Promessa di duo~太陽ト月~ (紅 奈々)
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第1楽章 風神─ウィンディ・ゴッド─
第1話


【プロローグ】

始まりはただ、ほんの小さな約束だった。
幼い紫の幼女が白銀の少年に、初めての恋をした事がきっかけの本当に小さな約束。
何処にでもあるような、有り触れた物語の始まり。

「大きくなったら、お兄ちゃんのおよめさんになる」。

紫の幼女は無邪気な笑顔で少年に言った。
少年は微笑んで頷く。

「君がその時まで俺のことを覚えていたら、きっと、迎えに行くよ」

そう言った少年から、幼女はロケットペンダントを渡された。
少年はこの時は別に、幼女の言った言葉を本気にはしていなかったが、自分に懐いてくれている事だけは解っていたので、せめての思い出として、ロケットペンダントを幼女に譲ったのだ。

幼女はそれを大事そうに小さな両手で包み込むと、「ありがとう」と笑う。
それが、最後に交わした、幼女と少年の何処にでもあるような約束。

その約束は、紆余曲折の末に遠い未來で果たされる事になる。
長い長い旅の終着点にあるのは──。


月が南の空に高く昇って、町中が寝静まった夜中の英国の町の外れに二つの影が走る。

一人は、まるで何かを嘲笑っているかの様な怪人の様に不気味な笑みを湛えた白い仮面を付けている人物。

もう一方は、黒猫の仮面を付けた、白い仮面の人物よりも少し背が低めの人物だ。

何れも長髪で、その色は闇に融けている。

 

「・・・・・・璃王(リオ)、左だ」

 

声からして、少年であろうか。

白い仮面を付けている人物は誰かを追っている様で、隣を走る、璃王、と呼んだ人物に短く命じた。

 

彼は、その静かな声を聞き漏らす事もなく頷くと、少年の隣から融ける様に左手の小道へと消えて行った。

それを見届けて、少年は仮面の下の口元に笑みを浮かべる。

 

バーカ、と小さく声が漏れた。

その声は、追い掛けている標的(ターゲット)を嘲笑うかの様な響きがある。

()()()()()で逃げきれるモノか。

夜の路地裏に少年の軽やかな足音が不気味かつ不吉に響いて、消え失せた。

 

 

*L

 

黒猫の仮面を着けた人物は、左側から標的(ターゲット)を追い掛けていた。

壁を一つ挟んだ隣には、恐らく標的(ターゲット)が相棒と追いかけっこをしている事だろう。

 

この辺りの地理は全て把握している。 次の角を曲がれば、標的(ターゲット)が走っている先頭を塞げる。

彼は、視界に見えてきた十字路を右に曲がって、標的(ターゲット)の行く手を阻む様に走り出した。

狭い路地裏で、前も後ろも囲まれた標的(ターゲット)は、唯一の退路であろう、右側の小道に入っていった。

 

「い・・・・・・行き止まり!?」

 

突然、目の前に壁が立ち塞がり、標的(ターゲット)は狼狽した声を上げる。

そう、逃げ回っていたと思っていたが、標的(ターゲット)は二人に追い詰められていたのだ。 この地形を把握していた、彼らによって。

 

標的(ターゲット)は壁を背に、元来た道を振り返った。

静かな足音を立て、二人の死宣告者(しせんこくしゃ)にその退路を断たれてしまう。

標的(ターゲット)は、その脂塗れの額に脂汗を滲ませた。

 

()()()()()で逃げられると思うなよ、ゲス。

全く。 お前の可愛い可愛い駄犬共は諦めてお縄に掛かってくれたってのに、お前だけは逃げようとするんだからな。

質が(わり)ぃ」

 

逃げ切れない事が解った黒い仮面の人物は、ゆっくりと標的(ターゲット)に近づき、吐き捨てた。

 

標的(ターゲット)のハウスを抑えた時に、標的(ターゲット)は仲間を見捨てて、一人でさっさと逃げたのだ。

その事を軽く非難する、黒い仮面の人物。

 

「さぁ、吐け。 貴様らの悪事を全て」

 

仮面越しに彼は標的(ターゲット)を睨む。

その殺気に標的(ターゲット)は戦き、口を噤んだ。

 

まるで、蛇に睨まれた蛙の様に恐怖し、身動きが取れない。

遥か数千億光年の宇宙の彼方に投げ出されたかの様な恐怖が体を支配した。

――これが、風神(ウィンディ・ゴッド)と呼ばれる死宣告者の一人、悪魔の猫(デビル・キャット)・・・・・・!

噂に聞いていた目の前の死宣告者は、噂以上に恐ろしい、と生唾を呑み込んだ。

 

 

「別の事を考えているとは・・・・・・そんな余裕があるなら、自分の命の事を考えるんだな。

オレは、その脂肪の詰まった腹に大きめのピアスホールを開けて欲しいのか、と訊いている」

 

冷たく低い声と共に、悪魔の猫(デビル・キャット)と呼ばれる黒い仮面の人物は、サーベルの半分くらいの長さの(クロー)の切っ先を標的(ターゲット)の脂肪がたっぷりと詰まった腹に宛がう。

 

張り裂けそうなスーツ越しにでも、(クロー)の鋭さを感じて死の恐怖を感じる、標的(ターゲット)

この状況で心を読まれて、恐怖を感じない筈がない。

標的(ターゲット)の背中を嫌な汗が伝う。

 

「まず、イーストエンドでの事件だが・・・・・・あの夜、貴様はアリバイがない」

「・・・・・・」

「・・・・・・なら、ホワイトチャペルでの変死事件。

狙われているのはどれも、20前後の女だ。

この事件の当夜も貴様のアリバイはない。 それに関する関係は?」

「・・・・・・」

 

質問する度に悪魔の猫(デビル・キャット)はその(クロー)標的(ターゲット)の腹に食い込ませていくが、標的(ターゲット)は依然と答える気配がない。

 

痛みは感じている様で、その醜い顔を歪めて、苦痛に耐えている様だ。

いつまでも答えない標的(ターゲット)に業を煮やした悪魔の猫(デビル・キャット)は、「仕方ねぇ」と呟いて、(クロー)を離した。

 

諦めてくれたのだと思って、標的(ターゲット)の顔から緊張が解ける。

その次の瞬間だった。

 

「いっ!?」

 

一瞬の間で何が起きたのか解らない標的(ターゲット)は、突然の耳の焼ける様な痛さに声を上げた。

 

何が起きたのかは解らないが、ただあった事をそのまま説明するなら、目の前を風が横切って、その次の瞬間に耳に激痛が走ったのだ。

標的(ターゲット)は耳にそっと触れる。 すると、どろっとした液体が指に触れた。

それは、紛れもなく自分の血液だった。

 

悪魔の猫(デビル・キャット)(クロー)には、標的(ターゲット)のモノと思われる紅い液体が滴っている。

それを見た標的(ターゲット)はそれだけで(おのの)いた。

 

「次は脳天行くからな」

「ひっ! わっ! 解った!

話す! 話せば良いんだろう!」

 

 

血の付いた(クロー)を目の前に突き付けられれば、標的(ターゲット)は完全に諦めた。

低い声が死の宣告の様に聞こえたのだ。

叫ぶ様な標的(ターゲット)の声は、情けなく二人の死宣告者の耳に届いた。

 

「お・・・・・・俺達は・・・・・・ただのヒキニートのコレクターだった・・・・・・。

19にもなってロクに仕事も就かず、趣味に没頭していたら親から追い出され、シェアハウスで仲間と暮らしてた・・・・・・」

 

やっと観念した標的(ターゲット)の話をここまで聞いて、二人の死宣告者は仮面越しの顔を見合わせた。

 

その仮面の下の表情は、呆気に取られたような拍子抜けしたような顔をしていて、二人は互いが同じ様な表情を浮かべているであろう事が手に取るように解った。

それもそうだ。 二人は今まで、標的(ターゲット)の事を30代くらいの中年オヤジだと思っていたのだから。

 

その顔で19? 年齢詐欺も良い所だろうが。

二人は同じ事を思ったが、何も言わず話の続きを聞いていた。

どうせ、下らない理由だろうが、話は聞かないといけない。 聞きたくもない話だろうが、関係なしに。

 

「そんな時、多額のアルバイトで麻薬の密売の広告を見つけて、それから裏社会(この世界)にハマって・・・・・・。

俺達がやっていたのは、麻薬の密売と人身売買の仲介役だけで・・・・・・っ!

どうせ、お前らも同じなんだろ? だから、裏社会に燻ってんだろ!?」

 

「最期に母さんのフィッシュアンドチップスが食べたかった・・・・・・!」と標的(ターゲット)は頭を抱えた。

その顔は青ざめて、顔には汗を大量に浮かべている。

 

最後の言葉を聞いた悪魔の猫(デビル・キャット)は、引いた。

自分よりも年上の青年がマザコン発言したのだ、当然と言えば当然であろう。

 

それまで黙っていた少年は、「そうか」と呟いて、バイオリンを取り出して、弾き始めた。

狭い路地裏に、バイオリンの音色が響く。

 

「月は諸行無常 常に移ろい

輪廻転生の星 幾千の夜を生まれ変わり

終わらない夜を幾度と繰り返す――」

 

少年の歌声がバイオリンのメロディーと共に流れる。 少年の声に標的(ターゲット)はそのまま、目を閉じた。

 

気絶した事を確認すると少年は狼煙を上げて、壁に大きく文字を書いた。

そして、二人の死宣告者は闇に紛れてその場を離れた。




@使用した歌詞
夜空詩(よぞらうた)


3月29日(水)
内容を少し変更。


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第2話

視点が変わります。


3月29日(水)
手直し完了。


*Le*

 

時間は少し戻り、二十歳ぐらいの一人の青年が廃墟の屋上に腰を下ろしていた。

 

黒いコートで身を包んだ青年の髪は茶色で、腰まで届きそうな長髪は首の後ろで1つに結ってある。

前髪は目にかかる程度、左目はきつく閉じられており、右目は眼帯で隠されている。

 

青年はピクリとも動かず、夜風に身を任せていた。

ふと、静寂な空間にヴァイオリンの音色が僅かに響く。

まるでその時を待っていたかのように、青年はゆっくりと目を開けた。 そこには、燃え盛る炎を切り取ったような緋色があった。

 

「始まったか‥‥‥」

 

そう呟くと、ようやく立ち上がり、建物と建物との空間を飛び越えヴァイオリンの音色のもとへ近づく。

ある程度近づくと、そこで歩みを止める。

これ以上近づけば、向こうが此方の気配に気づくか、此方がヴァイオリンの音色と共に聞こえる歌声によって気絶させられる可能性が高い。

 

過去に一度、無理矢理近づいて意識を持っていかれそうになり、危うく建物から落ちかけたことがある。

 

暫くそこに佇んでいると、ヴァイオリンの音色が止まり、再び静寂が辺りを包んだ。

狼煙が空に上がるのを確認すると、直ぐ様そこに向かい、建物から飛び降りる。 静かに降り立ったそこは、気絶している男と壁に大きく書かれた文字だけがあった。

壁に凭れている男は、耳に傷を負っている。 しかし、その傷はダガーやサーベルよりも鋭利な物で造られているモノだ。

 

壁に目を向ければ、大きく落書きされていた。

その壁に文字をなぞるように手をついて、文字を読もうとした。 だが、ローマ字で書かれたその言葉は一見すれば英語の様だが、解読できないので英語以外の言語である事が解った。

この落書きは毎回見るのだが、読めもしないのに何故かイラッとさせられる。

そう言う意味のだろうか、と青年は思った。

 

壁の落書きに、気絶させているだけの標的(ターゲット)、そして、市警察(ヤード)を呼ぶ為なのか、上げられている狼煙。 しかし、未だに来ていない市警察(ヤード)

 

市警察(あいつら)、どれだけ仕事が遅いんだよ。 毎回の事だが、青年は呆れた。

前も裏警察(シークレット・ヤード)に先越されていなかったか?

