや………いちゃいけないんだ………アタシは、この眩しくて、あったかい日常(せかい)に。

 

 だってアタシは………その世界を………ぶち壊そうとした。

 

〝戦いを起こす意志と力を持つ人間を叩き潰し、戦争の火種を無くす〟

 

 自分が今まで受けてきた痛み、苦しみ、悲しみ、そいつらひっくるめた地獄に突き落とされた理不尽を受けた〝憂さ〟を、大人どもの下らない〝思想〟っぽく体裁を整わせて誤魔化して………よりにもよってアタシもかつてそこにいて、あの日に失われた日常(ばしょ)と、そこで生きている人たちに、八つ当たりをしようとしていたんだ。

 それもアタシが心底憎んでいる筈の〝争いを生む意志と力〟で以て。

 

 今のアタシは〝捕物〟だ………大好きだった〝歌〟すら……〝破壊〟を呼びこしてしまう呪いすら抱えている〝破壊者――デストロイヤー〟だ。

 

 早いとこ、この日常(せかい)から出ていかないといけない。

 

 でないと、またアタシは――。

 

 

 

 

 

「世話になったな……色々と……」

 

 逃亡で染みついた汚れが綺麗に洗い流された衣服を着直したクリスは、改めて未来にお礼を述べると、そそくさと出て行こうとする。

 このクリスの突然の行為に、正座にした膝の上に先程まで彼女に着せていた体操着を乗せて座している未来は、口をぽか~んを微かに開けて呆気に取られて大きな瞳をより見開かせて相手の少女を見上げていたものの。

 

「待って!」

 

 クリスが部屋から廊下に出たところで、呆然の金縛りが解けた未来は立ち上がると同時に飛び出し、彼女の後ろ姿へと呼びかけた。

 呼び止められても構わずに出て行こうとする気でいたクリスだったが、いざ未来の声を耳にすると、足が歩みを止めてしまう。

 

「あの……私は……小日向未来……」

 

 その場で立ち尽くしながらも、振り向く様子を見せず後ろ姿ばかりを見せるクリスに、未来は自らの名前を述べて。

 

「貴方の――名前は?」

 

 相手の少女に、名は何かと尋ねた。

 

「アタシの名前なんか聞いて………どうしようってんだよ………」

 

 ほんの少し、戸惑いの沈黙から、未来に背を向けたまま、未来の言葉の意図を問い返した。

 未来は気恥ずかしさで少々頬の熱を上げながらも。

 

「友達に、なりたい――」

 

 真摯にかつはっきりと、そう言い放ち――

 

「――か、かな……」

 

 

 ――そこからさらに、照れくささを漂わせる一言と、微笑みを付け加えた。

 

「っ……」

 

 未来のこの想いを受けたクリスは、一瞬肩をびくっとさせながらも、未だ背中しか見せてくれない。

 しかし、振り払って走り出し、逃げ切ることもできたと言うのに、それもできず、疑問と葛藤と躊躇いが混ざり合ってできた沈黙の尾を引き続ける。

 ずっと暗闇も同然の世界に居続けたクリスからは、未来の姿は余りにも―――眩しすぎた。

 最も大きな音が、掛け時計の秒針が時を刻むメロディな静寂が流れる中で。

 

「くりっ…す……」

 

 最初は、時計の〝歌声〟にかき消されてしまいそうなほどに、余りにもか細く。

 

「え?」

 

 現に未来の耳は聞き取れきれず、掴み取れなかった。

 

「クリス……」

 

 二度目、声量は一度目より大きくはなったが、それでも〝応える〟には足りなさ過ぎると思ったのだろう。

 

「雪音――クリスだ」

 

 三度目の正直とばかり、自身の名を未来に送り、向き直ろうとしたその時―――静寂を切り裂く、警報(サイレン)が、鳴り響いた。

 

つづく。

 



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#36 - 慟哭、そして――

 今まで日本語訳は出てたけど実際はどんな歌詞かは描かれてなかった朱音の聖詠ですが、ようやくできました。
 了子さんが作っていないと言う点ではバリバリ朱音のギアとしてのガメラは模造品なので、tronやzizzlは付かない(でもこの違いって結局何なんでしょう? AXZで言及してほしいのですが)、でもいわゆる上松語っぽさと超古代文明語っぽさを出さなきゃいけないと無駄にハードルを上げたせいです。
 読みは『ヴァルドゥーラ エアルゥーエス ズィーア』
 メロディは空の境界第五章矛盾螺旋でのクライマックスのBGM『M24』の梶浦語コーラスっぽいのです。



 昨日の夜から朝方まで雨を降らし続けていた雨雲は、正午を過ぎた頃にはすっかり市内の上空から過ぎ去って、夏が近づいているのが窺える六月特有の、鮮やかなような淡いような独特の色合いをしている青空を広がらせている陽の光が、地上に降り注がれ、さっきまで雨模様だったのも、草木には無数の雨粒が付着して、澄んだ陽光は雨玉たちを煌めかせている。

 山の方角を見れば、七色がくっきりと浮かぶ虹がアーチを描いてもいた。

 

 私は昼休憩の時間帯を利用して、森と隣接し、生徒も教員も余り立ち入らない校舎の裏手側で、スマートフォンを片手に、受話器部分を耳に密着させている。

 電話を掛ける相手は、未来だ。

 もう何度も発信ボタンを押しては通信の電波を送っているのだが、耳に通ってくるのは、待機音のメロディと。

 

『ただいま、電話に出ることができません、ピーと音が鳴ったら――』

 

 淡々とした口調で留守電メッセージを勧めてくるアナウンスの音声、あとはゆったりと、この場に流れるそよ風と、それに揺れる草木の葉の音色くらい。

 一向に、未来が電話に出る様子を見せてくれずにいた。

 

「まだ、小日向と繋がらないのか?」

 

 この校舎裏にいる一人であり、リディアンの生徒のほとんどからこういう場所に立ち入るとは思われないであろう翼からの問いに、私は頷いて答えた。

 

 どうして未来に連絡を取ろうとしているのかと言うと………私がまだ眠りの中にいる時にこっそり出て、先に通学して行った筈なのに、彼女が学校(リディアン)に来ていないからだった。

 

 

 

 

 

 時は、朝に遡って。

 

 入校直後に、司令から雪音クリスとノイズとの戦闘の痕跡が見つかった報告を受けた後、教室に向かった私と響は――

 

「あ、ビッキーにアーヤ」

 

 教室内に入ったと同時に、〝心配〟が顔に張り付いている創世、詩織、弓美の三人を目にした。

 

「小日向さん、今日はお休みなのですか?」

「え?」

 

 詩織のこの一言に、響は驚いた表情を見せる。

 

「ああ、今日は具合が悪いらしくて、大事を取って休むそうだ、だったな響?」

 

 それを目にした私は、予感が沸き上がる時に起きる〝胸のざわめき〟を覚えながらも咄嗟に〝今日未来は病欠〟と言う嘘を述べて、目線(アイコンタクト)も活用してさりげなく響に話を合わせるようにと促す。

 

「うっ…うん、そう、あはは」

 

 響は後ろ髪を掻いて、ややぎこちなさのある笑みを見せながら、私の話に応じる。

 やはり響の性分上と境遇上、顔と口に〝オブラート〟に包むこの手の術(ひょうげんりょく)を求められる状況は、毎日の勉学以上に、苦手な代物だ。

 

「そうだったんだ………昨日はほんとごめんねビッキー、あんな風に茶化しちゃって………」

 

 ただ、響へ合いの手をする創世ら三人は、それで納得した様子を見せ、昨日の昼食中の一件のことで詫びを入れてはきたが、響と未来を気遣ってか、明らかに何らかの〝溝〟ができてしまったと傍からでも薄々窺えた二人の間に、何があったのかを訊こうとはしなかった。

 

(すまない……でもありがとう)

 

 国家機密に関わることなので、三人のあえて聞かないご厚意に、心の内でこっそり感謝の念を送った。

 

「こういう時アニメのキャラだって下手に聞くのは野暮だって分かるしね、一部除くな朴念仁キャラもいるけど」

 

 アニメオタクな弓美の口に言わせれば、こうなる。

 

 このやり取りの後、ホームルームにて、担任の仲根先生から未来は病欠で休むと連絡の電話があったと聞かされ、私の咄嗟の虚言はある意味で〝嘘から出た真〟となってしまった。

 

 

 

 

 

 そうして未来の座席が空白のまま、午前の授業が進められていく流れの中、

私は授業への意識を逸らさないようにしながらも、今は勉学に使うべきな頭には気がかりが張り付いて………引きはがすことができないまま、時間はお昼時にまで進んでいた。

 

 本当に未来は、体調不良で休みをとったのだろうか?―――と。

 

 響とのすれ違いの問題に関しては、今はそんなに心配していない。

 昨夜のやり取りの時に見せてくれた、憑き物が落ちた未来の面持ちとあの置手紙の文面を見れば、響への想いと響が置かれた現実への哀しみ、そして罪悪感に心がかき乱されることはそうないだろう。

 響の方も、今は自分から踏み出して未来と向き合おうとしている。

 少なくとも、昨日みたいに互いを想い合い過ぎて、不本意にも傷つけ合ってしまう事態にはならないと言い切れる。

 

「さすがに勘ぐり過ぎだと思うぞ 単に体調が優れず休息しているのならそれに越したことはないのでは、この場に奏もいたら『心配なのは分かるけどさ、気にし過ぎだぞ朱音』と言ってくるだろう」

 

 そう………なんだけど

 翼の言葉に、頷かされつつも、顰められた眉間から疑念が離れない。

 奏さんの物真似(似ているかと言われれば少し怪しいが、雰囲気は出てる)も披露した翼の言う通り本当に、私の家を出て学校まで行く道中、具合が悪くなり大事を取って休むことにしたのなら、それに越したことはない。

 自分の心にそう語り掛けても、胸の内の〝ざわめき〟は、収まってはくれない上に、単なる考え過ぎだと片付けられない理由があった。

 午前の授業の合間の小休憩中に私は、未来のスマートフォン宛てにSNSアプリのメールを送っていた。

 送信からほどなくして、〝既読〟と時刻が表示された。

 未来が私からのメールを読んだと言う何よりの証明なのに、あれから一向に、返信がこないし、くど過ぎない程度に何度か電話も掛けてはいるが、先程の通り待機音の音色とが流れるばかり。

 せっかく踏み出そうとしている響を、憶測とすら呼べない自分の〝懸念〟のせいで無用に不安へと陥れたくもなかったので、現状は翼にしか打ち明けていない。

 情報の秘め方、明かし方、そして扱い方を見誤ってしまうと、どんな痛い目を被ることになるのか………ここ数日に、突きつけられる形で思い知らされたからな。

 

「そろそろ亭午の休息も終わりだぞ」

「うん……」

 

 亭午、古風な言い回しを好む翼らしい表現を通じて、お昼休憩時間も終わりに近づいていると知らされた私は、一旦教室に戻ることにする。

 できれば杞憂で終わってほしいんだけど、そう願いたくもなるからこそ、胸のざわめきが収まらない。

 けど自分でも、なぜこうも妙に〝未来と連絡が取れない〟状況に直感が引っかかりを覚えるのか、まだその原因もはっきりしていない。

 

 なんなんだ?

 

 一体私は、何に〝引っかかっている?〟

 

〝――出現地点から、イチイバルの波形パターンが検知された〟

 

 不意に、今朝の司令(げんさん)との通信の際、彼が発した言葉の一部がリフレインしてきて、脳内で何度も反響される。

 

 間髪入れず、私の思考は、脳裏にとある〝可能性〟を投影させてきた。

 

 いや……まさか………確かにこの数か月自分が見てきた〝小日向未来像〟なら、ああいう状況に巡り合ったとして、そう未来が行動を移してもおかしくはない………でも――。

 

 驚愕が己の顔に現れる直前、大気を伝って――〝特異災害発生〟を報せるサイレンが、響き渡ってきた。

 

 私と翼は顔を合わせ、頷き合う、各々の己の面持ちを〝戦士〟のものに変身させて、突風の如き勢いで大地を蹴り上げて走り出す。

 未来のことが気がかりでもあるが、今もそうは言っていられず無事に避難できると願うしかない。

 

 駆け上がりながら私たちは、左腕のスマートウィッチの端末を操作すると、機器の側部が展開、内部に収納されていた小型通信機を取り出して電源を入れ、耳に付け、司令部と、早朝時のノイズ発生の調査で現場周辺にいる司令との回線を繋ぐ。

 

「状況を教えて下さい!」

 

 翼が現況の詳細を求めた。

 

『発生地点は大まかに三か所、おそらく、早朝未明に観測されたノイズと〝関連性〟がある筈だ』

 

 端末が表示した立体モニターに映されている市内の俯瞰図には、司令の言う通り、主に三つの地点(エリア)に分けられる形で、ノイズの反応を示す赤く点滅する円が記されている。

 なんて……数。

 俯瞰図に表示された点と円の数と密度を前に、絶句する。

 物量で言えば、あの最後の戦いで、空を埋め尽くすほどのギャオスどもが齎した〝絶望〟に比べれば、見方によっては可愛いものかもしれないが、それでも円の数範囲が示す〝特異災害〟の規模は………今まで自分が戦ってきたものより、遥かに上回っていた。

 

「朱音ちゃん! 翼さん!」

 

 避難誘導が迅速に行われたようで、人気が深夜くらいに消えた中央棟エリア内の道路沿いに面した辺りで、響とも合流をする。

 まだ未来とは仲直り一歩手前なのもあって、私としては複雑だけど……いくつか修羅場を潜ってきた為か、前と比べるまでもなく響のあどけない顔立ちからは、精悍さが帯びていた。

 無論、この状況下において、感傷に浸かって溺れる気はさらさらない。

 

「こちら朱音、装者全員揃いました」

『分かった、翼と響君は〝73式〟に乗ってくれ』

 

 私がこの報告をした直後、道路に大型の荷台(キャビン)を背負った暗緑色の大型トラック――陸自の輸送車両《73式改》が止まる。

 二課には装者を一刻も早く、かつ一般人にできるだけ悟られぬよう現場に向かわせる為の〝足〟となる自衛隊のものと同じ輸送車両も大小含め所有しており、このトラックもその一台。

 特異災害発生時は市街地に多くの自衛隊の車両を拝むことは多々あるので、お手頃にカモフラージュの役も果たしている。

 

「さあ、こちらへ」

「はい!」

 

 二課のスタッフに促される形で、荷台に付いたドアから二人が乗車すると、75式陸自トラックは戦場となっていく市街地へと走らせていった。

 

『復学したばかりなところ済まないが、朱音君は司令部が指示するルートに従って空から急行してくれ』

「了解」

 

 私だけ乗車しなかったのは、現状唯一単独で〝飛行できる〟装者であり、現場との距離を踏まえれば、直接飛んで出向いた方が早いと言う判断からである。

 

「〝無理〟は慎んで対応します」

 

 とは言え、昨日の今日まで翼のような〝正適合者〟でも、命にも関わる重々しい負担(バックファイア)を背負うことになる絶唱と言う〝無茶〟の代償として入院生活の身だった上に、退院前日に出動もしたばかりの自分にも大規模の戦闘に駆り出さなければならない状況に後ろめたさも覚えていると、厳然とした司令としての顔から少し滲み出ているのを目にしたので、遠回しに気遣いの返答をしておいた。

 

 通信を一旦斬り、念の為人が残っていないか周囲を確認し、首に掛けている勾玉(シンフォギア)を手に取った。

 

 狙いがデュランダルでも、響とも思えない、己の願いのために非情に徹しようとして、けれどなり切れなかった雪音クリスと言う〝ストッパー〟もいなくなった………この大規模な〝特異災害〟。

 

 フィーネの本当の目的が何であれ、その為に………多くの生命(いのち)を災厄の不条理で呑み込もうとするのなら、私の――いや、私たちの歌(ほのお)で以て、薙ぎ払ってやる。

 

 

 

 

 

 

〝Valdura airluoues―――giaea (我――ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん)〟

 

「ガメラァァァァァァーーーーーーーー!!」

 

 聖詠を唄い、輝く勾玉をその手で空へと掲げて、閃光に包まれた朱音は、シンフォギア装者であり守護者(ガメラ)でもある戦装束への変身を終えると同時に、両足のスラスターを勢いよく点火させて飛翔した。

 

 

 

 

 

 特異災害の天敵たるシンフォギア装者を乗せた75式は、市街地内の道路を走行しながら荷台の後部のハッチを観音開き式に開かれ、下部からはマシン用の昇降タラップが伸びた。

 荷台内部から、バイクの駆動音が鳴り響いたと同時に、一台バイクがアクセルを吹かして、タラップに沿って急発進。

 その鋼鉄の馬を駆る騎手(ライダー)である翼は―――

 

〝Imyuteus amenohabakiri tron (羽撃きは鋭く――風切るが如く)〟

 

 ―――聖詠を唱え、彼女の歌声に呼応して実体化された鎧(ギア)を纏いて、さらに急加速する。

 自身と愛機のシンフォギアと同じブルーカラーながら、スレンダーな体躯の主であるライダーとはアンバランスにも傍目から見えるスポーツツアラータイプのバイク――NINJA1000は、自らを〝剣〟と定義する翼の信条の通り、周囲の大気を切り抜け、彼女の名の通り、吹き荒れる風へと変え、荒々しい音色を鳴り響かせながら疾駆。

 アームドギアを手にし、両脚の曲刀(ブレード)を前方に展開、切っ先の峰部分を連結させ、胸部のマイクから響く音色をバックに歌唱を開始させた翼は、前方のノイズの群れと言う名の〝戦場〟へ、勇壮に、果敢に切り込んで行った。

 

 

 

 

 

 また、別の戦場でも。

 

〝Balwisyall nescell gungnir tron (喪失へのカウントダウン)〟

 

 半ば〝一心同体〟も同然な、胸に宿りし欠片(ガングニール)が、響の歌う聖詠の響きによって、橙色の輝きを発して目覚め、光と同色を基調としたアンチノイズプロテクターが装着。

 

 先陣を切って肉薄してきたノイズの一体を、大地を力強く踏み込んで放たれた正拳(ストレート)の一打で以て、ほんの一瞬で炭素に変えて圧砕し、余波の域を超えた衝撃波は、さらに複数のノイズを一度に打ち砕いた。

 

 そして―――胸部のマイクより流れる戦闘歌の〝前奏〟も、変化を起こし始めていた。

 

 

 

 

 

 こうして、長い紆余曲折を得ながらも、三人の装者は、同じ戦場で〝災い〟に立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

 朱音たちが、特異災害との戦闘を開始する少し前――

 

 律唱市内全体に特異災害を報せる警戒警報がけたたましく鳴り響く中、鳴海商店街でも、シェルターへと急ぎ避難しようとひた走る市民たちで溢れかえっていた。

 

「おばちゃん、私たちもシェルターに行こう」

 

 下手に踏み込むと将棋倒しを起こしかねない多数の人間たちによってできた〝濁流〟に、未来は一度圧倒されかけるも。

 

「クリスも早く――」

 

 平静を保たせて、特異災害の濁流から少しでも離れようと避難をクリスに促そうとしたが………そのクリスの顔を目にして、掛けた言葉が途切れてしまう。

 

「クリス?」

 

 再び名前を呼ぶも、クリスの聴覚に未来の声は全く届いていない。

 目の前の何重にも重なった悲鳴を飛び交わせて逃げ惑う群衆の一点を見据える瞳は、大きく開かれたまま、足を一歩、二歩を後ずさらせる。

 呼吸も忘れかけ、震えが全身に、手の指先にまで行き渡るほどに、クリスは牙を剥き出しにした猛獣に睨まれ恐怖に駆られた幼い子犬のように、酷く怯えを見せていた。

 未来はクリスの異変に戸惑うも、このままいつノイズが近くまで押し寄せるか分からない中でこの場に止まるわけにもいかなかったので、クリスの手を取ろうと自分の手を伸ばした矢先。

 

「クリス!?」

 

 クリスは群衆と真逆の方角へと、いきなり走り出して行った。

 追いかけようにも、群衆の渦中へと真っ向から脱兎の勢いで逆走して駆け抜けていくクリスの姿は、あっと言う間に見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

「君、そっちに行ってはいけないッ! 戻ってくるんだ!」

 

 いつノイズが襲いかかってもおかしくないこの状況下でも、市民を一人でも生かすべく誘導灯を持った手で円を描いて避難誘導に尽力する自衛官の一人は、精一杯声を上げて、一人逆走する少女――クリスを呼び止めようとした。

 

〝この大馬鹿! 何やらかしてんだ………アタシ〟

 

 しかし人ごみによる濁流の中、我武者羅に疾走するクリスには、彼の声を耳にする余裕など、ほとんど全く持ち合わせてはいない状態にあり。

 

〝パパッ! ママッ!〟

 

 彼女の意識の大半は、否が応にもぶつ切りに何度も再生されるバルベルデ共和国で体験した凄惨な過去の記憶と――〝この事態を招いたのは自分だ〟と自身を攻め立てる罪悪感と、一刻も早く自分自身を、この瞬間にも逃げ惑っている恩人たる未来ら含めた〝日常〟を過ごしていた人々から遠ざけなければならないと言う焦燥と強迫観念に占められていた。

 

〝あいつらのことを想うなら……やっぱり………さっさと出てっておけばよかったんだ…………くそッ!〟

 

 未来たちへの恩義の気持ちが強いからこそ、その恩を甘んじて受け取ってしまったことに、悔やむ想いでクリスの胸が締め付け、舌打ちが鳴らされる。

 

 いくらどれだけクリスを始末するべく追手にノイズを差し向けても、そのノイズの天敵たるシンフォギアを有して扱える上に、彼女の潜在意識によってワンマンアーミーにも等しい驚異的な広域殲滅力を手に入れた決闘の神ウルの愛弓(イチイバル)を前にしては、返り討ちにされてしまう。

 

 だからフィーネは、その矛先を、クリス当人から外し――

 

 クリスが無意識の内に尊い、敬っている――温かく、眩しい日常(せかい)を大規模の特異災害の形で、クリスが最も憎む〝争い〟によって破壊する。

 

 ―――隠れ潜むクリスを炙り出す為に、彼女の精神を最も追い込むこの悪辣が過ぎる手段(やりかた)を選んだ。

 

 警戒警報が鳴り響いて程なく、クリスは今律唱(このまち)に現れた大量のノイズの狙いが、デュランダルでも、立場上敵対しながらも、対話しようとし、助けてもくれた融合症例(あのバカ)でもなく、逃亡者たる自分であることを悟り………ひたすら、ただひたすらに走り続けた。

 走ることに意識を向けすぎて、瞼が固く閉じていることさえ自覚していない。

 疾走による体力の消耗で、息も荒くなり始めながらも、走る速度を微々たりとも緩めないクリスの目の前に、一つの〝物体〟が、ガラスの破片とともに落ちてきた。

 飛び散った破片と同時に響いた重苦しい衝突音で、我に返って駆け続けた足を止めたクリスは、目を開けて…………愕然とする。

 

 ビルの窓を突き破り、彼女の眼前で落ちてきたのは、炭素の塊。

 

 即ち、ノイズと、逃げ遅れて心中させられた人間の成れの果てだ。

 目の当たりにしたクリスの脳裏に、人間だった生前の姿から余りにもかけ離れた禍々しく夥しい〝肉片〟の数々がフラッシュバックし、狂ったように頭を抱えて振るわせ、再び走り出した。

 

 しかし、いくら心臓が荒ぶるほどにまで走っても……逃げても逃げても逃げても………振り払おうとしても、忌まわしき〝悪夢(きおく)〟は、クリスの意識に染みついたまま離れようとしない。

 それどころか、体力を削りに削って走れば走るほど――

 

 殺意に呑まれ、殺し、殺され合う大人たちの怒号も、彼らが撃つ機関銃の銃声も。

 戦車の砲撃も、その砲弾の着弾による轟音も。

 大気が鳴くほどの高速で飛ぶ、戦闘機が落とした爆弾による爆撃も。

 争いに巻き込まれた人々の悲鳴も、炎と黒煙を上げて荒れ果てた街々も。

 犠牲となった………多くの人々の、亡骸も――。

 

 ――より鮮明となって、クリスの良心(こころ)を深々と突き刺し、抉っていき。

 

 酷使され続けた脚は、特異災害で傷つけられた道路によって挫かれ、クリスはコンクリートに転倒し、叩き付けられた。

 

「いてぇ……」

 

 綺麗に洗濯させてもらったワインレッドのワンピースは汚れただけでなく、ところどころ生地が破れてしまっていた。

 

「Jesus(ちくしょう)……」

 

 全身の痛覚が呻き声を上げる体を、無理に立ち上がらせようとしたクリスは、力を込めた右手に、ある感触を覚えた。

 割座で尻餅をつかせたクリスは、掌を見て………息を呑んだ。

 

 瞳が映したのは………擦り傷のできた手にこびり付く、黒い炭素。

 

 先程、クリスの目の前に落ちてきたのと同じ、無情に炭素に変えられてしまった人間。

 当然、ノイズらによって生きたまま………死に行く恐怖と、絶望に、しがみつかれて逃れることもできず。

 その不条理の〝象徴〟たる炭素は、クリスの掌の中だけではなかった。

 炭素に塗れた手の向こうを見渡す。

 彼女の周囲には、漆黒の死が至るところに散らばっていた。

 大気の宙にさえ、数え切れぬ無数の黒い微粒子が、死した魂がどこにも行けずに彷徨っているように、漂っていた。

 

 そのいずれもが、ほんの少し前の時間まで、ノイズに襲われるその瞬間まで、生きていた………生きていた筈だった沢山の〝命〟の、残滓たちだ。

 

 この残酷な現実を前に、クリスは崩れ落ち、人の炭素(ちにく)がこびり付いたままの右手を強すぎるくらいに握りしめ、項垂れた顔の額に付けて、咽び声を上げる。

 悲鳴を上げる少女の心は、落涙となって瞼から流れ出していく。

 

〝何が戦争の火種を無くすだ!?〟

 

 結局自分のやってきたことは、〝争いを無くす〟とは程遠く…………ただ日常と言う平和な世界とに、火種をばら撒いただけだった。

 

〝アタシが………アタシが殺しちまったも………同然だ………〟

 

 その世界の中で、暮らしている人々を、自分の火種で引き起こされた戦火に、引きずり込んでしまっただけだった。

 この惨状を招き入れてしまった自分が、ただただ……恨めしい。

 

〝アタシがこんなバカをやらかさなきゃ………〟

 

「―――――――――ッ!」

 

 無残に破壊された日常の中で、天へと向かって、クリスの言葉にすらできない慟哭が、轟いた。

 

 

 

 

 

 

 クリスの嘆きに引き寄せられたのか………いつの間にか、群れるノイズたちは、彼女を取り囲んでいた。

 どの個体も、獲物をようやく見つけたとばかり、クリスを見据える。

 内、腕の先が五指の代わりに鉤爪となっている人型の数体が合体し、体高はおよそ一〇メートルの、腕の爪がさらに伸長され、鋭利となった個体へと変化した。。

 

「そうだ………」

 

 クリスは、まだ落涙が止まらず、慟哭の叫びで乾いた喉に潤いが戻らずにいながらも、全身に力を入れ奮い立たせて、立ち上がり。

 

「アタシはここだ……ここにいるぞ……だから――」

 

 炭素だらけの手で、ペンダントの待機形態(シンフォギア)を握りしめ、対峙する。

 

「―――関係ねえヤツラにまで…………巻き込むんじゃねえッ!」

 

 嘆きで濡れたままの顔から、この街に放たれた全てのノイズと戦う悲愴な決意も交えた戦意を打ち放って。

 

「―――ッ♪」

 

 聖詠を唄おうとした。

 だが、炭素まみれな空気が、潤い切っていない喉に侵入し、歌声を上げようとしたクリスを激しく咳き込ませてしまう。

 

 彼女の不調を大目に見るほど、ましてや聖詠を唱え終えてシンフォギアを纏うのを許してくれるほど、相手のノイズらが悠長ではなかった。

 少女をこの場に散らばる炭素(ぎせいしゃ)の一人にすべく、彼らは四方を挟み撃ちに襲い来る。

 

〝しまっ――〟

 

 クリスの瞳が映す、無慈悲な〝死〟そのものが―――呑み込もうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ほんの僅かな、刹那。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 挟み撃とうとしていたノイズたちが、クリスを強襲する前に、火花と炭素に変わりはて、嬌声(ひめい)すら上げることなく、爆音とともに四散。

 鉤爪でクリスを貫こうした巨人な融合型も、刃の先が届くことなく、天空から〝ナニカ〟が垂直に降下してきて、大地(コンクリート)を震わせたと同時に、縦に真っ二つに一刀両断された。

 

 その時、クリスは幻覚を疑い、意図せぬうちに目をこすらせる。

 

 堅固で武骨な甲羅を背負い、粉塵を舞い上がらせて降り立った………〝怪獣〟の、背中を、目にしていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正体は、言わずもがな、翡翠色の瞳から、災いそのものを射貫かんとする鋭い眼光を発する―――朱音。

 

 空からクリスの悲鳴を耳にした彼女は、急ぎこの場に駆け付けてきたのだ。

 

 急速降下する朱音は、上空よりホーミングプラズマを生成、一斉発射し、一度に小型ノイズの群れをその火球で焼失させ。

 

 両手には、自らの炎で編み上げたアームドギアの新たなる形態たる、彼女の身の丈を遥かに越えた紅緋色な長柄の斧槍(ハルバート)を携え、大きく上段に振りかぶり。

 

〝~~~ッ!♪〟

 

 ギター、バイオリン、エレクトリックチェロら弦楽器と、透明感のあるコーラスをメインとした荒ぶる自然の如き重層な演奏をバックに、超古代文明語による戦闘歌を歌い上げながら、炎で鮮やかに美しく赤熱化された武骨ながらも流麗に形作られた三日月状の刃を、真正面に振り下ろして、融合型を一閃の下に叩き切った。

 両断された融合型は、プラズマに染まった切断面から、原型を止めずに飛散していった。

 

「Get down‼(伏せろ!)」

 

 時を置かずして、背後にいるクリスに警告を発し、半ば反射的に言われた通り彼女が地面へしゃがんだところへ、とても少女の細腕で扱うのは不可能だと思う他ない重々しい大型のハルバードを苦も無く持ち上がらせ、頭上にて一回転させ、右斜め上から、信じがたい瞬速で、遠心力を相乗させた横合いの一閃を振るい、クリスを後ろから襲おうとしていた二陣目のノイズたちを切り伏せた。

 その際に起きた余波たる暴風は、朱音の戦闘歌で位相差障壁を無効化されてはいたが、刃の直撃を免れたノイズらさえ、撃破させてしまった。

 

 この世界の災いの影であるノイズには、もう一つ特筆すべく性質がある。

 人間と心中するにしても、自然自壊するにしても、正規のシンフォギア装者に滅せれたにしても、彼らは消滅を迎える時、生物が性的快感を覚えた際に上げる嬌声によく似た断末魔を上げる。

 が、朱音に授けられた地球(ほし)が創造せし異端のシンフォギア――ガメラと、彼女自身の強き〝想い〟が生み出す炎は、ノイズに最期の叫びを響かせることすら一切許さずに、特異災害そのものを焼き払う豪火となるのだ。

 

 朱音とガメラ、両者が組み合わって生まれる戦闘能力を、一度はこの身を以て味わったと言うのに、クリスは戦闘の突風に晒される中で、瞬きも忘れた驚嘆の眼差しで、人類最大の脅威を圧倒せしめている彼女を、まじまと食い入るように見上げていた。

 ノイズと対峙していた時でさえ、流れ続けていた涙も、止まっていた。

 

〝ガァァァァァァァァ―――オォォォォォ―――――ンッ〟

 

 そして、躍動する大地を顕現化させたようなその勇姿と、溢れんばかりの意志が込められた翡翠色の瞳から、見た。

 確かにこの時、クリスの目には―――見えたのだ。

 

「あれが……」

 

 最後の希望、守護神――ガメラの、畏怖が沸き上がるまでに厳つくも、勇壮さに満ちた巨躯で大地に立つ、勇姿を。

 

「……ガメラ」

 

つづく。

 




 原作みたいに司令が駆けつける展開だと思いましたか?
 残念ながら(ナニガ?)こちらでは朱音――ガメラです。
 てか普通、あの下りでクリスちゃんを助けるのは我らが主人公ビッキーなんですよね(汗、身も蓋もないこと言うと(その後の翼さんソロライブ回では駆けつけて助けてましたけど)。
 未来との仲直り展開があるにしても、クリスちゃんを助けた際にクリスちゃんから『アタシはいいからとっとと他のヤツラ助けに行け!』とツンデレ対応されてあの名場面に繋げることもできなくはないですし(コラ。
 でもクリスちゃんの抱える『大人たちへの疑念と不信と憎悪』は同年代のビッキーら装者ではどうすることもできず、それを払拭させられるのはOTONAの代表格たる司令しかいないんですよね。
 だからこそ普通美少女主役のアニメで下手するとブーイング出しかけない『女の子にピンチに駆けつけるのがおっさん』な展開がシンフォギアでは成立できちゃうと言う(オイ



 身も蓋もないこと言いますと、朱音がクリスちゃんのピンチに駆けつける場面は『バットマンVスーパーマン』でワンダーウーマンがライダー夏映画での次のライダー登場場面よろしく駆けつける場面と、ガンダム鉄血のオルフェンズ一期一話でバルバトスが鉄血メイスを叩きこんだ初陣場面と、真ゲッター1のゲッタートマホーク(どうみてもサイズ的にハルバートだろなツッコミは野暮)がモチーフです。

 AXZ含めた今後の原作で出てくるであろう聖遺物と被らず、かつロマンと、平成ガメラの武骨さ猛々しさ、それを美女なルックスな朱音が振るった時のギャップ等々踏まえると、やっぱ斧系だろと。


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#37 - デュアルハーツ

おまたせしました。
活動報告でも申してた通り、朱音と翼さんのオリジナルデュエットソングの歌詞書きながら二人の戦闘パート入れたり、どうしても司令の出番を入れたかったり、朱音とクリスちゃんのやり取り云々でギリギリ五月に出せなかった最新話です。
特に歌詞、小説の地の文は足し算方式で書いてしまう癖が災いして、引き算の方式で言葉を厳選して詞と言う形にする作業が前に朱音の戦闘歌を書いた時以上に自分で自分を追い込ませてました(苦笑
いざ詞が閃いて書いても、何か足りない気がする、もっと文亮多くした方が良い気がする、どこで区切ればいい? でもどうしてもここはオリジナルでと我がままを捨てられず。

とりあえずオリジナル戦闘歌のイメージを端的に言うと→sawanohiroyuki[nzk];nana&mica

一度は奈々さんと澤野さんのコラボ曲聞いてみたい。

感想もお待ちしてます。


 声が、聞こえた。

 どうしようもない理不尽な現実を突きつけられ、行き場のない濁流な哀しみに打ちひしがれ、その命が危機に陥っている生ける者の――〝嘆き〟を。

 空の海の中で、飛行型を中心にノイズを殲滅している最中、彼女の〝声〟を耳にした私は、推進器(スラスター)の出力を上げて、声が発せられた方へと急行する。

 ギアの恩恵で、強化された私の視界は、眼下にてノイズに取り囲まれながら、遠間からでも悲愴な覚悟で奴らと対峙する雪音クリスの姿を捉えた。

 

 スラスターを、荒馬をけしかけるが如く吹かさせ、さらに加速。

 

 この身は〝速きこと――風の如く〟。

 

 中国の兵法書の一文を脳裏に浮かべつつ、胸の勾玉より流れるコーラスとともに前奏を奏で、地上からはほとんど垂直で、最早飛ぶと言うより落ちていく速度で降下。

 眼下の状況を注視し、読み取る。

 先陣の大半はホーミングプラズマで掃討できるが………あの融合した人型の大きさと速度、クリスとの相対距離を見て、ロッド形態では間に合わない。

 飛び道具で仕留めようにも、あの巨体を一撃で殲滅させられる威力の火球(ハイプラズマ)では、発射までにロスタイムが生じてしまう上に………下手に放って撃ち込めば………私の炎が起こす爆発で、彼女までも巻き添えとなってしまう。

 

 融合体の攻撃の間合いを超えた、強力無比な近接武器による――〝必殺の一撃〟で以て、叩くしかない。

 でも、前に翼の大技(アームドギア)を両断したあの〝技〟ではダメだ。

 あの時より装者としての戦闘経験を積んだ分、装者としては駆け出しだった頃よりエネルギーを効率よく扱えるようになっている今でも、あのプラズマの大剣は編み上げるだけで消耗が激しく、戦闘が長引く恐れもある状況ではとても使えない。

 ならば―――。

 

〝我は戦士~~――♪〟

 

 胸(こころ)より自然と浮かぶ超古代文明語の歌詞を唱え、ギアの出力を上げ、脳内が描いたビジョンを元に、右手のプラズマ噴射口から放出した炎(プラズマ)を、新たな武器(アームドギア)へと固形化させていく。

 脳が想像(イメージ)した通りに、私の背丈より長く、紅緋色な長柄と、切っ先に槍、そして、三日月に似た曲線が描かれた大振りで両刃な戦斧の刃を携えた斧槍――ハルバードへと炎は姿を変えた。

 

〝――絶望に飛び込む者~~♪〟

 

 女性の細腕どころか、屈強な大男でもなければ持ち上げられそうにない大きなこの長柄武器。

 けれど、シンフォギアの特性、即ち歌――意志と感情による出力増幅(ブースト)の恩恵で、私の腕は難なくハルバードを手に収め、軽々と頭上へ振り上げた。

 光沢を発する黒い三日月の刃を、プラズマの炎で赤熱化。

 本来物体がここまで熱せられると、固体を維持することはできなくなるのだが、ギアにも受け継がれた私(ガメラ)の能力ならば、プラズマを形にすることさえ可能にしてしまう。

 刃に炎熱を纏ったハルバードを振り下ろし、虚空を裂く。

 生じた勢いで、縦に一回転して円を描き。

 

〝決して打ち消せない――この熱く眩い鼓動~~♪〟

 

 クリスを串刺しにしようとした融合型の頭部に、落下の上に遠心力も相乗された上段からの唐竹の一刃を叩き込んだ。

 綺麗に真っ二つと焼き切られ、融合型は炎熱を帯びた断面から一瞬で全身が炭素化して砕け散る。

 

「Get down‼」

 

 すかさず私は背後にいるクリスに、〝伏せろ〟と警告する。

 再び振り上げたハルバードを回しつつ、振り向きざまに、袈裟切りと右薙の中間の軌道で、こちらの警告通りしゃがみ込んだクリスを後ろから不意打ちしようとしていたノイズどもを薙ぎ払う。

 当然奴らは私の歌でこちらの次元にねじ込まれている為、直撃を受けた個体は切り裂かれ、免れた個体も今の一閃で生じた衝撃波の鉄槌(ブレス)で打ち砕かれた。

 

「あれが………………」

 

 座した体勢で、災いを迎え撃つ私を見上げているクリスは。

 

「……ガメラ」

 

 前世(かつて)の私の〝名〟を、口にする。

 でも今は彼女の言葉の意図を気にしてはいられない。

 口に苦味を広がらせる取りこぼされた炭素(いのち)も散らばる周囲には、クリスをその一人に陥れようとするノイズがうようよといて、今にも人間(わたしたち)を襲おうと手ぐすねを引いている。

 直ぐ様、右手に持つアームドギアの結合を一時解き、斧矛(ハルバード)から小銃(ライフル)へと形態変化させた瞬間。

 

『朱音君ッ!』

 

 正規のギアと同様に、通信機能も追加された両耳に接着しているヘッドフォン型のパーツから、私の名を呼ぶ野太い彼の声を、聴覚が捉えた。

 意味合いを理解しつつ、腰だめに構えた小銃のトリガーを引き、銃口からプラズマ製の散弾(リードショット)を、ホーミングプラズマを放つとともに連射。

 

「ハァァァァーーー!」

 

 と、同時に、私の歌声と、我ながらけたたましい伴奏にもかき消されないくらいに轟く、裂帛の気迫の籠った発声を上げて、風鳴司令が、比喩でも何でもなく、本当にいわゆる〝生身〟のまま、飛び降りてきて、逞しいその剛腕を、傷だらけの道路(アスファルト)に叩き込んだ。

 

 広範囲に飛び散る無数の散弾――リードショットプラズマは、ホーミングプラズマの迎撃を逃れて突撃してきたノイズどもの肉体に食い込んで蜂の巣にし。

 

 司令が大地に打ち込んだ拳は、アスファルトの一部を、畳返しよろしく隆起させ、即席で形成された盾(かべ)を前に阻まれ、攻撃を阻まれた個体らは突き破れず衝突。

 

「デェア!」

 

 すかさず司令は壁を廻し蹴りで打ち砕き、弾丸並の速さで飛ぶ破片となったアスファルトは、位相差障壁を無効化されていたノイズらを吹き飛ばし。

 

 なんと、聖遺物など持ち合わせてもいない、己が肉体一つで、人類の天敵も同然な特異災害を撃破して見せた。

 

「っ………」

 

 司令が披露した神業に、クリスは驚きで呆気に取られた表情を浮かべ、顔にはくっきり〝信じられない〟と書かれていた。

 災いに立ち向かう戦士の身でなかったなら、私も同じ貌と心境に至っていただろう。

 そんな司令と、装者たる私の応戦で、周辺にいるノイズは一掃されていた。

 だがこれも一時的、少しすればまた新手が物量を以て押しかけてくるのは容易に予測できる。

 せめて少しでも、市内に現界している群体からは距離を取った方がいい。

 

「おっ――おい!?」

 

 尻餅を付いたままのクリスの小柄ながら豊満な身体を左腕で抱え上げ、肩に担がせた消防夫搬送(ファイヤーマンズキャリー)の体勢でスラスターを噴射して飛び上がる。

 

「お前……」

「舌を噛みたくなければ口は閉じていろ」

 

 何か言いたげな彼女を一旦制し、市民の避難が完了して現状空間歪曲の反応も見られない市内西端のビルの屋上に着地。

 その直後に、司令も降り立つ、その筋肉流々な体躯ゆえに、着地点の床が少々陥没した。

 どうやって彼がここまで来たかと言えば、飛翔地点から最もの近場のビルに跳び上がって、そこからさらに自力でビルの頂から頂へと飛び乗って〝八艘飛び〟してきたのである。

 特に〝常識〟に囚われ過ぎている人ほど信じがたいかもしれないが、司令(げんさん)にかかれば生身でこれくらいの芸当、造作ないこと。

 彼の鍛え抜かれ過ぎた戦闘能力を踏まえれば、本当に〝朝飯前〟なのだ。

 

「大丈夫か?」

「あっ…………うん」

 

 てっきり表面の攻撃的な気質柄、粗暴な口調で突っぱねてくるのも見越して無事を尋ねると、クリスは思いの外、素直に応じた。

 

「友里さん、新手のノイズは?」

『今のところ位相歪曲の反応は見られないわ、これ以上ソロモンの杖を使えばこちらに補足されるのを見越されているみたい』

 

 シンフォギアに限らず、あらゆる聖遺物は、目覚めている状態の際には特有の〝波〟を発しており、長年の研究で二課にはその波形を捉えられる技術や設備を有している。

 さすがに………あの堕天使めいた〝終わりの名を持つ者〟も、市内を巡回する二課のドローンに聖遺物の反応をキャッチされるほど、特異災害をある程度統べられる《ソロモンの杖》の力を濫用して易々と居場所を教えるほど迂闊ではなかった。

 これ以上増援が来ないのは、被害を少しでも食い止めたいこちらからはありがたくもあるが………。

 

『ッ―――反応検知、タイプG空母型出現しました』

 

 相手は、置き土産を残すくらいにも、抜かりない。

 

「朱音君、後はこちらで何とかする、君は翼たちの援護に向かってくれ」

 

 予め司令の指示で、私たちはノイズの発生領域(エリア)を、俯瞰から見て三角形を描けられる形で配置されていた。

 そうして点と点で結ばれできた三角形の大きさを小さくさせるように、複数のハンターが獲物を袋小路に追い詰めるように、災害の規模を縮小させて内側に奴らを追い込んでいく体を取っていたのである。

 この攻め方で特異災害の範囲は狭まっていたが、その分エリア内のノイズの密度は増しているので、当然ながら装者一人が応対しなければならない数も増える。

 私も戦線に戻らなければならない。

 たとえ時間が経てば消滅する災いの影どもだとしても、存在している限り奴らは、人間(せいめい)と惨たらしく心中するのを止めはしないからだ。

 それに空には厄介な〝超大型〟が陣取っている。自力で飛行できない翼たちには難敵がだ。

 

「了解、彼女を頼みます」

 

 クリスの身柄を司令に委ねた私は、二人に背を向け、何歩か距離を取り、戦場(せんじょう)へと飛翔しようとした。

 

 

 

 

 

 

 今まさに、推進器からジェットを放出し、この場から飛び立とうとしていた朱音を。

 

「ま――待てよ」

 

 クリスは呼び止めた。

 

 掛けられた朱音は、熱と煙が発した推進器を一旦止める。

 

「――………」

 

 後ろ姿と、艶やかに伸びた長い黒髪を向けたまま、自分を呼び止めて何かを言わんとしていた彼女へ。

 

「〝こうなったのは火種をばら撒いた自分のせい、だから自分一人でこの地獄を引き受ける〟――とでも言うつもりか?」

「っ!?」

 

 まさに……今クリスが言おうとしていたこと、今彼女自身が思っていることを先んじる形で、朱音が言葉に固めて、声に出して問いかけた。

 無論、代弁されたクリスは、驚愕と戸惑いが入り混じった表情(かお)を浮き上がらせた。

 単に看破されただけではない。

 そこまで自身の旨の内を汲み取っていながら、なぜわざわざ〝疑問形〟で言い表して、問い投げたのかと。

 分かっていながら………なぜ、救いの手を差し伸べてきたのかと。

 クリスからして見れば、朱音の言い表し方も、自分を助けに現れた上に、みすみす特異災害から遠ざけようとしている行動そのものも、理解に苦しむものだった。

 どう言い繕っても、この地獄を生み出してしまったのは………〝自分(アタシ)〟に他ならないって言うのに。

 

 自分が、まんまとあの悪魔の囁きに誘惑されて、乗らなければ。

 

 自分が、心の底から憎んでたやり方で………争いと、そいつを生み出している大人(やつら)をぶっ潰そうなんて考えを起こさなければ、それが一番合理的で現実的なんだって思い込まなければ。

 

 どんな結果を生んでしまうか、碌に考えないを通り越して、思考停止(かんがえなし)に、悪魔から言われるがままに、平和に暮らしている人達が過ごす日常(せかい)に、火薬にガソリンにダイナマイトをばら撒いたくらいに、大量の火種を………まき散らしてしまった。

 

 そうして撒かれた火種は、戦火になって、こうしてノイズの蹂躙による特異災害として、憎くて憎たらしくて憎悪していた〝争い〟を招いて………〝パパとママ〟のような、惨たらしく死なされた人間たちによる死屍累々でできた地獄絵図で、日常を………レイプして犯す同然に………侵し尽してしまった。

 

〝これが、恐るべき破壊の力を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――争いの、惨状だ〟

 

 あの時、自分の馬鹿さ加減を見せてくれただって、それを分かっている筈なのに。

 

「だったら………なんで………」

 

 だからこれは、〝アタシの手〟でケリを付かなければならない。

 罪を犯した。

 ドブ臭く汚れちまった。

 何かを破壊することしかできない……嫌いな歌の中で、特に〝大っ嫌いな歌〟を持った。

 

 この―――自分(アタシ)が、一人で……引き受けなければならないんだ。

 

 自分だけが、特異災害(あいつら)の相手さえすれば、地獄の鉄火場(いくさば)に飛び込みさえすれば………自分とは違う、守護者なシンフォギア装者たちだって、巻き込まれた人々をもっと助けられるんだ。

 

 ドブを喰らうは自分だけ、その方が……良いに決まっている。

 

 心の中で凝固しかけている強迫観念に侵食されている最中なクリスは、朱音へぶつけようとしていた。

 

 どうしてだ?

 

〝あのバカ〟といい、この〝守護者(ガメラ)〟といい………なんで――

 

「アタシを―――」

 

〝なぜ、助けたんだ!?〟

 

 心の奥より急速に立ち昇ってきた、その言葉は――

 

 

 

 

 

「甘ったれるなッ!」

 

 

 

 

 

 ――せき止められた。

 クリスの口から雪崩れ込まれる前に、風を切り裂かんとまでに髪をなびかせて振り返った朱音の口から、突風じみた声音で放たれた叱咤によって。

 彼女の全身から発せられる、まだあどけない齢な少女であることを忘れさせる覇気と迫力に、クリスは圧倒されていた。

 足腰に力が入らなくなり、その場に落ちかけたところで、彼女の胸中を察して憂いと苦虫の溜まった面持ちをしている弦十郎の剛腕に支えられる。

 しかしクリスの瞳は、正面から見据えてくる朱音の澄んだ透明感に満ちながら、鋭利で凛然とした眼光を宿す翡翠色の瞳から離れずに、まるで吸い込まれるように目と目を合わせていた。

 

「私たちは、一人でも多くの命を助ける」

 

 その、ガメラであった頃から変わらぬ翡翠の瞳を、朱音は一度閉じ。

 

「貴方も―――その〝一人〟だ」

 

 開かせると、一転して眼差しと声色(ねいろ)を、柔らかな水のせせらぎが思い浮かばされるものへと変え。

 根底にある〝優しさ〟ゆえに、自ら破滅の一歩手前の瀬戸際に立って堕ちかけているクリスへ、ゆったりと、一言一句、少しずつしみ込ませるように、そう伝える。

 

「その命、無用に捨て鉢にしてくれるなよ、雪音クリス」

 

 再び瞳と声を〝戦士〟のものへと変えると、背を向け直すと同時に両足の推進器を点火。

 スラスターから発せられ、形を変えながら巨大化していく白磁の煙(スモーク)は、朱音の勇姿(せなか)を覆うベールとなった。

 吹き荒れ、迫るベールに、クリスは双眸を瞼と交差させた両腕で庇う。

 

 ほんの少し、目を開けた。

 

 白煙のベールを突き抜け、青空へと昇って天翔けていく朱音の姿が、瞳の鏡面に、投映された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人々が営まれる気配が一切消え、戦場と言う名の舞台と化したビル群の中。

 我がギア――天羽々斬のマイクより流れる、災いを断ち切る〝絶刀〟の伴奏に乗って歌いながら、剣(アームドギア)の一刀で、ノイズを数体、一度に切り伏せた。

 戦いの狼煙が上がってから、かれこれ百体以上は、己の剣の錆としてやった。

 まだ戦場(いくさば)の舞台で、戦(うた)い続けられる余力が残ってはいるが………戦況はこちらに傾いているとは言い難かった。

 

 不運にも、アクセルを全開にここまで付き合ってくれたバイクのタイヤに、敵の攻撃が命中してしまいパンクを起こした。

 すまない………バランスが崩れ、転倒する前に私は、全速力を維持させたまま座席より跳躍。乗り手を失った鉄の馬は、位相固定されたノイズの群れへと猛進し、激突と同時に爆発して敵を諸とも巻き込ませた。

 また……供養しなければならないな。何度目かもしれぬジンクスに自嘲しながらも、アームドギアを大剣へと変化させ。

 

《蒼ノ一閃》

 

 空へ目がけ、袈裟掛けに振り下ろした刀身から、仇討ちの刃を放った。

 三日月状な水色の刃は飛行型を幾つか切り裂いたが、本命に届くことなく中途で宙に霧散する。

 

 頭上を取られているだけで………こうまで立ち回り難くなるとは………。

 

 新たに現れたのは、タイプB《飛行型》を巨大化させたような見てくれで、翼を大きく広げ、地上に大規模の影を差し込んでいる――タイプG《空母型》だった。

 あの個体は、自ら攻撃することはほとんどない代わりに、体内に多数の小型ノイズを格納し、腹部から爆撃よろしく大量に投下させて人間を襲う特性を持った個体だった。

 その空母型は、私と天羽々斬の間合いの遥か外な上空に陣取っており、先のようなこちらからの攻撃は奴には届かずにいる。

〝あの日〟から、必死に奏の技を換骨奪胎し編み出した多数の敵を滅する飛び道具たる《千ノ落涙》では、あの巨体相手には火力不足。

 私の技の中で、奴を仕留められるのは《天ノ逆鱗》ではあるが………あれは重力の助力を得て宙から地上の敵を貫く技であるがゆえ、その重力に真っ向から逆らえるほどの推進力は、現状のギアの〝段階〟では……持たない。

 近接戦を主体とし、空と言う舞台に踊り出られぬ私と、私の剣に突きつけられる限界。

 

〝飛びたい………〟

 

 鳴り渡る私自身の声に、私は音源たる……鼓動が強まってくる胸に、手を当てた。

 

 また、願ってしまった。

 求めてし、まった。

 己自身が、私自身に訴えかけてくる………強い想い。

 

〝あの大空へと、高く、もっと高く――羽ばたきたい〟

 

 またしても……自身が生を受けた時に貰い受けた〝名前〟と、奏と二人よる〝ツヴァイウイング〟の名に反して、空を飛ぶことのできぬ自分へのもどかしさと。

 

 彼女の……今や恩人であり、戦友となって、このどこまでも広がる澄んだ蒼穹を海の中を、泳ぐが如く飛べる〝守護者〟のように、飛びたい。

 これは己の心情の比喩でもあったのだが、同時に、本当に鳥のように………〝翼〟を羽ばたかせて、空を自由に駆け回りたい。

 戦場(いくさば)の渦中に置く身だと言うのに……歌を生み出す源たる、胸の内にある心の深層から湧き上がってくる、切望。

 朱音の表現(ことば)を借りるのならば、それこそ―――〝EGO〟呼べるものだ。

 それが、感情を捨てた剣に縋る余り、抑圧してきた心の中に以前から存在していたものなのか。

 それとも、救い手となった戦友の勇姿を、直に眼(まなこ)へと焼き付けられた影響で、芽生えたものなのか。

 一体この〝EGO〟の正体がどちらであるのか、まだ、判別がてんでつかない。

 ただ、抜き身で堅いだけの脆き剣だった、かつての自分であったなら、目を逸らし、切り払って否定しようとしただろう。

 だが今は……むしろ受け止めていたい、向き合い続けたい、この想いをはっきりと感じ続けていたい意気すら、あった。

 

 飛べぬ私を、空に居座って見下ろす空母型の腹部から、魑魅魍魎らが地上へと落ちてきた。

 

 だが………だからとて、この胸に抱える〝願望〟に、流されるまま溺れ、今こうして荒波の如く呑み込もうと、迫りつけ、突きつける〝現実〟に臆するわけには行かない。

 防人としての使命を、今自分が、何を為さねばならぬのかを――忘れてはならない。

 戦場の最前線に立つ私たち〝防人〟が、眼前の災いと脅威から後ずされば、その分だけ戦線は後退してしまう。

 即ちそれは、一度は特異災害の猛威から逃れられた人々を、また危機に放り込み、命を危険に陥れてしまうと言うこと。

 一歩たりとも、この足を引く気はない。

 

 それに―――今の私は知っている。

 

 奏と二人で両翼だった頃も、奏を失って、迷走と墜落を繰り返していた頃も、そして今も。

 

 私は、たった独りで、戦っていたわけではないと――そして、一人で戦っているのではないと。

 

 

 地上を災いで侵食しようと降下してくるノイズたちは、虚空を震撼させ、燃え上がらせ貫く、橙色な〝熱線〟の奔流で、大半が薙ぎ払われ、火花が多数上がった。

 言うなれば、かの戦友が戦場に舞い降りたと知らしめる、狼煙。

 おっとり刀で、来て――くれたか。

 災いそのものを、跡形も残さず滅する豪火。

 身体の芯にまで迫る、弦楽器と打楽器を主体とする、荘厳で、幾多の層をなすほどの、音圧の厚みを宿した伴奏。

 それを背景に、水のせせらぎの如き艶やかさ、抒情さと、躍動する大地の如き伸びやかさと力強さ。

 喩えるならそう………〝自然〟、そのものを体現したかのような、多面的な歌声。

 それらが相成す、朱音の歌が、戦場に響き渡る。

 

 段々と大きくなる歌声の鳴る方角へと目を向ければ、今まさに私が求めてやまずにいる切望そのものな、天空を翔け行く朱音の姿を見た。

 ギアによる効能で、強化された五感の一角たる視覚は、彼女の一層凛とした翡翠の双眸を明確に捉える。

 

 

 朱音は、泳ぐ海豚を想像するほどの軽やかさでくるりと宙を周り、空を遮る空母型の巨体へ身を向けると。

 

〝――――♪〟

 

 構えた長銃身(アームドギア)の銃口から、火球を放った。

 焔の弾丸は、巨体の腹部――格納庫に直撃し、内部にいた小型ノイズを呑み込んで爆発する。

 しかし、敵もそう易々と殲滅されてはくれない。空母型は腹部に黒煙を散らせながらも健在だ。

 今の一発で仕留められなかったのは、朱音のギア――ガメラが抱える泣き所が因だ。

 強力過ぎるのだ。朱音がかつて、生命を守護する玄武であった頃からの付き合いと窺えるプラズマの炎は、そのあらゆる万物を燃やす大火なゆえに、使い方を誤れば多大な被害を生み出す危険をはらんでいる。

 あの巨体を一気に屠るだけ火力を無作為にぶつければ、二次被害も相当なもの。

 無論放っておけば自然消滅するまで絶えず小型を大量に投下する為、まず格納庫の破壊を優先し、それを果たした朱音は、私の立つ地上まで降りてきた。

 左手に銃を持ったまま、右手と右膝と左足を三点で結んだ体勢で、地を轟かせて着地した。

 全く、またこうも絶妙な頃合いで馳せ参じてくれるとは。

 そう言えば―――ある意味でこれが初めてだ……朱音と。

 

「翼、戦闘中(こんなとき)に何にやけているの?」

「へぇ?」

 

 颯爽と駆けつけたその朱音が顔をかしげ、麗しい瞳から、腑に落ちなさそうな目線を向けられた私は、戦場の渦中にも拘わらず、またけったいな反応をしてしまう。

 理由は直ぐ判明した。気がつけば私の口元は、勝手に笑みを浮かばせいたのだ………自覚した途端に、急に覚えてきた気恥ずかしさで、顔が熱気で紅潮していた。

 口にできるわけがない。

 シンフォギア装者としてはこちらが先輩でも、〝守り手〟としてはまだまだ朱音には至らぬ身な自分が、こうして同じ舞台並び立っている状況に高鳴っているなどとは、とても。

 

「あ、これは―――」

 

〝思い出し笑いだッ!〟

 

 早いところ戦闘再開せねばと咄嗟に見苦しい言い訳を、無理やり押し通しそうになったが。

 

「「ッ!」」

 

 お互いに〝察した〟容貌が、一瞬で〝防人〟の顔つきへと引き締まり。

 刀身にエネルギーを着衣させた、私の右切上の一閃―――と、―――横合いに振るわれた朱音のロッドの先端から放出された炎。

 挟み撃ちによる奇襲を試みようとしたノイズに、一弾指に後の先で繰り出された各々の攻撃で、返り討ちにした。

 すかさず、私と朱音は背中を合わせ。

 

《千ノ落涙》

 

《ホーミングプラズマ》

 

 私達の一対多数用の技たる剣と火球が四方へ、取り囲もうとしていたノイズをも撃破させる。

 後は、小型の投下以外に攻撃手段を持たない空母型だけ―――とはいかず。

 まだあれ程、残っていたとは。

 先の熱線を放った朱音に注目が集まったのか、それとも〝ソロモンの杖〟からの指示か、天楼らがそびえ立つ道路上を、あまたの特異災害が陣取り、こちらとの相対距離をじわじわと詰めていた。

 敵陣に対し、互いの背を合わせたまま、私は八相の構えで、朱音は中段之構を取って対峙。

 戦場には風が吹き込まれ、灰色の風塵が舞い上がる。

 

「準備は?」

「whenever(いつでも)」

 

 目を合わせあい、そう応じ合う。

 その時だ。

 戦意に応え合うように、天羽々斬の集音器と、朱音の勾玉(マイク)から、突如新たな伴奏が、流れ始めた。

 私の〝和〟を取り込んだ派手めのシンセサイザーと、朱音の重々しく躍動的なギターら弦楽器とドラム、そのお互いの戦闘歌の特色が掛け合わされたような曲調。

 まさかの〝新曲〟に、私達の顔は驚嘆と成る。

 何年も防人の歌女(うため)を続けてきたが………初めてのことだ。

 シンフォギアが生み出し、奏でる戦闘歌もまた、蓄積された装者の戦闘経験と技量向上に合わせて、封じ手たる鍵が解除されていくとともに、歌詞も音色も曲調も変化、つまりはアップグレードしていくものだ。

 奏も、復讐者であった頃の歌は、ノイズへの敵意と憎悪、家族を失った無念と喪失に彩られた、荒々しくも物悲しいものだったが。

 

〝アタシらは一人でも多くの命を助ける!〟

 

 守り手として、奏だけの己が〝信念〟を見い出してからは、ガングニールも歌の形で、応えていたのだ。

 けれども、そんな奏をずっと間近で見てきた筈だったのに、最初の装者でもある私は、アームドギアを具現化できるようになってからも、奏とともに戦い、ともに歌い合うようになってからも、そして………奏と今生の別れから、この瞬間に至るまで、ずっと天羽々斬から流れる〝防人の歌〟は、たった一曲のみだった。

 ようやく朱音と戦場に立った、この時が、訪れるまで。

 最初はさすがに驚きを隠せなかったが、直ぐに私は、シンフォギアたちの気の利いた施しを享受できるようにない。

 《天羽々斬》と、そして《ガメラ》、二つのギアが、今この瞬間の私と朱音の心象(おもい)を元に、今奏でるべき歌はこれなのだと、即興でわざわざ二重奏を作詞作曲してくれたのだ。

 

 改めて目線を交わせ合った私達は、微笑み合い、頷き合った。

 

 なら担い手の自分達は、この音色(ながれ)に―――身も心も、委ねるのみッ!

 

「Let us(さあ)――」

「――いざ、行こう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朱音と翼は、伴奏を構成するコーラス隊とともに前奏を詠いながら、自身の得物(アームドギア)を下段から切り上げ、大地を強く摩擦させた。

 地表から、濃い灰色のスモークが舞い上がり、二人の姿を隠すベールとなる

 対してノイズたちは、そのような小細工が何だ? 伴奏で位置は諸バレだとばかり、先陣に立つ個体らから、突撃の準備を始める。

 

 ベールの中では、SIG SAUEL P226モデルの拳銃(アームドギア)を構え、一発の〝プラズマ〟を忍ばせる朱音が、トリガーを引き、銃声が三度、響いた。

 

 先陣の群れが、風塵が飛び交う中、今にも跳び掛かろうとしたところへ、彼らを横切る、ゴルフボールほどの――火の玉。

 

 朱音のハンドガンの銃口から、三連続で迸った弾丸は、その火の玉、正体は高密度に圧縮され朱音の操作下にあるプラズマ火球に、命中。

 刹那、火球は盛大に爆発を引き起こして焔のカーテンに。

 一度突進を始めれば、標的か障害物と衝突するまで止まれないノイズらは、まんまと装者たちの〝策〟に嵌り、夏の虫の如く豪火のカーテンに飛び込み、焼かれて消失した。

 

〝聞こえる~生命(ともしび)の悲鳴~♪〟

 

 スモークのベールが薄まり、装者の勇姿が少しずつ現れていく中、朱音は歌い出しを担う。

 

〝無情に~かき消すNOISE~♪〟

 

 朱音の歌声をバックに、彼女に並び立つ形で、刀(アームドギア)を左手が持つ鞘に納刀し、居合腰の構えで瞑目する翼。

 瞳が、カッと見開かれる。

 次の瞬間、構えたまま電光石火の如く、疾駆、前方の炎のベール目がけ進む。

 いかなシンフォギアの鎧でも、ただでは済まぬ万物を灰燼に帰す豪火であるが、かの炎は朱音――ガメラの制御下にある。

 

〝儚く塵と化し~指からこぼれ落ちて~♪〟

 

 その証拠に、地上付近のベールに、丁度人間一人が通り抜けられるトンネルが開かれた。

 

〝虚しく~どよめく哀哭~♪〟

 

 銃口から昇る煙をカウボーイよろしく吹いた朱音の作ったゲートを通り抜け、ノイズの群れに踊り出た翼は――

 

〝断ち切れぬ~情動の雫~♪〟

 

 歌唱を朱音から継ぐ形で歌う同時に、鞘から剣を抜刀し、斬り込む。

 

〝暮れる暇(いとま)もな~く~♪〟

 

 ギアにより身体能力は強化されているとは言え、常人の動体視力では、いつ抜いたか、いつ斬ったか捉えられぬほどの神がかった早業の太刀筋で、一閃振るうごとに四・五体一度に両断せしめ。

 

〝影は閉ざしていく~~♪〟

 

 アームドギアのエネルギー結合を刀身のみ解き、柄を大腿部のアーマーに収めると、〝両手両腕〟で逆立ち、回転。

 

《逆羅刹》

 

 以前より遥かに速度も安定性も切れ味も増した、両足の刃による剣舞で、人間を補足すれば我先に走る特性で密集していた地上の敵を、次々と切り刻んでいった。

 飛行できる個体は、眼下で味方を両断する翼を空から狙いを定めるが。

 

「やらせるかッ!」

 

 朱音の、炎を纏ったロッドの猛撃と、カーテンを再利用して生成したホーミングプラズマを前に、彼らも矢継ぎ早に撃ち落とされた。

 逆に地上から朱音を狙う敵も、逆立ちで舞う体勢のまま正確に投擲された朱音の短刀に突き刺され、炭素と散る。

 それぞれの持ち味を生かし、応戦する対象を分けつつフォローし合うことで、着実に物量差をものともせず着実に敵の数を減らしていた。

 淡泊な思考でも不味いと判断したのか、ノイズらは二人の歌姫を見据えたまま後退するも、彼らの性質ゆえ、直ぐに〝心中〟を図ろうと再び突撃する。

 

「お見通しだ!」

 

 しかし、長年の経験で連中の性質を肌で覚えている翼は、目線で自分の後ろに来るように朱音に伝えると。

 

《千ノ落涙》

 

 青白い直剣たちを、前方に扇状に広げた円を描きながら展開し、乱れ飛んでくる相手の突撃は盾となった剣に衝突し阻まれ、自らの運動エネルギーで自滅し四散する。

 

「穿てッ!」

 

 翼が敵の攻撃を凌いでいる間、ライフルにプラズマエネルギーをチャージしていた朱音は、その場から跳び上がり発射。

 

《ハイプラズマ》

 

 高濃度に集束された火球は、射線上にいた敵を呑み込み、掠めただけでもプラズマの紫電が個体の肉体を破壊。

 たった一発で十体以上を巻き込んだ《ハイプラズマ》は、首のない人型の徘徊タイプに直撃し、胴体は盛大に風穴を開けられ、そのまま崩れ落ちた。

 その上に翼は、盾にしていた諸刃たちを射出し、ダメ押しにもう十体以上を打ち貫く。

 

〝これ以上~消させはしない~幾多の輝き♪〟

 

 二重奏で歌う二人。

 朱音は左手の噴射口から放出した炎で、甲羅状の盾を生成。

 翼は両脚の大腿部のアーマーから二振りの柄を取り出し、切っ先の峰にスラスターを携えた直刀片刃の剣にして、柄同士を連結。

 二人は同時に、アームドギアを投擲した。

 ヘッドフォンに酷似する頭部と耳に装着されたヘッドセットから送信される装者の脳波に従い、推進部を吹かして高速回転し、盾と直刀は変幻自在の軌道から敵を裂いていく。

 

〝恐れも怒りも~嘆きさえ~抱き寄せて~♪〟

 

 舞踏する飛び道具たちがノイズの気を引かせている間、二人は集中力を高め、歌唱で発生したエネルギー――フォニックゲインが、朱音は右足に、翼は左足に集める。

 それぞれの足が、暁色、水色のエネルギー波を纏わせて。

 

〝今こそ集おう~旋律を重ねて――〟

 

 朱音は、力強く踏み込んだ助走を経てほぼ垂直に――翼は、倒立技の一つであるロンダートで華麗に一回転を経て両脚をバネに――同時に跳び上がった。

 空中にて。

 朱音は体を丸めて前転。

 翼は宙返りから体を捻りこみ。

 

〝立ち上がれッ!〟

 

 エネルギーを纏う足を敵に狙い付け、スラスターを出力一杯に点火し、加速。

 

〝Rising fire 昂る我が鼓動よ―――地を照らす剣(つるぎ)となれッ!〟

 

 歌詞がサビに入ったことで、フォニックゲインの出力がさらに増大。

 

《ツインフリューゲルストライク》

 

 朱音と翼による、シンクロする〝歌声〟で高められ、繰り出された急降下キックは、二人の意志に応じ。

 

〝果てなき勇気で 明日を切り開く――〟

 

 災いを打ち払う流星となって、さらなる数のノイズを撃破せしめていった。

 

〝そう―――我らは『最後の希望』〟

 

 スライディングして蹴りの勢いを削いで、降り立った。

 今や大地に散乱する漆黒の炭素は、ほとんどが〝人間一人も心中できず〟装者に倒されたノイズのものばかりだ。

 だが、たとえノイズにとって天敵たるシンフォギアを纏いし歌女の戦士であっても、彼女らは人間。

 そして人間がいる限り、奴らは自然に消滅する時を甘んじて受け止めはしない。

 現に残された個体らは、一糸でも報いようとしているのか、種別問わず一体に融合を初めていく。

 

「アンコールまで付き合ってくれるか?」

「勿論、締めまで」

 

 ――が、そんな奴らの最後の足掻きすら、不敵に微笑む彼女らの前には通用しない。

 

 朱音はハルバート、翼は大剣の形態に変形させたアームドギアを手に取り。

 

〝Fly together~奏でるこの詩よ~闇を貫く刃となれ!〟

 

 デュエットによる歌唱を再開。

 

 武骨ながらも流麗な矛斧と大剣の刃が、膨大なフォニックゲインで輝き始めた。

 翼は右足を引き、大剣の切っ先を後方に下げ右脇に添えた脇構えを取り。

 朱音は身の丈を超すハルバードを頭上にて廻し、円月を描いた。

 

〝託された想い胸に~見果てぬ地平へ~♪〟

 

 巨大化していく融合体と、未だ消滅できず空を泳ぐ以外に術のない空母型を見据え、歌い続けながら、その〝好機〟を待つ。

 

〝さら――ともに羽ばたこう〟

 

 そして、好機が訪れたと確信した二人は。

 

〝Dual――Hearts!!〟

 

 振り上げ、振り下ろしたアームドギアからフォニックゲインを一気に解放。

 二つのエネルギー波は、一つに絡まり、束ねられ、暁色の炎と水色の稲妻を帯びた、苛烈に螺旋を描く竜巻の〝槍〟となりて、激しく邁進する。

 

《双刃ノ炎雷》

 

〝槍〟は、融合をし終えたばかりの巨体を容赦なく突き入れ、宙に打ち上げられ、瞬く間に貫かれた、

 そして竜巻の勢いは止まらず、残っていた空母型ごと青天高くまで豪快に吹き飛ばされ、流れる雲よりも高い上空にて、爆発し、散っていった。

 

つづく。

 




実は翼さんの、奏さんとも、マリアさんとも違う朱音との関係性も模索していたのですが、そんな中行き着いたのが―――お互いリスペクトし合って敬意を表しているからこそ、負けられないぞと競い合い、お互いを高めていくような、真っ直ぐな『ライバル』の間柄でしだ。

それを表現できているかは別としてですが(コラ


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#37.5(?) - 三つの戦いの裏側

今回の話は前回の37話が元のしないフォギア風短編なので、先に37話読んどかないと面白さは半減する仕様です(コラ
ただネタ優先で作った短編なので、本家しないフォギアみたいにきっちり本編に組み込まれているわけではないのであしからず。

基本しないフォギア風デフォルメ作画でイメージして読むのをお勧めしますが、一部リアル頭身逆作画崩壊場面もございます。

しかしまいったな……金子のおっさん、ここに来て奏さんとセレナの誕生日とスリーサイズ公表しやがった。
療養のためお祝いツイートを今までスルーしてきたことへのお詫びらしいのですが、なぜそこでスリーサイズッゥ!?

そしてなんでまいっているのかというと、朱音のスリーサイズ(登場人物欄参照)、自分の目測で当時公表されてなかった奏さんの数値をイメージして設定したからでして(コラ
劇中でも翼さんに『奏並みに大きい』と独白させてしまったし。
まあ身長は合ってたんですが……バストが95……95!?
二次元にはそんぐらいのサイズのキャラは結構おられますが、それでも17歳であのスタイルって(オソロシヤ


#37.5(?) in しないフォギア

 

 

その1 – 司令編~○○○○線受信(リディアンチャイム~♪)

 

 雪音クリスを発見、救助に向かう。

 朱音から司令部への報告を聞いた弦十郎は急ぎ車を走らせ、指定のポイントへと向かっていた。

 

「朱音君」

 

 フロントガラス越しに、常人より遥かに優れた弦十郎の眼は、上空を泳ぐように飛ぶ朱音の姿を捉え、急停車して降りた。

 地上へ、朱音は垂直に落下の同然の速度しながら降下しながら。

 

「新たなアームドギア………だと……」

 

 ここに来て、アームドギアの新たなる形態を具現化させた朱音に驚嘆した瞬間。

 

〝なんだ?〟

 

 弦十郎の胸(こころ)に、ある感情と、脳裏にはフラッシュバックが去来する。

 朱音が作り出した、三日月状の諸刃で、巨大な矛斧(ハルバート)を見た瞬間。

 

〝行くぜ! ――ッ! ――ッ!〟

 

 声が、響いた………自分によく似て、しかし自分ではない誰かの声。

 どこか、郷愁………懐かしさも混じったデジャヴを覚えた。

 そして、あのハルバードから――《トマホーク》と言う単語が浮かぶ。

 だがなぜだ? 同じ斧でも、元はネイティブアメリカンの武器であったトマホークは、斧としては小柄であり、長柄の槍との複合で、武器としては大振りであるハルバートとは、別物。

 なのになぜ? 〝トマホーク〟なのか?

 

〝ゲッ○ァァァァァァーーーートマホゥッ!〟

 

 疑念が拭えぬ中、次なるビジョンが、より明確に押し寄せ、思わず手で汗の流れる額を抱えた。

 鏡でもない限り、当人が気づけるわけもないが、若干弦十郎の黄色い瞳は、@(ぐるり)としていた。

 明らかに、ヤバい宇宙線を受信してしまっている。

 

〝今の声と……ロボットは……なんだ………覚えはないと言うのに………俺は知っている?〟

 

 自分であって自分でない声と、その声の主が乗る巨神とも言うべき深紅のロボットのビジョンに戸惑いながらも。

 

「っ!」

 

 朱音のハルバートが、ノイズを一体、一刀両断した様を目にしたことで我に返り、この後すぐに彼女の援護に入り、雪音クリスの救助にあたった弦十郎であった。

 

 

 

 

 

 その2 – 翼編~スーパーヒーロー着地

 

 

 現状の天羽々斬のレベルでは、長期間飛行できないゆえに頭上を取られておくれを取らされていた翼の下に駆け付けた朱音は、大地を轟かせて派手にかつ見事な、前世の自分――ガメラの片鱗を覗かせる着地を見せた。

 

「ま、まさか……あれは……あれこそが……」

 

 間近で目の当たりにした翼は、なぜか鳩が豆鉄砲をくらったような顔になっていた。

 彼女の意識は、自身の過去の一頁を再生させる。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 それは、天羽奏がご存命で、アーティスト活動の傍ら、二人で特異災害を戦っていた頃のことだ。

 ある日の、快晴日和な海岸に面した公園で、訓練の一環な走り込みの休憩中。

 

「なあ翼」

「何?」

「スーパーヒーローの誰もが好んでやる着地法のこと知ってるか?」

 

 汗を拭き取りながらこんなことを聞いてきた奏に、水筒に入っている清涼飲料水で水分補給する翼は、首を横に振る。

 

「私、その手の話、全然詳しくなくて、ごめんね奏」

「いいってさ、そんぐらいでしゅんとすんなって」

 

 そして奏は、大まかな説明を経て、実演に移す。

 

 しれっと10メートルほど跳び上がり、一回宙返りし、前かがみになって、右足は膝を、左足は足裏で、そして握り拳にした右手を打ちこむような体勢で着地した。

 

「か……かっこいい」

 

 かなり感性にビビッと来たのか、実際にお披露目した奏を、翼は偉く潤いの満ちてキラキラさせた眼で見ていた。

 

「見たか、これこそが――」

 

 

 

―――――――

 

 

 

「スーパーヒーロー着地(ランディング)ッ!」

 

 実は実際やってみると膝にかなり負担がかかって非常に悪いと言う評判もありながらも、ヒーローがやらずにはいられないヒーロー独自の着地法。

 誰が呼んだか名付けたか―――《スーパーヒーロー着地(ランディング)》。

 

「what?」

 

 対して朱音は、司令とはオタ友な仲なくらい映画マニアであったので、その言葉そのものも、その意味も知ってはいたが、戦場(このじょうきょう)にていきなり口走った翼を前にして、頭の横に?を浮かべながら首をかしげていた。

 

 勿論と言うか、ノイズらは空気を読んで手を出さずにいた。

 

 

 

 

 

 その3 – オペレーター編~カメラワーク

 

 これまたある日の特機二課本部、司令室にて。

 

「はい、あったかいものどうぞ」

「ありがと」

 

 モニターに映るある映像とにらめっこしていた友里に藤尭はコーヒーを差し入れた。

 

「何を見てるんですか?」

「この間の朱音ちゃんと翼さんの戦闘記録映像なんだけど………一部のドローンが変な撮り方をしたのが気になって」

「変な撮り方?」

 

 彼の口からオウム返しが出た直後、友里は問題の映像を最初から再生し直す。

 

 映されたのは、二重奏を歌いながら、ノイズの群れを相手に数の差を全くものともしない獅子奮迅の活躍をする朱音と翼、二人の勇姿。

 確かに、流れる映像は、カメラワークがおかしかった。

 

「何か……司令が好みそうなアクション映画っぽいですね」

「そうでしょう?」

 

 いや………おかしいと言うより、やたら凝っていた。

 

 まず、キレッキレな二人の動きに合わせて、カメラもやたら動きまくる上に、カットが割りまくる。

 二〇〇〇年代のアクション映画に流行った手持ちカメラと目まぐるしいカット割り風にそれはもう。

 ところどころ、リアルタイムでコマ数をいじったとしか思えないスローモーションが入ったり、攻撃がノイズにヒットした瞬間をアップで撮ったのと、受けたノイズが吹っ飛ばされ、切り裂かれ、消滅する瞬間をご丁寧に捉えたのも挟まれていた。

 おまけに――

 

「ちょっと藤尭君」

「な、なんすか?」

 

 ジードっとしたジト目で藤尭の名を呼んだ友里は、自分の鼻の下部分を指さして〝伸びているぞ〟と釘を刺す。

 

「これは失敬」

 

 苦笑して謝意を示す藤尭が、思春期真っ盛りの年頃な男子中学生みたいな顔つきになってしまうのは無理なかった。

 なぜなら、場面(カット)の中には、なぜか………ただでさえボディラインが際立つほど体にフィットしたスーツとアーマーを纏ってある意味で扇情的な格好をしていると言うのに、主に太ももを中心に、胸、お尻、二の腕、うなじと、鍛えられた若く瑞々しく均整の取れた二人の女体が、やたらなまめかしくセクシーなアップで、喩えるならグラビアアイドルを嬉々として撮るカメラマンなくらいにノリノリに撮られたのも多く混じっていたからである。

 

 勘の良い特撮好きな方々はもう見当がついただろう。

 

 一部のドローンたちが撮ったこの映像は、スタントマン出身で、日本の三大特撮ヒーローを制覇し、業界屈指の女性好きのスケベもとい健全男子の精神を忘れぬ某映画監督の撮り方にそっくりだった。

 

 どうしてこうなってしまったのか………真相は永遠(エターナル)に解き明かされることはなかったとさ。

 

 

 

 

 

 おまけ・装者たちの暇つぶし。

 

朱音「翼、このサングラスを被って、この台詞を言ってみて」

翼「急に何だ朱音? まあ朱音の頼みとあらば仕方あるまい、どれどれ――」

 

 言われた通り、朱音じから渡されたサングラスを掛け、同様に彼女から指示された台詞を、先輩時よりもさらに倍増しのドスの利いて気合も入った迫真の声音で口にした。

 

翼「『私は風鳴――風鳴翼、今より貴様に、地獄を見せる者だ』」

朱音「うん、やっぱりぴったりだ」

翼「何がッ!?」

 

 妙に感心して得心したリアクションを見せた朱音に、一転奏が存命していた頃と言うか、彼女にそっくり通り越して分身または生き写しの域な某アーティストが弄られた時のトーンでリアクション返しをした翼であった。

 何がどう〝ぴったり〟なのかは、各々のご想像にお任せさせてもらいたい。

 

おわり。

 




朱音「〝様子のおかしいのが揃ってるシンフォギア装者〟(インタビュー記事を読んでいる)、凄いなこの創造主は、放映前に名言を刻み込むなんて、となると何の疑問もなく初陣から歌いながら戦っていた私もおかしい部類に入るのか」


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#38 - cooperation

よ~し、何とか間に合ったぞ(シンフォギアRADIOでのゆかちボイス)、AXZ放送前に更新できたぞ。

適合者なら誰もが思い浮かぶ名場面も出てくる回ですが、ここまでの独自の積み重ねもあって、結構ところどころ違ってます。
なので戦々恐々の気持ちです(オイ

しかも現状原作では普通に狙い撃ったことのないあの子のあの技を、先に使っちゃいました。

サブタイは『助け合い』です。

イメージEDはキバ劇場版の『circle of life』(なのにオーズっぽい曲なんだよな)


 特機二課リディアン地下本部司令部。

 目下、特異災害が発生している最中、職務を全うしている二課の面々は、大型3Dモニターが映し出す映像を見上げ、息が呑まれかけていた。

 現場の状況をリアルタイムに映像で本部に伝えるメッセンジャーにしてカメラマンである二課専用のノイズドローンが映し出しているのは、戦場にてデュエットを組んだ朱音と翼、二人の装者。

 

「凄い……」

 

 静寂が広がる室内で、零れ落ちた藤尭の一言は、実際の微かな声量より、大きく響いた。

 かの〝私闘〟の一件を除けば、これが本格的な共同戦線にも拘わらず、戦場でのツヴァイウイングに勝るとも劣らぬ見事な連携を見せ、絶妙にお互いの歌声をシンクロさせて二重奏を歌い、ギアのポテンシャルを存分に発揮させ、特異災害――ノイズに、文字通り一騎当千の奮戦を見せる彼女らの壮烈な勇姿を前に、釘づけとなっていた。

 職務上、人類最大の敵たるノイズを、うら若き少女たちがシンフォギアを纏い、歌声を鳴り渡らせて圧倒する様を、二課の面々は数え切れぬほど幾度も見てきた。

 人類の存亡を背負っていると、彼らは日々、重々噛みしめている。

 それでも、モニターの奥で〝装者に殲滅されるノイズ〟の光景を、どこか慣れた目で見てしまっていた。

 そんな彼らに、改めてある事実が、肺腑にしみ入らせて来る。

 シンフォギア……否、聖遺物は、現代の科学、文明、人知に及びもつかぬオーバーテクノロジーの塊であり、未だに分厚い神秘と未知のベールに包まれた、底知れぬ、しかし余りに強大が過ぎる〝怪獣〟にも等しき〝力〟であることは、はっきりしている存在であることを。

 

 そして、だからこそ、その怪獣染みた、一人の少女、一人の人間が背負うには、余りにも巨大で強大が過ぎる〝力〟を、守る為に振るい。

 まさしく――〝最後の希望〟――として、災厄に立ち向かう少女たちの切なさ、尊さ、輝かしさもまた、噛みしめていた。

 

 ただ、その中に………異種なる旨の内を抱えた〝例外〟が、隠れ潜んでいたのだが。

 

 

 

 

 

 

 時を、ほんの少し遡らせて。

 

「ノイズが……」

 

 市内の別地点で、ノイズを相手に、未だアームドギアを用いぬ徒手空拳のスタイルで、歌いながらの大立ち回りを披露していた響は、相手の異変に気付く。

 ノイズは、たとえ自身の特性を無力化する天敵な装者でも、人間であるならば襲う性質だと言うのに、奴らは突如、響に突きつけた視線を顔に相当する部分ごと逸らし。

 

「あ、待てッ!」

 

 どの個体も、同じ方角へと向かって跳び立って行った。

 

 追いかけようとして、ノイズの進行方向へ走り出そうとした最中、足が止まる。

 そっと両手を、ヘッドレスが装着された両耳に当てた。

 

〝~~~♪〟

 

 響の脳内に、言葉の通りに――〝響いてきた〟のだ。

 

「歌が……」

 

 今この瞬間に生まれ出でたばかりな、ガメラと天羽々斬が担い手たちの想いから作曲した伴奏と、その流れに乗ってメロディアスに唱えられる、朱音と翼、二人の交響する歌声が組み合わさって戦場に鳴り広がる、二重奏(アンサンブル)が、流れ渡っている。

 今の響に、なぜこのような現象が起きているのか、理解するのはほぼ皆無に等しい。

 

〝あの時と……いっしょだ……〟

 

 だが、この現象は、前にも体験したことがあると、行き着いた。

 あの、目覚めたばかりのデュランダルを、この手で掴み取った時。

 思考も、理性も、感情も、意識も、心も………滑りと、ぬるりとした底なしのどす黒く、しいて言葉にするなら〝破壊衝動〟な泥に絡みつかれ、塗りたくられて浸食され。

 完全に我を喪失(うしない)かけ、押し寄せる衝動のまま、不滅の剣が帯びる膨大なエネルギーを、同じ〝人間〟に解き放とうとしまいかけたあの時。

 暗黒一色となった響の意識に、一筋の光として、確かに響いてきたのだ。

 二人の歌姫の、歌声。

 彼女らの音色が、暴走による悲劇を招く寸前で、荒れ狂う聖遺物(もうじゅう)を宥め、鎮め、響の歪さを抱えた心に新たな傷を刻ませずに済んだ………〝あの時〟と同じく。

 

〝この感じ………〟

 

 同時に、響は、二人の歌声に呼応して沸き上がる〝感覚〟にも、覚えがあることに気がついた。

 

〝――諦めるなッ!〟

 

 その正体は――。

 

「――――ッ!」

 

 と、突然、響の聴覚が、人の悲鳴を捉えた。

 我に返った響は、首と体を振って、自分とそう歳が違わぬ女子の声が響いた先を探し、斜面上になった地面に沿う形で建てられた廃ビルを見つける。傍らにショベルカーとダンプカーが放置されており、特異災害警報が鳴るまでは取り壊し作業の途中だったらしい。

 確かに悲鳴は、このビルの内部から聞こえてきた。

 一見、ノイズがいる様子は見られなかったので、即座に駆け込もうとした響だったが、自分がシンフォギアを纏っている状態だと気づき、一度ギアの結合を解いた。

 未来との一時のすれ違いと、響なりにシンフォギア、ひいては聖遺物を巡って大人たちが抱えている〝色々とややこしい事情〟を咀嚼したのもあり、迂闊に民間人に見られるわけにはいかないと、理性が働いたのだ。

 アンチノイズプロテクターから中間期のリディアン制服姿に戻った響は、出入り口を通り抜ける。

 ビルの中は吹き抜け構造となっており、取り壊し中だったのもあって、コンクリートはボロボロ、鉄骨が剥き出しの箇所も少なくはなくすっかり瓦礫にまみれて荒れ放題、とても地上階に行けそうにないと、響でも分かった。

 地上一階から階段で地下一階へと降り、手すりに手を掛けて。

 

「誰か! 誰かいませんか!? いたら返事を――」

 

 呼びかけた途中で、響の背中に、異形の呻き声とともに、殺気が押し寄せた。

 感じ取った響は、咄嗟にその場より跳び上がる。彼女が立っていたいた床は一本の〝触手〟によって串刺しにされていた。

 不意打ちから逃れ、宙返りから降り立った響は、聖詠を唱えようとするも。

 

「ッ!」

 

 見上げた先にいた襲撃者――ノイズの姿を見て、歌唱が中断される。

 

〝確か……あのノイズって……〟

 

 海棲生物の多胡に酷似し、多数の触手をゆらゆらとさせている浮遊しているノイズは、タイプE―《多脚型》にカテゴライズされる個体だった。

 

 

 

 以前、まだ響が実戦に出られず朱音の指導下にいた頃、時折朱音とともに櫻井博士から現在存在は確認されているが、出現頻度は通常のノイズ以上にさらに希少かつ特殊な生態を有した個体の特性についての講義を、何度か受講していたことがある。

 

〝今回紹介するのは、この個体よ♪〟

〝た………たこ?〟

〝シルバー○ルーメ……〟

〝え? 朱音ちゃん、それって何の生き物?〟

〝いや……今のは忘れてほしい〟

 

 多脚型も、その一環で博士から説明を受けていた。

 

〝このタコにそっくりな多脚型の特徴は、まず空を飛べるけど気球くらいのっそりであることと、視覚を持たないと言うことよ〟

〝つまり、目は見えない代わりに、聴覚が異常に発達していると?〟

〝せぇ~かい♪ 音が聞こえれば居合の達人な按摩さんみたく仕込み杖からこう素早く、触手でいつ抜いたかいつ斬ったかなくらいビシッとバシッと振るってくるんだけど………この多脚型のやぁ~かいな特性は、それだけじゃないの〟

 

 いつものマイペースな物腰かと思いきや、時に声色を真剣な調子にもさせる博士の講義を通じて教えてもらった多脚型の性質。

 閉鎖空間に陣取り、そこに人間(えもの)たちをおびき寄せ、追い込ませると言う一面。

 時に自ら襲いけしかけ、時に人間そっくりの声を発し、それが本当に人のものだと騙された人間たちを逃走が困難な場所へと、追い込む、または誘い込ませる。

 下手に逃げようと物音を立てれば、その瞬間振るわれた触手で炭素分解に至るため、一度嵌められた人間は、自力で脱出するにはほぼ不可能となってしまう。

 ならば自然消滅するまでじっと待てばいいのでは? と言及されるかもしれないが、多脚型の場合はそうはいかない。

 この個体も、他のノイズと同様、時間経過とともに〝死す〟運命であるのだが、その時が訪れると、自らがおびき寄せた人間たち諸共――〝自爆〟するのだ。

 

 

 

 今、多脚型と鉢合わせてしまった中、突然響の口周りが〝感触〟に覆われた。

 感触の正体は、人の、それも女の子の右手であり。

 

〝み………未来………〟

 

 その感触に覚えのある右手の主は、未来であった。

 彼女は左手の人差し指を自分の口に当て、言葉を用いずに声を出さない様にと響に促し、懐からスマートフォンを取り出して画面を展開させると。

 

〝静かに、私とおばちゃんはノイズに追いかけられて、ここまで逃げ込んできたんだけど、あのノイズがいて〟

 

 打ち込んだメール文を響に見せ、筆談と目線の移動で、逃げる途中で負傷したふらわー店主―藍おばさんの状態を伝えた。

 息はあるが意識はなく、気道確保のための回復体位の体勢で藍おばさんが横たわっている。

 

〝どうしよう……このまま歌ったら……未来やおばちゃんが………〟

 

 響たちの置かれた状況は、完全に袋小路に追いやられた格好となってしまっていた。

 聖詠と唱えようとすれば、その瞬間に多脚型は未来ら諸共攻撃を仕掛けてくる為、迂闊にガングニールを呼び覚ますことはできない。

 ノイズに一切悟られず、女子二人で藍おばさんを運びながら、瓦礫だらけのこの場から逃げるのも困難。

 消滅=自爆する多脚型の特性上と、藍おばさんの状態もあり、悠長に自然消滅を待つわけにもできない。

 メールで二課本部に救援を要請することもできるが、もしも朱音や翼、自衛隊らが向かっている間に………ノイズが自爆を敢行でもすれば。

 これならば、一度変身を解除してしまったのはミスだったと一見思えるが、このような閉鎖空間で音量の高い歌声と伴奏が流れれば、音の反響の影響で、多脚型が過剰反応を起こして喚き散らすように全ての触手を振るって暴れ回り、未来たちは逃れる術なく餌食になっていたか、崩落の二次災害で、瓦礫の下敷きになっていたことだろう。

 今彼女らがどうにかまだ生存できているのは、響の選択が功を奏したからでもあったが………この事実を踏まえても、手詰まりであることに変わりない。

 打開する方法を見い出せない中、未来はスマートフォンに再び文章を入力して響に見せた。

 内容を見た響の双眸の瞳は、驚愕に染め上がり、信じがたいものを見たことで揺れ動き惑い、呼吸も心臓も止まりそうなくらい、息を呑んだ。

 画面に書かれていたのは――

 

(聞いて、今から私があのノイズの気を引くから、その間におばちゃんを助けて)

 

 未来が、自らを〝囮役〟に買って出る、と言うものだった。

 

〝だ……ダメ……〟

 

 文面の内容と、それが見間違いでないと理解した響は、手早く自分のスマートフォンを取り出し。

 

(ダメだよ、未来にそんなことさせられない―――)

 

 今の自分の気持ちを代弁した一文を、未来に見せた。

 

(―――囮なら、私がやった方が……)

 

 返答を読んだ未来は、手早くも静かに打ち込み。

 

(おばちゃんの容体が手遅れになる前に助けられるのは、響だけなんだよ)

 

 生身の女子高生独りでは、成人女性一人を運ぶのは難しく、逆にギアを纏った響が適任なのは確かだ。

 

〝だからって……〟

 

 ノイズがほんの僅かでも、掠めた程度でも人の肉体に触れれば、その瞬間に炭素となってその人間は――〝死ぬ〟。

 響にはそれに抗う術――シンフォギアがあるが、未来にはない。

 

(元陸上部の逃げ足なら、何とかなる)

 

(何ともならない!)

 

 なのに未来は、一瞬の、些細な過誤でも命取りになる綱渡りを、自ら提案していながら、表情も態度も、ひどく落ち着いて見えるもので、微笑みさえ浮かべていた。

 親友のその様相が却って、響の胸の内の不安を煽り立ててくる。

 脳裏に過る――

 

〝朱音ちゃぁぁぁぁぁぁーーーーんッ!〟

 

 今でも、血の感触をはっきり覚えている、絶唱の代償(バックファイア)を受けて、自らの血に塗れた朱音。

 弦十郎の口から、一命をとりとめ、〝生きようとするのを諦めていない〟と聞かされるまでは、生きた心地がしなかった。

 

〝死にたくない! 死にたくないッ!〟

 

 あの日、目の前でノイズと心中させられた、多くの犠牲者(ひとびと)。

 

〝奏ぇぇぇぇぇぇーーーーーーッ!〟

 

 慟哭し、号泣する翼に抱きしめられながら、命を芯から歌の炎に変えて燃やし尽くし、散っていった奏。

 

 ――記憶に刻まれた、死の匂いが充満していた、地獄染みた光景たち。

 

(未来は――)

 

 どうして、自分から命を賭けて、一歩間違えば死んでしまう〝危険〟へと、飛び込めるのか?

 未来への想いと、心配と、親友(ひだまり)を失うかもしれない〝恐れ〟の余り、この時の響は全く気付いていなかったのだが………。

 

(未来は、死ぬのが、怖くないの?)

 

 響が投げかけた言葉は奇しくも、何の躊躇いも、逡巡も、迷いもなく、誰かを助けられる――それだけで、人助けの為に、装者としてノイズが跋扈する戦場に飛び込んで行った自分を目の当たりにした、朱音たちの心情、そのものだった。

 

「■■■■……」

 

 自らを案じる親友からの問いかけに、未来は声は出さずに唇で最初の一言を応え。

 

(怖いよ、怖いに決まってるよ)

 

 新たにタイプした文を見せ。

 

「(怖くないわけ、ないよッ!)」

 

 文章と、唇で、その言葉に籠った、ずっと響を想うが余り、〝鞄の中に隠してきた偽らざる気持ち〟を、響に伝えた。

 伝えられた響は、ハッとする………よくよく見てみれば、恐ろしいくらいに平静に見え、響へ柔和に微笑んでいた未来は、手を中心に、体中が震えていた。

 震えが示す、圧倒的で、冷酷で、無慈悲な絶望、即ち〝死〟に対する、恐怖の感情(きもち)を。

 忍び寄る絶望に呑まれ、屈してしまいそうになりながらも、屈しまいと足掻き、瀬戸際で踏み止まって耐え、たとえ非力でも立ち向かおうと、生き抜こうしている。

 かけがえなきその友の〝勇姿〟を、より大きく開かれた響の瞳は、捉えて離さず、離れずにいた。

 未来は、そっと、響の耳元へ顔を近づけ、そっと友の手の甲に、自分の手を乗せ、包むように温もりを送ると。

 

「響……」

 

 か細くも、響の耳にははっきり聞こえるほどに。

 

「私、命がけで頑張ってる響に、酷いことをした………なのに、この上もっと、我がままを言っちゃうけど―――」

 

 静謐ながら、確かな〝熱〟をも帯びたささやき声で告げ。

 

「〝それでも―――私は生きたい……みんなと………朱音と………そして――響と、いっしょに」

 

 覚悟を決め、勇気を奮わせ立ち上がり。

 

「〝生きたいんだッ!〟」

 

 だからこそ―――ただ一つの、命を駆ける。

 未来は己が決意を高々に、響かせた。

 自らの声を声高に発すると同時に、近くにあったコンクリートの破片を幾つか掴み、壁に向かって投げつける。

 衝突音が空間内を反響し合ったことで、多脚型は音の発生源がどこかを掴ませずに一時混乱させられた。

 

「こっちだッ!」

 

 ほんの一瞬できた隙―チャンスは逃さず、全力で駆け出した。

 ブランクを感じさせない流麗なフォームで、風を切り抜け、多脚型の触手の猛攻に晒されながらも、スピードを一切緩めず、一心不乱に走り続け、ビルを飛び出し、災いの化身を自ら引きつけていく。

 未来とノイズが廃ビルから離れていくのを見止めた響は、即座に横たわる藍おばさんへと駆け寄り。

 

〝Balwisyall nescell gungnir tron (喪失へのカウントダウン)〟

 

 表情を引き締め直すとともに、聖詠を発し、ガングニールを再び目覚めさせ、変身。

 胸部の中心に装着されたマイクからは、彼女の新たなる〝歌〟の伴奏が、流れ始める。

 そのメロディを、かつて響は一度だけ聞いたことがある。

 二年前のあの日も、戦場に響き渡っていた、天羽奏の戦闘歌――《君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ》そのものだ。

 響はおばさんを横抱きで抱え、屋上まで風穴の空く吹き抜けとなったビル内から、跳躍で一気に跳び越える。

 

『響さん!』

 

 直後、耳の通信機から緒川の声が聞こえ、地上に一台に黒塗りのセダンが止まり、中から彼が降車した。

 

「緒川さん!」

 

 ガングニールの《アウフヴァッヘン波形》が途絶え、響との通信が繋がらなくなったために、反応が消失した地点まで向かっていたのである。

 

「おばちゃんをお願いします」

 

 緒川の下に降り立った響は、抱えていた藍おばさんをそっと緒川に預けると。

 

「分かりました、響さんは?」

「友達を――守りに行きますッ!」

 

 緒川からの問いにそう返して、響は囮を買って出た未来を救うべく、友が走っていった方角へ飛び立った。

 

「本部、こちら緒川」

 

 響の勇姿を見上げながら、彼女の言葉の意味を察した緒川は、スマートウオッチ急ぎ本部と通信を繋いだ。

 

「響さんの進行方向周辺に、ドローンを!」

 

 

 

 

 

〝~~~♪〟

 

 ギアによる身体強化と、師譲りの体捌きでビル群を八艘飛びしながら、伴奏に乗って歌い始める。

 メロディこそ、奏の《君ト云ウ 音奏デ 尽キルマデ》のものであったが、先代の担い手の伴奏を流すガングニールは、今の担い手たる響の心象風景を読み解き、新たに歌詞を構築。

 

 立花響の新たなる戦闘歌――《私ト云ウ 音響キ ソノ先ニ》で以て。

 

 響は胸の奥より沸き上がる詩と音色に導かれながら、ノイズの猛威から逃げ続けている親友に届かせようと、歌い続ける。

 

〝未来、どこ?〟

 

 別地点で交戦している朱音と翼の戦闘による火花が上がる中、上空から市内を隅から隅まで見渡すも、大都市の一角たる律唱市だけあり、この広大なコンクリートジャングルで人っ子一人探すのは難儀であった。

 しかし、急ぎ彼女を見つけ、向かわなければならない。

 たとえ未来が自らの発言通り、陸上で鍛え、ノイズから逃げ続けられるっだけの足を持っていたとしても、体力は有限、いずれ限界が来る。

 その前に、多脚型が自爆する恐れだってある。

 

『響ちゃん、聞いて』

 

 一刻を争う状況下、響に助け船が――二課本部にいるから友里通信が来た。

 

『星園山(ほしぞの)森林公園近辺の山道に、多脚型のノイズに追いかけられている人影を発見したわ』

 

〝そこって?〟

 

 友里から齎された情報――星園山公園。

 そこは以前、特異災害の発生で反故せざるを得なかった、叶わなかった〝一緒に流星群を見る約束〟に選んだ地であった。

 今響が跳んでいる場所からそう遠くはない。

 

「―――!」

 

 二課の人々から吉報を貰った響の強化されている聴覚に、女の子の悲鳴が入ってきた。

 今度は誰のものか、はっきり分かった。

 

〝未来、今行くから!〟

 

 戦闘歌がサビのパートに入り、歌声で増大したフォニックゲインを糧に、腰部のスラスターを現状最大の出力で点火し、星園山公園の方へ、飛ぶ。

 だがやはり、まだ長時間飛行できる域には至っていない為、推進器から炎が荒々しく吹き荒れる一方で、高度は下がっていく。

 響は速度を維持したまま、一旦近くのビルの頂で降りると、助走の勢いを上乗せして再度、飛び。

 さらに両脚に展開されたハンマージョッキが、限界ギリギリまで強く引き絞り。

 

〝行ッーけぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーッ!!〟

 

 崖の瀬戸際に立たされた親友を助けるべく、急いだ。

 

 

 

 

 

 絶えず多脚型の触手による〝死〟が押し寄せながらも、ここまで必死に走ってきた未来。彼女が走ってきた道は、人間しか襲わぬ一方でその為ならお構いもしないノイズらしく、多脚型の攻撃で抉られた痕が痛ましくできていた。

 何とか逃げ延びてきたが……長距離を全力疾走した代償で、未来の体力は底が付きかけていた。

 息は大荒れし、同じくらい心臓も慌ただしく動き、両脚は重石でも嵌められたように重く、フォームはとうに崩れ、足取りはゆらゆらと浮浪者じみておぼつかない。

 残っていたなけなしの分も消費され、膝と掌がアスファルトに付き、四つん這いの体勢で、止まってしまう。

 雲海を思わせる速度でゆっくり、またゆっくりと、多脚型は未来に近づいてきた。

 その緩慢な飛行が、却って怖ろしさと、迫る〝絶望〟を際立たせる。

 

〝もう……ダメなの、かな?〟

 

 まともは体が動かず、諦観に支配されかかっている未来に、多脚型は突如急上昇、そのまま降下して、彼女の身体を押し潰そうとした。

 

〝ごめん……〟

 

 危うく、自らを呑み込もうとする〝死〟を享受しかけ、両の瞳が閉ざされた時。

 

〝~~~ッ!♪〟

 

 歌が………響が奏でる歌声が、響き渡る。

 

〝そうだ、まだ――〟

 

 一度閉ざされた瞳が、開く。

 

〝まだ………流れ星、一緒に見ていない、まだ〝あの子〟と、友達になってない………なにより――〟

 

 アスファルトと密着し、広がっていた手を、強く握りしめ、歯を食いしばり、己を奮い立たせていく。

 

 

 

 

 

 自分でさっき、〝歪〟を背負っている響に、こう言ったじゃないか。

 

 生きたいって………朱音と、クリスと、みんなと、そして響と――一緒に生きていきたって。

 

 そう言った自分は生きて、〝見たい〟と思ったんじゃないのか? 願っていたんじゃないのか?

 人助けの為に一生懸命頑張る響を応援したいって。

 誰かの為に頑張れるからこそ、人助けの他に、自分の為にでも頑張れる何か、〝私の親友〟であること以外に、響が自分自身を誇れて、自分を輝かせる太陽のようななものを持ってほしいって。

 たとえ、どんな時でも、それこそ朱音の言っていた〝自分との戦い〟が待ってたとしても、それでも陽の光な笑顔で、笑っていてほしいって。

 そして、あの夜、朱音と一緒に誓ったじゃないか。

 いつか響が、自分の力で、自分の〝翼〟で飛べるようになった時、みんなで一緒に、心からの笑顔で以て、祝おうって、祝福して迎えようって。

 その時まで、支えようって。

 

 そうだ、ここで、止まっちゃダメだ。

 ここで、終わり――ゴールにしちゃ、ダメだ。

 

 

 

 

 こんなところで―――諦めるもんかぁぁぁぁぁーーーーーーッ!!!

 

 

 

 

 自力で走るだけの体力は、未来には残っていない筈だった。

 けれども未来は、自身の想いも込められた、立ち昇る気力のみで這い上がり、四つん這いからクラウチングスタートに似た体勢で、疾駆した。

 走り出した彼女背後で、多脚型はアスファルトと激突する。

 落下中に、遠くから放たれ、飛んできた、〝フォニックゲインによるライフル弾〟に貫かれ、衝突時は炭素分解し果てていた多脚型ノイズ…………が、その巨体ゆえに生じた衝撃波で、紙一重の差で逃れた未来の身体は、ガードレールの外側へ、吹き飛ばされた。

 高所に投げ飛ばされた未来は、悲鳴を上げて崖の下の、川が流れる大地へと落ちていく。

 災いの影の、最後の悪あがきを受け、最早抗う術は断たれたと思われた最中。

 

「未来ぅぅぅぅぅーーーーー!!」

 

〝ひ、響〟

 

 スラスターとハンマージャッキによる全力飛翔で、ここまで駆けつけてきた響が、未来の名を大声で呼び、大きく腕を伸ばしてきた手を差し出す。

 友の姿を見止めた未来も、精一杯、掌を広げた自分の腕を伸ばす。

 地に足付かず、地上側から暴風が吹き荒れ、自由の利かない落下する状況ゆえ、取り合おうとした手と手は、一度虚空を払う。

 

 それでもと、二人はさらに差し出し―――今度は、届いた。

 

 互いの手で、相手の手首を掴み取り、抱きしめるように、握り合った。そのまま響は未来を引き寄せ、抱き寄せると、スラスターを全力噴射。

 大地はもう目前。

 出力全開のまま、脚のハンマージャッキを計一二に増量させて展開して牽引。

 スラスターの推進力で緩まれても尚落下速度が健在な中、重力に引きずられるまま、川岸の大地に衝突する直前、引き絞るジャッキを開放。

 瞬間的に、爆発的に伸びあがった推進力は重力に逆らい、飛び上がった……が、生じた勢いが余り過ぎ、宙でバランスを失う。

 未来は、響を抱きしめる力を、より強めて、瞠目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〝あれ?〟

 

 転落の衝撃を覚悟していた未来に待っていたのは、大きく柔らかなクッションに受け止められた、穏和で温かく、安心すらも覚えてくる、不思議な感覚であった。

 しばらく気分が落ち着くのも待って、そっと、強めに閉じていた瞼を開けると。

 

「響………寝ちゃってる?」

 

 戦闘の長期化と、消耗が激しいハンマージョッキの多用で、未来を守るようしっかり抱きしめながらも、響はすやすやと夢の中にいた。

 もう安心だとばかり、ガングニールもプロテクターを解除して眠りに付き、制服姿に戻る。

 

「もう……食べられない」

「響ってば……ばか」

 

 ごはん&ごはんな響らしく、ベタベタが過ぎる寝言に苦言を呈しつつも、親友の寝顔に笑みを零した。

 

〝あ、そう言えば……〟

 

 自分たちを助けてくれた感触の正体が気になり、辺りを見渡してみると。

 

「手…?」

 

 巨大な、半透明の紅緋色な手の平の、上にいた。

 しかも、表面は爬虫類の体表のような模様で、五指には鋭利で長い爪が伸びている、大きさと色合いを差し置いても、とても人間のものではない。

 

「未来」

 

 後ろ側から、優しく呼びかける声がした。

 振り返ると、ほっと安堵も交えた笑顔が浮かぶ。

 その先には――

 

「朱音……」

 

 紅緋色のシンフォギアを纏った、朱音がいた。

 手の正体は、彼女の右手から放出されたフォニックゲインが、プラズマの火炎に変換させずにガメラの右腕となったものであった。

 

「ごめん、お待たせ」

 

 ギアの鎧を纏ったままながらも、あの夜、未来にも見せた〝慈愛〟に満ちる微笑みで、災いを退けた未来たちを迎い入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、朱音たちにいる地点から遠く離れたビルの上。

 

 ワインレッドで、長銃身のスナイパーライフル――アームドギアを降ろした装者が一人いた。

 ライフルの銃身からは、煙が昇っている。

 

「………」

 

 未来(おんじん)を下敷きにする直前だった多脚型を、狙い撃ったのは、〝彼女〟であった。

 

 

つづく。

 




今回原作無印8話にったビッキーの独白はカットしております。

次の回で、改めて二人が腹を割って話す下りがあって、プロット練ってたら内容がダブルことに気づいたので、この回はテンポを優先させました。

未来の台詞の一つがティガのジョバリエ回が元だと分かった人はどんぐらいいるかな。


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#39 - 夕焼けの下で

原作の新作効果ってやっぱほんと凄いですね。
こちらでもお気に入り数が急増するし、ほんとご登録ありがとうございます。
フォニックゲインを受け取ったお陰か、こちらも話のアイディアがどんどん出るわ出る。
願わくばガメラの新作の方も続報が欲しいのですが。

ただ勢い乗ってG以降の大まかなプロットも考えてみたけど……困った。
想像以上に朱音が、物語の流れに能動的に飛び込むキャラになったもんだから、もし原作通りの流れで入ったりすれば。

ウェル博士の英雄論を怪しむ
マリアさんがフィーネと言われて→果たしてそうか?と異論を唱える
一人きりしらコンビと接触して、自分が推理したFISの目的を打ち明ける。
助けてくれたマリアさんに半ば糾弾してしまったビッキーに『それが命がけで人助けをした人に言うこと?』と厳しく言う。
娘にお金たかったばかりの屑にも程があったビッキーのパパさんに『娘の演技をしながら』→襟元掴んで『今さらどの面下げて現れやがったクソッタレ親父ッ!』と怒る

等々。
これ下手するとAXZはともかくGとGX辺りは錬金術ばりの錬成が求められるかもしれない(大汗

なんて小言はさておき、毎度30分があっと言う間な原作と反対にスローテンポな回です。


 つい先程まで、ノイズと言う夥しい災いが跋扈していた律唱市は、一応の平穏を取り戻していた。

 東京湾に面した市内の水羽臨海公園では、災害と戦闘の後処理の為に特機部及び自衛隊の仮設テントがいくつも設営されている。

 内一つのテント内では、最前線での戦闘を終えたばかりの装者のメディカルチェックが行われていた。

 今は朱音の番、スカートとソックスを除けばほぼ下着姿でベッドに仰向けで横たわり、技術の発達で外に持ち込めるまでに小型化されたスキャニング装置が、年齢離れした彼女の、無駄な贅肉はそぎ落とされ、研磨されながら健康的かつ魅惑的で、美しく眩しい、戦乙女と形容できる肉体を、隅々まで読み取っている。

 他にこの場にいるのは、器具を操作する櫻井博士と友里と女性のみ、当然今ここは男子禁制な結界(くうかん)となっており、藤尭ら男性職員や自衛官の皮を被った男の子どもは、真っ先に追い出されていた。

 

「終わったわよ、朱音ちゃん」

「はい」

 

 検査は終わり、起き上がった朱音は籠に入れていた制服――スクールシャツとニットベストを着衣し、勾玉(ペンダント)を首に掛けた。

 

「どうぞ、今回はモカブレントにしてみました」

「ありがとうございます」

 

 着終えると、友里から淹れたての薫り高いモカブレンドのコーヒーを受け取った。

 湯気とともに立つ香りも味わいつつ口にすると、強い酸味と上品な甘味が広がり、戦いを終えたばかりの全身に染み渡る。

 日常では自身の大人びたルックスにコンプレックスを感じることの多い朱音だが、ことコーヒーに関しては、おマセでも強がりでもなく、無糖ブラック派な舌の持ち主だ。

 

「ほんと、この前の大怪我がどこへやらなバイタルのピンピン具合、これなら次のチェックでお開きかも」

「そうですか」

 

 まだ退院してから一週間も経っておらず、加えてたて続けに戦線に立ったと言うのに、朱音の肉体はそれを感じさない健常と強靭っ振りであった。

 モニターに表示されている検査結果を見た友里も、驚きで口元を手で覆っていた。

 まだこの先検査を何度か行う予定だったが、今回の結果であれば、それももう後一回くらいで済みそうなくらいである。

 

「私としては、もっと朱音ちゃんの隅から隅を調べ尽したいところなんだけどね、相性の関係があるにしても、本来奏ちゃんと同じくLinkerが必要な《第二種適合者(たいしつ)》でありながら、シンフォギアとしてのガメラと〝適合〟できる秘密も含めて……」

 

 勾玉を首に掛けた朱音に、半縁なピンクの眼鏡の向こうで、朱音曰く、人を惑わす〝蛇〟に喩えられた妖しく蠱惑的な表情と眼差しを放出してくる櫻井博士。

 これが主に被害を受けている彼氏いない歴=年齢(当人自らカミングアウト)らしい響であれば、初心らしい生娘かつ素っ頓狂な反応を見せるが。

 

「『〝謎(ミステリー)〟を秘めていた方が、女性はより魅力的に輝く』――のではなかったのですか?」

 

 上手くさらりと受け流して、翡翠色の瞳に博士に負けず劣らずの魅了を帯びさせて、過去の博士の発言を笑顔とセットで返し、悠々と友里の淹れたコーヒーを堪能する朱音であった。

 

「そうなのよ~~女としてはその持論を曲げたくはないんだけど………興味深い謎には追求せずにはいられなくて……科学者の困った性ね」

 

 二人とも、特に際どい格好をしているわけでも扇情的な仕草を取っているわけでもないと言うのに、下手をすると人間の域や枠すらも超えかねない毒気……もといオーラを発している。男性、特に年頃のお男子だったなら、悩殺され倒れてしまう可能性すらある色気(フェロモン)が、テント内に充満していた。

 一人は清らかで母性的ですらある戦乙女、もう一人は奔放さもある女神、といった違いはあるがだ。

 

〝なんと言うか……凄い、濃ゆい〟

 

 これには同じ女性かつ美人の中でも上位の美貌を有し、二課の制服の向こうに恵まれたスタイルをお持ちである友里も、少々圧倒され気味である。

 

「ごちそうさまでした、今日も美味しいあったかいものをどうも」

「あ、どうしたしまして」

「失礼します」

 

 時に見せる年齢相応離れした魔性の状態から、いつもの雰囲気に戻った朱音は、友里に飲み終えたコーヒーのカップを返して一礼すると。

 

「朱音ちゃん、今日も〝お歌い〟になるのですか?」

「はい、せめてもの〝哀悼〟として」

 

 その足で、テントの外へと出歩いていく。

 同じ年代の日本人の中では高めな一七〇近くある背丈を、より高く見せるすらっと背筋が伸びた朱音の背中を、友里はじっと気になる様子で、見送った。

 

「あおいちゃんてば、気になるのかしら?」

「はい、実を言えば初めて会った時からずっとです、適合系数上では、奏さんとほぼ同率だったのが………逆に信じられなくなるくらい」

 

 今、友里が口にした発言は、なまじ異端技術に携わっている程、驚愕の度合いが大きくなる代物だったが、その言葉通りの〝事実〟だ。

 前世(かつて)は生体兵器にして地球の守護神であった出自と、理屈を超えた並々ならぬ歌への熱意に反して、朱音は翼や、雪音クリスのような《第一種適合者》と呼ばれる、シンフォギアならびに聖遺物と適合できる先天的資質に、お世辞にも恵まれているとは言えなかった。

 現状の異端技術の研究段階で言えば、自らを〝時限式〟〝インチキ適合者〟と揶揄していた天羽奏と同様、シンフォギアを纏うにはLikerの投与と修練の積み重ねが必要となる《第二種適合者》に組み分けられていた。

 もし、彼女が翼らと同様の資質を有していれば、地下に二課本部が存在するリディアン高等科に編入してほどなく、二課の方から適合者候補としてスカウトを受け、しかし適合できる聖遺物の選定は難航し、実戦に出られず訓練を繰り返すもどかしい日々を送る中、級友―響が装者として覚醒した運命を、見せつけられることになった筈である。

 だと言うのに朱音は、自身の力の結晶でもあり、櫻井博士の与り知らぬ経緯で誕生した異端とは言え、シンフォギア――ガメラと適合せしめ、弦十郎ら二課の面々の想像を、常に超越し続けてきた。

 初陣からギアを使いこなして、アームドギアをその手の内に実体化させ。

 精神状態が芳しくなかったとは言え、翼の天ノ逆鱗(つるぎ)を一刀両断して辛くも打ち破り。

 バックファイアで重傷を負ったものの、二人分の絶唱のエネルギーを操作し。

 ネフシュタンの鎧、イチイバル共々、翼と同じ正適合者たる雪音クリスを圧倒し。

 翼と二重奏の戦闘歌と、連携技(コンビネーションアーツ)までも披露した。

 

 

「まあ、つい忘れがちだけど、先史文明期(あのじだい)のテクノロジーは、現代(このじだい)の人間たちからは、まだまだ未開の地が多すぎて手が余り過ぎるのよ、この私も込みでね」

 

 なればこそ、その未知の数々を探究して解き明かしていくのが、科学と言えよう。

 

「珍しいですね、博士がそんな自重とご謙遜をなさるなんて」

「ちょっと失礼よあおいちゃん、デキる女は謙虚さも持ち合わせているものなの、savvy?(お分かり?)」

 

〝あの中毒レベルで度を越した英雄マニアなら……彼女の適合は奇跡にあらず、科学的に証明できる現象にして、〝必然〟だと、応えるかもしれないわね〟

 

 いつものように人並み以上よりも上の上で豊満な胸をえっへんと張り、かの誰よりも自由を愛するキャプテンなカリブの海賊の口癖も発して、友里お手製コーヒーを口にする博士は内心の奥にて、彼女と縁や繋がりのある、それこそ二課の面々らが耳にすれば驚くどころではない、普段の彼女からは想像しがたい低めの声色で、呟きを零した。

 

 

 

 

 

 外では、空がすっかり夕焼けの色合いに変色していた。夏が近づく六月の頃合いもあり、暁色の空と陽は、日ごとに燃える火の如き鮮やかさを増してきている。

 テントから出て来て、潮風に髪が泳がれる朱音は、凛とかつ粛々とした顔つきと様相で、東京湾と園内の境界線(フェンス)に、武術で磨かれた姿勢をより正して立った。

 しばらく暁に照らされ、夕陽の光を粒子状に反射させてゆらめく海面を眺めていた朱音は、目を閉じて合掌し、粛々と〝祈り〟を捧げる。

 そして掌に合わせていた両手で、家族の形見にして地球(ほし)そのものが遣わしたシンフォギアでもある〝勾玉〟を、十字架を握るように包み込み、一度深呼吸をして整えると、息を大きく吸い込み。

 

「~~~~、~~~♪」

 

 歌を、奏で始めた。

 

 

 

 

「当初のスケジュール通り、ライブのリハーサルは――」

「はっ…待って下さい」

「はい?」

「歌が……」

 

 仮設天幕(テント)の一つで、今回の特異災害の影響も含めたスケジュールの調整と確認を、マネージャーモードの緒川さんと行っていた私は、歌声を耳にする。

 暗緑色の生地(かべ)越しでも、聞こえて直ぐに、この音色の主が誰のものか理解した。

 私が、奏を喪った失意の余り自らに掛け、破滅の奈落へ貶め、沈めていった枷を断ち切り。

 凝固し、すり減らしていくばかりであった精神(こころ)を解きほぐし、解き放って。

 時に、もっと大空へ、もっと高く、飛びたい、羽ばたきたい衝動を齎し。

 戦士としても、歌女としても、そして人としても、再び這い上がる光明となってくれた。

 その変幻自在かつ多面的な、水の如き艶やかで躍動的で、芯から響き渡る――朱音の歌声。

 耳をすましている内に、気がつけば身体が勝手に立ち上がり、天幕の外へと出ていた。

 夕暮れ時に入った天穹の下にて、眼前の海原と向かい合う体で、朱音は唄う。

 

「あの歌……」

 

 七〇代の齢に差し掛かった現在でも精力的に活動し、一見一見暗く陰の強い、しかし根底には〝希望〟、そして〝愛〟を携えている歌詞を生み、独特の深味あるブレスと力感溢れる歌唱で、一九七〇年代のデビューから現在まで、他の歌い手に提供したのも含め世に出した曲の数々をヒットさせている、北の大地生まれのシンガーソングライター――高良瀬弥雪(たからせ・みゆき)。

 朱音が吟じている歌曲は、織田光子女史に並び、私も尊敬している一人な歌い手が、二〇代の若き日に発表し、今や氏の代表曲と言っても過言ではなく、過去多くのアーティストにカバーもされ、リディアン含めた日本全国のあらゆる学舎の音楽の教科書に載せられているほどの、名曲――《時流》。

 確か………高良瀬女史の肉親がお亡くなりになったのを切欠に、生まれ出でた歌であったと聞く。

 当時の高良瀬女史の境遇が反映された〝詩〟が、朱音の歌声に乗り、轟く。

 

 哀しみの痛みで心は甚振られ、なのに悲鳴の涙はとうに枯れ果てて……笑顔など、永遠に失われてしまいそうで。

 それでも、巡り、円転し、流れゆく果ての見えぬ時の中で、そのような昔時(ころ)もあったと、向き合える時が来る。

 凍てつく雨に打たれようとも、曇天の向こう側には、晴れ渡る青空が待っている。

 悲哀があれば歓喜もあり、別離もあれば邂逅もある。

 たとえ今節(いま)は地に膝をつき、手折られ進めなくなろうとも、いつかの未来(あした)は、また踏み出せる、進んでゆける、祝福の風を浴びて、飛んでゆける―――と。

 

 今の時世まで、歌い継がれてきた歌の詩を、無伴奏(アカペラ)で。

 否……即座に違う、朱音は決して、どんな時でも一人で歌っているのではないと思い当たる。

 前に、彼女は教えてくれた。

 この世界はいつも、どこにでも、絶えず〝音楽〟が奏でられ、満ちているのだと。

 

 波音を立てて、模様を変え描き続ける海原。

 潮を帯びて流れる潮風、それを浴びて揺れる草木と、飛び交う鳥たち。

 暁に照らす陽光、沈みゆく陽に合わせて色合いを変えていく天の空。

 

 神羅万象が奏でる旋律たちの波に乗り、歌への惜しみない情熱と愛情で、見事なまでに研ぎ上げてきた声量と、幾重に変化する声色、歌詞(うたことば)の流れに宿る〝世界〟を色彩豊かに描き上げる表現力が合わさった――その水の歌声で、歌い続けていた。

 

「〝あの時〟は、翼さんの心境を考慮して、話さなかったのですが――」

 

 夕陽で天使の輪を帯びた髪が潮風にゆらめいている後ろ姿と見ながら、聞き入っていた為か、本人の声を耳にするまで、隣に眼鏡を外した緒川さんがいることに、気がつかなかった。

 

「緒川さん……」

 

 緒川さんの言う〝あの時〟とは、自暴自棄(やぶれかぶれ)が極まり、身も心も、破滅の奈落の底のさらに奥底の闇への堕落に誘う自らの〝絶唱(ほろびのうた)〟から、私を救うために朱音が身に受けて深手を負った直後の、虚無に精神(こころ)が溺死しかけていた時を指す。

 

「朱音さんが戦場に立った後に歌う相手は、生きている人達だけではないのです」

 

 私が、朱音と、そして立花に刃を向けた愚行で、装者としては一人で戦場(いくさば)の第一線に立たねばならなくなった頃の初めより、朱音は戦闘を終えた後に、災厄に見舞われながらも生き延びた人々と、ともに彼ら彼女らを守護する使命を背負った戦友たる自衛官たち、災害に見舞われながらも自分ができること精一杯果たそうとしている人達に、歌を振る舞っていることは、あの時に、緒川さんと、津山二等陸士改め陸士長を通じて、知ってはいた。

 その話には、続きがあると、緒川の口から通じて、私は知る。

 

 朱音は、一戦、また一戦の度に、特異災害の脅威から逃れることのできず、生きたかった、生き抜きたかった筈なのに、ノイズによって犠牲になってしまった多くの魂(いのち)にも、哀悼と、慰霊と、せめて時のゆりかごの中にて、安らかに眠りにつけるようにと、歌を送り、捧げてきたのだと言う。

 たった今知り得たばかりの〝続き〟を踏まえた上で、また耳をすませてみる。

 歌声だけで、歌を捧げる相手は、その日の犠牲者、のみではないと分かった。

 これまで無情に、奏も含めた、特異災害の犠牲となった故人たち、全てに届けようとする想いで、朱音は歌っている。

 そしてその中に、自身を生んでくれたご両親もいると、汲み取った。

 初めてお見舞いに来た日以来、朱音の家族に関する話は、何度となく交わしてきた会話の数々の内で、一切話題に上げていない。

 たった〝一度〟で、充分だったのだ。

 あの時の、麗しくも儚さを宿した横顔だけで、どれだけ愛し合っていたか、語られていたからだ。

 今日の共闘での勇姿を思い返すだけでも、朱音は装者として再び〝最後の希望〟なった自らの選択を、全く後悔していない。

 だからこそ、朱音があの日見上げた蒼穹の向こう側――黄泉の世界から、己の〝エゴ〟で戦場に飛び込み、死線を走る自分を見守っている家族への言明として、我が友は、歌っているのだ。

 

〝アタシらは一人でも多くの命を助ける〟

 

 私は、朱音の追悼歌に半ば魅入っている内に、奏が生前、度々口にしていた〝信念〟の言葉の一つを、思い出した。

 

〝儚く塵と化し~指からこぼれ落ちて~♪〟

 

 同時に、私と朱音と、私達のギアが生み出した二重奏曲(デュエットソング)の、朱音の歌唱パートの詩の一節、即ち朱音の心象風景の一端を、思い起こす。

 そして―――奏のあの言葉が内包していた重さを、ひいては防人たる装者が背負う、重みを、改めて感じ取って、苦味が現れ始めた口の中を、噛みしめる。

 私達は、人類守護の砦として、シンフォギアを担い、朱音の言葉を借りて〝災い〟らと戦い続けている。

 しかし、いかなノイズの天敵にして、現代のとは比較にもならぬ先史文明期の技術の結晶体たる、強大な聖遺物の欠片の力を以てしても………戦闘の渦中にて、私達の救いの手が届かずに、取りこぼされてしまう〝命〟は、少なからず存在しているのだ。

 

「ふっ……」

 

 もう何度目かも知れぬ、自嘲の微笑み。

 奏の死に、あれ程落涙し、立花に辿らせてしまった境遇に、あそこまで悔やみ嘆いておきながら………全くだ。

 防人の使命を幼き日に背負ってより、幾年月を重ねてきたが、何度も戦場で目にしてきた事実を………今さらながら、はっきり味あわされる。

 私はこれまでの戦いで、奏と二人で一つの両翼だった頃も、片翼となってしまった頃も、今も含めて、数え切れぬ災厄(ノイズ)を断ち切り、死線を潜り抜け、一時はその意味すら問うことも放棄して……戦い続けた中で、一度たりとも、顔も名も知らぬ、けれども確かに生きていた筈の亡き人々へ、眼を向けたことはあっただろうか?

