ラブライブ! ─ 背中合わせの2人。─ (またたね)
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【第0章】ー出会い
”奇跡”の始まり


今回初めて投稿させていただきます。
説明不足に感じる部分は、のちの伏線となりますので、必ず回収いたします。
では、最後までお付き合いよろしくお願いします!


4月。桜が満開のある日。

春は出会いと別れの季節なんていうけど、

俺に出会いなんて待っているのだろうか…

 

そんなことを考える俺、朝日優真は今日から高校生になる。

入学するのは、去年から共学になった国立音ノ木坂学院。

つまりは男子は同級生しかいないわけで…

じゃあどうして音ノ木坂を受験したかっていうと、一つは親の勧め、そしてもう一つは…

「優兄ィ─────────!!」

 

玄関から出て入学式に向かおうとした俺の後ろから、元気な声が聞こえた。

いや、いささか元気すぎるような…

 

「優兄ィ、入学おめでとうだにゃ!」

 

そう、こいつだ。こいつが原因。

 

「よぉ、凛。朝から元気だなお前は」

「だってだって!今日は優兄ィの記念すべき入学式なんだよ!逆にどうしてそんなにテンション低いの!?」

 

こいつは星空凛。小6の時にこの町に引っ越して来た俺の幼馴染で、妹のような存在だ。

 

「凛ちゃん、優真お兄ちゃんが疲れた顔してるよぉ…」

「花陽は優しいな。凛も元気があるのはいいことなんだけど、時と場合を考えような…」

 

そして凛の幼馴染、小泉花陽。俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれるのは嬉しいけど、少し恥ずかしくもある。いっつも凛に振り回されてるように見えるけど、なんだかんだ仲のいい二人だ。

 

「考えてるよ!だからこそだにゃ!今日は祝うべき日!だから凛のテンションも上がるにゃー!」

「何に向かって叫んでんだよ…。絶対朝っぱらから迷惑だって」

「……ねぇ、優兄ィ」

「突然大人しくなったな…。どした?」

「本当に学校、行くんだねっ」

 

やや不自然な笑顔でそう尋ねる凛。

何を聞いてるん………あぁ、そうか。

 

「ああ。大丈夫。心配するな。お前が気にすることじゃないよ」

 

 俺は笑顔でそう答えた。

 

「そっか…… うん!わかった!今日は帰ってきたらパーティーだからね!かよちんとまってるから早く帰ってくるにゃ!」

「やっぱり大袈裟なんだって……」

「いっ、いってらっしゃい優真お兄ちゃん!頑張ってくださいねっ!」

「いや、たかが入学式だぞお前たち…」

 

 二人に見送られ、俺は徒歩15分ほどの音ノ木坂へ向けて歩き出した。

 

 

 

 

 入学式の後、クラスでホームルームが行われ軽い連絡が終わると、その日は下校となった。

 クラスにいる男子は俺を含めて、5人。

 しかし、残りの4人の二人ずつが同じ中学出身のようで、それぞれのペアと話している。

 話しかけて友達になろうかとも思ったが、初日にそれをするのはハードルが高い。

 

「今日は帰るか……」

 

 凛たちも待ってるだろうし、それがいい。

 俺はそう思うと教室を出て下駄箱へと向かった。

 

 

 

 

 下駄箱へ続く階段に向かいながら、俺は考えていた。

 これから3年間の身の振り方を。

 人との関わり方を。

 凛と入学前に交わした会話を思い出す。

 

『優兄ィに、変わってほしいの!』

 

 “変わる”、か。

 あいつも難しいことを…

 

 

 そんなことを考えながら、階段を降りていたその時

 

 

 

 一人の少女とすれ違い

 

 

 

 何気なく通り過ぎようとして

 

 

 

 気づく

 

 

 

 もう会えないはずの

 

 

 

 会うことがなかったはずの

 

 

 

 俺の心に深く残った様々な記憶と共に

 

 

 

 忘れたいのに、忘れられなかった

 

 

 

 俺の大切“だった”人────

 

 

 

「のぞ…み…?」

 

 

 その声に、少女は振り返る。

 

 俺は見上げる形で。

 

 彼女は見下ろす形で。

 

 目が合う。

 

 

「優真くん……?」

 

 

 これが、俺の音ノ木坂での“奇跡”の始まり────

 




ありがとうございました!
評価感想お待ちしております!


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再会

二話 再会

 

「優真くん……?」

 

 

 「優真くん」。今目の前の少女は確実にこう言った。

 じゃあやっぱり……

 

「希、東條希、だよな?」

「うん。朝日優真くんだよね?」

「ああ……」

 

 沈黙が流れる。

 

 やばい、気まずい…。何か喋らないと……

 しかし俺の口から出たのは、

 

「じ、じゃあ、俺帰るから。また明日」

 

というあまりにも情けない言葉。

 

「えっ……あ、うんっ」

 

 希も困惑してるようだ。

 

 そして俺は逃げるように下駄箱へと向かった。

 

 

 

 

 

 

や っ て し ま っ た。

 

 いや、あの反応はマズいだろ……

 どう考えても避けているようにしか取れない。

 

 避けたかったわけじゃない。

 ただ、あの目を見た瞬間にいろいろなことを思い出した。

 

 あれから2年経ってなお俺を苦しめる、あの記憶。

 

「あいつが悪いわけじゃないんだけどな……」

 

 そう呟き、俺は凛たちが待つ家へと帰った。

 

 

 

 

 

「優兄ィ遅いにゃー!はやくはやくー!」

 

 家に帰るなり俺に抱きつきそのままリビングに引っ張っていく凛。

 まずなんで俺の家の中にいる。

 

「合鍵使ったんだよ!庭の植木鉢のしたでしょ?」

 

 あぁ、そうですか……

 ってか俺何も言ってないし……

 

「優真お兄ちゃん!おかえりなさいっ」

 

 テーブルで満面の笑みを俺に向ける花陽。あぁ天使。

 

「さぁ!パーティーはじめるにゃ!」

「あぁ〜悪いな、凛。今日はちょっとそんな気分じゃないかな…」

 

 そうだ。

 あんなことがあってとてもお祝いという気分じゃない。

 

 

 ……っていうか、この歳で入学パーティーはなかなか恥ずかしいぞ。

 

 

「えぇ〜せっかく準備したのに〜」

「駄目だよ凛ちゃん、優真お兄ちゃんも疲れてるんだから」

 

 でも……2人の悲しそうな顔見てたら、なんか申し訳なくなってきたな…

 

「やっ……あー、腹減ったな…とりあえず飯食べようか。

二人とも待っててくれたみたいだし、さ」

 

「本当!?やったぁ!じゃあ今準備するね!」

 

 そう言いながらキッチンへ向かう凛。

 

 

 そこでハッと気づく。

 

 

「凛、料理できなかったよな……?」

 

 

 

 

「はぁ、疲れた…」

 

 あれから俺たちは凛が作った料理(カップ麺)を食べ、しばらくいつもみたいな他愛のない話をした後解散した。

 

 時刻は午後四時。

 

 しかし今日は本当に驚いたな…

 

「希……」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 俺と希は中学1年に知り合った。

 中1の5月、希が引っ越してきたのだ。

 出会った頃の希は無口で大人しくて、周りとは少し距離を置いていた。

 そんな希を見て、俺はいてもたってもいられず、声をかけた。

 

 

 それが始まりだった。

 

 

「ねぇ」

「…!」

 

 声かけただけでこの反応ですか……

 

「…どうしたの…?」

「えっ、いや、いつも一人だなーって」

 

 俺がそう言うと、希は少し悲しそうな顔をした。

 

「…別に気にしてないから…」

「本当に?まぁそれならそれでもいいんだけど、友達作るなら早めにしたほうがいいと思うよ?」

「え?」

「いやいや、俺も親が転勤族でさ。転校してきた後、友達作るのが大変なのわかるから。それに時間が経てば経つほど周りは君から関心を失っていく。そこまで一人だったら、本当に友達作れなくなっちゃうぜ?」

「…君には、関係ないでしょ」

「あぁそうさ。関係なんてない。今は、ね」

「えっ…?」

 

 今まで目も合わせてくれなかった希が、初めてこちらを向いた。

 

「君を見てると、昔の俺を思い出すんだ。一人は嫌なのに一人でいようとしてた頃の俺を。もう嫌なんだよ、そんな人を見るのは」

 

希は何も言わない。

 

「だから、さ。俺と友達になろーぜ?東條さん」

「……」

「あっ!俺の名前言ってなかったね!

 

 

俺の名前は朝日優真!

 

 

よろしくねっ」

 

 そう言って、彼女に手を伸ばす。

 

 彼女は躊躇いながら、その手を取った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ん…」

 

 気がついたら眠っていたようだ。

 時刻は午後7時。

 

「結構寝ちまったな、っと」

 

 

 昔を、思い出していた。

 東條希。俺の大切な人で……忘れたい人。

 そんな彼女が、同じ学校にいる。

 

 会って、話をしなければ。

 聞きたいこと、話したいことがたくさんある。

 

「明日探すか…」

 

 そう呟きながら、俺はリビングへと向かった。

 

 




読んでくださりありがとうございます!
とりあえずアニメのストーリーにたどり着くまでは少し駆け足で投稿していくつもりです。
次回もよろしくお願いします!


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小さな変化

 翌日、学校にて。

 

 

 

「東條希です。よろしくお願いします」

 

「……マジかよ」

 

 

 

 同じクラスだったのかよ、まったく気づかなかったわ。

 昨日探すとか言ってたのに手間が省けたわ。

 

 今はクラスのロングホームルームの時間。

 出席番号順に自己紹介が行われている。

 ちなみに俺のクラスはA組、出席番号は1番。“朝日”だからな。

 

 それから昼休み。俺は希の元に向かおうとした…

 ……ってなんだあの人だかりは。

 

「希ちゃん!私も占って占って!」

「私も私も!」

「ふふふ♪うちに任せときっ」

 

 占い?そんな趣味があったのか…

 あれだけ人がいたら近寄れないな…仕方ない。

 もう一つ別の目的を果たそう。

 

「……友達、作らなきゃな…」

 

 そして俺は男子ペアの内の一つに声をかけた───

 

 

 

 

 そして放課後。

 

 希はまた女子集団に囲まれている。

 ずいぶんと人気だな、あいつも……

 

 中学の時とは全然違うな。

 

 そう、俺が知ってる希は、周囲と積極的に打ち解けていくタイプじゃなかった。

 

 そんなことを考えながら、俺は遠いあの日へ想いを馳せる……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 希と友達になってから一ヶ月。

 俺は希と過ごすことが多くなった。

 家が近いこともわかり、一緒に登下校もしていた。

 

 でも、ずっと一緒にいるわけでもなかった。

 俺だって男友達とバカやりたかったし、むしろ一学期は希と学校で話すことはほとんどなかったと思う。

 

 俺が男友達と遊んでいる時は、希は大抵一人だった。

 やはり、周囲に対して壁を作ってるみたいだ。

 そこで俺は希の友達を作ってやることにした。

 

 結構男女仲のいいクラスだったから、希を連れていろいろな女子に話しかけて、交流を試みた。

 

 そんなことをしていたある日。

 

「ねぇ、優真くんっ…」

「ん?どしたの?希」

「今日一緒に帰らなくても、いいかな?」

「うん、いいよいいよ。なんかあったの?」

「……クラスの女の子から、喫茶店、行こうって誘われて……行ってみようかなって」

 

 

 なんと!それは本当によかった……

 希に、友達ができた。

 それだけで、自分のことのように嬉しくて。

 

「おお!本当に!?よかったじゃん!」

「うんっ」

 

 そう言って希は────

 

 

 心の底から嬉しそうに、笑った。

 

 

 それは今までの笑顔とは違う、見る人を魅了するような、目に焼き付いて離れない、そんな笑顔だった。

 

 

 ────なんだ、そんな笑顔もできるんじゃん。

 

 

 その希の笑顔に俺は────奪われた。

 

 もっと希を笑わせたい。こいつには、ずっと笑顔でいてほしい。

 希の笑顔を────1番近くで見ていたい。

 

 そう、思った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 結局俺は、今日は希と話すことを諦めた。

 人だかりが消えるまで待とうかと思ったけど、同じクラスだし、話そうと思えばいつでも話せる…………はずだ。

 

 それに、今の俺には勇気がない。

 

 希の過去を知り、自分の心の傷と向き合う勇気が。

 

 とりあえず今日一日考え直して、明日希と話そう。

 

 そう思いながら俺は学校を後にした。

 

 

 

 

 

 

 帰り道の公園。

 いつもどおりに通り過ぎようとしたとき、

 

 木の下でしゃがむ一人の少女を見つけた。

 

 

「あれは…音ノ木坂の制服?」

 

 

 俺は公園へと足を踏み入れた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「どうしよう……」

 

 私は今、音ノ木坂の近くの公園にいる。

 家に帰る途中、犬の鳴き声が聞こえた気がして、辺りを探してみると、公園の木の下で足を怪我している子犬を見つけた。それで近寄ったまではよかったんだけど……

 

「どうにかしてあげたいけど、治療できる道具も何もないし…」

 

 困ったわ……

 置いて帰るのもかわいそうだし…

 

 

「───どうしたんですか?」

 

 

 そんなとき、不意に後ろから声をかけられた。

 

 

「……あれ、貴方は同じクラスの…朝日くん?」

 

 間違いない。彼は私の一つ前の出席番号。

 今の私の席の一つ前に座っている。

 

「え、俺、君と同じクラスなの…?」

「覚えられてない!?貴方の後ろの席よ!?自己紹介も貴方の次だったのに!」

「や…ちょっとインパクトがでかすぎる自己紹介があってだな…」

 

 インパクトのある自己紹介?

 突然上裸になってボディビルを始めた剛力君のことかしら?

 あれにはドン引きだったわね……

 

 

「じゃあ改めて自己紹介を。

 

 

───私は絢瀬絵里。

 

 

 

出席番号は2番よ。よろしくね、朝日くん」

 

 

 

 

 




今回も最後までありがとうございました!


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進む二人

ここからしばらくシリアス気味な話が続きます、申し訳ありません…
出来るだけ早く終わらせて、アニメのストーリーの方へ向かいたいと思います!



4話 進む二人

 

 よろしくね、朝日くん」

 

 

 そういうのは目の前の金髪の少女、改めクラスメイト(らしい)の絢瀬絵里。

 正直、今日の自己紹介は希が同じクラスにいた衝撃でほとんど覚えてない。

 そういえば、上裸で特技はボディビルですって言っていた男子がいたな……

 誰だっけ、剛田?怪力??…腕力???

 

 

 

「あぁ、よろしくな絢瀬。で、どうしたんだ?」

「ええ、ちょっと……この子がね」

 

 そう言った絢瀬が俺に見せたのは─────子犬。

 

 

 その瞬間

 

 

 俺のトラウマが嫌でも思い出される

 

 

 

 

 

『君がやったんだろう?』

 

『残念だったねぇ〜朝日クン』

 

 

『……殺して…やる…』

 

『ごめんね……優真くん…』

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、大丈夫?朝日くん。もしかして犬、苦手だった?」

 

 不思議に思った絢瀬に声をかけられ、意識が現実へと戻る。

 

 相当怯えた顔をしていたのだろう、絢瀬は怪訝に思いながら、申し訳なさそうな目でこちらを見ている。

 

「あ、いや……大丈夫だ。その犬、怪我してるのか?」

「えぇ…でも治療する道具も何もなくて。だからと言ってここに置いていくのも…」

「わかった。ここで少しこいつを見ていてくれないか?俺の家が近くだから、すぐ取ってくる」

「えっ、いいの?」

「あぁ。すぐ戻ってくるよ」

 

 

 ────大丈夫だ。俺はもうあの頃の俺じゃない。

 上手くやってみせる。

 

 

 

 

「すごい、上手なのね」

「……昔、やったことがあってな」

 

 傷口を手当てし、包帯を巻いてやる。

 そこまで終わると子犬の顔は幾分か元気になっているように見えた。

 

 

「ありがとう。貴方のおかげで助かったわ」

「気にするな。出来ることをしたまでさ」

「貴方って、意外と優しいのね」

「意外ってなんだよ意外って」

「ほら、自己紹介の時、貴方だけ他の男子と違って無愛想だったから。

なんだか、周りと距離を取ろうとしてるっていうか、そんな風に見えたの。

そしてここからは私の勘なんだけど、

 

 

貴方自身は、そんな自分に苛立ちを感じてる」

 

 

……。これは驚いたな。あの自己紹介だけでそこまで読み切るとは。

こいつの観察眼は尋常じゃない。

 

 

「へぇ、凄いね。そこまで分かったんだ。

 

そうだよ。俺は極力人との関わりを避けたい。

昔いろいろあってね。人と関わるのが怖いんだ。

 

でも俺はそんな自分を変えたい、変えなきゃならない。

 

そのために、俺はここにきた」

 

 

俺は絢瀬にそう告げた。すると絢瀬は、

 

「なるほど…だったら、貴方へのお礼を思いついたわ」

「ん?お礼?」

「さっきのお礼よ。犬の手当て」

「あぁ、別にいいのに。で?お礼とは?」

 

 

 

「私と、友達になりましょう?」

 

 

 

……ん?今、こいつ何て?

 

()()()()()()()()()”?

 

 

「ふふっ…ははは…っ」

「なっ!何笑ってるのよ!」

「や、すまんすまん。今ので一つわかったことがあってな…

 

 

────お前も、友達あんまりいないんだろ?」

 

「なっ…!」

 

 あっ、言った後思った。

 俺相当失礼なこと言ったわ。

 でも、当たっている確信があった。

 

 

「なんで……そう思うのよ」

「お、図星か?……んや、“友達になりましょう”って言って友達作るなんて、めちゃくちゃ律儀だなって思ってね。

友達作るのに手続き踏むなんて小学生、良くて中学生だ。

 

最初は冗談かと思ったけど今の状況で絢瀬が冗談言うとは思えない。

だったら考えられるのは、“絢瀬は友達を作り慣れてない”ってことだよ」

 

 

▼▽▼

 

 

「っ……」

 

 

 私は彼の言葉に舌を巻いた。

 

 そう、彼の言うことは当たっている。

 

 

 私、絢瀬絵里には友達と呼べる友達がいない。

 私自身、真面目すぎて不器用なのはわかってる。

 でも、それを曲げることはできない。

 故に自然と周りとも衝突しがちで、それを避けるために独りでいることが多くなった。

 クラスの中には私の真面目さにつけこんで利用しようとしたり、そもそも私から距離を取ろうとする女子や、私を欲望の対象としてしか見ていない視線を向ける男子───小学校の頃は私の髪や目の色に対して好奇の目をむけることの方が多かったけど今では色目の方が多い───ばかり。

 

 だから私は、自ら進んで“独り”を選んだ。

 

 それでいいと思っていた。

 先生たちには気に入られていたし、やろうと思えば自分一人で何でもできる。

 そう思っていたし、実際一人でやれた。

 

 

 でも、卒業間近になって気づいた。

 

 

 ─────自分は、“空っぽ”だと。

 

 

 自分の中には、何も入っていない。

 

 

 友人との思い出はもちろん、共同社会の中で必要なモノが、抜け落ちている。

 

 

 人との関わり方、友人の作り方、自分の気持ちを素直に伝える方法───────

 

 

 いつの間にか、失くしていた。

 

 

 それに気づいた時、私は怖くなった。

 

 

 “自分はこのまま永遠に独りなのか”と。

 

 

 だから、そんな私を“変えたい”。

 

 

 そう思って高校からはそんな自分を少しでも変えていこうと思った。

 

 

 そして今、目の前に私と同じように不器用な人がいる。

 

 

 私は勇気を出して第一歩を踏み出した。

 

 それなのに……それなのに……!

 

 

「────うるさいわよ!バカ!」

 

 

▼▽▼

 

 

 うぉ。怒鳴られた。

 絢瀬は何か考え込んでいると思ったら、いきなり大きな声で俺に向かって叫んだ。

 なんだなんだ?

 

「そうよ!貴方の言う通りよ!私は友達なんていないし、生真面目すぎて不器用よ!!

友達の作り方なんてわからないし自分の気持ちの伝え方もわからない!!でもっ!私は!そんな自分を…」

 

 

 

「───出来てるじゃないか」

 

 

「えっ……?」

 

 涙声になりながらも話す絢瀬を遮り、俺は続けた。

 

「自分の思い、気持ち、願い。

俺にぶつけられたじゃないか。

 

大丈夫、お前は“変われる”。

 

“変わりたい”って意思があれば、絶対に。

 

そのために俺にできることならなんだってしてやるよ───

 

 

───────友達、だからな」

 

 

 

俺は笑顔でそう言った。

 

 

 

「……うっ…………ありが……とぅ……」

「だからもう泣くな。友達が泣くところなんて、見たくない」

「……うんっ……わかったっ……」

 

 

 そう言いながら泣き続ける絢瀬を、俺は泣き止むまで見守っていた。

 

 

 

 

 絢瀬が泣き止んだ後の帰り道。

 

 

「……本当にありがとう。私、頑張ってみる。だから、貴方も…」

「……あぁ。絢瀬に負けないようにしないとな」

「ふふっ。それじゃ、“またね”。朝日くん」

「おう、“またな”絢瀬」

 

 そう言って俺たちは別れた。

 

 

「……これでよかったんだよな…」

 

 

 お前は、“変われる”。変わりたいって意思があれば絶対に。

 

 

「すごいブーメランだな…」

 

 あれは、俺自身に言い聞かせてたのかもしれないな…。

 

 

 さて、明日こそは希と話をしないとな…

 

 

 自分を、“変える”ために。

 

 

 

 

 




絵里と優真、理由は違えど似た者同士なんです。

今回もありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!


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向き合う

 

 次の日の放課後、俺は希と話すために下駄箱の外で待っていた。

 

 教室の中じゃ人が多すぎてゆっくり話なんてできないからな。

 

 会って、何を話すのか。

 

 決まっている。どうして“あんなこと”をしたのか、だ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 季節は過ぎ、希と出会った春から、秋になった。

 あれから希は友達も増え、遊びに行くことが増えた。

 希と接する時間が減ったのは正直少し寂しかったけど、希が笑顔になる時間が増えるなら、俺はそれでよかった。

 

 

 そして、さらに時は進んで、冬になった。

 12月。世間はクリスマスやら大晦日やらで忙しくなる。

 

 そんな12月の半ばに入ったある日。

 

「優真くんっ」

「ん、希っ。どうしたの?」

「あのねあのね、その……24日の夜、空いてるかな……?」

「あー、その日は友達の家でパーティーがあってそこに行くんだよねー。どうしたの?」

「そっか……少しだけでも、ダメかな?本当にすぐ終わるから!」

「ん、それなら大丈夫っ」

「やった!ありがとう!」

 

 俺が承諾を出すと、希は本当に嬉しそうに笑った。

 

「なにするの?」

「まだ内緒っ!さ、一緒帰ろ!」

「あれ、今日は一緒帰れるんだ。中西たちと遊び行かないの?」

「……うん、今日はね。さ!帰ろ!」

 

 ん?なんだ?

 今の一瞬の間……

 気になるけど、まぁいいか。久々に希と帰れるんだし。

 

 そうして俺たちは教室を後にした。

 

 

 

 

 そして24日。今年は学校が24日まであり、明日からが冬休みだ。

 

「朝日クーン」

 

 教室を出ようとすると、クラスの女子に声をかけられた。

 

「ん、中西。何?」

「今日の夜、希ちゃんと会うんでしょ?」

「え、なんで知ってんの?」

「本人から聞いたのよっ。頑張ってね!」

 

 ああ、希と仲がいいもんな。

 

「あ!これ本人から言われたんだけど、集合場所、公園じゃなくて、学校に変えてくれだって!」

 

 中西がひそひそ声で俺に告げる。

 

「ん、わかった。ありがとね」

「はーい♪ 頑張ってね」

 

 そうして俺は教室を後にした。

 この後起こる悲劇を知ることもなく。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「朝日くん?」

 

 ふと自分の名前を呼ばれて、俺は意識を現実に戻す。

 俺の名前を呼んだのは昨日友達になった、

 

「おお、絢瀬…。っ…」

 

 

 絢瀬と、希だった。

 

 

「こんなところで何してるの?」

「あぁ、いや、ちょっとな……」

「ふぅん…あ、よかったら一緒に帰らない?希のことも紹介したいし…いいでしょ?希?」

「うん、ええよ。でもえりち、ちょっと先に行っててもらってもええ?少し、この人と話したいことがあるんよ」

 

 ……!

 

「あら?もう知り合いなの?ええ、わかったわ。ゆっくりいいわよ。校門でまってるから」

「ありがとな、えりち」

 

 絢瀬は俺と希に笑顔を向けると、校門へと歩き出した。

 

 

 

 こうして俺と希は二人きりになった。

 

 

 

「……帰ってきてたんだな、希」

「うん……優真くんが、この学校に来るなんて思わなかったよ」

 

 そして俺たちは語り出す。

 お互いの止まったままの時を動かすかのように。

 

「しかし……なんだ?さっきの喋り方…関西弁のマネゴトか?」

「真似事じゃないよ!……あれが今の私の素だよ」

 

 嘘だ。希が嘘をつく時、一回左を向いてから作り笑顔をすることを俺は知っている。

 ……俺にそんなの通用しないこと、分かってるくせに。

 しかし俺は、それを言及することはしなかった。

 

「ふぅん……そっか」

「優真くんこそ、喋り方変わったよ。

 

少し大人びたっていうか…」

 

 

 また嘘をついた。言えよ、冷めてるって。

 自分でもわかってるんだよ。

 でも…俺にはもう、あんな風には…

 

「…いろいろあったんだよ。あれから」

「なるほど……」

 

 

 俺は本題を切り出す。

 

 

「なぁ、希。聞かせてくれないか。

 

 

────どうしてあの日……来てくれなかったんだ。

24日の夜…

どうして何も言わずに行ったんだよ…!希!」

 

 

 その言葉を聞いて希は、目を見開いた。

 その顔には、驚き、後悔、恐怖…いろいろなものが混ざり合っているように見えた。

 

 そしてしばらく目を閉じ、考え込んでいるように見えた。

 

「ねぇ優真くん……

 

 

少し、昔の話、しない?」

 

 

 

 




本文、短いでしょうか、長いでしょうか。

読んでくれる方、感想に書いてくれると嬉しいですっ

今回も、ありがとうございました!


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過去と嘘

少し、昔の話、しない?」

 

 そう俺にいう希。

 

 

「…ああ。わかった」

「あのね、優真くん。

 

 

あの日のことは、ごめんなさい。

 

そして、なにも言わずに行ったことも。

 

 

あの日、24日の夜、私行けなかったんだ。

行こうとしたら親に止められちゃって。

明日の引っ越しの準備の手伝いを両親にさせられちゃって……

全部が終わって…10時ごろだったかな。

公園に行ったんだけど、やっぱりいなかった。

夜会う時に、全部言うつもりだったの。

感謝の気持ちと、サヨナラをね。

 

そして次の日、私はなにも言わないでこの街を出たの。

誰にも伝えてなかったから、お見送りも誰もいなかった。

 

私の心残りは、君にちゃんとサヨナラを伝えられなかったこと。

 

謝ったって許してもらえないかもしれないけど、もし会えたら、ちゃんと伝えたかった。

 

あの日のこと、本当にごめんなさい」

 

 

 

 そう言って頭を下げる希。

 

 俺は感覚的に思った──────────

 希は“嘘はついていないが、真実を言ってはいない”と。

 この後に及んで、まだ俺に何かを隠している、と。

 

 しかし、俺はそれを追求しようとは思わなかった。

 希の謝罪には心がこもっていたし、俺の心にはそれが届いた。

 ここから希の隠し事を追求しようという気持ちにはなれなかった。

 部分的だけでも、希の気持ちが知れた。

 俺はそれで満足だった。

 それに、希が隠している、ということは何か理由があるのだろう。

 

「大丈夫だよ希。顔を上げてくれ。希の気持ち、そしてあの日のことが聞けてよかった。

もうなんとも思ってないから、気にするな」

「優真くん…」

「もう、あの日のことはなかったことにしよう。今、その過去は清算終了ってことで」

 

 そう言って俺は笑顔を作る。

 

 本当は、全然納得なんていってない。

 でも、俺が“変わる”ためには、この過去を乗り越える必要がある。

 この過去を、“なかったことにする”。

 それが正しいことかどうかはわからない。

 

 それでも、俺は─────

 

 

 

 

「だから、これから改めてよろしくな────

 

 

 

 

 

 

 

──────────“東條”」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 

 これが俺なりの、過去への決別。

 

 “希”との日々を思い出として残し、

 

 “東條”との日々を新しく歩む。

 

 俺は、そう決めた。

 

 

 “東條”はしばらく無言でうつむいていたが、覚悟を決めたような、よく見れば寂しそうな笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うん、ほなよろしくな、“ゆーまっち”!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして俺と希は、決して正しくはないであろうやり方で、過去を清算した。

 

 それが後にどのような結果を及ぼすかを、この時の俺はまだ知らなかった。

 

 

「さ!えりちが待っとるよ!いこいこ!」

「あぁ、そうだな」

 

 でも今は…今だけは、こうやってまた希と話せるようになった安心感に浸っていたい。

 

 俺は笑顔で先に歩いていく“東條”の背中を追いかけながら、そんなことを思った。

 

 

 

 

「でも知らなかったわ。あなた達2人が知り合いだったなんて」

「いやいや、ウチな実は昔この町に住んでたん。せやから中学校が一緒やったんよ。言っても、半年だけやけど」

「へぇ、そうだったの?朝日くん?」

「ん、あぁ…そうだよ」

 

 あれから俺たちは3人で帰ることにしたのだが、絢瀬がもっと2人のことを知りたいと言い出したので、近所の喫茶店に3人でお茶をして帰ることになった。

 希───東條も絢瀬のことを知りたいと乗り気なようで、2人に誘われた俺が渋々付いてくるようになった形だ。

 

「朝日くんはずっとこの町に住んでるの?」

「いや、俺がこの町に来たのは小6の頃だよ。親が転勤族でな、ここに来るまではいろいろなところに行ったり来たりだ」

「へぇ〜そうやったんや〜」

 

 白々しいわ。お前知ってるだろ。

 内心でそうツッコミを入れる。

 

「東條は?いつこの町に帰ってきたんだ?」

「へっ、わt…ウチ?ウチは三月の終わり頃やね。入学式の一週間前にはもうこの町に居たよ」

 

 おい、ボロが出かけてるぞ。

 どうやら俺に話しかけると昔の癖で標準語が出そうになるみたいだ。

 

「へぇ〜そうなんだ〜」

 

 さっきのやり返しとばかりに若干ニヤニヤしながら東條を見る。

 東條も俺におちょくられてるのがわかったみたいで、軽く俺を睨み返す。

 

「助けてえりちー、ゆーまっちがウチを変な目で見てくるんよ〜」

「んなっ…!」

「あら……感心しないわね、朝日くん」

 

 絢瀬が軽蔑した目で俺を見てくる。

 馬鹿野郎、この真面目のテンプレートみたいなやつにそんなこと言ったらこうなるに決まってるだろうがっ!

 …………こいつ、仕返しか?仕返しなのか!?

 

 どうやら東條はだいぶ負けず嫌いらしい。

 当時は知らなかったことを知れて嬉しい一方、訪れたピンチに俺は追い詰められる。

 

「馬鹿っ、ちがうちがう!おい東條、お前これ狙ってやっただろう」

「え〜なんのことかわからんなぁ」

 

 こいつ……明らかにわざとだ…!

 

「朝日くん……」

「おい絢瀬落ち着け!畜生、のっ……東條っ!」

 

 名前を呼び間違えかけた俺を見て、してやったりの顔をする東條。

 

 

 その笑顔は、あの頃俺が惹かれた笑顔とは、少し違っていた。

 

 

 

 絢瀬の誤解を解いた後一時間くらいして、俺たちは解散した。

 

 俺はここ二日を本当に不思議だと思った。

 “希”との再会。絢瀬との出会い。

 “東條”との和解─────

 そして2人との友情。

 

 

 俺はそれを、とても心地よく思った。

 

 

 だからかもしれない。

 

 

 俺は今日の俺と希の話のすれ違いに、気付くことができなかった。

 

 

 あの時気付いていれば、あんなことにはならなかったのだろうか。

 

 

 そんなことは知らないこのころの俺は、

 明日からの生活を、少し楽しみにしながら家のドアを開けた──────

 

 

 





次回は希サイドで今日の優真との会話への裏話的なのを書きたいと思います!
今回もありがとうございました!


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過去と嘘ーanother side

「これでよかったんだよね……」

 

 

 

 ウチ…いや、私、東條希は、2人と別れた後、家に戻り考えた。

 

 今日は本当にいろいろなことがあった。

 絢瀬絵里ちゃん…えりちとも友達になれたし、何より、ゆーまっち…優真くんと和解できた。

 私自身、本当にあの日のことは気がかりで、心の荷が少し軽くなった気がする。

 

 でも……

 

 

 私は、彼に幾つかの嘘を吐いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 まず、あの日、24日の夜。

 

 

 私は“()()()()()()()()()()()()”。

 

 

 時間通り────いや、それより10分前には、集合場所の公園にいた。

 しかし、彼は来なかった。

 待っても待っても、彼が来ることはなかった。

 私は待ち続けた。

 そして30分ほど経った後、やってきたのは私が待ち望んだ彼ではなく─────

 

 

「やっほー、希ちゃん」

「……ひかりちゃん」

 

 中西光梨ちゃん。私の一番の友達“だった”人。

 

 私は彼女からイジメを受けていた。

 理由は単純、彼女が好きな男子が、私のことを好きだった。

 そんな理由で、私は彼女から理不尽なイジメを受けていた。

 

「こんなところで何してるのー希ちゃん?」

「ちょっと…友達と待ち合わせを…」

「あ、もしかしてぇ、朝日クンのこと?

 

 

朝日クンならさっきすれ違ったよ。

 

 

友達の家のパーティーに行くってさ」

 

「えっ……」

 

 嘘だ。そんなはずがない。彼が私との約束を放置したままそんなことをするはずない。

 

「嘘でしょ…?」

「本当だよ〜、何?疑ってるわけ?」

「デタラメ言わないでっ…!」

「ふ〜ん、信じないんだぁ……ま、いっか、私には関係ないし〜

 

 

来ればいいね、朝日クン」

 

 最後、脳にこびり付いて離れないような笑顔と声でひかりちゃんはそう言って去っていった。

 

 

 彼は来てくれる。私との約束を破るような人じゃない。

 そう信じて私は待ち続けた。

 

 

 しかし、彼は来なかった。

 

 

 

 

「ぐすっ……どうして……優真くん……」

 

 

 夜中、あれから家に戻った私は泣いていた。

 彼、朝日優真は、私にとって“ヒーロー”だった。

 転勤続きで友達を作ることを諦めた私を、暗闇から引き出してくれた、ヒーロー。

 文字通り、私に“夜明け“を見せてくれた“朝日”。

 それが私にとっての彼だった。

 

 

 だから伝えたかった

 

 

 ちゃんとお別れを言いたかった

 

 

 あなたがどれだけ私に力をくれたか

 

 

 どれだけ私の支えになっていたか

 

 

 

 どれだけ──────あなたが好きだったか

 

 

 

 ちゃんと、伝えたかった

 

 

 でも、彼は来なかった

 

 

 あぁ、彼にとって私はその程度の存在だったのか

 

 

 そう思うしかなかった

 

 

 そう思えば思うほど、悲しくて、たまらなかった。

 

 

 

 

 それから私は、また“独り”になった。

 

 あの出来事があってから、信頼できる友達を作ることが怖くなった。

 人間不信、というやつだろうか。

 話すことができる友達はいても、ある程度の距離を保つ。自分のテリトリーには絶対に入れない。

 そんな人間付き合いを続けていた。

 それでいいと思っていた。あんな思いをするなら、ずっと“独り”でいよう、と。

 

 でも、そうしようとすればするほど、彼のことを思い出す。

 

『俺と友達になろーぜ!東條さん!』

 

 今でも忘れない、あの朝日のような笑顔。

 あんなことをされてなお、彼は私の心の支えだった。

 

 彼を嫌いにはなれなかった。

 

 むしろ、罪悪感の方が多かった。

 

 そしてある時、ふと思う。

 このままじゃダメだ、と。

 

 

 彼に誇れる自分になって、もう一度彼に会いに行く。

 

 

 自分を、“変えたい”。

 

 そう、思うようになった。

 だから、彼の家に近い、音ノ木坂を受けた。

 一人暮らしをしてでも、彼に会いたいと思った、謝りたいと思った。

 

 それから私は努力を重ねた。

 人当たりが良くなるように、転勤を重ねて耳に残るようになった関西弁をしゃべるようにし、ウケのいい占いを覚えた。

 結果を見ると、それらは成功だったと言える。

 再転校先の学校で実践したところ、友達が自然とできた。

 私は、“変わる”ために努力を重ねた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 そして四月。入学式を迎えた。

 

 こっちへ引っ越してきたのは三月末だったったけど、彼に会いに行くのは、勇気が出せなくてなかなかできなかった。

 明日行こう、明日行こうと言い聞かせつつも、断られたらどうしよう、引っ越してたらどうしよう…というマイナス思考が働いて、あと一歩が踏み出せなかった。

 

 入学式が終わり、これが終わったら、今日こそは会いに行こうと覚悟を決めて、階段を上っていた。

 

 

 その時

 

 

「のぞ…み…?」

 

 

 聞こえた。

 

 誰よりも愛しく、ずっと聞きたかった声が。

 

「優真くん…?」

 

 会えた。意図してた形とは違ったけど、彼にまた会えた。

 それだけで私は幸せだった。

 

「希…東條希、だよな?」

「うん。朝日優真くんだよね?」

「あぁ…」

 

 沈黙が流れる。

 

 どうしよう、久しぶりで緊張して何話したらいいかわかんないよ……

 

「じ、じゃあ、俺帰るから。また明日」

「えっ……あ、うん!」

 

 そうしているうちに彼は行ってしまった。

 私は何も言うことができなかった。

 駄目だなぁ…この日のために、せっかく自分を変えてきたのに。

 明日、明日こそは……!

 そう決意する私だったけど。

 

 昨日は結局友達に占いを披露しているうちに彼が帰宅してしまい、話すことができなかった。

 でも、まさかの彼が同じクラスだということがわかった。

 

 そして今日。私に、真の意味で初めての友達ができた。

 絢瀬絵里ちゃん。通称えりち。

 この学校で出来た私の一番最初の友達。

 あって間もない間柄だけど、長年人の顔色を伺い続けて養われた観察眼でわかった。

 この子も私と同じだ、と。

 “独り”だった自分を変えたいと思っているけど、生真面目すぎて素直になれない不器用な女の子。

 それが私が抱いた彼女の印象だった。

 そんな彼女の力になってあげたかった。

 

「あのっ……!」

「?なに…かしら?」

 

 一瞬ぶっきらぼうに返しかけて、しまったというように口調を優しくしながらえりちは答えた。

 私は、彼女に手を伸ばす。

 

 

「……ウチ、東條希!よろしく!」

 

 

 

 

 それから放課後。

 私はえりちと帰ることになった。

 今日も優真くんと話せなかったな…

 

 そんなことを考えながら、下駄箱を出た先で見つけたのは……

 

 

「おお、絢瀬…。っ…」

 

 

 えりちの呼びかけに反応したのは、優真くんだった。

 

「こんなところで何してるの?」

「あぁ、いや、ちょっとな……」

 

 会話を続ける二人。

 どうしよう…またとないチャンス。でも、心の準備が……

 

「ふぅん…あ、よかったら一緒に帰らない?希のことも紹介したいし…いいでしょ?希?」

 

 私は、覚悟を決めた。

 

「うん、ええよ。でもえりち、ちょっと先に行っててもらってもええ?少し、この人と話したいことがあるんよ」

 

 過去から、逃げない。

 彼にちゃんとあの日の思いを伝えるんだ。

 感謝と、謝罪と─────私の気持ちを。

 

「あら?もう知り合いなの?ええ、わかったわ。ゆっくりいいわよ。校門でまってるから」

「ありがとな、えりち」

 

 えりちは優真くんと私に笑顔を向けると、校門へと歩き出した。

 

 

 

 彼と会話を重ねるうちに、幾つかのことに気づいた。

 まず、優真くんの雰囲気。

 いつもの周りを照らすような笑顔や口調はもう、少しの面影もなかった。

 よくいえば落ち着いて大人びた──────

 悪く言えば、冷め切って達観してるような。

 

 私は考えた。

 

 私が、彼の笑顔を、彼の大好きな魅力を奪ったのか、と。

 

 そして決定的だったのは、彼の一言。

 

 

「どうしてあの日……来てくれなかったんだ。

24日の夜…

どうして何も言わずに行ったんだよ…!

希!」

 

 

 それは私に懇願するように、訴えるように。

 ──────責めるように放たれた言葉だった。

 

 ……来て、くれなかった……?

 それはこっちの言葉……

 でも、彼の様子を見ていると嘘をついているようには思えない。

 つまり、私も彼も待ち合わせに行った。

 そこまで考えて、私はある一つの考えに至った。

 

 

 もしかして……ひかりちゃんが……?

 

 そして、さらなる可能性───ほとんど確信に近い───へと辿り着く。

 

 私へのイジメが、なんらかの形で彼へと対象が変わったのだ、と。

 

 つまり、彼を変えたのは、私なのだと。

 

 

 

 

 

 どの面を下げて言えるだろう

 

 

 “ずっとあなたが好きでした”なんて

 

 

 彼を傷つけた原因の私が

 

 

 だから私は、彼に嘘をつくことにした

 

 

 彼をこれ以上傷つけないように

 

 

 

 

「ねぇ、優真くん……

 

少し、昔の話、しない?」

 

 

 それから私は嘘をついた。

 待ち合わせに行けなかった理由。根っからのでまかせだ。

 でも、彼への謝罪には、本当に気持ちを込めた。

 この気持ちに、嘘偽りはない。

 

 そして彼は、こう告げる。

 

 

 

 

「だからこれから改めてよろしくな─────

 

 

 

──────“東條”」

 

「……っ!」

 

 

 

 

 あぁ、やっぱり。

 もう私を、嫌いになったんだな。

 それでもまだ友達でいてくれるのは、彼なりの優しさ。

 そう思った。

 

 だったら私は──────

 

 彼の旧友、“希”としてではなく。

 彼の新たな友達、“東條”として彼を支え続ける。

 それが私なりの、彼への贖罪。

 

 

 ありがとう さよなら

 

 

 大好きだったよ──────優真くん

 

 

 

 

 

「うん、ほなよろしくな、“ゆーまっち”!」

 

 

 

 

「あれ……おかしいな…」

 

 気がつくと私は、家で一人泣いていた。

 

「なんでだろ…………」

 

 今日のことを考えれば考えるほど、涙は止まらなかった。

 

 ──────でも。

 

 私は決めたから。

 

 “希”との決別。彼の“東條”として彼を支え続ける。

 

 それが私の誓い。

 

 

 でも、今日だけは。

 

 

「…泣いても……いいよね…………?」

 

 

 

 私以外誰もいない家で、泣き声が響いていた。

 

 

 

 




少し長くなりすぎました。
希と、優真の間の認識の違い、そして希にとっての優真の存在の大きさ。伝えられたでしょうか。
自分の文章力には自信がないので、伝えきれてないとしたら、私の力不足です。
さて、ドが付くようなシリアス展開は、一応ここまで(のハズ)です!
次回からは新たなμ'sメンバーも登場します!

では今回もありがとうございました!次回もよろしくお願いします!


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秋と天使と策略と

前回、シリアスはないと言いましたが、すいません、今回も少しシリアスです(´・_・`)
アニメ本編に入るまではシリアスが続きそうです申し訳ありません…
そして今回書きたいことを書いていたら、文字数がすごいことになりました…
今回は優真のヒーロー回となります。
最後までお付き合いよろしくお願いします!


 絢瀬と東條との出会いから半年が経った。

 俺は男友達もできてある程度充実した生活を送ることができていた。

 まぁ、言っても昼飯食べるのも絢瀬と東條とだし、一緒に帰るのもその二人なんだが。

 

 そんな秋のある日のこと。

 

「優真くん、ちょっといいかしら?」

「ん、どした絢瀬」

「ちょっと数学のここがわからないんだけど…」

 

 今俺たち3人は、放課後学校に残って来週の中間試験に向けてテスト勉強に励んでいた。

 

「あぁここね…でも、俺我流だからうまく教えれるかはわかんないよ?東條の方がうまく教えれるんじゃないか?」

「ウチもお手上げ〜。もうゆーまっちにしか頼れんのよ」

「なるほど……まぁ頑張って分かりやすく説明するよ」

 

 そうして俺は2人に問題の解説を始めた。

 

 

 

 

「なるほど!そういう風に考えるのね!」

「あぁ。ここは単に公式を当てはめるだけじゃ解けないからな。まぁここまで難しいやつは中間にはでないだろ。安心していいと思うぞ」

「さすがゆーまっちやな!でも、中学の頃から、そんなに勉強できたっけ?」

「……ま、努力の成果だな。ちょっと死ぬ気でやればできるようになる」

 

 ……それはこっちの台詞だっつーの。

 東條も中学の頃は勉強ができたという印象はない。

 それが今じゃクラス3位の学力だからな。

 ちなみに1位が俺、2位が絢瀬だ。

 

「東條こそ、中学の頃こんなに勉強できたっけか?」

「あはは……ウチ、音ノ木坂を受けようとは思ってたんやけど、音ノ木坂がどのくらいの学力か知らなくて…。必死に勉強してたんだけど、やり過ぎちゃったみたいで。余裕で合格だったよ」

「なるほどね…希はそんなに音ノ木坂に行きたかったのね。この町が好きだったのね」

「あっ……うん!そうそう!」

 

 ん?今一瞬希が硬直したように見えたけど…なんだ?

 

「え、えりちは!えりちはどうして音ノ木坂を受けようと思ったん?」

「私?…私は、祖母がこの学校の出身で、私が小さい時によく話をしてくれたの。だから、割と子供の頃から高校は音ノ木坂にいくんだ!って決めていたわ」

「なるほどね〜、えりちはおばあちゃんが大好きなんやねっ」

「なっ…!か、からかわないでよ…!────わっ、悪いっ……?」

 

 最後、デレたな。ニヤニヤする東條を顔を真っ赤にして睨む絢瀬。

 なるほど、絢瀬はおばあちゃんっ子、と……

 

「しかし、集中切れてきたな……どうする?今日はお開きにするか?」

 

 時刻は6時。夏が終わり日の入りも早くなりつつある。

 

「んー…私はもう少し勉強したいかな。希はどう?」

「2人に任せるよ。でも、どうせなら場所を変えてやるのはどう?」

「ん、いいな。気分転換にもなるし、改めて集中できるかもな」

「帰りはもちろん送ってくれるよね、ゆーまっち?」

「はいはいわかりましたよお嬢様……」

 

 こうして俺たちは、場所を変えて勉強することにした。

 

 

 

 

 

 

 俺たちが選んだのは、学校から歩いて10分程度の図書館。

 ここのすごいところは学生限定で参考書の貸出を行っているところで、この近くに住む学生のテスト前の格好の勉強場所となっていた。

 専用の自習スペースを学校の生徒手帳と引き換えに予約し、俺たちは各々の席へ向かった。

 

「んじゃ、なんかあったら質問しに来てくれ」

「えぇ、わかったわ。それじゃ、また後で」

 

 そうして俺は2人と別れた。

 

 自分の机にカバンを置き、俺は本棚へと向かった。

 クラス一位とは言っても、俺は社会が少し苦手だったので、日本史のテスト範囲がわかりやすくまとめてあるような参考書を探すためだ。

「えぇと……社会の参考書は、と…」

 

 

 

 そうして本を探している時だった

 

 

 

 俺の目の前に衝撃の光景が飛び込んできたのは

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

 俺はその光景を目撃した瞬間、咄嗟に横の本棚に身を隠した。

 

 

 

 痴漢───────!

 

 

 スーツを着たやや小太りの男が、制服を着た女性の尻部を弄っていた光景が見えた。

 こんなところであるものなのか……?

 確かにここのスペースは図書館の奥の方で、かつ、カウンターはもちろん、周囲を徘徊する館員の死角にもなっている。さらに、正面から見ただけでは斜線状に配置されている本棚の死角になり、見えない。

 

 そんなことを考えて、少し頭を落ち着ける。

 改めてその現場を覗き見る。

 

 よほど恐怖を感じているのだろう、目をぎゅっと瞑り、声も出せずに男の痴漢に耐えようとする少女。

 そんな少女に興奮しているようで、少女を辱める手を止めない男。

 

 

 

冷静になれ───────

 

ここで俺がとるべき最善の行動───────

 

────下手をすると逃げられる

 

────幸い奥は行き止まり

 

俺一人での確保は不可能─────

 

────館員を呼びに行く間に逃げられる可能性がある

 

だったら──────!

 

 

 

 

 俺はスマホを起動し、メッセージアプリを呼び出す。

 2人のうち、どちらに連絡するか。

 一瞬考え、一瞬で答えを出す。

 そうして俺は急いで、かつ確実に伝わるように文面を作成し、送信する。

 

 

『東條、頼みがある────

 

 

 

 

 よし、準備はできた。

 

 後は俺がうまくやるだけ。

 

 そして俺は、痴漢と少女の前に対峙した。

 

 

 

「何してるんですか」

 

 

 

 感情を乗せない、平坦な声で問いかける。

 驚き振り返る痴漢と、目を見開く少女。

 

 

「その子、泣いてますけど」

「くっ……!」

 

 痴漢は唯一つの逃げ道である俺の方へ逃亡しようと走り出そうとする。

 

「いいんですか?俺、今の現場写真に撮ったんで、館員呼んで警察に突きつけますよ?」

「っ!!」

 

 痴漢は俺の言葉に動揺したようで、逃亡を一時中断する。

 

 

「いい年して何こんな変なことしてんですか?社会人が情けないですねー、仕事サボって痴漢に没頭ですか。しかもその地面に置かれたビジネスバック。中にカメラ仕込んでるんですよね?痴漢に盗撮。これだけのことしてんだ、バレればあんた確実に社会から消えますよ」

「う…うるさい!さっきから黙っていれば調子に…」

「あららぁ?そんな大きな声出すと、館員さん来ちゃいますよ?」

「くっ……!!このガキ……!」

 

 その時、俺の携帯に繋いでいたイヤホンから、“聞こえた”。

 よし、後は……

 

「俺って優しいですよねー、あなたのことを考えて、見逃そうとしてるんですよ。感謝して欲しいくらいで「調子にのるなよガキ!」」

 

 俺の声にかぶせる“ソイツ”に俺は遂に攻勢に出た。

 

 

 

 

 

「おい」

 

 

 

 

 

 

「ひっ…!」

 

 

 俺は初めて自分の声に感情を乗せる。

 

 

 

 正真正銘、俺の心からの怒り、嫌悪───────

 

 殺意を。

 

 

 

「今俺がしゃべってんだよ。

口を開くな変態。

てめぇみたいな奴が1番ムカつくんだよ─────

“抵抗できない弱者に手を出す奴”が

満足だったか?

何もできないその子に手を出して

愉しかったか?

自分の思うままに出来て」

 

 そして俺は“ソイツ“に向けてゆっくりと歩く。

 “ソレ”は怯えた様子でゆっくり迫ってくる俺を震えながら見ていた。

 

 

「わ、悪かった!!この子に痴漢をしたこと、本当に申し訳なく思う!だ、だから…」

 

 

 その“言葉”を聞いて、俺は計画の成功を確信する。

 

 

「そうかそうか。お前みたいな社会のクズにもまだ謝罪する気持ちなんてものが残ってたんだな」

 

 

 そして俺は“ソレ”の襟首をつかんで締め上げ、最大級の殺意を込めて言う。

 

 

 

 

 

 

「失せろゴミ」

 

 

 

 

 

 

 男はこの言葉を聞いて、すぐさま逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 俺はその場にいた少女に話しかける。

 

「もう大丈夫だよ。安心して」

 

 その声にさっきの大人を震え上がらせるような怒気はこもっていない。

 それを聞いて、少女は俺の胸に飛び込んできた。

 

「うぉっ……!」

 

 突然のことに驚愕する俺だったが、その女の子が小さく震えて、涙を流している様子を見て俺自身も辛くなる。

 特徴的な髪型、髪の色、そして近くで見ると一層際立つ、天使のような美貌。

 こんなに儚い少女が、アイツに辱められていたと思うと、再び怒りがこみ上げる。

 よほど恐怖だったのだろう、少女は声を出そうとするも、唇が震えて言葉になっていない。

 

 そして少女はほとんど聞こえない、掠れた声で、

 

 

「もう…少し………このまま、でも……いいですか……?」

 

 

 と言った。

 

 

 俺はその子の頭をそっと撫で、優しく言う。

 

 

「怖かったな……もう安心していいから。

 

 

君が泣き止むまで俺が側にいる」

 

 

 その子はしばらく俺の胸に抱かれながら、体に纏わり付いた恐怖を洗い流すように泣き続けた。

 

 

 

 

 

そして暫く経った後、少女は口を開いた。

 

「あの……」

「ん、どうした?」

「その……写真を…」

「あぁ、現場写真のこと?

 

 

──────撮ってないよ」

 

 

「えっ……?」

「さすがに女の子が痴漢されてる現場を取るのには抵抗があったからね。君も嫌がるだろうと思ったから、最初から撮ってない。あれは唯のあいつを脅すためのハッタリだよ」

 

 少女は驚いた顔をして────目に涙を浮かべた。

 

 

「えっ、泣くの!?」

「……あの状況で…そこまで…私のこと…」

「……あの状況だからだよ。あの場に居合わせたのは俺だけで、君を助けられるのは俺しかいなかった。だから俺は最善と思える行動をしただけだよ。

それに、俺一人で解決したわけじゃない」

「えっ……?」

 

 そのとき、“協力者”の二人が現れた。

 

 

「ゆーまっち!計画通り、あの男確保したよ!」

「まったく……ヒヤヒヤしたわよ…危なっかしい真似は止めてって言ったのに……」

「ん、ありがとう東條…。それに絢瀬もな」

 

 

 

 

 俺が東條に送った文面はこう。

 

『東條、頼みがある

今、この館の奥の方の本棚で痴漢があってる

周りに人いないし逃げられたら困るから

お前と絢瀬で館員に通報してくれ

でもここにきたら逃げられる可能性があるから俺が奴をわざと逃す

だから、奴が油断して館から出ようとしたところを確実に取り押さえて欲しい

髪型はシチサンわけ 丸底メガネ 大型のビジネスバッグを持ってるから一発でわかるはずだ

あと、俺があいつに痴漢したって事実も吐かせる

だから、俺の携帯と通話をつないだままにして、その通話を録音しておいてくれ

なんとか俺が時間を稼ぐから確保の準備ができたら俺に合図を送ってくれ

俺はイヤホンつけたままにしておく

お前の返信が来ても来なくても、俺は実行に移す

 

頼む気づいてくれ、信じてる』

 

 

 そう送った。そしてイヤホンを挿し、行こうと決意したそのとき。

 

 メッセージが届いた。

 

『わかった、むりしないで』

 

 

 東條と絢瀬両方に送信する時間はなかった。

 自分でもなぜかはわからないが、俺が選んだのは、秒速で東條だった。

 俺の賭けは、成功した。

 そして時間稼ぎの途中、俺は東條からの合図を受け取った。

 そこからは一挙に攻勢にでて、奴に罪を自白させた。

 俺が何を言うまでもなく、自分から言いだしたのだから笑える。

 そしてわざと奴を逃し、安心させたところを、館員が捕らえる。

 俺に最初から奴を逃がすつもりはなかった。

 物的証拠も抑え、言い逃れできなくした状態で、奴を警察に叩き込むための俺の計画。

 

 こうして俺の計画はなんとか成功したのだった。

 

 

 

 

「……ってわけ」

 

 俺は俺の計画を目の前の少女に説明する。

 

「凄い…そこまでの計画をあの短時間で…」

「本当凄いよ。でも危なっかしいんやから……ウチが気づかんやったらどうするつもりやったん!」

「…まぁ、別の方法考えてたかなー…」

「絶対嘘ね。貴方は無茶とわかって突っ込んで行ったはずよ。そういう人だから」

 

 

 うっ……バレてましたか。流石絢瀬。

 

 

 「あの……本当にありがとうございました。感謝してもしきれません…」

 「ええんよええんよ、お礼はこのバカなお兄さんに言ってあげてな」

 「おい東條っ!……はぁ、そういえば、まだ名前聞いてなかったね、なんていうの?」

 

 

「はい。

 

 

────南ことり、15歳、中学三年生です。」

 

 

 

「ことりちゃんっていうんやね。ウチらの一個下か〜。ウチは東條希!よろしくね!」

「絢瀬絵里よ。よろしくね、ことりさん」

「朝日優真だ。よろしく、ことりちゃん」

「はい、よろしくお願いします!…あの、もしよかったら……今度勉強、教えてくれませんか…?」

「ええ、私たちでよければ。いいわよね、二人とも?」

「うん、全然ええよ!」

「ああ、俺も構わないよ。……でも、今日は帰ったほうがいい。あんなことがあったんだ、家でゆっくりしたほうがいいよ。

後日、警察から事情聴取がくると思うけど、そのときは俺に連絡して。俺も当事者だから、立ち会うよ」

 

 君を1人にはしない。

 

 そういう意味を込めて俺はことりちゃんに言った。

 

「はい、わかりました……今日は本当にありがとうございました」

 

 そう言って彼女は頭を下げた。

 

「そんな何回も頭さげんでええんよ。今日はウチらが送って行くから。さ、いこ?」

 

 

 そして俺達は波乱の図書館を後にした。

 

 

 

 

 

 ことりちゃんを送り、絢瀬を送った後、東條を送ることになった。

 

「今日は大変だったな……」

「本当だよ〜。すぐ無茶するんやから、ゆーまっちは」

「ああするしかなかっただろ。放っておけなかった……。

でも、すぐ反応したな。メッセージ送ってから1分も経ってなかったぞ?」

「あはは…たまたま携帯開いてただけや。でも…

ゆーまっちがウチを頼ってくれて、嬉しかった」

 

 あの時、自分でも驚くくらい選択は一瞬だった。

 とっさに東條を選んだ理由、自分でもわからない。

 冷静になった今なら、絢瀬の方が冷静かつ確実に対応できたとさえ思える。東條が落ち着きがないというわけではないが。

 

 

 東條はさらに続ける。

 

 

「それに……なんか、昔みたいにカッコよかったよ?」

 

 

 

 そう言って俺に笑いかける東條。

 

 その笑顔は、俺が昔見た面影と重なった。

 

 

 

 




やったぜ優真!
というわけで、今回はことりちゃん初登場回でした!
これからことりちゃんが優真達三人にどんな影響を与えていくか、楽しみにしていてください!
次回も、新たなμ'sメンバーが出てきます。
今回も、ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!


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冬と笑顔、そして春。♯1

書いてたら長くなったので前後編にします。

今回も新たなメンバーが登場します!


冬と笑顔、そして春。♯1

 

 図書館での事件からさらに時は流れ、年が明けた。

 今日1月3日は東條と絢瀬と三人で初詣に行くことになっている。

 普段通りの年なら凛と花陽と三人で行くのが普通だったのだが、高校の友達から誘われたことを凛に言うと、凛は嬉しそうに 行っておいでよ と言ってくれてので俺は東條と絢瀬と初詣をすることになった。

 場所は神田明神。俺の家から徒歩15分くらいのところにある神社だ。

 集合場所は、三人の家の間をとって、俺と絢瀬が出会った公園。

 俺は黒のズボンに紺色のコート、青のマフラーを身につけて、待ち合わせ場所へと急いだ。

 

 

 

 

「遅いよゆーまっち!」

「悪い悪い。家から近いから調子乗ってたら割と時間なかったわ」

 

 俺が待ち合わせ場所に着いた頃には、もう二人とも着いていた。

 

「女の子を待たせるなんて感心しないわね?優真くん」

「悪かったって!ほら、なんか飲み物奢るから……」

「やったぁ♪どれにする?えりち!」

「計画通りね……」

 

 あ、これハメられたやつや。

 くそ……覚えてやがれ二人とも…!

 

 二人にジュースをおごった後、俺は少し不機嫌に、二人は満足した顔をしながら神田明神への道のりを行く。

 

 

 

 

「わぁ〜人多いなぁ」

「お正月だもの。みんな気持ちは私たちと同じってことね」

 

 到着した神田明神は人で溢れかえっていた。

 年明けから2日が経ったが、まだまだ初詣に来る人は多いようだ。

 本殿の前には長い長い行列ができていた。

 

「んじゃ、俺たちも賽銭並ぼうぜ」

 

 

 最初は3人で並んでいたが、途中絢瀬がトイレに行くということで、今は俺と東條の二人で並んでいる。

 

「そういえば、お前はここに来るの初めてか?」

「へ?ウチ? うん、初めてや。前住んでた家からは少し距離があったし、お参りするような季節の時には……」

 

 そこで東條は言葉を濁した。

 まぁ、言わなくても伝わるから問題はない。

 

「そっか……悪い」

「ゆーまっちが謝ることやないよ〜。こうしてえりちとゆーまっちと来れたんやから、ウチは幸せよ」

 

 そう言って笑う東條。

 

「…あぁ、そうだな。俺も来れてよかったよ」

「ん?なにが〜??」

 

 ニヤニヤしながら俺に問いかける東條。

 

「……お前と同じだバカっ」

 

 言わせるなよ恥ずかしい。

 

「ふふふ♪そっかそっかぁ〜」

 

 でも、まぁ……お前がそんなに嬉しそうに笑うなら、いいか。

 

 そう思っていた時だった。

 

 

「あれ?優兄ィ?」

 

 

 後ろから、いつものように俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返る。

 

「あー!やっぱり優兄ィだにゃ!」

「凛。それに花陽も。お前たちも並んでたのか」

 

 俺と東條は後ろに並んでいた何人かに前を譲り、凛たちの前へと移動した。

 

「優真お兄ちゃんたちも並んでたんだね!」

「ああ。結局一緒になっちまったな」

「そうだね!……あれ…?もしかして……希ちゃんかにゃ?」

 

 凛が東條に話しかける。

 

「……うん、せや。久しぶり、凛ちゃん」

「うわぁー!やっぱ希ちゃんだ!久しぶりだにゃ!」

「希ちゃん、お久しぶりです!こうやってまた会えるなんて……」

「花陽ちゃんも、久しぶりやな。元気やった?」

「あれ?希ちゃん、関西弁話してるのかにゃ?」

「えっ……あぁ、うん!そーなんよ」

「東條はあれから関西の方に引っ越したらしくてな。向こうの言葉がうつったんだと」

 

 俺もすかさず援護射撃した。しかし、

 

「東條?」

 

 しまった……!花陽から突っ込まれ動揺する。

 

「ほ、ほら!今更下の名前呼び捨てで呼び合うのは恥ずかしいねってなったんよ!クラスも一緒やから、周りの人に勘違いされても困るし!ね!ゆーまっち!」

「あ、あぁ。そうなんだよ」

 

 東條の助け舟に乗り、この場を取り繕う。

 なんとかごまかせた…か……?

 

「なるほどにゃ〜、でも優兄ィ、希ちゃんが帰ってきてたなら凛たちにも教えてほしかったにゃ」

「そ、そうだよ…!もっと早く希ちゃんとお話ししたかったよ…」

「わ、悪い…まさかそんなにお前たちが喜ぶとは思わなくてだな……」

 

 これは嘘じゃない。この2人がこんなに東條に懐いてたとは……

 

 そして、花陽はこの場で問われて、至極当然の話題を持ち出す。

 

 

「ねぇ、希ちゃん…どうして私たちになにも言わないで行っちゃったの…?」

 

 

 今にも泣き出しそうに東條に問いかける花陽。凛もそれに続ける。

 

「そうだよ…あんまり聞きたくなかったけど、教えてよ希ちゃん…

 

 

そのせいで、優兄ィは……」

 

 

 

「─────凛ッ!」

 

 

 

 俺は思わず声をあげていた。

 それに驚いたような顔をする3人。

 

 

「……その話は、もういいんだ。俺と希で話して、きちんと解決したから。

だからあの日のことで希を責めるのは、やめてくれ。わかってくれるな?」

 

 俺の言葉に俯く東條。……あ、しまった。

 焦りのあまり“呼び方”が……

 

「……うん、わかったよお兄ちゃん」

「かよちん!」

「だって優真お兄ちゃんと希ちゃんで話し合ったんでしょ?私たちが口を出すことじゃないよ、凛ちゃん」

「うう〜…」

 

 凛は納得していないようだったが、花陽になだめられ、渋々落ち着いた。

 

「もう!かよちんに免じて許してあげるにゃ!だから希ちゃん、今度ケーキ食べいこ!希ちゃんの奢りね!」

「ウチが払うの!?……もう、しょうがないんやから」

 

 笑いながら話す2人を見て、安心する。

 

 

 そこに、絢瀬が帰ってきた。

 

「ごめんなさい、遅くなったわ。トイレまでの道も混んでるし、しかもトイレも並んでるし……ほんと大変だったわ」

「気にするな。そんなに待ってないさ。おっと絢瀬、紹介するよ。こいつら、俺の幼馴染だ」

「星空凛だにゃ!で、こっちが…」

「小泉花陽ですっ!よ、よろしくおねがいします…」

「あら、初めまして。私は絢瀬絵里。よろしくね2人とも」

 

 自己紹介が終わり、15分ほど談笑していると俺たちの賽銭の番が来た。

 賽銭とお願い事を済ませ、おみくじを引いて俺たちは神田明神を後にした。

 その後5人でファミレスで食事をとった後、その日は解散になった。

 

 

 

 

 それから約一ヶ月、一月の末、俺たちはある現場を目撃した。

 放課後のことだ。何人かの女子生徒が、一枚のビラを配っていた。

 

 

 

「スクールアイドルやってまーす!ライブやりまーす!」

 

 

 

 いつも通り3人で下校していた俺は2人に問う。

 

「なぁ、スクールアイドルってのはなんだ?」

「ゆーまっち知らないの!?最近流行っとる学生のアイドルグループのことやで!」

 

 全然知らないなぁ……帰ったら花陽にでも聞いてみるか。

 

「ふぅん……そんなのが流行っているのね」

「えりちも知らんの!?」

「2対1だな」

「2人が流行に鈍感すぎるだけやって〜!」

 

 そして俺はビラ配りをしている中の一人の小柄な女子に話しかける。

 

「スクールアイドルやってるの?」

 

 

 そして彼女は笑顔で俺たちに言う。

 

 

 

「はいっ!応援よろしくお願いします!」

 

 

 

 なんて元気をもらえる笑顔なんだろう。

 それが彼女の笑顔に持った印象だった。

 スクールアイドルに興味なんてなかった俺だが、彼女の笑顔を見たとき、なるほどと思った。

 

 皆を笑顔にする仕事。それがアイドル。

 

 この子には、それができる力がある。

 

 俺は俺個人として、この子を応援したいと思った。

 

「名前、なんていうの?」

 

 俺は彼女に問う。

 

 

 

「矢澤にこ!一年生よ!よろしくね!」

 

 

 

「矢澤さんか。俺は朝日優真。

 

ライブ、絶対行くよ。本気で応援してる」

 

「ウチは東條希!ウチも絶対行くよ!にこっち!」

「絢瀬絵里よ。ライブ楽しみにしてるわね」

 

 

 2人も俺と同じ感想を抱いたようで、それぞれ応援の言葉を口にする。

 

 

「3人ともありがとう!絶対にあなた達を笑顔にして見せるわ!」

 

 

 

 

 それから俺たち3人は矢澤さん達の活動を手伝うようになった。

 具体的にはビラ配り、照明や音響の調整など、彼女達が活動しやすいように精一杯の手伝いをした。

 結果、彼女達のライブは大成功─────とまではいかなかったが、集まってくれた人たちを満足させることができた。

 

 そして何より、観客としてその場にいた俺たちは、彼女達─────────特にステージに立つ矢澤さんの姿に、あふれるほどの魅力を感じた。

 

 曲は流行りのアイドルのものだったが、矢澤さんはその動きを完璧にトレースし、自らのもののように扱っていた。

 そして何より───────笑顔。

 

 初めて見たときから変わらない、見る人に元気を与え、こちらも思わず笑みがこぼれてしまう、満面の笑み。

 

 俺たち3人は彼女から溢れる魅力に夢中になっていた。

 

 

「すごかったわよ!にこ!ほんとに笑顔になっちゃったわ!」

「ウチもウチも!ほんまに感動したよ!!」

「ありがと2人とも!それに朝日も!」

「俺たちはできることをしただけさ。それより、本当にすごかった、矢澤。これからもずっとお前を応援していくよ」

 

 そう言いながら喜ぶ俺たち3人と矢澤。

 

 

 しかし、俺は気づく。

 

 

 周りの仲間達の、決して喜んでいるとは言えない、沈んだ顔に。

 

 

 

 

「今日はほんまにすごかったな〜!にこっち!」

「本当にその通りだわ。正直、スクールアイドルなんて、お遊び気分のものなんだと思っていたのだけど…あんなに魅力的なものだとは思わなかったわ」

「……」

「ん?ゆーまっち?どうしたん?」

「…ん。すまん少し考え込んでた。なんでもないから気にしないでくれ」

 

 

 俺はあのときの仲間達の表情がずっと気になっていた。

 

 

「……何も起こらなきゃいいけどな……」

 

 俺の小さな呟きは2人に届くことなく消えていった。

 

 

 

 

 




次回はこのライブから少し時間が経ったところから始まります。
久々に凛ちゃんと花陽を登場させました!
出番あげられなくてごめんよ(;_;)
さて、次回も新たなμ'sメンバーが登場!
今回もありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!


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冬と笑顔、そして春。♯2

今回、めちゃくちゃ気合を入れました。
気合入りすぎて、文字数も過去最大です。
読み疲れるかもしれませんが、最後までお付き合いよろしくおねがいします!


 それから一ヶ月後。

 2月ももう終わろうとしており、季節は春を迎えようとしていた。

 

 あれから矢澤達は練習に励んでいるようだった。

 矢澤は次のライブも成功させるんだと張り切っていた。

 俺はそんな矢澤を、心から応援していた。

 これだけ努力している矢澤に、結果が伴って欲しい。

 そう祈るばかりだった。

 

 

 

 しかし、彼女の努力は、脆くも崩れ去ることになる。

 

 

 

 

 

 俺が何気なく矢澤達の様子を見に行こうとアイドル研究部の部室に行こうとしていたところ、大きな声が聞こえた。

 

 

「待ってよ!!どういうことよ……!みんなで決めたじゃない!!最後までやり抜こうって!みんなで笑顔を」

 

 

「重いんだよね、そういうの……」

「私たち、ただ単にアイドルが好きで入っただけだし」

「にこちゃんは厳しすぎなんだよ。正直、もうついていけない」

 

 

 部室のドアは開けっ放しで、外にいる俺にまで鮮明に声が聞こえてきた。

 

 ────なるほど、あの時の表情の意味はそういうことか。

 

 つまり、矢澤以外の仲間達には本気でアイドルをするつもりなんてなかったってことだ。

 もともとアイドル“研究”部だ、矢澤以外はただアイドルが好きだっていう気持ちがあっただけで、自分たちも本気でやろうなんて思っていなかったんだろう。

 スクールアイドルをやってみるのも、面白そうだとか興味本位だったのだと思う。

 

 でも、アイツは違った。

 

 本気でスクールアイドルに取り組み、本気で輝こうとした。

 そのために誰よりもストイックで、努力を惜しまなかった。

 みんなが自分と同じ理想を抱えている、そう信じて。

 

 しかし、その結果が、これだ。

 

 周囲と矢澤の認識の違い。それが今回の結果を生んだ。

 

 矢澤の高すぎる理想のアイドル像が、周りを押し潰してしまっていたのだ。

 

 初ライブが終わったあの日から、少しずつ。

 

 彼女は周囲との溝を、気づかぬうちに広げ続けていたのだ。

 

 

 

 

 

 “元”仲間達が部室から出て行った後、俺は部室のドアの前に立った。

 矢澤は椅子に座って俯いていたが、人の気配を感じ取ったようで、顔を上げる。

 

 

「……朝日…。聞いてたの……?」

「…ドア開いててあれだけ大きな声出してれば嫌でも聞こえるさ。…でも、盗み聞きしたことは事実だ、悪かった」

 

 そう言って部室の中に入ろうとしたのだが、

 

 

「─────来ないでッ!!」

 

 

 矢澤から制止され、その足を止める。

 

「矢澤…?」

「来ないでって……言ってるでしょ……!」

 

 矢澤は睨みつけるように俺を見る。

 

「どうしたんだよお前…」

「アタシはあんたと話すことなんて何もない!」

 

 

 言葉ではそういう矢澤。

 でも俺は確かに見た。

 

 

 揺るぎない覚悟に満ちた紅い瞳が、感情の滴を貯めて揺れているのを。

 

 

 それを見た俺は部室のドアを閉め、矢澤へ向けて歩み出す。

 

「っ…!来ないでってばッ!!」

 

 俺は矢澤の声を無視し、矢澤へと近づいていく。

 

「だから……!!っ…」

 

 なおも俺を止めようとしたが、俺は矢澤の前に辿り着き、

 

 

 その頭の上に手を乗せ、しゃがんで目線を矢澤の頭の前まで下げた。

 

 

「……朝日…」

 

 

「……自分の感情を抑え込んだっていいことなんて何もない。

涙を見せたくない、弱いところを見られたくない。

その気持ちはわかる。

でもそれを続けてたら、本当に壊れちまうぞ。

……俺はそんなお前を見たくない。

お前には、笑っていて欲しいんだ。

 

ここにいるのは俺とお前だけだ。

だから、思い切り、ぶつけて欲しい。

お前の思ってること、感情の全てを。

 

5分でも10分でも一時間でも一日でも

俺はずっとお前の側にいる。

だから、思いっきり泣いた後────

また、お前の“笑顔”を、俺に見せてくれ」

 

 

 そこまで言った時、矢澤の右頬を涙が伝った。

 

 

「……みんなと一緒に…アイドルが…したかった……

みんなと一生懸命努力して…

あのわずか一瞬の輝ける時間を…みんなと共有したかった…

見に来てくれた人達が……幸せになれるような時間をつくりたかった、もっとあのステージに立ちたかった、期待に応えたかった!みんなを笑顔にしたかった!!

 

 

……スクールアイドル…やっていたかった……」

 

 

 途中涙声になりながら、矢澤の叫びが二人だけの部室に響いた。

 その間、俺は矢澤の悲痛な叫びを、ずっと矢澤の目を見て聞いていた。

 その悲痛な叫びを、受け止めるように────共有するように。

 

 

 

 

「……見っともないところ見せたわね…。でも、ありがと。スッキリしたわ。…これで少しは諦められるかも」

 

 しばらく泣いた後、矢澤は俺から目をそらしながらそう言った。しかし俺は─────

 

 

「諦めるのは早いぜ、矢澤」

「……え…?」

 

 俺の言葉に、心底驚いたような顔をする矢澤。

 

 

「俺だって、またお前のステージが見たい。

だから、絶対こんなところじゃ終わらせねぇよ。

 

俺が絶対、お前がもう一回歌えるような機会を作る。

 

だから、俺を信じてくれ」

 

 

「でも、どうやって……?」

「…今の所はあてはない。ただ、考えならある」

「あてはないって……!アンタっ、よくそんな…」

 

 

「大丈夫だ。俺を信じろ。

 

絶対に、お前がまた輝けるような場所を作ってみせる。

 

だから俺を……アイドル研究部に入れてくれないか?」

 

 

「え……?」

「“一人にしない”。そう言っただろ?」

 

 俺は笑顔で矢澤に言った。

 矢澤はしばらく考え込んでいたが、顔を真っ赤にしながら小さく、

 

 

「……ありがと………」

 

 

と、呟いた。

 

 

 

 

 それから、俺たちはこの学校で2回目の春を迎えた。

 2年目も絢瀬、東條と同じクラスになり、さらに今年からは矢澤も同じクラスになった。

 

 そして今日は入学式。

 もうあれから一年経つんだと思うと、なんだか懐かしいような、寂しいような──。そんな気持ちになる。

 今俺と絢瀬と東條の三人は、クラス発表の掲示板の横で、生徒受付をしていた。

 

「ご入学おめでとうございます。教室の方はあちらから入られて右の方の教室になります」

 

 受付を済ませた新入生とその保護者に冊子とプリントを渡し、丁寧に対応していく俺たち3人。

 

 そして交代の時間が来て、俺たち3人は掲示板の前へと立つ。

 

「…あれからもう一年経つのね…」

「ほんまに、あっという間やったなぁ」

「あぁ。正直あんまり実感わかないよ」

 

 制服の青から赤になったネクタイ───女子はリボンで男子はネクタイだ───を指先でいじりながら俺は言う。

 

「それにしても、ゆーまっちまた背伸びた?」

「そうね…どんどん見上げる形に…」

「ん?そうか?5センチくらいしか伸びてないんだけど……」

 

 現在俺の身長は174センチ。

 念願の170台に突入し正直嬉しい。

 

「欲を言えば後3センチは欲しいな……」

「…貴方巨人か何かになるつもりなの?」

 

 そんなバカみたいな話をしてた時。

 

 

 

「優真くん!希ちゃん!絵里ちゃん!」

 

 

 

 俺たちは名前を呼ばれて振り返る。

 そう、今日は“彼女”がこの学校へ入学してくる日。

 

「ことりちゃん。入学おめでとう」

「ありがとう優真くん!」

「ほんまにおめでとう、ことりちゃん」

「ハラショーね♪」

 

 3人がそれぞれのお祝いの言葉をことりちゃんへと送る。

 

「……あの…優真くん…」

「ん、どうしたの?」

 

 あれ……どうしたんだ?下向いてもじもじして。

 

「……その……実は、私っ」

 

 

 しかし、その声は。

 

 

 彼女の“親友”によって、遮られる。

 

 

 

「おーい!ことりちゃーん!!」

 

 

 

 声をかけたのはオレンジ色の髪をサイドアップでまとめ、透き通るような空色の目をしたいかにも活発そうな女の子。

 その後ろからついてきているのは、いかにも大和撫子!っといった綺麗に整えられた、少し青味がある美しい黒髪ロングの、おしとやかそうな女の子。

 

「もう穂乃果……いきなり走り出さないでください」

「先に走り出したのはことりちゃんだよ!海未ちゃんが放っとくと迷子になるっていうから!」

 

どうやらオレンジ色の髪の方が“穂乃果”で、黒髪ロングの方が“海未”と言うようだ。

 

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん!ごめんね、置いて行っちゃって……」

「いきなりびっくりしたよー!ことりちゃんったら、いきなり走り出すんだもん!……あ、この人たちが、いつも話してくれる勉強教えてくれる人?」

 

 そして彼女は俺たちに向けて挨拶をした。

 

 

 

「高坂穂乃果です!よろしくお願いします!」

 

 

 

 そして横にいた彼女も同じように。

 

 

 

「園田海未と申します。よろしくお願いします」

 

 

 

「君たちがことりちゃんの言ってたお友達か。俺は朝日優真。よろしくね二人とも」

「私は絢瀬絵里。わからないことがあったらなんでも聞いてね」

「ウチは東條希!よろしゅうね〜」

「さ、自己紹介も済んだところで。君たちは早く受付に済ませて教室に入った方がいいよ。ゆっくり話すのは入学式の後にでも出来るから」

「あ、はい!行こう、ことりちゃん、海未ちゃん!」

「うん!…じゃあまた、後で、優真くん」

「失礼します」

 

 3人は校舎の中へ入って行った。

 

 

「……さて」

「私たちも」

「準備しなきゃ、やね♪」

 

 

 

 

 

 

 入学式というのは堅苦しいものだ。

 式の間ひたすら謝辞や祝辞を聞き続け、そこに楽しむ要素なんて何もない。

 ここ音ノ木坂も、その例外ではない。

 

 

 

 ────去年までは。

 

 

 

「では、ここで、在校生による新入生歓迎の発表を行います」

 

 ……少しざわつく会場内。

 

 それはそうだ。進行表にも、何も書いてはいない。式の運営者と、学校側で招待した来賓しか知らない正真正銘のサプライズ。

 

 壇上が片付けられ、簡易のステージができる。

 そこに現れた、一人の女子生徒。

 

 

「皆さん、ご入学おめでとうございます。音ノ木坂学院アイドル研究部、矢澤にこです!」

 

 

 ────さぁ、やってやれ、“笑顔の魔法使い”。

 

 

 

 この程度のざわめきなんて─────

 

 

 

 ────“歓声”に変えてみせろ!

 

 

「みなさんを、今日一番の笑顔にします!

 

 

聞いてください!

 

 

────“まほうつかいはじめました!“!」

 

 

 

 

 彼女の歌を舞台袖で聞きながら、俺はこの一ヶ月のことを思い返していた。

 

 三月初旬。

 

「失礼します」

 

 俺と東條と絢瀬の三人は理事長室に来ていた。

 ある内容について、理事長へ直接提案、説得をするためだ。

 

「1年A組、朝日と東條と絢瀬です。今日は理事長に提案があって来ました」

「────あら、なにかしら?」

 

 そう言って俺たちに興味があるような笑顔を向ける理事長。

 

「理事長、“俺たち”アイドル研究部に、入学式で新入生歓迎のライブをやらせてもらえないでしょうか」

 

 理事長はなにも言わない。

 

「ライブをすることで、校内の活気にも繋がると思うんです」

「どうか、許可をお願いします」

 

 東條と絢瀬も頭を下げる。

 これが俺たちの計画。

 矢澤にもう一度、ステージに上がってもらうための最後のチャンス。

 俺は東條と絢瀬に頭を下げ、この計画に協力してもらった。

 これは俺が言い出したことで、二人には手伝う義務も責任もない。

 しかし二人は二つ返事で承諾してくれた。

 二人は名義だけアイドル研究部へと貸してくれている。

 学年成績トップ10に入る三人でお願いをすれば、少しは揺らいでくれるはず…

 そう期待しての計画だった。

 

「……入学式は単なる学校行事ではありません。来賓の方々も来られますし、それを私物化するのはいささか問題があると思います」

「……そう…ですか……」

「でも……なんとかやってみるわ」

「え……?」

 

 驚く俺たち三人に、さらに驚くべき事実を告げる理事長。

 

「“娘”を助けてくれたお礼は返さなくちゃね」

「……あっ、もしかして…!」

 

 よく見れば────顔とかそっくり。

 

 

「“ことり”を助けてくれてありがとう。母親として、本当に感謝するわ」

 

 

 

 

 それから理事長の根回しがあり、理事会で入学式にライブを行うことが許可された。

 ただし条件として、俺たち3人は生徒会への強制加入が決定。

 俺は二人を巻き込んでしまったことを申し訳なく思ったが、二人はなにも気にしている様子もなく、当然のように俺と矢澤に最後まで付き合ってくれた。

 そこからの一ヶ月、俺たちと矢澤を含めた4人は必死に準備を重ねた。

 曲も四人で作詞し、作曲の方はギターを軽くかじっただけの素人の俺が作ったとても聞けたようなものじゃないシロモノを、男子クラスメイトに編曲してもらいなんとか完成した。

 

 

 そして今、彼女は最高に輝いている。

 

 

「ほんま成功してよかったなぁ〜……にこっち、ほんとに凄い…新入生みんなあんなに笑顔になってる」

「あぁ、本当に凄いよあいつは。……二人とも本当にありがとう。俺のワガママにここまで付き合ってくれて」

「言いっこなしよ優真くん。困ったときはお互い様なんだから」

 

 

 こうして“笑顔の魔法使い”のライブは、大成功だった。

 

 

 

 

 

 

「優真先輩!凄かったですね今日のライブ!こうパーってなってワーって!!」

「穂乃果、それじゃ全然伝わりませんよ……しかし、本当に元気をもらえる歌でした」

「穂乃果ちゃん、式終わってからず〜っといってるよ〜」

 

 式が終わり、俺たち3人は再びことりちゃんたちと合流していた。

 

「そう言ってくれるなら、あいつもきっと喜ぶだろうさ」

「そのために必死に練習してきたもんな〜。にこっちも努力の甲斐があったってもんやろ♪」

「曲作りも頑張ってたものね。そーよね、優真くん?」

「え!!あの曲、優真先輩が作ったんですか!?」

「おい、絢瀬っ!……あぁ、一応、俺だ」

 

 編曲の段階で俺の作ったものの面影がなかったなんて言えない。

 

「そうだったんですか!?優真くん、すご〜い!」

「あ、あはは……」

 

 ことりちゃん、そんなキラキラした瞳で俺を見ないでくれ、死にたくなる。

 

「さぁ、今日は入学祝いだ。俺が奢るから一緒に昼ごはんでもどう?」

「わぁ〜本当ですか!?是非是非!」

「よし、決まりだな!……あぁ、みんな、少し先に行っててくれ」

 

 

 俺は5人に先に行かせた。

 

 

 みんなが行った後、俺は“通話中”の携帯を取り出す。

 

 

「聞こえたか?…矢澤」

『……えぇ、聞こえてたわ』

 

 俺は携帯で矢澤と通話したままにして、穂乃果たちの感想を聞かせていた。

 そうすることで、矢澤にも自信が出ると思ったからだ。

 

『朝日。今回のこと、本当にありがとう』

「気にするな。俺もまたお前のライブが見れて満足だ。

矢澤、お前の歌う姿は、みんなに笑顔と元気を与える。

俺は本当に凄いことだと思う。だから……」

 

『言われなくても、大丈夫よ。……アイドルは辞めない。

……でも、しばらくはステージには立たないわ』

 

「え……?」

『……ずっと一人でやり切れると思ってた。でもいざ仲間を失ったらあんなに落ち込んで…今回もアンタがいなかったら、きっと私は立ち直れなかった。あんたたちがくれた機会には、すごく感謝してる。

……でもやっぱり、私はあの時間を、同じ理想を持った仲間と共有したい。

夢を諦めるわけじゃないけど、今は少し、自分を見つめ直したい。

だから、しばらく“スクールアイドル矢澤にこ”は、活動休止するわ』

 

「そっか……。うん、でもお前がそう言うなら俺がそれをどうこう言うことはできないな。

いつかまた、お前がステージに立つ姿、楽しみにしてる」

 

『ええ!そのときには、あんたを絶対笑顔にして見せるから!』

 

 矢澤の顔は見えないけど、容易に想像できる。

 

 

 

 ビラ配りのときに初めてみた、最高の笑顔に決まっている。

 

 

 

「……俺が一緒にステージ立ってやってもいいぜ?」

『うっさいわよ、バカ』

 

 

 そう言って矢澤は電話を切った。

 




はい!二年生になりました!
この話は構想を練っているときは全然話が膨らまなくて困っていたのですが、いざ書き出すと合計10000字近いというww
後一話で、原作に突入できそうです!
今回もありがとうございました!
感想評価お待ちしております!


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夏と幼なじみ、そして──。

今日中は無理かと思ってたんですが、案外いけました笑
さて、これで本編前日譚は終わりです!
一回でまとめたので、文字数も過去最高です汗
少し長いかもしれませんが、最後までお付き合いお願いします!


 音ノ木坂に通いだしてから二度目の夏が来た。

 去年の夏は、だいたい暇をしていてたまーに出かけるくらいだったが、今年はそうもいかないらしい。

 ことりちゃんたち一年生3人組と俺、東條、絢瀬の3人で、いろいろなところへ行く計画を立てているようだ。

 なお夏は暑いのであまり家から出たくないという俺の意思は尊重しない模様。

 まぁ、なんだかんだそれを楽しみしている俺もいるのだが。

 

 しかし、今年は遊びにうつつを抜かしてばかりではいられない。

 今年の末、正確には来年の頭には、重大なイベントが控えている。

 

 

そう、凛と花陽の受験だ。

 

「はぁ〜疲れたにゃ。優兄ィ!おやつの時間にするにゃ!」

「……昼飯食ってから一時間も経ってねぇぞ。どんだけ集中力ないんだよ……」

 

 凛は元の素質はあるのだが、集中力に欠けるのが玉に瑕だ。

 その点花陽はしっかりとしている。

 決められた時間しっかりと集中し、わからないところがあれば俺にすぐ質問する。

 彼女は決して天才タイプなどではなく、自分に足りない部分を積極的に補おうとする、苦手に向き合うという立派な姿勢を持っている。

 凛もその気になればできる素質があるのだから、少し見習って欲しいものだ。

 

「凛。花陽を見ろ。すごく集中してるだろう?もう少し、真剣に問題に取り組めば」

「わかってるよ!優兄ィはいっつもいーっつも花陽を見習え花陽を見習えってうるさいんだから!」

 

 ちなみに凛が苦手なのは英語だけで、それ以外は人並みにはできる。

 ただ、その英語の致命的っぷりは、涙も流れるのを遠慮するくらいに悲惨だ。

 

「……で?その英語の問題解けたのか?」

「バッチリだにゃ!」

「どれどれ………………凛……。」

「ん?なになにー?」

「10問中、1問もあってないぞ」

「そんなバカなっ!?」

 

 もう英語って何語かわかんないよー!と、意味不明なことを凛は言っている。

 いや、英語は英語だろ。

 

「ここさっき昼飯食う前に教えただろ!もう忘れたのかよ!」

「…うっ…。だってお昼ご飯のこと考えてたら解説に集中できなかったっていうか……」

「それじゃいつまでたっても覚えられないじゃねぇかよ……」

「仕方ないでしょ!文句なら英語に言って欲しいにゃ!」

「英語は何も悪くねぇよ!むしろお前が英語に謝りやがれ!」

「うぅ……二人とも…そんな大きい声出してるから周りの人みんなこっち見てるよぉ……」

 

 花陽からなだめられ、俺たちは声のトーンを落とす。

 

「とにかくだ。ここが定着するまでおやつタイムなんてありえないからな」

「そんな〜!優兄ィの鬼!」

「黙れ黙れっ。全部お前のためなんだぞ?花陽と一緒に音ノ木坂に来るんじゃなかったのか?」

「そ、それは…そうだけど……」

 

 半年前、初詣に行ったあの日。

 凛と花陽の二人は俺たち3人にある誓いを立てた。

 

 それは、2人で一緒に音ノ木坂に通うこと。

 

 それを叶えるために、今2人は必死に勉強している。

 花陽はこのまま勉強を続けていれば結果も目に見える形でついてくるだろう。

 しかし凛は、如何せん英語がネックだ。

 他の教科がずば抜けてできるわけではない凛は、どうしても他で高得点をとってカバーをするという方法が取れない。

 だからこうして俺が必死に凛に英語を教えているわけで。

 

「いいか?苦手に向き合うことは決して楽なことじゃない。途中で逃げ出したくなって当たり前なんだ。でもそれじゃいつまでたっても解けるようにはならないぞ?1教科捨てて受かるほど、受験は甘くないんだ」

「うぅ……わかったよ優兄ィ…」

 

 少し落ち込んだ様子の凛を見て心を痛めながらも、俺はあえて心を鬼にする。

 俺だって、凛と花陽に音ノ木坂に来て欲しい。

 花陽だけが受かって、凛だけが落ちたなんてことになったら、それこそシャレにならない。

 それを防ぐためにも俺は、俺にできることをやらなければ。

 

 

 凛が再び勉強を始めてから1時間ほど経っただろうか。

 俺たちは店員に声をかけられた。

 

「申し訳ございません、ただいま店内混み合っておりまして……お勉強の方はご遠慮願います」

「あ、はいわかりました。すいませんでした」

 

 店員は俺たちに頭を下げて去っていった。

 

「……だそうだ。どうする?…といっても、とりあえずここから出なくちゃな」

「うぅ〜せっかく集中してたのに〜」

 

 まぁ、それも切れかけてたけどな。

10分前くらいから全然落ち着きなかったし。

 

「ねぇ!だったら最近出来たショッピングモールの喫茶店はどう?あそこに行ってみようよ!」

「……お前の目的はおそらく別のところにあることに突っ込んだ方がいいのか?」

「ねぇ、優真お兄ちゃん、私も少し行ってみたいかも。ダメかな?」

「花陽まで!?っ…よしわかった。おい凛、早く荷物まとめろ。行くぞ」

「ちょっと!どうしてそんなにかよちんにだけ優しいの!?不公平だにゃー!!」

 

 花陽にあんな顔でお願いされたら拒否できるわけないだろ。言わせんな恥ずかしい。

こうして俺たちは店を後にした。

 

 

 

 

 まぁ、俺の想像通り着いてすぐ喫茶店に行くなんてことはなく。

 目の前の女子2人はウインドウショッピングを楽しんでいるわけで。

 

「……お前たち絶対今日俺の家で勉強させるからな……」

「まぁまぁ、ほら優兄ィ、かよちん!ゲームセンター行くにゃ!」

 

 凛に引っ張られ、俺たちはゲームセンターの中へ。

 

 

「ねぇ!久しぶりにこれやろうよ!」

 

 凛が指さすのは、昔三人でよくやっていたダンスゲームの最新版だ。

 凛の好きなことは体を動かすこと。

 花陽の好きなことはアイドル。

 この2人の微妙に方向性が違う趣味に合わせて、3人でやれることを俺が考えたのが、“ダンス”だった。

 ダンスなら凛も心置きなく体を動かせるし、花陽も好きなアイドルの動きの真似なら、喜んでやろうとした。

 これを凛のどこから湧いているかわからない体力がなくなるまで、子供の頃から続けていたので、俺も、何気に花陽も体力、ダンスの腕共に平均以上はある。

 そして腕試とばかりにこのゲームで競い合っていたのは、記憶に新しい。

 

「ダンスか……久しぶりだな」

「優兄ィが高校行ってる間、かよちんと2人で練習したもんね!もう負けないよ!」

「いや、負けないも何も、元からお前の方がダンスうまかったろ」

「いいからいいから!負けた方がジュース奢りね!」

 

 まぁいいか。俺も自分の体がどれだけなまったか確かめてみよう。

 

 こうして俺は凛と花陽とダンス対決をしたのだが────

 

 

 

 

「くっ……凛はともかく花陽にまで負けるなんて……」

「し、仕方ないよ!優真お兄ちゃん、凛ちゃんとした後で膝もガクガクしてたし…」

「やめて!フォローになってないから花陽!」

 

 まさかあの運動が苦手な花陽にまで負けるとは……

 これは少し、定期的に体を動かした方がいいかもしれんな……

 

「ぷにゃー!優兄ィのお金で飲むジュースは美味しいにゃー」

「凛テメェ……」

 

 ドヤ顔をこちらに決めてくる凛を俺は睨み返す。

 

「これは今日の夜やる英語の問題の量倍にしないとな」

「大人気なさすぎにゃ!?……っていうか夜もするの!?」

「今日は家に帰れると思うなよ、生意気猫め」

 

 今度は逆に俺がドヤ顔をやり返す。

 不満そうにしている凛、周囲を気にしてあたふたしている花陽。いつもの構図だ。

 俺と凛が逆の時もあるけど。

 

 

 ────そんな時だった。

 

 

「あ!優真先輩だ!おーい優真せんぱーい!!」

 

 

 こんなに人が多い中で、自分の名前を呼ばれてドキりとする。

 こんなことをするの、俺の知り合いの中では凛を除いて一人しかない。

 

「穂乃果ちゃ〜ん、待ってよ〜」

「またそうやってあなたはいきなり走り出して…!」

「優真先輩こんにちは!お買い物ですか?」

 

 穂乃果、友人の話を聞いてやれ。

 

「よっ、穂乃果。元気そうだな」

「優真くんこんにちは。お久しぶりですね」

「おす、ことりちゃん。君も元気そうでよかった」

「朝日先輩、ご機嫌よう」

「ご機嫌よう、海未。君も大変だな……」

「優真お兄ちゃん、この人たちが……」

「えぇ!!優真先輩、妹いたんですか!?」

 

 また周囲の目が集まる。

 

「…いちいち反応が元気すぎだ穂乃果。この2人は俺の小さい頃からの幼なじみだよ」

「こんにちは!星空凛です!3人のお話はよく優兄ィから聞いてます!」

「こ、小泉花陽です!よろしくお願いしますっ」

「凛ちゃんに、花陽ちゃんね。こんにちは!

ねぇねぇ、優真先輩、穂乃果のことなんて言ってた?」

「“凛が2人いるみたいだ”って言ってたんで、多分褒めてますにゃ!」

「おぉー!やったねやったね!」

「それって褒めてるのかなぁ……」

 

 花陽、ナイスツッコミ。

 全く褒めてない。

 

「あはは…本当に穂乃果ちゃんが2人いるみたい…」

「ほんとその通りだよ……そういえば、ことりちゃんたちはどうしてここに?」

「えぇと、ファミレスで夏休みの課題を3人でやってたんですけど、混雑で追い出されちゃって……そしたら穂乃果ちゃんが、『いいところ知ってる』って言ったからついてきたんですけど…」

「やっていることは服を見たりレストランを見たりと、勉強をする気が全くないんです、穂乃果は」

 

 ……なんと、ここにきた経緯までほとんど一緒じゃないか。

 しかもここにきてすることもほぼ凛と同じ。

 あの2人の思考回路は同じだということか。

 ……まぁ、しかし。

 

「…まぁ今はせっかくこうして会えたから、2人と仲良くなってあげてくれないかな。2人とも来年は音ノ木坂を受けるから、知り合いが多いと心強いと思うんだ。

その代わり、後で穂乃果はみっちりと勉強させる。今日夜俺の家で勉強会するんだけど、2人も一緒にどう?」

「え!優真くんのお家!?はい!行きます!是非!」

「ちょっと、ことりっ…!?」

「大丈夫だよ海未ちゃん!優真くん、教え方とっても上手なんだよ〜!」

「いや、そういう問題ではなく!」

 

 頑なに俺の家へ来ることを拒もうとする海未の様子に、俺は苦笑いを浮かべながら海未に問う。

 

「海未、嫌ならいいんだぞ?」

「いえ!嫌というわけでは……」

「だったら、来てくれると俺も助かるな。正直、凛と穂乃果を俺一人で止められる気がしない」

「……では、お邪魔します…」

「よし!決まりだな!」

 

 すると花陽が俺たちのところに近寄ってきた。

 

「ん?どうした?花陽」

「…凛ちゃんと、穂乃果先輩が…」

 

 花陽が指さす先には、

 2人で肩を組んで歌いながら歩く奇人二人組。

 

「あんのぉ単細胞どもがアァァァ!!! 」

 

 

 

 

 あれから俺たちは6人で色々なところを周り、夕食の買い物をして帰った。

 俺は一人で出すつもりだったのだが、それは悪いといって穂乃果たち3人と合わせて四人で割り勘となった。

 

 そして俺の家。

 

「さて、俺はいろいろ準備してくるから───凛、花陽、みんなと母さんに挨拶してきてくれ」

「─────わかったにゃ」

 

 俺は凛にそう言ってリビングへ行った。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「ここだにゃ」

 

 

 そうやって私、星空凛が案内した部屋は

 

 

 畳の上に、仏壇だけが置いてある、殺風景な部屋。

 

 

「えっ……」

「これって…」

 

 

 驚いている穂乃果ちゃん達3人に、凛とかよちんで説明する。

 

 ────多分、優兄ィもそうしてほしくて凛達に頼んだんだと思う。

 

「ママ…優兄ィのお母さんは、二年前の冬に亡くなったんです」

「とっても優しい人で、とても強い人だった。私たち2人のことも、本当の娘のように可愛がってくれたんです。

優真お兄ちゃんのお父さんとお母さんは、お兄ちゃんが小学6年生の時に、離婚しました。それから女手一つでお兄ちゃんを育てていたんです。でも、それで無理を重ねて……」

 

 そこまで説明してからうつむくかよちん。

 海未先輩が、質問をしてくる。

 

「では…朝日先輩は今どなたと…?」

「一人暮らしをしてるんです。優兄ィには一人もう社会人になる姉がいて、姉弟で二人暮らしするってはなしにもなったらしいんですけど、優兄ィがこの家を……母親と暮らしたこの家を出たがらなかったんです」

「そんなことが……」

 

 

「まぁ、そういうことだ」

 

 

 後ろから聞こえた声にみんな振り返る。

 

「優兄ィ…」

「悪かったな、凛、花陽。嫌な話させて。

 

ま、そんなわけで俺は今一人暮らししてるんだ。仕送りも姉と父の両方から送られてきてるし、生活にも困ってない。

…昔は、なんで両親が離婚したのかわかんなかった。転勤が多くて引っ越しが続いても、家族四人で一緒にいたかった。

 

────でも今ならわかるんだ。

多分、俺のためだったんだ。

転校が続いて友達を作れなかった俺に気を使ってくれたんだと思う」

 

「優真くん……」

 

 ことり先輩が悲しそうに優兄ィに声をかける。

 

「だから俺は、父さんの“想い”をしっかりと受け取って、母さんの分までしっかりと生きる。そう決めたんだ。

 

……まぁ、気付くのが遅すぎたんだけどな……」

 

 最後の呟きは、余りにも小さすぎて聞き取れなかったけど、凛ならわかる。優兄ィが何を言ったのか。

 

 わかるからこそ、辛い。

 

「……こんな暗い話して悪かったな。さ、リビングのテーブルにお菓子とかジュースとか準備しておいたから、くつろいでくれ」

 

 そうして優兄ィはみんなをリビングへと連れて行って、自分は仏間へと入っていった。

 

「ねぇ、凛ちゃん、トイレってどこ?」

 

 ことり先輩が凛に聞いてきた。

 

「あ!トイレはそこの突き当たりを左ですにゃ!電気は中についてます!」

「ありがとう♪」

 

 見惚れるような笑顔でトイレへと向かっていったことり先輩。

 残った凛たちは、リビングへと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「…母さん、見てくれた?俺の新しい友達」

 

 今部屋には俺一人。

 俺は毎日、母さんとの会話を欠かさないようにしている。

 会話って言っても、一方通行だけど。

 

「みんな良い子達で、俺に元気をくれるんだ。一緒にいて、すごく楽しいよ。

……ねぇ、母さん。俺、あの頃よりは、少しは“変われ”たかな。

母さんが言ってたように、できてるかな…?」

 

 

 

 母さんがいなくなったあの日。

 過去のトラウマから逃げ続けた俺は、

 やっと気づいた。

 

 父さんの“想い”と、母さんの“願い”に。

 

 遅すぎた。あまりにも。

 だから俺は─────

 

 

 

 しばらくの間、目を瞑り手を合わせる。

 ……さて。

 

「……盗み聞きは感心しないぜ?ことりちゃん?」

「っ!?」

「入っておいでよ」

 

 ことりちゃんは罪悪感があったのか、少し縮こまってドアを開けて部屋へと入ってきた。

 

「うぅ…ごめんなさい……」

「別に怒ってないよ。あんなこと言われたら気になるだろうし。

 

……もう“あれ”から、1年経つんだね」

 

「……はい。あの時のことは本当にありがとうございます」

 

 

 図書館での痴漢事件。

 それがことりちゃんとの出会い。

 あの出来事から俺と東條と絢瀬の三人は、ことりちゃんに勉強を教えるようになった。

 そして彼女は見事合格、名実ともに先輩後輩の関係になれた。

 そのおかげで、穂乃果や海未とも仲良くなれた。

 

 ……そういえば。

 

 

「ねぇ、ことりちゃん。入学式の日───あの時は穂乃果に遮られたけど、何か言おうとしてたよね?何だったの?」

「んぇ!?いや、あの、それは……」

 

 顔を赤くしてあたふたすることりちゃん。なんだなんだ?

 

「……内緒です♪」

 

 唇に指を一本当て、見惚れそうなほど優しい笑顔でそういうことりちゃん。

 

「なんだよ、気になるだろ?」

「内緒ったら内緒なんですっ!……さ、リビングでみんなが待ってますよ?行きましょう!」

「んー…なんか腑に落ちない……」

「……ねぇ、優真くん」

「ん?」

 

 

 

「ことりにとって、優真くんは最高のヒーローですよ♪」

 

 

 

 そう言ってニコリとはにかむことりちゃん。

 正直、すげぇかわいい。

 

 

 

「……お、おう、ありがとね。さ、さぁ!リビングいこ!」

「はぁ〜い♪」

 

 照れを隠しつつ、俺たちはリビングへ戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

『実は私、あなたを追いかけて音ノ木坂へ来たんです』

 

 

 それが、ことりがあの日伝えようとしたコト。

 

 でも、今はまだ早い。

 

 いつか、もっと自信が持てるようになったら、そのときは───

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「ごちそうさまでした!」」」」」」」

 

「あいよ、お粗末様でしたっ」

「優真先輩、料理も上手なんですね!すごく美味しかったです!」

「優兄ィの料理はいつ食べても美味しいにゃ〜」

「本当にその通りね。……ねぇ優真くん、私と希までお邪魔して良かったの?」

「あぁ、むしろ来てくれて助かるぜ絢瀬。俺一人じゃこのダブル単細胞の面倒見きれるかわかんないからな」

「ふ〜ん、ウチらに面倒ごと押し付けるつもりやったんや〜」

「ちょっと希ちゃん!面倒ごとってどういうことだにゃ!?」

「そうですよ希先輩!穂乃果たちだってやる時はやりますよ!」

「穂乃果は普段は30分も集中が続かないでしょう……」

「はぁ〜白米美味しかったぁ〜〜♪」

「優真くん、お皿ここに置いとくね♪」

「お、ありがとなことりちゃん」

 

 

 あれから東條と絢瀬を呼んで、大勉強会が開かれることになった。

 2人を呼んだ理由は絢瀬に説明した通り。

 

「さて、ご飯も食べたところで!」

「人生ゲームで遊ぶにゃー!」

「させねぇよ。おい活発コンビ。今日は生きて帰れると思うなよ……!」

「「ひ、ひぃ……!そんなー(にゃー)!」」

 

 

 

 こうして賑やかな夜はまだまだ続く……

 

 

 

 

 

 

 そして、四月。

 今日は俺たちにとって三回目となる入学式。

 去年こそ、歌のステージの準備やらなんやらで忙しかったが、今年は何も起こらないので、生徒会としての仕事だけで済んでいる。

 あれから絢瀬は生徒会長になり、東條が副会長、俺が会長補佐という謎の役職をやっている。

 

 そして今年の主役は、もちろん“あの2人”。

 

 

「優兄ィー!」

 

 

 そう、凛と花陽だ。

 2人は無事、入試を突破。今年から晴れて音ノ木坂の生徒だ。

 

「2人とも、改めておめでとうな」

「凛ちゃん花陽ちゃんおめでとさん!」

「ハラショーね♪」

「ありがとうにゃ!一緒のクラスになれたらいいね!かよちん!」

「うん!ぎゃ、逆に一緒じゃなかったらどうしよう……うぅ……」

「あー、花陽。多分、その心配はないぞ。2人ともクラスの掲示板見てこい」

「え?う、うん、わかったにゃ」

 

 クラスが離れる心配なんて、ない。

 何故なら今年は……

 

「ひっ、1クラスーーーーーー!?」

 

 凛の叫びが校舎に響いた。

 

 そう、1クラスだけなのだ。

 1クラスだけならまだしも、

 

 今年の音ノ木坂は、定員割れを起こしていた。

 

 これが何を意味するのか、深い意味はわからないが、確かに音ノ木坂には暗雲が立ち込めていた。

 

 

 

 

 




はい、優真の過去が少しずつ明らかになってきましたね。
まだ明らかになってない部分も多いですが、これらはのちに明らかになるので、楽しみにしていてください!

さて、優真たちが入学してから凛、花陽の入学までを描いてきましたが、全く登場していないμ'sメンバーが一人いますね。申し訳なく思います。(イミワカンナイ!
彼女がここまで出てきていないという設定も、のちの話に使いますので、ご理解をお願いします(´・_・`)

お待たせしました、次回からアニメ本編に突入します!
完全に一致ではなく、オリジナルを挟みますが精一杯書いていくんで応援よろしくお願いします!

長くなりましたが、今回もありがとうございました!
感想評価お待ちしております!


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【閑話】キャラ紹介〜これを読めば過去編を一気に理解!〜

今回は本編ではなく、キャラ紹介を行いたいと思います!
読んでも読まなくても本編には影響はないので、
読み飛ばしていただいても構いません。
では、どうぞ!


 

 

 

 

アニメ本編突入前に、キャラ紹介を行いたいと思います。

 

〜※注意!〜

・1話〜11話までのネタバレを大量に含みます

・作品をここまで読んでくれた方、過去編はどうでもいいからアニメ本編から読みたい!という方に向けて書いたものです。これを読まなくても、全く影響はありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

では、それでも読んでくれるという方、お付き合いお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆主要キャラ編

 

 

朝日優真 《 あさひゆうま》

 

身長176㎝、体重62㎏

 

主人公。過去のトラウマが原因で周囲と距離を取っていた。

そんな自分を変えるために音ノ木坂での生活を送る。

希とは中1の頃からの知り合いで、希の引っ越しが間接的に引き金となり、心に大きな傷を負う。

 

 

✳︎現在判明しているトラウマの内容リスト

 

・希の引っ越し

・それが原因でイジメを受けるようになる?

・?????

・母親の死と凛の言葉でそれらを乗り越えようという意思を得る

 

 

自分を“変えたい”と思っており、この想いは彼の行動の指針となっている。

昔から心優しい性格で、困っている人、悲しんでいる人を見ると自ら首を突っ込んでいく。

トラウマを経て1年次は言葉遣いなど、どこか達観しているような面が見られたが、入学してから3年生になるまでに、友人たちとの交友により多少は改善され、昔の明るい性格を少しずつ取り戻しつつある。

天然フラグ建築士一級。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東條希 《とうじょうのぞみ》

 

 

今作のヒロイン。

中1の頃優真と出会い、彼に想いを寄せていたが、クラスメイトの中西光梨の妨害に会い、サヨナラも言えないまま優真の前から去ることになる。

その後は“独り”という殻に閉じこもっていたが、優真への想いを消し去ることができず、『自分を“変え”て、誇れる自分になって優真に会いに行く』という誓いを立てる。

そして関西弁や占いを覚え、『明るい』自分を作っていた。

そして4月。優真と音ノ木坂で再会するも、彼の悲痛な叫びを聞くことで、自分には、優真に想いを告げる資格がないと思うようになる。

そして追い討ちのように告げられた、かつてとは違う“東條”という呼び名。

そして希は、自分をかつて救ってくれた優真に恩を返すため、自らの恋愛感情に別れを告げ、“希”ではなく、彼の“東條”として彼を支えていくことを決意する。

その後は優真とも友好な関係を築いているが、焦ると昔の呼び方や口調が出てきてしまう。

 

 

 

 

 

 

星空凛 《ほしぞらりん》

 

 

今作のヒロインその2。優真の妹のような存在で、優真の心の支えにもなっている。

優真の過去を知っており、過去に起きた“ある出来事”が優真の意識を変えるきっかけの一つとなる。

特技はダンスで体力はほぼ無尽蔵。勉強はあまり得意ではない模様。

シリアスな部分は彼女に喋らせておけば口調が合わさってマイルドになるだろうと思って優真の母親について語らせたが、逆に緊張感を失わせる結果になりそうだったから作者に口癖を奪われた悲しき少女。

今後もシリアスブレイカーとしての働きを期待。

 

 

 

 

 

 

南ことり 《みなみことり》

 

 

今作のヒロインその3。作者の推し。

中学3年生の頃、図書館で痴漢に合うも、優真の機転と大胆な作戦により助けられる。

ことりちゃんかわいい。

それ以来優真を慕っており、特別な感情も抱いている模様。

暴走する穂乃果のストッパーとなる…かと思いきや、割と悪ノリがすぎることも。

ことりちゃんかわいい。

作者の嫁なので優真くんにはあげません。(おい

 

 

 

 

 

 

 

絢瀬絵里 《あやせえり》

 

 

優真の高校最初の友人。彼女自身も、生真面目すぎて友達ができなかったという過去を持っており、そんな自分を“変える”ために努力を決意した。

そこで優真に自分の想いをぶつけることで、真の意味での友達となり、彼に心を開く。

同時に、希の親友であり、優真と希と過ごす時間をとても大切に思っている。

責任感の強さと真面目さは健在で、現在は音ノ木坂で生徒会長をしている。

優真や希同様、優れた観察眼を持つ。

優真と希、二人の間に特別な何かがあることは薄々察しているが、深く知ろうとはしていない。

 

 

 

 

 

矢澤にこ 《やざわにこ》

 

 

見た人を元気付ける、天性の魅力を持った少女。1年次はアイドル研究部の仲間とスクールアイドルをしていたが、自らの高すぎる理想と周囲の間に溝が生まれ、仲間たちはアイドル研究部をやめてしまう。

仲間を失い、全てを諦めかけた所を優真に支えられ、立ち直る。

その後、彼の協力のもと、4月の入学式にサプライズライブを行い、大成功を収めた。その後はしばらくはアイドルとしての活動はしないこと、いつか仲間が現れるのを待つことを優真に告げる。

ちなみに本編中にあった“笑顔の魔法使い”とは彼女の二つ名は、にこ推しの作者の友人が呟いていたものを拝借。作者自身この二つは割と気に入っている。

 

 

 

 

 

高坂穂乃果 《こうさかほのか》

 

 

ことりと海未の親友で、二年生組のムードメーカー。凛とは波長が合い、二人合わさると手に負えない程のハイテンション大魔王に変貌する。過去編ではあまり出番がなかったが、アニメ本編に入ると、大活躍する(予定)。

 

 

 

小泉花陽 《こいずみはなよ》

 

 

優真と凛の幼なじみ。優真のことをお兄ちゃんと慕っている。

優真の過去についてもある程度知っているが、全てを理解しているのは凛だけで、花陽自身はある程度しかしらない。

アイドルと白米が大好きで、この二つのこととなると人格が豹変する。

優真と凛とともに小さい頃からダンスをしており、運動は得意ではないが、ダンスの実力も体力も人並み以上にはある。

 

 

 

 

 

園田海未 《そのだうみ》

 

 

ことりと穂乃果の親友で、暴走しがちな二人のストッパー役。二人が慕う優真を同じように慕っているが、やはりどこか一歩距離を置いている様子が伺える。穂乃果同様、過去編ではあまり出番がなかったが、アニメ本編に入ると、出番急増(予定)。

 

 

 

 

 

西木野真姫 《にしきのまき》

 

 

過去編未登場。ほんとごめんなさい。

しかし、“過去編に出ていない”という設定が後に生かされる。

 

 

 

 

 

 

☆サブキャラ編

 

 

 

 

 

中西光梨 《なかにしひかり》

 

 

優真と希の過去に多大な影響を与えた人。

かつて希をいじめていた。それからどうなったのか、今の所は不明。

 

 

剛力悟志 《ごうりきさとし》

 

 

優真たちのクラスメイト。自己紹介の時にボディビルを行い、クラス全員をドン引きさせた過去を持つ。マッサラ町出身で、口癖は『〜だぜ!』。腕力でもなければ、怪力でもない。一発屋かと思いきや、今後も登場する機会があるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上、キャラ紹介となります。

正直、剛力君の所は読んでも読まなくてもどうでもいいですww

次回から、アニメ本編の方へ突入していきます!

ここまで読んでくれた方、ありがとうございました!

これからもこの作品をよろしくお願いします!

 




というわけで、次回からアニメ本編に入ります!
これから毎日投稿は厳しくなると思いますが、
精一杯頑張りますので応援宜しくお願いします!


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【第1章】ー【アニメ一期】始まり
“夢”の始まり


何度もお知らせしましたが、今日からアニメ一期のストーリーです!
では、最後までお付き合いよろしくお願いします!


12話 “夢”の始まり

 

 

「優兄ィ!おはよ!学校いくにゃ!」

 

 

 俺、朝日優真が家から出ると、幼なじみの凛と花陽が外で待っていた。

 

「おはよう、優真お兄ちゃん!」

「ああ、花陽、凛、おはよう。待たせたな」

「大丈夫にゃ!早くいこ!」

 

 俺たち3人は凛と花陽が音ノ木坂に入学してからは3人で通学するようにしていた。

 

「そういえば、今日は朝から全校集会だったな」

「うん……何の話があるんだろうね」

「朝から集会なんて眠っちゃいそうだにゃー」

「お前の場合何時に集会があっても一緒だろ」

「失礼だにゃ!…そういえば、優兄ィは生徒会でしょ?何も聞いてないの?」

「あぁ……。俺たち生徒会にも、何も知らされてない」

 

 そうなのだ。今回の集会の内容は生徒会役員である俺たちにも何も伝えられていない。それだけ重大な内容なのだろうか。

 

「まぁ、行けばわかるさ」

 

 そう言って俺たちは学校への道のりを歩く。

 

 

 

 

 

 

「皆さんに、重大なお知らせがあります。

 

 

音ノ木坂学院は

 

 

今年度で生徒の募集を取りやめ

 

 

 

──────廃校となります」

 

 

 

 

「そんな……いきなり廃校だなんて……」

「落ち着け絢瀬。動揺しても何も変わったりしない。俺たちにできることを考えないと……」

「ゆーまっちの言う通りや。ウチらにできること、考えんと」

 

 昼休み、俺と東條と絢瀬の3人は生徒会室に集まり、今後についての話し合いをしていた。

 

「でも、一体どうすれば……」

「それを考えるために集まったんだろう?大丈夫だ、俺たち3人で力を合わせれば、絶対うまくいくさ」

「そやね。さ、考えよ♪」

「生徒会として、学校のために活動の許可をもらう必要があるな。まずはそこをなんとかしないと、勝手に活動するわけにはいかない

からな」

 

 この状況下、学校のために動けるのは俺たち生徒会だけだ。

 まずは自由に活動するための許可が欲しい。

 

 

 俺たち生徒会が、なんとかして学校を存続させなければ。

 

 

「理事長に許可をもらいに行こう」

 

 そして俺たち3人は理事長室に向かったのだが…

 

 

 

 

 

 

「なんで許可してもらえないんだよっ……」

 

 結果、許可をもらうことができなかった。

 

「『学校のために学校生活を犠牲にするようなことをすべきではない』……理事長は、そう言っていたわね」

「まぁまぁ、今はとりあえずやれることをやっていこ!ことりちゃんやったら、何か知ってるんやないかな?」

「……そうだな、とりあえず今は、できることをやっていかないと…」

 

 そしてことりちゃんを探すことにした俺たち3人。

 

 

 

 

 

 

「やー、今日もパンが美味いっ!」

「太りますよ」

 

 おっ、いたいた。穂乃果と海未と一緒だ。

 

「おーい、3人とも」

「あ!優真先輩!絵里先輩!希先輩!こんにちは!」

「元気そうだな穂乃果。……朝倒れたって聞いたときはびっくりしたけど、大丈夫そうだな」

 

「えっ!?ど、どこでそれを!?」

「……あれだけ廊下で騒ぎになってたら、さすがに気づくわよ。……それよりことり、少し聞きたいことがあるのだけど」

 

 絢瀬は時間が惜しいようで、ことりちゃんに本題を切り出す。

 

 

 

「────貴女、廃校のことについて理事長から何も聞いてない?」

 

 

 

 ことりちゃんは少し目を伏せ、申し訳なさそうに言葉を返す。

 

 

 

「────はい。私も集会で初めて聞いたんです……ごめんなさい」

 

 

「……そう…。ことりが悪いわけじゃないわ。気にしないで。いきなりごめんなさい」

 

そう言ってその場から去ろうとする絢瀬に穂乃果が声をかける。

 

 

「あのっ!」

「どうしたの?」

 

 振り返り返事をする絢瀬。

 

「……学校、なくなっちゃうんですか…?」

 

 

 

「……大丈夫。私たちがなんとかしてみせる。貴女たちが心配することはないわ。……安心して」

 

 

 

 絢瀬はそう言って優しく穂乃果に微笑み、今度こそその場を去っていく。

 その言葉には、彼女の優しさと決意がこもっていた。

 

 

「……それじゃ、またね」

「ほなな〜」

 

 俺と東條も絢瀬の後を追った。

 

 

 

 

「結局成果は無しか…」

 

 時刻は夜10時。

 あれから放課後も生徒会に残って様々な提案をしたが、現状を改善するような案は出てこなかった。

 

「俺たちがなんとかするしかないのに…」

 

 生徒として行動ができるのは、生徒会だけ。

 俺たちには、学校を守る義務がある。

 

「しかし、今日の東條……俺らと違っていたな……」

 

 俺と絢瀬が行動の不自由さに痺れを切らしている中、あいつだけは俺たちと違っていた。

 終始どうすればいいかと焦る俺たちを、笑顔で落ち着かせる。そんな行動ばかりだった。

 あいつがそんな行動をとるようになったのは理事長室に行ってからか…

 

 ということは東條は、理事長の言葉の真意がわかった、ってことか……?

 

 だとしたら、何故それを俺たちに言わない?あいつは意味もなくそんなことはしない。

 

 つまり……

 

「……自分で気づけ、ってことだろうな…」

 

『学校のために学校生活を犠牲にするようなことをすべきではない』。

 ……駄目だ、わからない。

 この言葉の意味がわかれば、道標が見えるのだろうか。

 

 

 

 

ピロリン♪

 

 

 

 そんなことを考えていたら、メッセージアプリから通知が届いた。

 

《優兄ィ、今大丈夫?》

 

 凛からだった。

 

《ん、どうしたんだ?》

《ちょっと電話してもいい?》

《いいよ、大丈夫》

 

 しばらくすると、凛から電話がかかってきた。

 

「もしもし」

『もしもし、優兄ィ…ごめんね、こんな時間にかけちゃって』

「あぁ、気にするな。…で、どうしたんだ?」

『うん……

 

 

───学校、なくなっちゃうの…?』

 

 

 

 今にも消えそうな声で俺に問いかける凛。

 それはそうだろう。入学してから数日で突然のように廃校を告げられ、平然とできるはずがない。

 

『凛、音ノ木坂に来るの、楽しみだったんだにゃ……希ちゃんや穂乃果先輩たちと一緒の学校に通えるようになって、嬉しかった……そこで過ごした思い出の場所が、卒業したら無くなっちゃうのは…やっぱり嫌だな……』

 

 凛の言葉を聞いて思う。

 

 俺にとって、音ノ木坂は、最初は別に特別な場所ではなかった。

 

 それが、これまで過ごしてきて、大切な場所に変わった。

 東條と再会して、絢瀬や矢澤と出会えて、たくさんの思い出が出来た。

 俺にかけがえのない居場所をくれた、俺に自分を“変えて”ゆくきっかけをくれた場所。

 そんな場所を────守りたい。

 凛のためにも、俺自身のためにも。

 

 

「大丈夫だ、凛。俺が……俺たちがなんとかしてみせる。絶対に音ノ木坂を廃校になんかさせない」

『優兄ィ…』

「だから───安心してくれ」

『うん…うん!わかったにゃ!』

 

 

 凛との電話を終え、俺は改めて決意する。

 

 

 絶対に音ノ木坂を廃校にはさせない。

 

 

 俺は自分自身と、大切な人たちの大切な場所を、絶対に守る。

 

 

 今は方法なんて全くわからないけど、絶対になんとかしてみせる。

 

 

 俺は、そう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼に、衝撃の提案が飛び込んでくるまで、あと15時間後───




凛のおかげで、優真は自分の中の思いを改めて自覚することができました。
さぁ、後は“あの人”がきっかけをくれるだけですね!笑
現在での優真の考え方は、アニメでの絵里とほぼ同じです。
理事長の言葉の意味にも気づいていません。
ここから彼がどういう風に変わっていくのか、お楽しみに〜!

では今回もありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!
感想評価アドバイスなどおまちしております!


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可能性、感じたんだ

13話 可能性、感じたんだ

 

 

 

 そして次の日の昼休み。

 

 今日も俺たち3人は廃校阻止についての話し合いをしていた。

 ただ昨日と違うのは、そこに穂乃果たちがいること。

 何やら、穂乃果からある提案があるらしい。

 …ことりちゃんと海未の顔を伺う限り、マトモな話じゃなさそうな雰囲気がプンプンする。

 

「……で、穂乃果。提案って何?」

「はい、絵里先輩!

 

 

 

────スクールアイドルです!」

 

 

 

 

 ……は?

 

 今……なんて……?

 

 

 

「……スクール、アイドル?」

「貴女たちが……?」

「はい!スクールアイドルって、今すごい人気なんですよ!」

 

 

 

……知ってる。

 

 

 

「スクールアイドルを始めて、この学校に注目を集めれば、入学希望者が増えるんじゃないかって…」

「穂乃果は入学式の時に見た、あのステージを思い出して、自分たちもやってみようと思ったそうなんです」

 

 

 

 

 ……あれを、見て、か。

 

 ……あいつが聞けば喜ぶかもしれないな。

 

 

 

 

 ──────でも、俺は知ってるんだ。

 

 

 

 ──────“ソレ“に本気で取り組んで失敗したやつのこと。

 

 

 

 ──────だから、軽い気持ちでお前たちが“ソレ”に取り組もうとするなら。

 

 

 いくらお前たちでも────それだけは。

 

 

 

 

 

「やめとけよ」

 

 

 

 

「…え…?」

 

 俺の真っ向からの否定に戸惑う穂乃果。

 

「軽い気持ちで始めてスクールアイドルが上手くいくなら誰だって始めてる。あのステージは、努力に努力を重ねたやつが立てる場所だ。お前みたいなやつが立てる場所じゃない」

「ちょっと、優真くん…!?」

 

 絢瀬が制止に入るが、俺は言葉を止めない。

 

 

「とにかくだ、穂乃果─────

 

─────アイドルは、無しだ」

 

 

 穂乃果はしばらく俯いて唇を噛み締めていたが、突然生徒会室を飛び出した。

 

「穂乃果っ!?」

「穂乃果ちゃん!?」

 

 2人が呼びかけるも、穂乃果はそのまま走ってどこかへ行ってしまう。

 ことりちゃんが俺たちに礼をした後、穂乃果を追って生徒会室を出て行く。

 

 …残ったのは、俺を睨みつける海未。

 

 

 

 言い過ぎたなんて、これっぽっちも思ってない。

 あれは俺の紛れも無い本心、そして────

 

 

 

 

「…ふふっ」

 

 

 

 

 睨んでいた顔を緩め、笑顔を俺に向ける海未。

 

「…どうした?」

「…ちゃんとわかってますよ。朝日先輩がどうしてあんなことを言ったのかくらい」

「……」

 

 

「……わざと穂乃果を“傷つけた”んですよね?

 

 

穂乃果が行動を起こして“もっと傷つく”前に。

 

 

私もことりも────おそらく穂乃果にも、ちゃんと先輩の思いは伝わっていますよ」

 

 

 

 そう言うと、海未は一礼して生徒会室を後にした。

 

 

 

 

 

「────全部バレてたみたいやね?」

「……東條もわかってたのか?」

「流石にわかるよ。ゆーまっちがどんな人か考えれば一瞬や。ちなみにえりちも多分わかっとるよ?」

 

 

 

 ……海未のいう通りだ。

 

 俺はわざと穂乃果を傷つけた。

 自分の苛立ちをぶつけたのも事実だが、

 それ以上に、もう見たくなかった。

 

 

 

 夢に敗れ、大切なものを失ってゆく人の姿を。

 

 

 だから、止めようとしたが……

 ここにいた全員に筒抜けかよ恥ずかしい。

 

「まぁでも……私もスクールアイドルには反対だわ。あの子たちの行動で、何かが変わるとは思わない」

 

 

「ウチは賛成やけどな〜」

 

 

「東條…?お前本気で言ってるのか?」

「本気も本気、大真面目やで♪」

 

 その笑顔が、今日は気に障った。

 

「お前……矢澤のこと忘れたのかよ」

「忘れるわけ無いやん。でも、穂乃果ちゃんたちがアイドル始めることと関係ある?」

「関係無いわけ無いだろ?またあいつらに同じ思いさせるつもりかよ!」

「そうよ希。あの子たちがアイドルを始めて学校のために活動したって…」

 

 

 

「ねぇ、2人とも。どうしたの?」

 

 

 

「は…?」

「どうしたのって……貴女の方こそ」

 

 

 

 

「さっきからどうして失敗が前提の話しかせんの?

どうして否定的な考え方でしか物事を捉えんの?」

 

 

 

 

「っ…」

 

 

「自分でもわかっとるんやない?

─────何もできない自分たちに苛ついて、公平な判断ができてないこと。

─────いつもの2人なら、頭ごなしに否定なんてせんはずや。

…立場は違っても、頑張れって言いながら、応援したはずや……

もどかしい気持ちはわかる。でもそれであの子達に当たるのは良くないんやない?」

 

 

 ……俺は、あいつらに当たっていたのか…

 

 

 否定しようと思った、そんなことはないと。

 

 でもできなかった。

 東條の言葉に、少なからず心当たりがあったから。

 自分たちができないこと───廃校を阻止することを、あいつらにされてたまるか、と。

 そんな気持ちが全くなかったといえるだろうか?

 矢澤のことを引き合いに持ち出して、苛立ちをぶつけただけではないと、心の底から断言できるだろうか?

 

 だとすると、俺はやっぱり穂乃果達にひどいことをしたのかもしれない。

 

……俺もまだまだガキだ。しかも人から指摘されないとそれに気づけない。

 

「……そうだな。ありがとう、東條。お前の言う通りだ。

まだ始めてもないのに、それを頭から否定する権利なんて俺にはなかった。まだ詳しい話も何も聞いてないのに。……放課後、あいつらともう一回話してくる」

「うふふ♪それでこそゆーまっちやな」

「……そうね、希。貴女は正しいわ。

─────でも、廃校を阻止するのは、私たち生徒会よ」

 

 絢瀬は確固たる決意を表情に表す。

 

 

 

「……えりちはまだ早いか……」

 

 

 

 東條の小さな呟きは、俺の耳にも、絢瀬の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 そして放課後。俺は穂乃果達に会うため、校舎内を散策していた。

 会って、謝らないとな。

 いかに別の意図があったとしても、俺の意思で穂乃果を傷つけたことには変わりない。

 

 

 

 そして特別教室棟に着いたとき。

 

 

 

「………る……んざ……」

 

 

 ん……?ピアノ…?それに歌声……?

 

 俺は音源と思われる音楽室へと足を向ける。

 

 

 

 

 そしてドアの前に立ち、中を覗き見る。

 

 

 

 そこには、赤髪の美しい少女が、それに見合う美しい歌声でたった一人の演奏会を行っていた。

 

 

 ────なんて綺麗な歌声なんだろうか。

 こんな綺麗な歌声、聞いたことがない。

 

 

 引き込まれた。少女の演奏、歌声、雰囲気、佇まい……その全てに。

 

 

 

 俺は彼女の演奏が終わるまで、ただそこに佇んでいた。

 

 

 

 演奏が終わる頃を見計らい、俺は音楽室に入る。

 

「すごい上手だったよ」

「……うえぇ!?またなの!?」

 

 ん…?“また“?

 

「“また”って?」

「……昼休みも来たの。私の演奏を盗み聞きしてた人が。『アイドルやってみないか』って」

「あれ、すごい心当たりある……」

 

 生徒会室から抜け出した後、ここを通ったのか。

 まぁなんにせよ。

 

「多分それ俺の友人だ。迷惑かけたね」

「別に。……で、次はあなたですか」

「俺もたまたま通っただけだよ。ドアから漏れてた歌声とピアノに、引き込まれたんだ」

「……」

 

 目の前の赤髪の少女は、少し顔を赤くしながら横を向く。

 

「まぁ、本当は俺の立場上勝手に音楽室使ってるのを注意しないといけないんだけど……」

「えっ、生徒会…なん、ですか?」

「あぁ。まぁでも、今回は勘弁してあげるよ。そのかわりこれからは一言生徒会室に許可を取りに来てくれないかな。そしたら、いつでも使わせてあげるから。

あ、俺の名前は朝日優真。君は?」

 

 

 

 

「……ありがとうございます。

 

 

────西木野真姫。一年生です」

 

 

 

 

「西木野さんね。よろしく。…その歌、自作なの?」

「えぇ。一応、私が全部」

「やっぱりか。どうりで聞いたことないと思った。作曲もできるんだな、すごいな」

「と、当然でしょ!」

 

 …あれ、この反応の仕方はもしかして…

 

「で、昼に歌を褒められて嬉しかった、と」

「そ、そんなわけないじゃない!普段から褒められ慣れてるし!別に嬉しくなんかないわよ!」

 

 そう言って俺に背を向けて顔を真っ赤にしながら腕を組む西木野さん。

 うん、この子、ツンデレってやつや。

 

「なるほどなるほど…君の気持ちはよくわかったよ」

「何勝手に人の気持ち読んでるのよ!」

「いや、読むまでもないわ、ダダ漏れだし」

「んなっ……!」

 

 あぁ、顔が髪に負けないくらい真っ赤になっていく……

 

「う、うるさーーい!!意味わかんないわよ!…今日はもう帰ります!ありがとうございました!」

 

 そう言うと西木野さんはすごい速さで音楽室を出て行った。

 ……あそこまでのツンデレはもはや希少価値だぞ。

 

 

 

 …まぁでも今は。

 

 改めて穂乃果の真意を見極めないとな。

 

 

 

 

「あれ、海未、ことりちゃん。何してるんだ?」

 

 廊下の窓から中庭を歩く2人を見つけ、俺は声をかけた。

 

「あ、優真くん!今から穂乃果ちゃんのところに行くんです」

「あ、本当?ちょっと待っててくれる?俺も行きたい」

 

 そして窓枠から身を乗り出し華麗に二人に合流……は、しないでフツーに廊下のドアから中庭に出て二人と合流した。

 

 

 

「穂乃果のせいです……穂乃果があんなこと言うから…」

「えぇと…弓道に集中できなかったのか?」

 

海未は現在、弓道部で活動している。

袴姿がこれほど似合う女性も、そうはいないだろう。

 

「海未ちゃん、さっき顔真っ赤にしてなにを考えて」

「やめてくださいことり!……やはり私は、アイドルが上手くいくとは思いません」

 

そういって俯く海未。やはりこの二人も、突拍子な穂乃果の提案に、内心では戸惑っていたのだろうか。

 

「こういう事って、いっつも穂乃果ちゃんから言い出してたよね」

「そうなのか?…まぁそうだろうな」

 

 

「穂乃果はいつも強引すぎます…」

 

 

 

「でも海未ちゃん。

 

 

 

後悔した事、ある?」

 

 

 

 

 海未は答えなかった。無言の否定。

 きっと、ずっとそうだったのだろう。

 あと一歩の勇気が出ない二人を、穂乃果がどこまでも引っ張っていく。

 2人だけでは見られない、3人でしか見られない景色を、何度も見てきたのだろう。

 どれだけ穂乃果が無茶無謀をしても、2人が穂乃果が好きなのは、そういう所に理由があるに違いない。

 

 

「ほら…見てみて」

 

 

 ことりちゃんが示す方向を見ると

 

 

 

 1人でダンスの練習に取り組む穂乃果がいた。

 慣れない動きで何度も失敗したのだろう、制服に所々草や土が付いている。

 そのひたむきな姿勢に、心が動かなかったといえば嘘になる。

 

 

「ねぇ海未ちゃん、優真くん……私、やってみようかな」

「ことり……」

「ことりちゃん……」

 

 満面の笑みを浮かべることりちゃん。

 

 

「うわっととと!」

 

 ダンスをしていた穂乃果が尻餅をついた。

 

「いったーい……やっぱり難しいな……でも、頑張らないと」

 

 

 

 

 そんな穂乃果に差し出される、手。

 

 

 穂乃果が顔を見上げると、そこには海未がいた。

 

 

「1人でやっても意味はありませんよ。

────やるなら3人でやらないと」

 

 

「海未ちゃん……!海未ちゃーーーーん!!」

 

 

 海未に抱きつく穂乃果。それを見て微笑むことりちゃん。

 

 

 

 俺は────俺は…………俺は。

 

 

 

「……一つ聞いてもいいか?」

 

「優真先輩…?」

 

 

 俺は穂乃果に問いかけた。

 

 

 

 

「どうして……そこまでスクールアイドルを…?」

 

 

 

「そんなの、決まってるじゃないですか。

 

 

やりたいからです!