そんな事を考えていたら、けたたましいサイレンが反響しながら此方に近づいてくる。

 

「チッ、今回は思ったより()ぇじゃねぇか政府の駄犬(ヤード)共・・・・・・」

 

青年はそれが市警察(ヤード)が到着した音だと気付くと、毒づく。

まぁ、今回も変化はなかったから、良しとするか。

 

青年は黒いコートを翻し、銃口を真上に向けると、引き金を引いた。

銃口からはワイヤーが飛び出してきて、アンカーが建物に刺さる。 それを確認すると、引き金から指を離した。

 

青年の体はワイヤーに持ち上げられて、青年はそのまま漆黒の中に紛れ込んだ。

 




壁に書かれていた文字

「E pezzo d`mbecille」
=「お馬鹿さん」。

イタリア語です。
市警察に向けて書かれたモノですね、はい。


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第3話


3月29日(水)
手直し完了。
後書きの用語の項目に用語を追加。


 

「――で、今回の標的(ターゲット)、ジョン・アレイスに拷問(うかが)ったところ、(やく)の密売及び人身売買には携わっていたが、切り裂きジャックⅡ世(ジャック・ザ・リッパーセカンド)との関与はないとの事」

 

ロンドン郊外の森を抜けたその場所に、ひっそりと大きな白亜の建物がある。

その建物の一つの部屋、執務室からは静かな少年の声が聞こえた。 先程の出来事の報告をしているらしい。

 

少年は先程の黒猫の仮面は着けておらず、その端正な顔にメランコリックな表情を浮かべている。

腰まで長く流れている髪は群青色、藍色の三白眼が特徴的な少年だ。

デスクを挟んだ窓側に少年の上司だと思われる男性が座って、少年の報告を聞いている。

 

病的に白い肌にその肌に溶ける様な白銀の跳ねている髪、その病的なシルエットとは対照的にしっかりと色の付いたインディゴの瞳が印象的だ。

 

「最近、裏社会(こっち側)に手を着けたらしく、裏警察(シークレット・ヤード)はおろか、死宣告者すら知らなかった様だ」

「そうか」

 

少年の報告を聞きながら、悠然とティーカップに口を付けて、男性は相づちを打った。

 

「奴の端末データをハッキングしても、気色の(わり)ぃグラビア系の画像やそれに関するデータしかなくて、切り裂きジャックⅡ世(ジャック・ザ・リッパーセカンド)の事は出てこなかった。

つまり、ビアンコ――白だな」

 

少年は、デスクに報告書の書類を投げた。 書類には、今回の任務の報告がぎっしりと書かれている。

それを一瞥して、男性は話の続きを待った。

 

「奴は悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)が精神的に殺っちまったからな・・・・・・。

明日の朝刊に「麻薬中毒のマザコンヒキニート、捕まる」とでも載るんじゃないか?」

「それは()()の判断次第だろうな。

囮くらいは使えるだろう?」

 

少年の報告に男性は言葉を挟んだ。 すると、横から別の少年が言葉を挟む。

 

「どうだろうな。 彼奴、悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)(クロー)で耳を削いだ程度でかなりビビってたからな・・・・・・。

引きつける前に銃口向けられて、命乞いして死ぬんじゃないか?」

 

言葉を挟んだのは、先程から一言も喋っていなかった、悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)と呼ばれた少年だ。

先程まで着けていた白い仮面を外して、右目を前髪で覆ってはいるモノの端正な顔を今は晒している。

太腿までの長い髪は紫色で、覗く左目は緑玉色の三白眼。 左目尻に四つの雫の先端を十字に並べたタトゥーが在るのが特徴だ。

 

少年の言葉に男性は「そうか・・・・・・」と溜息混じりの言葉を零した。

 

「後は私が処理しておく。 今日はもう休んでくれ。

ご苦労だった、神南(こうなみ)神谷(こうや)

「それでは、また後ほど。

――グレア・ファブレット公爵」

 

男性の言葉に、神南、と呼ばれた紫の髪の少年と、神谷、と呼ばれた、群青色の髪の少年は一礼して言った。

 

特に打ち合わせをした訳でもないのに、綺麗に揃えられた声にグレアと呼ばれた男性は微笑んで頷いた。

それを見届けて、二人の少年は執務室を出て行く。

 

彼らは、英国の裏社会を仕切る裏警察(シークレット・ヤード)が誇る死宣告者だ。

裏警察(シークレット・ヤード)とは、英国裏社会を仕切る女王陛下直属の特殊警察の事。 表社会の人間を裏社会の力で脅かす者を裏の力で排除する義務を与えられている絶対的な存在。

言うなれば、女王公認の影の死刑執行人だ。

 

そのボスを努めるのは、弱冠22歳で爵位を持つ王家の長男で女王の兄、グレア・ファブレットである。

先程の少年達は、そのグレア・ファブレットが誇る死宣告者。

神南(こうなみ)弥王(みお)神谷(こうや)璃王(りお)

彼らはそれぞれ、「悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)」と「悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)」と呼ばれている、不吉な死宣告者である。

弥王と璃王は二人で風神(ウィンディ・ゴッド)とも呼ばれており、弱冠13歳で驚く程の戦闘力を持っている。

 

二人が出て行った後の執務室で、グレア・ファブレットは感傷に浸る様に銀時計を見つめていた。

その時計は、長い事肌身離さず持ち歩いている為、所々が磨り減って傷だらけになっている。

 

時計の蓋の裏には、色褪せた写真が張り付けられていた。

写真の中で、まだ幼い紫の髪に右目が青、左目が翠のオッドアイの少女が笑っている。

その写真を愛しげに見て、グレアは呟いた。

 

「今、生きていれば13・・・・・・いや、もうすぐ14、か」

 

すっかり色褪せてしまった写真の中の少女に語りかける様に、呟いた。

 

あれから9年が経って、もう、生きている事は絶望的だろう。

生きていれば、どんな娘になっていただろうか、とグレアは思った。

 

「時間が経つのは早いな、()()()・・・・・・」

 

感傷的に呟かれた言葉は、誰も居ない蝋燭の明かりだけの部屋に虚しく消えた。

 




@用語

風神(ウィンディ・ゴッド)=弥王と璃王を纏める時の異名。
所以は、風の様に現れて消える為。

悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)=弥王の異名。
所以は、夢に入り込んでは悪夢を見せる為。
ちなみに、悪夢の伯爵に会ったなら、死んだ方がマシだとされている。

悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)=璃王の異名。
所以は、猫の仮面から。
ちなみに、英国では「デビル・キャット」と呼ばれている。

死宣告者(しせんこくしゃ)=暗殺と戦闘、両方のスキルを持っている殺し屋。
暗殺のみを得意としている者は、暗殺者(アサシン)


裏警察(シークレット・ヤード)=英国裏社会を仕切る特殊警察。 市警察(ヤード)とは逆の立場にある。
最近では、活躍めざましい為に市警察のボスはグレアを目の敵にしている。

切り裂きジャックⅡ世(ジャック/ザ・リッパーセカンド)=最近、巷で噂の殺人鬼。
10代から20代前半くらいの女性を狙って殺害している。
手口などが100年前に起きた「切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)」と似ている為、「2代目」と言う意味を込め、「切り裂きジャックⅡ世(ジャック・ザ・リッパーセカンド)」と呼ばれている。

(クロー)=璃王が基本的に使っている武器。 生爪。
どういう原理か、璃王の爪は伸縮自在の為、日本刀のような鋭利な凶器になる。
恐らくその原理は今後明かされるだろう。


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第4話


3月29日(水)
手直し完了。


**

 

同時刻。

イーストエンドの端に、その建物はあった。

廃屋敷を改装したその屋敷の一室に、ひとりの青年が紅茶を淹れている。

 

ふと、扉の向こうに気配がした。

青年は、そのコバルトグリーンの瞳を扉に向けて、気配の本人が部屋に入ってくるのを待った。

すると、扉は直ぐに開けられ、部屋に茶髪の青年が入ってきた。

 

「やっ、レイナス、お帰り~」

 

飄々とした口調で彼は、茶髪の青年に声を掛ける。

虎白の髪がコバルトグリーンの瞳に合っていた。 軽そうな性格は外見からも想像できるだろう。

 

彼は、レイナスと呼んだ青年に「どうだった?」と訊いた。

彼の訊きたい事が解った茶髪の青年――レイナスは、首を振る。

 

「微妙だな。 政府の駄犬(ヤード)共が思ったより早く来たんで、少ししか確認出来なかったが――ほぼ、いつも通りだった」

「まぁ、彼らは()()()()を解決できなくて焦っているから、少しでもマシな評価が欲しいんだろう」

 

淡々と言ったレイナスの言葉に、青年は目を細めて言った。

青年の言った、「あの事件」とは、切り裂きジャックⅡ世(ジャック・ザ・リッパーセカンド)の事である。

 

その事件を解決できていない市警察の評価は急降下中の為、少しでも評価を上げたいのだろう、と青年は見た。 青年の言葉にレイナスは呆れた様な口調で言った。

 

「評価つっても、今日の奴はシロ! ただの売人だとよ。

売人1人捕まえられない様じゃ、裏警察(シークレット・ヤード)がいつ警察(ヤード)になっても、おかしくねぇぞ?」

「ははっ、それならこの国も安泰だね」

 

レイナスの言葉に、青年は空笑いした。

そうは言っているが、彼らは決して裏警察(シークレット・ヤード)の肩を持っている訳ではない。 かと言って、政府の駄犬、と警察(ヤード)を罵っている様に、警察(ヤード)の肩を持っている訳でもなかった。

 

青年は、ふと思い出したかの様に少し間を開けて口を開いた。

 

「話が変わるけど、明日、社交期(シーズン)最後の夜会が・・・・・・」

 

青年の話に見る見ると顔が歪んでいく、レイナス。

その嫌そうな顔を見て、青年は言葉を止めた。

 

「って、そうイヤそうな顔しないでよー」

「お前が逝け」

 

青年の言葉に、レイナスは青年に向かって首を親指で指して横に流し、そのまま親指を下に向けて落とした。

幾ら仕事だとしても、夜会にまで潜入しようとは思わない。

 

「日の光は浴びたくないな~」

 

「あと君、言葉怖いよ~」と軽口を叩く青年にレイナスは「お前は吸血鬼か」と突っ込んでしまった。

 

「安心しろ・・・・・・夜会は夜だ」

 

「だから、お前が逝け」と、レイナスは青年に食い下がる。

夜会とは夜にやるモノだから、日の光は関係無い。

 

 

「きゃっ! 夜とかハレンチな!

