ブラック・イーター ~黒の銃弾と神を喰らうもの~ (ミドレンジャイ)
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プロローグ

初めまして。まずはこの作品に興味を持っていただきありがとうございます。
二次創作も物書きも初めてなので、文章が酷いとは思いますが、それでも読んでいただけるのであれば幸いです。
見切り発車なので更新がどのようになるかはまだ分かりませんが、精一杯やっていこうと思います。
感想やご指摘はどんどんやってくれて構いませんが、豆腐メンタルなのでお手柔らかに…。


21世紀初頭、北欧地域にて既存の生物とは根本から異なる未知の細胞「オラクル細胞」が発見される。

その後、爆発的に発生・増殖したオラクル細胞は地球上のあらゆる対象を「捕喰」し始めた。

万物を喰らい、急激な進化を遂げ、凶暴な生命体として多様に分化を遂げるその存在を、いつしか人は、畏怖を持って「アラガミ」と呼んだ。

 

既存の兵器はアラガミの前に一切効果が無く、都市文明は崩壊し、人類は徐々に生息圏を奪われていった。

そんな人類に一筋の光明がさす。オラクル細胞を埋め込んだ生体兵器「神機」が生化学企業「フェンリル」により開発され、それを操る特殊部隊、通称「ゴッドイーター」が編成された。

彼らにより人類はまがりなりにも脅威への対抗手段を得て、再び少しずつ生きるための領域を拡大していった。

 

 

だが、アラガミが出現してから10数年後、再び人類に災いが降りかかる。

 

 

突如として現れた異形の寄生生物「ガストレア」。

出現以降、あらゆる生物に寄生し、そのDNA情報を恐るべき速度で書き換え、爆発的に増殖していく。

赤く輝く目と圧倒的な力、そして桁外れの再生能力を持つ彼らの侵攻に人類はなす術もなく再び大敗を喫する。

 

そして現在、人類はガストレアが唯一弱点とする金属「バラニウム」で作ったモノリスと、アラガミの侵攻を防ぐためのアラガミ障壁で囲われた、狭い「エリア」の中で、ガストレアとアラガミの脅威に怯え、隠れながら生きることを余儀なくされていた。

 

そんな中、生き残りをかけた人類は「アラガミ」に対する「ゴッドイーター」と同じように、「ガストレア」に抵抗する手段として、「ガストレア」への対抗手段を持ったスペシャリスト集団「民間警備会社」――通称、「民警」を組織した。

 

 

 

舞台は2031年春、東京エリア。

民警の一つ、天童民間警備会社に所属する高校生(プロモーター)・里見蓮太郎は、相棒の少女(イニシエーター)・藍原延珠と共に、東京エリアを守る為に働いていた。

そんな折、一つの仕事が彼らに舞い込んでくる。

決して大手の会社とは言えない彼らはその仕事を受諾するが、それは東京を壊滅に追い込まんとする、危険な企みの入口であった。

 

その中で彼らはある人物達と交友を持つ。

少し前からフェンリル極東東京エリア支部に来ている、フェンリルが所持する巨大な移動要塞

フェンリル極致化技術開発局(Fenrir Research Institute for Apotheosis Reinstatement)

通称『フライア』。

そしてそこに所属するゴッドイーターの中でも精鋭中の精鋭、特殊部隊『ブラッド』。

 

彼らとの出会いが蓮太郎達にいったいどのような影響を及ぼすのか。

 

 

「ゴッドイーター」と「民警」。

互いに討つべきものは違えども、それぞれの守るべきものの為にそれぞれの戦いに彼らは赴いていく。

 

 

 

ありとあらゆるものを喰らう荒ぶる神と、

生けとし生けるものを作り変える悪魔と、

それらに抗い続ける人類の三つ巴。

 

 

 

これはそんな世界に生きる人たちの物語。

 

 



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第1章
第1話 始まり


春先のとある日の夕刻。

空の色が大分茜色に染まり、もう少しすれば淡い紫も加わり美しいグラデーションを空に描くだろう時間帯。

とある住宅街の中にある古びたマンションの前で、その景観とは不釣り合いな話し声が響き渡っていた。

 

「あぁん?お前が応援に駆け付けた民警だぁ?」

「そうだ」

「寝言は寝て言え。まだガキじゃねぇか!」

 

片や、全体的に使い込まれた、ややくたびれた感じの服装をしている中年の男。

だからと言ってみすぼらしい訳ではない。それだけ今まで刑事という職務を真面目に果たしてきたということだろう。

これでもう少し顔に愛嬌があれば『頼りになる町のおまわりさん』で通ったかもしれない。

とはいえその可能性すらも、野太い、ともすれば恫喝しているようにしか聞こえない声を伴ってしまえば消え失せてしまう。

 

「…寝てるように見えるならさっさと眼科で診てもらった方が良いぞオッサン」

「あぁ?!」

 

片や、全体を黒で統一した学生服に身を包む少年。

齢のころは16,7くらいだろうか、かなり若い。言動も若さゆえなのかは分からないが、お世辞にも良いとは言えない。

少年を総じて表すならば『やる気が感じられない不良』と言ったところだろうか。

その印象を植え付けるのは、こちらもやはり顔。中年の男のように子供がちびるような厳つさは無いが、それに加えて覇気と言うものが感じられない。

今の状況が面倒で帰りたくてしょうがない、と堂々と書いてある顔だ。

 

ヤクザ顔負けの厳つい顔と声の中年男と、覇気の無い不幸面の見本のような顔の学生が、美しい夕日の前で対話をする。

傍から見たら相当シュールな光景だろう。

しかも両人ともがそれぞれ『警察』と『民警』と言う、人を護る仕事をしているというのだから見る人が見れば信じたくない光景でもあるだろう。

 

「ったく…んなこと言っても仕方ねぇだろ。もう一度言うが、俺が応援の民警だ。拳銃と許可証(ライセンス)もあるぞ。それでも疑うなら帰るぜ」

「……チッ、口の達者なガキだ。お前、制服ってことは学生か?」

「……わりーかよ」

「……ケッ、最近はガキまで民警ごっこかよ」

 

ぶつくさと文句を言いつつ刑事は手を差し出す。どうやら許可証を出せということらしい。

 

「ふん、『天童民間警備会社』所属 里見蓮太郎…ね。聞かない会社だ」

「売れてねぇからな」

 

しばし許可証に添付された証明写真と実物の蓮太郎の顔を見比べていた刑事だが、何故か急に腹を揺すって笑い出した。

疑問に思った蓮太郎が聞くと

 

「ファハハハハハ!こりゃひでぇ不幸面だ。ククッ、ヤベぇツボった」

「ほっとけ!!」

 

一頻り笑い終えると刑事は眦の涙を拭いつつ、多田島だ、と短く名乗り許可証を投げ返してきた。

許可証を受け取り、脳内で多田島をシバキつつ蓮太郎は面倒そうに話を先に進める。

 

「はぁぁ…で、早速で申し訳ないんだけどさ、仕事の話しねぇか?」

 

 

 

 

 

現場である202号室に上がるとそこには既に大量の警察官がドアの前を固めていた。

発端は一本の通報だった。このマンションの102号室の住人が雨漏りがすると警察に通報してきたのだ。

ただの雨漏りであったならば別に警察の手ではなく、その手の業者に連絡するだろう。

問題はその雨漏りが『血の』雨漏りであったということだ。

通報の後、迅速に情報を集め統合した結果、ガストレアが侵入したという結論に至った。

それを即刻駆除すべくこうして警官が詰めかけているというわけだ。

 

「つーかお前、相棒(イニシエーター)はどうした?」

「え?!」

「民警の戦闘員は二人一組(ツーマンセル)で戦うのが基本なんだろ?」

「あ、ああ。あ、あいつの手を借りるまでもねぇと思ってな!」

 

冷や汗をかきながらもなんとか答える蓮太郎。

というのも

 

(木更さんから仕事受け取って自転車で爆走してここに来たけど気付いたらあいつが居なかったなんて言えねぇ……)

 

割と情けない理由があるからだ。

そのことが顔に出ないように努力していると多田島が訝しげな表情をしながら近づいてくる。

 

「本当に大丈夫なのか?威勢良く飛び出したけど駄目でした、じゃ洒落にならんぜ」

「お、おう、大丈夫だ」

「だと良いがな。…ったく相棒もいねぇガキが同伴者とはな。……これなら御大層な武器を持ってる()()の方がまだマシだぜ」

 

はぁー、と溜息を吐く多田島。蓮太郎も同じく溜息を吐きたかったがグッと堪え、ふっと考える。

 

(()()、ね…)

 

脳裏に浮かぶのはある存在。

とある特殊な細胞を自ら取り込み、各々の巨大な専用兵器を用いてガストレアとは違う脅威と戦う者たち。

ある意味この世界において民警と並び世界を護る者たち。

そして

 

(俺たち民警よりも以前から戦い続けている人たち)

 

この仕事に就いたのはつい最近で、民警の中でも更に新米だろう。

それでも何度かあった事件でガストレアと戦うこともあった。

だというのに、未だにあの怪物と戦う時は腹の底から恐怖がこみあげてくる。毎回それを噛み殺して戦場に立つが、あの恐怖を感じなくなる日が来ることは無いだろう。

戦う相手は違うが、同じく異形の怪物と20年近く戦い続けている『彼ら』は一体どのような心境で戦場にいるのだろうか。

 

「馬鹿野郎!!」

 

思考に耽っていた蓮太郎を現実に戻したのは刑事の馬鹿でかい怒鳴り声だった。

ビクッとなりながら何事かと話に耳を傾ける。

 

「どうして民警の到着を待たなかった!」

「…!我が物顔で現場を荒らすあいつ等に手柄を横取りされたくなかったんですよ!主任だって分かるでしょう?!」

「んなこたぁどうでもいい!それより「どいてろボケ共!」あ?!」

 

どうやら先に着いていた警官が無断先行したらしい。

民警と警察の仲が悪いのは今に始まったことではないが、さすがに今はそんなことを言っている場合ではない。

面倒なことになったもんだ…。

そう思いながらも頭の中でスイッチを切り替える。

 

「俺が突入する!」

 

一瞬多田島は蓮太郎の瞳を覗き込むが、すぐに部下に顎をしゃくって命令。

蓮太郎もXD拳銃を抜き、いつでも発砲出来るように準備し、大きく深呼吸をする。

 

「――やってくれ」

 

合図とともに警官のショットガンが火を噴くのと、蓮太郎がドアを蹴り破るのはほぼ同時だった。

夕日が203号室の狭い室内を照らし出す中、迅速に目標を捜す。

 

(どこだ?!)

 

だが、目標を捉える前に別のものが視界に入る。

 

 

 

 

赤。圧倒的なまでの赤。

窓から入ってくる夕日の優しい赤ではなく、もっと暴力的で生々しい赤だ。

 

 

 

 

赤の源泉は壁。より正確には何か強烈な力でプレスでもされたかのように壁にめり込んでいる人間だ。確かめるまでもなく絶命していた。

 

そして、その赤の海の中に佇む者もまた赤。

 

 

「やあ、民警くん」

 

 

 

 



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第2話 仮面の男

「キキッ、随分遅かったじゃないか」

 

下手すれば2mに届くのではないかという程の長身。体格は細身で、全力で蹴り込めば叩き折れるのではないか。細い縦縞の入ったワインレッドの燕尾服とシルクハット、舞踏会用の仮面を着用した奇妙な格好をしている。

 

(何だこいつは…?それにガストレアがいない?)

 

眼前の光景に一瞬目的を忘れかけるがすぐに違和感に気付く。

巨大な体躯を誇るガストレアの姿が何処にも見当たらない。アレが暴れたにしては部屋の原型がそれほど崩れてはいない。

その考えに気付いたのか、仮面の怪人がゆっくりとこちらに首を巡らし、仮面の奥から不気味な視線を寄越してきた。

 

「感染源ガストレアなら私が来たときには既にいなかったよ」

「……なんだ…アンタ…同業者か?」

「フム…私も感染源を追っているがね、同業者ではない。何故ならね――そこで死んでいる警官を殺したのは…」

 

男は一拍置き、芝居がかった調子で両手を広げながら告げる。

 

「私だ」

 

それを聞いた瞬間には体が動いていた。

体勢を低くしながら瞬時に間合いを詰め、すくい上げる様にして顎に向け掌打を放つ。

 

「オッ、なかなかやるね」

 

男は余裕の態度で掌底を同じく下からすくう様にして弾き、流れる動作で逆にこちらに拳を叩き込む。

その威力に蓮太郎はリビングのテーブルまで吹き飛ばされる。

息を詰まらせつつ体勢を立て直そうとすると、既に目の前には拳を振り上げている仮面の男がいた。

慌てて回避するが、それを読んでいたかのように回し蹴りが迫ってくる。

あまりの威力にガードした腕ごと弾き飛ばされ、再び今度は壁まで吹き飛ばされる。

気丈に構えるが、この短いやり取りで蓮太郎は彼我の絶望的な実力差が分かってしまった。

冷や汗をかきつつどうするか思考を巡らせていると、場違いな音が鳴った。

 

――ピロピロピロ♪ピロピロピロ♪

 

発信源は仮面の男の携帯電話のようだ。そのまま普通に男は電話を繋げる。

 

「――ああ、小比奈か。ああ、うん。そうか分かった。これからそちらに合流す「こっちを見ろ化け物め!仲間の仇だッ!」…」

 

気付くとドアに立っていた警官3名ほどが男に向かって銃を構えていた。

急いで止めようとするが――

 

パンッ

 

電話で会話をしながら、振り向きもせず男は発砲。

最初の一発で警官が一人倒れ、何が起こったか分からない他の警察官にもそのまま無造作に発砲していく。

瞬く間に銃を構えていた警察官3人は無力化された。

 

「―――!!『隠禅・黒天風』ッ!」

 

瞬時に間合いを詰めて床を強烈に踏みしめ、天童式戦闘術の回し蹴りを放つが―

 

「ヒヒッ、惜しい」

 

首の動きだけで回避される。

だがここで終わりでは無い。瞬時に軸足を切り替え追撃の回し蹴りを放つ。

 

「『隠禅・玄明窩』!!」

 

今度こそ狙い違わず上段蹴りが男を直撃した。

手ごたえを感じていた蓮太郎だったが、

 

ゴキキッ!

異様な音を響かせながら、蹴りの衝撃で後ろを向いていた首を直す。

 

「ああ、なんでもない。ちょっと立て込んでいてね。すぐにそっちに向かうよ」

 

そのまま何事も無かったかのように手に持ったままだった電話で通話を終える。

それを見ていた蓮太郎は未だかつてない激しい悪寒に襲われていた。

硬直する蓮太郎を男はキキッと笑いながら興味深げに見ていた。

 

「いやいやお見事。油断していたとはいえ、まさか一撃貰うとはね。君、名前は?」

「……里見、蓮太郎」

「フム…サトミ、里見君ね…」

 

ブツブツ呟きながら男は割れた窓に近寄っていく。

 

「覚えておこう。ここで今すぐ殺したいのは山々だが、生憎ちょっと予定があってね。まあ、近いうちにまた会おう」

「…てめぇ、一体何者だ」

「私かい?私は世界を滅ぼす者。誰にも私は止められない。…それでは御機嫌よう、里見君」

 

そのまま男は窓から飛び降り姿を晦ませた。

男が消えてから少ししてようやく体の強張りが解ける。

荒い息を整えようとしていると、男に撃たれ重傷の警官が担架で運ばれていた。

思わず歯ぎしりをしていると急に肩を誰かに掴まれた。多田島だ。

 

「しっかりしろ民警!」

「…!」

「この職に就いた時から俺たちだって覚悟は出来てる!今はそれよりもやるべきことがあるだろう!」

 

多田島の言葉で少し冷静さを取り戻せた。

そうだ、まだ…

 

「分かってる!『感染爆発(パンデミック)』阻止の為に感染源を捜すぞ!」

 

 

 

 

 

 

一通り203号室内を捜索するがどこにもガストレアがいない。

 

「…どうなってんだ。どこにもガストレアがいねぇぞ?」

 

仮面の男が自分が来たときにはいなかった、というのは本当だったらしい。

同じく捜査をしていた蓮太郎だったが、ふとあることに気付きそちらの方に視線を向ける。

先程まであの男が立っていた辺り、まさしく血の海となっている場所だ。

そこから更に視線を動かし、警官がめり込んでいた壁を見る。

 

(壁に付いている血糊が思ったより少ない…?)

 

これほどの血の海を作るのだから壁にも相当量の血が付いていなければおかしい。

それが無いということは

 

(この血は警官のものじゃない…別の誰かだ…!)

 

あの仮面の男は怪我などしていなかった。

そのまま視線を上に向けると

 

「……警部、この部屋の住人って一人暮らしだよな」

「ああ、岡島純明。男やもめの一人暮らしだ。それがどうした」

 

蓮太郎は無言のまま天井で見つけたものを指さす。

それを追って多田島も見上げると、すぐに顔を顰めた。

 

「なんだ、こりゃ…」

 

そこにあったのは緑色のゲル状の物体。軽く指で触ってみると嫌な感じに糸を引いていた。

 

「…あの血の海は住人のものだ。一人暮らしであの量は間違いなく致死量」

「……」

「ここで被害者が襲われたのは間違いねぇだろう。そして助けを求めて和室の窓から逃げ出した」

「……あの出血量で普通の人間が動けるわけねぇ」

「ああ、()()()()()()()、な」

「~~~~ッ!じゃあ何だ、こういう事か? 感染源(ガストレア)だけじゃなく感染者(岡島)もどっかほっつき歩いているってのか?!」

「だろうな」

「……迷子捜しにしても洒落にならんぜ」

「警部、至急辺り一帯の住民を避難させて周囲を封鎖してくれ。まだそう遠くには行ってないはずだ、俺たちも外で捜そう。『感染爆発(パンデミック)』が起こってからじゃアンタ、左遷じゃ済まないぜ」

 

 



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第3話 蜘蛛

久しぶりの休暇だ。

最近立て込んでいた任務も粗方片付いたし、ギクシャクしていたチームの輪も先輩が戻ってきたおかげで元に戻った。

むしろ前よりも連携がうまくいっているような気さえする。

隊長が不在の間は書類仕事が増えて面倒だったが、それももう終わりだ。やはり自分には現場の方が向いているのだろう。

と言うより、あんな面倒な仕事はこれ以上増えないで欲しい。

やれ撃破数だの、任務所要時間だの、使用した道具に関する経費だの面倒な項目のオンパレードだ。

隊長はあんな涼しい顔でよくやれるな。

そんなことを思いつつ『彼』は東京エリアの街中をブラブラしていた。

休暇とはいっても『彼』には特別趣味のようなものは無い。

なので暇つぶしがてら適当に一方的な狩りでも楽しんでこようかと思ったのだが、整備班の女性に「メンテナンスだから」と相棒を取り上げられてしまった。

ならチームの皆と過ごそうかとも思ったが、隊長は書類の山と無言で格闘しているし、先輩は第一部隊の隊長とアイドル(シプレ)について熱い議論を交わしている。正直両方とも混じりたくない。

チームの頼れる兄ちゃんは第四部隊の隊長と一緒にハードボイルドな雰囲気を漂わせているし、作戦参謀はカピバラ(カルビ)相手に至福の表情でモフッている。こっちも加われない。

残るは同期だが、あいつの料理の試食係(テロの標的)にはなりたくない。

他の人も任務で大体いないので、こうして一人で街を散策している。

 

「まっ、偶にはこういうのも悪くないか」

 

夕日に沈みゆく街を歩きながら誰にともなくそんなことを呟いていると―

 

ドゴォォォン!!!―――ドンドンドンドン!!

 

腹の底から揺るがすような大きな音が響いてきた。かと思うと何かの炸裂音。恐らく銃声だろう。

それを聞くと『彼』は暫し考えた後、

 

「―――面白そうだ」

 

ニヤリ、と悪そうな笑みを浮かべて音のした方に向けて走りだした。

 

 

 

 

 

 

―――数分前

『こちら捜査班第一班、目標発見できず』

『第二班、こちらも発見できません』

『第三班、同じく確認できません』

『こちら第四班、誤報が飛び交っています。注意してください』

『第五班、担当地区での感染源及び感染者は確認できませんでした。多田島警部、指示をお願いします』

「クソッ!感染者はともかく、馬鹿でかい感染源まで見つからねぇってのはどういうことだ?!」

 

203号室にて状況を確認して後、すぐに行動に移したが感染者も感染源も見つからない。

見つからない焦りと感染爆発の危機の恐怖でイラつく多田島は、思わず電柱を殴りつける。

 

「そうでもなさそうだぜ警部。見てみな」

 

蓮太郎が指示した先にはあるものがあった。

 

「…血痕?まさか被害者の―――」

 

 

ドゴォォォン!!!

 

 

「な、何の音「あっちだ!」」

 

考える間もなく走り出す。

そのまま進んでいくと、家であったものに突っ込んでいた巨大な『何か』が目に入ってきた。

毛が生えた8本の長い脚、頭部で真っ赤に光る4対の単眼、大きく膨らんだ腹部、口からは濡れ光る2本の牙が生えていた。

全体の体色は黄色をベースとし、そこに黒の斑模様が散らばっている。

人間の生理的嫌悪を呼び覚まして止まない体色のそれは巨大な蜘蛛だ。

 

「ガストレア―モデルスパイダー・ステージⅠを確認!これより交戦に入るッ!」

 

XD拳銃を構えそのまま発砲しようとしたところで―

 

「蓮太郎!!」

 

場違いにも一人の少女が飛び出してくる。

裏地にチェック柄が刻まれたお洒落なコートにミニスカート。底の厚い編み上げ靴を履き、長い髪は兎の模様の入った髪留めでツインテールに纏められている。

10歳前後と思われる活発そうな少女には良く似合っていた。

 

「延珠!無事か!」

 

そのまま両手を広げ感動の再会――

 

「こ・の・薄・情・者・めぇぇぇ!!」

「ぐあああああっ?!」

 

になるはずもなく、延珠と呼ばれた少女は助走の勢いを殺さぬまま、蓮太郎の股間に向けて強烈な飛び蹴りを放った。

膝から崩れ落ちる蓮太郎。

あまりにもあんまりな光景に、状況を忘れて多田島は青い顔で思わず内股になって股間を押さえた。

 

「な、何しやがる…」

「妾を自転車から放り出しておいて、よくもぬけぬけと顔を出せたな!」

「お、怒ってんのか?」

「当然っ」

「し、仕方ねぇだろ。この仕事取れなかったら俺が木更さんに尻を蹴り回されるんだぞ?」

「妾を捨てていったから妾が蹴り回す」

「ふざけんなっ、じゃどうすりゃよかったんだよ?!」

「大人しく尻を蹴られろ。後は蹴られたい方を選べ」

「んなマゾみたいな選択あってたまるか!」

「お前ら漫才してないで仕事しろ!」

 

ショッキングな光景から立ち直った多田島が、怒鳴りながらガストレアに向けて発砲する。

生まれて間もないガストレアの皮膚は脆いため、被弾したところから血を吹き出していた。

 

だがそれも一時のこと。

 

次の瞬間には凄まじい勢いで治癒が始まり、多田島の撃った銃弾を傷口から吐き出す。

そのまま多田島の方を向き―

 

「ッ!」

 

相手が何かアクションを起こす前に蓮太郎は多田島を体当たりで押し倒していた。

その直後、巨大蜘蛛が低い姿勢でジャンプし、二人の上半身があった位置を恐ろしいスピードで通過していった。

青い顔をする多田島に注意を促す。

 

「警部、こいつは単因子・ハエトリグモのガストレアだ」

「は、ハエトリグモ?」

「オリジナルは自分の体長の何十倍もの距離を跳躍する蜘蛛だ。そうやって餌を狩る。あと、ガストレアに普通の銃弾は効きが悪い。下手に興奮させるだけだから使うな」

 

そう言いながら蓮太郎は多田島の銃を取り上げる。

そうこうしていると巨大蜘蛛に動きがあった。

尻にある出糸突起が震えたかと思うと、その先から緑色にぬめ光る糸を吐き出した。

岡島の部屋で見たものと同じものだろう。

そしてその糸の先にいるのは延珠だ。

 

「ぬわっ?!な、なんだこれ、ねばねばする!気持ち悪いぃぃ!!」

 

予想外の攻撃にさらされるも、なんとかしようと腕に力を込める。

だが緑の糸はあり得ない粘度でもって少女の動きを封じる。

 

「!しゃがめ延珠!」

「え?」

 

そのまま蜘蛛が延珠に突っ込む。華奢な体が凄まじい勢いで20m近く吹き飛ばされる。

 

「延珠ッ!…くそっ」

 

蓮太郎は立ち上がりながら目標を見据える。

 

「おいおい、銃は効かねぇってのにどうやって倒すんだよ!」

「それは」

 

ズンッ!と

再び巨大蜘蛛がこちらを向いていた。

 

「こうすんだよ!」

 

蓮太郎は自分の拳銃の照準を合わせると躊躇なく引き金を引いた。

着弾するとガストレアは大きく悲鳴をあげた。

しかも

 

「傷が再生しない…?」

 

そのまま発砲を続け脚を一本吹き飛ばす。

弾切れになるまで撃ち尽くし、改めて相手を観察する。

動きが無いことを確認してから近づき、ダメージの具合を確かめる。

 

(頭部に若干のダメージを確認。急所の腹部背面には着弾痕―)

 

ピクッ

 

(…ッ!無し!)

 

まるでその思考を合図にするかのようにガストレアが起き上がった。

距離は1mも無い。

そのままウィルスを流し込むべく大口を開けて蓮太郎に襲い掛かる!

 

(しまっ…)

 

咄嗟のことに反応できない蓮太郎。

やられる、と思った瞬間目の前のガストレアが横にブレた。

次いで聞こえるのは凄まじいインパクトの音。

気が付けばガストレアは横に大きく吹き飛び、地面に1度強烈にバウンドしながら石塀に突っ込み、電柱なども薙ぎ倒し、大量の粉塵を舞い上がらせながら視界の隅に消えた。

 

「まったく、蓮太郎はすぐに油断するな。危なっかしくて見ておれんぞ」

 

先程までガストレアがいた位置には、延珠が飛び蹴りを終えた姿勢でドヤ顔で立っていた。

相変わらずの頼もしさに安堵する一方で、あの蹴りを先程放たれていたらと思うとゾッとする蓮太郎。

 

「そうか、このガキがイニシエーター…」

「ガキではない。蓮太郎の相棒、藍原延珠だ。覚えておけ公僕め」

 

ニヤリ、と勝ち気で不遜、それでいて美しい笑顔で延珠は笑いかける。

大の男2人して思わず見惚れていると

 

[ジ、ジィィィ……!]

「…おいおい、まだ動くのかよ!」

 

先程吹っ飛んで行ったガストレアが身を起こしていた。

だが明らかに最後の足掻きとわかる。

頭部は延珠の蹴りの影響で大きくへこみ、吹き飛ばされている間に足の数も更に2本ほど減っていた。

放っておいても、あと十数秒の命と言ったところだろう。

だがそれでもあと十数秒危険なことには変わらない。

止めを刺すべく構える蓮太郎だが、ガタッと妙に響く音が鳴った。

何気なくそちらに目を向けるとそこには――

 

「……なっ?!?!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供が、いた。

延珠よりももっと幼い5,6歳ほどの子供が。

ガストレアの、4,5m横に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げ遅れたのであろう、その子は恐怖でへたり込んでしまっている。

 

 

 

ガストレアの目がギュルリッッ!!と子供の方を向く。

 

 

 

蓮太郎と延珠も急いで仕留めようとするも

 

 

 

到底間に合わない。

 

 

 

そのまま

 

「クソッ…」

 

 

 

ガストレアは大きく開いた口から

 

 

 

何かの液体を滴らせながら

 

「クソッ……」

 

 

 

躊躇なく

 

 

 

子供に

 

「クソォォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 

 

飛び掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮血が

 

 

舞った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ?」

 

何が起きたか理解するのに数秒時間が掛かった。

いや、数秒時間をかけてもまだ理解しきれたかは疑問だ。

とにかく分かるのは子供が助かったこと。

ガストレアが頭部から電柱を生やして死んでいること。

そして―――

 

 

「『喰う』のは俺らの専売特許だ。パクってんじゃねぇよ蜘蛛野郎」

 

 

刺さった電柱の頂点で、黒い腕輪をした見慣れない人物がいたこと。

 

 

 



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第4話 出会い

「おうガキんちょ、大丈夫か?怪我はねぇな?―よしよし、特に無し。服の汚れはまあ、ママに洗ってもらえ。ちびってても許してくれんだろ!」

その男は子供の安否を確認しながら乱暴に頭を撫でまわしていた。

パッと見、年齢的には恐らく蓮太郎とそう変わらないだろう。黒髪は適度に切り揃えられ耳が隠れる程度まで伸ばしている。

コートの内に暗い水色のインナーシャツを着ていることを除けば、服装も蓮太郎と同じように黒で統一されている。だがこちらはどちらかと言うと軍服のようなものを想起させる。

背丈も筋肉もそう目立ったものは無い。至って普通の少年のように見える。

 

 

――そのままガストレアに刺さっていた電柱を素手で引っこ抜いたりしなければ。

 

 

 

一頻り子供の頭を撫で終えると周りの視線をガン無視したまま、何を思ったのかその血塗れの電柱を持ったまま移動し、道端の一端に突き刺した。

もう何が起こっているのか分からない。

最初に我に帰ったのは延珠だ。軽く顔を引き攣らせながらも訊ねる。

 

「……な、何者だ、お主?」

 

すると、良い汗かいた的な爽やかな笑顔を浮かべていた少年はこちらに振り向く。

 

「おぅ?なんだ、さっきの飛び蹴りのチビか。そういうことを訊く時はまず自分からだぞ?」

 

カチンッ

 

「チビではないっ!妾は藍原延珠!蓮太郎の相棒にして将来を誓い合った”ふぃあんせ”だ!!」

 

堂々と宣言する延珠。ガキ扱いは許容してもチビは駄目らしい。

 

「お、おい延珠!なんだ将来を誓い合ったフィアンセってのは?!」

「無論、妾と蓮太郎のことだ!」

「そんなもん誓った覚えは無ぇよ!!」

 

少年を放ってギャーギャー騒ぐ蓮太郎と延珠。

それをしばらく眺めていたかと思うと、不意に少年の眼が怪しく輝き、口元がニィッと悪い笑みに歪む。

 

「ほうほう成程ふぃあんせか~へ~ふ~~ん」

「あっ!!お主、さては信じておらんな?!」

「信じさせなくていい!!」

 

わざと馬鹿にしたような口調で延珠を煽る。

 

「だ~ってな~、こ~んなチビがふぃあんせ~とか言っても~信じらんねぇ~しな~」

「ぬぐぐぐぐっっっ!!!」

「ど~しても信じて欲し~なら~、それなりのモノ示してもらわね~とな~」

「舐めるなっ!妾と蓮太郎に不可能なことなど無いっ!!」

「おい?!」

 

その言葉を聞いた瞬間、蓮太郎の背筋に仮面の男の時とは違った悪寒が走る。

少年は更に口元が裂けるように笑みを深くしながら言う。

 

「ならそうだな~、じゃあまずはその蓮太郎ってやつの格好いい所を教えてよ、大声で♪」

「?!」

「ふふん、そのくらい楽勝だぞ!よく聞くがいい、まずは―――」

 

そこから始まったのは延珠による蓮太郎の自慢話。

所々誇張表現があるものの殆ど全て実話なのだろう。

毎日おいしい料理を作ってくれる、学校まで自転車で送ってくれる、風呂上がりの髪を乾かしてくれる、等々。

極め付けは自分たちが正式にパートナーとなった切っ掛けの話だろう。馬鹿でかいガストレアから自分を守りながらパートナーになってくれと言ってくれたこと、お祝いに可愛い服をプレゼントしてくれたこと。

傍から聞いていれば微笑ましいことこの上ないのだが、当事者からすれば堪ったものではない。

なにせここには蓮太郎と延珠以外もいるのだ。面と向かってでも恥ずかしいのに、初対面の人間に大声で語っている。

見ると少年だけでなく多田島や、心なしか助けられた子供までもがニヤニヤしている。

蓮太郎の顔は既にありえないくらい真っ赤になっていた。

 

「それから他には―」

「も、もういい延珠…止めてくれ……本当に、マジで…」

 

精神的にズタボロになった蓮太郎がストップをかける。

延珠的には物足りなかったが、多少満足したので大人しく引き下がった。

それに安堵した蓮太郎だったが、責め苦はまだ終わっていなかった。

 

「クッ、クク…お、オーケーオーケー、よく分かった」

「なら!!」

「でもな~、やっぱりこれだけじゃ~な~」

「ぬぅぅう!まだ認めぬのか!」

「大丈夫大丈夫、次のこれをやったら殆ど認めてあげるから。教えてあげるからちょっとおいで」

「?」

 

素直に少年の元まで歩く延珠。

蓮太郎はまだ精神的ダメージから回復せずその場でorz状態で固まっていた。

少年に耳打ちで何事かを吹き込まれた延珠はと言うと

 

「ふっふ~ん!!それこそ楽勝なのだ、よ~く見ておれよ!」

「プッ、クククク…!あ、ああ…ククッ、よ、よ~く、ックク、み、見てるよ…」

 

笑いを堪える少年を置いて延珠は蓮太郎の元まで戻ってくる。

そしてクイクイっと蓮太郎の袖を引く。

 

「ううぅぅ…なんだよ、まだ何―――」

 

 

チュッ!

 

 

顔を上げた蓮太郎は素早く首に手を回され、不意打ち気味に唇に軟らかい感触を押し付けられた。

硬直していると延珠はパッと離れて、両手を後ろに組んではにかんだ。

 

「お、おま、な、何して…」

 

自分でもさっき以上に頬が赤くなっているのが分かる。

 

「なんだ、もっとしたかったのか?蓮太郎にならもっと凄いことをしてやっても良いぞ?」

「バ、バカッ!冗談でもンなこと言うんじゃねぇ!!誤解する奴がいたらどうす―――」

「………いい趣味してんじゃねぇか豚野郎」

「アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!」

 

もう場は混沌の一言だった。

脂汗と冷や汗を同時に大量にかく蓮太郎。

ジト目で手錠(素敵なブレスレット)片手に蓮太郎に迫る多田島。

ニヨニヨ笑いながら蓮太郎の傍から離れない延珠。

盛大に爆笑を続ける少年。

顔を真っ赤にして硬直する子供。

 

「ちょうどこの近辺で最近少女に悪戯する馬鹿がいてな?身長はお前くらいで、体重はお前くらいなんだが……どう思うよ?」

「ざ、ざけんな。誤認逮捕は警察の威信に関わるぜ?!」

「詳しい話は署でしてもらおうか」

「こ、この野郎っ!え、延珠っ!お前からも何か言ってくれ!!」

「とても他人には言えないような深い仲だ」

 

ジャキッ!!パンッ!

 

「うぉい?!ガチで発砲してんじゃねぇよ?!」

「黙れ変態ロリコン野郎!この場で俺が裁きを下してやる!」

「こいつはただの居候だ!!」

「夜は毎日凄まじくて寝かせてくれないのだ。涙目になってもお構いなしなんだぞ」

 

パパンッッ!!

 

「うおおぉおぉおお?!お、俺は寝相が悪ぃんだよ!」

「妾の全てを曝け出して見せたのに」

 

パパパパンッッッ!!!

 

「成績の話だぁぁああ!!!!」

 

もはや本気か冗談か分からない勢いで追いかけてくる多田島。

蓮太郎は涙目になりつつ、この騒動の原因を睨む。

 

「て、てめぇ!!何とかしろ!!!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!あひゃ、ふひゃひゃひゃ、げほっげ――っほ、ひゃひゃ、ごっほ、ひーひー、あはっ、はひっはひっ、げほげほ、おえ!」

「笑い過ぎだ!!!」

「い、いやだって、ぶほっ、ほほっほ、が、ガチで、ガチでぶほっ!ガチで真正のロリコンが、いるんだもん!!ごふっ、む、無理、もう無理、ぶふっ、もう腹が結合崩壊……ぶはっ!」

 

結局…逃げ回りながら多田島の誤解を解くしか蓮太郎には道が無かった。

 

 

 

 

 

「チッ、お洒落なブレスレットをプレゼントしてやれたのにな…」

「ざけんな!その前にあの世への片道切符を押し売りしやがって!!」

「ひーひー…まだ腹痛ぇ」

「てめぇは反省しろ!!」

 

肩で息をする蓮太郎。色々ありすぎてお疲れの様だ。

そんな風にしていると、ふと延珠の背中に目がいき、息を飲んだ。

背中の皮が捲れて痛々しく真っ赤になっていた。

 

「延珠…お前、その傷…」

「ああ、これか。あの吹っ飛ばされた時のモノだろう」

「おいおい嬢ちゃん、さっさと医者に行った方が良いぜ」

「心配無用だ、この程度すぐ治る。むしろ服を駄目にされた方が腹が立つ」

 

そう言っているうちに治癒が始まった。

みるみる傷が小さくなり、ついには完全に消えた。

横を見ると多田島は小さく口を開いたまま固まり、少年の方も「おお…」と言って驚いている。

 

「ていうか有耶無耶になってるが、お主、結局何者だ?」

 

延珠のその質問にはたと思い出す。

そうだ、元はといえばこいつが何者なのかを聞いていたのだった。

 

「あー、俺?俺はまあ、こういう者?」

 

そう言って少年は右腕を持ち上げて見せてくる。

より正確には手首のあたりに装着してあるものだ。

 

「…!『腕輪』…ってことはお前さん…」

 

多田島が納得のいった頷きを見せる。

そう、この腕輪は『ある者たち』の証明―

 

 

 

 

 

 

「フェンリル極致化技術開発局、特殊部隊『ブラッド』所属、神斬ジン(カミギリ ジン)だ。まあ、『ゴッドイーター』って言った方が分かりやすいか?」

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 神斬ジン

「死ぬ前に、何か、言い残すことは、あるかしら、里見君?」

 

目の前には大変ご立腹であらせられる上司の女社長が仁王立ちしていた。

上司とは言ったが年齢は蓮太郎とそう変わらない。

金持ちお嬢様が通う美和女学院の黒いセーラー服に袖を通し、そこから僅かに覗く肌は雪のように白く肌理細かい。

髪は肌と対照になるかの様に黒いロングのストレート。

威圧するかのように腕を前で組み、元から豊満な胸を更に強調している。

眼光がこちらを射殺さんばかりの鋭さでなければ素直に可愛いと思っただろう。

天童木更。10年前蓮太郎が引き取られた名門・天童家の末娘であり、民警・天童民間警備会社の社長だ。

その社長に睨まれて冷や汗を流しつつも全力の抗弁を試みる―――虫の鳴くような小さな声で。

 

「す、過ぎたことは仕方ねぇだろ…」

「こ・の・お馬鹿!!」

 

ブンッ!!と腰の入った良いパンチが放たれる。

が。

 

サッ

ゴンッ!!

 

すんでのところで蓮太郎が避けると、元々壁際にいたせいで思いっきり壁を殴ることになった。

 

「……あー、き、木更さん…?」

「~~~~っ!!何で躱すのよっ?!腹立たしいわね!」

「無茶苦茶言うな!」

 

再び拳を振り上げて追いかけてくるので慌てて逃走に入る。

 

―――チクショウ、厄日だ…。

 

そう思いながら蓮太郎は今日の出来事を振り返っていた。

あの人を食った様な少年との出会いを…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴッドイーター。

存在としての知識は知っているし遠目に見かけたこともあるが実際に会うのは初めてだ。

自らの体に『特殊な細胞』を埋め込んだ人間。

常人には扱えないであろう巨大な兵器を軽々操り戦う者たち。

ガストレアと対をなすもう一つの脅威から人類を護る守護者。

それが目の前にいる少年の正体。

 

「成程な、合点がいったぜ。道理で電柱を素手で引っこ抜いて運ぶなんて馬鹿な真似が出来るわけだ」

 

謎は解けたとばかりに頷く刑事。だがすぐにまた疑問に満ちた表情を浮かべる。

 

「だが、何故お前さんのような輩がここにいる?ここら一帯は封鎖した筈だが…」

 

言われてみて蓮太郎も気付く。

確かにそうだ。自分たちは感染源と感染者(ガストレア)が街を徘徊しているかもしれないと思って、住民の安全の為に緊急の避難勧告を行い、迅速に辺りを封鎖した。

実際逃げ遅れた男の子がいたように、封鎖エリア内に関係者以外がいては避難した意味がない。

そう思っていると神斬ジンと名乗った少年は気の抜けた顔で、

 

「あーそれ?何かデカい音がして面白そうだったから来ただけ」

 

等とのたまった。

唖然とする一同。だがすぐに怒声が上がる。

 

「馬鹿野郎!!俺たち警察が何の為に辺りを封鎖したと思ってやがる!!」

「アンタ、ガストレアを舐めすぎだ!!今回は運が良かっただけで次は死ぬぞ?!」

「蓮太郎の言う通りだぞ!”ごっどいーたー”だか何だか知らないが無茶なことをするな!」

 

一気呵成に糾弾する3人。

それを聞いていたジンは頭を掻きつつ、逃げ遅れた男の子の頭に手を乗せた。

 

「ごもっとも。たが俺が居なかったらコイツ、今頃死んでるぜ?」

 

いつの間にかその顔は気の抜けたものではなく、プロのそれになっていた。

 

「オッサン、封鎖は良いがちゃんと名簿の確認を行ったのか?行ったのだとしたらこれはちょっといただけない。警察の本分は馬鹿の逮捕じゃなく人命の安全確保じゃねぇのか?」

「ッ!」

「延珠っつったか、嬢ちゃん?無茶するなと言ったがお前の方がよほど無茶だ」

「な、何…?」

「オッサンたちが来る前、一人で戦おうとしていたな。相手の能力も分からない、応援が何時来るのかも分からない、逆に相手には仲間がいるかもしれない。挙げたらキリがないが不確定要素の多い中での単独戦闘はただの自殺だ」

「うっ…」

「で、てめぇが一番敵を舐めすぎだ」

「……」

「どんな奴だろうがまずは機動力を奪うのが定石。あの場合、狙うなら跳躍直後の脚だ。なのに適当にバカスカ撃ちやがって…。挙句、急所にも当たらずカウンターを食らいそうになる。心の底で舐めきって油断していた証拠だ。お前が今生きているのはそれこそ運が良かったからだ」

「……」

「俺がいなけりゃこのガキは食われてたか、下手すりゃ蜘蛛の仲間(ガストレア)になってたんじゃねぇか?」

 

先程までふざけていた人物とは思えないほど客観的かつ冷静な評価。

その視線は命のやり取りを数多くこなし、相当数の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の勇のそれだ。

 

「……アンタの言う通りだ。皆、すまん。格下(ステージⅠ)相手に油断した」

 

そう言って頭を下げる蓮太郎。

それに続くようにして多田島と延珠も反省する。

 

「警察の方にも不手際があったのは事実だ、俺からも謝罪させてくれ。すまなかった」

「うぅぅ…ごめんなさい……」

 

何ともいえない空気が漂う。

そんな中、今まで黙っていた男の子が歩いてきた。

そして、

 

「た、たすけてくれ、て、あ、ありがと、ござました!」

 

慣れない敬語を使って精一杯の感謝を笑顔と共に贈った。

それだけで沈んでいた空気が和らいだ気がした。

 

「まっ、結果的にガキは無事だったし、お説教みたいな話は終わり終わり!」

「そうだな……では、改めて…」

 

時計を見た後、蓮太郎はピシッと背筋を伸ばして多田島に敬礼する。

 

「2031年4月28日1(ヒト)7(ナナ)0(マル)0(マル)、イニシエーター藍原延珠とプロモーター里見蓮太郎。ガストレアを排除しました」

「ご苦労民警の諸君」

 

形式的に多田島も敬礼を返す。

目線を交わしあうと、どちらともなく笑みがこぼれた。

そこに空気を読むことを知らない、と言うより分かっていて横槍を入れるからかうような声が挟まれる。

 

「とどめ俺なんだけどなー」

 

急激な脱力感が2人を襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば蓮太郎」

「なんだ?」

「タイムセールの時間はいいのか?」

「え?………あっ!」

 

ポケットからチラシを取り出し確認し、そのまま青い顔になる蓮太郎。

そのまますぐに何処かに駆け出そうとする。

 

「なんだ、もうどっか行くのか?」

「ああ、また機会があったらゆっくり話させてくれ!警部も仕事あったら回せよな」

「お、おう。………あー、なんだ、その、あれだ。さっきは、まあ、助けてくれて「えっ?なんだって?!」……いや、いい。てか何をそんなに急いでいるんだ?大事な用でもあんのか?」

「モヤシが一袋六円なんだよっ!!」

 

 

 

 

 

「「……モヤシ?」」

 

走りゆく2つの影を見つつ多田島茂徳と神斬ジンの呟きが重なった。

唖然としていると、手分けしてガストレアを捜索していた部下たちが到着していた。

その内の比較的若い刑事が駆けてくる。

 

「主任、無事でしたか」

「おう、お疲れさん」

「あいつら新米(ニューフェイス)みたいっすけど使えそうっすか?」

「さあな。そういやIP序列を聞いてなかったな」

「…………」

「…?どうした?」

「…俺、まだガストレア事件の担当は片手で数えられるほどですけど、その都度思うんです」

 

若い刑事は多田島と同じく走りゆく二人の背を見ていた。

いや、正確には延珠の方を。

 

「ガストレアが化け物なら……()()()()()()()イニシエーターも化け物なんじゃないかって…」

「……」

 

多田島は答えない。

いや、答えられない。

今の世界では確かに彼女らを化け物として差別する風潮は強く存在する。

実際イニシエーターが普通の人間か、と聞かれたら答えは否だろう。

だが――――

 

「眠てぇこと言ってんじゃねぇよ兄ちゃん」

 

黙っている多田島に代わり答えたのはジンだ。

今まで気付いていなかったのか、若い刑事はあからさまに驚いていた。

 

「な、何だお前は?!いつから?!」

「最初からだよ、タコ」

「馬鹿な、なら気付かないわけが…」

「気付かないのには兄ちゃんの注意不足だマヌケ。あと俺の消音スキル舐めんなや馬鹿が」

 

流れるように相手を馬鹿にするジン。

流石に何か言い返そうとしてくるが、その前にまた口を開く。

 

「なあ、兄ちゃんたち警察が護ってるモンはなんなのよ?」

「決まってる、住民の安全だ」

 

唐突な質問に一瞬困惑する刑事。だが間髪入れず胸を張って答える。

 

「なら、民警の護ってるモンは?」

「…ッ」

「答えらんねぇの?」

「………住民の…安全だ。でも…!俺は民警(あいつら)を好きになれない!!」

「……そうかい」

 

答えを聞くとそのままこちらに向けて歩き出すジン。

一体なんだったのかと思う刑事だが、すれ違う時に少しだけ止まり――

 

「……それでもあのガキ共(イニシエーター)が世界を護っているのも事実だ」

「……ッ!」

 

そのまま歩き去っていく。

若い刑事の胸に葛藤を残して…。

 

 

 



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第6話 室戸菫

蓮太郎は両手をポケットに入れ、溜息を吐きながら夜道を勾田総合病院に向かって歩いていた。

本当に今日は碌なことが無かった。

危険な匂いしかしない仮面の男に殺されかけ、ガストレアに遭遇していざ交戦しようとしたら相棒に急所を蹴られ、ガストレアにも殺されかけ、ゴッドイーターの少年に嵌められて大恥をかき、その過程で刑事にまで殺されかけた。

人生の中でも最高速度を出したんじゃないかという程の走りを見せたのにタイムセールに間に合わず、大量に購入していたおばさんに土下座も辞さない勢いで頭を下げ2袋だけ譲ってもらった。

その後で刑事から仕事の報酬を受け取っていないことを思い出し慌てて連絡すると、

 

『あんれぇ?俺はてっきり無料の奉仕だと思ってたんだがなぁ?まあ、過ぎたことだし今回は無料キャンペーンってことにしようや。次に事件があったら優遇してやらんでもないし?そんでそんときゃコキ使ってやんよファハハハハハハハッ!!』

 

という哄笑と共に一方的に通話を切られた。

お蔭で今月の収入はゼロ。

延珠を先に帰し、フラフラになりながら会社(1階ゲイバー、2階キャバクラ、3階本社、4階闇金の素敵物件)へ報告に行くと問答無用の鉄拳制裁が待っていた。

その後は仕事の内容を確認した後、触られたくない両親の事に触れられ軽い逆ギレ状態で会社を飛び出し今に至る。

思い出すだけで長い溜息の出る内容だ。

とりあえず明日にでも調子に乗られない程度に謝ろう。

そう決意しながら夜空を見上げると、所々に星が散り、3年程前に謎の緑化を果たした月が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

顔パスで病院の受付を通り、地下へと通じる長い階段を下りる。

この先にあるのは本来なら霊安室なのだが、そこを勝手に改造して死体と共に暮らす(ヤバイ)人がいる。

その変人が目的の人物なのだから再び溜息が漏れるのも仕方ないことだろう。

悪魔の意匠がしてある扉の前で一度立ち止まる。

 

「……毎回思うが病院にコレはねぇだろ」

 

そう思いつつも両開きの扉を開け中に入る。

全体的に広いが薄暗く、緑のタイルが敷き詰められた床は手術室を彷彿とさせる。

あちこちには下着など雑多な物が散らばり生活臭がした。

 

「せんせー、どこだー」

「ここだよ」

 

呼んでみると背後から返事が聞こえ、そちらに振り向くと――

 

「うぉ?!」

 

生々しい筋肉質の男の死体が間近にいた。

この手の怪談が苦手な蓮太郎が心臓をバクつかせていると「バアッ」という声と共に一人の女性が現れた。

引きずるほど長い白衣、不健康なほど白い肌、手入れのされていない伸び放題の髪のせいで目元が半分隠れている。

これだけ聞くと存在感が希薄で幽霊のようにも見えるが、よくよく見ると凄まじい美人であることが分かる。

 

室戸菫。類まれな頭脳を持つガストレア研究者だ。

加えてこの地下室の女王であり、五体投地しない限り外に出ず備蓄した食料の続く限りここに引きこもり続ける重度の引きこもり。

 

「やあ蓮太郎くん。奈落(アビス)へようこそ」

「ようこそ、じゃねぇよ先生!おどかさないでくれ!」

「おやおや、相変わらず彼はこの手の怪奇は苦手のようだよチャーリー」

 

そう言って徐に誰かに話しかける菫。

だがこの部屋には現在、蓮太郎と菫しかいない。

 

「……チャーリーって誰だよ」

「目の前にいるだろう?紹介しよう、私の恋人のチャーリーだ、本名は忘れた」

「前はスーザンって女性じゃなかったっけ?」

「彼女は残念だがもういない。代わりの彼だ。死体は良いよ、無駄口きかないし。私の気持ちを分かってくれるのは彼らだけさ」

 