 必死に記憶を思い出し、かき集めてみたが………残念ながら、見つけられなかった。

 なんと言う……体たらくであろうか。

 しかも、昨今頻発している特異災害の数々は、紛れもなく………〝人間〟が招いたものだ。

 ノイズを御するソロモンの杖を手にし、一連の首謀者と思われる終わりの名を持つ者――フィーネ然り、その者と何らかの結託をし、広木防衛大臣を亡き者にした者どもも然り。

 そして、これらの災いを招かせた者たちの中には………〝私たち〟もいる。

 適合者候補の一人であった雪音クリス、ネフシュタンの鎧、デュランダル、奏の忘れ形見をその身に宿した立花………いずれも私達―二課が関わり、また誘ってしまった因果だ。

 手が、疼いてくる胸を、握りしめた。

 

「翼さん……」

 

 緒川さんのソプラノボイスで、また忘れかけた我が返り、肩に温もりを覚える。

 男性にしては、細く長く指が伸びた手が、私の肩に乗っていた。

 手の先を辿っていくと、緒川さんの柔和な面持ちが目に入る。

 

「翼さんが今、ご自身の心に感じているその痛みは、朱音さんも、何度も味わってきたものでもあるでしょう………だからこそ、歌い続けているのです、こうして」

 

 痛み。

 なら、あの音色を世界に奏でられるようになるまで………一体朱音は……ガメラは、この胸の痛みを何度、味あわされてきたのか?

 どれほど手を伸ばそうとも、届かずに救えなかった多くの命と、向き合えるようになるまで、どれほど虚しく残酷な現実を突きつけられてきたのか?

 私が何度も切り捨てようとした、涙を流せる情を、まるで抱擁するかのように、深く受け止められるまでに、どれほどの哀しみを、経験してきたのか?

 過酷な修羅場に身を置かせようとも、あの強さと優しさを、失わずに戦い続けられるまでに、どれだけ……打ちのめされてきたのだろうか?

 

 想見していくと、不意に脳裏に、現れる。

 なぜ……なぜなのだ?

 自分でも、全く分からない。

 かつての、人の身にあらぬ彼女のあの姿を思い描こうとして、我ながら驚愕するまでに、はっきり浮かび上がったのだ。

 宵闇の中、激しく、打ち付けるようにふりしきる嵐。

 火の海、そう呼ぶ他ない、燃え盛る炎。

 漆黒の世界に顕現する災禍の渦中で、緑の血反吐に塗れ、腸が背部の甲羅ごと刺し貫かれ、右腕の先にある筈の手は欠損し、焼けただれた断面が痛ましい。

 満身創痍のガメラが、空からの嵐と、地上の大火の中……一人、ひとりぼっちで……地上から見える一筋の星光の勝機すら見いだせない、〝絶望〟すらも生温い、戦いに馳せようとする姿を。

 

 私の足は、宙の風を切り、路面を蹴り上げて、駆け出していた。

 疼きが止まらぬ胸の奥底より、痛みをも超える、沸き上がってきた衝動(おもい)のままに―――。

 

 

 

 

 

 朱音が、今宵の悼む歌とした《時流》を、締めまで歌い上げ、息を整え直した直後、背後から人が駆け走る音色が聞こえ。

 

〝翼?〟

 

 朱音からすれば、それもまた音色であり、鳴らしていた演奏者――翼は、朱音の隣で立ち止まった。

 またいきなりのことで、翼の名刀の如き美貌な横顔を、朱音は翡翠の瞳をぱちぱちとさせ、きょとんとした表情で見つめる。

 彼女をよそに、対して翼は、先程朱音がしていたように、目を一度閉じて、一時、耳をすませると。

 

〝~~~♪〟

 

 シンフォギアを起動していないにも拘わらず、自身の心より〝歌おう〟と湧き上がらせてきた歌を、唱え始めた。

 その歌は、先に朱音が歌ったのと同じく。高良瀬弥雪が作詞作曲し、二〇〇〇年代に世に出してヒットした一曲――《輝ける星竜(せいりゅう)》

 

 青く染め上がった海原の向こうのどこかで、苦しみ、悲しんでいる人々がいる。

 人々の助ける声を聞いた自分は、助けたいと、助けようと決心する。

 しかし、現実は無情。

 まだ翼も満足に広げられぬ小鳥のように、どうすることもできず、大地の上で無力さに嘆く。

 

 Aメロ――出だしの詩に宿る情景を歌いながら、翼は並び立ち、歌う自分を見つめていた朱音に、目線で伝えた。

 翼の瞳を通じて、意図を察した朱音は、頷き返すと。

 

〝~~~♪〟

 

 バトンを受けて、Bメロの詩を、詠う。

 

 それまでは、踏み出すことができず、無力さを噛み、座しているだけだった今まで。

 けれど、それでも立ち上がろう。

 たとえ弱弱しい翼でも、余りに小さすぎる儚い手であったとしても。

 

 そして、サビへと繋がる詩を交互に歌い上げ。

 

 未来を繋げる為、試練に満ちた海を、山を、竜の如く、駆け上がろう。

 

 耐え忍ぶような調子から一転、お互いの歌声を、解放感溢れる声量、音色で重ね合わせた。

 自然な成り行きで、翼は低音を、朱音は高音を、それぞれ重視した歌唱法へと歌い分け、一層夕陽の輝きが増した世界の中で溶け合うが様に、深々と重層的で、抒情に溢れたハーモニーが形作られ、奏で響いていった。

 

〝今は決して、一人ぼっちではありません〟

 

 先の戦闘時、《デュアルハーツ》とはまた違った趣のある二重奏を唄う翼の歌声には、あるメッセージが存在していた。

 

〝貴方たちの愛する子であり、また最後の希望となることを選んだ――彼女は〟

 

 その想いを、空の向こうへ届けようと、翼は朱音と二人で、歌い上げていった。

 

つづく。

 




劇中言及された架空のアーティストですが、名前の通り、モデルは中島みゆきさん(とらきすたの方のみゆきさん、中の人がEDで地上の星歌った繋がり)です。

劇中二人が歌った歌も、みゆきさんのがモチーフで。
『時代』と『銀の龍の背に乗って』です。
歌詞サイト参照してください。

なんか二人、友達になってからしょっちゅう戦闘以外でも歌っている気がしますが、いいんだいいんだ。
歌を愛する者同士なのですし。

はい?
なんか冒頭で無印の段階でウェル博士の持論を立証する描写があったって?
何のことでしょうか(コラ


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#40 – 陽だまり

お待たせしました。
一話分、置いてのひびみく回+αです。

なんですけど、また我ながら恐れ多い回になっちゃった(汗
なんでかと言えば、実は私、未来を、ガメラで喩えれば小さき勇者たちでの、主人公の透君のトトへの気持ち(小さき勇者は、子どもを主人公とした親の子離れもテーマにしてる)を無意識にイメージにした、『子離れできない保護者』な感じで書いてしまってたので、今週のAXZの奥さんオーラ出してる未来さん見て、彼女は響の嫁(中の人も公認な)に異論がないからこそ、やっちゃった感を覚えてます(戦々恐々

それはそうと、愚者の石ネタは龍騎の真司、特に浅倉の普段の凶悪さから想像し難い爽やかスマイルでお馴染みのあの迷場面を思い出しました。

てかビッキー、歪さ具合は映司並みだけど、最初は絵に描いた戦闘の素人、でもセンスと咄嗟の機転は抜群でここぞの爆発力は凄まじい、一度苦悩するとドツボに嵌るけど基本単細胞のバカなとこ、まんま真司だよね(苦笑


 特機二課のテントの中に置かれたベッドの上で、響は人助けの頑張り過ぎの疲れで、すやすやとまだ眠りの中にいた。

 私はと言えば、おばちゃんの命に別状はないと聞いて安心しつつ、あの後〝彼女〟がどうなったのか気がかりな気持ちも抱えて、さっきまで本当に命がけのギリギリだったのに一転して呑気にも程があるけど、朱音のとはまた違った響の可愛い寝顔を傍らで見守りながら、響が起きてくれるのを待っている。

 合間に、自分の手を見て、指の一本一本を、動かしてみると、いつもと、変わらない感じに、何とか……戻っていた。

 

 

 

 実は、あわや河原の地面に二人でのた打ち回るところを朱音に助けてもらって、救助活動をしていた自衛隊の人たちに眠る響が担架に乗せられて行って、ようやく安堵で緊張の糸がほぐれた時……無我夢中で危ない綱渡りをした、反動だったのか。

 後から今頃になって、身体が……〝怖がり始めた〟のだ。

 

〝未来?〟

 

 手足どころか、両腕両脚、四肢全体が急に勝手に、ひどくぶるぶると震え出して、締め付けられるように胸の動悸が激しくなり、呼吸も乱れ出した。

 普通に立つのもままならなくなって、両脚が崩れ落ちて尻もちが付いてしまう。

 両方の目じりから、涙も、自分の理性なんか構わずに、流れ始めてしまっていた。

 この気持ちの濁流を前に、無理やり抑えつけられるわけがなくて……どうしようもなくなって……また、小さな子どもみたいに、恥も外聞もなく、泣き出してしまった。

 

〝怖かった……怖かったよ……〟

 

 気がつけば、シンフォギアを着たままだった、朱音の胸と腕の中にいた。多分、変身を解く間もないくらい、自分から飛び込んでしまったんだと思う。

 機械的で硬くて武骨な鎧を纏っていたのに、私の激流を受け止めて、抱き止めてくれる朱音の、柔らかい温もりが、心の芯にも、包み込んでくる感じで沁み渡ってきて、温かった。

 朱音に支えてもらう形で、二課のテントにまで連れて来てもらった頃には、大分落ち着いてはいたけど、それでも手にほんのちょっとの震えが、暫くの間、続いていた。

 今朝はこれ以上お世話になるのは忍びないと思っておいて、結局また私は、朱音にお世話になってしまった。

 嫌ってわけじゃ、全然まったくない。

 命も込みで、恩人であるし。

 実はリディアンに編入して、朱音と会うまでは、親友が〝歪〟を抱えてしまった〝あの日々〟のせいで、響と私の家族以外の人間たちに不信を抱き、下手すると憎悪にまで陥りかけていた私にとって………朱音の優しさと言うか、包容力とも言うか、器の大きさ………もっとはっきり言うといろんな〝愛〟できた〝御恩〟の数々は、本当に〝救い〟となってくれたからだ。

 でも………やっぱり………手で顔を全部覆いたいくらい………恥ず、かしい。

 ほんのちょっとの断片のまた断片分の記憶を思い出すだけでも、顔が熱で火照ってしまう。

 

〝じゃあ、しようか〟

 

 しかも、ささいな断片でも、あの冗談や演技と見なすには怪しい、本気としか思えない真に迫った朱音のキス顔も思い出されてしまい。

 

〝おや残念〟

 

 心臓の鼓動は、あの瞬間並に、バクバクと強まり出した。

 耳まで、赤く熱くなっちゃってる。

 その上、この恥ずかしい気持ちを感じている自分も………まったく大概。同じ寮部屋で、響とルームシェアするようになってからのあれこれを、今改めて、一歩下がった目で思い返してみると、女の子同士だったとしても、傍からしてみれば赤面になるものばかりだった。

 あの朱音の冗談と、彼女と安藤さんらから日頃より何かと〝夫婦〟呼ばわりされてた通り、むしろあれだけべったりとスキンシップの多い新婚夫婦染みた共同生活送っておいて、キスの一つもしていないのは逆におかしいと言えちゃうくらい。

 確かに………あの日から、リディアンの学生になるまでの、自分と響に遭った色々を思えば………なんだけど。

 現に、鏡なんて見なくても赤味具合をはっきり自覚できちゃうくらい、顔の熱が余計に上がった気がした。

 あ、いけない、また呼吸が乱れそうになる………こう言う時は。

 

 舌を上の歯の内側に置いた状態で息を吐き切って。

 鼻で息を吸って、四つ、数えて。

 次に息を止めて、七つ、数えて。

 八つ分数えながら、息を口から吐いて。

 

 さっき、遅れてやってきた恐怖で朱音縋った時に彼女から教えてもらった、落ち着かせるにはうってつけらしい『くつろぐ呼吸』を実践してみる。四回ほど、繰り返してやってみる内に、どうにか落ち着きを取り戻し、顔の熱も大分引いてきて、ほっとした。

 もしも、例の呼吸法を使わなかったら今頃、ゆでだこな顔から、大声を出して悶えていたかもしれない。

 よく率先通り越して積極的に人助けに飛び込む響に、度々口からは〝変わった子だ〟とか揶揄してたけど、そう言う自分も……人のことが言えなかった。

 

「うっ~~」

 

 そこに、聞き覚えのある吐息が聞こえた。

 ほぼ毎朝、間近で耳にしている、響の寝息だ。

 

「未来っ……」

 

 次に、いつもの〝ちゃん〟を付けない自分の名前を呼ぶ、響の声がした。

 

「やっとお目覚めね」

 

 心の中で、またほっとしながら応じる。

 ちょっと前までの状態で、寝起きしたばかりの響に見られたら、いよいよ恥ずかしさで気を失ってたかもしれない。

 

「あれ? 私、どうしてたんだって?」

「覚えてないの?」

 

 まだ眠気が強めに張り付いてて、眠る前の記憶がおぼろげな響に、経緯(なりゆき)を説明してあげた。

 さっきはあんなに取り乱しかけていたのに、響と言葉を交わし始めた途端、我ながらびっくりしてしまうほど、いつもの調子に戻れていた。

 確かに、朱音があの夜教えてくれた、持論の通りだ。

 人は、他人たる相手も、自分自身も込みで、自分が思っている以上に、面の皮は厚いし、多いもので、自分がまだ知らない〝一面〟は、たくさんあると言うこと。

 だって現にこの瞬間、自分が今まで――無自覚(しらなかった)――自分を知ることができたし、朱音がいなければ、ずっと傍に居た筈の響の、響すらまだ知らない響を、それが響って女の子な一人の人間を形作る〝一欠けら〟なんだと、と受け入れるどころか、多分……知ることすら、できなかった。

 

「あっ………私ってば……」

 

 武術云々には素人の私でも衝撃を和らげる受け身は取っていたみたいだし、朱音のあの〝手〟に助けられたお陰で大事には至らなかったけど、あの切羽詰まった、本当に瀬戸際の状況で眠りこけてしまったことに、昔『授業中でもお寝んねできる自信はあるッ!』と、堂々と言えることでもないことを豪語していた響は、さすがに自分の頭を抱えて項垂れていた。

 

〝ぐぅ~~~〟

 

 そこへ、狙ったのかと勘ぐりたくなるタイミングで、響のお腹の中が、鳴き出した。

 そう、世の女の子たちにとって、ある意味一番鳴ってほしくない音の一つ、お腹の虫さんの鳴き声である。

 

「はぁ~~お腹空いた……」

 

 夢の中でごはん&ごはんをこれでもかと食べまくっていたのは、眠っている間に時々見せていた涎を口から垂らしてふにゃっとしてだらけた表情の寝顔と寝言で、大体察しはついたけど、いくら夢の世界でたらふく食べても、身体にとっては霞を食べるようなものなので、覚めればお昼ぐらいからずっと命がけの人助けをしてきた反動が、空腹の形で響に押し寄せてきていた。

 

「そう来ると思って、とっておいたから、はい」

 

 起きたら真っ先にお腹を減らしてくるだろうと見越していた私は、ベッドの傍らに置いていたお皿を持って、くるんでいたラップを外して、響に盛り付けられた料理を見せてあげる。

 

「カ、カレーッ!」

 

 料理とは、見るからに柔らかく煮込まれた鶏肉と、かぼちゃにナスにアスパラにほうれん草やパプリカら野菜たっぷりでルーもご飯も大盛りの具だくさんカレーライス。

 できれば、響への料理の差し入れは、自分で作りたいところだったけど、残念ながらお手製ではなく。

 

「朱音が作ってくれた残りなんだけどね」

「しかも朱音ちゃんの!? うわ~い!やったッーー!」

 

 朱音のお手製な特製で、老若男女問わず食べれるようにミルク等で辛味を抑えつつ、本場みたいなコクと風味あるのに、家庭的な味わいもある逸品もの。

 空腹なのもあって少し気分が沈み気味だった響は、テンションがぐるりと変わってハイになって、まんまるな両目をキラキラとさせて、冷めてても美味しそうな具だくさんカレーを眺めていた。

 朱音が作ったのもあって、食欲はより増進されているのが分かって………少し、複雑。

 

 特異災害が終息してほどなく、いくつか設けられた避難所のテントでは炊き出しが行われてたんだけど、料理を作る人手が足りない事態に陥ったらしく、ノイズとの戦いを終えたばかりの朱音が自ら名乗り出て、髪をアップに纏めた制服にエプロン姿で小さな子ども一人がまるまるすっぽり入りそうな大鍋でカレーライスを作り、避難してきた人たちと、人名救助に勤しんでいた自衛隊の人たちに振る舞っていた。

 朱音の料理スキルがいかんなく発揮されたカレーは大評判で、また災害に晒された人たちの心をほぐし、温めてくれていた。

 

 でも―――あれには驚かされたよね。

 ノイズが現れる度に、小さなリサイタルを開いて持前の歌声を振る舞っているとは聞いていたけど、まさか朱音があそこまで、彼女曰く〝戦友〟とのことらしい自衛隊の隊員さんたちから、アイドル並の人気があったなんて。

 芸能人も真っ青な美人だし、屈託なくて気さくで表情も包容力も豊かなお姉さんな人柄を持つ一面もあるから、虜(ファン)になっちゃうのは、分かる気は一応……するんだけど。

 

〝まだまだたっぷりありますよ、おかわりをご希望の方はいますか?〟

〝おかわりご希望します!〟

〝こら津山! 抜け駆けすんじゃねえよ、俺もっす〟

〝俺にも!〟

〝俺もください!〟

〝おかわり〟〝おかわり〟〝おかわり〟〝おかわり〟〝おかわり〟〝おわかり〟

 

 と、朱音が一声呼びかければほとんど一斉に、皿を持った腕をピーンと伸ばし差し出しておかわりを求め、今でも地上波でちょくちょく放送されてる空に浮かぶお城を巡る冒険活劇な映画のワンシーンにそっくりな光景ができていた。

 

〝OK(オ~ケィ)、じゃあ順番はちゃんと守って下さいね〟

 

 その時の朱音は圧倒されるどころか、極めて涼しい笑顔(ひょうじょう)で応対していて、私はつい、そんな友達に〝お母さん〟ってイメージを浮かべてしまった………結構大人びた容姿にコンプレックスがあるのを知っているので、内に秘めておこう。

 さっきまで、真剣かつ沈着で必死に、凛々しい顔つきで救助活動を行っていた姿をまじまじと見ていたので、中学生男子ばりに鼻の下を伸ばしておかわりを願い出るその落差にちょっと苦笑いしちゃったけど、私も勢いで普通盛りを三杯分食べちゃうくらい、美味しかったのは、隊員の皆さんと同感だった。

 

「ほら、口から涎が零れてるよ、だらしない」

「あ、ああ~~」

「もう、腕で拭こうとしちゃダメだってば、私のポケットティッシュ使って」

「あはは、ごめんね未来」

 

 はしたなくもだらしないのは否めなかったので、手で後ろ髪を掻いてあははと笑い返す響に、懐から取り出したポケットティッシュで口元の涎を吹かせてあげる。

 

「いっただきま~す♪」

 

 これで心おきなくとばかりに、響は朱音お手製カレーを食べ始めた。

 ガツガツって擬音がぴったりな、カレーは飲み物って言葉をイメージするほど流し込む感じで、勢いたっぷりに。

 

「響、そんなに慌てて食べたら――」

 

 嫌な予感がして注意してみたら、的中。

 響の食べる勢いに、響の身体は着いて行けず、案の定、むせてしまった。

 一度口に入れてしまったものを吐き出す事態、にはならなかったけど、今までほとんど風邪をひいたことのない響の喉は、盛大に咳を吐き出していた。

 

「水もってきたら、ゆっくり飲んで」

「あ、ありがと未来」

 

 近くに置いてあった給水器から紙コップに水を注ぎ、咳は止まったけど息を荒らしている響にそっと渡す。受け取った響は、言われた通りにしょぼしょぼと少しずつ水を飲む。

 

〝未来ゥゥゥゥゥーーーーーーッ!〟

 

 あの時の―――最速の最短の一直線な勢いで助けに来てくれた、あの勇ましい姿と全くの正反対。

 ほんと………響ってば、日常(ふだん)だと本当に世話が焼けるし、焼かせるんだから。

 割と、いや〝割と〟を以上よりも遥か凌ぐ度合いに響って………〝小学生の男の子〟なところ、あるんだよね。

 いつの間にか、いつも通りおっちょこちょいあわてん坊で、何かと世話がかかる男子っっぽいところがたくさんある親友の世話を、私は焼いていた。

 けれど、この〝いつもの〟に、昨日まで響を拒絶しかけていた心の中が和らいで、穏やかな感じを心地良いと思っている自分がいる。

 響がこうして見せてくれている〝いつもの〟も、響って一人の人間のほんの一側面(ひとかけら)だってことは、分かっているし、今の私は、ちゃんと受け止められている。

 だから、かな?

 響の、シンフォギアを纏う戦士――装者としての一面(かお)を知る前よりも、響との〝いつもの〟を、より尊く、より喜ばしく、感じている気がした。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

 

 一時はむせるほどの勢いで朱音お手製のカレーを食していた響は、食べ始めとは一変し、しめやかな様子で合いの手をして、食事の締めのあいさつをし。

 

「未来」

 

 親友である未来に、真剣な眼差しを向けて。

 

「何?」

「話が……未来にちゃんと伝えておきたいことが、あるんだ」

 

 友に伝えなければならない旨(おもい)の、第一歩を、踏み出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 テントの外は、すっかり夕暮れとなっていた。

 暁の色合いとなり、東京湾の海面に隣り合う公園の歩道を、響と未来の二人は、歩んでいた。

 響は先に進み、未来は友の背中を見つめる形で。

 未来にとって、親友のその優しい〝背中〟は、特別な存在。

 けど一時期、装者としての響を知る少し前の頃の彼女にとって、その後ろ姿は〝恐れ〟を抱かせ、直視し難いものとなっていた。

 今でこそ、杞憂だったと言えるが、そこに行き着くまでは、どんどん、自分の手が届かない遠くまで………自分から離れて行ってしまう――自分の知る〝立花響〟でなくなってしまうそうな………不安に襲われてさえいた。

 ほんのちょっと前までの、自分の心の内を思い返して歩きながら、夕空を、街を、海原を眺めていた未来は――

 

「あっ……」

 

 ――向こう岸にいる、人影を見つける。

 遠間からでもはっきり目にできる銀色の髪をした、少女。

 

〝クリっ……ス?〟

 

 間違いなく、その少女は、今朝行き倒れているところを未来が助け、出会った雪音クリスであり、そちらから彼女はこちらを見つめていた。

 だが、未来が存在に気づいた途端クリスは、ばつの悪そうに、逃げるように、その場から走り去っていく。

 

〝クリス!〟

 

 未来は思わず、腕を伸ばして、その手から〝待って〟と発したが、両者の間を、海と言う彼方が隔てているが為に、その想いは対岸の少女に届くことなく、宙を舞った。

 

〝でもよかった……無事で〟

 

 それでも、クリスが、友達になりたいと未来(じぶん)より伝えた少女が、生きていてくれている。

 未来にとって、今はそれだけで十分で、胸に手を当て、その内側に抱えていた懸念の気持ちが安堵で押し上げられて、口から息とともにこぼれ落ちた。

 

「未来」

「え?」

 

 最中、自分の名を呼ぶ響の声がして、目線を移す。

 気がつけば、二人とも足を歩ませるのを止めていて、響は海と陸の境界線(てすり)に手を掛け、あどけなさの残る丸みある瞳を、夕焼けに塗られた東京湾の海面を、眺めていた。

 海から吹く風は、二人の髪をゆらりとなびかせる。

 

「なんて言うか………ほんと………前から何回も言っちゃってる気がするけど」

 

 海へ、普段の彼女からは想像し難い静粛とした眼差しを向けたまま、響は唇を開き、打ち明け始める。

 

「色々と………本当に、ごめん」

 

 友からの謝意で、今までの拒絶してしまった自分が思い出されて、未来の胸(こころ)が、ずしりと響いて疼く。

 

「私……どこか未来に、甘えてたんだ……私にとっての〝陽だまり〟な未来なら、私がシンフォギアで人助けしてるのを知っても、分かってくれるって、応援してくれるって、虫の良いこと思ってた………本当にその時が来たら、未来がどんな気持ちになるか………ろくに考えもしなかったくせに」

 

〝そんなことない! 響は何も――〟

 

 未来の胸の中で、浮かんだ言葉が喉を通り、舌に乗って口より発せられそうになった。

 

〝ダメだ……今は……〟

 

 一歩手前の直前で、彼女は唇を固く締めて、流れ出ないように踏ん張った。

 

〝なら………もっと堂々としなさいよ!〟

 

〝これ以上………響の友達じゃいられない〟

 

 あの時や、あの時と同じように、友の境遇を嘆くこの〝痛み〟に流されるがまま、ここでまた響の言葉を遮って、言葉の濁流を流し出してしまえば………また自分たちは自分の想いに反して、お互いを不用意に傷つけ合ってしまう。

 こんな過ちをまた繰り返したら、永遠に自分たちはすれ違ってしまうかもしれない。

 今はそっと――そしてちゃんと、親友の言葉に耳をすませ、傾けるんだと、未来は自身に言い聞かせた。

 どう応えるかか、聞き終えてからでも遅くはない。

 

「それどころか………上手く、言葉にできないんだけど………思い上がってたんだ、私」

 

 眼差しを、海原から夕空へと、響は見上げ移し。

 

「シンフォギアがあれば、それを手にした自分なら、人助けができるって、誰かの助けになれるって…………でも……本当の人助けは―――一人じゃ、一人だけの力だけじゃ、できないんだって」

 

 自身が行き着いた〝境地〟を、言葉にする。

 

「助ける方だって一生懸命だけど、助けられる誰かだって一生懸命で、一緒に助け合う〝気持ち〟があって、助けられるんだって、朱音ちゃんは、それを知ってるから皆に歌を届け続けてるし………翼さんだって、その助け合いがあるから使命を全うできるんだって気づけたと思うし………そして奏さんも、助けたい人たちに〝諦めるな〟って、歌で叫び続けてた………なのに私は、さっきの未来が頑張るところを見て………やっと分かったんだ………今まで未来から〝お節介〟だって言われる度(たんび)に、人助けだ、私の趣味なんだって………言っておいてね」

 

 

 苦笑も交えた、いつもの日常で見るのとはまた違う、粛々とした笑みを響は未来に向ける。

 

「な~んて、言ってみたけど、ここまでずっ~と、朱音ちゃんにも翼さんにも、奏さんからも、そして未来からも、助けられっぱなしの、まだまだのひよっこだよ」

「響………」

 

 受けた未来はこそばゆい気持ちになる………助けてもらったと言う存在の中に、自分もいたことを。

 多分、さっきの囮役を買って出た時のことだろう。

 その時の未来は、恐怖に屈服されそうになりながらも、己も誰も彼もの命も諦めたくなくて、無我夢中で起こした行動でもあったからだ。

 

「でもね………未来」

 

 手すりに掛けていた手を離し、響は正面から未来を見据える形で向き合い、風景に当てていた眼差しを一度閉じるのと経て――

 

「やっぱり、私―――〝人助け〟が、したいんだ」

 

 ――開かせると、友の瞳と真っ直ぐに合わせあい。

 

「もしかしたら、あの日に生き残って、誰かを傷つけた自分への負い目もあるかもしれないし、ただ見てるだけだった自分のままでいるのが嫌って気持ちも、あるかもしれない………ようは、後ろめたさも入った〝ワガママ〟かもしれない、それでも………」

 

 改めて、日々〝陽だまり〟だと称してきた、幼馴染の親友に。

 

「それでも――助けを求めてる人たちがいるなら、一秒でも早く、最速の最短に、真っ直ぐの一直線に、駆けつけて、救い出したいんだ―――みんなから受け取ってきた想いも籠った………なのより私自身の、意志(きもち)で」

 

 己が胸の奥の心に宿る、強き自身の想いを、告げ切った。

 受け取った未来は、暫く黙して、親友の言葉を、噛みしめる。

 

「み、未来」

 

 以前のように取り乱してしまったり、涙を流すこともなく黙したままの未来の様子を響が気になり始めた頃に、未来は。

 

「じゃあ」

 

 まず、一言。

 続いて一歩、二歩、三歩と、響に歩み寄り。

 

「私は、私なりに響を助けられるように、その響の意志(ワガママ)を応援する」

 

 両手で、響の〝左手〟を、小さな子どもに抱擁するように優しく掴み取ると。

 

「だから―――〝諦めない〟でね、みんなもだけど、響自身も」

「え?」

 

 親友の口から返されてきた言葉に、響はぱちぱちっと、きょとんとした瞳を瞬かせた。

 

「みんなの為に、がむさらの一生懸命に頑張れる響が大好きだからこそ、響には、自分の為でも頑張れるように、なってほしいから」

「う、うん」

 

 未来は、響の手を掴んだまま、〝陽だまり〟の如き、満面の笑顔を、届けるのであった。

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 夕暮れでの、未来と響とのやり取りから、さらに少し経っての、黄昏時にて。

 

 園内の野外イベント用ステージ上にて。

 傍らにスピーカー、その手にマイクを携え、ライトに照らされた朱音と翼の二人。

 今を生きている人達へ向けた歌は、これまでは朱音一人による独奏であったが、今回は『初心に立ち返りたい』と言う翼からの希望もあり、二重奏(デュエット)となった。

 自衛官たちや子どもたちも含む民間人ら、そして響に未来ら観客による期待の固唾が呑まれる中、プレーヤーと繋がったスピーカーから、ジャズテイストなトランペットを主軸とした出だしから、エッジの利いたギターサウンドがメインな前奏が流れ始め。

 

〝~~~♪〟

 

 二人の歌姫による、簡素なステージをものともしない、歌声が奏でられていく。

 即席ライブの一曲目は、気持ちのいい風が吹く都会にぴったりな、風の都を守りし探偵にして、二人で一人の仮面のヒーローの、主題歌。

 ラップを利かせたノリのいい伴奏(メロディ)に乗ってシンフォニーを生み出す彼女らの歌声は、文字通り、観客を熱狂させていった。

 

 

つづく。

 




特殊EDのつもりなおまけパートで朱音と翼が歌っているのは、勿論、続編漫画でファンを絶賛ゾクゾクさせている二人で一人な探偵たちのです。

追記:朱音の人物紹介欄に、ausuさん作の朱音のイラストが載ってます。
今後朱音はこのデザインで行きますが、引き続きイラストは募集しております。


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#41 - 心は月の如く

本編最新話でございます。

一万字以上使って今回の大半が古びたマンションの一室と言う舞台劇なみの人の少なさです。

今回も朱音って歌っておりますが、適合者なら無印の時期何歌ってんだ!?と驚かれること請け合い。
でもあの歌、次の五期かXDUのセレナイベントでまたクローズアップしてほしいんですけどね。


 雨に喩えれば、大嵐にも等しかった、律唱市内で発生した大規模特異災害より、数日後。

 

 関東は梅雨入りの季節となり、その一角たる律唱市の空もまた、今日も広く厚い曇天が流れ、多くの雨粒を地上に降らせていた。

 今は老朽化が進んで廃屋となり、汚れや染みが陰湿さと不気味さを演出させている、今年中には取り壊しを予定している、昭和の高度経済成長期に建てられた十二階建ての市内のマンション。

 誰も近寄らない、色褪せて朽ちていく運命の廃屋に、足を踏み入れる者が一人いた。

 天候上当然だが、右手に差した傘を持ち、左手にはランチトートをぶら下げているその者は、周囲に人がいないことを確認すると、傘を閉じながら建物の入口に入る。

 雨天とは言え昼間にも拘わらず薄暗い内部を通り、階段の前に立つと、腕に付けている腕時計型から立体モニターを表示させ、幾つか操作すると、端末から青味がかったライトが点いた。

 光を床に当てると、それまで見えていなかった、まだできて新しい〝足跡〟が炙り出される。

 再び立体モニターが表示され、画面内では予め記録されていた足跡のデータと照合し、高い確率で同一のものだと端末は結論付けた。

 

「当たりか……」

 

 進入者はそう呟くと、階段を登り始めた。

 甲高い足音が、広いとは言えない階段内に反響する。

 

〝~~~♪〟

 

 進入者は、足音と、窓を通じて流れてくる雨音を伴奏にして、傍からはいきなり、歌い始めた。

 唐突に見えてしまうが、唄う当人からすれば、自らの周りが奏でる〝音楽〟から、自然と、この〝歌〟だと浮かんできたのだ。

 曲名は――《apple》。

 東ヨーロッパのある国の一地方に伝わると言う、童歌(わらべうた)。

 シンプルかつ、もの柔らかでしっとりとした曲調(メロディ)は、確かにこの環境(ねいろ)とマッチしていた。

 歌唱を続けて、踊り場ごとに、床へ青色のライトを照らし、足跡(そくせき)を辿って登っていく。

 この廃屋に隠れ潜んでいる、ある人物へと。

 

 

 

 あの日にて朱音たちに助けられた雪音クリスは、弦十郎に保護されかけながらも、差し伸べられたその〝手〟を振り払い、ギアを纏って逃走した。

 それから幾日過ぎた今、隠れ蓑に選んだ、長年人の暮らす住まいとして機能されていないが為に、床も壁も天井も埃や汚れが溜め切ったマンションの一室の片隅にて、部屋に残っていた毛布を巻き付けた小山座りで彼女は、声と息と気配をも可能な限りのぎりぎりまで殺して、誰にも見つけられぬよう、じっと世界から潜んでいた。

 傍らには、タオルにコンビニやスーパーで販売されている弁当の空のトレーやペッドボトル、紙袋にポリ袋が散乱し、彼女がここ数日送り続ける不衛生で不健康な根無し草の生活を語り、雨風を凌げる屋根すら慰みにもなっていない

 しばらく窓の外の曇り空を眺めて、体感が伸びていく一方の時間を潰してはいたが、飽きが来ていた。

 いっそ考えるの一切放棄して、頭の中を空にできたらと願う裏腹。

 

〝パパ! ママ! 離して――ソーニャ!〟

〝ダメよいけないわ!〟

〝ソーニャのせいだっ!〟

 

 クリスの脳内は、そして心の内は、常に無秩序に流れる記憶たちがかき鳴らされ、幾重の雑音が絶えず。

 

(やめてくれ……クソッたれが……)

 

 いくら振り払っても消えず、類まれな美貌を形作る眉間が、歪められる。

 その上、胸の内側では喩えようのない滑りとして不快な圧迫感に苛まれていた。

 

〝もう貴方に用はないわ……〟

 

〝だって私達、同じ人間だよ、人間なんだよッ!〟

 

〝友達に、なりたい………か、かな?〟

 

〝俺は―――君を救い出したいんだ、君より少しばかりの大人としてな〟

〝大人だって………よくもそんな偉そうに抜け抜けと! 余計なこと以外、いつもいつもいつもぉ……何もぉしてくれなかったくせにぃ………何を今更ッ!〟

 

 あの大人――風鳴弦十郎へ、瞳に涙を溜め込んで激情をぶつけてしまった瞬間までも流れ、叫びたくなる衝動が沸き上がる直前、クリスの意識は、聴覚が捉えたドアが開く音で、我に返れた。

 即座、身をまくっていた毛布から飛び出し、拳を強握り込み、全身も力ませて、突然の訪問者(しんにゅうしゃ)を待ち構える。

 このマンションを管理している立場の人間か、それとも………どちらにしても、クリスにとって誰であろうとここに自分がいることを知られたくはなかった。

 ゆっくり、近づいてくる、木の床が軋んで鳴る足音。

 

「ッ!」

 

 意を決し、クリスは勢い任せに踏み出すと、右の拳からの先手を打とうとした―――が、次の瞬間、彼女の天地(しかい)がひっくり返り、床に叩き付けられた。

 

「いて……」

 

 何が起きたのか全く理解できず、背中に走る痛みに呻く中。

 

「手荒いお出迎え痛み入る、雪音クリス」

 

 覚えのある凛とした声色で、ジョークとセットにクリスの名を呼ぶ聞こえ、呻きで閉じていた瞳を開けてみた。

 薄暗く汚れた部屋の中で、光り射す――翡翠(ひとみ)。

 上下逆さになった視界に映ったのは、右手の掌の上にランチポートを乗せて彼女を見下ろす格好にして、リディアン高等科中間期制服姿な風体の、草凪朱音の立ち姿であった。

 

 

 

 

 

 

 荒めの歓迎を受けることは、隠れ家を見つける前から、予め把握していた。

 実際扉を開けると、前に尾行された時と同じ、邪気はないが〝刺々しく張り詰めた〟気配を感じ取る。

 近づいてきたところを、不意打ちする魂胆だと、こちらからは筒抜けだった。

 かと言って、それを待ち構える彼女に伝えてこちらの正体を明かすと、窓を突き破ってギアを纏い、逃げようとするかもしれない。

 こちらは国家機密秘匿のハンデで、特異災害かそれに相当する事態が起き、特機部及び自衛隊の方々らのフォローがないと、下手に〝変身〟できず、もし強硬手段で逃走された場合、飛んで追いかけることはできない。

 向こうが潜んでいるのを活用して、私は正体不明の侵入者のまま、踏む度にみしみしと音を立てる部屋の廊下を進んで行く。

 実戦と訓練でより鍛えられた感覚が、相手の敵意が膨れ上がるのを読み取った。

 柔軟なこと水の如し、な身体が反射的に反応、トートバックを天井に投げ、突き出された雪音クリスの拳を躱し、腕を片手で軽く掴んで、入り過ぎた余計な力を利用(コントロール)し、さらりと彼女を放り投げた。

 一旦宙を舞って、ヒラリと落ちて来たトートバックを、右手の掌でキャッチ、中身の品質は、ノープログレムだ。

 

 

 

 

 

「お前……」

 

 私の姿と私からのジョークで、寝そべられた雪音クリスはようやく正体が私であることに気づくと、直ぐに立ち上がり直して、臨戦態勢の構えを取る。

 獣に喩えるなら、今にも襲いかからんと歯をむき出しにして威嚇してくる相手に対して、一応私はいつでも応戦できるよう気は抜かさず心掛けつつも、フラットな姿勢をキープする。

 はっきり言ってクリスは、バルベルデの凄惨な戦場(ないせん)を生き抜いてこそきたものの、装者になり立ての頃の響とまた違った〝素人〟だった。

 イチイバルにネフシュタンら聖遺物を十全に扱い、精神面がズタボロで天羽々斬の本来の用途を無視した戦い方をしていた頃とは言え、あの翼と一時は互角以上に戦えていたところから見て、戦闘センス自体はとても高いだろうけど、超常の力に依らない素の戦闘能力は、現状まだまだ粗削りにも満たない、と言い切れる。

 ボクサースタイルらしい、経験者から見たらへっぴりな構え具合から見ても一目瞭然で、せいぜい……喧嘩慣れした不良のレベルだった。

 よっぽど私が油断と慢心し切ってもいない限り、彼女の拳が、一発でも私の肉体にヒットさせることは、極めて難しさそうだな。

 

「どうして、ここが?」

 

 なぜこのマンションを隠れ家にしているのを突き止めたのか?

 相手からしたら当然な質問を私に投げつける。

 

「人探しが得意な知り合いがいる、と言うことにしておいてほしい」

 

 クリス本人にはそう返しておいた一方で、彼女が司令(げんさん)の〝手〟を振り払って逃げ出した後、どう行動するかは、おおよそ見当が付いていた。

 切り捨てられた以上、恐らく二年前の失踪から今まで彼女を庇護していたと思われるフィーネの下に今さら戻れるわけがないし、天涯孤独な身ゆえ当然行くあても無く、地理感もほとんどない筈なのでそう遠くにはいけない。

 一応、二課――つまり国家機関から追われる身であるので、できるだけ人通りの少ない地域、人目につかない場所を選ぶだろう。

 そう見越して私は、二課の皆さん方に律唱市内でクリスに隠れ家として使われそうな建物を幾つか割り出してもらった。

 藤尭さんらの手腕は信頼していたが、まさか一つ目に選んだマンションで、いきなり当たりを引くとは思わなかったけど。

 

「それで……アタシを御用にでも来やがったのか?」

 

 私に攻め込む隙を見つけられず、額に冷や汗を数適流して焦るクリスは、私に悟られまいと強がり、現れた理由を訊ねてくる。

 

「いや」

 

 私はベランダの窓より先の風景に目を向け、彼女に背中を見せる形で、違うと答えた。

 

「今そんなことをすれば……貴方を〝見殺し〟にするか、もしくは殺戮の引き金を引かせてしまう」

「は……はぁ?」

「薄々感づいている筈だ、あれはフィーネからの引導だけではなく、生き延びた貴方への、口封じの〝警告〟でもあったと」

 

 ガラスに写る、意味が分からないと表情(かお)で返すクリスに、言葉を付け加える。

 先日の、終わりの名を持つ者がクリスに差し向けた大規模特異災害。

 無論、あれはクリスを殺す為が主な目的でもあったが、同時に、今みたいに生き長らえた彼女への、警告の意味合いも含んでいた。

 下手に二課の面々に口を割れば、フィーネの正体及び暗躍する目的を口走れば、またノイズを野に放ち、殺すと。

 もしかしたら、心神喪失し、自ら命を絶たせるまで追い込む………かもしれない。

 

「嫌な話だが、今律唱市(このまち)の人々は、貴方絡みでフィーネから人質にされているも同然なんだ」

 

 まだこちらの推測の域は出ていないのだけれど、特異災害を制御できるソロモンの杖を持ち、今もクリスが逃亡中でありながら、あれ以来ノイズを一匹も出現させていない奴の意図は、ざっとこんなところだろう。

 心身共々、徹底して痛めつけ、挙句に命をも………こちらの推理が当たっているのなら、本当……全くの、悪辣外道だ。

 

「ちきしょう………」

 

 自嘲の笑みを、彼女は浮かべる。

 私の背中が感じ取っていた、クリスの〝敵意〟が一気に消え失せた。

 ガラスを見れば、構えはとっくに崩れ、壁にもたれかかっていた。

 

「結局………あいつも、女衒(ぜげん)だった………」

 

 女衒とは、要は女性の人身売買を仲介する業者のこと。

 先進国の教育なんてほとんど受けたことのない身のクリスが、なぜその単語を知っているのかはさて置いて、彼女の言葉の声音(つかいよう)を踏まえれば………雪音クリスと言う人間の人格も尊厳も足蹴にして、惨たらしくこき使い、虐げてきた大人(れんちゅう)を指していると、察せられた。

 

「〝屑ども〟の一人……だったってことかよ」

「屑?」

 

 次に零れた言葉に宿る意味と感情(おもい)を、読み取っていた私は、あえてその一つを、〝オウム返し〟をした。

 

「だってそうだろッ!」

 

 広いとは言えない、古びた部屋の片隅で。

 

「平気で傷つけて! 踏みにじって! 貶めて! 挙句無様に殺し合って………アタシが見てきた嫌い〝大人〟は………卑劣で愚劣で残酷で最低のクソッタレな奴らばっかりだった!」

 

 彼女の震える声が、悲痛な叫びが、大きく反響(こだま)する。

 

「〝パパ〟と〝ママ〟も大嫌いだッ! あいつらの歌った歌も大っ嫌いだッ! 難民を助けたいだとか、誰とだって手を取り合えるとか、歌で世界を救うだなんて………とんだおめでたい夢想拗らせて、あんな屑揃いの為に戦地(てっかば)にノコノコ飛び込んで、まんまと奴らにぶっ殺された、アタシを置き去りにしてぇ………めでたく死んじまいやがったァッ!」

 

 自身の何もかも奪った戦争と言う地獄。

 憎き地獄を生み出し続ける、大人たちへの不信、憤怒、憎悪。

 そうでありながら、自分も自身が憎む者たちが生み出す戦火と言う地獄を、生んでしまった罪悪感。

 自らも招く側となってしまった、人が産み落とす、その地獄の世界に、幼き自分を連れて来て、死別と言う形で置いていってしまった両親への愛憎。

 そして………自分はこの残酷な世界の片隅で――〝ひとりぼっち〟なんだと。

 クリスの内の感情の数々が、粘着質で複雑に、こんがらがっていた。

 鏡面(ガラス)越しに見ていた私でも、はっきり目にできた。

 

「お陰でアタシはぁ………なんで……なのになんでぇ………パパとママはぁ………歌で………」

 

 段々と声に嗚咽が混じり込んで行き、両手で自らの顔を押し付けるように覆い隠したクリスは、立っている力も失い、背中ともたれた壁を擦らせて、その場から崩れ落ちた。

 振り返って、自分の肉眼で直接、心情の濁流に見舞われているクリスを見た……私より一つ歳が上の一六歳の彼女が、一瞬、幼き頃の姿に変わる。

 今見えたのは、幻であっても、見間違いじゃない。

 彼女の中の時の流れは、肉親の命が、彼らの想いごと業火に焼き尽くされた瞬間から、止まったままなのだから。

 次に瞳は………あの頃の〝小さな私〟が、クリスと重ねさせてくる。

 前に未来にも話したが、人は自分が思ってる以上に、面の皮は多く分厚く、一面(じぶん)をたくさん抱えている。

 私の心(なか)の数ある、自分が存在を自覚できている〝自分の一人〟が………どうやら、同調(シンパシー)を抱いているようだ。

 

〝どうして……一緒に連れて行ってくれなかったのッ!〟

 

 現に、かつて祖父(グランパ)に激情をぶつけてしまった記憶が、流れてくる。

 けれど、クリスの方が、悲惨だ。

 

〝朱音………■■■■……〟

 

 愛する人との、別離の言葉を受け取ることすら叶わぬ、死に別れ方をしたのだから。

 

「………」

 

 いけない、まだダメだ。

 なぜ彼女の下に現れたのか、目的を見失うな。

 今はまだ……こらえてくれ、私の中の、私の一人よ。

 相手の、嘆きに暮れる姿呼応して沸き上がる気持ちを宥めて………私は歩み寄る、一歩を踏み出す。

 一人の、小さな女の子の下へと。

 

 

 

 

 

 

 嗚咽に沈んでいく、クリスの隣へ、朱音は奥ゆかしく腰を下ろし。

 スカートからすらりと伸び、足先から紺のハイソックスが履かれた、ハリのある健康的な長い美脚を、小山状にして腰かけた。

 ランチトートのファスナーを開け、中に手を入れると。

 

「食べるか?」

「えぇ?」

 

 取り出した、ラップで丁寧にくるんだおにぎりを、クリスに差し出した。

 咽び泣いていたクリスは、顔に密着させていた両手を離し、朱音の左手の指に掴まれた三角に目を移し、次に横顔を見つめ、目線は二点を行き往きする。

 

「今日は何も、食べていないんだろう? 洩られているか心配なら、毒見もしてあげるが」

 

 ベランダの奥の雨空を見上げたまま、朱音は付け加えた。

 下手に目を合わせると、相手を強がらせてしまうと踏み、敢えてクリスの涙目を見ないでいる。

 

「っ………」

 

 戸惑いつつ、一度手を伸ばすクリスは、引っ込めてしまう。

 だが直後、彼女の腹部から、鈍い空腹の音色(ひめい)が音を建てた。

 朱音の言う通り、今日は全く何も口にしていない。

 結局、目の前に食べ物があるのもあり、お腹の中をがらんどうのままいることに我慢し切れず、背に腹は代えられないのもあり、渋々と差し出された、少々大き目に握られたおにぎりを受け取った。

 

「いっ……いただきます」

 

 ぽつりと食事前のあいさつを口にし、ラップを開いて、海苔が綺麗に巻かれたおにぎりの三角の頂(いただき)を、ぱくっと小動物の如くかぶりついて、食べ始めた。

 

「うっ……」

(美味い………)

 

 思わず、口から声に出しそうになり、一文字目までは出してしまっていた。

 お米の歯ごたえ、塩加減、海苔の磯の香りの加減、そして具の明太子マヨネーズの柔らかな辛味と、組み合わされた味が巧みに混ざり合っており、クリスの舌は正直に〝美味い〟と表現していた。

 いつ以来だろうか? この感覚は。

 バルベルデで人でなしの生活を強いられた頃は、望むべくもなかったし、フィーネの保護下にいた頃は、食事こそブルジョワが食べてそうな凝ったものだったものの、味自体は悪くないと言うのに、クリスの心は余り、〝美味しい〟と感じたことがなかった。

 心から、食べ物を美味しく食べるなど、クリスにとって長年久しく、忘れかけていた感情だった。

 さらには………昔どこかで食べたことのあるような、懐かしささえ混じった感覚さえ押し寄せたが、今はその正体より、食欲の方が遥かに勝り、旨味はそんな欲求を増進させ、無我夢中であっと言う間に平らげてしまった。

 口周りは、すっかりご飯粒らがこびり付き、それを指で取っては口に入れ直していた。

 

「まだいくつか作ってきたから、遠慮しないで食べていい」

 

 思わず手をランチトートの中へと伸ばしかけたが、寸前に止まる。

 満腹とまで行かずとも、苦痛にまで至る直前だった空腹から脱せられたことで我に返り、戻ってきた理性がストップを掛けたのだ。

 困惑な気持ちと、一緒に。

 

「あとそれから――」

 

 戸惑うクリスをよそに朱音は、ほどよい雨音に似た静穏な声音による中性的口調で、窓の景色へ翡翠の瞳を向けたまま、制服の内ポケットに手を入れ、取り出したものをランチトートの傍らに置く。

 朱音の左腕に付けているのと同じ、二課支給の腕時計型携帯端末であった。

 

「最新鋭のスマートウォッチ、通信は勿論、財布としても使える上、私のポケットマネーが振り込んである、半年はホテル住まいできる額だ―――」

 

 端末の主な機能を説明する朱音に対して、彼女に何かを言おうとしている様子なクリスだが、惑いと躊躇で口籠るばかりで、だんまりを意図せず決め込む中。

 

「――なのは置いておいて、聞ける範囲であれば聞いてあげる、喉の〝詰め物〟は早いところ出して上げた方がいい、でないとお腹が空いてても入らないからな」

 

 だんまりとなった状態のクリスに、こう言葉を加えた。

 

(んなこと言われたら………言うしかねえじゃねえかよ)

 

 相手よりこう言われて、それでも黙ったまま無視を貫いていられるような性質ではなかったクリスは。

 

「まさか……アタシに飯と小遣いを寄越す為に、わざわざ一人で来たってのか?」

 

 渋々、眼差しを相手の凛々しい美貌な横顔へ向け、気になっていたことの一つを、質問にして投げ返した。

 

「その通りさ」

 

 左脚を伸ばし、右腕を右膝の小山に乗せた体勢の朱音は、即座に肯定を示し、瞳を閉じた。

 耳をすまして、まるで宙に流れる音色へと聞き入るように。

 

「わ、分かんね……」

 

 クリスは自分の目を、朱音の横顔から薄汚れた畳上へと逸らし。

 自らの偽らざる、実際に鉄火場(いくさば)で相対する瞬間まで、最も見えたくはなかった存在であった、草凪朱音への〝気持ち〟の一端を、打ち明けた。

 

「正直………てんでわけ分かんねぇんだよ………………」

 

 今のクリスの、隣に腰かける歳では一つ下の少女への〝印象〟は、今発したこの言葉に集約されている。

 

 鮮烈が過ぎるほど、クリスの脳裏にはくっきりと深く、刻まれている。

 実際にこの目で見た、戦場に立つギアを纏った姿と、一瞬脳裏に浮かんだ………ガメラの姿。

 実際に戦い合った際に見せつけられた、あの射貫かんとする、厳つく鋭利で剛毅な翡翠色の瞳(まなこ)。

 世界を蝕む災いを断ち、滅する、怒れる鬼神としか言いようのない覇気で満ち、再災厄に奪われようとしている命を、守り抜かんとする強靭な意志を宿す眼光。

 全く真逆の意志を併せ持つ、守護者。

 

 記憶となって頭に残るあの姿を、思い出せば思い出すほど、クリスの中で疑念の靄が掛かってくる。

 フィーネに切り捨てられるまでのクリスは、まさしく、彼女を鬼神とさせる〝災い〟以外の何者でもなかった。

 求める願いと裏腹に、クリスが心から憎悪する、悲惨な争いを生む火種を無作為にまき散らす悪虐の化身であり、草凪朱音――ガメラの〝敵〟となる身となっていた。

 灼熱の拳を叩きこまれ、銃口を突きつけられ、完膚無きに叩き潰されるのがお似合いの罪人(つみびと)だ。

 なのに………どうして、特異災害による争いを生んだ元凶である自分を、みすみす助けたのか?

 

〝私達は一人でも多くの命を助ける、貴方も――その一人だ〟

 

 たくさんの命を危険に陥れ、失わせてしまった自分を、災厄から守るべき〝命〟の一つだと、言ったのか?

 

 クリスが自らの歌で目覚めさせたソロモンの杖で、特異災害が引き起こされる度に、人々に歌を披露する朱音の歌い手としての姿を、遠くから密かに見ていた記憶までも流れる。

 

 何よりもなぜ、草凪朱音はあんなにも真っ直ぐで眩しく歌い、どこかで覚えのあるその歌声はあんなにも、クリスの心に波紋を起こし、揺さぶらせてくるのか?

 

 控えめな言い方ならば、掴みどころのない。

 極端な言い方ならば、人となりが、全く理解し難い。

 今までクリスが他人に抱いた主なる感情は、好意か、徹底的な拒絶。

 ゆえに朱音へのこの〝分からない〟は、経験のない、未知なるものも同然だった。

 

「お前って………人間(やつ)が……」

「そうか」

「へぇ?」

 

 畳に向いた目を向き直し、普段より大きく開かれた目を、ぱちぱちさせる。

 未知なる他者(あいて)から、返された短すぎる単語一つに、クリスは当惑した。

 

「〝そうか〟って………それだけかよ」

「と言われても、貴方から見た〝私〟がそう見えるんだろう? むしろどんな返答が来ると思っていたんだ?」

「それは……」

 

(つーかっ………なんで悠長にこいつとお喋りしてんだよアタシは……)

 

 今度は自分自身に戸惑うクリス。

 今やフィーネからも追われる身となったとは言え、隣にいる相手とも、立場上は敵対していた。

 その相手が自分を捕える気がなくとも、隠れ家が見つけられてしまったのだから、とっとと逃げ出すべきなのに。

 いざ逃げようにも、聖詠を唱える間に、生身でも強い彼女に組み伏せられてしまうのが落ちでもあるが、それを踏まえても………自分でも不思議なくらい、逃げる気になれなかった。

 むしろ、さっきまでの一人でいる時より、張り詰めていた体が、すっかり和らいで落ち着いてしまっている。

 

(どうなっちまってんだ……)

 

「分からないのは無理ないさ」

 

 惑ってばかりのクリスに。

 

「だって人間(ひと)ほど、わけの分からない生命(いきもの)は、いないからな」

「はぁ?」

 

 クリスからは、それに拍車をかける言葉を、朱音は齎してきた。

 

「どう意味だよ……それ?」

「言葉通りの意味」

 

 当然ながら疑問を投げたクリスに対し、目を閉じたまま、朱音は言葉を繋げていく。

 

「肉体はひよっちいのに、知性と感情とエゴだけはやたら大きくて、なのに長い年月が経っても未だに持て余してて、変化と多様性に富んだ生態系の枝葉から生まれたのに、しばしばその変わり様と多様さを恐れるわ詰るわ否定するわで、貴方の憎む醜い争いで血を流し続ける歪と矛盾だらけで謎だらけの生態の主な困ったさんの集まり、よく性善とか性悪、光と闇(day and night)とか、白黒つけるとか神の子とか言うけど、結局こういう理屈たちは私達のわけわかんなさの裏返しだ、こんな生き物たちだから、その心(ひととなり)を読み解こうなんて難しいさ、そうだな………それらしい喩えを上げるなら」

 

 一転、翡翠の瞳を露わにすると、双眸を顔ごと見上げさせた。

 目線を追うクリスだが、その先は一見、壁と天井のつなぎ目。

 

「月……月を地上から見ること」

「つき?」

 

 しかし朱音が見ているのは、その遥か向こうの空の外の星で、クリスの口は思わず相手の比喩に鸚鵡返しをした。

 

「地上(ここ)から見える月なんて、それこそほんの一部、裏側なんて見たくても見えない、表面だってたくさんのクレーターでしかないのに、見る人の気分と心象によって〝女性〟にも〝蟹〟にも〝兎〟にも見えてしまう」

 

 太陽光と雨雲と建物によって隠されている月代を、朱音は見つめ続ける。

 クリスは無自覚に、詩的な響きで紡ぐ澄んだ朱音の声に、聞き耳を立てていた。

 

「まあもっとコンパクトな言い方を使って本質の欠片を表現するなら……〝chaos〟……〝混沌〟だな、暗黙のルールで成り立っているこの地球(ほし)の生態系からの産児でもあったのに、わざわざ法やら罰やらを具体的に文面化して民族性とか宗教などを付け加えないと秩序を作るにも苦労する、そういう混沌さとわけ分かんなさが特に溢れてる、それこそバルバルデのような国にいる人々を相手にしていたにしては………貴方の両親は、少々甘ちゃんが過ぎていたのかもしれない」

 

 が、自身の父と母の言及をされて、突然胸の中でざわめきが走り。

 

「言ってくれるじゃねえかよ………」

 

 朱音を見ていた目を、背けさせた。

 

(なんでだよ………こいつの言うことはその通りじゃないか……なのになんで、こんなもやるんだ……)

 

 被戦地で難民救済。

 歌で世界を救う。

 クリス曰く〝夢想拗らせた挙句死んだ〟自分の両親に関する、朱音の厳しい言葉と、彼女の語る〝人間像〟には頷かされるものばかりな……筈なのに、特に親絡みで、その心は喩え難い〝もやもや〟が渦巻いていた。

 

「だからこそ、私、忘れない様心がけている、クリス」

 

 するとクリスを、ファーストネームのみで呼びかける、朱音の声が聞こえた。

 今となっては憎くもある、父と母から貰った名前を呼ばれたクリスは、振り向く。

 翡翠色の眼と、合った。

 こうしてちゃんと、自分と他人との、お互いの瞳を正面から合わせあうのは、クリスにとって、長く久しいものであった。

 

「人間(ひと)の見えにくい心を、たとえ少しでも―――〝人を見ようとする、知ろうとする努力〟を忘れてはいけない、世界を変えたいのなら、今を生きている全ての人々でできている一人一人を知る、その一人一人を変えたければ―――まず〝自分自身〟も知ってあげて、変えてあげることだ」

「…………」

 

 朱音の眼差しに乗って流れるその言葉の数々が、クリスの瞳を通じて、頑なな心に、染み入っていく。

 

「なんてね、長話はこの辺にしておくわ」

 

 そうして朱音は、普段の中性的口調から時折出てくる女性言葉を口にして立ち上がり、その場から立ち去ろうとしたが。

 

「あ………まだ言ってなかったな」

 

 二歩ほど進むと、また立ち止まり。

 

「友達を助けてくれて、ありがとう」

「え?」

「おい……」

 

 友達――未来の危機を影から救ってくれた礼を述べて、今度こそ静かに、クリスの隠れ家となっているこの部屋を、後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残されて、また部屋の中一人きりとなったクリスは、朱音が置いて行ったランチトートの中を見てみた。

 そこには、ラップでくるんだおにぎりもう二点と、パック飲料、そしてフードパックに盛られた〝お好み焼き〟が入っていた。

 根無し草の生活でも艶を失っていない綺麗な銀色の後ろ髪を指で掻いたクリスは、しょうがねえなと言った調子で取り出すと、膝の上で蓋を開け、付属していたプラスチックのフォークで、食べ始めた。

 一口、二口、三口。

 少しずつ食して、味わっていくごとに、彼女の涙腺が刺激され、目じりから涙が零れ始めた。

 

(なんで………ぬるいのに………あったけえんだよ)

 

 頬に雫が流れ、鼻をすすらせつつも、朱音が作ったおにぎりと、お好み焼きを、最後まで食べ続けていった。

 

つづく。

 




原作ではこの場面弦さんなのに朱音になってる本作ですが、やはり最後の一押しは弦さんにちゃんと担ってもらいますので。


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#42 - 本部の片隅にて

無印9話の本部で場面が元の最新話です。

なんか公式本編での翼さんの防人度が上がれば上がる程、逆に女の子な翼さんを描きたくなる法則ができつつある(汗


 朱音が、雪音クリスと密かに接触していた同時間帯にて。

 

 

 

 

 

 

 リディアン地下の、二課本部内の回廊を、一仕事終えて一時の休息の為に戻ってきたばかりの私は、マネージャーモードの証たる眼鏡を掛けた緒川さんと歩いている。

 ここ数日は、めっきりノイズが現れぬ日が続いているが、油断はできない。

 私の防人としての信条、昔奏から教わった言葉の一つを使うならばモットーである〝常在戦場〟を忘れず、いつでも非常時に対応できるよう心掛けている。

 一方で、最近は彼女の影響もあって、羽の休めることも伸ばすことも必要なのだとも思える様になった。

 そう、それこそ、ソファーも備え付けられた自販機の傍らで買ったばかりのコーヒーを飲みながら、耳にイヤホンを当て、横にしたスマートフォンの画面を眺めている休憩中の藤尭さんのような………って、藤尭さん?

 

「お疲れさまです、藤尭さん」

 

 緒川さんが、穏和さを具現化させたが如きソプラノボイスと笑みで挨拶をすると。

 

「緒川さんに翼さんですか、お疲れ様です」

 

 最近のスマートフォンに備えられている機能で、端末から呼びかけられたと知らされた藤尭さんは、付けていたイヤホンを外して挨拶を返した。

 

「何を見ておられたのですか?」

「あっ……それは……ですね」

 

 次に緒川さんの口から出た質問に、藤尭さんはあからさまに狼狽を見せる。

 額にも、焦りの汗が一滴見えた。

 

「仕事柄、昨今の世界情勢も確認しておこうかとネット上のニュースを――」

「「嘘ですね」」

「なっ!?」

 

 見るからにその場でとってつけたのが諸分かりであったので、私と緒川さんは互いの声をきっかり正確に一寸の狂いもなく重ねて、相手の見え透いた嘘をあっさり看破する。

 無論のこと、緒川さんの顔はソプラノボイスの似合ういつもの絵に描いた好青年のスマイルだ。

 

「すみません、ですが世界情勢のニュースを見ていたにしては妙に顔がニヤケていた上に、リズムも取っておられたので」

 

 そう根拠を述べられた緒川さん。

 実は私の根拠は、緒川さんのとは若干異なる。

 こんなこと本人に口にでもしたら傷心ものなので秘めてはいるが、つい最近知った藤尭さんの一面の一つに、ぼやき癖があった。

 普段の彼の勤務態度は至って真面目な方なのだが………一日の勤務時間が伸びて、残業をやらざるを得ず、二二時を過ぎた辺りから、仕事自体はきっちりこなしつつもよくぼやき出すらしい………とは、司令室にて同じオペレーターに携わる同僚の友里さんの談。

 叔父様にもよれば、度合いによっては〝世界で最もツイてないNY市警の不死身の刑事〟くらいにもなるとのこと。

 その話をしていた時の苦虫を噛み潰した様な叔父様と友里さんを思い出す限り、よほどのボヤき具合らしい。

 そんなお方が、休憩中にも職務と関連する事柄に関わっているとは思えない――と踏まえて、緒川さんと同じ結論に至ったのだ。

 

「本当は何をご覧に?」

 

 実際はスマートフォンで何を鑑賞していたのか気になる私は、思い切って訊ねてみた。

 すると、妙に新鮮な感覚を覚えた。

 ああ………考えてみれば、藤尭さん含めた二課の方々に、こちらから話しかける経験など、今までなかったのだ。

 

「こ………これです」

 

 観念したのか、あっさり画面をこちらに見せてくる。

 表示されていたのは、端末に組み込まれている音楽再生プレーヤーのアプリソフトで、私たちはイヤホンを耳に近づけると―――朱音と、私の歌声が聞こえてきた。

 言うまでもなく、この前の大規模特異災害後に、私からの希望で、朱音と二人によるデュエットで避難民の人々に歌った時のものだ。

 録音されていた事実自体は、存じている。

 朱音に、災いから生き延びた人々へ送る歌をともに歌いたいと願い出た時、その朱音から記念に歌声を録っても良いかと聞かれ、了承したからだ。

 奏並みにいじわるだが、同時に奏くらい口も義理も堅い朱音なので、プライベートでの鑑賞以外には使わないと分かっていたし、先に無理を言ったのはこちらの方であったし。

 

「朱音ちゃんに頼んで、彼女が録音していたデータを貰ったんです、勿論外部に絶対口外しない約束で」

 

 ただ、朱音の方からの熱望であったとは言え、それを藤尭さんに渡していたとは予想打にしなかった。

 

「おまけにハイレゾ並みにクリアにしてくれと頼まれもしましたけどね」

 

 しかし、ただでは渡さないしたたかさも持っている朱音である。

 彼の高度な情報処理能力とコンピュータ機器の取り扱いに秀でた技量を見越して、整音作業の依頼を交換条件に提示し、これでも歌手(プロ)である私の耳でも鮮明で綺麗にお色直しを施された、私たちの歌声が記録された音声データをちゃっかり手にしているのだから。

 最近精神面にて、他人に目を向けられる余裕が出てきた為か、最近薄々とは思っていたが、改めて先程の朱音の歌声に聞き入っていた藤尭さんの姿を思い返してみて、確信を得て、はっきり捉えた。

 このお方が持っている〝マニア〟の形を。

 朱音が前に、他愛ない雑談の折にて言っていたな。

 

〝人ってのは誰しも、自覚しているにしても無自覚にしても、何かしらのファンでマニアなのさ〟

 

 と……その言葉と碧眼には頷かされたものだ。

 言うまでもなく、叔父様は大のアクション映画ファンであり、米国にて毎年の夏に開かれる文化イベント、コミコンにも関心を寄せ、日本での開催の際には非常時でもない限り多忙の合間を縫って通い続けるマニアである。

 そう言う私も、マニアであると断言できるほどの〝熱狂〟を持ち合わせているファンの身だ。

 

「と言うことは………藤尭さんは、草凪の――」

「いいじゃないですか! いつかの未来のアーティストになるかもしれない女の子の〝ファン〟になったって!」

「悪くはありません、ですがそんなに大声をあげますと僕と翼さん以外にも知られてしまいますよ」

 

 思わず訊いてみると、こちらが言い終える前に両手の拳を握りしめ、顔を赤面させて悲痛の混じった藤尭さんの叫びが静かな回廊内にて轟き、緒川さんがやんわりと宥める。

 彼が一体何のマニアでファンであるかは、あえて明言しないでおこう。

 尚、今この場には緒川さん以外の御仁がおられるので、朱音の呼びは苗字の方である。

 まだ気恥ずかしいと言うか、こそばゆくて、二人でいる時以外に、朱音を朱音と呼ぶ勇気がない。

 

〝すっかり名前で呼び合うくらい、仲がよろしくなりましたね〟

 

 などと立花か櫻井女史辺りにでも言われたら、どんな顔をして答えれば良いのやら………頭を抱えて身を丸くし悶える以外に術がない気がする。

 なので藤尭さんの〝打ち明けられぬ〟気持ちも、理解できていたので。

 

(この辺りで引きましょう)

(そうですね)

 

 私は見上げた目線を緒川さんと合わせ、これ以上の追求は止めておくやり取りを交わし。

 

「どうか、口外はくれぐれもしないで下さいね」

「勿論ですよ」

 

 改めて、藤尭さんに関する守秘の契りを結び、この話題を後腐れなく終わらせた。

 ほどほどに喉も渇いてきたので、眼前の自販機から緑茶を買い、注がれ終えた紙コップを手に取った矢先。

 

「あ、翼さぁ~~ん!」

 

 この回廊中に響く、立花の独特の陽気さが漂う呼び声が聞こえた。

 

「立花……それに小日向もか」

「どうも」

 

 私たちの下へ、立花が、そして彼女に続く形で小日向がこちらに駆け寄ってきた。

 もしや先のやり取りを聞かれたのではと、平静を装いつつも身構える藤尭さんだったが、二人の様子を見る限り、〝未来の歌女となるやもしれぬ少女のファン〟である事実は、彼女らにまで知られずに済んだようだ。

 

「二人は何を?」

「未来に本部(ここ)を案内していたところなんです」

 

 現在、小日向未来は〝外部協力者〟の体で移植登録され、この特機二課の一応の構成員の一人と言うことになっている。

 と言っても装者ではない小日向に二課に関する任が割り当てられているわけではなく、要は〝保護〟ではあるのだが……このような措置を取った理由の一つは、小日向の身の安全の為。

 計らずも、三度(みたび)にも渡り、国家最重要機密たるシンフォギアを用いた戦闘を目撃した上に、彼女の幼馴染にして奏の忘れ形見――体内に聖遺物の欠片を宿す立花と、ある意味でそれ以上に特異なシンフォギア――ガメラの担い手たる朱音とも友好関係にある身の上。

 ゆえに………今私たちに立ちはだかる問題の数々に、巻き込まれてしまう懸念があり、それを見据えた叔父様が手を回したのだ。

 

「改めて、この間はありがとうございました」

 

 深々と頭を下げた小日向は、今は解消に至ったこの前の立花との確執の一件で、礼を述べてきた。

 

「いや、私の方こそ色々至らぬ余り……二人には色々と苦労させてしまった、すまない」

 

 私も、彼女に一礼する。

 二人の関係が、一時破綻の寸前にまで堕ちかけたのは、自ら頑なの檻に閉じこもっていた少し前の自分(おのれ)にも、少なからずの因がある。

 朱音の助力もなければ、離れゆく二人の縁を繋ぎ止められず、埋め合わせすら果たせなかったかもしれない。

 

「この上、不躾を承知の上でだが………」

 

 今の立花は、未熟な面をまだ残してはいても、一人の〝戦士〟だ。

 だが同時に、歪さも抱えた儚い、一人の少女にして人間でもある。

 一歩間違えれば、かつて私が辿った濁流に呑まれ、落ちかけた奈落に落ちてしまうことも、生死の境界である戦場(いくさば)にて立つ身な以上、常に付きまとう。

 無論、そのような破滅など、御免被る。

 

「どうか、立花を支えてやってほしい」

 

 その旨を内に抱きながら、私は小日向に切願した。

 

「………いえ、響は何かと面倒がかかる残念な子なので、今後も色々と迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 

 小日向は、私の言葉の意図をある程度察したらしい様相を一瞬見せつつも、ちょっとした機知を利かせた返しを見せた。

 しかしまあ、さすが幼き頃よりの付き合いか、中々の遠慮のない直球を見せる。

 実際、あの二年前の日の以前より、何かと世話を焼かされていたのだろう。

 

「ふぇ? なに? どういうこと?」

 

 さて、当の立花と言えば、私と小日向のやり取りを理解し切れず、困った様子だ。

 

「響さんを通じて、お二人が意気投合していると言うことですよ」

「な~んかはぐらかされた気もしますけど………まぁいっか」

 

 そこに緒川さんからのオブラートを用いた言い回しと、立花の人柄が上手く作用し合い、ことを穏便に収めてくれた。

 

「あ~らいいわね♪」

 

 そこに、あの屈託とは無縁そうな、良い意味で楽天さのある声を耳にする。

 

「櫻井女史…」

 

 今度は櫻井女史が、この場に入り込んできた。

 

「みんなで仲良くガールズトークかしら♪」

 

 早速女史は、マイペースと表する他ない調子で冗談を投げかけてくる。

 

「どこから突っ込んでいいのか迷いますが……」

「とりあえず俺達の存在を無視しないで下さい……」

 

 男性である緒川さんと藤尭さんは、この場には女性しかいないとでも言いたげな女史の発言に対し、苦言を呈した。

 当然櫻井女史と言うお方は、一つや二つの苦言程度で気に止めるお人ではないし。

 

「了子さんもそう言うの興味があるんですか!?」

「も~~ちのろん、私の恋話百物語をαからΩまで聞いたら、夜眠れなくなるわよぉ~~」

 

 同性同士の話題は、傍らの男性陣らをよそに瞬く間に進んで行く。

 

「まるで怪談みたいですね……」

 

 苦笑する小日向の発言には同感する。

 世に霊の類が実在するとしたら、その一人や二人は寄ってきてしまいそうだ。

 

「了子さんの恋話(こいばな)!? きっと、おっとりメロメロお洒落で大人な銀座の恋の物語ぃ~~!」

 

 人差し指と中指で頭を抱え、溜息が吐かれた。

 おいおい立花よ………お前は〝大人の恋愛〟に対して、一体どういう印象を持っている?

 言っていることの意味が……まるで分からない。頭の中は大量の疑問符が出現し、行き場もなく彷徨う。

 いざ問われでもしたら、私も私で上手くさらさらと答えられる自信は、全く無いが。

 

「そうねぇ……」

 

 櫻井女史は宙へ、過去に想いを馳せていると思われる遠い眼差しを向けた。

 

「もう遠い昔になるわ………こう見えても呆れちゃうくらい一途なんだから……」

「「おおぉ~」」

 

 やはり年頃の女子ゆえなのか、立花も小日向も〝恋愛〟の話題に興味津々な様子を隠さず見せる。

 こういうのを、〝ウキウキ〟と言うのか。

 

「意外でした……」

 

 私はと言えば、うっとりとした表情を赤らめた顔に浮かべて、昔を懐かしんでいるらしい女史のカミングアウトに、驚きを禁じ得ない。

 

「てっきり櫻井女史は、なんと言いますか………聖遺物と、その研究そのものと交際している方だとばかり」

 

 自他ともに認める融通の利かない己の口から、こんな表現が出てくる。

 最近、感性と表現力が豊かな〝友〟ができたとは言え、とっさに機知の含んだ言葉を出せるとは………我ながら変わったものだ。

 悪い気など全くしない。

 むしろ口元が緩むのを良しとする程に、微笑ましくもある。

 

「研究と付き合っているのはあながち間違っていないけどね〝命短し、恋せよ乙女〟とも言うじゃない? それに女の子の恋するパワーって、そぉ~れはもう凄いんだから」

「お、女の子……ですか……」

 

 あ、いけない。

 胸の内に走ったざわめきの形で、直感が断言してくる。

 緒川さんが今ぽつりと零した一言は、龍に喩えれば逆撫でさせる逆鱗………いわゆる――〝地雷〟――であると。

 

〝ばこん!〟

 

「がはぁ!」

 

 その証拠に、緒川さんの額に、櫻井女史の裏拳が叩き込まれ、衝撃で眼鏡が外れて床へと落ちた。

 また驚きの感情が沸く。戦場(いくさば)でないとは言え、まさか緒川さんを、この間も調査の一環でヤクザの事務所一つを一人で壊滅に至らせたあの緒川さんの端整な顔を、赤くさせる一撃を当てるとは………とは言え彼の実力を、この身に沁み込むまでに存じているので、一発程度では案じることはない。

 

「ひでぇ! 何でぇ……俺まで……」

 

 とばっちりで藤尭さんも、女史の拳を一発、顔に貰い受けて尻餅を付いた。

 ただ口にまでは出さずとも、面持ちから踏まえて、緒川さんと同様の心境は抱いていたようだ。

 

「そもそも私が聖遺物の研究を始めたのも―――」

「「うんうんそれで!」」

「悪いけど、な~いしょ♪」

「「えぇ~……」」

 

 何やら軽い調子で女史の転換点(ターニングポイント)が明らかになる、と思いきやのらりと躱されて、強い関心を示していた立花と小日向は物足りなさを覚えていた。

 

「これでも忙しくてね、いつまでも油を売ってはいられないの」

「自分から割り込んできたんじゃないですか……」

 

 はっ! ダメです緒川さん!

 

「ぐわぁ!」

 

 一歩遅かった………二度目の地雷を踏んでしまった緒川さんの腫れたお顔に、櫻井女史のヒールが履かれた足の踵から、キレのある蹴りが見舞われた。

 

「緒川さん!」

 

 さしもの緒川さんでも、一発貰って程なく受けた直撃に、仰向けで倒れ込んでしまった。

 

「大丈夫ですか! しっかりして下さい!」

 

 これには思わず駆け寄って、倒れた彼の身体を揺すらずにはいられなかった。

 

「と~にもかくにも、デキる女の条件の一つは、どれだけ良い恋をしてるかってことなのよ、ガールズたちもいつかどこかでイイ恋、なさいね――んじゃバーイ♪」

 

 そうして締めの言葉を立花たちに伝えた櫻井女史は、背を向けて手を振り、この場から去って行った。

 

「聞きそびれちゃったね……」

「ガードは固いか………だとしてもいつか、絶ッ―対了子さんのロマンスを聞き出してみせる!」

 

 ちょっと待ってくれ立花………その〝ロマンス〟の言葉、本来の意味からはき違えているぞ。

 尤も、かく言う私も、ロマンスの本当の意味合いは、朱音との〝ガールズトーク〟を通じて最近知った身では、あるがな。

 

 

 

 

 

 

 半ば、自分が降りかけた話題を自分から切り上げて翼たちから去った櫻井博士。

 

(らしくないこと、言っちゃったわね………変わったのか……)

 

 先程の高めのテンションからは一変して、どこか屈託を抱えていそうな神妙な顔つきと、先の会話で一時見せた〝遠い眼〟で、本部内の廊下を、独り歩いていた。

 心中に響く声の音色も、低音のものだ。

 

(それとも、変えられたのか……)

 

 

 

 

 

 

 一方、翼たちと言えば、ソファーに腰かけて、自販機で買った各々の飲料を手に一服していた。

 藤尭は休憩時間が終わったので、司令室での職務に戻っている。

 そんな中。

 

「ところで翼さん」

 

 響が翼に訊ねてくる。

 

「何だ?」

「今週末の予定って、どうなっているか気になっていまして、あはは」

「月末のライブも近づいているので、休日を一日割り当ててはいますが」

 

 ついさっきの櫻井博士から受けたダメージから回復し、眼鏡を掛けた〝マネージャーモード〟となって、スケジュール帳を確認している緒川が週末の翼の予定を伝える。

 

「そうなんですか、やったね未来♪」

「うん♪」

 

 それを聞いた響と未来は、嬉しそうに互いの掌をパチッと小気味の良い音でタッチし合った。

 

「〝やったね〟とは……どういう意味だ?」

「せっかくですから翼さん、その日私たちと一緒に――デートしましょ♪」

「はい?」

 

 響から投げかけられた提案(ことば)を、翼は上手く受け取れず、中々の珍妙さを帯びた反応をして、呆気に取られる。

 

「…………」

 

 今、何と言った?

 何と、言われた?

 どういう意味合いで、なんの意図で響が自分に申して来たのか?

 先程の会話で出てきた響の〝大人の恋愛観〟以上の数な大量の疑問符が、一瞬ながら翼の脳内を埋め尽くす。

 そして、どうにか意味を汲み取れるようになった時。

 

「翼さん? どうかしました?」

「いや、なんでもない小日向………少し〝花を摘み〟に行ってくる………話の続きはその後にしてもらえないか?」

「あ、はい……」

 

 翼はその場から立ち、何歩か歩いて進めると、突然回廊内を全力で疾走し出した。

 

「そんなに急いでは危ないですよ!」

 

 緒川が注意を呼びかけるも、駆ける速度を一切緩めず、まるで忍びの如き素早さで、翼は一時、響たちの下から走り去った。

 彼女が用いた〝隠語〟の意味は、各々で察してもらいたい。

 

 

 

 

(デートと言った………確かにデートだと言った………間違いなくあの言葉はデートだった………と言うことは、つまり……)

 

これはまた鮮やかに頬が染め上がった顔のまま、廊下をひた走る翼の瞳は、目の前にて化粧室が設置されていることを示す室名札を捉える。

 女性用化粧室の一歩手前の壁に、また忍びの如く背中を貼り付かせた翼は、残像ができるくらいの速度で首を振り、周囲を厳重に警戒して室内に入った。

 他に利用している女性職員がいないことも確認すると、制服のポケットより自前のスマートフォンを手に取った。

 画面からキーボートのホログラムパネルを現出させ、大慌てで入力する翼だが、焦りの余り、何度も打ち間違える。

 狼狽による指先の震えで、上手く押したい数字を押せずにいたが。

 

「あ……」

 

 そうして、いちいち番号を入力しなくとも、アドレス帳から発信すればいいことに気がつき。

 

(またしても不覚……)

 

 恥ずかしさで顔の熱が上がりつつも、それ以上の焦りで空回らぬようにゆっくりとした操作で、通信先の電話番号を押した。

 

(なぜこう言う時に限って長く感じるのだ………)

 

 呼出音のメロディがやたら長ったらしく聞こえる中、五回音色が繰り返されたのを経て。

 

『Hello(もしもし)?』

 

 スピーカーから、送信相手たる朱音の声がようやく聞こえた。

 

「きっ、きききき聞いてくれ朱音ッ! 立花から………デートを申し込まれたのだ!?」

『な……なんでそこで疑問形?』

 

 翼が完全に落ち着きを取り戻すまで、もう後いくつか朱音とのやり取りを交わせばならなかった。

 

つづく。

 



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#43 - 装者とて乙女 ※2023/11/30挿絵追加

やっとね、デート回の初めまでこれました。

今回バラエティテロップ風の表現がございますが、これは翼が後にバラエティに引っ張りだこになる暗示+ガメラの予告パロでお馴染み水曜どうでしょうのパロネタ(翼の台詞の一部にも)です。



 空はまだ、厚い曇天で青空が覆い隠され、灰色の雲からは大量の雨水が、まだまだ絶える様子を見せない。

 珍妙な日本語が多く混じるダークで混沌とした未来都市が描かれたかのSF映画のように、太陽はずっと雲海に遮られ、絶えず雨が降り続けてしまいそうな雰囲気を演出しているが、今日の天気予報では、律唱市含めた首都圏周辺の都市の雨天な天候が続くのは、少なくとも一日中とのことだ。

 先程、雪音クリスの隠れ家に訪問し、彼女〝お礼〟を述べてきたばかりの朱音は、右手にシンプルで落ち着いた色合いの雨傘を指して、雨模様の市内を、歩いていた。

 翡翠色の瞳は傘の布に、その奥は葡萄色混じりの黒い前髪で隠され、その美貌が今どう言う表情をしているのか、とても窺えない―――が、時折、唇を強く締めて、己の内側から沸き上がるものを、せき止め続けようとしていた。

 左手で、首に掛けた勾玉(かたみ)を……握りしめたまま。

 

 

 

 

 

 律唱市内にもいくつか点在する、VHS黎明期から現在まで続く大手レンタルビデオソフト店の一店の駐車場。

 ここでもワイパーが無ければ、ガラスが曇るくらいの量の雨粒に見舞われる中、場内で停車している黒色の車の一台の運転席には、血管が浮かぶほどの太い筋肉を有した両腕を組んで運転席に腰かけ、映像ソフト再生機能付きカーナビでアクション映画を鑑賞する弦十郎がいた。

 

『僕は〝今日〟を救う――君は〝世界〟を救ってくれ』

 

 見ているのは、一〇年代後半に公開された、女性がメガホンと取った映画の中で最もヒットを飛ばした、歴史の長い米国のコミックに登場するフィメールヒーローの実写作品だ。

 

『もっと、君と一緒に生きたかった………』

 

 物語はクライマックス真っただ中。

 主人公と行動をともにし、心を通わせてきた〝戦友(とも)〟が、自らの家族の形見を託し。

 

『愛している』

 

 世界の〝今日〟を救うべく、旅立った瞬間を思い出し、主人公は目覚め、自らの秘められた力を覚醒させ、敵役との最後の戦いに挑んでいた。

 そこに、とんとんと車窓を叩く音が鳴る。

 弦十郎はソフトの再生を停止させて、FMラジオに切り替えると、ドアの鍵を解いた。

 

「ご苦労だったな」

「はい……」

 

 助手席に、ノックをした主が乗車する。

 このTATSUYAの一店舗からほど近い廃屋のマンションに隠れ潜んでいた雪音クリスと、先程までお目にかかっていた朱音だ。

 今回のクリスとの接触は、二人がお互い意図したもの。

 クリスが、一時は二課に保護されながらも逃げ去ってしまった直後から、二人は予め打ち合わせる必要なく、彼女と〝会う〟と決め、前身は諜報機関であった二課の情報網で、隠れ家の候補を幾つか割り出した。

 対面役を朱音が担ったのは、彼女自らの志願であり、彼女の〝大人〟に対する、疑念、不信、恐怖、憎悪を直に目にした弦十郎の判断によるものでもある。

 朱音がクリスに説明した通り、あの時点で保護まで進める気はなく、電子マネーが蓄えられたスマートウォッチ――根無し草な彼女の当面の生活を食い繋げる〝保障〟を提供するのが目的だ。

 半年はホテル暮らしが可能な額を朱音のポケットマネーから捻出できたのは、公務員のアルバイト員とも言える二課所属のシンフォギア装者には、月謝制の報酬が与えられている。

 特異災害の最前線に日々立つのもあり、その額は学生が貰い受けるにしては破格のもので、加えて朱音には負傷による特殊勤務手当も含めて、かなりの金額をこの短期間で得ていた。

 元から政府と言う組織内では〝問題児〟扱いされている特機二課と、逃亡犯の身であるクリスの立場を考慮した朱音が、正当に貰い受けた自分の金銭ならば、二課への逆風を強めずに済むと踏んだからだ。

 

〝大人だって………よくもそんな偉そうに抜け抜けと! 余計なこと以外、いつもいつもいつもぉ……何もぉしてくれなかったくせにぃ………何を今更ッ〟

 

 目を瞑り、自分が――〝大人〟から差し伸べられた手を払ってしまった瞬間の、彼女の言葉を思い返す。

 さすがに、彼女を最も逆撫でさせる言葉を口にしてしまったのは、〝迂闊〟だった。

 あの嘆きを見る限り、そのフィーネとやらに対しては、少なからず信用していたようだ。

 それがその者からも、今まで虐げてきた憎い大人たちと同じように切り捨てられた………彼女の頑なさは、より強まっている。

 やはり、今の雪音クリスに必要なのは、〝時間〟だ。

 

〝彼女の様子は……どうだった?〟

 

 目を開け直した弦十郎は、朱音にそう聞こうとしていたが、今は控え、少し待つことにした。

 理由は――

 

「ごめんなさい………少し、待って……もらえますか?」

 

 朱音の、俯いて小刻みに震える身体と、それ以上に打ち震え、零し落とされる声、そして重ねた両手の上に置かれる勾玉が、語っていた。

 葡萄色がかった長い黒髪で、双眸を含めた額は、厚いベールに包まれている。

 そのベールの奥から、頬に沿い涙が、滴り流れて小さな河川を引き、一滴目の水玉を、勾玉が受け止めた。

 

「私もだよ………もっと………いたかったよ………」

 

 絞り出す様に零れた声色は、普段より音域が高く。

 

「お父さん………お母さん……」

 

 八年前に、死に別れた父と母を呼ぶ声は、心なしか……幼さを醸し出していた。

 流線に沿って、前髪に隠れた瞼から溢れる涙は流れ続け、勾玉にはまた一つ、二つと水玉の数が増えていく。

 

(朱音君……)

 

 彼女が涙に暮れるわけは、当人に問うまでもなく、弦十郎は察した。

 草凪朱音と言う人間を、激変させた、八年前の特異災害。

 あの日から、現在までの八年間、心の奥の深い海に封じ込めてきた〝想い〟が、雪音クリスと交流を試み、心に触れようとしたことで、海上にまで現出してしまったのだ。

 そこには、紅蓮の豪火で生命を不条理に陥れる災厄に、毅然と勇壮に立ち向かう鬼神の如き、戦士の姿も。

 まして、底も果ても見えぬ絶望と言う闇の中で、確かな〝光明〟を、生ける者たちに照らし、エールを送る、輝ける歌姫の姿もない。

 今ここには、愛する存在の命と、ともに生きて過ごす時間を、永遠に失われ、悲しみに暮れ、打ち震える小さな少女しか………いなかった。

 ラジオから、ピアノ一本のよる、静謐な劇伴が流れてくる。

 外の雨音と重なり合い、本来かみ合わない筈の二つのメロディは、不思議にも協和を齎していた。

 弦十郎は、隆々とした分厚い左腕を……朱音の後ろ髪に回し、肩を抱いた。

 

「っ……」

 

 彼の腕に流れる熱を感じた朱音は、弦十郎の横顔を見上げた。

 雨模様を眺めたまま、口を結ばせたまま、弦十郎は何も言わずに左腕で抱き寄せ、朱音の頭(こうべ)にできたエンジェルリングに、右手をそっと、触れた。

 言葉にするまでも、なかった。

 彼の手と、腕から伝わってくる温もりが、外の光景と同様に、雨が降り注いで揺らめく朱音の心に、流れ込んでくる。

 目元にまた涙が、胸から沸き上がる情感とともに、溢れてきた。

 親子ほどの歳の離れた〝友〟の腕の中で、涙はまた、幼子のような咽び声に乗って………流れ出していくのであった。

 

 

 

 

 

 ほんの少し時間が経って。

 雨の勢いは、先程と比べてかなり弱まり、細かい小雨がほそぼそと市内に降り続けている。

 本格ハンバーガーをお手頃な値段で堪能できると言う、タウン誌でも何度か取り上げられたこともある、テイクアウトも可なバーガーカフェの出入り口から、袋を携えて弦十郎が出てきた。

 今日はまだ昼食を取っていなかったが為の、買い出し。

 その足でTATSUYAの駐車場に戻り、運転席の扉を開いて乗車した。

 助手席には、大分落ち着きを取り戻した様子な朱音が、涙で濡れに濡れた自身の顔を、ハンカチで拭き取っていた最中。

 

「何? 弦さん?」

 

 大粒の涙を流し切って、すっかり赤く腫れた目尻の上に、平時より一際潤いを含んで光沢が増した翡翠色の瞳で、朱音は自身をまじまじと見つめる弦十郎を、首を傾げて見つめ返した。

 

「あっ……大分落ち着いたようだなと思ってな……」

 

 涙と言う〝化粧〟で美貌がさらに引き出された朱音に少々見惚れていた弦十郎はハっと我に返り、半ば誤魔化す形で、袋から包み紙のくるまれたハンバーガーと、ホットコーヒーの入った紙コップを出して、朱音に手渡した。

 

「ありがと」

 

 朱音は、同年代の友人を相手にしていそうな砕けた口調と微笑みを見せて受け取り。

 

「いただきます」

 

 合いの手をして、食前の挨拶を置いてから包を開いて、見事なふっくら加減のバンズに挟まれた瑞々しさが残るレタス、ベーコンととろけたチーズと交わり合ったトマトソース、そして肉厚なパティが積み重ねられたバーガーを、ぱくっと頬張り始める。

 弦十郎は、食事中な朱音の光景を、先の涙化粧を目にした時と一転、微笑ましい眼差しで見ていた。

 

「今、子どもっぽいって思わなかった?」

 

 車内なのもあり、相手の視線に気づかぬわけもなく、朱音が眼差しの意味合いを問う。

 今では上司と部下による公的な関係性が付け加えられた二人だが、それを踏まえなくても良い場では、自然と歳の差を超えた対等な〝友〟の間柄となり、口調も気さくでフランクなものになる。

 

〝デキる女の観察眼と勘を、バカにしちゃ痛い目見るわよ、弦十郎君♪〟

(了子君の言う通り、バカにはできんな)

 

 その昔、櫻井博士から聞いたお言葉を思い出しつつ。

 

「すまない、美味しそうに食している朱音君が、えらく可愛らしく映ったものでな」

 

 素直に白状する弦十郎。

 実際バーガーを食べている朱音は、その大人びた美貌で、〝もきゅもきゅ〟なんて音色が聞こえてきそうな、ほっこりほんわかとした面立ちと様相で味わっていた。

 

「不服だったか?」

「いいえ、謹んで〝お褒めの言葉〟と受け取っておくわ」

 

 と、慎ましく返答した朱音ではあるが、日頃から自身の発育が進み過ぎた容姿にコンプレックスを抱えている彼女にとって〝可愛い〟呼ばわりされることは、むしろ最上級の褒め言葉であり、珍しく女言葉を用いるのは、それだけ嬉しいと言うことである。

 実際、頭の周りに音符の記号――♪が複数、浮遊して周回していそうなくらい、口元からうふふと、喜色満面のより上機嫌な調子で、バーガーによる食事を再開させていた。

 それは――

 

(朱音君も、年頃の、そして一人の、うら若き〝乙女〟だ、それを失わせたくはない)

 

 弦十郎の心中で口にした通り、朱音もまた、装者だとか前世は生態系の守護者だったなどとか以前に、一人の年頃の〝少女〟であると言う証左に他ならないことであった。

 

 

 

 

 

〝~~~♪〟

 

 弦さんが買ってきてくれたハンバーガーとコーヒーを食べ終えた直後、制服の布地越しにスマートフォンから着信音が鳴り始めた。

 

「翼からか?」

「sure(そう)」

 

 翼のスマホからの電話には、彼女がツヴァイウイングを為す片翼だった頃のアルバムの収録曲であり、元は声優兼アーティストだったお方の曲をソロでセルフカバーした歌が流れるよう設定してある。

 私の日本語意訳で、『純真なる第一歩』と言う題名な一曲だ。

 実は、翼の歌を最初に聞いたのがこの曲で、そこからツヴァイウイングも存在も知った。

 いわば私と翼たちを繋げた、思い出の歌でもある―――と言うエピソードはさて置いて、折り畳まれたまま演奏中のスマホを展開すると、着信画面に『風鳴翼』と彼女の名前が表示された。

 でも……なんでだろう?

 妙に慌てふためいた調子でスマホを耳に当てて、私が出るのを待っている翼の姿が、脳裏にいきなり浮かび上がってきた。

 とりあえず、まずは応じようと画面をタッチして。

 

「Hello?」

 

耳に当てると。

 

『きっ、きききき聞いてくれ朱音ッ!』

 

 不意に押し寄せた想像通り、大慌てで、てんやわんやな状態だと、端末ができるだけ本人の肉声に近づけた合成音声だけでも簡単に窺える翼の大声が聞こえてきた。

 

『立花から………デートを申し込まれたのだ!?』

「な……なんでそこで疑問形?」

 

 いま……確かに〝デート〟って単語が入ってた気もするんだけど………語尾に疑問符が付いちゃうほどの翼の慌て様を前に、思わず私は聞き返していた。

 

 

 

 

 なんとか落ち着くようにと翼を促し、私に電話を掛けるまでの流れを詳しく聞いたんだけど―――。

 

「なぁ~んだそんなこと?」

 

 本人には申し訳ないけど、こちらからは笑いの種な話だった。

 現にバックミラーに写った、まだ目元の赤味が残ってる私の顔はすっかり満面の笑みで、思いっきり笑い飛ばしている。

 無手な左腕も、勝手に振り上げて、手首にスナップを利かせて宙を縦に振っていた。

 

『え……え? えぇ?』

 

 翼からしてみれば笑い飛ばされるなど考えもしていなかったので、言葉にもならない〝え〟の連呼でできた戸惑いの声を上げる。

 

「言うなれば〝言葉のあや〟、よりストレートに表現するならジョークと言うやつだよ、響からのあのお誘いは」

 

〝せっかくですから翼さん、その日私たちと一緒に、デートしましょ〟

 

 響が翼に投げたと言うこの言葉――〝今度の休日、一緒に遊びに行きませんか?〟って意味であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 言うなれば、響の提案に入っていた〝デート〟とは、彼女なりのユーモアを含んだ言い回しによるジョークである。

 それをコメディの域で真面目が過ぎる天然ちゃんなお方の翼が、そのたった三文字の単語に過剰反応して、勘繰り過ぎただけのことである。

 

『そうなのか………はぁ……良かった……』

 

 私からの説明に納得してくれたようで、胸を撫で下ろして翼は一息吐いた。

 

『でも……』

 

 だけど、まだ少なからず不安を覚えているみたいだ

 

「そんなに緊張するもの?」

『あ、当たり前よ………』

 

 

『私には、今まで休息の刻(とき)を娯楽に興じる経験なんて……奏がいた頃にも、あまり……なかったし』

 

 確かに、翼の性格と今までの、聖遺物と特異災害と、それと血の呪縛と言える家らが絡んだ〝身の上〟を想うと、休日に同い年か歳の近い同性の友人と遊びに出掛けるなんて、それこそ〝未知の世界〟な代物で、どう踏み入れていいか分からず足踏みしてしまうのは無理からぬ話だった。

 

「そんな固くなることはない、私たちでフォローにレクチャーもしてあげるから」

 

 けれど、せっかくの大舞台(コンサート)を前にして、緒川さんが齎してくれたつかの間の休息である。

 この好機(チャンス)、生かさないなんて手はない。

 

「どうせなら、思いっきり羽を伸ばそう、みんなに最高の歌を届ける為にもね」

『う……うん』

 

 私から背中を押された翼は、線が細くてぎこちなく、トーンも高いお声と、顔が少々照れつつもはにかんでいると窺える様子で、頷く。

 普段ならどこから来るのか聞きたくなる自信に満ちて、自らを〝剣だ〟と〝防人〟だと、中低音の声色な侍風の時代がかった口調を無意識に心がけているところがある翼ではあるけど、間違いなく、こっちの方が翼の素の口調(ねいろ)であると、言い切れた。

 

「あ、でも――」

『へぇ?』

「さっきはジョークとは言ったけど、もしかしたら響のあれって、ダブルデートしようって意味だったのかも」

『だ、だだだだだっダブルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーッ!』

 

 スピーカーフォンに設定していないと言うのに、受話器から、翼の絶叫が、風圧までも付いて盛大に大音量で轟く。

 こうなると予測して今の発言をかました私は、直前でスマホを耳から遠ざけた。

 さすがプロのアーティスト、単純な大声でも魅せてくれる貫録。

 

『ど、どどどどうする!? どうすんの!? どうすれば? どっしてどうしての? どうしようッ!?』

 

 防人モード(翼が眼鏡を掛けている時の緒川さんをマネージャーモードと呼んでいたのにあやかって)の口調と、素の女子な口調が、声色の高低込みで言ったり来たり右往左往し、アメリカシチュエーションコメディドラマの日本語吹替染みた、あわあわガチガチの大慌ての騒がしいハイテンションで捲し立てる。

 ドカドカと足音の反響音も聞こえるので、向こうでは、全身を震わせつつ、味のある赤くなった表情(かお)で、周囲をぐるぐるぐるりとせわしなく回っているのが手の取るようにイメージできた。

 

『あ――朱音ぇ……わ、私は一体どうしたらい~いッ!?』

 

 ご、ごめん翼。

 今私、まともに受け答えできる状態ではないんだ。

 やっぱり―――この剣君(つるぎくん)、もとい切れ味抜群な天然を発揮する翼って、ほんと、オモシロクァワいいッ♪

 口固く閉じて、手で覆って補強しないと、今にも笑い袋並の爆笑が飛び出してしまいかねない状況。

 ミラーで自分を見たら、目元だけでも破顔しているのが明白なニヤケ様で、さっきとは種類が真逆の涙が浮かんじゃっている。

 引き締まり具合とくびれには自信がある腹部も、よじれそうでねじれそうな、強めの圧迫と一緒に、盛大にけたたましく騒ぎまくって笑いまくっていた。

 正直呼吸もままならなくてきつくもあるんだけど、それすらもむしろ――気持ちいい♪

 

『ねえねえ! 朱音ぇ! 聞こえてるッ!? お願いどうにかしてよ!助けてよ! カモン!ヘルッミー!』

 

 でもさすがにこれ以上、パニックな翼を放っておいたまま、爆笑に酔っているわけにはいかないので、事態を収束させるとしよう。

 

(我が翼(めい)をからかって困らせるのも、ほどほどにしたまえよ)

(善処します♪)

 

 嬉しさと困り気味が混ざった笑みから、口パクでそう伝えてきた弦さんに、私も同じ方法で応じた。

 

 勿論、さっきの爆弾発言はジョークであったと翼に諭して、落ち着かせた頃には。

 

〝朱音も私にいじわるだ……〟

 

 声だけでもムスッとした顔なのが分かる拗ねた翼が、若干子どもっぽい調子でこう言った。

 ああもう、自分の方が年下であると承知の上で言いたい――かわいい♪

〝も〟と言い表すくらいだから、奏さんが存命の頃は、どれだけ彼女が翼をからかっていたのやら。

 もし生きている頃に出会えたら、翼の弄り仲間として意気投合していたかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、ちょっとした(?)騒ぎから幾日過ぎて、デート当日の、休日。

 梅雨真っただ中の六月で、事実この数日は雨の降る頻度が多かったと言うのに、幸いにもこの日は快晴そのものなお出かけ日和となった。

 朱音たちが休日、遊興に出かける際の主な待ち合わせ場所ともなっている、この瑞ヶ丘公園も、晴天の恵みを受け、園内の色たちは、鮮やかさを増していた。

 時刻は、午前九時四五分。

 園内の、朱色の太鼓橋の傍にて、白のVネックに青のテーラードジャケット、淡いベージュのハーフパンツにハイニーソ、髪型はいつものワンサイドアップから一本結びにして、伊達眼鏡も掛けてニット帽も被ってと、芸能人の身ゆえに目立たぬよう変装も込みで留意しつつも、明らかに気合いの入った服装(ただし緒川によるコーデである)をした翼が立って、他の面々が来るのを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 スマートフォンの待ち受け画面に表示されたデジタル時計の時刻を見る。

 ようやく、待ち合わせ場所に来てから一五分が過ぎた。

 実時間はたった一五分、なのに体感では一時間は過ぎた気がする。

 集合時間は午前一〇時だと言うのに………私はそれよりも早い、三〇分前に着いてしまい、朱音と立花と小日向が来るまで、立ち往生を余儀なくされていた。

 原因は………昨夜に遡る。

 私は比較的寝つきは良い方で、よほどの支障がない限り寝床に横たわってから遅くても五分には眠ってしまうのだが………昨夜に限って、やたら目が冴えてしまい、中々寝付けなかった。

 気晴らしに何かしようとすれば却って眠れなくなるは必定なので、必死に寝床にしがみ付いて、ひたすら羊を数えに数えて眠ろうとして、あんなに悪戦苦闘していたと言うのにいつの間にか眠っていた、いつ頃かは……結構時を費やしていた気はするが、具体的な時間は、今や全く覚えていない。

 そんなこともあって………今朝、日差しを浴びて覚醒した時、時刻も確認しないまま遅刻すると早とちりしてしまい。

 急ぎ準備を整えて、せっかく緒川さんが整頓してくれた部屋を早速少々散らかせてしまいつつも待ち合わせ場所に向かったら、結果として早めに付いてしまい、己で己を無駄に待たされる身となってしまった。

 先日もあんな〝生き恥〟を晒しておいて、また朱音、そしてもし生きている奏にでも知られたら大笑いされる種をばら撒くとは私め………頬の熱が上がってきた。

 大体……朱音と言い奏と言い……なぜにどうして、ああも私に意地悪をしておちょくって来るのだろうか?

 太鼓橋の下に流れる澄んだ水面を見れば、両腕を組んで、唇を固く閉めた口の中を膨らませてムスっとした面立ちとなっている自分がそこにいた。

 全く……あの二人は私を芸人かコメディアンの類だとでも思っているのだろうか?

 

※思われています(ぴんぽ~ん♪)

 

 拒絶するほど嫌ってわけではないが………時々、まんまといいように翻弄される自分が悔しくなる時がある。

 せめて朱音には、対等な友として、同じ歌を愛する歌女として、災禍に立ち向かう戦友として、防人(しゅごしゃ)の大先輩として、多大かつ惜しみない敬意(リスペクト)と、そして少なからず好意な感情を抱いているからこそ――

 

〝私を軽くみないでもらおうか〟

 

〝いつまでも道化のように踊っていると思うな〟

 

 ――と、あの我が友にははっきり物申しておこう。

 これでも、装者としては、こちらの方が一日の長があるのだからな。

 うむ、そうしよう。

 

※むしろ高く買われています(ぴんぽ~ん♪)

 

 

 

 

 

 

 五分後、待ち合わせ時刻まで後十分。

 太鼓橋の手すりに背をもたれて、目を瞑り待つ翼に。

 

「おはよう翼」

 

 朱音の大人びた落ち着きと品のある、だが晴れやかさに爽やかさもある声が聞こえてきた。

 一瞬、『遅い!』と言いかけて、翼はその言葉が口から出る前に何とか呑み込む。

 この時点でかなり待たされたが、こうなったのは自分が招いたことで、朱音はむしろ程よい時間で来たのだから、咎めるのは筋違いである。

 

「もしかして待たせた?」

「いや……私もつい先程来たばかりだ――」

 

※ウソです

 

 既に結構待っていた件を知られまいと、事実と真逆の発言をして、目を開かせると。

 

「おはよ……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 刹那、翼は自らの視界が捉えた光景を前に、釘付けとなり、半開きとなった唇は声を一時失う。

 くっきり鎖骨が浮かぶ両肩と、おへその美肌が眩しい、フリルの付いた黒のオフシュルダー。

 長い美脚にぴったり張り付いて、曲線に沿ったミディアムスキニージーンズとウェッジソールサンダル。

 勾玉――ガメラを掛けた首には網目のチョーカー。

 両耳にはクリスタルの勾玉なイヤリング。

 葡萄色がかった黒髪を、うなじを拝めるアップスタイルで纏め、ナチュラル風味に化粧された美貌は、翡翠色の瞳の煌びやかさを、これでもかと一際目立たせて。

 たった今待ち合わせ場所に参じた、朱音の〝私服姿〟と、今の彼女の姿から放出される、色香、気品、綺麗さ、オーラを前に翼は……圧倒されていた。

 

「朱音………つかぬことを聞くが?」

「うん?」

「そのお姿………全て、自分でコーディネイトしたのか?」

「そうだよ、今日の為に結構奮発したんだ」

 

 独力での、ファッションコーデ。

 突きつけられた事実を前に、翼の精神は大きな衝撃を受けた。

 大地に足を踏みしめ、立ち続ける力すら削がれてしまい、その場で、ふらふらふらりと不格好な舞を踊り、近くにあった太鼓橋の手すりに縋りつき、そのまま崩れ落ちた。

 

「翼? どうしたの!?」

「何も聞かないでッ!」

 

 今にも泣きそうな声で、そう言い返す翼。

 彼女にとって、草凪朱音と言う女の子は、色んな意味で、好敵手(ライバル)でもあった。

 

つづく。

 



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#44 - 装者達の休日 一幕目 ※2023/12/2挿絵追加

当初はカラオケの下りまで行くつもりでしたが、UFOキャッチャーの下りで翼の中の人ネタを思いついて書いたら膨れ上がっちゃった回です(汗
てかまた公式(正確にはXDUのメモリア短編)とネタ被ってしまった。


 瑞ヶ丘公園の太鼓橋の近場にあるベンチに、私と朱音は今腰かけている。

 

「またはしたない姿を見せてしまったな」

「気にしないで」

 

 朱音が買って来てくれた飲料缶のお茶で水分を取りつつ、先程の一件を詫びる。

 

「まさか日頃から己が容姿に悩んでいる朱音が、おめかしをして可愛らしさをあざとくアピールしてくるとは思わなかったものでな、よほど私と娯楽に興じたかったと見える」

「あ、これ……」

 

 同時に、この前の立花たちからのお誘いに関する、朱音のアメリカンジョークに振り回された一件で、ちょっとしたお返しをお見舞いする。

 

「そう? 翼にはそう見える? そっか、うふふ」

 

 会心の一閃(ひとふり)のつもりで言い放ったつもりだったが……逆に空振りしてしまったと、両の頬に両手をぴったり貼り付けて、その回に「やったやった♪」隠し切れぬ喜びを、はにかんで見せる朱音を目にして、気づく。

 じまった、何やっているのだ?

 この大ボカが! つい先まで自信満々に大きく振り上げ、振り下ろした自分を恥じたくなった………両手で顔を覆い隠したい。

 年齢相応に見られない大人びた美貌(本格的に化粧をされると、ますます私より年下の現一五歳に見えなくなる)に悩まされている朱音に〝可愛い〟なんて、褒め言葉にしかならぬではないか!

