真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~ (りせっと)
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IFストーリー
番外編「もしもくによしあかりがくきじゅうしゃぶたいだったらー」


 祖父が死んだ…………ジイさんが死んだ…………国吉日向が死んだ…………

 

 国吉灯はとても信じられなかった。信じたくはなかった。だが事実だ。自分を育ててくれた祖父はこの世を去っていった。

 

 病室で弱った祖父を見た時、何かの冗談だと思ったのは覚えている。

 

 

 

――――何に似合わない顔をしているんだ小僧

 

 

 

 そう言われてベットに伏しながらも力強い笑みを浮かべた日向に対して(この糞ジジィが……ッ!)と思いながらも、心底安心したのも記憶に新しい。

 

 

 

 

 

 だが灯が望んだ結果は訪れなかった。結局祖父は病に負け、二度とベットから起き上がることはなかったのだ。

 

 

 

――――祖父に一度も勝てなかった……勝ち逃げされた……

 

 

 

 病室で騒いで医者や看護師に止められたことなど覚えていない。今あるのは喪失感だけ。

 

 日向が死んでから一週間たつが、何をする気も起きなかった。毎日続けていた鍛錬をする気が起きない。祖父に勝つために鍛え続けたのだが、目標が消えた。目標が無くなればそれを超える為に続けていたトレーニングはする気は起きない。

 

 

 

 

 

 とにかく頭を整理しようと、外へ向かう。病院にずっといては永遠と湿っぽい考えをしてしまうと考えた。らしくないと自分でも思うがやはり肉親の死は堪える。

 

 病院の近くにある河を橋の上から見ながら、今後どうしていけばいいか? 何をしていけばいいか? そんなことをボーッと、うつろな目をしながら考えていると見知らぬ人に話しかけられた。

 

 

 

「何を呆けているんだ? 赤子よ」

 

 

 

 突然聞こえてきた声に反応し、その正体を確認しようと河から視線を外す。

 

 そこに立っていたのは見たことがない男性だった。特徴としてはがっちりとした体に似合っている執事服だろうか? 他にも本当に人間かと疑うぐらい鋭い目つき、まるでタカのようだ。というかまず日本人ではない。顔立ちはヨーロッパ系、よく映画とかに出てきそうな金髪の老人。

 

 この一週間で様々な祖父の知り合いと話したが初めて見る人物。

 

 

 

「…………アンタ誰だよ?」

 

 

「ヒューム・ヘルシング。気軽にヒュームさんと呼ぶがいい」

 

 

 

 何とか絞り出した声に律儀に答えてくれる。聞いたことがない名前だ。ただこの男から発する異常なまでの威圧感。灯は体を動かしてもいないのに汗が出てくるのを感じた。本能でこの男を警戒すると同時に戦ってはいけないと、危険信号がなっているのが分かる。自分の腕に自信はあるが、現状この男と挑んでも一瞬で負けてしまう。そう思わせるには充分な覇気を保っている。高圧的な態度に見合った力を所持しているのだ。

 

 

 

「んで、ヒューム……さん。俺に何か用か?」

 

 

「ライバルだった男の孫がいつまでも下を向いているのが見るに耐えなくてなぁ」

 

 

「…………ジイさんを知ってるのか?」

 

 

「あぁ、よーく知っている……惜しい男が亡くなったもんだ……」

 

 

 

 出会った時よりも若干ではあるが、威圧感が薄れる……表情こそ何も変わらないがヒュームなりに悲しんでいる。きっと祖父と仲が良かったのだろう。勝手な想像ではあるが、決して悪い人ではない、灯はそう感じられた。だがそう思った矢先に――――

 

 

 

「国吉灯」

 

 

 

 灯はヒュームに名乗った記憶はない。何故この男が自分の名前を知っているのだろうか? それよりも何故急に話しかけてきたのだろうか? 色々と疑問は尽きない。だがこの次の一言でそれらの疑問は一気に吹き飛ぶことになる。

 

 

 

「お前九鬼に来い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――3年後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神奈川県川神市、九鬼極東本部。

 極東本部と名が着くだけあって東半球では最も設備が整っている九鬼のビルが盛大に揺れた。ビルの中にいる全ての者が「今揺れたな!」と感じ取れるほど。だがそれにびっくりしたり、慌てる者はいない。それは何故か?

 

 

 

「いい加減真面目に動かんか赤子ぉ!!」

 

 

「いい加減くたばりやがれこんのォ老害ジジィ!!」

 

 

 

 ヒュームVS灯。この2人のド付き合いが日常風景であるからだ。

 

 

 

――――あぁまた始まったのか……

 

 

 

 灯と同じ職場に勤務しておりかつ上司である忍足あずみ、李静初、ステイシー・コナーは同時にため息をつく。

 

 

 

「毎度毎度よく飽きないよな―」

 

 

「といいますか、ヒューム卿の相手がよく勤まりますね」

 

 

「あいつは戦闘力だけが取り柄だからな」

 

 

 

 時間はまだ朝の7時を回ったところ、そろそろ目が覚めて通勤や登校の準備をしようかと起きる人もいれば、もう外に出て通勤等をしている人が現れる時間帯。

 

 さわやかに目覚めて「今日も頑張ろう!」と思ってる人もいるかもしれない。そんな朝から灯とヒュームの2人は喧嘩している。決してさわやかでもないし、美しくもない。2人を知らない第三者がこの光景を見れば完全に孫と祖父が喧嘩しているのだと、取られてもおかしくはない。

 

 

 

「今回の蹴られた理由はなんだと思う?」

 

 

「寝坊ってとこだろうよ」

 

 

「灯は朝弱いですから」

 

 

「……と、もうこんな時間か。おい、アタイは英雄様の準備があるからそろそろ行くわ。後処理は頼んだぞ」

 

 

「へーい」

 

 

 

 そう言うと、あずみは自らの主である九鬼英雄の元へと走る。

 

 九鬼従者部隊1位兼英雄の専属従者である彼女は一般の従者部隊の者よりもやることが多い。それでもこなせるのはひとえにあずみが優秀であるからだろう。

 

 

 

 そんな優秀な彼女の右腕を務める李とステイシー。若手の成長株である彼女たちもやることはたくさんある。だがある1人のせいで朝の仕事が1つ増えている。忙しいのにも関わらず。

 

 そして次の瞬間、朝一の仕事を始めろ! という合図が大きく鳴り響いた。

 

 

 

「ジェノサイド! チェーンソー!!」

 

 

 

 今までとは違った揺れが九鬼のビルを襲う。原因は大方予想出来る。ヒュームの必殺技が炸裂し、灯が悲鳴を上げる余裕もなく壁端へ叩きつけられたのだろう。これで終戦。

 

 ヒュームのジェノサイドチェーンソーは相手の体力を10割削る大技だ。そんな一撃を受けてまだ戦闘が続くわけがない。それが如何に戦闘特化従者である灯でもだ。

 

 あずみに言われた通り回収に向かわなければ、灯は約1時間は床に伏したままになるだろう。それは可哀想でもあるし、他の従者たちの邪魔にもなる。

 

 ステイシーはため息をつきながら、李は特に表情も変えずに淡々と物音がしたほうに足を運ぶ。彼女たちの朝一のお仕事は気絶した灯を部屋に運んで目覚めさせることである。

 

 

 

 

 

 

「何故毎朝登校前にこんな疲れなきゃいかんのだ」

 

 

 

 2人の肩を借りて自室へと戻った灯。どこから取り出したのかは分からないが、ステイシーが水圧を強化している水鉄砲で強引に目覚めさせられた後、李からタオルを借りて顔を拭きながら愚痴をこぼす。

 

 完全に自分のせいでこの様な出来事が起きてるとは思っていない……いや、思っているだろうが完全に棚の上に放り投げている。

 

 

 

「灯が起きないのが原因です」

 

 

「寝坊でヒュームに蹴られるの何百回目だ?」

 

 

「数えたくもねェ」

 

 

 

 わざわざ痛い思いをした回数を律儀に数えている奴などいない。顔を拭き終わり、タオルを備え付きの椅子にかける。

 

 

 

 九鬼の従者には活動拠点に1人1人個室の部屋が与えられる。九鬼と言うだけあって、その設備は人一人が暮らすには充分過ぎるものだ。

 

 

 

「あのクソジジィいい加減ぶちのめさないと」

 

 

 

 ただ今まで受けた仕打ちは忘れたわけではない。悔しさと怒りがこみ上げてくるのか、灯の眉間にしわが出来る。

 

 

 

「そんな発想が出てくるのがロックだぜ」

 

 

「普通ヒューム卿に挑もうとする人はいません」

 

 

「そろそろアイツは引退させないと俺に完全な自由が訪れない……ッ」

 

 

「やっぱお前ロックじゃないわ」

 

 

 

 灯はヒュームにやられた数々の出来事を思い出す。

 

 九鬼帝に様付けせずにジェノサイドチェーンソー。ボディガードを頼まれていたが遅刻してしまったのでジェノサイドチェーンソー。勝手にヒュームの酒を飲んでジェノサイドチェーンソー。依頼人の女性が美人で口説いている最中に突如割り込んできてジェノサイドチェーンソー。

 

 記憶を掘り返してみると全てが自業自得な物である気がするが、自分のせいだと思う奴ではない。

 

 

 

「クソ……ん? ステイシーちゃんおっぱい大きくなった?」

 

 

「ファック」

 

 

 

 この2人のセクハラ混じりのやり取りも日常だったり。ステイシーは忘れられないだろう。初めて灯と出会ったときの一言が「おっぱい触らせてください」と言われたことを。

 

 

 

「灯、遊んでいる時間はありませんよ」

 

 

 

 李の言葉に反応し時計を見てみる。既に8時になろうとしている。今すぐに出てダッシュで学園に向かわないと間に合わない時間になっている。だがここで塵屑は急ぐという選択肢は出てこない。

 

 

 

「…………サボるワンチャン……」

 

 

「ダメです。ホラ、準備は出来ていますよ」

 

 

 

 そんな怠慢な考えは李に一蹴されてしまう。そして彼女の言葉通り、既に李の手の中には通学用のバックが握られており灯に手渡そうとしている。

 

 

 

「李ちゃんの頼みなら仕方ない。行くかァ……」

 

 

 

 そう言って李が持っているバックに手を伸ばす……前についさっきまで灯の隣に座っていたステイシーの胸に手を伸ばす。大きくなったかどうか確認しなければ気が済まなかったのだろう。

 

 

 

「わぁ!?」

 

 

「お、やっぱ大きくなってんじゃん」

 

 

「ファーッッック!!!!」

 

 

 

 ステイシーが若干顔を赤くしながら灯を殴ろうとしたが、さらっと躱されてしまう。ヒョイっとステイシーの拳を避け、彼女の胸がまだ成長していることに満足しながら今度こそバックを手に取る。

 

 李に軽く礼を言った後、灯は扉をあけて登校し始める。急ぐようすは見られないが、間違いなく学園には行くだろうと李は思った。

 

 

 

「行ってらっしゃい。急ぐんですよ」

 

 

「帰ってきたら覚えていろよ……ッ!」

 

 

 

 金髪と黒髪のメイド、性格も両極端な2人に迎えられながら灯は自らの部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 国吉灯。突然ヒュームにスカウトされ、その後九鬼従者部隊に半強制的に入らされる。

 

 はっきりと言えば執事としては失格。朝は寝坊する、礼儀作法等も全く向いていない。同じ職場の女性従者に向かってセクハラをする。何より主である九鬼家の人たちに様付けをしない。同じ学友である英雄、年下の紋白に限っては普通にため口だ。

 

 しかしそんな所を逆に気に行ったのか、帝はそのまま採用し続けている。だがこればかりは理解出来ない、早く矯正させるべきだという従者も多い。

 

 

 

 しかしそのマイナス要素を打ち消す程に、最も評価されているのが ”戦闘力” だ。30歳以下の若手で序列永久欠番0位のヒューム、そして序列4位のゾズマとやりあえるのは灯しかいない。ある意味若手の星であったりする。

 

 序列21位。これは彼がありえたかも知れない物語の1つである。

 




 どうも、こんばんわ。りせっとです。
 A-3やりました。妄想が捗ったんでこんなの投稿してしまいました。軽ーい感じで読んでいただけたらとおもいます。

 感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

 それではよろしくお願いします。


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第1章 川神学園の塵屑
プロローグ


 ―――バァン!

 

 朝から大きな音を立てて少年は外へと出る。

 

 

 

 今の音の正体はどうやらドアを開けた音らしい。いや開けたというよりは蹴飛ばした、という表現が正しいだろう。

 

 少年は思いっきり蹴飛ばして強引に開けたドアを再度足を使って閉める。行儀の悪さなんて気にしていない様子だ。

 

 しかしドアの鍵を閉めるため、結局ドアの方へ体を反転させ鍵を閉める。その表情は眠気と怠慢さが入り混じっている、とても機嫌が良いようには見えない。

 

 

 

 少年の格好はこの周辺で1番大きな学校「川神学園」の制服を着ている。どうやらそこの生徒のようだ。

 

 少年が在学している川神学園。校訓は切磋琢磨。

 

 この学園は一言で表すとユニークな学園である。そのユニークな代名詞である決闘システムを始めとして、様々な部分が他の学園にないものが大量に存在する。

 

 学園自体がユニークであるため、集まってくる生徒もユニーク、変人である人が多い。

 

 そしてこの少年は2年を代表する有名人の1人である。なぜならばこの少年……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すごくカッコ良くて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格段に強くて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひどく自分勝手で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしようもなく女好きで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大層ギャンブル好きな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうしようもない人間であるからだ。

 




 文章の芸風、書き方を変えていかないように頑張っていきたいと思います。これからよろしくお願いします。


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1話 ~国吉灯、クラスメートと戯れ合う~

 ある1人の少年がバックを片手で持ち、肩にかけながら橋の歩いて渡っている。

 

 その表情は家を出たときよりも若干眠気が取れているように見えた。それでも完全に眠気が飛んでいないのか、瞼はいつもの時と比べると若干閉じているようにも見える。

 

 

 

「おーい、灯」

 

 

 

 男の声が少年の耳に届いた。少年の名前は灯と言うらしい。灯はその声が聞こえた方へと振り返った。男の太い声で最後まで根付いていた眠気が飛んでいったことを灯は感じた。

 

 

 

「よぉ岳人、それにモロ」

 

 

 少年は立ち止まり2人が歩いてやってくるのを見てる。

 

 2人とも男だが体格は非常に対照的だ。1人は一言で言うならばマッチョ。身長も平均より高い灯よりもさらに高い。そしてもう1人は逆に細い。線の細さは女子並みで身長も平均以下だ。

 

 

 

「相変わらず無駄に筋肉つけてるなぁ、少しはモロに分けたらどうだ?」

 

 

 

 いきなり人を馬鹿にした発言をしたこの少年、国吉(くによし)灯(あかり)は川神学園2年F組所属の生徒だ。

 

 灯は誰が見てもかっこいいと思う顔立ちをしている。身長は日本人の平均よりやや高いといったとこ、だが茶髪でショートウルフな髪がかっこよさを引き出している。俗に言うイケメンっというやつだろう。

 

 

 

「無駄って言うな! 俺様自慢の筋肉なんだぞ!」

 

 

「僕だって岳人の筋肉なんていらないよ!」

 

 

 

 灯の言葉にすぐさま反論する島津岳人と師岡卓也ことモロ。マッチョな方が岳人で背が低く線が細い方がモロだ。この3人は同級生であり現在クラスメートだったりする。

 

 そこにもう3人、灯と同じクラスメートが到着する。

 

 

 

「おぉ大和、風間、椎名。お前らだって岳人の筋肉は無駄だと思うよな?」

 

 

「いきなり何の話してんだお前ら?」

 

 

「あぁ、無駄だね」

 

 

「大和テメェ!!」

 

 

「しょーもない……」

 

 

 

 バンダナがトレードマークで灯と同じく整った顔付きであるのが風間翔一、風間には及ばないが中々整った顔立ちをしているのが直江大和、青髪が特徴的の美少女が椎名京。

 

 この3人と岳人、モロは幼馴染のため仲が良く、灯ともクラスメートであるため仲が良い。

 

 ただ灯と風間たちは2年から仲良くなり始めた訳ではない。1年のある時期から交流が始まった。

 

 

 ただ今は現在行われていることに話しを戻そう。

 

 大和は瞬時に会話の内容を理解して返してくれたが、京は理解してくれたもののどうでもいいと判断したようだ。その京の判断はきっと正しい。

 

 

 

「お前らどれだけ俺様の筋肉を馬鹿にしてるんだよ、いいかぁ? 俺様のこの鍛え上げられた筋肉はなぁ…」

 

 

「お前の筋肉の話聞いても1銭も価値ねぇよ」

 

 

 

 話しを降っておきながら全く興味がないのか、灯は体を反転させて学校へと足を進める。どうやら岳人の話をスルーして進むようだ。その表情は呆れつつ、メンドクサイと言う感情が見える。

 

 それに合わせて岳人を除く皆も止めていた足を動かし始めた。皆思っていることは一緒らしい。

 

 

 

「少しは聞いてくれよ!!!」

 

 

 

 岳人の叫びが朝から空しく響いた瞬間であった。

 

 

 岳人の声が響いてから少しすると

 

 

 

「美少女! 参! 上!」

 

 

 

 空から女の子が振ってきた。この表現はありえないと思うが実際その通りの出来事が起きてるのだから仕方ない。

 

 空から降ってきた女の子は風間、灯に負けず劣らずのイケメンだ。それでいてほとんどの人が美少女だと言うだろう。それほどにまで整った顔をしているのだ。

 

 

 

「よーお前たち、ん? 何だ、灯もいるのか?」

 

 

「よぉモモ先輩、今日先輩が履いてるパンツの色を言って朝の挨拶を完了しようじゃないか」

 

 

「お前が私と戦ってくれるなら教えてやってもいいぞ」

 

 

「それは割りに合わない、交渉は決裂だな」

 

 

「何だったら見せてやっても良い」

 

 

「触らしてくれるなら考える」

 

 

「それはちょっとなー」

 

 

「朝からする会話じゃないでしょ2人共!!」

 

 

 

 モロの突込みが今日も冴え渡る。突っ込み役のモロは朝から大忙しだ。

 

 この空から降ってきた少女は川神百代。世界に名を轟かす武道家だ。轟かしている理由は単純、あまりにも強すぎるからだ。数多くの有名な武道家が彼女に挑み、結果10秒経たずに返り討ちにあっている。

 

 そしてその世界的有名な百代と灯が話している会話の内容はモロの言うとおり朝からするものではない、が灯と百代、この2人はいたって真面目な顔をしている。本人たちはいつだって真剣なのだ。

 

 

 

「いいじゃんかーたーたーかーえーよー」

 

 

「イーヤだねー」

 

 

 

 まるで子供のような言い争いをしつつも、百代は灯を捕まえようとする。灯は捕まらないように動き回っている。この光景は約1年前からお決まりになりつつある。

 

 

 1年前、風間や大和、灯が川神学園に入学してきた時だ。百代は1年生に強い奴はいないか、そして可愛い子がいないか確認するため1年生のクラスを徘徊している時、灯を見つけた。

 

 灯は百代のお眼鏡にかかるほど、強かったのだ。戦う前から強さなどわかるはずもない、それは一般人の話しだ。ある一定のラインの強さまで来ると戦う前から相手の力量は何となくだが理解することが出来る。

 

 早速戦闘を申し込む百代、だが基本怠慢な性格である灯はそれを拒否。それに納得できなかった百代が勝手に勝負を挑んできたのだ。百代の攻撃を冷静に捌きつつ反撃する灯。この争いは学園長であり、川神院の総代である川神鉄心が来るまで続いた。

 

 時間で言うとほんの5分程度だが、それだけの時間、百代とやり合えていた人は今までいなかった。そのため灯に正式な勝負を今の今まで申し込んではいるのだが、灯はそれを拒否。軽いど付き合い程度なら付き合うこともあるが、1年経った今でも正式な勝負は受けていないのだ。

 

 そして現在、機会がある事に勝負を申し込む百代、それから逃げる灯の姿が誕生した。

 

 ちなみにそのことが切っ掛けとなり、灯は風間たちとも交流を持つようになったのだ。

 

 

「……姉さんいつものようにほっといて、学校行こうか」

 

 

 大和たちは灯と百代を置いて学校に向かうことを決めたらしい。これも風間ファミリーの中ではお決まりになりつつある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでは、明日から行われる東西交流戦の班分けを決めたいと思う」

 

 

 

 2年F組の担任、小島梅子の声が教室に響き渡る。その声は威厳があるもので教室の空気は多少張り詰めたものとなった。

 

 時は午後。既に午後1つ目の授業をこなし、今の時間が本日最後の授業。ただ授業ではなく、緊急ホームルームが行われてる。理由は明日から開始される東西交流戦が行われるからだ。

 

 天神館と呼ばれている川神学園と同じような武闘派学校が川神に修学旅行に訪れることから話は始まった。

 

 近年学生の強さが東高西低と呼ばれることが気に入らないから、と言うことで修学旅行ついでに学園全体に喧嘩をふっかけてきたのだ。川神学園……いや、学長の川神鉄心はそれを了承。そのため、交流戦の事を決めるべく、本日ホームルームが急にやる必要が出てきたのだ。

 

 

 

「1クラスから約30人が戦士として出場、残りは救護班となる」

 

 

 

 東西戦は学年から200人選出の集団戦、大将を倒せば決着となる。武器に多少の制限はあるが、基本ルール無用の戦いだ。

 

 

 

「私たちは戦えないから救護班ね」

 

 

「はい! 頑張ってる皆さんをサポートします」

 

 

 

 小笠原千花と、このクラスの委員長、甘粕真与は真っ先に救護班を選ぶ。彼女たちの能力を考えると妥当な判断だろう。

 

 

 

「アタイは選手として出る系! イケメン捕まえちゃるわ!!」

 

 

 

 2年F組のろくでなし代表羽黒黒子は戦士としての出場。出場する理由は大層不純なものであった。

 

 

 

「僕も救護班かなー」

 

 

「俺もだ、戦うのはゲームの中だけで充分だ」

 

 

「俺も救護班……もとい撮影班として活動するぜ、天神館のパンチラをゲットしてやる!」

 

 

 

 それぞれ役割が決まっている中

 

 

 

「俺も救護班だ、正直怠い」

 

 

 

 灯が救護班を希望した。

 

 

 

「えぇ! 灯くんは選手として以外考えられないわ!!」

 

 

 

 灯の意見に真っ先に反対したのは、このクラスのマスコット的存在である川神一子だ。通称ワン子。ちなみに彼女は真っ先に選手として希望している。彼女の猪突猛進な性格、そして川神院で鍛えられた強さを考えると当然だろう。

 

 

 

「ワン子ちゃんよぉ……そんなこと言ってもやる気が出ねぇよこんな戦い」

 

 

 

 灯が机に突っ伏したまま反論する。たかが喧嘩と言うことが理由でやる気が出ないらしい。先日の学長の話し、東西交流戦の話しを聞かされた時も絶望的にメンドクサイ顔をしていた。

 

 

 

「やる気が出ないとかの問題ではないだろう灯、お前は選手として出場すべきだ」

 

 

「んな苦虫噛み潰したような表情で言うなよ、お嬢」

 

 

「お前の強さは認めるが他の態度は認められたものではないからな」

 

 

 

 複雑な表情で灯を見つめるのはドイツからの留学生、クリスティアーネ・フリードリヒ。通称クリス。灯がお嬢と呼んでいるのは、彼女の言動・行動から来ている。クリスはドイツ軍中将が親の箱入り娘なのだ。

 

 彼女は騎士道精神を大事にしており、不真面目な態度が目立つ灯とは相反することが多い。彼女が編入して1週間たった辺りから、何とか公正させようとしているが焼け石に水状態である。

 

 そしてその態度に腹を立てたクリスが1度戦闘で灯に決闘を申し込んでいる。クリスの勢いに負けた灯は、渋々その決闘を受けた。結果灯はクリスを開始5秒、ワンパンチでノックアウトさせてる。その決闘以降から灯の強さだけは認めている。

 

 決闘以降も何かと文句を言ってるクリスだが、灯はそんな彼女を嫌ってはいない。その理由は――

 

 

 

「どうどうどう、まぁ落ち着けよ」

 

 

「自分は馬ではない!!」

 

 

「まぁまぁまぁ、怒ったら美人な顔が台無しだぜ」

 

 

「今それは関係ないだろう」

 

 

「これで胸が大きければ完璧だったのに……残念だ」

 

 

「国吉灯ーーーーー!!!!」

 

 

 

 彼女をからかうととてもいい反応をするからだ。

 

 灯は哀れんだ顔でクリスの胸をガン見してる。その視線を感じ取ってかクリスは胸を腕で隠しながら吠えた。

 

 

 

「ワン子ちゃんとお嬢様はもうひと頑張りだ」

 

 

 

 そう言って隣にいるワン子の胸に触ろうと手を伸ばす――が、

 

 

 

「何触ろうとしてるのよ!!」

 

 

 

 ワン子も吠えた。クリスとワン子、2人揃って胸を隠しながら灯にむかって「うぅ~~~っ」と唸っている。まるで番犬みたいだ。

 

 灯は触れなかったことが気に入らなかったのか、軽く舌打ちをしつつ、伸ばした手を引っ込める。

 

 

 

「大体俺が出なくたって…………」

 

 

 

 そこまで言って

 

 

 

(ん!?)

 

 

 

 灯に電流走る。

 

 

 

(いや、待て? この東西戦は集団戦だろ。んで天神館はこの川神学園と同じくらいの武闘派。ってことは天神館の女子生徒も戦いに出てくるはずだ。その中には勿論美人で可愛くてスタイルが良い女子生徒もいるだろう。戦闘ではその女子に普通に違和感なく近づくことが出来る…………

 

 つまり美人で可愛い娘のおっぱいが触れるかもしれない! あわよくばそこから口説くのも有りだな。そうと決まればっ!!)

 

 

「いや、やっぱり俺は選手として出るぜ!!」

 

 

 

 この結論が出るまで1秒もかかってない。何とも欲望塗れな結論を出し、灯はテンションが先ほどとは別人のように高くなっていた。

 

 

 

「どういう風の吹き回しだよ? さっきまで死ぬほどめんどくさそうな顔してたのに」

 

 

 

 大和が疑問に思うのも当然だ。さっきまで救護班を希望してやる気の欠片も見られなかったのだがら。

 

 

 

「俺が出れば勝つ確率が上がる、いや100%負けはない。理由はそれで十分だろ」

 

 

「何か別人のように目がキラキラしてるね」

 

 

 

 目ざとく京が突っ込んでくるが灯は全く気にしていない。それほどにまで今彼は上機嫌なのだ。

 

 

 

「国吉、貴様変なこと考えてないか?」

 

 

「滅相もない」

 

 

 

 小島先生に疑われながらも、灯の東西戦出場が決定した。

 



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2話 ~国吉灯、西の生徒と対決~

「おいこれ押されてるじゃんかー」

 

 

 

 灯は見晴らしが良い場所から川神水を瓶でラッパ飲みしながら、現在行われている東西交流戦を見ている。その様子は川神学園の生徒が押され気味だ。

 

 東西交流戦は今夜で3回目。1日目は1年生が、2日目は3年生が天神館相手に戦った。結果は1年生陣が敗北、3年生陣が勝利というものだ。

 1勝1敗で迎えた今夜、2年生陣には川神学園の名を高めるか、辱めるかがかかっている。

 

 

 

「そうだな、明らかに東の旗色が悪い」

 

 

「西方十勇士……手ごわい相手ですね」

 

 

 

 灯と共にいるのは同じクラスメートである直江大和、もう1人は2年S組所属の葵冬馬。この2人は2年生を代表する軍師、要するにブレイン担当だ。その2人が今現在頭を使いつつも悩んでいた。

 

 

 

「灯がいくら強いって言っても……今は大将を取れるタイミングではない」

 

 

「灯くんが大将を狙いに行ってる間、他の十勇士に英雄がやられたら本末転倒もいいところです」

 

 

 

 悩みのタネはタイミング。灯が百代とやりあえるぐらい強いのは知っているが今、灯が天神館の大将を狙いに向かっても、天神館に押されているこの状況ではこちらの大将――九鬼英雄が先にやられる可能性の方が高い。

 

 この不利な状況を打破するため、2人は部隊と配置をもう1度整える指示を出していてそれの報告待ちなのだ。

 

 そのことは灯も分かっているためまだ動かない。

 

 

 

「思った以上に手練だったな……大和、何か食べ物もってないか?」

 

 

 

 大和と葵が真面目に戦況を見てどうすべきか考えている中、1人慌てた様子もなくマイペースで飲酒(川神水)し続けながら観戦気分でいる灯。どうやら摘みが欲しくなったらしい。

 

 

 

「こんな状況で持ってる訳ないだろ」

 

 

「ち、バイは何か持ってないのか?」

 

 

「残念なことに私も持ってません。持ってたら距離が貴方との距離が縮まったというのに」

 

 

「もぅ一生お前に強請らねぇよ」

 

 

 

 バイとは葵のことだ。葵は女の子が好きだが男の子も好きなバイセクシャルのため、顔だけは良い灯は1年生の時から目をつけられているのだ。自愛に満ちた笑顔を振りまきつつ葵がこちらに向かって来て「私と淫らなことをしませんか?」と言われた時、灯は初めて人に殺意を覚えた。曰く「人って本当に殺意湧くもんなんだな」

 

 食べ物を探す…もといたかることを諦めたのか再び川神水を飲む灯。だが川神水もほぼ無くなっていた。それもそのはずだ、何せ今夜の交流戦開始直後から殿様気分でずっと飲んでいたのだから。

 

 

 

「こっちも無くなってしまった……」

 

 

「なら丁度良い、そろそろ灯も準備してくれ」

 

 

「たった今連絡が来ました。再配置が済んだようです」

 

 

「よし! なら反撃開始だ!」

 

 

 

 灯1人凹んでいる中、川神学園の反撃が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再配置が整ってある程度時間が経つと、マルギッテ、井上準、英雄(倒したのはあずみ)、不死川心が西方十勇士を1人ずつ撃破したと、大和と葵の携帯に連絡が入った。それを聞いた2人の考えは一緒だった。

 

 

 

「よし! 一気に畳み掛けるときだ!」

 

 

「今こそ好機、ですね」

 

 

 

 2年を代表するブレイン2人が今こそ大将を打ち取る時だと確信する。今こそ切り札を切る時だと。

 

 

 

「灯! 大将を狙ってきてくれ。大将がいる位置は今携帯に送ったからそこに向かってくれ」

 

 

 

 大和が灯に向かって指示を出す。指示と言っても非常に単純なもので指示と言えるものではない。だがこの男に関していえばこの指示で充分。後は勝手にやってくれると思ってるからだ。

 

 

 

「んーっ」

 

 

 

 ゆっくりと背伸びをした後、全身に力を込め立ち上がる灯。今までダラダラしていた分体力は有り余っている。川神水を飲んでいたにも関わらず、足取りはしっかりとしていて目もはっきりしている。場酔出来る川神水何てなんのそのだ。

 

 

 

「んじゃ行ってくるわ、ここに敵がきてもお前らでどうにかしろよ」

 

 

「はい、こちらのことは心配しないで下さい」

 

 

 

 葵がここまで言い切るということは対処する方法はあるのだろう、そう判断した灯は戦場に向かうために大きくジャンプして下に降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ、相手の大将はこんな死角に移動するのか」

 

 

 

 灯は大和から送られていた情報を歩きながら確認した。場所を理解し目的地へ向かう途中

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 ふと前を見ると天神館の戦士が4人……内1人女性がこちらに向かって来てる。遠目からの確認だが4人ともやる気満々のようだ。

 

 

 

「ここから先は行かせん!!」

 

 

「たった1人だ! さっさとやってしまおうぜ!!」

 

 

 

 声を上げながら戦闘態勢を取って向かっている天神館の生徒を見ても灯は慌てない。

 

 

 

(後ろの女……お、結構可愛い、スタイルも良い!)

 

 

 

 戦闘に必要には全く関係ないことを確認した灯はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべ――地面を蹴る。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 驚いた声を上げたのは天神館で先頭を走っていた男だ。男には灯がこちらに向かってきた姿が全く見えなかった。気づいたときには既に自分の目の前に拳が迫っていた。

 

 

 

「ぶっっ!!」

 

 

 

 何が起きたか詳しく理解出来ないまま先頭を走っていた男が殴られる。その拳の威力は男を一撃で倒すほどだ。

 

 後ろを走っていた3人も何が起きたか正確に理解出来てない。

 

 

 

「「?」」

 

 

 

 残り3人の内、男2人の襟が同時に掴まれている。掴んでいるのは灯。それを男2人は理解できてない。なぜならば灯の行動が早すぎるからだ。当然この2人も灯がこっちに向かってきた姿は見えていない。

 

 

 

「ふっ」

 

 

 

 一瞬息を吐いて灯は掴んでいる2つの襟を同時に引っ張り、男と男のデコ同士を思いっきりぶつけた。

 

 大きな音は聞こえなかったが、やられた男たちの脳内には鐘を付くような音が響き渡っただろう。音が響き割った頃には既に男2人の意識はなかった。

 

 ぶつけた後は直ぐ様襟を離し男2人を床に投げ捨てる。これで残っているのは天神館の女子1人だ。

 

 

 

「ひっ!?」

 

 

 

 天神館の女子生徒は怯えながらも、灯に武器である棒を向けた。ここまでやられれば流石に灯が迫っているのは目視出来る。そしてどうやら戦意は喪失してないようだ。

 

 その後間を置かないまま灯に向かって棒で攻撃を始めた。構えた方向へ素早い攻撃を出せる突きだ。

 

 灯はそれを冷静に対処する。突きを右にスライドするように躱し、更に女子に迫るため1歩踏み出す。そのスピードに女子生徒は対処できない。灯はそのまま女子生徒の後ろへと回り込み――

 

 

 

「え!? ……あ、ぁ」

 

 

 

 右手で女子生徒の胸を触っていた。いや、揉んでいた。

 

 灯は至って真面目な顔をしながら女子生徒の胸を揉んでいる。女子生徒は今まで味わったことが無い感覚に怯えつつも声を漏らしていた。

 

 

 

「ほぅ……86! バストサイズはEカップってとこか。交流戦に参加したのはこうゆうのを期待してだ」

 

 バストサイズをピタリ当てるという無駄な特技を誰に見せるわけでもなく披露していると

 

 

 

「そなた!! 何をしている!!」

 

 

 

 死角であるエアポケットに移動しようとしていた島と石田に遭遇した。

 

 

 

「何だよ……お、天神館の大将じゃん」

 

 

 

 目的であった天神館の大将、石田三郎と偶然出会った。女子生徒の胸を揉むのを辞め、床に置く。女子生徒は腰砕けになっているのか、立ち去ることも出来ず座り込んでしまった。女子生徒は息を切らしており、灯は満足そうだった。

 

 

 

「貴様……ここで何をしてた?」

 

 

 

 石田は眉間に皺寄せつつここで灯が何をしてたかと問う。何をしていたかは知っているのにも関わらずだ。

 

 

 

「何してたって……」

 

 

 

 灯は床に座っている女子生徒を見る。女子生徒は戦ってもいないのに息が切れていて、その姿はどことなく色っぽく見える。顔も熱があるかのように真っ赤だ。

 

 

 

「触ってた」

 

 

「貴様阿呆か!?」

 

 

「普通にセクハラではないか!?」

 

 

「だってこの娘スタイル良いし」

 

 

 

 灯はこれだけスタイルが良ければ触るのは当然、と言うばかりの態度。自分が悪いことをした、という気持ちは全くない。

 

 

 

「はぁ……島」

 

 

 

 石田は思わず呆れてしまう。そして自分の懐刀である島に命令を出す。この目の前にいる男を倒せっと。

 

 

 

「はい、それがしは西方十勇士の島右近! お覚悟!!」

 

 

 

 名前が呼ばれただけで自分に命令された内容を理解し、島は武器である槍を出し、灯を撃つ態勢を取った。

 

 その行動に対して灯は1つ文句を言った。

 

 

 

「? おい、この交流戦は2年だけだろ。何で教師がいるんだよ」

 

 

「それがし立派にそなたと同い年!」

 

 

「は? 嘘だろ?」

 

 

「本当です!!」

 

 

「マジかよ……」

 

 

 

 信じられないっと言った表情を浮かべつつ、島を迎え撃つ態勢を取る灯。

 

 

 

「まぁテメェには用が無いんだ、来るなら来い。5秒でK.Oしてやるから」

 

 

「はぁああああああ!!!!」

 

 

 

 島は真っ直ぐ灯に向かっていき槍を振るう。槍を振るう速度だけ見てもこの島と言う男はしっかりと鍛錬を積んで鍛えてることが分かる。その鍛えられた男、島から振るわれる槍を灯は

 

 

 

「ほ」

 

 

 

 難なく右手で受け止める。槍先の刃の部分ではなく、刃の真下の部分をガッチリと掴んで離さない。

 

 

 

「何!?」

 

 

 

 流石の島も、こうも簡単に自分の振るった槍が受け止められるとは思わず動きを止めてしまう。槍を引っ張って強引に離そうとするが……灯は全く離す気配がない。島は灯がとんでもない怪力の持ち主であると理解した。

 

 

 

「ふっ」

 

 

 

 灯は手首に力を込め、細い木の棒を折るかのように槍先を折る。

 

 

 

「なぁ!!」

 

 

 

 驚いた島は1度態勢を立て直そうと槍を引こうとした。しかし灯はそれを許さない。直ぐ様左手で槍の真ん中あたりを持ち、槍を奪い取ろうと強引に引っ張る。

 

 灯の怪力の前では島の槍を奪われて当然だろう。その引っ張られた影響で、島は前につんのめりそうになる。当然体制は崩れている。

 

 島が体制を崩している間に灯は槍を左手で2回転させ軽く手遊びしたあと、槍を振り上げ両手持ちで島の頭目掛けて振り下ろす。

 

 

 

「はぐぅう!?」

 

 

 

 それをモロに喰らった島はそのまま倒れてしまった。

 

 灯は倒れた姿を確認したあと、奪った槍を投げ捨て、視線を石田へと向けた。

 

 

 

「さ、次はお前だぜ。大将さんよぉ」

 

 

「まさか島がこうもアッサリ倒れるとはな……」

 

 

 

 石田は島が敗れたことに対して驚きつつも、武器である刀を抜き戦う体制を取る。石田自身が戦う必要があると判断したためだ。そして石田はある技を使うことも決めていた。

 

 

 

「貴様相手に本気など出したくはなかったが……はぁあああああ!!」

 

 

「?」

 

 

「奥義・光龍覚醒!!! これで貴様に勝ち目はなくなったぞ!!」

 

 

 

 石田の髪の色が金になった。どんな曲芸技だよ……灯はそう思いつつも、同時に戦闘力が上がっていることを感じ取った。

 

 

 

「は、大層なこって。髪の色を黒と金、使い分けることが出来る便利な技だな」

 

 

 

 だが灯は全く慌ててない。余裕の態度を一切崩さず、馬鹿にしたような目付きで石田を見る。 

 

 

 

「そうやって余裕でいられるのは今のうちだけだ!! 寿命を削る大技! 光龍覚醒した俺に勝てると思うな!!」

 

 

 

 石田も光龍覚醒した自分の強さに絶対の自信があるのか、余裕の態度で灯を撃とうとする。

 

 

 

「貴様なんぞに見切れるおれの斬撃ではない!!」

 

 

 

 灯に鋭い一太刀が飛んでくる。石田の斬撃は並みの武道家では受け止めることすら出来ないであろう強力なものだった。それほどまでに早く、そして鍛えられているもの。

 

 だがそれは並みの武道家ならばの話しだ。この男、国吉灯は並みの武道家ではない。

 

 

 

「――はっ」

 

 

 

 灯は余裕を持って、鼻で笑いながら石田の斬撃を躱す。灯に取っては今の攻撃は遅すぎるようだ。

 

 

 

(おれの斬撃を軽々と躱した!? いや! まぐれだ!)

 

 

 

 石田は自分に言い聞かせる。目の前のこいつはまぐれで躱しただけ。次こそ仕留めると。間を置かずに直ぐ様第2撃、第3撃と繰り出していく。その斬撃は第1撃目と同じく、どれも鋭く、早いものだった。

 

 その連続で繰り出された斬撃ですら灯は軽々と躱していく、しっかりと石田の太刀筋を見て、鍛えられてるであろう斬撃を次々と躱す、躱す! 躱す!! 

 

 

 

「ち!」

 

 

 

 当たらないことに苛立ちを隠せないのか、石田は大きく舌打ちをしてなぎ払いを繰り出す。今までの斬撃に比べるとあまりにもおお振り、灯にとっては隙が出来たとしか言えないもの。

 

 だが灯は反撃を出すことなく、そのなぎ払いに合わせて大きく跳躍。そのまま工場の一部分、何かのタンクの様なものに片膝を立てて座り、上から石田を見下す。

 

 

 

「おいおいおい、そんなもんかよ。大将っつっても大したことねぇな。態々俺が出張る必要なかったじゃねぇか」

 

 

 

 灯はつまらなさそうな表情を浮かべながら石田を挑発する。明らかに石田を怒らせることを狙ってるかのような見え見えの挑発。

 

 そしてこの石田、灯の挑発を受け流すほど出来た人間ではなく、ましてや受け流せる状況ではなかった。

 

 

 

「きっさまーーーー!!!!」

 

 

 

 石田は怒りを爆発させ物凄い形相を浮かべながら灯を見る。その視線に対して、灯は悪戯っ子のような笑みを浮かべつつ、タンクの上から下りてくる。

 

 降りてきた瞬間、石田が猛スピードで灯に迫って来る。が、灯は笑みを崩さない。

 

 

 

「くらえ!! イナズマブレイド!!!!」

 

 

 

 電撃を帯びた力任せのなぎ払い。だが今まで斬撃の中で最も早い、そしてその分威力もある。その斬撃を灯は慌てることなく、しゃがむ事で回避、そして今度は隙を見逃さない。石田の顎目掛けてアッパーを繰り出す。

 

 

 

「な! ぐっはぁ!!」

 

 

 

 石田は刀をおお振りしているため避けることが出来ずにモロにくらってしまう。顎に攻撃をもらった事により体が言うことを利かず、意識が一瞬吹っ飛ぶような感覚に襲われた。その出来たチャンスで更なる追撃をかける。右足を前に掲げ、それを石田の腹めがけて真っ直ぐ放つ。俗に言うヤクザキックだ。

 

 

 

「ぐっほぉっ!!」

 

 

 

 石田は吹っ飛び工場の壁にぶつかったことで動きを止める。石田は動かない、いや動けない。この勝負は灯の勝ち、そして大将を討ち取ったことにより川神学園の勝ちだ。

 

 灯は首を動かし川神学園の生徒がいないか探す。大将を討ち取ったのだ、勝鬨を上げる必要がある。だが自分で上げるのはメンドクサイ。そのためそこらへんの生徒を捕まえて上げさせようと考えたのだ。

 

 辺りを探したのだが川神学園の生徒は見つからない。仕方ない、そう思った灯はこの場を離れて別の場所で探そうとした――その時

 

 

 

「くっ………おのれぇ…」

 

 

「ん、なんだまだ立つのか」

 

 

 

 石田が立ち上がってこちらに向かってきた。だが光龍覚醒は解けたのか、髪の色は元の黒色に戻り、戦闘力も落ちている。ましてやボロボロ。石田に勝ち目は到底なかった。

 

 

 

「今度はしっかりとどめをさしてやる」

 

 

 

 1つため息をついて体を反転させ石田に向かおうとする。すると――

 

 

 

「とどめは止めるんだ。決着は付いている」

 

 

 

 不意に肩を掴まれた。誰だ? そう思い灯は後ろを向く。するとそこにいたのは1人の少女だった。川神学園の制服を着ていて、髪型はポニーテールの黒髪。顔立ちは整っていて女性でありながらも凛々しい感じがした。何より目を引いたのは腰に刀を刺していることだ。

 

 

 

「天神館のお前もよく戦ったが限界だろう。ここまでだ」

 

 

 

 灯が話しかける前に、少女は石田に降伏を呼びかけた。その言葉の中には相手を労わる優しさが込められている。

 

 

 

「く……そ……」

 

 

 

 石田は灯にたどり着くことが出来ずに力尽きた。どうやら根性と怒りだけで立ち上がってきたらしい。

 

 石田が倒れたことにより、漸く落ち着くことが出来る。灯は少女に話しかけた。

 

 

 

「なぁ、君は誰だ? 俺は君みたいな可愛い子知らないんだが?」

 

 

「か、可愛い……よ、義経の名前は源義経と言う。今日からこの川神学園の2年S組に編入することになったんだ」

 

 

 

 源義経と名乗った少女は可愛いという言葉に困惑しつつも灯に自己紹介をする。

 

 

 

「源義経? それ日本の英雄様の名前じゃないか」

 

 

 

 灯が口にしたことは不思議以外の何にでもない。源義経とは過去の日本で活躍した英雄の名前、もう何年も前に死んだはずだ。

 

 

 

「義経は武士道プランの子なんだ」

 

 

 

「武士道プラン?」

 

 

 

 訳の分からない事だらけだ。だが灯は1度考えることを放棄して義経にあることを押し付けた。

 

 

 

「まぁ今は君が何者であろうと関係ない。それより義経ちゃん、1つ頼みがあるんだ」

 

 

「何だ、義経に出来ることなら頑張ろうと思う」

 

 

「勝鬨を上げてくれないか」

 

 

「え?」

 

 

 

 義経は思わず目が点になった。それもそうだろう、義経は戦っていない、ましてやこの東西交流戦に参加してないのだ。

 

 

 

「よ、義経が上げるわけにはいかない! 相手の大将を倒したのは君だ」

 

 

「だけど俺が上げるのはメンドイんだよね、だから1つ頼まれてくれないかな?」

 

 

「そ、そうなのか? なら」

 

 

 

 義経は大きく息を吸った。

 

 

 

「敵将!! 全て討ち取ったぞーー!!!!」

 

 

 

 義経の凛々しくて逞しい声が工場内に響き渡り、東西交流戦は幕を降ろした。



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3話 ~国吉灯、武士道プランを知る~

「フハハハハ! 皆の者ご苦労であったな!」

 

 

 

 交流戦が終わって場所を移し、今は工場からさほど離れていない港に2年生が集合している。そこで我が軍の大将であった九鬼英雄が労いの言葉を送っている。上から目線なのはご愛嬌だ。

 

 

 

「おい、キンピカ。誰だよこの可愛い子。S組って言ってんぞ」

 

 

 

 灯は英雄に対して義経の説明を要求した。それもそのはず、可愛い女の子を見逃すはずもない灯が知らない子なのだ。

 

 ちなみになぜ灯がキンピカと呼んでるのかと言うと――そのまんま、金色の服を着て登校しているからである。

 

 

 

「誰じゃその女? 此方も知らんぞ」

 

 

「俺も知らねぇなぁ。小さくもないから興味もないが」

 

 

「私も知りません。英雄、彼女は一体誰なのですか?」

 

 

 

 現S組所属の人たちもどうやら知らないようだ。

 

 

 

「我をキンピカと呼ぶでないわ! 彼女、義経は武士道プランの申し子だ」

 

 

「義経ちゃんも言ってたけど武士道プランって何だよ」

 

 

「明日の朝、テレビを見よ。それが1番手っ取り早いわ」

 

 

 

 英雄はこれ以上この子、武士道プランについて語るつもりはないらしい。

 

 

 

「……まぁいいか、可愛いし」

 

 

 

 灯も聞くのがめんどくさくなったようだ。軽くため息をついて、視線を英雄から義経ヘと移す。

 

 

 

「義経ちゃん、今から俺たち希望者は打ち上げに行くんだが一緒にこないか?」

 

 

 

 港についてからすぐ、風間が「打ち上げしよーぜ!」と言い出したことがキッカケで川神学園2年の生徒たち希望者を募って打ち上げをすることが決まっていた。そして決まれば話しが早く食のスペシャリスト熊谷満が店を繕い予約して、今現在、後は行くだけとなっている。

 

 

 

「えぇ! 義経も行っていいのか?」

 

 

「あぁ、今日編入で知らん奴ばっかりだが、気の良い奴らだからな。きっと楽しいぜ」

 

 

 

 義経は灯の言葉に心動かされそうになったが

 

 

 

「……誘ってくれたのは嬉しいけど、義経は明日の準備をしなきゃ行けないんだ」

 

 

 

 遠まわしに断りの言葉を伝えた。本当に申し訳なさそうな表情をしている。

 

 

 

「そうか、なら今度は一緒にな。んじゃまた明日」

 

 

 

 灯は仕方ない、そんな表情を浮かべつつも心から残念に思っている。

 

 

 

「! あぁ、また明日! えぇと……」

 

 

 

 義経はまた明日、この言葉が嬉しかったらしいだが――

 

 

 

「灯だ、国吉灯」

 

 

「うん! またな国吉くん!」

 

 

 

 名前が分からなかったがそれを感じ取った灯が直ぐ様名乗る。名乗った瞬間すぐ呼んでくれたのでやはり名前を知りたかったらしい。

 

 灯と挨拶した後、英雄に帰ることを伝えて港を去っていった。

 

 

 

「灯くん何してんのよ、早く行きましょう!」

 

 

 

 ワン子からもう出発することが伝えられたので義経から視線を外し、打ち上げメンバーに合流する。そして灯はあることで頭が一杯になった。

 

 

 

(どーやって教師にばれずに酒を飲むかなぁ……)

 

 

 

 バレたら停学ものの考えだった。

 

 

 

「どうしよう、ここからの帰り道がわからない」

 

 

 

 義経は帰り道が分からず、港で30分迷い続けることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東西交流戦が行われた翌日、川神市はある1つの話題で持ちきりだった。それは昨日英雄が言っていた武士道プランだ。

 

 武士道プランとは歴史的有名人である源義経、武蔵坊弁慶、那須与一を現在に転生させることである。

 

 様はクローンな訳なのだが、そのクローンが川神市にやってきて、尚且つ川神学園に編入して来るということだった。これで騒がない人はいないだろう。

 

 

 

(義経たちが編入してくるんだよな、義経があんなに可愛かったんだ。那須与一、武蔵坊弁慶がもし女だったらそっちも相当可愛いに違いない)

 

 

 

 灯も他の生徒たちとは少々ベクトルが違うが気にしている者の1人。

 

 

 

(いやだけど女である可能性は低いか…? いや、義経が女だったんだ。那須与一か武蔵坊弁慶どちらかが女であることは充分に考えられる……それとも九鬼がサプライズで他に編入してくる女子生徒を隠しているワンチャン……)

 

 

 

 朝から欲望全開の思考をしている灯。東西交流戦後という疲れるイベントが前日にあったのに関わらず遅刻しないのはこのような考えを昨日からしていたためである。こんな美味しいイベントに遅れるわけにはいかないと気合を入れて起床した。

 

 ちなみに酒は小島先生が目を光らせて飲むことが出来なかった。灯が早起き出来た理由には酒を飲まなかったことにもある。しょうがなく川神水で我慢したのだ。

 

 

 

(ん?)

 

 

 

 ふとある気配を感じ取ったので視線を向ける。その視線を向ける方向は前でも後ろでも左右でもなく上だ。

 

 

 

(モモ先輩かよ……お!)

 

 

 

 百代が大きく跳躍しながら前に進んでいる。そして灯には百代の下着――パンツが目に入ってきた。正確に言うと体ごと目線を少し動かして目に入れた。ちなみに色は黒だ。

 

 

 

(こりゃ朝から良いことがあったな)

 

 

 

 珍しく朝からテンションを高くして灯は学園へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 武士道プランの子たちが川神学園に編入する、ということで朝のHRが緊急の学年集会が開かれた。生徒皆、武士道プランの子が気になっているのかテンションが高い生徒が非常に多い。

 

 

 

「この川神学園に、転入生が6人入ることになった」

 

 

 

 学長である川神鉄心が全校生徒の前で武士道プランの詳細について話し始めた

 今話した内容を聞いて生徒皆が一斉にざわめき始めた。当初武士道プランの人数は3人で編入する人数も3人のはず。だがそれの倍、6人が川神学園に編入するからだ。

 

 

 

「おっしゃ! こりゃワンチャンくるかぁ?」

 

 

 

 灯は自分の考えが的中したと思いガッツポーズを決める。

 

 

 

「何ガッツポーズしてんだよ灯」

 

 

「予想が的中するかもしれないんだ」

 

 

「意味が分からん」

 

 

 

 隣にいた岳人が呆れた表情をしたが灯はそれを全く気にしていない。目を輝かせて学長の説明を聞いている。

 

 

 

「武士道プランの申し子たちは全部で4人じゃ。残り2人は関係者。まずは3年生、3年S組に1人入るぞ。葉桜清楚、挨拶せい」

 

 

 

 学長の声と共に、身のこなしをしなやかに、女の子が1人前に出た。そして壇上に上がっていく。

 

 その姿を見て男たちは彼女に釘付けになり、思わずため息を吐いた。なぜならば上がってきた彼女がとても可愛らしく、清楚だったからだ。

 

 

 

「こんにちは、初めまして、葉桜清楚です」

 

 

「これからよろしくお願いします」

 

 

 

 非常に透き通った声かつ、柔らかな態度で挨拶をした後、男子生徒のため息は歓声に変わった。一部の女子…百代からも歓声と文句が上がった。「可愛いのに何でSクラスなんだよー」っと。

 

 何人かの先生がうるさくなった生徒を静めようとするも効果は薄い。

 

 

 

「が、学長、質問がありまーす!!」

 

 

 

 福本育郎、通称ヨンパチが全校生徒の前に関わらず手をあげ質問していいかと許可をもらう。

 

 

 

「全校の前で大胆な奴じゃのう。言うてみぃ」

 

 

 

 学長が質問を許可する。そう、彼女には大きな謎が1つある。

 

 

 

「是非、3サイズと、彼氏の有無を……!」

 

 

 

 だがヨンパチがした質問はそんな謎とは一切関係ないものだった。

 

 

 

「この俗物がーっ!!」

 

 

 

 当然の如く、担任である小島先生が鞭を振るって教育的指導をする。叩かれた音は聞いているだけでも痛くなってくるようだった。

 

 叩かれて倒れながらも満足そうな笑みを浮かべているヨンパチに灯は

 

 

 

「ヨンパチ、彼女のスリーサイズはB82W57H81のCカップだ。メモしておけよ」

 

 

 

 彼が求めていた情報を事細かに伝えた。その表情は真剣そのものだ。

 

 

 

「さっすが灯!! 頼りになるぜぇ!!」

 

 

 

 ヨンパチは直ぐ様立ち上がり、満面な笑みを浮かべ灯に向かって親指を立てる。

 

 

 

「だろう」

 

 

 

 灯もヨンパチに向けてドヤ顔しつつ親指を立てた。無駄に洗練された特技が活かされた瞬間だった。

 

 ちなみに周りの男子生徒のほとんどが(灯……良くやった!!)っと心の中でガッツポーズを決めている。皆欲望に忠実なのだ。

 

 

 

「国吉、よくぞ見抜いた!」

 

 

 

 学長も喜んでいた。基本この学長もエロジジィなので喜ぶのは当然だ。ただ教職として今の反応は失格なのかもしれない。

 

 

 

「えぇっ…何で当たったんだろう!?」

 

 

 

 当人の葉桜清楚も自分のスリーサイズが当てられたことに驚きを隠しきれないようだ。

 

 

 

「彼氏の有無は……うぅむ、分からん」

 

 

 

 灯でも彼氏の有無は眼力で見抜くことが出来ないので、どう判明させるか悩むが

 

 

 

「国吉! いい加減にしないか!!」

 

 

 

 小島先生はいい加減、灯を止めないとマズイっと思ったのか一喝する。だが鞭は振るわない。

 

 2年の始めに鞭を数多く、本当にたくさん振ってきたのだが1発も当たらないからだ。自分の鞭が当たらなかったことに落胆し、驚いたが……5月の終わり、ついに彼女は鞭を振っても無駄だと悟った。それ以降口では叱るが灯に鞭を振るうことは無い。

 

 

 

「ごほん…それは皆さんのご想像にお任せします」

 

 

 

 葉桜は気を取り直し、恥じらいつつも何とか答え辛い質問に答える。その姿は非常に可愛らしいものだった。

 

 

 

 

 

 そして彼女、葉桜清楚の大きな謎とは――葉桜清楚、そのような英雄の名は聞いたことがない。

 それについての説明は本人からあった。葉桜清楚とはイメージでついた名前、つまり誰のクローンか教えてもらっていないのだ。本人曰く25歳ぐらいで教えてもらえるらしい。

 

 

 

「なるほど……どんな英雄なんだろう?」

 

 

 大和は誰もが思っている疑問を解決するために考える姿勢に入ろうとしたが

 

 

 

「大和、そんなことどうでもいいだろう」

 

 

「ん?」

 

 

「大切なのは葉桜清楚という女性が非常に可愛く魅力的だ! っということだ」

 

 

「……お前ブレないなぁ」

 

 

 

 灯に横槍を入れられたので考えるのを放棄した。その表情は呆れている、だがそれと同時にどんな状況でも変わらない灯にある種感心した。

 

 生徒皆のテンションが更に上がってきたところで次の武士道プランの子の紹介に入る。

 

 

 

「2年に入るのは3人じゃ。全員が2年S組に入る」

 

 

「ほー。此方たちのクラスとは命知らずな奴」

 

 

 

 2年S組の1人である不死川心が酷い発言をする。だがそれぐらい2年S組は競争心が激しく、見下し合いも激しいのだ。一般人よりも少し優れているぐらいじゃあっという間にS組から排除されてしまう、エリート中のエリートが所属するのがS組だ。

 

 

 

「まずは源義経、そして武蔵坊弁慶、両方女性じゃ」

 

 

 

 学長から紹介が入り2人の女性が姿勢良く歩いてきた。

 

 1人は武士道プランの代表格、源義経。凛としていて可愛らしいのが特長だ。そしてもう1人――非常に整った顔立ちでくせっ毛のある髪が特徴的、身長も高くモデルみたいだ。そしてグラマーな体型で色気が出ている。

 

 

 

「こんにちわ、武蔵坊弁慶です。これからよろしく」

 

 

 

 非常に落ち着いた様子で全校生徒に挨拶をする。その動作もどこか色っぽい。その色っぽさを見て男子生徒は大きな歓声が上がった。所々結婚してくれーと声が上がっているぐらいに。

 

 そしてその弁慶を見て灯は

 

 

 

「あの色気たまらんなぁ、同い年が出してる色気とは思わん」

 

 

「灯、さっきからニヤニヤ顔が止まってないぞ」

 

 

「にやけるのは仕方ないだろ」

 

 

 

 非常に満足そうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

「だけどな大和」

 

 

「うん?」

 

 

「あいつらよりまだマシだろ」

 

 

 

 そう言われて大和は灯が指差した方向を見る。

 

 

 

「べんけーい!! 俺様と付き合ってくれー!!!!」

 

 

「ヤベェ自然発射しそう!! たまんねぇなぁ!!!!」

 

 

 

 岳人とヨンパチが女性は受け付けないであろう、気持ち悪い表情をして叫んでいた。実際同じクラスメートである小笠原千花からは引かれている。男だって引いてしまうぐらい気持ち悪い。

 

 

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

「しっかし弁慶、美人だなぁ」

 

 

 

 その後義経が弁慶と葉桜に応援されつつ、模範的な挨拶を行なった、が灯はそんなの聞いておらず、ずっと壇上に立っている美少女3人組を見続けていた。

 

 挨拶が終わり最後の武士道プランの子であり唯一の男子、那須与一の紹介に入ろうとしたとき

 

 

 

「あれ? そう言えば与一はどこに行ったんだ?」

 

 

「ここ到着する時までは一緒だったよね」

 

 

「え! 本当だ、どこに行ったんだろう?」

 

 

 

 那須与一がいなくなった。義経と葉桜は慌てて壇上から与一を探したが見つからない。どうやら与一は脱走したらしい。弁慶は1人慌てずに探すことをせず、与一にどのようなお仕置きを持参した飲み物を飲みながら考えていた。

 

 義経は探すことを諦め、慌てて与一のフォローをしている、そのフォローとは別に灯はあることに気づいた。

 

 

 

「あれ? 弁慶の顔赤くなってね?」

 

 

 

 そう、弁慶の顔が先ほど自己紹介した時に比べて赤くなっているのだ。弁慶の顔が赤くなっていることに気づいた義経は

 

 

 

「弁慶! この場じゃ川神水を飲んじゃダメだー!!」

 

 

 

 慌てて飲むことを止めようとするがもう遅い。弁慶は既に出来上がっている。

 

 その出来上がった弁慶から川神水の説明が入った。本人曰く、川神水飲まないと体が震える、簡単に言えばアルコール(川神水)依存症であるらしい。そのため川神水が手放せないのだと。そして川神水を飲むためには学年4位以内に入り続けなければならないらしい。それを聞いてS組は対抗意識を燃やし始めたが

 

 

 

「酒(川神水)飲んでる弁慶美人だな」

 

 

 

 そんなこと灯には関係がなかった。彼にとってようは美人か、可愛いか、そうでないか、それが重要であるのだ。

 

 

 

 次に武士道プラン関係者の紹介に入る。どちらとも1年生に入るらしい。

 

 学長から紹介にはいろうとした瞬間、大量の執事服を着た人物が現れた。そして学園の正門に車、リムジンが到着する。その大量の人間たちが車から壇上まで、2人で肩を組み人間の橋を作った。その人の橋をある人物が歩いてくる。その人物は女性であり、同学年の女子と比べたら随分小さい。手には扇子を持ち制服ではなく着物を着ている。そして何より目立つのは額に入っているバツマークだ。これは2年、いや全学年が見たことあるマーク。

 

 

 

「我、見参である!! 我の名は九鬼紋白!! 気軽に紋様と呼ぶがいい!!」

 

 

 

 そう、九鬼一族に見られるバツマーク。彼女は九鬼家の次女であり、英雄の妹である。

 

 

 

「大量の人間が現れた瞬間嫌な予感しかしなかったが……」

 

 

「九鬼くんの一族が編入してくるとはねー」

 

 

 

 灯は嫌な予感が当たりゲンナリとした顔をしている。ワン子は自分が苦手としている九鬼英雄の一族が入って来て怯えている。その他多くの生徒が呆れている。それほど派手な登場だった。いや、呆れている中に1人歓喜の声を上げている人物がいた。

 

 

 

「うおおおお!!!!!! 体に電流が走った!! 彼女いや紋様は俺の女神だ!! いや天使だ!! いや神様だ!!」

 

 

「あずみ、黙らせろ」

 

 

「キャルルーン!! 分かりました英雄様!!」

 

 

 

 その人物はあっという間に黙らされた。その騒いだ奴に薬を打ったような気もしたが誰もが見てみないふりをした。

 

 そして紋白のパフォーマンスとも言える自己紹介を終えたあと、もう1人の編入生の紹介に入った。しかしその人物が紹介された瞬間全生徒が呆気にとられた。なぜならば、その人物は生徒たちの年齢に+50歳ほどした年齢だったからだ。

 

 

 

「ヒューム・ヘルシングです。皆さんよろしく」

 

 

 

 挨拶されても納得出来ないものは出来ない。どのような反応をとっていいかわからないのだ。話しが合わないっというかどうコミュニケーションをとっていいかも分からない。

 

 

 

(…………)

 

 

 

 ただその中で灯はヒュームの姿をジッと、この川神市に来て1番真面目な顔をしているかもしれない、そのぐらい真剣にヒューム見ている。

 

 

 

(……ほぉ)

 

 

 

 ヒュームも灯の姿を見つけて思わずニヤけてしまう。面白い奴を見つけた、その感情が隠しきれない。

 

 

 

「あ、それともう1つ」

 

 

 

 自己紹介が一区切りついたところで学長がもう1つ、皆に知らせたいことがあると言い出した。

 

 それは川神学園に教師として全米チャンプのカラカル・ゲイルと、その弟でコンピュータ制作の天才カラカル・ゲイツが来たということ。

 

 その紹介が終わったところで全校集会が終わった。この川神学園で最も濃い学年集会であったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は放課後、英雄たちが編入して来た、と言っても普段通りの授業が行われた。

 

 灯は帰りのHRが終わったので、S組に向かおうと席を立ち教室を出、S組の前に到着すると

 

 

 

「通行止めだ、ここは通れないと知りなさい」

 

 

 

 マルギッテが扉の前に立ちふさがった。

 

 この扉を防いでいるのはマルギッテ・エーベルバッハ。クリスと同じドイツからの留学生でクリスの護衛兼お世話役だ。そして現役ドイツ軍、猟犬部隊のリーダーである。勿論戦闘力は高い、が

 

 

 

「んな固いこと言うなよマルギッテ」

 

 

「! 国吉灯!!」

 

 

 

 灯に敗北している。

 

 クリスが灯に負けた次の日、マルギッテが物凄い形相で灯に勝負を挑んできたのだ。流石の灯もこの時は美人とか思う前に驚いていた。その時の表情は殺人鬼のようだったとのこと。これは勝負を断れないと思ったのか、灯も戦闘での勝負を承諾。マルギッテは眼帯を取り、本気を出して挑んだものの、灯の拳の前に沈むことになった。最初はトンファーを用いて、嵐のような勢いで攻撃を仕掛けてきたものの、1発のカウンターを喰らったことで状況は逆転。そのまま拳を腹に3発打ち込まれ決着が付いた。

 

 戦闘後、クリスの詳しい説明が入り突然襲ってくることはなくなったのだが、負けたことが悔しかったのか百代と同じく何度か勝負を吹っかけてる。

 

 

 

「俺は義経ちゃんとか弁慶ちゃんとちょーっと話したいだけだって」

 

 

「その様な野次馬がたくさん来ている。平穏が乱される知りなさい」

 

 

 

 流行り一目近くで見ようと思う人は多い。何せ歴史的英雄のクローンだ。マルギッテも無意味な野次馬がたくさん来ることを嫌ったのだろう。

 

 

 

「どうしても通りたいというのなら……私と勝負しなさい」

 

 

「ほう、ではでは勝負しようか」

 

 

 

 その瞬間灯はマルギッテの背後へと回り込む。そして

 

 

 

「!! な! 何をしている!!」

 

 

 

 その大きな胸を揉みくだいていた。左手は服の上から、右手は服の中から直に触っている。とんでもない早業だ。

 

 

 

「おーやっぱりいいなぁ」

 

 

 

 灯は非常に満足そうに胸を触っている。

 

 

 

「くっ……ぁ」

 

 

 

 マルギッテは力を入れようにも力が入らない。今まで感じたことがない感覚に戸惑っているのだ。

 

 5秒ほど触ったあと、灯は胸から手を離した。今回の目的は義経と弁慶であり、マルギッテではない。

 

 

 

「じゃあな、マルギッテ。今度また遊んでやるよ」

 

 

 

 灯は悠々とS組入っていく。マルギッテはそれを見ることしか出来なかった。セクハラとして訴えればいいのに。

 

 入って義経と弁慶を探す、するとすぐ見つかった。彼女らはほかの人たちと比べてオーラが全然違う、見つけやすいのだ。

 

 

 

「おーい、義経ちゃん」

 

 

「あっ!」

 

 

 

 灯の呼ぶ声に義経が反応する。反応した義経の声はどことなく嬉しそうだ。

 

 

 

「昨日は誘ってくれたのに行けなくて申し訳ない」

 

 

「んなこといちいち気にすんなよ」

 

 

 

 義経は昨日行けなかったことが気にかかっていた、非常に真面目な彼女らしい。

 

 

 

「あ、弁慶と与一を紹介する! おーい、弁慶、与一、こっちに来てくれ」

 

 

 

 弁慶は気だるそうに机から立ち上がり、スーっと向かってきた……与一をアイアンクローで引っ張りながら。

 

 

 

「よろしくな、弁慶ちゃん。俺は国吉灯」

 

 

「ふーん、お前が国吉灯か」

 

 

 

 弁慶が何か見定めるような目で灯を見てきた。

 

 

 

「ん、俺こと知ってるのか?」

 

 

「交流戦が終わって帰ってきた義経から聞いたんだ」

 

 

 

 見定めることを辞めて、弁慶よりも若干身長が高い灯の目を見ながら言う。

 

 

 

「義経ったら国吉くんに打ち上げに誘われたけど行けなかったって、喜んでいながらも落ち込んでいたんだよ」

 

 

「弁慶! それは言わないで欲しかった」

 

 

「ふふ、そん時の義経が可愛くてねー」

 

 

 

 弁慶が義経の頭を幸せそうな顔して撫でる。彼女らがいつもしているコミュニケーションだ。

 

 

 

「これからも義経と仲良くしてやってね」

 

 

「勿論、んで弁慶ちゃん、君とも仲良くしていきたい」

 

 

「何か違和感、私のことは弁慶でいいよ」

 

 

「んじゃそう呼ばしてもらうよ。弁慶」

 

 

「ん、川神水、飲む?」

 

 

 

 スペアの盃に川神水を注ぎ灯に渡してくる。川神水(酒)が大好きな灯が断る理由はない。

 

 

 

「遠慮なく」

 

 

 

 受け取り一気に飲み干す灯。そして

 

 

 

「川神水・竹か、飲みやすいよな」

 

 

「おー川神水の銘柄を当てるとは」

 

 

 

 川神水の銘柄をピタリと当てたことに弁慶は感心した。

 川神水には様々な銘柄があって今日弁慶が持ってきた川神水は川神水・竹。最も川神水としてポピュラーなものであり、値段も手頃で売られている。

 

 

 

「ふふ、国吉とはこれから良い川神水が飲めそうだ」

 

 

「弁慶も義経ちゃんも、灯って呼んでくれ」

 

 

「これからよろしく、灯くん!」

 

 

 

 弁慶は同じ川神水仲間が出来たと思ったのか嬉しそうだ。義経は灯が到着してからずっと嬉しそうな表情をしている。

 

 

 

「貴様どこの機関のものだ」

 

 

 

 アイアンクローの痛みから復活したのか、与一が会話の中に混じってきた。

 

 

 

「機関?」

 

 

「あー与一は中二病なんだ」

 

 

「なるほどな」

 

 

 

 灯は弁慶の超簡潔な説明で充分与一のことが理解出来た。

 

 

 

「俺はどこの機関のものでもないぞ」

 

 

「嘘だな、俺には分かる。何が目的でここに来た」

 

 

「義経ちゃんと弁慶と仲良くなりに」

 

 

「ふ、なるほど。まずは俺に近づく前の身辺調査からか」

 

 

「お前人生楽しそうだな」

 

 

 

 与一が灯に対して無駄に警戒していると

 

 

 

「こーんにちわー」

 

 

 

 ワン子を先頭としての風間ファミリーがS組にやってきた。

 

 

 

「お、灯いたのか!」

 

 

「とするとあの扉の前で赤くなっていたマルギッテは」

 

 

「俺がやった」

 

 

「灯、お前マルさんに何をしたんだ」

 

 

「勝負して勝ったんだ」

 

 

「その勝負の内容を聞いてみたいよ」

 

 

 

 その後は風間ファミリーを合わせて、弁慶、義経たちとの会話が遅くまで続いた。途中で百代が乱入してきて義経に勝負吹っかけてきたり、弁慶と乳比べしたり(灯ご満悦)色々なアクシデントは合ったが。

 




 もっと書き溜めしてから投稿したかったのですが、我慢できずに投稿。作者としては、感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。


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4話 ~国吉灯、動かない~

主人公なのに動かないとか


 放課後、第2茶道室。

 

 そこには現在灯、大和、2年S組担任の宇佐美先生がいた。大和と宇佐美は将棋を打って、それを灯はポテトチップスを寝っ転がりながら食べながら見ていた。

 

 今3人がいるこの教室、どの部活動でも授業でも使われないので宇佐美が私物化してしまったのだ。そのおこぼれにありついたのが灯と大和。大和は1年生の時の担任が宇佐美であったので、直接宇佐美から誘われてこの教室に、灯は授業をサボって第2茶道室で昼寝していた所を宇佐美に見つかりそれからこの教室を使うようになったのだ。

 

 

 

「なぁお前ら、どうしたら小島先生落とせると思う?」

 

 

 

「その質問何度目だよ、もう諦めろって」

 

 

 

 灯が呆れつつ宇佐美に目線を向ける。とても教師に向ける目ではないが宇佐美はそれを気にしない。

 

 

 

「人間諦めないことが重要だとオジさん思うんだ」

 

 

「もう50近くも案を出して実行したのに落とせてない、なのに諦めないって単語が出るとは……」

 

 

 

 最初宇佐美からその質問を聞いた時は真面目に考えていた灯と大和だが、どんな作戦を考えてそれを実行に移しても全く上手くいかないのだ。

 

 ここまで来ると宇佐美に気はなく脈もないと、考えるのが普通だが宇佐美は諦めていなかった。既に灯は諦めかけている。

 

 

 

「それは出した案がダメだったんだ。ホラお前たちさっさと案だせ」

 

 

「このオジさん全く現実見てねぇな」

 

 

「見たくないの間違いだと思うぞ」

 

 

 

 パリッと灯がポテトチップスを食べる音が響く。

 

 

 

「このオジさんのどこがダメなんだ」

 

 

 

 その言葉を聞いて灯は宇佐美の見た目や性格などなどを思い出してみる。

 

 性格はだらしなくてズボラ、非常に怠慢である。宇佐美が行う授業と、この教室での態度を見ていれば怠慢であることは理解出来る。見た目も無精ヒゲが伸びて整えようともしていない。ついでにお金に関すること、学園から貰う給料に代行業をやり稼いでいるも、その稼いだ分使うので貯金ゼロ。

 

 

 

「全部に決まってるだろ」

 

 

 

 灯が出した結論は間違ってはいない。

 

 

 

「だよなぁ……」

 

 

 

 自分でもどこがダメ、いや全てがダメってことが分かっていたのでひどく落ち込んでしまった。

 

 

 

「涙拭けよヒゲ先生」

 

 

「ここまでやって仲が進展しないのも凄いよな」

 

 

 

 灯と大和が知る限り、彼らが1年生の時から宇佐美は小島にアタックし続けている。いつからアタックしているか直接聞いてはいないが、きっと宇佐美と小島が同じ職場になってからずっとアタックし続けているのだろう。

 

 

 

「先生たちの飲み会をたくさん開いて、そこで仲良くなればいいんじゃないですか?」

 

 

 

 大和が1対1ではなく、多人数いるとこで仲良くなればいいと提案するが

 

 

 

「それだと小島先生全く相手してくれなくなるんだよな、それとこの場じゃ敬語いらないって」

 

 

 

 既に試してダメだったらしい。

 

 大和は将棋を打ちつつまだ真面目に作戦を考えているが、灯はもう考えることを放棄したらしい。ポテトチップを眠そうに食べている。

 

 すると3人はスタスタとこちらに向かってくる足音が聞こえた。

 

 

 

「ヒゲ先生に何か用じゃない?」

 

 

「通りすぎるだろ、こんな空き教室用ある奴いないって」

 

 

「何か部活で使う物とか取りに来たんじゃねぇの?」

 

 

 

 誰もがこの教室には興味なくて通りすぎるだろうと思っていたが、その予想は裏切られることになる。この部屋の前で足音が止まり、扉が開いた。

 

 

 

「おー、いい感じの部屋にいい感じにだらけているね」

 

 

「お! 弁慶じゃん」

 

 

 

 弁慶だった。いつも通りに手には瓢箪を巻きつけて、腰には盃を付けている。

 

 弁慶は灯の向かい側に座り川神水を盃に注ぎ始めた。くつろぐ気満々らしい。

 

 

 

「私は決闘から逃げてきた。すると非常に落ち着けそうな場所が、いていいよね?」

 

 

 

 やはり英雄のクローンと言うことで手合わせして欲しい生徒などが多いのだろう。しかし弁慶は怠慢な性格のためめんどくさがって中々決闘を受けない。なので断ることが多いのだが、中には強くお願いしてくる奴もいる。その人たちから逃げてきたのだ。

 

 

 

「ここはオジさんと国吉と直江の会議室だぞ」

 

 

「会議してる内容無意味なことばっかりだけどな」

 

 

「中身のある会話をした記憶がない」

 

 

 

 ここで話す内容は残念なものばかりだ。

 

 

 

「だが弁慶が来た事でこの部屋に華が出たな」

 

 

 

 灯は美人である弁慶が来た事で眠気が吹っ飛んだようだ。寝っ転がっていた体制からあぐらをかき体制を整える。

 

 

 

「灯がいるんだ、乾杯しようか」

 

 

 

 スペアの盃に川神水を注いで灯に渡す。それを嬉しそうに灯は受け取る。川神水は酒飲みにとって嬉しいものなのだ。

 

 

 

「3人はいつもここでダラダラしてるの?」

 

 

「オジさんは生徒との触れ合いと言うお仕事中」

 

 

「現実の仕事から逃げてるだけだろうが」

 

 

 

 実際宇佐美はやらなければいけない仕事をやらずにこの教室に来ることは多い。本人曰く、メリハリをつけてやるのが重要らしい。

 

 

 

「居心地が良さそうだ。私も気が向いたらここに来よう」

 

 

「ここに、だらけ部に入るためのテストだ。久しぶりの休日。さて何をする?」

 

 

 

 宇佐美の質問に弁慶はすぐに答えを出す。

 

 

 

「朝から川神水飲んで、お昼にDVD見ながら川神水飲んで、夜に川神水飲んで寝たい」

 

 

「合格だな。こいつはかなりの逸材だぞ」

 

 

 

 今の答えは宇佐美の合格基準を遥かに超えるものだったらしい。直ぐ様合格を出す。

 

 

 

「国吉、お前ならどうする?」

 

 

 

 川神水をチビチビと飲みつつ、ポテトチップスを食べている灯に先ほどと同じ質問を投げかける。

 

 

 

「お昼の1時に起床。ボーッとしてたら1日が過ぎる。夜は酒飲んで寝る……ん、ポテチもうないのか」

 

 

「一部聞いてはいけないことを聞いた気がするが…最高だな」

 

 

「とても学生の行動とは思えないな」

 

 

 

 灯が言ったこの休日の過ごし方、とてもじゃないが学生がするような行動ではない。もったいなさすぎる。

 

 

 

「アッハハハ、灯は面白いね」

 

 

 

 ただ弁慶はこの灯の回答を気に入ったらしい。川神水も飲んでいるので上機嫌だ。

 

 

 

「お前と遊んだら面白そうだ」

 

 

 

 そう言うと空になっている灯の盃に川神水を継ぎ足していく。

 

 

 

「将棋盤の上で川神水注ぐなよ」

 

 

「もうちょっとで決着つくからいいだろ、今回もヒゲ先生の負けで」

 

 

 

 大和と宇佐美はこの教室に来た時、宇佐美が緊急で呼ばれない限り将棋を1局以上打っている。そして結果は毎回宇佐美の負けだ。その負けた分のツケがどんどん溜まっていっているが、宇佐美がそのツケを消化しようとする気は全くなさそうだ。

 

 それに対して大和はそれを見逃している。宇佐美に頼みごとが出来た時にそのツケを楯に交渉する気であるからだ。

 

 ちなみに灯は最初は宇佐美とも打っていたが、今では大和としか打たない。それもたまーにだ。その理由は簡単、灯が強すぎるからだ。宇佐美では相手にならない、大和も負け続けている。大和は勝ちたいと思って何ども特訓して挑んでいるのだが、それでも勝てない。

 

 

 

「今に見てろよ、ここから巻き返して…っ!」

 

 

「王手」

 

 

「……どうにもならないことってあるんだよな」

 

 

「諦めたらダメってさっき言ってたばっかりだろ」

 

 

「人間諦めが肝心なんだよ」

 

 

「おかしい、言ってることが180度変わっている」

 

 

 

 決着が付いたらしい。結果は大和の勝ち、これも何時も通り。

 

 

 

「しかし川神水飲んでるとつまみが欲しくなるな、今度持ってくるか」

 

 

 

 ノンアルコールいえど場酔出来る川神水だ。だんだんと食べ物が欲しくなってくる。

 

 さっきまでポテトチップスを食べていたが足りなかったらしい。

 

 

 

「お、灯がつまみ持ってくるのなら私は来ないと行けないな」

 

 

「弁慶と一緒なら更に美味しく飲めるからな、つまみぐらい提供するさ」

 

 

「言うね~期待しちゃうよ」

 

 

 

 弁慶はニンマリと笑顔を浮かべて川神水を飲む。本当に幸せそうだ。

 

 灯と弁慶は飲みながら、大和と宇佐美は将棋を打ちながら、とりとめもない会話が日が暮れそうになるまで続いた。

 

 ちなみに将棋は宇佐美の全敗。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり日が暮れてしまった」

 

 

「時が過ぎるのは早いね」

 

 

「ずっと川神水飲んで将棋打っていただけでここまで時間が過ぎるとは」

 

 

 

 日が暮れ、流石に帰ろうと思い3人揃って下駄箱に向かう。本人たちもこの時間まであの教室で過ごすとは思ってなかった。

 

 

 

「お、靴箱に手紙が」

 

 

 

 弁慶が靴箱を開けるとそこには1通手紙が入っていた。

 

 

 

「古風なやり方だな、果たし状? ラブレター?」

 

 

 

 灯の言う通り、この時代にしては随分と古いやり方である。勝負を挑む果たし状、交際を申し込むラブレター、どちらともだ。

 

 

 

「ラブのほうだ、しかも3年生。年上興味ないんだよねー」

 

 

「意外だな、年上の方が好みかと思っていた」

 

 

 

 大和が弁慶の言葉に反応する。どうやら彼は弁慶は年上好きだと思っていたらしい。

 

 

 

「大した理由じゃないんだけどね、どーも気を使ってしまう」

 

 

「ほう、なら俺はどうよ? 気は使わない相手だとは思うぞ」

 

 

 

 美少女、美女大好きである灯はすかさず自分を売り込む。

 

 

 

「う~ん、悪くはないけどもう少し分かり合ってからかな」

 

 

 

 いくら灯が弁慶に好印象を持たれているとしてもまだ出会って2日目、弁慶がそういうのも納得である。

 

 

 

「まぁそうだろうな、これでオッケーとか言われたら逆に驚くわ」

 

 

 

 灯も冗談で言ったのだろう、弁慶のその返しにも答えた様子はない。苦笑いして場を流す。

 

 

 

「ちなみに大和はどうよ、こいつも気は使わない相手だ」

 

 

「勝手に巻き込むなよ」

 

 

「大和も悪くはないけどなー」

 

 

 

 大和も弁慶の中では評価は低くないらしい。流石人付き合いが得意なだけある。

 

 

 

「灯はモテてるんじゃない?」

 

 

「コイツの場合普段の行いがなぁ」

 

 

「大和クゥーーン、喧嘩なら買うぞ」

 

 

 

 灯は顔は良い。それこそエレガンテ・クワットロに入ってもおかしくはないぐらいだ。だがその性格が足を引っ張っている。女子学生にセクハラするわ、基本自分勝手にしか行動しない人なのでエレガンテ・クワットロ入りは果たしてない。

 

 灯が大和にアイアンクローをしようと手を伸ばしたところで校庭から大歓声が3人の耳に届いた。

 

 昨日の昼休みから義経との決闘が盛んになった。それは放課後にも行われており、今日の放課後にも行われているようだ。

 

 

 

「お、主が頑張ってるな」

 

 

「よし、行ってみよう」

 

 

 

 弁慶が義経の勇士を見ようと動き出した、大和がそれに便乗して校庭に移動した。灯のアイアンクローなんか喰らいたくないからだ。

 

 

 

「ち、逃がしたか」

 

 

 

 灯は引きつった顔をしつつも、弁慶と大和に続いて校庭に移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3人が校庭に出た時決闘はまだ行われていた。義経と決闘しているのはワン子だ。

 

 

 

「お、決闘してるのワン子ちゃんだ」

 

 

「本当だ」

 

 

 

 ワン子は手数多く薙刀を振って義経に攻撃を仕掛ける。薙刀を振るうスピードはとても早い。風を起こすかの様な勢いで薙刀を振るい続ける。

 

 だがそれを義経は冷静に受け続ける。しっかりと自慢の刀で迫りくる薙刀を捌いて反撃のタイミングを伺っている。刀と薙刀がぶつかり合うことで火花が散る。

 

 ワン子も同じくタイミングを伺っていた。狙うは義経が捌ききれないほどの強烈な一撃、それを放つ。そのためには多少の隙を作らないといけないのだが、義経にその隙はない。

 

 

 

(このままじゃ埒があかないわね……っ!)