そう言って死体に愛おしげに頬擦りをする。

座右の銘を「この世には死体と、これから死体になるものしかいない」と言って憚らない女性を蓮太郎は寒々しさと諦めの混ざり合った視線で眺めていた。

 

「あ、そうそう。君が倒したガストレア(ステージⅠ)も先ほど運び込まれたよ」

「ああ、その件について話が「いくらなんでもあれはないよ」え?」

 

仕事の話をしようと口を開くが菫がチャーリーと一緒にズイッと迫ってきた。

 

「着弾の衝撃で肉が傷んでるし、弾がいろんな方向に散らばっている。極め付けに頭部には呆れるような大穴があいているじゃないか。一体何がどうなったらあんなことになるんだい?」

「いやあれは――」

「の○太君だって驚くほどの欠点がある中で射撃が得意という長所があるだろう?だというのに君ときたら呆れるほど欠点がある中で更に長所と呼べるものが無い。もう最悪じゃないか、救いようがない。ぶっちゃけ聞くが何でまだ自殺していないんだい?もうこの世に希望も願望も何一つ無いだろう?」

「俺はそこまで絶望的なのか?!だいたい頭部の穴は俺がじゃねぇ!」

「ほう、じゃあ誰が?」

「そのことも含めて色々話すよ。先生に訊きたいこともあるし」

 

 

 

 

 

 

「成程ねぇ…ゴッドイーターの乱入か」

 

現在、蓮太郎は死体もかくやという程の青い顔で話をしていた。

というのも菫の創作料理のせいだ。

饐えた臭いのする真っ白いオートミールの様な何かが料理と言えるならだが。

兎に角それを食さない限り口を開かないと言われて恐る恐る一口食べてみたが、一瞬で舌から喉に至るまでを凄まじい疼痛が駆け抜けた。

一体何を使えばこんなものが出来上がるのかと聞くと、原材料は死体の胃の中から出て来た溶けかけのドーナッツ。

それを聞いた瞬間、洗面器に駆け込み胃の中を全リバース、今に至る。

因みに菫は同じものを美味しそうに完食していた。

 

「……何で先生はあんなゲテモノ食えんだよ」

「何を言っている、『マトリッ○ス』に出てくる『ゲロッグ』を食べているようで美味かったぞ?ぐりとぐらのパンケーキ、ラピュタパン、ゲロッグ、これらの食べ物は二次元世界における食べてみたい食べ物のトップ3だね」

「ゲロッグだけおかしい…」

「大体私をゲテモノ食いなどと言っていたら神機使いの連中なんてこれの比じゃないぞ」

 

そう言いつつ菫は電子レンジから再びゲロッグを取り出した。お代わりの様だ。

ゲッと呻く間にも再び美味そうに食べ始める。

 

「君はそもそもゴッドイーターをどんな存在だと認識している?」

「……『アラガミ』から人類を護る守護者」

「30点と言ったところだな。それでは部分点も与えられない」

 

椅子に座ったまま菫は徐に話し出す。

 

「今でこそこの世界は『ガストレア』と『アラガミ』と言う二つの強大な脅威に晒されているが、出自自体はアラガミの方が早い。今世紀初頭には既に存在が確認されている。それくらいは知っているだろう?」

「まあ…」

「とは言っても最初から人類の脅威だった訳ではない。奴らの体を構成する『オラクル細胞』は発見当初はむしろエネルギー資源問題を解決する手段になるだろうと期待されていた」

「…だがそうはならなかった」

「そうだ」

 

ニヤリと笑いながら続ける。

 

「オラクル細胞の最も特筆すべき特徴はあらゆるものを『喰う』ことが出来るという点だ。それが有機物だろうと無機物だろうと超有害の核廃棄物だろうとお構いなしにな。そして喰った物の情報を自らに取り込み、学習し、進化する。そうして多様な進化を遂げたアラガミによって人の文明は一度崩壊した」

「…………」

「さてここで再び問題だ。多様な進化を遂げ脅威となったと言っても人類にも銃火器なり抵抗の手段はあった、なのに何故文明崩壊レベルまでの大敗を喫したと思う?」

「………抵抗はした。だが効かなかった」

「正解」

 

いつの間にかゲロッグは無くなっていた。

 

「奴らを構成しているオラクル細胞の結合力は並みじゃない、それこそ既存の兵器が無意味なくらいにな。当時の人たちは絶対の捕食者を前になす術もなく喰われて死んでいった。そんな時だよ、生化学企業フェンリルが『神機』を開発したのは」

「神機……」

「人が扱えるよう人工的に調整されたアラガミのコアを用いた、いわば『アラガミを倒す為のアラガミ』さ。だが調整したと言ってもオラクル細胞が使われている以上、持ち主も神機に食われかねない。そこで人にもオラクル細胞とそれを抑制するための偏食因子を組み込んだ。そうして初めて人類は神機を扱えるようになり、アラガミへの対抗手段を得た。そして生体兵器『神機』を用いてアラガミを倒す者たちこそが――」

「『神を喰らう者』ゴッドイーター、か……」

「彼らの特徴として挙げられるのはオラクル細胞を取り入れたことによって身体能力が飛躍的に向上したことだ。腕力は巨大な神機や電柱を軽々扱い、速力も恐ろしいほど速い。個人差はあるが回復力に関しても急所を突かれて即死でもない限り余程の重傷でも完治する。噂では植物状態から意識が戻って生活できるレベルまで回復した例まであるそうだ」

「マジかよ……」

神機使い(ゴッドイーター)の講釈はこんなところだな。勉強になったかい?」

「まぁな…」

「では一つ賢くなったところで君の方の話だ」

 

そう言って菫は足を組み替えながら話を別の話題へと移す。

主に蓮太郎がここに来た目的についてだ。

 

「君が聞きたいのは大方、君が倒したステージⅠの解剖所見についてかい」

 

コクリと頷く。

 

「あのステージⅠは感染源ではなく感染者――ガストレア化した被害者(岡島)だった。つまり感染源はまだ何処かにいるはずだ。多分同じくモデルスパイダーの単因子だと思うんだけど今だに殲滅報告はおろか目撃報告も挙がっていない。これ以上被害が出る前に倒したい。身を隠すならどんな場所が考えられる?」

「そうさねぇ……」

 

使っていたスプーンを口に咥えながら思考する菫。

 

「君はハエトリグモの特徴を知ってるかね?」

「特徴は体色だろ。あとジャンプして獲物を獲るのは有名だ」

「その通り。だが、凄まじい跳躍力を持つハエトリグモが人間大の大きさになったからといって、元通りの何十倍もの跳躍力を示すものではない」

「え?そ、そうなのか?」

「それほどの巨体になれば自重も自分で支えられないし皮膚呼吸もままならない。通常ならこんな生物はあり得ない。だが―――ガストレアウィルスはその全てを覆す」

 

謎めいた笑みを浮かべ一拍置く。そのまま黙って先を促す蓮太郎。

 

「ガストレアに変化する際、その大きさに応じて皮膚の硬度の強化や体機能の向上が起こる。故に奴らはデカいほど硬いし筋力も強靭だ。しかもただ複製を作るのではなく宿主のDNA情報を解析し最適な形状にデザインし直す。そして問題なのはその速度だ。宿主のDNA情報を書き換えていく浸食速度は最早地球外生命体と言ってくれた方がよほど納得できるほどだ。そして体内浸食率が50%を超えると形象崩壊というプロセスを経て生物はガストレアとなる。その過程で突然変異による進化の跳躍をする個体も存在する」

「進化の跳躍…?」

「ようは本来なら持ちえないオリジナルなユニーク能力だ。見つかっていない感染源もそうなんじゃないか?」

「だとすると光学迷彩のようなものか」

「もし本当に光を捻じ曲げるような能力を持っていたら明日にでも感染爆発だな」

「そうならない様に(プロモーター)延珠(イニシエーター)がいる」

「延珠ちゃん、ねぇ…」

「……なんだ?」

「時に私は『呪われた子供たち』が気味が悪くて仕方無くなるよ。10年前、ガストレアが出現し始めたのとほぼ同時期に、それに対抗するかのようにウィルスの抑制因子を持った子供たちが生まれてきた」

「普通人間がガストレアウィルスに感染して異形化するのは血液感染のみだ。口から入っても空気感染(エアロゾル)も性交感染もしないことが実験で証明されている」

「まさしくその通り。だが口から入った場合、感染はせずともすぐには死滅しない。そしてたまたま妊婦の口に入った場合、胎児にその毒性が蓄積され生まれてくることがある。それが『呪われた子供たち』だ。彼女らは生まれてくる時は瞳が赤いが姿形は紛れもなく人。つまり感染しながらもその浸食速度が極めて遅い特異な存在だ。理論上はイニシエーターとして戦わせず普通の暮らしをすればガストレア化もせずに寿命で死ぬ」

 

そこまで語ったところで椅子の背もたれに体を預けながら、自分の額をトントン叩きつつ話を締めくくる。

 

「とまあ、君のような頭の悪い学生の為に割と噛み砕いて教鞭をとったがどうかね、考えは纏まったか?」

「先生からしたら人類の9割9分が頭悪いだろ…。まあ一応な、擬態やカムフラージュ方面で探ってみる」

 

そう告げて踵を返す。

 

「じゃあ俺はもう行くぜ」

「何だい、もう帰るのかい」

「居候が腹空かせてるだろうからな」

「もう少しいたまえよ、折角この素晴らしき地下墓所(カタコンベ)に三人もの人間がいるんだから三国志の様に桃園決議といこうじゃあないか。配役は私が張飛で君が劉備、チャーリーが関羽と言ったところか?だが不幸面の劉備はないな、人徳の欠片も感じられない、とんだミスキャストだ。『我ら生まれた日は違えども、死すときは、同じ日同じ時に』。おっとチャーリーはもう死んでいたねフフフフフフ」

「……………………………………」

 

死体しか愛せない張飛がミスキャストとかほざくな。

そんなことを思いつつゲンナリした蓮太郎はそのまま黙って地下室をあとにした。

 

 

 

 



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第7話 召集

雲一つない爽やかな朝。

外では雀たちが朝の到来を告げるように五月蠅いほど囀っている。

そんな中、ボロアパートの一室では最早犯罪者の様に酷い顔になっている蓮太郎がいた。

原因は延珠だ。

入浴も食事も終わり、延珠に浸食抑制剤の注射も行い即座に寝ようとした。

それがお気に召さなかったらしい。

別に夜更かしして遊ぼうとかそう言う子供っぽい理由からではなく、マセた子供は夜のウルトラファイトを受け入れてやると宣言してきた。

そんな冥府魔道はまっぴらなので断ったら下の階の住人が怒鳴り込んでくるまで盛大に暴れまわったというわけだ。

お蔭で睡魔と頭痛がひどい。

もうこのまま学校バックレようかなと半ば以上本気で考えていると――

 

「蓮太郎喜べ!大家さんが自転車を貸してくれたぞ!」

 

延珠に逃げ道を封鎖される。

因みに自前の自転車は昨日の事件の時に乗り捨ててしまって今は無い。

溜息を吐きつつ学校へ行くべく支度をする蓮太郎であった。

 

 

 

 

 

 

延珠を勾田小学校に送り届けそのまま自分も高校に着いた。

ぶっちゃけ帰りたかったが『契約』もあるので渋々校舎に入っていく。

そんな蓮太郎は当然授業など真面目に聞くつもりは毛頭ない。

現国は寝て過ごし、数学は先生の名指しを全てガン無視。

挙句休み時間に入ると小動物系の学級委員が自分だけ書いていないアンケートの催促に来たが無視し、彼女が涙目で帰ると友人なのだろうお節介系女子が叱ってくるがこれも無視。

自分を非難しながら帰っていく女子の声を聞きながら蓮太郎は窓の外をみる。

遥か遠くには巨大な『モノリス』が見えた。

ガストレアは黒い特殊な金属『バラニウム』を極度に嫌う。

このバラニウムに囲まれた部屋に放り込まれると衰弱して死んでしまう程に。

またガストレアの再生能力を阻害する効果もある為、民警の所有する武器はほぼ全てがバラニウム製だ。

昨日蓮太郎がガストレアに向けて放った銃弾もバラニウムが使われていた。

兎に角この金属は様々な物に加工され今の世の中で使われている。

その最たる例が『モノリス』だ。

縦1.618km、横1kmの超巨大金属塊を人の住むエリアを囲むようにして配置し、発生する磁場を用いてガストレアを近づかせない結界としている。

だが偶にだがその結界を抜けてガストレアが侵入する為、民警がそれを駆除するわけだ。

ぼんやりとしながらモノリスを眺めていると不意に携帯が鳴った。

ディスプレイを見て出たくないと思うが切れる様子がない。

根負けして通話に出る。

 

「こんな時間になんだよ社長」

『仕事以外で社長呼びは止めて』

「仕事じゃねぇの?」

『仕事よ』

「じゃあいいじゃねぇか」

『とにかく事情を話すから一緒に防衛省まで来て』

「は?」

 

今社長はなんと言った?防衛省?日本の国防を担うあの―?

 

「お、おいアンタ何言って……?」

『窓の外を見て』

 

言われるままに見ると黒塗りのリムジンが止まっていた。

どうやら逃げられないようだ。

 

「チッ、分かったよ行くよ」

「遅いわ。もう後ろにいるもの」

「うおっ」

 

驚いて後ろを振り返ると既に木更がそこにいた。

 

「さ、行くわよ」

 

 

 

 

 

 

昼下がりの官庁、そこに蓮太郎と木更はいた。

今は目的の階に向けてエレベーターで移動中だ。

 

「で、なんでリムジン呼んどいて移動は徒歩と電車なんだ?」

「お金取られたくないもの」

「おいニセお嬢、なら何で呼んだ?」

「私は『天童』よ?その私が移動に徒歩なんて周りに見せられるはずないじゃない」

 

ようは壮絶な見栄っ張りの様だ。

 

「はぁぁぁぁ」

「何よその溜息」

「いや何でも。…そういや延珠は連れてこなくて良かったのか?」

「戦いになるわけじゃないもの。むしろ延珠ちゃんは眠くなるような話ね」

 

そんなことを話しているとちょうど目的の階に着いた。

第1会議室と書かれた扉の前に立ち、木更の代わりに扉を開ける。

蓮太郎は息を飲んだ。

開いた先の空間の広さにではない。そこにいた人間の数とその職業が問題だっだ。

 

「木更さん、こいつは…」

「ウチだけが呼ばれたんじゃないとは思っていたけどこれほどとはね…。流石にここまで同業者が呼ばれているとは思ってもみなかったわ」

 

中にいたのは2種類の人間。

1つはパリッとした仕立ての良いスーツに袖を通した人たち。

恐らく全員が民警の社長格だろう。既に用意された椅子に座っている。

もう1つは見るからに荒事専門といった厳つい人たち。

服装はバラバラで、同じくスーツで髪型までワックスでピシッ決めている者もいれば、パンクな格好の金髪グラサンまでいる。

彼らの傍にはイニシエーターと見られる少女たちも幾人か見られた。

本来なら十分な広さを持っているだろう会議室が手狭に感じるほど民警が詰めかけていた。

 

(こんだけ大がかりな場を用意して一体何があるってんだ?チッ、良い予感はしねぇな……)

 

一歩、会議室の中に入る。

その瞬間、中の雑談がピタリと止み、殺気の籠った視線が突き刺さる。

 

「アァ?おいおい最近の民警の質はどうなってんだ、ガキまで民警ごっこかよ。社会科見学なら黙って回れ右しろや」

 

一人のプロモーターと思われる大男が威圧しながら近づいてきた。

鍛え上げられた筋肉がタンクスーツの上からでもよく分かり、頭髪は本人の気性を表すかのように荒々しく逆立っていた。

顔を髑髏模様入りのスカーフで隠し、迫力のある三白眼で値踏みするように睨んでくる。

背中にはバスターソードと言うバラニウム製の巨大な黒い刀剣を背負っている。

アレを自在に使いこなせるなら相当の猛者だ。

正直おっかないが木更を庇うように前へ出る。

だが、男はその行動が気に食わなかったらしい。

 

「あぁ?」

「アンタ何者だよ、用があるならまず名乗――」

 

ガンッ!!

 

突如として顔面に鈍い衝撃が走る。どうやら頭突きをかまされたようだ。

吹き飛ばされ背中から倒れるも、蓮太郎は顔を押さえながら即座に跳ね起きる。

ベルトに挟んであったXD拳銃に手が伸びる。

 

「カカ、バァーカ、何熱くなってんだよ。挨拶だろ?」

『ヒュー、モロだぜモロ』『わ~痛そう~!』『あんなのも避けられないとか程度が知れるね』『所詮ガキってことだろ』『馬鹿が、雑魚はとっとと帰れよ』

周りはこちらを嘲笑ように囃し立て失笑した。

 

(この野郎ッ……!)

 

一瞬状況を忘れて本気で拳を構えそうになる。

 

「里見君、こんなのに構っちゃ駄目よ、目的を忘れないで」

「あぁ?!今何つったよクソアマ!!」

「やめたまえ将――」

 

この男の所属しているであろう会社の社長が静止を掛けるがその前に事態が唐突に動いた。

 

 

ドゴォッッッ!!

 

 

先程蓮太郎が食らった頭突きよりも、なお重く凄まじい音が響き渡った。

目の前の三白眼の大男からだ。

もっと正確には下半身。

大男の股間から響いていた。

 

「……………………………………………………………………………………………………………」

 

一言も発せずに崩れ落ちる大男。そのままピクピクと痙攣している。

シンっと静まり返る会議室。

何が起こったか分からず呆けているようだ。

だが蓮太郎は見た。

崩れ落ちる寸前、大男の股間が何者かに後ろから蹴り上げられるのを。

 

 

 

 

「民警の挨拶って変わってんのな。まさか一発かますところから始まるとは」

 

 

 

 

その後響いたのは何処か気の抜けた少年の声。

その声はつい最近、と言うより昨日聞いたものだった。

 

「お、お前……」

「おっ、また会ったなロリコン民警」

 

神斬ジンがそこにいた。

 

 

 

 

 



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第8話 依頼

唖然。

この言葉が持つ意味を今日ほど思い知った日は無いだろうと蓮太郎は思う。

何せ自分や木更だけでなく、集まっていた民警の社長格も、先ほどまで盛大に囃し立てていた連中も口を開けたまま間抜けた面を晒し続けている。

 

「いや~奇遇だね~ロリコン君。まさか昨日の今日で幼女趣味の君に再び会うとは思ってもみなかったよハッハッハッハー!」

 

にこやかに、だがそこはかとなく黒さを窺わせる笑みを浮かべるジン。

というか―

 

「盛大に誤情報ばら撒くのやめろぉぉぉおおぉぉおおおお!!!」

 

こんな人の集まっている所でそんなことを叫ばれてはとんでもない誤解が生まれてしまう。

 

「何だどうしたんだロリ見コン太郎君、いきなり叫びだして?」

「テメェ、ワザとか?!ワザとなんだな?!こんな衆人環視の中でありもしないことをほざいてんじゃねぇよ!」

「まあ落着けや。カリカリしてても良いことないぜ不幸面?」

「もう口閉じろテメェッ?!」

 

胸ぐらを掴みあげながら叫ぶようにして言い募る。

この少年といると碌なことが無い気がする。

 

「てか、何でテメェがここにいる?!」

「そりゃ俺たちも呼ばれたからだ」

「何……?」

 

シレっと返された答えに疑問を持つ蓮太郎。

それもそうだろう。今ここに集まっているのはガストレア対策の民警(プロ)ばかりでありアラガミ対策のプロ(ゴッドイーター)は場違いのはずだ。

 

「ジン、その辺にしておけ」

 

そう言って声をかけてきたのは街中の女が10人が10人振り返るような美男子だった。

若干茶の入った金髪はほどよく切り揃えられこの男に良く似合っている。

齢は自分よりも少し上くらいだろう。

鋭くも優しさを感じられる瞳は一種のカリスマを感じられる。

服装はジンと同じように黒で統一されているが、こちらはどこか貴族の服装を彷彿とさせる意匠が入っていた。

 

「ウチの隊員がすまない。不快な思いをしたなら謝罪しよう」

「……アンタ、アイツの上司か何かか?部下の教育くらいちゃんとしとけよ」

 

そう言って蓮太郎の眼を真っ直ぐに見て話をする男。どうやら性格もイケメンらしい。

そんな事実に軽く劣等感を抱きつつも嫌味を言わずにはいられない自分に嫌気が差す。

 

「ああ、分かった。善処しよう」

 

その嫌味すらも真摯に受け止める目の前の青年。つくづく良い男の様だ。

 

「ていうかジン~、この人大丈夫なの?なんかお茶の間にお見せ出来ないくらいひどい顔なんだけど……」

 

大男が痙攣し倒れている傍には見知らぬ少年がいた。

黄色いノースリーブのシャツの上から狼の様な紋章の入った白いコートを羽織っており、少し癖のある赤みがかった茶髪の上から蜘蛛のマークの入った黄色いバンダナを巻いている。

こんな場にありながらも明るい性格であることが分かる少年だった。

 

「さあ?とりあえず意識がギリギリ残る様に蹴ったんで大丈夫じゃないっすか?」

「うわっ、相変わらず鬼畜……」

 

ジンともそんなやり取りを交わしているし仲は良いのだろう。

そんな風に観察していると最後にもう一人、他とは雰囲気を異にする人物が木更に近づいていた。

肩にかかる前には切られているが、それでも手入れがされていないのが分かる灰色の髪。

奇妙な眼鏡をかけており、両端のテンプルの中ほどから細い鎖が伸び、その鎖の先に別の眼鏡が2つぶら下がっている。

眼鏡から覗く目は驚くほど細く殆ど開いていないのではないかと思うが、見る人が見ればその奥には油断ならない知的な光があることが分かるだろう。

服装もおかしなものだ。

上半身から長く黒いダッフルコートのようなものを着ているが、鳩尾あたりからはコートの前面が無く、代わりに派手な柄の袴の様なものを履いて、極めつけに足元は足袋と下駄だ。

民警の連中もそれなりに個性的な服装をしているが、この人はそれの比じゃないだろう。

 

「騒がせてしまってすまないね。君が彼の上司かな?」

「…!そうです」

 

緊張と警戒をしつつも、木更は何とかそれを表に出さずに応じることが出来た。

 

「お初にお目にかかるね。私はこういう者だ」

 

そう言って何かを取り出す。どうやら名刺の様だ。

その後木更と眼鏡の男は、あの大男の所属する民警の社長格を交えてお互いに名刺を交換していた。

お互いに適当なところで切り上げて指定された席に向かうも、眼鏡の男と木更の席は隣同士だった。

ただ、何故か木更も社長格の男も大層驚いた顔をしていたのが疑問だ。

因みにあの大男はジンに向けて洒落にならない殺気を飛ばしながら脂汗まみれで自分の所属する場へと戻っていく。

 

「にしても、俺たち末席だな」

「実績じゃ、ウチが一番弱小だからね」

 

確かに周りにいるのは全員が遣り手ですと言わんばかりのオーラを放っている。

 

「俺たちはそもそも超部外者だしな」

 

ジンの方は先程の一件で大男のみならず他からも強烈な殺気を浴びているがどこ吹く風といった感じだ。

昨日の事といい態度はこんなだが実力は確かなのだろう。

恐らく、一緒にいる戦闘員だろう他の2人も……。

 

「そういやあいつら誰なんだよ」

 

先程の大男を見ながら聞くと正面を向いたまま一枚の名刺を渡してきた。

金字で『()()(じま)ロイヤルガーダー 代表取締役 三ヶ島影似(かげもち)』とあった。

 

「うげっ、めちゃくちゃ大手じゃねぇか……てことはあの男も相当な使い手か」

「さっき将監って呼ばれているのが聞こえたから、多分伊熊将監よ。『IP序列』は1584位」

「1000番台か……」

 

IP序列(Initiator-Promoter序列の略) とは国際イニシエーター監督機構(IISO) (International Initiator Supervising Organization) が規定及び発行しているもので、簡単に言えばそのペアのランク付けだ。

ペアの相性の関係もあるので絶対とは言えないが、IP序列の位階の高さがそのままそのペアの戦闘力を表していると言っていい。

知らず手に浮かんでいた汗をズボンで拭う。

蓮太郎と延珠の序列は12万台。あの男と戦っていたらねじ伏せられていただろう。

そこで将監の横に少女がいるのが目に入った。

恐らく彼女が相棒のイニシエーターだろう。

落ち着いた色合いの長いワンピースとスパッツ、表情は乏しく冷めているようにも見える。

髪は側頭部付近で若干編み込まれ、もみあげから垂らしていた。

こちらに視線に気づいたようで慌てて目を逸らすが、逆にこちらをジッと見つめてくる。

何かと思い見ていると腹を手で押さえて悲しげな表情をする。

お腹でも痛いのかと思ったが、こちらに向けて口を無言のまま動かしている。

通訳すると――

 

(えっと…、お・な・か・す・き・ま・し・た)

 

脱力しつつもどこか微笑ましい気持ちになる。

将監の印象がアレだったので彼女がペアであることが少し不思議だった。

なんて思っていると再び木更の声が耳に届く。

 

「向こうは彼よりも強いペアをまだ抱えているっていうのに、ウチときたらイニシエーターは有能なのにプロモーターが馬鹿で甲斐性無しで弱いせいで未だに序列がミドルレンジから抜けないのよね…」

 

はぁ、と溜息を吐く木更。

聞こえないふりをするがそれが一番わかっているのは蓮太郎自身だ。

延珠は強く、適切な相手と組めば1000番台は硬いだろう。

それが未だに12万というのは相棒が無能と言われるのに等しい。

渋い顔をしているとポンッと肩を叩かれた。ジンだ。

 

「なんだよ」

「…………」

 

そのまま生暖かい目で見ながらグッとサムズアップ。

励ましているのかもしれないがコイツがやるとなんか馬鹿にしている気がしてならない。

 

「というか蓮太郎君。さっきから話しているその人誰?どういう経緯で知り合ったの?」

「昨日話しただろ、コイツが――」

 

そこまで言った時、会議室の扉が開かれ禿頭の人物が入ってきた。

遠くて階級章が分かりにくいが、恐らく幕僚クラスの自衛官だろう。

後ろからは別の人物が、頑丈そうな金属製の巨大な直方体の筐体を台車で運んできた。

筐体は全部で3つありそれらを纏めてジンたちの後ろに持ってくる。

一体なんだと全員の視線が向かうが、禿頭の男が話し始めたのでその視線は霧散した。

 

「本日集まってもらったのは他でもない。諸君らに依頼がある。依頼は政府からのものと思ってもらって構わない」

 

そこで一拍置き禿頭は周りを睥睨する。

 

「ふむ。空席1、か……」

 

見ると『大瀬フューチャーコーポレーション様』と書かれた三角プレートの席だけ誰もいなかった。

現場で一度だけ会ったが、秘書とまるで漫才のようなやり取りをしていた人だ。

 

「本件の依頼を説明する前に依頼を辞退するものは速やかに退席してもらいたい。依頼内容を聞いた場合、その依頼を断ることは出来ないことを先に言っておく」

 

周りの席から立ち上がるものはいない。

だがそこでふと違和感に気付く。

立ち上がらないが全員の視線がこちらを向いているのだ。

弱小の俺らは帰れとでも言いたいのか。

そう思ったが若干視線の先が違った。

視線は全て自分たちの隣、ジンたちに向けられている。

 

(まあ、さすがにコイツら畑違いだからな…)

 

視線が向けられるも眼鏡の男が立ち上がる気配はない。

 

「よろしい、では辞退は無しということで進行する。続いて依頼内容の説明だが、この方に行ってもらう」

 

そう言って禿頭の男が身を引くと、突然背後の奥に設置されている特大パネルに一人の少女と、その背後に付き従う厳つい面の老人が映し出される。

木更を含む社長格全員が泡を食ったかのように慌てて席を立ち上がった。

 

『ごきげんよう、みなさん』

 

大量の雪が降り込まれ、まるでそれが集まってウェディングドレスの様な服装を作っているように錯覚させられる服装。

それと同じくらい肌も白く、頭髪に至っても全体の白の中にあって尚映える銀髪。

 

聖天子。

10年前のガストレア戦争によって旧日本は事実上5つのエリアに分かれた。

その一つである東京エリアの統治者、その3代目。

人間離れした美貌と優しい心、気高い誇りを持ち、代々女傑揃いの先代、先々代と比べても圧倒的な支持を得ている。

 

そしてその絶世の美少女の後ろに佇んでいるのは聖天子付補佐官、天童菊之丞。

齢70にしてガタイだけなら護衛官でも通りそうな偉丈夫で、しゃんと背筋の伸びた長身と袴姿からは得も言われぬ威厳と威圧感がある。

そして、木更の祖父であり――敵でもある。

 

一瞬木更と菊之丞の視線が交差し火花が散る。

2人の確執を知る身からすれば生きた心地がしなかった。

そしてそれとは別に胸中に言い難い不安が渦巻く。

防衛省、大量の民警、強制力のある依頼、そして―――ゴッドイーターと聖天子。

なにかとんでもない事件に巻き込まれつつあるのではないか。

 

『楽にしてくださいみなさん、私から説明します』

 

そう言っても誰一人着席するものはいなかった。

当然だろう。これほどの権威者を前にして緊張しない者など―――

 

「ふぁ、眠ぃ…」

 

……横にいる黒髪の少年くらいだろう。

 

『と言っても依頼内容は至極シンプルです。依頼内容は2つ。1つは昨日東京エリアに侵入し感染者を一人出したガストレアの排除。もう1つはこのガストレアに取り込まれていると思われるケースを無傷で回収してください。報酬はこちらになります』

 

――ケース?

などと思っていると、パネルの中に別のウィンドウが出現し報酬金額を提示した。

そこに示されていたのは破格を通り越した馬鹿げた大金だった。

あまりの金額に流石のジンも目を見開いていた。

周囲も困惑しているのかざわざわとした囁き声が聞こえてくる。

 

「質問よろしいでしょうか」

 

木更が静かに挙手していた。

 

『あなたは…?』

「天童木更と申します」

『!…お噂は聞いております。質問とはいったい?』

「ケースの中には何が入っているのでしょうか」

『……妙な質問をなさいますね天童社長。それは依頼人のプライバシーに関わりますのでお答えできません』

「納得できません。感染源ガストレアが感染者と同じ遺伝型を持つという常識に照らすならば、感染源もモデルスパイダーのはず。その程度ならウチのプロモーター一人でも倒せます」

 

そう言った後こちらをちらりと見る。不安そうな視線で「多分ですけど」と付け加える。

失礼極まりない。

 

「問題は2つ。何故そのような簡単な依頼を破格の依頼料で、しかも民警トップクラスの人間たちに依頼するのかということ。そして――」

「何故私たちがこの場に呼ばれたのか、と言うことだね」

 

そう言って依頼内容の説明当初からずっと黙っていた眼鏡の男が話に割って入った。

 

「話の途中に申し訳ない、聖天子様。私としても同じ疑問を持っていたものでね」

『……榊博士』

 

聖天使がそう言った直後、再び会議室内に驚愕した気配が満ちる。

かくいう蓮太郎も驚いていた。

ペイラー・榊博士。

現存するほぼ全てのオラクル技術の生みの親にして今尚研究を続ける研究者。

名前だけなら下手をすれば聖天使以上に知名度があるだろう。

 

「今回の依頼、討伐対象に含められているのはガストレア一体のみ。アラガミ討伐を生業とする我々が呼ばれるのは腑に落ちない。更に言うなら、これだけの民警の方々に依頼するのならガストレア討伐の素人は足を引っ張る結果にしかならないはずだ」

『……』

「にも関わらず呼ばれたということは何か理由がある。考えられるとすれば、我々の介入が想定される場面があるのか、ケースの中身が形振り構っていられないほど重要かつ危険な物なのか、はたまたその両方なのか。邪推してしまうのは当然なのでは?」

『……それは知る必要のないことでは?』

「確かに。私個人としてはケースの中身は実に気になるところだが、今はこのエリアのゴッドイーターたちを統括する立場にある。今までとは勝手がまったく違う危険度未知数の任務に彼らをおいそれと放り込むわけにはいかない。そしてそれは天童社長も同じだろう」

「ええ。あくまでそちらが手札を伏せたままなら、ウチはこの依頼から手を引かせていただきます」

『……ここで席を立つとペナルティが発生しますよ』

「覚悟の上です。このような不明瞭な説明のみで社員を危険に晒すわけには参りませんので」

 

肌がピリピリするような沈黙が満ちる。

蓮太郎は木更の発言が正直意外だった。

来る途中では政府の依頼は断れないと言っていたはずなのに……。

何かを言おうとするがその直前に何者かのけたたましい哄笑が響き渡った。

 

 

 

 



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第9話 蛭子影胤

「フハハハハハハハハハハハッ!!!」

『誰です』

「私だ」

 

会議室にいる全員の視線が声の主に集まる。

先程まで空席だった大瀬社長の席に一人の男が卓に脚を投げ出した格好で座っていた。

舞踏会で使う仮面、ワインレッドのシルクハットに縦縞の入った燕尾服。

「いよっと」と声を掛けながら体を反らせて土足で卓の上に上がり、そのまま中央付近まで進むと聖天子と相対した。

 

『…名乗りなさい』

「これは失礼」

 

シルクハットを取り慇懃に礼をする仮面の男。

 

「お初にお目にかかるね、無能な国家元首殿。私は蛭子、蛭子影胤という。端的に言うと君たちの敵だ」

 

そう言った男、蛭子影胤は顔を持ち上げると猛烈な勢いでこちらに顔を向けた。

この男と会った時の悪寒が背筋を再び走り、反射的に拳銃を抜いていた。

 

「お前はッ…!」

「フフフ、また会ったね里見くん。わが新しき友よ」

「どっから入ってきた?!」

「勿論正面から堂々と入らせてもらったよ。もっとも――突っかかってくる小うるさい蠅は皆殺させたけどね」

 

まるでなんでもないことの様に人を殺したと言う影胤。

コイツにとっては邪魔なものは全員蠅程度にしか見えないのだろう。

 

「おおそうだ、ちょうど良い。この機会に私の娘も紹介しよう。小比奈、おいで」

「はい、パパ」

 

いつからいたのか蓮太郎の後ろには一人の少女がいた。

ウェーブがかった黒の短髪、フリル付の黒いワンピース、表情はあどけなく可愛らしいがそれがむしろどこか危ない感じがした。

腰の後ろには黒い小太刀を2本、交差するように吊っている。

 

(一体、いつからッ……)

 

蓮太郎がゾッとしている間にも少女は難儀しながら卓の上に上っていた。

影胤の横まで来るとスカートの端をチョコンと摘みお辞儀する。

 

「蛭子小比奈10歳」

「私の娘にしてイニシエーターだ」

(イニシエーターだと?こいつ、民警…なのか?)

 

警戒と訝しさをブレンドした視線で二人を睨んでいると、小比奈という名前らしい少女が控えめに影胤の裾を引っ張った。

これだけなら可愛らしいのだが、吊っている小太刀の鯉口から血が滴っているのに気付いたのと、彼女の次の発言でそんな考えは消し飛んだ。

 

「ねえパパ…みんなこっち見てて恥ずかしいから斬っていい?あと、あいつテッポウ向けてるよ?斬っていい?」

「よしよし。だが、まだ駄目だ。我慢なさい」

「うぅ…パパァ」

 

年相応の表情と言っている内容がかけ離れている。

一体どのような教育を行えばあのようになるというのか。

さり気無く木更を護る様に前へ出る蓮太郎。

 

「テメェ、一体何の用だ」

「ああ、ただの挨拶だよ。私もこのレースに参加(エントリー)することを伝えておきたくてね」

「レース…エントリー?何のことだ」

「『七星の遺産』は我々がいただくと言っているんだ」

『…………ッ』

「『七星の遺産』?なんだそりゃ」

「おやおや本当に何も知らされずに依頼を受けさせられようとしていたんだね、可哀想に。例のケースの中身だよ」

「ッ!ならお前が昨日あそこにいたのは……」

「ご明察。私も感染源を追って部屋に入ったんだがどこにもいなくてね。しかもぐずぐずしていたら五月蠅い奴ら(警官隊)が窓から突入してくるしで散々だったよ。もうビックリして思わず殺しちゃったよ」

 

仮面を押さえ「ヒヒヒ」と喉の奥で笑う影胤に憎悪が募る。

拳銃の銃把をギシリと音が鳴るほど握りしめていると、徐に目の前の怪人は大仰に手を広げ、会議室にいる全員に宣言する。

 

「諸君ッ、ルールの確認といこうではないか!私と君たち、どちらが先に感染源を見つけて、『七星の遺産』を手に入れるかという勝負(レース)だ。掛け金(ベット)はそうだな…君たちの命でいかがかな?」

「――黙っていりゃごちゃごちゃと」

 

気付いた時には伊熊将監が背中のバスターソードを引き抜き影胤の前まで猛烈な速度で迫っていた。

 

「うるっせぇんだよ!!」

「おおぅッ?」

 

怒号と共に真横から全力で斬り付ける将監。

渾身の斬撃。完全に決まったと誰もが思った。

だが――

 

パシィッ

ガギィィン!

 

小さな雷鳴音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には甲高い音と共に将監の剣が弾き飛ばされた。

一瞬のことだが剣と影胤の間に青白い燐光も見えた。

 

「チィィッ!夏世ォッ!!」

「そんなに怒鳴らなくても――」

 

一人の少女――将監の相棒である千寿夏世が弾き飛ばされた剣を追う様に壁を駆け上がっていた。

瞳は赤く『呪われた子供たち(イニシエーター)』としての能力を開放している。

そのまま剣の飛ばされた先へと先回りし、未だ空中にある剣を思いっきり――

 

「分かっています」

 

蹴り飛ばす。

蹴られた剣は砲弾もかくやという勢いで真っ直ぐ影胤の元へ。

 

「フッ、そんなもの…「ぶった斬れろや!!」何?!」

 

飛ばされた剣が影胤に直撃する寸前、柄の部分を逆手に持ち、自らの筋力でもって剣の速度を更に加速させる。

避けるタイミングを完全にずらされた影胤は確実に直撃した。

 

(スゲェ…これが1000番台の実力と連携……!)

 

鮮やかな連携に思わず蓮太郎は息を飲むがそれも一瞬のこと。

目の前に広がる光景が、そんな思考を吹き飛ばす。

 

「ざーんねん!」

「なっ?!」

 

剣は影胤の数cm先で青白い燐光に阻まれ停止していた。

 

(なんだありゃ?!)

「下がれ将監!」

「!」

 

三ヶ島の一喝に瞬時に意図を汲み取った将監は舌打ちと共に後退。

それを合図にするように集まっていた社長とプロモーターが自前の拳銃を構え一斉に引き金を引く。

鼓膜が破れかねないほどの銃声の嵐に晒されながらも、蓮太郎も何かに憑かれた様に撃ちまくる。

360度全方位からの弾幕。逃げ場などない。

 

「無駄だよ」

 

だが影胤のそんな言葉が聞こえると同時に先程の青白い燐光が、まるで影胤を護るドーム状のバリアの様に展開される。

バリアに当たった銃弾は全てあさっての方向に弾かれ、あちこちに跳弾していく。

弾倉が空になるまで撃ち尽くすと、硝煙のキツイ臭いが充満する中、跳弾した弾が当たった者のうめき声がそこかしこから聞こえてくる。

目の前には無傷の仮面の男とその娘。

彼らを避ける様に円周状に弾痕が刻まれた無残な卓から自分たちを見下ろしていた。

 

「そんな……」

「ヒヒヒヒッ、馬鹿だね君たちも。その程度の攻撃、効くわけないだろう?」

 

馬鹿にしたように影胤が笑うが最早怒りを覚えることも出来ない。

列席した他社の高位序列者たちもまるで麻痺しているかの様に固まっていた。

 

 

 

そんな中で動く影があった。

 

 

 

 

「ほう、ならばどの程度なら効くのか―――」

 

1つは影胤の正面にいる茶が入った金髪の青年。

 

「試してやんよっ!」

 

もう一つは影胤の背後から挟むように黒髪の少年。

完璧にタイミングの合わさった華麗な挟撃だ。

それぞれが手に持つ背丈と同程度の大きさを持つ巨大な刃を水平に残像が残るほどの速度で振るう。

人をも裁断するその巨大な鋏はしかし青白い燐光に阻まれた。

 

「ヒヒッ、何を試すって?」

 

余裕の態度を崩さない影胤。

しかし2人は悔しそうな素振りも見せず、むしろニヤリと笑って見せる。

一瞬のアイコンタクトの後、2人はバッと同時に後退する。

訝しむ影胤だったがその意味をすぐに知る。

 

 

ドガガガガガガッッ!!!!!と。

 

 

先程の銃声の嵐に勝るとも劣らない壮絶な音が鳴り響く。

音の発信元は黄色い服装の少年。

彼が手に持っているのも背丈と同じくらいありそうな長さの長大な銃器だ。

彼が放った弾丸は狙い違わず影胤へ。

先程の二の舞になると誰もが思い咄嗟に伏せるが跳弾は何時までたっても起きなかった。

 

「何……?」

 

弾丸は確かにバリアに当たったが、当たった個所に妙なものが出来ていた。

球。

バリアと同じく青白くボンヤリと発光する球が、命中した全ての個所に発生していた。

計7個の球は重力に引かれて落下するでもなくその場に停止している。

誰もが一体何なのかと疑問に思っていると、突如として全ての球が急激に膨張した。

 

「ッ!!」

 

影胤が咄嗟に手を前にかざす。恐らくバリアの強度を上げたのだろう。

直後―

 

 

ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッ!!!!!

 

 

今までで一番の轟音が鳴り響く。

バリアに張り付いていた球がいきなり膨らんだかと思うと、一斉に4,5発ずつレーザーを影胤に向けて照射した。

なんてヤバイ攻撃だと蓮太郎は思う。

恐らく先の銃撃はあの球を敵に引っ付けるのが目的なのだろう。

引っ付いた球は決して敵から剥がれず、時間経過によって膨張、レーザーを至近距離から一斉に放つ。

あんなモノまともに食らっては蜂の巣では済まないだろう。

 

 

 

だが目の前の怪人はまともではなかったようだ。

 

「ヒヒヒヒッ!言うだけあってやるね!」

 

レーザーはバリアの強度を破れず、跳弾せずに消滅したようだ。

 

君たち(ゴッドイーター)のことを見くびっていたようだ。正直見直したよ」

「そいつはどーも」

 

馬鹿にしたように影胤に返すジン。

だが眼だけは油断なく相手を観察している。

 

「見直したついでに教えてくれや、そりゃ一体なんだ?」

「斥力フィールドさ。私は『イマジナリー・ギミック』と呼んでるがね」

「バリア?おいおいマジか、お前本当に人間か?俺としては正直お前が新種のアラガミと言われても信じそうなんだが」

「フフフ、君たち(ゴッドイーター)にそんなこと言われたくないし、それにあんなのと一緒にしないでくれたまえ。私は正真正銘人間さ。ただこれを発生させるために内臓の殆どを摘出してバラニウムの機械に詰め替えているがね」

 

ドクンッと蓮太郎の心臓が跳ねる。

今、コイツはなんと言った?

 

「機械……?」

 

まさか、コイツは………

 

「改めて名乗ろう里見くん。私は」

 

コイツ()―――?

 

「元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ」

 

三ヶ島の驚愕に塗れた声が蓮太郎にはどこか遠くに聞こえた。

 

「馬鹿なッ、ガストレア戦争が生んだ対ガストレア特殊部隊だと?実在するわけが……」

「信じるかどうかは君の勝手だよ。まあ、何かね里見くん?君には悪いがあの時の私は全く本気ではなかったのだよ」

 

そう言いながら音もなく蓮太郎の前まで進み出てくる影胤。

右手に持った白い布で左手を覆うと、マジックの様に箱が綺麗に包装された状態で出て来た。

愕然とする蓮太郎にそれを手渡し、ポンッと肩に手を置きながら告げる。

 

「そんなお詫びも兼ねてプレゼントだ」

 

その足で窓際まで歩いていくと思い出したかのように振り返った。

 

「おっと。そう言えばそこの君たち、名前を教えてくれないかい?」

 

視線の先にはジンたちがいた。

他の2人が何かを言う前に先んじてジンが言う。

 

「嫌だね。変人とはお近づきになりたくないんでな」

「ヒヒヒッ、つれないね」

 

その返答に特に気を悪くした様子も見せずそのまま背を向ける。

 

「それではこの辺でお暇させてもらおう。絶望したまえ民警の諸君、そして神機使いたちよ。滅亡の日は近い。いくよ小比奈」

「はいパパ」

 

自然な動作で2人は窓から飛び降り姿を消した。

 

 

 

 

しばし会議室では動くものも音を発するものいなかった。

しばらくすると誰かが荒く呼吸する音が響く。

それを皮切りにして再び周りの時間が動き始めた。

視線だけで殺されると思ったのは初めての事だった。

こみ上げてくる吐き気を懸命に抑え込んでいると険しい顔の木更に肩を掴まれた。

 

「説明なさい里見君。あの男とはどこで会ったの」

「それは……」

 

蓮太郎が言いよどんでいると三ヶ島の怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「天童閣下ッ!『新人類創造計画』は―――あの男の言っていたことは本当なのですか?!」

『答える必要はない』

 

揺るぎ無く即答する菊之丞。

その返答は暗に影胤の言が本当だと言っているようなものだ。

会議室にいる民警たちが息を飲む中、部屋の扉が突然開き半狂乱の男が1人入ってきた。

 

「た、大変だ!社長が、社長があああッ!!」

 

蓮太郎は彼に見覚えがあった。確か大瀬社長にくっついていたノッポの秘書だ。

 

「社長が…自宅で殺された!死体の首だけが何処にも無いんだぁ!!」

 

シンっと静まり返る会議室。

その視線だけがある物に注がれていた。

 

『プレゼントだよ』

 

影胤の声が頭の中でリフレインする中、蓮太郎は一辺30cmほどの箱の包装を解き震える手で蓋を開けて中身を確認した。

 

――しばらくそれと対面した後、静かに蓋を下ろした。

 

悲劇などそこらに無数に転がっているこの殺伐とした世界で笑顔を絶やさない人だった。

こんな若造でも邪険にせず笑いながら接してくれた、密かに好感を覚える人だった。

拳を握る手が震える。

あまりにも強く握りすぎて爪が食い込んで血が出そうだった。

 

「……ぁんの野郎ォッ!!」

『静粛にッ!!』

 

聖天子の澄んだ声に顔を上げる蓮太郎。

 

『事態は尋常ならざる方向に動いています。今ここで私から皆さんに新たに任務達成条件を付け加えさせていただきます。ケース奪取を目論むあの男よりも先にケースを回収してください。でないと大変なことになります』

「今度こそケースの中身を説明していただけますね?」

 

木更が睨みながら言うと、聖天子は目を一度瞑り覚悟を決めたように語った。

ケースの中身の恐るべき危険性を。

 

 

「…ケースの中に入っているのは『七星の遺産』。悪用すればモノリスの結界を破壊し――この東京エリアに”大絶滅”を引き起こす封印指定物です」

 

 

 

 



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第10話 呪われた子供たち

6980円。

これが一体何の値段か分かるだろうか。

正解は蓮太郎の2ヶ月分の食費であり、延珠が目の前に持ってきているブレスレットの値段だ。

 

「で、結局何なんだこれ」

「天誅ガールズが嵌めているブレスレットだ。47士の仲間の証であり、仲間に嘘を吐いたり、欺いたりすると罅が入って割れて仲間に分かってしまうんだ」

 

どうやら『天誅ガールズ』というアニメのグッズらしい。

延珠が得々とアニメの内容を語っていたが総括すると『魔法少女モノの復讐譚』だ。

ふと横を見ると『天誅ガールズ』のプロモーションアニメが流れている。

天誅レッドがおよそ女子が見せてはいけない凶悪な顔で野太刀を構え、「死ねぇぇぇ!!」という裂帛の気合と共に敵を惨殺、返り血を浴びながら微笑むという猟奇的な場面がドアップで映し出されていた。

一体どの層をターゲットにこのアニメを作ったのだろうか。

その手の大きいお友達のいない(普通の友人も少ないが)蓮太郎には分からない。

 

「にしても何でこんな高いんだよ……」

「高いか?まあ妾の給料で買うから蓮太郎は財布の心配をしなくていいぞ」

 

そう言って即刻レジに向かってしまう。

 

(木更さん……頼むから俺にももうちょい給料をくれ…)

 

延珠も天童民間警備会社の社員である為、木更からお小遣いにしては多い金額の給料をもらっている。

過去に一度アパートを追い出される寸前まで困窮し、泣く泣く延珠に借金して家賃を払ったことがあったがそれが大きな間違いだった。

翌日延珠が面白がって脚色した話をアパートや周囲の住人に吹聴して回り、周りから『10歳女児に養ってもらってるロリコンヒモ野郎』という大変ありがたくない渾名を頂戴する結果となった。

以降は必死に自分の金でやりくりしているが、ポンポン高額商品を買っていく延珠を見ると胸中に激しい虚無感が満ちる蓮太郎であった。

 

 

 

 

デパートを出てからは手を繋いでくだらない話をしながら歩いていた。

それでも脳裏には昨日の光景がチラチラと蘇る。

中でもある2つの言葉がずっとこびり付いて離れない。

 

――『新人類創造計画』

――『大絶滅』

 

影胤は言っていた。

『内臓の殆どを摘出してバラニウムの機械に詰め替えているがね』

『第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』蛭子影胤だ』

 

聖天子は言っていた。

『ケースの中に入っているのは『七星の遺産』』

『悪用すればモノリスの結界を破壊し、”大絶滅”を引き起こす封印指定物です』

 

現在人類がガストレアの脅威に晒されつつも生きていられるのは、巨大なバラニウムの塊であるモノリスがあるおかげだ。

エリアを囲っているモノリスが1つでも壊されてしまえば、そこからガストレアが雪崩れ込んでこのエリアは壊滅してしまう。

そんなことを引き起こすヤバイ代物をあんなヤバイ奴、『新人類創造計画』の機械化兵士が狙っている。

今目の前で活気に溢れる街を見ていると、そのことがまるで夢物語の様に思えてくる。

尤も夢は夢でも最悪の悪夢だ。

 

(何であれ、あの男だけは止めなければ……)

「蓮太郎痛いぞ、放してくれ」

 

はっとして見ると延珠が困った感じでこちらを見ていた。

考えているうちに知らず知らず手に力が入っていたようだ。

 

「……わりー、少しぼーっとしてた。行こう」

 

そう誤魔化して再び歩き始めた。

向かうはショッピングモール。夕飯の為の買い出しだ。

デパートで買うよりもこちらで買った方が断然安上りの為、少し遠出になるが基本いつもこちらを利用している。

交差点の信号待ちをしていると目の前のビルに取り付けられた大型パネルに聖天子が映っていた。

 

『ガストレア新法は『呪われた子供たち』に手にすべき権利を与える法案です。これは必ずや大戦後の新たな時代の礎となるでしょう』

(ガストレア新法、か…)

 

この法案は果たして通るのだろうか。

個人的には是非通ってほしいと切に思う。

『呪われた子供たち』の出自は特殊だ。

大抵の母親は自分の腹から赤い瞳をした子供が生まれてくると半狂乱になる。

一時期、川で子供を産みその場で水につけて、目も開けていない子供を殺す子殺しが蔓延り、それが一般的だと言われていた。

例えそれで殺されなくても、再生力が強すぎて過度の虐待の対象にもなった。

延珠もそんな1人だ。

殺されなかった子はほぼ例外なく親に捨てられるし、仮に捨てられなかったとしても大戦で多くの子が肉親を失った。

結果、『呪われた子供たち』に限らず戦後多くの戦災孤児が生まれた。

その状況を改善しようと初代聖天子はある政策を取った。

戦災孤児を引き取った際に、その家に毎月配分型の給付金を支払うようにしたのだ。

これだけ聞けば素晴らしいものに聞こえるが、実際はそうではなかった。

この政策は没後の評価も圧倒的に高い初代聖天子の唯一の失策と言われている。

何故か。

その給付金の額を高く設定しすぎたのだ。

恐らく初代聖天子は100%善意でこの政策を行ったのだろうが、他の人間が100%その善意に答えるわけがない。

結果として延珠を引き取っていったのは『藍原家』のようなハイエナだった。

後はもう推して知るべしだろう。

 

『この法案を契機に人間同士の対立が消滅し、全ての人間が融和できる社会へと舵を取っていくことこそ、先代より聖天子の座を受け継いだ私の使命だと考えます』

 

実際、1年前にIISOを仲介して延珠に引き合わされた時は面食らったものだ。

今の様に喜怒哀楽を素直に表すでもなく、笑顔を見せることも無かった。

あったのは16年の人生で味わったことのない圧倒的な拒絶。

眼は敵愾心と猜疑心、行き場の無い怒りと憎悪で溢れかえっていた。

ここまで感情を引き出すのに丸々1年かかった。

そして延珠の様な境遇の子はまだまだいるだろう。

聖天子の政策は彼女らに理解のある者の考え方だ。

だがそれが国民に受け入れられるとは限らない。

むしろ『奪われた世代』(大戦経験世代)『無垢の世代』(呪われた子供たち)に非常に厳しい。

限りなく味方の少ない彼女らの手を取って共に生きてくれる者たちが、今一体どれほどいるのだろうか……。

そんなことを考えていたからだろうか、前方から何か嫌な感じの空気が伝わってくるのが分かる。

弱小である蓮太郎が今まで生きてこれたのは、こういった勘を鍛え、過ったことが無いからだ。

 

 

そして、それは的中した。

 

「誰かソイツを捕まえろぉぉ!!」

 

人垣が割れて誰かが走ってくる。

見ると1人の少女が大人2人に追い掛け回されていた。

少女の方はボロボロの衣服を着て、食料品を満載にした籠を持っている。

瞳の色はワインレッド。

 

(外周区の…『呪われた子供たち』か!)