 

 

学校のためっていうのももちろんですけど、アイドル、やってみたいんです!自分にできる、精一杯をやってみたいんです!」

 

 

 

 

 この言葉に、俺は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。

 

 

 

 

 

 ────あぁ、そうか。

 

 

 それでいいんじゃないか。

 

 

 俺は東條や絢瀬、みんなと出会えたこの学校を────凛と花陽が通うこの学校を守りたい。

 

 

 この思いに御託も建前も必要ない。

 

 

 “やりたいから、やる”。

 

 

 それが答えだ。

 

 

 理事長が言ってた事はそういう事だ。

 

 

 俺たちが持っていたのは、“義務”。

 

 

 学校を守れるのは生徒会だけだと、俺たちがやらなければならないという、自分自身の意思とは程遠い、義務。

 

 

 だから理事長は俺たちを認めてくれなかったんだ。

 

 でも、今わかった。

 

 

 ─────大切なのは、“意思”。

 

 理事長は、“学校のために学校生活を犠牲にするようなことをすべきではない”と言った。

 それは俺たちに、“意思”が伴ってなかったからだ。

 でも、“廃校阻止のための活動をするな”とは言っていなかった。

 

 

 つまり理事長が俺たちを許可しなかったのは、

 学校のために生徒会で活動する事が、俺たちの本心じゃなかったから。

 俺たちが“義務”感で活動しようとしたから。

 

 

 だったら───────俺は。

 

 

 “やりたいこと”を、“やりたいように”やる!

 

 

「──────穂乃果」

「ん?どうしました?」

 

 

 

 

「俺に、お前たちの手伝いをさせてくれないか。

 

────俺もお前たちと一緒に、学校を守りたい」

 

 

 

「…!」

 

 俺は穂乃果に手を差し出す。

 

「─────はい!もちろんです!」

 

 穂乃果は確かに、力強く俺の手を握り返した。

 

 

 ……東條は最初からわかっていたんだな。確かにあの場で説明されていても、納得いかなかったと思う。

 これは絢瀬が自分で気付くべきことなんだ。

 

 もう迷わない。

 

 俺は──俺たちは、俺たちのやり方で学校を守る!

 

 誰のためでもなく、自分の“意思”で、自分自身のために!

 

 

「よろしく頼む────頑張ろう、穂乃果!」

 

 

 

「うん!

 

 

 

─────私、やる!やるったらやる!!」

 

 

 

 

 この日、俺と彼女たちの“夢”が始まった。

 




優真が理事長の言葉の意味に気付きましたね。
理事長が絵里たちに許可を出さなかった理由はアニメも見る人によって様々な解釈があると思いますが、私はこのように解釈しましたです。
さぁ、後は絵里がいつ気づくか、ですね。
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等おまちしております!


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アイドル、始めました。

最近、やっと ─────── の出し方を見つけたので、投稿していた分も改善していきます。

では今回もよろしくお願いします!


 

 

「こんにちは」

「あら、海未ちゃんに朝日くん。いらっしゃい」

「お久しぶりです、おばさん」

「穂乃果なら部屋にいると思うから、どうぞ上がって」

「「お邪魔します」」

 

 

 次の日の放課後、俺たちは今後の方針について穂乃果の家で話し合うことになった。

 穂乃果の家は和菓子屋さんで俺自身も何度か客としてきたことがある店だった。

 ここの和菓子は絶品で、穂乃果の家に来るたび買って帰っている。

 

 

 ──まぁ、俺はここに来るまで生徒会でも一悶着あったんだけどな。

 

 

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 放課後、俺は2人に昨日決めたことについて話した。

 

「俺、あいつらの活動手伝うことにしたから」

「ちょっと、優真くん!?貴方何言ってるの!?」

「言葉通りの意味だよ。もちろん生徒会にも顔は出すし、ちゃんと活動もする。ただ、それと並行してあいつらのアイドル活動も応援していくってことだよ」

「意味がわからないわ……昨日はあんなに反対してたじゃない!」

「意味がわかったからだ。理事長の言葉の意味が。

 

───あいつらは俺達にはなかったものを持ってる。俺はそこに賭けてみたい」

 

「お、ゆーまっちわかったん?なになに〜?」

 

 白々しい。最初からわかってたくせに。

 

「…ま、これはお前自身で気付かなきゃダメだ、絢瀬。俺が言っても、お前は絶対納得しない」

「……なによ2人して…」

「え、ウチ!?ウチなにもしてないやん!」

「……はぁ…今日はもう帰るわ。今日は各々家で考えて、明日また話し合いましょう」

「お、おい絢瀬!」

 

 

 俺の制止を聞かずに生徒会室を後にする絢瀬。

 

 

「……わかったんやね、理事長の言葉の意味。よかった」

「半分は穂乃果、もう半分はお前のおかげだな。ありがとう」

「ウチはなにもして無いよ〜。穂乃果ちゃんたちの頑張りがゆーまっちに伝わったってことで!」

 

 

 素直じゃ無いな、こいつも。

 

 

「……そういえば、お前は手伝わ無いのか?あいつらの活動。反対してるわけじゃ無いんだろう?」

「……うん。でもウチは…えりちを放っておけないから。えりちを一人にするわけにはいかんやろ?」

 

 ……確かに、今の追い詰められているあいつを一人にするのは、問題だな。

 

「…そうだな」

「やろ?…やから、ウチにできるのは……」

「ん?」

「……ううん、やっぱなんでもない。ほら、穂乃果ちゃんたち、待ってるんやないの?早く行ってあげんとな!」

「……あぁ、わかった。…しばらくあいつを頼んだ」

「はいよ、頼まれました♪」

 

 

 東條に見送られながら、俺は三人の元へ向かった。

 

 

 

 

「あれ?海未しかいないのか?」

 

 待ち合わせ場所の校門には、穂乃果とことりちゃんの姿はなかった。

 

「はい。私は少し弓道部の方に顔を出してからこちらに来たので。2人は先に穂乃果の家に行っています」

「なるほど。弓道部の方はもういいのか?」

「はい。部長にこれから少し忙しくなるので、あまり顔を出せないと説明してしました」

 

 すごいな…。やるからには本気で、ということか。部長さんもよく認めてくれたもんだ。それだけ、海未の日頃の行いと実力が良いということか。

 

「…本当にすごいな。アイドルのためにそこまでやれるなんて」

「いえ。自分で決めたことですから。───さぁ、二人も待っているでしょうし、行きましょう」

「あぁ、そうだな」

 

 

 そして冒頭の部分へ至る。

 

 

 

 

「そうだ海未ちゃん、優真くん。新作のお団子があるんだけど食べていかない?」

「おぉ!是非いただ「いえ、大丈夫です。ダイエットしなければいけないので」……俺も大丈夫です」

 

 食べたかった、その団子……

 団子への未練を断ち切り、俺と海未は穂乃果たちの部屋へと向かう。

 

「お前……本当自分にストイックだよなぁ」

「これくらい当たり前です!……2人もきっとこれくらいの意識は……」

 

 

 

「あ、海未ちゃん優真先輩いらっしゃい!

今お茶淹れますねー」

 

「お団子もありますよ〜♪」

 

 

 ……えぇと…

 

「2人とも…?ダイエットはどうしたのですか?」

 

 

「「……あ゛」」

 

 2人よ、もう少し海未を見習おうや……

 

 

 

 

「で!今日決めることは、だよ!」

「急にやる気になったな」

「食べるお菓子がなくなったからね!」

 

 さいですか。

 あれから結局俺たち四人は卓上のお菓子を片付ける為、しばらくティータイムと洒落込んでいた。

 

「今日決めることは、今後の具体的な活動内容だな。まだお前ら、アイドル始めるってことしか決めてないんだろ?」

「そうですね……練習は大切ですが、練習だけではいつまでも知名度は上がっていきませんし…」

「だったらライブしようよ!そうすれば1発だよ!」

「えぇ!穂乃果ちゃんそれは……まだなにも決まってないんだよ?」

「そうですよ!まだ練習も始めていないのにいきなりそんな…」

 

 

 

「……いや、アリだ。やるぞ、ライブ」

 

 

 

「はいっ!?」

「優真くん!?本気なの!?」

「大マジだ。ほら、5月の頭に新入生歓迎会があるだろう?その後に講堂を使ってライブをするんだ。

そこでデビューといこうじゃねぇか」

「後1ヶ月しかないんですよ!?」

「元々ノープランからのスタートなんだ。勝算なんて全くない。

───だから、勝算を作り出す。

そのためにバクチを打たないとダメだ。

普通のことを普通にやってても絶対結果はついてこない。

……確かに後1ヶ月しかない。時間的に余裕があるとは言えない。

でも、俺はお前たちならやれるって信じてる。───いや、やるしかないんだ」

 

 

 廃校阻止するなら、奇跡を起こし続ける必要がある。

 でも俺は───こいつらならできると確信していた。

 

 

 

「うん、やろう!2人とも!やれるだけやってみようよ!」

 

 

 

 ここが穂乃果の凄いところだ。

 普通の人なら尻込みしてしまうようなモノにでも、臆せず突っ込んでいく。

 それは他の人にない、穂乃果の最大で最強の武器。

 人はそれを“勇気”と呼ぶ。

 そして穂乃果の勇気は───伝染する。

 

 

「そうだよね…!うん、頑張ろう!2人とも

!」

「やるからには、全力で取り組みましょう!」

 

 

 

 ───本当に、こいつらとならどこまでもやれそうな気がする。

 まだ何も始まっていないのに、不思議と俺はそう思った。

 

 

 

「じゃあ、実際にいろいろ決めてくぞ。

まずは曲か……」

「あ!曲なら心当たりがあります!一年生に、ものすごく歌が上手な女の子がいるんです!」

「西木野さんか?」

「あ、優真先輩知ってるんですか?」

「あぁ。演奏聞いたよ。綺麗だったな。

───でも、彼女やってくれるのか?」

「わからないです……でも、一応お願いだけはしてみます!」

「そうか……まぁ、俺にも1人あてがいるから、そいつにも一応話しておくよ」

 

 矢澤の曲作りの時にお世話になったクラスメイトだ。

 ……正直やつに頼むのは少し気がひけるんだが…

 

「次は作詞だな。作詞の方はどうする?」

「あ、それならここに適任が1人いますよ♪……ね?」

 

 そう言って海未を見つめることりちゃんと穂乃果。

 

「えっ…私ですか!?」

「海未ちゃんさぁ〜中学の頃、ポエムとか書いてたことあったよね〜」

「読ませてもらったことも、あったよね〜」

「……!くっ!」

 

 その場から逃げようとする海未の腕を、俺は掴む。

 

「離してください!朝日先輩!」

「まぁまぁそんな焦るなよ。座れ座れ」

 

 海未は渋々といった様子で抵抗を諦めた。

 

「お断りしますっ」

「えぇー!なんで!」

「中学の頃の話は私も忘れたいんです!……それに作詞なら、朝日先輩も出来るじゃないですか」

「え、俺?」

 

 突如自分に白羽の矢が立てられ、俺は驚きに目を見開く。

 

「入学式のライブの曲、作詞をしたのは朝日先輩達でしょう?」

「あぁー!そうだそうだ!優真先輩、是非お願いします!」

「いや、俺はほとんど何もしてなくて……」

 

 嘘です。あの詞、8割は僕が考えました。

 でも言えない……恥ずかしすぎて……

 

 くそっ、正直このまま海未になりそうで安心してたのにっ…!

 

「ほ、穂乃果はどうなんだよ?言い出したお前がやれよ」

「……朝日先輩、穂乃果は……」

 

 

 

 

おまんじゅう

 

うぐいすだんご

 

もうあきた

 

 

ほのか 心の一句

 

 

 

「無理だと、思わない?」

「無理だな」

「無理ですね」

「3人ともひどいよ!!」

 

 俺たち3人からの速攻の見切られ方に不平を唱える穂乃果。

 

「とにかく!俺は作詞はしない!やるなら海未が適任だ!」

「私に押し付けるつもりですか!?」

 

 作詞のなすりつけ合いをする俺たちに終止符を打ったのは、ことりちゃんだった。

 

 

 

 

 胸に手を当て

 

 

 

 頬を少し紅潮させ

 

 

 

 突如彼女から醸し出される色っぽい雰囲気

 

 

 

「優真くん……海未ちゃん…………」

 

 

 

 マズイ、何かが……

 

 

 何かが来る……!

 

 

 

 

 

「おねがぁい!!」

 

 

 

 

………………………………。

 

 

 

「よし、海未。作詞やろう」

「はい。全力で取り掛からせてもらいます」

 

 

「堕ちた!?」

「ありがとう、二人とも〜♡」

 

 いや、アレはやべえわ。一発喰らったら脳内で永遠にリピートしてくるあの破壊力。

 どんなお願いでもYesとしか答えられない魔力を秘めている。

 ことりちゃん……恐るべし。

 

 ま、やるって決めたからには全力でやるけどな。

 

 

「んじゃああと決めなきゃいけないことは……」

 

 

 

 

「ふぅ……結構話し込んじまったな。もうこんな時間か」

 

 

 あれから話し合ったことは、

 まず衣装はことりちゃんが服飾が得意だということで任せることになった。

 そして練習だが、基礎的なトレーニングは海未が監修、ダンスは一応経験者ということで俺が3人を教えることになった。

 

「そうですね、明日の朝も早いですし、今日はこれくらいにしましょう」

「……あ、そういえば。お前らのグループ、名前とかあるのか?」

「それが……今日3人で話し合ったんですけど、決まらなくて」

「で、結局校内に投票箱を置くことにしたんです」

 

 なるほど。それはいい案だ。

 投票箱を設置することでスクールアイドルの存在をアピールすることにも繋がるし。

 

「それでは、明日は朝7時に神田明神に集合です」

「おう、お前ら頑張れよ」

 

「「「え?」」」

 

「ん、何かマズイこと言ったか?」

「優真先輩、来ないんですか?」

「え、うん。基礎練なら俺の出番ないし」

「何を言ってるんです。優真先輩もやるんですよ?」

「は!?why!?」

「凛から聞きました。優真先輩は体力が落ちに落ちていると。加えて一人暮らしなのです、体を鍛えておかないと風邪を引きます!」

「凛、あの野郎…!ってか海未!お前は俺の保護者かよ!?」

 

 

 

 

「優真くん……」

 

 

 

 ──────あ、やば

 

 

 

「おねがぁい!!」

 

 

 

 

 本日2発目のことりちゃんの「お願い」で俺は朝練参加が決定しましたとさ。無念。

 




もっと表現の仕方を工夫したいです。
今後もいろいろ試してみたいと思います!
では、また次回もよろしくお願いします!
感想評価アドバイスお待ちしております!


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願い

なんと、UAが5000を超えておりました!
本当に嬉しいです!
閲覧してくれる皆様ありがとうございます!
今後も期待に添えるようがんばります!

ではでは、今回もおつきあいよろしくお願いします。


 

 

 

「よーい……スタート!」

 

 海未の合図で俺、穂乃果、ことりちゃんの三人は走り出す。

 

 時刻は早朝、ここは神田明神。

 海未の提案でダンス、歌練とは別に朝夕二回の基礎トレーニングが行われることになった。

 なぜか俺も走ることになっているが、ここまできたら本格的に自分の体を叩き直そうと思う。

 で、今は神田明神のあの意味不明に傾斜があって長い階段をダッシュで登っている。

 

「うおおーーーーー!!

 

 雄叫びを上げながら俺たちの前を駆け抜けていく穂乃果。しかしその勢いは続かず、階段の半ばあたりでぜーはー言いながら大幅に失速してしまう。

 その横をスッとペースを守って通り抜けていく俺。

 

「……フッ」

「ぬぅ〜〜〜!」

 

 我ながら大人気ないと思うが、穂乃果を振り返りニッタリとした笑顔を穂乃果に向けた。

 それを見て顔を赤くしながら怒りを露わにする穂乃果。

 そんなことをしながら頂上にたどり着き、穂乃果は倒れこみ、ことりちゃんも膝をつく。

 

「だはーー!疲れたぁ〜」

「も、もう無理ぃ……」

「……二人ともお疲れ様」

 

 運動不足とはいえ、俺も一応高校生の男子。

 階段を一回全力で登るくらいならば多少息を切らすくらいで乗り切れる。

 

「さぁ、2人とも!少し休憩したらもう一往復行きますよ!」

「えぇ!?もう一回やるの!?」

「何を言っているのですか。これを朝と夕方、10往復ずつです!さぁ早く立ち上がって!」

「……海未、最初からそれは飛ばしすぎじゃないか?確かに俺は昨日時間はないって言ったけど、体を壊したら元も子もないだろ?最初は数を減らしておいて、慣れてきたら数を積もう」

 

 俺の言葉に、海未はしぶしぶ納得したように頷く。

 

「……朝日先輩が、そこまで言うなら」

「さすが優真先輩!よくわかってますね!…じゃあ朝はここまでってことで……」

 

「────何言ってんの?」

 

「え…?」

「まだ上半身の筋トレと、体幹トレーニングも残ってるんだけど?……確かにやりすぎは良くないけど、筋肉のつき方のバランスが悪いのも良くない。

ダンスの時、体の各部位の動きにズレが出るからな。

……ほら、やるぞやるぞ」

「うぅ〜やっぱ優真先輩も鬼だー!」

 

 騒いでいる穂乃果はいいとして、俺は先ほどから座り込んでから動けていないことりちゃんの様子が気になった。

 

「ことりちゃん、大丈夫?」

「えっ……あっ…だ、大丈夫です……もう少し、休めば……」

「言っただろ?無理は良くない。トレーニングの仕方にも人それぞれに合ったやり方があるんだ。…ことりちゃんが出来るようなメニューを海未と話し合っておくから。もう少し休んで動けるようになったら、こっちの練習に入っておいで」

「…はい、ありがとうございます…」

 

 やはりきつかったのだろう、少し顔を赤くして俺に感謝を述べることりちゃん。

 

「いいからいいから。────おーい穂乃果、始めるぞー」

 

 

 

 その時だった。

 

 

「君たち」

 

 

 聞き慣れた声が、俺たちの耳に届いた。

 

 

「─────東條」

 

 そこにいたのは、巫女装束に身を包んだ東條だった。

 

「希先輩!?なんでここに!?…それにその格好…」

「朝と夕方、ここで働かせてもらっとるんや。ここは神聖でスピリチュアルな所やからね。ウチのパワーの補充にぴったりなんよ」

 

 なんだパワーの補充って。

 

「希ちゃん可愛い!とっても似合ってますよ♪」

「ふふっ♪ありがとな、ことりちゃん。─────そうや、放課後もここで練習するんやろ?ちゃんと神様にお参りしていき」

「はい!わかりました!」

「…あの、希先輩」

「ん?海未ちゃんどーしたん?」

 

 

「────希先輩は、私たちの活動に反対ですか?」

 

 

 ……やはり、海未は気にしていたのだろう。

 あの時、初めて穂乃果がスクールアイドルをやると宣言した時、賛成を口にしたものはいなかった。

 信頼する先輩から後押しをもらえなかった。

 その事実が少しショックだったようで、穂乃果もことりちゃんも海未と同じような表情をしている。

 

 

「───────そんな訳ないやん。

ウチはみんなの味方よ?」

 

 

 穂乃果の笑顔がみんなに勇気を与えてくれるなら

 “東條”の笑顔はみんなを暖かさでつつんで、落ち着きを与えてくれる。

 ────もっとも、“あいつ”の笑顔とは違うけど。

 

 

 

「希先輩…!ありがとうございます!」

 

 

 

「いやいや。……でも一つわかってほしいんや。

 

えりちはあんな態度をとったけど、心の中では、穂乃果ちゃん達を応援しとるはずや。立場上大っぴらにはできんだけでね。だから、えりちのことを嫌いにならないであげて。

それが……ウチのお願い」

 

 東條……本当にお前は…。

 

「希ちゃん……。はい、わかりました。絵里先輩にもいろいろあるんですよね…」

「生徒会長なら尚更、私達以上のプレッシャーがかかっているはずですし…」

 

 

「────でも!私たちの思いと、絵里先輩の思いは一緒だと思うんです!だから……いつか一緒に頑張れたらな、って」

 

 

 穂乃果の言葉に、ハッと目を開く東條。

 その表情からは、何を考えているかまでは読み取れなかった。

 

 

「穂乃果ちゃん……

 

───────ありがとう。

 

えりちがおったら、そういうはずやから。

 

……ほな、ウチ仕事に戻るから。

みんなも無理し過ぎんようにな」

 

 

 そう言って東條は持ち場へと戻っていった。

 

 

 

 

「あ!優兄ィたちだ!」

 

 神田明神での朝練を終え、学校へ向かっている途中、凛と花陽に出会った。

 

「凛ちゃん、花陽ちゃん、おはよう!」

「おはようございます!穂乃果先輩!何やってたんですかにゃ?優兄ィも今日は先に行くって言ってたし」

「実は私たち────スクールアイドルを始めたんだ!」

「で、俺が3人の指導をすることになったんだ

「へぇー、すごい!あいど」

 

 

 

「アイドルウゥゥゥゥゥゥ!?」

 

 

 

 凛を遮り、穂乃果の“アイドル”という言葉に過剰に反応する花陽。

 今の花陽からは普段のおっとりしたオーラは消え、一種の鬼のような雰囲気を醸し出している。

 

「それは本当なんですか!?」

「えっ?あ、本当だよ?」

「すごいですーー!!まさかうちの学校からスクールアイドルが出るなんて…」

 

 それから花陽は高速で俺たちには聞き取れない呪文のようなものを唱え出す。

 俺や凛にとって花陽のこの姿はもはや見慣れたものなのだが、穂乃果達3人はそうではなく、それぞれが苦笑いを浮かべている。

 

「──────はっ!また私、一人で……うぅ〜」

「大丈夫だよかよちん!凛はこっちのかよちんも好きだにゃ!」

 

 本当にこの2人は相性ぴったりなんだよなぁ。

 そして花陽は改めて穂乃果達に向き合って言う。

 

 

「先輩方……頑張ってくださいねっ!」

 

 

「ありがとう、2人とも♪」

「ねぇ、2人とも!────2人も一緒に、やってみない?」

 

 

 …穂乃果は俺の想像通り、2人を誘った。

 ……そして結果も俺の想像通りだった。

 

 

「ふええええええええ!?む、無理ですよ私には!!声も小さいし、鈍臭いし……」

「り、凛にも無理だよ!ほら、凛髪も短いし、

─────女の子っぽくないし……

…あ、かよちん!飼育委員の仕事しなきゃ!ほら早く早く!」

「え?あ、凛ちゃん待ってぇ〜」

 

 そう言って2人はその場から走り去っていった。

 

「……行ってしまいましたね」

「うーん、ダメだったかぁー。あの2人、絶対アイドル似合うと思うんだけどなぁー」

「それは同感だな」

 

 ……でも、ずっとあいつらといた俺にはわかる。

 

 本当は、アイドルをやってみることに

 すごく興味を持っていることが。

 

 あの2人はあと一歩が踏み出せないのだ。

 

 

 ─────だからその勇気を、あいつらに。

 

 口には出さないが、そう穂乃果に祈る俺だった。

 

 

 

 

「ちょっと朝日!」

 

 昼休み、俺は矢澤に声をかけられた。

 矢澤とは3年も同じクラスになって、昼飯も一緒に食べている。

 ちなみに絢瀬と東條も一緒に食べているが今日は絢瀬が生徒会室に用事があるということで俺と東條、そして矢澤の3人だ。

 

「廊下のアレ見た!?」

「アレ?」

「アイドルよアイドル!この学校でスクールアイドルやるって!」

「……ああ、貼り紙か。本当にいろんなところに貼ってるんだな」

「そういうことじゃないわよ!…わ、私のところにも来るかしら……」

 

 矢澤の表情は普段の自信ありげなそれとはまったく違う、動揺や焦りに近いものになっている。

 

「…え、何?もしかして緊張してるの?」

「してないわよ!誰が緊張なんかっ……」

「あ〜、にこっち顔赤〜い」

「ニヤニヤしながら言うんじゃないわよ!……あーもう!そうよ!…正直少し嬉しいわ。

…でも、期待してるわけじゃない。

軽い気持ちで始めたのかもしれないし」

 

 そう言う矢澤の声には、隠しきれない嬉しさがにじんでいた。

 

 

 

 

「優真先輩!はやくはやくー!」

 

 

 そして放課後、俺は穂乃果から連絡を受け、二年生の教室へと向かった。

 

「どうしたんだ、そんなに急いで」

「きたんです!名前!」

「……! 本当か!」

「えーと、なになに〜」

 

 穂乃果が綺麗に折り畳まれた紙を開いた。

 

 そこに書かれていたのは────

 

 

 

「───────u's(ゆー、ず)?」

 

 

 

「おそらく、μ's(ミューズ)だと思います」

「あの、石鹸の?」

「穂乃果ちゃん、絶対違うと思う…」

「恐らく、神話に出てくる9人の女神から付けたのかと」

「9人の…女神……」

「うん!いいと思う!私は好きだな♪」

「私も気に入りました」

 

 

 

 

「うん!今日から私たちは──────

 

──────────μ'sだ!」

 

 

 

 三人が嬉しそうにしている中、俺だけが皆と違う反応を取っていた。

 

 

─────どういうつもりだよ。

 

 

 俺はカバンを持って教室を出ようとしたが、穂乃果に呼び止められる。

 

「あ!優真先輩!どこ行くんですか?」

「……ちょっと急用ができた。先に練習していてくれ。俺も後で必ず神田明神へ行く」

 

 3人の返事を聞かずに俺は教室を飛び出す。

 

 

 

 

 ──────いた。

 学校中を歩き回ってやっと見つけた。

 

「東條」

「ん、ゆーまっち。どうしたん?」

「……アレ、どういうつもりだよ」

「なにが〜?」

「とぼけるな。グループ名だよ。───あれ、お前が書いたんだろ」

「なんのことかわからんなぁ」

「いい加減にしろ。筆跡を見ればわかる。……しかも筆跡を見れば俺がお前が書いたものだと気づくことも、お前はわかっていたはずだ。その上でお前は筆跡を変えなかったって事は、それを俺に気づいて欲しかったって事だ。──────何企んでる」

 

「企んでるなんて、心外やなぁ。ウチはただ、学校のために動いてるだけや」

 

 適当にあしらう東條に俺の苛立ちも限界に達する。

 

「東條…!いい加減にっ」

 

 

 

 

「────ねぇ、“優真くん”」

 

 

 

 

「……え…?」

 

 東條の口調が───雰囲気が変わった。

 

「“私”の話、聞いてくれる?」

「東條……?」

 

 

「あのね。私、この学校が大好き。この学校に来るまで“独り”だった私に、本当の友達ができた。

“ゆーまっち”にえりち。ことりちゃんに穂乃果ちゃんに海未ちゃん。にこっちに凛ちゃんに花陽ちゃん。────みんな私の大切な友達。その出会いをくれたこの学校が大好きなんだ。

でも、気になることがあったの。

 

 

真面目すぎて、周りと衝突しがちな女の子」

 

 

 ……絢瀬のことだ。

 

 

「高い理想を持ちながら、それを共有できずに自分の殻に閉じこもってる女の子」

 

 

 ……矢澤のことか。

 

 

「自分の憧れを、自分の心の中にずっと閉じ込めて、自分に嘘をついてる女の子」

 

 

 ……凛と花陽のことだ。

 

 

「そして、優真くんも知ってるよね?

────人と関わりたいのに、自分に素直になれない、誰よりも熱い気持ちを持ってる女の子」

 

 

 ……西木野さんのことだろうか。

 

 

「みんな自分の心に“鍵”をして、“仮面”を貼り付けてる。─────────“私たちにそっくり”だよね」

 

 

 そう言って笑う東條───いや、“希”。

 

 

「でも、そんな私たちを繋いでくれる存在が現れた。絶対形にしたかった」

 

 ……穂乃果達3人のこと、か。

 

「だから、みんなの力になってあげたい。

私にはできないけど、穂乃果ちゃんと優真くんなら、きっとみんなを助けてあげられる。

同じ悩みを抱えたみんなが集まって、一つの目標を持って頑張れば、絶対奇跡を起こせる。────カードもそう言ってるの。……私にできるのは、影でみんなを支えてあげることだけ」

 

 “希”は、祈るように─────願うように綴る。

 

「だから優真くん…」

「わかった」

「…え……?」

「それが“希”の願いなんだろ?わかったよ、俺に任せてよ」

「……でも、いいの…?」

 

 

「自分からお願いしてきたんだろ?何遠慮してんだよっ。

────大丈夫、俺が何とかしてみせるから」

 

 ──────μ'sは“9人の女神”。

 それを完成させることが希の“願い”なら俺は。

 俺のやることは決まっている。

 

 

「……しっかし、お前も大概素直じゃねぇよなぁ」

「え?」

「μ'sは“9人の女神”。その中に、ちゃっかり自分も入ってるじゃん。最初から穂乃果に声かければよかったのに。

あれか?ナンパ待ちか?」

 

 俺がニヤニヤしながらからかうと、

 希は顔を真っ赤にして反駁してきた。

 

「うううううるさぁーい!からかわないでよ!本気なんだよ!?」

「ははは、悪い悪い。冗談だって」

「もう……バカ」

 

 

「……絢瀬だろ?」

 

 

「…」

「今お前がμ'sに入れば、本当に絢瀬は一人になる。そうしないために、お前は加入しないで絢瀬を支えようとしてくれてるんだろ?

 

 ─────そうしてやってくれ。

 あいつはなんでも一人で抱え込んでしまうから。

 誰かがそばに居てあげないときっと壊れてしまう。

 そしてそれにふさわしいのは俺じゃなくてお前だ」

 

 そう言って俺は希に近づき───

 ────頭の上にぽんっと手を乗せる。

 

 

 

 

「だから絢瀬のことは任せたよ。

 

μ'sのことは、俺に任せて」

 

 

 

 

「……相変わらず優しいね、優真くんは」

「……お人好しの希に言われたくないよ」

 

 

 

 

 その時、俺が少しだけ“昔の俺”に戻っていたことに気付いていたのは、希だけだったようだ。

 

 

 

 二人はしばらくそのまま無言だった。

 

 

 

「……さて、俺あいつらのとこ行くわ。生徒会の仕事と絢瀬のこと、よろしくな」

「うん……ありがとな、ゆーまっち”」

「あぁ、気にすんな、“東條”」

 

 俺は振り返り、下駄箱へと歩き出す。

 その時後ろから声が聞こえた。

 

 

 

「──────────。」

 

 

 

「ん?なんか言った?」

「んーん、なんでもないで♪」

「そっか。なら、また明日」

「うん、じゃあね」

 

 今度こそ俺は穂乃果達のところに行くために下駄箱へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…そういうところ、大好きだったよ。優真くん」

 

 

 

 

 

 

 

 “μ's”に込められた、“希”の願い。

 それは俺に大いなる原動力をくれた。

 

 

「叶えるに決まってるだろ────

─────それがお前の望みなら」

 

 

そう呟くと俺はあいつらが待つ神田明神へと走りだした。

 

 

 




ファーストライブまではまだまだ時間がかかりそうです泣
でも一人一人の心理描写を丁寧にしていきたいので、ゆっくり書いていこうと思います。
そして今回、地の文を少し少なめにしようと努力してみました。(少なくなったとは言ってない
いかがでしたでしょうか?

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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“魔法使い”と“女神”

前回の話と今回の話、構想段階では一話になる予定でしたww
まだまだ設計が甘いですね泣

では、今回もよろしくお願いします!


16話 “魔法使い”と“女神”

 

 

「え!じゃあ私たち、部活動申請できないんですか!?」

 

 “希”──東條と話した後、神田明神の練習に参加した俺は、ずっと気になっていた話題を持ち出した。

 

 

「あぁ。部を設立するには、最低部員が5人以上必要になる。今の3人じゃ部を作ることはできない。……しかも何も部活動に加入していない状態で学校内の敷地で勝手に練習するのはまずい。だからしばらくはずっと神田明神で練習だな」

「そんな……」

「でもでも!優真先輩がアイドル部に入ってくれれば!」

「入っても四人だ。状況は変わらない。……それに俺の話を最後まで聞いてくれ。───何も考えがないわけじゃない」

 

 息を飲んで俺を見守る3人に、若干苦笑しながら俺は続ける。

 

「この学校に、設立当初は5人以上だったけど、現在は2人になって活動してない部がある。

──────それがアイドル研究部だ。

そして俺は、そこの部員だ」

 

「あ!じゃあそこに私たち3人が入れば…!」

「部員は5人になる……!」

「まぁ、一度設立した部なら、人数は関係なくなるんだけどな」

「では、明日の放課後、アイドル研究部の部長さんにお願いしに行きましょう」

「うん!そうしよう!よーし燃えてきたーー!」

 

 休んでいた3人にもやる気が出たようで、そこから一時間ほど筋トレをして、その日は解散となった。

 

 

 

 

 次の日の昼休み。俺は今日の放課後のことを話そうと矢澤に声をかけた。

 

「なぁ、矢澤」

「……何?」

「少し話があるんだけど、いいか?」

「……後にして」

 

 そう言うと矢澤は教室から出て行ってしまった。

 

「……なんだ…今の反応…?」

 

 そして矢澤は昼休み中、教室に戻ってくることはなかった。

 

 

 

 

 そして放課後がきた。

 あれから俺は矢澤と話すことができなかった。

 ……今日の矢澤からは、距離を感じる…。

 まぁ、あいつは放課後は時間が来るまでずっと部室にいるから、探すまでもないんだけども……

 ……なんだか嫌な予感がするな。

 

 そんなことを考えながら、合流した穂乃果達に、今日のことを伝える。

 

「すまないな。部長と話をつけるつもりだったんだが、話す機会がなかった。

……だから、アポなしで押しかける形になる」

「え、そうなんですか…?」

「いきなり大丈夫なのですか?」

「あぁ…多分。まぁなんとかなるよ」

 

 …嘘だ。さっきから嫌な予感しかしない。

 そして俺の嫌な予感は───タチの悪いことにだいたい当たる。

 

 思い過ごしであってくれと思いながら、俺たちはアイドル研究部の部室へと歩き出す。

 

 

 

「───────ここだ」

 

 人気の少ない特別棟にある、アイドル研究部の部室。

 俺たちが生徒会で役職持ちになる前までは、俺と東條と絢瀬の3人は、たまにここに遊びに来ていた。

 3人一緒に行くこともあったし、各々だけで行くこともあったが、最近は顔を出す機会が格段に減った。

 

「うぅ……緊張するね…」

「大丈夫だよ、穂乃果ちゃん。落ち着いて」

「じゃあ……行くぞ」

 

 

 コンコンッ。

 

 

 ドアをノックする。

 

『……誰?』

「俺だ」

『……入っていいわよ』

 

 許可を得たところでドアを開ける。

 

 

 

 矢澤はいつものように部室の奥のパソコンの前の椅子に座っていた。

 元から少し不機嫌そうだったが、俺の後ろに立っていた3人を見て、その雰囲気はさらに露骨になった。

 

「………あの人だ…!」

 

 穂乃果は、目を見開き、感動したような表情を浮かべている。

 それはそうだろう。穂乃果にアイドルのきっかけを与え、進むべき道を示してくれたのは、一年前の矢澤のあのライブなのだから。

 

「……何の用?」

「失礼します!音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!」

「……アンタたちが。で、何?」

「単刀直入に言います!先輩、私たちを、アイドル研究部に入部させてください!」

 

 

 

「お断りよ」

 

 

 

「…え……?」

「お断りって言ってるの。話はそれだけ?なら早く出てって」

「先輩!私たち、先輩のライブを見てアイドルを─」

 

 

 

「───アンタたちと話すことなんてない!!」

 

 

 

 先程より明らかに怒気の篭った矢澤の言葉に、顔を強張らせる穂乃果。

 

 

「おい、矢澤!?」

 

 

 堪らずフォローに入るも、

 

 

「あんたもよ!朝日!あんたは本日をもってアイドル研究部から除名するわ!さぁ、早く帰って!」

 

 

 矢澤の言葉に何も言い返せなくなってしまう。

 

 

 

「──────────帰ってってば!!」

 

 

 

 

「……」

「穂乃果ちゃん……元気出して……」

 

 部室を出た後、俺たちは中庭に移動した。

 穂乃果は憧れの先輩から罵倒を受けたショックから立ち直れないようで、いつもの明るさは完全に失われている。

 

「矢澤先輩……どうしてあんなことを……私たちを嫌っていたのでしょうか…」

 

「……そんなはずはない」

 

 そう、そんなはずはない。

 昨日の昼休みは、スクールアイドルグループが出来たことに、むしろ喜んでいた。

 後輩が来ることを楽しみにしていたようにも見えた。

 だからアポなしで突入しても矢澤は喜んでくれる…

 そんな見通しが俺の中にあった。

 

「……どうしてなんだ、矢澤…」

 

 

 

 

 朝日たちを追い出してから、私───矢澤にこはその場に立ち尽くしていた。

 

 ──────自分自身、悪いことをしたという自覚はある。

 反面、あの子達を認めるわけにはいかないという自分もいて。

 

 正直私の頭の中は、もう一杯一杯だった。

 

 

 そんな時だった。

 

 

「お邪魔してもええ?」

「……希…」

 

 先程から開きっぱなしだったドアの前に、希が立っていた。

 

「……あんたもあいつらの差し金?」

「まさか。ウチはにこっちにそんなことせんよ」

「そう…。入って」

「ふふ♪ありがとっ」

 

 部室に入りドアを閉めた後、希は私の定位置の椅子に近いところにあるパイプ椅子に座った。

 

「で?何の用なの?…希がここに来るなんて珍しいじゃない」

「そうやなぁ〜。えりちとウチが会長と副会長になってからは、あんまり来れんようになってしもうたもんなぁ」

 

 

 そう言って天井へ視線を上げる希。

 

 そしてその上げた視線のまま私に問いかける。

 

 

 

「───────どうしてあの子達を追い出したん?」

 

 

 

「っ!?……聞いてたの…?」

 

 

 

「ドアが開いててあれだけ大きな声出してれば嫌でも聞こえるよ。…でも、盗み聞きしたことは事実や、ごめんね」

 

 

 

 ────以前も聞いたことがある、その言葉。

 

 私を絶望から引き上げてくれた──────

 もう一度、私に光を見せてくれた、私の大切な友人からの言葉。

 

 でも、今は────────

 

 

 

「──────ゆーまっちはあの子達についた、って考えとるんやない?」

 

「っ!?」

 

 

 そこで希は私に向き合い、少し強く言う。

 

 

「それは違うよ、にこっち。

ゆーまっちはあの子達に、可能性を感じとるんや。

────あの子達が次のステップに進むためには、にこっちの力が必要なんや。

だからゆーまっちはここに来たんやと思う。

……ゆーまっちが生半可な覚悟の子たちを、にこっちの前に連れてくると思う?

────こんなことウチに言われんでも、にこっちなら最初から気付いてたんと違う?」

 

「……」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 全て希のいう通りだった。

 

 

 

『音ノ木坂にスクールアイドルグループができる』。

 

 その知らせは私の心を震わせた。

 

 また、あの日のようにみんなでステージに立てるかもしれない。

 そう思うだけで、心は弾んだ。

 中途半端な覚悟で始めたのかもしれないが、それ以上に私は“彼女たち”に期待をしていた。

 

 

 しかし、この思いはある一つの要因で崩れ去った。

 

 放課後、彼女たちは神田明神で練習していることを耳にした私は、こっそりと様子を伺いに行った。

 まだ始めたばかりで基礎を徹底的に磨いているようで、基本的に体力づくりが主な練習となっていた。

 決して楽しくはないであろう体力づくりを、互いに励まし合いながら、楽しそうに行っている。

 その姿に、なにも感じなかったといえば嘘になる。

 ────なんだ、結構本気なんだ、と。

 

 

そんな時

 

私は見てしまった

 

 

 

「やぁ、遅れてごめんな」

 

 

 

「あ……さひ……?」

 

 遅れて3人の前に現れたのは、朝日だった。

 

 彼は、彼女たちの指導をしているみたい。

 

 “朝日が彼女たちの指導をしている”。

 

 その事実は、私にショックを与えるには充分すぎた。

 

 

 

 私を“1人にしない”といった彼は

 

 

 

 今は別のアイドルグループの手伝いをしている

 

 

 

 あぁ、私は捨てられたのか

 

 

 

 また私は1人になるのか

 

 

 

 自分の考えが歪んでいるのはわかっていた。

 私がやっていることはただのやつあたり。

 

 そして、朝日が練習を見ている時点で、一つの確信を得た。

 『彼女たちは本気だ』と。

 そうでないならば、朝日が練習につくわけがない。

 

 でも──────私は。

 

 すぐにはそれを認められなくて。

 私の身勝手な感情で、あの子達を傷つけた。

 

 

 

 嬉しかったに決まってるじゃない

 

 

 『先輩に憧れてアイドルを始めました』、なんて。

 

 

 でもあんなにひどいことをして

 

 

 今更『一緒に頑張りましょう』なんて、言えない。

 

 

 

 

 ─────私だって、本当はあの子達とアイドルやってみたいわよ。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「………」

「………」

 

 私も希も何も言わない。そんな時間がただゆっくりと流れていた。

 

 ───しかし、希といい朝日といい…どうして私の周りにはこんなに人の気持ちを読めるやつが多いのか。

 

「あ、今なんか失礼なこと考えてたやろ〜?」

「んなっ!?かっ、考えてないわよ!」

「……ウチもゆーまっちも、ちょっと人の心の動きに敏感なだけや」

 

 そう言った希の表情からは、少しの寂しさが窺えるような気がした。

 

「……あ、でも今回ゆーまっちはダメやで。あの人、自分自身が絡んだ話にはほんと鈍感になるから」

 

 ふふっ、と希は笑う。それを見て私も、少し笑った。

 

 

 

「──────さて。ここからはウチの……にこっちの1人の友人としてのお願いや。

 

あの子達に、力を貸してやってはくれんやろうか」

「……でも私は、あの子達に酷いことをした……」

「あの子達は、そんなことで折れたりせんよ。覚悟なら、にこっちに負けないものを持っていると思う。多分何回も、何十回でもにこっちのところにくると思うな」

 

 実際そうでしょうね。でも……

 

「……あの子達は、廃校阻止のためにアイドルを始めたのよね?」

「ん?そやけど…どうかした?」

「……確かに、覚悟はあるんだと思う。あの朝日が練習についているんだから。

でも、私の言ってる“覚悟”と、希が言ってる“覚悟”は違うかもしれない」

「……“廃校阻止の覚悟”やなくて、“アイドルとしての覚悟”ってことやろ?」

 

 ……何でこうも簡単に人の考えていることを…。

 

「……アンタのそういう察しの良いところ、好きだけど嫌いよ」

「どっちなんよそれ〜っ」

「とにかく!私はそれを確かめさせてもらうわ!」

「お!それって手を貸してくれるってこと〜?ありがとにこっち〜!」

「う、うるさい!ちょっとだけよ…ちょっとだけっ」

 

 

 

 ─────それにお礼を言うのは。

 

 

 

「希」

 

「ん〜?」

 

 

 

 

 

「ありがとね」

 

 

 

 

 

 それだけであなたなら伝えたい事、わかるでしょ?

 

 

 

「……ふふっ♪ええんよええんよ。あの子達、今日も神田明神で練習してると思うから。行ってあげて」

 

 

「わかったわ。それじゃあね。あんたも生徒会頑張りなさいよ」

 

 

 私はあの子達の待つ神田明神へと急いだ。

 

 

 

 

「にこっちも最後の最後で素直やないなぁ。

……ウチにできるのはここまで。

あとは頼んだよ─────────ゆーまっち」

 

 

 

 希の呟きは、私の耳には届くことはなかった。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 部室での出来事からしばらく経って、俺は未だにショックを受けている3人を連れて、神田明神で練習を行っていた。

 ことりちゃんと穂乃果……特に穂乃果は目に見えて落ち込んでおり、海未も口ではテキパキと指示を飛ばしているが、その表情には曇りが窺える。

 

 まぁそれは、俺にも一つ原因があるんだが。

 

 

 このままやっても身のある練習ができるとは思えない。

 今日は帰って気持ちを切り替えさせて、足下からの練習に臨む方が効果的か……

 

 そう考えていた時。

 

 

 

「なーに意味のない練習してんのよ」

 

 

「矢澤……」

 

 

 俺たち4人の前に、矢澤が現れた。

 

「矢澤……先輩…」

 

 穂乃果も、驚きを隠せないようだ。

 矢澤が穂乃果の前に歩み寄り、二人は対峙する。

 そして矢澤が申し訳なさそうに口を開く。

 

「……さっきは──」

 

 

「さっきは申し訳ありませんでしたっ!」

 

 

「…えっ…?」

「…優真先輩から聞いたんです、矢澤先輩の昔のこと…。

…そりゃ、私たちが勝手に押しかけて、アイドル研究部に入りたいなんて言ったら、怒りますよね…」

「っ…!朝日……」

「……悪い」

 

 そう、俺は昔矢澤に起きた出来事を、3人に話した。

 俺たちが追い出された理由を考えると、これにまつわったこと以外に、考えられなかったからだ。

 

「……でも!私たち、本気なんです!

本気で学校の廃校を阻止したいんです!

そして、廃校を阻止したいのと同じくらい……いや、それ以上に!

 

アイドルをやってみたいんです!!

 

そのためには、矢澤先輩の力が必要なんです!

だから…だから……」

 

 

 

 穂乃果のこの言葉で届かないなら、

 もう矢澤の心を動かすことはできないだろう。

 

 

 ──────頼む、届け───!

 

 

「…………ライブ」

「…え?」

「ライブするんでしょう?…希から聞いたわ」

「……東條から?」

「…そこのライブで私にアンタたちの“覚悟“を見せなさい。……“アイドルとしての覚悟”を。

そこで私が納得する結果を残したら、アイドル研究部への入部を認めてあげるわ。

……それまでは、アイドル研究部の名前を、形式的に貸してあげる」

 

「先輩……うぅ……っ……せんぱーーーーい!!」

 

 涙を流しながら矢澤に飛びつく穂乃果。

 

「うわっ!ちょっと!何すんのよ汚いわねぇ!……あくまで仮よ!仮!私が納得しなかったら入部は無しなんだから!」

「う゛う゛〜矢澤ぜんば〜い」

「話を聞きなさいよ!!……あとにこでいいわ。…苗字で呼ばれるのあんまり好きじゃないから」

 

 …ん、今一瞬こっちを睨んだような。気のせいか?

 

 泣いてばかりで話にならない穂乃果の代わりに、ことりちゃんと海未が矢澤に話しかける。

 

「あの、にこ先輩……本当にありがとうございます!」

「本当に助かります」

「別に…あんた達には、ちょっとだけ期待してるから。…ちょっとだけ。

悔いが残らないように、練習頑張りなさいよ」

「「「はいっ!」」」

 

 涙から復帰した穂乃果も合わさり、3人が声を合わせる。

 ……また、東條が裏から根回ししてくれたのだろう。

 本当あいつには感謝しきれないな。

 

「……あと朝日。…さっきはごめんなさい」

「いやいや、気にしてないよ。俺の方こそ悪かった。

─────でも信じてたよ、矢澤」

 

 俺がそう言うと、矢澤も笑顏を返した。

 

 

「よーし!残りの練習も頑張るぞーー!!」

 

 

おぉーと返す二人。

こうして矢澤の協力の元、俺たちは新たなステップへと踏み出した。

 

 




評価してくれた方が四人になりました!
もう本当に嬉しいです、感謝感謝です!古いか。
次回は個人回となります!
個人回といっても、特別なストーリーというわけではなく、シナリオに沿ってある一人の女の子にスポットを当てるという形です。
記念すべき最初の個人回は誰になるのか、楽しみにしていてください!
では、次回もよろしくお願いします!
感謝評価アドバイス等お待ちしております!


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Venus of Blue 〜海色少女との休日

UAが7000突破、お気に入りが70件を突破しました!
さらに皆様のおかげで、評価の部分に色が付きました!
本当にありがとうございます!
全て読者の皆様のおかけです!
これからも精進していくので応援宜しくお願いします。

さて、今日は個人回です!
初の個人回は海未ちゃん!
終始海未ちゃん視点で話が進みます。
では、今回もよろしくお願いします!


「では、いってまいります」

 

 

 皆さま、どうもご機嫌よう。

 園田海未と申します。

 今日は日曜日、μ'sの練習は休みです。

 朝日先輩が完全な休息日を一日も受けた方が体力的にも精神的にも効果的だと提案してくださったので。

 私もその案には賛成でした。

 ことりは今日は衣装作りの準備、穂乃果はにこ先輩から借りたアイドルのDVDを鑑賞すると言っていましたが、私と朝日先輩には大切な仕事があります。

 

 

 ──────そう、作詞です。

 

 

 あの日、ことりの魔法にかけられ、私たちは作詞をすることになってしまいました…

 あれは反則です…

 今日は朝日先輩と会い、二人で作詞を行います。

 

 

 

 待ち合わせの場所へ10分前に行くと、そこはもう朝日先輩の姿がありました。

 

 

 

「先輩、ご機嫌よう。お早いですね」

「ん、海未。ご機嫌よう。お前こそ。まだ10分前だよ?」

「先輩に言われたくないです!私よりもっと早かったじゃないですか」

「こういう時は男の方が先に来るのが普通だよ。……んじゃ、立ち話もなんだし、いこうか?」

「あ、はい!」

 

 1年以上、朝日先輩と一緒に居てわかったことがあります。

 朝日先輩は真面目な話をする時とプライベートでは口調や話すトーンが全然違います。

 普段学校では話さないような優しい言い方で会話をしてくれるのです。

 

 そのギャップに少しドキドキしたり───って私は何を考えているのですかっ!?

 

「ん?海未ー?どうした?」

「あっ、いいえ、なんでもありません……」

「……変なやつだな」

 

 そう言って笑う先輩。

 うぅ……恥ずかしいです……

 

「じゃあ、改めて行こうか。近くのモールの中の喫茶店でもいい?」

「あ、はい!どこでも!」

 

 切り替えなければ…今日は真面目な話なのですから!

 そう自分に念じて、私と朝日先輩は歩き出しました。

 

 

 

 

 1年前の夏にみんなで行ったモールの中にある喫茶店に着いてから注文した飲み物を待つ間、私達は他愛もない話をしていました。

 

 

 

「─────ですから、また穂乃果にしてやられたんですっ」

「はははっ。海未もいっつも大変だよなぁ。ことりちゃんもあんな風して実はストッパーというより悪ノリするタイプだからね」

「そうなんです!全くあの2人……もう少ししっかりと考えてから行動してほしいものですっ」

「本当に海未は立派だよ。俺もあの2人には振り回されることが多いけど、疲れるよなぁあの2人の扱いには……

そういえば、海未とこうして2人で会うのは滅多にないな」

「はい、2人きりで会うのは初めてのような……」

 

 

 

 ……ん?

 

 

 “初めての2人きり”?

 

 

 

 どどどどうしましょう…今までわかっていたつもりでしたけど、口にしたら急に緊張してきました……

 

「ん…?急に下向いてどうしたの?」

 

 あぁ……優真先輩の口調が優しい!

 その優しさは逆に私の心拍数を加速させるだけですっ!

 

「……いえ……大丈夫です…」

「いやいや、大丈夫じゃないだろ?そんなに顔赤くして……熱ある?」

 

 

 

 そして朝日先輩は──────

 

 

 

 私の額に自分の額を当てました。

 

 

 

「っ…………!」

 

 

 

 その後数秒の記憶が、私の中から抜け落ちていました。

 

 僅かに覚えているのは、先輩から出た大きな悲鳴だけ──────

 

 

 

 

「本当に申し訳ありませんっ!」

「い、いやもう大丈夫だから……いきなり触った俺の方が悪いよ」

 

 今私の目の前には、左頬を赤く腫らした朝日先輩が座っています。

 

「……うぅ…私はなんてことを……」

「大丈夫だってば。もうこの話は無しにしよう。俺にとっても海未にとってもいいことなんてないよ」

「……はい…」

「うん、じゃあ─────始めるぞ」

「……!はい」

 

 

 朝日先輩の、雰囲気が変わった。

 ならば私も私情を挟むわけにはいきません。

 

 私と朝日先輩はノートを取り出しました。

 作詞をすることが決まったあの日から、私達は曲に使えそうなフレーズをノートに書き貯めておくことにしました。

 

 テーマは“始まり”。

 μ'sがこれから歩む道が希望に満ち溢れるように。

 そんな未来を創るための、始まりの曲。

 そんな願いを込めた歌を作る。

 

 それが私と朝日先輩が持った共通の意思。

 

「……なんか改めて見せ合うってなると緊張するな」

「はい……そうですね。では、互いのノートからこれは使えそうというものをピックアップしていきましょう」

 

 それぞれのノートを互いに交換して中に目を通し、使えそうなものに印をつけていきます。

 

 

 

 ─────これは……!

 

 

 ─────この中から、ピックアップする……?

 

 

 ────こんなに素晴らしい詞ばかりなのに……?

 

 

 朝日先輩の詞には思いがこもっている。

 

 

『お前たちの成功を、心から願っている』

 

 

 詞がそう語りかけてくるようでした。

 決して思いつきを並べただけじゃない、しっかりと考え抜いて形にされた一つ一つの詞。

 結局私は先輩のノートに書かれたほとんどの詞を採用してしまいました。

 

 一方先輩は、先程からずっと神妙な顔つきで私のノートを見ています。

 やはり、出来が悪かったのでしょうか……

 

 しばらくして、先輩が顔を上げました。

 

「ん……。あぁすまん、待たせたな。じゃあ、見ていこうか」

 

 そして互いに、ノートをテーブルの上に広げました。

 

「これは……!」

 

 私のノートに書かれた詞は、ほとんどが採用されていました。

 

「あれ、俺の全然減ってないけど…」

「先輩こそ。私の全然減ってないじゃないですか」

「……海未、正直俺はお前を見くびってた。

詞じゃなくて、“単語”を並べてくるんじゃないかと、そう思ってた。

でも、お前は違う。

─────この詞には、お前の思いがこもっている。

詞一つ一つに、お前のμ'sに対する気持ちもこもってる。

これを形にすれば、絶対いい曲ができる……!

 

俺の詞なんて、最初から必要なかったな」

 

「そ…そんなことありませんっ!」

 

 突然の私の大声に、びくりとする朝日先輩。

 

「朝日先輩の詞にも、たくさんの思いが込められているのがわかりました!

私達に対して、たくさんの思いや願いを託していることも!

 

……それに先輩も、私達の大切なメンバーの1人なんですから。

先輩の詞が必要無いなんてことはありませんよ」

 

「海未…。ありがとな」

 

 笑顔になった先輩を見て、私も笑顔になります。

 ……はっ!大声で喋りすぎました…周りの人が何事かとこちらを見ています…

 

「んじゃ…どうしようか、流石にこれだけの詞を全部は使い切れないし…」

「そうですね…では、お互いにの中にあった、これは使ったほうがいいというのを選んでいくのはどうでしょうか?」

「ん、そうだな。それがいい。…じゃあ海未から頼む」

「はい、わかりました」

 

 そして私は改めて朝日先輩のノートに目を通しました。

 

「……私はこの『いつか空に羽ばたく』というのがいいと思います。

まだ始まったばかりの私達の活動が、いつか結果につながっていくという思いがぴったりだと思います」

「…俺もその詞はそういう意味を込めた」

「あ、当たりましたね♪…では、先輩、お願いします」

「あぁ。……俺はこれだな、『明日よ変われ 希望に変われ』ってとこ。自分たちの力で音ノ木坂の明日を切り拓いていきたいって気持ちが伝わってくるいい詞だと思う」

「……先輩も、凄いですね…」

「ん、当たりか?よかったよかった」

 

 私の言葉に、先輩も笑顔を浮かべます。

 

「…あと、所々に使ってある、『ダッシュ』。

俺はこれも使っていきたいって考えてる」

「はい、“始まりの歌”と言うことでしたので、スタートを意識して……」

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

 私も先輩も同時に目を見開きました。

 

「─────考えてることは」

「おそらく一緒、ですよね?」

 

 

 そこから私達の話は、恐ろしい程の速さで進んでいきました。

 何せ2人の考えている曲のイメージは同じ。

 あっという間に時間は経ち、気がつくと3時間経過していましたが、私達はそれを一瞬に感じるほど集中していました。

 

 

「────完成だな」

「はい…!」

 

 

 今はまだ始まったばかり。

 

 

 壁にぶつかる時もあるかもしれない。

 

 

 でも、私達は止まらない。

 

 

 最初から羽ばたくなんて、出来っこない。

 

 

 だから今は───────助走。

 

 

 “廃校阻止”のために、全力で走り出す。

 

 そのための一歩を、今、踏み出す。

 

 

 そしていつかは大空へ─────!

 

 

 これが、私達の──────!

 

 

 

 

「「───『START:DASH!!』──!!」」

 

 

 

 

「今日はありがとね、海未。俺1人じゃ絶対完成しなかったよ」

「いえ、こちらの台詞です。元々私1人でやるはずだったものを…協力していただいてありがとうございました」

 

 時刻は午後6時、あれから私達は喫茶店を出て出口へと歩き出しました。

 先輩も今は最初の優しい雰囲気へと戻っています。

 

 

 私の朝日先輩の第一印象は、“少し冷たそうな人”でした。

 もちろん、今では全くそんなことを考えていません。

 ただ、出会った当初は、少しぶっきらぼうな言葉遣いや少し周りと距離をとっているような振る舞いが気になり、あまり好印象は抱いていませんでした。

 しかし、それは先輩たちと付き合うようになってから変わっていきました。

 

 しっかり者で、私達を引っ張っていってくれている絵里先輩。

 

 大らかで、いつも私達の味方をしてくれる希先輩。

 

 そして──────────

 言葉には出さないけれど、誰よりも優しく私達を見守ってくれている朝日先輩。

 

 本人には自覚はないのでしょうが、その優しさに私達は何度も助けられてきました。

 

 

 しかし────それと同時に気になることもありました。

 

 

 朝日先輩と希先輩────。

 この2人は、本当にただの友人関係なのでしょうか。

 

 2人が恋愛の関係にあるわけではないことは、わかります。

 でも、2人には特別な何かを感じるのです。

 

 そして朝日先輩と希先輩は……何かを隠しあっているのではないか、と。

 

 互いが互いを信頼しあっている。

 でもそれを互いに口にはしない。

 

 μ'sの結成の際にも、希先輩が関わっているのではないかと、私は密かに疑っています。

 あの日────μ'sの名前が決まったあの日、朝日先輩は顔色を変えて飛び出して行きました。

 あれは、希先輩と話していたのではないでしょうか…

 気になる。でも、聞けません。

 どうしても聞いてはいけないことのような気がして……

 

 普通なら、ここまで考えて自分の中で終わらせる。

 でも今日は何故か、どうしても気になった。

 だから────口に出してしまった。

 

 

「朝日先輩」

「ん?なに?」

 

 

 

「─────希先輩とは、どのような関係なのですか?」

 

 

 

 私の口からこの言葉が放たれた瞬間、

 

 明らかに朝日先輩の表情が曇りました。

 

 

「……どうして?」

「いえ……ただ、少し気になりまして」

「……友達だよ?うん、友達」

「……本当に、それだけなのですか…?」

「……なにが?」

 

「…先輩たち2人からは、特別な何かを感じるんです。恋愛感情とはまた違う…言葉には説明しにくいですけど……」

 

「…………」

 

 朝日先輩は黙り込んでしまいました。

 ───私は何故、このようなことを聞いているのでしょう───。

 迷惑になるのはわかっていたはずです。

 なのにどうして……。

 

 

「……海未にならいいかな」

「…え……?」

 

 

 

「……みんなに言わないでくれよ?

 

俺と東條は、中学が一緒だったんだ。

一緒だったって言っても、1年の冬までだったけどね。

最後の最後に俺たち、喧嘩別れ? しちゃってね。

俺はあいつを───少し、憎く思ってた。

 

でもね、嫌いにはなれなかったんだ。

 

 

─────俺はあいつが好きだったから」

 

 

 

「……!」

 

 

「まぁ、そこからは色々あって、俺は人と関わることが怖くなった。でも、俺はそんな俺を変えるために音ノ木坂に行くことにした。

 

高校に入ったら、ビックリしたよ。あいつも音ノ木坂に居るんだから。

 

そして俺はあいつと話をした。

そしてあいつの本心を聞いた。

 

 

─────マジで誰にも言わないでね?

 

 

俺、いつかあいつに会えたら、今度こそは告白しようって、思ってた。

 

 

でも、いざ会って、あいつの気持ちを聞いて、思ったんだ。

 

この気持ちに縛られたままだったら、俺はいつまでたっても変わることなんてできない、って。

 

だから俺は、過去のことを忘れて、改めて希と仲良くしていこうって。

 

そう思ったんだ。

 

海未がそんな風に感じるのは、昔こんなことがあったからかな?」

 

「……そうだったんですね」

 

 

 

 ……朝日先輩は、気づいてないのでしょうか。

 一度、“希”と呼んだことに。

 

 

「……なぁ、海未」

「……なんでしょう」

 

 

 

「……俺、間違えたかな……?

 

 

こんな形で、本当に良かったのかな……?」

 

 

 

 

 初めて見る、朝日先輩の弱った姿。

 

 その表情は、深い悲しみに満ちていて、下手に扱えば割れてしまう、薄い氷のようでした。

 

 きっと先輩は、ずっと自分に問いかけていたのでしょう。

 自分の選択は、間違っていたのか、と。

 

 先輩は、自分の気持ちに嘘をついて、自分を傷つけた。

 そしてきっとそれは、希先輩も傷つけたと思います。

 2人が傷ついて、リセットして歩み出した新たな道。

 その覚悟を否定する権利は、私には、いいえ、誰にも無いように思いました。

 ─────たとえそれが“間違いだった”としても。

 

 

「……私には、わかりません…。

 

 

ただ、朝日先輩が、今を…私達と過ごす今を楽しいと思うなら

 

 

先輩の“間違えた”選択は

 

 

“正しかった”のかもしれませんね」

 

 

 

「……!」

 

 きっとそうだと思います。

 間違い=不正解では無いのでしょう。

 今が良かったと感じるならば、たとえその選択が“間違い”だったとしても、“正解”に繋がる。

 そのとき私は、そう思いました。

 

「海未……。すまん、ありがとね。ごめんな、こんな話しちゃって」

 

「いえ!私が聞き出したことですので…。

朝日先輩にはいつもお世話になっていますし」

 

 

「そういえばさ、海未」

「? どうしました?」

「───いつまで“朝日”先輩なの?」

「っ!?」

「あぁいや。穂乃果もことりちゃんも、最初から名前呼びだったから。海未から苗字で呼ばれるのは少し距離感じてたんだ」

「っ!す、すいません!そんなつもりはっ…!初対面の方に礼儀を欠かないようにと…」

「あぁ、謝る必要は無いって。大丈夫、ちゃんとわかってるから。これは俺のワガママだよ」

 

 さ、帰ろうか。と朝日先輩は歩き出します。

 

 その背中を見て──────思う。

 

 

 

 

 私も───勇気を出して踏み出すなら……今だ。

 

 

 

「“ゆうま”!先輩っ……」

 

 

 

 呼び方を意識するあまり、名前のところだけ大きくなってしまいました…。

 

 私の声に先輩は振り返り、私に笑顔で声をかけます。

 

 

 

「……ん?どうしたの?」

 

 

 

「……もう少し…一緒に…居ません、か……」

 

 

 

 勇気を出して、踏み出した。

 

 

 先輩は笑顔で私に歩み寄り───

 

 

 私の頭の上に、優しく手を乗せます。

 

 

「────うん、いいよ。夕飯でも食べていこっか」

「……! いいんですか…?」

「折角の2人きりだしな。どうせならもう少しゆっくり海未と話してから帰りたい。お金は俺が出すから、どう?」

「はい…はい、是非!」

「んじゃ、いこっか」

 

 そう言って先輩は再びモールの中へと歩き出します。

 

 ──────手を繋ぐなんて堂々としたことはできません。

 

 でも──────少しくらいなら。

 

 

 私は先輩の服の袖の端を、ちょんとつまみました。

 

 自分でも顔が赤くなっているのがわかり、思わず下を向きます。

 

 

 

 

「ん……なんだそれ」

 

 私を振り返り、声をかけた先輩。

 

「いいから!ほら行きますよ!

 

 

────ちゃんとエスコートしてくださいね?……“優真”先輩」

 

 

「任せとけよ、海未」

 

 

 

 

 

 まだまだ2人だけの休日は続く──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回、何気に優真が“希”への恋愛感情をはっきりと口にしたのは初めてだったりします。今までは“大切な人”とかぼやかした表情ばかりだったので。
と言うわけで、海未ちゃん回でした。
ストーリーを進めるために、終始いちゃいちゃと言うわけにはいきませんでしたが、いかがでしょうか。
次は普通のお話です!作詞の次は…あれですね。
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしております


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超高校級の歌姫からのオクリモノ

自業自得なのですが、μ'sメンバーを苗字で書くのに未だに少し抵抗があります。
今回は久しぶりにあの子が登場します!


18話 超高校級の歌姫からのオクリモノ

 

 

 海未との日曜日が開けて、月曜日。

 俺たちはいつものように神田明神での朝練に取り組んでいた。

 

「じゃあ曲は完成したんですね!?」

「あぁ、なんとかな。……って言っても、あとは曲をつけないとどうしようもないんだが……。穂乃果、説得は上手くいってるのか?」

「うっ……それが、西木野さんから避けられてるみたいで…」

 

 ……あの子の性格を考えると、避けてるっていうより、照れてるんじゃないか……?

 

「……まぁ今日は俺が説得してみるから。…最悪、諦めることも考えなきゃな」

「えぇ!そんなぁ!」

「考えてみろよ。作曲を頼んですぐに曲ができるわけじゃない。できた曲を練習する時間はそれ以上にかかるんだぞ?曲ができるのが遅かったので質が落ちました、じゃ話にならない。それに、俺が振り付けを考える時間も必要になるからな」

「うぅ〜…」

 

 

 …口ではこう言ったが、俺は西木野さんを諦めるつもりは、全くない。

 彼女の歌唱力、そして作曲力は素晴らしい。

 是非ともμ'sに力を貸して欲しい。

 そして何より、“希”の願い。

 そのためにも、何としても彼女を勧誘する必要がある。

 

 

「……優真先輩…」

「ん?どうした、海未」

「その…き、昨日はありがとうございました」

「いやいや、俺のほうこそありがとな。夕飯まで付き合わせ…」

 

 

 

「「夕飯!?」」

 

 

 

 俺と海未の会話に、大声を上げて割り込んでくる2人。

 

「ほんとなの!?海未ちゃん!」

「優真くんと……2人きりで!?」

「あっ……いや…………は、い」

「うぅ、ずるいよぉ海未ちゃぁん…」

「そうだよ!私たちも呼んでよ!!」

「……そうじゃなくてぇ〜……」

 

 ……穂乃果は仲間外れにされて怒ってる感じだけど、ことりちゃんはやけに落ち込んでるな……。

 そんなに仲間外れにされたのが嫌だったのだろうか。

 

「あー、ことりちゃん、そんなに行きたかったなら、今度一緒にご飯食べに行こうか」

「!? ほんとですかっ!?」

 

 瞳をキラキラさせ、心底嬉しそうに俺を見つめることりちゃん。

 

「約束ですよ、約束ですよ!?」

「あぁ、約束だ。今度食べに行こうな。

 

 

─────────四人で」

 

 

─────その瞬間。

 

 

 ことりちゃんの表情が凍りついた。

 

 

「……」

「えっ……あの…ことり、ちゃん?」

 

 

 ことりちゃんはそのまま無言で荷物をまとめ、その場を立ち去ろうとする。

 

 

「ちょっと、ことりちゃん!?」

 

 

 

「───────優真くんのバカっ!!」

 

 

 

 そう言うと、ことりちゃんは神田明神から走り去っていった。

 

 

 

「……今のは…」

「優真先輩が、悪いよねぇ……」

 

 

 

 

 後輩2人にも非難され、その場に立ち尽くす俺だった。

 

 

 

 

「ええと、西木野さんは、っと……」

 

 放課後、俺は一年生の教室に来ていた。

 目的は、西木野さんに会って作曲の話をするため。

 幸いにも1年生は1クラスだから探すのは楽だと思っていたんだが……

 

「あ!優兄ィ!どうしたの?」

「ん…凛。西木野さんいるか?」

「西木野さん?多分音楽室じゃないかにゃ?」

「え、もしかして毎日音楽室通ってるの?」

「うん、多分!少なくとも今日まではずっと!」

 

 …許可取りに来いって言ったのに一回も来てねぇぞ、あの子……

 

「そっか…わかった、ありがとな、凛」

「うん!…西木野さんもアイドルに誘うの?」

「…あぁ、作曲を頼もうと思ってる」

「そっか……」

 

 凛は少し寂しそうな顔をした。

 ───やはり本心では………。

 

「 ……凛?」

「にゃ!!なんでもないなんでもない!ほら、早く音楽室にいくにゃ!」

「……へ、お前もくるのか?」

「そうだよ!西木野さんともお話ししてみたかったし!」

 

 さぁいくよー!と凛は俺よりも先に音楽室へと走っていった。

 

 ……まぁ、いっか。

 

 俺は凛の後を追いかけた。

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

 また今日も聞こえる、あの魅力的な歌声。

 

 

「すごぉい……。こんな綺麗な声、初めて聞いたにゃ…!」

 

 凛も西木野さんの歌を聴くのは初めてのようで、目を輝かせて感動していた。

 俺はあの日のように演奏が終わるまで入口の前で凛と待機していた。

 

 歌が終わった瞬間、凛が音楽室の中に飛び込む。

 

「すごーい!すごいすごいすごーい!西木野さん、こんなに歌上手だったんだね!あとピアノも!」

「うえぇぇ!?ほ、星空さん!?一体なんなの!?」

「凛でいいよ!それに優兄ィから聞いたよ!西木野さんその曲自分で作ったんでしょ?本当すごいにゃ!」

「ゆう、にい…?」

「……俺だ」

 

 そのタイミングで、ドアのところに俺が立っていたのに気づいたようで、西木野さんは顔をしかめる。

 

「……朝日…先輩」

「……俺、音楽室使うときは生徒会室に許可取りに来いって言わなかったっけ?」

「…ごめん、なさい……」

「別に使うのがダメなわけじゃないから。俺だって西木野さんの歌好きだし」

「なっ……!」

 

 あれ、なんで顔赤くなってるの?

 

「わかった?今度からちゃんと許可取りに来てくれよ?次はないからね」

「……はい」

「その代わりに…」

「……!」

「…なんてことは言わないよ。改めてお願いに来た。西木野さん、俺たちの…」

 

 

 

「優兄ィ達の曲、作ってあげて!」

 

 

 

 

 俺の声にかぶせて、凛が話に割り込んでくる。

 

「星空、さん…?」

「西木野さんが曲を作れば、ぜーったいにすごい曲ができるよ!だってこんなに歌もうまいし、曲作りも上手だし!」

「〜〜〜〜っ!」

 

 西木野さんは顔を真っ赤にしているが、凛のどストレートすぎる褒め方に、いつものツンデレを発動できないでいる。

 凛を連れてきたのは結果的に正解だったな。

 

 ……いや、ここまでなら穂乃果でもやれたはずだ。

 つまり、厄介なのはここから…

 

「ねぇお願い!西木野さんっ!」

「……ごめんなさい、私、アイドルの曲には興味がないの」

「えぇーなんでなんで!可愛いし、盛り上がるのに!」

 

 

 

 

「────軽いから。私が普段聴くのはジャズとかクラシックとかだし」

 

 

 

 西木野さんはそう言ったけど、俺にはわかる。

 

 ……この子も胸には、アイドルという存在に憧れを秘めている。

 

 そう思って俺が口を開こうとしたとき…

 

 

 

「─────嘘だよね?」

 

 

「え……?」

 

 笑顔で西木野さんに問いかける凛。

 

「なんで……そう言えるのよ」

「んー、なんでだろーね。根拠はないにゃ。

 

───でも凛、嘘ついてる人、わかっちゃうから」

 

 先程までの笑顔とは違い、悲しそうな笑みを浮かべる凛。

 

 

 ……それは自分自身が“嘘”を吐き続けてるから?

 ……それとも、ずっと嘘を吐き続けた“人”を見てきたから?

 

 

「だから西木野さんは、本当はアイドルに興味があるってことだよね!」

「な…!何よその理論!意味わかんないっ!アイドルになんか興味ないわよっ!」

「あー、顔赤くなってるにゃ〜」

「ち、違う!」

 

 

 ……俺が出るなら───ここだ。

 

 

「っ!?先輩!?」

 

 俺は西木野さんに、大きく頭を下げた。

 

「西木野さん───頼む。俺たちには君の力が必要なんだ」

「あ、頭上げて!」

「君が受けてくれるまで上げない」

「ず、ずるいわよ!」

「ズルでも何でもいい。────君じゃなきゃダメなんだ」

「……本気でやってるんですか?」

「…何を?」

「アイドルです。本気でスクールアイドルで廃校を阻止するつもりなんですか?」

「……あぁ、そうだよ」

 

 

 

「どう考えても無理よ!無謀だわ!」

 

 

 

 そう叫んだ西木野さんの声を聞いて、俺は静かに顔を上げる。

 

 

「──────そうかもしれないね」

 

 

「っ……認めるん、ですか……?」

「君が言い出したんだろ?どうしてそんなに傷ついた顔してるの?」

「っ…!」

 

 俺の言葉に、西木野さんは目を背けた。

 

「わかってるよ。本心じゃなかったんだろう?

俺が怒って帰ると思ったんだよね?

残念、無理無謀なんで最初からわかってるんだよ、俺たちは。

 

──────────でもやるよ、俺たちは。

 

誰になんて言われても

 

廃校阻止の奇跡を起こす」

 

 

 

 俺“達”の覚悟を乗せて、西木野さんに言葉をぶつける。

 

「どうして…そこまで学校のために……?」

「違うよ」

「え…?」

「学校のためにってのはもちろんなんだけど、1番はそうじゃないんだ」

「じゃあ、どうして……?」

 

 

「────“やりたいから”だよ。

俺たちは今、やりたいことを本気でやってるんだ。

そのためなら、どんなことでも惜しまない」

 

 

 

「っ……」

 

 ……今の西木野さんの表情はなんだ……?

 妬み?憧れ?…………否。

 

 

 羨望、か。

 

 

「だから改めてお願いするよ、西木野さん。

────俺たちに、曲を作ってください」

 

「……」

 

 西木野さんは答えない。そこで俺は、ポケットから一枚の紙を取りだした。

 

「これ、俺たちが作った詞。読んでみて」

 

 俺と海未が、たくさんの思いを込めて作った詞。

 この思いは必ず、君に届くはずだ。

 

 西木野さんと、その横にいた凛が歌詞を覗く。

 2人はしばらくの間、俺たちが作った歌詞の世界に入り込んでいた。

 

「……これは…」

「すごいにゃ……!」

 

 西木野さんと凛の口から、思わず言葉が溢れる。

 しばらく読んだ後、西木野さんはそれを丁寧に畳んだ。

 

 

「……俺たちの思い、伝わったかな?」

「…はい、とても」

 

 

 すると西木野さんはカバンをとって、音楽室から出て行こうとする。

 

「ちょっと、西木野さん!?」

 

 凛が思わずその後ろ姿に声をかける。

 西木野さんは、ドアの前で立ち止まり、振り返る。

 

 

 

「─────期待しないで待ってて。

 

 

……頑張ってみるわ」

 

 

 

 そう言って彼女は優しく微笑んだ。

 

 

 

「西木野さん…!」

「今回だけですよ?出来上がったら、星空さんに渡します。では、失礼します。早く作ってみたいので」

 

 最後にそう言うと、彼女は今度こそ音楽室を後にした。

 

 

「やったね!優兄ィ!」

「……あぁ。お前のおかげだよ。ありがとな、凛」

「凛は何もしてないよ!思ったことを言っただけだにゃ」

「俺一人じゃ、絶対説得できなかった。凛がいたからだ」

「そ、そっか〜うれしいにゃ」

 

 顔を赤くして照れる凛。

 

「じゃあ今度一緒にラーメン行くにゃ!」

「あいよ。美味しいとこ連れてってくれよ?」

「任せるにゃ!」

 

 

 

 

 この時見た凛の笑顔は、何故かとても輝いて見えた。

 

 

 

 

 ──────そして二日後、凛から曲ができたという知らせを受けた。

 俺たちに練習時間がないことを考慮してくれたのか、本当に速い完成だった。

 気になるところがあったら手直しするので報告してくれとのこと。

 

 昼休み、屋上に集まりPCの周りを囲む俺たち4人。

 凛は本番のライブを楽しみにしているということで、席を外してくれている。

 

「じゃあ……いくよ」

「あぁ」

「うん…!」

「はいっ」

 

 穂乃果は再生ボタンを押した─────その瞬間流れ出すあの魅力的な歌声。

 そして歌われているのは──────

 

「私たちの詞……!」

「これが、私たちの……!」

「─────私たちの…歌……!」

 

 ここまでの曲を、これだけの短時間で…!

 手直ししてほしいところなんて全くない、完璧だ。

 やはり彼女は……天才だ。

 この曲なら……やれる!

 

 穂乃果は突然立ち上がり、金網にしがみつく。

 

「ほ、穂乃果ちゃん!?」

 

 そして彼女は、叫ぶ。

 

 

 

 

「にしきのさぁーーーーーーん!!

 

 

ありがとぉーーーーーう!!!」

 

 

 

 

 

 

ありがとぉーーーーーう!!!」

 

 

 その声は、教室にいた真姫にも届いていた。

 

「…西木野さん、呼ばれてるの?」

「し、知らないわよ!」

 

 クラスメイトに反芻し、窓の外を頬杖をしながら眺める真姫。

 

 

 

 

「…ふふっ」

 

 

 その口元は、確かに微笑んでいた。

 

 

 

 

 




最近4,000字越えかデフォルトになりつつありますね、すいません。
というわけで今回は真姫ちゃんの久々の登場でした!
作詞を引き受ける経緯がアニメとかなり違ったと思いますが、いかがでしょうか。
さて、次回はファーストライブに突入するはずです!
次回もよろしくお願いします!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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“ハジマリノウタ”

これとあと一話で、一章終了になります!
今回もよろしくお願いします。


19話 “ハジマリノウタ”

 

 

「よし、今日の練習はここまで!お疲れ様」

 

 

 

 曲が完成してから月日は流れ、とうとう明日はライブ本番となった。

 

「私たち、最初より全然動けるようになったよね!」

「うん!明日の本番、全力で楽しむだけだよ!」

 

 ことりちゃん、穂乃果も体力が付き、神田明神階段ダッシュも2、3本なら連続して行えるようになった。

 

「2人とも、しっかりストレッチをしてください。明日に疲れを残すわけにはいかないんですから」

「……でも私たちよりも、一番成長したのは海未ちゃんだよね〜」

「うんうん、ほんと、そうだよねぇ〜♪」

「なっ…!馬鹿にしているのですか!?」

「俺もそう思うな」

「優真先輩まで!?」

 

 うん、間違いなく海未だな。

 

 この一ヶ月、作詞や作曲以外にも問題が山積みだった。

 

 

 

 

 まずは衣装。

 衣装自体には何の問題もなかった。

 むしろことりちゃんが作ってきた衣装はとても素人が作ったとは思えない、市販のものだと言われれば納得してしまうほどの出来だった。

 では、何が問題だったのかというと……

 

 

「これを……着るのですか……?

 

こんな丈の短いものを……?」

 

 

 そう、海未だ。

 海未がスカート丈の短いものは履かないと言って聞かなかったのだ。

 しかしここは穂乃果とことりちゃんの説得でなんとか海未が了承、衣装はこのままで行くことになった。

 ……まぁ直せとか言われてもそんな時間ないんだけどね。

 

 

 

 そして次。

 ここでも海未が問題を引き起こした。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 話は一週間前に遡る。

一週間前、俺は生徒会権限で講堂の使用許可をねじ込み、μ'sのリハーサルを行う事にした。

 

 穂乃果達のクラスメイトの3人が照明などの手伝いをしてくれるという事で、彼女達との打ち合わせも兼ねて念入りに行われるはずだった。

 ……はずだった。

 

 

 いざステージに立って曲に合わせて踊りのリハーサルの位置確認をしようとした時だった。

 

 海未が突然固まって動かなくなったのだ。

 

「……海未?」

「海未ちゃん、どうしたの?」

 

 穂乃果が近くに駆け寄る。

 

 

「……いや、いざ人前で歌うと思うと…緊張して……」

 

 ……この子、もしかしなくても、アイドルに向いてないのでは…。

 いや、ビジュアルの話ではない。

 海未はとても可愛いし…って何を言うとるんだ俺は。

 

「人前じゃなければ大丈夫なんです、人前じゃなければ……」

「それじゃ意味ないだろ……」

 

 

 とにかく、ライブは一回限りではない。

 毎回こんな風に緊張されるのはマズイ……。

 どうにか改善しなくては。

 

 

 

 

「────ってことで!ここでチラシを配ろう!」

 

 リハーサルを終え、俺たち4人(なぜか俺も)でチラシを配ることになった。

 

「チラシ…ですか」

「ここで人に見られるのに慣れれば大丈夫でしょ!それじゃ始めよう!」

 

 穂乃果とことりちゃんはチラシを配りに行った。

 

「……なんかあったら俺に言って。なんとかするから」

 

 海未にそれだけ言い残し、俺も与えられたノルマを達成するために動き出した。

 

 

 

 

「……っし、俺の分は終わりっと」

 

 元から俺の分は少なめに渡されていたため、すぐに配り終わった。

 問題の海未はどうだろうか…

 

「……って全然減ってないじゃん…」

 

 さっきから渡そうとして声を出しているが、小さすぎて全然届いてない。

 見てられなかったので、海未を助けに行くことにした。

 

 

「海未、それじゃダメだ。もっと声を出さないと」

「うぅ……すいません……わかってはいるのですが……」

 

 これは本格的に大丈夫か……?

 どうする、嫌がっているのに無理やりやらせるのは無意味じゃないのか…?

 

 

 

 と、その時。

 

 

 

 海未に手が差し出された。

 

 

 

「───1枚もらうわ」

「にこ、先輩……」

 

 

 差し出した手の主は、矢澤だった。

 

 

 

「なんて顔してんのよ、アンタ」

 

 

「っ……」

 

 約1年前、矢澤と初めて会った時を思い出す。

 あの時の彼女の笑顔は今でも忘れられない。

 俺たちはあの笑顔を見て矢澤を手伝おうと思うようになったのだから。

 でも今海未の表情は、それには程遠い。

 

 

「そんな顔してたら、こっちまで暗くなるじゃない。─────アンタ、アイドルってのが何かわかってないみたいね」

 

 

 海未は何も言い返せずに、悔しそうな顔をしている。

 

 

「それとも何?そんな顔でステージに立つつもりなの?それなら私はもう何も言わないわ。

─────私は入部を認めないけどね」

 

 俺も矢澤の言葉を黙って聞いていた。

 矢澤の言っていることは、厳しいが正しい。

 ここで矢澤を止めたら、それこそ海未のためにならない。

 

 

「確かに練習も大事だけど、最後にライブの成否を分けるのは、“気持ち”と“覚悟”よ。

今のアンタにはどっちもないものよ。確実に2人の足を引っ張ってるわ。

 

 

────やる気がないならやめちゃえば?」

 

 

 …ここまで言われて黙ってんのかよ、海未。

 海未はきつく目を瞑り、唇を噛み、拳を握り締めている。

 

 

 ─────逃げるな、海未。

 矢澤の言葉を受け止めて、前に進め…!

 

 

 海未が目を─────口を開く。

 

 

「私だって…!2人とステージに立ちたい!

 

ライブを成功させたいんです!!」

 

 

 

「だったら!!」

 

 

 

 矢澤は海未の両肩を掴む。

 

 

 

「“変わり”なさいよ!!自分の意思で!!

 

─────アンタ“には”いるでしょうが…!

辛い時に支えてくれる仲間が…!同じ夢を持った仲間が!隣にいるんでしょうが!!」

 

 

 最後の、苦しそうに放たれた矢澤の言葉は、俺の胸も締め付けた。

 

 同じ夢を共有できず、志半ばで潰えた彼女の夢。

 きっと矢澤には、仲間を持ちながらそれを持て余しているような行動をとる海未が、許せなかったのだろう。

 

 

「……周り見なさいよ」

 

 矢澤の言葉で、海未は後ろを振り返る。

 

 

 そこには、穂乃果とことりちゃんが笑顔で立っていた。

 

「2人とも……」

「海未ちゃん!手伝うよ!」

「3人でやれば、すぐ終わるよ!」

 

 そういって海未に駆け寄る2人。

 海未はそれを、どのように感じたのだろうか。

 

 そして海未は改めて矢澤と向き合う。

 

「にこ先輩…。ありがとうございました。先輩のくれた言葉…肝に銘じます」

「お礼なんていらないわ。…悪かったわね、ひどいこと言っちゃって。

 

 

──────大切にしなさいよ

 

 

“それ”は、簡単に手に入るものじゃないんだから

 

 

…それじゃあね」

 

 

 矢澤はそういって校門から出て行った。

 

「……もうやれるよな?海未」

「はい……!“変わって”見せます、自分の意思で!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「あれから海未ちゃん、全然緊張しなくなったもんね!」

「はい……自分に負けてはいられませんから」

 

 

 そう笑う海未は本当に一週間前とは比べ物にならないくらい成長した。

 今日に至っては一番早くチラシを配り終えたほどだ。

 

 

「……ついに、明日だね」

「…あぁ」

 

 この一ヶ月、あっという間だった。

 作詞、作曲、振り付け、練習。

 どれを取っても大変なものばかりだったが、不思議と苦しくはなかった。

 あとは、明日の本番に全てをぶつけるだけ。

 …っても俺は応援しかできないけど。

 

「3人とも、明日は頑張れよ。俺は一緒にステージには立てないけど、横で応援してるから」

 

「ありがとうございます!優真先輩!

…そしてこの一ヶ月、本当にありがとうございましたっ」

 

「それは明日のライブが成功してから改めて聞かせてくれよ。それまでは取っといてくれ」

 

「……はい!」

 

 

 最後に、4人でお参りすることになった。

 

 

 ─────明日のライブが、成功しますように。

 

 

 なんの飾りも捻りもない、単純な言葉。

 でも俺たちは、ただそれだけを願っていた。

 

 

 

 

『以上で、新入生歓迎会を終わります』

 

 

 新入生歓迎会は滞りなく進み、無事終了した。

 残り一週間は俺はほとんどμ'sの練習についていたため、生徒会業務の方はほとんど絢瀬と東條の2人で回してくれていた。

 2人には感謝してもしきれない。

 

 

 ついに、始まる。

 俺たちの最初のライブが。

 

 

 

 

 俺は3人が待機している控え室に足を運んだ。

 

 コンコンッ

 

 ドアをノックする。

 

『はーい!どなたですかー?』

「俺だ。入ってもいいか?」

『あ、優真先輩!どうぞどうぞ!』

 

 ドアを開けると、ステージ衣装に身を包んだ3人が立っていた。

 ことりちゃんが作った衣装は、実にアイドルらしく、可愛らしいものだった。

 

「3人とも、凄い似合ってるよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」

「あぁ、本当だよ。ことりちゃん、本当にお疲れ様。練習と衣装作りの両立、すごく大変だったと思う」

「いえいえ!私も楽しんでやれましたから♪」

「ならよかったよ。……海未、その衣装に抵抗はないんだな。本当に成長したな」

「はい。今更立ち止まることなんて出来ませんから」

 

 俺の言葉に笑顔で答える海未。

 その笑顔に緊張や不安は微塵もない。

 

 

「──────ついに本番だ。あとはやってきたことを全力で出すだけ。

 

お前たちの本気を、観客に思い切りぶつけてこい!」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

 

 

 

 

 

「優真くん」

 

 控え室を出て、講堂に戻ろうとしたとき、絢瀬と出会った。

 

「絢瀬。お前もあいつらの応援してくれるのか?」

 

 

「─────ライブを、中止させにきたわ」

 

 

 ……は?

 こいつ……なにを……?

 

「……どういうことだ」

「言葉通りの意味よ。ライブをする意味が無くなったわ」

「説明になってないぞ」

「だから言葉通りよ。意味がないって言ってるの」

 

 その態度に、俺の中の何かが───切れた。

 

 

 

 

「────おい」

 

 

 

「っ…!?」

 

 先ほどまでとは違う、俺から発せられる威圧感に、絢瀬が怯む。

 

「説明になってないっていってんだろ。

そんな一方的に中止告げられて納得なんて行くわけないだろうが」

「……」

 

 

 絢瀬の傷ついた表情を見て、俺は正気に戻る。

 

 

「……悪い、言い過ぎた」

「……こっちこそ、キチンと説明しないでごめんなさい」

「言いにくいことなのか?」

「……講堂を見れば、わかるわ」

 

 俺に背を向けて講堂へと歩き出した絢瀬を追って、俺も歩き出す。

 

 

 

 ────そして講堂についた俺は、唖然とした。

 

 

 

「なん…だよ、これ……!」

 

 

 

 俺の目に映ったのは────無。

 人1人いない、スカスカの観客席。

 開演5分前だというのに、どういうことか。

 それに矢澤はおろか、凛と花陽さえ来ていない。

 

 ─────これほどまでか。

 確かに満員御礼なんてものは期待して無かった。

 他の部活に行く人もいるだろうし、用事がある人だっているだろう。

 しかし─────ゼロとは。

 ここまではさすがに俺も想定外だった。

 

 

 

──────これが現実だ。諦めろ──────

 

 

 どこかからそう聞こえるようだった。

 

 

 

「こんな……ことって……」

 

「……これが結果よ、優真くん」

 

 絢瀬が言い出しにくかったのも当たり前だ。

 自分たちの努力を、一瞬にして無に帰すようなこの結果。

 そしてこの結果を導いたのも間違いなく俺たち自身。

 それでも絢瀬は、自分が泥をかぶってでも彼女達を傷つけないように、止めようとしてくれたのだ。

 

 

「……あの子達が傷つくだけだわ。早く止めてあげないと……」

 

 

「───────待てよ……!!」

 

 

「……始めるつもりなの?誰もいないのに?」

「…誰か来るかも…しれないだろ……!」

「これ以上は待っても無意味よ。続行の価値があるとは思えないけど」

「……そうじゃない……!」

「……やっぱり最初から止めるべきだったわ…。これでわかったでしょう?軽い思い付きで行動したって、何も変わりなんてしないのよ。…あの子達が傷つく前に止めないと……」

 

 

「───────そうじゃない!!」

 

 

 頭が回らない

 

 

 息が苦しい

 

 

 俺はどうしてこんなにも無力なのか

 

 

 何もできない自分に心底嫌気がする

 

 

 考えろ

 

 

 どうすればいい

 

 

 どうすればいい

 

 

 

 

 どうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすばどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどすればどうすればどうすればどうすれどうすればどうすどうすればどすればどうすばどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすばどうすればどうすればどうればどうすればどうすばどうすればどすれどうすればどうすばどすればどうすどうどうどうどうどうどうどうどうどう

 

 

 

「──────大丈夫や、ゆーまっち」

 

 

 

 その声は、負の連鎖に陥っていた俺の思考を現実へと引き揚げた。

 

「東…條……」

「あの子達は、こんなことで折れるような子達やない。一緒に見守ろ?何があっても最後まで」

「希!?あなたまで!?」

「えりち。あの子達の夢を止める権利は─────ウチらにはないよ」

「……どうなっても知らないわよ…」

 

 こうして俺たち3人は、成り行きを最後まで見守ることにした。

 俺も覚悟を決めた。

 これから先何が起こっても、絶対にあいつらから目を離さない。

 

 

 

 

 

 そして幕は開く───────

 

 

 

 

 目の前に広がる悲劇を、彼女達はまだ知らない。

 

 

 

 

 




キリがいいのか、悪いのか…w
序盤の山場です。
次回もよろしくお願いします!


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いつか空に───。

20話 いつか空に────

 

 

 

 目の前に広がる景色を、ステージに立つ彼女達は、どう捉えただろう。

 

 

 

 1人は、唖然。

 

 1人は、呆然。

 

 そしてもう1人は愕然。

 

 

 

 3人は目の前に広がっている景色を見て、動くことができなかった。

 

 

 

 そしてセンターの少女が、ゆっくりと俺達の方を向く。

 

「優真……先輩………」

 

 その声に、いつもの元気は欠片もない。

 今にも消え入りそうなその声を聞いて、

 俺たちは胸を締め付けられる。

 こんなことが、あっていいのか。

 

 

 始まりの一歩を踏み出そうとした俺たちは

 

 そのスタートラインに立つことすら許されない。

 

 

 絢瀬はあまりの苦しさに思わず目をそらし、

 

 東條は目をそらしはしなかったがその表情は苦痛に歪んでいる。

 

 

 そして俺は─────意図せず涙がこぼれた。

 

 

 

 無力でごめん

 

 

 

 俺以上に苦しいはずの君たちに

 

 

 

 何もしてあげられなくてごめん

 

 

 

 悔しい

 

 

 

 俺は無力だ、どこまでも

 

 

 

 

 強く握りしめられた俺の右手は、血で赤黒く変色していた。

 

 

 

「そりゃ…そうだ!人生そんなに甘くないっ…!」

 

 懸命に明るくしようと振る舞って穂乃果から発せられた言葉は、より一層悲しみを深くしただけだった。

 

「穂乃果ちゃん……」

「穂乃果……」

 

 2人も、今にも泣き出してしまいそうな穂乃果を悲しげに見つめている。

 

 

 

「……歌え────────」

 

 

 

「優真、先輩……?」

 

「歌ってくれ、3人とも。お前たちの努力は、無駄なんかじゃない。観客ならここにいる!お前たちの全力を!俺たちにぶつけてくれ!だから─────そんな泣きそうな顔するな!!」

 

「優真、くん……」

「優真先輩……」

 

 自分自身は半分泣きながら、俺は必死で彼女たちに呼びかける。

 こんなところで、終わらせない。

 認めてなるものか。

 今までの全てが無駄だったなんて。

 

 

「お前たちなら、絶対できる!

そのための今までだろ!?

自分たちの手で終わらせるなんて、そんなこと絶対にしちゃダメだ!!

だから──────だから!」

 

 

 

 その時

 

 

 

 運命を変える扉が開かれた────────

 

 

▼▽▼

 

 

 私、矢澤にこは誰よりも早く講堂にいた。

 しかし、開演残り僅かとなっても一向に現れない観客。それを見た時、私は身を隠すことにした。

 

 ─────これは、チャンスかもしれない。

 恐らく目の前に広がる光景に彼女たちは絶望するだろう。

 そこからどう立ち上がるのか、それとも折れるか。

 

 ─────見せてもらうわよ、アンタ達のアイドルとしての覚悟。

 

 

 

 

 幕が上がっても、彼女たちは動けずにいた。

 当たり前だ、私でもそうなるだろう。

 大事なのはここからだ。

 

 

 ────こんなところじゃ終わらないでしょう?

 だってアンタ達には、あの朝日が付いているんだから。

 

 

「お前たちなら、絶対できる!

そのための今までだろ!?

自分たちの手で終わらせるなんて、そんなこと絶対にしちゃダメだ!!

だから──────だから!」

 

 

 朝日も彼女達に叫ぶ。彼の瞳は、何もできない自分に対しての憤りの涙で濡れていた。

 それほど信頼されているのだろう、あの子達は。

 それが少しだけ、羨ましく感じた。

 

 

 ───────立ち上がりなさい。

 

 立ち上がって、“ファン”の気持ちに応えなさいよ。

 

 そこに1人でも自分達を望んでくれる人がいる限り

 

 アイドルが歌うことをやめるなんてことは許されないの。

 

 私自身も、祈っていた。

 

 

 このままではダメだと、私自身も立ち上がって口を開こうとしたその時。

 

 

 彼女達の運命を変える、希望の光が差し込む扉が開かれた──────

 

 

▼▽▼

 

 

「あ、あれぇ……間に、あっ、た……?」

 

 

「花、陽……」

 

 

 講堂の入り口のドアが開かれ、姿を現したのは花陽だった。

 

 そしてその後ろには。

 

 

「ふーっ!ギリギリセーフ!」

「……?まだ始まってないの…?」

「凛…西木野さん…」

 

 凛と西木野さんがいた。

 

 走って来てくれたようで、凛以外の2人の息は乱れている。

 

 そしてその後ろに広がる光景を見た時、俺は鳥肌がたった。

 

「これは……!」

 

 

 3人の後ろには、10名程度の1年生がいた。

 今年の1年生は1クラス。その中で10人も来てくれた。

 

「一体、どうして……?」

「かよちんが、みんなに声を掛けてくれたんだにゃ!」

 

 !? 花陽が……?

 

 あの人見知りで、自分の意見を述べることが苦手な花陽が、みんなに声をかけてくれたのか……?

 

 どれだけ大変なことだったのだろう。

 他の部活に行きたがる人を呼び止め、ライブに来ないかと声をかける。

 花陽にとって、それだけの勇気を振り絞るのは決して簡単なことではなかったはずだ。

 

 花陽の頑張りを考えるだけで、再び涙がこぼれそうになる。

 

「人がたくさん来た方が、先輩達も喜ぶと思ったから……。───────頑張ってくださいっ!」

「凛たちも、今日のライブずーっと楽しみにしてたにゃ!」

「私が作った曲で、失敗なんてしたら承知しないわよ!」

 

 3人が笑顔で激励する。

 

「────早く始めなさいよ」

 

 観客席から声が聞こえた。

 

「矢澤!?いつからそこに…?」

「いいから。早く始めなさい。

─────今更迷うことなんてないでしょ?」

 

 口調は厳しいが、矢澤の顔は笑っていた。

 

 

「─────やろう、2人とも!」

 

 

「穂乃果ちゃん…!」

「穂乃果…!」

「もう躊躇わない!だって私たち、そのためにここまでやってきたんだから!」

 

 3人の目に、“覚悟”が宿る。

 そして改めて、俺たち観客へと向き合う。

 

 

「────皆さんこんにちは、音ノ木坂学院スクールアイドルのμ'sです!

本日はお集まりいただき本当にありがとうございます!

 

────今、たった今私たちは、スタートラインへと立ちました。

今日この瞬間から、“夢”を目指して、全力で駆け抜けます!!」

 

 

 

 最初の一歩を今──────踏み出せ

 

 

 

 

「それではいきます!聞いてください─────

 

 

─────“START:DASH!!”!!」

 

 

 

 

 

 始まった。俺たちの第一歩が。

 俺たちの思いが、彼女たちの歌声で、踊りで、表情で観客達へと飛んでいく。

 

 

 そしてその思いは人々を────笑顔に変える。

 

 

 客観的に見て、彼女たちは決して天才ではない。

 踊りも所々ズレているし、動きも少しぎこちない。

 

 

 それでも彼女たちは、魅力的だった。

 不思議と目が離せなかった。

 

 必死に輝こうとする意思が、絶対に諦めないという覚悟がひしひしと伝わってくる。

 

 

 ふと俺は、矢澤の言葉を思い出す。

 

 

 

───私はあの時間を、同じ理想を持った仲間と共有したい───

 

 

 かつてそう言った彼女は、今何を思うのか。

 矢澤の様子を窺うと、彼女は両手を組んで、優しい笑みを浮かべていた。

 “女神”達は、“魔法使い”のお気に召したのだろうか。

 

 西木野さんも、笑顔でステージに見惚れていた。

 自らが作った曲が彼女達の輝きを引き立てている。

 その現場を見て、彼女は何を考えているのだろう。

 

 凛と花陽は、目を輝かせて目の前のステージに夢中になっている。

 願わくば、その憧れが『自分たちも──』という思いに繋がってくれれば。

 

 東條もまた、彼女達に微笑みを向けていた。

 そして俺の視線に気づくと、彼女は改めて笑った。

 ─────その笑顔はかつて俺が魅了された、“彼女”の物だった。

 “ありがとう”と聞こえた気がした。

 

 俺は照れを隠すように、東條から目を逸らす。

  

 絢瀬は…絢瀬だけは無表情でステージを見ていた。

 でも俺は、一瞬だけ彼女が優しげな笑みを浮かべたのを見逃さなかった。

 俺に見られているのに気づいた絢瀬は、顔を赤くしてぷいっとそっぽを向いた。

 それを見てさらににやける俺と東條に絢瀬はさらに機嫌を悪くした。

 

 

 

 

 

 ───あぁ、凄いよ君たちは

 

 やっぱり間違ってなんかいなかった

 

 これからもずっと、君たちと──────。

 

 

 

 

 

 

 曲が終わり、講堂は暖かな拍手に包まれる。

 ステージに立つ3人には極度の緊張からくる疲労が見られたが、それ以上の達成感と満足感で笑顔を浮かべていた。

 

 

 そしてゆっくりと3人に歩み寄る影が一つ。

 

「絵里先輩……」

「……どうするつもりなの…?」

 

 何が、なんてことは聞かない。

 穂乃果は自信を持ってこう答えた。

 

「続けます」

「どうして…?これ以上やって意味があるとは思えない…!もうこれ以上貴女達が傷つく必要なんてないのよ!?私達に任せて、貴女達が無理する必要なんてないの!」

 

 絢瀬、お前は優しい。

 俺たちの活動を認めたくないのも、納得がいかない以前に、俺たちを守りたいっていう思いがあるのはわかってる。

 

 ─────でも俺たちは。

 

 

 そんな言葉じゃ止まらない。

 

 

 

 

「無理なんかしてませんよ、絵里先輩。

 

私たち、やりたいんです!

 

今私、もっとやりたいって思ってるんです!

きっとことりちゃんと海未ちゃんも同じ気持ちです!

 

こんな気持ち、初めてなんです!やってよかったって、本気で思えたんです!

 

今はこの気持ちを信じたい。

 

……このまま誰も見向きもしてないかもしれない。

……応援なんてしてもらえないかもしれない。

 

でも!一生懸命頑張って、届けたい!私達の、この思いを!

 

いつか私達……

 

 

 

────ここを満員にしてみせます!!」

 

 

 

 

 

 高らかに響く、穂乃果の宣言。

 どう考えてもそんなことは無茶だ。

 

 しかし、この状況で、穂乃果を笑うものはいなかった。

 

 それどころか俺は、確信を持っていた。

 

 こいつらならやれる、と。

 

 

 

「「“完敗からのスタート”」か」

 

 

 

 隣にいた東條とハモった。

 二人とも間抜けな顔をして互いの顔を覗く。

 それがおかしくて、2人で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 そして穂乃果達に歩み寄るもう一つの影。

 

「にこ先輩…」

「……見せてもらったわよ、アンタ達の覚悟」

 

 1度目を閉じて、もう一度口を開く。

 

「……正直私から言わせればアンタ達はまだまだだわ。動きも堅いし、発声だって素人のまま。

──────でも、あなた達は、魅力的だった。

とっても輝いてた…!

 

今更だけど、あの日あんなこと言って本当にごめんなさい。

 

 

恥を承知で言うわ。

 

 

 

───私を、μ'sのメンバーにしてくれないかしら

 

 

 

私も、あなた達と同じステージに立ちたい……!」

 

 

 矢澤が穂乃果に頭を下げる。

 

「そんな、先輩!顔あげてください!」

 

 慌てふためく穂乃果。

 そして顔を上げた矢澤の前には───一つの手のひら。

 

「こちらこそよろしくお願いします、にこ先輩」

 

 笑顔で差し出された穂乃果の手。そしてそれを矢澤が────取った。

 

 こうしてμ'sは、4人となった。

 

 それを見つめる、残りの女神候補たち。

 

 凛も花陽も西木野さんも、嬉しそうな顔をしながらも、どこかには羨ましさがうかがえる。

 

 ─────安心しろよ、お前たちをこのままになんてしないから。

 絶対お前たちの心の“鍵”をこじ開けて、μ'sに加入させてみせる。

 

 

 こうしてμ'sのライブは成功し、活動続行となった。

 

 

 

 

 ライブの後、俺と東條と絢瀬の3人は生徒会室に戻った。

 今日の新入生歓迎会の反省会だ。

 反省会も何も、俺はほとんど運営を2人に任せっきりだったので、2人の話を無言で聞いているに等しかった。

 

「─────それじゃ、反省会はこれで終わるわ。お疲れ様」

 

 書類を先生に提出してくる、と職員室へ向かった東條。

 俺と絢瀬の2人きりになった。

 

「……どうだったよ、今日のライブ」

「……まだまだ上手じゃなかったわね」

「そりゃそうだ、練習時間だって十分に確保できたわけじゃないし、何から何まで手探り状態だったんだから。

…俺が聞いてるのは、“あれを見て何も感じなかったのか”ってことだ」

 

「……」

 

 絢瀬は答えない。

 

「……お前、控え室前の廊下で会った時、俺に言ったよな?『軽い思い付きで行動したって、何も変わりなんてしない』って。

 

──────ブーメランなのわかってるか?」

 

「っ……!」

 

 現状生徒会は活動を認められていない。

 認められてない中でも手当たり次第に案を上げて活動を地道に続けようというのが生徒会の方針だ。

 その長が、『思いつき』を否定した。

 それは今の生徒会の方針自体を否定することを意味する。

 

 それほど余裕がないのだ、絢瀬には。

 

「穂乃果たちの言ってたこと、覚えてるか?」

「“やりたいからやっている”。そう言ってたわね」

「……今のお前に、その気持ちはあるのか?」

 

 俺が絢瀬に与えられる、最大限のヒント。

 気づくかどうかは絢瀬次第。

 

「……私はそんな気持ちで動ける立場じゃないわ」

 

 まだ早いか……これは相当にこじらせてるな…。

 なかなかの長期戦になりそうだ。

 

「…絢瀬、勘違いされてたら困るから言っとくけど、俺は生徒会を捨てたわけじゃないからな。

俺はお前の味方だぞ。

 

 

味方だからこそ、お前が間違っていると思ったら、止める」

 

俺のこの言葉にも、返事はなかった。

 

「……じゃあ俺、みんなのとこ行くから」

「……今日はお疲れ様」

 

 

 

 …素っ気ないな。

 そう思いながら俺は後味悪く生徒会室を後にした。

 

 

「……私にどうしろっていうのよ…!」

 

 

 誰もいない生徒会室に、彼女の悲痛な叫びが響く。

 

 

 

 

 生徒会室を出て、俺は矢澤を含めた新生μ'sと神田明神で合流した。

 

「優真くん!お疲れ様ですっ」

「ありがとなことりちゃん。

こっちこそ、3人とも、お疲れ様。

今日のライブ、今までで最高に良い出来だった。

最初はどうなるかと思ったけど、結果的にあのライブは成功だ。

─────こうしてコイツが入ったわけだし」

 

 俺はニヤニヤしながら黙って腕を組んでいた矢澤を見る。

 

「なっ……!ち、違うわよ!にこがアンタたちを入れてあげたのよ!感謝しなさいよね!」

「ステージで思いっきり参加させてくれって言ってたじゃねぇか」

「う、うるさい!言葉の綾よ!!」

「─────矢澤」

「……何よ急に静かになって」

 

 

「μ'sに入ってくれてありがとう。

お前のおかげで、絶対にμ'sはもう一段階上へと行ける。

──────そして、またお前のあの笑顔が観れると思うと、本当に嬉しい。

 

 

ずっと待ってた。

 

君がもう一度ステージに上がるのを。

 

また、あの笑顔で、俺たちに元気を分けてくれ」

 

 

「───何素面で恥ずかしいこと言ってんのよバカ。

 

 

──────あったりまえでしょ!

もう一度、最高の仲間とステージに立てる。

私が2年間、ずっと待ち続けてたこと!

やっと叶ったこの願い、絶対に無駄にはしないわ。

 

今までよりもずっとずーっと笑顔にさせてみせるから!

 

覚悟しなさい!」

 

 

 

 俺と初めて会った時と同じ笑顔で、そう宣言する矢澤。

 

 

 

 矢澤があの笑顔を取り戻してくれたこと。

 

 そして矢澤の笑顔を取り戻してくれた“女神”たち。

 

 

 それが本当に嬉しくて、俺も久しぶりに心から笑った。

 

 

 

 




これにて、第1章完結でございます!
にこの加入タイミングは原作と大幅に違いますが、早く加入した彼女がまきりんぱなにどのような影響を与えるか楽しみにしていてください!
次回から第2章にはいります!

今回もありがとうございました!


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【第2章】ーbreak your mask, unlock your mind.
孤独な女神たち


UAが10000、お気に入りが100を超えました!
本当に本当にありがとうございます!
これからも精一杯頑張りますので、応援よろしくお願いします!



21話 孤独な女神たち

 

 

 

 μ'sファーストライブから1週間が経った。

 正式にアイドル研究部所属となったμ'sは学校での活動も堂々と行えるようになった。

 矢澤の加入で練習に活気が増し、ダンスや振り付け練習の幅も広がっている。

 そして驚くことに、矢澤は穂乃果たちが死に物狂いでこなしていた神田明神坂道ダッシュを最初からこなした。

 そのことを本人に言うと、矢澤は『覚悟の差よ』と、(無い)胸を張って言っていた。

 きっと俺たちが活動を開始した時から、一人でトレーニングを積んでいたのだろう。本当に素直じゃないやつだ。

 でも俺は、矢澤にこのそんな所を尊敬している。

 人に弱いところを見せようとせず、常に自分に厳しく、ストイックに。

 本人は『覚悟の差』と言っていたが、それもあながち間違ってないなと思った。

 

 ……さて、それはさておきそろそろあの問題に取り掛からなければならない。

 

 

 

 

「「「新しいメンバー?」」」

「そう!新しいメンバーだよ!」

 

 穂乃果が俺が言おうとしたことを切り出したのは、5月初旬のある練習終わりの日。

 穂乃果の提案に、俺と穂乃果以外の3人は首をかしげた。

 

「何よ、にこだけじゃ不満って言うわけ?」

「ち、違いますよ!ただ、メンバーが増えれば、もっと楽しくなるんじゃないかなって!」

「まぁ確かに、今の偶数人ではフォーメーションを決めづらくはありますね…」

「でも、人が増えすぎても、色々と大変になるんじゃないかな…?」

 

 3人は各々の意見を述べる。

 そこで穂乃果は、俺が思いもよらなかった理由を語り始めた。

 

「海未ちゃんことりちゃん忘れたの?

 

 

─────μ'sは“9人の女神”なんだよ?

 

 

だからこの名前を私達にくれた人も、私達が9人になることを望んでると思うの!

だから私は、その人の想いに応えたい!

いつか9人になって、私達に名前をくれた人に感謝の気持ちを込めて歌う。それが私の夢なんだ!」

 

 穂乃果の勘の鋭さには舌を巻く。

 あぁそうだよ。お前たちに名前をくれた人は、お前たちが9人になることを望んでる。

 それを自分から叶えてくれるっていうなら、こんなに嬉しいことはない。

 

 

「──────そっちが本当の理由ですか」

 

 海未が笑顔を浮かべる。

 ……俺が加勢するならここかな?

 

「俺は賛成だ。穂乃果の夢、すごくいいと思った。……具体的に、候補は決まってるのか?」

 

 白々しいと思いながらも、穂乃果に探りを入れる。

 

「はい!

 

─────凛ちゃんと花陽ちゃんと、真姫ちゃんです!」

 

 

 ここまで思い通りに事が運ぶと、東條が穂乃果に話したのかと疑問を覚えてしまう。

 

 まぁあいつの性格からしてそんなことはあり得ないから俺の杞憂なのだが。

 

「うん、いいと思う。3人とも、心の中ではアイドルをやりたがってるはずだ」

「ですよね!凛ちゃんと花陽ちゃんはダンス上手だし、真姫ちゃんが作ってくれた曲でまた歌いたいんです!」

「……真姫ってあの赤髪の子?あの子があの曲を作ったの?」

「はい!そうですよ!」

「……なら私も賛成。あのレベルの曲を作れる人はそうはいないわ」

「うん!ことりもいいと思う!」

「私も賛成です」

「よし、なら決定だな。明日俺が3人に声かけてくるよ」

「私達はよろしいのですか?」

「みんなは練習しててくれ。俺一人じゃダメそうだったら、みんなに頼らせてもらうから」

 

 

 その日は俺が次の日に3人を勧誘しに行くことが決まって解散となった。

 

 

 

 

 そして次の日の放課後。

 俺は西木野さんを探して校舎をウロウロとしていた。

 別に凛や花陽からでもよかったのだが、俺は好きなおかずは最後に残す派の人間なので気分的に難しそうな西木野さんから話をしようと思ったわけで。

 …ん?なんか違うだろって?

 まぁあまり気にしない気にしない。

 

 音楽室が一番確率が高いと思って一番最初に足を運んだのだが、今日は不発だった。

 そして2番目に高いと思われる教室に向けて足を運んでいる途中、1学年共通掲示板の所に、見知った顔を見つけた。

 

「花陽。どうしたんだ?」

「あ!優真お兄ちゃん!……これが落ちてて」

 

 そう言って花陽が俺に見せてくれたのは、一冊の生徒手帳だった。

 

「……これ、西木野さんのか?」

「うん……ここに落ちてたんだけど…届けようと思ったんだけど、凛ちゃんが話しかけてきて、そのまま西木野さん行っちゃって……」

 

 うーん、まぁ凛だから仕方ない。と思える限り俺も花陽も大概だ。

 

「なるほどね。んで、それどうするの?」

「うん…今から届けようかなって」

「届ける…もしかして、家に?」

「うん!…ちょっと西木野さんとも、お話ししてみたかったから…」

 

……これは、願っても無いチャンスかもしれない。

 

 

 

「─────俺も付いて行ってもいい?」

 

 

 

「へ?優真お兄ちゃんも?」

「あぁ。俺も西木野さんと話したいことあるから。ダメかな?」

「んん〜…多分、だい、じょうぶ?」

「なんでそんな片言なんだよ」

 

 首を傾げながらそう言った花陽が可愛らしくて、思わず突っ込んでしまう。

 

「……んじゃ、行こうか。俺場所わからないから、連れてってくれ」

「うん!わかった!」

 

 こうして俺と花陽は2人で西木野さんの家へと向かうことになった。

 

 

 

 

「……ここ…?っていうかこれ、家なの…?」

 

 花陽に案内されて来たのは、普通の民家の3倍以上の大きさはある、豪邸という言葉では表現しきれないほど高級感の漂う家。

 

「うぅ…やっぱり緊張するよぉ……」

「ま、まぁ悪いことをするわけじゃないんだし……落ち着こうぜ」

 

 かくいう俺も心臓バクバクである。

 

「じゃあ……い、いくよ?」

 

 花陽がインターホンを押す。

 程なくして、西木野さんの母親と思われる人がインターホンをとる。

 

『はい、どちら様でしょう?』

「あ、こんにちは。西木野さんのクラスメイトの小泉花陽です」

「その友人の、朝日優真です」

『……! いらっしゃい。ちょっと待っててね』

 

 ──────ガゴン!

 

 通話が終わった瞬間、目の前の門から大きな音がした。そしてそれは、ゴゴゴゴと音を立てながら、勝手に開いていく。

 

「自動ドアならぬ…自動門……」

「み、見たことない……」

 

 初めての自動門(そんなものが他に存在するのかは知らないが)に衝撃を受けたまま、俺たちは玄関へと歩き出した。

 

 そこで改めてインターホンを押すと、西木野さんの母親が出迎えてくれた。

 

 ──────その顔を見て、俺は自動門以上の衝撃を受ける。

 

 

「先……生………?」

 

 

「やっぱりそうだったのね。久しぶり、朝日くん」

「……え、じゃあ、西木野さんって…?」

「真姫は私の娘よ。気づかなかったの?」

「えぇ!…いや、普通に似てる…あ、そういえば苗字…でも、え、全然っ…!」

「優真お兄ちゃん…?」

「あ、あぁごめん花陽。─────俺、西木野さんのお母さん…西木野先生に、昔お世話になったんだ」

「そうだったの?」

「………中学の頃にね」

 

 その言葉を聞いて、花陽はしまった、と思ったのか、俯いてしまった。

 

 俺は中学の頃、ある理由で病院に通っており、西木野先生にはその頃お世話になった。

 西木野という苗字を聞いた時点で、気付くべきだった。

 西木野さんが、先生の娘だということに。

 

「まぁまぁ、取り敢えず上がっていって頂戴。真姫は今病院の方に顔を出してるから、もうしばらくすれば帰ってくると思うから。」

「わかりました。…ほら、花陽。いくよ」

「は、はい!」

 

 

 

先生に連れられ、俺たちは客間と思わしき部屋へ案内される。

目に入るもの全てが高級すぎて落ち着かない。

 

「嬉しいわ。真姫ったら、高校に入ってから1回も友達なんて連れてきたことなかったから」

「そう…なんですか?」

「えぇ。反抗期なのかしら、私の言うこともあまり聞いてくれなくてね…。じゃあ、もう少しで帰ってくると思うから、ここで待ってて」

「わかりました」

 

そう言い残して先生は部屋を後にした。

 

「……落ち着かない、ね」

「あぁ……。西木野さん、早く来ないかな」

「……ねぇ、お兄ちゃん… さっきは……」

「何も言わなくていいよ、花陽。……あの人は、とても優しい人なんだ。あの頃の俺は荒んでたから、扱いに困ってたと思うけど、最後まで俺を見捨てなかった。先生には、とても感謝してる」

「そっか……そうなんだね」

 

 

 

 

「……お客さんって誰…って、あなた達」

 

 そんな話をしていると、西木野さんが帰ってきた。

 

「こんにちは、西木野さん。ごめんね、勝手にお邪魔しちゃって」

「別に構いませんけど…どうしたんですか?」

「あの、西木野さん、これ…!」

「…!これ、私の生徒手帳…?…ありがとう、どこにあったの?」

「一階の共通掲示板の所に落ちてたよ!……アイドル研究部の張り紙見てたんだよね?」

「なっ…!ち、ちがうわよ!たまたま通りかかっただけよ!」

「でも、張り紙の下に落ちてたよ?」

「あ、あれは……!」

「ねぇ、西木野さん……

 

 

アイドル、やらないの?」

 

 

「……」

 

 花陽のストレートな言葉に、西木野さんは閉口する。

 

「……興味、ないから」

「私知ってるよ。西木野さん、一回だけ放課後、アイドルの曲歌ってた…よね…?」

「……」

「私、いつも放課後音楽室の前、通ってたんだ。

西木野さんの歌、好きだから。

でも、1日だけ。…その日だけは、西木野さん、普段とは違う曲歌ってた。

……私の昔から大好きな、結構古めな歌。

アイドルに興味ないなら、あの歌は歌えないよ?」

 

 あくまで笑顔で、悪気なく西木野さんに話しかける花陽。

 対して西木野さんの表情は、だんだん曇っていく。

 

 

 

「─────あなたに私の何がわかるの」

 

 

 

 声を荒げたわけではない。

 ただ西木野さんから放たれた言葉は、ひどく重く感じた。

 少なくとも、先ほどまで笑顔だった花陽が、表情を崩すくらいには。

 

「西木野……さん…?」

「私の気も知らないで…勝手なこと言わないでよ…!」

 

 

 

 

────ここ、だな。

 

 

 

「西木野さん。──────アイドル、やってみない?」

 

 

 

「っ…!誰がそんなこと!」

「言い方を変えようか。アイドル、やりたいんだろう?」

「っ!?」

「君の今までの反応を見ればわかるよ。隠してるつもりかもしれないけど、俺には筒抜けだよ。

……で、質問を重ねるよ。

 

────何が君にストッパーをかけてるの?」

 

「っ……」

 

 花陽の言葉で、少なくとも西木野さんは今感情的になっている。荒っぽくて汚い方法だが、西木野さんの心の中を知るなら、今だ。

 

 

 西木野さんはしばらく黙っていた。

 

 

「……夢が…あるんです」

「……聞いてもいい?」

「……私の家が病院を経営しているのは知ってますよね?」

「…ああ」

「両親はそこの医師で、私は将来そこを継いで、両親を楽にしてあげたいんです。だから、私は高校を卒業したら、医学部に行きます。そのために勉強しないと、いけないんです。

 

────私の音楽は、もう終わり。

アイドルをやってる暇なんて、ないんです」

 

 

 彼女はそこで言葉を切り、俺から目を背けた。

 嘘をついているようにも思えない。けど俺には君が…納得してるようにも思えない。

 

 

「……それが君の“夢”なの?」

「はい」

「……そっか、じゃあ君は、“親のために”医者になるんだね。

 

 

──────それって正しいことなのか?」

 

 

「え……?」

「俺は詳しいことはわからない。

────でも、医者って“患者のため”になるんじゃないのか?

 

“患者さんを助けたい”

 

その思いを君は抱いていないわけだ。

その気持ちなしに、勉強が続くのか?

…続けられたとしても、医者は続けられないだろうな。君には医者として必要な志が欠けているわけだから」

 

 

 西木野さんの表情が、怒りで染まっていくのがわかる。

 

 

 

 ───怯むな。俺は俺のなすべきことをやれ…!

 

 

 

「夢っていうのは、“義務”じゃないんだ。

大切なのは、“意思”。

……俺はあいつらから、それを教わったんだ。

君はさっき、“両親を楽にしてあげたい”って言ったね。でも、それは君の本心なのか?

どうしようもないことだと諦めて、医者になる未来に自分でも納得のいく理由を後付けしたんじゃないのか?

 

───“意思”のない行動に、結果はついてこない。

 

 

もう一回聞くよ、西木野さん

 

 

─────君の“やりたいこと”は、何?」

 

 

 怒りで顔を赤く染めながらも、俺の言うことに何かを感じているのか、西木野さんは何も言い返さない。

 

 

「……帰って…ください……一人で考えたいから」

 

 

「─────わかった。花陽、帰ろう」

「えっ…あ、うん…」

 

 気まずい雰囲気にはなったが、俺の仕事は終わった。

 あとは明日次第。

 

 俯いたままの西木野さんを背に、俺たちは部屋をあとにした。

 

「あら?もう行くのね」

 

 部屋を出た後、先生に会った。

 

「はい。……花陽、先出ててくれるか?俺ちょっと先生と話してから行くから」

「…うん、わかった」

 

 花陽はそう言うと先生に一礼してから、家の外へと出た。

 

 

 

「……変わったわね、あなたも」

「…そうですか?」

「ええ。あの時のあなたは、人を嫌い、人と関わることに恐怖を抱いていたから。

…今のあなたを見ると、安心するわ」

「恐縮です」

「……あの子を、助けてくれるの?」

 

 寂しげな目をして、先生は私へと問いかける。

 心配でたまらないのだろう。

 

「……あの子は、本当は誰よりも優しいの。…ちょっと本心を表に出すのが苦手なだけでね。

…あんなに好きだった音楽も、今では触れようともしない。私が何を言っても『ママは心配しないで』の一点張り…。

…あんなに音楽が大好きだったのに…」

 

「安心してください、先生。

 

 

────俺が真姫さんを助けてみせます。

 

 

先生が俺を助けてくれたみたいに。

 

 

だから、大丈夫です」

 

 

「……本当に、変わったわね…」

 

 先生は右の目に嬉し涙をためて、俺に笑顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 先生との会話を終えて外に出ると、門の側で花陽が待っていた。

 

「ごめん、待たせたね。それじゃ、帰ろうか」

「うん…」

「…どうした?」

「─────何で西木野さんにあんなこと言ったの?」

「……何でって…」

 

 

 

「──────本心じゃ、ないよね?」

 

 

 

 ……俺の周りには本当に察しがいい奴が多すぎる。

 …でも今は、まだ……。

 

「……ここじゃ迷惑になるから、歩きながら話そうか」

 

 俺が歩き出すと、花陽も黙って隣に並んでついてくる。

 

「……何でか、って聞いたね。……西木野さんのためだよ」

「西木野さんの…?」

「花陽もわかってると思うけど、西木野さんは自分に嘘をついてた。だから俺は、きっかけになればいいと思ったんだ。西木野さんが、自分の心を見つめ直すきっかけにね」

「……そっか…」

 

 

 ───半分嘘で、半分ホント。

 

 

 花陽は気づいてたのかもしれないけど、それ以上追求してくることはなかった。

 ───そして俺は本題の2つ目に入る。

 

 

「────花陽はどうなんだ?

 

やりたいんだろう?アイドル」

 

「……!」

 

 自分の話になるとは思ってなかったのか、花陽はうろたえている。

 

 

 

「……うん、やりたい…。

 

 

─────やりたいよ、アイドル。

 

 

でも、私には無理だよ……」

 

 

 

「どうしてそう思う?」

「だ、だって私、声小さいし…人見知りだし…」

「……さっきも言ったけど、大切なのは“やりたい”っていう気持ちだ。それがあれば、迷うことなんてないんだぞ?」

「うぅ……でも……」

 

 花陽に気持ちは、ある。

 必要なのは、勇気。

 

 

「…ま、急いで決める必要なんてないから、ゆっくり考えてみなよ」

「……うん…」

 

 

 

 ────今日はまだ、ここまででいい。

 

 やるべきことはやった。

 

 あとは─────。

 

 

このあとは他愛もない話をしながら花陽を家まで送り、俺も家路に着いた。

 

 

 

 

「じゃあ、説得うまくいかなかったんだ……」

「3人を誘うのは、難しそうですね……」

 

 次の日の朝練の時、俺は昨日起こったことをみんなに話した。

 

「あぁ、やっぱりダメだった。

 

──────俺一人じゃ、な。

 

だから、みんなの力を貸して欲しい」

 

 

「え?どういうことですか?」

 

 

「────俺一人じゃなくて、みんなで“μ'sを作る”んだ。

 

……あの3人は、ずっと孤独なんだ。

自分の本心にずっと嘘をつき続けて、

やりたいことを心の中に閉じ込めてる。

─────だから、俺は3人を助けたい。

そのためには、俺一人じゃダメなんだ。

……力を貸して欲しい」

 

 俺は4人に深く頭を下げる。

 

「えぇ、優真くん!頭上げてくださいっ!」

「そうよ。なーに頭なんて下げてんのよ。

 

─────そんな遠慮なんていらないわよ。

 

私達、仲間なんだから」

「矢澤……」

「そうですよ!優真先輩!

 

───そして凛ちゃんも花陽ちゃんも真姫ちゃんも

 

私達の大切な仲間です!

 

仲間が困ってるなら、手を差し伸べる!これ、当たり前ですよっ!」

 

 

 穂乃果の言葉に、3人も同意の笑みを浮かべる。

 

 

 

「穂乃果…みんな……ありがとう…!」

「お礼なんて、いりませんってば〜!」

「……ですが、大丈夫なのですか?優真先輩でも説得できなかったのでしょう…?私達にできるのでしょうか…」

「大丈夫だ。説得は出来なかったけど

 

──────“種”は蒔いたから」

 

「“種”…?」

「キッカケってこと。昨日、西木野さんと花陽と話して、自分の気持ちと向き合わせる機会を作った。……後は、俺たちが連れ出すだけだ。

 

──────みんなを、孤独から」

 

 

 

 

 俺の言葉に、4人は強く頷く。

 

 

「……じゃあ早速だけど…

 

西木野さんは、穂乃果と海未に頼みたい」

 

 

「了解です!優真先輩!」

「! 穂乃果はわかりますけど、私、ですか……?」

「あぁ。穂乃果だけじゃ、危なっかしくて任せられないからな。

 

……それに、絶対に君の力が必要になる時が来る。だから、頼んだよ?」

「……!はいっ…!」

 

 

「そして花陽……

 

─────矢澤、ことりちゃん、頼んだ」

 

 

「はいっ……!」

「…にこで大丈夫なの?あの子人見知りだし、アンタ達知った顔が行った方がいいんじゃない?」

「いや、大丈夫だ。正直花陽に関してはこの中で、誰よりもお前が適任だ」

「……アンタが言うならそうなんでしょうけど…わかったわ。任せなさい」

 

「そして凛は…俺に任せて欲しい。絶対に心を開かせてみせる」

 

 穂乃果と海未が─────西木野さん。

 矢澤とことりちゃんが─────花陽。

 そして俺が──────凛。

 

 

 

 

 それぞれが3人を孤独から救うため、行動を開始した。

 

 

 

 

 




今回分量がやたら多くなってしまって申し訳ありません泣
一応改行を駆使してみやすくなるようには工夫したのですが…
次回から、μ'sが3つに分かれて3人を勧誘する話に入ります!
形式上、個人回という形をとらせていただきます!
今回もありがとうございました!


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Venus of Red 〜情熱の行き場

 

 

 

 いつからだろう、音楽を愛し始めたのは。

 

 

 私…西木野真姫は放課後の音楽室で物思いに耽っていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 私は西木野総合病院医院長の一人娘として生まれ、何一つ不自由のない、文字通りお姫様のような生活を送ってきた。

 

 幼い頃から私は英才教育を受けていた。

 英才教育といっても、そんなに厳しいものではなく、私もそれを嫌々受けていたという記憶もない。

 一日中勉強、なんて事もなかった。

 

 そんな私が、幼い頃から惹かれたもの───

 

 ────それが、アイドル。そしてピアノ。

 すなわち音楽だった。

 

 アイドルの曲とピアノの曲。

 両者は本質的に違うものだが、私はそのどちらも好きだった。

 

 アイドルの曲を聴いていると例えその日どんな嫌な事があっても元気になれたし、ピアノを弾くことで、そこは私だけの心地よい世界へと変貌を遂げる。

 

 音楽は、私にとって元気をくれるものだった。

 いつか私も、音楽で人々に元気を与えたい。

 

 そんな夢を幼いながらにも抱いていた。

 

 

 

 では、いつからだろう。音楽を諦め始めたのは。

 

 

「私、大きくなったら有名なピアニストか、アイドルになりたい!」

 

 

 両親にそう話せなくなったのは、いつからだろう。

 歳を重ねるにつれ、私は気づいていった。

 

 私の足下には、レールが敷かれている。

 それは抗いようもない、厳重に敷かれたものだ。

 生まれた時から決まっていたのだ、私の人生は。

 

 

 そう思った途端─────全てが冷めた。

 

 

 中2の頃から、勉強を本気で始めた。

 元から才能はあったようで、少し本気を出すと簡単に成績が伸びた。

 このまま順調に勉強を続ければ、親が望む医学部にも行けるはずだった。

 

 

 

 ──────ああ、これが私の人生なんだ。

 

 

 

 親から与えられた道を、ひたすら歩く。

 面白くもなんともない、つまらない人生だ。

 

 でも、両親に対する感謝の気持ちはあったし、何より医者が嫌いなわけではなかった。

 幼い頃見た、病院で働く両親の後ろ姿。

 あの姿を見て、憧れを抱いた自分も確かにいた。

 自分も、両親と一緒に医療の現場に立てたら。

 

 …少しずつ、医者になる事を嫌とは思わなくなっていった。

 

 

 でもどれだけ諦めても

 

 

 医者になる道を受け入れようとしても

 

 

 

 ─────音楽は…音楽だけは捨てられなかった。

 

 

 

 アイドルはやっぱり私に元気をくれたし、ピアノに触っている時間だけは私はすべてを忘れて幸せな気持ちになれた。

 

 ─────私もいつか、あのステージに立てたら。

 

 そう思った事が、何回あっただろう。

 その度に、自分の足元のレールを見て愕然とする。

 それの繰り返しだ。

 

 

 そんな葛藤を心の中に抱えたまま、高校生になった。

 

 放課後になると、誘われるように音楽室に足を運んだ。

 

 

 ─────歌った。すべてをさらけ出すように。

 ─────弾いた。すべてを忘れさるように。

 

 

 幸せだった。ただそれだけでよかったのに。

 

 

 

「───────アイドル、やってみない?」

 

 

 同じ言葉を投げかけてきた2人の先輩の顔を思い出す。

 心が揺らがなかったと言えば嘘になる。

 寧ろ、飛びつきたいくらいだった。

 

 でも、心の中には、そんなことをしている暇はないという自分もいて。

 その通りだ。そんなことをしていたら医者になんてなれない。

 

 

 

 じゃあアイドルを諦めてまで医者になりたいのか?

 ──────答えは出ない。

 

 じゃあ医者になるレールを投げ出して、アイドルへと手を伸ばしたい?

 ──────答えは出ない。

 

 

 

 そんなどっちつかずの自分を見透かされ、先輩に投げかけれた言葉が頭から離れない。

 

 

『─────君が本当に“やりたいこと”は、何?』

 

 

 

 その時、答えが出せなかった。

 それほどまでに自分は中途半端な考え方をしていたのか。

 

 ─────自分が心からやりたいことは。

 

 昨日一日中自分に問い続けた。

 答えは、まだ出ない。

 

『“意思”のない行動に、結果はついてこない』

 

 先輩がくれた言葉は、他の誰に聞くよりもひどく重く感じた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「まーきちゃん」

 

 突然呼びかけられた声で私の思考は現実へと戻る。

 

「……穂乃果先輩、海未先輩…」

「やっぱりここにいたんだね!…うん、やっぱり真姫ちゃんには、ピアノがよく似合ってるよ!」

 

 穂乃果先輩の悪気ない言葉に、私の心にチクリとトゲが刺さる。

 昨日もこれで、小泉さんを傷つけてしまった。

 そう、相手に悪気なんてないのだ。

 悪気がないが故、批判しようもない。

 

「……先輩に何がわかるんですか」

 

 だから、返しに自然と毒が含まれてしまう。

 ここが自分の可愛くないところだ。

 どこまでも素直になれない、そんな自分に嫌気がする。

 

 

 

「─────わかるよ!

真姫ちゃん、音楽のこと大好きでしょ?

だから、私達と一緒にやろうよ!アイドル!」

 

 

 

 この言葉は…悪気がないと言っても、許せなかった

 

 

 人の気持ちを知ったふりして、何をぬけぬけと

 

「─────わかってない!

何もわかってないわよ!!

私がどんな気持ちで音楽に向き合ってるか!!

あなたは何にもわかってない!!

 

好きっていう思いだけで続けられるなら私だってそうしたい…!!

でも、それが出来ないから!!私は……私は…」

 

 

「…西木野さん…」

 

 

 

「──────なんで続けられないの?」

 

 

 

 悲しそうな顔をしている海未先輩と対照的に、穂乃果先輩が私に問いかける。

 

 

「……私は、医者にならなくちゃいけないんです…!もう、音楽はしないんです…!」

 

 

 

「───────どっちもやればいいじゃん!」

 

 

 

「────え………?」

 

「お医者さんになって、音楽も続ける!

 

─────それじゃダメなの?」

 

 

 穂乃果先輩は、あくまで笑顔だ。

 本気で、そう言っている。

 

 

「真姫ちゃんは、お医者さんになりたいの?アイドルになりたいの?」

「それは……」

 

 此の期に及んで、私はまだ決められなかった。

 

 

 

 医者になりたい?──────違う。

 

 アイドルを始めたい?──────違う。

 

 

 

 ────“アイドル”にも“医者”にもなりたい……!

 

 

 

「────────やりたいわよ……」

 

 

 

 それを口にすると、あとは一瞬だった。

 

 

 

「やりたいわよ!アイドル!!

私だって、あのステージに立ちたい!!

ずっとそれが夢だった!!

─────でも!やっぱり医者にもなりたいの!

朝日先輩にはああ言われたけど、この気持ちは後付けなんかじゃない!!