それに夜会って、僕みたいなイケメンが行くとマダムに迫られるんでしょ!? 尚更イヤよ!」

 

体の前で腕をクロスしてオネェ口調で言う青年のテンションに着いていけず、レイナスは「お前、一回精神病院逝けよ」と一蹴する。 全くもって、その通りである。

 

お前のキャラ、どうした? と思うが、今更なので何も言わない。

 

「あー・・・・・・裏警察(ヤツら)絡みか?」

 

このままじゃ、話が収拾付かなくなるため、レイナスは折れた。

 

仕事内容によってはバックレても良い訳で、話くらいなら聞いてやろう。

すると、青年は頷いた。

 

「まぁ、そんなとこだよ。

風神(ウィンディ・ゴッド)の仮面の下が見れるかもね~?」

「別にそんなモノには興味ねぇけど――仕方ねぇから行ってやる」

 

青年の言葉にレイナスは頷いた。

別に奴らの仮面の下なんかには興味もない。 たまにちらほらと色んな噂を聞くが、特に何も思わないのだ。

 

ただ、この選択が後に自分を追い込んでいく事を彼は知らなかった――。





そして、運命の歯車は動き出す――――――。


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第2楽章 夜会
第1話


先に言っておこう、この小説はBLではない、と←

3月29日(水)
手直し完了。


「―――は? 今、何と?」

「スミマセン、公爵。

どうやらオレの耳は今日、日曜日の様デス」

 

裏警察(シークレット・ヤード)本部の執務室に、神南(こうなみ)弥王(みお)神谷(こうや)璃王(りお)は居た。

 

朝になって目が覚めたらまず、2人は執務室に行き、ボスであるグレア・ファブレットに会って、本日の任務についての話を聞く。 2人の一日は、そこから始まる。

 

今日も同じように、デスク越しに向かい合った白銀の髪にインディゴの瞳の男性――グレア・ファブレットに本日の任務の内容を聞きに来たのだが、グレアから放たれた任務の内容に、璃王と弥王は目を点にするのであった。

 

「――聞こえなかったのか?

今夜の任務は、ウルド・グランツの暗殺だ」

 

グレアは、話を聞き返した2人の少年に眉根を少し寄せて、先に言った任務の内容を伝える。

しかし、2人が聞き返したのは、そこじゃない。 その後の内容だ。

 

「いや、内容は解っている。

問題はその後だ。 何と言った?」

「? 「その際、神南と神谷には女装で夜会に潜入してもらう」と言ったが?」

 

デスクに身を乗り出し、問い詰めるかの様にグレアに詰め寄った璃王に、グレアは眉一つ動かさない涼しげな顔で、しれっととんでもない発言をした。

グレアの言葉を聞いた弥王と璃王の顔面が蒼白になる。

 

それもそうだ。 何だって、自分たちが女装なんてして夜会に潜り込まなきゃならないんだ。

「夜会」と言うだけでもイヤなのに。

 

「嫌だっ!」

 

弥王と璃王は、タイミングを合わせたかの様な綺麗な動作で机を叩き、声を揃えた。

 

任務を拒否された事よりも、その揃っていた言葉と行動にグレアは感心する。 お前らは一卵性の双子なのか、と。

一卵性の双子は、無意識の内に行動がシンクロするらしい。 当然、弥王と璃王は双子所か、兄弟ですらないのだが。

 

「女装任務なら、公爵がして逝け」

 

璃王は、険悪な表情を浮かべて、グレアに言った。

中性的で童顔なグレアは、「女です」と言われても全く違和感はない。 自分よりも、公爵が女装すれば良いじゃないか。

だが、璃王の反論など聞いていないかの様に、グレアは悠然とティーカップに口を付けた。

 

「神谷」

「何だよ?」

「お前・・・・・・」

 

不意に名前を呼ばれ、狼狽しながらも璃王は返事をする。

声の低さから、グレアを怒らせただろうか。 グレアを怒らせれば面倒くさい事になる事は、璃王と弥王は把握済みだ。

 

狼狽える璃王を尻目にグレアは立ち上がって、璃王に歩み寄ると、手を伸ばす。

璃王は一歩、後退った。

オレの人生終了(ジ・エンド・オブ・オレ)――。

不意にそんな言葉が浮かんできた。

 

「丁度良いぐらいにチビだな。 しかも、女顔だし」

 

グレアの手が璃王の頭にポン、と乗せられた。 「チビ」と言われた璃王は、不快な顔を露わにする。

 

自分の頭を撫でるグレアからすれば、確かに璃王はチビだろう。

璃王の目線は、見上げないとグレアの顔が見えないのだから。

 

グレアと璃王のやり取りを横目に弥王は顔を背けてククク、と声を押し殺して笑いを堪えている。

そんな弥王の肩を掴んで、グレアは弥王を振り向かせると、弥王の頬に手を添えた。

 

「神南は・・・・・・」

「へ?」

 

突然のグレアの行動に弥王は呆気に取られて、グレアを見上げながらポカン、と呆然とした表情を浮かべる。

何気に顔が近い気がするが、この際は黙っておこう。

 

「本当に女みたいだからな。

髪上げて、ドレス着て笑っていれば、完璧だな」

 

近くで見る弥王の顔は、確かに女顔だ。 むしろ、これで男だと言われると、性同一性障害でも疑ってしまう。

それ程までに、弥王は女に近い顔をしていた。

 

グレアの言葉を聞いた弥王はたっぷり5秒は固まった。

ピシッ、と何かに亀裂が入る音が聞こえた気がする。

 

「絶っっっっ対に嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!」

 

亀裂が入った次の瞬間には、弥王の口からはけたたましい絶叫が迸って、裏警察(シークレット・ヤード)本部全体に響き渡っていた。

 

 

あれから、8時間が経過した。

結局、弥王と璃王は説き伏せられて・・・・・・と言うか、報酬を値上げしてもらう事で渋々、承諾した。

 

流石に、14歳の少年達に「何か好きなモノを買ってやろう」と言うのは効かず、報酬で釣るしかなかったというのは、自分でも呆れてしまいそうになった。

 

そんな訳でグレアは今、弥王と璃王の準備が終わるのを待っていた。

扉が開けられるのを背後に感じて、その後で「公爵」と、短く呼ばれた。

 

「準備出来たのか、神な――っ!?」

 

掛けてきた声が誰のモノなのか、振り向かなくても解るグレアは、振り向き様に言葉を投げかけて、息を呑んだ。

 

目の前に居る人物にグレアは目を見開く。

目の前に居るのは、確かに弥王の筈だ。 声を聞き間違える筈がない。

一瞬感じた既視感に、グレアは目を見開いた。

体のラインにピッタリと密着している淡い紫色のマーメイドドレスを着ている弥王は、何処から見ても女だった。

 

それ自体は全く問題はないのだが、問題は、その弥王が「あの少女」に似ている、という事だ。

一瞬でも、弥王が「あの時の少女」に見えてしまって、グレアは目を閉じた。

いや、そんな筈はない。 ただの他人の空似だろう。

 

グレアは言い聞かせると、弥王に歩み寄った。

 

「お前、その格好・・・・・・」

 

女装しているのだから、何処からどう見ても女に見えるのは当然だが、それにしても違和感がなさ過ぎる。

グレアは、弥王に問うた。

 

「あぁ、女体(これ)

初めは、メロンパンでも詰めようと思ったんだけどな」

 

不思議そうに自分を見てくるグレアに苦笑しながら、弥王は「シリコンだよ」と肩を竦めた。

弥王曰く、「ダメダメ! 体の曲線美を晒さないと、グランツ誘惑できなくってよ!?」と仕立屋であるレイナ・バートンに捲し立てられたらしい。

 

その説明にグレアは納得した。

 

「待たせたな」

 

弥王とグレアが話している所に、やっと準備が終わったらしい、璃王が執務室に入ってきた。

執務室に入ってきた璃王は、白いモスリンを沢山あしらった、青いプリンセスドレスを着用していて、髪は右側で結われ、巻き上げられている。

 

「クソ・・・・・・っ! バートン姉妹(あいつら)、オレをルカちゃん人形にしやがって・・・・・・ッ!」

 

余程遊ばれたらしく、ご立腹の璃王は、そんな事を毒づきながら、弥王の隣に立った。

 

ルカちゃん人形とは、昔から小さい子供に親しまれている着せ替え人形の事である。

少し前までは風化の一途を辿っていたが、最近ではカラーバリエーションや機能が増え、またその人気を急上昇させつつある商品だ。

 

ルカちゃんはともかく、璃王は屈辱的な姿を強制された羞恥から、顔を真っ赤にしてグレアを睨み上げた。

 

「――で? オレ達にこんな格好させたの、ちゃんと理由はあるんだろうな?」

 

「大した理由もないなら、殺すからな」グレアを睨み上げている璃王の目が、そう呟いていた。

「理由?そんなの・・・・・・」と言いかけて、グレアは停止した。

 

あれ、そう言えば何で女装させたんだっけ?

今思えば、夜会に潜入させるんじゃなくても、屋敷に侵入させて暗殺させても良いワケで。 それでは、弥王と璃王に女装させる意味が無くなってしまう。

まさか今更、「やっぱ変装しなくて良いや」などと言えば、二人から殺されてしまいそうだ。

 

そんな事を考えているグレアを余所に、弥王と璃王が「そんなの?」と声を揃える。

グレアは口を閉ざして、口実を探した。

 

「そんなの、アレだ。 グランツは守備範囲バリ広の女好きだからな。 お前らが女装して奴に近付けば警戒しないだろうし、寧ろ、奴の懐に容易く入り込めるだろうから、殺るには打って付けじゃないだろうか。

寝室に忍び込むよりはリスクも少なくて済むし、何より、無防備の所を奇襲できるだろ、だから・・・・・・」

 

一瞬黙った後で、言い訳の様につらつらと口実を並べ始めるグレアに、弥王と璃王は「今考えたな、コイツ・・・・・・」と同じ事を思った。

 

今すぐにコイツをエベレストで命綱無しのバンジージャンプさせたい、とも思った。

と言うか、こんなボスで大丈夫か?




神南(こうなみ)弥王(みお)

【挿絵表示】


年齢:13歳(現時点)
誕生日:12月24日
星座:山羊座

血液型:O型
身長:175cm
体重:57kg
出身国:イタリア

趣味:歌う、バイオリン、読書、射撃、銃の手入れ・コレクション
特技:中・遠距離戦

好きなモノ:野菜、甘味、ココア、銃、子供、可愛い子
嫌いなモノ:肉、脂っこいモノ、雷

異名:悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)、(璃王と2人で)風神(ウィンディ・ゴッド)
武器:メイン→バイオリン(滅多に使わない)
サブ→銃


英国女王直属特殊警察「裏警察(シークレット・ヤード)」に身を置く少年。
最強の死宣告者で、その実力は百戦錬磨の将軍10人分に匹敵する程、らしい。
彼の姿を見た者は99%の確率で死に、運良く生き残ったとしても、魅せられる悪夢に苛まれる為、死んだ方がマシだとか。
神谷璃王とは幼馴染みで、2人で「風神(ウィンディ・ゴッド)」と呼ばれる事も。

自他共に認める菜食主義者で、野菜と果物と穀類と菓子類以外は人間の食べ物じゃない、と豪語している。

「女子にゲロ甘い女尊野郎」とは、彼の事だ。
女誑しの度合いは、自分の上司であるグレア・ファブレットと匹敵するかも知れない。

剣技は最悪の腕前だが、銃を持てば殆ど最強。
O.C.波(オーシーは)と呼ばれる、歌っている時にのみ放出される特異な声質を持っており、今の所彼が扱えるのは「死の歌(カント・ディ・モルテ)」と呼ばれる技のみ。


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第2話

いやぁ、お久しぶりです。
長い事放置していてスミマセン。
何気にこの小説には原作(と言う名の黒歴史小説)が存在しておりまして、それを元に、エブリの星のサイトに再投稿しているモノですから、こちらの投稿にも時間が掛かっている次第です。

