此処は吸血鬼が棲まうとされる紅魔館、その周辺にある鬱蒼とした森の中。
其処で一人の男が足元が覚束ない様子で彷徨っていた。
「此処は……何処……なんだ……?」
男の問い掛けに応える者はおらず、ただ静寂のみが広がるばかりである。
男はとうとう限界に達し、その場にドウッと倒れ込む。
閉じていき霞む視界に入るのは、依然変わらぬ森の木々だけであった。
「あら、こんなところに私と同じ人間……なのかしらね?見た目だけは人間にそっくりな妖怪もいるし、ちょっと判断がつかないわね……。
まあお嬢様に持って行って毒味……もとい、味見してもらえば自ずとわかるかしら」
そんな彼の元に、一人の少女が現れたことも知らずに。
「咲夜、これは何だ?」
玉座に深く腰をかけている少女が、己の従者に問い質す。
訊いたのは従者の隣で気絶しているのか、倒れている男についてだ。
彼女は普通に訊いているだけなのだが、それだけでも思わず跪き、こうべを垂れてしまいそうになる威容が確かにあった。
だが咲夜と呼ばれたメイドはそうすることなく、ただ訊かれたことに対する答を言う。
「人間(?)ですわ、お嬢様」
「いま?を入れたわよね?
貴女、これを襲って此処まで連れてきたんじゃないわよね?」
「ご安心ください、お嬢様。
そこらの森で倒れているのを見つけたので此処まで連れてきただけです。
妖怪の賢者が動いていないのなら、特に問題はないのでしょう」
「幻想郷の生きた人間ではないのか、そもそも人間ではないのか……。
まあ、今は考えるだけ無駄ね。
で、貴女は私にこれをどうしてほしいのかしら」
少女が従者に問い直す。
従者はその問に対し、
「明日は計画を実行に移される日ですから、これの血でも飲んで、英気を養っていただこうかと思いまして」
「……ああ、そう言えば私、今日の分はまだ飲んでなかったわね。
なら咲夜。この男から血を少しだけ抜き取っておきなさい。どうせそこまで飲めないんだし」
「お召し物にこぼされますものね」
「それは言わない約束でしょう」
従者は注射器を懐から取り出し、首元に刺す。
そうしてから注射器のピストンを引き上げ、シリンダの中に血液を取り込んでいく。
ある程度採血したら、注射器を丁寧な動作で引き抜き、刺した部分に絆創膏チックな何かを貼る。
取り出した血は紅茶の中に少量入れて、ミルクティーならぬブラッドティーにしてから、従者は少女に差し出す。
「匂いは……人間のものと変わらないわね。さて、味の方はどうかしら……」
少女は恐る恐るといった感じでティーカップに口をつけて、ほんの少しばかり口に含み、ゴクリと嚥下する。
「…………」
「お嬢様、どうかなさいましたか?
お口に合わなかったのか、それとも人間のものではなかったのですか?」
ティーカップに口をつけたままピタリと静止してしまった少女を心配し、従者が声をかける。
すると、
「……トレッビァアアアン!」
少女はいきなり叫び出した。
従者がその様子に面食らっていると、
「なんだ、この味は! 舌の上で深く絡み合うハアアアアァーモニー!」
手を横に大きく広げながら叫ぶと同時に、今度は紅い十字架のようなものが少女から巻き起こる。
「お、お嬢様。紅符『不夜城レッド』は次々回の作品まで出さない方がよろしいかと……」
「でかしたわ咲夜!こんなに美味しい血を飲んだのは初めてよ!しかも、こう、力がフツフツと湧き上がってくるようなこの感覚。
こんなに美味しいのなら人間なのかそうじゃないのかは一切関係無いわね。
咲夜!そこに転がっているのをどんな手を使ってでも確保するわよ!この私、レミリア・スカーレットのものにするためにね!」
「む……うむ……」
男が目を覚ますと、そこは倒れた時まで目にしていた森ではなく、やたら紅い壁紙が張られた部屋であった。
男は不審に思い、起き上がろうとする。
その時、首筋に違和感を感じ、手を伸ばしてみれば、何かが貼られている。
はて、自分は怪我をしていただろうか?と男は訝しがったが、部屋の扉がガチャっと開かれたので、思考をそちらに向ける。