 

丁度自分たちが彼女の行く手を塞ぐ様に立っていた。

それに気付き少女は立ち止まる。

恐らく彼女が抱えている品は盗品だろう。

だが、彼女らはそうやって盗みでもしない限り食事も満足に出来ない。

どうすべきか判断に迷っていると少女の後ろから腕が伸び、彼女を地面に強く押し付ける様にして拘束した。

 

「は、放せぇぇ!」

「大人しくしろ、クソガキ!!」

 

暴れる彼女を乱暴に押さえつける店員であろう男性2人。

やり過ぎだと思われるものでも彼女の眼が赤いというだけで周りの反応は劇的に変わる。

 

『盗みなんかやりやがって。お前らは東京エリアのゴミだ!』

『何でこんな奴らがまだ生きてんのよ』

『うえっ『赤目』じゃん、キモッ』

『人間の真似なんかしてんじゃねぇよ、ガストレアめ!』

『くたばれ『赤鬼』!!』

 

一部始終を見ていた通行人が一斉に罵詈雑言を飛ばす。

少女を擁護するものは一つとして無かった。

ふとその時、取り押さえられている少女が自由になる手で必死に延珠に手を伸ばしていた。

延珠は顔を真っ青にし、震えながらもその手に少しずつ手を伸ばしていく。

マズイ。

そう思った時には少女の手を咄嗟に叩き落としていた。

 

「ッ!」

 

ハッキリと少女の顔に怯えが浮かぶ。

 

「おい貴様ら!一体何をやっている!」

 

そんな声が聞こえ、警官が2人こちらに近づいて来ていた。

到着した警官は場の様子を一瞥しただけで「ああ…」と冷たく声を漏らし、碌に事情も聞かずに少女を連れて行こうとする。

 

「放せっ、放せよ!あんた私が何やったかも知らないんだろ?!」

「黙れ化け物。お前らのやりそうなことなんて分かりきってんだよ」

 

そのまま後ろ手に手錠を掛けられ少女はパトカーで連れて行かれた。

 

 

少女が連れて行かれた後、場はまるで事件などなく、むしろ良いことをしたといったような空気が流れていた。

訊いてみるとあの少女は盗みだけでなく、不審に思った警備の男性を力を開放して半殺しにしたらしい。

だが咄嗟とはいえ手を叩き落としたことにバツの悪さを覚えつつも、延珠の手を引いて帰路に着こうとする。

だが、その延珠が拳を握り、眦に涙を浮かべながら睨んできていた。

 

「蓮太郎…!何故っ、何故あの子を助けてやらなかった?!」

 

うっすらと瞳が赤くなり始めている。

そのことに気付いた蓮太郎は急いでビルの隙間の1本路地に入った。

 

「仕方ないだろ、あそこで正体がばれたらお前もああなっていたんだぞ」

「それでも助けを求める者の手を振り切った!」

「俺にだって出来ないことはある!それにアイツがやっていたのは間違いなく犯罪だ!」

 

正論で返す蓮太郎。

だがそこで違和感を覚える。

延珠は良い子だ。このような場面であれば間違いなく手を伸ばすだろう。

だが、あの少女が『仲間』(呪われた子供たち)であることを差し引いても、むきになりすぎている気がする。

そんなことを考えている間にも延珠の眼から涙が零れ落ちていた。

そこで1つの可能性に思い至る。

 

「もしかして……知り合い、だったのか?」

 

泣きながら頷く延珠。

 

「昔外周区にいた頃に見かけたことがある。…話したことは無かったけど、向こうも妾を覚えていた」

「そんな…」

 

あの行動は深く考えてやったものではない。

ただ蓮太郎も延珠を巻き込ませないようにと必死だったのだ。

だがそんなことはただの言い訳でしかなく、蓮太郎はもう延珠と目を合わせて話せなかった。

嗚咽が聞こえる中、自分の良心に訊いてみる。

答えを出すのにそんなに時間はかからなかった。

 

「……延珠、1人で帰れっか?」

 

 

 

 

 

民警のライセンスを提示し、道行く学生から合法的にスクーターを頂戴し件のパトカーを追う。

向かう先がどんどん人気が少なくなり、悪い予感が募る。

外周区付近まで来てしばらくして、廃墟の1つの傍にパトカーが止まっていた。

スクーターを見つからない場所に隠し、慎重に近づく。

何故こんなコソコソしているのかは分からない。

だが疑うより自分の直感を信じる。

そして、見つける。

少女は鉄柵を背にして立たされていた。

顔色は真っ青でしきりに震えている。

背を向けている警官たちは無言のまま剣呑な雰囲気を醸し出していた。

その時蓮太郎の眼にあるものが入る。

警官の腰。

革製のホルスター。

そこから見える、民警なら誰もが持っているだろう凶器。

 

『呪われた子供たち』、『奪われた世代』、差別、事情聴取も行わない警官、人気のない外周区、――そして拳銃。

 

頭の中で不吉に閃いた言葉たちが、想像したくもないビジョンを勝手に脳裏に描いていく。

そんなはずはない。

そう強く思うが現実は非情だった。

徐に警官の二人が拳銃を抜き、

 

(まさか……)

 

ピタリと少女に狙いを付けていた。

 

(おい……)

 

引き金に指がかかる。

 

(止め……ッ!!)

 

一連の出来事がスローモーションの様に映りながらも、しかし蓮太郎は奇妙なものを見た。

相変わらず青い顔で震えている少女。

その足元。

何か円筒形のものがコロコロと転がっていた。

そして今まさに警官が引き金を引き絞るというところで――

 

 

カッッ!!

 

 

とても目を開けていられないほどの眩い閃光が走る。

狙いを付けるために少女を見ていた警官はモロに食らった様で、一瞬で視界を奪われていた。

蓮太郎は直前に気付いた為、手をかざしてある程度防げたがそれでも多少視界を潰された。

警官たちが悶えている間に目が回復し確認すると、少女は既にどこにもいなかった。

 

 

 

 



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第11話 提案

「クソッ、一体なんだ今のは?!」

「おい『赤目』がいないぞ!」

 

閃光によって目が眩んでいた警官はようやく状況を認識した。

しばらくこの付近を捜索していたが見つからないとみて諦めたようだ。

そのままブツブツ文句を言いながらパトカーで市街地に戻っていった。

警官の目を隠れてやり過ごした蓮太郎は移動を開始する。

同じく市街地へ、ではない。

自分と同じくコソコソと動く影を視界の端に捉えたからだ。

 

 

 

 

 

 

「ここまでくれば大丈夫かな…」

 

そう言って青年はふぅ、と溜息を1つ吐く。

 

「まったく、こんなまだ幼い子にあんな物騒なモン向けやがって。何やったか知らないけどやり過ぎだっての」

「………」

 

少女は未だに何が起きたか分からないようで呆けていた。

かく言う青年の方も意図して助けたわけではない。

偶々外周区に用があり付近を散策していたところ、この少女が何か厄介ごとに巻き込まれている所を発見したのだ。

咄嗟に携帯していたスタングレネードを気付かれない様に転がし目を晦ませ、見えていない間に少女を連れて速攻で離脱。

鬼の形相で捜してくる警官を何とか撒いてやっと今落ち着いた。

 

(……あ、でも備品勝手に使っちゃったし、もしかしてこれ後で皆に怒られるパターンじゃね?いやでもこれは不可抗力的なアレだし、セーフかな?)

 

等と即物的なことを考えつつも、今はその考えを後回しにする。

今考えるべきは目の前の少女のことだろう。

 

「君、大丈夫?怪我とかない?」

「………(フルフルフル)」

 

とりあえず怪我等は無いようだが、怯えが抜けないのか黙ったまま小刻みに震えていた。

尤も目の前で一方的に拳銃を向けられればこんな子でなくても大体こうなるかもしれない。

まずは怯えさせないためにも自己紹介をすべきだろう。

そう考えた青年は早速行動に移すが――

 

「えっとね、俺は「おいアンタ」うひゃあ!!」

 

直後に真後ろから声をかけられた。

 

 

 

 

コソコソしていた影をバレない様に尾行する。

タイミング的に先ほどの閃光と無関係とは思えなかったからだ。

そうして暫しスニーキングしていると別の廃墟で遂に完璧に姿を捉えた。

いるのは2人の人物。

1人は先程の少女。

先程のことを考えれば当然だがまだ青い顔で震えていた。ただ、その顔には若干戸惑いのようなものも見える。

もう1人は青年。

齢は自分より2,3上くらいだろう。

ただ全体的に人懐っこそうな雰囲気が出ており、年上なのだろうが何故か同年代の様にも見えてしまう。

黒のインナーの上から橙色を基調とした上着を羽織り、ポーチの様なポケットが付いた作業着の様なズボンをはいている。

髪は被っている大きなニット帽で隠れており、そこから僅かに金髪が覗いていた。

また、服やニット帽のそこかしこには多種多様なアクセサリーが付いている。

警察を撒いたからだろう、青年からは安堵の気配が窺えた。

 

「えっとね、俺は「おいアンタ」うひゃあ!!」

 

ともかく話をしようと話しかけたが、間が悪かったようで被せるようになってしまった。

青年はこちらの接近にまったく気付いていなかったようで随分驚いている。

 

「な、なな何アンタ?!急に出てくるなよ」

「あ、いや、悪い…驚かすつもりは無かったんだが……」

 

そう言って素直に頭を下げようとした瞬間、傍らにいた少女と目があった。

目が合うと少女は怯えた様にして青年の陰に隠れてしまう。

それを見た青年は訝しそうにしていたが、すぐにこちらへと警戒の視線を向けてくる。

やはり先程手を叩き落としたのが尾を引いているようだ。

とりあえずまずは両手をあげて、敵意が無いことを示す。

 

「……お前、さっきの警官の仲間?この子を捕まえに来たの?」

「いや、違う」

「本当に?じゃあ何でこの子こんなに怯えてんのさ」

「そのことも含めて話をさせてくれないか?」

 

青年は少し悩んでいたようだが、最終的には頷いてくれた。

 

 

 

 

 

「……で、気になって追ってきたって訳だ」

 

崩れた大きめの石の上で互いに座って、事のあらましを語り終えた蓮太郎。

それを聞き終えた青年は大きく溜息を吐いた。

 

「……分かってたけど、どこでもやっぱこの子たちの扱いは酷いな…」

「…?どこでも?」

「ああ、俺ここ一年くらい仕事で結構世界中を回ってたんだ」

「世界中?!マジか…」

「仕事って言っても簡単なヤツだけどね。……ただ、そうやって見て来たけど彼女らの扱いが良かった地域は無かったよ」

 

目を伏せて鎮痛な面持ちで語る。

その様子からは本当に『呪われた子供たち』のことを心配している様子が伝わってきた。

沈みかける雰囲気を察したのか、傍らの少女が縋る様にして青年の袖を握っている。

そうだ、この少女にも言うべきことを言っていなかった。

 

「なあ」

「ッ!な、なに…?」

「その…さっきは悪かったよ、叩いちゃったりして」

 

歯切れは悪いが目を合わせて謝る。

少女はこういう事は初めてなのか、目をパチクリさせていた。

しばらく固まっていたが、その後力なく首を振った。

 

「…別に、いい。今までにもこんなことあったし、テッポウ向けられるのも叩かれるのも慣れてるから……」

「………」

「…あんた、あの子の保護者かなにか?」

「え?」

「あの髪の長い子…昔外周区で見たことあったから」

「あ、ああ。延珠は今の俺のパートナーだ。一緒に民警をやってる」

「……そっか」

 

少女は非常に複雑そうな顔をしていた。

また会えて嬉しい、でも何で彼女は一緒にいる人がいて一緒に笑っているのに自分は笑えないのかという恨みや妬み、それでも突然いなくなって心配だったから安心した。

様々な感情が幼い胸中に渦巻いて顔に滲み出ていた。

益々沈む空気を何とかするように青年の方が元気よく声を張り上げる。

 

「よぅし!暗い空気はこのくらいにして別のことを話そうぜ!」

「別の事って……一体何話すんだよ」

「へへ、実はこっちの話が俺としてはメインなんだけどな」

 

そう言って青年は少女の方に向き直る。

 

「君さ、もし良かったら一緒に来る?」

「……?」

「どういうことだ?」

 

いきなりこの青年は目の前の少女を引き取る様なことを言いだした。

人のことを言えた義理ではないが、目の前の人物はとても人を養うような経済力を持っているとは思えない。

だがその予想は裏切られた。

 

「ちょっとしたツテがあってさ。こういう『呪われた子供たち』を引き取ってるんだ」

 

その言葉に蓮太郎も少女も大いに驚いた。

今の時代にIISOの様な機関を除いて、彼女らを自分から引き取る様な所があるなど聞いたことが無かったからだ。

訝しみながらも少女は悩んでいるが、表情を見るにあまりいい具合ではない

 

「いや勿論強制はしないよ。どうしても行きたくないとかだったら無理にはいいよ」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「ん?」

 

少女は俯いてボソボソと渋る理由を言う。

 

「…友達が、いるから……私だけ行くのは、皆に悪いから…」

「その友達ってどれくらいいる?正直に教えてくんないかな?」

「………」

「駄目かな?」

「………15人くらい」

 

それだけ言うと黙り込んでしまった。

自分に手を差し伸べてくれた人の所へ彼女個人としては行ってみたい。

だが友達をおいて自分だけそんな所へ行くのは罪悪感があった。

かといって15人も纏めて連れて行ってくれるわけがない。

少女はそのように思っていた。

それを聞いた少年は「ちょっと待ってて」とだけ言ってどこかへ連絡を取り始める。

二言三言話すとすぐに戻ってきた。

その顔には笑顔が張り付いている。

 

「オッケー!じゃあその友達の所まで連れてってくれる?」

「……え?」

「君もお友達も皆一緒に連れてってやるよ!」

「え?え?で、でも、15人もいるよ…?」

「確認とってみたけど全然余裕余裕!」

 

ポカンと青年以外の2人は呆けてしまう。

15人もの『呪われた子供たち』を受け入れる施設がある。

俄かには信じられない話だ。

でも、もしそれが本当なら…。

少女も同じ考えなのか、先ほどよりも多少希望に満ちた顔をしている。

それでも即座に頷かないのは散々大人に酷い目に遭わされてきたせいか…。

迷ているせいか黙っていると目線を合わせるために腰を下ろした青年がスッと手を差し伸べてくる。

蓮太郎はその眼を見た時に確信した。

この青年は信じられる人物だと。

ややあって少女もまた潤みながらも青年の手を取った。

 

 

 

 



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第12話 ペイラー・榊

オリジナル要素が入ります。


数十分前、先程出会った青年―ロミオ・レオーニと一緒に少女に連れられて少女の友達の元へと行った。

少女が無事に戻ってきたことに彼女の友達は素直に安堵していたが、蓮太郎やロミオを見るとあからさまに警戒と敵意を露わにする。

事の経緯を少女がたどたどしく伝えたことによって何とか事なきを得たが。

その後、ロミオの説明と少女の説得によってとりあえずその施設の見学だけでもしようということになって外周区沿いに移動した。

本当は市街地に入って電車などを乗り継げば良かったのだろうが、先の事もあってそれは止めた。

だが車も無く舗装もされていない荒れた道を延々歩くだけでは日が暮れてしまうという。

ではどうするか。簡単だ。

 

徒歩が遅けりゃ走ればいいじゃない。

 

その答えを聞いたとき蓮太郎の顔は間違いなく引き攣っていた。

目の前にいるのはガストレア因子を宿した『呪われた子供たち』。脚力特化系の因子でなくても走るだけで車の平均走行速度くらいは出せるような子たちだ。

正直付いて行くなど不可能だろう。

そう苦言を呈そうとしたところでロミオは右手親指で自分を指さし、ニコリと笑いながら「んじゃ、付いて来てくれ」と言った。

その時になって蓮太郎はあることに気付く。

ロミオの右腕にある黒い腕輪だ。

 

(……あれ、なんかつい最近見たような…)

 

なんてことを思っているうちに周りは結構ガチな速度で駆け出し始める。

驚くべきはロミオが先頭でその後ろに『子供たち』が続いていることだ。

慌てて追いかけるがとても追いつけるものではない。

なんとか気付いてもらって、『子供たち』に蓮太郎だけ担いでもらう様にして走っての移動を開始する。

このとき蓮太郎にとっての誤算は2つ。

1つは延珠にも偶に任務でこのように担いでもらって移動することがあったので、振り落とされることは無いだろうと高をくくっていたこと。

そしてもう1つは、最初に蓮太郎を担いだ少女がかなり茶目っ気があり悪戯好きであったことだ。

結果として蓮太郎はシートベルト無しの状態で高速で振り回されたり、移動途中に突如放り投げられたかと思えば別の子にお手玉感覚でキャッチされ再び高速で振り回されたりした。

そうやって振り回され、あまりの速度の風圧に仰け反る度に無様な叫び声をあげ、子供たちはその様が面白かったようでキャッキャッと笑っていた。

ロミオによって目的の場所に連れてこられたときには蓮太郎は既に屍の様になっていた。

 

「お~い、大丈夫か~?」

「ス、スマンが話しかけないでくれ…色々戻しそうなんだ……」

 

ぐったりと地面に倒れ込む蓮太郎。

子供たちは何処で見つけてきたのか、木の棒で蓮太郎のあちこちをつつきまわしている。

その様子を苦笑しながらロミオは見ていたが、再び連絡を取る為にどこかへと電話をかけていた。

その間にある程度回復した蓮太郎はようやく顔をあげ、改めて周りを観察する。

外周区特有の荒廃した空気が流れるが、それでも他の所とは雰囲気が違った。

その雰囲気の出所は目の前にある巨大な鉄の壁だろう。所々には狼の様な紋章も入っている。

モノリスほどではないがかなりの高さのある巨大な装甲壁が、左右見渡す限りに広がっている。

その広さたるやどこまで続いているのか、今いる位置からでは分からないほどだ。

そして現在、蓮太郎はそのスケールに呆気にとられていた。

と、そこへロミオが戻ってくる。

 

「よし!そんじゃ中に案内するぜ!」

 

そう言って指し示す先では巨大な扉がシャッターの様に上へと開いていた。

 

「な、なあ、ロミオさん、ここは……?」

「さん付けはいいって。まあここは普通の人はあんまり寄らないからね。見るのは初めてでも知識としては多分知ってると思うよ」

 

シャッターを潜り抜け、くるっと振り返りロミオは告げる。

この場所の名前を。

 

「ようこそ第0外周区、またの名をフェンリル極東東京エリア支部へ」

 

 

 

 

装甲壁の内側に入るとそこには集落のようなものが広がっていた。

蓮太郎と延珠が住んでいるボロアパートよりも更に簡素な造りの家々が密集している。

そしてそこには、『呪われた子供たち』と思われる少女たちが多く住んでいた。

 

「これは、一体……」

 

知らず蓮太郎の口から呟きが漏れる。

連れてきた子たちも予想外の光景だったのか、キョロキョロと辺りを見回していた。

確かに家々はボロいが不潔というわけではない。

人が住めるように整備され、人がちゃんと住んでいる証として生活臭がした。

 

「驚いたでしょ?ここは昔『外部居住区』って呼ばれてたところなんだ」

「外部居住区…」

「そ。あ、でも詳しい説明はちょっと勘べ『ロミオ兄ちゃーん!!!』おわぁあ?!」

 

話している最中振り返っていたのが仇となり、ロミオは正面から群がってきた子供たちに押し倒されてしまった。

 

「いえーい、一番乗り!兄ちゃんに肩車してもらう権利は私が貰ったぁぁ!!」

「ズルい!!サヤちゃんこの前も一番だったじゃん、次はあたし!!」

「ねぇー、もう肩車とかじゃなくてさ鬼ごっことかにしよーよ」

「えー、つまんない。それだったらかくれんぼが良い!」

 

ロミオに圧し掛かったまま騒ぐ少女たち。若干ロミオは苦しそうだ。

 

「ちょ、お前ら、そこどいて、お、重い……」

「あー!“れでぃ”に向かってそう言うこといっちゃいけないんだよ?」

「ししし、こりゃロミオのあんちゃんにはお仕置きが必要ですな~」

「賛成~♪何する何する?」

「全員でくすぐりの刑とかは?」

「それだ!みんな、かかれ~!」

「ちょ、まっ……あ、あはははははっ?!」

 

1人の号令のもと、全員でロミオを揉みくちゃにしていく。

その騒ぎを聞きつけてかドンドン子供たちの数は増えていった。

蓮太郎はその光景を見てポカンと口を開く羽目になった。

いや、蓮太郎だけでなく一緒に連れてきた子供たちも呆気にとられている。

正直ここまで多くの“笑顔の”『呪われた子供たち』を見るのは初めてだ。

 

「おやおや、相変わらずロミオ君はこの子たちの人気者だね」

 

しばらく固まっていると、不意に子供たちの向こうから声が聞こえた。

見るとそこには、あの会議の場にいた眼鏡の男―ペイラー・榊がいた。

 

「あ、あはは、は、博士!あははた、助けて、あはは助けてくれ!」

「フム、確かにちょっと話も出来そうにないね。君たち、その辺でロミオ君を放してあげてくれるかな?」

『は~い』

 

榊がそう言うと、子供たちは少々名残惜しそうにロミオを開放した。

 

「う~、死ぬかと思ったぜ」

「じゃれているだけさ、可愛いものじゃないか」

「いやまあ、そうっすけど」

 

頭を掻きつつぼやくロミオ。

それをいつもの事と流して榊はこちらに向かってくる。

 

「君たちがロミオ君の言っていた新しい子たちだね?」

 

榊の問に連れてきた子たちはおっかなびっくりに頷く。

 

「ここに住むかどうか決めるのは君たちだ。とりあえずはロミオ君に連れてもらってこの付近を散策してみると良いよ」

 

そう言ってロミオに振り返ると、彼は服の汚れを払って落としながら「任せてくれ!」と笑顔で了承した。

そのまま連れてきた子たちを先導し、ついでに先程集まってきた子たちとも一緒に集落を案内するべく歩き出した。

蓮太郎も何となくそれに付いて行こうとするが――

 

「さてと、彼女らがどうするかはまだ分からないが、私としては今は君と話がしたい」

 

そう榊に呼び止められた。

 

「済まないが、ちょっと付き合ってくれるかい?」

 

 

 

 

榊に連れられるまま蓮太郎は集落の奥にあった巨大な建物に向かった。

中に入ると無骨だが良く作り込まれたエントランスが広がっていた。

来客を迎えるためというよりも、もっと実用的で、何かの準備を行うための待合室の様な感じも受ける不思議な場所だ。

正面には受付の様なものがあり、1人の女性がいた。

 

「あ、榊博士。お帰りなさい」

「ヒバリ君、今各部隊の面々はどうしているかね?」

「えっと、第1部隊は先程第4部隊と合同で任務に出撃しました。第2 、第3部隊は継続してサテライト拠点を防衛中。『ブラッド』は討伐任務を終え、現在帰投中です。シエルさんのみ先の件の作戦立案の為自室にいます。何かありましたか?」

「フム、では『ブラッド』のメンバーは帰投が完了次第、シエル君とロミオ君も含めて支部長室に来るよう伝えてくれ」

「分かりました」

 

そんな会話を終えるとそのまま脇の階段を上がってエレベーターに乗り込んだ。

ほどなくして一つの階に到着する。

そこは短い廊下と、正面に1つ、廊下の両脇に2つの扉で構成されており、何となく身の引き締まるような空気が流れているように感じた。

そのまま正面の部屋に入ると、中は大きな執務用の机と来客用のソファ、幾つかの装飾品が飾られている部屋だった。

狼の紋章の入った大きな垂れ幕がかかった壁を背後に榊は執務用の椅子に座り徐に話を始めた。

 

「先日の会議の場で顔は合わせたが改めて自己紹介させてもらおう。私は榊。ここ、フェンリル極東東京エリア支部の支部長を務めながらアラガミの研究をしている。よろしくね」

「ッ、天童民間警備会社所属、プロモーター・里見蓮太郎です」

 

少し気後れしながらも何とか返事を返すことが出来た。

そのことに安堵していると榊の眉がピクリと動いた。

 

「蓮太郎君……そうか、君がそうなのか…」

「…?あの、俺のこと知ってるんですか?」

「ああ、時折室戸博士から君のことを聞くことがあるんだ」

 

それを聞いて蓮太郎は大いに驚いた。

あの人嫌いで引きこもりで死体しか愛せない天才(変人)がこのような交流を持っていようとは。

ただ、同時に猛烈に嫌な予感がこみあげてくる。

 

「あー、先生は俺のことなんて…?」

 

榊はフムッと一つ洩らしてから思案するような顔で告げる。

 

「確か……街中で幼女の匂いのみを嗅ぎ分ける驚異的な嗅覚と、見た瞬間に幼女のスリーサイズを正確に見抜くことの出来る並々ならぬ洞察力を併せ持つ稀代の変態紳士、と言っていたね」

「……………………………それ、どう思ってます?」

「俄かには信じられないが、アラガミやガストレアの生態系を知っている身としては、人がそういう能力を持っていても不思議ではない、といったところかな」

「お願いですからそこは信じてないって言ってください……」

 

もうあの人ホントにやだ。

まさかこんなところにまであの人の魔手が伸びているとは想像もしていなかった。

もしかすると自分の知らない所で今も着々と魔手の侵攻は続いているのだろうか…。

そう思うと目の前が真っ暗になる蓮太郎であった。

そんな蓮太郎を放って榊は話を再開させる。

 

「さて、君に来てもらったのは他でもない。例の依頼についてだ」

 

その言葉を聞き、蓮太郎も意識を切り替える。

 

「先日も言ったと思うが目標はガストレア1体のみ。ならば探すにしろ倒すにしろどちらのノウハウも持たない神機使いたちは足手まといになってしまうだろう」

「にも関わらず呼ばれたのはあなたたちの力が必要かもしれないから、でしたっけ」

「その通り。では具体的に我々の力が必要な場合とはどういう場合か」

 

榊は頷きながら話を続ける。

 

「答えは簡単。アラガミが関与する場合だ」

「では、感染源ガストレアにアラガミが手を貸すと博士は考えているんですか?」

「いや違う。もっと悪い事態だ」

「?」

「君は今のこの“エリア”というものがどのようにして出来たか知っているかい?」

 

突然質問を投げかける榊。

あまりその辺に詳しくない蓮太郎は素直に首を振る。

 

「今から10年以上前はアラガミのみが脅威として世界に蔓延っていた。あらゆるものを捕食し凄まじい速度で進化した奴らによって、世界は食い荒らされ、我々人類は滅亡の瀬戸際まで追い詰められた」

「でもフェンリルが神機を開発し、ゴッドイーターが組織されてアラガミに対抗できるようになった」

「そう。そしてアラガミと戦いながら各地に拠点を少しずつ築き、徐々に人類の活動領域を広げていった。だが10年前にガストレアが発生した」

 

そこで一拍置き何かを思い出すかのようにして再び口を開く。

 

「当時のことは良く覚えているよ。明らかにアラガミとは全く異なる生命体が人類に牙を剥くんだからね。しかも襲われた人は同じような化け物になる、地獄絵図とはあのことだね」

「………」

 

奴らが襲ってきたときの恐怖心は幼かった自分にも深く刻みつけられている。

硝煙と血の匂いを嗅がなかった日は無く、ふと横を見れば死体を炎で燃やす光景が飛び込んでくる。

そして奇怪な叫び声と共に赤い目をしたガストレアが襲ってくるのだ。

正しくあれは地獄だった。

 

「だが奇妙に思わないかね」

「…?何がです?」

「アラガミとガストレア。2つの脅威に晒されているというのに、人類は現在の様な広大とは言えないまでもアラガミだけだった時代よりも広いエリアを確保している。何故だと思う?」

 

言われてみればそうだ。

この神機使いたちの根城は東京エリアの中にあり、ここの何倍もの面積を東京エリアは持っている。

アラガミは見たことが無いが、既存の敵に加えてガストレアという新たな脅威まで出現したというのに、むしろ人間の生きるスペースが増えたというのは腑に落ちない。

であればそこには何か原因がある。考えられるのは――

 

「……人類だけでなく、アラガミとガストレアはお互い同士でも敵だった?」

 

ニコリ、と榊は笑んだ。

 

「そう。不思議なことにガストレアは出現当時、人類だけでなくアラガミに対しても積極的な攻勢を仕掛けていたんだ。それに呼応するようにアラガミもガストレアを攻撃し始めた。するとどうだろう、それまでの時代よりも結果的にアラガミによる被害が減ったんだ」

「アラガミの被害が…?」

「そう。今までの人類対アラガミの構図に新たにガストレアが加わることによって三つ巴の様相になったんだ。結果的に双方からの人類の被害が減り、これをチャンスと思い負担の減った神機使いによってガストレアの方もある程度対処しつつ、現在のエリアを確保するようにモノリスが設置された。そして設置が完了する頃、アラガミとガストレアの対立もある均衡が生まれつつあった」

 

蓮太郎は初めて知るアラガミとガストレアの関係に非常に興味をそそられた。

 

「モノリスの外は現在3つの領域に大別できる。1つ目は『未踏査領域』。主にガストレアが闊歩する土地だ。興味深いことに奴らが闊歩する土地は植物が入り乱れると共に、それらの異常成長も観測されている。今ではその領域は不気味なジャングルの様になっているだろうね。2つ目は『捕食領域』、アラガミの住む領域だね。こちらは未だに世紀末の様に荒れ果てている土地が殆どだ。そして3つ目、最も危険な『混在領域』。これは他の2つの領域の狭間にある領域でアラガミとガストレアの殺し合いの場だ。目まぐるしい速度で環境の異常成長と捕食が繰り返され、そこかしこで日々お互いを殺しあっているよ」

 

そこまで聞いたとき蓮太郎の頭に疑問が浮かんだ。

 

「待ってくれ。殺し合うって言ってもガストレアに体液を送り込まれたらアラガミでもガストレアになって終わりなんじゃ…?」

「良い所に気付いたね。そう、面白いのはそこなのさ」

 

まるで出来の良い生徒を褒めるかのように、ますます饒舌になる榊。

 

「ガストレアは確かに体内に存在するウィルスを対象に送り込み数を増やす。ではそのウィルスは具体的にどうやって宿主のガストレア化を促すのか、民警である君なら良く知っているだろう?」

「ああ、ガストレアウィルスは感染すると宿主のDNA情報を読み取り、自分に合ったようにそのDNA情報を書き換える。そしてその浸食率が50%を超えると形象崩壊を起こし、ガストレアになる」

「その通り!…ではそんな君に聞こう。生物はDNA情報を書き換えられガストレアになる。ならばD()N()A()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「?!」

 

蓮太郎は酷く混乱した。

DNA情報を持たない生命体?

そんなものウィルスなどを除けば存在しないはずだが…。

 

「答えは“ガストレア化しない”。当然だね、書き換えるための情報がそもそも無いのだから。そしてアラガミを構成するオラクル細胞はDNAを持っていないのさ」

「なっ?!」

「オラクル細胞はそれひとつで生命活動が完結しており、我々のような生物とは根本的に構造が違うのさ。結果としてガストレアウィルスに感染しないという特性が出来た」

「そんな、ことが……」

「あるのさ。そして感染が効かないのならばガストレアにとってアラガミを倒すには物理手段しかない。しかしオラクル細胞の細胞結合力の前には並みの攻撃では歯が立たない。結果として有効なのはその重量を生かした押しつぶし位だ」

 

あのガストレアウィルスに感染しない存在。

俄かには信じられないことだった。

 

「しかし一方でアラガミもガストレアの驚異的な再生能力に手を焼いているのさ。しかもガストレアの皮膚の硬度も洒落にならないくらい硬いから、たとえアラガミでも急所の脳を破壊したりするのは骨が折れる。そうやってお互いに『混在領域』で殺し合っている間に我々人類は体勢を立て直した、というわけさ」

 

 

 



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第13話 同盟

待っていてくれた方、お待たせいたしました。


「さて、今までの話を踏まえた上で本題の方に戻ろうか」

 

榊はそう言うと改めて表情を引き締め蓮太郎を見つめる。

目標(ターゲット)のガストレアは恐らく単因子の蜘蛛型(モデル:スパーダー)。にも拘らず未だに目撃報告すらもないそうだね」

「あ、ああ。そうだ…です。なので俺は先生とも相談して擬態やカムフラージュの方向で探ろうかと思っている…ます」

「フフ、慣れないなら無理に敬語はいいよ。話し易い様に話してくれて結構だ」

 

その言葉を聞いて蓮太郎の肩から多少力みが取れる。どうにも敬語は苦手だ。

 

「方針が既に確定しているなら私から君に言うことは一つ。ガストレアがモノリスの結界の外に逃げる前に撃破して欲しい」

「……どういうことだ?」

「君が“アラガミがガストレアに手を貸すのか”と訊いた時に私は“もっと悪い事態になる”と言ったね。それについてさ」

「既に感染爆発が起こるかもしれない上、大絶滅まで引き起こされかねない状況だってのに更に悪いってのかよ…?」

 

怪訝そうに言う蓮太郎に対し榊は頷きながらも話を進める。

 

「仮に目標が結界の外に出たとしよう。そこからのガストレアの行動は大雑把に2つに分けられる。即ち『未踏査領域』に向かうか、それとも『混在領域』に向かうかだ」

 

ある意味、外の3つの領域はそれぞれの『国』としても認識できる。

アラガミの国である『捕食領域』。

ガストレアの国である『未踏査領域』。

国境かつ領土戦の最前線の『混在領域』。

わざわざ単身で『敵国』のど真ん中に行く者などそうそういないだろう。

 

「『未踏査領域』に向かったのならまだいい。探すのが少々骨だが見つけてしまえば撃破→ケース回収で依頼完了だ。問題は『混在領域』に向かった場合だ」

「確か、アラガミとガストレアが常に殺し合っているヤバイ場所…」

「そんなところに只のステージⅠが紛れ込んだとしてもアラガミに喰われてお終いだろう」

「アラガミに、喰われて………っ、まさか」

 

何かに気づきハッとする蓮太郎。

 

「そう。ガストレアに取り込まれていると推測されるケースも同じく喰われてしまうだろうね」

 

榊も眉間に皺を刻みながら答える。

『取り込まれる』とは生物(主に人間)がガストレアになるとき、その時着ていた服や持ち物がガストレアの体内に巻き込まれることだ。

 

「ケースの中身は大絶滅を引き起こす封印指定物だぞ…そんなモンが壊れたりしたら何が起こるか分かったもんじゃねぇ!」

 

“封印”ということは下手に壊したりすることが出来ず、そうする以外に手立てが無かったのだろう。

それを壊すということは言うなればそれを未来永劫“封印”すら出来なくする、ということに他ならない。

 

「残念だが蓮太郎君、その考えは少しばかり違うね」

 

冷や汗が伝う中、追い打ちをかけるかのような榊の言葉が蓮太郎の耳に届く。

 

「私はケースもろともアラガミに()()()()、と言ったんだ」

「あぁ?!それと壊れるのと何が違うって――」

 

 

 

『オラクル細胞の最も特筆すべき特徴はあらゆるものを『喰う』ことが出来るという点だ』

 

 

 

不意に。

つい最近聞いた菫の講釈が頭の中で再生される。

 

『それが有機物だろうと無機物だろうと超有害の核廃棄物だろうとお構いなしにな。そして喰った物の情報を自らに取り込み、学習し、進化する』

 

 

(喰う…取り込み……)

 

 

『そうして多様な進化を遂げたアラガミによって人の文明は一度崩壊した』

 

 

(進、化………ッ!!)

 

 

頭の中で最悪のビジョンがジグソーパズルを完成させていくかの様に浮かんでいく。

蓮太郎の顔色の変化で答えに辿り着いたことを悟ったのだろう。最後のピースを榊が口にした。

 

 

 

「アラガミがケースを喰らい、その情報を取り込んだ場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これが私が予想する最悪の結果だ」

 

 

 

一瞬、頭の中が真っ白になり何も考えられなくなる。

封印指定物の特性を持った生命体が種として生まれてくるなど冗談にしたって質が悪い。

だが目の前の、アラガミという生命体を最も良く知るであろう人物に真剣極まりない表情で言われれば、それが冗談などでないことはすぐに分かる。

 

「もっとも可能性の話だからそうなる確証は無い。そしてそんな可能性にあの男(蛭子影胤)がかけるはずもないだろう。奴もあくまでガストレアを撃破してケースを回収し、自分の手で『遺産』を使おうとするだろうね」

 

可能性の話と言われても、もしかしたらそうなるということだ。

ハッキリ言って安心できる材料が全くない。

 

「どうにか、なんねぇのか…」

 

知らず漏れる呟きにしかし目の前の男は不敵に笑って見せる。

 

 

 

「どうにかするために我々がいるんじゃないか」

 

 

 

コンコンッ

 

その言葉を合図にするかのように扉がノックされる。

榊が入室を許可すると複数の人影が中に入ってきた。

 

「失礼します、『ブラッド』隊長 ジュリウス・ヴィスコンティ、以下隊員各位入ります」

 

入ってきた人物は全部で6人、男4人と女2人。

目の前で断りを入れたのはあの会議の場にもいた茶の入った金髪の青年だった。

 

「良いタイミングだ。丁度話も一区切りしたところなんだよ」

 

一体なんだと思いながら入ってきた人物を見ていると、ジュリウスと名乗った青年の他にも知っている顔があった。

まず先程別れたロミオ。こちらの視線に気づいたのかニッと笑って手を振ってきたので軽く頭を下げて会釈。

そしてもう一人。

黒い軍服の様な服装の黒髪の少年、神斬ジン。

彼もこちらに気付いているようだが目を細めてジッと見てくるだけだった。

そんな風に眺めてると榊の声が耳に入ってきた。

 

「蓮太郎君、紹介しよう。次の作戦で君たち民警と共に戦うことになるだろうメンバーだ」

 

ハッとして榊の方を向く。

ニコリと笑いながら榊は続ける。

 

「確かに我々(神機使い)だけでは今回のガストレア討伐は絶対に不利だ。そして君たち(民警)だけではアラガミが現れた場合の対処等は難しい。であるならば、手を組むのが妥当だろう?」

 

確かに言う通りだ。実際それを想定して政府も彼らをあの会議に呼んだのだろう。

だが――

 

「俺個人に言うよりももっと大勢に、いやもっと大手の民警に話をした方が良いんじゃないのか…?」

 

あの場には自分たちよりも遥かに強力なペアを抱える民警が多くいた。

彼らに協力を仰ぐ方がより確実のはずだ。

だがその考えはすぐさま否定される。

 

「勿論他の民警にも声をかけたのだがね、皆話も聞かず『必要ない』と言われて門前払いだったよ」

「あー……」

 

何となくその光景が目に浮かぶ蓮太郎。

民警は暴れることを目的とした犯罪者の様な輩も数多くおり、またそれ故に他の民警と手を組むことは殆どない。今回の様な大規模な依頼では別かもしれないが、完全に足並みが揃うなど絶対に有り得ないだろう。

民警同士でさえそんな状態なのに、全く職種の違う者たち(ゴッドイーター)と手を組むなど塵ほども考えないだろう。

 

「その点、君のことは室戸博士やジン君たちからも聞いていたからね。ロミオ君が君と一緒にいると聞いてこうして話をしたというわけさ。因みに天童社長にも既に話は通してあるよ」

 

成程、と蓮太郎は納得した。

どういう評価かはともかく多少なりとも情報が分かっている相手の方が彼らにとっても都合が良いだろう。

そして蓮太郎としても彼らの実力の一端を知っているので心強い。

そんなことを考えていると目の前にジュリウスが進み出てきた。

 

「俺たちも榊博士から話は聞いている。先日の会議で顔を合わせたが初対面の者もいるので改めて自己紹介させてほしい。俺はジュリウス・ヴィスコンティ。フェンリル極致化技術開発局所属『ブラッド』隊の隊長を務めている。次の作戦ではよろしく頼む」

 

そう言って右手を差し出してくるジュリウス。

非常に落ちつた態度と言い、若くして隊長という貫禄が滲み出る立ち居振る舞いだった。

 

「天童民間警備会社所属 プロモーター・里見蓮太郎。こちらこそよろしく頼む」

 

真っ直ぐに見てくる目を真っ向から受け止めながら握手を交わす。

既に分かっていたことだがかなりの好人物の様だ。

握手を終えると、次に一人の少女が進み出て来た。

蓮太郎よりも少し年下に見え、解けば長いであろう銀色の髪を側頭部の高い位置で両側にリボンで結っていた。ちょっとした変則ツインテールのように見える。

顔立ちは整っており間違いなく美少女の部類に入るのだろう。

表情は乏しくまるで能面の様にも見えるが、近寄りがたい感じは受けずむしろ柔らかい印象を受けた。

ゴシック調の白のブラウスで木更に勝るとも劣らない豊満な胸を包み、深緑色のミニスカートを着用している。

 

「『ブラッド』隊所属、シエル・アランソンです。隊の中では作戦立案等を担当しています。民警の方々との共同作戦は初めてなので、至らぬ点があれば教えてください」

 

ピシッと敬礼しながら話すシエル。どうやらかなり堅苦しい性格らしい。

 

「俺たちも神機使いとの共同作戦は初めてなんだ。まあ、お互いうまくやろうぜ」

 

苦笑しながらこちらから手を差し出す。

暗に肩の力を抜いてくれていいというニュアンスで言うと、それを察してくれたのか僅かながらも柔らかく微笑みながら握手を返してくれた。

シエルと握手を終えると、今度は背の高い男が目の前に来た。

 

「ギルバード・マクレインだ」

 

それだけ言って同じく握手の為の手を差し出す。

この中で最も長身の彼を簡単に表すならば『頼れる兄貴』と言ったところか。

黒の長髪から覗く眼光は鋭く、左頬には一筋の傷跡がある。

紫色を基調とした帽子と同色の短い上着を羽織り、動きやすそうな黒のジーパンを穿いている。

仕事の関係上多くの荒くれ者を見てきた蓮太郎だが、並みの奴らでは目の前の男には歯が立たないだろうという確信があった。

そのせいか、少し吃り気味になってしまった。

 

「あ、ああ。よろしく頼む、マクレインさん」

 

その返事を聞いたギルバードはフッと笑い―

 

「ギルでいい。こちらこそよろしく頼む」

「…ああ!」

 

そう言って蓮太郎の手を握った。

やはり最初の『頼れる兄貴』という印象は間違ってなかったらしい。

 

「はいはぁーい!次は私だね!」

 

ギルの挨拶が終わってすぐに少女の声がした。

そちらに目をやった蓮太郎は思わず吹き出しそうになったが何とかこらえることに成功する。

 

「私は香月ナナ、ナナって呼んでね!」

 

少女―ナナは屈託ない笑みを向けるが蓮太郎は正直それどころではなかった。

恐らく同じくらいの年だろうナナはまるで猫耳の様に見える特徴的な髪型をしており所々を×印の様な髪留めを付けている。

別にこの髪型で吹き出しそうになったわけではない。問題は服装だ。

フード付きのかなり丈の短いピンクのノースリーブコートと、腿の付け根が見えるのではないかというほど際どいショートパンツ。インナーに至っては胸を隠すように申し訳程度に布があるだけだ。

総じて肌色率が多すぎる。

冷や汗を流しつつどう対応するのがベストか真剣に悩んでいると――

 

「はい!お近づきの印に、これどうぞ!」

 

そう言って何かを手渡された。

見るとそれは奇妙なパンだった。

簡単に言うとホットドッグでおでんを挟んである得体のしれないものだ。

 

「……あの、これは…?」

「お母さん直伝!ナナ特性のおでんパン!すごく美味しいからお替わりが欲しかったらいつでも言ってね!」

 

そのまま下がっていくナナ。どうやら彼女にとって()()を渡すのが挨拶の流儀らしい。

唖然としているといつの間にか目の前にロミオがいた。

とりあえずおでんパンは少しの間忘れよう。

 

「さっき話したばっかだけどもう一回な!俺はロミオ・レオーニ、ロミオって呼んでくれ!」

「ああ、よろしく」

 

こちらも良い笑顔で握手をしてくれた。

彼についてはここに来るまでに多少話しているので、人柄についてはある程度知っている。

なのでちょっと別のことを訊いていた。

 

「なあ、さっきの子たちは…?」

 

一緒に来た子供たちのことを訊くと、

 

「ああ、全員ここで暮らすってさ。面倒はこっちで見るから安心してくれ!…あ、勿論何時でも様子見に来てくれていいぜ」

 

と胸を張って答えてくれた。

 

「そうか…良かった」

 

ここにいた子供たちにも懐かれていたようだし、彼に預ければ心配ないだろう。

そう思っていると最後の一人が蓮太郎の前に来た。

 

「なんか、ホントにここ最近よく会うなオイ…」

 

ポリポリと頭を掻きながらぼやくジン。

物凄く面倒くさそうにしていた彼だったが一つ溜息を吐いて自己紹介を始めた。

 

「…神斬ジン、呼び方は適当に呼んでくれ。但し…妙な呼び方だった場合は張り倒すぞ」

「お前が言うな…」

 

ゲンナリしながらもお互い取り敢えず握手はしておく。

 

 

 

榊博士が見守る中、ここに対アラガミ討伐部隊(ゴッドイーター)ガストレア対策のスペシャリスト(民間警備会社)が正式に同盟を結んだ。

 

 

 

 




これからちょいちょい私事が入ると思いますので、また更新は不定期になりそうです…。
それでも読んでくれるという方は、気長にお待ちいただけると幸いです。


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第14話 猿狩り

地平線に太陽が沈み、空が茜色から濃い紺に移り行く頃。

辺りはどんどん暗くなっており、少し冷え込んできている。

そんな中、大型のトラックで荒れた土地を爆走しながら蓮太郎は思う。

 

(どうしてこうなった…?)