あ、原作は勿論、私が原作者ですからパクリの転載ではありませんよ。

というか、何気に内容も設定もこっちの方がしっかりしていると自分では思っています。


さてさて、そんなこんなで第2話ですよ。

時間差で4話まで更新します。


そして、何だかんだで時間は過ぎていき、今、弥王と璃王、ついでにグレアは、今回の標的(ターゲット)、ウルド・グランツの屋敷に来ていた。

 

華やかな雰囲気の中、一部だけうんざりした空気が漂っている。 弥王と璃王だ。

履き馴れないヒールの靴に、纏められ、頭上に上げられて重たい髪、璃王に至っては服まで重たく、足に痛みを感じてきていた。

 

「早く帰りたい」。 2人の雰囲気がそう言っている様だ。

 

「・・・・・・おい、神な・・・・・・、弥音(みおん)璃音(りおん)

もう少し楽しそうにできないのか?」

 

あまりの露骨な雰囲気に見兼ねて、グレアが弥王と璃王にレモネードを渡しながら言った。

 

潜入している事を悟られない様に、上手くやってくれ。

それは、本部を出る時に2人にしつこく言い聞かせていた事だ。 だが、今の2人を見れば、無理矢理連れてこさせられた子供の様だ。

 

それは、任務の関係上、あまり宜しくない。

ちなみに、弥王と璃王は潜入に当たって、偽名を名乗っている。 まぁ、名前に「ん」を付けた単純な偽名だが、十分だろう。

 

「楽しそうに?できるわけ無いだろ」

「逆によく、こんな白粉(おしろい)やら香水臭い所で楽しもうと思えるな?」

 

レモネードを受け取りながら、璃王と弥王は言った。

 

弥王と璃王は、会場に充満している人間の匂いにやられて、顔色が悪くなっている。 特に璃王は、普通の人間よりも嗅覚などの五感が良い為か、乗り物酔いでもしたかのように顔を真っ青にして、今にも吐き出しそうである。

 

夜会等の社交場に馴れているグレアからすれば、特に気になる程のモノではないが、不慣れな弥王や璃王には、会場に漂う匂いがキツく感じた。

 

「あら、ファブレット公爵!」

 

グレアが弥王と璃王をバルコニーへ連れて行こうとした時、不意に一つの明るい声が聞こえてきた。

その声に反応する様に、次から次にへと淑女が群がってくる。

 

「夜会に来られていたなら、お声を掛けて下されば良かったのに」

「今夜は私をエスコートして下さらない?」

「私をエスコートして下さいな!」

 

群がってくる淑女達にグレアが丁寧に対応している瞬間に、璃王はさっさとバルコニーへ姿を消した。 弥王はと言うと、逃げ遅れてしまった為、未だにグレアの隣にいた。

 

淑女達から発せられる甘ったるい香水やスパーシーな香水、フローラルな香水などの匂いが混ざって、弥王は噎せ返りそうな衝動を抑える。

ただでさえも香水の匂いにやられて鼻が曲がりそうなのに、近くにその匂いを感じると吐き気さえも催してきた。

 

耐えろ、耐えるんだ、神南弥王! こんなの、腐敗した死体の臭いより、まだマシ・・・・・・と、思ったが、これなら、腐乱死体の臭いの方がまだマシかも知れない。

 

弥王はそんな事を思った。

 

「まぁ、グレアお義兄(にい)様!」

 

群がっている淑女の中から、一際柔らかく、明るい声が聞こえた。

 

声のする方を振り返れば、まだ、20かそこそこくらいの茶色の巻き髪を後ろで団子にしている、褐色の瞳に淡い青色がベースのマーメイドドレスに身を包んだ、可愛らしい女性が立っている。

 

その陶器の様な白い肌を紅潮させ、嬉しそうな笑みを湛えている顔はグレアに向けられていた。

 

「ナタリア・・・・・・ッ!」

 

グレアの顔が、やや引き攣る。 彼女の名前を口にした声も何処か上擦っていたように思える。

こんな所で、とんでもない奴に会ってしまった。 グレアの目がそう言っているのを、弥王は見逃さなかった。

 

彼女は、ナタリア・ハーウェスト。 ファブレット家の次女であり、グレアの妹であるグレイア・ファブレットが嫁いだ、ハーウェスト侯爵家長男であり、市警察(ヤード)の本部司令官である、アーデス・ハーウェスト侯爵の妹だ。

 

彼女は、両家顔合わせの時からグレアを甚く気に入っており、事ある毎に近寄って来ている。

その為、グレアの中では苦手な女性の部類に入っていた。

勿論、それを弥王は知っている。

 

「あぁ、嬉しい! こんな所で会えるなんて、感激ですわ・・・・・・!

夜会に来るなら、誘って下されば宜しかったのに。

今夜は私をエスコートして下さらない?」

 

感激のあまりにグレアに飛び付いてきたナタリアを受け止め、グレアは困った表情を浮かべる。

 

ヒートアップしている彼女は、こちらの話を聞こうとはしないだろう。

グレアにエスコートしてもらう気満々のナタリアは、グレアの手を繋いでいて、離さない。

 

冗談じゃない! こっちは遊びに来ているわけじゃない。 どうにか、この場を切り抜けないと、任務に支障が出てきそうだ。

 

グレアはふと、視界に入った弥王に目が止まった。

気持ち悪さか、それともナタリアに顔が見えない様にしているのか、俯いている。

 

幾ら他人といえど、一度は顔を合わせたことがある為、顔を見れば正体がバレるだろう。 それは、良くない。

まぁ、ナタリアが弥王の事を覚えていれば、だが。

 

少し危険だが、ナタリアが弥王を覚えていないと読んで、グレアは咄嗟に弥王の手を引き寄せて、その薄い肩を抱いた。

 

「ナタリア、すまないが・・・・・・今夜はこの子をエスコートする事になっているんだ」

「な・・・・・・っ!?」

 

そんな事、聞いてないぞ!? 弥王は絶句する。

 

何が悲しくて、今は女装していると言っても、男同士で体寄せ合って踊らにゃならんのか。

なんだ、コイツにはゲイの気でもあるのか? 女誑しに飽きたらず!?

 

弥王は会場に漂う匂いからの気持ち悪さに相俟って、グレアの行動に吐き気さえも感じた。

今、コイツを殺ったとして、オレが裏警察(シークレット・ヤード)のボスになる事は難しいだろうか。 そんな事さえも思えてくる。

今なら殺れそうだ、と。

弥王の殺意はひっそりと溜められた。

 

それとも、気付いているのか? いや、違う筈。

そんな事を考えている弥王の耳に、ナタリアとグレアの会話が流れる。

 

「あら、この方は? お義兄さまのお知り合いですの?」

「あぁ、彼女は私の恋人だよ」

「えっ、ちょ!?」

 

今、何て言った、公爵!?

ナタリアとグレアの会話を殆ど聞き流していた弥王は、ナタリアに答えたグレアの言葉に耳を疑う。

グレアを豆鉄砲を喰らった鳩の様に目を丸くして見上げていると、グレアの嘘を聞いた、ナタリアを含む淑女達がざわめく。

 

「あぁ、まだ、誰にも言っていないから、ここだけの話で頼む」

 

涼しげな顔で言うと、グレアは弥王の肩を抱いて、会場の端に移動した。




神谷(こうや)璃王(りお)

年齢:13歳(現時点)
誕生日:1938年12月24日
星座:山羊座

血液型:A型
身長:170cm
体重:56kg
出身国:イタリア

趣味:黒魔術、情報収集、菓子作り
特技:近距離戦、呪幻術

好き:甘味、精霊、妖精、猫、使い魔、一握りの人間
嫌い:敵と見なした人間、辛い物、ウンディーネ(顔を合わせると喧嘩を売ってくる為)

異名:悪魔の猫(ディアーヴォロ・ガット)または悪魔の猫(デビル・キャット)
武器:(クロー)、くない


英国女王直属武装警察「裏警察(シークレット・ヤード)」に身を置く少年。
ユリアの呪幻術師で、闇と大地の属性の呪術の才能を持つが、大地の精霊であるノームとだけ契約を交わしている。
水属性の精霊、ウンディーネとは相性が物凄く悪いらしく、水と油。

猫のように気紛れな性格をしていて、気分の浮き沈みが激しい。
故に戦闘面では弥王を凌駕するも、精神面が脆い。

何事も弥王を優先に考える傾向があり、言わば弥王のお目付役のような役割をしている。
それを人は「召使いスキル」と呼ぶ。

食べた事のある物はレシピを見なくても勘で作れてしまう。
色々とハイスペックな少年ではあるが、こだわりが強すぎるあまり、少しでもイメージと違うと作り直したりする事も。

弥王と2人で風神(ウィンディ・ゴッド)とも呼ばれる。


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第3話

はいはいはい、連続投稿です!
後1話、時間差で投稿しまーす!


「公爵! 何なんだ、今の言い訳はッ!?

ゲイなのッ!? ゲイの気でもあるのかッ!?」

「落ち着けよ、私にそんな趣味はないし・・・・・・それに、仕方ないだろ?

ああでも言わないと、彼女は引き下がってくれそうになかったしな」

 

会場の隅の方、バルコニー付近へと移動した弥王は、捲し立てるようにグレアに先程の行動について問い詰める。

さも気にしている様子のないグレアの返答に、弥王は納得できなかった。

 

「だからって、あんな・・・・・・ッ!

女の口なんて、壊れた財布のファスナーより緩いんだぞ!?

変な噂が流れる方が困る!」

 

赤面して反論する、弥王。

 

弥王が懸念しているのは、「ファブレット公爵に恋人が出来たんですってー」と言う噂から、背びれだの尾ヒレだのが付いて「ファブレット公爵に奥さんが~」という噂が流れる事だ。

そんな大層な噂が流れては、色々と問題になりかねない。

一般庶民や下級貴族の話であるなら、特に気にするような事はないが、グレアは上流階級の貴族だ。

そういう噂は背びれ尾ヒレが付いて流れるだろう。

 

そうなった時に巻き添えを食らうのは、弥王の方である。

「そう言えば、ファブレット公爵にいつも付いてる紫の男性、あの時の子に似てないかしら?」となるのは、弥王の方が非常に困るのだ。

 

「まぁ、落ち着けよ」

 

しかし、弥王の小言はグレアには効かないらしい。

弥王は溜息を吐いて、呆れた様に言った。

 

「大体、他の言い訳もあったんじゃないのか?

こ・・・・・・っ、恋人だなんて、そんなすぐ怪しまれるような嘘を吐かなくてもさ」

「その事は何とかなるさ。 何だっけ・・・・・・人の噂も45日・・・・・・とかって言葉があってだな」

「知ってるよ。 陛下の好きな日本の言葉だろ?

でも、実際にスキャンダル系の噂は至らない話が付いてくる訳でだな・・・・・・」

「そうなれば、別れたとでも言えばいい訳だ。

私が何て言われているか、お前達がよく解っているだろう?」

 

グレアの言葉に、弥王は「あぁ、もう、好きにしろ!」と吐き捨てて、その場を後にした。

 

あぁ、知ってますとも。 公爵が「女誑し」で有名な事は!