 

 

 

 義経との打ち合いの中ワン子は焦っていた。義経の捌くスピードが上がってきているのだ。このままだと押し切られる可能性が高い。それならばここで仕掛けて取りに行くしかない。

 

 ワン子は薙刀の切り上げ攻撃を仕掛け、義経に下で薙刀を受けてもらう。その瞬間素早く薙刀を引き、すぐに叩きつける一撃を放つ。

 

 

 

(これはガード出来ないはず!)

 

 

「ワン子ちゃん焦っちゃダメだろー」

 

 

 

 灯はワン子の行動を見て確信した。この勝負義経の勝ちだと。

 

 義経はそれを受けることなくバックステップし、高威力の攻撃を避ける。そして直ぐ様ワン子の懐に入り逆に一撃を与える。

 

 

 

「っうわぁ」

 

 

 

 それが見事に決まりワン子は倒れる。決着が付いた。その瞬間ギャラリーのテンションは最高潮になった。

 

 

 

 

 

 ワン子が今日の義経最後の相手だったらしく、試合が終わって30分しないうちに大量のギャラリーはいなくなっていた。

 

 ワン子と義経、それにワン子の決闘を見ていたクリスと京がグラウンドの端で談笑している。それに灯と弁慶、大和は近づいていく。

 

 

 

「あ、大和! それに灯くんに弁慶も」

 

 

 

 近づいてきたことにワン子が気づく、それに続いて残りの3人も灯たちがいる方向へと目線を向ける。

 

 

 

「ワン子ちゃん最後焦ったな」

 

 

「そうね…」

 

 

 ワン子は落ち込んでしまう。やはり負けたことが悔しいらしい。

 

 

「灯ならどうやって捌く?」

 

 

 

 灯の強さだけは認めているクリスが対処法を尋ねる。

 

 

 

「ふむ、ワン子ちゃんの立場で言うなら1度薙刀で大きく弾き飛ばして体制を立て直すべきだったな。義経ちゃんの打ち合いのスピードが早くなってきてたから仕切り直すためにな。その後はリーチを活かして牽制しつつ、隙が出来たと思ったら突き技で攻めるべきだ。刀では切り返しにくいしな。薙刀のおお振りは隙が大きいから義経みたいなスピード重視の相手にはあんま出さない方がいいぞ」

 

 

 

 灯が丁寧に対処法を言う。その対処法を聞いて皆は感心する。

 

 

 

「びっくりするぐらいしっかり見ているね」

 

 

「なるほどね、次戦う時の参考にするわ!」

 

 

 

 京は灯がここまで詳しく解説してくれたことに多少驚いている。ワン子は素直に参考にするようだ。

 

 

 

「義経は驚いている。灯くんは随分分析が上手いんだな」

 

 

「ふーん、灯やるなぁ」

 

 

「これでワン子ちゃんが強くなれば俺の戦闘での出番が減って負担も減りそうだし」

 

 

「少しは見直したかと思えば」

 

 

 

 クリスも対処法を聞いて内心驚きつつも呆れた表情をしている。どこまでもだらしない男だと。

 

 先ほどの戦闘の感想を言いつつ帰るために校門へ足を進める。すると校門である人物にあった。

 

 

 

「ふははーさらばだー」

 

 

 

 九鬼紋白だ。S組のクラスメートに向かって手を振りつつ見送ってる。近くにはクラウディオが紋白を迎えに来ている。

 

 

 

「おぉ義経! 弁慶!」

 

 

 

 校門から出てくる義経と弁慶を見つけて彼女らがこちらに来るのを待つ。

 

 そこで周りにいる人たちを紹介してもらおうかと思っているのだ。

 

 狙い通り紹介してもらう。ワン子にはちょっと突っかかりそうになったがそこはクラウディオのフォローで事なきを得た。京には名刺を渡して九鬼に来てもらおうとする。クリスには挨拶しただけで何もなかったが、それは彼女が将来ドイツ軍に所属することを知っているからだろう。大和も挨拶されただけで大きな出来事はなかった。が

 

 

 

「それでこちらが国吉灯さんだ」

 

 

「どうも、これからよろしくな。ちびっ子」

 

 

 

 灯は紋白のことをちびっ子と呼んだ。理由は簡単、紋白は身長が低いからだ。何せ2年S組のロリコンが忠誠を誓うほどの存在、身長も小さいに決まってる。

 

 

 

「む、我のことをちびっ子と呼ぶでない!」

 

 

 

 紋白はその呼び方が気に入らなかったのか、訂正するように求めたが

 

 

 

「つってもなーちびっ子はちびっ子だし」

 

 

 

 灯は呼び方を変えない、そして様付けをする様な男でもない。英雄ですらキンピカと呼んでいるぐらいなのだから。

 

 

 

「うー」

 

 

 

 紋白は唸る。反論したいところだが、自分が背が小さいことは紋白自身良く理解しているからだ。

 

 

 

「これから大きくなることを期待してるぜ」

 

 

 

 間違いなく将来を見越しての発言である。

 

 

 

「国吉様、紋白様のことは紋様と呼んでいただけませんか」

 

 

 

 クラウディオが灯にそうお願いするもあまり効果はないと思っている。この男が簡単にこちらに従うとは思っていないし、灯のヘラヘラした顔がより一層従わないと語っている。

 

 

 

「まぁ、気が向いたら呼ぶ」

 

 

 

 気が向くことはないと、この場にいる全員がそう思った。

 

 

 

「むー……仕方ない。今日のところは引き上げよう」

 

 

 

 紋白はこの場は諦めて帰ろうとする。この後もスケジュールが詰まっているのだ。ここで大きく時間を取られると後後大変になってくる。

 

 義経たちも紋白に続いて帰るようだ。校門前で別れた、また明日、と。

 

 

 

「んじゃ俺も帰るかな」

 

 

 

 灯も大和たちと別れて帰宅する。大和たちが住んでいる島津寮とは方向が違うのだ。灯は帰りながら考える。今日晩飯作るのめんどくさいな。




感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

さて、日常多めで行くか、イベントちゃっちゃか進めるか迷いますね。


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5話 ~国吉灯、本音を語る~

 時は深夜と言ってもいい時間帯、場所は川神院より少し離れた森の中。そこに2人の姿が見える。

 

 1人は川神院の総代川神鉄心、もう1人は九鬼家従者部隊の永久欠番であるヒューム・ヘルシング。川神院で酒を飲みながら今の武道家たちの現状について語ろう、と思った時にヒュームがある物音と気配をキャッチ。その正体を確かめようと思い、音のする方へ、気配のする方へと向かっていた。

 

 

 

「お主よく気がついたの」

 

 

「お前が気を張ってないから気づかないだけだろ」

 

 

 

 2人は無駄口を叩きつつも森の中を進んでいく。進むにつれて物音と気配が大きくなってくる。気配の正体は人だ。人が何かをやっているのだと感じ取れる。さらに進んでいくと音の正体も分かってくる、人の呼吸音だ。

 

 森を進んでいくと少々広い広場に出た。木で周りが囲まれていて、木がないところはぽっかりと穴が空いているように思える。そしてその中心には2人が予想通り人がいた。

 

 そこにいた人物は6月だというのに上はタンクトップ1枚だけでいる。下は有名メーカーのジャージを履いているがこの時期の服装ではない。だが寒そうには見えない。なぜならばその人物の顔、いや体全体汗だらけなのだから。

 

 汗だらけで何をしていると思えば腕立てだ。逆立ちをして右手だけで腕立て伏せをしている、しかも非常にゆっくりとしたペースで、姿勢良く。

 

 その姿を見て鉄心は目を少しだけ大きくして、声を出さずに驚いた。いや、鍛錬していることに対して驚いているわけではない。鍛錬している人物を見て驚いている。

 

 鉄心に対してヒュームは反応と言う反応はせず、ただその鍛錬している姿を見ている。ジッとその者の動き1つ1つを確かめるかのように。

 

 

 

 

 

 鉄心とヒュームがその姿を見続けて大体3分ほどたっただろうか。その人物は足を地面につけ、腕立て伏せをやめる。そして1回大きく息を吐いたあと、鉄心とヒュームのほうに視線を移す。どうやらそこに2人がいたことに気づいていたようだ。

 

 

 

「何のようだ」

 

 

 

 その人物は国吉灯、川神学園を代表する有名人の1人。その表情はいつも学園で見る表情とは違う。目を鋭くさせ、まるで鉄心とヒュームを威嚇してるかのようだ。

 

 

 

「ふん、少し物音と気配を感じたから何者だと思ったら…貴様がいただけのことよ」

 

 

 

 ヒュームが灯に怯えることなく答える。不敵な笑みを浮かべて何とも余裕そうだ。彼はちょっとやそっとじゃ怯えたり何かしない。九鬼家従者部隊永久欠番はどんな相手を目の前にしても常に余裕を持っている。

 

 

 

「まさかお主がこんなところで鍛錬しているとはの、考えもしなかったわい」

 

 

 

 鉄心も怯えることなく灯の問いに答える。鉄心もちょっとやそっとじゃ怯えたりはしない。だが表情はヒュームと対して随分真面目だ。

 

 灯はその2人の答えを聞くと2人から視線を外し、近くの木に置いてあるスポーツドリンクを一口飲み、タオルで顔と上半身の汗を拭く。その後履いているジャージと同じメーカーである長袖のトレーニングジャケットを羽織り、鉄心とヒュームがいる方向へと向かう。

 

 

 

「2人共俺に話したい事が出来たろ? 俺も聞きたいことがあるんだ、ここで話すのもなんだから場所を移そう」

 

 

「それは構わんが、お主もういいのか?」

 

 

「今日やろうと思ってたメニューは全部やった。問題はない」

 

 

 

 灯がズバリと言い切る。何の問題もない、そんな雰囲気が出ている。

 

 

 

「なら川神院に行くかの」

 

 

「モモ先輩とかワン子ちゃんが来るとかないよな?」

 

 

 

 この2人とは別段仲が悪いわけじゃない、むしろ仲は良い方だと思っているし周りもそう認識しているだろう。だが今回は川神院に住んでいるクラスメートと先輩には会いたくないらしい。

 

 

 

「そこは大丈夫じゃ、2人共寝てるだろうしの」

 

 

 

 それはいらぬ心配らしい。ワン子は規則正しい生活をしているためこの時間は寝ている。百代は夜更かしすることもあるが、ヒュームが川神院に訪れた時に来なかったので寝ているのであろう。

 

 この2人が起きてこないとなれば話は早い。鉄心、ヒューム、灯の3人は川神院目指して森の中を歩く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川神院に着いた3人は縁側に腰をかける、今川神院は誰1人として鍛錬していないので非常に静かだ。ここでなら落ち着いて話すことが出来る。

 

 

 

「さて…鉄心さん、ヒュームさん、何が聞きたいんだ」

 

 

 

 最初話しを切り出したのは灯だ。片膝を立て、態度悪く座りながら質問は何かと問う。

 

 

 

「そうじゃの、幾つかあるが…何故あそこで鍛錬をしているんじゃ?」

 

 

 

 森の中、一般人は深夜近づくこともない場所で何故鍛錬をするのか。もっともっと広い場所で鍛錬すればいいのではないか。

 

 鉄心としては灯に是非川神院で鍛錬をして欲しいと思っている。灯は強い、その強さは修行僧にいい働きをかけてくれると信じているからだ。ただ普段の態度を見て、真面目に鍛錬する奴ではないと判断しており、直接誘いをかけることは今までなかったのだ。

 

 だが今日の鍛錬の様子を見てその考えは一変した。それほど灯の鍛錬している姿が真剣だったからだ。

 

 

 

「簡単な理由だ、人に見つかる心配がないからだな」

 

 

 

 人には他人に見られたくない姿がある。それは趣味だったり、と理由はそれぞれ個人差はあるが、灯にとって鍛錬していることが他人に見られたくない姿だ。その強さをキープする、さらに鍛える、その努力している様子を他人に見られたくないらしい。

 

 

 

「まぁ今日見つかってしまった訳なんだがなぁ」

 

 

 

 半目でやってしまった、そんな表情をしている。

 

 

 

「ここで1つお願いなんすけど」

 

 

「分かっておる、誰にも言わん」

 

 

 

 鉄心は灯のお願い事をすぐに理解したのか、答えを先回りして言う。それと同時に灯は川神院で一緒に鍛錬してくれることはないだろうと思った。口止めをお願いするぐらいだ、修行僧が大勢いる川神院では絶対鍛錬しない。

 

 灯は鉄心の答えを聞いてすぐにヒュームに目線を移す。

 

 

 

「心配するな、俺も誰かに言うつもりはない」

 

 

「なら良かった」

 

 

 

 ヒュームも言うつもりはないらしい。灯はそれを聞いて安心したのか、表情が随分柔らかいものになった。

 

 

 

「国吉灯、その名前を聞いてピンときたぞ」

 

 

 

 今度はヒュームがゆっくりとした口調で話しだした。その口調に比例してなのか、いつもの威圧感がいくらか抑えられている。

 

 

 

「国吉日向、貴様あいつの孫か」

 

 

 

 国吉(くによし)日向(ひゅうが)。灯の祖父である。どうやらヒュームの知り合いだったらしい。

 

 

 

「もう死んでいるがな」

 

 

 

 だが灯の祖父は既に他界していた。ほんの3年ほど前の話である。

 

 

 

「当時はあの超人の様な男が死ぬとは思ってなかったわい」

 

 

 

 鉄心も灯の祖父の知り合いだ。

 

 そしてこの3人、鉄心とヒュームと日向、彼らは若い時ライバルだった。歳を取るにつれて直接戦うことはなくなってきたが、3人で競い合ってきた思い出は忘れられるものではない。

 

 その思い出が邪魔してか当時、国吉日向が死んだと言う報告が2人の耳に入ったときは2人揃って非常に驚き、動揺するものだった。

 

 

 

「俺もそう思っていた、だが病気には勝てなかったようだな」

 

 

 

 日向が死んだ理由、それは病気、癌だ。灯は最後に祖父を見た時のことを思い出した。日向が横たわっている、その姿は鮮明に覚えている、なぜならば横たわっている祖父を見たのはあれが最初で最後だったからだ。

 

 

 

「爺さんには結局1度も勝てなかった、勝ち逃げされっちまったんだ」

 

 

 

 灯を鍛えた者、それは祖父である日向だ。多少は自分なりにアレンジしたところもあるが、今の灯の戦い方の基本は全て日向から教わっている。

 

 

 

「なぁ鉄心さんとヒュームさんは爺さんと戦ったんだろ」

 

 

「あるぞ」

 

 

「数え切れないほどな」

 

 

「……強かったか?」

 

 

 

 今度が灯が問う番。それが灯が唯一2人に聞きたかったことである。その質問に対して

 

 

 

「文句なくあやつは強かったぞ」

 

 

「俺が認める数少ない強者だったな」

 

 

 

 そして2人の答えは一緒、強かった。2人の頭の中には日向と戦った記憶が蘇っていた。いくら攻撃しても倒れない、非常に豪快な戦い方だったと。

 

 ここまでの会話の流れは非常に淡々としていた。誰1人ここで日向の死を悲しんではいない。

 

 

 

「そうか、それが聞ければもう充分だ」

 

 

 

 灯は数少ないやり取りの中で自分が知りたいことが知れたらしい、少し満足そうだ。

 

 その様子を見て鉄心とヒュームはあることを確信する。

 

 

 

「お主が鍛錬しとる訳は日向を超えるためか」

 

 

「……そうだな、もう死んじまったから比べることが出来ないけど」

 

 

 

 祖父に勝ち逃げを許してしまったのは灯の心残りだ。

 

 

 

「どうやれば爺さんを超えたことになるかは分かっていない、それでも俺は爺さんを超えたい。勝ち逃げは許さん」

 

 

 

 祖父が生きていた時は今度は勝てる、今度こそ勝てる、毎回そう思って挑んでいたが、それが出来なくなってしまった。死んだ者を超えることは出来ない。それでも灯は鍛え続ける、祖父を超えるために。

 

 祖父にかけた最後の言葉は勝ち逃げするのかよ!! だったなぁと、灯はふと思い出した。

 

 

 

「……鍛え続ければその内、答えも見えてくるだろう。それまで気を抜かないことだな」

 

 

 

 ヒュームが言うまでもない、灯はこれからも鍛錬はしていくだろう。この世にいない祖父の背中を追って、その背中を超えるために。

 

 

 

「ま、爺さんと俺の話しはこれでいいだろ……おっ!」

 

 

 

 話しを強引に区切って終わらせる。それと同時に灯は何かを見つけた。腰をつけたまま、見つけた物をとるために体ごと大きく手を伸ばす。

 

 

 

「これ、良い酒あるじゃん!」

 

 

 

 灯が手にしているのは七浜地酒。川神が産地ではないが充分な名酒だ。

 

 

 

「そう言えば飲もうと思った時に出てきたんじゃ……お主なんじゃその顔は」

 

 

 

 灯はニンマリとした顔で鉄心のほうを見ている、そして灯が要求することは1つ。

 

 

 

「これ飲もう」

 

 

「お主わしが誰だか分かって言っとるんかの?」

 

 

「何て図々しい赤子なんだ」

 

 

 

 2人は呆れている、未成年である灯が飲酒しようとしているのだから。

 

 

 

「別にいいだろ、今夜は無礼講ってことで」

 

 

 

 鉄心の許可を待たず既に灯は瓶の蓋を開け始めている。そして酒と一緒に置いてあった盃に酒を注ぎ始めている。3つの盃は酒に満たされ、灯はそれを鉄心、ヒュームに手渡し、もう1つは自分の手の中ある。もう彼の頭の中は酒で占められている。

 

 

 

「さ、乾杯乾杯」

 

 

「……今回は見逃してやるかの」

 

 

「……まぁいいだろ」

 

 

 

 

 

 こうして夜は過ぎていく。

 

 途中川神院師範代であるルーが来て灯が酒を飲んでいることに驚きつつ、取り上げようとしたが鉄心とヒュームに丸め込まれるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして酒を飲んだ次の日。

 

 

 

「っふぁー」

 

 

 

 何とも情けない声を出して起きてきたのは灯だ。昨日時計の針がてっぺんを超えた後も飲み続けていたこともあって、いつも以上に欠伸が出てだらしない。目を半分しか空いてない、このまま二度寝する可能性も充分にある。

 

 そしていつもの習慣なのか、時計を見る。灯は遅刻する回数は少なくはない、起きる時間によって朝ごはんを食べるかどうか、朝にシャワーを浴びる時間があるかどうかを確認するためだ。

 

 今回の時刻は

 

 

 

「…………1時?」

 

 

 

 おかしい、と、灯は思った。

 

 なぜならば灯が川神院を出たのが1時、そして今も1時。一緒の時間に見えるが違うところがたくさんある。外が明るいとか、1時と13時とか、PMとAMとか。

 

 今回の1時は寝る時間ではない、そして学園に登校するには遅すぎる。

 

 

 

「ふむ…………」

 

 

 

 この後灯が決めたこと、今日は学園をサボる、だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は放課後、場所は川神学園の賭場、そこに灯はいた。

 

 結局灯は今から行っても怒られるだけ、と判断し昼ごはんを食べてゆっくり過ごそう。そう思ったのだが暇なものは暇、なので放課後に学園に行こう、と思って放課後賭場に顔を出したのだ。

 

 川神学園には賭場がある。そこで賭ける物は現金であったり、学食の食券であったり様々である。賭ける物は学生内で決める。

 

 賭場は本来あってはいけないものだし、賭け事はもっとこそこそと隠れてやるものなのだが、そこは川神学園、普通とは違う。川神学園ではそこで社会の厳しさを学んでもらおう、と考えており教師たちは賭場を黙認してるのだ。

 

 

 

「ほぉーれツモだ。4000、2000」

 

 

 

 灯がやっているのは麻雀。ギャンブルゲームでは非常にオーソドックスなものだ。

 

 

 

「うわ、また国吉がツモったのかよ」

 

 

「クソ、親っかぶりじゃねぇか」

 

 

「国吉先輩強すぎ……」

 

 

 

 灯がツモったことに他の3人から文句が出る。どうやら今現在灯の1人勝ち状態らしい。

 

 

 

「悪いな、今日は馬鹿ヅキだわ」

 

 

 

 1人勝ちの状況が嬉しいのか、灯はニヤニヤしながら牌を混ぜる。他の3人は不機嫌そうに牌を混ぜている。

 

 ちなみに現在のレートはリャンピン(1000点で200円)で行われている。学生が賭けるには高いぐらいである。大負けすれば5000円以上財布から飛んでいくことだってある。そこそこのレートでやっているので、灯とやっている3人は決して弱くない。が

 

 

 

「ロン、チッチー(7700)だ。これで終了だな」

 

 

 

 今回は灯に運が向いた。麻雀は実力3割、運7割と言われているゲームである。実力3割は灯を含めたこの4人、そこまで大きな差はないが、7割を占める運は灯が根こそぎ持っていったようだ。

 

 

 

「うわ……ボロ負けだ」

 

 

 

 1人が灯に樋口を1枚と夏目を1枚投げる、彼が1番負けた。そしてその場を立ち上がり麻雀卓から出る。

 

 

 

「だーめだ、今日こそ灯に勝ちたかったが……」

 

 

 

 彼は灯に毎回挑んでは負けている。今日こそは、と意気込んで挑んだものの負けてしまったらしい。

 

 

 

「なんだったら次はポーカーとかブラックジャックでもいいぞ」

 

 

「冗談言わないでくれ、今日はもう金ねぇし帰るよ……」

 

 

 

 灯は次の勝負を持ちかけたが、どうやら無駄だったらしい。大負けした彼はバックを持ち、落ち込みながら賭場を後にした。

 

 

 

「流石賭場で支配人って呼ばれているだけありますね、今日身にしみましたよ」

 

 

 

 後輩が言った支配人、賭場で灯はこの称号を獲得している。

 

 灯は1年生の頃からしょっちゅう賭場に足を運び荒稼ぎしている。ギャンブルが大好きなこともあるが、生活費を稼ぐために賭け事をしているのだ。

 

 当時から麻雀は勿論、トランプ、チンチロなど様々なギャンブルで負けなし、荒稼ぎし始めた。

 

 以前あまりにも負けすぎて腹を立てた先輩が1人灯に殴りかかる出来事があった。結果は語るまでもない、灯のクロスカウンターが炸裂しその先輩が沈んだ。その後財布の中に負けた分の額が入っていなかったことに対して灯が怒る、その先輩を引きずってコンビニまで行き無理やりお金を下ろさせたことは賭場では語り草となっている。

 

 相手から確実にお金をむしり取る、そして圧倒的な強さ、この2つの意味から灯は支配人と呼ばれている。。

 

 

 

「いつのまにかそんな称号付いていてちょっと驚いたけどな」

 

 

 

 灯は苦笑いしつつもその称号を嫌がってはいないようだ。変な名前じゃないし別に言うのは自由ぐらいの気持ちなのだろう。

 

 

 

「さて、数が1人減ったが……どうすっかね」

 

 

 

 3人では麻雀が出来ない。3麻と呼ばれる3人でやる麻雀もあるが、これは味気ないので灯は嫌いだった。誰か1人メンツが来ないかなっと思っていたその時

 

 

 

「にょほほほ、高貴なる此方が相手してやろう」

 

 

 

 不死川心が現れた。彼女は2年生になって賭場の存在を知ったので賭場の中では新顔だ。1度調子に乗ったところを大和が叩いたので、1度来ない時期があったのだが、最近になってまた顔を出すようになったのだ。

 

 

 

「劣等種、此方が入ってやってもいいぞ」

 

 

 

 不死川は2年S組所属のエリートだ。それに名門不死川の娘だけあって態度がデカく、S組以外の生徒は全て見下す。故に友達は少ない、いやいない。

 

 

 

「なら入ってくれ」

 

 

 

 見下している不死川に対して灯は非常に冷静な態度を取っている。多分彼と仲が良い人たちなら違和感を覚えるだろう、何でこんなに落ち着いているのだと、何で暴れないんだろう、と。

 

 

 

「ホホホ、ボロボロにして泣かしてやるのじゃ」

 

 

 

 そう言うと不死川は空いていた席に座る、灯の左隣だ。

 

 その慢心とも思える不死川の自信のありようを見て

 

 

 

「おぉ自信あんじゃーん、そんな自信あるなら差し馬握ろうぜ」

 

 

 

 不死川にタイマンでの戦いを申し込む。差し馬とは2人の順位が上か下かで決めた金額をやり取りすることである。

 

 

 

「構わんぞ、後悔するのは貴様であるからな」

 

 

 

 灯の提案を何の疑いもなく不死川は承諾する。庶民相手に負けるとは思ってもいないのだろう、常に人を見下している彼女らしい。

 

 

 

「なら5000円握ろう。後、場所変えるぞ」

 

 

 

 灯は不死川の隣ではなく、対面に移動する。差し馬握ってるもの同士でどちらかが有利にならないためだ。

 

 

 

「なんならレートも上げるか?」

 

 

「蛮勇としか言えないのぉ、負けると決まっておるのに」

 

 

「ならリャンピンからウーピン(1000点で500円)に変えるぞ」

 

 

 

 そう言うと不死川以外の2人にも目を向ける。レートアップは不死川以外の2人にも関係あることなのだから。

 

 2人は最初思いっきり反論しようとしていたが灯の目を見て喉まで出かかった声を強引に引っ込めた。なぜならば2人は灯が悪い笑みを浮かべているのを目にすることが出来たからだ。

 

 

 

「分かった」

 

 

「いいですよ」

 

 

 

 2人からの承諾も得た。これでレートアップは完了、後は打って順位を決めるだけだ。

 

 こうして灯VS不死川の麻雀勝負が幕を開けた。

 

 最初の親は不死川だ。サイコロを振り牌を取る場所を決める。そして丁度灯の前の山(積んである牌)が無くなった。

 

 

 

「高貴な血筋の此方が負ける道理はないのじゃ」

 

 

「何でそんな自信あんの?」

 

 

「東応大学出身の親族と打っておるからの」

 

 

「へぇ、まぁ足救われないようにな」

 

 

「ふ、高貴な此方がそんな馬鹿する訳ないのじゃ」

 

 

 

 会話しながらも手は動かしたままだ、誰1人として止まっていない。

 

 

 

「ほぉれ! 此方の優雅なリーチじゃ」

 

 

 

 不死川が1000点棒を出して牌を切る、その牌を

 

 

 

「ロン、残念だったな」

 

 

 

 灯が狙い打つ、上がり宣言をして自分の手牌を倒す。

 

 

 

「お。やるの庶民」

 

 

 

 そこそこ早い段階で上がっているため不死川はそんな点数は高くないと思っている。

 

 

 

「タンピン3色ドラドラだ、12000」

 

 

「何!?」

 

 

 

 跳満直撃だ、東1局から12000点を払うのは正直痛い。不死川もそう思ったのか先ほどまでの余裕そうな顔が打って変わって悔しそうな顔になる。

 

 

 

「ホラ、とっとと点棒よこせ」

 

 

「ぐっ……調子に乗るでないぞ!!」

 

 

 

 不死川は嫌々点棒を灯に渡す。だがたった1回上がられただけで懲りる彼女ではない。

 

 

 

「見ておれー! 最後に泣くのは貴様じゃ!!」

 

 

 

 最初の見下す態度を崩さずに、東2局が始まる。そして東3局、東4局、南場とこなしていく。

 

 

 

 

 

 

 そしてオーラス――

 

 

 

「ロン、これで終了だな」

 

 

「こ、高貴な此方が……」

 

 

 

 結果、不死川は灯にボロボロに負けていた。点差は最終的に53000点付いた。これの勝ち分は現在の貨幣価値にして26500円である。これに握ってる差し馬、5000円プラスして灯が不死川からむしり取った金額は31500円である。

 

 

 

「んじゃ31500円、しっかり払え」

 

 

「く……そ…、庶民のくせに!」

 

 

 

 不死川は金を払わず逃げようとも思ったが、目の前にいる男のことを思い出して逃げることをやめた。国吉灯は武神川神百代とやりあえる力を持っている。常に自分に自信があり庶民を見下している不死川でも、こと戦闘では灯に勝てるとは思ってない。何より灯は目で訴えている

 

 

 

(逃げたらぶち殺す)

 

 

 

 と。

 

 

 

「く……うわぁぁぁああああん!! 覚えておれー!!」

 

 

 

 雀卓に金を叩きつけて泣きながら賭場を去っていく不死川。彼女には大和の件と合わさって麻雀にトラウマが出来ただろう。

 

 

 

「いーいドル箱だったなぁ」

 

 

 

 灯は叩きつけていった金を財布の中にしまい、それとは別に3000円を両隣の2人に渡した。

 

 

 

「サンキューな国吉」

 

 

「あざっす先輩」

 

 

 

 2人はホクホク顔で3000円を受け取る。

 

 灯が不死川相手に馬鹿勝ち出来た理由、それはイカサマを沢山したからである。

 

 最初不死川から上がった時は、不死川の川(要らない牌を捨てる場所)から自分の必要な牌を抜き取ったのだ。他の局でも両隣の川からも拾ってきたり、灯の前に山があるときは、灯の山からツモってきた牌と交換したり、新ドラ表示牌を変えたりとやりたい放題やって不死川から狙い打っていた。

 

 2人にお金を払ったのは口止め料と見逃し料だ。

 

 それに派手にやれば不死川だって気づく。気づかせないために灯は不死川相手にずっと話しかけたり等、あの手この手で雀卓から気を逸らし続けていた。

 

 灯が支配人と呼ばれるほどギャンブルが強い理由はひとえにイカサマが上手いからだ。勿論麻雀も強いし、トランプも強いがそれにプラスして高レベルのイカサマすることで無敗システムを作り出していた。

 

 毎回このように派手にやるとバレるので、する回数はそこそこにしているがイカサマをするタイミングが絶妙なのだ。一部の生徒には見抜かれているかもしれないが、大きくバレてはいない。

 

 

 

(あの態度、我慢しただけの報酬はあったなぁ)

 

 

 

 やはり灯は不死川の暴言の数々にいらついていたらしい。だがそこで怒ってしまったり、体中まさぐり回してしまうとお金が入ってこない。だから一生懸命我慢したのだ、ホントに良く我慢した、と自画自賛するほどに。

 

 

 

 

 

 こうして灯の財布は本日非常に満たされることになった。そして気分良く、だらけ部に向かう。美女(弁慶)に勝利の美酒(川神水)を注いでもらい味わうためにだ。

 




 誤字脱字報告、感想、評価、何かこうした方がいいとかのご意見がありましたらよろしくお願いします。
 感想、評価は次話を書くモチベーションUPに、誤字脱字報告は戒めに、ご意見は次話を書くための参考とさせていただきます。


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6話 ~国吉灯、西の先輩と知り合う~

 この日川神学園全てのクラスでホームルームは中止となった。なぜならば皆教室の窓から校庭を見ているからだ、それは生徒の限らず教師も。

 

 そこまで大きなイベントとは何か。それは川神百代が戦っているからだ。

 

 川神百代のファンは多い。本人の見た目と強さが相まって女子生徒に絶大な人気がある。男子生徒にも人気はあるが、百代に告白しようなんて猛者はいない。まぁ百代本人の性格と強さが原因なのだが。

 

 だが彼女が戦うと言う理由だけでは全てのクラスのホームルームが中止になることはないだろう。武神の異名を取り、無敵と言われている彼女と戦っている人が百代といい勝負をしているということが問題でホームルームが中止になる理由だ。一体百代と戦っているのは誰なんだ? 皆が校庭を見ている理由はこれに尽きる。

 

 

 

「はは、やるなぁ燕! もっとだ、もっと来い!!」

 

 

「お言葉に甘えまして、行かせてもらうよ!!」

 

 

 

 百代と戦っている人、彼女の名前は松永燕。本日川神学園に転入してきた編入生だ。

 

 彼女は西では有名な武家の一族で西では大きく名前が知られている。その大きく知られている理由は百代とやりあえる武力。それとは別にもう1つあるが、戦闘とは全く関係ないものだ。

 

 

 

「おいおいあの人、姉さんとやりあってるぞ」

 

 

「まさかこの世にモモ先輩と戦える人がいるとはなぁ」

 

 

 

 大和も風間も今戦っている松永燕が百代といい勝負をしていることに驚きを隠せないようだ。目を見開いて戦いを見ている。同じ風間ファミリーであるワン子、クリス、京もその戦いを瞬きせず見ている。

 

 

 

「そんなことよりだ! 誰だよあの人! 俺はあんな可愛い人知らねぇぞ!」

 

 

「気になるのそこかよ!!」

 

 

 

 ただ灯は燕が百代と戦えてることよりも、その容姿のほうが気になっている。灯にとってあの川神百代と戦えている彼女は誰なんだ? よりもあのスタイルが良くて美人な彼女は誰なんだ? と言う認識で名前を知りたがっている。川神学園の美女、美少女の顔は全て網羅するためになんとしても正体を調べなければならない。

 

 

 

「彼女は松永燕。今日転入してきたばかりだ」

 

 

 

 灯の魂の叫びを聞いて答えてくれたのか、小島先生が名前を教えてくれる。

 

 

 

「彼女は西の武士娘だ。しかし彼女の戦いは本当に見入ってしまうな」

 

 

 

 小島先生は川神では有名な武士の一族だ。彼女も百代と戦えてる燕に興味深々らしい、燕の戦いをジッ見ていた。

 

 小島先生が見とれるほどの戦い方、燕の戦い方は様々な武器を器用に使いこなすことにある。

 

 

 

 

 

 一般的に武器を扱う武道家は扱う武器は1種類だけである。数多くの武器を扱おうとすると、鍛錬する時間などの効率の問題が出てくる。だが何より人によって向き不向きが必ずあるため全ての武器を使いこなすなんてことは無理なのだ。

 

 だが松永燕は数多くの武器を使いこなしてあの百代とやりあってる。技のデパートと言われても不思議じゃないくらいだ。その時点で松永燕が並みの武道家ではないことが分かる。

 

 

 

「松永先輩凄いわねぇ」

 

 

「薙刀に弓、レイピアに斧、刀にヌンチャクに……槍まで使えてる」

 

 

「あそこまで使えてあの動き……本当の燕のようだ」

 

 

 

 武道家であるワン子、京、クリスは様々な武器を使いこなせることに驚きを隠せないでいる。それと同時に、ここまで来ると次はどんな武器で攻めるのかと楽しみになってくる。

 

 

 

「うーん、ほんっとに可愛いな」

 

 

「お前ほんっと勝負見てないな」

 

 

 

 灯も百代とやりあえる武道家の1人の癖に、今だ燕の戦闘に関して何も言ってない。ただひたすら岳人とヨンパチと共にマジ可愛くね? とかパンツ見えねぇかな? とか言っている。灯のその様子を見ると、とても強い武道家には見えない。

 

 

 

「くそ、あれだけ動きまわってるのにパンツ見えねぇとかっ!!」

 

 

「灯! もっと頑張れ! お前が1番目が良くて動体視力も良いんだからよ!!」

 

 

「灯! お前が! 俺たちの希望なんだ!!」

 

 

「任せろ!!」

 

 

「……しょーもない」

 

 

「あかりっちほど残念なイケメンって言葉が似合う人いないわよねー」

 

 

 

 あまりに目に当てられない様子にたまらず京が呆れて、小笠原千花も頭を抱えている。教室の後ろにいた小島先生もため息を付いている。3人共目が血走っているので呆れられるのも無理はない。灯は普段はもっと落ち着いているのだが、あまりの美人の登場に少し我を失っている。

 

 

 

 

 

 その後も百代と燕の戦いは続いていく。

 

 百夜が正拳突きを繰り出してくれば、燕はそれを手で流してすかさずカウンターを打ち込む。今度はこっちの番だと言わんばかりに、燕がヌンチャクを使い手数を増やして攻撃を仕掛けてくると、百代はそれを力任せの回し蹴りで燕を吹き飛ばしヌンチャクでの攻撃を中断させる。やるなぁと、百代は笑いながら追撃をかけてくる。それを燕は弓で矢を数多く放つことで牽制するがそれを百代は気を体外に放出することで全て吹き飛ばす。

 

 2人が戦っている場所だけまるで台風が来たかのようだ。百代の拳、燕の武器が激しくぶつかり合うことで大きな風を生み出している。

 

 

 

 

 

 しかしその人為的な台風は燕が一息ついて持っている刀を下ろすことで止むことになった。

 

 

 

「? 何してんだ燕? ほら早く構えろ」

 

 

「流石にもう疲れたよ、それに時間も時間だしね」

 

 

 

 その瞬間チャイムが川神学園に響き渡る。朝のホームルーム終了の合図、1時間目の授業開始まででこの2人決着がつくことはないだろう。

 

 

 

「何!? もうそんなに時間が過ぎていたのか?」

 

 

「今日はここまでだねん、いやーそれにしてもパワフルすぎ」

 

 

「……なぁ燕、これからも時々手合わせ願えないか?」

 

 

「うん、それはこちらからお願いしようと思ってたことだよん」

 

 

 

 燕が手を百代にだす、手を出したい意味をすぐに理解出来た百代はその手をガッチリと握る。

 

 この2人の握手を見て先ほどまでギャラリーだった全生徒たちが一気に歓声を上げる。燕を認めたのは百代だけではない、この校内にいる全ての人が燕を認めただろう。そして歓迎した、ようこそ川神学園へと。

 

 

 

 

 

 その後は授業が始まるためにガラスに張り付いていた生徒たちは自らの席へと戻る。だが1度湧き上がった興奮は急に冷めることはない。席についてからも今の話題は松永燕に関してだ。

 

 

 

「ホラこれ、京都じゃそこらかしこに貼ってあるらしいね」

 

 

「うわーこのポスターは卑怯だな!」

 

 

「こんな可愛い子が宣伝したらそりゃ納豆買ってしまうよな」

 

 

 

 諸岡のスマートフォンに皆が集まっている。スマートフォンに映し出されているのは松永燕、納豆を両手に持ちポーズをバッチシ決めている。

 

 燕は百代との稽古が終わったあと、全生徒に向かって自己紹介して自家ブランドである納豆のコマーシャルを行ったのだ。それを聞いて諸岡は燕が西では有名な納豆小町であることを思い出した。これが西で知られているもう1つの理由である。

 

 

 

「う~ん……」

 

 

「灯? 何唸ってるんだよ?」

 

 

 

 大和が灯の様子がおかしいことに気づく。灯は渋い顔で腕組みしつつジッと諸岡のスマートフォン、納豆小町のポスターを見ている。

 

 

 

「いや、こんな可愛い子が売ってる物が納豆とは気に入らない」

 

 

「そういや灯は納豆嫌いなんだっけか?」

 

 

「好き嫌いはダメですよ灯ちゃん」

 

 

 

 風間が指摘したとおり、灯は納豆が嫌いなのだ。曰く、ネバネバしているのがどうにもダメらしい。委員長である甘粕真与にも中止されてしまうが、そんなことはお構いなしにずっと唸り続けている。

 

 

 

「彼女のために納豆を克服するか? いやだけどそれは難題だな……」

 

 

「相手が美女だからって理由で食べ物克服しようとしている奴初めて見たぞ」

 

 

 

 大和の突っ込みなんか聞こえる訳もなく、結局灯は眉間に皺を寄せたまま1時間目の授業を受けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は昼休み、灯は食堂で昼飯を食べた後寝るために屋上へと来ていた。

 

 屋上はお昼ご飯を食べるスポットとして有名だが、昼寝スポットとしても一部の生徒たちに人気だ。例えば給水タンクの影にあるベンチ、ここは日陰で心地よい風がよく吹くため今日みたいな暑い日にはもってこいの場所なのだ。

 

 灯はそのベンチに腰をかけ、座りながらも寝る体勢へと移る。数分してウトウトし始めた時に不意にある声がかかった。

 

 

 

「やや、こんなところで何してるのかな?」

 

 

 

 灯は意識がハッキリとしないまま声がした方向へと首を向ける。丁度真上からその声は聞こえた。その声は非常に聞き取りやすく可愛らしいもの。そこには

 

 

 

「…………お!」

 

 

 

 今朝一躍川神学園で有名になった納豆小町こと松永燕がいた。給水タンクが設置されているコンクリートの上からニコニコ顔で灯を見下ろしている。

 

 

 

「あなたは松永先輩じゃないですかー」

 

 

「おぉ! 私のことをご存知?」

 

 

「むしろ知らない人はいないと思う」

 

 

 

 今日学園に来ていた生徒なら誰もが松永燕の名は知っているだろう。それほど今朝の出来事はインパクトがあるものだった。その有名人であり、可愛らしい先輩を見て灯の意識は覚醒、今の灯に眠るという選択肢はない。

 

 

 

「先輩こそそこで何してんの?」

 

 

「私? 私はサボリスポットを探していたんだよん。ここ、風が気持ちいいよね」

 

 

 

 先輩は吹いている風で髪が乱れないように髪を抑えている。いくら風が気持ちいいといっても女子として、髪が乱れるのは防いでおきたいのだろう。その姿は西で有名な納豆小町のポスターに負けず劣らず絵になるものだった。

 

 ただ灯は燕がそこで何をしているかよりも気になることが今ある。

 

 

 

(この角度…………見えそうで見えないっ!?)

 

 

 

 今の燕の姿は非常に可憐だ。それは灯も分かっている。だが先ほどから吹いている風の影響でで燕のスカートがヒラヒラと揺れていることが今1番気になるものだ。

 灯は顔には出していないが必死になって見ようと頑張っている、目線や首の角度をほんの少しづつ動かしているが見えない。一般人では気づかないほど小さな動きだが

 

 

 

「そんなに期待してもパンツは見えないと思うよん」

 

 

 

 燕にはバレていた。ホンの少し動いただけなのに彼女はそれを看破する。だがパンツを覗こうとしたのがバレたぐらいじゃ灯は諦めない、己の欲望を叶えるために。

 

 

 

「ならその期待に答えてください」

 

 

「武士娘として慎みがない事は出来ないかな」

 

 

「減るもんじゃないしいいじゃん」

 

 

「ここまで引き下がらないとは……」

 

 

 

 燕は手を口のあたりに持ってきて、驚き半分呆れ半分といった顔をしている。しかしこれだけ迫られても今日、たった今出会ったばかりの相手にパンツを見せる女子はいないだろう。燕もその例には漏れない。だがそれと同時にこのパンツパンツと連呼している少年に不思議と興味も抱いた。

 

 

 

「でも君面白いね。名前は?」

 

 

「2年F組の国吉灯。よろしく先輩」

 

 

「ふふ、よろしくね。灯くん」

 

 

 

 燕は自己紹介を終えてすぐ、に水上タンクの上から灯が座っているベンチ目掛けてフワッとジャンプし、丁度灯の目の前に背中を向けて着地した。その姿は非常に身軽なものであった。

 

 この瞬間はパンツを見るための絶好のチャンスだったが灯は見ることは出来なかった。淑女としてなのか武士娘としてなのか、スカートの中が鉄壁に守られている。

 

 あまりの鉄壁さに灯は諦めかけたがふと、ここである作戦が思い浮かぶ。

 

 

 

「ほぉ…………白」

 

 

「…………え?」

 

 

 

 燕は先ほどまでの余裕な笑顔が一瞬で驚いた顔になった。どうやら今日の燕の下着は白らしい。灯は今の燕の態度を見て確信した。

 

 

 

「おぉ! 当たった! 言ってみるもんだな」

 

 

 

 パチンッ! 灯は指を鳴らして、してやったりっと小さい子が悪戯に成功した時のような表情をしている。ただ単に当てずっぽうで言っただけだったがその発言が理想の成果を上げたようだ。

 

 これは後で岳人とヨンパチに知らせてやろう、と思ったが態々教える義理はないので自らの心に秘めておくことを決めた。

 

 それに対して燕は面白くなさそうな顔になる。灯に騙されたとすぐに気づいたようだ。

 

 

 

「むー……」

 

 

「そんな顔しないで下さいよ、美人が台無しだ」

 

 

「なら納豆5パック買ってくれる?」

 

 

「それはいらないですはい」

 

 

 

 ただでは転ばないのが彼女らしい、どこまでも商魂逞しい人なのだ。納豆を常備しているあたり、納豆小町の名は伊達ではない。

 

 

 

「まぁまぁ仲良くやりましょーよ」

 

 

「そうだねー、今度は負けないよん」

 

 

「何の勝負だよ」

 

 

 

 燕は悪い顔をしつつも笑っている。その笑顔に灯は少々の恐怖も覚えたが、可愛い先輩と仲良くなれたので良い気分だ。美女と知り合えることは灯にとって非常に価値あるものなのだ。

 

 

 

「そろそろ午後の授業始まるし、戻ろっかな。またね、灯くん」

 

 

 

 燕は別れの挨拶をつげ、颯爽に屋上を後にする。その動きは先ほど飛び降りた時と同じように身軽なものである。

 

 

 

 

 その笑顔に見とれつつも次の授業はなんだったかな、と思い出す。思い出した結果、次の授業は綾小路麻呂が担当の歴史だった。そして燕と話していて寝れなかった分、今寝ようと決意する。要するにサボリである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は義経たちのためにこのようなパーティを開いてくれてありがとう!」

 

 

「川神水とそれに合いそうなつまみが沢山あるなぁ」

 

 

「…………一応、感謝しておこう」

 

 

 

 本日の主役である源氏3人がそれぞれ1つのマイク回しつつ、順番に挨拶する。最も、しっかりとした挨拶をしているのは義経だけだが。与一は中二病が邪魔してか、少々上から目線の挨拶となってしまったし、弁慶に至っては既に食べ物と川神水にしか目に行っていない。

 

 英雄の挨拶から始まった本日のイベント、義経たちの歓迎会だ。

 

 その歓迎会の会場の飾り付け、出されている料理、どれもがとても学生が企画したものとは思えないほど立派なものだ。特に料理、これは川神市内から集めた特産品で調理されたものばかりで、しかもそれを調理した者も腕に自慢のある人たちなのでこれでマズイ訳が無い。

 

 挨拶が終わった所で、出されている料理を食べつつ、多くの生徒はせわしなく動いている。義経たちと仲良くなろうとする生徒や、仲の良い友達を探している生徒で溢れているからだ。その他にも思い思いの過ごし方をしている生徒もいるがその皆が笑顔だった。

 

 

 

「これ美味しいな」

 

 

 

 灯も笑顔で一杯の1人だ。彼は夕飯を食べなくてもいいようにと、この歓迎会で食い溜めする気である。手に持っている皿には山盛りの料理が乗っており、彼の横あるテーブルにも同じような盛りつけの皿が後2つある。その全てを食べる気らしい。

 

 

 

「お前……これ全部食べるのか?」

 

 

「ちょっと食べ過ぎじゃないかしら?」

 

 

 

 隣にいた大和とワン子がその盛ってある量に驚いている。いや、驚いているのはこの2人だけではない。灯の周りにいる生徒たちがその盛ってある皿をチラチラと見ている。本当に全て食べられるのかが気になっているようだ。

 

 大和とワン子の言葉に灯は箸を持っている右手で親指を立てた。どうやら余裕らしい。

 

 

 

「まぁ腹壊さないようにな」

 

 

「ねぇ! あれまゆっちじゃない?」

 

 

「お、本当だ。おーいまゆっちー」

 

 

 

 大和が灯に気を取られている時にワン子がある女子生徒を発見していた。その女子生徒は大和も知っているらしい。まゆっちと呼ばれた生徒は大和の声に気づいたのか、チョコチョコと小動物が歩いているように近づいてきた。

 

 

 

「大和さん、それに一子さん」

 

 

「まゆっち料理手伝ったんだよね? お疲れさま」

 

 

「さすがまゆっちねー」

 

 

「いえいえ、役に立てたのなら何よりです」

 

 

 

 仲良さそうに会話を始める3人に食に夢中だった灯が興味を示した。いや、興味を持ったのは大和とワン子と話している1人の女子生徒。興味を示した理由は単純、まゆっちと呼ばれたこの女子生徒が何度か見たことある生徒で何よりも美人でスタイル抜群であるからだ。

 

 

 

「おい、大和にワン子ちゃん。このスタイル抜群の美人な彼女は?」

 

 

「びびびびびびび、美人何てそんな!!」

 

 

「落ち着けまゆっち!」

 

 

 

 いきなりテンパり出した彼女に灯は驚き大和は彼女を落ち着かせる。その甲斐あってか彼女は落ち着きそして深呼吸し始めた。

 

 

 

「灯くんまゆっち見たことあるわよね?」

 

 

「あぁ何回かお前たちと登校してるのを見たな」

 

 

「彼女は黛由紀江、俺と同じ島津寮に住んでいる1年生だ」

 

 

「は、初めまして、ま、黛由紀江と申します」

 

 

「よろしくな由紀江ちゃん。俺は国吉灯と言うんだ」

 

 

 

 随分おどおどとした自己紹介だったが、またそこが可愛らしい。女子にしては身長が高めでありながらも小動物感だ出ているのが魅力的だ。

 

 そしてそんな魅力的な彼女をどうやって口説くか、それが彼にとっては大事なのだ。

 

 

 

「俺と由紀江ちゃん、出会いの証として胸か尻のどちらかを選んで触らして欲しい」

 

 

「お前大概だな」

 

 

 

 灯の口説いてるとは思えないこのセリフ、とても初対面で言うようなものではない。それを言った時の灯の無駄なイケメンさ、非常に憎たらしいものがある。目は真剣そのもの、爽やかな笑みを浮かべながらのセクハラ発言。堂々としたものだった。

 

 そして黛はこのようなセクハラ発言には慣れていない、それどころか人と満足に会話できないほどの人見知りであるのだ。当然驚くを通りこして絶叫してしまう。

 

 

 

「え、いや、その、でも、えぇええええええ!!!!」

 

 

『そこのBOY、セクハラ発言はNGだぜ』

 

 

 

 黛が悲鳴を上げている中、もう1つ別の声が聞こえた。その声は黛の悲鳴とは別にしっかりと喋ってはいた……が、その声は悲鳴を上げている黛から聞こえるものだった。

 

 思わず灯は首をひねる。この子が出した声なのかと。

 

 悲鳴をあげ僅かの硬直から回復した黛が、灯の様子を見てあることを思い出す。そして自らのポケットから馬のストラップを取り出した。

 

 

 

「い、今の声は松風のです。松風、ご挨拶を」

 

 

『おっすオレ松風、これからよろしくなセクハラBOY』

 

 

「……えっ!?」

 

 

 

 今度は灯が驚く番だった。思わず目が点になってしまい黛を見て、黛が手にしているストラップ、松風を見て、もう1度黛を見る。

 

 その様子を見て、思わず大和とワン子はクスッと笑ってしまう。灯が慌てているのが珍しくも面白かったのだろう。その後、このストラップ、松風についてのフォローが入る。

 

 

 

「これはまゆっちの癖みたいなものだから気にしないで」

 

 

「……島津寮でもこんな感じなのか?」

 

 

「あぁ、大体こんな感じだ」

 

 

「……お前ら面白い子と友達なんだな」

 

 

 

 ここまで変わっている、もとい個性的だと逆にもっと仲良くなってみたくなる、灯は何とも言えない気持ちになった。一先ずこの子はストラップを使って腹話術する子なんだと自分の心の中で一区切りを付ける。

 

 それよりも灯は胸、そして尻に思わず目がいってしまう。どちらとも発育良好素晴らしい物を持っている。そんな後輩とは是非共仲良くしていきたい。この男の思考はとてもシンプルなのだ。

 

 

 

「いきなり驚いてすまなかったな由紀江ちゃん、是非これから深い関係を築いていきたい」

 

 

「え、深い関係って…えぇっ!!」

 

 

『この男さっきからずっとまゆっちのこと口説いてるぜー!!』

 

 

 

 大和は黛が顔を真っ赤にしているのを見て、黛を灯に紹介するのは間違ったかもしれないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時間たっても、なお義経たちの歓迎会は続いている。始まった時よりも生徒たちの声が騒がしいのを見ると当分歓迎会は続くであろう。

 

 灯は黛と話した後、自ら盛った料理の山は食べ尽くし、今はデザートを物色している。あのとんでもない量を食べて満足したのか締めに入るらしい。

 

 

 

 

 

 デザートを選んでいるとふとある人物が灯の目に入った。その人物は川神学園の制服を着ていない、特徴的な扇子を手に持ち頭に鉢巻らしきものを巻いている。九鬼紋白だ。

 

 紋白は先ほどからこのパーティに参加している生徒の中から優秀な生徒を見繕い、九鬼財閥へ来ないかと勧誘活動を続けていたのだ。そして1時間たった今なお勧誘活動は続いている。それほど川神学園は生徒数が多く優秀な生徒も多いのだ。キョロキョロと周りを見渡しながら次は誰に声をかけようか、と選んでいると灯と目があった。

 

 

 

「国吉灯か」

 

 

「よう、ちびっ子。楽しんでるか?」

 

 

 

 灯が紋白に近づいていく。すると強烈な威圧感が灯を襲った。戦う相手の気力を根こそぎ削ぐような、自らの強さを見せつけるような気配。こんな威圧感を放つことが出来る人物は1人しかいない。

 

 

 

「おい、紋様と呼べ」

 

 

 

 ヒューム・ヘルシングだ。彼は紋白に付き添い勧誘活動のサポートをしていたのだ。勧誘活動の間は彼にしては非常に大人しくしていたのだが、自分の主である紋白がちびっ子と呼ばれたことでその存在感を現し始めた。

 

 灯を見る目つきは鋭いもので反論は許さないと目で語っていた。

 

 だが灯はその威圧感に屈せず飄々として、手をポケット突っ込んだまま不敵な笑みを浮かべてヒュームを見る。

 

 

 

「そー言われてもな、ちびっ子は俺にとってはただの後輩だ。後輩に様付は出来ねぇよ」

 

 

 

 多くの生徒は紋白のことを紋様と呼ぶ、1年生は勿論、多くの2、3年生もその高い能力に敬意して……もといヒュームに脅されて紋様と呼んでいる。ヒュームのこの威圧感に押されてはそう呼ばざるえないからだ。

 

 ただ灯にはその強制的な威圧感に屈せず堂々としている。

 

 

 

「でももしちびっ子が素晴らしいボディに成長したら様付けで呼んでやるよ」

 

 

 

 この灯の巫山戯た態度にヒュームが動く。

 

 一般人には見えない蹴りを灯のボディ目掛けて放つ。直撃したら何十メートルも吹き飛ぶことになるであろう威力だ。鍛えてない人物目掛けて放てば入院確定だろう。

 

 その殺人キックを灯は右手で受け止めた。手の甲を盾にして腹への直撃を防ぎ、ヒュームを睨みつける。

 

 

 

「落ち着けよヒュームさん」

 

 

「ほぉ……」

 

 

 

 ヒュームは自分の蹴りを止めたことに対して思わず感嘆の声が出た。即座に出した蹴りが綺麗な形で防がれると思ってなかったらしい。

 

 ヒュームの足を灯の右手の甲で受け止めて数秒立つ、その数秒間で周りが騒ぎ始めた。先程から騒ぎっぱなしだったのだが声の質がまるで違う。楽しむというより困惑の声だ。何がったんだ? 何をしてるんだ? そのような声が聞こえる。

 

 

 

「ヒューム、良い」

 

 

 

 紋白がヒュームを止める。この歓迎会を荒らしてはいけないと感じたのだろう、このままだと皆に楽しんでもらえない、それだけは避けなければならない。

 

 

 

「…………分かりました」

 

 

 

 ヒュームが足を下げる。足が完全に床についたことを確認した後、灯は右手をブンブンッと振る。右手が痺れている、やはりあの蹴りを受け止めることは容易ではなかったらしい。渋い顔をして振っている右手を見つめてる。

 

 痺れが取れたのか視線を自らの右手から紋白へと移す。

 

 

 

「おーちびっ子、ナイス」

 

 

「今は皆に楽しんで貰う事が最優先だからな。ここで騒ぎを起こしてはならぬ」

 

 

 

 その民、ここでは生徒だがそれを考えての行動を取れる辺りは流石九鬼の次女といったところだろう。視野が広い。

 

 

 

「そのちびっ子という呼び方も、いずれ変えてみせるぞ!」

 

 

「期待して待ってる」

 

 

 

 それでもちびっ子という呼び方は気に入らないらしい。紋白はこの学園で成果を上げることでその呼び方を辞めさせることを心に誓った。そんなことでは灯の呼び方が変わらないことは知らずに。

 

 

 

「おい」

 

 

 

 ヒュームから再度声をかけられる。どうやら少し落ち着いたらしい、威圧感は先ほどよりも抑えられている。それでも一般人からすれば腰が引けてしまうほどだが。

 

 

 

「何だよ」

 

 

「後で話がある」

 

 

「ここじゃダメか?」

 

 

「今は紋様が忙しいからな」

 

 

 

 紋白はこの後も勧誘活動を続ける。その時間を割いてはいけないのだ。どこまでも主思いの執事だが、もう少し周りの人も見て欲しいところである。

 

 

 

「では行きましょう、紋様」

 

 

「うむ! ではまたな国吉灯!」

 

 

 

 そう言うと颯爽と2人揃って灯の視界からいなくなる。紋白の勧誘活動は締めの挨拶が始まるまで続いた。あんな小さい体なのに随分バイタリティ溢れているなと、灯は思った。

 

 

 

 

 

 2人が去った後、本来の目的を思い出す。デザートを取りに来たのだったと。メインディッシュがあれだけ美味しかったんだ、デザートも美味しいに違いない。心躍らせて灯はデザート物色を再開した。

 




 どうもMIYAKOから改名いたしました、りせっとと申します。

 今回の話、ほぼ原作沿いで少々長くなってしまいました。それでも読んで面白いと思ってくだされば嬉しい限りです。
 作者としては、感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ嬉しく思います。


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7話 ~国吉灯、暴れる~

 大扇島にある九鬼財閥極東本部には様々な施設がある。

 

 作戦会議室をはじめ、武士道プランの義経たちの部屋や、執事メイドの部屋は勿論。個人で所有するには大きすぎる図書館、3ツ星レストランに負けないほどの味を持つ食堂だってある。

 

 その沢山ある施設の中で最も設備が整っているのが九鬼従者部隊を鍛えるためのトレーニングルームだ。世界で最も影響がある九鬼財閥はその分敵も多い。テロリストに狙われた回数も両手数え切れないほどだ。そのテロリスト等から雇い主である九鬼を守るため、トレーニングルームは非常に力を入れているのだ。

 

 

 

 

 

 灯は今、その九鬼のトレーニングルームにいる。いや、トレーニングルームという割には周りに何もない唯々広い空間だ。その空間の中心に立って腕組みして周りを見る。

 

 灯がいる場所、ここは九鬼財閥極東本部で1番広い場所。従者部隊の演習訓練を行う時に使われる部屋だ。従者部隊同士で集団戦を行うときなど、少々大掛かりなトレーニングを行う際に利用される。

 

 周りを見ると九鬼従者部隊10人が灯を囲んでいる。その従者は若く、実力がある者ばかりだ。

 

 ここで静かだった空間にある声が入る。

 

 

 

「皆さん、準備は整いましたか?」

 

 

 

 従者部隊序列3位のクラウディオだ。だが彼はこの空間にはいない、この部屋とは別にある放送管理室にいる。そこからスピーカーを通して自らの声を伝えているのだ。

 

 クラウディオがいる部屋はモニターも完備しており、灯たちがいる部屋の様子は見えている。そこには序列0位のヒュームもおり、2人揃ってこれから行われる演習を見るらしい。

 

 

 

「こっちは準備出来てる」

 

 

 

 忍足あずみが代表してクラウディオに連絡を入れる。彼女は九鬼英雄の専属従者であり、従者部隊の序列1位だ。若手のナンバーワンでもあるので、若手の従者たちをまとめる立場でもある。

 

 

 

「いつおっぱじめてもいいぜ」

 

 

「ステイシー、しっかり構えていて下さい」

 

 

「相手は私たちよりも格上です。気を引き締めて掛かりましょう」

 

 

 

 今回の演習に参加するステイシー、李、桐山はやる気充分だ。

 

 ステイシーは何時も通り陽気な雰囲気だが演習が開始されたらスイッチが入るだろう。李は陽気なステイシーを咎めつつも自らの集中力を高めている。桐山もいつもの柔和な笑顔は浮かべておらず、真面目な顔つきで灯を見てる。

 

 

 

「準備万端だ。いつでも開始していいぞ」

 

 

 

 灯も準備は整っている、真剣な表情であずみを始めとする従者たちを見続けている。

 

 クラウディオは2人の了承を確認し、ひと呼吸置いた後宣言する。

 

 

 

「それでは、始めたいと思います。演習スタートです」

 

 

 

 その言葉は聞いて従者たちは一斉に灯に向かって攻撃を仕掛け始めた。灯はそれを迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 なぜこんなことになっているのか、事の初めは義経たちの歓迎会まで日にちが戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んで、話ってなんだよヒュームさん」

 

 

 

 義経たちの歓迎会が大成功で終わり、今は片付けの段階だ。有志の生徒たちがせっせと会場をかたしている中、灯はヒュームに呼び出され現在外にいた。中からは歓迎会が終わったというのに楽しそうな声が聞こえる。

 

 

 

「お前日曜日暇か?」

 

 

 

 灯はその言葉を聞いて一瞬思考が停止した。まさかヒュームから遊びの誘いか? この考えが過ぎったからだ。ただ冷静になって考えてみればこの老人が遊びにさそうとか、そんな馬鹿なことはないだろう。これがマジで遊びの誘いだったらドン引き確定だ、友達いないのかと疑うレベル。

 

 

 

「暇だよ、毎日がエブリデイだ」

 

 

「なら丁度良い」

 

 

 

 ヒュームは1人で満足そうに笑う。灯はその様子に不安を覚えた。この老人から持ちかけられる話が良い話とは思えないからだ。

 

 

 

「日曜日に序列上位の若手従者たちで演習鍛錬をするんだ。お前その相手をしろ」

 

 

「断る」

 

 

 

 即座断りを入れたその表情は絶望的にめんどくさそうだった、実際めんどくさい。何が良くて日曜日に戦わなきゃいけないんだ。しかも若手とは言え従者たちは全て精鋭だ、それを相手取るとか苦痛以外の何ものでもないだろう。そしてこの話、灯に何のメリットもない。

 

 

 

「まぁ話しを最後まで聞け」

 

 

 

 断りを入れてくるのは想定内だったらしい、ヒュームは話しを続ける。それを嫌々そうな顔をして聞く。ここで帰っても良かったが、目の前の男がそれを許さなさそうだ。

 

 

 

「謝礼は出す。要はアルバイトだな」

 

 

「アルバイトで従者相手取れとかどんなブラック企業だよ」

 

 

「お前だからこの話しを持ちかけてるんだ」

 

 

 

 一応相手を選んでこのアルバイトの話しを持ちかけているらしい。それなら百代とかもっと戦うこと大好きな適任者がいるし、何よりヒュームが相手すればいいと灯は思ったが

 

 

 

「川神百代が相手だと川神院に申し込みを入れなければならない、正直手間が面倒だ。俺が相手だと演習にならん」

 

 

 

 灯の思考を読んでヒュームが先回りしてくる。思わず舌打ちしてしまう、最初から逃げ道が塞がれているようだ。ここに呼び出された時点で灯の命運は決まってしまったのかもしれない。

 

 

 

「はぁ、…………時給は?」

 

 

「朝の10時集合で大体午後2時には終わる予定だ。金は3万出そう」

 

 

「そのアルバイト乗った。是非やらしてくれ」

 

 

 

 こうして日曜日の灯の予定は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員気を引き締めてかかれよ!! 相手はアタイたちより格上だ!!」

 

 

 

 10人いる従者の指揮はあずみが取っている。周りもあずみが指揮をとることに納得してるのか、あずみの言うことに耳を傾けつつも灯から目を離していない。目を離したら一瞬でやられる、それを実行出来る奴が相手なのだ。

 

 従者たちは誰1人として灯に対して攻勢に出ようとしない。勝手に動いてもカウンターを喰らって戦闘不能になったら元もこうもない。灯を取り囲みみつつ、様子を見ている。

 

 

 

 

 

 灯も精鋭10人が相手のため、容易には動かない。相手の出方をじっくりと見るため、開始合図が出た今も初期位置から動かずにいる。だがいつ攻撃がきてもいいよう即座に動ける体制を取る。

 

 

 

「ステイシー!」

 

 

「あいよ!」

 

 

 

 先手は従者部隊側だ。

 

 あずみの言葉の意味をすぐに理解したステイシーは、武器であるライフルを構え灯目掛けて発射する。あずみの声を聞いてからライフルを構えて狙いを定め、引き金を引くまでの時間はかなり短い、流石元傭兵と言ったところだろうか、鍛錬も相当積んでいるだけでなく場慣れもしている。

 

 

 

 

 

 灯はそれを左足を後ろに下げ、体を少し動かすだけの必要最低限の労力で弾丸を回避する。ライフルは灯の左後ろから撃たれたので撃った瞬間を見れたわけではない。音を頼りにステイシーの場所を正確に理解し最低限の動きで避けた。

 

 ただ初手を避けられたぐらいじゃ攻撃の手を緩めない。連続攻撃を仕掛けることで灯にプレッシャーをかけていく。

 

 

 

「ッハ!」

 

 

 

 李が体をずらした場所めがけて分銅鎖を投げていた。ステイシーのライフルを撃ってそれを避けることまで計算していたらしい。灯の頭に寸分とくるはず分銅鎖が襲ってくる。当たれば脳が大きく揺れ一時行動不能に陥るだろう。

 

 

 

「パターン⊿(デルタ)!! 一気に畳み掛ける!!」

 

 

 

 李の動きを見て、あずみが一斉に攻撃を仕掛けるよう命じる。この分銅鎖で仕留められるとは思っていないが、これをきっかけに攻め続ければ、こっち側が攻めの流れをつかむことが出来ると予測したからだ。

 

 1対10という人数差もある。人海戦術という戦略がある様に、1度こちらがペースを掴めばいくら壁を超えた者が相手でもチャンスはあるとあずみは踏んでいる。

 

 

 

 

 

 ライフル、分銅鎖という間を置かない攻撃に慌てることなく、灯は襲ってきた分銅鎖を左手で掴む。そしてそれを引っ張ることで李をこちら側に引き寄せようと企んだ。

 

 

 

 

 

 だが李は分銅鎖が掴まれたと分かった瞬間、すぐにそれを離した。暗器をメインウェポンとしている李は体中に至る所に武器を仕込んである。種類も豊富なので1つの暗器がなくなったところで対して問題はないのだ。それよりも灯相手なら近くに引き寄せられ、インファイト戦に持ち込まれる方が危険である。

 

 李、分銅鎖に気が向いていることを好機と睨んだのか、灯に更なる追撃が襲ってくる。今度は遠距離からではなく近距離からだ。

 

 

 

「ッフ!!!!」

 

 

 

 桐山が灯の顔面めがけて回し蹴りを放つ。目線も意識も分銅鎖に集中している、これはヒットするだろう。桐山は勿論、何人かの従者でさえそう思ったが

 

 

 

「フンッ!」

 

 

 

 灯は右手で桐山の右足首を、蹴りの勢いに負けることなくガッチリと掴む。そのまま自らの頭上で桐山を振り回した後、床に思いっきり叩きつける。叩きつけた瞬間まるで太鼓を叩いたような音が響き渡ったことから威力は想像できるだろう。人1人を片手で軽々と持ち上げ振り回す、弁慶にも負けず劣らずの凄まじい怪力だ。

 

 

 

「グハッ!?」

 

 

 

 受身を取ることも許さず、床に叩きつけられた桐山は思いっきり咽る。桐山は意識が飛びそうになる中、立ち上がろうと全身に力を入れるが体は思った通りには動かない。これは戦闘不能だろう。

 

 桐山を叩きつけると同時に手に持っている分銅鎖も手から離す。灯は分銅鎖なんて使えないし、持っていても邪魔なだけだ。

 

 まだ桐山に意識があるので追い打ちをかけようかと灯は迷ったが、追い打ちをかけてる間に更なる一手が来ると予想し、目線を桐山から放す。予想通り次の攻撃は目の前に迫っていた。

 

 

 

「ロックンローール!!!!」

 

 

 

 ステイシーの手には最初のライフルではなく、両手にマシンガンが握られていた。弾丸の雨が真っ直ぐ降り注いでくる。それと同時に2人の従者が後ろから迫ってきてる、挟み撃ちだ。

 

 

 

 

 

 この弾丸の中に突っ込んで行くのは無謀、そう考えステイシーに行くのは諦め2人の従者に狙いを定める。

 

 灯は右足に力を込め、ステイシーがいる方向とは逆側に走る。2人の従者に即座に近づき右手で執事服の襟を握り、手首を捻ることで襟で首を絞め相手の行動を縛る。その体制を作ったまま弾丸が降り注ぐ方へと向けることで弾丸から守る盾とした。

 

 もう1人の従者は灯の胸目掛けて突きを繰り出してくる、が、それよりも灯が左足で前蹴りを鳩尾に決めるほうが早かった。

 

 

 

 

 

 1人は腹を抑えたまま蹲る、これで戦闘不能だろう。1人はさっきから弾丸を喰らい続けて意識がなくなりそうになっている。模擬弾で死傷の可能性は無いとはいえ相当痛そうだ。

 

 

 

 

 

 そのまま人を盾にしたまま、痛い思いをせずにステイシーに近づいていく。ステイシーは打ち続けても無駄だと判断しマシンガンを撃つことを中止する。灯に当たらないことで中止したのか、同僚の従者が可愛そうだと思って中止したのかは分からないが。

 

 マシンガンによる攻撃が止んだことを確認し、掴んでいた従者を思いっきりステイシーに投げる。

 

 

 

「え、こっちに来んなよ!!」

 

 

 

 向かってくる従者を受け止めるどころか叱つし後ろに引くことで直撃を避ける。今1番ボロボロなのは間違いなく投げられ倒れている彼だろう、完全に意識を失っていた。哀れなり。

 

 

 

 

 

 ステイシーが慌てているときも従者は手を緩めない。

 

 4人が灯を囲みこむように迫ってくる。四方から同時に仕掛けることで、誰かが反撃を受けても灯に確実に一撃与えることが出来ると睨んでの行動だ。

 これは非常にタイミングが重要になるが、灯に迫ってくる4人は同じスピードで向かって来てる。この4人に連携は問題ない。

 

 

 

 

 

 4人がギリギリまで灯に近づいた瞬間、灯は体を捻りながら飛ぶ。近づいてくるのを待っていたかのような、狙い済ましたような綺麗な跳躍。

 

 体を床に向け両手両足が花火が開く様に4人に放つ。それぞれ顔、首、顔、胸に両手両足が直撃する。顔、首に拳と足が命中した従者は1撃で沈む。胸に当たった従者は3人のように膝をつくことはなかったが、それでも大ダメージだ。胸を押さえつつヨタヨタと足が縺れつつ後退している。それにトドメをさすべく灯の左腕が腹を狙う。この従者に避ける余裕も術もない、直撃だ。

 

 

 

 

 

 これで4人はK.O、残りはあずみ、ステイシー、李である。3人はバラバラに挑んでも勝ち目がないとふみ、距離を取りつつ集合する。演習が開始されたからまだ10分もたっていない。

 

 3人は灯の底知れなさに若干の恐怖を覚えつつ、目の前にいる武人をどう倒すか必死に頭を働かせていた。

 

 余裕のない従者陣に対して灯は非常に余裕そうだ。集まった3人を鼻で笑いながら見つめる。

 

 

 

「さぁ、次はどうする? 特攻でも仕掛けてくるのか?」

 

 

 

 見え見えの挑発にあずみは奥歯を強く食い縛った。目の前にいる相手はヘラヘラして非常に憎たらしい。あれだけ従者を一斉に向けてもあっさりと対処される、それもほぼ全員が一撃で沈んでいる。憎たらしい理由だけは他にもある。学園では主である英雄をキンピカなどと無礼に呼ぶなど、これは完全に私情だが。

 

 

 

「は、お前相手に特攻なんか仕掛けてられるかよ!!」

 

 

 

 その瞬間あずみは6本にクナイに手を伸ばす。そのあずみの行動を見てか、李も同じクナイを手に、ステイシーはマシンガンを手にする。

 

 今までどんな攻め方も対処されてきたのだ。クナイやマシンガンなどいまさらだろう。だがそれでも牽制ぐらいにはなる、どんな小さな隙でも作ることが大事だ。わずかな勝ち筋を何とか手に引き寄せようとする。

 

 

 

 

 

 一斉に遠距離から仕掛けようとしたその時、地面が大きく揺れた。揺れた理由はすでに3人とも理解出来ている。目の前に余裕綽々で佇んでいる男が原因だろう。

 

 灯はあずみが動いたのを見て瞬時に、自らの足で地面を思いっきり叩いたのだ。これを震脚と呼ぶ。日本武道では踏鳴(ふみなり)と呼ばれている、が人が大きく揺らされるほどの震脚は3人とも初めて見た。

 

 

 

 

 

 震脚を起こし3人にわずかな隙が出来る、それを見逃さない。踏み込んでいる右足に再度力を込め、あずみたちに一気に近づく。

 

 

 

「!!!! ック!?」

 

 

 

 気づいたとき、李の腹に拳が埋まっていた。全身から力が抜け、手からクナイが離れる、そして膝をついてしまう。これで彼女も戦闘不能だ。

 

 

 

「李! ……!? グァア!!」

 

 

 

 ステイシーはここで李を気にしなければ良かった。気にしなければ、この一撃は反応は出来たはずだ。だが気にしてしまったが故に彼女のわき腹に左足が入っている。

 

 

 

 

 

 李とステイシー、これで2人も同時にこの演習から脱落。残りはあずみだけだ。

 

 

 

「忍足流! 剣舞五連!!」

 

 

 

 だがあずみは演習に参加している従者で最も強い。李とステイシーがやられても動揺せずに2人に攻撃した隙をついて自らが持つ最強の技を放つ。

 

 灯に二刀流から振るわれる連続斬撃が襲い掛かってくる。このタイミングでは流石に後退しても左右にスウェイしても避けることが出来ない、5連撃を受け止めるしかない。だが灯は素手だ。いくら殺傷性がない小太刀でも当たれば痛いし、あずみほどの腕ならば殺傷性が無いとは言えある程度は斬れてしまうだろう。それをあずみは確信していた。

 

 

 

 

 

 だが―――

 

 

 

 

 

 あずみが望んでる音は耳には届かなかった、まるで金属と金属がぶつかったような音が広い空間に響き渡る。それも5撃とも全て似たような、金属音が響く。とても腕と小太刀がぶつかった音ではない。

 

 あずみは目を見開いた。なぜならば灯の手にはマシンガンが握られていて、それで小太刀を受け止められていたからだ。

 そのマシンガンは非常に見覚えがあるもの、ついさっきも見たような気がする。金髪のアメリカンガール、ステイシーが愛用している物だ。

 

 

 

「お前っ……! いつの間に!!」

 

 

「手癖が悪くてすまんな」

 

 

 

 ニヤリ、してやったりと笑みを浮かべながら奪い取ったマシンガンをあずみに向ける。その様子は非常に楽しそうだ。まるで子供が初めて見るおもちゃで遊ぶような雰囲気、ただ楽しいのは灯だけだろう。

 

 

 

「ゼロ距離発射ぁぁぁあああああああ!!!!」

 

 

 

 即座に照準を合せ引き金を引く。灯に大きな振動が襲ってくるがビクともしない。

 

 流石のあずみもゼロ距離からマシンガンの引き金を引かれてはどうしようもない。持っている小太刀で弾丸をはじき飛ばそうとするも間に合わない、全弾命中する。

 