どちらか一方を選べなんて……そんなの出来っこない!!」

 

 

 

「───────だったら、2つとも選んじゃえばいいんだよ!」

 

 

 

「そんなこと…!出来るわけない!!」

「出来るよ!!」

「っ!?」

「真姫ちゃんなら、出来るよ!だってこんなに歌もピアノも上手で、勉強もできるんだから!絶対にできる!」

「っ…!…そんなの……理由になってない!」

 

 

 

「──────不思議でしょう?」

 

 

 

 半泣きで半ば意地になって叫んでいた私と穂乃果先輩を遮り、海未先輩が私に話しかける。

 その声は決して大きくはなかったがよく通る声で、不思議と私を落ち着かせた。

 

「海未先輩……」

「穂乃果に励まされると、不思議とできる気がするんです。

 

今までも、勇気がなくてあと一歩が踏み出せない私に勇気をくれたのは、いつも穂乃果だったんです。

 

…今西木野さんは、自分の口で初めて言ってくれましたね。

──────『アイドルがやりたい』と」

 

「…!」

「その気持ちがあるなら。あとは踏み出すだけですよ?

 

一見不可能な思いつきを可能にするのは、“やりたい”という気持ち。

 

穂乃果がそれを、私たちに教えてくれたんです」

 

 

 

 

『“意思”のない行動に結果はついてこない』

 

 

 やりたいって気持ちがあれば

 

 

 私もやれるのかな?

 

 

 

 

「……できると、思いますか…?

 

 

勉強と音楽の両立……

 

 

私に、出来ますか……?」

 

 

 

 怖い

 

 あと一歩が踏み出せない

 

 そんな背中を押してくれた

 

 2つの優しい手

 

 

 

 

「────大丈夫ですよ」

 

 

「私たちが、ずっとついてる!」

 

 

 

 

 

 少しだけ

 

 我が儘になってみてもいいかしら

 

 

 

 

「──────やります。

 

 

私をμ'sのメンバーに、入れてください…!」

 

 

 

 

 やってみせる

 

 音楽も、勉強も、どっちも全力で

 

 それが私の“やりたいこと”だから!

 

 

 

 

「やったー!まきちゃーん!!」

 

 穂乃果先輩が私に飛びついてくる。

 

「うわっ!ちょ、ちょっと先輩っ!」

「ありがとう!ほんっとーにうれしいよ!」

「も、もう……!」

「──────西木野さん、これを」

 

 海未先輩が私に差し出したのは、一枚の紙。

 

「これは……?」

「優真先輩が、『西木野さんが覚悟を決めたらこれを渡してくれ』と」

 

 

 私はその紙の中身へと目を通した。

 

 

『西木野さんへ

 

まずはμ'sに参加してくれて本当にありがとう。

君の作った歌がまた聞けると思うと嬉しいよ。

そして昨日は本当にごめんなさい。

西木野さんの気持ちを確かめるためにあんなことをしてしまって、本当に申し訳なく思う。

 

 

君の夢は、後付けなんかじゃない

立派な夢だ。

その夢を聞いて、俺はあの時凄いとさえ思った。

でも、俺はわざと君を傷つけた

君が傷つくと知っていながら。

謝っても許してもらえないかもしれない

それも仕方ないと思ってる

 

でも、これだけは言わせて欲しい。

 

君は一人じゃないんだよ?

これからは俺ももちろん、穂乃果や海未、μ'sのみんなが、君の味方だ。

君が素直になれなくったって

それで離れていく人なんてμ'sにはいない。

 

だから、もっと人を頼って欲しい。

俺が無理なら、穂乃果達でもいい。

 

1人でいようと、しないでくれ

 

君の夢は、俺たち全員の夢だ。

 

だから、』

 

 

 

「うぅ……っ……どう……して………」

 

 そこまで読むのが限界だった。

 涙で霞んで、文字が読めない。

 

 

 あんなにひどい言葉を放って

 

 

 あんなにひどい態度をとって

 

 

 あんなにあなた達を傷つけた私に

 

 

 

 ────どうしてみんなこんなに優しいの。

 

 

 

「─────大丈夫だよ、真姫ちゃん。

 

 

 

─────“もうひとりじゃないよ”」

 

 

 

 

「うぅ…………っ……」

 

 

 私は穂乃果先輩に抱きしめられながら泣いた。

 久しぶりに感じる、人の温もり。

 

 “もうひとりじゃないよ”。

 

 穂乃果先輩から放たれた言葉は、私の心ごと温もりで包んでくれた。

 誰かに支えてもらうことが、こんなに嬉しくて、心地いいなんで知らなかった。

 私はその温もりを感じながら、ただただ泣いた。

 

 

 

 

 

 

「…………」

「もう!なんでそんなに機嫌悪いの真姫ちゃん!」

「うるさいです!話しかけないでください!」

 

 ……思い返すと恥ずかしい。

 あんなに泣いてるところを人に見られたのは初めてなわけで…

 

 

「穂乃果先輩のせいです!」

「えぇー!?私!?私が悪いの!?」

「穂乃果……声が大きいですっ」

「……ふふっ」

「あ!見ちゃったよ!真姫ちゃん今笑ったー!可愛いーっ!」

「なっ…!う、うるさいです!ほら行きますよ!」

「あぁ、まってぇ〜!」

 

 

 

 ──────こんな何でもない会話さえ楽しくて。

 

 

 

 

「─────ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 誰にも聞こえない声で、私はそう囁いた。

 

 

 




一年生一人目、μ's加入です!
この小説で真姫にはあまり出番をあげられてなかったので、作者自身も安心しています!
さて、残り2人の話もよろしくお願いします!


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Venus of Green 〜蕾が花開く時

 

 

 

『アイドル』。

 

 それは私の憧れで、目標で、誇りで……

 

 私の夢。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 幼い頃の私…小泉花陽は今よりもずっと自分に自信を持ってなかったと思う。

 いっつも幼なじみの凛ちゃんと一緒で、凛ちゃんについていくだけだった。

 それでいいと思っていた。

 周りに波風を立てず、他の人のいくままに流される。

 これが争いを避けて、人と上手くやっていく方法。

 だから私から他の人に自分の意見を言ったりすることなんてほとんどなかった。

 

 そんなある日、ほんのちょっぴりだけ私を変えてくれた男の子が現れた。

 

 

 ─────凛ちゃん家の近くに引っ越してきた、“朝日優真”っていう2つ上の男の子。

 

 

 凛ちゃんのお母さんと優真お兄ちゃんのお母さんが友人らしくて、二人はよく遊んでた。

 私も、凛ちゃんに連れられて優真お兄ちゃんと一緒にいることが多くなった。

3人で色々な遊びをした。毎日がとっても楽しかった。

 

 

 

「花陽は、何がやりたい?」

 

 

 

 優真お兄ちゃんは、必ず私の意見を聞いてくれた。

 これは凛ちゃんと二人で遊んでいるときには絶対になかったことで。

 

 

 

「花陽、やんねーの?」

 

 

 

 これも優真お兄ちゃんの口癖。

 何でも臆病だった私に勇気をくれた言葉。

 優真お兄ちゃんはこれを私に向けていつも笑顔で言ってくれて、そしてそれを聞くと私はとても元気になれた。

 この言葉のおかけで、自分一人じゃ絶対にできなかったようなことも、たくさんできた。

 

 優真そんなお兄ちゃんの優しさが…嬉しかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「花陽ちゃ〜ん!」

 

 私が教室を出ようとしたとき、ことり先輩に声を掛けられました。

 今日は凛ちゃんは用事があるといって先に帰っています。

 だからアルパカさんに餌をあげてから帰ろうと思ってたんだけど……どうしたんだろう。

 

「ことり先輩。どうしたんですか?」

「よかった!まだ教室にいた!…ちょっと話があるんだけど、大丈夫?」

「は、はい!大丈夫です!」

「……あなたが花陽?」

 

 そこで私は、ことり先輩の横に立っていたもう一人の人に初めて気づきました。

 

「あ、は、はい!初めまして!小泉花陽です!」

「そんな堅くならなくて大丈夫よ。……私は矢澤にこよ。にこって呼んで」

「は、はい、にこ先輩…!」

 

 よかった、優しそうな人だ。

 

「じゃあ、部室に来てもらえる?」

「? 部室ですか…?」

「うん!……あ、忙しい?」

「あ、いえいえ!……ただ、飼育委員の仕事でアルパカのお世話しなくちゃいけなくて……それからでもいいですか?」

「アルパカ!?私もいく〜!」

 

 『アルパカ』という単語が私の口から放たれた瞬間、ことり先輩が瞳をキラキラと輝かせながら私に詰め寄ってきました。

 

「ちょ、ことり!?……はぁ。私は部室で待ってるから、終わったら帰って来なさい」

「はぁ〜い♪いこ!花陽ちゃん!」

「あ、はい…」

 

 ことり先輩…すごくたのしそう…

 何故か私が先輩についていく形になって、私たちは飼育小屋へと向かいました。

 

 

 

 

 

 

「……遅かったわね」

「うぅ…ごめんなさい…」

「ち、違うんですにこ先輩!ことりがアルパカさんに夢中になっちゃったから……」

「……まぁそんなことだろうとは思ってたわ。…早く座って」

 

 あの後、その場を離れたがらないことり先輩をなんとか説得して、私達はアイドル研究部の部室に戻ってきました。

 

 

「…それで、私はどうしてここに……?」

 

 

 

「──────花陽、私と勝負しなさい」

 

 

 

「え……?勝負……?」

「そう、勝負よ。聞くところによると、アンタなかなかアイドルについて詳しいそうじゃない。アンタとにこ、どっちがアイドルに詳しいか……決着をつけましょ!」

 

 

 その言葉で…私の中の何かに火がつきました。

 

 

「えぇ!そんないきなり…!

 

 

……でも、いいんですか?

 

 

 

─────多分私が勝ちますよ?」

 

 

 

 

「なっ……!」

「あの花陽ちゃんが…煽った…!?」

「…へぇ、面白いじゃない…!そのプライド、ギッタギタにしてあげるわ!」

「望むところです……!」

 

 負けるわけにはいかない。

 『アイドル』は私の誇りなんだから…!

 

 

 

「はいっ!では私が審判をしますっ!

ルールは早押し対決!2人が机に向かい合って、机の真ん中に置いてある一つのボタンを早く押した方が解答権を得ます!

正解すると1ポイントで、相手に3ポイント差をつけた方が勝ちです!

問題は全部で50問あるけど、さすがにそこまではいかないよね?

では、早速始めましょう!」

 

 

「──────手加減しませんよ、先輩…!」

「ふん!ストレートで屠ってあげるわ…!」

「にこ先輩言葉が怖いよ……。で、では第1問!

 

 

────大人気スクールアイドル“A-RISE”のデ」

 

 

 ──────簡単ッ!

 

 

 しかし私がボタンを押そうと手を伸ばしたその時には─────

 

 

 ピンポーン!

 

 

 すでに先輩がボタンを押していました。

 

 

「な…!」

「速い!にこ先輩!」

 

「“private wars”」

 

 

「せ、正解!『A-RISEのデビュー曲はなんでしょうか』という問題でした!にこ先輩1ポイント獲得です!」

「────それがアンタの本気?たいしたことないわね」

「くっ……!」

 

 

 

 もっと……もっと早く……!

 もっと感覚を研ぎ澄ます────!

 聴覚で…視覚で…五感すべてで問題を解く…!

 

 

 

「では、第2問です!

 

 

 ────最近頭角を現してきた男性5人組アイドル、“トルネード”のメンバーの平」

 

 にこ先輩の手がボタンに伸びる。

 

 

 

 私はそこから手を思い切り水平に振り

 

 

 先輩とボタンの間に手を滑り込ませ

 

 

 ボタンを押しつつ横に弾き飛ばすように振り抜いた。

 

 

 

「ひいぃ!?」

 

 ボタンは轟音を上げながらすごい勢いでことり先輩の横を通過し、壁に衝突した後床に転がった。

 

 

「は、はなよちゃん…!」

 

 

「──────公式サイトの立ち位置で左から順に22、23、26、21、25歳で平均年齢は23.4歳、でも3日前にメンバーの一人の“竹潤”が誕生日を迎えたので23.6歳です」

 

 

「せ、正解!パーフェクト!問題は『トルネードのメンバーの平均年齢はいくつでしょうか』という問題でした!」

 

 

「……なによ、今のちはや◯る見たいなボタンの押し方は…」

「……勝つためですから…」

「─────やっと目が据わったわね、花陽…いや、“オタ陽”。これでにこも本気を出せそうね…!」

「絶対負けません……!」

「うぅ、私、大丈夫かなぁ……」

 

 

 こうして私、オタ陽とにこ先輩の本気の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……正直、想定以上だわ…!アンタがここまでやれるなんてね……!」

「わ、私も…びっくりですよ……!まさか…私の知識についてこれる人がいるなんてっ……!」

「うぅ……なんでこうなるのぉ〜〜」

 

 不敵な笑みを互いに浮かべる私とにこ先輩、そして半泣き状態のことり先輩。

 現在の得点は、私が25ポイント、にこ先輩が24ポイント。

 次が最終問題なので、私が負けることはあり得ないが、“オタ陽”の辞書には、生憎勝利以外の2文字はあり得ない。

 相手は最高の好敵手。気を抜けば一瞬でやられる…!

 

 

 

「では、最終問題です!

 

 

 

──────花陽ちゃんは、スクールアイドルがやりたいですか?」

 

 

 

「え……?」

 

 私の張り詰めていた意識は一瞬にして途切れ、“オタ陽”から花陽へと戻りました。

 

 

「くっ……これは難問ね……。

────花陽にしかわかりそうにないわね」

 

「せ、先輩……?」

 

「花陽、これまでの戦いであなたがどれだけアイドルを愛してるか伝わってきたわ。あなたは私と同等か、それ以上の愛を持ってる。

並みの愛じゃこのまではやれないはずよ。

……そんな思いを持ってるからこそわかるわ。

あなただってあるでしょう……?

 

憧れのステージに立ちたい、夢に近づきたいと思ったことが」

 

「…!」

 

「……自信がないっていう気持ちはわからなくはないわ。でもね、誰だって最初から自信があるわけじゃないわ。

 

 

いい?

 

 

自信ってのはね、“努力して積み上げる”物なのよ。

 

 

たくさん練習して、苦しい思いもして……そうやって積み上げていった自信が、ステージに立った時、初めて輝くの……!」

 

「努力して……積み上げる物……」

 

「─────花陽ちゃん。私、運動も苦手だし、踊りも得意じゃないし、正直、アイドルには向いてないと思う。

それでも一生懸命努力して、この間ステージに立って、にこ先輩に認められて……。

本当に嬉しかったの!そして、本当に楽しかった!

またやりたいって思えたの!

だから────“スクール”アイドルに向き不向きなんてないと思うの。努力して得られるあの喜びは、誰にでも平等だと思うの!」

 

 

「努力して得られる、喜び……」

 

 

「そう。そしてその努力の原動力になるのが───

 

─────“やりたい”って言う気持ちよ」

 

 

「……!」

 

 

 自信は努力して積み上げる物。

 

 努力して初めて得られる喜び。

 

 大切なのは─────“やりたい”という気持ち。

 

 

 それでもまだ……

 

 私には勇気が出ない。

 

 

「────では!ここで花陽ちゃんへ、ある方からのヒントを送ります!」

 

 突然ことり先輩が、司会口調に戻りました。

 

「ヒント……?」

「そう!ヒント!ではいきますよ?んっ、んんっ!

 

 

 

 

 

─────『花陽、やんねーの?』」

 

 

 

「──────!!」

 

 

 

 それは、昔に聞いた私にとっての魔法の言葉

 

 

 

 いつもあと一歩が踏み出せない

 

 

 

 そんな私の背中を押してくれた優しい言葉でした。

 

 

 

「ふ…ふふっ…。こ、ことり、アンタ……全然似てな…ふははっ」

「に、にこ先輩ーー!笑わないでくださいよ〜!結構本気で頑張ったんですよ!?」

「ご、ごめん…でも…っはははは…」

 

 もう〜と言いながら顔を赤くして怒ることり先輩と、それを見てさらに笑うにこ先輩。

 そして私もつられるように笑いました。

 何故か涙が目からこぼれました。

 

 

 

 ────3人で一頻り笑った後、私に差し出された、1つの手。

 

 

 

「─────私達と一緒に頑張りましょう?花陽」

 

 

 笑顔で問いかけるにこ先輩。

 ことり先輩も、笑顔で私を見てくれています。

 

 

 そして確かに感じた、私の背中を押してくれた優しい手。

 

 

 

─────ありがとう、優真お兄ちゃん。

 

 

 

 私は差し出された手を、ゆっくりと取った。

 

 その手の上にことり先輩の手が重ねられる。

 

 

 

 そしてことり先輩はその手をそのまま下ろし

 

 

 ボタンを押した。

 

 

 ─────ピンポーン!

 

 

 

「……やりたい、です……!

 

 

私を……μ'sのメンバーにしてくださいっ……!」

 

 

 

 

 半分泣きながら、私は“答え”を出した。

 

 

「せいかーい!26対24で花陽ちゃんの勝ち!」

「……誇っていいのよ、花陽。あなたはアイドル研究部部長に勝ったんだから。あなた程μ'sに相応しい人なんていないわよ」

「うぅ……うぁぁん……」

 

 

 何故だか涙が止まらない私を、2人は泣き止むまでずっと見守ってくれていました。

 

 

 

 

「……ありがとうございました…。なんか、スッキリしました」

「いいのよ。気にしないで」

「それじゃ、行こ!みんなも多分待ってるよ!」

「みんな…?」

「そう…“残りの2人”もね」

「……!」

 

 あの2人も────一緒に。

 その事実だけで、私はとても嬉しくなりました。

 

「ほら、行くわよ花陽」

 

 

 

 

「あ…にこ先輩、1つ、いいですか?」

 

 

私にはまだ、1つ心残りがあります。

 

 

 

 

「──────もう一戦、しませんか?」

 

 

 

「ゑ?」

「──────何ですって?」

「…あんな形の勝利じゃ、納得いかないんです。今度こそ、完全勝利してみせます…!」

「─────へぇ、面白いじゃない……!

いいわよ、受けて立つわ!!

──────ことり!準備しなさい!」

 

 

「えぇーーー!なんでこうなるの〜〜!?」

 

 

 

 

 私は今、一歩踏み出した。

 

 これから一生懸命頑張ります!

 

 夢を叶えるために!

 

 

 

 

 




というわけで、花陽加入です!
この小説では凛と2人でいることが多く、あまり彼女に関して触れることがなかったのですが、今回いかがだったでしょうか。
花陽の第二人格、オタ陽に関しては完全にオリジナルです笑
本当の花陽ちゃんはあそこまで人を煽ったりはしません!悪しからず。
さて、次回の話なのですが、途中まで書いていた7000字が消し飛びました( ^ω^)
なので、明日明後日の投稿は厳しいかもしれません。
できるだけ早く書き上げますので、ご理解をお願いします泣
では、今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等おまちしております!


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Venus of yellow 〜輝く星

明日明後日の投稿は厳しいと言ったな。
あれは嘘だ。
ってなわけで、無事なんとか書きあがりました!
今回は凛ちゃん勧誘回です!


 

 

 

 私、星空凛は走っていた。

 理由は簡単、待ち合わせをしているある人の元へと走るため。

 珍しいな、向こうから凛を誘ってくれるなんて。

 最近μ'sの練習が忙しくて大変だったみたいだけど、無理とかしてないかな…?

 そんなことを考えながら待ち合わせ場所の校門へ辿り着くと、もう既に凛を待っていてくれた。

 

 

 

「─────優兄ィ!」

「ん、凛。悪いな、いきなり呼び出して」

「大丈夫にゃ!こっちこそ遅れてごめんなさい」

「気にすんな。……んじゃ、行くか」

「え?っていうか今日は何の用で……」

 

 

 

「──────遊びに」

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

「んにゃーーー!楽しいーーー!」

 

 遊びに行く、と言った優兄ィは本当に遊ぶつもりだったようで、凛たち2人はカラオケとボウリングをした。

 他の女の子と行くときは恥ずかしくて歌えない大好きなアイドルの曲も、優兄ィが相手なら歌えた。

 だって、凛みたいな男っぽい子が可愛らしいアイドルの曲なんて……変だもん。

 でも優兄ィは私の好きなものを理解してくれるから、そんな遠慮はいらない。

 凛は久々のカラオケを本気で楽しんだ。

 

 そしてボウリング。自分で言うのもなんだけど、凛はボウリングが大の得意。

 かよちんはもちろん、優兄ィにも勝てる自信がある。そして実際、今回の勝負は凛の勝ちだった。

 

 

 

 ─────あぁ、楽しいな。

 

 こんなに楽しいのは、久しぶりだ。

 

 なんでだろう?

 

 

 

 ─────優兄ィが、笑ってるからかな?

 

 

 

 音ノ木坂に通うようになってから、優兄ィは少しずつ“変わった”。

 ……いや、正確に言うと“戻った”が正しい。

 出会った頃の、明るくて、笑顔がよく似合う優兄ィに。

 忘れもしない、中学の頃起きた優兄ィの笑顔を奪ったあの事件。

 あれのせいで、優兄ィは全てを失い、全てを拒むようになった。

 でも、高校に入って希ちゃんと再会して、絵里先輩やことり先輩たちと友達になって、優兄ィは少しずつ、明るくなった。

 本当に、みんなには感謝している、

 凛一人じゃ、何の力にもなってあげられなかったから。

 だから、優兄ィと一緒に笑って遊べるこの時間が、たまらなく嬉しくて。

 

 

 

「だぁぁぁ!くっそ!また凛にボウリング負けた!」

「優兄ィも上手な方だけど……凛に言わせればまだまだだにゃ」

「抜かせ!次は倒す!……さて、カラオケは俺の勝ちで、戦績は1勝1敗か…。

…んじゃ、“アレ”で決める?」

 

 “アレ”とはもちろん…ダンスゲームのことだ。

 

「へぇ〜、いいのかにゃ?凛勝っちゃうよ?」

「俺もあれから鍛えたからな…リベンジと行かせてもらうぜ、凛!」

 

 

 そして凛たちは、ゲーセンへと向かった。

 

 

 

 

「……お、あったあった…ってなんだあれ」

 

 凛たちがやろうと思っていたダンスゲームには、行列ができていた。

 

「なになに……ペアバトル大会?

優兄ィ!大会だって!久しぶりに凛たちも出ようよ!」

「おぉ、面白そうだな!今からでも間に合うかな?すいませーん」

 

 優兄ィが受付の人と話している。

 しばらくすると優兄ィが戻ってきた。

 

「エントリーできたけど、もう“ultimate”しか空いてなかった。大丈夫だよな?」

「もちろん!逆にultimateじゃないと簡単に勝てちゃって面白くないにゃ!」

 

 凛たちが普段やっているダンスゲームには、5つの難易度がある。

 

 easy→normal→hard→expertときて、最も難しいのがultimate。

 通い詰めている手練れでも、油断しているとあっという間にゲーム失敗になってしまうのがこの難易度。

 

「さすが凛、頼もしいよ。エントリーしてるのは俺ら合わせて4組で、一気に優勝決めるらしい。

8人全員同じ曲やって、その合計で競うんだと」

「ん!了解にゃ!」

 

 

 

「おいお〜い見ろよ兄弟、こんな大会に腐れリア充が参加してやがるぜオオィ!」

 

 

 

 優兄ィから説明を受けていると、片方は金髪にオールバック、もう片方は銀髪で横髪を完全に刈り上げている、今時もはや絶滅危惧種の風貌をしたチャラ男二人に絡まれた。

 

 

「本当ですね兄貴!この大会も腐ったもんですねぇ!オイコラ、ガキ2人仲良くeasyでイチャイチャしてな」

「……なんですかいきなり」

「オイオイ、俺たちをしらねぇのかよ!!巷で噂のダンシングブラザーズの俺たちをよ!」

「すまん、知らん」

「かっはぁぁぁ!こぉりゃぁホンットーにシロートだなお前ら!!体使う前に勉強から出直してこいや!」

 

 

「優兄ィ、どうしよう。すごい弱そう」

 

「うん、俺もそう思ってたところだ」

 

 

「あぁん!?舐めた口聞いてんじゃねぇぞ!!

いいかぁ?兄貴はこのゲームの全国ランクAクラスのハイレベルランカーなんだよ!

お前たちごとき、眼中にもねぇんだよ!!」

「…ふぅん」

 

 優兄ィも凛も、笑顔でそれを聞き流した。

 

「くぅぅぅ!!腹たつぜお前ら!!ぜってえボコボコにしてやる!!」

 

 そして、ultimate戦の幕は開かれた。

 司会がどんどん進行していく。

 

『では、ultimateの参加者の皆さん!

皆さんが今回挑戦する楽曲は……こちら!』

 

「……!あれは…」

「最近追加された新規楽曲…!

しかも難易度は歴代最強と言われている…」

「おぉ?やる前から怖気付いたかぁ?吠えずらかく前に帰るなら今のうちだぞぉぉ?

っははははははは!!」

 

 

 ……そろそろ嫌になってきたなぁ。

 

 

 

「──────ねぇ、お兄さんたち」

 

 

「あ?」

 

 

「──────凛たちに構わないでもらえます?

 

 

 

──────眼中にないから」

 

 

「なっ……このガキ…!」

「ほら、お兄さんたちの番ですよ」

「くっ……見てろよこのっ……!!」

 

 

 最初の挑戦はダンシングブラザーズからだ。

 

 確かに言うだけのことはある。

 2人の合計スコアはAランク。

 上から2番目のランクで、好スコアと言える。

 

 

 その後、残りの2組も善戦したが、ダンシングブラザーズには及ばなかった。

 

 

「おいおいおい!この大会には雑魚しかいねぇのかよ!!なぁ兄弟!」

「本当だぜ兄貴!弱すぎて話にもなんねぇよ!!」

 

 あぁもう。本当にめんどくさい。

 

 そう思っていた時だった。

 

 

 

 

「───────うるせぇよ」

 

 

 

 

 優兄ィが2人に声をかける。

 その声にいつもの優しさは全く感じられない。

 

「あ?なんだ?」

「さっきから黙って聞いていれば……人を貶すことしかできないのか?たいした実力もねぇくせに。口だけは立派なもんだなお前ら」

「あぁ!?んだとゴルァ!?」

 

 

「─────うるせぇっつってんだろ」

 

 

「っ…」

「黙って見てろ。2度とそんな口叩けねぇようにしてやる。…凛、行こうか」

「うん!わかったにゃ!」

 

 最後の凛を呼ぶ声は、いつも通りの優しい優兄ィのものだった。

 

「最初は俺からでもいい?」

「うん!優兄ィ、頑張るにゃ!」

 

 ありがとう、と言って優兄ィはゲームマシンへと足を乗せた。

 このゲームのルールは単純。

 上から流れてくる矢印にタイミングを合わせて自分の足元に対応した上下左右のパネルを踏むだけ。

 

 そして曲が始まった。

 

 

 

 

 

「な…なんだよあれ…兄弟……」

「あ、ありえねぇよ兄貴…!フルコンボだと!?」

「ふぅ……んじゃ凛。

 

──────トドメ刺して来い」

 

「はーい♪」

 

 

 優兄ィの言葉に元気よく返事をして、凛もゲームマシンに足を乗せる。

 

 絶対に倒す。

 あの2人は絶対に許せない…!

 

 曲が、始まる───────。

 

 

 

「う、嘘だろ……?」

「2人連続フルコンボだと……?」

 

 

 

「だから凛が言っただろ?

 

 

─────眼中にもねぇんだよ、お前らなんざ」

 

 

 

 合計スコアは、Sランク。

 文句無しの完全勝利だった。

 

 

『決まったー!優勝は星空凛さん、朝日優真くんの2人です!おめでとうございます!』

「いぇーい!やったやった!」

 

 優兄ィと大きくハイタッチを交わす。

 周りの人たちも、あの2人には嫌気がさしていたようで、温かい拍手が凛たちを包んだ。

 

「くっそ……こんなガキに!!」

「あ、兄貴…こいつらもしかして…星空に、朝日って…『輝星』と『暗舞』じゃ…!?」

「なんだと…!?あの全国Sランカーの…!?こいつらが……!?」

 

 

 あぁ、その通り名、まだ生きてたんだ……。

 

 昔、優兄ィとかよちんとゲームセンターに通ってあらゆるダンスゲームの全国ランキングに名前を連ねる遊びをしていた。

 そしてそれで自信を得た凛たち三人は、ダンスゲームの大会へと参加しまくった。

 そこで結構高順位を独占していたら、その噂がネットで広まり、『輝星』、『暗舞』、『妖精』と言う通り名がダンスゲームオタクたちの間で蔓延した。

 

 それを見た凛たちは大会にも出なくなったから、完全に廃れたと思ってたんだけど……

 その名前を知っている限り、この2人もなかなかのダンスゲームオタクのようだ。

 

 

 

「調子乗った真似してすいませんでした!俺たち、お二人の大ファンです!!」

「も、もう大丈夫だから、顔をあげてくださいにゃ……」

 

 凛たちの事がバレてから、2人はただただ平謝りだった。

 

「いやいや!本当に無礼を働いてしまい……なんとお詫びしたらいいか…」

 

 

 

「あー、それじゃあ。

 

────もうあんな風に人を馬鹿にするの、やめてください。

んで、たくさん練習して、もっと上手になってください。

────そして、また俺らと勝負しましょう。

それで、どうですかね?」

 

 

「「………おぉ……!」」

 

 

ダンシングブラザーズが、瞳に涙を浮かべて優兄ィを見ている。

 

 

「「ありがとうございます!兄貴!」」

 

 

「兄貴ィ!?」

「感激しました!俺たちを弟子にしてください兄貴!」

「兄貴の兄貴だから……大兄貴!!」

「いや、ちょっと……まって!いらないから!弟子とかいらないから!!」

「ふふっ……あはははは!」

 

 泣きながら優兄ィに頭を下げるブラザーズと、

 それを見てあたふたする優兄ィが面白くて、凛も笑った。

 

 

 

 

 

 

「ったく……酷い目にあった…」

 

 ブラザーズから開放された凛たちは、近くの公園のベンチに移動して休憩していた。

 凛が座って待っていると、優兄ィがジュースを2本持って帰ってきた。

 

「ほらよ」

「えっ。これ、お金……」

「さっきのダンス。どっちもフルコンボだったけど、お前の方がスコアが高かった。だから凛の勝ち。これは賞品だ」

「あ、ありがと……」

「ん」

 

 少し運動した後なので、優兄ィのくれた炭酸飲料は心地いい。

 優兄ィも、凛の隣に腰掛けた。

 

「まーた凛に負けた…今回こそは勝った、って思ったんだけどな。お前、一人でも練習してただろ?」

「えっ?…うん。やっぱ体動かさないとソワソワしちゃうから」

「だよな。凛全然鈍ってねぇもん。

──────部活は決めた?」

「────ううん、まだだにゃ。

ダンス部に入りたかったけど、音ノ木坂にはないから…。何にしよう、って考えてたらもうこんな時期になっちゃって、今更入りにくい、っていうか……」

 

 

「─────ならさ、アイドル研究部入らない?」

 

 

「え……?」

「うん。そこなら俺もいるし、思う存分ダンスもできる。──────お前が密かに憧れてる、アイドルにもなれる」

「っ……!」

 

 

 これが本題か。

 直感的にそう思った。

 

「──────凛には無理だにゃ」

「なんで?」

「だって……凛、可愛くないし、髪もこんなに短いし─────女の子っぽくないし」

「……それが本心?」

「うん、そうだよ……」

 

 

 

 

 

「──────じゃあずっとそう思ってろよ」

 

 

 

 

 

「っ……!」

「なんで傷ついてんの?凛が自分から言ったことだろ?

もしかして“そんなことはないよ”って言って欲しかったのか?

 

いやいや、俺は凛の味方だから、いつでも凛の言うことには賛成だよ。

 

──────凛の言う通りだよ。

 

お前は可愛くないし、髪も短いし、女の子っぽくもない。

──────アイドルなんて似合わない」

 

「っ…」

 

 優兄ィの言うことは…間違ってない。

 ただ、凛がさっき自分で言ったことを認めただけ。

 

 なのに。

 

 ─────こんなに苦しいのは、どうして…?

 

 

 

「これで満足なんだろ?」

 

 

 ──────あぁ。

 

 

 優兄ィに言われたから、か。

 

 

 

「…何も言わないのか?お前のアイドルへの思いはその程度って事かよ。

……少しお前を過大評価しすぎてたのかもな。

お前なら、俺にこんなこと言われたら反抗してくると思ったんだけど。

 

 

本気で叶える気がないなら

 

夢に縋り付くなんてやめちまえ」

 

 

「……………………」

 

 

 

 何も…言い返せない。

 

 自分で言った言葉に傷ついて

 

 それを優兄ィに指摘されてまた傷ついて。

 

 どこまでも身勝手な自分に腹がたつ。

 

 

「……ごめん……なさ」

 

 

 凛の口から放たれようとした謝罪の言葉は、途中でかき消された。

 

 

 

 ────優兄ィから突然抱きしめられると言う行為によって。

 

 

 

「───────嘘だよ、ごめんね」

 

 

「!? えっ!?ちょっと、優兄ィ!?ななななななにして…」

 

 

「……ちょっと意地悪だったな。

凛がどんな気持ちであんなこと言ったか分かってて、お前を傷つけた。

凛が謝ることなんて何もない。

悪いのは俺だ」

 

 

「ちょ…!優兄ィ!こ、ここ公園っ…!」

「────────知るかよ、そんなこと。

 

俺からしたら、俺のせいで泣きかけてる幼なじみ慰める方が大切だ」

 

「…!」

 

 優兄ィに気づかれないようにと、うつむいて誤魔化していた涙はバレバレだったみたい。

 

 

 優兄ィは、まだ凛を離さない。

 顔が熱いぐらいに火照っている。

 でも暖かくて、優しくて、心地よくて……

 

 

 ずっとこうしていたい、なんて。

 

 

「あぁ〜!あそこのカップルあんなところでイチャイチャしてる〜!」

「うわぁ〜ラブラブ〜!」

「ヒューヒュー!」

 

 

 やはり目立っていたようで、その辺で遊んでいた子供たちが凛たちの方に集まってきた。

 

 

「だぁぁお前ら!見せもんじゃねぇよ!あっち行け!」

 

 優兄ィが追い払おうとするも、彼らのテンションを上げるだけだった。

 

「くっそ、なんなんだよ……あ、そうだ。

おい、そこの君たちっ」

 

 優兄ィの呼びかけに、近くにいた女の子2人と男の子が耳を傾ける。

 

 

「──────俺の横のこいつ、可愛いだろ?」

 

 

 

「!?ゆ、優兄ィ!?」

「ね、可愛いよね!」

 

 

「うん!すごいかわいい!」

「わたしもおねえちゃんみたいになりたい!」

 

 

「……!」

 

 可愛い。

 ずっと、自分には縁のない言葉だと思っていた。

 

 小学生の頃、勇気を出して履いたスカートはクラスの男子に馬鹿にされ、二度と履かないと誓った。

 運動が大好きで、動くのに邪魔だったから髪も短くしていた。

 だから、ますます男扱いされていた。

 でもやっぱり体を動かすことは楽しかったし、やめられなかった。

 

 

 

『凛は男の子みたいだよな』

 

 

 周りの男子たちの口癖。

 気にしないふりをしていたけど、やっぱりそれを言われると傷ついた。

 悲しくて、一人で泣くこともあった。

 

 でも、そんな凛を助けてくれた、ヒーローがいた。

 

 

 

『凛は可愛いだろうが!ふざけんなよお前ら!』

 

 

 

 凛が男子にそう言われると、決まって助けてくれる男の子。

 それが優兄ィだった。

 優兄ィとは親同士の付き合いで、ずっと一緒にいた。

 かよちんと一緒にたくさん面倒も見てもらった。

 

 その長い付き合いの中で、優兄ィは一度も凛を男の子扱いしたことがない。

 本当の妹のように、ずっと可愛がってくれていた。

 凛自身も優兄ィを本当の兄のように慕っていた。

 優兄ィは、面白くて、元気で、優しい。

 そんな優兄ィが、本当にお兄ちゃんだったらいいなって思ってた。

 

 

 でも、最近思う。

 

 

 この気持ちは、きっと───────

 

 

 

「────────ありがとね、3人とも」

「ま、まぁまぁだね!」

「うそつかないの!たくみくん、さっきかおあかくしておねえちゃんのことみてたでしょ!」

「ち、ちがう!」

 

 たくみくんと呼ばれた男の子は、ますます顔を赤くして女の子に反抗した。

 そのまま子供達は追いかけっこをしてその場から離れていった。

 

 

「なっ?」

 

 優兄ィが凛に笑顔を向ける。

 

「あの子たちも言ってただろ?

 

──────凛、お前は可愛い。

 

髪が短いのも、お前によく似合ってる。

 

俺の知る限り誰よりも繊細で、傷つきやすい女の子だ。

 

 

そんなお前にアイドルが似合わないわけないだろ?」

 

「優兄ィ……」

 

 

 そして優兄ィは、凛の頭に優しく手を乗せる。

 

 

「──────凛は俺が辛いとき、ずっと側に居てくれた。

 

 

今度は、俺の番だ。

 

 

凛の夢を笑う奴らは、俺がぶっ飛ばしてやる。

 

 

夢を追いかける凛を、ずっと側で支え続ける。

 

 

だから────────

 

 

もう自分に嘘つくの、やめろ。

 

 

お前の、本当の気持ちを…俺に教えてくれ」

 

 

 

 ─────ずっと隠してた、自分の本当の気持ち。

 優兄ィにはバレてたみたいだけど、直接口に出すのは、これが初めて。

 

 

 恐い

 

 緊張する

 

 でも

 

 今凛の目の前には、優兄ィがいる。

 大丈夫。優兄ィなら、受け止めてくれる。

 

 勇気を──────振り絞れ……!

 

 

「────────ぁ」

 

 

 口から出たのは、酷く掠れた声。

 そこで初めて、自分が泣いていることに気づく。

 優兄ィは、目を逸らさずに、凛を見てくれている。

 『お前の言葉を受け止める』と言う気持ちが伝わってくる。

 

 

 ───────聞いて、ほしい。

 

 

 ずっと抱えてた、この、夢を。

 

 

凛は優兄ィに届けるように、言葉を────放つ。

 

 

 

「……………………やりたい、よ……。

 

 

 

 

アイドル、やりたいよ………………

 

 

似合わないって言われても………

向いてないって言われても………

どれだけ我慢しようとしても……ぐすっ……諦め、きれないよ………

 

 

 

……凛もアイドル……やりたいよぉ………」

 

 

 

 そこまで言って、もう限界だった。

 自分でも信じられないほど涙が溢れる。

 嗚咽が止まらない。

 それだけ、自分の心を押し殺し続けてきたのだろうか。

 抑えていた感情が、止まらない。

 

 

 

 そんな凛を見て、優兄ィはもう一度優しく抱きしめてくれた。

 

 

 

「───────ずっと我慢してたんだな。

 

 

今まで助けてやれなくてごめんな。

 

 

もう凛は一人じゃない

 

 

──────お前の夢、俺達と一緒に叶えよう」

 

 

「うぅぅ……うあぁぁぁ…………」

 

 

 泣いた。優兄ィの胸の中で、今まで溜め込んでいたものを吐き出すように。

 優兄ィは凛が泣いている間、ずっと抱きしめてくれていた。

 

 

 

「はー、すっきりしたにゃー!」

「たくさん泣いたもんな、お前」

 

 あれから凛と優兄ィは公園を出て、今は学校へと向かっている。

 

「もう!ほっといてよ!」

「はははっ…凛、ありがとな」

「凛の方こそだよ!優兄ィのおかげで勇気が出せた。ありがとね!」

 

 

 そして、もう一つ、大切なことに気づいたよ。

 

 

 

 凛は優兄ィの“イモウト”じゃなくて

 

 

 

 

 ──────“コイビト”になりたいな。

 

 

 

 

「優兄ィ」

「ん?」

 

「──────ずっと一緒にいてね?」

 

「当たり前だろ?─────ずっと一緒だ」

 

 

 凛が言った“ずっと一緒”と、

 優兄ィが言った“ずっと一緒”は、きっと違う意味。

 

 でも、今はこれでいい。

 

 いつか、優兄ィもびっくりするくらいに可愛くなって、絶対意識させて見せるんだもんね!

 

 

「ほーら、行くよ!優兄ィ!」

「うぉっ!ちょ、凛!待て!」

「いっくにゃーー!!」

 

 

 

 凛は優兄ィの手を握って、走り出した。

 

 

 

 いつか、貴方にとっての“輝く星”になれますように。

 

 

 

 だからその時まで

 

 

 アイドル、頑張ります!

 

 

 応援しててね?優兄ィ!

 

 

 

 

 

 夕日に照らされた少女は、2人の仲間の元へと走りだす────────

 

 

 

 




優真が一番ありのままで居られる場所は、凛の隣です。
2人はとても固い絆で結ばれています。
優真達3人の通り名はそれぞれ、『きらぼし』『あんぶ』『フェアリー』と読みます。
二章はあと2話で完結します!
今回もありがとうございました!


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心を開いて

前半は真面目な話、後半は少しくだけた話になってます!
そして後半、ついにあのキャラが……?
そして、メンバーが増えてきたので、ことりちゃんが発する疑問文には?が⁇になっています!
以降ことりちゃんの疑問文は“⁇”となりますので、それで判別していただくようお願いします!


25話 心を開いて

 

 

 

 

 凛に引っ張られて、呼吸を乱しながら学校に着いた俺と凛(凛はいつも通り元気で息一つ乱れてないけど)は、屋上へと向かう。

 

 

 ─────きっと大丈夫。あいつらなら、うまくやってるはずだ。

 

 

 そして俺は、屋上のドアを開けた。

 

 

 そこに立っていたのは──────

 

 

 

 満面の笑みを浮かべた花陽と西木野さんだった。

 

 

 

「かよちん……西木野さん……!」

「凛ちゃんっ!」

「遅かったわね。心配したわよ?」

 

 

 俺は心の中でほっ、と胸をなでおろす。

 よかった─────うまく、いった……。

 

「優真先輩!」

 

 穂乃果達4人も、俺の方へと駆け寄る。

 

「穂乃果……上手くいったんだな…。本当にありがとう」

「いやいや!私はただ思ったことを言っただけですよ〜」

 

 

 違うぞ、穂乃果。

 西木野さんに必要だったのは、理屈じゃなくて、穂乃果がみんなにくれる“勇気”だったんだ。

 2つの夢の間で迷う西木野さん。

 そこから彼女を助けてあげられるのは、穂乃果の勇気。

 穂乃果の勇気が、西木野さんを動かす。

 そう考えていたから、俺は西木野さんの元に穂乃果を向かわせた。

 

「海未も、ありがとね」

「いえ!私はただ穂乃果の手助けをしただけですから…」

 

 そしてその穂乃果の突拍子もない提案を、海未の力があれば西木野さんにきちんと伝えられる。そう思ったからこそ、海未と穂乃果に頼んだ。

 

「矢澤……やっぱりお前に任せて正解だった」

「これくらい、どうってことないわよ。

─────花陽の気持ちは、痛いほどわかるしね」

 

 花陽の説得に関しては、俺よりも矢澤の方が適任だと思った。同じ気持ちを抱えたことのある矢澤の話を聞くことで、花陽の心の鍵は開けるはずだと考えたからだ。

 

 

「……ことりちゃん……大丈夫……?」

「…………………………もうツライ……………」

 

 

 ことりちゃんはもとから花陽と仲良しっていうのもあって、花陽と同じであまり運動が得意じゃないから、その辺の気持ちもわかると思って頼んだんだけど…

 

 

 ────どうしてこんなに死にかけてる。

 

 

「……矢澤これは一体……」

「……にこは知らないわ」

 

 俺の質問に明らかに目をそらす矢澤。

 ……今は、そっとしておくか…。

 

 そして一年生3人と、俺たち5人が向かい合う。

 

 

 そして1人ひとりが、覚悟を述べる。

 

 

「──────小泉花陽です。

 

 

1年生で、背も小さくて、声も小さくて…

人見知りで、得意なものも何もないです。

でも…でも、アイドルへの思いは誰にも負けないつもりです!

 

幼い頃からの夢……絶対に叶えたい……!

 

だから……

 

μ'sのメンバーにしてくださいっ!」

 

 

 

 

「──────西木野真姫。

 

私には、夢が2つあります。

今までその2つの夢の間で気持ちが揺れ動いてて…

皆さんにもたくさん迷惑をかけました。

 

──────でも、もう迷いません。

 

アイドルも勉強も絶対両立してみせます!

 

先輩達がくれた機会……絶対に無駄にしません!

 

 

私をメンバーにしてください!

 

 

よろしくお願いします!」

 

 

 

「──────星空凛!1年生です!

 

 

今までずっとアイドルに憧れてて…

でも自分には無理だって決めつけて諦めようとしてました。

 

──────でもやっぱり、アイドルになりたい!

 

それがずっと夢だったから!

 

似合わないって言われても

 

無理だって言われても

 

もう絶対に逃げません!

 

 

だから、凛をメンバーにしてくださいっ!」

 

 

 3人が、それぞれ頭を下げる。

 そんな3人の前に差し出された、手。

 

 

 西木野さんの目の前には、穂乃果と海未。

 

 花陽の目の前には、矢澤とことりちゃん。

 

 そして凛の目の前には、俺。

 

 3人が顔を上げ、それぞれの手を─────

 

 取った。

 

 

 

『─────ようこそ、μ'sへ!』

 

 

 

 

 こうして、“9人の女神”を冠した彼女達は、7人になった。

 

 花陽がまた泣き出す。

 そしてそれを横にいた2人が慰める。

 その光景を見て、俺も不覚にも泣きそうになった。

 

 ─────本当に成長したね、花陽。

 あんなに臆病だった君が、自分の意思をきちんとみんなに伝えられてる。

 それだけで、俺は本当に嬉しいよ。

 

 

「……泣かないの。小泉さん」

「うっ……ぐすっ……西木野さぁん……だって……」

「もう……しょうがないんだから……」

「西木野さんだって……目赤くなってるにゃ…」

「ち、違うわよっ……!

 

──────ねぇ、2人とも」

 

 凛と花陽が、西木野さんの方を向く。

 

「───私のことは、名前で呼んでよ。

 

私もそうするから……凛、花陽」

 

 西木野さんは夕日のせいか相当緊張しているのか、顔が真っ赤になっている。

 

「───うん!わかったにゃ!

 

真姫ちゃーん!真姫ちゃん真姫ちゃん真姫ちゃーん!!」

 

「な、何回も呼ばないでよ!」

 

───君も本当に成長したよ、西木野さん。

以前の君は誰にも心を開かないで、ずっと1人だった。

そんな君が、自分から友達を作り、関わろうとしている。

先生も、きっと喜んで君の夢を応援してくれるよ。

 

俺は西木野さんに話しかける。

 

「──────西木野さん」

「……朝日先輩。その、この間は…」

「謝らなくていいよ。寧ろ、謝るのは俺の方だ」

「そんなことありません!……先輩の言葉で、大切なことに気づけたんです。

だから─────────

 

ありがと、先輩」

 

 

「……西木野さん…」

「あと、それやめてください。

────“朝日さん”も下の名前で呼んでください」

 

「……!

 

─────わかったよ、“真姫”」

 

 彼女は俺の呼び方に、満足したように笑った。

 

 

「凛、よく頑張ったな」

「優兄ィのおかげだにゃ!

 

でも、これからは自分の力で、どんどん頑張るよ!

 

だから──────見守っててね?」

 

「──────あぁ。当たり前だ」

 

 にひひっと輝くような笑みを浮かべた凛。

 一瞬ドキっとしたのは、きっと気のせいだ。

 

 

「花陽も。強くなったな」

「ううん。お兄ちゃんと先輩達のおかげ…。

 

でも、やると決めたからには、一生懸命頑張るね!」

 

 そう言って満面の笑みを浮かべる花陽。

 その笑顔は、以前よりも一層輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ところで花陽。

 

 

ことりちゃんが死にかけてたのはなんで?」

 

「───花陽は何も、知りません…。知りません」

「何故二回言った」

「知りません」

「おい花陽!」

 

 機械のようにそう俺に告げると花陽は穂乃果達の元へと走っていった。

 くそ、矢澤も花陽も何を隠している…?

 

 ─────ふと、屋上のドアが動いたのが目に入った。

 ……誰かが見ていたのだろうか。

 

 ─────ま、“アイツ”だろうけど。

 

 

 ─────あと二人だ。待ってろよ。

 

 

 俺はきっとそこにいた“アイツ”に心の中で呼びかけた。

 

 

 

 

 

 

 屋上に続いていた階段を、下へ降りる少女が一人。

 

 

 

「ふふっ♪ありがとっ」

 

 

 

 その呟きは、彼女以外の耳には届かない。

 

 

 

 

 1年生3人が加入してから数日後の放課後。

 俺は教室に残ってある作業をしていた。

 最近コレのせいで睡眠時間がガツガツ削られている。

 あぁ……今もなかなか……眠い…

 

 

「おーい、ユーマ!」

 

 

 半分睡魔に流されていた意識が、自分の名前が呼ばれたことで目覚める。

 俺の目の前に立っているのは、筋肉ムキムキのナイスガイ。

 

「ん。サトシ。どうしたんだ?」

「お前こそ、どうしたよ!全然元気ないぜ!」

 

 こいつは剛力悟志。

 音ノ木坂に通う数少ない男子のうちの一人で、俺が唯一3年間同じクラスの男子だ。

 1年の頃、初めての自己紹介でボディビルを披露したアホだ。

 ……まぁ俺は東條がクラスにいたことに驚いてこいつのボディビルは覚えてないんだけど。

 

「あぁ……最近、コレに追われててな…」

「ん?これは……詞か?」

「そうそう。夜中までずっと考えてるから眠くってな……」

「……なるほど、お前らしくて良い詞だと思うぜ!今の所はな!」

 

 何故こいつがこんなことを言うのかというと…

 そう、こいつが2年前に矢澤の曲を作るときに編曲を頼んだクラスメイトだ。

 こんなアメフト選手みたいなガタイをして、趣味がピアノとギターなのだから不思議だ。

 しかも、めちゃくちゃ上手。

 

「しかし、μ'sか……なかなかよかったぜ、あの曲。あれもお前が作詞したんだろ?」

「あぁ、他のやつと二人で……って、お前ライブ見に来てたのか!?」

「いや、あの日はトレーニングセンターに通う日だったから行ってないぜ?」

「え……?じゃあどうして曲を……?」

 

 

 

「─────μ'sの曲、動画サイトに上がってるぜ?」

 

 

 

「は!?マジかよ!?」

「マジマジ。……ほれ、見てみ」

 

 サトシから携帯を借りて、そのサイトを見ると確かにあの日のライブの動画がアップされていた。

 

「本当だ……!しかもこんなに応援のコメントが……」

「お前たちの努力の成果だぜ!これからも頑張れよ!応援してるぜ!

また作曲のことで何かあったら俺のところに来い!いつでも手伝うぜ!」

「サトシ……。ありがとな」

「そしてあわよくば、μ'sのメンバーとお近づきになって……

 

彼女、ゲットだぜ!!」

 

 

「……一瞬でもお前に感謝した俺をぶん殴りに行きたい」

「何だと!?正直俺はお前が羨ましいぜ!

あんなに可愛い女の子に囲まれてイチャイチャと……しかも学院のマドンナと名高い絢瀬さんと東條さんと一緒に昼ごはんも食べて……この幸せ者め!」

 

 ……サトシはそう言ったけど、少し違う。

 最近、絢瀬と一緒に昼ごはんを食べることが少なくなった。いつも東條と矢澤の3人か、東條が気をつかって絢瀬と食べるので、矢澤と2人で食べるかどっちかだ。

 

「……あいつらはただの友達だよ。

……それに、作曲ができるメンバーも入ったから、大丈夫だ」

「何だと!?じゃあ俺の出番は!?」

「ねぇよ」

 

 

 

「AIBOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 

 

「キャラ混ぜすぎだろ!

せめて作品は統一しろ!!」

 

 そんな馬鹿なことをサトシと話していたら、1人の少女が俺を訪ねてきた。

 

「────朝日さん。今大丈夫ですか?」

「ん、真姫。どうしたの?」

「次の曲のことで相談が……

 

─────って、悟志。あなたクラスここなの?」

 

「おお、真姫じゃないか。あぁ、俺とユーマは一緒のクラスだぜ!」

「……え?真姫、サトシと知り合い…?」

 

 

 

「────悟志は私の作曲の先生よ」

 

 

 

「ええぇぇぇ!?サトシがぁ!?」

 

「って言っても、ギターの打ち込みだけだけど。

ピアノは私の方が上手だし」

「はっはっは!驚いたかユーマ!」

「や、でも……納得はいくかな…」

 

 矢澤の曲の時のあのクオリティ。

 あれを知っているからこそ納得がいく。

 

「ちょうどいいわ。悟志にこの曲見てもらうわ」

「ちょ、真姫!?」

「軽く考えただけだし。……朝日さんたちが詞を作り終わらないと私も本格的にはできないから」

「うっ……申し訳ない」

 

「だからって、焦らなくても大丈夫ですよ?

いつ先輩たちが完成させてもいいように、私もあらかじめ準備しておくだけですから。

────で、悟志。これなんだけど……」

 

「おう!任せろ!

 

 

──────って、真姫ってμ'sのメンバーになったのか?」

 

「え……うん、そうだけど……」

「何だと!?マジかよ!やったぜ!」

「なっ、なによ!?」

「俺言ってただろ?真姫は絶対アイドルが似合うってな!よかったー、これでμ'sのメンバーとお近づきになれるぜ!」

「そっちが本音かよ」

「もう!悟志!こっちは真面目な話なんだけど!」

 

 唐突に褒められて驚いているのか、真姫は頬を赤く染めている。

 

「はっはっは!すまんすまん。……どれどれ……」

 

 そこから2人は、先程とは打って変わって真面目な雰囲気で真剣に話し出した。

 素人の俺が会話に割り込む余地もない。

 

「あー、真姫。俺先に部室行ってるから」

「……あ、はい、わかりました」

 

 それだけ真姫に伝えて、俺は教室を後にした。

 

 

 

 

「おっす、みんな……ってなんだこの雰囲気」

 

 俺が部室に入ると、矢澤以外のメンバーが息を飲んで矢澤を見つめていた。

 その矢澤は某国民的アニメの総司令のようなポーズをとっていた。

 

「──────来たわね」

「矢澤。これ、どういう……」

「──────決めるわよ」

「……え?」

 

 

「次の曲のセンターを…決めるわよおおお!!」

 

 

 おおー!と返事をしたのは、凛と穂乃果。

 海未とことりちゃんと花陽は、なんとも微妙な表情を浮かべている。

 

「……ナニコレ」

 

 真姫も遅れて部室に到着し、目の前の光景の理解ができないようだ。

 

「……次の曲のセンターを決める⁇」

「そうよ」

「……穂乃果ではないのですか?」

「違うわ」

「……リーダー、なのに…?」

「そうよ」

 

 海未たち3人から出た質問を、矢澤が説き伏せていく。

 

「……意図を聞いてもいいか?」

「確かに、μ'sのリーダーは穂乃果よ。μ'sを作ったのは穂乃果だし、ちょっと間抜けなとこもあるけど、いざっていうときはみんなを引っ張るリーダーシップも持ってるわ」

「いやぁ〜それほどでもぉ〜〜」

「でも!」

「ひいぃ!」

 

 褒められた瞬間は目も当てられないほど表情を緩ませた穂乃果が矢澤が声を張り上げた途端に怯える。

 

「この子はまだまだダンスも上手じゃないし、歌唱力もあるけど、天才的ってわけじゃない!リーダーだからって、穂乃果をセンターにし続けるのはどうかと思うわ!」

「そうにゃそうにゃー!」

「凛、お前絶対悪ノリしてるだけだろ」

「んにゃ?なんのことかにゃあ?」

「くっ…もういい放置だ。…で?具体的な案は?」

 

 

「もちろんあるわ!

 

 

─────第1回、μ's内センター総選挙を行うわ!」

 

 

 センター総選挙…?

 

「どんなことをするんですか⁇」

「メンバー内で色々な競技をして、その結果を見てメンバーの中で誰がセンターにふさわしいか投票するの!」

「歌とか、ダンスとかってことですね!?」

「そうなるわね」

「面白そう!ね!かよちん!」

「えぇ!?わ、私はセンターなんて無理だよぉ〜…」

「それを決めるのはあなたじゃないわ。センターは実力がある人がなるべきよ。花陽、もしあなたが選ばれたのなら、選ばれた以上責任を持ってやり抜く必要があるわ」

 

 うーん矢澤の言うことは筋が通っている…のか…?

 にしても、今日の矢澤はえらく強引だな…

 何か他に意図があるんだろうか……?

 まぁ、乗ってみる、か。

 

「アホくs」

「うん、いいと思う。やってみようそれ」

 

 矢澤に暴言を吐きかけた真姫の口を封じ、俺は賛成の意を示す。

 

「さっすが朝日!そう言うと思ってたわ!」

「優真先輩!?本気なのですか!?」

「あぁ。矢澤の言うことには一応筋が通ってたし、それにダンスや歌をテストするなら、メンバーが増えた互いの実力を知るいい機会になるんじゃないか?

みんなで一つの曲を歌うんだ、互いの実力はしっかりと知っておいたほうがいいと思うんだけど、どう?」

 

「な、なるほど……」

「そう言う理由なら、まぁ……」

「ちょっと!にこが言った理由じゃ不満足っていうわけ!?」

「まぁ、正直」

「アンタ生意気すぎるわよ!真姫!」

「よし、じゃあ総選挙始めよう!」

『おおー!』

「なんでにこの時と扱いが違うのよぉー!!」

 

 騒ぐ矢澤は放置して、取り敢えず総選挙をすることになった。

 

 

 

 

 ───さてさて、どうなることやら。

 

 




果たして、にこの意図とはなんなのでしょうか。
そして今回、ついに彼が登場しましたね。
彼の今後の活躍に、ご期待ください笑
今回もありがとうございました!


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楽しみはまだまだこれから!

まずは謝罪から。
今回、私の不注意で26話が未完成のまま投稿されてしまいました。
字数確認のために一度メモ帳から貼り付けたものをそのまま誤って投稿してしまい、削除の処理を行ったのですが、正常に処理が行われておらず、午後5時20分から5時51分の間、未完成の話が投稿されたままになっておりました。
全て自分の不手際でございます。
未完成の話を閲覧された方、楽しみを奪う形になってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
校正前のものだったので、内容は正しく投稿された今回のものとは若干異なっております。
今後このような事態が再発しないように、細心の注意を払って活動を続けて参ります。



さて、では改めて!
今回で第2章が終了でございます!
今回のμ'sメンバーのカラオケですが、
実は全て現実にある曲でございます!
誰が何の曲を歌っているのか、想像しながら読んでみてください!
次回の話掲載後に、作者の活動報告にて答え合わせをしたいと思います!
前書きが長くなりましたが、今回もよろしくお願いします!





26話 楽しみはまだまだこれから!

 

 

 

「ってなわけで最初は歌唱力!カラオケ対決よ!」

 

 わー。

 

「なんでにこに対しては一々反応薄いのよ!アンタたち!」

 

 ってなけで、センター総選挙とやらが始まった。

 参加メンバーはμ's7人と、俺。そして……

 

 

 

「─────何回も聞くけど、本当に私達も来て良かったの?」

「大丈夫ですよ!絵里先輩、希先輩!」

「誘ってくれてありがとな、穂乃果ちゃん♪」

 

 

 穂乃果と矢澤の発想には本当に舌を巻く。

 総選挙をすることになった後、穂乃果と矢澤が、

 

『どうせなら、絵里(先輩)と希(先輩)も誘おう!』

 

 と提案した時は、耳を疑った。

 曰く、あの2人は普段生徒会を頑張って疲れているだろうから、たまには一緒に息抜きしよう、との事だ。

 確かに、俺たちは面識があるからいいけれど、真姫はどうなるのかと思っていたら、本人が気にしないと言ったので、2人を誘う事になった。

 

 …というより、真姫は確実にこの総選挙自体に乗り気じゃない。全身からメンドくさい オーラが溢れている。

 

 そして案の定、穂乃果の提案に絢瀬は反対した。

 しかし、東條の猛烈な参加アピールに根負けし、結局2人も同行する事になった。

 

 

「にしても、えりちともゆーまっちともカラオケには行ったことないやんな?」

「私はカラオケ自体が数えるほどしかいったことないわね……」

「えぇ!そうなんですか!?」

「……まぁ、行く機会もあまりなかったしね。せっかく来たんだから、今日は楽しませてもらうわ」

 

 穂乃果の言葉に、笑顔で答える絢瀬。

 最近ますます悩みこんでるみたいだから、これでリフレッシュになれば…。

 

「勝負はオーソドックスに得点勝負よ。好きな曲を歌って、得点が高い人が勝ち。それでいいわね?…じゃあ穂乃果からよ!」

 

「はーい!では1番高坂穂乃果、いっきまーす!」

 

 

 

 穂乃果が歌った曲は、ある有名女性シンガーの恋愛ソングだ。片思いしている女の子を応援する明るい曲で、穂乃果の元気な歌声とマッチして、とても元気になれる。

 

 

「ぷはー!緊張したぁ〜」

「上手だったよ、穂乃果ちゃん♪」

 

 穂乃果の得点は、92点。出だしから高得点だ。

 

「やっぱり歌上手だな、穂乃果」

「いやいや、毎日の練習の成果ですよ!」

 

 

「じゃあ次は私が行きますね♪」

 

 

 ことりちゃんが歌った曲は、人気青春映画の挿入歌だった。

「時を行き来できる」。

 それが題材の映画で、この曲は主人公が好きな人を救うために覚悟を決めた時に流れる曲だ。

 ことりちゃんの優しい声質が、この歌に込められたイメージを表現し、曲調とマッチしてリラックスを誘う。

 

 結果は91点。穂乃果には届かなかったが十分高得点と言える。

 

「やっぱりみんなに見られてると緊張する〜!」

「いや、充分上手だったよ、ことりちゃん」

「本当に!?ありがとう、優真くん♪」

 

 

「私の番ですか……頑張ります」

 

 

 海未が歌ったのは和ロックという言葉が相応しい和風テイストの海未らしい曲だ。

 しかも俺が驚いたのは、それが元々ボーカロイドの曲だったということだ。馬鹿にしているわけではないが、海未がその手の曲を聞くのは少々意外だった。

 しかし、海未の凛とした歌声と絶妙にマッチしてとてもカッコ良い。

 

 結果は94点。現在最高得点をたたき出した。

 

「ふう……なんとか結果が出ました…」

「お疲れ様、海未。…でも、意外だったな。海未ってああいう曲も歌うんだな」

「はい。いろいろなジャンルの曲に触れることで、作詞のヒントになるのではないかと思ったので」

 

 なるほど、さすが海未。根っからの努力家だ。

 

 

「次は凛の番!いっくにゃー!」

 

 

 凛の曲は、凛が昔から大好きだったアイドルの曲。

 俺と花陽の前以外で今までアイドルの曲は歌わなかったことを考えると、凛の成長がうかがえる。

 この曲は大人気サッカーゲームが原作のアニメのエンディングにもなった曲で、凛の元気で明るい声とマッチしてみんなを自然と笑顔に変える。

 

 結果は90点。周りの得点に埋もれがちだが、充分高得点と言える。

 

「にゃあ〜だめだったにゃ…」

「そんなことないぞ、凛…十分高得点だ」

「優兄ィ…うん、ありがとにゃ!」

 

 

「つ、次は私……頑張りますっ…!」

 

 

 花陽が歌ったのは、幼い頃の友情を歌ったバラード。「10年後の8月」という言葉が何回も曲のなかに使われていて、友人との別れの切なさを歌った歌詞が、花陽のゆったりとした歌声と合わさってリラックスさせてくれる。

 

 結果は91点。花陽の勝負曲だったが、いまひとつ得点は伸びなかった。

 

「花陽ちゃん、意外〜!アイドルの曲歌うかと思ってたー!」

「あ、はい…アイドルの曲だったら、得点は出しにくいかなって思ったから…」

「ちょっと!それじゃ凛が馬鹿みたいじゃん!」

「あわわっ、そういう意味で行ったんじゃないよぉ……」

 

 凛にそう言われて、あたふたする花陽。

 凛も本気で言ってるわけじゃないから通じる、軽い冗談だ。

 

 

「……次は私ですか。まぁやるからには本気でやります」

 

 

 真姫が歌う曲は、ある女性シンガーの遠距離恋愛をテーマにしたバラードだった。途中のサビの高音も難なく歌い上げ、圧巻の歌唱力を俺たちに見せつける。

 ビブラートなどの加点もどんどん増え、結果発表前から高得点が期待できそうだ。

 

 結果は97点、予想通り、文句無しの高得点だ。

 

「すごーい!真姫ちゃんぶっちぎりの1位だにゃ!」

「これくらい、誰だって出せるわよ」

「ええぇぇぇ!?わ、私には無理だよぉ……」

「はぁ……イミワカンナイ」

 

 …とか言いながら顔赤くしちゃって。

 素直じゃないやつめ。

 

 

「次はにこの番ね……やってやるわ!」

 

 

 矢澤がチョイスした曲は、意外や意外、誰もが知っている有名ロボットアニメのオープニングだった。

 少年の思春期の葛藤を描いた国民的アニメで、アニメを見たことがなくてもタイトルとサビは知っているというくらい有名な曲。

 さすが矢澤というべきか、安定の歌唱力でどんどん加点を重ねていく。

 

 結果は95点。真姫には届かなかったが、高得点なのは間違いない。

 

「ちっ、真姫には届かなかったわね……」

「十分うまかったぞ、矢澤」

「あったりまえでしょ!にこを誰だと思ってるのよ!」

「しかし……意外にもアイドルソングじゃなかったな」

「これは勝負なのよ?点が取れる曲歌うに決まってるじゃない」

「勝負だけに“逃げちゃダメだ”ってか?」

「別に面白くないから黙りなさい」

 

 む……割と自信あったのに。

 

 

「次は希先輩ですか?」

「いやいや、ウチ、ちょっと風邪ひいてて声が出ないんよ。だから次はえりちで!」

「ちょっと、希!?貴女歌わないのにあれだけカラオケに行きたがってたの!?」

「いーやんいーやん♪ほら、えりちの番よ?」

「……貴女ねぇ…はぁ、じゃあ歌うわよ…?あんまり歌なんて歌わないから、笑わないでね…?」

 

 

 絢瀬が入れた曲は、現在ボーカルが二代目となったユニットの有名な曲だった。

 その曲が主題歌となったアニメもまた有名で、そういうのには疎い俺でも知っているようなものだった。

 絢瀬がその曲を歌うと、何故か本人が歌っているように感じた。

 

 結果は96点。一気に2位へと躍り出た。

 

「すごーい!絵里先輩、歌上手ですね!」

「や、やめてよ穂乃果…たまたまよ…」

 

 穂乃果の純粋な褒め言葉に顔を赤くしながら答える絢瀬。

 さて、結果は出揃った。

 一位は真「ちょっと待ちなさいよ」

 

「ん、どうした?真姫」

「朝日さんも歌ってよ」

「え、俺が歌う意味なくない?」

「絵里にも歌わせたんだから、アンタも歌うのが道理ってもんでしょ」

「絢瀬に歌わせたのは東條だろ!?」

「ゆーまっち人のせい?ひどいなぁ〜」

「人に押し付けるな!東條!」

 

 

「優真くん……」

 

 

 あ。

 

 

 

 

「おねがぁい!!」

 

 

 

 

 ピッ。

 

「曲入れるの早すぎよ!」

「選曲に全く迷いがなかったわね……」

「そういえば、優真先輩って歌上手なの?」

「優兄ィは……

 

─────めちゃくちゃ上手ですにゃ」

 

 

 

「では、優真お兄ちゃんは歌っているので、私花陽が解説しますねっ。

お兄ちゃんが歌っているのは、とある恋愛映画の主題歌にもなったラブソングです♪

曲名と同じタイトルの映画で、知っていらっしゃる人も多いと思います!

お兄ちゃんは昔から歌が上手で、その上手さは真姫ちゃんにも負けてません!」

 

 

 

 ふぅ、結局歌ってしまったな……

 ことりちゃんのあの魔法には一生叶いそうにない。

 

 俺の得点は……98点。

 まさかの最高得点をたたき出してしまった。

 

「優真くん……貴方そんなに歌上手だったのね」

「優真くん、すごいですっ♪」

「アンタ……本当になんなのよ」

「いや、矢澤お前褒めてないだろ」

 

 かくして一位俺、二位が真姫、三位が絢瀬というμ'sメンバーが一人しかトップ3には入らないという微妙な結果でカラオケ対決は幕を閉じた。

 いや、みんな90点以上だからすごいんだけどね!

 

 

 

 

「次はダンスよ!このゲームで勝者を決めるわ!」

 

 そう言って俺たちが連れてこられたのは、ゲームセンター。

 そして目の前には、あのゲーム。

 ……正直、やる前から結果は見える。

 

「これ、どうやってやるんですかー?」

「えぇー!穂乃果先輩、やったことないのかにゃ!?」

「うん、やったことないよ!」

「私も…」

「私もです……」

「私もやったことないわ」

 

 どうやら穂乃果、ことりちゃん、海未、真姫の4人は未経験者のようだ。

 

「ふぅ……。仕方ないわね。ルールは簡単よ。画面から流れてくる矢印に合わせて、足元のパネルを踏むだけよ」

「よくわからないけど……面白そう!やりましょうやりましょう!」

「少し、難しそうですね……」

「大丈夫だよ、海未。……矢澤、4人は初心者だから難易度を易しくして、得点じゃなくてクリアランクで勝負を決めるってのはどうだ?」

「ん……。そうね、そうしましょ」

 

 こうして、μ'sメンバーのダンス対決が始まった。

 俺、東條、綾瀬の3人は近くのベンチで観戦している。

 

 難易度は穂乃果達4人が一回normalでプレイした後hardで勝負、花陽がexpert、そして矢澤と凛がultimateだ。

 

「凛、アンタexpertじゃなくて大丈夫なの?失敗してランク無しじゃ笑い話にならないわよ?」

「大丈夫ですにゃ!ご心配なく〜!」

 

 矢澤の挑発を物ともせず、笑顔で返す凛。

 

「……さぁ、難易度が低い方から始めるわ!」

 

 

 ダンス対決は順調に進んでいき、expertの花陽の番になった。

 

 穂乃果達4人は慣れないながらも健闘し、穂乃果と海未がAランク、ことりちゃんと真姫がBランクだった。

 

「次は花陽ちゃんだね!」

「は、はいっ!頑張りますっ……!」

「……正直、花陽がこのゲームが得意だとは思えないわね…」

「───それは違うぞ、矢澤」

「え…?どういうこと?」

「ま、見ればわかるよ」

 

 そして曲が始まった。

 

「─────わぁ!花陽ちゃん、すごいっ!」

「ステップが軽い…無駄を感じられませんね」

「これは……!」

「な?言っただろ?」

 

 花陽は確かに運動神経が良い方ではない。

 しかし、ダンス関しては違う。

 怪物じみた体力を誇る凛の練習に付き合い、積み重ねによって磨かれた花陽のダンスの技術は一級品だ。

 何年もかけて足の動きを自分の意思とシンクロさせ、思ったままに動かせるようにしてきた花陽の努力は、並の物差しでは計れない。

 そんな花陽の踊る姿は、健気で可愛らしく、愛おしい。

 そしてついた通り名は、『妖精(フェアリー)』。

 

 花陽のランクはS。文句無しの好スコアだ。

 

「やったねかよちん!Sランクだよ!」

「うん!ありがとう、凛ちゃんっ」

「…ってことは朝日。もしかして、凛も……?」

「──────ああ。

 

あいつは文字通り、“天才”だ」

 

 

「よーし!凛だって頑張っちゃうもんねー!」

 

 凛がマシンへと上がる。

 曲が始まると、そこからは凛の独壇場だった。

 

 

「─────すごい……!」

 

 あの穂乃果でさえ、凛のダンスに見惚れて騒ぐことを忘れている。

 元からあった運動神経を才能に溺れて腐らせることなく努力によって磨き上げ、凛はどんな難しい曲であっても、その天性の反射神経で踊りあげてしまう。

 そして最も印象的なのが──────

 

「凛ちゃん、すごく楽しそう……!」

 

 そう、踊っている時の笑顔だ。

 凛は例えどんな難易度でも心から楽しそうに踊る。

 ───その笑顔の眩しさに、ついた通り名は…

 

 

 ────『輝星(きらぼし)』。

 

 

 凛のスコアはもちろんS。プラスフルコンボのおまけ付き。

 

「すごーーい!凛ちゃん!ほんと上手だったよ!!」

「……なによ、あれ……」

 

 矢澤は完全に戦意を喪失している。

 そりゃそうだ。あんなレベルの物を直前に見せられて、やる気なんて起きるどころか根こそぎ奪われる。

 矢澤、南無ー。

 

 まぁ案の定矢澤は結果は出せなかったので省略させてもらうが、矢澤のランクはAだった。

 ultimateでAランクを出せること自体、相当な実力者なのだが、如何せん相手が悪かった。

 

 

「─────私もやってみてもいいかしら」

 

 そこで参戦の名乗りを上げたのは、意外にも絢瀬だった。

 

「お!えりちやるきやなぁ〜」

「ん。やってみなよ。これやるのは初めてか?」

「ありがとう。……えぇ、初めてよ」

 

 絢瀬が選んだ難易度は、expert。

 

「! いきなりそれで大丈夫なのか?」

 

 

「─────多分、これくらいなら」

 

 

 そう言って踊り出した絢瀬は、花陽と同レベル…いや、下手したらそれ以上のレベルだった。足ではなく体全体で刻まれるステップ、軽やかな足運び。まるで一つの演技のように美しかった。

 

 結果はSランク。初めてとは思えない破格のスコアだ。

 

「絵里ちゃんすごいっ! そしてとても綺麗でした…!」

「ありがとう、ことり。……私、昔バレエをやってたのよ。それで踊るのは結構好きなの」

 

 それは初耳だった。今まで知らなかった事実に少し戸惑ったが、まあ今は無事に全員のダンスが終わ「ちょっと待ちなさい」…うん、知ってた。

 

「朝日、アンタも…」

「はいはいやりますよ……」

 

 まぁテキトーにやってみんなに花をもたせてやりますかね……

 

 

 と思っていた時だった。

 

 

「お兄ちゃん…久しぶりに、“アレ”みたいなぁ」

「……へ、マジ?」

「あ!いいと思うにゃ!みんなも気になるでしょ?」

「何かするの?」

「優兄ィの特技だにゃ!」

「ちょ、凛、花陽!勝手に…」

「お兄ちゃん……」

 

 くっ……!俺はことりちゃんの魔法以外に……

 

 

 ────花陽のこの顔でされるお願いに逆らえないっ…!

 

 

「───わかったよ…。ただ久々だからできるかわかんないよ?」

「やったやった!」

「ったく……」

 

 2人のせいで、久々に“アレ”をやることになった。

 ───俺が『暗舞(あんぶ)』と呼ばれる由来を。

 

 難易度はexpertに設定。

 曲が始まるまで集中力を高める。

 

 ─────さぁ、始めよう。

 

 

「優真先輩、確かに上手だけど……特技って?」

「……そんな馬鹿な…!」

「⁇ 海未ちゃん、どうしたの⁇」

「2人とも気づかないんですか?

 

 

───朝日さん、“目を瞑ったまま”踊ってるわよ」

 

 

「えぇ!?うっそぉ!」

「驚いたでしょ!?これが優兄ィの特技だよ!

─────優兄ィはexpertの幾つかの曲を、完全に憶えてるんだにゃ」

「完全に…!?なんでまたそんなことを」

「…お兄ちゃん、凛ちゃんに勝てないのが悔しくて、 どうすれば勝てるか必死に考えたらしくて……

その時の過程が、」

 

 

勝つためにはミスをしなければいい。

ミスをしないためには曲を完全に覚えればいい。

 

 

「ってなったらしいんですにゃ」

「……頭がいいのか馬鹿なのかわからないわ…」

「でも、絵里先輩。実際優兄ィはそれをやり遂げたんです。……凄いでしょ?」

「……朝日、本当に負けず嫌いなのね…」

 

 

 ふう、久々だったけど、上手くいったかな?

 俺は目を瞑っていたから、自分の途中のスコアもコンボも、生きているか死んでいるかもわからない。

 

 目を開けると、無事Sランクフルコンボだった。

 

「やっぱり凄いよ優兄ィ!」

「久々だったからどうなるかと思ったけどな。上手くいってよかった」

「……この幼なじみ3人組…」

「……本当に化け物ね…」

 

 そう呟いた真姫と矢澤の声は、俺たちには届かなかった。

 

 

 

 

 そして日も暮れて、総選挙からの帰り道。

 

「……今日の結果だと…」

「センターに相応しいのは……」

「優真くんか絵里ちゃんってことになりますね……」

「待てコラ。なんでそうなる!」

 

 まぁ確かに俺たちはカラオケも1位と3位でダンスも同率1位だったから普通に考えたらそうな……らんわ!

 

「そうよ。気にすることないわ。私たちは元から対象外だったんだから」

「気にするなって言われても……」

「さすがにこの結果はヘコむにゃあ……」

 

 うう、なんか通夜帰りみたいな空気になってるぞ……?

 

 

 そんな暗い雰囲気を払拭したのは、穂乃果だった。

 

 

 

「ねぇ───────

 

 

───センターって決めなきゃいけないのかな?」

 

 

 

 

「え……⁇どういうこと⁇穂乃果ちゃん」

「だってみんなこんなに魅力的で、いいところがたくさんあるんだよ?センターを1人にしちゃうなんて、勿体無いと思わない?」

「……でも、センターがいないって言うのは、不味いんじゃ……」

「違うよ!花陽ちゃん!

 

 

──────μ'sは“みんながセンター”!

 

 

それが一番いい形だと思うんだ!」

 

 

「みんなが……センター…」

「うん!1人1人が活躍して、1人1人が輝ける…そんな曲をみんなで歌いたいの!

 

……海未ちゃん、優真先輩、真姫ちゃん。

そんな曲、作れないかな?」

 

 

穂乃果。

 

─────やっぱりお前は、最高だよ。

 

 

「─────あぁ、作れるよ。って言うか、そんな曲を作りたい…!」

「私もそう思います。穂乃果の考え…凄くいいと思います!」

「私も賛成。曲のイメージが見えてきたわ…!」

「ありがとう!3人とも!よーし、じゃあ明日からも練習、頑張ろー!」

 

 そう言って走り出す穂乃果。

 それを追うように走っていくμ'sメンバー。

 そして東條が絢瀬を引っ張って走っていく。

 

 

 みんなが笑顔を浮かべて、とても輝いている。

 

 

 今だけは、互いの立場を忘れて、ただこの瞬間を楽しんでいる。

 

 

 

 俺の周りには、走り出さずにその場に残っていた矢澤だけになった。

 矢澤も俺と同じことを考えているのか、彼女達を見ながら、その表情は優しい笑みを浮かべている。

 

 

 ……あぁ、やっとわかった。

 

 今日の矢澤の行動の意図が。

 

 

「矢澤」

「何?」

「─────ありがとうな」

「だから、何がよ?」

 

 

「────────“1年生のため”だろ?」

 

 

「……」

 

 

「まだ入って日が浅い1年生がμ'sに馴染めるように、みんなで遊んで打ち解けられるようにしようとしたんだろ?」

「……アンタ達のその察しの良さはどこからくるのよ…隠し事ひとつ出来やしないじゃないっ」

「総選挙なんて、名目だったんだろ?そうでも言わないと、真姫は参加しないかもしれなかったから。元から、今日のお前はえらく強引だなぁとは思ってたんだ。……本当に気が効くよな、お前は」

「勘違いしないで。にこは本気でセンター狙ってたわよ?……結局、穂乃果の案になっちゃったけどね。……でも、あの案には大賛成よ」

 

 本当に、素直じゃない。

 矢澤も絢瀬も、東條も。

 

 ───────俺もか。

 

「絢瀬と東條を誘ったのは、絢瀬を気分転換させるためか?」

「それもあるけど、少し違うわ。

 

 

─────あの2人なんでしょ?“あと2人”は」

 

 

「……!」

 

 ……察しがいいのは、どっちだよ。

 

「あの全然素直じゃない2人が、μ'sとつながるきっかけになればいいなと思って。

そしたら少しはアンタも動きやすいでしょ?迷惑だった?」

「……いや、最高だよ、お前。ありがとな、矢澤」

「礼なんて要らないわよ。にこだって、あの2人がμ'sに入ってくれたら嬉しいし。

 

……頼んだわよ?

 

あの2人の心を動かせるのなんて

 

アンタ以外にいないんだから」

 

「……任せとけよ」

 

 

 俺の返事に、矢澤は微笑みを浮かべた。

 

 

 

「─────なぁ、矢澤。

 

曲名、思いついたよ」

 

 

「ん?聞かせてくれるの?」

 

 

 

 

 今はバラバラなμ'sと絢瀬たち。

 

 

 

 

 “いつか”その2つの道が交わりますように。

 

 

 “いつか”手を取って、今日みたいに笑い合える日が訪れますように。

 

 

 “いつか”そんな素直じゃない女神達が、心から楽しい日々を送れますように。

 

 

 そんな“いつか”に、願いを込めて。

 

 

 

 

 

 

「──────“これからのSomeday”────」

 

 

 

 

 

 

 




今回の件については、作者の活躍報告にも掲載しております。
改めて申し訳ありませんでした。

さて!第2章が終わりました!
次回から遂に、物語は大きく動き出します!
そしてお気に入りが140人、UAが14000を超えました!
投稿して今日でひと月になり、こんなにもたくさんの方から読まれていること、本当に嬉しくおもいます!
今後もどうぞこの作品と作者をよろしくお願いします!
では、今回のありがとうございました!


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【第3章】ー交わる道
テストが彼と彼女たちにもたらしたもの


今回から第3章です!
メインとなるのはもちろん2章で出番が一話しかなかった彼女たちです!笑



27話 テストが彼と彼女達にもたらしたもの

 

 

 

「『ラブライブ!』?」

「はい!そうです!スクールアイドルの祭典、『ラブライブ!』です!はぁぁ〜ついに開催されるなんてぇ…」

 

 新曲、『これからのSomeday』の撮影&動画投稿も終え、梅雨に足を踏み入れかけた6月初旬。花陽がその話を始めたのは、そんなある日の部室での事だった。ちなみに矢澤は席を外している。

 

「どんな感じなの?」

「はい!スクールアイドルの甲子園……それが『ラブライブ!』です。スクールアイドルサイトに登録されたチームのランキングが上位20組以内の学校が本選進出で、No.1を決める大会ですっ!」

「へえぇ〜!」

「スクールアイドルは、全国的にも人気ですし…」

「はいっ!上位20組となると……一位のA-RISEは確定として、二位三位は……!はぁ〜まさに夢のイベントです〜っ!チケット発売はいつでしょうか〜!」

「へぇー!すごいすごい!私たちも参加してみようよ!」

 

 穂乃果の言葉に花陽は驚いたように立ち上がった。

 

「うえええええええぇぇぇ!?

そんな、私たちが参加なんて…畏れ多いです…」

「花陽、あなたキャラ変わりすぎ……」

「凛はこっちのかよちんも好きだよー!」

「じゃあ花陽ちゃん、観に行くつもりなの?」

 

 

 

 穂乃果のこの言葉に─────

 

 

 

 花陽の雰囲気が変わる。

 

 

 

 

「キッ……!」

「ひいっ!?」

 

 

 

 鋭い眼光を穂乃果に飛ばす花陽。

 怯える穂乃果をよそに、花陽は椅子から立ち上がり、穂乃果に詰め寄る。

 

「当たり前です!!これはアイドル史に残る一大イベントですよ!?そこにこの私が参加しないとでも!?断じてありえません!!──────さあ皆さん!『ラブライブ!』出場目指して練習頑張りましょう!!」

「は…花陽、ちゃん……?」

 

 な、なんだなんだ…?前からアイドルになると目の色変えて喜んでたけど、こんなに威圧感あったか…!?さっきと言ってる事正反対だぞ!?しかもことりちゃんなんて爪先から毛先までガタガタ震え上がってるじゃねぇか!

 

「こ、ことりちゃん…!?」

「ああああぁぁぁぁ……お、オタ陽ちゃん……いやあぁぁぁ……」

 

 今、聞きなれない単語が……

 なんて言った?“おたよ”?

 

「さぁ練習しますよ!急いで屋上へ!!早く!!」

「は、花陽……キャラ、変わりすぎじゃない…?」

「り、凛はこっちのかよちんも好きだよ……?」

 

 真姫と凛も花陽のそのあまりの変貌ぶりに引き笑いを浮かべている。

 しかも凛に至ってはいつものセリフが疑問文に変わってるし。

 

 ことりちゃんの今の様子とあのときの死にかけていたときの事を考えるに、どうやら花陽のこの状態には、矢澤が一枚噛んでいるのは間違いなさそうだ。後で問いただして絶対に吐かせてやる。

 

 

 

 

「うぅ〜……本当にごめんなさい……」

 

 あれから程なくして花陽は元の性格へと戻り、今はみんなに謝罪を述べている。

 

「大丈夫だよ、花陽ちゃん!……やっぱり花陽ちゃんも、『ラブライブ!』に出たかったんだよね?」

「……はい、実は……少し……」

「だよねだよね!やっぱりみんな、出て見ようよ!せっかくのチャンスだし!」

「確かに、本選に出場できれば、確実に学校のアピールに繋がりますね」

「うん!せっかくスクールアイドルやってるんだし、目指してみたいかも!」

 

 2年生の提案に、凛と真姫も同意の笑みを浮かべる。

 

「よし!じゃあ学校の許可をもらいに────」

 

 バタン!

 

「みんな!大ニュースよ!」

 

 凄い勢いでドアを開け部室に入ってきたのは矢澤。

 

「ついに、ついに開かれるわ…!スクールアイドルの祭典!」

「『ラブライブ!』だろ?」

「……知ってたのね」

「今その話してた」

「もちろん参加するわよね!?」

「みんなそのつもりだ」

 

 メンバー全員が矢澤に笑顔を向ける。

 

「アンタたち…!」

 

 さて、これで俺たちに新しい目標ができた。

 

 

 

 ──『ラブライブ!』本選に出場して、学校のアピールをすること。

 

 

 

 

「うぅ……いざ行くとなると緊張するね……」

 

 現在、理事長室の前。

 絢瀬たちに話をしてから行こうと思ったが、生憎生徒会室には誰もいなかった。

 

「大丈夫でしょ?悪いことするわけでもないんだから」

「うぅ、でも……」

「あぁもう!穂乃果らしくないわね!サッていけばいいのよ!サッて!」

 

 しびれを切らした矢澤がドアに駆け寄る。

 その時。

 

 内側からドアが開いた。

 

 

「─────貴女達」

「絵里先輩!それに希先輩!」

「お揃いでどうしたん?」

「アイドル研究部から学校へ許可を取りたいことがあってな。生徒会室に誰もいなかったから直接理事長室に来た」

「……貴方も一応生徒会なんだから、別に私たちのところに来る必要はなかったでしょ?」

「俺もそう言ったんだけどな。穂乃果がどうしても絵里先輩達に報告してから行きたいって聞かなくてな」

 

 えへへ〜と笑う穂乃果。

 それを見て絢瀬からも自然と笑みがこぼれた。

 

「……そう。…で、許可って?」

 

 

 

「────そこから先は、中で聴こうかしら」

 

 

 

 ふと気がつくと、入り口のドアの前に理事長が立っていた。

 

「理事長…」

「そんなところで立ち話もなんでしょう?中へどうぞ」

 

 失礼します、と言いながら俺たちは中へ入る。

 

 

 

 

「へぇ、『ラブライブ!』?」

「はい。ネットで全国的に中継されることになっています」

「本選に出場できれば、学校のアピールにも繋がると思うの」

 

 穂乃果達2年生3人が、理事長と話している。絢瀬はその横で、それ以外の俺を含めたみんなは後ろで話を聞いている。

 

「なるほどねぇ……絢瀬さんは、どう思う?」

 

 理事長は、そこで話を絢瀬に振る。

 絢瀬は一瞬驚いた顔をしたがすぐ普段の張り詰めた表情に戻った。

 

 さぁ。お前が出す答えは。

 

 

 

「──エントリーするくらいなら、問題ないと思います」

 

 

 

「そうね。私もそう思うわ」

「本当ですか!?」

「えぇ。学校は、アイドル研究部の『ラブライブ!』への参加を認めます」

 

 やったぁと喜びの声を上げるメンバー達。

 俺はそれ以上に、絢瀬の返答に驚いていた。

 

 あの絢瀬が、部分的にでも俺たちの活動を認めた。

 これは大きな進歩に思えた。

 

 しかし。

 

「──理事長、やはり納得がいきません。私達生徒会も学校を存続させるために活動させてください…!」

 

 絢瀬が理事長に詰め寄る。

 

「それはダメよ」

「何故ですか!この子達の肩を持つんですか!?」

「そんなつもりはないけど」

「何故この子達が良くて、私達はダメなんですか!?」

 

 

 

「──簡単なことよ?」

 

 

 

 そうだ。簡単なことだぞ?絢瀬。

 

 ──もうとっくに気づいてるんだろ?本当は。

 

 

「っ……意味がわかりません」

「あっ、えりち…!」

 

 そう呟くと、絢瀬は理事長室を後にした。

 そしてその後を、理事長に頭を下げてから東條が追っていった。

 穂乃果達も、心配そうな表情を浮かべている。

 

「絵里先輩……」

「ただし、条件があります」

 

 

 理事長の言葉に、俺たちは改めて居直る。

 

「勉強が疎かになってはいけません。

 

 

 

──来週の期末試験で、誰か1つでも赤点をとった場合、参加を取り消します」

 

 

 

 なんだ。結構緩い条件だな。

 さすがに赤点なんて取るやつは──

 

 

 

 ──いや。

 

 バタン。

 

 

 待て──いる。俺たちには……

 

 

 バタン。

 

 

 とんでもない爆弾が、2つ──!

 

 

 

 ──────バタン。

 

 

 

「って矢澤!お前もかよ!!」

 

 

 後ろを振り返ると、ガクリとうなだれ、この世の終わりのような雰囲気を発し出した単細胞コンビ+矢澤。

 

 

 

 

 

「大変申し訳ありません」

「ません」

 

 現在、部室にてみんなに頭を下げる問題児2人。

 

「中学校の頃から知ってはいましたが…穂乃果…」

「数学だけだよ!ほら、私小学校の頃から算数苦手だったし!」

7×4(しちし)

「……………………26……?」

 

 ……これほどまでか…。

 おいあの花陽ですら微妙な顔になってるぞ。

 

「で?凛はどうなのよ?」

「凛は英語!英語だけはどうしても肌に合わなくて……っていうか!凛達は日本人なんだよ!?どうして英語なんて勉強しなきゃいけないの!?だいたい英語って何語かわかんないにゃ!」

 

 だから英語は英語だっつーの。

 

「屁理屈はいいのよ!こんなんで出場できなかったら恥ずかしすぎるわよ!」

「真姫ちゃんこわいにゃ〜……」

 

 ……でだ。

 

「おい爆弾第3号」

「ぐっ……」

 

 今や完全に威厳を失った部長さんにこえをかけた。

 

「お前、赤点取るほどやばかったっけか?」

「……数学だけはいっつも…」

「……はぁ……ダメだこいつら……仕方ない。しばらくは勉強会だな。俺が矢澤に教えるから、残りの2人はお前らに──」

 

 

「──お困りのようやね」

 

 そう言って入ってきたのは、東條。

 

「希先輩……」

「ウチが力を貸してあげよう……!」

「本当ですか!?」

「ただし条件があるんよ」

「条件……⁇」

 

 そして東條が指差したのは、俺。

 

「ゆーまっち、生徒会に貸して」

「ええええぇ!?優兄ィを!?」

「うん♪今日だけでええから」

「ちょ、東條?」

「最近やることが多くてね……正直、ウチとえりちだけじゃ3人分の仕事を2人で片付けるの大変なんよ。やから、今日の内にゆーまっちの分は終わらせてもらおうと思って」

 

 そして東條は俺に笑いかける。

 

 

 ──その時確かに聞こえた

 

 

 

 ──“えりちを助けてあげて”──

 

 

 

 あいつは何も言葉を発してはいない。

 でも、伝わってきた。

 そういうことなら俺は。

 

「……わかったよ。ってなわけですまん。今日は俺抜きで頑張ってくれ」

「えぇ!そんなぁ〜」

「東條が頭いいのは知ってるだろ?多分教え方は俺よりも上手だから、頑張れよ」

 

 俺はそう言って部室を後にしようとした。

 

 

「──頼んだよ、ゆーまっち」

「──あぁ。任せとけ」

 

 お互いに顔は合わせない。

 でもそれだけで十分だった。

 

 

 俺は俺のやることをやる。

 絢瀬のためにも、俺のためにも。

 だから今は────あいつらを信じよう。

 

 そう思って、俺は生徒会室へと向かった。

 

 

 




前回がとても長かったのと、導入部分なので今回は短めです!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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【絢瀬絵里生誕記念 特別話】 Venus of AquaBlue Sp.〜 シアワセ

今回は番外編、絢瀬絵里ちゃんの誕生日記念話です!
幾つかの注意書きを。
・この話は完全番外編です。本編とは未関係でございます。
・この話では、一部性的描写、百合描写があります。
その類の話は受け付けないという方は、☆印が本文中に存在しますので、そことそこの間を飛ばして読まれるよう、お願いいたします。
後半部分は、優真と絵里がイチャイチャするベタ甘ストーリーなので、そこだけ読みたいという方も☆印の間は飛ばしていただいても構いません。
・作者は、絢瀬絵里ちゃんが大好きです。

では、何時ものシリアスな感じとは一味違った「背中合わせの2人」をお楽しみください!


【絢瀬絵里生誕記念 特別話】 Venus of AquaBlue Sp.〜 シアワセ

 

 

 

 

「絵里ちゃんの誕生日パーティーをしよう!」

 

こう言い出したのは、穂乃果だったか、凛だったか。

 

季節は秋、少しずつ冬の予兆が近づいてきた頃。1週間後は10月21日、そう、我らがμ'sのお姉さん、絢瀬絵里の誕生日だ。

今までもμ'sメンバーの誕生日を祝ってきたが、平日だったのでパーティーをすることはできなかった。

そこで、今回の絵里の誕生日が土曜日にあるということで、念願のパーティー開催ってわけだ。各々が俺の家に食材やお菓子を持ち込んでくることになっている。

 

μ'sメンバー全員で休日集まって何かするなんてことは夏休み以来だったから、俺自身正直楽しみにしていた。

 

────それが、まさかあんなことになろうとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えた絵里の誕生日当日。

昼前に絵里と希以外のみんなが集まり、料理班は料理、飾り付け班は部屋の装飾を行っている。

絵里には集合時間を少し遅く伝えてある。

みんなで準備するはずだったけど自分がきた時にはもう終わってて…というちょっとしたサプライズだ。

 

 

「ことり!そこに置いてある野菜とって!」

 

「はーい、にこちゃん。優真くん、少し火を見ててください!」

 

「あいよ、了解。…海未、そっちの下処理終わってる?」

 

「はい。いつでも大丈夫ですよ」

 

料理班の俺、にこ、ことりちゃん、海未の4人はキッチンで忙しく作業をしていた。

うちのキッチンは何故か無駄に広く、4人くらいなら余裕で入る。

この中でも、普段から家で妹たちに料理を振るっているにこのスキルは素晴らしく、大活躍している。

最早にこが作る料理の下準備を俺たちが受け持つ形だ。

うん、料理の方は問題なさそうだな。

────で、飾り付け班はというと…

 

 

「ちょっと凛!それはもう少し上だって言ってるでしょ!」

 

「これ以上上は届かないにゃ!」

 

「椅子でも使えばいいじゃない」

 

「なんで上からなの!?真姫ちゃんさっきから見てるだけだし!少しは自分でやるにゃ!」

 

「何よ!凛に指示が出せるわけ!?」

 

「あわわわ……け、喧嘩はやめて……」

 

「「かよちん(花陽)は黙ってて!」」

 

「ううぅ……誰かたすけてぇ……」

 

「あぁ!間違えた!折り紙の鎖が一周しちゃった!!」

 

……もう見事にハチャメチャだな。

協調性の欠片も感じないぜ。

穂乃果に至っては2人の喧嘩完全に無視してるし。

 

「……にこ、俺向こうに回ってきてもいい?このままじゃあいつらいつまでも終わりそうにない。3人で回せそう?」

 

「わかったわ。大丈夫よ。半分以上終わってるし、後は3人でもなんとかなるわ」

 

「ありがとね。……ったくあいつらは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい凛、真姫。何喧嘩してるんだよ。そんな場合じゃないだろ?」

 

「だって優兄ィ!真姫ちゃんさっきから口しか動かさないんだよ!?」

 

「だってじゃない。実際場所を指示する人は必要だし、それができるのはこの中じゃ真姫か花陽だろ?それとも凛がやってみる?」

 

「うう………」

 

「ほら、だから言ったじゃない」

 

勝ち誇って胸を張る真姫。

 

「……まぁ凛が不平を言う気持ちもわかる。真姫、指示の仕方っても考えてやってくれ。

……まぁ仕方ないか、今から俺が指揮をとる」

 

「うん、それなら凛も文句ないよ!」

 

「なんでよ!私なら文句があるっていうの!?」

 

「だからさっきから言ってるでしょ!?真姫ちゃんは…」

 

 

 

 

 

 

 

「──────うるせえぞ、2人とも」

 

 

 

 

 

 

 

「「ひっ……!」」

 

 

雰囲気が変わった俺に恐怖する2人。

 

「俺が指示するからには、テキトーな仕事して許されると思うなよ?俺の言うことには全てYesで答えろ。いいな?」

 

「「は、はい……」」

 

「声が小せえぞ!!」

 

「「はいぃぃぃぃ!」」

 

これから始まる圧倒的な恐怖政治に、半分諦めの気持ちを抱く凛と真姫に対し、苦笑いを浮かべる穂乃果と花陽だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして時刻は午後1時半過ぎ。

そろそろ絵里と希が来る時間だ。

俺の指揮で飾り付けの作業効率は倍以上に跳ね上がり、なんとかギリギリ間に合った。

後から振り返ると、俺の指揮もなかなかえげつなかったと思う。

……凛と真姫が肩で息をしている、と言えばどれだけの過酷を強いたのかがわかるだろうか。

 

 

「し、信じられない……」

 

「つ、疲れたにゃ……」

 

「2人とも、お疲れ様っ」

 

「なんでかよちんそんなに元気なの!?」

 

「っていうか朝日さんの指示、私と凛にだけ厳しすぎませんでしたか!?穂乃果と花陽は全然元気なんですけど!」

 

「だって、作業が滞ってたのほぼ君ら2人のの言い合いのせいだし。2人にその責任を追及するのは、ねぇ?」

 

「うぅ……そう言われると…」

 

「何も言えないにゃ……」

 

「ほらね。っと、2人が来たみたいだ。

俺が中に入れるから、みんな準備しといて!」

 

 

 

 

2人を招き入れ、リビングへと案内する。

 

そして絵里がドアを開けた───────

 

 

 

 

 

─────せーの!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『絵里(ちゃん)、誕生日おめでとう!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パーティーは盛り上がり、絵里にプレゼントを渡すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

「まずはにこからよ!絵里!おめでとう!」

 

「ありがとう、にこ!開けてもいいかしら?」

 

「もちろん!驚くんじゃないわよ?」

 

そして中から出てきたのは…

 

「DVD……?」

 

「そうよ!μ'sのPVの中で、絵里のシーンだけ集めたにこにーお手製のスペシャル版よ!最後にはにこにーからのメッセージが5分入ってるわ!」

 

「……ありが、とう…」

 

ふふん、と(なry)胸を張る矢澤。

絵里は微妙な表情を浮かべているが、嬉しそうではある。

 

 

 

 

 

 

 

「次はウチ!えりち、おめでとう!」

 

「これは…シュシュ?」

 

「うん!……ウチと、色違いの…。嫌だった…?」

 

「いいえ!とても嬉しいわ希!ありがとう!」

 

「ほんとに?よかった〜」

 

少し恥ずかしそうにしていた希も、絵里の笑顔を見て笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「次は私たちからだよ!絵里ちゃん!」

 

穂乃果たち二年生が、絵里に少し大きめな袋を渡す。

 

「これは…?」

 

「開けてみて開けてみて!」

 

「……! ハラショー!」

 

中から出てきたのは、可愛く飾り付けられたコルクボード。その中には、μ'sメンバーとの思い出の写真や、三人からのメッセージなどが書かれていた。

 

「ことりちゃんと海未ちゃんと頑張って作ったんだよ!」

 

「ありがとう!穂乃果、ことり、海未!」

 

嬉しそうに笑う絵里に、3人も笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「次は凛達の番だよ!」

 

ふふんと意気込むのは、凛と真姫。

さっきまであんなにいがみあってたのに、仲がいいのか悪いのか。

 

「絵里、受け取りなさい……!私たちの力作を!」

 

そう言って2人が運んできたのは、大きなダンボール。

しかも2つ。

 

「……開けても、いいの?」

 

「どうぞー!」

 

 

 

箱の中に入っていたのは……

 

 

 

 

「……カップ、ラーメン……?」

 

 

そう、カップラーメン。

しかも二箱、ギッシリと。

 

「ただのラーメンじゃないよ!」

 

「これは私と凛が様々な店を回って掻き集め、吟味した最高のラーメン……

そう、その名も!」

 

 

 

 

 

 

 

「「“チリトマトラーメン”よ(にゃ)!」」

 

 

 

 

 

 

 

………………。

なんと言うか、反応に困る。

しかし絵里はというと、瞳をキラキラと輝かせていた。

 

「ハラショー!!こんなものがあるのね!!」

 

「ちなみにそれにマヨネーズをかけて食べるのが、絵里ちゃんの中のひ」

 

「おい、凛!メタ発言はやめろ!」

 

 

 

 

 

「次は私の番です!絵里ちゃん誕生日おめでとう!」

 

「これは……甘酒?」

 

「はい!甘酒はすごいんですよ!例えば……」

 

「やめとけ花陽。話しても多分伝わらないよ」

 

俺の的確なツッコミに、しょぼんとする花陽。

 

「でも、ありがとう花陽。ちゃんといただくわ」

 

「はいっ!でも、ぜひ今一杯飲みましょう!」

 

花陽の押しに負け、結局その場で絵里が飲むことになった。

 

───────俺のプレゼント、渡しそびれたな。

 

まぁいいか。後で渡そう。

 

 

 

 

───────平穏はここまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「絵里ちゃん……?」

 

花陽の甘酒を飲んだ絢瀬の様子が、どうもおかしい。

 

さっきから俯いたまま顔を上げない。

 

 

「……絵里?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、優真くん……私、欲しいものがあるの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何だ……?絵里の声が妙に色っぽいぞ…?

嫌な…予感がする…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────貴方の初めて、私に頂戴♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……は!?

こいつ何を言ってる!?

俺は焦りの余り思わず立ち上がってしまった。

 

「絵里…どうした!?」

 

「お願い…体が熱くて、ムズムズするの…♡」

 

「花陽っ!お前絵里に何した!?」

 

「ええぇ!何もしてないよぉっ!プレゼントの甘酒を飲んでもらったら突然こうなっちゃって……」

 

「こいつ甘酒だけで酔ったのか!?どんだけアルコール弱いんだよっ!!」

 

「ねぇ、優真くぅん……」

 

「くそっ……!おい絵里!しっかりしろ!」

 

「ちょっと!やめなさいよ絵里!」

 

見かねた真姫が、制止に入ろうとする。

絵里は真姫の声にゆっくりと振り返り、真姫を見る。

そして彼女は妖艶な笑みを浮かべたまま真姫に歩み寄り──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────そのまま口付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ……!?」

 

真姫自身も目を見開いて驚いている。

俺たちも唖然として、止めに入ることを忘れていた。

軽くどころか、相当ディープだ。

 

所々漏れる声が、妙にいやらしい。

絵里が真姫の後頭部を押さえているので、逃げるにも逃げられず、されるがままだ。

 

どれくらい経っただろうか、ようやく2人はようやく口を話した。

 

 

 

 

真姫は絵里の支えを失うと────そのまま後ろに倒れた。

 

 

 

 

「真姫ィィ!!」

 

「絵里…貴女……上手すぎっ…」

 

最後にそう言い残して、彼女は気を失った。

 

「キスだけで気絶させたですって……!?」

 

「どんだけテクニシャンなんや…!」

 

「絵里ちゃん……すごい……」

 

「うぅ、破廉恥ですっ……」

 

「海未ちゃん!?」

 

「海未ちゃんが倒れたにゃ!」

 

「気絶しちゃったのぉ!?」

 

「純情すぎだろ!見るだけで気絶するとかどんだけピュアなんだよ!!」

 

「……ふふっ」

 

っ!しまった、海未に気をとられすぎた…!

 

俺はなす術もなく絵里にソファに押し倒される。

こいつ、どこからこんな力が!?

 

「さぁ、優真くん…一つになりましょう…?」

 

秋とは言ってもここは室内。女子の服は比較的素材が薄い。

絵里の肌の感触がリアルに伝わってくる。

 

 

「絵里っ!頼むから落ち着いてくれ!!」

 

やばい、もうだめだ…!

諦めかけたその時。

 

 

 

 

 

「だっ、だめえぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

 

そう叫びながら、俺と絵里の間に顔を割り込んできたのは、ことりちゃんだった。

そしてことりちゃんは絵里の顔を自分の正面に向けさせると─────

 

 

 

 

 

そのまま自分から絵里に口付けた。

 

 

 

 

 

「こ、ことりちゃん!?」

 

「自分からいった!?」

 

「何してるのよことり!それじゃアンタも…って……お、応戦してる!?快楽の波に流されないように、自分から仕掛けてるっていうの!?」

 

「こ、ことりちゃん…えっちだにゃぁ……」

 

残りのみんなも顔を赤くしながら2人の激しいキスに夢中になっている。

 

俺の顔の目の前で嬌声を上げながら深く口付け合う2人。

そんなものをみせられて、平静でいられるわけがない。

 

 

(くそっ、冷静になれ……!感情に流されるのはマズイ!ことりちゃん、俺を守ってくれたのは嬉しいんだけど、自分からキスしに行く必要はあったかなぁ!?どんだけテンパってたんだよ……!!)

 

 

真姫の時より遥かに長く、濃厚なキスを終えた2人は、ようやく互いの口を離した。

その際に伸びる銀色の糸。

俺はそれを見て恥ずかしくなり、思わず目をそらす。

そしてそのまま、ことりちゃんは膝を崩した。

 

「ことりちゃん!大丈夫!?」

 

俺は下を向いたまま動かないことりちゃんを心配して、声をかけた。

 

 

 

 

 

「……ねぇ、優真くん……」

 

 

……あ。

この感じ……すごいデジャヴ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ことり……暑くなってきちゃいましたぁ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「感染ったァァ!!キスだけで酔っ払うとか弱すぎだよことりちゃん!!あと本当に脱ごうとするな!!」

 

「え⁇続きは2人きりで…⁇もう…優真くんは欲張りさんですね♡」

 

「うっはぁかわいいい!!

…じゃねぇ!たち悪りぃぃ!!

絵里より遥かにたちが悪いわ!

……おい誰か!2人を止め…て……く…………」

 

 

 

 

 

「あはっ♪凛ちゃん…くすぐったいよぉ…♡」

 

「ふふ♪穂乃果ちゃん可愛いにゃぁ…♡」

 

 

 

「ぁあ…希ちゃん、にこちゃん……ダメぇぇ…♡」

 

「ふふふっ、体は正直やんなぁ♡」

 

「もう、だらしないわよ?花陽♡」

 

 

 

 

何も見てない何も聞いてない何も見てない何も聞いてない何も見てない何も聞いてない何も見てない何も聞いてない………………!!

 

 

 

え、何?なんでこいつら顔赤くして服の上から絡み合ってんの!?

 

そして改めてテーブルに目を向けると…

 

人数分に注がれた甘酒があった。

 

 

 

 

「おいアホ白米ィィ!!何無駄に感染者増やしてんだゴルァ!!」

 

「だってぇ…みんなが絵里ちゃんとことりちゃん見てたら…ぁあ… 興味があるって…言ったから……」

 

「で、みんなして飲んだのか!?それで酔ったのか!?甘酒で!?みんなして酒弱すぎだろうが!!しかもなんで全員酔ったら淫乱になるんだよ!!」

 

「でもお兄ちゃん…これすごいよぉ…すごく、気持ちい」

 

「それ以上は黙ってろ!頼むからお兄ちゃんの前では純粋な天使でいてくれ!!」

 

「ふふっ、捕まえたぁ……♡」

 

「っ!しまったまたっ……!」

 

絵里が先ほどまでの馬乗りの状態から、完全に俺にのしかかってきた。

俺と絵里は完全に密着状態だ。

絵里のいろいろな柔らかな部分が俺の体にあたり、色々とマズイ。主に俺の理性が!

 

「あぁん!絵里ちゃんずるいよぉ〜。ことりもそこがいい〜!」

 

「今は私の番よことり。大人しくしてなさい…?」

 

「うう〜っ、いいもん!……優真くん。

 

 

 

──────ことりも、そこに、いきたいなぁ」

 

 

 

 

 

 

……! やばい……!

 

 

 

 

“アレ”が飛んでくる…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おね…ぐぎゅう」

 

 

 

右手は自分の体の下敷きになっていたので、俺は唯一自由がきく左手で、ことりちゃんの顔を掴んだ。

今“アレ”を食らったら、本当にゲームオーバーになる…!

 

「んっ……優真くぅん…いきなり、強すぎっ…♡もっと優しくシて⁇♡」

 

「誤解を招くような言い方はやめてもらおうか!!」

 

「ふふっ♡優真くん……」

 

っ!もう絵里に抵抗する手段がない……!

 

今度こそもうダメだ─────

俺は諦めて現実を受け止めようと目を閉じた。

 

 

 

 

 

しかし、俺が予期していた感触は、いつまでたってもこなかった。

 

恐る恐る目を開けると、絵里は俺の胸に顔を埋めていた。

 

「絵…里……?」

 

眠っていた。気持ち良さそうな寝息を立てて。

いつの間にか俺の左手から離れていたことりちゃんも、床に横になってスヤスヤと眠っていた。

他のみんなも、まるで屍のように各々伸びていた。

 

 

「酔っ払って疲れたら寝るとか呑んだくれの親父かよ……」

 

 

冷静に突っ込んだら、一気に疲労感が襲ってきた。

動きたいのは山々だが、上で気持ち良さそうに寝ている絵里を起こす気にもなれなかった。

 

「……寝よ」

 

俺は考えることを放棄して、襲ってきた睡魔の波に身をゆだねることにした──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼ ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

眠っていたような、感覚。

私、絢瀬絵里はどうやら眠りから目覚めたようだ。

花陽からもらった甘酒を飲んでから、全く記憶がない。

周りのみんなも、死んだように眠っている。

私、いったい何を……?

 

 

と、そこで気づく。

自分の下に敷かれている、温もりに。

 

「ゆっ────────」

 

優真くん、と叫びかけて堪える。

周りのみんなを起こしてしまう…静かにしないと。

 

なんで優真くんが私の下敷きに!?!?

しかも、いろいろ当たって─────!

 

急激に恥ずかしくなった私は、すぐに立ち上がろうとした。

 

──────でも。

 

 

──────心地いいなぁ。

 

 

暖かくて、優しい温もり。

出来ることなら、このままずっと─────

 

 

 

 

 

 

「……起きてるなら降りてくれると助かる、絵里」

 

 

 

 

 

「ひむっ……!」

 

再び叫びかけた私を、優真くんは私の頭を抑えて自分の胸に押し付けることで黙らせた。

その突然の行動と、優真くんの体からする男らしい匂いに、ドキドキが止まらずに顔が紅潮しているのがわかる。

 

「……みんなが起きる」

 

「……ごめん、なさい…」

 

沈黙。

結局、優真くんは私をずっと抱きしめたままだ。

それが恥ずかしくて──────少し嬉しい。

 

「……私、いったい何を…?」

 

「……覚えてないの?」

 

「ええ……花陽から甘酒をもらったところまでしか……」

 

「……そっか。無理に思い出さなくていいと思う。それが絵里のためだ。

 

─────さて、ちょっと散歩でもしない?」

 

優真くんの提案に、私は頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の外に出て、待つこと2分ほど。

優真くんが家から出てきた。

ちょっと待っててと言われて先に外に出ていたが、何をしていたのだろうか。

 

「お待たせ、絵里」

 

「ううん、気にしないで。……何してたの?」

 

「……花陽の甘酒を処分してきた」

 

「え!?プレゼントを!?」

 

「……ここじゃなんだ、歩きながら話すよ」

 

そう言って歩き出した優真くんの隣に私も並ぶ。

 

「……花陽がくれたアレ、甘酒じゃなかった」

 

「え?それってどういう……?」

 

「……聞きたい?」

 

「……うん」

 

「……アレ、アダルトグッズだった」

 

「アダっ…!?」

 

「甘酒に模した、媚薬的なのなんだと。

酔ったように感情を昂らせるらしい。

しかもメイドインチャイナ。あいつ、見た目に飛びついて詳しく説明見ないまま買ったんだろうな……」

 

花陽なら仕方ないか……と優真くんは呟く。

 

──────────あれ?

 

 

「じゃあもしかして……優真くんの上に私が乗ってたのって……?」

 

「絵里、世の中思い出さないほうが幸せなこともある。

 

 

──────それが今だ」

 

「…………」

 

顔が、真っ赤になる。

 

私は優真くんになんて大胆なことを……!

 

 

 

「……ほら」

 

 

 

すると優真くんが手を差し出した。

意図を図りかねて首を横にかしげると、優真くんは少し照れくさそうに言った。

 

 

 

 

 

 

「────────寒いから、手貸してよ。

……繋いだほうがあったかいだろ?」

 

 

まだ10月なんだけど、なんて野暮なことは言わない。

 

 

「──────────うん……」

 

 

 

そして私は差し出された手を……握った。

 

「……さっきのお前はもっと激しかったけどな」

 

「もう!やめてよ優真くん!」

 

そんな話をしながら、2人で手を繋いで歩く。

 

優真くんの温もりを手から感じる。

 

 

2年前に出会った時からは、信じられなかった。

 

 

 

彼は私が音ノ木坂に来て初めて出来た友達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして私の───────初恋の男の子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつから好きだったのか、もうわからない。

出会った頃からだった気もするし、つい最近と言われても違和感はない。

それくらい、側にいるのが当たり前で、大切な人。

μ'sと生徒会の対立で、迷惑をかけたこともあったけど、彼は私を見捨てたりしなかった。

彼は、優しい。

優しいが故に、自分を犠牲にすることを厭わない。

行動力があるといえば褒め言葉になるけど、私からすれば、危なっかしくて見てられない。

そんな彼の側に、ずっと居たい。

側にいて、彼を支え続けたい。

彼は私にたくさんのものをくれたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は私に勇気をくれた。

 

私に、友達をくれた。

 

私に、居場所をくれた。

 

私に───────恋をくれた。

 

 

 

 

 

 

そんな彼に、想いを伝えてみたらどうなるかな?

 

 

 

 

 

 

勝算は全くないけど、ふとそう思った。

 

─────彼は私のこと、どう思ってるのだろう?

 

 

 

今日あんなに密着して、ドキドキしたのは───

 

嬉しかったのは、私だけ?

 

 

 

 

 

「……懐かしいね」

 

そんなことを考えながら歩いていると、ある場所へ着いた。

 

「ここは……」

 

「……君と出会った、公園だよ」

 

 

そう、私と優真くんが出会った場所。

 

 

あの出会いが、私を変えてくれた。

 

 

「あそこ、座ろっか」

 

そう言って彼が指差したのは、一つのベンチ。

 

「……ええ」

 

1つのベンチに、2人横並びで座る。

それがまるで恋人みたいで、私は思わず顔がにやける。

 

「……何ニヤついてんの?絵里」

 

「な、何にもないわよ!」

 

「……初めて会ったときのこと、覚えてる?」

 

「ええ。あのときは私を助けてくれてありがとう」

 

「──────お礼を言うのは俺の方だよ」

 

「え……?」

 

「……一回も言ったことなかったけど、俺は絵里に感謝してた。自分を変えたかった俺が、1番最初に出来た友達だったから」

 

「……優真くん」

 

「絵里は俺に、きっかけをくれたんだ。

 

だから俺にとって絵里は───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

特別で、大切な人だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い、いきなりどうしたのよ、優真くん」

 

突然の誉め殺しに、自分の顔が赤くなっているのがわかる。

嬉しいけど、恥ずかしい。

 

「──────────はい、これ」

 

そう言って彼が私に差し出したのは、小さな箱。

 

「これは…?」

 

 

 

 

 

 

 

「──────────誕生日おめでとう、絵里」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、私に…?」

 

「君の誕生日だろ?他に誰に渡すんだよ。

……さっきは皆に紛れて、あげられなかったから」

 

「開けてみてもいい?」

 

「うん。気に入ってくれるかはわかんないけど」

 

 

 

 

その中に入っていたのは、小さなイヤリング。

 

 

 

 

「わぁ……!綺麗……!」

 

 

金で象られた水の雫の中心に、青く輝くアクアブルーの宝石が収められた、シンプルだが意匠が凝ったデザイン。

 

その輝きを見て、絶対に安物ではないと思った。

 

「これ、高かったんじゃないの!?お金っ……」

 

「ばーか。俺が絵里につけて欲しかったのを買ったの。お金なんか気にするなよ」

 

「うぅ…でも……」

 

 

申し訳なさは、ある。

 

 

────────でもそれ以上に嬉しすぎて、ドキドキが止まらない。

 

 

 

「……つけてくれたら、嬉しいな。

絵里がつけてるところ、見たい」

 

 

 

優真くんが少し恥ずかしそうにそう言う。

──────ちょっと仕返ししてみようかな。

 

 

 

 

 

 

 

「──────優真くんが私につけて?」

 

「え、俺が?」

 

「うん。……優真くんに、つけて欲しいな」

 

「……わ、わかった…で、でも俺つけたこととかないから上手くできるかわかんないよ?」

 

「いいからいいから!」

 

私は彼の顔に、自分の耳を近づける。

 

「じゃ、じゃあつけるよ……?」

 

彼も緊張しているのがわかる。

イタズラが成功して、少し嬉しい。

 

 

──────顔が近い。

優真くんの吐息が耳に当たって、くすぐったい。

さっきから心臓がバクバクしてる。

きっと私の顔、真っ赤だ……!

 

 

「──────つけたよ」

 

私の耳元から彼の顔が離れていく。

 

それを少し名残惜しく感じながらも、私は彼の顔を見た。

 

「どう?似合ってる?」

 

「……………………」

 

「優真くん…?」

 

「……あ、あぁごめん。ちょっと、見とれてた…」

 

顔を赤らめて私から目をそらしながらそういう優真くん。

 

 

 

 

「──────似合ってる。可愛いよ、絵里」

 

 

 

 

 

最後のとびきりの褒め言葉に、私の顔も一気にゆでダコのように真っ赤になる。

 

「あ、ありが……とぅ……」

 

照れくさいのと恥ずかしいので、お互いに顔を合わせられない。

沈黙が流れる。

き、気まずい……

 

「───────絵里、イヤリングがズレてる。直すから耳貸して」

 

沈黙を破ったのは優真くんだった。

 

「あ、うん……お、お願い」

 

先ほどのように優真くんの顔に耳を近づける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると彼は先ほどとは違い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の口元を私の耳に寄せ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

囁く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────好きだよ、絵里」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の言葉に、意識が現実を理解しようとしない。

 

 

そして言葉の意味を理解したとき。

 

 

今までにないような幸福な感情が押し寄せる。

 

 

 

 

 

 

「いきなりごめんな。返事とか、要らないから」

 

さぁ、そろそろ帰ろうかと、優真くんがベンチから立ち上がろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は素直じゃない

 

 

 

 

 

 

そんなことわかってる

 

 

 

 

 

 

でも素直にならなきゃ

 

 

 

 

 

 

きっと一生後悔する─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私も!」

 

 

 

 

 

 

 

そう叫びながら、優真くんの手を掴み、座らせる。

優真くんが動きを止める

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな彼の目を見て

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、伝える

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も──────────好き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────優真くんが、大好き」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

繋いだ手が、暖かい。

 

 

 

心臓がバクバクする。

 

 

 

顔が、近い。

 

 

 

 

その距離、わずか10センチ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして2人は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞳を閉じて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと顔を近づけ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

唇を重ね合わ────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────優兄ィ☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビクッと2人の肩が跳ね上がる。

 

そしてゆっくり公園の入り口を振り返る。

 

そこに立っていたのは───────笑顔が全く笑っていないμ'sのメンバー。

 

 

 

 

「……2人で何してたのかにゃ〜?」

 

凛が笑顔で問いかける。

────目が全く笑ってないけど。

 

 

 

「抜け駆けとは感心せんなぁ、えりち」

 

希も普段の優しいオーラは微塵も感じられない。

 

 

 

「絵里……死にたいみたいね」

 

死にたくないわよ!?物騒すぎるわよにこ!!

 

 

「うふふふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふ♪」

 

ことり、せめて何か言ってよ!

目が殺意すら携えてるんだけど!!

 

 

 

「─────絵里、私の、初めてを……!」

 

真姫、あなたは何を言っているの!?

1人だけ怒りのベクトルが違うわよ!?

 

 

その他のμ'sメンバーも、何も言っていないが、その笑顔はもはや恐怖でしかない。

 

優真くんも私も、ガタガタ震えていた。

 

 

「やべぇ……殺される……!逃げるぞ!絵里!」

 

「わっ……ちょっと優真くん!」

 

『待てーーーー!!』

 

私たちと、μ'sメンバーの鬼ごっこが始まった。

 

後ろは恐怖。でも不思議と楽しかった。

 

 

 

 

 

繋いだこの手

 

 

 

 

 

 

 

 

もう離さないでね、優真くん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が初めて素直になれた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────私の大好きな王子様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微笑む彼女の左耳には、光り輝く青い雫が1つ。

 




というわけで、絵里ちゃん誕生日おめでとう!
普段の本編では絵里の本来の優しさが強調されるような書き方をするように意識しております!
この記念話だけ読まれたという方、ぜひ本編の方もよろしくお願いします!(露骨な宣伝
さて、次回からは普通の本編の方へ戻ります。
では、今回もありがとうございました!
絵里ちゃんと、絵里ちゃん推しのみなさまにとって素敵な一年になりますように。


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やりたいことは。

タイトルで、今回の内容を予想できた人もいるのではないでしょうか。
でも安心してください、きっとその予想、裏切られますよ。
久々に、あの方が登場します!
では、今回もよろしくお願いします!


28話 やりたいことは。

 

 

 最近、何もうまくいかない。

 

 私、絢瀬絵里はそんなことを考えながら窓の外を眺めていた。

片付けなければならない書類はたくさんあるのだが、どうにもやる気が起きない。

 

理事長はどうして自分を認めてくれないのか。

 

 ずっと考えている。何度も何度も交渉に行って、その度に否定されて。辛くないわけがない。でも、私はやらなくちゃならない。

 

 

 ──私は、生徒会長なんだから。

 

 

 今の私を動かすのは、その義務感。

 

 

 それを自覚するたびに、あの言葉を思い出す。

 

 

 

『やりたいんです─────!』

 

 

 

 『やりたい』。私とは正反対の、彼女たちを動かす原動力。それを心のどこかで認めながらも、認められないと言い張る自分がいて。だって私は一学院の長。そんな自分がやりたいことだけやればいいなんて思えるはずがない。それを認めることは、今の自分の在り方を否定することにも繋がってしまう。だから……そんな考え方は、今の私にはできない。私は、今の自分にできることを──。

 

 

 ──これでいいの?

 

 

 今の私の在り方で、廃校を阻止できるの?

 

──────五月蝿い。

 

 こんなことを続けても現状を打破なんてできない

 

──────五月蝿い。

 

 自分自身が何をすればいいのかわかってないくせに

 

──────五月蝿い…!

 

 そんなんじゃいつまでたっても指をくわえて見てるままね

 

 

「──五月蝿い!!」

 

 

 思わず叫んでいた。繰り返された自問自答、私が出来たのはそれをうるさいと否定することだけ。

 

 ──わかってはいるのだ。

 

 このままでは何も変えられないと。

 

 

 じゃあどうすればいいのよ

 

 このまま大人しく廃校になるのを待っていろっていうの?

 

 そんなの、絶対に嫌

 

 

 不意に、涙がこぼれそうになる。

 私はそれを無理やり拭い、気丈に振る舞う。

 

 ───私が涙を流すのは廃校を阻止できた時だけ。

 

 そう誓ったんだから。

 

 そして目の前の書類の処理に戻ろうとした時。

 

 生徒会室のドアが開いた。

 

 

 

 

 俺が生徒会室のドアを開けると、絢瀬はいつもの場所で書類整理をやっていた。

 

「よっ」

「優真くん……貴方、アイドル研究部は?」

「今日は抜け出してきた。最近全然顔出せてなかったし、俺の分の仕事も溜まってると思ってな」

 

 東條が言ったことがどこまで本当かわからなかったので、とりあえず当たり障りのない理由を述べる。

 

「そう……。なら、久しぶりにしっかりと働いてもらおうかしら」

 

 笑顔を浮かべた絢瀬を見て、少し安心する。

 

「はいよ、お手柔らかにな」

 

 そして俺たちは仕事を始めた。

 

 

 

 

 一時間ほど経過しただろうか。

 東條の言ったことは本当だったようで、確かにこの量を2人で処理するのは荷が重かっただろう。とりあえず俺は自分の分の処理すべき書類は片付け、恩返しも兼ねて東條の分の書類も少し片付けた。

 

「ふぅ……こんなもんかなー」

「お疲れ様。やっぱり貴方がいると早いわね」

「お褒めに預かり光栄ですよっと」

 

 お互いに休憩モードへと入った。

 さて……本題を切り出すのは今かな。

 

 

「……最近調子はどうだ?」

「……何が?」

「聞かなくてもわかるだろ?」

「……そうね。正直、辛いわね」

「何が?」

「それこそ、聞かなくてもわかるでしょ。っていうか、貴方が言い出したんじゃない」

 

 俺の言葉を聞いた絢瀬が、ジト目で俺を睨んでくる。その可愛らしい仕草を見て、極限まで追い込まれたわけではないと俺は内心安堵を浮かべた。

 

「ははは、ごめんごめん。

 

───生徒会活動、ずっと認められてないんだな」

 

「……ええ。何回いっても、ずっと断られ続けてる」

「原因に心当たりは?」

「………………ある、わ」

「聞いてもいいか?」

「……確証はない、けど」

 

 一息ついて、絢瀬は恐る恐る口を開く。

 

「──私が“生徒会長”だから?」

「…どういう意味?」

「穂乃果達と私の違い……それは、心の持ち方。それはもう、痛いほどわかったわ。今日だって、理事長はあの子達を認めて、私達を認めなかったから。そう考えるとやっぱり、私が“生徒会長として”行動を起こそうとしてるからとしか考えられない」

 

 ……ほとんど正解に近い。

 ここまでわかっていて何故……?

 

「……で?そこまでわかってどうするんだ?」

「……わからないの」

 

 絢瀬はそう言って俯いた。

 

「……どうすればいいのか、わからない……私は穂乃果たちみたいに、やりたいことをやりたいようにやっていい立場なの…?私は生徒会長。この学校を守る義務が───」

 

 

 それ以上は─────言わせない。

 

 

 俺は絢瀬の肩に自分の手を置く。

 絢瀬は驚いたような表情を浮かべている。

 

 

「優真、くん……?」

 

 

「──肩の力抜けよ。

 

一人で色々考えすぎだ。

そんなに考え込んでるなら、何で今まで俺に相談しなかった?

 

言っただろ、俺はお前の味方だって。なんだってしてやるって。

もう少し友達を頼れよ。東條や俺が、お前を見てどれだけ心配してると思ってる」

 

 俺の言葉に、絢瀬は気まずそうに目を逸らす。

 

「……ごめん、なさ」

「謝罪なんていらない。いいか絢瀬、お前は一人じゃない。俺や東條はもちろん、μ'sのみんなだってお前の味方なんだ。誰一人お前のことを敵だなんて思ったりしてない。穂乃果たちは、いつもお前を心配してる。だから穂乃果はお前をあの日カラオケに誘ったんだ。……あの日、お前どう思った?μ'sのみんなを見て、どう思った」

 

「っ……」

 

 絢瀬は、答えない。

 

 沈黙は許さないとばかりに俺は絢瀬の答えを待つ。

 

 

 

 そして、絢瀬はゆっくりと口を開く。

 

 

 

「……楽し、かったわ……。

 

みんなと毎日笑って、あんな風にいられたら。

 

……ずっとそう思ってた」

 

 

 

 

 絢瀬の意思を──“聴いた”。

 

 だったら後は。

 

 

 俺はその背中を押してやるだけ。

 

 

「だったら、言えばいいよ、穂乃果に。きっと喜んでお前を歓迎してくれるさ」

「……でも、私みんなに……」

「さっきも言っただろ?みんなお前を心配してるって。気にすることはないさ」

「……」

「まだ何か、迷ってる?」

「……ううん、なんでもないわ」

「じゃあ、μ'sに……」

 

 

 

 

「──ごめんなさい。やっぱり今はまだ……」

 

 

 

 

「絢瀬……?」

 

「……確かに、μ'sには憧れてるわ。でも、やっぱり私、もう少し頑張ってみたいの。自分にできることを探して、自分で解決してみたい…!これは“生徒会長”としてじゃないわ。

 

──私、“絢瀬絵里”の意思よ」

 

「絢瀬……」

 

 変わらない、頑固な意思。

 でも今の絢瀬が浮かべる笑みは、さっきまでの悩みにふけっていた顔とは違う。

 

 

 

 ──吹っ切れた、かな?

 

 

 

 なら、もう少し待とう。

 今は無理して加入させるときじゃない。

 

 

 

「……そっか。わかった、それなら俺もお前を応援するよ」

「ありがと、優真くん。大切なものが何か、わかった気がする」

 

 そう言って笑った絢瀬。

 俺もその笑顔を見て、つられて笑った。

 

 

 

 

 

 

「ゆーまっち、えりち」

 

 生徒会の仕事を終え、俺と絢瀬が学校を出ようとしたら、そこには東條と海未とことりちゃんが立っていた。

 

「お疲れ様、優真くん♪」

「おつかれ、ゆーまっち」

「ありがとね、ことりちゃん。東條も、奴らの面倒見てくれてありがとな」

「いやいや、お互い様や」

「……あれ?穂乃果と一年生組と矢澤は?」

「今日は真姫の家で、勉強合宿をするそうで先に帰りました」

「……やる気があるのは結構だけど……誰が教えるんだよ、穂乃果と矢澤……」

 

 思わずため息を吐く。やっぱりあいつらはアホだ。

 

「そゆこと!じゃ、久しぶりにみんなで帰ろっか!」

「ん……。確かに久しぶりね」

「絢瀬が最近俺を避けてたからな」

「ちょっ……!違うわよ!」

「ゆーまっち、昼休み一人で教室で泣いてたもんな〜」

「……そうなの?優真くん」

「なわけねーだろが」

 

 そんなバカみたいなやり取りを楽しみつつ、帰路を歩く。久しぶりで、ひどく懐かしく感じる。

 

 絢瀬とことりちゃんと海未が3人で会話しだしたのを見て、東條が俺に声を掛けてきた。

 

 

「上手くいったみたいやねっ」

「いや。勧誘はしたけど、参加はしてくれなかった。もう少し自分でやれることを探したいんだと」

「そっか……なら、もう少しやんな」

「あぁ……あと少し、待っててくれ」

「ふふっ、ありがと」

 

 

 

 ──あぁ、楽しい。そして、心地よくて……暖かい。

 

 そんな快楽に浸かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そんな日常をぶち壊した

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう二度と聞きたくなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの声

 

 

 

 

 

「あれー?朝日クン?」

 

 

 

 

 

 ─────────────!

 

 

 あまりの驚きに、体が硬直する。

 それは横にいた東條も同じだったようで。

 

 

 

 

「あ!もしかして希ちゃん!?」

 

 

 

 

 なんで、こんなところに

 

 

 

 

「──中西…………」

 

 

「ひかり、ちゃん………………?」

 

 

 

 

 

「あはっ♪久しぶりだね、2人とも」

 

 

 

 

 

 

 その笑顔は、ドス黒く、歪に見えた。

 

 

 

 

 

 




ここから数話、しばらくオリジナルの話が続きます。あと、この物語の核をなすオリジナルキャラが1人登場します。
そして、この作品の中で1、2を争うほどシリアスな話がやってきます。
そしてこれからの話を読む上で、注目して欲しいところは、登場人物たちの心の動きです。
メンバーの心の葛藤を、できるだけわかりやすく描いていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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最悪の再会

活動報告にて、26話「楽しみはまだまだこれから!」で行われたμ'sメンバー+絵里と優真のカラオケで歌われた曲の答え合わせをしております!
ぜひぜひご覧になってくださいませ。
それでは今回もよろしくお願いします!