そう、グレアは「女誑し」で有名だったりするのだ。

 

今まで流れた噂は数知れず、定番の「女を取っ替え引っ替え」から「何処かの国の王女をも誑かして国際指名手配中」まで、本当か嘘か解らない様な噂が幾つも流れている。

なので、グレアはスキャンダル系の噂が流れても痛くもかゆくもない。 むしろ、通常運転だ。

 

「はぁ」

「おやおや。 美しいレディに溜息は似合わないよ? お嬢さん」

 

ホールから出ようとした扉の前で立ち止まって溜息を吐くと、背中からグレア以外の男性の柔和な声が舞い降りてきた。

歯の浮くようなキザったらしい言葉に振り返ってみれば、弥王の背後に金髪碧眼の優男が柔和な笑みを浮かべて立っている。

 

男の顔を見た瞬間、弥王は気を張り詰めた。

肩までの流れるような波を打つ金髪に、少しだけ細められた紺碧の瞳。

間違いない。 彼が今回の標的(ターゲット)、ウルド・グランツだ。

 

直ぐ様、弥王はその顔に微笑みを張り付けた。

 

「美しいだなんて、そんな事はないですわ、グランツ男爵。

話しに聞いていたよりも、貴方の方がずっと素敵でしてよ?」

 

裏声を駆使して、精一杯に淑女を演じる、弥王。

王宮には、上流階級の淑女がよく来ていた為、弥王は記憶の中の彼女達の言動を思い出しながら演じる。

我ながら上出来だ、うん。

 

「随分口がお上手だね、レディ。

謙遜する所もまた、魅力的だ」

 

弥王の手を取ると、グランツは弥王の手の甲に軽く口付ける。

 

うがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・

ジョワ・・・・・・ッと、弥王の全身に身の毛が弥立ち、虫酸が皮膚という皮膚を駆け巡った。

こんな格好させられて、恋人の振りまでさせられ、更にその挙げ句にこんな仕打ち・・・・・・! もう、お婿に行けない・・・・・・!

 

弥王は内心で泣きたくなった。

そして、それは殺意へと転移する。

 

必ず殺してやる、このキザ男・・・・・・!

いやむしろ、今殺したい!

 

「ところで、さっき一緒に居たのは、ファブレット公爵ではなかったかな?」

「えぇ、私、グレア様とは幼い頃からの知り合いで。

久し振りにお会いして、連れてきて貰いましたの。

でも・・・・・・」

 

殺意に流されそうになって一瞬、グランツから意識を外していた弥王は、グランツの質問を少しだけ聞き流したモノの、直ぐに頭を切り替えて答える。

 

殺意を押し殺しつつ、弥王が俯けば、グランツは弥王の顔を覗き込んできた。

 

「どうしたんだい?」

「グレア様ったら、私が居るというのに他の女性ばかり見ているから・・・・・・私、つい、彼に文句を言ってしまって。

そしたら口論になったので、気分も乗らないしこれから1人で帰ろうかと思っていた所なんですの」

 

グランツの同情を引くように、弥王はさめざめと泣いて見せる。

男は女の涙に弱い。

弥王はそれを熟知している。

 

ホモかゲイかオカマかサイコパスでない限りは、女に目の前で泣かれれば、男は放っておけなくなる。

その心理を利用する為の演技だ。

 

顔を手で覆い、その指の隙間からグランツの表情を盗み見る。

彼の目には、同情の色が見えてきた。

 

よしよし。 掛かってくれてるな。

て言うかオレ、演技上手すぎだろ。 俳優になれるんじゃないか、これ?

 

弥王は、心の中でガッツポーズをした。

 

「可哀相に・・・・・・なんて無責任な男だ。

嗚呼、泣かないで、レディ。

君に涙は似合わないよ?」

 

弥王の話を聞いたグランツが、弥王の肩を抱いて耳元に囁く。

息の掛かる距離で耳元に囁かれれば、弥王は寒気とそれに比例して、腹の底から沸き上がる殺意を感じた。

 

うがあああああぁぁぁぁあああああ!

もう無理、この場で殺したい! I kill youしたいぃぃぃ!

 

弥王は殺意でご乱心だ。

 

しかし、と思いとどまる。

ここは落ち着くべきだ。 冷静になれ、オレ。

少年よ、冷静になれ。

 

今ここで殺るのはリスクが大きい。

暗殺は、人目のない所でひっそりと、確実に。

それが、裏警察(シークレット・ヤード)の暗殺でもっとも厳守すべきルールだ。

 

弥王は、冷静さを取り戻し、初めて裏警察に来た時に受けた説明を思い出す。

 

ルールを守ろうとするなら、必然的にグランツ(こいつ)を人目の付かない所へ誘導する必要がある。

 

自然的に相手を人目の付かない所へ。

あぁ、これならできそうだ。

いつだったか、姉貴が誰かに習っていた事だ。 いや、自分が王宮でいつもやっている事の逆の事を――。

 

「なら、貴方が慰めて涙を止めて下さらないかしら?」

 

グランツを涙ぐんだ瞳で上目遣いで見上げて、弥王は頭をグランツの肩に傾ける。

その時、グランツの頬に仄かに紅が差したのを弥王は見逃さなかった。

 

「優しい貴方に一目惚れ・・・・・・シルクの様な金紗の髪と言い、蒼穹のように澄んだ碧眼と言い、私のドストライクですわ。

多くの英国の人を見てきたけれど、貴方の様な素敵な人は初めてお会いしました。

ねぇ、2人きりでお話ししたいわ。 何処か、人の居ない所で・・・・・・」

 

グランツの頬に手を添えて、頬から顎に輪郭をなぞるように指を滑らせ、弥王は微笑んだ。

妖艶なその微笑みにグランツはノックアウトされたらしく、弥王の薄い肩に手を回す。

 

おいおいおい、マジかよ。

こう言う言葉がスラスラ出てくるオレも大概だが、こんなあからさまなハニートラップに引っ掛かるこいつはどうなんだい?

 

案外簡単にハニートラップに引っ掛かったグランツに、弥王は内心で苦笑した。

 

「あぁ、良いとも。

2人きりでゆっくり話をしよう・・・・・・夜が明けるまで」

 

肩から腰へと手を滑らせて、グランツは弥王を会場の外へ連れ出す。

 

耐えろ、耐えるんだ、オレ・・・・・・ッ!

大丈夫、貞操の危機は感じるが、イザとなれば急所を撃ち抜けばいい。

その為のJNY75小型(リトル・モデル)も太腿に装備している。

確実に殺れる時を待つんだ、オレ・・・・・・ッ!

今のオレはそう、エルリック・シーズの任務に協力している時に女装させられた、ジョニー・セコッティンス・・・・・・ジョニスだ!

女装の神、ジョニス、オレにその演技力を・・・・・・!

 

段々と現実逃避を始めていく、弥王。

その傍らで、弥王は別の事も考えていた。

 

これだけ単純な奴が、変死事件に関与しているとは思えないのだ。

変死事件に関与するなら、それだけの頭が要りそうなモノだが・・・・・・。

 

弥王は、そんな事を考えながら、グランツが誘導するままに白い通路を歩いて行った。





グレア・ファブレット

年齢:22歳(後に23歳)
誕生日:1929年12月1日
星座:射手座

血液型:O型
身長:185cm
体重:79kg
出身国:英国

趣味:読書、剣の手入れ
特技:暗記、説得

好き:甘味、紅茶、弟妹、“ミオン”
嫌い/苦手:警視総監/身内以外の女性

異名:不明
武器:片手剣、短剣


名門貴族・ファブレット公爵家当主にして、英国女王直属武装警察「裏警察(シークレット・ヤード)」のボス。

天才的な頭脳と端正な顔立ちを持ち、老若問わず女性から人気を集める。
しかし、本人は女性が苦手な為、極力避ける方向で。
ただ、身分上、寄ってくる女性(何処ぞの貴族の娘だの、何処ぞのマフィアのボスだの)を全力で避ける事が出来ない為、それが少々女誑しに見えてしまう事もあり、噂にせびれや尾びれが付きまくった結果、「女を取っ替え引っ替えしている挙げ句、何処かの国の王女にまで手を出して国際指名手配中の女誑し」と呼ばれるに至る。

更には女王から「ロリコン シスコン 女誑し」ととどめを刺される事も。
4人の妹と2人の弟がおり、兄弟の中で一番扱いが可哀相な兄さん。

弥王と璃王が活躍しだしてからと言うモノ、めっきり出番が無くなり、裏警察の本部に引き籠もるようになった。
それと同時に「絶対零度の太陽(ソル)」という死宣告者が姿を消しているが、彼とその死宣告者の関係性は不明。

そして、書き忘れてはいけないのが、彼は童顔で中性的な顔をしている為、よく性別を間違えられる。
その為、彼に性別の話は禁句だ。
間違っても、「そこの麗しのレディ」と言ってはいけない。
それを言えば、100%の命中率でカッターナイフが飛んでくる。


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第4話


これで本日分の投稿は終わりです!
ここで区切る方がちょうどいいのでねw

今回は璃王の視点です、どうぞ!


一方、バルコニーには璃王が居た。

彼は、バルコニーの手摺りに腰を掛けて、下弦の月の浮かぶ夜空を眺めている。

 

思った以上にホール内の匂いがきつい為、これ以上は任務続行は不可能だと考えたのだ。

 

これなら、弥王と公爵に丸投げして、弥王が終わらせてくれるのをここで大人しく待って居た方が良いな。

きっと、弥王の事だ。 グランツに見初められ出もしてぶち切れるだろう。

そうすれば、弥王は屋敷ごと焼いてくれる筈だ。 その混乱に便乗して自分はここから逃げればいい。

なんて名案。

 

そんな事を考えていたら、ゆっくりと風が流れてきて、璃王の長い髪を掠っていく。

ストレートロングの蒼い髪を巻き上げて右側で結い上げられている為、右側が重く感じる。

 

風に弄ばれる髪を耳に掛けていると、ふと、フリルが幾重にも重なっている袖の間から、腕に巻いてある包帯が歪んでいるのが見えた。

その包帯の下には、黒い痣がチラリと垣間見える。

 

璃王は包帯を無造作に引っ張って解くと、現れた痣を見て溜息を吐いた。

 

「あと、どのくらいだ・・・・・・」

 

ふと、呟きが漏れた。

それは、弥王がグランツを殺り終える時間ではない。

 

年々、痣は広がって行っている。 まるで、璃王の寿命をカウントしているかのように。

璃王の寿命は、そこまで長くはないのだ。

 

彼自身が生まれた時からその身に宿している呪い、【猫呪(びょうじゅ)】によって、年々寿命が縮んで行っている。

痣の広がりは、璃王の残りの寿命をカウントしているのだ。

 

随分と広がったもんだ、と、璃王は包帯を巻き直しながら思う。

 

もしかしたら、長くはないかも知れない。

年々縮んでいく寿命。それに比例するように人間離れしていく身体能力。

璃王の一族は皆、呪いを宿して生まれて来る。

その中で璃王は異質な存在として忌み嫌われていた。

 

その事は本人と弥王、そして、グレアを除く一部の人間しか知らない。

縮んでいく寿命も身体変化も、全ては呪いによるモノだ。

 

包帯を巻き終わると、璃王は懐から銀時計を取り出し、蓋を開いた。

蓋の裏側には、“I alive together until I die.”と言う文字が彫られている。

 

その時計は、弥王と璃王が裏警察(シークレット・ヤード)に来たばかりの頃、裏警察である事の証としてグレアから渡されたモノだ。

文字は、弥王と璃王がその日に“目的を達成するまでは、死んでも死にきれない”と言い聞かせる為に互いの銀時計の蓋の裏に彫ったのだ。

 

(守れそうにないな・・・・・・)

 

璃王は、時計を仕舞った。

 

幼い頃から一緒に居た。

ふと、初めて出会った日の事を思い出す。

 

あの時には既に、集落の大人からは邪険にされ、子供達から迫害を受けていた。

人と関わるのが怖くて、弥王と初めて会った時は冷たく接する事で弥王が関わってこないようにしようとしていたけれど、それを壊してくれたのが弥王だったのだ。

 

その日から、弥王とは常に一緒に行動していた。

何をするのもずっと一緒で、何があっても離れる事はなかった。

その為、互いに共依存のような感じで今までやってきた。 常に2人で一つの存在として生きているという感覚さえある。

だが――。

 

そこまで考えていた時だった。

璃王は、一つの声に思考の海から引き上げられた。

 

「そんな所でどうしたんだ?」

 

ふと、そんな声が聞こえ、璃王は顔を上げた。

目の前には、自分よりも年上であろう男性が璃王を真っ直ぐに紅い目で射貫くように見ていた。





レイナス

年齢:18歳(後に19歳)
誕生日:9月15日
星座:乙女座

血液型:A型
身長:180cm
体重:75kg
出身国:??