 

今トラックに乗っているのは蓮太郎以外に4人。

運転席で豪快にトラックを駆るナナ。

タブレットで何事かを頻りに確認するシエル。

激しい揺れをものともせず寝るジン。

そして蓮太郎の向かいに座って一方的に話すロミオだ。

因みにジュリウスとギルは別行動で今はいない。

ロミオに気付かれない様にこっそりと小さく溜息を吐く。

 

事の発端は数十分前。

互いの紹介を終えた所で先ほどの受付の女性(ヒバリというらしい)から連絡が入ったのだ。

曰く、この支部に向けてアラガミの群が接近中。

出動できる部隊は『ブラッド』というジンが所属する部隊しかないらしい。

それを聞いた後の動きは驚くほど早かった。

まず、群の規模や構成するアラガミの種別の特定。

どうやら“コンゴウ”というアラガミが20匹ほどの群れでいるらしい。

幸いなのはそれ以外の種が付近にいなかったことだとか。

次に作戦だが、至ってシンプルなモノだった。

2手に分かれ、片方に注意を向かせておいてからもう片方が背後から接近し、挟み撃ちで殲滅する。

囮を派手にするために陽動班はジン、ナナ、ロミオ、シエルの4人。

背後からの奇襲をジュリウスとギルが担当する。

その他細々としたものはザックリと決め、すぐさま出撃という形へ。

仲間外れ状態で出撃を見送ろうとした時、ジンが何事かを榊博士に吹き込んでいた。

話を聞いた博士は一つ頷く。どうやら何かの提案の様なものが通ったらしい。

なんてことを考えている間にジンに襟首を引っ掴まれ、有無を言わせない力強さでトラックに乗せられ今に至る。

説明を求めようとしたがトラックに乗って早々ジンは寝入ってしまい何も聞けなかった。

こちらの緊張や不安を軽減させる為なのか、それとも単に自分が喋りたいだけなのか分からないがひたすら喋り倒すロミオ(内容はシプレやユノがどうとか)に適当に相槌を打つ蓮太郎であった。

 

 

すっかり辺りが暗くなった頃、トラックが止まった。

頭上に緑化した月が出ているおかげで明かりが多少確保されているが、それが無かったら何も見えないだろう。

トラックが止まるのと同時にジンが身を起こしたのですかさず問い詰める。

 

「おい、いきなりこんな所に引っ張ってきやがって…一体どういうつもりだ?!」

「……五月蠅ぇな、少し静かにしろ」

「あぁ?!なんだとテメ――」

「“コンゴウ”は聴覚が鋭い。説明してやっからちと黙れ」

 

流石に何も伝えられない状態で拉致同前で連れてこられては堪ったものではない。

そのせいで怒鳴り声になってしまったが、ジンはぶっきらぼうに静かにするよう促す。

堪らず再び食って掛かりそうになるが、説明すると言うので取り敢えず一度口を噤んだ。

他のメンバーも何故ジンが蓮太郎を連れて来たのか知らないため、全員がジンの言葉に耳を傾けていた。

 

「俺たちは仕事柄、今の様にモノリスの結界の外の『捕食領域』で活動することが殆どだ。でもお前たちは逆にモノリスの外に出ることなんて殆どないだろ?」

「…そうだが、それが何なんだ?」

「基本的にアラガミはモノリスに近づく前に俺らが駆除しているからな。恐らく、お前らアラガミを見たことないだろ?」

 

そう聞いてくるジンに頷き返す蓮太郎。

ここまで言われると何となく彼が蓮太郎を連れ出した目的が見えてきた。

 

「つまり…俺にアラガミがどんなもんか見せるために連れ出した、ってわけか」

「イエス。今度の作戦の前に一度見といた方が良い。その見るにしても資料とかで見るよりも生で見た方が断然良いからな」

「だが、それで言ったらお前らもガストレアを見る機会なんてあまりないだろ?」

「偶に『混在領域』付近まで行くこともあってな?遠目にガストレアを見かけることもあるんだわこれが」

「成程ねぇ…」

 

返事を返しつつやっと合点がいった蓮太郎。

この前の蜘蛛型(モデル:スパイダー)との交戦時、いくら他の異形の化け物で慣れているとはいえガストレアは初見で突っ込むには勇気のいる容姿をしている。

臆面も無く電柱を生け花よろしくぶっ刺せたのはある程度見慣れていたからだろう。

 

「つう訳でお前はここで見学な」

 

言いながらジンは何かを投げて寄越してくる。どうやら暗視ゴーグルの様だ。

 

「あ?俺も一緒に戦うんじゃないのか?」

 

疑問に思ったことを訊くと周りの4人全員から『何言ってんだコイツ』的な目を向けられた。

 

「え、なに…?」

「アホか、アラガミには神機しか通用しないの知ってんだろ?」

「あ」

「出て来たところでアラガミのおやつにしかなんねぇから絶対にトラックから出るな」

 

ジンに念を押されていると今まで黙っていたシエルが会話に入ってきた。

 

「ジン、少しいいですか?」

「ん?何?」

「蓮太郎さんをトラックに残すとして、私たちがいない間にトラックがアラガミに襲われる可能性は大丈夫なんですか?」

 

尤もな質問にしかしジンは慌てた様子もなく答える。

 

「大丈夫だ。いつも通りアラガミの知覚範囲外の所にトラックは止めてあるし、最近実装された新しい装備もある」

「え、もう実装されたんですか…?」

 

若干驚きながら問うシエルに頷きながらジンはトラックの運転席、そのサイドブレーキ付近にあるレバーを指し示す。

 

「いいか、俺たちがトラックを降りたらこのレバーを手前に引け。そうするとトラックの周りに特殊なフィールドが展開される」

「特殊なフィールド…?」

「ああ、『ステルス・フィールド』っつってな。スナイパー型の遠距離神機使いの為に開発された機構なんだが、簡単に言やアラガミのあらゆる知覚に引っかからなくなる。それを神機だけでなく車にも搭載したって訳だ」

「マジか?!それ、かなり凄いことなんじゃ…」

「勿論万能じゃねぇよ。車が走っている間は使えねえし、アラガミに捕捉されている状態でも無理だ。それに使うにはまだ燃費が悪い、まだまだ改良の余地のある代物だ」

 

それを差し引いても凄い技術だと思う。

もしこの技術を神機使い以外、民警にも使えるようになれば遥かに安全にガストレアと戦えるのではなかろうか。

だが、この手の技術は大抵オラクル細胞を用いているはず。そのように使えるようになるかは怪しい所だろう。

そんな考察をしているとジンが通信をしており、先に渡されていたインカムから内容がこちらにも聞こえてきた。

 

「こちらブラッドβ。目的地に到達、いつでも行けるぞ」

『こちらブラッドα。同じく目標地点に到達、抜かりは無い』

「了解。極東支部、応答を」

『はい、こちら極東支部。各種計器、システム、バイタル、オールグリーン。目標は5分後作戦エリアに到達予定です』

『ブラッドα了解。ブラッドβ、聞こえるか』

「問題ない」

『よし、作戦は先程シエルが伝えた通りだ。交戦のタイミングはジン、お前に任せる』

「了解」

『お前たちなら心配ないとは思うが、無茶だけはするなよ』

「ホントに無駄な心配だな隊長殿。むしろ心配なのはそっちが合流する前にこっちで始末し終えちまうかも、ってことだな」

『フッ、相変わらず頼もしい奴だな、副隊長。では作戦エリアで会おう』

 

そこで通信は切れた。

周りでは既に3人とも各々の巨大な武器を構え、準備万端だった。

獲物はそれぞれ、ナナがハンマー、ロミオがバスターソード、シエルが短剣(短剣と言っても神機なので普通の刀剣くらいのリーチはある)だ。

ジンも装備を終えたようだ。

装備は前に見たとおり巨大な剣だ。ただ、大きさ的にはシエル以上ロミオ未満と言ったところだが。

 

「さて……そんじゃまあ、猿狩りを始めますかね」

 

不敵に笑うジンの言葉を皮切りに、

 

「“コンゴウ”系統は結合崩壊を優先しましょう、攻略の鍵です」

 

シエルが淡々と注意事項を述べ、

 

「ウッホッホー、ウッホッホー!」

 

ナナがノリノリで謎の歌を歌い、

 

「よっしゃ!いっちょやろうぜ皆!」

 

ロミオが笑顔で締めて皆に活を入れ、全員がトラックを降りて戦場に向かった。

それを見送ってからレバーを引き、安全を確保した蓮太郎の口から出たのは――

 

「……あいつ、副隊長だったのか?!」

 

――という今更な驚きの声だった。

 

 

 

 

 

『黎明の亡都』

今回の作戦エリアはそう呼ばれている『捕食領域』内の廃墟の一つだ。

アラガミが襲いくる前はこの付近は植物園だったらしく、アラガミがいる土地には珍しくある程度の植物が茂っている他、広大な庭園や水辺が存在する。

付近には図書館もあり、その中には大部分の書籍が当時のまま残されていた。

だがそこに人の姿は無く水辺には横倒しになった建造物が埋没し、かつての美しい景観はアラガミの襲撃によって見るも無残な姿へと変わってしまっていた。

そんな荒廃した地に今は4人の人影がある。

その中の一人――ジンは無線で通信をしていた。

 

「こちらブラッドβ、展開完了。ヒバリさん、目標は?」

『目標は5,6匹ほどのグループで移動中、第一陣が約20秒後に作戦エリアに侵入します。侵入エリア情報を送信します』

 

その声が聞こえるなり左目に付けた超小型ディスプレイに、作戦エリアの地形と現在地、そして(アラガミ)の予測侵入地点の情報が表示される。

現在自分たちがいるのは開けた場所にいるが、どうやら敵は図書館方面から来るらしい。

素早く遮蔽物の陰に移動し、ジッとアラガミが来るであろう方面を睨みつける。

待つこと暫し、何か巨大なものが歩いてくる足音が響く。

その音に警戒を最大に引き上げながら近接型神機の柄を握っていると――()()は現れた。

ズングリと丸い胴体、人の胴体ほどの太さがあるのではないかという程の双腕、それに比して足は短く、四足歩行する様は逞しい体躯も合わさって猿人の様に見える。

尻尾は長く、先端だけが鋭くなっており、背中にパイプ状の器官を備え付けている。

顔面は何かの面を付けているようにも見えるが、口元だけが不自然なくらい大きく開いていた。

 

“コンゴウ”

聴覚に非常に優れ僅かな物音にも反応する為、集団による乱戦になることが多い中型種のアラガミだ。

今視界に映っているのはそんな敵が5匹。

後ろで同じく待機している仲間にハンドサインを送り、インカムに付けられている無線通信のボタンで言葉を発することなく遠隔地の仲間に信号を送ると同時、駆け出す。

即ち―

 

(交戦、開始……!)

 

――先手必勝!

背を向けいていた一匹に猛然と迫り跳躍。こちらに気付き振り返るより先にまずは背中のパイプ状器官を斬り飛ばす。

その時点でようやくジンたちの存在に気付いたコンゴウたちは雄叫びを上げながら反撃を繰り出そうとする。

しかしジンは疾走と跳躍の速度を落とすことなく、斬り付けたコンゴウを足場にして再び即座に跳躍。

更に前方にいた二匹の間を高速で駆け抜け、すれ違いざまに其々の脚を一本ずつ斬り飛ばす。

堪らず体勢を崩し地に伏せる二匹だが、敵はそれだけではない。

最初に斬りつけた個体が背後から、無傷の個体二匹が左右からそれぞれジンを襲いにかかっていた。

だが彼は焦ることなく勢いのまま更に前進することで左右の挟撃と背後からの攻撃から脱出する。

当然追撃を仕掛けようとする三匹だが――

 

「ドッカーンッ!」

「おりゃぁ!」

 

そんな掛け声と共に左右から迫っていた二匹の背後から、ナナとロミオがそれぞれの神機を目一杯横に振り回す。

するとどうなるか。

ジンの背後から迫っていた一匹はまるで左右の二匹に潰されるかのようにサンドされる形となった。

衝突の衝撃で一時的に動きが完全に止まったコンゴウたち、そのそれぞれの背中の器官は今までの攻防で三匹とも完全に破壊されていた。

そしてそんな隙を逃すはずもなく、3条のレーザーが殺到する。

レーザーは背中にある傷口から侵入し、体内から顔を貫くような挙動でコンゴウの命を刈り取った。

レーザーの発射元は後方でスナイパータイプの遠距離神機を構えていたシエルだ。

得意のバレットエディットで自作した弾丸は威力だけでなく、トリッキーな弾道を作り出すことによってあらゆる場面で活躍する。

 

『オラクル細胞の停止を確認、コンゴウ三体を撃破しました』

 

ヒバリの通信で完全に撃破したことを確認した後、彼女は再び神機を構え直し、片足で何とか移動を試みようとするコンゴウ二匹を残った脚を狙撃することで妨害する。

 

「よっしゃ!副隊長は撃破した奴のコアの摘出を頼む!」

「私たちは残った敵を倒してくるね~!」

「了解」

 

既に神機から黒い咢を出現させ倒し終えたアラガミを捕食するジンに向け、ロミオとナナは素早く残党へと駆け出す。

尤も、ジンによる脚の損傷とシエルの正確無比な狙撃によって機動力を大幅に削がれたコンゴウが、バスターソードとハンマーの餌食になるのに時間はかからなかった。

 

『交戦外のコンゴウが戦闘音を感知、音の発生地点に向けて移動しています』

「了解」

『ジュリウスさんたちも群れの一部、5匹を引き離して撃破しましたが、残りの群れの個体が全て集結します!到達予想まで30秒です、気を付けてください!』

 

通信が聞こえておよそ30秒後、先ほどの2倍のコンゴウが目の前にいた。

既に発見されている状態なので奇襲は出来ない。

むしろ数を生かしてこちらを包囲するかのように迫ってきていた。

コンゴウで厄介なのはまるで意思疎通が出来ているかの様に纏まった行動が出来る点だ。

しかし、10体もの中型種に囲まれているにも拘らずジンたちに焦りの色は無かった。

コンゴウたちが今まさに彼らを喰らおうと飛び掛かる瞬間、いきなりそのうちの二匹が絶命した。

二匹はそれぞれ、背後から腹部を巨大な剣と槍によって貫かれていた。

何が起こったか他の敵には分からなかったようだ。

混乱が収まらない内に剣と槍は新しく2つの屍を手早く作り上げていた。

 

「無事か、お前らっ!」

「グッドタイミングです」

 

突き刺した槍を引き抜くギルにシエルが応え、

 

「皆、一気に行くぞ!」

「オッケ~、いっくよ~!」

 

剣を振って血糊を飛ばしながら発するジュリウスの鼓舞にナナが乗っかる。

ギルとジュリウスがそれぞれの得物を構えると同時、ロミオが上に向けてスタングレネードを投擲。

強烈な閃光がアラガミの視覚を奪っている間に囲まれていた4人は脱出し、合流した2人と合わせて逆に敵を包囲する。

そして距離を取り、視覚が回復しきっていない敵に向けて――

 

「…くたばれや!」

 

一斉に遠距離型神機で弾丸をばら撒いた。

時折シエル特製のバレット(敵を爆破する弾など)を混ぜながら撃ち続けること約1分、集中砲火に晒されたコンゴウたちは揃って地に伏せ二度と動かなかった。

 

『敵勢力の殲滅を確認、任務完了です。皆さんはやっぱり頼もしいですね!』

 

そんなヒバリの任務完了の通知を聞きながら、特殊部隊『ブラッド』は各々ハイタッチを決めていた。

 

 

 

 



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第15話 問い

「イエ~イ、任務完了ぉ~!」

「楽勝だったね!」

 

任務先からの帰投中のトラックの中、ナナとロミオの明るい声が響く。

先の討伐戦を終えると、『ブラッド』は任務完了の旨を支部に伝えた後、回収素材を簡単に拾い迅速に帰投した。

そしてその任務はロミオの言う通り、傍目から見ても『楽勝』であったと評せる。

 

「コンゴウ20匹相手に討伐時間もそこまでかかっていないし、人的被害も無し。フルメンバーでやれば、まぁこんなもんか」

「むしろ当然の結果かもしれませんね」

 

行きとは違いトラックを運転しながらジンが呟くと、助手席に座っていたシエルがタブレット端末を弄りながら微笑んで答えた。

ジュリウスとギルは行きに使った別の車で移動しているのでトラックの中にはいない。

そしてそんな話し声を聞きながら蓮太郎は物思いに耽っていた。

 

(あれが、アラガミ……)

 

初めて見たアラガミは蓮太郎の想像の上を行っていた。

ガストレアと同じく人よりも遥かに巨大な体躯、普通の生命体では考えられないような奇妙な能力を有し、種にも因るらしいが徒党を組んで人を襲う化け物。

そしてその襲う理由は、ガストレアのように“襲った結果として種を増やす”のではなく、“空腹を満たすため”という最も原始的な欲求から来るもの。

蓮太郎はそのことに一番恐怖を抱いていた。

ハッキリ言えば悍ましさで言えばガストレアの方が上だ。目の前で被害者が異形に変わっていく様は生理的嫌悪を呼び覚まして止まない。

だがアラガミはまた違う。

ただ飢えを満たす、そのためだけに人を喰う捕食者。

根源的で、生命体なら誰しもが持っているだろうありふれた欲求にのみ従う異形。

そしてその欲求は、なまじ単純であるが故に強いものだ。

空腹の獣ほど怖いものは無いと聞いたことがあるが今までピンとこなかった。

だがそれは今日、明確に形になった。

腹を空かせたあんな化け物は絶対に相手にしたくないと思う。

蓮太郎の中でアラガミは、ガストレアと等しく恐ろしい存在であると認知されていた。

そして、そんな恐ろしい相手を難なく屠った者たちのことを考える。

 

(……神を喰らう者(ゴッドイーター)、か)

 

強かった。

あの戦闘を見た感想は単純にこれしか出てこなかった。

先日の会議に続いて彼らの戦いを改めて見たが、個々人の戦闘力はやはり凄まじいものがあった。

巨大な神機を軽々と扱い、それを所持したまま途轍もない速度で駆け出す。

一撃で相手の部位を斬り飛ばし、叩き潰す。銃撃もお手の物だった。

何より目を見張ったのは美しさすら感じる連携の上手さだ。

奇襲、陽動、アシスト、トドメ。

他にもあげれば色々あるが、各々の役割をしっかり理解しそれを各々が完璧にこなしていた。

しかも1人1人がその役割に固執するのでは無く、状況に応じて適宜判断し、自然にその場に応じた自分の最適な役割を全うする。

あれほどの連携はそうお目にできるものではないだろう。

 

(頼もしい連中だなこりゃ…)

 

今度の作戦は彼らと合同で行う。

非常に頼れる戦力が増えて心強い一方で、自分もまたしっかりと戦力になろうと思った蓮太郎であった。

 

 

 

 

極東東京エリア支部、通称『アナグラ』に帰投した蓮太郎とジン達。

夜も大分深まったというのに、エントランスは何故か行き以上に騒がしかった。

 

「なんだ?また何かあったのか…?」

「…分からん。が、良い予感はしねぇな」

 

蓮太郎の問いかけに曖昧に答えるジン。

そしてその答えは別の所からもたらされた。

 

「おーい、皆!」

 

漠然と呼びかけられる男性の声がするが、どうも自分たちの集団の事らしい。

声がした方に振り向いた先には1人の青年と2人の女性がいた。

青年の方は黄色いシャツの上から白いコートを羽織り、頭には同じく蜘蛛の模様の入った黄色いバンダナを巻いている。

蓮太郎には見覚えのある、先日の会議で最後に銃をぶっ放した青年だ。

女性の方は少女とその付き添い、といった感じだった。

少女の方は白いノースリーブのワンピースを着て、栗色の髪を腰辺りまで伸ばしている。

顔立ちも非常に整っており、若干幼さを感じる表情の中にはしっかりとした芯を持つ凛々しさも兼ね備えていた。

もう一人の女性は全体的にジンとはまた別の黒を基調とするシックな服装をしている。

髪は明るい茶髪をショートカットにし、眼鏡の奥から覗く視線は鋭い。

仕事の出来る女という言葉がピッタリと合う容姿だった。

 

「いやー丁度良かった、帰って早々で悪いんだけど手伝ってくれ!」

「コウタ隊長、一体何が?」

 

ジュリウスが代表して聞くと青年――藤木コウタは何があったかを簡潔に説明し始めた。

 

「サテライト地点の一つに『赤い雨』が直撃した」

「!」

「すぐさま避難勧告は出したけど、逃げ遅れた数人が『黒蛛病』を発症したんだ」

 

その話を聞いていた蓮太郎は思わず息を呑んでしまった。

黒蛛病。

ここ半年、極東地域で観測される赤い色をした雨に触れると高確率で発症する謎の病だ。

黒蛛病にはいくつか段階があり、感染初期は風邪に似た症状が表出し、病状の進行に伴って身体機能の著しい低下や吐血などの症状が見られるようになり、患者は次第に衰弱していく。

この段階で衰弱死してしまう患者が殆どだが、さらに病状が進み最終段階になると、体のどこかに黒い蜘蛛のような不気味な紋様が浮かび上がるようになる。

そして黒蛛病には未だに明確な対処法も治療法も確立していない。

故に発症した場合の致死率は――100%。

黒蛛病の発症を促す『赤い雨』という異常気象についても何も分かっておらず、八方ふさがりなのが現状だ。

 

「丁度私たちが公演している地域だったから、サツキに運転してもらって急いで患者さんたちを運んでもらったの」

 

そう言って話に入ってきたのは栗色の髪の少女だ。

どこかで見たことがあるような気もするが、イマイチ思い出せない。

そんなことを思っている間にも話は進んでいく。

 

「事情は分かったが妙だな」

「え、何が?」

 

見ると今まで黙って話を聞いていたギルが思案顔で何事かを考えていた。

更に周りを見ると、ジュリウスとジン、シエルも似たような顔をしている。

何のことか分からない蓮太郎とナナとロミオはギルの話に耳を傾けていた。

 

「感染したのは“数人”だろ?つまりそこまで大人数では無かったってことだ」

「……」

「だってのに、なんでこんな蜂の巣を突いたような騒ぎになってんだ?」

 

言われて気付く。

このアナグラの規模がどの程度か知らないし、医療設備の規模も分からない。

だがこうやって運び込んでくるってことは、少なくともアナグラには黒蛛病患者を受け入れる設備があるということだ。

人数が許容量一杯一杯でこれ以上受け入れられないということも考えられたが、この騒ぎようはなんとなくそれとは微妙に違う気がした。

答えたのはショートカットのサツキと呼ばれた女性だ。

 

「…感染したのは6人。その全員が『呪われた子供たち』だったんですよ」

「なっ?!」

 

今度こそ声が出てしまった。

『呪われた子供たち』は全員病気にかかるようなことはあり得ない。

何故なら、彼女らの治癒能力は外傷だけに留まらない。

内的要因から発生する病気でさえもその圧倒的治癒能力によって発症する前に完治してしまうからだ。

だからそんな彼女らが病気に、しかも“不治の”病にかかったなど到底信じられなかった。

 

「『呪われた子供たち』が病気にかかるなんて聞いたことがねぇぞ?!」

「…あなたは?」

「見た所、新人の神機使い、って訳でもなさそうねー…」

 

思わず大声で問い詰めると、それまで蓮太郎のことに気付いていなかったのか少女とサツキから訝しげな視線を向けられた。

だが、こちらから更に何か言う前に状況が動く。

 

「とにかく今は自己紹介云々は後だ。コウタさん、何をすれば良いか教えてくれ。テメェも手伝えよ」

 

ジンのそんな言葉で全員意識を切り替える。

無論蓮太郎も言われずとも手伝うつもりだった。

 

 

 

 

夜中の深夜1時過ぎ、ようやく一段落した蓮太郎はソファにぐったりと座り込んでいた。

同時に眠気も襲ってくるが、延珠が帰りを待っているためここで寝るわけにはいかない。

少し休んだら今日は一言告げて帰ろう。

そう思っていると正面に缶コーヒーを差し出された。

 

「ほらよ」

 

俯けていた顔を上げると同じく缶コーヒーを飲んでいるジンがいた。

礼を言ってから缶コーヒーを受け取って一口飲む。

 

「ブッッッ?!?!?!」

 

即座に吹き出した。

 

「ゲッホゲッホ?!な、何だこりゃ?!クソ苦い!」

「あー、お前も駄目か…」

「おいテメェ、一体何飲ませやがった?!」

 

まるで舌を破壊する為だけにあるような苦さだった。

断じて飲料水として飲んではいけないレベルだ。

 

「アナグラ名物の“飲む人を選ぶ飲料水シリーズ”、その名も『デナトニウム・ブラックコーヒー』だ」

「ちょっと待て、飲む人を選ぶのに渡したのか?!しかもデナトニウムって世界一苦味の強い物質だろ?!そんなモン飲ますんじゃねぇよ!!」

「そうか?この苦味が美味いのに…」

 

そう言ってジンは蓮太郎が持っているものと同じコーヒーをゴクゴクと嚥下していく。

本当に美味そうに飲んでいるのが信じられなかった。

 

「ぷはぁ、うまっ」

「……マジか」

 

……コイツの舌おかしいんじゃねぇの?てか俺の周りヤバイ味覚感覚の奴が多すぎる。

先日の菫のゲロッグを思い出しながら自分の人間関係に軽く戦慄した。

 

「まぁ、コイツを渡したのは俺なりの感謝の印だ」

「え?」

「手伝ってくれて助かった」

 

真面目な表情でジンは礼を言ってくる。

正直、今までの人を食った様な態度が印象として強すぎたため面食らってしまった。

任務から帰投してすぐ、『呪われた子供たち』の黒蛛病患者を受け入れるための用意で大騒ぎのアナグラを蓮太郎は手伝っていた。

何故あんな騒ぎになっていたのか。それは――

 

「あんなに患者がいるなんてな……」

 

蓮太郎が手伝ったのは地下深くにある一つの部屋を大急ぎで掃除し、医療設備を運び込むというものだった。

というのも、今まで患者を受け入れていた部屋が一杯になってしまったのだ。

それも『呪われた子供たち』だけで、だ。

広い部屋に設置された大量のベッドが全て患者で埋まっている光景には唖然とした。

しかも患者全員が『呪われた子供たち』だと知らされたときは、何の冗談かと思わず笑いそうになってしまったほどだ。

 

「あの子たちは全員、身寄りのない外周区の子供たちだ」

 

蓮太郎の考えていることを察したのかジンが静かに語りだす。

蓮太郎もまた黙ったままそれを聞いていた。

 

 

 

「ロミオ先輩が外周区にいたのは偶然じゃない。身寄りのない『呪われた子供たち』を保護すると同時に、黒蛛病に罹っている子たちを探し出して治療を受けさせるためでもある」

 

「黒蛛病は只の病気じゃない。榊博士の見解ではオラクル細胞が病気に深く関係しているらしい。例外は勿論あるが『赤い雨』も主に『捕食領域』を中心に降っているしな」

 

「オラクル細胞が関わっているのならそれは俺らの領分だ。特にロミオ先輩なんかはすぐに上層部に掛け合って保護の許可を求めた」

 

「結果は意外とあっさりと許可が出たがな。特にうちの部隊の総責任者のラケル博士がやたらとロミオ先輩の意見を推していたな。ちと腑に落ちんこともあるが今はまあ良い」

 

「地下深くの頑丈な部屋に彼女らを隔離するのは主に体質が原因だ。どうやらガストレアウィルスを持っている彼女らに対し、黒蛛病は相当なイレギュラーらしい」

 

「彼女らはその常人離れした治癒の力をもって外傷や病気を治すが、その力の源になっているのはガストレアウィルスだ。体内にそれを持っている彼女らの体に、更によく分からんオラクル細胞やら偏食因子やらが入ったらどうなると思う?」

 

「『混在領域』なんかを見れば明らかだ。アラガミとガストレアは殺し合う関係、それはどんな小さな次元でも変わらん。結果として、黒蛛病は彼女らの寿命を常人よりも更に大幅に短くしている」

 

「こう言っちゃアレなんだがな、正直黒蛛病そのもので死ぬのはまだマシなんだ。ヤバいのは体内のウィルスと黒蛛病が争ったせいで急速に体内浸食率を上げてしまうケースだ。最悪、それを観測した場合は完全にガストレアになる前に俺らが『介錯』している。常人なら薬なりなんなりで症状を遅らせることも出来るんだが、それもやっぱり体質の問題で無理だからな」

 

「『赤い雨』に触れさえしなければ発症はしない。だからまともに雨を凌げる環境さえあれば、あんなに『呪われた子供たち』の患者は出さなくて済むんだがな…。この世の中じゃそれも難しい」

 

「中には『赤い雨』すらも彼女らのせいにする馬鹿までいる。『『赤目』が『赤い雨』を呼んでいる』、なんてぬかしながらな。そして、アホらしいことにそんな考えを持っている連中は少なくない」

 

「その阿呆共のせいで彼女らは余計に住む場所を追われて、『赤い雨』に濡れて感染し、連中はそれを見てまた馬鹿な言動と行動を繰り返す。最悪の悪循環だ」

 

「終いには最近、その阿呆共の中でも過激な連中が粛清なんてほざきながら10人もの子供を殺したことまである。ご丁寧に警官を仲間に引き入れて、人数分の拳銃を確保してな」

 

「……偶に考えることがある」

 

「“俺は一体何の為に戦ってんだ?”」

 

「“命かけてあんな連中、護る価値あんのか”ってな」

 

「……お前は、どうだ?」

 

 

 

 

 

 

「お前は、あんな連中の為に、戦えるのか?」

 

 

 

 



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第16話 真夜中の勧誘

深夜2時過ぎ、街灯と月明かりが道を照らす中、蓮太郎は疲れた様子で帰路についていた。

時折、眩暈と頭痛がする。かなり疲れているのだろう。

思えば今日一日だけでやたらと色々なことがあった。

延珠と一緒に買い物に出かけていたはずなのに、その途中で外周区の子供に出会い、彼女らの実情と世間の敵意をまざまざと見せつけられた。

下手をすれば死んでいたかもしれないその子は神機使いの青年に助けられ、子供たち数名と一緒に外周区沿いに振り回されながらも移動し、神機使いの支部まで連れてこられた。

今まで知らなかった外の世界の生態系を知り、今度の作戦の重要性を改めて理解させられた。

最近よく会う少年の属するチームに半ば拉致られ、アラガミというもう一つの脅威を認識した。

再び支部に戻ってくると人手が足りないということで、多くの力仕事をしてきた。

それが一段落して帰ろうとした時に、少年と少し話をして、即答出来なかった問いを投げかけられた。

帰路についてからずっとジンの最後の問いが頭から離れない。

『呪われた子供たち』への風当たりの強さは昔から非常に強く、胸糞悪くなるような事件も幾度となくあった。

中には自分が関わったものもある。

正直に言えば、彼女らのことを真面目に考え始めたのはここ1年くらいからだ。

それ以前は彼女らの事はガストレアと同類だと考えていた。

いつか『赤目』は一匹残らず殺し尽くしてやると心に誓った。

 

だが、延珠と出会ってその考えは変わった。

 

今は延珠を掛け替えのないパートナーとして認識している。

家が見えてきたとき、ふと自分たちの部屋に視線を送ってみる。

この時間では望み薄であったが、延珠がまだ起きているのではと期待したのだ。

尤もそんなことはなく部屋の電気は落とされ、良い子である彼女はしっかりと就寝しているらしい。

知らず小さい溜息が漏れてしまった。

だが、この夜更けにその溜息を聞いている者がいた。

 

「お疲れのようだね、里見くん」

 

気が付けば背後の声の主に拳銃を突きつけていた。

人にいきなり拳銃を突きつけたというのに、今回ばかりは罪悪感というものが欠片も浮かび上がって来ない。

ゆっくり後ろに振り返ると、こちらの鼻先にも夥しい量のスパイクを付けた銃が突きつけられていた。

そして、その銃を握っているのは一人の仮面の男。

 

「ヒヒ、こんばんは里見くん」

「随分と悪趣味な銃だな――蛭子影胤」

 

 

 

 

 

「私の愛銃だよ」

 

そう言いながら影胤は突きつけていた銃を下ろす。

驚くことに彼は突きつけていたのとは違う色違いのカスタムベレッタ拳銃をもう1挺持っていた。

 

「……何の用だ」

「君にちょっとした話があってね。取り敢えず銃を下ろしてくれるかい?」

「断る」

「やれやれ――小比奈、邪魔な右腕を落としなさい」

「はいパパ」

 

背筋に寒気が走ると同時に、蓮太郎は自らの勘に従いその場を急いで飛び退いた。

直後――今まで蓮太郎のいたその場所を凄まじい速度の斬撃が走る。

ゾッとしていると、いつの間にか泣きそうな困り顔の黒い少女―蛭子小比奈がそこにいた。

 

「ね、動かないで」

(ヤバイ…!)

 

動きが全く見えなかった。次も避けられる保証はない。

そうしているうちにも既に小比奈の姿は消えていた。

声が聞こえたのは背後。

 

「首、落ちちゃう」

(しまっ…)

 

完全に反応が遅れた蓮太郎であったが痛みは襲ってこなかった。

 

ギィィンッッ!と。

 

空中で金属のぶつかり合う音が聞こえたかと思うと、その音の発生源は2つとも距離を取って着地していた。

 

「ほう…」

「延珠!」

 

目の前に自分の相棒の藍原延珠が寝間着姿に戦闘用の靴を履いた状態で立っていた。

先程の金属音は延珠が小比奈の小太刀を蹴りで弾いた音だ。

 

「斬れなかった?……そこのちっちゃいの、名前は?」

「ちっちゃい言うな、お主だって十分ちっちゃいだろ!妾は藍原延珠、兎型(モデル:ラビット)のイニシエーターだ!!」

「延珠、延珠、延珠……覚えた」

 

何度か延珠の名前を呟いていたかと思うと、小比奈はバラニウム製の小太刀2本を体の前で交差させる独特の構えを取る。

 

「私は蟷螂型(モデル:マンティス)、蛭子小比奈。接近戦では私は無敵」

 

名乗りを上げると一転、泣きそうな表情で影胤の裾を引っ張りながら懇願する。

 

「ねえパパ。あの兎、斬っていい?首だけにするから」

「何度も言っているだろう、愚かな娘よ。駄目だ」

「うぅぅ…パパ嫌い!」

 

「蓮太郎ッ!何者だコイツら」

「敵だ」

 

呆れたように肩を竦める影胤と、むくれて不機嫌な小比奈を油断なく視界に収めながら蓮太郎たちも短く会話をする。

そんな中、動いたのはシルクハットの位置を直していた影胤だ。

 

「どうするかね?このまま戦うかい?」

「……いや」

 

下唇を強く噛みながら蓮太郎は銃を下ろした。

こんな住宅街のど真ん中で戦っていたらどれだけの被害が出るか分かったものではないからだ。

 

「用件をとっとと言えクソ野郎」

「おやおや、随分と機嫌が悪いね」

「色々あったから疲れて眠いんだよ。おまけに来週の小テストに向けて勉強までしなきゃなんねぇ…点数が悪かったらテメェのせいだぞ」

「それは大変だね、そう言うことなら君の為にも早速本題に入ろうか」

 

月明かりが照らす中、影胤は鷹揚に両手を広げて用件を話だした。

 

「単刀直入に言おう。里見くん、私の仲間にならないか?」

「……は?」

「いやなに、何故か分からないが初めて会った時から君のことが好きになってしまってね、殺すのは惜しいと思っていたんだ。私に付くなら殺しはしないよ」

「…頭沸いてんのかテメェ、仮にも俺は民警だぞ」

「私も元民警なのだが?はっきり言ってそんなものは全く関係ない。私には強力な後援者(バック)がいる。今私の仲間になればこれから滅び行く東京エリアに関係なく、金も、女も、力も好きなだけ与えよう」

「………」

「里見くん、この世界を変えたいと思ったことは無いかね?」

「…何?」

「『この世界は理不尽だ』、『こんな世界の在り方は間違っている』。そう思ったことは、一度も無いかね?」

「……ッ」

 

今日目の当たりにした外周区の『呪われた子供たち』への対応が思い出される。

あの時、ロミオ・レオーニが機転で助けていなければ彼女はどうなっていただろうか。

見失った後、警官たちは鬼のような形相で辺りを捜していた。

その顔にあったのは、怒りと、憎悪と、殺意だけだった。

あの状況になった時、あのような末端の警察のみならず今生きている『奪われた世代』の殆どが彼らと同じ行動を取るだろう。

彼らを不幸のどん底に陥れたのはガストレアであって彼女たちではないのにだ。

彼女らが正確にはガストレアではないと、知識としては知っているのかもしれない。

だが、『知っている』のと『分かっている』では大きく異なる。

そして、残念なことに『知っている』だけの人間が今の世の中の大半だ。

影胤は蓮太郎の逡巡を見て取ると、どこからかアタッシュケースを取り出した。

 

「これは私からのほんの気持ちだ」

 

蹴りで滑ってきたケースの中には札束がギッシリと詰まっていた。

 

「聞くところによると、君はそこの延珠ちゃんを普通の人間として民間の学校に通わせているそうだね。何故そんなことをする?彼女らは既存のホモ・サピエンスを超越した次世代の人間の姿だ。―――もう一度言う、私の仲間になれ里見蓮太郎」

 

ガァンッ!ガァンッ!ガァンッ!

 

ケースが跳ね、穴の開いたお札が数枚宙に舞う。

影胤は暫くその様を眺めていた。

 

「……君は大きな過ちを犯したよ、里見くん」

「過ちだと?俺に大きな過ちがあったと言うなら、それは最初に会った時に貴様を殺しておかなかったことだ、蛭子影胤!!」

 

硝煙を上げる銃口をケースから影胤にシフトさせつつ蓮太郎は影胤を睨み付けていた。

 

「あくまで依頼を遂行すると?くだらん!君が幾ら奴らに奉仕したところで、奴らは何度でも君のことを裏切るぞ!」

 

影胤も仮面の奥から鋭い視線で蓮太郎を睨み返す。

どのくらいそうしていただろうか。

遠方からサイレンが聞こえてくる。

どうやら先程の銃声によって警察が集まってきたようだ。

 

「フン…水入りだ里見くん」

「……」

「こういうやり方はあまり趣味ではないが仕方あるまい…明日学校に行ってみると良い」

 

興が削がれたとばかりに踵を返す影胤と小比奈。

そしてすぐに彼らは闇に紛れ、消えてしまった。

 

「…蓮太郎」

「何だ」

「あのイニシエーター、強いぞ」

「…勝てるか?」

「分からない」

「…そうか」

 

その短い会話の後、2人は何も喋らず家に戻り就寝した。

だが、眠りに落ちるその時まで蓮太郎の頭の中ではある2人の事がずっと渦巻いていた。

 

 

1人は神斬ジン。

彼は帰り際に問うた。

 

『あいつらは命を張るほどの価値があるのか?』

 

 

もう1人は蛭子影胤。

奴は去り際に言った。

 

『君もいい加減、現実を見るんだ』

 

 

この2人の言葉は翌日、蓮太郎に重く、苦しく、圧し掛かってくることになる。

 

 

 

 

 

 



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第17話 現実

「ハァ、ハァ…」

 

息を切らせながらも全くスピードを落とすことなく、蓮太郎は自転車のペダルを全力で回していた。

向かっている場所は高校ではなく勾田小学校。

その正門が見えてくると更に速度をあげ、半ば滑り込むように駐輪スペースに入り乱雑にロックをかける。

来客用のスリッパに乱暴に履き替え即座に職員室に向かおうとするも、目的の人物は向こうから来た。

眼鏡を掛けた痩せ形の男性教諭、延珠の担任だ。

 

「ああ、あなたが藍原さんの……」

「どういうことだよアンタッ、延珠は本当に………」

 

凄まじい剣幕で詰め寄る蓮太郎に気後れするようにして、目を逸らしながら目の前の担任は話を続ける。

 

「ええ……藍原さんが『呪われた子供たち』だという噂が何処からともなくたちまして…」

「そんな……延珠は、否定、しなかったのか…?」

「………」

 

流れ落ちる汗をハンカチで拭きながら、目の前の男は尚も目を合わせようとしない。

黙ったままなのは、つまりそういうことなのだろう。

 

「…里見さん、あなたは今まで藍原さんが『呪われた子供たち』だということを私たちに黙って通学させていましたね?」

 

ようやく目を合わせたかと思うと、今度はその目に若干の非難が混ざっていた。

そのことに気付いた蓮太郎は激高するかのように反論する。

 

「事前に申告すれば、アンタ達は何かと理由を付けて延珠の入学を断ったんじゃねぇのかよ?!」

「……ッ」

 

沈黙が雄弁に答えを語っていた。

そのことが余計に癇に障った。

 

「延珠さんはショックを受けていたようなので早退させました。…こんなことを言えた義理ではないのですが、里見さん。彼女と一緒にいてあげてくれませんか」

 

担任の話を聞いた後、再び自転車に乗ったことまでは覚えている。

その後はただただ必死で、どのような道順で家に帰ったのかは分からないし、覚えてもいない。

 

「延珠ッッ!!」

 

ドアをぶち破るかの勢いで中に入るも、人影もなく、電気なども一切付いていなかった。

ただ彼女が帰ってきた痕跡はあった。

大切に使っていたランドセルは雑に床に置かれ、箪笥から自分の服を取り出した様な形跡があったのだ。

だが、書置きの類は一切無く、どこに向かったのかはまるで分らなかった。

 

「延珠………お前の帰る家は、此処だろ……」

 

呟くも誰の返事も聞こえない。

体中の力が抜け、その場でへたり込んでしまう。

 

『こういうやり方はあまり趣味ではないが仕方あるまい…明日学校に行ってみると良い。君もいい加減、現実を見るんだ』

 

カチ、カチ、と壁にかけた時計が時を刻む音だけが聞こえる中、影胤の言葉が頭の中で響き続けた。

 

 

 

 

ぱらぱらと雨が降る音で目が覚める。

時刻は午前7時。寝付いたのは午前6時だ。

眩暈や頭痛、吐き気を押し殺しシャワーを浴びる。

そのおかげか多少なりともスッキリとした気分になった。

吐き気の方は昨日の夜から何も食べていないことからきているようだ。

冷蔵庫を開け、料理もしないまま野菜などを適当に食す。延珠がいないのに料理などする気も起きなかった。

腹に何かを詰めたことで更に少し動けるようになってきた。

服を着替え、傍らに放置してあった浸食抑制剤と傘を片手に蓮太郎は家を出た。

 

外は土砂降りとまではいかないが、鬱陶しく思うくらいには降っていた。

幸いなのは雨の色が普通であったことか。

そんなことを考えながら蓮太郎は第39外周区の綺麗に舗装された道を歩いていた。

もっとも、綺麗に整えられているのは道だけだ。

周りは10年前のガストレア戦争やそれ以前のアラガミの被害を彷彿とさせる酷い有様だった。

そしてこの景色から言えることは、政府は外周区を復興させる気はないということだ。

倒壊した建物の間を走る道路を歩いているうちに視線を感じるようになった。

だが、今の蓮太郎にそれを気にしている余裕はあまりなかった。

暫く歩き、一つのマンホールの前でしゃがみこむ。

そしてそのマンホールを2、3回ノックする。

 

「なぁにー?」

 

すると上蓋が開き、中から7歳ほどの女の子が舌足らずな声と共に顔を出した。

瞳の色は赤かった。

彼女はマンホールチルドレンという戦災時に孤児になってしまった子供の一人だ。

 

「人を捜している。この子に見覚えはないか」

 

延珠の写真を取り出そうとしたが――

 

「せーはんざいしゃはお断りですので。のでので」

 

そう言って目の前の子はマンホールを閉じてしまった。

唖然とする蓮太郎。

再度ノックすると再び同じ子が顔を覗かせる。

 

「しつこいせーはんざいしゃは嫌いですッ」

「待て待て待て!俺は性犯罪者じゃねぇ、人を捜しているだけだ!てか何で俺を性犯罪者だなんて思いやがった?!」

「お顔がそれっぽかったですので」

「この、ガキ……ッ」

 

納得いかないことが多々あるが今はそれを捨て置く。

今度こそ延珠の写真を見せて少女に訊いてみた。

暫く写真を見ていた少女だったが…。

 

「知りません」

「…そうか。一応他の人にも聞きたいんだけど、誰か大人の人いないか?」

「でしたら長老ですので、呼んできますので中に入ってお待ちくださいですので」

 

そのままマンホールを退けて中に入る様促してきた。

 

 

 

 

外に比べると中はかなり暖かかった。

なんとはなしに待っていると眼鏡を掛けた1人の老人が進み出てくる。

 

「民警の方がこのような所に来るなんて珍しいですね」

「里見蓮太郎だ。失礼だがアンタは…?」

「私は松崎と申します。ここで彼女らの面倒を見ているのですよ」

 

そう言って彼―松崎の視線の先には数人の子供たちがいた。

 

「……やっぱりアイツも『呪われた子供たち』なんだな」

「やっぱり気付きましたか」

「そりゃ、7歳くらいの女の子が60㎏超のマンホールを片手で持ち上げてりゃな…」

「いずれはここを出て、普通の人々の中で生活して欲しいのですがね。まだ力を制御しきれていないので、感情を抑える術は最低限学んでいかないと」

「……松崎さんも『奪われた世代』じゃねぇのかよ」

「関係ありませんね。むしろウィルスを生まれつき宿して生まれてくる彼女ら『無垢の世代』は被害者ですよ」

「……皆、アンタみたいな物の考え方だったらいいのにな」

「遺恨はそう簡単には消えませんので、仕方のないことです」

 

話の分かる人に出会って思わず話し込みそうになるが、目的を思い出し意識を切り替えた。

 

「この子を見かけなかったか。名前は藍原延珠」

「……残念ですが知りませんな」

「そうか…」

 

一礼して去ろうとした蓮太郎であったが、松崎に引き留められた。

 

「これからどちらへ?」

「39区を虱潰しに捜す。コイツの故郷なんでな」

「彼女でなくても良いのでは?」

「……何?」

 

聞き捨てならないことを言われ振り向く。

 

「見た所あなたはイニシエーターに逃げられたプロモーターだ。民警においてペアの性格の不一致など珍しくもないはず。序列は大きく下がりますが、ペアを解消して新しいイニシエーターと契約すればいい。あなたはまだ若いのだから十分返り咲くことも出来「うるせぇよ…」……」

 

一度深呼吸して目を瞑る。

 

「俺はイニシエーターだとかプロモーターだとかを抜きにして延珠を捜している。俺たちのことを何も知らないアンタが偉そうに語んじゃねぇよッ!!」

 

松崎は驚いて目を見開いていた。

 

「悪い、怒鳴るつもりは無かったんだ。情報提供、感謝する」

 

少々バツの悪さを感じながらも蓮太郎はその場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

「いい青年じゃないか。このまま見送って良かったのかい、お嬢ちゃん?」

 

 

 

 

翌日、蓮太郎は菫の元にいた。

驚いたことに延珠は学校に登校しているという連絡を受けた。

すぐさま学校の教室を覗いてみたが、延珠の周りだけ机の間隔が開けられており、クラスメイトからはいないものとして扱われていた。

止めたくなったが、これは彼女の戦いだと思い、浸食抑制剤を担任に預けるに留まった。

そしてその足でそのまま菫の元に来たというわけだ。

 

「……で、先生は何やってんだ?」

「見て分からんかね、エロゲーだ。君もやるかい?」

「やるわけねぇだろ?!」

 

目の前の変人は人がいる目の前で堂々と18禁ゲームを絶賛プレイ中だ。

時折彼女の向こうにあるだろうディスプレイから艶めかしい音声が聞こえてくるが全て無視した。

 

「何でまたそんなモンやってんだ?」

「暇だから我慢できなくてチャーリーとお別れしてしまってね。超興奮したが、また明日から新しい恋人を探さねばならない寂しさも同居していたよ。取り敢えずこの興奮を抑えるために、二次元の子相手にギシギシアンアン繁殖してみたわけだ」

「死体を解体して興奮するのも、その興奮をエロゲーで発散すんのも理解出来ねぇ……」

「別に理解してくれと言っているわけじゃない。それにぶっちゃけつまらなかった。まあ、興奮を冷ますための興醒めとしては役立ったがね」

 

そう言って何かを投げ渡してくる菫。

受け取ってみるとエロゲーのパッケージの外箱だった。

タイトルは『監禁調教24時 ~花梨はお兄たまの孕み嫁~』。

 

「内容は11歳の無垢な小学生を高校生の兄があの手この手で手籠めにするお話だ。私としてはヤンデレ化した妹が兄を殺して寄り添う展開を希望していたのだが、どう選択ルートを変えてもそんなエンディングは無くてね。全く、このゲームのプロデューサーは何を考えているんだか。というわけで、君にこのゲームをあげよう、要らなかったら延珠ちゃんにプレゼントしてあげたまえ」

「何がどう“というわけ”なのか全く理解出来ん?!あと、そんなモン延珠にあげるわけねぇだろ!!」

「まあ、そんなことはさておき」

「そんなことに付き合わされるこっちの身にもなってくれ……」

 

相変わらずこの人はこちらのことなどお構いなしに自分の世界を展開してくる。

そして――

 

「なにがあった?話してみろ」

 

肝心な所ではキチンと意を汲んでくれるから性質が悪い。

蓮太郎は出されたコーヒーをちびちび飲みつつ、今までのことを語る。

外周区の子供との遭遇、未知の病に侵され神機使いの支部で保護されている子たち、延珠の家出とその過程であったことを洗いざらい話した。

聞き終わった菫は険しい顔で黙り込んだままなので蓮太郎は不安になってしまった。

 

「せ、先生?」

「ん?ああ、すまん。今晩の飯は何にしようか考えていた」

「ちょ?!」

「途中からは聞いてなかったよ。なんせ普通過ぎてつまらないからね」

「なっ…」

「なあ蓮太郎くん。そもそも人類は何故ガストレアやアラガミを殲滅しなければならない?」

 

虚を突かれ、一瞬たじろいでしまう。

なおも菫は鋭い視線でこちらを射すくめてくる。

 

「どうした、答えられないのかい?」

「待ってくれ……ガストレアは人を喰って遺伝子情報を書き換える、アラガミは同じく人やその文明を捕食してその情報を自らに取り込む。どちらも共通して人類の敵だからだ」

「ふむ、なるほど。だが世界にはガストレアを穢れた地球を浄化するために現れた神の遣いだと唱える宗教団体もあるぞ」

「そんな、どうして……」

「人類は急速に資源を貪り、地球という舟を駄目にする要因だからな。きれいさっぱり掃除して次代の『操縦者』の為に席を任せた方が良いってことだろう」

「そんで最終的には人類は不要だってか?そんなもん誰でも言える極論じゃねぇか!そもそもガストレアが神の遣いだってんなら、『呪われた子供たち』はなんだってんだよ?」

「それこそ人類と神の遣いとのメッセンジャーを務める『神の代理人』だよ」

 

バンッ!と。

気付けば机を強く叩き、立ち上がっていた。

 

「延珠は人間だ、1つの意志と人格を備えた人間だ!それ以上でもそれ以下でもねぇ!」

「なんだ、ちゃんと分かっているじゃないか」

「あ」

 

してやったりとばかりに両手を広げる菫を見て、蓮太郎は嵌められたことに気付いた。

途端に急に恥ずかしくなってくる。

 

「蓮太郎くん。君は自分が何処の誰だか知っているだけまだ良い。だが延珠ちゃんにはそれすらない」

「え?」

「外周区に住んでいる子は殆ど捨て子だ。彼女らは親の顔すらも知らず、多くの人から軽蔑の眼差しと共に踏みつけにされる。――君は彼女たちを同じ『人間』だといったな。そんな君に出来ることはなんだ?延珠ちゃんの隣で教え導いてやることなんじゃないのかい?」

「…!」

「君たちは――家族じゃないのかい?」

 

敵わない。

何度もこの人には思い知らされてきたことだが、今、また改めて実感した。

 

「先生、俺やっぱり延珠に会ってくるよ」

 

そう告げて出ていこうとしたが、ふと思うことがあった。

 

「先生」

「なんだい?」

「ガストレアが『神の遣い』なら、アラガミはなんなんだ?」

 

そう聞くと菫は目を細め、一拍置いてポツリと呟いた。

 

「……『終末捕食』」

「…え?」

「いや、この話は今度にしよう。早く延珠ちゃんの所に行ってやりな」

 

それっきり菫は何も語らず、ただ手を振っているだけだった。

 

 

 

 

大学病院を出てすぐ携帯に着信があった。

 

『もしもし、里見さんですか?』

 

声ですぐに分かった。

 