扉を開けて現れたのは、銀髪のメイドの姿をした少女であった。
メイドにしてはスカートが短いと思いつつ、その少女が穿いているスカートをジロジロと見る。
「女性のスカートをジロジロと見つめては変態と思われますわよ」
「む、そうなのか。それは失礼した」
「いえ、男性特有のいやらしい視線を感じませんでしたし、忠告させていただいただけですので。
私はこの紅魔館でメイドをさせていただいている十六夜咲夜と言います。以後お見知り置きを」
咲夜と名乗ったメイドはぺこりとお辞儀をする。
男は咲夜の発言から、此処は紅魔館と呼ばれる館であること、十六夜咲夜というメイドがいること、そして、そのメイドを従えている主人かがいることが判った。
男は自己紹介されたので、自らも自己紹介すべきと考え、行動に移そうとするが、言葉が出てこない。
「どうかなさいましたか?」
口を開いて急に怪訝な表情になった男に咲夜が訊く。
「む、いや、名乗られたからには名乗りを返さねばと思ったのだが、どうしても名前が出てこない。
もしやこの身は記憶喪失というものなのだろうか?」
「それを私に訊かれても困りますわ。
どうしても名前が出てこないと言うのであれば、もうこの際そのことは気にしないというのはどうでしょうか?」
男は咲夜の提案を聞いてそれもそうかと思い、頭をクリアーにした。
自分が失くしたと思われる記憶に興味がないわけではないが、どんなに頭を捻っても出てこないのであれはば、今考えてもしょうがないと思ったからだ。
「頭はまとまりましたか?
それなら、我が主、レミリア・スカーレット様が貴方と話をしたがっておりますので、付いて来てもらえないでしょうか」
「承知した」
男は短く返事をすると、部屋から出て行く咲夜の後に付いて行き、それなりに歩いていたら玉座が置かれてある広めの部屋に通された。
玉座にはドアノブカバーのような帽子をかぶった少女が頬杖をつき、足を組みながら此方を見ていた。
「その身がレミリア・スカーレットなのだろうか。
此度は、行き倒れていたこの身を助けてもらい、非常に感謝している。感謝はしているのだが、残念なことにこの身にはその恩を返す手段がいいとこ労働力の提供ぐらいしかない。
ついては、この身に何か出来ることはないだろうか?」
男はレミリア・スカーレットと思わしき少女に礼を言う。
あの森で倒れた時に命を失う危険もあったのだ。
記憶も失っているみたいなのに、命も失うとなると洒落にならない。
故に助けてくれたレミリア・スカーレットに礼を言わねばならないと同時に、恩を返す手段が限られていることを伝えるべきと考えたのだ。
そんなことをいきなり言われたレミリアはポカンとした表情になった。
こうして見ると、見た目相応の可愛らしさが感じられる。
「いいえ、直接助けたのは私ではなく、そこにいる咲夜よ。
礼なら彼女にするのが筋ではなくて?」
「む、そうであったのか。
ならば咲夜、その身にも感謝する。
しかし、レミリア・スカーレットよ。
この身はその身の慈悲に救われたと思うのだが、違うのか?」
レミリアはポカンとした顔を元に戻し、男の言葉を訂正する。
すると男は、咲夜にも感謝の意を述べ、その上でレミリアにも救われたと言ってきた。
「へえ、一体どうしてそう思うのかしら?」
「うむ。
この身がこの館で目覚めた時に、首元に違和感を感じたのだ。手を伸ばして触ってみれば、何かが貼られていた。
最初はこの身の知らぬうちに怪我でもしてたのかと思ったのだが、その身がさらけ出しているそのコウモリのような翼。それを見てこう思った次第だ。
その身は、血を糧とする悪鬼の類、ああいや、この身を救ってくれたから悪鬼ではないな。物の怪の類ではないかと思うのだがどうだ?」
男はレミリアの問に答える。
レミリアはその答を聞き、大きく声をあげて笑う。
「アッハハハハハハハハ!
貴方、つまり私が貴方の血を吸い尽くさなかったから、私が慈悲深い者とでも思ったの?