趣味:昼寝
特技:ダーツ

好き:オムライス、シュークリーム
嫌い:ヒリュウの態度、法律

異名:??
武器:??


ヒリュウと同居している青年。
ヒリュウの義兄弟でよくパシリにされている。
本人は嫌がっているようだが、渋々動く。
いい加減、兄貴がウゼェ年頃。

市警察(ヤード)を毛嫌いしているが、かと言って裏警察(シークレット・ヤード)の肩を持っている訳ではない様子。

性格は璃王程ではないが少々粗野。
気配とかには敏感な割りには、他の面では鈍感な所があり、初見で璃王を(高身長な事も手伝って)少し童顔の同い年くらいに見ていた。

本人は趣味にはしていないが、お菓子作りが得意だという一面もある。

夜会以来、璃王を気に掛ける素振りを見せる。
それがどういう感情なのかは今の所、謎だ。


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第3楽章 標的─ターゲット─
第1話



一日一ページの予定が、昨日早速うpし忘れ・・・・・・orz
すみませんでしたぁーっ!m(_ _)m


「そんな所で座り込んで、どうしたんだ?」

 

長い茶髪を後ろで纏めている、炎のような紅い目が印象的な男性。

彼は、璃王が座っている手摺りに歩み寄ると、璃王に声を掛けてきた。

 

え、何で男に声を掛けられてんだ?

璃王はそんな事を考えて、思い出す。

そう言えば今、女の姿だっけ?

 

自分の身体に呪幻術を掛けて身体を改造しただけであるが、鏡を見た自分は本当にそれだけで女になっていて、ナルシストではないがそこそこ男ウケの良さそうな顔をしていた。

それもこれも、先祖からの隔世遺伝だろう。

 

「人に酔ってしまったから、風に当たっていたんだ。

君こそ、こんな所でどうしたんだい?」

 

璃王は、男性に同じ質問を投げ返す。

すると、同じ質問を返されるとは思っていなかった男性は、言葉に詰まる。

 

まさか、「見惚(みと)れていたらふらっと来てしまった」なんて、言える筈がない。

 

「もしかして、見惚れていたらふらっと来てしまった、とか?」

 

ポロリと落とされた言葉に、男性は豆鉄砲を喰らった鳩の様な驚いた顔をした。

璃王の言った言葉は今、正に自分が考えていた事だからだ。

 

璃王は男性の反応に「やってしまった」と口に手を当てる。

 

璃王は、無意識に相手の考えを読み取る厄介な能力を持っていた。

それが呪いによる作用なのかは解らないが、常に他人の深層心理や思考を読み取れてしまう為、璃王は普段は意識的にそれを制御している。

しかし、その制御は完全ではないので、何も考えていなかったり別の事に気を取られていたりすると、その制御が出来なくなってこうして、相手の思考を読み取ってしまうのだ。

 

璃王は内心で焦っていた。

どうしよう、どうにか何でも良いから誤魔化さないと――!

 

「冗談だよ、面白い顔」

「自覚はないが、よく言われる」

 

クスッと口元に手を当てて微笑む、璃王。

 

その笑みが何故か懐かしく感じる。

男性は、既視感を感じた。

 

男性はつられて微笑むと、璃王に手を差し出した。

 

「折角の夜会だ。 ここで良いから一曲、踊らないか?」

「え? あ・・・・・・」

 

どうやら、誤魔化せたようだ、と考えていた璃王は、男性の突然の申し出に素っ頓狂な声を落とす。

 

差し出された手から男性の顔へと視線を移すと、微笑んでいる男性と目が合った。

璃王は、既視感を感じた。

 

自分を射貫くような、綺麗な真っ赤な目。

恐らく、会った事があるのなら、忘れないだろう。 しかし、思い出せない。

 

璃王は、何故か感じる懐かしさに思わず頷いた。

 

「喜んで」

 

男性の手を取ると、璃王は手摺りから身軽に降りる。

別に、断る理由がなかった訳じゃない。 ただ、暇なだけ。

 

(そう、ただの暇潰しだ)

 

一礼をして、璃王は男性のステップに合わせ、踊り出す。

緩やかな夜風が2人を包むように吹き流れた。

 

 

* * * *

 

-レイナス視点-

 

 

グランツ邸に青年――レイナスは、来ていた。

昨日のヒリュウの情報通りなら、風神(ウィンディ・ゴッド)は来ている筈。

 

裏警察(シークレット・ヤード)の死宣告者、風神(ウィンディ・ゴッド)の監視が、ギルドから命ぜられた彼の任務だ。

しかし、それらしき人影は今の今まで見当たらない。

 

レイナスは、人がごった返して少し熱気を孕んだホールからバルコニーへ出た。

少し風にでも当たって、風神(ウィンディ・ゴッド)の姿を思い出そう。

 

バルコニーには、先客が居た。

手摺りに腰を掛けて、感傷的な目で空を見ている蒼い髪の少女。 深海よりも深い藍色の目が印象的だ。

そんな感傷的な表情とは裏腹に、何処か雰囲気が風神(ウィンディ・ゴッド)の1人、悪魔の猫(デビル・キャット)に似ている様な気がする。

背丈も恐らくは同じくらいだろう。 蒼い髪も一致している。

しかし、性別が一致しない。

 

確か、彼奴は闇と大地の呪幻術師(ユリア)だ。

闇の呪幻術師は外見の操作ができると聞いた事がある。

もし、それが本当なら、彼女には警戒しないといけない。

 

そう思った時だった。

ふと、少女の顔がこちらを向いた。

あ、マズイ。

レイナスは、少女がこちらに気付いたのだと思った。

 

怪しまれないように声を掛けるべきだろうか。

どう声を掛ける?

 

それを考えていたが、口は勝手に少女に声を掛けていた。

声を掛けると、少女はキョトンとした顔でこちらを凝視した。

 

あれ、もしかして、こっちには気付いていなかったのか?

どうやら、勘違いだったようだ。

しかし、彼女は迷惑そうな表情は一切せず、答えた。

 

「人に酔ってしまったから、風に当たっていたんだ」

 

聞こえた声は、柔らかくて優しげな心地の良いソプラノ。

任務の時に時折聞こえて来る、冷たくて低い声ではない。

幾ら闇の呪幻術師といえど、声までは操作できない為、彼女と悪魔の猫(デビル・キャット)が同一人物であるという可能性が薄れた。

 

「君こそ、こんなところでどうしたんだい?」

 

彼女に訊いた事を訊き返されて、レイナスは動揺した。

まさか、警戒していたらこちらに気付かれたと思って声を掛けた、なんて言えない。

この場合は何て言えば良いんだ?

見惚(みと)れていたらふらっときてしまった」とでも言えばいいだろうか。

 

それを考えて、レイナスは首を振る。

まさか、「見惚れていたらふらっと来てしまった」なんて言える筈がない。

何処のキザ男だよ。 ()ぇよ。

もっとマシな言い訳は――。

 

考えていたら、少女は言った。

 

「もしかして、見惚れていたらふらっと来てしまった、とか?」

 

レイナスは面食らう。

その後で少女は、「やってしまった」と言いたげに口に手を当てて、こちらの様子を窺っているようだった。

 

「冗談だよ、面白い顔」

 

少女はクスッ、と笑って言った。

その微笑みにレイナスは、既視感を感じた。

 

いつか、何処かで同じ様な笑い方をする子に会った記憶がある。

凄く小さい時の話だ。

しかし、思い出せない。

 

レイナスはつられて微笑んだ。

 

まぁ、任務の事はもういいだろう。

見つからない相手に神経を尖らせて殺気立った目で探している方が不自然だし。

監視の任務は今日限りじゃない訳だし。

 

そんな事を思っていたら、自然とレイナスは少女をダンスに誘っていた。

少女は最初は戸惑っていたが、軈て、それを受け入れて、レイナスの手を取って手摺りから降りる。

触れている少女の手は、夜風に冷えたなのか、少しだけ冷たかった。

 





キャラの関係性が何となく解った気になる相関表(現時点)

*神南弥王
グレア・ファブレット→女誑しだが、一応は尊敬しているボス。
神谷璃王→幼馴染且つ相棒。 共依存?

*神谷璃王
神南弥王→幼馴染且つ相棒。 共依存?
グレア・ファブレット→エベレストから突き落としたいボス。
レイナス→何だか懐かしい

*グレア・ファブレット
神南弥王→信頼している部下。と言うよりかは、弟を見ている感覚に近い。
〝ミオン〟に似てないか・・・・・・?と疑い始めている
神谷璃王→殺気が痛いです。反抗期の弟を見ている感覚に近い。

*レイナス
神谷璃王→何だか懐かしい。 ちょっと気になる。
ヒリュウ→義兄。 いざという時は頼りになるが、ウゼェ。


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第2話

今日の分投下ー!
明日、続きをうpできたら良いなぁ・・・・・・(遠い目)


一方その頃、弥王の方は、グランツに人気のない燭台の明かりがぼうと灯っている部屋に通されていた。

 

こうもあっさりと部屋に通されると思っていなかった弥王は、ほくそ笑む。

初めてハニートラップという物を使ったが、それにしては上々の出来だろう。

ぶっつけ本番でこんなに上手くいくなんて思っていなかったが。

もし、今、姉貴が近くに居るなら、感謝していただろう。 自分に姉貴が居て良かった――。

 

弥王は、今は居ない姉に頭が上がらない。

さて、部屋に入った次は何をしようかな。

最低限、変死事件の事は吐き出させるとして。

自分としてはこのままさっさと殺ってしまいたいのだが。

 

そんな事を考えていた弥王の耳に、グランツの声が聞こえた。

 

「ひとつ、訊きたい事があるのだけれど、いいかな?」

「えぇ、どう――ッ!?」

 

弥王が頷こうとした時には、弥王の視界が揺らいだ。

一瞬、何が起こったのか弥王は反応が遅れる。

 

あ――、やばい。 これは非常にマズイ。

想定外だった。 まさか、初対面の女を突然押し倒すなんて思わないじゃん。

弥王は、ベッドの上に押し倒されたのだ。

 

目の前にはグランツの顔と、その背後に仄暗く天井が映っている。

幾ら自分も男の子とは言え、力になると成人男性には力になると敵わないよなぁ、これ。

 

今は貞操の危機よりも命の危機を感じる。

弥王は考えを巡らせた。

 

「正直に答えて貰おう。 君はファブレットの何だ?」

 

紺碧の瞳が自分を射貫くように見つめてくる。

その質問で、弥王は彼が変死事件の容疑者――切り裂きジャック2世(ジャック・ザ・リッパーセカンド)であると言う事の可能性を切り捨てた。

彼が狙うのは、無差別の10代から20代半ばの女性だ。

 

その代わり、別の事件の犯人である可能性が浮上した。

 

変死事件とは別に、婦女子失踪事件が起こっていたのだ。

その調査も同時に依頼されていて、筋金入りの男嫌いで定評のある女王陛下からは、「もし見付けたら、市警察(ヤード)なんぞに渡さずに死刑で良い。 女に危害を加えるようなクソは、ポリ公のマズ飯すら食う資格もない、殺れ」と、殺し屋の目で命じられていた。

 

グランツがその婦女子失踪事件の犯人であると言う可能性が出てきたのだ。

婦女子失踪事件の被害者は何れも10代後半から30代前くらいの()()()()()()()()()()()()

先程のグランツの質問は、自分が犯人であると言う事を暗に言っていた。

 

「それを訊いてどうするの?