 生兵法は怪我の元、とはこのことか………ユーモアも一筋縄ではいかぬものだな。

 その代わり、怪我の功名で年頃の乙女な朱音を間近にできたので、次こそは一本取る為の足掛かりにもしつつ、今回良しとしよう。

 

「楽しみにはしてたんだけど、お出かけ中に翼の正体がバレない様にってのもあってね」

「あっ……」

 

 なるほど………朱音の服装の意図の一つを、私は察する。

 芸能人とは高嶺の花、名を上げれば上げるほど、ある意味では人にして人ならざる身となる、言わば〝偶像〟を背負う存在であり、私も、自分で言うのは何だが高名な方だ。

 そんな自分が、リディアンならまだしも、学び舎の外の白昼にて出歩いている姿を見られでもしたら、それだけで騒動となってしまう。

 しかも、ライブが迫っている上に、今春にてメディアでも大々的に報道された、海外大手レコード会社――『メトロミュージック』からの移籍のスカウトに対して、まだ公式の返答も公表していない。

 こう言った事情もあり、朱音に背中を押してもらうまでは、立花たちからの折角のお誘いに乗るべきか、渋っていたのだ。

 その為に朱音は、私の存在を道中の行客たちに気取られにくくする為の措置として、敢えて自分に衆目からの視線を一心に寄せるような身なりに着飾る手を取ったわけである。

 効果はあるようで、通りがかった行客たちから、何度か視線を受けるが、いずれも朱音に釘づけとなって私の正体に気づかぬまま過ぎ去っていく。

 叔父様が鑑賞するのも納得な全編ほぼアクションなかの英国名探偵とその相棒によるアクション映画劇中の言葉だが――目立ち過ぎると逆に目立たない、なんと逆説的か。

 持前の美貌が引き立つ朱音のこの姿の理由の一つが今述べあげたことではあるが、先程のリアクションを見れば、どうも私と休日出かけることに、満更ではなかったらしい。

 私の方も………満更ではないだけに、少しばかり、こそばゆい。

 黙っていてはこの気色が強まりそうなので、立花と小日向が来るまでの間、雑談で気を紛らわすとしよう。

 

 

 

 

 

「和服に関しては、歌と同等に幼い頃よりの付き合いであったから、それなりに審美眼は鍛えられているのだが」

「じゃあ、この着物の値段(プライス)は分かる?」

 

 スマートフォンで、インターネットの画像検索から割り出した、通販サイトに掲載されているものと思われるモデル写真を朱音は見せて、値打ちはいくらか問うてきた。

 

「消費税を除けば……三五〇〇○円ほどだな、これは」

「あ、合ってる」

「見くびってもらっては困るぞ」

「じゃあこっちのは?」

 

 続けて、別の着物姿のモデルの画像を見せてくる。

 偶然の産物などと思われぬ為にも、応えねば。

 

「五万九千……六〇〇円」

「ならこのプライスとサイズと、あと布の生地は?」

「十二万、七五〇〇円の……Mサイズ………生地は………○×を使っているな」

 

 朱音はスマートフォンを操作した、私の解答を照らし合わせる。

 もしかすると、今までで最も緊張させられた瞬間となるやもしれない。

 

「凄い……全部合ってた……」

「どうだ、私の昔取った杵柄は!」

 

 えっへん! と、昔奏から教わった言葉の一つないわゆるドヤ顔とした得意満面でスタンディングポーズで示す私だったが、内心を体調に表すと、危機的状況を潜り抜けてきたが如く、肩で息をするほど荒れて収縮を繰り返す胸に手を当てるくらいに、ほっとしていた。

 実物はともかく、狭い端末画面のデジタル画像越しだと判別が難しく、さらにここ数年、特にこの二年は着物に直に触れる機会もほとんど無かったからである。

 ほんと良かった………己の和服を〝見る目〟が錆びておらず健在であって。

 

「だが洋服となると、まるっきし……ダメな門外漢で」

 

 先程の体たらくも、コーディネイトを全て自分で行える朱音の女子力にまた打ちのめされたに他ならない。

 

「このコーデも、目立ち過ぎず、かつ今日の場に相応しい塩梅を見い出せずに、結局緒川さんに仕立ててもらったの……」

 

 ファッションに関する勉強も、奏と死に別れてからの、自堕落の極みな(緒川さんらのフォローが無ければより悪化していたのは容易に想像できる)この二年は全く手を出していなかったが、最近再開させて、時間の合間にその手の雑誌、本を読み耽たりしている。

 専用のアプリを用いれば電子書籍でも読めるそうだが、私としては紙の本の方が、内容を読み取り易くて性に合っていた。

 

「じゃあ、ライブの衣装とかほとんどスタイリストさん任せってこと?」

「うん、その上奏なんて私以上に衣服には無頓着だったわ、夏にもなると『感触がうっとおしい』からなどと言って、朱音が着ているの以上に両肩とへそが剥き出しのトップスとショートパンツのジーンズな、圧倒的に布地の少ない組み合わせで済ましてたし」

「それって、ギアを纏ってる方がまだ露出控えめになってない?」

「そうそう、そうなのよ~~もう水着とほとんど大差なくて、見てるこっちが冷えそうなくらいだった」

 

 不思議だ。この二年……奏との思い出は、辛いものばかりしかろくに思い出せなかったと言うのに。

 今では、色んな記憶の頁が、明瞭に思い起こせるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、私と翼は、雑談で時間を潰しながら、今日の〝デート〟の企画者である響と未来の二人が来るのを待ってたんだけど。

 集合時間から、五分経過。

 

「休みの日はいつもこんな感じなの?」

「こんな感じ、むしろ学業休日ひっくるめて、響が遅刻をしなかった日を数える方が早いくらい」

「毎回遅刻魔の面倒に回る小日向も大変だ」

 

 実際思い返して、遅刻しなかった数えて見ると、今日までの時点では片手の指に納まる回数だった。

 十分経過。

 連絡してみようと思ったら、丁度未来からメールが来た。

 

「『もうちょっと掛かりそう』だって」

「………」

 

 翼は黙ったまま、片方の瞼と眉が若干ピクっと引きつった。

 さらに、二十分経過。

 

「つ……翼?」

「何ッ!?」

 

 本人は私が来た時は自分もさっき来たばかりと言ってたけど、前日緒川さんから聞いた話を思えば、かなり前から待っていたのは明白だった。

 その翼は、今や鋭利で眉間に皺寄せた三白眼に膨れ面といかにもな仏頂面で、両腕を強めに組んで、左手の人差し指と右足を、小刻みにバタバタと貧乏ゆすりさせていた。

 

「怒ってる?」

「怒ってなどおらん! ただ機嫌が芳しくないだけだッ! 全く……肝心の言い出しっぺが遅刻で待たせるとは何事かッ!」

 

 いや………翼先輩、それを〝怒ってる〟と言うんじゃないでしょうか?

 さっき雑談してた時は素の口調だったのに、今は防人モードに戻っちゃってるし。

 けどそれはつまり――

 

「よっぽど今日を楽しみにしていたみたいだね」

「なっ! ち――違うわよ、わ……私はただ! 折角の時間を僅かでも無駄にしたくないだけ! か、勘違いしないでよね」

 

 かと思えば、私から図星刺された翼は、途端元の素に戻り直して、赤くなった顔から、アニメマニアの弓美から確実に『アニメじゃないんだから』と突っ込みが入りそうな絵に描いた〝ツンデレ〟の常套句を口にした。

 実際友達として交流して分かったことだけど、この先輩――分かりやすい。

 

「何よそんなニヤケ顔をして……」

「折角の日に不機嫌な顔をしているよりはいいでしょ?」

「それは、そうだけど……」

 

 さらに十分くらい過ぎて、待ち合わせ時間から三〇分近くロストしてしまった最中。

 

「ご、ごめん朱音ちゃん、翼さん!」

 

 ようやく言い出しっぺの響と未来が、待ち合わせ場所にご到着。

 ここまで大急ぎで走ってきたので、全力疾走したスプリンターばりに二人とも盛大に息が大荒れで、両手を膝に乗せてぜえぜえとしていた。

 ちなみに二人の服装。

 響の方は、真っ白なショートブラウスに、淡いピンクのベビードールワンピ、横髪に左右対称で付けられている髪留めは、いつものジグザグ状のではなくお花だ。

 未来はと言えば、響のと好対照に黒のブラウスの上に水色のキャミソールに、スカートとレギンスの組み合わせである。

 

「遅いッ!」

「申し訳ありません………お二人ともお察しのこととは思いますが、この大遅刻はいつもの寝坊助な響の寝坊が原因でしてぇ………え?」

 

 休日、二人が待ち合わせに遅れるのはしょっちゅうなんだけど、原因は未来の言った通り、響の寝坊癖でもあり、翼の話を聞くに奏さんとどっこいどっこいで自分の着る衣服への頓着のない響のコーディネイトに苦労する未来、なのも少なからずあったりする。

 

「お~~朱音ちゃん、今日もクールなビューティに決まってるね~~」

「あはは、これはどうも」

 

 大分呼吸が落ち着いて私を見た響が開口一番こう言った。

 せっかくの賛辞なので、ありがたく頂戴したが、内心複雑だ………せめて化粧はと、ナチュラル童顔系メイクでおめかししたつもりだったので。

 だからさっき翼から〝可愛い〟呼ばわりされた時は、たとえ本人が私から一本取ろうとブラックジョークの意味合いも込みで言っていたとしても嬉しかった。

 それはそれとして、響君って時々、リアクションが何だかおじさんっぽくなるよね―――って。

 

「「未来!?」」

 

 彼女のその姿に、私と響の声がシンクロする。

 

「負けた……一五歳……一五歳であの姿………私たちと同い年………」

 

 物悲しいメロディで奏でられるバイオリンの一重奏が響く中、暗転した舞台に丸いスポットライトが当てられそうな、さっきの翼の再現とばかりに横座りで橋の柱にしがみ付き、哀愁漂わせて崩れ落ちる未来がいた。

 前にも……最初の体育の授業前の着替えの時にも、見たことがある光景。

 未来がこうして落ち込んでいる理由は、聞かないでおこう。

 しかし、私からしてみれば発育の飛び級なんて、いいものじゃないんだけどな。

 結構奮発したこのコーデも、今の自分の容姿に見合う様に妥協してチョイスしたものでもある(なのでせめてリディアンの冬服の上着は、なけなしの意地で野暮ったいセータータイプにしている)。

 まだ実際に着たことないけど、レディーススーツなんて着衣でもした自分を想像したら………どう見ても、オフィス街のジャパニーズOLにしか見えない自分がいた。

 

【挿絵表示】

 

 まだ私………一五歳の女子高生なのに………今日の響みたいなファンシーな格好を着こなせる可愛らしい同年代の子たちが羨ましい。

 あんな服装、私なんかしたら絶対〝無理すんな〟と揶揄されるに決まっている。

 oh……God(ああ……神よ)。

 もし実在しているのならば、『なぜ私にこのような苦難をお与えになったのですか?』と訴えたくなる。

 あわや未来とおんなじどんよりとした状態(オーラ)に陥りかけて、踏ん張ろうとした時。

 

「小日向、気持ちはよく分かるぞ」

「翼さん……」

「私も、時折女子として至らな過ぎる我が身に打ちのめされることは幾度となくある、だが諦めてはならない!」

 

 未来を支える翼は、青空へと真っ直ぐ指さした。

 その先には―――天海に漂う月が見える。

 

「己を磨かんとする意志、それこそが栄光と言う名の月へと指し示す指標(ゆび)となる、お互い女子力を高める道を、励もうではないか!」

「はい!」

 

 かのジー○ンドーの創始者であるアクション俳優が、生前残してそうなお言葉だった。

 

「あ、あれ? なんで未来と翼さん、こんな急に意気投合して仲良くなっちゃってるの?」

 

 響の頭の周りは?だらけだ。

 

「beats me」

「へ? 今なんて?」

「『さあね』と言ったんだ」

 

 女心も、それゆえの年頃の悩みも、多種多様で千差万別だと締めておこう。

 無理くりなのは承知。

 

「ともあれ時間が勿体ない、さあ行くぞ!」

 

 翼はご機嫌な蝶ばりに、ずんずんなんて音が聞こえそうな意気揚々さで先陣を切る。

 

「何だか翼さん、すんごく楽しみにしてた人みたいだ」

 

 その後ろ姿に、確信を突いた発言を響が呟き。

 

「どこぞの誰かが遅刻した分を取り戻したいだけだッ!」

 

 図星を指された翼は、一度足を止めると、これはまた絵に描いたツンデレ風の赤味で怒り気味な表情で怒鳴り返してきた。

 翼耳はなんとやら、だな。

 

 そんなこんなで、私たち四人の今日の〝デート〟はやっと、始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 四人によるデート(ある意味朱音のジョークの通りダブル)であるが、その流れを大まかに述べていくと。

 市内の超大型ショッピングモールにて。

 アイスやらクレープやらと、スイーツ片手にモールの回廊を歩き。

 なぜか奇天烈な怪獣の人形も置いている雑貨店で、商品を見て回り。

 その店舗で販売されているオシャレな伊達眼鏡たちを掛け合った。

 特に生き残った魔法使いの子が使ってそうな丸眼鏡を掛けた響には、一同に大爆笑を齎した。

 続いてレディース向け洋服店にでも、衣服を物色、商品(もの)によっては試着も試みた。洋服は門外漢だと称していた翼も、ノリノリで朱音たちのお勧めを着て、ポーズまで取っていた。

 朱音のおめかしの効力もあり、途中で翼の正体がバレそうになるアクシデントにも見舞われることなく、四人は休日を満喫する。

 

「翼さんご所望のぬいぐるみは、必ずやこの立花響が手に入れてみましょうッ!」

 

 次に寄ったのはゲームセンター。

 主君に忠実な家臣じみた芝居掛かっている口上で、気合いもたっぷりに、響はUFOキャッチャーに臨む。

 ガラスを隔てたケースの中には、正直お世辞にも可愛いと言い難い微妙に不細工で、微妙にクリーチャー然として造形で需要あるのか怪しい人形ばかりだったが、その中で、オレンジ掛かった体毛、つぶらな水色の瞳に額には縦向きな楕円状の宝石とキュートな八重歯が特徴的な狼の子どもの人形がいた。

 この子こそ、翼がご所望で、響が狙うお人形さんである。

 

「期待はしているが、少々お遊戯につぎ込み過ぎではないか?」

 

 ただ響の気合いは、入れ過ぎている感があり、ボタンを拳で、押すのではなく思いっきり叩き込む。

 傍からは機械が壊れないか心配になる荒っぽさ。

 

「キィエェェェェェェーーー!」

「「大声で喚かない!」」

 

 さらに響は怪鳥ばりの奇声を上げて、両手で両耳を騒音からガードする騒音朱音と未来から同時に突っ込みが入った。

 

「そんな……」

 

 だが無駄に力の入った響の気迫に、機械のキャッチャーが応えられる機能など持っている筈もなく、アームは虚しく狼っ子の人形を掠めるだけで終わった。

 

「このUFOキャッチャー壊れてるゥゥゥゥーーーーー!」

 

 悔しくなるのは無理ないが、何とも理不尽で無茶苦茶な少女の絶叫(さけび)。

 一回程度、小銭一・二枚程度でプレイヤーが求める人形を提供してくれるほどマシンは甘くない。

 加えて、身も蓋も無い話をすれば、厳しめの難易度でなければ、商売として成り立たないので、マシンが甘さを持たないのは必然なのだ。

 

「私って呪われてるかも………もうどうせ壊れているならこれ以上壊しても問題ないですよね?」

 

 問題、大有り、色々と。

 下手をすればクレームものである。

 

「こうなったらシンフォギアでぇぇ!」

 

 しかもさらりと最上級国家機密を口に出してしまっている始末。

 

「待て待て立花! 速まるな!」

「そこは平和的に解決しよう響」

「この怒りに身を任せた拳を叩き込んでえぇぇぇぇぇーーー!」

 

 翼と未来の制止も届かず、あわや弦十郎の手ほどきを受けた響の鉄拳をマシンが叩き込まれる寸前。

 

「ほえっ」

 

 パコン。

 響の後頭部に、朱音からの絶妙な匙加減による突っ込みの手刀(チョップ)が命中し、マシンとゲーセンの経営に携わる人たちにとっての最悪の事態は、避けられた。

 

「響く~ん♪」

 

 あわや怒りに呑まれかけた響の凶行を止めた、朱音の顔は、それはもう晴れ渡る眩しい笑顔。

 

「それ以上タガを外しでもしたら―――少し、頭冷やそうか♪」

 

 なのだが………今にも万物を焼き尽くす火球を放つ寸前の前世の彼女が浮かぶほどの、強烈かつ背筋が底冷えするプレッシャーを放っていた。

 子どもを心から愛するだけあり、駄々っ子を相手する際の対処は、厳格を超える。

 

「は……はい」

 

 朱音の、笑顔で巧みに表現された鬼神の〝怒れる様〟を前に、間近で突きつけられる三人は、sanity(正気度)が急降下して震え、戦慄で静かにするしかない。

 

「面目ありません………翼さん」

「気に病むな立花」

 

 当然こうなっては響にリトライ権が回るわけもなく、バトンタッチした朱音と未来がそれぞれ数回トライするも。

 

「あっ……また落ちた……」

 

 悉く、取れずじまいに終わる。

 さすが〝貯金箱〟とも喩えられるクレーンゲーム、容易くは自らの箱庭にいる景品たちをプレイヤーに取らせてはくれない。

 

「よし、ならば私自身で勝ち取って見せよう!」

「翼先輩、今までUFOキャッチャーと言うか、そもそもクレーンゲーム自体をやった経験は?」

「ないッ!」

「なのにその自信はどこから来るんですか……」

 

 苦笑する未来の発言もご尤も。

 クレーンゲームに限らず、ゲームセンターでのゲーム完全に未経験のビギナーだと言うのに、翼の全身からは有無を言わせぬ堂々とした確固たる自信が漲っていた。

 

「草凪、百円玉を!」

「はい」

 

 翼の掌の上に、朱音は百円玉を乗せて渡す。

 今は〝二人きり〟ではないので、朱音と翼のお互いの呼び方は、『翼先輩』と『草凪』呼びだ。

 

「いざ――」

 

 刀身煌めく名刀の如き鋭い眼光で、翼はマシンと対峙する。

 今の翼にとって、この場、この状況は一種の戦場(いくさば)も同然と化していた。

 マシンを目当ての狼っ子の頭上で止め。

 

「――推して参る!」

 

 先程の怪鳥奇声まで上げていた響よりはまだ慎ましかったが、翼の闘気を乗せた右手は手刀の形で、一閃するように降下ボタンを押し込む。

 一度押した以上、この先はどうすることもできない。

 結末は、その瞬間が訪れるまで、神のみぞ知る。

 アームが開いたキャッチャーは………ゆっくりと降りる。

 

「………」

 

 一同、特に挑戦者(プレイヤー)の翼が、固唾を呑む中。

 偶然か?

 ビギナーズラックか?

 それとも、運命の巡り合わせか?

 アームは見事、狼っ子の胴体を抱え上げて上昇。

 さらに幸運にも景品は、キャッチャーから離れ落ちることなく、開口部まで運ばれ、箱庭の出口へと誘われた。

 一時、集中の余り黙していた翼は、求めていた狼っ子を手にした瞬間。

 

「やったぁぁぁーーーー!」

 

 歓喜を一気に解放。

 瞳を煌めかせ、満面のはにかんだ笑顔を見せて、狼っ子を優しくぎゅっと抱きしめながら、ミュージカルの舞台の如く、その場をくるりくるりとつま先一本で舞い、踊り回った。

 勿論、今まで見たことのない翼のこの一面(すがた)に、響と未来は呆気に取られている。日頃鍛えているだけあり、その体捌きには一ミリたりともブレがない。

 

「ところで先輩、どうしてその子を選んだのですか?」

「う~ん…………しいて言えば………運命、かな♪」

 

 翼は、とあるアニメの、ある魔法少女と、姉妹同然の仲なパートナーでもある狼っ子と頬を密着させながら、いつもよりさらに一際高い声色で、翼は答えたのだった。

 

「なら、その子を〝ダストルーム〟に埋もれない様にしなきゃいけませんね」

「う、うん………朱音(くさなぎ)の言う通りだ、そこは努力しなければな」

 

 その後も、昼食を取ることになるまで、四人はゲームセンターを堪能する。

 装者たちのデート、もとい休日の一日は、まだまだ続く。

 

つづく。

 

 



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#45 - 装者達の休日 二幕目 ◆

何とか12月中に出せました。
あの場面の翼ただの奈々さんだろな、カラオケ回です。

規約に従った上で、劇中朱音たちが歌ってる曲の歌詞を掲載しました。
実際に歌詞が載っている曲の作品コードは全て登録しております。


 ゲームセンターでUFOキャッチャーやら、シューティングゲームやら、プリクラ等々、センター内のあらゆるゲームを堪能し切った一向。

 

「さて……次はどこにする?」

「そうだな……」

 

 お次はどこに行こうかと、モール内の柱に掛けられた地図を眺める中、〝ぐぅ~~〟と、四人の内、誰かのお腹の虫が盛大に鈍い鳴き声を鳴らした。

 朱音、翼、未来の視線は、一斉に一点に集約される。

 明白なことだが、敢えて言うと、腹の虫が鳴くお腹の主は勿論――

 

「あはは……お水を差してすみません」

「もう響ってば……」

 

 ―――ご飯&ご飯な食いしん坊で、後頭部とお腹を同時にさすって苦笑いしている響である。

 朱音はモール内の時計を見る。時刻は午後一時半を過ぎていた。

 

「丁度いい、次は昼食(ランチタイム)としゃれこもうか」

 

 

 

 

 

 実は私たち、今日お出かけの言い出しっぺの身ながら、ランチをどうするか全然考えていなかった。安藤さんたちと休日街に出かける時も、ふと目に入って気になったお店で食べるか、寺島さんの影響で量は小出し(響は除く)に店から店で渡り歩いてたりと、大抵その場その場で決めて、ノープランも良いところだった。

 でも先頭を歩く朱音の迷いのない足取りからして、お昼をどこでどう食べるかは前から考えていたみたい。

 その朱音に案内される形で、私たちが次の目的地の前に立っていた。

 招き猫なマスコットキャラも飾られた看板には、『にゃんこ太郎』と言うお店の名前が書かれている。

 私も響も初めて訪れるお店で、ネットで見てみたら、最近オープンしたらしい。

 

「カラオケ………焼肉………どっちなのだ?」

「どっちもなんだ、この店は」

 

 元々全国でチェーン展開しているくらい人気ある焼き肉店で、最近カラオケ事業にも参入したらしい上に、そのカラオケボックスとセットになったのが、このお店とのこと。

 つまり焼肉を焼いて食べながら歌って楽しむと言う、なんとも単純な足し算。

 このお店に限らず、最近はカラオケとセットになった飲食店も結構多いらしい、と前に流し見してたテレビで見たことがある。

 

「『二時間食べ歌放題ランチ』でいいかな? 私の奢りで」

「歌ってお肉も食べ放題ッ!?」

 

 お腹が絶賛ペコペコなご飯&ご飯の響は、朱音の口から出て、同時にスマホの立体画面に表示されている広告にも載っている〝食べ放題〟の一単語に真っ先に食いついて、まんまるなお目めを、キラキラと輝かせていた。

 いつもながら、口元からは涎もこぼれ始めたので、こういう事態を想定して予め持ってたポケットティッシュから一枚引き出して、ひと吹きしてあげる。

 

「いいのか? そこまで施しを受けると気が引けてくるぞ」

 

 食べ放題のお値段は、四人分合わせると女子高生の昼食にしては結構高めのもの。

 

「いいってこと、そもそも割り勘にしたら、未来に借金(キャッシング)してる響君にさらなる金銭的負担を背負わせてしまうからね」

「あ、朱音ちゃん! そこはシー! シーだって!」

 

 食べ放題と言う天国から一転して突き落とされた響は慌てて口に人差し指を建てたけど、もう後のお祭り。

 

「何? 本当か小日向?」

「はい……詳細は控えますが、響にいくらか貸しているのは事実でして」

 

 誤魔化せるわけもなく、苦笑いで私は翼さんに事実だと伝えた。具体的な経緯と金額は、響への面子を立てて秘匿させてもらいます。

 こっちは気長に待つ気でいるけど、下手をすると借りたこと自体忘れる懸念もあるので、事実そのものははっきりさせておいた。

 ほんと、だらしないところはとことんだらしがない残念な子なんだよね、響(わたしのしんゆう)って。

 朱音の言い方はオブラートに包んだものだけど、要は響には現状、支払い能力は全くないと、後何年かすれば使えるようになるクレジットカードの審査並みに厳しいものだった。

 実際、私が貸している金銭は、今のところ一文も一銭も戻ってきていないので、否定できない〝事実〟ではある。

 

「と言うわけで私の奢りでも遠慮はしなくていい、でも『タダほど高いものはない』なんて言葉もあったかな」

「うぐっ………」

 

 すっかり場の仕切り役な朱音も、笑顔でさらりとさらに〝釘を刺し〟、響は胸に手を当てて少し呻き声を上げた。

 朱音って気前と面倒見は良いんだけど、同時に甘くない強かさもあって、飴と鞭の使い分けが上手い。

 時々見せる厳しさも何というか、決して頭ごなしに突きつけたりしなくて、表現(いいまわし)が上手いと言うか、水が土の根深くまで、しっかり伝わってくるって感じ。

 よりもっと分かりやすく喩えるなら、童話の〝北風と太陽〟の、太陽の方かな。

 

〝少し―――頭冷やそうか〟

 

 ただ、さっきのUFOキャッチャーの時に見せた、晴れ晴れとしてるのに背筋が凍る笑顔の様に、とことんストレートに厳しくなる、時を通し越して底冷えに怖い時もあるけど。

 ほんのついさっきのこととは言え、あの表情は喜色満面なのに蛇に睨まれた蛙みたいになる威圧感たっぷり笑顔を思い出すだけで背中に寒気が走ってきた。

 仲根先生の、主に響に落とされる〝雷〟の方が、まだ温かったと思えてくるくらいに。

 人柄の良い人ほど、怒った時は一際怖いって………本当なんだね。

 

「いらっしゃいませこんにちは」

「高校生四人です、ステージルームは空いてますか?」

「はい、ご案内いたします」

 

 店員さんに案内されて入室した四人でもまだ余裕のある広いステージルームの固執には、天井のミラーボールにカラオケ用のテレビにスピーカーにマイクに注文もできる専用パッドと、テーブルの上には焼き網に換気扇と、どちらの店で見かける光景が合わさっていた。

 

「飲み物は何がいい? お酒と烏龍茶以外はどれでもござれだけど」

 

 パッドからメニューを開いて、『二時間食べ歌放題ランチ』注文した朱音が、飲み物は何がいいか聞いてくる。

 当然私たち全員未成年なので、アルコール類はご法度だけど……どうして烏龍茶も? 地味に気になった。

 

「ほえ? 焼肉と言ったら烏龍茶じゃない?」

「実は肉の脂と言うのは、喉を保護してくれて歌うのに心強い味方となってくれるが、逆に烏龍茶はそれを洗いざらい流してしまうから〝天敵〟となってしまうんだ」

 

 人差し指で自分の喉をとんとんとして、響の尤もな疑問に応える朱音。

 

「へぇ~~そうなんだ」

 

 私も朱音からの目から鱗な知識に感心していると。

 

「はぁ………あっ………」

 

 口を半開きにして〝しまった……〟みたいな、何だか泣きそうな表情と、言葉にならない声で悔しさに震えている翼さんを目にした。

 なんとなくだけど、察しがついた。どうやら翼さん、肉の脂と烏龍茶にまつわる知識を自分の口から解説して披露したかったのに、朱音に先越されてしまったみたいだ。

 ご……ご愁傷さまです、翼さん。

 

 注文して少しすると、部屋の壁のスリットが入っていた箇所が開いてコンベアの付いたレーンが伸びると、真っ白に光るご飯やお肉や野菜の乗ったお皿と四人分のドリンクが自動で運ばれてきた。

 この自動配膳システムは、今の時世ではチェーン店でよく見る光景だけど、きっと初めてこの機能を体験した人たちはさぞかしびっくりしただろうな。

 

 朱音はトングで、運ばれてきた材料を予め温めていた焼き網で焼いていく。

 まずは、始めに食べるのが定番のタン塩。

 タイマーで測ってるわけでもないのに、朱音はさっと肉を裏返すと、丁度いい感じに表面が焼き上がっていた。

 

「焼肉も大層な手慣れ具合だな」

「うちの祖父(グランパ)がバーベキューより焼肉派でね、向こうの『丑角(うしかど)』はバチモンって豪語するくらいのお奉行さんだから」

 

 『丑角』とは、海外進出もしている焼き肉チェーン店の一つで、アメリカでも全米に渡ってアメリカ人たちに人気らしく、お店や地域(日本人がたくさん住んでいる街とか)によっては、日本でお馴染みの焼肉を食べられるところもあるそうなんだけど、やっぱり文化の違いで、どうしても私たちの知る焼肉像と違う点が、色々あるお店も少なからずあるとのことだ。

 今日も面白いカルチャーギャップを話しつつ朱音は、両面とも適度に焼かれたタン塩を、それぞれお皿に乗せる。

 自分の食べる分もきっちり確保しながら、四人均等に渡るように。

 

「いただきま~す♪」

 

 前もって塩で味付けされているとは言え、朱音の巧みな焼き加減もあって、そのまま食べても肉そのものの美味しさに、舌が喜んで味わっているのが分かった。

 私でもこうなので、タン塩をご飯に多めで巻き付けて一口で口の中に入れてリスみたいになっている響は、それはもう美味しそうに食べている。

 勿論これは序の口。

 三角バラ、ロース、カルビに、イチボやザブトン等々と、朱音の手で、赤味と脂身のお肉たちが次々と焼き上がり、私たちの舌を大層堪能させていった。

 

「あゃっ……く、草凪、折角だからこのトマト、差し上げようか?」

「先輩、そういう見え透いてお見苦しいご厚意は慎んでご遠慮致しますので、しっかり食べて下さいね♪」

「は、はい……」

 

 なぜかサラダの一部なトマトを上げようとする翼さんと、それを笑顔でやんわりとオブラートに包みつつ、でもストレートに跳ね除けた朱音とのやり取りがあった。

 実は、食生活も込みでストイックなイメージがある翼さんには、トマトが苦手と言う一面もあった。

 勿論、厳しいところは厳しい朱音が、苦手だからと言って大目に見るわけもなく。

 

「チーズと一緒にサンチュで巻いて食べてみて」

 

 かと言って、無理やり食べさせるほど鬼でもない朱音なので。

 

「おお、これなら私の口でも食せられる、かたじけないあっ……草凪」

 

 苦手でも食べられる食べ方をレクチャーすることでフォローして、ここでもしっかり飴と鞭を使い分けていた。

 

「ところで、歌の一番手は誰にする?」

 

 次のお肉、三角バラを焼こうしている朱音からの言葉で、思い出す。

 お肉の美味しさで、ここが〝カラオケ〟をする場でもあることをあわや忘れかけてた。

 けど喉はここまで食べてきたお肉の脂でコーティングされていると思うので、歌うにはもってこいのタイミングかもしれない。

 

「では、歌の先陣は私が切り開こう」

 

 真っ先に、翼さんが勢いと景気よく乗り出してきた。

 パッドを手に取って、検索を始める。

 

「おお~~~ッ!」

 

 ランチタイムで高くなっていた響のテンションがさらに上がる。

 不思議なもので、カラオケボックスの中では、さっきのゲーセンの時みたいな奇声も気にならなかった。

 

「翼さんの生歌をカラオケで聞けるなんて、私たちぐらいだよッ!」

「う……うん」

 

 一応平静な感じで椅子に腰かけている私だけど、内心実は、響と同じくらい興奮して待ちわびている。

 ああ……胸の奥が、ドキドキしてる、なのに息は、少しでも油断しちゃうと、呼吸を止めてしまいそうだった。

 だって、一介のファンでしかなかった自分が、ツヴァイウイングの………あの翼さんと、プライベートでご一緒して、しかも カラオケの場で生の歌声を聞けるなんて、思ってもみなかった。

 この前、朱音とデュエットを披露した翼さんの歌う姿を間近で拝めた影響でもあるのか、蘇ってくる………翼さんと、そして奏さんのツヴァイウイングの歌を夢中になって聞いていた、あの頃を。

 一度は色褪せてしまっていたあの頃の思い出が、一気に鮮やかさを取り戻してきた。

 毎日、何度も、時間が許す限り飽きるくらいあの二人の歌声を聞いていたのに、全然飽きる兆しがなくて、聞き入ってたっけ。

 その勢いも余って、響にツヴァイウイングを紹介した……んだったね……。

 

〝~~~♪〟

 

 思い馳せて、待ちわびていた耳に、入ってきた前奏。

 あ……あれ?

 私は、その和の香り漂う弦の響を主役としたメロディを、聞き間違いかと一瞬想い、両目が点になった。

 さっきまではしゃいでいた響も、私とほとんど一緒なぽか~んとした表情になってる。

 どう耳をすましても、やっぱり聞こえてくるのは、時々テレビのチャンネルを回している時に見る歌謡ショーの番組か、下手をすると大晦日のアーティストたちが紅と白に分かれて競うかの特番ぐらいしかお目にかけていない―――〝演歌〟そのものな、音色でした。

 そしてモニターには、『恋の桶狭間』と言う、演歌には疎い自分たちでも演歌だと分かる、演歌らしい、私たちも名前は存じているあの織田光子さんの名曲(なにしろCD冬の時代と言われたご時世でCDが二千万枚も売れたと言う怪獣並みと言ってもいい大ヒット曲)の名前が、大きく出てきました。

 

「渋い……」

 

 まさかの翼さんのチョイスに、私の口はこの一言が零れるので精いっぱい。

 まだ呆気に取られている私と響をよそに、天井のミラーボールが色んな色の小さな光を張り巡らす中で、翼さんは私たちに深く、粛々と一礼すると。

 

「唇に~な~んてことするの? 罪の味~教えたの~あなた~~悪い~人~~♪」

 

 顔を上げると同時に、音色に乗って歌い始めました。

 聞き慣れたあの歌声とは真逆の、でも翼さん以外の何者でもない、独特の澄んだ高音の利いた歌声が、演歌らしいこぶしも利いて込められて奏られ、私たちの耳に響いてきます。

 

「二人とも、驚いた?」

 

 ぽか~んと口を開いたまま聞いていると、朱音が茶目っ気たっぷりで瞼を猫の輪郭にさせた笑顔を向けてきた。

 本当に驚いた、驚かされた、驚きが隠せなかった………本当その通り、他に言い表しようがない。

 私たちがこんな心境になるのも無理はない話で、翼さんが歌そのものに嵌ったきっかけが演歌なくらい〝演歌マニア〟であることは、今までメディアからでも公式でも一切、公に明かされたことのない事実だった。

 

「朱音ちゃん、翼さんが演歌好きだったの知ってたの?」

「私もつい最近知った身だが、前から薄々そうではないかと思ってた」

 

 朱音の話では、以前から翼さんの歌声からは演歌の趣きを感じ取っていたらしい。

 ネットでの翼さんの評判でも、演歌との繋がりを言及した意見は、自分が知る限りでは見たことなかったので、朱音の聴覚と音感の鋭さが窺える。

 

「多分、演歌の癖を矯正するのに相当苦労もした筈、〝日本海が見える〟なんて言われるくらいに」

「~~ッ!」

 

 そう朱音が言った直後、一瞬だけどサビに入る直前だった翼さんの歌唱が若干乱れを見せた。

 今の翼さんのリアクションから見るに、本当に言われたことがあるらしい。

 

「お許しください~~嫉妬は~乙女の花火~~♪」

 

 けれどもそこはプロのアーティスト、何事も無かったかのように持ち直した。

 堂に入った、貫録すらも感じさせる、こぶしを強く利かせた翼さんの歌声と、歌う姿。

 すっかり私たちは、夢中になって聞き入っていました。

 

 

 そして、これは後から翼さんに聞いた話だけど、昔実際に奏さんから『翼の歌声って日本海が見えるよな』と言われ、ツヴァイウイングデビューまでに何とか演歌の癖が抜けた歌い方をマスターしようと特訓の日々を送っていたとのことです。

 

「さあ、二番手は誰だ? どこからでも来い!」

 

 アーティストとしても、守りし者(翼曰く防人)としても、風鳴翼と言う一人の人間にアイデンティティーの根幹を為す一角でもある『恋の桶狭間』を熱唱し終えて、私たちから拍手を貰った翼は、〝挑戦を受けるッ!〟みたいな得意満面な調子でマイクを差し出してきた。

 私は何番手でもいいんだけど、一応確認しておく。

 目線を響に向けると、響は顔と手を左右に振って、〝ごめん、無理だよ〟と表情で言ってきて、〝どうぞどうぞ〟と手(ジェスチャー)で譲ってきた。未来にも目を向けると、ほとんど同様のリアクションを彼女からも取られた。

 すっかり翼の、場を歌謡ショーに変貌させる大熱唱だったオンステージを前に、ファンな二人は聞き入っていた反動で及び腰になってしまっている。

 ここはカラオケ、みんな楽しくノリよく歌い合えばそれでOKな場。別に歌唱力の白黒を決めたりだとか、歌手としてプロデビューできる全国規模のオーディションの類をやってるわけじゃないんだから、そんな遠慮しなくてもいいのに、やれやれ。

 しょうがない。

 

「それじゃ、私が行きましょうか」

 

 私が名乗り出て、次の曲選びを検索し始めた途端、響と未来はわくわくも籠ったエールの眼差しを送り、翼は両腕を組んでどんと来いと待ち構えている。

 こうも期待されていると、応えないわけにはいかないな、せっかくだから、こちらもみんなをあっと言わせるチョイスをしよう。

 私は直感、そして心の赴くままに、次の曲をあの〝歌〟に決めた。

 それじゃ、行きましょうか。

 

 

 

 

 曲を選んだ朱音は、手にしたマイクをくるくると器用に回して小さな壇上に上がる。

 テレビ画面には、英語の曲タイトルが出てきた。

 直訳だと『別の日が来る』、かな?

 スピーカーからは、ピアノの音色が流れて来た。

 何だか、月明かりが注ぐ真夜中の、水の中のイメージ思い浮かんでくる、静かな旋律。

 

「この曲前奏結構長いから、少し待っててほしい」

 

 そう前置きを口にした朱音の言葉通り、暫くはピアノの独奏による前奏が続いた。

 水面のさざ波が、大きくなる様に、音色のテンポが上がる。

 朱音は両手でマイクを握りしめて、一度目を閉じる、同時にピアノのソロが終わり、ギターのメロディが響いてきた。

 まるで………少しずつお陽さまの光が昇って、空を照らしていく様な。

 そして、閉じていた朱音の瞳が開かれた瞬間。

 

〝―――ッ!〟

 

 一変して、大音量が耳に押し寄せてきた。

 

「ひぃ! あ~~びっくりした……」

 

 響もびっくりして、変な声を上げる。

 

「Another day~~~Co~mes~~♪」

 

 荒々しくハードな、ギターとベースとドラムによるパンクロックサウンドと言う荒波に乗って、ライブハウスよりも小さい舞台の上、朱音の歌声が歌の名前を発し、日本人離れしたネイティブな響きで英語の詩を奏でていった。

 伸びやかで力感たっぷりかつ迫力もたっぷりに、パッションを迸らせて訴えかけてくる、朱音の歌唱(ボーカル)。

 

「As long as you are here~~~I wil Sing~~~―――ッ!♪」

 

 それと、サビの頂(いただき)に挟み込まれる、見上げるほどに巨大な怪獣が、天空へと上げる咆哮にも似た、〝叫び〟そのものな――〝スクリーム〟

 私たちは、息を呑んだまま、釘づけになっていた。

 朱音が歌い終えた頃には、トラックを疾走したわけでもないのに、呼吸が少し乱れていた。

 それぐらいに、二曲続けた、翼さんと朱音の〝歌〟に、圧倒されていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 一番手が翼。二番手が朱音。――の順から始まった昼食(ランチ)も兼ねたカラオケシングタイム。

 最初こそは一人一曲ずつ四人均等に歌う機会を設け、響も未来も、この場での自分の持ち歌を何度か披露していたのだが。

 歌う割合が均等になるよう努められていた〝秩序〟は、段々とそのバランスを変質させていった。

 正確には、朱音と翼が歌う割合が、どんどんどんどん、増えていった。

 お分かりかと思うが、敢えて言うとこうなっていったのは、大体この二人の歌姫の熱の入った歌唱が原因である。

 片翼(ソロ)となった現在も、日本のアーティストのトップ街道を走り続け、海外の音楽界も認めるプロ中のプロな翼。

 そこらのプロとは比べものにならぬ、並みのプロでは深々と頭を下げること請け合いな、プロ顔負けの歌唱力とパフォーマン力を持つ朱音。

 そんな〝口からCD音源〟レベルなこの二人の〝初手より奥義を仕る〟な選曲と歌い様は、お互いの歌女(うため)としての心(ハート)に〝火が点いて滾り、踊り昂る〟には―――充分過ぎた。

 

(あ……あれ?)

 

 未来の目は見た、確かに見えた。

 二人の瞳に映る、彼女らの〝心の炎〟を。

 

 翼は織田光子氏のディスコグラフィを筆頭に、遠い昭和の懐かしき時代の曲から現代でも新たに生まれ出ている和の香りたっぷりな演歌、歌謡曲を。

 朱音は古今東西の映画、または特撮スーパーヒーロー(弓美ほどではないが時々アニメ)の、作品を彩る主題歌やここと言う名場面で飾られてきた挿入歌の数々を中心とした――それぞれのラインナップでせめぎ合う。

 

 朱音が六〇年代に公開された殺しのライセンスを持つ英国スパイの代表作の主題歌を、映画の作風雰囲気ぴったりに艶やかに色味を帯びた声で歌えば。

 翼は同じく六〇年代に、当時の日本の酒の場を謳ったブルースを、ムーディーに渋く歌い。

 

〝キラッ☆!〟

 

「流星にま~た~がって、あなたに急上昇~~oh~oh~♪」

 

 朱音が、某ロボットアニメの超○空シン○レラアイドルのかの曲(こらそこ、朱音なら銀○の妖精の方が似合うんじゃないと言わない)を、劇中の振り付けも、サビの出だしのキラリ☆も完璧にトレースしてキュートに歌うと。

 

「ああ~~津軽海峡~~冬景色~~♪」

 

 ならばと翼は、二〇世紀昭和の時代の演歌歌手の代表格がブレイクするきっかけとなった演歌そのものとしてもトップクラスの知名度を誇る歌を、北海道と青森の間に流れる海の雪景色を明瞭に想起させるくらいに熱唱し。

 

「Come together~~right now~~over me~♪」

 

 二〇世紀を代表するバンドグループのボーカルのソロの代表曲でもあり、アメリカンコミックのヒーローたちがチームを組んで悪に立ち向かう実写映画の主題歌としてカバーされたこともある名曲を朱音が唱えれば。

 

「今~一人一人の~~胸の中~~目を~覚ませ!♪」

 

 対して翼は、かのガラケーで変身する仮面の戦士の主題歌を主演俳優自らが昭和歌謡風にアレンジしたカバー版を歌唱し。

 

「Be~the one~Be the one~All right~明日の地球を――投げだせないからッ!♪」

 

 だったらと朱音は、九〇年代の邦楽を盛り上げたミュージシャンたちのコラボでもあり、日本のベ○トマ○チなボトルで変身する仮面戦士の主題歌を熱唱する。

 

「響は次何歌うか決めた?」

「いや~~もうほとんど持ち歌使い切っちゃったし、聞いてるだけでお腹一杯になっちゃうって言うか………未来は?」

「あはは……実は私も、何度かここがカラオケだってこと、忘れてて」

 

 カラオケとしてはいかがなものかと言いたくもなる状況になりかけていた。

 が、今やこの場は朱音と翼によって、カラオケボックスと言う空間の皮を被ったライブ会場と化している。

 なので、響たちからしてみれば、聞き手側にいるだけで、堪能し、満たされていた。

 何せ、あの色気より食い気のご飯&ご飯な響が、いつもより食べる量が少ないなるくらい(それでも常人からは腹八分目どころか十分目をとうに通り越しているが)だ。

 それほどまでに二人の奏でる音楽に魅入られているに他ならない。

 

 一方、ここまで全力投球で歌い続けている二人の喉は、全く一向に消耗を片鱗すら見せる気配がない。

 しまいには、二重奏(デュエット)と言う形でのメドレーセッションまでに至っていた。

 歌い手が二人、観客も二人、ミニマムだが、ミニライブでは収まり切れない

 

 トランプカード×昆虫または蝙蝠×吸血鬼モチーフの仮面戦士の主題歌も歌ったこともあるアーティストの、ただ夢を見ているだけではいられない女性の心情を謳ったデビュー曲。

 

 お酒のCMでもお馴染みであり、一度は苦い思い出となった想い人への恋慕を、今でも胸に宿す恋心を描いた一曲。

 

 バスケットボールに青春を捧げる高校生ドラマを描いたスポーツ漫画原作アニメの金字塔のタイアップ曲。

 

 王子様を目指す男装の麗人な少女が、世界を革命する力を求めて決闘に挑む九〇年代アニメのオープニング曲。

 と、同じ歌い手による。

 秋葉原を舞台に、AIペットを巡る少女たちの友情とバトルを描いたアニメの主題曲である、日本語訳で『誕生』を意味する題名な一曲。

 

「残~酷な~天使のように~~♪」

「少年よ~~神話にな~~れぇぇ~~~♪」

 

 そして、次なる曲が、荘厳なる前奏(コーラス)。

 同じく九〇年代、爆発的な社会現象を起こしたかのロボットアニメの名曲。

 

〝~~~♪〟

 

(え、英語!?)

 

 しかも、朱音は出だしから続く一番目の歌詞を、英語の訳詞で詠うアレンジまで披露した。

 帰国子女で英語も堪能、現に英語詞の歌をいくつも朱音は歌っていたと言うのに、響は仰天させられる。

 対して翼は、彼女の〝アドリブ〟に全く動じることなく応じ、英語詞に歌い替え。

 二人は詩を日本語と英語とで行き交いさせた目覚ましい協調(ハーモニー)を見せてきた。

 

〝英語は何て言ってるかさっぱりだけど凄いよね!〟

 

 と、もう何度目かもしれぬ、胸から昇る興奮と感嘆の気持ちを共有しようと、響は未来(しんゆう)に伝えようしたが、前述の言葉は彼女の口からは出ずに。

 

「み……未来?」

 

 頭を傾げて、友の名を口にして訊ねる。

 

「え? なに響?」

「その、上手く言えないんだけど………なんか未来の様子が気になって、はは……」

 

 朱音と翼が高らかに歌う姿を、口が慎ましく開き、瞬きも忘れてまざまざと見つめる彼女に、響は自分でも上手い表現が見つからない、言い知れぬ感覚が過ってきたのだ。

 

「朱音と翼さんって、良い意味で〝ライバル〟だなって、思ってたの」

 

 未来は響からの問いかけに、微笑みと一緒に答える。

 

「ら……らいばる?」

「そう、だって二人とも、あんなに楽しそうに〝負けないぞ〟って、競い合ってるんだもん、ライバルって言葉が一番ぴったり………私が陸上やってた頃は、そう呼べる相手がいなかったから、ちょっと羨ましくてね」

 

 ライバル――好敵手。

 英語だと、『対立し続ける相容れない相手』と意味合いでもあったりと、特に欧米の方では好ましくないイメージも有してはいる。

 

「「残酷な~天使の~テーゼッ! 窓辺から~やがて~飛び立つ! ほと――ばしる熱いパトスでッ――思い出を裏切るな~らッ!♪」」

 

 それでも、この二人の歌女の関係性の一つを、一言で表すならば、未来が言ったように、この言葉が最も似合うだろう。

 朱音も翼も、今ではお互いへの感情に、〝対立〟の二文字はない。

 むしろ、戦士としても歌い手としても互いの実力を認め、敬意の念を抱き、人となりも含めて、戦場でも舞台でも、強い信頼を築きあげている。

 その上で――〝負けられない〟――と、意識し、リスペクトし合いつつも、競い合って歌い合い、共に自らの〝歌〟をより磨き上げ、高め合っている。

 

「きっと――〝競う〟ってことも、その人たち次第、なんだよね」

 

 ならばやはり、好敵手(ライバル)であると表するのが、最も相応しい。

 

「「この宇宙(そら)を~~抱いて輝く~! 少~年よ神話にな~れッ!♪」」

 

 

 ―――――――

 

 

 朱音と翼はメドレーを一度切り上げて歌い終え、場は響と未来の拍手で包まれた。

 

「さあ、今度は四人全員で思いっきり歌おう」

「「えぇぇぇーーッ!?」」

「お、それは良い提案だな」

 

 朱音からの突然の提案に、当然二人は驚愕。

 それはつまり、天下のトップアーティストと一緒に歌うことに他ならない為、足踏みせざるを得ない。

 

「こんなチャンス、滅多にないんだから、この波に乗らない手はないよ」

「朱音ちゃん、なんか妙にノリノリじゃない?」

「あら? 私はいつだって波(ノリ)に全力で乗るのは得意なんだ、知らなかったかい?」

 

 いつにも増してテンションが上がって押しの強い朱音は、こう返す。

 こうして、本当に滅多にお目に掛かれない四重奏(カルテット)で、次なる曲の幕が上がる。

 

「瞳の~奥の真実~吸い込まれそうな~♪」

「笑顔の裏の真実に~~♪」

「柔らかな~~愛!♪」

「僕が届け~~に行くよ~~~♪」

 

 選ばれた曲は、朱音が『純真なる第一歩』と意訳し、翼が運命を感じたと言うあの狼っ子も登場する魔法少女のアニメの、代表曲。

 

「「「「僕の名前を呼~んで~~~あの日のように~~笑いかけて~~♪」」」」

 

 抒情的(リリカル)なメロディに乗って、四人の歌声が響き合い、奏で合っていった。

 

 

 

 

 

 

つづく、と見せかけてもう少しおまけ――その頃司令室では~~♪(リディアン校歌)

 

「司令、大変です」

「どうした?」

「ポイントX-913にフォニックゲインの反応が見られます」

「何だと!?」

 

 ちょっとした、騒動になっていた。

 

今度こそ――つづく。

 




翼さんと朱音の今回のデュエット曲は、奈々さんとコラボしたことがあるアーティスト縛りで選んだのですが、結果ほとんどが90年代の曲になっちゃいました(汗


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#46 - 夢を見つけて

ようやく新年壱打目です(汗

出だしのクリスちゃんママが歌ってる歌のモデルは『タイム・トゥ・セイ・グッバイ』
聞いてみれば『あ、あの曲か!』と分かると思います。

そんで今回朱音が歌ってる歌のモデルは。ウルフルズの『そら』、いわずと知れたガメラ2の主題歌です。

追記:次の話の出来具合の影響で、前篇を消しました。


 律唱市内のある駅地下。

 構内に設置された自販機コンビニ、通称ASDの、電子マネーのリーダーに、ヒールの厚さを足しても小柄な、パーカーワンピとフリルスカートの服装でフードを深々と被った少女――雪音クリスは、先日朱音から貰い受け、腕に付けているスマートウォッチをタッチ。

 どれにするか、ガラス越しの商品たちを指でなぞりつつ、迷った末に、ハムサンド、卵サンド、アンパン、パック牛乳のそれぞれ割り当てられた商品番号を入力。

 取り出した商品を、傍らに吊り下げられているレジ袋の束から引き抜いた一枚に入れて、その場を後にする。

 朱音から金銭的援助を受けたクリスは、半ばホームレス同然の根無し草な生活から、ホテルを転々とする日々へと変わっていた。

 最近は全自動精算機を導入したホテルも少なからずあるので、人目に気をつけていればクリス一人でも宿泊することは可能だった。

 階段で地下道から、車両と通行人が行き交う地上を出ると、そそくさと喧噪を潜り抜ける足取りで今泊まっているホテルに入り、エレベーターに乗り、客室(シングルルーム)の前まで着くと、懐に入れていたカードキーで開錠して部屋に入る。

デスク前の椅子に座ると、机上に置かれているレンタルのノートPCを立ち上げてインターネットを繋げる。

 検索サイトから、ワードを入力し、動画サイト内のあり動画をアクセスした。

 画面に映し出されているのは、クリスの母であり、声楽家のソネット・M・ユキネが、コンサートホールにてオペラティック・ポップの代表曲『貴方とともに旅立つ』を歌う、生前の映像。

 買ってきたばかりのサンドイッチを、牛乳を挟んで頬張りながら、クリスは眺める。

 同時に、クリスの頭の中では、二つの記憶(えいぞう)が流れていた。

 

 一つは、遠い昔、幼き日に見た、バルベルデの人々へと振る舞われる、父・雪音雅律のヴァイオリンの演奏と、母の〝歌声〟。

 

 もう一つは、自分が起こして来た特異災害に見舞われた被災者たちに〝歌〟を送る、朱音と翼ら、装者(うため)たちの姿であった。

 

 

 

 

 久々にプライベートで、舞台(ステージ)と戦場(いくさば)以外の場にて朱音たちと存分に歌った後、映画も一本見た。

 お互いの意識が頻繁に入れ替わるようになった二人の高校生の男女が、異なる地、異なる時間に生きている〝壁〟を越えて惹かれ合っていくアニメーション映画であった。

 クライマックスで劇伴も担っていたバンドグループの挿入歌が、ここ一番で流れ始めた頃には、自分も入れた四人全員とも、各々の泣き顔で物語に没頭していた。

 その次は朱音の提案で、市街一面を夕刻は夕陽とともに一望できる高台の公園へと、今向かっている最中であるのだが。

 

「翼さぁ~~ん!」

 

 長い階段を登る中、上から響いてくる立花からの私を呼ぶ声。

 

「三人とも………なぜそこまでまだ甲斐甲斐しいのだ?」

 

 映画館からはさほど離れていなかった為、ここまでずっと己が足一本で移動してきた。

 同じ距離を歩んで来たと言うのに、これでも日頃から歌女としても防人としても欠かさず鍛えている身だと言うのに、私はすっかり肩で息をするほどにくたびれてしまっており、全身に疲労感の重みが伸し掛かる中、どうにか一歩ずつ階段を上がっていた。

 頂上の公園を見上げれば、とっくに立花と小日向は到着しており、大きくこちらに手を振る姿が見えた。

 

「翼(せんぱい)がへばり過ぎなんです、慣れないことばかりでしたから今日は」

 

 あれほど焼肉で摂取したカロリーを全て使い尽くす勢いで、私と何曲にも渡って全力で競い歌い合っていた筈の朱音も、涼しい微笑みで私の鈍いペースに合わせられるくらい体力はまだ余裕が見られ、数段先にて私を待っていた。

 

「手を貸しましょうか?」

「いや……施しはありがたいが、そこまでには及ばんよ」

 

 朱音は純然たるご厚意で、手を差し出してきたが、我ながら意地っ張りな私は丁重に遠慮させてもらい、なけなしの体力を振り絞って残り僅かな段数を何とか登り切って、目的地に辿り着けた。

 荒くなった息を整えようと、幾度か深呼吸。

 すると全身の疲労感が、ライブにてプログラムの曲を全て歌い切った瞬間に似た、心地いいものへと変わった。

 少々汗が浮き出た額や首筋に、宙に吹くそよ風が沁み込み、疲れた身体の癒しとなって気持ちいい。

 髪の揺れる感触すら、長いこと味わっていたいと思わせる程だ。

 

「う~~ん、美味しい」

 

 腕を伸ばし、実った胸を膨らますほどの呼吸で、空気を頬張った朱音がそう零す。

 私も、同じ心境で新鮮な驚きを感じた。

 澄んだ空気と言うのは、これほどまでに旨味のあるものだったのか。

 

「あ、朱音ちゃんと翼も見て見て!」

 

 立花に促され、目を開けてフェンスの向こうへと向けると。

 

「お、いいタイミングで来れた」

 

口の息が呑まれ、瞼が大きく開かれていく目が捉えたものは、私の意識(こころ)を釘づけにさせる。

 そこには、沈みゆく太陽の、今日の最後の輝きに照らされた………〝世界〟が広がっていた。

 朱音からのお墨付きに違わず、ここは律唱の街々も、その先の東京湾すらも一望できた。

 

「はぁ……」

 

 胸の奥の、そのまた奥深くの、己の魂の、感服の音色(ふるえ)が昇り、吐息となって現れる。

 この前、朱音と哀悼の歌(いのり)を奏でた時も、かの日差しを浴びて歌ってはいたが、こうして改めて眺めると、夕焼けとは………こんなにも綺麗で、心を揺さぶらせる風景であったのか…………。

 夕暮れ時の一際に鮮烈な陽光は、地平、水平線の遥か彼方まで広がる空を、そこに流れる雲を暁色に染め上げ、大から小まで、あらゆる建築物は影絵となって地にそびえ立っている。

 海原を見れば、遠間からでも揺らめく水面が陽光を受けて無数の光点を点滅させていた。

 沈みゆく太陽の円が、東京湾に触れ始め、海面は陽光で一筋の道ができ、空は少しずつ夜の紺色へと変わりゆく。

 

「わぁ~~」

「きれい……」

 

 半ば釘づけとなっている立花と小日向が、感嘆の声を上げる。

 私も、その光景に心ごと、目を奪われる。

 それなりに長く過ごしてきた筈の律唱(このまち)で、このような森羅万象が生み出す芸術にも等しい、幻想的な趣きさえある絶景が存在するとは………思ってもみなかった。

 何より……〝初めてだ〟。

 こんなにも………〝世界〟と言うものを―――

 

「―――広くて、綺麗だと思ったのは…………あっ」

 

 この情感を、胸の内で呟くつもりが、無意識に声にしていた。

 一泊の間から、自覚し、反射的に手を口元に添える。

 今日は何だか………〝知らない世界〟ばかり見てきたような、感覚だ。

 

「翼(せんぱい)」

 

 そこに、私を呼びかける、朱音の声と、私よ目を見つめ合わせてきた、朱音の……暁の光で一際煌びやかな、翡翠色の眼(まなこ)。

 

「その〝広くて綺麗な世界〟とそこで生きている命が、こうしてまた一日を終えて、明日に繋げられるのは、先輩が守ってきたくれたから、ですよ」

「な………な、なんだ、そんな………改まって………」

 

 奇襲を受けたも同然な私は、彼女からの眼差しを直視できなくなり、しどろもどろとなる。

 夕陽の刻であることがこれ程にありがたいと思ったことはない、頬の赤味を誤魔化してくれるのだから。

 困惑する以外にないではないか………いきなりそのようなことを口にされて。

 私にしてみれば………防人としての己も、歌女としての自分も、今でもまだまだ半端者だと自負している。

 引いた目測で振り返っても、奏を喪って………朱音たちに救われるまでの、虚しく惰性に、自分を見失い彷徨うがままに、修羅の剣に固執して戦いに明け暮れ過ごしてきたこの二年は、やはり生き恥ばかりで、周囲の人々に迷惑と負担を被らせてばかりな、無様なもので、とても称賛を受けられるようなものには見えなかった。

 以前〝一人の人間〟としての緒川さんからも、立花からも希望をもらったんだと言われて、それはまんざらでもない。

 だが……厳しい見方を取れば、それは結果論でもある。

 どう見比べてみても、やはり自分のこの二年より、自ら装者にして歌女の道を選んだ奏と、再び〝守護者――ガメラ〟の道を選んだ朱音のこの数か月の方が、人々に〝希望〟を与えていたように、どうしても見えてしまう。

 だから………世界と、そこに生きている人々が今日を終えて、明日に続けられるのは自分が守ってくれたから、などと改まって言われた言葉は、私には夕暮れの陽光より、眩しすぎた。

 もし、本当に緒川さんに立花たちの言う通り、自分の〝歌〟が誰かの力になっていたのなら、喜ばしくはある。

 でも、それをはっきり自らの誇りとするには………まだ、自信も、確信も足りなかった。

 もう二年経つと言うのに、私は………舞台裏の片隅で不安に揺れながら縮まっているあの頃のまま…………いや、実際の時以上に長きにわたる遠回りをし続けて、やっと〝奏といた頃〟と言う振り出しに戻れたばかり、なのだ。

 

「だからこそ、先輩には、翼には知ってほしかった」

「な……何を?」

 

 わざわざ名前(よびすて)に言い直した朱音に、私はさらに身構えさせられる。

 幸いにも、立花たちは夕暮れの景色に夢中であった。

 

「自分では〝戦う以外に何もない〟、今日を〝知らない世界〟に来たと思っている翼も、この世界に立って、そしてその世界の色んな〝命〟と繋がって、生きているんだって」

 

 微笑んで、語り掛けてくる朱音。

 何……だろうか?

 朱音の今の笑顔は、友となってからのこの短期間で、様々な形で幾度も目にしてきた………が、その不思議な笑みは、初めて見る〝顔〟だ。

 まさについ今しがた私たちに照らされる、この夕焼けの輝きの如く、麗しくて、たおやかで、柔らかで、温かな。

 今の自分の表現では、朱音のその形容を言葉で表すには、これが精いっぱいだ。

 

 ただ―――お陰で、見つけられたものがある。

 ああ……そうか。

 今、ようやく私は、はっきり分かった。

 

〝なあ翼、誰かに歌を聴いてもらうってのは、結構気持ちのいいもんだな〟

 

 あくる日にて、奏がふと零した奏の、ずっと分からずにいた、あの言葉の意味を。

 そして奏が、何の為に、胸の内にどんな想いを持って、最後の最後まで、歌を歌い続けてきたかを。

 

 

 

 

 

 それから、およそ十日の時が過ぎた。

 かねてよりの翼のソロライブが翌日に迫る中、その日は舞台となるコンサートホールにて入念なリハーサルが行われていた。

 

「リハーサル、良い感じでしたね」

「はい」

 

 経過は順調、翼自身のコンディションも、心技体ともに良好を越えて好調であり、いつでも明日の本番を迎えられる中、ホール内に訪問者が来たと知らせる足音が反響する。と

 その訪問者は、ジャージ姿の翼といつものスーツと眼鏡姿の緒川と正面から向かい合う形で、歩み寄ってきた。

 

「トニー・グレイザー氏……」

 

 穏和な面持ちに驚きを見せた緒川は、ラウンド型なブロンド色の髭を蓄え恰幅の良い長身から英国紳士的な気風を携える朱夏なご年代ながら、瞳は若々しい瑞々しさを秘めているそのイギリス人の名を口にした。

 トニー・グレイザー。

 イギリスの大手レコード会社『メトロ・ミュージック』のプロデューサーであり、翼に海外移籍と進出を持ちかけ、巷を騒がせた張本人である。

 

「中々良い返事を頂けないので、こちらから直接交渉の為に出向かせて頂きました」

 

 グレイザーは流暢ながらブリティッシュな気韻も感じさせる日本語で、訪問した理由を明かす。

 

「Mr.グレイザー、その件ですが……」

 

 マスメディアにはまだ正式に公表してはいないものの、翼側からは一度グレイザーからのスカウトに対し、断りの返答を送っていた。

 が、その回答はグレイザーにとっては、とても納得しかねるものだった。

 逆を言うと、向こうからの回答が納得できる代物であれば、喩え謹んで断られたとしても、彼は了承する気ではあったのだが、そうはならなかった為、直接翼本人と面と向かい合う形で返答を聞くべく、自ら腰を上げてイギリスより来日してきたのである。

 

「先日お伝えした通りっ―――あ、翼さん……」

 

 緒川の言葉を、翼の手が制止させる。

 

「もう少し、お時間を頂けないでしょうか?」

「と言うことは、考えが変わりつつあると?」

「はい」

 

 グレイザーはしばし、以前と明らかに変わった翼の、曇りが消えて晴れやかさが澄み渡る〝眼〟をまじまじと見つめていた。

 

「なるほど………分かりました、〝今の君〟が出す答えであれば、どのような形になろうとも、その意志を尊重しましょう―――明日のライブ、一ファンとしても楽しみにしていますよ、Ms.ツバサ」

 

 

 

 

 

 この時グレイザー本人に対し、〝時間が欲しい〟とワンクッション置いた翼であったが、実際のところは、とうに〝心〟は決まっていた。

 

 

 

 

 

 この、翼の意志が決まった直接の〝きっかけ〟は、遡ること、かの響たちと四人によるダブルデートの日の、翌日。

 午前の分の授業が終わり、リディアン校舎に昼休みを告げるチャイムが鳴り響く中、ノートと教科書を整頓する朱音。

 

「草凪さん、今日のお昼はどうしますか?」

「ごめん、今日も〝先約〟が入ってて」

「例の〝人見知りの恥ずかしがりやさん〟な新しい友達と?」

「そう」

「そろそろ私たちにも紹介してよね、その子、何となくあんたや響くらい、アニメキャラ並みにキャラ立ってそうなイメージあるのよね」

「いずれちゃんとするさ」

 

 ランチトートを手に教室を後にしようといくつか歩を進めた朱音は、一度立ち止まると。

 

「そうだ、先に名前だけでも教えておくよ、風鳴翼先輩だ」

 

 ある意味で、爆弾発言を創世たちに放り投げてまた歩き出した。

 

「な~んだ風鳴翼さんか………って」

「今、確かに〝風鳴翼先輩〟とおっしゃいました……よね?」

「私たちの聞き間違いじゃ………ないってことは………」

 

 一泊置いて。

 

「「「えぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!」」」

 

 三人の口から同時に轟く、絶叫が起きた。

 

 

 

 

 リディアン校舎の屋上庭園の一角で、私と翼は今日の昼食(ランチ)を取っていた。

 最初にサンドイッチをご賞味させて以来、日にもよるけど平日のランチタイムは時々一緒に、雑談を交わしながら送るようになっていた。

 翼によると、学校でお昼を取れる日は、緒川さんお手製の弁当を食べることもあるそうなんだけど、最近は二課のエージェントの仕事も忙しくて調理する時間の確保に苦労しているらしく、ならばと私がフォローを願い出たのがきっかけ。

 

〝感謝します、翼さんのご健康、お願いしますね〟

 

 あの家事超人でもある緒川さんから全幅の信頼付きで快く了承してくれたので、私としても気合い入れて袖を捲るくらい腕がなるものだ。

 

「今日もまた本格的だな……」

「ちょっと気合い入れすぎちゃった♪」

 

 ランチトートから楕円型の弁当箱二人分(じぶんとつばさぶん)取り出して、蓋を開ける。

 今日は七草と玄米混ぜご飯に、鶏胸肉と三色ピーマンのチンジャオロース風炒めとオクラ出し巻き卵にニンジンサラダの組み合わせにしてみた。

 

「朱音はここまでのものを作れると言うのに………くっ………私は味噌汁一つすら満足に作れない」

 

 ただ、つい腕がなり過ぎた結果、今みたいに翼がどよよ~んとショックを受けてしまう時があったりすることも。

 聞けばこの間、時間ができた時に思いきって料理にチャレンジし、ネットの検索で見つけた『メッチャ簡単味噌汁の作り方』と言う題名なHPに載っていたレシピを参考に味噌汁を作ってみたそうなんだけど………どんな結果になったかは落ち込む翼が雄弁に語っていた。

 本人から確認できただけでも。

 

 ぐつぐつと湯を沸騰させて、折角の香りも旨味も消し飛ばす―――初手からもうスリーアウト。

 切った筈の油揚げが全部繋がっている。

 大根の桂剥きをやろうとして薄く剥き過ぎ、沸騰したお湯でほとんど溶かす。

 適量を端から無視して、高級味噌を大量投入。

 メッチャ簡単どころかメチャクチャのオンパレードだった。

 材料を切るくらいならこなしそうだと思ったけど、やっぱりノイズを刀で切り捨てるのと、包丁で食材を丁寧に切るのとは、勝手が違うわけで――〝餅は餅屋〟と言うことだ。

 

「でも猫の手も知らないでいきなりやるのは頂けないし危ないよ、剣術で言うなら基本的な刀の持ち方も知らずに真剣持たせて藁を切れと言うようなものじゃない……」

 

 想像するだけで笑いが込み上げかけた一方、さすがに私も剣術を比喩に使って苦言を呈したくもなった。

 

「全く以てその通りだ………面目ない………どうかこの未熟な己を叱ってほしい」

「いや待って、そこまで思いつめることないから」

 

 翼は、椅子に座っていなければ、地面におでこと両手を密着させるくらい深く陳謝した。

 この典型的料理音痴な翼とこんなやり取りを交わし、物陰に隠れている創世と詩織に弓美の三人組に『最初からバレバレだ、後でちゃんと説明するからお引き取りを』とこっそり手早くスマホでメールをした。

 時々一緒のランチを『先約がある』と丁重に遠慮するわけを知りたくて、こっそり着けてきたってところか。

 後でどうやって翼とランチを食べ合うくらいの仲になったか聞かれるだろうが、前もって言い分は考えてあるので(だから敢えて、その友達が翼だと堂々と言ったのだ)、問題はない。

 

「「頂きます」」

 

 合掌で一礼した私たちは、ランチを取り始める。

 最初にサンドイッチを食べて以来、すっかりお気に召したようで、今日も満面で、頭の周りに音符が回ってそうなくらい陽気に美味しそうに笑顔で食べている。

 見ているだけで、こっちも貰い笑みをして、自分の作った料理を美味しく味わえられたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「おそまつ様でした」

 

 陽の光とそよ風を気持ちよく食べ終えて締めの挨拶もし、片付けた直後、翼は周囲をきょろきょろと、ミーアキャットみたく見回して近くに私以外に人がいないことを確認する。

 

「大丈夫、今は私たち以外誰もいやしないよ」

「――のようだな、ならばこれで心置きなく渡せる」

 

 翼は制服の内ポケットから、長方形の紙の束を取り出してテーブルに添えた。

 これって、もしかして………。

 

「その、な………昨日の、細やかながらのお礼だ、受け取ってくれ」

 

 少し照れた様子で翼が差し出したのは、なんと開催日当日まで十日を切った彼女のライブチケット。

 

「立花と小日向のと、あとあの三人の級友の分もある」

 

 しかも、響と未来の分どころか、創世たちの分も入れて六枚もあった。

 

 実は装者としてのガメラとなる以前から、かの翼のライブには行きたいと思っていたのだが、当然チケットは一枚手にするだけでも一苦労で、しかも装者としての活動で中々買う機会に恵まれず、その数少ない機会すら悉く籤運に恵まれないまま販売終了してしまった。

 何度か再販売も行われたけど、開始して五分も経たずに完売して乗り遅れる始末だったし、しかし津山さんたちはちゃっかりゲットしていたので、知らされた時はほんと悔しかった。

 

「ありがとう翼♪」

 

 半ば諦めかけていた中での、翼本人からのお礼としてのプレゼント、私は大気圏を突破しそうな勢いのバタフライな気持ちで舞い上がり、歓喜一杯に受け取る。

 気がつけば昨日のゲーセンで、運命を感じたと言うお人形を一発でゲットした翼ばりにくるくると舞っていた。

 今の翼の歌声を、改めてライブで他のファンの方々とともに拝みたいと願望があっただけに、まさに福音。

 勢い止まらずに、ついには日本のネオ・サイケデリアバンド『エモーフルズ』のスカイと言う歌を口ずさむ。

 いつもは苦々しく思う、この興が乗るとところ構わず歌い出す癖も、この瞬間は歓迎したかった。

 

「私の歌声など、いつも間近で聞いているではないか」

「一緒に歌うのとライブで見るのとじゃ、また違った格別さがあるの」

「そう言うものなのか?」

「そう~なのさ~♪」

「私はライブを〝見る経験〟はまだないから、よく窺えんのだが、喜んでくれて幸いだ」

 

 天気も良いし、気分も良いし、なんてGOOD DAYでしょう♪

 この気持ちのまま、ライブ当日を迎えたいところだけど――その前に。

 

「それで、本番前には何とかしておきたい〝悩み〟があるんじゃない? 翼」

「あ……」

 

 胸に手を当てて俯く沈黙は、今日の翼を見た時から漠然と感じ取った、今彼女にがある〝悩み〟が今、その心の内に抱えられていることを、語っていた。

 絶好のコンディションで本番を迎えてほしいので、直ぐにでも聞いてあげたいんだけど。

 

〝~~~♪〟

 

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 

「続きは………放課後でいいか?」

「分かった」

 

つづく。

 

 



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#47 - 想いの火(うた)

デート回から海外デビューを決めるまで、無印本編ではとんとんと決めたように見えますが、実際は決めるまで結構翼って悩んだんじゃないかって想像を膨らませながら書いた回です。



 まだ梅雨の真っただ中であるとは思えないほど、その日の昼間は夏が近づく青空広がる晴れであったが、夕刻に近づくにつれ、段々と雲たちが隊列と行列を作って律

唱市内上空に流れ着き。

 

〝忘れた頃にやってくる〟。

 

 この言葉を行動で示さんとばかり、まだ梅雨であると地上の市民らに知らしめようとするばかりに、放課後の時間帯にて、大量の雨粒を降らせてきた。

 俗に言う、〝ゲリラ豪雨〟と名付けられた大雨だ。

 市内に点在する公園の一つで、イギリス式の場景が広がり、古代ローマが舞台な漫画の実写映画のロケにも使われたことのある峯ヶ堂公園でも、木々に池に多量の雨が降り注ぐ中、三角屋根のベンチに、女子高生が二人、雨宿りで急ぎ駆けこんで来た。

 朱音と、髪型を二つ結びに変え眼鏡も付けた変装姿な翼の二人である。

 昼間の続きで、人目を気にせず話せる場所としてこの公園を選んで入園した矢先、この豪雨に見舞われたのである。

 

「全く……〝ゲリラ豪雨〟とは言い得て妙だ、この滝雨め」

 

 天候相手に愚痴った翼は、朱音の咄嗟の機転で彼女から貸してもらった折り畳み傘で何とかやり過ごしていた。

 

「すまない朱音、傘を借り受けたばかりにとんだ〝濡れ鼠〟にさせて――」

 

 傘の水気を飛ばして畳み直し、日頃鞄に常備しているタオルを渡そうと鞄の中に手を入れた翼は……朱音の現在の姿を目の当たりにした。

 翼に傘を貸したと引き換えに、朱音の全身は諸に瀧雨を浴びてしまい、制服のシャツもベストもスカートもすっかり濡れ切ってしまっていた。

 葡萄色がかったナチュラルストレートの黒髪も、すっかり多めの雨水を吸ってウェーブがかってしまっている朱音は、額に張り付く前髪に手を触れさせる。

 

「はっ…」

 

 細くすらりとした五指と絡み合う、きめ細やかな黒髪がかき上げられ、朱音の口からはかぐわしい吐息が零れ落ちた。

 

(な……何友を相手に見惚れているのよ………私は………奏だって、ともすれば朱音以上に豊かな見てくれをしていたではないか……)

 

どうにか直ぐに我に返ったが、水化粧に滴られ艶めかしさが増し、翡翠の瞳には妖しさすら帯びる流し目な朱音の美貌に、ほんの一時だったが、目を奪われていた。

 たった瞬刻だったが、胸の内の心臓が―――昂ってもいたのだ。

 僅かな時ながら、自分の内から沸いた感覚に戸惑う。

 

「た、助かった……これで体を拭くといい」

「ありがとう」

 

 何とか友に悟られまいと平静を心がけて、翼は取り出したタオルを投げ、受け取った朱音は全身の水気を拭き取る。

 幸い、二人の学生鞄はどちらも防水加工がしてあったので、教科書もノートも筆記具も、朱音の鞄に入っているライブチケットも込みで、中身は無事である。

 

 

 

 

 

 裏目に出てしまったと、翼から貸してもらったタオルを拭きながら思った。。

 朝のランニングコースにも使わせてもらっているこの公園なら、人目もある程度は気にならずに翼の〝悩み〟を、じっくり聞いてあげられると思って選んだのに。

 せめて翼を、翼の表現で〝濡れ鼠〟にさせずに済んだのは良かったけど、晴れ舞台――ライブの本番前に、体調を崩させるわけにはいかなかったから。

 お陰でずぶ濡れだけど、これでも、豪雨一つでやられるほど柔ではないくらい鍛えてますんで。

 けど、気のせいかな? タオルを渡そうとした翼、なんか一瞬心身一緒にフリーズしてた気がするんだけど、勘繰り過ぎか。

 

「タオルはこっちで洗い直してから返すね」

「ああ」

 

 使ったタオルを仕舞うと、代わりにスマホを取り出して天気予報のアプリから律唱市上空の雨雲を確認、予想通りこの雨は長く続きそうにないので、焦らずここで雨宿りしていた方がいい。

 

「はいこれ」

「忝い」

 

 ここに来る前に買っておいた緑茶のボトル二本の内一本を翼に渡して、私たちは屋根の下のベンチに座り込んで、ほぼ同時に一口入れた。

 緑の中で飲むお茶は良い、苦味がよりやんわりと味わえる。

 これで友里さんの淹れたお茶なら、もっと最高なんだけど、今はそんな贅沢は控えておこう。

 

「あ……朱音」

 

 もう少しお茶を味わってから、本題に切り出そうと考えていたら。

 

「ん?」

「少々……と言うか……些か、近すぎるのではないか?」

 

 もじもじと、頬を赤くして恥ずかしそうな様子で、私を見てきた。

 近いって言われても、せいぜい互いの二の腕の肌同士は制服の布越しに密着して、手を触れ合えるくらいで、スキンシップとしてはまだまだ控えめ。

 それこそ生前の奏さんとの〝触れ合い〟に、比べれば、まだまだ慎ましい方だ。

 なのにそんなおぼこいリアクションを見せられると、こっちの悪戯心が燻られたので

 

「私の、華奢な体躯では、朱音の身を暖めるのは………心もとないぞ」

「なら―――」

 

 右の横髪を右手でかき上げながら、翼の耳元へ、そっと口を近づけて。

 

「―――その分私が、翼を温めてあげる」

「きゃっ!?」

 

 目と鼻の先より近く、唇が耳に触れるギリギリで囁くと、翼は猫みたいにびっくりした高音の奇声を上げて、私の声が入ったばかりの耳を手で抑えた。

 

「ま、ままままた朱音は………仮にも先輩たる私を、か、からかって、あ、温めるくらい普通に言えんのか!?」

「これで温まったでしょ?」

「最早温いを通り越して、周りの湿気まで沸騰しそうよ!」

「あら? じゃあストレートにハグした方が良かったかな?」

 

 口に手を添え、首を傾げて、次なるジョークボールを投げた。

 

「は、ハハハハハハッ―――ハグッ!?」

 

 先輩(つばさ)の顔は、吹きかけた耳にまで、もうそれは沸騰したお湯で芯から茹であがった蛸にも負けない真っ赤となっていた。

 

「今さら照れるようなこと? 見舞いに来てくれた時にもうしたじゃない、それに奏さんとだってしょっちゅうあったでしょ?」

「確かに………奏からはよく、『真面目が過ぎるぞ』と抱きしめられたりスキンシップすることは度々あったが―――って違ぁ~~う! いや……ち、違わ、違わなくはないがっ……」

 

 これはこれは♪ 鮮やかで見事なノリツッコミ♪

 尚、なんで二人がスキンシップする間柄であったと私が知っているのは、弦さんや二課の職員の皆さまから聞いていたからである。

 

「こっちにだって………それなりの時と場合があるのよ! そこは……そこは微妙な防人心を理解してほしい!」

 

 本当にこの先輩は、こっちの予想を常に超越したリアクションを取ってくれるから、面白くて―――可愛い。

 もっと意地悪(ジョークボール)を投げておちょくり、その姿をかのカードの魔法使いの親友(まさか本当にその子みたいな女の子と〝異世界〟会うとは、この時思ってもみなかった)みたいにスマホのカメラで収めたい気が沸き上がってくるが、ここはぐっと抑えて、こらえた。

 翼の、自分の他には奏さんぐらいしか拝めていないであろう、このコメディアンな顔は、まだまだ当分、そうだな――緒川さん辺りはマネジメントの方向性を転換するまでは、自分だけの楽しみに取っておきたいし。

 

「ごめん♪」

 

 我ながら、意地悪と言われても納得なニヤけた顔で詫び入れた。

 さっきのは、互いの距離が〝近い〟以外の理由で、若干張り詰めかけていた翼の心を、ほぐして余裕を持ち直させ、自分に打ち明けやすいようにする為の配慮でもあった(大半が、悪戯っ気で締めていたのは否定しないけど)。

 この先輩の本質の一部は、奏さんの言っていたように弱虫で泣き虫、臆病で引っ込み思案な女の子。

 学舎(リディアン)で生徒たちから衆目の的となる平時や、凛々しい姿を見せる舞台や、雄々しく剣を手に立つ戦場での姿も含めて、中々その一面を窺い難いのは、生来のその真面目さと奮い立たせた使命感と、きっと今までの身の上で………自分自身を〝演出〟する技術が、無自覚無意識に鍛えられてしまってからでもあるだろう。

 ならせめて、対等な友達の仲となった自分が、少しでも翼の〝女の子〟の顔を、引き出させてあげたい。

 これも、津山さんとの〝風鳴翼を独りぼっちにさせない約束〟の一環でもあるけど、私自身、それを望んでいる気持ちも強くあった。

 どうしてかって?

 それぐらい、一人の女の子として、翼を慕っているから。

 

「じゃあ私は翼が〝落ち着くまで〟、山の如く動かないでいるから」

 

 中国の兵法書の一節を引用した私は、そっと自らの瞼を下ろし。

 

「準備ができたら、呼んで」

「う……うん」

 

 目を瞑り、あらゆる感覚を、聴覚へと集中させ、研ぎ澄ます。

 耳をすましたことで、よりくっきりとクリアに、聞こえてくる。

 

 そびえ立つ木や草花の葉は、雨粒たちを受け止めて、揺れ、滴る雫が滑り落ち。

 樹の幹や枝、そして土に沁み込み。

 池に弾かれた雨玉が、小さく細かく分散して落ち、池と溶け合い。

 

 雲海から大地へ、恵みとなってぽたぽたと降りてくる、無数の雨粒たちの演奏会。

 

 雨の一粒一粒が、それぞれ違う透明感ある音色を、かき鳴らしている。

 こうしてじっとしたまま、無数の雨粒の多重奏の中で、音色の一つ一つを耳で見つけて、手繰り寄せるのが、雨が降る日の、私の楽しみの一つ。

 ガメラだった頃、海の底でじっと、ほんのひとときでささやかな安息の時間を過ごしていた時の、戦いで傷ついた身も、戦いで荒ぶられた心も、穏やかな水平線の様に安らげたあの感覚に、一番近い〝味わい〟を堪能できるからでもあった。

 

 しばらく、広大で果ても境界も無い音の海の中を、流れ漂って、雨天そのものが開催する音楽会を鑑賞していると。

 

「朱音………」

 

 何分経ったか、翼の声が聞こえてきてた。

 どうやら、〝準備〟はできたみたいだ。

 意識を音の海から浮上させ、開いた瞳と顔を、翼に向けた。

 

 翼は、膝の上に置いた握り拳を見下ろしたまま、決して器用とは言い難い重たい口を開けて、打ち明け始める。

 

「海外進出の話は……朱音も、存じているな?」

 

 こくっと頷き返す。

 予想していた通り、翼が抱えている悩みとは、イギリスの大手レコード会社メトロミュージックのプロデューサー――トニー・グレイザーから持ち掛けられた海外進出のことだった。

 修羅の奈落から這い上がって、吹っ切れた今の翼を悩ますものがあるとすれば、他にもあるのだが、一番を上げるとするならこの移籍の一件だ。

 

「てっきり、もう断ってたのかと思ってた」

 

 まだ正式な返答こそ公にはされていないけど、お昼に翼の顔から悩みの色を窺うまで私は、もう断りの返答を送ってその話は終わっていたと、そう思っていた。

 翼のことだから、『防人であるこの身は剣、ノイズの災厄を振り払うその日まで、戦場(いくさば)に立ち続けなければならない宿命(さだめ)であり、そのような暇はない』と言いそうだし。

 

「確かに一度は断ったのだが、トニー・グレイザー氏に……粘りに粘られてな」

 

 困り顔が混じった笑みから見て、納豆ばりにMr.グレイザーから粘られたみたいだ。

 あ、そう言えば彼って、デビュー当時からツヴァイウイングの大ファンだったと、昔読んだ音楽雑誌のインタビューで載っていた、二人のCDを手に満面の笑顔で映った写真を思い出した。

 

「それで、今の翼の気持ちは? どうしたい?」

 

 本題に切り込まれた翼は、一度、黙り込み。

 

「どう……したいのだろうな……私は……」

 

 そう――言葉を絞り出し。

 

「己が半生を顧みて見れば………今まで、自分で………決めると言うことを、行ってこなかった……気がするのだ」

「翼……」

 

 口元から、自嘲も入り混じった笑みを浮かべて、翼は応えた。

 

 自分は、今日まで、自分自身の意志で―――

 

 天羽々斬の眠りを覚まし、装者として宿命を背負った時も。

 奏さんから、二人で両翼なアーティストとして、一緒に歌おうと言われた時も。

 広告塔として、リディアンの学生となった時も

 片翼となってしまった、あの日でさえ。

 

 ―――何かを〝決めた〟ことは、ほとんど一度も………なかったと。

 

 胸に、握り拳を添える。

 翼からの告白を、私は黙々と、粛々と聞いて、この胸(こころ)に受け止めさせていた。

 これも薄々感じてはいたけど、私にとって難しい手合い。

 だって、翼の悩みの根源には、間違いなく………翼の〝家〟と〝家族〟に深く関わっていることでもあるからだ。

 創作(フィクション)において、名家と言う存在は、えてして暗く重い〝業〟を秘めて、呪いも同然な血の呪縛と呼べるものが存在しているものだけど。

 日本(このくに)を諜報――影の側より国防を担ってきただけあり、風鳴の家には、古今東西のフィクションで描かれてきたものとは比べものにならない、〝現実は小説より奇なり〟な、業と呪縛が根付いている―――のだと、なまじ、人一倍目敏い眼を持っているせいで、二課の傘下での装者としての活動と、翼との日々の交流から窺えてしまっていた。

 翼が最初に見舞いに来てくれた、あの日だって。

 

〝何だか今の朱音………〝母親〟………みたい、だな〟

 

 あの時の言葉が意味するのは――母親から愛情を、受け取った記憶が少なく。

 

〝なら………父親は? 母子家庭ってわけでは、ないのだろう?〟

 

 父親とも、決して浅くなく、小さくない確執を抱えている。

 

 そう、私の瞳は目にしてしまっていた。

 でもそれ以来、私は一切言及していない。

〝友達〟とはっきり断言できる仲になってからも、いや……なったからこそ、私たちは暗黙の内に、お互いの〝肉親〟に関係する話題は上げない了解を取り合っていた。

 きっと翼は、胸の奥底に抱えているものを、不必要に抱えさせたくない、想うからこそ背負わせたくないと、そんな思いを抱いていたからだろう。

 私だってそう。

 あの日翼に、また戦うことを選んだのはどんな理由があっても、家族を悲しませる自分の〝エゴ〟だと言ったのが、今の精一杯。

 前世(ガメラ)であった衣、この八年間のことも、その年月の間に、何度も見せられ………シンフォギアの形でガメラの力を再び手にした日を境に、一切見なくなってしまったある〝悪夢(ナイトメア)〟のことも入れて色々を、打ち明ける勇気が、全然足りずにいる。

 おっと……これ以上はまた、本題から脱線させてしまう。

 

「奏を喪って……一層の研鑽を重ね、数え切れないノイズを倒し、死線を越え、意味など求めず戦い続けてきたが為に、防人の剣としての自分以外の自分も、その自分が何を求めてたのかも………思い出せなくて」

 

 ようは―――風鳴翼と言う女の子は、その境遇ゆえに、まだ歳では〝子ども〟な年頃であることを差し置いても、自分で考えて〝選び〟、自分の意志で〝決める〟と言う機会に、同世代のティーンエイジャーよりも遥かに、余り恵まれたことがないのだ。

 

「せっかく……昨日は朱音からあのようなお褒めの言葉を頂いたと言うのに、とんだ体たらくだ」

 

 それ程までに、翼の境遇は、ある種の運命や因果に縛り付けられてきたものでもあり。

 同時に、真面目の度が過ぎて不器用な性分ゆえに、己に課せられた〝十字架〟に対し、ストイックに己を鍛え上げ、奏さんと共に飛んでいた日々を除けば、極端なまでに自らを〝防人〟だと言い聞かせ、律し、抑えつけ、世界との繋がりを断ち切らんとするまでに心を押し殺し続け、修羅の剣として使命を全うしてきた……代償でもあった。

 木の屋根(かさ)の外の、まふぁ降り続ける雨を私は見つめる。

 まるで、今の翼の〝悩み〟を映しているように、見えてきた。

 

「聞き手となってもらい、すまなかった……この話はもう、お開きに――」

 

 懐から取り出したスマートフォンで、緒川さんに迎えの連絡を取ろうと翼の手を。

 

「―――あ、朱音?」

 

 私は自分の手で握って、引き止め、翼の瞳を合わせる。

 戸惑った様子で、翼は私の瞳を見つめ返していた。

 まだ……ここでお開きには、したくない。

 

 

 

 

 

 朱音は軽々と、翼に海外進出を促す気などない。

 長いことアメリカで暮らしていたのもあり、朱音は海外の芸能界が、日本のと比べものにならぬ、強運すらも含まれた〝実力主義〟の世界であることは存じていた。

 現に、過去日本で人気を勝ち得て、勢い冷めやらぬまま海の向こうへ進出したものの、鳴かず飛ばずのまま古巣に戻ってきた日本人アーティストも少なからずいる。

 いくら現在の邦楽界のトップを走り、国外にもファンが存在するほど評判が轟き、それに見合う高い実力と技量を備えている翼でも、その歌声が本当に海外の場でも通用するか、保証はない。

 ないのに〝できる〟と口にすることは、無責任だと朱音は思っている。

 そんな海外の芸能事情を差し置いても、朱音は翼が自ら〝決断〟もしないまま、このまま状況に流させたくはなかった。

 

「確かに……私には翼の悩みも、抱えているものも打ち消せる、都合のいい解答(こたえ)なんてない」

 

 仮に……本当に〝都合のいい解答〟があったとしても、朱音はそれを実際に言葉にして、翼に伝えはしないだろう。

 それでは翼は、いつまでも自分を縛る呪縛の鎖から逃れられず、自分の〝翼〟で飛べないままだ。

 これは翼が、自分の目で向き合い、他者から助けをくれたとしても、最後には自分の頭で考え、自分の意志で選んで決め、自分の手でけじめを付けなければならない〝十字架〟でもあるからであり。

 こればかりは、朱音が助け船を出そうにも、限界がある。

 

「でも、これだけは―――言っておくよ」

 

 それでも朱音は、このまま〝お開き〟にしたくはなかったのだ。

 

「このまま中途半端に悩んで、後悔するくらいなら、とことん、はいつくばってもがいて足掻くくらい、悩みに悩んで、自分自身に、問いかけ続けるんだ」

「自分に……問いかける?」

 

 朱音の言葉の一つを鸚鵡返しした翼に、頷き返す。

 

「そこまで悩み抜いて、それでもどの道を進みたいのか分からなかったら―――その時、心に浮かんだ〝歌〟が、指し示す方角に向かっていけば、いいと思う」

「うた……」

 

 右手を翼の手に乗せた朱音は――

 

「そう、その強い想いが籠った胸の〝歌〟に従って、翼が自分で決めたことなら、どんな形でも尊重する」

 

 左手を、自身の胸の奥にて佇む心に置いた。

 

「だから、もう一度言うよ、〝自分は戦い以外何もない〟なんて、決してない………翼が忘れているだけで、翼の胸の中は、今でも消えない想いの炎がちゃんとあるんだから―――向き合うことを、〝諦めないで〟」

 

 と、朱音は、巣から飛び立つことを恐れるひな鳥の如き、悩める翼に、天羽奏が生前残した言葉も交えた、今伝えられる精一杯を、伝えきった。

 朱音の翡翠の瞳と、翼の碧い瞳は、合わさったまま、時が流れ続ける。

 気がつくと、屋根の外の雨の勢いが鎮まってきていた。

 

「全く……朱音もやっぱり、奏くらいの意地悪だ」

 

 翼は少々困った様子で、笑みを零す。

 だがそのはにかみには、憑き物が落ちたような麗らかさもあった。

 思わず二人は、この場で意味もなく、清々しく笑い声を上げて笑い合い。

 

「でも……ありがとう」

 

 翼は、お礼の言葉を朱音に送るのだった。

 

 

 

 

 

 そんな中。

 

「お二人とも楽しそうに談話なされて何よりですね♪」

 

 大分落ち着いてきた雨音の中から、聞き慣れたソプラノボイスな青年の声が聞こえた。

 

「お、緒川さんッ!?」

「あ、緒川さん」

 

 声の正体は、言うまでもなく眼鏡姿(マネージャーモード)でビニール傘を差した緒川。

 

「い―――いつからこちらに!?」

「お二人が笑い合い始めた時には着いていたのですが、良い雰囲気だったので中々声を掛けづらくて」

 

 と、絵に描いた好青年な笑顔を緒川は見せる。

 また茹蛸並みに赤くなった翼の声は、トーンが音痴な奇声となっていた。

 装者として死線な戦場を渡り歩いてきた朱音と翼に声を掛ける瞬間まで、全く二人に気取られることなく、まるでいきなりその場に現れたと思われかねない足取りでここまで翼を迎えに来たのである。

 

「ふ、雰囲気って別にそういうわけでは―――って、そこの意地悪な朱音、何そんな大破顔してるのよ!」

 

 大慌てで弁明する翼を前に、また朱音はお腹の内の笑いのツボが刺激されて、満面の笑いをその美貌に浮かべるのであった。

 

 

 

 

 

 

 とまあ、そんなこんなが、ありつつも。

 

「それじゃ朱音、また明日」

「うん、また明日」

 

 翼を乗せた緒川の運転する黒いセダンを、朱音は手を振って見送った。

 空はさっきまでの豪雨から一変して、青空と夕焼け空、二つの空色が彩る快晴へと様変わりしていた。

 その空を見上げて思うところがあったのか、朱音は周りの人気を確認すると、スマートフォンの音楽プレーヤーアプリを起動させる。

 学生鞄から出したワイヤレスイヤホンを耳に付け、再生ボタンを押し、帰り道によく使うネオ・バロック調のレンガ道な川岸を歩き始め。

 

 ~~~♪

 

 青春の挫折を味わった女子高生の、バイト先のしがない中年な店長への恋模様を雨上がりのような瑞々しさで描いた漫画原作のアニメの主題歌でもあるその歌を、ささやくような歌唱で、歌い、歩いていった。

 

つづく。

 

 




今回の話の締めで朱音が歌っていた歌のモデルは、Aimerさんが歌う『恋は雨上がりのように』のEDテーマのRef:rain(リフレイン)です。


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#48 - 歌の守り人

はい、思いっきり555意識したサブタイです(コラ

実は無印9話見て気になったことですが、ビッキーは制服のまま会場に急いでたのに、未来は私服でライブを鑑賞。
つまり未来は一度帰って着替える余裕があったと言うことでして、前半はその辺踏まえて書いてます。

そんで後半の戦闘パートでは、劇場版の復習でアマゾンズ見てたせいで、特に朱音辺りが影響受けてます(汗




 六月の、末日にして休日。

 かねてより予定されていた風鳴翼のライブ、その開演当日。

 幸いにしてこの日の天候も、恵まれた晴れ。

 晴天の下、首都圏のビル街の道路上、あらゆる車両たちに混じって走る、プロミネンスレッドカラーの大型クルーザーバイク、かの日本大手の機械工業メーカー製なゴールドウイングシリーズに連なる――ワルキューレウイングF6Dが一台。

 それを駆るのは、朱音であり、後部席に座っているのは未来であった。

 勿論朱音はアメリカでバイクの免許は取得済みであり、外免切替試験にもパスした上で、リディアン入学以前に向こうでのバイトで溜めた金銭と、装者活動の報酬でバイクを買い、足として使っている。

 二人が向かっている先は、もちろんながら、翼のライブが開かれる会場(コンサートホール)だ。

 

 

 

 

「おまたせ、じゃあ行こうか」

「うん」

 

 会場から一番近い駐輪場でバイクを止めた私は、その間待たせていた未来と合流し、私たち二人はその足で会場に向かう。

 ソロとなっても尚邦楽界のトップ街道を走る翼のライブ、しかも公式SNSから『当日重大発表あり』と発信されたのもあって、休日の首都圏の喧噪は、歩道一つ抜き取っても、いつもより一層賑やかで慌ただしく、大勢の人が行き交っていた。

 創世たちとは、会場近くで現地集合となっている。

 さて、なんでここまで未来とタンデムした上に、肝心の響が一緒じゃないかと言えば――。

 

「ごめんね、せっかく翼さんご本人からチケットもらったのに響ってば……はぁ……」

 

 未来からの溜息、私もあわや貰い息しそうになる。

 彼女とのタンデムでここまで来たわけも、その溜息の理由も、あんまりはっきり言うのは憚れるんだけど………響が期限内に課題(レポート)の提出できなかったのが原因なのであった。

 よりにもよって、レポート提出の為に担任の仲根先生から課せられた補修の日と、ライブ当日が被ってしまい、当然先生は大目に見てくれるわけもなく、その日の内にきっちり仕上げろと突きつけられたらしい。

 多少遅れてでもなんとかライブに行ける様、今頃勉学では中々発揮されない集中力なんとか発揮させようと己を奮い立たせて、強敵たるレポート用紙と睨み合いながら、課題に立ち向かっていることだろうな。

 

「また先生から〝ヒエログリフ〟と揶揄されなきゃいいけど」

「ああ………今回私のフォローもないから、前よりも解読困難になりそう、なまじやる気もいつもよりたっぷりだったし」

 

 響の独特な、どこぞの古代文明文字じみた文体を想像したらしい未来が、苦笑いの顔となる。

 さすがに響を置いて先に行くのは、私も未来の少なからず気は引けたけど、いつになくやる気(勿論何としてもライブを見たいからである)を見せていた響からの後押しで、一足先に会場へ向かうに至ったわけである。

 

「だから意外だったよ、いつもなら未来、こう言う時は率先して最後まで付き合ってあげてるから」

 

 未来は親友の響には、人助けを〝お節介〟と言うことはあっても、むしろ響の人助けの精神には尊重する理解者であり、保護者に喩えるなら基本的にやりたいようにやらせる放任主義なのだが、さすがにピンチ(もっぱらほとんど学業)の時には最後まではフォローはしてあげている。

 まあそうでなければ、喩えシンフォギア装者となる運命に見舞われなかったとしても、進学校レベルな高い学力を求められるリディアンでの学校生活は、半年も経たずに破綻していたかもしれない。

 

「いつもなら手伝ってあげられるんだけど………やっぱり今日ばかりは、どうしても翼さんの歌(ライブ)を最初から最後まで聞きたくて、自分の欲望を優先させちゃった、はは」

 

 けれど今回ばかりは未来も、翼――ひいてはツヴァイウイングの熱狂的〝ファン〟として、どうしてもライブをこの目で見たい欲求の方が、勝っていたのだった。

 デビュー当時から、ツヴァイウイングのファンであった未来だけど、彼女のファンとしての一面(かお)を実際に目にした機会の一つがこの間の翼と四人でもデートの時だったりと、余り見たことがなかった。

 恐らく………あの〝ライブの惨劇〟絡みで、響を酷い目に遭わせてしまったことへの罪悪感から、無意識に封じ込めて抑圧していた、ってところだろう。

 だが響との、装者としての人助けによって起きてしまったすれ違いを乗り越えたことで、折り合いも付けられた様で、私の目からでもはっきりと、ツヴァイウイングのファンと言う未来の一面が窺えるようになっていた。

 自分も自身を、八年前のあの日から、勾玉にガメラが宿ったあの日まで〝抑圧〟し続けてきた経験があるのと、ファン同士なのも相まって、私としても喜びたい気持ちを感じている。

 

「あの自衛官の人たちも、来るの?」

「津山さんとご友人らは確実に来るさ、彼らもツヴァイウイング時代からのファンだからね、写真だってほら――」

 

 開いたスマホを操作して、津山さんから送られてきたメールに添付されていた、チケットを手に景気よくピースサイン津山さんたちの集合写真を見せようとした矢先。

 

 ~~~♪

 

 そのスマホから、かの三つ首怪獣の鳴き声兼、かの警備隊の通信音県、特務機関の戦闘指揮官の着信音でもあるメロディが響いた。

 私の端末から、設定されたこのメロディが流れることを意味するのは、一つ。

 即ち――影よりも深い暗黒の底より、生命(いのち)を脅かす〝災い〟が、現れたと言うこと。

 瞳に、胸から沸き上がる闘志の炎が、流れ込んだ。

 

 

 

 

 朱音のスマートフォンの着信音が鳴った瞬間、朱音の美貌は少女のものから、戦士のものへと一瞬で変わる様を、未来は目にした。

 翡翠色の透明感ある切れ長の瞳は、初めてシンフォギアを纏った姿を見せて助けてくれたものと、同じ鋭利さを帯びている。

 

「すまない未来、今急な〝パーティのお誘い〟が入った」

 

 友の面持ちと、いつも耳にするものより低く研ぎ澄まされた声に、未来は彼女のジョーク――〝パーティ〟の一言が意味するものを察する。

 

「遅刻は……避けられないな、私も響も」

 

 刹那、朱音の戦士の貌から、少女のものが混ざった表情で未来に詫びた。

 

「気にしないで、人助けなんだもん、創世さんたちには私が上手く説明しておくから」

 

 朱音が、そして響が、友たちがパーティ――戦場(せんじょう)に向かわなければならないことは、折り合いが付けられた今でも、どうしても拭えない〝不安〟こそある。

 現に未来の瞳には、彼女の不安の気持ちが滲み出ている。

 当然だ。

 ノイズに対抗、殲滅できる矛と盾であるシンフォギアがあるにしても、命を賭けることに変わりない。

 自ら藍おばさんを助ける為に囮役となった時に味わった恐怖も含めた経験で、戦場で災厄に立ち向かうことがどれほど過酷か思い知ったからだ。

 

「行ってらっしゃい」

 

 未来はその気持ちも否定せず、受け止めた上で、それでも〝人助け〟の為に戦場に赴く友たちが無事に帰ってくるのを、〝待つ〟役を担う。

 

「ああ、待っててくれ」

 

 朱音は未来と、頷き合い、その場を後にし、戦場へと馳せるべく疾走した。

 

 

 

 今回、空間歪曲反応が探知された地点は、神奈川県内のコンテナターミナル内、と聞かされた朱音は、流麗にして武骨な巨躯に違わず、荒ぶる獣の咆哮と比喩しても遜色ない、猛然としたエンジン音と排気音を轟かすワルキューレウイングF6Dで以て、急行。

 

『発生地点は、舞浜ターミナル、朱音ちゃんの現在地からの最短ルートをナビゲートします』

「頼みます」

 

 その機械仕掛けの荒馬を完全に朱音は御し、大気を突き抜けて、アスファルトを駆け抜けていく。

 シンフォギアが最重要国家機密ゆえの枷で、特機部及び自衛隊による人払いが済むまでは人目を憚らずに〝変身〟して飛行できない事情柄、翼と同様にその為の現場に急行する〝足〟として、このバイクがあった。

 

『三〇〇メートル先を左折して下さい、端末の機能でETCは通過できます』

「了解」

 

 耳に付けた小型通信機越しに、司令部からのナビゲートを頼りに、現場への最短ルートを走る。

 左手のスマートウォッチを見ると、端末からは赤い光点が点滅。

 この光点は、端末が周辺の環境をサーチし、守秘義務の塊なシンフォギアを纏えるか否かを識別する機能で、赤い光はまだ人目を気にせず〝変身〟できる状況ではないと示しており、もう暫くは鉄騎の駆って進むしかない。

 

『コンテナターミナル内にて、アウフヴァッへン波形を確認、イチイバルです』

『クリスちゃんがですか!?』

 

 そこへ入ってきた、雪音クリスが発生地点に現れたことを意味する、藤尭からの報告。

 同じく現場へ急行する為、別ルートからエージェントの車両に乗っている響が、通信機越しに驚きの声を上げた。

 

(偶然、と見るべきだな)

 

 速度を維持しながら朱音は、現況を推察する。

 この前ほどではないが、端末に送られてきたノイズの発生範囲から見ても、首謀者(フィーネ)がソロモンの杖による召喚なのは明白。

 今さら以前のようにノイズをけしかけてクリスを殺す気なら、生き証人でもある彼女を、今日まで生かして放置しているのはおかしい。

 恐らく、クリスがノイズと鉢合わせたのは完全に偶然であり、罪悪感、過剰な責任感、強迫観念に駆られて、戦場に飛び込んだのだろう―――と、朱音はクリスとの接触で窺えた彼女の印象から推察する。

 口の中から、苦味を覚えた。

 先日の接触の折を思い返す。一度の交流で掛けた言葉一つで、クリスの、幼い自分を虐げてきた〝大人たち〟への不信も憎悪も。

 何より、父と母への愛憎が混合された複雑な心情をどうにかしてやれると思ってはいないし。

 

〝甘ったれるな!〟

 

 一度の発破で――〝身も心も穢れきってしまったから自分は、泥を被って汚れ仕事を一人で背負わなきゃならない〟――クリスの内面に存在する響のとはまた違った〝歪さ〟を払えあのるとも朱音は思ってはいなかった。

 安易に彼女の内面の行く末を楽観していないからこそ、口内に覚える苦さが残留し、しかめ面となって尾を引く。

 この腹立たしさも含めた感覚は、前にも経験したことがある。

 具体的には、初めてクリスがネフシュタンを纏って現れた日の夜の、無理筋の極みな絶唱を放とうとした翼に対してのと、同じもの。

 

「彼女も世話の焼けるお人だ……まったく」

 

 毒づいて荒くなった声が、顔とヘルメットの隙間から流れ出る。

 どうやら自分も含めて、聖遺物と言う存在は、〝歪〟を背負った少女の歌声が、深い眠りから真っ先に飛び起きるくらいお好きらしい。

 とは言え、クリスがこの瞬間にもノイズと交戦し、特異災害の被害の拡大を少しでも抑えているのは事実でもあるので、その点ではありがたくもあった。

 となると疑問なのは、この数日は息を潜めておきながら、一変してまた急に特異災害を引き起こしたフィーネの意図だ。

 聖遺物の力を使わずとも、特異災害自体は低い確率であるが自然発生する―――が、今回の規模を見ても、ソロモンの杖が使われている可能性は、即ちそれを手中に収める終わりの名を持つ者の仕業である可能性が、高い。

 なら、今回の目的は?

 全く読めずにいる。下手に意図も意味も無く、無作為に聖遺物を濫用すれば二課に居所を掴まれかねないくらい、二課における獅子身中の虫も同然な奴だって存じている筈。

 半ば愉快犯染みたフィーネの行為に、朱音の眉は顰められる。

 そして前回と同様………櫻井博士は、司令部に〝不在〟。

 

(入れ込み過ぎるな、今は奴らの殲滅が優先だ)

 

 以前から胸の内にて抱える〝疑念〟が強くなるのを感じ取りつつも、〝今やるべきこと〟へ意識を向き直した朱音は、東京湾と夕陽を拝められる首都高の一区域(アスファルト)内に入ると、より一層スロットルを吹かし、さらに荒馬を加速(けしかけ)、急ぎ――ノイズが出現し戦地と化した地に向かう。

 フルフェイスのヘルメットのバイザーで隠れている、朱音の猛禽類染みた翡翠色の瞳は、一層の凛々しさ、そして手練れの狩人そのものたる、鋭利さと眼光を秘めている。

 

 一方で、朱音にはどうしても看過しておくことができない〝気がかり〟が一つ、残っており。

 

「司令」

 

 司令室にいる弦十郎に、朱音は通信を掛けた。

 

 

 

 

 リディアン地下、特機二課本部司令室は、特異災害の最中だけあり、情報を集め整理し、絶えず変化する状況を組み立てる友里や藤尭らオペレーターたちの声、コンソールの操作音や電子音などが混ざり合い、騒がしい様となっている。

 喧騒とした空気と反対に、弦十郎は思考を動かし続けつつ、かの軍師の残した言葉の一節を体現させて、山の如く腕を組んで座していた。

 しかし、豪胆さが人型の顔(かたち)へと具現させたに等しいその精悍な顔立ちには、微かに煮え切らない狼狽えを滲み出させている。

 おそるおそると、鍛え上げた図太い腕の片割れを伸ばし、その手をコンソールに触れようとする直前。

 

『司令』

 

 卓上のスピーカーから、朱音の、平時より低く凛然とした戦士の音調な声が聞こえてきた。

 

 彼が心中迷う理由、それは今まさにライブ真っただ中で、大勢の観客を前に歌っている我が姪――正確には………■■■■■■である、翼のことであった。

 現在、特異災害の切り札たるシンフォギアを担える二課所属の装者は三人となっているが、依然戦力としては虎の子であることには変わりなく、ひとたびノイズが出現した以上、装者たちは緊急招集に応じ、災害地にして戦場に出撃しなければならない。

 歌手活動中の翼とて例外ではなく、本来であれば彼女にも緊急招集を賭けなければならない。

 いつもならば………弦十郎個人の私情は抜きにして、直ぐにも翼と緒川に連絡している筈なのだが、今日ばかりはどうしても、彼女らに通信を繋げられずにいた。

 

〝叔父様、お話があります〟

 

 ライブ本番前日に、翼が打ち明けてきた〝決心〟が、真っ直ぐにそれを伝えてきた〝眼差し〟が、何度も弦十郎の脳裏にて再生される。

 ノイズ出現の報を伝えれば………たとえライブ中でも翼は〝防人〟としての使命を優先し、マイクの代わりに剣を握って、戦場に飛び込むだろう。

 だが……翼の〝歌〟を、このまま中途で終わらせてしまっていいのか?

 翼は今――自分の意志(つばさ)で、飛ぼうとしている。

 だと言うのに………防人としての使命は、風鳴の家に生まれた〝性〟は、それすらも許さないのか?

 やりきれない心境と同時に、風鳴の業そのものである弦十郎の父の姿までも浮かび、眉間が少し歪められて、歯噛みした。

 

「なんだ朱音君?」

 

 心中の〝迷い〟を押し込み、弦十郎は朱音からの通信に応じる。

 

『翼先輩に出撃の要請は?』

「いやまだだが……翼にもこれから連絡をするつもりだ」

『なさらないで下さい』

「なっ……」

 

 獅子を思わす厳つい弦十郎の双眸が、虚を突かれて大きく開く。

 

『現場には、私と響の二人で対処します』

 

 沈着で淡々とした朱音の、端的な一言に、弦十郎は口を少し開かせて、驚きと困惑の息を呑んだ。

 

『私は今回、風鳴翼に、鞘から刀を抜かせるつもりはありません』

 

 抑えた声色で紡がれる朱音の言葉。

 しかしその声には、確かな厚情が込められている。

 翼を想うがゆえに、拭えぬ迷いが渦巻く弦十郎の心中を、朱音は見抜いていたのだ。

 

『私もです』

「響君……」

 

 会話を聞いていたらしい響からも通信が入る。

 

『翼さんには、みんなを元気づけて、勇気づけてくれる翼さんの歌を、最後まで歌い切ってほしいんです、たくさんの人に届けさせたいんです』

 

 人々の命だけではない。

 人々の〝希望〟となっている翼の歌を、朱音と響は守ろうとしている。

 その二人の想いを汲み取ったのか、司令部を見渡せば、友里や藤尭らが笑みを見せて弦十郎に頷いた。

 

「っ……」

 

 同じく彼女たちの強い意志を聞き受けた弦十郎は、目を閉じて微笑む。

 

「よし分かった――」

 

 次に開いた時には、彼の瞳に漂っていた迷いが払われていた。」

 

 子どもが心からやりたいことを、やりたいように尊重させる。

 それを見守り、全力で後ろ盾となって応援し、支える。

 それが、風鳴弦十郎と言う男の、信念とも言える〝大人〟としての流儀である。

 

(翼の歌も、守ってやってくれ)

 

「―――頼んだぞ」

 

 この想いも込めた言葉で、弦十郎は朱音たちの意志を後押しし。

 

『『はいッ!』』

 

 力強く、二人の装者(しょうじょ)は応じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 空が、ほんの刹那の、昼と夜の境界線である黄昏時へと近づいている。

 前世(ガメラ)ほどではないが、人並み以上に目の良い私の瞳は、前方で検問を張る自衛隊の方々の姿をはっきり捉えた。

 向こうの皆さんも私の存在に気づいたようで、光る誘導灯を持った自衛官さんの一人が腕を振っている。

 

『現場近辺の避難誘導、完了しました』

 

 通信で現場近辺の避難活動も終えたようだ。

 さすがだと、ヘルメット越しに綻ぶ。

 いつもながら、仕事の手際が早いこと。

 彼らのような、たとえ非力でも今できることを精一杯果たす人たちがいるからこそ、私たちは心置きなく守る為に〝歌える〟のだ。

 一度綻んだ口元を結び直し、意識の集中を高める。

 ブレーキを掛けると同時に、車体を逸らした急制動で、バリケード一歩手前でバイクを停止させ。

 

「バイクの回収、お願いします」

 

 素早く降り、ヘルメットを自衛官の一人に投げて渡し預けてバリケードを飛び越え。

 同じ守りし者である同士たちに笑みと一緒に会釈すると、速きこと風の如く走る。

 一応端末を確認すれば、ギアを目覚めさせられることを意味する青いランプが点いていた。

 

 ここからは、思う存分に――〝飛べる〟。

 

 

 

〝Valdura airluoues giaea~♪(我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん)〟

 

 アスファルトの上を駆け抜けて私は、聖詠を唱える。

 発光した勾玉から放出されたエネルギーが、紅緋色の球体となって疾走すr私の全身を包み込むと同時に。

 

「タァッ!」

 

 人工の大地からほぼ垂直に、空へめがけ跳躍。

 フォニックゲインから具現化された鎧(アーマー)が続けて全身に装着され、変身完了。

 空中(そのば)から、既に爆音と火花を上げる戦場一点を見据える私は、ギアが備えるスラスターを全て点火させ、最短にかつ一直線で、宙を翔け抜ける。

 

 特異災害に脅かされようしている人々、勿論クリスも含めてあらゆる〝命〟、その命たちが織り成す〝歌〟、それだけではない。

 

 その人たちの希望となっている、歌姫としての翼の――〝歌声〟――を、守る為に。

 

 

 

 

 

 夕空と夜空が混じり紫の空色となった、黄昏時。

 多色多様な無数のコンテナたちが立ち並び、ガントリーグレーンがそびえ立つ湾港埠頭のエリア内では。

 

《BILLION MAIDEN》

 

〝~~~♪〟

 

 苛烈で荒々しいクリスの戦闘歌の伴奏と歌声と、この音色たちでも消しきれないイチイバルの回転式多銃身機関砲(アームドギア)の銃声と、放たれた銃弾を撃ち込まれ炭素分解され飛び散るノイズの肉片と嬌声(だんまつま)が、騒々しく飛び交い、いくつもの爆発による炎が戦場を照らし、黒煙が紫の空へと昇っていく。

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 腰部のアーマーから展開された発射装置(ランチャー)から、ミサイルを一斉発射。

 小型の群体らに向けられたものは着弾と同時に撃破したが、ターミナル内にそびえ立つ身長二〇メートルほどの大型二体は、ミサイルの直撃を何発も受けつつもものともせず健在であった。

 

「ちっ……」

 

 攻めあぐねる状況にクリスは舌打ちをする。

 二課ではタイプF――要塞型と分類される、二体召喚された大型個体。

 フランスのパリにある大聖堂に酷似した金色の巨体は、たとえシンフォギアでも並の攻撃では寄せ付けぬ堅牢を誇り。

 さらにその巨躯の全方位に備えられた砲塔の内四問から、小型ノイズを高速で発射。

 咄嗟にクリスは横合いに飛んで回避するも、地面に着弾した弾頭(ノイズ)は爆発し、爆風で彼女は吹き飛ばされ、アスファルトをのたうち回る。

 広域殲滅力に優れたクリスのイチイバルであるが、他のギアのように推進機構を持たないゆえ機動力では難があった。

 体勢を崩され横たわるクリスを見逃すノイズではなく。

 

「はっ……」

 

 小型たちの突進と、要塞型の砲弾が、迫る―――が。

 

〝~~~♪〟

 

 イチイバルのとは異なる音色が響いたと思うと、上空から降ってきた〝火球の雨〟が、突進する個体たちを、クリスに命中する直前で撃ち落とし。

 

「テェヤァッ!」

 

 最後に残った二体も、裂帛の喚声を上げた、ガングニールを纏う響が繰り出した蹴りと拳を叩きこまれ砕け散った。

 

「お前……」

 

 クリスの盾となるように彼女の前に立った響は、右腕のハンマーパーツを引いて、拳にエネルギーを集め、疾駆。

 地上を、目にも止まらぬダッシュから突き出した拳で、多数のノイズを一度に撃破し、空気中には数えきれないノイズの灰が舞った。

 以前の戦闘よりもさらに磨きがかかった響の戦い振りを瞬きも忘れて見つめるクリスの耳に、噴射音が捉えられる。

 その場から立ち上がりつつ空を見上げれば、朱音がスラスターを吹かしておもむろに地上に降り立った。

 刹那。

 突如朱音は、クリスへと肉薄し、右手の手刀を突き出した。

 手刀は、クリスの頭部のギリギリをすり抜け、彼女の背後から不意を突こうと迫っていた人型を――

 

《ラッシングクロー――激突貫》

 

 指先の爪で突き刺した。

 

「Beware(油断するな)」

 

 朱音がクリスに忠告を発して手刀を引き抜くと、刺突された人型は炭素化し崩れ落ち。

 振り向き様に朱音は、左手の噴射口からハンドガンを生成。

 歌を唱え、歩を進ませながら引き金を引き、地上の小型たちを次々撃ち抜き。 

 螺旋形態で突っ込んでくる飛行型らには、足先に炎を纏わせた右脚からの上段廻し蹴りで薙ぎ払った。

 その朱音の背部へ、蝉に似た顔つきをした人型が、ハサミ状の手で頭部を裂こうとする。

 が、首を傾け躱した朱音は、背を向けたまま人型の腹部へ肘を押し当てると、鋭利な刃が突き差された、生々しい斬撃音が鳴った。

 朱音が肘を引き抜くと、前腕のアーマーから、三つの曲刃が伸びていた。

 

《エルボークロー――邪斬突》

 

 その三連の刃による肘打ちでカウンターを取られた蝉顔の人型は、立ったまま仰向けに倒れ炭素化した。

 刃をアーマーに収納させた朱音は、すかさずロッド型のアームドギアを生成し、クリスを中心に攻めてくる群れ相手に、振るうロッドの穂先から放射されるプラズマの炎で迎撃する。

 その流れる様な、手練れの獣めいて洗練された体捌きを見せる朱音の後ろ姿に、見止めることしかできずにいるクリスに。

 

「勘違いするな」

 

 朱音は、この状況において、クリスが口にしそうな〝言葉〟を先んじて口にし。

 

「私たちは偶々同じ敵を相手にしているだけ、無理に慣れ合うつもりはない、だが――」

 

 クリスへ目を向けると。

 

「――勝つ為の〝最善〟は――尽すべきだ」

 

 そう言い伝え、続けて生成した甲羅状の盾を投擲し、ノイズの群れの渦中へと飛び込んでいった。

 

「っ……くっ……」

 

 一泊置いて、朱音の言葉の意味を読み取ったクリスは、ばつの悪そうな表情を浮かべて、後頭部を右手で掻き。

 攻撃された際に一度手から零れ落ちたガトリングガンの片割れを拾い直すと、何段も積み上がったコンテナの上にまで跳び上がり。

 

「貸し借りは……な、なしだからな……」

 

 自分に言い聞かせるように、若干歯切れの悪いくぐもらせた口で呟くと。

 

「もってけやッ!」

 

 二人への〝援護〟を開始させた。

 

 

 

 

 

 

 小型らの群れは、殲滅力の高いクリス――イチイバルに任せ、朱音と響は二体の要塞型に、それぞれ相手取った。

 

 朱音の方は、空中飛行できる持ち味を生かし、その巨体を二本の足のみで支えるゆえに小回りの利かない要塞型の周囲を旋回。

 近づけさせまいと砲塔からノイズの弾頭を乱射するが、自在に宙を泳ぐ朱音は悉く躱し、その内の一発を避けて高度を下げると同時に砲塔めがけライフル形態のアームドギアから。

 

《プラズマ火球――烈火球》

 

 ――を連射し、一方向の砲塔を破壊。

 できた死角を突き、要塞型への足元へ飛び込み。

 スライディングからのエルボークローで、片足を両断。

 

《シェルカッター――旋斬甲》

 

 他の砲塔も、朱音の脳波で遠隔操作された盾の斬撃で潰される。

 巨体の足下を潜り抜けた朱音は、勢いに乗ったまま三点着地の屈めた体勢を取り、エルボークローが伸長されたままの右腕を構える。

 刃は超振動し赤熱化。

 小型ノイズたちはクリスからの弾丸とミサイルのシャワーで近づくこともできない。

 飛び掛かろうとする獣にも、居合腰の剣士にも見える構えから、一気に疾走。

 

《ヴァリアブルセイバー――裂火斬》

 

 一瞬で、切り抜けた。

 赤熱した爪から迸ったプラズマエネルギーの炎刃は、要塞型の堅固な巨体を一撃で両断。

 朱音に背を向けられたまま、要塞型の体組織はプラズマ化し、爆発四散して果てたのだった。

 

 

 

 

 一方で響は、もう一体からの砲撃を跳躍で回避し、ハンマーパーツを引いて、落下速度も乗せた拳撃をアスファルトに叩き込む。

 大地を抉ってひた走る衝撃波は、要塞型の両脚ごと破砕して、足場を崩した。

 クリスが援護している間、もう一度ハンマーパーツを引く響。

 肩部近くまでパーツ限界に引き絞り、両脚にもハンマージャッキを展開し、その場より跳び上がり、突貫。

 大きく振り上げた拳を撃ち込み、ハンマーパーツから生じた衝撃波は敵の巨体に風穴を開け、もう一体の要塞型も撃破せしめた。

 

 

 

 

 

 残っている小型たちも、三人の装者を前では敵ですらなく、ほどなくターミナルに召喚された個体は全て狩り尽くされた。

 

 

 

 

 

 こうして、翼の〝歌〟は、特異災害に脅かされることなく、朱音たちの奮闘によって守り抜かれたのであった。

 

つづく。

 




感想お待ちしてま~す。


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#49 - 羽ばたく翼

何とか今月中に更新できましたぞ(汗

最後に翼さんが歌ったのは、前に朱音が翼を号泣させたあの不死蝶の歌でございます。

感想お待ちしていま~す。



 神奈川県某所のコンテナターミナルにて発生した特異災害は、装者たちによって根こそぎ駆逐され、完全に鎮静化されていた。

 区画内に残るは、地上に散乱し、大気中を漂うノイズらの亡骸――炭素と、戦闘の爪痕たる破壊されたコンテナにアスファルトに、黒煙の幾つかと、朱音、響、そしてクリスの三人ぐらいである。

 

「あ……クリスちゃん……」

 

 ようやく一息つける状況になって、響は、ほとんど成り行きで共闘に至っていたクリスへと視線を移す。

 彼女に眼差し向けられたクリスは、当人にとしては心中に止めて上手く隠し切っているつもりだろうが、傍からでもあからさまに見受けられる、居心地の悪そうで気まずそうな面持ちになって目を逸らし、慌ててその場から、背を向けて走り出した。

 

「はっ……待って」

 

 思わず籠手(ギア)を纏ったままの手を、クリスへと伸ばし、追いかけそうになった響の肩に、そっと手が触れた。

 

「あ、朱音ちゃん……」

 

 響を引き止めた手の主は、同じく紅緋色の鎧(ギア)を着たままの朱音。

 

「今はそっとしてあげてほしい、あの人にはまだ………時間が必要なんだ、自分と、向き合う為の時間が」

 

 がむしゃらで走り、跳んで、この場から去っていくクリスの後ろ姿を見送りながら、朱音は、クリスの心の〝状態〟を、当人に代わり響に伝える。

 

「今あの人の心は、過ちを犯した自分を許せずに攻め立てる気持ちと、どう償えばいいのか分からない悩みと、どうしても信じることができない〝大人〟への恐怖と憎悪で、ぐちゃぐちゃなんだ」

 

 響がどういう想いで、クリスに〝手を伸ばそう〟としたのかは、朱音も承知しており、できることなら〝救いの手〟を差し伸べたい想いもある。

 けれども、今のクリスに、差し伸べられた手を、素直に取れる心境ではないとも理解している。

 実際、クリスは前に、その大人な身である弦十郎からの〝手〟を、振り払って拒絶してしまった。

 

「こればかりは自分自身の意志でしか乗り越えられないものだし、他者で、まだ大人と言えない歳の近い私たちじゃ、限界がある」

「でも……」

 

 それでも、孤独な身であるクリスを、どうにかしてあげたい気持ちが疼いている響に朱音は――。

 

「この前も言っただろう? 言葉が通じることと、話が通じることは、似ているようで違うって」

 

 前に彼女に伝えた、前世(ガメラ)としての自分も含めた今まで経験で培われた自らの持論(ことば)の一部を引用しつつ。

 

「それに――」

 

 響の右手に、自分の爪の生えた籠手で覆われた両手を、優しく包むように重ね合わせて。

 

「誰かへの手の〝差し伸べ方〟は、何も一つだけとは限らないのさ」

 

 響のその手と、その瞳の順で彼女を見つめて、もう一つ、新たに言葉を付け加えたのだった。

 

「朱音ちゃん…………あはは」

 

 そして、受け取った響と言えば。

 

「ごめん……朱音ちゃんの言ってること、実は全然(ぜぇんぜん)分からないんだけど」

 

 後ろ髪をかきかきと掻いて、肩身が狭そうな笑みを零し。

 

「大事なことなんだってのは、なんとか分かったら………絶対、忘れないようにするね」

「ああ、今はそれを覚えてくれるだけで、いい」

 

 そう、言葉を交わし合って、二人は装束(ギア)の結合を解いた。

 直後、二人の耳にローター音が聞こえてくる。

 とっくに陽は暮れ、完全に夜天となる直前の淡い紺色の空高くを見上げれば、二人を迎えに来た、自衛隊のヘリが、風を巻かせてターミナル内に降りてくるのだった。

 

「お迎えだ、今度こそ先輩の歌を聴きに行こう」

「うん! あ………でも創世ちゃんたちになんて説明しよう……」

「心配ない、もう手は打ってあるよ」

 

 

 

 

 

 私と響を乗せた陸自の汎用ヘリは、アスファルトの地上から上昇する。

 

「ひぇ~~」

 

 私はもう何度も乗っている上に、飛び慣れている身だから平気だが、初めてヘリコプターに乗った響は、独特の揺れに戸惑いながらも、地上からどんどん離れていく窓の向こうの光景を、興奮と不安が混ざった瞳で眺めている。

 操縦している自衛官さんから、ご厚意で水なしで飲める酔い止めを貰ったので、さすがに飛行中に酔って、トップ○ンだのエア○ルフみたいだのと意気揚々で乗ったはいいが派手にリバースしちゃったお喋り鈴虫、もとい北海道生まれのアクターさんみたく吐いちゃう心配は無いだろう。

 別の心配は………あるんだけど。

 少しでも紛らわそうと、宙を並走する雲海たちと紺色な夜天の星々を見つめる。

 

 響が、装者としての運命を背負ってしまったばかりの頃と比べれば、私は響の、命がけの〝人助け〟に対して、前より尊重ができるようになっている。

 あの子の意志と覚悟が、本気だってことは重々受け取っているし。

 戦場に飛び込む以上、そこに潜む目に見えなくて、人の心を蝕む魔物の毒に触れずに済むことは残念ながら不可避だが………みすみす奴らに響を呑み込ませる気はないし、手を尽くすことはできる。

 浅黄との繋がりすらも断とうとした前世(あのころ)の私と違って、〝一人〟ではないのだから。

 技量面に関しても、絵に描いた素人だった最初の頃と違って、今の響は、まだまだ未熟で、まだ粗削りなところがあり、まだアームドギアを具現化できていないにしても、一介の戦士だ。

 彼女の胸中に宿るガングニールの力も、使いこなせるようになってきている。

 ただ………あの、絶唱に匹敵するほどの膨大なエネルギーを発生させた現象から、このままガングニールが、何事もなく、何の代価も要求することなく、響に人助けを為すための力を貸してくれるとは、思えない………。

 現にあの絶唱並のエネルギーによる拳撃を見せた戦闘後に、櫻井博士が書いたレポートにも。こう記していたではないか。

 

〝立花響の心臓にあるガングニールが、彼女の体組織と融合している〟――と。

 

 響の、あの境遇で育まれてしまった、未来との確執を乗り越えた今でも少なからず残っている筈の〝前向きな自殺衝動〟を踏まえれば、彼女とガングニールの関係性は、こう……言い表せるではないだろうか?