『藍原さんの担任です。…少々厄介なことになりまして、すぐに学校に来れませんか?』

 

息急き切って学校に到着すると前方に人の輪が出来ていた。

激しい悪寒が体を支配する中、横を学校の生徒たちが横切っていく。

 

「ねえ、さっきのアレ、なんだったの?」

「ほら、3組のあの子いたでしょう。あの子実はガストレアウィルスの保菌者(キャリアー)だったんだって」

「えー!うそー!私あの子に触られたことあるよ、どうしよー」

「あたし、あの子のこと前から嫌いだったんだよねー。なんかナマイキだしさ」

 

嫌な既視感に襲われながらも輪に近づいていく。

輪の中心には少年と少女、2人の生徒がいた。

少年が何事かを大声で叫ぶと周囲は同調してエールを送り、少女が何事かを叫ぶと恐ろしいまでの沈黙と冷たい視線が刺さった。

少女が延珠だと気付いた時は足元から崩れるかと思った。

更に近づいていくと、遂に声が聞こえるようになる。

だが、その内容は聞いているこちらの胸が悪くなるようなものだった。

 

「え?『赤目』って本当に俺たちの周りにいるのかよ!なんで民警はあいつら駆除しねぇの?」

「前にさー、外周区(ゲットー)の奴が街にいるの見たんだけどさ。目が本当に赤く光ってて超キモかった!ホント、学校に来ないでほしいよね」

「なんで民警って『呪われた子供たち(あいつら)』使ってんの?一緒に駆除しちまえばいいじゃん」

「なー。民警ってぜってー頭わりぃぜ。俺だったら『呪われた子供たち(あいつら)』に爆弾でも巻いてガストレアに放り込むね。こうすれば『赤目』同士仲良く一緒に消えんじゃん」

「ホント、アイツらマジねーわ。一生外周区(ゲットー)から出てくんなっつーの」

 

一瞬、本気でコイツ等全員の顔を全力でぶん殴ろうかと思考が加速する。

だが、彼らの表情を見て拳を下ろさざるを得なかった。

大半は野次馬だったり後ろ指を指すことを趣味にしているような連中ばかりだったが、一部の者は青い顔をして本気で怯えていた。

恐らくガストレアウィルスに関する正しい知識を持っておらず、触れられただけで感染すると思っているのだろう。

 

「黙れ化け物ッ!!」

 

声は延珠と相対している男の子からだった。顔を赤黒く紅潮させて甲高い声で延珠に詰め寄っていた。

 

「わ、妾は化け物ではない!」

「じゃあなんだってんだよ?!いいか?!俺の父さんは、ガストレアに足を食われてからずっと酒浸りになって、母さんに暴力を振るうようになったんだ!『お前ら』が、『俺たち』をところ構わず殺しまくったせいで俺の家はッ!!」

 

延珠は激しく首を振っていた。

 

「違う!!それは妾じゃないッ、妾は人間だ!」

「キメェんだよ、人間のフリしてんじゃねぇッ!」

「妾は人間だ!」

「うるせぇ化け物!」

「妾は人間だッ!!」

「しつけぇぞ!!」

「妾はッ、人間だッ!!!」

「黙れって言ってんだよ!このッ、化け物がッ!!」

 

少年が何かを投げつけた。

延珠に当たって地面に落ちたそれは、延珠が大事にしていたランドセルだった。

だがそれはカッターか何かで切り刻まれボロボロになっていた。

ランドセルの中に入っていた教科書や文房具も同様だ。

ページは破られ、『人殺し』『死ね』『赤鬼』などと誹謗中傷の言葉がそこかしこに書かれていた。

 

「わ、妾は、妾は…」

 

次第に声が尻すぼみになっていく延珠。

不意にある一点へと視線を向けると、まるで助けを求めるかのように、少し手を伸ばした。

視線の先を追うと、そこには蓮太郎も会ったことのある延珠の親友ともいうべき少女が遠巻きに見ていた

 

「舞ちゃ…――」

 

向こうも延珠の視線に気付いたようだ。

そして、向こうも特に考えがあった訳ではないだろうが。

反射的に視線を逸らしていた。

だが、それは延珠を絶望のドン底に落とすには十分だった。

 

『君が幾ら奴らに奉仕したところで、奴らは何度でも君のことを裏切るぞ』

 

再び影胤の言葉が蘇る。

悔しくて目頭が熱くなった。

 

「延珠」

 

こちらに気付いた延珠は目を見開き、一歩後ずさった。

 

「蓮太郎…」

「延珠。学校を、移ろう」

 

言い聞かせるように、一言ずつ区切って言う。

 

「妾は、負けたく、ない…」

 

そっと抱きしめた延珠の体は冷たく、小刻みに震えていた。

 

「友達も、たくさん出来たのに」

「もう、友達じゃない」

 

少しずつ延珠が顔を当てている制服の部分が、温かく湿っていくのが分かった。

 

「…もう妾は駄目なのか?」

「ああ…終わりだ」

「…童はやり直せないのか?」

「そうだ…。世界がお前たちを受け入れるのに、まだ時間が掛かる」

「…それでも、妾たちは、戦わなければならないのか?」

「……………そうだ」

「……なら、教えてくれ、蓮太郎。……それまで妾は、一体、『何処』に居ればいいというのだ…」

 

蓮太郎は何も答えられなかった。

どうすれば良いのか分からず途方に暮れていると、不意に頭上からバラバラという音が聞こえた。

何かと思い頭上を見上げる前に、校庭に何かが凄まじい音と共に着地した。

 

「いたいた。おーいお前ら」

 

濛々と砂煙が上がるが、幸いにも砂煙はすぐに晴れ、着地地点と思しき場所から人の声が聞こえてきた。

黒い軍服の様な服装をした黒髪の少年だった。

 

「お前…神斬」

「早速お仕事の時間だ…ってなんだこの状況」

 

黒髪黒軍服の少年――神斬ジンは蓮太郎たちの傍まで来ると訝しげな表情で周りを見回す。

そして、泣いている延珠と、傍に落ちているボロボロのカバンと、未だに蓮太郎やジンも含めて敵意を放っている生徒たちを見て大体の状況を把握したようだった。

周りを恐ろしく冷たい目で見回すジン。

見回された生徒たちは「ヒッ」と息を呑み顔を引き攣らせ、先程までの喧騒が嘘の様に完全に黙り込んでしまった。

それを見て一瞬でつまらなそうな表情になったジンは、周りの生徒たちをいないものとして話を進める。

 

「例の合同作戦の初任務だ。一緒について来い」

「ついて来いって、…どこに?」

 

疑問をぶつける蓮太郎に、ジンは答えを言う代わりに頭上を指さす。

その先を追ってみると、先ほどの音の正体が頭上に浮かんでいた。

音の正体は巨大なヘリコプターだ。

兵装などは一切装備されておらず、速度と運搬に特化した物だった。

側面には巨大な狼の紋章が入っている。

 

「シエル、そのまま校庭に着陸してくれ」

『了解です』

 

徐々にヘリは高度を落としてくる。

そのまま指でクイッとヘリを指し、『行くぞ』とジェスチャーをしてくるジン。

蓮太郎も任務だと聞き、延珠の手を引きながらジンに続いてヘリに乗り込んでいった。

 

 

 

 

 




これからはなるべく週1で更新できるように頑張ります。


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第18話 雨の中で

ヘリに乗って暫くすると、窓の外は急な豪雨に見舞われていた。

蓮太郎は今、普通のヘリよりも若干広めに作られたコックピットの助手席に座っている。

隣では前に見たとおりの能面のような顔でヘリを操縦するシエルがおり、蓮太郎の後ろにジン、シエルの後ろに本来のヘリの操縦士がいた。

延珠は更に後ろの搭乗口付近の椅子に座っている。

因みに何故シエルが操縦士の代わりにヘリを操っているのかというと、単純に彼女の方が操縦が上手かったからだ。

彼女曰く、『幼少の頃から他にも色々叩き込まれましたので問題ありません』らしい。

それで本職よりも上手いのだから彼女のスペックの高さが窺える。ただ、心なしか本来の操縦士は若干涙目だ。

窓の外に注意を払いながら蓮太郎は携帯で通信を行っていた。相手は木更だ。

 

「それで木更さん、これはいったいどういう状況なんだ?」

『感染源が発見されたのよ。場所は32区よ』

「32区?なんでそんな離れた場所に……」

『聞いて驚いて。なんとそのガストレア、空を飛んでいるようなの』

「は…?」

 

何かの聞き間違いか?

感染源は蜘蛛のガストレアのはずだが…。

 

「蜘蛛が空を飛ぶなんてあり得るのか?」

『そんなのこっちが聞きたいわ。とにかく現場に急いで。他の民警も感染源を狙っているわ。でも、天童民間警備会社(ウチ)が一番乗りよ。と言うより、絶対に一番に目標を仕留めるのよ、里見くん。そのヘリ借りるのに来年分の学費つぎ込んじゃったんだからね、手柄を取られたら私中退よ!まったく、同盟組んだんだからもうちょっと良心価格でも良いじゃないの…』

「聞こえてんぞ天童社長」

『うにゃっ?!』

 

スピーカーモードだったので後ろまで聞こえていたらしい。

後ろからジンが手を伸ばしたかと思うと携帯を取られてしまう。

 

「同盟は確かに組んだが、こっちには通常業務(アラガミ討伐)があるんだ。ヘリなんざいくらあっても足りねえんだよ。そんな中でアンタが『一番性能の良い奴を貸してちょうだい』、なんて言うからわざわざ極東支部の中で一番足の速い奴をチャーターしたんだ」

『そ、そうだけど……もうちょっと負けてくれたっていいじゃない!』

「このヘリはそんじょそこらのヘリよりも圧倒的に性能が上なんだぞ。あれ以上値を下げられるわけねぇだろ。そもそも、値段も聞かずに交渉を打ち切るアンタが悪い」

『うっ……』

「まあ、その手の悪い金貸しの餌食になる前に経験出来て良かったじゃねぇか。ちと高い勉強料だと思って諦めるんだなファハハハハハハ!」

『きいぃぃぃぃ!!ムカつくぅぅぅ!!!』

 

後ろから聞こえてくる会話に頭が痛くなってくる蓮太郎。

どうやらウチの会社員は、大体後ろの少年が天敵らしい。

 

『はぁ…はぁ……と、とにかく里見くん、そういうことだから頑張ってね!』

「あ、おい木更さん?」

 

何がそういうことなのか分からないが通話が切れてしまった。

聞こえてくるのは虚無感の漂う不通音のみだ。

思わず溜息を吐いていると――

 

「あれはなんでしょうか…?」

 

ヘリを操縦しているシエルが何かを発見したようだった。

彼女が示す方向に蓮太郎とジンは共に目を凝らす。

見えたのは空中に浮かぶ真っ白い二等辺三角形状の物体だ。

簡単な紙飛行機を作って上から見たらあんな感じだろう。

尤も、その紙飛行機はあんなに巨大ではないし、薄らと8本脚の影が透けたりもしない。

 

「なんだありゃぁ…」

「蜘蛛のパラシュート……そういうことか、あれを追ってくれ!」

「蓮太郎さんはあれが何か分かるのですか?」

「ああ、()()が感染源だ。旧南米だかに蜘蛛の巣をパラシュート状に編んで、風に乗って旅する小蜘蛛がいるんだよ。ただ、アレは何だか知らんがパラシュートじゃなくてハンググライダーを編んでやがる…あんなモン見たことも聞いたことも――」

 

自分で言っているうちに先日の菫の講釈が思い出された。

 

「成程…進化の跳躍(オリジナルなユニーク能力)、ね。道理で目撃報告も無いわけだ、あんな能力を持った蜘蛛の成体なんて世界中探しても存在しねぇからな」

「アラガミも大概だが、ガストレアも中々舐めた能力を持ってんな」

「どうしますか?」

「高度を下げながらスピードを合わせて、上空から追跡してくれ」

「分かりま――」

 

ゴォンッッ!!

突如として暴力的な音と共にヘリが大きく揺れる。その拍子に蓮太郎は大きく頭をぶつけてしまった。

 

「ッテェな、何だ一体?!」

「後ろのドアがこじ開けられました。やったのは貴方のお連れです」

「は?今は飛行中だろ、なんのつも――」

 

言いかけて延珠の意図に気付き、背筋が凍った。

 

「延珠、待て!!」

 

蓮太郎の静止の声も虚しく、高高度から延珠が頭から落下するのが見えた。

物理法則に従いグングンと落下の速度は増していき、まるで流星の様にガストレアのハンググライダーに激突した。

流石に死角からの襲撃には対応できなかったようで、ガストレアは延珠と一緒に下方に見える森へと落ちていった。

 

「高度を下げてくれ、早く!!」

 

シエルの対応は素早かった。

急激な動きで高度を下げたためにバランスを崩すが、それを気にすることも無く下に降りるための方法を模索する。

咄嗟に目に入った荷造り用のビニール紐で何とかしようとするが、その前にジンに肩を掴まれた。

 

「離せ!!」

「落着け馬鹿!」

「落ち着いてられるか、早くしないと延珠がっ!」

んなモン(ビニール紐)使ったって途中で強風に煽られて投げ出されるのがオチだ!10秒で良い、待て!」

 

そう言うとジンは蓮太郎の襟首を引っ張り、ヘリに格納してあった自分の神機を手に取った。

そしてそのまま蓮太郎を右手で小脇に抱え、左手で神機を持ち、延珠が飛び出ていったドアの前に立つ。

 

「お、おい、一体何を――」

「ジン、何をするつもりですか?!」

「シエル、お前は操縦を交代して上空で狙撃銃(神機)を構えて待機。俺たちの位置を補足しつつ、もしもの時は援護してくれ。問題ないようだったらこちらから連絡する。これは副隊長命令だ」

 

それだけを告げるとジンは蓮太郎を抱えたまま、空へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

「うおおおおぉぉぉぉぉおおおぉぉおお?!?!」

 

絶叫が迸る中、一塊の影が森の中へと凄まじい速度で落下していく。

ズドンッ!!という轟音と共にそれは地面に着地した。

音の発信源はジン。ヘリから垂直に落下した彼は、自分の他に蓮太郎と自分の神機を持った状態で空中に身を躍らせたのだ。

普通の人間なら良くて重症、下手をすれば死んでもおかしくないような行為だが、ゴッドイーターとしての身体機能と彼自身の技能によって落下の衝撃は最小限まで抑えられた。

小脇に抱えられたままの蓮太郎は堪ったものではなかったが。

 

「が、はっ…し、死ぬかと、思った……」

「あのままビニール紐で降下するよりは断然生存率は高ぇーよ」

 

相当な高さから落下したというのに、着地した当人はなんでもないかのようにケロっとしていたのが蓮太郎には驚きだった。

だが、そんな驚きに呆けている間もなく、どこからか戦闘音が聞こえてくる。

蓮太郎はジンと顔を見合わせると水煙で視界が悪い中、音のする方に向かって走り出した。

地面は雨でぬかるみ、服も水を吸って重かったが気にすることなく進んでいく。

やがて小高い丘を登りきったところで、眼下で件の戦闘が繰り広げられていた。

だがその戦闘は一方的な物であり、もう終わるところであった。

空を飛ぶために極限まで減量したモデル:スパイダーが、その細く鋭い8本の脚で巧みに刺突を放つが、延珠にはかすりもしない。

力を開放した延珠は相手の攻撃を全て見切っていた。

刺突を掻い潜り、懐深くに潜り込むとバラニウムを靴底に仕込んだ蹴りを真上に向かって放つ。

モロに蹴りを喰らったガストレアは、顎を牙ごと砕かれながら上へ吹き飛び、轟音と共に地面に落下した。

ガストレアはピクリとも動かない。どうやら完全に息絶えたようだ。

 

「蓮太郎っ」

 

こちらに気付いたようで、延珠はこちらに走り寄ってきた。

 

「蓮太郎、やったぞ。倒したぞ、妾たちが一番乗りだ」

 

笑顔で告げてくる延珠。だがその笑顔は傍から見ても無理をしていると分かった。

 

「延珠…」

「凄いだろ蓮太郎、妾が一人で倒したのだぞ」

「ああ…」

「妾は東京エリアの皆を護ったぞ…ッ」

 

 

 

 

「学校の皆を、護ったぞ……ッ!!」

 

 

 

 

そこが限界だったのだろう。

目に溜まっていた涙は滴となって頬を伝っていく。

堪らず延珠を抱きしめていた。

蓮太郎に抱きとめられながら、延珠は涙声で問い掛けてくる

 

「わがらないのだ…いぐら考えても、わがらないのだ………。妾がいぎつぐ先はガストレア(アレ)なのか…?友達も作らず、ずっど、一人なのか…?ぞれでも…ぞれでも、妾は、た、ただがい続けなければいげないのか…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺がいる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気付けば言葉を発していた。

 

「今は戦うしかないかもしれねぇ、居場所が『何処』かも分からないかもしれねぇ。でも!」

 

先ほど出なかった答えが、すんなりと出て来る。

 

「俺は、お前と一緒にいるから!世界がお前を受け入れるまで、お前を導いていきたいと思ってる!現在(いま)も、未来(これから)も、俺はお前と一緒に歩いて行きたい!お前は――どうしたい?」

「……一緒に、いきたい!!」

「なら、もう大丈夫だな?」

「うん。――蓮太郎、ありがとう」

 

もう、涙は無かった。

 

「とはいえ、もうこんな無茶すんなよ。左足、怪我してんじゃねぇのか?」

「うっ…捻っただけで、大したことないぞ。1時間もすれば治るからな」

「アホ。子供がやせ我慢すんな」

「…おーいお二人さん、そろそろいいかい?」

 

蓮太郎と延珠が互いの絆を確かめている間に、ジンは一人でガストレアの死骸を調べていたようだ。

彼が指し示す先には、ガストレアの胴体に癒着した件のケースがあった。

 

「さっさと回収して終わりにしようぜ」

「ああ」

 

その後、3人でケースを無傷で摘出することが出来た。

 

「しかし、これ中に何が入っているのだ?」

「まあ、碌なもんじゃねぇだろ」

「だろうな。『七星の遺産』がどんなもんか知らねぇが…嫌な予感がする。延珠、神斬、さっさと撤収しよ「避けろ里見!!」えっ」

 

 

 

 

「ヒヒ、ご苦労だったね里見くん」

 

 

 

 

ジンの声に反応した時には遅かった。

目の前に現れた白い仮面に、凄まじい力で顔を掴まれ、そのまま背後の木まで投げ飛ばされる。

背中に衝撃を感じ、意識が飛びかけた。

 

「蓮太郎ッ!」

「延珠、ミツケタッ」

 

直後、延珠の周囲にある木々がまとめて3分割され、大音量と共に吹き飛ばされる。

赤い瞳でバラニウム製の2刀小太刀を構える小比奈が現れる。

 

「蛭子、影胤ぇぇ!」

「君のとこの社長さんも、可愛い顔してえげつないね。私の後援者になりふり構わず嗅ぎまわるわ、そこにいる神機使い(ゲテモノ喰い)と手を組むわでね。さっさと片を付けろと御達しがきたのさ」

「なんだと……」

「ああ、そうそう。応援の民警なら期待しない方が良い。近くの雑魚は粗方殺しながら来たからね」

「……ッ!」

 

良く見ると影胤の赤い燕尾服は、その上から更に何かの赤い液体がそこかしこに飛び散っていた。

そのことに気付いた蓮太郎は即座にXD拳銃を抜き放ち、発砲した。

 

「無駄だよ」

 

だが、当然の如く斥力フィールドで弾かれてしまう。

それを確認するや、蓮太郎はケースを放り出して影胤に肉薄する。

ぬかるむ地を踏みしめ、丹田に力を込める。

それらの力を、腰の回転や腕の振りで余すことなくエネルギーに変換。

放つのは天童式戦闘術一の型八番―――

 

「『焔火扇』ッ!」

 

渾身の右ストレートはしかし、青白いバリアによってあらぬ方向に逸らされてしまう。

当然体勢は崩れ、その隙を目の前の怪人が見逃すはずもない。

アサルト銃形態に神機を変化させたジンが援護するも、彼の銃弾もバリアによって防がれてしまう。

影胤は自前のカスタムベレッタを引き抜くと、蓮太郎の右肩にゼロ距離で3発発砲。

 

「ぐあっ……ぐっ」

 

激痛に肩を押さえながら後退するも、後ろにあった巨大な岩に退路を塞がれてしまった。

 

「君に一つ私の技をお見せしよう――『マキシマム・ペイン』」

 

突如として影胤を中心として展開する斥力フィールドが、急激にその範囲を広げた。

恐ろしい勢いで蓮太郎は岩に叩きつけられる。

しかもそれだけに留まらず、なおも蓮太郎の体を押しつぶし続ける。

まるで体中をプレス機に掛けられたようで、自分の体の中から聞こえてはいけない音が響いてくる。

影胤と初めて遭遇した時に、警官が死んでいた理由がこれだと蓮太郎は理解した。

 

「ほう、まだ生きているか…もう少し圧力を上げるか」

 

なおも蓮太郎を押しつぶしにかかる影胤であったが――

 

「ウラァッ!!」

 

影胤の丁度真左に近接状態の神機を振るうジンがいた。

尤も、『マキシマム・ペイン』のせいで彼と影胤の間にはそれなりに距離があったが。

 

「ぬ、ぐぅぅううう!」

「君もしつこいね。この前のやり取りで君では破れないと分からなかったのかい?」

 

あの会議の席でジンは近接神機で影胤のバリアを突破出来なかった。

そのことが影胤に一種の油断を生んだ。

 

「ぶっ…飛べオラァァァァ!!!」

「な?!」

 

直後、凄まじい衝撃が影胤をバリアごと吹き飛ばす。

お蔭で押しつぶし続けていた圧力が消え、膝をついた蓮太郎はそのまま激しく喀血した。

 

「『イマジナリー・ギミック』ごと私を弾き飛ばすとは…何をした?」

「答えると、思ってんのか…」

 

一方ジンの方も迫りくるバリアを押し留め続けたのと、先程の『インパルス・エッジ』のせいでかなり息が上がっている。

スタミナを消費する代わりに大威力の砲撃を叩き込むこの技によって、影胤のバリアを破るとまでは行かなくとも、吹き飛ばすことには成功した。

だが依然状況は悪い。

蓮太郎は既に満身創痍、延珠も足の怪我のせいで動きがぎこちない。あれで小比奈の相手は相当キツイ筈。

唯一ジンは怪我らしい怪我は無いが、大分体力を消費し、且つケースと蓮太郎たちを守りながら戦うことは出来ない。

故に蓮太郎とジンは一番合理的な思考を紡ぎだす。

 

「「延珠(嬢ちゃん)、逃げろ」」

「嫌だ!」

 

そう答える延珠の後ろから小比奈が迫るのを見て、蓮太郎は延珠の足元に一発発砲する。

反射的に避けると、それは同時に小比奈からも若干の距離を取ることになった。

延珠は蓮太郎に視線を送るが、その眼を見てすぐさま身を翻そうとする。

だが、それで諦める小比奈ではない。

そこまで離れてもいないのですぐさま追撃の姿勢を見せる小比奈に、ジンは躊躇うことなく大型の銃器を向けて引き金を引いた。

そしてそれは影胤にも分かっていること。

ジンと小比奈の間に入ると『イマジナリー・ギミック』を用いて銃撃を防いできた。

銃撃を防がれたジンだが、その顔には若干の笑みが浮かんでいた。

彼が発砲したのは小比奈を足止めする為ではない。影胤の方の動きをある程度封じるためだ。

そして小比奈の方の足止めは―――

 

ガガガガッ!!

 

上空より放たれる複数のレーザーによって成された。

 

「シエル、嬢ちゃんの回収を頼む」

『了解です、ジン達も早く――』

「状況的にちとキツイ。俺らは後回しだ」

『しかし…』

「俺のしぶとさは神機兵の件で知ってるだろ?里見もそこそこのモンを持ってる。なんとかしてやるさね」

『…分かりました。ご武運を』

 

そこで通信は切れてしまった。

 

(里見、動けるか?)

(正直、ヤバイ。意識が、飛びそうだ)

(隙をついて逃げるぞ。俺が担ぐから、お前はケースだけしっかり握ってろ)

(分かった…)

 

逃走の算段を付けていると前方から怒気が伝わってくる。

 

「パパ!延珠、逃げた!斬りたい!追いたい!」

「駄目だ、我が娘よ。他の民警を呼ばれると厄介だし、アレと同レベルの神機使いを上空の仲間が呼んだら更に面倒だ。さっさと仕事を済ませよう」

(今のうちに…)

 

そう思った蓮太郎がケースを密かに確保しようとした瞬間、腹部に衝撃を感じた。

見ると蓮太郎の腹から黒い刀身が2本生えている。

背後から刺されたことに気付くまで数秒かかった。

 

「しまった、里見ッ!」

「弱いくせに!弱いくせに!弱いくせに!」

「が、あ…ッ」

 

裏拳で何とか小比奈を追い払うも、蓮太郎は深刻なダメージを負ってしまう。

小比奈は小太刀を引き抜くと、今度はジンに向かってきた。

 

「クソッ、邪魔だガキ!!」

 

長大な獲物故に、小比奈の速度に翻弄されるジンは防戦一方になってしまう。

一方の蓮太郎はケースを取ることも忘れ、逃走に走る。

威嚇の為に銃を乱射するが、碌に狙いも付けず発砲する為当たる筈もなく、むしろ反動で傷が痛み、意識が飛びそうになるほどの激痛を感じていた。

焦る思考とは裏腹に非常に緩慢な動作で逃げていた蓮太郎は、雨で増水し勢いの増した川によって道を塞がれてしまう。

後ろで小比奈に足止めされるジンと、こちらにカスタムベレッタを向ける影胤が見えた。

 

「……死にゆく友よ、何か言い残すことは?」

「へ、へへ…地獄に、落ちろ…」

おやすみ(グッド・ナイト)

 

影胤のフルオート射撃が場所を問わず、蓮太郎の体を貫いた。

拳銃を取り落した体がゆっくりと傾いていく。

薄れゆく意識の中で見えたのは、十字を切る影胤と、その背後から凄まじい勢いで自分に向かってくる黒い影。

着水した体は、恐ろしい速度で流されていった。

 

 

 



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第19話 理由

お待たせいたしました、復活しました。これからまた頑張ります!


≪―に――――――――ろ―――――≫

 

ガラガラガラ―

 

『どけ!道を開けろ!』

『急いで!!早く!!』

『出血が酷いな…輸血準備はまだか?!』

 

≪―――――――ば―き―――た――≫

 

ガラガラガラガラ――――

 

『●●●●●くん聞こえるか?!』

『もうすぐ助かるからね●●●くん!』

 

≪――たく―――ば―き―れ―た――≫

 

ガラガラガラガラガラガラガラ――バンッ

 

『先生!!』

『ああ…来たか』

『ふん、成程…』

『右手脚に左目まで喰われたのか』

『確かにもう持ちそうもないな』

 

≪―にたく―け―ば―きろれ―たろ―≫

 

『やあ、初めまして●●●●●くん。そしてもうすぐさようなら』

『私が左手に持っているのは死亡診断書だ。あと数分もすれば私がこれに一筆入れて、君は晴れてこの世からおさらばだ』

『右の手に持っているのは契約書だ。こちらは君の命を助けるが、代わりに命以外のモノ全てを貰う』

『左手で指差すだけで良い』

 

 

 

 

≪死にたくなければ≫

 

 

 

 

『選べ』

 

 

 

 

≪生きろ蓮太郎≫

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いい子だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャリシャリという音が聞こえ、次いで鼻につく強い薬品臭が漂ってくる。

それらを認識するにつれて意識がゆっくりと覚醒していった。

酷く重い瞼を何度か瞬かせてようやく目を開ける。

見えたのは見覚えのない白い天井だ。

その視界の端に真逆の黒が映り込む。

 

「お帰りなさい、里見くん」

「…よぉ、木更さん。ここ、天国か?」

「まだ真逆の地獄よ、お馬鹿」

 

皮肉を返す木更は微笑でいたが瞳は潤んだままだった。

 

「リンゴ、食べる?」

「いや、不思議なくらい腹減ってねぇ」

 

首を巡らせると窓から遠方に雲が見えるものの澄んだ夜空が見える。

 

「…どのくらい寝てた?」

「1日と3時間くらい。医者も匙を投げかけるような大手術だったわ」

 

まだ若干ボンヤリする。

頭を振ってそれを飛ばし、上半身を起こそうとするが痛みで止まってしまう。

それを見た木更が慌てて押し戻そうとするが構わずに起きた。

無意識のうちに右手脚を確認し、左目に触れていた。

 

「俺、どうやって助かったんだ?」

 

蓮太郎の問いに木更は足元のバッグを漁りある物を取り出す。

弾丸を全て撃ち尽くした状態のXD拳銃だった。

 

「延珠ちゃんがアランソンさんに保護されてからすぐに極東支部の方達が中心となって貴方たちの捜索と救助が始まったわ。丁度河の傍にこれが落ちているのを見つけた時に、無線で神斬さんから里見くんと一緒にいるって通信があったのよ」

 

自分が生きている理由にようやく合点がいった。

河に落ちる寸前に向かってきた黒い影は彼だったのだろう。

そして一緒に河に流され、下流辺りで通信を行ったのだ。

 

「アイツは今何処に?」

「それも含めて里見くんが寝ている間に本当に沢山のことがあったの。何から話したものかしら…」

 

少し考え込んだ木更は一つ大きく深呼吸をした。

 

「蛭子影胤。彼らの情報を聖天子側が寄越したわ」

 

ドクンッと大きく心臓が跳ねる。

ここは安全な病室なのに、あの男と対峙した時の恐怖がまざまざと蘇り冷や汗が止まらなくなった。

 

「プロモーター・蛭子影胤。彼の発生させる斥力フィールドは対戦車ライフルの弾丸を弾き、工事用クレーンの鉄球を止めるらしいわ。イニシエーターは蛭子小比奈。蟷螂の因子(モデル:マンティス)のイニシエーターで、ある程度の刃渡りの刀剣を持たせると無類の強さを誇るそうよ。このペアは問題行動が多すぎて現在は序列を剥奪されているけど、処分時の序列は………」

 

言いよどむ木更は一瞬こちらの目を見てきた。

黙って先を促すと彼女も腹を括ったようで、強張りきった顔でその数字を伝える。

 

「134位」

 

呼吸が、止まる。

性質の悪い冗談であって欲しかったが、木更の顔を見る限りそうではない。

だが、頭のどこかで納得する自分もいた。

初めて目にした100番台の実力は、文字通り桁が違ったのだから。

()()でもまだ遊ばれていたのだと今更気付いた。

戦慄する蓮太郎を余所に何処からか携帯の着信音が聞こえてくる。

先程のバッグに入っていたそれを木更が取り出し、一言二言応じるとこちらに渡してきた。

 

『里見さん、私です』

「……今更何の用だよ、聖天子様」

『今夜、『未踏査領域』に逃走した蛭子影胤追撃作戦が始まります。多くの民警に神機使い(ゴッドイーター)の方々も加えてのかつてない大規模作戦です。病み上がりの所申し訳ありませんが、あなたにもこの作戦に参加して欲しいのです』

「…1つ聞きたい。蛭子影胤、あの男は――」

『既に天童社長からお聞きかもしれませんが、あの男は10年前に政府の病院から関係者を殺し逃走。戦後の混乱期に名を変え民警をしていたようです』

「何故手を打たなかった?」

『『新人類創造計画』は存在しない計画です。存在しない兵士に手は打てません』

 

ミシリと携帯が悲鳴をあげる。

 

「ざけんな!!全部アンタ等のせいだッ!何でその尻拭いをやらなきゃなんねぇんだ?!やってられっか!」

『…では里見さん。あなたの友人や大切な人、ひいてはこの東京エリアに住む全ての市民が死ぬとしても、あなたは耐えられるのですね?』

「…何?どういうことだ?!」

『蛭子影胤は奪い去った『七星の遺産』を使って災厄を呼び寄せるつもりです。あの―――』

 

本能が電話を切れと叫んでいる。

ここから先は聞きたくない、聞いてはならないと体中の細胞が悲鳴を上げていた。

だが、固まってしまったかのように携帯を持つ蓮太郎の手はピクリともしない。

永遠にも思える一瞬の後、無情にもその言葉は紡がれてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ステージⅤを』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人はあまりに大きな怪我をすると痛覚が無くなるという。

その激痛でショック死するのを防ぐための自己防衛機能なのだろう。

そして、どうやらそれは恐怖にも適応されるらしいことを蓮太郎は知った。

ステージⅤが来ると知って、まだ自分が生きているのだから。

 

「嘘、だろ……」

 

意志とは関係なしに勝手に口が動いていた。

 

『嘘ではありません』

「ステージⅤを人為的に呼び寄せるなんて不可能だ!」

『そう思いたいのはよく分かります。ですが事実です。詳しいことはお伝えできませんが『七星の遺産』はステージⅤを呼び寄せる触媒なのです』

 

ここに至って蓮太郎は封印指定物の意味をようやく理解した。

ステージⅤ、またの名を『ゾディアック・ガストレア』。

アラガミに次いで人類を、世界を完膚なきまでに壊した11体のガストレアの総称だ。

通常、ガストレアはステージⅠから始まり、ステージがⅡ、Ⅲと上がっていく毎に体も大きく、皮膚も硬くなっていく。

その過程で多くの生物の遺伝子情報を取り込むため、ガストレアは奇々怪々かつユニークな容姿を持つ。

それ故にステージⅡ以降は似たような姿形の個体はいても、全く同じ容姿と能力を持った個体は殆どおらず、それらの決定的な対処法と言うものは存在しない。

そしてガストレアはステージⅣで完全体と言われ、それ以上成長することはない。

ここまでがガストレアの一応の常識。

ステージⅤはその常識の枠から外れた存在だ。

奴らは10年前に世界に突如として同時多発的に出現した。

どこから来たのか、どうやって生まれたのかもまるで不明。

ステージⅣでも相当な大きさを誇るというのに、それが赤子に見えてしまう程に巨大な体躯を持つ。

そして、その巨大な体を維持する為に皮膚に限らず筋肉や内臓まで圧倒的な硬度を持っており、またその身体的スペック故に外のどの『領域』でも活動が可能である。

だが、ステージⅤで最も恐ろしいのはここではない。

最も恐ろしいのは、ステージⅤは()()()()()()()()()()()()()()()()、という点だ。

これが一体どういうことか。

別に奴らだけ結界をすり抜けてくる、なんて生易しい事態ではない。

磁場の影響を受けないということは、磁場の発生源であるモノリスを破壊できるということだ。

モノリスは言うなれば防波堤だ。

その壁が1ヶ所でも綻べば、忽ちステージⅠ~Ⅳのガストレアが文字通り津波の如く押し寄せてくる。

『大絶滅』と呼ばれるこの現象は、既に中東やアフリカで発生してしまった。

その惨状は筆舌に尽くしがたい。

そして、その惨劇が、正に今、この東京エリアに起ころうとしているのだ。

 

『里見さん。今、あなたが戦わなければこれまでの比ではない多くの人が死にます』

「何でだ……何で、俺なんだ?」

『その理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………分かった。但し、アンタ等の為じゃないことを忘れんな」

『十分です。ご武運を』

 

そこで通話は切れた。

重苦しい沈黙が満ちる中、蓮太郎は自分の体に張られていた計測用のパッチを外していく。

痛みはあるが、何とか動ける。

制服に着替え着々と準備をしていると突然扉が勢いよく開かれた。

 

「蓮太郎!気が付いたのだな!」

「延珠…」

 

そのまま扉を開け放った人物―延珠は蓮太郎に抱きついてきた。

傷に響くが甘んじて受けるべきだろう。

 

「悪かったな、あんな命令出して……保護者失格だ」

「まったくだ……保護者としてダメダメだ。蓮太郎が死んじゃったかと思って、妾がどんな気持ちだったか……」

 

腰元に顔を埋めている為に表情は分からないが、延珠の声は酷く震えていた。

あやすように肩を叩く。

 

「本当に、悪かった」

 

暫くそうやって延珠をあやしていると、ふと彼女の姿に違和感を覚えた。

より正確には、背に背負っている物体についてだ。

蓮太郎の反応で気付いたのか、離れて背中を見せてくる延珠。

 

「妾の鞄だ」

 

そう。先日ボロボロにされた延珠の鞄が、修復された状態で背中で輝いていた。

所々傷跡はあるが、丁寧に直されたのが傍目からでも分かった。

 

「蓮太郎を病院に連れてきてから一度家に戻った時に玄関にあった。誰かが直してくれたのだ」

 

そこで思い出したかのようにポケットを探る延珠。

出て来たのは折りたたまれたクシャクシャになった1枚の紙切れだった。

 

「それでな、中にこれが入っていたのだ。誰からかも書いてないし汚くてな」

 

折り畳まれた紙を開くと、そこには文を何度も書いては消した痕が残っていた。

本当に、汚くなるまで、何度も何度も書いては消した痕だった。

結局、記されていたのは簡潔な、それでいて温かい一言。

 

 

『お仕事がんばってね』

 

 

「蓮太郎!妾はいつでも行けるぞ!」

 

その力強い笑みで、蓮太郎の中で不安が少し消えた気がした。

蓮太郎の目を見て止められないと悟った木更は、居住まいを正すと毅然とした声で告げる。

 

「社長として命じます。影胤・小比奈ペアを撃破し、ステージⅤの召喚を絶対に阻止しなさい!!」

「必ず」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

病室を出て、覚悟を胸に戦場へと赴こうとする蓮太郎と延珠。

夜の病院に人影は無く誰とも会わなかった。

入り口に至るまでは。

明かりの落ちた病院のエントランス、月明かりだけが頼りのその入口に、待ち構えるかのように佇んでいる人物がいた。

美しく流れる恐らく金色だろう髪は長く、窓から入ってくる月光を浴びて煌めいている。

薄いベールのようなもので顔を覆っているものの、女性で目鼻立ちが非常に整っているというくらいは確認できた。

服装は暗めの臙脂色と黒を基調とした、どこか喪服めいたものだ。

車椅子に嫋やかに腰かける様はこの人物の育ちの良さを窺わせていた。

 

「貴方が、里見蓮太郎さんですか?」

 

紡がれたのはしっとりと柔らかく、まるで全てを包み込む慈愛に満ちた母の様な声だった。

思わず聞き惚れそうになるが、自分の名前を知っていることに警戒が募る。

 

「そうだが…アンタ誰だ?」

「私はラケル、ラケル・クラウディウス。『ブラッド』の総責任者です」

 

思わず目を見張る蓮太郎。

ジン達が所属する特殊部隊、『ブラッド』。その責任者が一体何の用だというのか。

 

「そう警戒しないでください。私はただ、あなたを一目見てみたかっただけですよ」

「俺を…?」

「ええ。神斬ジンをご存知でしょう?」

「あ、ああ」

「あの子が気に掛ける存在が、私も気になってしまったので、こうして会いに来たのです」

 

ゆったりと紡がれる言葉は、不思議な力を帯びているかのように聞くものを惹きつける。

改めて見た彼女の整った外見と合わさって、まるで人ではないかのような神秘的な、それでいて妖しい美しさを醸していた。

ベールの向こうに薄らと見える目が蓮太郎の瞳を捉える。

その瞬間、自分でも分からないゾクッとした感覚が蓮太郎の背筋を這い上がった。

 

「フフ……あの子が気に掛ける理由が、何となく分かった気がします」

「え…?」

「いいえ、なんでもありません。お時間を取らせてしまって、申し訳ありませんでした」

 

そう言ってスッと道を譲るラケル。

先程呟かれた言葉が気になったが、今は蛭子影胤を止める為に急がねばならない。

そのまま蓮太郎たちは病院を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、面白い子…」

 

未だ病院のエントランスに佇むラケルは誰とも知らずに1人呟く。

 

「ジュリウスと、ジン以来ね…」

 

誰もいない空間での独り言は続く。

 

「あまねく因果の流れが、それを望むのなら、いつかあの子も…」

 

否、本当に独り言だったのか。

 

「ええ。でも今は『晩餐』の下拵えをしましょう…」

 

まるで語りかけるように、会話するように。

 

「そうね。まずは、『王の贄』の為に…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄く薄く、笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『お人形さん』たちと、遊びましょう…」

 

 

 

 

 

 




1ヶ月ほど更新できず申し訳ありませんでした。
私事が一段落しましたので、また頑張っていきます。

また、あらすじ部分でも書かせていただきましたが、
スパナ様より本作品の3次創作作品を執筆していただいております。

『メタリック・プレデター~外れモノの小唄~』
http://novel.syosetu.org/67946/

この場を借りてスパナ様に厚く御礼申し上げます。
本当に、感謝の極みです。


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第20話 未踏査領域

蓮太郎の視界は今、闇しか広がっていない。

雲はあるにはあるが、今の所は月明かりが差し込む程度には切れ切れだ。

にもかかわらず、鬱蒼とした森はその月明かりを全く通さないほどに茂っている。

先日まで続いていた雨の影響で夜の香りと湿気が同時に鼻に入ってくる。

今いるここは『未踏査領域』。ガストレアの闊歩する危険な地だ。

病院を出た蓮太郎はその足でまず連絡を受けていた菫の元に向かった。

用件は作戦の為の備品の受け取りだ。

尤もそれを実際に用意したのは菫ではなく、蓮太郎のパトロンだが。

銃器類やそれを収めるホルスターやポーチ等々、十分すぎるほどの充実ぶりだった。

おまけにそれらは全て蓮太郎好みの装備ばかり。

心の中でパトロンの社長令嬢に感謝していると、今度は菫の方から2つ程何かを渡される。

1つ目は『AGV試験薬』という5つの小型注射器に入った赤い薬品。

瞠目する蓮太郎に菫は「出来れば使うな」と釘を刺した。

2つ目は風邪薬の様な丸薬を10個。見覚えのないこれは『亜回復錠』というらしい。

聞くにこれは榊博士からの餞別で、本来神機使いが傷を癒すための回復錠を一般人にも使える様に手を加えたものらしい。

それ故に本来の回復錠程ではないが、それなりの怪我でも一時的に命を繋ぐ位の効果はあるらしい。

装備を調達した蓮太郎は菫にも死なないことを約束し、作戦の為に『未踏査領域』に降り立ったのだ。

 

作戦の内容は至ってシンプル、人海戦術だ。

蛭子影胤が潜伏していると推測される地点から離れた場所に降り立ち、捜索しながら徐々に包囲の網を縮めていく。

完全に補足したら周囲の民警に即時連絡。集合し次第、数の力で一気に叩くというわけだ。

だが蓮太郎自身はこの作戦自体に1つ不満、と言うより心配事があった。

それは、この作戦がほぼ民警主導という点だ。

今回の作戦地点は『未踏査領域』だが、同時に『混在領域』のすぐ近くでもある。

作戦時にその戦闘音を聞きつけアラガミが万一にも乱入することの無い様に、神機使いは『混在領域』に程近い地点で命令あるまで待機ということになっている。

また、民警とゴッドイーターが合同で挑む初の任務としては事態が大きすぎ、まだ連携における錬度が不十分であることも加味された。

何となくそれっぽい理屈に聞こえるが、要するにゴッドイーター達をなるべく蛭子影胤討伐自体には加えたくないのだ。

これが民警や政府のただの見栄っ張りなのか、それとも何かしらの思惑があっての事なのかは分からない。

どちらにせよ、あれほどの戦力を加えないのは愚かだと蓮太郎は思っている。

ただ聞いた話によると、彼らは今回の作戦に神機兵を投入しているらしいので、状況次第では応援も望めるかもしれない。

神機の制御機構を応用した機械仕掛けの戦闘人形、神機兵。

早い話がオラクル細胞を用いたロボットだ。

少し前まで制御に難航していたようだが最近になって改善し、TVのCMでも専ら神機兵の搭乗者募集が呼びかけられている。

噂ではアラガミの大型種というものに匹敵する能力を持っているとかで、蓮太郎としては今回の作戦でもその戦力に期待したいところだ。

 

等とつらつら思い出したり考えたりしながらも、蓮太郎と延珠は不気味なほどの静寂が支配する中、異常成長した木や見たことも無い奇妙な模様を持つ植物で埋め尽くされる森の中を慎重に進んでいく。

 

「延珠、とりあえず近場の街まで行くぞ」

「なんでだ?この辺りを捜せと言われているのだろう?」

「いくら影胤たちでもステージⅢ~Ⅳがいる森の中に居たいとは思わないだろうからな。地図があまり頼りになんねぇからちょっと時間がかかると思うが―――」

 

その時、どこか遠くから獣のような唸り声が聞こえてきた。

反射的にライトの明かりを消す。

サイレンサーを取り付けたXD拳銃を何時でも撃てるようにしながら慎重に進むと、思いがけず近くに唸り声の発信源はいた。

それは巨大なワニのガストレアだ。

ワニ特有の硬い外皮は不気味にヌラつき、細長い口吻に鋭い歯がびっしりと生え揃い、足は5本、目に至っては本来のものの他に4つ、計6個の眼球が周囲を睥睨している。

多くの生物は左右対称の外見という常識を、正面からぶち壊すかのような容姿だ。

未だ襲ってくる気配はないが、こちらに気付いているようで目の1つがジッとこちらを睨んでいた。

袖を握ってくる延珠と共に静かに、刺激しない様にゆっくりと下がっていく。

やがてワニガストレアの姿が完全に見えなくなるまで下がるとようやく安堵の溜め息が漏れた。

いや、漏らそうとした。

一息吐こうとした瞬間、今度は重低音の爆発音が響き渡る。

 

「な、なんだ?!」

「馬鹿野郎!どっかの民警のペアが爆発物を使いやがったなッ…!」

 

蓮太郎は非常に焦っていた。

生物には人の様に昼間に活動するものもいれば、夜になってから活発に活動を開始するものも存在する。

ガストレアも生物である以上はその法則が存在し、当然現在活動しているのは夜行性のガストレアだ。

しかし、別に昼に活動していたガストレアが夜になって消えるわけではない。ただ、睡眠を取っているだけだ。

そこに爆発物を使った時のような爆音を響かせるとどうなるか。

結果として、その音が響く範囲内に存在するガストレアを全て刺激してしまうという最悪の事態を招く。

そして、それは爆発物を使った者だけでなく、全く別の所にいた者もお構いなしに巻き込んでいく。

例えば、今の蓮太郎たちの様に。

 

「………………」

 

背後から迫るズシンッという重低音に恐る恐る振り返ると、先程のワニガストレアが可愛く見えるような輩がいた。

6m以上は有るだろう体躯に、爬虫類の様な獰猛な顔。

首は長く全体的に緑色の鱗で体を覆い、両腕は鳥の因子が入っているのか翼の様になっている。

端的に言えばまるでお伽話に出てくるドラゴンの様な姿のガストレアだ。

ステージⅣなのは間違いないが、もはや生物の因子が混ざり合い過ぎて、何が元の生物なのかを特定するのは不可能だった。

 

「……延珠」

「分かってる…!」

 

視線でこちらの意図を察した延珠は、迷いなく蓮太郎を肩に担ぎ猛ダッシュを開始する。

それを合図にするかのようにドラゴンガストレアも凄まじい速度で追ってきた。

前傾姿勢で進路上にある木々を踏み砕きながら迫ってくる姿は想像以上のプレッシャーがある。

だが、兎の因子を持ち、主に脚力に特化したイニシエーターである延珠の方が僅かに速い様で、徐々に距離を離しつつあった。

このまま行けると踏んでいた蓮太郎は振り返っていた視線を正面に戻す。

だが―――

 

「げっ!!」

 

前方にあったのは切り立った崖であった。目算で崖の下まで100mはくだらないだろう。

どうにかして迂回するか、等と考えていた蓮太郎であったがそんな思考は全くの無意味であった。

 

「蓮太郎、しっかり妾に掴まっておけ!」

「え…?」

 

もう目の前には崖があるというのに全く速度を落とす気配がない延珠。

先程の言葉の意味を十全に理解した時には、既に2人は空中に身を躍らせていた。

安全装置の類の無い空中散歩を暫し堪能。

いつもよりも青い月がずっと大きく見えるなー、等と現実逃避気味の思考は重力による自由落下と言う物理法則で中断された。

落下する中、声にならない悲鳴を上げつつ蓮太郎の視界に映ったのは、自分の小ささを教えてくれるような大きな青い月と、遠くでその月光を浴びている巨大な棒状の人工物、そしてその更に遠方の海上に浮かぶドーム状の影だった。

 

結局、捜索を再開したのは30分ほど経ってからだ。

というのも、流石に100mを超える高さから飛び降りた延珠も無傷ではなく手傷を負ってしまった。

常人よりも頑丈なイニシエーターでそれなのだから、担がれていた蓮太郎は堪ったものではなかった。

 

「最近、こんなんばっかだ……」

 

思い出されるのは10歳の女児たちに高速移動しながらお手玉にされる光景。

または、ある人物の小脇に小荷物よろしく抱えられたままヘリから垂直に落下する経験。

そして、今しがた体験した命綱無しの強制フリーフォール。

これらをここ数日のうちに全て体験したのだから、蓮太郎がこのようにぼやくのも無理からぬことだろう。

げっそりした蓮太郎とは逆に延珠は元気そのものだ。

僅かながらガストレアウィルスに感染している彼女らも、通常のガストレアと同じくバラニウムの磁場の影響を受ける。

よってモノリスの外に出た大抵のイニシエーターはその影響下から外れ、今の延珠の様に一時的にハイなテンションになったりするのだ。

そんな延珠と“起きてしまった”森を警戒を強めながら進んでいると前方に明かりが見えてくる。

どうやら、ガストレア大戦時に使用されていた防御陣地(トーチカ)を何者かが使っているらしい。

緊張しながらもハンドシグナルで延珠に指示を送る。

入口に蓮太郎、窓辺に延珠がそれぞれ配置につき、そこで一度呼吸を落ち着かせた。

壁に背を付け深呼吸を2回。そして拳銃を構えながら中に飛び込む。

 

「動くんじゃねぇッ」

 

中に入り、蓮太郎のXD拳銃と相手のショットガンが交差するのはほぼ同時だった。

相手を見て蓮太郎は絶句した。

相手が『未踏査領域』という地獄に似つかわしくない、長袖のワンピースとスパッツを着用した小柄な少女だったから絶句したのではない。

絶句した理由は2つ。

1つ目は少女に見覚えがあったから。

2つ目は右腕についた巨大な歯型の傷口から、決して少なくない量の血が流れていたからだ。

見ると相手も表情に乏しい顔ながら目を見開いて驚きを示していた。

2人して静止すること数秒。

 

「よせ、延珠!」

 

窓から音もなく侵入した延珠が、少女の背後から頭部へとハイキックをかまそうとしていたのをギリギリの所で止める。

不思議そうにする延珠を一端放置し、件の少女に話しかける。

 

「防衛省で一度会ってるが、俺のこと覚えているか?」

「ええ、勿論です」

「右腕の傷、治療してやるから見せてみろ。話はそれから聞くからな」

「待て待て待て待て!蓮太郎、妾はこんな女知らないぞ!一体どういう関係なのだ?!」

 

そういえば、あの会議の場に延珠はいなかったのだと思い出す。

 

「こいつは伊熊将監ってプロモーターの相棒をやってるイニシエーターだよ」

「千寿夏世です。以後お見知りおきを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

延珠を見張りの歩哨として外に待機させながら夏世の治療を続ける。

不機嫌な態度で『妾はそんな女認めないぞ!』等と文句を言いつつも、ちゃんと指示に従ってくれるあたりやはり延珠はいい子なのだろう。

 

「なにやら、あなたの相棒を酷く怒らせてしまったようですね」

「ったく…いきなり何であんな不機嫌になったんだか」

「理由は明白な気もしますが…」

 

まさかもう反抗期か?等と心配する蓮太郎とは裏腹に、まるで感情の乗っていない声で反論を返してくる夏世。

その返答に疑問符を浮かべるていると、今度は感情の乗った恐ろしく長い溜息を吐かれた。感情の成分は呆れ100%。

 

(10歳の子供の反応じゃないだろ、それ……)

 

そんなことを思っていると、どうやら考えが顔に出ていたらしい。

 

「不思議ですか?私が?」

「別に…」

「お気になさらず。こういう扱いは慣れています。私はイルカの因子を持っていて通常のイニシエーターよりも知能指数と記憶能力に優れているだけです」

「てことはお前が後衛兼司令塔で、将監が前衛か…珍しいスタイルだな」

「まあ、普通は逆でしょうね」

 

とはいえ、あの脳味噌まで筋肉で出来ているような将監が、頭を使って指示を出している姿など欠片も思い浮かべられない。

 

「――といったことを考えましたね?」

「え?!いや、そんなことは……」

「………(ジーーー)」

「……考えました」

 

流石IQ210オーバーは伊達ではないらしい。まさかこちらの思考を読んでくるとは…。

どのように言い訳をするべきか考えていると夏世の方が先に口を開いた。

 

「里見さん、その考えはすぐさま撤回してください」

「あ、ああ……悪い、流石に失礼だっ「違います」…へ?」

 

こちらの謝罪に被せてくるようにして否定してくる。

一体何が違うというのか?