29話 最悪の再会

 

 

久しぶりだね、2人とも」

 

 

 中西光梨。

 東條の過去の親友で。

 

 ──俺の因縁の女子。

 

「なんで……こんなところに……?」

 

 

 

「おい光梨。どうした?」

 

 

 

 そして中西の横に立っていた、一人の男。

 

 

 

 そいつの顔が目に入った瞬間

 

 

 

 

 中西のとき以上の驚愕が全身を迸る

 

 

 

「翔太……!」

「ん?あれ、優真じゃん──お前、まだ生きてたんだ」

 

 俺たちのただならぬ雰囲気に、後ろにいる3人もただ固唾をのんで見守っている。

 

「こっちのセリフだよ、荒川。テメェみたいなやつがまだこの世にいたなんて虫唾が走るぜ。同じ空気吸ってるのも耐えられそうにねぇよ」

「へぇ…言ってくれるじゃん、優真。昔みたいに翔太って呼んでくれよ、つれねぇなぁ……あー、テメェ見てたら疼いてきたぜ」

 

 そう言って荒川が抑えたのは、右頬についた大きな傷跡。

 

「忘れたとは言わせねぇぜ?優真クンよぉ……」

「生憎あの日から一度も忘れたことなんてねぇよ。忘れたくても夢に出てくる始末だ」

「そうかいそうかい……ん?その子……もしかして……希ちゃん!?」

 

 荒川の声に、ビクッと肩を揺らす東條。

 

「荒川……くん…………」

「やっぱり希ちゃんだろ!?帰ってきてたのか!?」

「……はぁ…っ、はぁ……」

 

 東條の呼吸が荒い。

 先ほどから目の焦点が合っていない。

 体全体を震わせ、立つことすらままならない様子。

 

「おい、東條!?」

 

 

 

 誰だ、だれだ。

 

 ダレが東條にこんな真似を。

 

 

 

「希ちゃん……俺!」

 

 

 ───オマエの、せいか

 

 

 

 

「──おい」

 

 

 

 

「っ!?」

 

先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う、俺から発せられる言葉に、中西と荒川の2人はおろか、後ろにいた3人も思わず体を硬直させた。

 

 

 

 

「──オメェあと一歩でも“希”に近づいてみろ

 

 

 

───殺すぞ」

 

 

 

 

 俺のあまりの言葉の重みに、体を後ずさりさせる中西と荒川。

 

 

 

 

「──俺の気が変わんないうちに失せろ」

 

 

 

「くっ……」

 

 2人は忌々しげに俺を見ると、その場から去っていった。

 

 

 

 

 

 

「おい希!しっかりしろ!希!!」

 

 希の震えは2人が去ったあとも止まらない。意識があるかどうかも怪しい。顔色は真っ青で、瞳も虚ろだ。

 

「絢瀬!救急車呼んでくれ!!早く!!」

「っ!わかったわ!」

「希!おい、希!希!!」

 

 虚ろな瞳を揺らがせたままの彼女の名を、俺はひたすら呼び続けた。

 

 

 

 

 

 

「精神性の急性発作ですね。命に別状はありません」

「そう、ですか……」

 

 あれから救急車で運ばれた希は、今はベットの上で意識を失っている。医師からの言葉に、俺たち4人も安堵を浮かべた。

 

「しかし、急性のものなので、いつ再発するかわかりません。2、3日は検査のために入院してもらいます」

「わかりました」

 

 医師は俺たちに礼をして、病室をあとにした。

 

「……よかった……希ちゃん……」

 

 ことりちゃんが泣き出してしまう。さぞ心配だっただろう。いきなりあんなことになってしまったのだから。海未も泣き出してはいないが、その表情は悲しみと安堵が入り混じった複雑な感情に包まれ、唇は固く結ばれている。意外だったのは絢瀬で、今なにを考えているのかがわからない。

 

「……絢瀬、頼みがある」

「……なにかしら」

「“アレ”まだ持ってるよな?アレ使って、の…東條の家から着替えとか取って来てやってくれないかな?」

「……貴方も持ってるでしょう?」

「俺が行くわけにはいかないよ。一応男なんだし。……ことりちゃんと海未も絢瀬について行ってあげて」

「え、でも……」

「俺がここにいるから大丈夫。だから、いい?」

「……わかったわ。行きましょう、2人とも」

 

 絢瀬が病室から出て行くと、2人もこちらを気にしながらあとに続いて行った。

 

 

 

 

「──希」

 

 

▼▽▼

 

 

 

 外も暗くなり、電灯で明るいけど静寂がつつむ病院の廊下を、私、南ことりは絵里ちゃんと海未ちゃんと一緒に会話もなしに歩いています。希ちゃんがああなっちゃったときは、頭が真っ白になってどうすればいいかわからなかったけど、無事で本当によかった。

 

 希ちゃんの事に安心すると、思い浮かぶのは優真くんのあの姿。

 

 

 

『───殺すぞ』

 

 

 

 本当に危害を加えかねないほどの重みを持った、その言葉。

 私はそんな優真くんを以前見た事があります。

 

 

 

──『失せろゴミ』──

 

 

 

 忘れもしない、あの事件。

 私がそんな優真くんを見たのは、私を襲った痴漢から私を守ってくれるためでした。

 いつもそう。優真くんがあの姿を晒すのは、いつも誰かを守るためで。

 

 

 でも、私は気づいてしまいました。

 

 

 私は、優真くんの事をなにも知らないと。

 

 

──『希!』──

 

 

 

 優真くんは何度も希ちゃんの事を、“希”と呼びました。普段とは違う、まるで普段から呼び慣れているように。これが意味する事……すなわち、2人は付き合っているのでしょうか?でも、普段の2人を見ていると…恋愛感情は抱いてないんじゃないかと思うんです。どちらかというと……強い絆のような。

 

 気になる、とても。

 

 でも、今はそんな事を聞ける場合じゃない。

 

 

「……少し気まずくしちゃったわね、ごめんね」

 

 重苦しい沈黙を破り、絵里ちゃんが私たち2人に笑いかけます。

 

「いえ、そんな……」

「希はきっと大丈夫よ。優真くんがついてるんだから」

「……優真先輩のあんな姿、初めて見ました…」

 

 海未ちゃんが俯く。

 打ち明けるなら、ここしかありません。

 

「……私は見た事、あるよ」

「! 本当ですか!?ことり!」

「うん……優真くんと出会ったときの話、したよね?」

「……あの事件、ですか…」

「あのときに優真くん、あんな風に私を守ってくれたの」

 

 そこまで話したところで、私たちは病院の外へ着きました。道を知っている絵里ちゃんについていく形で、私たちは希ちゃんの家へ向かいます。

 

「……優真くんがあの姿になるのは、いつも誰かを守るためなのね」

「絵里ちゃんも、見たことあるんですか……⁇」

「……私ね、貴女達のファーストライブ、中止させようとしてたの」

「えっ……⁇」

「誰一人いない講堂を見て、このまま始めても貴女達が傷つくだけだと思って止めようとしたの。でも優真くんは、何も説明しないで一方的にライブを中止させようとした私を、さっき見たいな姿で止めてくれたわ」

「そんなことが……」

 

 

「……優真くんと希は、どういう関係なのかしら」

 

 

 ふと、絵里ちゃんが独り言のように呟く。

 

「……絵里先輩も聞いていないのですか……?」

「その返事を聞く限り、海未も気になってたみたいね?」

「………………はい。あそこまで必死になった優真先輩は初めて見ましたから」

 

 ……?今の一瞬の“タメ”は何だったのだろう…?

 

 

 もしかして海未ちゃん、何か知ってるのかな…?いや、友達を疑うのはやめよう。

 海未ちゃんも絵里ちゃんも、私と同じで気になってたんだ……でも、少し意外だったな。絵里ちゃんに聞いてみようと思ってたんだけど、まさか絵里ちゃんも知らないなんて。

 

 

「……あの2人の間に、特別な何かがあるのはわかってた。でも、それを聞こうとは思わなかったの。何も知らなくても、2人と過ごすのはとても楽しかったし、何より……私にとって初めての親友の2人を、疑いたくなかったから」

「絵里ちゃん…」

「……でも、今日は、辛かったな…」

 

 自嘲的な笑みを浮かべて、絵里ちゃんは言葉を続けます。

 

「だって、当たり前で自業自得なんだけど、私2人のこと何も知らないって、わかっちゃったから。希の名前を叫ぶ優真くんを見て、私気が動転しちゃって……何も、できなかった」

 

 絵里ちゃんが浮かべた表情には、悲しみ、悔しさ……自分自身への怒り。様々な感情が入り混じっていました。

 

 

そんな絵里ちゃんに声をかけたのは。

 

 

 

「……ぶつかり合えばいいではないですか……」

「……海未ちゃん…?」

 

 

「──絵里先輩も優真先輩も!どうしてそんなに遠慮し合うのですか!互いに向き合うことなく、()()()()()のまま相手の様子を窺って……!何をそんなに恐れているのです!!2人の仲は!一度や二度の衝突で壊れてしまうほど脆いものではないはずです!!」

「っ…!」

「……絵里先輩。私たちから見れば、あなたは希先輩と同じくらい、優真先輩と強い絆で結ばれているように見えますよ?

 

だから──もう泣かないでください」

 

「え……?」

 

 海未ちゃんの言葉に、私は思わず絵里ちゃんを見やります。

自分でも自覚はなかったのでしょう、絵里ちゃんは驚いたように右頬を拭いました。

 

「……海未、ありがとう。少し勇気が出たわ」

「いえ、私もつい感情的になってしまって……」

「……私、怖かったの。2人の関係を知ったら、今までのままじゃいられなくなるんじゃないかって……そして、何も知らないからこそ、2人に勝手に引け目を感じてた。ほんと、自分勝手よね……でも、それが間違いだった。そう思うこと自体が、2人を信じてないってことだったんだわ。私、聞いてみる。怖いけど、2人を信じてるから」

「絵里先輩……」

 

 なんとか、解決したみたいです。でも私は、さっきの海未ちゃんの言葉に引っかかる部分がありました。

 

 

 

『絵里先輩も優真先輩も……!』

 

 

 

 さっき確かに海未ちゃんは、“優真先輩”と言いました。そしてそのあとの言葉、あれはこの場にいない優真くんにも向けられていたんだと思います。

 やっぱり海未ちゃんは、何か知ってるんだ……。

 

 

 

 私だけが、何も知らない

 

 

 

 そして──知る資格もない

 

 

 

「ことり……?どうかしたの?」

「あっ、いや…何でもないよ、絵里ちゃん」

「そう……着いたわ、ここよ」

 

 話しながら歩いて着いたのは、一軒の小さなマンション。

 

「……そういえば、鍵はどうするのですか?」

「私と優真くんは、希の家の合鍵を持ってるの」

「え、そうなんですか⁇」

「希って一人暮らしなの。だからいつでも遊びに来ていいよって、私たちにくれたの」

「……信頼されているのですね」

「ふふっ、そうかしらね……さぁ、行きましょう」

 

 自動ドアを合鍵で開錠し、2人はマンションの中へと入る。

 

 

 ──私だって、優真くんの力になりたい

 

 

 心の中で強く願う。

 私は、私にできることを。

 

 

 そう誓いを立てて、私も2人の後に続いた。

 

 

▼▽▼

 

 

「ん……」

 

 ここ、は……?

 私は、眠っていたの……?

 

 意識が少しずつ現実に帰ってきた。そして次に感じたのは、右手に重ねられた、優しい温もり。

 

「……! 希!気がついたか!?」

「ゆ……ぅま……く、ん……」

 

 まだうまく呂律が回らない。

 そしてその後すぐに、自分の失態に気づいた。

 

「……ゆーまっち…」

「よかった……もう大丈夫なのか?どこかおかしいとこないか?」

「うん……多分……」

 

 正直まだ頭が少しフラフラするけど、これは寝起きだからのはず。きっとしばらくすれば大丈夫。

 

「そっか…ここに来るまでのこと、覚えてるか?」

 

 ここに来るまでのこと────?

 

 

 ─────────!!

 

 

『あはっ♪久しぶりだね、2人とも』

『もしかして、希ちゃん!?』

 

 

 

 

 ひかりちゃんと、荒川くん──!

 

 

 

「はぁ……はぁっ……」

「希!?大丈夫か!?」

 

 

 

 いつか会ってしまうかもって事はわかってたはず

 

 それでもやっぱり会うと……思い出してしまう

 

 

 嫌な、記憶を───

 

 

 

 

「希!!」

 

 

 

 

「──────────ぁ…」

 

 優真くんに肩を揺らされて、私は平静を取り戻す。

 

「……落ち着いた…か?」

「……うん、ありがと、ゆーまっち」

「よかった……一体何があったんだよ…?会っただけで発作起こすほどの何かが、お前の身にあったのか…?」

 ……言いたく、ない。

 きっと彼は怒る。私のために。

 きっと彼は自分を責める。

 だから、言いたくない。

 

 

「──大丈夫や、ゆーまっち」

「………………」

「ちょっとびっくりしただけや。何もないよ。ウチのこと、そんなに心配してくれたん?」

「………………」

「……ウチは大丈夫や。だから」

 

 

「──お前じゃない」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

「──俺は“希”と話してるんだ。お前じゃねぇよ」

 

 

 

 ……もう。

 

 

 

「──敵わないなぁ、優真くんには」

「往生際が悪いんだよ。俺が意地でも聞こうとすること、お前ならわかってただろ?」

 

 ……知ってたよ。キミはそういう人だから。

 

「……で、だ。何があったんだ?」

 

 

 ──ごめんね

 

 

 本当のことを知れば

 

 

 キミは絶対自分を責めるから

 

 

 私は今からまたキミに

 

 

 

 ──“嘘”をつくね

 

 

 

 あの時と…2年前、キミにまた会えたあの時と同じ。これから話すことは、“事実”。でも、それは“真実”じゃない。

 

 

 

 でも優真くんが“真実”を知りたがるなら

 

 それでもいいかなって思ってる

 

 ──キミに全部任せるよ、優真くん

 

 

 

「……実はね…」

 

 そこで一度言葉を切る。

 

 私が今からやることは、最低なこと。

 

 ──覚悟を、決める。

 

 

 優真くんお願い

 

 

 この“事実”から

 

 

 目を、背けないで

 

 

 

「──私、荒川くんに……

 

 

──────襲われ、かけちゃって」

 

 

▼▽▼

 

 

 

「襲われ、かけちゃって」

 

 

 

 その言葉の意味がわからないほど、俺はガキじゃない。

 

 希は、汚されかけたのだ。中学1年生という幼さにして。

 

 それは一体どれほどの恐怖を希に刻んだのだろう。

 

 

 ──心の中に、ドス黒い感情が込み上げる

 

 先程荒川達に向けた、黒い黒い──殺意が。

 

 

 やり場のない憤怒を、俺は握りこぶしに変えて、強く握りしめる。指の爪が食い込んだ肌から、血が流れる。

 

「優真くん落ち着いて。結局何もされなかったし、私は大丈夫だから」

「──大丈夫とか、言うなよ」

「っ……」

「希が全然大丈夫じゃないことなんて、俺にもわかる。なんで……なんでその時俺に言ってくれなかった」

「…………」

 

 希は、答えない。

 

「希」

「……キミに迷惑、掛けたくなかったから」

「え……?」

「私が我慢すれば、済む話だったから。優真くん、この事知ったら怒ってたでしょ?」

 

 

 希が笑う──その笑顔は俺が惚れたあの笑顔とは程遠い。

 

()()()──。

 

 希はまた、“本当の事を言っていない”。

 

 あの時と──2年前再会した時と同じ。

 

 希はまた俺に、何かを隠している。

 

 

 ──追求すべきなのか…?

 希のトラウマを、傷をこれ以上抉るのが正しいのか……?

 

 けど。

 

 希は、聞いて欲しいんじゃないのか…?

 希の傷を、一緒に受け止めてあげる事の方が大切なんじゃないのか……?

 

 

 俺が取るべき行動は。

 

 

 ──聞こう。希もきっと、それを望んでる。

 

 

 でも。

 

 

 

 

 

「──そっか。変な事聞いてごめんな」

 

 

 

 聞けなかった

 

 

 希の傷を抉るのが、怖い

 

 

 希の過去を知るのが、怖い

 

 

 最低だ、俺は

 

 

 何も“変わって”なんかない

 

 

 あの日から一歩も進めてない

 

 

 

 

「──うん」

 

 

 

 希はやはり、悲しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 そこまで話した時、病室のドアが開いた。

 

「…!希!大丈夫なの!?」

 

 絢瀬が希に駆け寄る。

 

「えりち……心配かけてごめんな。もう大丈夫や」

「うぅっ……よかった……」

 

 希が目を覚ましたことで、緊張の糸が切れたのだろう。絢瀬は希に抱きついて泣いている。

 

「もう…心配性やなぁ、えりちは」

「バカっ!本気で心配したんだから!だって目の前で……あんなっ……」

「──そうだぞ、“東條”。心配させやがって」

「……ふふっ、ごめんな、えりち……“ゆーまっち”。ことりちゃんと海未ちゃんもありがとね」

「いえ!希ちゃんが無事でよかったです!」

「はい。安心しました」

 

 2人も笑みを浮かべた。

 

「そうだ、希。貴女の家に行って着替えとか取ってきたから。勝手に家に上がっちゃってごめんなさい」

「……え?着替え…?」

「優真先輩、伝えていないのですか?」

「……あ。忘れてた。お前、様子見のために2、3日入院だから」

「えぇ!?なんで先に言わんやったん!?」

「ごめん、完全に忘れてた」

「……ゆーうーまーくーん…?」

「ご、ごめんって絢瀬……」

 

 俺たちのやりとりに、場の空気が少し明るくなった。

 

 それからしばらく談笑した後、俺たちは帰ることになった。

 

「…じゃあ、明日もまた来るから」

「うん。みんな、今日は本当にありがとな」

 

 そして俺たちは、病室を後にした。

 

 

 

 

 それからしばらく経って、いざ病院を出ようとした時のこと。

 

「あ!ごめんなさい!私、病室に忘れ物しちゃった!」

「ことりちゃん?」

「先に行っててください!すぐ戻ってきますから!」

 

 ことりちゃんはすぐに走って戻って行ってしまった。

 

「……どうしたんだ?ことりちゃん」

「──優真くん」

「ん…?絢瀬?」

 

 

 

「──少し、話があるの」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 みんなが帰った後、私は今日のことを思い出していた。

 

 私はまた、彼に嘘をついた。

 

 それが、苦しかった。

 

 でも。やっぱり彼には伝えられない。

 

 

 ──“誰かにチクれば優真を嵌める”。

 

 

 そう言われていたなんて。

 

 私を襲おうとしたのは、荒川くん。

 

 でもその裏では、光梨ちゃんが糸を引いていた。

 

 理由はわからないけど、きっと2人は協力しあえる理由があったんだと思う。

 

 

 私にとって、一番大切な時間。

 

 それは、優真くんと過ごす何気ない日々。

 

 私のせいで大切な彼が傷つくことの方がよっぽど嫌だった。

 

 

 

 ──私が我慢すれば、済むことだから

 

 

 

 あの日のことを思い出すと、今でも体が震える。

 

 でも、今は不思議と大丈夫だった。

 

 理由は、多分わかってる。

 

 右手に残る、わずかな温もり。

 

 

 ──ずっと、握っててくれたんだ……。

 

 

 そう考えるだけで、不思議と暖かい気持ちになる。

 ……ダメやなぁ、“東條”がこんな気持ちになっちゃ。

 

 

 

 

 彼への思いを捨てて、彼を支え続ける。

 

 “希”ではなく、“東條”として。

 

 それがあの日立てた私の誓い。

 

 

 

 だから、ダメなんだよ

 

 

 

 ──────()()()()()()()()()、なんて

 

 

 

 彼を傷つけた私に

 

 

 

 そんな資格はないから

 

 

 

 ─────コンコンッ

 

 

 

 その時、控えめなノックと共に扉が開く。

 

 

「……ことりちゃん?どうしたん?」

「……ちょっと希ちゃんと話したいことがあって」

 

 そしてことりちゃんは気まずそうに──それでも確固たる意志を持って、私に問いかける。

 

 

 

 奇しくもそれは私が自分に問いかけていたものと

 

 

 全く同じで

 

 

 

「──希ちゃんにとって

 

 

 

 

──()()()()()()()?」

 

 

 

 

 




あと少し、この話が続きます。
重い話が続いて申し訳ございません汗
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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渦巻く思い

30話 渦巻く思い

 

 

荒川翔太。俺の中学時代の友人で、学業優秀、スポーツ万能、ルックスも良しで先生からの人望も厚いと外面だけ見れば完璧だった。

──────しかしその内面はゴミクズ野郎だ。

自分より他人が目立つこと、褒められることを良しとせず、気にいらない奴はあらゆる手段で潰す。常に自分がNo. 1じゃないと気が済まない。

そんなエゴイストの塊が、荒川翔太という奴だ。

いつしか俺も、荒川の処分対象になっていた。

そしてどうなったか────思い出したくもない。

 

 

中西光梨。俺の中学時代のクラスメイトで…希の友人。…と思っていたが、今日の反応を見る限り、違っていたのかもしれない。

 

 

どちらも、希の心に癒えない傷をつけた奴ら。

 

 

でも────俺にそれを糾弾する権利は、無い。

 

俺は今日、心の中で希が助けを求めていたことをわかっていて、それを突き放したのだから。

 

俺も─────────あいつらと同罪だ。

 

本当に……最低だ。

 

 

▼▽▼

 

 

ことりが病室へ戻った後、私、園田海未と絵里先輩と優真先輩は一度病院内へと引き返しました。

 

今は病院のロビーのテーブルに、3人で向かい合って座っています。

 

きっと絵里先輩は、あの話をするつもりなのでしょう。

 

私はあの日…初めて優真先輩と作詞をしたあの日、希先輩と優真先輩の過去について少し話を聞きました。

てっきり絵里先輩は知っているものと思っていましたが……。

 

きっと優真先輩も、隠していたわけではないと思います。これは自分だけの問題でなく、希先輩との問題であると考えていたのでしょう。

 

だからきっと、私の時みたいにきちんと聞けば答えてくれるはず。

そんな考えが私の中にありました。

 

「───────で、話って何?」

 

優真先輩が絵里先輩に問いかけます。

その声は心なしか荒んでいるように聞こえました。

 

 

「─────貴方と希の関係を知りたいの」

 

 

「……どうして?」

 

「……今まで私は敢えて2人の関係を知ろうとしなかった。…でもやっぱり嫌なの。2人のこと、ちゃんと知りたいの。今日みたいに、友達が苦しんでる時に何もできないのは嫌だから」

 

優真先輩が私に視線を送ります。

『何か話したの?』という事でしょうか。

私はゆっくりと首を横に振ります。

 

「……突然だね」

 

「いい機会だと思わない?」

 

「……今まで聞かなかったのに?」

 

「聞かなかったからこそ、知りたいの」

 

絵里先輩の意思は、固い。

 

そして気になるのが優真先輩の様子。

 

先ほどから表情が暗い…。

物思いに耽っていて、まるで私たちの事など眼中にないかのよう。

 

「……そんなに知りたいの?」

 

「ええ」

 

「……聞いてて気持ちがいい話じゃないよ?」

 

「覚悟してるわ」

 

「…………」

 

やはりおかしい……。

先ほどから優真先輩は私達と全く目を合わせようとしません。

優真先輩が抱えている感情は…何でしょうか…?

何かに、怒っている…?

 

そして優真先輩が口を開く。

 

 

 

「──────“希”は俺の大切な人だよ」

 

 

 

「っ……!」

 

なっ……!

 

 

そんな言い方では絵里先輩に伝わるわけがないでしょう…!?

勘違いを生むだけ……いや、

 

“わざと”……?

 

やはり優真先輩の様子がおかしい。

 

「優真先輩、その言い方はっ…!」

 

 

「──────何かおかしい事言った?」

 

 

「っ……」

 

「どこか間違ってた?ねぇ、海未」

 

「…海未、貴方知ってたの?」

 

 

ここで嘘は…つけない。

 

「……はい、以前教えてもらいました」

 

「海未には聞かれたから話した。

何も嘘はついてないよ?…だよな、海未」

 

「っ……ですがっ…!」

 

 

「…………大切な、人って……?」

 

 

 

「───────言葉通りの意味。

 

────────それ以上でもそれ以下でもない」

 

 

 

「…………」

 

 

絵里先輩が明らかに傷ついた顔をしました。

優真先輩、いったいどんな意図があって……!?

 

 

「……そう、ありがとう。

 

──────帰るわ。また明日」

 

 

そう言って絵里先輩は立ち上がり、出口へと歩き出しました。

 

「絵里先輩!?待ってください!……優真先輩!?」

 

優真先輩は、どこか遠くの方を眺めたまま、動こうとしません。

 

 

あの優真先輩が……絵里先輩を追わない……?

 

 

本当にどうしてしまったのでしょうか。

普段の優真先輩なら全てを投げ出してでも追いかけるはずです。

……それが絵里先輩なら尚更。

 

 

絵里先輩を傷つけて、一番苦しいのは

 

 

──────あなた自身でしょう?

 

 

「優真先輩!?どうしてしまったのですか!?」

 

 

 

「───────俺何か悪いこと言った?」

 

 

 

その言葉に……怒りが込み上げました。

 

 

「あなたという人は───────!!」

 

 

感情のままに先輩の胸ぐらを掴みます。

 

そしてそのまま手をあげようとした時──────

 

彼は────────笑った。

 

 

「──────悪い、海未……。

 

 

俺もいろいろ………限界なんだ……」

 

 

「────────!」

 

 

そう、だ……。

私はなんて愚かだったのでしょう。

今日の事で一番傷ついたのは、優真先輩のはずなのに。

そんな事にも気づかず、私は……!

 

「……申し訳、ありません…」

 

「俺の方こそ、ごめんね……。絢瀬にも海未にも、悪い事しちゃったな……」

 

優真先輩が浮かべた笑みからは、もはや悲しみしか感じない。

 

私は……何て事を。

感情に任せて絵里先輩に発破をかけた結果が、これだ。

2人に……何て申し訳ない事を……

 

自己嫌悪に陥っていたその時。

 

先輩の手が、私の頭に優しく乗せられました。

 

 

「─────君が後悔する事はないよ。

 

悪いのは俺だ。でも……今日は、さすがに何もできそうにない…。

自分で自分の感情に、整理がつかないんだ……」

 

 

……優真先輩…。

私は、そんな先輩に何もしてあげられない。

 

 

その時、ことりが病室から戻ってきました。

 

「ごめんなさいっ!遅くなっちゃって……

…あれ⁇絵里ちゃんは⁇」

 

「……俺が怒らせちゃった」

 

「え……⁇追いかけなかったんですか⁇」

 

「……ごめん」

 

「……そう、ですか…」

 

やはりことりも優真先輩がそんな事をするなんて信じられない様子。

 

 

「……さて、帰ろうか。送ってくよ」

 

 

優真先輩は笑顔を浮かべましたが、やはりその笑顔からは無理が伺えます。

 

そして私たちは後味悪く、病院を後にしました。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

希……東條が入院してから一週間が経った。

次の日は一人暮らしの東條の代わりに絢瀬と2人で先生に入院の報告と医師の診断書を見せに行ったのだが、その間、会話は全くなし。俺が話しかけようとしても生返事で返される始末。

ここまで拒否されると、さすがにこたえる。

 

そしてもっと大変だったのが、東條が倒れたと聞いて俺たちに説明を求めてきた穂乃果達への説明。俺が部室に入ってくるなり雪崩のように5人で俺に押し掛け、説明を要求された。俺が口を開こうとしても5人は聞く耳を持たず、さすがに我慢の限界が来てガチモードで説教をして5人を2時間正座させたのはきっといつか笑い話になるだろう。

 

東條は2日で無事退院し、普段通りに学校生活を送れている。

俺との接し方も今までと変わらずだ。…ただ、東條は絢瀬と普通に接しているが、絢瀬の方は東條は少し避けているように感じる。

 

何も滞りなく日常が回っているように見える。

─────所々歯車は軋んでいるけれど。

 

そして一週間後の今日は……

そう、μ'sの運命を決める日だ。

 

 

 

「make…作る…cook…料理する…play…遊ぶ…」

 

「凛、俺の聞き間違えじゃなければそれは中学校一年生で習う単語なんだが……」

 

「だああああうるさいにゃ!頭から抜けるでしょ!?」

 

「逆に今この時点で頭にその単語が入ってないことが驚きだよ!」

 

「だ、大丈夫だよお兄ちゃん……一週間、凛ちゃんも頑張ったんだから」

 

テスト期間中、μ'sは朝練を中止している。

というわけで、俺と凛と花陽は久々に3人で通学している。

 

「demand…要求する…expect…予測する…oppose…反対する…」

 

「お、少しレベル上がったじゃねぇか」

 

「でしょ!凛だってやればできるもんねー!」

 

 

「あ、優真くん!凛ちゃん花陽ちゃん!」

 

その声に前方を見ると、いつもの二年生3人組がこちらへと歩いてきていた。

 

「おはようございます、優真先輩」

 

「おはよ、ことりちゃん、海未。

……穂乃果、大丈夫か…?」

 

 

「……7×3=21……7×4=28……」

 

 

「……なんで九九を唱えているんだこいつは…」

 

本気で頭を抱えたくなった。

 

「だ、大丈夫だよ優真くん……一応、公式とかは暗記させてあるし…」

 

「……そうか。お先真っ暗に見えるけどな……」

 

本当に大丈夫か…?

これで『ラブライブ!』に出れないとか恥ずかしいぞ……?

……あ、俺?

もちろん抜かりない。クラス一位狙います。

 

 

 

 

そしてさらに一週間後。

テストも終わり、今日は全ての科目が返却される日。

穂乃果と凛と矢澤はもちろん、他のみんなも何かやらかしたのではないかと心配していたが、俺は正直爆弾3人組以外は大丈夫だと思っている。

問題はその3人組……テストが終わって最初の部活では穂乃果は顔面蒼白、凛は涙目で体を震わせ、矢澤は仏のような顔をして部室へと入ってきた。

……大丈夫だろうか。

 

そして今部室には、例の3人以外が揃っている。

テスト返しは放課後一人一人、まとめて行われる。

あとは静かに───────待つだけ。

 

 

「…………大丈夫でしょうか…」

 

「………………多分な」

 

「あぁぁぁ…凛ちゃん、どうなったのかなぁ……」

 

「わ、私たちがどうこう言ったってしょうがないでしょ!落ち着きなさいよ。まったく!3人とも遅いわね!」

 

「……真姫ちゃんがさっきから一番落ち着きがないんじゃ…」

 

今部室には、言いようのない緊張感が漂っている。

全員が落ち着きがない。

気持ちもわかるが……

 

 

その時

 

 

部室のドアが開く

 

 

全員が思わず息を飲む

 

 

 

「お邪魔するでー♪どーやった?」

 

 

 

だはーーっ。

 

全員がため息をつく。

花陽に至っては緊張しすぎてて椅子から倒れてるし。

 

「もう!希先輩!驚かさないでください!」

 

「え、真姫ちゃんなんでそんな怒っとるん!?

っていうかみんな反応ひどくない!?」

 

「希ちゃぁん……うぅ…びっくりしたよぉ〜」

 

「花陽ちゃん、泣かないで……(チラッ」

 

「いや、ことりちゃんなんでそんな目でウチをチラ見するん!?悪くないやん!」

 

「…まだ誰も来てないよ。みんな緊張してたんだ」

 

「あっ……それは、悪いことしてもうたね…」

 

俺からの指摘に、東條は気まずそうに笑った。

 

 

 

「あれ?希ちゃん来てたのかにゃ?」

 

 

 

東條の後ろから、凛が入ってきた。

 

「!! 凛ちゃぁん!!どうだった!?」

 

「ちょ、かよちん当たり強いにゃあ……

えへへー!見てみて!この点数を!」

 

じゃーん、と凛が俺たちにテストをかざす。

音ノ木坂の赤点は、40点以下だ。

凛のその点数は……

 

 

「38……?」

 

 

「嘘……凛ちゃん……」

 

「ダメだったのぉ!?」

 

「違う違う!よく見てよ!横棒が引いてあるでしょ!?」

 

「ん……あ、本当だわ。

 

……41点?」

 

「ということは…!」

 

「ギリギリセーーーフ!」

 

わぁ、っと部室で歓声が上がる。

 

「お前……ギリギリじゃねぇか」

 

「や、本当ビックリしたよ!最初もらったら38って書いてあってヤバイーー!って思って!

で、頑張って頑張って採点ミス探したの!

そしたら……」

 

「……あったの?」

 

「うん!3点問題のところ!」

 

「ほわぁ〜……」

 

「きわどすぎるわよ……」

 

「まぁ赤点回避は赤点回避!頑張ってよかったにゃー!」

 

「本当、奇跡やなぁ」

 

 

 

「盛り上がってるわね」

 

 

 

次に部室に入ってきたのは、矢澤だった。

 

「にこ先輩!どうでしたか⁇」

 

「ふふん、この天才アイドルにこにーが、期末テスト如きでコケるはずが無いでしょ!」

 

そう言って矢澤はテストをテーブルに叩きつけた。

 

「…!すごい!赤点回避どころか……」

 

「82点!普通に高得点だにゃ!」

 

「にこっちすごいやんっ!」

 

「当然でしょ!私に不可能はないわ!」

 

「……矢澤」

 

「……何よ朝日」

 

 

 

「───────誰のをカンニングしたんだ?」

 

 

 

「してないわよ!!失礼にもほどがあるわ!」

 

「今ならまだ間に合う。一緒に職員室へ行こう」

 

「してないって言ってんでしょうが!!」

 

「うぅ……にこっち……ウチはそんな子に育てた覚えは無いで……?」

 

「アンタに育てられた覚えもないわよ!!

……ったく。

にこには最高の先生が“3人”も付いてたのよ?

逆にこのくらい取れない方が申し訳ないわ」

 

「……ん?3人?」

 

「……絵里よ」

 

「えりちが……?」

 

「放課後、μ'sで勉強した後、家では絵里に質問してたのよ。

──────私たちのこと応援してたわ」

 

「……絢瀬…」

 

俺とあんなことになってからも、μ'sを応援してくれてたのか。

その優しさを考えると、やはり胸が苦しくなる。

 

 

 

「はぁ…はぁ……遅くなってごめんね!」

 

 

 

最後に入ってきたのは穂乃果だった。

 

「穂乃果!どうでしたか?」

 

「凛は大丈夫だったよ!」

 

「アンタ私たちの努力を無駄にするんじゃないでしょうね!?」

 

『どうなの!?』

 

「うぅ……もう少しいい点だとよかったんだけど…

 

──────────じゃーん!」

 

 

穂乃果が見せた点数は……53点。

 

 

そしてみんなに笑顔でピースする穂乃果。

 

「やったぁぁ!これで全員赤点回避ですっ!」

 

「おめでとう、穂乃果ちゃんっ!」

 

「えへへー、みんなのおかげだよーっ」

 

「……“ゴミ”みたいな点数だな」

 

「あ!優真先輩ひどい!頑張ったのにー!」

 

「いや、“5、3”みたいな点数って」

 

「おぉー!優真先輩、褒め上手ですね!」

 

「どう考えても褒められてないわよ、穂乃果先輩」

 

 

「さぁ!これで『ラブライブ!』に出場だよ!

 

これからもーっと練習、頑張ろうね!」

 

 

穂乃果の満面の笑みに、みんなもつられて笑顔になる。

色々あったけど、こうして課題は突破した。

あとは『ラブライブ!』に向けて全力で努力するだけだ…!

 

 

「よし、理事長に報告に行こう!」

 

 

 

 

そして俺たちは理事長室へと向かった。

穂乃果がノックをする。

 

「……あれ?」

 

返事がない。

そしてドアを少し開くと中の会話が聞こえてきた。

 

 

「そんな……!説明してください!!」

 

中から聞こえたのは絢瀬の叫び声。

 

「絵里先輩…?」

 

 

「ごめんなさい…。でもこれは決定事項よ」

 

続いて聞こえたのは、理事長の諭すような声。

 

 

そしてその口から───────

 

衝撃的な言葉が紡がれる

 

 

「音ノ木坂学院は──────────

 

 

来年度より生徒募集を取りやめ

 

 

──────────廃校とします」

 

 

 

 

 




早く絵里を助けてあげたくて駆け足で投稿しております笑
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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手を伸ばして

31話 手を伸ばして

 

 

 

 

 

廃校とします」

 

 

──────────────え……?

 

 

音ノ木坂が……廃校……?

 

 

その声を聞いた瞬間

 

 

穂乃果が中へと飛び込む。

 

 

「その話、本当なんですか!?」

 

「……!穂乃果……」

 

「本当に、廃校になっちゃうんですか!?」

 

「……ええ。本当よ」

 

「そんな……!あと一週間だけでもなんとかなりませんか!?絶対になんとかしてみますから!!」

 

 

 

「……えっと、いや、廃校にするっていうのは、オープンキャンパスの結果が悪かったらの話よ」

 

 

 

「オープン……キャンパス……?」

 

「はい。そこで来てくれた中学生にアンケートを取り、その結果で廃校の如何を決めます」

 

「なんだ〜…よかった…」

 

「全然良くないよ、穂乃果ちゃん…!」

 

「その結果次第では、本当に廃校が決まってしまうんですよ……?」

 

「あぁ、そっか……!」

 

「……理事長」

 

絢瀬が理事長の前へと出る。

 

「─────オープンキャンパスに向けて、生徒会は独自に活動をさせてもらいます」

 

今までのお願いとは違う、断言。

絢瀬から感じるのは、そんな断固たる意志。

 

「─────止めても無駄みたいね」

 

その意志に、ついに理事長が折れた。

 

「ありがとうございます。…失礼します」

 

 

 

でも──────そんな気持ちじゃ、何も…

 

────あの時見つけた“答え”はどうした?

 

あの頃に逆戻りじゃないか、絢瀬

 

また義務だけで動くのかよ…!

 

 

 

「おい、絢……」

 

俺の呼び掛けを最後まで聞くことなく、絢瀬は理事長室を後にした。

そして東條と目が合う。

それだけで伝わってくれたようで、東條も絢瀬を追っていった。

 

そして俺たちは再び理事長に居直る。

 

「──────オープンキャンパスは3週間後。

そこで結果を出せなければ……」

 

 

それ以上は理事長は何も言わなかった。

 

 

 

 

「なんとか…しなくちゃ……!」

 

あれから俺たちは『ラブライブ!』エントリーの許可をもらい、部室へと戻ってきた。

 

「やっぱり、私たち……」

 

「後輩のいない学校生活……?」

 

「……そうなっても、仕方ないんじゃない?」

 

「─────そんなこと、絶対させない!」

 

穂乃果が強い気持ちを露わに、宣言する。

 

「オープンキャンパスで、ライブをやろう!

そこで、入学希望者を増やすしかないよ!」

 

「……あぁ。恐らく、オープンキャンパスには部活動紹介がある。そこで歌うんだ。

 

 

─────大勝負だ、気合いいれんぞ」

 

 

俺の言葉に、メンバーも強く頷いた。

 

 

▼▽▼

 

 

「どうするつもり?えりち」

 

希が私に問いかける。

 

「……決まってるでしょ?活動の許可をもらえた今、生徒会は学校存続に向けてオープンキャンパスで行う催しについて考えないと」

 

「……そう。

 

──────それでええの?」

 

「……何が」

 

「────それがえりちの“やりたいこと”なん?」

 

「……そうよ。

 

……希がやりたくないのならそれでいいわ。

 

──────私が1人でやってみせるから」

 

私の言葉に、希は目を見開く。

 

「えりち…………!?」

 

 

「──────行きたいのならあの子達の所に行けばいいじゃない」

 

 

「なんで……そんなこと…!」

 

「……もういいから」

 

「えりち……」

 

傷ついた顔をした希を見て、私も────いや。

 

私は希をそのままに生徒会室へ歩き出した。

 

 

 

────だって私が邪魔なのは貴方達の方でしょう?

 

 

 

 

「1!2!3!4! 5!6!7!8!」

 

あれから一週間が経った。

オープンキャンパスまであと2週間、もう時間はない。

曲は製作途中だったものをサトシの協力を得て急ピッチで完成させた。

これまでも何回か博打を打ってきたが……

この難易度は今までの比ではない。

残された時間で練習を重ねて、完成度を高めていくしかない。

 

でもこの曲は……“7人”で歌うものじゃない。

 

この奇跡を起こすには、“あいつら”の力が必要だ。

 

だけど……

 

現状、絢瀬は俺と東條のどちらも避けている。

説得は困難だ……

 

「5!6!7!8! ストップ!」

 

「よーし!今の所、大分出来るようになってきたね!」

 

「うん!これならオープンキャンパスにも、間に合うかも!」

 

ダンスをしていたメンバーは喜んでいたが、リズムを取っていた海未とダンスを“観て“いた俺の表情は暗い。

 

「……いえ、ダメです…。今のままでは…」

 

「…………確実に間に合わない」

 

俺たち2人の言葉に、残りのメンバーの表情も暗くなる。

……仕方ないで済ませるわけにはいかないが、どうしようもないことではあるのだ。

μ'sはメンバーが増えて7人。ダンスの振付の指導は俺が中心にやっていくのだが、一人一人に丁寧に教えていくには時間がなさすぎる。

そう、ダンスを指導できる人間が足りないのだ。

 

……その時、“アイツ”の顔が思い浮かぶ。

 

…俺もダメだな。いない奴を頼ろうとするなんて。

 

その時。

 

「──────絵里先輩に頼もうよ!」

 

俺の思考を読んでいたかのような穂乃果の提案に、心底驚いた。

 

「絵里ちゃんに……?」

 

「うん!絵里先輩ダンス上手だし、絶対私たち上手になれるよ!」

 

「でも…絵里先輩、生徒会で忙しいんじゃ……」

 

「そうよ。…それにあの人が私たちのために好意的に動いてくれるとは思えない」

 

「それは違うわ、真姫。絵里は態度こそ冷たいけど、心の中では私たちを応援してるのよ」

 

穂乃果の言葉は、少なからず動揺を生んだ。

俺自身もまだどうするのが正しいのかわからない。

……いや、どうすればいいかなんて最初からわかってる。

私情が絡んで、逃げたがってるだけだ。

 

「─────俺は賛成だ」

 

「優真先輩……。──────私も賛成です」

 

「朝日さん…?それに海未先輩も…?」

 

「穂乃果が正しい。俺一人じゃ全員に伝えられる分には限界がある。絢瀬が俺たちに指導してくれるなら、俺たちは確実に一段階先へと進める。

……俺たちに時間はないんだ、手段なんて選んでられないのは真姫だってわかってるだろ?」

 

「……そう、ですよね。すいませんでした」

 

「残りのみんなも、いいか?

もちろん絢瀬には無理はさせない。逆に俺たちも出来ることは生徒会に協力しよう」

 

俺の言葉に、全員が頷いた。

 

 

 

 

「失礼します!」

 

俺たちはすぐに生徒会室を訪れた。

絢瀬と東條はもちろんそこにいた。

ただ、心なしか空気が、重い。

最近クラスですら2人が話しているのを見ない。

 

「…どうしたの?」

 

絢瀬が無表情のまま俺たちに問いかける。

 

「─────絵里先輩、私たちにダンスを教えてくれませんか!?」

 

「……私が?」

 

「はい!次のライブを成功させるには、絵里先輩の力が必要なんです!」

 

「……私にそんな時間はないわ。貴女達だってわかってるでしょ?」

 

「そこをなんとか!お願いします!私たちが生徒会で手伝えることなら、なんでもしますから!」

 

『お願いします!』

 

全員で、頭を下げる。

 

「貴女達……」

 

「……いいんやない?えりち」

 

「希……」

 

「実際生徒会は人員不足、生徒会を手伝ってくれるんならえりちがダンスを教えるロスを差し引いても、プラスになるんと違う?」

 

「……」

 

さすが東條。俺がフォローが欲しい時に、的確なフォローをくれる。

 

「……わかったわ。ダンス、見させてもらうわ」

 

「絵里先輩……!」

 

メンバーが喜びの声を上げる。

そんな中、一人の少女が皆と様子が違うのな気になった。

 

……真姫?

 

真姫だけは厳しい目つきで絢瀬のことを見ている。

何を考えているのか、俺にすらわからない。

 

「じゃあえりち、早速アレ聞いてもらわん?」

 

「アレ?」

 

「オープンキャンパスで発表する生徒会の学校紹介。ウチらで考えたんやけど、他の人のアドバイスも欲しいんや」

 

「……わかった。みんなもいいよな?」

 

俺の問いに、全員が頷く。

 

 

 

 

「ですから、音ノ木坂学院は非常に歴史に満ちた学校であり……」

 

絢瀬の凜とした声が、生徒会室に響く。

つくづく生徒会長向きだな、なんてことを考えながら絢瀬のスピーチを聞いていた。

 

ただ……

 

内容は、きっと……

 

東條は2人でこの原稿を考えたといっていたが…

多分嘘だろう。東條も一緒に考えていたのなら、こんな内容になるはずがない。

内容はよく言えば模範的。

悪く言えば……堅い文で、聞いていてつまらない。

 

スピーチを聞いている間、μ'sメンバーはそれぞれ多様だった。

 

真面目な面持ちで話に耳を傾ける海未、ことりちゃん、花陽。

顔をしかめながら聞いている矢澤、真姫。

そして首をカクカクと揺らしながら睡魔と戦っている穂乃果と凛。

 

「んあああああらっしぇあ!!」

 

奇妙な叫び声と共に、穂乃果が目覚めた。

絢瀬も思わず原稿を読むのをやめ、ぽかんとした顔で穂乃果を見つめていた。

 

「……ごめんなさい、面白くなかった?」

 

「あ…いえ!知らなかったこともたくさん聞けて、すごく興味深かったです!」

 

穂乃果の言葉に同意の笑みを浮かべる何人かのμ'sメンバー。

 

違っていたのは、2人。

 

 

「私は面白くなかったわね」

 

「私も」

 

 

矢澤と真姫の両名だ。

 

 

「……絵里、アンタ本当に新入生を音ノ木坂に勧誘する気あるの?」

 

「…当然よ」

 

「だったら何よそのスピーチは。確かにアンタのスピーチは完璧だわ。学校の紹介もできてるし、アンタの学校への思いも伝わってきた。

でも、あんなスピーチを聞いて私は音ノ木坂に来ようとは思わないわね」

 

「っ……!」

 

「いい?絵里。私たちはオープンキャンパスを成功させるだけじゃダメなのよ?

“大成功”させないとダメなの。

オープンキャンパスに来てくれた中学生が、音ノ木坂を受験したいと思ってくれないと意味がないの。

アンタのスピーチは“普通の”学校がやる普通のスピーチ。

でも音ノ木坂には後がないのよ?

そんな普通のスピーチしていいわけ?」

 

矢澤の言葉は厳しい。

しかしそれは同時に相手に対しての優しさも孕んでいる。

だから俺は矢澤を止めなかった。

 

「今のままのだったらアンタのスピーチなんて学校を出る頃には忘れてるわ。もっとオープンキャンパスに来てくれた人の印象に残るようなスピーチを考えるべきだと思うわ」

 

「にこ……。ごめんなさい、ありがとう。

とても参考に、なったわ……」

 

「……こっちこそ、色々文句言って悪かったわね。

…今日は原稿の見直しとかで忙しいでしょう?

ダンスの指導は明日からお願いするわ。

……さ、みんな戻りましょ」

 

矢澤の指示で、みんなが生徒会室を後にしようとする。

 

──────ただ一人を除いて。

 

「真姫?どうした?」

 

「─────ごめんなさい、先に行っててもらえます?

私、先輩と話がしたいから」

 

「……ウチも出てったほうがいい?」

 

「……できれば、助かります」

 

「そっか。ほないこ!ゆーまっち!」

 

「えっ…ちょ、おい!押すな!」

 

東條が俺を押して、生徒会室から追い出した。

 

「みんな!先に上がっといてくれんかな?ウチもゆーまっちに話があるから!」

 

東條が残りのメンバーにそう言うと、みんなは屋上へと向かっていった。

 

「……で、話って?」

 

「ん?ないよ?」

 

「は……?」

 

「……気になるやろ?」

 

そう言って東條が指差したのは、生徒会室のドア。

 

「……お前、最低だな…」

 

「結構結構♪ほら、聞くよ聞くよ!」

 

 

はぁ…とため息をつきながらも正直気になっていたので、俺もノリノリでドアに聞き耳を立てた。

 

 

▼▽▼

 

 

「こうやって2人で話すのは初めてですね、絢瀬先輩」

 

「……そうね」

 

私、絢瀬絵里は今生徒会室で後輩と2人きりだ。

彼女は西木野真姫さん。希から聞いた話では、穂乃果達3人のファーストライブの時に曲を作ったのは、彼女なんだとか。

だとするなら……すごい才能だ。

しかしそんな彼女と私は正直あまり接点はない。

一緒にカラオケに行ったことがあるのは事実だが、実質その時が初対面で会話もなかった。

 

「……で、西木野さん」

 

「真姫でいいですよ」

 

「……真姫、話って…?」

 

「……あなたに、ずっと言いたいことがあったんです」

 

彼女は躊躇いながら……それでも瞳には確かな覚悟を宿し、言葉を紡いだ。

 

 

 

「私はあなたのことが嫌いです」

 

 

 

「っ……」

 

何も飾らない、ただ事実だけを告げたその言葉は、私を傷つけた。

 

「あなたを見ると思い出すんです……以前の私を」

 

「以前の……貴女?」

 

「……“やりたいこと”と“義務”の板挟みになって、自分でもどうすればいいかわからなかったあの頃の私に。─────今のあなたもそうでしょう?」

 

「…………」

 

「…穂乃果先輩達は、あなたをとても尊敬してる。そして、強く信じてる。穂乃果先輩達から聞くあなたの姿は、優しく立派で、とてもしっかりとしている姿。

……少なくとも、以前の私のような優柔不断な今のあなたの姿は、私の尊敬に値しないわ」

 

……何も、言えない。黙って聞いているしかない。

 

「……そんな今のあなたの様な私に、ヒントをくれたのは朝日さんでした」

 

「……優真くんが?」

 

「はい。彼はそんな私を助けてくれた。

 

だから今度は、私があなたを助けます。

 

───────絵里先輩

 

 

あなたの“本当にやりたいこと”はなんですか?」

 

 

「……!」

 

私が……“本当にやりたいこと”。

 

私は考える。

けれど答えは出ない。

躊躇いと迷いが、私の心を縛り付ける。

 

「……今はまだ答えが出ないと思います。私もそうだったから」

 

「貴女は……どうやって答えを見つけたの?」

 

「……私は最後まで一人で答えを出せなかった。

でも、あなたならできるはず。

あなたは私よりも、賢いですから」

 

真姫はそう言って、初めて私に笑顔を見せた。

今の話を聞いた後の話には、その笑顔は苦悩の果てに答えに辿り着いた大きな輝きを宿して見えた。

 

「私からも、ヒントを。

……“一つじゃなくてもいい”んですよ?」

 

「え……?」

 

「……それでは私はこれで。

……信じてますよ?私だって、あなたを尊敬したいので」

 

最後にそう言い残し、真姫は生徒会室を後にした。

 

……私の本当にやりたいこと………。

 

わかっているようで、心のどこかがそれを認めようとしない。

……ゆっくり考えよう。そして絶対、答えを見つけ出す。

そう決意して、私は大きく深呼吸をした後、原稿の修正に取り掛かった。

 

 

 

 

部屋から出てきた真姫から俺たち二人にかけられた言葉は、予想外のものだった。

 

「……お待たせしました。さぁ、行きましょう」

 

「……え?怒んないの?」

 

「何がです?」

 

「ウチら、盗み聞きしてたのに…?」

 

「わかってましたよ、そんなこと。

…っていうか、2人が聞いてるの前提で話してましたし」

 

真姫も心底呆れたような表情を浮かべている。

 

これは……一杯食わされたな。

 

俺は真姫の頭にぽんっと手を乗せた。

 

「真姫……ありがとな」

 

「なっ……!べ、別に!私はμ'sのためを思ってやっただけで……あっ」

 

口を滑らせたことに気づいたらしい真姫は、顔を真っ赤にした。

 

「……そうよ!μ'sのために、絵里先輩の力が必要だと思ったのよ!悪い!?」

 

「いや、ウチら何も言ってないけど……」

 

「……それに。……どうせ一緒にやるなら…メンバーになってほしいから。

それだけです、ほら行くわよ!」

 

真姫はそう言って一人で走り出してしまった。

そんな様子をみて俺と東條は目を合わせると、2人で笑った。

 

 

なぁ、絢瀬。

お前の周りはこんなに優しい人でいっぱいなんだ。

だから……後はお前が……

その手を受け入れるだけ。

 

 

そして俺たちも真姫を追って屋上へと歩き出した。

 

 

 

 

 




今回試験的に改行を控えめにしてみました。
今までのを振り返って改行の幅が大きすぎたような気がしたので…
前の方が見やすいとか今回の方が良かったとかありましたら、
ぜひ感想欄に書き込んでくれたら嬉しいです。
今後の参考とさせていただきます!
さて、次回のタイトルを発表します

Venus of AquaBlue 〜ユキドケ

今までを超える大ボリュームでお届けいたします。
更新まで少々時間がかかるかもしれませんが、ぜひご期待ください!
では、今回もありがとうございました!


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Venus of AquaBlue 〜ユキドケ ♯1

長くなってしまったので、前後編にします!
続きは今日中、遅くても明日には投稿します!


32話 Venus of AquaBlue 〜ユキドケ

 

 

穂乃果たちにダンスの指導を頼まれた夜。

私、絢瀬絵里は1人で考えに耽っていた。

考えているのはもちろん、放課後に真姫から言われたあの言葉のこと。

 

 

───本当にやりたいことはなんですか?───

 

 

 

私の本当にやりたいこと。

あれからずっと考えているが、答えは出ない。

もちろん、廃校を阻止したい。学校を救いたい。

この気持ちに嘘はない。

ただ……今の自分では、それが自分の“意思”なのか、それとも生徒会長としての“義務”なのか…判別ができない。

だからきっと……これは違う。

 

 

こんな風に悩んでる時点で、きっとこれは“本当にやりたいこと”じゃない。

 

 

だったら─────────

 

 

もう、一つしかないじゃない。

 

 

初めて穂乃果たちのライブを見たとき、不思議な感情が心の中に渦巻いた。

バレエを本格的にやっていた私からしたら、3人は動きがぎこちなく、ダンスはところどころずれていた。歌声も…それに関しては素人の私でもわかるくらい、疲労をにじませていた。

これが発表会でのステージなら評価にも値しない。

そんな出来だったのにも関わらず……

 

彼女たちからは、目が離せなかった。

 

お世辞にも上手とは言えない彼女達のステージの中に、確かに感じたのだ。

言葉にはできない…不思議な魅力を。

彼女達は輝いていた。

限られた時間の中を輝く、“アイドル”だった。

 

──────あぁ、なんで眩しいんだろう。

 

 

そんな彼女達を見て、何も感じなかったといえば嘘になる。

私はあのとき確かに感じた。

 

憧れ───────“光”を。

 

私も─────あんな風になれたら。

そう思って一瞬緩んだ口元を、あの2人に見られていたのは恥ずかしい思い出だ。

 

 

───────あぁ、私はやっぱりアイドルを

 

 

────それでいいの?

 

 

まただ。

私が踏み出そうとする一歩を妨げる、声。

 

───────私は生徒会長。

個人の感情で動いていい立場じゃないでしょう?

私には、その“義務”がある。

 

私の前に進もうとする足は、いつも“義務”のイバラに足を絡め取られる。

そしていつもの私なら考えることをやめ、生徒会の仕事へと逃避する。

 

 

───────でも今日はそれじゃダメ。

そんな甘ったれた自分の心を切ってくれた、1人の後輩の気持ちに応えるため。

 

自分の心と───────向き合う。

もう中途半端は嫌だから。

 

 

目の前に広がるのは2つの扉。

 

1つは“意思”。その先に広がる景色も、扉の開け方も、今の私にはわからない。

 

もう1つは“義務”。生徒会長としての責任を果たすべく、1人で廃校阻止に向けて戦い続ける。

 

 

───────“1人で”。

 

その言葉が、私の胸に刺さる。

 

───────また私は、“独り”になるの?

 

嫌だ──────独りは、嫌だ

 

そんなとき思い出したのは、“彼”の言葉。

 

 

 

『俺はお前の味方だ』

 

 

 

その言葉は、私の冷たい気持ちを優しく包む。

 

 

 

『もっと俺たちを頼れよ』

 

 

 

その言葉が…暗い孤独の闇の中の私に手を差し伸べる。

 

その手を掴もうとしたとき───────

私は思い出す

 

 

 

『─────“希”は俺の大切な人だよ』

 

 

 

─────────!

その言葉で、私の心を包んでいた温もりは一瞬で遠ざかっていく。

彼はあのとき確かに、“希”と言った。

希を……大切と言った。

 

あぁ、やっぱり……。

2人の間に何かがあるのは知っていた。

やっぱり、そういうことなんだ…。

2人は、恋人同士なんだ。

それでも私を仲間外れにしないように今まで気を遣ってくれてたんだ。

 

私は2人にとって……邪魔者だ。

 

優真くんの方は何も思ってなくても、希の方はきっと思っているに違いない。

 

だって、彼氏と仲良くしてる女子なんて見たくないはずだから。

 

だから私は今、2人と距離を取っている。

私に気を遣って欲しくはなかったから。

それが……2人のためだと思うから。

 

でも、それを認めようとすると──────

なぜかとても悲しくなる。

どうしてだろう。

私の大切な2人が両思いなことは、喜ばしいことなのに。

 

 

───────どうしてこんなにモヤモヤするの?

 

 

また悩みの種が一つ増えた。

それどころじゃないのに…。

 

 

結局その日は2つの悩みに押し潰され、襲ってきた睡魔に身をまかせることにした。

 

 

 

 

 

 

2日後の放課後。早速μ'sのダンスを見ることになった。あらかじめにこにダンスの振り付けをある程度教えてもらっている。

 

希とは彼女が退院してから、気まずい状態が続いている。…最もこちらが一方的に避けているだけなんだけど。

そんな希と一緒に私が屋上に上がると、そこには既に皆の姿があった。

 

「あ!絵里先輩!希先輩!こんにちは!」

 

「こんにちは、穂乃果ちゃん♪」

 

「……来てくれてありがとな、絢瀬」

 

「……いえ、頼まれたことだから」

 

優真くんが声をかけてくれたけど、その返答は自然とぎこちないものになってしまった。

この対応は、きっと優真くんを傷つけているはず。

そう思うと、ますます自分が嫌になる。

 

「……さ、絵里も来てくれたし、ダンスを見てもらいましょ」

 

にこの声に全員が動き出した。

 

──────切り換えなくっちゃ。

請け負った仕事、やるからには……全力で。

 

そして曲が始まった。

 

 

一番までの通しが終わり、みんなが一息つく。

希はいつものように笑顔を浮かべていたけど、私と優真くんの表情は暗い。

 

……確かによく出来ている。

このまま練習を重ねれば、人前に出せるものにはなるだろう。

 

───────でも、“それだけ”だ。

 

昨日にこが私に言ったことと同じ。

この完成度なら……“大成功”にはならない。

“可愛いスクールアイドルがいたな”くらいの印象にしかならないだろう。

一通り踊りを見て気づいた改善点、それをとりあえず伝えなきゃ。

 

 

「「海未」」

 

 

隣にいた優真くんと声がハモった。

お互い顔を見合わせる。

そして、優真くんが笑顔で顎を前に軽く突き出した。

『頼んだ』ということだろうか。

私はそれに頷き、言葉をつなげる。

 

「……海未、貴女の踊りはとても綺麗よ。

ただ……“綺麗すぎる”の」

 

「綺麗……すぎる……?」

 

「一つ一つの動作が丁寧なところは貴女の長所。ただ、丁寧になりすぎて、動作と動作の間に若干の“タメ”が入ってる。そのタメが重なって、全体でみると少しズレて見えるのよ」

 

「……考えたことがありませんでした…」

 

「貴女は武道もやっているから。きっとその癖が自然とダンスにも出てしまってるのよ。だから、次からは“繋ぎ”を意識してみたらどうかしら」

 

「……はい、ありがとうございます!」

 

「そして穂乃果。貴女は逆よ」

 

「うえぇっ!?」

 

「踊りを流れに任せすぎ。もっと一つ一つの動きにメリハリをつけないと。貴女はセンターなんでしょう?1番目に入るポジションなんだから、細かいところを意識しないとダメよ?」

 

「……はい!頑張ります!」

 

「そして凛」

 

「え、凛?」

 

凛もまさか自分が言われるとは思ってなかったのか、意外な表情を浮かべている。

 

「貴女のダンスは確かにキレがあるけど、それは下半身だけ。ステップや足の動きの完成度はみんなの中ではトップレベルよ。

ただ、上半身が疎かになってはダメよ。

しっかりと手の動きも意識しなきゃ」

 

「手の……動き……」

 

「ダンスで“魅せたい”なら、体全体で表現しなきゃいけない。今の凛の状態だと、足だけが際立って、全体的に見ると少し崩れて見えてしまうの」

 

「全然思いつかなかった…ありがとうございますにゃ!」

 

「真姫と花陽は、笑顔ね」

 

「笑顔、ですか……」

 

真姫が真剣な表情で私の言葉を反復した。

 

「笑顔だって重要な表現よ。どれだけダンスが上手でも、笑顔がなかったらそれだけで評価が下がってしまうもの。

私がしてたバレエは笑顔を作らなきゃいけなかったけど、貴女たちならそんなことしないでも笑顔はできるはずよ。

今まで通り思い切り楽しんで──────」

 

 

───────思い切り、楽しむ。

 

その言葉が、私の心のどこかに引っかかる。

 

楽しむ……?

廃校がかかったこの現状を?

……いや、その現状を打破するために、楽しむ?

 

──────────すなわち

 

 

──────大切なのは、“楽しむこと”

 

 

「……絵里先輩?」

 

花陽に声をかけられて、私の意識は現実へと戻る。

 

「……あぁごめんなさい。だから、笑顔を忘れないでね」

 

「「はい!」」

 

真姫と花陽が元気よく返事をした。

 

「……ことりとにこは特に目立って気になったところはなかったけど…ことり、貴女は全体的に完成度を高めていかないと、周りのみんなから少し浮いて見えてしまうわ」

 

「はいっ!わかりました!」

 

「にこも強いて言うなら…そうね、手の動きの時に、指先まで意識するようにすればもっと完成度が上がるかもしれないわね」

 

「指先まで……わかった、やってみるわ」

 

「そして全体的な評価だけど………」

 

そこで敢えて言葉を切った。

メンバーの視線が私に集まっているのがわかる。

 

ここでお世辞を言ってもみんなのためにならない。

だから──────────

 

 

「───────正直、想定以下だわ」

 

 

「……!」

 

私の言葉に、一斉に険しい顔になるμ'sメンバー。

私はそれに怯むことなく言葉を続ける。

 

「理事長室に飛び込んで、あれだけの啖呵を切ったんだから、もう少し勝算があるのかと思ってたけど……違ったみたいね。

 

今のままじゃ、ライブは成功しない。

 

───────奇跡なんか、起こせない」

 

 

最後の語尾だけ、強い気持ちを込めて告げた。

 

私の言葉を聞いたみんなの表情が暗くなる。

……覚悟はしてた。みんなを傷つけるつもりで言ったから。

嫌われても構わない。

ただ、それでも私は貴女達に─────

 

───────期待してるから。

 

「……絵里先輩」

 

穂乃果が私に声をかけた。

どんな批判も、受け止めるつもり。

 

しかし穂乃果の口から放たれたのは、私にとって予想外のものだった。

 

 

「──────ありがとうございました!」

 

『ありがとうございました!』

 

 

周りのみんなも、穂乃果に合わせて私に礼をする。

……どうして?

 

「……辛く、ないの?」

 

「えっ?」

 

「…………あれだけ私に酷いこと言われて、どうしてまだ前に進もうとすることが出来るの?」

 

「……へへっ。

 

──────やりたいからですよ!

 

確かに絵里先輩の言葉はきつかったですけど、それを聞いて今私、もっと練習したい!って思うんです!

もっと練習して、もっと上手になって……

絶対オープンキャンパスを成功させたいんです!

方法は違うけど……

廃校を阻止したい気持ちは、絵里先輩にも負けません!」

 

「……!」

 

わかっていた。聞くまでもなかった。

今更彼女達を動かす原動力なんて、分かりきっている。

 

やりたいことを、やること。

大切なのは───────楽しむこと。

 

その2つが私の頭の中でグルグルと回る。

 

そして不意に、穂乃果から手が差し出された。

 

 

「絵里先輩、μ'sに参加してくれませんか?」

 

 

「……私が…?」

 

「はい!先輩の指導は的確で…いや、そんなことよりも!

 

私は先輩と、アイドルがやりたいんです!」

 

 

満面の笑みで、穂乃果は私にそう言った。

 

その誘いに……思わず飛びつきたくなる。

でも此の期に及んで、まだ迷っている。

私を縛り付ける“義務”は、まだ私に答えを出すことを許さない。

 

「─────ごめんなさい。

私には、そんな時間はないから」

 

それだけ言い残して、私は屋上から飛び出した。

 

 

 

 

あぁ、またやってしまった……

もう自分自身が嫌で仕方なかった。

 

そして階段を降りて、生徒会室へ戻ろうとした時。

 

 

「いつまでそうしてるつもり?」

 

 

「希……」

 

階段の上から、希に問いかけられた。

 

「……いっつも思ってた。えりちは“本当は何がしたいんだろう”って。

──────えりちが必死になるのは、いっつも誰かのためで、自分のことは全部後回しにして……」

 

階段を下りながら、ゆっくりと希は言葉を紡ぐ。

 

 

そして2人が───────向かい合う。

 

 

「……もうわかっとるんやろ?

理事長がえりちを認めなかった理由。

“義務”じゃなにも変えられんことは……!

だったらどうして1人でいようとするん!?

どうすればいいかなんて、えりちなら最初からわかってたんと違う!?」

 

 

希がここまで感情を露わにしたのは、初めて見た。

私はそれを見て途轍もなく罪悪感に苛まれた。

そして希は───────こう言葉を閉じる

 

 

 

「────えりちの“本当にやりたいこと”は?」

 

 

 

私の“本当にやりたいこと”。

 

ここ数日間で、何度も問われた言葉。

ある時は他人から、またある時は自分自身から。

 

そして今、希からトドメのようにその言葉は放たれた。

 

そろそろ決断をしなければならない。

─────否、最初から決まっていた。

自分の義務感がそれを認めようとしなかっただけ。

 

 

私の“本当にやりたいこと”

 

 

そんなものは──────最初から

 

 

あの子達の初めてのライブを見たあの日からずっと

 

 

……でも

 

 

「───────なによ」

 

 

それでも

 

 

「──────何とかしなくちゃいけないんだからしょうがないじゃない!!」

 

溜め込んでいた感情が一気に溢れ出す。

 

「私だって、やりたいことだけやってなんとかなるならそうしたいわよ!!

でも!そうはできないから!!

誰かがやらなくちゃいけないからっ!!」

 

昂った感情が、涙になって瞳から溢れる。

抑え、られない。

 

「自分がやりたいことなんて最初からわかってた……!

でも私は不器用だから……!

散々あの子達に酷いことをして、あの子達を傷つけた私が!!

 

─────今更アイドルを始めたい

 

なんて、言えると思う……?」

 

 

“アイドル”をやりたい。

今初めて口にした、私の夢。

 

希は私のそんな叫びを、悲しげな瞳に涙を浮かべて聞いていた。

そして今、希は目を唇を固く引き結び、何かを堪えるようにしている。

 

そして希は目を見開き、口を開いた────

 

 

 

「──────だったら思ったようにやればいいじゃない!!」

 

 

 

「……え…?」

 

「えりちはいっつもそう!辛いことは全部自分の心の中に溜め込んで、自分を傷つけながら誰かのために頑張って……!どうして全部1人で何とかしようとするの!!」

 

「……希…?」

 

何かが…違う。これは本当に希……?

いや、これが本当の……?

 

「そんなえりちを見て、私達がどれだけ心配してると思ってるの!?いっつも私が辛い時に手を差し伸べてくれるえりちは…私の手を取ろうとはしてくれない……

 

もっとワガママになってよ…!

 

私達に迷惑かけてよ!

 

何でもかんでも1人でやろうとしないでよ!!

 

……私達を……頼ってよ……」

 

 

そこまで言い切ると、希の瞳からも涙が溢れた。

 

“私達”。

 

その言葉にはきっと、彼のことも含まれている。

でも、2人は……

 

「違うよ、えりち」

 

「え……?」

 

 

「えりちは私にとって大切な友達…。ずっと一緒にいたいって思える、大事な親友。

えりちが邪魔だなんてコト、絶対にありえないよ?」

 

 

希は笑う。そしてこう続けた。

 

 

「────だから、もう一人でいようとしないで。

ずっと一緒にいよ?

そして……一緒にえりちの夢、叶えよ?」

 

 

希はそう言って私に手を差し伸べる。

 

 

─────全て私の勘違いだった。

 

私は今まで……2人になんてことを…!

 

そんな私にでさえ、手を差し伸べてくれる希。

 

なんて優しいんだろう。

 

でも私に……その手を受け入れる資格は、ない。

 

 

私は希に背を向けて走り出した。

 

「えりち!」

 

希が私を呼ぶ声が聞こえたが、それでも私は足を止めない。私はこの場から…希から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失敗しちゃったなぁ……」

 

希が1人呟く。

そして振り返りそこにいるはずの人に声をかける。

 

「──────ごめんね、優真くん」

 

その呼びかけに応じて、柱の影から優真が現れた。

 

「……いつから気づいてた?」

 

「最初からずっと。君は必ず来てくれると思ってたから」

 

「……そっか」

 

「……馬鹿だよね。感情的になって、自分の考えを相手に押し付けて……。えりちが自分の思いを口にした時…そこでやめるべきだった。

でも……どうしても我慢できなくなっちゃって……えりちを、傷つけた」

 

こぼれそうになる涙を必死にこらえて、希は言葉を続ける。

 

「……一番笑っていて欲しかったのに………本当に大切な友達なのに……うぅっ……私は…えりちに…ひどいことを……」

 

そこまで聞いた優真は、ほとんど反射のように体を動かした。

 

優真は希に歩み寄り、希の頭に手を乗せ、そのまま希の首を曲げて自分の胸に希の額をトンっと当てた。

 

 

「……思い切り泣けばいい。お前の涙も思いも、俺があいつにぶつけてやる」

 

 

優真は思う。

これは罰だ、と。

2年間、絢瀬と本当に向き合うことを恐れ、逃げ続けた俺たちへの罰だと。

希はそれと向き合った。今度は────俺の番だ。

 

 

「うぅぅ……わぁぁん……」

 

 

小さな嗚咽を漏らしながら希は涙を流した。

優真はその涙と、希の小さな体に抱えた大きな思いを一緒に背負うように、ただ希の嗚咽を聞いていた。

 

 

 

 

 

 




次回で絵里加入編、完全決着です!
三章もあとわずかになりました。
最後までお付き合いよろしくお願いします!


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Venus of AquaBlue 〜ユキドケ ♯2

なんとか間に合いました!
では後編もどうぞお楽しみください!


33話 Venus of AquaBlue 〜 ユキドケ(後)

 

 

 

 

あれから……希から逃げ出した後、私は空き教室の窓際の一番後ろの席に座り、外の景色を眺めながら黄昏ていた。

 

本当に最低だ。

身勝手な思いで希を傷つけて、そんな希を見て自分が傷ついて……。本当に……自分勝手だ。

 

そんなとき、教室のドアが開いた。

 

 

 

「──────ここにいたのかよ」

 

 

 

「……優真くん」

 

「結構探したんだからな…っと」

 

愚痴を零しながら、優真くんは私の前の席に、壁にもたれかかるように座った。

 

 

「……久しぶりだな、お前と話すのは」

 

「……そう、かしらね」

 

「……あの日はごめんな、絢瀬」

 

「……何が?」

 

「あの日……東條が倒れたあの日…俺は絶対にやっちゃいけなかったことをした。

一番側で支えなくちゃいけなかった君を、俺は突き放した。本当にごめん」

 

優真くんが、机に頭がつきそうなほど頭を下げる。

 

「そんな……顔上げてよ、優真くん…!

悪いのは私なんだから……」

 

「……もう一回チャンスをくれないか。

俺と東條のこと、ちゃんと話したい。

……怖かったんだ、これを知られることで俺たちの関係が変わってしまうんじゃないか、って。

だから俺は絢瀬があえて聞いてこなかった優しさに甘えて、ずっと隠そうとしてた……。

─────でもそれももうやめる。

絢瀬と本当の意味で向き合いたいから。

だから……聞いてくれるか?」

 

優真くんが────私を初めて友達と呼んでくれた彼が、私のために全てを話そうとしてくれている。

 

私の答えは……決まっている。

 

私は彼の言葉に、強く頷いた。

 

 

「ありがとう。……俺と東條は──────」

 

 

それから彼の話を聞いた。

 

中1の頃、2人は仲良しだったこと。

“彼女”が、“彼”の前から何も言わずに姿を消したこと。

 

“彼”が“彼女”を─────好きだったこと。

 

そして“彼”は自分を変えるために─────

 

“彼女”への思いを捨てたこと。

 

「……“東條”と“希”は違う。だから、俺にとって“希”は、大切“だった”人なんだ」

 

「……そんなことがあったのね…」

 

「……でも、“東條”も俺にとって…大切な人になっちゃったよ。

2人と過ごす時間が、楽しすぎて……

もう深く関わるつもりはなかったのに……

 

……こんな気持ちになんか、なりたくなかったのに」

 

その言葉で、何となく察した。

……きっと優真くんは戻り始めているんだ。

 

 

“昔の希”への気持ちが、“今の希”へと重なり始めている──────────。

 

 

そのことが、優真くんを苦しめている。

 

 

でもそれはきっと─────希も同じ。

 

 

何の根拠もないけど、そう思う。

きっと希も優真くんと同じように優真くんを愛して、同じように考えて、同じように思いを捨てて……

同じように、自分の思いに気付き始めてるはず。

だって私が知ってる2人は、自分よりも相手を大切にする、優しい2人だから。

 

そして2人は、互いのそんな思いにも気付き始めている。

 

2年前、再会して互いに思いを捨てた2人が、今また互いに惹かれあっている。

そしてそんなお互いの思いに気付きながらも決して互いに向き合おうとはしない。

それがお互いにとって最良だと知ってるから。

 

周りから見ればいびつで、歪んだ2人の関係。

 

 

 

───────まさに“背中合わせの2人”。

 

 

 

「─────これが俺たちの過去の話だよ」

 

「……話してくれてありがとう」

 

「こちらこそ、聞いてくれてありがとな。少しスッキリしたよ」

 

「……私ずっと勘違いしてた。てっきり2人は付き合ってるんだって…。だから私は邪魔だと思って、2人と距離を……」

 

「ていっ」

 

「あでっ」

 

優真くんが私の頭をコツンと小突く。

 

「────お前バカか。賢いくせに本当バカだな」

 

「な……!そこまで言う必要ある!?」

 

「あのな、わかってないみたいだから言ってやる。

 

─────俺にとって、君は希と同じくらい大切な人だから」

 

「え……?」

 

 

「君は俺が高校に入って一番最初に出来た友達。

 

 

孤独だった俺に自分を変えるきっかけをくれた人

 

 

だから君は─────俺にとって大切な友達だよ」

 

 

「優真、くん……」

 

「……だいたいな、もし仮にアイツと俺が恋人関係だったとしても、2年間ずっと一緒にいるんだぞ?お前が邪魔になんてなるわけないだろ?

……仮にアイツがそんな奴だったなら、俺はそもアイツと付き合ってねぇよ」

 

笑いながら、私の顔を覗く優真くん。

その笑顔を見て、私も自然と笑顔になった。

 

「……そうよね…。ふふっ、あはは……」

 

2人の笑い声が、教室に響く。

そしてだんだん、その笑い声の中に別の声が混じり出す。

 

 

「ははは……うっ…ぐすん……あ、れ……?」

 

 

笑いながら、涙が溢れ出した。

 

「おかしいな……なんで、だろ…ふふっ」

 

拭っても拭っても、涙は止まらない。

その涙とともに、私の中の気持ちも自然と声になって溢れ出した。

 

 

 

「私……ぐすっ……2人に、たくさん…ひどいことして…自分勝手で……ほんと……」

 

 

 

優真くんは、単語だけで綴られた私の中の思いを、無言で聞いてくれていた。

 

そして不意に私の頭の上に優しく手が乗せられた。

 

 

「──────俺は嬉しいよ、絢瀬」

 

 

「嬉……しい……?」

 

「……初めて俺と会った日のこと、覚えてる?」

 

「初めて…会った、日……」

 

「あの時君は、自分の気持ちが相手に伝えられないって言ってたよな?

……そんな君が、今日東條と何をした?

 

 

──────本音をぶつけあえたじゃないか」

 

 

「……!」

 

「いいか絢瀬。君は“変われた”んだ。

あの日俺に言った通り、自分を変えられたんだよ。

現に君は今日東條と…友達と人生で初めて、“ケンカ“をしたんだ」

 

「ケンカ…?」

 

「そう、ケンカ。友達だからこそ、ケンカができるんだ。友達以外とケンカなんてしない。

……それに、初めてなんだ。アイツが俺以外に本当の自分を見せたのは。

……今日初めて、俺たち3人はやっと“本当の友達”になれたんだ。

だから──────もう遠慮なんてしないでくれ。

もっと甘えていいんだよ、俺たちに。

 

 

何回でも言ってやる

 

 

お前は一人じゃねぇよ」

 

 

最後だけ力を込めて、優真くんは私に言う。

その瞳は、私が彼から目を背けることを許さない。

 

 

「……でも私は2人に……」

 

「……なぁ絢瀬。友達とケンカして、自分が悪かったって思う時に、どうにかなる魔法の言葉知ってるか?」

 

「…魔法の……言葉……?」

 

 

 

「─────“ごめんなさい”だ」

 

 

 

「……からかってるの?」

 

「本気だよ。

 

……間違えたら、謝ればいいんだよ。

何回だって、謝ればいいんだ。

 

それで許し合えるのが──────

 

────────“友達”なんだから」

 

 

すると彼は突然────────

 

私の体を優しく抱き寄せ、自分の胸に私の顔を当てる。

 

「ちょっと……優真、くん!?」

 

その突然の行動で、私の頬が一気に紅潮する。

そして私は、一つの違和感に気づく。

 

「これは……?」

 

彼の右胸は、僅かに……しかし確かに湿っていた。

 

「──────ここには希のごめんなさいと、本音と……思いが込もってる。

……希が、君を思って流した涙だ」

 

希が……私のために。

 

 

 

「うぅ……」

 

 

こんなに

 

 

「ううぅっ…………」

 

 

こんなに優しい人たちを

 

 

「うわぁぁ……」

 

 

私は今まで

 

 

 

「──────ごめんなさい……優真くん…希……本当にごめんなさぁい……うわぁぁん……」

 

 

 

涙が止まらない。

2人の優しさが、私の雪で凍った心を溶かしていく。

溶けていく雪が、涙となって私の瞳から溢れ出していく。

 

「……泣いたままでいいから聞いてくれ、絢瀬。

────────改めて約束するよ。

 

君が辛い時俺は絶対君の力になる

 

そのために、俺にできることならなんだってしてやるよ────────────

 

 

────────友達、だからな」

 

 

「……うん…ぐすっ…うん、ありがとぅ……」

 

2年ぶりに立てられた、新たな約束。

それはあの時と同じようで、少し違う。

だって私たちは今日、“本当の友達”になれたから。

今私の瞳から流れるのは───────

“ごめんなさい”と“ありがとう”の涙。

その2つの感情と、2人の優しさが雪で凍った私の心を溶かしてくれた。

 

その涙が止まるまで、優真くんは私の頭を優しく撫でていてくれた。

 

 

 

 

 

 

しばらく時間がたち、私の涙は止まった。

今は壁にもたれかかって座っている優真くんの肩に、私が頭をちょこんと乗せている状態。

そんな状態のまま、ゆっくりと時間が流れていく。

 

今日私たちは、本当の友達になれた。

そして───────自覚した。

 

あの夜のモヤモヤの答えを。

……自分の気持ちを。

 

 

少し───────勇気を出してみようかな

 

 

 

「────────ねぇ、“優真”」

 

 

 

私の呼びかけに、彼の肩がビクっと反応した。

先ほどまでと変わった呼ばれ方に驚いたのだろうか。

ややあって、彼も口を開く。

 

 

 

「────────どうした?“絵里”」

 

 

 

彼も私を名前で呼んでくれた。

その事実が私の頬を赤くさせる。

 

「─────私のやりたいこと、聞いてくれる?」

 

「もちろんだ。

────絵里、君の“本当にやりたいこと”は?」

 

もう迷わない

 

私の…私のやりたいことは

 

そして私は頭を上げ彼と正面から向き合い

 

口を開く

 

 

 

「───────μ'sに入りたい。

 

μ'sに入って……みんなとアイドルをやりたいの。

 

そして、みんなで廃校を阻止したい。

 

 

これが私のやりたいこと……私の夢よ」

 

 

 

言えた……やっと。

優真くん……いや、“優真”は私の夢を聞いて、確かに笑った。

 

「素敵な夢だ。絵里の夢、絶対に叶えよう。

そのために、俺も全力で君を応援する」

 

「うん……!ありがとう」

 

私も彼に笑顔を返す。

 

 

その時、教室のドアが開いた。

 

 

「────────絵里先輩!」

 

「……貴女達…」

 

入ってきたのは、μ'sメンバーと希だった。

 

「絵里先輩…さっきは突然あんなこと言ってごめんなさい。でもやっぱり、私たちには絵里先輩の力が必要なんです!だから……」

 

「……待って、穂乃果」

 

穂乃果の言葉を遮って、私は椅子から立ち上がり、穂乃果と向き合う。

 

「穂乃果……“生徒会長として”お願いがあるの。

……オープンキャンパスでライブを行って、廃校阻止への力になってくれないかしら」

 

「おいっ…!」

 

優真が驚いて静止の声を上げる。

 

……大丈夫、もうさっきまでの私とは違うから。

 

 

 

「─────そして私を……μ'sのメンバーにして欲しいの。

 

私も貴女達と一緒に、アイドルをやりたい……!

 

貴女達と、廃校を阻止したいの…!

 

……これは“絢瀬絵里”としてのお願いよ。

 

……お願いします」

 

 

 

私は頭を下げた。

 

自分がしてきたことはわかってる。

穂乃果はああ言ってくれたけれど、他のメンバーは私を認めてくれないかもしれない。

でも……それでも私は……!

 

 

 

そんな私の目の前に差し出された1つの手

 

 

顔を上げるとそこにはみんなのの笑顔があった

 

 

優真と希も、私に笑顔を向けてくれている。

 

 

 

「……みんな…」

 

「─────こちらこそよろしくお願いします!」

 

穂乃果がさらににぱっとはにかむ。

それはまさに太陽のような笑顔で。

 

私は差し出されたその手を……ゆっくりとった。

 

そして穂乃果は、少しだけ瞳を潤ませて言った。

 

 

「───────ずっと待ってました、絵里先輩。

 

アイドルを始めたあの日から!」

 

「……!」

 

 

 

『スクールアイドルです!』

 

穂乃果が初めてそれを提案してきた日を思い出す。

私はあの日あの子達を認められなくて……

それからずっときつく当たって……

それなのに穂乃果は……ずっと待ってくれていた。

 

 

私の道と、自分たちの道が交わるこの日を。

 

 

「──────────ありがとう」

 

私の頬を、涙が伝った。

さっきあれだけ泣いたのに、まだ泣けるのかと自分でも驚きだ。

そしてそのままの勢いで、私は希へ言いたかったことを告げる。

 

「希…さっきはごめんなさい。そしてありがとう。

貴女のおかげで、勇気が出たわ」

 

「ええんよ……ウチらは“友達”なんやから。

……ウチの方こそ、ごめんね?」

 

希と…大切な友達と仲直りできた。

それが嬉しくて、私はまた泣いた。

 

あぁ、今日はたくさん泣いたなぁ……。

今までこんなに我慢してたんだ。

でも、いつまでも泣いてはいられない。

 

私は涙を拭い、皆に向けて言う。

 

 

「─────これからよろしくお願いします!」

 

 

「よーし!これで絵里先輩を入れて、8人!」

 

皆が私の加入を快く受け入れ、盛り上がってくれている。

それを嬉しいような、寂しいような視線で見つめるのは、優真と希の2人。

 

───安心して。このままじゃ終わらせないから。

 

 

「─────いいえ、9人よ」

 

穂乃果達の盛り上がりを遮るように、私は告げる。

 

「え……?9人…?」

 

 

「─────希、貴女も一緒に入るのよ」

 

ええっ!と声が上がる。

何より一番驚いているのは名前を呼ばれた本人だ。

 

「……ウチが?」

 

「そうよ。私を一人にしないんでしょう?

もちろん一緒に入ってくれるわよね?」

 

そう言って私は希にウインクをした。

 

こんな言い方をしたが、私は知っている。

希が、μ'sに参加したがっていること。

だから素直になれない希が、μ'sに入りやすくなるように私はあんな意地悪な言い方をした。

これは私の……希への恩返し。

きっと希は、すぐに気づいてしまうけど。

 

 

「えりち……ありがとね……。

 

───うん。ウチもみんなとアイドルやりたいな!

 

 

だから……ウチもメンバーにしてくれる?」

 

 

希の言葉に、みんなが笑顔になる。

そしてμ'sのみんなは、私と希へ向けて、声を合わせ───────

 

 

 

『─────μ'sへようこそ!』

 

 

 

「やったー!9人だー!揃ったね、揃ったね!」

 

穂乃果を筆頭に、メンバー各々が嬉しそうに声を上げる。

私も希もその中に混じって、一緒に喜んだ。

 

そして彼も、嬉しそうに私たちがはしゃぐ様子を眺めていた。

 

「これでμ'sを作ってくれた人に、恩返しができる!

みんなで伝えよう!ファンに、来てくれた中学生に、私たちの全力を!思いを!」

 

穂乃果の言葉に皆がおおー!と返事を返した。

 

「さぁ、そうと決まれば練習ですよ。時間もあまりありませんし。……絵里先輩、改めて指導宜しくお願いします」

 

「えぇ、もちろんよ。……じゃあ、先に屋上に行って待ってるから」

 

……ちょっと最後に……イタズラしてみようかな。

 

 

 

 

「さっきはイロイロありがとね、優真っ♡」

 

 

 

私の言葉に、教室の空気が一気に冷え上がる。

 

そしてメンバー……特に凛、にこ、ことりの3人が優真に冷ややかな視線を送る。

 

 

 

「─────優兄ィ」

 

「あんた、絵里と─────」

 

「─────何してたんですか?♪」

 

 

 

あまりの威圧感に、優真も震え上がっている。

 

「なになに!?優真先輩何したんですか!?」

 

穂乃果も何故か瞳をキラキラさせて優真に食いつく。

 

そして残りの4人は、その状況を受けて苦笑いを浮かべていた。

 

「ちょ……待て、誤解だ!おい絵里!てめぇ!」

 

助けを求める彼に、私は舌をだして意地悪く応えた。

 

そして私は、一足先に教室の外へと踏みだした。

 

それはまるで今までの自分と決別する一歩のようだった。

 

 

 

ありがとう、優真

 

 

 

 

私の──────────初恋のヒト。

 

 

 

 

 

私は小さく笑みを浮かべると、屋上へ向けて歩きだした。

 

 




ついに……ついに絵里と希が加入しました!
長かったです…作者が今一番安心しています笑
やっと9人揃ったμ'sが描けると思うと、とても嬉しいです!
ここまで付いてきてくれた方、本当にありがとうございます!

……あ、まだこの小説は全然終わりませんよ?笑
三章はあと一話で完結です。
その後はしばらくコメディ調の話が続きます!
今回もありがとうございました!
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胸に描く場所は─────

34話 胸に描く場所は─────

 

 

 

 

6月のとある日曜日。

今日は音ノ木坂学院オープンキャンパス当日。

そして俺たち……新生μ'sの始まりの日。

午後、外に作られた特設ステージにて。

彼女達は、再び走り出す。

 

 

 

 

 

『皆さん、こんにちは!

音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!』

 

 

 

観客は十分。外に出ようとしていた中学生も、何事かとステージに集まりだしている。

 

 

 

『──────私達はこの学校が大好きです。

素敵なみんなと出会えて、そんなみんなと笑いあえるこの学校で送る日々が、大好きです!』

 

 

 

舞台袖に立っていた俺は、穂乃果達2年生3人を見やる。

 

 

 

─────成長したね。

 

もう君達は講堂で敗北を味わったあの頃とは違う。

 

今の君達には、仲間がいる。

 

何も恐れることはない。

 

だから、ここから……もう一回。

 

 

 

 

『今日歌う曲は、私達が9人になってから初めて歌う曲です!

 

──────9人の……始まりの曲です!』

 

 

 

この曲は、俺の願いを込めて作詞した。

 

 

 

 

絵里と希が素直になれた時……

 

同じ目標を求めた俺たちの道が一つになる時

 

 

 

その日が来た時に、みんなで走り出せるような

 

 

 

『START:DASH!!』から始まった俺たちの夢を

 

 

 

この曲で……新たな道を切り拓くため

 

 

 

 

 

 

『────それでは聞いてください!』

 

 

 

 

 

 

俺たちの想いよ─────届け!

 

 

 

 

 

 

 

 

「『“僕らのLIVE 君とのLIFE“!』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曲が始まった。

 

絵里と希の加入でμ'sの魅力は格段に上がった。

絵里のダンスの上手さは知っての通りだったが、希がダンスが上手だったのは予想外だった。

本人はみんなに才能だなんて言ってたけど……きっと違う。

 

アイツはきっと、いつかμ'sに入る日のことを思って、一人で練習を重ねていたんだ。

間違えない。アイツはそういうやつだから。

 

どこまでも……素直じゃない。

 

でもそんな努力が……今のμ'sをさらに輝かせている。

現に今、中学生達は心を奪われたかのように目の前に広がる彼女達のステージに夢中になっている。

 

その瞳に宿すのは……憧れと、輝き。

 

それほどまでに、今のμ'sは輝いていた。

これが本来の姿。

これが希が……夢見た“奇跡”。

 

やっと……揃ったな。

 

ステージで楽しそうに踊る希を見て俺は一人感傷に浸る。

 

時間はかかったけど……君の願いを叶えられた。

俺は1人、達成感を感じていた。

でも、まだだ。

これからが本番。

 

これから、きっとたくさん苦しい場面が来る。

でもきっとこの9人なら、大丈夫。

どんなことも乗り越えられる。

 

 

 

だって俺たちの“胸に描く場所”は───────

 

 

 

“同じ”だから。

 

 

 

 

 

 

曲が終わり、歓声と拍手が上がる。

ステージ上の9人も、やりきった達成感を笑顔に表して感極まったように瞳を潤ませている。

 

この歓声と拍手が……答えだ。

 

 

 

 

 

俺たちの新生μ'sのファーストライブは────

 

 

 

“大成功”だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優真せんぱーい!!」

 

ライブを終えたμ'sが先に舞台裏に回っていた俺の所へ降りてきた。

穂乃果が叫びながら俺の元へと駆けてくる。

 

「先輩、やりましたよ私達!やっと……やっとここまできました!」

 

「お疲れ様、穂乃果。……よくここまで頑張ったな。俺は本当に嬉しいよ」

 

「優真先輩のおかげです!優真先輩がずっと私達を側で応援してくれたから…今日あんな最高のライブが出来たんです!だから……これからも、一緒にいてくださいね?」

 

「当たり前だ。俺はお前達の……ファンだからな」

 

俺の言葉に、穂乃果がえへへっと笑った。

 

 

 

 

 

 

「優真くん!」

 

「ことりちゃん、お疲れ様。凄く良かったよ」

 

「ありがとうございます♪全部……優真くんのおかげですよっ♪」

 

満面の笑みを俺に向けることりちゃん。

その笑みを見ると俺は…なぜかドキドキする。

直視できなくなって、思わず目をそらす。

 

「や……俺は何も……」

 

「ううん。優真くんが私達をずっと近くで応援してくれたから、私達は今日このステージに立てたんです。優真くんがいなかったら……きっと私達は最初のステージで諦めてた。

だから、優真くん。

これからも、よろしくね?」

 

「……うん、俺でよければ」

 

ことりちゃんの天使のような笑みは、俺の心臓に良くない。

 

 

 

 

 

 

「優真先輩」

 

「ん、海未。お疲れ様っ」

 

「ありがとうございます。……そして、素敵な曲をありがとうございました」

 

「いやいや、俺と君の2人で作った曲だろ?」

 

「いえ。今回の曲…作ってる途中で気付いたんです。この曲は……7人で歌う曲ではないと。

先輩は……9人で歌う曲を作っているのだと」

 

「……海未…」

 

「だから嬉しいんです。絵里先輩と希先輩がμ'sに加入してくれて。

……優真先輩と絵里先輩が、仲直りをしてくれて」

 

そう言って笑う海未だったが、その笑顔はわずかに陰って見えた。

きっと海未は、あの日からずっと後悔していたのだろう。

自分のせいで俺たちの溝が深まってしまった、と。

 

「……心配かけてごめんな。大丈夫、海未は何も悪くないよ。もう仲直りもしたし……

全部打ち明けた。スッキリしたよ」

 

「優真先輩……」

 

「だから、もう何も気にしないでくれ。

これからも……俺に笑顔を見せてくれ。

一緒に作詞、頑張ろうな」

 

「……はい!」

 

最後の笑顔は、海未の心からの笑顔だった。

 

 

 

 

 

「優真お兄ちゃん!」

 

「花陽。頑張ってたな。少しは自信ついたか?」

 

「うん…!……μ'sに誘われた時、にこ先輩が言ってたの。

“自信は積み上げるものだ”って。

ステージ上で…積み上げた自信が輝く、って。

……今ならその意味、わかるんだ。

だって今日、緊張なんかよりもずっと楽しかったから!」

 

花陽が浮かべる笑みは、心からのものだ。

自分の気持ちを押し殺して、周りの空気に流されていた頃の花陽の面影はもうない。

 

「……大きくなったな、花陽」

 

「えぇ!?どこ見て言ってるのぉ!?」

 

「今の流れで下ネタなわけねぇだろ!!…ったく」

 

そう言って俺は花陽の頭を撫でる。

 

「……心がだよ。花陽は強くなった。もうお前はあの頃のお前じゃない。これからも、もっとその笑顔を俺に見せてくれ」

 

「お兄ちゃん……うん!私、頑張るね!」

 

花陽はまさに花のような笑顔で、俺の言葉に答えた。

 

 

 

 

 

 

「朝日さん」

 

「真姫。よく出来てたぞ、お疲れ様」

 

「……どうも」

 

「……どうした?」

 

「いや……その…」

 

真姫は何故か顔を赤くして髪の毛をクルクルしている。

 

「…………ぃます……」

 

「え、なんて?」

 

「……もう!ありがとうございますって言ったのよ!」

 

「や、なんで怒ってんの!?」

 

「……朝日さんがいなかったら、私は今頃このステージに立ててなかったから…」

 

「いや、君を勧誘したのは穂乃果と海未だぞ?」

 

「……そうだけど…私にきっかけをくれたのは……朝日さんのコトバだったから」

 

────君の本当にやりたいことは?────

 

「……あの言葉で、私は自分の夢と本当に向き合えた。だから……ありがとうございます。

朝日さんのおかげで、私は今日こんな気持ちになれたから」

 

「こんな気持ち?」

 

「……“やってよかった”、って。“楽しかった”って心の底から思えたんです。

……今まで、やっぱりこれでよかったのかなって思うことが、何回もあったから…。

 

でも、わかったの。

私は間違ってなんかなかったって。

だから朝日さん……ありがとうございました」

 

「真姫……」

 

知らなかった。彼女がそんな悩みを抱えていたなんて。気付いてやれなかった。

……俺もまだまだだな。

 

俺は真姫に笑顔を向ける。

 

「……そっか。そう思えたなら、良かったよ。でも、悩みを一人で抱えてたのはいただけないな。これからは俺にきちんと相談してくれよ?」

 

「……はい!私を……支えてくださいね?」

 

「任せとけよ」

 

真姫が、今日一番の笑顔で笑った。

 

 

 

 

「ゆーう兄ィ!」

 

「凛、お疲れ様。ダンス、すごい上手だったぞ」

 

「ありがとにゃ!…ねぇ、優兄ィ」

 

「ん……どうした?」

 

「─────凛、可愛かった…?」

 

心配そうな顔をして、凛が俺に問いかける。

俺は笑顔で凛の頭に手を乗せた。

 

 

「……何言ってんだお前。

────当たり前だろ?最高に可愛かったぞ、凛。

今までで一番、可愛かった」

 

「……!あり、がと……」

 

「なんで照れてるんだよ。お前が言わせたんだろ?」

 

「い、いいのいいの!気にしないでにゃ!

 

……優兄ィ。

 

これからも、ずっと凛のこと見ててね?」

 

少し頬を赤らめて小声で囁いた凛を見て…

何故か少しドキっとしたのは何故だろうか。

 

「……おう。ずっと一緒だって言ったからな」

 

「……へへっ。ありがとにゃ!」

 

凛はいつもの笑顔でそう言った。

 

 

 

 

「朝日」

 

「矢澤。お疲れ様。最高の笑顔だった」

 

「当たり前でしょ!……ここは、私がずっと夢見続けてきたステージなんだから」

 

「矢澤……」

 

一度は仲間と決別し、夢に敗れた矢澤。

そんな彼女は、1つの“光”と出会った。

その光は、彼女の加入でさらに輝き、

そして今──────完成した。

 

彼女が夢にまで見た……憧れのステージで。

 

「……ありがとね、朝日。また私に夢を見させてくれて。……μ'sを完成させてくれて」

 

「こちらこそありがとな。あの2人が参加する最初のきっかけを作ってくれたのは矢澤のあの提案だったから。……何より、また君の笑顔が見れて嬉しいよ」

 

「……これから何回だって見せてあげるわよ。

だって、これからなのよ?

───────やっと今から始まるんだから」

 

「……そうだな。期待してるぜ?“笑顔の魔法使い”さん」

 

「…その名前で呼ぶの、アンタだけなんだけど…」

 

最後はいつも見たいな軽口を叩きながら、矢澤は穂乃果達の元へと去っていった。

 

 

 

「……優真」

 

「ん………………絢、瀬」

 

その瞬間、絵里の表情が一気に不機嫌になる。

 

「ど、どうした……?」

 

「……わかってるくせにっ」

 

「……………………絵里」

 

「よろしいっ♪」

 

俺が下の名前で呼ぶと、絵里は機嫌を取り戻した。

 

「なんでそんなに遠慮してるのよ?あの時は自然に呼んでくれたじゃない」

 

「いや……あれは空気っていうかなんていうか…女子の下の名前を呼ぶのは恥ずかしいっていうか……」

 

「今さらそれ言うの!?貴方3年生以外普通に呼び捨てじゃない!」

 

「や!年下はセーフなの!…凛とか花陽とかいるから妹にしか見えない…し……」

 

「なんで最後どもったのよ」

 

「い、いいから!わ、悪かったよ……」

 

「はぁ……ちょっと耳かして」

 

「ん……?」

 

絵里に言われた通り、絵里に耳を差し出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────2人きりの時は、“絵里”って呼んで」

 

 

 

 

 

 

 

「……お、おう」

 

「な、なによ……ハッキリしないわね」

 

何故か知らんが、今めっちゃドキドキした。

絵里も顔を赤くして、俺から目を背けている。

 

「……優真。今回のこと、本当にありがとう。貴方がいたから、私は夢に正直になれた。

これからは、もう1人で何でもしようとなんてしないわ。

だから、もし私が辛い時は……」

 

「……当たり前だろ?俺を…俺たちを頼ってくれ。

そのための“友達”で、そのための“仲間”なんだから」

 

「……ありがと」

 

絵里が笑う。

 

その笑顔は、義務感に縛られていたあの頃と違う。

 

絵里の、心からの笑み。

 

2年越しで初めて見たその笑みは。

とても美しくて、輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

「ゆーまっち♪」

 

「…東條。お疲れ様」

 

「……ウチのことは名前で呼んでくれんの?」

 

「…………」

 

「…………冗談や。ごめんね」

 

「……悪い…」

 

「もう。ウチがからかったんやから、気にせんでええんよ!

……それより、言いたいことがあって」

 

「ん……どした?」

 

「─────ありがとね。

 

……私の願いを…叶えてくれて」

 

「……俺だけの力じゃないよ。叶ってよかったな」

 

「ううん。私の願いを聞いて、一番頑張ってくれたのは君。だから私は君に─────」

 

「──────やめてくれ」

 

「っ……」

 

「……そっちで話されると、調子狂う」

 

少しずつ、自覚しだしている。

 

 

 

俺の…“希”への思いが再び募り始めていることに。

 

 

 

でも、ダメなんだ

 

 

その気持ちを認めたら

 

 

俺は変われないから

 

 

過去に縛られるのは……もう嫌だから

 

 

 

 

 

 

「────うん、わかった。じゃあこっちで!

ありがとね、ゆーまっち!」

 

「──────おう」

 

でも……

 

東條の笑顔を見たときに

 

この胸に走る気持ちは何だろう

 

 

「これからも、ウチらのことよろしくね!」

 

「当たり前だ。……“友達”だからな」

 

「ふふっ♪」

 

“東條”の笑顔を浮かべて、希はみんなの元へと駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「ほんと、ありがとね───────優真くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、今日はお疲れ様」

 

俺は改めて9人に労いの言葉をかける。

 

「正直……今すごいビビってる。

お前たちが、あそこまで完成度の高いライブをやり遂げたこと、本当にすごいと思う。

まだ結果は出てないけど───────

 

 

──────“奇跡”は起こった。間違いない」

 

俺の言葉に、メンバーの表情が明るくなる。

これはテキトーを抜かしたわけでもなんでもない。

“確信”だ。

思い出すだけで鳥肌が立つような大喝采。

そして会場のみんなの笑顔。

 

─────あれで魅了された人がいないなんてこと、あり得ない。

 

 

「やったぁーー!!」

 

穂乃果を筆頭に、みんなが喜びの声を上げた。

 

「お、おい……まだ結果が出たわけじゃ……」

 

「ううん!違いますよ優真先輩!絶対になんとかなってます!だって、私たちをずっと近くで見てくれていた優真先輩が言うんですから!」

 

「穂乃果……」

 

「よーしみんな!これからも頑張ろうね!

いっぱい頑張って…出よう!『ラブライブ!』!」

 

穂乃果が指をピースの形にして前に突き出す。

それに合わせるように、他のメンバーも指を合わせる。

 

俺はその光景を外から眺めていたのだが……

 

 

「先輩!何やってるんですか!早く早く!」

 

「……え、俺もやるの?」

 

 

 

 

 

「──────当たり前じゃないですか!

 

先輩は私達の“仲間”なんですよ?

 

同じステージには立てないけど、私達と同じ夢を描いた、大切な大切な仲間です!」

 

μ'sメンバーが、穂乃果に賛成だと言わんばかりに俺を笑顔で見つめている。

 

 

「……みんな……」

 

 

 

 

 

俺は今まで、心のどこかではみんなと距離を感じていた。

自分はあくまで傍観者だと。

どれだけ彼女たちに尽くそうと、本質的なところでは同じ土俵には立てないのだと。

でもそう思っていたのは、俺だけだったようで。

 

───────ここが

 

君達が、俺の居場所。

 

 

そう自覚すると、急に心が軽くなった。

俺の体が、みんなの温もりで包まれていく。

それは優しくて、心地よくて……

 

 

俺の心に孕んだ影を、てらしていくような。

 

 

 

俺も───────俺にも、居場所があったんだ。

 

「……へへっ」

 

「え、朝日あんた泣いてんの!?」

 

「うるせぇよバカ。……なんでもねぇよ」

 

俺の頬を、一粒の涙が伝った。

俺はそれを強く拭い、みんなに合流し、指を突き出す。

 

 

指が繋がる。

繋がったのは……10人の思い。

 

 

「1!」

 

「2!」

 

「3!」

 

 

ありがとう、みんな

 

 

「4!」

 

「5!」

 

「6!」

 

 

こんな俺に、居場所をくれて

 

 

「7!」

 

「8!」

 

「9!」

 

 

これからも──────ずっと君達と

 

 

 

 

「───────10!」

 

 

 

 

 

 

 

「────────μ's!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ミュージック……!スタート!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて三章、堂々完結です!

さて、作中の優真の地の文での絵里と希の呼び方ですが、
優真の性格、心が以前のものに戻りつつある状態を意味します。
そして、優真たち3人が、本当の意味で友達となったことを意味しています。
しかしまだ優真の心には、迷いがあります。
だから今回、絵里と希にあのような接し方をしたのです。

そして次回からは新章に突入します!
新章一発目は個人回!
誰になるかどうぞ楽しみにしていてください!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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【星空凛生誕記念 特別話】Venus of Yellow Sp.〜今夜、貴方と星空を

凛ちゃん誕生日おめでとう!!
今回は本編とは別の記念回です!
幾つか注意を。
・この話は本編とは関連はございません。
・作者は凛ちゃんが大好きです
それではどうぞお楽しみください!


【星空凛生誕記念 特別話】Venus of Yellow Sp. 〜今夜、貴方と星空を

 

 

 

「凛……大丈夫…か…?」

 

「んっ……優兄ィ……」

 

今の状況を説明するとこうだ。

“俺は凛を押し倒している”。

 

……いや待って!話せばわかるから!

ブラウザバックしないで!!

 

確かに今俺の左腕は凛の体の下を通り手のひらは頭の下にあって、右腕は肘を凛の顔の横について俺たちの顔は互いの吐息がかかるほど近い。

 

くそ、どうしてこうなった……!?

って凛!そんな物欲しそうな顔して頬を赤らめながら目を瞑るのはやめてくれ!!

 

でも……俺は凛のその表情に……

見惚れて、しまった。

 

やばい───────可愛い

 

自分の理性が、飛びそうになっているのがわかる。

 

俺は────────凛と

 

そして2人はゆっくりと────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10月31日、今日はμ'sでハロウィンパーティ!

今日だけは練習をお休みして、みんなで楽しく盛り上がった。

でも…みんな明日のことは覚えててくれてるかな?

少し心配になってたけど、「明日もパーティだね!」って穂乃果ちゃんが言ってくれたから、ちょっと安心した。

 

……そう、明日は私、星空凛の誕生日。

 

この間の絵里ちゃんの誕生日から少ししか経ってないけど、凛もまた一つ歳をとります。

みんなから何を貰えるのかな、とか少し楽しみにしてたり。

そんな中でも凛が一番楽しみにしてるのは……

優兄ィからのプレゼント。

 

ある年は勉強道具だったり、ある年は手作りのお菓子だったり……またある年はダンスのシューズだったり。

優兄ィがくれるものは何でも嬉しくて……。

そして今年は、自分の優兄ィへの想いに、気付いちゃったから。

そしてできれば─────できればだけど、夜は優兄ィと一緒にいたいなぁ、なんてね。

今は一緒に帰ってた優兄ィとかよちんと別れて、家に帰ってきたところ。

 

そんな凛を迎えてくれたのは、予想外の人だった。

 

「─────凛、お帰りなさい」

 

「あ!蓮姉ェ!帰ってきてたの!?」

 

そう、蓮姉ェこと星空蓮。凛のお姉ちゃんで、普段はカメラマンとして世界中を飛び回っているんだけど、どうしたんだろう。

 

「当たり前でしょ?明日は可愛い妹の誕生日なんだから」

 

そういって蓮姉ェは凛にウインクした。

蓮姉ェは美人で……とても大きい。

身長も……胸も。

 

「……さ、凛。風呂入っといで。ご飯食べながらまた写真見せてあげるから」

 

「え!本当!?うん!ありがとにゃ!」

 

蓮姉ェが見せてくれる写真は綺麗で、いつまでも眺めていたくなる。凛はそれを楽しみにしながら、急いでお風呂へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

蓮姉ェと久々の楽しい食事を終えて、時刻は現在10時半過ぎ。

凛は今部屋のベットの上でケータイをいじりながらゆっくりとくつろいでいる。

そしてそろそろ寝ようかなとしていたときのこと。

 

『凛ー。起きてるー?』

 

部屋の外から声がした。

 

「んー、蓮姉ェ?どうしたの?」

 

『ちょっと部屋入ってもいい?』

 

「うん、いーよ!」

 

外側からドアが開き蓮姉ェが部屋へと入ってくる。

 

「ありがとね、凛」

 

「どうしたの?」

 

「いやいや、もう少し可愛い妹とお話ししたいなぁと思ってね」

 

蓮姉ェはそう言いながら、近くの机の椅子に座った。

 

「ふーん、そっかそっか!」

 

「ふふふっ。……ねぇ凛。

──────────他に好きな人はできた?」

 

「んえぇぇ!?ななななんでそんな、いきなり……

 

……って、“他に”?」

 

「────だって凛、ずっと優真くんのことが好きだったでしょう?他にできたのかなーって」

 

「なっ……!」

 

どうしてそれを蓮姉ェが!?

誰にも言ってなかったのに!

蓮姉ェの指摘に、思わず顔が真っ赤になる。

 

「ななな、なんで知ってるの!?」

 

「いや、見てたら普通にわかるわよ。凛が誰を好きかくらいね。……その反応だと、まだ好きみたいね、優真くんのこと」

 

「……まだっていうか…好きって自覚したの今年の春のことだし……」

 

凛は顔を赤くしながら、枕に顔を埋めた。

 

─────そっか。

凛、ずっと前から優兄ィのコト……

 

「……で?告白しないの?」

 

「……うん…勇気が出なくて……」

 

「もう!そんなんじゃ優真くん取られちゃうよ?」

 

「わかってる……けど…」

 

思い出したのは、恐らく凛と同じ思いを抱えている、何人かのμ'sメンバー。

 

 

─────凛なんかじゃ……敵わないよ

 

 

「ほら、明日は誕生日なんだし、夜くらい2人で過ごしたら?」

 

「うん……誘って、見る……」

 

その時。

ケータイの着信音が鳴り響く。

誰からだろうと思って液晶を確認して、そこに表示された名前を見た瞬間、飛び上がりそうになった。一気に心拍数が跳ね上がる。

 

「ん?優真くんから?」

 

蓮姉ェからの問いに、コクリと頷く。

出なよ、と蓮姉ェが言ってくれたので凛は少し緊張しながらその電話を取った。

 

「もしもし、優兄ィ?」

 

『ん、もしもし。ごめんな、起こしちゃったか?』

 

「ううん!全然大丈夫だよ!どうしたの?」

 

『いやいや。……ちょっと散歩でもどう?』

 

「散歩?今から?」

 

『うん。────ていうか、もう居るんだけどね。

……窓の外見てみ』

 

「え……?」

 

言われた通りに、カーテンを開けて窓の外を見る。

するとそこには笑顔でこちらに手を振る優兄ィの姿が。

何故かリュックサックをからっている。

 

「嘘ぉ……」

 

その姿を見た瞬間、凛は部屋から飛び出した。

そして急いで外の優兄ィの元へと向かった。

 

「優兄ィ!どうしたの?」

 

「いやいや、お前を少し脅かそうと思ってな。……それより散歩、できそうか?」

 

「え……あぁごめん、まだ親に何も……」

 

 

「いってきなさいよ」

 

 

後ろを振り返ると、凛の後を追いかけてきたのか蓮姉ェの姿があった。

 

「蓮姉ェ!」

 

「あ、蓮姉さん。こんばんは、帰ってきてたんですね」

 

「久しぶりね、優真くん。うちの親にはなんとか説明しておくから、凛を連れてってあげて」

 

「蓮姉ェ、いいの?」

 

「まぁお姉ちゃんに任せときなさい。……上手くやるのよ?」

 

「わぁぁぁ!!蓮姉ェええええ!!」

 

最後の言葉は優兄ィには聞こえなかったようで、優兄ィは首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

「お待たせっ」

 

「いや、そんなに待ってないよ。んじゃ行こうか」

 

あれから着替えなどを済ませ、準備をしてから改めて散歩に行くことになった。

歩き出した優兄ィの隣に自然に並びながら2人で歩く。

 

「どこいくの?」

 

「ん……ちょっと見せたいものがあってな」

 

「見せたいもの……?…っへくしっ」

 

「…お前なんでそんなに薄着なんだよ」

 

「ちゃ、ちゃんときてきたにゃ!ただ、予想より寒かったっていうか……」

 

今の凛の格好は、薄手の長袖のシャツの上にニットのセーターを着て、下はショートパンツに黒のニーハイといういつも見たいな軽装。

 

「……ったく、ほらこれ着なよ」

 

さっきくしゃみをして寒そうな凛の事を考えてくれたのか、優兄ィが一番上に着てたパーカーを凛に差し出した。

 

「でも……優兄ィが……」

 

「お前に風邪引かれたら俺が困るんだよ。『ラブライブ!』も近くなってきたし、これからって時期なのに俺のせいでお前が風邪引いたら申し訳ないだろ?」

 

「……うん、ありがと……」

 

凛は優兄ィが差し出したパーカーを受け取って、そのままそれを着た。

中は結構厚手で、優兄ィの温もりと合わさってなかなか暖かい。

それに……優兄ィのいい匂いがする。

 

「……そういえばこのパーカー、見た事ないにゃ。新しいやつ?」

 

「……まあな」

 

優兄ィが貸してくれたのは黒を基調として、白と水色で所々に模様が施してある、フロントジッパータイプのフード付きパーカー。

ジッパーの両サイドにはポケットが付いている。

どちらかというと、大人でカジュアルな服装を好む優兄ィからしたら、珍しく少し子供っぽいセンスだと思った。

 

「珍しいね、優兄ィがこういう服着るなんて」

 

「そうか?」

 

そんなとりとめもない会話をしながら、凛達は夜の散歩を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

「お……ここ面白そうだな」

 

散歩を続けていた凛たちが辿り着いたのは、近くの裏山の、木々に囲まれた少し暗い自然にできたトンネル。

 

「……暗いね…」

 

「ん……怖いのか?」

 

「うん…ちょっと。幽霊とかは大丈夫なんだけど、こういう暗いのは少しだけ…」

 

「……んじゃ、手でも繋ぐ?」

 

そう言って優兄ィが手を差し出してくれた。

でも……少し困らせてみたいな…。

 

 

 

「──────腕組んじゃダメ?」

 

 

 

凛の提案に、少々驚いたような表情を見せた優兄ィだったけど、返事は早かった。

 

「いいよ。ほら」

 

「やった!ありがとにゃ♪」

 

優兄ィが開けた右腕の間に、自分の左腕を回して、体ごと優兄ィの右腕にしがみつく。

 

「……歩きにくくないか?それ」

 

「大丈夫だよーっ♪」

 

「……お前全然怖そうじゃねぇな」

 

正直、優兄ィと一緒なら全然怖くない。

でも今は、役得を楽しまなきゃ損、って事で!

 

「……んじゃ、いくよ」

 

そしてその体勢のまま、凛たちは山の奥へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

優兄ィの左手から出るスマホの明かりを頼りに、凛たちはどんどん奥へと進んでいく。

 

「どんどん暗くなってくるねー……」

 

「………………」

 

「……優兄ィ?」

 

 

 

「──────誰かに後ろからつけられてるな」

 

 

「え……?」

 

「振り向くな。さっきからずっと後ろの方から俺たち以外の足音が聞こえる。ここ下に落ち葉溜まってるから、足音響くからな」

 

凛も少し注意深く足音を聞いていると、確かに凛たち2人以外の足音が聞こえた。

足音から考えて、その人との距離は近くはないが、安心できるほど遠くもない。

しかもここまで一本道で来たから、戻るにも戻れない。……自然と優兄ィの腕を握る手に力が入る。

 

「─────大丈夫だ、凛。少しでも近づいてきたら俺があいつとやるから、その隙に出口まで走れ」

 

「でも……!」

 

優兄ィは確かに喧嘩には強い方だけど……

相手がもし凶器なんて持ってたら……

そんな事を考えると、やっぱり優兄ィを置いていくなんて事はできない。

 

 

───────だったら……!

 

 

「──────逃げよ!優兄ィ!」

 

「え……っておい!凛!?」

 

凛はしがみついていた腕を離して改めて優兄ィの手を握り、全力で走り出した。

 

「お、おい待て!凛っ!」

 

優兄ィの制止の声が聞こえるが、それも気に留めず凛は走る。

相手を撒けるように、右左に走り抜ける。

そして走り続けた先で、進行方向右側に隠れられそうな小さな茂みを見つけた。

 

「あそこなら……!」

 

「ちょ…うわっ!」

 

急に右に曲がった凛に合わせて、優兄ィの体が大きく振り回される。

そして茂みに身を潜めようと横道へとそれた時。

 

「あっ…………」

 

足元に張っていた蔓に気づかず、足を引っ掛けた。

走っていたスピードを維持したまま、慣性に従って体が宙を舞う。手をつないだままの優兄ィも、凛に引っ張られて大きく体勢を崩した。

このままだと、凛は顔から地面へとダイブだ。

その時。

 

「凛ッ!!」

 

優兄ィが叫ぶ。

優兄ィは繋いだ手を引っ張って、凛の体の向きを自分へと向けさせる。

そしてそのまま凛を引き寄せ──────

抱きかかえるように空いていた左手を凛の頭の後ろに回した。

しかし勢いを殺しきることはできず、2人はその体勢のまま地面へと飛び込んだ。

 

 

 

「凛……大丈夫…か…?」

 

「んっ……優兄ィ……」

 

 

優兄ィが庇ってくれたおかげで、幸いにも怪我はなかった。頭も背中も打たなかったけど、お尻だけは勢いよく落ちたから少し痛む。

 

そして目を開けた時……衝撃が走った。

 

(な、ななななな!?)

 

目の前……お互いの吐息がかかるほどに近くにある優兄ィの顔。

優兄ィの左腕は今現在凛を庇うように落ちたせいで、凛の体の下敷きになって体を通って手のひらは凛の後頭部を包むようになっている。

そして右腕は、凛を潰さないようにと気遣ってくれたのか、右肘を凛の横の顔についた状態だ。

 

ここここれって……女子に人気の床ドンってやつ!?床じゃないけど!!

 

されると胸がキュンってするって聞いてたけど……キュンなんてレベルじゃない。

さっきから凛の心臓は優兄ィに聞こえてしまうんじゃないかってくらいバクバクしてる。

 

優兄ィもこの状況を意識してくれているのか、少し頬を赤らめている。

 

2人を取り囲む静寂が…甘い色へと染まっていく。

暗い夜……好きな人と、2人きり。

そして好きな人が、自分を押し倒してくれている(たまたまだけど)。

 

 

───────この状況で、“それ以上”を望まない女の子なんて、いない。

 

“したい”──────。

 

大好きな、優兄ィと。

 

 

そして凛は、期待するように瞳を閉じた。

優兄ィは今、何を考えているんだろう。

優兄ィの吐息が近づいてくるのを感じる。

 

凛は今から、優兄ィと────────

 

 

 

そして、2人の唇が重なる────────

 

 

 

 

 

 

────────直前。

 

 

 

『ブ──────ッ!!ブ───────ッ!!』

 

「んにゃああああ!?」

 

「んがぁぁっ!!」

 

凛の携帯が、大きな音を立てて震えた。

それにびっくりした凛は目を開いて腹筋の要領で上半身を起き上がらせる。

その瞬間、凛の硬い額が優兄ィの鼻先を捉えた。

そして優兄ィは後ろへと吹っ飛ばされ、倒れた後鼻を押さえて悶絶していた。

 

「わあああああ!!ごめん優兄ィ!!」

 

「うっ……あぁ……くおぉ…だっ、大丈夫だぁ…」

 

優兄ィが半泣きになりながら凛にピースサインをして大丈夫とアピールをする。

それを見てさらに手で『ごめん』のサインをしながら、届いたメールを確認する。

 

 

『星空蓮:うまくいった?♡』

 

 

ああああああああああああああああ!!!!

……と叫びたい気持ちを抑えつつ、冷静に返信文を作成する。

 

 

『星空凛:バカ!!アホ!!空気読め!!』

 

 

大好きな姉に、ここまで暴言を吐いたのは人生初だ。

それほどまでに凛が受けたショックは大きかった。

 

後少しで、優兄ィと────────

 

「……誰からだったの?」

 

優兄ィが鼻を押さえながら訊いてきた。

 

「……蓮姉ェから」

 

「ん?なんて言ってたの?」

 

「何もないにゃ」

 

「え、なんで怒ってるの?」

 

「何もないにゃ!!」

 

「怒ってるよね!?」

 

「なーにーもーなーいー!!」

 

ふんっ、とやり場のない怒りを優兄ィにぶつける。

だって優兄ィがもっとしっかりしてたら今頃……今頃っ……!

 

「はぁ……んで、どうする?…ここどこだろ」

 

周りを見回す優兄ィ。

確かに結構無我夢中で走ってきたから……元の道からはだいぶ外れてしまった。

そのおかげで後ろをつけてきた人はうまく撒いたみたいだけど。

 

「……ごめんね、優兄ィ…凛がいきなり走りだしちゃったから……」

 

「……気にすんな。それより出るとこ探そうぜ。このままじゃ流石にヤバいからな……よっと」

 

優兄ィが立ち上がり、凛に手を差し出す。

 

「……ほら、いくよ?」

 

「……うんっ…」

 

さっきのこともあって、少し意識してしまう。

凛は少し躊躇いながら、優兄ィの手を取った。

 

 

 

 

 

 

再び歩きだしてから、どれだけ経っただろう。

あれから暗い森の中を、優兄ィと2人で歩き続けている。気分が暗くならないように優兄ィが話を振ってくれるけど、やっぱり……自分のせいだと思うと優兄ィに申し訳なくなる。

 

そんな時、ついに見つけた。

 

暗い闇の中に、少しだけ明るさを宿した空間。

あそこはおそらく……木々に囲まれてはいない。

 

「優兄ィ!あそこ!」

 

「ちょ……!お前またっ…!」

 

凛は走りだした。

僅かな光へと向かって。

 

「出たーーーーー!……ぁ」

 

 

木々が囲む森を出て、飛び出した先は草原。

そこだけ木の一つも生えていない、風に乗って草が揺れる、夜の暗さと月の明かりが相まって、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

山の中に、こんな場所があったなんて……

その美しい場所に、見惚れそうだった。

 

 

ただ。

下が斜面だった。

そう、つまり全力で駆けていた凛達は……

 

 

「「またかにゃあああ(よおおお)!?」」

 

 

情けない声を上げながら2人で斜面を転がり落ちた。

しばらく経って、勢いを失った体は斜面の途中で停止した。

凛と優兄ィは大の字になって草原に寝転んでいた。

 

「……ってて…凛、大丈夫……か……」

 

「うん、下が柔らかかったか……うわぁ……!」

 

目を開くとそこに広がっていたのは──────

 

 

満天の星空だった。

 

雲一つなく、夜空を明るく照らす月と、上空一面に輝く星の海。

そしてその海を駆けるように流れる、流れ星。

 

 

────────流星群だ。

 

 

「綺麗…………!」

 

「────────“オリオン座流星群”」

 

「え……?」

 

「これを見たかったんだ。……ほらっ」

 

優兄ィが改めて座り直した。

その横に凛も座る。

そして優兄ィはスマホを起動した。

 

「……午前0時半にピーク、か……。

うん、時間ぴったりだ」

 

「最初からこれを見るために……?」

 

「うん。これを見たかったんだ。

 

─────────凛と2人で」

 

「え……?」

 

 

 

 

 

「30分遅れたけど、凛、誕生日おめでとう」

 

 

 

「優兄ィ……」

 

「……最初はこんな予定じゃなかったんだ。

12時前にはここについて、12時になったらおめでとうを言おうと思ってた。そして半になるまでゆっくりしようと思ってたんだけど……なんとかなったな」

 

「じゃあ最初からここに来たかったの?」

 

「うん、思ってた場所とはだいぶ違うところに着いちゃったけど。……今思えば、俺たちの後ろについてきてた人も、ここに来たかったのかもな。だから俺たちと道が一緒だったのかも」

 

優兄ィが笑った。

凛もその笑顔を見て幸せな気持ちになる。

 

 

──────こんな素敵な景色を、凛のために。

 

 

「……一番最初に祝いたかったんだ。今年はμ'sのみんながいるし、抜かれちゃいそうだったからな。俺が一番乗りだなっ」

 

「ふふっ……ありがとにゃ」

 

「……ねぇ、凛」

 

「ん?どうしたの?」

 

「パーカー返して」

 

「えぇ!?いきなり!?」

 

「ごめん、寒いから……」

 

もぉ〜と言いながら凛はパーカーを脱ぐ。

少し名残惜しいけど、優兄ィに風邪引かれたら困るし。

 

 

そして優兄ィにパーカーを返そうとした時。

 

 

優兄ィから紙袋を渡された。

 

 

「……これ、は…?」

 

「───────プレゼント。たくさん転がったから袋ぐちゃぐちゃだけど、中身は大丈夫だから」

 

「──────────ありがとう!」

 

 

中身を取り出すと入っていたのは……

 

「あ!!これって!!」

 

「……わかった?」

 

 

そう、パーカー。

“優兄ィと色違いの、同じ”パーカーだった。

優兄ィの水色で塗られた色の部分が、凛のものは黄色で塗られている。

そしてフードには、凛の大好きな猫の耳が付いている。

つまり──────ペアルック。

 

 

 

 

「……昔、俺とお揃いの洋服欲しいって言ってたの思い出してな。お前に似合いそうなパーカー探したんだ」

 

だから優兄ィは、いつもと違うセンスのパーカーを着てたんだ。

自分には多少似合わなくても、凛には似合うと思って。

 

「もう……いつの話してるの?」

 

からかいながらも、ニヤニヤが止まらない。

だって、こんなの……嬉しすぎるよ。

凛はそのパーカーを着て、優兄ィの肩に頭を乗せた。

 

「……似合ってる?」

 

「……当たり前だ。俺が選んだんだぞ?」

 

「……嬉しい、アリガト」

 

 

 

ふと触れ合う互いの指

 

 

どちらからともなく指を絡める

 

 

そして2人の距離は、近づく

 

 

 

「……綺麗だね」

 

「うん、見れてよかったよ」

 

「……凛もよかった。……優兄ィと、見られて」

 

「……俺もだよ」

 

 

 

沈黙が流れる。

そして思い出すのは、さっきのワンシーン。

 

 

続きをするなら……今かな?

 

 

でも……これ以上は望んじゃダメだ。

だって今、こんなに幸せなんだから。

これ以上は……欲しがりすぎだ。

 

……だけど

 

少し欲張りになっても、いいよね?

 

 

 

「ゆーう兄ィ!」

 

「うおっ……!」

 

繋いでいた手を解き、凛は優兄ィを横から抱きしめた。いきなりのことで優兄ィは耐えられずに後ろへ倒れた。

 

「ってて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして倒れた優兄ィの上に馬乗りになり

 

 

 

 

 

優兄ィの額に優しく口付けた

 

 

 

「────────!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だーいすき♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凛の言葉に、呆気に取られた表情をする優兄ィ。

 

 

ややあってその表情は笑顔へと変わり

 

 

 

優兄ィも凛の額にキスをした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばーか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして優兄ィは凛を優しく抱きしめた。

左手は背中に回し、右手は凛の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

 

 

「……へへへ♪」

 

 

 

きっと今、凛は世界で一番幸せだ。

 

 

 

神様がくれた、最高のプレゼント。

 

 

 

満天の星空を流れる星に願う。

この幸せな時間が、ずっと続きますように。

来年も、優兄ィとこの星空が見られますように。

優兄ィと……ずっとずっと、ずーっと一緒に入られますように。

 

叶えてくれるよね?お星様。

だってこんなに沢山流れてるんだもん。

 

 

 

 

今日の夜を、凛は絶対に忘れない。

 

 

 

 

気持ちを通じ合わせた2人を───────

月と星が優しく照らす。

 




というわけで改めて、凛ちゃん誕生日おめでとう!
背中合わせ番外編、凛ちゃん誕生日回はいかがでしたか?
今回も、甘〜くなるように書いてみました!
凛ちゃん推しの方が満足していただければ幸いです。
それでは、凛ちゃんと、凛ちゃん推しの方々にとって、素敵な一年になりますように!


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【第4章】ーいざ夏合宿!
【Days.Before】Venus of White 〜天使とお買い物♯1


新章一発目の個人回は、ことりちゃんです!
長くなりそうなので、前後編に分けたいと思います。
今回は短めです。
べ、別に推しだからたくさん書きたいなんてわけじゃないんだからねっ!




35話【Days.Before】Venus of White 〜天使とお買い物♯1

 

 

6月のとある土曜日。

7月も近づいてきて、ますます暑さを増してきました。今日は私、南ことりには大切な大切な約束がある日なのです♪

でもいろいろあって……時間は遅刻寸前。

待ち合わせ場所は駅、そこに向かうと既にその人はそこにいました。

 

「───────優真くーん!」

 

名前を呼びながら走ってその人の元へと向かう。

 

「ん…おはよ、ことりちゃん」

 

「はぁ…はぁ…おはようございますっ、お待たせしました」

 

結構な距離を駆け足で来たから、私の呼吸も少し荒くなってしまいました。

今日はオシャレしてきたから、踵が少し高い靴を履いてきてて走りにくくて……

 

「ううん、こういう時は男が早く来るものだから」

 

「……『今来たところ』って言ってくれないんですね〜っ」

 

「俺は嘘も嫌いだからね」

 

軽い冗談の言い合いをするのも嬉しくて。

だって今日は優真くんと2人きりっ!

楽しみで夜もなかなか眠れなくて……

……それが遅刻の主な理由なんだけど。

 

「待ってて、切符買ってくるから」

 

そう言い残して優真くんは券売機へと向かっていった。

 

……もしかして、私の息が整うまで待っててくれたのかな…?

そう思うと、心が弾むようでした。

 

「お待たせ。はいこれ」

 

優真くんが切符を一枚私に差し出す。

 

「ありがとうございます!」

 

「んじゃ、行こっか」

 

さっきから気になってたこと……

もう慣れてたつもりだったけど、やっぱり優真くんはμ'sのみんなといる時と、プライベートで会う時は雰囲気が違う。真面目でピリッとした優真くんもカッコいいけど、こっちの優しい雰囲気の優真くんも……

 

「ことりちゃん?」

 

「ふえぇ!?どどどうしました!?」

 

「いや……君の方こそどうしたの?」

 

「な、なんでもありませんよ〜。さ、行きましょう!」

 

「う、うん……」

 

照れを隠すように先導した私の後を、やや怪訝に思いながらも優真くんがついていった。

 

 

 

 

 

 

電車の中、運良く2人で座ることができた。

 

「しかし……まさかあんなことになるなんてな」

 

優真くんが最近のμ'sのことを思い出している様子。

 

……そう、まさかあんなことになるなんて…。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「それじゃ、廃校は無くなったんですね!?」

 

「まだ延期が決まっただけだけどな。…お前達の努力の成果だ」

 

話は数日前に遡ります。

オープンキャンパスが終わって、来場者のアンケートの集計を取ったところ、音ノ木坂を受験したいという中学生が多くて、とりあえず現時点での廃校は阻止されたのです!

つまり私たちのライブは…大成功したということ。

 

「やったにゃーー!」

 

「ま、当然ね」

 

「喜ぶにはまだ早いですよ。これからが本当の勝負なのですから」

 

海未ちゃんも口ではあんなことを言いながら、とても嬉しそうです。

 

「よし!この調子で『ラブライブ!』にも出場して、どんどん音ノ木坂を知ってもらおう!」

 

「そのためには順位を上げないと、やね♪」

 

現在μ'sのランキングは50位程。

オープンキャンパスのライブの映像をアップすると順位が爆発的に上がりました。

やっぱり絵里ちゃんと希ちゃんが入ったことが大きいようで、2人のファンになった人も多いみたいなんです。

 

「で、これからの活動なんだけど……優真、何かあてはあるの?」

 

「……まぁ、あるっちゃあるんだが…」

 

少しいい渋りながら、優真くんが私たちにスマホの画面を差し出しました。

その画面に映されていたのは……

 

 

「『ナツライブ!』?」

 

「……何よそのモロに『ラブライブ!』からあやかった名前は…」

 

「真姫ちゃん知らないのぉ!?」

 

「うえぇ!?なによ花陽!」

 

あっ……この雰囲気……

それを悟った瞬間、私の体はガタガタと震え出します。

 

「─────『ナツライブ!』はスクールアイドルが一つの会場に集まりライブを行うという構造こそシンプルなものですが、その特徴は“メンバー全員が水着で踊る”ということなのです!」

 

「メンバー全員が、水着で……?」

 

「はい!前々から開催は予告されていましたがスクールアイドル人口が少なかったのとスクールアイドルの認知の低さから数年間の間開催の延期が行われ続け……それが今年!やっと開かれるのです!!……ことり先輩!!きいてますか!?」

 

「は、はいいい!!」

 

花陽ちゃん……いや、オタ陽ちゃん。

忘れもしない…あの部室で行われた、思い出すのもおぞましいあの記憶……

 

「……ねぇ優真、あれは花陽なの…?」

 

「……慣れてくれ、としか言えない。なんか変わっちまったみたいで…アイドルの話をする可愛い花陽が見れないと思うと俺は「そこ!!私語がうるさいです!!」……さーせん」

 

「でも参加に関しては完全招待制で運営に選出されなきゃ参加は……」

 

 

 

 

「──────選ばれたんだ」

 

「──────────ゑ?」

 

「選ばれたんだ、俺たち。『ナツライブ!』に」

 

ええー!と声が上がる。

 

「だからここに出れれば確実に知名度は上がる。ただ……」

 

「────────“曲がない”、ってことね」

 

優真くんの言葉を繋いだのは、真姫ちゃんだった。

優真くんもその言葉に頷く。

 

「……今まで歌ってきた曲でもいいけど、水着で歌うのは少し違和感があるっていうか……」

 

「確かにアイドルの歌は衣装、曲、ダンス全てが合わさっていいものが出来上がるものよ。その中のどれか一つが欠けててもいいものはできないわね」

 

「矢澤のいう通り。多分今までの曲を水着で歌ってもいいものにはならない。『ナツライブ!』まではあまり時間もない。だから─────」

 

 

 

「───────合宿だね!」

 

「え?」

 

穂乃果ちゃんが瞳を輝かせながら、みんなに言う。

 

「合宿?」

 

「うん!だって時間ないんでしょ?合宿しかないよ!」

 

「……参加しないという選択肢は?」

 

「ないですよ?」

 

「……俺は短期的に集中して練習しよう、って言うつもりだったんだけどな…」

 

穂乃果ちゃんの曇り一つない笑顔で放たれる言葉に、優真くんも苦笑いを浮かべてます。

あぁ、やっぱり穂乃果ちゃんは凄いや。

 

「場所はどうするのです?」

 

「……真姫ちゃん家」

 

みんなの視線が真姫ちゃんに向く。

 

「うえぇ!?私!?」

 

「真姫ちゃんお願い!μ'sのためだと思って!」

 

「家は……多分無理」

 

「じゃあ別荘とかでもいいから!」

 

「いや、さすがに別荘はいくら真姫でも……」

 

 

 

「─────別荘なら、いいかも…」

 

 

 

「あるんかい!!」

 

「真姫ちゃーん!お願いお願い!!」

 

「わ、わかったわよ!頼んでみるから!」

 

穂乃果ちゃんに抱きつかれて、顔を真っ赤にしながら真姫ちゃんは答えた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

こうしてμ'sはオープンキャンパスの代休を合わせて来週の金土日の3日間、真姫ちゃんの家の別荘で合宿をすることになったのです♪

 

「……ほんとに凄いよね、真姫の家は」

 

「うん……別荘まであるなんて本当にすごいです」

 

「……っていうか、今日は本当に俺でよかったの?」

 

「もちろん!優真くんと行きたかったんです!」

 

「……そっか」

 

少し照れたようにして優真くんが横を向きました。

そう、今日は優真くんと2人でお買い物をするのです!

衣装の材料はもちろん、合宿に必要な諸々……そしてもちろん、水着もっ♪

今回行くのは電車で数駅か先にある、隣町のショッピングモール。いつも行ってるところだと、誰かに会っちゃうかもしれません。

せっかくの優真くんと2人きり。邪魔されたくないのです!

 

「……ん、ついたね」

 

開くドアに向けて立ち上がり歩き出した優真くんの背中を追うようにして私も立ち上がりました。

 

 

 

 

 

 

そしてついたショッピングモール。

休日ということもあってその中は人でごった返していました。

 

「人多いなぁ……ことりちゃん、手借りるね」

 

すると優真くんが突然、私の右手を左手で握りました。

 

「ひゃぁ!?」

 

「わっ!?どうした!?」

 

「い、いや……いきなりだったから……」

 

「あ、ごめんね。はぐれたらまずいと思って。……嫌だった?」

 

私の反応を見て、優真くんは握った手を離そうとしました。

 

 

「────────ダメっ!嫌だ!繋いでて!」

 

 

離れそうになった手を自分からつなぎ直して優真くんに詰め寄ります。

 

「……う、うん。ことりちゃん、近い」

 

「……はっ…」

 

気がつけば目の前に優真くんの顔がありました。

 

「……ごめん、なさい……」

 

「ふふふっ。気にしないでいいよ。んじゃ回ろ?最初は水着からだっけ?」

 

「あっ……うん!」

 

優真くんの温もり右手に感じながら、私たちは歩き出しました。

 

 

 

 

 

 

 

「……目のやり場に困るなぁ…」

 

現在は女性用水着売り場のコーナー。

優真くんに見てもらおうと思って中まで付いてきてもらいました。

 

「どれにしようかな〜っ」

 

「ねぇ、ことりちゃん。俺って本当に必要かな?」

 

「必要ですよ!私が迷子になってもいいんですか〜⁇」

 

「……うまいこと言いくるめられた気しかしないな…」

 

「ふふっ♪」

 

 

そして2人で水着を選んでいた時。

 

そこにいるはずのない声が聞こえました。

 

 

 

 

「────────あれ?ゆーまっち?」

 

 

 

 

この呼び方で優真くんを呼ぶのは、私が知ってる限り1人だけ。

振り返るとやはりそこには……

 

「やっぱりゆーまっちだ!」

 

「優真……貴方こんなところで何してるの?」

 

 

希ちゃん、そして絵里ちゃんもいた。

 

「絢瀬、東條……!」

 

「こんなところで奇遇やな〜」

 

「……優真、貴方……」

 

絵里ちゃんが優真くんを見る目が冷たい……

まさか何か勘違いを……?