 

〝お互いに、大量のガソリンを、投げかけ合う〟

 

 今はまだ、可能性の問題なのかもしれない。

 でも、これよりさらに響が磨きを掛けて、ガングニールの秘めたる力を引き出し続けたなら、いずれ――。

 

 窓(ガラス)に、ヘリ内部の灯りで照らされた私の、眉を潜めた顔が映された。

 おっといけない……〝懸念〟は忘れるべきではないけど、こんな表情で翼のライブを見に行くわけにもいかない、と気分を切り替えようとする。

 折角、開演に遅刻してまで守り切った翼のライブなんだから、存分に楽しまないと損だろう?

 心なしか、自分でもびっくりするくらい、翼の歌っている姿が、視覚も聴覚も、空気感さえはっきり想像できていた。

 全く……窓に映る自分の顔は、ウキウキとしたものになって、明らかに胸の鼓動も興奮で高鳴っている。

 そう言えば、懐からスマホを取り出して、メールを確認する。

 緒川さんからの返信が来ていた。

 メッセージを読んで―――私の中の昂るどきどきとした鼓動(きもち)がさらに舞い上がりそうになって、うずうずとさえしてきた。

 本当………嗜好(すきなこと)にはとことん、単純で現金で、欲に忠実なんだから私って人間(やつ)は。

 でも、自重を心がけはしても、この気持ちそのものに、悪い気になんてなりはしない。

 だって今日は、翼が自分の〝翼〟で飛ぶ、記念となる日でもあるんだから。

 思わずヘリから飛び出して、そのまま変身して会場まで飛んでいかないよう、逸る気持ちを落ち着かせるのも兼ねて、暫く夜空を鑑賞することにする。

 ここまでの高度なら、真下の地上が大都会でも、星々と月がとても綺麗だった。

 これなら今夜は、ずっと忘れられない思い出に、なりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 時は少々、朱音たちがヘリで会場に向かう頃より遡り。

 朱音たちが、〝この日〟に限って時と場合を弁えず出現したノイズを一匹たりとも漏らさず掃討していた時と同じ頃。

 

 今日の翼のライブの舞台に選ばれたのは、都心でも有数の大型多目的ホールである《イーストハイパーアリーナ》。

 特設ステージを取り囲む観客席は、隅から隅まで大多数ファンたちに埋め尽くされ。

 今か今かと待ちわびるファンらの喧噪が流れてくるステージの舞台裏では、イベント用の制服(シャツ)を着るライブスタッフたちが、本番直前だからこそ、抜かりなく準備作業に勤しんでいる。

 人と人とが生み出す賑やかな空間の中、翼はスタッフから提供されたアウトドアチェアに腰かけ、瞳を閉じて開演の刻(とき)を待ちわびている。

 翼のこの佇まいは、精神をなだらかにすべく黙想に耽る、武士(もののふ)の様。

 その傍らに置かれた折り畳みテーブルの上には、翼がわざわざ住まいの弦十郎の邸宅より持参してきた、この前のデートでゲットした狼っ子のお人形。

 それと、ピースサインをした生前の奏と自分が写った写真が置かれていた。

 

 

 

 

 

 どうやら本番の時を待っている今の私は、傍目からは自然に〝落ち着いている〟と見えているらしい。目を閉じていると聴覚が鋭敏となるので、アルバイトの身らしい一部のスタッフ同士の、作業の傍らの会話(やりとり)から窺えた。

 内、いくつかを抜き出すなら。

 やれ――オーラたっぷり――だの。

 やれ――さすが孤高の歌姫――だの。

 リディアンの学び舎を歩いている時と………よくもわるくも余り変わらない。ここでも素直に喜べぬ〝実態より自分を大きく見せる〟己の才(タレント)が大いに発揮されているようで………複雑な心境にもなる。

 実際のところ、今の私は……〝どうにか平静を装える〟状態にあった。

 両翼(デュオ)だった頃も、片翼(ソロ)なってからも含めて、歌女としての場数も積み上げてきたと言うのに、いつ以来だろうか?

 手を、そっと胸に当てる。

 これ程まで、こんなにも、心の臓の鼓動をはっきり感じるのは。

 奏と死に別れた、あの日のライブよりも強くて。

 

〝ああも~~う! 本番前の時間がこんなに長ったらしいなんて思いもしなかったぁ~! もうできることならこの場でぐるんぐるん回りてぇ~~!〟

〝そ……そうだね……〟

〝あれれ~~? もしかして翼ったら、ガチガチのバリバリに緊張とかしちゃってる?〟

〝あ……当たり前でしょ! だってこんな大舞台、初めてだし……〟

 

 もっと記憶を遡れば―――初めて奏と大舞台に立った日を思い出した。

 奏だって大規模のライブはあの日が最初だったのに、緊張の欠片も感じさせない意気がたっぷりで。

 反対に私は、小山座りのまま、まともに身動きはできないのに全身は強ばって震えるくらい緊張と重圧と重責に支配される体たらく様で。

 

〝かぁ~~うちの相方ってば真面目ちゃんが過ぎるね〟

〝もう………奏ってば私に意地悪だ……〟

 

 案の定、意地悪な奏から大いにからかわれて、軽いデコピンまで貰う有様だった。

 何とか大きな恥も失敗も起こすことなく、初舞台を終えられたが、無我夢中が過ぎて、本番の最中の記憶は、ほとんど残っていない。

 今宵、私に押し寄せる緊張の波は、その日に匹敵するものだった。

 なのに、不思議だ。

 まざまざと感じれば感じるほど、この張り詰めた感覚は嫌じゃないし、悪くない。

 むしろ………この武者震いは………心地良く、胸の奥が無性に高鳴ってくるのだ。

 平常心を失うなと、自らに言い聞かせ続けないと、定められた本番の時より前に、舞台上に飛び出して、その勢いのまま歌い出してしまいそう。

 

〝本番前のこの時間とかっさ、間がもたないってか………こちとらさっさと大暴れしたくてうずうずしてんのに、それすらままならねえ〟

 

 ああ………やっと、奏がライブの度に味わってきた気持ちを、理解できた。

 そう、私は本番直前の奏のように、飛びたくて飛びたくて、うずうずしているんだ。

 みんなに、早く届けたくて、たまらないんだ。

 朱音たちが、〝希望〟だと言ってくれた―――私の歌声を。

 

「翼さん、そろそろお時間ですよ」

 

 緒川さんの、穏やかで品の良いソプラノボイスが、本番がもうすぐそこまで来ていると報せて来た。

 どうにかここまで耐え忍べられて、ほっとする。

 もう少し遅ければ、紙一重の時間で、あわやフライングしかけるところだったから。

 

「はい」

 

 精神を平静に保つ為に閉じていた瞼を開かせると。

 あ、あれ?

 私の、日々の歌手業において、違和感を齎す光景が目の前に現れる。

 緒川さんが……眼鏡を付けていない……だと?

 

「どうされました?」

「緒川さん、眼鏡はどうされたのですか?」

「あ、これは失礼、いつの間にやら外していました」

 

 訊ねてみると、普段は好青年な物腰ながら油断も隙も一分たりとも見せない、珍しく緒川さんは、少々慌てた様子でスーツの内ポケットから眼鏡を出して掛け直した。

 緒川さんは、歌手――風鳴翼のマネージャーでいる時は伊達眼鏡を掛けており、その間は絶対に外すことはない。

 なのに、先の狼狽様から見て、無意識に外していたと言うことは……もしや。

 息が、詰まりそうな感覚が過る。

 首に吊り下げている、水色の集音器(コンバーター)――天羽々斬。

 最初に目覚めさせて以来、ほとんど常に身に着け、半ば血肉の一部にも等しくなっている、眠れる〝シンフォギア〟に、思わず手が触れ、握りしめる。

 覚悟を……この手に握るものを、マイクから剣に変えなければならぬ宿命が、また舞台にて忍び寄り、押し寄せようとしているのだと……腹を括ろうとした。

 

「翼さん、実は朱音さんからさっき連絡がありまして、伝言を預かっています」

 

 最中だ。

 意識を歌女から、切り替えようとしていた私は、友の名を聞き、一時保留させる。

 

「朱音から……なんと?」

 

 まずは、その〝伝言〟とやらの中身を窺うことにした。

 

「『急にパーティーに呼ばれたので、少し遅れるけど、翼はマイクを手に歌を届けてほしい』――そうです」

 

 緒川さんのソプラノボイス越しに、朱音の凛と澄んだ声が、聞こえてくるようだった。

 言伝を聞いた私の、張り詰め、戦場(いくさば)に傾きかけてていた全身が、呼吸が、意識が、歌女としての自分の下へと、帰ってきた。

 予感が過った瞬間より、ギアを握り続けていた手が、撫で下ろされる。

 全く………今頃、〝パーティー会場〟に向かっている朱音と立花を思い浮かべて、笑みが顔に象られた。

 

「承知しました」

 

 特に朱音、彼女は奏並みの意地悪な上に、その上ずるいヤツだ。

 悪い意味ではない、むしろ恩義……感謝の気持ちから、来るものだ。

 あのようなお言葉を伝えられては―――応えないわけにはいかぬではないか。

 私の〝夢〟を、守ろうとしてくれる者たちがいる。

 なら、私がこの手に取るべき選択(もの)は、ただ一点。

 

「では朱音たちにお伝え下さい、『戦場(いくさば)に立つお前達にも、我が歌を届けてやる』、と」

「分かりました」

 

 緒川さんに返信の言伝を頼み、ローブを脱いで衣装を露わにした。

 今の私は、知っている。

 友たちによって、それを教えてもらった。

 風鳴翼が歌う舞台は、決して戦場(いくさば)だけではないのだと。

 鞘から抜きかけていた剣を、防人としての己を納刀し、この手にはマイクを握る。

 

 本番まで、秒読みと迫る。

 

 私は、住まいより持ってきた狼の子どものお人形を見た。

 

〝ファイト♪〟

 

 表情は変わらないのに、何だかその子から、こうエールを送られている気がした。

 

 そして、あの頃の私もいる写真に笑顔とピースで写る、奏を見た。

 

〝真面目が過ぎるぞ〟

 

 生前の奏のあの言葉が、脳裏で聞こえてきた。

 写真を通じて、黄泉の国よりいつも欠かさず私を放っておけず見守っているかもしれない奏に、この二年間失われた、でも取り戻せた、笑顔を送る。

 心配ないよ、奏。

 今の私は、今でも泣き虫の弱虫かもしれないけど、昔ほど――奏が度々言ってたような真面目が過ぎる真面目な子じゃないから、あの頃より、ぽっきり折れたりなんかしない。

 だから、見ていてね。

 奏がいるそっちにも、聞こえるくらい届けて、くれてあげるから。

 私の―――とっておきの、〝歌〟を。

 

 

 

 

 

 翼は手にするマイクを、胸の前に置き、両手で包み込む。

 目も閉じた。

 祈りを捧げるように。

 いよいよ――本番(そのとき)だ。

 瞳を開け、凛然とする佇まいで、晴れ舞台と言う名の光が差すステージへと、翼は一歩ずつ、踏み出した。

 

「できれば〝あの人〟にも……見て頂いてほしかったのですが」

 

 緒川は、翼の後ろ姿を見送る一方で、彼女に聞こえないくらいの小声で、一人呟き。

 柔和で端整な顔に、名残惜しそうな表情を見せて、自分の携帯端末の画面に移されている文面(メール)を、見つめていた。

 

 

 

 

 

 演出で薄暗くなった会場に、スポットライトに照らされた翼が踊り出る。

 主役の登場に、観客席の多数のファンたちから、予め打ち合わせでもしていたかのように、息ぴったりで一斉に歓声を上げ、ペンライトを掲げている。

 その様は、夜の海に煌めく夜光虫のよう。ファンたちの歓びのコーラスに乗り、ライブの一番槍たる曲の、伴奏が場内のスピーカーたちから流れ始めた。

 様々な色のライトが、踊るように照らし出されたステージの中央に踊り出でた翼は、歓声の止まぬ観客たちへ、微笑んで手を振ると、メロディに合わせて、両手で握ったマイクを頭上に掲げ下ろし。

 

〝~~~♪〟

 

 一番一番槍を飾る歌の名は――《FLIGHT FEATHERS》。

 愛する者との離別――悲しき過去(きおく)は消えずとも、天にも届かせる勢いで今を飛び立とうとする様を、日本語と英語、二つの言語の言葉が交互に組み合わさった独特の詞によって唄われるこの曲は、ツヴァイウイング時代、翼が初めてソロでお披露目した歌でもある。

 曲名の意味は――〝羽ばたく翼〟。

 今の翼に、これほど相応しい曲もあるまい。

 多色に煌めくライトに照らされた壇上にて、躍然と晴れ渡って歌う翼の姿は、まさに大空にて、羽を大きく広げて舞い、自由に飛び回る鳥、そのものだった。

 

 

 

 

 

 観客の渦中にて、かのトニーグレイザー氏も、一介のファンとして静かな佇まいと眼差しで、ライブを見守っている。

 だが彼の瞳には、確かな眩さが、発せられていた。

 

 

 

 

 陸自のヘリ、途中からエージェントのお車に乗せてもらい、ようやくライブが開かれているイーストハイパーアリーナに到着した私と響。

 受付スタッフにチケットを見せて、ペンライトを貰い、ホール内に入る。

 

「こっち!」

「うぁ、待って!」

 

 予め指定席までのルートを頭に入れていた私は、響を案内しつつ、スマートウォッチの時計を見る。

 時刻から、全体(プログラム)の三分の一は過ぎてしまっていた。

 周りに人気がないのを良いことに、私たちは全速力で回廊の中を走り、けたたましく足音を鳴らして階段を駆け上がる。

 勿論、通路には〝走ってはいけませんよ〟と利用者に呼びかける注意書きが掲げられているんだけど、大目に見てほしい。

 私も響も、遅れた分だけ一秒でも見逃したくない、ファンとしての〝性〟ゆえの衝動が抑えきれなかったのだ。

 よし、あの階段を登り切ればもう直ぐ――。

 

「っ!」

 

 幸いにも一緒にいる響を除いて、ここまで誰も人を見かけなかったからか、背後に人の気配を感じ、反応した身体が振り返る。

 

「朱音ちゃん?」

「ごめん、ちょっと花を摘んでくるから、先に行ってて、席は入場して直ぐ左手の方だから」

「うん、分かった」

 

 先に階段をいくつか登っていた響から尋ねられ、咄嗟に彼女を先に行かせる。

 出入り口の扉が開いて閉まったのを確認して、ここまで走ってきた通路を遡り。

 

「すみません!」

 

 瞳の向こうの、通路の先を歩くお方へと、呼びかけた。

 私たちと入れ違いで会場から出てきた相手の方は、私の声に応じてくれて、後ろ姿のまま立ち止まる。

 着流しの着物に羽織を着こみ、足袋に黒草履に帽子(パナマハット)な、和風にして昭和初期風と、二重で〝和〟の香りが漂う風体。

 爪を巧妙に隠し持つ鷹の如き風格を携えた、壮年ほどのお歳と見える男性だった。

 ただのファンの一人であったなら、私は構わずそのまま入場していただろう。

 でも………さっきこの人から覚えた気配(かんかく)………敢えて名は伏せるけど、私が知っている、誰かと、そして誰かに似ていたのだ。

 一人なら気のせいとも言えなくはないけど、二人ともなると。

 しかもその内の一人は――今、会場の中心にいる。

 これではどうしても、翼のファンとしての衝動を飛び越えて、気になってしまったのだ。

 

「まだライブ、始まってから半分も経っておりませんが、もうお帰りになられるのですか?」

 

 私は、御方に訊ねる。

 

「今の私には、これで充分だ」

 

 御方は、正体は明かせないと言いたげに帽子を深く下げる。

 六角形状の眼鏡の端が、辛うじて見えた。

 

「それにこれ以上あの場に止まれば………我らが血で穢してしまう、彼女には、夢の空で飛び続けてほしいものでな………では失礼する」

 

 渋味と、鋭利さの利いたそのお声で答え、毅然とした中に切なさも交えた背中を見せたその方は、去って行った。

 

 御方は、結局自らのお顔を見せてはくれなかった。

 向こうがそれを望まなかったのだから、私も無理やり拝むつもりはなかったけど、私自身の〝直感〟は、確信を以て私に告げてくる。

 

「風鳴……八紘」

 

 囁く直感のままに、彼の名を口から零れる。

 風鳴の家の〝業〟の深さ、有体に言うなら――〝闇〟の片鱗を、垣間見た気がした。

 

「貴方も……人知れず泣くお方なのですね」

 

 ならばと、私は階段を登り、扉を開ける。

 一時休憩に入っているようで、観客たちは粛々と、でも興奮は完全に隠し切れずに、わやわやと次の舞台(うた)の幕が上がるのを待っているのが、会場内の音色で窺えた。

 ちょっと奥を見通すと、今日は休日な津山さんたちが見つけ、向こうも私に気づいたようで手を振ってきた。

 私もニコやかに手を振り返す。

 この距離とこの人だかりで私を見つけられるなんて、中々良い目をしているな。

 

「お待たせ!」

 

 そのまま創世たちと合流し、周りの不快にならない程度にやり取りし、あの人の背中を思い返しながら、私も待ちわびる。

 

 なら………せめて御方(あのひと)の分まで、しかとこの目と身体と、心に刻み込もう。

 

 翼の、夢に羽ばたく―――〝歌〟を。

 

 

 

 

 

 

 ライブは続く。

 自他ともに歌以外の口も手先も不器用な翼ゆえ、奏のように器用にMCは努められず、ましてインターバルにウェットに富んだトークも期待できない。

 その分、歌そのものに、全力で臨む。

 出し惜しみはしない、一曲一曲に、全身全霊で打ち込む。

 だからこそ、朱音たちも含めた観客たちは彼女の本気に打ち震え、胸が高鳴り、昂ぶり、会場全体を充満させるほどの熱気で、翼に歓声のエールを絶えず送り込んでいく。

 歌い手と聞き手たちによる一体感(シンクロ)が、高まっていき。

〝ソロ〟になって以来、過去最高に躍動的で、抒情的で、エモーショナルな翼の歌声で、これまで世に出して来たディスコグラフィが奏でられていった。

 

 そうして、あっと言う間に、残す曲は、プログラムでもシークレット扱いされている一曲を残すのみとなった。

 

「今日は思いっきり歌って、本当に気持ちよかった……こんな想いは久しぶり、ずっと忘れてたけど、やっと思い出せた………私、こんなにも歌が好きなんだ、聞いてくれる皆の前で、歌うのが〝大好き〟なんだッ!」

 

 今、自分の心の赴くままに、自らの想いを翼は言葉にし、観客に伝え。

 

「これも皆のお陰、ありがと~うッ!」

 

 はれものが落ちた喜色満面の表情から、感謝の気持ちとして手を振ると、観客も応じてペンライトを大きく振り、歓声と拍手を送った。

 

「そして、今日最後の曲に入る前に、みんなにお知らせしたいことがあります」

 

 そして翼は、打ち明け始める。

 

「みんなも知っているとおり、今海の向こうから歌ってみないかってオファーが来てて………迷ってた……ずっと自分が、何の為に歌いたいのか、分からずにいたんだけど、でも、でも今は、もっとたくさんの人に自分の歌を聞いてほしい、届けたいって思ってる、たとえ言葉は通じなくても、歌で伝えられるものがあるなら………世界中の人に、私の歌を聞いてもらいたい………送り届けたい!」

 

 朱音からのアドバイスの通り。

 とことん、はいつくばって、もがいて、足掻くくらいに、悩みに悩み、自分自身に、問いかけ続け。

 その最果てにて、自らの心に浮かんだ〝歌〟のままに、自らの選択を、決意を、観客に〝告白〟する。

 

「今までずっと、奏と一緒にいた頃から、私の歌が誰かに助けになると信じて歌ってきた、だけどこれからは――みんなの中に、〝自分〟も加えて歌っていきたい………だって私は、こんなにも歌が大好きだから………こんな私のワガママを、聞いてほしい」

 

〝届いてほしい〟

 

 目を閉じ、心の内で、さらにそう一言、亡き相棒(パートナー)へ想いを送る。

 

 完全なる静寂が、流れる中、すると。

 

〝届いたぜ――翼の歌〟

 

 はっと、目を開ける。

 

 見上げれば、観客たちの、祝福のエールが轟いた。

 

 さっきのは、幻だったのだろうか?

 いや、そんなことない。

 聞こえた。

 確かに聞こえたんだ。

 確かにこの胸に、聞こえてきた。

 

 奏の――声が。

 

「………」

 

 ついに感極まって、翼の瞳より、涙が筋となって、頬に流れ落ち。

 

「ありがとう……」

 

 言葉(おもい)を、送り返す。

 ステージの向こうの、空にいる〝親友(とも)〟へと。

 

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

「それでは、最後の曲に行きたいと思います」

 

 頬の涙の筋を拭い翼は。

 

「この曲は、次の新曲にしてカバー曲でもあり、私の夢を後押ししてくれた人たちの、一人でもある友が、歌ってくれた曲です」

 

 本日最後の、歌への前口上を述べる。

 

「―――っ」

 

 翼が歌の名を発した瞬間、会場内は驚愕のどよめきが走るのをよそに、バックバンドの前奏が開始。

 エッジの利いた、シンセサイザーが彩るギターサウンドが、会場に澄み渡る。

 戸惑いは歓喜へと変わり、観客たちのコールも合わさって、翼は最後の歌を歌い出した。

 

 

 

 翼が今宵のライブの最後に飾らせた歌。

 それこそ、朱音が歌い、翼自身に〝もう一度、飛べるよ〟と、心を解きほぐした――あの歌であった。

 

 

 

つづく。

 




さすがに内閣情報官と言う重要な官職に着いてるパパさんがお忍びでライブに行けるか? と我ながら突っ込みましたが、どうしてもね、翼の歌う姿を見てほしかったんですよ……。
もっと言うならパパさんを出したかった吹替オタの衝動です(コラ


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#50 - 潜入

無印10話前半に当たる話。
司令とクリスちゃんの場面はシリーズ内で掛け値なしの名場面の一つなんだけど、野暮なツッコミするとその前の紙剥がしてトラップ発動の下り、もうちょっとエージェントさん警戒しろよ(汗
司令の発勁で命は助かったけど証拠が全部吹っ飛んだじゃないか(苦笑

それと、よくこの手のバトルアニメだと主人公がライバルキャラから甘いとよく言われることがありますが―――


 今年の暦が七月に入ったばかりの、今日も澄み渡る青空の下。

 緑豊かな山間部の中に敷かれた、蛇の体躯のように曲がりくねったアスファルトの上を、一部除き、窓はマジックミラーのベールに包まれる黒塗りのセダンな車両たちが数台走っていた。

 運転しているのはいずれも黒いスーツ、特機二課のエージェントたち。

 その内の一台だけが、赤塗りのオフロードタイプな大型SUV。

 運転しているのは、二課司令の弦十郎であり、助手席には同乗している朱音もいた。

 

 

 

 

 

 私と司令(げんさん)も含めた車たちが、蛇行だらけの山道に沿って向かっている先は、一連の事件の首謀者のアジトと思わしき場所。

 一種の家宅捜索ってやつだ。

 緒川さんらエージェントの懸命な調査によって、内通者及び、終わりの名を持つ者――フィーネの正体にも、一定の確証を得ている。

 まだ目的地まで距離も時間もあるので、その間私は渡された捜査資料が纏められたファイルに目を通していた。

 今見ているのは、広木防衛大臣暗殺関連の捜査資料。写真も貼付されており、一枚目の大臣たちが乗車していた車は、文字通り蜂の巣で、ドライブレコーダーごと大破されていた。

 ページを捲ると、無残に銃弾の雨を受けて殺された大臣たちの血まみれな亡骸が、痛ましく映されていた。

 だが常人なら目を背きたくなる光景の中に、手がかりは残されていた。

 

 一つは、同車し、大臣とともに殺害された秘書官。

 よく見てみると、彼は頭部、胸部、腹部にまで弾を撃ち込まれていると言うのに、大腿部が綺麗過ぎた。これだけ撃たれて血まみれなら、飛び散った血が付着している筈なのに。

 つまり、秘書官の大腿の上には、襲撃後には消失した何かが乗っていた。

 もう一つは、広木大臣ご本人。警察に発見された当時、大臣の亡骸は左手で右手の甲を掴み覆っており、その甲には円形の火傷痕と骨折が確認された。

 鑑識の結果、大臣は殺害直前、手の甲を発砲で熱の籠っていた突撃銃の銃口で押し潰されていたことが判明。

 もし……この時秘書官が、無事に櫻井博士に渡された筈のデュランダル移送計画に関する機密資料が入ったアタッシュケースを持っていて、襲撃を受けた際、咄嗟に大臣が手に取ろうとしたところ襲撃者たちに妨害され、そのまま撃ち殺され、ケースを〝強奪された〟のだとしたら。

 

 

 大臣暗殺の件も込みで、資料を一通り読み終えた私は、ファイルを閉じた。

 今は窓の外で流れる緑たちを眺める気にとてもなれず、隣の運転席でハンドルを回す司令に目を向ける。

 彼の曇り気味な双眸を見つめていると、苦い色合いがくっきり見えていた。

 内通者の正体もだけど、多分、司令の頭の内では、何度も思い返されているんだろう。

 助けたくて、差し伸べた手を拒絶してしまった………クリスのことを。

 

 

 

 

 

 これは、司令本人から聞いた話だ。

 大規模特異災害が発生したあの日、救出したクリスを司令に託して、翼の援護の為に飛翔し、その場を後にした直後。

 スラスターから吹き荒れる風から、その剛腕で司令はクリスを庇っていたが。

 

「は、離せよ!」

 

 場が落ち着くと、彼女は司令の腕の中から離れた。

 

「あんたもあんただ! ギアも聖遺物すら持ってねえくせにノイズだらけの鉄火場にしゃしゃり出て来てまで、なんでアタシを助けたんだよ!」

 

 この時のクリスの言葉も、尤も。

 いくら驚異的で人間離れした戦闘能力を身に着けている司令でも、人間。

 ノイズに一瞬でも触れてしまえば、炭素分解し、死に至るのは避けられない生身で、奴らの性質の前では、彼でさえ短時間の防戦が手一杯。

 実質、対抗できる武器を持たず身一つでノイズが跋扈する、クリスの言い回しを借りるなら鉄火場――即ち戦場に飛び込むなど、正気を疑われても無理からぬことだった。

 

「俺は―――君を救い出したいんだ」

 

 司令は、そうまでして自ら戦場に赴き、フィーネより引導を渡されかけたクリスを助けた理由を打ち明ける。

 真っ直ぐ過ぎて、眩しすぎる、混じり気なしの本気しかないその言葉と、その想いは、ふと微笑みたくなるほど実に彼らしい。

 

「君より、少しばかりの〝大人〟としてな」

「大人だって………よくもそんな偉そうに抜け抜けと!」

 

 けど、哀しきことに、司令の信念にして哲学であり、常にその高みへ目指して邁進する彼の信ずる〝大人〟の姿と、クリスがバルベルデの戦地で目の当たりされ、心の根深くまで植え付けられた、汚く醜く憎悪し信ずることのできない〝大人〟。

 その……言葉にすればたった一言に宿る意味は、遠く深すぎる溝なほどに、両者の間で余りに大きく乖離しており。

 

「余計なこと以外、いつもいつもいつもぉ……何もぉしてくれなかったくせにぃ………」

 

 フィーネに切り捨てられたことで、より他者からの〝善意〟を受け取れるほど、人を信じられずにいる彼女にとって、司令の優しさは、とても直視できず、受け止められないもので。

 

「何を今更ッ!」

 

 今にも泣き出しそうになる幼子のような顔色で……走り出し、ビルの頂より飛び出し。

 

〝Killiter ~~Ichaival~ tron~~♪〟

 

 イチイバルのギアを纏って、司令の救いの手から目を背けて……逃げ出してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地の近くまで来た車両は、木々のベールに囲まれた砂利道で止められる。

 静かに降りたエージェントたちは、車の後部席からこれはまた彼らの服装並みに黒塗りのハードケースを取り出した。

 いずれのケースも、中に入っていたのは様々な漆黒の実銃たち。

 

 H&K MP7――短機関銃(サブマシンガン)。

 コルトファイヤーアームズM4カービン――突撃銃(アサルトライフル)

 レミントンM870MCS――散弾銃(ショットガン)。

 

 と、中々の本格的な装備。

 いずれも自衛隊、それもアメリカ軍ならデルタフォース等に相当する特殊部隊にて制式採用されている武器ばかりだ。

 安全の為、部品ごとに小分けされた銃器らを、一つの武器へと組み立てていき、ケプラー製の軽量防弾ペストを着用。

 

「朱音さん、こちらです」

 

 エージェントの一人から、一際小さいハードケースと防弾ベストと腰用のホルスターを渡された。

 まず制服の上にベストとエルボーガードとミリタリーグローブ、ホルスターを身に着け、ケースを開ける。入っていたのは拳銃と、予備の弾倉(マガジン)が二つ。

 SIG SAUER P320、全長7.2インチのキャリータイプ。

 現在のアメリカ軍と、兵隊レギオンの一体を撃破せしめた9㎜拳銃ことSIG SAUER P220に代わり陸自の制式拳銃となっている銃だ。

 私はP320を手に持つと、既に装填されていた二列(ダブルカラム)マガジンを一旦取り出し、スライド動作や空砲での発砲(シングル、ダブルアクション込みで)と、銃本体の動作確認をしつつ、拳銃の弾薬として最もポピュラーな9ミリパラベラム弾十七発分も滞りなくマガジンに籠められているのを確認。

 マガジンの一つを装填し直し、銃身をスライドさせて一発目をチャンバー内に待機させ、ホルスターに入れた。

 一応私も、この手の武器の扱いには心得がある。

 引き金を引いて、撃つことも込みで。

 二課所属の装者となってからは、よく友里さんと射撃場で的相手に打ちまくってもいるしね。

 

「できれば、アームドギアと訓練以外に本物を持たせたくはなかったし、同行もさせたくなかったのだがな」

 

 相手が司令じゃなかったら――『どっちも兵器なのに、使い手を〝ワンマンアーミー〟にするシンフォギアならセーフで、銃はアウトなんですね』と皮肉(ジョーク)を返していたところだけど。

 

「今さら言いっこなしですよ」

 

 相手は弦さんなので、ジョークにはしないでおいた。

 私も実銃を携行してまで同行しているのは、二課の諜報網ならいずれフィーネの居所を掴むと踏み、前もって司令にその折には同行させてほしいと進言しておいたからである。

 フィーネが、《ソロモンの杖》を使ってノイズを召喚して抵抗してきた場合の対抗戦力としてだ。

 当然、たとえ装者でも子どもが子どもでいられる内は、子どもらしく日常を謳歌してほしい、前にも言った気がするが〝大人同士の問題(いざこざ)〟にはできるだけ巻き込ませたくない司令からは、今みたいに苦い顔をされたけど。

 でも人として、また戦う道に踏み込んだ時点で、この手の問題と無関係のまま、都合よく〝人助け〟をしていられると思ってはいなかった。

 必要とあらば、この黒光りする武器を手にすることだって厭わない。

 

〝Si vis pacem, para bellum〟

 

 パラベラムと言う単語(ことば)に刻み込まれた――意味(ことば)

 

〝汝、平和を欲さば、戦への備えをせよ〟

 

 その覚悟で、シンフォギアを――ガメラを手にしたのだから。

 

「それに向こうがソロモンの杖を持っている以上、シンフォギアがなければどんな武器を持っていても丸腰同然です」

「そいつは俺も分かっている、だからこそさ」

 

 彼の心遣いにも感謝してるけど、なればこそ。

 あの堕天使じみた匂いを感じさせられた奴ならば、たとえ二課の人たちが相手でも躊躇わずノイズを寄越してくるのは確実、特異災害相手ではどんな銃も、司令の拳さえ紙鉄砲未満になり、シンフォギア装者がいなければどうしようもない。

 一方で。ノイズ以外を相手にしなければならない可能性もあって、護身用として特別に銃の携帯も許可された。聖詠を唱えてギアを纏うより、銃を抜いて引き金を引く方が遥かに早いのは厳然たる事実だし、ギア自体お忍びとは無縁の騒がしい兵器である。

 あくまで護身の為なので、可能な限り弾は消費せず、一朝ことあったとしても相手に必中で当ててはならないハンデ付き、私が攻勢的に武力行使するのは、ノイズを相手としたのみだ。

 装者の中で私一人なのは、響の目の上のたんこぶである学業や、翼の歌手活動なども理由なんだけど、フィーネの正体に関して………二人に伝えるには憚られる事情も少なからずあった。

 司令が同行を渋ったのは、それも理由の一つである。

 彼としては、全て終わってから、私たちに真相を話したかった筈だから。

 

「司令……――いいえ、弦さん」

「な、なんだ?」

 

 私は一度、司令への呼び方を。

 

「一人の友人として忠告しておきます、私は貴方の人柄がお好きですし、日々の心遣いには感謝しています」

 

 公的から私的、友達としての呼び名に直し、弦さんの人となりを、笑みと一緒に口に出す。

 ほんの一瞬、彼の精悍な顔が戸惑った。

 どことなく、照れ臭そうにも見えた。

 そんな、好漢と言う概念そのものが人柄となっているこの人に、耳が痛いどころじゃないきついことも伝えることになるけど。

 この前の、父と母を亡くした痛みがぶり返して……涙に暮れた自分をそっと抱きしめてくれたように、彼が自分を想っているからこそ、案じているからこそ。

 私も、同じ気持ちでもあるからこそ、心を鬼にして。

 

「ですが、酔いも甘いもかみ分けてきた大人としては、些か貴方は――身内に甘すぎる」

「朱音君……」

 

 はっきりと突きつける形で、彼の瞳を正面から見据え、忠告を送る。

 

「仮にも同じ屋根の下、胸に姦計を秘めつつ同じ時間を過ごしてきた相手です、必要とあらば……貴方のその〝アキレス腱〟を突くことも、辞さないでしょう」

 

 風の都のヒーローを通じて読んだ、とある小説の私立探偵も、言っていたな。

 

〝強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている意味がない〟

 

 私はその言葉の、半分どころか全てに同意する。

 そして―――時にはその優しさを、巧妙に〝隠す〟強かさも必要であることも。

 

 特に、弦さん――司令たちが相手にしなければならない相手には、尚更だ。

 

 

 

 

 

 戦闘も込みで、エージェントたちと私の潜入準備が整う。

 司令だけが、いつものスーツをラフに崩した風体、彼の肉体自身が、そこらの銃器と比較にならない、日本(このくに)では憲法にすら抵触しかねない強力無比の武器なので、余計な武装は必要ないのだ。

 湖と崖の上に挟まれた地にそびえ立つ、ルネサンス風だがところどころ奇妙な形状も混じっているこの屋敷こそ、フィーネの隠れ住まい。

 ほとんど一人しか使われていない筈のアジトの割には、特機二課ひいては日本への挑発か嫌味とばかり、無駄に規模が大きく、自然(みどり)の中で自己主張が激しく目立ちたがり……な、趣きを感じさせられた。

 セオリーなら、建物内に進入する場合、チームを何手かに分かれるところなのだが、私たちは一纏めのまま、正面扉を開けて………やけに物静かな屋敷に入り込む。

 手分けをすれば、もし私がいない方へノイズが襲撃してきた場合、対処できないからでもあった。

 外観同様に、ガラス越しに陽光が差し込む内部の回廊も、ルネサンス……の後期の、マニエリスムの建築様式に似ている内装だった。

 まるで当時の時代に飛ばされたかのような空間の中で、現代の衣服に現代兵器で身を固め、Close Quarters Battle、略してCQBの体捌きで進む私たちは、えらく異物に映し出され、唯一堂々とした佇まいで歩む司令はそれ以上に異様さを醸し出していた。

 いつでも戦闘に入り対処できるよう、心がけている点は変わらないけど。

 

「っ……司令」

「どうした?」

 

 私の嗅覚が、酸味混じりの焦げた匂いを捉える。

 

「硝煙の匂いです、多分、この先の大広間」

 

 端的に言うと、火薬が炸裂し、銃口から鉛の弾が発射された時に飛び散る匂いのことで。

 つまり、私たちより先に武装した者たちが屋敷に押し入り、一時は静謐な自然の音色をかき乱すくらい派手に銃声が鳴り響いていたと言うことだ。

 私たちは足を速めさせ、先を急ぐ。

 近づくほどに、硝煙と違う匂いが嗅覚を刺激し、額の眉をひそめてくる。

 これは、人の血の……匂いだ。

 

 

 

 

 

 その大広間では、先程まで命があった血まみれの者たちが、倒れていた。

 銃器と戦闘服で身を固めていた、兵士たち。

 彼らこそ、広木大臣の命を奪った張本人たち。

 既に全員が、事切れて――死んでいる。

 彼らに並んで散乱するガラスや壁面、椅子やテーブルなどの家具、建物そのものを構成していた血肉たる無数の破片と、操作卓と複数の大型モニターも含めた内壁にいくつもできた銃痕と亀裂が、ほんの少し前の時間にて起きた惨状を、当事者たちに代って語っていた。

 

「なにが……どうなってやがんだ……これ……」

 

 

 死屍が散らばる光景の中を、兵士たちより後だが、弦十郎たちよりも先に闖入していた訪問者が、そう呟いた。

 直後に、訪問者たる少女の背後より物音がした。

 彼女――クリスが振り返った先にいたのは、弦十郎と、右手にP320をぶら下げた朱音であった。

 

 

 

 

 

 

「ち、違うぅ――アタシじゃない! こいつらをやったのは」

 

 どういう訳と経緯かはともかくとして、自身を散々利用した挙句切り捨てた奴の屋敷に訪れていたクリスが私たちに、この惨状を起こしたのは自分ではないと咄嗟に訴えかけてきた。

 エージェントたちが大広間に入って状況を調べる中、私は彼女に銃口を向けないようP320の安全装置(セーフティ)のスイッチを入れてホルスターに仕舞うと。

 

「端から貴方の仕業とは思っていない」

「え?」

 

 第一発見者であるクリスに、この惨状を演出した犯人の候補には入っていないと返しておいた。

 戦争を深く憎んでいる彼女に、殺しも、ましてや相手が武装して殺す気だったとは言え、こんな殺戮行為などできるわけがない。

 身構えている彼女をよそに、私は亡骸の一人に近づき、しゃがみ込む。

 胸部から腹部にかけて、蛇腹状の刃の凶行と思われる、肉を抉り切った傷が刻まれ。骨も臓器も露わになっていた。

 ネフシュタンの鎧の蛇腹鞭が凶器とみて、間違いない。

 顔つきと体格と、そして気質と言う匂いで、同郷の人間、アメリカ人だと一目で分かった。

 男の首元に掛けられていた二枚の認識票(ドッグタグ)を、グローブ越しに手に取る。軍隊や兵士を扱ったフィクションでもよく出てくるこれは、戦死者の身分証明書である。

 国ごとに材質形状も枚数も異なってくるが、二枚式の場合、一枚は生存者が回収して戦死報告用に、もう一枚はその死者が誰なのか分かるよう、当人に添えられたままになる。

 

「………」

 

 タグに英語で刻まれていた文字を見た私の顔は、苦味だらけの色合いになる。

 これとよく似た形状をしていた認識票が、さっき車内で読んでいた捜査資料の犯行グループの候補リストに載っていた。

 名称も込みで詳細は伏せるが、これはアメリカのとあるPMC(private military company―― 民間軍事会社)に所属している傭兵が身に着けているものだ。

 完全に犯人を特定させるには、まだもう一押しの調査による証拠の獲得が必要だけど………彼らの亡骸そのものが、私に突きつけてくる。

 二一世紀に入り立ての頃に起きた戦争で、悪評も含めて名を上げてきたPMCの一つに、わざわざこの時勢でこんな汚れ仕事を依頼し、フィーネと利害の一致で内通していたクライアントなんて………一つしかない。

 私の祖国の一つ、かの自由の国のかじ取りを担っている、実質聖遺物の異端技術を独占し研究の最先端を行く日本を快く思わないアメリカ政府に関わっている連中。

 最初に過った自分の直感は、当たっていたと言うわけだ。

 口の中が苦虫を噛んでしまう。

 当たってなど……ほしくはなかった。

 恐らく、一時は手を組みながらも、異端技術の独占と言う目的の上で邪魔になったフィーネを証拠隠滅も兼ねて始末しようと、彼らを差し向けたが仕留めきれず、ネフシュタンを纏った奴に返り討ちに遭わされた………ってところか。

 

「風鳴司令、これを」

 

 エージェントの一人が、司令を呼ぶ。

 亡骸の一人の胸部に、紙が一枚張り付けられていたのを見つけていた。

 

「待って!」

 

 一瞬、太陽光を反射させた亡骸から伸びる筋を一つ目にした私は、紙に触れる直前だったエージェントの手を掴んで制止させる。

 

「よく見て下さい」

「はぁ……」

 

 気づいたエージェントが息を呑む。

 

「ブービートラップです、下手に触ると部屋ごと吹っ飛びますよ」

 

 亡骸の、正確には紙にから天井に向かって伸びている、仕掛けられていた罠、爆弾の起爆装置と繋がっているとおぼしき糸。

 

「よ、よく気がつかれましたね……」

「目は良い方なので」

 

 数値に変えて三〇.〇くらいはあったガメラの頃の自分ほどじゃないが、今の自分も罠を目で見つけられるくらいは良い方である。

 もし糸が切れて起爆していれば……司令のデタラメ、もとい我流拳法の発勁で爆発の衝撃はかき消され、これ以上の死者は出さなかっただろうけど、広間の奥にあるモニターといった場に残っている〝証拠〟は、粗方消されていた筈。

 

「他にも仕掛けがあるかもしれません、ご遺体と現場の扱いは慎重に、証拠は自分が証人であると主張することはできないのですから」

「はい」

 

 トラップはこれ一つとも思えないので、エージェントの皆さんに釘を差しておいた。

 フィーネが、司令たちがここに来るのを見越して張っていたのは違いない。

 自分を殺そうとし、逆に殺した連中の亡骸を罠に利用する悪辣さ、捻くれたアイロニカルな意味で………天晴だよ。

 

 それにしても………紙に血で書かれていたこの文字。

 

〝I LOVE YOU SAYONARA〟

 

 スマートウォッチのカメラでその文字を撮り、データを本部に送った。

 文字の筆跡も、重要な証拠の一つになる。

 次にネットでこの単語の検索を掛けてみる。 わざわざ血を墨代わりに書いてまで、二課、そして司令にこんなメッセージを残すくらいだ。

 単に私たちを惑わすデタラメな単語の羅列だと、早計に片付けない方がいい。

 ヒットした。

 八〇年代にあるポップスバンドグループのディスコグラフィの一つに、同名の曲があった。日本の大晦日の風物詩な歌番組でも歌われた曲だとのこと。

 案外この曲の歌詞に、手がかりが隠されているかもしれないな。

 

「コンピュータのデータの方は?」

 

 手がかりと言えば、大広間に置かれていた様々な拷問器具と並んで異彩を放っているコンピュータ機器。

 一人がパッド型端末と繋いで、データを回収している。

 機器にも相当銃弾が撃ち込まれているから、中身ごと破損している恐れもあったが。

 

「バックアップはどうにか取れそうです、しかし暗号化されている上にウイルスの危険性もあるので、中身の解読には時間が掛かるかと」

「運よく残っていたところを手にできただけでも、儲けものですよ」

「ええ、うちの情報処理のプロたちなら、やってくれますよ」

 

 彼の言うプロたちとは、友里さんと藤尭さんたちオペレーターの方々だ。

 そして、機器の近くに残っていた血溜まり、と言う決定的な証拠を、前職は警視庁の鑑識官だったらしいエージェントの一人が丁重に採取していた。

 これだけあれば、何とかフィーネを合法的にお縄につかせることはできるかもしれない。

 それで済むだけなら……良いんだけど。

 楽観は禁物だと自分に言い聞かせ。

 今は、テラス屋敷のテラスにて何か話している、司令とクリスの姿を目にした。

 

 

 

 

 

 一度は振り払われてしまったけど、司令なら……弦さんなら、きっと。

 

つづく。

 




朱音の証拠云々の台詞は攻殻の原作漫画での少佐の台詞『死体は黒幕や情報源を語ってはくれない』から来てます。

※現実の陸自の制式拳銃は2018年時点でもソルジャーレギオンを倒した9㎜拳銃のままでございます。


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#51 - 解けゆく心

大変お待たせいたしました。
年末まで時間がかかったのは、戦姫と勇者の二重奏シリーズとのコラボ外伝に気移りもあったのですが、何せ原作でもクリスちゃんにとってターニングポイントな回な上に、どうにか原作同様弦さん=司令の言葉で絆させたかったんですよ。
ただ……司令のあの独特のOTONA論がどういう経緯で形作られたのか実のところはっきりしていない以上、どこまで踏み込んでいいのか悩みに悩みまして本当(汗

でもこれでようやく本筋も終盤の第一歩に踏み出せます。
ではどうぞ。


 弦十郎とエージェント、そして朱音がフィーネのアジトへ向かうべく蛇の体躯染みた山道を走っていたその頃。

 

「「失礼しました」」

 

 リディアン高等部校舎内の職員室から、響と未来が一礼して退室した。

 あえて理由を明言するならば、響の課題の提出である。リディアンの各授業より生徒に課される課題は、難度も高い上に頻度も多いのだが、今回は響も、未来のサポートもあって何とか期限内に提出できたのだった。

 

「はぁ~~なんとか出せたけど、次は期末テストか………山の次はまた山な試練……」

 

 しかし、一難を乗り越えればまた一難どころじゃない試練が待っている。

 春夏秋冬どの学期においてもその後半の最大の難関である――期末考査。

 しかもリディアンだけあり、出題範囲も難易度そのものも半端ないレベルを求められており、学業と言う断崖絶壁がまだまだ続く事実を前に、響の口からは溜息しか零れてこない。

 

「溜息は今の内に吐いてしまっておこう、私も今回は中間の時よりしっかりフォローするから」

「はぁ~~助かるよ」

 

 親友からのご厚意に、気が緩み過ぎて勢いで抱き付きそうになる響だったが――

 

「でも自分のも響の成績も下げたくないし、響が心置きなく人助けを頑張れるように、それなりに厳しく行くので、そこのところよろしくね♪」

「う、うん……朱音ちゃんに翼さんだって、私以上に大変なのに、ちゃんと勉強にも打ち込んで人助けを頑張ってるんだもん」

 

 その未来から同時に笑顔で釘を指され、俄然、身も心も引き締まる思いになり、パンパンと頬を両手で叩く響でもあった。

 

「じゃあ早速この後は図書館で勉強会だね♪」

「ええ~!?」

「〝ええっ!?〟じゃありません、響だってたっぷり遊びたい夏休みにまで学校来て補習したくないでしょ?」

「は……はい」

 

 補習の可能性まで提示されたとあっては、神妙に頷くしかない勉学が天敵な響は――

 

「その代わり今日の食堂のお昼は奢るから、勿論大盛りOK」

「ひゃっほ~いやったぁぁぁーーー!」

 

 ―――お昼のランチなご飯&ご飯を前に、一転大喜びを見せたのであった。

 

 

 

 

 

 こうして、何とか響のやる気スイッチが押された状態をキープさせて食堂に向かっていると。

 

〝~~~♪〟

 

 快晴な天気もあって開いている廊下の窓から、山から吹いてくる気持ちいいそよ風と一緒に、音楽校なだけあって全国大会の常連なリディアン高等科の吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。

 

「~~~♪」

 

 すると響も、演奏に合わせて景気よく、鼻唄を奏で始める。

 それも当然で、今吹奏楽部が校舎中に響かせている曲は、奏さんと翼さん――ツヴァイウイングの名曲である、かの……《逆光のフリューゲル》だったからだ。

 やっぱり我ながら現金と言うか………あのライブに誘ったばっかりに響を不幸にさせた罪悪感に折り合いが付けられたことと、この間翼さんの歌声を間近で拝められたのもあって、初めてこの曲をテレビで聞いた時の記憶が、中学の頃よりも鮮明に思い出されてきた。

 私にとってもこの曲は―――〝思い出の曲〟。

 心臓が掴まれるって感覚を、あの時本当に身を以て味わって、ファンになってしまうのに、一秒も掛からなかったよね。

 そして、奏さんたちに負けないくらいの衝撃を受けた、入学式の日に、今や恩人でもある……朱音が春風に乗って歌っていた姿と、胸打つあの歌声を思い出す。

 私と響を……朱音と巡り合わせてくれた………響以外の子と友達になることを恐れてた自分を踏み出させてくれた……昔以上に、感慨深い気持ちにさせてくれる歌になっていた。

 

「~~~♪」

 

 気がつけば、私まで一緒に鼻唄を歌って、リディアンの廊下の中を進んでいた。

 

 

 

 

 

 今日は、このリディアンの〝校舎〟で送る日常(ひび)の、最後の日になるなんて、当然この時の私は、知る筈が……なかった。

 

 

 

 

 

 時を、弦十郎たちがフィーネのアジトに潜り込む少し前に遡らせよう。

 時折鳥の鳴き声も響く山中の、森林と言う自然のビル群の中を、枝から枝へと飛び移って進む影が一つあった。

 微風で葉同士がこすれ合う森の中を進みゆく影とは――イチイバルを身に纏った雪音クリスだった。

 しかし、その装束(すがた)は、朱音たちとの戦闘時よりも装甲が少ない。

 この姿は、初めてイチイバルとの適合に成功した時のものだ。

〝正規のシンフォギア〟には予め、301,655,722種類もののリミッター及びロックが施され、装者の技量、経験に合わせて出力、性能が向上し、装束(ギア)の形状もアームドギア込みで変化していく。

 クリスは二課のレーダー網に引っかからぬ様、あえて一切歌わず出力を抑えることで、〝初期仕様〟の姿をその身に纏わせていた。

 要は相手に見つからず、身体能力さえ強化できればそれで良いので、その初期設定のまま、生身の徒歩で向かうには無理がある目的地へと急いでいた。

 

 その目的地こそ、一度は戦災孤児の自分を拾いながら………利用した挙句、不条理に切り捨てたフィーネのアジトだった。

 

 

 

 

 

 

 草凪朱音(あいつ)に電子の金銭がたんまり入った端末(うでとけい)を渡されたお陰で、今のアタシはどうにか、喰うや食われずの、誰も使ってない廃屋で息を潜めて生活する毎日から解放されていた。

 二日に一回は寝床に選んだホテルを変えて、バルベルデのジャングルよりも狭っ苦しいコンクリートジャングルの中を転々としてる、寝食に困らない以外は依然として根無し草な生活だが、一箇所に留まり続ける気にはなれないので苦にはなってない。

 それよりも、アタシには拭いたくとも拭えない、別の苦しみってやつがあった。

 

〝■■■■■■はもう完成している〟

 

 あの日、服着てない方がまだマシと思えるくらい悪趣味で禍々しい色と形になったネフシュタンを纏ったフィーネが、そう言ったのだ。

 アタシにはそれが一体どんな代物で、フィーネがそいつを使って一体何をやらかそうとしているのか、皆目見当もつかない。

 けど……アタシでもこれだけは分かる。

 フィーネはその〝■■■■■■〟とやらを作る為に、アタシを『戦争を無くせる』なんて言葉巧みに吹き込んで篭絡し、体ん中に聖遺物の欠片が入っちまってる立花響(あのバカ)をやれ連れて来いだの、やれデュランダルを奪って来いだのこき使い、アメリカの政府の連中と密談し、アタシが目覚めさせたソロモンの杖で何度も特異災害を起こし。そんでようやく完成にこぎ着けたそいつの為に、もっととんでもないないこと……やらかそうとしていると。

 なまじ食う寝るに困らなくなったもんだから………その不安が、日に日に大きくなってきやがっていた。

 このままじゃ………アタシは〝恩人たち〟からの恩を、最悪な形の仇にして返しちまう。

 そして今日、居ても立っても居られなくなったアタシはフィーネの屋敷に殴り込みを掛けようとしている。

 ヤツがソロモンの杖を握っている以上、〝アレ〟のことを誰かに、それこそあのおっさんら特機部二の連中に話そうとすれば………またこの前のようなノイズの大群をわらわらと呼び出すかもしれない。

 アタシ一人で、どうにかするしかなかった。

 

〝私たちは、一人でも多くの命を助ける、貴方も―――その〝一人〟だ〟

 

 自分でも分かってるさ。

 アタシがやろうとしていることは、アイツがアタシに送ってきた言葉に唾を吐き、無情に投げ捨てるも同然のことだってくらい。

 だけど………私は、アイツらが必死になって助けようしたたくさんの誰かの命を奪おうとし、恩人たちも入れたその誰かたちが暮らしている日常(せかい)に火種をばら撒いて壊そうとした〝咎人〟なのは、拭えない事実だ。

 そして咎人なアタシは……捨て鉢めいたやり方以外のやり方を、知らないんだ。

 

 だから―――刺し違えったって構わない、フィーネが〝争いの大火事〟を起こしてたくさんの人をまた巻き添えにする前に、ヤツとケリを付けてやる。

 

 アタシはその想いを胸に、先を急いだ。

 

 

 

 

 

 大分近くまで来たクリスはギアを一旦解除して、地面に木漏れ日と草葉でできた影(もよう)が描かれた森の中を一気に走る。

 一際逆光がかかった木々を通り抜けると、暗がりに合わせていた目に一瞬の眩しさが差し込んでからの、湖の光景が映り込む。

 見上げれば、今やクリスにはいけすかなく見えるフィーネの屋敷(アジト)が変わらず佇んでいた。

 屋敷の内部は、まだはっきりと頭が記憶している。裏口側からクリスは忍び足で屋敷内に入った。

 実はこの時点で、広木大臣を暗殺した傭兵部隊が強襲を掛けたが返り討ちにされ、遺体は放置されたままフィーネ当人は逃走した後だったのだが、クリスがそれを知る由はなく、またクリスがいる地点からは屋敷が受けた襲撃の爪痕が死角となっていた。

 

「くっ……」

 

 しかし回廊を進んでいく内に、クリスの嗅覚は否が応にも捉える――硝煙の匂いを。。

 忘れたいのに忘れられない、バルベルデの地で味わない日はなかった〝戦火〟の匂いが、何重にもけたたましい銃声たちのフラッシュバックが、母譲りの白銀に彩られる美貌が酷く苦悶で歪む。

 咄嗟に耳を強く抑えても、抱えた頭を振って俯いても、一度ぶりかえして荒ぶる〝痛み〟は和らごうとしてくれず全身ごと震えるばかり。

 幾重にも脳内で残響する雑音をかき消そうと、靴のヒールをかき鳴らして走り出し。

 思わず聖詠も唄いかけた直前。

 

「あ……」

 

 駆けゆく足の行く先を定めないまま、ひたすら走る内に、ほとんど無意識――まだ割り切れぬフィーネへの縋る想いに駆られるまま辿り着いてしまった。

 血も含めた戦闘の傷痕が多く刻まれ、米国の傭兵たちの亡骸が散乱する、屋敷に大広間に。

 

「なにが……」

 

 視覚が捉えた惨劇な光景を前に、一周回ってクリスの意識は理性を取り戻した。

 

 

 

 

 

「どうなってやがんだ……これ……」

 

 死屍累々としか言いようのねえ、変わり果てた蜂の巣と血溜まりだらけの大広間を進み、どうしてフィーネと手を組んでた筈の奴らがここで仏様になっちまってるのか皆目見当がつかない私の耳に、後ろから物音が入ってきた。

身体が反応して振り返って見れば、そこには……広間の扉の方には、草凪朱音(アイツ)と、あの筋肉隆々でガタイがごつ過ぎるおっさん――特機部二の司令官が立っていた。

 

「ち、違うぅ――アタシじゃない! こいつらをやったのは――」

 

 アイツの手が握っている黒く光る銃も目にした私は、思わず犯人は自分じゃないと叫んで、全身が緊張で身構えた。

 すると真っ黒なスーツでグラスを付けた大人の男たちがぞろぞろと入って、私に目もくれず、何やらこの惨状を調べ始めて。

 

「端から貴方の仕業と思っていない」

 

 銃をホルスターにしまってそう言ったアイツは、黒スーツたちの手伝いに入った。

 

「待って! よく見て下さい」

 

 スーツの一人が仏の一人の腹に付いていた紙を取ろうとするのをアイツは引き止める。

 会話を聞く限り、下手に剥がすと諸共吹き飛ばすトラップだったらしく……一歩間違えば自分は、パパとママと同じ末路で棺桶入りかけてたことに気がつき。

 

「はっ……」

 

 戦慄で鳥肌出るくらい身震いしたアタシの頭へ急に………ほんわかとした温もりが来やがった。

 見ればあのおっさんが、アタシの頭に手をそっと乗せていた。

 な、なんでだよ……確かに相手はギアもねえのに鉄火場に飛び込んで助けてくれた恩人の一人だ。

 けど同時に、体よく対ノイズ兵器にする気満々だったくせに綺麗事抜かしてきた〝信用できねえ大人〟の一人じゃなねえか……他の連中だったら〝気安く触るな!〟と、さっさと手で振り払って拒絶の意志を突きつけたってのに……どうしてそんな気が起きる気配が出ねえんだ?

 

「誰も君も仕業だと思ってはいない……」

 

 自分の応じ様に戸惑ってる自分をよそに、おっさんは手を乗せたまま。

 

「全ては、君や俺達の傍にいた……〝彼女〟の仕業だ」

「え?」

 

 何だか、泣きそうだと思えてくるくらい、目に水気をたっぷり溜め込んだ……悔しそうにも、やりきれなさそうにも……哀しそうにも見える目つきで辺りを見渡して、そう言い表した。

 おっさんの心中が今どうなっているのかは置いておくとして、どうやらあたしが告白するまでもなく、口振りから見て特機部二はフィーネの正体ぐらいは見当が付いているらしい。

 ―――ってアタシってばまた、何しみったれて黄昏てるおっさんの顔をまざまざ見上げているんだ?

 ここにフィーネがいないんじゃ、もうここに留まってる理由なんてない。

 黒づくめたちの手際の良さを見ても、アタシがわざわざ教えなくたって二課は〝■■■■■■〟って代物何かぐらい自力で掴めるだろうし。

 こんなとこに居続けたって、フィーネに捨てられたって忌まわしい思い出って〝痛み〟が、無駄にぶり返されて辛いだけだ。

 

「待ちなさい」

 

 そう決めて去ろうと足を踏み出す直前に、どうやって気づいたのか、おっさんがアタシを呼び止めた。

 

「少し、話でもしないか? 多少の暇つぶしには、なるだろう」

 

 そう言って、おっさんはアタシに後ろ姿を見せると、屋敷のテラスにまで自分の足を運ばせた。

 丁度雲が、お天道様を遮ってて少し薄暗い空の下、思いっきり無防備な背中を撃って下さいとばかりアタシに見せつけるくせに、ギアを纏った時の熟練のハンターばりの獣じみたあいつ並みに、〝隙〟が見当たらない。

 聖詠を歌いきるどころか、走り抜けようとした瞬間、一瞬で喉笛が掴まれそうで。

 この〝自称大人〟………なんでこの間は………ああも簡単に振り切れたんだ?

 

「っ………」

 

 渋々私も、黒づくめたちの現場検証で少々賑やかな広間から、テラスの……一歩手前な、大広間との境界線にまで近寄って、おっさんの〝話〟。

 これはただの、ちょっとした暇つぶしだ、気まぐれなんだと………自分に言い聞かせて。

 どの道、今さら信用しようにもできない大人の〝言い分〟なんて聞いたところで、どうなるって言うんだ?

 それが、どう足掻いても穢れてることに変わりない自分の、何かを変えるなんて………。

 もう一歩踏み出せば、おっさんが立っているテラスの中に入れる。

 だけどアタシはギリギリ一歩手前で立ち止まったまま、広間とテラスの境界で立ち尽くしたまま、その先を踏み出せずにいた。

 おっさんも見上げる空は、一応晴れてるってのに、半端にデカい雲で隠れて、これまた中途半端に薄暗い。

 晴れてるのか、曇ってるのか、はっきり判別できない……なんとも煮え切れねえ、中途半端な天気の、空。

 

「それで、話って……何をアタシに話そうってんだよ?」

 

 自分の、どこにも寄れない宙ぶらりん具合な状態を突きつけられているみたいで、アタシは空から目を逸らす。

 小さな体躯(みため)を少しでも高くさせようと見せたい意地の表れでもある、ヒール高めの靴を履く、内股で、肉ばっかりいっちょ前についた脚の先にあって、妙に心細さも付いた、境界寸前の手前で立つ自分の足が目に映った。

 

「まだ性懲りもなく、やれアタシを救いたいだの、それが自分の役目だのどうの言う気じゃねえだろうな?」

 

 おっさんから目を逸らしたまま、ならいっそとこっちからぶつけてみる。

 

「まあ、そんなところさ」

 

 するとどうだ?

 

「これでも俺は、ちょいとばかり―――君より〝大人〟だからな」

 

 自分でも簡単に予想できた返答を、あろうことかこのおっさんは、あのバカみたくバカ正直に返してきやがった。

 

「おとな……」

 

 そう………〝大人〟って言葉と、自分は大人であると、捻りもなしに堂々と表明するその態度がだ。

 どっちもアタシには、アタシの心をかき乱す厄介な代物。

 

「なら……なら………」

 

 まただ……全身に震えが走る。

 震えと一緒に電流が流されたような痺れも走り、段々筋肉が固くなって言うことを利かなくなってくる。

 胸に何か押し込まれた圧迫、動悸。

 息だってとっくに荒くなっていた。

 また来やがった……バルベルデでの地獄から出られてから、何度も現れる、アタシの身体と心の悲鳴(ほっさ)が、忌まわしい記憶と一緒に襲ってくる。

 おまけに、目元まで水気が溜まって熱くなってきやがった。

 

「なら……教えてくれよ」

 

 どうにか残っているなけなしの意地で、どうにか脚を立ったまま踏ん張らせて。

 

「あんたにとって………あんたの言う〝大人〟って、一体何なんだよッ!」

 

 この〝自分は大人〟と声高に自称する大人に、思いっきり……思いの丈ってのじゃ片付けられない、自分でもぐちゃぐちゃしてるのがはっきり分かる、前々から私の頭と心に侵犯してくる疑問からできた〝熱情〟を、震える全身から。口を通じてぶん投げちまっていた。

 目元から、しずくも飛び散って。

 だって―――どうしても分からねえんだよッ!

 

 

 

 

 

 この前〝アイツ〟から今腕に付けている腕時計の端末と一緒に大量のお金を送られたお陰で、食うことに困らず、ふかふかなホテルのベッドで眠れるようになったアタシは、余裕ができことと、学校にも行ってないし労働もしてもいない身なせいで暇だらけの有り余った時間を使って、食い入るくらい必死こいてあるものを集めていた。

 生きていた頃の、パパとママの………〝足跡〟ってやつだ。

 ホテルのサービスで借りたパソコンで、ネットの動画サイトから、パパたちが歌って演奏しているのを虱潰しに探して見て回り。

 自分の足と体力で行ける限り、図書館だの、本屋だの、古本屋だのを周りに回って、二人に関係している本やら雑誌やら新聞の記事やらも探し回った。

 何かやってねえと、退屈と――自分が犯してきた過ちで、胸の中をぐちゃぐちゃ回る罪悪感に耐えられなくなって、頭も心も参っちまいそうなのも理由だった。

 今だって、アタシを炙り出そうと召喚されたノイズどもに犠牲にされた、誰かの遺灰を握った感触を、はっきり思い出してしまう。

 けど……一番の理由は、恩人の一人である〝アイツ〟からの言葉がきっかけでもあったんだ。

 本当に久しぶりだった。

 涙がぽろぽろ出ちまうくらい心から美味いと思えた、おにぎりだのお好み焼きだのの飯をわざわざ作ってアタシなんかにくれたあの時、アイツはパパとママを〝甘ちゃん〟だと、こっちも全面的に同意できるのに、どこか妙にざわめきも来てもやもやさせられることを言ったと同時に……こうも言っていた。

 

〝人ほど分けわかんない生き物はいなくて、しいて言えば混沌〟

 

 ――だって、その上。

 

〝そんな人間を見るには、月の裏側を見るくらい〟

 

 ――だと。

 

〝人を見ようとする、知ろうとする努力を忘れてはいけない〟

 

 ――なんだとも、言った。

 不思議と、あいつのあの言葉の数々はとっさの拒絶が起きないどころか、私の心にすっと沁みこんでくる感じで、頷かされた。

 だから………何が正しくて何を信じたらいいか未だ見つけられず迷ってばかりなアタシなりに、やってはみたんだ………〝知ろう〟って、踏み出すことを。

 あいつの言う通りなら、私がこの目で見てきた、奴に裏切られて余計に不信が深まった〝醜い大人たち〟の記憶は、ほんの一部でしかなくて、それだけじゃない違う姿があることを見つけられるって。

 パパとママの足取りを追いかけていけば、ちゃんと知ろうと努力していけば、小さい頃の自分では分かりようがなかった………二人が〝音楽〟に、何を籠めて、たくさんの人間に向けて送っていたその意味を、その想いを、知ろうって。

 必死にくらいつくくらいに………でも、ダメだった。

 どうしても、アタシの中の〝大人〟が覆ってくれなかった。

 

「アタシにとって……大人は余計なことしかしないクズ揃いの大っ嫌いな連中でしかねえんだ!」

 

 なんでパパとママは―――あんな残酷だらけの世界から争いを無くせられる――〝歌で世界を救える〟なんて、信じていたんだ?

 

「けどそれ以上に大っ嫌いなのは……死んだパパとママみたいな、綺麗言しか吐かない臆病者で夢想家な大人たちなんだよッ!」

 

 どうしてあんな〝夢物語〟を、本当に実現できるって………自分から非情で無情だらけの鉄火場に、アタシも巻き込んで、飛び込んでいったんだ?

 

 分かってる……昔パパから教えられた言葉の一朝一夕でどうにかなるのなら、苦労はしないって。

 だけど、この胸の、気が少しでも昂ると張り裂けそうなやるせなさはどうしたらいいんだ?

 結局アタシ自身は、どこにも寄る辺を見定められないまま、自分は〝壊すだけの歌しか歌えない〟身のまま、要は自分すらも………大っ嫌いなんだ。

 どうすればこんな自分も、変えられる?

 恩人(あいつ)の言葉は決して………戯言でも小奇麗な虚言でもない………確かな重みのあるものだってことは、分かっているのに。

 フィーネにまで切り捨てられた今となっちゃ、本当にやっと見えた〝光〟だってのに。

 

「それでも大人だって言うんならな……そんな〝夢物語〟みたいに言うんじゃねえよッ! 良い大人が〝夢〟なんか語ってんじゃねえよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(〝大人が夢を〟………か)

 

 弦十郎は、しばし黙然とした姿勢のまま、クリスからの〝叫び〟を、一言一句聞き漏らさぬ様、粛々と耳を傾け、心に彼女の混沌とした想いを〝大人〟として刻ませていた。

 同時に彼の脳裏には、朱音が以前書き記した報告書のある一文が過った。

 

〝嘆き叫ぶ雪音クリスの姿から、一瞬ではあるが幼い頃の彼女の姿が見えた〟

 

 そして今、彼の眼でもはっきりと目にした。

 バルベルデで両親と死別する前後の頃の、泣きじゃくる幼きクリスの姿が。

 そうして弦十郎は改めて思い知る………身体は相応以上に成長していても、この少女の心の〝時間〟は、戦火に巻き込まれたあの日より、止まったままであることを。

 握られた拳と、噛みしめた歯に籠る力が強くなる。

 終わりの名を持つ者――フィーネが彼女を手中に収めなくとも、この少女は自信が憎む一つたる弦十郎たち〝大人〟の都合によって、シンフォギア装者として彼女がもう一つ憎むべき〝戦場〟に立たせていた。

 彼女の心象によって忌むべき〝銃〟となったアームドギアを……持たせて。

 

「っ………」

 

 一度弦十郎は、百獣の如き鋭さを帯びた眼を閉じて、噛みしめる。

 この少女にも、〝人類守護〟の重責を背負わせようとしていた自分たちの罪を。

 少女が語る〝大人〟もまた、決して目を背けてはならない〝事実〟であることを。

 

「だから……君から何もかも奪った〝争い〟そのものを絶やそうとしたのか?」

 

 その上で、瞳をそっと見開き。

 

「そうだよ! 本当に戦争を止めたかったから、そいつを生み出す元凶な奴らを片っ端からぶっ潰せばいい!」

「それが君の流儀か? なら聞くが――」

 

 少女――クリスへと、改めて正面から見据え。

 

「そのやり方で、君が憎む〝争い〟を無くすことができたのか?」

 

 粛然と、問いかける。

 それで本当に、クリス自身の〝願い〟が、果たせたのか?――と。

 

「っ………それは………」

 

 一転言いよどむクリスには………弦十郎からの問いを投げ返す〝答え〟など持ってはいなかった。

 無理もないことで、実際に弦十郎が〝流儀〟と称した彼女のやり方は。

 

〝貴方の〝戦いの意志と力を持つ人間を叩き潰す〟やり方じゃ、争いを亡くすことなんてできやしないわ、せいぜい一つ潰すと同時に新たな火種を二つ三つ、盛大にばら撒くくらいが関の山ね〟

 

 自らを利用した挙句切り捨てたフィーネに言われた通り、逆に〝火種〟をばら撒く行為に他ならず。

 

〝これが、〝恐るべき破壊の力〟を持つ私たちが引き起こした、君が心から憎悪する―――〝争い〟の、惨状だ〟

 

 朱音から、彼女とくと見せられた通り、破壊と惨劇と、悲劇しか生まなかった。

 何より〝特異災害〟と言う形で、あれほど憎んでいた筈の争いを招いてしまった、彼女にとって〝屑な大人たち〟のように、生み出す側に立ってしまった。

 クリスのやり方は結局……彼女自身を今この瞬間にでも苦しめ続ける、足枷も付いて自らの全身を心ごと縛り付ける〝鎖〟でしかなかったのだ。

 

「さっき君は、〝良い大人が夢を語るな〟――と言ったな?」

 

 弦十郎は、ここまでの前置きを経て、語り始めた。

 

「だが俺は――〝大人〟だからこそ――〝夢を見る〟ものだと、信じている」

 

 彼自身がその胸の奥に抱いている、自らの〝流儀〟を、〝信念〟を―――。

 

「大人になれば背も伸びるし、力も強くなる、ポケットに入った財布そのものも、中の小遣いだって、ちっとは増えるし………何より、子どもの頃は見ているだけで精一杯だった夢を、実現するチャンスが大きく、たくさんできるもんさ、大抵の人間は………大人な歳になる頃には、忘れさせられちまうし、目の前で転がってるに見逃してしまう、困ったさんなところもあるがね………〝夢〟ってヤツはな」

 

 それを形作るのは、決して〝綺麗言〟だけでないことも付け加え、自嘲気味な笑みをこそばゆそうに、弦十郎は一度精悍な表情(かお)に浮かべ。

 

「だが、これだけは言える」

 

 再びその貌を引き締め直して、クリスの瞳を見据え直した。

 

「君の両親は、ただ〝夢を見る〟為に、戦場に行ったのか? 違うだろう、歌で世界を平和にする、その〝夢〟を本気で実現する為に―――覚悟の上で、自ら望んで、この世の生き地獄へと、踏み込んだんじゃないのか?」

 

 雪音雅律とソネット・M・ユキネのことは、弦十郎でも直接雪音夫妻を対面した経験はなく、多くの市井の人々同様、テレビやPCの動画越しでしか拝見したことがない、ゆえに二人が胸の内にどんな〝信念〟を持って、〝音楽〟を手に戦地へ赴いたか………本当のところは、今となっては故人な本人たちのみぞ知るものであり、他者は生前の記録たちを下に、想像するしかない。

 それでも、同じ〝夢を持って生きる大人〟として、雪音夫妻が胸中に抱いていた〝夢〟は、嘘も偽りもなく、心から本気であったと、弦十郎は揺るぎない確信を持っていた。

 

「だったら………どうして……」

 

 言葉にしようとして、途中でぐっと飲み込み口を噛み締めて途切れたクリスの声。

 弦十郎は、その先を――彼女が何を言おうとしていたか、読み取っていた。

 ならどうして、夢を形にする為に向かった先が紛争地域で、その頃の自分は紛争の戦火が絶えない国で現地の〝友達〟と呑気に野原を遊び回り、大地に咲く花たちを摘み、世界の現実なんて知るわけもなかった幼い自分をまでバルベルデに連れてきたのかと………先に逝って、置き去りにしたのかと………。

 小さき我が子を連れ戦地に赴いた点に於いては、歳の離れた友人たる朱音より〝甘ちゃん〟とはっきり言われた弦十郎でさえ、雪音夫妻の見通しは、少なからず甘かったと認識している。

 政府が戦争状態を当たり前とする国で、それを止めようと反戦を広めると言うことは、争いより利益を得ている連中にとって邪魔者以外の何者でもなく………事実夫妻は。表向きNGO活動中に内戦に巻き込まれた、されど実態はバルベルデ政府そのものより〝謀殺〟された。

 国連軍の介入で保護されるまで、ずっと生き地獄の中を彷徨い生きて来たクリスが、両親をはっきり〝大っ嫌い〟だと〝口では〟吐き捨ててしまうのも、無理はなかった。

 

「どうしても、見せたかったんだろう……」

 

 一歩、また一歩と、少しずつ弦十郎はクリスに歩み寄る。

 

「〝夢〟は実現できる、叶えられる―――〝揺るがない現実〟の一つだってことを、大切に想い………愛していた君にな」

 

 そうまでして、雪音夫妻が幼い愛娘――クリスに見せたかったもの。

 今は亡き当人たちに代わり、弦十郎の言葉から、ようやく彼女に伝えられた。

 受け取ったクリスの瞳が、目じりに溜まっていく潤いに覆われにじむ中。

 

「今さら遅いってことは………俺も、何より両親も……承知の上だろうが………それでも言わせてくれ」

 

 弦十郎は、その逞しく隆々を極めた両腕で。

 

「君を巻き添えにして……君を助け出すまでここまで時間がかかって………本当に、すまなかった」

 

 花びらを両手でそっと包み込むように、クリスを抱きしめた。

 これがきっかけとなり、クリスの目じりから、ついに涙が流れ出す。

 泣いた………口では〝大嫌い〟と言いながらも、根は縁(えにし)を捨てきれなかった両親の想いを知った彼女は、数え歳の小さな子のように、思いっきり咽び泣いた。

 さっきまで踏み出せなかった………〝境界線〟を、踏み越えて。

 それは、父(パパ)と母(パパ)と死に別れて以来、ずっと止まっていたクリスの心の中の時間が―――ようやく動き出した、瞬間でもあった。

 空を見上げれば、陽を遮っていた雲が流れ去り、光が彼女の心を解かそうとするばかりに、照らしていた。

 

つづく。

 



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#52 - 嵐は迫りくる

どうも、2019年一発目のガメフォギア本編最新話です。
朱音視点主軸になった途端こうも一気に筆のノリが良くなるとは……複雑だ、もっと原作の装者たちと創作を通じた対話にも注力含めた精進しないと(汗

一方で創作の参考資料に宗教関連の書籍やパトレイバー、勿論平成ガメラも見ておいて助かった、カディンギル――バベルの塔にまつわる聖書のエピソードが比較的頭にすらっと入ってこれたので、やはり日頃色んな創作物著作に触れておくものだね。


 首謀者たる終わりの名を持つ者――フィーネの屋敷(アジト)での探索を終えた弦十郎ら二課メンバーを乗せた車両たちは、山中の道路を下って、リディアン地下本部への帰路についている最中。

 内一台の後部座席には、朱音と………そしてクリスの、二人シンフォギア装者が同乗している。

 クリスはと言うと、少々ばつが悪そう面持ちで、窓の外の流れゆく山々の景色を眺めていた。

 上空はまだ晴れ模様ではあるが、朝と比べると、灰色がかった雲たちが少しずつ、忍び寄って来ていた。

 

 

 

 

 

 何と言うか………おかげさまって言うか、今日は、色々と憑き物が落ちてくれたんだけど、さすがに特機部二のやつらに保護してもらう、つまり厚意ってのを受け取るのを、素直に受け取れるだけの準備が、まだ胸ん中でできずにいた。

 自分でも無駄に意地張ってる上に性根が捻ってるくらい、分かってるさ。

 だから、恩人たちにはちゃんと詫び、自分も招いたこの〝争い〟を終わらせるのに重要な手がかりの筈なフィーネが言ったを〝あの言葉〟を伝えつつ一人で、去ろうなんて思ってたんだが。

 

〝山道を降りるまでは送ってあげられる、後は二課でどうにか落とし前は付けるから、貴方は今後の身の振り方をゆっくり考えるといい、まだホテル暮らしができる余裕はあるだろう?〟

 

 隣に座っている朱音(こいつ)にはアタシの考えていることなど完全に筒抜けだったらしく、先に向こうからこっちの気持ちを尊重させてもらいながらもああ切り出され。

 ギアの力が無いと一人であの山の中を下るのはアタシには無理だったのもあって………一応この恩(かし)を貰い受けることにした。わざとギアの出力を抑える芸当は、結構体力使わされただけに、ありがたくはある。

 でもやっぱ………居心地の悪さと言うか………素直にここに居ていいのか? 自分に他人からの厚意を受け取る資格があるのか……って感じが、もやもやとアタシの胸の中で漂う。

 フィーネの野郎に体よく騙され、都合よく利用されていたとは言え、アタシはあのおっさんら特機部二とは〝敵〟だった身だし、おっさんたちが守ろうとしているものを壊していた側の悪党の身でもあったのは変えられない事実だから、気まずい気分にならない方が難しかった。せめてもの気晴らしに外の景色を眺めてたけど、段々飽きが入ってきやがる。

 だけど、途中の途中で、降りたくはなかった。

 どうにか、車から降りるその時までに………〝恩人たち〟にはちゃんと、言ってはおきたいことがあったから。

 

〝~~~♪〟

 

 運転している二課の人間がカーラジオから、音楽が、歌が……流れ出してきた。

 

「~~~♪」

 

 しかも隣に座ってるあいつが、あろうことかその歌を景気よく歌い始めた。

 思わず………〝とんだ歌バカだよな、お前〟なんて言いそうになったけど。

 

〝ありがとう、最高の褒め言葉だ〟

 

 とか返球してきそうな感じを、何となく覚えたので、出かけた言葉を飲み込んだ。

 この歌は、アタシも一応知ってる。

 確か東ヨーロッパのどっかの国のわらべ歌で、タイトルはAppleだったよな。

 昔、ママがちっせえアタシを寝かしつけようと、日本語で訳したのを子守歌にしてよく歌ってくれていたので、歌詞もメロディも、体と心の底の奥底まで今でもはっきり沁み付いて覚えていた。

 けど詞の内容は、昔の頃でも、そんで今日本語の訳詞を思い返してみても、てんで意味が分からない。

 その癖………一度メロディを耳にすると―――。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、すみません………また癖で」

「お気になさらず、今日も冴えた生歌、ありがとうございます」

「いえ……」

 

 いけないいけない………私はまたいつもの悪癖が働いてしまったのに気がついて、運転手のエージェントにお詫びをした。うっかり彼に居眠り運転をさせて大事故の大惨事、にまでは至らず、安堵する。

 

「思わず自分も口ずさみたくなりましたよ、歌詞はさっぱりでしたけど」

 

 流れていたのは、あとあるわらべ歌――Apple。それも詞が発祥の地の国の言葉で奏でられているバージョンだ。

 

「なんて意味なんですか?」

「まず出だしの歌詞は、万有引力の法則ですね」

「え? つまり……リンゴが木から地面に落ちた」

「はい、でも中々に研究者を悩ます解釈の難しい詞でしてね」

 

 このシンプルな音色とミステリアスな歌詞でできたこの歌は、考古兼歴史学者の父が、出自を探っていた研究対象でもあり、母が子守歌によく聞かせてくれた思い出の曲でもあり。

 私の……〝歌バカ〟な自分の原点の一つでもある、と断言できる歌だった。

 それにしても―――。

 

「歌は大嫌いじゃなかったのか?」

「え?」

 

 意外だったのは、クリスまでこの歌を鼻唄で口ずさんでいたことだった。

 彼女も私に訊かれるまで無自覚の無意識に歌っていたようで、目じり吊り上がっていながら丸みがあって私のより大きい瞳を、より大きく開かせ驚いた顔をこっちに向けてくる。

 

「なんで……」

 

 クリスのこの一言には、二つ疑問(いみ)が込められている。

 一つは、どうして自分が無意識に、この童歌を歌っていたか。

 もう一つは、なぜ自分が〝歌を嫌っている〟と、私が知っているかだ。

 

「実際に〝大っ嫌い〟だって、あの時弾丸とミサイルをまき散らしながら歌ってただろう?」

 

 言うなれば、目は口よりならぬ、歌は言葉よりものを言う、かな。

 私は二つの疑問の内、後者の方を返答に選び、クリスは目線を窓の方に逸らし直した。

 イチイバルがクリスの心象内の風景を読み取って作曲したメロディと、同時に作詞した詩とそれを荒々しい獣の如く歌い上げる彼女の歌声には、〝歌〟そのものに対する否定的かつ、両親と同様に愛憎が混在した感情が、これでもかとあからさまに表現されていたし。

 

〝歌わせたなぁ………アタシに歌を―――歌わせたなぁぁぁぁぁーーーー!!!〟

 

 それ以前に、イチイバルを纏った姿を私たちに初めて見せた時のクリスの口から、ああもはっきり歌への複雑な思いを激昂に乗せて見せつけていたしね。

 

「ああ………大嫌いだよ………特に自分(アタシ)が歌う歌はな」

 

 動かぬ証拠を突きつけられたクリスは、窓の方に目を向け直して答える、首に掛けたイチイバルの待機形態(ペンダント)へ、片方の手が触れて。

 

「このイチイバルを歌で起こすのも苦労させられたし、アームドギアを出せるようになるまでもっと時間が掛かった………だってのにさ」

 

 北欧神話の神――ウルが使っていた弓矢の欠片であるイチイバル。

 本来なら、アームドギアは伝承通り〝弓〟である筈だったのだが。

 

「アタシが最初に出したアームドギアは、元の持ち主の神様が使ってた弓矢じゃなくて……リボルバーのピストルだった………」

 

 もう片方の……初めて自身のアームドギアを握ったと思われる手を握り拳にし、苦々しく、忌々しく、クリスはアームドギアを初めて実体化した時のことを語る。

 無理もない………苦労も混じった努力の果てに、自分の歌――潜在意識が生み出したのは同じ〝射るもの〟ではあるが弓ではなく、自身を苦しめ、人生を狂わせた憎き〝戦争〟の象徴の一つたる銃火器の数々、現代兵器たちだったのだから。

 

「それからミサイルにガトリングと来て………イチイバルからはっきり言われちまったんだよ、アタシの歌は………血と硝煙で汚れちまって、〝壊すこと〟しかできない代物なんだって」

 

 ペンダントを握りしめ、吐き捨てる調子でクリスは、複雑に絡んで入り混じった己の歌に対する〝感情〟を明かしてくれた。

 そんなことはないと、今の私には言えない………今言ったら逆に無責任な行為だ。

 彼女も、響と翼くらい頑ななところがあるし、下手なことを口にすれば、またその心に意固地さの壁が塗り固められかねない。

 人は誰しも、私も入れて胸中に抱える〝感情〟が強ければ強いほど、意識的にしろ無意識にしろ表向きは――口では否定的な表現を使って秘めてしまう生き物である。

 何より私は………戦闘以外のクリスの〝歌〟を、まだちゃんと聞いたことがない、せいぜい……さっきの鼻唄程度だ。

 今は、聞き役として、本人も意図せず胸中を零しているクリスの心に溜め込まれているものを少しでも、それとなく口にさせ、今まで溜め込まれてばかりだった心の重しを、少しでも軽くさせてあげる。

 そうすれば、クリスのその心の奥の、よりまた深い奥底にある………彼女自身の表層意識がまだ気づいていない、自覚し切れていない、肉親と、そして歌に対する〝想い〟が見えてくる筈だが……。

 

「朱音さん」

「っ……どうしました?」

 

 それを聞き出すのは、後回しをせざるを得ないことになった。

 ドライバーのエージェントが、先程とは一転は真剣な顔つきで私に呼びかけてきた。

 私も目つきが自然と鋭利になり眉を潜め、何ごとかと尋ねる。

 

「ようやくサボタージュしていた櫻井博士と、通信が繋がりました」

「お……おい……」

 

 私は立てた人差し指を口の中央に添え、静かにとクリスに伝える。

 車内(ここ)に彼女も乗車していることは、できるだけ通信相手に知らせない方がいい。

 

「音声出します」

「お願いします」

 

 今日の櫻井博士は、未だに二課本部に出勤していない。私が知る限りでは……広木大臣が暗殺された日と今日を除けば、博士が遅刻をしたことはない。

 本部でもこちらでも、朝から何度も連絡を試みていたが、音信不通の状態が続き、今やっと通信が繋がったのである。

 

『ごめんね、出勤どころか連絡まで大遅刻しちゃって♪』

 

 博士のその声を聞いたクリスの顔が、眉間を歪ませ、苦々しく歯ぎしりをした。

 

『良い歳して盛大に寝坊しちゃった上に通信機の調子が良くなくて、できる女と日々豪語しておいてこのザマ………面目ないわね』

 

 相手の声音によく耳を澄ませつつ、私はスマートウォッチの立体画面を立ち上げ、本部にいる友里さんの携帯端末にこっそり。

 

〝博士からの通信に映像は?〟

 

 メールを送ると、ほどなく。

 

〝いいえ、音声だけです〟

 

 と、返信のメールが即座に送り返された。

 今頃本部司令室に投影された大型立体モニターの中央には、『SOUND ONLY』と表示されていることだろう。

 

『無事か了子君? そっちに何も問題はないか?』

 

 別車両にいる司令が、博士に〝探り〟を入れる。

 

『まあある意味で問題はあったわね、寝坊した上にいつもより髪は乱れてるし、溜まってたゴミを出し損ねちゃったし、早く仕事したいのに女子のお手入れにてんやわんやだし』

 

 声だけを表層的に聞く限りでは、いつもの能天気の陽気でマイペースな博士ではあるが………私の聴覚は、違和感を覚えざるを得ないでいた。

〝女子のお手入れでてんやわんや〟にしては、やけに物音が少なくて静かすぎる。

 何より私の聴覚と、直感は……無理に〝いつもの櫻井博士〟で見せようとする声色に感じられた。

 それにほんの微かだが、聴覚が捉えた………ヒールと金属質な物体との、接触音を。

 まだ自宅にいるってのは、真っ赤な嘘だな。

 

『なら良い、それより準備に忙しいところすまないが、聞きたいことがある』

『せっかちね~~なにかしら?』

 

 司令はさらに、一歩踏み込んだ質問を博士に送りつける。

 

『さっき仕入れたばかりの情報だ―――〝カディンギル〟』

 

 クリスが教えてくれた………この一連の事件を収束させる上で、間違いなく最も重要な手がかりだと言える――Keyword。

 

『この言葉が意味するものは何だ?』

 

 

 この単語を〝一応〟日本のリサーチサイトで検索掛けてみたが、まともにヒットするのはRPG系のテレビゲームに関連する攻略サイトばかりだった。

 そのゲームの劇中では―――〝天にそびえ立つ塔〟だと言い、ある意味で〝原典〟に忠実と言えた。

 

『カディンギルとは、古代シュメール語で〝高みの存在〟……転じて、〝天を仰ぐほどの塔〟を意味しているわね』

 

 そして研究者としての声色となった博士の口からも、ほとんど同様の意味が発せられる。

 

『仮に何者かが、その塔を建造していたとして……俺たちがなぜ今までそれを見過ごしてきたのかはさておき、ようやく敵の尻尾を掴めたんだ、このままさらに情報を集めれば、敵の隙を突いてこちら側の勝利を掴めるだろう、最終決戦、仕掛けるからに仕損じるなよ』

『『了解です(!)』』

 

別の場所で、同じく一連の通信のやり取りを聞いていた響と翼の応じる声が車内のスピーカーに響き。

 

『ちょっと野暮用を済ませてから、私もそっちに向かうわ、それじゃあ』

 

 私の耳からは明らかに曰くありげな言い回しで、博士も通信を切った。

 裏で利害の一致から結託していた米国との関係が決裂した今、フィーネは実質〝一人〟である。

 確かに事件を収束させるには、今が絶好の機会では………あるけど。

 博士との通信が切れる直前、私は〝念の為〟―――本部の友里さんたちにもう一つメッセージを送った。

 万が一の、これから先に待っている未来の中で最も〝最悪の事態〟を考慮して。

 

「わりいな……」

 

 博士との通信が切れた直後、隣のクリスがまたいきなり詫びてきた。

 

「なぜ貴方が謝る?」

「アタシはそのカディンギルとやらと、もうそれが完成してる………ってことぐらいしか知らなかったからさ」

 

 クリスによれば―――〝完成している〟なんて言葉も込みで、冥土への土産代わりにフィーネ本人から教えられたと言う。

 

「気に病む必要はない、貴方が生きて逃げ切れたお陰で、充分に手がかりは貰ったさ」

「はあ? どういうこったよ」

 

 フィーネのアジトから採取したデータに奴の企てとしての〝カディンギル〟の詳細は記されているだろうけど、案の定ウイルス付きで幾重にかつ厳重にプロテクトが掛かっており、そう直ぐには開けられそうにない。

 けど、この単語一つで推理を進めることはできる。

 そもそもシュメール語とは、日本の世界史の教科書にも記載されている、現代の歴史学が存在を立証できている人類史の上で最古の、幾つも存在する文明の総称――メソポタミア文明の中で初期の、シュメール文明の人々が使っていたとされる言語。

 

「博士は塔と言ったが、シュメール語で『カ』は門、『ディンギル』は神、つまり『神の門』と言う意味もある、そのシュメール語を用いた民族たちの――」

 

 かの文明の主たちであるシュメール人は、現在でもルーツが謎に包まれた民族だ。

 メソポタミアの文明はシュメール以前から、既にウハイド文化と言う先史文化が存在したが、このどこで発祥し、どのような経緯でメソポタミアの地に来訪したのか不明だが、そのシュメール人たちが齎した恩恵によって、人類史最古の文明は急速な発展を遂げた。

 それから時は経ち、現代では古バビロニア時代と呼ばれる時期のメソポタミアは、バビロン第一王朝と言う王国が栄華を誇っていた。

 

「その王国の首都バビロンをシュメール語に訳したのが―――《カ・ディンギル》、わざわざそう名付けるくらいだから、フィーネの真の目的を解くヒントは、この時代に隠されているとも言ってもいい」

 

 念の為と、今エージェントとクリスに説明した内容を、司令の端末と本部にもメールで送った。

 私はアメリカ暮らしが長く、亡き父と母の職業柄、まだガメラとしての前世の記憶(じぶん)が封印されていた幼い頃もあって、両親が蔵書していた考古学・歴史学に関する文献書物を絵本の代わりに育ったので、この手の知識は、それなりに人並み以上は持っている。

 

「そしてこの《カ・ディンギル》と言う言葉はね、後に〝ある言葉〟の語源になったんだ」

「さっきバビロンって言ってましたけど………もしかして、聖書ですか?」

「当たりです、日本では〝旧約聖書〟と言った方が分かり易いでしょう、ユダヤ民族にとって〝古い契約〟扱いは不服でしょうけどね」

「ああ………そう言えば元々、ユダヤ人限定の宗教でしたもんね」

 

 エージェントが、アンサーの一角を言い当てた。

 旧約聖書、またはヘブライ語聖書とも現在では称され、正確には人類史で最初に現れた一神教であるユダヤ教の唯一にして絶対の神、YHWH――エホバまたはヤハウェ(意味は同じだが前者は誤読で、発音としては後者が正しい呼び方)から預言者に伝えられ言葉の数々、創造主――The Creatorとの聖なる契約の数々が記された聖典――Testament。

 

「バビロンはバビロニアの言語アッカド語で『バーフ・イリ』と呼ばれていたのですが、『混乱』を意味するヘブライ語の言葉――『バラル』と文字通りに混同されて、旧約聖書ではこう呼ばれるようになったんです――」

 

 その言葉とは、旧約もといヘブライ語聖書の初めの書たる、神が天地を創造する七日間から、最初の人類が禁断の果実を食したことで起きた失楽園、その息子たちである兄弟が起こした最初の殺人、神より正しき者を認められた人が作り、家族と動物たちとともに、全ての生命を滅ぼさんとする大洪水からの脱出、等々を描いた『創世記』の最後を締める第一一章の題名でありキーパーソンとなっている。

 

「――『バベル』と」

 

 かつて人々は、同じ一つの言語を話していた。

 大洪水から箱舟で逃れた人々は、移り住んだ東の地にて、神が作った石と漆喰の代わりに、レンガやアスファルトを作る技術を生み出し、自分たちが不和や衝突を起こさぬようにと願いを込め、お互いの団結力を高める為にその技術を以て都市を、そして創造神のいる天へ至る門たる階段、即ち〝塔〟を建てようとした。

 

「っ―――! 『バベルの塔』ですか!?」

「はい」

 

 エージェントが、《カ・ディンギル》――天を仰ぐ程の塔の別名を口にした瞬間………車内にノイズ発生を知らせる、シンフォギア装者となってから何度も耳にした緊急警報(エマージェンシー)が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 二課本部司令室でも、同様の警報がけたたましく鳴り響く中。

 

「東京上空にタイプG空母型ノイズが五体、いえ――六体出現!」

 

 藤尭は現況を収集し、報告。

 立体モニターにも、ノイズであることを示す首都の俯瞰図に、大型の円形が点滅する赤い光点が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 窓越しに、東京上空を我が物顔で飛行する空母型を私の肉眼は捉えた。

 このタイミングから踏まえて明らかに、まだどこかの場所で隠れ潜み、《ソロモンの杖》を手中に納めているであろうフィーネからの差し金と見て良い。

 

『現在、空母型が小型ノイズを投下する様子は見られません』

 

 車内にいる私達にも、出現したノイズに関する情報が、随時本部より送られてくる。

 既に翼は複数所有している自前のバイクで、響は特機部のヘリで現場に向かっているとのこと。

 今回は、翼のライダーとしての〝ジンクス〟が働かなければいいけど。

 

『第四一区域は墨田区第二九区域へ、第一七、十八区域も同様の方角へ進行中』

『いずれの個体も、進行経路の先に、東京スカイタワーがあります』

 

 東京スカイタワー、二〇一二年より開業された現在の東京の顔とも言える、高さ六四〇メートルを誇る巨大な電波塔。

 首都の観光地のメインを担うこのタワーは、一方で特機部活動時の映像、通信等の電波情報を統括制御し、集積している一般市民には知らていない裏の〝役目〟も担っていた。

 

『《カ・ディンギル》が塔を意味するのであれば、スカイタワーはまさに、そのものではないでしょうか?』

 

 地上には大量の獲物たる人々が急ぎ避難していると言うのに、襲う素振りを現状見せてこないノイズの動きから、藤尭さんは《カ・ディンギル》との関連性を提言する。

 

『翼、響君、東京スカイタワーに急行だ!』

『了解!』

『了解です!』

 

 私もスマートウォッチの機能で周辺地区の交通状況を確認。

 

「ここで降ろして下さい、直接現場に急行します」

「分かりました」

 

 幸い、人知れず変身するのに丁度いい、広く閑静な公園が近くにある。

 そこからギアを纏って直接、スカイタワーに飛んで向かった方が早い。

 

「この近くにシェルターもある、貴方はそこへ!」

「おい!」

 

 クリスにそう伝えた私は停車した車両から飛び出るように降車し、小型通信機を耳に付け、園内を疾走しつつ。

 

「司令」

『分かっている、タワーに集まったノイズが装者たちをおびき寄せる為の〝罠〟であることぐらいはな』

 

 二課本部へと急ぐ司令と、通信を交わした。

 私も司令も、先程藤尭さんが言っていたような、《カ・ディンギル》とスカイタワーの間には直接的な関連性はないと見ている

 その上今回のノイズの出現は特機部の主戦力な虎の子たる私達シンフォギア装者を招いて足止めにし、二課本部ひいては司令たちから遠ざける為のフィーネが仕掛けた陽動(トラップ)であることを把握していた。

 できれば一人は本部の防衛に回しておきたい、私含め装者全員がスカイタワーに参じてしまえば、向こうの思うつぼではあるのだが……あのタワーもまた二課にとって重要な拠点の一つ。

 もし最悪倒壊でもされれば、周囲の物理被害のみならず通信網も断絶され、こうして連絡もまともに取り合えなくなり、二課本部は情報ネットワークを断たれたことで〝地下の孤島〟と化してしまう。

 その間に首謀者のフィーネに逃げられては、或いは万が一《カ・ディンギル》の使用を許してしまったら………元も子もない。

 正体が何であれ、その《カ・ディンギル》が何らかの兵器であり、フィーネにとっては《ネフシュタンの鎧》に《ソロモンの杖》ら完全聖遺物以上に重要な切札(ジョーカー)であるに違いないのは確かだ。

 

『だがだとしても、被害を大きくしない為には君たちを行かせるしかない、タワーの防衛、頼んだぞ』

「了解!」

 

 けれども……どの道、私もスカイタワー防衛に向かうしかない。

 長時間の飛行能力を持たない上に白兵戦主体の翼と、彼女以上に徒手空拳主体のインファイターでアームドギアを未だ実体化できていない響では、二人の攻撃の有効範囲外な上空にいる空母型には碌に対処できず、ほぼ無尽蔵に大量投下される群体に応対するだけで精一杯だ。

 二課所属のシンフォギア装者の中で唯一の航空戦力である自分もいなければ、特異災害の被害拡大を食い止めるのも抑えるのもままならず、それを見こしてフィーネも空母型を寄越してきたのは明白……全く悪辣だな、二課の〝身内の人間〟だっただけはある。

 

「そちらも重々気を付けて下さい、手負いの獣ほど、何をするか分かりませんし――」

 

 手負いの獣とは当然フィーネ………〝彼女〟のこと、エージェントたちの現場検証から傭兵部隊の襲撃で致命傷程ではないが深手を負ったと分かっている。

 さらにもう一つ司令へ、念には念を入れて。

 

「――くどいのは承知の上で、くれぐれも奴から〝アキレス腱〟を突かれないよう気をつけて下さい」

 

 現場に残されていた血文字によるメッセージ―――〝I Love you SAYONARA〟

 

「あれは司令たちに宛てた、奴なりの〝決別のメッセージ〟で間違いありません」

『ああ……だろうな………忠告はありがたく受け取っておく、どうにか肝に銘じておくさ』

 

 フィーネのアジトへ潜入直前に伝えた先の忠告を、私はもう一押ししておき、通信を切る。

 まだ空母型は悠然と空を泳ぐだけで、戦端はまだ開かれていない。

 今の内にと、ノイズを見据えたまま首に掛けた勾玉を握り、胸の奥の聖詠(うた)を引き出そうとした矢先。

 

「待ってくれよッ!」

 

 

 振り返れば、避難をするようにと伝えた筈のクリスがいた。

 上空に漂う灰色の雲は、さっきよりも数と密度が増え、蒼穹を覆い隠さんとしていた。

 

つづく。



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#53 - 集結/共戦

今回のイメージBGM:仮面ライダーWサントラ『真実』(ファング回や霧彦さんが風になった回等)

一応の更新なのですが、すみません(汗、今回は前回投稿し、ここまで長いことかけてやっとクリスちゃんも合流した『#53 – 集結』に、クリスちゃんが『繋いだ手だけが紡ぐもの』を歌うスカイタワー戦の終わりまでを加えた再構成となります。
いざ書き出すと、構成に難が出ちゃって、スカイタワーでのノイズの戦闘をし終えるまでの方が区切りが良いと判断したからです。

まあどっちにしてもクリスちゃんのデレ度が原作の同場面と比べると上がってる気がする。

それと最近の兆候で、更新するとお気に入り数が減る困ったジンクスが……今回はどうなることやら(冷や汗


 今回の戦場となった東京スカイタワーの上空。

 最初はただタワーの周辺を周回していた空母型ノイズたちは、ついに各々の腹部より、大量のノイズたちを投下し始めた。

 地上型はコンクリートジャングルを闊歩し、空中型は空母型を防護するように飛び回る。

 幸いなのは、スカイタワー周辺の避難は、一課と自衛隊の奮闘によって完了していることだ。

 

〝Balwisyall~Nescell~gungnir~tron~~(喪失へのカウントダウン)♪ 〟

 

 ついに戦端が開かれた中、ここまで連れてきてもらった特機部のヘリから飛び降りた響は、ガングニールを纏い。伴奏をバックに戦闘歌を歌いつつ右腕のハンマーパーツを引き、落下の勢いを相乗させた拳の一撃で、空母型の一体を打ち貫いた。

 まずは一体目を撃破せしめた響は、地上のアスファルトに降り立つ。

 

〝Imyuteus~amenohabakiri~tron~~(羽撃きは鋭く――風切る如く)♪〟

 

 続いてバイクを駆り現場に到着した翼も、走行させたまま飛び上がり天羽々斬を起動、刀(アームドギア)を大剣に変形させ。

 

「ハァッ!」

 

《蒼ノ一閃》

 

 振り上げた刀身より三日月状のエネルギー波を放つが、光刃は空中型を数十体一度に撃破したものの、肝心の狙い目だった空母型には届かず、刃は虚しく途中で霧散した。

 

「くっ……」

 

 仕留めきれず、眼を宙の敵へ突きつけたまま苦虫を噛む翼。

 空を浮遊し、飛び続けられる術を持っていない現状の二人にとって、やはり自分たちの攻撃範囲外の上空にいる空母型は、手を焼く難敵だった。

 無論、それで手を抜く相手ではなく、遠慮の欠片もなしに残った空母型ノイズたちは次々と小型ノイズの群れを大量に投下し続ける。響たちは、それらを迎撃するだけで手一杯な防戦状態に陥った。

 響の鉄拳が炸裂しても、翼の斬撃が振るわれても、空母型をどうにかしない限り、敵の数は一向に減る気配を見せてくれない。

 

「もう一度ヘリに乗って、私たちも空から――」

「と行きたいところだが……これ程の数の中では、ヘリなど絶好の鴨だ」

 

 響は自分を現場にまで送ってきた特機のヘリを呼び戻してもう一度搭乗し、空母型より高度から攻める案を提示するが、それが困難なほど既に多数のノイズが戦場を跋扈していた。

 そして彼女らの思考はお見通しとばかり、戦場から退避中だったヘリに、空中型が迫り、襲おうとしている。

 

「やらせるかッ!」

 

 敵の真意に気づいた翼は、戦闘歌を奏で得物(つるぎ)を振り翳し。

 

《千ノ落涙》

 

 諸刃な剣の驟雨を降らせ、空中型を撃ち落としていくが、何体かは翼の攻撃を不幸にも逃れてしまう。

 全速力で戦場を離れるヘリを遥かに上回る速度で、飛行型は肉薄し………二人の目の前で、人がノイズの犠牲者にされる直前。

 

〝~~~♪〟

 

 青き天より――〝彼女〟歌が戦場に響く。

 上空より急降下してきた朱音は、そのまま先頭の一匹を踵落としで叩き落し、続けざま滞空状態で二体目へ袈裟掛けに爪付きの手刀と――

 

《邪撃脚――カーフクロー》

 

 ――三体目に脹脛部のアーマーより蹴爪を生やして回転を加えたサイドキックを見舞わせ切り裂いた。

 朱音の体技を諸に受けた先陣の三体は、炭素化しながら地へ落ち、ビル風を浴びて霧散していく。

 

(一匹たりとも通さないッ!)