単なるワガママ、或いは何かの打算があってのこと、とは思わないのかしら?」
「寧ろ、何の理由も無しに人を助けるというのは、この身にとっては少しばかり不気味に思えるな。
誰かを助けるのに理由がいらないと申す者は、確かに素晴らしい者なのであろうが、助けられた側としては何を考えているのかわかったものではなく、結果として不気味に感じるであろうとこの身は考える。
その点、その身はそういうことを訊いてくることからして、やはり慈悲深い者だとこの身は考える」
「へえ、貴方、本当に面白いわね。
私としては、貴方の血が欲しかっただけだから、一日に少しの血を払うことを対価に、衣食住を提供しようと思ってたのだけど……。
貴方、名前は何て言うのかしら?」
レミリアがニィ、と口元が裂けそうなくらい深く微笑みながら、男に名を訊ねる。
「すまないが、この身はどうも記憶喪失というやつらしい。
此処は誰、私は何処?というやつだ」
「いやいや、逆、逆だから。
でも名前が無いのは不便よねぇ……。
……そうね、貴方、最初に言った言葉に、嘘偽りは無いと誓えるのよね?」
「無論だ。
その身が望まれるのであれば、御身の敵を斬り伏せる劔にでも、御身に降りかかる災いを身を呈してでも護る盾にでもなろう」
「グッド。
なら貴方には名前を授けるわ。
そうねー、今日は満月の前日だからー……決めたわ。
貴方の名前は待宵御言。
今日から貴方は私の部下で、この紅魔館の一員である待宵御言として生きていくのよ。いいかしら?」
「承知した。
待宵御言、良き名だ。
主レミリアより賜ったこの名に恥じぬ働きをしてみせることをここに誓おう」
男はレミリアより待宵御言という名前を授けられ、ここに新たな主従が誕生した。
彼が一体どのような物語を歩んでいくのか。
この時は誰にも、当の本人でさえわかっていなかった。
「お嬢様。当紅魔館で男性が働く場合は、その男性が女性を襲わないように上司が毎日の性処理を義務付けるとの規約が----」
「おう伊○ライフ的展開にもってこうとすんのやめーや」
はたして待宵御言の喪った記憶は一体どういうものなのか!
血が美味いのは童貞だからなのか!(どどど童貞ちゃうわ!)
次回を待たれよ!(わかるとは言っていない)
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パチュリー・ノーレッジ、それと小悪魔
今回は紫もやしと二次創作界隈で淫魔扱いされることに定評のあるこあーです
「……と、スペルカードルールとはこのようなルールになっているわ」
「ふむ、成る程。明日はこの規則に則り、主レミリアの計画を邪魔する輩を倒せばいいのだな」
「ま、概ねその通りね。
貴方が人間なのか、はたまた別の何かなのかには非常に興味があるのだけど、レミィに何か言われても困るし、何もしないでおくわ」
「この身は調べる時に何かをされるのか……?
しかし、このルールを考案し制定した者は中々どうして賢いな。
物の怪や神の類だと力任せにやったら簡単に決着がつくが、このルールだとしっかりと人間にも勝ち目がある。
この身も力だけならあるという自負はあるが、この弾幕ごっこでは勝敗の行方がわからなくなるな」
御言は、弾幕ごっこというこの幻想郷というらしい土地特有のルールの概要を、主としているレミリア・スカーレットの親友であるというパチュリー・ノーレッジから聞いていた。
このルールの話を聞くうちに、この弾幕ごっこなるものを考案、制定した人物に興味が出てきてしまうのも仕方のないことかもしれない。
「制定した人物にはそう遠くないうちに会えるわ。と言うかたぶん明日にでも会えるわ。
レミィが起こそうとしていることは少なくとも人里の人間には、それなりに害を及ぼすでしょうから。
貴方はそれを聞いてどうするのかしら?」
「どうするもなにも、主レミリアがやろうとすることを止める謂れはこの身にはない。
そもそも、物の怪や神がやろうとすることなど、大概は自然災害と同じようなものであろう。
静かに過ぎ去るのを待つのみよ」
「あら、レミィより弱い妖怪なんかも自然災害と同じと言うのかしら?」
パチュリーが意地の悪い質問をする。
レミリアの種族は吸血鬼。妖怪の中でも高位種族として数えることができる者である。
そんじょそこいらの低級な妖怪とは格が違う存在と言えよう。
だがそうであるにも関わらず、御言はパチュリーの言葉を肯定する。
「ああ、その通りだ。
だが、あくまである程度は似通っている、と言ったところだ。
自然災害にしろ、物の怪にしろ、人間は大雑把にしか知らない。知る必要がないと考えている節もあるな」
「それはどうしてかしら?