 

「将監さんは脳味噌まで筋肉なんていう高尚なものではありません」

「……は?」

「あの人は髪の毛から脛毛、果ては陰毛まで筋肉で出来た『脳筋(のうきん)』ならぬ『毛筋(もうきん)』です。しかも堪え性もない上、後方支援なんてみみっちいことが出来ません。おまけに、戦闘職のシェアを私たち(イニシエーター)に取られたとかいう旧態依然的な考えで困ります」

 

あまりにもあんまりな言い方に唖然とする蓮太郎。

……取り敢えず言っておくことはこれだろう。

 

「…女の子が陰毛とか言うんじゃありません」

「意外と初心ですね…?」

「うるせぇよ?!」

 

 

 



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第21話 襲撃前

深い森の一角。薪を火にくべながら、約30人もの人影が一同に会していた。

老若男女関係なく、軍服の様な服装の初老の男もいれば、20台前半と思える私服姿の女性もいる。

ただ、何処を見回しても10歳程の女児は見えても、同じ年齢の男児はいなかった。

彼らの共通点は3つ。

全員が凄腕の民警であること、同じ獲物を狙っていること、そして――欲に忠実であることだ。

 

「だからなんべんも言わせんなッ!奴を追い詰めたら止めは俺がやるっつってんだろ!」

「ハッ、笑わせんな。テメー如きにそんな大役、務まるわけねーだろ」

「そう言うあなたも無理そうよね?見るからに弱そうだもの、囮でも務まれば御の字じゃない?」

「なんだとこの(アマ)ッ!」

「何よ、ホントのこと言っただけじゃない」

「まったく…ここは馬鹿の集まりですか。付き合ってられませんね」

 

喧々囂々と言い合いを繰り返す面々。一体彼らは何をそんなに揉めているのか。

それは、数十分前にある民警のペアが今回の獲物――蛭子影胤と小比奈のペアを発見したことに端を発する。

彼らは手筈通り周囲に展開する他の民警にも連絡を入れた。

依頼当初は一人でやってやろうかと思っていたが、あの会議の場で力の一端を見せられ流石にそれは諦めた。

この考えは恐らく、今回の依頼を受けた民警のペアのほぼ全員共通の考えだろう。

例えどんなに傲慢で驕りの強いペアでもだ。

かくして、彼らは渋々ながらも一時的な共闘の様なものを行うことにした。

そこまではいい。

問題は今回の報酬が莫大であるということだ。

当然、過程はどうあれ実際に目標を仕留めた者により多くの報酬が支払われるだろう。

それを巡って彼らは誰が一番多くの報酬を手にするか、つまりは誰が止めを刺すかという議論を延々と繰り広げていたのだ。

伊熊将監もその一人だ。

 

「ギャーギャーうるせぇな!御託はいいから俺にやらせろ!!」

 

会話の流れを断ち切るかのように割り込む将監。

三白眼の大男が焚火の明かりで暗闇の中に浮かび上がるのは下手なホラーよりもずっと迫力があった。

だが、それに怯むような輩はここにはいない。

 

「ふんッ、イニシエーターと逸れた脳筋が何をほざいているのやら…」

「ああ?!なんだとテメェッ!」

 

茶々を入れるのは若干ロン毛でスーツ姿の優男だ。

長身で顔も良く、眼鏡を掛けた様は知的な雰囲気が漂っている。

そのイケメンも相手を見下すような微笑を伴っていては台無しだが。

獲物は背後に背負う長大なケースに入っているのだろう。

傍に伴っているのは肩口で切り揃えられた黒い髪の女の子。

シンプルな黒のノースリーブシャツと青系統のジーパンというかなりラフな格好だが、着ている素材が良いのか鋭く冷ややかな相貌とも相まって良く似合っていた。

IP序列1707位、プロモーター・鶴井隼人(つるいはやと)、イニシエーター・柳葉奈津美(やなぎばなつみ)

俊敏なイニシエーターが敵を攪乱し、遠方からプロモーターが精密な狙撃を行うという、ある種典型的なペアである。

その序列の高さが示す通り彼らの腕は良く、どちらかの名前を出せば大抵の相手に聞き覚えがある程度には名も売れていた。

尤も性格に難があるということでも有名だが。

 

「そんな年になって相方と逸れるとか馬鹿じゃないの?」

「そう言ってやるなよ奈津美。彼はアレでも頑張って頭を使っている方なのさ」

「そうなの?信じらんないんだけど」

 

このペア、とにかく口が悪いのに定評がある。

エリート思考のプロモーターと子供特有の傲慢な態度が特に強いイニシエーターがコンビを組めばある意味必然かもしれない。

 

「おまけにあの会議じゃ妙ちきりんな奴に思いっきり蹴られて変な顔晒してたくせに」

「ククッ、確かにアレは無様極まりなかったな」

 

その時のことを思い出したのか周りの民警も思わず笑いがこぼれてしまう。

まさかあの“闘神”とも言われている伊熊将監が、股間を蹴り上げられ悶絶する様を見るとは誰も思っていなかったのだから。

だが今の将監の様子もいい勝負かもしれない。

額には青筋が浮かび、視線は相手をそのまま殺してしまいそうなほど鋭く、逆立った髪は文字通り怒髪天だ。

そんな将監に目もくれず貶すことを止めない鶴井と柳葉。

だが――

 

「こんな奴が序列1584位とはな…プロモーターがこれではイニシエーターの方も高が知れるな」

「あの無表情な奴でしょ?絶対大したことないわよ」

「ハハ、違いな――」

 

ここにいない将監の相方まで侮辱し始めた2人だったが、その言葉は最後まで言えなかった。

何故なら将監が先程とは一線を画す殺気を放っていたからだ。

思わず警戒態勢を取る鶴井たち。

周りの民警も笑いがいつの間にかで止み、固唾を飲んで行方を見守っている。

 

「大したことないかどうか…ここで試すか?」

 

背中の大剣に手を掛けながら問う。

一方の鶴見も腰のハンドガンに手を掛け、柳葉に至っては既に力を開放していた。

一触即発の空気が流れる中、良くも悪くも流れを切ったのはドシンッと重く響く音だった。

ここで咄嗟にその場の全員が警戒態勢に入ったのは流石は凄腕たちと言ったところか。

重く響くこの音はガストレアの足音だ。それも聞こえてくる位置から察するにかなり大きい。恐らくステージⅣだろう。

先程とは別の緊張感が場を支配する中、音は少しずつ少しずつ民警たちのいる位置から離れていった。

誰かがフーッと息を漏らす。それに便乗して誰かが提案した。

 

「この場で仲間割れは無意味かつ危険です。報酬の話はもっと穏便に決めましょう」

 

邪魔が入ったとばかりに将監たちもそれ以降は口を利かなかった。

その後しばらくその場で報酬をどうするかを、先程よりかは幾分落ち着いた空気の中決めていった。

だが、その場の誰も気付かなかった。

彼らの上空、目を凝らしても見えない高さに、月の光を浴びながら電子の眼が浮かんでいることに。

その眼を通して、ある人物が薄く笑っていることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら森で爆発物を使ったのは将監と夏世のペアらしい。

蓮太郎たちよりも遥かに序列の高いイニシエーターである彼女が、『未踏査領域』ではいかなる場合でも音を立てない、という鉄則を知らないはずがない。

理由を問うと彼女は膝を抱えて薪の火を見ながら話してくれた。

曰く、彼女らは罠にかかってしまったらしい。

作戦開始地点から進むこと暫く、森の奥から短く点滅するライトパターンを発見し、味方だと思い無警戒に近寄ってしまったらしい。

尤も、青白い鬼火の様なライトなど、今回の作戦に参加している民警は使っていないが。

近寄って強烈な腐臭を感じた時にようやく罠にかかったことに気付いたらしい。

 

「そのガストレアは気持ち悪い花の様なものがあちこちに咲いていて、尾部が発光していました。こちらを見ると歓喜を表すかのようにブルブル震えたんです。…色んなガストレアを見てきましたがアレには足が竦みました」

 

そして殺されると思い、咄嗟に榴弾を使用してしまったらしい。

後は蓮太郎にも想像がついた。

森中のガストレアが起き、追われているうちに逸れてしまったのだろう。

そこで夏世は蓮太郎が何か考え込んでいるのに気付く。

 

「どうしたんですか?」

「ああいや、そのガストレアについてちょっと考えてたんだが……多分そりゃ蛍のガストレアだな」

「蛍?」

「正確には蛍とラン科の植物の混ざった動植混合ガストレアだ」

「!…今の話でそこまで分かるんですか?」

「蛍の仲間には肉食の奴もいてな。他の蛍の発行パターンを真似て、近寄ってきた蛍を捕食すんだ。ラン科の植物も腐臭を放って蠅とかをおびき寄せて花粉を運んでもらう。お前たちが遭遇したのはその類の性質を持つ特殊進化個体だな。人間をおびき出すための発光パターンと臭いを合成したんだ。多分ステージⅢってところだな」

「そんなことが有り得るのですか?」

「ガストレアはそうやって人間の裏を掻く。頭の悪い生物に人間は負けねぇ」

「……よく見てもいないガストレアの種類を当てられますね。里見さんって生物オタクなんですね」

「グッ、うるさい…」

「その顔だと幼少期に蟻の巣を水没させる暗い遊びで悦に浸っていたと見ました。ええ、楽しいですものね、分かります」

「顔で判断すんじゃねぇよ失礼な!」

「違うんですか?」

「………当たりだけどよ」

 

項垂れる蓮太郎を見て夏世は初めて楽しげに眼を細めた。

 

「あなたといると退屈しませんね、……少し、延珠さんが羨ましいです」

「………お前は、伊熊将監の様なプロモーターといて楽しいのかよ?」

「……………イニシエーターは殺すための道具です。是非などありません」

「違うッ!!」

 

思わず大声を出してしまった。

夏世が驚いた顔でこちらを見ているが関係ない。

その言葉だけは違うと信じているから、自信を持って断言できるから。

 

「お前も、延珠も……道具なんかじゃねぇ」

「……里見さんは人を殺したことがありますか?」

「え…?」

「私はありますよ。ここに来る途中も出会ったペアを殺しました」

「?!何故そんなことをしたッ………!」

「将監さんの命令です。今回の手柄を他の民警に渡さない為のようです」

「……お前は、それで何とも思わないのかよ?」

「怖かったです。手が震えました。でもそれだけです。2回目ですし、じきに慣れるかとおも―――」

 

気付いた時には彼女に掴み掛り、床に押し倒すようにしていた。

 

「フザケんじゃねぇ!殺人の一番怖い所は慣れることだ。人を殺しても罰せられないと知った時、人は罪の意識を忘れていく」

 

蓮太郎のその言葉にも夏世は表情を微動だにしなかった。

 

「……岡島純明」

「!」

「覚えていますよね、この事件の発端となったモデル:スパイダーの犠牲者の名前です。彼の様に人からガストレアになり、私たち民警に殺される例は幾らでもあります」

 

確かにその通りだ。

その悍ましいまでの増殖力を持つ奴らに対抗するための民警なのだから。

現に今いるこの『未踏査領域』にいるガストレアの中にも、『元』人間は多くいることだろう。

 

「そんな時、人々の心に浮かぶ言葉は『駆除』や『退治』。……でも、本当は分かっているはずです。それが紛れもない『人殺し』であると」

「………ッ!」

私たち(イニシエーター)の仕事はガストレアを殺す(退治する)ことです。………例えそれが『人』であろうとも、私たちは持ち主(プロモーター)の道具として従うだけです」

 

これほどもどかしく思ったのは蓮太郎には初めてだった。

そうではないと、そんなことは無いとこの少女に分からせたい。

だというのに、自分ではその言葉を見つけることが出来ない。

精々出来るのは、今思っていることを、可能な限り言葉に乗せて伝えることくらいだ。

 

「…延珠は『殺しの道具』なんかじゃない、『人間』であり俺の『家族』だ!お前だって――」

「里見さん……それは綺麗ごとです。家族なら、本当に大切に思っているなら、危険なことはさせず東京エリアで帰りを待たせるべきではありませんか……?」

 

夏世の瞳がまっすぐに蓮太郎を見上げていた。

 

「……悪ぃ。俺、何偉そうなこと言ってんだろな…」

「どうして、謝るんですか…?」

「え…?」

「里見さんの言っていることは正しいです。正しいのに。私、今変なんです。よく分からない気持ちです。反論なら即座に幾らでも思い浮かべられるのに、それをしたくないんです。……こんな気持ち、初めてなんです」

 

気付くと夏世の眦から一筋の涙が零れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

暫く、インスタントのコーヒーを飲みつつ、静かな時を過ごした。

トーチカから覗く空には、青く輝く月が覗いている。

トーチカの中には長年放置されてきたためか、いたる所に当時の銃火器が錆びた状態で放置されていた。

ふと、蓮太郎は気になったことを隣でコーヒーを息で冷ましている夏世に訊いてみることにした。

 

「お前は、『今の世界』をどう思ってる?」

「…私にとっては今が『普通』ですから。そう言う里見さんは?」

「……ひどい世界さ。でも、ガストレアが現れてからこの10年で、ここまで順調に復興を遂げてる」

「今の時代に行われているのは、本当に健全な復興なのでしょうか」

 

何故か、その発言にドキリとした。

 

「……どうして、そんなことを?」

「私は大戦を知らない『無垢の世代』です。しかし、大切な我が子を目の前で貪り食われ、愛しい恋人を醜いガストレアへと変貌させられた『奪われた世代』の胸中には、剥き出しの憎悪や憤怒が見え隠れしているように見えます。世道人心は乱れ、復興の10年の間にも殺戮能力に特化した武器が大量に開発されました。例えば『天の梯子』」

 

夏世が指し示す先には天を貫かんばかりの巨大な梯子状の人工物があった。

あまりの高さに一部は雲にかかっている。

 

「ガストレア大戦にて人類が生み出した遺物、その中でも最強最悪と謳われた超兵器です」

 

思わず見上げていた蓮太郎だったが夏世の言葉で我に帰った。

 

「これは氷山の一角に過ぎません。里見さんも『新人類創造計画』については聞いたことがありますよね?『呪われた子供たち』の戦闘能力の高さに気付いて立ち消えてしまった計画だそうですが、かつてバラニウム合金の力を使った対ガストレア最強の兵士を作ろうとした計画があったようです。……まあ、蛭子影胤を見るまでは都市伝説の類だと思ってましたが」

「……あんな力に頼るのは、卑怯者のすることだ」

「里見さん…?」

 

訝しげな視線を向けられたのでコーヒーを啜って誤魔化す。

舌に広がる苦味に顔を顰めようとしたが、つい最近最悪の苦味を経験した為、別段苦く感じなかった。

その時、傍に置いてあった通信機から連絡が入る。

ノイズが酷いが夏世が調整していくと徐々にクリアになっていき、野太い男の声が聞こえてきた。

 

『き…ザザ……ザ…ろよ。おい!生きてんなら返事しろよ』

「音信不通だったので心配しました。ご無事で何よりです、将監さん」

『たりめぇだろ!んなことより夏世、良いニュースがある。仮面野郎を見つけたぜ』

 

思わず蓮太郎と夏世は顔を見合わせた。

 

『何処ですか?』

 

将監が告げた地点(ポイント)は海辺の市街地だった。

 

『今付近にいた民警が集まって総出で奇襲する手はずになってる。ついさっき、やっと荒れてた手柄の話が決着したところだ。面白くねぇが仲良く山分けだとさ。お前もとっとと合流しろよ。まあ――お前が来る頃には終わってるかもしれねぇがな』

 

夏世の返答も聞かずに通信は切れてしまった。

将監の後ろから聞こえていた蛮声などを聞く限り、最低でも10組弱のペアはいる感じだった。

夏世はと言うと既に荷物を片付けて焚火を消していた。

 

「やっぱり行くのか?」

「あんな人でも相棒なので。里見さんは?」

 

行けば蛭子影胤と再び相見えるだろう。

昨日今日で殺されかけた恐怖を拭い去れるわけがない。

だが、それでも行かなくてはならないだろう。

蓮太郎は静かに頷く。

 

「腕はどうだ?」

 

彼女は包帯を取ってみせると、傷は綺麗に完治していた。

今から行っても将監の言う通り間に合わないかもしれない。

だが、民警側が勝つか、影胤側が勝つか、せめてそれだけでも見届けなくては。

 

 

 

 

 



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第22話 信じる

すいません。最近ごたごたして月曜に更新できませんでした。
今後もこういうことがあるかもしれませんが、なるべく早く更新できるようにしますのでご容赦ください。
長期間更新できそうにないときは活動報告に書き込みます。


勾田総合病院の地下。そこにある霊安室を改造した研究室にて、室戸菫は1人パソコンと向き合っていた。

彼女はその余りに残念な性格が際立ってしまって忘れられがちだが、現在生存している人類の中でも最高峰の頭脳の持ち主の1人である。

今もとある資料を纏めているのだが、同じ土俵の専門家がその資料を見ても半分も理解できないだろう。

黙々と作業していたが、不意にドアがノックされて作業を中断した。

 

「おやおや、今日はいかがされましたか?天童社長」

 

入っていたのは木更だった。

だが、その顔にいつもの覇気はなく、どこか陰が差したように見える。

黙ったままの木更を椅子に座らせ、菫はビーカーでコーヒーを淹れ始める。

コポコポという音だけが響く中、徐に木更が口を開いた。

 

「―先生、その節は…お世話になりました」

「…その節、ね」

 

コーヒーの準備をしつつ、振り返らずに相槌を打っていく。

 

「世話なんて焼いた覚えは無いよ。自分の復讐の為にメスを持ったことはあるがね」

「それでも…先生のお陰で里見くんは今も生きています。ありがとう…ございます」

 

菫の背中へ向けてペコリと頭を下げる木更。

そんな彼女へ菫はニヤァッといやらしい笑みを浮かべながら振り返った。

 

「どうしたんだい?今日はやけにしおらしいじゃないか。そんなんじゃ里見くんにパックリ喰われてしまうよ?」

「ブッ?!そ、そんなことありません!」

「どうかな?いざとなったら彼は獣にでもル○ンにでも何でもなると思うがね」

 

カラカラと菫がからかっていると木更はまた黙ってしまった。

再び口を開いたのはコーヒーが差し出されてからだった。

 

「私…止められなかったんです」

「…………」

 

暫くコーヒーを啜る音だけが2人の間を満たしていた。

 

「…木更」

「……」

「止めても行ったさ」

「…!でもッ、あの時私を庇いさえしなければ―」

「あの時、手術なんてしなければ」

「ッ!」

「10年前のあの日、私の世界は激変した。屍山血河(しざんけつが)肝脳塗地(かんのうとち)千言万語(せんげんばんご)を尽くそうともあの地獄を表現するには圧倒的に足らない。だが、たとえそうだとしても私が彼にしたことは、到底許されることではない。―――そう言って、私が彼への謝罪の言葉を必死に探していた時、彼はなんと言ったと思う?」

「……」

「『あの日から恨んだことなんて1度もない』……そう、言ってくれたよ。――木更、私はその言葉を、彼を、信じたいんだ」

 

何度目かの沈黙が満ちた。

だが、先ほどまでとは明確に違うことが1つ。

木更の目に、覇気が戻る。

 

「先生――ありがとうございます。……行ってきます」

「ああ、見届けてこい」

 

霊安室を出て、病院を出る。行先は決まっている。

足早に歩を進める木更であったが、病院を出て数分後に携帯に着信が入る。

 

「動画ファイル…?」

 

入ってきたのは1つの動画が添付された空メール。

本文は勿論、件名も無し。アドレスも見たことのないものだった。

今、このタイミングで詳細不明の動画が届く。明らかに何かあるだろう。

それでも、不審に思いながらも動画を再生する木更。

その目が驚愕に見開かれる。

 

「これは…!」

 

動画の再生が終了して後、木更はすぐさま移動を再開させ、同時に連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうあと2時間程で夜が明けるという頃、蓮太郎たちはそこそこ規模の大きい野営の跡地を見つけていた。

恐らく伊熊将監たちがここにいたのだろう。

時間的に彼らはもう作戦を決行しているはずだ。

 

(急がねぇとな…)

 

やがてかつて街であったものを見下ろせる小高い丘に着いた。

眼下に広がっている街は恐ろしい程の静寂に包まれ不気味であった。

潮風の影響をもろに受けて劣化した建物の中で、教会と思しき小さな白い建物だけに明かりがついていた。

 

「あそこか…」

 

その時、突如として銃撃音が響いてくる。

続いて剣戟音、爆発音等々、明らかに戦闘と思われる音が続く。

 

「始まったかッ!俺たちも行くぞ!」

「私は残ります」

 

驚いて振り返ると夏世は背を向けていた。

不審に思っていると、ケースを開いて銃器類を取り出しながら彼女は答えてくれた。

 

「尾けられてたようです。里見さんには聞こえないのですか?ここで誰かが食い止めなければ、どちらにしろ全滅ですよ」

 

言われて振り返ると、先ほど出てきた森から様々な唸り声や雄叫びが聞こえてくる。

どうやら仲間と交信しているらしい。

よく見ると、所々暗がりの中に赤く光る眼が見えた。

 

「だったら俺たちも――」

「里見さんは馬鹿なのですか?既に賽は投げられました。3人でここを守っても、将監さんたちが負けてしまっては意味がないのですよ?民警ならば、今できる最善を尽くしてください」

「それがお前をここに置いて行くってことかよ…?」

「将監さんならそうします。私を置いて、振り返ることなく戦地に向かうでしょう。私も彼の相棒として、道具としてやるべきことを全うします」

 

思わず拳を強く握りしめる。

 

「…お前は普通の人間として生きたいと思わねぇのか?そう考える原因が将監にあるのなら……悪いが、俺は将監(アイツ)を許せねぇ…ッ」

 

蓮太郎のその言葉を聞くと夏世は背を向けたままニコリと笑った。

 

「勘違いしているようですが、別に私もここで死ぬ気はありません。劣勢になったら逃げますよ。早めに片が付いたら加勢、お願いします」

 

まるで気負った様子もなくそう告げる。

すると夏世は振り返り、蓮太郎の目をまっすぐに見つめてくる。

 

「大丈夫、あなたならきっと勝てます。だから自分を信じてください。―――()()()に、強い光が灯るように」

「……!」

「将監さんをよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朽ちた街を蓮太郎たちは影を縫うように進んでいく。

徐々に先ほどの銃声が聞こえた辺りに着く。

心臓が五月蝿く拍動するが、頭は何故か驚くほど冷静だった。

故に奇妙な点に気づく。

 

(おかしい…さっきから何も音がしない)

 

銃撃の音も剣戟の音もまるでしない。

影胤を倒したのなら誰かが勝鬨くらい挙げるはずだ。

勝鬨も、悲鳴も、呻き声すら一切なく完全な静寂が辺り一帯を満たしていた。

やがて足に何かが当たり、延珠がそれを拾い悲鳴を上げて放りだした。

拾い上げたのは生々しい二の腕だった。

腕は長大な狙撃銃を持ったまま切断されており、元は質の良かっただろうスーツが滲んだ血で見る影もなかった。

その時、すぐ近くの平屋の中からごとりと音がして危うく発砲してしまいそうになる。

警戒を最大に強めながら注意深く中の様子を伺うと、そこに1人の大男が壁に寄りかかるようにして倒れていた。

 

「お前……ッ、伊熊…将監か」

 

蓮太郎の問にも男――将監は何も答えない。

ただ、ヒューヒューと虫の息だけを漏らしていた

全身の至る所に傷を負い、自慢の大剣は半ばで折れ、折れた刀身の先は右の太腿を貫通するように刺さっていた。

そこでようやく将監に反応が見られた。

 

「夏世…か…?」

「…!」

 

どうやら意識も朦朧とし目も耳もうまく機能していないようだ。

 

「さっさと…俺の、剣…持って来い……次は…負け、ねぇ…」

 

蓮太郎たちが固まっていると架空の夏世へ向けて将監は話し続ける。

 

「無茶…かどう、かは……俺が、決め…る……」

「戦い…だけが…俺たち…の居場所…だ…」

「俺も…お前…も、戦いから…離れれば、離れる…ほど…痛ぇ目を…見る…」

「叶わねぇ夢を…語るほど…辛ぇ、思いを…する…ッ」

「だったら、黙って俺…に使わ、れろ…」

「その間…その時間、だけ…が、お前を…正当化、する…」

「……夏世…お前は…俺たちは………正しいんだ…」

 

そこまで語ると将監は大きく喀血し横に倒れてしまう。

 

「……ッ!」

 

気付けば蓮太郎は将監に駆け寄っていた。

最早風前の灯である彼を何とか助けようと荷物を漁った。

 

(何か、何かないのか…ッ!)

 

そうしている間にも死神は将監の命を刈り取ろうと迫っている。

焦っていると不意に漁っていた自分のバックから何かが零れ落ちる。

風邪薬のような錠剤が10個ほど連なったものだ。

 

「ッ!!」

 

それを見た瞬間、蓮太郎は急いでその錠剤を10個全て取り出す。

噛む力も残っていないようなので、握力で粉々にしたそれらを水で溶かして一気に将監の口の中に突っ込んだ。

咽る力もないのか錠剤を含んだ水はあっさりと将監の体に取り込まれた。

数秒待って、その効果は現れた。

体中にあった傷が完全とまではいかなくとも止血する程度には塞がり、最早真っ白と言っても過言ではなかった顔も血色を少し取り戻した。

意識は未だ無いが呼吸も確認できた。

まだ危険なことに変わりはないが、一時的にでも命を繋げたことに蓮太郎は1つ息を零した。

 

「蓮太郎、さっきのあれは何だったのだ?」

「先生が榊博士から貰っていたものだよ。神機使いたちが傷を癒すのに使うやつの改造版だそうだ」

 

不思議そうにしている延珠に蓮太郎は出発前に貰ったものについて説明した。

亜回復錠。

本来神機使いが傷を癒すための回復錠を一般人にも使える様に手を加えたもので、本来の回復錠程ではないがある程度の回復が見込める榊博士からの餞別だ。

倒れる将監を安静に寝かせた後、蓮太郎と延珠は再び外に出た。

 

「延珠、通りに出るぞ。但し、何を見ても悲鳴を上げんなよ」

「これ以上、何があるというのだ蓮太郎ッ」

 

蓮太郎は何も答えなかった。と言うより、その必要がなかった。

前方から途轍もなく濃密な血臭が漂ってくるのだ。

 

「蓮太郎…これは……一体、何なのだ…」

 

辺りに広がっていたのは文字通りの血の海だった。

その海には様々なものが浮かんでいたが、共通事項として全て人の体というものがある。

驚愕の表情を張り付けたままの頭部、全身穴だらけにされた体、胴体を真っ二つにされ内臓を晒しているものまであった。

よく見ると防衛省で見た顔もちらほらいた。

 

「パパァ、ビックリ。ホントに生きてたよ」

 

聞き覚えのある声に振り返ると桟橋の先に2人の人物がいた。

黒いワンピースと2本の小太刀を携えた少女と、赤い燕尾服に同色のシルクハット、舞踏会用の仮面をつけた怪人。

彼らはあれだけの数の手練れの民警を返り討ちにしたというのに、全くの無傷であった。

その事実にもう何度目かの悪寒が蓮太郎の背筋を駆けた。

 

「…初めて会った頃から、どうにも気になっていたんだ。キミはいつも私の心の何処かに必ずいる」

 

海を眺めたまま怪人は謳うように問う。

 

「何故だ?私は強さを求め、強き者を求める」

 

怪人が語っている間、風が止み、波音さえも聞こえなくなった。

 

「今までの圧倒的な敗北、恐怖を経験したキミが、私のこの気持ちに答えられる何かを、持っているというのか?」

 

 

 

 

 

 

 

青く輝く月が、怪人と蓮太郎を照らす中――

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっと来てくれると思っていたよ。―――教えてくれないか、里見くん」

「影胤……ケースは、どこだ…ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「幕が近い。決着を着けよう」

 

 

 

 

 

 

 

戦いの火蓋は切って落とされる。

 

 

 



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第23話 新人類創造計画

時刻は少し遡る。

鶴井隼人は廃墟となった街のとある建物の屋上にて、長大な狙撃銃を構えていた。

スコープから覗くのは小さな教会だ。

辺りは夜明けが近いとはいえ、まだ暗いというのにそこだけが明かりが点いている。

今、ターゲットはあの教会の中にいる証だ。

周囲には自分と同じように、別の場所で伏して狙撃の態勢にいるプロモーターが複数いる。

地上でイニシエーターと共に肉弾戦を挑む者たちとの比は、大体6:4くらいで狙撃組の方が若干少ない。

 

(まあ、せいぜい脳筋たちには頑張って貰いましょうか…)

 

隼人は一人ほくそ笑む。

いかに自分たちの方が数が多く有利であろうとも、相手は100番台の格上だ。

例え勝ったとしても、こちらにも被害が出るだろう。そして、その被害をわざわざ自分たちが被る必要は無い。

相方の柳葉奈津美にもその旨は密かに伝えてある。

合図とともに肉弾組が一斉に教会へ攻勢に出る算段だが、彼女へは敢えて出遅れるよう指示してある。

他の民警ペアがターゲットを攻撃し、疲弊かもしくは仕留める一歩手前になったら彼女を突撃させ自分たちのペースに引きずり込み、自分の狙撃で仕留める。

 

(獲物を弱らせるのは狩りの基本ですからね)

 

馬鹿げた額の価値のある獲物の首。その獲物を狩るのに使えるものは何だって使う。例えそれが同業者であってもだ。

獲物の首を上層部に渡し莫大な富を築く光景を幻視しながら、隼人は作戦開始の合図の銃声を聞いた。

その音に我に返りながら改めてスコープを覗き、狩りの様子を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想とは真逆の狩りの様子を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

気づいた時には既に数名がバラバラになり、頭が弾けていた。

黒いワンピースの少女が両手に小太刀を握り、あどけない笑顔を浮かべながら次々に人間を細切れにしていく。

赤い燕尾服の怪人が迫りくる銃弾や剣戟を青白い燐光を発するバリアで防ぎながら、的確に銃弾を叩き込んでいく。

彼らが何かしらの動作を取るたびに、辺りは血に染まり人が物言わぬ屍となっていった。

首を斬られ、心臓を打ち抜かれ、正中線に沿って真っ二つにされたと思ったら、すぐ傍で全身を穴だらけにされた。

そこに大人も子供も違いはなく、等しく成す術もなかった。

 

(なんだこれは…)

 

スコープを覗いたまま隼人は固まってしまった。

レンズの先では伊熊将監が果敢に斬りかかっているが、それすらまるで遊びとでも言わんばかりに軽くあしらい続けられていた。

次第に傷は増え、動きが鈍った隙をつかれ愛剣が半ばよりへし折られた。

折れた刀身の刃先が怪人の手に収まったかと思うと腕がぶれるほどの速度で投擲し、将監の右の太腿を深く貫いてその勢いのまま平屋の奥まで吹き飛ばす。

唖然とその光景を覗いていたが、不意に怪人がくるりとこちらを向いた。

暗くて視界が利かない上に遠方からだというのに、奴は確かに隼人をレンズ越しに見た。

 

 

――まるでそこにいるのは分かっているぞ、とでも言うかのように。

 

 

「ッ!!」

 

気づいた時には引き金を引いていた。

対物ライフルに分類される大型の狙撃銃からそれに見合うだけの大きさを持つ漆黒の銃弾が吸い込まれるように怪人に向かっていった。

完璧なヘッドショット。隼人が撃ってきた中でも会心の一射だった。

だがその一撃も青白い燐光に阻まれ、あらぬ方向にそれてしまう。

唖然とする間もなく事態は動く。

怪人と少女は突如として凄まじい速度で移動を開始する。

一体何がと思っていると―――

 

『ぎゃあああぁぁぁぁああああぁぁ!!』

「?!」

 

ここからほど近い建物の屋上あたりで悲鳴が上がる。

急いでそちらに目を向けると、そこには血の海に伏す一人の男性と小太刀を握った黒い少女がいた。

 

(速すぎる…!)

 

その光景に戦慄していると今度は別の建物から悲鳴が響いた。

そこには先程の少女と同じように、燕尾服の怪人が狙撃組のプロモーターを1人血祭りにあげていた。

 

「…ッ!奈津美ッ、今すぐ戻りなさい!!」

 

無線機越しに相棒の少女に指示を飛ばす。

アレは化け物だ、勝てるわけが無い。

そう判断した隼人はすぐさま逃走の段に入っていた。

柳葉奈津美は馬の因子(モデル:ホース)のイニシエーターだ。

その脚力は相手を翻弄する高速戦闘は元より、こういった非常時の緊急避難にも大いに役に立つ。

故に、前線に送っていた彼女に即刻の離脱を指示したのだが――

 

「奈津美…?おい、返事をしなさい奈津美!!」

 

無線機から返ってくるのは無音のみだ。

まさか、と嫌な予感に駆られていると不意に右腕に違和感を覚えた。

自らの武器である対物ライフルはその大きさ故にかなりの重量があるのだがそれが全く感じられない。

というより、肩辺りから感覚が消えた感じがする。

疑問に思って視線を寄越すと、右肩から先がいつの間にか消え失せていた。

意識したことによって遅れて激痛がやってくる。

痛みに苛まれながら見たのは、黒い少女が切り落とした自分の右腕を剣で刺して弄んでいる様子。

その光景に何かを思う前に、後頭部に何かが当てられた。

 

おやすみ(グッド・ナイト)

 

それが鶴井隼人が見聞きした最後の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そして現在。時刻は午前4時を少し回っている。

東京エリア第1区の作戦会議場は恐ろしいまでの静けさが満ちていた。

彼らが見つめているのは1つの大型モニターだ。

映っているのは4人の人間。

即ち、里見蓮太郎と藍原延珠ペア、蛭子影胤と蛭子小比奈ペアだ。

これは彼らの上空800Mの位置にある無人機がリアルタイムで送っている映像だ。

つまり、つい先ほど14組と1人の計29人もの民警が蛭子影胤ペアによって返り討ちにあった映像も見ていたのだ。

上座の議長席で聖天子は溜息を吐きながら防衛大臣を見た。

 

「現在、付近に他の民警は?」

「1番近くにいる民警でも、到着には1時間以上かかるものと思われます」

 

隣の菊之丞を見る。

 

「聖天子様、ご決断を」

 

暫し黙考し、考えを伝える前に会議室の扉が勢いよく開いた。

 

「何事です!」

 

会議室が色めき立つ中、部屋に入ってきた天童木更は居並ぶ面々に一枚の書状――傘連判を突き付けた。

 

「ご機嫌麗しゅう、轡田大臣」

「こ、これは何の冗談だ!」

「今回の事件、蛭子影胤たちがモノリス外に逃れた時に情報がリーク寸前でした。幸いにもすぐに報道管制が敷かれたお陰で事なきを得ましたが」

 

木更は病院で蓮太郎たちと別れた後、1人別行動を取っていた。

マスコミに対するステージⅤの人為召喚の情報のリーク。

東京エリアに最悪の大絶滅が訪れる可能性がある、等という情報が漏れてしまえば一般市民は壊滅的なパニックを起こすだろう。

だというのに、そんなことをしでかそうとした人間がどこかにいる。

木更はそれを調べていたのだ。

 

「きな臭かったので調べさせてもらいました。そしたらあなたの部下がこんな面白いものを持っていましてね。連判状に書かれている通り、あなたが一連の黒幕です。影胤への依頼も、マスコミ各社へのリークもね」

 

まだ防衛大臣は何かを言いたげであったが、先んじて木更は聖天子に向き直り恭しく一礼する。

 

「聖天子様もスパイを排除せねば落ち着いて議会を進められないのではないかと思い、無礼を承知で馳せ参じた次第です。平にご容赦を」

 

聖天子が菊之丞に目で合図を送ると、彼は冷たい声で一言「連れていけ」とだけ言った。

護衛官がその指示に従い、泣きわめく防衛大臣を引きずって会議場の外に連れ出していった。

 

「それでは私はこれにて」

「天童社長、そうはいきません」

「と、仰いますと?」

「この作戦が終了するまであなたをこの建物から出すわけには参りません。申し訳ありませんがこの会議室に軟禁させていただきます」

「…そういうことならば仕方ありませんね」

「木更よ…よくもぬけぬけとこの場に顔を出せたな」

 

怒気を露わにする菊之丞に対し、木更は泰然と微笑む。

 

「ご機嫌麗しゅう、天童閣下」

「地獄から舞い戻ったか復讐鬼め」

「全ての『天童』は死ななければなりません、閣下」

「貴様…!」

 

果たしてこれが祖父と孫娘の会話だと思う人間はいるのだろうか。

ある程度2人の関係を知る聖天子は冷や汗が止まらなかった。

 

 

 

 

 

 

海から香る磯の匂いに強烈な血臭が混ざり蓮太郎は顔を顰めた。

それでも視線は揺るがず目の前の敵に集中する。

 

「構えろ延珠」

「分かっている」

 

「準備はいいかい小比奈」

「はいパパ」

 

チリチリとした緊張感が辺りを満たす。

 

「里見くん、物語は最終局面だ。お互い盛大に行こう―――『マキシマム・ペイン』」

 

瞬間、桟橋が爆ぜた。

延珠に担いでもらう形で何とか回避するも、舞う飛沫に隠れた小比奈が高速で斬撃を繰り出してくる。

危うく回避できたが、そのせいで分断されてしまった。

 

「やれやれ困った子だ。小比奈はどうしてもあの子と遊びたいらしい」

 

延珠VS小比奈、同じく蓮太郎VS影胤の形が出来上がる。

 

「あの惨状は全部貴様等が?」

「教会を血に汚したくなかったのでね」

「…ケースはその教会の中か?今すぐ『七星の遺産』をぶっ壊せばステージⅤ召喚を止められるのか?」

「不可能だ。何故なら、私が立ちはだかっている」

「じゃあ、ぶっ倒す」

 

 

 

 

 

 

「では早速ですが天童社長、先ほど里見ペアよりも格上の民警14組と1人が蛭子影胤に挑み返り討ちに遭いました。…里見ペアの勝率は如何程と見ますか?」

「30%程かと。私個人の期待を加味しても良いなら――勝ちます、確実に」

 

その言葉に官房長官が小馬鹿にしたような笑い声をあげた。

 

「天童社長、自分の抱えている社員の強さを信じたいのは分かるがね。たった今、29人もの民警が返り討ちに遭ったばかりだ。おまけに向こうには1人『新人類創造計画』の生き残りがいる。30%ですら君の願望でしか――」

1()()?官房長官、それは間違いですよ」

「は…?」

 

 

 

 

 

 

(分かっていたことだが、強い…!)

 

吹き飛ばされて倒れたまま思う。

満身創痍とまではいかずとも蓮太郎は既に多くのダメージを受けていた。

対して影胤には汚れ1つなかった。

当然と言えば当然。向こうには絶対の盾があるというのにこちらにはそんな盾は無いのだから。

 

「フン…あの身の程知らずの民警共といい、キミといい…本当に期待外れだよ」

 

蓮太郎から奪ったXD拳銃を片手で弄びながら心底ガッカリといった風に嘯く影胤。

 

「そりゃ悪かったな…」

「…私はずっと自分の中の声を信じてキミを待っていた。だというのに――これだ」

 

影胤が放るとガシャン、という音と共にXD拳銃が地に落ちた。

興味が失せたとばかりに背を向ける。

 

「もう飽きた。キミは弱い。そこで東京エリアの終焉を見届けたまえ」

「…待てよ」

 

徐々に離れていく影胤の背に向けて、ヨロヨロとした動作で立ち上がりながら声を紡ぐ。

 

「弱いさ…俺は、確かに弱い。だから、皆が後悔した。だから、信じなくなった…だから…ッ」

「…一体何のことを言っているんだ…里見くん」

 

 

 

 

 

 

「官房長官、詳しくは省きますが、10年前、里見くんが天童の家に引き取られてすぐの頃、私の家に野良ガストレアが侵入、父と母を食い殺しました。その時のショックで私は持病が悪化し、腎臓の機能がほぼ停止しています」

「た、確かに不幸な出来事だと思うがそれが一体―――」

「その時里見くんは私を庇って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ざわり、会議場の空気が揺れた。

誰も彼もがモニターに映る、今も右手で拳銃を握り駆けまわって戦う蓮太郎の姿を見た。

官房長官の唖然とした声だけがその場に響く。

 

「失っ…た?ど、どういうことかね天童社長?彼はどう見ても五体満足にしか――」

 

 

 

『そんなに褒めるな、照れるだろ?』

「?!」

 

 

 

そんな声と共に蓮太郎たちを映しているのとは別の大型モニターにある人物が映る。

手入れのされていない伸び放題の髪から覗く表情は人を小馬鹿にしたような笑みを湛えていた。

 

『御機嫌よう、諸君』

「貴様…室戸?!」

「室戸医師、早速ですが例のものを」

『ははあ~、聖天子様の仰せの通りに』

 

仰々しい一礼と共に、出席している政府上層部のPCや他の大型モニターにもとある資料が表示される。

映し出された資料を一瞥した瞬間、官房長官の顔から一気に血の気が引いた。

 

「これはッ…まさかッ?!!」

「…10年前、瀕死の里見くんが運びこまれたのがセクション22。執刀医は当代きっての神医と謳われた室戸菫医師。そして今手元にあるデータの意味…ご理解いただけましたか?」

 

官房長官は酷く狼狽え、恐怖を露わにしていた。

 

「なんてことだ…彼も、そうなのか?…もう1人、いたというのか?!」

 

 

 

 

 

 

「里見くん、キミは…」

「…影胤」

「!」

「てめぇは…俺が止める……どんな手を使ってでもだ!」

 

どこかにダメージを受けたのか右腕を左手で押さえながら気丈に影胤を睨む蓮太郎。

だが―――

 

「ク、クックックック…」

「…何が可笑しい」

「キミは出来もしない理想を掲げるタイプじゃないと思っていたが――どうやら勘違いだったようだ。…『どんな手を使っても止める』?ならば見せてみたまえよ。この!私に!」

 

明らかに馬鹿にした態度をとる影胤。

歯を食いしばるも、それだけの力を今まで示せなかったのも事実だ。

撃鉄を起こし、影胤はゆっくりと銃の照準を蓮太郎の眉間に合わせる。

 

「キミにはもうウンザリだよ。そうやって叶わぬ理想を抱えながら死にたまえ」

 

 

 

 

 

「キミは実に――弱かった」

 

 

 

 

やけにゆっくりと時間が流れる。

影胤の放った銃弾が自分に向かって飛んでくるのが蓮太郎にはハッキリ分かった。

人は死の間際に不思議な体験をするという。走馬燈などが一番有名かもしれない。

これもその一種なのかと蓮太郎は頭の片隅で考えていた。

なにせ自分には、影胤の様な『最強の盾』など、無いのだから。

だが―――

 

 

 

 

 

『信じてください』

 

 

 

 

 

ここで死ぬ気など―――

 

 

 

 

 

()()()に強い光が』

 

 

 

 

 

毛頭ない。

 

 

 

 

『灯るように』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じてみるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――義眼、解放!

 

 

 

 

 

『最強の()』は無いが――

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

『最強の()』ならば、ある!!

 

右手を開き迫りくる銃弾を真っ向から受け止め――()()()()()()()()()

 

「なッ?!!」

「止めるぜ蛭子影胤…ッ、お前に無慈悲にも殺された者たちの為にも、何より木更さんや延珠の為にもッ――必ず貴様を倒すッ!!」

 

みしり、という音と共に右手と右足の人工皮膚が剥がれていった。

現れたのは真っ黒な手足だ。それぞれ、肩から先と股から先の全てが光沢のあるバラニウム特有の輝きを見せる。

左目はナノ・コアプロセッサが起動し演算を開始している。眼も同じく黒く、回転する黒目内部には幾何学的な模様が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

「バラニウムの義肢、だと……?里見くん、キミも――?」

「お前に通す義理はねぇが、俺も名乗るぞ、蛭子影胤。元陸上自衛隊東部方面隊第787機械化特殊部隊『新人類創造計画』里見蓮太郎」

 

 

 

 

 

 

「里見さんの義肢と義眼に使われているのは超バラニウム、従来のバラニウムの数倍の硬度と融点を持つ次世代合金です。蛭子影胤が属していたセクション16の戦術思想はステージⅣの攻撃を止められる絶対防御。里見さんのセクション22は真逆、腕に10発、脚に15発仕込んだカートリッジの推進力を利用して超人的攻撃力を生み出す、人をしてガストレアを葬るべくして生まれた『新人類創造計画』の個人兵装です」

 

 

 

聖天子の声が静かに会議場に浸透していく。

 

 

 

「そして今は―――蛭子影胤を倒せる唯一の人類です」

 

 

 

 

 



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第24話 矛と盾

遅ればせながらあけましておめでとうございます。
新参者ですが今年も頑張っていこうと思います。
読者の皆様、本作品を今年も温かく見守っていただければ幸いです。


蛭子影胤は瞳を大きく開いて目の前の光景を凝視していた。

目の前の人物、里見蓮太郎。

会うのはこれで4度目になる。

初めて会った時の印象は面白い玩具といった感じだった。手軽に遊べて、何処にでもいる壊れやすそうな、それでいて何故か自分が惹きつけられる少年。

2度目で自分の実力の一部を晒すと、周りの人物たちは一部を除いて面白いくらいに絶望していた。彼はその一部の人物であり、あの時見て取れた彼の感情には恐怖の中に多大な驚愕が含まれているように思えた。

3度目に会った時は、この心に引っかかる感覚が何なのかを確かめる意味合いも含めて若干本気を出した。殺す気で闘い、並みでは助からないであろう重傷を負わせた。なのに、自分には何故か彼が生きているであろう確信があった。

そして――この4度目。漆黒の四肢を晒す彼の姿を見てついにその確信を、惹きつけられた理由が分かった。

堪らず笑い声が漏れてしまう。

 

「ヒ、ヒヒヒヒヒヒ!!そうか、そうだったのかッ!一目見た時から何故か気に入っていたが、まさか本当に同類(機械化兵士)だったとはッ!!」

「蓮太郎ッ、それはもう2度と使いたくないって…」

「いいんだ……お前も構えろ延珠。決着、着けてこい!」

 

静かに頷く延珠と、彼女に相対する小比奈はそれぞれ力を解放し、瞳を紅く染め上げる。

一方、蓮太郎は天童式戦闘術の攻防一体の型である『百載無窮の構え』を、影胤は自前のカスタムベレッタ2丁を銃剣展開状態で交差するように構えた。

 

「ヒヒ、だが分かっているのかい里見くん?序列元134位のこの私に挑むということの意味を」

「安心しろ正しく理解してんよ……願ってもない状況だクソ野郎!機械化特殊部隊、里見蓮太郎――これより貴様を排除するッ!!」

 

蓮太郎は地を勢い良く蹴り間合いを詰めにかかる。そんな彼に対し影胤は最初から全力で迎え撃った。

 

「よろしい、ならばキミの全てを私に見せてみろ―――『マキシマム・ペイン』ッ!潰れろおおおおおお!!」

 

青白い燐光を放つ斥力場が凄まじい速度で迫りくるも蓮太郎は引かない。

右の漆黒の拳を固く握りしめ引き絞る。捩じるような円運動を経て、突き出す拳に更なる力を与える。

同時にカートリッジを解放。腕部から空薬莢が排出された。

 

「『轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)』ッ!」

 

カートリッジの推進力が付与された拳は、音を置き去りにするかの如く加速し目前の壁に叩き込まれた。

瞬間、パァンという乾いた音と共に拳が障壁を貫通し、青白いバリアは砕け散った。

その光景に再び影胤は瞠目するが、いきなり足に力が入らなくなる。

堪らず膝を折り、自分の口から流れ出る赤い液体を不思議そうに眺めた。

 

「パパァッ!」

「………フィールドがダメージを殺しきれなかった?……ヒヒ、ヒヒヒヒヒ!楽しい、楽しいよ里見くん!私は痛い、私は生きてる、素晴らしきかな人生!!」

 

ジャキリと両手の拳銃の照準を合わせ一斉に発砲する。

 

「ハレルヤ!!」

 

咄嗟に延珠が再び蓮太郎を担いで回避行動に入る。

だが、影胤は高速で動き回る延珠に正確に狙いをつけて銃弾を叩き込んでいった。

延珠の体の僅か数cmの所を銃弾が掠めて飛んでいく。

視認すら難しい延珠の速度について行きながら正確な射撃を行う影胤に蓮太郎はもう何度目かになる戦慄を覚えていた。

強烈なGに振り回されていた蓮太郎だったが不意に右腕を振るう。

 

「パパをいじめるなああああああッ!!」

 

見ると小比奈が何事かを叫びながら怒涛の勢いで迫ってきていた。

その勢いのままに両手の小太刀を振り抜く。

否、振り抜こうとした。

 

「?!」

 

剣戟音の後、小比奈の顔は驚愕に彩られる。

見ると小太刀が丁度交差する位置で蓮太郎の右腕が斬撃を阻んで弾き返していた。

蓮太郎の義眼の演算能力によって攻撃の位置を割り出したのだ。

すぐさまXD拳銃をドロウ、小比奈に向け発砲する。

しかし今度は蓮太郎が驚愕する羽目になった。

バギィンという甲高い異音が響くと同時、放たれた銃弾は全て小比奈によって片っ端から撃墜されてしまった。

体を独楽のように回転させ銃弾を斬っていく様は一種の舞のようにも見える。

影胤はというとまるで余裕とでも言わんばかりに弾倉を交換していた。

改めて目の前のペアの強さに戦慄する。

 

「蓮太郎」

「ああ、やってやれ」

 

短いやり取りの後、延珠は兎型イニシエーター(モデル:ラビット)の脚力を存分に生かし小比奈に正面から猛スピードで迫った。

当然小比奈は迎撃しようと小太刀を振るったが虚空を切る。

延珠は小比奈に向かうと見せかけて彼女をスルーし、そのまま影胤の元へと迫ったのだ。

小比奈もその意図を理解し、苦々しい表情を浮かべるとすぐさま延珠を挟み撃ちにすべく振り返ろうとした。

だがそんなことは蓮太郎が許さない。

 

「悪いがお前の相手は俺だ」

「~~~~~!!弱いくせにぃぃぃッ」

 

突き出した拳をイニシエーターの膂力に任せて小太刀で力任せに弾き返す。

吹き飛ばされながらも何かを投擲しつつ蓮太郎は笑っていた。

 

「ああ、弱いからこそ知ってんだよ―――()()()()()()()()()

 

投擲された円筒形の何かを構わず切り払おうとして影胤が初めて大声を上げた。

 

「いかん小比奈!それは―――」

 

直後、円筒形の物体が爆音と閃光を撒き散らした。

 

「ああああぁぁぁぁぁ?!」

「ぐうぅ…」

 

間近でそれを浴びた小比奈は目をキツク瞑り、耳を抑えて苦悶の叫びを上げた。

影胤も小比奈ほどではないが諸にスタンを食らってしまう。

 

(この場面で特殊音響閃光弾(フラッシュバン)とは……だがこれでは聴覚に秀でるキミの相棒も身動きが――)

 

そう思いながら眩んだ視界を回復させると、先程までそこにいた少女はいなかった。

ハッとして視線を小比奈に向けると、耳を抑えながら彼女の死角から迫る延珠の姿があった。

一拍遅れて小比奈も気付くが遅い。既に延珠の間合いに詰められていた。

 

「終わりだ――『ちっちゃいの』」

 

意趣返しの言葉を吐き、ガードした小太刀を1本砕きながら海まで吹き飛ばす。

その時には既に蓮太郎は影胤の背後に回り込んでいた。

延珠と一瞬のアイコンタクトを交わし、同時に脚部のカートリッジを排出。蹴りを爆発的に加速させる。

 

「『隠禅・玄明窩』ッ!」

「ハアアアアァァァァッ」

 

激突の瞬間、青白い燐光が蹴りを阻むが構うことなく蹴り抜く。

インパクトのあまりの衝撃に影胤が大気と共に吹き飛んで海面に沈んだ。

荒い呼吸を整えながら影胤たちが上がって来ないことを確認しようやく一息吐く。

それと同時に延珠が左腕から血を流していることに気付いた。

 

「だ、大丈夫だ…すぐ治――」

「強がんな、手当するから押さえとけ」

 

バラニウムはガストレアの再生能力を阻害するが、それはウィルスの恩恵に与る彼女らも例外ではない。バラニウム製の武器に対して彼女らも一般人と変わらない脆弱性を見せる。

手当を受けながら延珠は蓮太郎に問いかけた。

 

「…蓮太郎、妾たちは勝ったのか…?」

「分からねぇ…だが少なくとも戦闘不能にはしたはず―――」

 

 

 

ゴポンッ

 

 

 

気泡が生まれる音が嫌に大きく聞こえた。

背筋に悪寒が走り、心臓は激しく動悸している。

反射的にXD拳銃を引き抜きながら振り返ると、そこには信じられない光景が広がっていた。

斥力フィールドで海を割って海底に立つ影胤と小比奈。ダメージはあるようで、それぞれ拳銃と小太刀を片方ずつ失っていたが、戦闘不能には程遠い。瞳から伺える闘志には微塵の揺らぎも感じられなかった。

 

(これが、超高位序列者…!)