 

 眼光をノイズの群れへと突きつけて歌う朱音は、周囲に火球たちを生成しつつ両腕を平行に交差させ、アーマーより《エルボークロー》を展開し、三対の刃を高振動と赤熱化。

 

《裂火双斬――ヴァリアブルクロスセイバー》

 

 横合いに振るうと、刃より二振りのプラズマの炎刃(ヴァリアブルセイバー)を同時に放出して薙ぎ払い、同時にホーミングプラズマ》を一斉発射、ヘリを狙っていた空中型の群れを両断もしくは撃ち落として一掃した。

 朱音は歌唱を続けながら、背後のヘリのパイロットへ――〝今の内に早く!〟―――アイコンタクトで急ぎ退避するよう促す。

 ガラス越しに頷いたパイロットは、再び全速前進でスカイタワー周辺より離れていった。

 

「朱音ちゃん!」

『すまない遅くなって、苦労をかけた』

 

 間一髪、駆けつけてきた朱音の勇姿を地上から見上げていた響は喜色たっぷりの笑顔で友の名を呼び、通信機で朱音は二人に呼び掛ける。

 

(全く……毎度空より絶妙な頃合いで馳せ参じてくれるな)

 

 同じく助太刀に参じた戦友を眺めていた翼は、内心そう呟き微笑んだ。

 

『それと助っ人は〝もう一人〟いる、この物量を相手にするには、とびきり心強いのがね』

「何だと?」

 

 翼が朱音の曰くある言葉を聞いてそう口にした直後、今度は荒々しいギターサウンドが轟いたかと思うと、ビルより頭上の晴天を大量の小さな火の玉――銃弾と白煙っを描くミサイルの群れが爆音とともに飛びこんでいき、朱音のライフル形態のアームドギアから連射で放たれる《プラズマ火球》とともに、宙を飛ぶ飛行型と地上へ投下されている途中であった地上型を次々と爆発の火花へと変えていき、空母型のノイズ生成器官ごと破壊。

 かと思えば、響たちのいる地点にも注がれる太陽光を一時遮るほどの大型ミサイルが彼女らの丁度真上を通過し、空母型の一体の、残っていたノイズ投下部分に命中。これで〝一時的〟ながら、空母型たちの攻撃手段は失われた。

 そして響と翼の耳にも響く音色は近づいていき、見上げれば、雲の隙間より射し込む太陽光を背にした人影が、こちらへと迫り。

 

「く、クリスちゃん!?」

「お前は……」

 

 二人の目の前に、あの大型ミサイルに〝乗って〟ここまで来た、イチイバルのギアアーマーを纏うクリスが降り立った。

 

「何やらこの辺がぴーちくぱーちく騒わがしくって煩くてさ、その………ちょっとした気まぐれ来てやったんだ………か、勘違いすんじゃねえよ!」

 

 響たちには照れ臭そうに若干顔を赤らめて、口では〝気まぐれ〟だと表して朱音とともに戦場となったスカイタワーに駆け付けたクリス。

 実は彼女が満を持して自ら助太刀に現れるまでに、こう言う経緯があった。

 

 

 

 

 

 少し時間を遡ること。

 

 

 

 

 

 クリスは、東京スカイタワーに向かうべく降車した朱音の走る後ろ姿を目にした途端、彼女ならシェルターに避難するようにと促されたにも拘わらず、後を追って駆け出していた。

 

「はえぇ……」

 

 毒づくクリス。

 耳に手を慌てて通信中だと言うのに朱音の脚力は、クリスの想像を遥かに超えた俊足で、彼女の履いている靴がヒールであることもあったが、追いつくどころか、距離を維持するどころか、一方的に引き離されていくばかり。

 彼女もシンフォギア装者だけあり、身体能力は決して低くはないのだが………朱音、翼、響ら三人と比較すると、幾分か譲ってしまう格好だ。

 

「待ってくれよッ!」

 

 向こうがギアを起動させる為に足を止めたことで、ようやくどうにかクリスは朱音の下へとたどり着けた頃には、すっかり呼吸も心臓の鼓動も、大荒れとなって、両手を両ひざに付けた状態でどうにか立てている有様。

 小柄な身長と裏腹に、豊満が過ぎるほど発育が進んだ胸は、荒い息で大きく膨張と収縮を繰り返していた。

 

「っ………」

 

 息が幾分か落ち着いたところで、腰と一緒に前屈みになっていた顔を上げたクリスは―――同時に声に出そうとしていた言葉ごと………口をつぐんでしまう。

 朱音は、クリスの瞳を見つめていた。戦士としての、または〝守護者(ガメラ)〟としての、猛禽をも超える研磨された刃の如き鋭利さを秘めた翡翠の瞳で以て。

 決して朱音はクリスを睨みつけているわけではない。

 いわば戦時下と言う状況ゆえに、性分柄この〝戦士の目つき〟になっているだけで、あくまで朱音は……相手を、クリスの瞳を、見据えているだけ。

 

「雪音クリス」

「な……なんだよ……」

 

 だが、その眼光に見合うだけの戦闘能力を直に目の当たりにされてきただけあり、クリスは圧倒されるばかりで、無意識に足が二歩、後退していた。

 しかも、翡翠の瞳からはまるで……クリスの心の内を見通している感覚さえ押し寄せる。

 名を呼ばれて、せいぜい一言応じるだけでクリスは精一杯であり。

 

「私がなぜシェルターへ行くように言ったと思う?」

「さ……さあな……」

「今回は安易に、貴方を戦わせるつもりは――ない」

「なっ……」

 

 続けてこうも断言されたことで、全身に走る緊張の電流が強まった。

 なぜ? と問いを返す意気さえ今のクリスにはない。

 

「どういう意味だと聞きたい気持ちは分かるが、言葉通りの意味だよ」

 

 朱音のその言葉には、クリスにイチイバルを纏わせ、戦場に足を踏み入れさせたくなどない想いがあった。

 

「自分にも今戦う力があると思っているのは勝手だ、だが――」

 

 先日、翼が海外デビューを表明したライブがあった日の時の戦闘の際にクリスと〝一時共闘〟したは、先に彼女がノイズと応戦している状況だったことと、協力した方がこの時の特異災害を収束させるには最善だと判断した上でのこと。

 しかし、先程クリスの複雑な想いの一端を聞いた後では……聞いたからこそ、彼女と協力することなど、朱音には安易に選ぶわけにはいかなかった。

 

「今の貴方に、戦場へ踏み込むだけの確たる理由は、持っているのか?」

「そ……理由(そいつ)がないのが、そんなに重要なのかよ……」

「重要さ、戦場がどれほどの地獄だったか………忘れたわけではないだろう?」

 

 自分でもなんて母譲りだと自覚しているクリスの並外れた美貌の一部たる眉間に皺が寄せられ、噛み締められた歯が軋みの音を立てる。

 わざわざ訊かれるまでもなく、忘れるわけがない。

 クリスがバルベルデの地で、嫌と言う程では生ぬるいほど目の当たりしてきた、狂気に落ちた〝大人たち〟の間で繰り広げられる〝戦争〟の光景は、今でも彼女の記憶に、五感に、心身の隅々にまで深く刻まれており………片時も、ほんの微かな一時さえ、未だ忘れられた覚えがなかった。

 

「よりはっきり言わせてもらうとな、自分の罪に悩み苦しみもがき、ただ状況に流されるだけの貴方では、あの生き地獄に潜む魔物に呑み込まれるだけだ、貴方がバルベルデで、この目で見てきた理由(わけ)も忘れて無残に殺し合い、戦争と名付けられたある機械を動かす部品になり果てた〝大人たち〟と同じように――」

 

 厳しい眼差しを向けてくる朱音からの言葉に、否定などできなかった。

 

「――激情に駆られるまま唱えられた歌は自分と他人、どちらの身も心も悪戯に傷つけ、破壊する凶弾にしかならない、さっき貴方自身が嘲っていた通りにね」

 

 クリスは朱音に看破されていた通り、未来たちに助けられた日と一時共闘した日と同様、人為的に起きた特異災害と言う状況と、疼き出してくる〝罪悪感〟ら激情たちに流される形で、またクリスはイチイバルを呼び起こし、その手に己が憎む〝兵器〟を持って、戦おうとしていた。

 訳もなくお互いの命を奪い合い、争っていた………クリスが〝屑〟だと吐き捨てていた大人たちと変わりなく、実際にイチイバルで以て朱音と相見えた時、激情に呑み込まれるまま火種の凶弾をばら撒き、周囲を戦火の焼け跡へと変えてしまった。

 

「そんな貴方に、とてもじゃないが……〝背中〟は預けられない、後ろから誤射(フレンドリーファイア)されては適わないからな………それでも――」

 

 ここに来てようやく、クリスは朱音が伝えようとしているものを理解する。

 

「――どうしても自分は戦うと譲れないのなら、せめて聞かせてほしい」

 

 彼女が言う〝戦う理由〟とは………地獄そのものである鉄火場(せんじょう)の真っただ中に立っても尚、己を見失わず、戦い抜く上で必要なものなのだと。

 

「雪音クリスの――戦いに臨む意志を」

 

 今の自分に、それがあるかと問われても………クリスにしてみればそんな御大層なもの、持ち合わせてはいなかった。

 

〝戦争を生み出す力と意志を持つ者を、叩き潰す〟

 

 この目的すら、フィーネの甘い口車に踊らされた……はりぼてで、仮初の代物だった。

 終わりの名を持つ者に傀儡とされた悔しさと忌まわしさ、そんな自らへの不甲斐なさと情けなさで、舌打ちが鳴る。

 

「それが無ければ、今すぐ戦場へ向かうなど止めて―――去れ」

 

 突き放す様に厳然と断じる、クリスに送られた朱音の言葉。

 けれど、クリスには自分への言葉に籠められた意味を分かっていた。

 なにより漠然とながらも、草凪朱音には――かつて〝ガメラ〟と呼ばれる守護の役を担った怪獣だったと言うこの装者は、あの戦場(じごく)へ自ら参じて、戦うだけの確かな〝信念〟があることも知っている。

 

〝私たちは、一人でも多くの命を助ける、貴方も―――その〝一人〟だ、その命、無用に捨て鉢にしてくれるなよ、雪音クリス〟

 

 あの時、特異災害を招き入れた張本人である罪で穢れている自分を助けたのも、その時自分に投げかけた言葉も、その確固たる信念から発せられたものであったとも。

 それこそ――雄弁に語っていたからだ。

 朱音が戦場だけでなく、自身の母のように特異災害に見舞われた人々に送る〝歌〟の数々が。

 

「悪いが、先に奴らへ立ち向かっている戦友が――友達が待っているんでね、先を急がせてもらうよ」

 

 何も言えずにいるクリスをよそに、朱音は背を向ける。

 行ってしまう……このままただ立ち尽くして、見ているままなのだけは、ダメだ。

 でもどうすれば? 朱音(あいつ)の言葉通り、中途半端な自分が半端なこと口にしたところで、もう振り向いてはくれない。

 自分を一歩たりとも戦場に踏み入らせぬまま、己の強い信念の下、特異災害をぶちのめすべく、戦いに身を投じる。

 自分(アタシ)も含めた、多くの人々(いのち)を守る為に。

 それを、ただ黙って、見過ごすなど……できない。

 だから、ここまで追いかけてきたのに。

 

「―――」

 

 一時は使い物にならなくなっていたクリスの口から、ようやく声が出た。

 だが、こんなんでは足りない。

 この程度のか細い声なんかじゃ、離れていくばかりの草凪朱音は振り返るどころか、立ち止まって聞き入れてもくれない、こっちの本気を、伝えられない。

 大きく深呼吸をして、一度は引き下がらせてしまった足を、二歩、散歩、大きく踏み込んで。

 

「返してえんだよッ!」

 

 今度は、胸の内から無理にでも押し上げて、大声で発した。

 なけなしの、自分が戦場で命を賭ける〝理由〟を。

 歩を進めたまま聖詠を唱えかけていた朱音はようやく止まり、背をクリスに見せたまま片方の瞳でクリスを見つめる。

 実際、一刻を争う事態だ。この機会を逃がすわけにはいかない。

 

「これでもアタシは……パパとママの想いを聞かせてくれたことと……お前と、お前の友達に助けてもらったことには、感謝してんだよ! その借り、いや恩を……ちゃんと返したいんだよ! それすらできねえんじゃ……アタシはぁ……前に進めもできやしねえんだよッ!」

 

 叫んだ、限界まで口を開け、背が大きく前傾するほどに。

 クリスが今できうる限りの、精一杯の偽らざる思いの丈を、大声に変えて叫び上げた。

 さっき追いかけてた時以上に、息が盛大に荒れている。

 履いてるのが厚めのヒールなのもあって、少し足もふらついていた。

 もう、どうにでもなれ。

 これでダメなら……もう甘んじて受け入れて、言われた通り、決着がつくまでシェルターで大人しくしているしかない。

 

「分かった」

 

 瞳が閉じたままの中、聞こえた。

 遠くにいる筈の朱音の声が、近くで。

 まだ息の荒れが治まっていないのに、クリスは思わず顔を上げれば、いつの間にか朱音は、間近なところで自分を見つめていた。

 さっきより、鋭利さが和らいだ眼差しで、翡翠の瞳を真っ直ぐにクリスのと合わせ。

 

「その本気、聞かせてもらったよ」

 

 クリスの胸の奥に秘めた想いの一端を受け取り歩み寄る朱音の右手は、クリスへと差し伸べていた。

 

「だから――貴方の〝胸の歌〟、お借りしてもいいかな?」

 

 訊ねられたクリスは、相手の手を見つめたまま、そっと自身の手を伸ばし、ほんの一瞬、逡巡で止まりかけたが。

 ここまで来たのに、迷うんじゃねえよ!

 この恩人は、自分の言葉を信じてくれたのだ。

 なら―――〝応え〟はもう、決まっているじゃないか!

 

「遠慮なんかすんな、アタシの〝歌〟……思いっきり存分に――」

 

 改めて己を鼓舞したクリスは、自らの手を思い切りよく振り上げて、朱音の手を掴み取り。

 

「――貸してやってくれッ!」

 

 その勢いのまま、握り上げた。

 朱音は、微笑みでクリスの決意を受け取る。

 二人は頷き合い、その場で並び立って、戦火の火花が立ち始めた東京スカイタワーを見つめ、各々が首に下げていたシンフォギアの待機形態(ペンダント)。

 

「さあ、行こう」

「ああ!」

 

〝Killiter ~~Ichaival~ tron~♪(銃爪にかけた指で――夢をなぞる)〟

 

〝Valdura~airluoues~giaea~♪(我――ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん)〟

 

 同時に自身の―――〝聖詠(むねのうた)〟を、謳いあげる。

 刹那、朱音は紅緋色の、クリスはワインレッドの眩い球状の閃光が、煌めいた。

 

 

 

 

 

「けど………一応〝勝つ〟為の最善(きょうりょく)はしてやる――」

「クリスちゃ~ん♪」

「ひゃあ!」

 

 こうして朱音とともに戦場に馳せ参じ、いかにもとし言い様のない調子で〝ツンデレ〟と呼ぶに相応しい言葉と態度を見せた中。

 

「ありがと~~♪」

「ってこら!」

 

 満面の笑顔を浮かべた響が、ぎゅ~うとなんて擬音が相応しいほどの密着具合で、溢れんばかりの愛想をたっぷりに抱き付いてくる。

 

「よかった~~~いつかこの瞬間が来ると思ってだよ~~♪」

「こ、ここここのバカッ! 鉄火場のど真ん中でベタベタ引っ付いてくんな! 接着剤か何かかお前!」

 

 既に照れ隠しで赤味を帯びていたクリスの頬は、より紅潮の色を濃くさせていた。

 その模様を傍より眺める形となっている翼と、彼女と並ぶ形でこの場に降りて来た朱音。

 

「おいそこのお前ら! 見てねえでこのひよこ頭のバカを何とかしてくれ」

 

 この二人に、響から振りほどこうにも離れないクリスは思わず助け船を求めるも。

 片や翼は、全くやれやれと呆れ混じりに。

 片や朱音は、小悪魔な猫目と猫口な妖しめに。

 

「「そう言うことは家に帰ってからやって(やれ)」」

 

 と、打ち合わせたわけでもないのにほぼ同じ表現で、絶妙にお互いの声をシンクロさせて、微笑ましい眼差しと一緒に突っ込みのお言葉を発した。

 

「なぁ………い………いいいい家なら良いってのかッ!?」

 

 それを聞いたクリスは上ずって盛大に裏返った奇声を上げ、白磁の肌色の筈な彼女の顔は、すっかり茹蛸の域にまで真っ赤の鮮やかな色合いへと様変わりした。

 

「そこまでゆで上がって、一体何を想像(イメージ)したんだ?」

「うるせえよッ! 誰のせいだと思ってんだ!」

「さあ~~どこの馬のなんたらでしょうかね♪」

 

 さらりと朱音は、真紅なクリスからの返しに対し、にやけ気味にとぼけて躱した。

 この時のクリスの脳内風景がどうなっていたかは、当の本人を考慮して聞かないでおくとしよう。

 

(なるほど、これが俗に言う、〝ツンデレ〟と呼ばれるものか)

(そのと~り♪ もう絵に描いたレベルの〝ツンデレ〟)

 

 そして朱音と翼は、こ当人に悟られぬようこっそり目線で、このようなやり取りを交わす。

 確かにクリスの物言いと物腰は、絵に描いたツンデレとしか言い様がなかった。

 

 

 

 

 

 

「皆、息を抜くのはその辺にしておけ」

 

 その通りだ。一杯のコーヒー代わりな、ひと時の息抜きは翼の言う通り、ここでお開きにしないと。

 雲の密度はまたさっきより増した空を泳ぐ空母型が、私達のいる地上に影を流し込んで通り過ぎ、気を締め直した私たちは敵の巨躯を見上げた。

 

「再生を終えるのも時間の問題か……」

 

 こちらを見下ろす敵の状態を前に、翼が一言零す。

 私とクリスの攻撃で大穴が抉られた空母型のノイズを投下する腹部は、先程より傷の大きさが小さくなっている。

 傲然と蒼穹を旋回するこの空母型にも、このタイプならではの厄介な〝特性〟が、巨体やノイズ投下以外にもう一つあった。

 ご覧の通りの、自己再生能力。喩え位相差障壁を無効化しても、並の攻撃ではダメージを与えられても仕留めきれず、短時間の内に受けた傷も修復されてしまう。

 かと言って無闇に高威力の攻撃をぶつければ、巨体ゆえに生じた爆発による周囲への二次災害も甚大。

 その為、奏さんが存命の頃、翼は自身と相棒、お互いのギアの歌(フォニックゲイン)を重ね合わせた重ね撃ちで空高く打ち上げ、被害を最小限に止めつつ仕留める戦法を取っており、この前の翼とのデュエットの際も同様の方法による連携技で撃破した。

 それだけに………拳によるたった一撃で空母型を炭素分解させた響と、体内に潜むガングニールの欠片には、前に読んだ櫻井博士のレポートに載っていた記述(ないよう)も相まって、改めて戦慄が心中に忍び寄る。

 でも今はそれに構っている場合ではない、ここは〝戦場(せんじょう)〟だ。

 東京スカイタワー周辺に出現したノイズが〝陽動〟の役な以上、一刻も早く残る敵の親玉を叩かなければならない中。

 

「さて、どう連中を片付けたものかな?」

「だったら、アタシに考えがある、連中を一網打尽にする手がな」

「なになに?」

 

 クリスに妙案があるらしく、何やら自信満々げに自ら攻め手を切り出そうとしていた。

 

「イチイバルの特性は、長射程広域攻撃だ」

 

 なるほど、それで大体分かった。

 

「つまりギアの出力を上げながらも放出を抑え、エネルギーを臨界ギリギリまでチャージさせた砲撃を残る五体全てへ撃ち込むと同時に、敵の体内で一気に解放して殲滅―――ってところか?」

「っ………そん通りだよ」

 

 クリスの妙案を予想して口にしてみたら、どうやら当たりらしい。

 

「先に言い当てんなっての……」

「手っ取り早くは、嫌いじゃないだろう」

「まあな、アタシも鉄火場がごちゃちゃする前にケリをとっとと着けたいからさ」

 

 こちとら時間がないんだ時間がね、作戦の説明はできるだけタイトってことで。

 

「だが、それ程の大技ともなれば、エネルギーの圧縮と蓄積中は丸裸も同然、その間に敵の再攻撃が始まれば」

 

 そう、大技の準備の為に身動きができなくなる以上、格好の的になる上、一網打尽にするには、こちらからも向こうからも見晴らしの良いビルの屋上などに陣取るしかない――それくらい私も把握済み。

 

「だから私達が囮役として派手に迎え撃つんだ、連中にクリスに構う暇を与えさせないくらいにね」

「承知、ならば朱音(くさなぎ)は空から」

「私と翼さんは、地上からクリスちゃんを守り抜けば良いってことだね」

 

 私は頷いて〝そうだ〟と応じる。

 よし、そうと決まれば、後は実行あるのみ。

 先程の、彼女のさらけ出す様に迸らせたあの言葉と、そこに宿る想い――〝胸の歌〟――は本気の本気だった。

 お互い宣言し合った通り、その歌(ちから)、お借りさせてもらおう。

 頼りにしてるよ――クリス。

 私は瞳で、このメッセージを送る。

 

 気づいたらしいクリスは、また白磁の頬を少々赤くして、そっぽを向きつつも、満更でもない様子を翼たちに気づかれないようこっそり見せた。

 

 さあ、反撃の幕を上げよう。

 私たち――〝四人〟で!

 

 

 

 

 

 

 装者たちの〝作戦〟が纏まったと同時に、空母型の傷の再生も完了し、再び小型ノイズどもがうわうわと大量に投下され始めた。

 

「よし、朱音(くさなぎ)、立花、余興役として――派手に舞い踊ろうぞ!」

「はい!」

「All right!」

 

 翼の士気を上げんとする喚声を合図に。

 朱音は飛翔し空から。

 響と翼は地上より。

 作戦の前奏に当る三人の装者は、クリスを守る〝盾〟として、勇猛果敢に大量に群れる〝厄災〟へと飛び込んで行き、迎撃に入る。

 そして歌のメロディに於いて〝リリース〟に当るクリスは、彼女たちの戦いを横目に、上空の空母型全てを狙い撃ちするのには格好の場所だと判断したビルの頂へと一足飛びで飛び上がり、屋上の地に降り立った。

 空を見渡せばクリスの見立て通り、五体の空母型を全てほぼ同時に撃ち落とすには、絶好のポジションであった。

 空を見れば朱音が空中型を次々撃ち落とし、地上を見下ろせば翼が刀(アームドギア)からの綺麗な円を描いた太刀捌きで両断し、響の豪快な拳と蹴りが、続々と敵に炸裂し、打ち砕く。

 クリスは集中力を高めるべく、肩の力を抜き、大きく深呼吸する。

 

〝行くぞ〟

 

 心中、己にそう言い聞かせ、自分が大嫌いな……自身の戦闘歌の伴奏が胸部のマイク――コンバーターから響くのを覚悟し。

 

〝~~~♪〟

 

「えっ?」

 

 そのコンバーターより奏でられ始めたメロディに、ほんの一瞬、呆気に取られた。

 実際に流れた伴奏は、荒々しく攻撃的で、大人と戦争に対する怒りと憎悪、悲しみ、クリスの〝歌〟への嫌悪に彩られた――《魔弓・イチイバル 》――のものではない。

 グランドピアノを主軸とした、テンポこそ軽快ながら、しとやかに、澄み渡るように流れ、宙へと広がりゆく流麗たる旋律。

 

(このピアノの音……)

 

 クリスは、今こうしてマイクより発せられる音色に、聞き覚えがあった。

 この旋律の正体は、直ぐに記憶の方からクリスの脳裏に浮かび上がって。

 

(パパだ………パパの……)

 

 伴奏が鳴る直前まで忘れていたと言うのに、鮮やかに記憶は流れ、思い出す。

 PCの画面越しの動画では、何度見ても、信じられずにいた。

 だがマイクから流れる音色を耳にした瞬間、それは確信へと置き換えられた―――疑いようがない、間違いようがない。

 

(ママの歌と一緒にソーニャたちに送ってた……パパの……ピアノだ)

 

 これは、クリスの父、ピアニストの雪音雅津が……生前奏でていた、メロディそのものだ。

 同時に、父のピアノに乗って、歌う母の姿と、歌声までもが頭の中で聞こえてきた。

 彼女の瞳は潤い、両の頬は吊り上がり、少し震える口元は、自嘲と歓びがかき混ぜられた笑みで、綻び出す。

 

(何だよ………〝アタシ〟………今になって、こんな〝歌〟、寄越してきやがって)

 

 イチイバルを纏えるようになってから………今までどんだけ歌っても歌っても、歌うこっちの身と心がささくれ立つ、自分の……朱音(あいつ)にも告白した歌への〝大嫌い〟な〝心象風景〟が露骨に表れた伴奏と歌詞しか作ってくれなかった癖に。

 今頃になって………新しい〝歌〟なんか、作詞作曲しやがって………アタシの心。

 

〝今さら遅いってことは………俺も、何より両親も……承知の上だろうが………〟

 

 先程、二課司令(おっさん)はそう言っていたが………それ以上に、〝今さら遅い〟。

 けれど、クリスの胸の内には同時に、誤魔化しも、否定もできそうにない……確かな歓びの気持ちも、沸き上がって来て、胸のマイクに手を添える。

 自分(アタシ)の歌は、兵器のシンフォギアを使えてしまう、何かを壊すことしかできないと思ってた………諦めてた。

 でもこの胸の奥に、まだこんな〝歌〟を生み出せるだけの、心(ハート)が……残ってたんだ。

 とてもじゃないけど、喜んでる自分に、嘘なんて……付けられるわけ、なかった。

 それでも今は―――目尻に溜まり、流れそうになっていた涙を拭う。

 この気持ちは、この戦いと、そしてフィーネときっちり決着(ケリ)をつけた後で、存分に味わえば良い。

 忘れんじゃね、今自分は―――戦場(てっかば)の真っただ中に立っている、ほんの少しの時間でも、この気持ちを味わえたのは、この場にいる〝あいつら〟が、ノイズを一匹たりともこっちに通さないと、自ら〝盾〟となって奮闘してくれるお陰。

 それにしても……一応、ついこの間まで〝敵同士〟の間柄だったのに、完全に自分を信頼してるってのが、背中を見てるだけで分かった。

 クリス自身も、今さら〝敵〟として、その背中を狙い撃つような裏切る真似なんて、微塵もするつもりはない。

 だってあいつらは、自分を何度も、助けてくれた〝恩人〟。

 

〝―――アタシはぁ……前に進めもできやしねえんだよッ!〟

 

 何よりも、信じてもらえず、一蹴されてもおかしくなかった、自分(アタシ)の言葉。

 

〝その本気、聞かせてもらったよ〟

 

 それを、今空を縦横無尽に駆け抜けて、プラズマの炎でノイズの群れを撃破していく朱音(あいつ)は、信じてくれた……手を差し伸べて言葉と一緒に〝信じる〟とはっきり応じてくれた。

 アタシは差し伸べられた手を、しっかり握りしめて受け取ったんだ。

 だったら―――ちゃんと示してくれた〝信頼〟に、応じてあげなきゃなッ!

 

〝~~~~♪〟

 

 クリスは今一度深く息を吸い込み、己が心とイチイバルが生み出したばかりの伴奏をバックに、胸の奥より沸き上がる〝詩〟を、新たな戦闘歌を、歌い始める。

 脳裏に―――愛する父と母の〝音楽〟を、一層鮮明に、浮かび上がらせて。

 かつてクリスが意図せず壊してしまったものであり……朱音たちが守ろうとしているものを―――〝守る〟為に。

 

 

 

 

 

 

 

 私と響と翼の歌声と、ノイズの断末魔たる嬌声、爆炎とともに轟く爆発音と、様々音が響き渡るこの混沌の戦場の中で―――聞こえた。

 元より鋭敏な五感の一角にして、変身の恩恵でより強化私の聴覚が、確かに捉えた。

 戦闘を継続させながら、メロディが伝わってきた方角へ一瞬目を向ける。

 ビルの屋上に立つクリス、彼女からのフォニックゲインが、宙に漂うマナを通じて胸の勾玉が捉え、エネルギーが高まっていることを報せ。

 そして私の心が、確信を以て――あの〝歌〟が、フォニックゲインの光に包まれるクリスの心象(こころ)から生まれ、彼女がこの瞬間歌っている〝曲〟であると、囁いてきた。

 背後から不意を突こうとした数体を《エルボークロー》と《カーフクロー》で切り裂き。

 

《轟炎烈光波――ブレイズウェーブシュート》

 

 ライフル形態のアームドギアの砲塔から、出力を抑えたプラズマ火流で薙ぎ払う。

 と、このように戦闘への意識を維持し、地上型も撃破し翼たちの負担をできるだけ抑えるのも忘れず、戦場と言う舞台に立ち戦っているまま、クリスの新しい〝歌〟を、聞き拾う。

 このピアノをメインとした柔らかなそよ風の如き伴奏と、以前聞いたのとまるで正反対で、少し戦場には似つかわしくない安らかさも抱える春の陽の光のような温もりある歌声が組み合わさったこの歌。

 私の記憶にも、聞き覚えがあった。

 クリスの父と母、ソネット・Mユキネと雪音雅津夫妻の、歌唱とピアノによる―――協奏曲に、よく似ている。

 長い時を経て、自分を戦場に置いて行ってしまった両親の、夢と、愛を、やっと知ることができ、潜在意識(ほんしん)は今に至るまで、〝歌〟を愛し続けていた今のクリスに、相応しい歌だと、心から思える。

 しいてこの曲に名前を付けるとしたら………私の心(むねのうた)は―――《繋いだ手だけが紡ぐもの》だと、伝えてきた。

 それはさておき、余興役たる私達の歌唱は、そろそろお開き。

 

〝~~~♪〟

 

 詞がサビの直前となり、クリスの全身から発するフォニックゲインの輝きが増し、両腕に以前よりやや大きく形状変化した二連装のガトリングと、腰のアーマーから多量のミサイルポッド、背部からは彼女の身長二人分よりも尚長く、合計五体もの巨大な大型ミサイルを乗せる砲台が出現した。

 

「託した!」

「任せたよ!」

「頼んだぞ!」

 

 余興役の私達は、それぞれの言葉で――クリスにバトンを託す。

 これが合図となり。

 

《MEGA DETH QUARTET》

 

 歌声で応じたクリスのガトリングが火を噴き、同時に腰のポッドと大型のミサイルたちが、一斉に発射される。

 連射されるガトリングの銃弾と、射出されたポッドから放たれる大量無数の小型ミサイル郡が、空中地上問わず、残る小型ノイズたちのほとんどに命中し、スカイタワー周辺はたくさんの火花が上がり、大型ミサイルは全て残る空母型五体へ、次なるノイズどもを投下する前に直撃を受ける。

 空母型の爆発はいずれも体内で止められ、巨体は瞬く間に炭素化し、ビル風の突風を受けて、バラバラに飛び散って行く。

 クリスの新しい歌の、サビが歌い終えると同時に、東京スカイタワー周辺のノイズは、全て殲滅されたのだった。

 

 

 

 

 

 飛行できる優位性を活用して、朱音は一足先に、クリスのいるビルの屋上に降り立った。

 

「ありがとう、改めて力を貸してくれて」

 

 改めて、朱音はクリスに、共に〝守る〟為、戦ってくれたクリスに、微笑んで感謝を述べる。

 

「まあ……お前らには返しておきたい恩(かり)が山ほどあっから、こんなのまだ……序の口だよ」

 

 相手からのストレートなお礼の言葉に、対するクリスは気恥ずかしさで、顔を赤くしてそっぽを向きつつも、よく見ると表情には、満更でもない様子も混じっていた。

 そんなクリスに。

 

「な……なんだその手?」

 

 右手の掌を挙げる朱音。

 

「後の二人が来るまで、まだもう少しある、その間にでもどうかなと思ってね」

 

 クリスは、朱音の挙げた手とその言葉に、相手の意図を理解した。

 ばつの悪そうに、一度自身の銀色の髪の房を弄るクリスだったが。

 

「しゃ、しゃあねえな、一応やってやるよ」

 

 表向き、仕方なさそうな態度で、クリスも右手を挙げる。

 そうして朱音とクリスは、お互いの右手を、お互いの健闘を讃えあう意味として、パンと音を鳴らし―――ハイタッチし合った。

 その瞬間の二人の顔には、確かな笑顔も、浮かび合っていた。

 

つづく。

 




今回朱音が披露したカーフクローは映画劇中でも実際に使ったけど不遇技でした(自分はすっ転んだ)
そんで今回、ブレイズウェーブシュートにも漢字の別名やっと付きました。
オリ技のヴァリアブルクロスセイバーは、ティガのティガスライサーとダイナのフラッシュサイクラーがイメージです。

翼のあるリアクションは、ティガのシンジョウ隊員の『良いとこで出てくるんだよね』台詞から。


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#54 - カディンギル、浮上

シンフォギアシリーズ毎日配信と、XVの最新情報、キングコング:髑髏島の巨神のがブースト掛けてくれたおかげで、最新話ができました。
完全オリジナルパート。
次回は、司令たち二課サイドの方を描く予定です。


 つい先程まで、大量のノイズが跋扈する災害地にして戦場となっていた東京スカイタワー周辺の、首都摩天楼。

 そのアスファルトの一角より、一機の陸自ヘリが、轟音とともにプロペラを高速回転させ、地上から上昇していく。

 響を戦場へと送り、朱音に間一髪のところで救われた自衛官が操縦するあのヘリだ。

 ヘリが登りゆく空は、朝から数時間前までの間の時点では澄んだ青天だったと言うのに、今はほの暗く、分厚く何層の重なった大量の雲海たちにすっかり覆い尽くされてしまっており、場所によっては雷鳴の閃光さえ走る。これまでまだ雨が降っていないのが、不思議なくらいだ。

 曇りゆく天と、地の狭間のコンクリートジャングルの中を、タワー周辺に出現した特異災害を打破したばかりの朱音たち四人のシンフォギア装者を乗せたヘリは進む。

 行き先はリディアン音楽院、かの学び舎が立つ地は、曇天の濃度も、雷鳴の騒がしさも、一際激しい。

 そして――今大地は、リディアンの地を中心に、大きく戦慄し、震撼していた。

 

 

 

 

 

 私と朱音は、ヘリ内部の手すりに掴まり、自衛官が座す操縦席の直ぐ後ろより、窓越しにリディアンがある筈の方角に目を向けている。

 ふと、背後が気になって振り返る。我が目線の先には、ヘリの向かう先にいる筈の小日向ら友たちへの不安の想いを顔に浮かべた立花と、そんな彼女を心配しているが、どう声を掛けたものか惑っている雪音クリスが、向かい合わせになる形で後席に腰かけていた。

 そして朱音は、以前なぜか私の脳裏に浮かんだ〝ガメラ〟のものと同じ、鋭利な戦士の眼で、真っ直ぐ一点を見据えている。

 何を隠そう………装者(わたしたち)の中で、最初に〝カディンギル〟の正体を悟ったのも、朱音だった。

 

 

 

 

 

 ここより、ほんの少しながら、刻(とき)を遡らせてもらおう。

 

 

 

 

 

 雪音クリスが、残る空母型全てをほぼ同時に撃破し、残存兵たる小型ノイズたちも全て仕留め終え、スカイタワー周辺に出現した特異災害を収束させ『状況終了』となった時にて。

 地上の私と立花の下に、朱音と雪音は同時に降り立った。

 ひとまずは戦闘を終えたので、一旦私達はギアの結合を解く。

 

「やったやった~~クリスちゃ~ん♪」

 

 先の続きとばかり、勝利の歓喜の共有と感謝の印も兼ねて、早速立花はまた雪音に、私からは良い意味で遠慮の欠片もなしに抱き付いた。

 

「勝てたのはクリスちゃんのお陰だよ~~♪」

「だから接着剤みたいにひっついてくんなバカっ!」

 

 とは言えさすがにここまで遠慮がないと、つい咄嗟に抱擁を解こうとするのも無理はない。

 だが雪音の照れで赤らめた顔も含めた、傍からはとても微笑ましそうな光景を見ると、案外――。

 

「満更でもなさそうだな、あやっ……」

 

 と、話題を朱音に振ろうとした私の口は、友の名を(あやうく立花たちにいる前にて名前で)口にしかけたところで、途切れた。

 

「どうした草凪?」

 

 腕時計型端末の立体画面を、険しい表情で操作し続ける朱音に、苗字で訊ね直す。

 

「本部と連絡が取れない」

「えっ?」

 

 私もおっとり刀で自分の端末を手に取り出し、本部へ――司令(おじさま)たちへの通信を試みるが……結果は同様の不通、緒川さん含めたエージェントたちにすら連絡がつかない状態に陥っていた。

 少し遅れる形で、立花と雪音も異変に気付き、一時は勝利の余韻込みで緩んでいた二人の面持ちも固くなり、緊張が走り込む。

 

〝~~~♪〟

 

 かと思いきや、朱音の制服のポケット越しに、どうやら映画に出てくる怪獣の鳴き声らしい着信音が鳴った。

 朱音は懐から自身のスマートフォンを手に取り、画面を操作する。

 

「藤尭さんからだ」

 

 どうやら、朱音の〝隠れファン〟でもある一面をこの間知った、藤尭さんからの伝言(メール)らしい。

 それを読んでいた朱音は、狼狽するくらい酷く驚愕した様子で、片手を額に置いた。

 歳相応より大人びている類希な美貌は………〝なぜ今まで気がつかなかった〟と言わんばかり、宝石と見紛う翡翠色の瞳も、大きく揺れ震えていた。

 

「なんと、書いてあった?」

「見て……」

 

 促された私は、朱音からスマートフォンを渡され、メールの文面を見る。

 

〝私達はみんな、今『黒辻さんの椿屋敷』にいます、待ち合わせ場所はそこで〟

 

「どういうことだ?」

 

 腕時計端末に、他の誰かと通信している朱音に意味を問う。

 私には、皆目見当が付かない……せいぜい暗号か何かぐらいしか分からん。

 

「カディンギルの場所がどこか、分かった」

「な、何だとッ!?」

 

 当然、聞いた私達三人は驚きを禁じ得ない。

 私など、叔父様のと似たような反応となっていた。

 

「どこだよッ!? フィーネの野郎が完成させやがったカディンギルは!」

 

 雪音など、襟元を掴み上げそうなくらいの語気で詰め寄る。

 

「リディアン地下……――」

 

 続けて朱音から、それ以上の驚愕を齎す事実を………私達は、鋭き槍の一閃に貫かれたが如く、胸の心(うち)にへと、突きつけられた。

 

「――〝二課本部〟――そのものが………〝バベルの塔〟だったんだ」

 

 驚きで掻き乱された心中が治まってくれない中、騒がしいローター音が、すっかり曇天となってしまった空より響いて来て、おそらく朱音が先の通信で呼び寄せたらしい、一度戦場(いくさば)より退避した陸自のヘリが、葡萄色がかった黒髪を靡かせる彼女の背後に降り立つ。

 夏に入りたてな七月の、色鮮やかな青天の色を一切見せまいとでも言いたげに、空を完全に覆い隠すほの暗い雲どもは、私達の心情を代弁するように、雷光を轟かせた。

 

 

 

 

 

 ヘリが地上から上昇をし始めて程なく、大地が、まるで前世の自分(ガメラ)が地中を突き進んでいるかのように、大きく震撼した。

 

「このままリディアン周辺に急行します」

「お願いします」

 

 ヘリの上昇への影響は、少々揺れが一瞬大きくなった程度でそれほど出ず、ある程度の高度を確保したヘリは、鈍い灰色に染まった宙の中、リディアンを進行方向に進んでいく。

 もうちょっと離陸が遅かったら、揺れに巻き込まれて、最悪その場で転倒していたのは確実だったので、幸いだ。

 正直、変身して直接リディアンが〝あった〟場所に急ぎたい気持ちも胸中渦巻いていたが、それをどうにか制御しようと、己に言い聞かせ続け、次の〝戦場(せんじょう)〟を見据え続ける。

 まだ特異災害との戦闘を終えて間もないし、相手――フィーネは実質、覚醒状態な完全聖遺物を〝三つ〟も有している。

 

《ソロモンの杖》

《ネフシュタンの杖》

《不滅の剣――デュランダル》

 

 しかも、奴のアジトで起きたアメリカの民間軍事会社所属の傭兵部隊との戦闘の〝痕跡〟の数々を手掛かりに踏まえると………自ら響と〝同質〟になった可能性が高い。

 そんな相手に、血気に逸って独断専行して挑むのは愚行、私一人で勝てるほど、今の相手は伊達ではなくなっている。

 だから先の戦闘で消費した体力の回復と温存とを兼ねて、わざわざこのヘリの自衛官(パイロット)に、カディンギル周辺の、ギリギリ危害が及ばない範囲(エリア)まで送ってもらっているのだから。

 

「朱音(くさなぎ)……」

「何?」

 

 次の戦場の方角への視線を変えずに、私は翼からの問いかけに応じる。

 

「先の言伝(あれ)が暗号なのは私でも分かった、だがあれでなぜ……〝本部そのものがカディンギル〟だと、あれが浮上する前に感づけたのだ?」

 

 そうだな、向こうに着くまでに説明できる時間があったので、暗号の種明かしをして、翼の胸中に渦巻く疑問を晴らしておくことにしよう。

 

「薄々翼も感づいていると思うけど、あの暗号のモチーフは、ある時代劇の映画だ」

 

 その映画とは、現在でも世界規模で巨匠と讃えられているある映画監督の代表作の一つにして、一九六〇年代のジャパニーズシネマ界黄金期に公開された時代劇。

 主演俳優の驚異的に卓越した殺陣の技量もあって、好みがアクション映画に偏りがちな司令もよく見ている、数少ない時代劇映画の一つ。

 剣の腕が立ち、頭もよくキレる流浪の剣客である主人公が、血気盛んだが危なっかしい藩の汚職を暴こうとする若侍とともに、その汚職の黒幕たる大目付に囚われた城代家老(若侍の一人はその家老の甥)を救出するべく、時に敵側に自ら売り込むなどのいくつもの手を打ち、奮闘するって言うのが、大まかなストーリー。

 

「そんな主人公と若侍が家老の妻子を救出して隠れ家に選んだのが、汚職を働く奸物一味の一人が構える『黒辻の椿屋敷』の直ぐ隣な、家老の甥の屋敷」

「っ! 『灯台下暮らし』か!」

「That’s right(そういうこと)、それで思い立ったんだ」

 

 もしもだ。本当にカディギンルが、モチーフたる旧約聖書バベルの塔の通り〝天を仰ぐほどの塔〟だと仮定して。

「そんな目立つ代物を、誰にも気づかれずこっそり作るのに、一番相応しい場所は?」

「地下以外にない……」

 

 そう、翼が言った様に、まずは地下へと振り進める形で建造していくしかない。

 

「そして、例の映画で、城代は甥の若侍にこうも言っていた」

 

 城代家老曰く――〝最も悪い奴は、とんでもないところに潜んでいる、危ない危ない〟――と。

 

「その〝最も悪い奴〟たる裏切者にして黒幕が、二課をも欺く裏で建造を進め、完成させていた塔の〝隠し場所〟こそ………」

「リディアン地下、二課本部のエレベーターシャフトだった……ってわけさ」

「くっ! なんてことだ!」

 

 翼は、悔しさの余り、舌を盛大に掻き鳴らす。

 私もそうしたいくらい、悔しい想いが胸中でざわめき苦虫が噛まれ、双眸の眉間(はざま)が皺寄せてしかめ面になる。

 私達はずっと、この一連の事態の黒幕が押し進めてきた陰謀の〝象徴〟を、知らぬまま、何度もずっとこの目で直に見てきたのだ。

 あの極彩な色合いをした、遺跡の壁面の如きエレベーターシャフトの内壁。

 全く以て騙された………あれはてっきり、表向きはマイペースな陽気さを崩さない〝彼女〟の趣味だと思い込んでだ……けどよくよく思い返して見れば、内壁に描かれた壁画は、メソポタミア文明のものとそっくりだった………カディンギルのこと自体知ったのはついさっきであり、まだその塔を使って何をしようとしているのか判明していないとは言え、〝彼女〟がフィーネである確証は以前から得ていたのに………気づいたその時まで〝バベルの塔〟がどこか気づけなかった……本部の可能性を、疑念の欠片すら浮かばなかった。

 こんな自分が、腹立たしくて、歯ぎしりしそうにすらなる。

 

「そうなれば、やはり………フィーネの正体は……」

 

 二番目のシンフォギア――《イチイバル》を、《ネフシュタン》の鎧を、二課より奪い取り。

 結果として、間接的ながら奏さんの死と、響が装者となる運命を招き、

 祖国の片割れ――アメリカと密かに結託して《ソロモンの杖》を手にし、広木防衛大臣を暗殺する罪を向こうに侵させ。

 装者候補だったクリスを拉致して自らの〝手駒〟に仕立て上げ、ガングニールの破片を体内に宿す響を何度も狙わせ。

 表向き二課防衛強化、実際はカディンギル完成に至らせる為に仕組んだ茶番劇であった《デュランダル》移送作戦と、クリスによる襲撃。

 何より……長い時間ともにしてきた〝仲間〟を長いこと欺きながら、陰でこつこつっと少しずつ〝天を仰ぐ塔〟の建設に勤しみ、完成へと漕ぎつけ、陰謀を進めてきた。

 

「ああ」

 

 特異災害対策機動二課、組織内部の獅子身中の虫……そいつに該当する人物は―――〝一人〟しかいない。

 

「翼が今、頭に思い浮かべてるであろう人物で、正解だよ」

 

 翼のしかめ面も、黒幕に対する怒りで深くなる。

 私と違って……〝奴〟とはもう十年以上ものの長い付き合いなのだ、その積み重ねてきた交流(じかん)の分だけ、怒れる感情が増してしまうのも、無理はない。

 

「叔父様(しれい)たちは、いつ頃からフィーネが何者であるかを、掴んでいた?」

「結構、前からだね………司令としては〝大人たち〟だけで全てにケリを着けた上で、私達装者(こども)に打ち明けたかったんだろうけど」

「全く……叔父様らしいと言えばらしい……草凪が自ら対ノイズ戦力として志願でもしなければ、自分ら〝大人のみ〟でフィーネのアジトに乗り込み、決着をつけようとしていたと………容易に想像がついた」

 

 そうだね―――と、心中で翼の叔父に対する言葉に同意(うなづく)。

 弦さんが理想とする、ちょっと独特が過ぎる〝大人像〟と、己が目指そうとする頂きに向かって、ともすればストイックに、ひたすら愚直に、どこまでも我武者羅に突き進む姿勢、その信念に裏付けされ鍛え上げ過ぎた余り――現日本国憲法第九条に抵触すらする〝戦闘能力〟。

 けど、ゆえに………二課の〝大人たち〟の中でも、一際〝子ども〟を装者(せんし)に仕立て、どれほど鍛えても〝人〟であるが為に無力さを噛み締めて、私達が戦場に飛び込む姿を見送り続けていた。

 

〝くどいのは承知の上で――〟

 

 そんな弦さんの、元公安警察官にしては良くも悪くも〝甘ちゃん〟なお人柄を心から〝好き〟だからこそ、私はあの時。

 

〝――くれぐれも奴から、〝アキレス腱〟を突かれないよう気をつけて下さい〟

 

 自分から〝くどい〟の一言を使うくらいに何度も念入りに………敢えてきつめに〝忠告〟をしたのだ。

 その心(やさしさ)を、一番近しかった、親しかった筈の〝彼女(あいて)〟により……利用されて、足蹴にされてなんて、ほしくなかったから………。

 

「皆さん、もう直ぐ着陸地点です」

 

 危ない、パイロットのお陰もあって感傷に浸っていた意識を、今自分たちが置かれている〝状況〟そのものへ向き直した。

 一応、フィーネに悟られない様、最悪の事態に対する〝備え〟は奴のアジトに乗り込む遥か以前より、予め施してはいたし、伝言のニュアンスから………未来たちも含めて無事かもしれないが、実際のところみんなの消息と現状は不明、フィーネに悟られず伝言を送るのは、藤尭さんでもあれが精一杯だったに違いないし。

 今は無事であってほしいと願いを胸に、祈っていることしかできない。

 

「り、リディアンが……」

「そんな……」

 

 後席から、操縦席近くまで来た響とクリス、それと翼と私。

 装者(みんな)全員、ヘリのフロントガラスの遥か向こうにある光景を前に言葉を失いかけるくらい、驚愕に呑み込まれそうになる。

 暗く鈍く淀み、黒味も厚みも増して忙しなく上空を廻り続け、ともすれば夜天よりも暗黒が支配する曇天の下、リディアン音楽院高等科の校舎は………最早、ほとんど存在していないも同然だった。

 見るも無残に、建物の瓦礫に破片たちが、至るところで山々となった廃墟以外の何者でもないものに、変貌してしまっていた。

 そして、ほんの少し前まで校舎の中央棟が建っていた大地を大きく突き破り………六三四メートルものの東京スカイタワー約三棟分ものの長さなエレベーターシャフトと言う名の化けの皮を剥がして隠されていた姿を傲然と私達の瞳へ見下ろすかの如く晒して、雷光煌めく曇天をも突き抜け先端が灰色の雲(ベール)で隠されるほどの高さと………けばけばしさが突き抜けすぎる極彩かつ多色に塗りたくられたメソポタミア文明風の壁画だらけな外壁を誇る――巨塔がそびえ立つ。

 

「あれが……」

 

翼の口から、そう一言零れ落ちた。

 リディアン音楽院を……そこで日々営まれていた〝日常〟ごと破壊し尽くしたあれこそ、文字通りにしてその名の通り―――〝高みの存在〟。

 転じて―――〝天を仰ぐほどの、塔〟。

 

「カディンギル―――〝Tower of Babel〟」

 

 私達が巨塔を注視する中、ヘリは着陸を阻む障害の少ない地上へと、降り立って行った。

 奴がこの塔で何をしようとしているのか、まだ分からない。

 だがこれだけは分かる―――何としても、奴の目論見を、打ち砕かなければならないと。

 私はとうに、奴と戦う覚悟は決めていた。

 

「未来……みんな……」

 

 けれども………それを決めきれていない〝友〟もいた。。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、これ以上の手助けは……」

「いえ、ここまで送って頂けただけでも感謝しています、後は私達でどうにか収束させますので」

「っ………頼みます、気をつけて下さい」

「はい」

 

 朱音たちを下ろした陸自ヘリのパイロットは、もう自分できることはない事実に、口内に広がる苦味を噛み締めて朱音たちに託し、彼は再びヘリのローターを回し始めて上昇、カディンギル周辺より退避していく。

 この先待ち受けているであろう〝黒幕〟が、未だノイズを自由自在に御する《ソロモンの杖》を有している可能性が高い以上、このままこの場に止まらせるわけにはいかなかったのだ。

 四人の装者たちは走り出し、リディアンの敷地内だった廃墟の渦中を急ぎ駆けていく。

 

「朱音ちゃん」

「何だ?」

「さっき翼さんと話してたことなんだけど……」

 

 そんな中、走り続けながら響は、朱音に問う。

 

「う、嘘だよね? その……フィーネが……」

 

 ここまで来て、今さら嘘も隠し立ても、意味がない。

 響の、薄々察しつつも、信じられない、本当であると思いたくない気持ちを汲み取り、案じつつも、朱音はフィーネの正体をはっきり伝えようとしたが―――直後にその必要はなくなった。

 

「はぁ!?」

「おいでなすったな!」

 

 四人はほぼ同時に各々の視界が捉えた人影を前に疾駆を止め、見上げる。

 辛うじて、まだ校舎の面影、建築物としての生前の姿をわずかに残していた廃屋の頂上にて――

 

「残念だが、今私達が見ているものが……真実だ」

 

 ――当の本人が、嘲笑を地上の装者たちに見せつけて、彼女たちを待ち構えていたのだから。

 

「まだその姿を―――私達の前で見せつけるか? 櫻井ぃ……了子」

 

 そう、櫻井了子こそ――一連の事態の裏で糸を引いていた首謀者そのものにして。

 

「いや―――フィーネッ!」

 

 終わりの名を持つ者――《フィーネ》であった。

 朱音は黒幕へ、翡翠の瞳から眼光を放って、担架を切った。

 

つづく。



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#55 - 忍び寄る黒幕

コラボ外伝&XV原作IFが続きましたが本編も更新、緒川さんの忍者描写に悩まされましたが……塩梅がやっと決まってどうにか書けた(もう振り切って『暗殺者』としての忍者寄りで、こんなに殺意マシマシに戦う緒川さんなんて二次でもそう見かけないでしょう(冷や汗、最早フィーネとの戦闘は完全に殺し合い)。 なのに第一部(ラストまで粗筋は既にできてます、それをどう『小説』に『作品』へと整えて清書するのが苦労するだけで)差し置いてG編に当る第二部のプロローグのプロット思いついてしまった(苦笑
もういっそ龍騎劇場版公開当時よろしく先行公開しちゃえと書いてます(;^ω^)


〝天を仰ぐ塔〟―――〝カディンギル〟。

 フィーネ――櫻井了子が特機二課をも欺き建造していた巨塔が、二課本部と言う偽りの姿を脱ぎ捨て、真の姿を現すと同時にリディアンを完膚なきまで破壊するより、ほんの少し以前こと。

 

 リディアン音楽院でも、万が一近辺にでも特異災害が起きないとは限らない為、校内に設置されたシェルターには、生徒たちと近隣住民たちが、特機一課と陸自の自衛官たちの誘導の下、避難を行っていた。

 

「落ち着いて! 二列ずつに並んで避難して下さい!」

 

 校舎の方では生徒の内の幾分か、自ら誘導役を買って出る者がいたのだが、その内の一人に、未来がいた。

 

 

 

 

 

「落ち着いてね……焦らず、前の人を押さないで」

 

 どうして自衛隊と一課の人たちに混じって、私も率先して避難誘導をしているのかと言えば、自分の意志でこの役に志願したのだ。

 

〝なら私は、リディアンのシェルターへの避難を手伝ってくるね〟

〝未来……〟

〝私も、私ができることを頑張る、響に翼さん、そして朱音がみんなのことを守るなら、私は響たちも居る〝日常(いばしょ)〟を、私なりに守りたいから〟

 

 これは、響が空母型のノイズが飛び回る東京スカイタワーへ向かう直前、響へ伝えた私の言葉。

 実は……響と仲直りできたあの日に朱音から、なぜ二課の本部が私立学校のリディアン地下にあるのか、理由を私は聞いていた(司令さんたちから了承は貰った上で)。

 それは、シンフォギアを含めた聖遺物を起動するのに必要なエネルギー――フォニックゲインを生み出せる歌声の主――《適合者》を探す為。

 翼さんがリディアンに在籍しているのも、そのネームバリューを使って候補者となり得る人材を、全国から集める広告塔としての役割もあって。私達生徒が授業や部活などで歌っている裏で、二課の人たちは聖遺物以上に虎の子な適合者を必死に探していたのだ。

 人によっては、二課の行為を快く思わないがいるかもしれないし、被験者扱いも同然だと、同じリディアン生徒含めて憤る人だっているかもしれない。

 でも、奏さんが専用の薬で身体に鞭打って無理やり適合者になったことと、奏さんが亡くなってから、響と朱音が装者になる日まで、ずっと翼さんが〝一人〟でノイズを相手に戦い続けてきたこと。

 翼さんの叔父でもある風鳴弦十郎司令含めた、二課の人たちが、どんな想いで……命をかけて〝人助け〟するシンフォギア装者たちを司令室のモニター越しに見守ってきたかと思うと、とても責められない。

 ただ……私も私で、もし装者としての人助けを選んだ響とすれ違ってた時に、このことを知ってたら。

 

〝どうして………どうして響ばっかり! 苦しまなきゃいけないの!? 辛い目に遭わなきゃいけないの!? 辛い想いを背負わなきゃならないの!? 響が一体何をしたって言うの!?〟

 

 朱音に迷惑かけちゃったあの時ぐらい、また―――。

 

〝他にも聖遺物があるんでしょ? それをシンフォギアにできる技術があるんでしょ? なら私にも使わせて! 私に戦わせてよッ!〟

〝前にも言った筈だ………誰にでも扱える〝力〟ではないと〟

 

 悔しさと、やるせなさ、悲しさ、仮にもリディアンに入学できたと言うことは、適合者の〝候補〟だった筈なのに装者として響を助けられない無力さに、自分があの日のライブに誘わなければと自分を攻める罪悪感でグチャグチャになって、子どもみたいに喚いて泣き崩れていたかもしれない。

 だけど今は、もう悔やんでばっかりではいられない、無力さに暮れてもいられないし……ずっとそうやって沈んでいたくはない。

 だって、朱音が、そして響が教えてくれたのだ。

 人は誰だって、時に誰かを助けて、誰かに助けられて、互いに助け合って………一生懸命生きているんだって。

 その方法(やりかた)は、決して一つだけじゃない、幾つも――たくさん、あるものなんだって。

 

「誰か! 誰かまだ残っている人はいませんか!?」

 

 この想いを胸に、避難誘導を進めている内に、さっきまで大勢の生徒の避難で騒がしかった校舎の中は、すっかり人気がほとんど無くなって静かになり、校内中走って息が荒れてる私の呼び声が、中央棟の舎内によく響き渡るようになっていた。

 すると向こうから、緒川さんと同じ黒いスーツを着た人が駆けよって来る。

 

「例の二課民間協力者ですね?」

 

 特機一課の人だった。

 

「はい、小日向未来です」

「いつノイズがこちらにも襲ってくるか分かりません、後は我々に任せて、君も避難して下さい」

「分かりました」

 

 一課のお人のお言葉に甘えて、私は二課本部に繋がるエレベーターに向かう。

 本当はシェルターに行くべきなんだけど、スカイタワーで戦っている響たちも様子も気になって、本部の方へ行くのを選んだ。

 エレベーターの横に添えられたスキャナーの前に、二課から支給された専用のスマートウォッチを読み取らせてロックを解除、扉が開くと同時に。

 

「ヒナ!」

 

 廊下の向こうから私をあだ名で呼ぶ声と、駆け足の足音が、三人分近づいてきた。

 私を〝ヒナ〟と呼ぶ友達は一人しかいないので、案の定、その三人は安藤さんと寺島さんと板場さんだった。

 

「三人とも……どうして?」

「それはこっちの台詞よ」

「シェルターに行ったら、ヒナもビッキーも見当たらなかったから」

「問題行動なのは承知で、お二人を探しに戻ったんです」

 

 あ……そう言えば、もし今日に特異災害が起きなかったら、午後は五人で期末テスト対策の勉強会をやる予定なんだった。

 だから今日リディアンにいる筈の私たちが見当たらなかったら、心配になって探しにも……来ちゃうよね。

 朱音が今日の勉強会に加わっていないのは、表向き音楽教室のお手伝い、実際は二課の仕事の手伝い。

 その朱音から、お手伝いの件は響にも秘密にしてほしいと念を押された、私も課題に集中してほしかったので、了承した。

 一時は〝秘密〟そのものに過敏(ナーバス)になってたけど、ほとんど人知れず特異災害と戦ってきた奏さんも含めた装者と二課の人たちの活動を見て、秘密も使い方次第と、そう今は思えるようになった―――なんてことは置いておいて。

 

「ところでビッキーは、てっきり一緒にいると」

「それに、何で未来が〝開かずのエレベーター〟をすんなり開けてんのよ」

 

 実はこの二課本部直通のエレベーター、事情を知らない生徒たちからは〝開かずのエレベーター〟として、半ばリディアンの都市伝説と化していた。

 

「っ………」

 

 私はほんの一瞬ながら躊躇ったけど。

 

「とりあえず乗って、説明はするから、早く!」

「あっ……うん」

 

 安藤さんたちにエレベーターに乗る様促し、三人と一緒に乗り込み。

 

「高速エレベーターだから、これにしっかり掴まって」

「分かったわ……」

 

 英語で『手を離すな』と書かれた手すりに掴むよう三人に伝えて程なく。

 

「「あぁぁぁぁぁーーーーー!」」

 

 安藤さんと板場さんの悲鳴が盛大に響く中、世界最高クラスらしい高速エレベーターは降りていく。

 

「どこかの遺跡みたいな模様ですね」

 

 一方で寺島さんは涼しい顔で、了子さんの趣味らしい派手な色合いの壁画を見る余裕を見せていた。

 凄いね……寺島さん、特異災害が起きている最中な上に、明らかに〝非日常的〟な状況なのに、入学時初めて会った時の第一印象からの想像以上に、ここまで冷静さ胆力があるなんて最初会った時は思いもしなかったと、こんな非常時なのに感心してしまう。

 

「まるでアニメに出てくる秘密基地みたいじゃないッ!」

 

 板場さんも、ある意味でいつものように、自分がこよなく愛するアニメでの比喩表現を使っていた。

 うん、ここ数年そんなにアニメを見てない方の自分でも、言われてみれば確かに、実際に目にするまでこう言う〝基地〟はフィクションの中のものと、無意識ながら思っていたなと、まだエレベーターが高速で降りる中、ふと頭を過った。

 

 

 

 

 

 ようやく詩織を除く級友たちを絶叫させた高速エレベーターが止まって扉が開き、未来は司令室方面の回廊へ創世達を案内しながら。

 

「え? ここ特機二課の本部なの!?」

「うん」

「驚きました……」

「本当に政府お抱えの秘密基地だったなんて……ますます〝アニメ〟染みてるじゃない……」

 

 この地下施設が、特異災害対策機動部二課の本部施設であること等の説明をする。

 当然自分の通う学校に国民には公表されていない機密施設がある事実に、級友三人は三者三様の驚愕を見せ、アニメマニアの弓美など案の定、未来に言われる前から半ば空想の体でこの地下施設が〝政府の秘密基地〟だと勘ぐっていた。

 

「でも小日向さん、なぜ私立のリディアンの真下にこんな施設が?」

「それにそもそも、どうして未来(ヒナ)が基地(ここ)のこと知ってて、勝手知ったる顔で入れたわけ?」

 

 

(あ………しまった)

 

 級友の安全をいち早く確保しようと少し焦っていたのも否めなかったのもあり、未来は当人たちから質問されて初めて、一介の市民でもおかしいと考える〝重要機密の筈な政府機関の一般国民には秘匿されている非公開施設の存在を知っている〟事実に気がついた。

 

「もしかして未来、実は特機所属のエージェントだったり……とか?」

「違うよ!」

 

 弓美からの一つ目の質問には、慌てて否定したが。

 

「そもそも前から気になってたのよね、一課はともかく、二課が何をしてるのかさっぱりだったし………自衛隊にケチ付ける気無いけど……いくら放っておけば消えるからって、ここ最近の除くと………ニュースで聞く通常兵器が利かない筈のノイズの被害、ちょっと最小限に抑えられ過ぎてない?――とも思ってたのよ」

「あ、それは……」

 

 己が腕を組んだ状態で続いて繰り出した二つ目の弓美の質問は、核心を突いたものにして、二年前のあの惨劇で生死の境を彷徨った響(しんゆう)を通じて、ノイズが引き起こす厄災の凄まじさを知った未来も、直に遭遇したところを朱音に助けられたあの日の直前までは、特異災害の報道聞く等で時折何度も過っていた〝疑問〟そのものだった。

 未来は、朱音と響が、シンフォギアを纏って自分をノイズから助けてくれた時を思い返す。

 二人とも、そして風鳴司令ら二課の人々も、非常時とあらば〝機密〟より〝人命〟を救う方を選べる人達だ。

 それにどの道、本部に連れてきた時点で、話す以外に選択肢はなかったも同然……未来は司令から相応の叱責を受けるのを承知の上、自身へと頷き。

 

「実は、ノイズに対抗できる兵器は、結構昔から完成してて………二課の方はそれを使ってノイズと直接戦う組織なの、私もそれを見ちゃったから……〝民間協力者〟って形で一応、二課のメンバーなんだ、だからさっきの板場さんの質問も何割か当たってた」

 

 この事実を前に、今度ばかりは詩織も含めて三人の級友は次なる上にさらなる衝撃を受けた。

 

「それは――シンフォギアって言って、まあいわゆるパワードスーツみたいなものなんだけど……」

「シンフォ……ギア」

「シンフォって、symphonicのシンフォですか?」

「うん」

 

 FG式回天特機装束――SYMPHOGEAR(シンフォギア)。

 未来は、今この瞬間にも、友たちが東京スカイタワー周辺に出現したノイズの群れと戦う為纏っている………人類が特異災害に対抗できる、最大にして唯一の切り札のことを、自分が聞かされ、知り得る範囲で三人に説明をした。

 さすがに………朱音たちがその担い手たる〝装者〟であることまでは、言葉にできなかったが。

 

「パワードスーツと言うか………もうバトルものの変身アイテムじゃないそれ、秘密機関と言いよいよ完全にアニメな上に前代未聞よ、古代の遺物を使うどころか、本当に〝挿入歌〟を歌いながら戦うなんて」

 

 秘密にしていた……朱音、そして響が抱いていた筈であろう心境を、説明しながら未来が体感していた中での、弓美のこの発言。

 確かに、〝歌で戦う〟ことも含めて、幼い頃自分もよく見ていたアニメの数々の劇中に出てくる突飛な〝設定〟以外の何ものでもないよねと、そんな場合じゃないのに考えてしまった―――ことはさて置き。

 

「それを開発したのが、ほら、今向かいから来てる白衣を着た科学者の人、名前は櫻井了子さっ…………」

 

 絵に描いた〝噂をすればなんとやら〟で、未来たちからは約五〇メートル以上ほど先の向かいから、かの櫻井了子博士がこちらへと歩いてきたの目にし、咄嗟に博士を呼び掛けようとした未来は………よくこらして見た相手の姿を前に、言葉が失われる。

 

(な、なに……)

 

 脳と心の内にでも、未来は上手い表現(ことば)が思い浮かばない。

 ただ一つ………〝異常な状況〟が、自分たちに忍び寄っている感覚だけが、どうにかはっきりと未来は読み取ることはできていた。

 未来に代わって………櫻井博士の状態を説明するならば、遠間から見ている分には――。

 フリルの付いたピンクのワンピースの上に白衣。

 ふくよかな生足が履くハイヒールサンダル。

 茶髪を頭頂で団子風に纏めたポニーテール。

 上部だけ縁の無い、赤縁眼鏡に、やや濃いめながらも知的さを引き立てる化粧。

 ――風体自体は、いつもの櫻井博士以外の何者でもない。

 

 ワンピースの脇腹部を大きく染める、素人目に見ても重傷だと判断できる鮮血。

 

 それと―――まるで獲物を見つけて舌なめずりする大蛇の如く、見られた人間を睨まれた蛙の如く凝固させ、妖艶にして鋭く、邪悪で、何より突き刺す様に突きつけてくる〝殺気〟に満ちた眼差しを………未来たちに向けていた。

 未来らは、近づいてくる人の姿をした〝不条理〟に、逃げる思考を浮かぶ余力すら失われ……立ち尽くす以外にできずにいる。

 そんな彼女らに対し、櫻井了子は………大きく広げた右手を空色に発光させた――――直後。

 四人とも、両肩がほぼ同時にこむらがえりを起こすほどに驚愕するほどの騒音が鳴った、しかしそれが荒療治となって結果的に理性を少しばかり取り戻し、一泊遅れて音の正体が、自分たちと櫻井了子の間を塞ぐ形で、隔壁が締められたものだと知り。

 

「未来さん!」

 

 同時に聞き覚えのあるソプラノボイスが聞こえ、振り返れば隔壁を締めるボタンを押した緒川が立っており。

 

「緒川さん……」

「説明は後でします、今の内にお友達を司令室へ、そこからシェルターに行けます、ルートのデータも端末に送りましたから急いでッ! 三六計逃げるにしかずです!」

「は、はい! みんな走って!」

「うん……」

 

 いつもの声に違わぬ温和で柔和な物腰と一転して、ソプラノボイスを切羽詰まった調子と声量で放つ緒川に完全に平静さを取り戻した未来は、言われた通り創世たちを連れて、別ルートから司令室へ駆け足で急いだ。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 腕の二課端末で、未来たちが無事かつ着実に司令室へ向かっていることを確認し、一時ほっと一息吐いた緒川は――隔壁をぶち破ろうとする轟音――を耳にした瞬間即座に気を引き締め直し、懐から現陸自の制式拳銃たる《SIG SAUER P320》を取り出し、紫色をした特殊弾丸が入ったマガジンを装填、続けてもう片手に357マグナム弾を放てる黒塗りのS&WP686の携行性に優れた2インチ型も持ち、P320の銃口を壁の向こうにいる〝敵〟へ向け構える。

 程なくして、隔壁は戦車の砲弾の直撃でも受けた様な、粗雑な風穴を開け、濃い白煙がこちらへと忍び寄ると同時に………躊躇わず緒川はP320の銃口から全弾を連続発砲した。

 耳を劈かせようとするけたたましい銃声と着弾音が回廊内で反響したとともに、煙のベールの濃度がさらに上がって黒味混じりとなる。緒川がP320から発射した特殊弾丸は、鉛の粉末も混合された煙幕弾だった。

 常人では一寸先も見えぬ視界不良な世界に、P320を懐に収め、代わりに〝クナイ〟を取り出し逆手で握った緒川は、躊躇なくまだ濃度の高い煙の渦中へと飛び込んだ。

 鈍く黒いベールの中で、P320よりも重く低く響く357マグナム弾の銃声と、人の血肉が生々しく弾が貫き、切り裂かれ、血が飛び散る音の数々が鳴った。

 やがて時間を経るごとに薄まっていくベールが霧散し、そこには――。

 

「うぐっ……がぁぁ!」

「いかな戦国の世から紡がれた〝忍(しのび)〟の一族の逸材たる緒川(おまえ)でも、完全聖遺物を纏う今の私には敵わぬと知れ」

 

 ――下ろされて広がった髪と瞳が淡い金に染まり、クリスのもと異なり、妖しく煌めく黄金色な蛇の鱗状の鎧――ネフシュタンを纏った櫻井了子………もとい一連の陰謀の首謀者そのものたる〝フィーネ〟が無傷の姿で、蛇腹の鞭にて緒川を羽交い締めにし、呻き声を上げさせ、浮かせていた。

 先程、煙幕の内にいるフィーネ目がけ己の〝気配を殺して〟飛び込んだ緒川は、プロの軍人の中でも選りすぐりの猛者な兵士すら視界に捉えることのできぬ脚力を以て。

 357マグナム弾。

 クナイによる斬撃。

 プッシュダガーナイフの投擲。

 ――と言った忍者の無音殺傷術(サイレントキリング)による攻撃を、全て鎧の隙間を縫って、人体には確実に致命打となる急所へと当てていた。

 一時フィーネは、数時間前にアメリカの傭兵部隊の襲撃で負ったものよりも遥かに致命的で死に至らない方がおかしいくらいの重傷を多数刻まれ負わされていたが、ネフシュタンの鎧が持つ自己再生能力の恩恵で瞬く間に完治。

 創作ではオミットされがちな、〝暗殺者〟としての〝忍〟の末裔の一人でもある緒川の確たる〝殺気〟の籠った刺突を敢えて受け、血を一時流したまま相手の神速の脚力を僅かな一時でも封じた刹那から、蛇腹の鞭で彼を捕縛したのだ。

 このままでは自身の胴体が両断され殺されてしまうと、危険を感知した緒川の忍としての直感は咄嗟に、靴に仕込んであった長針の暗器(ナイフ)を伸ばし、フィーネの下顎へ遠慮の欠片も無しに瞬速で蹴りつけ、フィーネの顔の内部を脳髄ごと刺し貫いた。

 捕縛力が薄れ、その隙を逃さずどうにか鞭の魔の手から逃れるも……。

 

「がはぁっ!」

 

 直ぐにその傷さえも再生され意識を取り戻したフィーネのヒールが付いた足裏から繰り出される、ネフシュタンの力で身体強化された報復の打撃(キック)を腹部へ、ダイレクトにくらい受け後方に蹴り飛ばされ、回廊の床に叩き付けられてしまう。

 受けた痛みが治まらず温厚で端整な顔立ちが歪められる中………それでも緒川は、その場から即座に立ち上がり。

 

「この先へは、デュランダルの下へは………一歩たりとも、行かせませんッ!」

 

 二課本部最深部(アビス)に保管されているデュランダルが目的(ねらい)なフィーネへと、ソプラノボイスに毅然とした戦意を込めた決意を述べ。

 

「たとえこの命と引き換えにしてでもッ!」

 

 手裏剣を投擲し、P686から再びマグナム弾を放つも、全て鞭に弾き飛ばされ、先端の刃が緒川へ向けられる。

 このままでは……命と引き換えにしてもフィーネの進行を止めること敵わない………絶望的状況の中。

 

「待ちな、了子」

「ん?」

 

 両者の間の天井部が突如、豪快かつ粉々に突き破られ。

 

 

「司令!」

 

 今の声の主――弦十郎が、緒川の盾となる形で降り立ち。

 

「私を未だ……了子(そのな)で呼ぶか?」

 

 フィーネ――了子は、一〇年を悠に越える長い付き合いな同僚にして友である彼へ、まさに蛇そのものと言い切れる邪悪な眼(まなこ)から殺意を剥き出しにした眼光を見せつけ、憎たらしくせせら笑った。

 

「あの〝置手紙〟の意味を、分からぬ貴様でもあるまい?」

「ああ………意味なら、言われずともとっくに分かっているさ」

 

 フィーネのアジトに残された傭兵部隊の亡骸の一人に貼られていた……英語とローマ字混じりに血文字で描かれた、あのメッセージ。

〝I Love you, SAYONARA〟

 あれが……弦十郎含めた特機二課そのものに対する〝決別〟を宣言する意味であったのだと。

 

「女に手を上げるのは気が引けるが……了子――」

 

 他ならぬ弦十郎自身が重々に〝意味〟を理解し、承知の上で、彼は獅子身中の虫であった首謀者フィーネを……〝フィーネ〟ではなく、尚も朋友(とも)としての呼び名――〝了子〟――のまま、両手を握り拳にし、逞しく鍛え上げられた両腕で構えを取り。

 

「お前を、その胸中に渦巻く野望ごと――ぶっ倒してでも止めてやるッ!」

 

 獅子の如き眼光をフィーネへ発し、戦って叩きのめしてまでも黒幕であった〝友〟のを止める意志を、表明するのであった。

 

つづく。

 



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#56 - Occupy Base

またおまたせしました(汗、ガメフォギア本編最新話です。
サブタイは『乗っ取られる基地』って意味。
今回長くなった理由は、司令の『陽動に陽動作戦』を原作そのままにやってしまうと、多数の犠牲者(主に一課や自衛隊の皆さん)を出してしまうことになるので、どうアレンジしつつ、でも司令の脅威的戦闘能力とそれに足を引っ張る甘さ、フィーネの目的の為なら了子さんの仮面も平然と被る外道さを原作同様に表現できるか悩みに悩みまして。
そんでどうにかこうにか、次回から最終決戦の幕開けです。


 二課本部内、デュランダルが保管されている最深区画――アビスへと繋がるエレベーターから、目と鼻の先の回廊にて、独自のアレンジを加えた拳法の構えを握り拳で撮る弦十郎と……一連の事件の首謀者にしてネフシュタンの鎧を纏って所謂〝無形の位〟に似た佇まいで不敵に立つ、終わりの名を持つ者――《フィーネ》が対峙する。

 

「一応問うておくが、いつから気づいていた?」

 

 二人とも臨戦態勢を崩さず、互いを見据える中、フィーネ――櫻井了子は蛇染みた嘲笑を顔に浮かべたまま、昔なじみの同僚であった弦十郎に問いかけた。

 自分が〝内通者〟にして――〝首謀者〟である事実にして真実を、いつ頃から見抜いていたのかを。

 

「さてな………いつ頃だったか、かなり前からお前をマークしていたぐらいしか覚えていない」

「そこではぐらかすか………曲りなりにも〝風鳴の血〟を宿すだけのことはあるわけだ、お前も」

「言っていろ」

 

 睨み合い、鋭利な緊張感が漂う中……これから戦おうとする二人の間で躱されるブラックユーモア。

 了子(フィーネ)当人に対しては、はぐらかす態度を見せた弦十郎だったが………実際は広木防衛大臣が暗殺された直後辺りより、彼の〝直感〟は彼女が内通者の正体ではないかと、疑惑を胸の内にて密かに抱かせていた。

 そこからどうフィーネが長年の朋友(せんゆう)だった事実に対する〝確信〟を得るに至ったかは………経緯を詳細に並べ立てて行くとどうしても長くなってしまうので、端的に表すれば、二課本部のセキュリティに侵入しようとした犯人たるアメリカ政府もご丁寧な〝道案内〟をも逆手に取った緒川ら二課調査部所属のエージェントたちによる奮闘があってのものだ――と言っておこう。

 

「そっちこそ、よくもまあ見え透いた〝陽動〟をかまして来れたものだな」

 

 朱音に忠告されるまでもなく弦十郎は、東京スカイタワー周辺に出現したノイズは装者を二課本部から遠ざける為の〝陽動〟であることに感づいていた。

 

「お陰でお前自身と言う〝決定的証拠〟を炙り出すことができた」

「陽動に陽動をぶつけてきたわけか………そちらこそ喰えないやり口をかましてくれる」

 

 その上で敢えて向こうの陽動の乗り、弦十郎はクリスも含めて全装者を東京スカイタワーに向かわせ、迅速にリディアン生徒と近隣住民たちの避難誘導を完了させ、フィーネが本部に現れるのを待ち構えていたのだ。

 既に決定的証拠たるネフシュタンを纏った櫻井了子(フィーネ)の姿は、緒川がスーツのポケットに掛けられていたペン型隠しカメラで撮影され司令室に送られ、藤尭らオペレーターメンバーの素早い対応で政府関係各署にデータも転送済み。

 

「だが、もし私がソロモンの杖を使い、派手に立ち回ろうとした場合はどうしていた?」

「本部(ここ)はお前の庭だ、そんな派手なパフォーマンスを使うまでも無く、最下層(アビス)に辿り着ける自信があると踏んでいた、何せ〝できる女〟だろう? お前は?」

「ふん、そこは否定せずにいよう」

 

 弦十郎の意趣返しを、半ば肯定しつつも軽く払う。

 確かにあり得た可能性、装者不在で実質ガラ空きになった本部をリディアン校舎とその周辺ごとノイズの群体を使役して攻め立てる〝手段〟を提示してきたフィーネの挑発にも、弦十郎は日頃了子(かのじょ)がよく自称に用いていた表現を使って切り返す。

 実際この二課本部基地を一から設計したのはフィーネ自身であり、弦十郎の言う通り庭も同然、彼に看破された通り、前述の手をわざわざ使わずともハッキングと隠し通路を使い、完全聖遺物を二つも所持していることもあり、アビスに保管されたデュランダルに辿り着ける確固とした自信が彼女にはあった。

 

「だが、融合症例となったこの私を止められるか!?」

 

 その自信の源の一つを、嘲笑たっぷりかつ高らかに述べ立てるフィーネ。

 

「応とも! お前をぶちのめし一汗かいた後で、たっぷり話も聞かせてもらうぞッ!」

 

 そして構えを取る全身から発する覇気をさらに高め、威風堂々に〝止めてみせる〟と意志表明する弦十郎。

 問答はこれにて終わり――二人の間から開戦の鐘が鳴った。

 

 

 

 

 

 ほぼ同時に、両者は駆け出す。

 先制攻撃を掛けたのはフィーネ、両手に握る刃が連なった蛇腹鞭の右手側(かたわれ)を、弦十郎めがけ振るう。

 対して弦十郎は疾駆する勢いを緩めぬまま全身を左側に逸らして躱し、フィーネは間髪入れず左手側のもう一振りを振るうも、彼は飛び上がって二度目の凶刃から逃れた。

 そのまま天井の上面を、強靭な握力を有した指で抉る形で掴んで吊り下がり、すかさず両足を面に密着させ足場にして踏み込み、フィーネへと一気に迫る。

 荒れ狂う猛牛の如き突進の勢いを乗せて振り上げた拳が繰り出す正拳を、右へギリギリの紙一重のすれ違いでフィーネは回避し、ネフシュタンの飛行能力によるホバリングで後退し、弦十郎の拳は回廊に巨大な亀裂を走らせた。

 

「ちっ……」

 

 疑念と苛立ちから、眉間に皺寄せ舌打ちする。

 なぜなら――直撃を免れた筈だと言うのに、鎧の一部に小さくはない罅が入っていたのだ。心当たりがあるとすれば……彼の正拳から生じた衝撃波の余波しかない。

 

(バカな……)

 

 弦十郎には一切の聖遺物を身に纏っても、懐に持ち合わせてもいない、完全に生身。

 己が身一つの拳を掠めただけで……完全聖遺物(ネフシュタン)に傷を付けたと言うのか?

 

(解せんッ!)

 

「骨ごと血肉を断ってくれるッ!」

 

 苛立ちと、確かに起きた〝事実〟を振り払う様に、一撃目よりも段違いの超速で振るい、今度は二振り同時に弦十郎へと蛇腹の刃を突きつけた。

 

 

「ふんッ!」

 

 それを弦十郎は何と声に籠り全身から発する気迫さと裏腹に、子どもが投げたボールをキャッチするかの如き軽々しさで、鞭を二振りとも鷲掴み。

 

(何だとッ!?)

 

 フィーネが驚愕の心境に浸る暇(いとま)も許さぬまま、驚異的なパワーで鞭をフィーネごと弦十郎は自身へと引き寄せる。

 竜巻の暴風じみた吸引力に、フィーネはまともに抗えない中――。

 

「デェェェェーーーリャァァァーーー!」

「がっ!」

 

 ――弦十郎はとても生身の人間のものとは信じがたい、強烈なアッパーパンチを裂帛の気合いを発すると同時に、フィーネの腹部へと豪快に叩き込んだ。

 まともに直撃を受けたフィーネは、余りの威力に気を失わせられ、宙にアーチを描いて舞う中、弦十郎は鞭を再び掴むと天井に、壁面に、そして回廊の床へと連続で投げ振るい、さらなる叩き込んだ。

 

「バカな……」

 

 投げの連打が収まったことで、ネフシュタンの再生能力により意識を取り戻すフィーネだったが、思考は混乱の渦に呑み込まれかけている。

 完全聖遺物と〝生体融合〟の形で纏った自分を、生身で完全に圧倒する弦十郎の、仮にも一介の人でありながら人知を超えた圧倒的が過ぎる戦闘能力に。

 以前から彼が高い身体能力を有していること自体はフィーネも存じてはいたが………ここまで規格外な領域にまで達していたとは、彼女からしてみれば完全に想定外だった。

 

「よもやここまでのデタラメ具合とは思わなかったぞ、さしずめ〝生きた憲法九条抵触〟と言ったところか?」

 

 内心の動揺を悟られまいと、皮肉なユーモアと微笑を浮かべて態勢を立て直しつつも。

 

「どうやってここまで鍛え上げた?」

 

 その戦闘力の源泉を問いかける。

 

「知らんのか?――飯食って寝て映画をたっぷり見て鍛える!――男の〝鍛錬〟ってのはな、そいつで充分だ!」

 

 対して弦十郎は、全く理屈の通らない……しかし妙に確かな説得力を持った〝持論〟を、堂々と表明した。事実その言葉の通りのやり方でこの戦闘能力の高さなのだから、性質も始末も悪い………とフィーネも思わざるを得ない。

 然れども――。

 

「だがいかなその剛腕でも、人の身である以上はッ!」

 

 ――弦十郎とて人間、特異災害を前では聖遺物をも圧倒する戦闘さえ、紙切れ同然の無力に帰する。フィーネはカード状の待機形態であった〝ソロモンの杖〟を杖に変えて起動しようとしたが。

 

「遅いッ!」

 

 相手はがソロモンの杖を使うと予測していた弦十郎は、彼女が杖を通じてノイズに指示する前に震脚で床を砕き、破片の一角を蹴り飛ばす。

 破片は杖を持つフィーネの手に命中し、杖は弾き飛ばされ天井に突き刺さった。これでノイズを用いた攻め手も封じられ。

 この機を逃すまいと弦十郎は、右腕を振り上げフィーネへと肉薄し。

 

「これでお前の企みも終わりだ――」

 

〝フィーネッ!〟

 

 と、トドメの一撃をこの一声と当時に叩き付けようとした……が――。

 

 

 

 

 

「弦十郎君……」

 

 

 

 

 

 フィーネにしてネフシュタンの鎧を纏った姿のまま、彼女は〝櫻井了子〟の顔を見せつけ、声で弦十郎を呼びかけ。

 

「なっ!?」

 

 彼の面持ちに、逡巡の表情が浮かぶ。

 その僅かな〝隙〟を見逃すフィーネではなかった。むしろその隙を生み出す為に、わざと櫻井了子の仮面(かお)を、弦十郎に見せつけたのだ。

 

「ふっ…」

 

 邪悪に弦十郎の〝甘さ〟を嘲ってほくそ笑み、彼女は躊躇わず蛇腹の刃で弦十郎の胴体を………串刺しにした。

 

「司令ッ!」

 

 緒川の瞳からはスローモーションで、刺し貫かれた腹部と口から、血を大量にまき散らして崩れ落ちる弦十郎の痛ましい姿を捉え、フィーネは傷口にめがけ、緒川の方へ彼を蹴り飛ばした。

 せめてフィーネがアビスへ行く為に使おうと今手にしている二課専用端末を破壊しようと銃弾を連射し、内数発の弾丸は曲線を描いて飛びゆくも。

 

《ASGARD》

 

 翳したフィーネの手から発せられた、彼女自身の〝能力〟であるマゼンダ色で円形状のバリアによって。

 

「そこに横たわる甘ったれと違い、お前の射撃の腕は正確に知っているぞ」

 

 全弾、虚しく防がれた。

 

「殺しはせん、お前達にそのような〝救済〟など与えはしない、せいぜい己の無力さを噛み締め、私の積年の悲願が成就される瞬間を見届けるがいい」

「待て!」

 

 フィーネは同僚(とも)たちへ改めて決別の意志も込めた言葉を吐き捨て、端末を使ったハッキング操作で両者の間にあった隔壁を閉めた。

 追いかけて刺し違えてでもフィーネを止めたい衝動に駆られる緒川だったが。

 

「何とかもって下さいね……」

 

 床に血溜まりを流して倒れた、最後の止めこそ受けなかったものの重傷なのに変わりない状態の弦十郎を見捨てられない想いの方が勝り、急ぎこの場で止血含めた応急処置を始めた。

 

「ぐっ……」

「暫くはお喋りも禁物ですよ、司令……」

 

 止血作業を進めながら緒川は。

 

(本当に〝最後の希望〟となってしまいましたね……装者(あやねさん)たちが)

 

 心中にて……一人呟いた。

 

(頼みます)

 

 

 

 

 

 ネフシュタンを纏ったままフィーネは直通の高速エレベーターで最深部(アビス)に到着し、中央に保管されていたデュランダルの前で歩を止め、眼前に3Dタッチパネルコンソールを出現させ、操作し始める。

 

「目覚めよ――天を衝く魔塔、彼方(かなた)から此方(こなた)へと――」

 

 本部内のありとあらゆる機能をクラッキングで本格的に掌握していきながら、デュランダルを、そして二課本部の皮を被った、彼女が〝悲願〟を達成するべく作り上げた天を仰ぐ塔――〝カ・ディンギル〟を目覚めさせる言葉(パスワード)を唱えていく。

 

「――現れ出でよッ!」

 

 デュランダルが発光し始め………今まさにカ・ディンギルは、地上に、そして現代の人類に、異名の通りの〝真の姿〟を……現そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 応急処置を施した弦十郎の腕を肩に担いで、緒川は司令室に入る。

 室内にいた藤尭やあおいらオペレーターたちや未来は、ソファーへと横たわった満身創痍の弦十郎の姿に驚きを隠せなかった。

 

「司令!」

「処置は済ませてあります」

「と言うことは……この怪我は」

「櫻井了子、いえ……フィーネから付けられたものです、それより脱出の準備は?」

「手筈通り、司令が負けた時を見越して完了してますよ、暗号も朱音さんに送って」

 

 藤尭がそう言った直後、司令室の照明が落ちた。残る灯りは非常灯とコンソールの光のみ。

 

「本部内からクラッキングを受け、各システムが書き替えられていきます!」

「櫻井了子(あのひと)の仕業なら……」

「掌握は時間の問題ですね、全員本部より退避! 未来さんたちもここの非常用エレベーターを使ってシェルターに!」

「はい! みんな、早く乗って!」

「うん……」

 

 緒川からの指示を受けた未来は、級友たちを催促させて非常用エレベーターに乗り込んだ。

 続いて司令を緒川と職員の一人が二人がかりで、エレベーターに乗る。

 

「何とか誤魔化してくれよ……」

 

 コンソールがフィーネのクラッキングで灰色一色に染まっていく中、どうにか藤尭はギリギリまで本部メインコンピュータに保存されていたデータ諸々を可能な限り自身のタブレットPCへと、無事に転送し終えた。

 櫻井了子が首謀者にしてフィーネである事実は、二課職員全員が周知の事実、知らないのは朱音除いた装者と、民間協力者の未来のみ。

 

〝もし司令が負けた場合、本部がフィーネに乗っ取られる可能性があります〟

 

 その事実の知る唯一の装者だった朱音からの提言もあり、そうなった時を見越して避難用の設備がハッキングされるまでの時間稼ぎとして、司令室の機能も〝掌握した〟とフィーネに欺かせる為のダミープログラムを、弦十郎とエージェントらが彼女のアジトに踏み込む以前から、予め組み立てておいたのだ。

 現に想定していた〝最悪〟に加え、想定外に等しかった〝本部そのものがカ・ディンギル〟であった事態に対しても、潔く本部からの退避と言う対応ができ、司令室に残っていたオペレーターの職員たちもエレベーターに乗る。

 

「頼むよ……止まんないでくれよ」

 

 最後まで残っていたあおいたちが乗るエレベーター内は、クラッキングで途中停止しない様祈りつつ大事なデータが入ったPCを抱える藤尭の震え声が響く。状況が状況なので、彼を咎める余裕はあおいたちにない。むしろ口にしないだけで同じ心境を抱えていた。

 そうして………幸いにもどうにかエレベーターフィーネの魔の手に嵌る前に到着して開き、灯りが非常灯のみの暗い避難通路を走って、シェルターへと向かっていく。

 途中、藤尭のタブレットPCから警告音が、暗い回廊で反響(こだま)する。

 

「なんてこった……」

「何があったの?」

「最奥区(アビス)に繋がるメインエレベーターが独立起動! デュランダルから高エネルギー反応も!」

 

 それは……〝天を仰ぐ塔〟が覚醒の鼓動を鳴らしたと、報せるものだった。

 

 

 

 

 一方で地上のリディアン校舎と近辺はと言えば、周辺住民の避難が完了したことで閑静を通り越した静寂が流れていた。民間人の避難誘導に尽力していた陸自や特機一課の面々も、完了と同時に弦十郎からの指示でその場から離れており、リディアンは昼だと言うのに、空が灰色の雲によって蒼穹がすっかり覆われているのもあり、寝静まった真夜中の学校によく似た、不気味な沈黙が流れている。

 そしてこの静寂は……言葉通りの……〝嵐の前の静けさ〟であり、突如この沈黙は、天地を裂こうとするかの様な巨獣の咆哮を思わせる轟音によって、盛大に破られる。

 最大震度:七へと悠に達した地中から発せられる巨大な変動(ゆれ)が、リディアン周辺の地上を震撼させ、中央棟を起点に校舎の外壁には亀裂が走り、窓ガラスが割れ落ちて行き。

 亀裂が大地にも大きく痛々しく走り、支えを失ったリディアン校舎が倒壊、崩れ落ちる直前―――地中ごと突き破る巨躯なる円錐状で、先端には円形の〝砲口〟を携える、極彩色の紋様が描き込まれた………それ自体が〝砲身〟じみた塔。

 この塔こそ、長年二課本部地下エレベーターシャフトに化けていた……《カ・ディンギル》の姿。

 リディアン校舎の大半を完膚無きにまで破壊し尽し、建物の無数の破片残骸をまき散らして、塔は暗く淀む灰の曇天によって覆い隠された天へと、大地を揺らがして立ち登っていく。

 塔は灰色の雲海を容易く貫き超えたところで、ようやく〝浮上〟を止めた。

 

「まるで我が積年の悲願を阻もうとしている様だな………だが無駄なことだ、その程度で邪魔立てできるなど笑死だぞ、〝姫巫女〟に紛い物のシンフォギアを与えし――〝地球(ほし)の意志〟よ」

 

 地上では、辛うじて完全に倒壊は免れたか中波以上の痛みを受けて廃屋と化した校舎の一角の屋上に降り立ち、鎧を解いて櫻井了子の姿になったフィーネが、曇天を見上げてそう嘲り呟く。

 直後、地上の向こうから、瓦礫の上を駆け走る足音が聞こえてきた。

 

「噂をすればなんとやら………やっとのご到着か」

 

 雲が隔てる空の遥か向こうのある〝星〟へ見上げていた視線を、フィーネは眼下の地上へと見下ろす。

 

「まだその姿を―――私達の前で見せつけるか? 櫻井ぃ……了子」

 

〝フィーネ〟にとっては、計画を成功させる為の〝駒〟の一つでしかなかった………シンフォギアの担い手たる装者の少女たち、朱音、響、翼、クリスの四人。

 響は目の前の状況を受け入れられず信じがたい瞳で呆然とし。

 翼も、驚愕で言葉を失い。

 クリスはと言えば、忌々しく歯ぎしりをして睨みつける………中。

 

「いや―――フィーネッ!」

 

 フィーネからしてみれば〝想定外〟そのものであり、悲願成就の過程に於いて最大の障害と言っても過言ではない一方、ある意味で〝似た者同士〟な存在である異端の装者――《草凪朱音――ガメラ》――は、翡翠色の瞳から鋭利な槍を思い起こさせる眼光をフィーネに突きつけ、担架を勢いよく切らせる。

 

 対してフィーネは、弦十郎に深手を負わせた時と同様の蛇じみた邪気に満ちる微笑で、彼女らを見下し見下ろすのであった。

 

つづく。

 



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#57 - 月を穿つ

GAMERA-ガメラ-/シンフォギアの守護者:第一楽章 #57-月を穿つ
ようやく最終決戦のコングを鳴らせました。装者たちに了子さん=フィーネが自分の正体と目的を語るシチュは原作と同様ですが、案の定細かい部分は変わってます。
具体的には二課側が『転んでもただでは起きない』&ゼロワンの刃さん並(?)にちゃっかりしてる朱音、無印の段階でアヌンナキの単語を口にしちゃいました(;^ω^)。
後、カ・ディンギルに関する元ネタを割かしはっきり言及と。


「まだその姿を―――私達の前で見せつけるか? 櫻井ぃ……了子……いや――フィーネッ!」

 

 灰色の濃い雲海が夏の蒼穹を覆い、リディアンがあった地上からは二課本部(いつわりのすがた)から本性を現した天を仰ぐ塔――《カ・ディンギル》が、旧約聖書の《バベルの塔》の記述に負けず劣らずの巨体を地上に現出した中、もはや廃墟としか言い様のないリディアン校舎の一部の屋上から……〝櫻井了子〟の姿のまま、しかし眼鏡越しの面立ちはアダムとイヴと失楽園に追いやった蛇の如き邪悪な本性を露わにして、傲然とした眼差しと邪さを隠しもしない笑みで見下ろすフィーネへ、私は怒れる叫びをぶつける。

 頭の思考は平静に、かつ冷静だと言うのに、胸の内(こころ)は、様々な形をした幾多の熱い怒りの感情たちが……渦巻いていた。

 その内の幾つかを、しいて挙げるなら、ヤツの腹の内に抱えていた〝野心〟の為に、数多くの人々の〝生命(いのち)〟を利用し、弄び、奪い。

 その上――。

 

〝I Love you, SAYONARA〟

 

――同僚(ほうゆう)である司令(げんさん)たち、二課の人たちに対するあんな〝決別〟のメッセージを残しておきながら、私達を惑わせる為に、わざわざ櫻井了子の風体で出迎えてきた下衆さ、畜生さ。

 なまじ五感が人並みより良いだけに、フィーネからは奴自身のものではない〝血の匂い〟を嗅ぎ取る………おそらく……〝完全聖遺物〟をも圧倒する驚異的戦闘能力を持ってる司令にも、かの手段で彼の〝優しさ〟を悪用し、隙を突いて打ち勝ったことだろう。藤尭さんの暗号メールで、司令含めた二課の面々は避難できたと一応分かっているので、どうにか彼も無事だと信じてはいるけど。

 

「嘘ですよね、そんなの嘘ですよね……了子さんが……フィーネだなんて」

「………」

 

 フィーネの策は効果覿面で、現に響は櫻井了子が首謀者(フィーネ)であった事実を前に、信じられず困惑と混乱を露わにし、装者の中で最も付き合いが長かった翼も、沈黙の中で戸惑う自身の胸中(おもい)を隠し切れずにいる。クリスも天涯孤独な自分を利用する為に拾い、挙句切り捨てた奴への憤怒を抱えている一方で、二人を案じる気持ちが籠った視線を送っていた。

 

「さっさと正体を明かしたらどうだ? いい加減〝その姿〟でいるのも飽きてきたのではないのか?フィーネ」

 

 だから私は、奴にそんなまやかしが通じない旨を、先の言葉に続き、櫻井了子ではなく〝フィーネ〟の名を呼び、今度は静かに怒れる心情を瞳から放つ眼光を中心に、表明する。

 私がそう言い放った瞬間、その時を待っていたとばかり、フィーネは〝櫻井了子〟のトレードマークとも言えた……纏めていた髪を解き、眼鏡を外すと同時に足下に捨て、踏み壊した。

 直後、フィーネの全身が金色の光を放ち出した。

 その最中(チャンス)を逃がすまいと私は、ヘリに搭乗している間に予めマナーモード兼オープンチャンネルに設定していたスマートウォッチから通信電波を飛ばし、端末は私達のいる場からそう遠くない地点――二課本部の避難シェルターから発せられていた周波数に反応、端末が自動で暗号通信モードになり調整(プリセット)された。

 さすが藤尭さん、先程の映画を使った暗号も込みでナイスプレー。

 

〝コチラ フジ ミンナ ブジ〟

 

 さらに同じく藤尭さんが送り主である、微弱な振動(バイブ)を用いたモールス信号による伝言(メッセージ)で、司令たちが無事に避難できたことも掴んで一安心し、そのままメッセージを送り返した。これだけで〝既読〟したと返信するには充分。子どもの頃に初めて見て以来、今も時々鑑賞している冒険活劇ジャパニメーション映画をきっかけに、モールス信号に一時期嵌っていたことがあって、それが今回役に立ったな。

 けどフィーネに悟られるわけにもいかないので、特に響には申し訳ないけど………暫く〝敵を欺くにはまず味方〟からを実行するしかないと、分かっていても心が痛んだ。

 安堵と傷心が共在する心中を表さぬ様、ポーカーフェイスに徹しつつ。

 

「気をつけろ、奴の肉体とネフシュタンは細胞レベルで融合している」

 

 数時間前の櫻井了子との通信で薄々その可能性が浮かび、あの金色の光で得た〝確信〟を忠告の言葉に変えて私は三人に忠告した。

 アジトの現場検証の結果、フィーネはアメリカの傭兵部隊の奇襲で先手を打たれて重傷を負った。服にこびり付いた出血量から見て、致命傷だったのは想像がつく。

 あんな深手を負った状態で、部隊を返討ちにするとしたら……完全聖遺物、それも担い手が受けた傷をも治癒させるネフシュタンの鎧との生体融合しかない。

 それは奴にとって一か八かの博打だっただろう。

 クリスをけしかけて響を狙っていた理由は、今まで前例がない未知の領域人と聖遺物の生体融合のメカニズムと、メリットデメリット双方と、そしてそれが生み出す〝化学変化〟のデータが欲しかった――が、理由の一つで間違いない。

 事実、ガングニールと融合している響がデュランダルを手にした際、暴走を招いたのだ。

 科学者にして技術者であるフィーネにとって、コントロールできない兵器はナンセンス、できれば完全に御する方法を見つけたかった筈だが、傭兵部隊に銃口を向けられ追い詰められた時の状況では、逡巡もしていられなかったと想像がついた。

 

「ええッ!?」

「生体……融合だとッ!?」

 

 私の忠告の意味を理解した翼とクリスから、驚愕の声を上がった矢先――フィーネの姿を隠していた光(ベール)が収まり。

 

「そんな……」

 

 今にも残酷な真実を突きつけられ、泣きそうな声色を響が発して膝が崩れ落ちる中……フィーネはネフシュタンの鎧を纏った姿を私達に見せつけてきた。

 

「それが真の姿か……」

 

 奴の髪と瞳の色が金色に染まっている、あれこそフィーネとしての姿と言ったところか。ネフシュタンの装束も、クリスが使っていた時と異なり奴の容姿の一部以上にけばけばしい黄金な蛇の鱗状の鎧を纏った風体を、私達に傲岸と見せつけてきた。

 人それぞれの感性によっては、美しいと表する者もいるだろうが。

 

〝How……bad taste(なんて……悪趣味)〟

 

 内心、ネフシュタンの形と、それを着込んだヤツの姿を前に毒づく。

 少なくとも私の感性(ひとみ)からは、肌の露出具合を差し引いても………とてもじゃないが〝美〟を一欠けらも見い出せそうにない。

 これなら月光降り注ぐ夜天の下で、泳ぐ様に優雅に飛んでいた〝柳星張(しゅくてき)〟の方が――ずっと遥かに美しかったよと、私は皮肉を零した。

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 自身の呻き声がエコーする中、暗がりに閉ざされた瞳を開くと、瞼の外から来た併存する暗闇と光を前に咄嗟にまた目を瞑る。

 今度はゆっくり少しずつ、段階を踏んで周囲の環境に眼(まなこ)を馴染ませて、弦十郎の意識はようやく、緑がかった非常灯に照らされるこの薄暗い空間が、二課用の避難シェルターの中であり、フィーネとの戦いで負った傷の手当てを受けた身体は、災害用ベッドに横たわっているのだと気がついた。

 その場から起き上がろうとするが、フィーネに胴体を串刺しされてからそれ程時間も経っておらず、案の定痛みが重く響く。腹部に巻かれた純白の包帯には、彼の血が痛々しく滲んでいた。

 

「司令! 安静にしてないと!」

 

 弦十郎が目覚めたことに気がついた〝あったかい飲み物〟を作っていたらしい友里が、彼の下に駆け寄る。

 

「いや、起きる程度は問題ない、応急処置をしてくれたのは緒川か?」

「はい」

 

 応じた緒川も弦十郎の下に歩み寄り、しゃがみ込む。

 

「助かった……何とか咄嗟に急所から外せたが……お前の適切な処置が無ければ危なかったところだ」

「大事は越した様で、何よりです」

「司令、あったかいものでも」

「ああ……忝い」

 

 元より司令に呑ませる為に作っていた、傷に効く作用のある亜鉛やクエン酸などを織り交ぜた清涼飲料水(あったかいもの)を差し出し、受け取った弦十郎は、満身創痍の身体に障りない程度にゆっくり飲み、ふとこの一連の事態に巻き込まれてしまった級友たちと会話の形でケアに勤しむ未来の様子の窺いつつ。

 

「俺が了子君に負けてから、状況はどうなった?」

 

 自分が意識を失っていた間の事態の推移の報告を、部下たちに求めた。

 

「本部はこのシェルター含めた一部機能を除いて、ほぼ完全に櫻井了子――フィーネによって掌握されました」

「やはり……本部そのものが〝天を仰ぐ塔〟だったか……」

「はい」

 

 緒川は、二課本部自体が《カ・ディンギル》であった事実も込みで、ここ直近の激変を積み重ねた事態の推移を簡潔かつ分かり易く要約して弦十郎に報告する。

 まさに……〝最悪の状況〟以外の何ものでもない。

 

「ですが早急に避難対応できたお陰で、二課職員に死傷者は一人も出ず、未来ちゃんの友人も怪我一つ負っていません」

「そうか……俺が悠長に眠っている間、ご苦労だったな………しかし……」

 

 幸いにも、万が一この〝最悪〟が起きてしまった場合の対処が迅速だったお陰で、二課職員と本部に避難してきた民間協力者の未来と級友たち含め無事に、非常シェルターに退避できたこともあおいから伝えられたことで、その点では弦十郎も、ほっと安堵の息をつくことはできた。

 万が一……〝本部が乗っ取られる〟と言うアクシデントを想定して、情報処理のプロの藤尭を筆頭としたオペレーターメンバーの尽力により、機能のバイパスを本部から切り離しておいたお陰で、予備電源込みでシェルターもフィーネのハッキングから逃れて生き延びている。

 

(提言してくれた朱音君には、また感謝せねばな……)

 

〝もし司令が負けた場合、本部がフィーネに乗っ取られる可能性があります〟

 

 ここまで迅速に対応できたのは、朱音がフィーネのアジトへの捜査の際に自ら同行を進言した折、その最悪の事態も言及していたお陰でも、少なからずある。

 しかし、それでも弦十郎たちが置かれている状況が、強い逆風の渦中であることには……変わりない。

 

「カ・ディンギルは言うに及ばず、イチイバルとネフシュタンの紛失、広木防衛大臣の殺害手引き、デュランダルの狂言強奪……僕たちを長年欺き続けた彼女の暗躍は、他にも色々とありそうですね」

「俺達は……ずっと彼女の掌の上で踊らされてきた……わけだな、くっ……」

 

 実際、首謀者(フィーネ)――櫻井了子に関する調査を本格的に進めていけば、叩けど叩けど、むしろ叩けば叩くだけ、疑惑の埃が大量に噴出することだろう。

 傷の痛み以上に、弦十郎の口の中と、胸の内に苦味が広がり……思わず歯ぎしりするくらいの、この手で彼女の蛮行を食い止められなかった悔しさ含めた苦い想いが、傷の痛みとともにぬめぬめと渦巻く中。

 

「そうまでして了子君は………天を仰ぐ塔と聖遺物の数々を以て……何を果たそうとしている?」

 

 まだ未だ〝謎〟のままピース………フィーネの〝真の目的〟を。

 カ・ディンギルですら、その目的を達する為の手段に過ぎないことは弦十郎でも分かっている。

 なら彼女は――そうまでして、何を為そうとしているのか?

 

「その〝目的〟、本人から直接聞き出せそうですよ」

「何……だと?」

 

 改めて脳裏に疑問が過った中、立体モニターを投影したタブレットPCを操作している藤尭から、思わぬ〝朗報〟が齎されてきた。

 

「リディアン敷地内の防犯カメラの一部がまだ生きてましたので、それをこちらと繋げてみたら――」

「私にも見せて貰えますか?」

「もちろん」

 

 藤尭はPCを弦十郎たちに見せようとし、未来も級友のフォローをしている傍ら、避難の折に知った〝櫻井了子が黒幕〟と言う事実と、何より装者である友たちを案じる気持ちらでできた気がかりが胸中に抱えていた為、気になってモニター内の映像を見に来て。

 

「響……朱音……翼さんにクリス……」

 

 モニターに映された装者たちの名を、思わず呟く。

 未来の瞳からでも、彼女らが今まさに〝黒幕〟と対峙しているのだと容易に想像できた。

 

「音声も朱音ちゃんのファインプレーで、彼女の通信機からの電波をキャッチして、暗号通信の形で同調させました」

「了子君に悟られずどうやって?」

「いわゆる〝変身中の隙〟ってやつですよ」

 

 さらに〝モールス信号〟で、こちらは無事であるメッセージを藤尭は送り、内容そのまま送り返された形で、朱音からの既読の返信を受け取った。

 

『それが真の姿か……』

 

 PCのスピーカーから、朱音の声が響く、フィーネに知られぬ様音声は向こうからの片道通行に設定して対策済み。

 彼女の咄嗟の機転と、それを即座に対応できた藤尭のファインプレーによって……首謀者自身の口から語られる〝目的〟が、シェルターにいる弦十郎たちにもリアルタイムで知ることになる中、一同は固唾を呑んでモニターを注視し、耳を傾けた。

 

「〝了子〟……」

 

 

 

 

 

「じゃ……じゃあ了子さんがフィーネなら………〝本当の了子さん〟は?」

 

 未だ了子がフィーネだった事実から叩き付けられたショックを引きずる、装者の中で最も〝櫻井了子〟としての彼女と仲が宜しかった響は、それでも一度地の崩れ落ちた両脚をどうにか立たせ、黄金のネフシュタンを纏うフィーネに問いかける。

 

「この身の本来の主たる〝櫻井了子〟の意識は、とうの昔、私によって〝食い潰された〟と言っても過言ではない――」

 

 フィーネは響の問いを応じながら――。

 

「――かつて平行世界の生体聖遺物も同然な怪獣――《ガメラ》であった、そこの紛い物のシンフォギアの担い手の様にな」

 

 朱音に指を差すと同時に、皮肉な表現もたっぷりにこう付け加えた。

 翼ら三人は驚きでほぼ同時に、フィーネから半ば槍玉に挙げられたも同然な言葉を受けたばかりの朱音に目線を移す。

 三人とも、彼女が前世の記憶を持ち、その前世がパラレルワールドの地球の古代文明に生み出された生態系を守護する怪獣――ガメラであったことは存じている。響と翼は当人の口から直に、クリスもフィーネからの口頭(せつめい)越しにだ。

 

(そう来たか……今ので大体分かった)

 

 対して朱音本人はと言えば、フィーネの皮肉にも戦友から向けられた驚愕の視線にも全く揺さぶれることなく、鋭利な翡翠の瞳を相手に見据えたまま。

 

「その口ぶりからして、お前も超先史文明(ちょうこだいぶんめい)の差し金らしいな………大方自分の子孫たちの肉体にちょっとした切欠で憑依して復活できる因子を遺伝子に埋め込んでいた、ってところか?」

 

 フィーネ自身の言葉から導き出した、彼女の正体の関する確信を――。

 

「何だよ? その〝ちょっとした切欠〟って」

「おそらく十二年前の、翼の歌声で行われた天羽々斬の起動実験」

 

 ――突き出す様に提示し、言い当てる。

 

「何だとッ!?」

 

 かの実験の当事者の中心だった翼は、さらなる驚愕を顔に浮かべ、叔父(げんじゅうろう)によく似た声(はんのう)を露わにした。

 

「その時から既に……櫻井女史は……」

「左様、櫻井了子の意識はその時に死んだと言っても良い、我ら超先史文明の巫女フィーネの秘術――」

 

 まるで、今を生きる人間の心身を乗っ取り、塗りつぶす過去から蘇る亡霊の如き……復活の術、その名は。

 

「――《リインカーネイション》によってな!」

 

 人類史上では《古代メソポタミア文明》の一つに当る《バビロニア文明》と呼称される超先史文明は約二千年以上前の紀元前に滅んだが、その血統は櫻井了子含めた末裔たちによって現代にまで密かに受け継がれていた。子孫たちは、己が肉体に流れる血のルーツを知らず世界中にて無数に散らばっており。

 

「草凪朱音のご推察の通り、我らの子孫に流れるその血、その遺伝子には、アウフヴァッヘン波形と接触した際、フィーネのとしての記憶と能力が再起動する因子が埋め込まれている」

 

 復活のトリガーとなる《アウフヴァッヘン波形》……つまりは聖遺物の深き眠りを覚ますことのできる〝適合者〟の〝歌声〟に他ならない。

 

「十二年前、まだ幼子の頃であった風鳴翼が偶然引き起こした天羽々斬の覚醒は、同時にあの場にいた櫻井了子の内に眠っていた意識(わたし)を目覚めさせたのだ………そしてフィーネとして覚醒したのは――この〝櫻井了子〟ただ一人だけではない」

 

 歴史と言う名の大河に、その名を刻んで来た多くの偉人たち、英雄たち。

 その流れの中、世界中に散らばり、先祖たる超先史文明の巫女の依代の〝器〟となった子孫たちは、パラダイムシフトとも呼ばれる人類史の転換期――《技術的特異点(シンギュラリティ)》が起きた瞬間に、何度も直に目にし、立ち合ってきた。

 多次元宇宙(マルチバース)の一角たるこの次元(せかい)の人類の歴史は、実質フィーネの血を引く者たちの介入、干渉、暗躍を受け続けてきた歴史でもあると断言できよう。

 

「まさか……シンフォギアシステムもその特異点だと言うのか!?」

「その様な〝玩具〟、為政者たちから我が計画に必要なコストを捻り出す為の福受品でしかない」

「〝玩具〟……だと……」

 

 自らが創造したシンフォギアシステムを玩具扱いし、自分以外の他者全てを見下し愚弄するかの如き、血も涙も感じさせないフィーネの物言いと立ち振る舞いに、翼の心は驚愕よりも怒りの感情が上回り、ついに堪忍袋の緒が切れ。

 

「貴様の戯れの為に……奏は……私達の歌を聞き届け、希望を見い出してくれた人々は……命を散らしてきたと言うのかッ!? フィーネッ!」

 

 その怒りの影響で、呼び名も〝櫻井女史〟からフィーネへと変わった。

 憤怒の激情をフィーネへどうしてもぶつけずにはいられないのは、翼だけではなく。

 

「特機部二からアタシを分捕って都合よく利用した挙句、裏でこそこそとアメリカの連中ともつるんで、律唱(このまち)の人達(やつら)を散々巻き込んだのも、そいつが理由だってのか!? ふざけんなッ!」

 

 手段(やりかた)こそ間違えてしまい、図らずも自身が憎んでいた〝争いの火種〟をばら撒いた罪を背負ったことで……簡単には拭えない、消えてくれない〝罪悪感〟をも抱えてしまうことになってしまったが……〝世界から争いを失くしたい〟想いは、心から真の願いであったクリスもまた、怒れる旨をフィーネに叩き付ける。

 

「そう、全てはこの――」

 

 対するフィーネは装者たちからぶつけられる怒りを全く歯牙にもかけず。

 

「――地より屹立し、天にも届く一撃を放つ、荷電粒子砲――《カ・ディンギル》を以て………この暗雲の向こうにそびえし今宵の月を――穿つ為にッ!」

 

 天を仰ぐ塔を見上げ、この巨塔の正体を打ち明け、自らの〝目的〟を、ドスをも利かせた声音より高らかに宣言する。

 

「つ、〝月〟を……」

「〝穿つ〟と言ったのか?」

「それでどうやって、お前がアタシに言った〝バラバラになった世界を一つにする〟って言うんだよ!?」

「っ………」

 

 塔そのものが、巨大な荷電粒子砲である《カ・ディンギル》で、曇天の奥にて今も尚地球の周囲を回り続けている月を穿つ――破壊する巨大兵器。

 この事実を前に翡翠の瞳を見開いた朱音含め、装者全員が、各々の想像を超えていたが為に驚愕の情で、呆気に取られかけた。

 

「もしや……お前だと言うのか? 神々と人々が共生していた最後の時代――《バビロニア》にバベルの塔を作り上げ、〝神の怒り〟を買う末路に至らせたのは……」

「然り……」

 

 だがそれでも思考を働かせて、ここまで明るみになった真実の断片(ピース)の数々から導き出し、言葉にした朱音の推理にフィーネは肯定の意を示し、先程まで常に嘲笑を浮かべていた顔を、一転………しおらせて俯かせると。

 

「私はただ……〝あの御方〟と並び立ちたかった……」

 

 自ら〝月を穿つ〟目的に秘められた源泉を……追想して語り始める。

 

「〝あの御方〟?」

「メソポタミア神話に登場する神々………〝アヌンナキ〟の内の誰かだろうさ……」

「アイツはその神様とやらに仕えてったのか?」

「堂々と自らを〝巫女〟と称したんだ、間違いない……」

 

 巫女――またの名を〝預言者〟。

 神に仕え、神のお言葉を聞くことができ、神自身に代わってその言葉を信仰者の人々に伝える力と、お役目を与えられた者たち。

 フィーネも、その巫女たちの中の一人だった。

 ある時彼女は、自身が仕える神への、お役目の範疇を超えた愛に駆られるが余り、並び立とうと思い立った余り………〝あの御方〟に届くほどの天を仰ぐ塔《カ・ディンギル》――《バベルの塔》を建てようとした。

 

「だがそれはあの御方の逆鱗に触れた……人の身が同じ高みに至ることを許してはくれず……その超常の力で怒りすら表し……」

 

 塔は天より落ちてきた激しい雷光の驟雨によって、破壊され崩れ落ち………。

 

「人類同士が交わす言葉まで砕く程の果てしなき罰――《バラルの呪詛》を人類にお与えになってしまわれ、地球より去って行かれた」

(〝Common Language〟………〝統一言語〟の喪失)

 

 同時に、その時は〝たった一つ〟しか存在していなかった人間の言語(ことば)――《統一言語》は、バラバラに乱され、散らばってしまい、当時の超先史文明人たちはお互いを理解し合い、お互いに想いを伝え合い、……和〟を齎すのに必要だった唯一の〝言葉〟を失ってしまった。

 これがこの次元(せかい)に於ける……旧約聖書の創世記第十一章にも記された〝バベルの塔〟の真相の一端だった。

 

「何故、月が古来より〝不和の象徴〟と言い伝えられてきたか……それは――」

 

 静かに人類から統一言語を失わせる因果を生み出してしまった己が罪を静かに語っていたフィーネは、さらに一転、歯を激しく軋ませ、暗雲が覆う空の遥か彼方にて鎮座する月へと見据え。

 

「月こそが――《バラルの呪詛》の源だからだッ!」

 

 心底、月に宿りし呪いに対する……忌々しい己が心境を剥き出しに。

 

「私が招き、長年人類の相互理解を妨げてきたこの呪いを、月を穿つことで解き……世界を再び、一つへと束ねる! 永遠を生きるこの私に、余人が歩みを止められることなど、できはしない!」

 

 月を破壊してまでも果たそうとする自身の悲願の一部を、声高く宣言した――直後。

 

 

 

 

 

〝Valdura~airluoues~giaea~~♪(我、ガイアの力を纏いて、悪しき魂と戦わん)〟

 

 

 

 

 

《烈火球――プラズマ火球》

 

「朱音ちゃん!」

 

真っ先に聖詠を唱えて変身した朱音の手が携え構えた得物(アームドギア)の銃口から、トリガーが引かれプラズマ火球が発射され、フィーネに着弾して爆発。ネフシュタンを纏う先史文明の巫女の姿は爆炎に覆いかぶされた。

 首謀者の目的を聞き尽した以上、最早聞き手でいる必要はない。

 また……向こうが未曽有の大災厄を起こしていると分かった以上、躊躇する暇(いとま)もない。

 

(防がれた……奴自身が持つ力か?)