 

 

「ちっ……ぐっぁ!!!!」

 

 

 

 大きく吹き飛ばされて床を転がる。

 

 しかしまだ意識はある、戦闘不能に陥るほどのダメージはマシンガンで与えることが出来なかった。その理由はあずみがいつも着用している鎖帷子だ。これのおかげで直接弾丸を喰らうことはなかった。それでも衝撃は防ぎきれない、結果吹き飛ばされることになった。

 

 

 

「ちっ……くしょー」

 

 

 

 直ぐ様体制を立て直し前を見る、1丁のマシンガンが無造作に投げ捨てられている。確かあの位置は灯が引き金を引いた所……だがそこに灯はいなかった。

 

 

 

「!? 上か!」

 

 

 

 気配を察知し上を見る。そこには腕を振りかぶりながら自分に迫って来る灯の姿。気づくのが遅かった、既にここまで迫られていたら今の自分では防御することも避けることも出来ない。つまりこの演習、従者部隊の負け、チェックメイトだ。

 

 

 

 

 

 悔しい気持ちと苛立つ気持ちを抱きながら、あずみの意識は失われた。

 

 

 

「そこまで! 演習は終了です」

 

 

 

 クラウディオの声が演習が始まる前と同様にトレーニングルームに響き渡る。ただ始まる前とはだいぶ状況が違う。立っているのは灯のみ。従者たちは気絶しているか蹲っているか、どちらにしろボロボロな状態な者がほとんどだ。

 

 

 

「まさかこうもアッサリと負けてしまうとは」

 

 

 

 クラウディオはここまで圧倒的に負けると思ってなかったようだ、この現状に思わず目を伏せてしまう。

 

 

 

「1から鍛え直しだな……」

 

 

 

 ヒュームもクラウディオ同様、いやそれ以上に呆れてしまう、これだから若手には任せておけないと。

 

 せめて灯に一撃でも与えられれば評価が変わったかもしれない。この演習は”壁を超えた者を相手にどう立ち向かうか”これを目的として行われた。

 

 

 

 

 

 川神には武士道プラン等が影響してこれからも数多くの人間が出入りする。その中に柄が悪くて強い人間がいたら川神市民に被害が出てしまう。勿論それらの人間はヒュームなどの百戦錬磨の男が対処する。だがもしヒュームなどがいない場合のことを想定して行われたのがこの演習。

 

 その結果は灯に何も出来ずにやられてしまった。これでは演習にはならない。

 

 

 

 

 

 だがそれほど壁を超えた者は別格の強さを持っているのだ。百代は言わずもがな、手からビームが出せる異次元の人間。黛とて刀で鉄を切り裂くことが出来る。ヒュームは鮪を武器にして数多くの敵を殲滅出来るほど。灯もそのクラスに到達している。

 

 

 

 

 

 そして今回、灯に依頼したのは従者たちにいつもと違う人間と戦わせるためだ。ヒュームが相手ではいつもの鍛錬とさして変わらない。百代が相手ではただ単に百代の欲求を解消するだけで終了する、黛は恐らくこの依頼を受けてくれない。消去法で選ばれたのが灯だったのだ。

 

 

 

「ただやはり、マスタークラスの人たちはデタラメですねぇ」

 

 

「ふん、オレから見ればあいつも赤子よ」

 

 

「あなたはいつもそう言う」

 

 

 

 ヒュームの誰でも赤子扱いには慣れたものだ、笑いながら受け流す。それよりも1つ気になることがある、いや出来た。

 

 

 

「国吉様、一体何をなされているのですか?」

 

 

 

 灯は李とステイシーのそばに寄って、ステイシーの顔を見て胸を見る。その後李の顔を見て胸を見る。またステイシーを見る、これを下唇を噛みつつ悩んだ表情をしながら繰り返している。

 

 

 

「いやだって、これはどっちにするか迷うじゃん?」

 

 

「勝者は誰か1人を持ち帰っていいなんてルールはないぞ」

 

 

 

 戦っている時は真面目だったのに、と思わずため息をつくクラウディオ。

 

 こうして演習1回3万円のアルバイトは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 予定していた時間より遥かに早い時間に演習は終わった、現在13時過ぎ。灯は報酬をもらった後、これを使って豪勢な昼飯を取ろうかと考えながら出口を目指して長い廊下を歩いていると

 

 

 

「あ! 灯くんだ!」

 

 

「あれ? 本当だ」

 

 

「ほう……あの門を掻い潜ってきたのか」

 

 

 

 源氏3人組みに出会った。

 

 義経は笑顔を浮かべながら、弁慶は普段と変わらない様子で、与一は気だるそうに灯に近づいてきた。

 

 

 

「おー源氏3人組。ここに住んでいるんだったな」

 

 

「灯くんは何故ここにいるんだ?」

 

 

 

 義経が疑問に思うのは当然だ。この九鬼極東本部に限らずだが、九鬼財閥のビルは九鬼の関係者以外が入ることが許されない。一般人は九鬼のお偉い人達が許可しないと入れない仕組みになっている。大財閥だからこそセキュリティをしっかりしなければならないということだろう。

 

 そして灯は関係者ではない、何故ここに入れたのかが分からない。

 

 

 

「アルバイトだ」

 

 

「アルバイト?」

 

 

 

 思わず義経が首をかしげる。人材の宝庫である九鬼家が何故アルバイトを雇ったのか、そのアルバイトの内容は何か、義経には2つの疑問が浮かんだ。

 

 

 

「ちょいとヒュームさんに頼まれてな」

 

 

「あー、それはご苦労さま」

 

 

 

 弁慶はその執事の名を聞いておおよそ、アルバイトの内容を理解したようだ。何ともめんどくさそうな顔をしている。

 

 

 

「私なら絶対にやらないね」

 

 

「だろうな、働いた俺をその体で労わってくれ」

 

 

「ん、こう?」

 

 

 

 弁慶はゆらりと灯の背後に周り、左足を灯の左足に絡めるようにフックした。そして左腕を巻きつけ背筋を伸ばす。この体制は……

 

 

 

「コブラツイストは望んでいない!!」

 

 

 

 綺麗なコブラツイストの完成である。手加減もしてるしクラッチも決めてないが灯には焦りの表情が出てくる。弁慶の力で決められたらとても耐えられたものじゃないだろう。

 

 

 

 

 

 灯が焦ってるのを見て満足したのか、弁慶は軽く笑いながら技を解く。

 

 

 

「くそ……っ! 労わるどころか痛めつけやがって」

 

 

 

 灯は弁慶を恨めしそうに見る、それを弁慶は先ほどと同じく笑いながら受け流した。これ以上言っても無駄なので、1つ息を吐いて気を取り直す。視線を義経へと移した。

 

 

 

「んで、義経ちゃん達はこれからどこに行くんだ?」

 

 

「義経たちはこれから昼食を食べようと思ってたんだ。灯くん、良かったら一緒に食べよう」

 

 

「ご一緒していいのか?」

 

 

 

 灯は今回こそアルバイトという名目で九鬼財閥のビルに入れたが基本は部外者だ。これ以上内部を歩き回っていいのだろうか? そこが疑問だ。

 

 

 

「ここまで来たんだし、食堂に行っても追い出されないと思うからいいんじゃない」

 

 

「おぉそうか! 美人2人とランチが出来るなんて付いてるぜ」

 

 

 

 一人暮らしのため休日は大体1人で昼食を作って食べてる灯にしてみれば、このお誘いは非常にありがたいものだった。追い出されるかも、という心配も義経たちが許可してくれることで解消される。

 

 何より学年を代表する美少女と美女と昼食が取れる、これは一般男子生徒からしてみればお金を払ってでも体験したいことだろう。

 

 

 

「与一のことを忘れないで欲しい」

 

 

「与一はオプションだ」

 

 

「どんなポジションだよ!」

 

 

「私に川神水を買ってくるポジション」

 

 

「完全にパシリじゃねぇか!!」

 

 

 源氏3人と合流し足を出口から九鬼の食堂へと向ける。九鬼の食堂から出される料理は絶品であるだろう、灯は胸を踊らせてゆっくりと歩いていく。アルバイトから始まった休日は、義経たちと合流後の昼飯、そしてそのまま義経たちと遊ぶという非常に充実したものだった。

 




次回予告

 日曜日に暴れた結果、さらに猫っかぶり貧乳メイドの忍足あずみからの視線を浴びるようになった国吉灯です。視線を浴びるならもっと色っぽいものを浴びたいものだ、モモ先輩とかマルギッテとか弁慶とか。巨乳はジャスティス。何時も通り、だらけ部で美人にお酌してもらいながらおつまみを食べていたらヒゲ先生からの依頼が来た。内容を聞く限り荒っぽい出来事を対処して欲しいってことだ。美人が絡まなさそうだから断りたがったが……報酬ががが。

 次回、国吉灯頑張る。



 注>内容は変更される可能性があります。


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8話 ~国吉灯、働く~

 ――ガラッ

 

 

 

 岳人は教室のドアが開く音が耳に入った、ふと目を向けるとクラスメートである灯が何とも気だるそうな表情をしながら教室に入ってくる姿が瞳の中に写る。

 

 

 

「おぅ灯、重役出勤じゃないか」

 

 

「おぅ脳筋、お前が重役出勤なんて言葉知ってるのが驚きだ」

 

 

「思いっきり遅刻しておいて態度でかいなお前!」

 

 

 

 どれだけ自分を馬鹿にされているのだと、岳人が訴えてもそれはいつものこと。灯は既に岳人から目線を外し自分の席へと向かっている。周りの友人たちも岳人のフォローはしない。岳人=馬鹿は2年F組では周知の事実だ。流石2年F組テスト低点数取得ランキングベスト3と言ったところだろうか。

 

 

 

 

 

 ただ岳人が言った重役出勤、その言葉は間違ってはいない。灯が登校した時間は午後12時ちょい過ぎ。川神学園の登校完了時刻は午前8時半であり、現時刻と比べると大幅に過ぎている。遅刻扱いどころか欠席扱いになってもおかしくない。

 

 しかし遅刻したことなんか灯は一切気にしていない。1年生の時から何度も遅刻しているし、この時間に登校したのも初めてではない。教師陣もまたか、と思う程度で諦めの境地に達している。

 

 

 

 堂々と遅刻した灯は自分の席に着席し、昼食にと買ってきた梅屋の牛丼を食べようと割り箸を割る。この男はどこまでもマイペースな人間だ、自分勝手とも言うが。

 

 

 

 

 

 遅刻してきた灯の前にある女子生徒が現れる。

 

 

 

「灯! 最近遅刻が多いんじゃないか?」

 

 

 

 クリスだ。真面目な性格で曲がったことが大嫌い、そんな彼女は灯の風紀を乱すような行動に毎回文句を言っている。教師陣は諦めても彼女は諦めてない。しかし文句を言って灯の遅刻癖が治る訳が無い、いつも逆に言い負かされてクリスが涙を飲む結果になる。

 

 

 

「朝は中々起きられないんだって、お嬢も起きられないことだってあるだろ?」

 

 

「自分に限ってそれはないな」

 

 

「毎朝起こしてもらっているもんねー」

 

 

「ナイスだ椎名。それだけ自信満々言って起こしてもらってるとか……お嬢は可愛いなー」

 

 

 

 自信満々に胸を張って自分は起きれる! と宣言したが京が目ざとく突っ込んでくる。

 

 クリスは非常に朝が弱く毎朝マルギッテか父親のモーニングコールで起こしてもらっている。その事実を知っている京、大和は何とも優しそうな顔をしてクリスを見る。彼らはきっとこう思っているだろう。朝起きれるなんてクリスはえらいなー。

 

 

 

「ごほんっ」

 

 

 

 クリスは自分をニヤニヤした顔で見てくる灯に若干苛立つも、咳払いをし強引に話しを切り替える。咳払いには自らの痴態がバレたのを誤魔化す意味も含まれている。

 

 

 

「大体その制服の着方もだ! だらしないにも程があるぞ」

 

 

 

 キチンと決められている制服を着こなしているクリスに取って、灯の着こなしはとても無視できるものではない。

 

 Yシャツのボタンは3つまで外しており、中に半袖の黒のVネックシャツを着ていなければ胸が見えているだろう。半袖のYシャツではなく長袖を捲り5分丈程にしている。中でも1番クリスが気に入らないのは裾が全て出ているという事だ。

 

 そしてだらし無いのは上半身だけではない。ズボンも通常より低い位置で穿いている、俗に言う腰穿きだ。下着が見えるほど低い位置で履いてはいないが、だらしなく見えるのには変わりない。

 

 

 

「授業中も寝てばかりで、少しは真面目に過ごそうという気持ちはないのか?」

 

 

 

 私生活、制服の着こなし、どちらもだらし無い男が授業中真面目にしている訳がない。6つ授業があるうち、起きているのは体育を除けば2つほど。4つは教師に気づかれないように寝ているか、漫画読んでいるかのどちらか。分かっていたことだが勉強する気ゼロである。

 

 

 

「って聞いているのか灯!!」

 

 

 

 クリスの言葉に頷きながらも目を合わせず。牛丼を食べ続けてる灯に思わず大きな声を出してしまう。

 

 

 

「おぅ聞いてる聞いてる、ケーキ食べ過ぎて太ったんだって?」

 

 

 

 返ってきた答えはクリスが望んでいるものではなく、女子の心をナイフで抉るような発言だった。当然のようにクリスの話しは聞いていない。

 

 

 

「うっ」

 

 

 

 その言葉にクリスは思わずどもってしまう。自分が少々太ってしまったということを知っているのは姉代わりのマルギッテだけのはず、なぜ目の前の男が知っているんだ? どこで自分が太った事実が漏れたのか、必死になって考えてる。灯がただ単に当てずっぽうで適当なことを言ってるだけなのだが……それには気づかない。

 

 

 

「ダメだぜ騎士様、体の管理はしっかりとしないと。それに肉を増やすなら出来れば胸に増やしてくれ。そうすればお嬢は巨乳になるし、何より俺好みになるから是非頑張って欲しいところ……ん?」

 

 

 

 灯は目の前の彼女がプルプルと震えていることに気づく。周りのクラスメートは少し前に震えていた事に気づいていたがそれを灯に伝えたりはしない。それはなぜか?

 

 

 

「くーにーよーしーあーかーりー!!!!」

 

 

 

 クリスが怒る一歩手前だったからだ。顔が真っ赤になっており、灯の名前を叫んだ後でもまだ手が若干震えている。

 

 思わず灯の胸元に手が伸び捕まえようとするが、灯は素早く椅子から立ち上がることで伸びた手に捕まることはなかった。だがクリスも次の動きが早い、憎きこの男を追いかける体制へと移行し意地でも捕まえようとする。それに捕まるわけには行かないと灯は教室の外へと逃げた。鬼ごっこが始まった瞬間である。

 

 

 

「今日という今日は絶対に許さん!! その腐った性格を叩き直してやる!!」

 

 

「フハハハハハ! やれるもんならやってみるがいい!」

 

 

 

 クリスはこの不真面目なクラスメートを粛清するために、灯はどこぞの騎士団の総帥のような高らかな笑い声を上げながら、共に廊下を激走していく。

 

 その様子を見て2年F組の生徒たちは思う。今日も騒がしいなぁ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5分程の鬼ごっこの末、灯は金髪の騎士様から逃走することに成功した。だが今教室に戻るとまた追い掛け回される可能性が残っているので、だらけ部の部室へと移動することにする。

 

 だらけ部の前に立つと中から話し声が聞こえる。少し耳を済ませてみるとどちらとも聞いたことのある声だ。これなら変に遠慮することはない、灯は麩の把手を掴むと音を立てながら思いっきり開ける。

 

 

 

「よぉヒゲ先生、それに源(げん)がここにいるのは珍しいな」

 

 

 

 中で話していたのはだらけ部の部員兼顧問の宇佐美。もう1人はクラスメートである源忠勝。2人は急に麩が開いたことに驚くも灯が開けたと知ると「何だ、国吉か」と口を揃えて言う。

 

 

 

「……親父」

 

 

「今回の仕事にピッタリな奴が現れたな」

 

 

 

 そして何やら納得したような表情をした。その表情を見て灯は2人が言おうとしてることをなんとなく理解した。

 

 

 

「国吉、今晩暇なら代行業引き受けてくれないか?」

 

 

「内容によってはだな。とりあえず話せよ」

 

 

 

 灯は畳の上に胡座をかき、気楽な体制で話を聞こうとする。宇佐美と源も灯に合わせて畳に座る。

 

 

 

「今回の仕事、ちょっとアウトローていうか危険なことが絡むかもいれないんだよね。いつもなら武闘派担当の社員が引き受けるとこなんだが、ちょっと他の代行業で怪我してしまってな。他にこの仕事出来そうな奴がいないのよ」

 

 

 

 宇佐美が若干困った顔をしながら説明に入る。

 

 

 

「ある程度の暴力に対応出来て、仕事も出来る奴なんてそんなにいやしない。国吉、引き受けてくれないか?」

 

 

 

 源が宇佐美の後を押すように言葉を付け加える。

 

 源は灯のことをそこそこ信用している。理由は灯が何度か代行業をこなし、代行を依頼した人たちから好評を頂いたからだ。

 

 灯が代行業をやることになった切っ掛けは宇佐美に「良い単発のバイトねぇ?」と聞いて「なら代行業手伝え」と言われたことから。最初源は何一般人引き入れているんだよ、と思ったが灯は意外なことにキチンと仕事をこなした。勿論宇佐美が灯に合う代行業を見繕ったのもあるが、その甲斐あって充分な働きをこなした。それ以降何回か代行センターの仕事をこなしているが、どれも成果を上げている。

 

 今では代行業の内容が灯向きならば源は文句を言わない。今回のように源から頼むことだってあるぐらいだ。

 

 

 

「何か危ない内容っぽいな、時給は?」

 

 

「2000円だ」

 

 

「任せろ、どんな暴力が降りかかってきても問題ねぇ」

 

 

 

 先日九鬼のアルバイトでお金は稼いだが、お金はいくらあってもいいもの。今回の仕事も苦学生にとっては充分に美味しい。仕事内容を詳しく聞いてはいないが灯は即断即決した。変な仕事が多い代行業だが、2人から紹介された仕事なら問題なくこなす自信はある。

 

 

 

「それは助かる。今度オジさんが奢ってやるよ」

 

 

「これか?」

 

 

 

 灯はコップを持つように手の形を作った後、口のそばに作った手を持っていき手首をクイッと動かす。その動きで宇佐美は求めていることを理解し呆れながらも軽く頷く。何回か飲みに行っているが、教師にこんなこと要求するのは灯ぐらいな者だろう。

 

 

 

「よし! これで今晩も乗り切れそうだな」

 

 

「代行業忙しいのか?」

 

 

「川神に色々な人物が入ってきたからそれに伴ってな」

 

 

「オジさんそろそろ疲れてきたよ」

 

 

 

 ここ最近代行センターは嬉しい悲鳴を上げている。川神市の人口が増えれば問題も出てくる、それに比例して代行を依頼する人も増える。稼ぎ時とはいえやはり疲れるもので人も足りない。2人はナイスタイミングで現れた灯に心の中で感謝した。

 

 

 

「まぁともかく頼むぞ国吉。場所とか時間は放課後説明する」

 

 

 

 話が一先ず終わったところで予鈴がなる。仕事の内容は分からないが良いバイトだろう、気分良く灯は源と共に教室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日は沈み外が真っ暗になる。宇佐美から頼まれた代行業をこなすために川神市の中で最も危険な地域である親不孝通りに灯はいた。正確に言うと親不孝通りにあるビルの一室だ。

 

 

 

(アウトローな仕事とは言っていたが)

 

 

 

 ふと周りを見渡す。そこで行われているのはポーカーやバカラ、ブラックジャックにルーレット、スロットを打っている奴もいる。俗に言うカジノだ。

 

 

 

(カジノの従業員をやることになるとは思わなかったなぁ)

 

 

 

 今回の依頼はカジノの従業員、今の灯の服装は支給されたディーラー服を着ている。そこでカジノで遊んでるお客さんにお酒を渡したり、ゲームを行っている正規のディーラーの手伝いをすればいいと支配人らしき人から説明された。勿論依頼人が灯に求めていることはそれ以外にもあるが今は割愛しておこう。

 

 この隠れカジノには様々な人間がいた。やけに高そうなスーツを着ているオジサン、宝石を沢山身につけて煌びやかなドレスを身にまとっている30代程の女性、紫のスーツを着崩したヤクザっぽい人もいる。中には遊びに来ているだけの奴だっているだろうが、皆が一攫千金とは言えないが大金を手に入れようと真剣に勝負している。

 

 

 

(しかしまだこんな場所が残っているとは)

 

 

 

 義経たちがこの川神に住む前に、九鬼従者部隊が危ない場所や人物を一掃しているはずだ。だのになぜこのような国で認められていないカジノが残っているのか? 

 

 理由は九鬼が管理しやすい体制を作り出すため。ある程度非合法な場所を残すことでそこを重点的に監視していれば何か問題が起きた時すぐに対応出来る。何よりそこまで大きく問題を起こしていないカジノ等ならば態々九鬼が手を出すこともない、そういう判断で現在でもこのカジノは生き残っている。

 

 

 

(まぁいいか、あるならば今度は客として来よう)

 

 

 

 心の中でカジノがあることを教えてくれた宇佐美に感謝しつつ、配る分のお酒が無くなったので1度お酒を作るカウンターに戻る。そこである人物が目に入った。

 

 

 

(お、バニーガール)

 

 

 

 後ろ姿しか見えないが非常にスタイルが良さそうだ。灯は遠慮何て言葉は知らないとばかりに、そのスタイルが良さそうなバニーガールをガン見する。脚、グッドだ。尻、グッドだ。腰つき、グッドだ。バニーガールが振り向き灯と目が合う。パチリッ。なんとウィンクしてきた。

 

 

 

(胸も良い、俺好みだが……化粧が濃いな)

 

 

 

 バァンッ!! 当然カジノに机を叩く音が響き渡る。何事かとカジノのディーラーは勿論、客もその音がした方を見る。ただ1人の男は物音なんか気にもせずにいるが。 

 

 

 

(歳も1回り程離れているだろう)

 

 

 

 音がしたほうで何やら物騒な事態になりそうな雰囲気が出てきた。2人組の若い男がポーカーを担当していたディーラーに怒鳴りつけている。その声は先ほど机を叩いた音よりも遥かに大きいもの。

 

 

 

(だが一晩だけなら全然余裕だ。化粧が濃いとはいえ顔は良い)

 

 

 

 危ない雰囲気が更に加速してゆく。2人組の内1人がディーラーの襟を掴みいかにも殴り掛かりそうな体制だ。もう1人の男も止めようとはしない、ディーラーに暴言を吐いて掴んでる男を援護している。

 

 

 

(これはカンだが彼女は恐らくビッチ、だが問題はない)

 

 

 

 そしてついに男がディーラーに殴りかかった。顔面を殴られたディーラーは立っていられずカッコ悪く転けた、鼻から血も出ている。これはまずいと、周りのディーラーが取り押さえようとしてその男の腕を掴む。

 

 

 

(このバイトが終わったらすぐにでも声をかけるとしよう)

 

 

 

 掴まれた手を腕を大きく動かすことで振りほどき、そのまま別のディーラーを殴り飛ばす。男は非常に興奮していて手がつけられない。男の近くにいたお客さんも巻き込まれるのを恐れて距離を取る。

 

 カジノは先ほどの楽しい雰囲気は一切無くなり、恐怖に支配される。

 

 

 

「んだよさっきから変に騒がしいな」

 

 

 

 漸くバニーガールから意識を外し、苛立ちを隠さないまま1番騒がしい場所に目線を移す。何とも血の気がありそうな男2人が暴れている、ギャーギャーと叫んでる男の声は非常に耳障りなものだ。

 

 灯は軽く息を吐いた後、依頼された仕事をこなすために男たちがいる方へ首を軽く鳴らしながら一歩一歩近づいていく。そしてポンッと男の肩を叩いた。

 

 

 

「失礼、お客様」

 

 

「なんだよ! お前も殴られたいのゴペッ!?」

 

 

 

 丁寧な言葉使いに似合わない強烈な右ストレートを顔面に叩き込む。灯が殴った男は情けない声を上げながら床に倒れた。うめき声が灯の耳に届いたのでどうやら意識は失ってはいないようだ。

 

 

 

「お、おい! お前何してんだよ!」

 

 

 

 殴られた男の相方が驚きながらも灯を睨みつけながら怒鳴りつける。

 

 

 

「お客様の行動は他のお客様にご迷惑をかける行為でしたので、しかるべき処置を取らせていただきました」

 

 

「ふざけんな! 元はと言えばそっちが問題なんだ……グガッ!?」

 

 

 

 今度が灯の左足が男の腹を捉える。この蹴りのスピードに対応出来るはずもなく、先ほどの男と同じような声を上げながら膝をつく。

 

 

 

「これ以上ここにいるとこちらとしても迷惑なので、お客様には外に出て行ってもらいます。」

 

 

 

 そう言うと灯は男2人の後ろ襟を掴み出口に引きずっていく。痛みがまだ引かない男たちは抵抗出来ずに為すがままに引きずられていった。出入り口のドアを両手がふさがっているので蹴ることで強引に開け、勢いよく男2人を投げ飛ばす。

 

 

 

「くっそ……覚えていろよ……ッ!」

 

 

「クッ……お前後悔することになるぜ……」

 

 

 

 お決まりの捨て台詞を吐いて男たちはカジノを後にする。ドアから離れて行くその姿はフラフラしていて非常に格好がつかない。

 

 灯は男たちが見えなくなった後、ドアを閉め現場に戻ろうとする。すると支配人が親指を立てながらこちらを見ている。その目はこう訴えていた。

 

 

 

(グッジョブ!)

 

 

 

 その後は特に大きな出来事なく、夜は過ぎていった。余談だが、この灯の働きが評価され時給がちょっぴり上がったことは灯にとっては嬉しい結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから聞いてるのか!」

 

 

 

 カジノで代行業を終えた次の日の放課後、灯は再度クリスに捕まっていた。2人は校門目指して歩きながら会話……いや、クリスが一方的に捲し立てているだけだ。灯は軽く参りながらクリスのお小言を聞いている。

 

 よっぽど昨日の出来事がご立腹だったらしい、珍しく遅刻せずに灯が登校したらクリスが一目散にこちらに駆け寄ってきた。その時は担任の小島が早く来てくれたおかげでそこまで大ごとに進展しなかったが、放課後は彼女を止める人がいない。

 

 これはちょーっとめんどくさいな、そう思った灯はある作戦に移る。

 

 

 

「まぁそんな怒るなよ。くず餅パフェ奢ってやるからさ」

 

 

 

 ピタリと、クリスの動きが一瞬止まった。更に追い討ちをかける。天秤を怒りから喜びに変えるためにはもうひと押し必要だ。

 

 

 

「なんならくず餅パフェ2つ頼んでもいいぞ」

 

 

 

 この一言で完全に天秤は傾いた。クリスの怒りボルテージが下がっていく、どうやら灯への怒りよりも甘いものが食べたいという物欲が優ったらしい。

 

 

 

「そうかそうか、なら早速行こうじゃないか」

 

 

 

 クリスは非常にご機嫌な様子で灯に早く来いと催促する。灯に取っては少々痛い出費となるが美人とデート出来るなら安いもんだ、そう思ってクリスを追うように足を進める。しかしこんなに単純で彼女は大丈夫なのだろうか? 灯は少しクリスの将来が心配になった。

 

 校門に到着すると見知ってる友人2人がいる。

 

 

 

「灯くん、それにクリスさん」

 

 

「灯くんとクリが2人で帰るなんて珍しいわね」

 

 

 

 義経とワン子だ。2人はあの決闘後、一緒にいることがある。2人共人懐っこい性格をしているので打ち解けるのにさして時間はかからなかった。努力家であるという点の似通っている。

 

 

 

「義経に犬、自分は今からくず餅パフェを食べに行くんだ!」

 

 

「人数は多い方がいいだろ。義経ちゃん、ワン子ちゃん、奢ってやるから一緒に来ないか?」

 

 

「え! いいの! ワーイワーイ」

 

 

「義経もいいのか?」

 

 

「いいに決まってんだろ。遠慮なんてすんな」

 

 

「ありがとう!」

 

 

 

 2人共笑顔で灯からの誘いに乗る。最もワン子は食べ物がタダで食べられるから、義経は誘ってくれたことが嬉しくて笑顔を浮かべてる。

 

 

 

「それでは行くぞ!」

 

 

 

 くず餅パフェが食べられる、しかも2つ。ワン子と義経が加わっても1番テンションが高いのはクリスだった。クリスを先頭にして4人は歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園を出て少し歩くと何やらぞろぞろと男たちの団体がこちらに向かってくる。何やら金属バットやら持っていて非常に物騒だ。非常に近づきたくはないが、態々遠回りするのも馬鹿らしい。灯たちはその団体の横を通り過ぎようと思っていたが

 

 

 

「見つけたぜ!!!!」

 

 

「ん?」

 

 

 

 灯は先頭を歩いていた男に金属バットを向けられる。その男は顔に大きなガーゼが貼ってあるのが特徴的だ、若干顔全体が腫れているのも確認出来る。

 

 

 

「よくも昨日はやってくれたなぁ……ッ!」

 

 

「今からたっぷりと後悔させてやる……ッ!」

 

 

 

 その横にいた男も鉄パイプを持って灯をギラギラとした目で見ている。若干充血しているのが男の怖さを引き立てている。そして灯はその2人を知っている、丁度昨日知ったばかりだ。

 

 

 

「ハッ! 懲りない奴らだな、ぞろぞろと沢山引き連れちゃってさ。自分から雑魚ですって言ってるようなもんじゃねぇか」

 

 

 

 昨日カジノで暴れて灯に追い出された2人組である。その2人が灯に復讐するために仲間を引き連れてやってきたのだ。よく見ると周りの仲間も金属バットやら物騒な物を所持している。

 

 

 

「灯、こいつらは?」

 

 

 

 クリスは先ほどまでのハイテンションは鳴りを潜め、いつでも動けるような体制を取りながら灯に尋ねる。ワン子、それに義経もクリスと同じようにいつでも飛び出せる体制だ。3人共若干目がつり上がってる。

 

 

 

「戦国○双とかのモブ兵だ。用は雑魚共だな」

 

 

 

 灯はこの男たちのことと、なぜこいつらと関わることになったかを説明する気はない。クリスたちのほうを向かずに、さっきから男たちを見下すような目で見ている。それが男たちの感に触る。

 

 

 

「舐めやがって!!!!」

 

 

 

 持っている金属バットを地面に叩きつけ、男の目が更に血走る。今にも襲いかかってきそうな様子だ。

 

 男たちの危険な雰囲気を彼女たちも感じ取る、これは戦闘は避けられないだろうと。

 

 

 

「灯くん! 手を貸すわよ!」

 

 

「義経も加勢する!」

 

 

「クラスメートを襲おうとするとは許さん! 自分も加勢しよう!」

 

 

 

 3人共灯を助けようと前に出ようとするが

 

 

 

「手をだすなよ。こいつは俺のお客さんなんだ」

 

 

 

 灯は片手を広げることで彼女たちが前に出ようとするのを塞ぐ。その行動に3人共つんのめりながらも動きが止まった。

 

 

 

「お嬢たちがこんな奴らを相手する必要はないって」

 

 

 

 何時も通りの軽い雰囲気で加勢はいらないと言う。だがその雰囲気の中にも何やら強い意志が感じとれる気がした。

 

 

 

「俺たちに目を付けられたのは運が悪かったな!! 死ねやーーーー!!!!」

 

 

 

 これが掛け声となって男たちは一斉に突撃してくる。まるで沢山の猪が速度を上げながら行進してくるようにも見える。恐らく今、彼らの頭の中には灯をぶん殴るという考えしかないだろう。

 

 

 

「せっかくのハーレムを台無しにしやがってよぉ」

 

 

 

 そんな猪どもに慌てた様子もなく、灯は通学バックを地面に落として両手を使えるようにする。軽く指を鳴らしながら猪を狩る準備を完了させ一言呟く。

 

 

 

「DIE YOBBO」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1分。これは男共がやられるまでの時間だ。ざっと10数人はいたが灯にとって大した相手ではなかった。全員が地面に伏すことになりうめき声を上げている。気を失ってはいないが当分立ち上がることは出来なさそうだ。大きく咳き込んでいる奴もいる。これだけやられれば彼らは2度と灯に歯向かおうなんて思わないだろう。

 

 

 

「余計な時間食ったな」

 

 

 

 制服の埃を軽く手で払った後、地面に落としたバックを拾って戦う前の状態に戻る。当然灯は無傷、かすり傷1つ付いていない。

 

 

 

「ねぇねぇ灯くん、1つ聞いていい?」

 

 

「いいぞ、ワン子ちゃんの質問なら大歓迎だ」

 

 

「何で私たちの助けを断ったの?」

 

 

 ワン子は灯の強さに目を輝かせながらも、なぜ加勢するのを許可しなかったのかを疑問に思う。灯がめんどくさがりやでグータラなのは1年程の付き合いで理解できてる。その彼が自分が楽するために助けを求めず、ましてその助けを断ったのが少々気になったのだ。

 

 

 

「そりゃ俺がいくらギャンブル狂いで遅刻は頻繁にして授業はサボりまくってる塵屑でも、こいつらを押し付けるほど落ちぶれちゃねーよ」

 

 

 

 今のにプラスしてお酒も入るのだが、これを言ったらクリスが噴火しそうなので心に秘めておく。

 

 悪いのは地面でうずくまってるこいつらだが、襲いかかってきた原因は自分にある。大抵のやりたくないことは他人に押し付けるかやらないことを選択する灯でも、今回のは避けることは出来なかったしワン子たちに押し付けようものなら救いようのない塵屑になると分かっていた。

 

 この一言を聞いてワン子とクリスはこの男の性根は腐っていないことを感じ取る。義経は頼ってもらっても良かったのに、と内心思っていたり。

 

 だがそれと同時にクリスにもある疑問が浮かぶ。

 

 

 

「自分で駄目な所が分かっているならばなぜ治そうとしない?」

 

 

「治す気ないし治せないし」

 

 

 

 やっぱりこいつは塵屑だ。身も蓋もないような答えがクリスの心を打ち砕こうとした。

 

 

 

「あはは、でも真面目な灯くんは想像出来ないわねぇ」

 

 

 

 想像出来ないのも無理はない。普段のこの男の様子を見て真面目という言葉がどれほど似合わないことか。

 

 

 

「まぁともかく迷惑かけたからな、コーヒーも奢るわ」

 

 

「あ、私コーヒー飲めない……」

 

 

「自分もあまり得意ではない……」

 

 

「義経……も」

 

 

 

 どうやら女性陣はコーヒーが得意ではないらしい。その様子を見て灯は小馬鹿にした顔で煽る、主に1人をターゲットとして。この3人の中で揶揄うことで最も良い反応を見せてくれる女性何て1人しかいない。

 

 

 

「3人ともおこちゃまだなー、特に騎士様それでいいのか?」

 

 

「む、そ、そんなことないぞ! 自分は飲める!」

 

 

「苦いのはダメなのよねー」

 

 

 

 素直に無理だと認めるワン子に対して意地を張るクリス。その結果、彼女はくず餅パフェを食べた後コーヒーを飲むことになるのだが「やっぱり無理!」と、飲めないことを灯の前に晒すことになった。

 

 それを全力で馬鹿にする灯に対して非常に苛立ち、やっぱりこの男は性根も腐ってるかもしれないと思うのだった。




次回予告

 最近お嬢の胸が大きくならないか、真剣に考えている国吉灯です。金髪巨乳とか最高じゃん、男のロマンだよロマン。まぁ巨乳になったとしても弄り回すのはやめないけどな、アイツは反応が面白いんだ。ちょいと小金を稼ぎに賭場でカモ狩っていたら乱入者、チャレンジャーが現れたんだ。勿論賭場の厳しさを教えてやろうとしたら何やら大ごとになってきて面倒なことに、それでも勝つのは俺なんだけどな(ニンマリ)


 次回、国吉灯勝負する。



 注>内容は変更される可能性があります。


 すみません、前回の次回予告とは少々違った内容になってしまいました。てかタイトルも変わってしまいましたね。思った以上に最初考えた内容は書き起こし辛かったです。


 感想、評価、誤字脱字報告、お待ちしています。


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9話 ~国吉灯、勝負する~

 川神学園、B棟4階の空き教室。この教室は授業で特に使われている訳でもない、部活動で使われてる訳でもない、だのに昼休みや放課後は多くの生徒で賑わっている。その生徒たちを見ていると4人の男がテーブルを囲んで牌をかき回していたり、2人の男女がカップの中にサイコロを振っている姿が見える。その教室の角に置いてある箱の中には何種類ものトランプがあったり、麻雀牌2,3セットが入っている。

 

 ここは賭場、半教師公認の簡易カジノである。あくまで学園内の賭場ということで賭けられてるのは小金ほどだったり食券だったりする。が、勝負する生徒同士で掛金が決まるためたまに学生にしては大金が賭けられたり、それ以外の物が賭けられたりする。

 

 そしてこの賭場、国吉灯が川神学園で最も好きな場所だったりする。自分の趣味なので楽しむことが出来てかつ、生活費、食費等をある程度稼ぐことが出来るからだ。今日の昼休みも当然の如くいた。まるで賭場の主だ。

 

 

 

「フルハウスだ。これは流石に俺の勝ちだろ」

 

 

 

 

 5枚のトランプを目の前の相手に見せつけるようにテーブルに並べる。並んであるトランプはスペードの6が3枚、ハートの3が2枚。男の言う通り、フルハウスである。

 

 このフルハウスを出して満足そうな笑みを浮かべているのは井上準。今回の灯の相手である。勝負の内容はドローポーカー、ポーカーの中では最もポピュラーな物だろう。

 

 彼は友人である葵冬馬の付き添いとして榊原小雪と共にこの賭場に来たのだが、既に賭場にいた灯を見て勝負を申し込んだのだ。支配人、と賭場で異名を取る灯に対して「ならその称号を奪ってやろうじゃないか」と、随分意気込んでいる。

 

 

 

 

 

 ちなみにこのポーカーは3回勝負で今が最後の3戦目である。1、2戦目は灯が勝って合計で準は3000円取られている。

 

 だが3戦目はレートあげようと言う灯の提案で互いに5000円賭け、その結果がフルハウスを生み出した。準としては笑いが止まらないだろう。負けた分が最後の最後で増えて戻ってくると確信しているのだから。

 

 しかし灯は慌てた様子はない。それどころか手に持っているトランプで隠しているが若干薄ら笑いを浮かべている。その笑みを浮かべ続けながらトランプを準と同じ様にテーブルに綺麗に並べる。

 

 

 

「悪いなロリコン、フォーカードだ」

 

 

「なん……だと!?」

 

 

 

 準の顔から笑顔が一瞬で消えた、手も震えている。

 

 

 

「幼稚園に足長お兄さんとしてプレゼントするための資金が……ッ!」

 

 

 

 思わずテーブルを叩く。握りこぶしからは血が流れ、目も明らかにつり上がっている。どうやら足長お兄さんを演じようとしていたのは本気だったらしい。

 

 

 

「その資金は俺の生活費にしてやる」

 

 

 

 この無慈悲な一言は準の心にトドメを刺すには充分な威力だった。幼女への寄付金が男への生活費に変わったのだ、ロリコンにはとてもじゃないが耐えられないだろう。

 

 

 

「うーん……」

 

 

「何悩んでるの? トーマ?」

 

 

「彼、灯くんは間違いなくイカサマをしています」

 

 

 

 葵は灯と準のポーカーを3戦全て見ていた。ドローポーカーは運の要素が強いゲームだが、最後のフォーカードはあまりにも出来すぎていた。それこそ台本通りに行われているドラマのような展開。

 

 

 

「ですけど彼はイカサマをしているような仕草を見せていない」

 

 

 

 同じくイカサマをして賭場で勝ち抜いてる冬馬が見ても灯のイカサマは見抜けない。あの使用したトランプ自体には何も仕掛けられてはいないはず。

 

 

 

「イカサマの手段が分かるまでは戦いたくないですね」

 

 

 

 この賭場を実質仕切っている灯とは是非とも戦ってみたい、だが今はまだ牙を向けない。機はまだ熟してないのだ。勝利の方程式がつくり上がるまで今は爪を研ぐ。

 

 

 

「若、すまねぇ」

 

 

「準が負けた分は今度取り返しましょう。雪、行きますよ」

 

 

 

 3人が賭場から出ようとする、すると見知った顔がこの賭場に入ってきた。

 

 

 

「ここに国吉灯はいますか?」

 

 

「おやおやマルギッテさん」

 

 

 

 葵たちのクラスメートであるマルギッテが先頭にいた葵に尋ねる、灯はいるかと。

 

 

 

「えぇ、いますよ」

 

 

 

 葵が指差す方向には灯が準から巻き上げた合計8000円を財布にしまう姿が見える。マルギッテは目的を人物を見つけたことで満足そうな笑みを浮かべながら、葵に感謝を告げてキビキビと歩いて近づいていく。

 

 

 

「国吉灯、私と勝負しなさい」

 

 

 

 固まっていたトランプを手に取った時に話しかけられ、灯は眉間に皺を寄せながら振り返る。後ろにいる人物は振り向く前から分かっている、ただ話しかけてきた人物が問題なのだ。

 

 

 

「お前懲りないね」

 

 

 

 マルギッテは以前負けてから灯に再戦しろと何ども迫って来る。美人に迫られるのは非常に嬉しいことだが求めてくる内容が問題だ。

 

 

 

「今回は戦闘での勝負は求めてないと知りなさい」

 

 

「え?」

 

 

「ここは賭場です。なので国吉灯、貴様にポーカーで勝負を挑む」

 

 

 

 そう言うと灯の手からトランプを取り、彼とは対面の位置に座る。灯は一瞬呆気に取られたがすぐにマルギッテに悪そうな笑みを浮かべながら視線を送る。

 

 

 

「その勝負なら大歓迎だ。……さて、何賭ける?」

 

 

 

 灯はノーレートのギャンブルはやらない、気合が入らないし何も賭けてないギャンブルやってもつまらないからだ。

 

 

 

「では、私が勝ったら次は戦闘で勝負しなさい」

 

 

 

 葵と準はマルギッテがなぜ灯を探して賭場まで来たかを理解した。彼女はどこからか灯がギャンブル好きでよく賭場にいると言う情報を耳にしたのだろう。その賭場で灯に勝てばその勝者の特権で自分の願いを叶えられると考えたのだ。

 

 

 

「いいだろ、勝てたらな」

 

 

 

 灯はこの案を承諾。マルギッテは思わず笑ってしまう、漸くこの男と再戦する機会を得ることが出来ると。この勝負何としても勝たなければならない、自然と手に力がこもる。だが

 

 

 

「んじゃ、俺が勝ったらマルギッテは今週に行われる球技大会ブルマで出場な」

 

 

「…………は?」

 

 

「ちなみにこれ断ったらさっきの条件は受け入れねぇから」

 

 

 

 思わず思考が停止する。目の前の男はなんて言った?

 

 

 

 

 

 ブルマとは女子生徒の体操着である。この時代に置いてもはや廃れた体操着、文化だったが川神鉄心の「わしが生きてるうちはブルマ、異論は認めない」と言い出したことから川神学園では今だに着用が義務付けられている。

 

 マルギッテも当然ブルマを知っている。が、年齢が他の生徒たちよりも上の彼女に取ってブルマはとても履けたものではない。

 

 

 

 

 

 だが目の前の男は負けたらブルマを履けと言っている。現在21歳の自分にブルマを履いて球技大会に出ろと言うのか? 何馬鹿なことを言っているんだ? だが

 

 

 

「くっ! いい……で…しょう」

 

 

 

 この条件を飲まなければこの勝負が成立しない。成立になければ再戦の願いも叶わない。マルギッテは了承の言葉を絞り出すようにして口にする。

 

 

 

「よし! そろそろ昼休み終わるから勝負は1回な」

 

 

 

 時計を確認してみると次の授業開始まで10分ほど、ドローポーカーは短い時間で出来るゲームだが何回もやっていたら授業に遅刻してしまう。正直灯は授業をサボることに何の抵抗もないのだが、マルギッテはそうもいかないだろう。成績優秀のS組に授業をサボる奴なんて1人もいない。

 

 灯の提案にマルギッテは頷く。頷くと同時に1人の男が現れる。

 

 

 

「1回の勝負なら私がディーラーを引き受けましょう」

 

 

 

 葵が賭場から出ようとしていた所を引き返して来た。先ほどから教室に戻らず2人の会話を聞いていたのだ。ゆっくりと教室の入口から歩いてきて2人の間にあるテーブルの真横に立つ。

 

 1回の勝負なら断然親が有利だ。トランプをシャッフルすることが出来るし自分と相手に配るのも親がやる。1回の勝負で公平性を求めるなら第三者がディーラーを務めるのが妥当だろう。

 

 

 

 

 

 だが葵はマルギッテと同じ2年S組所属、もしかしたらマルギッテを有利にするような仕掛けを打ってくるかもしれない。灯は疑いの目を葵に向ける。

 

 

 

「おいバイ、妙な真似はしたら股間を使い物にならなくするからな」

 

 

「信用がないですね、公平にやらせていただきますよ」

 

 

 

 葵はトランプをマルギッテから預かり華麗にシャッフルしていく。変なことをしないか確かめるためカットしてる様子をジッと見つめる灯。

 

 

 

 

 

 ちなみに葵にはマルギッテをサポートしようとは全く考えてない。狙いは灯の小さな癖でもいいからカードテクを見抜くため。

 

 葵が親の役目を引き受けたことでドローポーカーは運だけの勝負になった。その中でこの男は何らかのアクションを仕掛けてくると葵は踏んでいる。それを見抜ければ今後の勝負に活かせる。なのでマルギッテには悪いがもし灯がイカサマをしてもそれを報告する気はない、情報を漏らしては打ち取ることは出来ないからだ。

 

 

 

 

 

 葵がシャッフルを辞め、配るためにトランプをテーブルを使って綺麗に揃える。ここから勝負が始まる。ワッペンは出してはいないがマルギッテに取っては決して負けられない戦いが。

 

 カードのシャッフルを終えた葵が灯、マルギッテの順に手馴れた様子でカードを1枚ずつ配る。2人に5枚のカードが渡ったとき両者は自らの手札を確認した。

 

 

 

(……悪くない)

 

 

 

 マルギッテの手札は既に2ペアが完成している、変えるのは1枚で充分だろう。フルハウスになったら勝ちは決まったも同然だ。

 

 

 

「1枚チェンジで」

 

 

 

 1枚のカードを葵のそばに伏せて置き、変わりに新しいカードが渡される。残念ながらフルハウスにはならなかったがそれでも役は出来た。

 

 後は肩肘を付きながらカードを見つめる男の手次第。高い役が入っていないことを願う、切実に。

 

 

 

「3枚チェンジだ」

 

 

 

 この一言を聞いてマルギッテは心の中でガッツポーズを取る。3枚変えるということはそこまで手は良くない。そして変えるカードは自ら引くのではなく配られる、これでイカサマの心配もない。

 

 

 

 

 

 だがマルギッテは気づかなかった、いや気づけなかった。3枚の新しいカードを受け取った瞬間、先ほどの準とのポーカーと同じように灯がカードで隠しながらも口先を少し上げていたことに。

 

 

 

「では、オープンして下さい」

 

 

 

 まず先にカードをテーブルに置いたのはマルギッテだ。

 

 

 

「2ペアです」

 

 

 

 オープンした時に灯の顔を見る。表情は変わらない。この瞬間どちらが勝者かは灯にはわかっているはずだ。笑うなり悔やむなり何らかの表情の変化はあってもいいはず、引き分けか? と考えたがその可能性は限りなく0%だ。

 

 

 

 

 

 そして灯のカードがオープンされる。確認してみると4が2枚、キングが1枚、9が1枚、そして……ジョーカーが1枚。つまりは

 

 

 

「3カードだ」

 

 

「な……なぁ!?」

 

 

「この勝負灯くんの勝ち、ですね」

 

 

 

 マルギッテは崩れ落ちた。この瞬間、自分がブルマを履いて球技大会に参加することが決まったからである。

 

 その様子を葵は普段と変わらずに、準は若干顔をしかめて、小雪は崩れ落ちたことが面白かったのか指を指しながら笑っている。そして何より大きな反応を見せてくれたのはこの男。

 

 

 

「やったぜ! これでドイツ軍エリート21歳巨乳のブルマが見れる! ねぇ、今どんな気持ち? 自信満々に勝負仕掛けてきて願いかなわずにブルマを履くってどんな気持ち? 全校生徒の目の前で21歳がブルマを履いて動き回るんだぜ。21歳のブルマとかイメクラでしかありえない光景なんだけどこれを味わうってどんな気持ち? ねぇ、今どんな気持ち?」

 

 

 

 この灯の煽りに対してマルギッテは怒りも生まれず、ましてやウザイという感情も浮かんでこなかった。唯々顔を下に向けて握りこぶしを握るだけ。

 

 

 

(しかし灯くんは何もしてきませんでしたね、それとも気づかない内に既に仕込んでいた?)

 

 

 

 ただ葵は目的が果たせなかったことを悔しく思いながら、頭を捻りつつ賭場を出て教室に戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 葵が教室に戻っていくのを確認してから灯は手に隠し持っていたカードを1枚、あったトランプの中ヘと戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、灯は再度賭場へと足を運びカモという弱者から金をむしり取り、上機嫌で帰宅するために校門へと向かう。なお灯の相手をした数人は財布の中身がほぼ空っぽになっており、しばらく放心状態になっていた。当分賭場には来ないだろう。

 

 鼻歌を軽く歌いながら校門の外へ出ると何やらある少女が全力でこちらに向かってきた。

 目を細めて正体を確認してみる。その少女は川神学園指定の体操着を着用しており、ポニーテールが小刻みに揺れている。何より目立つ部分は腰に紐をつけており、その紐の先にはタイヤが繋がれていた。灯はその少女を知っている、というかクラスメイトだ。

 

 

 

「あ! おーい、灯くーん」

 

 

「よぉワン子ちゃん、相変わらずタイヤが似合っているなぁ」

 

 

 

 タイヤをつけて川神市内を走り周る少女なんて川神一子、通称ワン子しかいないだろう。彼女の顔には汗が流れており、若干肩で息をしているところを見ると走り始めたばかりではなさそうだ。

 

 

 

「あんまりタイヤが似合ってるってのは嬉しくないわねぇ」

 

 

「タイヤ系少女として川神市内で有名だぜ、自慢出来る」

 

 

 

 実際ワン子は1年中タイヤと共に市内を駆け回っているため、タイヤつけて走ってる少女=ワン子の方程式は成り立つ。そして皆こう思うのだ、今日もワン子は頑張っているなぁと。特に姉である百代と小さな頃からの付き合いである大和は特に頑張ってると思っているだろう。

 

 勿論灯もワン子がオーバーワークとも言えるトレーニング量をこなしているのを知っている。出会った頃は何でコイツこんな頑張ってんだ? と疑問を抱いたぐらいだ。

 

 彼女から努力を重ねる理由を聞いてその疑問は解消され、そのトレーニング量にも納得はした。ワン子の夢である ”川神院師範代” は並々ならぬ努力を重ね続けなければ届かない。灯に取っては他人事だが是非ともその夢を叶えて欲しいと思っている。

 

 

 

 

 

 灯はその鍛錬少女の頭を軽く撫でたあと、彼女に繋がれているタイヤへと足を運びそのまま腰を掛ける。胡座をかいて座っている灯をワン子は不思議そうに見つめる。

 

 

 

「さ、家まで頼む」

 

 

「アタシはタクシーじゃないわよ!!」

 

 

 

 だが不思議そうな顔は直ぐ様渋面へと変わり、怒りという感情も浮かんでくる。どこの世界に人間本体をタクシー代わりにする奴がいるというのだろうか。

 

 

 

「俺んち分かるよな? ここ真っ直ぐ行ったら……」

 

 

「ちょっと!! 勝手に話進めないでよ!!」

 

 

 

 ワン子の抵抗なんて何のその、灯は何時も通り人の話しを聞かない。それを分かっていてもワン子は抵抗する。キッ! とした目を崩さずに、我が物顔でトレーニングの相棒とも言える愛用のタイヤに座っている男を睨みつける。

 

 彼女の抵抗する目を見て灯は何かを思い出したかのように通学用バックを漁る。そして出した物は

 

 

 

「ビーフジャーキーだ。残りはワン子ちゃんにやるよ」

 

 

 

 賭場で食べようと思っていたビーフジャーキーの残りだ。やはりタクシーを利用するにはお金……もといチップが必要だと気づいたのだ。

 

 半分ほど無くなってはいるが、ワン子にとって好物が食べられることは非常に嬉しかった。彼女の目は既に輝いており、渋面から満面の笑顔へと表情が変化している。コロコロと表情が変わるのはワン子の魅力の1つだろう。

 

 

 

「ワーイ! グマグマ……さぁ! しっかり捕まっていてね!」

 

 

 

 口の中に彼女の好物であるビーフジャーキーの味が広がる。味が広がったまま彼女は走り始める。タイヤの他に重りは増えたが関係ない、そしてランニングコースも多少変わったが問題ない。タイヤと共に走る少女は今日も走り続ける、今回はオプション付きで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワン子が灯を引きずって彼の家を目指している途中、多摩大橋の下で随分と晴れ晴れとした顔で背伸びをしている少女を2人は見つけた。その少女は男性顔負けのイケメン、そして大層美人である。

 

 美少女が背伸びしている光景は非常に絵になるものであるが、周りを見ると少々異質であったりもする。その原因は何人もの屈強な男たちが倒れており、準々に担架で運ばれていることだ。運んでいるのは九鬼の関係者だろうか?

 

 だがワン子はそんな光景に何の疑問も抱かずに、美少女に向かって瞬間大声で叫んだ。

 

 

 

「おねーーさまー!!」

 

 

 

 ワン子の姉である川神百代はその声に直ぐ様反応、大きく片手を上げてワン子を出迎える。妹は直ぐ様最愛の姉の元へと走っていく。当然タイヤの上に乗っている灯も百代の元へと連れて行かれた。

 

 

 

「おーマイシスター。今日も頑張っているな」

 

 

 

 今日も絶え間無い努力を重ねている妹に対して惜しみない賞賛を送る。間違いなく川神院で1番努力しているのはワン子だ。毎日毎日頑張っているワン子を百代はとても可愛がっている。血こそ繋がってはいないが仲良し姉妹だ。

 

 

 

 

 

 

 だがその最愛の妹の他にもう1人、気になっている人物がタイヤの上で、担架で運ばれている男たちをつまらなさそうな顔をして見ている。

 

 

 

「よ、灯。お前も私に勝負を挑みに来たのか? いつでも相手になるぞ」

 

 

 

 この運ばれていく男たちは百代と戦った者たちだ。本日百代が倒した人数は大体10人ちょいといったところだろう。

 

 この男たちは全員義経との戦闘を望んでいる者だ。だが希望する者全員と戦っていてはとてもじゃないが義経の体がもたない。世界中から対戦者が集まっているのだから。

 

 なので震いをかけるという意味で百代が義経との対戦希望者を選別している。この選別システムは百代にとって非常にありがたいもので、普段決闘不足で欲求不満である彼女をとても満足させるものであった。実力こそ百代に及ばない者ばかりだったが、それでもほとんどが強者だ。数をこなせば百代の欲求不満は充分に解消される。

 

 

 

 

 

 だが目の前にいる男は今までの武道家たちとは比べ物にならないぐらい強いはずだ、だからこそ灯と戦いたい。バトルマニアである百代が強者と戦いたいという気持ちを抱くのは当然。今のように勝負をけしかけるのも必然だろう。だが

 

 

 

「ベットの上だったらいつでも相手してやる」

 

 

 

 いつも躱されてしまう。

 

 

 

「それを望むなら私の彼氏にでもなってみるんだな」

 

 

「モモ先輩なら俺はいつでもウェルカムだぜ」

 

 

 

 親指を立てながら凄まじくいい笑顔を浮かべている灯。ワン子は言葉の意味を理解していないのか「ベットの上で戦うとか狭すぎじゃないかしら?」とか言ってる。

 

 このセクハラ発言にも随分慣れたもんだ、と百代は思う。

 

 だが毎回このように躱されているがそろそろ百代は灯からある本音を聞きたいと考えていた。いつもおちゃらけた雰囲気を出していて、とても聞けるような空気ではなかったので言い出せなかった。が、そろそろ彼女の限界だ。百代は真剣な眼差しを灯に送りながら問いかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前本気で戦ってみたいとか思わないのか?」

 

 

 

 武士道プランの申し子たち、松永燕、ヒューム・ヘルシング、様々な人物がこの川神にやってきた。誰もが百代と肩を並べる強者ばかりで全員と戦ってみたいと思っている。彼らとはいつ戦えるのだろうと、心を踊らして待ち構えている。

 

 だがそれでも、百代が今1番戦ってみたいと思い続けているのは国吉灯だ。

 

 

 

「灯だって一武道家だろ、誰かと戦って自分の実力を試してみたいと考えないのか?」

 

 

 

 今まで百代と近い年齢でまともに戦うことが出来たのは九鬼財閥の長女、九鬼揚羽のみ。だが彼女は百代に負けたことを切っ掛けに武道家としての第一線を退いてしまった。

 

 揚羽の代わりはそうそういない。また祖父たちとの稽古の繰り返しで欲求不満になってしまうのか? そう考えていたときに現れたのが灯。百代にとって約1年前に、たった5分間という短い時間だったが灯と戦えたことはとても印象に残っている。それほどまでにその5分間は衝撃的だったのだ。

 

 強者と戦いたいと思う気持ちは武人であるならば誰もが思うことだ。だからこそ義経に大量の対戦者が集まった。皆が自分の実力を試したいと考えているから。

 

 

 

 

 

 

 灯だって武人だ。これほどまでに適当でスケベでグータラな武人は見たことないが、強者と戦いたいという気持ちはあるはず。百代はそう考えて灯に真剣に問う。そして心から願っている、国吉灯と戦闘で決闘出来ることを。

 

 

 

「…………思わないな」

 

 

 

 だが灯の答えは百代が望んでいるものではなかった。今だタイヤの上で座りながら気だるそうに猫背になりながら、百代の真剣な雰囲気を台無しにするかのような態度。

 

 

 

「…………そうか」

 

 

 

 百代は大きく肩を落とした。もしかしたら国吉灯と戦うことはこの先ないのかもしれない、その可能性が見えてしまった気がする。それでも――

 

 

 

「それでも私は待っているぞ」

 

 

 

 濁り1つない目、凛とした態度で灯を見つめる。灯とは対極の態度を取っているのがより一層百代を輝かせた。思わず灯は百代から視線を逸らす、非常に彼らしくない行動だ。

 

 

 

「まぁその内機会は巡ってくるんじゃねぇ?」

 

 

「何だその他人事みたいな態度は」

 

 

「アタシも灯くんが戦っているとこもっと見てみたいわ」

 

 

 

 百代は灯が視線を逸らしたことに何の疑問も抱かなかった。相変わらずマイペースな奴だ、思わず苦笑いしてしまう。腰を据えて待っていよう、自分が卒業するまでまだ1年あるのだから。ワン子も間近で強い人との戦闘が見たいのか、灯が戦うことを願っている。

 

 

 

 

 

 だが百代は前向きに考えようとしても不安は尽きない。この男は果たして本気で戦う時があるのだろうか? ホンの少しでもいいから真剣に戦う姿勢を見せてこの不安を払拭して欲しいと百代は思う。だが何にせよ待つしかない、今は待つしか出来ないのだから。

 

 

 

「それより灯、この前ワン子にくず餅パフェ奢ったんだって? 美少女にも奢ってくれよー」

 

 

 

 百代は今までの真剣な空気を弾き飛ばすかのように、声のトーンも変えて灯にたかる。美少女を待たせる罰だ、少しぐらい強請っても文句はないだろう。

 

 

 

「美女にねだられるのは悪い気持ちじゃないが……露骨すぎんだろ」

 

 

「いいじゃんかー賭場で勝ったんだろー」

 

 

「賭場で買ったから奢るという考えはおかしい」

 

 

「お姉さまに奢るなら当然アタシにも!」

 

 

「何だこの姉妹……なんて厚かましいんだ……」

 

 

 

 とてもじゃないが灯が言えるセリフではない。普段のめんどくさいこと全てを押し付けているこの男が厚かましいとか言う資格はない。完全に自分の事を棚に上げている。モロとか大和がいたらきっとこんなツッコミが飛んでくるだろう。お前が言うな! と。

 

 

 

「とりあえず……お仕置き!!」

 

 

 

 そう言ってワン子のお尻を軽く叩く。スパーンと、何とも心地よい音が響いたが……ワン子は女性である。

 

 

 

「キャイン!? ちょっと! お尻叩かないでよ!」

 

 

「妹にセクハラすんな!!」

 

 

「ワン子ちゃん! ナイスヒップ!」

 

 

 

 橋の下で姉妹がセクハラ男を咎める声が響き渡った。




次回予告

 どうも。やはり理想のバストはEカップはないとね、と考えている国吉灯です。完全に俺の好みだが賛同してくれる人たちは沢山いると思う。だけど巨乳が全てと言うわけではない。全てのおっぱいを愛でてこそ紳士というものだろう。今週末に体育祭…もとい球技大会が開かれるんだ。義経たちに良いとこ見せようと張り切ったり、妥当S組ということで我がクラスは大層張り切っている。まぁ俺はいつも通りなんだけど。


 注>内容は変更される可能性があります。


 投稿が遅れてしまいまして大変申し訳ございません。少々これからリアルのほうが立て込んでくると思いますので更新頻度は下がってしまうかもしれませんが、もしよろしければこれからもよろしくお願いします。

 感想、評価、誤字脱字報告は常にお待ちしています。


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10話 ~国吉灯、参加する~

 土曜日。普段だったら川神学園は休日で学園に向かう生徒たちは部活動がある者だけだろう。だが本日、正確に言うと今回の土曜日は生徒全員が登校している。

 

 

 

 

 

 本日は川神学園の行事イベントの1つである球技大会が行われる。

 

 川神学園は年に1度このような運動行事がある。毎年通常体育祭、球技大会、水上体育祭の3種類の中からどれかが選ばれる。今回は学長が行なったダーツの結果、球技大会に決まった。内容はバスケットボールやバレーボール、サッカーもなどのメジャーなスポーツが主だが、異色なスポーツもあったりする。セパタクローとか誰がやんのかと言った話だが。それ以外にもこの川神学園でしか行われない球技もある。

 

 ちなみに3種類の中で最も人気が高いのは水上体育祭だ。なぜならば豪華な景品は沢山でるし、皆が水着になって動き回るから。岳人とヨンパチ等の男子諸君は女子の水着が堂々と見るチャンスだ! と水上体育祭になることを望んでいたのだが、その野望は叶わなかった。当然男子皆は肩を落とすことになった。その落ち込んでる中にダーツを投げた学長本人もいる。

 

 

 

 

 

 それでも、球技大会を待ちわびたぜ! と言わんばかりに数多くの生徒たちはいつもよりも高いテンションで登校していた。キャップ何かがその例だろう、普段勉強しない&お祭り事大好きな彼はいつもより早起きしてこの球技大会に備えた。新しいシューズも買って準備は万端である。実際にヒーロー気質な彼は活躍すること間違いなしだろう。

 

 武士の末裔が多い川神には運動が得意な者が多数いる。これが本日テンションが高い生徒が多い理由であり、更に言うならば普段から戦闘が盛んに行われる理由でもある。

 

 勿論運動が得意じゃない者だっている。例としては諸岡辺りだろうか。その生徒らは若干足取り重く学園に向かったのだが、それでも楽しもうという気持ちを持つ者が多いのだろう。登校時には笑顔を浮かべている生徒がほとんどだった。

 

 

 

 

 

 そんな一大行事が行われる中、国吉灯は何をしているかと言うと――

 

 

 

「…………11時か……」

 

 

 

 何時も通り、盛大に寝坊をカマしていた。寝癖が目立ち、目も半分ほどしか開いていない。どこまでもブレない男なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい兄ちゃん、今日学園で何か行事あるんじゃないのかい? こんなとこいていいの?」

 

 

 

 灯は起きて特に急ぐわけでもなく、マイペースに準備した後学園に向かおうと思ったのだが「……腹減ったな」と空腹を覚えたので目的地に向かう前に腹ごしらえをすることに決めた。

 

 

 

 

 

 腹を満たす場所は御用達である梅屋。目の前には豚丼の大盛りが置かれている。

 

 この豚丼を作った男、”釈迦堂刑部”は灯が川神学園の生徒であることを知っている。だから梅屋で呑気に飯を食べようとしていることが少し気になったのだ。

 

 

 

「いちゃダメだな、だけど寝坊しちゃったし腹減ったから仕方ないでしょ」

 

 

「なんでこんな日に寝坊すんだか」

 

 

「昨日ナンパした女の子と紳士タイムになったから寝坊したのは必然だったかもしれん」

 

 

「ちゃんと避妊したのか」

 

 

「そこは抜かりない」

 

 

 

 備え付いてある割り箸を割りながら釈迦堂の問いに答える。とても梅屋でするような会話内容ではないがあいにく客は灯1人だけ、当人たち以外に聞かれることもないので気を使う必要がない。

 

 

 

 

 

 灯と釈迦堂の出会いは半年程前になる。今でこそ梅屋で働いている釈迦堂だが、当時は定職に就くこともなくやりたいことだけをやってフラフラしていた。そんな中、梅屋で灯の姿を初めて見つける。そこで灯の強さに目をつけたことが知り合った切っ掛けだった。

 

 

 

 

 

 釈迦堂は元川神院師範代だ。修行不足等で現役の時よりも実力は落ちてこそいるが、百代や鉄心と同じように相手を見ただけでおおよその戦闘能力を見抜くことが出来る。そこでこの男は自分と同じくらい……いやそれ以上? と感じ取る。この小僧…おもしれェっ、そう思い興味本位で声をかけた。

 

 この相手を強制的に戦闘体制を取らすような挑発じみた挨拶に当初は一発触発、とても一般人は近づけないような空気をお互いに出すという最悪な出会いをした。2人共豚丼を食べながらも売り言葉に買い言葉、その時にいた店員は気絶してもおかしくはなかった。

 

 

 

 

 

 だが今ではそんな空気を出すことなく度々梅屋で飯を共にしている。どこか似ている……オブラートに包み隠さず言うならばダメ人間同士、仲良くなるには対して時間もいらなかった。今ではたまに飲みに行ったりする程だ……割り勘でだが。

 

 

 

「これ食べたら寄り道せずに向かうさ」

 

 

 

 ちなみに先ほどから灯のスマートフォンが鳴り続けている。着信履歴が大和、大和、ワン子、岳人、クリス、委員長、小笠原、ワン子、クリス、諸岡、とクラスメイトからの早く来いよコノヤローと言わんばかりだ。

 

 だが着信には出ない。出たところで早く来いと催促を喰らうだけ、ゆっくり昼食を食べることが出来なくなるから。クリス何かは球技大会に関係ないことも含めて電話越しでも色々言われることは目に見えている。怒られるのは1回だけで充分だ。

 

 

 

 

 

 2年F組で最も運動神経が良く、戦力として期待されていたのは灯だ。だからこそ球技大会前日も遅刻だけは絶対すんなよ! と皆から強く言われていたのだが、結果はご覧の通りである。

 

 

 

「しっかし毎回思うんだが、死ぬほど梅屋の店員の服装が似合わねぇな」

 

 

 

 釈迦堂のプー太郎時代を知っている灯からすれば、この男が真面目に働いていること自体が驚きなのだ。

 

 

 

 

 

 元川神院の師範代だ、仕事なんかは探せば沢山あるだろう。だが釈迦堂という男は自分がやりたいと思うことしか続けない。護衛の仕事とか引き受けても護衛の対象が気に入らない奴なら仕事ほっぽって帰ると、本人は言っている。やりたくないことはやらないと言う点は灯と似通っている。

 

 

 

 

 

 そんな釈迦堂が今、真面目に働いているのだ。灯が何時も通り梅屋に入って席に座ろうとしたら「らっしゃい!」と威勢のいい声をだして梅屋店員の服装を着た釈迦堂が立っていた。その時の灯は人生で1番間抜けな顔をしていただろう。あの釈迦堂が働いているだと……っ!? と絶句した。

 

 

 

「うっせぇなぁ。いいんだよ、これが俺の天職なんだから」

 

 

「賄い食えるから居座ってるだけだろ?」

 

 

 

 釈迦堂が梅屋で働き続けている理由は1つだ。賄いを食べることが出来るから。単純な理由だが、この男が今までない程しっかり働いているのはこの賄いの存在が大きい。

 

 

 

「好きなものほど好きになれっ言うじゃん? それそれ」

 

 

 

 働いてお金がもらえて、賄いである豚丼が通常よりも安い値段で食べられて、釈迦堂が自分で言った通りに梅屋は天職なのだろう。

 

 

 

「釈迦堂のおっさん見てるとその通りだと思わざる得ない」

 

 

 

 会話が続いている中でも灯の箸は止まってはいない。豚丼の大盛りを10分足らずで食べきり伝票を持ってレジヘと向かう。食べたあとは当然学園に向かう……それを考えた時、灯の足が止まった。

 

 

 

「どうした?」

 

 

「この後皆から色々言われると思うと……な、軽くめんどくなってきた」

 

 

「俺が言うのもなんだがちったぁ真面目にしたらどうだ?」

 

 

「自分が真面目に働いているからって似合わんこと言うな」

 

 

 

 会計ピッタリの小銭を釈迦堂に手渡し、レシートと受け取らずに梅屋をあとにする。灯は今度こそ寄り道せずに学園へと向かう……その学園に向かう足取りは少し重いような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 直江大和は悩んでいた。この状況を打破するにはどうすればよいか? 最善の手を打つにはどのような指示を出せばいいのか?

 

 

 

 

 

 現在2年F組は”川神ボ-ル”にて、2年S組と対決している。義経たちが編入して来てある程度S組との確執は取り払われたが、それでも問題児が多々所属しているF組をS組の生徒たちは見下してくることが多い。そのお高く止まった奴らを見返してやる! と意気込んでF組はこの競技に臨んだ。

 

 だがS組は大和たちが想像していたよりも遥かに強かった。勉学も然ることながら運動能力……川神ボールにおいては戦闘力も必要だろう、それらをS組の生徒たちは持ち合わせていた。

 

 

 

 

 

 ここで川神ボールにおいて少し説明しておこう。

 

 川神ボールは野球をベースとして作成された競技だ。大部分のルールは野球とほぼ一緒だが最大の違いは守備側はボールを持っていれば走者に攻撃してよいという事だ。当然走者もボールを持った者に反撃していい。武道が盛んな川神らしいルールが追加されている。後の大きな違いは9回まで行われている訳ではなく、サッカーみたく時間制限があると言うことぐらいだろう。

 

 

 

 

 

 このルールを頭の中に入れてS組のメンツを見てみよう。野球が最も得意である九鬼英雄。その付き人であるあずみだって相当な戦力。運動能力、戦闘力共に高い能力を誇るマルギッテに不死川心、源氏トリオに井上準に榊原小雪。運動では役に立たないがS組のブレインである葵冬馬。

 

 はっきり言って非の打ち所が見つからない。狙うのであれば葵のところだがそれはS組も理解している。当然葵をカバーするシフトを組んできた。

 

 

 

 

 

 その結果4-1で負けている。むしろここまで4点で抑えてきたことを褒めるべきだろう。

 

 

 

 

 

 だが勝負は最後まで何が起こるかわからない。今F組は最大のチャンスを迎えていた。2アウトながらも満塁だ。追いつくならここしかない、ここで追いつかなかったらどこで追いつくんだと言わんばかりの状況。

 

 この最大の好機をどうやって掴み取るかを大和は悩み続けている。この場面でバッターは大和本人なのだ。自分はワン子やクリスほどの運動神経を持ち合わせていない。凡退してしまう可能性が極めて高い。だがここで相手ピッチャーのマルギッテを完璧に打ち崩せそうなバッターはいない。なので代打を出しても無駄……だが自分が行っていいものなのか? その回答を見つけるため頭を回転させている。

 

 

 

「どうするんだ軍師? 時間もなくなってしまうぞ」

 

 

 

 クラスメイトである大串が決断を出せと急かす。切り札で出てくれと頼んでいたF組担任の小島は既に使ってしまった。現在2塁にいて大和をジッと見ている。小島もどのようだ判断を出すのか気になっているようだ。

 

 

 

「大和……頑張って!」

 

 

「やるしかないだろう、大和?」

 

 

 

 ワン子とクリスが大和に発破をかける。

 

 

 

「……そうだな、行くしかない…か」

 

 

 

 考えた結果、そしてクラスメイトたちの声を聞いて大和は自分がバッターボックスに立つことを決意する。ベンチに置いてあった近くの金属バットを力強く握り打席へと向かう。自分は打てる、と鼓舞するかのように。

 

 

 

「大和くん本人が出てきたねん」

 

 

「F組にはもうマルギッテを打ち崩せる代打はいないからな、代打を出しても意味がないって考えたんだろう」

 

 

 

 解説役を引き受けた燕と百代も真剣な顔つきで打席へと向かう大和を見つめる。ここで追いつかなければF組の負けは決まってしまう。それを2人は理解している、見る方も力が入ってしまうものだ。

 

 

 

 

 

 だが――この緊張した場面に似合わない声がグラウンドに届いた。

 

 

 

「おーおー、盛り上がっているじゃん」

 

 

 

 国吉灯、漸く球技大会に参加。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさに救世主。ナイスタイミングとしか言い様がない。この最も大事な場面でF組最強のバッターがやってきた。

 

 S組もそれを理解しているのか、キャッチャーである英雄は灯を見つめながら眉間に皺を寄せた。なんと厄介な奴が来てしまったのだろうと。

 

 

 

 

 

 しかし……F組の皆は灯を歓迎したいが素直には出来ない。なぜならば――

 

 

 

「テメェ!! 何堂々と遅刻してんだよ!!」

 

 

 

 岳人が言う通り、遅刻したからである。しかも全く反省の色を見せていない。

 

 

 

「昨日あれだけ言ったのに……」

 

 

「国吉灯! お前という奴は!!」

 

 

 

 クリスが灯に近づき胸ぐらを掴む。この大事な行事に遅刻した灯がいつも以上に許せないらしい。それは灯もわかっているのか、いつものように逃走はせずに掴まれた瞬間両手を上げてクリスを落ち着かせようとする。

 

 

 

「落ち着けお嬢……! 遅刻した理由にはちゃんと訳があるんだ」

 

 

「訳?」

 

 

「あぁ、昨日ナンパした女の子としっぽりしていたらいつの間にこの時間にな……」

 

 

「「死ね」」

 

 

 

 灯のどうしようもない理由にクリス……じゃなくて岳人とヨンパチが怒る。それはもう怒る。2人共目で人を殺せそうな視線を灯に送る。だが灯は妬みの視線よりも目の前の騎士様を何とかすることで頭が一杯だ。こんな理由でクリスが納得するはずがない。更に胸元を掴む力が強くなる。

 

 

 

「まぁ落ち着けクリス」

 

 

 

 大和がこの場を収めるためにクリスをなだめる。まだまだ言いたいことが沢山あったのだろう、だが状況が状況だ。時間がないのを理解しているので渋々胸ぐらを掴んでいた手を離す。

 

 

 

「灯、分かってるだろうな?」

 

 

 

 大和とて遅刻した灯に言いたいことは沢山ある。だがそれよりも優先するべきことがある。大和が灯にバットを渡す。先ほどまでは自分が打席に立つ気でいたが、自分よりも適任な奴が現れた。それは灯も分かってることだろう。

 

 バットを受け取ると緊張した様子もなく軽い足取りで打席に向かう。

 

 

 

「まぁ任せておけって。遅刻したことチャラにさせてみせるわ」

 

 

「灯ー!! ここで打たないと後がひどいぞぉ!!」

 

 

「灯くん!! やっちゃって!!」

 

 

「国吉ーー!! 分かっているだろうな…ッ!」

 

 

 

 皆から激励が飛んでくる。ただ小島のは激励ではなく脅しのような気もするが。

 

 

 

「ここでF組は灯くんを代打に送るみたいね」

 

 

「当然の采配だな。逆にS組は厳しくなったんじゃないか?」

 

 

 

 燕はまだしも百代は灯の実力をある程度理解している。S組に取って今の場面で最も回ってきて欲しくないバッターがやって来てしまった。

 

 

 

 

 

 灯はグラウンドを見る。すると――律儀にもブルマを履いたマルギッテがマウンドに立っていた。

 

 

 

「ふっ……!」

 

 

 

 灯は思わず顔を逸らしてしまう。肩が小刻みに揺れているのを見ると笑いを堪えているようだ。

 

 

 

「な! 何を笑っているのですか!?」

 

 

 

 灯が顔を逸らして笑っている理由は分かっている。だがそれでも口に出てしまった。顔を赤くしながら灯に問い立てる。

 

 

 

「だって……21歳がブルマ履いて堂々と立っているんだぜ? これは面白いだろう……ッ!」

 

 

 

 灯は若干半笑いのまま再度グラウンドに顔を向けマルギッテを見る。

 

 マルギッテは非常にスタイルが良い。出るとこは出て引っ込んでいるとこはしっかり引っ込んでいる。その成熟されたボディに体操服、ブルマはあまりにも不自然だった。もうとても純情な少年たちには見せられないような格好である。若干ブルマが食い込んでいるのが特にそう思わせた。

 

 

 

「何かもう……イメクラだよな?」

 

 

「…………!?」

 

 

 

 灯の一言にマルギッテの顔が恥ずかしさと怒りで更に赤くなる。赤面とはこのことを言うのだろう。思わず握られている野球ボールを握りつぶしそうな勢いだ。

 

 

 

「なんでマルギッテが私たちと同じ体操着を着ているのか気になっていたんだけど……灯が原因だったのか」

 

 

「おう、俺が賭場で勝ったんだ」

 

 

 

 弁慶は今朝からなぜプライド高い彼女がブルマなんて履いているのかが気になっていた。が、今その疑問は解決した。かわいそうに……そんな目でマルギッテを見ている。

 

 

 

「国吉灯!!!! 早く打席に立ちなさい!!!!」

 

 

 

 羞恥心に耐えられなくなったのか、早くゲームを再開させるようにと灯を促す。それと同時に付けていた眼帯を引きちぎるようにして外す。この男相手に手加減してられない否、出来ない。

 

 

 

「おぉ怖ぇ怖ぇ」

 

 

 

 そう言いながらも全く怯えてない様子、何時も通りの飄々した雰囲気でバッターボックスに入る。

 

 

 

「さ、来いよイメクラ嬢」

 

 

 

 右打席に立つ。左手でバットを持ち、先端をマルギッテに向け手首でバットを上下にクイックイッっと動かし1つ挑発を入れる。

 

 プライド高くて、現在怒りと羞恥心で満ち溢れている彼女がこの挑発に乗らないわけがない。歯を思いっきり食いしばり、まるで往年の敵を目の前にしたかのように敵対心を向ける。

 

 

 

(落ち着けマルギッテ)

 

 

 

 英雄がサインでマルギッテを冷静にさせようとする。このままだと灯にブラッシュボール……頭部目掛けて投球しそうなので是が非でも落ち着いてもらいたい。

 

 

 

(……ッ!)

 

 

(挑発に乗っては相手の思うツボだ)

 

 

(……そう…………ですね)

 

 

 

 マルギッテは1つ深呼吸する。目の前の男が憎い。自分にこんな格好をさせた挙句、それを全力で馬鹿にする灯を許すわけにはいかない。だがここで乱闘なんて起こしては試合が台無し、最悪学長の介入だってある。それはダメだ。勝つならば灯を抑えるしかない。そうすればS組の勝ち、自分の勝ちは確定だ。

 

 

 

(初球は?)