彼に近いと知ったら・・・・・・例えば私が、彼の恋人だとでも言えば、私を殺す?」

「!?」

 

無表情に問う弥王の言葉に、グランツは狼狽した。

殺気を孕んだ冷たい目。

今にも殺されそうな緊張感が身体を戦慄(ふる)わせた。

 

何だ、この恐怖にも似た緊張感は? まるで、死宣告者――それも、スラムにいるような、ちゃちな死宣告者を自称するチンピラのような連中以上――と対峙しているかのようだ。

彼女が死宣告者なら、グレア・ファブレットと一緒に居た事を考えると裏警察(シークレット・ヤード)

裏警察(シークレット・ヤード)で紫の長髪の死宣告者と言えば――。

 

グランツの口から、言葉が零れた。

 

「もしかして君は・・・・・・悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)・・・・・・!?」

 

言い終わる頃には、その目には畏怖の念が籠もっていた。

こんな所で不吉な死宣告者に会ってしまうなんて・・・・・・!

 

「ふっは・・・・・・はは・・・・・・っ」

 

グランツの恐怖に染まった目を見た弥王の口から、乾いた笑いが零れた。

そんな馬鹿な、と、グランツは零す。

 

悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)は男だと聞いていた・・・・・・君は女だ・・・・・・もしかして、悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)は・・・・・・女、だったのか・・・・・・?」

 

狼狽えて、グランツが弥王から手を離したその時に、弥王は渾身の力でグランツを蹴り飛ばした。

よろめいたグランツが体勢を立て直さない内に弥王は素早く起き上がり、チェストの上に置いてある果物ナイフを取り上げて、それをグランツの胸に深々と突き刺した。

 

少しして、白いシャツの下から赤い染みが広がって、グランツは力なくその場に倒れた。

弥王がパチン、と指を鳴らせば、弥王の姿が男性的なシルエットに戻り、弥王は髪を解いてドレスの下に仕込んでいたいつもの白いシャツを取り出し、ドレスを脱ぎ捨てて着替え始める。

 

「・・・・・・冥土の土産に教えといてやるよ」

 

冷たくなっていく息絶えた骸に、弥王はゆっくりと語りかける。

その声は、底冷えするような冷たさを感じた。

 

呪幻術師(ユリア)幻奏者(アウラ)は呪術と幻奏術によって、自分に呪いを掛ける事で性別を変えたり、他人から見た自分の性別を騙す事が出来るんだよ」

 

ユリアの呪幻術師――通称、呪幻術師(ユリア)と呼ばれる者、それと、アウラの幻奏者――通称、幻奏者(アウラ)と呼ばれる者。

 

その者達は文字通り、呪術・幻術を黒魔術として扱う者と、音を奏でる事により幻術を扱う者の事で、彼らは俗に言う【裏の力】と言う物を持つ人間に分類される者。

 

そんな者達の中でも一際、その力が強いのが弥王と璃王である。

とは言っても、時代と共に呪幻術師(ユリア)は増加しているが、幻奏者(アウラ)は減少している。

それは、最近では呪幻術師(ユリア)幻奏者(アウラ)が同一視されて来ている事と、幻奏術を使う時に必要な特殊な声質、【O.C.波(オ-シーは)】と呼ばれる声質を持つ人間が少なくなってきている事が原因の一つとなっている。

 

「――まぁ、オレが悪夢の伯爵(ナイトメア・カウント)だと気付いた事だけは認めてやらんでもない。

それと――」

 

ポケットからオイルを取り出して、ドレスにそれを染みこませ、残りをグランツの亡骸を中心に部屋にオイルを撒いていく。

オイルの独特の臭いが鼻を付いたが、ホールの中を漂っていた香水の匂いよりはマシだと思う。

 

弥王は途中で言葉を止め、グランツが生前に訊いてきた質問を思い出した。

 

『君はファブレットの何だ?』

 

「オレは――」

 

弥王は、先のグレアの言葉を思い出す。

 

『彼女は私の恋人だよ』

 

別に、気にしている訳ではない。

解っている。 自分と彼との間にそんな関係は有り得ない。

今までも、そして、これからも。

これはただの憧憬だ。

 

弥王としてはグレアの事は、ちゃんと上司として尊敬して、憧れているつもりだ。

確かに殺意を抱く事もあるが、それはただの反抗期なだけで。

 

弥王は火の付いているカンテラを床に置くように落とした。

すると、オイルが染みついたカーペットや亡骸に火が燃え移り、あっという間に小さな部屋は紅蓮の炎で満たされる。

 

弥王は、グレアの言葉を掻き消すように言った。

 

「――グレア・ウォン・ファブレットの部下だ」




†補足†
グレアのフルネームは、グレア・ウォン・ファブレット。
基本的にミドルネームは省略している。


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【†】第3話

お久しぶりです。
いやぁ、更新しようと思ってたんですけどね、無理でした←
最近、TOVに嵌り過ぎちゃって、小説が二の次になっちゃってるんですよねぇ。
仕事もしてるし、育児や家事だってしなきゃだし?
これでヴェス●リアしてたら、小説書く時間が無くなっちゃうわw←

それにしても、ユ●リ・・・・・・格好良すぎかよ、チクショウ。
これは、あれだな。
ヴェスペ●アクリアしたら、小説書こうかな←

そんな第3話です。

今回は挿絵有りです。

次の更新は4時間後です。


「・・・・・・逃げた方が良いな・・・・・・」

「え・・・・・・?」

 

バルコニーに居た璃王は、ポツリと呟いた。

隣にいた男性は、璃王の呟きが聞こえていたようで、璃王が何を言ったのか聞き返す。

 

風に流れてくる鼻を付くようなオイルの臭いを感じ取り、璃王は確信する。

どうやら、グランツは弥王が仕留めたようだ。

 

弥王は大抵、標的の屋敷やアジトに潜入した場合、その根城を燃やす変な癖がある。

それは、標的の虫の息の根を止める為に行っているらしい。

どうやら、グランツは弥王の逆鱗に触れたようだ。

 

マズイな。 璃王は考える。

自分一人なら、今この場で姿を戻して飛び降りて脱出する事が出来るが、一般人である彼の前でそれは流石に出来ない。

と言うのも、裏警察(シークレット・ヤード)では――否、璃王達の居る裏社会では、基本的に表社会の人間に裏の力を見せつけない。と言う、暗黙のルールがあるのだ。

 

裏警察(シークレット・ヤード)はそれを特に強く取り締まっている。

なので、それを破ったら例え璃王でも重刑は免れないだろう。

それだけは勘弁したい所だ。

 

そんな事を考えていると、他の招待客が異変に気付いたらしく、会場内が不穏な空気を孕みつつ、騒然とどよめいた。

そんな中、一人のホールスタッフが招待客に注意と避難を促す。

 

「二階から火の手が上がっています!

皆さん、慌てずスタッフの指示に従って避難して下さい!」

 

冷静に避難するように呼びかけるスタッフの声は虚しく、騒然とパニック状態に陥った会場内では、我先にとホールから出て行こうとする人混みでごった返した。

 

「逃げるぞ」

「あ・・・・・・あぁ」

 

男性はスタッフの声を聞くが早いか、璃王の手を引いて足早にバルコニーから会場へ入ると、玄関ホールを目指した。

 

弥王の姿をホールの中に探していた璃王は少し反応が遅れて、半ば男性に引き摺られる様に小走りで走る。

ドレスの重たさに、ヒールの走りにくさ。 璃王は苛つきながら床を踏む。

 

あぁ、クソッ! 今すぐにスカートを短く裂いてヒールを脱ぎ捨てて走りたいッ!

しかし、今は淑女だ。 そんな事は出来ない。

 

「うわっ!」

 

璃王は踵で床を踏んだ時、上手く体重を乗せられずに足を滑らせ、体勢を崩した刹那に白い床に倒れる。

その拍子に男性に引かれていた手が離れた。

 

この瞬間を利用すれば、バルコニーから脱出できる――!

しかし、男性は手が離れた事に直ぐに気付いて、立ち止まると振り返った。

 

「大丈夫か!?」

 

男性の言葉に、璃王は起き上がりながら冷静に頷いた。

足首に鈍い痛みが走る。

 

こんなにパニックになっている状態なら、呪幻術でどうにか出来そうだ。

しかし、それを使うにはこの男が邪魔だ。

 

璃王は男性を見上げて、言った。

 

「足を挫いただけ。 足手纏いはごめんだ。 だから――」

 

しかし、男性は璃王が言い終わらない内に璃王をひょい、と軽々と抱き上げた。

一瞬、何が起こったのか解らず、璃王は驚いた表情で固まった。

 

「え――」

 

 

【挿絵表示】

 

状況が飲み込めない。 誰か、説明プリーズ。

気が付いたら、男性の顔がグッと近くに来ていた。

その状況に次第に璃王は内心でテンパる。

 

これは、この状況はなんだ!?

顔近い! 床からの距離が遠い! 何なんだ、この状況!?

何、この少女漫画的で、今日日の年頃の女が喜び勇んではにかみながら浮き足立ちそうな状況!?

 

璃王がフリーズしていると、男性は言った。

 

「なんだ、ドレスが重いのかと思ったら・・・・・・普通に余裕だな」

 

自分を見上げながら言ってくる男性は、少しだけ微笑んでいる。

 

「え? あ・・・・・・は、離せッ!」

 

男性の言葉で我に返った璃王は、男性を咎めるような強い口調で言った。

何でこいつはこんなに構ってくるんだ!? すごくやりにくい!

うすら殺意さえ沸いてくる、と、璃王は内心で舌打ちする。

 

こう言う自分が危機的状況に陥っているなら、他人を押し退けてでも自分が助かろうとするのが普通なのではないのか?

 

璃王の言葉を聞いた彼の目つきが鋭いモノへと変わった。

 

「死にたいのか、お前は?」

 

「死にたいなら、置いて行ってやる」、と男性は付け足す。

すると、璃王は何も言えずに言葉を詰まらせた。

 

自分一人で逃げられる方法は幾らでもあるが、それを男性に言った所で怪しまれるだけだ。

そもそも、その方法まで根掘り葉掘り聞き出されそうである。

その力を一般人に口外する事は禁忌である為、勿論、それを隠さなければならない。

 

となると、何の説明も出来ないし、怪しまれるのも面倒くさいと思ったので、言葉を詰まらせたのだ。

男性は歩き出しながら言う。

 

「そうじゃないなら、大人しくしてろ」

 

男性の言葉に璃王は何も言えなくなり、諦めて大人しくする事にした。

別に、男性から逃げる方法が無い訳ではない。 幾らでもある。

しかし、今の璃王はそれを考える余裕がなかった。

 

見れば見る程、何処かで会った事があるような雰囲気。

不思議と嫌悪感もないし、寧ろ、何処か安心感すら感じる。

 

何だ?初対面の筈――なのに、どうしてこんなに懐かしい?