 

堪らず後ずさりすると延珠に腕を取られそのまま宙に跳んだ。

湾に停泊していた大きめの客船に着地すると、同じように小比奈に担がれた影胤が憎悪の籠った眼差しを向けてくる。

 

「何故邪魔をするッ!私もキミも他人の都合で生死を決められ、歩く道を勝手に作られた“人ではない人”、新人類創造計画の機械化兵士だ、殺しこそ存在意義だッ!こんな安寧とした世界は我々の存在など必要としないッ!闘争の中でしか我々は存在出来ないッ!」

「まさか貴様……ッ!……そのためだけに…?」

「東京エリアに大絶滅を引き起こし、再びこの世界に戦争の灯をともす!終わらない闘争と戦争の渦の中でこそ我々は自分の存在する理由を手にすることが出来るのだ!」

「フザケんなッ!!機械化兵士(俺たち)と延珠を一緒にすんな!こいつは『人間』の、ただの10歳の子供(ガキ)だ!こいつらの未来は明るくなきゃダメなんだよッ!」

「ならば思い出せ!キミの相棒が『呪われた子供たち』だと露見した時、周りの反応はどうだった?笑顔と共に祝福されたか?鳴り止まぬ歓声に心洗われたか?違うはずだ、キミの言う未来などありはしない!これが最後だ、私と共に来い里見蓮太郎!!」

「既に夥しい量の血を啜りながら更に殺戮を求めるだと…?!そんな未来、断じて許容出来ねぇ!!」

「ならば死ねぇぇ!!」

 

銃口を向ける影胤に延珠は咄嗟に向かっていったがその動きは小比奈に先読みされていた。

いきなり目の前に出現した小比奈を反射的に蹴りつけるが、深く沈むようにして小比奈は回避、そのまま延朱の軸足を抱え込むとジャイアントスイングの要領で蓮太郎めがけ投げ飛ばす。

延珠を受け止めながらも影胤に視線を向けるとまさにこちらに向け照準を合わせていた。

 

(まずい…!)

 

延珠を抱え込むようにして体を半回転させた直後、銃弾が蓮太郎の背中に殺到した。

 

「蓮太郎?!」

 

辛うじて即死を免れた蓮太郎は腰につけていたポーチからプラスチック製の注射器を取り出し、キャップを外して中の薬液を注射した。

注射器の中身は『AGV試験薬』。出発前に菫から『出来れば使うな』と釘を刺された諸刃の薬品だ。

これは菫がガストレアウィルスの抗生剤を研究している最中に作り上げた、人間の再生力を飛躍的に向上させる薬だ。その効果はバラニウムの再生阻害を上回るほどだ。

勿論そんな強力極まる薬品には相応のリスクがある。副作用として、20%という超高確率で被験者はガストレア化してしまうのだ。

果たして蓮太郎は賭けに勝った。

心臓が早鐘を打ち、体中が悪寒と猛烈な熱という相反する不快感に支配される。

そうしているうちに肉が内側から盛り上がるような感触と共に、撃ち込まれた銃弾が体の外に押し出される。

少しして体の違和感は消えた。ガストレア化の兆候もない。

その後も続く影胤のフルオート射撃を文字通り肉の盾となり延珠を守っていく。

苦痛に顔を歪ませながらも、これさえあれば乗り切れると蓮太郎はほくそ笑んだ。

だがその慢心のせいで影胤の接近に気付くのが遅れた。

トン、と軽く蓮太郎の脇腹に影胤は掌を乗せた。

 

「――終わりだ、最後にキミに我が斥力フィールド(イマジナリー・ギミック)の神髄をお見せしよう…」

「蓮太郎…」

「キミの――」

 

 

 

 

 

「逃げ―――」

 

 

 

 

 

「負けだ」

 

 

 

 

 

瞬間、凄まじい衝撃と共に体が一瞬宙に浮いた。

 

「『エンドレス・スクリーム』――これが、私の『矛』だ」

 

斥力フィールドが巨大な槍状になって蓮太郎の脇腹を大きく抉り取っていた。

肋骨の断面と内臓が覗き見え、思い出したかのように激しく出血し臓器が零れ落ちる。

血溜まりの中に倒れ伏しながら肉体の再生を待つがここまで損傷が大きいと無理らしい。

 

「蓮太郎ォォォオオオオオオ!!!!!!」

 

延珠の絶叫が響き渡る中、異常な寒気に包まれながら蓮太郎の意識は急速に遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所変わって作戦本部。そこでも蓮太郎が巨大な槍に貫かれる姿が映し出されていた。

 

「うそ……里見…くん……」

「室戸医師。AGV試験薬による再生は―――」

『不可能だ。あのダメージでは残りの試薬全てを投与しても、そこに新しいガストレアが生まれるだけだ』

 

木更の呆然とする声が響く。そんな中でも聖天子は気丈に振る舞い、菫の私見を聞く。

だがそれに返ってきたのは絶望的な答えだった。

表情に感情が出ないように必死にドレスを聖天子は握りしめた。

モニターの向こうで、菫もまた虚ろな目で虚空を眺めていた。

 

 

 

 

 

ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!!

 

 

 

 

 

誰も彼もが絶望と諦観に支配されているその時、本部内にけたたましいサイレンが鳴り響く。

何事かと思っているとモニターを管理していた役員が泡を食ったように報告をしてくる。

 

「ほ、報告いたします!何者かが凄まじい速度で現場に接近中!!」

『?!』

 

先ほどとは違う意味で場が騒然とする。聖天子に代わり菊之丞が報告の詳細を訪ねた。

 

「何者だ、該当する民警のデータを照会しろ」

「そ、それが…」

「どうした?」

 

歯切れの悪い回答に疑問に思う菊之丞。その答えはすぐにもたらされた。

 

「該当する民警のデータが存在しません……接近中の人物は民警ではありません!!」

「なんだと…?」

「里見、蛭子ペアとの接触までもう間もなくです……来ます!」

「……!これは…!!」

 

モニターに映し出された光景に作戦本部にいた人物のほとんどが目を疑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では次は――相棒の番だね」

 

影胤のその言葉と同時に、小比奈は蓮太郎の傍で涙を流しながらへたり込んでいる延珠に獰猛な視線を向ける。

それはさながら獲物を捕食する蟷螂のようだ。

絶えず蓮太郎の名前を連呼する延珠の背後に立つと、残った1本の小太刀を逆手に持った状態で掲げ、躊躇うことなく延珠に振り下ろそうとした。

 

その直前―――

 

 

 

 

 

ドゴォォッッ!!

 

 

 

 

 

「?!」

 

まさに小比奈が立っていたその場所に何かが途轍もない勢いで突き刺さる。

咄嗟に回避できたのは一種の勘が働いたからだ。

事実、その突き刺さった物体の衝撃で延珠と蓮太郎は少し吹き飛んでいた。

濛濛と上がる砂埃の中、その場にいる蓮太郎を除く3人は突き刺さっていた物体が何なのか目撃した。

 

「あれは……!」

 

それは全体を艶のある黒で統一しながらも縁取りを血のようなワインレッドで彩った長大な剣だった。

その大きさたるや柄も含めた全長は成人男性の平均身長ほどもあるだろう。

それだけでも異質だというのに他にも奇妙な点が幾つか見受けられた。

まず鍔元にあたる部分から格納された銃器のようなものが覗いている。剣に強引に取り付けたというよりも元から剣の一部といった感じだ。

またその銃の反対側には折りたたまれた巨大な盾が取り付けられている。こちらも運ぶために一時的に剣に取り付けているというよりも、銃と同じように剣の一部といった方がしっくりくる。

極めつけに銃が『生えている』真反対、盾の部分の根元にあたる所には、橙色のコアのようなものを黒い筋肉質の物体に埋めたような塊があった。

時折それはボンヤリと明滅を繰り返し、まるで生きているかのようだった。

しかし、そんな異質の権化とも言える武器にこの場いる全員は見覚えがあった。

影胤たちの脳裏に過るのはとある少年、敵に回すとこの上なく厄介であると思い知らされた存在。

それを証明するかのように再び何かが勢い良く飛んでくる。

 

 

 

「だから―――」

 

 

 

飛んできたのは少年だった。その少年は巨大な刀剣をまるで重さを感じさせずに担ぎ上げる。

 

 

 

 

 

「『喰う』のは『俺ら』の専売特許だっつってんだろがぁ……パクってんじゃねぇぞクソガキ(蟷螂女)

 

 

 

 

 

 




暫く更新頻度が乱れそうです。
あまり遅くならないように頑張りますがご容赦ください。


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第25話 決着

祝10,000UA突破!!読者の皆様には本当に感謝が尽きません。
これからも本作をよろしくお願いいたします!!


「ハァロォ~サイコ野郎、また会っちまったな」

「キミは確か…神斬ジンくん、だったかな」

「お?名乗った覚えはないんだが?」

バラニウムとは違った光沢をもつ漆黒の巨大な刀剣――クロガネ長刀烈流を肩に担ぎ、まるで気負った様子もなくジンは会話を交わす。

時折バリバリと何かを咀嚼する音が聞こえる。

 

「何故ここにいる?神機使い(キミたち)は今回、『混在領域』との境でアラガミを警戒している筈だと思っていたが…」

「おいおい、推測の割には随分と的確な分析だな?」

「ヒヒ、そうかね?」

「…まあいい。ここにいるのはそこで死にかけている奴の上司から連絡があったからだ」

 

そう言ってジンは今尚脇腹に開いた風穴から滾々と血を流す蓮太郎を示した。

菫の病院から出た直後、木更に送られてきた差出人不明の空メール。

それに添付されていた動画には、あの影胤と民警の大規模パーティーとの戦闘の様子が録画されていたのだ。

上空から俯瞰するようなその映像は、影胤が作り出した地獄絵図を映していた。

木更は資料で134位という実力を知っていた気になっていたが、実際にそれを目の当たりにして考えを改めた。

蓮太郎の実力を疑うわけではない。だが、猛烈な不安に駆られたのも事実だ。

かと言って、今の映像を元に聖天子たちに蓮太郎個人へ応援を寄越すよう要請など出来るわけが無い。

ならばどうするか。簡単だ、他の民警(奴ら)以外を頼ればいい。

そう考えた木更はすぐにあるものを取り出す。

それは1枚の名刺。先日の防衛省での会議の席で貰ったものだ。

通話に出た榊博士に状況を簡潔に伝え、早急に応援を寄越してほしい旨を伝える。

しかし向こうも同じく任務にあたっている以上、あまり人員は回せないらしい。

なので、現場に近い位置に布陣し、尚且つ腕利きを1人派遣するということになったのだ。

 

「成程ねぇ…しかし、1つ訂正だ。彼は死にかけではなく、もう間もなく死ぬ」

「俺は自分で死体を確認するまで死んだとは認識しない性質なんだよ」

「ほう?では彼が再び立ち上がるという、ありもしない奇跡に縋ると?」

「生憎とその奇跡とやらを起こす神様を喰らうのが俺の仕事だ。奇跡なんてモンは信じねぇ」

 

言いつつ、長剣を構えるジン。そのまま振り返らず延珠に話しかける。

 

「嬢ちゃん、3分やる」

「え…?」

「そいつを死なせたくなかったら、とっとと叩き起こせッ」

 

その言葉を言い終えると同時にジンは影胤に斬りかかっていた。

神機使いとしての身体能力をフル活用し、凄まじい速度で影胤に肉薄すると無造作に長刀を横薙に振るう。

 

「無駄だ」

 

しかし、その斬撃は真っ向から受け止められる。

長剣は青白い燐光に阻まれ影胤に届くことは無かった。

バリアを何とか貫こうとするが、真後ろから殺気を感じ取り、ジンはその場からすぐに離れる。

直後、先ほどまでジンがいた場所が大きく切り裂かれた。

手応えが無いことに小比奈は舌打ちを1つするとすぐさまジンへ追撃を放つ。

小回りの利く小太刀を片手に追い回してくる彼女に対し、ジンは前回よりはマシだがそれでも若干防戦一方になっていた。

更にそこに影胤による援護射撃まで加わりより状況は悪化してしまう。

それでも被弾せず小比奈を捌けているあたり、彼の実力の高さが伺えるが。

 

「ヒヒヒ、どうしたんだい?動きが悪いじゃないか」

 

余裕で弾倉の交換をしながら影胤は嘯く。

 

「何処か怪我でもしたかい?」

 

そう、最初の斬撃で影胤はジンの不調を見抜いていた。

彼とは前に2回戦ったが、それに比べて明らかに斬撃が弱かったのだ。

そしてそれはジン自身も自覚していた。

『混在領域』付近からここまで短時間で来るのに少々無茶をしたのだ。

故に、ジンは戦いながらも回復錠を服用して傷の回復を待っていた。

 

「まあ、ちぃとばかしな……だが、もう大丈夫だ」

 

小比奈と影胤から距離を取りニヤリと笑って見せる。

そのまま徐に懐から何か丸薬のようなものを取り出して見せた。

 

「現実の人間が漫画や小説の主人公よろしく劇的に強くなる方法って知ってるか?」

「何…?」

「答えはな――」

 

そのまま丸薬を指で上に弾き、口に含んで噛み砕いた。

 

「ドーピングだ」

 

瞬間、彼の体から赤いオーラのようなものが立ち上る。

 

「?!」

 

これには影胤も堪らず目を見開いた。

当然だろう。人の体からそんなものが立ち上るわけが無い。

立ち上ったオーラはゆっくりと収まり、彼の体と神機に纏わりつきぼんやりと発光する。

特に神機はオーラのようなものが纏わりついた途端、まるで歓喜するかのように輝きが強くなった。

そのままジンは半身になると、手前に引いた神機を肩の高さまで持っていき、切っ先を影胤たちに向けるという独特の構え――ゼロスタンスを取る。

すると今度は神機のみに変化が訪れる。

構えた刃部分に黒の混ざった紫電のようなオーラが更に纏わりついたのだ。

離れた位置にいても分かる濃密なプレッシャーに影胤の警戒心は最大にまで高まっていた。

 

「フェンリル極致化技術開発局所属、『ブラッド』隊副隊長 神斬ジン――改めて、参る」

 

瞬間、ジンの姿が消え失せる。

先の延珠と蓮太郎のように、咄嗟に小比奈が影胤を担いで別の大型船に離脱したことで彼らは事なきを得たが、振り返って目を疑った。

つい直前までいた大型船。影胤がいたその位置から船尾にかけてまでが大きく斬り裂かれていた。それは小比奈が切りつけた規模とは比較にならない。

あれは恐らく完全には防ぎきれない。

そう判断した影胤は躱して隙をつく戦法に切り替える。

そう考えていると振り返った先で再びジンの姿がブレる。同時、既に剣の間合いにまで詰められていた。

 

「『イモータル・ウォール』」

 

ジンの斬撃が繰り出される直前、影胤とジンとの間に青白い燐光を放つ分厚い盾が展開される。

通常の斥力フィールドの使用法と異なり、前方方向にのみ斥力を集中させた防御手段。

前方しか守れない上に、斥力場の操作が他よりも難易度が高い為に隙が生まれやすい。

故にいざというとき以外あまり使いたくない技だが、代わりにその防御力は通常のものよりも遥かに上だ。

だが――

 

「ラァァ!!」

 

裂帛の気合と共に振り下ろされた神機は、青白い盾と一瞬だけ拮抗したかと思うとたやすく盾を切り裂いた。

だが影胤にとってはたとえ一瞬であろうと時間を稼げれば十分。

作り出したその一瞬を使い振り下ろされた神機を回避すると、すぐさま小比奈と共に左右からの挟撃に移る。

あの攻撃力を相手に長期戦は不利に働く。故に速攻かつ確実に殺す。

殆ど0距離と言って差し支えない位置から、影胤は漆黒のカスタムベレッタ拳銃―『スパンキング・ソドミー』を構え、小比奈は回避した際の運動量を使い独楽のように高速回転しながら小太刀を水平に振るう。

 

「ヌルイわぁ!!」

 

ジンがそう叫ぶと同時、地面が爆ぜた。

爆心地の中心はジンの神機、地面に振り下ろした状態から『インパルス・エッジ』の反動を利用して無理やり後退したのだ。

爆発の影響で逆に影胤たちは若干体勢を崩してしまうことになる。そしてそれは格好の隙となった。

吹き飛びながらもジンの手がブレたかと思うと、ガシャンという音と共に神機が近接主体から遠距離主体に組み変わる。

今やジンの手元にあるのは長大な漆黒の刀剣ではなく、同色の巨大なアサルト銃だった。

近距離攻撃と遠距離攻撃の両立。これが第2世代以降の神機使いの最大の強みだ。

体勢を整えつつアサルト銃――クロガネ強襲嵐哭を小比奈に照準を合わせ躊躇なく引き金を引き絞った。それに対し小比奈は殺到する弾丸の嵐を再び真っ向から叩き切ろうとして――

 

「よせ小比奈!!」

 

影胤に止められた。

疑問に思うも父が止せというのならそうするべきなのだろう。一瞬でそう判断した小比奈は切るのを諦め回避に徹した。

影胤のこの判断は正解である。何故なら、神機使いが用いる弾丸は正確には弾丸ではなく、高エネルギー状態で射出したオラクル細胞そのものであるからだ。

鉛玉なら蓮太郎の時のように切れただろうが、あらゆるものを『喰いちぎる』オラクル細胞弾(バレット)までは無理だ。

小比奈が銃弾の嵐に晒される中、徐々に彼女と自分の距離が離されていることに影胤はジンが自分と小比奈を分断する気だと気付いた。

そうはさせじと拳銃を向けた瞬間、三日月のように口元が裂けて凄絶な笑みを浮かべるジンと目が合った。

 

「ッ!!『マキシマム・ペイン』!!!」

 

自分の直観に従い斥力場を全開で展開する影胤。

それに対しジンは再び高速で神機を近接形態に戻したかと思うと、徐に柄の末端を手前に引いた。

 

「ヒャァ!!」

 

ギチギチギチギチギチギチッッ!!!!という異音が辺りに響き渡る。

見ると神機の鍔元にあたる部分から黒い筋肉質の繊維が幾重にも飛び出す。それらは徐々に束ねられ折り重なり合い、やがて1つの漆黒の巨大な咢を作り出した。

捕食形態(プレデター・フォーム)

神機(アラガミ)の本質にして真の姿を露わにし、迷うことなくその咢は影胤を喰い殺そうと迫り、青白い燐光が完全に広く展開するよりも早く影胤に喰い付いた。

結果として影胤は神機の捕食口による咀嚼を斥力場で懸命に耐えることになる。

 

「パパァ!!」

 

小比奈はその光景を目にするとまるで弾丸のような速度でジンに向かって突っ込んできた。

だがそれでもジンの笑みは消えない。

小比奈が向かってくることを確認した彼は、影胤をホールドしている神機を「ふんッ!」という掛け声とともに水平に力任せに振り回す。するとどうなるか。

捕食口で斥力場を展開する影胤を咥え込んだままの神機は、それ自体が巨大な鈍器と化した。

ガァンッ!!という衝撃音と共に小比奈は吹き飛び、更に振り回した円運動を継続し丸々一回転するとジンはハンマー投げの要領で影胤も吹き飛ばした。

 

「どうしたぁ、この程度か……グッ」

 

すぐさま追撃に入ろうとしたジンであったが、その場でいきなり膝をついて喀血し倒れ込んでしまう。呼吸もかなり荒くなっていた。

影胤たちは知る由もないが、先ほどジンが口にした丸薬は『強制解放剤』という神機使い専用の装備だ。摂取すると一定時間だけ『バーストモード』という自身と自分の神機のオラクル細胞を活性化させてくれる。その効果は短時間で『混在領域』付近からここまで駆け付けさせ、影胤と小比奈の強力なペアを単独でここまで追い込むほどに肉体等を強化してくれる。しかし、代償として体への負担が大きく多用は出来ないという欠点もある。

また、先ほどまで神機に纏わせていた黒い紫電のオーラもジンの体力の消耗に一役買っていた。

ジンたち第3世代の神機使い、特殊部隊『ブラッド』が他の神機使いと一線を画す戦闘力を有する最大の理由――『ブラッドアーツ』。神機を流れるオラクルの流量の増加によって神機を用いた攻撃行動が瞬間的に大幅強化されるのだ。

用いる神機の近接武器の種類で発現する能力は異なり、同じ近接武器の中でも更に能力は多岐に渡る。

その中でジンが使用していたのは長剣のブラッドアーツ――『無想ノ太刀・黒』。体力を消費する代わりに斬撃の威力を爆発的に増加させることが出来る。

強制解放剤とブラッドアーツ。この2つの併用により今まで突破出来なかった斥力場を斬り裂くことが出来たのだ。だが、ここでそれらの反動がジンを一斉に襲っていた。

いきなり倒れたことに驚く影胤たちだったが、すぐさま好機と見て反撃に出る。

 

「死ねッ」

 

地に伏すジンの元へ小比奈が最速で駆け抜け、今まさに首を落とそうというところで彼女は違和感に気付く。こんな状況だというのに、ジンが未だに笑っているのだ。

その意味に彼女は気付かなかった、気付けなかった。

何故ならその笑みを見た瞬間に、彼女は吹き飛ばされていたからだ。目の前のジンは未だに倒れたままだというのに、彼女は恐ろしいまでの速度で港の方まで吹き飛んでいく。

その光景に影胤は本日最大の驚愕に見舞われた。

小比奈が超速で吹き飛んでいく光景に、()()()()

 

 

 

 

 

「だから、言っただろ?――ドーピングで強くなれるって」

「うるせーよ…」

 

 

 

 

 

彼女を蹴り飛ばしたであろう漆黒の足を戻しながらジンの軽口にそう嘯く少年の姿に、だ。

 

「馬鹿な…キミは、いったい――」

「悪いが、延珠を一人にするわけにはいかねぇんだよ」

 

影胤の呟きに答えともつかない言葉を返す彼は傷だらけであったが、その瞳には闘志が灯り力強い輝きを放っていた。

 

「きっちり3分だ――里見蓮太郎」

 

言いながらジンは立ち上がり、塞がっている腹の傷を小突いた。そう、あの腹の巨大な風穴が塞がっていた。

 

「流石に、マジで死ぬかと思ったがな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの槍で風穴を開けられた時、蓮太郎は間違いなく死の淵に立っていた。目の前が暗くなり寒気に包まれる中見たのは、自分があのまま負けた時、東京エリアがどうなるかという幻だった。

幻の中でモノリスは倒壊し、街は火に包まれ、ガストレアがそこかしこを闊歩していた。それでも生き残った人たちは避難キャンプで傷の治療を施された後、空路で大阪エリアに移送されていた。生き残った人の中には木更と、運よく救助された延珠の姿もあった。

だが、その延珠は蓮太郎の死を受け入れられず、木更の手を振りほどき1人東京エリアに残った。

蓮太郎はどこかで生きている。そう信じて。

否、信じたかった。

本当は分かっていた。もう大切な人がいないと。

蓮太郎の両親が死んだときには周りに木更や菊之丞、菫たちがいた。

なのに自分が死んだ後、延珠の傍には誰もいなかった。

延珠は1人残され、泣いて叫んでいた。

 

1人にしないで、と。

 

いや、それは幻だったのか現だったのか、それすらどうでも良かった。

その言葉を聞いた時、一気に意識が覚醒した。リスクなど考えず、残り4本のAGV試験薬を全て消費した。

骨が軋み、肉が痙攣しながら盛り上がり、血管が沸騰しながら悪寒が体中を駆け抜けた。

肉体の中で細胞の死滅と再生が高速で繰り返され、凄まじい激痛に支配され、絶叫しながら立ち上がった時、腹の傷は塞がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び自分の前に立ちふさがる蓮太郎に、ジンに、影胤は怒りと憎悪を爆発させた。

 

「何故だ…何故だああぁぁぁああぁぁああ!!!」

 

絶叫しながらも的確に銃弾をばらまく。対して蓮太郎は義眼による演算で軌道を見切り、ジンはまだ残る強制解放剤の力で増大した身体能力を駆使して、それぞれ銃弾を避けていく。

 

「何故分からない里見蓮太郎ッ?!今の人間に!世界に!守る価値などないということに!!」

「分かってんだよ、ンなことは…」

 

至近距離まで接近した後、腕部のカートリッジを解放。空薬莢が3つ排出される。

天童式戦闘術1の型8番―『焔火扇・三点撃(バースト)』。

加速した拳が展開された障壁を突き破り、影胤を殴り飛ばす。

 

「だがなぁ、お前の言う『理想の未来』だけは許容出来ねぇッ!!」

 

吹っ飛んだ先では回り込んでいたジンが、黒い紫電を纏う神機を構えていた。

 

「キミもだ神斬ジンッ!!人の為世の為、常に命を懸ける神機使い(キミたち)を周りはどう扱った?!本当にそんな奴らを守る価値があるのか?!」

 

斥力場で形成した鎌で切りつけてくる影胤は奇しくも、あの日蓮太郎にジンが問いかけた問いをそのまま返してくる。

一般人と神機使いとの間には、今も残るとある溝があり疎まれ蔑まれることが多々ある。

守ってきた人間にそんな仕打ちを受けてまで、まだ守る価値はあるのかと。

鎌による斬撃を捌きながらその問いをジンは、「知るか」と一言で切り捨てた。

 

「俺が大切なのは9割(馬鹿共)じゃなく1割(仲間)だ」

 

振るわれる鎌を下から掬い上げるように弾き飛ばし、がら空きになった胴体に回し蹴りを叩き込む。

 

1割(仲間)の為にしか俺は戦わん。他が助かるのはオマケだ」

 

人類全ての為にではなく、本当に大切な人たちの為にのみ動く。

それがあの問いにおけるジンの答えだった。

 

「残念だッ」

 

再び吹き飛ばされ、それを利用して距離を取りながら影胤は銃を乱射するが2人には当たらない。

 

「非常に残念だよ、里見くん!神斬くん!」

 

一足早く距離を詰めた蓮太郎と格闘戦をしつつ影胤は語る。

 

「私とキミたちはッ、根っこの所では同じだと思っていた!だがッ!!」

 

「私が間違っていたようだ」

 

ジンが迫りきる前に蓮太郎を蹴り飛ばし、ジンに当てることで時間を稼ぐ。

 

「最後に言おう里見蓮太郎!神斬ジン!キミたちは弱くなどなかった、私にとっての最大の脅威だ!!」

 

そのまま両手を後ろに引き絞りながら、それぞれの手に斥力場を集中させる。

 

「では、さらばだ!!」

 

直後、影胤の両手よりそれぞれ巨大な燐光の槍が形成され蓮太郎とジンに殺到する。

『エンドレス・スクリーム』の2重発動。

蓮太郎とジンを脅威と認めた影胤が放つ奥の手であった。

対する蓮太郎は腕を引き絞りながら薬莢を排出、爆速のアッパーカット―天童式戦闘術1の型15番『雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこりゅう)』にて迎え撃つ。

一方ジンはゼロスタンスの型を取り、神機に黄金のオーラを纏わり付かせる。そのまま神機を大きく後ろに引き絞り、衝撃波と共にあらゆるものを粉砕する突き―『轟破ノ太刀・金』を放った。

 

「ハァァアァァアアアァアアア!!」

「ガアアァアァアァアァアァア!!」

「シャァアアアァァァアアァア!!」

 

槍と拳、槍と剣が衝突し、轟音を撒き散らしながら夜を昼さながらに染め上げる。

凄まじい激突の余波が嵐のごとく吹き荒れる中、一際大きな轟音が響き渡った。

その瞬間、蓮太郎の超音速のアッパーと、ジンの衝撃波を伴う突きがそれぞれ槍を消し飛ばし、アッパーと衝撃波によって影胤は上空高くまで吹き飛ばされた。

 

「里見!」

 

その声に反応するように蓮太郎は跳躍し、横にした神機の刃の腹に乗った。

 

「ラァアアア!!」

 

バースト状態の神機使いの膂力を全開にし、蓮太郎を砲弾のように影胤の元まで飛ばす。

完璧なコントロールで影胤と同じ高さに至った蓮太郎は、体を半回転させて頭を地面に向けながら脚部の薬莢を全てまとめて撃発させた。

黄金の空薬莢がまるで雨のように降り注ぐ中、不意に影胤と目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか…私は、キミに…キミたちに、負けた、のか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「墜ちろ蛭子影胤ッ!!―――『隠禅・哭汀・全弾撃発(アンリミテッド・バースト)』!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オーバーヘッドキックの要領で放たれた乾坤一擲の蹴りは、影胤の斥力場を突き破り、肺を潰し、肋骨数本をまとめてへし折りながら、彼の体を100m以上も吹き飛ばして海に沈めた。

ジンと、駆け付けた延珠と共に油断なく海面を見据えるも上がってくる気配は無い。

蓮太郎はゆっくりと息を吐きだし、2人に笑顔を向けたが、延珠は未だに目の前の光景が信じられないようでポカンとしていた。

それにクスリとしつつもう1人に視線を向ける。

相変わらずの人を食った笑みを浮かべる少年の目の前まで移動し――

 

パァン!と

 

無言で景気のいいハイタッチを交わし、不器用ながらも互いに互いを、勝利を称えあった。

 

 

 

 

 



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第26話 天の梯子

遅くなってしまい本当に申し訳ありません。
私事が予想以上に長引いていました。
とりあえず一段落したので投稿させていただきます。


暫く蓮太郎たちは勝利の余韻に浸っていたが延珠がふと思い出したように聞いてきた。

 

「そういえばアイツはどうするのだ?」

 

そう言って見る先には、蓮太郎の蹴りで気絶している小比奈の姿があった。

 

「彼女はもう敵じゃない。それよりも――」

 

プルルルルル――プルルルルル――

 

何かを言いかけた蓮太郎であったが、それに先んじて胸元の携帯が着信音を鳴らした。

ディスプレイに表示されている名前は『天童木更』。

丁度連絡を取ろうと思っていた蓮太郎はすぐに通話に出た。

 

『生きてるみたいね里見くん』

「ああ。約束通り勝ったぜ」

『見てた。本当にお疲れさま。でも、1つ悪いニュースがあるの』

「え?」

『落ち着いて聞いてね』

 

 

 

 

 

『ステージⅤが現れたわ』

 

 

 

 

 

「え?」

 

頭の中が真っ白になって何も考えられない。蓮太郎の本能が木更の言葉を認めるのを全力で拒否していた。

だが、僅かに残った理性が告げてくる。

その言葉に偽りは無いと。

現に電話越しに木更がいる場所の怒号や半狂乱の叫びが聞こえてきているのだ。

 

「全部、お終いなのか…?」

『いいえ。まだ手は残されているわ』

「残されている…?一体、どうやるんだッ」

『答えは君から南東方向にあるわ』

 

藁にも縋る思いで聞いた蓮太郎に木更は簡潔に答えた。

そして首を回して見たのは――

 

「…無理だ木更さん。出来っこねぇ」

『もうそれしか方法は無いわ』

 

文字通り天を貫く2本の長大なレールは、先端が雲に邪魔されて見えないほど長い。

ガストレア大戦時、完成はしたものの試運転すらされずに敗戦の日を見守った超巨大兵器。

『天の梯子』――

 

『あなたたちが最も目標地点に近いわ。時間が無いの、君がやるのよ里見くん』

 

――直径800mm以下の金属飛翔体を亜光速まで加速して撃ち出す、世界最大のレールガンモジュールだ。

呆然と木更との通信をしていた蓮太郎であったが事態は待ってはくれなかった。

 

「おい、さっさと行け」

 

気が付くとジンがこちらに背を向けて神機を構えていた。

一体どうしたのかと思っていると――

 

ザンッ

 

()()()は現れた。

それは巨大な狼のようだった。その大きさたるやここに来るまでに蓮太郎が遭遇したステージⅣより一回りも大きく、黒い体色を基本としながらも首回りや尾にかけて鮮烈な赤い体毛が生えている。

眼光鋭く廃墟となった建物の上に佇む姿は、月光と合わさって魔獣を思わせた。

事実、蓮太郎たちからすれば魔獣に変わりは無い。

通常の狼にはありえない、石で出来た堅牢な装甲で前足を覆っているのだから。

 

「なんだ、ありゃぁ…」

 

知らず蓮太郎の口から呟きが漏れる。見ると延珠も目を見開いて唖然としていた。

 

[ウォォォオオオオオ!!]

「!」

 

その狼は1つ大きく遠吠えを上げると、その巨体からは考えられないほどの速度でこちらに突っ込んでくる。

振り上げられた前足をジンが展開した装甲で受け止めなければ蓮太郎はやられていただろう。

 

「離れろ!」

 

そうジンが叫ぶと同時、蓮太郎は前方から強烈な熱を感じた。

反射的に延珠と後退すると、ジンが爆炎と共に吹き飛ばされてくる。

見ると狼の前足を覆っている装甲の隙間から、僅かに赤々と光る炎が見えた。

 

ガルム

 

大型種に分類されるこのアラガミは巨体故のパワーと狼の俊敏性、それらに炎を併用した攻撃を繰り出してくる強力な種だ。

 

「里見、コイツの相手は俺がやる」

 

吹き飛ばされた先で何とか立ち上がりつつ、ジンは神機をガルムに向けて再度構えた。

 

「俺がやるって…お前1人でやる気か?!」

「アラガミは俺の領分だ。それに誰か足止めしなきゃ、コイツ追ってくるぞ」

「だとしてもその傷でやるのは危険だろ!せめて救援を…」

「呼べたら苦労しねぇよ」

 

先ほどまでの戦闘で既にジンはかなり消耗していた。それは傍で一緒に戦っていた蓮太郎がよく知っている。

そんな状態で戦うのは無茶だと思うが、ジンが相手をしなければあの魔獣は自分たちをどこまでも追ってくるだろうということも蓮太郎は理解していた。

なので、せめて仲間に連絡を取れと促すが、それはすぐさまジンに否定された。

 

「さっきからこっちの無線が機能しねぇせいで連絡が取れねぇんだよ」

「な…」

「そもそもコイツがここにいること自体が問題だ」

 

そう言ってガルムに鋭い視線を向けるジン。

 

「コイツがここにいるってことは『混在領域』付近にいる俺の仲間の防衛網を突破してきたってことだ。だが、あいつらが俺がいなくなった程度でコイツを通すとは思えん。加えての通信機の不調……どうにもキナ臭ぇな」

 

ガルムもジンの殺気に気付き、臨戦態勢を整えていた。

 

「ぐずぐずしてると、東京エリアごと俺らも死ぬぞ?」

「…!」

 

その言葉で蓮太郎は決意した。隣にいる延珠に目配せし、担いでもらって高速移動を開始した。

背後で爆発音が響いたが振り向くことはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマホに送られてきた地図を頼りに、まるで迷路のように複雑に入り組んだ施設内をひた走る。

目的の地下2階の部屋に木更の案内と地図を頼りにようやくの思いで辿り着いた。

放置されて10年が経つというのに、操作パネルは埃1つかかっていなかった。そのことに驚きつつも、再び木更の指示に従って携帯をコントロールパネルをコードにて接続する。すぐさま20桁のパスワード入力を求められるも、これも木更の指示により難なくクリア。

リンク完了の表示が示され、この場と作戦本部のシステムが接続された。

 

『これより線形超電磁投射装置の起動を開始します。シークエンス、フェイズ1に移行。エネルギーの充填を開始します』

 

女性の合成音声が流れるとともに、目の前でタッチパネルが触れてもいないのに高速でタイピングされ、格納されていた操縦桿が屹立したかと思うと、これも見えない手で操っているかのようにリズミカルに動き出す。本部の方で今まさに発射シークエンスを起動しているのだ。

いきなり衝撃が蓮太郎たちの足元を襲い、思わずたたらを踏んでしまう。『天の梯子』の基部が動き出したのだ。

やがて地面に水平な距離を保つと、それを維持するためにレールの下から6本の長大な足が地面に打ち込まれた。

 

『モードをオンラインに変更、衛星と情報をリンク。主モニタに目標を映します』

 

アナウンスと共に目の前の3面パネル、その正面に遠方の画像がズームで映し出さる。

最初は若干ぼやけていたが、徐々にそれも鮮明になっていった。

 

ゾクッッ!!!!

 

映し出されたモノを見た瞬間、蓮太郎と延珠の背筋に凄まじい悪寒が走り抜けた。

化け物。

()()を表す言葉はこれしかないだろう。

黒茶けた肌は罅割れてイボだらけで、そこからさらに突起が生えている。

計8本の逆棘の生えた鎌状の触手が場所を問わず肌を突き破って生えている。

頭部が異常なまでに巨大化しており、2足歩行で海を割って近づいてくる様は出来の悪い巨人のようだ。

 

「れ、蓮太郎……あれが?」

「……ステージⅤ、またの名をゾディアックガストレア・スコーピオン。世界を滅茶苦茶にした化け物の1体だ」

 

青白い顔で問いかけてくる延珠に答えを返す蓮太郎。だが実際のところ、蓮太郎の顔色も負けず劣らず悪かった。

縮尺から見るに、アレの体長は400m以上はある。そんな馬鹿げた巨体を持つというのに、自重に潰されることなく生命活動を行っていることが信じられない。一体あの体の硬度はどうなっているのだろうか…。

画面の中でスコーピオンはピタッと止まり、触手を全て垂直に立て、自らの嘴も天に向けた。

 

[ヒュオオオオオオオオォォオオオォオォォオォォォオオオオオオオオ!!!!!!]

 

絶叫。

日本中の大気が震えているのではないかと思えるその咆哮には明確な怒りが込められていた。

カタカタと歯の根が鳴るが事態は待ってくれない。

 

『里見くん、ボケっとしないで!』

「!」

『落ち着いて聞いて。ちょっとまずいことになったわ。チャンバー部にバラニウム徹甲弾が装填されていないの!』

「ど、どういうことだよ?」

『打ち出す弾丸が無いのよ!大至……丸を…保……』

「木更さん?!どうしたんだ?!」

 

突如として木更の声が遠くなる。ハッとしてモニターを確認すると、データの送受信が停止していた。恐らくレールガン起動に際する強力な電磁場の影響だろう。

 

『……あとは君がや……里……く……』

「木更さん!嫌だ!俺には無理だ!」

『……世界を………を……救………願……』

 

そこで無情にも通信は切れてしまった。

蓮太郎は呆然としたまま携帯のディスプレイを眺めていたが、けたたましいアラート音に顔を上げた。見るとモニターに大量の警告文が赤々と表示されていた。どうやら長年の放置によって所々で問題が発生しているらしい。

大きく深呼吸し無理やり気分を落ち着ける。

モニターを確認し、諸々の問題をざっと見まわして、蓮太郎は1発だけなら撃てると思った。

逆に言えば1発しか撃てない、ということでもあるが。

右腕をまっすぐに伸ばし、鏃をイメージして指先を窄める。その状態で左手で右腕にあるボタンを押しながら、反時計周りに回転させ右腕を引き抜いた。そのままコンパネのすぐ傍にあるチャンバー輸送用のボルトを引き開け、右腕をセット。右腕はそのままチャンバーに送り込まれロックされた。

蓮太郎の右腕はバラニウムの硬度を遥かに超える超バラニウム製だ。自分の右腕なら問題ないという蓮太郎の考えを裏付けるかのように、モニターに弾丸の解析結果が表示された。

 

『手動トリガーコントロールシステム起動。エネルギー充填率――100%。撃てます』

 

コンパネから先ほどの操縦桿とは別にもう1本、射撃の為のトリガーのついたシンプルな形状のものが出現する。

蓮太郎は祈るかのように固く握り込む。

今、射撃支援のシステムは作動していないため、この狙撃は蓮太郎が手動で目標に撃ち込まなければならない。

 

(無理だ…)

 

現在地から目標まではおよそ50km。

狙撃の世界では1km先の目標に当てるとこが出来れば神業と言われている。例え目標が巨大だったとしても、狙撃の素人である蓮太郎に50kmというのはあまりにも遠すぎる。

モニターの中では今まさにモノリスに達しようというスコーピオンを、自衛隊のミサイルで必死に応戦して凌いでいる。アラートも早く撃てとばかりに五月蝿さを増していた。

 

それでも、蓮太郎の指は固まったかのように動いてくれなかった。

 

膝から頽れそうになった時、操縦桿を握る手に暖かな小さな手が重ねられた。

 

「蓮太郎、妾がいる」

「…これを外したら俺たちは終わりだ」

「蓮太郎なら当たるに決まっている」

「なんでそんなことが言える?!10年も碌に整備されていない兵器を、狙撃素人の俺が使って、50kmも先の目標に当てられる保証がどこにあるって言うんだ!」

「それでも、蓮太郎なら当てられる」

「無責任なこと言うな!俺は――」

「無責任などではない。いつだって、思っている。他でもない蓮太郎だけが、世界を救えるって。そう、思ってる」

 

その言葉にハッとした蓮太郎は思わず延珠を強く強く抱きしめた。

 

「お前を、失いたくない…」

「大丈夫、妾も愛している」

 

どのくらいそうしていただろうか。ふと延珠が蓮太郎に顔を肉薄させた。

 

「蓮太郎、さっきにあれはプロポーズ的なアレと解釈していいのか?」

「あ…………アホッ!家族のlike的なアレだ!10歳のガキが愛を語んじゃねぇよ!大体――」

「なら、木更はラブなのだな?」

「うっ……それを言うんじゃねぇよ」

「むぅ~~、ならば2年だ。2年で妾の方を好きにしてみせる!」

「お前が12歳で俺が18歳か。……余計犯罪チックなのは気のせいか?」

「それ以上は待てんぞ」

「はいはい、分かったよ。期待してるよ」

「………もう、怖くは無いか」

「…ああ」

 

手元を見ると、あれほど酷かった震えがピタリと止まっていた。

改めて操縦桿を握ると、延珠の手が上から重ねられた。

不思議と外す気がしなかった。

 

「延珠」

「ああ」

 

 

 

ゆっくりとトリガーを引き絞る。

 

 

 

その瞬間、あらゆるものを光が包み込んだ。

 

 

 

 

 



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第27話 裏側

どうしてこうなった?

真っ白なスーツに袖を通した蓮太郎の現在の胸中はこの一言に集約される。

周りは大理石で出来た荘厳な石柱が林立し、天井は見上げるほど高く、美しくアーチを描いている。居並ぶ面々は高級感漂うスーツを着こなした政府の高官や、セレブを絵に描いたような紳士淑女ばかり。隣をチラリと見るも、蓮太郎とは真反対の真っ黒なスーツを着たジンは目を閉じて微動だにしない。極めつけに正面にはレッドカーペットと大理石の階段が伸びており、頂上の玉座には聖天子がゆったりと腰かけていた。

 

(聞いてないぞ木更さん…!)

 

余りのプレッシャーに冷や汗を滝の様に流しながら蓮太郎は心中で木更に恨み言を吐いていた。

というのも、本日蓮太郎とジンは先の作戦の功績を称えられ、聖天子直々に叙勲がなされるのだ。

だというのに、前日に木更からなされた説明は『明日お祝いの式典があるから遅れずに来るのよ』という面倒臭そうな一言と、ぞんざいに投げつけられたスーツと地図のみ。地図で確認した時、第1区のど真ん中の聖居が目的地だと知ったときは新手の詐欺かと疑ったほどだ。

 

「里見さん、神斬さん。よく来られましたね」

 

ここに来るまでの経緯を思い出していると聖天子が薄い微笑みを浮かべながら階段を下りてきていた。

歴代でも随一なのではないかという神々しい美しさに自然と背筋が伸びる。

 

「あなた方のような有為な人材があの場にいてくれたことを誇りに思います」

 

あの時蓮太郎が放った狙撃弾は狙い違わずスコーピオンの脳髄を吹き飛ばし、頭部に巨大な風穴を開けたのだ。

あと一歩でモノリスを倒壊させるというところで、轟音と共に閃光が巨大なガストレアの頭部を貫く様は見るものを震わせた。

 

「里見さん、神斬さん、あなた方はこれからも東京エリアの為に尽力してくださいますね?」

 

跪き「はい」と首肯する蓮太郎。

ジンも蓮太郎に若干遅れながらも肯定の意を返した。

それを聞き届けた聖天子は厳かな声音で続ける。

 

「私とIISO、フェンリルとの協議の結果、今回の戦果を『特1級戦果』とみなし、里見蓮太郎・藍原延珠ペアの序列を1000番に昇格、神斬ジンを特例序列1200位に任じることに決まりました」

 

周りが歓声と驚きの声を上げる。歓声は、ここに英雄が生まれたことが改めて実感できたから。驚愕は、神機使いに序列が与えられたことに対してだ。

 

「里見・藍原ペアの元の序列は123,452位でしたから、凄まじい昇格ですよ。神斬さんも特例とはいえ、神機使いが序列を与えられたのは未だかつてありません。どちらもギネスに載るかもしれませんね」

「は、はい」

「それでは、これにて叙勲式を――」

「聖天子様」

 

叙勲式を終える宣言をしようとした聖天子を遮って蓮太郎が声を上げたことに、場が俄かに緊張感を帯びた。

本来、この手の式典は多忙な聖天子の時間を割いて行っているため、異議などは唱えず、簡潔な受け答えによって迅速に終えることが暗黙の了解となっているのだ。

 

「1つ、お聞きしたいことがあります」

 

それを知った上で蓮太郎は問いを発した。聖天子が僅かに目を見開くのが分かった。

 

「聞きましょう」

「……俺は、ケースの中身を見た」

「!」

「…………壊れた、三輪車だった。―何故アレがステージⅤを呼び寄せる触媒足りえたんだ?!いや、そもそもガストレアとは一体何なんだ?!教えてくれ、聖天子様!」

「…『七星の遺産』は未踏査領域のとある場所に封印されていたものです。ゾディアックはそれを取り戻しに来たのです。それ以上はお教え出来ません」

「お教えできませんって…」

 

いつの間にか聖天子からは表情が消えていた。

 

「民警の序列が上がれば疑似的階級の他にも、機密情報へのアクセスキーが与えられます。現在のあなたのアクセスレベルは3です。並み居るライバルを倒し、序列10位以内に入れば最高アクセス権限のレベル12が与えられます。里見貴春(たかはる)と里見舞風優(まふゆ)の息子を名乗るなら、あなたは真実を知る義務がある。……強くなりなさい、里見さん。全てを知った上でも尚、前を向けるほど強く」

「…ッ!何故そこで父さんと母さんの名前が出てくる!」

「これ以上、お伝えする事項はありません」

 

その言葉を聞いて、反射的に聖天子の胸倉を掴みあげそうになったが、寸前でジンに止められた。

 

「止めとけ。死ぬぞ」

 

その短い言葉で自分に向けて強烈な殺気がどこからか向けられていることに気付いた。恐らくあのまま聖天子に掴みかかっていたら、何が起こったかも分からないまま一瞬で首を斬り落とされていただろう。

冷や汗を流しつつも拳を強く握りしめ、乱雑にジンの腕を振りほどく。

 

「……失礼、します」

 

その言葉を残して蓮太郎は振り向くことなく聖居を後にした。

ジンもそれに続き、聖天子を一瞥してその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天童菊之丞は聖居内の広々とした廊下を歩いていた。履いている下駄が硬質な床を踏みしめるカツンという音が、閑散とした廊下にどこまでも響いていく。

蛭子影胤が引き起こした今回の事件が一応の解決を見たとはいえ、その後処理はまだ多く残っている。それに加え、聖天子補佐官としての業務もある彼は非常に多忙だ。そんな彼の元をアポも無しに訪れる人物がいた。

 

「轡田防衛大臣が首を吊ったそうですね」

 

声が聞こえた瞬間、懐に入れてあった護身用の拳銃を素早く引き抜き、振り返り様に発砲しようとする。だが、それは音もなく銃身を3分割されたことによって防がれてしまう。

宙を舞う銃身を目にとらえた時には拳銃を投げ捨て、迫りくる刃を無手にて受け流していた。

 

「親しい部下の突然の自死についてどう思われます?天童閣下」

 

流された勢いを利用し、頭上を飛び越えるようにして菊之丞の背後に降り立ったのは黒いドレスを着てめかし込んだ少女だ。その装いの中で菊之丞に突き付けている日本刀――殺人刀・雪影だけが異彩を放っていた。

 

「木更…」

「今回の騒動の結末、私には納得できません」

 

そう言う木更の目は、決して血の繋がった祖父に向けるものとは思えない冷たい光を放っていた。

 

「今回の件、轡田大臣首謀の『東京エリア壊滅テロ』で決着したそうですが、私は――」

「木更。政府の決定に貴様が口を出す権利は無い」

(やはり…!)