 

 

(外角低めのストレートだ。外れてもいい、思いっきり投げろ)

 

 

 

 英雄の指示に従い1つ頷く。その後セットポジションに移行し全力で投げる。ボールは英雄のミットに心地よい音を立てて納まる。

 

 

 

「ストライーク!!」

 

 

 

 審判の声が響き渡る。外角低めギリギリ一杯のストライク。

 

 

 

「ねぇ、マルの球。速くなってない?」

 

 

「……眼帯外したしあれだけ灯にいじられたら怒ってアドレナリン出るしなぁ……」

 

 

「おいおい……灯の奴大丈夫かよ?」

 

 

 

 ワン子の言う通り、マルギッテの球速は先ほどよりも上がっている。心なしかストレートのキレも上がっているように見える。有に145キロは出ているだろう。充分プロで通用する実力。これも(国吉灯……殺す!!)この気持ちが心を占めているから成せることだろう。

 

 

 

「今日1番のボールを投げてきたね」

 

 

「ここを押さえれば時間の関係上でS組の勝利がほぼ確定。全力で投げるのは当然だ。ただマルギッテにはそれ以外の理由も混じって投げてるな……」

 

 

 

 燕と百代、2人が見ても今のボールはピカイチだ。簡単には打てないだろう、そう思わせる一球だ。

 

 

 

 

 

 ただ灯はそのストレートに驚いた様子もなく悠々と見送った。タイミングを図っているだけか? それとも1球目は見逃すと決めていたのか? ともかく慌てた雰囲気は一切見えない。

 

 

 

(うむ!! いい球だ!!)

 

 

 

 ミットに入ってくる重い球が非常に心地よく感じる。これならばこの男だろうと抑えられる、そう思わせるような投球。

 

 

 

(次は?)

 

 

(今のストレートなら早々打たれないだろう、次は内角低めにストレートだ。当てるなよ?)

 

 

(了解です)

 

 

 

 サインをしっかりと確認し、再度セットポジションからミット目掛けて全力で投げる。その球は先ほどよりも更に速くなっている、150キロ出ているんじゃないか。

 

 

 

 

 

 そのストレートを――

 

 

 

 

 

「ハァッ!」

 

 

 

 灯は全力でフルスイング。野球の専門家が見たら非常にバランスが取れていない、力任せのスイング……それでもボールが拉げ、金属音がグラウンドに響き渡る――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え!?」

 

 

 

 ショートを守っていた義経は思わず声を上げた。自分の右側に何かが通った気がする、いや紛れもなく通った。それは何か? この場に置いて通るものはボールぐらいしか考えようがない。通ったのはまだ分かる。だがその通ったスピードが問題なのだ。あの義経が反応出来ないほどの打球速度。それが義経の右を通り左中間を真っ二つに割る。

 

 

 

「打ったー!! これは物凄い打球だ!」

 

 

「これは快心の当たりだー!!(凄い速度……どれだけの力でスイングしたんだろ……)」

 

 

 

 解説の百代は思わずテンションが上がった。この最高の場面で灯は見事結果を出したのだ。しかも自分ですら一瞬ボールの行方を見失ってしまった程の打球。つくづくあの男は自分を楽しませてくれる、そう思うしかない。

 

 同じく解説の燕も最大の好機にヒットが出たことにテンションが上がるが、心の中では灯の筋力に驚きつつ冷静に状況を見る。

 

 

 

「回れ回れ!」

 

 

 

 3塁ランナーだった源がホームに帰ってきて他2人のランナーに聞こえるように声を張り上げる。

 

 2塁ランナーの小島、そして1塁ランナーの京がホームに生還する。これで同点。F組ベンチは大いに湧いた。皆がベンチから立ち上がり源と同じく声を張り上げる。

 

 現在打った本人は3塁へ向かおうとしている。京が生還したことを確認すると更にスピードを上げる。まだボールはこちらにこない、これならランニングホームランも狙えるだろう。

 

 

 

 

 

 だが左中間を割ったボールを取ったのは――那須与一。

 

 

 

「は! これ以上はやらせねぇ…よ!!」

 

 

 

 与一がボールを取った時、灯は3塁へ到達しようとしていた。あの様子だと本塁を狙うだろうと与一は考える、だがそれはさせない。正直弁慶に無理やり参加させられた球技大会、この川神ボールだったがここで逆転されて終わるのは正直気分が悪い。だからこそ……本塁到達は阻止する!

 

 与一がキャッチャーである英雄目掛けてボールを投げる。思いっきり肩をぶん回しての送球はレーザービームを産み出し一筋の矢になった。

 

 

 

「ちょ!? 与一くんすご!!」

 

 

 

 ワン子がそのレーザービームを見て驚く。

 

 

 

「大丈夫だ! ボールの到達が早くても灯ならキャッチャーをぶっ飛ばせる!」

 

 

 

 ワン子とは対照的に大和はこの状況を冷静に見る。与一の送球は確かに早い。それに真っ直ぐ英雄のところに向かっている。が、それでもこれは川神ボール。ボールが先に届いたとしてもまだ終わりじゃない。ましてやランナーは灯、F組最強の男だ。英雄が相手なら勝てるはず。

 

 

 

「ちぃッ! ……英雄様!!」

 

 

 

 あずみもそのことに気がついているのか英雄の代わりに送球を受け取り自分が灯の相手をしようとする。だがそのあずみよりも早くボールを受け取ったものがいた。

 

 

 

「九鬼!! ここは私がやる!!」

 

 

 

 マルギッテだ。英雄の前に立ちふさがり強引に与一からの送球を受け取る。灯は丁度3塁とホームの真ん中辺りにいる。送球は間に合った。ここからが川神ボールの本領発揮、本当の勝負になる。

 

 

 

「おーっと! ここで灯VSマルギッテ!」

 

 

「マルギッテの一撃を灯くんがどう捌くか? これで勝負が決まるね」

 

 

 

 マルギッテが灯に体を向け、獰猛な笑みを浮かべながら戦闘体制を取る。この状況でなら問題なく戦うことが出来る。そして灯も逃げることが出来ない。彼女にとってこのような笑みが浮かんでくるのは仕方ないことだった。

 

 それに対する灯は焦る様子は全く見られない。スピードを緩めることなくホームへと激走する。

 

 

 

「Hasen! Jagt!!」

 

 

 

 先手はマルギッテ。走ってくる灯目掛けて、グラブをはめてない右手で全力のボディブローを放つ。そしてそれが……綺麗に決まる。

 

 

 

「おいおいもろに直撃だぜ!?」

 

 

「灯!!」

 

 

 

 岳人とクリスがクリーンヒットしたことに動揺が出る。あのマルギッテが本気で放ったボディブローを喰らったらいくら灯でもヤバイ、そう思ってるのだろう。

 

 当然S組もそう思った。あれは完璧に入った、灯は倒れてタッチアウト。時間も時間だし、これで試合終了だ。F組がS組に負けるはずがない! と再度見下そうと考えた者もいただろう。

 

 

 

 

 

 だが――

 

 

 

「フン!」

 

 

 

 灯は倒れなかった、いや怯みもしなかった。あれだけ綺麗に入ったのに顔も歪めず堂々としている。

 

 今のマルギッテのボディブローは熊をも倒すような一撃だった。勿論手加減なんかするはずがない。なのになぜこの男は倒れない? なぜ怯みもしないんだ? どんな体をしているのだ? マルギッテはホンの一瞬混乱してしまう。

 

 その一瞬を容赦無く突く。今度はこちらの番だと言わんばかりに、自分の腹にマルギッテの拳が入っているのなんか気にせずに同じく腹めがけて正拳突きを撃つ!

 

 

 

「グッハァ……ッ!?」

 

 

 

 灯の拳もクリーンヒット。メリメリッと音が聞こえるかのように腹にめり込んでいく。腸が潰れるような感覚、一瞬息が出来なくなる。先ほどのマルギッテの一撃を遥かに超える威力だ。

 

 

 

「良い一撃だったな、だがこんなもんじゃ俺は止まらん……ぞッ!!」

 

 

 

 腹に拳が入ったまま灯はマルギッテを持ち上げるようにして吹き飛ばす。自分がホーム帰るのに邪魔するんじゃねぇ。そんな気持ちがありありと見て取れる。

 

 今のマルギッテに抵抗する力は残っていない。たった一撃喰らっただけで体力を根こそぎ持っていかれた。数秒空中を舞った後に受身を取ることも出来ず地面に落ちる。

 

 

 

 

 

 これで邪魔する者はいなくなった。ボールはマルギッテが空中に舞った時に彼女のグラブから転がり落ちた。ランニングホームラン達成。そしてその瞬間――

 

 

 

「タイムアップ!! 試合終了!!」

 

 

 

 審判が時間が過ぎたことを宣言する。F組は最高の勝ち方で川神ボールを締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あいつが日向さんの孫か」

 

 

「そうじゃよ?」

 

 

 

 場所は移り変わる。ここは学園長の部屋。そこには2人の男が窓から先ほどまで行われていた川神ボールを見ていた。

 

 1人は川神学園の学長である川神鉄心。もう1人は鉄心の愛弟子であり今は西で川神学園と同じような学園……天神館の学長である”鍋島正”だ。

 

 

 

「あの赤い髪の姉ちゃん、相当強いはずだろ? その攻撃喰らってもろともしないとは……」

 

 

 

 鍋島から見て……いや、誰が見てもマルギッテは強いと思うだろう。その強者の拳を喰らってもビクともしなかった男……国吉日向の孫である国吉灯に鍋島は非常に興味を抱いた。

 

 

 

「んで師よ。あの国吉灯ってぇのはどんくらい強いんだ?」

 

 

「間違いなく壁は超えとるよ。じゃがその先は全く分からん」

 

 

「分からない?」

 

 

「あやつがこの川神に来てまだ1度も本気で戦っているの見たことないし」

 

 

 

 灯がこの川神にやって来て1年ちょっと立つが今だに明確な強さは分からない。百代とやりあえるのだから恐ろしく腕が立つであろう。だが百代と戦った5分間じゃ本当の強さなんて見抜けないし、何よりあの時灯は本気を出してなかったと予想している。強さの底が全く見えない。

 

 

 

「あれほどの腕だ。師の孫あたりが黙ってないだろ?」

 

 

「モモはしょっちゅう嗾けとるよ。だが国吉はそれを相手にせん」

 

 

 

 今日も灯は相手してくれなかったーっと百代が嘆いていたのを何度も鉄心は見ている。何ども挑みに行くなとは言っているが、心の底では鉄心は百代と灯が戦ってくれるのを望んでいる。百代の戦闘衝動を抑えるのに1役買ってもらえるし、この先孫のライバルになりえる灯の実力を知りたいのだ。

 

 

 

「日向さんも気まぐれなとこあったからアイツも気が乗らねぇとかじゃねぇのか?」

 

 

「それは否定出来んの」

 

 

 

 何せどこまでもマイペースで勝手気ままな男だ。単にめんどくさがっているだけかもしれない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 鍋島は思わず腕を組んで悩み始める。是非とも灯の実力を知りたい。自分が現役時代にお世話になった日向の孫だ。日向には師と共に様々なことを教えてもらったし、実際に鍛えてもらったり稽古と称して戦ったことだってある。その孫の実力はどんなものか実際に見てみたい。どうやったら見れるのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し考えたがすぐにいい案は出てこない。そして――

 

 

 

「まぁいいさ、なるようになるだろ」

 

 

 

 考えることを放棄する。ともかく近いうちに1回会ってみて話してみよう。そこから何か得られる物があるかもしれない。

 

 

 

 

 

 もう1度窓からグラウンドを見る。そこにはクラスメイトと共に騒いでいる灯の姿が目に入った。




 くぅ~疲れましたw これにて10話終了ですw


 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。


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11話 ~国吉灯、挑まれる~

 球技大会が先週の土曜日に行われ、日曜日という至福の時間を過ごしたあと、待っていたのは月曜日という最も憂鬱な日。皆球技大会の疲れが抜けてない、とか、なんで振替の休日がないんだよ、とか愚痴を言い合って登校しているのはお決まりの流れだろう。

 

 

 

 

 

 それでも、昼休みまで過ごしてしまえば普段の慣れもあってか愚痴の数は少なくなる。話題は休日が欲しいから球技大会の思い出話に切り替わり、生徒皆が話に華を咲かせ始めた。俺のあのプレーは凄かった、とか、あの人のあそこがかっこよかった、とか各々が印象に残った場面を友人に向けて話始める。

 

 そんな昼休みの食堂ではほとんどの生徒たちが球技大会の話をしている中、球技大会とは全く関係ない話をしている生徒2人がいた。

 

 

 

「俺は3・5・7の3連単が熱いと思うんだよ!」

 

 

「また高倍率狙いで行くのかよ? 前回同じことやって財布の中が残念になったじゃねぇか」

 

 

 

 風間翔一と国吉灯だ。風間は己を主張を相手に響かせようと力強く言葉を発しているのに対し、灯は半目で呆れたような顔をして能天気なクラスメイトを見る。

 

 

 

 

 

 女遊びが激しく様々なことをめんどくさがる灯と、女性に興味がなく好奇心旺盛で子供の様に遊びまわってる風間。この2人は一見合わない、仲はそんなに良くないように見えるがそれは全くの誤解である。2人は共通の趣味があった、ギャンブルという共通の趣味が。

 

 

 

 

 

 風間は百代を通して1年生の時から顔だけは灯のことを知っていた。灯は当時直接関わりがなかったことに加え、男子の顔を積極的に覚えようとしないので当然風間のことは知らなかった。彼らが本格的に知り合った場所は賭場、灯がイカサマを駆使しボロ勝ちしているところで風間が「今度は俺と勝負しようぜ!!」と言ってきたことが切っ掛けだ。

 

 その時はイカサマしにくいチンチロで勝負し、結果ピンゾロ出されて敗北という風間の豪運を知ることになった灯の負け。

 

 この目ん玉が飛び出るくらいの出来事から灯も風間の名前と顔を覚えることになる。それと同時にコイツとはあんまり勝負しないようにしようと心に誓った瞬間であった。顔を引き攣りながらカップの中をマジマジと見た記憶は1年経った今でも忘れようがない。

 

 

 

 

 

 それ以来度々賭場で会うようになり自然に仲良くなっていった。今ではこうして昼食を共に取ることだってあるし、休日一緒に競馬場に足を運ぶことだってある。

 

 

 

「いいや! 今回は行けるね!」

 

 

「無謀と勇気は違うっていつになったら学習するんだこいつ」

 

 

 

 現在彼らは今週末行われるレースの打ち合わせをしていた。目の前に定食があるが2人共話し合い……もといどの馬に賭けるかで頭が一杯のためまだ半分も食べていない。

 

 前回の負けなんざ今回のレースで取り戻せばいい! と自信満々な風間を見て、灯はうなだれるようにテーブルに肘をつく。

 

 

 

「んー……そこまで言うなら運試しだ。賭場に行ってくる!」

 

 

 

 そう言うやいなや目の前の半分以上残っている定食を録画してあるテレビ番組を早送りしているかのような速度で食べ始め、食べ終わった瞬間食器を持って風のように食堂を去っていった。

 

 その様子を灯は箸を持ったままボーッと眺めていた。声をかけても止まらないことは1年間の付き合いで充分に理解しているからだ。

 

 

 

「……あいつは落ち着くという言葉が辞書にないのか?」

 

 

 

 風間が出て行くのを見送ってから意識を定食へと戻す。さっさと冷め切らない内に食べてしまおう。そう思った時に今度は別の人が灯に近づいて来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯くん、ここが空いているなら義経たちが座っていいだろうか?」

 

 

「相変わらず食堂混んでいてさ、他に場所がないんだよねー」

 

 

 

 義経と弁慶、仲良し源氏コンビが席を求めて食堂を彷徨っていたところで灯を見つけたらしい。

 

 

 

 

 

 川神学園の食堂は非常に人気がある。料理の質も然ることながら種類も豊富。何より学生向けに作られたこともあって値段に対して量が非常に多い。大盛りを注文したらスポーツを普段からやっているような人でなければ食べられなさそうな量が出てくる。

 

 なので昼休みから10分もすれば食堂は満席となる。食堂へのスタートダッシュに遅れた者は今の義経たちのように席を探して歩き回るか、ジッと席が空くのを待つしかないのだ。元から灯の隣に空いていた席に加え向かい側に座っていた風間が賭場へ飛んでいったことで丁度席が2つ空いたのだ。

 

 

 

「源氏コンビか、どっちも空いているから是非座ってくれ」

 

 

 

 灯からしてみれば美女2人とランチが出来るのだ、断る理由がない。もし先に2人が席を探しているのを見つけたらそこらへんの野郎共を強引にどかして場所を作ろうと考えるくらいだ。

 

 2人はテーブルに定食セットを置いた後、義経は行儀良く着席し、弁慶は何時も変わらず気だるそうに席に座った。

 

 

 

「ありがとう!」

 

 

「サンキュ~」

 

 

 

 2人が礼を言って食べ始める。それと同時に周りにいた男子生徒たちが変な形でざわめき始める。少し耳を澄ましてみると「俺あってこそバレーボールで勝利することが出来たんだ!」とか「あのピンチは俺のファインプレーで切り抜けたんだよな!」など自分が球技大会で如何に役立ったかを話しているようだ。

 

 弁慶は美女だ、それもとびっきりな。義経だって弁慶とはベクトルこそ違うが美少女に変わりない。そんな彼女たちとお近づきになりたい、そして願わくば彼女にしたい……と考えている奴は多いので露骨なアピール合戦が始まったのだ。

 

 が、その健闘虚しく彼女たちは周りの男子生徒の話なんて聞いてもいない。今は定食を食べることが優先であり何より――

 

 

 

「今日も義経ちゃんは凛々しくて可愛らしいな。弁慶もいつも以上に色っぽい……やっぱり良い女だなぁ」

 

 

 

 彼女たちの隣と真正面にいる男が全力で2人を口説いているからだ。周りの男子生徒涙目もいいとこである。更に言うと自分が如何に球技大会で活躍したかを語っても、灯以上の活躍をした生徒何ていない。代打逆転サヨナラ満塁ランニングホームランに比べたら他の生徒の武勇伝何て霞んでしまう。

 

 それに2人同時に口説くとかはっきり言って女性を落とす気あるのか? と問いただしたくなるがこの男に取っては関係ない。目の前に美女、美少女がいる。なら話しかけないとダメだ。そんなシンプルな思考回路を持っているのだから。

 

 

 

「か、可愛い……義経がか? あ、ありがとう」

 

 

「初々しい反応だな」

 

 

「まだ主には口説かれるとか分からないんじゃないかな」

 

 

 

 義経は非常に純情で真面目な性格をしている。そんな彼女は灯の言葉にどう反応していいか分かっていない。とりあえず自分が褒められたことぐらいは理解出来たのでお礼を言うがそれは灯が望んでいる答えではない。

 

 だけどそんな義経の反応も可愛らしいと思ったのか、灯は口説くのを失敗したのに関わらず肩肘を付きカラカラと笑っている。

 

 

 

「そんな可愛らしい主と比べて部下はどうよ? 口説かれること多いんじゃねぇの?」

 

 

「私? そんなことないよ」

 

 

 

 今まで島で義経と与一も合わせて3人で暮らしてきたので弁慶を口説く者はいなかった。また川神に来ても武蔵坊弁慶と言う名前、それに常人離れした怪力を見て腰が引けた者がほとんどであり、真正面から直接口説こうとする奴は灯とS組の葵ぐらいしかいない。それでも何とかお近づきになりたいと考える者がラブレターで間接的にアタックを仕掛けるが、彼女は文字媒体では靡かないのでほとんどが失敗している。

 

 

 

「なんだ、皆腰抜けばっかだな」

 

 

「ふふ、灯みたいな人早々いないって。あと私を口説きたかったら食べ物持参が必須だから」

 

 

「それは餌付けって言うんじゃね?」

 

 

 

 川神水をこよなく愛する彼女からしてみれば、川神水に合うおつまみを持ってきてくれる人に懐くのは当然だろう。今食べている定食だって川神水に合う物を選んでいる。いくらノンアルコールだからと言って川神水に合うメニューを置くのはどうかと思うが、何でも有りなのが川神学園の特徴なのだ。

 

 

 

「灯くんはいつも食堂を利用するのか?」

 

 

「遅刻しないで来た時は大体な。俺がお弁当作ってる姿とか微塵も想像出来ねぇよ」

 

 

「フライパンを武器にしてチンピラ殴ってるほうがまだ想像出来る」

 

 

「何も言い返せん……ん? 俺んちにフライパンあったか……?」

 

 

「それは料理しないのレベルを超えてると思う」

 

 

「この様子じゃ皿すらあるか危ういね」

 

 

 

 灯も止まっていた箸が動き出す。3人が仲良くお喋りしながら昼ごはんを食べ始める。しばらくすると食べ終わった者が次々と食堂を出て行って人が減ってくる。中にはそのまま食器を戻さずに、カフェにいる感覚でダラダラと話し続けている生徒もいる。

 

 灯たちもその例に漏れずに食堂に残って3人で話し続けている。するとまた、別の人物が灯たちに近づいてきた。だが彼らはすぐにこの思いを抱くことになる。なぜこの人が川神学園の食堂にいるのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おう、ちょいと邪魔するぜ」

 

 

 

 3人が固まってたわいのない話しをしている中、1人の男が急に話しかけてきた。

 

 だがその男は明らかに只者ではない。まず川神学園指定の制服を着ていない。見た目からして年齢は灯たちよりもかなり上だろう。真っ白なスーツで身を包み、黒いワイシャツに赤いネクタイ。スーツに合わせた白い帽子に口に咥えている葉巻が良く似合っている。左目の横に大きな切り傷が残っているのも特徴の1つだ。

 

 

 

「あなたは確か……」

 

 

「天神館学長の鍋島正だ。よろしくな」

 

 

 

 弁慶の言葉に鍋島が繋ぐようにして自己紹介を終える。突然の大物の登場に義経、弁慶共に驚きを隠しきれない。それもそのはずだ。鍋島はマスタークラスの実力者、そして元武道四天王だった男。既に現役は引退しているが、武人ならば1度は鍋島の名を聞いたことがあるだろう。

 

 

 

 

 

 ただし、灯は誰だよこのおっさん? といった顔をしている。更に言うならばこんなおっさんに義経たちとの優雅な時間を邪魔されたことに対して若干苛立ちも出てきている。正直八つ当たりも良いところだ。

 

 

 

「そう言うお前たちは源義経に武蔵坊弁慶だな?」

 

 

「義経たちを知っているんですか?」

 

 

「あぁ知ってるさ。義経、お前さんの活躍はこっちにも届いているぜ」

 

 

 

 世界的に発表された武士道プラン。当然鍋島が知らないわけがない。現在は教育者として天神館の生徒たちを指導しているが、武道を極めた者として義経たちは非常に興味がある。一度手合わせなどもしてみたいと思っている。が――

 

 

 

「俺も噂のクローンの実力を直に感じたいと思っているんだがな……」

 

 

 

 そう言うと鍋島は目線を女性2人から1人の男性へと移す。義経たちは気になる、とても気になる。だがそれ以上に気になる奴がこの場にいる。

 

 

 

「…………?」

 

 

 

 目があったことで灯は思わず訝しげな顔になる。その表情なんか気にもせず鍋島は話を続ける。

 

 

 

「お前が国吉灯だな?」

 

 

「何で俺の名前知ってる?」

 

 

 

 灯の名は川神にはいろんな意味で広く知られているが、全国で見ると知名度は限りなく落ちる。

 

 全国いや世界にも名を知られている川神百代、源義経らは世界中の対戦者と決闘して勝ちを収めることで自らの名を広めていっている。だが灯は目立った人物と正式な決闘をしていない。名が知られないのは当然だろう。

 

 

 

「俺はマフィアに名乗った記憶はねぇぞ」

 

 

「それは当ってる、俺が一方的に知ってるだけだからな」

 

 

 

 鉄心の弟子だとか、元武道四天王だとか、天神館の館長だとか知ったところでもこの男に関心なんか持てないので先程からテキトーに接している灯。だがその態度は次の一言で一変することになる。

 

 

 

「あと……お前の祖父である国吉日向さんも良く知っているぜ?」

 

 

 

 祖父を知っている? 国吉日向を知っている? この瞬間灯は初めて目の前の男に興味を示した。

 

 

 

「……俺のジイさんを知ってるのか?」

 

 

「あぁ、よーーく知ってる。俺が現役だった頃世話になった」

 

 

 

 漸く目の前の男が自分に関心を持ってくれた、思わず笑みが溢れる。鍋島が今最も気になってる人物は武神の異名を取る川神百代でもなく、武士道プラン筆頭の源義経でもなく、西で名を馳せた松永燕でもない。さっきまでやる気なさそうにこちらを見ていた国吉灯だ。

 

 

 

「日向さんの強さはしっかりと引き継がれているようだな」

 

 

 

 眼球だけを動かして灯の全身を眺める。筋肉の付き方、普段から出ている気の量、これらである程度の強さは理解出来る。そして確信する、この男は文句なく強い。

 

 

 

「交流戦でうちの大将倒したのも納得だ」

 

 

 

 東西交流戦、第3回戦。天神館の大将を努めたのは2年の石田三郎。他者を侮り慢心する癖こそはあるが実力は折り紙付き。簡単には負けないだろうと鍋島は評価していた。だが結果は天神館の負け。光龍覚醒を使用した石田を倒す程の猛者がいたのかと軽く驚いたものだ。

 

 

 

「大将……? あの無駄に自信満々だった奴か」

 

 

「石田はまだ未熟だが光るもんがある。お前に負けてから前以上に鍛錬に身が入ってるしな」

 

 

 

 石田は光龍覚醒を使ったのにも関わらず、灯に一撃も入れることなく無様に負けたことが非常に悔しかったのか、パートナーである島と共に鍛錬の日々を送っている。

 

 このまま強さの覚醒が始まってくれれば館長として、指導者としてこれ以上に嬉しいことはない。才能はあるのだ。是非とも右肩上がりに実力を伸ばしていって、灯がいるステージまで上がってきてもらいたいものだと鍋島は思っている。

 

 

 

 だが灯に取ってそんな話題なんてどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぁ鍋島さん」

 

 

「なんだ?」

 

 

「あんたはこんな世間話しに態々九州から来たのか? そうじゃないだろ?」

 

 

 

 自分が倒した男が今何をしているかを伝えるためだけにこの川神まで来るはずがない。もっと別な要件があってきたはず。灯は真剣な眼差しで鍋島に催促する。とっとと言いたいこと言えよ、と。

 

 

 

「…………そうだな」

 

 

 

 吸っていた葉巻を一度手に取り、1つ息を吐く。ひと呼吸置いた後で相手の目を見て本題を言う。

 

 

 

「お前の実力が知りたい、いっちょ相手してくんねぇか?」

 

 

 

 まさかの決闘の申し込み。思わず義経と弁慶が息を飲む。あの鉄心の愛弟子、天神館の館長が直々に出張って灯に勝負を申し込んだのだ。百代や義経を差し置いて、指名したのは国吉灯という全国で見るとあまりにも無名な人物。

 

 

 

「鍋島さん現役引退してんじゃねぇの?」

 

 

「あぁ、だけど日向さんの孫と聞いたら話は別だ。俺はあの人に一度も勝つことが出来なかった」

 

 

 

 鍋島は何度か日向と戦ったことがある、それこそ国吉日向全盛期の頃に。結果は全敗。ただの一度も勝つことが出来なかった。これが現役時代唯一と言っていいほどの心残りだ。せめて膝の1つもつけたかったが若き頃の自分では力及ばずだった。

 

 その自分が勝てなかった遺伝子を受け継いでいる灯とぶつかってみたい。その気持ちが球技大会の時初めて灯を見て沸々と出てきた。

 

 

 

「勝てなかった代わりに俺を倒して満足したいのか?」

 

 

 

 灯は端正な眉毛を下げる。自分に勝てない相手がいて悔しかったのでその相手の孫を倒して満足したいです。そんな理由で勝負を挑まれたのなら心底幻滅する。その疑いがたった今灯の心に芽生えた。

 

 

 

「そうじゃない、ただ俺は感じたいんだ。俺が勝てなかった男の血を継いだ者がどれくらいの者かと言うことを」

 

 

 

 だが鍋島と言う男はそんな腐った性根は持っていなかった。ただ単に灯の実力を知りたい、自分の体で感じたい、武道家としての好奇心が沸き立ったのだろう。その好奇心が抑えられなくて実際にこの川神までやって来た。

 

 力強い目で灯を凝視する。その目はとても現役を退いている人間だとは思えない。完全に一武道家としての目付きをしている。

 

 

 

 

 

 先ほどの言葉、そして今のこの目を見たら……灯は引くことなんて出来なかった。目を逸らすこともしない。もし逸してしまったらこの勝負から逃げることになる。

 

 

 

「……いいだろう。実力を晒そうじゃないか」

 

 

 

 鍋島から挑まれた決闘を快諾。川神に来て初めて灯は戦う。それもマスタークラスの人間と。灯は自分でも知らないうちに握り拳を作っていることに気づく。

 

 

 

「なぁ……俺の実力が知りたいだけなら普通の決闘をする必要はないだろ。もっと単純でわかり易いルールでやろうぜ」

 

 

「どんなんだ?」

 

 

「もっと純粋な……拳の殴り合いで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は夕刻よりも少し前といったところ。この時間の川神院は修行僧たちが午後の鍛錬に勤しみ汗を流している頃だろう。ある者は体力トレーニングに励み、ある者は技の形を確認していたり、またある者は新技を編み出そうと試行錯誤している。

 

 

 

 

 だが今日は違う。修行僧たちはコンサートの警備員のようにある集団を前に出さないようにと全く修行とは関係ないことをしている。

 

 その集団とは川神学園の生徒たちだ。生徒でない者もチラホラといるが集団の大半が川神学園の制服を着ている。ざっと見回すと50人ほど集まっているだろうか?

 

 集まっている生徒たちには共通点がある。川神百代を始めとして、松永燕に黛由紀江。2年F組の武道3人娘のワン子に京、クリスもいる。2年S組からもマルギッテと義経、弁慶がいる。他の生徒たちも腕に覚えがある者たちばかり。そう武人であるということだ。

 

 勿論、武道とは何の関係もない生徒も数は少ないがいる。ワン子たちとクラスメイトである大和や3年生の京極彦一、武士道プランのクローンながら武道家ではない葉桜清楚などは武人ではない。

 

 

 

 

 

 武道家たちとそうでもない者、皆が川神院内に設置されたバトルフィールドを眺めながら今から始まる試合を待ちわびている。

 

 では今から誰の試合が始まるのか? 腕に覚えのある者が観客として数多く集まり、戦闘を行う場所として川神院が提供されるほどの試合。

 

 

 

 

 

 今、試合の主役たちが階段を上がってフィールドの真ん中に移動していく。既に中央にはこの決闘の審判を勤めるために川神鉄心がいる。鉄心の前に2人の男が立つ。

 

 

 

「ではこれより川神学園……いや川神院にて決闘の儀を行う!」

 

 

 

 厳粛な声が川神院に響き渡る。先まで騒いでいた観客たちが一瞬で静まった。

 

 

 

 

 

 決闘をするのは国吉灯と鍋島正。誰がこの2人が戦うと予想しただろうか。鍋島は随分と前に現役を引退しているし、灯に至っては川神に来て真剣に戦うのはこれが初めてだ。

 

 

 

 

 観客が集まった理由は灯が戦う――これに尽きる。普段から彼を知っている人たちは想像が出来ない光景だ。

 

 今まで灯が力を奮う時はムカつくチンピラたちを殴り飛ばす時がほとんどだった。例外としてはアルバイト、他にもクリスとマルギッテの決闘は受けている。が、それは彼女たちに押しに押されて渋々受けたものであり、開始の合図が流れてからも嫌そうな顔を作ったまま戦っていたのだ。

 

 

 

 

 

 だが今はどうだろう? まず顔つきは嫌そうではない。実に真面目な表情を浮かべて、端正な顔を変に歪めることなく身構えている。何より目が違う。今から獲物を刈り取るかのような鋭い目。髪の色と同じ茶色の瞳が戦う意志を見せている。

 

 

 

「灯くんの真剣な顔……初めて見たわ」

 

 

「うん……国吉があんな顔するなんてビックリだ……」

 

 

「いつもの様子とはまるで違う……」

 

 

 

 クリスの言う通り、今見ている彼女たちのクラスメイトはテキトーでグータラな国吉灯ではない。武人国吉灯だ。

 

 

 

「漸くだ……漸くあいつの本気を見ることが出来る……ッ!」

 

 

 

 百代は興奮を隠しきれなかった。いくら自分がせがんでもまるで相手にしてくれなかった灯が、自分とではないがマジな決闘をしてくれる。相手が鍋島なので手加減は出来ないだろう。

 

 

 

 

 

 相手がマスタークラスの実力を持っていると誰であろうと決して加減することなんか出来ない。加減した瞬間、自分より格下が相手でも一瞬で狩り取られるからだ。なので常に手を抜いている灯は本気を出さざる得ない。

 

 百代はなぜ灯の相手が自分ではないのかと悔やむ。灯が1年生の時から目をつけていたのでその思いは尚更だ、だがここは見れるだけでもよしとしようと自分の中で無理やり折り合いを付ける。

 

 

 

「では始める前に、この決闘は少々特殊なのでそれについて確認しておこうかの」

 

 

 

 灯が鍋島との戦いを承諾した際にある1つの提案をした。それを今鉄心が説明する。

 

 

 

「まずこの決闘はターン方式で行われる。自分の攻防がはっきりしとると言うことじゃ。そして両者とも決められた線より後ろにいってはならん。攻撃側は相手に拳じゃろうが蹴りじゃろうが一撃放つ。その一撃が耐えられたり、避けられたりしたらターン交代。相手に攻撃の権利が移行する。それを決着が付くまで繰り返す。敗北条件は一撃もらって倒れるか、膝をつくか、決められた線から出てしまうこと。そして自分のターンになったら相手を1分以内に攻撃すること。1分以上経っても攻撃しなかったらその時点で敗北。以上の4つじゃ。」

 

 

 

 この灯の提案を鍋島は昼休みのときに聞いたが文句は全くない。このルールはベタ足インファイト、両者の殴り合いだ。先に力尽きたほうが負け。何ともシンプルなルール、今時珍しいくらいの男気を持ち豪快な性格である鍋島の好みにどストライクなのだ。

 

 

 

「灯くんは勝てるのだろうか?」

 

 

「今回は相手が相手だからね……さすがの灯も厳しいんじゃないかな」

 

 

 

 義経は是非とも同じ学び舎の友に勝ってもらいたいと思っている。だが弁慶の言う通り、相手が相手だ。何時も通りヘラヘラしている余裕はない。もしそのような態度で戦ったら一瞬で決着がついてしまう。

 

 

 

「灯さんは打ち勝つ自信があるのでしょうか?」

 

 

「殴り勝つ自信があるからこそ、こんな提案したんだろうな」

 

 

 

 風間ファミリーの最大戦力である由紀江と百代。2人揃ってこの勝負がどう転ぶかを予想する。だが灯の実力が明確には分からないのでこの時点でどっちが有利なのかは分からない。

 

 

 

(灯くんと戦うことはないだろうけど……それでもしっかり調べて置かないとね)

 

 

 

 燕は牙を研ぐ。彼は積極的に戦うタイプではないし、今の時点では戦うことにはないだろう。だがこの先どう転ぶか分からない。分からないからこそ情報収集は怠らない。この試合、瞬きをしない勢いで見るつもりだ。

 

 

 

「国吉があんな真剣な顔をするとはな」

 

 

「珍しいことなの?」

 

 

「珍しい何てものじゃないぞ。あんな顔は今まで見たことがない」

 

 

「み、見たことがないって……いつもの国吉くんはどんな様子なんだろ?」

 

 

 

 京極は灯が1年生の時から知っている。勝手気ままに動き回る問題児は人間観察が趣味である彼に取って非常に興味深く思えた。その観察対象がまた新たな面を見せてくれたのだ、だから人間観察はやめられない。京極は密かにそう思った。

 

 葉桜は京極の付き添いという形でこの川神院に訪れ、試合を見ることになった。正直灯とは今まで話したこともないので、格好いい男の子だなぁ、ぐらいにしか出てくる言葉がない。この試合を通して少しでも灯がどんな人間か知れたらいいな、と思っている。

 

 

 

「では両者前へ」

 

 

 

 灯と鍋島が同時に前に進む。2人の距離は1メートルもない、この間合いでは防御することも攻撃を避けることも難しい。だがこの勝負、その間合いを保ち続けなければならない。

 

 前に踏み出した2人の後ろに線が引かれる。立ってる位置からこちらも1メートル程の離れた場所に引かれた。大きな後退は己の敗北を意味する、正しく防御不要の決闘だ。

 

 

 

「先攻後攻はコイントスで決めるか?」

 

 

「いや、お前が先攻でいいぜ」

 

 

 

 鍋島は灯に先攻を譲る。このルールは先攻有利だ。先にダメージを与えることは相手の攻撃力を下げることにも繋がる。それを鍋島が理解してないはずない。だが……鍋島の様子を見る限り、これは油断ではなく余裕の表れだろう。スーツのポケットに手を入れたまま目で相手を威圧している。

 

 

 

「ハッ! 初手で勝負決まるぞ?」

 

 

「おもしれェ! やれるもんならやってみな!」

 

 

 

 互いに自信満々。負けることなんか微塵も考えてない。

 

 

 

「なら遠慮なくいただこう」

 

 

 

 先攻は灯。不敵な笑みを浮かべ指を鳴らして初手の攻撃に備える。本気で1ターン目の一撃で決めるつもりだ。

 

 

 

 

 

 日向との戦い敗れた鍋島。祖父である日向を超えることを目標としている灯からすればこの人は超えなければならない相手だ。己の目標を達成するため、ここで負けることは許されない。

 

 

 

 

 

 後攻の鍋島もポケットに入れていた手を抜く。手加減は一切しない、攻撃を防いだら全力で倒しに行く。

 

 

 

 

 

 

 自分が勝てなかった男の血を継ぐ者、その実力が見れることが純粋に嬉しい。自分を超えてくるならそれで良し。だが鍋島は一切負ける気はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2人が準備出来たのを確認。そして――

 

 

 

「いざ尋常に!! 始めぇ!!」

 

 

 

 国吉灯VS鍋島正。試合が開幕した。

 




 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。


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12話 ~国吉灯、闘う~

 今まで灯はこの川神に来てから無類の強さを発揮していた。

 迫り来るチンピラが何人何十人かかってこようとも全てなぎ倒し不良たちに恐怖を植え付ける。クリスとマルギッテというドイツからやってきた実力者たちを本気を出さずとも撃退。川神百代が遊び半分でどついて来ても問題なく対処。極めつけは若手ながらも精鋭が集まっている九鬼従者部隊10名を10分足らずで全滅。

 

 最後の出来事は一般には知れ渡っていないが、それを差し引いたとしても灯がマジ半端なく強いということは充分に理解出来る。

 

 

 

 

 

 だがその強者である灯が本気を出しても勝てないかもしれない、と周りが思う相手と今彼は向き合っている。

 

 鍋島正。灯と同等に壁を超えた戦闘力を持っている男だ。武道家としては既に引退しているがそれでも腕は錆びついていない。その強さは鉄心は勿論、あのヒューム・ヘルシングからも認められている。

 

 

 

 

 

 だがその男を灯は倒さなければならない。遠い遠い、いつ達成できるかも分からない目標に向かうために。鍋島正と言う男を超えなければ前に進めない。そのために灯は戦う、全力でだ。

 

 

 

「どうした? ここに来て怖気付いたのか?」

 

 

 

 鍋島は鉄心の開始宣言から一向に攻撃体制に入らず、全身の力を抜き棒立ちの灯に向かって1つ挑発をいれる。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 見え見えの挑発に灯は全く応じない。開始直後のまま頭を軽く下げ両手もダラーンッと下げたまま動かない。

 

 鍋島は思わず息を吐く。何か考えがあるのだろうか? それとも集中しているだけか? どちらかは分からないがこのままタイムアップなどという興ざめな結果にはしないはずだ。仕掛けてくるときは一瞬、ならば自分はそれに備えるのみ。

 

 周りも動かない灯を見て「いつ攻撃するんだ?」「このまま時間切れとかないだろ?」などの声が広がっていく。それでも皆、展開がないバトルフィールドから目を逸らさない。

 

 

 

 

 

 膠着状態が続き50秒が過ぎようとしたとき、ついに灯が動き出す。

 

 

 

「……ハァッ!!」

 

 

 

 力抜けた体制から一気に体が流動し始める。右足を軽く引き、引いた足と同じ向きに腰を捻る。その捻った腰をまるでバネが跳ぶかのように元に戻すことで勢いをつけ、体重が乗った右ストレートが上段から放たれる。

 

 鍛えてない人間が喰らったら大真面目に死んでしまうだろう威力を持った一撃。それを――

 

 

 

「……ッ! 良い一撃だ。この手に響いたぜ」

 

 

 

 受け止める。胸目掛けて放たれた拳を右手でガッチリと受け止め、後ろに左手を添えることで威力を相殺する。

 

 灯は止められたことに対し思わず舌打ちをする。余裕な顔をしている鍋島を下から覗き込むようにギョロリッと睨みつけた。どうやら本気で鍋島に攻撃ターンを渡さずに初手で決めるつもりだったらしい。それは受け止めた張本人である鍋島も感じ取れた。

 

 

 

(まともに喰らったらいくら俺でもやべぇな……ほぼ予備動作なしで撃てる威力じゃないだろ)

 

 

 

 鍋島は素直に驚いている。まさか最初の一撃でこれほどの拳が飛んでくるとは思っていなかった。もし直撃していたら踏ん張りきれるかどうか分からないほどの高威力。

 

 だがそのぐらいやってくれなきゃ態々九州から来た意味がない。灯の実力は当初鍋島が予想していたものより遥かに上だ。先の一撃で充分に感じ取れる、それを知ることが出来て良かった。

 

 だがそう簡単に勝ちを譲る気はない。そっちが最初から全力で来るならこちらも同じようにするのみ。

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 鉄心の一声で今度は鍋島のターンに移る。灯は体制を立て直し、相手の初手を迎え撃つために若干腰を落とす。目線は鍋島から外さぬように固定。

 

 

 

「今度はこっちの番だな」

 

 

 

 鍋島は右肩を回し始める。軽い準備運動。1分以内に攻撃すればいいルールだ。慌てて仕掛ける必要はない。肩を回した後は首も左右に振る。ゴキッと骨がなる音が鍋島の耳にだけ届いた。

 

 鉄心の宣言から20秒ほど立ったその瞬間――

 

 

 

「川神流……改め俺流! 蠍撃ち!」

 

 

 

 灯と同じく右の正拳突き。だが違うところがいくつかある。灯は上段から放たれた拳だったが鍋島のは下段から迫り腹を狙った拳であること、そして決定的に違ったのは速度だった。灯の拳が遅い訳ではない、むしろ速いほうだ。ただ鍋島の拳のほうが速い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが灯だって負けてはいない。人間とは思えない、獣のような反射速度でその拳を受け止めに入る。

 

 

 

「ッグ……!」

 

 

 

 左手で鍋島渾身の右を止める。

 だが鍋島は手だけで受け止めたのに対して灯は全身を使って拳の勢いを相殺しにかかる。手で受け止め、足で踏ん張り、腹筋で体を支える。

 

 

 

 

 

 その甲斐合って、鍋島の拳は灯を敗北にもたらすことはなかった。だがまともに喰らっていないのに体力をドッと持っていかれた。ここ最近灯は押されるなんてことがなかったので尚更そう思える。

 

 ――これがマスタークラス……懐かしいな――

 このレベルの人物とやりあったのは何年前だったか? そんな考えが灯の頭に一瞬よぎったがすぐに意識を切り替える。次は自分のターンなのだから。

 

 

 

「やるじゃねぇか」

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 鍋島の言葉に続くように攻守交代が告げられる。交代を告げた刹那――

 

 

 

「しぃッ!!」

 

 

 

 鞭がしなるような上段蹴りが鍋島の顔面を襲う。先ほどの時間を目一杯まで使い放った攻撃とは正反対、攻守交代してからまだ1秒も経っていない。完全に一撃を与えるために放った蹴りである。それでも威力は充分に備わっている。

 

 

 

 

 

 そのコンマ単位で撃ち込まれた上段蹴りを鍋島は腰と首を後ろに逸らし必要最低限の動きで躱す。

 

 チップもすることなく空ぶった足の勢いは止まらない。灯は勢いを殺すため軸足を左足から、目標物を捉えることが出来なかった右足に切り替える。そのまま全身を一回転して漸く両足が地面を踏んだ。

 

 

 

「チッ……当たっておけよ」

 

 

「奇襲としては中々だったけどな、俺には一歩及ばん」

 

 

 

 灯は楽に身構えている鍋島を見て思わず苦虫を潰したような顔になる。

 攻撃を仕掛けたタイミングは完璧だったはずだ。鍋島を吹き飛ばすのには充分な破壊力も持っていた。だのに目の前の男は焦る様子の1つも見せていない。それが気に食わない。

 

 表情1つ変わらない鍋島をどうやったら歪めることが出来るか、既に灯の頭の中では次の攻撃のことを考えている。その前にやって来る鍋島の攻撃なんか二の次。――防御? そんなもんは何とかなるだろう――

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 再度鍋島が動き出す。先ほどよりも気の出力を上げ、先の一撃よりも強力な物を放とうとしている。

 

 

 

「オッッラァ!!」

 

 

 

 左の拳。灯は脚で攻めてきたのに対し鍋島は再度拳で攻めることを選択した。

 だが先ほどの拳とは違う点はある。1つは右から撃たれた物ではなく左からの攻撃。2つ目は狙った場所だ。その場所は頭部。そこは2ターン目の灯と同じだ。当たれば脳震盪は確実に引き起こすような威力。

 

 

 

「ッフン!!」

 

 

 

 それをヘッドバットで受け止める、いや迎撃する。手や腕でのガードは間に合わないと直感で感じたのだろう。ならば頭を使って凌ぐしかない。瞬時にその判断が脳内でくだされ体が反応した。

 

 頭で正拳突きを止め、拳の勢いを全身の筋肉を使って止めにかかる。ズズッっと足が後退したのを感じた。これ以上押されるわけにはいかないと、頭を空目掛けて打ち上げ鍋島の拳を弾き飛ばす。

 

 その際に左足が一歩後ろにいったが、力を入れる場所を全身から左足に集中させることで線を越えることはなかった。

 

 

 

 

 

 これで鍋島のターンは終了、3回目の攻撃する権利が灯にやってくる。だがこちらが仕掛ける前に頭の中で今現在響いている鐘の音を沈めなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この勝負……灯が押され気味だな」

 

 

 

 百代が誰に聞かせるでもなくボソッとつぶやく。だがその声音は自分が思ったよりも大きかったらしい。百代の近くにいた何人かが反応する。

 

 

 

「姉さんそれって……」

 

 

「このままだと灯さんの負けになるでしょう」

 

 

 

 大和がなぜそう思うのかを聞こうとしたが、その問いには由紀江が答えた。由紀江もこの攻防を見て灯が不利と感じ取ったのか、綺麗な顔立ちが少しばかり暗い表情になる。

 

 

 

「この2ターンだけでも灯が受けたダメージのほうが多い」

 

 

「いくら頭で受け止めたと言っても、流石にあれをノーダメージにするのは無理だからね」

 

 

 

 大和の疑問に解説を付け加えるかのように百代と燕が目線は灯に向けたまま話始める。

 その言葉を聞いて大和も灯を凝視する。頭に手を添えていた、軽く頭部を振っている姿も見える。必死に痛みを引かせようとしているみたいだ。

 

 これを見せられてはいくら武道に疎い大和でも灯が不利であることが分かる。それに対し鍋島はまさに仁王立ち、試合が始まる前と変わらない姿がそこにはいた。

 

 

 

「うっわ……痛そう……」

 

 

「今のを防ぎ切ったのは見事だったが……」

 

 

「強引にガードしたからね、その代償は大きいよ」

 

 

 

 F組武道3人娘であるワン子、クリス、京も灯が劣勢であることを感じ取る。

 灯が強いのは知っている。だが灯の相手である鍋島がそれを越えるデタラメな強さを持っているとは予想してなかった。いつもの憎たらしいほど余裕綽々な態度は今は欠片も見られない。強敵を前にして苦しんでいる姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 3ターン目が灯に回ってくる。すぐに攻撃に移りたいところだが……頭で無理やり鍋島の拳を止めたことが原因で頭痛を引き起こしてしまっている

 

 

 

「思った以上にさっきのが効いてるみてぇだな」

 

 

 鍋島の言う通り。正直膝をついたり座ったりして楽な体制を取りたいと思う。だがそれは出来ない。膝を屈してはいけないのだ。

 

 立ったままでも少しずつではあるが楽にはなってきている。それでもまだ痛みは引かない。この状態で拳を奮ったり蹴りを放っても前回、前々回を超えた一撃は放てそうにない。鍋島を倒すにはもっと力を込めて、威力を上げなくてはならないのだ。そのために短い時間ではあるが今は回復に務めるしかない。

 

 

 

 

 

 鉄心の宣言から20秒程たっただろうか? 灯は視界を取り戻し始めた。

 先ほどまでは目を閉じていても瞼の裏で見えるはずのない星が見えていたのだが、どうやらそれは幻覚だったらしい。さらに右手を閉じて開いてと、ロボットの動作確認をするかのように自らの動きをチェックする。手の動きも問題はなさそうだ。ならばと、灯は意識を自らの体から鍋島へと移す。

 

 

 

「さぁ、早く来い。まだまだやれるだろう?」

 

 

「言われなくても……いらねぇ心配すんな」

 

 

 

 灯はまだ戦える、たった1回頭部で鐘が響いただけ。それで戦闘不能になるほどやわな鍛え方はしてない。

 

 タイムアップまで残り半分切ったあたりで灯は仕掛けてくる。右ストレート、右ハイキックときて次の攻め方は――

 

 

 

「ッダラァ!!」

 

 

 

 左の中段回し蹴り。今まで胸、頭と狙ってきて次に狙うのは右脇腹。左からなぎ払うような、三日月を線を描くような綺麗なミドル。まともに直撃すれば肝臓に当たるためまず悶絶する。それに加え灯が放ったミドルだ、衝撃で骨を砕き右に大きく飛んでいく物。

 

 鍋島もその危険性は分かっている。だからこそ全力で防ぎにいく。

 

 

 

「フッ! ツゥ……ッ!」

 

 

 

 右腕で狙ってきた箇所をガッチリとガード。さらに勢いに負けないため両足をタコの吸盤のように地面にピタリとくっ付ける。力を込めなければ勢いに負け吹き飛ばされてしまう。

 

 灯のミドルが直撃した瞬間全身に衝撃が走った。全身の骨に電流が流れるような感覚に襲われる。それでも耐える。ここで体制を崩し膝をついてしまったらその時点で負けになってしまう。

 

 

 

 

 

 結果は防御成功。左足の勢いが殺された。鍋島は右腕を外側に大きく広げ、先ほど灯がやったように相手の足を弾き飛ばす。だがこの攻撃を受けて鍋島はあることを確信。そして恐怖した。

 

 

 

(さっきから攻撃力が半端じゃねぇ……)

 

 

 

 合計で三撃放たれ、内二撃を鍋島は受け止めている。その二撃とも威力が想像の範疇を超えている。唯一回避した上段蹴りもおそらく破壊力抜群。

 間違いなく攻撃力だけなら鍋島を上回っている。まともに喰らったりしたらその時点でゲームセット、戦闘不能に持ち込むだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれを考慮しても鍋島は負ける気がしなかった。

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

「これで終わりにしてやるぜ!!」

 

 

 

 攻守交代、即座に鍋島は仕留めにかかった。鍋島がこの試合初めて足を振り上げる、フロントキックだ。通称前蹴りともいえるこの技は直線的軌道を描く蹴りのため相手までの距離が近い。迅速に技が出せる利点を持っている。速度を重視した技といえるだろう。

 

 

 

 

 

 それをマスタークラスの人間が、鍋島が撃てば速度と威力を両立した技へと変貌を遂げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それが――灯に直撃した。

 

 

 

「グッハァ……ッ!?」

 

 

 

 両腕でガードしようとしたが間に合わず腹のど真ん中を撃ち抜かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鍋島が負ける気がしないと思う理由がここにある。

 

 灯は防御意識が薄すぎる、攻撃のことしか頭にないのだ。だからこそあの威力を保ち続けているのだと思うし、それが悪いとは言えない。攻撃は最大の防御という言葉があるように戦闘において攻めというのは非常に重要だ。

 

 だがその言葉もしっかりと守れる力があるからこそ言えることである。戦闘に置いて自分のペースに持っていく、奪いには機を待つ必要がある。決して守備をないがしろにしてはいけない。

 

 

 

 

 

 だから灯のその攻撃意識をもう少しだけ防御に回せば更に良い武人になると鍋島は思った。意識1つ変えるだけでも効果はしっかりと表れる、強くなれるのだ。

 

 だが今回はこれで決まったはずだ。また鍛えなおしてから自分に挑んで来てくれと、鍋島は望んだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし灯は耐える。体がくの字に曲がり、よたついて後退したものの線上で踏みとどまる。

 

 鉄心は審判としてラインオーバーしていないか目を光らせてチェックする。これはライン上、踵が1ミリすら出ていないのでセーフだ、それと同時によく踏みとどまったと灯の耐久力の高さに感心した。

 

 

 

「よく耐えたな、完全に決まったと思ったんだが」

 

 

 

 灯はまず線上から足を移動させ間違っても失格にならないために場所を初期位置へと戻す。

 

 だが体制はくの字のまま、手で蹴りが入った腹を抑えてるところを見ると相当効いているようだ。頭も下げ目線も地面を向いたまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その様子を見れば武道に関係ないものでもわかる。この勝負灯の負けだ。あのままだと次のターン灯の攻撃は大したものは撃てないはず。ボロボロな状態では満足な技を出せない。何より体力に差が付きすぎてしまった。

 灯は先の一撃でヒットポイントを半分以上持っていかれたはず。対して鍋島は今だノーダメージ、ピンピンしている。

 鍋島の圧勝で幕を降ろすことになりそうだ。

 

 

 

 観客の何人かは勝負は決まったと目を伏せている。灯の健闘を讃えるかのように慰めの目を向ける者だっている。所詮この程度の実力だったのかと心の中で馬鹿にしてる者だっているだろう。

 

 灯と親しい者とクラスメイト達はこの結果に信じられないといった表情を浮かべていた。川神学園最強の男、学園全体で見ても五指に入るであろう腕前の持ち主が完敗するなんて思っていなかった。

 

 鉄心を含めた川神院関係者たちはまた年季を重ねてから挑めばいいと、これは仕方がない結果だと考えてる。

 

 

 

 

 

 皆が灯の勝ちの目はないと確信している中、本人は昼休みのある出来事を思い出していた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯が決闘を受けるなんて珍しいね」

 

 

 

 鍋島が満足そうに食堂を去った後、一連の流れを見ていた弁慶が話しかけてくる。

 

 弁慶がそう疑問に思ったのも無理はない。灯と出会ってまだ1か月も立っていないが、その短い期間だけでも彼は百代とマルギッテから勝負しろとせがまれてる姿を何度も見ている。そして挑まれる度に逃げている姿も確認済みだ。その灯が今回初めて決闘を承諾したのだ。

 

 

 

「あぁー……まぁな」

 

 

 

 灯には珍しく歯切れの悪い答え方だ。

 

 

 

「なに? 気まぐれ?」

 

 

「気まぐれではないんだなこれが……あのおっさんは目標を達成するために立ち塞がっている壁、いわば過程だ」

 

 

 

 鍋島は灯が一番倒したかった祖父を知っている、戦ったこともあると話ていた。その結果鍋島は負けた。その負けた相手が灯に勝負を挑んできた。ならばそいつを倒さなければ目標が達成できないではないか。

 既に国吉日向は故人だ、故人を超えるためにはこのようなやり方を重ねていくしかない。だからこそ逃げるわけにはいかない。そして勝利をもぎ取りに行く、こんな過程の段階で負けてしまってははっきり言ってお話にならない。

 

 

 

「弁慶だってあるだろ? ここはやらなきゃいかんってことが。義経ちゃんを守るとかさ」

 

 

 

 弁慶は主である義経を尊敬している。とても可愛くて真面目だけどどこか抜けてるところがある主、弁慶に取っては守る対象だ。義経を守ることは何よりも優先されることであり、絶対に遂行しなければならない。灯が言った通りやらねばならぬことだ。

 

 

 

「まぁ他にも川神水の確保とかちくわの確保とか。あと蒲鉾の確保とか……色々あると思うが」

 

 

「その例えじゃピーンて来るものも来ないよ」

 

 

「お前の好物ばっかなはずだが? まぁとにかく、ここは引けないし負けられない」

 

 

 

 何時も通りの軽口を叩きつつも何かが違っていることを弁慶はおぼろげながらに感じ取る。この男から引けない、負けたくないなどの言葉が出てくるとは想像も出来なかった。

 

 

 

「似合わんこと言ったがそう言うことだ」

 

 

 

 灯は1つ弁慶の頭を軽く撫でて食堂を後にしようとする。時計を見ると午後の授業が開始されるホンの少し前だ。弁慶は灯と共に食堂を出ようとはせずに、思わずその後ろ姿を眺めていた。義経は灯の後ろをトコトコとついて行っている。

 

 

 

「義経は応援するぞ。頑張ってくれ! 灯くん!」

 

 

「おぉ義経ちゃんが応援してくれたら余裕だ」

 

 

 

 義経の声が聞こえて弁慶は我に帰った。走って追いかけたりはしないが見失わないように後に続く。なぜ見とれてしまったのかは分からない。ただこの男がいつもと違って見えたのは紛れもない事実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そうだ…………俺は負けてなんかいられねぇんだ――

 

 

 

 体は? 動く! 足は? 蹴れる! 手は? 殴れる! 眼は? 見える!

 

 …………本当に大丈夫か? 先の攻撃で確実にダメージは蓄積しているぞ? それでも目の前の相手を倒せるのか?

 

 そんなのは関係ない! ダメージを負ってるからなんだ! 敗北は許されない! 過程なんかで躓いちゃ話にならねぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯の瞳の色が変わる。変わった瞬間鉄心の攻守交代の声が聞こえた。これで灯に4回目のターンが回ってきた。

 

 

 

「いやー……舐めてた」

 

 

「あん?」

 

 

「正直ここまで強いだなんて考えてもいなかったんだ」

 

 

「そりゃこっちのセリフだ。流石日向さんの孫といったとこか」

 

 

「今だピンピンしてる人が言っても説得力ゼロだっつの」

 

 

 

 淡々とした会話が続いてる間も灯は腰を曲げ、頭を下げて地面を向いたまま。

 鍋島はあれだけ綺麗に決まって耐えただけでも立派だというのに、しゃべる気力があるのかとそのタフさに舌を巻いた。

 

 

 

「んぁ?」

 

 

 

 ふと灯が体制はそのまま、右腕だけを肩と同じ高さまで上げた。

 何を仕掛けてくるんだ? 何を狙っているんだ? 鍋島には灯が何をしてくるか全く想像がつかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただある一言が鍋島耳に入った。

 

 

 

「……ドロー1」

 

 

 この一声がトリガーになったのか、灯の右腕がだんだんと赤くなっていく。

 まるでターボエンジンが徐々に動き出すかのように、熱くなっていくかのように、赤くなっていく。色が変わっていくにつれに気が膨れ上がり、蒸気すら出始めた。人体から蒸気が出る、ありえないことだが右腕から出ている煙はどう見ても水蒸気にしか見えない。

 それが灯の右腕を回転しながら風を作っていく。

 

 

 

「赤い……風……」

 

 

 

 誰が言いだしたのか分からない。それでもこの例えは的を得てる。

 右腕を中心としてまるでドリルのようにスチームがゆっくりと回転している、それが腕の色を取り入れて赤く染まっていく。

 

 

 

「な……何だあれ!?」

 

 

「この私ですら何が起こっているか分からないぞ!?」

 

 

 

 舎弟の質問にも答えることが出来ない。百代は世界中の武道家たちと戦ってきた。勿論その中には奇妙な技を使う奴が多数いて彼女を楽しませてくれた。そんな数多くの技を見てきた百代でさえ、灯の現状を説明することが出来ない。予想がつかないのだ。

 

 

 

「なにあれ!?」

 

 

「一体……何が起きているんだ!?」

 

 

「まゆっち、どうなってるか分かる?」

 

 

「私もさっぱり検討がつきません……」

 

 

『赤い腕とかどこのエクソシストだよおい』

 

 

 

 周りが一斉に騒ぎ始める。灯の敗北と決めつけ試合に興味を失いかけていた者がありえない光景に目を疑う。

 

 

 

「とんでもない技を隠し持っていたものだな、つくづく私を楽しませてくれる奴だ」

 

 

「すごい……っ!」

 

 

 

 京極は観察していた甲斐があったと、灯の赤き風を纏った腕を見て満足そうな顔をして目を伏せた。

 

 葉桜は純粋に好奇の目を向けている。九鬼という強い人物がわんさかいる場所でも肌の色が変わるまで己を強化する者はいなかった。色々な人物を見て育った葉桜でさえこのような出来事は見たことがない、驚くのは必然だ。

 灯を見ている途中で葉桜は体に何とも言えない違和感を感じた気がしたが、それも興奮しているだけだろうと大して気にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客が様々な反応を見せる中、不気味なほど冷静に分析している者がいた。

 

 

 

(まさか……あんな奥の手が残っているとはね。恐らく筋肉のリミッターを全て外した……いや? 筋力を膨張させたのかな? どちらにせよ更に攻撃力が跳ね上がった)

 

 

 

 燕の推察は的を得ていた。

 

 

 

 

 

 灯は現在右腕の筋力の全リミッターを解除している状態だ。

 通常人間は持っている筋力の2割ほどまでしか力を引き出せない。2割以上引き出してしまうと筋細胞が大ダメージを受けてしまい超回復が間に合わなくなってしまう。百代などの鍛えてる人間は2割が3割、4割と出せる力が増えていったりはするがそれでも10割全ての力を出すなんてことは不可能なのである。

 

 

 

 だが灯はそれを可能にした。制限を解除することで正真正銘100パーセントの力を発揮することが出来る。この瞬間を置いて灯はワンパンチで全てを破壊できると言っても過言ではない状態になった。

 

 

 

 

 

 リミッターを外し終わった灯は顔を上げターゲットをキッと睨みつけて攻撃体制へと移す。右足を引き、左足は軸足としてガッチリと固定。左手で鍋島の胸部をロックオン、赤い風を纏った右腕は大きく引いた。

 

 

 

「……狙い撃ちか? 殴る位置が知られるぞ?」

 

 

 

 鍋島はこの状況になっても冷静さを失わない。確かに目の前の男は驚嘆に値する行動を起こした。とんでもない一撃を放ってくることも予想出来る。それでも狙ってくる位置さえ分かればいくらでも防御のしようがある。

 

 

 

「そんなもん分かってる……ガードするならしっかりしろよ」

 

 

 

 それは百も承知。防御出来るもんならやってみろと自信満々な灯を見て、鍋島は気を両腕に集中させる。

 ここが正念場となる。これを凌いで再度ターンが変わればダメージを負っている灯には王手がかかる。

 

 

 

 

 

 ついに攻撃が来る。右の正拳突き……というにはあまりにも不格好。ただ単に力任せに人を殴り飛ばそうとしているようだ。ゲームセンターなどに置いてあるパンチングマシーンにて記録を狙って思いっきり殴るようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも――

 

 

 

「な……!?」

 

 

 

 今日初めて鍋島の顔が歪む。ガード何て関係ない。防御ごと突き破ってくるような一撃。辛うじて奮った拳は見えたが、今まで通りに対処しようとしていたらガードは到底間に合わなかった。

 

 拳は左腕に直撃。その瞬間ミシミシッと骨が軋む音が鍋島の耳にはっきりと届いた。気を回し、鍛え上げた自慢の腕が吹き飛ばされる。

 

 

 

 それでも鍋島は堪える。腕から足に気を回す。線さえ出なければいいのだ、踏ん張るしかない。

 

 

 

「うおぉぉぉぉおおおおおお!!」

 

 

 

 声を張り上げ無理やりにでも耐えようとする。足に力を込めすぎたのか、地面にヒビが入った。攻撃をもらってないはずの足まで痛み出してきた。力を入れすぎた影響か? はたまた灯の拳が全身に響いたのか? それは分からない。

 

 

 

 

 

 その甲斐合ってか、ラインを越えることはなかった。鍋島は耐え切ったのだ。灯のターンが終了する。

 

 

 

「こ、攻守交代!」

 

 

 

 鉄心が灯の雰囲気に圧倒されたのか? それともあまりの破壊力に驚いているのか? 若干言葉が詰まりつつも鍋島の番だと告げる。

 

 

 

(……すげぇモンもらっちまったなぁ)

 

 

 

 先のターンで決められなかったことを後悔した。そう考えたのと同時にこのターンで決められなければ間違いなく鍋島は負ける。そう思わせるのに充分過ぎる拳を貰ったのだ。

 

 

 

「これが最後だ! 行くぜ!」

 

 

 

 灯は今だ赤い風を吹かせながら、鍋島を睨みつけ立っている。さっさと攻撃してこいと眼で訴えている。

 ならばその挑発に乗ってやろうではないかと、鍋島は己の拳を振りかぶった。今日1番の大技を、数々の武道家を倒してきた一撃を灯に放つ――!

 

 

 

「俺流!! 富士砕きぃ!!」

 

 

 

 元は川神流禁じ手富士砕き。強烈な正拳突きであり鍋島が最も信頼を置いている技でもある。どんな硬い岩ですら粉々に砕いてしまうような絶大な威力持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それを灯は生身で受け止める。ガードが間に合わなかったわけではない。ガードしなかったのだ。防御しようとした様子が全く見れず己の肉体1つで完全に鍋島の拳を止めた。

 

 

 

 鍋島は思わず目を疑った。おかしい? さっきまではふらつくなり後退するなりのアクションがあったはずだ。だがなぜ今は微動だにしていないのだ? ダメージは確実にあるはず。

 ふとここで鍋島にある仮説が浮かんだ。今の灯はアドレナリンが出まくっている状態。例えるならランナーズハイのように気分が高揚している状態。出なければ筋肉のリミッターを外すこと何て出来ない。

 

 

 

 

 

 だとしたら――

 

 

 

(精神が肉体を超えたか……)

 

 

 

 いくら激痛が体全体に走ろうが頭で痛みを感じ取らなければ、それは痛みにはならない。間違いなく鍋島が放った”富士砕き”は効いているだろう。ダメージは確実に入ったはずだ。だがそれを表に出さない。

 

 

 

「攻守交代!」

 

 

 

 鉄心が宣言した瞬間、灯が再度紅腕を振りかざす。

 

 先ほど辛うじて見えた拳が完全に目視出来なくなった。当然鍋島のガードが間に合う訳がない。いやガードが間に合ったとしても意味がなかっただろう。全てを破壊するようなボディブローが炸裂――ついに鍋島に渾身の一撃が入った。

 

 

 

 

 

 結果大きく吹き飛ぶことになりバトルフィールドからも出てもその勢いは止まらなかった。

 

 壁に激突して漸く鍋島の動きが止まる。壁が大きく割れているからその威力はある程度は理解出来る。

 

 

 

 壁にぶつかった瞬間、鍋島は意識を失った。意識がなくなる直前まで思っていたことは……――見事だ、国吉灯――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯の赤い腕が元の肌色に戻っていく。蒸気も薄れていき右腕を取り巻いていた赤い風が止む。戻っていくにつれ荒い息遣いの音が川神院内に響き渡った。

 

 

 

「勝者!! 国吉灯!!」

 

 

 

 だがその息遣いも鉄心の勝利宣言。その後遅れてやってきた観客からの大きな歓声で全く聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯は両手を大空に飛び立つように広げ、握り拳を作ったまま天空に向かって吠えた。

 




 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。


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第2章 塵屑の決意
13話 ~国吉灯、決意する~


今回の話は少し短めです。


 決闘が終わって30分が経過した。夕日は今まさに沈もうとしている。じき夜が来るだろう。

 川神院に集まった観客たちは興奮冷めやまぬまま帰宅し、残っているのは川神家と川神院の修行僧たち。それに今だ意識が回復しない鍋島とさっきまで修行僧たちの治療を受けていた灯だ。

 

 

 

「お主意外にピンピンしとるの?」

 

 

「むっさい男に手当されたからふて寝したい気分だがな」

 

 

 

 灯の目の前にいるのは鉄心。ふと様子を見に来たら機嫌が悪そうではあるが思いのほか元気そうだ。タフなのか? それとも回復力が凄まじいのか? おそらくは前者だろうと鉄心は予想する。

 

 ただいくらタフであろうと怪我を負っていない訳ではない。灯は頭に包帯がガッチリと巻かれ、目視は出来ないが腹にもアザを消すためのシップが何枚か貼られている。極めつけは右腕を骨折した時のように三角布で吊ってあることだ。

 

 鉄心は細い目を見開いて吊ってある右腕を凝視する。

 

 

 

「その三角布は腕を赤くした代償じゃな?」

 

 

「そうだ。今右手で腕相撲したら5歳の幼女にすら負ける自信がある」

 

 

 

 幼女!? とどこかで叫ぶ声が聞こえたような聞こえなかったような気がしたがこの場で気にすることではない。

 

 

 

 

 

 灯の筋力リミッター開放、通称「ドロー1」は莫大な力を引き出せる。

 ただ当然リスクはある。リミッターを付け直した際に全く力を込めることが出来なくなる。解除し続けた時間にもよるがだいたい1日ほどは右腕は使い物にならない。握力は缶ジュースを持てなくなるほどまで落ちるし、腕は肩の高さまで上がらない。酷使した筋細胞を直ちに休ませなければならないことが原因だ。

 

 

 

「ただその代償を負った結果はあったの。鍋島が一撃で沈んだのは初めて見たわい」

 

 

「あの状態のワンパン直撃で沈まなかったらそいつは頭取れても生きてるだろうよ」

 

 

「言うのぉ、それだけ自信があると言うことか」

 

 

「カードは自信を持って切るタイプなんだ」

 

 

 

 そう言うと唇を片方だけ引き上げ不敵な笑みを作る。あの状態での一撃によっぽどの自信があるようだ。威力が絶大であるのは鉄心も目にしているので、その自負が口だけではないことは百も承知だ。

 

 

 

 

 

 先の決闘を見て鉄心は若干朧げながらも灯の戦闘スタイルを理解し始めた。

 

 試合の時に見せた破壊力。リミッター解除する前も充分な威力を保持していた。それとガードが下手くそ……もとい防御意識が薄いこと。そして灯の性格を考慮すると――この男はとにかく一撃一撃の威力を重視した超攻撃型であると言うことだ。

 例えるならジャブを一切せずに右ストレートで全てを仕留めK・O勝ちするボクサーと言ったところだろうか?

 

 

 

 鉄心はちらりと灯の左腕を見る。あの怪力にしては意外と細い腕をしている。非常に筋肉が詰まっており、鍛えられていると予測。触っていないので断定出来ないが柔軟な筋肉であるのだろう。

 

 ふと鉄心は気づいた。この筋力のつき方は誰かに似ている。身近にいる誰かに……1秒ほどで答えは出た。

 

 

 

(モモか、モモに似とるんじゃ)

 

 

 

 鉄心の孫である川神百代。彼女もパワーに特化している武道家だ。世界の名だたる武人を右腕1本で数え切れないほどなぎ倒して来た。一撃で決着を付けるスタイルは灯と似ている。

 

 それに百代は全てをワンパンチで乗り切り且つ”瞬間回復”を会得してしまったが故に防御の技術が欠け始めている。回復すればいいのでガードは必要ないと、無意識の内に根付いてしまってるのだ。防御意識が薄いとこも灯と似ている。

 

 だが百代は瞬間回復を持っているから防守をしない。それに対し灯は瞬間回復を使えない。だのになぜ防御意識が薄くなってしまったのか?

 

 

 

 

 

 その疑問は既に鉄心の中で解決していた。

 

 

 

(日向……お主も攻撃を防ぐなんてことしなかったの)

 

 

 

 灯の祖父、国吉日向の戦闘スタイルは攻撃を避けずに受け、それよりも多く攻撃を打ち込んでいく物だった。相手が1発殴ってきたら日向は3発殴り返して敵を打倒する。ノーガードの打ち合いで数え切れないほどの勝ちを奪ってきた男だ。

 

 その祖父に鍛えられてきた灯だ。防御よりも攻撃を優先するようになったのは必然と言える。

 性格といいどこまで祖父に似たんだ……と若干鉄心が呆れた瞬間、それが切っ掛けとなりあることを思い出した。

 

 

 

「国吉、そういえばアレはどうした?」

 

 

「アレ? コンドームか? 鉄心さんはもうとっくに枯れているから関係ないもんだろ?」

 

 

「失礼な! まだ現役……って違うわい! あの武器じゃよ? 日向が愛用していた武器じゃ。お主は使えんのか?」

 

 

 

 その内容は国吉日向が現役時代に愛用していた武器はどうなったのかというもの。

 日向に鍛えられた灯も使えるのではないか? と勝手な想像をしながら武器の行方を問う。鉄心の脳裏には日向があの武器身につけて腕を組んで仁王立ちしてる姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれに対する返答は想定外のものであった。

 

 

 

「あぁ……アレか、使えるよ。俺のメインウェポンだ。ただ壊れた」

 

 

「…………は? 壊れた?」

 

 

「おう、パキーンと割れた」

 

 

「割れた……じゃと……?」

 

 

 

 鉄心の目が見開いた状態で固まってしまう。日向の象徴とも言える武器だったのだ。ライバルだった鉄心にとっても思い出深い物である。

 それをこうもあっけらかんと、一言で壊れたと言われてしまったら何も言えなくなる。何か喋ろうとも言葉が出ない。

 

 

 

「直したいんだけどな、俺じゃ無理だ。かと言って今の時代に鍛冶屋何ていねぇだろ? 鉄心さんあんた直せるか?」

 

 

 

 ただ直せるかと聞いてくる辺り未練が無い訳ではないらしい。灯も眉間に皺を寄せ、渋い表情を浮かべてどうにかならないかと尋ねていきた。

 

 

 

「わしも無理じゃ。専門外じゃし」

 

 

 

 だろうな――と期待はしていなかったのか灯はあっさりと引き下がる。

 

 灯が直したがっている遺品は武器を専門に扱っている鍛冶屋、または相当腕が良い技術屋等でないととても直せそうにない。

 何より灯にとっても非常に大切な品物だ。おいそれと他人にホイと渡せる物ではない。信用でき腕が立つ人物じゃなければ依頼する気はないのだ。

 

 だがそんな人は近くにいないので既に修復は諦めている。だからこそこのような淡泊な態度を取れるのだ。

 

 

 

「さて……治療もしてもらったし、そろそろ行くわ。ここにいるとモモ先輩に襲われそうだ」

 

 

 

 時計を見ると既に夕飯を食べ始めてもおかしくない時間だ。

 これ以上川神院にいると灯はバトルジャンキー先輩に捕まってもおかしくない。なので退散することする。体はまだ充分に動くが流石にいつもよりは疲れている。

 

 

 

「そうか、今日は中々面白いもんを見せてもらったよ」

 

 

「年寄りの楽しみとしては中々のショーだったろ?」

 

 

 

 軽口を叩きながら麩を開けて川神院の正門へと向かう。鉄心が見送ったその背中は怪我を負っていながらも非常に堂々としているものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさま」

 

 

 

 門を出た瞬間誰かに声をかけられた。声質からして女性である。非常に大人っぽい声で灯と同年代ではなさそうだ。

 正体を知るべく灯は声が聞こえた方を見る。すると見知った顔がそこにはいた。

 

 

 

「んぁ? 弁慶? なぜここにいる?」

 

 

 

 魅力的な声の持ち主は弁慶であった。何時も通り錫杖を片手にもち、紐で繋がれている瓢箪が軽く揺れている。

 壁に寄りかかっていた弁慶は腕を使って壁から離れ、木の葉が揺れるようにユラーッとした歩き方で灯に近づいてきた。

 

 

 

「少しお前と話したくてさ」

 

 

「美女からのお誘いはいつでも大歓迎さ」

 

 

 

 どんなに体が疲れていようと、どんなに大きな怪我を負っていようとも、美女から「一緒に話そうよ」とか言われたら灯は絶対に断らない。フェミニストとしては当然の決断だった。頭に包帯、右腕に三角布を装備をしているので格好は付きそうにないが。

 

 ただ何時も通りの灯を見て弁慶に軽い笑みがこぼれた。

 

 

 

「こんな状態でも何時も通りなんだね。大した怪我じゃなさそうに見えるよ」

 

 

「右腕は別だが他は弁慶の言う通り大したことねぇよ」

 

 

 

 弁慶に影響されてか灯も似たような表情を作って左肩をすくめた。右肩は動かしづらい状態なので無理には動かさない。

 

 

 

「その右腕は?」

 

 

「真っ赤に燃えた代償」

 

 

「なるほど……」

 

 

「格好悪いからそんな見んな」

 

 

「そんなことないって」

 

 

 

 鍋島を壁まで吹き飛ばし気絶させるほど力を出したのだ。力の代価に支払った右腕は名誉の負傷と言ってもいいだろう。

 少なくとも弁慶はそう思っている。自分も似たような技を隠し持っているので多少の親近感も湧いた。だが親近感が湧いたのはそれ以外の理由もある。

 

 

 

「私は今日の決闘を見て灯の印象が少し変わった」

 

 

「良い方に変わったなら戦った甲斐があったんだが」

 

 

「お前は社会不適合者、自分の好きなことしかやらない人間だと思ってたんだ」

 

 

「自覚していたが他人に言われると何か来るものがあるな……」

 

 

 

 好きな物は酒とギャンブル。学園には遅刻しまくり、授業はサボりまくり。社会不適合者と言われても灯は何も言い返せない。何より自分が1番そのことを自覚している。更に弁慶見たいな美人に言われると、心の傷口に塩をぶちまけられるような辛さがこみ上げてきた。

 

 

 

「それに……プライドがない奴だとも思っていた」

 

 

 

 灯の行動を省みると決闘から逃げてばかり。勉学に対しても何位以上取るといった気持ちもなさそうに見える。数は少ないが頼みごとをされることは合った。が、どれも渋々とテキトーにやっている。グータラで不真面目だと思われるのは避けようがない。目標を持たずに唯々生きているように感じられた。

 

 弁慶も似たような行動を取っているとこはある。しかし学年3位を取らねばならないし義経を意地でも守る覚悟はある。そのような決意の差が灯と自分の違いだと思っていた、が。

 

 

 

「だけど今日の昼休みと決闘でそれは間違いだと気づいた」

 

 

 

 昼休みの似合わない一言。決闘で見せた意地。事流れ主義で生きている人間には絶対に言えない、出せない物だった。プライドがないという印象は今日で覆った。灯と弁慶の違うと思っていた所は、それは真逆であり共通点だったのだ。

 

 

 

「灯はかっこいいな。今はそう思っているよ」

 

 

 

 言葉通り灯は譲れない物を持っている。それがなんであるかは弁慶は分からないが確かにそう感じた。心に響いた。今の灯は決して顔だけ見て言うのではなく、心の底からかっこいいと口に出せる。

 

 

 

「そう思われて非常に光栄だ。これで包帯とか巻いてなかったらカッコつくんだけどなぁ」

 

 

 

「いいや、今日が1番かっこいいよ」

 

 

「……口説くのはしょっちゅうだが口説かれるのは久々だな」

 

 

 

 弁慶のような美人にかっこいいなどと言われると男としては鼻が高い。灯もその外には漏れない。何時もの様な不敵な笑みを浮かべずに、歳相応の笑っている顔を弁慶に向ける。

 

 

 

「普段はダメ人間って印象は変わってないけどね」

 

 

「変わりようがない現実を叩きつけられてしまった」

 

 

 

 しかしいくら良いところを見せたとしても、普段のから残念な行動は脳裏に焼きついている。それは決して変わるものではない。かなり持ち上げられて気分が良くなってきた矢先に、しっかりと落とされて灯の顔は引き攣る結果となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも弁慶の心が動いたのは揺らぐことない事実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弁慶を九鬼財閥の近くまで送り届け、灯は夜道を1人で歩いていた。コツッコツッと灯の足音だけが暗闇の空間に響き渡っている。無機質な音が響き渡っている空間の中、灯の顔は先ほどと打って変わって険しい物であった。

 

 

 

(まさかあそこまで苦戦するとは思ってなかったな……)

 

 

 

 思い出しているのは先の決闘。鍋島は強かった。が、カードを1枚切るまで追い詰められるとは想像もしていなかった事だ。

 

 

 

(最近不抜けていたのが原因か?)