 

璃王は戸惑いながら、そっと男性の顔を盗み見た。

何処か精悍さを漂わせる顔は、割と整っている方だろう。

 

あぁ、もう、いいや。

何か考えるのも馬鹿らしくて、面倒くさい。

 

璃王は、考える事をやめた。

 

 

* * * *

 

-レイナス視点-

 

 

一曲踊った後、特に話すでもなく、レイナスは少女とバルコニーに居た。

隣の少女は手摺りに腰を掛けて、じっと夜空を見上げている。

 

「さっきもそうして居たよな」

「・・・・・・高い所、昔から好きなんだ」

 

ふと気になって声を掛けると、少女はレイナスを一瞥した後、直ぐに視線を夜空へと戻して、ポツリと言った。

随分と大人しい奴だな。 他の貴族の女連中とは偉い違いだ。

 

社交期(シーズン)最後の社交場とは、独身の婦女子が挙って目をギラギラさせながら、男を漁っている事の方が多い。

故にやけにある意味殺気立った女子が積極的に声を掛けてくるもんだから、ある意味戦場だ。

 

そんな中で、彼女は壁の花を決め込んでいた辺り、社交界デビューをしたばかりなのだろうか。

何にせよ、五月蝿くないし寧ろ、居心地がいいのでレイナスは、ホールには戻らなかった。

 

「・・・・・・ホールには戻らないの?」

 

暫く黙っていた少女が、ふと思い出したように訊いてきた。

まさか、話し掛けてくるとは思わなかったので、男性は少し驚く。

そして、頷いた。

 

「あぁ。 こっちの方が静かでいいしな」

「ご尤も」

「お前は?」

「ホールに行ったらまた酔うから、終わるまでここで壁の花でも気取ってる予定さ」

「あぁ・・・・・・そうだな」

 

そうだった。 少女は、人に酔ったからここに来ていたんだった。

レイナスはそれを思い出して、相槌を打った。

 

また、話題が無くなって沈黙がこの場を支配する。

しかし、その沈黙は決して、居心地の悪いモノではなかった。

 

暫く沈黙していると、不意に少女が何かに気付いたかのような動作で別の方向に首を捻らせた。

そして、ポツリと何かを呟く。

しかし、それはレイナスには届いていなかった。

すると、少しして鼻を付くような臭いが風に運ばれてきた。 その時には少女は手摺りから降りていた。

それと同時に、ホールスタッフの声がホールから聞こえてきた。

 

「二階から火の手が上がっています!

皆さん、慌てずスタッフの指示に従って避難して下さい!」

 

それを聞いたレイナスの行動は早かった。

「逃げるぞ」と言うが早いか、レイナスは少女の手を掴み、その手を引いて足早にバルコニーから会場へ入り、玄関ホールを目指した。

 

少女は混乱しているのか、生返事に近い返事をすると、走りにくそうに小走りで後ろを引き摺られる様に付いてくる。

 

「うわっ!」

 

少女の声が後ろから聞こえて、それと同じタイミングで少女の手が離れた。

 

「大丈夫か!?」

 

急いで後ろを振り返ると、少女は身体を起こしている所だった。

どうやら転んだらしく、少女はその端正な顔に若干の苛つきを滲ませていた。

 

「足を挫いただけ。

足手纏いはごめんだ。 だから――」

 

早口でそれを言う少女が何を言おうとしたのかが何となく解り、それを言い終える前にレイナスは、少女を抱き上げた。

少女の顔は困惑で固まっていた。

 

「なんだ、ドレスで重いのかと思ったら・・・・・・普通に余裕だな」

 

レイナスは、少女が「自分は重たいから、自分の事は放って先に行け」と言いたいのだと思った為に、そんな事を言った。

軈て状況を理解した少女は、強い口調で咎めるように抗議してきた。

 

「え? は、離せッ!」

 

その顔は、紅く染まっていた。

突然抱き上げられたモノだから、恥ずかしさを感じているのだろうか。

しかし、今は非常事態だ。

彼女を置いていける筈がない。

 

「死にたいのか、お前は?

死にたいなら、置いて行ってやる」

 

レイナスは、強い口調で言った。

 

今ここで置いていったなら、彼女は死ぬだけになるだろう。

火が何処まで燃え広がっているのかは解らないが、少なくとも現状で彼女を助けられる人間は他にいない。

足を挫いたというのだから、走る事も困難である筈だ。

 

後日、新聞で「グランツ邸にて火災発生。 10代後半女性の焼死体発見される」なんて取り上げられているのを見たら、幾ら何でも後味が悪い。

 

「そうじゃないなら、大人しくしてろ」

 

レイナスがぶっきらぼうに言えば、少女は言葉を詰まらせて黙り込んでしまった。

 

 

 

レイナスは、少女を屋敷より離れた木陰に降ろした。

 

「失礼」

 

少女に断りを入れて、長いスカートの裾から少しだけ覗いている右足をそっと触ると、少女は顔を顰めた。

どうやら、怪我は右足らしい。

足首までスカートの裾を上げると、剥き出しになった足首は少し腫れていて、ヒールを脱がせてみたら、ヒールに覆われていた腱が赤く切れており、痛々しい傷口から赤黒い血が滲み出ていた。

 

これは痛い筈だ。 こんなんで尚更、歩ける訳がねぇ。

あのまま放って置いたら、焼死コースまっしぐらじゃねぇか、巫山戯(ふざけ)るなよ。

 

そんな事を思っていたら、少女は細く息を吐いた。

 

「靴、履き馴れてなかったんだな」

「まぁ・・・・・・」

 

持ってきていたハンカチを帯状に裂いて、手早く処置をする。

その様子を眺めながら、少女は曖昧に返した。

見たところ、履き潰された様子が見受けられない為、ヒールは下ろしたてだったのだろう。

初めてヒールを買って貰って、汚したくないから当日まで履かなかったから、履き馴れていなかったのだろうな、と、レイナスは解釈した。

 

「これでよし」

 

処置が終わってスカートの裾を降ろすと、男性はふと、顔を上げた。

その先には、少女の深海よりも深い藍色の瞳がじっと見下ろしていて、目と目が合う。

まるで、アンティークドールの様な無垢で吸いこまれそうな、それでいて儚げで綺麗な目。

 

「お前、名前は?」

 

レイナスの口からは、無意識に名前を訊ねる言葉が出てきていた。

色恋なるモノは元より、どんな女にも興味は持てなかったが、何故かレイナスは少女の名前だけは知りたいと思った。

それはきっと、少女に対して懐かしい感情があるからだと、レイナスは思う。

 

「リオン。

――リオン・ヴァルフォア」

 

少女――リオン・ヴァルフォアは、淡い笑みを浮かべて、名乗った。

レイナスは、その名前を頭の中で反芻する。

 

「リオン、か。 また、縁があれば何処かで会おう。

――じゃあな、リオン」

 

レイナスは、立ち上がるとリオンの頭をクシャッと撫でて、立ち去ろうとした。

しかし、それはリオンによって阻止される。

 

「どうした?」

 

振り返ってみれば、少女は自分を見上げて言った。

 

「まだ、名前訊いてない」

「あぁ・・・・・・俺は――」

 

レイナスは名乗ると、今度こそその場から立ち去っていった。

 



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第4話

はい、これで今日の分の投稿終了~!

続きは・・・・・・未定w←おい


時間は少し戻って、グランツ邸のホール内。

弥王は、避難する人垣の中にグレアの姿を見付けた。

 

「公爵!」

「神南!」

 

背後から声を掛けると、グレアは走りながら振り向いて、弥王の姿を認めると安堵の表情を零す。

 

「よくやった。 神谷は?」

「先祖とお茶会したくなかったら、話は後だ! 思ったより火が回るのが早いから、ここもいつ燃えるか解らんぞ!

彼奴なら、猫より早く危険を察してさっさと逃げてるだろ。 五感と第六感だけは良いからな」

 

走りながら、弥王はグレアに逃げる事を最優先にしろと促す。

広いホールを出口へ向かい走っているが、人の多さやホールの広さの所為か、まだ、ホールを抜けきれていない。

鼻を付くオイルの臭いがホール内にも流れてきている。

 

結局、オレ一人が嫌な役回りをしたんじゃないか。 これなら、深夜に忍び込んで殺ればよかった。

弥王は、逃げながらそんな事を考えていた。 まぁ、殺せたので結果オーライとしようか。

 

弥王は、上機嫌に真っ黒い笑みを零した。

さーて、来月の給与査定が楽しみだな。 給料が入ったら、JNYの新作を買うんだ。

 

 

* * * *

 

-グレア視点-

 

 

弥王の上機嫌な真っ黒い笑みを見て、グレアは、彼が余程嫌な目に遭ったのだと容易に想像が付いた。

弥王が上機嫌に真っ黒な笑顔を見せるのは、標的(ターゲット)に嫌な思いをさせられて、それを自分で殺せた時だ。

 

弥王がグランツにハニートラップを仕掛けていた所を目撃したグレアは、その後でグランツが弥王に何をしようとしたのかは想像に難くない。

大方、手込めにされ掛けたのだろう。 何たって、奴は守備範囲ばり広の女好きだしな。

女装して着飾った弥王は、男の自分から見ても綺麗で、一瞬性別を忘れる位だった。

自分がグランツなら、初見でコロッと騙されてただろう。

身内でそれだから、初見のグランツが堕ちても仕方がない。

 

そりゃ、上機嫌な真っ黒い笑みを浮かべるわ。

男の弥王からすると、同性に迫られる程気持ち悪い事はなかっただろう。

 

「女子にゲロ甘い女尊野郎」。 それが彼の学生時代のあだ名である。

そのあだ名は今でも、王室でも時折、彼女を取られたという男が弥王に向かって吐き捨てる蔑称として呼ばれる事もある。

本人は至って気にも留めていない様子ではあるが。

 

まぁ、そんな彼が男相手にハニートラップを使うというのは、麻酔無しで腹をかっ捌き、内臓を手術するくらいの苦痛を精神面に伴っただろう。

もし、自分がそんな状況に陥ったなら。 きっと自分は、暗黙のルールなぞ知るか!と言う勢いで標的(ターゲット)を堂々と殺すだろう。

まぁ、そんな事があったらたまったモンじゃないが。

 

そんな事を考えながら、ふと、隣を併走している弥王を見てみる。

はっきりした目鼻立ちに、吸いこまれるように綺麗な翡翠の左目。

一見すると、全体的な線の細い、中性的な顔立ちの美少年だが、よく見ると色白でまるで女みたいな顔立ちをしている。

弥王の走るリズムに合わせてふわふわと舞う紫の髪は、綺麗に手入れされているようで、撫でるとサラサラとした手触りが楽しめそうだ。

 

有り触れた一言で表すなら、“綺麗”の一言に尽きる容姿だ。

これで彼が女ならば、即口説き落としていたであろう。 しかし、残念な事に彼は男である。

 

それにしても、何故、あの時・・・・・・。

グレアは、ふと、先程の・・・・・・ナタリアとの会話を思い出す。

 

『彼女は私の恋人だよ』

 

何故、私はあんな事を言ったのだろうか。

 

あの時のグレアは、無意識に弥王を『恋人』と紹介してしまっていたのだ。

 

確かに神南は、昔会ったミオン(あの子)に似てはいるが――。

 

そこまで考えたグレアは、まさかな、と首を振る。

そんなワケがない。

 

神南は男で、あの子は女だ。

確かに年齢は同じくらいだが、神南があの少女である筈がない。

だって、あの少女は――。

 

そこまで考えてグレアは、それ以上の事を考えるのを辞めた。




【作者Aの部屋】

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