 

 

 

 

 

 

「─────貴方女性物の水着を着るのね」

 

 

 

 

 

 

「んなわけないだろ!!」

 

「え?違うの?」

 

「えりち、流石にそれは……」

 

絵里ちゃんの突然の天然ボケに空気が和みました。

絵里ちゃんはしっかりして見えるけど、実は抜けてるとこがあって、そこがまた可愛いんです!

最近は生徒会で忙しかったからその姿を見ることはできなかったけど、こんな絵里ちゃんを見たら絵里ちゃんが重圧から解放されたことがわかって、少し嬉しくなります。

 

「じゃあなんで貴方がこんなところにいるのよ」

 

「……ことりちゃんと買い物に来てたの。水着買うって言ってたから選ぶの手伝ってたんだよ」

 

「なるほど〜、大胆やな、ことりちゃん♪」

 

「の、希ちゃんっ!」

 

ニヤニヤしながらこちらを見てくる希ちゃんに、思わず顔を赤くしながら噛み付いてしまいました。

 

「絵里ちゃんと希ちゃんも水着を買いに⁇」

 

「ええ。合宿があるからどうせなら新しいものを、ってね」

 

なるほどー、と返事をしながら、私は内心落ち込んでいた。

あぁ、せっかくの優真くんとの2人きりの時間が……

 

「……ねぇえりち、どうせならウチらもゆーまっちに水着選んでもらお!」

 

「えぇっ!?ほ、本気でいってるの?」

 

「どうせ合宿のときに見られるんやし!いいよね、ゆーまっち!」

 

「……う、うん。ことりちゃんも、いい?」

 

「は、はい!」

 

本当はあまり乗り気じゃないけど……

2人の水着を見ることで衣装のヒントになるかもしれない。

そうプラスに考えて、私は希ちゃんの提案を受けました。

 

 

こうして、私たちは4人で水着を見て回ることになったのです。

 

 




今後の更新についてですが、作者が現実の方で多忙なので、更新頻度が以前のようにはいかなくなるかもしれません…汗
極力時間をとって執筆を続けるようにしますので、気長にお待ちいただけると幸いです。
失踪するつもりもありませんし、執筆意欲もバリバリですので、そこはご安心ください!
では、次回もよろしくお願いします!
感想評価アドバイス等お待ちしております!


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【Days.Before】Venus of White 〜天使とお買い物♯2

36話 【Days.Before】Venus of White 〜天使とお買い物♯2

 

 

「なぁ……もっかい聞くけど本当に俺がいなくちゃダメ?」

 

『ダメ』

 

「……さいですか」

 

私たち3人の言葉に、もはや諦めの表情を浮かべた優真くん。

今は私たち3人で互いに水着を選びあって、最後に優真くんのアドバイスをもらう、っていうことをやってます。

 

「えりち、それなんか似合うんやない?」

 

「……これ、布小さくない?」

 

「絵里ちゃんはスタイルがいいからきっと似合いますよ♪」

 

「あ、ありがと、ことり……。あ、希これなんかいいんじゃないかしら?」

 

「それはウチにはちょっと……小さい、かな?」

 

「うぅ〜、希ちゃん嫌味ですか?」

 

「………………居心地悪すぎ」

 

まぁ、確かに優真くんには少し気の毒だったかな……?

解放する気もないけどね♪

 

「……ねぇ、絵里ちゃん、希ちゃん。よかったら、試着してるとこ見せてくれないかな?」

 

「え?試着するのか?」

 

「うん!着てるところ見たら、衣装作りのヒントになりそうだから!」

 

「……俺も見るの?」

 

「もちろん♪」

 

「まぁまぁ、ゆーまっち。どうせ合宿で見ることになるんやから……」

 

「……とか言いながら顔赤くしてるから説得力ないんだけど、東條」

 

「……そうよね、慣れてないと大変なことになってしまうわ!私試着する!」

 

「あぁ……絢瀬の真面目が変な方向に働いてる…」

 

頭を抱えていた優真くんだったけど、絵里ちゃんは水着を選ぶと意気揚々と試着室へと入っていきました。

ほどなくしてカーテンが開く。

 

「……どう、かしら…?」

 

「おぉ〜!」

 

「絵里ちゃん可愛いっ!」

 

絵里ちゃんは濃い青色のビキニタイプの水着で、その上に淡い水色のベストを着てその端を正面で結んでいました。髪色が金の絵里ちゃんがその姿をしていると本当に海外モデルさんみたいに綺麗です!

 

「……どう?優真……。似合ってる…?」

 

顔を赤らめながら、絵里ちゃんが優真くんに尋ねます。

 

「………………ちょっと待ってて」

 

そう言うと優真くんはどこかへ行くと、手にとあるものを持って帰ってきました。

 

「……これ掛けてみて」

 

優真くんが持ち帰ってきたのは、サングラス。黒ではなく、暗い茶色のような色のレンズ部分の大きなもの。

絵里ちゃんはそれをおでこの上にかけました。

 

「……こう?」

 

『おぉー!』

 

「……うん、やっぱり似合ってるよ、絢瀬」

 

「そ、そうかしらっ…あ、ありがとぅ……」

 

絵里ちゃんも優真くんに手放しで褒められて嬉しいみたいです。

 

「つ、次は希よ!!」

 

「へっ、ウチ?う、ウチはいいかな……」

 

「の〜ぞ〜み〜〜??」

 

「わ、わかったって……」

 

次は希ちゃんの番。希ちゃんは少し顔を赤くしながら試着室へと入って行きました。正直、希ちゃんの水着姿は……色々と刺激が強すぎるような気が……。主に優真くんに。

 

そして開いたカーテンの先には…

 

「わぁ〜!♪」

 

「ハラショーよ、希!」

 

「そ、そーやろか……」

 

希ちゃんの水着は、濃い紫を基調としたビキニで、腰には水着と同じ色のパレオを巻いていました。それは希ちゃんのスタイルを強調することにもつながっていて……すなわち、希ちゃんの胸を強調する形になっていました。

 

「どーかな、ゆーまっち……?」

 

「えっ!?あぁ、い、いいんじゃないか!?」

 

優真くんも目のやり場に困っているようで視線をキョロキョロさせて顔を赤くしながら答えています。……優真くん、やっぱり大きい方が好きなのかなぁ……

……っていうか、優真くんこんな感じで合宿大丈夫なのかなぁ……

 

「じゃ、じゃあこれにする!次はことりちゃんね!」

 

「は、はいっ!」

 

ついに来てしまいました……。

でも、ここまできたら後には引けません!

私は水着を手にとって、試着室へと入りました。

 

そして着替え終わって、カーテンを開けました。

 

「ど、どうかな……?」

 

『………………』

 

「えっ!?おかしかったかな!?」

 

私が着た水着は、白地に小さな花柄かたくさんプリントされたビキニタイプの水着で、上下それぞれに、透明なレース生地の布がこしらえてあるもので……やっぱり似合ってなかったのかな……?

 

「ことりちゃん……可愛すぎやん!!」

 

「何よその可愛さは!反則級だわ!!」

 

「えっ、ええぇ!?」

 

絵里ちゃんと希ちゃんが顔を赤くして興奮しながら私へと寄ってきました。

 

「あぁ〜可愛いよことりちゃん〜♪」

 

「本当、持って帰りたいくらいだわ…。

優真もそう思うでしょ?」

 

絵里ちゃんが先ほどから固まって動いていなかった優真くんに声をかけました。優真くんはビクッと肩を震わせた後、照れたように言いました。

 

 

 

「─────めっちゃ可愛い、やばい」

 

 

 

「あ、ありがとう……優真くん……」

 

私も思わず顔を赤くしてしまいました……。

嬉しいな……♪

 

「次はゆーまっちやね!」

 

「大体そんな気はしてた。でも俺が着る意味絶対ないよね!?」

 

「私たちの水着みたんだから貴方も着なさいよ!」

 

「はい出たー!その謎理論!もうその手には乗らないからね!!」

 

 

 

「───────優真くん」

 

 

 

先ほど絵里ちゃんに名前を呼ばれた時よりも、さらに大きく体を震わせた優真くん。

これから何をされるか、理解したようです。

 

「ま、待って!水着でそれは本当にやば────」

 

 

 

 

「───────おねがぁい!!」

 

 

 

 

 

カシャン。

 

一切の迷いのない動きで、優真くんは試着室へと入って行きました。

 

「……ことり、貴女なかなかやるわね…」

 

「えへへ〜♪」

 

そして出てきた優真くんの水着姿は……

……え?カット?

すいません、作者さんが男の水着姿を描くのは面白くもなんともないし需要もないとか変なこと言ってて……申し訳ありませんが、優真くんの水着姿は省略させてもらいますね♪

とりあえず、『筋肉がすごかった』とだけ言っておきます!

 

 

 

 

 

 

 

水着を選び終えて、次に来たのは裁縫店。

いつも来てるお店よりも、大きくて、布の種類も多そうです。

 

「……これを探してくればいいんだね?」

 

「はいっ!よろしくお願いしますね!」

 

「わかった。……んじゃ行こうか」

 

「ええ」

 

優真くんのメッセージアプリに、探して欲しい生地の種類とサイズを送って、私たちは二手に別れて生地を探すことになりました。

優真くんと絵里ちゃんと、希ちゃんと私です。

本当は優真くんと一緒が良かったけど、希ちゃんがテキパキと決めちゃったから、何も言えませんでした。

ふと後ろを振り返ると、楽しそうに笑顔で話している2人の姿が。

 

「───────気になる?」

 

「へっ!?」

 

「さっきからチラチラ2人の様子見よるからね」

 

「…………うん、少し……」

 

「ごめんなぁ、今日はいきなり2人に合流しちゃって」

 

「いえ!そのおかげで衣装のイメージもつかめたし、買い物も分担できて楽になりましたから…」

 

「そっか、ありがとね。……でもことりちゃん羨ましいな〜」

 

「えっ?」

 

 

 

 

「気づいてなかった?

 

────さっきの水着姿、“可愛い”って言われたの

 

ことりちゃんだけなんよ?」

 

 

 

 

「えっ……?本当に?」

 

「ほんとほんと♪えりちには“似合ってる”とは言ったけど、ウチに至ってはそれすら言ってもらえなかったし。あ〜あ、ウチもちゃんと水着見てもらいたかったなぁ〜」

 

半ば冗談のような口調で、希ちゃんが笑いながら言いました。

 

 

……でも。

 

 

──────それは本当に冗談なの?

 

 

私が思い出したのは、あの日の病院での会話───

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「希ちゃんにとって─────────

 

 

 

──────────優真くんは、何?」

 

 

 

 

あの日私は、勇気を出して希ちゃんに問いかけました。

希ちゃんは私の質問に、しばらく考え込むような様子を見せた後、ゆっくりと口を開きました。

 

 

「─────友達。ゆーまっちはウチの大切な友達」

 

 

 

「……本当に?」

 

「隠す理由なんてないよ?」

 

「……それ以上は、望んでないんですか?」

 

「……ウチにそんな気持ちはないし……

 

────────その資格もないから」

 

「え……?」

 

ふふっ、と希ちゃんが笑う。

 

 

 

「────────ウチはね、ゆーまっちに幸せになって欲しいん。ずっと笑ってて欲しいんや。

ウチにできるのは、一歩後ろでゆーまっちを支えてあげることだけ。隣に並ぶなんて、出来ないんよ。そこはウチの場所じゃない。……ゆーまっちを幸せにしてあげられる誰かがいるべき場所なんよ」

 

 

 

「希ちゃん……」

 

「やから、ことりちゃんは安心してゆーまっちに恋してていいんよ?」

 

「んえぇ!?」

 

「ふふっ♪可愛いなぁことりちゃんは〜♪」

 

「も、もう!希ちゃん!からかわないでくださいっ!」

 

「……ウチは応援するよことりちゃん。

それがゆーまっちの幸せに繋がることやから」

 

最後の言葉ともに希ちゃんが浮かべた笑顔は、なぜか悲しげに見えました。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「……えりちね、久しぶりなんや。ゆーまっちとあんなに笑ってるのは。せっかくの機会やから、2人きりにしてあげたくてこんなことしちゃった。ごめんね?」

 

「……絵里ちゃんも……?」

 

「多分ね。気づいたのは最近みたいで、ウチに遠慮して何も言ってこんけど」

 

遠慮することないのになー、と希ちゃんは呟きました。

 

絵里ちゃんも、か……

強敵だな……ううん、私じゃ絵里ちゃんには勝てない。現に2人は今あんなにも楽しそうで……お似合いで……私なんかじゃ足元にも……

 

「違うよ、ことりちゃん」

 

「え?」

 

「──────ことりちゃんは、えりちとは違った魅力やいいところがあるやん。やから、比較する必要なんてないんよ?」

 

「……今私、口に出してましたか…?」

 

「んーん。そんなこと考えてそうな顔してたやん?」

 

……希ちゃんはエスパーか何かでしょうか…?

それはまさしく私が悩んでいたことで……。

 

「やから、頑張ってね。ウチはえりちの味方でもあるけど、ことりちゃんの味方でもあるからね♪」

 

希ちゃんがウィンクをしながら言いました。

 

結局、希ちゃんの本心はわかりませんでした。

 

 

ただ一つわかるのは────────

 

 

希ちゃんが優真くんを本当に大切にしていて

 

 

──────優真くんを、愛していること。

 

 

 

 

「これで全部かな?」

 

それぞれの買い物を終えた私たちは、お店の外で合流しました。

 

「はい、全部揃いました!3人ともありがとうございました」

 

「いいのよ、ことり。私たちのためでもあるんだから」

 

「そーそ♪……んなら帰ろうか、えりち」

 

「ん?もう帰るのか?」

 

「うん、今からえりちの家に行くからウチらはお先に失礼するね!……あ、ことりちゃん、その荷物邪魔やろ?半分持って帰ってくよ!」

 

「えっ、でも……」

 

「いいんよいいんよ♪ウチらは後は帰るだけやしね。……ゆっくり楽しんでね♪」

 

「……それじゃあね、2人とも」

 

そう言い残して、2人は出口へと歩いて行きました。

最後希ちゃんが私に笑顔を向けてくれたけど、『頑張ってね♪』と聞こえた気がしました。

 

 

 

──────希ちゃんは、すごい。

 

本当に、私と絵里ちゃんの恋を応援してくれてる。

 

──────自分の想いを、殺しながら。

 

優真くんの幸せを願って、自分の想いを捨てて……

どれだけの覚悟をもってその選択をしたのでしょう。

きっととても辛いことだと思います。

でも希ちゃんは、それに耐え続けている。

それができるのはきっと……

 

 

──────優真くんを、強く深く愛しているから。

 

 

これも一つの、“恋”の形なのでしょうか。

そうなのだとしたら……悲しすぎる。

でも今の私には、希ちゃんの選択がすごく正しいことのように思えました。

 

だからと言って私にその選択は、出来ない。

だって、自分の気持ちには嘘はつけない、つきたくないから。

そんな心の強さは、私にはない……

 

希ちゃんは病院で言いました。

『優真くんの隣には、優真くんを幸せにできる誰かがいるべきだ』と。『自分にはその資格がない』と。

 

 

 

─────────でも。

 

優真くんを幸せにできるのはきっと─────

 

 

 

 

 

 

「──────ことりちゃん?」

 

「んえぇっ!?どどどうひまひた!?」

 

「どうしてそんなに焦ってるの……。いや、何回呼んでも返事がなかったから」

 

「あっ……ごめんなさい、少し考え事してて……」

 

「ん、そっか。大丈夫?」

 

「は、はい!心配かけてごめんなさいっ」

 

「気にしなくていいよ。それより、これからどうする?」

 

「……そう、ですね……」

 

どうしよ……もう少し時間がかかるつもりだったから、何も考えてませんでした……

 

「ゆ、優真くんは!優真くんは、何かないんですか?」

 

「俺か……そうだね、ことりちゃんがやりたいことをやりたいな。

 

 

──────折角のデートなんだから」

 

 

 

 

「……へ…?」

 

「……え?」

 

で、“デート”?

 

「私たち……デートしてるん、ですか…?」

 

「…………と、思ってた……。やっば、俺だけかよ、恥っず……」

 

優真くんが、顔を赤くしながら片手で顔を隠しました。……全然意識してなかったけど、確かにこれは……

 

2人きりで、水着を選んだり、どこに行くか話したり、手をつないだり……

 

デート、なのかな……?でも……

 

「……優真くんは嫌じゃないんですか…?」

 

「え?」

 

 

 

 

「私と…デート、して……嫌じゃないんですか……?」

 

 

 

 

「──────そんなわけないじゃん」

 

 

 

 

笑顔と共に、私の頭に手が乗せられました。

 

 

 

 

 

「──────正直、今日のコト楽しみにしてた。

 

……俺、今もずっとドキドキしてる。

 

───────って言ったら、引く?」

 

 

 

 

 

「……ううん、嬉しい、です…」

 

 

そのカミングアウトに、私の顔は一気に真っ赤になってしまいました。

……そっか。

私、優真くんとデートしてるんだ。

 

「……わかりました!じゃあ、私の行きたいところ、着いてきてくださいね?」

 

「うん、わかった。行こっか」

 

今度は私から優真くんの手を握り、2人で歩き出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっかり遅くなっちゃったね。ごめんよ」

 

「いえいえ!楽しかったです!」

 

あれから2人で色々なお店を回ったり、ゲームセンターに行ったりして、夜ご飯を食べてから帰ってきました。夏が近づいていたとはいえ、外はもう真っ暗になってしまっています。

優真くんは、私を心配して家まで送ってくれました。

 

「ここまでありがとうございました。そして今日は改めて、ありがとうございます」

 

「こちらこそありがとね。楽しかったよ。

……ねぇ、ことりちゃん」

 

突然の問いかけに、私は首を傾げました。

 

 

 

「……敬語、外してくれない?」

 

「え……?」

 

「んや、なんか今更なんだけど、ことりちゃんが中学校の頃は普通に話してたからさ。やっぱ普通に話してくれた方が、距離が近づいた気がするっていうか……ほら、時々ことりちゃん敬語が外れそうになってるときもあるし……とにかく、俺とはタメ口で話して欲しいの!」

 

 

 

優真くんらしくない、ハッキリとしない物言いを少し疑問に抱きながらも──────

 

 

「───うん、わかった。ありがとね、優真くん♪」

 

 

「……それでよろしいっ。……じゃ、俺行くから」

 

じゃあね、と言い残して優真くんは私に背を向けて歩き出しました。

それがなんだか、物寂しくて。

 

だから少し、大胆になってみようかな、なんて。

 

 

 

 

 

私は優真くんの後ろ姿に近づいて、そのまま抱きしめました。

 

 

 

「!?こ、ことりちゃん!?」

 

 

「─────優真くん。

 

私、頑張るね。みんなに負けないように」

 

「な、なにを……?」

 

「だから優真くんも……私のこと応援してくれたら嬉しいな♪」

 

「……うん、わかった。頑張れ」

 

きっと優真くんは、なにのことを言ってるかわからなかったはずです。

でも、優真くんは優しくそう返して……

優真くんの体の前で結ばれた私の両手を、優しく握ってくれました。

それは今日の昼に繋いでいたときよりも、心地よくて。

 

 

 

 

 

私、やっぱり優真くんが好き。

 

他の誰が相手でも、譲りたくない。

 

この想いを───────大事にしたい。

 

我儘かもしれないけど、それくらい好きだから。

 

私は──────ずっとあなたの側に居たい。

 

 

 

 

 

 

通行人に見られて恥ずかしくなった私が慌てて優真くんから離れるまで、優真くんは私の手を握っていてくれました。

そして今度こそ、家路につく優真くんの後ろ姿を見えなくなるまで見送りました。

 

 

 

────いつか、もっと自分に自信が持てたら

 

ちゃんと伝えよう

 

中途半端なままじゃ、嫌だから

 

 

 

私は今日、そう誓いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもこのときの私は知りませんでした。

この誓いは、叶うことのないものだと────

別の形で、遂げられてしまうものだと。




次回から合宿編突入です!
今までとは違ってコメディ要素強めで書いて行こうと思います!
私が一番書きたいところだったので、気合入れていきますよ!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等よろしくお願いします!


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【Days.1-1】スタート!夏合宿!

37話 【Days.1-1】スタート!夏合宿!

 

 

「全員揃ったわねー?」

 

 

とある駅。

絵里が点呼を取る。そう、今日はついに合宿の開始日だ。俺たち11人は、これから真姫の別荘で3日間合宿を行う。

 

……今不思議に思ったことはないかい?

『ん?11人?』ってね……

 

 

「皆さん!3日間よろしくお願いします!!」

 

 

憧れのμ'sを目の前に、ガチガチに緊張しているのは……そう、サトシだ。

今回、練習だけではなくナツライブで歌う曲を作ることにもなっているので、サトシの協力が必要不可欠だ。というわけで、満場一致でサトシも合宿に参加することになった。

ちなみに、サトシと3年生、真姫以外のμ'sメンバーは、オープンキャンパスの曲を作ったときに面識があるので、初対面ではない。

 

「剛力くん、今日からよろしく頼むわね」

 

「いえいえ絢瀬さん!俺みたいなやつがこの合宿に参加させていただいて光栄です!」

 

「そんなかしこまらんでええんよ?もっと気楽にいこっ♪」

 

「ああ東條さん!お心遣いありがとうございます……!」

 

「肩の力抜きなさいよ。アンタにそんな態度取られたらにこたちまで緊張してきちゃうじゃない」

 

「は?矢澤は少し黙ってろ。俺は今このお二方と喋ってるんだぜ?」

 

「ぬぁんでにこの時だけ態度が違うのよ!!」

 

μ's3年生組と、サトシのやりとりを見て周りが笑いに包まれる。

 

「まぁ、サトシ。本当に気楽にしなよ。こっちまで固苦しくなりそうだ」

 

「そうですよ!剛力先輩!私たち先輩の事も仲間だと思ってます!合宿に参加してくれて、むしろ感謝してるくらいです!」

 

「あぁ……高坂さぁん…うぐっ……ありがとう……」

 

「えぇ〜……」

 

「悟志、泣くとかキモいからヤメテ」

 

真姫は軽蔑した表情で、それ以外のみんなは少し引いたような態度で突然泣き出したサトシを見ていた。

 

「はいはい、穂乃果の言う通りよ、剛力くん。

……ところで、提案があるんだけど」

 

パンパンと手を鳴らして、注意を自分に向けて指揮を取ったのは絵里。μ's加入から数週間経ち、今ではしっかりメンバーを仕切るリーダー格だ。無論、周りも絵里が適任だとわかっているので、文句の声は上がらない。

 

そしてこの提案は……俺と希と絵里の今回の合宿の大きな狙いでもある。

 

 

「……提案…ですか?」

 

「そうよ、海未。μ'sはこれから───────

 

───────“先輩禁止”よ」

 

「先輩……」

 

「禁止⁇」

 

「俺と絢瀬で考えたんだ。今までμ'sは部活動的な側面も強かったから、先輩後輩の垣根を取り払ったほうが色々とプラスになることが多いんじゃないか、ってね」

 

「……確かに、今まで先輩ということもあって、意見を遠慮してしまうこともありましたね…」

 

「だろ?海未。みんなもそういうこと、ないか?」

 

「確かに……」

 

「正直先輩後輩なんて、ステージの上では邪魔になるだけかもね。にこは賛成よ」

 

「じゃあ、そういうことで。

μ'sはこれから先輩禁止よ!わかった?穂乃果っ♪」

 

「は、はい!……絵里ちゃんっ!」

 

「ハラショー♪」

 

「じゃあ凛も!ことりちゃんっ!」

 

「はい、凛ちゃん♪」

 

「ん、案外すんなりいけたな?」

 

「なんか、ずっと一緒にいるから、むしろこっちの方がしっくりくるっていうか……ね?穂乃果ちゃん!」

 

「うん、凛ちゃん!」

 

俺の疑問に、笑顔で答えた凛と穂乃果。

なるほど、な……

……その言葉で1人の少女の表情が少しだけ暗くなったのを、俺は見逃さなかった。

 

 

「じゃあ、穂乃果。矢澤のこと呼んでみ」

 

「うえぇ!?……えっと…」

 

「何緊張してんのよ。絵里の時はすんなりいけたじゃない」

 

ま、難しいだろうな。

穂乃果は矢澤に憧れてアイドルを始めたわけだから、その先輩に敬語を外せってのは難しい話だろう。それに穂乃果、こんなんだけど結構礼儀正しいからな。

……っていうのをわかって穂乃果に話を振った俺も俺なんだけどな。

 

「…………にこちゃん!」

 

「やれば出来るじゃない」

 

穂乃果は顔を赤くしている。そんな穂乃果を見てニヤニヤと笑う矢澤と俺だった。

 

「……じゃあ、優真くんも先輩禁止なの⁇」

 

「ん?どういうこと?」

 

「ゆ、優真先輩を、先輩を外して呼べと……?」

 

あぁ、そういうことか。

……でも、俺を先輩つけて呼んでるの、海未と穂乃果だけなんだけどな。

 

「呼びやすい方でいいよ。今更変えるのも大変だろ?それに、俺はステージで踊るわけじゃないし」

 

「……では、私は優真先輩で…」

 

「私も、そうしようかな!ずっと優真先輩って呼んできたからこっちの方が呼びやすいし!でも、敬語は外すね!」

 

「うん、全然いいよ」

 

「ありがとう!優真先輩!」

 

「おう。んで、サトシのことなんだけど。

こいつは先輩禁止で!」

 

「えっ!?ゆ、ユーマ!?」

 

「これからもサトシには協力してもらうことになるだろうし、この合宿がいい機会になるだろうから、仲良くなってやってくれ。いいよな?サトシ」

 

「お、おう。か、構わんぞ。ただ……」

 

「ただ?」

 

 

 

 

「お、俺のことは…悟志って…呼んでほしいな…」

 

 

 

「いらねぇよ!そんなピュアなカミングアウトお前のキャラじゃねぇだろ!!しかも語尾にハートマークつきそうな口調で言ってんじゃねえ!吐くわ!」

 

「 しっ、失礼だぜユーマ!お、俺だって……ど、ドキドキしちゃうんだぞ…?」

 

「筋肉ムキムキの益荒男がんなこと抜かすな!普通にキモいんだけど!!」

 

「う、うるせぇ!普段から女子に囲まれてるお前にはわかんないだろ!!」

 

こいつ……ウブすぎる!!

確かに今までこいつと女っ気のある話は全くしてこなかったけど……ただの根性無しじゃねぇか!

よくこの間は『彼女、ゲットだぜ!』とか抜かしてたな…

 

「あ、あはは……じゃあ、悟志くん。私は貴方をそう呼ぶわ。私のことも絵里でいいわよ」

 

「ウチも希でええよ!よろしく、悟志くん!」

 

「凛も凛も!悟志くんよろしくにゃ!」

 

μ'sメンバーがそれぞれ悟志くん、悟志さんと呼び合う。誰がどう呼んでるかはフィーリングで考えてくれ。多分あってるから。

 

「み、みんな……!ううっ…ありがとう!これからよろしく頼むぜ!」

 

ようやくサトシが本来の明るさを取り戻した。

先輩禁止はやっぱり正解だったな。

 

「そっちのほうがアンタらしいわよ。……悟志」

 

「は?なんで矢澤が呼び捨てしてんの?怒るよ?」

 

「だからなんでいちいちにこにだけ当たり強いのよ!!」

 

「漫才はそれくらいにして。家の車来たから。さ、行きましょ」

 

「真姫の言う通りよ。ほら、行くわよ?にこ」

 

「私が悪いっていうの!?」

 

「にこちゃんうるさいにゃー」

 

「ここ公共の場だし……静かにしないとダメだよぉ……」

 

「あーもう!知らない!!」

 

ふてくされた矢澤をみて、皆笑いに包まれた。

最初の雰囲気はよし。

さぁ始めよう!合宿だ!

 

 

 

 

 

 

「ここが……?」

 

「別荘……?」

 

「大きいにゃー……」

 

真姫の家の車に乗って連れられてきたのは、真姫の実家にも勝るとも劣らない大きさを誇る立派な建物だった。

真姫以外の面々は、その大きさに見合った門の前で目の前の別荘を見上げるばかりだ。

 

「ありがと。……もう1サイズ大きな車でお願いすればよかったわね」

 

「いや、真姫。11人全員で乗れる車なんて私達乗ったことないから。十分だから!」

 

全くもって絵里の言う通り。

真姫は絵里の質問に軽く首を傾げると、何事もなかったかのように、門の横に鍵を差し込んだ。

──────これはまさか。

 

 

────────ガコン!

 

 

「「やっぱり!!」」

 

「い、いきなりどうしたのよ花陽、朝日」

 

「……自動門…」

 

「別の場所でも見られるなんて……」

 

真姫の家に行ったときぶりの自動門に若干感動を覚えながら、俺たちは先導する真姫に続いて別荘の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

「わぁー!中もやっぱり広いね!」

 

二階に荷物を置いて、俺たちは一階のリビングへと戻ってきた。もちろん男女別で、俺とサトシは同じ部屋。

 

「楽しそうね、ことり。……これなら、室内でも練習できそうね」

 

「もしかしてえりち、歌の練習もするつもり?」

 

「当たり前でしょ?『ラブライブ!』はもちろん、ナツライブまでも時間がないんだから。やれることは精一杯やりましょう?」

 

「私も、絵里先輩に賛成です。このような恵まれた環境、活かさない手はありません!」

 

「……海未?」

 

「えっ?……あっ…」

 

「……“先輩禁止”よ?」

 

しまった、という顔をした海未を絵里が笑いながら指摘する。そのまま流そうとした海未を、『今ここで』という顔をした絵里が逃がそうとしない。海未はしばらく戸惑っていたが、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「──────絵里、さん……」

 

 

「…………」

 

「な、何か悪いところでも!?」

 

「なんだかな……」

 

「コレジャナイ感ハンパないのよね………」

 

「ゆ、優真先輩と……に、にこさんには関係がないでしょう!?」

 

「……やっぱり、海未…」

 

「ちょっと、距離感じるわ〜」

 

「呼び捨てでいいんじゃないか?」

 

「よ、呼び捨て!?目上の方を!?」

 

「それ無くすための先輩禁止だろ?慣れてもらわないと、逆に困るんだけど……。俺のことは別に先輩付けでもいいけど、せめて絢瀬たちだけでも、な?」

 

「……うぅ…」

 

海未は俺の言葉に更に困った様子を見せながらも、しばらく経つと覚悟を決めたように…顔を赤くしながら絵里と向き合い────

 

 

「─────────絵、里……」

 

「……なーに?海未っ♪」

 

「────────希…」

 

「んー?どうしたん?海未ちゃん♪」

 

「────────にこ」

 

「やればできんじゃないのよ、海未」

 

「うぅ……緊張しました……」

 

「お疲れ様、海未ちゃん♪」

 

「ことりは!あなたも先輩たちを……って……」

 

「……元からちゃん付けなんだよね〜♪にこちゃんも、慣れれば大丈夫かな⁇」

 

羨ましいような、悔しいような表情を海未に向けられても、気にしないというようにいつもの可愛らしい笑顔で笑うのはことりちゃん。

俺たち3年生も、その光景を見て思わず笑顔になる。

そこに、別荘に無事到着したとの報告を両親にしていた真姫が戻ってきた。

 

「お待たせしました……って、残りのみんなは?」

 

「残りのみんな?」

 

そういえば……やけに静かだなとは思ってたけど、あいつらがいない。単細胞コンビ…花陽……それにサトシも。

 

───────嫌な予感がするな。

 

そのとき、二階からドタドタと音が聞こえてきた。

 

「にゃにゃにゃにゃにゃーーーー!!」

 

「やっほーーーい!海だ海だーー!!」

 

「? 穂乃果、呼びました?」

 

「そんなボケいらないから!!おい、何してる!?」

 

二階から駆け下りてきたのは、穂乃果と凛。

……しかも水着姿で。

 

「え?何って……海に行くんだよ?」

 

「見ればわかると思うにゃ」

 

「うん。見ればわかるね。なんで海に行くんだよ、練習は!?」

 

 

 

 

「「………………あはっ☆」」

 

 

 

「舌出して可愛くいえば許されると思うなよ!

ダメだ。何のためにここ借りてると思ってるんだよ。さ、練習すんぞー」

 

「えぇー!そんなー!」

 

「海は!?」

 

「私ですが……?」

 

「それはもういいから!」

 

 

 

『おぉ〜!』

 

ふとみんながある一点を眺めながら声を上げたので、俺もその方向を向くと……

そこには水着姿の花陽の姿があった。

 

「花陽ちゃん、かわいいっ!」

 

「うぅ……あ、あんまり見ないでぇ……」

 

「…似合ってるぞ、花陽。……じゃなくて!

何でお前まで水着着てるんだよ!」

 

「だ、だってぇ……凛ちゃんと穂乃果ちゃんが海に行くって引っ張ってったから……」

 

「不可抗力なんだな、よしならお前は俺の味方だ。ほら、お前らさっさと着替えてこい」

 

「えぇー!なんでー!?」

 

「せっかく海に来たんだよ!?」

 

「せっかく海に来たから、練習だろ?」

 

「うぅー優真先輩のケチ!」

 

「ケチで結構」

 

ここは心を鬼にしなければ…。

 

「でも、お兄ちゃん……私も海に、行きたいな…」

 

「花陽!?お前こっち側じゃないのかよ!?」

 

「えへへ……」

 

くっ………我が妹ながら何ていう可愛さ。

……あ、妹じゃなかった。

 

 

 

「その辺にしとけよ、ユーマ」

 

 

 

再び、二階から声がした。

その声の主が、姿を表した────────

 

 

水着姿で。

 

 

「サトシ!お前もかよ!!あと筋肉すげぇなおい!」

 

「ん?そんなにジロジロ見るなよ……照れるぜ…」

 

「いや俺にそっちの気はねぇから!!しかもお前その水着……」

 

「ん……どうかしたか?」

 

サトシの水着は……まさかのブーメランパンツ。

別の意味でスタイルがいいサトシが履くと、どうしても面積が小さく見える。

ほら、メンバーの中にも数名目のやり場に困ってる人、いるし……花陽とか海未とか。

 

「……まぁ、いいんじゃないかしら。もうこんなに水着に着替えちゃってるんだし」

 

「絢瀬………」

 

「優真の気持ちもわかる。けど、みんなで遊ぶこともμ'sの先輩後輩の垣根を取り払ういい機会になるんじゃない?」

 

「……確かに、そうだけど……」

 

「私は反対です!」

 

「海未!お前だけが俺の味方だ!」

 

 

 

「さ、悟志さん……!あ、あのような破廉恥な水着で遊ぶなど……許しませんよ…!」

 

 

 

「そこ!?お前の反対ポイント、そこなの!?」

 

「……そこもですが、やはり練習すべきです!このような恵まれた環境で練習できること、真姫に感謝しながら練習するのが最善かと…」

 

おお、さすがは海未。俺の言いたいことを見事に代弁してくれたぜ。

これで海未はこちらの味方。

人数的には2対多だが、海未の意思は固い。

これで勝てる……!

 

「ふふふ〜♪」

 

「……なんだよ、東條」

 

「ウチ知ってるもんね〜♪

 

 

──────ゆーまっち、みんなの水着姿見るのが恥ずかしいんやろ?」

 

「なっ……!」

 

「あー、優兄ィ顔赤いにゃ〜」

 

「う、うるさい!ち、違うし!」

 

「優真先輩、全然説得力ないよ〜〜?」

 

「黙れ穂乃果。ニヤニヤしながらこっち見んな!」

 

くそ、希のやつ……!

図星なだけに反論しにくかった。

ことりちゃん達の水着の試着を見たとき、悟った。

あぁ、これは無理だと。

見てるこっちが恥ずかしくなる。

目の保養になる…以前に、俺にとっては目に毒だ。

特にμ'sはスタイルいいやつも多いし。

だからそれとなく練習に逃げようとしたのに……

べ、別にこれが一番の理由じゃないから!

 

「なんだよユーマ。水着なんかに照れてんのか?」

 

「うるせぇ!お前はどうなんだよ!?」

 

「アイドルの水着なんて見慣れてるからな。このぐらいなんてことないぜ!」

 

「くっ……汚ねェ野郎だ……」

 

「アンタ達…にこをそんな目で見てたのね。引くわ」

 

『お前は別に大丈夫だから安心しろ』

 

「どういう意味よ!?」

 

「とにかく!海で遊ぶのは無し!」

 

えぇ〜、と声が上がった。

 

……きっとここでことりちゃんが俺の意思を変えるためにアレを使ってくるはず。何回も食らってるんだ、使ってくるタイミングなんて大体察しがつくさ。耐えてみせる…!何回これに屈してきた?流石にもう耐性はついたはずだ……!

 

盛大にフラグを立てたそのとき。

 

 

「─────────優真くん………」

 

 

来た──────────!

 

来いよ、耐えてやるぜ……!

 

その呼びかけに振り向くと…

そこにはことりちゃん─────

 

────と一緒の表情を浮かべた花陽の姿。

 

まさか。

 

「待って!!ダブルパンチはまず─────」

 

 

 

 

『───────おねがぁい!』

 

 

 

 

………………………………。

 

 

「────海未、水着に着替えてこい。海行くぞ」

 

「な…!ゆ、優真先輩!?」

 

あれは無理だ。

耐えるとか耐えられないとかそんな話じゃない。

不可抗力。

 

「練習して正解だったね、花陽ちゃん♪」

 

「うん!ありがとう、ことりちゃん♪」

 

「仕込みが細かいわね、アンタ達……」

 

「……海未、どうする?」

 

「……はぁ…。終わったら練習ですよ…?」

 

「ふふふっ♪──────それじゃみんな!

 

 

 

──────たくさん遊ぶわよ!」

 

 

『おぉーー!』

 

 

かくして俺たちは、海をエンジョイすることになった。こうなりゃヤケだ、俺もアホみたいに楽しんでやるぜ!そう決意した俺は自分の荷物のある部屋へと戻り、水着に着替えるのだった──────

 

 

 

 

 




突然ですがこれまで評価をつけていただいた皆様に感謝の言葉を贈りたいと思います。
今まで一回もしたことがなかったので笑
本当は50話行ったときにやろうかなと思っていたのですが、早めの方がいいかなっていうのと、総合40話も記念になるかな、と思いまして。

グラニさん パフェ配れさん ウォール@変態紳士さん 田千波 照福さん くるくる凛さん l爺lさん 縫流さん 塩釜HEY!八郎さんtreebugさん シベリア香川さん マジェントさん 使露さん めっしゅさん

評価本当にありがとうございます!これからもこの作品をよろしくお願いします!

それから、この作品をお気に入りに登録してくださっている方々、本当にありがとうございます。この作品を書こうという原動力になるのは、皆様の応援のおかげです。
これからも精一杯執筆していきますので応援よろしくお願いします!

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイス等お待ちしています! 


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【Days.1-2】エンジョイ!夏の海!

38話 【Days.1-2】エンジョイ!夏の海!

 

 

「やっはーーーーい!!」

 

「海だ海だーーー!!」

 

相変わらず元気だな、あの単細胞2人は。

男の着替えなんてすぐ終わるから、俺は水着に着替えた後サトシと2人でパラソルを立てたり、飲み物を別荘から運んだりしていた。

そこに水着に着替え終わったμ'sメンバーが到着した。

穂乃果と凛は真っ先に海へと駆け出し、早速2人で海に入ってはしゃいでいる。

その後を追うように残りのメンバーも海へと向かう。

……いかん、やっぱり水着姿、あかん。

普段からμ'sメンバーのスタイルがいいのはわかってたけど、水着だとそれがもろに目に入って……

 

「ユーマ?手が止まってるぜ?」

 

「あ、あぁごめん。考え事してて…」

 

……ことりちゃんと買い物に行った時、あの3人の試着を見ててよかった。あれで多少なりとも耐性をつけてなかったら、きっと俺は別荘で1人引きこもってただろう。

 

「そういえば、今日人少ないなぁ。いっつもこんな感じなのかな?」

 

「ユーマ、今日は平日だぜ?だからこんなに少ないんじゃないか?」

 

「あぁそっか。今日オープンキャンパスの代休で金曜日か」

 

なるほど、納得納得。

 

それからしばらく経ってサトシと2人で準備を終え、俺も海へと向かおうとした時。砂浜で1人で座っているメンバーの1人を見つけた。

 

「真姫?何してんの?」

 

「……朝日さん」

 

「真姫はいかねーの?」

 

「…別に。皆ではしゃぐのは好きじゃないですし」

 

……はぁ。

ほんっと素直じゃないな。

 

「ふーん。みんなと遊びたいけど恥ずかしいから1人で座ってるのか、そっかそっか」

 

「な……!誰がそんなこと!」

 

ほら、やっぱり顔赤くした。

 

「素直にみんなと遊べばいいのに」

 

「別に興味ないって言ってるでしょ!?」

 

「……じゃあずっと1人で座ってなよ」

 

「っ……」

 

「……でもね。

 

──────君が1人でいたくても

 

周りは君を放っとかないと思うよ?」

 

「え……?」

 

 

 

「─────真姫ちゃーーーん!!」

 

 

 

海から大きく真姫を呼ぶ声が聞こえた。

見ると、穂乃果が大きく手を振っている。

 

「はやくおいでよーーー!!」

 

「……ほら、な?」

 

「……うん」

 

「行くよね?」

 

「……不本意だけどっ」

 

「はぁーあ。可愛くねーな」

 

「余計なお世話よっ!」

 

真姫は顔を赤くしながら俺に噛み付くと、穂乃果たちの方へと走って行った。

 

「……俺も行くかな」

 

真姫に続こうとしたその時。

 

「優兄ィー!」

 

凛がこちらへと駆けてくる。

……凛のシンボルはみんなよりも控えめだから目に優しいぜ。はい、ごめんなさい。

 

「ん、どした?」

 

「一緒にビーチバレーで勝負するにゃ!」

 

「ビーチバレー?いいけど……勝負って?試合するの?」

 

「そうだよ!別荘の倉庫に、ボールもネットも一式入ってたにゃ!」

 

「さ、流石だな……。準備良すぎかよ」

 

「悟志くんが立ててくれたから、早く始めよ!」

 

「あいよ。他に誰がやるの?」

 

「えっと、凛たちを抜いて……希ちゃんでしょ、かよちんでしょ、後悟志くんとことりちゃん!」

 

「……まじか」

 

「ん?どうかした?」

 

「……何もねぇよ」

 

……女性シンボル偏差値高くねぇか?

しかもビーチバレーだろ?俺の精神衛生上非常によろしくない気がする。ここに絵里がいたら本当にやばかったな。

まぁでも凛が偏差値を下げてく「んにゃああ!」

 

「がはっ!!何で殴った!」

 

「今絶対失礼なこと考えてたでしょ!」

 

「………………いや、別に」

 

「何でそっぽ向いたの!?目を見て言って欲しいにゃ!!」

 

「ゆーまっちー、凛ちゃーん、始めるよー!」

 

「あ、はーいっ!……キッ」

 

凛は俺を鋭く睨むと、みんなのいる方へと走って行った。察し良すぎだろ……。

久々に幼なじみの凄さを垣間見たぜ。

……ま、俺も凛の考えてることは大体わかるけど。

そんなことを考えながら俺もみんなの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「負けたチームのキャプテンが生き埋めにゃ!」

 

「ええぇ!?生き埋めにされちゃうのぉ!?」

 

「生き埋めって言うな!!ただ砂に体埋めるだけなんだからもっと言い方あるだろ!」

 

「まぁあながち間違ってはないやん?」

 

「希ちゃん……それでいいの⁇」

 

「ははは!まぁみんなバレーを楽しもうぜ!」

 

 

 

 

Aチーム:優真 凛 ことり

 

〜VS〜

 

Bチーム:悟志 希 花陽

 

 

 

「キャプテンは男子2人ってことで!25点先に取ったほうが勝ちね!ファイトやで♪」

 

「絶対負けねぇぜ、ユーマ!」

 

「こっちのセリフだぜ…!生き埋めは勘弁だからな!」

 

「じゃあ行きますよ〜!えいっ!」

 

最初のサーブはAチームから。

ことりちゃんがアンダーサーブでボールを相手コートに飛ばす。

ボールは山なりの軌道を描きながら、花陽の元へと飛んでいく。

 

「わあぁ……!ええと、希ちゃん!」

 

「はいはーい!

 

──────いっけぇ悟志くん!君に決めた!」

 

「希さん、それ俺が言うやつ!!

……ナイストス!うおおおおおおおおお!!」

 

花陽のぎこちない一本目を、トスを上げるセッター役の希がカバーして、ふんわりとしたトスをサトシに上げた。

 

「させるかよ!!」

 

俺はサトシのアタックを止めるため、ボール目掛けて飛び、ブロックに入った。

が、しかし……

 

「おおおおおおらあああああああ!!」

 

「えっ、サトシ、本気はまず──────」

 

バチイイイイイイン!!

 

「うがあああああああああああ!!!!」

 

サトシの鍛えられた右腕から放たれた渾身のアタックは、運良く(悪くか?)俺の左の手のひらに当たり、その勢いのまま相手コートに返り俺たちの得点となった。

 

「優真くんすごいっ!」

 

「ナイスブロックだにゃ!!」

 

「うっ……ああ……腕がぁあ…」

 

しかし代償はでかかった。

手のひらに当たったボールの衝撃が俺の腕に走り、左腕が吹き飛んだような痛みが襲った。

 

「サトシィィィ!!本気で打つのは無しだろ!!ブロック抜けたら相手は女子だぞ!?」

 

「あ……」

 

「“あ”じゃねぇよバカヤロォォォォォ!!ふざけるなあぁぁぁあ!!」

 

「わ、悪かったぜ……ことりさん、凛さんごめんな!」

 

「大丈夫だにゃ!優兄ィが怪我したくらいどうでもいいにゃ!」

 

「え!?今どうでもいいって言った!?君たちを体を張って守ったんですがねぇ!!」

 

「ことりちゃんもう一本サーブファイトにゃ!」

 

「話を聞けえぇぇぇぇ!!」

 

「ま、まぁまぁ優真くん落ち着いて……」

 

「うぅ……ことりちゃん……」

 

やっぱりことりちゃんは俺の天使だ。

そんな俺のことは無視して、試合は着々と進み……

 

 

Aチーム:15点 Bチーム:10点

 

 

順調に点差が開いていった。

サトシが本気で打てない以上、運動魔人の凛を有する俺たちが有利なのは当たり前になるわけで、あまり球技が得意ではない花陽にボールが行くと、Bチームは失点してしまうことが多くなった。

 

「うぅ……ごめんなさい2人とも……」

 

「気にせんでええんよ。ウチらがカバーできんのが悪いんやし!」

 

「そうだぜ花陽さん!勝負はこれからだぜ!」

 

「でもこのままじゃ……悟志くんが埋まっちゃうよぉ……」

 

花陽は本格的に落ち込んでる様子。

まぁ遠慮なんてしないけど。生き埋めなんて嫌だし。

 

「うーん……あ!そうだ!」

 

希がいきなり花陽に駆け寄り─────

 

 

「─────────。」

 

「────────!」

 

 

何か耳打ちをした。

何て言ったんだろう?

その直後。

 

 

花陽の雰囲気が変わった。

 

 

「!?あ、あれは……おい東條、お前花陽に何を!?」

 

「ん〜?何のことやら〜♪」

 

「くっ……おい2人とも気をつけろ!花陽の様子がおかしいぞ!」

 

「わ、わかったにゃ!」

 

「……あれは……」

 

サーブ権はこちら、凛のサーブから始まる。

 

「いっけぇーー!」

 

凛のジャンプサーブ。今日何本も決めてきたウチのチームの得点源だ。

 

「っ──────!」

 

「なんだと!?」

 

しかし花陽がそのサーブを自分の正面で捉え、綺麗にセッターの希の頭上に返した。

 

「花陽ちゃんナイス!悟志くん!」

 

「OK!! いくぜぇ!!」

 

「このっ……!」

 

全力でないとはいえ、サトシのアタックはノーブロックで通すのは危険だ。

俺はそれを阻止するためブロックに跳んだのだが……それを読んでいたサトシは、ボールに軽く触れることで俺のブロックを躱し、優しいボールを俺たちのコートへと返した。

 

「っ!フェイント!」

 

「任せるにゃ!……ことりちゃん!」

 

「はいっ!お願い優真くん…はわわ!ごめんなさいっ!」

 

「くっ……仕方ない!次一本だよ!」

 

凛が触ったボールを、ことりちゃんが俺にトスを上げようとしたのだが、ボールは乱れ、ネットから大きく離れてしまった。これではアタックで返すのは難しい。俺は無難にトスで相手へと返す。

 

「チャンスだぜ!頼んだ!希さん!」

 

「希ちゃんっ!!」

 

「了解っ!行くよ花陽ちゃん!」

 

俺の緩い返球はサトシの元へと飛んでいき、サトシが危なげなく希の頭上へと返球する。

それと同時に花陽が希の目の前へと走り出す。

 

「これはまさか!?」

 

セッターが低く上げたトスを、トスが上がるとほぼ同時に打つ────速攻攻撃、“Aクイック”!?

球技が苦手な花陽が速攻だと!?

──────いや、でも今の花陽なら……

でも、希にそんなトスがあげられるのか!?

 

「ふふふっ…スピリチュアル東洋の魔女と呼ばれたウチの力を見よ!」

 

「跳んだ!ジャンプトスか!?」

 

Aクイックもジャンプトスも素人ができる技術じゃねぇぞ!?……しかも希が跳んだ時…すごい揺れたんだけど…じゃなくて!

 

「確かにびっくりしたけど……読んでいれば止められる!」

 

俺は希がトスするタイミングに合わせてブロックに入る。タイミングはドンピシャ。止められる……!

 

しかし。

 

花陽は“跳ばなかった”。

 

「何っ……!?」

 

しかもトスは全く低くなく、むしろ高い。

これはまさか……!

速攻に入ると見せかけてその場で踏みとどまり、相手のブロックが落下し始めた瞬間に跳躍し、ノーブロックのところにアタックを叩き込む────

 

 

「────────“1人時間差”!?」

 

 

俺の読み通り、俺の落下開始に合わせて、花陽は踏みとどまって溜め込んだ力で跳躍する。

上空で俺と花陽の体は入れ違いになり、花陽のアタックコースは完全にフリーだ。

 

「────────シッ!」

 

短い気合の声とともに、花陽が腕を振り抜く。

そこから放たれた“弾丸”は、轟音を上げながらことりちゃんの横を通過した。

 

「ひいいいっ!?」

 

ことりちゃんはあまりの恐怖に反応することすらできず、その場に立ち尽くしたままだった。

 

「……速攻はフェイクかよ…」

 

「素人のウチがそんなトスあげられるわけないやーん♪」

 

「まずそこから騙されてたのか…。花陽、スゲェな」

 

「────────負けません、絶対」

 

「あああああ……オタ陽ちゃぁん……」

 

「ことりちゃん!?大丈夫!?優兄ィ!ことりちゃんが!」

 

「……何となくことりちゃんが花陽を恐れる理由がわかってきた気がする…」

 

「さぁ────────反撃開始です」

 

「ラスボス臭半端ないんだけど!!」

 

そして決着の時───────

 

 

 

 

 

Aチーム:16点 Bチーム:25点

 

〜朝日優真生き埋め決定!〜

 

 

 

 

まぁそうなるよね!!

だってことりちゃんあれから震えて動かないし、花陽めちゃくちゃ強くなるし!!

仕方ないよね!?ね!?

 

「よし、じゃあみんなで海行こうか!」

 

「逃がさないぜ、ユーマ」

 

「HA☆NA☆SE!!ヤメローシニタクナイ!!」

 

「作品混ざりすぎてキャラがぶれてるよ優真くん…」

 

「希ちゃーん!穴できたよー!3メートルもあれば大丈夫だよね?」

 

「おい待て!3メートルって深くね!?」

 

「あ、うん!多分行ける!」

 

「逝けるの間違いだろ!!多分じゃなくて確実に逝けるわ!!」

 

「さぁ……覚悟はできたかな?ゆーまっち……!」

 

「やめろおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 

 

 

優真たちがビーチバレーで楽しんでいたのと同時。

残りの5人は海で遊んでいた。

 

「待ぁちなさい穂乃果ァァ!!」

 

「へへへー!にこちゃん捕まえてごらーん!」

 

穂乃果とにこは、水鉄砲を携えて水の掛け合いをしていた。穂乃果に無理やり引っ張られて水鉄砲を持たされた真姫は1人で2人の争いを眺めながら佇んでいた。

 

「はぁ……イミワカンナ…冷たっ!!」

 

「へっへー!油断してる暇なんてないよ、真姫ちゃん!」

 

油断して注意が散漫になっていた真姫を、穂乃果が水鉄砲で撃ち抜いた。

 

「何するんですか、穂乃果先ぱ……きゃあっ!?」

 

「ふふふ……相手はひとりじゃないのよ?真姫」

 

「もう!にこ先輩まで!!」

 

真姫が穂乃果に気を取られていた隙に、その背後をにこが撃った。

そしてにこの方を向いている時に、穂乃果が真姫に抱きついた。

 

「まーきちゃん!先輩禁止だよーっ♪」

 

「ちょっ……!い、いきなり抱きつかないで…

…………穂乃、果っ」

 

「真姫ちゃん顔赤ーい♪ かわいいっ!」

 

「かっ、からかわないでよっ!」

 

 

 

「──────楽しいね!真姫ちゃん!」

 

 

 

曇りない笑顔で放たれたその言葉は……

一瞬だけ、真姫を素直に変えた。

 

 

「────────うん。すごく楽しいっ」

 

 

穂乃果と同じように─────────それでも少し照れながら真姫が笑った。

その笑顔を見て、穂乃果と2人の近くにいたにこも優しく微笑んだ。

 

 

 

 

「──────ではやはり先輩禁止は…」

 

「えぇ。貴女と真姫のためよ」

 

穂乃果たち3人がはしゃいでいる様子を見ながら、絵里と海未は浅瀬で2人ゆっくりと会話を楽しんでいた。

 

「海未はともかくとして、真姫は凛と花陽……あとはかろうじて穂乃果以外にはまだ少し遠慮があるように見えたから。真姫が素直になりやすくなるように先輩禁止をした、って面もあるわね。……まぁ一番は優真が言ったみたいにμ's全体のためだけどね」

 

「……ふふっ」

 

「ん?どうかしたの?海未」

 

「いえ。…“優真”と読んでいるのが気になりまして」

 

「っ!?な、なによ……」

 

「──────仲直りしたんだなぁと、改めて」

 

少しだけ悲しみを帯びた表情で零した海未の言葉を聞いて、絵里は初めて気づいた。

海未は……あの病院での一件をずっと気にしていたのだと。

 

「……あの日のことは、本当に申し訳ありませんでした。優真先輩には謝ったのですが……絵里先輩には今までタイミングを逃し続けて、今日までずっと……」

 

「……海未」

 

「な、なんでしょう…?」

 

「……“禁止”って言ったでしょう?」

 

「えっ?……あっ…す、すみません…」

 

「ふふっ、いいのよ別に。…あの日のことも、ね。

海未はなにも悪くないわ。……むしろ私は、海未に感謝してるのよ?」

 

「感謝……ですか?」

 

「ええ。……海未はきっかけをくれたのよ?私と優真が、本当の友達になるための。それで確かに一度は傷ついたけど、結局それは私の勘違いだったし、今こうして優真と前みたいに……ううん、前よりも仲良くなれた。だから海未は何も気にしなくていいのっ」

 

そして海未は……私に大切な気持ちを気づかせてくれたから。

絵里はこれは敢えて海未に伝えなかった。

 

「……そっくりですね、絵里も優真先輩も」

 

「え…?」

 

「2人とも私に同じことを言うんですから。

 

『海未は何も悪くない』と。『何も気にしなくていい』と」

 

「……たまたまよっ」

 

「そんな2人だから────私は大好きですよ?」

 

ニコリと笑ってそう言った海未を見て、内心絵里はドキリとした。

海未は気づいてないのだろうか?

────間接的に、優真が好きだと言ったことに。

まぁ実際海未にはそんなつもりは一切なく、普通に先輩として、友人としての好きだったのだが、絵里にそんなことが分かるはずもなく、心の中に嵐が渦巻いていた。

 

(どどどういうことなのかしら…まさか海未も!?いや、でもこんないきなり……あぁわからないわからないっ!!)

 

「海未っ」

 

「? どうしました?」

 

絵里は真実を確かめるために海未に声をかけた。

───────しかし。

 

「なにかありまブルルルルルルルッ」

 

絵里に問いかけようとした海未の言葉は遮られた。

──────海からの流れ弾によって。

 

「わぁーーー!海未ちゃんごめんねー!!」

 

はしゃいでいた3人の水鉄砲…穂乃果の大型ランチャーが海未の顔面を直撃した。

……しかし海未と穂乃果の距離は10m以上はあった。穂乃果たちは別荘の倉庫から持ってきたと言っていたから、これは西木野家の備品だろう。

……さすが西木野家、水鉄砲の質から違う。

 

「う、海未……大丈夫?」

 

「はい、問題ありません。しかし少々お待ちを。

───────穂乃果をチンしてきます」

 

「チン!?え、“沈”!?沈めちゃうの!?」

 

「……地獄を見せてあげましょう」

 

「海未落ちついてぇ!!」

 

「問答無用!!」

 

海水に浸されても消えない怒りの業火に身を包んだ海未は、足元に転がっていたスナイパーライフルのような水鉄砲を携えて、穂乃果たちの元へと特攻していった。

 

「あぁ……結局どういう意味だったのかしら……」

 

聞きたいことを聞けないまま、海未は行ってしまった。……絵里はしばらくそこに佇んでいたものの。

 

「まぁ、気にしても仕方ないわよね!よーし!」

 

気持ちを切り替え、足元の近くにあった拳銃型水鉄砲を両手に持ち、絵里も穂乃果たちの元へと駆け出した。

 

 

 

メンバーの笑い声が、砂浜に響く──────




楽しそうですね、優真…笑
1話から読んでいただいている皆様にはわかると思いますが、優真は本当に明るくなったと思います。これがμ'sのみんなが優真に与えてくれた変化です。楽しそうな優真をみて私自身が一番嬉しかったり。

さて、新たに評価をしてくださった、
とある物書きMr.Rさん、SHIELD9さん、でぃれさん、ありがとうございます!

今回もありがとうございました!感想評価アドバイス等お待ちしております!


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【Days.1-3】モヤモヤ心の中

前回とは打って変わって少々真面目なお話です。
誰の心がモヤモヤしてるのでしょうか…!


39話 【Days.1-3】モヤモヤ心の中

 

 

 

「あー酷い目にあった」

 

「優真先輩遅いよー!」

 

時刻は5時過ぎ、あれからもうしばらく海で遊んだ後俺たちは別荘へと戻ってきた。各々が備え付けられていたシャワーで砂や海水を洗い流し、俺はそこから一番最後に戻ってきたところだ。なんでかって?察してくれ。

 

「遅いも何もお前らのせいだからな?」

 

「ウチらなんかしたかな?凛ちゃん」

 

「なーにもしらないにゃー♪」

 

白々しい。蹴り飛ばしてやろうか。

 

「……ねぇみんな、ちょっといいかしら」

 

不意に皆に呼びかけられた声。

その声の主は、意外にも真姫だった。

 

「真姫ちゃんどうしたのー?」

 

「夕飯の材料が足りないから近くのお店に買いに行かなきゃいけないんだけど……

 

……だっ、誰か着いてきて…くれない……?

 

べ、別に行きたくないなら1人で行くけどっ!」

 

そしていつもの赤頬横目髪クルクル。

皆も思わずおおっ、という表情を隠しきれていない。俺と絵里と希も顔を見合わせてニヤリと笑う。いい傾向だ。少しずつ…少しずつだけど真姫がみんなに対して素直になり始めている。

それだけで先輩禁止の意味があった、ってもんだ。

 

「はいはーい!私行く行く!」

 

「あー!穂乃果ちゃんずるいにゃ!凛も行く!」

 

穂乃果と凛も真姫からそんな提案がなされたことが嬉しいようで、瞳をキラキラさせながら真姫と同行を申し出た。……まぁでも。

 

「お前たち2人には買い物は無理だろ。俺が行くよ」

 

「ウチも行こっかな。2人と違ってウチなら安心できるやろ?」

 

「ん、まぁな……じゃ、俺と東條で行くから2人は留守番しててくれ」

 

「ちょっと!今しれっと2人とも酷いこと言ったにゃ!」

 

「そうだよ!穂乃果たちが買い物出来ないみたいに!」

 

「はいはい、穂乃果と凛、あなた達は衣装のデザインと作曲の手伝いをしてちょうだい」

 

そこに絵里が絶妙なフォローを入れてきた。

絵里と目が合う─────ウィングで返してきた。

俺もウィンクで返してやろうかとも思ったが、我ながらなかなか気持ち悪いなと思い直し、普通に笑顔で返した。

 

「そういうことだ。2人はそっちを頼んだよ?」

 

「「はぁーい……」」

 

渋々、といった様子の2人に、俺たちは苦笑する。

こうして俺、希、真姫の3人が買い物に行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

海沿いの道を、3人でゆったりと歩く。

先ほどまで青く煌めいていた海は、夕日に照らされて橙色の光を放っている。

その光に照らされた2人の“女神”は本当に綺麗だった。

 

 

「珍しいやんな、この3人の組み合わせも♪」

 

「あぁ。そうそうねぇよな」

 

「ほんと綺麗な夕日やね!真姫ちゃんもそう思うやろ?」

 

「……どういうつもり?」

 

「ん?何がー?」

 

「……朝日さんも……希、も…どうしてそんなに私に気を使ってくれるの?」

 

「え?」

 

「……他のみんなもそう、どうして私に……」

 

真姫は先ほどから暗い表情を浮かべながら俺たちの後をついてきていた。

その表情の意図が読み取れずにいたが、なるほど……

 

「とりゃ」

 

真姫の頭にチョップをかます。

 

「痛っ!な、なにすんのよ!」

 

「……また1人で悩んでたんだろ」

 

「……うん」

 

「いったよな?何かあるなら俺たちに相談しろって。忘れたのか?」

 

「……ごめん……なさい」

 

「まぁまぁゆーまっち。怒ったってなにも解決せんよ?」

 

「東條……」

 

俺をたしなめたってことは、希にも何か考えがあるのだろう。

俺は希に任せることにして閉口した。

 

「どうして、って言ったよね、真姫ちゃん」

 

「……ええ」

 

「──────真姫ちゃんもメンドウなタイプやなぁって思っただけや」

 

「なっ……!」

 

「ほぉ〜……」

 

言うねぇ。…ていうか、それをお前が言うのかよ。

真顔を維持しつつ、内心では笑いを堪えるので必死だった。

 

「本当はみんなと仲良くしたいのに、なかなか素直になれない。違う?」

 

「私は…………」

 

「でも、良かったやん。真姫ちゃん少しずつ変われてるよ?さっきだって私たちを」

 

 

「───────やめてよ」

 

 

真姫が突然足を止めた。

先導する希、そして一歩後ろを歩いていた俺もそれにならって足を止める。俺は追い抜いてしまった真姫を振り返ったが、希は後ろを振り返ることなく、その表情は伺えない。

 

「私は─────普通にしてるだけ、よ…」

 

「ふふっ、そうそう♪」

 

希が言おうとしていること、俺にはわかる。

 

 

 

「わからないんやろ?人に素直になる方法が」

 

 

そういうことだ。

真姫自身、わかっているはず。

自分が、他の人に素直になれないことを。

そんな自分を“変えたい”と思い始めた。

だからこそ勇気を出して誰かを買い出しへと誘ったのだろう。

 

真姫は探し続けている。

自分自身を──────“変える”方法を。

 

あの日……穂乃果達に誘われて、μ'sに入ることを決めたあの日、真姫はあるものを手に入れた。

 

“自分のやりたいことに”素直になること

 

それがあの日真姫が手に入れたもの。

 

でもそれだけじゃダメだ。

それだけでは───────脆い。

自分の心持ち1つで、揺れて、潰されそうになってしまう。

だからこそ、真姫はもう1つ手に入れる必要があるのだ。

 

“自分以外の誰かにも”素直になること

 

これが真姫が手に入れなければならないもの。

真姫自身もそれがわかっているからこそ、今少しずつ、勇気を出して変わろうとしている。

 

 

 

「─────どうして私にそこまで絡むの?」

 

 

真姫が希に問う。

俺からすれば、愚問。聞くまでもないコト。

真姫が心配だから、友達だから、仲間だから……

そんな色々な気持ちが混じっているこの感情を、言葉で表現しようというのは難しい。

しかし希の口から放たれたのは俺の思っていたこととは違うことで────

 

 

 

「─────放っとけないの。よく知ってるから。あなたによく似たタイプ」

 

 

 

「え……?」

突然雰囲気を変えた希に真姫はもちろん、俺も面食らった表情になった。

今のは─────“希”?

俺と絵里以外で、初めて希が“本当の自分”を見せた。相変わらず希はこちらを向かないのでなにを思ってそんなことをしたのか、表情から知ることはできない。

 

「───────なによ、それ……」

 

真姫は強がって見せたが、その声には動揺が宿っている。

“あなたによく似たタイプ”か。

咄嗟に思い浮かんだのは、絵里のこと。

きっと希は絵里のことを言ったんだろう。そう思った……けど。

………本当に?

 

「まぁ、たまには無茶してみるのも悪くないと思うよ?」

 

そう言いながら希は歩き出した。この言葉を言った時には、もういつもの希に戻っていた。

若干腑に落ちない何かを感じながらも、俺と真姫は希の後について歩き出した───────

 

 

 

 

 

 

「まったく〜、しょうがないんだから〜〜」

 

買い出しから帰ってきた後、俺たちは改めて夕飯の準備を始めた。俺、矢澤、ことりちゃんの3人で調理することになったのだが、ほとんど矢澤に頼りっきりだ。

 

「ごめんねにこちゃん……私がもたもたしてたから……」

 

「いやいや、ことりちゃんは悪くないよ。矢澤の手際が良すぎ。俺よりいいんじゃないのか?」

 

「あったりまえでしょ!男のアンタなんかに負けてられないわよ!」

 

「へぇー、普段から家で料理してんの?」

 

「……まぁね」

 

……?一瞬表情が曇ったのは気のせいか…?

家庭の事情か何かだろうか、だとしたら詮索は良くないな。

 

「ところで朝日。今こうしてカレーを作ってるわけだけど、文句はないのよ?文句はないんだけど……どうしてエビなわけ?」

 

「確かに……普通はお肉を使うよね…⁇」

 

あぁ、それか……

まぁ一応理由はある。

 

 

 

 

「─────サトシ…あいつ肉食えないんだ」

 

 

 

 

「えぇ!?」

 

「はぁ!?あんなナリして肉が食べれないぃ!?

ギャグも大概にしなさいよ!」

 

「正確には、“ササミ以外の肉が食べられない”だ」

 

「あんな体になるのもなんか納得がいくわね……」

 

「だから肉は使えない……とはいえシーフードにしようと思っても今度は……」

 

「あ、凛ちゃんが……」

 

そう、凛は魚が食べられない。

猫語で話すけど、何故か昔から魚がダメなのだ。

 

「ってなわけで苦肉の策で……」

 

「エビってわけね、納得したわ」

 

「ごめんな」

 

申し訳ないとは思っている。

しかしこうするしかなかったんだ……

 

「優真くんが謝ることじゃないよ!」

 

「ことりの言う通り。誰か1人がダメなら、それに合わせるのは当たり前でしょ?」

 

やはりこの2人は優しい。

嫌な顔一つ見せることなく俺に笑顔を見せた。

 

「ほら、さっさと作り終えちゃいましょ!」

 

「おう!」「はーい!」

 

矢澤指導の元、俺たちのカレー作りが再開された。

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜食べた食べた〜♪」

 

「美味しかったにゃ〜♪」

 

「ご馳走様、3人とも。ありがとうね、美味しかったわ」

 

「お粗末様、絢瀬。……おい穂乃果、凛。食った後すぐ寝るな」

 

「そうですよ2人とも。自分の分の食器くらい自分で片付けなさい!」

 

「海未ちゃん、お母さんみたいやな♪」

 

「はぁ〜お米美味しかったぁ〜!」

 

「本当に幸せそうに食べるわよね、花陽は」

 

「真姫ちゃんも、美味しそうに食べてたけどね〜♪」

 

「ははは、美味しかったぜ!ユーマ、ことりさん!ありがとな!」

 

「ちょっと悟志!私にもお礼言いなさいよ!」

 

みんなでの食事を終え、まったりとした空気が俺たちの間に流れる。

 

「さて……これからどうする?」

 

「花火!花火やるにゃ!」

 

「ダメだよ、凛ちゃん。ちゃんとご飯の後片付けしなきゃ」

 

「あ、それなら私がやっておくから行ってきていいよ♪」

 

「それはよくないわ、ことり。みんなも自分の食器は自分で片付けましょ!」

 

うーん、この流れはみんなで片付けた後花火、かな……?

そこに新たな意見をねじ込んだのは海未だった。

 

「それに、これが終わったら練習です」

 

「えぇっ…」

 

「い、今から……?」

 

「当然です。昼間あれだけ遊んだんですから。

それに行ったはずです、終わったら練習をすると」

 

「でも……もうそんな雰囲気じゃないっていうか……それに穂乃果ちゃんはもう…」

 

 

 

「ぐへへぇ〜雪穂ぉ〜お茶〜〜」

 

 

……見るに堪えないってのはこのことだな。

自分の家かよ。あとヘソ出てるぞ、戻せ戻せ。

 

「……どうする?」

 

俺は絵里と希に問いかけた。

絵里は苦笑を浮かべ─────希は俺と目があってにこっと笑うと口を開いた。

 

「……なら今日はもう寝ちゃおうか」

 

「え?」

 

「みんなたくさん遊んで疲れとるやろうし、こんな状態で練習してもあんまり意味は無いんやないかな?やったら今日は早く寝て、練習は明日の早朝から。花火は明日の夜やろっ?それでどう?」

 

「うーん、それならいいにゃ」

 

「確かに……一理ありますね」

 

流石。特に険悪な雰囲気を作ることなく2人を納得させてみせた。

希が再び俺に笑顔を送ってきた。『これでええんやろ?』ってところかな。

 

「決定だな。んじゃもう風呂入って寝よーぜ」

 

「じゃあ私たちは食器片付けたらお風呂入ってくるから、朝日さんと悟志はしばらく待ってて」

 

「えぇー、俺らが後かよー」

 

「何よ、文句あるの?」

 

「男の俺らが先に入ったほうが早いんじゃねぇか?」

 

「あなた達が入った後の風呂に入れっていうの?」

 

……俺らがお前たちの入った後のに入る方がヤバいんじゃないのか?

 

「あ、2人はシャワーしかダメだからね」

 

ですよねーー。

 

「まぁいいじゃねぇかユーマ。男2人で語り合おうぜ!」

 

「お前と語り合うかは置いといて……わかったよ。サトシと待ってる」

 

「ありがと」

 

それからみんなで食器を片付けた後、女子はみんなで風呂へ、俺たちはしばらく待機することになった。

 

「……なかなか静かになったな」

 

「おう、そうだな……」

 

「…………」

 

「…………」

 

…あれ?サトシってこんなに静かなやつだったか?

なぜか俺たち2人の間に、喋ってはいけないような空気が漂っている。……なんでだろう。

先ほどから時計の針が進む音だけが部屋の中を支配している。

 

「……なぁ、ユーマ」

 

その沈黙を破り、サトシが口を開いた。

 

「ん?」

 

 

 

 

「────お前、好きな人いるのか?」

 

 

 

 

「……………………」

 

「……どうなんだ?」

 

「いきなりだな」

 

「せっかくの合宿なんだ、たまには恋バナもいいだろ?」

 

「女子かよ。しかも俺らが恋バナなんて……ガラじゃねぇだろ」

 

 

 

 

口では軽口で返すことができたが、俺の心の中は焦燥と動揺で渦巻いていた。

 

俺の───────好きな人。

 

己の内に問いかけて何度も否定してきた問い。

 

 

 

一番最初に思い浮かぶのは────────

かつて俺が心を奪われたあの笑顔。

 

違う

あの想いは2年前捨て去った

 

でもそれを否定した後思い浮かぶのが────

 

───────どうしてアイツの顔なんだ

 

今のアイツは俺の惚れたアイツじゃないだろ

俺があの日、どんな思いで自分の思いを捨てたか

自分が一番分かってる

 

 

もう一度アイツが好きになったなんて

 

認めてなるものか

 

それを認めてしまえば

 

あの日の俺の覚悟はどうなる?

 

何のために俺はあの日────────

 

 

 

 

 

 

「──────いないよ」

 

それだけ返すのが精一杯だった。

 

「そうか───────俺はいないぜ」

 

「なんだよ、それ」

 

「……じゃあ────────

 

──────お前のことを好きな人は?」

 

「はァ?」

 

何を言ってるんだこいつは。

サトシの意図が読めなくて俺の返事も怪訝なものになってしまった。

 

「……何が言いたいんだ」

 

「ユーマ…“人を傷つける優しさ”ってわかるか?」

 

「……わかんねぇよ」

 

「お前は優しい、優し過ぎる。だからその優しさ故に、誰かを傷つけることがあるんじゃないのか?」

 

「……さっきから何なんだよ」

 

自分の心の触れられたくない所ばかりに触れてくるサトシに段々と苛立ちが募る。

俺の疑問に返事をすることなく、サトシは黙り込んでしまった。

 

「おいサトシ!」

 

そして次の瞬間サトシから放たれた言葉に

俺は衝撃を受けた

 

 

「……まぁ仕方ないよな。昔あんなことがあっちゃ、な」

 

「─────────!!」

 

絶句した。

なんで……どうして………………?

 

「俺の母親と真姫の母親が仲良くてな。俺はよく塞ぎがちな真姫の相手をするために、病院に通ってた」

 

 

こいつ

 

 

「俺が中二の頃かな。真姫の母親が最近忙しくて大変だっていう話を聞いた。かかりっきりで付かなくちゃいけない患者が出来たんだと……俺と同い年の」

 

 

まさか

 

 

「真姫の母親は──────“精神科医”。

顔も知らない赤の他人だけど、心配だった。自分と同い年ってのが大きかったのかもな。興味もそそられた……いったいどんな人なんだろうってな」

 

 

やめろ

 

 

「そしてある日俺は見た。真姫の母親に連れられカウンセリング室へと連れて行かれている1人の少年─────────見るだけで慄いてしまうほどの殺気を纏いながら歩く少年をな」

 

 

やめてくれ

 

 

 

「朝日優真。─────俺は君の過去を知ってる」

 

 

 

 

 




後少しだけ次回に続いた後、1日目の最後の話に入ります!

それからお知らせ的なものを。
今後、第0章の1〜6話に加筆、修正を加えるかもしれません。
理由としてはやはりまだまだ執筆に不慣れだったこともあり、目に余る分量の少なさと内容の薄さが原因ですね。
特に1、2話に関しては2000字もないので……笑
話の内容を変えるつもりはありません!
ただ分量を少し増やし、わかりにくい描写などは表現を差し替えるなどして、読み応えのあるものに変えようかと思いまして今回このような報告をさせていただきました。
……あ、ちなみにするかどうかも未定ですので詳しい時期とかはまだわかりません。することになったら改めて作者の活動報告などで報告させていただきます!
ちなみに改変はやめてほしい、しないほうがいいなどの意見がありましたら感想欄及び作者のメッセージなどにその旨を送っていただけると幸いです!

長くなりましたが今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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【Days.1-4】バトル!終わらない夜!

合宿の1日目の夜の話です。
就寝時の優真と悟志の場所についてですが、絵里の横に優真、原作の真姫の場所に悟志、希の横に真姫となっております。
それ以外のメンバーの場所はアニメの通りです!
それでは今回もよろしくお願いします!


40話【Days.1-4】バトル!終わらない夜!

 

 

 

君の過去を知ってる」

 

 

 

サトシは今まで見たこともないような真面目な顔をしてそう言った。

 

「……先生から聞いたのか?」

 

「あぁ。ユーマがどんなことがあってあんな風になったのか、気になったから」

 

「……知ってたなら、言えよ」

 

「言うつもりなんてなかったさ。ユーマとは楽しくバカなことしていたかったからな」

 

「……真姫はそのことを知ってるのか?」

 

「んや、少なくとも真姫は知らないはずだぜ?」

 

良かった。

俺の過去を知った上であんな接し方をされ続けてたなんて胸糞悪すぎるからな。

 

「……で?なんで今それを話題に出した」

 

「……真姫から色々話は聞いてた。1年生が加入しやすくなるように手を差し伸べたのはお前で、絵里さんと希さんがμ'sに入れるようにしたのもユーマだってな。

……さっきも言ったけどお前は優しい。優しいから苦しんでる人をなんとかして助けようとする。

……でも、思うんだ。

 

────それはまるでユーマが“過去の自分を助けようとしているみたいだ”ってな」

 

「っ─────────!!」

 

「何回でも言ってやる。ユーマ、お前は優しい。

優しいからこそ、“優しさ”の使い方を間違っちゃいけない。

 

 

 

今のお前のソレは─────唯の“自己満足”だ」

 

 

 

「………………………………」

 

否定、できない。

俺はただ、傷ついた彼女たちを見て自分と重ね合わせ、それに救いの手を差し伸べることで自分が救われた気分に浸っていただけだったのか……?

 

 

……でも。

 

「……だったら放っておけばよかったっていうのかよ」

 

サトシを鋭く睨みつけた。

心の奥から湧き上がる激情を抑えつけようとしたが無理だった。

 

 

「目の前で苦しんでいる人を見て何もしないでいろって!?無理に決まってるだろ!!そんなこと……俺には出来ないっ!!」

 

 

この気持ちは嘘じゃない。

誰かを傷つける自分から─────誰かを助けられるような自分へと。

そんな自分に変わりたいから、俺は。

 

「違う、そうじゃない。その思いは大切だ。

だからこそ、だ。

お前の誰にでも平等なその優しさで、傷つく人がいるんじゃないのかって言ってるんだ」

 

「だからなんだよ。それが苦しんでる人を放置していい理由になるっていうのか?

 

俺は“優しくなりたい”んじゃない

 

“誰かを助けられるように”なりたいんだよ!」

 

「……馬鹿が…!それが自己満足だって言ってんだよ!!」

 

「自己満足でもなんでも!!俺はそうなるんだ!!ならなきゃいけないんだよ!!」

 

お互い立ち上がり、激しく睨み合う。

一触即発の空気。だからと言って俺は自分の意見を曲げるつもりはない。

これは俺だけの意志じゃないんだ。俺と、母さんと、凛の───────

 

しばらく睨み合った後、サトシがはぁ、っとため息をつく。

 

「……ユーマ、俺はお前の意志を尊重したい。

だから、一つだけアドバイスだ。

─────本当にそうなりたいなら、お前には足りないものが一つある」

 

「……なんだよ」

 

「それはお前が自分で気付くことだぜ?

 

 

 

────────逃げるな、向き合え」

 

 

 

最後の二言は、俺の心に深く突き刺さった。

俺の曖昧な心の内を見透かして告げられたその言葉が全てのように思えた。

 

そしてしばしの沈黙の後、先ほどとは打って変わってにかっと笑って見せたサトシが口を開く。

 

「……まぁ俺が言いたかったのはそんなところだぜ!悪かったな、色々酷いこと言っちまって」

 

「……別に気にしてねぇよ。俺も熱くなっちまってごめんな」

 

「はは、お互い様ってことだな。……あーあー、ガラにもないことするもんじゃないな。恥ずかしくてたまらないぜ」

 

心なしか頬を赤らめながらサトシが笑う。

 

「じゃあ仲直りの印に…覗きにでも行こうぜ!」

 

「はぁ!?何言ってるんだよお前!?」

 

「こんな奇跡あり得るか?9人もの美少女が一糸纏わぬ姿で和気藹々としているんだぞ!?これを覗かずして何をするっていうんだ!?」

 

「色々と最低だなお前!」

 

……まぁでも。

こんなバカなことを言ってる方が俺とお前らしいよな。

こいつも空気を変えようとしてるだけで本気で言ってるわけじゃないだろうし、たまには乗ってやるのも悪くないかもな。

 

「……わかった。その提案、乗るぜ」

 

「マジかよユーマ!お前がいれば百人力だぜ!」

 

「……じゃあ行くか!」

 

「いざ覗き!」

 

ガシッ!

互いに相手の手を強く握り、友情の握手を交わす。

……あれ?本当に行くの?冗談だよね、サトシ!?

 

 

その時

 

 

 

 

「─────ナニを覗くの?」

 

 

 

 

大寒波のような冷気を纏ったその言葉が俺たちに突き刺さり、震えを呼び起こした。

ゆっくりと声の主の方を向くと……

そこに立っていたのは真姫。その後ろには他のメンバー。即ちμ's全員。

全員が同じような視線を俺たちに向けている。

形容するならば……“ゴミを見るような目”だ。

 

マズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイマズイ…………!

 

口角が釣り上がってピクピクしているのがわかる。

何か策を講じねば……この現状を打開する何かを!

 

考えろ────────

 

冷静になれ──────

 

 

ことりちゃんが痴漢にあっていた時ばりの思考を働かせ、全力で生き延びる策を編み出そうとする。

そこ、無駄遣いとか言うな。

 

 

────────!

 

 

ひ、閃いた……!でもこれでいけるのか…?

でもこうするしかねぇ!頼むサトシ、うまく合わせてくれよ……!

 

 

 

「おおおぉぉぉおおあああぁぁぁ!!!」

 

「うぐはぁっ!!」

 

俺はサトシの手を振り払い、その勢いのままサトシの顔面をぶん殴った。

 

 

 

「おらぁー!サトシてめぇー!しっ、新曲に“覗き”なんて歌詞、つっ、使えるわけねぇだろうがあぁー!」

 

 

 

しくじった気しかしねぇぇぇぇ!!

でも後はサトシを信じるしかない!

頼むサトシ、話を合わせてくれ……!

 

 

 

「……何しやがんだてめええェェェエェ!!」

 

「ごはぁあああっ!!」

 

サトシは怒りに満ちた表情でお返しとばかりに俺の顔面を本気でぶん殴ってきた。

鍛え抜かれたサトシの肉体から繰り出された鉄拳は的確に俺の頬骨を打ち抜き、俺の体は力量に従って数メートル後方に弾け飛んだ。

 

……わかってない!

こいつ絶対に俺の作戦の意図わかってないよ!!

確かに悪かったけど本気で殴ることないだろ!!

 

し、しかしまぁなんとかうまくいった…!

これで覗きの話が歌の話だと誤解させることができたはず────────

 

 

 

「───────茶番は済んだかしら」

 

「真姫ちゃーん、言われた通り手錠と縄持ってきたにゃー」

 

「ゑ?」

 

「鞭とバットもあったから取ってきたよー」

 

「よし。──────さて、命乞いするなら今よ」

 

「待て待て待て!!俺たち冗談のつもりだったんだって!本気でするつもりなんてなかったから!な、サトシ!」

 

 

 

「えっ、あっ…お、おおぉう!あああ当たり前だぞ……」

 

 

 

嘘下手くそかよォォォ!!

目が縦横無尽に泳ぎまわっちゃってるよ!

顔が嘘ですって言っちゃってるよ!!

っていうかお前本気でするつもりだったのかよ!

 

 

「……さぁ2人とも」

 

『あの世で仲良くね♪』

 

「「あああああああああああああ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

「いっくぞー!」

 

バフン。

 

「やっはー!気持ちいいにゃー!」

 

「ふふふ、この転がり心地、悪くないわね……!」

 

「広いところでこれやるの夢だったんだよね〜♪」

 

「穂乃果、凛、にこ!邪魔だからどいてください!」

 

「……なんでみんな一緒に寝るのよ」

 

「合宿やからね♪」

 

「たまにはこういうのも悪くないでしょう?」

 

「お兄ちゃん、悟志くん……だ、大丈夫…?」

 

「流石にあれは……やりすぎたよね……」

 

「あぁ、ことりちゃん、花陽……」

 

「2人は俺たちの女神だぜ…!」

 

あの悲劇からしばらく経った後、今2人以外のメンバーは広間に布団を11人分敷いて就寝の準備をしている。やーあの仕打ちはやばかった。まぁ端的に言うと“ドMの人が喜びそうだった”とだけは言っておこう。

しかし真姫はなかなかに女王様気質が「ふんっ!」痛ぇ!

 

「何すんだよ真姫!」

 

「絶対失礼なこと考えてたわね」

 

「なんでわかった!?」

 

「隠さなかったところだけは褒めてあげるわ。

……凛、鞭持ってきて」

 

「ゴメンナサイ」

 

「ほらほら、じゃれあうのもそれくらいにして」

 

「絢瀬……」

 

「……朝日くん、早く寝ましょう」

 

「絢瀬さぁぁぁん!すごく関係が後戻りしてませんかね!?」

 

「早く寝ますよ、朝日殿」

 

「殿!?確かに似合ってるけどそんな呼び方したことないだろ海未!」

 

「………………あさ」

 

「やめてことりちゃん無理して乗らなくていいから!!君にまでそんなことされたら俺のメンタル死んじゃう!」

 

ここまでする!?覗き未遂てここまでやるの!?

合宿1日目でライフ無くなりそうだよ!!

しかも言い出したのはサトシなのにサトシはノータッチかよ!

 

 

 

 

 

 

「じゃあ電気消すわよー?」

 

布団に入ってからしばらくした後、真姫の合図で、部屋のすべての電気が消えた。

窓からカーテン越しに差し込む月明かりだけが俺たちを照らす。

しばらくの間、静寂が俺たちを包む。

何処からか、寝息も聞こえてきた。やはり昼間遊んで疲れていたのだろう。

俺も寝るか……正直埋められたり虐待受けたりして疲労は十分溜まってる……

そして段々と訪れてきた睡魔に身を委ねようとした────────その時。

 

(優真……)

 

俺の隣からか細く呼ぶ声が聞こえた。

つまり声の主は俺の横で寝ている─────

 

(どうした……絢)

 

(キッ)

 

(……絵里)

 

名字で呼ぼうとしたら睨まれた。

今2人きりじゃないじゃん!

 

(…………ちょっと…えっと……)

 

(どうしたんだよ?)

 

 

 

(─────こ、怖くて……暗いのが)

 

 

 

(……え、暗所恐怖症?)

 

(……軽くだけど…いつも寝る時はもう少し明るいから)

 

こいつは意外だな。絵里にそんな弱点があったとは。さっきの睨みを睨みを利かせた表情とは打って変わって怯えたような顔になっている。

……本気で怖がってるみたいだな。

 

────────仕方ない。

 

(少しこっち寄れ)

 

(えっ……う、うん)

 

互いに枕をお互いの方へ寄せ少し距離を近づけた後、俺は自分の腕を絵里の布団の中へと突っ込んだ。その時柔らかい何かに当たった気がするがきっとお腹だ。……お腹なはず。

 

(え…?ゆ、優真……?)

 

 

 

(────握ってろ。多少はマシになるだろ)

 

 

 

(あっ……う、うん……)

 

絵里の表情が気になるが、見ることはできない。

俺自身内心ドキドキして気が気じゃないからだ。

 

(じゃ、じゃあ失礼します……)

 

にぎっ。

 

(!?)

 

(えっ!?ど、どうしたの……?)

 

(あ、いや……何でもない)

 

……そう来たか。

俺としては“腕”を握ってろって事だったんだが……

 

手を繋いできましたか。

 

絵里の予想外の行動に、俺の心拍も一気に上がっていく。絵里の手は思いの外小さくて、柔らかくて……って何を考えてるんだイカンイカン。

 

(……少しは安心した?)

 

(うん。……ありがと、優真)

 

(よかった。じゃあ早く寝なよ。絵里が寝るまで繋いどくから)

 

(…………やだ)

 

(……絵里?)

 

 

 

そこで絵里の方を見たのが間違いだった

 

仄かな月明かりに照らされた彼女の表情は形容しようもないくらい美しくて

 

 

(──────ずっと繋いでて)

 

 

儚げな表情で告げられた言葉

微かに紅く染まった頬

若干崩れた髪

着崩れた寝間着から覗いた肩、首筋、鎖骨

 

 

全てが魅力的で、俺の理性を吹き飛ばそうとする。

やばい、これは……

しかし俺は鋼の心で持ちこたえ───────

 

(……わかった、おやすみ)

 

絵里とは逆向きに顔を向けた。

……心臓に悪いんだよ。

普段あんな顔見せないくせに。

 

……でも。

─────絵里の寝顔を見たいって思うのは、仕方ない事だよな?

 

そんな思いを退散させるため俺は無理矢理にでも眠りにつこうとした。

しかし────────

 

 

 

バリッ!!ボリッ!!

 

 

「え……?」

 

「……何の音?」

 

 

ガリッ!!バキッバキッ!!

 

 

「何だにゃぁ……?」

 

「真姫、電気!」

 

「んっ……何…?」

 

俺の指示で真姫が電気をつける。

再び明るくなった広間。

そしてその中に一つだけ膨らんだ布団。

俺はそこに駆け寄り布団を剥がす────すると。

 

『あぁ〜!』

 

「んむっ!」

 

そこには穂乃果がいた─────煎餅をかじって。

つまり音の主は穂乃果だ。

 

「何してんだよお前……」

 

「眠れなかったから、何か食べたら眠くなるかなぁ〜って」

 

えへへ〜と笑う穂乃果。

 

「全く……海未と悟志くんを見習いなさい?もうぐっすりと寝てるのよ?」

 

海未とサトシはこの騒ぎの中でもぐっすりと眠っており、その寝顔は安らかだ。……ていうか、穂乃果も暗くて寝れなかった絵里に言われたくはねぇよな。穂乃果は知らないだろうけど。

 

「もぉ〜〜うるさいわねぇ〜〜!」

 

その声の主はゆっくりと起き上がりこちらを向くと……

 

「ひいぃ!?」

 

顔面にパックと……キュウリの輪切りを貼り付けた姿を俺たちに見せた。

 

 

「……に、にこ、それは…?」

 

「美容に決まってるでしょ?」

 

「……ハラショー…」

 

矢澤に当たり前のように返されて、絵里も戸惑っている。……そんな美容法聞いた事ねぇぞ。

 

「もう!いいからさっさと寝るわy」

 

矢澤の声は遮られた。突如飛んで来た枕によって。

 

「真姫ちゃんなーにするのー?」

 

「うえぇっ!?」

 

希の声に皆が後ろを振り返る。

どうやら真姫が矢澤に枕を投げた……事にしたい希が投げたようだ。

 

「アンタねぇ……!」

 

「いくらうるさいからってそんなことしちゃぁ……ダメやんっ!」

 

そして希は手に持っていた枕を凛へと放った。

それを凛は、直撃の寸前で受け止めた。

……何気にすげぇ。

 

「……何する…にゃっ!」

 

「ふぐっ!」

 

凛はそれを希に投げ返す……と見せかけ隣の穂乃果に投げた。

 

「よーし……!えいっ!」

 

「きゃあっ!な、何するのよ!」

 

「投げ返さないの〜?」

 

穂乃果は真姫へと枕を投げた。

それを煽ろうとする希を見て、俺は意図を悟る。

……そういうことなら。

 

「私は別に……んぐっ」

 

俺は近くにあった枕を真姫目掛けて投げた。

そして俺を睨みつけた真姫に、ニタリと笑顔を返す。プライドの高いお姫様にはこれが一番効果的だろう。

 

「……上等だわ!やってやろうじゃない!」

 

ほら食いついてきた。

そして俺たちは枕投げを始めた。チームもなく、ただ相手目掛けて枕を投げるだけ。楽しそうな声が広間に響く──────

 

 

──────参加していない奴のことを忘れて。

 

ドサッ。

 

『あっ……』

 

誰かの投げた枕が、気持ちよさそうにしていた海未の顔の上に落下した。

 

「…………………………何事ですか………」

 

ゆっくりと……のっそりと……“鬼”が立ち上がる。

 

「わ、わざと狙ったわけじゃ……!」

 

真姫の弁解を聞くに、真姫が鬼を目覚めさせてしまったみたいだ。

 

「…………明日は朝から練習と言いましたよね……?それをこんな夜遅くまで………ふふっ、ふふふふふ……」

 

「こ、これやばいんじゃねぇか……?」

 

「海未ちゃん、寝てる時に起こされるとすごく機嫌が悪くなるから…!」

 

 

 

「眠らないというのなら───────」

 

 

スッ─────────

 

 

「んがはぁっ!」

 

目で追えない速さで振り抜かれた腕から放たれた枕は轟音を上げながら俺たちの横を通過し、海未の正面にいた矢澤の顔面を撃ち抜いた。

 

 

 

 

「─────────眠らせるまで」

 

 

 

 

「にこちゃんっ!……ダメにゃ…もう手遅れにゃ!」

 

「超音速枕……」

 

「……ハラショー…」

 

 

 

「さぁ…覚悟はいいですかぁ…?ふふふふふ……」

 

 

やばい、本当に怖いんだけど!!

笑顔が笑顔になってねぇ!

 

「どうしよう、穂乃果ちゃんっ!」

 

「やるしかない……!ここは戦うしk」

 

「ごめん海m」

 

ヒュドン!!ズバン!!

 

穂乃果と絵里の2人が投球モーションに入った瞬間、超音速枕が2人の顔面を襲った。

2人とも俯せで布団に倒れ込み、そのまま意識を失った。……眠れて良かったな、絵里。

 

1分弱で3kill。全滅も時間の問題だ。

海未は弾丸(まくら)を回収し、次は花陽と凛に狙いを定めている。いくら凛といえども、超音速枕を取ることは不可能だろう。

 

「も、もうだめにゃあーー!!」

 

「助けてえぇぇぇ!!」

 

 

 

新たな犠牲者が生まれようとしたその時

 

 

 

もう1人の眠れる巨人が目を覚ます─────

 

 

ドンッ!

 

海未から放たれた弾丸を胴体で受け止めた偉丈夫。

 

 

 

「「────────悟志くん!!」」

 

「サトシ!」

 

そうだ……!俺たちにはまだいる…!

希望はまだある……!

 

 

「─────泣いてる女の子に暴力を振るうのは、たとえ同性でも感心しないぜ、海未さん。

 

 

──────相手になってやる、来いよ」

 

 

 

「かっ……」

 

かっけえええええ!!

ここまでサトシを頼もしいと思ったことはない!

俺がこの場にいる異性だったら確実にあいつに惚れてるぜ!

 

鬼と巨人が互いに一つの弾丸を手に睨み合う。

 

 

先に動いたのはサトシ。

 

 

──────おもむろに腕を振り上げ

 

 

その腕を大きく振りかぶり

 

 

優しく布団に枕を置き

 

 

毛布に包まり寝床についた────────

 

 

「っておおおおおおおおおい!!!」

 

「悟志くん寝ちゃうノォ!?」

 

「……ごめん、やっぱ眠いじぇ」

 

「じぇって何!?もしかして“ぜ”って言おうとしたのか!?」

 

「……ユーマ、うるしゃい」

 

「キモっ!!字面は可愛いけど筋肉隆々の男子が言ってると思うと吐き気がするわ!!」

 

「おやしゅみ」

 

「待ってサトシ!頑張って!せめてあいつを仕留めてからに────────」

 

その時。

俺の後頭部に衝撃が襲う。

サトシとの会話に夢中になりすぎて完全に意識の外だった。海未の超音速枕が俺に直撃したのだ。

あぁ、あいつらこんなのくらってたんだな……

─────あとは頼んだぞ……。

ここまで沈黙を貫いていた“2人”にわずかな希望を託し、俺はサトシと添い寝するように布団へ倒れこみ、意識を手放した───────

 

 

▼▽▼

 

 

「あぁ、お兄ちゃん!!」

 

「優兄ィ!」

 

海未の弾丸を受けて倒れた優真を見て花陽と凛は悲鳴をあげた。

 

「さぁ……あなた達の番ですよ……」

 

今度こそダメだ。

2人は半ば諦めの表情で襲い来る鬼をただ眺めていた。しかし───────

 

「ぐはっ……!」

 

海未が突然ゆらゆらと倒れた。

そして凛と花陽は鬼を倒した英雄の名前を呼ぶ。

 

「────────希ちゃん!」

 

「真姫ちゃん!」

 

希と真姫の2人は海未が完全に油断する時を見計らって気配を殺し、今の今まで機会を伺い続けていたのだ。そして今、2人のダブル枕で海未を完全に沈めた。

 

「全く……」

 

「真姫ちゃんありがとにゃ!でも元はと言えば真姫ちゃんが始めたことにゃー」

 

「ち、違うわよ!あれは希が……あとことり、あなたいつまでソファーの裏に隠れてるのよ」

 

「……えへへ、バレちゃった」

 

真姫の呼びかけに応じてことりがソファーから顔を出した。どさくさに紛れて海未に殺られないように身を隠していたのだ。

 

「ま、ウチは何もしてないけどねーっ♪」

 

「あなたねぇ……!」

 

 

 

「─────自然に呼べるようになったやん♪」

 

 

「えっ……?」

 

「名前。ウチのことも、ことりちゃんのことも」

 

「あっ………」

 

希の言葉で、ことり、そして凛と花陽も笑う。

その光景を見て真姫は顔を赤くした。

 

「本当にメンドウやなぁ、真姫ちゃんは」

 

「……別にそんなこと頼んでなんかないわよっ!」

 

真姫は不貞腐れてそっぽを向いてしまった。

それを気にする様子もなく希は更に言葉を続けた。

 

「さて、本当に寝よっか。……なんとか寝る場所探しながら」

 

目の前に広がる状況を見て全員が苦笑いを浮かべる。海未に沈められた全員は縦横関係なくテキトーに布団の上に転がっている状態だ。もはや最初の並びなど面影もない。

 

寝ている全員に改めて布団を掛けてから、生還者組はなんとか場所を探して眠りについた。

 

こうして波乱の合宿1日目は幕を閉じた。

 

 

───────はずだった。

 

朝日優真。

彼にもう一波乱起きるのはあと数時間後の話……

 

 

 

 




最近サトシを面白いと言ってくれる方が多くて本当に嬉しいです!
これからの彼の活躍を楽しみにしていてくださいっ笑

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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【Days.1→2】メンドクサイお姫様……達?

41話 【Days.1→2】メンドクサイお姫様……達?

 

 

「んんっ……」

 

「んがっ!!」

 

激痛が走る。

俺の顔に何かが墜落してきた痛みで、俺は意識を取り戻した。

 

「ってェ……」

 

ゆっくりと目を開けると、俺の目の前にあったのは────────丸太。と見せかけたサトシの腕。

 

「こい、つ……」

 

どうやらサトシが打った寝返りで、その腕が俺の顔に降ってきたようだ。

 

「腕太ぇんだよお前は……」

 

愚痴を零しながら、サトシの腕をどかして半身を起こす。そして目の前に広がっていたものは────

 

「……なんじゃこりゃ」

 

死屍累々? …阿鼻叫喚?…地獄絵図?

布団には縦も横もなく、9人がただ横になっているだけだった。そして思い出す。

ここで繰り広げられた、恐怖の戦い…

あの惨劇を。

みんなが毛布をかけられているところを見ると、きっとなんとか鬼を討伐したのだろう。

……さて、もう一回寝ますかねぇ。

俺はそう決意して再び目を瞑る。

 

……

 

……

 

……

 

……くそ、寝れない。

変な時間に起きたからかな…ってか今何時だろ。

んー、寝れないって思えば思うほど眠れねぇ。

どーしよっかなぁ……あ、そうだ。

 

風呂に入ろう。

昨日はシャワーしか使わせてもらえなかったからな、これを機にゆっくり堪能させてもらおう。風呂に入れば寝れるかもしれないし。

うん、そうしよう。

 

「…っし」

 

俺は立ち上がり、足音を立てて皆を起こさないようにゆっくりと移動を始めた。

廊下に灯った明かりを頼りに、俺は浴場へと向かった。

 

 

 

 

更衣室も既に電気が点いており、俺はすぐに服を脱いで浴場へと足を踏み入れた。

別荘の温泉は野外に備えられており、季節が夏に近づいていたこともあって裸でも寒くはない。

温泉はすでにお湯が張っており、湯気が立ち上っている。俺は腰に巻いたタオルもそのままに、若干のかけ湯の後温泉へとつかった。

 

「はあぁ〜〜〜」

 

思わず声が出る。それほど心地がよかった。

風呂っていいなぁ……心まで落ち着くぜ。

 

 

 

しかし俺は気づかなかった。

寝ぼけていたのだろうか。

何も疑問に思わなかった。

 

温泉のお湯が張っていることも。

更衣室に電気が点いていたことも。

廊下に明かりが灯っていたことも。

 

───部屋に寝ていたのが、“9人”だったことも。

 

 

 

俺の少し隣に、赤髪の少女が座っていることも。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「……………………えっ」

 

「……………………」

 

「……………………………………あっ、その」

 

 

「──────────キャ」

 

 

真姫が悲鳴を上げようとした寸前。

俺は真姫に飛びかかり口を抑えた。

 

「落ち着け…!確かにどう考えても俺が悪いけど今叫んでも何にもならない!いらん誤解を生むだけだ!」

 

「─────────。」

 

こくこくと頷いた真姫。それを見て安心した俺は真姫から手を離し、すぐさま距離をとって背を向けた。

 

「……ほんとごめん。まさか誰かが先にいるなんて思ってもなかったんだ」

 

「……別にいいですよ。朝日さんはそんなことする人じゃないって信じてるし」

 

それならば夕方のあの仕打ちはなんだったんだと突っ込みたいのは山々だが、今はそれどころじゃないと思い直す。

 

「ありがとう。……じゃあ俺上がるから。ゆっくりどうぞ」

 

そして立ち上がろうとしたその時──────

 

「──────待って!」

 

真姫に呼び止められて、俺は動作を止めた。

 

「真姫…?」

 

「こっち見ないで!!」

 

「はいぃ!!」

 

反射で振り向きそうになったのを、真姫に怒鳴られた。黙り込んだ2人の間には、バシャバシャという水音だけが流れている。

その水音はだんだん近くなり───────

俺の後方すぐ側で止まった。

そして真姫の柔らかい手の平が、俺の背に触れる。

 

「……真姫、さん?」

 

「───話が、あるんです。聞いてくれますか?」

 

真姫の表情は見えないが、その声は真剣そのものだった。俺は意識を切り替えて、真姫の話を聞く。

 

「わかった、何?」

 

 

「──────もっと素直になりたい」

 

 

真姫は溜め込んでいた思いを、ゆっくりと……少しずつ吐き出し始めた。

 

「みんながくれる優しさに応えたいの。

今まで人との接し方がわからなくて、たくさん傷つけて……

でも初めてだから。こんな私とずっと一緒にいてくれて、私を友達だって……仲間だって言ってくれたのは。

もう嫌なのこんな自分じゃ……!

 

自分の気持ちを、素直に伝えられるようになりたい!」

 

真姫の心の叫びが、2人だけの浴場に響く。

そしてそれを聞いた俺は────────

 

 

「ははは……」

 

 

笑った。

 

「なっ……!何笑ってるのよ!こっちは本気なんだけど!」

 

「いやぁ、ごめんごめん。……本当にそっくりだな、って思ってさ」

 

「え……?」

 

「俺が高校1年の頃、真姫と全く同じ悩みを浮かべていた人がいたんだ。『自分の思いを素直に伝えられるようになりたい』ってね」

 

「……それって…」

 

 

「……絢瀬だよ。あいつも君と同じ事で悩んでた」

 

「……絵里が…?」

 

「想像つくだろ?μ'sに入る前のあいつを考えたら」

 

「……確かに」

 

「だろ?……あいつも自分の想いに素直になりたいって言ってたんだ。時間かかったけど、最近やっと素直になれたんだ。だから真姫も変わりたいって思えば変われると思うよ?」

 

……でも思う。

真姫が変わる必要は、ないんじゃないかって。

俺たちがいろいろしてるのは、真姫が“変わるため”じゃない。あくまでも、真姫が“素直になるため”。

だって俺たちは────────

 

 

「……だから私のために色々としてくれたんですか?」

 

「バレてた?……うん。絢瀬と東條と3人で、真姫がみんなと打ち解けられるように、ってね」

 

「……どうして」

 

「ん?」

 

「どうしてみんな……そんなに優しいの…?」

 

……きっと今まで受けたことがないのだろう。

見返りのない、純粋な優しさというものを。

 

「私の言葉や態度で、傷つくことの方が多いはずなのに……」

 

それ以上に、俺たちは知ってるから。

君の優しさを……情熱を。

しかしその次に放たれる言葉は俺を驚愕させるものだった。

 

 

 

「─────他のみんなと違って、4月に知り合ったばっかりなのに」

 

 

 

「……!」

 

そう、か……

真姫は今まで引け目に感じていたのだ。

他のμ'sメンバーは自分が知り合う前から仲が良くて。矢澤も他の皆ほどではないが、3年生メンバーとも仲が良く、持ち前の明るさで他のメンバーとも仲がいい。

 

───────自分だけが、“独り”だと

 

そのことが更に、真姫が素直になることへの枷になっていたのだろう。だからあの時……今日……いや、昨日の駅で凛が言った言葉───────

 

『なんか、ずっと一緒にいるから、むしろこっちの方がしっくりくるっていうか……』

 

この言葉に、真姫は表情を暗くしたんだ。

 

「ずっと私に気を遣って優しくしてくれてるんじゃないかって…思って……」

 

──────────馬鹿。

 

「真姫」

 

「っ……」

 

尚も何かを続けようとした真姫の声に無理やり被せた。

 

 

「自分が必要ないなんて事考えてるなら、俺はお前を許さない」

 

「……」

 

「──────μ'sはこの9人なんだ。

この9人じゃなきゃダメなんだ。一人も欠けていい奴なんていねぇよ」

 

「……朝日、さん…」

 

「……後ろ向け」

 

「えっ?」

 

「いいから」

 

しばしの沈黙の後、再び水音が響いた。

 

「……いいわよ」

 

「おう」

 

そして俺は振り返り……真姫の頭に手を乗せた。

 

「……これのために?」

 

「さっきの態勢じゃできなかったからな。嫌か?」

 

「……悪い気はしないわね」

 

本当は正面向いて目と目を合わせて言いたかったけど、さすがにそれは遠慮した。……今の態勢も結構アウトだけど。

 

「……どうしてみんなが優しくしてくれるか、だって?決まってるだろ。

 

───────みんな真姫が大好きだからだ」

 

「……え…?」

 

「不器用なところ、素直じゃないところ……そんなところを全部ひっくるめて、みんな真姫の事が大好きなんだよ。もちろん、俺を含めてね。あ、変な意味じゃないよ?」

 

「……意味わかんないわよ」

 

「気づいてないだろうけど、君にはいいところがたくさんあるんだぞ?

……素直になれないのは、自分の本音で相手を傷つけないように、っていう優しさの裏返しだ。

そして自分の言葉で相手を傷つけてしまった時には、それ以上に自分が傷つく繊細な心を持ってる。

……君はちょっとだけそれを拗らせてるだけだ。

少しだけ……ほんの少しだけ変わるだけでいい。

君の全てを変える必要なんてない。

まずは今の自分を─────俺たちが好きになった今の君を、君自身が好きになってくれ」

 

「………………」

 

真姫は、何も答えない。

 

「……俺が前に紙に書いて渡しただろ?

 

『君が素直になれなくったって

それで離れていく人なんてμ'sにはいない。』

 

って。

……大丈夫、ゆっくり少しずつ素直になれればそれでいいんだよ。真姫なら大丈夫、自分の意思で変わろうと出来たんだから。

 

……だからもう泣くな」

 

「……うるさい、わよ…」

 

俺は知っていた。

真頭に乗せた手から、真姫の頭が震えている事を。

 

「……わ、私………」

 

真姫が涙声で、自分の心の内を語りだす。

 

 

「私も……μ'sのみんなが大好きなの…………

 

ずっと一緒にいたい…………」

 

「あぁ。俺たちも同じ気持ちだよ。

 

だから真姫は真姫らしく。真姫のやりたいようにやれ。

 

これが答えだ」

 

「……うぅっ……ぐすっ…………」

 

2人だけの浴場に真姫のすすり泣く声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

「……もう大丈夫?」

 

「……はい、ありがとうございました」

 

しばらくした後、真姫は泣き止んだ。

今はお互いに背中を向けあっている。

 

「真姫、先輩禁止だぞ?」

 

「朝日さんは対象外でしょ?」

 

「お前はダメだ」

 

「何よそれ。……はぁ」

 

「なんだよ面倒臭そうに」

 

「別に。……じゃあ私上がるわね」

 

「ん、わかった。俺もしばらくしてから上がる」

 

更衣室で鉢合ったりしたらそれこそアウトだし。

 

「……振り向いたら殺すわよ?」

 

「物騒な言葉使ってんじゃねーよお嬢様」

 

 

その言葉には返事はなくて

 

真姫は俺の背中に自分の背中を合わせてきた。

 

「……真姫?」

 

 

 

「──────ありがと……“優真さん”」

 

 

 

それは……反則だろ。

唐突なデレに俺の顔が一気に赤くなった。

これがツンデレの破壊力。

 

「……ん。気にすんな。俺も君の悩みが聞けてよかった。だから───────

 

その言葉、“絵里”と“希”にも言ってあげてくれ」

 

「え………?」

 

「……真姫が素直になってくれたから、俺も一個素直になっとこうかってな。……みんなには内緒にしててくれよ?」

 

「……わかった、わ。…じゃあ私本当に上がるから。

……おやすみなさい、優真さん」

 

「おう、おやすみ、真姫」

 

真姫が立ち上がり、浴場を後にした。

真姫の悩みを解決してあげられたのかはわからないけど……真姫との心の距離は縮められた気がする。

それを噛み締めながら俺はしばらくした後広間へと戻り、静かに眠りについた───────

 

 

 

 

 

 

「んっ……」

 

俺、二度目の起床。

ゆっくりと目を開くと、まだみんなは眠りについていた。今何時だろう……?少なくとも、カーテンからは朝日が差しているから夜が明けたのは間違いない。

そして改めて周りを見回して、ある1人の姿がないことに気づく。

その姿を探して、俺は外へと出た──────

 

 

 

別荘を出て目の前の砂浜、そしてそのアスファルトとの境界を成す段差の所に、その姿はあった。

 

「────────東條」

 

「ん……ゆーまっち。おはよっ、早かったね」

 

「お前の方こそ早いな、眠れたか?」

 

「うん、ぐっすりやったよ」

 

自分の口調が、硬くなっているのがわかる。

今は全然そんな場面じゃないのに。

そんな時に嫌でも自覚する。

自分がこいつを意識してるってことを。

 

「……隣どうぞ」

 

「……おう、ありがとう」

 

希の促しに従って俺は横に座る────少しだけ距離を開けて。

 

「……綺麗な朝日やね」

 

「あぁ、本当に綺麗だ。昨日見た夕日も綺麗だったけどな」

 

「……楽しいね、ゆーまっち」

 

「ん?」

 

「─────合宿。楽しいね」

 

「……うん、楽しい」

 

「ふふっ♪」

 

何気ない短い会話が続く。

何とも言えない空気が俺たちの間には流れている。

互いに気まずいのはわかってて、それでも離れたくはないような、微妙な距離。

 

しばしの沈黙の後、希が爆弾を投げ込んできた。

 

「─────えりちとイチャイチャした感想は?」

 

「なっ……!!お、お前聞いてたのかよ!?」

 

「ウチの地獄耳を舐めん方がいいよー?ねぇ、どうだった?えりちのて、の、ひ、ら♡」

 

こいつ……完全におちょくってやがる!

希はニヤニヤとした笑みを浮かべて俺の方を見ている。

 

「あ、あれは絵里が寝れないって言うから……」

 

「お、“絵里”??」

 

「どうせ全部聞いてたんだろ!なら今更隠す必要ねぇよっ」

 

半ばヤケクソになりながら希に反駁した。

しかし希の追撃は止まらない。

 

「ふふふ、おもしろーい♪じゃあ……

 

──────真姫ちゃんと混浴した感想も、聞きたいなぁ〜」

 

「それも見てたのかよ!!」

 

「真姫ちゃんがお風呂に行ったのは知ってたんやけど、しばらくしたらゆーまっちが起きてお風呂に行きだした時は笑いそうになったよー!

ま、面白そうやから止めんやったけど♪」

 

「……ん?てことはお前……」

 

 

「え?起きてたよ?」

 

 

「お前えぇぇぇ!!」

 

「だって、面白そうやったし、何より……

 

────聞いてくれたんやろ?真姫ちゃんの悩み」

 

「…………!」

 

「────────ウチに出来るのはあそこまでってわかってたから。最後に真姫ちゃんを助けてあげられるのはゆーまっち。そう思ったから託したん」

 

ふふっ、と希が俺に笑顔を向けた。

 

「……買い物の時のあれも、枕投げも…俺が真姫と話し合う時の下準備のために……?」

 

「さー、どーやろね」

 

言葉はしなかったが伝わった。

全ては俺と真姫の対話のための下準備だと。

 

こいつは────────

 

どうしてそんなに誰かのために?

 

どうしてそんなに俺を信じてくれるんだ

 

どうしてそんなに────優しいんだよ

 

 

 

 

『お前のソレは───────唯の自己満足だ』

 

 

昨日サトシに言われた言葉を思い出す。

希のこれが本当の“優しさ”なのだと、感覚が告げている。だとしたら俺のソレはやはり間違っていることのように思える。

どこが、と聞かれたら答えられないけど、何となくそんな気がした。

 

「……ゆーまっち?」

 

「……あぁごめん、考え事してた。

……真姫と話したよ。あいつの悩み、思ってること…全部打ち明けてくれた。その上であいつの思いも聞けた。……きっと大丈夫。何かあったらその時は……」

 

「ウチらが支えんと、やね」

 

「あぁ」

 

笑顔を向けた希に、俺も笑顔で返した。

その笑顔は朝日に照らされていつもよりも儚げに見えて……何故だろうか。

 

「にしても、ゆーまっちもモテモテやなぁ……」

 

「何がだよ」

 

「両手に花でも足りんのやない?あんなにたくさんの女の子から囲まれて」

 

「……ありがたいことですよーだ」

 

何を言っても希にいじられる気しかしないのでテキトーに返答しておく。

 

「あー、そんな言い方するんやー。みんなに言っちゃおうかなー、えりちと真姫ちゃんのコト」

 

「待て、それはマジでやばい!いろんな意味で殺される……!」

 

「へへへっ♪じゃあお願い事ひとつ聞いてくれるなら見逃してあげてもええよ?」

 

「……わかったよ、聞くよ」

 

「おー?言ったね?ならじっとしててね」

 

 

 

すると希は少し座る場所を俺の方に寄せ

 

互いの腕が触れ合う距離まで近づいた後

 

自分の頭を俺の肩へとそっと乗せた。

 

 

「…………何してんの?」

 

「……いいやろ?たまにはウチも誰かに甘えたいのっ」

 

そして希は地面に着いていた俺の手の上に、自分の掌を重ねて優しく握った。

自分の心拍数が上がっていくのがわかる。

意識しだしてしまった相手からそれをされるのは……正直色々とやばい。しかしお願いを聞くと言ってしまった手前、無下にすることも出来ずに俺はただ無言で海を眺めているしかなかった。

再び訪れた静寂。

先ほどのそれより、物理的な距離の変化があり気まずさも一入だ。

その静寂を破ったのは、またもや希だった。

 

「……ゆーまっち。ウチ嬉しいん」

 

「……なにが?」

 

 

 

 

「─────キミが笑ってるから」

 

 

 

「……俺?」

 

「最近ずっと楽しそう。えりちが入ってからよく笑うようになった。それまでは……私のお願いでたくさん無理をさせちゃってたからね。

だからそんな風にしてるキミを見ると、やっぱり安心するんだ」

 

希の雰囲気が変わった。

 

「……こっちでもいい?」

 

「……好きにしなよ─────“希”」

 

「ありがと──────“優真くん”」

 

以前は自分の中の心の揺れを認めたくなくて、“希”との会話を否定した俺だったが、今回は何故か受け入れることが出来た。

 

「……落ち着くなぁ、キミの隣は」

 

「え?」

 

「あ……!な、なんでもない!!忘れて!!」

 

「いや、聞こえなかった、すまん」

 

「……そっ、か…良かった」

 

きっと今言った言葉は希も言おうとは思ってなかったのだろう。それをむやみに聞き返すのは良くないと思って俺は問いたださなかった。

ま、なんとなくわかるしね。

 

 

──────俺も同じ気持ちだよ

 

 

お互いの考えてるコトなんて、痛い程わかるのに

どうして俺たちはこうなってしまったんだろう

どこで間違えてしまったのだろうか

 

───どうしてこんなにも素直になれないのだろう

 

 

「……なぁ、希」

 

「ん?どうしたの?」

 

「……昨日の君の言葉の事だけど」

 

「?」

 

「真姫と3人で買い物行った時」

 

 

 

『─────放っとけないの。よく知ってるから。あなたによく似たタイプ』

 

 

 

「……あれ、絵里の事だと思ってたけど……違った。

 

──────『俺と“希”』のことだったんだな」

 

 

自分の本心を隠して

“誰かのため”が行動指針で

どこまでも素直じゃない

 

そんな真姫の姿はまるで俺たちのようで

 

「あ、わかっちゃった?」

 

「元々俺に気付かせるつもりだったんじゃないのか?」

 

「さぁ、どーだろうね」

 

俺にバレるのはわかってたくせに。

またそーやって嘘をつく。

 

「……ねぇ、ふと思い出したんだけど」

 

「……何?」

 

「───────あの子、元気にしてるかな」

 

希が何を言おうとしてるのか、わかる。

わかってしまったからこそ、俺は顔を歪めた。

 

 

「──────“紬”ちゃん、今どうしてるんだろ」

 

 

紬。俺と希を繋ぐ大切な絆。

でも今は─────────

 

「──────元気にしてるんじゃないか?」

 

そう言うしかなかった。希を悲しませたくない。その思いが俺に嘘をつかせた。

 

「──────そっか」

 

希を何かを察してくれたのか、それ以上その話題を口にすることはなかった。

俺たちは互いに嘘がつけない。

ついてもすぐにわかってしまうから。

 

「優真くん。私μ'sのことが大好き。

───君が創ってくれたあの場所が大好きなんだ」

 

「……俺が作ったわけじゃないよ」

 

「ううん、違うよ。確かにμ'sを作ったのは穂乃果ちゃんたちだけど、それを利用した私のワガママのために色々頑張ってくれたのはキミだよ。

────だからμ'sは、キミが私にくれた居場所」

 

「……やっぱ違うだろ」

 

「え?」

 

「……そのために頑張ったのは俺だけじゃない。希はもちろん、穂乃果たちも色々頑張ってくれたじゃないか。だからμ'sは、“みんなで作ったみんなの居場所”だ。でも──────」

 

そして俺は希が重ねていた右手を、俺の肩に乗せられた希の頭の上に置いた。

 

「─────君がいなかったら俺は絶対やり遂げられなかった。今のμ'sがあるのは君のおかげだよ。……ありがとな、希」

 

「……ふふふ♪本当にズルいなぁ、優真くんは」

 

「……口調混じってるぞ?」

 

「いーのいーの!……優真くん」

 

「ん?」

 

すると希は俺の肩から頭を離し

 

俺の目を見て笑う

 

 

 

 

「───────ありがとね♪」

 

 

 

 

その笑顔は

 

俺の心の中の何かをこじ開けた

 

 

『────お前、好きな人いるのか?』

 

 

昨日のサトシの問いが頭の中に蘇る。

あの時は出すことを否定した俺の心。

……でも今ならわかる。

 

────────自覚したよ

 

ずっと避け続けた問いに答えが出た

 

俺はこいつのことが─────────

 

 

 

 

 

 

────────好きだ

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ戻ろうか。優真くん付き合わせちゃってごめんね」

 

希はそう言って立ち上がろうとする。

それがなぜか苦しく思えて────────

 

「──────希」

 

呼び止めてしまった。

 

希が俺の顔を覗き込む。

呼び止めたまではいいけど、どうしよう。

……ああもう思ったこと言えばいい!

 

「……もう少し一緒に居てくれたりしないですか?」

 

「ふ、ふふふ……あはははは!」

 

「わ、笑うなよっ!」

 

「だ、だって…その言い方……あはは…」

 

「うるせぇ!悪かったな!」

 

「ごめんごめん。…いいよ。

 

私ももう少しキミと一緒に居たい」

 

「……おう、そっか…」

 

そして希は俺の隣に座りなおした。

先ほどよりかは少し距離があるけど、それで満足だった。

 

「優真くん。私はキミを信じてる。私はずっとキミの味方だからね?」

 

「ありがとな。俺もお前のこと信じてるから。

たくさん迷惑かけるかもだけど───────

これからもよろしくな」

 

俺の言葉に、希は笑みで返した。

 

今は自分の思いは伝えない。

希は今まで俺を助けてくれた。

今度は俺の番。廃校を阻止するために踊り、歌い続ける希を側で支え続ける。

そして廃校を阻止できたその時は、言おう。

俺の気持ちを、今度こそは。

 

改めて2人で眺めた朝日は、さっき見たそれよりも何故か輝いて見えた。




今回、やっとあの伏線が回収できました。
真姫が0章に出てこなかったのは、この話のためでした。
この話は小説を投稿しだしてからずっと書きたかった話です。
真姫の心の葛藤を上手く表現できていたら嬉しいです。
そして優真の心に大きな変化が起きました。
この希とのやりとりを、いつか希サイドで書きたいと思っています。
そちらの方もどうぞご期待よろしくお願いします!

長くなりましたが今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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【Days.2-1】開講!園田式鍛錬塾!

42話【Days.2-1】開講!園田式鍛錬塾!

 

 

「これが今日の練習メニューです!」

 

時刻は午前9時、合宿は無事に2日目を迎えた。

朝は希といろいろあったが、あれから何事もなく別荘へと戻ったので特に誰かに問いただされることもなかった。

そして俺たちの目の前では海未が嬉しそうに練習メニューが書かれた紙を張り出していた。

 

「遠泳……10キロ…?」

 

「せっかくの海です、これで全身持久力を鍛えましょう!」

 

「ランニング……10キロ……」

 

「砂浜は足を取られやすいので下半身強化につながります!これを活かさない手はありません!」

 

「腕立て腹筋背筋……20回×20セット…」

 

「最近はダンスの練習に時間を割くことが多くて基礎筋力をつける時間が取れていませんでした。ここらでしっかりとやっておこうかと!」

 

練習メニューを語る海未の瞳はキラキラと輝いている。本当に練習したかったんだな……でも。

 

「厳し過ぎだよ!海未ちゃんっ!」

 

「そうだにゃ!凛達アスリートを目指してるわけじゃないにゃ!」

 

声を荒げて意を唱えたのは穂乃果と凛。

他のメンバーも不満は上げないが、その表情は苦笑いだ。

 

「何故です!練習が嫌だというのですか!?」

 

「量だよ、量!どう考えても無理でしょ!」

 

「これでも減らした方なのですが……」

 

「これで減らしてたノォ!?」

 

「ははは、これでバイクがあったらトライアスロンだな」

 

「……優真…貴方自分がやらないからってそんな軽口を……」

 

「まぁそう文句言うなよ、穂乃果、凛。

俺はその練習メニュー賛成だけどな」

 

別に海未に助け舟を出したわけじゃない。

俺は俺なりの考えを持って海未の意見に太鼓判を押した。

 

「えぇ優真先輩!?なんで!?」

 

「こんなの出来ないよ優兄ィ!」

 

「出来る出来ないかなんて聞いてない。

 

 

──────やるしかないんじゃないのか?」

 

雰囲気を変えた俺を見て、周りの空気が少し張り詰める。

 

「優真くん……」

 

「今までだってそうだ。出来ないことを俺たちは全力でやり遂げてきた。その結果が『ラブライブ!』出場圏内まで進めて、この間廃校延期を勝ち取った俺たちだ。

たとえ一見不可能に思えることでも、一生懸命我武者羅にやることで俺たちはここまで来たんだ。

俺はこのメニュー、『ラブライブ!』はもちろんナツライブで戦うために合理的だと思ったんだけど。

 

それがまさか……穂乃果の口から“無理”なんて言葉が出るとはなぁ?」

 

「っ……」

 

名指しされた穂乃果の表情が少し歪んだ。

 

「いつから俺たちは妥協していいような身分になった。

廃校延期が俺たちの目標か?違うだろ。

 

──────気が緩んでるんじゃねぇのか?

 

目標を見失って現状に満足してどうする。

俺たちの最初の目標は、今よりもっと遥かに高いんだ。この中にもいるだろ、練習を妥協しようと思ってた奴が。

たかがきつい練習ごときこなせないで何が廃校阻止だ、何が『ラブライブ!』だ。

 

 

 

そんなこと考えてるやつは練習なんてするな

 

目標を見失って現状に甘んじるお前達に────

 

ステージに立つ資格なんてない」

 

 

『……』

 

 

俺の言葉に言い返すことなく、全員が俯いた。

何か思うところがあったのだろう、その表情は暗い。

……きつく言い過ぎたか。

……いや、でも信じてる。

こいつらは─────こんなところで…俺の言葉程度で止まらない。

そんな奴らだからこそ、俺は今までついてきたんだから。

 

そして────────

 

 

─────────パチン!

 

 

突如鳴り響いた乾いた音に全員が音源の方を向く。

 

その音の正体は、己の両手の平で自分の頬を叩いた穂乃果だった。

 

「穂乃果……」

 

「……ダメだなぁ、私…大切なもの忘れかけてた…

そうだよね、まだまだだよね!」

 

「……昨日遊んだせいで、気が緩み過ぎてたかもね……そう、私たちの目指す場所はもっと遠くにある。……もう少しで完全に見失うところだったわ」

 

「そうだよね、絵里ちゃん!

……みんなやろう!練習!もっと上を目指して!」

 

皆が穂乃果の呼びかけに、強く頷く。

さすがは穂乃果だな。

 

「優真先輩、ありがとうございました!」

 

「気にするな。……酷いこと言って悪かった」

 

「ううん、優真先輩のおかげで大切なこと思い出せました。本当に感謝してます!」

 

穂乃果は先輩禁止になってから普段は俺に敬語を使わなくなったが、練習中は特別だと言って敬語を使う。本当に礼儀正しくていい子だ。

 

「そう言ってくれると助かる。

……さて、海未。練習メニューのことだけど、量制限じゃなくて時間制限に変えた方がいい。

時間を決めて、その限られて時間の中で各々の出来る精一杯をこなすことにしたらどうだ?

量制限だとやっぱり運動が苦手な人は無理しすぎて倒れたりしてしまうかもしれないからな。

そして練習と練習の合間に必ず30分以上の休憩を入れろ。

練習全体の指揮は絢瀬と海未がとってくれ。

あと、体調が悪かったりしたら絶対に誰かに報告すること。

……さっき言ったことと矛盾するけど、一番大切なのは君たちの体調だ。無理はするな」

 

『はいっ!』

 

元気な声が返ってきた。

その返事に俺は笑顔で応えた。

 

「よし、みんな、いこう!」

 

走り出した穂乃果に皆がついていく。

その姿を俺はただ見送っていた。

 

「……ふぅ」

 

「……真姫から聞いてたけど、お前のあそこまで真剣な雰囲気初めて見たぜ」

 

「……あぁ、サトシは見るの初めてだっけか。

俺練習中っていうか真面目な話の時は大体こんな感じだよ。俺自身が意識をしっかりと持てば周りにも伝わるって思ってるから」

 

「なるほどな。……大変だなお前も。辛いだろ?

みんなに厳しいこと言うのは。本当はそんなこと言いたくないはずなのにな」

 

……サトシは一見バカに見えるけど、物事の本質を見抜く目は確かだ。そういうのを嗅ぎ分けるのが異常にうまい。

 

「……これが俺の仕事だから。

練習で得られるものって、体力とかだけじゃないと思うんだ。メンタル……精神を強くするって側面もある。辛い時、緊張した時に“あの時こんなに頑張ったんだから”っていう心の支えになるのは、やっぱり練習量なんだよ。

 

俺はステージには立てない。

結局俺は一番近いところまではいけるけど、最後はやっぱりみんなに託すことになっちゃうからな。

だから俺にできるのは夢に進むあいつらを正しい方向へ導くことだけ。

そのためなら俺はどんな泥だって被る。

あいつらを……俺を仲間だって言ってくれたあいつらを信じてるから」

 

「ユーマらしいな。それもお前なりの“優しさ”か?」

 

「……かもな。さ、俺たちも戻ろうぜ」

 

「おう!さっさと片付けちまおうぜ!」

 

俺たちは俺たちの仕事をこなすため、別荘へと戻った。

 

 

 

 

俺たちの仕事、それはもちろん作詞と作曲……

詳しく言えば編曲のことだ。

今回はいつもとは逆で、真姫が作った曲を俺たちが聞いて俺は詞を、サトシが編曲をすることになっている。

別荘にはなぜか地下にスタジオまで備え付けられていて、俺たちはそこに篭ってそれぞれの作業に没頭していた。

サトシはヘッドフォンをつけて楽器をいじりながらパソコンに向かい合っている。作曲を軽くかじっただけの俺には未知の世界だ。

一方の俺は海未の書き溜めたフレーズノートを見ながら曲に詞をつけていた。

3時間ほど経過しただろうか、俺は大きく伸びをして一息ついた。

 

「ふぅー……」

 

「……………………」

 

サトシは未だに凄い形相で画面と睨めっこしている。普段のボケたところからは考えられない真面目な姿に、俺の気も引き締まる。この姿をμ'sメンバーが見たらきっとサトシに関する印象は変わるだろうな……

 

「………………ふぅ」

 

「お疲れ、サトシ」

 

「ん、ユーマ。もう終わったのか?」

 

「んや、あと少し。ちょっと休憩」

 

「そうか。……相変わらず真姫はすごい素材を持ってくるよな。編曲する甲斐があるぜ」

 

「全くだ。おかげで半端な歌詞は付けられねぇよ」

 

「そーだな。……ところでアレは決めたのか?」

 

「……アレは俺だけで決めていいことじゃないからな。みんなに話してから改めて決めようと思って」

 

“アレ”とはナツライブで歌う楽曲のことだ。

もちろん今俺たちはそのための楽曲を作っているわけだが……

ナツライブで1グループに与えられる時間は、“12分”。つまりMCや繋ぎを加味して約2曲分の時間が与えられるのだ。

その中で一曲しかやらない、と言うのはやはりインパクトに欠ける。だからと言って今から二曲完成させるというのも、至難の技。そして仮に完成したとしてもそれを発表できるレベルまで持っていけるかどうか。

それより心配なのは……

 

「みんななら大丈夫だと思うぜ?」

 

「……へ?」

 

「みんなの体力のこと心配してるんだろ?」

 

「……」

 

そう、メンバーの体力、精神……体調だ。

全てにおいて、やはり一番大切なのは体調。

それを崩してしまったら元も子もない。

そんな風に体を酷使させる選択を取ることは……果たして正しいのだろうか?

 

その時、入り口のドアが開いた。

 

「あ、いたいた。2人ともお疲れ」

 

「ん、矢澤。練習は?」

 

「休憩中。休憩がてらアンタたちの様子を見に来たの。調子はどう?」

 

「俺はいい感じ。あと少しで一通り終わってサトシが完成させた曲に合わせて調整を入れるだけだよ」

 

「悟志は?」

 

「俺はあと3割くらいかな。真姫の元の出来がいいから弄り甲斐が無くて面白くないぜ。

……誰かさんが作った曲とは違ってなぁ?」

 

「……ケンカ売ってんのかサトシ。買わねぇぞ」

 

どう考えても勝てねぇし。

矢澤とサトシが笑う。

サトシが話題に出してるのはもちろん、俺が血反吐吐きながら死に物狂いで作曲した楽曲、“まほうつかいはじめました!”の事だ。

聞くに耐えないレベルだったあの曲を何とか完成させてくれたのが1年の頃のサトシで、それがきっかけで俺たちは仲良くなった。

 

「懐かしいわね、その話も」

 

「もう1年経つんだな、あれから」

 

「そうね……またこうやってアイドルやれるなんて、思ってもみなかった…」

 

矢澤はそう言って昔を思い出したのか寂しいような、嬉しいような感情が入り混じった小さな微笑みを浮かべた。

 

「……あぁそうだ矢澤。一個相談があるんだけど」

 

「? 何?」

 

「みんなに話したいからみんなのとこ連れてってくれる?」

 

「ん、わかったわ」

 

「ありがとう」

 

「俺も行くぜ!」

 

矢澤に連れられ、俺とサトシの2人は残りのメンバーの元へと向かった。

 

 

 

 

 

「話って何ですか?」

 

メンバーは別荘の日陰で休憩を取っていた。

俺に問いかけてきた穂乃果の顔色には、若干の疲労が見えた。きっと本気で練習に取り組んでいたのだろう。他の皆にも疲れが見える。皆の意識が変わったことを嬉しく思いつつ、俺は穂乃果の問いに答えた。

 

「ナツライブの曲の事なんだけど」

 

「……今作ってるこの曲の事?」

 

「……それともう一曲別に作って、ステージに立てるか?」

 

「……どういうこと?」

 

「1つのグループに与えられた時間は12分。一曲だけだと……」

 

「……時間が大きく余る。そしてインパクトにもかける、ってことね」

 

矢澤の問いに俺は頷いた。

話が早くて助かる。俺のその話を聞いて矢澤は顔をしかめた。

 

「……普通に考えても、現実的な話ではないわね」

 

「だろ?……どうしたらいいか…」

 

「────────で?」

 

「え?」

 

 

 

「─────アンタはどう思うの?」

 

 

 

 

……俺?

矢澤の問いは俺の表情を怪訝なものにさせた。

 

「……何で俺?」

 

 

「アンタは私たちがやれると思ってるの?

 

アンタが私達を信じてくれるなら、

私達は絶対にその信頼に応えてみせる。

 

アンタが信じた私達は無敵よ。

どんな無茶無謀でも、絶対に叶えてみせるわ」

 

 

矢澤が俺の目を見て語りかける。

その真紅の瞳には強い“意志”が感じられた。

残りの皆もやる気に満ちた笑顔を俺に見せている。

 

 

 

俺の“信頼”を、君達が信じてくれるなら───

 

 

 

「……わかった、やろう、2曲…!」

 

 

 

さらに強い“信頼”を以って応えてみせる────!

 

 

矢澤、そして皆は満足そうに笑った。

 

「今から新しく詞を作るなんて、間に合うの?」

 

「心配するな真姫。俺を信じてくれ。絶対に合宿終わりまでにもう1つ書き上げてみせる。

 

矢澤の言葉を借りるなら

──────君達が信じる俺は無敵だ」

 

ニタリとした笑みを真姫に返す。

それを見た真姫は苦笑を浮かべた。

 

「……だからサトシ、真姫。2人は大変になるかもしれないけど…」

 

「任せとけよ。俺はそのためにいるんだからよ!」

 

「変な詞を持ってきたら承知しないわよ?」

 

2人は力強く答えてくれた。

──────決まった。

 

 

「ナツライブ、俺たちμ'sは2曲で演る!

全員死ぬ気で頑張るぞ!」

 

『おぉー!』

 

やることは大きく増えた。

でも絶対やり遂げてみせる。

俺を信じてくれた皆の期待に応えるため。

 

作り上げてみせる。新たな曲を。

 

それぞれの決意を胸に俺たちはやるべきことへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




タイトル詐欺?はて何のことやら……
今回書いていて少し短いかな?と思っていたのですがそんなこともなかったですね笑
最近が長めだっただけで……笑
次回はコメディ回になる予定です!

それと少々宣伝を。
この度新作を投稿させていただきました。
「μ'sic story:From,Love Live!」
短編集で不定期更新になりますが、こちらの方もよろしければ覗いていってください!
今回もありがとうございました!
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【Days2-2】波乱!バーベキュー!

どうもおはようございます!
今日はモンハンの発売日ですね!
私は朝から並びに行こうと思います笑
それでは今回もよろしくお願いします!


43話【Days2-2】波乱!バーベキュー!