知識はあればあるだけいいものじゃないの」
「その身は知識欲の塊みたいなものだからそう言えるが、普通人間は興味のあるものしか詳しくは知ろうとはせんよ。
興味のある事柄に関連するものであるならば知ろうとはするが、それだけだ。
地震にしろ、津波にしろ、噴火にしろ、細部まで知っている者は数少ないと言えるだろう。
例えば、だ。自然災害ですらないただの50cm程度の波でも大人一人引き倒すには充分な威力を秘めている。
そういった事実があるにも関わらず、1m程度だったら逃げる必要はないだろう、と考える輩もいるのだ」
「長いわね。
要点だけ言ってくれないかしら?」
パチュリーが御言の講義が冗長だと訴える。
御言はその言を聞き、確かに無駄に長くしすぎたきらいがあると思い、要点だけを言う。
「む、済まぬな。
要は、人間にとっては自然災害も、物の怪も、水面に浮かぶ泡程度の情報さえ知っていれば満足するものということだ」
「成る程ね。
だから貴方はレミィより弱い妖怪も自然災害と同じ、と言うのね。
どちらも人間は詳しくは知らないという点で」
「そういうことだ。
……む。そう言えば、スペルカードなるものを考えるのを忘れていた。
三枚は作らねばな」
御言は、パチュリーの質問から己の持論を語ったが、そもそも弾幕ごっこのルールを聞き、スペルカードを作ろうとしていたことを思い出し、頭を捻る。
「別に無理して作る必要はないんじゃない?
小悪魔だってスペルカードは一枚も持っていないわよ」
「事実ですけどそういうことは言わないでくださいよ、パチュリー様」
パチュリーが小悪魔もスペルカードは持っていないと言うと、その言葉を丁度小悪魔本人が聞いていたらしく、トレイにティーカップを乗せて此方にやってきた。
「喉に良いハーブティーですよ。御言さんもどうぞ」
「む、かたじけない。
……ふむ、薬草茶とはかくも美味いものなのか。
それとも、その身が淹れる物だから美味いのか」
「それ、口説いてます?やー、私も隅に置けませんねー」
小悪魔がわざとらしく頬に手を当てて、身体をくねくねと左右に揺らしていたが、すぐに動きを止めて、少し疑問に思っていたことを御言に訊く。
「そう言えば、なんで薬草茶なんですか?
ある程度薬効になる成分が含まれているとは言っても、ハーブと聞いたら香草の方を普通は連想すると思うんですけど……」
「む、ハーブとは薬草のことではなかったのか。
バイオ○ザードなるゲームでは、ハーブは万能な回復アイテムだと耳にしたことがあるのだが」
「アレはハーブという名前の似て非なる何かですから(震え声)」
どうやら御言はとても大きな勘違いをしていたらしい。
「まあ、アレだ。
パチュリー、その身がいい例だが、スペルカードは己が持つ能力だとか、或いは己が信念とするものを如実に表している場合が多いと思うのだ。
であるからして、記憶が無いこの身が、スペルカードを作れば何か思い浮かぶのではないかと思ってな」
「そう、それなら頑張って考えなさいな。
あ、男だからと言ってガサツなものはダメよ?ちゃんと美しさも重視しなくちゃ、ね」
「無論、承知しているとも」
御言は図書館でパチュリーの邪魔にならぬように、スペルカードを考える。
明日はレミリア・スカーレットが何かをする。その何かは、パチュリーの言ったように人間にどの程度かはわからないが害を及ぼすものとなるのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
彼は明日来るであろうスペルカードルールを作った人物、博麗霊夢が来るのを愉しみにしていた。
妖怪は全部人間にとっては少ししか知らないという点で自然災害と同じなんだよ!