 

ザワリ、と木更の殺気が一段と高まる。

雪影を握る手に力がこもり、今まさに斬りかかろうというところで背後の扉が勢い良く開かれた。

そこに立っていたのは肩で息をする蓮太郎と、冷気すら感じられそうな冷たい眼光のジンだ。

 

「里見く…」

「『ガストレア新法』」

 

木更の問いかけを聞き流し、蓮太郎は菊之丞に近づいていく。

 

「聖天子様が周囲の反対を押し切ってねじ込もうとした法案だ。イニシエーターや『呪われた子供たち』の社会的地位向上をさせて、彼女らと共生するための法律。アンタはこの法案を通させないために今回の事件を仕組んだんだ」

 

そう言う蓮太郎の目には確信の光が宿っていた。しかし、そんなものを認める菊之丞ではなかった。

 

「何を――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヒヒッ、しがみ付くねぇ天童補佐官』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、菊之丞の目が裂けんばかりに見開かれる。

視線の先は蓮太郎の手元。ディスプレイに『非通知』と表示されている携帯電話。

 

「生きていたか…道化師よ」

『おっと、何も証言はしていないよ。挨拶がてら補佐官の元へ案内しただけさ。にしても、里見くん、神斬くん。キミたちのお陰で仕事が出来なくて困っているんだが、どうにかしてくれないかね?』

「…それは人殺しの仕事か?」

『いやぁ、表の仕事さ』

「殺人と合わせてそれもこの機に辞めて転職したらどうだ?転職先(牢屋)くらいこちらで手配してやるぞ?」

『ヒヒッ、遠慮しておくよ。またそのうち会うこともあるだろう。その時は負けないよ、里見くん、神斬くん』

「……ああ、次こそ息の根を止めてやるよ」

「不味そうだが、欠片も残さず喰い尽してやるから楽しみにしておけ」

『ヒヒヒヒヒッ、ではその日まで暫しのお別れだ。また会おう。里見蓮太郎。神斬ジン』

 

そこで通話は切れてしまった。

 

「…証拠にはならんぞ?」

「分かってるッ…。アンタ、あんな奴と取引してまであの法案を潰したかったのか?!」

 

吠える蓮太郎に対し、菊之丞の表情は小動もしなかった。

 

「マスコミにリークしようとしたのも、テロの主犯格に蛭子小比奈(『呪われた子供たち』)がいることが分かれば、『ガストレア新法』排斥思想に世論を誘導しやすくなるためね」

「だが、寸前で報道管制が敷かれ事がうまく運ばなくなった。そこで爺、アンタはガストレアの恐怖を人類に思い出させるため、あのクソ仮面のステージⅤ召喚を黙認したってわけだ」

 

畳みかけるように木更とジンも言葉を投げかける。するとついに耐えかねたのか、菊之丞は火が付いたかのように叫んだ。

 

「そうだとも!全ては平和ボケした連中の目を覚まさせるためだ。何故10年前のあの地獄を忘れられる?あの虫けら共の血を宿した餓鬼共にまともな人権を与えるだと?ふざけるな!」

「皆、過去にそれぞれ折り合いをつけて前を向いている。だが、アンタは10年前の憎悪を引きずったまま、補佐官という立場でありながら聖天子様を出し抜いた!聖天子様が嫌いなのか?」

「馬鹿を言うな。あの方を私は心底敬愛している」

「ならッ」

「敬愛しているからこそ許せぬこともある!お前たちは奴らに人権を与えた後の世を考えたことがあるか?人を超えた力が街を闊歩し、奴等の理性のみによって我ら人間の命が握られる日常になるのだぞ…ッ、それは10年前の世界(悪夢)そのものだ!」

「「ッ!」」

 

その言葉に木更と蓮太郎の脳裏に情景が蘇る。

周りは血に染まり、親しかった人間は無残に喰い殺されるか、醜く悍ましい化け物に姿を変えられる。それが当たり前の日常だった。

そして、あの日。蓮太郎は右手脚と左目を、木更は目の前で父と母を喰われた。

 

「フン、それで俺たち(神機使い)を戦線から離したのか?」

 

そう問いかけたのはジン。相変わらず視線は冷めきって、普段の人を食ったような態度はなりを潜めていた。

 

「…どういうことだ、神斬?」

「10年以上前、アラガミのみが跋扈した時代はフェンリルがこの世を仕切っていた。ガストレアが出現して以降はそれぞれのエリアの元首によって人間の世は統治されているが、それでも前時代の支配者のフェンリルの影響が全く無くなったわけじゃない。そして、それは神機使いにも言えることだ」

「……」

「サテライト拠点問題等で一般市民との溝が未だにあるとはいえ、今回の作戦で大々的に戦果を挙げると神機使いの地位が格段に上がるかもしれない。この爺、いや政府上層はそれを防ぎたかったんだろう」

「神機使いの地位の向上の阻止?何故そんなことを企むというの?」

「この爺も言ってただろ?天童社長。人を超えた力を持ったものが悠然と街を闊歩するのは悪夢だと。…俺たち神機使いはその身にオラクル細胞を埋め込んでいるからな、ある意味『呪われた子供たち』に近しい存在なんだよ」

「…!」

「爺本人は餓鬼共だけを敵視しているようだが、その他の役人には未だに俺らに隔意を持ってる連中が多くいるんだろう。尤も、この爺は俺たちが支部で餓鬼共を保護していることも知っているようだから、俺らのことも敵認定してあの布陣を進言したのかもしれないがな」

「…意地汚い悪食の小童がよう吠えるわ」

 

唸るようにして菊之丞が出したのはそんな言葉だった。

 

「『赤目』をあれほど多く匿っていると知ったときは怒りでどうにかなりそうであったよ。所詮、化け物は化け物としか分かり合えぬということか」

「ハッ、東京エリアを壊滅させかけた馬鹿に、俺等も餓鬼共も化け物なんて言われる筋合いはねぇな」

 

そう言って言葉を切るとその場には沈黙が下りた。しかし、場には恐ろしいまでの緊張感が満ち、その中で蓮太郎とジンは共に菊之丞に鋭い視線を向けていた。

そうこうしていると扉の向こう側が俄かに騒がしくなる。

 

「…今回は引きます天童閣下。しかし、いずれあなたは私が裁きます。――私の愛した天童(両親)はあなたと兄たちによって殺されたのですから」

 

そう言って木更は踵を返すと、振り返ることなく去っていった。

 

「1つ聞き忘れた。今回、俺たち(神機使い)の情報を蛭子影胤に漏らしたのはお前か?爺」

「…いや、私ではない」

「そうかよ…」

 

それだけを聞くとジンもまた木更に続くようにしてその場を後にした。

ジンが去ったのを見届けると蓮太郎もまた扉に向けて歩みを進める。

その途中で菊之丞に問いかけた。

 

「アンタは、『彼女たち』と生きたことがあんのかよ?」

「何…?」

「あの子たちはつまらないことで泣いて、笑って、拗ねて、人の温もりに満ちている。あいつ等は人間だ。俺は彼女たちを、藍原延珠を信じる!」

「貴様というやつは…」

「『死にたくなくば生きろ』。簡潔でアンタらしい言葉だ。何度もこの言葉に助けられた。――10年前のあの日のことを忘れたことはありません。ありがとう……そして、さようならお義父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天の梯子』を撃ち終わった直後、蓮太郎は森の中にいた。

生臭い血臭と凄まじい硝煙の臭いとが混ざり合い、鼻が曲がるような悪臭が辺りに満ちている。だが、それに反して音という音が消え去っていた。

目の前には夥しい数のガストレアの死骸。ステージⅠからⅣまで、様々な奇異の姿形をしたガストレアが横たわっていた。

無言で進むと、靴を履いたままの人間の足が転がっていた。大きさからして子供の足だ。

更に足を進めて見つけた。見つけてしまった。

 

「……」

 

気にはなっていた。

蛭子影胤とあれだけ派手な戦闘をしていたというのに、ただの一体もガストレアが押し寄せてこないことに。

おかしいとは思っていた。

巨大な『天の梯子』を起動させるにあたって、爆音と振動を辺りに響かせたというのに、発射シークエンスをガストレアに邪魔されなかったことに。

 

「……どうしてだ。どうして逃げなかった?!」

「…そういうわけにも……いきませんでしたので」

 

そう言う千寿夏世は焦点の合わない瞳で蓮太郎を見つめ返していた。

左手と右足が半ばより千切れ跳び、それ以外にも大小無数の傷があった。そして、それらがイニシエーターの回復速度であってもあり得ないような速さで再生していく。千切れた手足の断面に至っては、不気味な泡を立てながら徐々に体が構成されていた。

 

「里見さん…私は…?」

「…恐らく、浸食率が50%を超えている」

 

『呪われた子供たち』は浸食抑制剤の投与によって、ガストレアウィルスを押さえつけているが、それはあくまで『抑制』なのだ。抑制因子のおかげで一般人のように一瞬でガストレア化することは無いが、力を急激に開放したりガストレアに体液を送り込まれたりすると微々たる速度で浸食率は上昇する。そして一般人同様、体内浸食率が50%を超えると形象崩壊を起こす。そしてこの臨界点は、現段階ではいかなる技術でも引き延ばすことも押しとどめることも出来ない。

 

やらなければならない。

 

彼女は、もう、絶対に助からない。

 

サプレッサーをつけたXD拳銃の照準を夏世の眉間に合わせる。

距離にして3mも離れていない。そんな至近距離だというのに、手が震えて照準が合わなくなる。

歯が砕けそうなほどに食いしばっているというのに、情けない呻きが漏れるのを堪えることが出来ない。

どうしても、視界が滲んで、前が見えなくなる。

 

(クソ…クソッ……!!)

 

胸中で毒づくも溢れる涙を止めることは出来なかった。

 

「…里見さん、将監さんは?」

「…無事だ」

 

ホッとした気配が伝わってくる。

瞼が落ち、まるで眠りにつくかのようだ。

もう、時間がない。

 

「…ねぇ、里見さんって友達少ないでしょう?」

「え?」

「…しょうがないから、私が友達になってあげます」

「…そりゃ助かる。困ったことに少ないからな。ありがとよ」

 

気付けば震えは止まっていた。

 

「……では、お別れ、です」

「…いや、そうじゃない」

「……え?」

「…『友達』ってのは、またどこかで会うもんだ。だから――()()()

「……フフ、……ええ……またね―――」

 

引き金を絞る。

1つの小さな命が、人知れず幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勾田病院前の公園でアイスクリームを嬉しそうに食べる延珠を見つめる。

天真爛漫な笑顔は見る人をも笑顔にする。だが、それも彼女が『呪われた子供たち』だと知った瞬間に憎悪の籠った表情へと変わるだろう。

その時、蓮太郎だけは彼女の味方であらねばならない。

彼女の保護者として、家族として、唯一無二の相棒として。

 

 

 

 

 

それなのに、自分はいつか、彼女に銃口を向けなければならないかもしれない。

 

 

 

 

 

菫から貰った延珠の診断カルテが脳裏に蘇る。

 

その時が来たら、自分は一体、どうするのだろう。

 

今の蓮太郎には、その答えは出ようはずもなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藍原延珠 診断カルテ

担当医 室戸菫

・体内浸食率――42.8%

・形象崩壊予測値まで――7.2%

・担当医コメント

 超危険域。ショックを受けないよう本人には低い数値を告げてあります。規定により、本人への告知はプロモーターに一任します。

 ここからは友として忠告する。これ以上彼女を戦わせるな、蓮太郎くん。

 

 

 



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第27.5話 裏側 Another

美しい歌声が響く。

頭上から差し込む陽の光と、辺り一面に咲き誇る色とりどりの花々と合わせてまるで楽園にいるかのようだ。

歌声の主も、そう思わせる一因かもしれない。

葦原ユノ。

独立拠点『ネモス・ディアナ』出身の歌姫。

清楚な白いワンピースを身にまとい、陽を照り返す髪は綺麗な栗色だ。

澄んだ声音で厳かに歌い上げるその姿はまさに歌姫と言うに相応しい姿だろう。

若干17歳にして世界中に多くのファンのいる歌手が、たった1人の為に自ら歌うというのはとても光栄なことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

この素晴らしい歌声が紡ぐのが、鎮魂歌(レクイエム)でなければ、聞き惚れていたのだろう。

 

 

 

 

 

人の価値はその人が死んだ時に、どれだけの人が涙を流してくれるかで分かるという。

今、このフライアの庭園には多くの人で溢れている。

極東東京エリア支部の神機使い。

極致化技術開発局関係者各位。

近隣のサテライト拠点の住人。

大勢の10歳ほどの少女たち。

そして、『ブラッド』。

元々ちょっとした広さのあった庭園が、少し手狭に感じられるほど多くの人が葬儀に参列していた。

そして――その殆どの人が誰憚ることなく涙を流し、嗚咽を漏らしていた。

 

「ロミオさんに……ちゃんと届いたかな」

 

歌い終えたユノの言葉にジンは静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

― データベース・人物・『ロミオ・レオーニ』より抜粋 ―

 

ロミオ・レオーニ (享年19) 2012 ― 2031

故人。2030年フェンリル極致化技術開発局入隊。

特殊部隊『ブラッド』に所属。

2031年、民警・神機使い合同『蛭子影胤討伐作戦』時、混在領域における防衛任務にてKIA(作戦行動中死亡)と認定。最終階級は少尉(上等兵から2階級特進)。

神機使いの間ではフランクかつ頼りになる人物としてフライア、アナグラの双方に認知されていた。

また、『呪われた子供たち』の保護に奔走。旧外部居住区にて保護された彼女たちからは絶大な信頼と人気を得ていたため、彼の死は大きな悲しみをもたらした。

なお、フライアの庭園には彼の墓が設置されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの日、蛭子影胤を撃破し、次いで現れたガルムを単独討伐したジンはすぐさま自分の担当していた防衛地区に戻ろうとした。だがその寸前で虫の息だった伊熊将監を発見したのだ。何とかギリギリ生きているような状態で、早急に治療を受けさせないと危ない状態だ。

流石に見捨てるのは忍びなく、かと言って任務地に連れていくわけにもいかず、連絡も取れない状態なのでどうしたものかと悩んでいると、唐突に通信機が復旧し、慌てたようなシエルの声が聞こえてきた。

聞こえてきた情報は耳を疑うようなものばかりだった。

 

曰く、任務にあたっていた混在領域付近に『赤い雨』が直撃した。

曰く、なんの前触れもなく全ての神機兵の稼働が停止した。

曰く、ジンの抜けた地域の神機兵が最も早く停止したため、そこ目がけてアラガミが迫った。

曰く、そのアラガミの侵入を防ぐため、ロミオが単独で先行。後続でジュリウスが出たが未だに連絡が取れない。

 

恐らく先ほどのガルムはロミオが来るよりも早く抜けてきた個体なのだろう。

現在はステージⅤ出現の報告は向こうにも伝わっているようで、『赤い雨』の直撃と合わせて退避しているらしい。

もっと事の詳細を聞きたい

そう思ったジンはシエルたちと合流するために現在地の情報を送り、大至急ヘリを回してもらった。

将監を医療班に任せて、ジンはブラッドや極東支部の面々から一体何があったのか聞こうとした。

 

 

 

 

 

そんな時だった。

目を閉じたロミオを抱えたジュリウスが戻ってきたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フライアのロビーにてお気に入りの缶コーヒーを飲む。いつもならこの暴力的な苦みが気分を落ち着けてくれるのだが、今日ばかりはそうもいかない。

今ロビーにいるのはジンの他にとナナとシエル、ギルの3人。

ナナは未だ涙を流し、譫言のように「なんで…」と悲しみに満ちた疑問の声を上げている。

そんなナナをシエルは寄り添うように支えている。気丈に見えるが目元が赤く腫れていた。

ギルも今は涙こそ流していないが、常の覇気がなく弱り切っているように見える。

 

彼らになんと言って声をかければいい。

未だにロミオが死んだなんて考えられない。

こんな時にジュリウスは何処に行っている。

そういえば式典まで時間がない。

 

考えが、纏まらない。

ジンも自分が思っている以上に動揺しているらしかった。

まるで夢遊病者のように部屋に戻る。

道中、他の人から色々声をかけられた気がするがあまり覚えていない。

倒れ込むようにベッドに身を投げ出す。

そのまま暫く目を閉じるも思い出されるのはフライアに来てからのロミオとの思い出や彼に関する出来事だった。

最初に出会ったのは演習を終えてナナと駄弁っている時だったか。会った当初は年齢は向こうの方が上なのに童顔と人懐っこさが合わさって年下の少女かと思った。

ギルの加入時は面倒なことになったと思ったものだ。あの2人、性格的に絶対反りが合わないだろうことが目に見えていたからだ。

だからこそロミオが不満を爆発させたときは驚くと同時に納得もしていた。ギル以外の面子がそれっぽいことを言っても、多分ああはならなかっただろう。

『外』に住む、ある爺さん婆さんと話して吹っ切れたのか、合流したロミオは清々しく、また以前よりも頼もしい顔つきになっていた。

 

 

眠れない。寝返りを打つ。

 

 

あの任務でロミオと交戦したアラガミは、やはりというかガルムの集団だったらしい。

大型種の集団に単独で挑むというだけで相当な危険度だが、今回はそれに輪をかけて危険だった。

ガルムの赤黒い集団の中に一際目立つ『白』がいたらしい。

姿形は基本的にガルムと同じだが、その体毛は反対に真っ白で、首元から背中にかけて赤く太い触手が生えて、極めつけに左目には大きな傷があったらしい。

 

ガルム神属“感応種” マルドゥーク

 

左目に大きな傷があったということは、以前にジンが交戦した際にそこを負傷した個体が再び現れたのだろう。

 

 

眠れない。寝返りを打つ。

 

 

あの時、無理をしてでもマルドゥークを討ち取っていればこんなことにはならなかったのか?

 

 

眠れない。寝返りを打つ。

 

 

あの時、救援要請に従わず、防衛任務を継続していればロミオは死ななかったのか?

 

 

眠れない。寝返りを打つ。

 

 

あの時――――なんで、もっとロミオと話さなかった?

なんで――

 

 

それ以降も、体は疲れている筈なのにまるで眠気が襲ってこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

式典の最中であってもジンの心はそこになかった。ぽっかりと心に穴が開いてしまったかのようだ。

そのせいで聖天子の問いかけに対する返答が一瞬遅れるが何とか返せた。

恙なく進む式典。正直、特例序列1200位だとか、ギネスだとか、ガストレアの存在理由だとかどうでも良かった。

蓮太郎の腕を止めたのは殆ど反射だった。常日頃から極限の生死をかけた戦いに晒されているせいか殺気には敏感なのだ。

乱雑に腕を振り払った蓮太郎はそのまま出て行った。ジンももうここに特に用は無かったのでさっさと帰ることにする。

今回の依頼を受けなければロミオは死ななかったのだろうか。

そんなことを思いながら去り際に一度だけ聖天子を見た。当然答えなど返ってくるはずもない。

扉から出てすぐの所で蓮太郎が硬直していた。一体なんだと思っていると、彼の携帯から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

意識が切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菊之丞との対談のようなものを終えて帰路に就く。そんなジンの胸中は行きとは違っていた。

 

(何か引っかかる…)

 

作戦時は気付かなかったが、今にして思えば今回の作戦は妙な点があった。

まず神機兵。

あれだけ製作が難航していたというのに、何故それを今回のような大規模作戦に投入する?

神機兵の整備班に聞く所によると、なんでも九条博士が神機兵の諸問題を解決する画期的手法を発見しそれを取り入れたという。

そう言われてその時見てみた九条博士はやたらと上機嫌に見えた。

 

(思えばここもか…)

 

あの陰気な博士は、確かに非常に優れた研究者なのだが、それでも神機兵という複雑で難解極まりない代物の問題を解決できるようにはジンにはどうしても思えない。

更に、仮に思いついたとして、あの九条博士が本当にそれだけであんなに喜色を表に出すものなのか。

今は今回の事件の問題云々でフェンリル本部に出向しているため話は聞けない。

だが気になる点は他にもある。木更に送られてきた動画付き空メールだ。

民警の集団と蛭子影胤・小比奈ペアの戦闘の様子を録画したものが添付されていたらしいが、何故それが木更に回ってくる?

天童民間警備会社はハッキリ言って事務所の規模は相当ショボい。

送られてきた当時はまだ蓮太郎が機械化兵士という情報が出回っていなかったのだから、彼の実力は傍から見れば序列12万台のミドルレンジでしかないはず。

もっと序列的に上位の民警にあの情報を伝えた方が良いと普通は思うはず。

なのに木更に回したということは――

 

(別の目的――いや、俺たちを誘き出すのが…?)

 

そうとしか考えられない。

個人的に神機使いとのコネがあるのは、あの会議で名刺を交換した木更と三ヶ島。

そして三ヶ島ロイヤルガーダー所属の民警は神機使いと手を組む気はさらさらなかった。

逆に天童民間警備会社所属の民警はちょくちょく繋がりを作っている。

あの危機的状況で救援を求めると予測するのはそう難しいことではない。

そして、それらを踏まえての神機兵の停止事故に加えて、神機使いの情報の流出。

最早ここまで来れば明らかだ。

 

(今回のことを、菊之丞(黒幕)に悟られることなく、更に裏で利用した奴がいる…!)

 

戦慄と共に拳を強く握る。

今回、蓮太郎とジンは勿論、民警も、神機使いも、聖天子や菊之丞、影胤たちでさえも()()()の掌の上で弄ばれていた気がする。

並みの敵ではないことは明らかだ。

だがジンの目に恐怖は無く、憤怒の炎が灯っていた。

 

(舐めやがって…)

 

人を人形のように弄び、あまつさえ()()()はロミオの命を奪った。

許す道理は無い。

 

(誰を敵に回したのか…)

 

力強く歩みを進めるジンに迷いは無い。

まずはジュリウスが話があるというので、帰ってそれを聞くことにしよう。

その後のさしあたっての目標は、ロミオを殺した左目に傷のあるマルドゥークの討伐。

コイツも勿論逃がすつもりなどない。

 

(地獄の底で分からせてやる……ッ!)

 

静かな憤怒を滾らせジンは帰途に就く。

彼がジュリウスからブラッド隊隊長の座を任されるのは、それから数時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「再び、雨が降る」

「雨は降り止まず…時計仕掛けの傀儡は、『来るべき時』が来るまで――眠り続ける」

 

 

極致化計画――

『現フェイズの完了を確認。次の段階に移行』

 

 

「人もまた自然の循環の一部なら…人の作為もまたその一部、そして…」

 

 

端末情報更新――

『No Title : To Kisara : From ??? : Text : Attachment File“Movie No.01” 』

――削除

『No Title : To Kagetane : From ??? : Text : Attachment File“Text God Eater” 』

――削除

『Jamming Program “The Doll” 』

――削除

『Jamming Program “The Blood No.3” 』

――削除

 

 

「ロミオ……貴方は、この世界に新たな秩序をもたらす為の礎」

「貴方のお陰で…もう一つの歯車が回り始める…」

 

 

黒蛛病罹患者一覧――

『進行状況を参照。リストアップを開始』

 

 

「ああ、ロミオ…貴方の犠牲は、世界を統べる王の名のもとに…」

「きっと、未来永劫、語り継がれていくことでしょう」

 

 

研究室入室認証許可画面――

『ジュリウス・ヴィスコンティ大尉の来訪を確認。ロックを解除』

 

 

「おやすみ、ロミオ…」

「『新しい秩序』の中で、また会いましょう…」

 

 

 

 



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第2章
第28話 忍び寄るもの


第2章開始です。
今回の話はプロローグ的なものなのでかなり短めです。


未那はベッドに寝そべったままぼんやりと病室の天井を見つめていた。

苗字もあったが、親に捨てられた時にそんなものは一緒になくなってしまった。

首をぐるりと左右に回すと、同じようにベッドに横になっていたり、腰かけていたりの違いはあれど、そこそこの広さのある部屋の中は同い年の子で溢れかえっていた。

一応部屋の外に出ることは出来るが、あまり遠くに行くことは出来ない。実質監禁に近い状態かもしれない。

それでもここに来るまでの生活に比べればこちらの方が断然良い。

雨風をしっかり凌げる空間に、温かい寝床と食事。同じ境遇の子がいることで仲間がいる安心感もある。細々とした検査をちょっと面倒だが、その日食べるものを一々街中から危険を冒して盗んでこなければならないことに比べれば、この程度は何でもない。

それでも未那は思わずにはいられない。

 

(いつ治るんだろう…?)

 

黒いヘンテコな蜘蛛のような模様の浮き出た腕をしげしげと見つめる。

ここに来る前から『子供たち』の間で聞いていた噂話。

偶に降ってくる『赤い雨』に濡れると悪いことが起こる。

体の何処かに黒い蜘蛛の模様が浮き出た子は暫くするとどこかに消えてしまう。

黒い蜘蛛に触ると自分にも蜘蛛が浮き出てくる、等々。

ここに来るときにニット帽のお兄さんに黒い蜘蛛のことを説明してもらったけど、言ってることが抽象的過ぎてあまり良く分からなかった。その後に会った眼鏡の人も教えてくれたけど、今度は難しくて分からなかった。

分かったのはこの黒い蜘蛛は病気によるものだということ。

治療が凄く難しいこと。

 

――それでも治そうと頑張ってくれる人がいること。

 

正直、嬉しかった。

今までそんな風に優しくされたことがなかったから。

特にニット帽のお兄さんは忙しいはずなのに、何かと自分たちの所に来てくれる。触ることは出来ないから流石に一緒には遊べないけど、自分たちの話はきちんと聞いてくれるし、何より笑顔で話してくれるお話がいつもとても面白かった。

でも、最近はあまり来てくれない。

何かあったのかと心配になるけど、検査に来る人たちに聞いても何も答えてくれなかった。

一体どうしたんだろう。今日も駄目元で聞いてみようか。

そんなことを考えていると今日の定期検査の時間になった。

子供の人数に対して検査をする大人の人数が少ないから待つ時間も長いし、検査項目も多いから検査が終わると大体皆ぐったりしてすぐ寝てしまう。

今日もそうだった。

違ったのは眠る前に部屋に人が入ってきたのが見えたこと。

車椅子に座ったその人はとても綺麗な人だった。

まるでお人形さんみたい。未那はそう思った。

でも眠気には勝てなくて、その人を見ているうちにどんどん瞼が重くなっていく。

完全に瞼が落ちる直前に、一瞬だけその人と目が合った。

目が合うとその人はニッコリと薄く笑う。

 

 

 

まるで我が子を見守る母のような笑みで。

 

 

 

まるで獲物を見つめる捕食者のようで。

 

 

 

安堵と若干の恐怖が混ざり合ったまま、未那の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフ、可愛らしい寝顔……」

「貴女も、私の『お人形さん』と一緒に遊んで頂戴ね…?」

 

 

 

 



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第29話 穏やかな午後

麗らかな日差しが差し込む休日の昼過ぎ。天童民間警備会社ではちょっとしたトラブルが発生していた。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………なあ、延珠」

「………………………」

「…………機嫌、直してくれよ」

「…………………………………」

「…………頼むよ…」

「………………………………………………」

「…………ハァ」

 

プイっと可愛らしくソッポを向いた延珠は、珍しく蓮太郎に見向きもしていない。

外の空模様とは違って蓮太郎の心にはずっしりとした曇天が広がっている。

 

「あの、蓮太郎さん。一体何があったんですか…?」

 

そう問いかけてくるのは一人の少女。

年の頃は延珠と同じ10歳ほど。フリルのついた若葉色のドレスを着用し、セミロングのプラチナブロンドが蒼い目と良く似合っている。少し眠いのかトロンとした目をしきりにこすって必死に眠気を飛ばそうとしている姿が愛らしかった。

 

ティナ・スプラウト。

 

少し前に聖天子の暗殺を企てたトンデモ少女なのだが、紆余曲折を経て天童民間警備会社に入社した後輩社員だ。

その後輩が先輩たる延珠の不機嫌の理由を聞いてきたので蓮太郎はポケットに入れていた一枚のチラシを見せた。

 

「『期間限定・野菜大特価セール』?」

 

チョコンと首をかしげるティナに捕捉で説明を加える。

 

「俺がよく利用するスーパーのチラシだ。つい昨日行ってきたんだが、いやぁ安い安い。おかげさまで今我が家の冷蔵庫の中は野菜で埋め尽くされてるぜ」

「はぁ……でも、それと延珠さんの不機嫌とどう繋がるんですか?」

「…その大量購入した野菜がな、もやしと人参なんだ」

 

チラリと延珠を伺う。未だにソッポを向いて頬を膨らませている。だが、蓮太郎が人参と言った時僅かにピクリと動いたのをティナは見逃さなかった。

 

「もしかして延珠さんは……人参が嫌いなんですか?」

「その通りだ。しかも大量にあるから、暫くはもやしと人参祭りだと言ったら昨日からあんな調子でな…」

「そんな理由で…」

「そんな理由などではない!」

 

呆れの視線を寄越すティナに延珠は食って掛かった。

 

「蓮太郎は妾が人参が苦手だと知っておりながら、あんなに大量に買い込んだのだぞ?!」

「でも人参美味しいですよ?」

「妾は苦手なのだ!そもそも蓮太郎!他の野菜だって安かったはずなのに、なんでよりにもよって人参なのだ?!」

「しょうがねぇだろ、人参ともやしが一番安かったんだから!て言うか、人参ともやしの比率が多いだけで他の野菜もあっただろうが!」

「昨日の野菜炒めを思い出してみろ!人参の海の中に申し訳程度に他の野菜が紛れているような状態であったではないか!」

「うぐ…ッ」

「他も人参ともやしの胡麻和えに人参の味噌汁、終いには人参御飯とはどういうことなのだ?!」

 

フーッ、フーッと息を荒げる延珠。よほど人参まみれの食卓がお気に召さなかったらしい。

その姿に心の中で盛大に溜息を吐いた蓮太郎は折れることにした。

 

「……分かったよ。今日何か他にも食材を買ってくるよ」

「本当か?!」

「ああ。なんなら一緒に来るか?」

「行く!」

 

そう言って笑う延珠に先ほどまでの不機嫌な雰囲気は一切無かった。全く現金な奴だと思いつつも蓮太郎は同時に微笑ましさも感じていた。

 

「ティナも一緒に行くか?なんなら夕飯も」

「え、良いんですか?」

「勿論だぞ!そうと決まれば早速行くぞ!」

 

延珠は待ちきれないとばかりにティナの手を引いて駆けだしていく。ついこの間までお互いに命のやり取りをしていたとは思えない仲の良い光景が蓮太郎には嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人参と他の具材で作れて、尚且つ延珠の好きな料理を作らなければならない。そんな条件で料理を脳内にリストアップした時、真っ先に思いついたのがカレーだ。

最近食べてないし、延珠もこれなら食べられそうだし、簡単に3人分程度の量は作れるのでうってつけだった。

誤算だったのは3つ。

1つ目は延珠とティナの2人に見栄を張るためにちょっと良い値段のする肉を買ったら予想以上の出費になって財布の中身が寂しくなったこと。

2つ目は買い物に行くことをティナが木更に伝えた結果、貧乏お嬢様はこれ幸いと便乗してカレーにあり付こうと考えて付いてきた為、予定よりも多めに食材を買い込むことになり、これも里見家の経済を圧迫したこと。

そして買い物を終え、帰宅しようとしたところで3つ目――

 

「なんでアンタがこんな所にいんのよ未織ィィィ……」

「そんな睨むと美容に悪いで木更」

 

眦を吊り上げ、低い唸り声で相手に問いただす木更。正直その辺の不良にこの殺気を浴びせたら絶対にちびると思う。

そんな殺気を直に浴びているにも拘わらず、目の前の少女は薄い笑みすら浮かべて余裕を見せていた。

ウェーブのかかった長く艶やかな黒髪を靡かせ、明るい色合いの和服を着た正に大和撫子と表現するに相応しい美少女だ。浮かべた微笑を手で持った扇子で隠す動作が実に様になっている。

 

司馬未織。

 

蓮太郎の通う勾田高校の生徒会長にして、蓮太郎や延珠の装備一式を提供する巨大兵器会社『司馬重工』の社長令嬢だ。

そして見てわかる通り、木更とはDNAレベルでの犬猿の仲。

 

「惚けるんじゃないわよ。アンタみたいな腹黒女が何の理由もなくこんな所に来るわけないじゃない…一体何が狙い?」

「ホンマに酷い言いがかりやなぁ。胸にばかり栄養持っていかれて頭回っとらんのと違う?」

 

ビキリ。

木更の額に青筋が浮かぶ音が本当に聞こえた気がする。

 

「フ、フフフフ。持たざる者の僻みってのは醜いものね。アンタこそセコイことばかり考えてるから他に栄養がいかないんじゃないの?」

「会社をしっかり経営していくためには頭を常にフル回転させなあかんからなぁ。どこぞの貧乏社長の作った零細企業とは違ってウチは大手やからホンマ大変なんよ」

 

ワナワナ。

木更の肩が分かりやすいくらい震えている。ヤバイ。

 

「里見ちゃ~ん。ホンマにウチの民警部門に来ぃへん?勿論延珠ちゃんと一緒や。めっちゃ優遇するし、今なら学校一の美少女にあんなことやこんなこと好き放題する権利もついてくるで」

 

ミシミシ。

空いている右手に異常なまでに力が入っているのか、拳を握るにしてはおかしい異音が響く。怖ッ。

 

「キミがティナちゃんやね。資料で見るよりも可愛ええなぁ。ティナちゃんもウチで働かん?木更の所と違ってウチなら銃器は選り取り見取りや。なんなら市場には出回ってない最新式の装備も一式あげるで」

「え、えっとぉ…」

 

ニッコリと微笑みかける未織にしどろもどろに対応するティナ。視線が泳ぎまくっているが絶対に木更だけは視界に入れないようにしている。蓮太郎も恐ろしくて見ることは出来ないが、木更がいるであろう場所から最早妖気と言って差し支えない気配が漂ってくる。

『新人類創造計画』の機械化兵士であり、東京エリアの危機を救った英雄である蓮太郎だが、今この瞬間は泣きながら逃げ出したい心境に陥っていた。

そんな一触即発な空気を断ち切ったのもまた未織だった。

 

「まあ、勧誘はこのくらいにしておいたるわ。勿論、来とぉなったらいつでも歓迎するで」

 

クスクス笑ってそれ以上の木更への当てつけを辞めたことに蓮太郎は心底安堵した。だが、未だに木更がヤバイ気配を漂わせた状態だったので、気を紛らわすことと気になっていたことの両方の意味を満たすために問いを発した。

 

「で、未織。本当になんで司馬重工の本社とも、高校とも離れたこんな所にいるんだ?」

「ん~?正確には目的地に行く途中でここを通ったっちゅうのが正解やわ。里見ちゃんたちと会ったのも本当に偶然なんよ」

「目的地?」

「フェンリル極東東京エリア支部や」

「!」

「最近フェンリルとも提携してな。新しくオラクル部門を作るにあたって技術や知識を提供してもらう代わりに、こちらの銃器に関するノウハウもある程度向こうにも渡して、新しい遠距離神機開発の助けにするっちゅう話なんや。で、今日は向こうさんの技術開発班の人とお話合いをするんよ」

 

成程、と蓮太郎は思った。

何時の時代でも技術を飛躍的に進化させるのは危機感だと思う。自然災害にしろ、人の手による災害や犯罪にしろ、迫りくる危機をどうにかして少しでも遠くに遠ざけたいと思うのは人間の性だ。そして、今の世は史上最悪の生物災害(バイオハザード)に晒されている。

万物の捕食者たるアラガミ。

最悪の寄生生物のガストレア。

これらに対抗するために、昔では考えられないほど武装の進化が急がれている。昨日まで有効だった武装や戦術が今日は全く通用しないなどざらにある話だからだ。

そういう意味では次々新しい技術を開発していこうという未織たちの姿勢は素晴らしいものなのだろう。

尤も蓮太郎は銃器類が嫌いなため、その新技術の開発も素直には喜べなかったが。

だからだろうか。未織の言葉の別の部分に反応したのは。

 

(極東支部、か…)

 

思い出すのは一度だけ訪れた場所。

巨大な装甲壁に囲まれた居住区に、中心に聳え立った装甲壁に劣らず巨大な建物。

そして――最近知らされたとある人物の訃報。

数瞬考えて込んでいたが、やがて決意したのか未織に向けて蓮太郎は言った。

 

「未織。俺も、ついて行っていいか?」

 

 

 

 



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第30話 極東支部へ

久々に投稿……


未織に着いていくことを決めたは良いが、その後は中々大変だった。

 

まず買い物を終えたところであったので、蓮太郎たちは両手に食材を抱えていた。流石にこのまま向かうわけにもいかなかったので、時間的に余裕のある未織に許可を貰い、速攻で家に食材をおいてきたのだ。その際、延珠が能力を解放しようとしていたが、こんなことには使わせられないので即却下した。

 

そのまま未織と合流しようとしたのだが、その前に同じく一旦事務所に戻っていた木更と合流した。

 

 

…重武装の。

 

 

もう一度、あえて言おう。

 

 

重武装の、木更と、合流、した。

 

してしまった。

 

 

防弾チョッキを着込み、右手に抜き身の殺人刀・雪影を携え、左手に景胤に勝るとも劣らないほど禍々しいカスタムベレッタ拳銃、背中に大口径ショットガンを2丁交差するように背負い、果てには色とりどりの特殊榴弾を革ベルトから吊り下げ、装備していた。

 

そんな状態で、人としてアウトな目付きで所構わず殺気を撒き散らすものだから、周囲からは危ない奴を見る目で見られていた。

実際危ない奴なのだが、本人はそんな周囲の状況に気付いておらず、ただただ獲物を狩る目で援軍(蓮太郎たち)を待っていた。

 

正に開いた口が塞がらず、あんなのの知り合いだとは絶対に思われたくない。ふと、隣を見ると延珠もティナもドン引きしていたので、この思いは自分だけではないようだった。

 

とはいえ、何時までもドン引いているわけにも行かず、渋々ではあったが木更と合流を果たした。

 

未織の所に行くまでに何故そんな格好をしているのかと問うと、曰く、

 

「里見くんや延珠ちゃんたちだけで、あの腹黒女狐の所に行かせられるわけないじゃない!」

 

「この装備?勿論アイツを確殺する為のものよ」

 

「いい?里見くん。アイツを視界に納められる位に接近したら、まず気取られないように遮蔽物を挟みながら更に距離を詰めるわ。その後確実に当てられる間合いに踏み込んだら、両足を撃ち抜いて逃げられないようにして。恐らくそれでも抵抗してくるハズだから、そこは私がすかさず零距離からショットガンをぶちこんで動きを止めるわ」

 

「え?そんなことしたら女狐(未織)が死んでしまう?何言ってるのよ。いい?アイツは、そんなことで死ぬようなヌルイ奴じゃないわよ」

 

その後も恐ろしい殺害計画を、会社経営時よりも真剣かつ鬼気迫る様で語る木更を蓮太郎は、こりゃダメだ、と半ば諦め、9割以上聞き流しながら道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ……」

 

この溜め息は本日何度目だろうか。

そんなことを考えながら蓮太郎は極東支部への道を歩いていた。

結局、木更をあの状態のまま連れて行く訳にもいかず、3人掛かりでなんとか武装解除したのだが、お陰で未織との合流の時間に間に合わなくなってしまったので、彼女には先に行って貰って、蓮太郎たちはその後を追うという形になったのだ。

 

隣の木更を見るとあの重武装ではなくなったものの、凄まじく不機嫌であることが容易にみてとれる。

どうやら自分以外の3人が結託して反対してきたことが面白くないらしい。

だがあんな状態の人間を引き連れて行ける訳もなく、蓮太郎に一切の後悔は無かった。

……のだが、こうも不機嫌が続き、尚且つそれが自分にだけ向いている(流石に延珠たちに向けるのは大人気無いというくらいの分別はあったらしい)というのは精神的にかなりくるものがある。心なしか先程急遽購入した花束も萎れて見える。

 

「~♪」

「ティナ、さっきから何を聴いているのだ?」

 

蓮太郎が木更による精神攻撃に晒されている最中、鼻歌が聞こえてきたのでそちらを見ると、音楽プレイヤーで再生した曲をイヤホンで楽しんでいるティナの姿があった。

 

「ユノの『光のアリア』ですよ。私、大ファンなんです」

「ユノ?」

「知らないんですか?」

 

何とはなしに聞くと逆に驚いた顔で見返されてしまった。周りを見ると延珠や木更も知っているような顔をしていた。何となく居心地が悪い。まるで自分1人だけが流行に乗り遅れてしまった感じがする。

 

「今、世界で話題の歌姫ですよ。CMとかでもよく出てますよ」

 

ほら、とティナが指差す先の広告用大型ディスプレイには1人の少女が美しい歌声を響かせるPVが流れていた。

 

「…ん?」

 

それを見た蓮太郎はふと疑問の声を上げた。

 

(この子、どっかで見たような…)

 

チクリと記憶を刺激する少女の姿に見入っていると、何を思ったのか延珠がむくれだした。

 

「蓮太郎、浮気はダメだぞ」

「何の話だ一体…」

 

相変わらずの発言に再び溜め息の漏れる蓮太郎であった。

 

 

 

 

 

 

「ここがフェンリル…」

 

蓮太郎たちは今極東支部内にいた。

先に着いていた未織が話をつけてくれたのだろう、巨大な装甲壁のシャッターの前で長々と待つこともなくスムーズに敷地内に入ることが出来た。

支部内に入る前に通った旧外部居住区とそこに住む『子供たち』を見た蓮太郎を除く3人は終始驚きっぱなしのようで、特に延珠とティナはしきりに辺りを見回しては目を見開いていた。

そしてそれは支部の中に入っても終わることは無い。

 

無骨で機能重視の外観。

辺りから漂う土と油の匂い。

使い込まれたソファとデスク。

 

お世辞にも小綺麗とは言い難い。だが、そこには年季の入ったもの独特の趣が存在していて決して不快にはならなかった。

 

延珠たちが未だ呆けている間に蓮太郎は目的の場所を聞くため、受付にいる赤髪の女性に声をかけた。

 

「すみません。ちょっとお聞きしたいことが…」

「はい、何でしょう…、! 貴方は…」

 

受付の女性、竹田ヒバリは微かに驚きの表情を浮かべた。どうやら前回訪れた時に蓮太郎の顔を覚えていたらしい。

一方蓮太郎の方はと言うと、正直直球で聞くのは躊躇われる質問でもあるので声をかけたは良いがどのように質問するかで迷っていた。

どうしたものかと思っているとヒバリの方が蓮太郎の持っている花束に気付いた。

彼女はそれで要件を察したようで、優しくも寂しげな微笑を浮かべた。

 

「…ロミオさんにですか?」

「…はい」

「彼も喜ぶと思いますよ…」

 

先の景胤討伐の作戦では夥しい数の戦死者が出てしまった。

未踏査領域でガストレアに食われた、或いは“仲間入り”した者。

景胤たちに無惨にも殺された者。

そうやって死んでいったのは主に民警だが、その中に1人だけ別の人種がいた。

それは作戦当時、アラガミの乱入による作戦の混乱を防ぐべく戦っていた神機使いの1人。

名をロミオ・レオーニ。

人懐っこい笑顔が印象的で、“呪われた子供たち”からも慕われていた、蓮太郎も好感の持てる青年だった。

 

そんな人物の訃報を蓮太郎が知らされたのはつい最近の事であった。

 

聞いた時は俄には信じられなかった。先の戦いで知り合った黒髪の少年に連絡を取ろうとしても取れず、また蓮太郎の方も色々と忙しくてとても極東支部に来る余裕は無かった。なので今回の未織への同行は渡りに舟と言えた。彼の冥福を祈る為にも直接彼の墓前に花束を届けたかったのだ。

そんな蓮太郎の心中を知ってか知らずか、ヒバリは申し訳なさそうな顔をする。

 

「すみません。今ロミオさんのお墓参りは出来ないんです」

「え?」

「彼のお墓は移動要塞フライアの中なのですが、現在フライアは黒蛛病の研究の為に立ち入りが禁止されているんです」

「そう、ですか…」

 

思わず肩を落としてしまう蓮太郎。それを見たヒバリは慌ててフォローする。

 

「あっ!でももしかしたらブラッドの方々と一緒なら入れるかもしれませんよ」

 

 

 

 

 

 

ヒバリの話を聞いた蓮太郎は延珠たちを伴って旧外部居住区の一角に来ていた。何でもここでブラッド隊の隊長が子供たちの面倒を見ているらしい。

 

「里見くん。ブラッド隊の隊長って確かあの会議でもいたわよね」

「ああ」

「む?どんな奴なのだ蓮太郎?」

「そういや延珠は会ったこと無かったけか。…ん~、俺もそこまで多く接した訳じゃねぇけど、分かってるのは中身も外面もメチャクチャイケメンってことだな」

「あら、嫉妬?」

「違ぇよ!?」

 

クスクス笑いながらからかう木更に思わず大声を出してしまう。だが蓮太郎としも、そう取られても仕様が無いほど彼は出来た人間だったのだ。

 

「確かジュリウス・ヴィスコンティ大尉でしたね」

「知ってるのかティナ?」

「先の聖天子暗殺計画時に、障害となりそうな人物のプロフィールは全て渡されていましたから」

 

思わぬ所から情報が出てきたことに驚く蓮太郎であったが、当のティナは皮肉気に苦笑するだけであった。

 

「渡された資料によりますと確か…彼は児童養護施設“マグノリア・コンパス”を出た後、数年前に同施設の管理者でもあるラケル・クラウディウス博士が創設したブラッド隊に入隊。非常に高い戦闘力と統率力を持つ為十分な注意と万全の備えを怠らないように、とのことでした」

「あのエイン・ランドがそこまで警戒するほどの奴か…」

 

ガストレアの脅威から世界を救うべく結集された世界最高峰の頭脳を持つ4人の天才。

通称『四賢人』。

 

 

日本支部『新人類創造計画』最高責任者 室戸菫教授

 

オーストラリア支部『オベリスク』最高責任者 アーサー・ザナック教授

 

アメリカ支部『NEXT』最高責任者 エイン・ランド教授

 

それらを統括するドイツの最高責任者 アルブレヒト・グリューネワルト教授

 

 

彼らは互いが互いの才能に嫉妬し終始手を取り合うことなく、それぞれが個々人のノウハウを駆使して機械化兵士を作り出した。

 

室戸菫によって里見蓮太郎が。

アルブレヒト・グリューネワルト翁によって蛭子景胤が。

 

そしてエイン・ランドによってティナ・スプラウトが作り出されたのだ。

 

『呪われた子供たち』の能力に更に機械化兵士の能力が加わる。これがどれ程の破壊力を生み出すかは蓮太郎たちが身をもって経験した。

そしてそれは本人であるティナも、ティナを作り出し聖天子の命を狙う指示を出したエイン・ランドも承知のはず。

にも関わらず、これ程警戒するということが間接的にジュリウスの実力を示している。

皆が一様に戦慄する中、ふと蓮太郎は疑問に思うことがあった。

 

ブラッド隊の副隊長 神斬ジン。

 

蓮太郎と幾度となく出会ったあの黒髪の少年も恐ろしいほどの戦闘力を秘めていた。

後で木更に聞いたのだが、景胤との決戦時には腕利きの神機使いが送られるらしかった。そしてそこに送られたのはジン。

事実、彼はその力で景胤たちを圧倒していた。

だが、あの危機的場面ならばジュリウスを送ってもおかしくはないのでは無いだろうか。

彼が隊長だから現場を離れられなかったのだろうか。

それとも……

 

考え事をしているうちに蓮太郎たちは開けた場所に出ていた。

 

 

 

そして、そこに広がっていた光景に目を見開いて絶句する。

 

 

 

見渡す限り辺り一面が真っ赤に染まっている。

その赤い海には大きな物体……動かない子供たちが大勢倒れていた。

その子供たちを庇うような態勢で真っ赤に染まって同じく倒れている青年や少女の姿も確認出来た。

 

 

 

そして…

 

 

 

「ハーッハッハッハッハッハッハッハッッハッハッハッハッハッハ!!」

 

 

 

その中心で、両手を真っ赤に染めた黒髪の少年が天を仰いで高らかに哄笑していた。

 




申し訳ありませんが、まだまだリアルがごちゃごちゃしているため不定期です。
しかし、どんなに時間が掛かっても投稿を止めることはしません。
こんな駄目作者が書いたものですが、どうか長い目で見守って頂ければ幸いです。


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