 

 

 

「よっと……絢瀬、これはここでいい?」

 

「ありがと、優真。重いもの運ばせてごめんなさいね」

 

「いやいや、一応男だしな。しかもお前ら練習のあとで疲れてるだろう?俺たちに任せとけよ」

 

「そうだぜ絵里さん!絵里さんのためなら百人力だぜ!」

 

時刻は午後6時、俺とサトシは別荘から野外コンロや炭を庭へと運んでいた。

なぜこんなことをしているのかというと……

まぁ言わなくてもわかると思うけど、バーベキューをするためだ。

先ほど皆で夕飯について話し合ったところ、穂乃果の“バーベキュー”という意見が賛成多数で可決された。ちなみに反対はいなかった。

今は真姫を筆頭に数名が買い物に行っており、俺、サトシ、絵里、花陽、ことりちゃんは残って設営の方をやることになった。

つまり買い物に行った面子は……

真姫、穂乃果、凛、希、海未、矢澤の6人。

怪しいのが何人かいるが、海未と希がいるから大丈夫だろう。

 

「ふう……まぁこんなもんか」

 

「なんとかみんなが帰ってくる前に終わったわね」

 

「しかしこの別荘……本当に準備いいよなぁ、倉庫に行けば欲しいもの大抵用意してあるし」

 

「真姫が小さい頃あれも欲しいこれも欲しいって大変だったらしくてな。真姫を満足させられるように大抵のものは備え付けるようになったんだぜ」

 

「なるほど……想像つくな……」

 

「それにしても真姫、よかったわね」

 

「そうだな」

 

先程真姫は穂乃果や凛に引っ張られる形で買い物に同行していたが……その顔は嬉しそうだった。

少しずつ皆に心を開いていってるみたいで、俺たちは安心した。

 

「……そのことなんだけど」

 

「ん?どうしたの?悟志くん」

 

 

「─────────礼を言わせてくれ。

 

真姫のこと、本当にありがとう」

 

突如サトシが俺たちに頭を下げた。

 

「何でサトシが頭下げるんだよ。俺たちが勝手に真姫におせっかい焼いただけだよ」

 

「……知ってると思うけど、真姫は本当はすごく良い子なんだ。優しくて、他人思いで……。

ガキの頃俺がケンカなんかで怪我して帰ってきたときは、真姫はいつも俺の怪我の手当てをしてくれたんだ。

 

そしてアイツ───────泣くんだよ。

 

痛かったでしょう、って。

危ないからもうこんなことしないで、って。

 

そんな真姫が中学校に入ってから、ますます自分の殻に閉じこもるようになった。あんなに優しかった真姫が、全然笑わなくなったんだ。

……でも昨日今日、久しぶりに見たぜ。

真姫があんなに楽しそうに笑うのは。

 

───真姫に居場所をくれて、本当にありがとう」

 

その言葉を聞いて、サトシにとって真姫がどんな存在なのか、少しだけわかった気がした。

友達以上恋人未満。そして親友よりももっと近い場所にいる、妹のように大切な存在。

 

「サトシが真姫のことそんな風に思ってたなんてな。少し意外だった」

 

「……悪いか?」

 

「んーや。その気持ちよくわかるから」

 

サトシにとっての真姫は────────

 

 

──────俺にとっての凛のような存在で。

 

「悟志くんにとって真姫は大切な存在なのね♪」

 

「からかわないでほしいぜ、絵里さん……」

 

「ふふふ♪」

 

絵里に言われると強く反抗できないようでサトシは顔をしかめてそっぽを向く。その様子を見て俺たち2人は笑った。

そんなことをしていると、別荘の中から俺を呼ぶ声が聞こえた。

 

「お兄ちゃーん!」

 

「ん、花陽か。そっちの準備終わった?」

 

「うん!ちゃんとご飯炊けたよ!!」

 

「……あれ、俺そんなこと頼んだっけ…」

 

花陽の後ろに立っていたことりちゃんの表情をうかがうと苦笑いを浮かべている。

花陽とことりちゃんには昨日残していた食材の下処理を頼んでいたのだが……この白米天使、どうやらバーベキューでも白米を食すようだ。

まぁ、あって困るものでもないけどな。

焼きおにぎりにしたりできるし。

 

「ちゃんと食材の準備も終わってるよ♪」

 

「そっか。2人ともありがとね」

 

「「うん!」」

 

そしてちょうどその時。

 

「ただいまー!」

 

買い出し組が帰ってきた。

 

「たくさん買ってきたにゃー!」

 

「はぁ〜〜にこにこんな重たいもの持たせるなんて、どうかしてるわ本当っ」

 

「お疲れ様、海未。大丈夫だったか?海未」

 

「はい。少々手こずりましたが、希と真姫の力添えもあって何とか無事買い物を終えることができました」

 

「そっか。真姫と東條もお疲れ様」

 

「別にどうってことないわよ」

 

「穂乃果ちゃん達も大人しかったしね、思ったよりは♪」

 

「……しれっと私たちの悪口言ってるよね?」

 

「不本意だにゃ……」

 

「……にこはもしかしてこっち側に含まれてるの?」

 

何やら3人がこちらを睨んできているが、あえて無視させていただこう。

 

「ユーマ、炭に火ぃ着いたぜ!」

 

「おっけ、ありがとなサトシ。

……よしみんな!バーベキューはじめるぞー!」

 

『おー!』

 

元気な声が別荘に木霊した。

……どうか平和に終わりますように、っと。

 

 

 

 

 

 

自分の分の肉を焼きながら、俺は周りのメンバーの様子を見渡していた。

 

「えへへー、これ私の串っ!」

 

「穂乃果、肉しか刺さってないではありませんか!ちゃんと野菜も食べないと許しませんよ!」

 

「ぶー、海未ちゃんのケチ!」

 

「全く穂乃果はもう……ってことり!その肉しか刺さってない串は何事ですか!?」

 

「え⁇だって穂乃果ちゃんがお肉食べたいって言うから……」

 

「供給源はあなたですかっ!穂乃果を甘やかしてはダメではありませんか!」

 

「えへへ〜♪」

 

「笑い事ではありませんっ!」

 

悪びれる様子もなく笑うことりちゃん、それを見て顔をしかめる海未……そして満面の笑みで肉を頬張る穂乃果。

2年生組は相変わらずいつも通りだな。

 

「真姫ちゃーんはいどうぞ!」

 

「……ありがと、凛。……ってこれなによ!ピーマンしか刺さってないじゃない!」

 

「だって真姫ちゃんピーマン好きでしょ?」

 

「どこ情報よ!あんたがピーマン好きじゃないだけでしょ!?」

 

「凛は別にピーマン食べられるもん!ただお肉が食べたいだけで……」

 

「2人とも〜〜!ご飯持ってきたよ〜〜!」

 

「ありがと花陽……ってお茶碗!?お茶碗で食べるの!?」

 

「凛ご飯はちょっと……せっかくのバーベキューだからお肉とか野菜とか……」

 

 

凛の言葉に、花陽の表情から笑顔が消える

 

 

 

「───────私の作ったご飯が

 

 

 

 

────────食べられないんですか?」

 

 

 

 

「「ありがたくいただきます」」

 

い、1年生もいつも通り(?)だな……。

真姫も楽しそうにしてるしよかったよかった。

……しかし花陽、アイドルだけじゃなくてお米でもそのモードに入れたんだな……

遠目に見ていただけでもこの威圧感。

対面していた2人にはさぞ恐怖に映っただろう。南無ー。

 

 

「さ、この串焼けたわよ。みんな食べて食べて」

 

「ありがと、えりち♪」

 

「悟志くん用に鳥のササミも焼いてるから、どうぞ」

 

「さっすが絵里さん!気がきくぜ!」

 

「ふふっ♪優真とにこもどうぞ?」

 

「おう、ありがとな絢瀬」

 

「えぇ〜、にこはぁ〜フルーツしか食べられないからぁ〜」

 

「絢瀬、こいつの分も寄越せ。俺が食べる」

 

「ちょっと!私が悪かったわよ!」

 

俺たち3年生も平和に、仲睦まじくバーベキューを楽しんでいる。今のところは平和。何も起きずに事は進んでいる。

……まぁそうだよな、普通にバーベキューしてて何も起こるわけが……

 

 

 

「きゃあああああああああ!!!!」

 

 

 

唐突に聞こえた叫び声。

その声の方を振り向くと、ことりちゃんがある一点を見つめて身体を強張らせていた。

 

「ことりちゃん!?」

 

俺は咄嗟にことりちゃんの方へと駆け寄った。

 

「どうしたの!?」

 

「あ……あそこに…………」

 

ことりちゃんが指をさしたそこには─────

 

 

巨大な蜘蛛がいた。

 

 

「………………………」

 

「優真!?どうしたの……ってきゃあ!?」

 

遅れて駆け寄ってきた絵里も巨大な蜘蛛を目の前にして悲鳴を上げた。

黄色と黒が混ざった、派手やかな蜘蛛。

周りの皆も何事かとこちらへと集まりだした。

 

「わぁ蜘蛛!大っきい!!」

 

「8センチくらいはありそうですね……」

 

「たかが蜘蛛ごときで何を驚いてるのよ」

 

「じゃあ真姫が片付けなさいよ!コイツ!」

 

「はわわぁ……ダレカタスケテェ〜」

 

「もう夏やからなぁ。蜘蛛さんもお肉食べたかったんかな?」

どうやら現時点でのμ'sメンバーの対蜘蛛能力はこんな感じだな。

 

 

【見るのはまだ大丈夫】穂乃果、海未、真姫、希

【見るのも耐えられない】花陽、ことり、にこ、絵里

 

 

ってところか。

 

「優真先輩やっつけちゃって!」

 

「頼りにしてるわよ!」

 

穂乃果と矢澤が俺に声をかける。

しかし俺は─────────

 

「…………………………」

 

「優真くん……⁇」

 

「どうしたの……?」

 

不審に思ったことりちゃんと絵里が怪訝な顔をして俺の様子を窺う。

そこで花陽が、この疑問への解を出した。

 

「あの…………」

 

「ん?どうしたのよ、花陽」

 

 

 

「──────お兄ちゃん、虫ダメなの。

見るだけで冷や汗かいて倒れそうになっちゃうくらい……」

 

 

 

『ええええええ!?』

 

驚愕の声が上がる。

 

「む、虫がダメ!?男なのに!?」

 

「昔からお兄ちゃん虫を怖がってて……」

 

「……優真にも苦手なものがあったのね…」

 

「……あの朝日が、虫が苦手……ぶふっ」

 

哀れみと失望が入り混じった苦笑いで俺を見る皆。

しかし矢澤だけは面白いおもちゃを見つけた子供のようにニヤニヤとしながらこちらを見ている。

それに気づいてはいたものの、俺は反撃する余裕がないくらい心が動揺していた。

 

 

こ、怖えええええええええ…!!

俺小さい頃から何故か虫がダメなんだよ!!

なんか気持ち悪いし……

ダメ、触るとか論外、見たくもない。

テレビ番組でもジャングル探検とかの企画だったらチャンネル変えるレベルで嫌い。

 

 

RANK IN!

【見るのはまだ大丈夫】穂乃果、海未、真姫、希

【見るのも嫌だ】花陽、ことり、にこ絵里

new!【本当にごめんなさい】優真

 

 

「仕方ないわね……悟志くん!ちょっといいかしら!」

 

絵里は俺を見限り、炭の炎番をしていたサトシへと声をかけた。タンクトップにハーフパンツ、頭に手ぬぐいを巻いたサトシの姿はまさに屈強な大工だ。

 

「……ど、どうしましたか、絵里さん」

 

「優真虫が苦手みたいで……ここにいる蜘蛛をどうにかしてくれないかしら?」

 

「ははは、ユーマのやつ、虫ダメなのかよ!とんだ軟弱者だぜ!」

 

「そうそう!だから悟志さん、お願いします!」

 

「しかし意外だな、あいつにも苦手なものがあったなんて。完璧に見えるやつほど、意外なものが弱点だってか?」

 

「……あのー、悟志くん?」

 

「まぁ仕方ないよな。ユーマは確かにインドア派っぽいし、普段から虫と戯れ慣れてないんだろう」

 

「…………悟志、さん……?」

 

「今後あいつをいじる時は虫のネタを使うことにしよう!そうだ、それがいいぜ!HA☆HA☆HA!」

 

「……もしかして、悟志くん…」

 

「……だいたいわかったと思うけど…」

 

皆が薄々感じていたことを、真姫がハッキリと口にした。

 

 

 

 

「─────悟志も虫は触れないわ」

 

 

 

 

「なんでうちらの男子は揃いも揃ってこんなに軟弱なのよ!」

 

「…………面目ないぜ…」

 

しょんぼりとした様子でサトシが言う。

それを俺以外の周りは失望の目で見つめていた。

 

 

RANK IN!

【見るのはまだ大丈夫】穂乃果、海未、真姫、希

【見るのも嫌だ】花陽、ことり、にこ、絵里

【本当にごめんなさい】優真 、new!“悟志”

 

 

 

「で、どうするの?このまま無視しても問題ないとは思うけど」

 

「でも真姫ちゃん、こんな毒々しい色してるんだよ?放っておいたら危ないよぉ……」

 

真姫の言葉に、花陽が弱々しく答えた。

 

そんな時、英雄は現れた。

 

「お待たせーー!」

 

「凛!」

 

「凛ちゃん!」

 

凛はトングとちりとりを持って俺たちの元へと現れた。そして蜘蛛をトングで掴み、ちりとりの上に乗せるとタターッと走って行って、蜘蛛を外へと逃がしてきた。

 

「これで大丈夫だにゃ!」

 

「凛ちゃんすごーい!!やるやんっ!」

 

「かっこいいよ!」

 

「ハラショー!♪」

 

皆が凛に駆け寄り、声をかけて崇めている。

その様子を俺とサトシはなんとも言えない表情で眺めていた。

 

 

RANK IN!

new!【駆除可能の英雄】凛

【見るのはまだ大丈夫】穂乃果、海未、真姫、希

【見るのも嫌だ】花陽、ことり、にこ、絵里

【本当にごめんなさい】優真、悟志

 

 

こうしてμ's+α内、虫強者カーストは完成した。

……ほんと情けねぇ。

 

 

 

 

 

「ひゃっほーい!」

 

「綺麗綺麗ー!」

 

バーベキューもあらかた終わり、日も暮れて暗くなってきたので俺たちは花火をすることになった。

皆が持つ手持ち花火から溢れる光は、彼女たちの元の容姿の端正さもあって一層輝いて見えた。

…あ、庭でやったら危ないから砂浜に移動したよ。

 

「優真くん、火貰ってもいい?」

 

「ん、ことりちゃん。どーぞ」

 

ことりちゃんが火の付いてない花火を持って俺の元へとやってきた。俺は自分の手元の燃えている花火を使って、ことりちゃんの花火を点火してあげた。

 

「ありがとう♪」

 

「いえいえ。……綺麗だね」

 

「うん、すごく綺麗」

 

 

最近ことりちゃんの顔をまともに直視できない。

理由はわかっている。

あの日……ことりちゃんと買い物に行った日の帰りに、俺はことりちゃんに後ろから抱きつかれた。

その時の心地よさや、柔らかさ、甘い匂いがどうしても頭から離れなくて……

 

「……優真くんっ」

 

「な、なにっ?」

 

「……最近どうして私のこと見てくれないの?」

 

「えっ……な、なんのことですかねぇ……」

 

「むぅ〜〜っ」

 

ことりちゃんはジト目で俺を見つめてぷくっと頬を膨らませている。……やばい、めっちゃかわいい。

俺は膨らませていた頬を、指でちょんとつついた。

 

「ぷしゅ〜」

 

奇妙な音を立てて頬が縮む。

それがなんともことりちゃんらしからぬ間抜けな顔で、俺は思わず爆笑してしまった。

 

「も、もう優真くん!何するんですかぁ!」

 

「あははは、ごめんごめん……」

 

「……ねぇ優真くん」

 

「ん?」

 

 

「私のこと……嫌い?」

 

 

「え、全く。何で?」

 

「……最近私と目を合わせてくれないよね…?」

 

「…………」

 

俺は見てしまった。

ことりちゃんは今、うつむいて悲しそうな表情を浮かべている。

俺の勝手な感情でやった行動でことりちゃんを傷つけたなら俺は。

 

 

いつものようにことりちゃんの頭に手を乗せようとして────────止める。

 

 

 

『その優しさ故に、誰かを傷つけることがあるんじゃないのか?』

 

 

 

ふと頭によぎる、昨日のサトシの言葉。

……何で急に。

だからどうした。

 

俺は再び腕を持ち上げ、ことりちゃんの頭に乗せた。

 

「……優真くん…?」

 

「……ごめんな。まさか君がそんなに傷ついてるなんて思ってもなかった。俺は全然君のことは嫌いじゃないし、むしろ好きだよ」

 

「────────!」

 

……あ。

今俺流れで何かとても恥ずかしいことを……?

ことりちゃんは驚きのあまり目を見開いて硬直してしまっている。

 

「と、友達として!友達としてだから!」

 

慌てて訂正したが……今度はしょんぼりとしてしまった。えぇー………

 

「……ほら、このあいだことりちゃんと…で、デート、行った時の帰り……あ、あんなことがあったから少し意識しちゃって……」

 

正直に打ち明けると、一転ことりちゃんは表情を輝かせた。コロコロと表情が変わって面白いと思ったのは内緒だ。

 

「……ホント…?」

 

「……うん」

 

するとことりちゃんはしばらく無言になり……

ふふっ、と笑った。

 

「─────私にもまだ勝機はあるかな♪」

 

「え?」

 

「なんでもなーい♪」

 

今何か囁いたように見えたんだけど……

ことりちゃんはなんでもないの一点張りで教えてくれなかった。

 

「優真くんっ」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「──────私も優真くんのこと、好きだよ?」

 

 

 

 

 

「……え…?」

 

「友達として、ね♪」

 

「……………………」

 

「あははっ♪」

 

してやられた。

にしてもあれは反則だろ。可愛すぎるわ。

 

「ことりちゃんっ!」

 

「仕返しでーす♪」

 

「はぁ……仕方ないなぁもう」

 

楽しそうに笑うことりちゃんを見てると、こちらも苦笑いを浮かべるしかない。

 

 

「おーい!みんなー!デカいの上げるぜー!」

 

 

声の方を向くと、サトシが地面に置く型の花火を点火しようとしている所だった。

 

「気をつけろよーー!」

 

「俺に任せとけーー!!」

 

導火線に無事着火し、火花は本体へと吸い込まれる。そして──────────

 

 

シーン……

 

 

「……あれ?」

 

花火は打ち上がらなかった。

 

「おっかしいなぁ……」

 

「あ、バカ!変に触るな!」

 

俺の注意は遅く、サトシが花火を持ち上げたその時──────────

 

 

ドカーン!!!

 

 

「あああああああああああ!!!!」

 

 

サトシの叫びはほとんどその音にかき消された。

サトシの手から大きくて、とても綺麗な打ち上げ花火が上げられた。

 

「わぁ〜〜!」

 

「綺麗……!」

 

皆がその美しさに見とれていた。

そしてその名残も消えた頃、改めてサトシへと目をやる。

 

「アッチィいいいいい!!!!腕がああああ!!」

 

不謹慎だけど、その声とサトシの様子が本当に面白くて────────

 

「あはははは!」

 

俺は声を上げて笑った。

みんなもサトシの様子を見て、心配よりも笑いが生まれたようで、皆で声を上げて笑った。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

花火も終わり、皆で片付けに入った。

私、絢瀬絵里も砂浜のゴミの片付けを終え、一足先に別荘へと戻って来た。

 

「ふう……」

 

別荘に戻ってきてからもやる事はある。

皆の足を洗う水の準備や、余った食材の片付けなどまだまだ終わりそうにない。

そんな時だった。

 

「絵里ちゃんっ」

 

私を呼ぶ声に振り向くと、そこには凛が立っていた。

 

「凛。どうしたの?片付けは?」

 

「ちょっと抜け出してきちゃった。絵里ちゃんと話したいことがあって…」

 

いつもの元気発剌な凛と違って、今は少し落ち着いているように見える。よほど重要な事案なのだろうか。

 

「何かしら?」

 

 

 

「───────ありがとね、優兄ィのこと」

 

「……優真?」

 

「うん。……優兄ィが絵里ちゃんにどこまで話してるのかわからないけど、優兄ィと出会った頃、あんな性格じゃなかったでしょ?」

 

「……確かに」

 

出会った頃の彼は人と関わることを恐れ、周囲と壁を作り、全てに達観しているような冷めた目をしていた。

 

「……優兄ィは昔色々あって、人と関わりが持てなくなっちゃったの。あんなに明るかった優兄ィは、まるでどっかに行っちゃったみたいで。

それが今……あんなに笑うようになってくれた。少しずつ、優兄ィは昔の優兄ィに戻ってる。……それはみんなのおかげなんだにゃ」

 

「……そうなら嬉しいけど、どうして私に…?」

 

「……絵里ちゃんは、優兄ィの高校最初の友達。優兄ィが変わるきっかけをくれたのは多分絵里ちゃんの存在だから……凛1人じゃ絶対優兄ィを助けられなかった。だからどうしてもお礼が言いたかったんだにゃ。

優兄ィは優しくて明るくて笑顔が似合う人だった。

────その笑顔を取り戻してくれてありがとう」

 

「凛……」

 

凛は悲しげな笑みを浮かべた。

凛の気持ちはなんとなく察しがつく。

きっと自分は何もできなかったと嘆き、悔しみ…

 

もっと優真の力になりたい、と。

 

 

「……私もよ、凛」

 

「え……?」

 

「私1人じゃ、優真を変えられなかった。

優真がいい方向に変われてるなら、それは私だけじゃなくて希や穂乃果……μ'sみんなの力よ。

……優真は私を助けてくれたけど、私はまだ優真に何も返せてない。こんなものじゃまだまだ足りないの。だから……私達みんなで、優真を支えましょう?」

 

「絵里ちゃん……うん!わかったにゃ!」

 

先程までとは違い、凛が満面の笑みを浮かべる。

その笑みを見て私も笑った。

 

「……でも絵里ちゃん」

 

「ん?」

 

 

 

 

「────────凛は負けないよ?

 

絵里ちゃんにもことりちゃんにも……希ちゃんにも!」

 

 

 

一転、凛は不敵な笑みを私に見せた。

 

優真と凛。

 

この2人は互いに仲のいい幼馴染だと括ってたけど

 

────(こちら)にはその気は無いらしい。

 

……私も負けていられない。

優真の好きな人も薄々わかってる。

それでも、譲るつもりはない。

 

「……恨みっこなしよ?」

 

「えへへー♪」

 

私も笑みを返すと、凛は楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

 

バーベキューと花火の片付けを終え、俺たちは別荘へと戻った。

 

「はぁー楽しかったね!」

 

みんな夜の余韻に浸っている。

なんだかんだ、楽しかったな。あんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。

そして俺たちの合宿2日目は終わ

 

「らないぜ!!」

 

「……サトシ?」

 

地の文に割り込んでくるなよ。

皆もサトシに視線を向ける。

 

「……まだアレをやってねぇだろ?アレをやらずして夜は終われないぜ!」

 

『アレ?』

 

「そうだ!さぁ、やろうぜみんな!」

 

 

 

……どうやらまだまだ俺たちの夜は終わらないらしい。

 

 

 

 

 

 




やり残したこと……いったい何試しなんだ……
絵里と凛、2人の優真への思いが語られましたね。
この2人の会話をずっと書きたかったのでここに持ってこれてやっとかという気持ちでいっぱいです笑
合宿編も終わりが近づいてきました。
最後までお付き合いよろしくお願いします!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【Days.2-3】恐怖!夜の肝試し!

書いてるうちに10000字を超えそうになったのでとりあえず書き上げた分だけは投稿します笑
続きは近日中に必ず!


44話【Days.2-3】恐怖!夜の肝試し!

 

 

 

「肝試しだぜ!!」

 

「肝試し……?」

 

何やらサトシはえらく乗り気だな……。

サトシが嬉々として俺たちに語る。

 

「この別荘の裏の森に、暗い(ほこら)があってな。

そこにカードが置いてある。それを持って帰ってくるっていう単純なゲームだ」

 

「……意味あるのか?」

 

「ある!」

 

「……聞いてもいいかしら…?」

 

「盛り上がる!」

 

「…………」

 

俺を含め、なんとも言えない表情を浮かべるμ'sメンバー。

──────ある数名を除いて。

 

「面白そう!やろうよ!肝試し!」

 

「凛もやりたいにゃ!」

 

穂乃果と凛が瞳をキラキラとさせてサトシの意見に賛同した。

 

「肝試しって……」

 

「ちょ、ちょっと怖いかも……」

 

ことりちゃんや花陽は少し怯えているようだ。

まぁだいぶ暗いし、正直女の子には辛いかもな。

 

「やっぱりみんな女の子だし、無理じゃないか?」

 

「んー……じゃあ、ペアでやるのはどうだ?」

 

「どんだけ肝試ししたいんだよ……俺はいいけどみんなは」

 

 

 

「やります」「やるわ」「やるわよ」「やるにゃ」

 

 

 

……え、約4名顔がガチなんだけど。

ていうかさっきことりちゃん思いっきり嫌がってたよね!?

しかも絵里、無理すんなって!お前は暗所恐怖症だろ!

 

「……じゃあ肝試しやりたい人…」

 

念のため多数決を取る。

手が上がったのは、7本。

穂乃果、凛、ことりちゃん、絵里、矢澤、希、そしてサトシ。

 

「……東條も乗り気なのか?」

 

「うん、みんなの怖がる顔を見るのも面白いかなーってね♪」

 

「……本当いい性格してんな、お前」

 

「褒め言葉として受け取っておくよーっ♪」

 

「はぁ……んじゃやろうか、肝試し。3人もそれでいい?」

 

「……うぅ…頑張るっ」

 

「あまり乗り気ではありませんが……皆がやるというのなら…」

 

「私は別にどっちでも」

 

花陽、海未、真姫も賛成してくれた。

……俺もあんまり乗り気じゃないけど、頑張るか。

……あ、俺は別に暗いのとかお化けは苦手じゃないよ?虫はダメだけど。

 

「んじゃ、ペアを決めようぜ!ユーマ、そこのペン取って」

 

「ん」

 

近くにあった黒いマジックをサトシに渡すと、

それと割り箸を使って簡単なくじを作った。そしてそれをコップに挿し、簡易くじ引き箱の完成だ。

 

「数字が一緒だった人がペアな!俺ら合計11人だから1つだけ3つ数字書いたから!」

 

……先ほどからμ'sメンバーの数人にただならぬ空気が漂っているんだが……。

 

「狙うは一点……」

 

「絶対に負けません…!」

 

「勝ち取ってみせるにゃ……!」

 

「神様どうか私に力を……!」

 

……たかがくじ引き、なんだけど。

そして各々がくじを引き────────

 

 

 

 

 

 

「ここの森の奥だぜ!歩いて片道10分くらいでひたすらまっすぐ!それで着くからみんな迷うなよ!目的地に着いたら全員揃うまでそこで待機な!」

 

別荘を出て裏に回ると、確かにそこには1つだけ森が大きく口を開けた空間があった。

 

「……なぁ真姫」

 

「何?」

 

「さっきアイツ祠にカードが置いてあるって言ってたけど……いつ置きに行ったんだ?」

 

「……そういえば悟志、バーベキューの途中で家の電話を使って続用人と何か話してたわね……」

 

「……召使いさんにやらせたってわけか、自分の家でもないのに…どんだけ肝試ししたかったんだ……」

 

「まぁ悟志も私の家じゃ我が子のように可愛がられてたけど。……それより優真さん。

本当にこのペアで大丈夫なの?」

 

「……た、ぶん」

 

後ろから突き刺すような視線を感じるけど。

 

「……どうすれば助かるか教えてくれよ」

 

「知らない。じゃあ私1番だから。……頑張ってね」

 

「ドライすぎるよ真姫さぁん……」

 

「じゃあ1番の真姫と穂乃果さん、準備よろしくだぜ!」

 

「はーい!頑張ろうね、真姫ちゃんっ!」

 

「ちょ、そんなにひっつかないでっ……」

 

真姫と穂乃果が腕を組みながら森の中へと歩いて行った。因みに1組に1つずつ懐中電灯が支給されている。

……この肝試し、果たして無事に終わるのか…?

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「結構暗いねー!」

 

「……そうね」

 

穂乃果と真姫は腕組みから手繋ぎに変えて暗い森の中を歩いていた。

 

「あ、私暗いのは大丈夫なんだけど、幽霊とかは苦手なんだよねー……だから真姫ちゃん!出てきたときはよろしくね!」

 

「ええっ!?む、無理に決まってるでしょ!?幽霊なんて!」

 

「…………え、冗談だったんだけど……もしかして真姫ちゃん、幽霊信じてる?」

 

「当たり前じゃない!小さい頃襲われたことだってあるんだから!」

 

「襲われた?」

 

「……家にいたのよ、白くて、傘みたいな幽霊が……!私が夜更かししようとするといっつも部屋に入ってきて『早く寝ないと食べちゃうぞー』って言うの。だから私は小さい頃夜更かしをしたことが無かったわ」

 

「……ふふっ…あははははは!」

 

「な、何笑ってるのよ!?本当なんだからね!?」

 

「だ、だって……はははははは!」

 

穂乃果は気づいていた。

それはただ“親が布団のシーツを被って驚かしに来ただけ”だと。それを本当に怯えたように語る真姫の様子が面白くて穂乃果は笑ったのだった。

 

「真姫ちゃん可愛いっ!」

 

「わぁっ、ちょっと!絶対バカにしてるでしょ!」

 

「んーん、真姫ちゃん可愛いなぁーって!」

 

「も、もう!穂乃果っ!」

 

ことあるごとに自分に抱きついてくる穂乃果を鬱陶しく思う一方で……恥ずかしくも嬉しくも思う真姫は複雑な心境のまま穂乃果のなすがままにされていた。

そんな状態でしばらく歩いていると、1つの場所へと行き着いた。

 

「……別れ道?」

 

「悟志さんは一本道って言ってたよね?……あ、あそこ立て札があるよ」

 

2人は怪訝に思いながらも、その立て札の内容を覗いた。

 

 

 

『左に祠あり。左だぞ?絶対に左だからな!』

 

 

 

「……わかりにくいっ」

 

「そういうフリかな?右に行けっていうフリなのかな?」

 

真姫は不機嫌そうに、穂乃果は苦笑いで各々の感想を述べた。

 

「……どうしよっか、真姫ちゃん」

 

「……左ね。おとなしくこの看板に従いましょう」

 

「わかった、じゃあしゅっぱーつ!」

 

「だから……引っ張らないでってば!」

 

またもや穂乃果にされるがまま、真姫は左の方の道へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……怖いよ凛ちゃぁん……にこちゃぁん……」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「なんで何も言ってくれないのぉ……!?」

 

にこ、凛、花陽の3人は花陽以外ほぼ無言でただただ歩き続けていた。

理由は簡単、くじの結果だ。

 

「……にこちゃん」

 

「……何よ、凛」

 

「やっぱり納得いかないにゃ」

 

「……我慢しなさい。あれも運命よ」

 

「なんで!?にこちゃんだって、納得いかないでしょ!?」

 

「うるさいわね!!なんとか我慢してるんだから話しかけないでっ!!」

 

「あわわわ……け、喧嘩はやめようよ2人とm」

 

「「花陽(かよちん)は黙ってて!」」

 

「誰か助けてぇ〜……」

 

ただでさえ恐怖で震えそうなのに、2人に喧嘩されるとますます怖くなる花陽だった。

 

「はぁ……こんなこと話しても仕方ないわ。道も暗いし、何か楽しい話でもしましょう」

 

「楽しい話かにゃ?」

 

「そう。何かない?」

 

「そんな急に言われても……ってあれ?」

 

そして3人は、穂乃果たちも辿り着いた別れ道のところへと到着した。

 

「別れ道?」

 

「悟志くんは一本道って言ってたよね……?」

 

「どうなってるのよまったく。なになに……?

 

『左に祠あり。左だぞ?絶対に左だからな!』

 

ですって。どうする?」

 

「どう考えても怪しいにゃ……」

 

「うぅ……助けてぇ……」

 

「もうかよちん泣かないの!うーん……じゃあこうしよ!

にこちゃんが右。凛とかよちんが左ってことで!」

 

「ちょっと!!なんでにこだけ1人なのよ!!」

 

「だってにこちゃん、さっきから怖くなさそうだし。大丈夫でしょ?」

 

するとにこは突然、雰囲気を変え──────

 

 

 

「えぇ〜、にこぉ、こんな暗いところ1人で歩けない〜っ♡」

 

 

 

「……ちょっと寒くないかにゃ?」

 

「ぬぁんでよ!」

 

冷ややかな目をしてにこを見つめる凛に、にこが反駁した。

 

「守りたくなるでしょ!!」

 

「ならないにゃ。どっちかっていうと────」

 

 

 

「うぅ……凛ちゃぁん…怖いよぉ……」

 

 

 

「こっちの方がよっぽど守ってあげたくなるにゃ」

 

「……悔しいけど同感ね」

 

涙目+上目遣いで懇願する花陽はまさしく“守ってあげたくなる存在”だった。

 

「……仕方ないわ。みんなで左に行きましょ。迷うときはみんな揃って迷う方がまだマシだわ」

 

「賛成にゃ!ほらかよちん、あと少し頑張ろっ?」

 

「うん……頑張るっ」

 

そして3人は左の道を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

「やはり暗いですね……」

 

「うん……ちょっと怖いな…海未ちゃんはこういうの平気なの⁇」

 

「平気、と言えば嘘になりますが……恐れおののいて動けなくなるほどではありませんね。

ことりは昔からこういうのはあまり得意ではありませんでしたね」

 

「うん……穂乃果ちゃんはこういうのは大丈夫だったけどね」

 

海未、ことりの幼馴染コンビは昔話をしながら暗い森の中を歩いていた。

一見どちらも何も気にしていないように見えるが……ことりの表情は普段より少し暗い。

その微妙な変化に、海未だからこそ気づいた。

 

「ことり?何かありましたか?」

 

「えっ!?な、なんで⁇」

 

「いえ、普段より元気がないように見えたので……」

 

「……ううん、何もないよ…⁇」

 

「……あなたが嘘をついていることくらい、わかりますよ。……まぁあらかた想像はつきますが」

 

「えっ……⁇」

 

海未の言葉に、ことりの表情は少し驚愕のそれに変わる。

 

 

「─────優真先輩のこと、ですね?」

 

 

「…………」

 

その無言が肯定だということを示していた。

 

「……ひとつ聞きたいことがあります」

 

「……何?」

 

 

「─────ことりは優真先輩のことが好きなのですか?」

 

 

海未は前から──────それこそ音ノ木坂に入る前からずっと思っていたことがあった。

ことりが優真のことについて話すときはいつも本当に嬉しそうで。もしかすると……否、もしかしないでも……ことりはその人に恋をしているのではないかと。

ずっと思っていたこと。それを今初めて海未は口にした。

そしてことりは、答える。

 

 

 

「─────────うん、好きだよ。

音ノ木坂に入る前から……私を助けてくれたあの日から、ずっと」

 

 

 

ことりの答えは、海未の予想通りのものだった。

そしてことりはこう続ける。

 

「……優真くんを追いかけて音ノ木坂に入った、って言っても嘘にならないんだ。最初はただお母さんが理事長をしてるから、ってことの方が大きかったんだけど……優真くんと会ってから初めて音ノ木坂に入りたいって心から思えたの。

 

だから優真くんへの思いは負けないつもり。

 

──────μ'sの他の誰にも」

 

 

 

ことりのその言葉に、海未は明確な意思を感じ取った。“μ'sの他の誰にも”。その言葉にはことりの覚悟が現れていた。

 

優真へと思いを寄せるメンバー。

海未にはことり以外にも数人、確信はないものの心当たりはあった。

まずは凛。それから絵里。もしかするとにこもそうなのかもしれない。

そして────────希。

 

少なくともこの4人は優真に対して、恋愛感情かどうかはわからないが特別な感情を抱いていることは間違いない。

この中から優真と結ばれることがあるとするなら……ことりであって欲しいというのが海未の幼馴染としての思い。

しかし海未は知っているのだ。

優真と希の過去の話を。

それ故に、無責任にことりを応援することができない。だから────────

 

「……そうですか。頑張ってください。私はことりの味方ですよ?」

 

こんなありきたりな答えしか返せなかった。

 

「……うん、ありがとうね、海未ちゃん!

……くじの結果があんな風だったから、少し気になっちゃって」

 

「気持ちはわかります。しかし今更それを気にしても仕方ありませんよ?」

 

「そうだよね。うん!もう気にするのはやめるっ!……ってあれ?」

 

「? どうしましたか……って」

 

話をしているうちに、2人もあの別れ道へと着いた。

 

「別れ道?悟志くんは一本道って言ってたよね?」

 

「どういうことでしょう……あ、立て札がありますね。

 

『左に祠あり。左だぞ?絶対に左だからな!』

 

だそうですが……」

 

「うーん、怪しいね……どうする?海未ちゃん」

 

 

 

「──────右です。右以外ありえません」

 

 

 

「……根拠を聞いても、いい…?」

 

「人間、未知の道を選ぶときには無意識に左の道を選ぶ傾向があるのです!だからこういう時は右に行きましょう!」

 

「海未ちゃんってク○ピカ理論信者だったんだ……」

 

「こういう時こそクラ○カ理論を使うとき!さぁ行きますよことり!」

 

「あぁ!待ってよ海未ちゃんっ!」

 

意気揚々と右を選択した海未に、ことりが遅れて着いて行った。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……どれくらい進んだ……?」

 

「まだ半分もいってないぜ……だ、大丈夫だぜ絵里さん!俺があなたをお守りするぜ!」

 

悟志、絵里の2人は先頭に悟志、その両肩を絵里が持って歩くというフォームで暗い森を進んでいた。絵里は元来の暗所恐怖症。最初は意地を張って普通に歩いていたのだが、肝試しの暗さが耐えられるわけがなく今は目を瞑って完全に悟志に道を任せている。

 

「え、絵里さん暗いのダメなのか?」

 

「……少、し」

 

「少しっていう怖がり具合じゃないぜ……」

 

普段では見られないそのギャップを微笑ましく思いながらも、悟志はある1つの懸念事項を抱えていた。

 

(絵里さんのいる手前絶対こんなこと言えないけど……怖ぇよぉおおおおおお!!!!)

 

そう、この剛力悟志という男……見かけによらず大の怖がりなのである。皆で思い出を作るために肝試しという提案をしたのだが……このとき悟志は自分がどうするのかを考えていなかったのだ。

 

「悟志くん……震えてる……?」

 

「な、何言ってるんだぜ!絵里さんが震えてるんじゃないのか?」

 

「そ、そうよね……頼りにしてるわ、悟志くん」

 

(あぁあああああ!!そんな目で見ないでくれええええええ!!)

 

お互いに恐怖を抱えながら歩いていたところ、2人は例の場所へとたどり着く。

 

「あれ……?おかしいな」

 

「悟志くん?どうしたの……?」

 

「いや、真姫の家の人からひたすら一本道だって聞いてたんだけど……別れ道があるんだ」

 

「そんな…!あ、でも看板があるわね。どれどれ…

 

『左に祠あり。左だぞ?絶対に左だからな!』

 

ですって。……これ、悟志くんが……?」

 

「ち、違うぜ!俺も別れ道があるなんて知らなかった。……どうする?」

 

「……左、にいきましょう。とりあえず看板に従っておいたほうがいいんじゃないかしら」

 

「そうだな。よし、なら左にいこうぜ!」

 

「ええ。……じゃあ肩をお借りします……」

 

そして絵里は先ほどのフォームへと戻る。

 

「……ずっと思ってたんだけど、何で肝試しやりたがったんだ?そんなに怖いなら手上げなきゃよかったのに」

 

「えっ!?そ、それは……」

 

ふと悟志が疑問に思って後ろの絵里を振り返ると

 

───────絵里に浮かんでいた表情は“恋する乙女”のそれだった。

 

 

「……ははーん」

 

「な、なに……?」

 

「わかったわかった。俺は絵里さんを応援するぜ!」

 

「ちょ、悟志くんっ!?」

 

「やー、相手が俺でごめんな。本当は違う人がよかったんだろ?」

 

「ま、待って!や、やめてよ!」

 

「ははは!絵里さん顔真っ赤だぜ!」

 

「もう!悟志くんっ!!」

 

普段は見せない反応をする絵里が面白くて、悟志は絵里をからかった。

一通り満足した後、悟志は改めて口を開いた。

 

「あー満足した。ごめんごめん。

……まぁ、気になるよな。ユーマのパートナーはあの人だし」

 

「……うん。って、悟志くん…貴方もしかして…」

 

「……ユーマの過去については少しだけ知ってる」

 

少しだけ、というのは嘘だが。

その言葉に絵里は大きく目を見開いた。

 

「じゃあ、優真たちに何があったのかも……?」

 

「大筋は。でも詳しいところは俺も知らないぜ」

 

「そう、なんだ……」

 

「へへっ、まぁ暗いのは森の中だけにして!

さっさと祠まで歩こうぜ!」

 

「……えぇ、そうね。……じゃあまた肩を……」

 

「……そのフォームは安定なのな」

 

例のフォームを取りながら、2人は祠を目指して左の道を進んでいった。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

無言。響くのは俺たちの足音だけ。

ペアが決まったとき、どうしようと思ってしまったのは内緒だ。

俺のペアは────────希だった。

表面上は平静を装ってはいたものの、内心は動揺しまくりだった。……ペアが決まったときの周囲の空気も相まって。

明らかに不満げな視線が俺と希に集中したときのあの居辛さはなんとも形容し難いものだった。

朝に自分の想いを自覚したこともあり、俺はなんとも気まずい思いで希の隣を歩いている。

歩き出してから2分ほど経過して会話は全くなし。

手を繋いだりすることはおろか、互いに少し距離を開けて歩いている状態だ。

このままでは埒があかないと思い、俺は口を開く。

 

「……暗い、な」

 

「……うん…」

 

はい、会話終了。

キャッチボールは一回で終わってしまった。

…………勇気出して話しかけたんだからもう少し話を広げてくれませんかねぇ!?

どうしようかと頭を悩ませていたそのとき。

 

 

──────ガササッ!

 

 

横の藪から大きな音がした。

 

「きゃああぁっ!?」

 

希が大きな声を上げて俺の腕を握る。

その予想外の行動に俺の心拍は一気に跳ね上がる。

 

「……なぁ」

 

「あっ……ご、ごめんっ……」

 

「いや、いいんだけどさ。……お前もしかして……

 

怖いの苦手なの?」

 

「さ、さぁ……なんのことやらわからんなぁ〜……」

 

「うん、その反応で確信したわ。ならどうして肝試しやりたいって挙手したんだよ。それにさっきどうしてあんなこと言ったんだ?」

 

────────『うん、みんなの怖がる顔を見るのも面白いかなーってね♪』

 

「普通にそんな余裕なさそうだけど」

 

「えっ?い、いや、それは……その……」

 

あれ、突然顔赤くなった。どうしたんだろう。

 

「東條?」

 

 

 

「──────────女の子なんだから怖いのは当たり前でしょ!?」

 

 

 

「開き直った!?しかも逆ギレ!?」

 

「うるさーい!うるさいうるさいうるさーい!」

 

何やら叫びながらパコパコと俺の胸を両手で叩く。

 

「ちょ、東條っ、落ち着けって!」

 

 

 

 

「────────東條じゃないっ!」

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 

「────────“希”って……呼んでよ……」

 

 

 

─────いちいち反則すぎるんだよ。

ほんと、心臓に悪い。

 

 

「───────わかったよ……希」

 

 

俺が少し照れながらも名前を呼ぶと、“希”は嬉しそうに笑った。そしてスタスタと前を歩き出す。

 

「ありがと、優真くん♪」

 

「はぁ……そんなにポンポン性格変えてていいのかよ。いつかみんなの前でボロが出ても知らねぇぞ?」

 

希は俺の言葉に足を止め…首だけ後ろに振り返る。

 

 

 

「いいでしょ?

 

──────キミと二人きりの時くらい」

 

 

 

……なんか今日、卑怯すぎる。

こんなの……ズルすぎだ。

さっきから希にやられっぱなしだ。

───────ちょっと仕返ししてやるか。

 

「ほら行くぞ───────希」

 

「えっ……?きゃあっ!?」

 

俺は希の細い腕を優しく握り、森の中を再び歩き出した。

 

「ちょ、優真くんっ!?」

 

「嫌だったら振り払っていい。そんなに力入れてないから」

 

「…………嫌じゃ、ない、よ…」

 

振り返って希の顔を見たいのは山々だが、生憎それはできそうにない。……俺の顔もきっと真っ赤だから。

 

そのまましばらく歩き続けていると、俺たちはとある場所へと着いた。

 

「あれ……?」

 

「別れ道……?」

 

サトシは一本道って言ってたはずなんだけど……どういうことだろうか。俺は希の手を離し、周りを見回してみたが、参考になるものは何もなかった。

 

「あ、優真くん。ここに立て札が刺さってるよ?なになに……

 

『左に祠あり。左だぞ?絶対に左だからな!』

 

だって。……これ、悟志くんかな?」

 

「……っぽいな。でもあいつわざわざこんなことするかな……?」

 

「うーん、後で聞いてみよっか。それよりどっちに進む?」

 

「……俺は左だと思う。希は?」

 

「私も左。じゃあそっちにしよっか」

 

「よし、じゃあ行こうぜ」

 

俺はそう言って左の道へと歩き出そうとする。

しかし希はそこから動かない。

 

「希?」

 

「───────腕」

 

「ん?」

 

 

 

「さっきみたいに────────お願い」

 

 

 

「………………おう」

 

ほんっと、調子狂う。

先ほどの腕繋ぎの状態のまま、俺たちは左の道へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 




希、可愛いなぁ……(ほっこり)
希があそこで挙手した理由、皆さんはわかりましたでしょうか。
……おそらく想像通りですよ。

さて、新たに評価をくださった流星@睡眠不足さん、どうもありがとうございました!
評価文と相まって、本当に励みになりました。
これからもどうぞよろしくお願いします!
そしてどうやら日間ランキングの方にもお邪魔させていただいてるみたいで……!
本当にありがとうございます!これも閲覧していただいている皆様のおかげです!
これからもどうぞこの作品の応援をよろしくお願いします!
私も精一杯皆様のご期待に応えていくつもりです!

長くなりましたが今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【Days.2-4→3】葛藤、そして作るのは

前回の続きですが、一転シリアスな雰囲気の話へと変わります。
急な落差で戸惑うかもしれませんがどうかついてきてくださいね!
それでは今回もよろしくお願いします!


45話【Days.2-4→3】葛藤、そして作るのは

 

 

 

「お、やっと出たみたいだぞ」

 

俺と希はやっとの事で森を抜け、サトシの言っていた祠へと辿り着いた。すでにμ'sのメンバーはそこに集合していて、それに気づいた穂乃果たちは俺たち2人に向けて手を振っている。

 

「おーい」

 

「お、やっと来たかユーマ」

 

「あ、優兄ィ遅かっ……た…………ね?」

 

「迷ったのかと思ってた……わ……」

 

「心配した……わよ…………」

 

……ん?凛と矢澤と絵里の返答がおかしいな?

そして何やら俺が近づくなり急に視線が痛くなった。それに穂乃果と花陽はおぉーっ、と目を輝かせているし、真姫は苦笑を浮かべてなんとも言えない表情を浮かべている。サトシは露骨にニヤニヤして俺を見ている。……何かあったのか?

 

「……どうした、みんな」

 

「……“ゆーまっち”。あの……」

 

「ん……どうした?……“東條”」

 

 

 

「その……う、腕…」

 

 

 

「ん?…………あっ」

 

完全に忘れていた。

森の中を歩いている間は俺はずっと希の腕を握っていたわけで─────────

それを解かぬまま俺は皆と合流した。

 

「ご、ごめん!」

 

「い、いや別にええんよ……」

 

希は少しだけ頬を染めながら俺からそっぽを向いた。

 

「──────随分と楽しかったみたいね」

 

絵里の冷ややかな視線が文字通り俺に刺さる。

その温度、まさに絶対零度。

 

「いや、これは……と、東條が怖がってたから……」

 

「希ちゃんは始める前怖くなさそうだったけど?」

 

「なんで今日は無駄に指摘が鋭いんだよ、凛……」

 

「肝試しに紛れて希とイチャイチャと……本当アンタ不埒なやつね」

 

「そんな海未みたいなこと言うなよ矢澤……

 

……って海未は?」

 

そういえばと思って俺は皆に問いかけた。

先ほどから海未とことりちゃんの姿がない。

 

「それがまだ到着してなくて……」

 

「“まだ”?」

 

それはおかしい。ここに来るまでは一本道で俺たちはことりちゃん達には遭遇しなかった。

つまり俺たちより遅れて到着するなど……いや、そうか。

 

「みんな、あの曲がり道どっちにした?」

 

「左だよ」

 

「左よ」

 

「左だぜ」

 

やはりそうか……つまり。

 

「あの2人は左じゃなくて、右に曲がったってことか」

 

俺たちも左に曲がった以上、そう考えるのが妥当。

ことりちゃんと海未は右に曲がり、道に迷っているのだ。

ことりちゃんが……

 

 

ことりちゃん。

 

 

 

「───────ことりちゃんっ」

 

 

 

俺は小さく、誰にも聞こえないようにそう吐き棄てると、懐中電灯も持たずに一目散に森の入り口へと走り出した。

 

「おい、ユーマ!?」

 

「優真!?」

 

「優真さん!!」

 

俺を呼び止める声を気にも止めず、俺は森の中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

暗い道のりを、己の勘だけを頼りに走る。

そして俺は先ほどの分かれ道のところへと辿り着いた。

先ほどとは違って右に曲がろうとした……

その時。

 

 

「─────────優兄ィ!」

 

 

今度は確かに聞こえた、俺を呼ぶ声。

その呼び方で俺を呼ぶのは、世界にただ1人だけ。

 

「────────凛」

 

俺の元に着くなり、膝に手を当てて息を上げる凛。

体力魔人の凛が息を上げている。

それだけ本気で俺のことを追ってくれたのだろう。

 

「お前……どうしてここに」

 

「だ、だって……優兄ィ1人で走って行っちゃうから……居ても立っても居られなくて……」

 

「……危ないだろ、1人で」

 

「凛のセリフだよ!何考えてるの!!1人で走って戻って行って……!!」

 

「っ……」

 

数年振りに、凛に本気で怒鳴られた。

 

 

 

「心配……したんだから…………」

 

 

 

懐中電灯にわずかに照らされた凛の顔からは……確かに涙が流れていた。

 

 

 

凛を、泣かせた

 

 

 

その事実は、俺の胸を強く締め付ける。

 

 

 

3年前も、こんな風に凛を泣かせて後悔した。

その時誓ったはずなのに、俺は……

 

「……ごめん、凛。俺が悪かった。心配かけてごめんな」

 

「……うんっ…」

 

俺はどうすることも出来ずに、ただ凛が泣き止むまで立ち竦んでいた。

しばらく経った後、凛が顔を上げる。

 

「もう大丈夫か?」

 

「うん……さっきはごめんね」

 

「いや、悪いのは俺だから。気にするな」

 

「ねぇ優兄ィ……一つ聞いてもいい?」

 

「ん?」

 

 

 

 

「優兄ィが必死になって駆け出したのは───

 

 

──────ことりちゃんだから?」

 

 

 

 

「……何で?」

 

「だって優兄ィ、ことりちゃんの名前呼んで走って行ったでしょ?……海未ちゃんもいたのに」

 

「……聞いてたのかよ」

 

「んーん。聞こえてなかったにゃ。でも今の優兄ィの返事でわかっちゃった。やっぱりことりちゃんの名前呼んでたんだねっ」

 

「…………」

 

凛は無理やり作ったであろう笑顔を俺に向ける。

凛に鎌をかけられ、俺は思わず顔をしかめた。

いや、それだけじゃない。

凛に言われたこと、それが何故か俺の気に障った。……事実でもないのに。

……いや、自覚してないだけで──────

 

───────それが事実だから?

 

「迷子になってたのが凛だったら──────

優兄ィはさっきみたいに駆け出してくれた?」

 

「当たり前だろ」

 

これは即答できる。嘘偽りない俺の答え。

凛は俺にとって大切な人だから。

 

「そっか……でも、たぶん違うと思うな」

 

「は……?」

 

「優兄ィはきっと“誰が迷っても”探し出そうとしてくれる。でもさっきみたいに“一目散に”駈け出すのは─────────

 

ことりちゃんの時だけ……だよね?」

 

「……………」

 

「後は希ちゃんの時くらいかな?」

 

「………………何、がいいたい」

 

「優兄ィはみんなに優しいよ。でもことりちゃんに向けるそれは……みんなとは違う気がするにゃ」

 

 

 

 

 

『今さらそれ言うの!?貴方3年生以外普通に呼び捨てじゃない!』

 

『や!年下はセーフなの!…凛とか花陽とかいるから妹にしか見えない…し……』

 

『なんで最後どもったのよ』

 

『い、いいから!わ、悪かったよ……』

 

 

 

 

あの時の絵里との会話

このとき俺の頭に思い浮かんだ1人の笑顔

 

 

 

『ことりにとって、優真くんは最高のヒーローですよ♪』

 

 

 

初めて彼女と出会ったあの日……

彼女が理不尽な辱めを受けていたあの日からずっと

俺は彼女を守りたいと思っている

だからこそ俺にとって彼女は特別で

でも、その特別が、まさか

 

「優兄ィは、ことりちゃんだけ“ちゃん”をつけて呼ぶよね…?」

 

そんなはずはない

 

「ねぇ、優兄ィ」

 

そんな言い方じゃまるで

 

「優兄ィはことりちゃんのこと──────」

 

 

 

 

 

────俺がことりちゃんを好きだ、みたいな

 

 

 

 

 

「───────好」

 

「違う」

 

「…………」

 

「違うから。もうその話やめろ」

 

凛が俺から視線をそらし少しだけ俯向く。

納得してくれたとは思えない。

でも黙ってもらわないと、俺の心が潰れそうだった。

ことりちゃんに抱いたこの気持ちが……恋心?

だったら俺が希に抱えているこの気持ちは?

どちらも俺にとって大切な人……で…………

希は……“希”は…………?

 

あ……………れ……………………?

 

 

 

 

 

俺が恋したのは

 

 

 

 

 

希……?それとも…………“希”……?

 

 

 

考えたけど答えは出ない

そして俺の中の何かが───────溢れ出す

 

 

「……ふふふふっ」

 

「……優兄ィ?」

 

「ははははは……」

 

「どう、したの……?」

 

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

「優兄ィ!?」

 

 

 

 

こんなおかしな話があるだろうか

 

“どちらを好きになったかがわからない”なんて

 

そんなの、“好きになった理由がわからない”と同義

 

俺はそんなものを“恋心”と呼ぼうとしていたと?

 

笑い話も大概にしろ

 

───────馬鹿だ“オレ”は

 

何をそんな甘いものに縋ろうとしていたんだ

 

オレは自分の“満たされない心”を愛という耽美なコトバで満たそうとしただけ

 

誰かの“愛”を求める資格なんざ

 

オレには無いだろう?

 

 

 

「あははは、っははははははははは!!!」

 

「優兄ィ、しっかりして!!」

 

ふらふらとよろけながら、オレは笑いが止まらない。

笑い声と共に涙がこぼれる。

どちらも止むことなく、俺の意思とは裏腹にただただオレの体から溢れ続けている。

その涙が示したものは愚かな自分自身への嘲笑なのか、それとも純粋なる悲しさから溢れ出たものなのか。

それは俺にすらわからない。わからないまま、オレは笑い泣きし続けた。

自分の心を、何かが覆っていくのを感じる。

そんな壊れたオレを止めてくれたのは──────

 

「優兄ィッ!!」

 

オレを抱きしめてくれた、凛の温もりだった。

 

「…………り、ん……」

 

「しっかりしてっ……!凛がここにいるから!!

ずっと一緒にいるから!!

 

だから“帰ってきて”!優兄ィ!!」

 

凛の温もりが、触れた肌からオレへと伝わる

 

「…………あ、ぁ……」

 

その温もりを渇望するように───────

“俺”は凛の体を抱きしめ返した。

 

「……あぁ…………」

 

声にならない声を発しながら、俺は涙が止まるまで優しい温もりを感じながら凛を抱きしめていた。

 

 

 

 

 

しばらく経って、俺の涙は止まった。

冷静さを取り戻し、己の体制の気まずさに気づく。

 

「……ごめん、もう落ち着いた、ありがとう」

 

「………………」

 

「凛…………?」

 

「嫌」

 

「え……?」

 

 

「ずっと一緒にいるって言った。だから離さない」

 

 

「凛……」

 

そして改めて……自分のシャツが湿っていることに気づく。それは汗じゃなくて……凛の涙。

 

……俺は何度凛を泣かせれば気が済むんだ

 

自分自身に苛立ちを感じながら、俺は凛の頭を撫でる。

 

「……ありがとう、凛。でもさすがに俺たちも戻らないと、サトシたちが心配するだろ?とりあえず右の道に入って……“海未達”を探してみよう。……そして歩きながらでいいから

 

─────俺の話、聞いてくれるか?」

 

最後の言葉に、凛が俺の胸から顔を上げた。

凛になら……俺が強く信頼している凛になら、話してもいいかなと思った。まず何より、誰かに自分の葛藤を聞いてもらいたいと思ったから。

 

すると凛はしばらく黙り込み……

 

俺に笑顔を向けて言った。

 

 

 

「──────うん、聞かせて?」

 

 

 

「……ありがとな、凛」

 

その笑顔は、俺に安心を与えてくれた。

 

「……じゃあ、右の方を進みながら行こう」

 

「わかったにゃ」

 

凛から懐中電灯を預かり、その光を頼りに俺たちは歩き出した。その時俺の手を凛が握ってきたけど、俺はそれを特に振り払うこともなく、優しく握り返す。

 

そして俺は凛に話した。

自分が抱えていた悩み─────────

ことりちゃんと希の間で揺れ動くこの気持ちを。

“希”の事に関しては敢えて詳しく言わなかった。

これは俺だけじゃなくて希の問題だと思うから。

そして凛はその全てを聞いて───────

立ち止まる。

 

「……凛」

 

「……ねぇ、優兄ィ」

 

その声は何故かいつもよりも儚さを宿していて

 

 

 

「……“好き”ってなんだと思う?」

 

 

 

「……俺が聞きてぇよ」

 

「へへへ、だよねっ。……凛はね、一つには決まらないと思うの」

 

「……一つに……決まらない……」

 

「うん。“好きのカタチ”って人それぞれにあると思うんだにゃ。

ここが好き、っていうのは人それぞれで……

好きって気付くキッカケも人それぞれ。

だから優兄ィが誰を好きなのか、どこを好きなのかはゆっくりと考えていけばいいと思う!」

 

「なるほど……」

 

「……あと優兄ィの話を聞いて思ってたのは……

 

優兄ィは“大切”と“特別”を一緒に考えちゃってない?

 

それを恋心って一括りにしちゃうのは……よくないと思うな。確かにその思いから始まる恋はあると思うんだけど……優兄ィの場合はそれを考えちゃダメだと思うな」

 

「特別と……大切……」

 

思い当たることが、十二分にある。

それと恋の境目が自分の中で定まってないからこんな錯覚を生んだのか?

だったら俺は。

 

過去にあったことを一旦全てゼロにしよう。

 

その上で、“今の”ことりちゃんと希を見る。

特に希に関しては、“希”の補正がかかり過ぎていてマトモな判断ができてないのかもしれない。

だから改めて、2人のいいところを探そう。

そしてそれが恋なのか……ゆっくりと考える。

 

「……ありがと、凛。やることが少し見えてきた」

 

「んーん、優兄ィの助けになったのなら良かったにゃ!……あとね、優兄ィ。これはみんなに共通することだと思うんだけど……」

 

「ん?なに?」

 

「“あぁ、恋だな”って思う瞬間。これは誰にでも共通して訪れると思うにゃ」

 

「……どんな?」

 

すると凛は今までより一際真面目な顔をして告げる

 

 

 

 

「─────“嫉妬を自覚した”時」

 

 

 

 

「嫉妬……?」

 

「……その人が他の誰かといるのが苦しい、自分だけのものにしたい……

 

自分だけを、見て欲しい

 

って思った時、それは紛れもなく恋心だにゃ。

優兄ィはそんな経験、ある?」

 

「……まだ、ない。凛は……?」

 

「……あるよ?」

 

「え、あるのか!?」

 

凛の衝撃のカミングアウトに、俺は大きく目を見開く。しかし───────

 

「─────って言ったらどうする?」

 

「……………………」

 

焦った俺を見てニヤニヤと笑う凛。

……してやられたことをこの時理解した。

 

「……からかうんじゃねぇよっ」

 

「痛っ!」

 

凛の頭に軽くチョップをかます。

 

「……ありがとう凛。スッキリした。ゆっくり考えてみるよ、自分の気持ち」

 

「……うん!優兄ィの役に立ててよかったにゃ!

さ、早く帰ろ!みんなが待ってるよ!」

 

「あ、おい待てよ、凛!」

 

凛は俺を置いて走り出した。

俺も急いでそのあとを追う。

 

 

 

 

 

 

この時はなにも考えていなかった

 

俺はただ信頼できる友人の凛に相談しただけのつもりだったから

 

俺の行動が凛にとってどう映るかなんて考えてなくて

 

なにも気付かなかった

 

──────走り出した凛が涙を流していたことも

 

俺の相談が凛の心を大きく傷つけていたことも

 

だから俺は

 

“この時の”俺を─────────

 

 

 

 

 

絶対に許さない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出れたかな?」

 

それから俺たち2人は右の道を進み続け、開けたところへと出た。

するとそこは先ほどサトシたちといた祠へと繋がっていた。

 

「……ってことは」

 

「右と左じゃ道の長さが違っただけで、どっちもつく場所は同じだったのかにゃ?」

 

「だな。つまりあの2人も……」

 

「あ!出てきた!おーいユーマー!!」

 

サトシの呼ぶ声の方を向かうと、そこには例の2人の姿もあった。皆心配してくれていたのだろう、その表情は安堵の笑顔で包まれている。

 

「2人とも、無事でよかった」

 

「いえ……心配をかけてしまい申し訳有りません」

 

「ごめんね優真くん……私が海未ちゃんを止めなかったから……」

 

「2人は何も悪く無いさ。こうして無事に帰ってこれたんだから、ね?」

 

「優真先輩……」

 

「それよりユーマ、お前の方が心配だったぜ!何考えてんだよ!あんな暗い道を懐中電灯も持たずに走って行きやがって!」

 

「そうよ!凛もいきなり走って行っちゃうし……心配したんだから!」

 

「わ、悪かったよサトシ……絢瀬……」

 

怒りを露わにしながら詰め寄られて、何も言えなかった。その怒りには俺に対する本気の心配も感じられたからなおさら。

 

「……結局一本道って、“どっちに行っても大丈夫”ってコトだったのかなぁ…?」

 

「多分そうじゃないかしら。紛らわしい言い方するわよね、ホント」

 

「まぁこうしてまた集合できたし、別荘に戻ろうか」

 

「うん、そうしよう!なんだかすごく疲れちゃったよ!」

 

「……穂乃果は1番乗りではしゃいでたからでしょ」

 

「う”っ……それを言われると何も……」

 

真姫のツッコミで周りが笑いに包まれる。

そして俺たちは帰り道をみんなで並んで帰った。

 

 

 

 

 

 

所変わって別荘。

昨日同様女子組が先に風呂に入ることになったので、俺とサトシは今現在広間で待機中だ。

昨日は言い争いをしたけど、今日はまったくそんなことはなくて………というより、“そんな余裕がない”。

 

「くそ……浮かばねぇ…………」

 

そう、“詞”。

今日の昼に合宿終了までにもう一曲書き上げると言った以上、隙があれば俺は詞を考えているのだが……

 

「ユーマ、根を詰めすぎてもいいことはないぜ?

少し気楽にしたらどうだ?……っても力が入る気持ちは俺にもわかるけどな」

 

「……ありがと、サトシ。でも俺はあいつらの期待に応えなきゃならない。それに自分で切った啖呵だ。落とし前は俺がつけるよ」

 

「……そうか。俺にできることがあったらなんでも言ってくれよ!力になってみせるぜ!」

 

「はは、頼もしいよ。……んじゃ、一個質問いいか?」

 

「ん?どうした?」

 

「……どんな曲を作るのが相応しいと思う?」

 

「……それを俺に聞くのか?」

 

「参考程度にだよ。何かアイデアが浮かぶかもしれないから」

 

うーん、とサトシは頭を捻る。

必死に考えてくれているようだ。そしてしばらく経つとサトシはゆっくり口を開いた。

 

「……逆に聞くけど、ユーマはいつもどんなことを考えて詞を書いてるんだ?」

 

「……俺?」

 

「質問を質問で返して悪い。でも、聞かせてくれないか?」

 

「いつも、か……大体海未と話し合ってテーマを決めて、それにあった詞を考えてる…かな」

 

「そうか……。だからかもしれないな」

 

「え?」

 

 

 

「────μ'sの歌には“メッセージ性”を感じる」

 

 

 

 

「メッセージ、性……?」

 

「詞の一つ一つに、“意思”が宿ってる。

“START:DASH‼︎”を初めて聞いてから……それからの曲にもずっと。

だからそれでいいんじゃないか?」

 

「はぁ……?言葉足りなさすぎだろっ」

 

サトシの言葉足らずな説明に、若干ムッとしながら返事をする。

するとサトシはいつもみたいにニカッと笑った。

 

「────今回は、“優真のメッセージ”を書くってのはどうだ?」

 

「俺の……メッセージ…」

 

「これ以上言ったら優真の作った詞じゃなくなっちまう。あとは自分で考えてみるほうがいいぜ?……じゃ、俺地下で残りの編曲してくるぜ!」

 

「あ、おいサトシ!」

 

そう言って本当に地下へと向かおうとするサトシを呼び止めたが、サトシはそのまま行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

あれからメンバーが風呂から戻ってきて1人で風呂に入り、いざ寝るということになって布団の中に入っても不思議と睡魔は訪れなかった。

体は疲れているはずなのに、意識がそれを拒む。

 

俺の、メッセージか……

具体的なイメージが湧かない。

果たしてこれを詞に変えたところで、それは発表できるようなものになるのか…?

考えの渦にハマった思考は答えを出すことを許さず、同じ問いを脳内でリフレインし続ける。

 

(………………ダメだ)

 

このままでは埒があかないと思い、俺はひっそりと布団から抜け出して地下のスタジオへと向かった。

 

 

 

 

スタジオへと移動した俺はそこに置いてあった海未のフレーズノートに目を通す。

 

「相変わらずいい詞を書くよなぁ……」

 

海未の詞は力強くて、初めて見た時から光り輝く何かを持っていた。サトシはそこに意思を感じたのだろうか。

だとしたら俺の詞は……どうなんだろうか。

そこまで考えた時、スタジオの扉が開く。

 

「───────お邪魔するわよ」

 

「真姫、サトシ……何しに……」

 

「ユーマが動いた音で目が覚めちまってな。スタジオに行くお前のことを考えてたら居ても立っても居られなくなっちまったぜ」

 

「─────曲、作りましょう。そのためにここに来たんだから」

 

「真姫……でも……」

 

「……これは私がやりたいこと。私が勝手にやってることなの。優真さんが気にすることじゃないわ」

 

俺の口調を真似してみたのだろうか、真姫が俺に微笑みを向ける。その微笑みを見ると不思議と肩の力が軽くなった。

 

「……それとヒントになるかはわからないけど……私が優真さんと海未の詞を見て思うことは“メッセージ”よ」

 

「……真姫もか」

 

「────私の仕事は、あなたたちが考えた“詞”を音に乗せてファンの人たちに届けること。

……詞を読んでるとわかるわ。

海未が書いてくれたものと、優真さんが書いてくれたものの違い。

海未は“ファンの人々へ”訴えかけるような力強い言葉で。

優真さんのは……優真さんの性格を表した、“私たちへ”訴えかける優しい言葉。

この2つが絶妙に合わさって生まれたのが今までのμ'sの曲で、私はそんな2人の詞が大好き。

 

でも今回は違う。

優真さんが1人で詞を作るなら……

 

私は、優真さんの“(コトバ)”が聞きたい」

 

「……俺の…」

 

「優真さんの私たちへの思い……そしてそれをファンの皆とも共有できるような、そんな曲が見てみたい……!」

 

 

 

俺のメッセージ。

 

 

 

「──────そっか」

 

俺がみんなに届けたい思いを───────

“μ'sの歌”へと変えて。

 

「──────これだ」

 

 

 

みんなと過ごした思い出

 

みんなとこれから作る思い出

 

そして俺のμ'sへの願い、伝えたいこと

 

この全てを(コトバ)に変えて

 

μ's全員と観客が楽しめるような曲を────

 

 

 

 

 

 

μ'sの光り輝く─────“終わらない奇跡”を信じて

 

 

 

 

「──────浮かんだ……!」

 

真姫とサトシが俺に笑顔を見せた。

その笑顔に俺も笑顔で答え、俺は怒涛の勢いでペンを走らせた。

それからの俺たちは色々と早かった。

1番だけでも意地で詞を書き終えるとそれを真姫に見せ、それを見ながらサトシと真姫の2人がかりで作曲を行う。

そこで合わない部分を俺がさらに改善して2人に示し────────

この終わりの見えない作業を永遠と続けた。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「んっ……」

 

μ'sメンバーの中で起床が早いのは、海未だった。

彼女は周りを見渡して、何人かの姿がないことに気づく。そして、廊下の電気が点灯していることにも。

海未は布団から抜け出すと、吸い寄せられるようにそちらへと向かい……開けられていた地下スタジオ行きの階段のドアへと辿り着く。

そして階段を下りスタジオ入り口の前には……

 

「──────希」

 

希の姿があった。海未よりも早く起床して、海未と同じようにここへと辿り着いたのだ。

 

「シーッ」

 

希が口に指を立て、静かにするよう海未へと促す。

そしてそれとは違う方の手でスタジオの中を指差した。海未はそれに従い中を覗き─────

 

「───────これは……!」

 

テーブルに突っ伏して寝ている真姫

 

大の字になって寝ている悟志

 

その悟志の腹を枕に寝ている優真

 

3人と、テーブルの上に纏められた一枚の紙、そしてミュージックプレイヤーを見た。

 

「まさか、3人は……」

 

「……本当、無茶するんやから…」

 

海未と希は、苦笑を浮かべて3人を眺めていた。そして希はテーブルの上の“ソレら”を指差す。

 

「……聞いてみよっか」

 

「……はいっ」

 

ゆっくりとスタジオの中へと入り、イヤホンを互いに片方ずつ指し、【新曲】という題名の曲を再生する。そこから流れてきた曲は……

 

 

「───────凄い」

 

 

圧巻の一言だった。

そして何より印象的なのが、詞。

優真が、自分たちに向けて書いたものだと一瞬でわかった。

 

「…………この曲を……一晩で……?」

 

「…………本当に力尽きるように眠ったんやろうね」

 

希が改めて3人に笑顔を向ける。

 

「んっ……」

 

優真が半目を開けて意識を取り戻した。

 

「あ、れ、俺……寝て、た?」

 

「ごめんね、起こしちゃった?」

 

「ん……海未…希……」

 

優真の言葉に、希はハッと驚いた顔をする。

……いま彼は気づいていない。寝ぼけて海未の前で希を名前呼びしたことを。

しかし海未は以前にもそれを聞いたことがあったので、特に触れることもなくそれを聞き流した。

 

「うっ……ユーマ…重たいぜ……」

 

「ん……悟志うるさぃ……」

 

真姫とサトシも眠りから目覚める。

それに海未が言葉をかけた。

 

「─────お疲れ様です」

 

すると3人は目を合わせて笑い──────

 

 

 

「「「いぇーいっ」」」

 

 

 

声を合わせてピースサインで返した。

希と海未はそれを見てにこりと笑い─────

 

同じくピースサインを返した。

 

 

 

 

 

 

 




今回、優真に起こった異変……その正体が明かされる時も近いです。
さて、前回と今回の肝試し回、本来ならば1話になる予定でした。
すると合計文字数は20000字にリーチをかける……ということで2つに分けることになりました汗
まだまだ修行不足です、精進していきます!

全く関係のない話を。MHXが発売されましたね!
自分は“瞬音”という名前でプレイしておりますので見かけたら「ことりちゃん!」と声をかけてください、発狂します。
あ、ちなみに瞬音と書いて“またたね”と読みますので他のゲームでこの名前を見かけても私です笑

それはおいといて。

そして新たに評価を入れてくださったレオンハートさんありがとうございます!自分の書きたい部分を評価してくださっていたのでとても嬉しかったです。これからも応援よろしくお願いします!

合宿編も残すところあと数話でございます。
次はいよいよ……?
長くなりましたが、今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【Days.3→after】開幕!ナツライブ!

合宿編も遂に最後です!



46話【Days.3→after】開幕!ナツライブ!

 

 

 

『続きまして、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sの皆さんです!』

 

会場アナウンスに合わせて拍手が起こり、彼女達がステージに上がり、横一列に並ぶ。俺とサトシはそれを舞台袖で眺めていた。

合宿から時は流れ、今はナツライブ本番。

あれから必死に努力と鍛錬を重ね、俺たちは大きな勝負に挑む。

そして訪れた静寂、張り詰めた空気……

その中で“リーダー”は口を開く。

 

『皆さんこんにちは!音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!本日はこのような素晴らしい大会に参加させていただき、ありがとうございます!』

 

そこで一度言葉を切り、頭を下げる。

再び起こる拍手、そしてそれが鳴り止むと穂乃果は顔を上げた。

 

『短い間ですが、どうか私たちのステージを楽しんでください!本日はよろしくお願いします!』

 

その言葉を合図にメンバーは横一列の並びから、

曲のスタートフォーメーションへと移動する。

 

 

─────この観客の中に純粋なμ'sのファンは、どれくらい居るのだろうか。

最近順位を上げてきたとはいえ、まだまだ知名度は言うほど高くないはずだ。

 

 

 

 

─────でもそんなものは関係ない

 

 

だって今から観客(おれたち)は───────

 

 

─────“笑顔の魔法”にかけられるのだから

 

 

 

 

センターに立ったのは穂乃果ではなく、矢澤。

そして彼女は俺が初めて見たときから変わらない、万人を魅了して離さない最高の笑顔で言う。

 

「────この歌で、みんなを今日1番の笑顔にするわよ!」

 

“この歌で”。その言葉に矢澤の一曲一曲にかける思いの大きさが伝わってきた。俺はフッ、と口角を上げて笑う。

 

 

 

この曲に、君以上にセンターに相応しい子はいない

 

 

だから“魅せて”くれ

 

 

君の唯一無二最強武器のその“笑顔”で

 

 

 

 

“夏の翼”を得た少女たちが────────

新たなステージを目指して今、“跳び”立つ。

 

 

 

「それでは聞いてください!

 

 

─────“夏色えがおで1.2.Jump!”!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

合宿最終日の朝。

あれから俺たちは2度目の眠りについたが、それはいきなりスタジオに飛び込んできた穂乃果によってあっけなく終わりを告げた。

何でも『みんなで朝日が見たい』ということで、他のみんなはすでに海に向かっているということ。正直俺はこのまま眠っていたいっていうのが本音だったけど、真姫が意外にも乗り気だったのでそれに引っ張られる形で俺とサトシも穂乃果と共に海へ。

 

そして海岸に皆で並んで見た朝日は、最高に綺麗だった。朝方早くでこの海岸にいるのは俺たち11人だけ。この11人でこの素敵な景色を独占していると思うと、心が震えた。

他の皆も同じことを考えているようで、それぞれ表情は違うものの目の前に広がる光景に心奪われていた。

そして誰からともなく手を繋ぐ。俺もサトシも混じって、学年も何も関係ないごちゃごちゃな列。この並びが、俺たちμ'sが学年の壁を超えた絆で結ばれたことを示していると信じて。

 

そして穂乃果が、決意を叫ぶ。

 

 

「─────絶対に廃校を阻止して、『ラブライブ!』に出場するぞーーーー!!」

 

それに続いて、皆も一人一人決意を叫んでいく。

 

「どんなスクールアイドルにも負けない、可愛い衣装を作りまーーす!!」

 

「凛の踊りを、ファンのみんなに見せつけてやるにゃーー!!」

 

「ウチとみんなの努力で、奇跡を起こして見せまーーす!!」

 

「人々の心に届くような、素晴らしい詞を書いて見せます!!」

 

「き、緊張しないように、私の精一杯で頑張りまーーすっ!」

 

真ん中の穂乃果から左端のことりちゃんへと移り、そこからは順番にことりちゃん、凛、希、海未、花陽へと移っていき、次は俺の番だ。

 

 

 

「────廃校も!他のアイドルも!

立ち塞がるものは全部乗り越えて!

絶対に『ラブライブ!』で“優勝”する!!

そのために、俺が出来る最大のサポートを君達に!!」

 

 

 

おぉーっ、と声が上がる。

……あれ、俺何か変なこと言ったかな?

すると穂乃果が笑いながら俺に言う。

 

「優真先輩長いよーっ」

 

「ん……あぁごめん穂乃果。つい……」

 

「いいよいいよっ。……へへっ、“優勝”かぁ……!

うん、燃えてきた!!」

 

……あ、そういえば俺、『ラブライブ!』出場じゃなくて、“優勝”って言っちゃった気が。

……恥ずかしっ!!俺がステージに立つわけでもないのに!

 

「私が作る曲で、μ'sを『ラブライブ!』“優勝”に導いてみせるわ!!」

 

「全員の力を合わせて、絶対に『ラブライブ!』“優勝”するぞーー!!」

 

「……っておい真姫、絢瀬!お前ら絶対俺のことバカにしてるだろ!優勝にアクセントつけすぎだろ!!」

 

俺のツッコミで皆が笑いに包まれた。

その様子を不機嫌そうに見ていた俺に、絵里が声をかける。

 

「ごめんごめん。……でも嬉しかったわ。

貴方が“優勝”って言ってくれて」

 

「え……?」

 

「それだけ信頼してくれてるってことだよね?私たちを!」

 

絵里の言葉を、満面の笑みで穂乃果が繋げた。

他の皆も、一様に俺を見つめている。

……そっか。

さっきの言葉は……俺の無意識の彼女たちへの信頼の表れ。俺は心の奥底では信じてるんだ。μ'sなら優勝できる、って。

 

それに気づいた俺は────────

 

「────────ああ」

 

力強く頷いた。

それを見て皆が嬉しそうに笑った。

 

「……さ、次はサトシだぞ」

 

「おう!……いくぜ!」

 

サトシは大きく深呼吸をして───────

 

 

 

「次の曲のセンターは!矢澤だぞぉおおーーーーーー!!!!」

 

 

「……何言ってんのよ、決意でも何でもな……

ってええええええ!?」

 

冷静に突っ込みかけて、サトシの言葉の意味を理解して驚いているのは、名前を呼ばれた本人。

 

「わ、私が……センター……?」

 

「おう!そうだぜ!」

 

「……ここで言うのかよ」

 

俺は思わず苦笑いを浮かべたが、サトシが『後は任せたぞ』と言わんばかりに俺の方を見つめてくるので仕方ないなぁと思いながらも説明を加える。

 

「……サトシの言う通り。一曲目のセンター、初っ端の曲はのセンターはお前だ、矢澤」

 

「私が……?」

 

「……満場一致の意見だったよ。“次の曲のセンターは誰にするか”。全員が矢澤だった」

 

「……何でよ。っていうかその投票、私いなかったし……」

 

「ナツライブで歌うことが決まったとき、俺たち3年生で考えたんだ。

 

──────矢澤をステージで輝かせたいってね」

 

「……!」

 

「夢だったんだろ?あの憧れのステージで、みんなの前で歌い、踊るのが。その夢をみんな知ってる。その夢をみんなで叶えたかったんだ。だからこの曲は───────

君こそがセンターに相応しい。そんな曲を作った。

──────信じてるぜ、矢澤」

 

「朝日……みんな……」

 

驚きを顔に浮かべながら、矢澤が皆を見回す。

それに笑顔で返された矢澤は、次第に顔を喜びの色へと変えていく。

 

「──────ビビってんのか?“スーパーアイドルさん”っ?」

 

俺の挑発に、矢澤はニヤリと笑顔を返す。

 

「何バカなこと言ってんのよ!私を誰だと思ってるの?」

 

そこで言葉を切り────────

 

 

 

「私の歌で!みんなを笑顔にして見せるんだからーーーー!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

あの日そう決意した彼女は今、素晴らしい輝きを放ち、ステージを心から楽しんでいる。

初めて矢澤のステージを見たあの日から、俺の彼女への印象は変わらない。

人々に笑顔を与える仕事、“アイドル”。

その天性の素質が、彼女にはある。

だから俺は、μ'sとは別に俺個人として矢澤個人を応援し続けていて。

ただあの頃と違うのは────────

彼女の後ろで踊る、彼女と同じ夢を目指す最高の仲間たち。矢澤は出逢えたのだ。2年という辛い時間を耐え続けて、遂に己と同じ夢を共有できる友と、仲間と。

 

 

─────『私はあの時間を、同じ理想を持った仲間と共有したい』───────

 

 

あの日そういった矢澤は、今日この日夢を叶えた。

“限られた時間の中を輝く”。

その言葉通り、矢澤は本当に、本当に楽しそうに踊り、歌い……笑っていた。

そしてその笑顔は観客(俺たち)へと伝染していき……

今や会場は完全に“μ's色”へと染まっていた。

 

……やっぱり間違ってなかったな。

一曲目を矢澤の曲にして、正解だった。

俺は心の中で手放しの賞賛を矢澤へと送った。

 

 

 

 

『──────ありがとうございました!』

 

曲が終わると巻き起こる拍手と歓声。

それは先ほどまでの形式的なものとは違った熱狂的なもので。そして矢澤は観客に手を振ると、穂乃果とポジションをスイッチした。

 

『───次の曲は、私たちにとって特別な曲です』

 

一転、穂乃果が少しだけ真面目に───それでも笑顔は崩さずに───言葉を紡ぎ出す。

 

『私たちの名前……μ'sは“9人の歌の女神”という意味です。この曲は、そんな私達を支えてくれている“10人目のメンバー”が私たちへの思いを込めて作ってくれた、最高の曲です!』

 

横にいたサトシが、俺の脇腹をコツンと肘でつつく。それを軽くあしらいながら、俺は穂乃果をじっと見つめていた。

 

『今日はその人への感謝を込めて歌います!

 

───────だから皆さんも作りましょう!!

 

この曲で───新しい、素敵な思い出を!!』

 

穂乃果の呼びかけに観客も声を大にして応える。

会場のボルテージは最高潮。

その中で今、μ'sの大勝負が始まる。

 

『それでは聞いてください────────』

 

 

 

 

 

俺と俺たちの思いを乗せて

 

 

 

 

“女神”たちよ、舞い踊れ

 

 

 

 

今目の前のステージを───────

 

 

 

 

 

 

──────“光り輝く楽園(シャングリラ)”へと変えて

 

 

 

 

 

 

『─────“Shangri-la Shower”!」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

優真がこの曲を皆に発表した時、メンバーの反応はそれぞれだった。

 

穂乃果は感じた。

この曲を初めて聞いたときに、優真が自分たちに込めた思いを。強い信頼、絆、そしてそれ以上の何かを込めて、自分たちのためにこの曲を書き上げたのだと。

だからその思いに──────絶対に応えたい。

今までよりもさらにやる気に満ち溢れた自分の心を感じて、穂乃果はニヤリと笑みを浮かべた。

 

ことりは笑顔を浮かべた。

優真の自分たちへの強い思いを感じて。

そしてイメージが湧く……皆と過ごしたこの数日の思い出と、優真が作ったこの曲の思いが─────重なる。

自分が作るべき衣装の姿が、“視えた”。

その感謝の思いと…自分の思いを少しだけ込めて。

ことりは優真へと笑いかけた。

 

海未は優真に対して尊敬を深めるばかりだった。

あれほどのクオリティを誇る詞を、わずか1日で書き上げるなど、自分には不可能だろうと思っていた。

─────あの曲に込められた自分たちへの思い。

そこに触れた海未は誓う。

“作詞担当”としてでなく、“1メンバー”として優真の思いに応えてみせる、と。

そして己自身も、もっと作詞の腕を磨いてみせる。

幾つかの決意を胸に、覚悟を宿した目で海未は、

越えるべき背中(優真)”を見ていた。

 

花陽は心に温かい何かを感じていた。

自分の大好きな兄(恋愛感情でもなければ本当の兄でもない)が、同じく自分の大好きなμ'sへの思いがたくさん詰まった曲を描いてくれたこと……そんな思いが幸せな感情となって花陽の心の中を包んでいたのだ。

─────緊張なんてしていられない。

絶対に応えてみせる。兄の期待に。

内気な少女は緊張の殻を捨て去り、決意を胸に笑顔を浮かべた。

 

にこは納得の表情を浮かべていた。

あの日から……ファーストライブをした時からずっと、にこは優真のμ'sに対する強い信頼を感じていた。それは月日を重ねるごとに大きくなっていき……その集大成としてこの曲が生まれた。

優真がにこを信じて一曲目のセンターを任せてくれたように、にこもまた優真に強い信頼を抱いている。普段は軽口を叩き合うような仲だが、互いの実力を疑ったことはない。

だから今目の前のこの曲は、にこからすれば当然の結果だった。“やるといったらやる”。彼はそういう男だとにこは思っていたから。

それでもやはり────大した男だ。

にこは一瞬だけ優しい笑みを浮かべたが、すぐに真面目な表情へと戻した。

 

凛は、心が晴れていくのを感じた。

昨日の優真との一件から、心にもやがかかったように苦しかった胸が、スーッと楽になっていく。

そこに、優真の“愛”を感じたから。

それが自分だけに向いていないのはやっぱり少し悲しいけど、その愛は確かに凛の心を包んでいた。

 

たとえ優真の気持ちがどこへ向かおうとも

自分は優真を支え続けよう

それが“1人じゃ何もできなかった”自分にできる

─────償いだから

そして自分の最大限のパフォーマンスで優真の思いに応えよう

 

そう小さな誓いを心に立てる凛だった。

奇しくもそれは、あの日希が立てた誓いと同じようなものだった。

 

真姫は詞に曲をつける段階で、涙がこぼれそうだった。

優真の作った歌詞は、μ's全体への思いでもあったのだが────────

ある一文を見て思った。

これは自分と、絵里のことを示している、と。

それを感じ取った瞬間、心に温かい何かが湧き上がり……不覚にも涙が溢れそうになった。

自分は見返りのない優しさなんて知らなくて。

その優しさの扱い方さえ知らなかった。

でも合宿を通して真姫は知る。

─────その差し出された優しさ()は、ただ握り返すだけでいいのだと。

 

「……アリガト」

 

少しだけ微笑みを浮かべ、誰にも聞こえないようなボリュームで真姫は優しく囁いた。

 

絵里もまた、感動で瞳を潤ませていた。

理由は真姫と同じ、自分たちへの思いが散りばめられた詞の中に、絵里を示した部分を見つけたから。

素直になれない自分に、その詞が語りかけてくるようで。彼の自分への心配と思いが、その一言だけで感じられた。

そんな彼の優しさにいつも助けられてばかりだ。

だから今は……この期待に応えてみせる。

それが今自分にできる、最大の恩返しだから。

強い意志を胸に、絵里は顔を上げて笑みを浮かべた。

 

希は優真の思いを感じてゆっくりと瞳を閉じた。

彼の努力には本当に舌を巻く。

いつも自分たちのために精一杯の努力を惜しまず……自分の身勝手な願いを、一生懸命叶えようとしてくれた。だから希にとってこのμ'sは文字通り“奇跡”だった。そしてこの歌詞を見ると……彼も同じ気持ちだったのだなと表情が緩む。

自分の大切なμ'sを彼も同じように大切に思ってくれている。そう思うだけで心があったかくなるのを感じた。

だったら私も、歌と踊りで彼に返そう。

彼の期待に応えるという形で、その思いに。

そう思って微笑みを浮かべる希だった。

 

 

▼▽▼

 

 

俺がこの曲を書き上げた時、今までより遥かな達成感を感じて心が震えた。

そして書いている途中────とても楽しかった。

自分の皆への思いが歌詞という形になっていくのはなんとも言葉には表し難い快感があった。

 

 

俺がこの曲に込めた思い。

──────俺と“希”が夢見たこの“奇跡”。

それが終わらないことを願って。

いつまでも皆で踊り続けたい。

そして作るんだ─────素敵な思い出を。

そんな思いをたくさん込めて。

 

 

後は夏らしく、彼女たちの魅力を輝かせるような詞を考えたのだが────────

その中に、“ある2人”へとメッセージを込めた。

“素直じゃないあの2人”への、俺からのメッセージ。

 

 

遠慮なんか、必要ない。

君たちはもう1人じゃないんだから。

この素敵な仲間たちを信じて──────

 

 

 

─────“君は、君のしたいことを”。

 

 

 

鮮やかな光に包まれたステージで踊る女神たちが、会場と一体化している姿は、本当に美しかった。

 

 

 

▼▽▼

 

 

「ほら、早くみんな並んでー!」

 

絵里が皆に手際よく皆に声をかける。

大会終了後の写真撮影が行われているのだが、

メンバーの意向で優真とサトシもそれに写ることになった。その中で、真姫が絵里と希に話しかける。

 

「……絵里、希…」

 

「ん?」

 

「どうしたん?」

 

2人は不思議そうに真姫を見ていたが、真姫は少しだけ頬を赤らめて言う───────

 

「アリガト……色々と、私のために」

 

そして真姫は笑顔を浮かべる。

その笑顔を見て、2人も笑顔で返した。

 

「はい、じゃあ撮りますよー!」

 

運営委員のカメラマンがメンバーに呼びかけた。

 

「みんな!最高の笑顔を向けなさい!」

 

『はーい』

 

「……私の言うことを…皆が素直に聞いてくれた…?」

 

にこが素で皆にツッコミを入れた。

その様子がおかしくて、にこ以外の皆が笑う。

その瞬間シャッターが押されて───────

 

 

 

 

 

 

心から嬉しそうに笑う皆の写真

 

そしてリーダーの胸に抱えられた金色のトロフィー

 

 

 

 

 

 

 

第一回『ナツライブ!』

 

音ノ木坂学院スクールアイドル『μ's』

 

参加校16校中──────1位

 

──────優勝

 

 

 

 

 

 




というわけで、合宿編これにて完結です!
……と見せかけて、あと1話番外編があります笑
“彼女視点”で合宿を最初から振り返って行く総集編のような話になる予定です!

そして新たに評価をくださったそらなりさん、本当にありがとうございます!体調を崩さぬように頑張っていきます!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【Days.after】オモイデ 〜合宿編another side.

今回で第4章は終わりです。
それと最後に重大なお知らせがあるので是非あとがきまでよろしくお願いします!



47話【Days.after】オモイデ 〜合宿編another side.

 

ナツライブを終えて、今私たちμ'sは学校から貸し出されたバスに乗って会場から音ノ木坂へと戻っている。

みんなは疲れてるみたいで眠っちゃってるけど、私…東條希はなんだか寝付けなくて窓の外の流れる景色を眺めていた。

 

今私が考えているのは、あの夏合宿の事。

穂乃果ちゃんの唐突な提案で生まれたあの夏合宿は私達μ'sにとって大きな転機になった。

みんなの絆が深まるきっかけにもなったし、私達の懸念材料だった真姫ちゃんもいい方向に心が動いた。

 

それと同時に────────

“優真くん”を取り巻く皆の思いも大きく動いたと思う。私が知っているのは、ことりちゃん、凛ちゃん、えりち。にこっちはまだわからない。

 

 

 

 

そして────────自分自身。

 

 

 

 

 

 

認めざるを得ない。

はっきりと自覚してしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

私は─────やっぱり“優真くん”が好きで

 

 

 

─────────“ウチ”も、“ゆーまっち”が好き

 

 

 

 

 

 

 

それは合宿でのあの出来事を思い出せば火を見るよりも明らか。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

合宿の時私は、楽しみながらもμ's皆の様子を観察していた。別に意識していたわけでもなくいつものように……癖のようなもの。人の顔色を伺い続けた私の、反射的にしてしまう習性。

真姫ちゃんも穂乃果ちゃんのおかげで笑えてたし、他のみんなも楽しそうに笑ってた。

後は真姫ちゃんに……きっかけを与えてあげるのが私の役目。私じゃ真姫ちゃんを助けてあげられない。

 

それができるのは……優真くんだけだから。

私は優真くんを信じて、思いを託すだけ。

 

だから私は3人で買い物に行った時も、枕投げをした時も、ちょっとしたおせっかいを真姫ちゃんに焼いた。

私が信じた通りに優真くんは真姫ちゃんの心の悩みを晴らしてあげられたみたい。ナツライブが終わったあとの記念撮影の時に見た真姫ちゃんの笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも優しくて、美しくて……まるで憑き物が落ちたみたいに晴れ晴れしかった。

 

やっぱり優真くんは凄い。

これからも私は“東條”として彼を……μ'sを支えていこう。

 

 

 

─────それでよかったはずなのに

 

 

 

合宿中、私の胸の中にはモヤモヤが渦巻いていた。

きっかけは分かっている。

───えりちと優真くんの一幕を聞いていたから。

 

 

 

(────絵里)

 

彼がえりちの名前を呼ぶ。

 

(────握ってろ。多少はマシになるだろ)

 

彼がえりちと触れ合う。

 

 

聞きたくなかったのに、一度聞こえると鮮明に聞こえてしまう2人の会話。

応援していくはずだった。

彼の隣は自分の場所じゃないから。

そのために2人を引っ付けるような手伝いもしてきたつもりだった。

 

なのに

 

─────この胸のモヤモヤはなんだろう

 

 

……否。なんだろうなんて問いかける必要もない。

わかってる、ずっと知ってる。

でもそれを認めることはどうしてもできない。

それはあの日の誓いを破ることになるから。

 

 

でも私がえりちに抱いたこの感情は

 

“嫉妬”以外の何物でもなくて

 

それを自覚することはすなわち

 

私は彼に──────────

 

 

そこまで考えた時。

 

──────バリッ!!ボリッ!!

 

あの音が広間に響いて───────

 

そこから先は、皆で枕投げを楽しんで……その中で真姫ちゃんの“お手伝い”をしてあげた。

そして生き残った私達は眠りについた……私はさっきの気持ちを思い出して眠れなかったけど。

 

 

しばらくすると真姫ちゃんが布団から出て廊下へと歩いて行った。

僅かに聞こえる水音。寝付けずに風呂に入ったのだろうか。

すると驚いたことに、優真くんも風呂へと向かい始めた。止めるべきか否か迷って──────

真姫ちゃんのために行かせることを決めた。

優真くんなら間違いは起こさないだろうし、何より真姫ちゃんと2人きりになるいい機会だと自分に言い聞かせて……でも……

 

モヤモヤする……さっきよりもすごく…………

うぅ……なんなんだろうコレ……

 

胸のモヤモヤは膨らんでいくばかりだった。

 

 

 

結局あまり眠れなかった私は、誰よりも早く目覚めて外へと出た。

昇りかけの朝日は綺麗で、吹き付ける浜風もスッキリとしていて気持ちよかった。

一晩中モヤモヤを抱き続けて、もう自分でも自分の気持ちがよくわからなくなっていた。

認めたくない。認めたくないけど……

 

そんなことを考えていたら、後ろから声をかけられた。

 

「────────東條」

 

呼びかけられた声に、ゆっくりと振り向く。

その声の主は見なくてもわかるけど。

 

「ん……ゆーまっち。おはよっ、早かったね」

 

「お前の方こそ早いな、眠れたか?」

 

「うん、ぐっすりやったよ」

 

優真くんの口調は硬い。

何かあったのかな、と思うけど心当たりはない。

 

「……隣どうぞ」

 

「……おう、ありがとう」

 

私の促しに従って優真くんは横に座った。

───────少しだけ距離を開けて。

無言がつづくと気まずいから私から口を開く。

 

「……綺麗な朝日やね」

 

「あぁ、本当に綺麗だ。昨日見た夕日も綺麗だったけどな」

 

「……楽しいね、ゆーまっち」

 

「ん?」

 

「─────合宿。楽しいね」

 

「……うん、楽しい」

 

「ふふっ♪」

 

何気ない短い会話が続く。

なんとなく会話が弾まない。

何とも言えない空気が2人の間に流れている。

私の方はこのモヤモヤがあって気まずさを感じてるんだけど……優真くんの方はどうなんだろう。

とりあえず、空気を和ませるために一つ優真くんを弄ってみようかな…

悪戯心が働いて、私は“東條”の笑みで優真くんに言う。

 

「─────えりちとイチャイチャした感想は?」

 

「なっ……!!お、お前聞いてたのかよ!?」

 

「ウチの地獄耳を舐めん方がいいよー?ねぇ、どうだった?えりちのて、の、ひ、ら♡」

 

ニヤニヤと笑う私に口撃をされて、優真くんは明らかに顔をしかめる。

──────少しだけ頬を赤くして。

 

「あ、あれは絵里が寝れないって言うから……」

 

──────私の前で、彼女を“絵里”と呼んだ。

それは彼の私に対しての信頼の表れのはずなのに、何故かそれが心にチクリと刺さる。

 

「お、“絵里”??」

 

「どうせ全部聞いてたんだろ!なら今更隠す必要ねぇよっ」

 

優真くんは不貞てそっぽを向いてしまった。

しかし私はまだ口撃をやめない。

 

「ふふふ、おもしろーい♪じゃあ……

 

──────真姫ちゃんと混浴した感想も、聞きたいなぁ〜」

 

「それも見てたのかよ!!」

 

「真姫ちゃんがお風呂に行ったのは知ってたんやけど、しばらくしたらゆーまっちが起きてお風呂に行きだした時は笑いそうになったよー!

ま、面白そうやから止めんやったけど♪」

 

「……ん?てことはお前……」

 

 

 

「え?起きてたよ?」

 

 

 

「お前えぇぇぇ!!」

 

「だって、面白そうやったし、何より……

 

────聞いてくれたんやろ?真姫ちゃんの悩み」

 

「…………!」

 

「────────ウチに出来るのはあそこまでってわかってたから。最後に真姫ちゃんを助けてあげられるのはゆーまっち。そう思ったから託したん」

 

私は優真くんに笑いかけた。

優真くんは驚いたような表情をして私を見ている。

 

「……買い物の時のあれも、枕投げも…俺が真姫と話し合う時の下準備のために……?」

 

「さー、どーやろね」

 

言葉を濁したが、彼の言う通り。

 

全部キミの為。

私ができるのはその手助けだけだから。

 

すると優真くんはどこか遠いところを見てしばらく考え込んでいるような様子を浮かべた。

 

「……ゆーまっち?」

 

「……あぁごめん、考え事してた。

……真姫と話したよ。あいつの悩み、思ってること…全部打ち明けてくれた。その上であいつの思いも聞けた。……きっと大丈夫。何かあったらその時は……」

 

「ウチらが支えんと、やね」

 

「あぁ」

 

私が優真くんに笑顔を向けると、彼も笑顔で返してくれた。

その笑顔に、昔の優真くんの面影を感じた。

 

だからかもしれない。

 

私があんなことをしてしまったのは。

 

「にしても、ゆーまっちもモテモテやなぁ……」

 

「何がだよ」

 

「両手に花でも足りんのやない?あんなにたくさんの女の子から囲まれて」

 

「……ありがたいことですよーだ」

 

テキトーに返事をした優真くんに、なんだかムッとした。

 

「あー、そんな言い方するんやー。みんなに言っちゃおうかなー、えりちと真姫ちゃんのコト」

 

「待て、それはマジでやばい!いろんな意味で殺される……!」

 

「へへへっ♪じゃあお願い事ひとつ聞いてくれるなら見逃してあげてもええよ?」

 

「……わかったよ、聞くよ」

 

「おー?言ったね?ならじっとしててね」

 

覚悟を決めて。

これで全てを───────確かめる。

 

 

 

そして私は少し座る場所を優真くんの方に寄せて

 

互いの腕が触れ合う距離まで近づいた後

 

自分の頭を彼の肩へとそっと乗せた。

 

 

「…………何してんの?」

 

彼も驚いているようだ。

でも1番驚いているのは……私自身。

自分がこんな大胆なことをやるなんてさっきまで考えもしなかった。でもここまで来たなら…やってしまえ。

 

「……いいやろ?たまにはウチも誰かに甘えたいのっ」

 

そして私は地面に着いていた彼の手の上に、自分の掌を重ねて優しく握った。

触れ合った手と手……腕と腕から、彼の温もりを感じて先ほどから胸がドキドキとして止まらない。

優真くんは今どんなことを考えているのだろう。こんな状態になって……ドキドキしてるのは……

 

 

─────落ち着くのは、私だけかな?

 

 

 

優真くんは私の手を振り払うこともなく、目の前の海をただ見つめていた。何を考えているのかはわからなかったけど、彼の緊張が握った手から伝わってきた。

再び訪れた静寂。

その静寂は私にとっては心地いいものだったけど、彼にとってはきっとそうじゃない。

だからその静寂を自分で壊すことにした。

そして自分の思いを──────伝える。

 

 

「……ゆーまっち。ウチ嬉しいん」

 

「……なにが?」

 

 

 

 

「─────キミが笑ってるから」

 

 

 

 

「……俺?」

 

「最近ずっと楽しそう。えりちが入ってからよく笑うようになった。それまでは……私のお願いでたくさん無理をさせちゃってたからね。

だからそんな風にしてるキミを見ると、やっぱり安心するんだ」

 

そして“仮面”を──────外した。

 

「……こっちでもいい?」

 

「……好きにしなよ─────“希”」

 

「ありがと──────“優真くん”」

 

オープンキャンパスの時は拒否されてしまったけど、自分の思いを伝えるならやっぱり“仮面”はつけたくない。

優真くんが“私”を受け入れてくれて少し嬉しかった。

そこで安心したからだろうか。

────言うはずもなかった言葉が口から漏れた。

 

 

 

 

「……落ち着くなぁ、キミの隣は」

 

 

 

 

「え?」

 

彼が疑問の声を浮かべて初めて、自分の心の声が漏れていたことに気づいた。

 

「あ……!な、なんでもない!!忘れて!!」

 

「いや、聞こえなかった、すまん」

 

「……そっ、か…良かった」

 

彼はそれ以上私に問いかけることはしなかった。

何かを察してくれたのだろう、そんなところに彼の優しさを感じる。

 

彼の勘は鋭い。にこっちやえりちはウチのことも鋭いなんて言うけど、優真くんには及ばないと自分では思っている。

でも私達が1番鋭いのは────────

 

お互いの思い。

 

お互いの考えてるコトなんて、痛い程わかるのに

どうして私達はこうなってしまったんだろう

どこで間違えてしまったのだろうか

 

───どうしてこんなにも素直になれないのだろう

 

 

「……なぁ、希」

 

優真くんが口を開いた。

 

「ん?どうしたの?」

 

「……昨日の君の言葉の事だけど」

 

「?」

 

「真姫と3人で買い物行った時」

 

 

 

『─────放っとけないの。よく知ってるから。あなたによく似たタイプ』

 

 

 

「……あれ、絵里の事だと思ってたけど……違った。

 

──────『俺と“希”』のことだったんだな」

 

彼は確信を持って私に問いかけた。

ご明察、彼の言う通りだった。……気づくと思ってたけどね。

 

自分の思いに素直じゃなくて

常に誰かのためが行動指針で

 

そんな真姫ちゃんはまるで“私達”のようで

 

「あ、わかっちゃった?」

 

「元々俺に気付かせるつもりだったんじゃないのか?」

 

「さぁ、どーだろうね」

 

私は彼をはぐらかす。

……きっと彼にはバレているだろうけど。

 

「……ねぇ、ふと思い出したんだけど」

 

「……何?」

 

「───────あの子、元気にしてるかな」

 

 

今までなんで思い出さなかったんだろう。

あんなに大切な存在だったのに。

 

 

「──────“紬”ちゃん、今どうしてるんだろ」

 

(つむぎ)”ちゃん。

文字通り私たちの絆を紡いでくれた存在。

しかしその言葉を聞いた瞬間、優真くんの表情に一瞬だけ影が差した。

本人は隠したつもりだろうけど、私にはバレバレだった。

 

「──────元気にしてるんじゃないか?」

 

それは明らかな嘘だった。

私を悲しませないための。

だから私は────────

 

「──────そっか」

 

何も触れなかった。

彼がさっきそうしてくれたように。

私達は互いに嘘がつけないから互いの距離感だけで雰囲気を察し合い、触れられたくないところには触れない。それが私達の暗黙の了解。

そして私は自分の思いと感謝を優真くんに告げた。

 

「優真くん。私μ'sのことが大好き。

───君が創ってくれたあの場所が大好きなんだ」

 

「……俺が作ったわけじゃないよ」

 

「ううん、違うよ。確かにμ'sを作ったのは穂乃果ちゃんたちだけど、それを利用した私のワガママのために色々頑張ってくれたのはキミだよ。

────だからμ'sは、キミが私にくれた居場所」

 

「……やっぱ違うだろ」

 

「え?」

 

「……そのために頑張ったのは俺だけじゃない。希はもちろん、穂乃果たちも色々頑張ってくれたじゃないか。だからμ'sは、“みんなで作ったみんなの居場所”だ。でも──────」

 

そして優真くんは、私の手が乗っていた方の手で、私の頭に優しく手を乗せ、撫でる。

 

 

 

 

「─────君がいなかったら俺は絶対やり遂げられなかった。今のμ'sがあるのは君のおかげだよ。……ありがとな、希」

 

 

 

 

その言葉が私の心の奥深くに届いて

 

己の心に“答え”を出した

 

 

 

やっぱりダメだなぁ

 

でも、納得しかないや

 

ずるいよ優真くん

 

私の努力も、“ウチ”の努力も認めてくれて

 

そんな優しい君にドキドキしてるこの心は

 

 

 

 

─────“恋心”以外ありえないよ

 

 

 

 

「……ふふふ♪本当にズルいなぁ、優真くんは」

 

「……口調混じってるぞ?」

 

「いーのいーの!……優真くん」

 

「ん?」

 

そして私は彼の肩から頭を離して、笑う。

 

心からの“私”の笑顔で。“私達(“東條” “希”)”の気持ちが届くように。

 

 

 

 

「───────ありがとね♪」

 

 

 

 

─────もう逃げないよ、優真くん

 

 

私はあなたが好き

 

 

えりちにもことりちゃんにも……他の誰にもキミを譲りたくない

 

 

キミが幸せになるその隣は

 

 

私じゃなきゃ、嫌なんだ

 

 

 

 

 

 

「さて、そろそろ戻ろうか。優真くん付き合わせちゃってごめんね」

 

私はそう言って立ち上がろうとした。

すると優真くんは────────

 

「──────希」

 

私を呼び止めた。

 

私は彼の顔を覗き込んだ。

優真くんは何やらあちらこちらを見ながら考えを巡らせているようで、ややあって口を開いた。

 

「……もう少し一緒に居てくれたりしないですか?」

 

そのいつもの彼らしくない物言いと、意味不明な口調に思わず吹き出してしまった。

 

「ふ、ふふふ……あはははは!」

 

「わ、笑うなよっ!」

 

「だ、だって…その言い方……あはは…」

 

「うるせぇ!悪かったな!」

 

「ごめんごめん。…いいよ。

 

私ももう少しキミと一緒に居たい」

 

「……おう、そっか…」

 

そして私は優真くんの隣に座りなおした。

……少し距離を開けて。

自分の思いを自覚したとたん急に気まずくなっちゃったから。

そして改めて、彼への思いを告げた。

 

「優真くん。私はキミを信じてる。私はずっとキミの味方だからね?」

 

「ありがとな。俺もお前のこと信じてるから。

たくさん迷惑かけるかもだけど───────

これからもよろしくな」

 

優真くんの言葉に、私は笑みで返した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

今思えば、あれはキッカケにすぎなかったんだ。

2年前のあの日に捨てたはずの優真くんへの想いは、捨て切れてなんかなかった。

自分の心はあの頃から何一つ変わってなんかない。

 

私は5年前からずっと、優真くんが好きだった

 

今ではそう思った方がしっくりとくる。

その想いは私の心に温もりを与えてくれて。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

バーベキューが終わって、みんなでやった肝試し。

あれに挙手したのも自分の心を自覚したからだった。本当は怖かったけど、彼の隣になれる機会があるなら。

 

興味がないフリしてたけど、実は私もえりち達みたいに、彼の隣を狙っていた。

そして本当に彼の隣になれた時は、自分の幸運に感謝した。

 

「ウチのスピリチュアルパワーの力やね♪」

 

……なんでいつもの自分なら言えてたかもしれないけど、そんな余裕すらなくて。

いざ本番になっても緊張と恐怖で全く会話をすることができなかった。

そんな私の腕を、彼は優しく握ってくれた。

優真くんは私の腕を離すのを忘れてみんなの前まで行っちゃったけど、本当は嬉しかったり。

でも優真くんは海未ちゃんとことりちゃんが帰ってきてないことがわかると血相を変えて飛び出していった。その優真くんの後を凛ちゃんも追いかけて行って残った私達は本当にどうしたらいいかわからなくて、ただ2人が帰ってくるのを待っていた。

 

しばらくすると2人揃って無事に帰ってきたけど、私は凛ちゃんの表情が暗いのが気になった。優真くんの方は別に普通だったから、どういうことだろう…?

次の日の朝には元気になってたから気にするのはやめたけど、それが強く私の印象に残っている。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

今回の合宿は、良くも悪くもみんなの関係を少しずつ変えた。

それはμ's団体としてもだし、個人個人としても。

少なからずμ'sの絆は合宿前よりも確実に深まった。

それが今回のナツライブの優勝をもたらしたと言っても過言ではない。

 

ただμ'sは──────動き始めるはず。

この危うい均衡が続くとは思えない。

“優真くん”というピースがμ'sに及ぼす影響を、

彼自身は理解しているのだろうか。

そして私は─────自分と同じ想いを持つ“仲間”に、どう振る舞えばいいのだろう。

 

みんなはまだ気づいてないのかもしれないけど、μ'sが変わる時が近づいている。

私にはそんな気がしてならない。

 

ふと横を見ると、えりちが安らかな表情で眠りに落ちていた。その様子を見て微笑ましく思いつつ、私はえりちの方に頭を乗せ、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 




これにて合宿編終了でございます!
実に1ヶ月以上この話が続きましたが、満足いただけたなら幸いです。
合宿中、優真やμ'sメンバーの心情に大きな変化が起きました。
今後の話でそれがどのように動いていくのか是非ご注目を!
……希にはどうやら先が少し見えているみたいですが。

さて、ここからはお知らせです。
私情で申し訳ないのですが、しばらくの間更新を停止させていただきます。
理由は簡単、人生の大勝負です笑
1月に全国で行われるアレ……アレを乗り越えるために私も1作者から学生へとしばらくの間戻ろうと思います。
本当はこれまで通り更新を続けていきたいのですが、下手に両立して両方の質が落ちてしまうことは避けたいので……学業の方へ専念させていただきます。
一刻も早く皆様に続きをお伝えしたい!という思いは投稿を始めてから一度も変わったことはありません。それどころか、大きくなり続けています。
投稿から約3ヶ月、総合50話とここまでかけたのは紛れもなく、いつもこの作品を読んでくださっている皆様のおかげです。
なので一度自ら戦うべきところと戦い、勝利してからここへと戻ってきたいと思います!是非この作品と作者の応援をよろしくお願いします!
それと私と同じ境遇の皆さん!当日は僕も一緒に戦っています!頑張りましょうね!
後、この間にひっそりゆっくりと前に告知した0章の修正も行いたいなと考えています。そちらの方は活動報告の方でみなさまにお伝えしていくつもりです。

それでは長くなりましたが、今回もありがとうございます!
感想評価アドバイスお気に入り────────

──────応援の方お待ちしております!
みんなもファイトだよっ!



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【番外編短編】Venus of Purple Sp.〜Sweet Sweet Christmas.

どうも!またたねサンタが甘い甘いプレゼントを持ってきたよ!!
ってなわけでどうもお久しぶりです、またたねと申します。
今回どうしても書きたくなって短編を書いてしまいました笑
いいよね!クリスマス気分を味わいたかったんだもん!泣

さて、注意書きを。
この話は番外編です。本編との関わりは一切ございません。

タイトルからわかると思いますが、主役は希です。
少ない時間で書いたので文字数は少ないですが、愛と砂糖をたっぷりと込めました。
どうぞ楽しんでいってくださいね!


【番外編短編】Venus of Purple Sp.〜Sweet Sweet Christmas♪

 

 

 

12月25日。今日は世間一般で言うクリスマスと呼ばれる日だ。このイベントに俺はあまり縁がなく、中学時代は凛と花陽と過ごし、高校1、2年の時は絵里と希と過ごした。

……え?それは十分満喫してるだろ、って?

何のことやら知らない知らない。

 

そして高校3年生の冬。

この年は……この年のクリスマスは俺にとって忘れられないものになった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

俺が高校3年生の時のクリスマスは例年とは違い、μ'sと過ごした。まぁ元々凛と花陽、絵里と希と過ごしてたクリスマスだからそれに他のメンバーが加わったって形で違和感は全くなかったけど。

楽しかった。

『ラブライブ!』本大会出場を決めた俺達は、それのお祝いということもあって盛大にパーティーをした。

今回は俺の家ではなく、真姫の家でパーティーだった。真姫の母親……先生がえらく乗り気で、とんでもない量の料理がでてきたのは今となっては笑い話だ。

 

 

 

そして話は、俺が家に帰り着いてから始まる。

 

 

 

 

 

 

「はぁー……楽しかったけど、食い過ぎた……」

 

ソファーに腰掛け、天を仰ぐ。

先生が作る料理は最高に美味かったけど、如何せん量が……他のμ'sメンバーは女の子だからって言ってみんな俺に押し付けるし……ゲプっ。

 

今年は本当に色々あった。

μ'sが出来て。廃校を阻止して。一度大きく挫折したけど皆でもう一度立ち上がって。

再び夢が始まって。絶対不可能だと言われてた、A-RISEをも超えて本大会出場も果たした。

俺と“希”の夢……俺たちの“奇跡”は、本当に奇跡を起こし続けた。

あと一歩……あと一歩で俺たちの夢が叶う。

ついにここまで来た。やることは変わらない。

精一杯、楽しくありったけをぶつけるだけ。

そのために俺が出来ることなら何だってやってやる。

 

 

──────それとは別に。

 

 

俺には一つ決意があった。

今年中にそれにカタをつけようと思っていたが……気づけば今年はもう一週間しかない。

今日が絶好の機会とは思っていたんだが……

帰り道の都合でどうしてもチャンスが来なかった。

……明日言おう。

そう決めた俺は風呂の準備を始めようとしたのだが……

 

 

 

───────ピンポーン。

 

 

 

呼び出し音が響く。こんな時間に誰だろうか。

俺はインターホンへ駆け寄り、液晶に映った来訪者の姿を確認して───────

 

「─────はい」

 

『…………ウチです』

 

「…………………………誰ですか?」

 

『もう!わかっとるやろ!?』

 

「ははは。はいはーい。少し待ってて」

 

……こんな時間にどうしたんだろう。

すぐさま玄関に行き、鍵を開ける─────

 

「……ごめんね、ゆーまっち。こんな夜遅くに」

 

「いや、別にいいんだけど……どうした?東條」

 

「うん、ちょっと、ね……」

 

「……まぁいいや。ここじゃ寒いだろ?上がりなよ」

 

「あっ……うん。お邪魔します……」

 

……なーんか返事の歯切れ悪いな、希。

少々怪訝に思いながらも俺は希をリビングへと通した。

 

 

 

 

「……ほれ」

 

「あ、ありがとう」

 

温かいココアを作り、希に渡してやる。

希はソファーに座っており、俺も少しだけ距離を開けて、希の横へと腰を下ろした。

 

ふと希に目をやると、手が赤くなっているのが見えた。そこに手を伸ばして触れると、氷のように冷たかった。

 

「……っ!」

 

希が驚いたようにこちらを見ている。

 

「……あ、ごめん。手、赤いなって思って。

……凄い冷えてるじゃん。こんな寒い中どうしたんだよ」

 

「…………」

 

「……っていうか、こんな夜中に1人で歩くなんて危ないだろ?連絡してくれれば、俺の方から行ったのに」

 

「……ごめん、なさい……」

 

「……そこまで落ち込むほどじゃねぇよ。今度からはそうしてくれ。

……んで、どうした?」

 

希は俯いて何かを考え込んでいるようだ。

その考え事の中身は、俺ですら読み取れなかった。

 

しばらくすると希は顔を上げ、“東條”の笑顔で笑う。

 

「んーん、特に何もないよ♪」

 

「はァ?」

 

「ゆーまっちともう少しおしゃべりしたかっただけや。嫌やった?」

 

あくまで笑顔で希は俺に問いかける。

 

「別に嫌じゃないけど……本当にそれだけか?」

 

「うん、それだけよ?」

 

「はぁ……何だよ、凄い心配したのに」

 

「ふふふっ♪ごめんごめん……」

 

それからしばらく他愛もない会話を2人で楽しんだ。大きく盛り上がるわけでもなく、オチがあるわけでもない。単に2人で話すだけ。

でもこの時間が……無性に楽しかった。

 

そんな時間がしばらく続き、熱々だった互いのココアが冷えた頃。

 

「はぁーやっぱりゆーまっちと話すのは楽しいね」

 

「そりゃどうも」

 

「へへへっ。……ねぇ、ゆーまっち」

 

……少しだけ声色が真面目なそれに変わった。

───────本題か。

直感的にそう悟った俺は、無言で希の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

「────“ウチ”が中1の冬に引っ越してなかったら、今頃どうなってたかな?」

 

 

 

 

…………は…?

何を、いきなり。

 

「……どうした、いきなり」

 

「……最近思うん。ウチがずっと此処に居たら、今頃どうなってたんだろう、って」

 

「……らしくねぇな、お前が“if”(もしも)の話なんて」

 

「ふふふっ。……ウチがもしずっと此処にいたら。

もっと楽しかったのかな。

もっと君と仲良くなれてたのかな。

……君はあんな思いをせずにすんだのかな。

 

……そんなことばっか、考えてしまうん」

 

「東條…………」

 

「……引っ越しという事実が変えられなかったとしても。

 

もしあの日、君にサヨナラが言えてたら。

 

やっぱり君はあんな思いをしなくて済んだんじゃないかな、って。

……こんな話ししてもしょうがないことはわかってる。

けど、どうしても考えてしまうんよ」

 

希は笑顔だ。その笑顔に宿る感情は……悲しみ?

────否。それよりも大きな、決意。

 

「……5年前のクリスマス。“私”は何も言わないでキミの前から消えた。本当にごめんなさい」

 

「……それはもう、清算しただろ…?」

 

そうか。あれからもう5年も経つのか。

中1のクリスマス、希に呼び出された俺はそこに向かったけど、彼女はそこにはいなくて。

それ以来俺の眼の前から消えていなくなって。

俺の心に傷だけ残して。

でもその過去は、高1の春に“なかったこと”にした。

……でも確かに……

 

「ううん。やっぱりダメだよ。“なかったことにする”なんて。2人で向き合わなきゃ。

どれだけ傷ついたとしても、向かいあわなきゃダメだよ」

 

「…………“希”…」

 

「私ね、あの日伝えたかったことがあったの。

それを今日……伝えたくて、ここにきた」

 

「伝えたかったこと…?」

 

そこで希は一度俺から目を逸らし──────

覚悟を決めたような目で俺を見つめ直した。

 

 

 

 

「5年前、君に伝えたかったコトと

 

 

 

“少しだけ成長した”、“ウチ”の気持ちと

 

 

“5年前から何も変わらない”、“私”の気持ち

 

 

 

怖いけど 伝えるね」

 

 

 

 

希から目が離せない

 

緊張したように震える唇

紅潮させた頬

少しの涙で揺れる瞳

 

全てが魅力的で、俺の視線を掴んで離さない

 

 

 

 

「私」

 

 

それ以上は────────

 

 

「優真くんのこと────────」

 

 

───────言わせない

 

 

 

 

 

「やめろ」

 

「っ…………」

 

希の声に、少しだけ声を強くして被せる。

そして一瞬希から視線を逸らす。

するとその視線を戻した先には──────

 

─────涙を流す希がいた。

 

 

 

「そう……だよね………今更、だよね…………」

 

 

 

 

涙と共に、笑顔を浮かべる希。

その笑顔からは悲しみしか感じない。

──────やばい、絶対勘違いさせた…!

 

「ちょ、待て、希っ」

 

「ごめん、帰るね、お邪魔しました」

 

希は立ち上がり、本当に玄関へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

ああ畜生

 

自分の不器用さに腹が立つ

 

もっと言い方あっただろ?

 

でも後悔する暇があるなら───────

 

 

 

 

──────大切な人を、引き留めろ

 

 

 

 

「希っ」

 

俺は希に駆け寄り、その腕を掴んでこちらを向かせると────────

 

 

そのまま正面から、優しく抱きしめた。

 

 

「──────!?優真……くんっ…?」

 

希が驚いたような声を上げた。

 

 

 

───────それ以上は、言わせない。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────そこから先は、俺が言うから。

 

 

 

 

「──────好きだ、希」

 

 

 

 

「───────え……?」

 

「俺の口から言いたかった、希よりも先に。

だからさっき止めた。勘違いさせてごめん」

 

「…………嘘……」

 

「嘘じゃない。俺も同じ気持ちだよ。

5年前からずっと、君のことが好きだった。

 

高1の時、君への想いを諦めた。

……でも、無理だった。

君と過ごしていくうちにどんどん意識するようになって……気づいた。

諦め切れてなんかなかったんだ、って。

……気づくのにこんなに時間かかったけど…

伝えるのにもこんなに時間がかかったけど。

 

────────俺は希が大好きだ」

 

希はしばらく俺の腕の中で涙を流していたが、

ややあって口を開いた。

 

「今度はちゃんと…………言わせてね…………?」

 

涙声で俺にそういう希の頭を、優しく撫でる。

 

「……あぁ。聞かせてくれ」

 

 

 

 

「……ウチは……私は…………

 

 

 

優真くんが好き、大好き…………」

 

 

 

「……ありがとう」

 

 

俺の決意────“希に想いを伝える”という決意は

やっと叶った。

 

しばらくの間、泣き続ける希を優しく抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、希」

 

「ん、何?」

 

 

今俺たちはソファーに2人で、手をつないで座っている。

 

 

 

「……今日、泊まっていったら?」

 

「───────ええぇ!?」

 

希が顔を真っ赤にしながら声を上げた。

 

「ととと泊まるっ!?」

 

「……もう夜遅いし、どうせなら、ほら……

 

もう少し、一緒にいたいし……」

 

俺が少し照れながらそう言うと、希は顔をますます真っ赤にして俯いた。そして返事をする。

 

「う、うん……わ、私も…優真くんといたい……」

 

「……へ、変なことはしないから…」

 

 

 

「───────してくれへんの?」

 

 

 

「──────え?」

 

「あ、今変な想像…いや、妄想したやろ?」

 

「なっ…ば、馬鹿っ、今のは……!」

 

「あー顔真っ赤やーん♪ゆーまっちのヘンターイ♪」

 

「お、お前っ……!」

 

希にしてやられて、一気に顔が真っ赤になる。

そしてそれが恥ずかしくて俺は顔を希から背けた。

 

「……ねぇ、優真くんっ」

 

「……あぁん?なんだ」

 

 

 

 

 

なんだよ、と紡ごうとした言葉は振り向きざまに途中で遮られる

 

 

 

 

 

ふと俺の唇に訪れた、優しくて甘い果実によって

 

 

 

 

 

 

時間にして、数秒。

俺には永遠のように感じられた、幸福な時間。

 

そしてしばらくしてからその感触は俺から離れていき、希は頬を染めて恥ずかしそうに言う。

 

「────の、希サンタからのプレゼントっ……

 

 

 

大切にしてね……?来年も…あげるから……」

 

 

……どこで考えてきたのだろうか、そんな恥ずかしいセリフを。でも俺はそれ以上に希が可愛くて……

 

 

 

今度は自分から唇を重ねた。

 

 

 

触れるだけの、優しいキス。

今はこれで十分。互いの気持ちなんて痛いほどに伝わってるから。

 

満足いくまで堪能してから、顔を離す。

希の顔は幸せそうで……それでいてどこか名残惜しそうで。

そんな希の頭を優しく撫でながら、俺は言う。

 

 

「─────うん。来年も…その次の年も。

 

ずっとずっと毎年楽しみにしてる。

 

これからずっと、よろしくな」

 

すると希はまた泣き出した。

それでも笑顔を浮かべて────────

 

 

 

 

「─────うん、大好き、ありがとう」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「優真くーん?」

 

俺を呼ぶ声で目が覚めた。

もう“何年も前になる今日”(高3のクリスマス)のことを思い返していたら、

いつの間にか眠っていたらしい。

 

「こんなところで寝てたら風邪ひくよ?」

 

「あぁ、ごめんな希。心配してくれてありがとう」

 

「んーん。どういたしまして♪」

 

「……なぁ、希」

 

「? どうしたの?」

 

 

 

 

「もし……俺たちが中学の時出会ってなかったら

 

今頃どうなってたと思う?」

 

 

 

 

ふとよぎった疑問を、彼女にぶつけた。

すると彼女はしばらく考え込む様子を見せていたが─────にこりと笑った。

 

 

「わかんないよ、そんなこと」

 

「……そうだよな」

 

「うん。実際そうなってみないと、どうなるかなんてわかんないよ。

 

……でもね」

 

 

希はそこで一度言葉を止めて───────

俺の頭に、優しく手を乗せた。

いつも俺がやるように。

 

 

 

「いつかきっと私はキミに出会って

 

同じようにキミに恋をしたと思うな。

 

だって私の隣にいるのは

 

──────キミ以外考えられないもん」

 

 

 

そして希は笑う。

それは中学の頃惚れたあの頃と変わらない笑顔のような…高校の頃惚れ直したあの頃の笑顔のような。

 

どちらにせよ。

 

俺が大好きなその笑顔で。

 

 

「……ありがとう」

 

 

俺は笑顔で彼女を抱き寄せた。

 

 

そしてどちらからともなく、唇を重ねる。

 

 

もう何度も重ねた唇も、今日だけは特別な意味を持つ。

 

それは“大切な人”(サンタクロース)から初めてプレゼントをもらったあの時と変わらない、甘い恋の味がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




もしかして自分は希推しなんじゃと思い出した自分がいます。
さて、またたねサンタからのプレゼントはいかがでしたか?
皆様の糖分が補給できたのならば幸いです。

そして、更新してない間にも新たに評価をいただきました!
宵闇 鶴氏さん、イラストレーター水卵さん、上条シズクさん、HDtamagoさんありがとうございました!
縫流さん、再評価&貴重なご意見ありがとうございました!
今後の参考にしていこうと思いますので応援よろしくお願いします!

それと皆様のおかげで、どうやら評価バーが赤Maxになったようで…!
本当にありがとうございます!!
これからも頑張っていきますのでどうぞよろしくです!

さて、次回更新は未定です。
おそらく早くても2月ごろになるかと……
残りのラストスパート、頑張っていこうと思うので応援よろしくお願いします!
それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!

良いお年を〜(*^^*)


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【小泉花陽生誕記念 特別話】Venus of Green Sp.〜ハナコトバ

みなさん、あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いしますね!
……え?遅いだろって?はい、遅くなりまして申し訳ありません。
1月のアレも終わり、少し余裕が出来たので一気に書き上げてみました!

というわけで、花陽ちゃん誕生日おめでとうございます!
……え?1日間に合ってねぇぞって?はい、遅くなりまして申し訳ありません。(2回目)
言い訳はあとがきでさせていただくとして注意書きを。
・この話は番外編です。本編との関わりはございません。
・作者は花陽ちゃんが大好きです。
では久々に書いたので少々緊張しますが…どうぞ私の花陽への思いを、どうぞ!


【小泉花陽生誕記念 特別話】Venus of Green Sp.〜ハナコトバ

 

 

1月17日。今日は私、小泉花陽の誕生日です。

……誕生日、なんだけど……。

 

「けほっ、けほっ……」

 

そう、絶賛風邪を引いちゃってます。

うぅ……せっかくの誕生日なのに誰にも会えないなんて……熱はもう下がったんだけど、まだ少し身体がだるいのでもう1日家でおとなしくすることになっています。

時刻は午後4時。μ'sのみんなは今頃午後練習に精を出しているはず。もし風邪を引いてなかったら部活に行ってみんなに祝われたりしたのかな……?まぁ自業自得だからなんとも言えないのだけれど。

 

そんな時でした。

 

『花陽ー!起きてるー?』

 

お母さんがドアの外から私に呼びかける。

 

「起きてるよー」

 

『あ、よかったよかった!さぁ入って入って!』

 

え?“入って”?

そして私の部屋のドアが開く。そこに立っていたのはお母さんと─────

 

 

「……お邪魔します」

 

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

そう、優真お兄ちゃんでした。お兄ちゃんを中に案内するとお母さんはさっと下へと降りて行き、今はお兄ちゃんと2人きり。

私は起き上がり、ベットの端に腰掛けました。

お兄ちゃんはテーブルの上にカバンを置いて、カーペットの上に置いてあったクッションの上に座りました。

 

「どうしたの…?練習は?」

 

「みんなまだやってるよ。俺が代表でお見舞いに来た。……体調はどう?」

 

「うん、大丈夫。熱は下がったから明日は多分学校にも行けると思う」

 

「そっか。よかったよかった」

 

優真お兄ちゃんが笑顔を私に向けます。その笑顔にドキッとした私は反射的に目を逸らしてしまいました。

 

「……花陽?」

 

「ひゃい!?な、なにっ?」

 

「いや、いきなりどうした。やっぱまだ体調悪いんじゃ……」

 

「大丈夫だよっ!大丈夫大丈夫っ!」

 

……お兄ちゃんと2人で話すのは久しぶりで、それも何の前触れもなくこんな状況になっちゃったら緊張しちゃうよ……。

 

「本当に大丈夫か?顔も赤いし、やっぱり熱あるんじゃない?」

 

それはお兄ちゃんが来たからだよぉ……

とは本人には言えず、私はただ大丈夫とお兄ちゃんに言い続けました。

 

「大丈夫ならいいけど……っていうか」

 

そこでお兄ちゃんは堪えきれなかったかのように小さく吹き出しました。

 

「お兄…ちゃん?」

 

「いやいや……

 

 

“あの頃”みたいだな、って」

 

 

“あの頃”。その言葉で一瞬で記憶が蘇りました。

 

「覚えてる?花陽」

 

「……うん、覚えてるよ。

 

 

 

私と凛ちゃんと“優真くん”が、“兄妹”になった日」

 

そう言って私が笑うとお兄ちゃんも優しく笑った。

そして私たちは互いに“あの日”へと想いを馳せる。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

私が小学校四年生になってすぐの頃。凛ちゃんの家の近くに1人の男の子が引っ越してきた。

私と凛ちゃんよりも2つ年上で、お母さんたち同士で仲がいいみたい。

その人の名前は─────────

 

 

 

「……朝日優真です。よろしくね」

 

 

 

1番最初に見たその人の笑顔は、どこか悲しそうな……寂しそうな笑顔だった。

これは後からわかったことだけど、この時のお兄ちゃんは度重なる引越しで友達を作っても無駄になる、と冷めた考えを持っていたようで。

つまり私と凛ちゃんのお兄ちゃんの第一印象は……“少し怖そうな人”だった。お兄ちゃんも多分、“どうせ離れ離れになる隣人とその友人”くらいにしか考えてなかったのかもしれない。

 

そんな私たちの関係を変えたのは、お兄ちゃんが引っ越してきてから2週間ほど経ったある出来事だった。

 

 

 

 

 

 

それは初めてお兄ちゃん……“優真くん”と凛ちゃんと3人で遊んだ時のこと。ある日私が凛ちゃんの家で遊んでいたら、優真くんがママ……お兄ちゃんのお母さんと一緒に凛ちゃんの家へと来た。

その流れで凛ちゃんのお母さんに『3人で外で遊んでおいで』と言われたのが事のキッカケ。2度目の邂逅に等しい私たちは、友達になる前のあの微妙な距離感のまま外で一緒に遊ぶことになった。

 

 

「2人は何がやりたいの?」

 

外に出ると優真くんが私たちに問いかける。

 

「んー、りんはボール遊びしたいな!かよちんは?」

 

「えっ、私っ?私は…なんでも……」

 

「そっかぁー……それじゃ、近くの河川敷に行こっか。それでいい?」

 

「「うん!」」

 

「じゃあ行こっか。……“凛ちゃん”、“かよちゃん”」

 

「……!」

 

若干の微笑みと共に、優真くんが初めて私たちの名前を呼んだ。 その笑顔は初めて見たあの時と変わらない、少しの寂しさを帯びた笑顔だった。

歩き出した優真くんに続いて、私たちも河川敷へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「“ゆうまくん”いくよーー!」

 

「よしこーい!」

 

河川敷の小さな広場で凛ちゃんと優真くんがボールの蹴りあいをしている。私はそれを外から眺めていた。小さい頃から運動が大好きだった凛ちゃんはボール遊びを通してすぐに優真くんと打ち解けた。でも私は運動が苦手で……そしてそれにも増して男の人が少し苦手だった。

だから凛ちゃんのように一緒に遊んで仲良くなる、なんてことは出来そうになくて…私はただ2人を眺めていることしかできなかった。

いつもそう。私は凛ちゃんのやることについていくだけ。だからと言って凛ちゃんに不満があるわけじゃない。凛ちゃんと過ごすのは楽しいし、凛ちゃんのことは大好き。

 

 

でも凛ちゃんについていくだけの自分は…大嫌い。

 

 

自己嫌悪に陥りそうな思考を振り払って、私は近くに咲いていた花に視線を移した。

 

私は花が好きだった。綺麗で可愛らしくて……見ていると落ち着くから。それに誰かと積極的に関わることなく、ただ静かに佇むその姿がなんだか自分と重なって見えて──────

 

 

 

「─────何してるの?」

 

 

 

不意に声を掛けられる。その声に振り向くと、すぐ近くに優真くんが立っていた。

私は驚いて声を上げてしまった。

 

「ひゃああああっ!?」

 

「うわぁ!そ、そんなに驚かなくても……」

 

「あっ……ご、ごめんなさい……」

 

「いや、謝ることもないんだけど……」

 

「うぅ…ごめんなさい……」

 

「や、だから……ってもういいや。それより!かよちゃん、花好きなの?」

 

「えっ…………う、うん……」

 

「そっかそっかー、花は良いよね。見ていると落ち着くし、笑顔になれる」

 

「……うんっ。だから、好きなんだ…」

 

男の子とこんなに話すのは久しぶりだったから緊張してしまう。私は次に話す言葉を探しながら、優真くんの様子を伺う。

 

「あの……」

 

「ん、どうしたの?」

 

「ゆ、ゆぅ……まくん?も、お花好きなの?」

 

「俺?うん、好きだよ。かよちゃんほどじゃないかもしれないけどね。……ねぇ、かよちゃんはボール遊びしないの?」

 

……彼なりに、私と打ち解けようとしてくれているのだろう。その優しさを確かに感じた。

でも……私にはまだその優しさを受け入れる勇気は、無い。

 

「…私は、あんまり得意じゃないから……」

 

「んーそっかぁ…なら、違うことして遊ぼっか!」

 

「えっ、いいよ…!私は、大丈夫」

 

「どうせなら3人で遊ぼうよ。凛ちゃんにも言って見るから」

 

「いいよいいよ…!大丈夫、大丈夫っ」

 

私が笑いながら大丈夫というと優真くんはむーっと言いながら腕を組んで悩んでいました。逆に困らせちゃったかな……?