……なんか論点すり替わっている気がするが気のせいだろう
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紅美鈴、博麗霊夢
「————時は来た」
玉座に座すレミリア・スカーレットが厳然とした態度をとり従者らと友に告げる。
その言葉をレミリアより一番離れたところから聴く御言。
一応、彼に与えられた役職は執事見習いなのだが、従者メンバーの中では新参者なので、自重した結果離れたのだ。
「今日、紅い霧が幻想郷を覆う。そうすれば吸血鬼たる私も外でドンチャン騒げるようになるわ」
理由としては下らない事この上ないが、別にたいそうな理由を求めているわけでなし、それに御言としてはこの理由を割と気に入っていた。
自分がやりたいと思った事を好きなよ うに実行に移せる。
それのなんと素敵な事か。
「だけど懸念すべきは博麗の巫女ね。アレは間違いなく来るわよ。これを止めに。
まあこっちもただやられるわけにもいかないし、邪魔はさせてもらうけどね」
そう言ってレミリアは従者らに立ち位置の確認を促す。
とは言っても十六夜咲夜に彼は館内で、紅魔館の門番である紅美鈴は変わらず門番のままという変わり映えのしないものだったが。
「やはり、この身は加入時期的にも門番の方が良いのでは?」
「いやー、御言さん。加入時期とか関係無いですよ。
いつも通り、そう、いつも通りでいいんです。いつも通り私が招かれざる来客を阻む。それだけのことです」
「貴女はいつも寝ているけどね」
「それは言わない約束ですよ、咲夜さん」
「ふむ、そういうものか……」
目の前にいる華人服なのかチャイナドレスなのかいまいちわからない服を着ている赤髪の少女が笑いながら答える。
ただそれを咲夜に突っ込まれてはいたが。
「ま、美鈴の言う事ももっともね。
私はメイドで貴女は見習いとは言え執事。美鈴は門番。
お嬢様にその役目を与えられた以上、持ち場もそうである必要があるの。主命は絶対よ」
「む、それは確かに。
すまなかった。主レミリアの意を蔑ろにしてしまうところだった」
「わかればいいのよ。わかれば」
館内を守る従者たちのコミュニケーションはバッチリなようである。
その様子にレミリアは満足し、計画を始動させる。
「さあ、楽しい1日の始まりよ!」
「ったく……面倒な事引き起こしてくれちゃって、この落とし前はどうやってつけさせてやろうかしら」
物騒な事を言いながら、紅魔館を徘徊しているのは今代博麗の巫女・博麗霊夢その人である。
異変が起こった後、紅い霧が外の世界にも影響を及ぼしかけそうになってから動き出し、暗闇の妖怪、紅魔館の門番と倒していっている。
門番は一人で背水の陣だとかわけのわからない事を吐かしていたが、特に問題はないだろう。
己の勘に付き従ってウロチョロししていたら、一人の少女に出会う。
「あら、魔理沙じゃない。もしかして貴女が異変を起こした原因かしら?」
「そいつは面白い冗談だ。ま、面白いって言ったらこの事態の事だけどな。
こんな面白そうな事、お前一人に独り占めさせないぜ」
自力で飛べるはずなのだが、そっちの方が魔法使いっぽいという理由で箒に跨っている金髪の少女。
名を霧雨魔理沙と言った。
「私は氷の妖精とそれのオマケを退治してきたんだ。そっちは?」
「教える理由がないわね」
「なんだよつれないなー」
軽く会話を交わしながら霊夢は上の方に、魔理沙は下の方に向かう。
別に手分けして探そうなどという考えは一切持ち合わせていないのだが、自然とそうなったのだ。
そうして再びウロチョロすることおよそ数分。
恐らくこの異変を引き起こした奴らの仲間であろう青年が現れた。
黒髪をオールバックにして、切れ長の目をこちらに向けてくる。
身に纏うのは色々あるが、一纏めにして執事服といった感じだろう。
だがそんな事はどうでもいい。重要なのは————。
「あんた、以前どこかで会ったかしら?」
「その身、失礼だとは思うがこの身と相見えた記憶は?」
異口同音。
どうやら目の前の青年も同じような事を考えていたらしい。
霊夢は頭の中で目の前の男と出会っていたかどうかを探るが、そんな記憶は一切出てこない。
だが現に目の前の男から既視感と言うべきか、どこかで見たことがあるような気がしてならないのだ。
「残念だが、この身は記憶喪失というやつのため、その身に会っていたとしてもその記憶がない。
が、感じるものがあったからもしや、と思ったのだが……その反応からして違うようだ」
「私もあんたをどこかで見た気がするんだけど、どこで見たかサッパリ思い出せないわ。
まあ、今考えることじゃなくなったのは確かね」
お互いに距離を開き、臨戦態勢をとる。
臨戦態勢と言っても、今から臨むのはスペルカードを用いた弾幕ごっこ。
ごっこ遊びであるからして、死傷することは少ない。
「この身はスペルカードを三枚使おう」