 

 

 

 祖父が死んでからはずっと単独で鍛錬を続けてきた。修行している姿を他の人に見られたくないのと、自らが持つ何枚ものカードをチェックされたくないからだ。

 

 

 

 

 

 だがいくら気合を入れてやっているとしても1人で出来ることには限界がある。どうしても体作りが中心のメニューになってしまう。

 

 

 

 

 

 また気が抜け始めた時に第三者から発破をかけられることがないので気持ちの入れ直しが出来ない。

 祖父とのトレーニングの際は無理やり立たされたりもした。限界を超えろなど無理難題を吹っかけられたりもした。だがそれは重要なのだ。自分以外の人がいるから惨めな姿を見せたくないという気持ちが体を奮い立たせる。

 1人だと妥協する気持ちがなくとも、どこかで手を抜いてしまったりする。それを咎める奴がいないと限界は超えることが出来ない。それは灯も理解していたこと。だがそれを知っていても他人に見られることを嫌ってきた。

 

 

 

(あとは……単純に実践不足)

 

 

 

 1人では組手稽古が出来ない。ある程度実践に近い鍛錬もしなければ腕も錆びてしまう。実際に決闘を行う際の動き方がわからなくなってしまうのだ。

 

 灯が最後に全力で手合わせしたのは祖父が生きていた頃、動きが鈍くなってしまうのは必然である。

 

 

 

(…………戦うための動き方を思い出す必要があるな)

 

 

 

 鍋島との決闘はそこまで動き回る戦いではなかったが、それでも鈍くなってることを実感するには充分過ぎた。

 メニューを筋力トレーニング中心から、1つ1つの技をじっくりと確認しながらの反復練習を中心に切り替える等独力で出来ることはある。しかしそれでは動き方の感覚が少々戻ってくるだけで根本的な解決にはならない。完全に取り戻すまではいかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 川神百代は川神鉄心他、師範代や沢山の修行僧たちに揉まれ続けたからこそ異常とも言える強さを手に入れた。

 

 黛由紀江はワンツーマンで鍛え続けてくれた父がいたから阿頼耶の領域にたどり着くことが出来た。

 

 義経や弁慶、与一だって3人で切磋琢磨し他の九鬼の関係者たちも彼女たちの鍛錬を手伝ってきたからこそ英雄に恥じない能力を身につけた。

 

 灯も国吉日向という鉄心、ヒュームといった伝説になりつつある人物たちとタメを張る実力者に鍛えられてきたからこそ今の強さを誇っている。

 だが灯の場合昔のほうが体の使い方は良かったはずだ。筋力など身体能力は格段にパワーアップしている。が、それを活かすための動きを忘れかけている。それを取り戻すには実践を重ねるしかない。

 

 

 

 

 

  仕方ない、と灯は誰かと共に実践的なトレーニングをすることを決めた。他人にカードを晒すのはいい気分ではないが、そんな気持ちを優先している場合ではない。やるべきは感覚を取り戻すことだ。

 

 そのために付き合ってくれるパートナーをどうするかが問題となってくる。何もずっと相手してくれる人を探す訳ではない。一定の期間、2週間ほど密度の濃い実践式の鍛錬し続ければ充分思い出すはずだ。

 10年ほど祖父、日向の元で鍛え続けてきた。体の底では基本的な動き方はまだ覚えている、底に眠っている物を起こしてを引っぱり出すだけだ。

 

 

 

 

 

 だが灯の協力者はまずマスタークラスの人間ではないと話にならない。そうなると数は思いっきり限られてしまう。

 九鬼のバイトみたく、壁を超えてないにしろ精鋭が数多く迫ってくるのならば話は違ってくるがそれは無理な話だろう。

 

 

 

 

 

 灯はパートナー候補を頭の中に浮かべ始めた。

 モモ先輩、そのまま決闘に持ち込まれそうなので却下。そもそも川神院関係者は全員無理だろう。燕先輩、見返りを相当求められそうなので却下。俺は納豆嫌いだし。ヒューム、何を考えているんだ俺は? 自殺希望者ではない。

 

 

 

 

 

 次々と浮かぶもどれもピンッとこない人選ばっかりだ。そもそもマスタークラスでフットワークが軽くて暇な奴なんてそうそういないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………あ、いたわ」

 

 

 

 ある人物が1人、頭の中で浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へい、らっしゃい! て、兄ちゃんか。どうしたのその腕?」

 

 

 

 場所は梅屋。釈迦堂刑部は今日も真面目に似合わない制服を着て、自らの好物を賄いとして手に入れるため働いていた。

 

 そこに同じ梅屋愛好者で歳は大分違うが友達である灯がいくつかの白いアクセサリーをつけて食券を買ってやって来る。

 

 

「限界を超えたらこうなった」

 

 

「まるで意味がわかんねぇよ。お、今日はカレー牛か」

 

 

 

 買った食券を釈迦堂に渡し灯はカウンター席へと着く。足を使って椅子引く姿は相変わらず行儀が悪い。

 

 その様子を見つつも特に注意することなく釈迦堂は注文の品を作りに一度キッチンへと向かい、3分かからずにカレー牛を片手で持ちながら灯の目の前に置く

 

 

 

「へいカレー牛お待ち!」

 

 

 

 置かれたカレー牛を右手は使えないので慣れない左手でスプーンを持ち食べ始める。

 

 

 

「腕の他に頭にも包帯巻いちゃって」

 

 

「ちょいと鍋島のおっさんとやりあってな」

 

 

「へぇ! お前が決闘とかそれはまた珍しい」

 

 

「色々あるんだよ」

 

 

 

 怪我した理由を簡潔に話しながら淡々と左手を動かして注文品を口へと運ぶ。

 利き手が使えないのでいつもより食べるスピードが大分落ちている。やはり不便なもんだと、灯は顔に出さずとも心の中で舌打ちをした。

 

 

 

 

 

 夕飯を食べるには少し遅い時間になっているので周りに客はいない。灯が来る少し前まではサラリーマンがそこそこいたが皆さっさと食べて帰っていった。回転率が高いのは丼ものを扱っている店の特徴だろう。

 

 だが人がいないのは灯に取っては好都合。梅屋に来たのは夕飯を食べに来たというのもあるが、メインの目的は釈迦堂にある頼みごとをお願いしに来たからだ。

 

 

 

「釈迦堂のおっさん」

 

 

「なんだ?」

 

 

「豚丼50杯奢ってやる。だから俺の相手しろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 塵屑が動き始める。

 




  こんばんわ、りせっとです。今回は伝えたいことがありますので後書きに書かせていただきました。



 今回の話、13話で『真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~』の第一章を終了と共に約2ヶ月ほど休止させていただきます。


 休止の理由と致しましては、私は今は学生ニートを満喫しているのですが4月から社会人となります。そのための研修が4月から開始されます。その研修が約2ヶ月程研修センターで行われて、多くの新入社員たちと一緒に住むことが決まっているんですね。
 なので大勢の人に囲まれて小説は書けませんし、何より仕事等を覚えることで手一杯になって小説を書く余裕はないと判断したことが大きな理由です。


 約2ヶ月程でお気に入りが755件もいったことは初めての体験で非常に嬉しく思いました。且つ、数多くの感想を読むのも楽しくて私のエネルギーになっています。私としては絶対にこの作品を完結させたいと思ってます。


 なので遅くともマジ恋A-2が発売する頃には戻ってこれたらと考えています。マジ恋はいくら社畜になろうともやっているんで。私の生存はTwitterとこちらの活動報告でたまに書き込んでいけたらなと思っております。
 それではこれからも『真剣で私に恋しなさい! ~Junk Student~』をよろしくお願いします。


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14話 ~国吉灯、頑張る~

 鍋島との決闘の翌日、刻は太陽が真上に来ている。俗にいう昼休み。灯は1人屋上にて横になり、昨日から付けている三角布を外し右腕を軽く上げていた。

 

 

 

(この様子だと明日にはいつも通りに戻るな)

 

 

 

 右手を開いて閉じてと繰り返すことで調子を見る。昨日の夜に比べたらかなりマシとなった。

 なにせ昨日は右腕全体がピクリとも動かなかったのだ。それに比べたら現在軽く上げることが出来、手は少々重みを感じるが自由に動かせる。

 

 順調に回復していることに灯は満足した。

 

 やはりいつも通り動かせないのはストレスを感じる。体の部位で一部分でもいつもと違うところがあると体全体が鈍くなったように感じる。灯は今朝それを実感した。

 

 

 

 

 

 クリスに ”朝の挨拶” と称してパイタッチした時だ。その時放ってきたレイピアの突きよりも早いと思われる右ストレートを避ける際だ、いつもと同じように体が反応しなかった。紛れも無く右腕が原因だろう。そのおかげかもう少しでクリスが顔を真っ赤にして撃ってきた攻撃に掠るところだったのだ。

 

 怪我してるのに朝から何やってんだと、クラスメートから呆れた目を大量に浴びたがやってしまったことは仕方ない。あのトマトみたいな顔は忘れたくても忘れられない。

 

 

 

 

 

 そしてその報復なのか知らないが昼休みになり教室から出た瞬間、マルギッテがトンファーを振り回してきたことも忘れない。容赦無くトンファーで攻撃してきたマルギッテに仕返しとして、あの豊満な胸と安産型である尻を心行くまでなで回すことを勝手に決めたその時――――

 

 

 

「や! また会ったねん」

 

 

 

 非常に壮快な声が横になっている灯の耳に届いた。その声には聞き覚えがある、確か初めて話したのもこの場所だったと記憶している。体制はそのままに目線だけ上に向けてその声の持ち主を確認する。

 

 

 

「やぁ! 燕先輩。また会いましたね」

 

 

 

 爽やかな声の持ち主は松永燕。最近編入してきた噂の納豆小町である。燕は灯を見下ろす格好から2歩前に踏み出しそのまま腰と足を下ろした。足が宙に浮いている状態である。燕が座るのを見届けたあと灯も腰を起こし、胡座をかいて燕の隣に座った。

 

 

 

「昨日はお疲れさま。かっこ良かったよん」

 

 

「でしょうでしょう。かっこ良かったでしょう」

 

 

 

 燕の言葉に謙遜する様子を見せずに、あごに手を当てながらウンウンと頷いている。

 

 

 

「美人に言われると一際頑張って良かったって思えるな」

 

 

「誰にでもそんなこと言ってるんでしょ?」

 

 

「まっさかー、燕先輩にしか言ってないさ」

 

 

 

 調子の良いことを言う灯に対して燕は半目を作りジトーっと疑いの目線を向ける。美人、可愛い子には誰にでもちょっかいを出すこの男の言葉はとても信じられない。

 

 灯と燕は出会ったばかりだが灯はいろんな意味で有名人、彼の話は誰からでも聞ける。話を聞いた結果非常にナンパな性格だというのが分かった。この顔にだまされてはいけないことぐらい知っている。

 

 

 

「そんなこと言っても三角布をつけたままじゃ格好つかないよ」

 

 

「……そりゃごもっとも。こんなださいアクセサリーつけてちゃ駄目だな」

 

 

 

 しかし今の灯は女性を口説くのには不適切なパーツを付けていたのがいけなかった。三角布さえなければなぁと後悔しているが、そんなものなくとも燕は口説けなかっただろう。

 

 

 

「ただ決闘を見て少しは見直したかな。灯くん強いじゃん」

 

 

 

 普段は不真面目な行動ばかり取っている彼が、非常に真剣な表情で且つ本気で戦った。やる時はやる、引かないところは引かない、そこは実に好みだ。燕は素直にそう思える。

 

 

 

「モモちゃんといい灯くんといい、どうしてこんなに腕がスマートなのにあんな力が出せるかなぁ」

 

 

 

 灯の腕はボディビルダーのようなムキムキの黒光りしているような筋肉は付いていない、それは百代も一緒だ。

 

 見た目は2人共良い感じに鍛えていますね、と言えるぐらい。だのにどうしてあんな人間離れした怪力なのかが理解出来ない。燕自身パワーで勝負する武人ではないので尚更そう思ってしまう。岳人のように分かりやすく、オレマッチョデスみたいな筋肉が付いているのならば納得が出来るものなのに。

 

 

 

「そこはあれだよ、センス」

 

 

「答えになってない」

 

 

「まぁ先輩のクラスに力こそパワーの人がいるんで聞いてみたらいんじゃないすか」

 

 

 

 全く答える気のない灯に対して燕は整っている顔を少し歪めてしまう。灯はケタケタと笑いながら燕を見ている。

 

 

 

(何かいいこと聞けると思ったんだけどなー……そう甘くはないか)

 

 

 

 百代の力は凄い。桁違いの力技で数えきれないほどの武道家を倒してきた。それは最近百代と組み手をしている燕はよーく知っていることだ。まともに正面から受けられたもんじゃない攻撃を次々と放ってくる。

 

 

 

 

 

 だが灯の力も相当あると燕は睨んでいる。もしかしたら百代よりも力だけなら上かも知れない……

 もっと灯の実力を見て確認したいのだがいかんせんこの男は戦う回数が少ない。本気を出すこともマレ。持っている強さの片鱗を見せてくれないのだ。

 

 今回は女好きであることを利用してちょっとでも話を聞けたらと思ったのだが、成果は上げられず終わりそうだ。

 

 灯ははっきり言って燕の苦手なタイプ。人柄がどうこうではなく、燕の思った通りにこの男は動いてくれない。

 

 

 

 

 

 燕の気持ちなぞ灯が知る訳もなく、ふと腕時計を見る。

 

 

 

「はぁ……そろそろ時間か」

 

 

 

 時間を確認したら昼休み終了5分前だ。そろそろ教室に戻らねばならない。

 

 灯は右腕を三角布で吊った後、左手を使って体を押し出し屋上に置いてあるベンチの側に着地する。天気も良いしこのままサボりたいところだが、次の授業は担任の小島だ。さすがにバックれる訳にはいかないのでめんどくさい気持ちを抑えて教室に向かおうとする。

 

 

 

「じゃ、ピンク先輩また!」

 

 

 

 なんとも意味不明なことを言い、ニヤリとした笑みを浮かべながら屋上を去っていく灯を燕は眺めていた。 ”ピンク先輩” が理解出来ずに燕は考え込んでしまう。

 

 

 

(ピンク先輩…………? は!?)

 

 

 

 自分がピンクに該当するポイントが1つだけあった。それは下着の色。本日の松永燕の上下の下着は可愛らしいピンク色だったのだ。

 

 見られるタイミングとしては最初出会ったところしかない。淑女として、武士娘としてパンチラはしないように細心の注意を払って接触したのだが、灯のほうが一枚上手だったらしい。

 

 

 

(…………このまま負けっぱなしは趣味じゃないんだよねん)

 

 

 

 燕は灯に軍配が上がったのは悔しかったのか、仕返しすることを固く誓った。誓う内容が明らかにズレていることは当人も気づいてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れは過ぎて夜。月の光が森に差し込んで一部の場所を明るく照らしている。

 

 

 

 

 

 その照らされている場所に1人の男が立っている。その男は右ひじで円を描くように右腕を動かしたり、左手で右腕の筋肉の状態を1つ1つ丁寧に揉んでいって確かめたりと、先ほどからしきりに右腕を気にしている。

 

 しかし気にするのも仕方が無い。昨日までその右腕はろくに動かなかったので三角布を付けて行動していたのだから。今は普通に動いている。が、ストレッチをしたりマッサージをするなどして右腕が本当に万全な状態であるか確かめていたのだろう。

 

 

 

「何だ、似合わない真面目な顔しちゃってさぁ」

 

 

 

 ふと誰かが月の光を浴びている男に近づいてくる。無精髭を生やし、手を首に当てて右に左に首を振りながら近づいてきた者も月の光を浴びて顔が映し出された。

 

 

 

「だからテメェに言われたくねぇよ、釈迦堂」

 

 

「は! 決闘したばっかりだというのにお前は元気だねぇ、国吉」

 

 

 

 最初からいた男は ”国吉灯” 後から現れた男は ”釈迦堂刑部” いつも梅屋でお気楽に会話している2人なのだが、今回はそのような雰囲気は一切ない。あるのは不真面目な2人には似合わないトゲトゲしい空気だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたいきなり? 薮から棒だな」

 

 

 

 話は一昨日の夜に戻る。梅屋で急に灯が相手をしろと言ってきた。これはどういう風の吹き回しだ? 思わず釈迦堂の眉間に皺が寄る。釈迦堂が知っている国吉灯という男は基本戦わない。過去に1度だけ戦うまで発展仕掛けたことがあったが、それも結局お流れになった。

 

 

 

「今日の決闘でちょろっと実力が落ちてることを実感してしまってな、お前基本暇人だろ?」

 

 

「俺一応働いているんだけどな……」

 

 

 

 勝手に暇人と決めつけている灯に釈迦堂は軽い苛立ちを覚えたが、言わんとしていることは理解出来た。用は鍛錬の相手をしろと言っているのだろう。

 

 

 

「だが豚丼50杯が報酬とか、太っ腹だねぇ」

 

 

「何ならそれにとろろもつけてやるよ」

 

 

「マジかよ! ……しゃあないな、引き受けてやるか」

 

 

 

 明らかに報酬に惹かれて承諾したのは誰が見ても明かである。

 

 だが釈迦堂は決して報酬で灯の相手を務める訳ではない。

 彼も武道家、強い相手を目の前にして心が躍らない訳がない。川神院を破門になったのは闘争本能を押さえられなかったことが原因なぐらいなのだから。

 

 

 

「決まりだな。なら……明後日の夜から頼むぞ」

 

 

「おいおい……そんな早くその腕治るのかよ?」

 

 

「俺を誰だと思っていやがる?」

 

 

「何言ってんだか」

 

 

「釈迦堂のおっさんも体動くのか? 働き始めて腕鈍ったとか言ったら指差して笑いながら写メ取るからな」

 

 

「相変わらずむかつくガキだなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 このようにして灯の鍛錬相手は釈迦堂に決まった。

 

 

 

 

 

 場所はいつも灯が鍛錬している森の中、広さも充分で何より他人に見つかる心配が少ないのが一番の利点。この場所を知っているのは灯が把握するに鉄心とヒュームのみだ。

 

 

 

「準備はしていたようだし、ならとっとと始めっか」

 

 

 

 釈迦堂は梅屋で働く前、ボディガードなど様々な仕事を引き受けたりしていた。が、つまらない依頼の場合は途中で帰ったり、挙げ句の果てにはバックれたことだってあった。その駄目っぷりは今なお染み付いている。

 

 

 

 

 

 しかし今回は充分なやる気があるらしい。灯が指定した時間ピッタリに来たし、何より到着してすぐに仕事を開始しようとすることからそれは理解出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 手を首から離し、両手を後ろへ大きくテイクバックし気を溜め始める。そして――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行けよリングゥ!!」

 

 

 

 両手を突き出し溜めた気をリング状に変形させ、灯目がけて発射した。

 

 

 

「…………!?」

 

 

 

 まさか最初から気弾なんて大技を放ってくるなんて灯は想像もしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが決して反応出来ない訳ではない。体に直撃する瞬間、右手で薙ぎ払うことでリングを散開させた。しかしある程度の衝撃波は残っており、それは灯の体全体を襲う。

 

 

 

「チ……ッ!」

 

 

 

 衝撃波を左足に力を込め踏ん張ることで乗り切る。体が半転したことで右足が後退したが、大きく体制が崩れることはなかった。

 

 

 

「ほぉ、ちゃんと右腕は使える状態らしいな」

 

 

 

 右腕が完治していることに軽い驚きを覚えたがそれと同時に獰猛な笑みが浮かぶ。こいつは楽しめそうだ……その気持ちがありありと灯に伝わってくる。

 

 

 

「いきなり随分なご挨拶、紳士じゃねぇな」

 

 

 

 切り札の1つであるリングを予告なし初手から撃ってきたことに対し、軽口を返すことで応戦する。

 

 

 

「お前が普段から鍛錬はしているのは体見りゃー分かる」

 

 

 

 釈迦堂は突き出していた両手をゆっくりと降ろし、足をゆっくりと灯が立っている方角へと動かし始めた。

 

 

 

「今の反応を見ると体の動かし方が分からないって訳でもなさそうだ」

 

 

 

 一歩一歩野獣が近づいていく、それこそ今から狩りが始まるかのような空気が出ている。灯は微動だにせずに釈迦堂から目を離さない。

 

 

 

「動かし方が忘れかけてるって所だろうな。なら話は簡単っだ」

 

 

 

 ついに釈迦堂の射程に灯が入る。その瞬間ライオンが草食獣に飛びつくかのように、目の前にいる野獣が加速し動いた。

 

 奇麗な右の正拳突きが灯を襲う。それに合わせて灯も左手で握りこぶしを作り、釈迦堂の突きに合わせるように左手を前に突き出す。

 

 拳と拳が激突。その瞬間、両者に大きな衝撃が走った。

 

 

 

「ひたすら実践! それが動きを取り戻すのには最適だ!」

 

 

「なるほど! 脳筋らしい発想だな! 実に気に入ったぜ!」 

 

 

 

 実に単純明快な考え方。動き方を忘れているのというのなら、無理矢理思い出させるというものだ。だがこの鍛錬、灯にとっては非常に効果的なものになりそうである。

 実践での経験の記憶が薄れている今、釈迦堂とひたすら戦闘することは記憶を蘇らすに充分すぎる。

 

 

 

「ハッハァ! だからしっかり付いてこいよ!」

 

 

「おっさんこそ先にへばるんじゃねぇぞ!」

 

 

 

 次なる行動のために、2人は同時に拳を弾き飛ばす。

 

 

 

 

 

 先に動いたのは釈迦堂。灯の頭を目がけてハイキックが撃たれた。それにコンマの差、遅れて灯が顔面目がけて掌打を繰り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が、当然先に当たるのは灯だ。さらに頭部に命中した際、体の軸がずらされ掌打が釈迦堂の顔を掠る結果となる。

 

 

 

 

 

 しかし灯はタフだ。クリーンヒットこそしたが多少ぐらつくぐらいで倒れるまではいかない。しかし達人の域に足を踏み入れている釈迦堂がこの隙を見逃す訳がなかった。

 

 

 

「そぉーら! どうしたどうしたぁ!!」

 

 

 

 すかさず懐に入り殴打のラッシュを打ち込んでいく。全弾喰らったら気絶は免れないだろう嵐のよな一方的な攻撃を受けつつも、灯は無理矢理右のストレートを釈迦堂目がけて放つ。

 

 

 

 しかしその強引に撃ったものでも威力は十二分にある。その破壊力を感じ取った釈迦堂は自らの拳で軌道を変えようとしたが、完全に逸らすことは出来なかった。

 

 灯のストレートは左肩に直撃する。無論激しいラッシュは中断せざるえない。釈迦堂は後方へとスウェイすることで1度距離を取る。咄嗟に気を直撃箇所に回すことでダメージは軽減したが――――

 

 

 

「いっててて……なんちゅう格好から放ったんだ」

 

 

 

 それでも手傷を負ってしまう。左肩には疼痛が広がっている。

 

 比べて灯は体全体に高威力な打撃を受けたが、それでもまだまだやれそうだ。全身に力を込め、気を溜めることで再度攻撃態勢を整える。自分の喰らった攻撃なんぞさして気にしていない様子だ。

 

 いかにして相手に致命傷を負わせるか、灯が考えているのはこの事だけだ。

 

 

 

「ちぃッ……さすがに仕留めきれんかったか」

 

 

「気を回さなきゃ俺は怯んでいただろうよ、残念だったな」

 

 

 

 釈迦堂の言う通り、気を回さずに灯の強烈なスラッグを受けていたら今頃左肩はこの戦闘中動かなくなっていただろう。

 

 

 

「んな気なんて張らないでとっとと倒れておけよ! 中年不良!」

 

 

「おっさんを舐めるなよ! 屑学生さんよぉ!」

 

 

 

 2人揃ってバッタのように相手目がけて跳んでゆく。

 

 

 

 

 

 釈迦堂は早くもトドメを刺すために ”川神流無双正拳突き” で沈めにかかる。

 

 対して灯は釈迦堂の必殺の一撃 ”利用” する。

 

 

 

 

 

 

 突き出してきた拳を右手にて強引に受け止め且つ掴みにかかる。そして掴んだまま相手の勢いを使って振り返り、灯の後ろにあった巨大な木目がけて釈迦堂を思いっきり投げ飛ばした。

 

 

 

「なに!? ……グッハァッ!!」

 

 

 

 まさか無双正拳突きが止められるとは思っていなかったし、何よりそのまま投げ飛ばされるなんて想像もしてなかった。釈迦堂は勢いよく大木に打ち付けられ背中を強打する。

 

 

 

「ッツ! ……とんでもない握力してんな……」

 

 

「どうしたおっさん? 今のでぎっくり腰にでもなったか?」

 

 

 

 のそのそと釈迦堂は起き上がり、灯はそれを挑発的な目で見る。彼からしてみればこの程度で倒れてもらっちゃ実践感覚を取り戻すことはかなわない。

 

 釈迦堂もこのままじゃ終われない。まだまだ充分に戦えるし、ようやく体も暖まってきた。何より灯のむかつく視線に答えない訳にはいかない。

 

 

 

 

 

 2人共とても組み手をいうなの鍛錬を行っているようには思えない。客観的に見れば充分過ぎるほどの決闘なのだが、これは鍛錬なのだ。

 

 この超実践式決闘型鍛錬は2人の息切れする声が森に響き渡るまで続いた。




 どうも、こんにちわ。お久しぶりです。だいたい2か月ぶりぐらいでしょうか? はっきり言って書き方忘れてしまいました。
 ただこれからも頑張って、遅くても月に1回投稿していきたいなと考えています。
 言い訳かもしれませんが、やはり社会人は大変です;;もう1度学生ニートに戻りたいでござる。

 あと、小説を書くのがWindowからMacに変わりましたので少々文字化け等しているかもしれません。その場合は報告をお願いします。


  感想、評価、誤字脱字報告、お待ちしています。それではこれからもよろしくお願いします。


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15話 ~国吉灯、喜ぶ~

 葉桜清楚は朝からご機嫌だ。その理由は2つある。

 

 

 

 1つは今日はどんな良い本と出会えるのだろうという楽しい気持ちで溢れている事。これはいつも通りである。

 

 川神学園はマンモス校なだけあって図書室も大きい。それこそ様々なジャンルの辞書は勿論、小説や絵本、挙げ句の果てにはBL小説まで置いてあるぐらいの規模だ。

 

 清楚はこの種類豊富な図書室が大好きだ。次々と面白い本が見つかるから。編入してからほぼ毎日図書室に向かっているが全く飽きない。自分が卒業するまでに読みたい本を全て読めるかが心配なほど。

 

 

 

 もう1つはたまには徒歩で登校するのも自転車とは違った新鮮さがあって清々しい気分が現在進行形で続いているからだ。

 

 

 

 清楚は学園までいつも九鬼がチューンアップした特別な自転車に乗って登校している。が、今日は歩いて学園へと向かっている。

 

 なぜ今日は違うのかというと、その理由は自転車をメンテナンスするためだ。

 

 清楚の自転車にはありとあらゆる機能が付けられている。自転車と会話出来るCPUが積んでいる事から始まり、どんな道も難なく進む電動の力、痴漢等の変質者を即座に撃退するために10万ボルトを流すことが出来る防犯機能。

 

 

 

 これほどの高性能な自転車、こまめなメンテナンスが必要になるのは言うまでもない。

 なので本日愛用の自転車がメンテナンス中ということで徒歩での登校だ。そしていざ歩いて学園に向かってみると自転車とは違った爽快感がある。

 

 

 

 この2つの要素が重なって清楚はご機嫌なのである。

 

 

 

 

 

 清楚が多馬大橋、通称変態箸に到着すると朝から騒がしい集団が目に入った。その中には自分の友達がいる。そして近いうちに話してみたいと思っていた人物も珍しく、その集団の中にいた。

 

 

 

「モモちゃん、おはよう!」

 

 

 

 まず友達とは川神百代のこと。美少女には目がない残念な美少女である百代が、出会ってすぐ清楚に話しかけるのは至極当然だった。話しかけた理由は非常に不純なものではある。が、仲良くなってしまったらその訳なんてどうでもいい。

 

 

 

「おはよう清楚ちゃん! 今日は相変わらずかわゆいなー。ん? 今日は喋る自転車に乗ってないのか?」

 

 

 

「うん、スイスイ号は今メンテナンス中なんだ」

 

 

「あーあの自転車、九鬼開発だけあって相当高性能だしなー」

 

 

 

 百代との挨拶をきっかけに一緒にいた風間ファミリーも当然朝の挨拶を交わしてくる。

 

 

 

「おはようございます、葉桜先輩」

 

 

「おはようございます! 葉桜先輩! あぁ…………今日も清楚だなぁ」

 

 

 

 普通に挨拶する大和と鼻の下伸ばしながら鼻息荒く挨拶する岳人。どちらが好印象を与えるのかは考えるまでもない。しかし

 

 

 

「おはよう、みんな朝から元気だね」

 

 

 

 キモい挨拶をも軽く受け流す清楚はモテナイ男子生徒からは本当に女神に見えた。

 

 周りにいる登校中の生徒たちも清楚を見て、可愛いなぁとか、美人だなぁとか、ボソッと呟きながら歩くスピードを落としつつチラ見している。当然その中に話しかけにいこうとする猛者はいない。

 

 

 

 

 

 いや、堂々と清楚に話しかけにいく男子生徒が1人いた。それも近くに。

 

 

 

「おはようございます、葉桜清楚先輩。あぁ……やっぱり良い女ってのは朝から爽やかだな」

 

 

 

 勿論、灯である。

 灯は今日ほど早起きは三文の得だと思った日はない。なにせ今まで機会がなく話しかけること……もといナンパ出来なかった清楚と自然に会話するチャンスを手にする事が出来たのだから。

 

 

 

 灯が朝、風間ファミリーと一緒にいたのは本当に偶然だ。昨日釈迦堂との鍛錬をしたというのに、たまたま朝起きれて、登校していたらたまたまタイヤと共にランニングしているワン子に出会って、そのままなし崩し的に風間を先頭にした軍団と合流して現在に至る。

 

 

 

「2年の国吉灯。好きな映画は ”あなたが寝ている間に”」

 

 

「最後の情報いる?」

 

 

 

 100人いたら99人は絶対にいらない情報だと断言出来る。

 

 

 

 

 

 しかし清楚はジョークと捉えたのか口を押さえて小さく笑いながら灯の自己紹介に答える。

 

 

 

「フフッ……初めまして、国吉灯くん。葉桜清楚です、君と話してみたかったんだ」

 

 

 

 しかもなぜだか知らないが清楚は灯に対して初対面にも関わらず良い印象を持っている。

 

 

 

「それは光栄だ。しかしなぜ?」

 

 

「義経ちゃん達と仲良くしてもらってるからね、よく灯くんの話題が出るんだよ」

 

 

「ぜってぇ良い内容じゃねぇのは確かだな」

 

 

「岳人、今筋肉のカットインはいらないから俺から100mぐらい離れてくれ」

 

 

「アハハ、悪い話は聞いてないよ」

 

 

 

 なぜ清楚が初対面である灯に対してちょっとした好感を持っているのか?

 それは義経と弁慶が彼のことを話していることに加えて、つい最近行われた灯の試合を見て興味が沸いたのもきっかけである。なにゆえ彼に惹かれるのか本人も詳しく理解は出来ていないが、きっと好奇心旺盛な自分の性格が影響しているのだろうと結論づけている。

 

 

 清楚は改めて灯の顔をまじまじと見る。非常に整っている、モデル等にいてもおかしくはないレベルだと思う。今ほど岳人を睨みつけていたので眉間に皺がより、多少目つきも悪い状態だがそれでも素直にかっこいいと言える。

 

 

 

「そうか、なら一安心だ」

 

 

 

 ここで義経たちが変なことを吹き込んでいたら自分の第一印象は最悪、仲良くなる作戦は確実に失敗してしまう。その事態は避ける事が出来たので灯は心底安心した。フェミニストとして女性に嫌われるのだけは何としても避けたいのだ。

 

 クリスの乳を常に触ろうとしているのに嫌われたくないとか、何言ってんだコイツと思われるかもしれないが、そんなこと灯の中では棚の上に放り投げている。

 

 

 

「ってことで……だ。俺と葉桜先輩の仲を深めるって意味で放課後時間空いてる?」

 

 

 

 灯は財布の中からサッっと名刺のような紙切れを1枚取り出し、それを清楚に手渡す。

 

 

 

「この店、ケーキが美味しいってチッタで今一番人気。良かったら一緒に行かないか? 嫌な思いは絶対にさせない」

 

 

 

 どうやら紙切れの正体はお店の紹介カード。清楚にどんな店なのかを軽く想像してもらうために渡したのだ。もう率直に言えばこの店で僕と楽しくお喋りしませんか? と、デートを誘いをかけている。

 

 

 

 

 

 清楚はなぜか分からないが自分に好印象を抱いてる。ならば何らかの予定が無い限り断られることはないと灯は確信している。しかし――――

 

 

 

 

 

「いやー悪いなぁ」

 

 

「モモ先輩、アンタに向けていってる訳じゃない」

 

 

「いやー悪いわねぇ」

 

 

「犬っころにケーキは贅沢品だ。今度ビーフジャーキーやっから今は引っ込んでろ」

 

 

「今一番人気!? はーい! 俺行きたい俺!」

 

 

「野郎と一緒にスイーツ食べる趣味なんてねぇ!」

 

 

「自分もその店のケーキが食べたいぞ!!」

 

 

「お嬢はこの前くず餅パフェ食ったろ! それも2つ!」

 

 

「それとこれとは別なんだ!!」

 

 

 

 今回は邪魔なメンバーがたくさんいた所為でスムーズに誘うことが出来るはずが無かった。何と格好付かないことだろうか。だが

 

 

 

「モモちゃんたちと仲が良いんだね国吉くん。私も君ともっと仲良くなりたいし、その一番人気のケーキも食べてみたいし…………お誘いに乗ろうかな」

 

 

 

 そんなやり取りを見て格好がつかない……ではなく、楽しそうと思ったのだろうか? 清楚は灯の誘いを笑顔で承諾。

 決してスマートには行かなかったが見事灯は清楚とデートする約束を取り付けた。その決まり事に納得がいかない奴が1人……

 

 

 

「なんでコイツのナンパ成功率はこんな高いんだよ!! ありえねぇ!!」

 

 

 

 女性にもてたい年上に好かれたい願望が強い岳人が灯と清楚のデートに不満を持つのは至極当然。両腕を前に構えて理不尽だと吠え続ける岳人に対して灯は可愛そうな視線を向け

 

 

 

「岳人……これが現実……これが俺とお前の差だ……諦めろ」

 

 

「ぶっ殺すぞお前!!!!」

 

 

 

 岳人の肩をポンッと叩いて哀れだと言わんばかりに同情する。すぐさま肩に添えられた手を振りほどき灯に詰め寄る岳斗。その瞬間灯の顔がうっとしそうな表情へと変わる。

 

 

 

「むさい男に近づかれるとか萎えるから離れろって」

 

 

「うるせぇ! 何で……何でお前だけが……」

 

 

 

 そのまま灯の目の前で四つん這いになり泣き始めた。

 こんな情けない男が風間ファミリーの力仕事担当だ。島津岳人、筋肉は身に付いても女運は一切身に付かない男なのである。

 

 だがそんな哀れな男にいつまでも関心を持っているほど灯は優しくない。主にヤロー限定であるが。

 

 

 

「それじゃ葉桜先輩。放課後校門前待ち合わせでオケー?」

 

 

「うん、楽しみにしてるね!」

 

 

 

 清楚は本当にワクワクとした楽しそうな表情が飛び出る。それにつられて灯も軽い笑みが出る。今日は学校生活も放課後も楽しく過ごせそうだと、清楚は確信を持った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? そう言えばキャップは? さっきまで一緒にいたのに?」

 

 

「『一番人気のデザートを食べにいってくるぜー!』って言って来た道逆走していったぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯と清楚が出会って且つデートの約束を取り付けてから大凡8時間ほどが経過。つまりは放課後。

 ここから生徒たちは勉学から解き放たれ思い思いに過ごし始める。放課後を待ちわびている生徒は数多いだろう。

 

 灯も放課後を待ちわびていた生徒の1人だ、今日は特に。なにせこの後は川神学園に数少ない文学系美少女とデートという神イベントが確約されているからだ。

 

 

 

 

 

 いつもよりも数段機嫌良く、テンション高く、待ち合わせ場所である校門へと足を運ぼうとする。校庭へと出るために下駄箱付近の広い広間に到着、すると――――

 

 

 

「……?」

 

 

 

 灯の機嫌良さそうな顔が一瞬でいぶかしげな顔になる。だがそれも仕方ない。何せ目の前には清楚とは性別が逆の生徒たちが軍隊を組んで現れたのだから。人数にしたら30人超はいるだろう。しかも全員何というか……負の覇気がにじみ出ている。不気味な事この上ない。

 

 

 

「おいヨンパチ、これ何の冗談だ?」

 

 

 

 灯はその集団の先頭いるクラスメートの ”福本育郎” に声をかける。ヨンパチとは彼のあだ名だ。由来はご察してください。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 だがヨンパチは動かない。彼の相棒とも言えるカメラを強く握りしめ俯いたまま、目の前にいる灯を見ようとしない。

 

 

 

「用がないならそこをどくんだ。俺は今から……「諸君」んあぁ?」

 

 

 

 灯が大事な用事があるんだそこをどけと言おうとした瞬間、ヨンパチがその言葉を遮って唐突に語り始めた。

 

 

 

「私はイケメンが嫌いだ」

 

 

「諸君、私はイケメンが大嫌いだ」

 

 

 

 決して大きな声ではないが、非常に通った声。多くの人に聞かせるような、例えるなら演説するかのような語り口でヨンパチは話し続ける。

 

 

 

「モデルが嫌いだ。美男子が嫌いだ。ハンサムが嫌いだ。伊達男が嫌いだ。モテる男が嫌いだ」

 

 

「この世の中で存在するありとあらゆるイケメンが大っ嫌いだ」

 

 

「カップルのイチャイチャしている様子を見た時など殺意すら覚える」

 

 

「諸君、私はイケメンの撲滅を望んでいる。諸君、私に付き従うDT諸君。君たちは一体望んでいる?」

 

 

「「「「「DIE! DIE! DIE!」」」」」

 

 

「よろしいならば戦争だ」

 

 

 

 ここに来て漸くヨンパチは灯と目を合わせる。彼の瞳は血走っていて且つ汚れに汚れまくっている。いや、それは後ろの兵達たちも一緒。全員目が充血している異様な光景がそこには広がっていた。

 

 

 

「…………ヨンパチ……結論を聞こう」

 

 

「お前が葉桜先輩とデートするのが羨ましくて仕方ないんだよぉぉぉぉおおおお!!!!」

 

 

 

 魂の叫びだった。ヨンパチは間違いなく心から叫んでいる。

 

 

 

「俺がコンニャクとデートしている間に灯は葉桜先輩とデートなんて……許せない!」

 

 

 

 ついに涙まで流し始めた。それほどまで灯と清楚が遊びに行くことが許せなかったのだろう。

 

 

 

「そうだそうだ! 国吉ばっかりずるいぞ!」

 

 

「俺様は挨拶で満足しているのにテメェだけデートなんて結果は断じて許さん!」

 

 

「たまには俺たちにもおこぼれをくれよぉぉ!」

 

 

「愛しの灯キュンを葉桜なんぞにとデートに行かせる訳には行かないわ!」

 

 

 

 ヨンパチに続けと後ろの戦士たちからも罵声が飛んできた。こんなことばかりやっているからモテないんじゃないか? などと考えてはいけない。彼らは本気なのだから。一部違う目的の奴もいるが、それでも本気なのは一緒だ。同士なのだ。

 

 

 

「だから俺たち童貞はお前を止める! これ以上灯の好きにはさせないぜ!」

 

 

「いくら灯だろうとこの人数だ! そう簡単には突破出来ないぜ!」

 

 

 

 ヨンパチと岳人が灯に対して戦闘態勢を取る。それに続けと後ろ負の大群もそれに続けと戦う構えを見せた、醜い嫉妬は時として戦闘力を生み出す。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 灯は死にかけのハゼのような顔をして飽きれていた。思わず手で顔を隠して下を向く。そして確信する、コイツら真剣もんの馬鹿だと。

 

 

 

 馬鹿は正直言って嫌いじゃない。クッソ真面目な奴なんかよりもよっぽど気が合うし、自分に正直に生きる馬鹿は好ましい。風間辺りはその代表だ。

 だがもう少しその馬鹿加減を向ける方向を考えて欲しいと、この負け組の集まりを見て切実に思う。やっている行為自体も非常に面白い物だが、その矛先が自分に向けられるとめんどいことこの上ない。

 

 つい最近集団で喧嘩売ってきた奴らもいたなぁと、灯は思い出す。その集団虐められを受けた不良どもと、今目の前にいるモテナイ集団はどちらとも理不尽に襲ってきているという点が一緒だ。

 理不尽な理由で刃向ってくるなら理不尽な暴力で相手をするまで。一部に知った顔が混じっているが灯は決して躊躇しない。

 

 

 

 1つため息をつく、そして手を下ろし顔を上げる。清楚のところへたどり着くのにも一苦労、だがこの負け組達を潰せば後ほど邪魔してくる奴らはいなくなる。

 

 

 

「……よろしい、ならば戦争だ」

 

 

 

 モテない男達は突撃し、川神学園屈指の強さを持つナンパヤローはそれを迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数は暴力という言葉がある。その言葉が意味する通り、どんなに強くとも、実力の差があっても、数を揃えられて一斉に襲いかかられては人溜まりもない。

 作戦の1つに人海戦術という物がある通り、数の恐ろしさは過去に実証されている。しかし

 

 

 

「さらばだDT共よ、そのまま妖精になってくれ」

 

 

 

 アリが100匹集まったところでトラを打倒する事は不可能だ。

 

 

 

 ヨンパチを始めとした軍隊は瞬く間に蹂躙されてしまい、灯に清楚までの道を確保されてしまう防衛失敗という結果に終わった。任務失敗である。

 

 戦場で戦死した者たちは痛みが原因か、灯の行く道を防げなかった事に対してか、はたまた自分が妖精になる想像でもしてしまったのか、どれかは知らないが涙を流している者がほとんどだった。

 

 

 

 

 

 もう先に清楚がいるかも知れない。少し早足で校門まで向かおうと大股で歩こうとした時――――

 

 

 

「あっ! 国吉くん」

 

 

 

 灯を呼び止める声。声の持ち主を確認しようと首を少し横に向け、目だけで正体を確認する。

 

 

 

 

 

 その人物は灯が待ちわびた女子生徒であった。

 

 

 

「ちょうど良かっ……え!? 何この横になっている人たちの数!? どうしたんだろう?」

 

 

 

 まさしくこれから一緒に遊びに行く張本人、葉桜清楚であった。

 

 その清楚は灯を見つけたと思ったら目の前に大量の男子生徒が倒れている光景が涙のすする音がオプションで広がっていた。これで驚かない奴はそんなにいないだろう。いないと断定出来ないのが川神学園の恐ろしい所。

 

 

 

「こいつらは身の程知らずのアホ共だから気にしない方向で」

 

 

「泣いてる人もいるけど……大丈夫なのかな?」

 

 

「彼らは立派に戦ったんだ。だからあんまり悔いはない」

 

 

 

 実際ヨンパチたちは悔いがありまくりなのだがそれを訴える体力と気力が既に空になっていた、いや空にされてしまった。 

 

 

 

 明らかに戸惑っている清楚を前に進ませるために、灯は彼女の後ろに回り両肩に手を置き優しく昇降口に向けて押す。

 

 このままだと無駄に時間を食ってしまうのでそれを回避するためにも清楚には頑張ってこの無惨な光景をスルーしてもらわなければならないのだ。

 しかし灯に押されながらも気になるものは気になる。清楚は視線を倒れている群衆へと向けながらも彼の手によって2人は下駄箱へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇーこの辺りってお洒落なカフェが多いんだね」

 

 

「葉桜先輩チッタ来るの初めてか?」

 

 

「うん、私放課後は図書室にいることが多いからこっちまであんまり来ないんだ」

 

 

「さすが学園を代表する文学美少女、さぞ絵になるだろうな」

 

 

「国吉くんは図書室に行った事ないの?」

 

 

「俺が行ったら提灯先輩に追い出される、似合わん所に来るなとな」

 

 

「提灯先輩って?」

 

 

「京極彦一、図書室の番長で言霊とか不気味な事言い出す電波な先輩だ」

 

 

「京極くんのことだったんだ……」

 

 

 

 灯が案内する様な形で2人はチッタ内を進んで行く。こういった会話の合間にも清楚は興味深そうにチッタの店を見ている。

 

 川神学園に編入してくるまでは島暮らし、編入後も図書室にずっといた彼女は川神学園生徒のたまり場スポットの1つであるチッタに来た事が無かった。彼女の目には今まで見た事が無い面白い光景が広がっている。

 

 

 

「さて、ここが今回俺と先輩が仲良くなるのに一役買ってくれるオシャンティーな店だ」

 

 

 

 灯が足を止めたことで同時に清楚も足を止める。

 

 外見はチッタにあるカフェの中では落ち着いた雰囲気を出している。無駄に煌びやかではなく、客を落ち着かせる事に重点を置いた店作り。かといって入りにくい雰囲気は一切出ていない。人気が出るのは当たり前だ。

 

 灯が自動ドアを開けそれに続く形で清楚も入店する。若く可愛い店員に案内されて2人用で向かい合う席に座る。ちなみに灯が一瞬その店員に声をかけようかと考えたのは内緒だ、さすがに失礼すぎる。

 

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 

「アイスコーヒーが2つと彼女にこの店で一番人気のケーキを」

 

 

「畏まりました。少々お待ちください」

 

 

 

 灯は迷う事無く手慣れた手つきで注文する。勝手にケーキを決めてしまったが清楚はこういう店に慣れていないし、それに一番人気のケーキがご所望なのだから清楚が選ぶ必要がない。そう考えてのこの注文の仕方。現に清楚は勝手に決めたことに対して文句はない。

 

 

 

「図書室ばっかじゃなくたまにはこう言った場所に来るのも悪くないだろ?」

 

 

「うん、すっごく新鮮かな」

 

 

 

 清楚は店内をキョロキョロと見ている。こう言う店に来た事がなかったから気になって仕方ないのだろう。だが楽しんでいることは端から見ても理解出来る。清楚の顔には笑みが浮かんでいるからだ。軽く微笑んでいる程度だがその笑顔は誰もが見とれてしまうほど可愛いものだった。

 

 

 

(うーん、マジ美人だな。モモ先輩とはまた違った美人だ。美人の中にまた一際輝く可愛さがある。うわマジ可愛い結婚しよ」

 

 

「え? 国吉くん何か言った?」

 

 

「いや、何も言ってないですよ」

 

 

 

 灯の頭の中で駆け巡っていた思いがいつの間にか口に出ていたらしい。

 

 

 

「ところで義経ちゃんたちから俺の話を聞いたんだって?」

 

 

「うん、とっても楽しそうに国吉くんの話をしていたよ」

 

 

「どんな内容か聞いても?」

 

 

「凄くかっこいいけど変わっている人だって」

 

 

「ん……んん?」

 

 

 

 何とも言葉に表せない表情を作る灯。これは褒められているのか? 貶されているのか? 恐らく義経のことだから褒めている……のか? ただ変わっているは決して褒め言葉ではない。弁慶は意味を分かっていて言ってそうだ。

 

 

 

 

 

 清楚はその灯の様子を面白いと思うと同時に不思議だと思った。彼女が初めて灯を近くで見たのは鍋島との決闘の時だ。その時の灯は実に真面目な顔をして眼光は鋭く、口元を一切上に上げなかった。

 

 

 

 だが今の灯はどうだろう? 真面目な雰囲気など一切感じない。今朝は風間たちとも楽しそうに話しており決闘の時と同じ人物だと言われても信じられないと清楚は感じている。

 

 だからこそ興味が湧く。義経たちが灯のことを話していたことから始まり今に至る。何とも変わった人、清楚も義経たちと同じ気持ちだ。

 

 

 

「私も変わってると思うけどね」

 

 

「先輩それ褒めてる?」

 

 

「褒めてるよ、それに面白い人だなぁとも思ったよ」

 

 

「……まぁ悪い印象は持たれてないしいっか」

 

 

「お待たせしました」

 

 

 

 会話が一段落付いたところ、丁度良いタイミングで注文した品が届いた。とりあえず灯は考える事を放棄する。それよりも今は清楚と親睦を深める……もとい口説くことの方が大事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯と清楚が店に入って大体1時間と少したった。入店した時と逆に今度は清楚が前を歩く形でカフェを後にする。清楚の顔は入店したときと比べてさらに笑顔になっていた。

 

 

 

「美味しかったー! 今まで食べたケーキの中で1番美味しかったかも」

 

 

「葉桜先輩がまさかケーキをおかわりするとは」

 

 

「う……」

 

 

「ケーキ食べて本読んで、太んなよー? 美人が太った時ほど切なくなることないんだから」

 

 

「しっかり運動もしているんで太りませんー」

 

 

 

 1時間で随分距離は縮まっただろう。ちょっとした軽口にも反応してくれるようになった。今の言葉に清楚は軽く睨みつける形で灯を見るも本気で怒っている訳でもなく、軽くにらんだ顔も可愛らしい。

 

 この後は清楚が住んでいる九鬼極東本部まで送って行くために気分良く2人揃って歩き出したが――――

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 何やら後ろから爆音が聞こえてくる。非常にけたたましい音ではっきり言って不快だ。清楚も良い気分がぶち壊されたのか思わず顔がゆがむ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯が後ろを向いたその瞬間、清楚のすぐ横をバイクが猛スピードで通り抜けた。

 

 

 

「キャッ!?」

 

 

 

 清楚はバイクが通ったことに驚く……が自分が灯の胸の中にいた事にさらに驚いた。

 灯はバイクを確認したらすぐに清楚の身を守るために、肩を掴んで自分と位置を入れ替わるようにクルッと回転しそのまま自分の腕の中に入れたのだ。

 

 

 

 そのおかげで清楚の身は守られ灯も傷一つ付かなかったのだが

 

 

 

「あ! 私の鞄!」

 

 

「最初からひったくり目的かよ」

 

 

 

 清楚の手に先ほどまで持っていた鞄が無い事に気づく。急にバイクが真横を通り過ぎたことに驚いて手で鞄を持つ力が緩んでしまったのだろう。さすがの灯も清楚を守ることを優先したので鞄まで気を回す事が出来なかった。

 

 

 

 灯はひったくり犯を目を細めて睨みつけた後周りをグルグルと見渡す。そして何かを発見。

 

 

 

「葉桜先輩、ここで待っていてくれ」

 

 

「え? 国吉くん!?」

 

 

 

 近くにいる明らかに俺はヤンキーですって主張している男がいる方角へと走っていく。だが目的はその時代遅れの男ではなく、その隣にあるもの。

 

 

 

「おい」

 

 

「あぁ!?」

 

 

「そのバイク貸してくれ」

 

 

 

 明らかにヤンキーの身に合っていないバイクが今求めている物だ。灯はバイクを借りて……いや最悪強奪してでもひったくり犯を追いかけようとしている。

 

 

 

 しかしバイクは……貸して? はいどうぞ! と気軽に貸し借り出来る品物ではない。当然ヤンキーは貸す分けないだろとド阿呆と反論しろうとした。

 

 

 

「ひぃ!?」

 

 

 

 しかし急にヤンキーが灯の顔を見て怯え始めた。灯は「ハァ?」と言った顔をして男がなぜ突然ビクビクし始めたのか理解していない。

 

 

 

 

 

 灯は全く覚えてないが実はこの男、以前灯に非合法カジノでやられた男が報復するために集めたメンバーの1人だったのだ。当然ぼこられたので灯には恐怖の感情しかない。

 

 

 

「ど…どうぞ! 貸します! ぜひ使ってください!」

 

 

 

 当然ヤンキーは灯に従う。従わなければまた痛い目を見るかも……と考えての苦渋の選択だった。バイクと我が身、優先すべきは我が身であった。

 

 

 

「おう、使い終わったらここに持ってくるからな」

 

 

 

 結局なぜ怖がったままだったのかはさっぱり分からないが、それよりも大事なことがある。

 

 灯はカギを受け取りすぐさまエンジンをかけ、颯爽とバイクに飛び乗る。そしてヘルメットをかぶろうとした。しかし

 

 

 

「待って! 私も行きます!」

 

 

「いや先輩はここに……」

 

 

「行きます!! 私の不注意で取られちゃったんだから……ここで待ってなんかいられないよ!!」

 

 

 

 清楚が自分も行くと灯に申し出てきた。しかも非常に強い口調で。

 

 当然灯としては連れて行く気は一切ない。間違いなくカーチェイスじみた荒い運転になる。危険なことに彼女を巻き込みたくなかった。だが

 

 

 

(何だこの威圧感は……? 断る事は許さないと言わんばかりの空気が出ている……?)

 

 

 

 謎のオーラを感じる。清楚からにじみ出ているのは分かる。だが彼女がなぜこんな雰囲気を出せるのか……? 一瞬疑問に思ったが今はそれを気にしている暇はない。

 

 これ以上言っても清楚は引かないと灯は直感で感じ取る。それに清楚と連れて行く行かないを話すこの時間が何より勿体ない。かぶろうとしたヘルメットを清楚に投げ渡した。

 

 

「これ以上ひったくりヤローから離されたら見失っちまう! 先輩早く乗ってくれ!」

 

 

「……! うん!」

 

 

 

 灯の了承の言葉を聞くや否や、ヘルメットをスポッと被り軽い身のこなしで灯の後ろへと着席する。

 

 

 

「死ぬ気で! 生きる気で捕まっててくれよ先輩!」

 

 

「え? それ矛盾していない……キャア!?」

 

 

 

 最初からアクセル全開、華麗にウィリーを決めてから初速から100kmは出ているんじゃないかと思う様なスピードで追跡を開始した。

 

 

 

 

 

 灯&清楚 VS ひったくり犯。バイクレースの開幕である。

 




 清楚の口調がおかしいと思った方はごめんなさい。SとAでちょこちょこ確認しながら書いていたんですけど、いまいち彼女の口調は掴みきれませんでした;;変だと感じたら遠慮なく突っ込んでください。


 これからもこれぐらいの更新ペースになると思いますがよろしくお願いします。
 感想、評価、誤字脱字報告、お待ちしています。それではこれからもよろしくお願いします。



 PS:A-2発売延期とか泣けるぜ


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16話 ~国吉灯、爆走する~

 A-2が発売前に一度区切りをつけたかったので文章量が少ないですが投稿します。それでもよければよろしくお願いします。


 チッタ表通りの狭い道路に2台のバイクが爆走する。

 この狭さでは考えられないほどのスピードをどちらも出しており、このままだと事故になってもおかしくない。壁に激突する未来だってある。

 

 「なんだなんだ!?」と歩道をいた何人もの通行人がバイクが走り去った後を見送っているが、運転している当人たちは通行者などに目を向けている余裕は無い。

 

 

 

 

 

 先頭を走る者は葉桜清楚の鞄をひったくった男。周りに目を向けるよりも自分が逃げ切る事、もっぱら追跡している後ろの2人から逃げ切ることで頭がいっぱいである。

 

 対して後ろの2人組は灯と鞄をひったくられた清楚。灯は目の前のひったくり犯を視線から外さないことに意識を向けており、清楚はバイクから振り落とされないよう灯に必死にしがみついている。前を見る余裕すらない。ただひたすら力込めて灯の背中を挟んでいる。

 

 灯は背中から伝わる清楚の胸の感覚を楽しんでいる……様子はなかった。もっと平和なときだったら柔らかい感触を楽しんでいるだろうがそれよりも重要な問題がある。

 

 

 

「チッ! 差が縮まらんな……」

 

 

 

 灯は思わず舌打ちをして愚痴をもらす。さっきから全力で追いかけているのだがひったくり犯との距離が縮まらないことに苛立ちを隠せない。

 

 だがそれも仕方ない。バイクの馬力はほぼ同等。しかし灯側には清楚が後ろに座っていること。それに今でも物凄いスピードではあるが、チッタの狭い道路じゃアクセル全開のフルスピードが出せない。速さに至っては相手も一緒ではあるが差が縮まらない要因に間違いは無い。

 

 

 

(……しゃーないな)

 

 

 

 これ以上やっても埒が明かないと、灯はあることを決断する。

 

 

 

「葉桜先輩」

 

 

「な! なに!?」

 

 

 

 清楚は何とか灯の声をヘルメット越しに聞き取り返事を返す。ただそれでも顔を上げる余裕はなかった。

 

 

 

「先回りするためにこれから裏道走りますんで振り落とされないよう気をつけて」

 

 

「こ、これ以上どうやって気をつければいい……キャアアアアアア!!!!」

 

 

 

 清楚がこれ以上気をつけようが無いと反論しようとしたが、その言葉は灯の耳に届かない。耳に届いたであろうは清楚の絶叫だけ。

 

 

 

 

 

 灯は一言伝えた後、右足を軽く上げて力を溜めた後、思いっきり地面を蹴飛ばす。その勢いを利用してさらにハンドルを左に切ることでほぼ直角にバイクを曲げ、チッタ表通りよりもさらに細いチッタ裏通りへと行く先を変える。

 

 入った裏道は表通りと比べてとても整理などされてない道でありデコボコしてる。さらにはゴミ箱等の障害物も散乱してあってとてもスピードを出して直進出来る道ではないが――――

 

 

 

「ホッと!」

 

 

 

 灯は上半身に力を入れて前輪を大きく持ち上げる。後輪のみで走ってる状態を作り出し、さらには通るのに邪魔な物が配置されてる場所を飛び越えるため更に力を込めてバイクを宙へと浮かす。それを連続して繰り返すことでゴミをまるでハードルを超えるようにして進んでいく。

 

 

 

「えぇ!? バイクってこんな簡単に跳べたの!? こんな兎みたいにピョンピョン跳べたの!?」

 

 

 

 ついに清楚が壊れ始めた。いや慣れ始めたのかも知れない。

 

 

 

「お、先輩少しは余裕出てきたんじゃない?」

 

 

「余裕なんてないよ! なんで国吉くんはそんな呑気なの!?」

 

 

 

 灯に突っ込みを返せるぐらいには慣れてきたっぽい。

 

 

 

「失礼な! 俺は必死に追いかけてる!」

 

 

「わー!! 分かったから前向いて前!!」

 

 

「はいはい……そろそろ裏道抜けるな! こっからはアクセル全開ィ!!」

 

 

 

 細い細い裏道を跳び抜けて、視界に入ったのは広い道路。急に脇道からバイクが空中に浮きながら飛び出てきた事に通行人が腰を抜かして驚いた。

 灯は気にせず清楚は心の中で腰を抜かした人に向かってごめんなさいしていたが……ふと前を見て彼女は目を大きく見開いた。

 

 

 

「く、国吉くん!! これ引かれるよ!!!!」

 

 

 

 灯が運転しているバイクのすぐ横に車が向かって来てる。急に出てきたために車のブレーキが間に合わない。クラクションをけたたましく響かせながらドライバーは必死にハンドルを切るもこのままだと衝突する…………周りにいる誰もがそう思い悲鳴が上がりそうになる。

 

 

 

「あーらよっと!」

 

 

 

 だが灯は慌てた様子無く、裏道から出た瞬間さらに深くアクセルを踏み込む。それに比例してかバイクが宙を舞いながらもタイヤがギュルギュルと回る。着地した後、道路にタイヤの跡が残るほどのあり得ない初速で駆け出し始め、車に激突する事無く回避し反対車線へと移動した。

 

 

 

「ふう……危ない危ない。何とか事故ることは避けられたな」

 

 

「全然避けられてないよ!」

 

 

 

 確かに灯たちは無事である、フゥっと息を吐いて安心している。

 だが後ろを見てみるとハンドルを切り、歩道に乗り上げた車が消火管に激突して奇麗な噴水を生み出している。周りはちょっとしたパニックに陥り車は運転不可能な状態に、充分警察沙汰になりうる事故が発生。

 

 これ、ひったくり犯捕まえたら私たちも一緒に捕まるんじゃないかな? と清楚は当然の疑問を抱いたまま灯と共に走り去って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて……このままいけばひったくりヤローと鉢合わせるはず」

 

 

 

 チッタに比べて広い道路を法廷速度全無視しつつ、車を右へ左へスイスイとよけながら突き進んで行く。この先はチッタと繋がっている交差点に出る道。灯はそこでひったくり犯を取っ捕まえる気でいた。そして展開は灯の描いた通りになる。

 

 

 

「みーーーーッつけた!!」

 

 

 

 灯の目に映るはターゲットであるひったくり犯。見つけた瞬間ニヤリと顔を歪める。

 すぐ横に付けるため、二度と見失わないために赤信号を華麗に無視して右折。またもクラクションを盛大に鳴らされたが気にしない。

 既に灯たちを振り切ったと思いアクセルを緩めている犯人の横にピタリとつけた。

 

 

 

「な…なんでコイツらが!?」

 

 

 

 振り切ったはずの2人組が急に現れて自分のすぐ横にいることに驚きを隠せない。すぐさまスピードを上げようとしたが時既に遅し。驚いている隙を付いて灯が攻撃を仕掛ける。

 

 

 

「おっっらぁ!」

 

 

 

 男が乗っているバイク目掛けて思いっきり蹴飛ばす。バイクに足跡が残るほどの威力。ひったくり犯にそんな破壊力満点のキックを受け流すことなんか出来ずに体制を崩し――――

 

 

 

「うわあぁぁぁあああ!!!!」

 

 

 

 歩道へ大きく投げ出される結果になった。ハンドルから両手が離れてその瞬間、清楚の鞄が男から手放されて空中に投げ出される。

 

 

 

 それを見た灯はバイクを器用に操作して鞄の落ちる位置を予測。後ろに座っている清楚本人にピタリと合わせる。

 

 

 

「わっ!?」

 

 

 

 スポッと、鞄は持ち主である清楚の手の中に収まった。彼女は驚きながらもしっかりと鞄を握りしめている。奪還成功だ。

 

 

 

「葉桜先輩ナイスキャッチ」

 

 

 

 鞄が清楚の元に落下したのを確認し、灯は振り向いて清楚に向かって笑みを浮かべる。非常に子供らしい、ニカっとしている笑顔だ。

 

 自分の鞄が戻ってきたことに加えて、灯の顔につられて清楚も思わず笑顔が浮かんでくる。

 

 

 

「取り返してくれてありがとう」

 

 

「中身なんも取られてないか確認してくれ」

 

 

 

 そう言われて清楚は鞄を開けて所持品がなくなっていないかヘルメットを外して確認し始める。財布、ある。生徒手帳、ある。教科書類、ある。読みかけの本、ある。特に中身を取られていない。男がバイクを止めて中身を取り出したとかいうことはなかったようだ。

 

 

 

「大丈夫! 全部戻ってきてるよ。それよりも……」

 

 

 

 清楚がチラリと目線を灯から外す。目線の先には足跡がクッキリと残った壊れかけのバイクと完全に気絶しているひったくり犯がいる。

 

 

 

「この人どうしよう?」

 

 

「放っておこう」

 

 

「え? 警察を呼ばないの?」

 

 

 

 清楚の疑問は当然。ひったくり犯を捕まえたのだからここは警察を呼んで引き渡すのが普通だろう。一般的に考えて一学生が犯罪者を捕まえる事は中々ないのだが、ここは川神だから至って普通だ。警察もそんなことに慣れているところがある。しかし

 

 

 

「あー……呼んだら芋づる式に俺まで捕まってしまいそうだし」

 

 

 

 灯はばつが悪そうに、顔を清楚から背ける。

 清楚の鞄を取り戻すために灯がやってきたことを振り返ってみよう。法廷速度無視、赤信号無視、道路交通法違反、車噴水事故を引き起こした張本人。もしかしなくてもひったくり犯よりも重い刑に罰せられそうだ。

 

 

 

「…ってそうだよ国吉くん! 君どれだけ周りに人たちに迷惑かけたと思ってるの!」

 

 

 

 ハッと、清楚も今までの経緯を思い出す。彼女の顔から笑顔が消え、代わりに怒りという感情がわき出てくる。

 そんな清楚を見てヤバイと感じた灯が話を逸らしにかかる。

 

 

 

「まぁまぁ…落ち着いて先輩。周り見て周り」

 

 

 

 灯に言われて清楚はふと周りを見渡す。なんと通行人がぞろぞろと集まってきているではないか。今は気絶しているひったくり犯に皆の目がいっているが、このままだと自分たちも変に注目されてしまいそう。

 

 

 

「……んもぅ!」

 

 

 

 清楚も注目を浴びるのは嫌だと感じたのか、ヘルメットをかぶり直し再び灯が運転するバイクに飛び乗って走り去って行った。今度は無茶な速度は出さず法廷速度を守って。勿論清楚の怒りをこれ以上買わないためという理由も含まれている。

 

 

 

「はぁ……あのままだと遅かれ早かれ警察は来るな。道中にて呼んでる奴だっているかもしれん」

 

 

 

 はっきり言って灯たちは非常に目立っていた。2ケツで爆走、どちらも川神学園の制服を着ていておまけに灯は今もノーヘルでバイクを運転している。追いかけている時は速度が出ていたため顔ははっきりと見られていないだろうが……それでも目立つもんは目立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれよりも、灯には警察を呼ばれたら困る最大の理由があった。

 

 

 

「国吉くんどうしてそんなに警察の人に会いたくないの?」

 

 

「俺バイクの免許持ってないし」

 

 

「………………え”!?」

 

 

 

 清楚は耳を疑った。今運転している彼は今なんて言った? バイクの免許を持っていない……と言ったのか? この意味を理解した瞬間、清楚の頭はサーっと冷えていく。

 

 

 

「免許とかいうちっぽけなカードよりも大切なのは運転する技術だと思うんだよ。免許持っててもめちゃくちゃヘタクソな奴だっているしな。それよりかは技量が伴っているかで判断してもらいたいもんだ。そもそも……ん? 先輩?」

 

 

 

 灯は体に振動を感じたので軽く後ろを見てみる。自分にしがみつきながらも、顔を下を向けながらプルプルと震えている清楚が目に入った。どうしたんだ? と思ったが次の瞬間――――

 

 

 

「国吉くん!!!! バイクを今すぐ止めなさーーーーーーい!!!!」

 

 

 

 清楚は激怒した。これ以上ないくらい激怒した。彼女の火山が噴火した。

 

 

 

「…………あの……葉桜清楚先輩?」

 

 

「止めなさい」

 

 

「…………はい」

 

 

 

 有無も言わさない様子を感じ取り、アクセルを緩め始める。同時に路肩へとバイクを止める。スピードがゼロになると清楚はバイクからゆっくりと降りた。

 

 

 

「国吉くん、バイクから降りて座りなさい」

 

 

「へ!? 下はコンクリ……」

 

 

「座りなさい。正座しなさい」

 

 

「……」

 

 

 

 なぜかは知らないが圧倒的な威圧感を醸し出している清楚の前に逆らう気力が出ずに、非常に怯えた様子でバイクを降りてゆっくりと正座する。

 

 

 

「まったく国吉くんは! 確かに私の鞄を取り返そうとしてくれたのは嬉しいよ。だけど、それでもやっていいことと悪いことぐらいは判別出来るよね? 日本はバイクを運転するのに免許が必要不可欠なんだよ。それを知らない年齢でもないでしょ? 18歳以上なんだから。まさか免許も持たずにあそこまで堂々と運転するとは想像もしていなかったかな。今回の件でどれだけの人に迷惑をかけたのか国吉くんは理解している? 通行人を引きそうになる。消火管は暴発させる車事故を引き起こす。迷惑の限度を超えているよ! ねぇ国吉くん聞いてる? しっかり私の目を見て話を聞いてよね。そもそも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくしてこの事件を耳にした九鬼の従者である李とステイシーが清楚のもとに駆けつけてみると……そこに広がっていた光景は土下座している灯と仁王立ちしながら灯に指を指して説教している清楚であった。

 

 

 

「……なんだこれは?」

 

 

「……さぁ? 何があったのでしょうか?」

 

 

 

 灯&清楚 VS ひったくり犯。勝者 "葉桜清楚" のみ。




 こんばんわ。りせっとです。相も変わらず清楚の口調が掴めませんでした。変だと感じたら今回も遠慮なく突っ込んでください。

 これからもこれぐらいの更新ペースになると思います。
 感想、評価、誤字脱字報告、お待ちしています。それではこれからもよろしくお願いします。


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17話 ~国吉灯、成長する~

A-2面白かったです、はい。


 清楚怒濤の説教は李とステイシーが宥める事で鎮圧した。

 

 と言っても実際に宥めていたのは李だけだったりする。清楚から怒っている理由を聞いたステイシーは「お前ロックだなー」と、灯に関心しているだけであり清楚の怒りを沈めるという行為はほとんどしていない。実に性格の差があるメイド2人組なのだ。

 

 

 

 李が彼女の怒りを収めた後、灯にとって助け舟であった李はひったくりの犯人を捕まえに行くと灯たちが来た道を引き返していき、ステイシーはバイクを持ち主に返すと去って行った。

 

 灯が返しにいく……もとい運転すると申し出たのだが、清楚の可愛い顔に似つかないギロリとした視線を浴びて自重した。

 

 

 

 その灯は清楚を途中まで送り届けるため彼女と共に歩き出す。

 

 完全に送り狼になる……と思ったが、さすがの灯も色々と痛い目にあってしまった。なので変な気など一切起こさず、まるで紳士の様な対応で送り届ける。

 

 清楚もバイクでの一件はあったものの、灯と話すことは楽しいので送られる事自体は喜んだ。

 

 

 

 

 

 これらの出来事が約20分前。現在葉桜清楚は1人でマイホームである九鬼極東本部を目指して歩いている最中。そして1人となるといろいろと考えてしまう。例えば……今日灯と遊んだことについて。

 

 

 

(今日は……楽しかったなぁ)

 

 

 

 自分の鞄をひったくられる想定外の事件はあったが、それを差し引いても楽しかった。

 

 

 

 何が楽しかったのか?

 

 まずは灯と話せたことだろう。彼との会話は弾む弾む。そこはナンパばかりしていることから身に付いた女性を喜ばせるスキルが存分に生かされた瞬間だ。

 

 次にケーキが凄く美味しかったこと。さすが一番人気といったところ、思わず同じケーキを追加注文してしまったぐらい。ただカフェ代を全て灯が持った事だけが清楚は気に食わなかった。自分が少し席を外した時に灯が先に会計を済ませていたのだ。今度灯と遊んだときは自分が奢ろうと心に決めている。

 

 後はバイクでチェイスレース出来たのも楽しかった。猛スピードで駆け抜けたあのスリルは忘れられるものではない…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(え? 私何でこの事を楽しいと思ったんだろう?)

 

 

 

 今確かに清楚の心の中で、あの竜巻が通り過ぎた後のように一般人相手に迷惑をかけたバイクスタントを楽しいと感じた。それはおかしい。

 

 

 

(あんな危険極まりないことが楽しいはずがないよ)

 

 

 

 あれは怖かっただけだ、と自分に暗示をかけるかのように言い聞かせる。

 しかし一瞬でも楽しいと感じてしまったことがどうしても気になってしまう。

 

 

 

(もしかして……私の正体が原因で楽しいと感じたのかな?)

 

 

 

 武士道プランの中で清楚だけが誰のクローンなのかを知らされていない。知っているのは九鬼の重鎮達だけだ。九鬼の御曹司である英雄や紋白、川神学園に登校していない九鬼家長女の揚羽ですら知らされていない。

 

 彼女は今まで自分の正体が気になったことは何度もある。だが気になる度に読書をして気を紛らわせていたのだが、この一件で強引に封じ込めていた探求欲が湧き出てきた。

 

 

 

(……ちょっと相談して見ようかな?)

 

 

 

 だがクローン達の育て親である九鬼家従者部隊No.2のマープルに相談しても、25歳になったら教えると言われて終わり。それでは相談する意味がない。だとすると相談する相手は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーむ……」

 

 

 

 清楚と名残惜しくも別れた後、灯は考えていた。内容は清楚の正体についてだ。

 

 美人は怒ると怖い。普段から整った顔立ちをしていて柔和な笑顔を振りまいている女性が顔を歪ませて怒る様子など恐怖でしか仕方ない。

 

 先の清楚から喰らった説教はピタリとそれに当てはまる。美人は怒らしたらダメだと再度認識出来た。

 

 

 

 いや、あの時清楚から感じたのは恐怖とはまた別のもの、威圧感といったほうが正しい。説教する前とバイクに一緒に乗せてくれと言われた時ににじみ出たあの覇気。とても落ち着いた文学少女が出せるものではない、灯が思わずたじろってしまう程。

 

 

 

(あの威圧感は文化系のクローンではないなァ……そもそも武士道プランだろ? 清少納言とかは明らかにベクトルが違う)

 

 

 

 清楚を含むクローン4人組は武士道プランと評されて川神学園に入学してきた。武士と文化人ではジャンルが異なる。3人が源氏シリーズで統一されていて且つ武人。清楚も同様に武人であると考えていいだろう。

 

 今まで灯にとって清楚が誰のクローンであるかなどはあんまり興味がなかった。誰であろうと可愛ければそれでいい、可愛いは正義なのだから。

 だがこんなことを経験してしまうと少しは気になってくる。清楚ちゃんマジ清楚とは納得出来ない。

 

 

 

(ちょーっと調べてみっかな)

 

 

 

 少し浮世離れしているところもある彼女と話すのは灯にとっても楽しかった。美人とお茶するのがつまらない訳が無い。このお茶会は是非共続けて行きたいと思っている。

 

 彼女と話す機会を再度作って会話の中に正体を探れる内容を交えて聞いてみようと、灯は葉桜清楚の正体に興味を持ち始めた。

 

 

 

(とりあえず……研究熱心なあのお方に聞いてみるか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てことで燕先輩。目星ついてんでしょ?」

 

 

「話の脈略が何も見えないよ」

 

 

 

 時は翌日、場所は屋上。灯は昼休みになると同時に、燕と接触するため屋上に足を運んだ。到着して周りを少し見渡すと案の定お昼寝しようかという彼女を予想通り発見。今に至る。

 

 

 

「葉桜先輩の正体だよ。常日頃から泥棒猫のように色々な人を研究していらっしゃる勤勉家で優秀な燕先輩ならもう正体見破ってるんじゃないのかと思ってな」

 

 

「人のことを貶しながら持ち上げるって中々出来る事じゃないね」

 

 

「事実だろ? 俺が戦っていた時も熱ーい視線を送っていたじゃん」

 

 

 

 灯は鍋島と戦った時に燕がジーッと目を離さずに観察していたことを知っている。あの時周りに誰がいたかぐらいは把握している。

 

 

 

「灯くんのカッコイイ姿を目に焼き付けておこうかと思って」

 

 

「そりゃ光栄。惚れた?」

 

 

「全然」

 

 

「バッサリ切られた……泣けるぜ」

 

 

 

 燕に振られたことで思わず顔を手で隠すも冗談で問いかけたものに対しての回答だ。手の下では軽く笑っている。

 

 それに対して燕は顔には出さないが内心苦い表情を浮かべた。

 

 

 

(思った以上に鋭いなぁこの子……)

 

 

 

 意外に灯は頭も回る、燕は心の中で舌を巻く。ただの変態じゃないなと、灯の評価を改めた。実際戦うとき以外はただの変態なのだが。

 

 

 

「おっと話が脱線してしまうな、彼女は誰のクローンなのよ?」

 

 

「大体の目星はついてる……けど」

 

 

「けど?」

 

 

「ただじゃ教えられないかなー」

 

 

 

 ニヤリと、不適な笑みを浮かべながら答えを言わない。燕は灯に2度も手玉に取られたことを忘れてはいない。そんな彼女が簡単に灯の要望に答える訳がなかった。

 

 

 

「……条件は?」

 

 

「納豆30パック買ってくれるのなら教えないこともないよん」

 

 

「30パックかぁ……いやそれ以前に納豆が嫌いな俺にとっては難題か……」

 

 

 

 燕が出した交換条件には応じられそうに無かった。納豆が食べられない灯が30パックも購入する訳が無い。残念なことだが交渉は決裂。

 

 

 

 

 

 ただ燕は交渉が決裂したことよりも――――

 

 

 

「え? 灯くん納豆嫌いなの?」

 

 

 

 納豆が嫌いだということは聞き逃せない。というか許せない。燕の商売人として、納豆小町としてのプライドに火がついた瞬間だ。この男を納豆の虜にしてみせる……!!