 

 手応えを感じなかった朱音は、敵の手数を推察しつつ出方を窺いながらも。

 

「Incoming――Make up your mindッ!(来るぞ――覚悟を決めろ!)」

 

〝~~~♪〟

 

 三人、特に響に発破を掛けると共に、その場から駆け出し、スラスターを点火させて飛翔。

 同時に爆炎のベールを、無傷のフィーネが突き破る。

 正面から相対する両者は相手めがけ肉薄し、ロッドと蛇腹鞭、互いの得物をぶつけ合い、戦端が開かれた。

 

「呆けるな! ここは今や戦場(いくさば)だ、私達も行くぞッ!」

「ああッ!」

「は、はい」

 

〝Balwisyall~nescell~gungnir~tron~~♪(喪失までのカウントダウン)〟

 

〝Imyuteus^amenohabakiri~tron~~♪(羽撃きは鋭く、風切る如く)〟

 

〝Killiter~Ichaival~tron~~♪(銃爪にかけた指で、夢をなぞる)〟

 

 翼の号令を端に、三人も聖詠を唱えて装束(ギア)を纏い、フィーネを止めるべく戦火に飛び込んで行った。

 

つづく。

 



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#58 - 破滅の災厄、抗う絶唱 ◆

久々に一万字越えのボリュームでしたが、久しぶりに筆のノリの良かったので、思った以上に早く最新話投稿できました。

原作ではクリスちゃん一人での絶唱でしたが、こちらでは―――とくとご覧あれ。


「〝月を穿つ〟……」

 

 一同の今の心境を代表する様に、弦十郎は〝櫻井了子〟を遥か昔より乗っ取っていた超先史文明の巫女(ぼうれい)――フィーネが自らの目的を表明した時に用いた〝言葉〟を、オウム返しをした。

 

「私たちが了子さんと会ったのは、あの実験よりもっと後ですが……どうして誰にも違和感を持たれなかったのでしょう?」

「フィーネ自身は〝食い潰した〟と言ってましたが、実際のところは了子さん自身の人格と混ざり合ったのでしょう、だからわざわざ演じるまでもなく、長年胸の内にバラルの呪詛を解く計画を進めながら〝櫻井了子〟として、我々と接することができた」

 

 あおいが疑問を表し、緒川が推測を述べている――フィーネが自ら語ったもう一つの事実………己が血を受け継ぐ子孫から子孫へ、肉体を乗っ取り、輪廻転生を繰り返し続ける巫女の秘術。

《リインカーネイション》。

 櫻井了子はフィーネに、肉体も、人格も、何より人生ごと〝乗っ取られていた〟……先祖である筈の存在から実質〝殺されていた〟と言う残酷な真実に、口こそ出さなかったが、二課の面々の中で響と同じくらいに、少なからず大きなショックを内心受けていた。

 

「司令さん……大丈夫ですか?」

 

 しかし、ある程度は顔に滲み出ていたらしく、それを先に気がついた未来から案ずる視線と言葉を投げかけられ、あおいら部下たちからも同様の心配の眼差しを向けられた。

 

「いやすまない……数千年分も積み上がった〝妄執〟を前に、俺達のたかだか長くて一〇年程度の付き合いでは無力も同然かもしれない」

 

 弦十郎と彼女の付き合いは、フィーネが櫻井了子の内にて覚醒してから二年後、特機二課の司令官に赴任してから、かれこれ一〇年目となる。

 

「それでも、同じ時間を過ごしてきたんだ……その全てが〝嘘〟だったとなどと………俺には到底……」

「司令……」

「〝甘ちゃん〟なのは承知だ………」

 

 獅子の如く精悍な弦十郎の双眸に、陰りが差し込む。

 つい先程に、フィーネから〝甘さ〟を突かれて刺し貫かれた自身の傷に手を触れて、弦十郎は朱音から重々忠告されるまでもなく、負傷の痛み以上に痛いほど自覚している自身の〝気質〟を自嘲しつつも。

 

「そいつで痛い目を見ても尚………どうしても拭えぬ、俺の〝性分〟さ」

 