「律儀にどーも。
今までの奴は誰一人として言ってないわよ、そんなの。
ってか、少ないわねー。門番は五枚使ってきたわよ?」
「すまぬな。
この身は記憶喪失故、スペルカードにも昨日初めて触れたのだ。
これでも自身に課したノルマは達成しているのだぞ?」
「知らないわよそんなの。
ほら、とっとと始めるわよ」
霊夢は針とお札を取り出し、御言は手を前に出す。
そこからどちらからともなく、弾幕の応酬が始まる。
御言はオーソドックスな球形の弾幕を張り、霊夢はお札と針による弾幕を張る。
霊夢のお札は御言を追尾し、針は直線的だが速い。
対して御言のは本当にただ張っているだけ、芸がない。
始めて1日なのを鑑みれば、しょうがない部分もあるだろうが、それにしても下手であった。
「む……。やはり一日の長はそちらにあるようだ。
出し惜しみをしていては折角考えたのが無駄になるというもの。早速使わせてもらおう。
禊符『あはきはらの産湯』
御言が大仰に腕を広げるが、霊夢から見れば何かが起きているようには見えない。
昨日初めて触れたという言葉に嘘偽りがないのなら、スペルカードの行使に失敗したとも考えられる。
ならばと霊夢は無造作に近づいていき————目の前に急に現れた弾幕を身をよじって回避する。
「あっぶな。一体どういうカラクリをしてんのよ」
勘に身を任せて回避したがどうやら正解だったらしい。
霊夢は御言の使ってきたスペルカードのカラクリを解こうと、距離を置いて確かめる。
すると、見えてくるものがあった。
放たれていたのは黒い弾幕。それらが進むにつれてだんだんと白くなっていたのだ。
弾幕は急に現れたのではない。はじめからそこにあったのだ。
ただ全体的に暗い紅魔館と、御言が着ている服が黒いせいで隠れ蓑になっていただけで。
なるほど、白から黒に変じる様はまさしく禊がれているようにも見える。
「ま、種がわかればあとは楽ね」
そう、スペルカードとなっても霊夢のいた場所めがけて飛ぶ大玉、無作為にばらまかれる小玉、そして霊夢を少しだけ追尾する尖った玉の三種類だけ。
それらが最初は見えにくいだけで、距離を置けば段々見えてくる。
あとはそれを回避するだけ。
霊夢は避けざまに弾幕を放ちつつ、出し切るまで特に何事もなく乗り切った。
「はい、一枚終了」
「む……。割と自信はあったのだがな」
「あんたの弾幕は単調なのよ。一度パターンがわかれば後は誰にでも避けられるわ、あんなもの」
「精進しよう。
さて、では次だ。
泣虫『海原大荒れ 〜高波にご注意〜』」
次に御言が出したのは青い弾幕。
それは上から降り注ぐ雨のような弾幕と、こちらに押し寄せてくる波のような弾幕。それらの合わせ技だ。
雨のような弾幕にしても波のような弾幕にしても、急に向きが変わったり、跳ね上がったりしてくる。しかもタイミングが一定ではない。
先ほどの霊夢の言葉を聞いていきなり変えたのならすごい腕前だと感心するしかない。
だが霊夢はこれをも軽く乗り越える。
「さすが博麗の巫女だ。
ここまで何もないと一泡吹かせたくなってしまうな。
ではこれが最後のスペルカードだ。
豹変『真正のビリー・ミリガン』」
御言が最後と宣言し出した弾幕。
それは赤、青、黄色、白、黒などなど様々な色の弾が放たれていた。
霊夢はこれを見て、先ほど戦った紅美鈴を思い出す。
彼女もまた、色とりどりで美しい弾幕でこちらを攻撃してきた。
これもまた同じようなものかと霊夢は考えるが、すぐにその考えを翻すことになる。
色とりどりの弾幕は突然大玉になったり、方向転換したり、分散したり、消えたりと、色も大き様関係なく思い思いに行動している。
それはまるで、それぞれに別の人格があり、その人格に見合った行動をしているかのようだった。
そのためか、非常に避けづらいことこの上ない。
霊夢は避け続けていたのだが、段々と避けるのが難しくなっていき、ついには弾幕がぶつかろうとしていた。
「ああ、もうっ!
夢符『夢想封印』‼︎」
霊夢はスペルカードを行使する。
霊夢から無数の光弾が放たれ、御言のスペルカードと当たっては爆発し、それを消していく。
そして、ついには御言のスペルカードは使い切られ、御言は敗北する。
「結局やられてしまったか。だが、スペルカードを使わせただけ良しとしよう」
「ホントにね。使う予定なんてなかったのにどうしてくれるのよ」
「それはこの身には関係のないことだ。
さあ、進め博麗の巫女よ。我が主の思惑を止められるものなら止めてみるがいい」
「言われなくともそうするつもりよ。じゃ、またね」
御言は敗者とは思えないほど淡々としており、霊夢もまた勝者とは思えないほど淡々としている。
だがその二人は、なんだか似た者同士に見えるのだった。
スペカ考えるの難しいなあ……
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