 

 

 

大丈夫。大丈夫。何度も何度も私自身に言いつけた言葉。そうやって私は自分の感情を抑えつけている。

 

 

その時

 

 

 

 

「─────返してよ!!」

 

 

 

 

 

凛ちゃんの叫び声が聞こえて私たちは後ろを振り向く。するとそこには、男の子3人組と言い合いになっている凛ちゃんの姿があった。

それを見た途端、優真くんはその現場へと駈け出す。私も少し遅れて優真くんの後を追う。

 

「おい!何してるんだよ!」

 

お兄ちゃんが3人組に怒り声を飛ばす。

 

「こいつが俺たちにボールぶつけてきたんだよ!」

 

「だからちゃんと謝ったにゃ!」

 

「年下のくせに生意気なんだよ!」

 

「年上だからってなんでもしていいのかよ。この子も謝ったんだろ?それでいいじゃねーかよ!」

 

「あぁ?んだお前。お前も生意気なんだ……よ!」

 

突然3人組のリーダー格のような男の子が……優真くんの顔を殴りつけた。

 

「うっ!!」

 

お兄ちゃんは後ろに大きくよろける。

 

「ゆうまくんっ!」

 

「大丈夫だよ……凛ちゃん…これくらい」

 

「調子乗ってんじゃ……ねぇッ!!」

 

「ガハッ!!」

 

3人組が、一気に優真くんに殴りかかる。

 

「優真くん!!」

 

「ゆうまくんっ…!」

 

私と凛ちゃんは恐怖でただその現場を眺めていることしかできません。そして何より驚愕なのは。

 

 

─────どうしてやり返さないの……?

 

 

優真くんはただ一方的にやられるだけ。自分は決して手を出さない。その現場を見ていただけの私達は、泣くことしかできなかった。そんな中で……

 

「もうやめてよ!ゆうまくんは悪くないでしょ!?やるならりんをやるにゃ!!」

 

勇気を振り絞り、凛ちゃんが3人組に叫ぶ。

その声を聞いた3人は振り返り、ニヤリと笑った。

 

「─────じゃあお望み通りそうしてやるよ」

 

3人の矛先が優真くんから凛ちゃんへと変わる。

勇気を出して叫んだ凛ちゃんももちろんそんな覚悟はなくて……涙目で体を震わせ始めた。

 

 

誰か……助けて………!

 

 

心の中で叫ぶ。この後に及んで私はまだ恐怖で声が出ない。届くはずもないその願い。

 

そして3人組のうちが振り上げた手が、凛ちゃんに襲いかかる───────

 

 

 

 

 

しかしその腕は凛ちゃんに触れることはなかった。

 

その腕を後ろから強く握る優真くんのおかげで。

 

そしてお兄ちゃんはその腕を引っ張り相手をよろめかせると、その足を払って地面へと叩き倒した。

 

 

 

 

 

 

「───────その子に指一本触れてみろ。

 

タダじゃ済まさねぇぞ!!!!」

 

 

 

 

 

激しい怒りを表情に宿し、優真くんが叫ぶ。

その表情に3人組は恐怖を感じたようで、先ほどまでの余裕は全く感じられない。

「くっそ……お、覚えてろよ!!」

 

3人組は焦ってその場から逃げ出した。

その途端、優真くんは膝をついてその場に崩れ落ちる。

 

「ゆうまくんっ!」

 

2人で優真くんに駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

 

「うん、へっちゃらだよ。あいつら口だけで全然力強くなかったし」

 

へへっ、と優真くんは笑う。

そんな優真くんに私は問いかけた。

 

「……どうしてやり返さなかったの…?」

 

「え?」

 

「やり返したら最初から勝てたんじゃないの?どうして?」

 

不思議でたまらなかった。その気になればさっきみたいに1発で追い払えたはずなのに。

すると優真くんは気まずそうに笑った。

 

「……嫌いなんだ、暴力は」

 

「え……?」

 

「ちょっと力があるからってそれを振るうだけで言うことを聞かせようとする奴が、大嫌いなんだ。

……でもね。

 

 

 

────大切な人を泣かす奴は、もっと嫌いなの」

 

 

 

最後だけ語気が強まる。そこには優真くんの大きな意思が感じられた。

 

「凛ちゃんとかよちゃんは俺がこの町に来て初めて出来た大切な友達だったから。そんな2人に手を出そうとしたあいつらが許せなかった。だから俺も手を出して止めようとしたけど…本当はそんなことなんてしたくない。

……あるはずなんだ。暴力に頼らなくても、誰かを守る方法が」

 

優真くんの言ってることは少し難しくて……半分理解できたような、理解できてないような。私と凛ちゃんはおそらくそんな感じだったと思う。

 

でも。

 

───『凛ちゃんとかよちゃんは俺がこの町に来て初めて出来た大切な友達だから』───

 

 

この言葉が、不思議と私の心を暖かくしてくれた。

今までそんなことを言ってくれる男の子は何処にもいなかった。同級生の男の子たちも、元気で明るい凛ちゃんと話すばかりで、私と話すことは少ない。そして凛ちゃんに対しても“男みたい”だとか、酷い言葉ばかり。凛ちゃんは可愛いのに……その言葉の度に凛ちゃんは傷ついていた。

 

だから優真くんが言う“大切な友達”という言葉は……すごく嬉しくて。

 

そしてお兄ちゃんは、笑う。

 

「……今度から、何が起きても君たち2人を守る。

だから俺を信じてくれないかな?

そして改めて───────

 

────俺と友達になってくださいっ」

 

そしてその笑顔のまま、優真くんは私たち2人に手を差し出す。

その笑顔は今までの寂しさを宿した笑顔とは違う…お兄ちゃんの“本当の”笑顔だった。

私と凛ちゃんは互いに顔を合わせ……笑う。

そしてその手を──────取った。

 

 

 

 

「「よろしくね!」」

 

 

 

 

3人は笑う。心の壁は崩れ去り、私たちは本当に“友達”となった。

そして優真くんはこう続ける。

 

「……しかし、俺もまだ弱いなぁ。こんなに傷だらけだし…かっこわりぃっ」

 

……ううん、そんなことない。

“力”じゃなくて“思い”で私たちを守ろうとしてくれた優真くんは。

私を“大切”と言ってくれた優真くんは。

 

 

───優しくて、カッコいい。

 

 

その姿はまるで────

 

 

 

「─────お兄ちゃん」

 

 

 

「えっ?」

 

「優真……お兄ちゃんっ!」

 

「お兄……ちゃん?」

 

「うんっ…!優真くんは、私のお兄ちゃん!」

 

私がそう言うと、凛ちゃんも瞳を輝かせた。

 

「そーだよそーだよ!お兄ちゃんだ!」

 

「り、凛ちゃんも…?」

 

「ゆうまお兄ちゃん。だから、“ゆうにぃ”だ!

よろしくね!ゆうにぃ!」

 

「優真お兄ちゃんっ!」

 

私たちが笑顔でそう呼ぶと、優真くんもにっこりと笑った。

 

「────よし!じゃあ今日から2人は俺の妹だ!よろしくね!」

 

 

そして私たちは……“友達”から“兄妹”になった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「あれからお兄ちゃんとよく遊ぶようになったよね」

 

「ああ。正直あの日がなかったら、俺はずっと1人だったかもしれないな」

 

“兄妹”になった私たちは、それからの時間をほとんど一緒に過ごしました。お兄ちゃんは凛ちゃんと2人で遊んでいた時とは違って私のやりたいことを聞いてくれる。それがとても嬉しくて……。

 

それから時は流れて、私たちは成長しました。

体はもちろん……心も。

 

 

だから私には……お兄ちゃんが……

 

いつも優しくて、私を守ってくれて…私に笑顔を向けてくれるお兄ちゃんが

 

 

 

─────もう“お兄ちゃん”には、見えない。

 

 

 

兄を慕う愛情は、いつからか異性へと向けるそれへと変わってしまっていて。

その隣に立ちたい、と。

友達のままじゃ……妹のままじゃ、もう嫌だ。

 

 

 

私はやっぱり……お兄ちゃんのことが、好き。

兄としてはもちろん、1人の男性として。

 

 

 

でもそれを自覚する度に思い出す。

 

大切な幼馴染が兄に向ける感情も、自分のそれと同じだということ。

自分のとても大切なμ'sのみんなの中にも、自分と同じ気持ちを抱いた人がいるということ。

 

みんなの“タカラモノ”を1人で独占してしまいたいと思うことは……正しいことなの?

 

そんな思いばかりが頭を巡って、私はいつも後手後手に回ってばかり。みんなは学校の外や部活中、お兄ちゃんと楽しそうに話していて……

でもやっぱり、その光景を見て私も……

 

 

 

お兄ちゃんに、甘えたいなぁ……」

 

 

「………………」

 

ふと気づくと、目の前のお兄ちゃんが目をパチクリさせていました。その頬はだんだんと紅潮していっています。

……もしかして。

 

 

「────声に…出てた?」

 

「……うん」

 

「……いつから?」

 

「『お兄ちゃんに』から」

 

やや遠慮がちに告げたお兄ちゃん。しかしそれを聞いた私は──────

 

「うわああぁぁぁぁぁああ!!!!」

 

「ちょ、落ち着け!花陽っ!!」

 

思わず絶叫してしまいました。

何で!?よりにもよって本人の前でっ!?

寝ぼけてたのかなぁ…?風邪だったから!?

それよりうわあああぁん!!どうしようどうしようっ!!

 

「ち、違うのお兄ちゃんっ!あれはっ……!」

 

否定しようと勢いよく立ち上がる……しかし。

 

「ぁっ……」

 

昨日からずっと寝たきりで、そんな状態でいきなり立ち上がった私は、立ち眩みを起こして体が大きくよろけてしまいました。

 

駄目だ 後ろに 倒れる

 

そう悟って私は襲ってくるであろう衝撃に身構えることにしました。

 

しかし。

 

 

「花陽ッ!」

 

私が倒れた途端に立ち上がり私の方へと駆け出してくれたお兄ちゃんは倒れかけの私の体に腕を回して……私を抱きしめてくれた。

それでも転倒を阻止することは出来そうになく……

私たちは2人で後ろへと倒れ込みました。

 

 

─────あぁ、お兄ちゃんの腕だ。

力強くて優しい……お兄ちゃんの。

 

 

その温もりを感じながら私は痛みと衝撃を覚悟します。

 

 

 

 

───────バフン。

 

 

 

 

……衝撃は思っていた何倍も柔らかいものでした。

それはそうだ。だって──────

 

 

「─────後ろベッドじゃん」

 

お兄ちゃんの冷静なツッコミに思わず吹き出してしまいました。そして2人して笑う。必死になっていたのが馬鹿みたいに思えて。

そして一頻り笑った後、私は気付きました。

……己の体勢の、なかなかの気まずさに。

 

(なああっ!?)

 

 

 

体に回された腕

私の頭の上にある右の手のひら

至近距離という言葉が相応しいほど近い互いの顔

 

 

 

そんな状態で私たちは2人でベッドに横になっていたのです。

それに気づいた私の頬は一気に真っ赤に染め上がりました。言葉が出ない。気まずいのはわかっている。それでも……

 

 

─────ずっと、こうしていてほしい。

 

 

私のそんな様子に気づいたお兄ちゃんは……

優しく笑う。

そして。

 

私を強く、抱きしめました。

 

「えっ……?」

 

 

 

 

 

「甘えたいなら甘えなよ

 

 

何遠慮なんてしてんだよばーか」

 

 

 

 

 

耳元に優しく囁くと、右の手のひらで私の頭を優しく撫でる

一気に鼓動が高鳴る

ドキドキと緊張で言葉が出ない

 

そんな私の体をお兄ちゃんは優しく起こし

 

今度は後ろから抱きしめた

 

 

「暖かいな。やっぱりまだ熱あるんじゃねーの?」

 

「ううん。…お兄ちゃんが、こうしてるからだよ」

 

「……そっか」

 

沈黙が流れる。

それは2人だけの時間、2人だけの沈黙で……

幸せな時間でした。

そしてお兄ちゃんが再び耳元に優しく囁きかける。

 

「……花陽は偉いよな」

 

「え……?」

 

「自分の気持ちをいつも“大丈夫”って抑え付けて、みんなの意見に合わせて……花陽だって、本当はしたいことあるはずなのにな」

 

「……そんなこと…」

 

「知ってるよ。全部わかってる。

俺はお前の“お兄ちゃん”なんだから。

……だから俺には何でも言っていいんだぞ?

甘えたいなら、いつだって甘えてくれていい。

花陽は俺の大切な友達で、大切な妹。

俺は絶対に花陽の気持ちに応えてみせるから」

 

そう言って私に優しく微笑むお兄ちゃん。

その言葉は私の心を優しく包んでくれています。

……でも。

 

─────私の“1番叶えたい気持ち”には、

きっと応えられないと思うな。

 

 

 

この胸に秘めた想いを伝えることができて

 

その想いにお兄ちゃんが応えてくれるなら

 

どれだけ幸せだろう

 

 

 

勇気を出して、告げてみようか

 

 

でもやっぱり

 

 

 

───────“言えないよ”

 

 

 

 

 

「あっ、そうだ」

 

思い出したようにお兄ちゃんが声を上げました。

 

「どうしたの?」

 

「いやいや……ちょっと待っててね」

 

するとお兄ちゃんは私の体から離れて、カバンへと向かいます。そして中から取り出したのは。

 

「はいこれ」

 

「……これは?」

 

「みんなからの、誕生日プレゼント」

 

「えっ?」

 

 

 

「誕生日おめでとう、花陽」

 

 

 

突然渡されたプレゼントと笑顔で告げられた言葉。

その意味を理解した時、あまりの嬉しさで思わず涙が込み上げました。

 

「元々これを渡しに来たんだった。忘れるところだったよ」

 

「……ありが、とう…………」

 

「なーに泣いてんだよっ」

 

「だってぇ…………」

 

今日は祝ってもらえないと思ってたから嬉しくて。

 

「……それとこれは俺から」

 

お兄ちゃんが先ほど渡したプレゼントとは別に、カバンから改めて何かを取り出しました。

それは可愛らしい紙袋に包まれている小さな何か。

 

「ありがとう!開けてもいい?」

 

「いいよ。気に入らなかったらごめんね」

 

そして中身を取り出すとそこには……

 

「これって……!」

 

「懐かしいだろ?」

 

それは────────リボン。

私が小さい頃よく頭につけていた、黄色のリボンでした。

 

「昔つけてたリボン…あれすごい似合ってたし、好きだったから。学校とかでは無理でも、プライベートの時とかにつけてるのを見れたら嬉しいな、って思ってね。嫌だった?」

 

「ううん!嬉しいっ……!ありがとうっ♪」

 

「よかった。……あとそれから、これも」

 

その声で改めてお兄ちゃんの方を見直すと……

その手には小さな花が握られていました。

 

「お花……?」

 

「─────“誕生花(たんじょうか)”って言うんだって」

 

「誕生……花?」

 

「うん。誕生石はよく聞くけど、花にもあるんだってさ。何月何日は何の花、って感じでね。

ここに来る途中にある花屋で見つけたんだ。花陽は昔から花が好きだったから喜ぶかな、って思ってさ。

小さい花だけど……綺麗だと思う」

 

「……うん、綺麗…」

 

花束というにはあまりにも大袈裟な……でも雑草として片付けるにはあまりにも勿体無い。そんな儚さを宿したこの花の名は──────

 

 

「────“ナズナ”。春の七草のひとつだけど、1月17日の誕生花なんだってさ」

 

「ナズナ……?」

 

「だからはい、これ」

 

そしてお兄ちゃんは私にその花を手渡しました。

……“それが意味するコト”を、お兄ちゃんはわかっているのでしょうか。

 

「ありがとっ。……はい、どーぞ♪」

 

私は受け取ってすぐの花を、お兄ちゃんへと渡し返しました。

 

「えっ、でもこれお前……」

 

「いいのいいのっ。

……“私”から、“お兄ちゃん”へのプレゼント……」

 

「ん…まぁよくわかんないけど、ありがとう…?」

 

 

 

 

 

花には“言葉”がある。

 

“花言葉”と呼ばれるそれは、よく知られている。

 

薔薇ならば“深い愛”。白百合ならば“純潔”。

 

プロポーズや告白の時に花と同時に“言葉”をも渡されるという行為は、女の子の憧れ。

 

 

 

 

 

そしてナズナの花言葉は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

────“私の全てを、あなたに捧げます”

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────えいっ!」

 

「うわっとっととっ!」

 

私はベットから飛び降りて、お兄ちゃんへと飛びつきました。

 

そして彼の耳元に、囁く

 

 

 

 

 

「─────大好きだよ、お兄ちゃん♪」

 

 

 

 

 

その一言に、“私の想い(ハナコトバ)”を込めて

 

 

 

そしてお兄ちゃんは、私を抱きしめながら私の頭をそっと撫でる。

 

 

 

 

 

 

「──────俺も大好きだよ、花陽」

 

「…えへへっ♪」

 

 

 

 

 

お兄ちゃんがどちらのつもりで言ったのか、それはわかりません。でも今は……今だけはこの時を、大好きな人と。

 

お兄ちゃんは私が離れるまで、ずっと抱きしめていてくれました。

その様子を、お兄ちゃんの手に握られた“私の想い(ナズナ)”だけが優しく見守ってくれていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのあとお兄ちゃんは、3日間風邪で学校を休みました。うぅ、ごめんなさい…………

 

 

 

 

 

 

 

 




改めまして花陽ちゃん誕生日おめでとうございます!
本編の方ではオタ陽での活躍が目立つ彼女ですが、それも私の愛ゆえでございます。
今回は優真と花陽の過去を中心に話を作ってみました。
本当ならば昨日に投稿する気満々だったのですが、やはり疲労が溜まっていたようで気が付けば意識を失ってしまいました。てへぺろ。
そんなこんなで必死に書き上げた今回の短編はいかがだったでしょうか?
ご満足いただけたなら幸いでございます。
次回は、次回こそは本編を投稿させていただきます!
1月のアレも終わり、時間的にも少しずつ余裕がでてきたので、ゆっくりゆっくりと投稿していきたいと思うのでよろしくお願いします!
……さすがに前みたいに一週間に2、3話というわけにはいきませんが…笑

長くなりましたが今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【第5章】 ー故に彼と彼女達は
Venus of Pink〜 魔法使いとの放課後#1


新章突入です!
早速ですが個人回、今回の主役はあの子です!


47話 Venus of Pink〜 魔法使いとの放課後#1

 

 

ナツライブを終えて数日後の放課後。

μ'sナツライブ優勝の話は学校中を駆け巡り……

今やμ'sは完全に全校の注目の的だ。

クラスにいても絵里、希、矢澤はもちろん、何故か俺まで応援や質問攻めを受けていた。

……女子に絡まれるのは苦手だから困っている、という相談をサトシにしたら思いっきりビンタされた。そして奴は泣きながら叫ぶ。

『なんでユーマだけなんだチクショオォォォ!』

と。

……うん、アイツも頑張ってくれたのにな。

 

 

そして俺と絵里と希の3人は逃げるように生徒会室へと向かった。

 

「……はぁ、いつまで続くんだろーなコレ」

 

「もう2日目なのに……」

 

「まぁまぁ。ウチらの知名度も上がってきたってことやん?」

 

げんなりとした俺と絵里とは対照的に笑顔を見せた希。……合宿以降それが妙にドキドキとして仕方ない。

 

「……さて、切り替えなくっちゃね。もうすぐ文化祭も始まるし、準備を始めないと…」

 

そう、絵里の言う通り。

ここ音ノ木坂学院では文化祭が7月に行われる。

残り数週間となり、クラス、部活動共に文化祭へ向けて熱が高まり始めている。

無論俺たちアイドル研究部もその例外ではないのだが、ここ数日は文化祭に向けての書類の処理で忙しい。故に生徒会の仕事がひと段落着くまで俺たちは練習には参加できない。

……まぁ、今日は他のメンバーの都合もあって練習は休みなんだけど。

 

するとその時、ズボンのポケットが震える。

そこに入っているスマートフォンを取り出して確認すると──────

 

 

《公園で待ってる。忙しかったら連絡して》

 

 

言葉足らずなメッセージ。いかにもアイツらしい。

俺はそれを見て少しだけ微笑み─────

 

《わかった。すぐ行く》

 

とだけ返した。

 

「……すまん、俺今日帰るわ」

 

「えっ?どうしたのよいきなり」

 

俺の唐突な宣言に、絵里が不思議そうにこちらを見てきた。

 

「ちょっと呼ばれた。そいつに会いに行く」

 

「誰よ、そいつって」

 

「いや、隠すほどでもないけど……」

 

俺が“そいつ”の名前を口に出した途端────

絵里の表情が明らかに不機嫌になった。

 

「……へぇ〜、そっかそっか、“会長補佐”さんは“会長”の私を手伝わずにデートに行くんだ〜」

 

“会長補佐”、“会長”の部分をわざとらしいほど強調して絵里が不満げに言う。

 

「なっ……!いや、別にそんなんじゃな」

 

「……早く行ってあげなさいよっ。待たせてるんでしょっ」

 

「ど、どうしてそんなに不機嫌なんですか……?」

 

「うるさい!早く行きなさいよバーカ!」

 

「お前今全然賢くないけど大丈夫か!?……はぁ、俺の分は明日やるから置いといてくれ。それじゃ……」

 

このなんとも言えない空気から逃げ出すように、俺はそそくさと生徒会室を後にした。

 

 

 

▼▽▼

 

 

残された2人の反応はそれぞれだった。

絵里は頬杖をついて不貞腐れた顔で窓の外を眺めており、希はその横で苦笑いを浮かべて絵里を見ていた。

 

「……ふふっ」

 

「……何よ、希」

 

「いやいや。えりちも女の子やなーってね」

 

「なっ……!」

 

絵里は顔を赤らめて素早く希の方を向く。

 

「ゆーまっちが誰かに取られてしまうんやないかって心配なんやろ?」

 

「ち、違っ…!別に私はそんなんじゃ……

っていうか!希はいいの!?」

 

「へ、ウチ?」

 

「優真が……その…女子と2人で会うなんて…」

 

絵里の言葉に希はしばらく目をパチパチと開閉した後、ふふっと笑って答えた。

 

「……ウチらは別にゆーまっちの彼女やないし、制限する権利はないんやない?」

 

「……はぁ、貴女も素直じゃないわね」

 

絵里は気づいていた。

希は“制限する権利はない”とは言ったが────

 

────“嫌じゃない”とも言っていない。

 

即ち─────────

 

「……ふふっ♪」

 

希は絵里へと背を向けると……

先ほどまでの絵里と同じような表情をして、誰にも聞こえないような声量で小さく呟く。

 

 

 

「────優真くんのバカっ」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

“彼”にメールを送り、私は公園の門に寄りかかって物思いに耽っていた。学校で声をかけても良かったけど、 今日は周りに人が多くてとても誘えるような雰囲気じゃなかったし……何より絵里と希に申し訳なかったから。

……まぁこの努力は彼が生徒会に行っていたら無駄になるんだけど。

 

返信が来てから15分程経っただろうか。

私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「────矢澤」

 

その声に顔を上げると、待ち人の姿があった。

 

「ん…。いきなりごめんなさいね、朝日」

 

「いや、別にいいんだけど……公園だけじゃ何処のかわかんねぇよ。言ってくれたらもう少し早く着いたのに」

 

「あっ……わ、わざとよ!わざとっ!」

 

「そりゃひでぇよ、ったく……」

 

……わざわざ走って来てくれたのだろうか、私にバレないようにしているけど朝日の息は上がっていた。それを見て申し訳ない気持ちになる。

 

「はぁ……んで?

 

──────どうした?」

 

朝日が普段よりも少し真面目な口調で私に問いかける。突然呼び出したことで私に何かあったと勘違いさせてしまっているのだろうか。

私が今日呼び出した理由は───────

 

 

 

「──────私と付き合いなさい」

 

 

 

「………………へ?」

 

「今日1日、私に付き合いなさいって言ってるの」

 

「あ、あぁ、そういうことね……」

 

「……何?」

 

「……いや、なんでもない」

 

朝日が少し頬を赤らめて私から目をそらす。

一体どうしたのだろ…………あ。

 

“私と付き合いなさい”。

 

時と場合によってその言葉は──────

 

「ち、違う!そういう意味じゃないわよっ!!」

 

「わかっとるわ!わざわざ蒸し返すんじゃねぇ!」

 

私自身も顔を赤くして必死に否定すると、朝日に怒鳴られてしまった。

 

「ったく……んじゃ。

 

──────行こっか」

 

「えっ………………」

 

「何驚いてるんだよ。君が言ったんだろ?ほら、早く行こうぜ」

 

突然朝日の雰囲気が変わった。ピンと張っていた糸を緩めた時の様な……そんな感覚。

かつてμ'sのメンバーの何人かが言っていたことを思い出す。

『優真は学校にいるときと、プライベートの時のギャップがすごい』と。

正直半信半疑だったけど…認めざるをえない。

 

そのギャップに少しドキドキしてしまったことも。

 

「矢澤?」

 

「んえぇ!?」

 

「どうしたんだよ、いきなり黙り込んで」

 

「な、何もないわよっ!ほら、行くわよ!」

 

「あ、おい!待てよ!」

 

照れを隠すようにスタスタと歩き出した私を、朝日が駆け足で追いかけて来て私の隣に並んだ。

いけないいけない……今日の主導権は私が握るんだから。

 

……でも。

 

確かにワクワクしてる私もいたり。

 

 

 

 

 

 

「んで?今日はどこに行くの?」

 

「ふふーん……あらかじめ決めてるわ!ここよ!」

 

歩きながら質問してきた朝日に私は自信満々でスマホの画面を見せた。

 

「これは……メイド喫茶…?」

 

「そう!ここに居るのよ…伝説のカリスマメイド、『ミナリンスキー』さんが!」

 

「ミナリン……スキー?」

 

「そうよ!彗星のようにアキバに現れた伝説のメイド、ミナリンスキーさん!

歌も上手で周囲からはアイドルと遜色ない評価を受けてるわ!」

 

「ふーん…で、矢澤はこの人に会いたいの?」

 

「うん!!それを今日は楽しみにしてるの!!

 

……あっ」

 

しまった……テンションが上がりすぎて子供のような反応を……!

朝日も珍しいものを見るように私を見ている。

次第に私の頬は赤くなり……

 

「…………忘れなさい」

 

「……矢澤って案外子供っぽ」

 

「忘れなさい!!」

 

「ハーイ……」

 

本気で怒鳴ると、朝日も流石に言葉を引っ込めた。

 

 

「……結構カワイイとこあるじゃん」

 

「なによ!?まだ何かあるわけ!?」

 

「何もないわ!褒めたんだよ!!」

 

「嘘つくんじゃないわよ!!」

 

「ついてないけど!?どれだけ頑固なの!?」

 

未だ何か言い訳を連ねる朝日に文句を叩きながら、私たちは2人で『ミナリンスキー』さんのいる店への道を歩いて行った。

 

 

 

 

「ここみたいね」

 

スマホのサイトの地図に従ってたどり着いたのは、少し洒落た雰囲気を醸し出すおしゃれなお店。

一見するとメイド喫茶とはわからない、本当のカフェのようだ。

 

「……本当に行くの?」

 

「何?今更ビビってるの?」

 

「……いや、こういう店行ったことないからさ」

 

「……もしかして“男がこんな店に入るなんて”って思ったりしてる?」

 

「……少し、ね」

 

「もうそんなのは偏見の時代よ。女性だけでメイド喫茶に入ることもあるし、なんならカップルで入ることも少なくないのよ?」

 

「へ、そうなの?」

 

本当に意外だったようで、朝日は大きく目を見開いて私を見ている。それが少し面白くて思わず微笑む。

 

「ふふっ…そうよ。さっきも言ったけどメイド喫茶は今じゃデートスポットでも使われるところよ。だから私とアンタが一緒に入ったってなんの違和感…も……」

 

 

……ん?

 

 

この状況……どこからどう見ても。

 

 

───────カップルにしか見えないんじゃ。

 

 

 

それを意識した途端、急に胸の鼓動が早くなる。

な、何を考えてるのよ!!

別に、そんなつもりでコイツを誘ったわけじゃないし………って言うか!ここまで話してアイツは意識しないわけ!?

 

理不尽とはわかっていながらも怒りを抱えずにはいられなかったので、鋭く睨みつけるような視線で私は朝日を見る。

朝日は何を考えているのか、メイド喫茶のドアを眺めながらポリポリと頬を掻いていた。

 

 

──────なんとも思ってないのかしら。

自分だけ……バカみたい。

 

 

あたふたしていた心も一気に冷めて……

朝日に聞こえないように溜め息を小さくつくと、

改めて朝日に声をかける。

 

「さ、行くわよ」

 

「ん……おう」

 

歩き出した私に、朝日が黙って付いて来た。

そして私たちは店の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

『お帰りなさいませ!ご主人様、お嬢様♪』

 

店に入った途端、メイドさんたちの声が一斉に木霊した。若干面食らいながらもこちらに駆け寄ってくれたメイドさんの案内に従って窓際の4人掛けの席に2人で向かい合って座る。

 

「本日は本当にありがとうございます♪ご指名はございますか?」

 

「あっ、出来ればミナリンスキーさんをお願いしたいんですけど……」

 

「ごめんなさ〜い、今日はミナリンちゃんはお休みなんです〜」

 

「あ、そうなんだ……」

 

「明日だったら居るんでぇ、明日も来てくれたら嬉しいな、なんてね♪」

 

「あはは……」

 

残念、今日はハズレだったようだ。

私は朝日に問いかける。

 

「どうする?」

 

「どうするも何も、店に入って何も頼まないで帰るわけにはいかないよ。せっかくだからなんか食べて行こうぜ」

 

「……朝日がそう言ってくれるなら」

 

そして私たちはそれぞれ注文を頼んだ。

私がショートケーキと紅茶、朝日はガトーショコラとコーヒーだ。

 

メニューを待つ間、他愛もない話をしながら店内を見回す。そして不意に朝日が口を開いた……

 

「……なぁ、矢澤」

 

「ん?なに?」

 

 

 

「────メイド喫茶って……いいな」

 

 

 

───若干鼻の下を伸ばしながら笑みを浮かべて。

 

「……何よ、その顔」

 

「いや……ちょっと偏見あったわ」

 

そして私も店の中──主にメイドさん──に目を走らせる。

可愛らしい容姿、キラキラとした笑顔……そして…

服の上から主張する、女性としてのシンボル。

 

そして私は自分のソレに視線を落とし…落胆する。

同年代の友人たちと比べても明らかに小ぶりな私のソレ。……ただし絵里と希、あの2人は規格外。あれには羨ましいを通り越して畏敬の念さえ抱くわね。

……朝日もやっぱり、大きい方が好きなのかしら。

ふと疑問に思った私は、その場の空気に任せて朝日にぶつけてみた。

 

「……ねぇ、朝日」

 

「ん?どうしたの?」

 

「アンタも……大きい方が好きなの?」

 

「え、何が?」

 

「だから、その……む、胸よ……」

 

「…………え、気にしてるの?」

 

「う、うるさい!どうなのよ!?」

 

顔を赤くしながら反駁して朝日に答えを催促する。

すると朝日はしばらく考え込む様子を見せた後……優しく私に笑いかけた。

 

「─────矢澤」

 

「な、何よ……」

 

 

 

 

「────人間大事なのは……そこじゃねぇよ」

 

 

 

 

……露骨にフォロー入れられた…。

本人は笑顔で誤魔化せたつもりでいるが全くそんなことはない、私に全て筒抜けだ。

なおも笑顔を向けてくる朝日を私は白い目で見ていたけど、そこで注文したデザートが到着したのでこの空気は有耶無耶のまま退散した。

 

「んじゃ、いただきますっと……」

 

「…………美味しい…!」

 

「うん!美味いっ!」

 

少々値が張るなとは思っていたけど……この味なら納得だ。クリームは甘く、スポンジはふわふわ。そのスポンジの間に挟まれたイチゴは瑞々しく、甘い。イチゴのショートケーキは中までイチゴで埋め尽くされていた。

穂乃果が食べたら喜びそうね。あの子、イチゴが大好物だから。

……もっとも私にはお肉を美味しそうに食べている姿しか印象にないんだけど。

 

「本当に美味しいな、このケーキ」

 

「ええ。本当に非の打ち所がないわね、この店は」

 

「そうだな……なぁ、矢澤」

 

「ん?」

 

「そのケーキ…美味そう」

 

「……でしょ?」

 

朝日の言いたいことはわかった。

しかし私はそれに気づかないふりをして、いつものようにふふんと笑った。

朝日はうぅ……という普段からは全く想像つかないような弱々しい声を上げて私を見ている。

……正直少し可愛いと思った。

 

「……矢澤」

 

「ん?ど〜したの〜?」

 

「……一口くれ」

 

「ふふっ♪いいわよっ」

 

「最初から気づいてただろっ」

 

「さー、何のことかしら♪」

 

「っくしょー……」

 

「悪かったわよっ。はい、どーぞ」

 

未だに止むことないニヤニヤとした笑みを浮かべながら朝日に自分のケーキが乗った皿を差し出した。

 

「ありがとね。ならいただきまーす…」

 

そして朝日はフォークを刺す。

─────私の食べかけの部分をピンポイントに抉るように。

 

「……!」

 

そのまま彼はケーキのその部分を…口へと入れた。

 

「……うん!やっぱり美味い!ありがとな、矢澤」

 

「………………」

 

「矢澤?」

 

「んぇっ!?な、なにっ!?」

 

「い、いやお前の方こそ何だよ……」

 

「な、何もないわよっ!!」

 

 

 

─────間接キス、した……

 

 

 

……って何意識してるのよ私は!!小学生じゃないんだから!!

っていうかこいつはなんでよりにもよってそこを食べるのよ!

当の本人は美味しい美味しいと言いながら笑顔で私のケーキの味を堪能している。

 

……本当に私のことを少しも意識してないのね。

 

 

 

ほんと私だけ──────バカみたい

 

 

 

 

「……矢澤、どうかした?」

 

「……何もないわよ。どうせアンタはもう一口くれって言うんでしょ?」

 

「あっ、バレた?」

 

へへっ、と子供のように笑う朝日。

 

 

 

……でもそれでいい。

 

アンタがそんなに笑ってくれるなら、それだけで。

 

それが今日の目的なんだから。

 

 

「……どーぞ。その代わりアンタのケーキも寄越しなさいよね」

 

「まじか!ありがと!オッケーオッケー」

 

そして私たちはケーキを交換し、互いにその味を楽しんだ。……私の方は変に意識してしまって無駄に緊張してたけど。

 

 

ケーキも食べ終わり、その余韻を楽しむように飲み物を啜る。そして話はこれからどうするかということになった。

 

「どーする?矢澤がまだどこか行きたいところがあるなら付いて行くけど」

 

「ん、そーね……あまり遅くまではダメだけど、もう少し散歩しない?」

 

「……それでいいの?」

 

「えぇ。それでいいのっ」

 

「ん、わかった。ならそうしよっか」

 

これからのことも決まったところで、飲み物を飲み干して店を後にしようとした……その時。

 

 

私達の席の前に、1人の女性が立ち塞がった。

サングラスに帽子を被った、不思議な女性。

そして彼女はサングラスだけを外して、私達に素顔をさらす。

 

それは全く予想だにしない人物で──────

 

 

 

「─────初めまして、μ'sの矢澤にこサン……朝日優真サン?」

 

 

 

 

「…………嘘っ…」

 

見惚れてしまうような笑顔、完璧な容姿。そしてただ立っているだけなのに全身から溢れる気品。

 

アイドルを好きなものなら誰でも知っていて、憧れてやまない伝説のアイドル───“A-RISE”。

今目の前にいるのはそのセンターの─────

 

 

「──────綺羅、ツバサ……!」

 

 

私の反応に、綺羅ツバサも微笑む。

しかし私の横のアホは、それこそ予想だにしない反応を見せた。

 

 

 

 

 

「──────きみだれ?」

 

 

 

 

 

 

「「……えっ?」」

 




お前知らないのかよぉ!?
ってなわけで次回に続きます笑

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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Venus of Pink〜 魔法使いとの放課後#2

48話 Venus of Pink〜 魔法使いとの放課後#2

 

 

「あはははは!」

 

「……そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

 

現在、先ほどの4人掛けの席に私と朝日が隣同士、そして綺羅ツバサが私達の目の前に座っている。結局この店に居座ることになってしまった。流石にあの綺羅ツバサに『少し話していきましょう、奢るから』なんて言われたら断って帰るわけにはいかない。

そして当の本人は今、先ほどの朝日の反応がツボに入ったらしく未だに笑いが止まっていない。

朝日はそれを露骨に不機嫌そうに眺めていて、それが私には面白かった。

 

「いやぁー笑った笑った。ごめんなさいね」

 

「や、いいんですけど……って言うか、初対面の人に自分を知ってる前提で話しかけるなんて相当の自信家ですね」

 

やはり根に持っているらしく、朝日の綺羅ツバサへの言葉は少々トゲが含まれたものになっていた。

 

「いやいや。普通だったらあんな態度とらないわよ。……“あなた達だったから”、よ」

 

「俺たちだったから……?」

 

「それなんですけど……ツバサさんは」

 

「ツバサでいいわよ?」

 

「えっ、でも……」

 

「年も一緒だし、同じスクールアイドルでしょう?遠慮なんていらないわよ。……私もにこって呼ばせてもらうわね」

 

そう言って私に笑いかける綺羅ツバサ……

…ううん、“ツバサ”。

その微笑みは優しく、まるで太陽のような笑み。

 

一瞬穂乃果みたいだなと思ったけれど……あの子のような純粋な光は感じられない。

本当にこれがツバサの本当の顔なのかしら…?

 

「ありがとう、ツバサ。

……で、ツバサはどうしてここに…?」

 

「たまたまよ。外を歩いてたらたまたまあなた達の姿が見えたから」

 

「私たち、の……?」

 

「……綺羅さんは」

 

「ツバサ」

 

「……ツバサさ」

 

「ツバサ」

 

「……ツバサは俺たちに何か用があるのか?」

 

朝日に無理やり名前を呼ばせた……しかも終始笑顔で。やっぱりこの女…只者じゃない。

 

「用事なんて大したものじゃないわ。

ただ挨拶がしたかっただけ。

…“私たちのライバルになるであろう”あなた達にね」

 

「……!」

 

ツバサはあくまでも笑顔。しかし先ほどの太陽な笑みとは違う……明るいのにどこか冷たい、正に月のような笑顔へと変わっている。

……本当に色々な表情を見せる。この女の、底が見えない。いや、見せていない…?

 

「私たちが……ライバル?」

 

「ええ。1番最初の曲…“START:DASH!!”だったかしら、あの時から私たちA-RISEはμ'sに注目していたの」

 

「……いったいどうしてまた」

 

「そうね……言葉にするのは難しいけど……不思議と魅力的だったの。技術的にはもちろん拙いものだったにもかかわらず、ね。そして何より……強い覚悟を感じたから」

 

ツバサの言っていること、凄くわかる。

それは恐らく朝日も同じ。

あの子達から放たれる魅力……それに魅せられたから、覚悟を感じたからこそ私はあの日μ'sに入ることを決めたのだから。

 

「そしてその魅力はあなた達が9人になってからさらに強くなった。“僕らのLIVE 君とのLIFE”……あの曲を聴いたとき朧げだった感覚が確信に変わったわ。

『この子達は来る。私たちのところまで』ってね」

 

「ツバサ……」

 

憧れの綺羅ツバサが、自分たちをライバルだと。

雲の上だと思っていた存在が、私達を対等だと。

その言葉で私は強く感動した。

人前じゃなかったら、泣いていたかもしれない。

しかしこの横のバカから、またもや爆弾発言が飛び出す。

 

 

 

 

 

「えっと……A-RISEってそんなにヤバイの?」

 

 

 

 

 

「アンタいい加減にしなさいよ!?」

 

私はおもわず立ち上がり叫んでしまった。

 

「『ラブライブ!』にエントリーしてるグループのメンバーがA-RISEを知らないなんて信じられないわよ!!」

 

「いや、流石にA-RISEは知ってるって!すごいグループなことも分かってる!ただ、テレビとかあんま見ないからどれだけ凄いのかあんまし実感が湧かなくてさ……」

 

「はぁ!?アンタA-RISEの曲聞いたことないの!?そっちの方が驚きよ!!」

 

「や、聞いたことはあるから!花陽とかが好きだからよく聞いてたし!俺が言ってるのは…パフォーマンスだよ。お前が良く言うだろ?『アイドルは曲、衣装、ダンスが揃って初めていいものが出来る』って」

 

「それをA-RISEが出来てないわけないでしょうが!どれだけスクールアイドル事情に興味ないのよアンタは!!」

 

「ふふっ……あははははは!」

 

ぎゃあぎゃあと言い合いを始めた私達を、ツバサが笑いながら見ているという状態がしばらく続いた。

そして互いに冷静さを取り戻したところで。

 

「……ごめんなさいね、ツバサ。つい熱くなっちゃって」

 

「……俺も勉強が足りないと思いました」

 

「いいのいいのっ。面白かったしね♪

…それじゃ仲直りがてら、私達の曲、見てみる?」

 

そう言いながらツバサは、カバンの中からノートPCを取り出した。

それを軽く操作した後、私たちの方へと画面を向けた。

 

「にこはよく見てくれてるみたいだけど、ユウマにはよく見て欲しいわね……私達のことを」

 

朝日が呼び捨てかよっ、と小さく呟いた気がしたが、そんなことはどうでもいい。私は今から画面上で繰り広げられるであろう彼女達のダンスへの期待で胸を躍らせていた。

 

 

 

「それじゃあ────────

 

 

 

 

 

“Private Wars”。ご覧あれ」

 

 

 

 

 

 

 

曲の始まりを示すシグナルのようなイントロ。

それが鳴り終わると彼女達のステージは始まる。

 

もう何度も見た。何百回と見た。

その度に感動し、心奪われて…憧れが募っていった私にとって思い入れの強い、A-RISE衝撃のデビュー作。それが“Private Wars”。

彼女達はこの曲で多くの人々の心を奪い、魅了した。驚くべきなのは、“これがデビュー作”ということだ。彼女達の歌と踊りは瞬く間に浸透し、世間のスクールアイドルブームの起爆剤となった。

彼女達の容姿はもちろん、ダンスの洗練さ、圧倒的歌唱力、曲の中毒性……どれを取っても非の打ち所がなく、完璧。

 

正に“絶対女王”の名にふさわしい。

 

そんな彼女達の曲を聴いて、朝日は何を思うのか。

ふと横に視線を移すと、彼は口に手を当てて難しい表情で目の前の動画を眺めていた。

そして彼は呟く。

 

 

 

「─────この人、どこかで…………」

 

 

 

どういう意味かと問いただしたかったが、鬼気迫るような表情で動画を見ている朝日の様子を見て、邪魔するのも良くないと思い直し、私は目の前の曲へと意識を戻した。

 

 

 

曲が終わり、ツバサがPCを畳んでカバンへ戻した。

 

「どうだったかしら、ユウマ」

 

彼女はまず、朝日へと感想を求めた。

朝日はしばらく目を閉じていたがややあって口を開く。

 

「……純粋に凄いと思った。あまりの完成度に言葉も出ない」

 

「……そう。それはよかった」

 

……先ほどからこの2人の会話、何だか怖い。

底の見えない読み合いをしているような、そんな印象を見て取れる。

 

 

 

そして次の瞬間、A-RISE(絶対女王)が私たちへと牙を剥く。

 

 

 

 

「でもあなた達には─────失望したわ」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「だってあなた達、倒すべき相手の情報も知らずにただ上を目指して進んでるだけなんでしょう?

本気でそれでやり遂げるつもりなら、尊敬に値するわね。

 

───どれだけ自分たちの力を過信しているの?」

 

 

「っ…………!」

 

「あなた達は確かに実績もある。

『ナツライブ!』優勝。並みの実力じゃ達成できないあなた達が誇るべき実績。

 

────でもそれが何?

そんなもの“だけ”を手にぶら下げて頂上まで登って行くつもり?

たかだか十数チームごときの大会優勝を自分たちの力だと信じて、実力向上を怠るの?

 

 

 

だとしたらそんな誇りは捨てなさい

 

 

ただの邪魔な荷物にしかならないわ

 

 

あなた達の今の“それ”は自信じゃない

 

 

────ただの“慢心”よ」

 

 

 

「…………」

 

ツバサの言葉が、私たちに刺さる。

言おうと思った。違う、と…そんなことはないと。

しかしツバサの圧倒的威圧感がそれを許そうとしない。先程までの笑顔は消え、今は自分の言葉に確固たる自信を抱き、私たちにその銃口を向ける。

 

────似ている。

 

私の横の、彼に。

 

私たちが道を間違えそうな時、私たちのために怒り、叱ってくれる彼に。

 

そんな彼は、ただ無表情でツバサを見ている。

何を考えているか、想像もつかない。

 

 

 

そしてツバサは、こう言葉を閉じる。

 

 

 

「今のあなた達に、私たちは絶対に負けない。

 

あなた達は脆い。努力も、実力も、覚悟も。

私たちの何倍も。

 

そんな状態でここまで上がってこれたとしても

 

 

 

─────私たちが、潰してあげる」

 

 

 

最後の言葉に、寒気を覚えた。

ツバサの全身から放たれる気迫……圧倒的自信に裏打ちされた気迫が私に襲い掛かる。

その気迫は痛みすら錯覚させるようなもので、

彼女が私を見ている以上、逃れようもない。

 

喉が乾く。指先が震える。

この圧倒的自信はどこから来るのだろうか。

……否、問うまでもない。

自分たちの弛まぬ努力、負けるわけにはいかないという重圧、ファンからの声援…全てを己の糧とし、力に変えてきた彼女達は、自覚しているのだ。

 

自分たちが最強であるために、最強と呼ばれるに相応しい努力を重ねていることを。

 

わかっている。

これはツバサの私たちへの励ましであり……

─────“挑発”だ。

 

噛み付いてこい、反駁してこいと。

でも私には……それができそうにない。

気持ちが完全に萎縮している。

心が折れかかっているのが自分でもわかる。

今私たちは、ツバサに品定めされている。

μ's(私たち)”が、“A-RISE(彼女達)”のライバルたりうるかどうか。

そんなことは重々わかってる……わかってるのに。

 

認めるしか………ない。

 

 

私たちは、A-RISEには……勝て、な─────

 

 

 

 

 

「──────へぇ」

 

 

 

 

 

「「っ!?」」

 

その言葉を発したのが、自分の横の彼だとは信じられなかった。普段の彼からは想像できないほど冷たく……ナイフのような形をした言葉が、ツバサへと投げられる。

 

私は慌てて彼の表情を確認して─────

思わず声をあげそうになる。

 

朝日は────────笑顔だった。

 

一見普段と変わらないような優しい笑顔。

 

ただその目は……目だけは違う。

 

怒りと……殺意を凝縮したような、黒い黒い瞳。

睨まれたら最後、喰らい付いて離さないような。

そんな目だった。

 

そして“彼”は、ゆっくりと口を開く。

 

 

 

「オメェの言ってることはあながち間違ってねぇかもな。

 

確かにμ'sの実力はまだまだだ。

お前達A-RISEには届いてないかもしれない。

 

 

でもその“覚悟”は。

 

覚悟はお前達にも負けてねぇぞ。

 

 

 

お前の勝手な物差しで

 

 

 

────俺たちの“覚悟”を測るんじゃねぇ」

 

 

 

 

「あ……あさ…ひ……?」

 

これは本当に朝日なのか……?

先程までの笑顔は消え、殺気を隠すことなくツバサへと向けている。その殺気を受けたツバサは恐怖に顔を歪ませることなどはないが、厳しい表情を浮かべている。

 

一方その殺気を受けた私は────────

 

温かい何かに包まれていた。

 

先程までツバサの気迫に襲われていた体は、今は全く何も感じない。

そして気づく。朝日の殺気が、私をツバサから守ってくれていることに。

 

ああ、確信した。

これは、朝日だ。

この殺気は、朝日の優しさだ。

私たちを守りたいという朝日の思いが、ヴェールとなって私を包む。その暖かさは疑いようもなく彼のものだ。

 

 

 

「いいか、A-RISE。

 

さっきお前はμ'sとA-RISEをライバルと言ったな?

 

 

 

─────俺たちの方はそうじゃない。

 

 

 

お前達は、“通過点”だ」

 

 

「……!」

 

「朝日……!?」

 

 

「俺たちが見てるのは『ラブライブ!』優勝。

それだけだ。

俺たちはお前達を、“超えて行く”。

 

 

 

 

首を洗って待ってろ、A-RISE

 

 

 

 

────────喉元喰い千切ってやる」

 

 

 

 

本当にそうしかねないほど感情を込めて告げられたその言葉に───────

 

「……ふふふっ、あはははははははは!!」

 

ツバサは、嗤う。高らかに。

 

 

 

 

「────やっぱり君って面白いね

 

 

 

────やれるものならやってみなさい?」

 

 

 

 

「……!」

 

ツバサの気迫が、一段階強くなった。

朝日の殺気とツバサの気迫がぶつかり合い、メイド喫茶には似つかわしくない、異様な緊張感を生んでいる。

不思議な感覚だ。どちらも言葉しか放ってないのにもかかわらず、まるで刃のついた刀同士で鍔迫り合いをしているようだ。しかし……

 

 

「……ねぇ、あれって“ツバサ”じゃない?」

 

「それにあれもしかして…“μ's”?」

 

「何……?ケンカ?」

 

 

店で私たちのことが噂になりだした。……このままでは互いのイメージにも良くない。

と思っていた矢先、ツバサが口を開く。

 

「……とか言ってみたり?♪」

 

「だよな〜っはっはっはー!」

 

先程までの気迫は鳴りを潜め、出会った当初の太陽のような笑顔でおどけてみせた。

そして私の横の朝日も店に入った当初の優しい雰囲気へと戻り、ツバサの言葉に笑顔を浮かべている。

 

周囲の客もそれを見て勘違いだと思い直したようで、その視線は私たちへの純粋な興味へと移り変わっている。

 

 

「……さ、そろそろ出ましょうか」

 

ツバサの促しに従って、私たちは店を後にした。

 

 

 

 

 

 

「本当にごちそうになって良かったのか?」

 

「ええ。元々そういう約束だったでしょう?」

 

あれから店を少し離れた交差点へと私達は移動し、別れの挨拶を交わしていた。

そしてツバサは、爆弾を投げ込む。

 

「今日は邪魔しちゃってごめんなさいね。

……せっかくのデートだったのに」

 

「んなぁっ!?」

 

えへへっと悪戯っぽい笑みを見せるツバサ。

もう何パターン目になるだろうその笑顔……

私は突然のツバサの口撃に、顔を赤くするしかなかった。

 

「違うぞツバサ。ただ学校帰りに散歩してただけだ。デートじゃねぇよ」

 

「…………そこまで露骨に否定しなくても……」

 

「え?矢澤なんか言った?」

 

「うるさい!!何もないわよ!!」

 

「なんでキレてんだよ!?本当のことだろ!?」

 

「……にこ、あなたも大変みたいね」

 

「アンタのせいよ!ツバサ!」

 

最後の心配は本気でしてくれたみたいだったけど、これに関しては100%ツバサが悪いので怒鳴るしかなかった。

メイド喫茶内での殺伐とした雰囲気とは打って変わって明るい雰囲気。その名残もそこそこに私たちは互いに連絡先を交換した後解散することになった。

 

「……じゃあ私達行くわね。今日は本当にありがとう」

 

「こちらこそ!良ければまたご一緒しましょう?」

 

「今度はゆっくりと平和なお話でもしような。

……んじゃ、また」

 

そして私たちはツバサへと背を向けて歩き出した。

しかし朝日はすぐに後ろを振り返り……

 

 

「───────ツバサ」

 

「ん?」

 

 

 

 

 

「──────さっきのアレ、本気だから」

 

 

 

 

 

いつも通りの朝日の声で、宣言されたその言葉に

 

ツバサも笑顔で返した

 

 

 

 

「登ってきなさい

 

 

 

─────────“頂上(ココ)”で待ってるわ」

 

 

 

 

 

自信満々に告げられたその言葉に、朝日もニヤリとした笑みを返す。

そして私たちはもう振り返ることなくその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツバサ」

 

後ろからかけられた声。誰かは見ないでもわかる。

ツバサが最大の信頼を寄せるメンバーの1人───

 

「あんじゅ」

 

優木あんじゅ。

 

「遅かったわね。心配したのよ?」

 

「ごめんなさい。思ったより時間がかかったわ」

 

「……で?どうだったの?彼女たちは♪」

 

あんじゅが笑顔でツバサへと問いかける。

その言葉に不敵な笑みを浮かべたツバサ。

 

 

 

「面白かったわ。……想像以上に、ね」

 

 

 

女王(A-RISE)”と“挑戦者(μ's)”。

 

両者が相見える未来は、そう遠くはない。

 

 

 

 

 

 

「……ったく!何でA-RISEにあんな啖呵を切るわけ!?」

 

「だから……悪かったってば……」

 

ツバサと別れてから近くの公園に寄り、今は私から朝日への説教タイム。2人でベンチに座り、私が隣に座る朝日をガミガミと叱っていた。

 

「悪かったじゃ済まないわよ!……だって、あんな……」

 

「…………矢澤…?」

 

彼から目を逸らす。正直、少し怖かった。

朝日が朝日じゃなくなっていくようなあの感覚。

彼がどこか遠くに消えてしまいそうなあの感じは、2度と味わいたくない。例えそれが私たちを守ってくれるためだったとしても。

 

「……俺の心配してくれたのか?」

 

「なっ……!誰がアンタなんか!私はあのままケンカになってμ'sの印象が悪くなるのが嫌だっただけよっ」

 

「……悪い。でも」

 

朝日はそこで一度言葉を切った。

 

「……許せなかったんだ。俺達の覚悟や努力を平気で否定してみせたツバサが。あいつの物の見方で俺たちのことを推し量られるのは、凄く嫌だったんだ。

簡単に俺たちの今までを、否定されたくなかった」

 

「……朝日…」

 

こいつの行動基準は、どこまでも“誰かのため”。

それが痛いほどわかった今日の出来事。

それが彼なりの優しさで、私が彼を信頼する理由。

 

「……だからあんなこと言っちまった。ごめん」

 

「……いいのよ別に。私も別に本気で怒ったわけじゃないし。……むしろ感謝してるわ」

 

「感謝…?」

 

「……私達の事、守ってくれて。

多分私1人だったら潰されてた。

アンタが居たからよ。アンタが“勝てる”って言ってくれたから私は今こうして笑ってられるの。

だから……ありがと、ね?」

 

「……何で急にそんなに素直になんだよっ」

 

朝日が少しだけ頬を染めてそっぽを向いた。

珍しく彼が照れている。それが面白くて私は笑う。

 

いつもそう。彼は全力で私達を信じてくれて……

その信頼が私達に勇気をくれて、私達を守ってくれる。だからこそ、私も彼を信じているし、彼を守りたいと強く思う。

 

 

 

だって私は、こんなにも彼のことを─────

 

 

 

「……はいコレ」

 

「ん……これ、俺にか?」

 

「アンタ以外誰に渡すってのよ」

 

私はカバンから小さな包みを取り出して、朝日に手渡した。朝日はそれを受け取り、私に確認を取ってから中身を取り出した。

 

「これ…茶葉……お茶?」

 

「ハーブティーよ。疲労回復の効果があるやつを色々探して作ってみたの」

 

「作ったって……これ矢澤が!?」

 

「1からじゃないわよ?…乾燥したやつを色々集めて混ぜただけ」

 

「いや、それでも十分スゲェよ。ありがとな。

……でもなんでいきなり?」

 

 

 

 

あぁもう本っ当に鈍いやつ

 

他のことは気持ち悪いくらい察しがいいくせに

 

なんで自分のことになるとこんなにも……

 

 

 

 

「あぁーーもう!!」

 

「えぇっ!?」

 

突如叫んだ私に朝日も驚きの声を上げた。

そして叫んだその勢いのまま、朝日に告げる。

 

 

 

「だーかーらーー!!

 

それ飲んで疲れとって元気になってこれからもよろしくって言ってんのよ!!

 

“私達のためにいつもありがとう”って言ってんの!

 

なんでわかんないわけ!?このバカっ!!」

 

 

 

 

「……えっ」

 

……勢いに任せて随分と恥ずかしいことを…!

でもそんなことどうでもいいっ!

こうでもしないとこのアホは気づかないんだから…

 

「……もしかして今日のこれも、俺をリラックスさせてくれるため……?」

 

「そんなところまでわかんなくていいのっ!!」

 

しかもこのアホは1つヒントを与えてやるだけで一瞬で答えを導き出してしまうのだからタチが悪い。

 

朝日の言う通り。今日のこれは、私なりの彼への恩返し。ナツライブ用の楽曲をいきなり2曲に増やし、それを完成させて私達を優勝へと導き、私達のダンスの指導を欠かさずにそれと並行して実は文化祭で歌う用の曲を海未と作っていたというのだから驚きだ。

そんな彼に感謝をすると同時に……心配になる。

いくらなんでも無茶しすぎだ。

そんな彼に息抜きをして欲しくて今日は彼を呼び出した。……もっとも、ツバサに遭遇したことで彼にさらにストレスを与えてしまったかもしれないけども。

 

「矢澤……」

 

「アンタが私達の事を信じてくれて、そのために色々してくれるのは嬉しい。でもやっぱ、心配になるのよ。無理しすぎてるんじゃないかって……だから、少しでいいから私達のことも頼りなさいよね。

私達“全員で”、μ'sなんだから」

 

私がそう言って笑いかけると朝日も笑顔になった。

……良かった、気分転換出来ているみたい。

 

 

 

そして私は踏み込む

 

彼のその心の中へ

 

 

 

「だからこれからもよろしく頼んだわよ。

 

 

 

───────“優真”」

 

 

 

「っ…………!」

 

 

勇気を出して呼び方を変えてみる。

少しでも彼に近づけるように。彼を支えられるように。そのための一歩を踏み出した。しかし……

 

 

 

 

「───おう、ありがとな……“矢澤”」

 

 

 

 

「そこはフツー名前で呼ぶとこじゃないの!?」

 

「う、うるせぇ!どう呼ぶかは俺の勝手だろ……」

 

……薄々わかっていた。だってあの絵里が“優真”と呼び出しても、コイツは絵里を“絢瀬”と呼び続けていたから。もしかしたら彼には“名前を呼びたくない何か”があるのかもしれない。

……わかっていたはずなのに。

 

苗字で呼ばれたことに傷ついた自分も確かにいて。

 

「……まぁいいわ。それじゃ私帰るわね。

今日は連れ回して悪かったわ。

 

─────ありがと、“朝日”」

 

そんな自分を誤魔化すように、私は彼の前から立ち去る。

彼は私に声をかけない。それにも少々傷つきながら、私は公園を出ようとした。

 

 

 

その時

 

 

 

 

 

「────────“にこ”」

 

 

 

 

 

幻聴かと思った。

そのとき風が吹いて木々がざわめいたから。

 

それでも私は少しの期待とともに後ろを振り向くと

 

 

そこにはベンチから立ち上がり、私を追いかけてくれた朝日の姿があった

 

 

そして彼は私の頭の上に優しく手を乗せる

 

 

 

「─────ありがとね、“にこ”。

 

……俺の心配してくれて」

 

 

 

確かに彼は今、私の名前を呼んだ。

それだけでドキドキと高鳴り出す胸。

しかもまたあの“ギャップ”。

……卑怯だ、こんなの。

 

 

「う、うるさいわね……ついでよ、ついで。

あくまでμ'sの心配のついでなんだから勘違いしないでよねっ」

 

「わかってるよ。それでも嬉しかった。

……心配かけてごめんな。俺は大丈夫だから。

 

でももし俺に何かあったとしたら

 

君が俺を助けてくれ。……頼まれてくれる?」

 

「……当たり前じゃない。

 

助けてあげるわよ、何回だって

 

……それが“私達”でしょ?」

 

「違いないっ」

 

互いに微笑み合う。

それは先程までとは少し違った距離感な気がした。

 

そして彼は、私の目を見て告げる

 

 

 

 

「────ずっと笑ってろよ、にこ

 

君のその笑顔が、俺たちの支えだから」

 

 

 

 

 

……そんなこと言われたら、駄目

 

私はこいつを支えられればそれでいいのに

 

 

─────“それ以上”を望んでしまいたくなる

 

 

─────“勝てない”のは、わかってるのに

 

 

だから私は望まない

 

今のままでいい

 

 

 

 

「…当たり前でしょ?“優真”。

 

何度でも笑ってみせるわよ」

 

 

 

 

───────アンタのために、ね。

 

 

 

 

最後の言葉は心に留めたまま、きっと伝えることはない。

 

 

 

それでいい。ここが私の場所なんだから。

 

 

 

 

そして私達は2人で公園を後にした。

 

さっき頭に乗せられた手。

それで私はあの時を思い出す。

 

彼が初めて、私を支えてくれたあの日を。

あの手の温もりに、何度支えられただろう。

 

 

きっとたくさん迷惑かけるけど

 

 

それ以上にアンタを支えてみせるから

 

 

 

「─────よろしくね、優真」

 

「ん、なんか言った?」

 

「何もないわよバーカ」

 

「そのすぐバカって言うのやめろよ」

 

「あーほ」

 

「変わってないんだけど」

 

「ふふっ♪」

 

「ったく……」

 

 

少しだけ変わった距離感。

それを噛み締めながら私たちは帰り道を歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、にこ個人回でした。
今日の出来事は今後のμ'sに大きな影響を及ぼしていきます。
そして優真自身にも。
にこはこれからもスポットライトが当たる機会が多いです!
どうぞ彼女の動きにご期待ください!

新たに評価していただいた、

アリステスアテスさん、ケチャップの伝道師さん、大阪の栗さん、kiellyさん、ネオコーポラティズムさん、山風さん、ありがとうございました!
高評価低評価共々糧にしてこれからも頑張りたいと思います!

それと少々お知らせを。
実は私、TokyoのDioさんの作品「ラブライブ!—Story to make together—」の主人公の絵を描かせていただきました!
とても面白い作品なので是非ご一読を!
挿絵はあんまりじっくり見ないでください!恥ずかしいので!笑

それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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アイ・マイ・ユアーズ

49話 アイ・マイ・ユアーズ

 

 

矢澤との放課後を終えた次の日。

昨日出来なかった分の生徒会の仕事を終わらせてからアイドル研究部への部室へと顔を出すと、すでにそこには練習着に着替えた皆の姿があった。

余談だが先日の廃校延期に際して俺たちの貢献が認められ…プラス絵里と希の加入による人数の増加で、部室と隣接していた空き教室を1つ貸してもらえることになった。これで雨の日の練習場所はもちろん、更衣室として使える場所が増えたことになる。

……皆が着替えている間の気まずさからやっと俺は解放されるというわけだ。今まで皆が着替え終わるまで俺は外で待ち、それが終わると入れ違いで俺も更衣を済ませていた。……彼女たちの残り香を感じながら。俺も一応高校生男子、やはり今まで申し訳なさを感じながら着替えをしていたわけで。

 

 

───閑話休題(それはどうでもいいよね)

 

 

「おーっす」

 

「あぁ!優兄ィ!!」

 

「お兄ちゃああああああん!!」

 

「うおっ、ど、どうしたんだ凛、花陽」

 

俺が挨拶するなりいきなり飛び込んできた凛と花陽。特に花陽に関しては酷く興奮しているように思える…何かあったのだろうか。

 

「A-RISEの綺羅ツバサに会ったって本当!?」

 

「えっ………あぁ、まぁな」

 

……言ったのかよ。

若干の不満を込めて元凶の顔を見ると手で小さく『ごめん』のポーズを取った。

まぁ自慢したくなる気持ちはわかるけどさ……

 

「うあああああん!!いいなあああああ!!

ずるいずるいずるいいいいいい!!!」

 

「ちょ、叩くな叩くな!地味に痛い!」

 

「しかも連絡先も交換したって……!本当っ!?」

 

……そこまで言ったのかよ。

もはや明らかな怒りを込めて元凶の顔を見ると両手を合わせて『マジごめん』のポーズを取った。

こればかりは庇いようもねぇ、おこだわ。

 

「会ったのもたまたまだし、話したのもたまたまだから。それにあれはにこが……」

 

 

『にこぉ!?』

 

 

あっ、やばっ。

昨日俺たちは、互いの呼び方を変えて名前で呼び合うこととなった。俺の方は葛藤があって色々迷った上での結果なのだが、もちろんそのことをここにいるメンバーたちは知らない。

だから今俺は────────

 

何人かのメンバーに完全に包囲されている。

 

「優兄ィどういうこと!?」

 

「優真くん……まさかにこちゃんと……?」

 

「なになに!?優真先輩なにがあったの!?」

 

「くっ……ま、待て、話すから!ちゃんと話すから!花陽もそれでいいよな!?」

 

包囲網を掻い潜り、取り敢えず皆を落ち着かせた俺は事の成り行きを皆に説明する。

 

「……昨日にこと放課後ぶらぶらしてたんだよ」

 

『にこぉ!?』

 

「一回一回食いつくのやめてくれないかな!?話進まないから!!……んで、にこが会いたがってた『ミナリンスキー』さんっていうメイドに会いに行っ」

 

 

──────ガタン!

 

 

大きな音を立てて椅子が倒れた。

その音の主は───────

 

「──────ことり、ちゃん……?」

 

「……えっ、あっ」

 

本人も反射的だったようで、皆の視線が集まっていることに気づいて顔を赤くしている。

 

「……どうかし」

 

「ナンデモナイノヨ?」

 

「……えっ、でも」

 

「ナンデモナイノヨ。ナンデモナイノヨナンデモ」

 

……不自然なくらい片言なんだけど。

こりゃあ聞き出そうとしても無理だな。

そう思った俺は追及を止めて話の続きをすることにした。

 

「……んで、その『ミナリンスキー』さんはいなかったけど、取り敢えずそこでケーキ食って帰ろうとした時……ツバサに話しかけられたんだ」

 

そこまで語った後、俺の代わりににこが語りだす。

 

「……あの綺羅ツバサが、向こうから言ってくれたわ。……私達をライバルだと」

 

『……!』

 

にこの言葉で皆に緊張が走る。

 

「そしてこの横のバカが…A-RISEに喧嘩売ったわ」

 

『えぇ!?』

 

 

───『お前達は、“通過点”だ』───

 

 

「……わりぃ」

 

「……でもこのバカはこうも言ったわよ?」

 

 

 

───『俺たちはお前達を“超えて行く”』───

 

 

 

「…優真くん……」

 

「ビビってなんていられないわよ?」

 

皆が優しい笑みで俺の方を見てくる。合宿の件で、俺の信頼を彼女たちが力にしてくれるのはわかった。だからそんな風に笑ってくれるのは嬉しい。

嬉しいけど……すごく恥ずかしい。

俺は少し顔を赤くしながら皆の視線から逃げるように顔を背けた。

 

「さぁ!こうしちゃいられないわ!打倒A-RISE目指して練習よ!」

 

にこが立ち上がり、皆を練習へと促す。

……なるほど。

 

「おーっ!頑張ろうみんな!」

 

『ちょっとまって』

 

くそっ、引っかからなかったか……

元気よく声を上げた穂乃果とは対照的に冷たく制したのは絵里、凛、ことりちゃん、希の4人。

真姫、花陽、海未は完全に傍観を決め込んでいる。

 

「まだ肝心なところを聞いてないにゃ」

 

「結局どうして」

 

「2人は」

 

「名前で呼び合っとるん?」

 

4人は椅子から立ち上がり、俺とにこの2人に詰め寄る。なんで特に悪いこともしてないのにこんなに尋問されてるんだよ……!

 

「だ、だから深い意味はないんだって!ただ単に呼び方変えただけ!それ以上の意味はないから!な、にこ!」

 

「……だからなんでそんなに断言するのよ……」

 

「ん?なんか言った?」

 

「うるさぁい!!そうよ!私は別にこのバカとは何でもないわよ!!

呼び方を“た・だ・た・ん・に”名前呼びに変えただけ!!」

 

「え、何でにこまで機嫌悪いの…?」

 

「鏡見てこいバカ優真!」

 

「理不尽すぎる……」

 

本当に理不尽だ。

でもまぁ今の俺たちのやり取りでみんなも自分たちの勘違いだとわかってくれた様子。

それどころか先ほどまでの責めるような目に変わってにこに同情するような目つきなっている。

 

しかし事はこれでは終わらない。

 

「ねぇ優真」

 

「ん、どうしたにこ」

 

 

 

「────絵里と希も名前で呼びなさいよ」

 

 

 

「「「!?」」」

 

にこの言葉に俺たち3人はビクリと肩を震わせる。

 

「にこのことも名前で呼ぶんだから、この2人だって呼べるでしょ?」

 

『おぉー』

 

希と絵里、そして海未以外の皆もなぜか納得したように感嘆の声を上げた。いや、『おぉー』じゃないんだけど!!

 

にこの言う事は一理ある…のか?

絵里の方はまだ、いい。2人の時は名前で呼ぶ約束をしているくらいだし……まぁそれにも大きな葛藤があったわけだけど。

 

問題は、“東條(のぞみ)”。

今の“東條(コイツ)”を、“希”と呼ぶのは……正直違和感がある。心の中では“東條”を“希”と呼べる。しかし本人にそれを言うとなると話は別。って言うか、俺にそんなことができるのか……?

 

現状、俺は希を意識している。それは間違えのない事実。しかし俺は、それが“どちらの希”なのかがわからない。

そんな状態で希を名前呼びに変えたらまた頭がこんがらがりそうで……

 

じゃあこの俺の心の葛藤を説明してこいつらに許してもらう?否、そんなことできるわけがない。

 

チラリと希を見る。彼女は俺と目が合うと僅かに頬を褒めて目を逸らした。

周りの空気も、『今呼べ』と促してくるように思える。俺と希の昔の話を知っている海未だけは哀れむような苦笑を俺へと向けているが……『同情はしますけど助ける気はありません』とでも言いたげだ。

絵里も自分のことで精一杯で俺たちのことを考えている暇がない様子。

マズイ、どうしたらいい…………?

 

 

 

覚悟を決めるしか、ないか

 

 

 

 

「──────“絵里”」

 

「……う、うん…………」

 

パチパチパチパチ。

 

なぜか拍手が上がったがまあ気にしない。

第一関門、突破。問題は次……

希はこの空気に耐え切れないようで下を向いて俯いている。

 

俺は今から、こいつを───────

 

 

 

「………の…」

 

『の?』

 

「……………………の……」

 

『の??』

 

 

 

 

 

「の──────うじょうさん……」

 

 

 

 

 

ズデーン。

皆盛大にズッコケた。……希を除いて。

 

「往生際が悪すぎるわよアンタ!!コントじゃないのよ!?」

 

「わ、わかってるって……!」

 

言えねえぇぇぇぇぇ!!

やっぱり無理だ!!

誰かこの僕の心の迷いをわかって!?

 

祈りも虚しく、皆は俺を責める。

その中で先ほどから微動だにしない1人の少女。

 

「…………希…?」

 

不審に思った絵里が声をかける。

そして少女はゆっくりと顔を上げ──────

 

 

「─────ふふふふふふ♪」

 

 

不気味な程に口角を吊り上げ、笑う。

 

「と……東條、さん…………?」

 

「バカ!優真っ!火に油よっ!?」

 

にこが俺に静止を入れるも遅い。

“東條”と呼んだ瞬間更にその笑顔の恐怖感が増した。

例えるなら一般の微笑みが“ニコッ♪”ならば、今の希のそれは……“ニコォ♪♪♪”って感じ。

わかりにくいかもしれないけど、とりあえずヤバイってことがわかってくれたらそれでいいから。

 

「んふふっ♪」

 

その微笑みのままゆっくりと俺の方へと歩み寄ってくる希。そして俺の眼の前で立ち止まり、右手を額の位置へと上げ、敬礼のポーズをとり……

 

 

 

 

 

 

「どうも〜!

 

北海道十勝産アイドル、“農場”希で〜す!♪

 

……って誰が牛やねーんっ☆」

 

 

 

 

 

 

 

彼女は謎の口上を発しながら敬礼の位置に持って行った右手を力一杯握りしめ……

 

思い切り振り抜いた。

 

「うがぁっ!!」

 

希渾身の右フックが俺の頬を捉え、不意打ちということもあって全く反応できなかった俺を殴り飛ばした。こいつどっからこんな力がっ……!?

しかも俺は驚きと動揺で再び火に油を注いでしまう。

 

「と、東條……さん……?」

 

その言葉を聞いた希はテーブルの上にあった自分のタオルを掴み取ると、そのまま部室を出ようとドアまで歩き出した。

 

「お、おい!」

 

俺の呼びかけに彼女は振り返ると─────

 

 

 

 

「────ゆーまっちの……ばーーかっ!!」

 

 

 

 

普段の彼女からは全く想像のつかないような冷静さを欠いた子供っぽい行動をとった。……それでも俺を“ゆーまっち”と呼ぶことは忘れずに。

俺を含め他の皆も面食らったような表情で希が部室から出て行くのを眺めていた。

 

「まぁでもいまのは……」

 

「どー考えても優兄ィが悪いにゃ」

 

「希ちゃん………可愛そう……」

 

「え、なにこの俺が悪いみたいな雰囲気」

 

「アンタのそういうところよ、全く……」

 

「希は私がなんとかするから、優真はここで反省してて」

 

「えっ……ちょ」

 

みんなは本当に俺を置いてそそくさと部室を出て行ってしまった。

 

 

 

 

残された俺は1人殴られた頬に触れる。

痺れるような痛みが走った。

 

「…………ってェ…」

 

 

この痛みが俺が希の心に与えた痛みならば

 

俺はやっぱり最低なのかもしれない

 

 

希は、いいのだろうか

俺が名前で呼ぶことを、望むのだろうか

 

 

 

俺は一体──────何がしたいんだろう

 

 

 

答えは出ない

 

 

出るはずのない答えを探しながら、俺はしばらくその場に座り込んでいた。

 

 

 

 

 

 

そして時間は過ぎ、練習が終わった。

あれから希とは気まずい状態が続いている。

休憩の時に飲み物を渡そうとしても無言で掻っ攫って行く始末。なんとかしなければならないのはわかっているのだが、さすがに練習中は希もそのことを引っ張らずにいてくれているので、現状に甘えてしまっている状態だ。

他には特に問題は起きず──ことりちゃんが練習の途中で用事があると帰ってしまったが──いたって普段通りに進んだ。

文化祭に向けて皆のボルテージも上々、いい感じに歯車は回っている。

そんなこんなで迎えた下校寸前。

そこでにこがある提案を俺に持ちかける。

 

「優真!行くわよ!」

 

「え、どこに?」

 

「決まってるでしょ?メイド喫茶よ!」

 

「はぁ!?また行くのかよ!昨日行ったばっかだぞ!?」

 

「覚えてないの?昨日のメイドさんが言った言葉……」

 

 

 

─────『明日だったら居るんでぇ、明日も来てくれたら嬉しいな、なんてね♪』─────

 

 

 

 

「つまり今日行けばミナリンスキーさんに会えるってわけよ!」

 

「えええええええ!?それ本当!?」

 

にこの宣言に花陽が瞳を輝かせて食いついた。

 

「……まぁそうだな。じゃあ花陽と行ってこいよ。俺は帰る」

 

「何言ってんの?μ'sみんなで行くんだからアンタも来なさいよ」

 

「えぇ〜!?凛達も行くのぉーー!?」

 

「別に興味ないんだけど」

 

「何言ってるの!?凛ちゃん真姫ちゃん!メイド喫茶だよ!?美味しいもの沢山あるんだよ!?行くしかないよ!!」

 

「穂乃果の言ってることはさておき……ミナリンスキーさんは伝説のカリスマメイドでもあり、アイドルでもあるの!是非1度目に焼き付けておくべきよ!」

 

「にこちゃんの言う通りっ!!さぁ皆さんいざメイド喫茶へ!!」

 

や、やばいな……何やらカオスな状態になってきてる……。俺は助けを求めるようにストッパーである絵里と海未を見た。すると2人は何やら話し合っていて……しばらくすると絵里が俺の視線に気づき、笑みを浮かべた後皆に向けて言葉を放った。

 

「いいんじゃないかしら。

皆で行きましょう、メイド喫茶」

 

「私も賛成です」

 

な……!?

百歩譲って絵里はまぁわかる。

しかし海未もだと……!?どういう風の吹き回しだこりゃ……

 

「え、絵里、海未…本気か?」

 

「本気よ?私だってメイド喫茶がどういうところなのか興味あるし」

 

「私もです。優真先輩も行きますよね?」

 

「えっ、だから俺は」

 

その瞬間。

絵里と海未に睨まれた。えっ、何で?

そして視線をある人の元へと移す。その視線の先には……

 

会話の流れに入れずあたふたしている希がいた。

 

 

そして2人の意図を悟る。

 

 

──────誘え、と。

 

 

まさかにこの奴も俺が希と仲直りするキッカケのために……?

俺は穂乃果達の相手をしていたにこの方へと視線を移す。すると俺と目があったにこは顎をクイっと希の方へと突き出した。『早く行きなさいよ』と聞こえた気がした。

確かに話す機会をくれたのはありがたい。

でも……

 

 

ハードル高すぎだろぉぉぉぉ!?

 

 

俺は心の中で叫ぶ。

どう呼べばいいかもわからないこいつを俺に誘えるのか!?……いや、やるしかない。

元はと言えば全て俺のせい……ここまでお膳立てしてくれて成功させなきゃ、男じゃない。

 

意を決した俺は希に向けて歩き出した。

そして希の前に立ち、ゆっくりと口を開く。

 

「お、お前はどうする?……(のぞみ)…」

 

「声ちっちゃ」

 

外野から何か聞こえた気がするが気にしない。

くそっ、名前呼ぶだけなのに何だってこんなに緊張してるんだよ俺はっ……!

 

希は俺の言葉を聞くと、明らかに不機嫌な顔をして顔を背けた。

 

「……行かへん」

 

「み、みんな来るぞ?」

 

「行かへんっ」

 

「……ケーキ奢る」

 

「行かないっ」

 

「標準語出てるぞ」

 

「うるさいっ」

 

「本当は行きたいんじゃないのか?」

 

「うーるーさーいーー!!」

 

きょ、強敵だ……しかし諦めるわけにはいかない。

 

「本当に行かないのか?」

 

「行かへんって」

 

「あそこのケーキは美味しいぞ?」

 

「行かへんっ」

 

「……お前が最近ハマってるロイヤルミルクティーも付ける」

 

「……………行かないっ」

 

「今ちょっと迷っただろ」

 

「うるさいっ!」

 

 

だぁああ焦れったい!!

 

「っ!!」

 

「───────!!」

 

希の頬に触れ、無理やり俺と目を合わせさせる。

手のひらに触れる感触は柔らかくて……って何の実況をしているんだ俺は!

 

 

 

そして俺は希の目を見て、告げる

 

 

 

 

 

「──────俺はお前に来て欲しい」

 

 

 

 

何の捻りもない、ただ単に自分の思いだけを込めたその言葉は、どうやら希へと届いたらしい。

 

 

 

「………………行くっ…」

 

 

 

顔を真っ赤にして、少しだけ頬を膨らませて不機嫌そうに放たれたその言葉は、正直可愛かった。

何とかうまくいった。俺はホッと息を吐き、皆が待っているであろう後ろを振り向いた。

 

するとそこには────────

 

 

 

 

誰1人いなかった。

 

 

 

 

 

「嘘だろぉぉぉ!?」

 

あれだけ頑張ったのに誰も見てなかったのかよ!何のためにやらせたんだよ今の茶番は!!

 

するとその時、メールが届いた。

差出人は、にこから。

 

 

 

にこ《アンタたちの夫婦漫才が見てて甘々過ぎて不快だったから先に行くわ。責任持って希を連れて来なさい》

 

 

 

はあぁああああああ!?

放置された挙句二人きり強要だと!?

冗談も大概にしてくれよ!!

 

 

すると続きが届いた。

 

 

 

 

にこ《しっかりやりなさいよ》

 

 

 

 

相変わらず無駄な言葉のない、シンプルな一言。

にこらしくて、何故か見ていると勇気をもらえた。

そして次々に届く応援のメール。

 

 

絵里《呼びづらいのはわかるけど、とりあえずしっかり希に謝るのよ?》

 

真姫《まぁ謝れば許してもらえるんじゃない?》

 

花陽《ミナリンスキーさんが待ってますよ!》

 

海未《過去の事で悩むのはわかりますが、ここらでしっかりとけじめをつけるべきです。優真先輩ならできると信じています》

 

凛《どー考えても優兄ィが悪い!だからちゃんと謝るにゃ!いいね!?しっかりやってくるにゃバカ兄貴! >ω</ 》

 

穂乃果《ファイもだよっ!優真先輩! (و'ω')و》

 

 

 

それぞれから送られたそれを見て、勇気を得た。

突っ込みたいところが何箇所かあるけど、とりあえず1つだけ。穂乃果、決めゼリフ誤字ってるぞ。

 

さぁ、これだけ応援されて、やらないわけにはいかないな。

 

 

 

「……行こっか」

 

「……うん」

 

 

 

 

 

“背中合わせの2人”は、仲間の元へと歩き出した。

 

 

 

 




男見せたれ優真!

新たに評価していただいた、
AQUA BLUEさん、サークルプリントさん、せいいずさん、スーいさん、K.U@LL!さんありがとうございました!
これからもこの作品をよろしくお願いします!

そして今回の評価を受けて、今までの空白を開けすぎていた部分を修正して行間を詰めました。個人的に必要だな、と感じる程度まで削りました。これで今までよりは読みやすくなったのではないかと思います。その他ご意見等ありましたら感想やメッセージでご指摘お願いします!

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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Are you a “Minalinskey”?

1週間と少しぶりです!


 

 

50話 Are you a “Minalinskey”?

 

 

 

「………………」

 

「………………」

 

無言。そしてすごくデジャヴ。

まるで夏合宿の肝試しの時のよう。

その状態のまま、俺と希は2人でメイド喫茶までの道を歩いている。昨日行った場所から距離を逆算すると、遅くとも15分で目的地へと到着するはず。だから俺はそれまでに希と和解しなければならない。

与えられた時間は長いとは言えない。しかしその中で俺は己の心の中で答えを出す。

できるかどうかはわからないがやるしかないのだ。

 

「……ねぇ、ゆーまっち」

 

「……ん?」

 

そんな中、先に口を開いたのは意外にも希だった。

 

 

「さっきはその…………ごめんなさい……」

 

 

「……え?」

 

まさか希の方から謝罪が来るとは思ってなかったので、思わず聞き返してしまった。

 

「……殴っちゃって」

 

「あぁ、いや……あれは俺が悪かったよ」

 

「本当にそう思っとるん?」

 

「……まぁ、うん」

 

「なんよ、その返事っ」

 

その問いで気づく。

俺が悪いというのは自覚している。

しかし俺は何が希を傷つけたのかを理解していないことに。

 

「まぁ今はとりあえずウチの謝罪を聞いてよ」

 

「……おう」

 

「……さっきはごめん。カッとなってやってしもうたけどやっぱり……」

 

そこで希は一度言葉を切って視線を落とし……

頬を少し赤くして恥ずかしそうに言葉を続けた。

 

 

 

「…お、女の子がグーパンチは…ないな、って…」

 

 

 

「……ふふっ…はははっ……」

 

「なっ………!?」

 

思わず笑いが込み上げてしまった。

そんなことを気にしていたのか。

まぁ確かに俺も女子からあんな会心の一撃を受けたのは初めてだけど、やっぱり希としても恥ずかしかったのだろう。

 

「何笑っとるん!?こっちは本気で謝っとるんよ!?」

 

「ごめんごめん、つい……」

 

「もうっ」

 

希が不機嫌そうにそっぽを向く。

それを何とかなだめて、話は謝罪へと戻る。

 

「……叩いたとこ、大丈夫やった?」

 

「殴られたところはすぐに冷やしたから大丈夫だ」

 

「わざわざ言い換えんといて!」

 

「はははっ。まだちょっと痛むけど、明日になれば治るよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「何回も謝るなって。本当に大丈夫だから」

 

それよりも。

 

「……俺の方こそごめん」

 

「なんが?」

 

「……………………」

 

「……わかんないなら、謝らなくてもいいんよ」

 

希は俺の方を見ずに前を向いてそう言った。表情は見えなかったけど確かに分かることは1つだけ。

 

今の俺の返答で、間違いなくまた希を傷つけた。

 

それでも俺は。

 

 

「……お前は」

 

立ち止まった俺に合わせて、希も立ち止まる。

しかしこちらは向かない。その後ろ姿に、俺は問いかける。

 

 

 

「────お前は俺が“希”と呼ばなかったことに、傷ついたのか?」

 

 

 

オブラートになんて包まない。

傷つけてしまった分は、後で死ぬほど謝る。

だから今は、“俺のすべきこと”を見つけなければ。

 

希はしばらく無言で立ち止まっていたが、

やがてゆっくりと首だけでこちらを振り向いた。

そして希は、笑顔を俺に見せる。

 

 

 

 

「────悲しかったに決まっとるやん?」

 

 

 

「……っ」

 

「そりゃあ傷つくよ。えりちもにこっちも名前で呼ばれてるのに、ウチだけ名字よ?

……嫌じゃなかったって言ったら嘘になる。

でも、わかっとるんよ」

 

その時一瞬だけ浮かべた悲しげな顔を、俺は見逃さなかった。そして希はすぐに笑顔を作り直し、告げる。

 

 

 

 

 

「─────だって君にとっての“希”は

 

 

─────“ウチ”じゃないやろ?」

 

 

 

 

 

「っ─────!!」

 

その言い方、もしかして

 

─────“俺と同じ”、か?

 

……いや、考えすぎか。

 

希の言葉で、俺のせいで希を傷つけた原因もわかった。そしておそらく……

 

これは、今に始まったことじゃない。

 

きっと俺が初めて名字で読んだあの日から……

過去を清算した2年前のあの日からずっと。

 

俺が“東條”と呼ぶ度に、彼女を傷つけていたのだ。

 

それを自覚した途端、締め付けるような胸の痛みが俺を襲う。

……最低だ、俺は。

2年前、希との過去から逃げるように決別を選び、勝手に希と“希”を切り離して自分の思いを捨てたくせに、その自分は今またこうして希に惹かれようとしている。

 

……どこまでも自分勝手じゃないか。

 

そんな自分を責める俺の思考を見透かしたように、希は俺に言う。

 

 

「でもね、ゆーまっち。それでいいんよ。

 

ウチは君に、“希”って呼んで欲しくないから」

 

 

希は笑う。そんな彼女を俺は無言で希を見つめ続けている。

─────その言葉の真意を探るために。

 

 

「ウチは君を支えられればそれでいいんよ。

君の旧友、“希”じゃなくて、君の新しい友達、“東條”として。そう自分で決めたことやから君が謝ることなんてないんよ?」

 

 

そう言って希は1人で歩き出した。

その後ろ姿を見ながら俺は1人考える。

 

───────またそれかよ。

 

きっと希は嘘をついてはいない。

でも、“本当のことは言ってはいない”。

この感覚は、3度目。

2年前に“希”と決別したあの日と、希が病院に運ばれたあの日。

それまで俺は、2度も希から差し出された手を払い続けた。体は俺に背を向けながら、俺に握って欲しそうに差し出すその手を。見えていたのに、自分の身勝手な感情で握り返すことをしなかった。

 

あの日正しくないやり方で過去を清算したツケが、ここで回ってきたのだ。

 

だったらもう、俺がやるべきことは1つしかない。

 

 

『──────逃げるな、向き合え』

 

 

ふと頭によぎったその言葉。

合宿初日の夜にサトシから放たれた俺の心に刺さっていた言葉が、俺に道標を示す。

もう、迷わない。

 

 

 

 

 

 

「────────“希”」

 

 

 

 

 

 

 

────“逃げない”ってのはそういうことだ。

 

 

 

俺の呼びかけに、希が足を止めて振り返る。

 

「……無理して呼ばんでええんよ?」

 

「そんなんじゃない」

 

「……“ウチ”は君の“希”じゃないんよ?」

 

「そんなこと関係ない」

 

そして俺は希にぶつける。今までの対話で見つけた俺なりの答えを。

 

 

「“東條(お前)”も“(アイツ)”も

 

俺にとって大切な人だから

 

俺にとって、大切な希だから」

 

 

 

────“向き合う”ってのはそういうことだ。

 

 

 

希は俺の言葉にしばらくの間驚いたように目を見開いていたが、ややあってその表情を笑顔へと変えた。

 

「ばーか」

 

「何が」

 

「ゆーまっちのくせにっ」

 

「どういう意味だよ」

 

「教えなーい♪」

 

先程までとは違い、目に見えて嬉しそうだ。

それが俺のおかげならば……少し嬉しい。

 

「ほら行くよ!みんなが待っとるよ!」

 

「あっ、おい待て!走り出すんじゃねぇよ!」

 

「遅れた方が明日の生徒会業務、1人でやるってことで!」

 

「はぁ!?なんだよそれ!っていうかお前場所知ってるのかよ!」

 

「知らなーい♪」

 

「ふざけんなよ!?おい待てって……“希”!」

 

そして俺たちはメイド喫茶へと走り出す。

その時最後に一度だけ振り向き俺に笑顔を見せた。

それは今までの“東條”の笑顔でもなく、“希”の笑顔でもなく……見たこともないような、綺麗な笑みだった。

 

 

 

 

 

 

「つ、ついた……」

 

「きっつ……」

 

「……なんで2人して疲れ果ててんのよ」

 

徒歩15分の道を、その半分で走り抜いた。

希は以外と負けず嫌いなのでついつい熱が……

 

と、そこに先程まではいなかった人影を見つけた。

 

「サトシ」

 

「よ!ユーマ!」

 

「お前……どうしてここに?」

 

「ある人からみんながメイド喫茶に行ってミナリンスキーさんに会いに行くって話を聞いたからな!居ても立っても居られなくて来ちまったぜ!」

 

「ある人……?」

 

「作者」

 

「おい!!ちょっと黙ろうか!!しれっととんでもねぇこと言ってんじゃねぇ!」

 

「またたね?」

 

「言い換えればいいってもんじゃないんだよなぁ!」

 

言っていいことと悪いことがあるだろ!というツッコミはサトシの豪快な笑い声でシカトされた。

……それでもとりあえず俺はこいつに言いたいことがある。

 

「……サトシ」

 

「ん、何だ?」

 

「……ありがとな」

 

不思議とあの時のサトシの言葉が、俺に勇気をくれたから。

 

「え、いきなりなんだよキモチワルイ」

 

「一言余計だっつーの。黙って受け取っとけ」

 

「優真」

 

するとそこで絵里が俺へと話しかけてきた。

 

「ん、絵里」

 

「……大丈夫だった?」

 

「……おう、和解してきた」

 

「そう、ならいいんだけどっ」

 

絵里は俺に微笑みかけると、そのまま皆のいる方に合流した。

 

「……ユーマ、お前絵里さんのこと…」

 

「……名前呼びに変えた。にこのこともそうするようにしたし…希のことも」

 

「……そっか。よかったのか?」

 

「何が?」

 

「……いや、何でもない。よかったぜ!お前たちがまた仲良くなったみたいでよ!」

 

一瞬サトシの言動に疑問を抱き……ハッと気づく。

こいつは俺の昔を知っているんだった。

“あの事件”のことを知ってなお俺と友達でいてくれるサトシ。本当にいいやつだ。

 

……μ'sの皆にも知らせるべきなのだろうか。

 

凛以外のメンバーは、そのことを知らない。

知れば皆はきっと俺から離れていくだろう。

今のみんなとの関係を自分から壊す真似は、絶対にしたくない。……でも、俺が本当に“変わる”ためには、伝えなくちゃいけないんじゃないか?

そしてもう1つ。

サトシも……凛さえもきっとこの事は知らない、俺以外の誰も知らないであろう、大きな“カクシゴト”。

今の俺が抱えている、最大の秘密。

この2つを皆に明かさなければ、俺は自信を持って“変われた”と、胸を張れないような気がする。

 

「……マ…ユーマ!」

 

「…………ん」

 

サトシに呼ばれて意識が現実へと戻る。

だいぶ深く思考の底に潜っていたようだ。

 

「どうしたんだよ、急に黙りこくって」

 

「……何でもねぇよ。サトシ、今日はケーキ奢ってやるよ」

 

「え、マジかよ!ってか本当にどうした?変なもん食ったか?」

 

「人の好意をそんな風に扱うんじゃねぇっ」

 

若干ムッとしてツッコミを入れた後、俺は皆のいるところへと歩き出した。

おい待てよ!、というサトシの声を無視して。

 

 

───────どちらにせよ。

 

 

俺の事を話す日は、近いのかもしれない。

 

 

 

 

 

「……さ、みんな揃ったし行きましょ!」

 

にこの声を合図に、俺たちは店の中へと入る。

 

 

 

 

 

 

『お帰りなさいませ、ご主人様っ、お嬢様っ!』

 

……相変わらず勢いのあるコールだな。

昨日ぶりのそれに再び面食らいながらも、俺は駆け寄ってきたメイドさん──幸運にも昨日と同じだった──に用件を告げる。

 

「あ!昨日のご主人様!本当に来てくれたんですね!?」

 

「あぁ、はい、どうも。それでなんですけど……」

 

「わかってますよっ♪ミナリンちゃんですよね?」

 

「あ、そうです。お願いできますか?」

 

「はーい♪少々お待ちを。ミナリンちゃーん!」

 

 

はぁーい、と厨房の方から小さく声が聞こえた。

……しかしこの声、どこかで聞き覚えが。

 

──────否。

 

聞き覚えがあるレベルじゃない。

“いつも聞いている”ような気が……

 

 

するとそこに、天使が現れた。

 

 

「───ご指名ありがとうございます、ご主人様、お嬢様っ♪

 

初めまして、ミナリンスキーですっ♪」

 

 

その姿を見て、俺たちは硬直する。

それは俺たちの姿を見た向こうも同じで。

 

だって今俺たちの目の前にいる天使は────

 

 

 

「─────ことり……ちゃん……?」

 

 

 

南ことり、その人だったのだから。

 

 

 

 

 




次はもう少し早く投稿できるように頑張ります。

新たに評価していただいた、

きょんちゃんちゃんさん、とある物書きMr.Rさん

ありがとうございました!
今後もどうぞこの小説をよろしくお願いします!

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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天使と違和感

ハッピーバレンタイン!
記念話を書こうかと思ったけど本編を早く進めたかったので書いておりません笑
それではどうぞ!


51話 天使と違和感

 

 

 

『ええぇー!?』

 

「じゃ、じゃあ伝説のカリスマメイドって……」

 

「ことりちゃんだったんですかぁ!?」

 

「…ごめんなさい……」

 

あれから私達は店の奥の席へと案内され、ことりから事情の説明を受けている。

メイドの界隈には全く興味はなかったけど、さすがの私……絢瀬絵里もことりが『伝説のカリスマメイド』だと聞いたときには驚かざるをえなかった。

皆も私と同じように驚いているようで、当の本人のことりは申し訳なさそうに下を向いて俯いている。

 

「どうして言ってくれなかったの!?ことりちゃん!」

 

と、そこで穂乃果がこの場で上がって当然の質問をことりにぶつける……

 

 

 

「────言ってくれればお菓子とかジュースとかご馳走になったのに!」

 

 

 

……前言撤回、そういうことじゃない。

 

「そこぉ!?」

 

「花陽の言う通り。そこじゃないだろ穂乃果。

……どうしてここでバイトを?そしてなんで俺たちに隠してたの?」

 

私達全員が感じていた疑問を、優真がことりへと問うてくれた。

 

「……穂乃果ちゃんと海未ちゃん、優真くんと一緒にμ'sを始めた頃……ここでアルバイトやってみないか、って誘われて……。

向いてないっていうのはわかってたんだけど、衣装が可愛くて少しだけやってみようと思って、一生懸命接客していたら……」

 

「『伝説のカリスマメイド』って呼ばれるまでになっちゃった、と」

 

「向いてないどころか適正大有りにゃー」

 

「私、自分を変えたくて……

 

私には穂乃果ちゃんや海未ちゃんと違って、何もないから」

 

何も、ない……?

この子は自分をそんな風に考えていたの?

全くそんなことはない。

μ'sの衣装を作り、私と優真と共にダンスの振り付けを考え、いつも変なところで衝突しがちな穂乃果と海未を宥める(悪ノリすることもあるけれど)のは、ことりだ。

ことりだからできること……ことりに“しか”出来ないことが、たくさんある。

そんな彼女に何もないなんてことはありえない。

そしてこれは、μ's皆の共通認識のはず。

 

それを示すかのように、皆が口々に意を唱える。

 

「えぇー!?そんなことないよ!ことりちゃん、歌もダンスも上手だよ!」

 

「衣装だって、ことりが作っているではないですか」

 

「ううん……そういうことじゃないの……

私は穂乃果ちゃんみたいに皆を引っ張っていくこともできないし、海未ちゃんみたいに、しっかりもしてない。

……私はただ、そんな2人についていってるだけ」

 

ことりは頑なに自分自身を過小評価し続けている。

確かに二年生の幼馴染3人組の中で考えるならば、穂乃果にはカリスマ性とも呼べる皆を引っ張っていけるような何かがあり、海未にはそんな穂乃果を叱咤し、皆に指導を行うしっかりとした一面がある。

だからと言ってことりに何もないのかと問われると……やっぱり首を縦に振ることはできない。

ことり自身は認めていないけれど、衣装を作ることができるのは立派な才能の1つだし、μ'sはそのことりの才能が無ければ成り立たない、と言っても過言ではない。

 

……ただ、ことりが考えているのは、そんなことではないのかもしれない。

今私が考えたことをそのまま彼女に伝えても、きっと彼女の心には響かないだろう。

彼女の心の底を読み抜き、彼女が求めている言葉を言いかけてあげる必要がある。

 

─────そんなことができるのは。

 

彼女にとって最適な……彼女の欲しがっている言葉をかけることができるのは。

 

─────やっぱり“彼”しかいない。

 

彼は今何を考えているのだろうか。

そんな軽い気持ちで私は優真の表情を窺う……

 

 

そして

 

 

(っ─────!?)

 

 

悲鳴を上げそうになったのを、寸前で堪える。

 

 

彼が浮かべていた表情は……“あの時”と同じ。

私はその表情を2度見たことがある。

1度目はμ'sのファーストライブの時に、何も説明せずにライブを中止させようとした私を止めようとした時。

2度目は発作を起こした希を、かつての友人から守るため。

 

つまり……大切なものを傷つける何かから、大切なものを守るために彼が見せる、普段の優真からは全く考えられないあの表情だった。

あの黒い黒い目に見つめられたら最後、刺すような感覚が肌を襲う。一度見たら二度と忘れることはない、その表情で彼は今ことりを見ている。

 

ただ今回は……いつもと違う。

 

いつも彼がこの姿を晒すのは、あくまで大切な何かを守るため。しかし今回は誰かがことりを貶めたわけでもない。いつもならば存在するはずの、“明確な敵”となるものが存在しないのだ。

 

彼は今何を思い、その目を彼女に向けるのか。

 

 

 

「──────優、真…………?」

 

 

 

恐る恐る、様子を窺うように彼へ問いかけた言葉。

その言葉で、皆の視線が私へと一気に集中した。

それはそうだ。よくよく考えれば、今はことりの話を聞いている途中。そんな中彼の名前を呼ぶのはどう考えても不自然。それでも呼ばずにはいられなかった。

 

「──────大丈、夫……?」

 

しかし当の本人は。

 

先程までの恐ろしい表情が嘘のようにケロッとした表情を浮かべ……

 

「……え、何が?」

 

心の底から不思議なように、私に問い返す。

全く自覚がないのか、とぼけているようには見えない。他の皆も私の質問の意味がわからないかのように、怪訝な表情で私を見ている。

皆は気づいていな………いや、そうだ。

 

もう1つ、今までと違う点がある。

 

それは……“殺気”。

 

あの相手が誰であろうと黙らせてしまうような殺気が、先ほどの彼からは全く感じられなかった。

それ故に、直接表情を窺った私にしか気付けなかったのだ。

 

 

「……何でもないわ、気にしないで」

 

「何だよいきなり、怖いんだけど」

 

 

不自然さが拭いきれない、今回の一幕。

彼に起こった変化のワケを私が知るのは、もう少し先のことになる。

 

 

▼▽▼

 

 

「……何でもないわ、気にしないで」

 

「何だよいきなり、怖いんだけど」

 

絵里から不意に声をかけられた俺は今、怪訝な顔で彼女を見ている。

何故かいきなり絵里に大丈夫かと聞かれてしまった……何か心配をかけただろうか。

確かにことりちゃんの話を聞いた後、少しだけぼーっとしてたような感覚があったけど……あそこまで深刻そうな顔をして心配されるようなことではないはずだ。

 

それよりも今は。

 

「……ことりちゃん」

 

「……ん……?」

 

 

 

「─────注文お願いしたいんだけど、いい?」

 

 

 

「え……?」

 

「みんなもなんか食べるだろ?ここのケーキすごい美味しいんだ。な?にこ」

 

「え、えぇ。でも優真……」

 

「いいからいいから。俺たちは今日ミナリンスキーさんに会いに来て、ここのデザートを食べに来た。そうだろ?」

 

「優真先輩……」

 

「ここでずっと注文もせずに居座ったら店に迷惑だろ?ほら、早くメニュー開きなよ、みんな」

 

今の彼女に何か言ってもきっと自分の意見を変えることはない。だったらここは店の迷惑にならないように客は客らしく、店のサービスを享受するのが最適だ。

……もちろん、彼女をこのままにしておくつもりもないけど。

 

すると希と絵里が俺の意向を汲んでくれたらしく、フォローを入れてくれた。

 

「じゃあゆーまっち!ウチはこのフォンダンショコラとロイヤルミルクティーで!もちろんゆーまっちの奢りね♪」

 

「はぁ!?勝負は引き分けだったろ!?」

 

「ウチを誘う時奢ってくれるって言ったやーん♪」

 

「うっ……い、言った、けど……」

 

「じゃあ私はこのチーズケーキね♪頼んだわよ、優真」

 

「何で絵里の分も奢んなきゃいけねぇんだよ!自分で払えや!」

 

「おいユーマ!俺はこの特盛パンケーキ3つ!」

 

「うん、お前には奢るって言ったね。でもさ、特盛3つって馬鹿じゃねぇの!?特盛パンケーキは一皿に5枚盛られてるんだぞ!?」

 

「何よ優真、悟志くんは良くて私はダメなわけ?」

 

「うるせぇ!俺が奢るのは希とサトシだけだ!」

 

ぎゃあぎゃあと騒ぐ俺たちを見て、不満を感じていた残りの皆も笑顔に変わり、俺を弄りに入る。

 

「ねぇねぇ聞いた?凛ちゃん!優真先輩、“のぞみ”だって〜!」

 

「聞いたよ穂乃果ちゃん!さっきまであんなに恥ずかしかってたくせに〜」

 

「……喧嘩売ってんのか馬鹿2人」

 

「「“のうじょうさぁ〜ん”」」

 

「売ってんだな。よし買ってやるから表出ろ」

 

「何騒いでんのよ、迷惑でしょ?……あ、優真、私は昨日のショートケーキ」

 

「では、私はこの宇治金時を」

 

「わ、私はチェリータルトを……」

 

「私は生トマトで」

 

「お前ら調子に乗りすぎだあぁあああ!!!」

 

俺たちのその光景を見て、先ほどまで暗い表情だったことりちゃんは笑顔へと変わった。

 

あぁ、本当に本当に……こいつらはいいやつだ。

仲間思いで、空気が読めて、とても優しい。

……だからって奢ったりしないけどな!!

 

 

 

 

 

全くもって意味がわからないのだが、結局全員に奢ることになってしまった。俺の財布は貧乏ではないが豊かでもない。明日からは節約生活を余儀なくされそうだ……。

 

そして俺たちは帰ることになり、店の外にことりちゃんが見送りに来てくれた。

 

「それじゃあお仕事頑張って、ことりちゃん」

 

「あ、はいっ!……あの、優真くん。今日のこと……」

 

「ん?」

 

「……ちゃんと話すから…。だから……」

 

申し訳なさそうに俯きながら俺へ告げることりちゃん。

 

「わかってるよ。俺たちは待ってるから。ゆっくりでいいんだよ?」

 

「……ありがとう、優真くんっ」

 

「それじゃあね。……後でケータイ見といて」

 

「えっ……?う、うん」

 

少し驚いたような表情を浮かべたことりちゃんを残して、俺は皆のところへと合流する。

 

「ことりちゃん!じゃーねー!」

 

穂乃果が大きくことりちゃんへと手を振った。

彼女が手を小さく振ったのを見届けて、俺たちは店の前を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「ことりちゃんがあんな悩み抱えてたなんて、知らなかったなー」

 

皆で歩く帰り道、穂乃果が独り言のように呟く。

 

「私より海未ちゃんやことりちゃんの方ができること多いのに、どうしてだろっ」

 

「……きっとみんなそうなんじゃないか?」

 

「え?」

 

「ことりちゃんだけじゃないはずだ。

みんな自分が1番だなんて普通は思わないし、自分のこんなところを“変えたい”って考えたことあると思うんだ。

自分が持ってなくて、誰かが持っているものは一層光って見える。その1番身近な存在が……“友達”なんじゃないか?」

 

『んんー?』

 

難しかったかな……?

メンバーの何人かは俺の言葉に首を傾げている。

 

「……そうね、その通りかもしれないわね」

 

「絵里ちゃん?」

 

「自分よりも、他の人の方が優れて見えて、羨ましく感じて……だから“変わりたい”って思うんだと思う。その変わりたいっていう気持ちを力に変えて、みんな努力するのよ。

そうやって少しずつ成長していく相手を見て、自分も頑張らなきゃって努力して……ライバルみたいなものなのかもしれないわね、友達って」

 

「なるほど……ねぇ!海未ちゃんは私を見て『頑張らなきゃ!』って思ったことある?」

 

「……数え切れないほどありますよ」

 

「えぇー!?何で!?海未ちゃん私より何でもできるのに!」

 

微笑みを浮かべて答えた海未に飛びついた穂乃果を見て、俺たちは苦笑を浮かべた。

 

 

穂乃果(お前)を見て頑張らなきゃって思ったこと?

 

────数え切れないほどあるに決まってんだろ。

 

ここにいるみんなが、同じ気持ちだよ。

 

 

 

話は弾み、あっという間に皆の帰る方向が別れる交差点へと着いた。

 

「……優真さん、悟志。行きましょ」

 

「ん、そうだな」

 

「あれ?優兄ィ今日はこっちじゃないの?」

 

「俺とサトシは真姫の家で文化祭で歌う曲の最終調整してくる。凛と花陽は先に帰っててくれ」

 

「ん、りょーかいにゃ!頑張ってね!」

 

「おう、ありがとな。…んじゃみんな、また明日」

 

「さよならー!」

 

残ったみんなに手を振り、俺たち3人は真姫の家へと歩き出す。家の方向から考えて凛と花陽、穂乃果と海未、絵里と希がそれぞれ一緒に帰ることになるだろう。

 

しかし。

 

俺はこの時ほど、皆で帰ればよかったと後悔したことはない。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「希」

 

「ん、どうしたん?」

 

穂乃果ちゃん達と別れた後、えりちと2人で帰り道を歩いていたら、私…東條希は急に声をかけられた。

 

「ちょっと新しいノートを買って帰りたいんだけど……ついて来てもらってもいい?」

 

「ん、ええよ。それぐらいならいくらでもっ」

 

私がそう言って微笑むと、えりちも安心したように笑った。

すると次の瞬間、えりちはその表情を少しだけ険しいものへと変えて────

 

「ありがとう。…そして少し、話があるんだけど」

 

──────なんだ。そっちが本題なんだね。

 

「……うん、わかった。ほな行こか。歩きながらでもええやろ?」

 

「ええ」

 

彼女は何を問おうとしているのか。

少しだけ覚悟を決めて、私は歩き出した。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「ったく……ケータイなんて普通忘れないだろ」

 

「はっはっは!悪りぃ悪りぃ」

 

皆と別れた後、俺と真姫とサトシは真姫の家へと向かっていたのだが、サトシがあの店にケータイを忘れたということで取りに戻ることになった。

結構なタイムロスになってしまった。

俺たちは今2度目となる帰り道を歩いている。

 

「うっ……なんか腹痛いぜ……」

 

「パンケーキの食い過ぎだバカ」

 

「何言ってんだ!いつもなら後あの倍は食えたぜ」

 

「……うぇっ」

 

「悟志はキモチワルイくらい甘党だものね」

 

思わず苦言を零した俺に、真姫が苦笑いを向ける。

サトシが頼んだ特盛パンケーキ……

フライパン大のパンケーキを5枚に重ね、頂上にこれでもかというほどマーガリンを塗りたくり、滝のようにメープルシロップとチョコソースをかけた後、トドメとばかりにバニラアイスクリームをトッピング。最後に周囲に生クリームを盛って完成。しかもパンケーキ一枚一枚の間にも生クリームが敷き詰めてあるという極甘仕様。

思い出すだけで胃もたれを催しそうなそれを、サトシは1人で3皿も食べやがった(1皿1200円)。無論、3皿とも俺の奢りである。

こいつの甘いものへの執着は凄まじい。

穂乃果と凛(ハイエナ)が自分のパンケーキに群がってきたのを、鬼のような表情で追い返しやがったからな。

 

「……なぁ真姫、サトシは昔からあんなんだったのか?」

 

「少しも変わらないわよ。小さい頃私の家に来た時、悟志はいつもおやつにパンケーキばっか食べてたし。パンケーキ中毒者と言っても過言ではないわね」

 

「なるほどな……その点真姫は優しいよな」

 

「えっ!?な、何よ急に!!」

 

「だって真姫、みんながケーキとか高いの頼むから自分は生トマトにしてくれたんだろ?」

 

みんな500円超えとか普通だったからな。

真姫だけ生トマトという300円の格安(他のものに比べて)の物を選んでくれたのは本当にありがたい。真姫の優しさが伝わってくるぜ。

……しかしあの生トマト、あのメニューの中で1つだけ異質だったんだが……女性が頼んだりするのかな?

 

「え、あっ……そ、そうよ!」

 

「だろ?ありがとな、真姫」

 

「う、うん……」

 

「ふっふっふ…そいつは違うぜ、ユーマ」

 

少々挙動不審な真姫にニヤニヤと笑みを浮かべてサトシが俺へと異議を唱えた。

 

「ん?違う?」

 

 

「こいつはただ単にトマトが大好きなだけだぜ。ユーマの財布のことなんざちっとも考えちゃいねーよ」

 

 

「え、そーなの?」

 

「なっ……!ち、違うわよ!私はただ優真さんのことを心配して……」

 

「なーに隠してんだ。真姫だって小さい頃おやつにトマト食ってたじゃねぇか。しかも最後の一個床に落として泣いたりしてたの俺は覚えてるぜ?」

 

「さ、悟志っ!!」

 

「……はーん?」

 

なるほどねぇ。単にトマトが食べたかっただけ、と……

 

「まぁ別にいいじゃん。美味しいよな、トマト」

 

「優真さんは黙ってて!!」

 

「あれぇー、俺フォロー入れたんだけどなぁ……」

 

 

そしてふと何気なく視線を横に逸らしたとき

 

 

目に入ってきた光景を見て

 

 

一気に心拍数が跳ね上がる

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

俺の目に映ったのは

 

 

2つほど先の交差点で

 

 

見知らぬ男達に腕を掴まれ、路地裏へと連れ込まれようとしている女子2人組

 

 

髪の色は──────金色と紫

 

 

 

「────サトシ、これ持っててくれ!!」

 

肩にかけていた鞄を、サトシへと放り投げる。

 

「えっ、うぉっ!危ないぜ…っておい!ユーマ!」

 

「優真さん!?」

 

 

2人の声を無視して俺は駆け出した。

 

頼む……間に合ってくれっ……!!

 

 

 

 

 

 

 




物語はだんだん不穏な方向へ……
そして次回完全オリジナルの話です。
今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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既視感と不信感

今回、長いです。
しかし後半の展開のターニングポイントになります。
どうか最後までお付き合いお願いします!


 

52話 既視感と不信感

 

 

 

穂乃果達と別れた後、私……絢瀬絵里は今、希と2人で文房具店への道のりを歩いている。

ノートが欲しかったのは嘘じゃない。でもこれはあくまでも口実。私は彼女に聞きたいことが幾つかある。

今までの……μ'sに入る前の私だったら遠慮していたかもしれない。ただ私はあのとき、希と“本当の友達”になった。

だから逃げるんじゃなくて、向き合いたい。

今の私達ならできるはず。

 

────それがどんな答えだったとしても。

 

 

「……で、話ってなん?」

 

しばらく沈黙を保っていた私を催促するように、口を開いた希。……いや、この後に及んで少し言い淀んでいた私が話しやすいようにしてくれたのだろう。希はそういう人だから。

 

「……聞きたいことが、あって」

 

「うん、何?」

 

「…………………………」

 

「もーうなんよ、気になるやんっ」

 

 

 

……いつまでもこのままじゃダメ

 

 

“信じる”

 

 

自分を、希を

 

 

()()()

 

 

 

「希は」

 

 

一度そこで言葉を止めて、瞳を閉じる

 

そして少しだけ息を吸って────後は一気に

 

 

 

 

「────優真のことが……好き?」

 

 

 

 

希の中の、核心へと触れたつもり。

しかし彼女は私のその言葉にも表情を崩さず、笑顔のまま。……想定通りだった、ということかしら。

 

「……ウチは」

 

しばらくの間黙っていた希がゆっくりと口を開く。

 

「えりちに嘘は、吐きたくない」

 

初めて希が笑顔を崩した。

声色も少しだけ暗いものへと変わる。

 

「だから──────言うね

 

 

 

 

─────ウチはゆーまっちが好き」

 

 

 

 

「…………いつから?」

 

「ずっと昔。ゆーまっちと少しだけ一緒にいた、中学校の頃から、かな。

 

……もしかして、ゆーまっちから聞いてる?」

 

「……えぇ。黙っててごめんなさい」

 

「……そっ、か。ふふっ、ええんよええんよ。

ゆーまっちが話してなかったら、ウチも今から話そうかと思ってたところやし。

 

……なら曖昧にする必要ないね。

中学校1年生の頃、ウチはゆーまっちが好きで、それを言えないまま引っ越した。

そんな彼に会いたい、謝りたい一心で彼の家が近い音ノ木坂を受けたんよ。

そしたらまさかそこにゆーまっちがいるなんて。

そこからは……知っとるよね?」

 

希の問いかけに、ゆっくりと頷く。

その後彼──もしかすると彼女も──は自分の思いを捨て、新たに友人となる道を選んだ。

 

「その時に、自分の思いは捨てたはずやった。

新しい友人としてゆーまっちを支えていくはずやった。……そう決めてたのに、ね」

 

やや自嘲気味に希は笑う。

希の言いたいことはわかる。

──だって“彼”も同じことで悩んでいたのだから。

あの時…優真からこの話から聞いた時の私の予想は、間違っていなかった。

 

希もまた彼と同じように、昔の気持ちが蘇り始めていたのだ。

 

「……自分の中でどんどん意識するようになって、それを認めることはやっぱり無理やった。

でもある時ふと思ったん。

 

やっぱりウチは、ゆーまっちが好きなんや、って。

 

でもね、それを自覚した途端、胸が苦しくなった。

……なんでかわかる?」

 

「……どうして、かしら」

 

 

 

「───ゆーまっちにとっての“希”は、“ウチ”じゃないんよ」

 

 

 

「……!」

 

「たとえ彼がウチと同じ気持ちやったとしてもも、ゆーまっちが想いを寄せる希は……“ウチ”じゃない。

ウチはあくまでも“東條”。ゆーまっちを支える友達の1人でしかない」

 

「そんなこと……」

 

「あるよ。やからゆーまっちは、ウチを希と呼べなかった」

 

「っ……」

 

今日の部活前の出来事。

あの時は自分のことで精一杯で優真と希のことまで手が回らなかったけど、今ならわかる。

優真の葛藤も、希の苦しみも。

 

「だからと言って────」

 

そう前置いた希の雰囲気が、変わる

 

「────“私”が“優真くん”を好きだと言う資格もないの」

 

「……希…」

 

2度目になる、彼女の本当の姿。

自らの本心を覆う殻──希の言葉を借りるなら“東條”の《仮面》──を捨て去り、その本心が姿を現した。

それが彼女の私への信頼の表れならば……私はそれに応えなければならない。

……否、そんな“義務感”じゃない。

 

───応えたい。

 

そして希は、ゆっくりと自分の気持ちを語りだす。

 

「……私のせい、なんだ。出会った頃の優真くんがあんなに暗かったのは。……私が優真くんを傷つけた」

 

「希が悪いって決まったわけじゃないわ。優真の口から直接聞いたわけじゃないんでしょう?」

 

「ううん。……上手くは言えないけど、きっとそうなんだ。私が優真くんのあの笑顔を奪った。

 

そんな私が、言えないよ

 

───キミが好きです、なんて」

 

 

「っ…………」

 

あぁ、やっぱりそうか。

どちらの“希”も、優真が好きなんだ。

 

「例えそれがなかったとしても。

やっぱり優真くんには言えない。

 

 

────()()()()()()()()()()()()()もん」

 

 

「っ!希……!」

 

驚いた私に向かって、希は優しい笑みを見せる。

それは今までに見たことのない笑み……皆を暖かさで包んでくれる普段の希のそれとは違う、希の心からの優しさの権化のような笑みは、かえって私の心へと刺さる。

 

希、貴女は……優しすぎる。

どこまでも自分の思いを犠牲にして、私たちの想いを優先させて……挙句優真の幸せを願って、自らはその隣に立とうとしない。

そんな自己犠牲の精神の塊のような“希”に……怒りが込み上げる。

 

“思いを告げる資格がない”?

“私たちにフェアじゃない”?

 

───そんな逃げ方があるものか。

 

希はただ私たちの想いを盾にして、優真が……私達が傷つかない選択を取っているだけじゃない。

───自分の心をありったけ傷つけて。

 

そんな希にお膳立てされたようなフィールドで勝ち得た恋なんて───要らない。

 

そんな恋で、誰も幸せになんてならない。

 

それにさっきのその言葉……ニュアンスを変えれば、“あなた達じゃ私には敵わないでしょう?”っていう風に聞こえるんだけど?

 

そんなつもりじゃなかったのはわかってる。

それでも心の中で、滾る。

小さな怒りが少しずつ大きくなり、グラグラと。

 

私達の思いを────舐めるな。

 

「─────のぞ」

 

「─────わかってるよ」

 

心の中の思いを告げようとしたその瞬間。

希が私の言葉に声を被せる。

 

「わかってる。えりちの言いたいこと。でもね、今日優真くんは言ってくれた」

 

 

───『“東條(お前)”も“(アイツ)”も

 

俺にとって大切な人だから

 

俺にとって、大切な希だから』───

 

 

「初めて言ってくれた。心から、“ウチ”を希って。

……すごく、嬉しかった。

……ゆーまっちの“希”に、ウチはなれた」

 

「希……」

 

気づけば、いつもの希へと雰囲気が戻っている。

 

「だから」

 

そこで希は足を止める。私も立ち止まり、追い越してしまった希を振り返った。

 

「────ウチはもう逃げない。

後ろから支えるだけじゃなくて、隣に立ちたい。

そのために、もう遠慮は無しや。

 

───譲らんよ?えりちにも、みんなにも!」

 

最後、希は不敵な笑みを浮かべてそう宣言した。

……なんだ、ちゃんとわかってるじゃない。

 

「……これからはライバルね」

 

私も笑顔でそう返す。

正直希が競争相手に回ったのは、厳しい。

でも、それでいい。選ぶのは優真であって、私達じゃない。だったら私はそれまでにできることをやるだけ。

 

───負けるつもりは、微塵もないけど。

 

「今度からはお手伝いしてあげへんからね!」

 

「望むところよ?」

 

「あーあ、でもえりちの恥ずかしがる顔を見るの、結構好きやったんやけどなー♪」

 

「ちょ……希っ!?」

 

「ふふふっ♪」

 

希は私の眼の前を通り過ぎ、最後にいたずらっぽい笑みを振り返りざまに見せた。

同じ人を好きになっているのに、恨みも妬みも全く生まれない。それどころか、希と話す前よりも心がスッキリとしているようにも感じる。

 

───あぁこれが、“友達”なんだ。

 

そんな小さな喜びを感じた刹那─────

 

ガツンッ

 

「ってぇ……」

 

「あっ……ごめんなさい」

 

私は横の店のドアから出てきた人と、ぶつかってしまった。

 

「いやいや、こっちがぶつかったんだし。こちらこそごめんね」

 

赤い帽子をツバを後ろ向きにかぶった金髪の男、そしてその後ろには長髪で茶髪の男が立っていて、どうやら二人組のようだ。

私とぶつかったのは赤い帽子の方の男で、その男はさも優しげに私に声をかけた。

しかしその目は。その目は全てを物語っている。

それは中学の頃、男子によく向けられていた不埒な……下心丸出しの、好奇に満ちた下衆な視線だった。その視線は私の横の希へも及んでいる。希も察しているのだろう、嫌悪とわずかな恐怖で体を縮こませている。

連れの茶髪男も同様の視線を私たちへと向けており、その次に放たれる言葉は、容易に想像がついた。

 

「ねぇ、お詫びと言っちゃなんだけど、一緒にお茶でもどう?奢るからさ!」

 

……ここまで来ると、ぶつかられた事すら話すための口実…つまり故意だったのではないかと疑ってしまう。というか、ほぼ間違いないだろう。ナンパの類に声をかけられたのは初めてではないので、ある程度の対応は心得ている。

 

「……ごめんなさい。友人を待たせてるので失礼します」

 

当たり障りのない理由、明確な拒否。相手に苛立ちを与えないよう、会釈も込めて。

しかし相手は臆することなく……

 

「えーいいじゃん!俺たちといた方が絶対楽しいって!」

 

…確かに顔は悪くはない。それゆえに自分自身に変なプライドを持っているタイプの人たちのようだ。

どうやって切り抜けようか……そんな考えを走らせていた時─────

 

「そんな約束ほっといてさ、俺たちと遊ぼうぜ?」

 

私とぶつかっていない方の男が、希へと手を伸ばし、その肩に触れた…瞬間。

 

希の表情が恐怖で染まった。

 

それを見た私は思わず─────

 

 

─────パチンッ!

 

 

「────触らないでっ…!」

 

手が、出てしまった。

反射的に打ち出された私の平手打ちは希に触れていた男の頬を捉え、乾いた音を響かせる。

男は最初驚きの表情を浮かべていたが、みるみるうちにそれを怒りへと変えていき……

 

「ってぇな……!来いっ」

 

「きゃっ……!」

 

私の手首を掴み、近くの路地裏への道へと引きずり出した。抗おうとするも、流石に大の男の本気に逆らえるほどの力は私は持ち合わせていない。

 

「えりちっ……!っ!?」

 

「お前もだよ」

 

もう1人の男も、希の腕を引っ張って路地裏へと連れ込もうとする。見知らぬ男に人気の少ないところへ連れ込まれる恐怖、感情に流されて短絡的な行動を取ってしまった後悔、どうやってこの状況を切り抜けようかという焦り……様々な感情で渦巻く私の心は結局答えを出すこともできず、相手のなすがままに路地裏の空き広場のような場所まで連れ込まれてしまった。

 

「ちょっと下手に出れば……ざけんじゃねぇぞ」

 

私に叩かれた方の男は、怒り心頭といった様子で私達にその矛先を向けている。

私も負けじと鋭く相手を睨みつけるが、おそらく効果はないだろう。希は先ほどから様子がおかしく、恐怖……いや、それ以上の何かを感じているのかもしれない、表情を強張らせたまま全く動かない。

 

どうすれば──せめて希だけでも逃さないと───

 

そんなことを考えていた時─────

 

 

「─────絵里!!希!!」

 

 

男たちの背後から聞こえた、私達が誰よりも信頼している彼の声。

 

「優、真……!」

 

全力で走ってきたのだろうか、彼は今肩で息をしている。

 

「お前ら、何してんだ……!」

 

「ああん?テメェがこいつらの連れか?」

 

「王子様登場ってか?泣かせるねぇ?」

 

男二人組は新たに現れた優真へと矛先の対象を変え、面白そうに優真へと近づいていく。

 

「この2人があんたたちに何かしたなら謝る。

だからここは見逃してくれ。それでいいだろ?」

 

「あぁ?何上から物言ってんだテメェ」

 

「ガキのくせに調子乗ってんじゃねぇぞ」

 

「敬語使えば解放してくれるならやってやらないこともないけど?」

 

すると優真が視線をサッと私へと向けた。

おそらく伝えたいことは『今の内に逃げろ』。

でもこのままじゃ優真が……!

 

「あーあー、煽りが上手なことで……何?喧嘩には自信があるタチ?」

 

「んーや?あいにく俺は平和主義でね。手を出すつもりもなければあんたたちと喧嘩するつもりもねぇよ。わかったらさっさと解放してくれない?」

 

「っ……ふざけてんじゃ……ねぇ!!」

 

「うぐっっ!!!」

 

「優真っ!!」

 

優真と話していた方と反対の男が、優真の腹へと鋭い蹴りを打ち込んだ。少し離れたところにいた私たちにまで届くような鈍い音を立てて、優真は後ろへと吹き飛んだ。

 

「はっはっは!!!ザマァねぇなおい!!!」

 

「くっ……そ……このヤロ…」

 

どうすればいい……!?

希は未だに固まっていて、連れ出すこともできそうにない。私にできることは何……!?

 

 

その時。

 

 

「ユーマ!!」

 

「優真さんっ!!」

 

「悟志くん……真姫……!」

 

優真を追いかけてきたのだろう2人がこの場へと到着した。

 

「サト…シ……」

 

「ユーマっ!?お前ら……!!」

 

悟志くんが元の厳つい表情に憤怒を宿し、怒りに満ちた目つきで2人組を睨む。2人組も悟志くんの体格に慄いたのだろう、怯んだように一歩後ずさる。

 

「覚悟しろよこの野郎!!」

 

そして悟志くんは2人組に飛びかかろうとする……瞬間。

 

「サトシ!!」

 

「っ!?ユーマ……?」

 

鋭い怒声で、優真が悟志くんを制止する。

彼は座り込んで俯いたまま、何かを呟く。

しかしその声は私には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「────少しだけ、力を貸してくれ」

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

悟志に荷物を投げつけた優真さんを追いかけて、私……西木野真姫と悟志はこの現場へと辿り着いた。途中信号に引っかかってしまって追いつくのに時間がかかったけど、何とか最悪の事態が起きる前には間に合ったようだ。

私たちが着いた時……そこには腹を抑えて座り込んでいる優真さん、それを嘲笑うように見ている男性二人組。そしてその後ろには……絵里と希の姿があった。そこで初めて優真さんが血相を変えて駆け出した理由がわかった。この2人が路地裏に連れ込まれそうになっている現場を目撃してしまったら冷静になんてなっていられないだろう。

 

 

「サト…シ……」

 

「ユーマっ!?……お前ら……!!」

 

悟志が私でも見たことがないような、怒りに満ちた目つきで2人組を睨む。2人組も悟志に怯んだように一歩後ずさった。

 

「……覚悟しろよこの野郎!!」

 

そして悟志は2人組に飛びかかろうとした…しかし。

 

「サトシ!!」

 

「っ!?ユーマ……?」

 

これも聞いたことがないほどの鋭い怒声で、優真さんが悟志を制止する。

そして座り込んで俯いたまま、何かを呟いた。

 

 

 

 

「────────────。」

 

 

 

余りにも小さすぎて聞こえなかったその言葉。

しかし何故だか、私にはその一言が決定的なものに思えて────次の瞬間

 

 

この場を取り巻く雰囲気が、一変する

 

 

 

 

 

「──────都合のいいヤツだな」

 

 

 

 

 

大きさは先ほどの呟きと変わらないはず。

しかしその言葉だけは鮮明に、鼓膜を直接震わせるように届いた。

そしてその言葉を聞いた瞬間…全身が震え上がる。

 

「ユー、マ……?」

 

「──────そこにいろ」

 

「……お前、まさか……!」

 

優真さんはゆっくりと立ち上がり、悟志を改めて制止し直した。普段の優真さんからは全く想像もつかない恐ろしい程の重みを持った言葉、全身から放たれるその殺気は先ほどの悟志のソレすら足元にも及ばないだろう。そもそも、優真さんが私たちのために怒った時ですら、ここまでの殺気を見せたことはない。

 

「優真さん……!」

 

「お前も」

 

心配になり、声をかけて歩み寄ろうとした私に声をかけ、優真さんは首だけでゆっくりと振り向き……

 

 

 

「──────そこにいろ」

 

 

 

その目を見た瞬間

 

大きな衝撃が全身を駆け巡る

 

「───────!!!!」

 

 

私は

 

この“目”を

 

()()()()()

 

 

どこで見た?いつ?何の時に?

一瞬で思考を埋め尽くすクエスチョンマーク。

先ほどまで優真さんに抱いていた恐怖感は消え去り、心の中で何かが突っかかったかのような痛みを覚える。

 

どういう、こと?

私と優真さんは、以前どこかで……?

何が……どうなってるの?

 

優真さんは正面を向きなおすと、その視線で二人組を文字通り、“射抜く”。

 

「な、何だよお前…………」

 

「そんなんじゃびびんねぇぞ…………」

 

二人組は強がっているものの、その表情は悟志に睨まれた時以上に恐怖で歪んでいる。この空間を圧倒的恐怖で支配しているのは……優真さんだ。

 

「─────さて、もう一回聞こうか」

 

そう呟くと優真さんはゆっくり、一歩ずつ二人組へと歩み寄る。

 

「ひっ…………!!」

 

優真さんが近づくごとに足を震わせ、後ずさりをする二人組。そして帽子をかぶった金髪の方の男が尻餅をついた。優真さんはそれを見逃さず、その男の目の前にしゃがみ込み……その襟首を両手でつかんで締め上げ───

 

 

 

 

「見逃してくれるよなぁ?それとも何?

 

 

 

──────()()()()?」

 

 

 

 

優真さんは笑顔で……それこそ小学生が先生に笑顔で質問するように問いかけた。

それほど自然に彼の口から出た、“死にたい?”という言葉。遠目に見ている私にも嫌でも恐怖を植え付けられ……そして、悟る。

 

この男は─────()()()()、と。

 

それを錯覚させるようなほど真剣味を帯びて放たれた言葉。それを直接向けられた本人は、私が感じている恐怖など比ではないだろう。

男は余りの恐怖で言葉も出ず、涙目になりながら唇を震わせ、歯をカチカチと打ち鳴らしている。

 

「─────返事は?」

 

相手ができないのはわかっているはず。しかし優真さんは容赦なく、確実に……文字通り“息の根を止めようとしている”。

 

「─────そうか」

 

その一言はまるで死刑宣告のようで。

 

そして優真さんは左手はそのままに襟首をつかんでいた右手だけを離し、近くにあった大きめの石を右手に持つとソレを上へと掲げ…今にも振り下ろそうとする。

 

「ユーマ!!」

 

「優真っ!!」

 

「優真さんっ!!」

 

私たちの制止の声も今の彼の耳には届いていない。

 

「う、うわああああああああああああ!!!!」

 

男は悲鳴をあげることしかできず、優真さんのなすがまま。悟志が駆け寄って止めようとするも、恐らく間に合わないだろう。

そして最悪の事態が起きようとした……その時。

 

 

 

 

「──────“優真くん”!!!」

 

 

 

 

恐怖が支配するこの空間の中を、光のようにその声が駆け抜ける。希が、普段とは違う呼び方で……それでも“まるで呼び慣れているかのように”優真さんの名前を叫ぶ。

その声を受けた優真さんの右腕が振り下ろされていた半ばで止まり……大きく震えだす。

それは振り下ろそうとする“殺意”と、踏みとどまろうとする“意志”がせめぎあっているように見えた。

その隙を────悟志は見逃さない。

 

「すまんッ!!」

 

「っ!!」

 

悟志が優真さんの左頬を殴り飛ばした。

本気ではないだろう、しかし確かな威力を誇るそれは優真さんの体を男の体から大きく離すことに成功する。

 

「おい、早く逃げろ!!」

 

「ひっ、ひいいいいいいい!!」

 

悟志の怒声か、それとも先程まで感じていた得体の知れない恐怖か…とにかく男はもうひとりの連れと一緒に路地裏から逃げ出した。

 

殴り飛ばされた優真さんからは殺気も威圧感も消え去っており、今はただ虚ろな目で横たわっている。

 

 

「────やりすぎ……だ……バカ……」

 

 

最後に小さく独り言のようにそう呟くと、優真さんは目を閉じて意識を失った。

 

「ユーマ!」

 

「優真!!」

 

悟志と絵里が優真さんに駆け寄る。

少し遅れて私と希もそれに合流した。

 

「しっかりして!優真!」

 

「……しょうがねぇ!俺がコイツを真姫の家まで担いで走る!みんなは俺とユーマの荷物を頼んだぜ!」

 

「で、でも……!」

 

「真姫の家は両親とも医者だ!ここからなら救急車を呼ぶより俺が走ったほうが早いぜ!真姫!母親は家にいるんだろ!?」

 

「え、ええ!」

 

「それなら話は決まった…!行くぞ!」

 

悟志が優真さんを背負い、駆け出す。

残された私たちもそれに習って駆け出した。

 

 

 

本当に、どういうことなの…………?