 共に歩んできた確かな過去(じかん)たちを胸中で思い返しながら、偽らざる自分の〝本音〟を零した中。

 

 ~~~♪

 

 朱音の〝聖詠〟が合図となり、装者たちとフィーネとの間で戦端が開かれる。

 

「藤尭さん、響たちとも通信を繋げられますか?」

「勿論」

 

 未来が通信を要望し、藤尭がそれに応じて向こうの戦況を映すタブレットを操作した直後、その端末が別の通信を傍受した。

 

「繋いでくれ」

「はい」

 

 立体画面に、その通信相手の姿が表示される。

 

『部下ともども無事なようで何よりだ、弦』

「八紘兄貴」

 

 相手は内閣情報調査室の長にして弦十郎の実兄にして。

 

「兄貴って………緒川さん、もしかしてこの方は」

「はい、風鳴八紘(やつひろ)内閣情報官、翼さんの父君でもあります」

 

 緒川が未来に説明した通り、翼の〝父〟でもある風鳴八紘その人であった。

 

「面目ない………俺達だけで事態を収集することはできなかった」

『悔やむのは終息させた後でもできる、今は――〝今〟できる努めを果たす時だ』

「ああ、そうだな」

 

 兄からのエールに、微笑んで返した弦十郎の双眸に意志(ひかり)が灯し始めていた。

 そう――まだ何も、終わってはいないのだから。

 

 

 

 

 

 先に聖詠を奏でて変身し、フィーネと戦闘開始した朱音から少し遅れる形で、響たちもそれぞれのギアを目覚めさせる歌詞を唱えて鎧(アーマー)を着装した直後。

 

『響! 聞こえる?』

「未来!?」

 

 ガングニールのヘッドセット内から、未来の声が響の耳へと伝わり、彼女は親友の名を思わず呟いた。

 

『ごめんね……連絡が遅れて、私も安藤さんたちも司令さんたち二課の人達も無事に避難してる』

 

 藤尭の助力を借りて通信を繋いだ未来は、自分たちは無事に〝生きている〟と伝えられた響は。

 

「良かった……本当に……良かった」

 

 櫻井了子――フィーネから自らの正体を、目的を、そして数千年分ものの〝妄執〟を聞かされている間さえ、胸の内に渦巻いていた親友たちの命の安否の懸念が払拭され、安堵の息を零し。

 

『私たちは大丈夫だから、響は、響が今できることに集中して』

「うん!」

 

 と、未来相手には力強く応じこそしたが、内心はまだ櫻井了子(りょうこさん)と戦うことへの逡巡が残っている。

 また……二課の人達に比べれば少ないものだが、弦十郎同様に〝過ごした時間〟の全てが嘘だったと思いたくない想いも。

 けれど響なりに、いつまでもその気持ちに引っ張られてもいられないと、自分に言い聞かせていた。

 事実彼女は、自分たちが送る〝何でもない日常〟を壊し、争いの元凶を経つと言いながらその〝争い〟を起こし………たくさんの人々を犠牲にして、傷つけてきた。

 そして今、自分たちが戦わなければ………もっと多くの人達が犠牲になる。

 朱音や翼の言う通り、ここは〝戦場〟であり……〝覚悟を決め〟なければならない………響は躊躇う己が気を奮い立たせた。

 

 

 

 

 

 

『すみません翼さん……本当はもっと早くこちらの状況を伝えたかったのですが……』

「いえ、緒川さんが謝る必要はありません」

 

 一方翼も、通信機越しに緒川から――フィーネがネフシュタンの鎧を纏っている最中にて、朱音がシェルターに隠れ潜む二課と連絡し合っていた件も含めた、カ・ディンギルが地上に出現するまでの経緯を聞かされており。

 

「フィーネの真意を洗いざらい炙り出す為に、〝敵を欺くにはまず味方から〟の策を取ったのだと、緒川さんの説明で把握できましたから」

 

 敢えて暫く朱音以外の装者とコンタクトを取らなかった理由も承知していると、緒川に返答を送った。

 

「後は私たちで奴の蛮行を止めてみせます、敵が櫻井了子な以上、カ・ディンギルの制御をハッキングで奪取するのは困難な筈です」

 

 翼の推測通り、櫻井了子(フィーネ)が自ら設計し、弦十郎の言葉を借りれば〝庭〟も同然な元二課本部(カ・ディンギル)………事実彼女からのクラッキングを受けた際、完全に掌握されるまでの時間を少し引き伸ばすだけで精一杯であり、ソフトウェア面からかの荷電粒子砲たる巨塔の操作権を奪い取るのは、ほとんど不可能と言えた。

 

「では――聞いたな二人とも」

「はい」

「まあな」

 

 月の破壊を阻止する為の最も近道かつ最短距離な手段(ほうほう)は、カ・ディンギル本体かフィーネ、そのどちらかを――打破するしかない。

〝現状〟………それを為し得られる戦力は、シンフォギア装者たちだけだ。

 

「これで後顧の憂いはない―――いざ、推して参るぞッ!」

 

 翼の号令を皮切りに、三人もフィーネの野望を何としても食い止めるべく、戦場へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

〝意識を変えろ~~今ここは戦火の渦~~♪〟

 

 曇天の下、朱音の凛と澄んで力強い歌声による超古代文明語の詩が響く宙では、飛行できる彼女とネフシュタンを纏うフィーネが何度も交差して、互いの得物――ロッドと蛇腹鞭の衝突音を掻き鳴らしていた。

 

《プラズマブレット――烈火弾》

 

 何度目かのすれ違い様、振り向くと同時にアームドギアを拳銃形態に変え、両手で構えて、プラズマエネルギーを実体弾に押し固めた弾丸を発砲するも。

 

《ASGARD》

 

「その程度の指鉄砲で、この障壁を破られると思うな!」

 

 嘲笑うフィーネがその手を〝まっすぐ翳して〟生成したマゼンダ色のエネルギーバリアが弾丸を受け止め、着弾した弾は爆発するもフィーネには一切のダメージを通さなかった。

 

(やはりヤツ個人の能力か……)

 

 しかし、前世(ガメラ)の分も含めれば装者の中で最も修羅場を潜った経験を多く有する朱音は、その程度で悲観しておらず。

 

(わざわざバリアで凌いだと言うことは、ネフシュタンと融合した肉体にも私の炎は厄介なわけだな)

 

 むしろ、ポーカーフェイスで歌い続けて、発砲し続けながら敵の能力を冷静に推し測っていた。自分の攻撃をあのバリアで受ける際、フィーネがその場で〝足止め〟しなければならないことも、今の攻撃で見抜く。

 

(今だ!)

 

 朱音は上空へ、一瞬ながらアイコンタクトを送った。

 

〝~~~♪〟

 

 刹那、響の歌声の音量が大きくなってきたと思うと。

 

「ハッ!」

 

 フィーネが真上を見上げると、アンカージャッキで降下速度を上げて垂直に彼女めがけ正拳を突き出す響の姿。

 二人が空中戦をしている間、響は翼とともに跳躍。

 

「立花、乗れ!」

「はい!」

 

 大剣(アームドギア)の側面を踏み台にさらに飛び上がり、フィーネの頭上を捉えた上で攻撃を仕掛けてきたのだ。

 咄嗟に《ASGARD》を張って響からのパンチの直撃は免れるも、予め引き絞られていた腕部のハンマーパーツの炸裂により繰り出された膨大なエネルギー波を、滞空した状態では耐えきれないとフィーネは判断し、拳とバリアが衝突した瞬間地上へと急降下して、その身に受ける衝撃を最小限に抑える。

 彼女が地面に着地した瞬間。

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 待ってたとばかり、クリスの腰部ユニットから展開されたポッドから大量の小型ミサイルが。

 

《烈火球・嚮導――ホーミングプラズマ》

 

 朱音の周囲に生成された、複数の火球(ホーミングプラズマ)が。

 

《千ノ落涙》

 

《蒼ノ一閃》

 

 さらに翼のエネルギーの諸刃の驟雨と、大剣から迸る三日月状のエネルギー斬波が――同時に放たれフィーネに迫り行く。

 

「数にものを言わせたところでッ!」

 

 対するフィーネは、ネフシュタンの蛇腹鞭の数を増量。

 鞭たちはそれぞれ自我を持つが如く独自に動き、クリスのミサイル郡を薙ぎ払って宙に花火を上げ。

 朱音の《ホーミングプラズマ》も、翼の《千ノ落涙》ごと、彼女(ガメラ)の〝宿敵〟の如く弾き飛ばし、火球は周辺の大地に墜落して炎上、諸刃も砕け散って消失。

 《蒼ノ一閃》さえ、鞭の横薙ぎの一撃(いっせん)で真っ二つに切り裂かれ、霧散した。

 だが――これで対峙する装者たちのフィーネの間に巨大で黒く蠢く煙幕(ベール)ができ。

 

「ハァァァァーーー!!」

 

 それを隠れ蓑に翼は刀を手に、一気にフィーネとの距離を詰め、黒いベールを祓うと同時に、果敢に切りかかる。

 横薙ぎの一太刀目、右切り上げの二太刀目はフィーネの鞭とぶつかり合ったが、上段からの唐竹な三太刀目は蛇腹鞭は翼のアームドギアの刀身を蛇の如く絡みつき、そのままフィーネは翼の得物を手元から強引に掠め取り、刀は高く宙に舞う。

 続けざまに繰り出された鞭の攻撃を、翼はバック転で回避して一旦距離を取りつつ、両手で逆立ち。

 

《逆羅刹》

 

 今度は高速回転する両足の刃(ブレード)で攻め立て。

 

「ダアァァァァーーー!」

 

 まだ宙の残る煙幕から響も飛び出し、己が肉体からの打撃を繰り出してきた。

 二人の同時攻撃に対し、フィーネは後退しながら翼の攻撃には鞭をプロペラよろしく回転させ、今の自身と同じく〝融合症例〟な響の強力な猛攻には《ASGARD》で凌ぐ。

 ところが二人は突然、攻撃を止めて後退した。

 装者たちの意図を推し量ろうとしたところで、身体に拘束力を感じ取るフィーネ。

 

「まさか……」

 

 と――背後に振り返れば、曇天の下の地上でもできたフィーネの影に、先程弾き飛ばした翼のアームドギアが突き刺さっていた。

 忍の末裔の一端たる緒川譲りの拘束忍術――《影縫い》。

 ダメ押しに《千ノ落涙》による《影縫い》の枷の重ね打ちに、ネフシュタンを纏うフィーネの肉体は、蛇腹鞭ごとまともに動かすことができなくなる。

 

「我は戦士~~〝災い〟を焼き払う炎~~♪」

『本命はこっちだぞッ!』

 

 《影縫い》に気を取られているフィーネに、朱音のアーマーの胸部(まがたま)から――〝エコーがかかった声〟――が、彼女の歌声が轟く中にて響いた矢先。

 

《超烈火球――ハイプラズマ》

 

 空中にて滞空し、ライフルモードのアームドギアを構える朱音がトリガーに指を掛けて引き絞り、出力向上の為の酸素も注入されたプラズマエネルギーのチャージを終えた砲口から、フィーネの肢体を容易に丸ごと呑み込む絶大な火球(ハイプラズマ)が。

 

「火球(ファイアボール)とセットで――持ってけダブルだッ!」

 

《MEGA DETH FUGA》

 

「ロックオンアクティブッ!」

 

 クリスの肩から背中に掛けて形成された彼女の背丈を越す大きさのアタッチメントに担がれた大型ミサイル二基が、同時発射。

 巨大火球一発と一対の大型ミサイルは、影縫いの拘束を解こうもがくフィーネへ、見事直撃し、プラズマと重火器の化学変化による大爆発の焔が地上から騒然たる爆音とともに舞い上がった。

 

 

 

 

 

「まだ気を抜くな」

 

 爆発を眺める私は、油断は禁物と仲間たちに忠告する。

〝やった〟などと、自分の戦術眼は楽観視を一切していない。フィーネと細胞レベルで生体融合しているネフシュタンの鎧は、今の私とクリスの大技が与えたダメージすら奴の肉体を再生させてしまうだろう。

 だが五体満足に戻るまでは……相応の時間が掛かる筈。

 

「奴が再生中の今の内に、カ・ディンギルを叩くぞ」

「相分かった」

「ああ、根本からぶっ潰してやる」

 

 その間に――荷電粒子砲(カ・ディンギル)の破壊を優先する。この先史文明の亡霊が蘇らせた巨塔(バベルタワー)から先に息の音を止めておけば、この塔によって破壊された月が齎す大厄災を防ぐことはできるからだ。

 塔を破壊すべく、私たちはギアの出力を上げようとした最中……大地に接地した足が振動(いわかん)を……〝殺気〟とともに感知する。

 

「みんな地面から離れろ! 下から来るぞッ! クリス掴まれ!」

「あ、ああ!」

 

 指示を出しながら咄嗟に私は単独での飛行手段を持たないクリスの腕を掴んで飛翔し、翼と響も、それぞれのギアが備える推進器で高く飛び上がって後退。

 直後、私たちが立っていた大地にて閃光が迸って大きな亀裂が走り、裂け目からマゼンダカラーの蛇腹(しょくしゅ)が幾つも飛び出してきた。

 後一歩遅かったら………あの触手どもに串刺しにされるか真っ二つにされるか、どっちにしてもただでは済まなかった………鞭どものリーチのギリギリ外な辺りで私たち地に降り直し。

 

「………」

 

 目にした光景を前に、私たちは瞳を大きく開いて絶句する。響など思わず手を口に付けていた。

 炎の中から現れたフィーネの肉体は、まだ完全に再生し切っていなかった………具体的に表現することすら憚れるくらい、常人ならばとうに即死している致命傷を負っていると言うのに、立ち上がり………嘲笑を私たちに向けている。

 

「お前たち程度ではままならない……」

 

 あの不気味な光景を前に言葉を失っている間に。

 

「完全聖遺物と同化を果たした〝新霊長〟たる、この私の前ではな!」

「新霊長……だと?」

「そんな世迷言! 人の在り方まで失ったかッ!?」

 

 フィーネは再生し終え、自らをそう表し、私の口は鸚鵡返しを零し、翼の口からも戦慄から来る叫び声を上げた。

 未だ震撼の尾を引く私たちをよそに、フィーネはその場から浮き上がり、全ての蛇腹鞭の先に黒ずむエネルギーを集束し始める。

 

《NIRVANA GEDON》

 

 以前クリスも使い、三発一度に発射しただけで彼女の息を荒らす程の疲労を齎した〝重力波〟をそれ以上の数で生成していながら、全く苦にしていない涼しい顔で、漆黒の球体を放とうとしていた。

 

「お前らはアタシらの後ろにいろ!」

「私たちで何とか防ぎきる!」

 

 私はシェルシールドを実体化させ、クリスは握り拳の両腕をクロスさせると腰部のアーマーから金色のリフレクターを展開し、同色でひし形状の粒子が私たちの周辺に漂い始める。この光粒子(クリスタル)たちが、イチイバルの――クリスの〝盾〟ってわけか。

 ついに重力波の球体たちが、鞭の先端から同時に打ち放たれる。

 

「リフレクタァァァァーーー!」

 

 自分のシェルシールドから編み出したプラズマフィールドと、クリスのリフレクターフィールド。私たちはお互いのドーム状の〝盾〟を重ね合わせた瞬間、重力波たちとフィールドが激突。

 

「うっ……」

「くそっ……たれ」

 

 重力を用いた攻撃だけあり、球体そのものの重い衝撃だけでなく、全身に伸し掛かる圧力が強くなる苦痛で、私たちの口から呻き声が漏れ出す。

 おまけに周辺の大地の重力のバランスも崩れ、普段ならなんてことのない〝ただ立つ〟ことさえ、困難を極める状態に陥る。

 

〝~~~~♪〟

 

 だが私たちもこの重力の荒波に屈する気はさらさらない………必死に全身で大地を踏みしめ、歌い続けてギアの出力も盾の強度も維持し続けて、どうにかフィーネの攻撃をしのぎ切った………が。

 

「よく耐えきったな、だが代償は高くついたぞ」

「Jesus(ちきしょう)」

 

 スラングを声に出してしまった……それぐらい最悪の事態。

 砲台(カ・ディンギル)全体が輝きをし始めた………塔の先端の砲塔より荷電粒子砲を月へめがけ放つ為の、デュランダルを動力源としたエネルギーチャージがついに始まってしまった。

 一刻も早く発射を止めなければ、災厄の光が解き放たれてしまう。

 

「やらせんッ!」

 

《蒼ノ一閃》

 

 砲台を破壊すべく翼が大剣からエネルギーの刃を振り飛ばすも。

 

《ASGARD》

 

 六角形(ヘキサゴン)状に形成されたフィーネのバリアによって、呆気なく阻まれる。

 あのバリアさえ対処できれば、カ・ディンギルの破壊自体はそう難しくないと言うのに。

 

「だったらァァァァ――」

 

《MEGA DETH FUGA》

 

 今度はクリスが、先程私の火球と同時に放った大型ミサイル二基の内の一基目を、フィーネめがけ再び発射した。

 けど荷電粒子砲の光線発射は、時間の問題………だとすると、月の〝完全破壊〟を阻止する手段は一つ。

 きっとクリスも、同じ方法を脳裏に有して実行しようと考えている筈。

 

「二課臨時本部、こちら朱音」

 

 ならば――私は、いや私たちは、一つの〝決断〟を下そうとしていた。

 

 

 

 

 

 フィーネは重力操作で飛び上がり、その大きさからは想像もつかぬ機動性と性格な追尾性で自身を撃ち落とそうとする大型ミサイルとチェイスを繰り広げ、フィーネも当たらぬまいと回避と退避に追われる中。

 

「スナイプデストロイッ!」

 

 クリスのこの一声を合図に、ミサイルが突然矛先をカ・ディンギルへと急速軌道修正した。元より砲台が狙いであり、フィーネはフェイントだったのだ。

 

「させるかァッ!」

 

 対するフィーネも直撃を許す気は毛頭なく、直撃寸前のミサイルの胴体を蛇腹鞭で一刀両断し、砲台本体には爆風に晒される程度に終わる。

 

「もう一発は!?」

 

 一発目を切り落としたフィーネは、二基目のミサイルがどこから来るか見渡す。

 

(二人だと?)

 

 しかしいくら見渡してみても、ミサイルの姿を捉えられないばかりか、地上にいる装者が響と翼の二人しかいないことに気づいた。

 二人の瞳は、上空を見上げている。

 

「上かッ!」

 

 視線の先を辿って、フィーネも空に目線を移すと。

 片やスラスターを吹かして飛行する朱音と、もう一基のミサイルに手でしがみ付くクリス、猛スピードで空中を上昇する二人が雲海を押し通して行くのを目にした。

 ここまで距離を離されては、ネフシュタンでも二人に追いつくことは適わない。

 

「朱音ちゃん! クリスちゃん!」

「何をする気だ……ッ! よもや……」

 

 同じく雲の向こうへと飛翔していった朱音たちを見上げる翼の胸の内に、二人が行おうとしている〝手段〟の予感が過る。

 その予感は、まさしく当たっていた。

 

 

 

 

 

 

 空と地上の間に流れる厚く黒ずんだ灰色の雲の中に入る直前。

 

〝この暗黒を飛び越えろ~~今を未来に繋ぐ光(みちすじ)は~~その先にしかない~♪〟

 

 私はギアと潜在意識(むねのうた)が即興(アドリブ)の共同作業で作詞作曲した超古代文明語詞の歌を歌唱しながら、ジェット回転するシェルシールドを脳波コントロールで自分とロケット代わりのミサイルにしがみ付くクリスの前方に据え、エネルギーフィールドを貼った。

 前世含めた私(ガメラ)の飛行能力は、メインの推進力こそジェット噴射だが、反陽子を用いた浮遊機能をも用いている。これで身長八〇メートルの巨体でも安定して飛べる上に、既存の航空機や飛行できる地球上内の生物の範疇を超えた三次元高機動飛行を可能にしていた(ギアとしてのガメラは、上腕部に巻かれている腕輪に付いた黄色の球体より浮遊力を発する仕組みとなっている)。

 シェルシールドにもこの反陽子浮遊システムを備えており、それを応用したフィールドでクリスに掛かるGの負担は大分軽減された為。

 

「どうやら考えていることは一緒だったみてえだな」

『まあね』

 

 余裕ができたクリスの質問に、フォニックゲインのチャージも兼ねた歌唱で取り込み中な口に代わり、伴奏を流す胸の勾玉(マイク)からの電子音声で応じた。

 正規のシンフォギア同様に、私の〝ガメラ〟も歌い続けていないとその性能を維持することはできない。

 前から、装者、特機の二課と一課、自衛官の方々らを一括りにして〝戦友〟たちと歌いながら口頭で会話できないかと思案して思いついたのがこの方法、これでギアの出力(スペック)を落とさず戦闘中でもやり取りができるし、急な不意打ちにも対処し易くなる。

 

『使える最善(カード)は、使う時に使わなければ手札に控えておく意味がない、特に世界の存亡がかかっているとなれば』

「そいつは……そうだな、後さ……」

『皆まで言うなさ、クリスが言いたいことは分かってる』

 

 時間がないので、こちらからクリスが訊ねたいことを。

 

『私は前にお前に送った言葉を、覆すつもりはない』

 

〝その命、無用に捨て鉢にしてくれるなよ〟

 

 以前クリスに伝えた〝言葉〟を、自らの胸にも改めて言い聞かせて刻みつけ。

 

『自分の命も、他の命も、最後まで〝生きること〟を諦めたくないから――命を掛けているんだ』

「お前……」

 

 雲の大海を通り抜け、段々近づいている月を真っ直ぐ見据えて、私は装者として、守護者(ガメラ)として、何より人としての〝信念〟の一端をクリスに伝えた。

 

「正直アタシは、お前みたいにそんな大それたことを堂々と口にして貫き続けようとする度胸も根性も……まだ全然持ってねえ」

『そんな御大層なものでもないよ、諦めが悪くて欲張りで、泥臭い〝信念(しろもの)〟さ』

 

 でも私はその〝信念〟を美麗に装飾したくはない自嘲の想いも、打ち明ける。

 前に翼に言った通り……結局のところ私の〝エゴ〟でしかない。

 私が背負っている〝罪〟の数々を踏まえれば………そしてフィーネが自ら私たちに晒し尽した〝悲願〟の為に犯してきた所業の数々を思えば、尚のことだ。

 

「そんでもアタシからしたら、隣の芝生は青いってか、眩しいんだよ……でも」

『クリス?』

 

 クリスは一度、自分の顔に憂いを表して俯かせる、その横顔を私は見つめる。

 

「お前に言われた通り……お安く〝捨て鉢〟にするつもりもねえよ……パパとママが授けてくれたアタシのも、他の多くの……誰かのも!」

 

 クリスは、俯いた顔を月へと向き直して応えた。

 彼女の確かな決意の〝音色〟を目にし、頷いた私も再び月面を見据える。瞳が捉える視界は、青空から無数の星々の光が明瞭に見える世界(うみ)へと変わった。

 成層圏をも飛び越え、大気圏――地球と宇宙の境界線の間近な場所(ちてん)で、私たちは留まった。

 シンフォギアには正規のものと我が模造品も込みで、宇宙服の機能も有しており、空気が極端に薄い大気圏どころか、ある程度は宇宙空間内での活動も可能だ。

 

「ここで良いのか?」

「二課の情報処理のプロの計算は正確だ」

 

 藤尭さんの指定した地点に到着した私達は、塔の先端を中心に〝災厄の光〟を内に溜め込んでいる、偽りの天を仰ぐ塔にして、破滅を齎す巨塔――《カ・ディンギル》と対峙し。

 

「よし、それじゃ――行こう!」

「ああ、アタシの――アタシたちの――」

 

 これから私たちが歌う〝歌の名〟を――。

 

「「絶唱ッ!」」

 

 ――甲高く、言い切った。

 

 

 

 

 

 

 天と地の境界(はざま)にて――。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~~Emustolronzen fine el baral zizzl~~♪〟

 

 朱音とクリスは、お互いこれが初めての〝二重奏(デュエット)〟とは信じ難いほど相手と息を合わせ、自分たちの歌声を重ね合わせて。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~~♪〟

 

 静謐にして厳かに……嫋やかに……されど気丈で確固たる意志の籠った己が歌声で以て、広大な世界そのものへと聞かせるが如く、無伴奏の声楽を唱えゆく。

 武器であり、兵器であり、担い手の心を形にする、シンフォギアシステムの禁忌にして切札たる〝決戦機能〟の一つ――絶唱の〝詩〟を。

 

〝Emustolronzen fine el~baral~ zizzl~~……♪〟

 

 最後の一節を唱え終えた瞬間、二人の全身からマゼンダ色の膨大なエネルギーが発せられた。

 クリスのものは、再び放出した粒子(リフレクター)と同形の菱形(クリスタル)が四葉、もしくは蝶の羽根の様に並んだ形に。

 朱音のものは、自身の誕生月――神無月の花であるガーベラの花の姿に似た姿に。

 それぞれが重ね合わさって彼女らを包み込み、いずれも二人を中心軸にして、半径約二〇メートル以上もあるフォニックゲインの集合体な、一種の〝揺り篭〟となる。

 そのの中で、クリスの無数のリフレクターがくまなく散らばり、エネルギーたちがクリスタルからクリスタルへと絶えず反射して飛び交う中。

 

 クリスの両手にそれぞれ握りしめられた拳銃状のアームドギアが合体、巨大化し、砲身だけでも一〇メートルものの長さを誇る一つのキャノン砲となり、胸部の前で砲身を向け。

 

 朱音の右手の噴射口から発する炎で象られた主武装(アームドギア)であるライフルも、変形、クリスのものに匹敵するほど伸長して巨大化し、紅緋色の円筒状の砲身を携える、武骨さと流麗さが同居した形態たるランチャー砲となって、腰だめに構えた。

 

 絶唱の恩恵で大型化した二人の巨砲(アームドギア)の砲口が光を発し出し、リフレクター間を飛び続けるエネルギーの移動速度が速まって……集束率が高まっていく。

 狙う先は無論、稲妻すらも発して先端の円形の明度がさらに増し、不気味な轟音(うめきごえ)を高まらせていく――荷電粒子砲(カ・ディンギル)。

 巨塔と相対する二人のアームドギアの出力も、チャージの音量共々急速急激に上昇していき、砲口の輝きの眩しさが激しくなっていき。

 

 朱音とクリスがトリガーを引いて、各々の巨砲から光線と熱線を解き放つのと、巨塔から地上が一瞬ホワイトアウトさせるまでのバースト現象を引き起こして周辺の雲海をも払う勢いで〝災厄の光〟が解き放たれたのは――ほぼ同時だった。

 

 二人の熱線と光線が、DNAの螺旋状に集束して回転する一つの光束となって、カ・ディンギルの破滅を誘う災厄(かがやき)の筋と、衝突。

 双方の光線は拮抗するどころか、一時は装者たちの一点集束された光束が押し返すほどだった。

 しかしカ・ディンギルには……実質〝永久機関〟と言い切れる動力源のデュランダルからの絶え間ないエネルギー供給の絶大な恩恵(バックアップ)を受けており。

 対する朱音とクリス、ガメラとイチイバルには、絶唱の代償(バックファイア)が無慈悲に襲い掛かって来た。

 砲身にも、全身の装束(アーマー)にも痛ましい亀裂が、ひび割れる音と同時に次々と走り。

 歯を食いしばって必死に踏ん張る二人の口の端から血が滴り、瞼からも血涙が流れ出しており、見た目からの想像以上に、彼女たちの肉体も全身から軋みを上げていた。

 それでも尚、災厄の光を押し留めていたが……やがて荷電粒子砲の勢いの方が勝り始めて、二人の絶唱の二重奏による合体光線はじわじわ押されて行き。

 

 やがて完全に形勢は逆転され………朱音とクリスの光束は押し負け雲散霧消し、

二人は月を穿とうとする邪悪な〝破滅(ひかり)〟に―――呑み込まれた。

 

 

つづく。

 



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#59 - 破壊衝動 ◆

2020年一発目は何とは早々に本編出せました。
朱音とクリスちゃんの《ツイン月光絶唱サテライトバスターキャノン》で、原作よりは被害抑えられましたが、月にとってはとんだ迷惑だよね………シェムハ復活で人類滅亡エンド抜きにしてもフィーネのバラルごと月破壊計画。
本当は翼がカディンギル壊すまで行きたかったのですが……響の暴走を目の当たりにした翼さんが何を思ったのか掘り下げようとしたら案の定一万字越えちゃった(汗、過去は変えられない、でも未来は変えられる――だからこそその前に向き合わないと。
字数にしても読者の読む時間を考慮して一話につき一万字前後とルール決めてるもんだから……やっぱ長すぎると面白くてもダレるしスマホで読んでたら目疲れちゃう筈なので。特に私なんて地の文の分量書き過ぎちゃうから(苦笑


 朱音とクリスの二人が、カ・ディンギルから放たれる〝災厄の光〟から、狙われた月と、何より地球(せかい)を守るべく、同時に空へと駆け出した直後。

 

 

 

 

 

「朱音ちゃん! クリスちゃん!」

「何をする気だ?―――ッ! よもや……」

 

 カ・ディンギルの全身の輝きが増していく中、黒味の濃く稲妻が繰り返し迸る暗雲の奥へ朱音と雪音が消えた直後。

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~~Emustolronzen fine el baral zizzl~~♪〟

 

 騒々しい雷鳴と濛々たる重厚な雲々が隔たてても尚、地上にまで届き、響き広がるほどの………私の耳からはほぼ寸分違わず折り重なった、朱音と雪音の二重奏(デュエット)による、美しくも……儚く奏でられるシンフォギアシステムの切札(もろは)の剣……〝絶唱〟の詩と旋律。

 莫大なエネルギーの余波は雲をすり抜け地上にまで届き、視界一面が紅紫(ぜっしょう)の色相で染め上がる。

 

〝いけない奏ッ! 歌ってはダメぇぇぇぇぇーーーーーーー!〟

 

 二年前の奏が命を燃やし尽くすまで歌ったあの時の記憶と、以前己が自殺行為を止める為に私が受ける筈だった〝痛み〟を引き受けて朱音が深手を負った時の記憶が、同時にフラッシュバックする。

 戦場(いくさば)の渦中ゆえ、その記憶らに宿る〝味〟をまともに感じ取る暇もなく、せいぜい口を噛みしめる力が強まる程度しか許してくれぬ状況下にて………同時に防人としての己の脳裏(しこう)に過った〝予感〟は当たっていたのだと、天から降り注ぐ重奏と紅紫の輝きは、私に突きつけてくる。

 二人は重ね合わせた絶唱(うたごえ)の膨大なエネルギーで以て、今まさに月を穿つべく放たれようとしている荷電粒子砲(カ・ディンギル)の砲撃と押し合う気なのだ………と。

 

〝Emustolronzen fine el~baral~ zizzl~~……♪〟

 

 締めの詩を歌い終え、空から響く二人の歌声が、紅紫色な絶唱の余波ごと止んでから………どれくらい経っただろうか?

 実態の刻み進んだ時を計る間もなく、一層輝いたかと思うと、周囲の暗雲を容易く払いのけて、地上すらも白色一色へ一瞬で塗りつぶすほどの閃光とともに、カ・ディンギルの砲口(いただき)から―――月を穿つ光の奔流が解き放たれた。

 程なく、円形状に広がった天空から、閃光が再び迸る。

 塔から放たれる光線の先を目で追えば、相対する形で螺旋状なもう一つの光線が、カ・ディンギルの光(もの)とぶつかり合っており。

 さらに奥へと視線を上げれば、朱音と雪音、絶唱で大型化した巨砲(アームドギア)から発射したそれぞれの光線と熱線を一つに束ね。

 

「一点集束……押し留めっ――返しているだとッ!?」

 

 同じくその模様を見上げていたフィーネの言葉が驚愕により中途で途切れて言い替えられる。

 何せ、二人の合体光線はカ・ディンギルの光束を押し留める拮抗状態などころか………押し返すほどの善戦振りを、地上にいる私たちに見せつけていたからだ。

 今二人が必死に最悪の災いを齎せし〝凶光(きょうこう)〟を押し留め、フィーネがその事実に注目している間に本体を破壊すべきか? と思考(かんがえ)が過ったが。

 いかん、その手は使えぬと………即座に、脳裏に浮かんだ方法は〝危険すぎる〟と断念した。

 具体的な数値までは分からずとも、今眼前の巨塔からは、月を一撃で粉々に破砕できるほどの莫大なエネルギーがデュランダルから放出されており、塔自体が砲身であり………制御装置に等しい。

 今下手に塔(カ・ディンギル)本体に攻撃を加えれば、月へ一直線に進むそのエネルギーが制御下と言う枷から解放されると同時に暴発して………この地球(ちじょう)から大災厄を招きかねない。

 だが、このまま手を拱いていては………空を今一度見上げれば、もう直ぐ迫る〝現実〟が、私達に突きつける。

 一度はカ・ディンギルの光を押し返していた朱音たちの合体光線は、じわじわと着実に、月が浮かぶ方角へと、押し戻されていた。

 絶唱が齎す膨大な力は、されど一時的なもの……言うなれば〝自分も他者も、全てを破壊し尽くす――滅びの歌〟。

 二人のシンフォギア――ガメラとイチイバル、そして彼女たちの己が肉体自身には、その歌を奏でた〝代償(バックファイア)〟が……この瞬間にも容赦なく牙を向き、襲いかかって朱音たちを蝕んでいる。

 対してカ・ディンギルには………〝不滅の剣〟と言う伝承に偽りない、量も質もともども強大なエネルギーを半永久的に生み出し続けることのできるデュランダルからの恩恵を受けている。

 そんな両者が、エネルギーをぶつけ合い………長期戦に至った場合、どちらに軍配が上がってしまうか、日を見るに明らかであり。

 

「あっ……」

 

 私たちが、遥か彼方の天空で奮戦している戦友たちに何の助けもしてやれず、手をこまねいている間を冷笑するかの様に………絶唱のバックファイアから受けたダメージで拮抗状態を維持できなくなった朱音たちを巻き添えに呑み込んで………災厄の光が、月に届いてしまった。

 しかし………朱音たちの必死の奮闘は、決して無駄骨には終わらず。

 

「仕損ねたと言うのかッ!?」

 

 フィーネの愕然とした叫び。

 一発で確実に月を穿てるほど、出力だけでなく、狙いも正確に照準を定めていたであろうカ・ディンギルの光の筋は、直撃コースから大きく逸れ、月の側面を掠め通り抜けた。

 それでも月には、齧られた林檎の如く抉れた深手を負われたが………フィーネにとっては最高の、対して私たちにとっては最悪の事態は、どうにか免れた。

 

 確かに……免れたに違いないが………雪音と、そして朱音………二人はどこに行ったんだ!?

 

 彼女らの安否を訊こうと通信を、叔父様(しれい)たちのいる二課避難シェルターに繋ぐと、状況を正確に把握しようと慌ただしく折り重なった職員たち声が響き合っていて………なのに私の聴覚は。

 

〝ガメラ、及びイチイバルの反応………消失(ロスト)〟

 

 藤尭さんが下した宣告(じじつ)を、はっきりと聞き捉えてしまった。

 MIA……即ち、朱音達は消息を絶って〝生死不明〟となってしまった事実に。

 

「そん……な……」

 

 立花も、同様だったらしく………先程まで戦場(いくさば)の渦中にて毅然と立っていた脚が、糸の切れた指人形の様に崩れ落ち、膝と尻餅が荒れた大地の砂利を掻き鳴らした。

 程なく、水玉が大地に何滴も落ちる音とともに………嗚咽混じりの、貰い泣きしてしまいそうな悲嘆さに満ちた立花の涙が、ぽろぽろとたくさん……前髪に隠れた瞼から落ちていた。

 私の心(なか)の……〝泣き虫で弱虫〟な自分が、立花と同様の心境に陥りそうになるところを、防人としての自分が〝ここは戦場〟であることを忘れるなと発破を掛けて宥め。

 

〝そんな筈がない………二人がそう易々と死に絶える筈がないッ!〟

 

 その狭間にいる〝自分〟は、そう主張していた。

 だって、仮にも雪音はあのバルベルデの紛争地帯の地獄を生き延びた。

 朱音とて、己と私、二人分の絶唱のバックファイアを受けて深手を負いながらも生還した。

 かの二人は………まだこの世を去ってなどいない、生きている………まだ生きている筈だと、私の心の一部が〝希望〟を捨てまいと抗って叫んでいる最中。

 

「――――ッ!」

 

 全身に、不快感の鳥肌を上げさせてくる、下賎極まるフィーネの嘲笑が地上に鳴り響き渡る。胸中に拭えぬ不愉快さを覚えて、ふとフィーネの方に目を向ければ、案の定……再び暗雲に覆い尽くされた空に向かってその邪悪に歪んだ破顔を向け。

 

「己を殺して月への直撃を阻止したか………だが無駄なことだ、とんだ犬死だと表する他ない」

 

 余りにも非常且つ冷酷に、朱音たちを……侮辱した。

 

「嗤ったか?」

「ん?」

 

〝~~~♪〟

 

 次の瞬間、私は戦場の中でなければ自分でも驚愕する程な神速の駿足でフィーネに肉薄し、憤怒の籠った歌声から袈裟掛けに振り下ろした我が剣(アームドギア)の一閃で、フィーネの肉体を両断して切り抜けた。

 

「ふふ……」

 

 今私が奴に刻みつけた傷も、ネフシュタンは容易く再生させ、その顔は未だ下衆な笑みが象られている………そうなることぐらい私も重々承知、それでも我が胸の内から湧く怒りの炎は、先に自らを〝新霊長〟などとほざいた外道に一撃振るわねば―――。

 

「命を燃やしてまでも大切なものを守り抜こうとする〝炎(いし)〟を――」

 

 この怒れる言葉(おもい)を、奴にぶつけなければ……気が済まなかったのだ。

 

「――貴様は無駄とせせら笑うかッ!?」

 

 朱音を、雪音を、そして奏をも汚辱の唾を吐きつけた………この鬼畜外道に!

 

「お前たちの命だと、たかが知れている……」

 

 許せない……。

 

「安さが爆発し過ぎているのだよッ! 草凪朱音も、雪音クリスも―――天羽奏もッ!」

 

 戦友(とも)たちの命そのものさえ〝安い〟などと罵った、フィーネの悪逆無道の数々を許しておくことなど、最早私には到底できぬ相談だった。

 何としても、奴の野望を阻止せねばならない………たとえ今戦えるのが、私一人だとしても、奏たちが、私の大切な友たちが、命がけで守り抜いたものたちを、喪わせない為に!

 

 我が心(むねのうた)にて――決意を固め直そうとして我が得物(アームドギア)を正眼に構えた――最中だ。

 

「Guuuuuu~~~~………」

 

 とても人間のものとは思えぬ………狂暴な獣らしき………唸り声とともに、背筋どころか、全身が凍りそうな禍々しく殺意に満ち満ちた殺気を感じ取り、戦慄する。

 しかもその唸り声を……よく耳をすませて吟味してみれば………まさか、この殺意の主は……。

 

「たち……ばな」

 

 信じ難い思いで、正眼の構えのまま……目線を移した。

 信じたくはなかったが……私の眼が捉えた光景は、現実のものだと受け入れるしかないと……防人としての〝己〟が、警告してくる。

 唸り声と殺意の主は――紛れもなく、ゆっくりと前傾の体勢で立ち上がった……立花だった。

 周囲の瓦礫の破片は地上からの重力を逆らう形で浮き上がり漂い、彼女の顔はとうに漆黒に染まり、口内の犬歯は吸血鬼もしくは人狼を連想させる牙が伸び、双眸は……逆鱗に触れられて逆上した猛獣の如き殺気を一層強く放ち………身も毛もよだつ、魑魅魍魎の類から発していても遜色のない怪しく黒ずんだ深紅の色合いで発光させていた。

 前にも、見たことがある………そう、デュランダル護送任務の戦闘中に立花が不滅の剣を手にした際に、起きたものと全く同じ………悲哀の情に打ちひしがれた対花の心の隙を突き、聖遺物が……奏の忘れ形見である筈のガングニールが〝弾〟を込めていた――。

 

「暴走……だとっ……」

 

 ――〝暴走〟の引き金が引かれてしまったのだと、この結論に、至る他なかった。

 

「―――――ッ!!」

「立花ッ!」

 

 天へと向かって……さらに強大かつ、凶悪な咆哮を上げる立花。赤味がかり粘液じみた滑り気を有した漆黒のエルネギーの波動が、吠え上げ続ける立花の全身を一気に埋め尽くし、侵食してしまった。一層荒れ狂った雄叫びと同時に、周りの瓦礫と砂塵を巻き込んで四方に迸る衝撃波………その勢いは私が立つ位置にまで届いていた。

 

「ふっ……」

 

 咄嗟に腕で暴風から防護した私に対して……フィーネはこの瞬間が訪れるのを待っていた、とでも言わんばかりに。

 

「どうだ? 再び天羽奏の〝置き土産〟の暴走に憑りつかれた融合症例第一号――立花響を目にした感想は?」

 

 腕を組ませた涼しくも白々しい面立ちで、立花の変貌を無慈悲に薄ら笑う。

 

「制御不可となった〝力〟に………やがて意識は塗り固められてゆく様を、とくとその眼(まなこ)に――刻み付けるといい」

 

 フィーネのその言葉を通じ、私は思い出す………〝櫻井了子〟が記録していた聖遺物に関するレポートの、立花とガングニールに関する記述に書かれていた文章を。

 

〝最新の検査の結果、立花響の心臓にあるガングニールの欠片と彼女の体組織との融合が以前より進んでいると判明、驚異的な回復力とエネルギーも、その影響の産物と思われる〟

 

「お前は端からそのつもりで、奏と立花にガングニールを!?」

 

 お世辞にも、余り気持ちのいい話ではなかったが………その時フィーネだと知る由も無かった私は、櫻井女史(かのじょ)ならば対応策も見いだせると信じてしまい………ある種の楽観を抱いてしまった。

 

〝アタシは翼と違って第二種(いんちき)適合者だから、LiNKERを飲まなかった途端にこのザマだ……〟

 

〝あやねちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーん!!〟

 

 シンフォギアに限らず、聖遺物そのものが人の身が扱うには難儀を極める〝諸刃の剣〟であることを…………私は知っていた筈だと言うのに、それを纏っての戦いの日々で改めて思い知った筈だと言うのに………至らぬ我が身への悔しさで歯が強く軋んだ。

 

 

「どちらも向こうから舞い降りてきた偶然の産物であったがな」

「だがその偶然とやらはさぞ僥倖だったろうな! 己が血肉と聖遺物との融合を目論んでいた貴様にとってッ!」

 

 なんと……白々しい! 奏も……立花も……ある意味ではガングニールの欠片(シンフォギア)そのものでさえ、奴の目論見の為の実験動物(モルモット)にされていたのだ。

 

「否定はせん……さて……」

 

 私の皮肉(ジョーク)を軽く払ったフィーネは、立花に目を移す。

 

「まず狙うは私か……いいぞ、存分に憎め、その自我を果て無き憎悪で消し尽してしまえ!」

 

 立花の方も紅い眼と犬歯と、そして明確な殺意を剥き出しに、むしろ歓迎すらしているフィーネへ殺気をぶつけたまま、怒れる肉食動物の様にその場で四足の体勢となると――奴めがけ飛びかかり、指先から伸びた爪を突きたて襲いかかった。

 フィーネはそれを鞭の一振りであっさり受け止めると同時に、もう一振りの一閃で立花を容易く薙ぎ払う。

 

「立花!?」

 

 吹き飛ばされた立花は四足の体勢で地に降り立った………凶暴さを剥き出しにフィーネを睨みつけるその姿からは、痛みを感じている様子が全く見られない。

 戦友にこんな比喩をするのは忍びないが、佇まいこそ獣に似ている、だが………とても獣と表し難い、むしろ獣こそ〝生き延びる為〟恐怖を敏感に覚え、脅威となる存在には不用意に近づかず、然れども時に怯えを隠し牙を向いてまで障害を排除しようとする臆病な生物………今の立花からは、そのような素振りさえ皆無だ。

 これでは、最早――。

 

「最早、人に非ず、人の姿と獣の威儀の皮を被った―――〝破壊衝動〟の塊ッ!」

 

 またしても立花をこのような姿に至らしめた元凶が、白々しくも高らかに友の今の有様を謳い上げたが………不快こそすれ、否定はできなかった。確かに奴の言う通りと認めるしかなかった。

 立花は再び狂暴さに満ちた咆哮を上げ、先のより素早さも激しさも荒々しさも増した勢いで大地を亀裂(ひび)割らせて飛び上がり、五指から伸びた爪を生やすその手を腕ごと振り上げフィーネに迫る。

 

《ASGARD》

 

 奴はまた腕を真っ直ぐ翳し、朱音の火球すらも防ぐ強度を有した紅紫色の盾(バリア)を多角形状に張り、悠々と待ち受ける。

 対して立花は、技術も知恵も戦術も理性も皆無に、闇雲な力任せで拳と膝蹴りを同時に盾の表面に叩き込む。

 しばし両者は、震撼と稲妻(ひばな)を散らせて拮抗していたが………フィーネの言う通り〝破壊衝動の塊〟に洗脳されているも同然な立花は、盾を粉々に破砕して突破し。

 

〝相手は人です! 同じ人間なんです!〟

 

 あれ程、人間同士の争いを忌避していた立花の肉体を操る〝破壊衝動〟は、一切の躊躇なく肉体は櫻井女史(にんげん)であるフィーネの胴体を、爪と腕力で刺し貫き、そのまま逆風の軌道でフィーネの胴体を頭部ごと抉り裂いた。

 なりふり構わぬ力技で上半身を真っ二つにされつつも立ち尽くすフィーネの臓物ごと露わに体内から、鮮血の噴水(シャワー)が激しく噴き上げられる。

 常人ではとても正視できぬ奇怪千万の姿のまま、フィーネはこちら側に瞳を向け、嘲笑を見せつけた。

 いくらネフシュタンの再生能力でも痛覚はある筈……なのにあれ程の深手を負わされても自身以外の人間全てを見下す振る舞いを表し続ける奴に対し、これでも長年戦場(いくさば)に身を置き、奏含めた人の死を間近で目にしてきた私でも、思わず固唾を呑み一際増した不快さで引く中……さらなる驚愕の光景が瞳に映される。

 

「馬鹿な……」

 

 フィーネの肉体は枝分かれし始め、それぞれに肉体再生が施され……奴は分身、否……分裂したのだ。

 

「くっ!」

 

 しまった……虚を突かれて再び私の胴体は両腕ごとネフシュタンの鞭によって捕えられてしまう。

 その間に、暴走する立花は増殖したフィーネへ構わず、技術も知恵も戦術も皆無だが……〝破壊衝動〟の赴くまま繰り出される単純にして強力無比な殺意と凶気に満ちたおぞましき攻撃で、奴を常人の理性では目を背きたくなるほど残虐に殺し続け………その度にフィーネの肉体は再生と同時に分裂、それぞれに独立した意志を持って増殖し続けていくも、立花の猛攻で鞭の拘束力が弱まった瞬間を突いて、胴体周辺からフォニックゲインのエネルギーを放出し枷からどうにか逃れ。

 

「立花!それ以上荒れ狂う聖遺物の濁流に呑まれ続ければ――〝人間(たちばな)〟で無くなってしまうぞッ!」

 

 既に魂はとうの昔、私が大人たちに促されるがまま〝歌い〟天羽々斬を目覚めさせてしまった瞬間からフィーネに殺されていたとは言え………たとえ奴にとっては偽りだったとしても、短き間ながら〝櫻井女史〟とあれ程仲の良かった立花が、人同士の争いをあれ程望まない立花が………女史の肉体を殺戮し続ける姿は痛ましくて見るに耐えられず、思わず私は通じるかどうかも分からぬ立花の心へ訴える。

 

〝uh………っ〟

 

 立花はフィーネ〝一人〟への虐殺行為を止めた……が、私の懇願が立花の〝心〟に届いたわけではない……その心を固い殻で覆わせつつ侵食させているガングニールの〝破壊衝動〟が、私の声を耳障りな雑音(ノイズ)と認識しただけ。

 証左として、立花の肉体を乗っ取る〝衝動〟は、敵意を隠しもしない前傾姿勢のまま、犬歯を剥き出しに唸り声を上げ、血色の眼(まなこ)から殺気を私に突きつける。

 

「………っ」

 

 自分と双眸(ひとみ)と立花の鮮血(ひとみ)が合わさった瞬間、ほんの僅かながら………私は固唾も飲めなくなる程、ここがいくさば――否、朱音ならそのように着飾った表現を用いず〝せんじょう〟と表するだろう――戦場であることを忘れかけそうになった。

 フィーネは今の立花を聖遺物による〝破壊衝動の塊〟とほざいたが………自分にはそれだけではないと、かの鮮血(ひとみ)から発する殺意からそう思わざるを得なかった。

 それが真実(まこと)か、私の思い過ごしの産物か……今戦場(せんじょう)のただ中にいる身にどちらなのか知る術はない。

 だが、確かに言える事実が、二つ……かの衝動に塗りつぶされた立花の姿を通じて、突きつけてくる。

 まず、立花とて……〝人間〟であること。善良の化身の如きお人よしで、〝前向きな自殺衝動〟による強迫観念以前に心からの善性で見返りを求めず人助けに励み、人同士の相争うことを嫌う人となりだとしても……人である以上は、かつて私にも、奏の心も蝕ませた〝負の感情〟と無縁ではない。

 小日向と言う親友(ひだまり)の心の支えがいたにせよ、あの惨劇の生存者たちを苦しめた誹謗中傷(まじょがり)によって、立花の心に住まう負の感情の影は確かに強まって潜んでいた筈であり………たとえ血肉に聖遺物(ガングニール)の欠片が無くとも、戦士(ひと)の心身を蝕む戦場にいる以上。

 

〝奏はもういない………いないと言うのに………他に………他に何を縋って―――何を〝寄る辺〟に、戦えと言うのだッ!〟

 

 あの時の私の様にいつ理性の堤防が決壊しても、おかしくなかった。

 そしてもう一つの……事実。

 立花に……〝破壊衝動〟と言う名の漆黒の沼に、突き落とす………そんな運命(ざんこく)を招いたのは………櫻井了子(フィーネ)だけではない。

 この風鳴翼(わたし)も入れた、特機二課(わたしたち)……全員だ。

 

〝すまない………そして………ごめんなさい………立花……〟

 

 奏はこんな運命(のろい)を背負わせたくて……命を燃やし尽くしてまで……立花(きみ)を何としても助けようとしたわけではない。

 

〝アタシの歌は、アタシの生きた証、たとえ燃え尽きる運命(さだめ)でも、覚えていてくれる人がいるなら、怖くない―――ありがとう………生きてくれて〟

 

 今なら分かる。

 奏が最後に奏でたあの〝歌〟は、祈りであり、願いであり……祝福だった。

 だから最後まで〝歌女〟として生き抜き………その命を立花へと紡いだと言うのに。

 

〝ごめんね………奏……〟

 

 けれど……感傷の沼に浸り、罪悪感と後悔に嘆き暮れるのは………後だ。

 

〝Ahaaaaaaaaa――――――ッ!〟

 

 ほんの瞬きの間……〝弱虫の泣き虫〟でいた私の意識は、迫る〝破壊衝動〟の砲口によって防人(せんし)へと再び〝変身〟する。

 強力かつ凶暴であるが、力任せで単純極まる衝動の攻撃を紙一重で躱しつつ、跳躍で後退して一旦距離を取り、勢いに任せ過ぎた余り体勢の立て直しに手間取る隙に、我が得物(アームドギア)を正眼に構え直した。

 フィーネは分裂したまま、まだ暫くは私と立花が争う姿を高みから見物する気でいるようだ。

 しかしお陰で、ある確信を得た。

 私は、まだ朱音も雪音も、命を散らしてはいないと〝信じている〟………その上で二人が命がけで《カ・ディンギル》の月を穿つ破滅の光を食い止めてくれたお陰で、あの天を仰ぐ塔は奴の想定以上に消耗しており、まだ第二射まで猶予があると言うこと、フィーネの目的は奴の言う〝呪詛(のろい)〟ごと月を破壊することなら、悠長に相争う私達を嘲笑って見物しつつも、早急に二射目の準備に取り掛かっている筈。

 なのにまだ塔が輝き出してエネルギーを集束させていないと言うことは、砲身そのものである塔自身がまだ再開できぬ程に、冷え切っていないと言うことだ。

 状況は依然として不利に変わりないが、好機の光明はまだ残っている………朱音たちの奮戦を無駄にさせない為にも、絶対に逃すわけにはいかない。

 

〝何としても、立花も―――カ・ディンギルも止めるッ!〟

 

 胸中にて決然と佇む決意を固め、引き締め直した最中。

 

『翼さん! 聞こえますか!?』

 

 災厄に立ち向かうのは、決して私〝独りではない〟と改めて齎してくれる……〝福音〟が舞い降りた。

 

 

 

 

 

 対峙する二人の装者……奇しくも響が装者に覚醒したばかりの時と、全く真逆に反転された因果(じょうきょう)。

 正眼に構える刀(かたな)の切っ先を闇に覆われた戦友(とも)へ向け、最早かつての抜き身で鋭くも脆いものではない、硬軟の調和の取れている凛と研ぎ澄まされた眼光を発している、剣客と呼ぶに相応しき――翼。

 最早〝獣〟ですからなく、剥き出しの犬歯から唸り声を上げ続け、真紅の光る眼が捉えたものを無差別に破壊するだけの〝破壊衝動〟の檻の中で固く閉じ込められたままの響。

 

「立花……」

 

 実際の時間は、十秒にも満たない―――が、当事者である翼の体感時間は、数十倍に広がる程の張り詰めた緊張感が、体内にも体外にも漂い流れている。

 だからこそ、集中の糸を切らさぬ様……沈着さを維持し続けていた中。

 

「来い……」

 

 静かに、されど確かにはっきり聞こえる声量で、翼はそう言い放つと同時に、刀を正眼から雄牛の構えに変え、剣先を平行に突きつけた瞬間。

 

〝Uhuuuuuuu―――Gaaaaaaaa――――ッ〟

 

 それが端となったのか……響の心身を蹂躙したまま捕えて離さぬ〝破壊衝動〟は、人の口から発せられているものとは到底聞こえぬ禍々しさが溢れだす咆哮を上げ、姦しい亀裂音とともに粉塵と破片を舞わせた勢いで、大地を蹴り抉り突進。

 瞬きも許さぬ刹那で、翼に肉薄し、凶刃が伸びた五指で彼女の串刺しにすべく、刃そのものも同然と化したその〝左手〟を突き出した。

 対して翼は、両手で構え持っていた刀(アームドギア)を、地面に突き刺して――。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、肉が裂かれる音から………続けて血の雫が荒れた戦地に落ちる音がなった。

 

《千ノ落涙》――《影縫い》

 

 敢えて得物を一度手放した翼は、自身を突き刺そうとした響の両腕を白刃取りすると同時に彼女の影に光の諸刃を突き刺し、忍の末裔たる緒川譲りの拘束忍術を用い。

 

「紙一重だったな……」

 

 胸部の中央に爪の先が刺さり、傷口から血が流れ落ちながらも、どうにか〝破壊衝動〟の暴走を食い止め、慎重に爪を引き抜き。

 

「立花………改めて詫びさせてくれ………私達が招いたこの災禍に巻き込んでしまったことを………」

 

 右手でアームドギアの柄を握り直し、自身の血で濡れた響の左手を自身の左手で掴み、持ち上げ。

 

「奏から託された力を、そのように使わせてしまったことも………そして立花(きみ)には、ご飯が大好きでささやかな人助けが趣味な、少女のままでいてほしかった…………本当に、すまない………やはり謝るべきは―――私たちの方なんだ」

 

 今自身の胸中にて確かにある偽らざる想いの一つを、響に語り掛け。

 

「その上で、聞いていてくれるかしら…………防人としての………守護者(まもりて)としての………私の〝歌〟」

 

 と、言い終えると同時に掴んだ響の手をそっと下ろし。

 

「私も、奏に助けられたこの命、無駄にしないから」

 

 全身は漆黒に染まったままにして、真紅に光ったままの瞳の目尻から涙を流す響を横目に………一度〝年相応の少女〟となっていた面立ち、眼差しを〝戦士〟へと変え………無形の位にて悠然と、歩み出す。

 

 

 

 

 

 今まさに、始まろうとしている………防人の、否……〝防人たち〟の反撃が。

 

つづく。



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#60 - 防人たちの協奏 ◆

お待たせしました(汗
前回に続き翼主役回。

翼がカディンギルを破壊する、プロットを徹底して端的に要約するとこれだけの展開に大分時間が掛かっちゃいました。
あ~でもないこ~でもない、だが絶対にXVルートには行かせない、絶対天羽々斬の絶唱技使いたいと変なとこで拘り&納得できる流れが思いつくまで右往左往。
なぜ『防人たち』なのかは読んでのお楽しみに。


 ガングニールの破壊衝動に呑まれ暴走する響を《影縫い》で動きを封じ、内に秘めていた想いを打ち明けた翼は、右手に刀(アームドギア)を携えた……構えを取らぬ構え〝無形の位〟の体勢で、ネフシュタンと融合した賜物で多数に分裂(ぶんしん)したフィーネへ、剣の刃の如き鋭い眼光を突きつけながら、悠然を歩む。

 

「甲斐無い三文芝居はもうお開きか? もっと私の用意した舞台上で、無様に演じ続けておれば良いものを」

 

 多数にその身を分け増やした〝終わりの巫女〟の内の一人が、翼と響の間で起きた一幕(ドラマ)を愚劣だと薄情に皮肉を突きたて、相も変わらず嘲笑(わらい)立ててきた。

 

 

 

 

 

「生憎、歌い踊るには種も仕掛けも演出も、張り合いも足りなさ過ぎる舞台だったものでな」

 

 もう私は、フィーネのこちらの気をいちいち逆立たせて来る悪辣な言葉どもを敏感に反応する気はない。下手に激情に駆られて、逐一この〝亡霊〟の言霊に反応していては奴の思うつぼ………ならば、と我が朱音(せんゆう)のユーモアセンスを参考にし、意識して不敵に微笑み返した。

 

「では……どこまでも〝剣〟で在り続ける気か? 人の世界はそんなもの、受け入れる余地などありはしないぞ」

 

 そのフィーネより、私の皮肉からさらなる皮肉を投げ返されてきた。

 

「確かに、その点は今私も同感だ」

「何?」

 

 幼き頃にて何も知らずに〝天羽々斬〟の眠りを大好きな歌で覚まし、父より突き放され………特異災害が蔓延る戦場にて、防人として〝歌い戦う〟十字架(しゅくめい)を背負ってより………ひたすら追い求め。

 

〝ここでアタシが消えても………アタシの歌は―――〟

 

〝かなでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーー!!!〟

 

 その上……大切な奏(パートナー)を失って片翼となってからは、さらに固執する様になってしまった――。

 

〝剣(つるぎ)〟

 

 言葉にすればたった一文字、だがそれこそ………長年私を縛り付けていた……フィーネが月に存在すると言う人類から統一言語とやらを奪った存在を揶揄した際に用いた……〝呪詛〟そのもの。

 

「事実私はかつて、剣と言う名の兵器であろうと執着していた」

 

 そして〝剣〟と言い表せば聞こえはいいものの………その実態はと言うと………はっきり表すと私は、愛する歌が招いた戦う宿命に対する悲観と、それを使命感で無理やりねじ伏せて〝戦い意義〟を見い出せず、この身を――〝兵器〟にさせようとしていたのだ。

 奏と出会って、二人で両翼(ツヴァイウイング)となってからも、奏に甘え、依存し過ぎた為に、奏は見い出していた意義を探すことから向き合えないまま………奏を失って、この二年間は一層……〝戦うだけの修羅(へいき)〟となろうとする執着へ拍車を掛けただけでなく。

 

〝貴方の太刀筋は、鋭く激しくも脆い………私には、鋼鉄のみで鍛えられてしまった、鞘にすら入っていない抜き身の刀にしか見えません……貴方をそんな刀にしてしまった根源は、代え難い相棒をあの日死なせてしまった罪悪感………それに苛まれる余り、天ノ羽々斬の本来の用途を無視した戦い方をし、感情(こころ)を押し殺そうとしてまで、天羽奏〟と言う名の剣になろうとしている、違いますか?〟

 

 あの時の朱音から図星の言葉を突かれた通り……その二年〝抜き身の刃〟そのものだった私は……奏になろうとしていた。

 

「そして……復讐者だった頃の奏となって、一人戦場を歌い、一人で戦い……天羽奏と言う名を冠しただけの兵器となりて……自死を求めていたのだ」

 

 上辺だけ〝天羽奏〟の生き様を真似、表層だけは奏の様に戦い………奏の最後の瞬間と同じ〝死に場所〟を求め……奏のいる、今は曇天に覆われた空の向こうへと――〝死にたかった〟――のだ。

 明瞭なる事実(こんきょ)ならば、ある。

 

〝この身を一振りの剣に鍛え抜いてきた筈だと言うのに………あの日、無様にも生き残ってしまった………出来損ないの兵器(つるぎ)として………生き恥を晒し続けてきた〟

 

 朱音が深手を負ってまで止めてくれたお陰で過ちを犯さずに済んだが………ネフシュタンを纏った雪音と相争った時、アームドギアを介さぬ禁忌のさらに禁忌を重ねた絶唱で………本気で私は、奏の後を追おうと、この世から去ろうとした。

 ほんと、今思い返せば……どこまでも虚しく、愚かしく、哀しき愚行だったか。

 

「以前(かつて)の……風鳴翼(わたし)は……」

 

 内心、ほんの少し前の己を自虐して嗤っているこの私は、立花の過剰な自己犠牲の精神を〝前向きな自殺衝動〟だと表したが………何よりこの我が身、己の心が最も……〝自殺願望〟を抱え、この命を切り捨てようとしていたのだと………言葉にして、声に出して、相対する相手以上に自分自身へ、改めて語り掛け、終わりを齎す巫女(ぼうれい)と対峙し、見据え。

 

「ならば………〝剣〟ではなく、如何様な在り方で、新霊長(わたし)を止めようと言うのか?」

 

 歪にして邪なる巫女(フィーネ)からの、蛇の全身と舌の動きを想起させるねっとりとした調子(こわね)と嘲笑を見せつけ傲岸と私へ、問いかけてくる。

 かつての私が固執していた……鞘のない〝抜き身の剣〟では………誰一人守れないどころか、自分も他人も破滅に誘わせる呪いだった。

 では、どんな〝信条〟、そして〝信念〟を以て人を、人々が織り成す〝世界〟の数々を、守るのか……… 実のところ、私にはまだ………〝剣〟でなない、自分が守護者(さきもり)としての在り方を、見つけられていない。

 朱音は無論のこと、きっと立花も、雪音さえ、各々らしいそれを胸の奥に抱いている筈なのに、まだ自分だけの答えを見い出せず、行き先も分からぬ彷徨っている〝片翼〟のまま。

 渡り鳥は帰巣本能で、どれ程離れた目的地でも正確に飛べると言うのに………真逆で、迷走の繰り返しでようやく振り出しに立てた有様の自分自身に、自嘲もしたくなる。

 だが、こんな己でも、確かにはっきりしている事実(ものたち)がある。

 

「たとえどれ程……道を見失わせようとする苦難が迫る今日に手折られそうになっても、私は―――生きて明日(あす)へと〝人〟として歌う!」

 

 死に場所を求める、抜き身の剣であろうとし、長年戦いに身を投じながら、そんな不条理に散らされる命をずっと見向きもしなかった愚かな自分でも、この〝広くて綺麗な世界〟と、そこで生きる今日を終えて明日を迎えられる多く生命(いのち)を守ってきたのだと、歌を愛する朱音(とも)は言ってくれた。

 私たちの過ちの落とし子にして〝前向きな自殺衝動〟を心の深層に抱えていながら、立花(かのじょ)はそれでも、半ば惰性に流されるまま片翼(ひとり)で奏で続けていた私の独奏(ソロ)に希望を、生きる力を貰ったと言ってくれた。

 何より立花だけでなく、たくさんの人々が私の唄う歌を愛してくれて、待ってくれていると教えてくれた。

 お陰で私自身、ずっと忘れていた歌への理屈を超えた〝愛〟を思い出させてくれて………〝夢〟と言う名の蒼穹(あおぞら)へ飛び立ち、駆けまわりたい勇気を貰った。

 フィーネの何千年にも渡って子孫の魂を塗りつぶし続けてまで月を穿とうとする理由に、思うとところが無いわけではない。

 しかし、それでも………今や亡霊も同然な奴の妄執が齎す犠牲を、絶対に許すわけにはいかない。

 こんな私にも――〝守りたいもの〟――があるッ!

 

「風鳴翼が歌う舞台は、断じて戦火(せんじょう)だけではないと知れッ!」

 

 終焉へと誘おうとする哀しき巫女へ、私は我が意志を、宣言した。

 

 

 

 

 

「では何か? お前が常日頃から散々口にしていた〝剣(つるぎ)〟ではなく――」

 

 多数に分裂し群体と化したフィーネたちの内の一体に続き。

 

「――ましてやお前の〝真の父〟がほざく〝護国の鬼〟でもなく――」

 

 さらにもう一体、また一体と、全ての個体が蛇の如き邪悪な笑いを浮かべ、言葉を紡ぎ。

 

「――一介の〝人〟として………新霊長(このわたし)に挑むと言うのか? 」

 

 翼が……友にも仲間にも、片翼(パートナー)にさえ打ち明けたことの無かった己が業深き〝出生〟を突かれ、一瞬よりも僅か刹那、彼女の眼(まなこ)と眉間に憂いを発したが、決然とした〝防人(しゅごしゃ)〟へと面持ちを締め直した。

 

「〝どちらとも〟――図星か」

 

 が、その〝刹那〟を見逃さなかった終わりの巫女たちの、全て嘲笑を浮かべている中の一体の口元が、一層歪んで口角を上げる。

 

「ただ〝独り〟、それも〝人の身〟のままで、私の悲願に至る道筋を阻めるとでも?」

 

 翼は応えぬまま刀(アームドギア)を手に、フィーネどもを見据え歩、否………その沈黙が、佇まいこそが彼女の〝返答〟だった。

 

「最早どれだけ悪あがきしようが止められぬ! いかな毅然に徹しようとも風鳴翼、お前に残されているのは〝守れない〟痛み、苦しみ――そして絶望だけだッ!」

 

 その一体の通告から端を発し、分裂した終わりの巫女たちはほぼ一斉に禍々しく嘲りに満ちみちた破願を、天へを仰ぎ発し、毒蛇の猛毒に等しき毒々しい笑い声な………〝雑音〟を、塔の周辺に響かせていく。

 同時に、朱音とクリスの絶唱の砲撃との撃ち合いで想定以上に熱せられていた巨塔(カ・ディンギル)内部の炉心が冷え切ったことで、再度デュランダルを源とした膨大なエネルギーが党内部中を駆け巡ることを示す〝災禍の光〟が、再び塔全体を輝かせ出した。

 

 

(もうすぐ………もうすぐです………今一度、私は………〝貴方〟に………)

 

 何千年、何世代にも渡って自らの〝遺伝子〟を受け継ぐ子孫の心身を食い潰し続け、歴史の転換点に介入し続けながら叶えようとした〝切願〟が………もうじき………果たされようとしている。

 

〝~~~♪〟

 

 その歓喜が彼女の心を酔わす酒となり、絶えず〝雷鳴〟響き……〝暁色の雷光〟が煌めく曇天の向こうにある今度こそ穿とうとする月を、そして宇宙を見上げているが余り………自ら〝盲点〟を彼女は、思いがけず生み出してしまった。

 

〝――Gatrandis babel ziggurat edenal~~♪〟

 

 翼が絶唱の詩を歌っている隙を。

 

〝Emustolronzen fine el~baral~ zizzl~~……♪〟

 

 翼が絶唱の音色を奏でていることに気づくまで、大きく後れを取ってしまった己が油断(ミス)を。

 

「っ――絶唱ッ!?」

 

 フィーネがシンフォギアの〝決戦機能〟の名を轟かせた瞬間、ネフシュタンの力で分裂した数体の分身の肉体が瞬く間に切り刻まれ、骨ごと断ち切られた血肉が、大量の鮮血とともに飛び散った。

 一度にフィーネの分身数体を屠ったのは、ネフシュタンを纏う奴でさえ視界に捉えるのが困難かつ、残像さえ引き起こされるほどの駿足で斬りかかる―――翼。

 これこそが翼と天羽々斬の、真なる〝絶唱〟が切り出す諸刃の剣にして………〝切札〟。

 かの唄で生み出された強大なエネルギーを十全に練り上げ、アームドギアと己自身に宿し、対象に百裂させる――〝高機動の連撃(やいば)〟。

 

「それを知らぬお前ではなかろう!? 櫻井了子(フィーネ)ッ!」

 

 フィーネたちは蛇腹鞭で自分らの周囲を駆け走る翼を捉えようとするも、裂かれるのは残像ばかり、次にどこから、どの個体が斬られるか微塵も把握できぬまま、一体、また二体、さらに三体、またさらに数体と小間切れにされていく。

 

(これでは再生が間に合わん……)

 

 一体一体、同一にして独立したフィーネの自我を宿せるネフシュタンによる担い手の分身能力。

 しかし分身した分だけ、一体ごとの肉体再生能力が落ちてしまう弱点を抱えていた。

 そこへ現状の再生能力を超えた翼の連撃を前に、治癒が追いつかない。

 

(再結合せねば!)

 

 フィーネ本体は急ぎ、分身たちを我が身へと掻き集め、悲鳴(ちしぶき)を上げる状態のまま肉体を〝再統合〟しようとする。

 

〝ふっ……〟

 

 一度無駄に分かれ過ぎ、慌てて一つに戻ろうとするフィーネに対し、多数の残像を起こす疾駆に紛れて、翼は不敵にほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 一度分身して散らばったフィーネが再び一つになる、その瞬間を私は待っていた。

 先の奴が残像に惑わされる程の駿足による高速斬撃は陽動(フェイント)にして、我が絶唱の剣技の前奏でしかない。

 私は足を止めずに左手からフォニックゲインを鞘に固形化し、右手の剣を素早く収め。

 

〝そこだッ!〟

 

「しまっ――」

 

 分身の血肉が全て本体に集束されながらも、まだ完全に再生し切っていない状態のフィーネめがけ、居合腰のまま奴の視界にすら映らぬ神速で一気に肉薄し――抜刀。

 

《絶唱・天羽々斬――真打》

 

 我が絶唱の剣技の〝真打(サビ)〟たる苛烈にして百裂なる〝神速の連続斬撃〟を、フィーネへと叩き込み、なます切りとした。

 数百分の我が剣の軌跡を受け、フィーネの肉体は散り散りの肉片と化す。

 

「がっ……」

 

 抜刀術の勢いでカ・ディンギルの至近まで着いた同時に、足の力が落ちて膝が地に着いたが私の胸部内から圧迫感が押し寄せ、吐き気が押し寄せた瞬間、口内から血が迸って眼前の地上に落ちた。

 言うまでもなく、この身が受けた絶唱の代償(バックファイア)による負傷だ。

 

「今一歩……至らなかったな」

 

 背後から、絶唱の剣撃を全て貰い受けたフィーネの声が響く。

 

「空蝉さえ統合すればネフシュタンの再生力は絶唱の攻撃すら凌駕するッ!」

 

 わざわざフィーネの言葉を聞くまでも、まして振り返るまでもない、肉体が再統合されたことでネフシュタンの再生能力が全開となり、多大なる切傷を与えながらも、ネフシュタンは奴の意識を維持させていた。

 

「さあ――間もなく――」

 

 第二射、または〝今度こそ私の勝ちだ!〟とでも言うつもりだったのだろうが。

 

「それはどうかな?」

 

 と、どんな表現にせよ、私は奴の続けざま発しようとした言葉を発し。

 

「今、私は――」

 

 私とカ・ディンギルの間を、分け隔ていた……――。

 

「お前と言う〝障害(かべ)〟を、跳び越えたぞッ!」

 

 また不敵に笑みを浮かべ、フィーネへと叩き付ける声量でそう宣言し、バックファイアで満身創痍な身体を奮い立たせて私は、第二射の準備で輝く巨塔が伸び行く空へと………飛び上がった。

 いざ――推して参るッ!

 

 

 

 

 

〝慟哭に吠え立つ修羅~~いっそ徒然と雫を拭って~~思い出も誇りも~一振りの雷鳴へと~~~♪〟

 

 口元と目元から、絶唱の代償を受けた証である血を流し、ここまでの激戦で消耗した自身の肉体に鞭を打って、両足のスラスターを出力全開に点火し飛翔した翼は、その勢いのままカ・ディンギルの外壁を足場にホバリング移動で上昇。

 

「先の剣戟すら牽制(おとり)だったとッ!?」

 

 シンフォギアシステムの禁じ手――絶唱を用いた二段構えの囮(フェイント)に出し抜かれたフィーネが驚愕に囚われている隙を突き、翼は塔を駆け昇っていきながら歌い。

 

〝去りなさい!無想に猛る炎~~~神楽の風に~滅し散華(さんげ)せよ~~♪〟

 

 自身のアームドギアを、基本形態と言える一振りの日本刀型から、二振りの直剣へと変形、柄同士を連結させて高速回転し、両端の諸刃は二振り共々、刀身全体に朱音(ガメラ)のものと負けず劣らずに激しい炎が纏われ、回る両端の刃は火の輪を描き出した。

 

「やらせんッ!」

 

 フィーネは蛇腹鞭を昇る翼めがけ投げ振るい、彼女を撃ち落とそうとする………が、天羽々斬本来の絶唱の秘技たる剣劇すら終わりの巫女を欺く策(フェイント)だった事実に、少なからず以上にかなり呆けてしまい……この時生じた〝隙〟を突かれる形で、奴からは〝突如〟も同然に自分の周囲四方八方が爆炎と爆音を上げ、その炎に呑まれ巻き込まれた。

 

「こしゃくな!」

 

 空から降って地上で炎を上げ、尚且つフィーネの四肢を重点的に狙ってくる攻撃は続き、ネフシュタンも再生に手一杯となり翼を撃墜する暇すら与えられず、毒づく。

 爆発の正体は、曇天と地上の狭間を飛ぶ空自のステルス戦闘機――F-35から投下される空爆、駐屯地から放たれる陸自の多目的ロケット弾と、東京湾に鎮座する海自の護衛艦隊から発射される長距離ミサイルによる、正確無比にして強烈な爆撃だった。

 これまで奴が引き起こしてきた特異災害に防戦と後手に回り、時に守るべき国民すら助けられず殉職者を出した自衛隊からの、空を飛ぶ暇すら与えぬ上空から繰り出される猛攻(はんげき)にフィーネが気を取られている間。

 

『今です翼さん!』

 

 通信越しの緒川からの言葉を皮切りに。

 

《風輪火斬》

 

 焔の円陣を描く諸刃(アームドギア)による斬撃を、翼はカ・ディンギル外壁に切りつけ、深く大きく抉らせながら、螺旋状に回って塔に刻ませていく。

 と、同時に翼の斬撃で傷だらけとなりゆく巨塔の先端の砲塔近くへ、一際大きなミサイルが突撃、着弾し、塔内部で爆発が起きた。

 F-35の内一機が搭載していた切札(とっておき)、その名の通り大地を貫き内部で炸裂させる地中貫通型爆弾、通称バンカーバスター。

 今の一撃が致命打となって第二射のチャージ中だった巨塔は緊急停止され、着弾部からは黒煙が上がり、風穴ができていた。

 

〝そこだッ!〟

 

 翼は張り付いて焼き切っていたカ・ディンギル壁面を足場に塔から飛び退いて、一体距離を取り、柄を連結させていた諸刃(アームドギア)を空自のファインプレーで開けられた風穴めがけ投擲。

 アームドギアは推進する巨大な大剣となり、翼はスラスターを全開にして柄頭に蹴りを打ち込む。

 

《天ノ逆鱗》

 

「やめろぉぉぉぉぉぉーーーーッ!」

 

 地上からは、フィーネの悲愴なる悲鳴が響き渡るも。

 

〝四の五の言わずに~~否~~世の飛沫と果てよォォォォ~~ッ♪〟

 

 翼は自らの歌声で払いのけ、歌う歌詞の通りのダメ押しに、稲妻迸る光(エネルギー)が刀身に帯びた巨大剣を風穴へと、豪快の盛大に刺し貫いた―――次の瞬間、塔の頂の砲口から一際大きく、周囲の灰色の雲を一時払うほどの大爆発が起きて………月を穿つ為、現代に蘇った〝バベルの塔〟は、創造者から課せられた役目を果たせぬまま破壊され、機能を………停止し……没した。

 

「馬鹿な……」

 

 自衛隊渾身の反撃が止んだ頃、フィーネは数千年を費やしてまで実現させようとした己が〝切願〟が、水泡に帰したと………最早見る影もない巨塔(バベル)の死した姿を見上げさせられる形で、思い知らされた。

 

「またなのか………またしても………」

 

〝バラルの呪詛〟を携える月のある方角へ、力なく、しかし震える手を伸ばし……フィーネは悲観の言葉を零し、額から一筋、涙を落とした。

 

 

 

 

 

 内閣府庁舎内に置かれている内閣情報調査室――CIRO(サイロ)のオフィスの一角では、ドローンがリアルタイムで撮影している映像越しにフィーネが起こした事態を、緊張感たっぷりに張り詰めた厳格なる眼差しで、眼鏡越しに見つめる現内閣情報官が一人。

 弦十郎の兄にして翼の〝父〟、そして先の自衛隊の反撃を〝演出〟した張本人と言える風鳴八紘であった。

 

『デュランダルから供給されていた高エネルギー反応消滅、カ・ディンギル、完全に沈黙しました、天羽々斬の反応も健在』

 

 二課シェルターと通信を繋げたままの机上に置かれた端末スピーカーから、櫻井了子――フィーネの月破壊計画とそれが齎す人類史上類を見ない大災厄を阻止できたことを知らされた八紘は、六角形状の眼鏡を一度取って眉間を抑えた。

 

『長官、〝鎌倉〟からの通信要請が入っているのですが……』

「事態が収束し次第、直に出向き詳細を報告すると返してくれ、まだ予断は許されない状況だ」

『分かりました』

 

 調査室職員からの通信を対応し終えた八紘は眼鏡をかけ直すと、両腕の肘を机に立て、まるで祈る様に両手を握り合わせ、額に付けると。

 

「翼……」

 

 自らその名前を与えた己が〝娘〟の名を、オフィス内で一人、零す。

 天を仰ぐ巨塔は破壊できた………あれ程の巨大兵器となればカ・ディンギルの他に月に存在すると言う先史文明の神が残したらしい〝バラルの呪詛〟の効果を発し、持続させる何らかの施設を月ごと〝穿つ〟為の手段を、フィーネは最早持ってはいないだろう。

 だが一方で、絶唱を歌い、さらに肉体に負担のかかる大技を連続で使用した翼の肉体は満身創痍で、まともに戦える状態ではない。

 そうなると見越して、予め自衛隊と一課には援護要請をしてはおいたが………間に合うか?

 

(風鳴の血の呪縛(のろい)は……逃れられないのか………)

 

 脳裏に自身の父にして、日本(このくに)を影より操りしフィクサーの姿が過り、歯ぎしりをする八紘。

 

(私一人では……我が子が見つけた〝夢〟すら守れぬのか?)

 

 悔しさに嘆きにも苛まれそうになる中――。

 

〝――――ッ!〟

 

「今のは……」

 

 脳内に、怪獣のものらしき咆哮が響く。

 幻聴かと八紘は思いかけたが、その咆哮と同時に、ある怪獣の勇姿のビジョンも……確かに見えた。

 

「まさか……」

 

 さすが……〝最後の希望〟と言うべきか。

 希望はまだ――潰えてなどいない。

 

「頼むぞ」

 

 

 

 

 

 カ・ディンギルに止めを刺した翼は、重力に引きずられるまま地上へと落下していた。

 八紘の懸念通り、絶唱のバックファイアで既に傷だらけの身で巨塔を落とすだけのフォニックゲインを用いた技の使用を二連続の畳みかけで断行したが為に、以前アームドギアを介さぬ絶唱による自殺行為から自分を助けてくれた朱音ほどではないにせよ、青系のカラーが彩るアーマーとインナースーツには、ところどころ血の真紅が滲み、染みついていた。

 このまま地上に激突すれば、最悪致命傷も受けかねない。

 

(間に合えッ!)

 

〝我が装束よ~~我が身を守りたまえ~~♪〟

 

 咄嗟に翼は、朱音がよく使っていた〝即興歌唱〟を実行、両足のスラスターがどうにか再点火され、落下速度を抑えつつ体勢を整え―――大地と衝突した瞬間、受け身を取り、砂塵を舞い上がらせて横転し続けながら衝撃を緩和して………どうにか地上への落下で受けるダメージを最小限に抑えたが。

 

「ぐぅ……」

 

 肉体がボロボロであることに変わりなく、口がさらに吐血し、口周りは滴り流れた血に塗れていた。

 

「でぇいッ!」

 

 そこへ二重苦とばかり、フィーネの蹴りを鳩尾に受け、息が一瞬止まって呻きも上げられぬまま、翼は打ち飛ばされる。

 

「うっ……」

 

 全身の激痛が止まぬ中。

 

「つ……ばさ………さん」

 

 間近から、自分を呼ぶ声がして、痛みで閉ざされていた瞳を開けると。

 

「立……花……」

 

 ガングニールのアーマーが解除され、力なく横たわり、眼からは生気の感じられない響が目の前にいた。

 思わず翼は、響に手を伸ばそうとしたが……その右手を、フィーネは無慈悲に踏みつけ。

 

「あっぁぁぁぁぁーーー!」

 

 血だらけの翼の口から、悲鳴が響いた。

 

「誰も彼も――どこまでも――忌々しいッ!」

 

 カ・ディンギルを完全破壊され、激情の乱れで激高するフィーネは、舌打ちと鍵尻を繰り返しながら翼の脚を掴み、宙へ放り投げ。

 

「月の破壊は、バラルの呪詛を解くとともに重力崩壊を引き起こさせる、その惑星規模の天変地異に、人類は恐怖し、絶望し――」

 

 鞭で縛り付けてそのまま地へと叩き付け。

 

「――新霊長となったこの私に祈願する筈だったッ!」

 

 今度は完全に戦意喪失している響の背中を何度も踏みつけ。 

 

「〝痛み〟だけが……人同士を繋げられる縁(きずな)……それを――」

 

 続いて髪を掴み上げると、翼が倒れている近くへを投げつけた。

 瓦礫の破片と塵に覆われた大地に、力なく倒れる翼と響。

 今の二人には戦える〝力〟どころか、まともに立つこともままならない。

 だが悲願を砕かれたフィーネの哀哭と憎悪と憤怒は、留まることを知らず………奴は浮遊すると。

 

「それを……それをお前は!」

 

 蛇腹鞭たちの先から、数にして六発の重力球を生成し。

 

「お前たちはぁぁぁぁぁぁーーーーッ!」

 

 眼下の地上で伏せている翼たちへ、自らの激情ごと一斉に投げつけ、重力球と大地の衝突は鮮やかな炎が迸る爆発を引き起こした。

 

「はぁ………はぁ……なぜ誰も……〝真理〟を悟ろうとしない……」

 

 息を荒らすフィーネが、どう毒づいた最中………まだ膨張を続ける炎の内より、拘束で飛び上がった〝プラズマの火〟を纏う物体が三つ。

 

「何が?――なあぁぁぁーーー!」

 

 自らが引き起こした爆炎がカモフラージュとなって、自身に突撃してくる物体らの存在に気づくのが遅れ、障壁(バリア)も張る間も許されず、三つの内の二つ――プラズマの三日月刃がフィーネの両腕は両断させ、続いて三つ目の大火より――。

 

 

〝Re~cei~~~vi―――ngッ!(受ゥゥゥけェェェ取ォォォれェェェェーーーッ!)〟

 

 歌唱法の一つ、スクリーモをたっぷり轟かす怪獣の雄叫びの如き歌声に乗り、炎(プラズマ)の輝きを帯びた〝拳――バニシングフィスト〟から繰り出される強打(ロシアンフック)が、フィーネの横顔に炸裂。

 炎も加えられた回避も防御も、ましてやカウンターも困難な打撃に、フィーネはほぼ一瞬で地上へと撃ち落とされ、衝撃はクレーターを作り上げ轟音を打ち鳴らせた。

 フィーネを撃墜させた火球は、ゆっくりと真下の地上へと降りていく………それと同時に、重力球が起こした炎が、天を駆ける龍の如き動きで、火球に吸い取られて行き、爆心地からは翼と響が、一応は無事な姿でそこにいた。

 されど翼がここまでの戦闘で負った傷の数々は、まだ完全とまで行かずとも、かなり治癒さえされており、彼女は微笑みを浮かべて火球を見上げている。

 一方でクレーターより這い上がって来たフィーネの顔の半分は、表皮が完全に焼き尽くされ、内部の肉と破と眼球が剥き出しとなっていた。

 

「馬鹿な……まさか……」

 

 喉も火傷を負ったらしく、鈍く掠れて濁った声で、火球の正体を悟り、驚愕する。

 

「前に言った筈だ……」

 

 火球の内より……〝彼女〟の声が響く。

 

「私の〝友達〟に――」

 

〝Don't hit―――my friends〟

 

「――〝手を出すな〟、とな、救世主の皮を被った独裁者にして、〝堕天使(あくま)〟よ」

 

〝ガアァァァァァーーーオッォォォォーーーッ!〟

 

 炎は彼女の前世(かつて)の姿を形作り、咆哮を上げると集束し、手を横合いに払うと―――朱音、またの名を《最後の希望――ガメラ》が、その凛々しくも勇ましい姿を露わにし、翡翠色の眼光をフィーネへと放ち。

 

「Now――(さて――)」

 

 朱音は伸ばした右手を銃状に構え、フィーネへ指先を突きつけ。

 

「Are you Ready?――Fine(覚悟はいいか? フィーネ)」

 

 最早生きた災厄と化した終焉を齎す巫女へ、朱音は言い放った。

 これよりガメラによる、自身の友や仲間たち含めた、生きとし生けるものを守る為に戦う――反撃(AVENGE)――が、始まる。

 

つづく。

 




クリスちゃんがどうなったかはもう少しお待ちを(;^ω^)


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#61 - 創造主の正体

さて思っていた以上に早く最新話書けました。
ただ思った以上に戦闘前の朱音とフィーネの問答パートはプロットの時以上に膨れ上がってしまった(汗

しかもここまで原作ではAXZとXVでやっと明らかになった事実を先んじて突き止めやがった……書いた本人が何を言うと言われても、朱音は『一人で歩き出す』キャラになっちゃっているので、朱音の言動行動に限って言えば私はそれらをただ書き記されているだけなのです(汗
キャラの一人歩きコワ~イしヤベ~イ!

それでは味方にとっては『最後の希望』、敵にとっては絶望を齎す者となるうちの朱音(平成ガメラ)をどうぞ。




 自衛隊と特機一課の援護が設けてくれた機会を逃さんと、絶唱を歌って傷身(しょうしん)を一層痛めつけるのは承知の上で、私はカ・ディンギルに昇り、たとえ月には本当に人類の言語を散り散りにさせた呪詛が存在していたとしても、かの星を穿ったことで起こされる大厄災と破滅を何としても阻止する為、現代に蘇った〝バベルの塔〟を穿ち、櫻井了子(フィーネ)の蛮行を止めることはできた。

 

「月の破壊は、バラルの呪詛を解くとともに重力崩壊を引き起こさせる、その惑星規模の天変地異に、人類は恐怖し、絶望し――新霊長となったこの私に祈願する筈だったッ!」

 

 だが、幾重ものバックファイアで満身創痍となった私にはもう、数千年かけた野望を砕かれた憤怒に苛まれたフィーネの猛撃を、防戦どころか、立花を守ることさえままならず………奴が〝バラルの呪詛〟を月ごと破壊してから行おうとしていた策の内容がまともに耳に入らず。

 

「〝痛み〟だけが……人同士を繋げられる縁(きずな)……それを――それを……それをお前は!――」

 

〝痛みだけが絆〟。

 それが唯一無二の〝真実〟なのだと固執し、それを証明せんとばかり、一方的に私たちは奴から痛めつけられるしかなく。激情に呑まれた容貌からは、最早完全に櫻井女史の面影が消え失せているフィーネからの理不尽を前に抗えない中、フィーネはネフシュタンの重力球を私と立花へ投擲し、引導を渡そうとする。

 くそ……立花の前にまで、這うだけでやっとだ………エネルギーをアームドギアに固形化させる余力も残っていない。

 だからとて……このまま奴からの殺意を貰い受け死する気はさらさらない。

 立花の命も、何より自分自身の命も、諦めるつもりは毛頭ない!

 

〝~~~♪〟

 

 どうにか歌唱でなけなしのエネルギーを生み出し、身体を強化させて立花を連れ退避しようとするも。

 

「――お前たちはぁぁぁぁぁぁーーーーッ!」

 

 フィーネから漆黒の重力球が放たれ………私たちを呑み込もうとした――。

 

 

 

 

 

 ―――瀬戸際の時だった。

 

 

 

 

 

 私たちを、太陽の色合いをしたドーム状のエネルギーフィールドが包み込む。

 その障壁(フィールド)は、爆発の業火とともに押し寄せてくる重力波から、私と立花を防護するだけでなく。

 

「温かい……はっ――傷が……」

 

 障壁は私たちに温もりを与えてくれるだけでなく、私がここまでの戦闘で刻まれた負傷(ダメージ)さえ、少しずつだが治癒していった。

 

「これは……」

 

 身体が癒され余裕ができたことで、私は頭上に浮遊し、かの障壁を張った主――甲羅状の盾の存在に、そして――。

 

〝さあ我が盾よ~~我が友を癒し~~災禍の濁流より守り通せ~~♪〟

 

 かの守護神を生み出した超古代文明語らしい言語ながら、確かに意味を理解でき聞き取れる詩を、凛と美しくも雄々しい歌声で奏でて……彼女は私たちの前に降り立った。

 その後ろ姿を見上げる、私の瞳は……間違いなく目にした。

 

〝ガアァァァァァーーーオッォォォォーーーッ!〟

 

「ガメ…ラ……」

 

 守護怪獣――ガメラの勇姿(うしろすがた)を。

 

『待たせたな、クリスも無事だ』

 

 炎の中悠然と佇み、その手で私たちを焼き払おうとした火を吸収し、己が力へと変換させながら………ガメラは――朱音は、振り返って凛然と微笑み、歌う肉声の代わりに勾玉から、私に呼びかけた。

 ほんと……待ちかねたぞ……そして、おかえり。

 

「朱音……私と立花は、この様(ざま)だ、だから……」

『ああ、選手交代だ……翼と響にも』

 

 そして――この地球(ほし)に生きるあらゆる生命と、その命たちが奏でる〝音楽〟には――。

 

「――これ以上~~指一本~~奴に手出しは~~させないッ!――♪」

 

 そう、高らかに歌い上げて、その身を球状の炎を纏わせ、美しくも勇壮に――飛翔していった。

 

「頼んだわよ………戦友(わがとも)」

 

 不思議だ……飛び立った朱音の勇姿からは、フィーネに負ける気が、一切しなかった……それくらいの頼もしさを、私は感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 そして間一髪、フィーネの憤怒と殺意と言う油がたっぷりしみ込まれた業火(こうげき)から愛する友らを助け出した朱音は炎を吸収し己がエネルギーとしながら、飛翔、炎のベールを隠れ蓑にまずバリアを生じさせる両腕を両断し、その全身に火の衣を着たまま《爆熱拳――バニシングフィスト》によるロシアンフックを奴の頬へと撃ち、大地へと叩き付け、半径十メートル以上もののクレーターができる衝撃を与えた。

 

「まだ戦いはこれから~~邪悪なる焔を我が力へと変え~~次なる戦場に――臨めッ!♪」

 

 残心の構えで歌ったまま呼吸を整え、ゆったりと地に降り立つ朱音は自身を覆う炎の大半をエネルギーに変え取り込み。

 

『前に言った筈だ……私の〝友達〟に手を出すな〟―――とな、救世主の皮を被った独裁者にして、〝堕天使(あくま)〟よ』

 

 余剰分のエネルギーを排熱処理と同時に手を横薙ぎに払う仕草で、放出させ。

 

『Now――Are you Ready?――Fine』

 

〝覚悟はいいな? 終わりの名を持つ巫女よ〟

 

 銃に形作らせた指を突きつける朱音は、己の大切な人たちを傷つけ、命の危機へと貶め、この地球(ほし)に生きるあらゆる生命に巨大な最悪を齎す巨悪と化した先史文明の巫女へ、改めて〝宣戦布告〟を告げた。

 

「ぐぅ……うぅ……」

 

 一方、告げられた側のフィーネは、一度両断された両腕込みで身体の大半は再生されていたが、朱音(ガメラ)の《バニシングフィスト》の直撃を受けた顔の半分は、未だ火傷で焼き爛れ、ネフシュタンと一体となった身でさえまだ収まらない激痛に呻く中。

 

「ヴぁ……あっ……なぁ……」

 

 翼が〝櫻井了子の面影が完全に消えた〟と表した激情に歪みに歪んだ面持ちを、対照的に凛然としている朱音に向け、徐々に修復されていく声帯から。

 

「なぜ…だ?」

 

 忌まわしく、問いを投げつける。

 クリスとともに絶唱を歌い、カ・ディンギルに荷電粒子砲を一時は押し返すほどのエネルギーを生み出した――と言うことは、それだけ肉体に掛かるバックファイアも絶大なものだった筈だ。

 なのに今の朱音からは、つい先程絶唱を使ったとは思えないほど肉体は壮健……それどころか彼女の内に宿るフォニックゲインの質と量は、先の戦闘時を遥かに上回ってさえいる。

 

『………』

 

 その朱音自身は、あの状況から生き延びたどころか、この短時間で戦線に復帰できた〝からくり〟を教える気は全く無く。

 

「解せん……」

 

 またフィーネもフィーネで、激情の火が燃え続ける胸の内に蠢く疑念は、朱音のコンディション以上に。

 

「いつも……いつもいつも……お前は、我が計画を、我が策を………悲願を……悉くかき乱し………月から齎される呪詛(バラル)の真実を知っても尚、唯一人類を救済できるこの新霊長(わたし)に立ち塞がると言うのか?」

 

 これまで何度も自身の計画の流れに〝摩擦〟を起こしてきた朱音の瞳から明瞭に語られる………フィーネの野望にして切望は、絶対に断ち切ろうとする意志を示す理由を、理解できずにいる旨を、苛立ちげに言い放った。

 

「~~~♪」

 

 朱音は静かに、しかし胸の内にある赤く熱い〝怒り〟と〝信念〟を宿した強き歌声(いし)で歌い続ける。いつでも戦闘に入れるようにする為でもあるが、敢えて〝歌い続ける〟ことでフィーネへ挑発させる意図も兼ねていた。

 

「かつて神そのものであった貴様も分かっている筈だ………相互不理解に陥った人類が………何度も。幾度も、繰り返し………差別、弾圧、殺し合い、虐殺……何度犯しても終わらぬ流血の歴史を繰り返してきたか?」

 

 わざわざ聞かれるまでもなく、まして相手に〝その通りだ〟と返答するまでもない。

 朱音は――ガメラは災いの影――ギャオスの復活に呼応して目覚めるまで、太平洋の底で眠り続けていたが、マナを通じて……地球の歴史をおぼろげながらも〝夢〟として見てきた………勿論、フィーネの言う人類の悲劇と惨劇に満ちた流血の歴史も然り。

 この悲しき歴史の輪廻を断ち切りたいフィーネの想いは本物であり、朱音はそれを理解し、自身もまた同じ旨を抱いていることを重々理解している。

 

「月にへばりつく〝バラルの呪詛〟さえ解けば………以前雪音クリスが豪語した通り、バラバラになった世界は先史文明(わたしたち)の時代の様に、一つに戻ることもできる」

 

 だが同時に、朱音には人類が背負う〝業〟に関して、フィーネとの間に決定的な齟齬が存在していることも、認識していた。

 

(なんと……哀れにおめでたい)

 

 さらに朱音は、人類救済の意志は本物であるフィーネに抱えている致命的な〝矛盾〟すら、当人より先んじて……その翡翠の瞳は捉えていた。

 

『〝我は来たり、地に火を投ずるために、我は願う、その火の既に燃えたらんことを―――しかして我の受けねばならぬ十字架(くさび)あり、その終えんまでに、いかにこの身の苦しからんことか〟………』

「何を……?」

 

 朱音はその矛盾を突く前置として、もう一つの口――勾玉(マイク)より、ある聖典に記されている一節を引用し始める。

 

『………〝我、地に平和を与えんために来たと思うなかれ、然らずむしろ争いなり、今より後一家に五人あらば、三人は二人に、二人は三人に――』

 

 それ――すなわち

 父は息子に、息子は父に。

 母は娘に、娘は母に。

 

『〝相分かれて――争わん〟……』

 

 唯一神だと信者たちに主張する神が、自らの意志の代弁者――預言者であるイエ

ス・キリストを通じて人々に伝えた〝預言〟の数々が記された正典――《新約聖書》

の《ルカによる福音書十二章》に書かれた…………キリストが信者へと伝えた神の〝言

葉〟。

 

「なぜそこで……神はこの世に唯一つとほざく宗教の教典を述べ上げた?」

 

 神が複数存在し、人類と明確な繋がりを持っていた最後の時代の生き証人にして橋渡したる巫女であったフィーネにとって、この世に存在する神は〝唯一〟を前提とする一神教は、ユダヤもイスラムも、無論キリストも含めて厭わしい存在だった。

 

『〝櫻井了子〟と言う稀代の天才の頭脳を乗っ取っていながら………その意味も分からないのか? 終末の巫女』

 

 引用し終えた朱音は、引き続き肉声を歌唱に使い続けながら、フィーネへ挑発と皮肉を発し。

 

『なら敢えて教えてやる――キリストが自ら楔(じゅうじか)を背負い、人類の原罪を浄化しようとした点を除けば――これはお前が数千年人類の流血の歴史とやらに介入し続けたお前の〝罪〟そのものだ』

 

 続けて……《ルカ福音書十二章第四九節》を口にした理由を突きつけた。

 

「〝罪〟……だと」

『そう……救済とは程遠い、〝人類の原罪〟ってやつをより一層、昏く、深く、度し難くさせる災厄………生憎私の目からはな、お前の〝悲願〟とやらは、そんな形にしか見えない』

 

 なぜ朱音が〝そんな形にしか見えない〟と断言したのは、明確なる根拠と確信がある。

 

『確かさっき、お前は私の友にこう口にしていたな――〝痛みだけが人を繋ぐ絆〟………人類史をこの目で見てきた果ての結論にしては、チープが過ぎるぞ』

「ッ!」

『待て』

 

 今の朱音の言葉たちはフィーネの逆鱗に触れるもの――彼女は元よりそれを承知の上で、敢えて言い放った。

 

『お前がべらべらと自分の目的を語った分だけ、私も言いたいことを言わせて貰う、どの道私とお前が争うのは不可避だからな』

 

 朱音はフィーネの悲願を〝チープ〟と断じた理由の説明を続ける。

 確かに相互不理解の呪いがかかった人類の、数え切れぬほど繰り返されてきた悲劇の歴史は、フィーネの言う通り〝真理〟の域にさえ至る確たる〝真実〟だろう。

 

『だが、お前が櫻井了子を肉体と魂に憑依したその日から行ってきた諸々だけでも、それはお前が誰よりも憎み、この世から無くしたいと願っていた筈の〝悲劇〟そのものだ………せいぜい、争いを一つ潰すと同時に火種を何十、何百もばら撒く行為も同然』

「な……に……」

 

 それを聞いたフィーネは、一瞬怒りすらも忘れ。

 

〝貴方の〝戦いの意志と力を持つ人間を叩き潰す〟やり方じゃ、争いを亡くすことなんてできやしないわ、せいぜい一つ潰すと同時に新たな火種を二つ三つ、盛大にばら撒くくらいが関の山ね〟

 

 以前にクリスへと突き刺した己が言葉を思い出す……多少の差異はあれども、朱音が今言ったことは、その時自分が言ったものとほぼ同様であり、まさかこんな形で自身に還されてくるなどと………微塵たりとも思っていなかった。

 

『私なりにあの予言を解釈するなら……〝大それたことを為そうとすれば、必ず反発するものが現れ、時に大いなる災いすら招く〟……私からすればこれだけのことをしていながら、なぜ人類全てがお前にひれ伏すと思っていたのか? お前は〝新霊長〟などと言う存在ではない……聖遺物と融合していようが今も変わらず、お前が憎み嘆き続けていた歴史の〝歯車〟に過ぎず――』

 

 完全聖遺物と細胞レベルで融合を果たし、自らを呪詛(バラル)から解放した後の人類を導く〝新霊長〟と称したフィーネを朱音は――。

 

『自ら招いた因果で呪われた人類を救おうとした意志は本物であっても………今のお前は〝痛みこそ絆〟とほざき、争いと言う混沌(バラル)を産み落とすもう一つの〝呪詛(のろい)〟そのものだッ!』

「ぐぅ………私自身が……呪詛だと?」

『異論を聞く耳はあるが、聞いてもどの道私は撤回する気はないし、仮に月を穿つとも呪詛を一つ解いたとして、現代の人類にそう都合の良い結果を生むとも思えないしね』

 

 真っ向から否定し………反論を聞く気はあっても発言を覆すことはないと、ヘッドセット越しに耳をとんとんと指で叩きながら、〝終末の巫女〟が数千年の長き時の果てに、悲願も己自身すらも歪んでしまったと、呪詛(バラル)から解放………ここまではっきり言い切った。

 けれど朱音には――。

 

『それとやり合う前に、もう一つ、質問しておきたい』

 

 確実に避けられぬフィーネとの戦闘の前に、もう一つ、相対するこの災禍を引き起こした元凶に言っておきたいことがあった。

 

『お前が巫女として仕えていた……この世界の人類の創造主たる神々――〝アヌンナキ〟』

 

 アヌンナキ――それこそフィーネ曰く〝あの方〟を含め、先史文明時代に深く関わっている、メソポタミア神話の神々を総称する名。

 

『その頃の人類が争いと無縁だったのなら、彼らに文明の創造法を伝授した神々の間にも……ただの一度も〝内戦(シビルウォー)〟は起きなかったのか?』

「…………」

 

 この朱音からの〝問い〟に、フィーネは一転俯き何も答えないまま……金色に彩る櫻井了子の瞳を泳がせる。

 朱音にはむしろ、その反応で十分だった。

 メソポタミア神話に限らず、古今東西の多神教に登場する神々は、良く言えば個性が立つ、悪く言えば我が強すぎる〝ろくでなし〟ばかり、日本の神道の八百万の神々でさえ、その多くは当時の日ノ本の人々に丁重祀られ、崇められるまで、むしろ害を与える荒神であった。

 そして〝アヌンナキ〟もまた、例外では無かったと、フィーネの反応が何より証明していた。

 

(さて……そろそろ戦端は開かれる)

 

 もう朱音にはフィーネと問答を交わす為に使う御題(カード)は、使い尽した、それにたとえ残っていたとしてももう朱音は口頭による〝争い〟はお開きにしようとしている。

 フィーネとて悲願を成就する為、櫻井了子として弦十郎ら二課の面々ととも日々を過ごす傍ら長年温めてきた計画の要たる虎の子の《カ・ディンギル》が倒壊した程度で……今更、引き下がる気はないだろう。

 

〝I Love you,SAYONARA〟

 

 密かに繋がっていたアメリカ政府の差し金である傭兵部隊の亡骸に血で書き残したメッセージは、二課に対する決別の置手紙にして、不退転の決意表明でもあったのだから。

 

「最早貴様の問いを真に受ける気は、私になど毛頭ない………ましてここまで来て、悲願を遂げるまでの進撃を止めるつもりもない………特に草凪朱音、貴様にはな」

 

 現に、再び心中に激情の炎が強まり出したフィーネは、眉間が皺で歪む怒れる金色の瞳を、朱音へと向ける。

 朱音も戦闘を回避する選択肢は、元より捨てていた。

 今やフィーネの憤怒の対象は……天を仰ぐ塔――《カ・ディンギル》による月諸共、バラルの呪詛の破壊する計画を破綻させた者たち全て………当然その中には、響も翼もクリスも、弦十郎ら二課の人達もいる。

 そして今、フィーネとまともに戦えるのは自分しかいない………文字通り今の朱音は〝人類最後の砦〟そのものだった。

 

(上等)

 

 朱音はその事実を重々受け止めながらも、重責を全く背負い込んではいなかった。

 前世の孤独な激闘の数々に比べれば……終末を齎す巫女との戦いなど、どうということはない。この程度で重圧に押し潰されている様では……守護者(ガメラ)は務まらないし、その十字架を背負えはしない。

 そして何より――。

 

(今の私は――〝一人〟であっても、決して〝独り〟じゃない)

 

 ――今の朱音(ガメラ)には、災いに毅然と立ち向かう力をくれる者達が、たくさん存在している。

 バベルの塔を立て、それを仕えていた神より破壊され、統一言語を奪われる罪を犯してしまってから幾星霜……この巫女が繰り返してきた〝悲劇の輪廻〟は、ここで終わらせる。

 

(さて……どうやって戦端を開くか……)

 

 決意を締め直す朱音は、いつでも応戦し、迎え撃てる様〝無形の位〟で構えたまま、如何に再戦の鐘を鳴らすか思案していた。

 切願を阻む存在全てに向ける憤怒を剥き出し、先程は弦十郎には〝櫻井了子〟の顔を見せて逡巡させたところを無慈悲に串刺し、戦う余力を一切残っていなかった響達へ理不尽に八つ当たりをしていながら、フィーネは先手を打ってこない。

 かと言って朱音も、安易に先制攻撃するつもりもない、下手に攻撃しても奴の鉄壁にも等しい障壁(バリア)に防がれてしまう上、迂闊に冷静に対応する隙を与えれば、背後にいる響たちを巻き込むかもしれないし………友を安全な場所へ送ろうとしても、ネフシュタンも飛行できるので行った先で戦闘に巻き込まれる人の数を増やしてしまう。

 となれば……上手く朱音の方に敵意を一点集中させる塩梅でフィーネを挑発して煽り、あちらから先攻させるしかない。

 

(問題はどうやってまたフィーネを煽るか……)

 

 先程、計画が成功すると信じて疑わなかった為か………フィーネは装者たちに自分から、己が正体と己が蛮行の数々と、その果てに成就しようとする〝悲願〟を出し惜しみの欠片もなしに、わざわざ教えてくれた………。

 

(そう言えば……)

 

〝私はただ……〝あの御方〟と並び立ちたかった……〟

 

〝だがそれはあの御方の逆鱗に触れた……人の身が同じ高みに至ることを許してはくれず……その超常の力で怒りすら表し……〟

 

 フィーネが仕えていたと思われる、アヌンナキの神の一人のことを口にした時の奴の様相は、明らかに一線を画していた。

 口振りから見ても、フィーネがバベルの塔を建てようとした理由は……単なる忠義を超えたその神への慕情とも言える想いが多くを占めているのは、間違いない。

 そしてフィーネは、朱音が〝アヌンナキ〟の言葉を口にした時、否定をしなかった。

 ならば――該当する神の正体に、朱音は自然と行き着く。

 

「そうやってまたこの時代でも、争いの悲劇を繰り返すのか?」

 

 アヌンナキの神々の中で、人類の創造主――親とも言える神は、ただ一人。

 

「そうなればお前が仕えていた神は到底許してくれそうにないぞ……〝あの御方〟、否――」

 

 世界の創造主にして、知識と魔法を司る神、その名は――。

 

「――むしろ、人類(ひと)を創造しておきながら、相互不理解に落とした挙句この地球(ほし)から去り人間(わたしたち)を見捨てた……〝エンキ〟の思う壺だ!」

 

 エンキ――朱音がかの神の名を口にした瞬間。

 

「口に……するな……」

 

 収まらぬ憤怒をどうにか御しようとし、朱音の出方を窺っていたフィーネの――。

 

「神の残滓でしかない貴様ごときが………あの方の名を気安く――口にするなぁぁぁぁぁぁーーーッ!」

 

 感情の箍と言う名の防波堤が、決壊した。

 

(さあ来い)

 

 両者は同時にその場から、相手めがけ駆け出す。

 

〝これ以上お前と言う呪詛(バラル)の為に、誰も犠牲にはさせんッ!〟

 

 星の姫巫女と、終末の巫女、両者の戦いの鐘が――今鳴り渡った。

 

つづく。

 




朱音がパトレイバー劇場版Ⅱで引用された聖書の一節を使う場面は勿論、脚本が伊藤和典さん繋がりです。


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#62 - 守護者~ガメラ~の猛攻

お待たせいたしました最新話。

ガメラたちは子どもの味方な昭和の初代から、一度攻勢に出たら徹底的に敵怪獣を叩くフルボッコ反撃タイムがございますが、平成ガメラな朱音も負けじと、とても荒々しい戦いぶりになってしまいました(苦笑(アハハ(;^ω^))

無論、オリ技の新技もたっぷりございます。


〝来るよ――ガメラはきっと来るよ〟

 

「はっ! うっ……まぶっ……」

 

 突然、意識と一緒に開いたアタシの目は、いきなり入ってきた光の眩しさを受けて、咄嗟に瞼を閉じた。次はそっと開けて、目が光とピントを合わせたところで、テントの天井と、ぶら下がった電球を捉えた。

 少なくとも、ここは天国では無く、アタシはちゃんと生きている。その証拠に、寝そべったまま辺りを見渡すと、自衛隊と多分一課の方の特機の連中らしい大人たちがいた。

 けど………どうやってここへ?

 覚えているのは、イチイバルのリフレクター機能で、絶唱で大型化したアタシらのアームドギアを浮かせたまま、エネルギーを放射したまま、アタシは朱音(あいつ)に抱き付かれた状態で雲の中に落ちて行った………ところまでだ。

 それに………絶唱のバックファイアで全身のどこもかしくも激痛で軋んでいた自分の身体には、傷らしい傷が見当たらない………血だらけだった口の中からも、血生臭さは一切消えていて、まだ体力は戻り切っていなかったが、普通に起き上がることはできた――。

 

〝~~~♪〟

 

 ところで、朱音(あいつ)から貰い受けた腕時計(スマートウォッチ)から着信音が鳴り出したので、タッチパネルを出して操作してみると。

 

〝雪音クリスさん。草凪さんからの提案で、メールにて連絡しております――〟

 

 一課の人間の一人らしい野郎(名前は津山らしい)のメール文を見た。そいつから伝えられたことは、カ・ディンギルは月をぶっ壊す前に破壊されたこと、朱音がアタシをこの一課のキャンプに送り届けたこと、今の自分の身体と同じく絶唱を歌ったのにピンピンとしてたらしく、そのままフィーネの野望を止め、装者(なかま)を助けるべく鉄火場へとおっとり刀で飛んでいったとのことだ。

 でも………鉄火場からそれなりに離れているここでさえ、小さい頃から何度も味わってきた〝戦火の緊張感〟で、肌がピリピリする感覚から………まだ戦いは終わっていないことに気づく。

 こうしちゃいられねえ………もう休めるだけ休んだ。

 

〝ガメラが私たちの為に戦っているのッ!〟

 

 不意に、アタシと歳が近い以外は誰のものか分からない誰かの声が、脳裏に響く。

 けど分かることもある。

 あの言葉の主の言う通り、朱音――ガメラも、装者(あいつら)も、カ・ディンギルを破壊されながらも悪あがきを続けるフィーネと止めようと必死に戦っているんだって。

 ならアタシだけ呑気にこれ以上、お寝んねできるわけがねえ。

 腕に付いていた点滴の針を思いっきり抜き、アタシはベッドから飛び出した。

 

 色々やらかして……この事態を招いてしまったバカヤローの一人なアタシだけど、今鉄火場へ飛びこもうとしているのは………過ちの清算だけなんかじゃない。

 アタシにだって――〝守りたいもの〟――があるって歌(きもち)が、あるんだよッ!

 

 

 

 

 

 

「え……エンキ?」

 

 カ・ディンギルを破壊された憤怒、憎悪、憂き目を私と立花やシェルターに隠れている司令たちにまで及ばぬ様、敢えて挑発的に振る舞う朱音の口から発せられた、メソポタミア文明の神話の神々――アヌンナキの一人らしい神の名を、私がふと呟いた矢先。

 

「神の残滓でしかない貴様ごときが………〝あの方〟の名を気安く――口にするなぁぁぁぁぁぁーーーッ!」

 

 敢えて逆鱗に触れようとした戦友(とも)の思惑通り、激情に駆られたフィーネと――米国暮らしと洋画鑑賞で鍛えられたと思われ、抜き身の剣だった以前の私もまんまと術中に嵌められたことのある皮肉の利いた偽悪的な口調に反して、凛と雄々しい後ろ姿を見せる朱音は――同時に、大地を抉る勢いで疾駆。

 先手を取ったのは、先程私たちに八つ当たりを与えていた時以上に激昂して美貌を歪めさせているフィーネ――が振るう、ネフシュタンの鞭。

 対して地上からすぐ上の低空を跳び進む朱音は、二振りの鞭の初撃を躱すも。

 

「逃がさんッ!」

 

 初撃は囮(フェイント)、回避した瞬間を狙って、今度は六つの鞭の刃が朱音の周囲の八方を塞いて取り囲み、そのまま彼女の血肉を引き裂こうとする。その速さは、今まで振るわれたものと比にならぬ程。

 

「朱音!」

 

 思わず朱音の名を叫んだ……私の瞳は確かに目にし、そして聞こえた。

 

〝甘い〟

 

「迫る危機~~なればこそ~~馳せ続けろ!♪」

 

 凛と精悍に歌い続ける朱音の口元は不敵に微笑み、その表情から発せられた朱音の意思(ことば)……刹那、宙を周りながら紙一重で鞭の凶刃を全て避け切り、急加速。

 

《邪斬突――エルボークロー》

 

 前腕部のアーマーから伸びた三つの刃で、フィーネの喉笛を裂いて切り抜ける。奴の首から血が盛大に噴き出すも、即座に再生されるだろう。

 だが治癒されるまでに、朱音が次なる攻撃を仕掛けるには十分な時間だった。

 フィーネの背後で、背を向ける体で着地し。

 

《邪斬旋脚――レッグシェルスラッシュ》

 

 両足に炎を纏わせて振り向きざま、ネフシュタンの鞭を生やすフィーネの背部へ旋風脚の二連撃で鞭の根元を奴の血肉ごと抉って破壊し。

 

《邪突撃火――》

 

「――ブレージング~~スティンガーァァァァーー~~♪」

 

 足全体を覆う炎をさらに燃え上がらせ、続けざまに上段前蹴りを叩き込み、直撃を受けたフィーネは吹き飛ばされ、瓦礫の山へ灰塵の花を咲かせ激突させられたと同時に爆発の火焔が派手に舞い上がった。

 機器に頼らずとも、その戦いぶりを肉眼で拝むだけで分かる………朱音の歌声から迸る強大で凄烈なフォニックゲインと、それを繊細にして剛胆に御して完全聖遺物を圧倒する、磨かれた彼女の己が戦闘技術を……。

 実際はほんの数瞬の間に起きたことだと言うのに、鮮烈過ぎて私の瞳はスローモーションで友の勇姿(たちすがた)を捉えていた。

 そんな私をよそに、朱音はまだ爆炎が治まらぬ爆心地へ………以前、脳裏に過った前世(ガメラ)の映像を思い出させる鋭利な眼(まなこ)で見据えたまま、片足を下げると、背部周辺にて陽炎を起き始め――たかと思うと、なまじ友を見詰めていたのもあって、視界から消えたと思わせる程の速さで、彼女は疾駆。

 

 この時の私では朱音のあの瞬発力の絡繰りなど掴めなかったが、後に立花が披露したアンカージョッキを参考に、飛行の際に使用するギアの反揚力浮遊システムを応用し、背後の空気を圧縮――から開放した反動で短距離を一瞬で移動する加速法だった。

 

《参連熱爪――ドライフォトンクロー》

 

 炎が鎮まった爆心地へ、朱音は手甲から生やした赤く熱する三つの爪で、爆発の残り香たる灰色の煙を、左切り上げの軌道で振るう。

 

「っ―――!」

 

 いや……正確には、煙の渦中にいたフィーネの腕を両断したのだと、口を大きく上げた奴の濁音混じりの悲鳴と、激痛で皺に塗れた面持ちから察した。

 フィーネの金切り声がまだ残響されたまま、朱音はもう片方の腕からも三振りの爪を伸ばして相手の下顎を突き上げ、脳髄ごと刺し貫く。

 まさに狩りの技術を磨いた手練れの肉食獣が、一瞬で獲物を仕留める如くの、早業にして、御業だった。

 しかし……今の攻撃すらもネフシュタンはフィーネを再生し、蘇生させる。

 ゆえに、朱音のさらなる猛攻が続く。

 フィーネには、朱音のプレズマ火球すらも防ぐ鉄壁の障壁を有しているが………〝泣き処〟は無いわけではなかったと、私も先の戦闘で見抜いていた。

 それは幾つかあり、形成するまでに僅かだがタイムラグがあり、即座にかつ安定した出力で張るのに最も適しているのは手……その暇の隙を突き、障壁を生成しようとした手を、前腕両腕ごと切り裂いた。

 加えて、いかな鉄壁の防御力を持っていると言えど、手から発した障壁で相手の攻撃を凌ぎ切るには腕を伸ばす必要となり、朱音は櫻井了子(フィーネ)の腕のリーチよりもさらに間合いを詰めた肉弾戦(インファイト)を敢行し始めた。

 意識を取り戻したフィーネの側頭部越しの脳髄に左腕からの肘当て、首の側面へ右手の手刀を当て、私がいる場所からも骨が砕ける音が大きく響き、続き左足で足首を折り、右脚の膝蹴りであばら骨を粉々にし。

 

《烈火斬――ヴァリアブルセイバー》

 

 赤熱化した前腕の刃がまた喉を掻き斬り、手甲の三爪が額から後頭部を貫きフィーネの意識を再び奪った上、爪を生やしたまま中国拳法詠春拳の技の如き、残像すら描く拳打の乱撃を見舞わせ、相手の胴体は火傷と痣に溢れていた。

 先に朱音に切り裂かれた腕は再生こそしているが、その進行は明らかに遅くなっていたのが私の目でも読み取れた。

 これはネフシュタンの再生力も、決して万全ではない証左………高熱の刃で斬られて傷が火傷で塞がり凝固したことで、再生に遅れを来していたのだ。

 ここまで緒川さん、叔父様(しれい)、装者(わたしたち)と連戦が続いていたことを踏まえても……己が肉体と同化したと言う完全聖遺物の再生能力も追いつかぬ朱音の、激しくも力任せで闇雲なごり押しではない、人体の急所とネフシュタンの弱点を正確無比に突いた猛撃の数々を、フィーネは、奴は呻くことも喚くことも叫ぶこともできず一方的に受け続けられている。

〝攻撃が最大の防御〟とは、今こうして朱音が繰り出している攻め方を差すのだろう。

 首元への掌底を、鎖骨が砕ける音と共に貰い受けたフィーネだったが、どうにか意識を取り戻せたか、あるいはフィーネの感情に呼応してネフシュタンが自ら起こした行動か、相手が攻撃をした瞬間と距離ができた隙を狙い、再生し終えた鞭二振りで背部から朱音の胴体を串刺しにしようとする。

 

「後ろだッ!」

 

 大声で警告を朱音へ発した私だったが………朱音は反撃を先読みした上で、わざと距離を離したと、背を向いたまま、蛇腹鞭の切っ先をくるりと舞って回避すると同時に握りつぶす握力で掴み取った様から、感付く。

 

「穿ち抜け~~!♪」

「ぐぁっ……」

 

 そして逆に、意識を取り戻したばかりのフィーネの胴体を、鞭の刃で突き破り、フィーネの口から、腹部から、夥しい血が吐き出され、瓦礫が散らばる大地に不格好な血の水たまりができたところへ、障壁も貼らせまいと三爪でまた奴の両腕を断ち切った。奇しくも叔父様(しれい)は一度奴を追い詰めながらも、自他ともに認める〝人の良さ〟と言う弱点を突かれて串刺しにされた為、ある種の意趣返しとなった。

 どうやら今の一撃で、骨髄ごと穿たれたらしく、血だまりに力無く膝が付かれるフィーネは、疑念と困惑と驚愕が混ざり合う顔つきを表して呟く。

 

「ま、なぜだ……ネフシュタン……ぐぅ……」

 

 ネフシュタンは侵食活動でフィーネを苦しめこそすれども、フィーネが負った蛇腹鞭が突き刺された腹部の傷も、切断された腕の火傷も、一向に治癒しようとしないのである。

 先程まで、何度致命傷を負わせても瞬く間に再生させていたと言うのに……なぜだ?

 私でさえ、疑問が胸の内に渦巻く中。

 

『自己矛盾によるエラー、これは賭けだったが、案の定のご覧の通りさ』

 

 エコーが混じった朱音からのの通信(こえ)がきっかけで、櫻井了子(フィーネ)に起きた現象の理由に、おおよその見当がつく。

 前にフィーネの傀儡だった頃の雪音と交戦した際に朱音が提出した報告書では、ネフシュタンの鎧は、担い手が負った傷を癒すのと引き換えに、肉体を侵食するデメリットがあると記していた。

 自ら鎧と同化したフィーネも例外ではないだろう、むしろ聖遺物との融合をさらに進めて、奴が自称した〝新霊長〟とやらに上り詰めようとしていた筈だ。

 だがネフシュタンのその機能に、落とし穴があったとしたら?

 ネフシュタン自身の武器で使用者が負傷したことで、融合侵食を引き換えとした再生能力が――〝自分で自分と同化しようとする相手を傷つけた矛盾〟――陥った影響で何らかの機能不全を招いたとしたら……説明はつくし、朱音も直にネフシュタンの侵食を見たことで、その弱点の可能性を導き出したのだろう。

 実際にそうであったかは、朱音としても賭けだったが、彼女の推理は見事に当たりを引いた。

 これは私たちの現代(じだい)の文明からは魔法にも等しい超常的な能力と有するオーバーテクロノジーの塊である完全聖遺物といえど、道具であることに変わりない事実。

 前世は生きた完全聖遺物も同然の怪獣ガメラだったからこそ、聖遺物の力は強力ではあっても〝完璧〟ではなく、欠点は抱えている可能性を推し量り、自身が生きていた先史文明時代のテクノロジーを過信していたフィーネの虚を突き、ここまで追い詰めたのだ。

 

『せっかく慎重に丹念に悲願とやらを進めておきながら……ギアと同化した響に目を奪われ計画の実行を前倒しにした、それが破算に繋がった因果(ミス)の一つだよ、終末の巫女』

 

 歌唱し続ける朱音は、勾玉(マイク)からの電子音声で、月ごと〝バラルの呪詛〟を破壊する計画が失敗した理由の一端を相手に突きつけ、拳銃形態のアームドギアを生成し、フィーネに銃口を向けたが――。

 

「まだだ!」

 

 ここまで朱音に圧倒され尚、フィーネは戦意を失っておらず、朱音が引き金を引く前に上空から飛行型ノイズを呼び寄せ(あのライブの日と、ここ数か月の異常なノイズの出現数を思い返すと、フィーネはソロモンの杖を使わずとも、ノイズを召喚すること自体はできるようだ)、体当たりを仕掛ける。

 咄嗟に朱音は後方へ飛び退きながら、銃弾を放った。

 朱音とフィーネの間に、空から急降下して来た飛行型が盾となったが、弾はノイズを容易く貫通し、奴の額の中央に命中――。

 

《NIRVANA GEDON》

 

 ――したが、直前に胴体を刺し貫いていた鞭は、先端の刃から飛ばされた重力球の勢いで引き抜かれた為に、ネフシュタンの再生機能が回復し、ここまで朱音から与えられたダメージは全て治癒されてしまう。

 これで実質、戦況は振り出しに戻り――飛行能力を持つ朱音とフィーネは、上級へと飛翔、戦闘の場を空に移し、二人の戦いは第二幕へと移った。

 

 

 

 

 まだ蒼穹を覆い尽くす灰色の雲海の下、現代に蘇りながらも穿たれ落ちた巨塔(カ・ディンギル)の四周の上空で、二つの軌跡が、交差し、衝突し合う。

 朱音のシンフォギア――ガメラの杖(アームドギア)と、フィーネが纏うネフシュタンの蛇腹の剣、両者の得物は幾度も激突を繰り返していた。

 

「繰り返す悲劇~~この輪廻もまた~人の本性(さが)と~背けられぬ真理」

 

《灼熱斧刃――ハルバードバーニングエッジ》

 

 ―――が、ハルバード形態となった朱音のアームドギアの穂先から鮮烈に煌く暁色の豪火(プラズマ)の斧刃が繰り出す強烈な斬撃たちは、ネフシュタンの蛇腹すらも両断、粉砕した。

 

「くっ!」

 

 忌々しいと言う情動を隠しもせず面持ちに表すフィーネは舌打ち、急ぎ朱音から後退して距離を取る……終わりの巫女にとってはその行為すらも屈辱的だった。

 

〝なぜだ!? なぜこの紛い物如きにッ!〟

 

 完全聖遺物と融合した自身が、自ら生み出した玩具(シンフォギア)の模造品でしかない《ガメラ》に、なぜこうも後れを取らされる?

 なにゆえ紛い物が鳴らす〝歌〟に、圧倒され続けられている!?

 胸の内で蠢く疑念を晴らす解答を導くことも、止まらず絶えず荒ぶる乱脈を抑える術も見つからぬまま。

 

《NIRVANA GEDON》

 

 後退の速度を緩めず、再生し終えた蛇腹鞭たちの先端に多数の重力球を生成し、何十発ものの数で以て、乱れ撃ち出す。

 一方朱音は、フィーネとの一対一の戦闘が開始してより容貌に浮かべていた凛然にして不敵な面構えを崩さぬまま、ギアアーマーの各スラスターを点火し、重力球の弾幕の向こうにいる〝災禍(てき)〟へ、急加速して疾駆。

 強力な重力で対象を引き寄せ、容赦なく捻じり切った挙句に爆発し呑み込む、凶悪な漆黒の弾頭の数の暴力、しかも今回放たれた全てに誘導力も持ち合わせていた重力球たちは、迫る標的に対し一斉になだれ込み。

 さらにフィーネからも新たに、弾頭の生成と投擲の繰り返してその数は急増し、朱音を撃ち落とさんと襲い来る。

 

〝バカな……〟

 

 しかしフィーネの胸中から、この戦闘が始まって何度も零れた言葉が、またしても漏れた。

 朱音と〝ガメラ〟から発せられるフォニックゲインは、尚も質も量も密度も上昇し続け、それに比例し、飛行速度も機動性も飛ぶ鳥を落とす勢いでうなぎ登る。

 曇天の下で輝く炎(ひかり)となった朱音は、重力球の群体を上回る超高速を維持したまま弾幕を巧みにすり抜けていき、同士討ちする弾頭たちが続々と自滅の花火を上げる。

 

《烈火球・嚮導――ホーミングプラズマ》

 

 尚も追いすがる残る重力球も、〝ガメラ〟の火球たちに迎撃され、撃ち落とされていった。

 フィーネは全速力で、肉薄する朱音から離れようと全速力で退こうと試みるも、最早ネフシュタンの飛行力では逃げきれない、蛇腹鞭でもまともに捉えきれぬ速さ。

 ならば最早、己が〝盾〟が頼りだった……幸い地上での戦闘と違い、張り巡らせるまでの距離と猶予があった。

 

《ASGARD》

 

 障壁を張ろうとしたフィーネだったが――。

 

『どこを見ている?』

 

 突如、正面から迫り来ている筈の朱音の声が背後のすぐ傍から聞こえてきた。

 迂闊にもその声に意識が向かれたフィーネが振り向いたが、確かに気配ごと感じたと言うのにそこには虚空だけ。

 

「Jesus(ちくしょう)! どこへ行った!?」

 

 それどころか、朱音の姿自体、この広大な上空の中で、見失ってしまう。

 

〝~~~♪〟

 

 程なく、朱音の歌声が、フィーネの周囲四方八方から響き出した。

 絶えず歌声は発信場所も距離も変化する上に、複数から同時に鳴り渡る為、フィーネは混乱させられる。

 朱音の場所どころか、どこから攻撃が来るのかも把握できない中――正面の目と鼻の先にて朱音が現れ。

 

「Recei~ve~♪」

 

〝受け取れ〟と奏でた宣言通り、朱音はフィーネへ胸部に左腕からの肘鉄、下顎に右手からのアッパー、さらに頭突(ヘッドバッド)を見舞い、すかさず背後に回り込んで前転の勢いを相乗させた踵落としを脳天に叩き付けると、素早く距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 地上にいる私からでも、フィーネが空中戦を選んでしまったのは致命的な失態だと言うことが見て取れた。

 怪獣としても、シンフォギアとしても――ガメラには飛行能力があり、朱音は前世込みで飛行そのものと空中戦闘の経験を豊富に持っている、そんな友からすれば空は自分の庭も同然。

 さらにどうやら、朱音の脳波で、常にフィーネの視界の死角となるよう巧妙に操作されている火球たちにはスピーカー機能もあるらしく、上空は何重にもエコーのかかる朱音の歌声が轟き、奴は狩人が仕掛けた罠だらけの地に追い込まれた獲物同然に、ネフシュタンの飛行能力を扱えぬまま漂い、翻弄されている。

 自身に有利な状況下で朱音は、反揚力システムとジェット推進を兼ね備えた飛行術で一撃離脱を繰り返し、視線が定まらぬフィーネを圧倒している。

 フィーネの憤怒の猛撃に晒されていた私たちの危機に駆け付けた時から、朱音は奴に負けはしない確信を持っていたけど、自分の想像を超えて友は、完全聖遺物と同化した終わりの巫女相手に、有利な戦況を維持し続けていた。

 担い手自身の戦闘能力の差と、扱う聖遺物に対する練度の差も理由の一つではあるが………もう一つ挙げるとすれば――。

 

 

 私達の時代からすればオーバーテクロノジーの塊である完全聖遺物は、確かに申し分のない強力な武器。

 然れども、私は両者の戦闘を見続けていて気付いた。

 なまじ〝完全〟であるがゆえに、完全聖遺物は定められた機能を超えることはできない。

 

 一方で、櫻井了子とフィーネ、この二者が聖遺物の欠片より生み出されたシンフォギアシステム。

 起動は無論、使える人間自体も限られ、十全に扱うには常に歌い続けなければならず………その上〝歌う〟以上、装者(にないて)の精神状態に左右され易い………事実私もそんなギアの欠点を幾度も味あわされてきた。

 だが……〝歌〟を戦う力に変えるシンフォギアの機構は、弱点であると同時に完全聖遺物にはない〝強味〟でもあった。

 装者のコンディション次第では、カタログスペックは無論、創造者自身の想像をも超える力を引き出せる。

 

 朱音曰く〝地球の意志〟が模倣した異端の出自とは言え、彼女の〝ガメラ〟も紛れもなく〝シンフォギア〟。

 その上、自身の前世の力を宿し、鍛え上げられた己自身をさらに磨くことを常に欠かさず、何より〝歌〟をこよなく愛し、災厄から〝守る為に戦う〟意志(おもい)の熱量を上げ続けている朱音ならば――見方を変えれば定められた能力を超越できぬ完全聖遺物と同化したに過ぎない、シンフォギアを玩具と揶揄したフィーネ相手に――生みの親が予想もしていなかった技術と能力を以て、ここまで有利に立ち回り、猛攻で追い込んでいるのも頷けた。

 

「さあいざ見せよう~~我が歌の炎を~~♪」

 

 ジャズの如く状況によって幾重にも変化するガメラが奏でる伴奏と、朱音が歌い上げる詩――が合わさった〝音色〟が、一層の盛り上がり、転調。

 ここまで空戦技術を惜しみなく生かした、搦め手の高機動戦術から一転、フィーネと真正面から対峙し、真っ向から突貫する挑発的と言える手を決行し始めた。

 明らかに〝大技〟を、お披露目する気だ。

 

「この期に及んで舐めた真似を見せるかッ!? 〝地球(ほし)の姫巫女〟ッ!」

 

 幾星霜を掛けた悲願を打破された上に、〝新霊長〟となった筈の身でありながら、奴から自らの産物(シンフォギア)の模造品を纏う朱音に手玉を取られ続けてきたことで、フィーネは完全に冷静さを失い。

 

《ASGARD・TRINITY》

 

 朱音の次なる攻撃を、正面切って防御する形で打ち砕こうと、六角形状の障壁を三重に形成し、ネフシュタンの鞭たちを網目状に盾を宙に固定させて待ち構える。

 奴と言う名の〝障害(かべ)〟を超えてカ・ディンギルを破壊する機会を掴み取る為の囮(フェイント)に、絶唱による高機動の絶刀(れんげき)を選択したのは間違いではなかった。

 現状の私と天羽々斬の攻撃手段では、絶対防御の域に達したあの盾を破ることはできなかっただろう。

 この万全の防護に対し、朱音はどうする気か?

 傍からは真っ向勝負に挑む気で、三重の障壁めがけ突撃の勢いを緩めぬどころか一層、虚空を疾駆する速さを引き上げ。

 

《流星ノ焔雷撃――バーニングメテオブレイク》

 

 右足に稲妻迸る猛火を帯びた跳び蹴りと言う名の朱音の矛と、フィーネの盾が激突、曇天の地上を眩く照らす閃光が一瞬迸ったのを経て、巨大な火花とエネルギー波を散らしてせめぎ合う両者。

 いけない……いかな朱音の炎(フォニックゲイン)でも、あの三重の盾は強固過ぎる……真っ向勝負ではいずれ根負けしてしまう。

 フィーネも気づいた様で、歪んだ嘲笑を浮かべた最中。

 

『デェアッ!』

 

 朱音は盾と押し合ったまま反揚力の突進と、スラスターの出力上昇を同時に敢行し、右足から発せられる雷の輝きが増した。

 直後、フィーネの全身のありとあらゆる表皮が裂かれ、鎧(ネフシュタン)は派手に飛び散った多量の鮮血に染められ。

 

「Ahaaaaaaaaaaaa――――――ッ!」

 

 激しい疼痛を受けたらしい咆哮が、辺り一帯へ隈なく反響した。

 今のは、叔父様譲りである中国拳法の発勁の御業。

 対象に接着した零距離から、強力な打撃を放つ寸勁と、衝撃を相手の体内に注入させる浸透勁、さらに雷撃も加えた重ね打ちで、フィーネの全身の神経が寸寸に撃砕され、障壁は固体からエネルギーの気体に霧散していく。

 障壁の強度の保持と肉体再生を促す電気信号を送る為に必要不可欠だった神経が断裂されたことで、ネフシュタンの治癒機能はまたも不全に陥った。

 

「巨悪の災禍よ~~その身に刻むといい~~――」

 

 元より朱音はこれを狙って陽動の蹴りを放った………そして自ら掴んだ機会を逃す友ではなく、今度は右手に炎雷(プラズマ)を集束。

 

「バニシングソードォォォォォーー~~――」

 

 右腕を覆うプラズマは、ガメラの面相となり雄叫びを上げ。

 

「ファンガァァァァァーーーッ!」

 

《爆熱豪砕牙――バニシングソードファンガー》

 

 朱音、渾身の豪打が、フィーネへ盛大に打ち込まれ、炎(ガメラ)は奴の身を呑み込んだまま………辛うじてそびえ立ち続けていた満身創痍のカ・ディンギルの外壁に衝突。

 今の一撃で生じた激震が決定打となり、天を仰ぎ見る巨塔は、異名の通り天へ火山の噴火の如く火炎を放出しながら崩壊し……大地を震撼させて完全に倒壊していく。

 

「勝った……」

 

 私は、終わりの巫女の蛮行を打ち砕いてみせた朱音の勇姿を見上げながら……そう呟くのであった。

 

 

 

 

 

 だがこの時の私は、知る由など無かった。

 戦いはまだ、終わっていない―――と。

 

つづく。

 



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#63 - 傷心と、まだ終らぬ戦役

今回は割かし早めに出せた最新話。

無印なのにXVでやっと明らかになったバラルの関する真相をそこまで踏み込んじゃっていいのと我ながらツッコミたくなるくらい踏み込んでます。
それ言ったら翼のパパさんもですが。

原作以上に原型留めず倒壊したカディンギルですが、そこで積年の妄念に変質してしまった終わりの巫女の呪詛が留まるわけもなく。
ゆえにそれを止めるのにビッキーの存在が重要になってくるのですが。


 シェルター内では、避難した二課職員たちが引き続きモニターを通じて装者たちと終わりの巫女の激闘をオペレートし続けている。

 

「朱音ちゃん、ネフシュタンの反応、消失しました」

『了解、シェルターへの影響はできるだけ抑えたつもりですが、そちらは?』

「大丈夫、少し揺れた具合で、私たちも未来ちゃんたちも無事よ」

『良かった……』

 

 カ・ディンギルの完全倒壊を報せる振動が走る中、オペレートをこなすの一人の友里がその朱音と報告をし合い、彼女は安堵の息を零したところで。

 

「後、朱音ちゃんの予想は大当りでしたよ」

 

 藤尭は、自分が操作するタブレット端末の立体モニターに神のものらしきレリーフが映された写真の幾つかを表示させた。

 その中には、黄道十二星座のやぎ座、ローマ神話に登場する怪物《カプリコルヌス》、西アジア最大にしてメソポタミア――超先史文明と深い繋がりのあるユーフラテス川とチグリス川、その湿地帯の中にて現代まで現存しているかの文明の都市――《エリドゥ》の寺院たちもあった。

 

 

 

 

 

 《バベルの呪詛》を隠していた月ごと破壊しようとした天を仰ぎ見る塔だった廃墟を見つめたまま、地上へとゆっくり降りていきながら、私は藤尭さんからの調査報告を通信機越しに聞き、自分の推理が当たっていたことを知る。

 フィーネの言っていた〝あの方〟の正体を、その名は――《ENKI(エンキ)》。

 メソポタミア神話に登場する神々――《アヌンナキ》の一人で、生命と回復を司る神、その名の由来はシュメール語で〝EN〟が王、〝KI〟が山を意味している為……〝大地の王〟と意味しているのではと、現在の考古学で最も有力視されている。

 

『しかし、よくりょうこさ………フィーネの言っていた〝あの方〟の正体を掴めましたね』

「私からすればむしろ、ヒントが多過ぎたくらいですよ」

 

 私は自分の推理の根拠を、二課の方々に説明し始める。

 クリスから《カ・ディンギル》の一言を聞いた時点で私は、フィーネはメソポタミア文明と、かの文明の神話に登場する神々――《アヌンナキ》と深い関係性を持つ存在だと見抜いていたし、実際に終わりの巫女が自らの正体を明かす前から、草凪朱音(わたし)以外にも自分の様な境遇を持つ人間は他にも存在している可能性を、以前から持ち合わせていた。

 その上で、なぜアヌンナキの中で奴が〝あの方〟と表した神がエンキだと行き着いたかと言えば……私の考古学に関する知識は、私が小さい頃、両親が生前した頃より読み漁っていた父が所蔵していた書籍の数々の中の一冊『世界神話辞典』からの引用になるけど。

 エンキとは――世界の創造主にして、知識と魔法を司る神でもあり、まだ人間が野蛮で無法な生活(いわゆる狩猟生活のこと)を送っていた頃に海より現れ……手工業、農業、文字、法律、等々の概念を教えた。

 つまりエンキは、アヌンナキの中で最も超先史文明そのものと当時の古代人たちとの関わりが深い神にして、人間と言う生物に〝文明社会〟と言う概念そのものを与えた〝創造主〟そのものと言っても過言ではなく、かの時代の生き証人と言えたフィーネの存在によって、人類最古の文明が発祥の神話の数々は、ほぼ実際に起きた歴史(できごと)であった……と、証明されたのだと断言してもいい。

 

「フィーネは、そのエンキ含めた神々(アヌンナキ)と意志を代行して人々に伝え、人と神を繋ぐ架け橋だったのですよ、ただ……」

 

 悲願を打破された行き場のない激情を自分に向ける為、カマを掛けるのを兼ねた私の煽りを受けた時のものを含めた、奴のエンキに対する様子と態度と言葉を思い返し。

 

「自分を新霊長と自称しながらも、神一人に巫女の領分を超えた感情を持ってしまった様ですが………」

 

 明らかどころか露骨の域で、フィーネのエンキに対する感情は、仕える身としての忠義をも、神に対する信仰心をも通り越し過ぎたものだった。

 

『そう言えば……』

「藤尭さん?」

 

 おまけに――。

 

『いえ、ついこの前あの人から恋話(こいばなし)を聞かされたことがありまして』

 

 どうも私がこっそりクリスと接触した日に、翼たちと藤尭さんに緒川さんは、櫻井了子から恋愛話を聞かされたらしい。

 

〝もう遠い昔になるわ………こう見えても呆れちゃうくらい一途なんだから……〟

 

『まさかあれが冗談抜きで言葉通りだったなんて……その時は思いもしなかったすよ』

「そうでしょうね」

 

 最早〝恋は盲目〟も通り越した重過ぎる恋慕だな………と、苦笑う。

 本音を言うと、奴が呪詛を解くために犯してきた諸行のたちに対して、到底私には許せそうにない。

 特に……人間同士の不協和音と、それが招いてきた流血と悲劇の歴史を起こす元凶を絶つと言いながら……自分含めた人々の憎悪を抱かせているノイズを利用して多くの命を奪い、残された人々に生涯消えぬ傷跡を残した上に、月の破壊によるカタストロフィの引き金を引こうとし………挙句、今度こそ滅亡へ至りかねない人類同士の世界規模の大戦争を勃発させかねない独裁的支配……彼女の一人の人間でしかないと思うからこそ、その大罪に数々を慈悲で赦すことはできないだろう。

 けれど、数千年ものの長き時に渡る妄執に変質してしまった……その悲恋な境遇には何も思わないわけじゃなく、むしろ憂いでいる気持ちすらある。

 実を言えば私も人のことを言えず、前世の……それも一介の超古代人だった頃からの〝慕情〟ってやつを、未だに胸の奥に抱えているからね。

 ゆえに……疑問が残り、拭えない。

 

〝私はあの御方と並びたかった―――人の身が同じ高みに至ることを許してはくれず……その超常の力で怒りすら表し……〟

 

 フィーネの言葉が確かなら、奴が天と地を繋ごうと建てた〝バベルの塔〟を破壊し、人類から《統一言語》を奪い、相互不理解と言う混乱(バラル)を齎したのは、他ならぬエンキだ。

 だがかの神様は……アヌンナキの中で、最も人に寄り添った善良なる神……現在にまで伝え残っているメソポタミア及びシュメール神話の中の彼と、ほとんど違いはないだろう。

 彼の偉業は、人間に文明社会を授けただけに止まらない。

 

 同じ神々が起こした問題の数々には、率先して解決しようと尽力し。

 神々(アヌンナキの王)であるエンリルが、地上に増えすぎた人類が起こす喧噪が耳ざわりだと言う身勝手理由で起こした、干ばつ――飢饉――疫病、その上大洪水といった破滅の災厄に対し、仮にも王に反逆することになるのを覚悟で人類を絶対に見捨てず、救い続けてきた。

 

 確かにその後で開かれた神々の集会で取り決められた人類存続の――〝過度にその数を増やさず、自然界の掟に従い続ける〟――条件を、バベルの塔と言う形で人間自身たちは破ってしまったとは言え………自ら統一言語を奪う呪いまで掛けるなど、約束を破った〝罰〟にしても、いくらなんでもやり過ぎだと、自分の想像の範疇であると踏まえても……思わざるを得ない。

 神話で伝えられてきた〝人物像〟はおろか、フィーネ自身が語り、知っていた筈の〝人柄〟とも、余りにかけ離れ過ぎている……かの高潔な神は何の意図で、あれ程までの強行的な行為に至ってしまったのか?

 その為に、巫女の立場を超えて自身を愛してくれた人間の人生までも、狂わせてしまったと言うのに。

 あ、いけないな………現状の自分が知り得た情報程度では、思考の泥沼に嵌ってしまうだけだ。

 考察をお開きにし、万が一二次災害に対応している一課や陸自からの救援要請にすぐ応じられる様(それと……万が一祖国の片割れがこの状況を好機と見て翼たちとシンフォギアに手を出しかねなかった、何せ変身より銃をホルスターから抜いて撃つ方が速い)ギアを纏ったまま、翼たちの下へ行こうとした矢先。

 

〝~~~♪〟

 

 変身中は衣服ともども勾玉(コンバーターマイク)に格納されている通信端末(スマートウォッチ)から、またコールが掛かり、ギアアーマーを通じて掌の上にタッチパネルモニターを投影させると、二課からのものではない暗号通信であり、送信元は――『内閣情報調査室』。

 

「はい、こちら草凪朱音です」

『お役目ご苦労であった、草凪朱音君』

 

 通信に応じると、『SOUND ONLY』と表示された画面から、予想通り渋みの利いて厳格な声色をしたお声が聞こえてきた。

 

「わざわざ直接の労いのお言葉感謝致します、公的な状況下では〝はじめまして〟となりますね、風鳴情報官」

 

 相手はこれまた予想が当たり、何の因果か翼のライブの日にお会いした、風鳴八紘内閣情報官その人だった。

 

『やはり、感づかれていたか………お忍びで〝風鳴翼のライブ〟に来ていた件は――』

「ご心配なく、長官の弟様含め、誰にも一切口外していません」

『忝い……』

 

 あの日八紘長官もライブに来ていた件は、ご本人を除けば私しか知らないし、相手の事情を考慮して、翼本人含めて誰にも伝えずに墓場まで持っていくつもり――なんてことはさて置き。

 

「ところで、一介の装者でしかない私にわざわざ暗号通信で連絡してきた理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」

『おっと、そうだったな……』

 

 単刀直入に本題を切り出してみると、八紘長官は渋くも上品で心地いい二枚目なそのハスキーボイスを、少々こそばゆい調子で発した。

 これは〝良い意味〟で似た者親子だね、翼も長官も。

 

『どうしても君には、個人的に伝えておきたかったものでね……………我が娘の〝夢〟を、守り続けていることに………心より……感謝、している』

 

 長官なお声含め表向き厳かさを維持したまま、感謝の言葉を送ってきた。

 けどなまじ五感が鋭い上に、ギアを纏った効果で一層向上している聴覚は、確かに捉えていた。

 八紘長官、いやむしろ八紘ダディと言うべきか、この方が喜んでいることを………聞いているこっちも〝貰い微笑〟してしまった。

 

「そのあり難きお言葉、丁重に貰い受けた上で、私も祈っていますよ」

『ん? 何の話だ?』

 

 疑問符を浮かべるところは弦さんにも瓜二つだな、と思いつつ。

 

「貴方が誰よりも風鳴翼の〝夢〟を応援しているのだと、いつかご自身の言葉で伝えられるようにです」

『朱音君……』

「では失礼します、長官の娘さん含めた戦友の介抱がございますので」

 

 と、私は通信を切り、程なく津山さんからのメールでクリスが目を覚ましたと言う連絡を確認した上で、改めて翼たちの方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 朱音がフィーネを打倒し、カ・ディンギルをただの瓦礫の山と変えて勝ち抜いてからも、私は眠る立花の傍から離れずに、ギアも纏わせたままでいた。

 緒川さんからの、エージェントの調査で判明したフィーネとしての櫻井了子のアジトに乗り込んだ際に遭遇した、米国のPMCの傭兵部隊の亡骸で、奴は裏で米国と一時の利害の一致で取引していたことを伝えられたからだ。

 まだ確定した証拠まで掴んではいないが………もし広木大臣の暗殺もフィーネと米国の共犯であり、聖遺物含めた超先史文明の異端技術の独占をかの国が狙っているとしたら、気を抜きたくても抜けない。

 シンフォギアも、それを扱える装者(わたしたち)も、連中からすれば喉から手が欲しい代物……その上もし、立花が〝融合症例〟の身であることも、フィーネを通じて存じている可能性もある。

 そして今、米国が私たちを拉致する凶行に走ってもおかしくない状況な中。

 いや、異端技術を虎視眈々と狙っているのは米国だけではない……それ以上の〝最悪〟があるとすれば………〝鎌倉〟の――。

 

「おまたせ」

 

 朱音も、おそらくほぼ同じ理由でギアを解かぬまま戻ってきて、ようやく少しばかり気が休められた。

 

「誰と話していた?」

「津山さんからクリスが目を覚ましたって連絡があって」

「津山……」

 

 実を言うと、薄情にもその名を再び聞くまで記憶は封じられていたと言うのに。

 

〝君たちの歌―――忘れませんッ!〟

 

 一瞬であの人の名前どころか、防衛省で広木大臣ら相手にN計画のプレゼンテーションがあったあの日、私ともども奏に揶揄われている姿に、私達(ツヴァイウイング)と助け、助けられ……ライブのリハーサルの為スタジオにおっとり刀で向かおうと走っていた私たちを見送る彼の笑顔までもが鮮烈に思い出せられた。

 

「まさか津山一等陸士!?」

「Damn right(その通りだよ)、今は陸士長まで出世して一課に出向中」

 

 私の蛮行で、装者としては一人で特異災害に対応している間に知り合い、この前のライブでも見に来ていたことも………何より立花と同じく、片翼(ソロ)となってからもずっとファンでいてくれたことも聞かされた。

 これは……ちゃんと津山さんにもお礼する機会を設けなければと、記憶の奥底に封じ込める形で忘れていた事実に対する申し訳なさと一緒に、心に決めた。

 この朱音の余りに自然な応対とと、懐かしいお方の名を聞いた驚きで、友がその時通信していた相手は〝お父様〟でもあったと知ったのは、まだもう少し先の未来の出来事である。

 

「それより、まだギアを起こしているだけで手一杯でしょ? 手を出して」

「あ、ああ……」

 

 差し出した私のと、橘の手をそれぞれ握った朱音の全身が、フォニックゲインの光に包まれ。

 

「慈しむ音色よ~~癒し手となり~~彼の者たちを快気せよ~~♪」

 

 朱音の前世の平行世界ではルーン文字の原型だったらしい超古代文明語の音色に合わせ、繋ぎ合った手を通じて………エネルギーが私と立花の身体に流れ込んでくる。

 訛りの様に重たかった全身は、みるみる軽くなっていき。

 

「気分はどう?」

「最高だ、もしこの後ライブが待っていても、予定通り行えるくらい」

 

 そう断言できるまでに、私の肉体は朱音の歌声によって回復していた。

 シンフォギアに、こんな使い方もあったのかを舌を巻かされる一方。

 

「この芸当はもしや、ガメラの頃から使えたものか?」

「まあね、熱エネルギーの取り扱いは得意だったから、これはその応用」

「そうか……」

 

 納得はしたけど、今までノイズか、フィーネの様な災厄を相手に戦う以外にシンフォギアが、我が心象風景を読み取り生み出す歌を扱ったことが無かった為………言葉通り〝歌で傷を癒す〟術を会得した朱音が羨ましい想いが沸き上がるも。

 

「けど、翼たちだってできないことじゃないよ」

「っ………そうだな」

 

 何も〝戦う〟だけが、人を守る唯一の方法ではないと、今の私は知っている……なればこそ――。

 

「その為にも、もっと修練に励まなければ」

「うん、その意気」

 

 朱音からの励ましもあって、いつか〝戦い〟以外のシンフォギアを用いた助け方を会得してみせると、我が歌を生む源たる胸の奥にて誓いを立てた私は、その意気込みのままに、まだ雲海に覆われてはいるが、その向こうにて確かにある〝青空〟を見上げると。

 

〝何故、月が古来より〝不和の象徴〟と言い伝えられてきたか……〟

 

「バラル……」

 

 不意に空よりも先にて地球を周回し続ける月と。

 

「翼?」

「いや……彼奴(あやつ)の言葉通りなら、その呪詛とやらは今の月より私たちを呪っていると、急に思い浮かんで……」

 

〝それは――月こそが《バラルの呪詛》の源だからだッ!〟

 

〝バラルの呪詛〟に対するフィーネの呪詛(ことば)が、頭の中で走り、声に出し。

 

「わざわざカ・ディンギルの様な大がかりな戦略兵器など用いずとも……シンフォギアで――呪詛を解くことはできるのでは?――と、不意に過ってな」

 

 同時に浮かんできた考えも口にしていた………これは決して、絵空事な発想ではない。

 現状はまだ理論上の域を超えてはいないが、シンフォギアは大気圏外でも活動できる〝宇宙服〟としての機能も持ち合わせている。

 私の天羽々斬含めた正規のギアのスペックでは、重力を振り切り大気圏を突破する飛行能力は持たない、が――。

 

「確かに私の〝ガメラ〟なら、青空を跳び越えて月まで行くことは……できる」

 

 空を駆けられる朱音と、彼女の半身も同然なギア――ガメラなら可能だと、友も上空を見上げて断言。

 

「でも、月面に建てられた〝バラル〟を発する装置(いせき)の破壊は……余りお勧めはできない、かな」

 

 ――しつつも、どうにも気乗りしない様子を朱音は見せる。

 

「なぜ?」

「藤尭さんたちからもう聞いているでしょ? 人類に文明社会を伝授したエンキ含めた、アヌンナキのことは?」

「一応、大まかには………っ」

 

 なぜ朱音が〝お勧めできない〟と言ったか……その根拠が思い至った。

 どこまで神話と、実際にフィーネが直に目の当たりにしてきた超先生文明の歴史が一致しているか、または相違しているかは分からないが……かの時代に生きていた人々は、アヌンナキらによって何度も滅亡の危機に瀕していた。

 

「バラルがフィーネの言う通り、〝人類が神々と高みに至る道を阻む〟抑止力なら………実際に呪詛が発動される以前から、事前に用意されていただろうし」

「万が一人類が遺跡に到達したとしても、門番を置くぐらいの対策は講じているか……」

「でも連中の張った〝罠〟が、その程度のものとは思えないんだ……」

「それは……どういう?」

 

 けど朱音の思考と直感は、私の想像を遥かに上回る〝危険性〟を見い出している様で、問うてみると。

 

「私も、上手く表現できない……だけど、私の心が囁くんだ……もし呪詛を解いてしまったら……〝滅亡よりも悪い未来〟が……待ち受けているかもしれない」

「〝滅亡よりも……悪い未来〟」

 

 抽象的だと言うのに………不思議と説得力のある朱音の言い回しを、私は鸚鵡返しをして……息を大きく呑み込む。

 人智を超越した神々なら、確かにその様な………アヌンナキの意志を代行して人類に伝える預言者(フィーネ)すらも知らぬ〝最悪の運命〟を招く罠を張り巡らしていても、あり得ない話ではない。

 

「一つはっきり言えるのは、それこそ〝パンドラの箱〟そのものだよ、バラルの呪詛は……」

「そうだな……」

 

 たとえ、繰り返されてきた人類の流血の歴史を生む元凶そのものであろうとも……朱音の懸念の通り、不用意に手を出さない方が賢明だと、私もそう判断を下し、朱音とともに、雲海のベールに覆われた月を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「うっ……」

 

 朱音と翼の耳に、ぼんやりとした吐息混じりの響の声が聞こえてきた。

 上空から双眸を下ろすと、眠っていた響のと口が震え、意識が目覚めかけている。

 

「響」

「立花」

「あっ……」

 

 二人の呼び掛ける声に応じる形で、響の瞳はゆっくりと目を覚ました。

 まず身体の状態を調べる為に手で触れて、特に異常はないと確認した朱音は、そっと響を起こす。

 ただ、ガングニールの破片が組み込まれた胸部の、音楽用語のフォルテの記号に似た傷痕に接触した瞬間、勾玉(マイク)が一瞬点灯して反応するほどのエネルギーの残滓を感じ取りはしたが、朱音をその懸念を顔に出さずにおいた。

 

「あ……あやね……ちゃん」

「大丈夫、私も翼もクリスも創世たちも二課の人達も、そして未来も皆、無事だから」

 

 まだ意識がおぼろげな響に朱音は安心させようと、装者として〝守りたい〟と胸に抱くくらいに、彼女の大切な人たちの名前を挙げ。

 

「よ、よかった………つばささん、も………っ!――」

「響!」

 

 響は一度、微笑みかけた………が、同じく響を案じる翼の姿を目にした瞬間、激震で歪み、両手でその顔を覆い隠して俯き震え出す。

 手の隙間からは、多量の涙が溢れ、リディアンのスカートの裾と脚へと零れ落ちていた。

 

「ごめんなさい………私………翼さんを」

 

 ガングニールの暴走の影響もあったとは言え、響は〝殺戮衝動〟に駆られるまま、あわや翼に手を掛けようとした………最悪殺しかけていた可能性も、否定できない事実であり、その瞬間がフラッシュバックした響に、酷いショックを与えていた。

 

「もう過ぎたことだ………私も、あや……朱音たちも………立花には何の遺恨もない、それに立花はギリギリのところで留まることができ、衝動の闇から戻ってこれたからこそ、立花を助けることもできたのだ」

 

 翼は、響が犯しかけた凶行を水に流すだけでなく………〝破壊衝動〟に呑まれた自身を、たとえ僅かでも抑えることはできたからこそお互い〝助けられた〟のだと、伝えるも。

 

「でも、でも………私、何もできませんでした……皆必死に了子さんを止めようと………〝守ろう〟と頑張ってたのに………私だけ……」

「そんなこと――」

 

 無力さと、罪悪感と、自責の念の沼に捕われてしまい、自身を攻め続ける響に、翼は〝否〟だと、返そうとするも。

 

「朱音………」

 

 肩に触れた朱音がそれを止め、首を横に振った。

 最初は朱音の意図が分からず〝なぜ止める!・?〟と問い質したくなりかけたが………すぐに翼は自分で理由を察した。

 

〝泣いてなんかいませんッ! 涙なんか………流してはいません………風鳴翼は、その身を鍛え上げた戦士です、だから―――〟

 

(今の立花は………〝あの時の私〟だ……)

 

 あの時は知らなかったとは言え、立花の人生を狂わせてしまった当事者の身でありながら、あまつさえ彼女刃を向けてしまい……〝抜き身の刃〟を朱音に折られるのも当然な蛮行を犯してしまった。

 翼は以前の自分の姿を、響と重ね合わせる形で思い返し………朱音の判断の通り、今はそっとしてあげようと決めた――最中だった。

 

 

 

 

 

 

「何っ!?」

 

 突如、朱音と翼のギアで強化された感覚がほぼ同時に、強大なエネルギーを感じ取った。

 この膨大にして荒々しさ………まさか――《不滅の剣――デュランダル》!。

 

『カ・ディンギル跡地の地下、最深区画アビス周辺より確認されたエネルギー反応

はの正体は………デュランダルです』

 

 その、まさかだった。

 Jesus(ちくしょう)………と、心中私は悔しさでスラングを吐いて毒づく。

 迂闊だった………〝先生文明の亡霊〟の、今や呪いの域にまで達した妄念との〝戦役(たたかい)〟はまた――終わってはいない。

 

つづく。



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#64 - BABALON~黙示録の赤竜~

Twitterでのツイート通り(?)に64話にベイバロンと化したフィーネが如何に色んな意味でヤバい状態であるかの仔細諸々を+した仕様(オイ
うん、自分でも『これなにエヴァ旧劇シト新生?』と思ってます。

大まかなプロットはできているのに細部の書き込みにまだまだ手間取っている日々です(-"-;A ...

次回は未来視点で書き進めるかな……(※未だに『響の一人称』が書けずにドツボに嵌りがち)


#64 – BABALON~黙示録の赤竜~

 

『カ・ディンギル跡地の地下、最深区画アビス周辺より確認されたエネルギー反応の正体は………《デュランダル》です!』

 

 私と翼の感覚が捉えたエネルギーと、藤尭さんからの通信……さらに私の心(むねのうた)に突如、矢が突き刺さったかの如き勢いで過った悪寒混じりの強大な胸騒ぎ――正確には、以前ガングニールとデュランダルの共鳴で起きた響の暴走の時と同様、マナを通じての〝地球(ほし)の意志〟からの警告。

 直後、私が月を穿つ塔だった塔から巨大なスクラップへと変えたばかりのカ・ディンギルを中心点に、強力な地震が発生した……明らかに震度七の最大クラス。

 まるで、大地が慟哭混じりの悲鳴を上げている様な激震。

 咄嗟に私はシェルシールドを浮遊させて、反揚力エネルギーも備えた障壁(シールド)を張る。ギアを継続して稼働させている私と翼はともかく、解除されている響を地震の猛威から守る為だ。

 

「ちぃ!」

 

 翼の口が悔しさで歯ぎしりをする……変身した姿のまま傷心に暮れる響を抱き支えている私も同じ気持ちだった。

 この災禍を招いているのは藤尭さんからの分析の通り、カ・ディンギル直下……特機二課本部最奥区画アビスに保管され、月にあると言うバラルの呪詛を破壊する為の荷電粒子砲の動力源とされていた不滅の剣――デュランダルであり、かの完全聖遺物を活性化させている張本人は先史文明の亡霊たる〝終末の巫女〟の仕業だと見当が付いていながら……酷く震撼する大地から響を守るだけで手一杯だった。

 何せ震源地にいる相手は今地上より一八〇〇メートル付近の地下深くにいる………そこへ奴の次なる蛮行を食い止める手段を、私たちは持ち合わせていない。

 よしんばあったとしても……月を一撃で原型を留めぬダメージを与えられるだけのエネルギーを発しているデュランダルめがけ攻撃することは……メルトダウン直前の原子炉にミサイルを撃ち込むも同然だ。

 

「っ………」

 

 カ・ディンギル周辺を打ち震わせていた揺れが、急に治まり、不気味さすら覚える沈黙へと鞍替えした。

 

「三人とも、御無事ですか?」

「緒川さん!?」

 

 ――ところへこれまた突然に、眼前にて瞬間移動でもしてきた様に緒川さんが片手の指を〝印で結ばせて〟姿を現した。

 いつもの黒スーツの風体(フィーネとやり合ったらしく服は多少ながら皺と汚れが見られるけど)のままここまで来た絡繰りは、事態を収束させた後で聞けば良いので。

 

「響を安全な場所まで送って下さい、すぐにここはまた戦火に包まれます」

「分かりました………気をつけて下さい」

「緒川さんも、あまり気落ちし過ぎないように」

「ええ、善処はします」

 

 ガングニールが応じてくれないまでに戦意を失い、身体以上に心(むねのうた)が満身創痍な響を、内心自分たちでは〝終わりの巫女〟の終わらぬ凶行を止められない実状に無力さと言う苦味を感じている緒川さんに託そうとする。

 

「朱音……ちゃん」

 

 すると響当人から……嘆き、焦燥、無念さ、罪悪感……等々らによる様々な感情がない交ぜになって心中が混沌と渦巻き乱れ、その影響で瞳が潤んで今にも涙が零れ落ちそうな表情を見せながら、何か言いたいのに上手い言葉が見つからずに言い淀まれるも。

 

「気持ちはありがたく受け取ってるよ―――」

 

 私は、できるだけ響が内なる情の濁流に苛まれ、呑まれない様にと願って微笑み返す。災厄を前に為す術がない生命(いのち)を守る為に戦い――歌う自分からすれば、これ以上、歌う力が残っていない響を………この戦場(じごく)の渦中に置いたままにはできないからだ。

 

「響達の命も、私と皆が生きてる世界(にちじょう)も、絶対終わらせないから」

 

 せめてもと、欲張りな自分自身含めて〝生き延びることを諦めていない〟と響に伝え終え、緒川さんの腕の中へ移った彼女からそっと身を引くと。

 

「しばし口は閉じていて下さいね」

 

 緒川さんは響を抱き上げそう彼女に忠告すると――咄嗟に私たちへ手を伸ばしかけた響の姿――を含め、瞬く間に残像を微かに残してこの場から消えた……風に見えて、本当は常人の目では捉え切れぬ脚力で、疾風の如く走り去っていった。

 

 

 

 

 

 依然として蒼穹を隙間なく覆い尽くす、灰色の雲海の進む速さが増した空の下、我が剣(アームドギア)を〝無形の位〟で携え、もうじき戦場(いくさば)となる……かつてはリディアンの校舎が立っていた廃墟にてその時が来ても応戦できる様に身構えつつ……立花を迎えにきた緒川さんに彼女を託す朱音のやり取りを見つめていた。

 朱音と緒川さんの判断は正しい……具体的なメカニズムは不明にしても、シンフォギアを起動させるのは相応の強固な意志が必要となり、意気消沈した今の立花では、再度心臓に付着したガングニールの欠片よりギアを纏うのは困難であり……そんな彼女の身を案じて守りながら戦える程甘くはない激戦が容易に想像できる〝嵐の前〟の今の内に、できるだけ戦場より遠く離れた場所に避難させた方が賢明。

 立花の〝歪な気質〟からして、納得しかねる彼女の説得を朱音と緒川さんに任せるのも然り……不器用な舌の主な私では、突き放した態度で接してしまうのは目に見えているからだ。

 

〝奏から託された力を、そのように使わせてしまったことも………そして立花(きみ)には、ご飯が大好きでささやかな人助けが趣味な、少女のままでいてほしかった…………本当に、すまない………やはり謝るべきは―――私たちの方なんだ〟

 

 何より、先程暴走した立花に伝えた言葉の通り……私達も引き金を引いて招いた当事者も同然なこの〝厄災〟に巻き込まれ……多くの苦難に見舞われ傷を負ってきた立花を、これ以上付き合わせたくは………巻き込ませたくはなかった。

 片翼――奏を喪って迷走していた自分の独奏(ソロ)でも〝元気を貰った〟と言ってくれた――からこそ。

 これで良いのだ……なのに、アームドギアを握る手は震え、これから起きる戦闘に応じる為に必要な歌を発する口の中に、苦味が広がる。

 私からはすればこの〝苦さ〟そのものは、初めて味わう代物だったが、心当たりは……ある。

 

〝翼さんが今、ご自身の心に感じているその痛みは、朱音さんも、何度も味わってきたものでもあるでしょう………だからこそ、歌い続けているのです、こうして〟

 

 以前、特異災害が起きる度に犠牲になった人達へ哀悼の意を表して歌う朱音の姿を目にした時にて、胸の奥で疼く〝痛み〟とよく似ていた―――。

 

「翼……」

 

 察しが良い朱音当人は、私の方へと振り返ってすぐ自分の心境を汲み取ったらしく、気遣う声音で私の名を呼び。

 

「いや……防人の運命を課せられてからそれなりに長い月日が経っていると言うのに……」

 

 自嘲が混じった苦笑を浮かべ……同時につい先程見た緒川さんの様相と、朱音の切なさを発した後ろ姿を反芻して、私は今の胸中を言葉。

 眼鏡を掛けていようといまいと、涼しい面持ちを滅多に崩さない緒川さんの顔が……確かに物語っていたのだ。

 

「今の今になって……自分たちを戦場(いくさば)に送る司令と二課と……その事実を知る公人たちの方々が味わってきたものを噛みしめられてな」

 

 この事態の収束を、この災厄から人々を守る責務を……装者だとか防人であるとか以前に、まだ十代の少女である私達に委ねなければ、託さなければならない自分たちに対する……己が無力さや悔しさや引け目と言った諸々の感情を。

 それは緒川さんや叔父様(しれい)に限らず、フィーネの策謀で殺された広木防衛大臣や………私と奏が多くの人々へ歌を送り、表ではスポットライトの光を浴びている裏で、人知れず防人としてノイズ蔓延る前線(いくさば)に馳せ参じてきた事実を知る〝大人たち〟の多くが感じていた〝苦味(おもい)〟。

 

「少し前の私を……叱ってやりたくなったのだ」

 

 己は〝独り〟だと強がり、粋がっていた……そんなかつての自分に、諭すことができるなら、そうしたい気分にもなっていた最中――。

 

「翼、今翼が感じている音色は、貴方の父、八紘情報官も長年味わってきたものだよ」

「なっ……」

 

 朱音の口から、思わぬ人物――お父様の名を聞き、私は面食らった。

 

「なぜ……お父様のことを?」

 

 父は内閣情報官をお努めしているゆえに、内閣官房の公式HPにて写真とともに経歴を拝見できるが、朱音の口振りからして、直にお会いしたことがありそうで。

 

「この前のライブの時に、入れ違いでね」

 

 私が皆に歌を届ける〝夢〟を守る為に朱音と立花が奮闘してくれたあのライブの日、ノイズ殲滅で遅れて会場に入った際、偶然にもお忍びで来ていたらしい父を鉢合わせたそうなのだ。

 

「お父様が……私の歌を……」

 

 まさか、途中退席したとは言え、ご多忙な身で私の歌をわざわざ聞く為に時間を割き、来てくれていたなんて………とても浮かれてはいられない状況でもあるとは言え、父のその行為に対して、どんな気持ちになれば良いのか?

 

「翼と八紘長官の間に何があったか、私の方からは聞かないけど――」

 

 戸惑う私だったが――。

 

「翼の夢を応援してくれる人たちの為にも、絶対に――守り抜こう」

 

〝守り抜こう〟――朱音のその言葉のお陰で、今自分たちが為すべき使命を思い返した。

 朱音の予感が本当なら……バラルの呪詛が解かれれば〝滅亡より最悪の未来〟が待っている上に、フィーネの手でそれが果たされれば……〝月の破壊〟と言う未曽有の大災害とともに起きてしまう。

 こんな最悪の多重奏を……〝終焉の巫女〟などに許してはいけない、断じて許してなるものかッ!

 今までの私は惰性に流されるまま………抜き身の剣を振るっていた。

 だが今は違う。

 私にも………この胸の歌を生む心の底より、守りたいものが、数多くあるのだ――と決意の紐を締め直し、朱音と並ぶ形で、戦いに臨む構えを取った矢先、空よりあのミサイルの飛翔音が聞こえた。

 どうやら雪音も……おっとり刀で駆けつけてくれたらしく、再び助太刀に散じてくれた彼女と、共に立ち並ぶ朱音から感じる頼もしさに、私はほくそ笑んだ。

 そうだとも……奏が最後まで〝歌女〟として生き抜いて、助けられたこの命、もう無碍にはしない。

 これより起きる修羅場を戦い抜き、生きて――守り抜く。

 この手にある剣と、己が歌に賭けて誓ったのだから―――もう何も、失わせまいと。

 

 

 

 

 

 

「《カ・ディンギル》が……」

 

 自衛隊のキャンプを飛び出し、ミサイルに飛び乗ったアタシは、フィーネの安さが爆発し過ぎてる目的で作られ、由来の通り天を仰ぐくらいバカでかい塔だった《カ・ディンギル》が見事に見る影もなく倒壊して、崩落し切った無惨な様を見せられた。

 フィーネの言ってたことが本当なら、大昔に建てられた〝バベルの塔〟と同じ顛末を辿るとか……なんとまあ皮肉(アイロニー)がたっぷり効き過ぎている。

 正直〝自称――新霊長〟だとかなんとかほざいていたあいつの偉そうでふざけた口振りを思い返した分、折角立てた塔がまたも無惨にぶっ壊れてしまった事実に対し、ざまあないなと偽りない気持ちを抱いた。

 

〝私はただ……〝あの御方〟と並び立ちたかった……〟

 

 けど、同時に……ぶち壊そうとしていた月を見上げて呟いたフィーネのあの言葉も、頭ん中で再生された。

 もし朱音の推理通り、フィーネが口にした〝あの御方〟がアヌンナキとか言う神様どもの集まりの一人で、本当に《バベルの塔》をぶっ壊して元々一つだった人間の〝言葉〟をバラバラにした張本人だとしたら……なんて薄情な神様だと、文句(ぼやき)の一つや二つ言いたくなってくる。

 どうにもその神様の従者みたいな立場を超えた感情を抱いているらしいフィーネの言う通り、人間は確かに呪われていた………でもそれ以上に、その呪いを招いた当人でもあるあいつ自身が、一番呪われちまって何千年も引き摺って拗らせちまっているじゃないか。

 そう思うと………どんな理由でもアタシも含めて、数千年分の大勢の人間を巻き込んだフィーネの悪行三昧を帳消しにはできなくても、哀れだって気持ちが胸の奥で沸き上がってきた。

 だが……そんな感傷(おセンチ)に浸っている余裕はまだ無さそうだと、カ・ディンギルの廃墟に近づいて気がつく。この全身の肌どころか細胞の一つ一つに鳥肌を立たせてくる不快な〝匂い〟……忘れたくても忘れられない………バルベルデで何度も味わってきた争いの大火が起きようとしてる気配だ。

 大急ぎで来た甲斐があったと、ミサイルに象っていたエネルギーの結合を解いて地上へと降りる……まだここは戦場(てっかば)のど真ん中。

 

「クリスか」

「雪音?」

 

 降りた先にはアタシの存在に気づいた朱音と風鳴翼がいて、二人とも見るからに戦う気概ってやつが溢れているのを、ギアを纏ったまま手にガッチリとアームドギアを持ってる姿から窺えた。

 やっぱり……フィーネとの戦いは、まだ終わってなくて、今は次の戦闘(ラウンド)に入る―――嵐の前の静けさってとこか……。

 

「怪我は大丈夫なのか?」

「お陰様で、お互い良好(ピンシャン)、だろ?」

「そうだな、聞くまでもなかった」

 

 アタシと朱音は、さっきの絶唱で負った怪我(バックファイア)の心配はもう無いと確認し合い、鉄火場にいることを忘れねえ様に気をつけながらも、ほんのちょっとだが緊張感が和らいだので――。

 

「ところで……」

 

 ついでに、聞いておきたいことを朱音に訪ねる。

 どうやって荷電粒子砲(カ・ディンギル)の月を穿つ光を、一時は押し返すくらいの絶唱のエネルギーを捻り出した自分たちが負った代償(ダメージ)をあっと言う間に治してしまった手品も、その気になることの一つだったが……呑気に聞いていられる時間はなさそうだ。

 

「響(アイツ)はどうしたんだよ?」

 

 なので質問は、なんで立花響(あのバカ)だけが戦場(ここ)にいない理由に絞った。

 

「っ………色々あって〝変身〟できなくなってしまったから、下がらせておいた」

「無防備な立花を守りながら戦い抜ける程、甘くない戦いになると予想されるものだからな」

「そっか……でも、無事なんだよな?」

「ああ、身体の方は傷一つない」

 

 その〝色々〟とらも、話すと長くなりそうだなと、質問はこれで切り上げた。

 今の響(あいつ)はギアを纏いたくても纏えない精神状態に陥ったけど、体はどこも何ともないと言うことで。

 

「そんなに響が心配か?」

「うっ……ま、まあな……」

 

 朱音の翡翠色をした目ん玉を前に下手な隠し事は通じないのは分かっているので、こそばゆさを感じつつも、正直にアタシは響(あいつ)が心配だって気持ちを打ち明ける。

 

「あいつにもまだ返しきれてない〝恩(かり)〟がたっぷりあるし……」

 

〝どんくせえノロマ〟なんて名前じゃないッ!私は立花響ッ!一五歳ッ!〟

 

 長々と自己紹介されたあの時、〝彼氏いない歴が年齢と同じ〟ことと〝ご飯&ご飯――飯をたらふく食う〟ことが大好きなことはカミングアウトして、さっきもあんなに気安く抱き着いて癖に体重がどんぐらいかはぐらかされたまま、まだそこまで仲良くなれてねえってのに、お陀仏になってもらっちゃ困るし、それに――。

 

「それに、何となくだけどさ……こんな鉄火場にいるより、バカみてえに美味そうに飯を食える日常の方が、立花響(あのバカ)にはお似合いだよ」

「確かに、私もそう思うよ」

 

 アタシの言葉に同感した朱音は、両手の掌から噴き出した炎で右手にロッドを、左腕にガメラの甲羅の形をした盾を付け、アタシも続いてギアのエネルギーで両手にアームドギアのガトリングガンを携える。さっきの絶唱でイチイバルに掛かってるプロテクトが幾つか解けたらしく、砲身の形状が変わって大きくなっていた。

 相変わらず、自分の潜在意識のせいで元々持ち主の神様みてえに弓矢の形になってくれないのは癪だが……ギアの出力が上がったこと自体はありがたい。

 響(アイツ)が二年前、ツヴァイウイングのライブの傍らで行われたネフシュタンの鎧の起動実験中にフィーネがそれを分捕る為に引き起こした特異災害の生き残りの一人だってことは、当の本人から聞いていたし……朱音から貰った金銭でホテル暮らしをしていた間に、生存者があの後どんな目に遭ったかも、自分で調べて知った。

 

〝ちゃんと言葉を交わして、話し合って、通じ合えば―――分かり合えるよ!だって私たち―――同じ〝人間〟だよ! 人間なんだよッ!〟

 

 長年戦火で生き続けてきたアタシでも反吐が出そうになった……あんな〝同じ人間〟からの迫害も受けてきた後でも、開けっ広げのド直球にあんな綺麗言を言える響(アイツ)は、底抜けに大バカヤローだ。

 だからこそ……これ以上、フィーネが起こした災厄(あらそい)に響(アイツ)を巻き込ませたくない歌(おもい)があった。

 胸の奥にあるこいつには罪悪感とかの後ろめたい代物も混じってはいるが………それ以上に――立花響たちが笑顔で美味そうに飯が食べられる日常(せかい)――を守りたいって気持ちも、確かにアタシの心に宿っている。

〝アタシの歌〟は、ブチ壊すことしかできないと思っていた。

 でもその歌には……パパとママから受け取った音色(メロディ)が、確かにあった。

 この〝大切なもの〟を教えてくれた装者(うたいて)の朱音たちへの恩に報いる為にも、歌おう――守る為の、アタシの〝歌〟をッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今や《カ・ディンギル跡地》と称するに相応しく、まだ陽が射している時間ながら真夜中だと錯覚させる厚く広がる暗雲が空に流れ……七月にも拘わらず乾いた風が物憂げな音を立てて粉塵混じりに流れているのも相まって、どこかとうの昔に文明が崩壊してから幾星霜の年月が過ぎた物寂しさを醸し出している荒んだ大地の上を、力強く、決然とした意志を全身から発して並び歩き、進む者たちが三人。

 朱音、翼、クリスのシンフォギアの担い手――装者の少女たち。

 剣、ロッドと甲羅(たて)、ガトリングガンと、各々のアームドギアを手に、三者三様の形をした〝戦う理由〟を胸に秘めつつも――。

 

〝何としても、守りたいものがある〟

 

 ――と言う、共通の音色(おもい)も三人の瞳から発せられていた。

 

『デュランダルのエネルギー反応、安定域に入りました』

 

 藤尭からの報告(つうしん)を聞いた直後、カ・ディンギル周辺を一層〝荒野〟たらしめていた粉塵を宙に飛び散らす風が、止んだ。

 

〝~~~♪〟

 

 三人の胸部のマイクから伴奏が流れ始めたと同時に、緊張感が昂られた朱音たちは己が得物で構えを取る。

 ギアによって強化された彼女らの〝感覚〟が感じ取ったのだ。

 次なる戦いの鐘が……もうすぐ鳴ると言うことを。

 

〝Now~~God only knows~what may happen~♪〟

 

 三人を代表して朱音は、日本語で〝さて――鬼が出るか蛇が出るか〟を意味する諺を即興の詩にして歌い上げた――刹那。

 

『カ・ディンギル周辺に、空間歪曲反応多数! 数は―――』

 

 暗い灰色の雲海の下でも明瞭に肉眼で把握できる空間の歪みが、巨塔跡を取り囲む形で虚空を、地上を埋め尽くす勢いから夥しい数と濃度で発生。

 

「来るぞッ!」

「おうともッ!」

「分かってらッ!」

 

 分厚い歪みの壁面から、大多数のノイズの軍勢が姿を現した。

 相手がノイズだろうと油断はできない……単純に数が多過ぎるだけでなく、フィーネがこの次にどんな手段(カード)を切り出してくるか予測するにも限界があるからだ。

 何より三人は重々承知している……自分たちそのものが――

 

〝最終防衛ライン〟

 

 ―――そのものであると言うことを。

 終わりの巫女がどのような仕掛けを繰り出して来ようとも、彼女たちは微塵も奴が産み落とす〝災禍〟を通す気は無かった。

 

《烈火球・嚮導―――ホーミングプラズマ》

 

《旋斬甲――シェルカッター》

 

 朱音は自身の周囲に火球を生成、左腕に携えていたシールドを投擲すると同時に発射し、スラスターを点火させて飛翔、上空のノイズの群れへ果敢に突貫し。

 

《灼熱刃――バーニングエッジ》

 

 随時誘導機能を有した火球を生成して放っては一発も漏らさず撃ち落とし、ノイズが密集しているのを利用して爆発の炎に巻き込ませ、脳波コントロールされて飛び舞うシールドと、炎(プラズマ)の刃を纏って攻撃範囲を伸ばしたロッドで焼き切り。

 

《蒼ノ一閃》

 

 翼は地上にいる群体へ、先手の三日月状の光刃を振るい。

 

《逆羅刹》

 

《千ノ落涙》

 

 

 持前の脚力(きどうせい)で切り込みながら、両脚の刃で切り刻み、宙に出現させた諸刃の驟雨を降らせ刺し貫く。

 

《BILLION MAIDEN》

 

《MEGA DETH PARTY》

 

 クリスは上空地上問わず、両腕に携えた二対のガトリングガンの高速回転し火花を迸らせる銃口から弾丸の暴風を乱れ撃ち、腰のアーマーから絶えず小型ミサイルを発射し続け。

 

《MEGA DETH FUGA》

 

 両肩のアームユニットからも二機の大型ミサイルを展開、打ち放った。

 

 なまじ数も密度もあるが為に先制攻撃を諸に受け、地上と空の双方から断末魔の火花たちにされていくノイズたちだったが……猛攻を繰り出してくる装者たちに対し、奴らは彼女らに反撃をしてこない……どころか、自らの位相操作の能力で《カ・ディンギル》の残骸の真下に位置する地中へと飛び込んで行く。

 

「フィーネ、何を企んでやがる……」

 

 ノイズを《ソロモンの杖》で操っているのは明白なフィーネの意図が汲み取れない中。

 

「っ!」

 

 朱音の瞳が驚愕で見開かれ、胸部の勾玉(マイク)が暁色に輝き出した……彼女の脳裏に、マナを通じて流れ込んだビジョンが浮かんだのだ。

 

 巨塔の炉心であった《最奥区画――アビス》の中、輝くデュランダルを傍らに自らの腹部に《ソロモンの杖》を突き刺し、全身の神経が破裂寸前にまで膨れ上がって痛ましく血走り。

 

「ノイズを、取り込んでる」

「何だとッ!?」

「マジかよ……」

 

 召喚したノイズを己に吸収し、融合しようとしている姿を。

 

「一体でも多く落とすぞッ!」

 

 朱音の号令で装者たちは、ノイズどもへの攻撃を再開。

 持ち得る攻撃手段の数々を惜しみなく使い、少しでもフィーネに取り込まれようとするノイズたちを屠っていき。

 

〝穿て~~――〟

 

《轟炎烈光波――ブレイズウェーブシュート》

 

〝ブレイズウェーブ~~シュゥゥゥゥーーーートッ~♪〟

 

 朱音がライフルモードに変形させたアームドギアの銃口からプラズマ火炎流を放射し薙ぎ払ったところで、ノイズたちの出現と地中への突撃が、突如止まった。

 再び荒野に静寂が訪れた中、朱音は翼とクリスがいる地上に降り立つ。

 一心不乱に、歌いながらノイズを殲滅し続けていたがゆえに……僅かしかない静粛の時を活用して、少し荒れ気味であった息を整え直し……戦闘態勢を取り直す。

 

「来るっ!」

 

 朱音がそう口にした瞬間、灰色の雲海からは幾多の雷鳴の閃光と轟音が響き、大地が再び大きく震撼し、《カ・ディンギル》の瓦礫の山を突き破って、次なる〝災厄〟が出現する。

 

 それは――赤い龍に酷似する禍々しい巨体を有し、終焉の巫女が変化するに相応しい………〝黙示録〟そのものと言える異形であった。

 

 

 

 

 

 

「〝ベイバロン〟……」

 

 私は地中から出現した〝真紅の竜〟の姿を想起させる巨大な異形を、自身の直感(むねのうた)が思い浮かべるがまま、そう呼んだ。

 古代メソポタミア――超先史文明の王国の首都たる《カ・ディンギル》――《バビロン》と一文字違いの名を有した女神の名、またの名を《緋色の女》……もしくは《忌まわしき者たちの母》………それがこの言葉の意。

 

「あれが三つの完全聖遺物と融合したフィーネの姿なのか……」

 

 ネフシュタンの鎧。

 ソロモンの杖。

 不滅の剣――デュランダル。

 そしてそれらと自らの意志を以て、己が子孫の〝櫻井了子〟の肉体と融合した異形を目にした翼は戦慄し。

 

「あんなのに化けて出てくるたあ……往生際が悪過ぎんだろ」

 

 クリスは忌々しく苦味が広がった口内で舌を鳴らす。

 

「ベイバロンと言ったか……そうとも」

 

 巨体の体内から、低く鈍く残響が掛かったフィーネの傲岸さたっぷりな笑い声が響いてくる。

 どうやらさっき私の呟いた単語を聞き取っていたらしい……直後、装者(わたしたち)への敵意を剥き出しに睨みつける龍の容貌の下、うねうねと気味悪く蛇行する長い首の一部が開き――。

 

「これこそ三つの聖遺物を束ね……三位一体となった究極形態、黙示録の赤竜――《ベイバロン》ッ!」

 

 ――異形と同色な血の真紅にして豪勢な衣裳(ドレス)を纏った〝世界の終焉を招く巫女〟が、傲然とした佇まいで姿を露わにし、自らを〝緋色の女〟だと相も変わらず傲然と高らかに称して、眼から相対する私達へ、明確な殺意や憎悪を宿す眼光を発し、突きつけてきた。

 

「骨の髄まで、櫻井女史の〝血肉を貪り喰い尽す〟と言うのか? フィーネ……」

 

 奴が纏う異形と蛇じみた眼(まなこ)に対し、翼は刀(アームドギア)を正眼に構えると同時にそう言い放つ。

 その口振りから、翼もフィーネによって聖遺物を無理やり取り込ませられた〝櫻井了子〟の肉体の状態がどうなっているか、おおよそ見当が付いているらしく。

 

「おい、そいつはどういう意味っ―――まさか……」

 

 脳裏に疑問符を浮かべていたクリスも、翼の発言の意味を理解し。

 

「ああ……聖遺物に蝕まれた櫻井博士の肉体は今、炉心融解寸前の原子炉みたいなものさ」

「フィーネ……そこまで……」

 

 さらに私からの皮肉(アイロニー)をたっぷり含んだ比喩を聞いてクリスは、両肩を悪寒で震わせ、苦味が倍増された唾を大きく呑み込みこませる。

 

 そう……フィーネに魂を塗りつぶされた……奴の血筋を受け継ぐ子孫の一人であり、かの異形の巨体の中心部にして制御装置そのものへと犯された〝櫻井了子〟の血肉は……今この瞬間にも崩壊に向かって、目には見えない――〝喪失(カウントダウン)〟――を、着々と、確実に刻んでいるのだ。

 櫻井博士の肉体が、完全に聖遺物たちからの強姦に耐えきれなくなって限界が訪れれば………奏さんの最後と同様、欠片も塵も残らずに消滅してしまうだろう。

 それは当のフィーネとて存じているのは明白………そして三つの完全聖遺物と融合し……自称した通りに〝黙示録の赤竜〟となって一時的に手にした強大な力を以てしても尚、月に潜む呪詛(バラル)の解呪は……叶えられないことも。

 こんな横紙破りが過ぎる方法で〝呪詛を穿つ〟ことができるなら……数千年も子孫から子孫へと憑依を繰り返しながらその方法を模索し、わざわざデュランダルを炉心にバベルの塔を模した荷電粒子砲(カ・ディンギル)を密かに建造し、月諸とも破壊しようとなどせず……最初から先史文明時代にて、奴自身がとっくに実行していたであろう。

 

「櫻井女史の肉体を使い潰すまで……装者(われら)と世界への恨みつらみを晴らす血祭りに興じる気だと言うことか……」

「然りだ……風鳴の落とし子よ」

 

 翼がふと零した皮肉(ブラックジョーク)を、耳にしていたらしいフィーネは肯定する。

 

「逆恨みだと断じると言うのなら好きに思え、我が悲願を破砕した装者ども」

 

 最早〝櫻井了子〟の代では呪いを月ごと穿つ妄執(ひがん)を果たせなくなった奴が、次の依代先に転生するまでの僅かな時を〝赤竜(ベイバロン)〟と言う黙示録となって災禍の炎を……地球(せかい)にまき散らそうとする目的(りゆう)は、ただ一つ――。

 

「〝逆鱗(さかさうろこ)〟に触れたのだ………」

 

 そう……〝復讐――Revenge〟だ。

 

「――覚悟はできていような?」

 

 黙示録の衣を纏う――REVENGER――復讐者が宣戦布告を問うてくる。

 

「I‘m~Ready~~♪」

 

 私の〝胸の歌〟は応じる――〝覚悟なら……とうにできている!〟とッ!

 

《超烈火球――ハイプラズマ》

 

《蒼ノ一閃》

 

《MEGA DEATH PARTY》

 

 私は――否――装者(わたしたち)は一斉に、先手の攻撃――火球、光刃、誘導弾の驟雨を放ち、赤竜の体表に爆炎が上がる。

 そして――〝災禍の業火〟――を消し止める為、黙示録を齎そうとする終焉の巫女――フィーネが宿りし異形へと、駆け出し………奴との最後の戦いへと馳せて行く。

 今赤竜と正面から戦えるのは、シンフォギアの担い手たる装者だけ………その私達こそ――最終防衛ライン。

 命を賭けて戦場に飛び込む覚悟を〝胸の歌〟に秘める私たちの後ろには、私たちの守りたいものがある。

 

 

 

 

 

 ここから先は、絶対に通させはしないぞ――フィーネッ!

 

 

 

 

 

 

つづく。

 



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#65 - 紅き黙示録の猛威

前回から一年以上経過させてしまい申し訳ないデス(-"-;A ...アセアセ

長いことスランプに陥ってましたがどうにか最新話出せました。
今回手こずった理由は『黙示録の赤竜――ベイバロン』の猛威をどう描くか、もうちょっとあの大怪獣を構成する完全聖遺物の特性を踏まえつつ……『守る為の戦い』の足枷(ハンデ)の重さも描きたかったのですが、最近やっとアイデアが思いついたと思ったらすらすら書けてきて……執筆力の適合係数を維持できる方法が欲しい(^_^;)

では本作での対ベイバロン戦、どうぞ!


 二課のシェルター内で私たちは、藤尭さんが操作している端末(コンピュータ)の3Dモニターを前に、固唾を呑んでいた。

 一瞬、画面(モニター)全体が閃光で真っ白になって自分の目が瞑られるけど………すぐに二課のドローンが撮影している光景――破壊された天を仰ぐ塔(カ・ディンギル)の瓦礫から現れたとても巨大で禍々しい……全身が血の色をした竜(ドラゴン)みたいな怪物と、それに立ち向かっている朱音、翼さん、クリスの三人の姿が映し直されて、未来(わたし)の瞳も捉え直した。

 そう、あの戦場(せんじょう)で災厄に立ち向かう〝シンフォギア装者〟は、三人だけ……本来ならもう一人、私の親友も〝人助け〟の為に、あそこにいた筈なのに。

 また戦闘が始まった直後、後ろからシェルターの出入り口の扉が開く音がして振り返れば――。

 

「響……」

 

 緒川さんに連れ添われる形で、響(しんゆう)がシェルターに入ってきた。

 その表情(かお)は、見るからに意気消沈している。装者の中で響だけ戦場から避難されたのは、多分朱音の判断だろう。

 本当にそうだとしたら、私も賢明だと思うしかなかった。

 

〝未来……前にも言った筈だ、誰にでも扱える〝力〟ではないと〟

 

 前に朱音からこう言われた通り、シンフォギアを扱える人間――適合者は少ない……二課が密かに全国からリディアンに候補者を集める手段を使っても、結局装者になれたのは翼さんとクリスと、そして朱音と響の四人しかいなかったのだ。

 その上、シンフォギアの力を引き出す為に必須なものが〝歌〟であり………さっきの真っ黒に染まって、猛獣の様に暴れ狂う姿を見てしまった後では……〝民間協力者〟なんて肩書きは付いていても、事情を知ってるだけの〝民間人〟でしかない私でも、響だけ避難させられた理由は察しがつく。

 今の響には……死と隣り合わせの戦場で〝人助け〟の歌を唄えるだけの……〝気力(ちから)が残っていないことを。

 そんな響の状態を、わざわざ響本人に訊かなくても伺えられるだけに、無力感に苛まれる響の姿を見ている私の胸の奥も、疼き出す中私は………ドローンのカメラが映す戦火は、激しさを増していく模様を、固唾を呑んで眺める。

 でも……モニター越しの戦場(せんじょう)を見続けていると、実際に戦うどころか、二課の人たちみたいにサポートする術すらも持っていない無力な自分(この前の囮役みたいなことはそう何度もできることじゃないと、自分でも分かってる)には、見ていることしかできないのに……胸の疼きが強くなってくる。

 

 ほんとの本当に、命がけで頑張っている朱音たちの力になることはできないか?

 

 ほんのささやかでもい……自分にもできることはないか?

 

 胸の前で、祈る様に握りしめる両手の力を強める自分自身問いかけていると……カメラ映像と一緒に流れる戦場の轟音以外は静まり返ったシェルターのこの部屋の自動ドアが開く音が鳴ったかと思うと、急に室内が賑やかになった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~♪」

 

 空は未だ、灰色で淀む分厚い雲海で太陽と蒼穹を覆い尽くされている薄闇の中で、激しき戦火の閃光が煌き、爆音が轟き、大気と大地を何度も震撼させられていた。

 そんな戦場の虚空(かちゅう)を優雅にして軽快、そして勇壮に飛び駆け行く朱音、はベイバロンの長く卑猥に蛇行する頸部の周囲を、思うままに飛び回り、超古代文明語の詞を歌う。

 ただ相手に注意を引き付けているだけではなく、ベイバロンの顔の動きを注意深く観察し、敵の視界の範囲を見定めた彼女は、歌声を発する口をマスクアーマーで覆った。

 シンフォギアの力を十全に使うには歌い続けなければならないが、その歌声はみすみす敵を攪乱する上でアキレス腱となってしまうので、咄嗟に見い出した打開策だ。

 同時に彼女は生成した炎をアサルトライフル形態のアームドギアへと固形化させると――。

 

《炎貫弾――スティングプラズマ》

 

 速度と機動力を維持させ旋回したまま、ライフルを腰だめに構え、消音機(サイレンサー)を付けた銃口からライフル弾頭状のプラズマエネルギーを乱射し。

 

《烈火球・嚮導――ホーミングプラズマ》

 

 追尾誘導能力を持つ火球らと併用して、巧みにベイバロンへ攪乱(ゆさぶり)を駆けながら攻撃を仕掛ける。

 プラズマ弾頭の雨はベイバロンの頭部を蜂の巣にし、続けざまに複数の誘導弾(かきゅう)が異形の首に命中して爆発。

 

《MEGA DEATH PARTY》

 

 追い討ちに着弾箇所へクリスのミサイル群が続けざま命中して、口から呻く鳴声(ノイズ)を響かせるベイバロンの影へ――。

 

《千ノ落涙》

 

 翼が諸刃の驟雨を降らせ、突き立て――忍術の《影縫い》で異形の動きを封じる。

 その巨体ゆえ、影縫いの拘束効果はそう持続しないだろうが、次なる攻撃に繋げるだけの猶予はあり。

 

「本命の土砂降りは――」

 

 弩弓状に変形させたアームドギアから、空へめがけ大型の矢を発射。

 

「―――こっちだぁぁぁ~~ッ!!」

 

《GIGA ZEPPELIN》

 

 矢は無数にして大多数の小型弾頭の雨となってベイバロンに降り注ぎ、その巨体の全身くまなく蜂の巣状に弾痕(かざあな)を開け。

 

 

《超烈火球――ハイプラズマ》

 

《蒼ノ一閃》

 

《MEGA DEATH FUGA》

 

 さらに朱音のライフルから大型の火球が、翼が上段から振り下ろした大剣(アームドギア)からは三日月の光刃が、クリスからは大型ミサイル二基とガトリングガンの掃射が同時に放たれ、三人の攻撃で赤竜の頭部が鮮烈な爆炎に呑み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~~~♪

 

 絶えず歌声を唱えてギアの出力を維持しながら――〝攻撃は最大の防御〟――と言う諺を地で行く、相手に反撃の隙を与えさせないコンビネーションアタックを繰り出す装者(わたしたち)。

 だが私たちの攻撃で受けた黙示録の赤竜(ベイバロン)の傷を、《ネフシュタンの鎧》の再生機能は容易く再生させてしまう。

 現に私と翼とクリスのとの連携で生じた爆発の黒煙(のこりが)の向こうにいる異形(きょたい)見据えていると、漆黒の靄から眼が妖しく輝き、フィーネの殺気を乗せてこちらをにらみ返してきた。

 反撃がくる!

 

〝Get in~My Comradeッ~~♪(乗れ!我が戦友よ!)〟

 

 即興の歌詞を唱えたフォニックゲインで、両の掌のプラズマ噴射口から放出されたエネルギーを二つの甲羅(シールド)に固形化し、四つのプラズマジェット自律できる盾は地上にいる翼とクリスへと廻り飛ぶ。私の意図を今の詩で察した二人はジャンプし、甲羅を足場に盾に乗った。これで飛行能力のない二人でも、宙を駆けることができる。細かい制御は私の脳波が行うが、大まかな動作は乗っている装者(せんゆう)の思考でも可能な仕組みだ。

 

「来るぞッ!」

「任せな!」

 

 クリスは私と翼より前に滞空し、握り拳にした両腕をX状にクロスさせると、腰部にあるスカート状のアーマーが展開、先の《カ・ディンギル》の砲撃による月破壊を阻止する為に絶唱と併せて使用された《エネルギーリフレクタービット》が周囲へ射出、展開され、同時に翼が《千ノ落涙》の直剣たちをビットの前方へ張り巡らせた最中―――黒煙を突き破って、マゼンタ色がかった光の奔流がこちらへ押し寄せる。

 赤竜の口から発射された熱線は、《千ノ落涙》の数々を容易く溶解させるも、光刃たちが身を挺してくれたお陰で熱線エネルギーの集束率が落ち、リフレクターの防護フィールドを前に粒子状に飛び散っていく中、私は手をかざし、前世(ガメラ)の特技――熱エネルギー操作能力で一度拡散したエネルギーを噴射口で吸収、フォニックゲインに変換させつつ己が力に変え、もう片方の手で翼とクリスに分け与えた。

 《デュランダル》を炉心としてるだけあり、赤竜の熱線は三分割均等に振り分けても、三分の一でさえ装者一人の絶唱が生み出すエネルギーを上回っていた。

 私〝独り〟では、今の《ベイバロン》の破壊の光から被害を最小限に抑えた上で防御し切れなかっただろう……ともに災厄に立ち向かう〝戦友〟がいてくれる頼もしさを、戦火の渦中にいることを承知の上で、改めて噛みしめつつ――。

 

〝さあ災厄よ~~己が光に~~焼き尽くされるがいい~~♪〟

 

 ―――装者(わたしたち)は、攻勢へと移調する歌声を発し出した。

 私は右腕を赤竜に突き出し構えると、手のアーマーを突起に変形、花びらの如く三枚に展開し砲口を露出させ、花びらが回転し始めると同時にプラズマエネルギーを充填させ。

 

《ARTHEMIS SPIRAL》

 

 一番手にクリスは自身のアームドギアであるイチイバルのクロスボウを、私たちと共闘できるまでに至るまで心象が変化した影響か、本来の《ウルの弓》に近い長弓(ロングボウ)へと変え、後部の矢筈に推進器(ロケットブースター)が組み込まれた大型の矢を引き、ロケットを点火させ射出。

 矢――ロケット弾は赤竜の巨体を覆う、今までの私達の攻撃を受け付けなかった堅牢な表皮を容易く貫き。

 

《蒼ノ一閃・激雷(あおのいっせん・げきらい)》

 

 続いて翼が一層巨大に大剣化させた天羽々斬の日本刀(アームドギア)を大きく上段に振り上げ、三日月の光刃を振り下ろし、赤竜の胴体に亀裂を走らせ。

 

〝PHOTON~SPIRAL~SHOOT―――~~~♪〟

 

《雷光集束波――フォトンスパイラルシュート》

 

〝――FIRE~ッ!♪〟

 

 そして私の腕の砲塔から、プラズマエネルギーをマイクロウェーブに変換させた紅緋色の高出力高周波光線を発射。

 前世の強敵の技より編み出した破壊光線を、クリスが開けた風穴へヒットさせ、ダメ押しに放射させたまま翼が与えた裂傷に沿って切り上げる。

 私たちの猛攻(カウンターアタック)を受け体内が超高熱化させられた《ベイバロン》の巨躯は、一瞬の膨張を経て、爆発――炎上、その巨体を超える火柱を上げた。

 

 

「やった……のか?」

 

 爆発のピークが過ぎて次第に萎んでいく炎を眺めるクリスの口から、苦味の混じった声色でそう一言、呟かれる。

 フィーネ当人からすればいつでも〝捨て石〟にできる自らの宿願を達成する為の駒でしかなかったかもしれないが……クリスにとっては切り捨てられる瞬間まで数少ない〝信頼できる大人〟の一人だっただけに、覚悟を決めて終焉の巫女との戦いに馳せ参じたのだとしても、複雑な想いは拭えないだろう。

 

「………」

 

 もしや翼の方にも目を向けると、口にこそしていないものの、彼女の表現を借りれば〝防人然〟とした面持ちに、アンビバレントなやりきれなさが入り混じっているのを物語っている。

 翼も〝櫻井了子〟博士とは十二年以上ものの長い付き合いだった……いくら〝防人〟としての使命でいくら己を律して、戒めても……ともに特異災害に立ち向かってきた同士にして年の離れた旧友を倒さなければならなかった事態を前に、内心の奥底では一言で表せぬ気持ちが渦巻いてしまうのも無理はなかった。

 

「っ!」

 

 心(むねのうた)に切ない旋律が流れる二人の表情を見つめている最中――私の感覚は沈静化しつつある炎から、〝完全聖遺物〟たちの力が増していくのを感知。

 

「二人とも、まだ感傷には浸れそうにないッ!」

「何!?先の攻撃を受けて尚か!?」

「まだ大人しく成仏してくれねえのかよ……」

 

 見れば一見火の粉だと思われていた無数の微塵の正体はエネルギーの粒子であり、それらは赤竜の姿を象り始めたと思えば――

 

『ベイバロンのエネルギーを一時拡散した上で吸収、増幅して撃ち返した芸当にはさすがだと称賛しよう、だが――新霊長となった私を滅すには値しないッ!!』

 

 禍々しい反響と怨嗟が帯びたフィーネの声が、赤竜の咆哮とともに虚空を震撼させたのと同時に、赤竜のシルエットを形作る光粒子の密度が濃くなっていき、巨体の中心は一層の黄金(ひかり)を発した刹那――《デュランダル》が姿を現した。

 

「しつけえッ!!」

「待て!」

 

 アームドギアの銃口を向けたクリスと、向けられた光の濃度から、不意に〝嫌な予感〟が過った私は咄嗟に引き留める。

 

「なぜ止める朱音!?」

「そうだ……今再生中でデュランダルも見え見えな今、今度こそトドメさせるチャンスだろ?」

「逆だ、今攻撃すれば最悪の事態になる」

 

 苦虫を噛みながら、その〝最悪〟が如何ほどか、確認すべく本部に通信を繋ぐ。

 

「藤尭さん」

『朱音ちゃん丁度よかった、今のデュランダルに攻撃を加えてはダメです』

「被害は一体?」

『低く見積もっても……デュランダルから半径四方六キロ以上周辺は……間違いなく壊滅します』

 

 予感は当たった。私達は藤尭さんから齎された情報を前に絶句する。

 いくらただでさえあの巨体を維持し続けるだけでも相当なエネルギーが費やされるのだ………まして肉体の再構築など、〝不滅の剣〟が生み出す無尽蔵の出力(パワー)を以てしても、再生には多大な負荷がかかるほどのエネルギーが必要とされるのは明白。

 もし仮に、ベイバロンごとフィーネの肉体を再生させているネフシュタンの鎧に燃料を供給中のデュランダルを攻撃、またはこちらに奪還しようともすれば……その大量のエネルギーが行き場を失って暴走、暴発し、先の私たちの攻撃と比較にならない大爆発が起きる。

 廃墟になってしまったリディアン跡地の地下には、響達含めた市民たちがシェルターで事態の収束するのを待っており……もし爆発を招いてしまえば、あの時の〝渋谷〟と二年前のライブの惨劇と同等か、それ以上の多くの命を犠牲にしてしまう。

 

「終焉の巫女はそれも百を承知で……櫻井女史諸共」

 

 そう、世界に並ぶ者はそういない程に稀有な科学者であった櫻井了子を器としてフィーネも……それを分かっていてあの異形へと変異したのだ。

 

「最後の悪あがきにしては、やり口が下衆過ぎるだろ……フィーネが」

 

 創作において、強力な再生能力を有した敵に対して、よくその再生力を超えた攻撃を絶えず叩き込む〝攻撃は最大の防御〟か、再生を促進させる特殊器官をピンポイントで破壊する展開がよく見られるが………〝黙示録の赤竜〟に対して、それらの手段は一切通用せず……どちらを実行しても、未曾有のカタストロフを引き起こしてしまうのだ。

 

「ならば……あの手は?」

 

 実はもう一つ、赤竜――フィーネを止められる手札(カード)がある。

 

「そうか、あん時二人の歌で響(あのバカ)とデュランダルの暴走止められたじゃねえか」

 

 翼の言葉からクリスも思い至った様で、そのカードのことを切り出す。

〝歌〟そのもので、聖遺物の活動を抑制させる。

 歌で聖遺物を目覚めさせるなら、その逆、歌で聖遺物の活動を鎮静化させることも可能――それは〝デュランダル移送作戦〟に際に、前者を響が、後者を私と翼が実証しており、不可能な話ではない。

 デュランダルだけでも再び眠りにつかせることができれば……フィーネは赤竜(ベイバロン)の巨体を維持することができなくなり、そうなればネフシュタンの鎧と同化してるフィーネとて、〝櫻井了子〟の肉体が限界に迫っている状態なら〝倒さず〟とも私たちで無力化、確保できるだろう―――そこまで行く前に、私たちの体力が持っていればの話だが……。

 

「私も、できればその方法で事を収めたいんだが……」

 

 今の私たちの手元にある選択肢で最も穏便に事態を収束できるこの手段(カード)にも、デメリットも懸念もあった。

 一つは、体力の消耗の激しさ……響を乗っ取り、ガングニールを伴っての暴走の時でさえ、絶唱で負った怪我の身だったとは言え私はその場で意識を失うほどだった。

 しかも今のデュランダルはあの時よりも遥かに膨大なエネルギーを常時生み出して活発であり、先天性第一種適合者である翼とクリスと合わせ三人で〝不滅の剣〟一振りだけ眠らせるのも、骨が大層折れるだろう……どれだけのフォニックゲインが必要となるか。

 仮にどうにかデュランダルを活動停止できたとして、フィーネを捕らえるだけの体力が残っていなければ……〝悲願〟を現代に蘇らせたカ・ディンギルごと破壊した憎き私たちを、みすみす奴を見逃しはしないだろう。博士の肉体が限界でも、ギアarmorを纏い続けられぬくらいの疲労困憊に陥った装者をシンフォギア本体共々始末する余力はある……《ソロモンの杖》でノイズを召喚し、灰化しようとする筈だ。

 ましてや、《デュランダル》と《ソロモンの杖》と《ネフシュタンの鎧》――完全聖遺物三つを鎮静させるなど、今のギアの段階(レベル)と私たちの技量では……想像絶する困難が立ち塞がっている。

 その上……もう一つ大きな〝障害〟がある。

 

『歌う暇を与えはせんッ!』

 

 元より聖遺物との繋がりは長く深い櫻井了子(フィーネ)もその事実を認識しており、みすみす私たちを歌わせる気など毛頭ないと言うこと。

 その証拠に、赤竜の肉体を再構成させている無数の粒子の一部が、光線となって私たちに襲い掛かり。

 

「再生中でも攻撃できるのか!」

「くそったれ!!」

 

 Holly Shit(ちきしょう)ッ!

 

《烈火球――プラズマ火球》

 

 私も思わず内心毒づきつつも、粒子一つ一つが独立自律して空中を動き回り、機関銃の如く矢継ぎ早に光線(たいあたり)と仕掛けてくる光粒子たちに対し、迎撃、回避し、攻撃の合間を付いて実体化しようとする赤竜のシルエット目掛け火球を撃ち放つ。

 

「どうやら、再生の阻害させることは可能らしいな」

 

《蒼ノ一刃》

《千ノ落涙》

 

「そいつがわかりゃ話は早えッ!」

 

《BILLION MAIDEN》

《MEGA DEATH PARTY》

 

 一定以上の威力を有した攻撃でなければ、藤尭さんの計算で確定した完全聖遺物の暴走による〝カタストロフ〟を起こさずに、再生スピードを停滞させることが判明したことで、私たち三人は戦闘続行、赤竜への攻撃を再開させる。

 けれど、この状況下を一言で表すならば――〝泥仕合〟の消耗戦だ。

 先に限界が訪れるのは………フィーネか? それともシンフォギア装者か?

 

『新霊長(このわたし)に勝つこと敵わぬと分かって、尚も足掻くか!?』

 

〝当然だ~ッ♪〟

 

 生憎私は前世(むかし)から、諦めが悪いからなッ!

 

 先も内心口にしたが、私たち自身が、終焉の巫女が齎す災厄から世界を守る――〝最終防衛ライン〟そのもの。

 私たちよりこの先には断固として、僅かたりとも通さないぞッ!

 

つづく。

 




どうか、時間と余裕があればでいいので感想待ってま~す(^▽^;)


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#66 - もう一度、立ち上がる勇気を――

あ……やっとここまで来れた(汗

一年もスランプしてた最大の原因にして難関、一度ぽっきり折れた響をどうやって再起させるか。

一度悩みのドツボに嵌ると長く響く響本人同様、この辺どうするかほんとついこの前まで何も浮かばなくて。
結局『未来視点』でどうにか。
未だに『響ならこうするであろう行動』は書けても、その時の心情を上手く全然表現できない(どうしても引いた目線でビッキーを見てしまう)未熟者でございますが……どうぞ!!



 突然このシェルターの一角に入ってきたのは、二課の職員さん(この前の戦闘に巻き込まれた時、シンフォギアと響や朱音がその使い手である諸々の最重要国家機密を口外しない約束の同意書のサインを求めてきた人)と、多少の学年の違いはあったけど、みんな小学生くらいの子どもたちに、引率者らしい女の人だった。

 

「君たちは……」

 

 突然の訪問者たちに、私たちを代表する形で司令さんが、引率者の人を尋ねる。

 

「すみません、どうしてもこの子たちが見たいと仰りまして――」

 

 引率者さんが司令さんに説明し始めた傍ら、子どもたちは藤尭さんと彼の端末(パソコン)を取り囲んで、立体モニターに映った映像を見せてほしいとせがむ。

 藤尭さんは子どもたちの対応に四苦八苦しつつもキーボードを操作すると、シェルターの壁に大きなモニターが現れ、点灯した。

 

「朱音お姉ちゃんだ!」

「翼さんも変身してる!」

「あの銀髪お姉ちゃん、どこかで見た気がする……」

 

 モニターに映し出された朱音たちが戦っている映像を目にする子どもたちのリアクションで、私は〝もしかして〟とハッとする。

 そう言えば……朱音って時々、幼稚園児から小学生向けの音楽教室に通う子どもたちにお手伝いで歌を教えることがあって、この子たちが、その朱音の〝教え子〟なんだ。

 

「お兄ちゃん、あの時のお姉ちゃんがいるよ」

 

 壁面(モニター)越しに朱音たちを見守っている子どもたちの中で、見覚えのある男の子と女の子が私に気づいた。

 

「あの二人……」

 

 この前――響と朱音がシンフォギア装者であることを知った日に、親御さんと離れ離れになってたあの兄妹もいた。

 

「二人も、音楽教室に?」

「「うん」」

 

 その時、朱音が不安を少しでも和らげようと歌ってくれたのがきっかけで歌に興味を持った兄妹(このこ)たちも通い始めたとのこと、その音楽教室が実質、朱音が臨時講師してるところだったのは本当に全くの偶然(たまたま)だったらしい。

 

「がんばれ~~!」

 

 子どもたちの声援(エール)が室内(シェルター)に響く中、怪獣(あかいりゅう)の口から放たれたビームを吸収したらしい朱音たちの反撃を受けて怪獣が大爆発を起こした。

 

「やったの?」

 

 思わずその一言か零れる私だったけど……急に忙しくキーボードを入力して解析し始めた藤尭さんの切羽詰まった表情と、モニターに映った光の粒々が怪獣の姿に集まった様を見て、相手は復活しようと――〝了子さん〟はまだ戦う気なのだと悟るる。

 

『藤尭さん』

「朱音ちゃん丁度よかった、今のデュランダルに攻撃を加えてはダメです」

『被害は一体?』

「低く見積もっても……デュランダルから半径四方六キロ以上周辺は……間違いなく壊滅します」

 

 しかも、通信してきた朱音と藤尭さんのやり取りから、再生してる最中に攻撃をすれば大規模災害になってしまうらしい………私でもその大惨事が起きてしまったら、街が跡形も残らず壊滅して、私も、響も、創世さんたちも二課の人たちも子どもたちも、このシェルターにいる人たち含めた避難民みんな死ぬ事実が分かり……ぞっと悪寒が走った。

 

「……っ」

「ひ、響……」

 

 響も同じ気持ちがこみ上げた様で、金縛りにあったみたいに固まり瞬きも忘れて立ち尽くし……なのに全身が小刻みに震え、特に指先が顕著。

 

 

 

 さっきの……櫻井了子(フィーネ)に憤怒を露わにした時に見せた、全身が赤黒く染まって暴走し、あわや翼さんを殺しかけた時を思い出させられたのもあって、今の響の姿を見ていられなくなり、目線を壁面のモニターに移させる。

 再生中の怪獣に立ち向かい続ける朱音たち、けど下手に攻撃できないハンデを抱えているから……段々と追い込まれていき、逆に怪獣の肉体は少しずつ実体を取り戻しつつも、シンフォギア装者への攻撃が激しくなっていくのが、自分でも分かる。

 戦闘の被害がシェルターにいる私たちにまで及ばないよう、怪獣の攻撃をできるだけ避けず、各々が持ってる武器や防具を使って防いでいるんだけど……朱音たちの顔をよくみれば、苦悶の表情が強くなっていた。

 それだけ……怪獣は――その体内にいる櫻井了子(フィーネ)の力が増しているのだ。

 向こうは戦闘が長引くほど有利になって、逆に朱音たちは不利に陥っていくこの状況――

 

「もしこの前のような方法で完全聖遺物を抑えられたら……」

 

 ――をオペレートしている一人の友里さんが呟いて。

 

「っ――それってどういうことです!?」

「未来ちゃん!?」

 

 耳にした私は、思わず食いつく様に友里さんに尋ねて、たじろかせてしまった……いけない、こういう緊急事態だからこそ一度深呼吸して落ち着かせた上で。

 

「完全聖遺物を――了子さんを止められる方法があるんですね?」

「ええ」

 

 改めて、さっきの言葉の意味を訊いてみた。

 

「デュランダルを、二課本部から別の場所に移送する計画のことは聞いてるでしょ?」

「はい」

 

 

 その移送中に襲ってきたクリスと戦闘中、響の歌声でデュランダルが起動、奪われまいと手に取った響をさっきみたいな暴走を招いたけど、朱音と翼さんの二重奏(デュエット)で大惨事になる前に食い止められたことを友里さんが話してくれた。

 

「じゃあ……やろうと思えば、歌で了子さんと融合してる完全聖遺物を止められるんですね?」

「理論上は……けど、起動済みの完全聖遺物を三つともなると……――」

 

 了子さんを止められる方法はある……でもそれを実際に行うには障害(ハードル)が多くて、高い。

 確かに、ここまでほとんど休む暇も無くずっと連戦し続けて消耗が激しい朱音たちには困難が過ぎるやり方なのは、私でも分かる……。

 

「――一体どれだけの〝フォニックゲイン〟が必要になるか……」

 

 フォニックゲイン……《シンフォギア・システム》を使い、聖遺物を眠りから起こすのに必要なエネルギー。

 

〝シンフォギアは誰にでも扱える代物じゃない―――けれどこの力を使う為に必要なフォニックゲインは、誰の歌声からも生み出すことができる―――それだけじゃない、この地球(ほし)そのものと、そこに住むあらゆる生命にも宿って結び付けているエネルギー……命の光(かがやき)なのさ〟

 

 友里さんの口から出たその単語から、私は朱音がシンフォギアで変身してノイズの襲撃から助けてくれた日に彼女から聞いた説明(ことば)を思い出し。

 

「それです!!」

 

 ここまでモニター越しに朱音たちの戦いを見ているしかない中――〝自分にもできることは無いのか?〟――と、ずっと胸の内でくすぶっていた分、まさに閃光と表現するのが相応しいくらいに頭の中で閃きが走った私は、舞い上がった勢い余ってその場から立ち上がった。

 案の定、周りにいた人たちは突然のことに呆気に取られた顔を私に向けてくる。

 

「その……私たちが歌って……フォニックゲインを、朱音たちに届けるんです」

 

 恥ずかしさで頬が熱くなる感触を味わいながらも……思いついたばかりの――〝私たちでもできること〟を説明すると。

 

「えーと、歌で朱音お姉ちゃんたちを応援できるの?」

「そう」

「そんならやろうぜ!!」

「うんうん!」

「歌でお姉ちゃんたちに恩返し」

 

 朱音の教え子同然な音楽教室の子どもたちは、私からの方法(アイデア)に賛成を示し、一緒にやろうと言ってくれた。

 

「でも未来(ヒナ)、そんなアニメみたいな方法で、ほんとに朱音(アーヤ)たちを助けられるのかな?」

「何言ってんのよ創世!」

 

 一方、さすがに突拍子もないアイデアだけあって疑問を投げてきた安藤さんに、そのアニメ大好きマニアその人である板場さんが発破をかける。

 

「敢えて空気を読んでずっと黙ってたけど言わせてもらうわ!さっきからアニメあるあるのオンパレードじゃない! 通常兵器では敵わない怪物を倒せる特殊兵器、それを扱えるのは一部の少年少女、彼女たちをバックアップする大人たちが集まった秘密組織、学校の地下はその秘密基地、超古代のオーバーテクロノジー、その時代から現代まで輪廻転生を繰り返して暗躍してきたラスボス!果てはそいつが変身した巨大怪獣!! ここまでてんこ盛りじゃ脚本会議で没になる超展開よ!!」

 

 さ、さすが自分の知る限りリディアンに通う学生随一のアニメ大好きな板場さん……事情を知らない一般人からすると理解が到底追いつけそうにない事態(私ももし今日にシンフォギア諸々のことを知っても絶対一ミリも呑み込めなかっただろう……それこそ響風に言えば『言ってること全然分かりません』状態に陥った筈だ)の数々を、彼女なりに呑み込んでおり、私は心の内でこっそり苦笑いを浮かべた。

 

「もうアニメは虚構じゃないわ! 今こうして実際に起きてる現実よッ!」

 

 でも板場さんの声を、よくよく耳をすませて聞き取ってみれば……押し隠そうとしてるけど、それでも滲み出てきてしまう〝震え〟が混じっているのを窺える。

 板場さんなりに気丈に振る舞っているけど、内心は虚構(フィクション)の世界でしかなかった出来事が現実に存在して自分たちの日常(せいかつ)を、命を脅かしている実態に怖がって、それでも負けまいと戦っているのだ。

 

「言われてみればそうですね……」

 

 一方で寺島さんはこの非常事態の渦中でも普段と変わらぬおっとり気味のマイペース具合のまま、その胆力の高さには脱帽するし、その精神のタフさ具合がちょっと羨ましいと思った。

 

「やってやろうじゃない! ここでやれなきゃ私たちはアニメ未満よ……非実在少年にもなれやしない……私たちが今日まで何も知らずに、ずっと命がけで頑張ってきた友達に顔向けできやしないわ!」

「私もそのナイスなアイデアに乗ります、自分たちにもできることがあるなら、やらない手はありません」

「そう……だね、友達が必死に頑張ってるのに、その友達が頑張らない理由は……ないもんね、私たちも手伝うよ――〝歌〟で」

「みんな、ありがとう」

 

 一緒に歌ってくれると言ってくれた友人(ともだち)たちからの言葉に想いがこみ上げ、心の芯が温まってくるのを感じながら、私は笑顔と一緒に感謝を送り返した。

 

『話は聞かせてもらいましたよ!』

 

 一緒に歌を奏でてくれるのは、友達と子どもたちだけじゃない。

 

『伴奏なら俺たちにお任せ下さい!』

『朱音ちゃんに貰ったお礼の分だけ、最高に盛り上がる演奏をしてみせますよ!』

 

 友里さんの端末(パソコン)の画面には、ギターやらドラムのバチやら楽器を携えた自衛官の人たちが映っている。

 装者になってから朱音が、特異災害が起きる……と言うか人為的に起こされる度に避難民に向けて開いていたと言う即席ライブの、実質バンドメンバーとなっていた本来は陸自の音楽隊に所属している特機一課の皆さんだった。

 私も実際にこの人たちの伴奏をバックに生き生きと歌う朱音と翼さんの即席ライブを拝見したことがあるので、実に心強い。

 

『朱音ちゃんの持ち歌は大方演奏できるから、遠慮なくリクエストしてくれ』

「えっーと……」

「どれにしようか?」

「挿入歌になりそうな朱音お姉ちゃんの持ち歌いっぱいあるからな~~」

 

 子どもたちと安藤さんたちと一課音楽隊の皆さんがどの曲を応援歌に選ぶか相談し合っていた中――。

 

「未来……」

 

 背後(うしろ)から、私の名前を呼ぶ響の声が聞こえて、私は振り返った。

 

「響……」

 

 まだ私の親友(たいよう)の顔は、今にも泣きそうで暗い影が差し込まれて俯き、身体の震えは止まらずにいる。

 特に両手の広がった指は痙攣を起こしてる様……だったけど。

 

「この間、未来言ってたよね……私が――〝私の為でも頑張れる様になってほしい〟――って」

「うん、今だってそう思ってる、ずっと響の意志(ワガママ)を応援したいから」

 

 響がいつか、心から自分自身も誇れる様に、好きになれる様に、自分だけの〝翼〟を見つけて、飛べるように、その時が来たら心から祝福できるように………それが、私と朱音が、あの夜交わした祈りと、願い。

 

「未来……今ここで立ち止まったままじゃ……私……その未来の気持ちに……応えられない、多分一生……ずっと自分の為になんて頑張れなくなっちゃう………だ、だから、私――」

 

 響はずっと震え続けていた自分の手を、勇気づける為に握りしめ、影を振り払う様に決然と顔を上げて私の瞳と合わせた瞬間……私は両手で決意が込められた親友の手を、そっと優しく包み込ませてあげる。

 

「分かってる、それが今、響が心からやりたい……諦めたくない自分だけの一生懸命(わがまま)なら……」

 

 朱音の言っていた通り、今の響の心は〝自分自身との戦い〟を繰り広げていて………それをどうにかできるのは、響自身だけ。

 エールを送ってあげたり、背中を押してあげることしかできないのなら……せめてと、精一杯の気持ちを込めて。

 

「響のやりたいように、響だけの〝歌〟を、思いっきり――歌って」

 

 祈る様に目を閉じ、エールを送ってあげた。

 

「あっ」

 

 そしたら、私の手に響以外の誰かの手の感触がして目を開け直すと……音楽教室の子どもたちの中にいた双子の子たちが、響の手を握っていて、こっくりと頷いて私と同じく、エールを響に届けていた。

 後で聞いたけど、この双子ちゃんたちは響と朱音が初めてシンフォギアで変身した日に助け子たちだったとのことだ。

 

「師匠……」

 

 さらに、響の肩に、まだ自力で立ち続けるにはきつそうな大怪我を負っている司令さんの手が置かれ、温かい眼差しの籠った微笑みを向けた、周りを見れば、安藤さんたちや友里さんたちも響に笑顔を贈ってくれていた。

 言葉は無くても……分かる。

 

〝行ってらっしゃい〟

 

 ――って、心からの気持ちが宿ってるものだって。

 

「っ―――」

 

 潤んでいた響の目尻から、一筋の雫が流れると、その跡を拭い。

 

「行ってきますッ!」

 

 と、私たちからのエールにそう応えて、そーっと私たちが握りしめていた手を離しつつも――最速に、最短に、真っ直ぐに、一直線に――の勢いで、走り出していった。

 

「ここからカ・ディンギル跡地まで最速で行ける方法を伝えてきますね」

 

 緒川さんがそう言うと、響の後を追いかける。

 私は響が飛び出していったばっかりのシェルターの扉を見つめながら――。

 

「いってらっしゃい、響」

 

 ――もう一言願いを込めて、響の名前を呟いた。

 

 

 

 

 

「響さん、こっちです!」

「はい!」

 

 忍としての駿足で瞬く間に響に追いついた緒川は、そのまま彼女をある場所へと案内していた。

 

「緒川さん、これって?」

 

 緒川が指紋認証パネルに手を当てて解錠し開けた扉の先には、円筒状のカプセルが据えられ、それがさらにスライドして開き、丁度人間一人分が立った状態でどうにか入れるスペースが露わになる。

 

「二課で試作していた装者出撃用のカプセルユニット、まあいわばちょっとしたロケットです」

 

 特異災害発生時、二課の地下司令部から迅速に装者をノイズ出現地点まで急行させる為に開発が進められていた(装者がギアを起動させると同時に射出され、現場に到着するとカプセルが自動で空中分解してすぐさまノイズと戦闘を開始できる仕組み)ユニットであったが、まだ試作段階の域を出ていなかった代物であり、現状は航行距離が伸び悩み、一回使う度に分解され散り散りになったカプセルの部品回収が面倒等々のデメリット、さらに単独飛行が可能なシンフォギア――《ガメラ》の装者(にないて)たる朱音の存在も相まって実用化にこぎつけず、半ば物置に放置された置物同然な現在に至っていた。

 

「ですがシェルターから戦地(あちら)へ最短コースで急行できるだけの距離は飛んでくれますよ」

 

 ――が、たった今、ついに日の目を見る機会がこうして訪れたのだ

 

「ありがとうございます!」

 

 頭を下げて礼を述べた響が、カプセル内に入ると。

 

「響さん、お気をつけて……まだ未来さんと流れ星を見れていないんですから」

「あはは、そうですね」

 

 緒川なりのユーモア含めた見送りの言葉を受け、響は一刻も早く朱音たちを助けにいきたい気持ちに駆られていながら、思わず口元が綻び、彼のありがたい気遣いが身に染みる。お陰で全身に走る強張った緊張の糸がリラックスで少しほぐれ、俄然歌声を出しやすくなったと、自分の胸に刻まれた傷痕(フォルテ)に手を添える。

 

「もし……私自身が〝流れ星〟にでもなっちゃったら……未来に合わせる顔がないです」

 

〝私、命がけで頑張ってる響に、酷いことをした………なのに、この上もっと、我がままを言っちゃうけど、それでも……私は生きたい……みんなと………朱音と………そして――響といっしょに……生きたいんだッ!〟

 

 そんな響の心中(むねのうた)には、前に未来から投げかけられた音色(ことば)が……確かに根付いてもいた。

 緒川の言う通り、まだ未来と流れ星を見に行くことすらできてない……大切な親友(ひだまり)との約束すらまだ満足に守れない自分だけど、だからこそ未来たちから受け取った〝歌(おもい)〟は、しっかり自分の胸に刻んで、守り通さなきゃ――と、心に決めていた。

 

「では、射出しますよ」

「はい、お願いします!」

 

 カプセルのドアが閉まったのを見計らい、内部で瞼をゆっくり下ろして深呼吸をした響は――

 

「3、2、1――」

 

〝Balwisyall~Nescell~gungnir tron~~♪〟

 

 ――さっきまで、とても歌声を発せそうにない喉に詰め物が挟まっていた状態だったのが嘘の如く、自然と己が〝聖詠〟を唱えられ、彼女の全身は目覚めたガングニールによって黄色味がかった眩い光に包まれる。

 響の体内にあるガングニールが、確かに起動されたと共に、カプセルはロケットの火を噴かせて地上へと射出されて、戦場へと急ぎ、暗黒の曇天に支配された空の中を、駆け抜けていくのであった。

 

 

つづく。

 




シンフォギア本家だと、最終決戦のクライマックスでは毎度奈々さんのOPが流れましたよね。
ここぞでOP曲が挿入歌になる演出ってそりゃ私も大好きですが、個人的にはこれはシンフォギアシリーズにとってはネックと思ってます。

だって……『実際に劇中で流れない』ですもん!!!なのに奈々さんの主題歌に忖度してその間ビッキーたち歌わないんですもん!!
ましてや小説だとそんな演出使えないから……どうしてもクライマックスは装者自身で歌う展開にしたかったお膳立ての為、ここで今まで溜めてた伏線をこれでもかと拾いまくりました。

ちなみにラストに出てきたロケットは、Gで本部が潜水艦になってからその船に付いてた特に説明もなしに出てきたのに定着したミサイル出撃から、無印以前からロケットに装者を乗せて現場に送るアイデアはあったけどその時点ではまだ実用化されてなかったことにして、これも先に登場させました。

朱音(ガメラ)「ちなみに私は『ミサイルは乗り物』扱いはしたくない……理由は分かるよね(^^;)」
※前世でミサイルの猛威を何度も経験済み。


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#67 - 暴走する呪詛

着実に更新頻度が伸びていてほっと一息。

ただほんとは、当初だとsymphegazer(ライザーソード)ぶっぱまで一気に駆け抜けるつもりだったのですが、ベイバロンの、融合してる各聖遺物の性質を生かした能力描写、それをエクスドライブに頼らずにどう立ち向かうか?と今度は逆にアイデアがウハウハ出てまた尺伸びた(^^;)




 かつてリディアン音楽院が立っていたカ・ディンギルの残骸が散らばる大地は、すっかり冷静末期当時の人々が抱いていた悪夢のビジョンそのものな……黙示録(アポカリプス)が侵攻する光景へと変貌してしまった。

 ますます上空の暗色がかった雲海の黒味が増し、灰色と黄土色で彩られる乾き切った荒野のあちこちから火の手が上がり、立ち昇る黒煙は分厚い雲たちと組んで陽光を遮り続けている。

 古来より人々がイメージしてきた〝世界の終焉〟が、部分的ながら現実となった絵図の中で、私たちシンフォギア装者と、黙示録の赤竜――《ベイバロン》の巨体を纏う終焉の巫女――フィーネとの戦いは未だ終わらず。

 私は持前のプラズマジェットのスラスターで、翼とクリスは回転飛行する私の盾(シェルシールド)に乗って応戦し続ける。

 

《烈火球―――プラズマ火球》

 

「SHOOT~~♪」

 

 ライフルモードのアームドギアから連射する火球含め、完全復活を進める赤竜の肉体再生を少しでも遅延させようと……けれど高威力の攻撃はメルトダウン寸前の炉心となったデュランダルによって空前絶後の大災厄(カタストロフ)を招いてしまう為……装者(わたしたち)が敢えて出力を制限(セーブ)させた攻めを続けるしかない―――一方で、デュランダルの出力は秒刻みに鰻上って、それに比例して私たちの攻撃で傷ついた箇所が再生されるまでの時間も短縮されていく。

 おそらく宿主(フィーネ)たる〝櫻井了子〟の肉体が健在な限り……そのパワーアップも、肉体再生力も上限が無いだろう。

 向こうは圧倒的に持久戦に有利であるに対して、私たち装者はどこまでも不利だった。

 そもそも聖遺物の力を現代の技術で断片的に引き出しているに過ぎない《シンフォギア・システム》の正規品は、ノイズが出現してから自然消滅するまでの間に、対象の人間と心中する前に確実に殲滅する短期決戦型の対特異災害特化仕様の兵器であり……単純なスペックでは完全聖遺物に譲る上、長期戦に不向きなアキレス腱を抱えているのだ。

 

〝光を~~癒しの焔となり~~我が戦友たちを再起せよ~♪〟

 

 少しでもその弱点をカバーしようと、赤竜の体躯を形成し続けながら攻撃してくるデュランダルの光粒子(エネルギー)を防御と同時に吸収して、先程一度は奴を撃破した時と同様、翼とクリスに分け与える。

 だがこの芸当で戦友たちを確実に回復させるには相応の集中力と時間を要し……先程と違い、赤竜の絶えず繰り出される波状の猛攻を前に、常に飛び回って迎撃しなければならぬ私の現状では、戦友たちを癒し切る余裕など無い。

 なので相手の攻撃の微かな隙間を見つけては、雀の涙ほどの微々たる量のフォニックゲインを届けるだけで手一杯な上、連戦続きかつ持久戦に向かないシンフォギアの長期運用で、二人の表情(かおいろ)は目に見えて疲労で青みがかっており、息も歌声も消耗で乱れてきているのが、轟音が反響する戦闘の渦中でも聞き取ることができた。

 いくら回復手段があっても、休息する暇がほとんどないまま戦い続ければ、確実に蓄積された疲労で限界はくる……それは戦友たちだけでなく、櫻井了子(フィーネ)も然りなのだが、その巨体と咆哮から迸る膨大で禍々しい奴の激情が、完全聖遺物たちとの融合を固持させているのだろう………数千年分の時間をかけて怨毒と化した執念は伊達ではない。

 私が抱いた心証は大当りとばかり――。

 

「八岐大蛇かッ!?」

 

 翼が自身のギアーー《天羽々斬》が退治したかの日本神話で最もポピュラーな怪獣の名を咄嗟に口にするほどに、光の粒子が集まって先端に爬虫類の口と牙を生やした無数の触手が出現し。

 

『二人とも!一旦後退(さがれ)ッ!』

 

 胸騒ぎを覚えた私が二人に警告を発したと同時に、ほぼ一斉に触手の口から稲妻状の光線が発射された。

 不規則で鋭利な蛇行を描いて押し寄せる光線を前に、プラズマジェットの出力を上げてどうにか回避するも、全身に違和感が走る……空から地上へ一直線にしか走らぬ重力が、身体のあらゆる方向から押しかかってきたのだ。

 このままでは滞空する為の姿勢制御が乱れてしまう為、前世(ガメラ)の頃から用いてきたプラズマエネルギーの応用――《反揚力操作(リパルサーリフト)》の微調整で飛行状態を維持させる。

 触手どもが放ったこの稲妻……ネフシュタンの重力波を使った《引力破壊光線》かッ!

 

 

「何っ!?」

「ああっ!?」

 

 長年の飛行経験と勘で私は対応するも、飛び慣れていない翼とクリスは、糸も簡単に周囲の重力の乱れを前に甲羅(こうら)から振り落とされてしまう。

 

《烈火球・嚮導――ホーミングプラズマ》

 

 追撃させまいと、触手たちに牽制の火球を連射して私に気を引かせたことで地上に降り立てた翼とクリスだったけど……引力破壊光線の対処で気を取られている間に再生し終えていた赤竜の頭部(くち)から光線が二人に狙いを定めて放射された。

 

『アタシの後ろに下がれッ!』

 

 翼にギアマイクから警告を発したクリスは再びリフレクターを展開し、エネルギーフィールドで光線とせめぎ合い。

 

(朱音、私たちに構わず行け!)

(分かった!)

 

 アイコンタクトで翼からのメッセージを受け取った私は、赤竜の重力波攻撃対策に反揚力場(リパルサーリフト)で甲羅を自身の周囲に公転させる形で滞空させ、地表ギリギリまで一度降下した上でスラスターの火を盛大に吹かし、真紅の巨体へと突貫する。

 当然フィーネは赤竜の光線を照射したまま触手たちから引力破壊光線をこちらへ乱れ撃ち、ギアアーマー本体と甲羅(シールド)から放出される反揚力の調整で、雷鳴煌めく重力の荒波の中を突き抜け肉薄、竜の体躯に沿って急上昇しつつ。

 

《烈火斬――ヴァリアブルセイバー》

 

 腕部の刃(エルボークロー)で、再実体化されたばかりの赤竜の胴体を抉り切り上げ。

 先の撃破時に、フィーネがいる中枢を記憶している――この表皮の奥(むこう)!

 

《玄武掌――ハードスラップ》

 

 体内に衝撃を伝達させる浸透勁を用いた正拳を叩き込むと、確かな効果はあったようで、赤竜はフィーネの悲鳴を交えたうめき声を上げて光線の照射を止めたところで。

 

《烈火球・螺旋――スクリュープラズマ》

 

 ライフルモードの銃口から、燃焼力と引き換えに貫通力を上げた火球を放ち、赤竜の脳髄に風穴を開けた。

 再生が終わらぬ内に、赤竜の頭上まで上昇した私は足を上げ《蹴爪(カーフクロー)》を生やした踵を振り下ろし、二度目の浸透勁の衝撃を叩きつけ。

 

《旋律囃(せんりつそう)――フォニックビュート》

 

〝鎮まれよォォォォ~~終焉の傀儡たる~~赤き竜ゥゥゥゥーーーー~~~~♪〟

 

 頭頂に降り立った瞬間、手首よりプラズマエネルギーによるワイヤーを射出し、赤竜の口を縛り付け、解かせまいとレギオンの角をへし折った時を思い返して、シャウトスクリームを用いた歌唱でブーストを掛け、力の限り引き上げた。

 赤竜も私を振り落とそうと首を激しく旋回させるが、この程度の遠心力で目眩に苛まれる程、私の脳髄は柔ではない!

 

《MEGA DEATH FUGA》

 

 これらの攻撃を受けて尚再生が止まらぬ赤竜は完全に血肉を取り戻すも、今の時間稼ぎの間に、残った体力を掻き集めて大型ミサイルを生成し、構えるクリスは赤竜と接触している大地(あしもと)へと発射し、着弾したミサイルで地上は黄土色の爆発を上げ。

 

《千ノ落涙》

 

 さらに翼も疲労が溜まる身体に鞭打って、大量の剣の驟雨も流し込み、脆くなった地面が赤竜の自重に耐えられず陥没、頭部と長い首の付け根を境目に、巨体の大半を生き埋めにまでさせることができた――。

 

『舐めるなァァァァァァーーーー!!!!』

 

 ―――が、フィーネの絶叫とともに、ワイヤーを振り切って雄叫びを上げた赤竜周囲の大地が酷く震え上がる。

 これは、単なる地震じゃない……赤竜の重力波を帯びた荒れ狂う地の濁流であり。

 

「なっぁ……」

「ちきしょう……」

『翼ァァァーー! クリスゥゥゥゥーー!』

 

 疲労困憊の戦友たちはその場から跳び退くこともできず、足下に走った亀裂が起こす崩落に巻き込まれ、地中に埋め込まれてしまった。

 まだ胸部の勾玉越しに、二人のギアの《アウフヴァッヘン波形》のエネルギーを感じ取ることはできたものの、戦友の安否を確認し直す間も無く、地中から触手たちが芽吹き出し、私にめがけ攻撃を再開。

 

『ちぃっ!』

 

 上昇して躱すも、引力破壊光線の猛攻は一層激しくなり、接近もままならない中……赤竜は地上へと完全に再浮上した。

 触手どもの牙(くち)からは引力破壊光線だけでなく、クリスも使用したことのある重力球も群がって押し寄せる中、《ホーミングプラズマ》で撃ち合い、遠隔操作する甲羅から電磁シールドを張って光線を凌ぎながら、音速を突破する速さで踏み込み、ハルバードモードに変形させたアームドギアの斧刃(やいば)を斬りつけるも。

 

《ASGARD》

 

 フィーネ自身の能力たり……六角形が連なる形で張り巡らされたバリアが、斬撃を阻んだ。明らかに強度はネフシュタン単体との融合時より増している。ここまで堅固になられては……現状の私のレベルでは、攻撃を僅かでも押し通せそうにない。

 こうなれば――〝攻撃は最大の防御〟だッ!

 ハルバードの先端に、螺旋状のハンマードリルを備えたパイルバンカーを伸長させると、杭を高速回転に加え、電磁力による突進力を相乗させた刺突を叩き込み、バリアとの衝突で鮮烈な火花が豪勢に花開く。

 

『無駄なこと!今の我が盾を貫く術など貴様にないッ!』

『誰が貫くと言った!』

『何?』

 

《烈火球・黒雨(こくう)――レインフォールプラズマ》

 

 赤竜の巨体を取り囲むほどの広範囲の虚空に、小型レギオンの群体ばりに大多数の火球(プラズマ)を張り巡らせ、銃弾の如く回して降下し、バリア表面に爆炎の光を轟かせ、そうして生成と掃射を繰り返し。

 

《旋斬甲――シェルカッター》

 

 回転飛行する甲羅(シールド)の刃でバリア表面を刻みつつ、パイルバンカーによる突進をも続行。

 フィーネはバリアをドーム状に、胴体も触手も頭部も諸共、赤竜の全身を囲い込み、火球の乱れ撃ち、盾の斬撃、アームドギアの突撃の三重奏の猛攻を防いだ……だがこれでフィーネも、実質私への攻撃手段を失った。

 下手にその巨体では狭すぎる密閉空間の中で、重力操作を用いた飛び道具を遣えば、せっかく再生できた肉体への自傷、自滅は免れない……仮にデュランダルの暴発で爆発を起こしても、己が防護壁を張ったままでは酸素量の低下も相まって被害は自身にしか及ばない。

 かと言ってバリアを解除すれば、ハルバードの先端(パイルバンカー)は体内のフィーネごと確実に打ち貫く――勢いで私は、絶え間なく押し込み、火球も斬撃も絶やさず攻撃し続ける。

 

『確かに完全聖遺物と〝四位一体〟となったお前に、私一人では勝てないかもしれない―――が、負ける気も毛頭ないぞ!〝終焉の巫女〟ッ!』

『その為の〝度胸試し〟と言うのか!? 〝地球(ほし)姫巫女〟めッ!!』

『然りッ!!』

 

 先に倒れるのは私か? それともフィーネか?

 互いに譲らぬチキンレース。

 それが諦めの悪い私が、背水の陣にて選んだ勝負。

 これでたとえ……勝てなかったとしても、構わない!

 それがどうした!?

 

「お前にだけは~~絶対に負けられないッ~~~負けるわけにはいかないんだァァァァァーーー!!!♪」

 

 超古代文明語による歌唱で、私はフィーネに宣言を突きつけたッ!

 

『なぜだ!?なぜなのだッ!?』

 

 お互い譲る気は一切ない一進一退の攻防の最中、フィーネは赤竜の唸り声混じりに私へ、声音に〝理解できない〟と添えて、問いを発してきた。

 

『そうまでしてお前は、シンフォギアの模造品(まがいもの)なぜ戦い続けるッ!? 何を以てお前を戦場(いくさば)で歌いぬかんとする意志を貫かせているのだッ!?』

 

 どうも今頃になって……私がなぜ〝戦っている〟のか?〝歌っている〟のか?疑念が過り、解せずにいるらしい。

 いや、正確には……草凪朱音(わたし)と言う存在を知ってからずっと、心の深層(むいしき)で抱いていた疑問が、何度も私が奴の想定を超えたであろう行為を見せてきた積み重ねもあって、ここにきて表層意識まで急浮上してきた、ってところか。

 

『復讐か!? それとも地球(ほし)の代行者のつもりか!?』

『そうかもしれない……――』

 

 ある意味で、奴の言葉は私の在り方において、どちらとも的を射ている。

 私の心(むね)の内は、この瞬間にでも絶えず……私の大切な愛する家族の命を奪ったノイズへの復讐心を糧とした黒い炎が燃え続けている。

 この炎は……ノイズと言う存在そのものが完全に根絶されでもしなければ、生涯消えないだろう。

〝地球の代行者〟も、あながち間違いではない。

 この星そのものを神と定義するならば……私は〝神の力〟を預かりし者だ。

〝地球の意志〟が私に、前世(ガメラ)の能力をシンフォギアの特性を再現した上でこの力を授けた伺いし切れぬ意図は、幾つかあるだろうが……その内の一つは確定している――地球存亡の危機。

 事実フィーネは〝月を穿つ〟と言う未曽有のカタストロフで、この地球と、この星で生きる全ての生命を脅かそうとし、奴の凶行を止める〝抑止力〟として、この世界の地球の意志は、私に己が生命(マナ)の欠片を預けた。

 そういう意味で私は――〝地球の代行者〟――なんて身分を持っている身だ。

 だが――。

 

「――だが~~災厄に立ち向かう~~地球(このせかい)に生きる~生命(いのち)守護者(ガメラ)となることを~~選んだのは~~――」

 

 義務でも、使命でもない。

 誰に頼まれたわけでもない。

 まして、誰から押し付けられたわけでもない。

 力を手に取るのも。

 この世の、戦火(じごく)に身を投じる覚悟を決めたのも。

 災厄を齎す存在ならば、人外の〝異形〟だろうと、たとえ同じ〝人間〟だったとしても、戦う十字架を背負ったのも。

 何より、家族の願いに背を向けて――守護者(ガメラ)となる選択を取り。

 

「――~~私自身の~~〝歌〟だぁぁぁぁ~~―――ッ♪」

 

 決断を下したのは、他らない――自分だと、己の〝胸の歌〟なのだと、肉声(うたごえ)に込めて、歌い上げた。

 

『歌だとッ!?そのような理由で……〝安く取るに足らない命〟を守る為になどと~~私に立ち塞がり続けると言うのか!?』

『そんな戯言で切り捨てるなッ!!』

『なに!?』

 

 ゆえに、手前勝手に命を、取るに足らない価値などと決めつけるフィーネの傲岸を許すわけにはいかない。

 

『お前が誰より愛し続ける神――エンキは、たった一人でも、同じ神々が齎す災厄から、人類を守ろうと、立ち向かってきた、違うかッ!?』

『っ!?』

 

 赤竜の唸り声から、確かにフィーネが愕然とする声が聞こえた。

 現代にまで語り継がれた神話の内、どこまで真実か、定められる術はない。

 しかしフィーネの反応から、《旧約聖書六章・創世記――ノアの箱舟》のノアその人でもある、《アトラ・ハーシス》の叙事詩にて描かれていた通り、先史文明時代の人類は、神々(アヌンナキ)によって何度も滅亡の危機に瀕し、その度に肉親でもある同朋たちと、時には武力衝突の形で戦ってまでも、人々を守り続けた……〝愛していた〟……それは確かだ。

 

『終焉の巫女!お前のやっていることは、愛する神(エンキ)の御意思に対する、冒涜以外のナニモノでも無いのだぞッ!』

 

 この事実をはっきり突きつけたところで、数千年も積り、歪んでしまった……元は〝純粋な慕情〟だった筈の蛮行は、止められない。

 それでも……言葉にして送らずにはいられなかった。

 だってこれは……かつてアヌンナキが人類に対して行ってきた凶行同然にして、エンキの〝愛〟を踏みにじる……〝呪詛〟に他らない。

 だからこれ以上、お前の〝呪い〟に堕ちてしまった〝願い〟の為に、犠牲を……誰一人出させるわけにはいかないんだッ!

 

『よぶ……な……』

 

 パイルバンカーの火花が飛び散るマゼンタカラーの障壁越しに、赤竜の顔が震えを見せて俯いたと思うと。

 

『あの方と同じ〝眼〟で……あの御方の名を……口にするな! その口から歌を――放つぁぁぁぁーーーー!!』

 

 今まで発してきたのより甲高い、あのギャオスどもの鳥肌を立たせる奇声(なきごえ)に似た……けれどどこか悲痛さが際立つ咆哮を赤竜が上げた。

 直後――私とフィーネとの間に差し込まれていたバリアに、突然ひび割れ始める。

 今奴が張り巡らせていたバリアの強度は、赤竜の咆哮程度で壊れるほど脆弱じゃない……なぜ?

 ともかく、チキンレースであちらが先に根を上げた以上、敢えて膠着状態を維持する意味はない。ハルバード形態のアームドギアをプラズマエネルギーに戻して後退――すれば、まだ冷静な判断力をフィーネが持っていれば追撃してくるだろう。

 その前に先手を打って、少しでも時間を稼ぐ。

 

〝障害を穿つ槍と~~相成れ~~我が歌声よ~~♪〟

 

 ギャオスの忌まわしい異形を思い出したのを切欠に、私は奴らの技と、前世の自分の雄叫びをイメージに深呼吸、両手を向き合わせてプラズマエネルギーを球状に集束。

 

《超振動熱波――ヴァリアブルレリース》

 

「Rele―――ase―――~~~~!!!♪」

 

 叫び声をプラズマにぶつけ、高熱を携えた〝超振動波〟を放った。

 衝撃波(シャウト)は亀裂で強度が落ちた障壁を打ち破り、直撃を受けた赤竜が悲鳴を上げた次の瞬間。

 

〝~~~♪〟

 

 聞き覚えのある〝戦闘歌〟のメロディと、がむしゃらに真っ直ぐな歌声を聴覚が捉えた。

 

「朱音ちゃん!」

 

 上空を見上げると、赤竜の頭上目掛けて急降下するガングニールのギアアーマーを纏った響の姿を目にする。

 響は右腕を振り上げると、彼女の腕を覆うギアアーマーが大型化、肘に推進器を、拳にはナックルバスターを携えたジェットハンマーパーツへと変形し、そのまま落下の勢いを上乗せして相手の頭頂に拳打を叩きつけた。

 異形の頭部は丸ごと破砕され、首から下の赤竜の巨体は、その場で機能不全に陥った機械の如く、動態を停止した。

 

 

 

 

 先に地上に降り立った響の下へ、スラスターをゆっくり吹かせて降り立つ私。

 足先が瓦礫の山に触れた瞬間、戦闘で溜まった疲労で若干ふらつきかけたが、その程度で済んだ。

 初陣の時から課題だった《シンフォギア・システム》の短所たる体力消耗の度合いの高さは、鍛錬と実戦の積み重ねで大分改善されている。

 

「大丈夫なのか?」

 

 一度は暴走を招いてしまい、翼を傷つけてしまったショックも相まってでギアも纏えないほど心身が憔悴していたと言うのに、一転して戦線に復帰し派手な参上を決めてきた響に、容態を尋ねる。

 

「まあ……変身できるくらいには、何とかへいき、へっちゃらかな、朱音ちゃんは?」

「まだ立ち続けられるくらいの体力は、何とか残ってるよ、助かった」

 

 正直、これ以上親しき仲だった筈の〝櫻井了子〟と戦わせてたくなかった想いもあって複雑だけど……助太刀に来てくれたことに礼を述べた。

 

「朱音、立花?」

「戦場(てっかば)に戻ってきやがったのかよ、バカヤロー……」

 

 赤竜がまた再生して活動を開始するまでの間に、生き埋めになった翼とクリスを探そうと思ったが、その前に当人らは自力で地上に脱出していた。

 さっきまで瓦礫と土の中だったのもあり、アーマーとインナースーツ含めたスーツ二人の全身は煤だらけだ。

 

「クリスちゃん!?」

 

 クリスの無事な姿をここでようやく直に目にできた響は、彼女に駆け寄って手を握る。

 

「絶唱を歌ったのに……大丈夫なの!?」

「人の心配する余裕あんならちったあ自分にも労らえってのバカ……でもまあその、あんがとよ」

「よかった……」

 

 照れ顔を見せるクリスに安堵して笑みを浮かべた響は、次に翼の方へと目を向け、一転してその顔を曇らせる。

 

「翼さん……わたし、翼さんに……」

 

 先の暴走で襲い掛かってしまった件で、罪悪感に暮れる響に対し。

 

「詫びなくていい、言っただろう?謝るべきは〝私たちの方〟だと」

 

 これ以上響の気を病ませまいと、温かく気を利かせ。

 

「謝るっ――つ~ったら、アタシもまだ言ってなかったな……」

「クリスちゃん?」

「この前は悪かった……ひでえこと言った上に、友達を巻き添えにしちまって」

 

 クリスも、フィーネの傀儡だった頃に、響からの言葉を拒絶して糾弾し、未来たちをも戦闘に巻き込んでしまった一件のことで、この場で謝意を示す。

 

「そういうことだ、むしろ何度手折れようとも、その度にこうして這い上がることができた立花のその強さに、胸を誇ってあげることだ」

「っ……はい」

 

 二人からの思いやりに、響の……無自覚に強い〝自己否定〟を抱えている人一倍繊細な心はようやく一時の安らぎを得て、笑顔でこっくりと頷き返した―――ところで。

 

「まだ、粘ってくるか……」

 

 なんて、しぶとさ。

 私たちの間に流れていた温もりのある静謐を打ち破る形で、三度赤竜の咆哮が、大地と虚空を震え上がらせてくる。当然、響のパンチを受けて破壊された頭部ごと、肉体は再生し終えていた。

 けど……なんだ?

 今の赤竜の巨体からは、さっきまでは感じなかった違和感が過ってくる。

 

『遠い昔……あの御方の想いを人々に伝える巫女(よげんしゃ)であった私は……いつしか愛するようになった』

「なっ――なんのつもりだフィーネ!?」

「こ、ここに来て惚気話か!?」

 

 唐突に発せられる……終焉の巫女の告白。

 

『だが……この胸の内をあの御方に告げる前に……人類から《統一言語》が……神々と語り合えるたった一つの方法が……奪われてしまった』

 

 いや、独白(モノローグ)か……奴の言葉は私たちに向けたものじゃない。

 

『私はずっと……たった一人……《バラルの呪詛》を解き放つ為に抗ってきた……』

 

 胸騒ぎを肥大化させていく違和感は……確固たる異変へと相成る。

 フィーネの声は、櫻井了子の肉声を、原型も面影がも完全に消え去るほどに……変化し、歪み、雑音混じりになっていき――。

 

『いつの日かもう一度……この胸の内の想いを届けたかった……ただ――それだけだったぁぁぁぁぁーーーッ!!』

 

 赤竜の口から、悲鳴にも似た痛々しくも……背筋に鋭利な悪寒が走るくらい、おどろおどろしさがさらに増して喚かれる雄叫びを、曇天に向けて発せられた瞬間……その巨体の足下を端に、赤黒く淀んだ……〝破壊衝動〟に蝕まれた時の響と全く同じオーラが――。

 

「おいおい待てよ、これって……」

 

 咆哮を放ち続ける黙示録の赤竜――ベイバロンの全身を染め上げていく。

 私はさっきの、奴の鉄壁の障壁が突如脆くなった理由を悟る。

 フィーネがあのバリアを扱えると言うことは、明確な自我で完全聖遺物たちを制御していたと言うこと。

 それができなくなったことが意味するのは、即ち……完全聖遺物が奴の手から離れ、逆に浸食しようとしていたに他ならない。

 

「まさか……」

「了子さん……そんな」

 

 目の前で起きている異変(げんしょう)を前に、私たちは目が離せないまま……戦慄する。

 

「暴走……」

 

 かつて、櫻井了子と言う己が子孫の魂を塗りつぶし……完全聖遺物と融合した自身を〝新霊長〟と称し、ガングニールの暴走のトリガーを引いた響を嗤った終焉の巫女は、皮肉にも……〝破壊衝動の化身〟へと、その身を貶めてしまった。

 最早……奴自身が……〝呪詛〟そのものであった。

 

つづく。

 




当初はXDUでの『先覚の協力者』同様ベイバロンを暴走する予定なんてなかったのですが、書いている内に『原作以上に長期間完全聖遺物三つと融合している以上、何も起きないわけない』『エンキが呪詛を発動しなかればならなかった事情を知らぬまま、〝一人〟で抗い続けて願いが歪んでしまった成れの果て』を描こうとして、こうなった(コラ

掘り下げれば掘り下げる程、了子さんは『悲しい悪役』です。
しかもバラルを解除できたらその時点でバッドエンドまっしぐらなのですから。


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#68 - 覚醒ノ旋律~SYMPHO RISER~ ◆

2023年早々にやっとクライマックスを書き終えることができました(汗

了子さん――フィーネの願いすら呑み込んで暴走し始めたベイバロン相手に、どう世界を破滅から救うのか、本作ではこうなりました。
とくとご照覧あれ!!


 暗黒の曇天の下闇の中でも、溶け込むどころか周囲の空間を侵食しようとすら勘ぐられてしまう。赤黒く荒ぶるエネルギーの焔(オーラ)がその巨体全身に覆われ、暴走の奈落に堕ちた……黙示録の赤竜ベイバロン――終焉の巫女フィーネ。

 

『Gaaaaa~~~ohhhhhh~~~~―――ッ!』

 

 赤竜が発する……一層禍々しさが増した咆哮は、リディアンとカ・ディンギルらの瓦礫が混ざった破片と砂と煤と、そして大気と音を暴風に混ぜ合わせて飛ばし、私たちが立つ大地にまで容易く届き、髪が激しく靡かれた。

 曇天の空へと首を上げて、悲鳴にも慟哭にさえ聞こえる咆哮を絶えず鳴らし、全身に張り巡らされた触手を、駄々をこねる子どもの八つ当たり同然に振るい続ける。

 

〝戦場(せんじょう)と言う〝悪魔〟にそんな理屈は通用しない、その悪魔は君の心とその想いを打ち壊して嘲笑しようといつでも待ち構えている〟

 

 以前、装者になり立ての頃の響にも話した……前世(かつて)の自身の取り込まれかけた〝戦場に潜む魔物〟……今その魔物は異形の怪獣へと変異した終焉の巫女に憑依し、完全聖遺物と融合した自らを、月が穿たれた世界の支配者にして〝新霊長〟と私たちへ傲岸に自称していながら、逆に聖遺物の操り人形にされてしまった彼女を、今まさに……邪悪な笑みを惜しげもなく浮かべ、悦に浸っていた。

 

「Unexpected result……」

 

私は……〝皮肉なものだ〟と、苦味が溜まる口から、ふと呟いていた。

 

 なんて、報われない。

 

 フィーネは破壊衝動に染められた先の響を嘲笑し尽くしたそうだが、今の奴はそれ以上の暗闇へと転げ落ちた挙句に、現代に蘇った神話時代の災厄へと成り果ててしまった。敵ながら………フィーネが陥った悪辣な運命の因果に対し、口の中に複雑と言う名の苦味を感じながら。

 確かにこの数千年、人の歴史に暗躍、介入、干渉し続けてきた中で、奴がなんとしてでも叶えたい願いは変質し、歪んでしまった。

 奴がその変わり果てた悲願を達成、実現しようとする過程で、余りに多くの人々の生涯を狂わせ、数えても数えても果ての見えぬ程のたくさんの命が、犠牲となったのも確か。

 けれど……神々(アヌンナキ)の一人へ抱いてしまった慕情も、その想いから生まれた〝願い〟そのもの自体は純粋なものであり、本当は否定できぬものではないのだ。

 少なくとも………〝願い〟を叶えようとした最果てが、あの異形とは、悲劇の一文字だけでは表せない。

 何より……私――ガメラも、運命の気まぐれ次第では、あの最果てに至っていたかもしれない。

 あの異形の巨体は、まさに……私(ガメラ)の〝可能性〟の一つに他ならなかった。

 

「〝了子さん〟ッ!!」

 

 響が暴走する赤竜へ、尚も〝櫻井了子〟の名を叫んだ直後、巨獣の眼がこちらに睨みつける。

 無論、私たちに対する敵意と殺意を込めた眼光、だが。

 

「違う」

 

 我が翡翠色の瞳は、見抜いてしまった。

 今の赤黒く変色した巨獣が発するものは、先までフィーネの制御下にあった時と一変してしまったことに。

 

「あの異形を操っているのは……もう櫻井了子でも、終焉の巫女でも、まして神を愛してしまった〝人間〟でもない……」

 

 積年の悲願を果たす為なら、どのような障害となり得る存在を切り捨て、排除し、数え切れぬ犠牲を贄として利用すること厭わぬまでも邁進する……執着と狂気と憎悪が複雑に混じり合った剛健なる奴の意志が、最早その瞳には宿されてない。

 あるのは、ただその目が捉える、神羅万象、生きとし生けるものを灰塵に帰し尽くそうとする、ある意味で純粋なる混じり気のない――破壊衝動。

 

「奴の意志も悲願も、愛すら呑み込んだ――〝災厄〟だ」

 

 私の言葉と、それ以上に雄弁に語る眼前の事実を前に言葉を失う戦友たち。

 対して〝災厄の黒竜〟は眼光を装者(わたしたち)に突きつけたまま、ゆっくり口を開けるとともに、喉元にデュランダルが生み出し続ける高エネルギーが集束し始めた。

 