 

 

 

「それは松永納豆で納豆嫌いを克服しなきゃねん! 松永納豆はそこらへんの物とは味も品質も違うから是非食べてみて! 絶対好物になるから!」

 

 

 

 すぐさま懐から納豆を取り出して慣れた手つきでかき混ぜ、灯の口元へと持って行く。その準備速度は神技といっても差し支えない。思わず灯の顔を引きつってしまうほど。勿論顔が引きつったのは納豆を近づけられたことも関係している。

 

 

 

「い、いやーとりあえず今はいいかなー。納豆嫌いの克服はまた今度ってことで……」

 

 

 

 女性に食べ物を食べさせてもらえるという最高のシチュエーションも、それが納豆であるとなれば灯にとっては魅力ゼロ。ご遠慮願いたいぐらいだ。

 

 納豆を手にした燕から距離を取るように、目を離さず一歩一歩ゆっくりと後退して屋上からの脱出を試みる。

 

 

 

 だが逃がさないと言わんばかりに燕も灯が一歩後ろに下がるごとに一歩前進して距離を再度詰める。

 

 

 

 

 

 そして……燕に肩をガッチリと掴まれる。

 

 

 

「箸と納豆を片手で持つとか随分器用だな……てか何この握力!? 俺よりあるんじゃない!?」

 

 

「フフフ……この納豆を食べるまでは離さないよ」

 

 

 

 彼女の艶やかな顔を見て灯は心底やってしまったと、地雷を踏んでしまったと後悔する。

 

 結局灯は清楚の情報を何一つ得ることなく、自分はやっぱり納豆が嫌いだという事実の再確認しただけで昼休みが終わった。

 

 加えて燕は思ってもいなかったやり方で借りを返したと言えよう。納豆を食べさせるという一仕事を終えた彼女には輝かしい笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、森が揺れた。地震が起きてる訳ではない。何かを例えてる訳でもない。真剣で森全体が揺れているのだ。しかもここ最近毎日続いている。といってもこれは天変地異の前触れでもなく、災害が起きる訳でもない。

 

 

 

 

 

 では何が原因で森に振動が走っているのか? その答えは――――

 

 

 

 

 

 

「ッしゃぁ!!」

 

 

 

 釈迦堂刑部が目にも止まらない高速の殴打を繰り出す。並の武人ではこれを捌くことなんか出来ずにそのまま戦闘不能に陥るだろう。そんな苛烈な拳の嵐を

 

 

 

「シィッ」

 

 

 

 目の前の男、国吉灯は軽々と捌ききる。全ての拳を弾き飛ばしている訳ではない。的確に急所を狙ってきている攻撃のみをはたき落とし、他の牽制とも取れる攻撃はタフさに物を言わせて受けきっている。

 

 そして釈迦堂のラッシュの合間を抜って……高速の左を横腹目がけて放つ。

 

 

 

「ちぃッ……!」

 

 

 

 結果は直撃、釈迦堂は殴打のラッシュを中断。横腹からダメージが響いているが、それでも回避行動を取らねばならない。この後に来るであろう必殺の一撃だけは避けなきゃならないからだ。

 

 

 

 釈迦堂の予想通り、灯は右腕を大きくテイクバックして一瞬だが力を溜めに入っていた。そしてコンマ数秒後に顔面目がけて右ストレートが唸りを上げる。

 だがその右は釈迦堂が瞬時に体を反転させる事で空振りに終わった。

 

 

 

 

 

 

 森に激震が走っている理由はこの2人が戦っているからだ。両者共に強さの壁は超えている。一部の場所だけに地震らしきものが起きても、それは不思議なことではない。

 

 

 

 ここ最近釈迦堂と灯は毎日組み手稽古と称してぶつかり合っている。毎日戦っていればお互いの戦闘スタイルはある程度理解してくる。灯の右を避けられたのも慣れが大きい。先の左は相手を怯ませ、次に放たれる本気の一発を当てるために撃ったものだ。

 

 ただ灯のジャブの威力は他の者とは一線を画している。

 

 

 

(毎度思うが……牽制の威力じゃねぇな)

 

 

 

 釈迦堂だからこそ今の左ジャブを耐え右の強打から逃げることが出来た。

 

 ある程度のタフさがなければジャブ1回貰っただけでK.Oされたボクサーのように踞ってしまう。

 

 それほど灯の火力は並外れて高い。壁を超えた者の中でも間違いなく上位に居座る。小技の1つでもまともに喰らってしまっては体力、気力ともにごっそり持っていってしまうのだ。そしてここ最近の鍛錬で体のキレを取り戻してきたのか、桁違いの破壊力が更に跳ね上がっている。

 

 

 

 

 

 だが当たらなければ何の意味もない。再度釈迦堂のターン。半転した勢いを利用してお返しだとばかりに灯の顔目がけて裏拳を撃つ。この軌道とタイミングなら直撃間違いなしだと確信したが

 

 

 

 

 

 それを灯は獣の様な反射神経で躱す。上半身だけを必要最低限後ろに逸らすことで裏拳も空振り。その反動で生まれた隙を決して見逃さない。

 

 左手で釈迦堂の肩を掴んでそのままヘッドバット。頭蓋を破壊するかのような威力。

 

 

 

「グッアァ!?」

 

 

 

 その破壊力はさすがの釈迦堂でも耐えられるものではない。体が大きくぐらつきそのまま地面に倒れる。

 

 倒れたのは好機だ。そのまま追撃をかけには……行かない。

 

 

 

 灯は釈迦堂が立ち上がるのをギラギラとした目つきで待つ。これはあくまで稽古なのだ。本番の試合や決闘ならば間違いなく追い打ちをかけただろうが、鍛錬でそこまでやる必要はない。

 

 

 

「どうした? 早く立てよ? ハリー」

 

 

 

 非常に憎たらしい灯の態度を見て釈迦堂は奮起しようとするが、予想以上に頭部に受けたダメージが大きい。思ったように体に力が込められない。この時点で本番ならば決着だ。

 

 

 必死に立とうとしている中、釈迦堂は約数日前の灯と今の灯を脳内で比べる。

 

 

 

(コイツ……完全に動き方を取り戻したな……ッ)

 

 

 

 組み手を始めたばかりの灯は今と比べてどこか動き方が鈍いところがあった。鍛錬初日の灯だったら先の裏拳は直撃していただろう。

 

 だが現在はどうだろう? 体のキレはどんどん研ぎすまされていく。最初から高かった火力は更に底上げされた、それこそ釈迦堂をほぼ一撃で戦闘不能に陥らせるほど。錆びついていた牙が光る牙に戻ったのだ。

 

 

 

 釈迦堂が川神院の破門されておらず、基礎鍛錬を続けながら自分を高めていたのなら未だこの組み手は続いていただろう。だが今の彼は基礎をやっておらず、成長が止まっている。既に牙を研ぐのをやめてしまってる。

 

 

 

 

 

 悲しいことだが今の灯にはもう着いて行けない。

 

 

 

「ハハッちぃっくしょー……お前……短い期間で強くなりすぎなんだよ」

 

 

 

 釈迦堂は笑いながら、されど悔しそうに灯に話しかける。腕にゆっくりと力を込めて体を起こし、体制を立て直して胡座をかく。

 

 目の前の男が座ったのを見て、組み手は終了だということを感じ取る。灯は体から力を抜き構えも解いた。

 

 

 

「ひたすら実践という脳筋トレーニングが実を結んだか」

 

 

 

 灯自身以前よりも体が軽い……いや、体が思った通りに動くようになった。灯の祖父である日向とトレーニングしていた時、手にしていた感覚が完全に蘇る。

 

 一週間も経っていないのにここまで動けるようになったのは釈迦堂との鍛錬が濃密だったこと、そして基礎鍛錬を怠らずにやってきたことが大きい。

 

 

 

 釈迦堂は元川神院の師範代。師範代クラスの男が弱いはずがなく、そして人に教えることが下手糞な訳が無い。ひたすら実践するという何も考えてない様な鍛錬も、この結果を見れば実践不足だった灯にとって非常に適しているものであった。

 

 効果的なトレーニングに加えて基礎トレーニングも欠かさずこなしていた。となれば、短期間で昔と同じように動けるようになるのは不可能ではない。

 

 

 

「腐っても鯛……いや師範代か」

 

 

「チッ…鍛えてやったのに誠意の欠片もねぇな。まぁーこれで俺の役目は終了だ。約束通り、豚丼50杯とろろ付きで奢ってもらうぜ」

 

 

「体ボロッボロな癖に豚丼食う体力はあるのか、現金な奴」

 

 

「体動かした後豚丼食うと筋肉つくんだぜ?」

 

 

「それおっさんの持論だろ?」

 

 

「食べるのも修行ってやつさ」

 

 

 

 そのまま2人は梅屋へと足を運ぶ。

 

 

 

 

 

 これで釈迦堂とのトレーニングは終了。灯は間違いなく強くなった。

 

 そして強くなった事が、川神にある大きな波を引き起こす切っ掛けとなる。




 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。
 また、マイペースな更新が続きますがよろしくお願いします。


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18話 ~国吉灯、悩む~

「あー………」

 

 

 

 何とも間の抜けた声を出しながら灯は悩んでいた。それはもう悩んでいた。悩みの種は今灯の目の前にある物。

 正直ガラクタにしか見えない……いや、一般人が見たらガラクタだと宣言出来る。

 

 その塵の正体を探ってみよう。

 

 まず大まかに分けて4つに固まっている。だがそのうちの3つは大きく亀裂が入っていたり、所々かけていたりと、本来の性能は全く出せないであろう。

 

 と言う訳で、何とか無事の1つ見てみよう。そこそこ大きな金属の塊。見るだけで重量感たっぷり、鍛えていない人間じゃなければ持ち上げる事すら出来なさそう。

 

 ただこれがただの鉄の塊であるなら灯はこんなにも眉間に皺を寄せて唸ってもいない。

 

 

 

 この正体は灯が祖父から受け継いだ武器だ。決して粗大塵に出すいらないものなんかじゃない。

 一応原型を留めている1つだけでも、使えて戦う事は出来そう。だがそれでは最大のパフォーマンスを引き出す事なんて出来ないし、見栄えも悪い。

 

 

 

 なお、今は夜中の1時。釈迦堂との修行を終え、梅屋で飯を食べた後なのでこのくらいの時間になってしまった。良い子とワン子は既に爆睡している。

 

 一応元師範代との鍛錬は一息つき、戦う感覚は取り戻すことに成功。それに加えて武器を直すことで正真正銘全力全開で戦えるようにしておきたいと灯は考えていた。

 

 だが普通の灯からフルパワー灯になるためにはこの武器の修復が壁となり立ちふさがる。そして持ち主はこの残念な状態を元の状態に直す事は出来ない。

 

 武の総本山、川神院の総代である鉄心ですら修復する事が出来ないと言っていた。ならば灯に直せる訳が無い。

 

 

 

 ―――どうやって元通りにすっかな?

 それが灯の目下解消すべき問題。今この時の灯はどうやったら美人とお近づきになれるか、それを考えるよりも頭を使ってるかも。

 

 だが頭を回転させても直す手段は浮かんでこない。もう諦めて寝るかー……と諦めかけたその時に閃く。頭の上に電球が3つほど光り始めた。

 

 

 

「義経ちゃんがいるじゃん! さすが美人!」

 

 

 

 美人は関係ない? いや、大いに関係ある! と灯は常日頃思っている。

 

 義経 ”が” 直すのは不可能だろう。だが彼女の愛刀は薄緑、それだけの名刀を手入れしない訳が無い。人材の宝庫である九鬼の誰かが丁寧にメンテナンスしているはず。

 

 ならばその人を義経から紹介してもらって直してもらえるかどうかを交渉すればいい。そうさっき思いついたのだ。

 

 

 

 そうと決まれば話は早い……さっさと行動に移すべく灯はベットに入った。まずすべき事は夜が明けることを待つ事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯は爆睡することが出来た。起きた時刻が午前11時だったことからそれは誰が聞いても納得するだろう。戦うことは体に大きな負担をかけてしまい結果、疲れる。それこそ鍛錬でもだ。

 

 それでも灯の目的にさして影響はない。昼休みに放課後、義経と合う機会はたくさんあるし焦る必要なんかない。

 

 

 

 灯は重役登校をした後、自分のクラスではなくSクラスに足を運ぶ。

 

 

 

「おや灯くん。私に会いにきてくれたのですか?」

 

 

「テメーが墓の下に入ったら会いにいってやる」

 

 

「つれないですねぇ……一度くらい付き合ってくれてもいいのでは?」

 

 

「……」

 

 

「冗談です。無言で机を振り上げないでください」

 

 

 

 ようは死ぬまで会いたくないと遠回しに、オブラートに包んで葵に言い返す。

 

 Sクラスに入って出迎えてくれたのは葵。葵のストライクゾーンに灯は奇麗に入っている。ならば口説くのは当然、それが男でもだ。

 

 そんな彼を灯は自分の身を守るために、真剣に駆逐したいと思っている。この男は間違いなく、ある意味灯最大の敵だ。葵が冗談だ、と言葉にしなかったら今頃無慈悲にも机は彼の脳天に降り注いでいただろう。

 

 

 

 そして灯に絡んでくるのは1人だけではなかった。

 

 

 

「なんじゃ? Fクラスの山猿が高貴なるSクラスに何の用じゃ?」

 

 

 

 自称優雅にお昼ご飯を食べていた心も会話に混じってくる。相も変わらず人を見下した態度が特徴。だから友達いないんだよと言わないでください。

 

 そんな彼女を灯は片手で軽々と持ち上げた机を雑に置いて後に顔を見る。そして視線をゆっくりと下に動かして、そしてある部位に視線を固定させた。

 

 

 

「お前は眼中にねぇ。後バストサイズを2つぐらい大きくして出直してこいや」

 

 

 

 これも直訳すると、胸が大きくないと好みではないので出直してきてくださいってこと。ドンマイバスト78。灯は巨乳が好みだのだ。

 

 だがさすがの灯も胸だけで好きか嫌いかを判断していない。現にワン子やクリスとも仲良くやっているし、2人共灯のお気に入りだったりする。

 

 心は態度こそ上から目線だが顔は可愛い方。が、性格が彼の好みではなかった。普段から好き勝手やっている彼が言えることではないのかもしれないが、それでも好みでないもんは仕方ない話なのだ。

 

 

 

「な! なななななな……」

 

 

 

 心が声になっていない声を上げ始める。ここまでドストレートに貧乳だって馬鹿にされたことで何を言っていいか分からないのだろう。あと言葉のボキャブラリーが少ない事も関係している。打たれ弱い心には辛いお言葉であった。

 

 

 

「なんだよ灯、胸が大きいほうが良いとか趣味悪すぎじゃね?」

 

 

 

 このセリフだけ聞くとまだ ”あぁ、こいつは貧乳のほうが好みなんだな” と思うだけで終わる。

 

 だがこの一言を放った人物がロリコンだったら? それはもう意味合いが大きく違ってくる。それこそ殺意が芽生えてしまうほどに。

 

 

 

「おいロリコン。貴様土に帰るか?」

 

 

「帰してくれるならロリコニアの土に帰してくれ……ッ!」

 

 

 

 なぜSクラスはこう残念な奴が多いんだろう? と思わず顔をしかめる。明らかに自分を棚に上げていることには気づいていない。灯も充分問題児で残念な奴だ。

 

 

 

 と、ここで本来の目的を思い出す。そしてクラス全体を見渡してもお目当ての人物はいなかった。Fクラスに負けじと濃いSクラスでも更に目立っている3人組が見当たらない。

 

 

 

「義経ちゃんどこ?」

 

 

「義経ならいつもの2人連れて屋上に行ったよ」

 

 

 

 昼休みだ。風が心地よい屋上で飯を食べに行ったのかも知れないと、灯は予測する。

 

 

 

「オーケーオーケー。じゃあなロリコン。最近週末に市民プールで海坊主が出るって噂になっているらしいから気をつけるんだな」

 

 

「イエス! ロリコン! ノォ! タッチ! を貫いてるから大丈夫だ。問題ない!」

 

 

 

 360度どっから見ても問題しかない気がするがこれ以上構っていると時間がなくなってしまう。灯はもはや病気としか言えない準に見送られながら屋上へと足を動かす。そのうち誰かが成敗してくれると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早くもなく遅くもなく、マイペースな速度で灯は屋上へと繋がる扉の前に到着。

 ドアノブに手をかけていざ開けようとしたとき

 

 

 

「ぐああぁぁあああ!?」

 

 

 

 断末魔が聞こえる。屋上から発せられた声だが恐らく校庭まで響き渡っている事だろう。

 

 その声を聞いて一瞬開けるのを躊躇したものの、すぐに誰が発生したのかが予想がつく。こんな悲鳴をあげる奴なんて数少ない。正体を確かめるべく、そして義経に会うべく扉を開いた。

 

 

 

 そこに広がっていた光景は…………驚いた顔をしている義経。思わず見ほれてしまうほど奇麗なパイルドライバーをかけている弁慶。それを見事に喰らってしまい口から泡を出して気絶している与一。予想していた事だしいつも通りだ。

 

 

 

「お、灯じゃん」

 

 

 

 弁慶がゆっくりと技を解除しているときに灯を見つける。見つけた瞬間与一をまるで空き缶をその辺に捨てるように投げ飛ばす。非常に雑な扱い。

 

 投げ飛ばされた与一はそのまま力なく倒れる。さらば中二病イケメン。

 

 

 

「あ、灯くん! だけど与一が……!」

 

 

 

 弁慶が灯を見つけた事で連鎖的に義経の瞳の中に彼の姿が映る。だけど与一がHPゼロで倒れている状態を彼女は放っておけない。視線を灯からすぐに死体になりかけている男へと戻す。

 

 

 

「や! 源氏美人のお二人さん」

 

 

 

 ヒラヒラっと手を振りながらゆっくりとした足取りで義経の近くへと足を運ぶ。そして横たわっている与一を一目見る。

 

 

 

「何度目になるか分からんが……さらば中二病。スルーしていいか?」

 

 

「あぁ、気にしないでいい」

 

 

 

 いつものことである……だいたい義経に迷惑をかけたからだとかそんな理由。言葉通り、気にしている様子は一切見られない弁慶は、既に川神水を飲もうとしていた。

 灯は手で軽く十字を切って与一を見送る。そして哀れな男から視線を外す。

 

 

 

「義経ちゃん。君に聞きたいことがある」

 

 

「義経に聞きたい事? 出来る限り答えたいと思う」

 

 

 

 意識が無い与一を起こそうとしていた義経は自分に用件があると聞いて彼を復活させる動作を一時中断する。

 

 義経は毎回やられている与一を心配しているが、彼は弁慶に何度もやられている。それを見続けた結果、やはりいつものこととだと慣れてしまったところがある。慣れって恐ろしい。倒れている与一から自分の横に立っている灯へと視線をシフトさせた。

 

 

 

「義経ちゃんのいつも持っているその刀は誰が手入れしてる?」

 

 

「薄緑? これなら義経が自分で手入れしているんだ」

 

 

「毎日丁寧に磨いているよねー」

 

 

「義経ちゃん自分でやってるのか……」

 

 

 

 灯は驚くと同時に少しがっかりしてしまう。てっきり九鬼の従者部隊の誰かが手入れしてるもんだと予想していた灯は完全にアテが外れてしまった。

 

 

 

「どうしたの灯? 珍しく落ち込んだ顔しちゃってさ」

 

 

 

 弁慶の言う通り、灯が少しでも落胆してるような表情を浮かべるのは珍しい。常に自信満々で人を喰ったような態度をとっているためか、彼のこういった顔は目立つ。

 

 

 

「義経ちゃんに鍛冶屋かそれに近い誰かを紹介してもらおうと思ってさ」

 

 

「鍛冶屋?」

 

 

「直したいもんがある」

 

 

 

 だが直すという夢は吐かなくも散ってしまいそう。

 何にせよ、灯はまた一から家にあるガラクタをどうすればいいかを考えなければならない。

 

 

 

 

 

 だがこの後の弁慶の一言で状況が変わる。

 

 

 

「鍛冶屋じゃないけど……九鬼に最近腕の良い技術屋が来たって誰かが言ってた気がするなぁ」

 

 

「その話詳しく」

 

 

 

 九鬼が雇うぐらいだ。それはもう技術屋としては最高峰の人材なはず。世界中からありとあらゆるスペシャリストが集まっているのだ、灯が期待するのは当然だろう。

 

 しかし―――

 

 

 

「詳しく……と言われても、酔っぱらってる時に聞いたから……ねぇ?」

 

 

 

 既に川神水をそこそこ飲んでいて且つ、聞いた時も酔っぱらっていた彼女からこれ以上聞き出すのは無理そうだ。というかその情報自体が正しい物なのかすら若干怪しくなってきた。酔っ払いの話ほど当てにならないものはない。あることないこと適当に喋るからだ。

 

 

 

「それ幻聴だったんじゃないか? 信憑性ないぞ」

 

 

「かもね」

 

 

 

 フフッと顔を少し赤くしながら笑う弁慶はとても奇麗、酔いどれ美人だ。これほど川神水が似合う女性もそういない。

 

 灯はそんな楽しそうな彼女を見て、今日はもうこのまま弁慶と飲もうかなーっと、考える。基本目の前に転がっている欲望に流されやすい男なのだ。

 

 

 

「技術屋が来たって話は義経も聞いたことがある。家に戻ったら聞いてみようか?」

 

 

 

 だがそんな邪念に待ったをかける存在がこの場にはいる。もし義経がいなければ、灯は既に技術屋のことを記憶の片隅に放り投げて川神水を口にしていたはず。

 

 どうやら弁慶の情報は正しいものらしい。生真面目な彼女が言うのだからきっと九鬼は雇っているはず。

 

 

 

「そりゃーありがたい。義経ちゃん連絡待ってるぜ! やっぱ出来る女は違うな」

 

 

「話はまとまったね。さー灯、お酌して。与一もとっとと起きてつまみ出せ」

 

 

 

 技術屋の話に一区切り付いたと判断した弁慶は川神水の瓶を灯に渡し、足では未だ寝転がっている与一を蹴飛ばす事で強引に起こす。

 

 先ほどから与一があまりにも理不尽な扱いを受けているがこれが日常なのだから仕方ない。彼は諦める以外選択肢はない。弱者は強者に従う、これはどこの時代にいっても変わらない仕組みだ。

 

 

 

「……!? いってぇ!! 気絶させておいてなんて扱いすんだよ姐御!!」

 

 

「つまみもあるんじゃ付き合わない道理はないな。義経ちゃん、俺も昼一緒していいか?」

 

 

「あぁ! 一緒に食べよう」

 

 

 

 人懐っこく、灯と仲が良い義経が断るはずも無く、灯はそのまま源氏3人組とお昼を取る事に。

 弁慶にお酌しお酌され、義経の弁当を分けてもらったり、与一が太陽の輝きだどうだこうだとほざく。これが源氏組のお昼休みだ。

 

 

 

 ちなみに昼休み終了後、クラスに戻った灯がクリスからお叱りの言葉を受け、それを奇麗に流しつつ彼女が更に怒るところもいつも通り。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、灯はお決まりの場所に足を運ぼうとする。彼のお決まりといえば賭場である。まさしくホームグラウンド。

 

 特に今日は週末にでかいレースがあるため是が非でも軍資金を作っておきたいと灯は思っている。

 ギャンブルに使う金をギャンブルで稼ぐという破産するような行動だが、彼は常に勝つ気でいるため無一文になったらどうしようとか全く考えてない。

 過去何回か財布の中身がゼロになったことがあるが、それは脳内のゴミ箱へ投げ捨てている。負ける可能性? そんなもん考えた奴が負けるんだ、という状況が状況ならかっこいい意識を持っている。

 

 

 

 必勝の心持ちで賭場がある教室の階へと到着。するとそこにはある人物がいた。川神学園を象徴する学生といっても過言ではない。

 

 

 

「よっ灯。お前また賭場に行くのか?」

 

 

「モモ先輩だって……その顔だと負けたな?」

 

 

「今月厳しいのが更に厳しくなってしまった……」

 

 

「まーた工事現場で鉄骨を持つ作業が始まるのか。将来工事会社に就職したらどうだ?」

 

 

 

 川神百代、彼女も賭場に良く顔を出す生徒の1人だ。だが今回の結果は著しくなかったらしい。いつも豪快でご機嫌な彼女が今は珍しくテンションが低い。そういう時は大体金が減った時である。賭博で負けた後の喪失感は途方もないのである。

 

 

 

「そういえば聞いたぞ灯。お前清楚ちゃんと一緒にノーヘルで市内暴走していたらしいな。私の清楚ちゃんに何かあったらどうしてくれるんだー」

 

 

 

 昨日の出来事、ちなみに朝のニュースにもなっていた。

 

 

 

 ”ひったくり犯市内を暴走! 捕まえたのはノーヘルの男と美女?”

 

 

 

 テレビで流れた映像には幸い2人の顔ははっきりと写っていなかったが、それでも灯と親しい人ならば ”あぁこれ灯か……” と、予測がつく。百代もその1人。

 今日の昼休みにもニュースで少しの時間映って、それを見た何人かの教師がため息をついたという。

 

 

 

「間違ってるぞモモ先輩。俺の葉桜先輩だから」

 

 

「いやそれも……というか私と灯じゃこの論議に決着はつかなさそうだからやめよう」

 

 

 

 どっちも間違っていると突っ込む奴がいない残念な空間が広がり始めたのを察してか、百代は ”清楚の所有権はどちらにあるか" という当人の意見を2人共ガン無視している話し合いに一度幕を引く。

 

 

 

「しっかし相変わらず面白いことしてるじゃないか」

 

 

「あの後別の意味で大変だったがな、美女は怒らせるもんじゃねぇ……」

 

 

 

 清楚の説教を思い出したのか、思わず灯は苦い顔を浮かべる。コンクリートに正座は痛かったし、美人の怒っている顔は怖いしで散々な目にあったのだ。

 

 

 

 ちなみに少し余談。灯は自分がやってきた行動は非常識な物が多い、だらしなくて最低だとということは自覚している。だが辞めようという気がないし自重する気もないだけである。はっきり言ってダメ人間過ぎる。

 

 

 

「あぁ、私も面白くて楽しいことがしたいなー」

 

 

 

 この発言を聞いて ”またか” という呆れたような顔を灯は浮かべた。

 

 毎度のことである。百代が灯に向けて戦ってくれませんかー? と誘いをかける。つい先日「私は待っているぞ!」とカッコつけて宣言したばっかりなのだが、やはり彼女の戦闘衝動はそう簡単に抑えられるものではないらしい。

 

 いつもの灯だったら ”いやだねー、美少女と乳繰り合うのは良いけどド付き合うのは勘弁” とかいって流しにかかる。

 

 

 

 

 

 だが今の彼は少し心境が変わっている。

 

 

 

「モモ先輩が言う楽しいこと、近々やってくるかもなァ」

 

 

 

 強くなるためにはただ単に鍛えているだけではダメ。実際に強い奴と戦うことが祖父を超える為には必要だと結論を出したのだ。

 そんな考えを抱き始めたのは鍋島との戦闘が切っ掛け。そして釈迦堂との修行を経験してそれは確固たる物へと変動した。

 

 

 

「え……それは本当か!?」

 

 

 

 百代もいつも通り軽く交わされて終わるのだろうと予測していただけに、今回の灯に返事はあまりにも嬉しい想定外の答えだった。その解答を聞いた瞬間、彼女の赤い目が輝きだす。

 

 

 

「興奮しすぎて大事なとこ濡らすなよ」

 

 

「ハハハ!! これは楽しみだなぁ!!」

 

 

 

 先ほど賭場で負けたことを忘れてしまう程、百代はハイテンションになった。

 

 最近百代は義経の対戦者を選別するという名義で様々な相手と戦っているが、最近それもどこか物足りないと感じてきたのだ。

 やはり壁を超えている者の相手は壁を越えた者にしか勤まらない。

 

 

 

「ここまで期待させておいて、やっぱなしとか言うなよ? 言ったら私、全力で暴れるから」

 

 

「駄々こねて川神市を壊滅させる気か?」

 

 

 

 川神市の命運はたった今一人の男に託されたのかもしれない。

 百代が暴れるとか言い出したらそれはもう天災レベル、自衛隊が出動するのも致し方がないと言ったものになってしまう。冗談のような本当の話である。

 

 

 

「しかし漸く私からの誘いに乗ってくれたな、乙女を待たせすぎだ」

 

 

「おと…め……? ハハッ何言ってんだよ。乙女は不良の顔面を壁に叩きつけたりなんかしないって、むしろ常に盛ってる訳だから痴女のほうがピッタリじゃー……」

 

 

 

 瞬間、百代の拳が飛ぶ。本気ではないとは言えかなりのスピードだ。そりゃ自分のことを ”乙女? ハハッ何言ってんのお前?” とバカにされ痴女とか言われたら拳の1つや2つ放たれるのは当然のことなのかもしれない。

 

 それを灯は楽々と手のひらで受け止める。一般人ならばもしこのように受け止めたとしてもそのまま吹き飛ばされているような威力、それを彼は微動だにせずに捕えた。

 

 

 

「この誰よりも美少女である私に向かって好き勝手いってくれたじゃないか」

 

 

「事実だろ事実。まぁ準備が整ったら今度は俺から痴女先輩にアプローチをかけるからお楽しみに」

 

 

 

 いつもは百代が浮かべている挑発的な笑みを、今回は灯が浮かべる。

 

 その表情を見て百代は満足そうに頷いた。彼の言う準備の内容は分からないが、きっとそれは自分を充たしてくれるための物だろう。ならば待つのみ。

 

 

 

 灯の準備というのは言うまでもない、武器の修復。現在の灯は釈迦堂のおかげもあって100%に近い力を出すことが出来る。それにプラスして武器が使えれば120%の状態で武神と戦うことが可能だ。

 

 今戦っても何とかなる……とは思っているが、ウェポンが有るか無いでは天と地の差。戦闘時の負担が全然違う。なので彼女と戦う時は何としてでも準備したい品物であるのだ。

 

 もし直す当てが全くなかったのなら、早くて明日明後日には2人はぶつかり合っていただろう。だが修復出来る可能性が出てきたのなら……期はまだ熟していない。ここ数年で最大の決闘はまだ先のお話になりそうだ。

 

 

 

「私が積極的に誘いをかけた甲斐があったな」

 

 

「物理的な誘いじゃなくて、もっと色っぽい誘いだったら俺はすぐに乗ったんだがなー」

 

 

「私と付き合いたいのか?」

 

 

「モモ先輩なら俺はいつでもオッケーだぜ!」

 

 

「そんな良い笑顔で言われても……お前節操ないし」

 

 

「アンタに節操ないって言われたくねェよ」

 

 

 

 灯も灯であるが、百代も様々な女性をナンパしている身だ。灯を節操なしという資格はあるかないかでいったら……ない。

 

 

 

「俺じゃモモ先輩のお眼鏡にかからないか?」

 

 

「顔は悪くない、筋肉の付き具合も私好みだ。一途になるなら考えなくもない」

 

 

「…………おっと、俺はそろそろ賭場に向かうとしよう」

 

 

「おい」

 

 

「冗談だ。まぁこれからもモモ先輩の気を引けるように頑張るとしよう」

 

 

 

 本当に冗談なのか……と百代が疑問を抱いたのは至極当然のことであった。あなたに好かれるように頑張る、そんなセリフはニヤニヤしながら言っても説得力皆無だ。

 

 

 

 話がついたからか灯は止めていた足を動かし始め賭場へと向かい出す。百代は賭場へと向かう灯の背中を見ながら体に力が入っていくのを感じた。

 

 ――――あいつが準備すると言っているんだ。私もそれに備えるとしよう。

 

 これで修行が更に熱が入る。さっそく帰って鍛えるとしよう。彼女も学園を出て川神院に向かうために足を灯とは逆の方角へと向ける。

 

 

 

 

 

 2人が激突する日は決して遠くはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ! 灯! あとナンパに行く時は是非誘ってくれ」

 

 

「男女で揃ってナンパするとか斬新過ぎるだろ」

 




 話の展開をどのようにしたらいいのか分からなくなってきました……プロットしっかり立ててから書かないとだめですね……

 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。
 また、マイペースな更新が続きますがよろしくお願いします。


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19話 ~国吉灯の八つ当たり~

 本日は土曜日。学園に登校しなくていい曜日であり、川神学園の生徒たちはそれぞれ思い思いの過ごし方で休日を満喫しているだろう。

 

 ただ今は夕方になろうかという時間帯。太陽は既に傾き始めて本日の仕事を終えようとしている。夏という季節からか、太陽が落ちるスピードは比較的ゆっくりであるもものの、徐々に徐々に姿を消そうとしている。

 

 

 

 そんな綺麗な夕日を浴びながら、多馬大橋を……通称変態橋をトボトボと歩いている2人の姿が目に付く。心なしか覇気が全くないように見える。何せその表情は2人共苦々しいもの、言うならば「やっちまったなー……」と心の声が聞こえてくるだろう顔。

 

 

 

 その正体は?

 

 

 

 1人は風間翔一、あだ名はキャップ。常時天真爛漫で楽しいことを追い求め、悩むという単語が日本一似合わない男が、今は肩を落として歩いている。はっきり言ってこれは異常な光景。多少彼のことを知っている人が今の風間を見ればきっと驚く。

 

 

 

 もう1人は国吉灯、通称川神一の問題児。彼も非常に不快な表情を浮かべてる。イライラしているのは明らかだ。刺々しい目で自らが強く握りしめているチケットのような小さな紙を見ている。

 

 

 

「ちっくしょー……いけると思ったんだがなぁ……」

 

 

「何故あの時風間を止めなかった……あの時ちょっとでも冷静だったらこんな結果にはならなかったのに……」

 

 

 

 2人は今競馬場から戻ってきて今に至っている。ここまで言えばもうお分かりであろう。灯と風間はお馬さんのレースで負けてしまった。それも盛大に、完膚なく、ぼろ負けという表現が1番あっている。

 

 

 

「あそこで辞めときゃ俺の財布は諭吉で満ち溢れていたはずなんだ……」

 

 

 

 現実は諭吉何か存在せずに夏目が1枚しかいない。リアルとは無情、うまくいかないから人生、頭の中で考えた通りに物事が進めば誰も苦労しないのだ。

 

 ちなみに本日の目玉ともいえるレース前までは2人共馬鹿勝ち状態。風間の豪運に灯の予想がピタリとはまり、レースが終了事に財布はどんどん潤っていく。

 

 そして目玉のレースで風間は「今の俺ならいける!! 一攫千金だぁ!!」と叫び超大穴ともいえる馬に今日の勝ち分とプラスアルファのバイト代をほとんどを賭けてしまったことが始まりであり、間違いだった。

 言わずもがな調子に乗ってしまったがための行動だったが、調子に乗っているのは灯も一緒、「風間ァ! 俺のも一緒に買ってきてくれ!」と翔一と同じく今日の勝ち分と、前日に学園の賭場で稼いだ金を全て渡してしまう。

 

 結果は言う必要はないだろう。そのレースが終了した瞬間、2人は絶叫した。「「ギャーー!!!!」」と綺麗にハモって。

 

 2人は学んだだろう、目先の欲に捕らわれてはいけない。随分高い授業料を払ったもんだ。だが授業内容も数日過ぎれば彼らの脳内からきっと忘れ去られる。反省しないのがギャンブラーの特徴。

 

 

 

「とりあえずヒゲと源にまた仕事回してもらわねぇと……いや、その前に飯をどう確保するかだ……誰かにたかるか?」

 

 

 

 最低な行動をするかどうかで悩んでる姿は実にダメ人間らしい。ちなみに実際にたかった事もある。たかった相手はワン子であり、その姿は実に情けなかったとは大和談だ。

 

 

 

 と、ここでとある物音――――

 

 

 

 項垂れていた2人は思わず顔をあげる。

 するとそこにはある1人の男が上半身裸で腕組みしながら堂々と仁王立ちしている。夕日が綺麗に当たり、輝いて見えるのが実に無駄である。

 

 

 

 ((さすが変態橋!))

 

 

 

 灯と風間は素直な感想を頭の中で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「がーっはっはっは! 待っていたぞ! 国吉灯!」

 

 

 

 上半身裸の男はどうやら灯のことを知っているよう。いつから待っていたかは分からないが、この橋の上で待ち構えていたらしい。予定通りに目的の人物が現れたことで機嫌が良くなったのか、豪快に笑いながら灯を名指しした。

 

 だが当然、灯はこんな変態のことを知らない。変な男に名前を呼ばれたことで変な寒気が走っている。

 

 

 

「いやお前誰だよ。俺はマジもんの変態と知り合いになった記憶はねぇぞ」

 

 

「断じて俺は変態ではない! 我こそは西方十勇士の1人、長宗我部宗男! これは土産の一六タルトだ」

 

 

 

 ここに置いておくぞ、と端っこに土産が入った箱を置く。上裸の男が律儀に土産を持ってくる、なんとも不思議な話である。

 謎の男から土産をもらったのはいいが、未だにこの変態の正体が分からない。西方十勇士と聞いても灯は全くピンとこなかった。

 

 

 

「西方十勇士ィ? 風間、知ってるか?」

 

 

「なんだっけかなー? 確か天神館の生徒だった気がする」

 

 

「その通り! 俺は九州にある天神館からやってきた!」

 

 

 

 どうやら風間は覚えていたらしい、辛うじてだが。

 

 天神館とは川神鉄心の弟子である鍋島正が、川神学園と同じような学び舎を九州にも建てようと考えたことから建設された学園である。

 

 長宗我部宗男は天神館2年の生徒の1人。今年の天神館の2年は特に優秀であり、その中でも文武両道で非常に優秀な生徒10名を西方十勇士と呼ばれるようになっていった。つまり長宗我部は所属している学園でも10指に入る強さを持っているということになる。

 

 

 

「天神館ってあの交流戦の時にやりあった学校だろ? わざわざ九州から何しに来たんだよ? 暇人かブサイク?」

 

 

 

 完全に人を怒らせる態度で灯は長宗我部に接する。今の彼は競馬で負けに負けて機嫌が悪いことに加えて、望んでもいない野郎の相手をしているのでいつも以上に口が悪くなっている。

 

 

 

「ブサイクとは言ってくれるじゃないか……まぁいい。国吉灯、お前と戦うためにやって来たんだ。館長を倒したというその実力! 見せてもらおうじゃないか!!」

 

 

「館長を倒した? …………鍋島さんか」

 

 

「そうだ! 負けた話を聞いたらいてもたってもいられなくなってな」

 

 

 

 鍋島の名前は西では広く知られている。その理由は強いからというだけではない。その器のでかさにある。今では珍しい古風かつ豪快な性格で多くの人を惹き付けており、鍋島がやられたと聞いて天神館の何人もの生徒が、悔む気持ちを持って灯を倒そうと川神市に向かおうとしたぐらいに慕われている。

 

 ちなみに長宗我部は報復とかそんなことは一切考えておらず、純粋に実力が見たいと思ってここに来ている。この男も天神館では中々の器と言われているのだ。

 

 天神館の灯打倒計画は事前に鍋島本人が「よさねぇか馬鹿ども!」と一喝したことにより無くなった。が、今でも館長が負けたということが信じられない生徒がいるほどに鍋島の好かれ具合、ネームバリューは凄い。

 

 そしてそんな男を倒した灯の名前は現在西では急上昇している。

 

 余談だが、東では川神百代と川神鉄心が目立っており、北では剣聖と名高い ”黛大成” が1番知られている。

 

 

 

 戦闘を希望している長宗我部を灯は当然スルー……しなかった。

 

 

 

「そうか……ならご希望に答えてやろうか」

 

 

 

 前までの灯なら全く相手になかっただろう。戦うにしてもこのような真正面で受け止めるなんかせずに、適当にあしらうだけで終わるはずだ。

 

 だが今の灯は心持ちが違う。勝負を挑んでくる相手を無視するのではなく、迎え撃つ姿勢に変化したのだ。影響を与えたのは鍋島であるということはここで話ことではないだろう。

 

 

 

「だが運が悪かったなァ、今の俺は機嫌が悪い……息の根を止めるつもりでいくぞ」

 

 

 

 灯は風間の一歩前に出て首を鳴らす。迎撃態勢はバッチリ。ここで今日負けた分の鬱憤をぶつけてやろうといった気持ちが若干……いや、結構混じっているがそれを長宗我部が知る訳もない。自分の要望が通ったと先ほど灯を見つけた時よりもさらに嬉しそうな表情をしている。

 

 

 

「ぬはははは! では……いくぞ」

 

 

 

 長宗我部は腰につけていた小さな壺のようなものを取り出して、それを体中に振りかけた。全身が油を塗ったかのように光り始める、これで長宗我部の戦闘準備は万全。腰を落として相手を掴みかかるような体制をとる。これが彼の構え。

 

 

 

「ぬるぬるのオイルレスリングだ……やぁあってやるぜぇ!!」

 

 

 

 その瞬間目の前の油でテカっている巨体が動き出す。長宗我部が得意としている近距離戦闘に持ち込もうとしている。インファイト戦での爆発力は九州一と言われている彼が接近してくるのは至極当然のことだ。

 

 何より、自分が灯のような線が細い男に力負けするはずがない、パワー勝負に持ち込めば勝機があると考えているのだ。

 

 確かに灯の体型はムキムキマッチョである長宗我部に比べると細く、身長も負けている。彼がそんな考えに陥ってしまうのも無理はないだろう。だがこんな言葉もある――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 人を見かけで判断してはいけない。

 

 

 

 長宗我部が自分の間合いに入ろうとした時、灯は足を大きく振り上げて顎を蹴飛ばそうとする。顎を撃ち抜かれてはその時点で戦闘不能になってしまう、直撃は避けなければならない。

 

 長宗我部は腕をクロスさせることで防御態勢を取る。灯の蹴りをガードし、そのまま足を掴んで転かしてしまうことで優位な体制に持っていこうと考えたが

 

 

 

「んなッ!?」

 

 

 

 腕が大きく空に向かって弾かれる。受け止めることが出来ない、ガードそのものをぶち破ってくる強力な蹴り。長宗我部は驚きを隠すことが出来ない。だがそれが大きな大きなミス。ここで驚いてる暇などない、すぐさま灯の足の行方を確認すべきだったのだ。

 

 

 

 灯は長宗我部の守りを体制を解くと、振り上げた足をそのまま斧を振り下ろすかのように落とす。

 

 

 

「グアァッ!?」

 

 

 

 結果、足裏が長宗我部の顔面直撃。顔で脚撃の威力を相殺出来るはずもなく、そのまま体ごと地面に叩きつけられる。この時点で勝敗は決した。灯の勝ちである。

 

 

 

 

 

 だがこの言葉を忘れてはいけない ”俺は今機嫌が悪い” つまり一切の容赦無く、追い打ちを掛けに入る。

 

 倒した後も足を顔面に乗っけたまま、まるでタバコの火を消すかのように足を大きく捻る。当然全体重を右足に込めて、だ。

 

 長宗我部の顔は先の踏みつけでただでさえ痛みが伴っているのに、上乗せするように激痛が走り、更には顔面が歪むことになる。

 カエルが潰されたような声をあげたような気もしたが、灯の耳には届かなかった。いや、届いたとしても追い打ちをかけることは辞めなかっただろう。

 

 

 

 国吉灯VS長宗我部宗男。勝者は国吉灯。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずすげぇなー」

 

 

 

 戦闘が終わったことで灯の少し後ろにいた風間が近づいてくる。

 彼は灯が戦っている光景は何度か見たことがある、主に勝手に迫ってくる不良共をめんどくさそうに迎え撃ち、殲滅しているものばっかりだが。

 

 

 

「掴まれるのはごめんだ、服が油だらけになっちまう。何よりこんなむさくて暑苦しい男に負けてられるかよ」

 

 

 

 灯はゆっくりと足をどかして油で汚れているところはないか、全身をチェックしながら風間の言葉に反応する。ちなみに長宗我部の顔にはクッキリと足跡が残った。

 

 油が服についた様子は見られない。となると汚れているのは蹴り飛ばし、踏みつけた靴だけだろう。油がついたスニーカーを見て灯は思わず眉間に皺を寄せた。

 

 

 

「凄い力技だったねん。長宗我部は近距離ではナンバー1って言われていたのに」

 

 

 

 今度は後ろから女性の声が響いて思わず2人は振り向いた。先ほどまで長宗我部含めた3人しかいなかったのにいつ現れたのだというのだろうか?

 

 

 

「や、燕先輩。私服可愛いな」

 

 

「ありがと、灯くんも良い感じだね」

 

 

「燕先輩、いったいいつからいたんすか?」

 

 

 

 急に現れた燕に2人はそれぞれ別の反応をする。一般的には風間のリアクションが正しいだろう。彼自身も神出鬼没ではあるが彼女も中々、まるで猫のように気ままに現れては去ってゆく。

 

 そんな彼女が咄嗟に出てきても驚かずに、褒めて挨拶する灯は流石と言えるのかもしれない。

 

 ただ燕もサラリと流してくるあたり手慣れている。だが灯にとって可愛いね=こんばんわ、みたいなものだから相手にされなかったことに対して、さして気にした様子はない。

 

 

 

「ついさっき来たばっかりだよ。たまたま通りかかったら灯くんが戦っていてびっくり」

 

 

「うわー嘘くせぇ…………疑ってすみませんでした」

 

 

 

 燕が超高速で納豆をかき回しているのを見てすぐさま謝る灯。満面の笑みを浮かべながら納豆を近づけてくるのは前回経験しており、二度と経験したくないものであった。

 

 

 

「お前ほんと納豆嫌いなのな」

 

 

「何で嫌いなのかさっぱり理解出来ないなぁ」

 

 

 

 燕が不満そうな表情で頭を下げている灯を見る。納豆信者として、納豆小町としてこういった納豆が得意でない人に松永ブランドを進めて好きになってもらわなければならない。そう言った使命を彼女は持っている。いずれ虜にして見せる! とグッと心に決めている燕だった。そしてそれとは他に思うこと――――

 

 

 

(灯くん……相当なパワー型だねん。鍋島さんの時から桁違いだと思っていたけど……)

 

 

 

 灯の分析だ。この男とは現状では戦うことはないと思っているが、いつどうなるか分からない。ならば備えるだけ備えておいても損はないはずだ。そう彼女は踏んでいる。

 

 だが今の段階で何となく理解してるのは戦闘スタイルがタンク型であること。防御より攻撃、しかも相手のガードなんかお構いなしに攻めてくる。長宗我部の突進を交わそうともせず、いとも簡単に守りを破ってくることからそれは理解出来た。

 燕に取って相当やり辛い相手だ。今のところ弱点らしい弱点も見えてこないので当分ぶつかりたくないと思っている。

 

 

 

(まだまだ観察させてもらうよん、灯くん)

 

 

 

「しっかしわざわざ九州からやってくるとはなー、夏休み入ったら灯に挑む奴らが増えるんじゃないか?」

 

 

 

 風間は完全に気絶している長宗我部を見ながらこれから起こるであろう出来事を予測する。血の気が多い天神館の生徒のことだ。長期休暇になれば理由はどうあれ、彼のように川神に乗り込んでくる生徒が多くなるのは予想出来る。

 

 

 

「あ、私もあっちにいた時の友達からメール来たよ。『国吉灯って強い?』って」

 

 

「来るなら一遍に来てくれねェかな。1人1人はめんどくてたまらん」

 

 

 

 勝負を挑んでくるのは構わない。名が広まってしまった以上それは避けられないことだろう。しかし全ての相手を1対1でやると1日が平気で潰れてしまいそうなので、いっその事不良が束でかかってくるように、一気に挑んで来てくれたほうが時間の短縮が出来て灯としては楽だ。

 

 強さの壁を超えていないのなら何人かかってこようとも負けるはずがない。灯はそう思っている。そしてそれは決して自惚れではない。それほど壁を越えた者とそうでない者には差がある。

 

 

 

「後『国吉くんってカッコいい?』ってメールも来た」

 

 

「返事は勿論!」

 

 

「そうでもないって返信しておいたよ」

 

 

「……燕先輩が最近俺につれない気がする」

 

 

 

 間違いなくこの人Sだ。確信を持った灯であった。

 燕は悪い笑みを隠すかのように、口元に手を持ってきている。間違いなく確信犯。

 

 

 

「ちなみに2人は何やってたの?」

 

 

「競馬っす! 途中までは良かったんだけどなー」

 

 

「マジぼろ負けだったよな……何であそこで踏ん張らなかったかなー……? 燕先輩どうした? いつものカラカラした笑顔が失われているぞ?」

 

 

「ちょっとね……」

 

 

 

 燕は少し思い出してしまった……自分の父が莫大の借金を背負った時のことを。

 そのせいか彼女はギャンブルを非常に毛嫌いしている。運任せの行動をしないというのも関係しているが、やはり父の影響が強い。あの事件は彼女のトラウマになっているぐらいなのだから。

 

 

 

「あーあ、今日は豪華に焼き肉とビールの予定だったんだがなァ……」

 

 

「仕方ねぇ、こんな日もあるさ。ファミレスで妥協しようぜ」

 

 

「それとブサイクから土産で我慢するか」

 

 

 

 灯は橋の上に置いてある一六タルトのことを思い出して、それを取りに行く。せっかく持ってきてくれたのだから遠慮なく頂くつもりだ。

 お土産持ってきた奴とだけ戦うのもありだなと、何とも現金なことを考えながら箱を手に取る。

 

 

 

「ビールって私の聞き間違いだったのかな……?」

 

 

「燕先輩も一緒に夕飯どう? 今なら何と一六タルトも付いてくる」

 

 

 

 灯は手に持っている一六タルトの箱を上に掲げながら燕を誘いにかける。その表情は邪気のないものであり、純粋に一緒に食べたいのだと伝わってくる。そしてそんな誘いを無碍に断る燕ではない。

 

 

 

「うん、ご一緒していい?」

 

 

「当然! さ、地下街に行こうぜ」

 

 

 

 風間の一声で3人は出発する。このメンバーなら焼き肉じゃなくてもきっと楽しめて夕飯が食べられるだろう。夕日に照らされながら、賑やかに歩いている3人を見ればそれは充分に理解できるものであった。




 作者としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。また展開が遅くてすみません、全く話が動いてないですね。

 あ、それとは別に勿忘草さんが主催の『川神聖杯戦争』に私のオリ主である国吉灯が参加させて頂いております。良かったらそちらも見ていただけると嬉しいです。


 それでは、マイペースな更新が続きますがよろしくお願いします。


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20話 ~国吉灯の疑問~

「おーおー嫌な時期になってきたなァ」

 

 

 

 灯は椅子に腰をかけつつ、足を自分の机の上に乗っけるという最高に行儀悪い体制で周りを見渡している。ちなみに椅子に座っている時の大凡7割がこの姿勢である。

 

 

 

 いつもの2年F組の昼休みときたら……お弁当を食べつつ世間話に花を咲かせる者、お弁当を食べつつ筋トレしている者、お弁当を食べつつ愛の言葉を囁く者、つまりは何とも平和な雰囲気に満ち溢れている。

 

 

 

 だが今はそれらの光景に、お弁当を食べ終わったら勉強する者が追加されてきた。

 

 落ちこぼれのF組がペンを握る時期といったら1つしかない。そう期末テストである。如何に成績下位の連中が多いクラスでも、中には優秀な生徒もいる。ほんの一握りなのだが。

 

 

 

「まったくだ、俺様もこの時期が1番嫌いだぜ」

 

 

「テンション下がるわよね~」

 

 

 

 灯の言葉に賛同したのはいわゆるお勉強出来ない組。別名テストオワタ組である。

 

 2人共眉間に皺を寄せて少々、いやかなりげんなりとしているよう。2人共知力よりも物理破壊能力が高いのが特徴だ。

 

 

 

「毎回思うけど何故ワン子と岳人が入学試験で合格したのが不思議で仕方ない件について」

 

 

「岳人は裏口だし、ワン子は俺が徹底的に教育したからな」

 

 

 

 幼馴染にも裏口と言われる岳人。

 

 彼はこの川神に土地を持っており、それを川神学園に貸している。それが大和や源、まゆっちなどが住んでいる寮だ。

 

 そのためか、テスト前になると毎度のようにテストを金で買える、等の皮肉を言われるのがお決まりの流れになっている。こんな身も蓋もないことを言われるのは勉強しない岳人が悪いのだが……ちょっとかわいそう。

 

 

 

 ワン子は入学するために必死で勉強した。それはもう勉強した。ペンを走らせる手が止まると蠅叩きが容赦なく襲ってくる環境で。常に半泣きながら勉強した思い出は決して彼女は忘れないだろう。

 

 

 

「はー土地で点が買えたらどれほどいいことか」

 

 

「いやー……お尻を蠅叩きで叩かないで―……」

 

 

 

 ワン子が急に震えだした。どれほど恐怖だったのだろうか、蠅叩き教育。だが効果は実証済みである。

 

 

 

「灯、お前は勉強してるのか?」

 

 

「一体どこのどいつが俺にテストの点数を期待してると言うんだ?」

 

 

「フーフフ、なら自分の点数の高さを見て驚くがいい」

 

 

 

 灯が勉強してないと悟ったのか、クリスはちょっと上機嫌になる。優越感という奴だろうか?

 

 彼女は真面目だ。だからこそ、しっかりと勉強しているし、勉強を欠片もしていない奴に負けるわけがないと思っているのだろう。

 

 

 

「うわーお嬢が良い点数取ってる姿は想像出来ねぇ」

 

 

 

 灯が意地悪そうな顔つきでいつも通りクリスを馬鹿にしにかかる。行儀悪さも相まって憎たらしさは倍増。

 

 

 

「む? それはどういうことだ?」

 

 

「いやだってお嬢アホだし……」

 

 

「アホ? 貴様自分のことをアホと言ったのか?」

 

 

「365度、どっからどう見ても阿呆だろ?」

 

 

「何だと……ッ!? ……ん? おい、1周は360度だぞ」

 

 

「お! よく気がついた。正直そのまま気付かんと思っていたんだ。お嬢、俺の想像の上をいったな」

 

 

「う……うぐぐぐぐぐぅ……ッ!」

 

 

 

 クリスの綺麗な白い肌がだんだんと赤に染まっていく。流石の彼女もここまでくれば馬鹿にされていることに気づく。

 

 灯のこの舐め腐った態度が気に喰わないのと同時に、この男に馬鹿にされるのが悔しくて仕方ないのだ。

 

 そしてクリスは戦闘を含めて1回も灯に勝ったことがない。戦う内容は主に口喧嘩なのだが……一度くらいこの灯をギャフンと言わせたい。塵屑を見返してやりたい……そう思ってるのだが、その願いが叶った試しは今の所ない。今後叶うかも未定である。

 

 

 

 ちなみに大和、京の2人も「よく気付いた」とクリスの成長に胸打たれていたことを記載しておこう。

 

 

 

 

 

 クリスが地団太を踏みつつ今にも噴火しそうなこのタイミングでお客さんが現れた。

 

 

 

「こんにちわ、灯くんはいるだろうか?」

 

 

「ちーっす」

 

 

「やぁ義経ちゃん、弁慶」

 

 

 

 灯は頭の後ろで組んでいた両手を崩し、右手を挙げて自分がいることをアピールする。クリスからは既に視線を外し、F組にスタスタと入ってくる彼女らへと合わせた。

 

 

 

「技術屋に灯くんのことを話したぞ。とりあえず明日にでも持ってきてくれと言ってた」

 

 

「オッケー、後は俺と話しをしてからってとこか。……テスト前で悪いが義経ちゃん、明日俺を案内してくれないか?」

 

 

「勿論、義経が責任を持って案内する」

 

 

「流石! 出来る女だ、思わず惚れちゃいそう」

 

 

「えぇ!?」

 

 

 

 思わず顔が少し赤くなる義経。灯にとってこの程度のセリフ日常茶飯事なのだが、未だ義経はこう言うのに抗体がないよう。非常に純粋なのが可愛いところだと灯は思っている。

 

 

 

 その悪ふざけを粛清するかのように伸びる手が灯の目に映る。

 

 

 

「主をそんなに揄わないでくれないかな?」

 

 

「待て落ち着けよ弁慶ちょっとしたジョークだジョーク」

 

 

 

 灯の顔が弁慶に握りしめられ大豆のような形に変形し始めた。軽快な声とは裏腹に、掴まれてる手の奥では冷や汗で一杯だ。

 

 パッと離されたことで灯は心底安心した。弁慶にアイアンクロー喰らうとか洒落にならないことだ。それこそ生死の行方は全て彼女が握っているような気分になる。

 

 

 

「まぁとにかく、明日は頼むわ」

 

 

「あ、灯くん……顔が元の形に直ってないのだが大丈夫なのか!?」

 

 

「大丈夫だよ義経、灯と私は仲が良いからね」

 

 

「そうそう、仲良いから大丈夫……」

 

 

 

 こうやって美女と関われて且つ仲が良いとまで言われるのは灯に取って非常に喜ばしいことだ……しかし今この瞬間は心から喜べない。理由は勿論、顔が若干変形しているからだ。

 

 だがここでまた変なこと言ったら再度アイアンクローが飛んでくるのは目に見えている。あえて何も言わないのが正解だ。

 

 

 

「そ、それでは義経たちは戻ろうと思う。灯くん、また」

 

 

「明日、お土産忘れないでねー」

 

 

 

 義経は少し動揺しつつ、弁慶は気楽な様子でF組を去っていく。

 

 

 

「灯、1つ聞いていいか?」

 

 

「何だ?」

 

 

「自分と義経、雰囲気が似てるのに何故ああも接し方が違う?」

 

 

「……似てる……? お嬢、お前疲れているのか?」

 

 

「どうゆう意味だ!!!!」

 

 

 

 灯が本当に心配そうな目でクリスを見る。思わず熱があるか計ろうと手を伸ばしたぐらいに。

 

 ただその行動は彼女に取ってはいたく気に入らなかったらしい。灯の手を弾き飛ばし反論する。

 

 

 

 灯とクリスの言い争い。いつも通りの光景を止めるクラスメートはいない。皆呆れた様子で彼らを一目見て、そして興味をなくす。

 

 勉強していた者も再度ペンを握って集中しなおそうと構えなおし、それ以外の者も思い思いの行動へと移る。今日も2年F組は平常運転です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、灯は1人でフラフラとチッタ通りを歩いていた。

 

 川神学園の生徒たちはそろそろテストが近い、ということで直帰する者が増えてきて遊びに誘い辛くなってしまっている。

 

 

 

 そう言ったことに無縁であるワン子は大和に強制連行されてしまう。調教師が手に持っていた布団叩きに怯えつつ、後を着いて行くその姿はドナドナを思い出させるには充分なものであった。

 

 

 

 岳人は「この時期はスポーツジムに籠るのが俺様のジャスティス」とか言って足早に学園を去って行った。ようは机に向かいたくないから現実逃避してくるわってこと。

 

 

 

 風間に至っては登校すらしていない。年中どこかを駆け回ってい自由人はこの時期になるとその動きがさらに活発になる。ここまで吹っ切れていると逆にすがすがしく思える。

 

 

 

 灯もおとなしく家に籠って勉強するタイプではないので何か面白いことはないか、美女美少女は落ちていないかを徘徊している最中。ようは灯も普段と変わらず、何時も通りに行動しているってことだ。

 

 

 

 

 

 そして……美少女を発見することに成功。

 

 

 

(ん……あの今時珍しく落ち着いていて且つ自転車を持つその姿でさえめちゃくちゃ清楚な佇まいを醸し出している川神学園在住の女性は……)

 

 

 

 まぎれもなく葉桜清楚である。だが彼女は今非常に焦っていて、更に困った表情を浮かべていた。なぜならば何ともガラの悪そうな男2人に絡まれているから。このご時世、中々見れないモヒカンが特徴的な2人である。

 

 

 

「おねーちゃん、俺たちと遊びに行かない?」

 

 

「絶対楽しませるからさぁ」

 

 

 

 時代錯誤した髪型をしつつも何ともテンプレなセリフを吐きつつ清楚に迫っていく2人。

 

 灯からは野郎たちの背中しか見えていないがきっとゲスな顔をしてブサイクなのだろうと勝手に想像する。

 

 

 

 ――ここは颯爽と俺参上を決めて先輩にカッコいい所を見せるかぁ。

 

 

 

 下心を隠す気ゼロで清楚を助けるために動き出そうとする灯。しかしその瞬間別の何かが動き出した。

 

 

 

「キタネェ手で触ろうとしてんじゃねぇクズどもがぁ!」

 

 

 

 非常に流暢ではあるが人間が出したとは思えない声が大きく響き渡った。

 

 当然男2人は驚くが更に驚く。何せいきなり怒声をあげた自転車が襲いかかってきたのだから。

 

 

 

 自転車が前輪と後輪を高速回転させて急発進猛スピードをあげる。1人に体当たりを決め、それをモロに喰らった男は大きく吹き飛ばされる結果に。

 

 

 

「な! ちょ! えぇ…………この自転車……ッ」

 

 

 

 もう1人の無事である男は何が起こったか分からない様子であったが、仲間がやられたと理解し敵打ちだと言わんばかりに自転車相手に襲いかかろうとする。

 

 

 

 

 

 

 が、それを今度は自転車の隣に居るか細い手の持ち主が阻止する。

 

 

 

「え……えーーい!」

 

 

 

 意識が自分に向いていないのを好機ととらえたのか、清楚は男を思いっきり突き飛ばしにかかる。気づくのが遅れた男は大した力はない、軽く踏ん張って反撃……と考えていたのだが。

 

 

 

「ぐわぁああああッ!?」

 

 

 

 踏ん張る所か大きくぶっ飛ばされて地面をドラム缶のように転がってしまう。先の自転車に轢かれた男よりも十数メートル遠くに吹き飛ばされて、ちょうど灯が立っている手前で止まった。

 

 

 

 灯は今起きた出来事がにわかにも信じられずにいたが、横たわっている男が白目をむいて気絶しているのを見てしまったらこれは事実だと認めざる得ない。

 

 

 

「あ……国吉くん……」

 

 

 

 難が去ったからか、清楚も灯に気付いて頼もしい自動防衛機能がついている自転車を押しながらこちらに近づいてくる。清楚も「今の見ちゃった?」と言わんばかりの何ともばつの悪そうな表情をしていた。

 

 それに対して灯もどんな反応をすればいいか悩んでいた。直接感想を言うのはダメだ。彼女の表情を見るにあまり見られたくなかったのは予想がつく。ならばお茶を濁すか? 目の前で見てしまったこの状況をどう濁せというのだ。

 

 

 

 清楚と目線合わせずにうーんと悩んでいた。額を指で叩きながら悩んでいた。

 

 

 

 

 

 彼女が灯の目の前に到着した。灯が取った行動は――

 

 

 

「…………やぁ、葉桜先輩。こんな所で会うなんて奇遇だな」

 

 

「見なかったことにした!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで先輩。相談とは?」

 

 

 

 場所を移して今は喫茶店。以前2人が入った喫茶店とは違い清楚と自転車が2人組みを突き飛ばした位置からさほど離れていないところに腰を落としている。

 

 チェーン店なので立地条件も良いためか、川神学園の生徒や大学生らしき人も数多くいる。

 

 

 

 あの後「国吉くん今時間大丈夫? 相談したい事があるんだ」と清楚からお願いされてしまった。どんなに物凄いかつ信じがたい出来事を起こした後とは言え、彼女の誘いを断る訳もなく今に至る。

 

 

 

「うん……私の正体のことなんだけど……」

 

 

 

 清楚が若干話辛そうに、だけど聞き取りやすい声で相談し始める。賑わっている中でも充分に聞き取れるあたり声質が良いのだろう。

 

 

 

「今までずっと文化人の英雄だと思っていたんだ……清少納言とか紫式部とか……だけど」

 

 

 

 九鬼から正体は25歳ぐらいになってから教えると言われて、それまでは本を読み勉強せよ。その指示に従って幼少の時から黙々と本を読んできた。読書は大好きなのできっと文化人タイプの英雄なんだと思っていた。

 

 

 

「あなたも見たでしょ? 文化人にしてはちょっと力があり過ぎるような気がして……」

 

 

「あり過ぎるどころか有り余ってるとも言えるな」

 

 

 

 しかしここ最近妙に力が溢れてくるのを清楚は感じていた。灯とバイクツーリングというスリリングな体験も怖いと思うのではなく楽しいと感じてしまい、今までの自分では考えられない感情が生まれた。

 

 決してそのことが力があふれ出ると思うようになった切っ掛けではないが、変だと自覚するには充分過ぎる出来事。

 

 

 

「大の男を十数メートル突き飛ばす時点で普通じゃーない」

 

 

「うぅ……だよね」

 

 

 

 女性が大人の男を力一杯突き飛ばしたところでせいぜい2,3メートル動いて終わり、と言うところを清楚は10メートル以上もぶっ飛ばしてる。投げ飛ばした訳でもない、ただ力任せに押しただけでこの距離を叩きだすのは異常。一般人が出来ることではない。

 

 

 

「やっぱどっかの武人なんじゃないか? 本好きの戦える英雄なんてのも探せばいるだろうし」

 

 

「うー……そうかなぁ?」

 

 

 

 そんな英雄いるのかなぁ? そんな疑問を覚えつつテーブルの上に置いてあるケーキを一口。灯はコーヒーを一口含む。ケーキは美味しい。だが悩んでいる最中なので嬉しい感情は生まれるもののそれを表情に出せないでいた。

 

 

 

「今のままじゃ正体なんて探れないな……色々と、ほんっと色々と聞かせてもらいますかァ」

 

 

「……国吉くんに相談したのは間違いだったかな?」

 

 

 

 目の前の男の不敵な笑みを見て、清楚は選択を謝ってしまったのではないかと思い始めた。だが相談を持ちかけたのは自分であるし、ここまで来たのだから聞かれたことはなるべく答えよう。そう決心したが……

 

 

 

 

 

 ――今までで何か武道やってたとかは?

 

 

 ――ううん、たまに義経ちゃん達に付き合う程度で本格的にはしてないよ

 

 

 

 

 

 ――読書以外で趣味とかは?

 

 

 ――それなら体を動かすこと

 

 

 

 

 

 ――その髪飾りに意味は?

 

 

 ――特にないかな? 気がついた時から好きなんだよね、ヒナゲシ

 

 

 

 

 

 ――バストサイズは?

 

 

 ――確か……82のC……ってあれ?

 

 

 

 

 

 ――今日のパンツの色は?

 

 

 ――いや、あの、ちょっと国吉くん?

 

 

 

 

 

 ――あー先輩意外に黒とか似合いそうだなー

 

 

 ――え? いや、その……

 

 

 

 

 

 ――先っちょだけ、先っちょだけだから

 

 

「ちょっと! それ私の正体探るのに必要ないでしょ!?」

 

 

 

 やはり相談する相手を間違ってしまったようだ。清楚の不安はものの見事的中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふーん……」

 

 

 

 灯は悩む。それこそ真面目な顔をして、脳をフル回転させて考える。

 

 

 

 ふざけた質問をしすぎたせいか、清楚に喫茶店内にも関わらずド突かれそうになり、極めつけは清楚の自転車が暴言を吐きながら突っ込んできた。

 

 灯たちが座っていたのは喫茶店の出入り口に近い位置だったので、そこまで被害はでなかったのだが……非常に目立ってしまう。しかしそこは川神、奇妙なことに慣れている人が多いのだ。今は落ち着いて変な視線は向けられてはいない。

 

 

 

 これだけやられては少しは真剣に考えないといけなくなってしまった、ので灯は遊び心を捨てて脳を働かせ始めた。

 

 

 

 

 

 その甲斐あってか灯の頭に1人の英雄が浮かぶ。だがそれは……

 

 

 

(えぇ~いや……これは……なぁ)

 

 

 

 自分が出した答えを信じられずにいる。なぜか?

 

 それはこの葉桜清楚という人物からは大きくかけ離れている、かすりもしなさそうな歴史上の人物であるからだ。

 

 

 

「国吉くんどうかしたの?」

 

 

 

 眉毛をハの字型にし眉間にしわを寄せ、自分に視線を向けていない灯の態度に清楚はほんの少々の心配と疑問を覚える。

 

 それと同時に普段の灯とは随分とかけ離れている様子を見て珍しい、そう素直に彼女は思う。

 

 

 

「…………葉桜先輩。暇がある時に中国史を……三国志よりも少し前か、その辺読んでみぃ?」

 

 

「え? それって……!」

 

 

「いやーこんなにも自分が信じられないとはねぇ」

 

 

 

 悩んでいる顔から一瞬にしていつものヘラヘラとした憎たらしい表情に戻る。両手で後頭部を支えるように組み、椅子に体重をかけ天井を見上げる。どうやらシンキングタイムは終了らしい。

 

 

 

「私の正体……分かったの?」

 

 

「確信は持てない、第一候補見っけってところか。後は先輩が感じ取るだけ」

 

 

「感じ取る……?」

 

 

「自分の正体書かれている文を読んだら何かこう……思うところが出てくるか閃くでしょ?」

 

 

 

 非常にテキトーな様子に清楚は本当に思い浮かんだのか? と不安を覚える。ただ今この現状、自分で考えるのは限界があるし、灯の意見以外に特に実行出来る行動もないため近いうちに図書室で中国史を探してみようと彼女はそっと決意した。

 

 

 

「そろそろ出るか、俺としてはこのままお持ち帰りしたいとこだがグッと我慢しよう」

 

 

 

 欲望をさらっと口にしつつ、灯はテーブルの上にひっそりと置かれている伝票を手にしようとする。

 

 だがそれを阻止するかのように清楚の手が伸びて灯の手首をつかむ。

 

 

 

「今回は私が払うよ!」

 

 

 

 とてもはっきりとした口調で、凛とした空気を出しながら灯が支払うのを止めにかかる。以前知らない内に彼が支払っていたのをずっと心に止めていたのだ。

 

 

 

 だが灯も「んじゃごちっす」とか言えるわけがない。美人に奢らせるとかそれは灯の紳士道に反するものがある。

 

 

 

「美人に払ってもらう訳にはいかないんで」

 

 

「前回奢ってもらったんだからそうはいかないよ、私の面目を潰さないでくれる?」

 

 

 

 だが清楚も一歩も引こうとしない。灯の手首をグッと掴んだまま離す気配がないのだ。

 

 

 

「……はー。分かった、今回はごちそうになるわ」

 

 

「ふふ、ありがとう」

 

 

 

 灯の言葉を聞いて清楚は彼の手首を離し、灯は彼女に伝票を手渡す。それを微笑みながら受け取る清楚。

 

 

 

 彼女は唐突にある雰囲気を漂わすことがある。逆らう気力を奪っていくような、反論ひとつ許さない、そんな雰囲気。

 

 彼女自身から様々な話を聞いて、それに加えてこのオーラ。

 

 灯は自分の予想が当たっているのではないかと思う反面、通学用バックから可愛らしい財布を取り出して支払をしている彼女を見てそれは考えにくい……と、妙なスパイラルに入ってしまっている。

 

 

 

(こんな可愛らしい先輩があの脳筋英雄ゥ? ないない……いや、でもなー……)

 

 

「ねぇ国吉くん」

 

 

「うーん…………あ、何?」

 

 

「今日も楽しかったよ、後相談に乗ってくれてありがとう」

 

 

「おぉ、先輩の相談なら年中無休で受けつけよう」

 

 

「ふふっ、ありがとう。そうだ! 今度から国吉くんのこと名前で灯くん、って呼ぶね」

 

 

「いや、ここは灯ちゃんかご主人様かハニーと呼んでくれても……」

 

 

「灯くんで」

 

 

「……ついに流されるようになってしまったか」

 

 

「私のことも清楚って呼んでくれる?」

 

 

「呼び捨て希望!? これは喫茶店から始まる恋物語が……ッ!」

 

 

「いいかげんにしろよこのタコ助がぁ!!」

 

 

「今良い感じなの見てわかるだろ!? チャリは黙ってろ! サドル引っこ抜くぞ!」

 

 

 

 喫茶店を出たところで人間2人と自転車1台が話している光景は非常に滑稽なものであった。

 

 

 

 ちなみに灯VS清楚のチャリは灯が自転車をゴミ捨て場に投げ飛ばそうとしたところで清楚に止められてバトルは終了となった。如何に九鬼カスタマイズの自転車だろうと灯には勝てなかったようである。清楚の自転車……スイスイ号がしょんぼりとしているように見えたとは清楚談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼休み。清楚は昼ごはんも食べずに図書室に籠っていた。

 

 手にしている本は……中国史。小説等の文学を好む彼女からしてみれば珍しい本を呼んでいる。

 

 

 

 歴史書を手に取る理由はたった1つだ。自分の正体が書かれている可能性があるから。清楚は灯の言葉を信じて、3年S組所属にも関わらず、貴重なテスト前の昼休みに勉強をせずに黙々と本を読み進めている。

 

 普段よりも読むスピードを上げて、何時もよりも更に本に集中して、小説に比べたら圧倒的に分厚い中国史を読む進める。読んでいる所は昨日言われたポイント、三国志の前。

 

 

 

 読み進めていく中、彼女は少し思い出した。前にも中国史を読んだ記憶がある、だがその時はある部分を読もうとしたその時に九鬼の従者に止められたのだ。

 

 

 

 

 

 それは確か――

 

 

 

(確か……項羽と劉邦……だったっけかな?)

 

 

 

 だんだんと封じられた記憶が蘇ってくる。今開いているページをある程度すっ飛ばして項羽と劉邦が書かれている章を開き、そして目を通した。

 

 

 

 ふと、清楚の目が動かなくなった。本を捲る手もピタリと止まってしまった。彼女が読んでいる部分は項羽と劉邦であまりにも有名な一文。

 

 

 

「力は……山を抜き…………気は世を蓋ふ……」

 

 

 

 垓下の詩。自分でも気付かない内に清楚はその詩を声にしている。まるで誰かに操られているかのように……

 

 か細く、消え入るような声ではあるが、それでも文章を読むことを辞めない。いや、辞めれない。すでに彼女の体は何者かが支配しているようだ。

 

 

 

 

 

 ここは図書室。どんなに小さな声でも目ざとくその声を聞きつけて誰が喋ってんだと見に来る生徒たちが数人。この時期勉強している生徒が多く、どんな小さな声でも邪魔だと思う輩がいるのだ。

 

 

 

 

 

 だが集まる頃には全ては終わっていた……いや、始まった。

 

 

 

「虞や…虞や…奈を…………若何せん」

 

 

 

 

 

 瞬間、図書室から爆発が起きた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯、お前昨日葉桜先輩とデートしていたらしいな」

 

 

「耳に入るのが早いな。どうだ羨ましいだろう」

 

 

「あーー!! どうにかしてコイツ殺せねぇかな!!」

 

 

 

 岳人が灯を睨みつけて地団太を踏んでいる。それをドヤ顔かつ蔑んだ目で見る灯。なんてことはない、モテナイ男の何時も通りの嫉妬を勝者が見下しているだけだ。

 

 

 

「しかし相変わらず節操ないな、いい加減誰かと付き合ったりしないのか?」

 

 

「金髪で巨乳で美人で且つ、ヒモになることを許してくれるなら今すぐにでも結婚を申し込むね」

 

 

「そりゃ永遠に無理だ」

 

 

 

 あまりにも現実からかけ離れている夢を持つ塵屑にあきれ果てる大和。だがこんな男がナンパ成功率が高く、ある程度モテているのはやはり顔なのだろうか?

 

 それが答えであるならば同じ男として納得できない所がある。大和だってモテたいかモテたくないかで問われればモテたいのだ。

 

 

 

「紐? になりたいって、灯くん変なこと言うわねぇ」

 

 

「純粋なワン子ちゃんが眩しい……」

 

 

「だけどこれはこれで将来が心配になってくるね」

 

 

 

 修行一筋のワン子がヒモの意味を知らないのはある意味必然だったのかも知れない。

 

 ただ昼休み中も絶え間なくダンベルを上げている姿が、灯の言うように眩しい姿であるのかは疑問を覚えるところではある。

 

 

 

「灯……貴様はそれでいいのか?」

 

 

「超高校級のヒモになる、その思いは変わらない……ッ!」

 

 

「ダメだこの人何とかしないと」

 

 

 

 クリスが灯に突っかかっていき、師岡が呆れながらも話にツッコミを入れる。

 

 なんてことはない、日常風景である。

 

 

 

「お嬢は惜しいんだよなー後バストサイズが2カップほど大きくなれば……いや、期待するのは辞めよう。ハァ……」

 

 

「そのため息はなんだー!!!!」

 

 

 

 灯の胸倉をクリスがつかみにかかろうとしたその瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「!?」」」」

 

 

 

 大きな気の爆発を感じ取る。ある程度武術に精通しているのであれば、これが如何に桁はずれな物であるかも同時に。武術を嗜んでいなくても、直感でこれはやばいことが起きたと思えるほどの。

 

 

 

 クリスは体中が強張り、ワン子もダンベルを上げ下げする手が止まる。普段落ち着いている京ですら目を大きく見開いてこの気の正体は何かを探ろうとしている。

 

 

 

 当然灯も驚かない訳がない。何時も通りに足を机に乗っけ、椅子を傾けながら座っていたため盛大に後ろにすっ転ぶ嵌めになった。だが体制を立て直そうともせずに何が起きたかを予想する。

 

 そして思い当たることが1つ……しかも自分がトリガーになってしまったのかも知れない。

 

 

 

「…………マージーでー?」




 どうも、皆様お久しぶりです。りせっとです。

 なぜこんなに投稿が遅れたのかと言いますと……まぁモンハンとポケモンが原因ですね。仕方ないね。
 少しは以前のペースを取り戻せるよう頑張っていきたいと思います。


 私としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。
 それではよろしくお願いします。


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21話 ~国吉灯と最強の英雄~

 九鬼極東本部は現在パニックに陥っていた。

 

 

 

 理由は至極単純、葉桜清楚が覚醒してしまった……それだけか? と言われればそれだけなのだが、九鬼にとっては緊急事態。

 

 隠していた清楚の正体が、多くの人間に知られてしまうことはまだいい。しかしクローンの元になった英雄が英雄なだけに必死にならざる得ない。

 

 

 

「何が切っ掛けで目覚めてしまったんだい……」

 

 

 

 ボソッと愚痴を洩らすのは九鬼従者部隊ナンバー2のマープル。星の図書館とも称される博学な老婆であり、クローンたちの生みの親。義経たちにとっては母親のような存在である。武士道プランの核を担っている人物なために、この事態がどれだけ大変なことかを一番理解している。

 

 

 

「紋様は九鬼のシェルターに非難させた。次は川神学園を従者部隊で囲む、ゾズマとクラウディオをこちらに回せ」

 

 

 

 携帯にヒュームからの指示が飛んでくる。この膨大な気をいち早く察知した彼は文字通り瞬時に紋白を匿い次なる行動に移っていた。この手際の良さと素早い決断力はさすが永久欠番と言ったところだろう。

 

 

 

「学園内には突入させないのだろう?」

 

 

「あぁ、あくまで外に出そうになったら取り押さえることにする」

 

 

 

 清楚が覚醒した場所は川神学園。九鬼は学園内で起こる出来事には干渉するつもりはない。あそこには暴走した彼女を止められそうな奴が数人いる。その人たちに任せれば大事には至らないと踏んでいる。何より生きた伝説である川神鉄心の存在が大きい。

 

 だが外部へ被害が及ぶようであるならば話が別となる。九鬼が打ち出した「武士道プラン」。その内の1人でも迷惑をかけるような結果を生み出してしまっては世界中からの批判は避けられない。そうなることだけは阻止するために今は必要な戦力を収集している。

 

 

 ヒューム、マープルが従者部隊をまとめつつ隊を整えている。徐々に落ち着きを取り戻しつつあるが、以前現場は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっはぁ! 力があふれ出てくる……悦楽だぁ!!」

 

 

 

 そのパニックを引き起こしている張本人の葉桜清楚は、校庭のど真ん中に立ってあふれ出る己の力がどれほどの物かを確認するかのように手を閉じて開いてを繰り返している。

 

 先ほどまで図書室で本を読んでいた人物とは同じとは思えない。雰囲気、性格、筋力、その全てが葉桜清楚とは別物である。今の彼女は――

 

 

 

 

 

「俺は項羽! 覇王西楚である!!」

 

 

 

 項羽、中国の歴史上鬼神と謳われた程の大英雄だ。それが清楚の正体。こんなの誰が想像できるというのだろか? 普段の彼女と比べてみたら掠りもしないような人物。どこに文学少女が戦場で暴れてこそ華であった英雄のクローンだと思う奴がいる。

 

 ちなみに図書室は彼女のせいで悲惨な状態となっている。大量の本は飛び散り椅子や机も壁際まで吹っ飛んでしまった。そして「図書室など俺が居るべき場所じゃない」といい図書室を散らかしたまま放置して今に至る。

 

 

 

 そして目覚めてしまった最強の武人に突っかかっていく生徒が一人……

 

 

 

「やぁ清楚ちゃん……一体何が起きたんだい?」

 

 

「川神百代か……!」

 

 

 

 この項羽が放っている圧倒的な闘気の前に全く怯まないのは流石武神と言える。

 

 それどころが彼女は今ワクワクしていた。これほどの気の持ち主……一体どれほど強いのだろうか? 百代を良く知っている人ならば、そんなことを考えているであろうと表情を見れば一発で分かる。

 

 

 

「なんてことはない、清楚の中に眠っていた俺……覇王項羽が目覚めただけ。それだけだ」

 

 

「清楚ちゃんの正体が項羽……いいぞぉ! いいぞぉ! 最高だなぁ!」

 

 

 

 百代が満面の笑みを浮かる。だが歓喜の表情とは別に、百代も自らが持つ闘気を蛇口を少しずつ捻るようにして出し始める。

 

 それは行動にも出始め、心なしか既にステップを踏んでいるようにも見えた。

 

 

 

「ほぅ……この俺と戦いたいという姿勢だな。何たる無知な奴」

 

 

 

 対照的に項羽の表情からは笑みが消える。

 

 彼女の頭の中には清楚を相手にして色々と体をこねくり回された記憶がある。つまりはめちゃくちゃ纏わりつかれた思い出があるのだ。

 

 それが気に喰わない。覇王にそのようなことをするなど万死に値する。

 

 

 

「貴様は覇王自らが叩きのめす必要があるな」

 

 

「へぇー叩きのめす、この私を?」

 

 

「手内にしてやろう…………だがそれは後でだ。命拾いしたな、川神百代」

 

 

「後……?」

 

 

「あぁ、しばし首を洗って待っているがいい」

 

 

 

 どうやら今の項羽には目の前に立っている百代よりも、今この場にいない誰かのことが気になっているらしい。最優先事項はその人物を探しだすこと。

 

 その人物を探し始めようと、百代から視線を外そうとする。

 

 

 

 

 

 だが百代はお預けが守れるような忠犬ではなく、狂犬の部類に入る人間である。みすみす戦闘するチャンスを逃そうとはしない。

 

 

 

「ここでお預けとかないわー……ってことで相手してくれよー……なぁ!」

 

 

 

 百代がついに……いや、我慢なんか出来るわけもなく動き出した。

 

 一歩踏み出しただけで瞬時に間合いを詰め、己の拳が項羽に届く位置へと移動する。そして自慢の、必殺の拳が容赦なく放たれた…………が。

 

 

 

「覇王の言葉が分からぬか馬鹿もの!」

 

 

 

 百代の一撃に項羽はしっかりと反応。彼女の拳を手のひらで難なく受け止める。

 

 その時点でクラスからその光景を見ていた生徒たちは驚きを隠しきれなかった。川神百代のパンチを受け止める――それが如何に凄いことかを理解しているからだ。

 

 

 

 当人もここまで簡単に止められるとは思っていなかったのか、驚いてしまい瞬時呆けてしまう。そんな様子を最強の英雄は見逃すはずがない。

 

 受け止めていない逆の手を握りしめ、そのまま腹目掛けて打ち出す。カウンターが綺麗に成立した。

 

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 

 百代はそれをモロに喰らってしまい、校庭を超低空飛行することになってしまう。その人間弾丸ライナーは校庭の端にある校門に激突することで漸く止まった。川神学園のグラウンドは広い。その広いグラウンドのど真ん中から端まで吹き飛ばすそのパワー。まさに覇王。そう周りに思わせるには充分な出来事である。

 

 

 

「んっは! 暫くそこでジッとしてるがいい!」

 

 

 

 好き放題やってくれた百代に天罰を下したことに気分を良くした項羽は今度こそ完全に彼女から視線を外し、校舎全体を眺めるよう見る。恐らくお目当ての人物を探しているのだろう。

 

 

 

 

 

 そして……項羽にしっかりとした笑顔が浮かんだ。

 

 

 

「見つけたぞ! さぁ出てこい! 国吉灯!!」

 

 

 

「おっと……ご指名入りました―」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 項羽覚醒の際にあふれ出た気の量に驚きを隠せず、椅子から盛大にずっこけてカッコ悪い姿を教室で見せていた灯。

 

 だが百代とのやり取りの時にはしっかりと体制を立て直し、窓におっかかりながら一連の様子を興味深く見ていた。

 

 

 

 そして今、校庭から項羽の呼び出しがかかる。非常に凛とした声であり学園中に響き渡っているだろう。当然今いるF組のクラスメートの視線も灯に集中する。

 

 

 

 そして灯の答えは当然――

 

 

 

「美女からの呼び出し、これは行かないと」

 

 

 

 それがどんなに危険そうであろうとも、灯は女(美女美少女限定)の誘いは一部を除いて断らない。それが彼のルールなのだ。

 

 

 

 

 

 灯は窓に足をかけ、グラウンドに飛び出そうと全身に力を込めようとする。

 

 

 

「待て!」

 

 

 

 だがそれに待ったの声がかかる。思わず力を込めるのを一度停止して、目だけで声を発した者を確認する。

 

 

 

「大丈夫なのか灯?」

 

 

「大丈夫って何がだよお嬢?」

 

 

「何って……相手は間違いなくお姉さまクラスの実力を持っているのよ!」

 

 

「あの様子だとそのまま戦闘だって有りうる!」

 

 

 

 クリスとワン子だ。あのグラウンドの真ん中に立っている奴は間違いなく異常な戦闘力を持っている。それは武術をやっている彼女たちならば充分に感じ取れるものだ。

 

 いや、武術をやっていない大和や岳人、モロ等だって「アレヤバクナイ?」ぐらいの漠然とした程度には感じ取っている。

 

 

 

 極めつけはあの川神百代にカウンターを決めて校庭の端っこの校門まで吹き飛ばしていることだ。激突した校門はその衝撃で無残な瓦礫になってしまった。

 

 長年百代を近くで見続けている風間ファミリーはそれが如何に凄いことであるかを認識している。

 

 

 

 如何にF組最強である灯でも勝てるのか……無事でいられるのか……そんな不安がクリスとワン子からありありと見える。いや、クラス皆から心配されている。

 

 

 

 

 

 だがそんな不安な気持ちを払拭するかのような、不安? そんなの無駄だと言わんばかりの喰った態度、普段の雰囲気を灯は全く崩さない。

 

 

 

「おいおい何だその目は?」

 

 

 

 窓にかけている右足をそのままに、体をクラスメートがいるほうに捻り不敵な笑みを披露する。

 

 

 

「まぁ見とけってお嬢、ワン子ちゃん、以下F組諸君。たまにしか見られない、俺のカッコいいところをな!」

 

 

 

 そう言い切るとクラスの皆からの返事を待たずに、右足に力を込め大きく跳躍する。フワッと浮いたと思ったらそのまま急降下。

 

 ちょうど校庭の真ん中よりも少し外れている場所に置いてあるお立ち台に綺麗に着地した。

 

 2年の教室は全て3階にあるのだが、そんな高さなどもろともしない。振動こそ走ったがそんなので行動不能になるほど灯はやわな鍛え方をしていないのだ。

 

 

 

「おい、俺を見降ろすとはどうゆうことだ?」

 

 

 

 お立ち台に立っていることで必然的に項羽を見降ろす形になる。どうやら彼女はそれが気に入らないらしい。灯を見つけたときとは打って変わって再度不機嫌そうな顔になる。

 

 

 

「小さいこと気にすんなよ覇王ちゃん。まさか本当に項羽が正体だったとはなァ」

 

 

 

 不機嫌そうな項羽を灯はフフン、と笑いながら軽くいなす。気をされている様子は一切見られない。

 

 

 

「んで、俺を召喚した理由は何だ?」

 

 

「おぉそうだ! お前のおかげで目覚めることが出来たからな、褒美をやろう」

 

 

「褒美だァ?」

 

 

「そうだ! 覇王からの礼、ありがたく受け取るがいい」

 

 

 

 ドヤ顔でお礼をあげる言ってくる項羽に灯は素直に喜べなかった。

 

 これが清楚からの申し出であったら今頃物凄いテンションが高くなっていただろうが今は彼女であって彼女ではない。なので大した期待は出来ないと踏んでいるからだ。

 

 

 

 そしてこの高圧的な物言いに態度、次に何を言うかは大体想像出来た。

 

 

 

「灯! 貴様を俺の部下にしてやろう。ありがたく思え」

 

 

「この展開全力で予想出来たわー……断る」

 

 

 

 あまりに予想通りの言葉を吐いたことに対して呆れ顔になる。そしてその誘いに対しての答えも決まっている。NOだ。

 

 

 

 その返答に項羽は納得が出来ない様子だ。否、断られるとも思っていなかったようである。

 

 

 

「何? 俺の礼がいらないだと?」

 

 

「いらんでしょ。女の子が上に乗ってくるのは大歓迎なんだが……誰かが上に立つってのは気に入らないんだよなー。やっぱり縛られるより縛りたいじゃん?」

 

 

 

 カラカラとした言い方、本気なのか冗談なのかが少し分かりづらいところがある。しかし言ってることは恐らく嘘偽りないことなのだろう。さらりと自分の欲望をポロリと漏らすあたりが灯らしい。

 

 ちなみに如何に美女でも断る誘いがこの「俺の下につけ、私の物になれ」宣言である。ようはまだ1人の女性に収まるつもりはないですってだけの最低の思いから生まれたものだ。

 

 

 

 

 

 そしてそんな態度にイライラが積もったのか、項羽が再度動き出す――

 

 

 

「この無礼者がぁ!!」

 

 

 

 項羽が跳んだ。灯が立っているお立ち台目掛けて、膝を前に突き出しながら。飛び膝蹴り。あの百代を端までぶっ飛ばす程の力を持っている者の飛び膝だ。相当な威力を持っているのは言うまでもない。

 

 

 

 物凄いスピードで迫ってくる項羽を灯が迎え撃つ。彼女の膝が後少しで顔面に直撃するかのところでこの男も動き出した。

 

 項羽の膝を両手の握りこぶしで上下から挟む。灯の筋肉が唸りをあげる。受け止めた瞬間軽い衝撃波が生まれ全身に震えが走る。だがそれでも力負けはしない。挟んだ際に引いた右足を軸にして強靭な筋肉を働かせる。

 

 

 

 そして完全に受け止める。勢いを殺しきったことを確信し、更に両腕を大きく前に押し出すように弾き飛ばすことで項羽をお立ち台には上がらせずにグラウンドへと戻す。

 

 

 

「…………貴様にはこの覇王の力を味あわせてやる必要があるな」

 

 

 

 地上へと戻され未だ見降ろされたままの項羽は灯を闘志むき出しで睨みつける。怒りに呼応してか、先よりも気が更に放出されているかのように見える。

 

 

 

「もっと違う物を味わいたかったんだけどなァ……」

 

 

 

 膨れ上がった闘気を前にしても灯は一歩も引くつもりはない。教室から飛び出してきたときと同じ態度を貫いたまま、項羽を見つめる。

 

 

 

 

 

 戦いを開始するゴングはならない……それでも2人は激突するのは目に見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かに思えていたが。その前に上から何かが落ちてくる。そしてそれは灯の隣に着地した。

 

 

 

「何清楚ちゃん奪おうとしてるんだよ」

 

 

 

 川神百代だ。清楚の一撃から簡単に立ち直り今は既にピンピンしている。いや、間違いなくダメージはあった。だがそれはとっくに回復しているかのよう、現に百代は今無傷である。

 

 

 

「いやーだって? 清楚先輩……今は項羽か、その人からご指名頂いたらさーそれに答えないといけないじゃん?」

 

 

 

 項羽は百代が戻ってきたことに驚かず、一目チラっと見て視線を灯に戻した。どうやら今興味があるのは灯。自らの力を見せつけたいのは彼らしい。

 

 

 

「ホラ、項羽からも熱々な視線を感じるし……ここは譲れよ、モモ先輩」

 

 

 

 それでも項羽と戦いたいと百代は反論しようとする。先に彼女に突っかかっていったのは自分である。トップバッターは私だと主張しようとする。だがその言葉を口にしようとした瞬間あることに気付いた。

 

 

 

(こいつ……眼が真剣じゃないか)

 

 

 

 いつの間にか彼の纏っている雰囲気が変わっていた。おちゃらけた、チャラチャラしているオーラは飛び散っている。いつ変わったか? きっと跳び膝を受け止めた時にスイッチが入ったのだろう。

 

 話し方は何時もの彼と変わらない、不敵な笑みも普段と一緒。だが決定的に違うものがある。それが眼。刀の先端のように鋭く相手を見つめる眼。

 

 それは武術を嗜んでいる奴なら感じ取れる……今の国吉灯はやる気だ。

 

 

 

 

 

 項羽と灯、お互いがお互いを闘志むき出しの眼で見ている。ここに百代が乱入しては2人からしてみれば興ざめだ。

 

 もし自分が真剣勝負を前に第三者の邪魔者がはいったら冷めてしまう。今は百代がその第三者の立場になってしまったのだ。

 

 

 

「…………あーあ、清楚ちゃんを灯に取られて、清楚ちゃんに灯を取られてしまったか」

 

 

「機会に恵まれないだけだろ、女運も男運もないんじゃないのか?」

 

 

「この美少女に向かって何て事を言うんだ! …………私の期待を裏切るなよ?」

 

 

 

 そう言うと百代はお立ち台から場所を移す。納得はいかないがここは引くべきだと、武人としての判断を下した。

 

 心がまだまだだと言われている彼女だが、一度冷静になればこのような考えも出来る。常時このような判決が出せるかと言われたらそうではないのだが……ようは戦闘衝動が抑えられるか否かの問題。今の彼女はまだ抑えられたらしい。

 

 大和たちがいるF組に瞬時に移動し彼らを驚かすものの、何時もの事だと彼らはすぐにグラウンドへと視線を戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 国吉灯 VS 覇王西楚 開戦――




 私としては感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

 それではよろしくお願いします。


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22話 ~国吉灯と最強の英雄 その2~

 ――――豪い事になってしまったのぉ……

 

 

 

 川神鉄心は目の前で起こっている現状を見て素直な感想を抱く。

 

 

 

 項羽覚醒に伴って発された爆発的な気にはすぐに反応出来た。これほどの莫大な気、気付かない訳がなかったが全く正体が掴めない。

 

 正体不明である気の持ち主は誰であるかを確認しようと、グラウンドに目を向けてみたら…………葉桜清楚、否、覇王西楚が威風堂々と仁王立ちしているではないか。

 

 孫娘である百代を軽々と吹き飛ばしたことで強大な武力を保持していると言うことも、充分に理解出来た。

 

 間違いなく川神院の修行僧でも太刀打ちできない程、余裕で強さの壁を超えている。

 

 

 

 あの花をこよなく愛する少女が、ここまで変貌したことに流石の鉄心でも驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 

 だが事態は一転二転、目まぐるしく変わる。学園1、ある意味有名な生徒である国吉灯が教室から飛び降りてきた…………何をやらかすと思いきや、項羽の跳び膝蹴りを防ぎ、弾き飛ばしたではないか。

 

 それに呼応して、彼女の闘気が膨れ上がる。それに対していつもと変わらないふざけた態度で迎え撃つ灯。

 

 

 

 

 

 いや、いつもと全然違う。鉄心にはそう見えた。

 

 

 

 

 

 ――――国吉の奴め、やる気満々ではないか

 

 

 

 ニヤリと笑っている様子はいつもどおりだろう。だがまず眼が決定的に何時もと違う。不敵な笑みの中に秘められている闘気。普段の濁りきった目ではない。

 

 きっと彼の中で武道家としての、戦士としてのスイッチが入ったのだと鉄心は予想する。

 

 

 

 学長という立場からして、この2人の激突は止めたほうがいいのは分かっている。灯と項羽が本気で戦ったら川神学園が崩壊してしまう可能性がある。戦えない一般生徒が……いや、武術を嗜んでいる生徒でも巻き込まれて怪我を負ってしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 ただ、それ以上に2人の決闘が見たいという気持ちが強くある。

 

 若くして壁を超えている者同士の戦いなんて簡単に見れる物ではない。こんな弾けたカードを見逃してはいけないと、本能で訴えている。

 

 

 

 

 

 鉄心が出した結論。

 

 

 

 川神学園の生徒に被害が出そうならば、その時は身を呈して止めにかかる。それが学長として、この学園を預かる者としての責任だ。

 

 学園外に出るというならば、既に周りをグルリと囲んでいるヒュームを中心とした九鬼従者部隊が何とかするだろう。よって周辺住民に被害が出るという可能性も少ない。勝手に挑んでいく輩もいるかもしれないが、それは自己責任だ。

 

 それまではこの決闘を見届けようではないか。この勝負、茶々など入れずに見守ろうと…………決断を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「学園内に突入しなくてよろしいのですか?」

 

 

「構わん、このまま待機だ」

 

 

 

 九鬼従者部隊の1人、李が上司であるヒュームに確認を取る。

 

 対して彼は待機を命じる。命令を確認したら李はすぐに後ろに控えている従者達に伝達を開始した。これで従者部隊は誰一人として川神学園に突入しないだろう。

 

 今は……の話ではあるが。

 

 

 

 

 

 ――――項羽……想像を遙かに上回る戦闘力だな。

 

 

 

 ヒュームは目覚めたばかりの項羽の戦闘力を計り始める。

 

 とても覚醒直後の者が持つ武力ではない。いや、彼女にとって目覚めたばかりだからと言った理由で全力が出せない何てことはない。

 

 ただ単に気に要らない奴らをぶっ飛ばす存在、最強の英雄。強い理由なんてこれに尽きる。

 

 

 

 

 

 そんな英雄の前に立ちふさがる1人の人間。国吉灯を見てヒュームは…………

 

 

 

 ――――日向の孫はどこまでやれるかな?

 

 

 

 項羽に圧倒されるならば所詮その程度。まだまだ赤子であったと評価を下す。

 

 やりあえるならば、それでこそ自らのライバルであった血を継ぐ者としてマシな赤子であると認識する。

 

 灯の祖父である日向を超えるためにはこの壁は乗り越えなければならない。クローンの王を超えて見せろ。俺を楽しませてくれ。

 

 

 

 最強を守る老執事の瞳の奥底がギラリと光った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯は首を右に左にと、動かして軽いストレッチを行っている。今から軽く運動するかのような様子ではあるが、視線は項羽から決して外さない。外せない。

 

 気を抜いた瞬間、強烈な一撃を貰うことは容易に想像がつくからだ。百代にカウンターを決めた実力は間違いなく本物である。

 

 

 

 

 

 対して項羽。その様子で自分と対峙しているのが気に要らない。自分よりも高い位置で見降されているのも気に要らない。自分は覇王だ。覇王が下であること事態、許されないことである。

 

 

 

 

 

 だがそれ以上に楽しみにしている自分がいる。

 

 

 

 目の前の男、間違いなく強い。清楚の中で眠っていた時から薄々と感じていたが先の跳び膝蹴りを受け止められたことでそれは確信に変わった。

 

 受け止められた時、そのまま押し切れると思っていたが……灯は力負けしなかった。それどころか自分を弾き飛ばすという芸当までやってみせた。

 

 

 

 強者と戦うのは気分が良い。そしてそれを倒した時の快感を項羽は本能で悟っている。思わず笑みがこぼれる。どこまで自分を楽しませてくれるのだろうか?

 

 

 

「んっはぁ! この俺を楽しませてくれよ!!」

 

 

 

 足に力を込める。そして次の瞬間、灯の横に移動し、顎を目掛けて右のアッパーを放つ。本当に一瞬の出来事。圧倒的破壊力が込められている覇王の右を――――

 

 

 

「ほっ!」

 

 

 

 今度は肘で受け止める。だがそんなことで彼女は攻撃の手を緩めない。止められたと分かった瞬間、次の一手。左拳が飛んできた。

 

 それを腕でガードしようとしたが、力に負けて後ろに吹き飛ばされる。結果お立ち台から落下しグラウンドに着地することになったが、奇しくもそれは灯にとって好都合であった。

 

 

 

 お立ち台は余りにも狭い。とても2人が乗って暴れられる広さではない。何より狭すぎては出したい技も出せなくなってしまう、常にインファイト状態。間合いが取れないとなると単なる殴り合いだ。

 

 殴り合いは灯が得意としているフィールドではあるが、恐らく項羽も得意であると予想する。まだまだ底が見えない相手であるためバトルステージは広いほうが良い。勝負を焦る必要はどこにもないのだから。

 

 

 

 お立ち台から移動した灯を確認し、距離を広げることなど許さないと言わんばかりに項羽が反応。フィールドの事など一切考えていない彼女は灯が着地した瞬間、すぐさま詰めより跳び降りながら拳を振り下ろす。

 

 

 

「そう……急ぐなっ……よ!!」

 

 

 

 灯は更に後ろへステップすることで躱すが、項羽の勢いはとどまることを知らない。

 

 振り下ろした拳を逆方向に動かすことで裏拳、2発続けて放ってくる。その後も項羽は一切の加減をせずに、闘争本能のまま腕を奮う。右に左に、そのどれもが顔面を狙ってくる必殺のもの。何発も何発も、息を着かせる暇など与えない勢いで。

 

 

 

 

 

 並みの武道家ならばヒットした瞬間決着がつくであろう打撃を、灯は捌き始める。

 

 腕でガードする、顔を動かすことで直撃を避ける、手で払い飛ばす。拳の動きを目でしっかりと捉え的確な対応。遅れてしまえばその時点で主導権は項羽が握ることになる。彼女に握らせないためにも今は防ぐ時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが現状流れは項羽に傾いている

 息をつかせないラッシュ。決して反撃の隙を与えない。その時点で優勢なのは彼女だ。

 

 

 

 

 

 しかしこの嵐のような攻撃を灯は全て防いでいる。力に任せ突き破ろうとしても突破出来ない。何発と同じところに打ち込んでも崩せない。

 

 それを歯がゆく思ったのか、流れを完全に引き寄せようと考えたのか、右腕に気を集中し始め威力を高める。そして――――

 

 

 

「はァッッ!!」

 

 

 

 ライフルの様な右ストレートが灯に襲いかかる。ガードごと吹き飛ばしてしまおうと、灯を喰い破るための…………力に任せた一撃。

 

 

 

「おぉっと!」

 

 

 

 だが威力が高まったが故に生まれる隙。先ほどのラッシュ時より大ぶり。壁を超えていない者だったら小さな小さな物である。しかしマスタークラスの者が見ればそれは充分過ぎる隙だ。

 

 決して拳から目を離さなかった灯はこのライフルを回避。

 

 

 

「ぬ……ッ!?」

 

 

 

 躱されたことに項羽の眉がピクリと動く。ガードせずに避けてくることは考えていなかったのだろうか?

 

 対して灯はそのまま懐に潜り込み右手で項羽の襟を掴み取る。

 

 

 

「ッしゃぁ!!」

 

 

 

 項羽の体が浮く。服ごと強引に引っ張り上げ、彼女を背中から、受け身なんか取らせずに思いっきり叩きつける。余りにも無茶苦茶な一本背負いもどき。完全に力を物に言わせた技。

 

 

 

「ぐっはァッ!?」

 

 

 

 一瞬息が出来なくなる。背中から全体に向けて衝撃が走る。

 

 その衝撃に負けず、キッ! として目で灯を見る。いや、睨みつける。またも自分が見降ろされている。だが決定的に先と違うのは、見下されているように感じたこと。

 

 

 

「どうした覇王様? これでK.Oか?」

 

 

 

 この軽口も非常に腹立たしい。ニヤニヤした表情が一層項羽をイラ立たせる。怒りのボルテージが上がっていく。

 

 

 

「こっっっの!!」

 

 

 

 倒れたままの状態で足払いをし灯をコかそうとするも、これを軽くジャンプすることで彼は避ける。

 

 勝負はまだまだこれからだ。ただの1回背中から叩き落とされただけで決着はつかない。項羽はすぐさま起き上がり灯目掛けて跳びかかっていく。

 

 

 

 それを迎え撃つ。灯の右手と項羽の左手、屑の左手と覇王の右手が絡まりあう。超至近距離での力比べ。

 

 

 

「貴様には覇王とは何たるかを示してやる……ッ!」

 

 

 

 項羽の筋肉が唸りを上げ始める。清楚の頃から異常であった力いや、清楚時以上の力がここぞとばかりにが爆発する。

 

 

 

「……ッ! すっげぇじゃん……ッ!」

 

 

 

 彼女の力を直で受けることで改めて認識する。細腕が発するとは思えないほどの怪力。このパワーは尋常じゃない。自分が押されていくのが分かる。

 

 

 

 

 

 しかし灯の筋肉も負けじと膨らみ始める。ぶつかり合った当初は項羽が僅差で押していたのだが……完全に止まった。力が拮抗し始めたのである。

 

 

 

「面白い! 俺と力で張り合うか!」

 

 

「後で褒めてくれよ……ッな!!」

 

 

 

 同時に2人が笑う。

 

 その2人のパワーに耐えきれなくてか、グラウンドが抉れ始める。腕だけの押し合いではない。全身の筋肉をフルに使って相手を倒そうとしている。下半身にも力を込め相手に押されないようにと踏ん張り、相手よりも自分のほうが強いと示すために上半身が唸りをあげる。

 

 

 

 

 

 しかし拮抗は長くは続かなかった。

 

 

 

 

 

 肩よりも少し下の辺りで掴み合っていた両手が腰よりも下に移動、そしてその後――――

 

 

 

「オッッッラァ!!!!」

 

 

 

 項羽が投げとばされた。綺麗に宙で一回転して地面に叩きつけられる。

 

 

 

 項羽は一瞬何が起こったかさっぱり分からなかった。何故自分が地面に倒れているんだ? この覇王が力で負けてしまったのか? 仰向けで空を見上げながら現在の状況を理解しようとする。認めたくないないが、出てくる結論は1つだけ。

 

 

 

「この俺が……2度も投げ飛ばされただと!?」

 

 

 

 ありえない。自分は西楚の覇王なのだ。強いはずだ、天下を取るために生まれたはずだ。その目標があっさりと崩れ去ろうとしている。

 

 

 

「おいおいどうした? これじゃ覇王(笑)だぞ? やーいやーい」

 

 

 

 人を舐めきった表情で項羽を見降ろす灯。力比べの勝者は依然余裕綽々である。

 

 見え見えの挑発だが、この顔を見て項羽が噴火しない訳がない。

 

 

 

「許さぬ!!」

 

 

 

 怒りに任せて立ち上がる。項羽は既に激怒している。肉体的ダメージはそこまで入っていないだろうが、精神的ダメージは充分過ぎるほど受けている。自分が2回も遅れを取るなんてこそは許せない。

 

 

 

「こんの……無礼者がぁ!!!!」

 

 

 

 再度灯目掛けて、項羽が獲物を狩る動物のように襲いかかってくる。

 

 

 

「ん…………んんッ!?」

 

 

 

 立ち上がる時までは灯は余裕ぶった態度を崩さなかった。

 

 挑発は完全に成功。項羽の怒りは頂点に達しただろう。油断もしてはいなかった。ただ予想外だったのは、基礎身体能力が先ほどよりも跳ね上がってること。気付いた時は既に項羽は自らの間合いに入ろうとしていた。

 

 

 

「喰らうがいい!!」

 

 

 

 ダンプカーのようなブローが灯を襲う。これを何とか捌こうとするが……捌き切れない。遂に項羽の拳が灯を捕えた。

 

 この好機を覇王が見逃すわけがない。本能が訴えている。たたみ掛けろと……!!

 

 灯もすかさず立ち直す。この状況、無理やり攻撃に転じても押しこまれる可能性のほうが高い、と判断。最初のラッシュ時のように、ガードしたり避けたりしチャンスを待つ展開に持ち込もうと企む。

 

 

 

 しかしそれよりも項羽の攻撃のほうが早く、何よりも威力も上がっている。

 

 

 

 骨を折らんとばかりの、ガードなんて意味がない、1つ1つが必殺の域に達している右に、左と灯を攻め立て始める。

 

 強引に攻撃をねじ込んでいく。腕が目の前にあろうと関係ない。手のひらで捌いてこようとしても関係ない。ただひたすらに、力技で灯を倒そうとしてくる。

 

 非常に単純な攻め方、だがそれが防げない。対処しようがない。

 

 灯に項羽の拳が何度も入る。腹に、頬に、肩に、次々と打ちこまれていく。勿論クリーンヒットしない物もあった。だがその場合は次の一撃が入ればいい、と言わんばかりに次々と拳が飛んでくる。

 

 その繰り返し。項羽の本領が発揮され始めた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灯くんが……!」

 

 

「これは……」

 

 

「うん、このままだと国吉は倒れる……」

 

 

 

 2年F組の代表武士娘であるワン子、クリス、京がラッシュに持ち込んだ項羽を見て、押されている灯を見て決まったのではないか? と不安を抱き始める。

 

 

 

 ワン子とクリスは信じられない様子で、京は客観的に、あくまで冷静な様子。

 

 前者2人は項羽を2度地に伏せた灯を見て、これは勝ってしまうのではないかと期待していた。

 

 

 

 

 

 だが今はどうだろうか? 項羽の攻撃力が桁違いなのは見てわかる。武道経験者から見ればあの破壊力は異常である。それこそ百代とタメを張るぐらいなのではないか? そう思う程に。

 

 それを受け続けている灯が今現在倒れていないのは奇跡だ。だが奇跡は続かない。そのうち力尽きてしまう、そう3人とも思っていた。

 

 

 

 

 

 だが百代は感じていた。いや、直感で感じ取っていた。

 

 この勝負まだまだ続くと、ここでは決着はつかないと。

 

 

 

(このまま終わるような男じゃないだろ? 灯)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遂に灯がよろける。足がふらつき後ろにと下がろうとする。

 

 その瞬間を見逃す程覇王は甘くない。

 

 

 

「これで……!!」

 

 

 

 ここで大技が入れば、ここでこの跳び蹴りが決まれば勝負が着く。そう確信する。

 

 

 

「トドメだ!!!!」

 

 

 

 高く、高く跳躍する。そして5メートルほどの高さからターゲットをロックオン。

 

 自分の攻撃をあれほど耐えたのは感心出来る。中々に満足できる戦いであったと、既に勝者の気分で最後の決め技を放とうと――――。

 

 

 

「超技! 覇王流せい……何!?」

 

 

 

 灯目掛けて跳び蹴りを打った瞬間、彼は笑った。さっきから何度も見ている不敵な笑い。相手を見下したような、人を喰ったような表情を。

 

 

 

「俺が倒れると思ったか? 残念でしッた!!」

 

 

 

 項羽は見誤っていた、この国吉灯という男のタフさを。

 

 あれほどラッシュを打ち込んでも倒れないとは想像もしていなかった。ダメージはあるだろう、骨も軋んだだろう、痛いと感じているだろう。だが倒れない。地面に伏すことなくしっかりと踏ん張っている。

 

 

 

 項羽は灯に大きな隙を与えてしまった、ラッシュを止めたことが原因。あのまま押しこんでいれば、もっと弱らしてから仕留めていれば、違った結果になったかもしれないが、時すでに遅し。

 

 

 

 彼女が跳び、落ちてくるのに合わせて灯も跳ぶ。体全体を捻りながら、勢いをつけて跳ぶ。

 

 

 

 

 

 項羽と灯、この2人が交差する。そして攻撃が直撃したのは――――項羽。

 

 

 

 対空撃技、メテオスマッシュが彼女の腹を捕える。

 

 

 

「ぐっがぁ!?」

 

 

 

 胴回し蹴りが綺麗に決まった。斜めに落ちていく予定だった項羽の体は方向転換。直角に落下しこの戦闘で3度目、背中から叩きつけられた。だが今回は腹へのダメージがとにかく大きい。これまで以上の衝撃と痛みが彼女を襲う。

 

 

 

 カウンターを決めた灯は美しい放物線を描きながらしっかりと両足で着地。両足が地に着いたのをしっかりと噛みしめた後、後ろで倒れているだろう項羽を見ようと振り向く。

 

 改心の一撃。間違いなくそう宣言出来る。動けないはずだと確信を持って見た光景は

 

 

 

「……く」

 

 

 

 片膝を立てて立ち上がろうとしている項羽の姿だった。

 

 

 

「…………マジか……やるなァ」

 

 

 

 灯も目を見開き驚いた表情を隠しきれない。口角こそ若干上がって笑っているようにも見えるが、それは引きつっているという表現のほうが合っている。

 

 

 

「一応聞こう。まだやる気か?」

 

 

「当然だ」

 

 

「ですよねー」

 

 

 

 未だ衰えない彼女の覇気と闘気を見れば一目でわかることだが、一応尋ねてもみた。結果は灯が予想した通りの物、戦闘続行だ。

 

 

 

「今のは……凄くキいたぞ……」

 

 

 

 今までとは違いゆっくりと立ち上がる項羽。視線は灯から外さずすぐに跳びかかっていきそうな気配ではあるが、意外に襲いかかっては来ない。ただ気を抜くつもりはない。いつでも動けるように、先のような動きにも対応出来るように集中力は乱さない。

 

 

 

「もはや容赦はせん!! 天誅を下してやる!!」

 

 

「天誅じゃなくて清楚ちゃん状態での罰ならば、受けるのも吝かではないんだけどなー」

 

 

「その余裕ぶった態度も今の内だけだぞ? スイ! 俺のところへ来い!!」

 

 

 

 項羽が雄たけびを上げるとその数秒後、正体不明の爆音が灯の背後から聞こえてきた。

 

 

 

「灯くん! 後ろ!」

 

 

 

 窓からワン子の声が響くのと同時に後ろを振り向いてみると、そこには超巨大なバイクがあった。しかも灯目掛けて突進してきてる。後1秒立たずに直撃してしまう、そんな位置に。

 

 

 

「いや! ちょッ!」

 

 

 

 一瞬の出来事に動揺を隠しきれない。油断はしていなかったが、まさか項羽以外の者が、いや物からバックアタックを仕掛けてくるとは思わなかった。

 

 避けるのは間に合わない。かといってこのまま当たるのは痛い思いをすることになるのでごめんである。だとすればやること、やれることは

 

 

 

「アァッ!!!!」

 

 

 

 バイクを受け止めるしかない。自らの筋肉をフルに使い、5人は乗れるであろうバイクを止めにかかる。ここで力負けして轢かれるわけにはいかない。歯を思いっきり食い縛り勢いを止めようと必死になる。

 

 

 

 その甲斐あってかほんの僅か、バイクの動きが停止した。しかしホイールこそギュルギュルと回っている。少しでも力を抜けば再度押されることは分かっているため、力を抜かずにそのまま横にロールすることで直撃を避ける。

 

 

 

「ハァ……ハァ…………誰だァ! 人を殺そうとした大馬鹿者は!?」

 

 

 

 顔をあげて運転している者を確かめようとする。

 

 しかしそこには誰も乗っていないではないか。突然の出来事が重なり、何が起こっているのかがさっぱり掴めていない。

 

 混乱している中、項羽の声が耳に入ってくる。

 

 

 

「おぉ! 来たかスイ!」

 

 

「お呼びですか?」

 

 

 

 彼女の言葉に反応するバイク。その無機質な機械音声、灯は聞きおぼえがある。つい最近……いや、昨日聞いた記憶が残っている。

 

 

 

「……清楚先輩のチャリか?」

 

 

「そうだ!! これぞスイスイ号の真なる姿!」

 

 

「皆さま、どうぞよろしくお願いします。…………チッ、轢き損ねたか」

 

 

「おいお前後でスクラップにしてやるから覚悟しとけよ」

 

 

「あぁ!? 上等だやってみろ塵屑野郎が!!」

 

 

「スイ! 今は俺がコイツと戦ってるんだ……さぁ! 武器を出せ!」

 

 

 

 灯とスイスイ号が激突しそうな様子を止める項羽。いや、獲物を横取りされそうなのを防いだと言ったほうが正しいだろう。

 

 

 

「……何をご所望ですか?」

 

 

「呂布の武器でいくとしよう、方天画戟だ!」

 

 

 

 武器名を宣言した瞬間、スイスイ号の横から1本の、槍のような物が出てくる。項羽はそれを手に取ると、感触を確かめるかのように横に一閃。良く手になじむ。使った記憶はないが、使い方は心得ている、体が知っている。

 

 

 

「さぁ行くぞ!! 国吉灯ぃ!!」

 

 

 

 お互いダメージは受けている。項羽に強烈な一撃を与えたことで現状ダメージレースを制しているのは灯であろう。しかし彼も何発か良いものを貰っている。勝利の女神はどちらに微笑むのかは未だ予想がつかない。

 

 闘志お互いに尽きず。第2R開始。まだまだ戦いは始まったばかりである。

 




 皆さんお久しぶりです。りせっとです。

 投稿期間空きすぎですね。私も書いている途中何書いていたか忘れてしまっていた程にです。

 感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

 それではよろしくお願いします。


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23話 ~国吉灯と最強の英雄 その3~

 自らが絶対の信用を置く武器、方天画戟を手にし益々気が膨れ上がる項羽。

 

 灯もその膨れ上がる闘気を前にしても一歩たりとも後ずさることはない。相変わらずふてぶてしい態度で相手を待ち構える。

 

 

 

 

 お互い自分が負けることなど一切考えていない。

 

 勝つのは自分、地面に伏す敗者になるのは目の前に居る奴。非常にシンプルな思考。

 

 

 

 だが決闘ではこの思考こそが重要になってくる。誰が負けることを頭において戦う奴がいるだろう? 戦う以上勝つのは自分。敗北のビジョンが浮かんだ瞬間、それは現実になってしまう。

 

 項羽と灯、2人とも自分の実力に絶対の自信があるからこそ怯まない。怯むはずがない。

 

 

 

 

 

 仕切り直しとなったこの戦い。先に動いたのはまたもや項羽であった。

 

 

 

「んっはぁ!!」

 

 

 

 彼女の細腕から振り回される方天画戟による打撃。手にしたばかり、そして自分の身の丈に近いほどある重量武器を使用しているのにも関わらず、武器に使われることなど全くない。しっかりと使いこなしている。

 

 

 

 だがその攻撃、灯は見えていた。非常に鋭い物ではあるが、速度自体は素手の時と対して変わってはいない。

 

 だからこそ破壊力満点の方天画戟を打ち落とすために拳を奮う。威力は――――互角。

 

 ぶつかり合った瞬間、互いに弾き飛ばされ少々後退する結果となる。

 

 

 

 しかし項羽は更なる一手を放つ。体を一回転させることで瞬時で体制を立て直す。それとほぼ同時に第2打、第3打と、手を緩めることなく襲いかかってきた。一切手を緩めずに苛烈に攻め立ててくる。

 

 灯も負けじと連撃を次々と捌いていく。鍛え上げ続けてきた自慢の拳で武器を手にした彼女と対等に打ちあう。

 

 

 

 項羽が振り下ろしてきた方天画戟を横殴りすることで強引にはたき落とす。武器の先端と拳が激突し衝撃波が生まれる。横の払い攻撃を蹴り上げることで軌道を大きくずらす。突きを強引に足で止める。互いに打ち負けず、事態は膠着し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数十撃打ちあいを繰り返したあたりだろうか?

 

 

 

 徐々にではあるが、この状態に変化が表れ始める。

 

 

 

 項羽の攻撃スピードがだんだんと速くなり始めたのだ。

 

 彼女は手を抜いていて少しずつ本気を……なんてことはないだろう。

 序盤に押され気味だったことも考慮すると、手を抜いて戦える相手ではないということは充分に理解出来ているはず。

 

 

 

 だとすれば、戦闘能力が底上げされ始めた…………という何とも馬鹿げた考えが出てくる。

 

 しかし過去戦場では無敵の強さを誇っていた英雄のクローンである。相手の強さに呼応して自分も更に強くなっていく……何てこともあるかも。更に強くなり始めた理由を無理やりにでも考えるのならば、これが妥当な結論かもしれない。

 

 

 

 そして項羽が有利な面もある。リーチの差。彼女が振るう方天画戟は持ち主の身長とほぼ同じぐらいの長さと大きさだ。その全長から広い間合いを持っているのは言うまでもないだろう。

 

 

 

 対して灯は懐に飛び込んでいかないとダメージを与えることが出来ない。相手を間合いに入れずに自由自在に攻撃出来る項羽と、嵐のような攻撃をかいくぐらない限り効果的なダメージを与える打撃が放てない灯、ここで大きな差が出ている。

 

 

 

「チッ……」

 

 

 

 そのことを灯も分かっているのか、ただ武器をはじき返しているだけの現状に腹立たしいのか、表情が少しづつ曇り始めた。

 

 このラッシュをくぐりぬけて一発入れようとするもリーチの差は大きく、武器を振り回すスピードも速い。どうしても後一歩が踏み込めない状態が続いている。

 

 

 

(このままじゃ埒があかねェ……これ以上焦らされるのは勘弁だな)

 

 

 

 ここで灯はある決意。

 

 もう既に30回は打ちあっているだろうか? それとももっと……? 正確な回数はもう数えられないが、項羽の一撃を今までと同じように拳で打ち返すと同時に、軽く後ろへ跳躍。そして少し距離を取ったと思いきや――――詰め寄る。

 

 ロケットのように項羽目掛けて飛び出す。体制を低くし眼光鋭く、獲物を仕留めに向かう。

 

 

 

 その動きに反応する項羽。当然のように迎撃に移る。己の武器である方天画戟を手足のように使いこなして目の前の男を倒しにかかる。大きななぎ払い――――

 

 

 

 灯は裏拳を放つ。武器を外側に弾き飛ばして項羽に大きな隙を作ろうとする。方天画戟のリーチの長さを逆手に取る。長さがある分、体制を整える時間がナイフや素手に比べるとかかってしまう。

 項羽は完全に方天画戟を使いこなしている。が、それでも少々の隙を作ることは出来るはずだ。

 

 だがこの作戦、方天画戟を弾き飛ばすことに成功したとしても自分が飛ばされないことが重要になってくる。激突した勢いに負け、自分自身の体制が少しでも崩れてしまえば今までと一緒。また方天画戟VS素手の打ちあいの始まり。

 

 だからこそ打ちあった後も今まで以上に四肢に力を込め踏ん張る。

 

 方天画戟が灯の手に当たる。彼は力いっぱい外に弾き飛ばし、そして自分は項羽に向かう体制を構え続ける―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――ついに間合いに入った。

 

 

 

「しィ!!!!」

 

 

 

 腹目掛けてのブロー。灯の狙い通り、項羽にこれを防ぐ術はなく綺麗に決まる。先ほど与えた胴回し蹴りに加えてのボディブロー。これでK.Oだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし1つだけ誤算があった。

 

 

 

「グッ!? …………なかなかの……攻撃だ」

 

 

 

 項羽自身も相当タフであったということ。

 彼女は後退もせず蹲るなんてこともなかった。表情を見るに相当効いているはず。しかし項羽はそのダメージを負っている体で、腹で、灯の攻撃を受け止め切ったのだ。

 

 

 

 

 

 ――――マジかよ……

 

 

 

 灯の額に軽く汗が流れる、冷や汗だ。自分の強烈極まりない打撃を2度与えてまだ立っている。まさかここまで耐えてくるなんて思ってもいなかったのだ

 

 その考えをすぐさま脳内から取り払い、左を打とうとする。が、項羽のほうが速い。

 

 

 

「んっ……はぁ!!」

 

 

 

 近づいてきた灯に頭突きをお見舞い。脳が揺さぶられ、彼の動きを一瞬封じることに成功。方天画戟を振り回すには充分な時間だ。

 重量武器が灯に再度襲いかかった。頭に直撃。頭突きよりもさらに強力な一撃が決まり、動きが止まるどころか体制がグラリと崩れる。そしてそれを見逃す項羽ではない。

 

 鋭く重い、第二撃目が灯の横っ腹にヒット。吹き飛ばされ……いや、ぶっ飛ばされた。地面を超高速でバウンドしながらグラウンドの端に建っていた倉庫のドアを突き破って激突。最初の百代と同じような状態になってしまう。

 

 

 

「俺の強さ……思い知っただろう!」

 

 

 

 頭突きからの2連撃が決まったこと、吹き飛ばされた灯を見て、決着がついたと確信する彼女。

 1つ息を吐き、非常に満足そうな笑みを浮かべ勝利をアピールするかのように方天画戟を自らの頭上で軽く振り回し地面に叩きつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うそでしょ……?」

 

 

「流石に……国吉でもこれは……」

 

 

「項羽……何て力なんだ……」

 

 

 

 F組の武道3人娘はこの光景が冗談であってほしいと思っていた。ワン子、クリスに至っては目をまん丸と見開いて信じられない、そんな表情がありありと浮かんでいた。

 

 

 

 彼女たちが……いやF組全員が抱いている国吉灯とは、簡単に言ってしまえばどんな状況でも何とかしてしまう、そんなイメージ。ここは少し風間とダブる所もある。

 常に余裕があり、人を喰った態度を取り続ける。情けないところも多い、そして非常に気分屋だが、気分が乗ってくれればこれほど頼りになる奴はいない。

 

 

 

 そんな灯が負けた? にわかには信じられない。口ポカーンと開けて倉庫のほうを見ている者、グラウンドで勝利の余韻に浸っている項羽を見る者、様々な反応を見せる。

 

 

 

「さぁ! 次はお前か? 川神百代!」

 

 

 

 項羽が2年F組に居座っていた武神に目を向けた。

 1番気になっていた奴は自分の部下になることを承諾せずに、無謀にも覇王に挑み玉砕した。

 

 次は川神学園で最強を欲しいままにする川神百代がターゲット。挑発を隠さない目つきで睨みつける。

 

 

 

 百代はその言葉に反応しグラウンドに飛び出す…………なんてことはしなかった。

 何とも落ち着いた様子で項羽を見つめている。

 

 

 

「フフフ、待っていたぞ!! ……って言いたいところだが」

 

 

「? 何を言っている?」

 

 

「まだ決着、着いてないぞ―」

 

 

 

 そう百代が言いきった瞬間、項羽の背中に大きな衝撃が走った。思いっきり何かがぶつかった、そんな感覚である。

 

 ぶつかった物を確かめようと後ろを振り向く。すると足元にはサッカーボールが……

 

 

 

「な、誰だ!? この覇王にボールをぶつけた無礼者は!?」

 

 

 

 怒りの根源を引き起こした者を探そうとするが、次に新たな物体が項羽目掛けて飛んでくる。バスケットボールだ。そして野球の軟式ボール。サッカーボールが2度目、3度目。挙句の果てには陸上部が使っているであろうハードルまでが飛んできた。

 

 

 

「えぇい! まどろっこしい!!」

 

 

 

 項羽はまとめて吹き飛ばそうと方天画戟を振るう。

 簡易的な竜巻を起こすことで様々なボールたちはそれぞれ散り散りとなり項羽に当たることなく天に舞った。その後にボールたちの出所を確認。

 

 奇しくも先ほどまで彼女を務めていた男が居る方向と完全に一致している。

 

 

 

「国吉灯ぃ!!!!」

 

 

「はーあァーーい! お呼びで?」

 

 

 

 何とも軽薄そうな声と共に倉庫の中から瓦礫を強引に吹き飛ばしつつ再度フィールドへ戻る灯。額から血が垂れている……先の攻撃は決して無視できない物であった。しっかりとダメージは体に蓄積されている。

 しかし眼は死んでおらず、未だに戦う気満々だ。

 

 

 

 灯が飛ばされた先は体育時や部活動時に使用する道具がしまってある倉庫であった。

 そこに扉なんかもろともせずに突き破り、様々なボールなどがしまってある棚にぶつかることで漸く動きが止まる。

 

 気絶することなく僅かな時間で起き上がり周りを見渡すと、サッカーボールが、バスケットボールが、転がっているではないか。それを見た順に蹴飛ばし始めたことが事の切っ掛け。あのまま勝利の余韻に浸らせるわけにはいかない。

 

 

 

「貴様……まだやるか?」

 

 

「これでくたばったら清楚ちゃんつまんないでしょ?」

 

 

「んは!! なかなか面白い! いいぞ、存分に遊んでやる」

 

 

 

 灯はゆっくりと項羽のそばに歩いて寄る。制服の所々が破けているのは倉庫に突っ込んだことが原因であろう。

 

 

 

 項羽は方天画戟を再度構え戦闘態勢に移行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがピタリと、灯の足が止まった。まだ項羽と距離はある。近づかなければ彼女にダメージを与えるすべはないのに、だ。戦闘が怖くなったのか? いや、この男に限りそれはないだろう。

 

 止まった……と思いきや、灯が一声。

 

 

 

「ワン子ちゃん! お嬢!」

 

 

「な……なに!?」

 

 

 

 急に名を呼ばれたことでワン子の肩がビクリと上がる。驚きながらも呼ばれた理由を尋ねる彼女。驚きながらもクリスも声は上げない。が、灯から視線は外していない。

 

 

 

「俺の机の下にぼろーい袋が置いてあるだろ? それこっちに投げてくれ」

 

 

 

 その言葉通り、灯の席の下……正確には机の横下。確かに袋が置いてある。昔の旅人とかが好んで使いそうな頑丈そうなズタ袋。

 

 中身が何であるかを聞き返したかったが、今は緊急事態。ゆっくり会話している暇はない。ワン子がその袋を持ち上げて、窓から投げようと……いや、投げられなかった。

 

 

 

「え? ちょっ!? 重!?」

 

 

 

 いざ持ち上げようすると…………あまりに袋が、いや袋の中身が重すぎてワン子の筋力では持ち上げることが出来なかったのだ。

 

 

 

「おい何やってるんだ犬! 遊んでいる暇は……重ッ!?」

 

 

 

 クリスの筋力でも持ち上げることは不可能。ワン子がふざけているのかと思いきや、どうやら本当に重いらしい。

 1人では持ち上げることは難しいし、投げるなんてことは持っての他。ならば2人の力を合わせればいい。

 

 

 

「クリ! 2人で持ちあげましょう!」

 

 

「そうだな」

 

 

「「せーの!」」

 

 

 

 掛け声仲良く、2人の筋力が合わさって遂に灯のお目当ての物が持ち上がる。窓までトボトボと近づいていき――――

 

 

 

「行くわよ灯くん!」

 

 

「おゥ」

 

 

「「せーの!」」

 

 

 

 ドサリッ! 灯の目の前に、とは行かなかったが、袋は彼が立っている位置から大凡左に10歩離れたところに落ちた。

 それに目掛け走るのかと思いきや、未だに決闘相手から目を離さずに立ち止まっている。

 

 

 

「……襲いかかってこないのか? じゃじゃ馬?」

 

 

「誰がじゃじゃ馬だ! ……俺はそんな姑息なことはしない。お前が来たらその時叩きのめすだけだ」

 

 

「ハッ! 覇王さまイッケメーン」

 

 

 

 灯はにやりと笑い、項羽から視線を外す。投げられた袋の位置へと足を運び始めた。ワン子とクリスにお礼の意味を込めて手をヒラヒラと振りながら。

 

 

 

 

 

 袋の中身は何やらごつい金属の塊が入っている。それには大量の亀裂が入っている、欠けているところだってある。

 塊は大きく分けて全部で4つ。そのうち3つは亀裂があり、大きな衝撃が加わればさらに亀裂が広がってしまいそうだ。

 

 

 

 ではラスト1つは? 新品とは到底言えない状態ではあるが、大きな傷などはなくまだ使えそうである。

 

 その1つを灯は取り出し自らの左手に装着する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀色の籠手と具足。これが正体である。

 

 灯の祖父の武器である。それを受け継ぎ今は灯の武器だ。

 

 

 

 

 

 今それらは満足に扱える状態ではない。装着したとしても灯の使い方に耐えられず、粉々になってしまうだろう。4つの内3つはそんな悲しい鉄屑状態。壊れているのではフルパワーは出せない。しかしそれでもだ、1つあるとないとでは大違い。腐っても灯の武器である。

 

 

 

 装着が完了すると同時に再度項羽へと視線を合わす。

 

 

 

「待たせたな」

 

 

 

 さもデートに遅刻したかのような態度で、灯は戦場へと帰還する。




こんばんわ。りせっとです。まさかここまで項羽戦が長引くとは思っていませんでした。私もびっくりしています。そして書くために清楚ちゃんルートを半分くらいやりなおしたのは内緒です。

感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

それではよろしくお願いします。


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24話 ~国吉灯と最強の英雄 その4~

 この籠手を着けるのはいつ以来だろうか?

 

 少なくとも祖父であり、持ち主であった国吉日向が亡くなってから装着した記憶はない。

 

 しかし……使い方を忘れた訳ではない。むしろこの重量感溢れる籠手が腕に、手にフィットする。

 

 

 

 相手は歴戦の英雄……のクローン。これ以上ない敵だ。

 

 

 

 

 

 少し懐かしい気持ちになりながら戦場に帰還した灯。

 

 目の前には楽しそうな表情を浮かべた覇王が依然と立ちふさがっている。だが相手が覇王のクローンであろうと負ける気は毛頭ない。

 

 

 

「んっは! 随分と立派な籠手だ! ……しかしボロボロで片手だけ、それでこの俺の攻撃が止められるとでも思った……ッか!」

 

 

 

 項羽が弾丸のように飛び出す。そして体を捻りながら一撃を放つ体制に移行。

 体を捻り、それをバネの如く元に戻すことで威力の跳ね上げる。再度吹き飛ばそうと、戦闘不能にしてやろうと、項羽は目で語っていた。

 

 

 

 灯は振るってきた方天画戟に対して、先と同じように打ち落とす構えは……取らず! 自らの顔の横に籠手を装着している腕を動かす……受け止める構えを取った。

 

 方天画戟と籠手がぶつかり合う。物が金属に思いっきり衝突した時に鳴る独特の音が川神学園全体に響き渡る。

 

 

 

 

 

 だがその後に項羽の目に飛び込んできたのは自分が望んだ光景ではない。むしろ全くの逆。自信を持って放った一撃を綺麗に受け止めている灯の姿が……あった。

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 まさか自らの攻撃が受け止められるとは考えてもいなかった。防御の姿勢を取った瞬間項羽はニヤリと笑ったぐらいなのだ。防御を突き破ってダメージを与えようとしたが、失敗に終わってしまう。と、なれば次にチャンスがまわってくるのは必然的に――――

 

 

 

 

 

 完全に方天画戟を受け止め切ったと確信した灯は一歩踏み出し間合いを詰める。項羽は身を引こうとするが時すでに遅し。

 

 彼女の胸倉を掴み、そのまま空中へと持ち上げると右足を軸にして項羽の足が地面に着かせないまま回転し始める。

 およそ十数回勢いをつけて回転した後、まるで野球のピッチャーのようなフォームで項羽を校舎目掛けて思いっきり投げ飛ばした。

 

 一直線、山なりを描くことなく項羽は校舎に直撃。ぶつかった衝撃で校舎にヒビが大量に入り、壁は凹む。

 とんでもない威力で投げられたことは壁を見れば誰もが分かることであった。

 

 

 

「止められるはずがない? ハッハー、面白いことを言った結果がこれだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ~……すっごいパワー……」

 

 

 

 松永燕は屋上からずっと灯と項羽の争いを見ていた。どちら共、一撃一撃に重きを置いた戦闘スタイル。自分にあのような攻撃がクリーンヒットしてしまったらその時点で勝負がついてしまうのではないか、と考えてしまう程荒々しい戦い。

 

 

 

(項羽も凄いけど、灯くんが着けているあの籠手……)

 

 

 

 項羽が壁に突き刺さっている状態のため、戦闘が一時中断している。頭の中でこの戦いの現状等を分析するには持って来いの時間。

 

 

 

 灯の籠手。クリスとワン子の様子から重量がまずおかしいということは理解できる。

 

 彼女らは自らの体を鍛え続けている。そのためそこらそこんじょの男よりも力はある。その2人が協力しなければ持ち上げられない程の重さ。まずこの時点で普通の筋力の持ち主じゃ扱いきれないのは明白。

 

 

 

 そしてそこまでの重量且つ灯の怪力が混じれば、項羽の方天画戟による攻撃を受け止め切ったことも不思議ではない。

 

 今まで素手の状態で方天画戟を受け止めなかったのは衝撃による手の痺れを嫌ってのことだろうと燕は考える。あの強烈な打撃を受け止め続けては、いくら鍛えていても骨に影響が出てくるだろうし徐々に不利になっていくことも否めない。

 

 何より流石に生身では勢いを全て殺すのは不可能。だから彼も方天画戟に合わせて拳をを打つことで威力を相殺し続けて、打ちあい続けたのだ。

 

 

 

 だが装着した今は? 生身ではなくクッションとなるものが出来たおかげで、先のように受け止めカウンターを決めることだって出来る。

 

 

 

(この勝負……分からなくなってきた)

 

 

 

 方天画戟と素手のままだったら間違いなく先に倒れていたのは灯だろう。リーチの差を含め項羽に有利な面がたくさんあったからだ。

 

 しかし籠手のおかげで勝敗がどちらに転ぶかが全く分からなくなった。

 灯がこの調子でダメージを与え続けることが出来れば間違いなく項羽は倒れる。あの破壊力を何度も何度も受け続けるなど不可能。もしかしたら項羽の体は想像以上に限界が来ているかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ……ッ」

 

 

 

 項羽は壁から脱出しグラウンドというフィールドに戻ってくる。

 

 

 

 燕の見立て通り、項羽のダメージは相当な物になっている。2回の叩きつけに、メテオスマッシュ、ボディーブローに、そしてこの強引な投げ技。喰らったもの全てが強烈。

 

 しかしそれでも、先に倒れるわけにはいかない。自分は西楚の覇王、項羽だ。最強の英雄がここで負けるわけにはいかないという意地、そしてプライドが奮起し彼女はまだまだ戦える。あの舐めきった男に負ける訳にはいかない。

 

 

 

「そろそろ倒れてくれよー。美女と戦うのは心苦しいんだ」

 

 

「ハッ! 性別も超越しているこの覇王に負けはない!」

 

 

 

 灯は握り拳に、項羽は方天画戟を握る手に力が入る。そしてお互いに同時に仕掛けた!

 

 

 

 

 

 灯は体制を低くして間合いに入ろうと突っ込んでいく。方天画戟が飛んできても籠手を持って弾き自らのリズムに持っていく気だ。

 

 対して項羽は今までとは違う構え。振り下ろしたり振り回すのではなく、下から上へ振り上げるように方天画戟を操る。

 

 

 

「んっっは!!」

 

 

 

 まるでソニックブームのような波動が、灯目掛けて走る。

 

 

 

 灯はそれを左腕で対処しにかかる。籠手を前方に突き出し威力をある程度殺しながら突撃する。体全体が吹き飛ばされるのではないかと言わんばかりに、痛い突風が襲ってきた。だがそれを強引に突破し項羽に近づく。

 しかし波動がなくなった時には既に項羽は籠手を着けていない側から方天画戟を放とうとしていた。

 

 

 

「はぁ!!!!」

 

 

 

 灯が迎撃しようと右手を動かすが、項羽の勢いに負ける結果となってしまう。右腕を巻き添えにしながら横腹に方天画戟が直撃する。

 案の定体制が大きく崩れたが、すぐさま左手を上手く使い綺麗に受け身を取る。

 

 

 

 だが項羽は既に動いている。次は上からだ。

 

 

 

 兜割りの放つかの如く縦一直線に放たれた打撃。

 

 

 

 

 

 それも……当たる!

 

 

 

 

 

 脳が割れるかのような激痛が灯を襲う。一瞬目がチカチカとして気を失いかけるほどの威力。ここで意識をなくしては勝負が決まってしまう。それはいけない、それはダメだ、と自分を奮い立たせ、強引に気を確かにさせる。

 

 振り上げて顎を狙ってくる方天画戟を右肘で力任せに受け止め、そのまま籠手のついた左でストレート! 項羽を強引に引き離す。

 

 

 

 好機と言わんばかりに灯が攻め込む。項羽も強烈なダメージを負いつつも意地で耐え迎え撃つ。

 

 

 

 

 

 最初とは違い、お互いダメージ覚悟の撃ち合いが始まった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「す、すげぇ……」

 

 

「灯も葉桜先輩も一歩も引いてねぇな」

 

 

 

 岳人が思わず見とれてしまい、キャップも興奮を隠せない。武術を齧っていない者でさえ魅了する喧嘩のような決闘に見えた。

 

 

 

 

 

「何という力任せの撃ち合い……」

 

 

「灯くんも葉桜先輩も! 守ることなんか考えてないわ!」

 

 

「まるであそこだけ嵐が起きているようだ……」

 

 

 

 2年F組の3人武道娘。京、ワン子、クリスも信じられないと言った表情を浮かべながらも視線は校庭に向けたままだ。

 単純な撃ち合いながらも威力、破壊力が桁違いな戦い。見逃してはいけないと彼女たちの本能が訴えているのだ。

 

 

 

 

 

「何て荒々しい戦いなんでしょう」

 

 

『いや、これはちょっと信じらんねぇ……』

 

 

 

 黛由紀江が今まで見たことない、自分には出来ない戦い方……簡潔に言ってしまえば優雅さの欠片もない戦闘に驚きながらも目は離さない。2人共剣士ではないが、この試合はきっと自分の糧となるはず。そう信じて見届ける。

 

 

 

 

 

「うーん、項羽も灯くんもタフだねん……しかもどちらとも隙がほとんどない……あの2人との対決は避けてのらりくらりと、やるのがベストかな」

 

 

 

 燕が冷静に状況を分析する。脳内で自分ならどうするかを考えながら。しかし心の底である気持ちが芽生えているのはまだ燕本人も気付いていない。

 

 

 

 

 

「灯くん……凄い!」

 

 

「清楚先輩の強さにも驚いたけど……灯やるなぁ」

 

 

「あの男は阿修羅か何かの生まれ変わりか? だとしたら警戒しなければならない……」

 

 

 

 義経は灯の戦闘能力の高さに驚き、弁慶は戦いを肴に川神水を飲む。与一は全く見当違いなことを考えている、もとい妄想しているのはいつものことだろう。

 

 

 

 

 

「いいぞいいぞぉ! あぁ! 私も早く! 戦いたい! なー!!!!」

 

 

 

 百代は2人の実力の高さに身震いが止まらなかった。今にも飛び込んで行って自分を交えて戦いたいと、考えてしまう程に。世界にはまだまだ強い奴がいる。地元でそれを感じられるとは思っていなかったことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

「はっ……はっ……」

 

 

 

 灯、項羽ともに肩で息をしている状態。

 

 彼は頭から血を流し、体中がミシミシと音を出して今正に砕けていってるのではないか、という感覚に襲われている。

 

 彼女は血こそは流していないが、体を動かすのが億劫と思ってしまう程の打撃を受けてしまった。今、間違いなく受けた場所は痣だらけになっているだろう。

 

 

 

 

 

 しかしお互い眼はギラギラとしており、戦意は喪失していない。

 

 

 

「……国吉灯、ここまでやるとはな……」

 

 

「ハッ……惚れてもいいぞ……」

 

 

「んっは! その気概は褒めてやろう……だが!」

 

 

 

 項羽が鉛のように重い腕に強引に力を込め、方天画戟を持ち上げ頭上で振り回す。

 

 

 

「これでトドメだ!!!!」

 

 

 

 ダメージは相当受けているはずなのに、最初に放ってきた威力と遜色ない一撃を撃つ。この状態でも高威力の攻撃が放てるその実力、英雄のクローンに偽りなし。

 

 

 

 項羽が頭上で自らの武器を振り回しているのを見て、灯も力を込め自慢の拳に加えて祖父の形見である籠手と共に返しにかかる。

 

 

 

 

 

 アッパーと兜割り。本日最大の衝撃が2人を襲い、それは学園全体にも伝わる。直接当たった訳でもないのに一階の窓にヒビが入った所もあるほどインパクト――――

 

 

 

 

 

 2人の動きが止まる。ビリビリと体は震えているが互いに力は緩めない。そして変動が起きた。もう1つ。ヒビが入った物が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯の籠手に亀裂が入った。どんどん広がっていく……まるでビルが解体されていってかのような感覚。それは限界を迎えた瞬間であった。

 

 

 

 ――――勝った!

 

 

 

 項羽は確信した。正直灯の武器は本当に厄介な物だった。並みの者、並みの籠手だったら方天画戟の前に一溜りもなく散っていったはず。

 だがこの男の桁外れの怪力に、桁外れの重量があったからこそ、ここまでやりあえていたと彼女は考える。

 

 

 

 それを失った今、勝ちは揺るがない! 思わずにやけてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしそれは隙を生み出してしまう。勝機だと思った瞬間が相手からすれば最大の好機になってしまうことだってある。今正にそれが当てはまってしまった。

 

 灯は壊れた籠手に未練を感じない。すぐさま次の行動に移る。項羽を打ち取るために……再度胸倉に手を伸ばし――――掴み取る。

 

 

 

「ふん!」

 

 

 

 強烈なヘッドバット。以前は項羽が繰り出したが、今度は逆に返されてしまった。

 

 目に星が浮かぶ。行動が停止してしまう。万全の状態であるならば一瞬で立ち直ったのかもしれない。しかし今、この疲労困憊の体ではすぐに意識を戻すのは不可能であった。

 

 

 

「ドロー1」

 

 

 

 彼女の耳に入った灯の声。それに反応して視界が開く。目に入ってきたのは紅い風を纏っている右脚。それが――項羽の腹目掛けて突き刺さる。

 

 

 

 

 

 回し蹴り――――

 

 

 

 

 

 項羽が校舎目掛けて吹き飛んでいき、壁に激突しても勢いは止まらない。壁を突き破っていき、様々な物に激突しながらも盛大に飛んでいく。けたたましい騒音が止んだ時には灯は校庭に座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くあァー……キッツ……」

 

 

 

 相当のダメージを受けてしまった。思わず気が緩んで座り込んでしまう程の。本当はすぐにでも寝たいぐらいなのだが、校庭のど真ん中では寝心地が悪い。

 

 

 

 空を見上げた後、項羽を吹き飛ばした方向へと視線を向ける。我ながら何とも豪快に決めたものだ。校舎に大きな穴が空いてしまったではないか。

 

 灯の頭上から大勢の生徒の声が聞こえる。聞きなれた声も混じっていれば初めて聞くような声も混じっている。多くの生徒がこの戦いを見ていたのだ。

 

 

 

 

 

 声援に答えなければエンターテイナー性に欠ける、何よりカッコ良くない、などど無駄なことを考えつつ反応しようと立ち上がろうとした……その時――――

 

 

 

「……はー参ったな…………あれ喰らって立つのかよ」

 

 

 

 項羽が左に右に振れながらも校舎の中から出てくる。手に方天画戟はない。灯が回し蹴りを決めた時に、手放してしまったのだ。

 なので彼女の武器こそは灯の目の前にある。それでも項羽は立ち上がって相手を目でしっかりと捉え、向かってくるではないか。

 

 

 

「……相当……効いたぞ」

 

 

「俺も精神的に効いたわ」

 

 

 

 項羽がまだ戦意を失っていないのならば自分が戦わない訳にはいかない。灯も武器を失ってしまった、ドロー1の影響で右足も物凄く重い。ダメージを喰らった場所よりも重く、力を込めることが辛い。それでもここで引くわけにはいかないのだ。

 

 

 

 お互い満身創痍。決着はすぐに着くだろう。勝者がどちらかになるかが問題。それを決めるべく両者が体に鞭を打ちながらも攻撃態勢に移ろうとした…………が

 

 

 

「両者そこまでじゃ!! 決闘を中止せよ!!」

 

 

 

 川神学園の持ち主、川神鉄心の一喝が入る。

 

 

 

「……川神鉄心、俺の邪魔をするつもりか」

 

 

 

 ギロリと、視線の先を灯から鉄心へと向ける。敵意むき出しで見るが鉄心はそれを軽く受け流す。今のこの状態で見られても何の怖くもないのだろう。いや、この男に怖いなんて言葉はないのかもしれない。

 

 

 

「2人共暴れすぎじゃ、学園を壊すつもりか?」

 

 

 

 壁を越えた者同士が激突した後の戦場は凄まじい光景になっていた。

 

 グラウンドは抉れている。校舎に穴は空く。倉庫が1つ壊れる。窓も割れている場所だってある。はっきり言って学園としては悲惨な状態になってしまった。ヤンキーの軍団が抗争がし合ったのではないかと疑ってしまう程の。

 

 川神院総代としてではなく、学園長の立場として戦闘は許可出来ない。

 

 

 

「これ以上校舎が壊れたら修理費が馬鹿にならん」

 

 

 

 止めた理由は何とも現実を見せつけられるものであった。

 

 

 

「俺は覇王だぞ! 豪いんだぞ! そんな理由で止められると思ったか!」

 

 

 

 だがそんな理由を聞かされて止まる項羽ではない。

 ターゲットを灯から鉄心に切り替える。まずは鉄心にトドメを刺してから灯へ、と思ったのだろうか? だが今の項羽が百戦錬磨の老人に挑んでも……

 

 

 

「元気がまだあるようじゃな……顕現の参・毘沙門天!」

 

 

 

 勝てるわけがない。コンマで現れた超巨大な足に踏みつぶされてしまう。そして……遂に項羽は力尽きた。声をあげることもなくグラウンドに横たわる。本当に限界間近だったらしい。

 

 

 

「国吉、お主はどうする?」

 

 

「相手勝手に潰しておいてどうするとか聞かれてもなァ……」

 

 

 

 灯は両手をあげながら再度グラウンドに座り込む。彼も疲れ果てている。これ以上戦うのは勘弁なのだ。決着が着かなかったことに納得いかない所もあるが、かと言って鉄心に挑んでは項羽と同じ道を歩むことになる。

 

 

 

「項羽は回収してゆくぞ」

 

 

「後は九鬼にお任せください」

 

 

 

 突如現れた……いや、校門前で構え続けたいたヒュームとクラウディオが項羽を担いで去っていく。

 このまま項羽を学園内に放置してはいけない。起きた瞬間どうするのかが目に見えているからだ。学園相手に八つ当たりか、鉄心か灯目掛けて突撃か、想像出来ることだ。

 

 

 

「それにしても国吉、お主頑張ったのぅ」

 

 

「決着つかずだけどな。誰かさんの所為で」

 

 

「ほっほっほ、学園の修理費はきっちり請求しておくからの」

 

 

「それだけはヤメロォーーーー!!」

 

 

 

 

 

 国吉灯VS覇王西楚。決着つかず。




こんばんわ。りせっとです。漸く一区切りつけました。この後に考えている展開のためにこのような結末で書かせて頂きました。
その考えている展開にたどり着けるのかですって? それは言ってはいけないことです(目逸らし)

感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

それではよろしくお願いします。


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25話 ~国吉灯の交渉~

「ぐあァァー…………体中痛ッてェ……」

 

 

 

 項羽が鉄心に情け容赦なくとどめを刺されて九鬼に強制連行された後、先ほどまでその覇王様の対戦相手を務めていた灯は保健室で簡易的な治療を済ませて所属するクラスへと戻ってきた。

 

 流れていた血は包帯で止血され、所々に大きなガーゼが貼られている。

 そんな状態で自分の席に戻り、深く腰をかけている様子を見れば分かる。よっぽど疲れている、当然の結果である。

 

 

 

「お前あれだけ攻撃を受けたのに病院に行かなくていいのか?」

 

 

「骨に異常がないから行かなくとも問題ねェってさ」

 

 

「呆れるほど頑丈な体してんのな……」

 

 

「ルー先生と同じこと言うなよ源」

 

 

 

 戦闘が終わり校庭にへたり込んでいる灯に、教師であり川神院師範代でもあるルーが近づき ”気” を用いて診察を開始した。

 灯を救急車等で病院に運ぶか、それとも保健室で事足りるか、それを判断するために。きっと川神院でも怪我をした修行僧を相手に同じことをやっているのだろう。

 

 結果は病院へは行く必要はない。ルーも骨折してないどころかヒビ1つ入っていない体に驚き、そして同時に呆れた。「呆れるほど頑丈な体だネー……」。ほぼ源と同じ言葉を吐いて。

 

 

 

「ルー先生がそういうのも仕方ないと思うわ」

 

 

「生身であれほどの攻撃を受け続けて打撲だけ……って結果はにわかに信じがたいな……」

 

 

 

 ただしっかりと自分の足で歩いて教室に戻ってきて且つ、肩や首を動かして調子を確かめている様子を見ると本当に骨に異常はなさそうだ。問題があるならば動かすこと自体出来ない。

 

 

 

「流石に疲れたわ……てことでお嬢。おっぱいプリーズ」

 

 

「意味が分からん!!」

 

 

「ほら、癒してあげる的な? いやでも癒せるほどの大きさが……悪かった」

 

 

 

 ちょっと厭らしい表情を浮かべながら恒例となったクリスいじりを開始する灯。これに関しては疲れとか打撲の痛みとかは関係ない。いじりたい時にいじるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――こいつ本当にさっきまで戦っていた奴か?

 

 

 

 クラス全員が1つの同じ疑問を抱いた瞬間。

 

 あれほどの激戦を繰り広げ、歴戦の英雄のクローンを相手に一歩も引かなかった男、キリッとした表情は現在欠片も見られず一瞬で築いたカッコいい国吉灯の像が一瞬で崩れた。

 

 

 

「お前を少しでも見なおした自分が馬鹿だった!」

 

 

「お、見なおしてくれたのか? だったら頑張った甲斐があったもんだ。俺嬉しいなー」

 

 

 

 ケラケラと笑いながらクリスの反応を楽しむ灯。なんてことはない、いつも通りではあるが……如何せん先ほどの灯とは余りにもギャップがあり過ぎる。何というか……酷い。

 

 

 

「やはり貴様は自分が更生させる必要があるな!」

 

 

「顔が近いぞお嬢、んで綺麗な顔が般若みたいになってる……イテテテ」

 

 

 

 クリスの両手を灯も両手で受け止める。項羽の時と同じような力比べみたいな体制になる。だが力を込めるのが辛いのか、灯はニヤニヤしながらも若干顔をゆがませ対抗している。痛いというのも満更嘘ではなさそうだ。

 

 

 

「……余計なこと言わなければカッコよかったのにねぇ……」

 

 

「お、ワン子がカッコいいとか言うのは珍しいね」

 

 

「そうかしら?」

 

 

 

 周りのクラスメイトは「ま―た始まったよ」とボヤキながら各々の席へと戻っていく。

 

 

 

 清楚の覚醒、項羽出現という大事件が起こったにも関わらず授業のタイムスケジュールは変わらず、川神学園はこういった事件に慣れ過ぎているのだ。

 

 

 

 

 

 なお2人のやり取りは担任である梅子が来るまで行われた。鞭を華麗に使用してクリスを灯から引き離したその技術は芸術だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場所は変わって九鬼極東本部。従者部隊の上位ナンバー内で緊急会議が行われている。勿論議題は葉桜清楚の覚醒だ。

 

 

 

「回収は成功した。だが項羽は完全に目覚めてしまったぞ」

 

 

「ここまでの騒ぎになってしまったんだ。もう隠し通せるものでもないね」

 

 

「既に動画サイトにも一連の流れがアップされていますね」

 

 

 

 何時の間に、誰が取ったのか、それは分からない。川神学園内だけの出来事であったのにも関わらず清楚覚醒から戦闘まで、それが動画サイトに公開されている。

 

 動画としてはただ撮影されたものをそのまま上げた物ではあるが、再生数はうなぎ昇り。今から消したとしても既に広がってしまった真実までは如何に九鬼であろうと消せるはずがない。情報世界の恐ろしいところである。

 

 

 

「ここまで来たら項羽の戦闘力を活かして武士道プランを進めていくよ」

 

 

 

 戦闘力が取り柄である項羽。幸運か不幸か、覚醒した場所は川神。武人が多く集まる土地であり、その余り余った強さを活かすには持って来いの場所。プランの軌道修正は充分に間に合う。

 

 脳内でプラン修正案を考えながらアップロードされた動画を見るマープル。

 

 

 

「おや、この男は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灯はゆっくりとコーヒーを飲んでいる。実に美味しい。店で約400円程払って飲む物の数倍は美味しい。相当良い豆を使っているのだな、と予想する。

 そこまでコーヒーに拘りがある訳でもないし、通でもないが、それでも充分に分かる違い。こんな機会じゃなければ飲む機会なんて訪れないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後になったと同時に九鬼極東本部へ強制連行されるという出来事がなければこんな立派な物は飲めなかった。

 

 

 

 

 

 時間は大凡1時間ほど前にさかのぼる。

 灯からすれば肩っ苦しい授業が終わって学園から解放される時間。

 

 今日ほどさっさと帰って寝よう、そう考える日はなかった。重症こそは負わなかったが項羽との戦闘は相当な疲労を蓄積させるには充分なイベント。

 

 義経に技術屋を紹介してもらうことは後にしてもらおう。そう考えS組へ足を運ぼうとしたその時――――

 

 

 

「赤子よ。九鬼に来てもらうぞ。お前に拒否権はない」

 

 

 

 ヒュームが目の前に立ち塞がる。いつも通り有無を言わせないギラリとした目つきで。威圧感を醸し出しながら。

 逃げる術はないし、抗う元気もない。両手をあげて着いていくしか道はなかったのだ。灯は目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

「拉致されるなら金髪爆乳のメイドか黒髪の隠れ巨乳のあのメイドたちが良かったなァ……」

 

 

 

 誰が好き好んで暴力執事に案内されることを望むのだろうか? コーヒーを飲み終わったら窓でも蹴破って帰ろうかと思い始めたところで……

 

 

 

「待たせたね。お前が国吉灯かい?」

 

 

 

 今度は皺だらけのおばあちゃんが登場。何故神様はこう些細な願いをかなえてくれないのだろうか?