 ~~~♪

 

『みんな離れるなッ!!』

 

 響たちの先頭に自ら立ち、翼とクリスと私は両手のアーマーのプラズマ噴射口から放出したエネルギーを三つの甲羅――《シェルシールド》を実体化。

 うち一つを目の前に、残りの二つを反揚力(リパルサーリフト)で私と左右挟んだ横並びで宙に配置させ、熱線発射の準備を整えている巨竜へと掲げる。

 

《REFLECTOR PARTICLE》

 

 クリスは再びリフレクターを放出。

 

《千ノ落涙》

 

 翼も宙に光刃を出現させ、この前の二重奏の時の様に、円となる形で配置し直す。

 相手の巨竜もまだ、喉と口にエネルギーを蓄えた発射準備の態勢のまま、しかし裏を返せば時間をかけた分だけ強力な攻撃が来る―――のを逆手に取り、こちらも防御の備えを整えているところへ。

 

『お取込み中のところすみませんッ! そのまま聞いていて下さい!』

 

 藤尭さんが緊急の通信を送ってきた。

 実を言えば彼がそうまでして何を報告したいのか、分かっている。私と我がギアーーガメラの熱エネルギー探知能力は、黒竜の体内の炉心(デュランダル)の温度が、秒ごとに昂り続けているのを明瞭に捉えていた。

 

『ベイバロンの炉心温度が急上昇しています、俺の計算だと、遅くてもあと一五分以内に………地球に大穴が開く規模の、大爆発が――』

 

 

 つまり、もう後僅かな時間で、暴走の果ての破局(メルトダウン)が起きる。

 地球(せかい)が滅亡するカウントダウンまで、最早一刻の猶予もない。

 私は戦友たちに、目線で意志を確認する―――翼とクリス、自身の双眸を見合って、お互いの容貌(ひょうじょう)から、これより切り出す手段(カード)と、それを実行する覚悟を確認し合う。

 同時に、滞空させていた甲羅三つ全てを回転させて、電磁フィールドが螺旋を描いて形成される。

 そこへクリスのリフレクターと、翼の光刃(たて)が添えられ、黒竜がこれより繰り出そうとする猛攻を受け止める為の防御力を少しでも上げ。

 

『響、手をッ!』

「う、うんッ!」

 

 歌唱でギアと、障壁(エネルギーフィールド)の出力をキープさせながら、口の代わりに勾玉(マイク)からの声で響に手を繋ぐよう促し、私と響の手は握り合う。響も遅ればせながら、今の私の行為でこれから私たちが……世界の破滅を食い止める為に何をするのか理解したようで、眉間を決然と引き締め頷いた。

 続いて翼とクリスとも手を握り、災厄の黒竜と対峙し並び立つ。

 もう――できるか? できないか?――の問題ではない。

 やるしかない!

 必ず成し遂げる以外に選択肢はない!

 もう聖遺物の暴走を、もうじき起きようとしている〝破滅〟を止められるのは、装者(わたしたち)の〝歌〟だけ。

 だから私たちは、《シンフォギア・システム》の決戦機能と言う切札を使う。

 

「「絶唱――」」

 

 私たちは一斉に、その切札の名を叫び、歌い始めた――。

 

 

 

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~♪〟

 

〝Emustolronzen fine el baral zizzl~♪〟

 

〝Gatrandis babel ziggurat edenal~♪〟

 

〝Emustolronzen fine~el~zizzl~~♪〟

 

 朱音、響、翼、クリスのシンフォギア装者四人による《絶唱》の四重奏(カルテット)が唄われた瞬間、彼女たちの全身からフォニックゲインの光と波が放出され、大気と大地を震わせ、風は荒々しく四人の周りを螺旋状に空へと昇る龍の如くうねりを上げていき、少女たちの髪を激しく靡かせる。

 装者たちが先に生成していた盾は、絶唱の膨大なエネルギー)を帯びて、朱音の前世の甲羅のラインが表面に刻まれた半球状の光の障壁に巨大化、かつ五重に重ねがけされ、それら全てが高速回転し始めた。

 絶唱の恩恵(ブースト)も得て、朱音たちが防備を固めたと同時に、《終末の黒竜》の口から、一瞬巨竜の顔を埋め尽くす程の鮮烈なバースト現象を経て、赤黒い熱線が彼女らへめがけ放射――迎え撃つ五重奏の盾と正面から激突。

 曇天の闇の中、熱線と障壁が火花と閃光を煌かせて激しくせめぎ合う。

 完全聖遺物らの三位一体、否――櫻井了子と言う名の器込みで〝四位一体〟同然な黒竜の猛攻を防護しながら、同時に自らが生み出すフォニックゲインで、暴走する聖遺物の活動を鎮めようと奮戦する装者たちだったが、拮抗状態を維持し続けるだけでも、既に限界が訪れていた。

 敵からの戦略兵器に匹敵する強大な攻撃だけでなく、絶唱の負荷と言う決戦機能の代償(バックファイア)が、苦悶の表情を浮かべる少女たちの肉体を容赦なく痛めつけていた。

 その証拠に、呻き混じりに食いしばり、荒れ地に足を踏ん張り、完全聖遺物による厄災に抗う全員の双眸と口元から、血涙がしたたり落ちる。

 彼女らの全力全開奮戦を、所詮は雀の涙にも等しい足掻きだと嘲笑する様に、黒竜のエネルギー出力が尚も膨れ上がり、一層威力を増した極太の熱線を障壁へと叩き込んできた。

 ついに五重の障壁の一枚目が割れたガラス状に破砕されてしまう。

 

「「「「―――ッ」」」」

 

 繋げた手を離すまいと強く握り合い続ける装者たちは、破壊された障壁にシンクロして仰け反り、激痛に鳴く。

 拮抗が崩れ、黒竜の熱線を前に障壁は二枚目、三枚目も破られ……残る二重(にまい)も亀裂が走り、塗り固められたエネルギーが散り出していき、バックファイアの鞭打ちで、装者たちの纏うギアのアーマーもスーツも、身体から裂き出てきた血に濡れていった。

 踏み締める地を抉って後退されていく翼もクリスも、響でさえ……目を開けていることすらままならぬ中。

 

〝絶対に、何が何でも、この世界は――滅ぼさせないッ!〟

 

 朱音だけは、翡翠の瞳を黒竜に見据えたまま、災厄に抗い続けていた。

 その瞳が発する眼差しは、人の身となった今でも変わらぬ……どんな強敵を開いてにしても、時に己が内の矛盾に苦しめられても、あらゆる逆境を前にしようとも、何度打ちのめされようとも、立ち上がり、怪獣と言う〝災い〟に立ち向かい続けたガメラそのもの。

 

〝でも分かっています、ガメラは戦うつもりです……最後まで、独りになっても〟

 

 一度生まれ変わっても変わらぬ朱音――ガメラの気骨は、かつて心を通わせ、共に戦ってくれた少女からもお墨付きを貰っている。

 

〝浅黄が言ってくれたように―――生憎私は、前世(むかし)からずっと、諦めの悪い性質(たち)だったものでなッ!〟

 

 だからこそ、朱音は装者の中で真っ先に気づいた。

 荒野と化した大地から、多数の光の粒子が舞い上がっている現象を、翡翠の眼(まなこ)にて、確かに映る。

 地上から湧き出た小さな星々――フォニックゲイン。

 またの名を――マナ。

 星々(ひかり)たちの数も、密度も増していき、朱音たちを包み込むようにマナたちは輝きを立ち昇らせていた。

 

〝でも、どこから?〟

 

 装者(じぶん)たちが生み出したものではない……なら、この光(マナ)はどこから?

 

〝~~~♪〟

 

 金色(ひかり)の野を見渡す彼女の脳裏に、直接響いてきた―――音楽(メロディ)。

 

〝あ、そうか……〟

 

 朱音はこの音色から理解した、地球(ほし)に流れる血脈――レイラインを通じて、自分たちに贈られてきた〝歌声(エール)〟。

 

〝ガメラは……一人じゃないわ〟

 

 メロディに耳をすませて朱音は、浅黄とともに自分を信じてくれた女性の言葉を思い出す。

 

〝そうだ、私は……私達は一人じゃない……希望を奏でる歌い手は――装者(わたしたち)だけじゃないッ!〟

 

 大きく胸の奥の底から、深呼吸をすると。

 

〝ありがとう……みんな……〟

 

 朱音は自らに、歌(ひかり)を取り込んでいき。

 

〝「聞こえますか?」激情奏でる~~ムジーク~♪〟

 

 生命(いのち)と言う輝きを持つ者たちからの、音色(いのり)を受け取って、朱音――ガメラは、己が光(マナ)を、立ち上がらせ、エールを送ってくれた者達と一緒に、再び歌い始めた。

 朱音の歌声を耳にした響たちは苦痛で閉ざされていた瞼を開け、歌い上げる彼女を見つめる。

 

〝天に~~解~き~放て~ッ♪〟

 

 この身とギアに取り込んだマナ――フォニックゲインを、自らの歌唱でより高めた朱音は、戦友たちに分け与え、バックファイアで傷ついた戦友たちの身体を癒し、彼女らの心へ、共に奏でる者たちの音色を送り届ける。

 

〝「聞こえますか?」イノチ~はじまる脈動~♪〟

 

 それを続いて理解した翼は、今は亡きかつての片翼(あいぼう)と何度も歌い上げてきた詩を。

 

〝愛を~~突~き~上げて~~♪〟

 

 今度は、朱音の歌声と重ね合わせた。

 

〝はるか~~彼方~~星が~♪〟

 

 朱音と翼に続き、クリスも詩を繋げ。

 

〝音楽となった~~かの日~~♪〟

 

 三重奏となり。

 

〝風が~髪を~さらう~瞬間〟

 

 最後に響も加わって。

 

〝君と僕は~~コドウを~~詩(うた)~にした~~♪〟

 

 装者四人揃っての四重奏(カルテット)へと相成り。

 

〝そして~~夢は~開くよ―――見~たことな~い世界の果てへぇぇぇぇぇ~~~♪〟

 

 この曲を奏でる者たち、全ての歌声が、マナを通じて重なり合った瞬間、フォニックゲインは一気に装者たちの身に集束し。

 

〝Yes~Just~believe~~♪〟

 

 眩くも、黒竜の熱線を受けても全く歯牙にもかけぬ力強い光の柱が天へと立ち昇った。

 

〝神様も知らない~~ヒカリで~歴史を作ろう~~♪〟

 

 地上より立ち昇る光は、分厚い暗黒の雲海を貫き風穴を開け、今まで遮られてきた陽光が光柱を発する装者たちに降り注ぐ。

 

〝逆光のシャワー~~未来照らす~~一緒に――飛ばないかッ♪〟

 

 

 黒竜の全身から、先も彼女たちに猛威を振るった牙を生やす触手たちが伸び、熱線を照射したまま光柱へ引力破壊光線の驟雨を降らせ、重力をズタズタに破壊し瓦礫と砂塵と岩を宙へのた打ち回らせて爆炎と爆音を起こし荒野を傷つけていくも。

 

〝Just feeling~~運命なんてない~~物語は自分にある~JUMPッ♪〟

 

 光柱は、黒竜からのこれ程の猛撃を受けても尚、ものともせず。

 

〝旋律は溶け合って~~シンフォニー~へとぉぉぉぉ―――~~~♪〟

 

 輝きの眩しさは鰻上りの勢いのまま強まり、シンクロして内で唄う装者たちの四重奏(うたごえ)も逞しく洗練されていき。

 

〝勇気こそが~~輝くんだよ――SHINING STARァァァァ―――~~~♪〟

 

 金色(かがやき)の中心から、黒竜の巨躯(すがた)すら視界から一時消え去るほどの光の衝撃波が放出され。

 

〝もっと高く~~太陽よりもた~か~くゥゥゥゥ―――ッ♪〟

 

 その異形の個体を、上空を支配していた曇天ごと、容易く吹き飛ばし、どこまでも澄み切った蒼穹が、露わとなった。

 

 

 

 

〝凄い……〟

 

 ところ変わり、二課のシェルター。

 ツヴァイウイングを代表する曲――《逆光のフリューゲル》を子どもたちと級友たちとともに送り届けた未来は、ドローンのカメラ映像越しに金色の閃光を目にし、咄嗟に両腕で目を覆いながら驚嘆する。

 自分たちの歌声でフォニックゲインと一緒に、戦場で唄い戦う〝親友(とも)〟たちへエールを届けるアイディアを提示した当の本人でありながら未来は……〝戦えない〟自分たちが、ここまでの超常的な現象を起こすことができた事実に圧倒されている中。

 

〝この……歌の前奏って?〟

 

 まだ光でホワイトアウトしている映像(モニター)と併設された、ドローンのマイクが捉えた音を発するスピーカーから、メドレー方式で次なる曲の前奏が流れ出した。

 昔からツヴァイウイングのファンだった未来は、その静かな曲調から始まるイントロの段階から、曲の正体を見抜く――聞き抜いた。

 

〝何処~までも飛んでゆける~~両翼が揃えば~~♪〟

 

 スピーカーから、朱音たち四人の合唱(うたごえ)が響いてきた。

 

「双翼の――」

「――ウイングビートだッ!」

 

 以前迷子になった困っていたところを未来が助けた兄妹の内の兄と、その歌の名を口にする――《双翼のウイングビート》と。

 

『みんな!まだ歌えるかな?』

「うん!」

「もちろんです!」

「こんなアニメみたいな奇跡!私たちでも起こせたんだったら、最後までとことん歌い切ってやるわ」

 

 陸自音楽隊による伴奏(サポート)を仕切っていた津村陸士長が、子どもたちとクラスメイトたちの、まだまだ歌える意志を〝チューニング〟し。

 

〝私も、私の歌声がみんなの羽根(つばさ)になれるのならッ――〟

 

 未来も心の内で、歌声を紡ぐ決意を固め直して。

 

〝やっと繋いだこの手は~~絶対離さな~~い~♪〟

 

 未来たちは装者たちとともに、再び歌い始めた。

 

 

 

 

 

 

〝離さ――なァァァァ~~~い~~ッ!♪〟

 

 翼のソロでその詩が唄い上げられた瞬間、装者のギアマイクが発する伴奏をバックに、光柱が収まり、輝きのベールで秘められていた――蒼穹の中を浮遊する朱音たちの勇姿が現わされた。

 四人とも、その身に纏うシンフォギアの色合いは青空の中心に鎮座する太陽の如き白と暖色を基調とした赫々とし。

 アーマーとスーツの形状もメカニカルから神秘さも感じさせるものへと様変わりし……何より一際目に付くのが、天使を連想とさせる神々しい光の翼。

 元より飛行能力を有していた朱音だけでなく、響も翼もクリスも、その光翼を以て《双翼のウイングビート》の伴奏が鳴り響く蒼穹を駆け、黒竜の周囲を旋回する中。

 

〝惨劇と痛みの~~癒えない記憶は~~♪〟

 

 朱音が、原曲では天羽奏が担っていた詩を、蒼穹と言う舞台(ステージ)に立って歌い。

 

〝夢でも呻くほど~~胸を刺す様~に~~♪〟

 

 次に翼が、原曲でも自らが担っていた詩を奏で。

 

〝互いの思い出の~~♪〟

〝写真は微笑み合っ~~て~♪〟

 

 クリスと響もこの歌の輪の中へと入り。

 

〝今日の「私たち」の~一瞬を~~表すかのように~~♪〟

〝重なる~~♪〟

 

 詩の一部をアレンジして歌う朱音に続いて、響と翼とクリスの三人の歌声が、詩の通りに重ね合う。

 宗教画を連想させる光景を創造して歌い続ける朱音たちを前に、忌まわしいと断じるかの様に口内にエネルギーを掻き集め熱線を放とうとする黒竜だったが、攻撃するどころか、次第に巨体全身を震え上がらせ苦しみ出した。

 

〝色の違う砂時計~~♪〟

 

〝「なぜ?」~と空を仰ぐ~♪〟

 

 装者たち当人と、未来たちと子どもたちの歌声が編み出した高濃度のフォニックゲインによって《限定解除(きょうか)》されたシンフォギアを纏う朱音たちの歌声は、世界の破滅を起こす寸前だった筈の完全聖遺物たちの暴走にすら干渉する域の音色(パワー)を発していたのだ。

 黒竜の全身は、レンズの焦点が合わないカメラの映像の如くぼやけ、先に触手たちが、一体、また一体と次々、砂状に姿かたちが崩れ落ちていく。

 

 

〝時は二度と~~戻らない~♪〟

 

〝変わ~らぬ~過去―――囚われるのは~もう~止めてぇぇぇ―――~~~♪〟

 

 詩がサビへと至る直前で、黒竜の胴体から、その巨躯を構成していた聖遺物の一角、

不滅の剣――《デュランダル》の柄が露わになった。

 

〝歌がッ~濁りを許さない~~両翼だけのムジーーーク~~♪〟

 

 四人揃っての四重奏でサビを歌い上げる朱音たちは、もがき蠢く黒竜と正面から相対する形で並び立ち。

 

〝空がッーー羽ばたきを待つよ~~逆光の先へ~と~~♪〟

 

 朱音と翼は右手を、響とクリスが左手を掲げると、各々の掌から放射されたフォニックゲインが、巨大な手を象り――同時にデュランダルが黒竜の肉体から完全に飛び出し、装者たちへ引き寄せられていき、四羽(よつば)の歌声の手が不滅の剣の柄を掴み取った。

 

〝どこまでッ――も飛んでゆける~~両翼が揃えば~~♪〟

 

 出だしの詩を復唱する装者たちに対し、デュランダルを失った〝破滅の黒竜〟は、巨体の内に残っている全てのエネルギーを口内に掻き集め、狙いを定める。

 

〝やっとッ――繋いだこの手は~~絶対~離さない~~♪〟

 

 朱音たち四人も、レイラインを通じて未来たちとともに歌い続け、デュランダルを天空へ向けて振り上げると、金色の両刃が輝き始め、切っ先から黒竜の全高よりも巨大な光の刃がそびえ立ち。

 

〝どんな――♪〟

 

〝ものでも――♪〟

 

〝超えて――♪〟

 

〝みせると――♪〟

 

《覚醒ノ旋律~SYMPHO RISER~》

 

〝今再び~誓うッ~~!〟

 

 黒竜の口より熱線が放たれたと同時に、〝光刃〟ごとデュランダルを上段から振り下ろした。

 

〝運命なんて~~ないことを~~♪〟

 

 激突し合う光刃と熱線。

 

〝この奇跡でッ―――示せッ~!〟

 

 光刃から光の奔流へと変わった、装者たちから繰り出された斬撃は、黒竜の熱線をいとも簡単に打ち破り。

 

〝生きることに~夢を―――〟

 

 

 デュランダルの刀身ごと光となった金色の奔流は、《破滅の黒竜》を完全に呑み込み。

 

〝諦めない~ッ! 夢を~~ッ!!〟

 

 装者たちが歌い終えると同時に……〝世界の破滅〟は、終焉を迎え……光と同化して、消滅していく。

 

「了子さんッ!」

 

 そんな中、響はあの光の奥にいる筈の〝彼女〟を助けるべく飛び出し。

 

「――ッ!」

 

 朱音もあの輝きの渦中へと、飛び込んでいくのであった。

 

つづく。

 




使用楽曲

・逆光のフリューゲル/『戦姫絶唱シンフォギア キャラクターソング1 ツヴァイウィング』より
・双翼のウイングビート/『戦姫絶唱シンフォギアXD UNLIMITED キャラクターソングアルバム2』より


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#69 - FINE

のっけからリコリコの千束みたいなことをやってる朱音。
時々、いかに小説と言う媒体で映画っぽい演出ができるかをやりたがるのですが、原作を尊重すると大抵朱音の日常パートでやりがちです。
でもそうまでして朱音の日常を描いているのは、日常と言う大地に地に足付いてるからこそそこで生きる命を守ろうとする朱音の信念も際立つと、思っているからです。

ちなみに無印の主な舞台を独自設定で『東京都律唱市』としたのは、原作でもルナアタックで崩壊するまでのリディアン校舎と二課旧本部はG以降の設定集で『東京番外地・特別指定封鎖区域』と、一応東京都内のどっかにあるけど23区内じゃないよなと思ったからもあります。
一方でG以降のリディアン近辺って、横浜ですよね、XDUのロード画面で出てくる地図でも、横浜辺りが中心でしたし。

サブタイは、漫画版の最終話から。


〝~~~♪〟

 

「うっ……」

 

 ベランダの窓越しに注がれる気の早い夏特有の夜明けの光と、スマホから我が《シンフォギア――ガメラ》と同じ出自を持つ光の巨人のテーマ曲が流れるアラームで目が覚めた。

 あれ? 私の部屋の天井ってこんなのだったかな?

 まだ寝ぼけている私の意識は、目に映った天井のデザインの違いに疑問が過るも、段々頭の中の眠気の靄が晴れていくことで思い出す。

 そうだ……昨日に前に住んでたマンションから引っ越して、その日は新しい住まいの整頓に追われたんだったな。

 陽が沈む頃には作業が終わって、夕食を取って、少し夏休みの宿題を進めて、偶には夜更かしするのも良いかな~~と、所有してる円盤状のお宝たちから映画を見まくっていたのだった。

 

「う~ん」

 

 寝そべっていたソファーから起き上がって髪をかき上げながら、眠りに着いた直前の記憶を探ってみる。

 えーと、東宝特撮怪獣の一体である守護怪獣の〝レオちゃん〟が活躍するシリーズの完結編のエンドロールまでは覚えている……と言うことは、あのあたりでそのまま寝落ちしてしまったらしい。幸い照明もテレビも映像ソフト再生機も、搭載されたセンサーで私が使用していないことを感知して自ら電源をオフできる機能があるので、それ程電気を無駄に消費してない筈だ……多分。

 

「あっ……」

 

 とは言え、いくら一人暮らしだからって、上はタンクトップ(と首に勾玉)で下はパンツ一枚なラフ過ぎる格好のまま、ソファーを寝床に今まで熟睡してたのは頂けないなと自嘲して、頭も身体もすっきりさせようと、腕と背筋を垂直に伸ばしつつ浴室へと向かった。

 モーニングシャワーで完全に昨夜の眠気とはおさらばした後、ちゃんとした部屋着に着替え、仏壇の前で正座し亡き両親にはしたない格好を晒してしまった件のお詫びも込みで合掌、それからラジカセの電源を点けて、アニメ実写問わず数々の名作邦画を彩らせてきた名作曲家《久堅丈(ひさかた・じょう)》の音楽を流し出させる。

 

「~~~♪」

 

 スピーカーから響く楽器と一緒に、口笛で伴奏しながらの朝食作り。

 今回はほうれん草ときのこも交えたスクランブルエッグと、アボカドレタスハムサンドと、フルーツを加えたコールド豆乳スープの組み合わせにしてみた。

 

「いただきます」

 

 合いの手をして食べようとしたが、その前にふと、私のハイスクールライフの朝にしては珍しくテレビを点けて、アメリカ暮らしが長かった私からは相変わらず内容が中途半端な日本のニュース番組を見てみる。

 やっぱり今朝も、今から三週間くらい前に起きた《カ・ディンギル》での終焉の巫女との激闘と言う……私たちシンフォギア装者と特機二課の長~い一日が、表向き〝大規模特異災害〟の体(もちろん緒川さんたちエージェントによる情報操作である)で報道されていた。

 あの災厄の一日で、私立リディアン音楽院高等科は完全に跡形もなく倒壊し、近辺の大地も当分は草の一本も生えてこない更地と化してしまった。当然あの辺りは立ち入り禁止区画となっており、《東京番外地・特別指定封鎖区域》――通称《カ・ディンギル址地》なんて名づけられたと友里さんたちから聞いた。

 けど、粉骨砕身の甲斐あって、元リディアン校外の律唱市都市部への被害は、人的含めて最小限に抑えることはできた。

 ギャオス三匹を駆逐するのに、渋谷の街を丸ごと炎上させて、一万人以上の死傷者を出してしまったあの頃に比べれば、守護者として、幾分か進歩できたかな。

 私はテレビを消し、代わりにラジカセからラジオ放送を流して、改めて朝食を取り始める。

 うん、やっぱり朝食は陽の光とそよ風を浴びて、ラジオに耳をすませて取るのが一番だと、サンドイッチの景気の良い歯ごたえと一緒に噛みしめ、アイスカフェオレを一飲み。

 

「おっ?」

 

 ミルクとコーヒーの配分は変えてないのに、なんだか今朝はいつもより甘く美味しく感じた。

 

 

 

 

 

 さて、私が律唱市からどこに引っ越したのかと言うと、神奈川県横浜市の鶴見区にある十階立てマンション。

 勿論、幕末の開国から発展し、日本三大中華街があり、東京二三区を除いた日本一の人口を誇り、特撮映画の聖地も多き首都圏の一角な大都市である。

 そんなかの中心市街の道路を、私は愛用のクルーザーバイク――《ワルキューレウイングF6D》を駆り進んでいた。

 どうしてこっちに引っ越したのかと言うと……丁度いくつかある〝理由〟の一つたる建物に近い交差点の信号が赤になったので停車。

 ロマネスク建築様式風のこの建物こそ、新しいリディアン高等科の校舎である。二学期からはここが私たちの学び舎になる。

 見た目に違わず元々はミッション系の高校だったが廃校し、取り壊しになる寸前のところで政府が施設土地共々丸ごと購入したらしい。

 学校側にとっては新たな校舎が見つかって幸いなのだが……前に私が住んでいた律唱市内のマンションからはかなり距離がある為、なむなく引っ越しを決断したのだ。

 学生寮を使えばいいのでは?と言われるかもしれないが、私がリディアンに入学したいと祖父(グランパ)に伝えた際。

 

〝ハイスクールライフを日本の音楽学校でか? 〝可愛い子には旅をさせろ〟とも言うし、大いに賛成―――と言いたいところだが、一つだけ条件がある、寮に頼らずに一人暮らしをすることだ〟

 

 と、条件を提示されたわけである。グランパの教育方針は基本、本人の意思尊重でのびのびとやりたいことを応援する主義、ではあるんだけど、だからこそ時に厳しさを垣間見せることもあった。

 前述の日本の諺も、本来の意味は〝かわいい子ほど敢えてつらい思いをさせよ〟で、親日家であるグランパも当然それを分かった上で引用したし。

 

〝仮にも親元を離れて新生活をスタートさせるのだ、生半可な気持ちで日本に帰らせんし、寮生活なんてぬるま湯などもってのほかだ――自立を決めた以上、己の生活は自分の力で創造し、開拓すべし―――なんてな、まあ朱音の生活力なら一人暮らしはさして苦にもならんだろうさ〟

 

 加えて、私は〝グランパ語録〟と呼んでリスペクトしているグランパ自身の言葉で激励してくれたのだ。

 グランパの気持ちをありがたく受け取った以上、ちゃんと応えてあげないと――と言うわけで、敢えて寮には入らずに一人暮らしをしているのである。

 実際グランパの言う通り、日本に戻ってからの一人暮らしをきついと思ったことは微塵もないわけだし。

 グランパのダンディで艶やかな渋い美声を思い出しつつも、私はリディアン新校舎を後にして、目的地へと夏の青空の下でバイクを走らせていく内に、潮風の香りがほのかに感じ取り始めたところで到着。

 横浜港瑞穂埠頭にある《横浜ノース・ドッグ》、かつては在日米軍が使用していたが、今は海上自衛隊の港湾施設となっており、南側に目を向ければ響の口元から涎が零れそうな中華料理店たちが立ち並ぶ横浜中華街、チョコレートが大好物な海獣の襲撃も受けた歴史ある赤レンガ倉庫、某機動戦士シリーズ一作目の主役ロボ一分の一等身大サイズが大地に立つ姿が拝めるようになっている。

 バイクを埠頭内の駐輪場に停めて、ヘルメットを外して髪を靡かせ整えると、ノース・ドックに停泊する船舶の中で、一際目立つホワイトの船体に赤いカラーラインが添えられた潜水艦一隻を見据えた。

 

《二課仮説本部》

 

 旧リディアン校舎地下に代わる、特異災害対策機動部二課の本部施設である。潜水艦自体は、海自が開発を進めていた次世代型を二課用に改造(ノイズ発声検知システムやシンフォギア・システムのバックアップ等々)されたもの、本格的な新本部が建造されるまでは、この艦が一応の〝本部〟だ。

 とは言え仮とは付けられているけど、艦内での二課職員の長期生活を考慮して、最新の医療施設も生活居住区(昨日の引っ越しまで私も暫くお世話になった)も娯楽施設も、さらに装者用に訓練スペースと、シンフォギアが歌唱して戦闘する運用方針上、フォニックゲイン計測機能も有する本格的なレコーディングスタジオまで備える至れり尽くせりな充実仕様となっていた。

 フィーネの起こした大災厄で前の地下本部が崩壊してからそれ程経ってないのに、よくこの短期間で用意できたな~~と感心させられる。

 もうこの二課用に魔改造された潜水艦をそのまま正式な本部にしても良いのでは? なんて突っ込みは、野暮か――と内心ぼやきながら、艦内のキャットウォークを進む。

 今日仮説本部に来たのは、日課の一つとなった装者としての鍛錬(トレーニング)に励むのもあるんだけど。

 

「すみません、今日も響ってお見舞いに――」

「ええ、来てますよ」

 

 通りがかった医療スタッフに訊いてみて、やっぱりと思った。

 私の脳裏は、後に《ルナアタック》と名付けられることになる、終焉の巫女――フィーネが引き起こした災厄―――私にとって現状人生でいちばん長い一日の終わり頃を反芻し始めた。

 

 

 

 

 

 装者たち自身と、彼女らを見守る者たちの合唱によって覚醒したシンフォギアの《限定解除》の形態(すがた)を纏った朱音たちの歌で極限まで力を解放したデュランダルの斬撃が、フィーネの自我(いし)をも取り込んで暴走する破滅の黒竜を完全に撃破せしめた頃には、空は蒼穹から暁色に変わり始め、すっかり太陽は沈みゆく夕方へと時間が通り過ぎていた。

 地下シェルターの出入り口の一つが開き、未来と弦十郎たち二課の面々が地上に出てくる。

 

「司令さん、本当に大丈夫なんですか?」

「一人で歩く程度なら、問題はない」

 

 フィーネに胴体を串刺しにされ、常人ならばショック死してもおかしくない出血量を出す程の重症を負った弦十郎は未来から容態を案じられ、事実痛みで眉間に少々皺ができて顔色もまだ青みがかってはいたが、脅威的な生命力で、当人も言った通り一人で歩けるまでには回復していた。

 

「翼さん、響と朱音は?」

 

 翼とクリスの下へ辿り着くと、未来は親友たちが一緒にいない理由を訊く。

 

「あれを見ろ」

 

 翼が指差した先は、ベイバロンが消失し、白く濃い靄(けむり)が立ち込める爆心地(クレーター)。

 その白煙の中から、全身がボロボロながらまだ五体満足ではある《ネフシュタンの鎧》を纏ったままのフィーネの腕をそれぞれ肩に担いで歩いてくる朱音と響の姿が現れる。

 

「ったく、この変人(スクリューボール)たちが」

「だが、二人とも二人らしい、ではあるな」

 

 つい先程まで〝戦争〟をし、当人にとっても斬鬼に絶えなかったとは言え、あわや現代の文明社会どころか地球(せかい)そのものを滅ぼしかけた張本人を救出してきた戦友たちを、翼とクリスは各々らしい表現(いいかた)で出迎える。

 

「緒川さん、これを」

「はい」

 

 朱音はフィーネを担ぎながらもう片方の手に持つ、爆心地から回収したカード状の大気形態となっている《ソロモンの杖》を緒川へと投げ、受け取った彼は持っていたジェラルミンケースへと収納させる。

 これは聖遺物を一時的に保管する特殊ケースで、二課職員以外の人間には容易く開けられぬ様に何重にもプロテクトが掛かる仕様となっていた。

 

「お前達……どういうつもりだ?」

 

 その張本人たる櫻井了子――フィーネは、なぜ自分を助けたのかと朱音と響に問う。

 

「私、人助けが趣味ですから」

 

 響はフィーネの腕を担いだまま、日頃から人助けをする度に未来(しんゆう)たちにも口にしている言葉を発し。

 

「私も、人助けを生業としているものでね」

 

 朱音も同様に、前世から揺るがぬ〝災い〟と戦い続けている理由を口にする。

 

「何を、バカなことを……」

 

 二人の言葉に、フィーネはそう切り捨てる様な返答をするも。

 

「勘違いするな、私が助けているのはお前じゃない」

 

 と、朱音は付け加える。この場にアニメオタクの弓美がいたら『ライバルキャラのツンデレ発言かよ』などと突っ込まれそうだが。

 

「お前に生涯を乗っ取られた子孫だ、それに私の友達と違って、私はお前の諸行の数々を易々と免じるつもりはない」

 

 淡々とした口調で呟く朱音のそれは、その手の創作の人物が主人公に表す時の一種の照れ隠しではなく、本音だった。

 ガメラとしては、今でも〝人類〟に対する大きく深き〝愛〟は健在ではあるが、今は一人の人間でもある彼女は、人間の個人に対して〝好き嫌い〟は少なからずある。

 櫻井了子には好感を抱いていたからこそ、かの女性の人生を奪い、その人格(こころ)を殺したも同然なフィーネの行為には、怒りを今も胸に秘めていた。

 この感情には似た境遇を持つ身ゆえの〝同族嫌悪〟も混じっていると、朱音本人も重々自覚している上でだ。

 

「〝罪を憎んで人を憎まず〟、ってやつさ」

 

 加えて今回の事変も込みで、フィーネが数千年にも渡って繰り返してきた蛮行の為に、人類の歴史に数え切れぬ影を残し、多くの人間の人生を狂わせ、多数の命を犠牲にしてきた。

 何より朱音(ガメラ)から見ればフィーネは《ギャオス》とその変異体たる《柳星張》を生み出し、《超古代文明》が破滅に至らせた者達と同類の、一線を越え過ぎて凝固したイデオロギーを持つ者であるのは紛れもない事実であり、朱音は終焉の巫女が犯した大罪そのものをみすみす帳消しにする気は無かった。

 

「まあ、とにかく、もう終わりにしましょう……〝了子〟さん」

「私は、フィーネだ」

 

 響から了子と呼ばれた終焉の巫女は、この己が名で以て一蹴しようとするも。

 

「だとしても、了子さんは了子さんです、ずっと昔に〝死んだ〟なんて言われても、それが本当でも、私にとっては……〝櫻井了子〟さんなんです」

 

 それでも響は、フィーネと名乗るこの女性は〝櫻井了子〟なのだと言い貫き、ポーカーフェイスな朱音と対照的に笑顔を向け、二人は椅子代わりに丁度いい岩場に、彼女を座らせた。

 暴走の底なし沼に沈むほどの長時間、完全聖遺物三つを取り込んでいながらまだ〝櫻井了子〟の肉体が死していないのは、最初に融合した《ネフシュタンの鎧》の再生能力の賜物。鎧は未だフィーネが纏っている以上、その力の行使は一応まだ可能と踏んでいる朱音は、警戒心をすっかり解いている響と違って、何が起きても即応できるよう腕を組む。

 それこそ9mmパラベラム弾に刻まれた――〝汝、平和を尊ぶなら戦への備えをせよ〟の言葉のままに構えている中。

 

「なぜノイズが存在する理由を教えてやろうか……」

 

 フィーネが一息こぼしたのを経て。

 

「《バラルの呪詛》で《統一言語》を失った人間が、同じ人間を殺す為に作られた殺戮兵器――だろう?」

「っ――!?」

 

 終焉の巫女が発しようとした内容(ことば)を先んじて朱音が言い放ち、当人は思わず彼女の顔を見上げる。

 朱音の発言に響も、翼とクリスと未来に弦十郎ら二課の面々も、驚愕で息を呑むか絶句する表情をそれぞれ浮かべた。

 

「その翡翠色の碧眼は、どこまで見通したか? 地球(ほし)の姫巫女」

「前々から、特異災害について調べていて、薄々」

 

 朱音はガメラとしての記憶が蘇ってから程なく、現在まで独自にノイズに関する調査を進めていた。ノイズの仕業であることが明確な事件の記録から、それらしき事柄が記された史実、史料をこの八年の間、少女ができる範囲内ながら徹底して集め、リディアン編入の為日本に帰国してからも取りまとめた資料をわざわざ持ち込むくらいに。

 

「そして二年前のネフシュタン起動実験と、私と響が装者となってから起きた特異災害の数々含めて、お前が関与した事件諸々で確信へと至ったがね、奴らがこの世界における災いの影――ギャオスだと」

「人が……人を殺す為に、ノイズを……」

「そうだ、奴らを格納する次元の狭間――《バビロニアの宝物庫》は扉が開け放れたままでな、特異災害のほとんどは、そこから漏れ出た産物に過ぎん」

 

 響の口から零れた言葉を拾う形で、フィーネはノイズの正体を補足する。

 

「お前はその宝物庫にいるノイズを、使役こそできないが、この三次元の世界に放り込むことはできた、その能力でツヴァイウイングのライブ中に起動したネフシュタンを強奪しつつもカモフラージュとして、わざと会場に大量のノイズをけしかけた」

「ふっ、まるで実際に目にしたかのような察し振りだな……」

 

 朱音の推理に対し苦笑うフィーネの反応は、それこそ二年前の大規模特異災害の真相を物語っており、警戒は解かぬまま朱音は翼と弦十郎の様子を横目で窺ってみると、かの事件の真実を知って苦い表情を見せる叔父と姪の姿があった。翼など、今にも殴り掛かりたくなりそうな衝動を抑えようと、握り拳を振るわせている。

 

「クリスもフィーネがノイズを呼び寄せられることは知っていたのだろう?」

「ああ」

 

 クリスは自身が纏うギア――イチイバルのアーマーを指で突き。

 

「こいつを使った訓練の時は毎度毎回、フィーネが連れてきたノイズたちを何度も相手にさせられたからな、《ソロモンの杖》が手に入って、あたしがそいつを叩き起こしてノイズを操れるようになるまで、気が気じゃなかったさ」

 

 その時の記憶を思い返した様子で地面を眺め、極めて実戦そのものだった対ノイズ戦の訓練のことを打ち明けた。

 

 ただしフィーネでも、召喚したノイズを意のままに操れる〝兵器〟として扱うには、それを為し得られる聖遺物を手にする必要があった。

 それこそ――《ソロモンの杖》、ノイズを創造した者たちの意図通り、人間を殺戮するマシンとして運用できる唯一の制御装置たる完全聖遺物。

 

「その《ソロモンの杖》が、アメリカ政府から提供された代物だってこともか?」

「いや、あたしも今朝まで組んでる相手がアメリカの奴らだってことまで知らなかった、でもフィーネがそれらしい誰かと電話してるとこは何度も見たことあったけどよ……そうまでして連中は何がしたかったんだ?」

 

 クリスは実際に米国政府とコンタクトを取っていた様子を見ていたことを話している内に、なぜかの政府がフィーネと手を組んでいた。

 

「大方、先史文明のオーバーテクノロジーを新たな資源として目を付けつつ、その技術を独占(ひとりじめ)してかつての威信を取り戻し、再び国際社会の覇者にでも返り咲こうと、《ソロモンの杖》込みでこっそり聖遺物集めに躍起になっていた、ところだろうね」

 

 とは言え、いくら密かに聖遺物を掻き集めても、それを取り扱う術がなくては宝の持ち腐れ未満。

 

「だからフィーネに憑依される以前から聖遺物研究の権威でもあった櫻井了子と密かに結託し、二課のセキュリティに度々クラッキングし、実行犯は民間軍事会社所属の傭兵部隊だけど、彼らに広木防衛大臣を暗殺させたのも、あちらと、終焉の巫女の差し金」

「まさか、櫻井女史からの依頼で米国が大臣を殺めたと、だが……」

「例のデュランダル移送作戦そのものが、双方の企みで練られた出来レースだったのさ」

 

 なぜ米国が、そのような凶行に走ったのか疑問が拭える翼に、朱音は理由を説明する。

 

「クリスと戦う形で響を歌わせることで、フィーネの計画に欠かせないピースの一つたる〝不滅の剣〟を目覚めさせ、同時に人と聖遺物が融合した最初の一人でもある響が、どれだけの力を引き出せるかのデータ収集も兼ねていたのさ」

 

 フィーネにとっても、米国政府にとっても、喉から手が出る程欲しくてやまなかった貴重なデータを得る上で格好のシチュエーションを作り上げる上で最大の障害こそ、二課の最大の理解者であるからこそ、敢えて二課の超法規的活動に対する抑止力となる役目を自ら買って出ていた、広木防衛大臣その人。

 

「広木大臣は、女史と米国が仕組んだ八百長試合を行う上で最も邪魔な存在だったが為に……殺されたのか」

「damm right(その通り)」

 

 事実、彼が暗殺されてから瞬く間に、デュランダルの移送作戦は弦十郎が前に口にした通りの〝木っ端役人〟の集まりでしかない二課の有無を言わせぬ勢いで実行された。

 この一件も込みで、フィーネの暗躍に関与していた米国政府ではあったが。

 

「まあ、フィーネと政府の協力関係も、いずれお互いが邪魔になって破綻する一時的なもの、おそらく広木大臣を暗殺したのと同じ部隊を奴に差し向けて、口封じに始末しつつも貰えるものは奪おうとした………」

 

〝アメリカ国民の一人として、恥ずかしい限りだ、全く〟

 

 朱音は心中、祖国の片割れが犯した愚行に対し、呆れを通り越して哀れみさえ感じていた。

 

「それで以て、部隊の襲撃を受け負傷した終焉の巫女は、一か八かの賭けでネフシュタンと生体融合して彼らを返り討ちにし、その勢いで《バラルの呪詛》破壊計画を実行に移し、相互理解を阻む月を穿とうとした―――と言うわけだな、了子くん」

「お前まで、まだその名で私を呼ぶのか……」

 

 つい先程の戦闘にて、確実に殺す気で突き刺した筈の弦十郎の傷を見つめながらフィーネは、言外に〝甘ちゃん〟だと詰る様にも、されど彼らしいと納得した様にも見える表情を見せ。

 

「お前をどう呼ぶかは、俺の好きにさせてもらうさ」

 

 弦十郎も、フィーネの発言の裏にある意味を察した上で、そう切り返す。

 

「だが……これで分かっただろう?」

 

 フィーネは岩場から立ち上がり。

 

「《統一言語》を失った人間は、手を繋ぐことよりも相手を殺すことを求めた、ノイズさえも、今宵私が起こした騒乱さえも、人の世と言う大河の一端に過ぎん……私がわざわざ秘術で以て介入せぬとも、言葉を散り散りにされた人類は互いを理解できず、争い、殺し合い、血を流し合い、痛みでしか繋がれぬ歴史を繰り返す……」

 

 沈みゆく夕陽を見つめて歩を進め、装者たちと二課の者たちに背を向ける。

 

「だから私は……この道しか選べなかった」

 

〝風が、唸っている〟

 

 自らの偽らざる〝本音〟を少なからず明かしているのであろうフィーネの言葉に応じるかの様に、夏に入ろうとしている七月には似つかわしくない、侘しさと哀愁が漂う微風が吹き、朱音たちの髪を靡く。

 戦闘で荒れ果てた大地と、そこに降り注ぐ夕焼けの筋も相まって、荒野に佇む終焉の巫女の背中が発するもの悲しさが際立っていた。

 フィーネのそんな後ろ姿を見る朱音は、ある意味で自分たちは今、〝過去〟を見ているのだと感じ取る。

 

〝思い人に置いていかれた、人間(ひとり)の姿――か〟

 

 きっと《バラルの呪詛》で、創造主エンキとの繋がりを一方的に経たれ、無言の別れを告げられた瞬間も、このような光景だったのかもしれないと、想像しながら組んでいた手を下ろしつつも、斜に構えた体勢のまま黙してフィーネを見つめる朱音に対し。

 

「了子さん」

 

 一人響は、その場から踏み出し。

 

「私なんかじゃ、了子さんが何千年も昔から、どんなに辛くて、悲しい思いをしてきたのか……分かりたいけど、よく分からないです……でも――」

 

 フィーネの背中に歩み寄りながら。

 

「――この歌(むねのうた)が、私の大事な人たちが、教えてくれました、人が言葉より強く繋がれることができるって、それを忘れずにいられたら、呪いを乗り越えて……分かり合うこともできる筈です」

 

 静かに、響なりの、最速で、最短で、真っ直ぐ、一直線に、自身の心に沸いた想いの丈を、フィーネに贈る。

 

「………」

 

 響からの歌(おもい)を確かに聞いたフィーネの背筋が伸び、肩を震わせる。

 一瞬、嗚咽を思わしき呻きを、背中越しに発するも。

 

「ッ!!」

 

 嘘だと言わんばかりに振り返り、敵意とともに邪悪な大蛇染みて歪んだ嘲笑を響達に突きつけ、ネフシュタンの蛇腹鞭を振るう。

 咄嗟に響は攻撃を躱すと同時に、鞭の優位性が削がれるまで距離を詰めて拳を繰り出すも、目と鼻の先の狭間で寸止めたが。

 

「私の――」

 

 元よりフィーネ蛇腹鞭の矛先は、響ではなく、彼女にとって忌まわしき呪詛を携える――月。

《カ・ディンギル》の荷電粒子砲で傷ついた月面の欠片(いちぶ)だけでも、地球に落とそうと、鞭を放ったのだ。

 

〝――勝ちだッ!〟

 

 自らの勝利を宣言し、月の欠片の落下を果たそうとするフィーネだった―――が、暁の空にて浮かぶ月光へと突き進むネフシュタンの蛇腹鞭は、光(プラズマ)の帯に絡め捕われ、勢いを喪失。

 

《旋律囃――フォニックビュート》

 

 朱音は、両手首から放出した帯(ビュート)で、ネフシュタンの蛇腹の先端と根本を同時に縛り付け、一時的とは言えベイバロンの巨体も封じた握力と超放電(プラズマ)の高熱で、そのまま焼き切り、間髪入れずに跳躍。

 

〝The~curtain~fell~ッ♪〟

 

《即興歌唱》で〝幕切れ〟だと歌い放って飛び蹴りをフィーネの脳天に見舞う。

 フィーネは大きく後方へ突き飛ばされるも、尚もその場から立ち上がるが。

 

「ゼロ距離なら、障壁(シールド)は張れないな」

 

 先の蹴りで腫れ上がったフィーネの額に、朱音はSIG SAUER P320を模した拳銃(アームドギア)の銃口を突きつけた。

 終焉の巫女の境遇に思うところはあった一方、先程からポーカーフェイスの裏で警戒を怠っていなかった朱音だが、フィーネの発言の内の――。

 

〝この道しか選べなかった〟

 

 ――から、最後の足掻きをすると、その手段は月とこの地上を巻き込む〝災い〟だと看破し、彼女の凶行を阻止せしめた。

 

「それに、もうネフシュタンに捧げる供物(にくたい)も残っていまい」

 

 現に、フィーネの額の傷は治癒される気配がない……即ち、櫻井了子の肉体は限界の一歩手前であり、《ネフシュタンの鎧》は最早再生する意味はないと、成体融合していた終焉の巫女を見限ったに他ならず。

 

「お前の負けで終幕だ、余興(アンコール)もない」

 

 と、朱音は泰然と、しかしはっきりと告げた。

 完全に手札を使い果たしたフィーネは、自身の悲願を最後の最後まで打破し尽くした相手に、敵意で歪んだ眼差しを朱音に見せるも、すぐにその容貌を嘲笑へと変え。

 

「そうだ、撃て」

 

 引き金を引けと、むしろ朱音を煽り出す。

 

「この身がここで朽ち果てようとも魂までは絶やせはしないッ!聖遺物とアウフヴァッヘン波形が世界に在る限り!永遠の刹那に生き続ける巫女たる私は、何度でも蘇るッ! どこかの場所!いつかの時代! 今度こそ世界を束ねる為にッ!! さあ〝地球の姫巫女〟ッ!私を櫻井了子から解き放つがいいッ!!」

 

 自ら朱音が構える銃を握り、眉間に銃口を抉る様に押しつけ、撃てと――殺せと、輪廻転生を繰り返す自分にはここで死しても無意味だと、挑発し続けるフィーネに対し。

 

「だが、断る」

 

 余りにも呆気なさすら覚える調子で、あっさりと銃口を下げ、アームドギアの結合を解き、銃を霧散させた。

 

「なぜ?」

「私はこれでも天邪鬼でね、それと言った筈だフィーネ、私はお前に人生を奪われた〝櫻井了子〟を助けたんだと、あ~あと、私の友達がまだお前に伝えたいことがあるみたいだから」

 

 と言い伝えると、朱音はフィーネに背を向け、響の下へと歩み寄ると、そっと友の肩に手を置いて離れる。

 

〝ありがとう、朱音ちゃん〟

 

 頷いて感謝の視線を朱音の背中に送ると、彼女はそのままサムズアップと一緒に、エールを響に送り返す。

 フィーネと再び向き合った響は。

 

「何を――」

 

「了子さん、お願いがあります……貴方の言う、どこかの場所、いつかの時代で生まれ変わる度に、私たちに代わって伝えてくれますか?」

 

 フィーネの片手を、そっと自分の両手で包み、握りしめて伝える。

 

「世界を一つにするのに、力なんていらない、言葉を越えて……私たちは未来に手を繋ぎ合えることはできるって、私たちじゃ伝えきれないかもしれないから、いつかの未来に全部伝えられるのは、きっと了子さんだけだから」

 

 もう一つの、自分自身の心からの想い――胸の歌を。

 

「その為にも、私たちが――現在(いま)を守っていきます!」

「ひびき……ちゃん」

 

 伝え終えた直後、聞き受けられたフィーネ――櫻井了子の目尻から、雫がこぼれ出し。

 

「ごめん…なさい……ごめんさない……」

 

 大粒の涙を頬に流しながら、もう片方の手で、響の両手と握り重ねようとした。

 

「私は――」

 

 ――が、その手が触れる前に言葉も途切れて……倒れていく。

 地に伏せられる直前、駆け込んだ朱音が、〝櫻井了子〟の肉体を抱き止めた。

 

「了子さん?了子さん!」

 

 響は意識を失った彼女の身体を擦り、名を叫び続けるのであった。

 

「了子さぁぁぁんッ!!!」

 

つづく。

 

 



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#70 - 思い出の歌 ◆

いかん、また悪い癖で本題に入る前の寄り道展開のボリュームがまた膨らんでしまった(-_-;)
原因がクリスちゃんのあざと可愛さを書きたくなったせい(コラ


 

〝ごめんなさい、ごめんなさい……私はっ―――〟

〝了子さぁぁぁんッ!!

 

 仮設本部艦内を歩く私は、フィーネとの激戦の日の終幕を思い返しながらメディカルルームに足を運ばせていた。

 目的地の部屋まであと数歩と言う距離のところで。

 

「響?」

 

 丁度メディカルルームのスライド式自動ドアから、響が出てくる。

 

「朱音ちゃん……なんかさっき歌ってたせいかな~~なんかもうお腹空いてきちゃったから先食堂に行ってるね!」

 

 文字にすれば〝アハハ~〟と銘打てる感じで傍からは明らかにぎこちなさが見え見えの笑顔を見せる響は、そそくさと私を横切って食堂のある方角へと走り去っていき、私は遠くなっていく友の後ろ姿をしばし眺めていた。

 あの日、あの時以来フィーネ、否、櫻井了子博士は昏睡状態に陥り、三週間程経った今日の時点でも、最新医療技術が整ったメディカルルームのベッドの上で眠り続けたままだ。

 その間今日のも含めて響は、昏睡から目覚める兆しが微かな欠片(かのうせい)すら全く見えないままの櫻井博士(りょうこさん)のお見舞いに、何度も訪れていた。

 その度に、眠れる博士の様子を窺っては、どうすることもできない現状と、〝人助け〟が趣味なゆえ、彼女を助ける術を持たぬ自分自身にもどかしさを募らせている。

 表面上では笑顔を見せても、元より嘘も隠し事も苦手な響なので、私からは取り繕っているのがバレバレなのだが、だからと言って気安い励ましの言葉を送ったところで響の心中で漂う曇りが晴れるわけないし、普段の愛嬌と陽気さ溌剌さがたっぷりな表面の人柄とは裏腹に、この我が友人は一定以上の距離(つながり)に対して臆病になってしまう屈託を抱えている一面もある。

 下手に不用意に踏み込めば、人一倍以上繊細な響の心(むねのうた)を傷つけてしまうだろう。

 なので私は、今はそっと様子を窺うのに徹していた。

 二課支給のスマートウォッチの画面に表示された時計の時刻を見て、今日の計測(レコーディング)の時間が近づいているのを確認し、私はスタジオの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 特機二課仮設本部内にある、歌声で生成されるフォニックゲイン含めた装者のコンディションを測る為に設置されたレコーディングスタジオにて、朱音は左利(レフティ)タイプのエレクトリックギターを携え、マイクの前で椅子に腰かけてブース内にいた。

 ただいま、ギターの準備運動も同然なチューニング中。大抵この手の作業の際は、専用の器具(チューナー)でギターの音色を調節するものだが、朱音は自身の聴覚と感性で以て調律できるくらいには音感力を鍛え上げ続けている。

 聴覚を研ぎ澄ませ、数回弾いてはヘッドに備えられたペグたちを丁重に回す――を繰り返し。

 

「うん、これだな」

 

 自身が求める音色になったと頷いてチューニングを終え。

 

 One Two~One Two Three~♪

 

 目を瞑り、足踏みでタイミングを合わせながら深呼吸を経て。

 

〝遥か~空の星が~ひどく輝~いて見えたから~~〟

 

 マイクに向けて、弾き語り始める。

 

〝僕は~震えながら~その光を~追いか~けた~~♪〟

 

 歌詞に合わせて、空に手を伸ばそうとするが如く天井を見上げ。

 

〝割れた~鏡の中~~いつかの自分を見つめてた~~強くなりたかった~~何もかもにっ――憧~れてた~~♪〟

 

 大空を自由に飛び泳ぐ鳥の如く生気溢れながら、しっとりと胸の芯まで染みわたっていく切なさも入り混じった透明感のある歌声と演奏で。

 

〝君が――望むなら~~それが強く応えてくれるのだ~~今は全てに恐れるなっ――~~痛みを知る~~ただひとりであれ~~♪〟

 

 遥か彼方の光の星からやってきて、地球人(にんげん)に焦がれる程の愛を抱くようになったかのウルトラヒーローの名曲を。

 

〝微かに笑え~~あの星のように―――~~~痛みを知る~~ただ一人であぁぁぁれぇぇぇっ~~~♪〟

 

 歌詞の通り、かのヒーローを生み出した創造主が生前に残した――〝本当に強い人間は、戦う時かすかに笑う〟の言葉の通り、口元を微笑ませて、最後まで弾いて歌い切った朱音だった。

 

 

 

 

 

 どうしてギターの弾き語りでフォニックゲインを計測してもらっていたかと言うと、実際シンフォギアを纏っての戦闘は〝ながら歌唱〟になるので、どんな事態(アクシデント)に見舞われても歌唱の中断によるギアのスペックの低下を避ける為と、私の昔からの趣味(新しくギターを買いたいのだが、装者としての活動の忙しさとどれにしようかの迷いで、まだ購入できずにいる)と、あと新たな〝戦法〟を編み出そうとしてる意図もある。

 それが何なのか今は秘密と言うことで。

 

「お疲れ様でした~^」

 

 さて、今日のフォニックゲイン測定の為の録音を終え、ブースを出て控室に戻ると。

 

「リピアー、アタシらはあんたがそこまで命を賭けるほどできた生物(いきもん)じゃねえんだよ~~~うぐぅ~~~」

 

 私の視界と聴覚は、大泣きしているクリスの姿を捉えた。

 腕で拭っている目尻からは多量の涙が噴水みたくアーチを描いて放出され、嗚咽も鼻水混じりに盛大なもの。多分防音が利いていなかったら、歌う集中力が途切れて最後まで歌い切れなかったかも。

 と言うか、アニメのギャグ表現なそんな泣き方を現実にする人、初めて見た~~なんて感心するのは置いといて。

 

「クリス、とりあえず落ち着こう」

「すまねえ」

 

 私は苦笑を浮かべて懐からポケットティッシュを取り出してクリスに渡す。

 ハンカチって手もあったが、この泣き方とクリスの性格を踏まえれば、勢いで鼻も噛んで―――案の定、彼女は控室中に野太い鼻息を轟かせるのであった。

 

「そんなに感動したんだね……シン・ウ〇トラマン」

「あったりめえ~だ!」

 

 先日私はクリスに、弦さん式のトレーニングを少しでも適応できるよう慣らしも兼ねて、一九六六年に放送され大ヒットした某特撮ヒーロードラマのリブート映画(チョイスは完全に私個人の趣味全開である)をお勧めしてみたのだが、さっき私が歌った主題歌を聞いてこの感涙っ振りを見るに、私の想像以上に心打たれたらしいな、こっちも勧めた甲斐はある。

 私だってかの映画を初めて鑑賞した時は、主題歌が流れた頃にはぽろぽろ泣いて感極まったものでね。

 

「クリスがレコーディングしてる間に昼食(ランチ)作っておくけど、今日は何がいい?」

「じゃあおにぎりとお好み焼きで」

「また~~あれはカロリー高くて頻繁に食べるものじゃないって、前にも言わなかった?」

「んなのは歌とおっさんの珍特訓で使い切りゃ良いだろ、文句あっか?」

 

 私の口から溜息とセットで漏れた苦言に対しそう豪語するクリス。どうもこの前に差し入れした時以来、すっかり彼女の好物の一つになってしまったらしい。

 

「分かったよ、じゃあご希望通りに」

「よっしゃ♪」

 

 ガッツポーズを取ったクリスは、意気揚々と口笛を鳴らしてブースに入っていく。

 さて、私は厨房に向かうとしますか。

 クリスが自分たちに笑顔を見せられる様になったと言うことは、それだけ以前は長年紛争地帯で過ごした弊害で刺々しくささくれだって荒んでいた彼女の心が、穏やかになっている証であり、そんな戦友の様子を見て、私も俄然気合いが入ったのでありました。

 

 

 

 

 

 

「すみません、今日も厨房使わせてもらいます」

「おや朱音ちゃんこんにちは、構わないよ」

 

 食堂に来た私は勝手知ったる感じで厨房に入り、ここのシェフをしてる二課職員のおばさん(二課に来る前は海自の給養員として多くの自衛官の皆さんのお腹を満たしてきたとのこと)に了承を得た上で、髪を纏めエプロンを着て、手を念入りに洗う。

 

「今日のメニューは?」

「メインは健康志向のお好み焼の予定なんですが、豆腐はありますか?」

「あるわよ、天道屋の手作り絹ごしが、どうぞ使って」

「あ~あそこの絶品ですか~~ありがとうございます」

 

 さてと、クリスの希望通り今回のランチの主役はお好み焼きを作ろうと思うけど、さっきも彼女に苦言を呈したようにカロリーがか~な~りある料理。

 と言うわけで、ヘルシーかつ運動する上で欠かせないタンパク質もしっかり摂取できるアレンジで行くことにした。

 具体的には、生地の材料のメインに小麦粉に代わって絹ごし豆腐を使う。

 まずは先にキャベツと食物繊維たっぷりのニラを刻んでおいて、ボールに豆腐を入れて滑らかになるまで崩して潰したところで千切りキャベツとニラ、卵、薄力粉、豚バラ肉、肥満防止の効果もあるタイの魚醤(ナンプラー)、マヨネーズ、ソースを入れて、キャベツの水分を逃さぬ様に手早くも、丁寧にかき混ぜ~る。

 次にホットプレートにサラダ油を塗って中火で温めて、生地を流し込んで一度広げてから円状に整えて焼き、ひっくり返す前にここで鰹節を振りかける。こうすると外はかりっと中はふわっとなり易くなるのだ。

 そして片側が焼けてきたところで両手にヘラでひっくり返し、ヘラで円状から四角上に折り込み直し、人数分均等に切り分けていく。

 

「四角い方が均等に焼けるんだってね」

「ええ、結構コツは要りますけど」

 

 このアレンジなら内部に熱が入り易くもなり、外のカリカリ感と中のふんわり感が増すんだよね。

 その証拠に、我ながらよくできたと言いたくなるほど、パンケーキばりに生地が膨らみ厚くなっていった。大体三~四センチはあるだろう。

 

「よし、か~んせい~♪」

 

 まだ後乗せの調味料はまだだけど、生地に関しては名づけて――《スクウェアお好み焼き~ヘルシー豆腐スペシャル~》ができあがり~♪。

 主食の自分が食べる分ができたので、それをお皿に入れて一旦ラップで覆った私はおにぎりと副菜の方に取り掛かる。できるだけ出来立てのものをクリスに食してもらいたいので、彼女の分は後でだ。

 豆腐はクリスの分を使ってもまだおつりが来るので、その分はサラダの具の一部にする。

 抱き合わせにする野菜はミニトマトとパプリカとレタスとサンチョ。

 レタスとサンチョは手で程よいサイズで千切ってお皿に入れ、その上に豆腐を乗せ、さらに細かく切ったパプリカとミニトマトを入れつつ、鰹節と醤油とゴマ油、隠し味に砂糖もちょっと入れて完成。

 これもラップして冷蔵庫に一時保管し、次はおにぎりだ。

 

〝~~~♪〟

 

 これには私なりの作るコツが一つある。

 あるわらべ歌を鼻唄で歌いながら、リズムに合わせて握り飯の形を整えていくのだが――。

 

「朱音ちゃん、その歌……」

「これはですね、数え年の頃、よく母が私を寝かせる時に子守歌として聞かせてくれたんです、このリズムに乗って握ると良い感じに三角形になってくれるのですが」

 

 歌の名は――《APPLE》。

 実は二〇世紀末に起きた、明言することすら憚られる大規模な発電所事故が起きた東欧の某国発祥のわらべ歌。

 でも私にとって、今は亡き家族との大事な思い出の歌。

 妙に元気があり余り過ぎて眠る気なんてないと、浅黄にそっくりだった母に駄々をこねた夜でも、この曲を聞かされたら、一転して睡眠(ゆりかご)の中に入った――なんてことがよくあったよね。

 

「何か気になることでも?」

 

 そんな幼き日々の記憶を追想しつつも、おばさんがこの曲に対する関心の内容を問うてみると。

 

「確かね、翼ちゃんが初めてギアを起動した実験の時も、その『APPLE』だった筈なのよ」

「え?」

 

 この事実に関しては完全に寝耳に水だった私は呆気に取られ、うっかり手の内にある形状が整ってきたおにぎりを落としそうになった。

 一二年前に翼が《天羽々斬》を目覚めさせた歌がこの曲ならば、すなわち……櫻井了子の遺伝子に潜んでいたフィーネの因子を覚醒させた歌でもあると言うわけで、おばさんから思わぬ話を知らされながらも……今はそのことは胸に秘めつつ、午後のトレーニングに備えて英気を養う為のランチ作りを続ける私だった。

 

 

 

 

 数十分後、食堂フロアの一角にて、朱音とクリスは差し向かいで座り。

 

「いただきます」

「いっただきま~す」

 

 同じ合いの手でも、朱音のは祈祷を行うように『いただきます』の意味をしっかり噛みしめて粛々と、反対にクリスは待ってましたと言わんばかりのはきはきと意気揚々に両手を鳴らして、朱音お手製の《スクウェアお好み焼き~ヘルシー豆腐スペシャル~》とサラダとおにぎりの詰め合わせ、飲み物にココナックのミルクスムージーの組み合わせなヘルシーだががっつり体力も補給できるランチを食し始めた。

 綺麗な直方体状に焼き上げたお好み焼きの生地を、それこそパンケーキを食べる風にフォークとナイフで一口サイズへ丁寧に切ってもの柔らかに咀嚼して味わう朱音とは対照的に。

 

「うめ~な」

 

 クリスは予め朱音がサイコロ上に切り揃えておいたお好み焼きに、上手持ちで持ったフォークでザクっと突き刺し、思いっきり大口開けて口内に放り込んだ。既に唇にはソースの口紅で塗りたくられている。

 

「別にわざわざ切り刻んでなくてもよかったのによ」

「想定される事態に、予め対策を講じるのは当然のことさ、この前テーブルがどれだけ被害を受けたと思ってる?」

「うっ……」

 

 にこっとと釘を刺してくる朱音に対し、ソースの口紅に染まる口周りに青のりとご飯粒が無精ひげの如くこびりついているクリスは気まずそうに眼は泳がせ、相手が発する苦言の視線から、己が目線を逸らした。

 この際はっきり言ってしまうと、クリスは――食べ方が〝汚い〟。

 食器類を幼児がよくする〝上手持ち〟で使うなんて序の口可愛い方で、一度食べ始めればお口周辺はあっと言う間にソースら調味料と食べかす塗れになり、先日朱音がこの食堂で今回同様お好み焼きの時やスパゲッティを振る舞った時など、お皿どころかテーブル上に食材が散乱して荒れ放題になる有様で、朱音は次に使う職員の為にと念入りに掃除する羽目にもなった。

 今度はテーブルへの被害を少しでも抑えるべく、クリスの分のお好み焼きは前以て分割し、机上の端にはお手拭きとティッシュ箱と除菌スプレーも置かれ、お皿から追い出された食材回収用のビニール袋も朱音の懐に用意してある念の入れようである。

 一方で朱音は仮にも自身より一歳年上のクリスの数え年頃な幼児っぽい食べ方に配慮はしても、そうなった理由までは言及しなかった。わざわざ本人に聞かなくとも、クリスの境遇を踏まえれば察しが付いたからだ。

 クリスもクリスで、今自分は〝テーブルの前で椅子に座り、お皿に盛りつけられた料理に食器類を用いて食べる〟のが当たり前の生活環境にいて、そこでの己の食べ方は大いに問題あると自覚はしているので、彼女なりに改善するよう努め、朱音からの注意にもありがたく耳を傾けている―――のだが、言われっ放しなのは性に合わない天邪鬼な性分持ちゆえに。

 

「で、でもよ、あの防人アイドルの部屋に比べたらまだマシになっただろ?」

「確かにその通りではあるね、あの防人先輩の才能(タレント)と比較したらまだ可愛いかな」

 

 そんなクリスの額に冷や汗流して苦笑して、翼を引き合いに出した言い分に朱音は〝そう来たか~〟と、ほくそ笑みながらも同意を示した。

 装者たちはルナアタック直後から約三週間は、ほとぼりが冷めるまでこの仮説本部含め、政府が用意した施設でしばし共同生活を送っていた。

 つまり、公的な場や芸能人としての偶像(かめん)で隠されていた翼のプライベートな一面が朱音以外の装者にも露わとなったと言うわけで。

 

〝潜水艦(こっち)に移ってたった三日でこの汚部屋(ダストルーム)っ振り、地獄だね〟

 

 前から薄々察していた朱音も含め、翼の部屋を片付ける能力が絶望的かつ致命的に欠けた弱点を直に目にさせられたのだ。

 

〝そ、そこまで酷くはないだろう! せめて煉獄に留めてもらえないか!〟

〝つまり『穴があったら入りたい』くらいには恥ずかしいと思ってるわけね〟

〝ぬぐっ……『よもやよもや』だ〟

 

 うふふと翼の苦し紛れの言い訳にジョークで即応する余裕たっぷりだった朱音に対して、クリスも響も、その時は散らかり放題な部屋の惨状を前に口をあんぐりと開けて呆然させられるのであった。

 朱音の言う通り、部屋全体に比べればクリスの弱点はまだ被害範囲はテーブル上に留められているので、まだマシと言えなくもないだろう。

 

 

 

 

 翼が天性のコメディアン気質の持ち主である証明となった汚部屋(ダストルーム)のエピソード込みで、雑談と言う調味料が降りかけられた料理を食する私とクリス。

 命の値打ちが紙切れ未満な戦火の中を長年孤独に彷徨っていた境遇上、クリスは他人との距離の測り方が苦手であり、それは荒っぽくも不器用な口調と感情表現から如実に語っており。だからか、私が作ったのも含め、美味しい料理を食している時、当人は無自覚だろうけど、響に負けず劣らず人一倍以上に頬を緩ませ笑顔で食べてくれる。

 まあそれはそれは、作った身からすれば冥利に尽きる笑顔で、こちらもほっこりと嬉しい気分になるだけでなく、ついついちょっかいも掛けたくなりそうになるが、下手に話題に上げるとその素直になれないツンデレな性分で見せてくれなくなってしまう懸念があるので、敢えて言及せずに自分の目の保養とさせてもらっていた。

 けどやっぱり、クリスも翼とは別ベクトルで、天性のコメディセンスを有しるよね。そうでなければ〝やさいもっさい〟だとか〝ちょせい〟とかなんて単語を普段遣いなんてしない(ちなみに前者は千葉県木更津市の言葉で『ああ、そうさ』を意味し、後者は『ちょろくせえ』の略語)。

 前に、どこでそんな言葉を知ったのかそれとなく聞いてみたら。

 

〝これは昔パっ――あ~~……パパと、ママに教えてもらったんだよ……〟

 

 気恥ずかしく頬を赤くし、後頭部をぼりぼりかいて明後日の方角へ目線を逸らして教えてくれた。一度両親の呼び方を〝親父とおふくろ〟に訂正しようとしたが、フィーネのアジトでの弦さんとの問答で知られてしまったと気がつき、渋々元から使っている方で呼んでいたのもひっくるめてなんと言うか、あざとさ込みで〝愛されキャラ〟と呼ぶのが相応しい。

 

〝特機分二(とっきぶつ)には!まともな人間はいないのか~~!!〟

 

 そのくせ自分は純度一〇〇パーセントツッコミ側の人間(実際は彼女のか~な~りボケ能力も高い方なのに)と思ってる節もあって、そこもまた面白くて退屈させない愉快なお人だよクリスって。

 

「ところでよ〝あのバカ〟は今日どうしてんだ?」

 

 心中で〝噂をすればなんとやら〟で、クリスは指に付いたおにぎりのご飯粒を舐め取りながら次の話題を振ってくる。

 

「〝あのバカ〟って誰?」

「あのバカは……あのバカだろ」

「だから〝どこのバカ〟?」

「どこのって……」

 

 クリスの言う〝バカ〟が誰を指しているのかとうに分かっている私は、わざと白を切った。

 

「私に言わせれば、私含めて、人間と言う生物自体が〝バカ〟な種、だからあのだのどうのだの言われても、該当する数が多過ぎて誰のこと言ってるのやらさっぱりなんだけど」

「お前が〝バカ〟だったら他の人間のバカ度数がとんでもねえことになっぞ」

 

 そんなお酒に入ったアルコールの濃度みたいな言い方、ツボだね~~と思いつつも、彼女の独特の語弊センスによるツッコミはスルーし。

 

「で、どこのバカの骨のことを言ってるのかな?」

 

 私は微笑みをクリスに贈り、クリスが誰のことを言ってるのか、彼女の口からはっきり名前(ことば)を発するまで、だんまりを決め込むよと、この笑顔(ひょうじょう)で宣言する。

 

「っ……」

 

 もはやぐうの音も出ない様子で照れくさく困惑するクリス相手に、時間にして大体三〇秒くらい経ったところで。

 

「だぁぁ~~~あの〝バカ響〟のことだよ!!」

 

 よく言えました。

 クリスは某汎用人型決戦兵器の弐号機パイロットなヒロインが主人公くんを呼ぶ時みたく、響の名前を口にした。

 

「な~んだ、ちゃんとフィーネ以外の人間にも名前を言えるじゃないか」

「おまっ――朱音に言わされたんだろうか!!」

 

 せめて一矢報いたい意図でもあったのか、わざわざお前呼びから訂正して、私の名前も発してくれた。

 

「ほんとに根性が捻くれた奴だよな!!」

「ふっ、褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 顔をゆでだこにして抗議してくるクリスに対し、私は涼しい微笑のまま、ココナッツスムージーを一口飲んで余裕を見せつけ。

 

「我が祖父(グランパ)が言っていた―――〝相手とどう接していいのか分からない時は、まずは名前を呼ぶことから始めよう〟って」

「またじいちゃんの格言なんたらか、ほんと朱音はおじいちゃんっ子だよな」

「ありがとう、極上の賛辞を贈ってくれて」

 

 私にとって尊敬する偉人の一人なグランパの孫であることは最上の誉れである為、たとえ皮肉で言われたとしても喜びの気持ちが遥かに勝るのだった。

 さて、前置のジョークはこの辺にして、クリスが響のことで何を聞きたいのか、本題に入るとしよう。

 

つづく。

 




使用曲:M八七/米津玄師『シン・ウルトラマン主題歌』


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#71 - 覚醒の鼓動

今回しないフォギアのエピソードがあるので本家しないを見直してみたけど、信号機トリオって、三人ともコミュ障だよね(オイコラ


#71 – 覚醒の鼓動

 

「だぁぁぁ~~~あのバカ響のことだよ!!」

 

 あたしは自分が蒔いた種も混じっているとは言え、今差し向かいでお昼を食べ合っている朱音に仕掛けられた罠(トラップ)に嵌った状況に対し、渋々ながら……あの響(あのバカ)の名前を口にした。

 

「な~んだ、ちゃんとフィーネ以外の人間にも名前を言えるじゃないか」

 

 ぐぐぅっ~~……やっぱそう言う意図があっての茶々入れだったのかよ!

 

「おまっ―――朱音が言わされたんだろうが!!」

 

 このままだとさらに追撃(ちょっかい)されると危機感を覚えたあたしは、もう勢いのまま朱音の名前を口にしてやり。

 

「ほんとにお前は根性が捻くれた奴だよな!!」

「ふっ、褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 クーラーの利いた食堂じゃなくて蒸し蒸しバカ暑い日本の真夏な外だったら余計汗だくまっしぐら確定で、ほっぺに熱さを感じる中、朱音へ気質(ひととなり)ってやつにもの申してやったが、朱音は涼しい微笑み顔のまま、余裕綽々でスムージーを飲んで、食事を続ける。

 ダメだ……この元神様さんは自分の性根(こんじょう)をしっかり自覚した上で他人をおちょくるのに存分に活用してるもんだから、下手なツッコミは通用しねえのだ。

 聞くところによれば、神話に出てくる神様たちはどいつもこいつも良く言えば個性的、アタシ流に言えばツッコミどころ満載でアクの濃いキャラばかりだと言う。

 前世は別次元の地球の守護神(かみさま)だったとのことな朱音も、その神々に負ける劣らず立ち過ぎたキャラの持ち主としか言いようがない。

 だけど、そんな人(やつ)とこうして他愛のなくてバカバカしい会話を交わし合うのは、悪い気はしなかった。

 むしろ《ルナアタック》が終わったばかり時みたく、黙って物思いに耽って腐ってるより、ずっとずぅ~~と良いものだとアタシは断言してやろう。

 

 

 

 

 そいつはどう言うことかと言うと、ほんのちょっと前まで遡る。

《ルナアタック》の後始末が終わるまで、《特機二課》が用意した施設で一日中缶詰の状態だった頃のその日、アタシは廊下を全速力で走っていた。壁には廊下内を走るのはNGだと張り紙が貼られているのを一瞬目にしたが、そん時の自分はそれを守れる精神的余裕ってやつが一切無かった。

 半ば無我夢中である部屋へと、飛び込むが如く盛大な音を立ててドアを開け――。

 

「特機部二(とっきぶつ)にはまともな人間がいないのかぁぁぁぁ~~~~!!!」

 

 涙顔で私は部屋の主――朱音に、発散せずにはいられない思いのたけをぶつけていた。

 

「クリス、まずは君が落ち着こう」

 

 突然の私の訪問に、さすがの朱音も戸惑いで額に冷や汗を浮かべていたけど、色んな意味で我ながら騒がしかったそん時のアタシを宥めて、どうにか落ち着かせてもらった。

 

「はぁ……」

 

 淹れてもらった紅茶をゴクゴク一気に飲み干して、アタシの精神はやっと平穏となり。

 

「で?一体響と翼から何をされたのかな?」

「あ~~そいつはな……」

 

 盛大にテンパっていた理由を朱音に話し始める。

 

〝成り行き任せで手を繋ぎあったけど……アタシはあいつらの様に笑えない……だって、アタシがしでかしてきた過ちからは、絶対に逃げられないだから……〟

 

 自分で言うのはめっちゃ恥ずかしい話だが、なまじ事が終わってゆっくり安らげる時間ができたせいで、自分がフィーネに加担してたくさんの人たちを巻き込み、時には命まで犠牲に至らしめてしまった罪悪感に苛まれる状態に陥ってたんだ。

 うん、めんどくせ~~奴と揶揄でもされたらな、まあそうだ、アタシはそんな面倒な人間だよと焼け気味に開き直って頷くしかない。

 

 

〝どうしたのクリスちゃん? あ、もしかしてお腹空いちゃった?分~かるよね~~~マジでガチでお腹空いてるとお喋りするのも億劫だよね~~~お昼どうする?緒川さんたちに頼んでピザでも取る!?さっき新聞の折込チラシを見たんだけどね―――〟

 

 そんな屈託に浸って物言わずにいためんどくさいアタシを、あいつはあいつなりに気遣ってくれること自体は分かってるから、その心意気そのものは有難かったが……。

 

〝鬱陶しいんだよ!!!お前ほんとマジでガチでバカだろ!!?〟

〝お腹が空き過ぎてクリスちゃんが怒りっぽくなっちゃった~~?〟

〝ウキィィィィィ~~~~!!!!お前は黙れ!!アタシは今静寂を欲してんだ!!だから四の五の言わず黙れ!!いいからアタシに静謐(しじま)を寄越せやこのバカァァァァーーーーッ!!!〟

 

 

 なまじあんまり広くない屋内であのテンションで煩く捲し立てられたら、思わず猿みてえな奇声も上げたくなるもんだよ、響(あのバカ)がよ……と今思い返すだけでもぼやきたくなる。

 かと思えば―――あのアイドル首相さんにいる部屋に逃げ込んだら逃げ込んだで。

 

〝じぃ~~~〟

〝なんだよ……何か言いたいなら言ってみろよ!〟

 

 何も言ってはこないが、ずっとこっちへガン見して自己主張が激しいお澄ましフェイスな相手に発言を求めたら。

 

〝常在戦場……〟

〝ひぃぃぃぃ~~~!!!〟

 

 その澄まし顔のまま、淡々と発してきた四文字熟語(ばくだんはつげん)に、背筋が本当に凍えさせられ悲鳴が上がった。

 

〝やっぱり何も言うな!!見るぐらいは勘弁してやるからアンタは黙っててくれ!!〟

〝そうつれないことを言うな、雪音……〟

 

 ダメ押しに、不気味に笑ってもきやがった。結構明るいLEDが照らされてるのに、あいつの周囲だけやけに黒味がかったフィルターが被さる幻覚まで見えてしまうくらい。

 昔、興味本位にこっそり夜更かししてテレビ点けたら、ホラー映画が放送中だった上に丁度幽霊が化けてきたクライマックス真っ只中なのを見ちまって以来、あの手のジャンルが苦手になった私の脳裏、あの瞬間(トラウマ)を思い出させるくらいには下手なホラーよりホラーな恐怖体験だった。

 そうして、もう安全圏はあそこだけだと、変人(おばけ)どもの魔の手からどうしても逃れたい一心で朱音の下へ駆け込んだ……に至ったわけである。

 

「響も翼もある意味で『コミュ障の悪魔』な天性の芸人(コメディアン)だからな、災難だったね」

 

 アタシの愚痴(はなし)を一通り聞いてくれた朱音は、そう皮肉(ユーモア)も交えて共感を示す。

 芸人とコミュ障って、それ相反する要素じゃねえか?とアタシはツッコミかけたが、二人のさっきのボケ具合を改めて思い返すと、その通りだと納得するしかなかった。

 

「でもいくら対抗兵器が使えるからって、特異災害相手に真正面から殴りこめる輩が、君の言う〝まとも〟とは言えないでしょ?クリスも私も含めてね」

「あ、ああ~~……」

 

 さらに朱音からのこの注釈(はつげん)にも、思わず同意せざるを得ず、大きく頷く以外にリアクションが思いつかない中―――自分でも恨めしくなるタイミングで、アタシの腹の虫は、飯を食わせろと鳴き出してきた。

 

「これは知人の受け売りなんだけど、お腹が空いてると嫌なことばかり考えてしまうそうだよ」

「それは、そうみてえだな……」

 

 バカ響の空腹で怒りっぽくなってるなんて発言、実はあながち間違ってなかったと言うことか。

 

「クリスの希望に合わせたランチを作ってあげるよ、自分のこれまで行いを戒めて、この先の自分の振り方とか、どうやって償っていくかを模索するのは、お腹を満たした後でも問題ないだろう?」

 

 つい感心していると、本物の翡翠よりピカピカしてるかもしれない翡翠色の瞳で、朱音はさらりとアタシが抱える〝苦悩〟を看破さしてきやがった。

 

「っ……」

 

 図星を刺されたアタシは返答に困る中、刺してきた朱音(ちょうほんにん)は微笑んだ表情のまま、明らかにアタシからの昼飯の注文が来るまで口角が上がった口を開けるつもりは無い。

 そして、空腹で背に腹は代えられぬ状況でもあるので。

 

「この間食わせてくれた……お好み焼きとおにぎり、そ、それでいいか!!」

「All right~♪」

 

 そのまま朱音は注文の料理を作ろうと食堂に向かいだし、アタシも後を追った。

 

 

 

 

 

 ―――それがこの日アタシが体験した出来事(もろもろ)であり、こうしてアタシの胃袋は朱音に完全に掴まれて今日に至る、と言うわけ。

 弱みを握られたんじゃね?と、もし問われたら……まあ否定はできないけど、以来今日まで含めて朱音の実に文明的でめっちゃ美味い料理を食べながら、さっきも言ったが朱音と下らない話題で雑談するのは、まんざらじゃなかった。

 なんと言うか、上手いんだよな朱音って、他人との距離の測り方ってもんが……バカ響みたいに口数は多くないけど、防人アイドルみたいに少な過ぎもしないし、あの二人に共通して物言いのトンチき具合は遥かに控えめだし、……ごく自然と気遣って不用意に踏み込んでこない癖に、ジョークも織り交ぜて距離を縮める機会を絶対見逃さない。

 だから気がつけば、すっかり朱音のペースに乗っかっているのだ。

 どこまでが朱音の意図なのか、それとも偶然の産物かまでは分かんねえ、直接聞いたってはぐらかされるに決まってる。なのにこの掴みどころの無さが、距離の測り方が下手なアタシには逆に丁度良かった。

 それに朱音がいなかったら、もっと特機部二との付き合い方に悪戦苦闘させられていたのは明らかなので、ハードルを下げてくれているのもまたありがたかった。

 

「我が祖父(グランパ)が言っていた―――〝相手とどう接していいのか分からない時は、まずは名前を呼ぶことから始めよう〟って」

「またじいちゃんの格言なんたらか、ほんと朱音はおじいちゃんっ子だよな」

「ありがとう、極上の賛辞を贈ってくれて」

 

 現にちょくちょく出てくる朱音の祖父(じいちゃん)の格言(アタシはこれを《グランパ語録》と内心呼んでる)をまた一つ口にする当人に、さらっと切り返すくらいには、自分の肉声を会話に使う機会が増えている。

 

「で、響のことで何が気がかりなのかな?」

 

 あ、自分から話題を振っておいて忘れかけていた。実際の時間はほんの数秒はそこらなのに、大分遠回りしちまった気がするが、独りで悶々として結局一歩も進めず停滞するよりは、ちゃんと前進してる方がずっと良い。

 アタシは、ここ毎日必ず目にしてる光景――櫻井了子(フィーネ)が眠る病室に向かうバカ響の後ろ姿を思い返しながら、本題に入ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

「いや、今日も……見舞いに行ってるのかって、気になってさ」

 

 クリスの張りつめがちな肩ひじを少しでも和らげる意図も含めた雑談(よりみち)を経て、クリスが本題に踏み込んできた。

 

「うん、行ってたね、櫻井博士のお見舞いに」

 

 私もさっき目にした響の後ろ姿を思い返して、クリスの質問に応じ。

 

「そう言うクリスは、まだ行っていないのか?」

「うっ……どんな顔していいのか分かんねえだよ……」

 

 と、問い返すと、クリスはばつの悪そうに後頭部の髪を掻いて答えてくれた。

 

「騙して利用されたことには今でも腹立ってんだ、でも、言いたいのはそれだけじゃねえって言うか……」

 

 クリスは長年、人の命が紙切れより安くて脆い紛争地帯(バルベルデ)を彷徨っていた境遇の身でありながら、他者を案じ、気づかい、思いやれる良心(やさしさ)を捨てなかった高潔さの持ち主である一方、その身の上の影響で、その優しさの扱い方はお世辞にも上手いと言えないし、逆に自分へ向けられる方でも素直に受け取れない性分の主。

 

「何かしてあげたいけど、どうしたらいいか分からないって感じ?」

「おう……そんな感じ」

 

 ゆえに気配りをしたい気があっても踏み出せず足踏みしがちだし、その気持ち自体すら上手く表せないのだ。

 

「アタシにはフィーネの言ってたことのどっからが嘘で、どこまでが本当(マジもん)だったのかアタシには見当もつかねえ……ましてやあん時のバカ響みたいな言葉(ストレートボール)、言える気がしないし」

 

〝だとしても、了子さんは了子さんです、ずっと昔に死んだなんて言われても、それが本当でも、私にとっては……櫻井了子さんなんです〟

 

 フィーネが自身をフィーネだと突っぱねながらも、自分にとっては『櫻井了子』以外の何者でもないと言い切ったあの時の響。

 

「響みたいにああも根拠が無くとも、真っすぐ言い切れる逸材はそういないさ」

「違いねえ、あのバカ正直さに並べる奴がそこらにうろうろいるもんじゃねえよ」

 

 お互いに響が持ってる唯一無二も同然の気質に対し、笑みで共有し合いつつも。

 

「でも、全部が嘘だったわけじゃないとは確かさ」

「なんで言い切れんだよ?」

「何から何まで嘘で塗り固めたものは、逆に見破られやすいんだ」

 

 ―――どんな嘘であれ、仮にそれで人を信じさせたいのなら、真実(ほんとう)を混ぜ込んだ方が効果的なのである。

 

「アジトに置手紙があったのを覚えてるだろ?」

「ああ、証拠隠滅の爆弾(トラップ)付きな突起物への決別表明だったアレだろ?それが?」

「なんの未練も無かったのなら、わざわざあんな手間の込んだ演出はしない」

「ああっ……」

 

 クリスもあのフィーネの置き土産の意図を察して、はっとした表情を浮かべる。

 そう、あの〝I LOVE YOU,SAYONARA〟は、それだけ櫻井了子として過ごしてきた十二年間も彼女にとって、手放すには名残惜しい、かけがえのない大切な思い出の一部になっていた証であり。

 

 

「クリスにも彼女なりに、本当混じりで思うところがあった筈と、私は思う」

 

 極度の大人への不信と憎悪を抱えていたクリスが、彼女の目からも明らかに腹に一物を持っていたと想像できるフィーネの言葉を、少しキツい言い方をすれば鵜呑みにしてしまったのも、彼女に対して確かな真実(ほんとう)が存在していたに他ならないだろう。

 

「っ……そっか……」

 

 私は残るお好み焼きを食しながら、自分の言葉を咀嚼中のクロスの表情を窺う。ほんの少し、ほっとした感じも見受けられ、すっかりソースの口紅が塗りたくられた口元をよく見てみると、安堵の笑みの形をしていた。これは本人も自覚がないパターンなので、あえて言及せずに胸の内にしまっておこう。クリスのことだから、言えば顔を真っ赤にして違うと突っぱねるのは明らかだし。

 クリスがこんな反応を見せると言うことは、フィーネに色々と思うところはあったのだろう。

 単純に言語化できない、おそらくは両親へのものに似た、複雑に入り組んで絡み合った感情(おもい)だ……下手につついていいものじゃない。

 

「つまり今日は思い切って博士のお見舞いに行きたいけど、一人では心もとないから、同伴してほしい――ってことで良いのかな?」

「おう……そういうこったな」

 

 私は尋ねてみると、クリスは用意してあったティッシュを一枚抜いて、自分の顔をできるだけ見せまいとソースを拭き取るも、照れているのは見え見えである。

 思い切って私にこういう話を切り出してきたってことは、その話題に関係する頼みをしてくるととうに把握していた。

 

「それもなんだけどよ、朱音に手伝ってほしいもんがもう一個あんだ」

 

 ―――が、このクリスからの頼み事に関しては、まさか彼女からそんな提案をされると思ってもみなかったので、私は大いに驚かされるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食(ランチ)を食べ終えた私とクリスは、櫻井博士が眠るメディカルルームへ向かって回廊を歩きつつ。

 

「歌で眠ってたフィーネの記憶と人格を起こしたんだったら、同じ方法で目が覚めるかもしれねえだろ?」

 

 私は改めて、クリスがこれからやろうとしてる行為を聞いている。

 端的に言えば、十二年前の天羽々斬の起動実験同様に、櫻井博士に歌声を聞かせ、その眠りを解こうと言うものだ。

 

「私も、やってみる価値はあると思ってる」

 

 実を言えば、私も前々から検討していた方法だった。

 櫻井博士の肉体はフィーネの懺悔以来、前世でのギャオスとの戦いで傷ついた身体を癒す為の休眠中、自分と精神交感の影響を受けた浅黄を思い起こさせる眠りの中にいる。

 つまり昏睡状態ではあるだけで、まだちゃんと生きている。

 現に先日、博士が眠る病室に訪れて勾玉を翳してみた際、反応して輝いた。彼女の肉体には、生命活動を維持するだけの命(マナ)が宿っている証拠。 

 何らかのトリガーで、昏睡から目覚める可能性は少なからずあり、その切欠こそ櫻井博士に先祖(フィーネ)の魂を宿らせた―――歌。

 

「なら、善は急げで早速――」

「けどその前に――」

 

 クリスのその献身さに敬意を抱きつつも、私は彼女と正面から向き合って立ち止まる。

 回廊内に、緊張が走り始めた。

 

 

「耳がタコになる苦言(はなし)をさせてもらう」

「なんだよ……?」

 

 粛然とする、自分のよりも丸々と大きいクリスの水色がかった水晶(ひとみ)に映った自身(すがた)を、より厳然に引き締まらせた。

 私もクリスが提案してくれたかの方法を光明だと認識しているからこそ、敢えて忠告をはっきり口にする役を自ら担う為に。

 

「これはあくまで可能性の一つだけど、フィーネの魂は既に、櫻井博士の肉体から次の子孫に移っているかもしれない」

 

 フィーネの魂が己が子孫に転生する《リインカーネーション》が発生する条件は本人から聞いたが、一方でどう次の子孫の肉体に移るのかのメカニズムはあやふやだ。」

 

「えっ……でもまだ憑りついてたご子孫は生きてるだろ?」

 

 クリスの言う通り単純に考えれば、その時の依代が死した場合に、ランダムで地球上に点在する子孫たちのいずれかに魂が転移し、その者が歌声――アウフヴァッヘン波形を耳にするまで休眠状態となる、ところだが。

 

「奴は非願の為なら数千年の時間がかかろうと成就に執着してきたんだ、当代の依代が生きていようと、その代で叶わぬと判断した時点で、次の行き先に乗り換えれるよう事前にプログラムしていたかもしれないし……もしこの推測が当たっていたら――」

「起こせたとしても、そいつはもうアタシの知るフィーネでも、バカ響や司令のおっさんたちが慕ってた博士でもねえって……ことか?」

「Yeah(そうさ)」

 

 私がクリスに伝えたかった懸念の一つがこれ。仮に歌声を聞かせて昏睡を解くことができたとしても、そこに私たちが知るフィーネにして櫻井了子だった人物がいる保障はない。

 本当に自分の推測通りなら、ある意味で響やクリスに弦さんたちは見た目が同一な全くの別人とご対面する可能性も、無きにしも非ずなのだ。

 

「それともう一つ」

 

 私が提示した可能性に少なからずショックを受けて俯くクリスに、次なる忠告を投げかける。彼女が抱いていた希望に水を差す行為なのは承知の上、そうまでして厳しい態度なのは、隠れ潜んでいるかもしれぬ絶望の罠に飲み込ませたくはないからだ。

 

「理由や経緯はどうあれ、櫻井了子はこの十二年間の人生を先祖とは言え別人に乗っ取られていたんだ―――」

「ああ……つまり、起こされた方からしたら玉手箱も勝手に開けられて爺さんになった浦島太郎状態になっちまうのか……」

 

 クリスの比喩(たとえ)を、私は首肯し。

 

「櫻井博士は長年、終焉の巫女のエゴに振り回されてきた、たとえ善意の気持ちによるものでも、そんな彼女を目覚めさせようとする私たちの行為もまだ――〝EGO(エゴ)〟さ」

 

 もう一つの〝忠告〟をはっきり口にして。

 

「それでもクリスは歌えるか? たとえ自分の選択からどんな結果が生まれても、背負える覚悟はあるか?」

 

 これから行おうとしてる〝人助け〟には、己がエゴイズムも混ざった代物なのだと、自分への戒めの意味も含んだ問いかけを発した。

 たとえ心からの善行によるものでも、他者の人生に干渉する以上、人助けを行うこともまたエゴであるのも、事実なのだ。

 

「ああ……これがアタシの我儘(エゴ)なんだってのは、間違いねえし、朱音の言う通り……もうフィーネはいなくて、去っちまったかもしれねえ……」

 

 一度顔を伏せ、隠されていた双眸をクリスは私へ向け直し。

 

「そんでもやっぱり、博士(あのひと)をこのままずっとお寝んねさせたくない、助けてやりたいって気持ちの方が、勝っちまうんだ……朱音の言う結末が待ってたとしても、このアタシの〝エゴ〟を―――偽りたくはない!」

 

 改めて、櫻井博士に目覚めの歌を贈る決意を、クリスは私に表してくれたのた。

 

「そうか、じゃあその気概なら選曲も確定してそうだね」

「あっ……わりぃ……まだ決めてなかった」

 

 ―――ので、内心そうだろうと感づいていた上で、櫻井博士に聞かせる歌は決まっているのかと問うてみたら、案の定やる気のフライングで未定だった、やれやれ。

 

「ならまずは私のお勧めでもっと――」

 

 取り出したスマホの音楽アプリを立ち上げた私は、前々から選定していた童歌(きょく)をクリスに聞かせるのだった。

 

 

〝~~~〟

 

 櫻井了子の眠るメディカルルームの出入り口付近で練習(チューニング)をした上で朱音とクリスは入室。二人の耳に、櫻井博士の呼吸音と医療器具の電子音が入ってきた。

 

「ふぃっ……」

 

 クリスは医療ベッド上で昏睡中の櫻井博士に終焉の巫女の名を呟きそうになったが、朱音から聞いた可能性(すいり)を考慮して、今はまだだと言い留めた。

 二人は眠る博士の目の前にて並び立つと。

 

「手を……」

 

 朱音は首にかけている勾玉(ペンダント)を外して掌に乗せ、クリスへその手を差し出す。

 促されたクリスは、勾玉ごと、朱音の手を握り合わせた。

 彼女たちは目を閉じ、息遣いも合わさる様に深く長く呼吸すると。

 

〝りん~ごは浮かんだ~~お~空に…~~♪〟

 

 朱音は出だしの詩(かし)を――。

 

 

〝り~んごは落っこちた~~地~べたに…~~♪〟

 

 

 その次の詩はクリスがそれぞれ独唱で歌い。

 

〝星が~生まれて~~歌が~生まれて~~~ルルアメルは~笑った~常しえと~~♪〟

 

 三小節目より、朱音とクリスは二重奏(デュエット)で、十二年前の天羽々斬起動実験にて翼も歌った東ヨーロッパのかの国に伝わる童歌――《Apple》を奏でていくと、二人が包み込む様に握る勾玉から、夕焼け色の光が鮮やかに灯り脈打つ。

 

〝星が~キ~スして~~歌が~眠っ~て~~かえるところはどこでしょう…?~~かえるところはどこでしょう~~…?〟

 

 二人が詩を唱えるに比例して、勾玉の輝きが増していき。

 

〝り~んごは落っこちた~~地~べたに…~~りん~ごは浮かんだ~~お~空に…~~〟

 

 

 童歌の締めまで、歌い終えた瞬間、朱音の心(むねのうた)へと確かに響いた。

 

 昏睡(ゆりかご)から解き放たれようとしている……〝覚醒の鼓動〟を。

 

 

つづく。




よくよく考えてみると、フィーネに憑依される前の了子さん本人ってほんと災難ですよね。
ご先祖に肉体乗っ取られて12年、最後は塵も残らずご先祖と相乗りで仏様に。

ビッキーが『それでも了子さんです』と言い切れたのは、フィーネと人格が融合してからの彼女との付き合いしか無かったからこそのものである一方……憑依される前の了子さんの尊厳はどうなるの?と考えた結果―――具体的にどうなるかは次回にて(コラ


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