 自分が望んでいたのは金髪爆乳メイドか、黒髪隠れ巨乳メイドだ。決して既に全盛期が等の昔に過ぎた老人を待っていた訳じゃない。灯はたちくらみの様な感覚を覚えながらも、気を取り戻して反応する。

 

 

 

「そうだ。俺が灯、よろしく。おばあちゃんは?」

 

 

 

 まるで孫が遊びに来たました、そんな軽い態度で接してくる灯に対し思わず頭を抱える老婆。

 

 

 

 

 

 だがそれと同時に少し懐かしい気持ちになっていた。

 

 

 

「……はぁ、ほんっと日向にそっくりだねアンタ」

 

 

「んー……俺のジイさん知ってるのか?」

 

 

「あぁ知ってるさ。嫌という程にね」

 

 

 

 昔の話だ。しかしいつどのように出会ったかを鮮明に思い出せる。それほどインパクト溢れる出会いであったし、印象が強い男であった。

 

 

 

 だが今はそれを語る気はないし語る必要もない。

 

 

 

「申し遅れたね、私はマープル。従者部隊のナンバー2さ」

 

 

「そのナンバー2のおばあちゃんが俺に何の用?」

 

 

「……アンタも礼儀って奴を知らないようだね」

 

 

「強制的に拉致ってきた奴らに礼を使う必要はないだろ」

 

 

 

 コーヒーカップを片手にしかめっ面を浮かべながら突っかかっていく。どれだけ自分が負傷していようと、いくら相手のホームに足を踏み入れているだろうと、その態度は変わらない。そのままコーヒーカップを口元に持っていき一息つく。

 

 そのふてぶてしさにマープルは1つため息。これだから最近の若者は……と言いたそうな様子だ。

 

 

 

「は、大層なことを言うね。項羽を覚醒させた張本人だと言うのに」

 

 

「何を言う。美人の願いを1つ叶える切っ掛けを作っただけだぞ? あと俺にエスコートしてほしいなら50歳程若返ってくるんだな」

 

 

 

 実際に正体を知りたいと言い出したのは清楚であり、灯はその手助けをしただけ。それは紛れもない事実だ。

 

 問題はそれがどれだけ大事に守られてきたものかをいう事を知らなかったというところだろうか。知っていたとしても、葉桜清楚という美人に頼まれたら喜んで協力しそうではあるが。

 

 

 

「その図々しさ……日向の生き写しを見ているようだよ」

 

 

「風貌が全然違うし俺のほうがイケメンのはずだ」

 

 

「私からすればアンタらはそっくりだよ」

 

 

 

 姿かたちではない、雰囲気が似ているのだとマープルは感じる。人を喰った態度なんか呆れるほどにそっくり。

 マープルは1回目を閉じてジッと物事を考えるような様子を見せる。

 

 灯はそんな老婆に興味なんか抱かず、更に1口コーヒーを啜る。ちょうどカップの中が空になった。

 

 

 

「まぁいいさ。もうアンタに用はないよ。とっとと帰りな」

 

 

「…………ハッ? 俺を呼んだ理由を聞かせろ」

 

 

「特にないね。しいて言うなら問題を起こした張本人の顔が見たかったのさ」

 

 

「そうかい、老人ホームに入ることをお勧めするぜ」

 

 

「おあいにく様、まだまだ現役さ」

 

 

 

 カカッ、そんな笑い声をあげながら灯の元から去っていく。どうやら本当に顔が見たかっただけらしい。大した会話をすることなく部屋から出て行く。

 

 

 

 灯は思わずコーヒーカップの取っ手を握りつぶしそうに……いや、握りつぶした。高いカップであるとかそういうのは全く考えてない。

 疲れ果てている中、顔が見たかっただけという理由で強制的に連れてこられて、そしてもう用は済んだから帰れという理不尽さに腹が立つのは普通だろう。

 

 

 

「話は終わったようだな」

 

 

 

 マープルが去ったと思ったら今度は連行した張本人、ヒュームが灯の目の前に現れる。

 疲れ果てているところにまた疲れそうな人物が来てしまった。どうやら今日はツいていない日らしい。灯は眉間に寄せていた皺をさらにこれでもかと寄せる。めちゃくちゃ嫌そう、めんどくさそうな表情をしている。

 

 

 

「今から貴様が望んでいる人物に会わせてやろう」

 

 

 

 対してヒューム、そんな灯の態度を気にする様子は全くない。相変わらず一方的に言いたいことだけ伝える糞爺だ……と灯は思う。

 

 だが望んでいる者に合わせてくれる……その一言を聞いて灯の脳内にはある人物が浮かぶ。

 

 

 

「……もしかして金髪巨乳のメイドか隠れ巨乳のメイドか!?」

 

 

「…………ついてこい」

 

 

 

 灯に視線を合わせることなく、来た道を戻っていくヒューム。どうやら灯が言った人物ではなさそう。

 だが着いていかなかったらそれはそれで厄介なことになりそうだ、目の前に居る執事はそういった老人なのだ。

 

 

 

 目的の人物とやらは検討も付かない。自分に有益なことである事を信じながら、体に鞭を打ち力を込めヒュームの後をついていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(国吉灯…………本当に日向そっくりだよ…………)

 

 

 

 マープルは部屋に思った後、灯との会話を思い出して――――笑っていた。それは決して不敵な笑みでもない。従者部隊ナンバー2には似合わない、非常に柔らかい笑顔で。

 

 そしてマープルの手にはある1枚の写真……写っているのは若かりし頃のヒューム、マープル、クラウディオ、そして……国吉日向。マープルの大切な思い出であることは間違いないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高い絵画や壺が置いてある廊下を歩きながらヒュームについていき、ある部屋に入る。

 

 その部屋は今までの雰囲気とはまるで違う物であった。大量のコンピュータが所かましと設置されており、設計図があちらこちらに転がっている。

 

 

 

「九鬼の開発部屋だ。貴様武器を直したいのだろう」

 

 

「あァそうだ。義経ちゃんに頼んでいたんだった」

 

 

 

 項羽と戦う前でこそ原型をとどめていたが、今では粉々になってしまい本当の鉄くずになってしまった。

 

 今日は紹介してもらうことを延期するつもりだった。そして拉致されたときに完全に諦めしまっていたが思わぬところで良い方向に物事が転がった。しかも意外な人物の案内で。どういう風の吹き回しだろうか? 灯はいぶかしげな表情を浮かべて考えるも答えは出ない。

 

 対称にヒュームは開発部屋に入っても歩くスピードを緩めない。既に目指す場所を決めているかのように、ずかずかと迷いなく進んでいく。

 

 

 

 部屋の一番奥へ到着。そこにはある男が机に広げている1枚の紙としかめっ面でにらめっこしていた。時折ペンを走らせたり、隣に置いてあるコンピューターのキーボードを叩いたり。非常に集中している様子だ。

 

 

 

「あの男が技術屋だ。あとは貴様が交渉しろ」

 

 

 

 そういうとヒュームは来た道を戻り始めた。どうやら紹介してくれるわけではなく、案内だけをするつもりだったらしい。

 

 勝手についてこいと言って、後は勝手にしろと捨て吐くあの糞執事に、灯はドロップキックの1つや2つかましてやろうと思ったが、そんなことしたら技術室が色んな意味で崩壊してしまうのでグッと我慢する。

 

 

 

 意識をヒュームからにらめっこしている男性へと移す。集中が未だ途切れていないのか? 灯の存在に気づいていないようだ。

 

 

 

「ちょっと失礼」

 

 

「…………ん? 僕に何か用かい?」

 

 

 

 レスポンスが随分と遅い。声をかけてからも数秒は目の前の紙と向き合っている。

 

 

 

 男の格好は如何にも専門職についていますっといった服装だ。耳に鉛筆をかけて、青い繋ぎ作業服。腰には作業道具が大量に入っているポーチをつけている。

 

 そんな男を灯は見たことがある。

 

 

 

「あ、この前駅前のパチ屋にいたおっさんじゃないか」

 

 

「……あ! 僕の隣の台で馬鹿勝ちしていた少年!」

 

 

 

 どうしようもない場所で既に面識がある2人であった。

 

 

 

「台が悪いっていって変えた後はどうだったんだ?」

 

 

「それがさぁ~……僕が打つ台全てがハマっちゃってさー……財布の中身が空っぽになっただけで終わったよ……」

 

 

 

 2人の切っ掛けはこんな感じ。

 

 灯が駅前のパチンコ屋でその日は運よく大当たり、笑いが止まらない状態でいた。そして偶然隣に座っていた技術屋の男が声をかけたのだ、「凄い当たってるね―」と。本当にちょっとした世間話をするつもりで。

 

 灯も気分が良いためその世間話に乗ってくる。これが負けている時で機嫌が悪かったら会話のキャッチボールすら成り立たなかっただろう。

 

 

 

 対して技術屋の男は余りに当たらず、途中に台を変えて勝負を挑んだようだが……残念な結果に終わってしまったようだ。

 

 

 

「おっと、まだ名前を言ってなかったね。僕の名前は松永久信」

 

 

「国吉灯だ……あ? 松永?」

 

 

 

 ふと灯の頭にある1人の少女が浮かぶ。非常に明るく短い期間で川神学園の人気者になった納豆信者の女子生徒。

 だが川神は広い、同じ名字が被っただけだろうと少女の姿を頭から消そうとしたが……

 

 

 

「国吉くんのその格好、川神学園のものだよね? だったら松永燕って子知ってるかな?」

 

 

 

 世間は灯が思った以上に狭いものだったらしい。

 

 

 

「……美人な娘さんをお持ちで」

 

 

「あ、知ってるんだ。いやーほんと僕には勿体ないぐらいの良い娘だよ」

 

 

 

 松永燕のスペックは相当高い。高い戦闘力に頭の回転も早い。それはまだ短い付き合いの灯も充分に理解出来る。だからこの親が言っていることは間違っていない。単なる親ばかの発言ではないことは納得だ。

 

 だが……この親父は決してスペックが高いようには見えない。パチンコ打ってる姿を見てそれは確信出来る。というよりも灯は直感で感じ取っていた、この松永久信という男は自分と同じダメ人間な所があると。

 

 

 

「っと燕先輩の話の前にだ、これを見てくれよ」

 

 

 

 話を切り替えガチャリと、頑丈に袋に入れられた籠手具足であった物を机の上に置く。一見だらしない親父に見えるが実力が何よりも重要な九鬼に雇われているのだ。きっと技術屋としては、開発屋としては優秀なのだろうと強引に言い聞かせる。

 

 

 

「えっと……これは……鉄くず?」

 

 

「惜しい、あってるが違うんだ。鉄くずっぽく見えるが一応…籠手と具足。久信さん、あんたにこれの修理を頼みたい」

 

 

 

 持ち主が言わないと正体が分からないぐらいボロボロになってしまっているのだ。原型も留めていない。唯一原型をとどめていた物も本日寿命を迎えてしまった。

 

 

 

 久信は灯の言葉を聞いて信じられなさそうに中身を1つ1つ確認していく。どう見てもこのままリサイクル業者へ回収行きの鉄の塊。所々錆びているし塊にヒビが入っているもある。

 

 それでも1つ1つ丁寧に確認して行ったら籠手と具足であることを久信は確認する。職業上様々な金属などを見続けてきた男だからこそ正体が把握出来たのだ。

 

 

 

 しっかりと見ていったうえで、久信が出した結論は――――

 

 

 

「うーん……これを完璧に戻すのは無理だね」

 

 

 

 灯が望んでいたものではなかった。

 

 

 

「久信さん、俺が燕先輩にちょっかいかけてるからって冗談は無しにしてくれよ」

 

 

「君に聞きたいことが山ほど出てきたんだけど……うーんとね、まず金属が古くなりすぎていて元に戻したとしても形だけになっちゃうと思うよ」

 

 

「あァ? ……また壊れるってことか?」

 

 

「そうだね。だからこの武器の修理は無駄になる可能性のほうが高いかな」

 

 

 

 灯が生まれる前から、祖父である日向が現役の頃から、使い続けていた武器なのだ。如何に当時優秀な技術屋が作成したとしても、どんなに丁寧に手入れをしたとしても、寿命が来るのが当然かも知れない。

 

 そんな長い期間使い続けていたものが項羽の攻撃が耐えられるものがなく、見事に天寿を全うする結果となった。

 

 

 

「……正真正銘のガラクタになってしまったか」

 

 

 

 灯に言うとおり、元に戻らない籠手と具足は完全な塵となった。

 思った以上に冷静である灯。恐らく自分自身限界があると感じ取っていたところもあったのだろう。今日専門職に言われて諦めがついた……と言ったところだ。

 

 

 

「ならちょうどいい。貴様専用の武器を作るんだな」

 

 

「……ヒュームさん、あんたは暇人なの?」

 

 

「口には気をつけろ赤子よ。それにいつ俺がこの部屋から出て行ったと思っている」

 

 

 

 ついさっき去って行ったと思っていたヒュームが気付いたら灯の背後に立っていた。はっきりいって神出鬼没すぎる。

 ヒュームの言葉を聞くに、灯と久信の会話を聞いていたのだろう。

 

 

 

「項羽との戦いを見てわかった。貴様に日向の武器は使いこなせない」

 

 

「こんなガラクタを使いこなせる奴がいるのなら見てみたいものだ」

 

 

「直せないと聞いて凄い手のひら返しだね……」

 

 

「国吉灯、お前は日向と比べると上背も体格もない。完璧に使いこなせないのは必然だ」

 

 

 

 国吉日向、川神鉄心、ヒューム・ヘルシング、この3人の中で最も体格に恵まれていたのは日向だ。190センチ、102kgと聞けば、どれだけ武人向けの体型をしていたか想像しやすいだろう。

 そしてその体格に合わせて作ったのが今は鉄くずと化している籠手と具足。体格が祖父に比べてたら劣ってしまう灯は如何に鍛えようとも完璧に使いこなせるはずがない。持ち主はあくまで国吉日向なのだ。灯に合わせて作った訳じゃない。

 

 

 

「どっちにしてもこれが単なる鉄くずになった以上、新たに作るしか道はないわけだ。久信さん、製作を頼めるか?」

 

 

「いいけど……お金はしっかり貰うよ」

 

 

「……おいくら?」

 

 

「うーん……どれだけの物を求めるかによって値段も変わるとしか言えないんだけど……」

 

 

「材料費も込みでざっと100万といったところか」

 

 

 

「じゃあな」

 

 

 

 ヒュームが提示した概算を聞いて踵を返して技術室から出ようとする灯。部屋を出ていくことに一切の迷いは感じられない。2人に背を向け歩きだそうとしたところを……

 

 

 

「おい」

 

 

「ふざけてんのか!? 万年金欠マンの俺が100万とか用意できるわけないだろう!? パチンコ麻雀競艇競馬! 全て勝てっていうのか!? それとも臓器でも売るのか!?」

 

 

「全部ギャンブルで稼ぐって辺り、君は中々のダメ人間だね」

 

 

 

 普通に考えたら学生が100万という大金用意できるわけがない。それこそギャンブルで馬鹿勝ちし続けない限り不可能だ。だからこそ灯が言ってることは間違いではないかもしれない。

 だが良い物を作るにはお金がかかる。これもある意味必然、この値段も妥当なのかもしれない。

 

 

 

「まぁー待て赤子よ。項羽を止めてくれた礼だ、資金援助をしてやろうじゃないか」

 

 

「え? マジで?」

 

 

「大マジだ」

 

 

 

 パアッと一瞬で輝いた笑顔を浮かべる灯。本当に渡りに船っといった様子だ。だがこの時、相手がヒュームじゃなければもっと望んだ展開になったかもしれない。

 

 

 

「だが1つ条件をつけさせてもらう。100万全ては項羽を止めただけでは釣り合わないからな」

 

 

 

 一瞬で心底絶望したかのような表情になった。上げて落とす、現実は無常である。思わず1つ舌打ちする。

 

 

 

「嫌なら援助自体なしにしてもいいだぞ?」

 

 

「ケチくせェ爺だな……」

 

 

 

 思わず本音をこぼした。

 

 

 

「ほぉ……」

 

 

「分ーかったよ。話だけでも聞かせろ」

 

 

 

 ヒュームの威圧に負けたわけではないが、このまま文句を言い続けても話は平行線をたどるどころか、乱闘に発展しそうなためとりあえず話だけでも聞いてみる。

 学園に続いて技術室まで壊してしまったらいよいよ持って借金地獄突入だ。最悪鮪漁船に乗せられるかもしれない、それだけは避けなければならない。

 

 

 

「何、難しいことは言わん。この後開催される予定の九鬼のイベントに参加してもらうだけだ」

 

 

「もしかして、九鬼主催の合コン…」

 

 

「貴様蹴り飛ばされたいか?」

 

 

「ユーモアがないから今でも結婚できねェんだよ…………いいぜ、参加してやろうじゃないか」

 

 

「決まりだな」

 

 

 

 どうせこの前にやった演習みたいなものか、と予想して引き受ける。あれぐらいで100万を負担しなくてもいいなら安い物だと考えたのだろう。

 

 

 

「ということだ久信さん、資金は九鬼持ち。よろしく頼むぞ」

 

 

「いいけど……僕も他の仕事があるし、すぐには出来ないと思うけどいいかい?」

 

 

「構わん。1番良い物を頼む」

 

 

 

 ヒュームがニヤリと笑う。この時灯は老執事が浮かべた笑いの意味は理解出来ていなかった。理解しようともしなかった。

 

 これが後に川神でも歴史に残る程の一大イベントに巻き込まれることになってしまったことをまだ知らない。




こんにちわ。りせっとです。何とか月1更新は維持できました……話自体は全く進行していないとかは言ってはいけないことです(目逸らし)

感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

それではよろしくお願いします。


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26話 ~国吉灯の変化~

 時は既に夕方を通り越して夜。日はとっくに暮れており時計も21時を指そうとしている。気温は初夏と言うだけあってそこまで低くない。風呂上りの状態ならば風が心地よいと感じる人だっているだろう。

 

 

 

 

 

 灯はアパートのベランダから空を見ていた。星がキラキラと輝いている……というわけではない、かといって全てが雲に覆われている訳でもない。至って普通の夜空。

 

 何故空など見ている? と聞かれると答えに困ってしまう。

 特に意味なくベランダに出てボーッとしているのだ。

 

 どんなに活発な人間でもたまには落ち着く時間は必要である。むりやり理由をつけるならばこんなところだろうか?

 

 

 

 ただいつもと違う所もある。例えば……タバコを口にくわえている。煙も出ていることから火も付いている。

 

 

 

「久々に吸ってみたけど……やっぱりマジィ」

 

 

 

 誰に言うでもなく呟く。表情1つ変えずに。

 

 灯は愛煙家ではない。一応武人であるという立場を考えるならば、タバコなどご法度だろう。灯もそのところは分かっている。

 

 

 

 

 

 

 だがふと、たまにはいいかな……? と思い立ったのが切っ掛け。過去にも何回か同じ気分になっている。要は気が乗るか乗らないか。

 

 思い立ったが吉日……と言わんばかりにタバコを探すために部屋の中を漁り始める。

 とても綺麗な部屋とは言えない物だらけの部屋を探すこと数分、開けていない箱を1つだけ発見し開封。そして現在に至る。

 

 

 

「なァーにが良くてこんなん好んでいたんだか……」

 

 

 

 思い浮かべるは故人である祖父の顔。

 日向は灯とは違って愛煙家であり、1日に何本も吸っていたことを覚えている。ヘビースモーカーという称号がピッタリだった。

 

 祖父の真似をしてみよう……訳ではないが、どういう物かと試してみたのが数年前。自分には合わないと感じたのも同時期。

 

 

 

 だがたまに再度吸えるかとチャレンジしてみようと思う時がある。それが今日訪れたのだ。

 

 吸うときは必ずベランダに出て空を見上げる。本人は無意識であるが、考え事をするために、頭を整理するために。

 

 

 

 

 

 だがやはり愛煙家の気持ちは理解できない。美味しいとはとても思えないし、毎日継続して吸いたいと言う欲求も出てこない。

 ヘビースモーカーからすればまだまだ吸えるのに! っと勿体がられるほど残してタバコの火を消す。

 

 完全に火が消えたことを確認して、そのままゴミ箱へ。そして未だ痛みが残る鈍い体を強引に動かして空を見続ける。

 

 

 

 ――――あんな真面目に戦ったのはいつ以来だったかなァ……

 

 

 

 思い出すは項羽との戦闘。

 

 何せ彼女は登場からインパクトが凄い、そしてあの能力の高さ。クローンの王として申し分なかった。自信満々の態度も頷ける程。

 

 項羽にグラウンドからお呼びが掛り、美女からのお誘いだ……などと茶化しながら流れで戦闘に入ってしまった。いや、覇王の雰囲気に充てられて戦闘に巻き込まれた。それも違う、戦いに向かっていったんだと、静かな空間の中で振り返る。

 

 

 

 

 

 川神に来て2年目。様々なことがあったがここ最近は目まぐるしく独楽のようにクルクルと、次々にイベントが起きている。

 

 

 

 武士道プランの開始、鍋島の乱入、釈迦堂との交戦。そして覇王覚醒からの激突。短い間にこれでもかとばかりにイベントを詰め込んだようだ。

 

 ついに川神が出すバトル風みたいな雰囲気に充てられ始めたか? そう考えてしまう程に最近は戦ってばかり。

 祖父が死んでから本格的な決闘なんぞしていない。川神に来て1年目もそこまで武力を振るうなんてこともなかった。それが2年目に入ってこれだ。

 

 

 

 ――――次は何だ? 天下一武道会にでも巻き込まれるのか?

 

 

 

 馬鹿馬鹿しい……と言いきれないのが怖い。何せ川神だ。川神院があって九鬼の本部がある。もうそれだけでどんな派手で非常識な出来事が起きても不思議じゃない。

 

 

 

 

 

 風が強くなり始める。そろそろ引っこむか、とベランダから室内へ。窓を閉めシャワーを浴びる為に浴室へと向かう。

 

 浴室前にある鏡をふと見る。なんてことはない。いつもの自分、国吉灯がここにいる。

 

 だがジッと鏡を見つめたまま動かない。そして数秒後――――

 

 

 

「……この髪の色飽きたな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てことで金髪に染めてみたんだけど、どうよワン子ちゃん? 似合ってる?」

 

 

「似合ってると思うけど……一体どうしたの?」

 

 

「気分だよ気分。イメチェンってやつ」

 

 

 

 朝。しっかり登校してきなーと、クラスメートが思ったら……茶髪だった髪の色がそれはもう綺麗な金髪に染め上がっていた。

 昨日あれだけ暴れた後でこんな行動に出るなんて、誰も想像していなかったことだ。

 

 金髪に合わせてか赤のピアスを1つ、左耳につけているのも変わった所だろう。灯がアクセサリをつけてくることは珍しくはないが、ここまで派手なのは初めて見る。

 

 

 

「すっげー派手だな!」

 

 

「一応ドイツ人のクリスと同じぐらい明るいし」

 

 

「一応とは何だ! ……しかし日本人とは思えないほど金髪が似合ってるな」

 

 

 

 同じ金髪であって外国人であるクリスがそういうのだから、よっぽど灯の金髪はハマっているのであろう。

 ドイツ本国で暮らしていた彼女は金髪の男子学生をたくさん見てきている。目が肥えているのは確か。

 

 更に白の制服の影響か、金髪と赤ピアスが非常に目立つ。

 これ以上悪目立ちしてどうするんだ? と言われても仕方ないぐらいに。

 

 同じ金髪でも比較的優等生なクリスと問題児街道まっしぐらの灯。外人と日本人。同じ金髪でも違いは色々と出てくる。教師の評判はダメなほうに傾くであろう。

 

 

 

 だが本人はそんなこと微塵も考えておらずにご機嫌だ。

 元々教師の評判とか内心点とか端から捨てているのだ。今更マークがきつくなろうと関係ないのだろう。というかこれ以上マークされようがないと踏んでいる。

 

 

 

「あー俺様も夏休みに向けて金髪にしてみっかな?」

 

 

「やめなよ岳人、どうせ似合わないって皆に言われるだけだよ」

 

 

「”金髪が許されるのはイケメンだけだよねー” と、美人に無表情で言われて傷つくだけだ。あ、いや、美人は近づかないか」

 

 

「うるせーな!! そこまで否定的に言わなくたっていいだろうが!!」

 

 

「岳人のことを思って言ってるんだよ」

 

 

「その言葉が1番傷つくぜ……京」

 

 

 

 師岡が否定した岳人の提案を優しく丁寧に、諭すようにやめとけと伝える京の優しさが傷口に沁みる。

 

 

 

 岳人を苛めて満足したのか、どれとも飽きたのか? 灯は自分の席に気分良く座った。朝から機嫌が良い灯は珍しい。よっぽど金髪が気にいったのか、それとももっと別の理由があるのか――――

 

 

 

「お前ら席につけ! ホームルームを……って何だ国吉その頭は!?」

 

 

「イメチェンです」

 

 

 

 担任の梅子も余りにも目立つ頭に一瞬言葉を失った。そしてふとある思いが芽生えてしまう。この男は自分の身に余る生徒なのではないか? っと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわホントだ! 灯くん金髪になってるよ」

 

 

「あいつ何かあったのか?」

 

 

 

 灯が食堂へ向かう途中、後ろから聞きおぼえがある美人の声が耳に入る。他の生徒も廊下を歩いていて勿論話し声も聞こえてくる。それでもこの2人の声は灯の耳がしっかりと捉えた。

 

 

 

「や、昨日頑張った俺にご褒美をくれたりは?」

 

 

「ない」

 

 

「ないよん」

 

 

「現実は無情だ……」

 

 

 

 灯の言葉に間髪いれず否定してくる、容赦がない2人に思わず顔を塞ぐ。

 

 だがこの男はこんなことで落ち込まない。今の様なやり取りはしょっちゅうだ、一々気にしていたら本題が全く進まなくなってしまう。

 

 演技をやめて、顔をあげる。そこには3年を代表する女子生徒が並んでいた。

 

 

 

「ほら、少しぐらいいいじゃん。おっぱいとか減るもんじゃないし。なぁ、モモ先輩、燕先輩」

 

 

「ここまで堂々としたセクハラは初めて見たかもしれん」

 

 

「SAN値がガリガリ減ってくってば」

 

 

 

 百代と燕が仲良く揃って現れる。この2人でも灯の唐突な染髪には驚いた。どこからか彼が金髪になったという話を聞きつけて、わざわざ昼休みに見に来たらしい。

 

 美女が自分に興味を抱いてくれるのは素直にうれしい。2人の女子物理力が高かろうと美人ならオールオーケーなのが灯らしい。

 

 

 

「まー金髪にした理由なんか単純なもんだ。イメチェンだイメチェン」

 

 

「チェンジしすぎだろ。印象ガラッと変わったぞ」

 

 

「前も明るい髪色だったろ? 更に明るくなっただけじゃねェか」

 

 

「それでも茶髪と金髪じゃー全然違うって」

 

 

 

 金髪にする前まではオレンジに近い茶髪であった灯。本人はそこまで変わっていない……と思っていても、やはり第三者から見れば相当変わったように見えるらしい。心境に何かあったんじゃないかと考える人まで出てきたぐらいに。

 

 

 

「そんなもんかねェ……ほ?」

 

 

 

 ふと目を逸らした先に新たな美女を発見。そこには昨日烈々な登場、歓迎、退場をやってのけた人物がいた。

 

 

 

「清楚先輩。ちっすちっす」

 

 

「あ……こんにちわ、灯くん……」

 

 

 

 葉桜清楚だ。

 

 彼女はおどおどとした様子で近づいてくる。あくまで清楚だ、項羽ではない。どうやら九鬼に運ばれた後に元に戻ったようだ。圧倒的な気力が感じられないことから常人でも元に戻ったと分かる。

 

 しかし今はハツラツとしている様子は……ない。小動物のような態度だ

 

 

 

「やぁ清楚ちゃん! 怪我はもう大丈夫なのか?」

 

 

「うん……大きな怪我はないかな……」

 

 

「灯くん容赦なく戦っていたからね―」

 

 

「油断なんかしたら俺は今頃ミイラになってベットの上だ」

 

 

 

 いつもと様子が違う清楚に対しても、3人は変わらない。朝に経験した、腫れものに触れるようなクラスメートの接し方は見られず、いつもと同じように話しかけてくれた。それを見て清楚は思わず面を喰らう。

 

 

 

「あの……私昨日凄かったよね?」

 

 

「なんかエロいな」

 

 

「あぁ……だがそれがいい」

 

 

「灯くんとモモちゃんは少し自重しなさいな」

 

 

「……フフッ」

 

 

 

 清楚が笑みを浮かべる。先までの困惑したような表情とは全然違う、優しい笑みだ。

 

 

 

「なんか灯くんたちと話していたら昨日の出来事を気にしていた私が馬鹿らしく思えてきちゃった」

 

 

「過ぎたことは仕方ないからな。それに清楚ちゃんは清楚ちゃんだし。他の奴らも明日になれば今までと同じように接してくるはずだ」

 

 

 

 竹をさっぱり割った豪快な性格である百代らしい一言である。

 その言葉に同意だ、と言わんばかりに視線を向ける灯と燕を見て清楚は更にホッとした。

 

 

 

「……えっ? 何々?」

 

 

 

 ふと清楚が急に独り言を呟き始める。思わず3人共、何をしているのかと首をかしげた。ただ灯に至ってはコロコロ表情が変わる清楚を可愛いなぁ、と思っていたり。喜怒哀楽がはっきりしているというのはそれだけで魅力的だ。

 

 

 

「あの灯くん……」

 

 

「何だい清楚先輩」

 

 

「急にキリッとした表情になっても意味ないってば」

 

 

「あのね……項羽が灯くんと話がしたいって」

 

 

「……は? 昨日の清楚先輩ヴァージョン?」

 

 

「うん……」

 

 

 

 清楚の言っている意味がいまいち理解できていない灯。百代、燕も同じようだ。

 3人の表情を見て説明にかかる清楚。この場で分かるのは彼女だけである。

 

 

 

「えーっとね、私の中に項羽がいて、スイッチ1つで切り替えられるような感じなんだ」

 

 

「二重人格ってことか?」

 

 

「ううん、あくまで項羽と私は別なの」

 

 

「……まだあちこち体中痛むし、戦闘だけは勘弁だ」

 

 

「今は戦うつもりはないぞ、国吉灯」

 

 

「うわ一瞬で切り変わった!」

 

 

 

 雰囲気が一変する。優しい空間にいたのが一瞬で戦場にワープしたかのような感覚。

 

 清楚の目を見れば分かる。虹彩が茶色から赤に変わっている。間違いなく葉桜清楚が覇王項羽に切り替わったのだ。

 

 

 

「お前とは必ず決着をつける。無論、この俺の勝利で幕引きとなるがな」

 

 

「はァー拘るねェ」

 

 

「武人なら決着はつけたいものだ。灯もその気持ちはあるだろう?」

 

 

「ないっていったら嘘だわ」

 

 

「フッハ! 覚悟しておけ! 今は忌々しいが九鬼から暴れるなと命令が出ているから戦えんがな……」

 

 

「あれだけの力をポンポン振るわれたら困るしねん……」

 

 

 

 項羽の力は絶大だ。それこそ百代とタメを張るんじゃないかと思わせるほどに。

 それを大盤振る舞い何てされた時には冗談抜きで学園が壊れてしまう。九鬼の判断は間違いなく英断。

 

 強さを振るうにも相手、そして場所を選ばなければただのチンピラと変わらないのだ。禁止令を出すのも当然のことだ。

 

 

 

「物騒な話はやめにしよう。今は飯喰うほうが先だ」

 

 

「食堂のおばちゃんにその頭のことなんか言われそうじゃないか?」

 

 

「間違いなく言われるでしょー。灯くん無駄に煽ててデザートおまけしてもらってたりしてるし、心配されるかもよ」

 

 

「息子がヤンキーになったと同じ心境か……」

 

 

「……あ、そう言えば! 灯くんがヤンキーになってる!」

 

 

「あ、戻った」

 

 

「清楚先輩、ヤンキーは辞めてくれ。品位が下がる」

 

 

「品位……? 元から0の気が……」

 

 

 

 清楚の心は晴れ、4人足を揃えて食堂へと向かう。清楚の足取りは朝に比べたら随分と軽くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー本当だ。灯がヤンキーになっている」

 

 

「何か心に不安を抱えているのかもしれないな……闇にいれば光を求めたくなるのは当然だ」

 

 

「そうなのか与一? 灯くん! 悩みがあるなら聞かせてくれ」

 

 

 今度は放課後に源氏3人組みが灯の元を訪れる。

 

 弁慶はいつも通り、けだるそうな雰囲気を出しつつ。ただ見たところ、そこまで金髪になったことを驚いてはないようだ。与一は勝手な妄想で勝手な理由をこじつけて染髪をした意味を説いている。その影響をもろに受けた義経が無駄な心配をする。

 

 

 

「そうだなァ……最近俺の酒代がなくなってだな……」

 

 

「それは大変だ。義経、解決してあげて」

 

 

「えぇ!? えっと……いくら渡せば足りる?」

 

 

「ダメだ、心が痛む」

 

 

「主は真面目だからねぇー」

 

 

 

 頭を下げて心臓に手を当てて、本当に心が痛んでいるかのように演じる。いや、もしかしたら本当に心打たれたのかもしれない。義経の純粋過ぎるまっすぐな態度は灯には余りにも輝いて見える。

 

 

 

 3人は噂を聞きつけて、本当に灯が金髪になったかを見に来ただけらしい。そして流れ作業であるかのように、何故髪を染めたのかを問う。

 

 

 

「なんで急に金髪にしたんだ?」

 

 

「イメチェンだよイメチェン。前の色に飽きてなー」

 

 

「何だ。正体を隠すために染めたのかと思ったよ」

 

 

「正体を隠すだァ?」

 

 

「ホラ、これを見てみろ」

 

 

 

 弁慶が言った ”正体を隠す” という言葉が耳に引っ掛かり思わず聞き返す。

 

 その理由を解決してやろうと、与一がスマートフォンを灯に渡す。開いているページは巨大動画アップロードサイト。再生されている動画は先日の項羽だ。

 そこには対戦相手を務めた灯の姿も当然ある。そして2人の戦闘の様子まで、顔つきでしっかりと写っていた。所々ブレブレで見づらい所があるのは手ぶれか何かだろうか。

 

 

 

 そしてその動画に対してのコメント。日本語だけじゃなく、英語や漢字だらけの中国語、ドイツ語などがあることから多国籍な人がこの動画を見たらしい。内容は――――

 

 

 

 項羽……歴史上最強の武人じゃないか!

 

 

 あんなお淑やかな大和撫子がこんなに変貌するなんて……

 

 

 圧倒的な暴力だな……

 

 

 というか相手しているこの男も強くないか?

 

 

 こんな男、俺は知らないぞ? 週刊!武人100選にも乗っていない

 

 

 誰なのかが気になるな……

 

 

 今度ジャパンに行って確かめてくる

 

 

 俺も行ってストリートファイト仕掛けてみるぜ

 

 

 俺より強い奴に会いに行く

 

 

 今、殴りにゆきます

 

 

 こいつを倒して私が有名になるシナリオね、わかるわ

 

 

 

 

 

「…………どうしてこうなった?」

 

 

 

 動画に対するコメントを一通り読んで思わず眩暈が起こる。頭を抱えながら与一にスマートフォンを返し、そしてしゃがみ込む。

 予想外過ぎる出来事に脳内で処理が追い付いていないのだろうか?

 

 

 

「これからお前の生活は一変するだろう。情報社会は早いからな」

 

 

「メンドクさそうな事に巻き込まれそうだねー。まぁ愚痴ぐらいなら川神水飲みながら聞くよ、おつまみ持ってきたらだけど」

 

 

「あ、灯くん……そんなに気を落とさないで」

 

 

 

 弁慶の優しいながらも自分の要求を伝える姿に、ある意味で心が打たれる。追い打ちをかけられた気分だ。

 

 ついさっきまで機嫌が良かったのが一気に地に落ちた。

 これからどのようなことになるかは想像がつく。だからこそ弁慶も愚痴ぐらいは聞くと言ったのだ。

 

 

 

 そして与一の言葉通り、灯の予想した通り……この1週間後、灯の生活は変わることになる。そう、戦闘する回数が主に……

 

 

 

 崩れ落ちた灯に弁慶がポンッと肩に手を置く。そして一言。

 

 

 

「ドンマイだね」




こんばんわ。りせっとです。この更新ペースが保てればいいんでしょうけど……無理なんですよねぇ……

感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見等をいただければ幸いです。

それではよろしくお願いします。


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27話 ~国吉灯の憂鬱~

「…………ッはぁー……」

 

 

 

 灯は大きくため息をついた。幸せが逃げるとかそういった迷信お構いなしに盛大にため息をつく。時刻はまだ朝の8時を少し過ぎたあたりだ。

 

 

 

 周りには学園に向かおうと登校している生徒たちで満ち溢れている。場所は変態橋。時間も時間のため生徒がこの橋に集中するのは必然だ。

 

 何人かは学園へ進む足を止め、今から起こるイベントを待ちわびている。

 

 その中には風間ファミリーもいた。ワン子は「頑張って―」と素直に応援、百代はニヤニヤと灯を見ている。京なんかは興味なさそうに見ているが、ファミリー皆が灯に注目している。

 

 もっとよく見てみると、灯が知ってる人たちが何人もいる。風間ファミリーを除くクラスメートは勿論、燕や源氏3人組。思いのほかギャラリーが多くなりそうだ。

 

 ギャラリーたちは今から何が起こるのかを知っている。いや、予想がつくといったほうがいいか。

 

 

 

 

 

 灯の10メートルほど前にはこの辺では見たことがない大男が行く手を阻むように立ち塞がっていた。身長は2メートルを超えていて、筋肉は鍛えに鍛えられている。何より日本人じゃない。

 

 

 

『いくぜイエロー! お前を喰ってのし上がってやる!!』

 

 

「むさい男が俺に近づいてくるんじゃねェェーー!!!!」

 

 

 

 灯が吠えた。こめかみに怒りのマークを浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ては項羽との戦いが動画サイトにアップロードされたことから始まった。

 

 動画が上がってから一週間後、テストも終わり後少しすれば夏休み突入だってところで灯の環境に変化が訪れる。

 

 動画のコメント欄に実際記載した者がどうかは定かではないが、灯と戦うために来たという日本人の武道家が1人現れた。

 まさか本当に来るとは思っていなかった灯は驚く。それはもう川神という土地が発する魔力に引き寄せられたんじゃないかという謎の発想をしたほどに。

 

 

 

 そこから怒涛の挑戦者ラッシュが始まった。初めて来てから今日まで毎日、休日など関係なく灯の目の前に武道家が現れ始める。日本人からそれ以外の国の人たちまで幅広く。

 

 中には俺が戦ってやるから俺んとこ来いや、と書かれた手紙まで届く。その手紙は当然無視、破り捨てた。

 

 

 

 最初はめんどくさいと思いつつも、比較的真面目に戦っていた。が、3日で飽きはじめて戦う事を拒否し始める。

 

 百代から見たらまぁ持ったほうだろうと、前に比べたら対戦を真髄に受けるようになったとのこと。

 

 灯からすれば今まで突っかかってきたのは百代とクリス、マルギッテぐらいだ。それが今や随分と挑んでくる者の範囲が広がった。

 

 

 

 

 

 そんな生活が始まって5日目。今日も挑戦者が現れる。

 

 

 

『貴様が国吉灯だな?』

 

 

「人違いだ」

 

 

 

 変態橋を渡ろうとした灯を待ち構えていたのか? 目の前にヌッと明らかにここら辺に住んでるとは思えない人物が話しかけてきた。しかもスラングで。

 

 一目で戦いにきた奴だと判断した灯は足を止めることなく、横を通り過ぎようとする。関わりたくないの気持ち一心で。

 

 

 

『嘘突くなよイエロー。髪色変わってってけどその面は国吉灯だろ』

 

 

 

 しかしそれを許すわけもなく、力強く肩を掴まれて進むことを強引に止められる。心底不機嫌そうな表情を浮かべて振りかえると対称的に大男はニタニタとした気持ち悪い笑みを浮かべて灯を見る。

 

 

 

『ちょっと相手をしてもらうぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在に至る。もはや戦いは避けられない。変態橋の入り口に堂々と立って、やる気満々な様子だ。

 灯から見れば果てしなく邪魔な存在であり、倒さなきゃ待っているのは遅刻と言う現実。これ以上遅刻したらそろそろ担任から強烈なお説教が飛んでくるのは明確、それは避けたい。ならば戦うしかない。

 

 

 

『そのすかした顔、ひんむいてやるからなぁ』

 

 

 

 そういって取り出したのは……

 

 

 

「何あれ!?」

 

 

「チェーンハンマーだ」

 

 

「そんなゲームにしか出てこない武器を使う人っているんだ」

 

 

 

 ワン子は見たことがない物に思わず声をあげて驚く。百代はそのワン子の疑問に答えて師岡はオタク心をくすぐられたのか、若干興味ありそうにチェーンハンマーを見つめる。

 

 

 

 チェーンハンマー。とどのつまりは鎖付きの鉄球だ。鉄球自体が相当な重量を誇っているためよっぽど筋力に自信がなければ使いこなせない。それどころか持ち上げることも出来ない。それほどの重量武器を使っているという事は、目の前の男の筋肉は飾りではないということ。

 

 

 

「京、あんな武器を使う武道家を知ってるか?」

 

 

「俺様より筋肉ありそうだし強ぇんじゃないの?」

 

 

「知らない。テレビでも見たことないから有名な人ではないと思う」

 

 

「つまりは灯を倒して名をあげようってやつか?」

 

 

「今灯は旬だからな。そう考える奴が出てきても不思議じゃない」

 

 

 

 クリスと京の脳内にヒットしない男だった、ならば風間の言うとおりこれから名をあげようとする新規の武道家の可能性が高い。

 

 そして大和が言うように灯は今話題の人物だ。

 

 項羽も同じように名が知れ渡ったが、早急に九鬼が項羽に戦闘禁止令を出したため戦えない状況にある。その矛先は全て灯に向かった結果がこの日常なのだ。 

 

 

 

『この一撃必殺の武器で俺は頂点に立つ!』

 

 

 

 ジャラジャラと音を立てながら男は自らの頭上で鉄球を回し始める。

 鉄球が数回転し始めた時には回転速度は相当なものになっており、この速度で放たれれば男の言うとおり、一撃必殺で相手を倒せる威力になっているだろう。

 

 

 

 灯はそれをつまらない顔を浮かべながら鉄球を目で追っている。戦闘の構えも取らずにだ。それは余裕の表れなのか、それともただやる気がないだけか……

 

 

 

『死ね!!』

 

 

 

 破壊力を溜めに溜めた高威力の一撃が灯目掛けて放たれる。放物線を描くことなく一直線に顔面目掛けて鉄球が走る。相手に顔面に近づいてくるという恐怖と威圧感を与え、当たればノックアウト確実。

 中距離攻撃というのもあり、何も相手にさせず倒すことだって可能かもしれない武器を使いこなして灯を仕留めに来る。

 

 

 

 対して灯、鉄球が男の頭上から離れた瞬間、手を力強く握りしめそのまま鉄球に合わせて自慢の拳を振るう。

 鉄の塊を自らの拳で抵抗するなど、一般人には到底出来ないこと。いや、鍛え上げた人でも出来るかどうか分からないことを平然とこなそうとする。自らが持つ破壊力に自信があるからこその選択だ。

 

 

 

 

 

 鉄球と拳、2つが激突する瞬間……男がニヤリと笑った。

 

 

 

『かかったなイエロー!!』

 

 

 

 カチリッと男が鎖の根っこあるグリップを……正確に言うならばグリップについているボタンを押す。

 

 

 

「え!?」

 

 

「棘が生えた!?」

 

 

「仕込み武器だったのですね……」

 

 

【ありゃー当たったら痛いじゃ済まなそうだぜ……】

 

 

 

 鉄球に大きくて、無骨で巨大な金属の棘がいくつもの飛び出してきて鉄球を覆う。言うならば剣山チェーンハンマー。

 

 鉄球の打撃力の他に棘による追加ダメージを狙っての物。

 それにあそこまでの棘を見せつけられれば生身の体で戦っている者は迎撃が出来ない。拳なんて振るったら指が棘で傷だらけになってしまい手が握れなくなる。痛みで攻撃力も落ちる。一度でもダメージを与えれば男の勝利はグッと近づく。

 

 灯はそのギミックを目で確認したが拳はもう止まらない。男は灯の手が血だらけのボロボロになる未来のビジョンが瞳に映っていた。これで勝ったと、もし立ち上がることがあっても自分の有利は確定……そう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが壊れたのは灯の手ではない――――鉄球のほうだ。

 

 

 

 

 

『…………ハッ!?』

 

 

 

 拳と鉄球が激突した瞬間、鉄球が音を立てて崩れ始めた。ご自慢であっただろう、棘も拳が当たったところが拉げている。

 巨大な棘を見ても止められないのではなく、止めなかったのだろう。灯の拳は棘なんぞ気にもせず、力任せに砕いた。

 

 

 

「悪いなァ、ご自慢であろう武器は粉々だ。気持ち悪い顔が少しはマシになったじゃないの? その呆けた面のほうが似合ってる、無駄にニタニタして余裕ぶってと気持ち悪いったらありゃしない」

 

 

 

 ニタついた笑顔が一瞬で消えたことが面白かったのか、灯の表情にも笑顔が浮かぶ。しかしそれは不敵な笑み。そして言葉による暴力が容赦なく男を襲う。

 

 灯の言葉と表情を見て、男は先ほどとは違いイラ立ちを隠せない様子。歯をギリギリと鳴らし眼光鋭く灯を見る。

 

 

 

 そんな視線を気にする事もなく灯は男の元へ……行かずにある物を取りに行く。ゆっくりとした足取りで急ぐ様子もなく、目当ての物に手をかけた。

 

 

 

『……は? お前何やっているんだ……よ……』

 

 

 

 男は言葉を失くした。今目の前に広がっている光景が信じられないからだ。

 

 

 

 灯が手にしているのは道路標識。2人の子供が描かれており通学路であることを示している標識を灯が片手で強引に地面から引きぬき、自らの武器にした。

 

 標識を肩に掲げて重い物を持っているという様子は全く見せない。いや、灯からしてみれば大した重量じゃないのだろう。

 約2.5メートル、135キロもある物体を重いと感じさせないほどの怪力。男は今の自分では勝てないと感じるには充分過ぎた。

 

 

 

「さて、反撃すっから構えろよ。これ受け止められたら赤ペン先生が花丸くれるぜきっと」

 

 

 

 灯の言葉にハッとする。この男には勝てない、ならば逃げなければ。

 考えを即座にまとめ変態橋を渡ろうとする。灯がいる方向とは逆方向へ走ろうとしたが時すでに遅し。

 

 

 

 灯は3歩大きく踏み出して距離を詰める。口笛を吹きながら乱暴に標識を男目掛けて振るう。

 

 

 

『ぐっが!?』

 

 

 

 男の横っ腹に直撃し声にならない声が上がる。威力を相殺することも体で踏ん張ることも出来ない。結果は変態橋下の河に落ちるだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 河に落ちる音が耳に届いたことを確認した灯はまるで空き缶を捨てるように標識をぶん投げ、代わりに通学用のかばんを手に持つ。

 

 

 

「豪快過ぎるだろ」

 

 

「モモ先輩、それおまいう」

 

 

 

 灯からすれば手からビーム出す人間に豪快とか言われても納得なんか出来ない。淡々とした態度で百代を迎える。

 

 

 

「灯くん手は大丈夫なの!?」

 

 

「おーワン子ちゃん。俺の手を心配してくれるなんて本当にいい娘だなァ。だがご心配なく! 血ぃ1つ流れていないだろ?」

 

 

 

 拳を振るった右手を心配してくれるワン子に見せる。言葉通り、血の一滴も流れておらず、傷も付いていない。手が傷つかないと自信があったからこそ鉄球を拳1つで迎えうったのだ。

 ワン子はまじまじと灯の手を見る。本当に傷1つついていない。ワン子は思わず口元に手を持っていき、驚きを隠し切れていない様子を見せる。

 

 

 

「ず、随分頑丈な手ですね……」

 

 

【頑丈通り越してオラ呆れちゃうぜ……】

 

 

「俺の手を壊したかったらダイヤモンドで作った物で挑んで来いって話だ」

 

 

「それで倒したらダイヤをパクるんだろ?」

 

 

「当然」

 

 

 

 灯が言っていることも嘘ではないかもしれない。

 

 自信満々の笑みが主張している内容の信憑性を高めている。そして岳人のいうとおり、戦った分の利益を取りに動こうとしていることも冗談ではなさそうだ。

 

 

 

「しかし灯は今日まで全勝じゃないか。さっきの男も決して弱い訳ではないと思うんだが」

 

 

 

 この5日間、戦いを避けることが出来ずいやいやながらも律儀に相手し続けてきた灯。結果は全勝。全てが余裕をもった勝利を飾っている。

 

 

 

 クリスの言うとおり、挑んできた人たちは全員弱くはない。ワン子やクリスと言った実力者と戦っても善戦すると思うし、勝ってしまう人だって中にいるかもしれない。

 

 それを口笛を吹きながら倒してしまう灯の実力は相当な物だ。

 クリスを含めた川神学園生徒らはその強さを再認識した。百代が戦いたがっている理由も分かる。

 

 

 

 

 

 本当に、もう少し真面目になってくれればとクリスはいつも思っている。そうすれば誰がも認める素晴らしい好青年になるはずだ。クリスと同じことを考えている女子生徒はきっとたくさんいるだろう。

 

 

 

「うん、弱くはないと思ったのは私もおんなじ」

 

 

「燕、何時の間に」

 

 

「おはよーモモちゃん。灯くんも朝からお疲れ様」

 

 

「燕先輩。そろそろこの役割を変わってくれてもいいのよ?」

 

 

「灯くん目当てで来た人を奪う趣味はないし遠慮しとくよん」

 

 

「むさい男共はノーサンキューなんだがなァ……」

 

 

 

 顔をしかめながら戦ってきた人たちを思い出してみる。全てが男だった。生粋の女好きである灯には辛いイベントが続いてしまった。

 

 ブツブツと文句を言いながら、学園へと足を進め始める。

 灯が進むのを確認して、ギャラリーも本来の目的を思い出して登校を再開。朝から面白い物を見れたと観客は満足そう。不満足なのは灯だけだ。

 

 

 

「顔は良いから態度を改めればもっとモテると思うんだけどなぁ」

 

 

 

「無理だろ、絶対」

 

 

 

 年上2人からの評価は辛口である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遅刻せず到着しこのままホームルームに……と思っていた灯、およびその他大勢の生徒たちの予想が外れることになった。

 

 全ては担任の梅子から伝えられた「緊急の全体朝礼だ。皆校庭に向かってくれ」その一言で2年F組は移動を開始。

 廊下に出ると他の生徒たちもぞろぞろと校庭に向かうため、足を進めていた。

 

 

 

 

 

 灯もチンタラと足を進めていると、知り合いの美人が同じようにゆっくりと歩いている。

 たくさん生徒がいる中でも目立つ女子生徒。目立つ理由は川神水を朝からと飲んでいるからだ。

 

 

 

「俺にも分けてくれよ弁慶。頑張ったご褒美をくれ」

 

 

「やーやー朝からお疲れ様……はい」

 

 

 

 灯の要望に答えてか、弁慶は自分が飲んでいた杯に川神水を継ぎ足してそのまま灯に渡す。それを遠慮なく頂き一気に飲み干す。それを恨めしそうに見る男子生徒が大勢いたがそんな視線なんか気にせず渡された川神水を飲む。

 

 

 

「これこれこの味! 美人からお酌されるし! このために頑張って戦った甲斐があったってもんだ」

 

 

「分かるよその気持ち。頑張った後の川神水はまた別格だよねぇ」

 

 

 

 アル中……もとい川神水中毒である2人は意見が一致するのは当然である。将来が不安な2人だ、今が幸せなら良いと考えている刹那主義者なのだろうか? 少なくとも灯はそうだろう。

 

 

 

 一杯飲み干して満足したのか、灯は杯を弁慶に返す。返された杯に今度は自分が飲むために川神水を満たす。ただ一気に飲み干すことはせずにチビチビと味わうように弁慶は飲み始めた。

 

 

 

「しかし灯も災難だね、急に有名になっちゃってさ」

 

 

「全くだ。そろそろファイトマネーを取ろうと思っている」

 

 

「川神で戦ってお金を取ることは難しそうだけど」

 

 

「九鬼と川神院が目ェ凝らしてるからな」

 

 

 

 眉間に皺を寄せながら戦って生活費を稼ぐことが出来ない現状を嘆く。

 

 川神は世界中から武道家が集まる街。腕に覚えがある奴らがたくさん訪れる。多くは川神百代を目当てとして来るのだが、正式な決闘である以上お金など取るのはご法度。戦って勝って得られるのはあくまで名誉だ。

 

 負けた相手からお金を取ろうと言う事を断じて許していない。九鬼が根を張る前までは親不孝通りでお金をかけた決闘が行われていたと噂があったが、九鬼が来た時点で完全に潰された。

 

 なので灯が言うように勝ってお金を得るためには自分にスポンサーを付けるしかないのだ。格闘王ミスマなどはそこからお金を稼ぎつつ、その強さから格闘王などという称号を得ている。

 

 

 

「俺に優しくねェ街だよほんと」

 

 

「夏休みに入ったら更に挑戦者は増えそうだし、こりゃーだらけ部は退部だね」

 

 

「俺から憩いの場を取らないでくれ……」

 

 

 

 真剣な顔で懇願している灯を見て思わず笑みがこぼれる弁慶。

 演技であろうその態度を見て思う事は本当にオンとオフで全く顔が違う。

 

 真剣な時と不真面目な時、その差が激しすぎるのだ。

 

 普段の灯ときたら、セクハラするはだらしない表情を浮かべるわ気まぐれだわでカッコ良さを台無しにすることが多い。

 

 

 

 それが戦っているときはどうだろう? 不敵な笑みが良く似合い、文字通り圧倒的な力で敵を叩きのめす。何より弁慶からみてその時の灯は活き活きしているように見える。

 

 ギャップが激しすぎるのだ。項羽と戦っているときは今までで1番カッコよく見えた。そのギャップにちょっと惹かれている自分がいるし、女の感という根拠が全く証明出来ないものであるが同じように惹かれている人たちだっていると思っている。

 

 

 

 

 

 だからもっとよく知りたい。その欲求が溢れてくるのは決まっていたのかもしれない。

 

 

 

「……ねぇ灯。夏休み入ったら遊びに連れてってよ」

 

 

「お! 何? デートの誘い? 弁慶ならウェルカムウェルカム」

 

 

「良かった。しっかりエスコートしてね」

 

 

「任せろ」

 

 

 

 まさかのお誘いにテンションが上がる灯。弁慶のような美少女が相手ならどこにでも連れて行く勢いだ。いや、どこにでも連れて行って見せる気概だ。

 

 弁慶も満足そうな表情を浮かべ、川神水を一口。

 

 2人はだらだらと話しながら校庭へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全員集まったようじゃな」

 

 

 

 急な全体朝礼。恐らく朝礼をやると決めた張本人である学園長、川神鉄心がお立ち台へゆっくりと登る。目を左右に動かし、全生徒がいるであろうと確認しつつ満足そうに頷いた。

 

 

 

「さて、8月に川神院の恒例行事として川神武道会を開催しているのは皆知っておると思う」

 

 

 

 川神市では毎年8月の終わりに、夏の締めの行事としてか? それとも地域を盛り上げる為か? 川神武道会と言うその名前の通り、武道大会が開かれている。

 参加者は地元の人から世界で活躍する人たちまで幅広く集まっており、大きな盛り上がりを見せる行事だ。

 武道で街が盛り上がる限り川神の土地柄を表している。血の気がある奴らが多いのだ。

 

 

 

「去年無理やり参加させれそうになったよなー灯」

 

 

「どこぞの川神んちの長女にな」

 

 

 

 風間の言葉を聞いて昨年のことを思い出す灯。

 

 当時どうしても実力が見たいと思った百代は本人の許可を取らずに、参加受付簿に灯の名前を書こうとしていた。

 それを防ごうとする灯と、何とか大会に出てほしいと願う百代で一悶着あったのは良いかどうかは分からないが思い出の1つである。

 

 

 

「今年も例年と変わらず同じことをやろうとしたんじゃがな、義経たちが現れて、さらに項羽まで現れた。これでフツーにやろうとしたんじゃつまらん。だから規模をでかくすることに決めた」

 

 

 

 その一言で生徒たちが騒ぎ始める。ただでさえそこそこ規模が大きい武道大会をさらに大きくすると言うのだからどんな大会になるのかが気になって仕方ないのだろう。

 中には興味なさそうに、あくびをしながら聞いている生徒もいるが、約7割以上の生徒は目を輝かせ始める。

 

 

 

「犬、このことは知っていたか?」

 

 

「いや、全然知らなかったわ」

 

 

 

 クリスが川神院に住んでいるワン子に、このことを知っていたのかと尋ねるも、ワン子は本当に聞いたこともないと答える。その言葉にウソはなさそうだ。顔を見ればで分かる。非常に表情豊かな娘なのだ。

 

 

 

「そこで今回はいっそ若手で今1番強いのは誰かを決めてみようかと思ってな」

 

 

 

 鉄心の目がギラリと光った気がした。彼の言う事が本当ならば規模が大きくなるどころじゃない。世界中から最強の称号を取りに、若き猛者が川神に集合することになる。

 

 

 

「モモちゃん、このことは知っていた?」

 

 

「いや今初めて聞いた。しかし最強かぁー……ワクワクしてくるな」

 

 

 

 同じく3年生徒たちが固まっている場所で、燕がクリスと同じように百代に知っていたかと尋ねる。だが百代も知らなかったようだ。

 

 そして早くも百代のテンションが上がり始めた。現在最強の座についているといっても過言じゃない、川神百代が全力で戦える舞台が成り立つかもしれないのだ。

 

 

 

「ふっは! 最強を決めるとは面白い」

 

 

 

 百代以外にも既に闘志むき出しにしている生徒がいた。

 項羽だ。最強の英雄のクローンが暴れるにふさわしい大会になると思ったのだろう。ついさっきまでは葉桜清楚だったのが、急に入れ替わったことで驚く……いやビビっている生徒がいることなんかお構いなし。赤き目が輝き始める。

 

 

 

 

 

 鉄心が一呼吸おいて、威厳ある態度で大会名を口にする。

 

 

 

「”闘神トーナメント”これを大会名とする」

 

 

 

 この川神という土地が今まで以上に、戦場になることが確定した瞬間だ――――




こんにちわ。りせっとです。少しずつでも前に進んでいけたらと切実に思うようになりました。ちなみにこれで第2章完結となります。

感想、評価、誤字脱字報告、もっとこのようにしたほうが良いなどの意見や感想をいただければ幸いです。感想を読んだり、このようにすればいいのでは? と言われることは非常にためになります。

それではよろしくお願いします。


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第3章 塵屑の激動
28話 ~国吉灯、立つ~


 当時の思いでだァ?

 

 そうだなー……思い出の言葉では片づけられないほど濃い3年間を歩んできたと思っているが……やはりあれだな、あの時に出会った女を口説くのは骨が折れた……

 

 ん? それは聞きたいことじゃない? 贅沢言いやがって、だからお前はモテないんだよ。俺みたくモテてかっちょいい男にならなきゃ損……

 

 あーはいはい分かった分かった。そう急かすな早漏。ストレート決めるためにはジャブが必要不可欠だろ?

 

 俺はそんなめんどくさいことしないがな。

 

 さて……どっから話すかなァ……

 

 

 

 鉄心が大会開催の宣言および大会名を口にした瞬間、川神学園は大いに沸いた。

いや、地元のテレビ局を通して宣言した現場はリアルタイムで放送されるので、この川神市以外でも騒がれているだろう。

 

 

 

 鉄心ははっきりと口にした。若手で今一番強い奴を決めると。

 

 

 

 その言葉を聞いて血気盛んな川神学園生徒が騒がないはずがない。なにより自分がナンバー1だと思っている輩が反応しないわけがない。

 

 

 

「いいぞぉ! いいぞぉ!!」

 

 

 

 川神百代はこの宣言を聞いてから高ぶる気持ちを抑えられていない……抑える気がないのだろう。目だけ見ても生気が満ち溢れていることは誰が見ても確認出来る。

 

 

 

「ふっは! 天下統一をするには丁度いいではないか!」

 

 

 

 項羽も百代と一緒で目がキラッキラしている。自らが掲げる目標、武力での天下統一を実現するにはこの大会はうってつけだ。

 

 

 

(これは松永の名を知らしめる大チャンス……ッ!)

 

 

 

 この2人とは対照的に松永燕は心の中でしたたかに笑っていた。表情には出さない。松永と言う名声取り戻すために、世界中が注目するであろうこの大会で優勝すれば名は一気に広がる。それこそ武道家で知らない者はいないと言われるほどに。それを確実に手の中に入れる必要がある。準備は怠らない。

 

 

 

 各々野望を胸に抱え、ただ観戦するだけ……いや、生で観戦したら血肉が騒ぎ立つことが確信出来るほど迫力がありそうな大会の開催が発表された中、灯は何ともつまらなさそうな顔をしながら顎を親指で触っている。怪訝な表情を浮かべながら鉄心を睨みつけている。

 

 

 

(なーんで予感がドンピシャで当たるんだよおい)

 

 

 

 ふと夜に頭をよぎった天下一武道会の開催が現実になってしまった。直感が良く当たる……とは自分では思っていないが、驚きを隠しきれないのがリアルなところ。

 

 

 

(……ただこれで今自分がどの位置にいるかがはっきりする)

 

 

 

 この大会の結果は現在の強さはどの位置にいるのかが明確に判明する。格付けされるのだ。

 

 

 

(この大会で優勝出来れば……)

 

 

 

 ――――クソジジイに少しでも近づけるだろうか

 

 

 

 故人に追いつくことは不可能だ。現時点でも超えているのか、足元にも及ばないのかが分からない。

それでも結果を出せば近づいていると少しは実感出来るかもしれない。

 

 

 さっきまでの様子はなりを潜め、不敵な笑みを浮かべ始める。灯の代名詞ともいえる表情。

 

 

 

「騒ぎたくなる気持ちは分からんでもないが、まずは大会の概要を説明するから静かに」

 

 

「ハイハイ、まだ話しは途中ダヨー」

 

 

 

 ルーの仕切りの一言により周囲は徐々に、波が広がっていくように静かになっていく。

 

 

 

 完全に静かになるのは待たずに、マイクを使って後ろまで聞こえるであろう静けさになったことを確認してから、鉄心は大会名を宣言した時とはガラッと雰囲気を変えて、陽気な様子を見せながら概要を話し始めた。

 

 

 

「さて、話し始めようかのう。大会は2週間かけて行う。参加資格は30歳未満の武道家じゃ」

 

 

 

 2週間。これは今まで川神市で開かれている大会の中では最長である。そこから導き出される答えは川神史上過去最大規模になるということだ。

 

 毎年行われる川神院が主催の武道会が1日で終わるので、それと比べれば一目瞭然。

 

 そして若手のトップを決める大会のため、必然的に年齢の参加要件は出てくる。

 

 

 

「大会の流れは予選、本戦、決勝ブロックと進んでゆく。最後の決勝ブロックに残れるのは……4人じゃ」

 

 

 

 4人という数字が示された瞬間、静かになったばかりの生徒たちが再度騒ぎ出す。

 

 全国……いや世界の若き武道家の中から選りすぐり、精鋭4人が選ばれることに奮えているのか? 4人しか残れないという事実を知って焦ってなのか、それは参加することを既に決意している者、迷っている者、傍観を決めている者で各々反応が違う。

 

 

 

「武器の使用については基本全て認める。しかし重火器に関しては弾はゴム弾に代えさせてもらう。流石に安全を考えたらそこだけは守らんといかん」

 

 

 

 飛び火で弾丸が観客に当たる……なんてことがあってはその場で大会は中止だ。当日は対策を練りに練って万全にはするが、万が一……ってことがある。必要最低限、仕方ないことである。

 

 

 

「大会のエントリー期間は本日の16時から7月いっぱいまで。短い期間ではあるが、大会運営等を考えると8月始まる前までに出場選手を知っておかないと間に合わんのじゃ」

 

 

 

 規模を考えたらあまりにも急な知らせでこのエントリー期間。即決即断出来る人なら問題ない。日本に住んでいる人たちもまだ対処出来る期間である。

 

 ただ世界規模でやるには余りにも期間が短いのだ。大会の規模を大きくすること自体が急ピッチで決まったことなので、仕方ないことではあるが鉄心はそこを怪訝に思ったのだろう。

 

 

 

 しかし武の総本山のトップの発言は大きい。世界だろうとどこに住んでいようとも、集まるべき強者は集まる。それほど大きく心配していないのが本音だ。

 

 

 

「さて……大まかな概要は以上かの。あとはスポンサーである九鬼からお知らせがあるそうじゃ」

 

 

「ここからは私、ヒューム・ヘルシングが大会についての補足させていただきます」

 

 

 

 鉄心の話終わると同時に、九鬼財閥を代表する執事であるヒュームが壇上に立ち説明を引き継ぐ。音1つ立てずに瞬間移動したかのように現れる光景は川神学園では見なれた物である。

 

 

 

「今回の闘神トーナメント、想像出来るかとは思いますが過去最大規模の武道大会となります。よって! その規模に合わせた豪華賞金を我々、九鬼から準備させていただきます」

 

 

「賞金?」

 

 

 

 ピクリと灯の耳が反応する。今まで大会やるよーっと言う宣言を耳にした後は鉄心の説明をぼんやりと聞いていた。が、賞金という言葉を聞くや否や、体制事態は変わっていないが耳がダンボになっている。

興味がマシマシになっていることは誰が見ても明らかだ。

 

 

 

「優勝者には……1億! 出させて頂きます」

 

 

「イチオクッ!!??」

 

 

 

 灯が思わず口にする。完全に声が裏返っており、目も見開いている。

 

 

 

「反応しすぎだろ……」

 

 

「いや! 夢がある金額だぜ大和! 1億だぞ1億!」

 

 

 

 現金な反応を見せる灯に思わず呆れる大和だが、灯と同じ反応を見せたのが風間だ。

 

 優勝賞金1億なんて言われたら、この男が反応しない訳がない。一般人では絶対に手にすることが出来ない。夢がある金額という風間の表現も間違いではない。

 

 

 

「2位とベスト4に残った者には優勝賞金には届きませんが、相応の金額を準備させていただきます」

 

 

 

 ヒュームの発言に川神学園の熱気は最高潮になる。1位には及ばないが2位、ベスト4にも充分過ぎる金額が渡ると予想しているからだろう。

 

 

 

 

 

 

 だがこの熱気は次のヒュームの言葉で一気に静まり返ることになる。

 

 

 

「この賞金に目がくらんで参加すると決意される方もいることでしょう。ただこれだけは伝えておきます……」

 

 

 

 ヒュームは淡々と話をとめることなく続ける。今日一番騒がしい光景になることは予想していたのだろうか? 

 

 

 

 

 

 一呼吸置き、鋭い眼光をより一層鋭くして、威圧感のある声で――――

 

 

 

「――――半端な覚悟で参加される方は後悔することになります」

 

 

 

 ざわつきが一瞬で鎮まった。それはヒュームの威圧感によるものなのか、それともその言葉の重みが原因なのか、分からない。これも聞いている者に寄って変わってくるものだ

 ただ、騒がしい川神学園の校庭は一瞬で静まり返った事実は変わらない。

 

 

 

「んッ……」

 

 

「…………」

 

 

「フンッ……」

 

 

 

 松永燕は思わずつばを飲む。先ほどまで心の中でほほくそ笑んでいた余裕な雰囲気があっという間になくなった。

 

 川神百代は瞬き一つせずにヒュームを見る。

武神と呼ばれているがまだ越えなければならない壁はある。その壁の威圧感に当てられたのか? それとも雰囲気にのまれたのか? それは本人じゃないと分からない。

 

 項羽はヒュームに負ける劣らずの鋭い眼光で壇上を睨みつけながら鼻を鳴らした。

自分よりも強そうなオーラを出している老執事が気にいらないのだろう。彼女が1番分かりやすい。

 

 

 

 現在の川神学園代表する武士娘ですら思わずだまってしまう。その光景はある種異常だ。

 

 

 

 

 

 

他の生徒らもまるでここが真空空間であるかのように息を止めている。全員言葉を失っている、余裕がある生徒なんて見渡す限りいない。先ほどのテンションが高かった様子はどこにいったのだろうか?

 

 

 

(一億……ッ! イチオクッ……!! 1億円ッ!!!)

 

 

 

 ただ1人。国吉灯は瞳を小判にしながらヒュームの言葉を聞いているようで右に流していた。彼の耳に残っているのは1億という単語だけだろう。雰囲気にのまれている様子は全くない。いつも通りだ。

 

 

 

「若手の中の1番を決める大会ですので、苛烈な戦いになるのは今からでも想像出来るでしょう。そのことを……充分頭で理解した上、覚悟を決めて参加の申し込みをお待ちしています」

 

 

 

 普段使わない丁寧な敬語。ヒュームを知っている人から見れば異様な光景だったかもしれない。そんな丁寧かつ棘が溢れている言葉使いでヒュームは喋ることは喋ったのか、目を伏せる。

 

 

 

 あとは各々で判断してくるだろう。俗物で実力が伴っていない輩はこれである程度は淘汰出来た。必要なのは本物の豪傑。次世代の中心を担う者がこの大会できっと、いや絶対に現れるだろう。

 

 

 

「全体朝礼はこれで終了じゃ」

 

 

 

 鉄心の一言で生徒たちは教室に戻っていく。

 

 最初から参加しないと決めている生徒らは威圧感に負けて足取りが重い者、興奮を取り戻して誰が優勝するかを誰が参加するか分からない状態で既に予想する者。

 

 参加するか迷っていた人たちはヒュームの言葉を受けて降りることを決意したように見える者もいれば、今でも迷っている者。様々だ。中には参加を決めている者もいるだろうがそれは数少ないことは言うまでもない。

 

 

 

「…………犬、お前は出るか?」

 

 

 

 クリスが校庭から教室に戻る途中で沈黙を破った。彼女の足取りは重そうだ。何より雰囲気、見た様子から迷いが見て取れる。

 

 

 

「……出たいけど……あぁ言われるとねぇ……」

 

 

 

 猪突猛進のワン子も今回は流石にしり込みしている。

 

 いつもなら真っ先に参加を表明しているだろうが、今大会はレベルが違うと言う事を流石に理解しているのだろう。

自分よりも強い奴がごろごろ出てくる。その人たちと戦いたいが、手も足も出なかったらどうしよう。そんな迷いだ。

 

 

 

 

 

 覚悟を決めろ……その一言が頭にこびりついている。

 

 

 

 

 

 そしてクリスとワン子は同じ理由で迷いを抱いている。それを感じ取ったからクリスはワン子に尋ねた。どうするのかと。

 

 

 

「今回の大会はいつも以上に危険なものになると思う。ワン子、クリス、無理しなくてもいいんじゃないかな」

 

 

 

 京がクリスとワン子を宥めるように、諭すように話しかけている。心から心配しているかのように見える。実際そうなのだろう。今大会は規模が圧倒的に違う、年齢制限こそあるが世界中の強者が集まるのだ。

 

ワン子とクリス、そして京。

 

 3人共ある程度……いや、川神学園の中でも実力はあるほうだ。

しかし、今大会でいいところまで行くのか? と尋ねられたら自信を持って首を縦に振ることは出来ないだろう。

 

 

 

「灯くんは……参加するの? ……ってあれ?」

 

 

 

 ワン子がつい先まで自分の横を歩いていて、目がドルマークであることに思わず呆れてしまった灯に、参加の有無を尋ねようと右を向いてみるとその姿はなかった。

 

 

 

 思わず後ろを振り向くとそこには灯ではなく、説明のために壇上に立っていたヒュームの背中がワン子の目の中に映る。

 

 

 

「国吉灯、貴様は強制参加だ」

 

 

「ふむー…………この前のイベントに参加してもらう約束ってやつか?」

 

 

「そうだ」

 

 

 

 武器の援助を貰う為に九鬼のイベントに参加してもらう。これが約束の中身だ。

 

 ヒュームの言葉に思わず苦笑い。ただ、瞳がぎらぎらと輝いており、ついさっきまで浮かべていたドルマークは完全に消えている。

 

 

 

 

 

 この目を見てヒュームは確信した。

 

 

 

「危険な大会に強制参加させるってスポンサー失格じゃねェ?」

 

 

「これは貴様と俺との約束だ。問題ない」

 

 

「けーッ……性格悪いジジイだな……勝手にエントリー登録しておけ!」

 

 

 

 参加の意思表明を明確に見せてヒュームの横をすり抜けて教室へ向けて早足で歩き始めた。

 

 ヒュームは満足そうに主の元へと移動し始め、灯は早足の速度維持したまま歩いている方角の途中にいたワン子たちがいる集団の元へと突っ込んでいく。

 

 

 

「ワン子ちゃん、その質問の答えだが俺は参加だ! 強制的にだけどなァ!」

 

 

 

 ワン子とクリスの間に割り込むように歩き、それぞれの左肩と右肩を1回、小気味良い音を鳴らすことを意識しながら叩いたように見えた。律儀に立ち止まることなく、ただワン子へキチンと解答して2人の間をかけていく。

 

 

 

 国吉灯、闘神トーナメント参加決定。エントリー第1号。

 




えー……何もいいません。すみませんでした。


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29話 ~国吉灯、思考フェイズ with 3人娘~

 国吉灯は考えていた。朝にヒュームに啖呵を切ってからずーっと。机に足を乗っけて、腕を頭の後ろで組み、固くて座り心地が良いとはとても言えない木の椅子に体全体を預けながら、真顔で思考フェイズに入っていた。

 

 

 

(参加したはいいが……)

 

 

 

 思いだすは闘神トーナメントへの参加表明。

 参加が断れる空気でもなかったし、断る理由は無かったものの頭を少し冷やして考えてみるとある問題が出てきたことに気づく。

 

 

 

 立ちふさがる問題とは……

 

 

 

 

 

 

(優勝するには乗り越える壁がでかいな……)

 

 

 

 大会に参加するならば目指すは当然優勝。1位以外灯は見ていない。何せ1位を逃してしまえば今世代の最強の称号を逃すことになる。

 逃してしまえば見えかけていた祖父の背中が遠のいてしまう。闇雲に追い続けていても祖父との差は縮まらない。差を縮める為に灯は参加表明したのだ。

 

 

 

 ただ1位を取るには今大会の規模がでかすぎる。若手で今一番強い奴を決める大会だ。強さの壁を越える者、壁の上に立つ者は当然のように出てくるだろう。

 壁を超えている灯の敵は少ない。しかし、その少ない敵を打倒するのに骨が折れそうなのが現時点で思いつく限り3人いる。

 

 

 

 その確たる人物が……

 

 

 

 

 

 

 ――――川神百代

 

 

 

 間違いなく今大会の優勝候補。実質優勝は決まったもんだろうと思っている人も少なくない。そんぐらい桁外れに強い人。武神の異名は伊達ではないのだ。あのバトルジャンキーがこの大会に参加してこないなんてことがあったらきっと夏に氷が振る。200%大会に参加してくる。

 予選か本戦で別の強者と当たって潰れる……なんてことがあるかもしれないが、確率は紙のように薄い。間違いなく決勝ブロックまでのし上がってくるだろう。

 

 

 

 2人目が公式戦無敗の女。

 

 

 

 

 

 

 ――――松永燕

 

 

 

 

 したたかに、虎視眈眈と勝利を狙ってくる。灯は直接彼女の戦闘を見たのは転入初日の百代との軽い戦闘だけ。実力は未知数。

 しかし灯は知っている。百代を、自分を観察するかのように遠くから見ていたことを。きっと癖か何かを探していたのだろう。頭脳派、効率よく勝ちを拾ってくる。力と力のぶつかり合いを避けて横からド突いてくるタイプ。よっぽどな想定外な出来事が起きない限りは決勝ブロックに上がってくるはず。

 

 

 

 そして3人目。つい最近戦ったばかり。

 

 

 

 

 

 

 ――――葉桜清楚

 

 

 

 いや、覇王項羽と言ったほうがいいだろう。圧倒的なパワーを武器に全てをなぎ払う。一騎当千が実現できるほどの実力者。目覚めたばかりであの実力。虎は何故強いと思う? もともと強いからよ! を体現している。

 決着こそ付かなかったがその力は目の当たりに、じかに受けているからこそ彼女も勝ちあがってくることは安易に予想出来る。

 

 

 

 この3人の誰かと……いや、もしかしたら全員と戦うかも知れない。全員を蹴散らさなきゃ1位は取れない。

 だから考える。力を、体力を温存しながら勝ちあがれる方法を。

 

 

 

 灯の戦闘においての最大の武器はパワーだ。極端に言えば、腹パン一発決まればどんな屈強な男でもK.O出来る、そのぐらい力に頼っている。

 ただ、壁を越えた者には腹パンK.Oが確実に出来るかと言ったら首をかしげざる得ない。

 

 

 

 ただドロー1を使えば、筋肉のリミッターを外して殴り飛ばせば……ただ何度も使える技ではないことは灯本人がよーく知っている。ある程度温存しなければならない。温存したまま勝ち上がるためには――――

 

 

 

(……武器は必要不可欠。パチンコのおっさんに頑張ってもらうしかないが……)

 

 

 

 久信は燕の父親だ。父親が娘のバックアップをするのは当然のこと。灯の依頼は決して最重要ではない。そこが懸念している。間違いなく武器は完成する。九鬼に勤めるぐらいなのだから優秀なのも間違いない。

 しかし大会前に完成させる……これは厳しい……というか娘の敵を強力にさせる必要はないのだ。

 

 

 

(……ちッ……そこはどうしようもないか)

 

 

 

 天井を思わず見上げる。なんてことはない。見なれた天井。1日の約半分を過ごしている空間の天井なんか見飽きているぐらいだ。

 

 

 

(……ぼちぼち考えながら準備を進めっか)

 

 

 

 焦ってはいけない。焦って勝ちを取りこぼしてはいけない。トップを取らねば祖父に追いつけぬ。追いつくにはトップを取るしかない。至極単純なこと。

 しかし道は険しく走破することは困難。だからこそ焦らない。道は1つではないのだ。

 

 

 

「……ハァ、なぁ国吉。おじさんの授業に久々に出てかつ寝てないと思ったら、まるで聞いてない格好……なんとかならないか?」

 

 

「どうぞ、お気づかいなく進めてくれ」

 

 

 

 宇佐美は大きくため息をついた。問題児クラスの1番の問題児はやはり手ごわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ!! 世界中の強者と戦えるなんて夢のようだ……ッ!」

 

 川神百代はかつてないほどの気力に満ち溢れていた。

 今まで川神院の師範代かつ、自分の祖父である川神鉄心に自ら強者に会いに行くことを禁止され、待ちの体制をとるしかない状態になった。

 

 今年度に入って武士道プラン、納豆小町、項羽覚醒と様々な強者が川神に入ってきたが機会に恵まれなかった。その機会が遂にやってきた。

 

 

 

「そして……灯!」

 

 

 

 何よりも入学した時からずっと目を付けていた国吉灯と戦えるかもしれない。勿論途中で敗退するかもしれない。その可能性だってある。

 しかし百代はその可能性を考えなかった。あの男は確実に勝ちあがってくる。参加するかしないか? という前段階は百代に向けた機会を待て、その言葉を信じるならば間違いなく今がその機会だ。最高の環境。

 

 出来れば決勝ブロックで……という思いはある。だがこの際戦えれば予選だろうがどこでもいい。百代にとっては真剣に戦うことが重要なのだ。

 

 

 

「お前が言うように、本当に近々に来たな!!」

 

 

 

 意気揚々として百代は備える。自分の欲を満たしてくれるであろう最高のイベントに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(闘神トーナメント……松永の名を広めるには絶好の大会!!)

 

 

 

 松永燕は考えていた。持ち前の頭脳を余すことなく活かして、左脳をフル回転させて考えていた。

 

 

 

(だけど……)

 

 

 

 名を広げることを、そしてある依頼を達成するために、この大会は……

 

 

 

 

 ――――強者が多すぎる

 

 

 

 

 名を広げる為には勝たなければならない。

 いくら目立っても武道大会なので強者であることを示す必要がある。最低でも決勝ブロックまでは。だがその間に立ちふさがってくるであろう強者……

 

 

 

(義経に……弁慶……武士道プラン組は来るだろうなぁ……)

 

 

 

 九鬼が大きく絡んでいる大会だ。クローン軍団をアピールするために義経、弁慶、与一はほぼ100%参加してくるだろう。

 

 

 

(川神院の若手修行僧に……九鬼従者部隊……)

 

 

 

 30歳未満が参加条件。立場が全く制限されていないのもこの大会の特徴だ。上へ実力をアピールするために川神院の修行僧と九鬼従者部隊の中に参加を表明する奴だっているはず。

 

 

 

(そして項羽……)

 

 

 

 歴史上最強武人のクローン、その実力はつい最近みたばっかり。あの圧倒的力によるラッシュ攻撃。巻き込まれたら項羽がやめない限り暴風が起こり続ける。

 正直巻き込まれたら終わりだと思っている。如何にペースを渡さずダメージを与え続けるか……。

 

 

 

(……灯くんもいるのか)

 

 

 

 項羽のことを考えていたら同じパワー繋がりで灯のことも思い出す。力だけなら項羽を上回る。もしかしたら百代も上回るかもしれない。この男も注意筆頭である。

 戦闘スタイルは力を前面に押し出したもの。しかし燕は知っている、あの男は頭も回ることを。レールの上だけを走るなら燕にとっては楽である。ただ灯は想定経路を走らないので対策が練りきることが出来ないのが最大のネックである。

 

 

 

(あとはモモちゃん……)

 

 

 

 語る必要はないだろう。武神川神百代。自分の全てを出し切らなければ押し切られて無様に負けてしまう相手。そしてそれは許されない。

 

 

 

(先は長いなぁ……)

 

 

 

 顔色1つ変えずに思考をめぐらす。全ては松永のため。お家のために全力を尽くす。

 

 彼女もまた優勝を狙える実力者である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「世界を統べるこの俺に相応しい催物ではないか!」

 

 

 

 例にもれず項羽も興奮していた。

 世界で一番強い若人を決める。優勝すれば自分が覇王になって世界征服出来るという何とも簡単、単純な方程式が項羽の脳内で生まれていた。

 

 実際そんな上手くいくはずがないのだが、項羽の残念な頭脳はそう導きだしたようだ。後々葉桜清楚がその考えを改めるべく自分自身正真正銘、内部で戦いが起こるのだがそれは別のお話。

 

 

 

「そして何より……国吉灯! あの無礼者と決着をつけるいい機会だ」

 

 

 

 先のあの決闘。結果は邪魔された……鉄心が川神学園を守るためには仕方がないと下した判断であったが項羽にとってはしったこっちゃないので邪魔された、勝てるものを強引に引き分けにされたとしか思っていない。迷惑この上ない思考である。さすが四面楚歌のモデル。

 

 

 

 

 

 しかし自分の勝利を確信している考え方は武人としては正しい。誰が自分が負ける気持ちで勝負に挑むのだろうか。

 

 今すぐにでも大会へのエントリー申請をしに行きたいが、ここで出て行ってしまうと九鬼からまためんどくさい事を言われてしまう。それにもう一人の僕……および葉桜清楚がそれを許さない。心の中で訴えかけてくるのだ。

 なんともめんどくさいことではあるが、葉桜清楚も自分なのである。無碍にするわけにはいかないのだ。だからここは我慢。暴れる場所は、自分が最強だと示す舞台は用意されている。

 

 

 

「ふっは! 心が躍るなぁ!」

 

 

 

 項羽は上機嫌で自分が所属している3-Sへと足を運ぶ。昼休みまで我慢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3-F所属、川神百代

 同じく3-F所属 松永燕

 3-S所属 覇王項羽

 

 3人は大会発表当日の昼休みに、3人が出会うことはなかったが川神学園自慢の武士娘たちがエントリーした。

 




A-5に影響されてなんとか書ききれました。
短いのはリハビリが必要なんだとひしひしと思いました。


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