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

やめろ、もうやめてくれ

 

そこまでは誰も望んでない

 

消えろ

 

早く

 

消えろ消えろ消えろ

 

消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ

 

 

 

 

────────お前が、な

 

 

 

 

 

 

「……ぅ………ぁあ…………」

 

「ユーマ!?」

 

「優真さん!!」

 

痛い、体中……主に腹と頬が。

そして俺は呼びかけられた声で、完全に意識を取り戻す。

下には柔らかな感触……恐らくソファ、そして既視感のある部屋の豪華な装飾……おそらくここは、真姫の家の客間。

 

「サトシ……真姫……」

 

「気づいたか!?」

 

「なんとか、な……何があったんだ……?」

 

「お前、覚えてないのか……?」

 

「……お前と真姫がきてくれたところまでしか……そうだ、絵里と希は!?っ……」

 

いきなり上体を起こしたので、思わず体に痛みが走る。

 

「おい無理するな!……大丈夫、あの2人は無事だぜ。お前をここに運んだ後、俺が責任持って家まで送った。

……お前があの2人を守ったんだ。誇っていいぜ」

 

「……そっ、か」

 

俺はあの2人を……大切のものを守れたんだな。

その安堵感に浸りながら、俺は再びソファへと身を沈めた。

ふぅ、っと一息吐いて目を閉じる。そして再び目を開けてサトシの方を見ると……

そこみはいつもとは全く違う……言ってしまえば明らかな不信感を募らせて俺を見る真姫の姿が目に入った。

 

「……真姫…?」

 

「……優真さん…ちょっと聞きたいことがあって」

 

「ん?どうした?」

 

聞き出しにくいことなのだろうか、真姫は一度そこで目を伏せると意を決したように顔を上げて───

 

「───もしかして、私と」

 

 

「あら?目が覚めたみたいね」

 

 

真姫の声に割り込んできたのは─────

 

「……せんっ」

 

“先生”と言いかけて寸前で思い留まる。

ここには俺の昔の事情を知っているサトシ以外に、真姫も居る。ここで俺と先生の関係がバレて、変に疑いをかけられるのは避けたい。

先生もそれを察してくれたようで、俺に会釈を向ける。

 

「……助けてくれてありがとうございます」

 

「いいえ。私は軽くしか手当てしてないわ。殆どは真姫がしてくれたものよ」

 

「……真姫が?」

 

俺が視線を真姫に移すと、真姫は頬を赤らめてそっぽを向いた。照れているのだろうか。

 

「ありがとな、真姫」

 

「……別にっ」

 

さすが真姫、素直じゃない。……でも今日はどこか様子がおかしいな…気のせいだろうか。

 

「さ、多分問題ないとは思うけど一応倒れた後だから軽く問診させてもらうわね。悟志くんと真姫は部屋で待っててちょうだい」

 

「えっ……でも……」

 

「ほら、いくぞ真姫」

 

不満を抱えている様子の真姫を連れて、サトシがリビングを出て行く。そして俺は先生と2人きりになった。

 

「……久しぶりね。2ヶ月振りぐらいかしら」

 

「そう、ですね……。改めて先生、ありがとうございます」

 

「気にすることはないのよ。それにお礼を言うのは私の方」

 

「え……?」

 

「あなたのおかげで、真姫はまた笑うようになったわ。あなた達との楽しい思い出の話も聞かせてくれる。あの時の約束通り、あの子を助けてくれたのね」

 

「俺だけじゃありませんよ。μ's…真姫の仲間達のおかげです」

 

「1番の功労者はあなたじゃないの?真姫が私に話をするとき、必ずあなたの名前が出てくるわよ?」

 

先生は笑顔でそう言うが、俺としては恥ずかしすぎる。まさか真姫がそんなに俺に感謝をしてくれていたとは……

 

「……ありがとうございます。でも、もういいです。真姫もきっと俺に知られることを望んでないと思います。それにもし聞くなら、真姫自身の口から聞きたいので」

 

「あら?そう?」

 

「はい。……正直恥ずかしいです」

 

「ふふふっ。……本当に“変わった”わね」

 

「…………そうですかね」

 

「ええ。前も言ったけどね」

 

“変わった”。

誰かから面と向かってそう言われたことは今までない。それが俺の望んだ方向か、はたまた見当違いな方向か…それはわからないが少なからず昔の俺を知っている先生に変わったと言われることは嫌ではなかった。

 

そんなわずかな嬉しさに浸っていたから

 

気が緩んでいた

 

「────ねぇ、朝日くん」

 

「ん、なんでしょう、先生」

 

 

 

 

 

「────“()()()()()”?」

 

 

 

 

 

突然投げかけられた言葉に、頭の理解が追いつかない。誰もなにも、俺は朝日優真で……いや、そういうことじゃない、か。

さすが先生、ってところかな。

 

さあ、笑え。さも当然かのように。

何を聞いているんだあなたはと言うかのように。

 

 

 

 

「────“()()()()()()()()()”、先生」

 

 

 

 

「…………そう」

 

「そんなに変わって見えましたか?」

 

「……少なくとも私には、ね」

 

この光景を第三者が見たらどう思うだろうか。

互いに笑顔は崩さず、しかしその本心はその笑顔とは程遠い感情を抱いているのだから。

 

「それなら嬉しいです。

 

────俺は“変わるため”に努力してるので」

 

 

そう、すべては……“変わるため”。

ただ、それだけのために。

 

 

「……さて、俺も部屋に行きますね。ありがとうございました」

 

「待って、朝日くん。まだ話は……」

 

 

 

「──────()()()()()()()()()()()

 

 

 

「っ……!あなたやっぱり…!」

 

……また勝手に。

拒絶の意味を込めて告げた2度目の“ありがとうございました”。それを聞いた瞬間、先生の表情が驚きに染まる。

俺はもう一度目礼をして、客間を後にした。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「……………………」

 

「真姫?」

 

二階にある私の部屋へと向かっている途中、私…西木野真姫は唐突に足を止める。

 

頭の中に浮かぶのは、今日の優真さんのあの姿。

 

 

 

────『─────そこにいろ』────

 

 

 

間違いなく、私はあの目を見たことがある。

それが先程からどうにも引っかかってモヤモヤが止まらない。

 

何故あの目を見たことがあるのか。

優真さんは私と会ったことがあるのか。

そもそも“アレ”は……優真さんなのか。

 

気になることが多すぎる。

そして私の直感が告げている……“これは放置しておいていい問題じゃない”、と。

 

そうであるなら。

 

「……悟志、私トイレに行ってくるわ」

 

そう悟志に告げた後、くるりと踵を返して登ってきた階段を駆け下りる。

 

「え……おい真姫!?」

 

悟志は驚いているようで、まだ状況を理解できていない様子。

 

 

 

そして客間まで戻り、ドアを開けようとした瞬間

 

 

 

『────“()()()()()”?』

 

 

 

「え…………?」

 

聞こえたのは、私の母の声。

中にいるのは母と優真さんの2人だけ。つまりこの問いかけは、優真さんに向けられたもの。

 

何を……訊いているの……?

 

私は中の様子を窺うため、少しだけドアを開いて中を覗き見る。私の視界に映っているのは、優真さんに問いかけた母の後ろ姿と、突然の問いかけに驚きを浮かべた顔をしている優真さん。それはそうだろう、いきなり『あなたは誰』なんて問われたら驚くに決まっている。

 

 

しかし彼はその問いに、笑う

 

“気持ち悪いほど、曇りのない”笑みで

 

 

 

『────“()()()()()()()()()”、先生』

 

 

 

至極当たり前の返答。それ以上でもそれ以下でもないかのように放たれた答え。

しかし私にはその笑顔が、途轍もなく不自然に思えた。まるで顔の上に嘘とハリボテを塗り固めて削り作り出した、彫刻のような笑顔。

つまり、“完全なるツクリモノ”だ。

それを一瞬で、当然のように作り上げた彼はおそらく……そのことに“慣れている”。

 

 

そこまで考えて、私は悟る

 

彼、朝日優真は

 

私など比べ物にならないほどに

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()”と

 

 

 

──────パタン。

 

優しくドアが閉じられた音…その音で私の意識は現実へと戻る。私の後ろには、悟志の姿があった。

 

「────トイレなら二階にもあるだろーが。

吐くならもっと上手な嘘を吐けよ。ほら、さっさと戻るぜ」

 

「悟志っ……!待ってよ!」

 

「盗み聞きが趣味かよ。感心しねぇぜ?」

 

「っ……!そんなんじゃ……」

 

 

 

「─────お前はこの件に、首を突っ込むな」

 

 

 

「え……?」

 

「その方がいい」

 

普段の悟志らしくもない、真面目な声色。

悟志は私に背を向けて、私と目を合わせようともしない。

 

「なんでよ……!悟志は気にならないの!?あんなことがあって、優真さんが……」

 

「……………………」

 

「…悟志、あなたまさか……知ってる、の……?」

 

「……………………」

 

「答えなさいよ、悟志……!」

 

悟志の無言に耐えられなかった私は思わず怒鳴るように問いかけた。しかし───────

 

 

 

「────お前は何も、知らない方がいい

 

 

ユーマもきっと、それを望んでる」

 

 

 

それ以上話すことはないと言うように、悟志は階段を上って私の部屋へと歩き出した。

 

 

 

 

 

─────────何よ

 

 

 

優真さんも、悟志も、母親(ママ)

 

 

 

私に何を隠しているの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日芽生えた不信感は、少しずつ─────

 

 

確かに大きくなってゆく

 

 

私が全てを知っていれば

 

 

あんなことは起こらなかったのだろうか

 

 

今思えば全ての始まりは

 

 

 

 

─────今日この日だったのかもしれない

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「背中合わせの2人」あるある:唐突なシリアス←
今回の話は書いていて筆が止まったり進んだりが激しかったです。
イチャイチャを書くのも楽しいですが、やはり自分はこういうシリアスを書くのが好きですね。
しかし今回、内容を詰め込みすぎた感がすごいです。
前半の希と絵里の会話は、前回の話の最後のところに差し込むかもしれません。……っていうかそっちの方がいい気がしますね笑

さて、最近私のtwitterをフォローしてくれる方が多いのですが、この小説を読んでくれている方は是非一声かけてくれると嬉しいです。私自身も読者さんとコミュニケーションを取りたいので……。
それにそう言ってフォローされると作者のモチベはだだ上がりです⤴︎
というわけで無言フォローはフォロー返しはしないのでご了承を。

長くなりましたが今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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強い私へと。♯1

長くなりそうなので前後編に分けます。



 

 

53話 強い私へと。♯1

 

 

 

「……………………」

 

ある少女は無言で机上の紙と向き合い、ペンを握ったまま瞳を閉じる。その少女が今必死で絞り出しているのは、歌詞。普段は全く縁のないそれを彼女は今書こうとしているのだ。

 

そして彼女は目を見開き───────

 

 

 

 

「────チョコレートパフェっ、美味しい……」

 

 

 

……意味のわからない言葉を、発する。

 

「生地がパリパリのクレープ……食べたいっ

ハチワレの猫……可愛い……

五本指ソックス……気持ちいい……ぅぅぅ……

 

思いつかないよぉ〜〜〜〜〜〜!!」

 

脳内がお花畑で出来ているのだろうか、なんと可愛らしい言葉を連ねるのだろう。しかし歌詞としてみるならば、そのフレーズは全くもって謎。本人にもその自覚があるようで自分の書き連ねたフレーズを見て悶絶している。

……その様子が非常にかわ

 

「……優真先輩、変なこと考えてませんか?」

 

「えっ!?い、いや!?考えてないけど!?」

 

「ことりちゃん、苦戦してるね……」

 

そう、俺と穂乃果と海未の3人は放課後の空き教室で作詞に取り組んでいることりちゃんの姿をひっそりと覗き見ていたのだ。

普段は衣装担当のことりちゃんだが、今回人生で初めて作詞というものに挑戦している。

では何故彼女が作詞をすることになったのか。

それはゆっくり今朝からの話をしていけばわかる。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

皆でメイド喫茶を訪れた次の日。

俺の機嫌は朝から(すこぶ)る悪かった。

昨日起こったあの事件……絵里と希が見知らぬ男に路地裏に連れ込まれそうになっている現場を見たときは、心底肝が冷えた。そこから俺は一目散に駆け出し、現場に着いてから絵里と希を逃がそうと努力したのだが……そこからの記憶が無く、気がついたら真姫の家にいて。

サトシは俺が2人を助けたと言っていたが、実際はどうだったのかはわからない。それに……昨日あれから真姫とサトシと作業をしたのだが、真姫の態度がどうにもおかしかった。あからさまに不機嫌、サトシと何かあったのだろうかと思うけれどサトシは普通に接していたからその不機嫌さがより際立って見えた。

それから作業が終わるまでずっとそのままだった真姫……どうにも気になる。

 

 

まぁここまで話しておいてなんだが、今のこの話と俺が機嫌が悪いのは全く関係がない。

 

 

一緒に登校してきた凛と花陽と別れ、俺は自分の教室へと入る。窓際の自分の席に座り、カバンを机の横にかけて机に伏せた。特に眠たいわけではないのだが、この行動には理由がある。

 

すると何人かの足音が俺の方へと近づいてきた。

 

「……優真」

 

「ゆーまっち、大丈夫やった……?」

 

「絵里と希から聞いたわよ?また無茶なことを…」

 

絵里、希、にこの3人か。

心配してくれているのだろう、その感情が顔を見なくても声だけで伝わってきた。

俺はその声に顔を上げずに伏せたまま答える。

 

「……おう、大丈夫だ。ありがとな」

 

「本当に?怪我はしてないの?」

 

「大丈夫だって」

 

「どっか痛いところはないん?ウチらのせいであんな……」

 

「あーもう!大丈夫だって言ってるだろ!!」

 

そこで叫びながら思わず顔を上げてしまった。

すると俺の顔を見た3人は──────

 

 

「んふっ!!」

 

「くすっ……」

 

「あっはは!!アンタ何よその顔!っはははは!」

 

……見られてしまった。

そう、俺の顔……左頬は今、尋常じゃないレベルで“腫れている”。普段の2倍ほどのサイズに膨れ上がった頬は目元にまで影響が及び、左目は普段の半分も開いていない。

マスクで隠そうかと考え、試しにその状態で鏡を見てみると腫れている部分を全くカバーできておらず、むしろ不審者レベルがアップしてしまうというね。

だから何もしないまま学校に来たわけだが、朝一緒に登校してきた凛と花陽……主に凛に大爆笑される始末。

しかも凛のヤツ、歩きながら爆笑してるから前を見てなくて電信柱でデコを強打しやがった。ザマーミロ。

 

さて、俺の顔を見た3人の反応はというと……

 

絵里は反射的に吹き出した後、耐えられないように爆笑を始め。

希は最初から今に至るまで一貫して俺に申し訳なく思っているのだろう、口を押さえて引き笑いをしており。

にこは最初から遠慮もなしに目に涙を浮かべて大爆笑している。そこまで笑われると逆にイライラもしねぇよ。

 

「ゆ、優真……どうした、の、その……んふふふふ」

 

「笑いながら話しかけてくんな!!」

 

「はははは!あは、あっはははははは!!」

 

「お前は多少は自重しろ!にこ!!」

 

「も、もしかして……ウチのせい……?」

 

「……多分違うよ。お前から殴られたときはそうでもなかったし。痛かったのは放課後真姫の家に行ってからだ」

 

「そっかー!ほな遠慮なく笑うね!あははははは!!!」

 

「お前いい性格してんなホント!!」

 

笑いこらえてたのも自分のせいだと思ってたからかよ!!

ちょっと嬉しかったのに!俺の喜びを返せ!!

もうやだ、心折れそう……

 

一頻り笑った後、3人は改めて俺に声をかける。

 

「……満足したかよ」

 

「ごめんなさいね……だって……ふふっ」

 

「喧嘩売ってんのか絵里コラァ!!」

 

「まぁまぁ落ち着いてゆーまっち。

……どうして腫れてるのか自覚あるん?」

 

「サトシは昨日の男二人組に殴られたって言ってたけど……」

 

「「………………」」

 

ん?なんだ今の反応は。

俺の言葉に2人は目を合わせ、何も言わずに苦笑する。

 

「言ってない、みたいやね……」

 

「これ言わない方がいいのかしら」

 

「何だよ、違うのか?」

 

「「…………さぁ?」」

 

「……もしかして」

 

俺は自分の斜め前の席の屈強な男へと視線を移す。

そいつは俺達の話を聞いていなかったフリをしているが、こいつの嘘の下手さは筋金入り。今も肩がピクピクと震えている。

 

俺はゆっくりと席から立ち上がり、彼の肩をトントンと叩いた後、“握りしめる”。

 

「サトシくん」

 

「ひぇっ!?な、何だよユーマ!お前凄い顔だな!」

 

「もしかしてこれ、君が僕を殴ったのかな?」

 

「な、ななななななななんのことだろーな……」

 

「おかしいと思ってたんだよ……“何回か食らったことある痛みだなぁ”ってよぉ……?」

 

「……あ!あんな所に空飛ぶパンケーキが!!」

 

「そんなのに引っかかるのは世界中探してもお前だけだ、サトシ。……さぁ、覚悟はいいか……?」

 

「ごめんなさあああああああああい!!」

 

 

この後むちゃくちゃ(ry

 

 

 

 

 

「ったく……」

 

「う、ぐふぅ……」

 

サトシを“自主規制(ピーッ)”した後、俺は再び自分の席に着き、3人とサトシが合流して今は俺の周りに4人がいる。

 

「落ち着いた?」

 

「まぁな。なんかスッキリしたわ。お前らももう笑わないんだな」

 

「もう流石に見慣れたわよ。……さっきはごめんなさいね」

 

「私も……ごめんね、優真」

 

「別に気にしてねーよ。俺だって笑ってただろうし」

 

「そーやんなぁ。今のゆーまっちはさながら歩く変顔」

 

「お前はうるせぇ」

 

「痛っ!」

 

なお俺を弄ろうとする希に軽くチョップをかます。ううっ、と唸りながら涙目でこちらを睨む希。正直可愛い。

……っていうか俺そこまで強く叩いてないだろ。

 

「……それで優真。私達から提案があって」

 

「提案?」

 

「そう。私とにこと希で考えたんだけど……」

 

そして絵里はその“提案”を俺とサトシに話す。

それを聞いた俺たちは最初は驚いたものの……最後まで聞くとなるほどな、と納得しか起きなかった。

 

「これなら確かにμ'sとしても……」

 

「“あの子”にとっても、メリットになるな」

 

「でしょ?……やってみない?」

 

不敵に俺に笑いかける絵里。俺の答えは決まっている。

 

「───────あぁ、やろう!」

 

 

 

 

 

 

 

「アキバでライブよ!」

 

時は流れ放課後。全員が集合した屋上で、絵里が朝俺にした提案を皆の前で話している。

2年生と真姫は俺の顔を見て笑わなかった……穂乃果以外はね。穂乃果は凛と同じぐらい爆笑しやがったから“手刀制裁(チョップ)”を食らわしてやった。ちなみにサトシもいるよ。

 

「ええっ!それって……」

 

「路上ライブ……⁇」

 

「でも秋葉って……」

 

「A-RISEのお膝元じゃないのかにゃ?」

 

「そんなところでライブ…うぅ、畏れ多いですっ」

 

穂乃果とことりちゃん、そして一年生の3人はこの提案に疑問を浮かべている。

 

「……何か意図があるのですか?」

 

海未だけは動揺を見せずに絵里へと疑問の言葉を向けた。

 

「アキバはアイドルファンの聖地……あそこで認められるパフォーマンスが出来れば、大きなアピールになるでしょう?」

 

「なるほど、確かに……ですが」

 

「……そんな時間はあるの? 私たち、後少しで文化祭のステージもやらなきゃいけないのよ?色々と並行しすぎて完成度が落ちるのは良くないんじゃない?……っていつもの優真さんなら言うと思うけど」

 

海未と真姫の意見はもっともだ。

そして真姫は俺が話に切り出そうと思っていたタイミングで俺に話を振ってくれた。……俺を見る表情が心なしか暗い気がするが。

 

「確かに気持ちはわかる。だからライブをするって言ってもダンスは入れない。そこまでやってたら本当に時間がなくなっちまうからな。

……でも俺たちはそれ以上に、アキバで()るメリットの方が大きいと考えた。

そのゲリラライブで文化祭のステージを宣伝出来れば、文化祭での成功にも繋がると思うんだ。

『ラブライブ!』まで残された時間は少ない。俺は打てる手は限界まで打っておきたいと思う。どうだ?」

 

俺の言葉をどう受け取ったのか、海未は納得しているように見えるが、真姫の表情は険しいままだ。

 

 

 

「─────私はやってみたいな!」

 

 

 

─────そう来ると思ってたよ。

平行線を辿りそうな話し合いの展開を変えたのは、やはり彼女(穂乃果)の“勇気”。

 

「だって絶対楽しいよ!それでたくさんの人に見てもらえて、文化祭にも来てもらえるでしょ?やるしかないよ!みんな!」

 

穂乃果はあくまで前だけを見続けている。

それに伴うデメリットなど眼中にもなく、ただやりたいこと、楽しいことを目指して一目散に駆けて行く……俺たちの手を引っ張りながら。

 

「……うん!面白そう!」

 

「凛もやってみたいにゃ!」

 

「わ、私もっ……!」

 

満面の笑みで放たれた穂乃果の言葉は確かに皆の考え方を変えた。海未も真姫もしょうがないとばかりに笑顔を浮かべている。

 

「決まりね!」

 

絵里の宣言でこの議論は完結した。

……さぁ、ここからが俺たちの本当の狙い。

 

「じゃあ早速日程を……」

 

「と、その前にっ」

 

穂乃果の声に被せて、絵里が話を切り出す。

 

「私たちが歌うのはアキバ。だから今回の詩は、アキバのことをよく知っている人に書いてもらうべきだと思うの。

 

───────ことり」

 

「ふぇっ!?わ、私……⁇」

 

まさか自分だとは思わなかったのだろう、ことりちゃんは体をビクリと震わせながら返事をした。

 

「私達の中であの街を1番知っているのはことりよ。貴女なら、次のライブで歌うのに相応しい詩が書けると思うんだけど……」

 

「……でも私じゃ、そんな……」

 

……そうだろうね。君は自分に“自信”がない。

アイドルとしてとかそういうのを抜きに、“自分自身に自信がない”、“自分には何もない”……それが今の君の自己評価なのは知ってる。

 

でも。

 

“だからこその”。

 

「それすごくいい!やってみなよことりちゃん!」

 

「凛もことりちゃんの歌詞で歌ってみたいにゃ!」

 

俺達の意図を悟ってか、はたまた天然か……おそらく後者だろうが穂乃果と凛が賛成の意を示す。

 

「えぇっ……で、でも……」

 

「わ、私も見てみたい…!ことりちゃんの作った歌……!」

 

「ことりなら、アキバで歌うのに素晴らしい歌詞が書けますよ?」

 

「私達の中で1番適任はことりね。期待してるわ」

 

花陽、海未、真姫も同じように賛成したが、おそらくこの3人は俺たちの狙いがわかっているのだろう。真姫が先ほどの不満気な表情から笑顔へと変わっているのがその事を示している。

 

そして絵里が、俺たちの意見をまとめ上げる。

 

「ことり。これは他の人にはできない……“貴女にしか頼めないこと”なの。もちろん、全てをことりに任せるつもりはないし、手伝えることならなんだってするわ。

 

頼んでる側がこんなことを言うのもおかしな話だけど……

 

─────貴女なら出来るわ、ことり」

 

 

「…………!」

 

 

そう、つまりはそういうことだ。

彼女が自分に自信が無いのならば、その自信を持つ機会を与えてあげればいい。

もし彼女が自分で作った曲でライブを行い、それを成功させることが出来たなら、それは彼女にとって大きな実感を伴う自信となる。

これが俺達三年生の、大きな狙いだ。

 

……さぁ、君の答えは。

 

皆が無言でことりちゃんを見つめている。

その本人は焦りや悩みといった感情が混ざった複雑な表情で考え込んでいた。

しばらくの後、彼女は覚悟を決めたように───

 

 

「───うん!私、やってみる!」

 

 

笑顔でそう言った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

というわけで作詞を始めたことりちゃんなわけだが、先程から苦戦しているようで全く進んでいない。元よりまったく手のつけたことの無い領域のことをしているので、それも無理もないことだ……がしかしそれを強要したのが俺たちである手前、辛そうなことりちゃんを見ていると申し訳ない気持ちになる。

 

 

「……どうする?」

 

「どうするもなにも、ことりに作詞をさせるよう提案したのは優真先輩でしょう?」

 

「いや、俺じゃないから!絵里だよ絵里」

 

「え、そーなの?私てっきり優真先輩かと思ってた」

 

「私もです」

 

「……お前らの中で俺はどんな印象なんだ」

 

確かに裏で何かすることも多いけど。

 

「……しかし確かに何かしてあげないと、不味いかもしれませんね……」

 

「だな」

 

普段作詞を担う俺と海未はことりちゃんが抱える苦しみはよくわかる。何曲か作り終えた今でも行き詰まることはあるし、感じる重圧は曲を作れば作るほど大きくなっていく。

しかもことりちゃんは膨らみに膨らんだ重圧を今、1人で背負っている状態だ。それに加えて慣れない作業……きっとあの小さな背中には、不相応なほど重たいものを抱えているはず。

 

……彼女のためとはいえ、申し訳ないことをしたのではないかと思ってしまう。

 

「……後悔しているのですか?」

 

「えっ?」

 

不意に横にいた海未に問いかけられ、思わず驚いてしまった。

 

「ことりに作詞を任せたこと…優真さんが直接提案したわけではないにしても、その選択を取らせたこと。後悔しているんじゃないですか?」

 

「……後悔はしてないよ。うん」

 

「“後悔は”?」

 

「……迷ってる。手を貸してあげるべきなのか、優しく見守り続けるべきなのか」

 

そう、迷っている。

このままではことりちゃんは重圧に押し潰されてしまうかもしれない。かといって俺が手を貸して出来た曲は、ことりちゃんに自信を与え得るものになるのだろうか。

そんな心の迷いに俺は悩まされていた。しかし……

 

「────らしくないですね」

 

そんな俺の迷いをくだらないというように、海未は俺を見つめている。

 

「……」

 

「普段あれだけ人の悩みに首を突っ込みたがっているのに、珍しい」

 

「そうか?」

 

「ええ。少なくとも私にはそう見えます。

……私達が悩んでいるのなら少しでも力になろうとして、あわよくばそのまま解決してあげたい。そんな考えの下で行動を起こすのが私の優真先輩の印象です。違いますか?」

 

「海未……」

 

「だから今回も、悩む必要なんてないのでは?」

 

そこで初めて、海未は俺に笑いかけた。

……今もしかして俺、後輩に心配されたか?

 

「……確かにそうかもな。なんかごめんな」

 

「何故優真先輩が謝るのですか。

 

────ことりに力を貸してあげてください。

それが出来るのはおそらく、優真先輩だけです」

 

「……お前や穂乃果でも大丈夫だろ」

 

「いいえ。昨日の話から察するに、おそらくことりは私達に劣等感を抱いていると思うんです。そんな私たちからアドバイスを受けたとしても、ことりの自信には繋がらないと思います」

 

「成る程、な」

 

申し訳なさそうに俺にそう言った海未の顔を見て俺は納得した。確かに海未のいうことは正しい。……そして海未自身はそのことをもどかしく思っているのだろう。悩み苦しむ自分の幼馴染を助けたいと思っても、どうすることもできない歯痒さ。海未の申し訳なさを宿した表情からはそんな思いも見て取れた。

 

……だったらもう、やるしかない。

大体迷う必要なんてなかった。

 

俺が“変わるため”。

 

他人の事情に突っ込むのに、それ以外の理由なんていらない。何時からだろう、その思いが揺らぎ出したのは。

 

「わかった。ことりちゃんのことは俺に任せてくれ」

 

「よろしくお願いします」

 

俺の言葉に、海未も笑顔で応えた。

 

「…………むぅ、私だけ仲間はずれ……」

 

「ん、居たのか穂乃果」

 

「居たよ!一緒に見てたじゃん!」

 

「完全に空気だったな」

 

「逆に空気を読んでたの!海未ちゃんと優真先輩が真面目な話ししてたから!」

 

むきー!っと唸りながら不満を露わにする穂乃果に、俺と海未は苦笑いを浮かべる。

 

「悪かったよ穂乃果。ごめんな。そしてありがと」

 

俺は穂乃果の頭に手を乗せ、優しく撫でてやる。

 

「……これじゃ動物見たいじゃん」

 

「嫌か?」

 

「……嫌じゃないけど」

 

だろーな。口ではそう言いながらも嬉しそうな顔してるし。やっぱり凛に似てるな、こいつは。

 

「……あの、優真先輩」

 

「ん、どうした海未」

 

「み、見てるこちらが恥ずかしいのでそろそろ……」

 

「え、あ、ごめん」

 

俺としては恥ずかしいことをしている自覚は全くないのだが、顔を赤くしながら俺にそう言ってきた海未を見ると申し訳なくなってしまったので穂乃果の頭から手を離す。

 

「えーっ、もう止めちゃうの?」

 

「結構気に入ってんじゃねぇか」

 

「まぁねっ!……でも優真先輩、多分それ他の女の子にしない方がいいよ?」

 

「え?いやいや、別に誰にでもやるわけじゃないけど?」

 

「……天然でそういうこと言っちゃうんだ……」

 

「だからこの人は…………」

 

え、なんでそんな目で俺を見るの?

なんか悪いこと言ったかな?

 

「とにかく!優真先輩それμ's以外の人にやるの禁止!あとみんなに平等にすること!いい!?」

 

「え、うん……」

 

よ、よくわからないが今の穂乃果は怖い。

大人しく従っておいた方がいいだろう……

 

「わかればよし!……ねぇ、優真先輩」

 

「ん」

 

「……私難しいことはわからないけど、ことりちゃんの力になってあげたい。でも私じゃことりちゃんの力にはなれない……だから」

 

 

面と向かって見たのは初めてかもしれない

 

お前のそんな顔は

 

 

 

「────ことりちゃんを、お願いします!」

 

 

 

そんな目で見られたら

 

嫌ですなんて言えねぇよ

 

 

 

光り輝く曇りなき眼は、俺の心の奥底まで照らそうとする

 

でもごめんな穂乃果

 

今の俺にとってその“光”は

 

 

 

──────“心底、気持ち悪いんだ”

 

 

 

全てを照らすその目に

 

ただ前だけ見てるその目に

 

みんなに勇気を与えられるその目に

 

“俺が欲しくてたまらない”その目に

 

 

────“嫉妬”して、しまうから

 

 

 

「……あぁ。俺に任せとけ」

 

そして俺は“(つく)る”。いつものように、当たり前のようにその笑顔を。

 

その笑顔を見て2人は笑い、去って行った。

 

 

 

君達の信頼に応えてみせるよ────

 

 

────自分を“変えるため”、にね。

 

 




後編は明日投稿される予定です。
どうぞお楽しみに!

新たに評価していただいた、

凛乃空さん、トゥーンさん、あんじ[エリチカ]さん、
香月あやか(kazyuki00)さん、そそそそさん

ありがとうございました!とても励みになります!

さて、それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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強い私へと。♯2

1日遅れた事、本当に申し訳有りません。



54話 強い私へと。♯2

 

 

 

 

机に向かい合ってから、もう30分以上経とうとしています。私…南ことりは今、作詞というものに挑戦しているのですが、どうしていいのか全くわからなくて先程から一切進んでいません。一応思いついたものを呟きながらノートに書き込んでは見ましたが、見るに耐えなくて消しゴムで消して……また思いついては書いて、それを消して……ずっとそれの繰り返し。解決策は全くというほど見えないまま。

 

 

「ううっ…………穂乃果ちゃぁん……」

 

 

思わず心から頼りにしている親友の名前を呟いてしまい、自分が嫌になってしまいます。

いつもそう。私は穂乃果ちゃんや海未ちゃんが決めたことの後についていくだけ。

衣装作りだって穂乃果ちゃんが決めたことのために始めたことで、元々衣装作り自体に興味はあったけれど、自分で決めて始めたことじゃない。

 

私は今まで頼れる幼馴染2人に、“依存”してたんだ。

 

だからそんな自分を、“変えたい”。

 

そんな思いでメイドのバイトを始めたけれども、結局変われたという実感はこれっぽっちも生まれなくて。

でも今日、絵里ちゃんがそんな私に機会(チャンス)をくれました。

 

 

 

『──貴女なら出来るわ、ことり』

 

 

 

絵里ちゃんも、μ'sのみんなも言ってくれました。

“私なら出来る”と。

……もし私に詞を作ることができて、アキバでのライブを成功させることができたなら。

私も少しは自分に自信が持てるのでしょうか。

ただ皆に流されるのではなく、自分の意志でやりたいと思ったことで、結果が伴ったなら。

私は自信を持って“変われた”と言えるのでしょうか。

 

そんな僅かな思いを抱きながら、私は“やる”と決めました。皆に流されたわけではなく、自分の意志で。

 

……決めたのですが。

 

現状手詰まりで、突破口も見えないこの状態。

正直自分1人でどうにか出来るとは思えません。

……でも誰かの手を借りることは、違う。

絵里ちゃんは助けてくれるって言ったけど、それじゃ意味がない。これは私が自分で決めたこと。

 

 

私1人で、なんとかしないと

 

 

 

そこまで考えた時

 

 

教室の扉が開いて

 

 

「……お邪魔するよ」

「優真、くん……」

 

 

入ってきたのは、優真くんでした。

 

 

「作詞進んでる?」

「……うん、ちょっとだけ」

「ホント?」

「……嘘、です…」

「だよね」

 

こうやってやり取りしているうちに、優真くんは私の前の席へと座りました。

 

「大丈夫?」

「……うん」

「……じゃないよね?」

「…………うん」

 

優真くんは微笑んだけれど、私はそんな気分じゃありません。今ばかりは好きな人と2人きりなのに浮かれる余裕もなくて。

 

「……ごめんね、押し付けるみたいな形になっちゃって」

「ううん!これは私が自分で決めたことだから……」

「そっか、そう言ってくれるなら嬉しいな。……さて、俺も手伝うよ」

「えっ、いいよいいよ!私がやらなきゃ……」

「でも、今のままじゃ……」

「大丈夫!私がなんとかしてみせるから!」

 

そう、これは私がやらなくちゃいけないこと。

でないと私は、“変われない”から。

 

しかし優真くんは……

 

 

「ていっ」

「きゃっ!?」

 

 

私の頭を、軽く小突いた。

 

 

「確かに俺たちは君に作詞を頼んだ。

でもね、全部君1人で抱え込む必要なんてどこにもないんだよ?

 

少し、落ち着いてごらん。

普段のことりちゃんらしくないよ。

いつもの君は周りが良く見えて、衝突しがちな穂乃果と海未、そして真姫と凛を宥めてて……

 

……今の視野が極端に狭くなってる君じゃ、良い詞は書けない。俺たちが作詞を頼みたかったのは、そんな君じゃない」

 

 

 

「っ……」

 

言葉が、出ない。

視野が狭くなっていたという指摘に心当たりは大いにあって。しかもそれを指摘されたのが好きな人であることがさらに私の心を追い詰める。

 

 

───好きな人に自分を否定されることが、こんなに苦しいなんて

 

 

「……ねぇ、ことりちゃん」

「……なに…………?」

「“メール”見てくれた?」

「!」

 

 

昨日、バイトが終わった後携帯を確認すると、優真くんから一通のメールが届いていました。

 

 

 

《君は自分を“変えたい”と思ってる。そうだよね?

もしそうなら、俺は君の力になれるかもしれない》

 

 

「どう?」

「………………」

「合ってる、よね」

「………………」

 

 

優真くんの視線から逃げるように、私は顔を伏せました。優真くんは今何を考えているのでしょう……顔は見えないけど、ふうっ、と吐息を漏らしたのが聞こえました。

 

「“変えたい”、ねぇ……うん、わかるよその気持ち」

「えっ?」

 

そこで初めて真っ向から優真くんと目が合う。

優真くんは優しい笑みを私へと向けています。

 

「……俺もずっと思ってるんだ。自分を変えたいって」

「優真くんも……?」

「まぁ俺の話は良いや。ことりちゃん。昨日の君の話から察するに、君は穂乃果と海未に劣等感を抱いている。そうだよね?」

 

何も、間違えていない。

 

「……うん。あの2人と違って私にはなにもなくて、私はただ2人について行ってるだけで」

「……はぁ」

「……優真、くん……?」

 

優真くんに、溜息をつかれてしまいました。

何かおかしなことをしてしまったでしょうか……?

 

「……あのなぁ、さっきも言ったけど君は周りがよく見えてる。

────だからかもしれないけど。

君は自分が見えてない」

「……私、が……?」

 

優真くんの雰囲気が変わる。

普段の優しいそれから、私たちに真面目な話をするときのそれへと。

 

「いいか?君は自分を低く評価し過ぎだ。

それが当たり前っちゃ当たり前だけど、君の場合はそれに縛られすぎてる。

せっかく広い視野を持ってるんだから、自分を見つめてみなよ。

 

 

君は本当に穂乃果や海未に劣っているのか?

 

 

本当に穂乃果や海未について行ってるだけなのか?

 

 

───本当に、君には何もないのか?

 

 

少なくとも、俺にはそう見えない」

「……私、自身……」

 

本当にそうなのかな?

今までずっと私には何もないって決めつけて、勝手に劣等感を抱いてただけなのかな?

それでもやっぱり私に何かがあるなんて、思えない。だって今までもずっと2人の決めたことについてきただけで……

 

 

すると突然

 

 

優真くんの手が私の上に乗せられて

 

 

彼は優しく私に笑いかける

 

 

「……本当に、どうして自己評価が低いんだろうね

君はこんなにもいいところで溢れてるのに」

「優真くん…………」

 

そしてそのまま、二度、三度と私の頭を撫でながら彼は言う。

 

 

「君自身がきっと、穂乃果と海未っていう存在に縛られてるんだろうね。確かにあの2人には魅力的なところがたくさんあるから。……でもね、俺たちの誰も君があの2人に劣ってるなんて考えたこともないよ。

そもそも、比較することすらしてないと思うな。

 

君には君のいいところがあって、穂乃果や海未には2人のいいところがある。

 

──────それじゃダメなの?」

 

 

「…………!」

 

考えたこともありませんでした。

本当に、何も見えてなかった。

2人の魅力に、眩しさに目が眩んで。

 

そっか。

 

私は私を、認めても、いいんだ。

 

 

「……吹っ切れた?」

「はい……!」

 

心なしか本当に周りが広く見える気がします。

今の落ち着いた心と頭なら、いい詞が書けるかも……!

 

「よし、行けっ!」

「はいっ!」

 

 

 

………………。

 

…………………………。

 

……………………………………。

 

 

 

「やっぱり思いつかないよぉ〜〜〜っ」

「ですよねー……」

 

机に突っ伏してしまった私を、優真くんは苦笑しながら見ています。

 

「……やっぱり自分でやり遂げたい?」

「……うん。私にも誇れるところがあるっていうのはわかったの。でもね、やっぱり私は“変わりたい”。今までの自分と決別する、何かが欲しい……!」

 

この曲を完成させられた時。

その時初めて私は本当の意味で“変われた”って言えた気がする。

 

今までの弱い自分じゃなくて、強い自分に。

 

「そっか。……じゃあ俺は君にヒントをあげよう」

 

優真くんはニヤリと笑いながら私に言う。

 

「ヒント……?」

「そう。この間作った曲…“Shangri-la shower”はもちろん俺が詞を作ったんだけど、サトシと真姫からヒントをもらって出来たものだしね。誰かからの言葉をちょっと受け入れようと思うだけで、人の意識ってのは大きく変わる。ヒントがあったとしても、詞を書くのはことりちゃんだ。

誰がなんて言っても、ことりちゃんが書いた詞なんだ」

「……そっ、か…」

 

優真くんは、どこまで私の考えを見抜いているのでしょう。彼の言葉一つ一つが、私の悩みを根っこから潰していく。

 

 

彼の優しさが、いつも私を助けてくれて

 

その度に私は何度も何度も自覚する

 

 

───私はやっぱり、この人(優真くん)が大好きだって

 

 

「……さぁ、俺からのヒントだ。ことりちゃん。

 

───君にとって、“あの場所(アキバ)”はなに?」

 

「私にとっての、アキバ……」

 

今まで考えたこともなかった問いだったけど、答えは自然と口から零れ出ました。

 

「……“特別な場所”、だよ。この街に来ると、不思議と勇気が貰えるの。自分を変えるきっかけをくれて、もし思い切って自分を変えられたとしても、この街はそれを受け入れてくれる……そんな気がするんだ。だからアキバは特別で、大好きな場所!」

 

私の言葉を聞いた優真くんは、ニコリと微笑む。

 

「だよね。だから絵里は君に頼んだんだ。あの場所で歌う曲の作詞を。じゃあもう一つ。

 

 

───君にとって、“この場所(μ's)”はなに?」

 

 

「……!」

 

 

その問いへの答えは、反射のように口から出た。

 

 

「───“大好きな場所”…!……そっか、そういうことだったんだね…!」

 

 

つまり、優真くんの言いたい事は───

 

 

 

「そ。“同じ”だろ?アキバもμ'sも、君にとってかけがえのない居場所のはずなんだ。

君はただ、その場所への思いを“(コトバ)”にすればいいだけ。……()()()()()()()、ね」

「みんなのため……?」

「今日何回も言ってるけど、ことりちゃんは優しい。だから多分、君は“自分のため”よりも、“誰かのため”に頑張ることができる人だ。

 

……忘れちゃいけないよことりちゃん。

 

俺たちがアキバでライブをするのは、何のため?」

 

真面目な表情で問いかけられたその言葉。私はそれに、ゆっくりと答えます。

 

「……μ'sの宣伝をして、文化祭に来て貰うため…」

「それは何に繋がるの?」

「……μ'sで『ラブライブ!』に出場して、廃校を阻止すること。……そっか」

「そうだ。それを見失っちゃ意味がない。

君の他の人より広い視野なら、できるはずだよ。

自分の目標(小さいモノ)”を見つめながら、“みんなの目標(大きなモノ)”を見つめることが。

 

───大丈夫、君なら出来る」

 

その一言は私に大きな勇気をくれて。

 

あぁ、どうしてこんなにも

 

“好きな人の言葉”は、心に染みるのでしょうか。

 

さっき自分を否定されて落ち込んだ心は今、“君なら出来る”、その一言だけで本当に何でも出来そうな程勇気に満ち溢れています。

 

 

 

だから私は応えたい

 

この人の期待に、みんなの思いに

 

大好きな場所(アキバ)”に相応しい曲を、“大好きな場所(μ'sのみんな)”と一緒に

 

そしてなりたい───“強い自分”に

 

 

 

伝えたい思いが、歌いたい言葉が、どんどん溢れてくる。先ほどとは真逆、溢れすぎて……迷う程に。

 

「優真くん…いけそう!浮かぶよ、たくさん!」

「……大丈夫そうだね。そんな笑顔が出来るなら、もういつもの君だ。

 

───“頑張れ”。ことりちゃん」

「……!」

「“応援する”って言っただろ?」

 

 

 

 

─────『─────優真くん。

 

私、頑張るね。みんなに負けないように』

 

『な、なにを……?』

 

『だから優真くんも……私のこと応援してくれたら嬉しいな♪』

 

『……うん、わかった。頑張れ』──────

 

 

 

 

……覚えていてくれた。合宿前のあの約束を。

私の本当の意図とは違うそれを、優真くんはずっと覚えてくれていて……そしてあの時の言葉通り、私を応援しようとしてくれている。

それがたまらなく嬉しくて。

 

そして優真くんはもう一度私の頭に手を乗せます。

 

 

 

「───何かあったらいつでも相談しておいで

 

俺は絶対君の力になってみせるから」

 

 

 

そして彼は優しい笑顔を私へと向けました。

好きな人が向ける笑顔。普段なら嬉しいはずのそれは……

 

 

「…………ふふふふ……」

「ん?」

「ご、ごめんなさい優真くん……も、もう限界!あはははは!」

 

 

 

 

───天然変顔の今現在は、破壊力が抜群です。

 

 

 

 

「なっ……!人が一生懸命励ましてるのに……!」

「だ、だって……その顔で、笑顔で、ふふ、あははは!」

「こぉぉとぉぉりぃぃちゃあぁぁぁあん!!」

 

優真くんは堪えきれずに吹き出してしまった私を顔を真っ赤にしながら怒鳴りつけました。

でも正直褒めて欲しいです。笑いそうになっていたのをずっと堪えていたんですから。

 

「ったく……」

 

機嫌を損ねてそっぽを向いてしまった優真くん。

そんな彼の様子を微笑ましく思いながらも私は……

 

 

彼の腫れた頬に、優しく触れる

 

 

「っ……!ことり……ちゃん…?」

 

 

 

「……ありがとう。私、頑張れるよ。

優真くんが、応援してくれるから」

 

 

 

そして向ける……私の心からの感謝の笑みを。

すると優真くんは恥ずかしそうに目を背けた。

 

「……んじゃあ、俺行くね」

「えっ……?」

「今の君なら安心して作詞を任せられる。だから俺はみんなの練習指導に戻るよ」

「……そっか…」

 

そうだよね。それが普通だよね。

……でも。

 

「……優真くんっ!」

「うぉっ!?」

 

立ち上がってドアへ向けて歩き出そうとしていた優真くんを、呼び止めてしまいました。

 

「……一緒に、考えてくれない?」

「え、でもさっき自分で考える、って……」

「言ったけどぉ〜〜……」

 

やっぱり優真くんは鈍感さんです……

そんな彼に気付いてもらうためには。

 

「ゆ、優真くんが!」

「お、俺が?」

 

 

「ゆ、優真くんが一緒に居てくれたら……頑張れる気がするから……」

 

 

自分の思いの丈を、ストレートで投げるしか有りません。

 

 

「だ、だから……側に居て…くれ、たら、うれ、しいです……」

 

恥ずかしさのあまり途切れ途切れになる言葉。

語尾もおそらく小さすぎて聞こえてないんじゃないかと思います。しかし優真くんは優しく笑った後……私の額に、人差し指をトンッと当てて……

 

 

「───わかった。“一緒に”頑張ろう」

 

 

「優真くん……!」

 

しかし優真くんは、ドアの方向を見たままで、私と目を合わせてくれません。

 

「……ねぇ、どうして私の方を見てくれないの?」

「見たら君は笑うだろ?」

「………………笑わないよ?」

「今の間は何なんだ」

「んふふふ」

「既に吹き出してんじゃねぇか!!」

 

こればかりは本当に仕方ないんです、わかってください。でもそろそろ優真くんが本当に可愛そうになってきたので、再び我慢モードに入りました。

 

「……落ち着いたかよ」

「怒ってるの……?」

「……そんな顔されたら怒れないよ。ったく……」

「ふふふ♪」

「はぁ……んじゃま。始めよっか」

「はい!」

 

 

私は頑張れる。

 

────君が側で応援してくれるから。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

アキバのとある一角。

そこに並ぶはメイド服に身を包んだ9人の少女。

そしてそのセンターに立つのは、“伝説のカリスマメイド”。そう、彼女はこのライブの宣伝のために、自らの肩書きすらダシに使ったのだ。

それだけ、彼女はこの路上ライブにかけている。

 

「本日はお集まり頂きまして、ありがとうございます!μ'sのメンバー、“ミナリンスキー”こと、南ことりです!」

 

今彼女が浮かべている表情は笑み。

しかしその佇まいからは緊張や迷いは感じない。

伝わってくる感情は、覚悟。

今までの自分との決別のために。ライブを成功させるために。

あの日俺が伝えたように、彼女は今自分の目標と、みんなの目標の二つを見据えて目の前のステージに立とうとしている。

 

───大丈夫、君ならできる。

 

腫れの引いた顔に笑みを浮かべて、俺は舞台袖からことりちゃんをみている。

 

さぁ……君自身の思いを乗せて

 

 

────歌え、“ミナリンスキー”

 

 

 

 

 

「今日は私“達”の思いを込めて精一杯歌います!

 

聞いてください!

 

 

 

 

────“Wonder zone”!」

 

 

 

 

 

ことりちゃんの歌い出しで、この曲は始まる。

μ's内でも格段に印象強く、甘い歌声を誇る彼女のそれは、集まった観客たちの表情を驚愕に変えたのち、喜びの色へと染め上げる。

 

その歌い出しが終わると、μ's皆で歌唱がスタート。女神たちの唱和を耳にした人たちは次々と足を止め、ステージを向き、吸い寄せられるようにそこへ。確実に、少しずつアキバ全体が彼女たちのステージを中心にμ's色へ染まって行く。

 

それを成したのは紛れもなく、ことりちゃん。

ことりちゃんが作った歌で、確実に皆を魅了することに成功している。

 

あの後、結局2人で教室に残って作詞の作業をしていたわけだが、本当に俺はほとんど口を出していない。あの歌の歌詞は、彼女が自分で考えて、彼女の思いが詰まったものだ。

そんな彼女の想いの丈の全てがこもったワンフレーズがある。

 

 

 

───“強い私へとなれる未来 一緒に見つけよう”

 

 

 

彼女がずっとしたがっていた、“弱い自分への決別”。

彼女はそれを、今確実に成し遂げた。

自分1人ではなく、μ'sの仲間と共に。

それでこそ、彼女らしい。

彼女は見つけられたはずだ。なりたい自分になれる未来を、偶然と奇跡を手繰り寄せた先で繋がった仲間と共に。

 

 

───この“不思議で大切な場所(ワンダーゾーン)”で、ね。

 

 

俺たちμ'sのゲリラライブは、大成功に終わった。

 

 

 

 

 

 

 

「楽しかったね!ことりちゃん!大成功だよ!」

「うん……みんな本当にありがとう」

「ことりのおかげですよ。とても楽しい時間でした」

 

ライブが終わり、μ's皆での帰り道。

楽しそうに歩いている皆と嬉しそうに笑うことりちゃんを見て、俺も笑みを浮かべる。

俺は集団から離れて数歩後ろを歩き、1人その光景を眺めていた。

 

その時、ポケットで携帯が震えた。鳴動の長さが電話の着信である事を示している。

 

携帯を取り出して液晶に映った名前を確認して……俺は足を止め、皆へと言う。

 

「……ごめんみんな。先帰っててくれ」

「え?どうしたの?優兄ィ」

 

凛が怪訝そうに俺へと問いかけた。

 

「ちょっと電話かかってきてさ。俺丁度()()()()()()()()()()()()()し、ここでバイバイにしよう」

「え?お母さんから……?」

「まぁね。さて、今日はみんなお疲れ様。最高のライブだったよ。それじゃ」

 

俺は来た道を振り返り、そちらの方向へと歩き出した。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「優真先輩、何かあったのかな?」

 

残った面々はしばらく優真が去って行った方向を見ており、そして穂乃果が皆の気持ちを代弁するかのように口を開いた。

 

「……穂乃果もそう思いますか?」

「うん…なんか様子おかしくなかった?」

「確かに…気になるにゃ」

 

皆やはり優真の突然の行動に不信感を抱いている様子。しかしその空気の中、少女はゆっくりと口を開く。

 

「……あのっ!」

「ん、ことり?どうしたの?」

 

 

「今日は、ありがとう……。私、みんなとあの場所で歌えて、本当に良かった!

 

───みんなの事が……大好き!」

 

ことりは皆へと思いを叫ぶ。

自分がここまでしてきた中で、心から感じた思いを。

 

その言葉を聞いたμ'sのメンバーは……

 

「うううう……こっとりちゃーーーーーん!!」

「きゃあっ!?」

「凛も凛もえーーーい!!」

「り、凛ちゃんっ!?」

 

穂乃果と凛はことりに抱きつき、残りの皆も、ことりに笑顔を向ける。

その笑顔が示している意味が、ことりにはわかった。

 

───“私達も、同じ気持ちだ”と。

 

 

 

「───“ずっと一緒にいようね!”ことりちゃん!」

 

 

 

裏表ない表情でそういった穂乃果に、ことりも笑顔で返す。

 

 

 

「───うん!“ずっと一緒”だよ!」

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

皆と別れて少しした後、俺は電話を取る。

 

「……もしもし」

『久しぶりね、ユウマ』

「……きみだれ?」

『嘘でしょ!?またそれなの!?』

「ははは。冗談だよ───ツバサ」

 

そう、電話の主はA-RISEのリーダー、綺羅ツバサ。

 

「で?どうした?」

『……良かったわ、今日のライブ』

「……見てたのか?」

『ええ、もちろん♪ “私達の庭(アキバ)”でゲリラライブを演るスクールアイドルなんていい根性してるって思ってたら……あなた達だったのね』

 

彼女の顔は見えないが、容易に想像が付く。

楽しそうで、それでいてどこか心に刺さるような鋭さを兼ね備えた微笑みに違いない。

 

『……アキバで歌ったっていうことは、“そういうこと”だと捉えていいのかしら?』

「……ああ。間違っちゃいねぇよ」

 

俺たちの狙い。それはことりちゃんに自信を持ってもらえるような機会を作ること。

 

───それとは別に。

 

大きな目的が、もう一つある。

これを提案したのは、絵里と希とにこ。

あの3人は、μ'sの中でも筆頭の負けず嫌い。

そう、つまり敢えてアキバでライブをしたのは……

 

 

 

「────受け取れ、A-RISE。これは俺達(μ's)からの

 

 

────()()()()だ」

 

 

 

逃げないという意志、戦うという決意。

俺たちのそんな思いが、あのライブには篭っている。

 

『…ふふふ、あははははははは』

 

俺の言葉を気にも止めず、ツバサは嗤う。

 

 

『───やっぱり君は面白いね、ユウマ。

 

────でもそれでいいの?』

 

「は……?」

 

 

何を言ってるんだ、こいつは……?

そんな俺の思いを察してか、ツバサはすぐに次の言葉を繋いだ。

 

 

『───あなたがわからないなら、あなた達はココまで来れない。考えなさい。私が何を伝えたいのか』

「……何が言いたい」

『考えろ、って言ってるんだけど。敵に塩を送るほど私も優しくないの』

 

 

……どういうことだ。“ココまで来れない”?

一瞬挑発かと思ったが、向こうの話し方から考えてそうではないと考え直す。

思考がまとまらない中、ツバサはなおも言葉を続ける。

 

 

『───信じてるわよ、ユウマ。あなたなら気づいてくれるって。ここまで登ってこれるって。それじゃ』

 

 

それだけ告げて、ツバサは一方的に電話を切った。

切られた側の俺は、ただ立ち尽くす。

ツバサが残していった“信じてる”という言葉。

あれほど印象に残ったのは初めてかもしれない。

────“逆の意味”で。

人はあそこまで感情を殺した“信じてる”を言えるものなのだろうか。

人に温かみを与えるはずの信頼、しかしツバサのそれは温かみも冷たさも何も感じない、無味乾燥なものだった。

 

 

 

────まぁ、それを言う資格がお前にあるとは思えないけどな

 

 

 

 

「───五月蝿(うるせ)ェ」

 

 

噛み付くように小さく呟いて、俺は理事長の元へと歩き出した。

 

 

 

 

 

音ノ木坂へと戻り、俺は理事長室の前に立つ。

そして扉を3度叩いた。

 

『どうぞ』

「……失礼します」

 

理事長がいることを確認して、俺は理事長室へと入る。

 

「あら、朝日くん。()()()()()()()()()()()()()()()?」

「……少々話がありまして」

 

極力感情を殺して、俺は理事長に問う。

 

 

 

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 

 

俺の問いに対しても、理事長は顔色一つ変えずに笑顔で俺を見る。まるで()()()()()()()()とでも言うように。

 

 

 

 

 

「───さぁ、どうかしらね」

 

 

 

 

 

「……はぐらかすんですか?」

「そんなつもりはないわ」

「……そうですか。じゃああなたの娘さんはどうです?」

「あなたが言ってないのなら、知らないんじゃない?」

「遠回しに“俺の過去を知っている”といったようなものですよ?」

「あら、気づかなかったわ」

 

適当にあしらうような理事長の態度に、段々と苛立ちが募る。まぁいい。知りたい事は知れた。

 

「……そうですか。では失礼しました」

 

俺は一礼をしてドアに向けて歩き出した。

 

「待って」

「……なにか?」

「……いいえ、やはり何もないわ」

 

その言葉に返事をする事なく、俺は理事長室を出た。

 

 

 

 

「ことりのこと、ありがとう」

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「ただいまー」

 

家に着いたことりは、必ず“ただいま”と言う。

家に帰るのは確実に母より早く、父親は海外に単身赴任なので“帰宅時には必ず家には誰もいないのにもかかわらず”、だ。

これは幼い頃、母から教わった防犯の知恵。

「ただいま」という事で家の中に誰かいる事を示す事で、泥棒が入りにくくなる……らしい。

本当に効果があるかはわからないが。

 

そしてことりはドアについているポストの中身を確認し、リビングへと持っていく。これも幼い頃から癖付いた彼女の習慣だ。

 

しかし。

 

「ん……?」

 

今回はいつもと違い、ある一枚の手紙が目に止まる。

 

「これは……?」

 

自分に宛てられた、赤と青で縁取られた便箋。

左端には、飛行機のマーク。

……胸がざわつく。嫌な予感が溢れて止まらない。

そしてことりはその手紙を開封し、中を見て……

 

 

 

────知ってしまった

 

 

「……嘘…」

 

 

 

 

これが運命だというのなら

 

 

運命とは悲惨なものだと思わずにはいられない

 

 

己の運命を悟った少女は

 

 

ただただ、涙を流し続けるしかなかった

 

 

 

 

 

 

 

 




ワンダーゾーン編、終了でございます。
存在を主張し続ける不穏な空気……
いったいどうなるのでしょうか。

今回、文の書き方を大幅に変えてみました。
とりあえず目立ったものでは、会話文と会話文の間を詰めてみました。
個人的には空いている方が見やすいのかなと今まで思っていたのですが、いろいろな人の作品を見るうちに一概にそうとは言えないのかな、と思いまして今回試験的に行ってみた次第です。
そちらの方のご意見もくだされば幸いです、どうかご協力のほどよろしくお願いします。

新たに評価をくださった、

田千波 照福さん、ありがとうございました!


それでは今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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ラストスパート!

お待たせいたしました。


 

 

55話 ラストスパート!

 

 

 

「優真先ぱーーーーーい!!」

 

放課後。俺がいつものようにアイドル研究部の部室へと歩いていると後ろから大きく名前を呼ばれた。……振り返らなくても誰かはわかる。そして周りの人の視線も俺に集まっていることも。周りの迷惑になるからやめろと何度言っても一向に効果はない。俺は敢えて立ち止まり、振り返り彼女の名前を呼んだ。

 

「……どうした、穂乃果」

 

「聞いてよ聞いてよ!大ニュースだよ!!」

 

「わかった、わかったから廊下では静かにしてくれ。迷惑だろ?」

 

「……あっ、ごめんなさい……」

 

俺からの指摘に、しゅんとなってしまった穂乃果。それを見て一瞬申し訳ない気持ちになるが、騙されてはいけない。指摘した後は大体いつもこうなるのに何度もなんども同じことを繰り返すのだから。

はぁ、と溜息を一つ吐いて歩き出した俺の横に並んで穂乃果が歩く。

 

「……んで、どうしたんだ?」

 

「……我慢するっ」

 

「は?」

 

「……テンション上げて言いたいから、部室まで我慢するっ」

 

律儀かよ。思わず出かけた笑いを封じ込めて俺は冷静を装った。やっぱりこいつはなんだかんだいい子なんだよなぁ。そんなとこがあるから、俺は何をされても穂乃果を憎めない。

 

「……あれは本気で怒ったわけじゃないから別に気にしなくていいんだ。次から気をつけてくれ」

 

「ほんと…?うん、わかった!じゃあ言うね!」

 

「おう、聞かせてくれ」

 

「えへへ♪あのね……」

 

俺が許可を出すと笑顔を浮かべた穂乃果。

そんなに言いたかったのだろうか、俺はそれを微笑ましく思いながら穂乃果の言葉を待った。

 

 

 

「───μ'sのランキングが、19位になったの!」

 

 

 

「そうかそうか、それは良かった……えええええええええええええええええええ!?」

 

先ほど穂乃果に注意したことも忘れ、俺は驚きの声を張り上げる。周囲の視線が再び俺に集まったのがわかるが、そんなことはどうでもいい。

 

「じ、19位!?『ラブライブ!』出場圏内じゃねぇか!!お前どうして早く言わなかった!?」

 

「言おうとしたよ!!そしたら優真先輩が止めたんじゃん!」

 

「それはいち早く知らせるべきだろうが!!俺の言うことを無視してでも言えよ!!」

 

「ねぇ、私バカだからあんまり自信ないけどこれって理不尽だよね!?それくらいはわかるよ!!」

 

廊下でぎゃあぎゃあと言い合いを始めてしまった俺たちを止めたのは……

 

「……貴方達、廊下では静かにしなさい?」

 

「あ、絵里」

 

呆れたような視線を俺たちと向ける絵里だった。

 

「絵里ちゃん!聞いて聞いて!大ニュース!」

 

「わかったから…静かにしなさいってば。仮にも学校を代表してるスクールアイドルなんだから、その辺の自覚をしっかりと……」

 

「とにかく!大ニュースなんだってば!!」

 

「……何を言っても無駄みたいね、はぁ……それで?どうしたの?」

 

「実は……」

 

かくかくしかじか。

 

「はぁ、なんだ、そんなこと……ってえええええええええええええええええええ!?」

 

「お前もかよ!!」

 

「じっ、じゅ、13位!?」

 

「聞き間違えてるぞおい!!19位だ19位!」

 

「えっでも、ど、どうする!?」

 

「どうするもクソもねぇだろ!落ち着け絵里!」

 

驚きと衝撃で絵里の頭のネジはすっ飛んでしまったようで、いまの彼女は言っちゃ悪いが完全にアホの子だ。まぁむしろ時折出てくるこちらの絵里の方が可愛くはあるのだが……っていまは関係ないね。

 

「だ、だって19位って……!『ラブライブ!』出場に手が届くじゃない!」

 

「おう、そうだな。……なんか俺以上に動揺してるお前見たら落ち着いてきたわ。感謝するよ」

 

「私はどうしたらいいの……!?」

 

「え、絵里ちゃん廊下は静かにしなきゃ……」

 

「うるさいわよ!穂乃果!!」

 

「…珍しく私がこんな役回りを……」

 

まぁ騒いでいる絵里はさておき。

19位か。確実にこの間のゲリラライブの影響だろう。つまるところ、あのライブは“大成功”したということが、明確な形を持って現れたということだ。これならば確実にことりちゃんの自信になるはずだ。

 

……ついにここまできたか。

本当に、本当に手が届くところまで来た。

夢にまで見た、“憧れの舞台(『ラブライブ!』)”へと。

あとはただ突っ走るだけ。油断はしない。

 

「……よし!じゃあ改めて文化祭に向けて練習頑張るぞぉーー!!!」

 

「「おおおぉぉぉーーー!!!」」

 

 

 

────ピンポンパンポーン。

 

 

 

『アイドル研究部の朝日くん、絢瀬さん、高坂さん。至急職員室へと来てください』

 

 

 

「「「……………………」」」

 

 

……そこで初めて気づく。

ざわついた廊下、集まっている視線、ちらほらと聞こえるぼそぼそとした話し声。

……まぁ確実に、騒ぎすぎたよね。

 

 

「………………行くか」

 

「「…………はい」」

 

……説教が待ってるんだろうなぁ。

 

 

 

 

 

「……で?何でアンタ達は丸ごと職員室に呼ばれたわけ?」

 

「……面目ありません」

 

説教から解放された俺たち3人が部室へと向かうと、そこにはご立腹な様子で俺たちを待っていたにこと、苦笑いでそれを見つめるその他の面々の姿が。

 

「はぁ……穂乃果はともかく、アンタと絵里は何やってんのよ全く……」

 

「返す言葉もございません」

 

「……つい気が動転しちゃって」

 

「……で?何があったのよ」

 

「実は…………」

 

かくかくしかじか。

 

「……ふぅん、なんだその程度ってえええええええええええええええええええ!?」

 

「何回やるんだよこのくだり……」

 

他の皆も驚いたような表情を浮かべて……っていうか何で穂乃果以外知らねぇんだよ。

 

「19位ってことは……!」

 

「『ラブライブ!』に出場できるってことかにゃ!?」

 

「すごいですぅぅ〜〜!!ついにここまで……」

 

俺たちの話に部室の空気が一気に明るくなる。

 

「喜ぶのはまだ早いわよ」

 

「そうです。寧ろ、ここからが本当の勝負ですよ」

 

「そうね。他のグループも出場を目指して最後の追い上げを図ってくるはず。私たちも油断せずに頑張りましょう」

 

真姫、海未、絵里の言葉で、浮つきかけた空気が一気に引き締まった。流石の3人だな……絵里も先ほどまでのポンコツ振りとは打って変わって頼りになる。

 

「……何ニヤついてるのよ、優真」

 

「んーや、別に?」

 

……表情に出てたようだ。気をつけなくては。

 

「……これはスゴイわね」

 

そこでパソコンの前で座っていたにこの呟くような声が俺の耳に届いた。

 

「ん、にこどうした?」

 

「『ラブライブ!』出場校決定まで残り2週間でしょ?だから他のスクールアイドルについて今軽く検索かけてみたんだけど……」

 

その言葉と共ににこはパソコンの前にスペースを空け、俺が画面を見ることが出来るようにする。そこに群がるように集まる他のメンバーを背に、俺は画面に表示された内容へと目を通した。そこに書いてあったのは……

 

「っ……!」

 

「嘘……」

 

「A-RISEが……」

 

「七日間連続ライブ……!?」

 

そう、A-RISEの七日間連続ライブ開催の知らせだった。出場校決定までは残り2週間もないが、そのうちの1週間、連続でライブをし続けるということ。そんなことをしなくても、最初から現在まで一貫して1位を守り続けているA-RISEなら本戦出場は硬いだろう。しかしA-RISEは……あの女(ツバサ)はそれを良しとはしなかったのか。……まぁそうだろう。決して手を抜かず、最後の最後まで自分たちに厳しくあり続ける。自分たちが、女王であり続けるために。それが彼女達、A-RISEなのだ。

 

 

───『───信じてるわよ、ユウマ。あなたなら気づいてくれるって。ここまで登ってこれるって』───

 

 

 

ゲリラライブの後、電話越しに問いかけられたツバサの言葉。その言葉の意味は、未だにわかっていない。あのツバサのやることだ、助言やアドバイスの類とも思えないが……意味がない言葉を俺にかけるとも思えない。

だから俺は答えを探し続けているのだが、今の所、見つけられそうもない。

 

そんなA-RISEの、七日間連続ライブか……

……俺たちも負けてられないな。

 

「……優真、大丈夫…?」

 

「……ん、絵里。別に大丈夫だけど……何かあったか?」

 

「……ううん、何もないなら良いの。でも本当に大丈夫?最近授業中もぼーっとしてることが多いし、それに今だって…」

 

俺自身、本当にそんな自覚はないのだがどうやら絵里に無意識の内に心配をかけていたらしい。

それをなんとなく申し訳なく思い、謝ろうと口を開こうとした時……

 

 

「へー、えりちって、ゆーまっちのことよく見とるんやなぁ〜♪」

 

「なっ……!?」

 

希がいつものように悪戯じみた笑顔で絵里をからかい出した。

 

「ち、違うわよ!今たまたま見たらそんな顔してたから……」

 

「でもさっき、『授業中も』って言ったやん?ってことは」

 

「希ィィィ!!」

 

絵里が顔を真っ赤にして叫びながら希へと飛びかかった。

な、何かよくわからんが……女の子2人がキャッキャウフフしている様子は非常に目の保養になり

 

「優兄ィ☆」

 

「あ、はい」

 

幼馴染に心を読まれかけたので、この辺にしておきます。……ていうか表情に出てるのかもな。さっきもそれで絵里にバレかけたし。

 

「ほら絵里、希。じゃれあうのもそれくらいにしなさい」

 

「でも希が……!」

 

 

「───優真がアンタ達見て喜んでるわよ」

 

 

その瞬間。

2人の動きはおろか、部室内の時が止まる。

そして動き出した時は無情にも俺へと牙を剥く。

集まる視線……ジトッとした、決して健全なものを見るのには相応しくない視線。

取り巻く空気……変態が1人混じっていますと言わんばかりに重苦しく、場違い感が否めない空気。

 

……なんてことしてくれてんだあのアホは。

 

鋭く張本人を睨みつけると、本人自慢の「にこにーポーズ」で(おど)けて見せた。本人曰く『可愛さ100%』らしいが、今この場でそれをされても『イラつき100%』しか生まれない。

 

そんな俺の心情はさておき、部室を取り巻くシチュエーションは確実に俺の敵だ。

 

「優兄ィ、やっぱりそういう人だったんだね……」

 

「優真くん……最低……」

 

「優真先輩、破廉恥です!!」

 

凛。本当にゴミを見るみたいな目をしないでくれ。お兄ちゃんはそんな目を教えたことはありませんよ?

ことりちゃん。君にそんなにストレートに軽蔑の言葉を向けられたのは初めてだけど……悪くな(

海未。君なら味方してくれるかもと思っていたけどそうだね、君はそういう純情ガールだったね。

 

「優真先輩も男の子だねぇ……」

 

「キモチワルイ」

 

「お、お兄ちゃんはそんな人じゃないよぉ……!」

 

あぁ、“ほのまき”は置いておいて、やっぱり花陽は天使だ……!

 

「優兄ィはかよちんのこともいつも変な目で見てるにゃー」

 

「うええええええ!?誰か助けてぇーー!!!」

 

「凛コラァ!!変なこと吹き込んでんじゃねぇ!」

 

さて、当の2人はと言うと顔を真っ赤にして硬直したまま俺を見続けていますね。

……収拾つかないぞ、この状況。

……はぁ。

 

 

小さく息を吐くと俺は2人に歩み寄り……

 

絵里の頭へと手を乗せた。

 

 

「───心配してくれてありがとな。俺は大丈夫だから」

 

「……う、ん」

 

 

そして次は希へと視線を移して……

 

 

「お前も。場の空気の為に弄ったのはわかるけど、限度を考えような?」

 

「わ、わかった……」

 

 

……よし、なんとか片付いた。

一仕事終えた後の充実感溢れる笑顔で皆を振り返ると……

 

 

先ほどよりもじとっとした空気と視線が俺へと向けられている。

 

 

「また平気でそういうことを……」

 

「これだから優兄ィは……」

 

あれ、なにこの空気?また俺が悪者みたいに……

 

「さ、収拾ついたし、練習始めるわよー」

 

「激しく納得いかないぞオイ。なんだよこの空気」

 

「自分の胸に聞いてみたら?」

 

「真姫は違う何かに怒ってるように見えるんですけど気のせいですかねぇ!?」

 

 

そんな俺の指摘に答えることもなく、そっぽを向いた真姫。そんな中、絵里と希が申し訳なさそうに手を挙げる。

 

「……ごめんなさいみんな。私たちは生徒会の仕事があるからしばらくは練習に来れないわ」

 

そう、文化祭まで俺たち生徒会の仕事はあとを絶たない。各部やクラスの催しの機材の確認、それをさらに先生たちへと通す作業、それと並行して止むことのない日常業務。

多忙な日々は絵里と希の練習時間を確実に削り取って行く。

……それをどうにかするには。

 

 

「───いいよ2人とも。俺がやっとくから」

 

 

 

「えっ?」

 

そう、俺が全てをやればいい。

それが間違いなく、俺がなすべき事。

彼女たちが最高のパフォーマンスを行うための最善手。

 

「でも優真……」

 

「そのために俺が居るんだ。2人はライブの練習に全力で取り組んでくれ」

 

笑顔でそう言う俺を見て、2人は困ったような表情を浮かべている。

 

「いいからいいから。ライブを成功させるにはそれしかないだろう?」

 

「ゆーまっち……」

 

「……優真が大丈夫って言ってるんだから、任せても大丈夫なんじゃない?絵里と希は昼休みや朝に生徒会の仕事を少しでも手伝ってあげれば?放課後は優真に任せて練習をする。それでもいいと思うけど」

 

「あぁ。にこの言う通りだ。俺は大丈夫だから」

 

「……ただ優真」

 

唐突ににこの声色が真面目なものへと変わる。

 

「無理はしないで」

 

……本気で心配してくれているんだな。

にこの声が、目がそれを訴えてくる。

 

「……わかった。だからお前らも無理はするなよ。

 

───さぁ、ラストスパートだ!」

 

おぉー!、と元気な声が部室に木霊した。

 

 

 

 

 

 

「もぅマヂむり。。。」

 

それから1週間が経った。

文化祭まで残り1週間を切り、生徒会の仕事も益々忙しくなってくる。

俺もあまりの忙しさに一昔前のギャルのような言葉を発するも、それで何かが改善されるわけもなく、ひぃひぃ言いながら業務に追われている。

 

因みにμ'sの文化祭でのライブ会場は屋上。

講堂を使用するためにはくじ引きに勝利する必要があるのだが、見事ににこがハズレを引きやがった。生徒会としてくじ引きを担当していた俺も、μ'sの面々もその場でうなだれた。

……っていうか、当たり狙うなら希に引かせればよかったんじゃ。

 

さて、俺はここ1週間忙し過ぎてμ'sの方へ全く顔を出すことができていない。大丈夫だとは思うが、一応心配だから顔を出そうとしているのだが、その時間すらも今までなかった。でも今日はなんか行けそう。奇跡が起きそう。

 

「……ふぅ。よし!」

 

生徒会室に鍵をかけて、俺は屋上へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「も、もう動けない…………」

 

「何言ってるのにこちゃん!まだまだやるよ!」

 

「えぇ!?少し、休憩……」

 

「やるの〜〜!やるったらやるのぉ〜〜!!」

 

屋上に上がった俺の目に真っ先に入ってきたのは、屋上の床にへたり込むにこと、それを意地でも引っ張り上げようとする穂乃果の姿。

 

「あ、優真先輩」

 

「海未。なんか久々だな」

 

「ですね。生徒会の仕事は大丈夫なのですか?」

 

「死ぬほど忙しいけど、その合間を縫って今日来てみた。調子はどうだ?」

 

「はい。皆意識も高まっていて、調子も良いみたいです。ただ……」

 

「ただ……?」

 

海未はそこで視線を俺からずらす。その視線の先には……穂乃果がいた。

 

「穂乃果。私たちはともかく、あなたは少し休むべきです。最近あまり寝てないんでしょう?」

 

「大丈夫だよ海未ちゃん!私今、燃えてるから!」

 

……なるほど、ね。

まぁどこからどう見ても、“気合いが入っている”。

一方、“入り過ぎている”ようにも見える。

ライブに向けて士気が上がっているのは一向に構わないが、入りすぎた気合いは時に空回りを生みかねない。さて、どうしたものか……

 

「……気合い入ってんな、穂乃果」

 

「当たり前です!ライブまでもう1週間も無いんです!やれることは限界までやらないと……!後悔したく無いので!」

 

相変わらず穂乃果は、練習中には俺に敬語を使う。

穂乃果の思いが、ひしひしと伝わってくる。

今の彼女は誰が止めても止まることは無いだろう。

 

そんな“目”をしている。

 

だから。

 

 

 

「───おう、頑張れよ」

 

 

 

背中を押そう。そう決めた。

 

「ありがとうございます!」

 

まぁ穂乃果には海未やことりちゃんも付いてるし大丈夫だろう。そう思ってことりちゃんの方を見ると……

 

「ん……?」

 

俺の目に間違いが無いなら、沈んでいるように見えた。何か心の中に、大きな悩みを抱えているような、そんな顔をしている。

 

「ことりちゃん……?」

 

「っ!?は、はいっ!」

 

俺の呼びかけで、驚いたように顔を上げたことりちゃん。

 

「わ、私も穂乃果ちゃんがやりたいようにやるのが、一番だと思うな」

 

「でしょ!?よーし、練習練習!」

 

ことりちゃんは笑っているように見えるが、やはりいつもと様子がおかしい。

俺は穂乃果に声をかける。

 

「……なぁ、穂乃果」

 

「ん、どうかしました?」

 

「……ことりちゃん、なんか様子がおかしくないか?」

 

俺でも気づいた異変。俺より遥かに長く一緒にいる穂乃果が気づかないわけがない。そう思って声をかけたのだが……

 

 

「え?そーかな?いつも通りじゃないですか?」

 

 

───嘘だろ?

どう見ても普通じゃないだろ?

 

 

「きっとことりちゃんもライブに向けて気合いが入ってるんですよ!」

 

それ以上話すことはないとばかりに、穂乃果は練習へと戻っていった。

 

 

───おかしい。

ことりちゃんも様子がおかしいが、“その様子に気づかない穂乃果の様子”もまたおかしい。

 

それよりなんだよさっきの態度は。

“ことりちゃんよりも練習の方が大事です”とでも言わんばかりのその態度。

普段の穂乃果からはまったく想像もつかないようなそれに、俺はしばらくの間面食らって動かなかった。

 

「……優真先輩」

 

後ろから海未に声をかけられ、俺は振り向く。

 

「やっぱり穂乃果……」

 

「おかしいですよね。それにことりも……」

 

やはり海未は気づいている。2人の異変に。

そのことが一層、穂乃果の異変を確信付ける。

穂乃果は決して賢くはないが、察しが悪いわけではない、というのが俺の見解だ。だからこの状況にすごく胸騒ぎがする。

 

「……海未、2人のこと頼んだ。何かあったら知らせてくれ」

 

「わかりました」

 

 

だからと言って、穂乃果の頑張りたいという思いは無下にはしたくない。背中を押すと決めたんだ、最後まで応援したいと思うこの気持ちに嘘はつきたくない……それに『ラブライブ!』に出場するには……“A-RISEを倒す”には、確実に限界を超えた努力をし続ける必要があるだろう。

 

 

───俺は一体どうするのが正しいのだろう?

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「ふう……」

 

私…園田海未は今、自宅での稽古を終え道場の軒下に腰を下ろし休憩を取っているところです。弓道部の部活とアイドル研究部での活動を掛け持ちしている私は、それとは別に家でも日舞の稽古をしています。しかしこれも自ら進んで決めたこと、辛いと思うことはあっても止めたいと思ったことは一度もありません。それどころか、毎日に充実感を感じてすらいます。

 

しかし今日はその稽古は控えめ。何故なら明日は文化祭……そう、私たちμ'sの大勝負だからです。

やることはやりました。あとは練習の成果を発揮するだけ。

 

……なのですが。

 

私は今、2つの心配を抱えています。

1つは、ことりのこと。

アキバでのライブを終えた頃から、どうにも様子がおかしく、私が何を聞いてもなんでもないの一点張りで答えようとしてくれません。

 

そしてもうひとつは……穂乃果。

様子がおかしいことりの様子にも気づかず、ただ目の前のライブに向けて必死に努力を重ねている。ただ、確実に“無理のしすぎ”です。

家でもライブのことばかり考えてあまり眠れてない様子。そして練習も休憩時間中にも体を動かしたり、一向に休もうとしない。

私が止めても耳を傾けようとせずに、結局穂乃果は本番前日まで無理を貫き通してきました。

 

正直、心配でたまりません。そしてそれを最後まで止められなかった自分に腹が立って仕方がなくて……

 

 

───ポツン。

 

 

そんな私の心象を表すかのように、雨が降り出しました。明日のライブは屋上でのステージだというのに、雨……明日の朝には止んでいるでしょうか。

 

───ピローン♪

 

唐突に鳴り響いた携帯の着信音。

電話の主を確認して、取る。かけてきたのは……

 

 

「もしもし」

 

『……海未ちゃん…』

 

「どうしましたか?……ことり」

 

『あのね……実は……』

 

 

 

彼女から告げられた言葉

 

 

 

あまりに唐突すぎたその言葉は

 

 

 

私の心に動揺を生むには、十分すぎた

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「うっわ、やっぱ降ってきたか……」

 

時刻は9時過ぎ。学院が閉まるギリギリまで残っていた俺はやっとの事で帰路についていたのだが、現在雨に見舞われるという不運真っ只中にいた。カバンから常備している折り畳み傘を出し、それを開く。

 

「……明日までには止むといいんだけどな……」

 

小さく呟きを漏らす。

μ'sのライブは屋上で行われる為、雨となると来る人も大幅に少なくなってしまうだろう。この雨が通り雨であることを切に願う。

……どうでもいいけどさ、折り畳み傘ってカバーできる面積小さすぎない?文明が発展してもっと大きくカバーできるようになることを俺は切に祈っています。

 

 

 

そんなことを考えていたらふと視界に映った姿

 

 

 

その姿を見て一目散に駆け出した。

後ろ姿に追いすがり、肩を掴んで声をかける。

 

 

「───穂乃果」

 

「……あ、優真先輩」

 

「何してんだこんな所で……!」

 

「明日が本番だって考えたらいてもたってもいられなくて……。少し体を動かそうかなー、なんて」

 

 

───こいつは一体

 

何を考えているんだ

 

 

俺は穂乃果の腕を掴み、穂乃果の家の方向へと歩き出す。

 

「優真先輩!?」

 

「……帰るぞ。この雨の中で走るなんてふざけるな。明日に響くだろ」

 

「でも……!」

 

「でもじゃない!」

 

「っ……!」

 

声を荒げた俺に穂乃果が驚いたのはわかったが、俺はそれでも足を止めない。

 

「体調崩したら元も子もないだろ?こんな雨の中走ったりなんかしたら確実に風邪を引く。

……頼むから無茶はしないでくれ。わかったか?」

 

「……………………」

 

「穂乃果…………?」

 

返事がないことを不審に思い振り向くと……

 

 

顔を真っ赤にして、目が虚ろな穂乃果の姿が俺の目に映る。

 

「穂乃果……!!」

 

「はぁ……はぁ……」

 

手を引っ張りながら歩き続けていたせいで、足元もフラフラとしている。

……“風邪を引く”んじゃない。

穂乃果は“()()()()()()()()()()”それでも尚、無茶を重ねようとしたのだ。

 

「このっ……馬鹿野郎が……!!」

 

傘を閉じてカバンを持ち替え、穂乃果を背負う。

そして俺は穂乃果の家へと駆け出した。

 

 

 

 

 

確実に、俺たちには暗雲が立ち込めていた。

 

 

 

 

 




改めてお久しぶりです。
投稿が遅れたのには色々理由がありますが、一番は私が投稿しているもう1つの作品、『μ'sic story:From,Love Live!』の方の執筆に少々手間取ったというのがあります。どうしてもこちらを更新したかったもので……申し訳ありません。
『背中合わせの2人。』と同時更新なので、良ければあちら側も読んでいただければ幸いです。

さて、次回で5章は終了でございます。
そこからの話はほぼオリジナルで進んでいくと言っても過言ではないので、どうか楽しみにしていただければ嬉しいです。

それでは、今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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一進一跳!

 

 

 

56話 一進一跳!

 

 

 

「夜遅くすいません!!」

 

穂乃果の家のドアは鍵がかかっていなかったので、勢いよく開いて声を上げる。

 

「はぁ……はぁ……」

 

俺の背中には雨に打たれ、ますます元気を失っていく穂乃果がいる。

近くにあった椅子を借り、そこに穂乃果を下ろして座らせると、穂乃果は力なくぐたっと全身を垂れさせた。

 

「穂乃果!大丈夫か!?」

「あぁ……ゆぅ…ま、せん……ぱ……」

「とりあえず、上着だけ脱がすぞ!?」

「じぶんで……できる……よ…………」

 

この状況でビショビショに濡れたパーカーを羽織って居ると、ますます風邪を悪化させることになる。かといって全てを脱がすのは流石にできないので、とりあえず上に来ていたパーカーだけ脱がせた。

 

そこまでした時───

 

「何が起きて……って朝日くん!?」

「穂乃果のお母さん……いきなり夜遅くにごめんなさい」

「どうしたのそんなにびしょ濡れで……って穂乃果も!まさかこの子……!」

「……想像通りです。外を走ってた所を見つけたので、家まで連れ戻しました」

「なんてこと……!取り敢えず家に上がって」

「いや、俺は別に……」

「そんな状態じゃあなたも風邪を引くわ。さ、早く」

「……すいません、お邪魔します」

 

穂乃果の母の厚意に甘え、取り敢えず俺は穂乃果を抱えて居間へと通された。

 

 

 

 

 

 

俺のことを考えてくれたのか、居間へ入ると冷房が切られていた。季節柄ストーブやこたつの類はないが、夏の夜の室内は十分雨の降る外よりも暖かい。

濡れた制服の上着を脱ぎ、シャツ一枚になりタオルだけを借りて髪を拭く。俺の方は穂乃果を背負っていた事で、逆にあまり濡れなかった。……今考えれば、正面に抱えて走るのが得策だったな。そうすれば穂乃果ももう少し濡れずに済んだかもしれないのに。

 

そんなことを考えていると、目の前に温かいお茶が運ばれる。

 

「……あぁ、ありがとうござ…」

 

母親かと思って敬語でお礼を言いかけて、目の前の人が自分よりも幼い少女だということに気づいた。

 

「……君は…」

 

 

 

 

「──初めまして。高坂雪穂と言います。

……“姉”がいつもお世話になってます」

 

 

 

 

「あぁ、君が穂乃果の妹の。穂乃果から話は聞いているよ」

「私もお姉ちゃんから朝日先輩の話は聞いてます。とても優しくて、頼りになる人だと」

「やめてくれよ。俺はただ穂乃果たちを手伝ってるだけだから」

 

……穂乃果から妹の存在は聞かされてたけど、全然イメージと違う。だって“姉がアレ”だから“妹もソレ”だと思うよね?仕方ないよね?

 

「……お姉ちゃんのこと、ありがとうございました。……私が止めたのに、言うこと聞かなくて。お姉ちゃんいっつも無茶しちゃうから」

「あぁ。……そこがいいところでもあるんだけど」

「……私がちゃんと止められていれば、こんなことには」

「……自分を責めるのは良くない。それに君だけの問題じゃない。穂乃果をこうなるまで止められなかった俺たちの責任だ」

 

……俺の言葉は心に届いていないかもしれない、雪穂ちゃんは暗い表情のまま俯いている。

 

「……穂乃果はどうしてる?」

「今は部屋で寝てます。……お姉ちゃん、明日大丈夫なんでしょうか……?」

 

……雪穂ちゃんには申し訳ないけど。

 

 

 

「───十中八九、無理だろうね」

 

 

「っ…!」

「歩くのも難しくなるほどの熱……1日でどうにかなるとも思えない。例え熱が下がったとしても、ステージに立つのは……難しいと思う」

「そんな…………」

 

雪穂ちゃんは悲しそうに顔を歪める。

姉がどれだけ次のライブに力を入れていたか……それを間近で見てきたからこそ、より苦しいのだろう。

 

「取り敢えず明日は8人で踊るか、中止にするか……一応穂乃果の体調を見てから決めるけど、開催は絶望的だと考えてくれていい。君に嘘はつきたくないからね」

「……そう、ですか……」

「……ごめんね。明日は来る予定だった?」

「はい、友達と一緒に」

「そっか……最善は尽くす。でも穂乃果に無理はさせないでくれ。これは雪穂ちゃんにしか頼めない。いいかな?」

「……わかりました」

 

雪穂ちゃんに優しく微笑むと、俺は荷物を纏めて家を出る支度を始めた。

 

「……じゃあ俺行くから。お母さんによろしく言っておいてくれ」

「あ、はい!…改めて今日は本当にありがとうございました」

「何回も大丈夫だよ。それじゃあね」

 

何度も頭を下げる雪穂ちゃんに見送られながら、俺は高坂家を後にした。

外に出ると雨も心なしか弱くなっている。この調子で明日までに止んでくれればいいんだけどな……

そんなことを考えながら、俺は傘を開いて家へと歩き出した───

 

 

 

 

 

祈りも虚しく、雨は降り止むことなく次の日を迎えた。しかしそんなことは御構い無しに音ノ木坂学院文化祭は問題なく執り行われる。

μ'sとしてはもちろん、俺には生徒会としての仕事もある。穂乃果のことは気掛かりだが、今は生徒会の一員として仕事をこなさなければ。

 

そんなことを考えながら、俺は見回りの仕事をこなしていた。

 

 

 

「優兄ィーーー!!」

 

1年生の教室へと向かって歩いている途中、呼ばれ慣れた名前が廊下に響く。その声に振り返るとそこには想像通りというべきか必然というべきか、凛、そして花陽の姿があった。

 

「凛、花陽」

「生徒会の仕事?」

「あぁ。ついでに1年生(お前ら)の出し物でも見に行こうかと思ってな。1年生って何やってるんだっけ?」

「凛達も優兄ィを誘おうと思って探してたんだー!メイド喫茶だにゃ!」

「なん……だと……?」

 

メイド喫茶、だと……!?

 

「今凛達は当番から外れてるから優兄ィと行こうと思って!今、真姫ちゃんがメイドやってるよ?」

「真姫の……メイド服……!?」

 

相当レアじゃねぇか……!

あのツンデレの真姫はこんなことでもない限りメイド服を着ることはないだろう。見たい、なんとしてでもこの目に収めたい……!!

 

「っし!見にいくか!」

「よーし、出発にゃ!」

 

凛が声を上げて俺の腕をぐっとつかんで引っ張ろうとする。

 

しかしその動きを遮ろうとする者が1人。

 

「花陽……?」

 

花陽が凛と反対の腕を掴んで離そうとしない。

 

「───わ、私はお兄ちゃんと2年生のところを回りたいっ」

「2年生……?」

「μ'sのみんなの出し物を見て回りたいし、それに……さ、最近お兄ちゃんと話せてないし、一緒に回りたいんだ……ダメ、かな?」

 

……かっ、可愛すぎるっ!!

上目遣い+潤目という女の子に許された禁断奥義を放った花陽のお願いは、断ろうという意志すら生まれない。

 

「……よし、いくか!」

「ほんとっ?ありがとうっ!」

 

花陽が俺を二階の階段に向けて引っ張ろうとするが……それを邪魔する者が1人。

 

「ちょっとかよちん!優兄ィは凛とメイド喫茶に行くの!」

 

そう、凛だ。

この2人は互いに真反対に俺を引っ張っている。

 

「先に凛がお願いしたんだから凛が先だにゃ!」

「凛ちゃんはいっつもお兄ちゃんといるからたまには私もお兄ちゃんと居させてよぉ…」

「凛だって最近一緒にいること少ないから優兄ィといたいもん!」

「お、お前ら……俺が生徒会の仕事中ってことを忘れな」

「凛ちゃんは帰るときも最後までお兄ちゃんと一緒にいるからいいでしょ!?」

「かよちんだって行きは優兄ィと一緒にいる時間凛より長いじゃん!」

「それは凛ちゃんが寝坊するからだよね!?」

 

……ダメだ、まったく聞く耳を持たない。

いつからか俺の両腕は自由となり、2人は俺の目の前で完全に言い合いを始めてしまった。

……俺を求めて争ってくれるのは非常に嬉しくも恥ずかしいことであるのだが、俺には仕事があるのでどうにかしてこの場を収めたい。さて、どうしたものか……

 

 

 

刹那

 

 

 

────────パチン!

 

 

 

唐突に鳴り響いた音

 

頬をおさえる凛

 

こちらを向く視線

 

驚愕と恐怖に染まる2人の表情

 

僅かに残る手の痺れ

 

 

 

─────それら全てを理解して初めて

 

 

 

この音が、()()()()()()()()()()()()()()()()()だと気付く

 

 

 

「……あ…れ…?」

「……優……兄ィ……?」

 

凛自身も驚きで現状の理解が追いついていない模様。

 

「もしかして……その目……」

「っ─────!!」

 

 

─────まさか

 

 

「───ごめん、2人とも。俺仕事戻るわ」

「あっ、お兄ちゃんっ……!」

 

花陽の呼ぶ声にも振り返らず、俺は階段へと駆け出す。一刻も早くこの場から逃げ出すように。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「……凛ちゃん、大丈夫?」

「…………うん」

 

花陽に心配され、凛は改めて叩かれた頬に触れる。

初めて……そう、初めてなのだ。

彼女は今まで、冗談以外で優真に暴力を振舞われたことは一度もない。

だからこそ、今彼に手を挙げられたという事実に、怒りよりも衝撃が上回り何もできなかった。

自分は今叩かれるようなことをしたのだろうか?

そんな考えが凛の脳内に1割、残りは────

 

 

()()()()()()()”、あの黒い瞳

 

 

それに思考を奪われていた。

凛はそれを、()()()()()

知っているからこそ、胸騒ぎに心が荒れる。

 

一方の花陽は、優しい兄が凛に手を挙げたという事実に驚きを隠せないでいた。そして普段の優真からは考えられないほど怖い、黒く鈍く光る瞳。目が合えば寒気すら覚えるようなその瞳を、彼女は今まで見たことがなかったのだ。

 

 

それぞれ違った感情を抱きながら、2人は優真が去った後の廊下を眺めていた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

2人の元から逃げ去るように走ってきた俺は男子トイレへ駆け込み、ドアを閉じる。

 

「…………またかよっ…」

 

そう、俺は最近“()()()()()()()()()()()()()”。今のもそう、全く自覚がない。

……最近絵里が俺を心配するのも、この事が関係しているのだろうか。俺が気づいていないだけで、俺が思う以上に頻度が高いのかもしれない。

 

 

そして恐らく、この現象は間違いなく

 

“アイツ”が関係しているに違いない

 

最近それに悩まされる事が多い

 

 

 

……そろそろどうにかしなくては。

 

 

 

─────どうやって?

 

 

「……チッ」

 

小さく舌打ちをして、俺はトイレを後にした。

 

 

 

 

 

 

そして時は過ぎ正午前。

μ'sのステージの時間が近づいてきた。

 

「……入るぞー」

 

俺が部室のドアを開くと……

 

「あ、優真くん!」

 

ステージ衣装に身を包んだ、μ's全員の姿。

……ある1人の姿がないが。

 

「……似合ってるぞ、みんな」

 

笑顔でそう言うと皆も嬉しそうに笑う。

 

「……って優真、穂乃果知らない?」

「……穂乃果?」

「まだあの子来てないのよねぇ……」

「あれだけ張り切ってたから、寝坊はないと思うケド?」

 

真姫も口ではそういうものの、心配は隠し切れていない。他の皆も穂乃果が気掛かりで仕方ないようだ。

 

その時。

 

「みんなごめーん……」

 

「穂乃…果……!?」

 

穂乃果が部室へと入ってきた。

 

「遅いよ穂乃果ちゃーん!」

「アンタどこで何してたのよ!」

「こめんごめーん……うわっとと!」

 

穂乃果はよろけて側にいたことりちゃんへともたれ掛かってしまう。

 

「穂乃果ちゃん……?」

「えへへ……ごめんねことりちゃん…」

 

見るからに、治っていない。

声もおかしいし、頬も心なしか赤い。どう考えても熱がある。

……雪穂ちゃんも止められなかったんだろうな。

はぁ、と小さく息を吐き、俺は穂乃果へと声をかける。

 

「……穂乃果、今日のステージのお前の動きについて話し合い事がある。ここに残ってくれ。

絵里、残りのみんなで隣の教室で最後の動きの確認を頼む」

「ん……わかったわ」

「あ、ウチトイレに行ってくるねー」

 

希がそそくさと部室を抜け出す。

そして俺と穂乃果以外のみんなは横の空き教室へと移動を開始した。

 

 

 

皆が移動し終わったのを確認して、俺は口を開く。

 

「……熱は下がったのか?」

「うん。昨日はありがとう、優真先ぱ……」

 

 

「嘘吐くな」

 

 

「………………」

 

俺が強く言うと、穂乃果は俯いた。

 

「あれだけの熱、1日で下がるわけがない。歩くのもやっとなんだろ。

 

…………何しに来た、お前」

 

 

穂乃果は顔を上げ、俺の瞳を強く見つめる。

 

 

 

 

「───ライブを、()りに来ました」

 

 

 

 

「……“演れる”のか?」

「違います、“演るんです”」

「根性論かよ。そんなの認めるわけにはいかない」

「優真先輩……!」

「お前が今無理をしてることなんて目に見えてわかる。歌い切るなんて出来るわけ無い」

「やります!やってみせます!!」

「穂乃果ッ!!」

「っ!?」

 

 

先程よりも強く…最早叫ぶように穂乃果を制す。

 

「……熱を出したのは誰のせいだ。

 

風邪引いたのは誰のせいだ。

 

この状況を招いたのは……誰のせいだ?」

 

 

 

「………………」

「『無理はするな』。俺はそう言い続けた。一番大切なのは君たちの体調だと、何度も言ったはずだ。

 

……この事態を招いたのは、間違いなく君の自己管理不足だ」

 

「……それは…………」

「……君だけが悪いわけじゃ無い。俺ももっと顔を出すべきだった。大切なのは君たちの体調。それは体調を崩している今でも変わらない。これ以上悪化させてもし何かあったらどうする?

……自分を大切にしてくれ、穂乃果」

 

最後は諭すように俺は穂乃果へと声をかける。

穂乃果は納得がいかないかのように握りこぶしを切り、強く唇を引き締める。

 

「……やっぱり嫌だ……!」

「穂乃果……」

 

 

「私はみんなで『ラブライブ!』に出たい!

せっかく届きそうなのに、こんな所で諦めたくない……!私がバカだからこんなことになったのも十分わかってる……でも!まだ私は歌える!動ける!!無茶だってなんだって、やりきってみせるっ!!」

 

 

穂乃果の心に秘めた思い。

それを聞いた俺の意志が揺らぎ出す。

 

「このライブを成功させれば、絶対『ラブライブ!』出場に繋がる……!

 

そして私は!!

 

A()-()R()I()S()E()()()()()()”!!!」

 

 

「っ─────!!」

 

初めて、μ'sメンバーの中からその意志を聞いた。

普通、誰もが挑戦することすら考えようとしない絶対王者A-RISEに穂乃果は言った。“勝ちたい”と。

いつものあの、“曇りのない瞳”で。

 

 

───そんな目をされたら。

 

 

「……俺の方が悪者みたいじゃねぇか」

「優真……先輩……?」

「……着替えたら保健室に行け。出番ギリギリまでそこで寝てろ。あいつらは上手いこと俺が誤魔化しておくから」

「……ありがとうございます!」

「ただし約束がある」

 

 

俺の言葉に、笑顔になっていた穂乃果の表情が引き締まる。

 

 

「───“()()()()()()()()”。

途中で投げ出したら許さない。最後まで、自分の足でステージに立て。最後の一曲まで、全力で歌い抜け」

「……! はいっ!」

「……ほら、行け」

 

 

もう一度はいっ!、と返事をして、穂乃果は皆の待つ空き教室へと移動した。

 

 

 

 

1人になった教室で、俺は呟く。

 

 

「───いつまで隠れてんだよ」

 

 

気配があったわけではない。ただ俺には、“()()()()()()()()()()()()()”。

 

 

「───なんでもお見通しやね、ゆーまっち」

 

 

希が微笑みを携えて部室のドアをゆっくりと開き、顔を出す。

 

「トイレに行った時点で疑ってたからな。……最初から聞いてたか?」

「……うん、ごめんね…?」

「気にすんな。どっちかっていうと穂乃果に謝った方がいいかもな」

「確かにそーやね」

 

 

希は申し訳なさそうに笑う。

 

 

「穂乃果ちゃん、そんなに危ないん……?」

「……少なくとも、俺は今日学校にも来れないだろうと思ってた。ステージに立つなんて論外だ。

……でも、止められなかった。あの目を見たら、あいつのやりたいようにやらせてやろうって、思っちまった……」

 

近くにあったパイプ椅子に腰掛け、俺は自嘲気味に笑う。

 

「……俺がもっと部活に顔を出せてれば、こんなことには……」

 

そんな俺の肩に乗せられた、2つの小さな掌。

 

 

「───キミだけが悪いわけじゃない。これはμ'sみんなの失敗。誰も穂乃果ちゃんを止められなかったんだから。キミが自分を責める必要なんてどこにもないんだよ?」

 

 

「……“希”…」

 

「だから優真くんは、“見てて”。穂乃果ちゃんを、私達を、何があっても最後まで。

……それがみんなの力になるから」

 

「……ありがと。本番前にメンバーに励まされてちゃ世話ねぇな」

「優真くんだって、メンバーでしょ?」

「……そう言ってくれると、本当に嬉しいよ」

 

俺は椅子から立ち上がり希の方を向くと、そのまま彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

「────頑張れ」

 

 

色々言いたい事はあるけど、今はこれだけでいい。

 

 

希は少しだけ顔を赤らめながら、満面の笑みで笑う

 

 

「───うん、アリガト」

 

 

……その笑顔は、俺を殺しに来てる。

本人にそれを伝える事はできずに、俺は希と共に空き教室へと移動した───

 

 

 

 

 

 

μ'sのライブ開始まで残り5分。

雨は止むことなく、ある程度の強さを保ったまま。

今回の屋上の野外ステージには舞台袖がなく、俺は観客と同じように外から彼女たちのライブを見る。観客の姿は今はまだ多いとは言えないが、曲が始まればもう少し増えることとなるだろう。

 

……雪穂ちゃんも来ているだろうか。

 

そんな軽い考えでゆっくりと周りを見回し───

 

 

とある姿が目に入る。

 

「───────!!!!」

 

それはこの場に居るには場違いと言っても過言ではない人物で

 

俺はその姿を見た途端駆け寄り、その肩に手をかける。

 

 

 

 

「────荒川……!!」

 

 

 

「……ん、優真か」

「こんな所で何してやがる……!!」

 

 

そう、荒川翔太。俺と希の因縁の男。

その男が今、ぬけぬけと音乃木坂の文化祭のアイドル研究部のステージを……希のステージを見ようとしている。

 

 

「そんな怖い顔するなよ。唯の一般客じゃねぇか」

「“どのツラ下げて”っていう言葉は多分お前の為にあるんだろうな。何してるかって聞いてんだよ……!!」

「心外だなぁ?ただ単にステージ見にきただけっつってんだろ」

「信用できないほどの事積んできたお前が悪いとは思わねぇか?」

 

 

挑発のつもりで吹っかけたその言葉。

しかしその言葉に荒川は考える素振りを見せて……

 

 

「確かにそうかもしれねぇな」

「……素直に認めるんだな」

「……なぁ優真」

「……んだよ」

 

 

 

「───お前今、幸せか?」

 

 

 

「……なんでそんなこと」

「答えろよ」

「……少なくとも毎日楽しいよ。それがどうした」

「そうか……それだけだ」

 

そう言うと荒川は本当に屋上のドアへと歩き出した。

 

「おい!待てよ!」

「此処にいたら、お前の邪魔になるだろ?俺は端の方でステージを見てるよ」

 

それだけ言い残して、荒川はいつの間にか増えていた屋上の人混みの中へと消えていった。

 

「……なんだったんだあいつ」

 

普段は売り言葉に買い言葉を返してくる荒川が、今日は素直に俺の言葉を認めた。

……本当にステージを見に来ただけだったのか…?

 

 

『───皆さん、こんにちは!』

 

 

突然マイク越しに聞こえた挨拶。その声にステージの方を向くと、そこには穂乃果を中心に並んだμ'sメンバーの姿が。気付けば人はどんどん増えていき、最前列の方にいた俺の後ろにはたくさんの人がいる。

 

 

『本日は雨の中、お集まりいただき本当にありがとうございます!私達も全力で歌うので、皆さんも最後までついてきてくださいね!!』

 

 

おぉー、と歓声が上がる。

場数をこなしていくうちに、穂乃果のMCにも貫禄が出てきた。

 

 

本当は、今の君は立っていることすら辛いだろう

 

 

降りしきる雨は、容赦なく君の体力を奪っていく

 

 

そんな君の意志を俺は本当に尊敬する

 

 

────だから

 

 

頼むから、無事に終わってくれ

 

 

俺の心の不安や迷いを、吹き飛ばしてくれ

 

 

 

『───それでは聞いてください!一曲目!』

 

 

 

今は名も無き(ノーブランド)”彼女たちの

 

一世一代の大勝負が今、始まる

 

 

 

『────“No brand girls”!!』

 

 

 

 

アップテンポなイントロ、彼女たちの思いを乗せて始まったこの曲は、今まで作ってきた中でも屈指の盛り上がりを誇る。その分ダンスの難易度も高いが、足場も悪い中、彼女たちはそれを実に楽しそうに踊り抜く。

サビに入り始まる合いの手は、観客との一体感を生み出し、会場をμ'sのフィールドへと変える。

歌を聞きつけた人たちがどんどん屋上へと集まってきて、屋上はもはや人でパンパンになった。

 

 

 

……あぁ、大丈夫だ。

 

君たちはもう、十分大きくなった。

 

これならA-RISEとだって──────

 

 

 

 

 

─────そんな思いは、一瞬の内に打ち砕かれる

 

 

 

『No brand girls』が終わった瞬間

 

足元から崩れ落ちるセンターの少女

 

反射で受け身を取ることすらままならず

 

彼女は側頭部から床へと倒れこんだ

 

 

 

「────穂乃果!?」

「穂乃果ちゃん!?」

 

咄嗟に気づいたのは、絵里とことりちゃん。

2人は即座に穂乃果に駆け寄る。

それで気づいた皆も、倒れた穂乃果の姿を見て目を見開く。

 

「穂乃果っ!!」

「穂乃果ちゃん!!しっかりして!!」

「…………ぅ…………あ…………」

 

俺はただ、その光景を眺めているだけ。

頭が真っ白になり、どうすればいいかがかわからない。

 

「穂乃果!!穂乃果!!!」

「続けるわよね……!?こんな所で終わらないわよね!?」

「にこっち……穂乃果ちゃんはもう……無理や」

「……つぎ…………の……きょく…………を…」

「穂乃果ちゃん!!嫌…穂乃果ちゃん!!!!」

 

泣きながら叫ぶことりちゃんの姿を見て俺は平静を取り戻し───

 

 

「穂乃果あぁぁああぁぁ!!!!」

 

 

彼女の元へと、駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選択を間違えた彼

 

努力の仕方を間違えた彼女

 

疑問を抱き始めた少女

 

己が悩みを打ち明けられなかった少女

 

致命的な過ちを犯した彼女たち

 

“気付くこと”ができなかった彼

 

“気付くこと”ができなかった彼女達

 

 

 

積み重なった“間違い”が今

 

相応の大きさを誇り彼女たちへと牙を剥く

 

 

 

 

 

───故に彼と彼女達は

 

 

 

崩壊の一途を辿ることになる

 

 

 

 

 

 

 

 




第5章、完結です。
後味悪く終わったかもしれませんが、ここから物語は一気にオリジナルの道を辿っていくことになります。

次回、第6章《朝日優真の傷》編スタート。
今まで若干不自然だったかもしれない、“残酷な描写”タグ……この章でやっと本格的に使われることになります。


……の前に、海未誕を挟みますけどね笑

今回もありがとうございました。
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております。


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【園田海未生誕記念 特別話】Venus of Blue Sp.〜 春風に揺れる乙女心

海未ちゃん誕生日おめでとう!!
……ん?遅い?いやいや、時差がありましてこちらの地方では今日が海未ちゃんの誕生日でしてゴニョゴニョ……
遅れた分、容量多めでお送りしております!
さて、いつもの注意書きを。

・この話は本編と一切関わりはございません。
・作者は海未ちゃんが大好きです。

というわけで、海未ちゃん生誕記念話、もとい作者の妄想をどうぞ!


【園田海未生誕記念 特別話】Venus of Blue Sp.〜 春風に揺れる乙女心

 

 

 

 

『わっ、私とデートしてください!』

「…….…………………………はい?」

『あっ、えっ』

 

 

どうも、朝日優真です。

今の状況を簡潔に説明するなら、一言で済む。

 

 

海未にデートを申し込まれました。

 

 

……いや、待って、本当にいきなりなんです。

海未から電話がかかってきたと思って取った瞬間ですよ。取った瞬間いきなりデートしませんかって言われたわけで。

 

はて、彼女はなぜ俺にデートを申し込んだのか。海未のやることだ、何かしらの理由があるんだろうけど……

 

 

「……いつ?」

『えっ………?』

「だから、いつ行くの?」

『あっ……こ、今週の土曜日に……』

 

 

ふむ……つまりは明後日か。

俺たち三年生は先日卒業式を迎え、俺は前期試験の合格発表も終えて進学する大学も決まったので、俺を縛るものは何もない。

……ん?明後日ってそういえば……なるほど、そういうことか。

 

 

「おっけ、わかった。土曜日な」

『……! い、良いのですか…?』

「海未が誘ってきたんだろ?何を今更」

『あ、ありがとうございます!それでは集合場所ですが……』

 

 

その日の集合場所や予定を嬉しそうに話す海未の声を聞きながら俺は小さく微笑む。自分の仲間であり、可愛い後輩……特にその中でも恥ずかしがり屋な海未が楽しそうな様子を見せているのは、俺に取っても嬉しいことだ。

 

 

 

……まぁ、確かに。

 

 

 

楽しみかもしれないな。海未との“デート”。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「…………はぁ」

 

授業中にも関わらず、ふと漏らしてしまったため息。周りに聞かれていなかったかと周囲を見回すも誰も私の方を向いてはいません。それに安堵し、小さくほっと息を吐く──今度こそ誰かに聞こえないように注意しながら──と、再び自分の目の前に広げられているノートに目を落とします。そこに広がるのは一面まっさらのページ。つまり白紙。

 

そう、私…園田海未は今、授業を受けながらも頭の中はある1つのことでいっぱいでした。

それは次回のライブで歌う新曲の作詞。

 

今回のライブはμ's全員ではなく凛、希、そして私の3人からなるμ's内ユニット…“lily white”でのライブ。そこで披露する“春らしい恋の歌”。その作詞に私は今頭を抱えているのです。

 

3年生は卒業しましたが、3月いっぱいまではμ's、即ちスクールアイドルとして活動することができます。つまりこれは、3月で解散を決めたμ'sと共に、私たち3人(lily white)で歌う最後の曲になるのです。

 

そう思えば思うほど、しっかりとした詞を作らなければという思いに駆られてしまいます。しかし1年も作詞をしていれば経験則で理解できる。この思考はハッキリいって“邪魔”。

そんな重圧や迷いや大きすぎる気負いは作詞の妨げにしかならないのです。

 

 

──キーンコーンカーンコーン……

 

 

終業を告げるチャイム。それを聞くのは今日で4回目。時間があっという間に過ぎていく。焦りが少しずつ心を蝕んでいく感覚……もう何度も経験してきたそれは今回ばかりはその辛さが一入です。

 

「海未ちゃーん!お昼食べようよー!」

 

私の斜め前に座っている穂乃果が笑顔で声をかけてきました。その笑顔を見るだけで、少しだけ心に落ち着きが生まれます。

 

……私はいい幼馴染を持ちましたね。

 

少し待ってください、と返事をして私は机上を片付けだしました。

 

 

 

 

 

 

「歌詞思いつかないの⁇」

「はい……手詰まりです」

「海未ちゃんでも未だに作詞に手間取るんだねぇ」

 

 

穂乃果の席にことりと共に集まっていつものように昼食を取ります。いつもは穂乃果が先陣を切って話題を持ち出すのですが、今日は私の様子がおかしいことに気づき、心配そうに声をかけてくれました。その穂乃果の優しさに甘え、2人に悩みを打ち明けることにしたのです。

 

 

「テーマは“春らしい恋の歌”、だっけ……⁇」

「ええ。正直、私は恋の歌を作るのがあまり得意ではないので、それが悩みの種でもありますね……」

「じゃあ、そのテーマを変えてもらったら?そしたら作詞もはかどるんじゃ……」

「……いえ、それはできません。なぜなら…」

「……あ、そっか…」

 

最後まで言わずとも穂乃果は察してくれた様子。

そう、このテーマを考えたのは、“希”。

μ'sを“(つく)”り、支え続けた私達の母。

その希が…普段は自分の思いを言おうとしない希が珍しく打ち明けてくれた、心に秘めた歌いたい思い。

 

私はどうしてもその思いに、応えたい。

 

 

「……これは私自身がやり遂げたいことなんです」

「そっかぁ……ねぇ、海未ちゃんはどうして恋の歌が苦手なの?」

「……それは、その……」

「……あぁ、そういうこと…」

「え、わかったの?ことりちゃん?」

「うん、多分ね」

 

 

私を見ながら苦笑いを浮かべることり。恐らく私が何故恋の歌を苦手としているのかわかっているのでしょう。一方の穂乃果はわからずに気になっている様子。……私の口からは言いたくはありません。

 

「たぶんね、海未ちゃんが……」

 

どうやらことりが言ってくれる様子。

 

 

 

「───()()()()()()()からじゃないかな?」

 

 

「あぁ!なるほど!」

「納得しないでください!!」

「違うの⁇」

「……そうですけど…」

 

 

そう、私自身が恋心を知らないから。

恋心を知らないが故、恋心を乗せた詞が書けない。

 

 

「なるほどねぇ……じゃあ、恋をすればいいんだよ!」

「簡単に言わないでください!……それに恋なんてそんな……は、恥ずかしい…」

「えーなんでなんで!?私達女子高生だよ!?恋の1つや2つしてない方がおかしいよ!」

「じゃあ穂乃果はしているのですか!?」

「してない!!」

「ドヤ顔で言わないでください!!」

 

 

穂乃果は当てにはなりません。助けを求めるようにことりの方を見ると、ことりは柔らかな笑みを浮かべて私を見ていました。

 

 

「ねぇ海未ちゃん……気になる人はいないの⁇」

「気になる人……?」

 

 

────『海未』

 

一瞬頭をよぎったその姿に自分が一番驚く

 

 

「い、いません!!」

「本当にぃ〜〜⁇」

 

顔を赤くして必死に否定した私を、ことりはニヤニヤしながら見てきます。

……もしや、浮かんだ姿まで筒抜けなのでは?

 

 

「……海未ちゃん、デートしてきてみなよ」

「───はい?」

「優真くんに手伝ってもらって。多分喜んで協力してくれると思うよ」

「ゆ、優真先輩に!?」

「あ!それいい!デートすれば恋する女の子の気持ちとかわかるんじゃないかな!?」

 

 

穂乃果はあくまでも純粋に、ことりはやや意味深にデートを提案してきました。

 

……デート、ですか。

それは互いに想いを寄せ合う男女がする行為で、軽い気持ちで行っていいものではないはずで、ましてや優真先輩と行くなんてそんな……

 

言い訳を連ねようとする自分の心と別に。

 

……“行ってみたい”、と思う自分もいて。

 

 

 

───声をかけるくらいなら、いいですよね?

 

 

 

「……わかりました、優真先輩に……頼んでみます」

「うんうん!それがいいよ海未ちゃん!」

「今週の土曜日は練習が休みだからその日にね!」

 

……やけにゴリ押ししてきますね。 まぁいいでしょう。

こうして私は放課後に優真先輩にお願いをすることになったのです。

 

 

 

 

 

「…………どうしましょう」

 

液晶に表示された番号……優真先輩のものです。

もう確実に10分は経っているでしょう、その画面を開いたまま電源を落として、点けて、また落としての繰り返し。

 

誘い方が、わからない。

なんと声をかければいいのでしょう?

まさかデートしてください、なんでいきなり言うわけにもいきませんし……

 

……迷っていても仕方がありませんね。

ここは無難に作詞のお手伝いをしてほしいと声をかけるのが一番いいでしょう。嘘ではありませんし、むしろそれが本命であって決して浮かれた気持ちで優真先輩と遊びに行くわけではありません。そう、あくまで作詞のため…作詞のためなのです。

 

「…よしっ」

 

自らに言い訳のように重ねた言葉を振り払い、発信ボタンへと指を伸ばす。

若干の間をおいて起動した電話。鳴り響く呼び出し音。ケータイを耳に当てながらドキドキが止まらない。

 

それがふと途切れ───

 

『───もしもし?』

 

優真先輩が電話に出ました。……よし、まずは挨拶をして……

 

 

 

「わっ、私とデートしてください!」

 

 

 

──────え?

 

『…….…………………………はい?』

「あっ、えっ」

 

 

ああああああああああああああああ!!!

一体私はなんてとんでもないことを……!

いきなりそんなことを言って了解を貰える訳が……

 

 

『……いつ?』

「えっ…………?」

『だから、いつ行くの?』

「あっ……こ、今週の土曜日に……」

 

 

ふぅむ……と呟くと優真先輩は黙り込んでしまいました。やはり迷惑だったでしょうか……それはそうですよね、だってなんの前触れもなくいきなりデートしようなんて言われたら……

 

 

「おっけ、わかった。土曜日な」

 

 

『……! い、良いのですか…?』

「海未が誘ってきたんだろ?何を今更」

『あ、ありがとうございます!それでは集合場所ですが……』

 

 

 

 

 

 

「……ふう」

 

電話を終え、安心したように小さく息を零します。

集まる場所、何をするかを話し終えた後すぐに電話を切ってしまいました。……恥ずかしすぎて。

 

……胸に手を当てて目を閉じる。

普段より少しより早い鼓動。紛れもなく、私がドキドキしているという証。

…それは今の電話に?それとも…土曜日のことに?

考えても答えは出ない。でも。

 

 

───土曜日が楽しみというこの気持ちには、嘘はつけませんね。

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

時刻は午後12時30分。

待ち合わせ時間は13時なのに対し、私は15分前からここ……待ち合わせ場所の駅前の公園の時計台の下に立っています。

 

……気合いを入れ過ぎました。

前回2人で会った時、10分前に行ったのにもかかわらず優真先輩は先に居たのでそれよりも早く行こうとして、まさかの45分前。自分でもドン引きするレベルの速さです。

 

……どこかおかしなところはないでしょうか…?

自分の服装を見回し、乱れがないかを確認します。一応ことりにも手伝ってもらって『似合う』とお墨付きの出たもの──ことりの圧力に負けて履きたくなかったスカートを履くことになってしまったのですが──を着てきたので大丈夫だとは思いますが……やはり気になります。

 

 

 

「───嘘だろ?」

 

 

 

そんなことを考えているとふと聞こえた声。

その声の方を向くとそこには驚いたような表情を浮かべた優真先輩の姿がありました。

 

 

「……優真先輩」

「海未、お前……30分前だぞ?」

「……早く来すぎてしまいました」

 

 

えへへ、と申し訳なく笑う私を見て、優真先輩も苦笑いを浮かべます。

 

「……ごめん、待たせたみたいで」

「いえ、私が早く来すぎただけなので……」

「そりゃ違いないな」

「もう!その言い方はないでしょう?」

「悪い悪い……じゃ、いこうか」

「はい!」

 

歩き出した優真先輩の横に並ぶように歩きます。

以前は後ろをついていくように歩いていたことを考えると、我ながら十分進歩したと思います。……進歩しましたよね?ね?

 

 

「───そういえば、今日はなんでまた俺を呼び出したの?」

「ひぇっ!?」

「……えっ、なに?」

「……あぁいや、その……」

 

 

驚いたのと答えを言い澱んでしまったのは、質問の内容はもちろん、優真先輩の雰囲気が突然変わったから。……何年経っても、優真先輩のこの優しい雰囲気には慣れることはなく、ドキドキしてしまいます。

……デートに誘った理由。

それはもちろん作詞のためなのですが、それを言ってしまうと優真先輩の今日の態度が、業務的なものになってしまう気がして……それは嫌だ。あれだけ作詞のためと言っておいて今更ですが、やっぱり優真先輩には作詞のためだということは伏せていたい。

 

 

「……た、偶には2人でお出掛けしたいなぁ、と…」

「ふーん……まぁいいけどね。それで今日はあそこに行くんだよね?最近できたばっかの……」

「あ、はい!大丈夫ですか?」

「うん、俺は全然。ここから電車で30分くらいか…少し早いけど、いいよね?」

「はい。では駅に行きましょうか」

 

 

……あくまで純粋にデートを楽しむ事で、恋をする女性の気持ちがわかるはず。そう、何度も言いますがこれら作詞のためです。決して自分が楽しむわけためでは……

 

 

「……ふふっ」

「なに笑ってるの?海未」

「っ! な、なんでもありません!」

 

 

……楽しみだからニヤけてしまうなんて、そんなことは決して。

 

 

 

 

 

 

 

電車で30分、そこからバスで15分ほど乗る事で着いたのは、最近出来たばかりの総合遊園施設。遊園地はもちろん、水族館やショッピングモールまで併合した大型施設です。

 

 

「……しかし意外だなぁ。海未もこんなところに来たがるなんて」

「……駄目、ですか……?」

「んーや全く。寧ろ女の子っぽいとこあって可愛いんじゃない?」

「かっ、可愛っ…!」

 

 

……この人はすぐこうやって人をドキドキさせることを…!しかも全くの無自覚なのだからタチが悪い。

 

 

「……で?海未はどこに行きたいの?」

「……そうですね、では水族館に。いいですか?」

「うん、いいよ。海未が行きたい所に行こう」

「……もうその手には乗りませんよ」

「え、なんか言った?」

「何も?ほら、行きますよ」

「あ、おい海未!」

 

 

優真先輩にその気がないのは明白。

いちいちドキドキしていても仕方がありません。

私は優真先輩を放置して水族館へと歩き出しました。

しかし優真先輩は───

 

 

「───待てってば、海未!」

 

 

私の名前を呼びながら、手を握ってきたのです。

 

 

「っ!?!!!!?!?」

「これだけ人多かったらはぐれる……ってどうした?」

 

……この無自覚たらしっ!!

握られた瞬間から一気に高鳴り出す私の胸。

本当に私を心配してくれたのでしょう、握られた手からは優真先輩の優しさと、不思議な力強さを感じます。

……その優しさを感じた私は。

 

その手を少しだけ強く、握り返しました。

 

「海未……?」

「……なんでもないです。ほら、行きますよ?」

「ん、うん」

 

……何故かこの手を離したくなくて。

そんな内心を悟られないように優真先輩に背を向けながら、私は改めて水族館へと歩き出しました。

 

 

 

 

 

「ほえ〜、綺麗だなぁ」

 

優真先輩と手をつないで、水族館の海中トンネルを歩きます。右左はもちろん、上下もガラス張りになっているまさに360度眺めることができるトンネルです。辺り一面を大小様々な魚が楽しそうに泳いでいます。

 

 

「優真先輩は水族館に来たことはないのですか?」

「うん。親も仕事が忙しかったし、家族で行ったりってこともなかったし」

「そう、ですか……」

「別に気にしなくていいよ。海未は?水族館は初めて?」

「あ、はい。ずっと前から興味はあって……どうしても見たいものがあったのですがああああああああああああ!!!!」

「えっ、うわぁっ!?」

 

目標の物を見つけた私は、そこへ向けて一目散に歩き出しました。……優真先輩の手を握ったまま。

 

「はあぁあ……可愛いぃ……」

「海未、一体何が見たいんだよ……って、これ?」

「はい!これです!」

 

 

「───海月(クラゲ)?」

 

 

「そう!これがどうしても見たくて…生の海月が………ああ、なんと可愛らしいんでしょう…!」

 

ぷかぷかと漂う佇まい、波に揺られて揺蕩う儚げな姿、そして何と言ってもその(フォルム)。人を癒すために生まれたと言っても過言ではないです。

 

 

「……ふふっ」

「……? 何かおかしな所でも……?」

「んーや、何でもないよ。楽しそうだなってね」

「はい!とっても楽しいです!」

「……そっか」

 

 

その時海月に夢中な私は気づきませんでした。

 

優真先輩が私の“楽しい”という言葉に頬を赤らめたことも。

 

『俺もだよ』と小さく呟いた彼のその仕草にも。

 

 

 

 

 

 

「お、あそこイルカと記念写真撮れるみたいだけど…どうする?」

「あ、それでは是非一枚撮りましょう」

 

海月を満足いくまで堪能した後、私達は大きなイルカがいる水槽の前へとたどり着きました。

優真先輩は私が海月を見ている間、ずっと笑顔で待っていてくれていて……すごく申し訳ない気持ちになります。

そんな優真先輩が提案した記念写真。

私に提案するように見せかけて……その声色は期待に満ち溢れていました。

先程の私の海月と同じ、撮りたくて仕方がないのでしょう。ならばその誘いを断る理由はありません。

 

……可愛いところがあるのですね。

 

それを微笑ましく思いながら私は係員に「すいませーん」と声を掛ける優真先輩の後ろ姿を見守っていました。

 

 

「じゃあ撮りますよー!」

 

女性の係員さんに優真先輩の携帯を渡し、私達は2人でイルカを背に横並びになります。

 

「うーん、もっと近くに寄ってくださーい!」

「こ、こう、ですか……?」

 

係員の指示通りに互いに近寄り、今は優真先輩の右腕と私の左腕同士が触れ合っています。

……ち、近い……手を繋いでいた時より、緊張しますぅ…………

 

「なーんかまだ足りませんねー、あ、そうだ!彼氏さーん!彼女さんの肩に手を置いてくださーい!」

「んえぇ!?彼っ……かのっ……!!というか、そんないきなり……!」

「こうですかー?」

「やるんですかぁああぁ!?」

 

優真先輩は触れ合っていた右腕を私の後ろに回し、私の右肩へと手のひらを乗せました。

そして優真先輩は右手をぐっと自分の方に寄せ、間接的に私を抱き寄せる形へと変わりました。

 

これは…………危険です。

心臓の音が……優真先輩に聞こえてしまうのではないでしょうか。

それぐらい私の胸はドキドキで高鳴っています。

 

 

「それではいきますよー!はい、チーズ!」

 

 

「ありがとうございましたー」

「あっ……」

 

優真先輩が私から手を離し、携帯を受け取りに係員の元へ。離れてしまった手を惜しみながら、私は2人の会話を聞いていました。

 

「はい、どうぞ!」

「ありがとうございます」

「いやー、ノリが良くて嬉しいです!本当に肩に手を回してくれるなんて!」

「え!?あれ冗談だったんですか!?」

 

どう考えても冗談でしょう!?私だって本当にやるなんて思いませんでしたよ!

 

そんな会話を終えて私の元に戻ってきた優真先輩。

 

「待たせたね、海未」

「いいえ。全然大丈夫です」

「じゃ、次のとこ行こっか」

「はい!……あ、あの……」

 

先に歩き出そうとした優真先輩の後ろ姿に私は声をかけます。

 

「海未?」

 

 

 

「その……手を……繋いで、ください」

 

 

「……あぁ、ごめんごめん。でもこの中は人も少ないし迷うこともないから繋がなくても…」

「そ、そうではなくて!」

「………………え?」

 

 

いっつも肝心なところは察しが悪いんですから。

私は彼に歩み寄り……

 

 

その手を自分から握りしめました。

 

 

 

「私は優真先輩に、繋いで……欲しいんです」

 

 

 

自分の頬が赤くなっているのはわかる。

それでも私は彼から目を離すことはしません。

すると優真先輩も少し頬を染めながら目を逸らし…

 

 

────自分の指を、私の指に絡めてきました。

 

 

「っ!?」

「……き、君が言ったんだろ…手繋ぎたいって」

「い、言いましたが……これは……」

「嫌なのか!?」

「嫌じゃないです!!」

「……………………」

「………………………………」

 

お互い流れる沈黙。

優真先輩も私の言葉で顔を赤くしていますが、私自身も勢いで言ってしまった自分の言葉に顔が熱くなってしまいました。

 

 

「…………行こっか」

「…………はい」

 

 

絡めた指を解くことのないまま、私たちは次の目的地へと歩き出しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れたあああああああ!」

「色んなところを回りましたもんね」

 

水族館を出た後、私たちは色々な施設を見て回り、最後に選んだのは遊園地の中の観覧車でした。2人掛けの椅子に互いに向かい合って座っています。

遊園地の中心にあるこの大型観覧車は最大高度60メートルまで上昇し、街を眺めることができます。ちなみに一周約20分。私は観覧車という乗り物自体が初めてなのでよくわかりませんが、おそらく長い部類に入るのではないかと。

 

「やっと落ち着いてゆっくり話せるね」

「はい、そうですね…って、え?」

「今日1日ずっと歩きっぱなしだっただろ?それもすごい楽しかったけど、海未と2人でゆっくり話したかったからさ」

「……優真先輩…」

 

……すぐそうやって嬉しくなることを。

でもその言葉に嘘がないことはわかってます。

だから私たちはこの先輩のことが好きなのです。

 

 

 

─────好き?

 

 

 

……私は、優真先輩が好き?

でもそれは、先輩としての好きであって……

 

 

 

─────本当に?

 

 

 

先輩の行動1つ1つに高鳴るこの胸は

先輩の笑顔を見るたびに暖かくなるこの胸は

 

 

本当に先輩としての信頼だけなのでしょうか?

 

 

もしかして、この気持ちが────

 

 

「─────海未?」

 

ふと気づくと息が掛かるほど近くにある先輩の顔

 

「さっきから呼んでるのに返事ないけど…どした」

 

いきなりの事に驚き慌てふためいてしまった私は

 

 

「……シッ!」

「うがっ!!!」

 

───とりあえず正拳突きという、最もアウトな方法を選択してしまいました。

ノーモーションで放たれたそれは先輩の鼻先に的確に命中し、優真先輩を元いた反対側の座席まで殴り飛ばしました。

 

「ぐふぅ!!」

「優真先輩!──────ぁ」

 

彼の呻き声で正気を取り戻し、私は立ち上がる。

優真先輩は巻き戻しのように元座っていた場所へと勢いよく座り込みました……即ち。

ゴンドラはグラグラと揺れ出してしまい……

 

 

「っ───────」

 

 

高所、揺れ、不安定な足場

 

────堕ちる

 

 

意識が一瞬で恐怖に支配される。

自分が高所恐怖症だとは思いもしませんでした。

思えば今までこんな高いところまで上がったことなどなかったので知らないのもしょうがない。

しかし今、私は確実に揺れるゴンドラに恐怖を抱き、体が震えています。

呼吸も荒くなり、酸素が体に回っている気がしません。

視界も狭まり、体も重い……まるで自分の体じゃないよう。

 

 

怖い 助けて

 

 

 

 

 

 

─────ふと訪れた優しい温もり

 

 

 

 

 

物理的な温かさはもちろん、恐怖に支配されていた心の冷たさを払って行くようなその温もりの正体は……

 

 

私を正面から優しく抱きしめる、優真先輩でした

 

 

「───大丈夫。俺が居る」

 

 

“俺が居る”。ただその一言だけなのに、どうしてこんなにも安心をくれるのでしょうか。

恐怖に震えていた心は落ち着きを取り戻し、冷静に周囲の状況を理解することができます。

……でも。

 

 

この温もりを……離したくない。

 

 

私は優真先輩の体を抱きしめ返しました。

そんな私の頭をゆっくりと撫でる優真先輩。

気持ちよくて、心地良い。ずっとこうしていてもらいたいような快楽。

なんて幸せなのでしょう。

 

 

流石に恥ずかしさを覚え始めた私が言い出すまで、優真先輩は私を抱きしめ続けてくれていました。

 

 

 

 

 

 

「……先程はありがとうございました」

「んーん。気にしなくて良いよ」

 

現在、抱擁を終えた2人(こう言うと意味深に聞こえますが)は元々私のいた方の座席に横並びで座っています。ゴンドラ自体が小さいものなのでほとんど密着している状態ですが、不思議と恥ずかしさはありません。むしろ安心感が上回りずっとこうしていて欲しいです。

 

 

「……海未」

「はい、なんでしょう」

 

 

 

「───()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「っ!? ど、どうしてそれを…………!?」

「……電車での移動中穂乃果が、ね。メールを送ってきたんだ……」

 

 

 

穂乃果:《海未ちゃんとのデート楽しんでる?多分緊張して奥手になっちゃうと思うから優真先輩がエスコートしてあげてね!(^з^)-☆

でも海未ちゃん作詞で悩んでるからそのヒントになれば、って張り切ってるかも。

とにかく!海未ちゃんのことよろしくね!》

 

 

 

「ってね」

 

ああああああああああああああああああ!!

アホ乃果あああああああああああああああ!!!

 

「……穂乃果も悪気があったわけじゃないと思う。

海未の事が幼馴染として心配だったから……」

「わかってます、何も言わないでください……」

 

膝に肘を置き、目元を抑えて俯きながら項垂れた私に優真先輩がフォローを入れてくれましたが、それはただ私の羞恥心を刺激するだけです。

知られていた……優真先輩に。

今日の1番の目的が、作詞のためだったということを……しかも割と早い段階で……

 

 

あぁ、そうか

 

 

今までの私をドキドキさせるような行動は

 

 

───()()()()()()()()()()んですね

 

 

そう思いたくない、思いたくはありませんが……きっとそのはずです。

そうでもないと私なんかと手を繋いだり、抱きしめたりするわけがありません。

 

冷めていく心。

恐怖に怯えていた先程までとは違う冷たさが心を犯していく。それと同時にこんなことに付き合わせてしまった優真先輩に申し訳なくて……

 

「───優真先輩」

「ん?」

 

「……すいませんでした、こんな茶番に付き合わせてしまって」

 

「え?いきなりどうし……」

「迷惑でしたよね、作詞のために色々やりたくもない手伝いを」

「はい?ちょ、海未」

「もう、大丈夫ですから」

 

その大丈夫という言葉とともに。

 

───私の瞳から一筋の雫が流れ落ちました。

 

「!? 海未……」

「っ! なんでも…ないです……」

 

 

 

どうして

 

 

どうしてこんなにも苦しい

 

 

どうしてこんなにも痛い

 

 

私にとっての優真先輩は唯の先輩、そのはずなのに

 

 

こんな気持ちわからない、知らない

 

 

“コレ”は一体、何なのですか?

 

 

 

 

───俯いている私の視界に入った影。

それに気づいてふと顔を上げると、そこには小さな箱を私に差し出す優真先輩の手がありました。

 

「……これは?」

 

 

「───俺今日、これを渡すために来たんだけど」

 

 

「はい?」

 

言っている意味がわからずに聞き返すと、優真先輩は苦笑いを浮かべました。

 

 

 

「───だから。()()()()()()()()?」

 

 

 

「───────あ」

「忘れてたのかよ……ま、そうだろうと思ったけどね。

 

改めて、誕生日おめでとうな。海未」

 

「優真……先輩……」

「……義務的な対応か何かと勘違いした?

ばーか。俺は君からデートに誘われて嬉しかったし、何より今日のことを楽しみにしてここに来た。

それを表面的な態度と思われるのは、いくら俺でも心外だな」

 

 

そこで言葉を止めると、小箱を持っていない方の手で私の頭を優しく撫で出した優真先輩。

 

 

「……君は違うの?」

「えっ……?」

「作詞のために嬉しそうにしてたの?全部は勉強のためだったの?……そうだったなら、少し悲しいな」

「───違います!!」

「っ……」

 

 

本当に悲しそうな表情で言う優真先輩を見て、彼の質問への答はすぐに口から滑り出ました。

 

 

「私は今日の事、作詞のためにするつもりでした。でも違う。楽しかったんです。優真先輩と1日過ごして、いろんなところを見て、たくさん笑って……この気持ちは嘘じゃありません。作詞のためなんかじゃない。

───心からです。優真先輩と過ごすこの時間に溢れた笑顔は」

 

「海未……ありがとな」

「ふふっ……」

 

私はそっと優真先輩の方へと寄りかかり、肩へと頭を乗せました。

 

「……迷惑ですか?」

「んーや、全く」

「知ってます」

 

そして優真先輩は私の手を握る。

恥ずかしいので顔を合わせることはしません。

 

 

 

嬉しいのに、苦しくて。

 

楽しいのに、切なくて。

 

 

───知ってしまった

 

揺れに揺れる不安定なこの気持ちを

 

それでいて手放したくないこの気持ちのことを

 

 

 

───人は恋心と呼ぶのだと。

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 

そろそろ終わりを迎えそうな観覧車の中で、わたしは優真先輩に頭を下げてお礼を言いました。

 

「俺の方こそだよ。だから顔上げて」

「……そう言ってくれると嬉」

 

 

 

 

顔を上げながら紡ごうとした言葉

最後まで言うことは叶わない

でも、それでよかった

 

 

()()()()()()()()()()()()()”を理解した瞬間

 

 

私は今日1番の幸せな気持ちに包まれて───

 

 

 

どれくらいの時間が流れたのでしょう、ゆっくりと離れた互いの唇。

それを名残惜しく見つめていた私の頭に、今日何度目かの手が乗せられて────

 

 

 

「───また来ような。()()2()()()

 

 

 

“次も”。

その一言だけで泣きそうなほど嬉しくて。

 

 

「───はい、また来ましょう。2()()()

 

 

そう返して私は再び────

 

 

 

 

 

 

 

『本日はありがとうございましたー!!』

 

 

「楽しかったにゃーー!!」

「今までで最高のライブやん♪」

 

時は流れ、今日はlily whiteの3人でのラストライブ。その最高のステージを、私たちは笑顔でやり遂げることができました。

 

「それも曲のおかげだよ!最高の曲をありがと、海未ちゃん!」

「本当ありがとなぁ、海未ちゃん。ウチのわがままを叶えてくれて。ウチら3人であの歌を歌えてよかった」

「ありがとうございます。希、凛」

 

 

優真先輩とのデートで見つけた恋心。

それを元にlily white最後の曲の詞を書きました。

 

 

大切な人が…大好きな人が教えてくれたこの気持ち

 

春が教えてくれた私の気持ちの名前は

 

 

 

 

「───“春情ロマンティック”」

 

 

 

 

────大好きです、優真先輩。

 

 

 

 

 

小さく微笑んだ彼女の右手には

 

彼から送られたプレゼントのブレスレットが巻かれている

 

そこに刻まれたメッセージ───

 

 

『Anytime,next to you.』

 

 

────“いつでも君の側に”

 

 

 

 

 

 




というわけで海未ちゃん誕生日おめでとうございました!
本編での彼女の活躍にもどうぞご期待ください!

それでは次回は本編でお会いしましょう。
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【第6章】ー朝日優真の傷
別離


新章突入です。
本編の空気を崩さないように、しばらくの間は前後書きに色々書くのは控えようと思います。評価のお礼なども、一区切り着いてから。


57話 別離

 

 

 

「穂乃果は……?」

「今は保健室で寝てるわ。妹さんが見にきてたみたいで、母親を呼んでくれたみたい」

「そう…………」

 

文化祭のステージを中断し、俺達μ'sは部室へと戻ってきた。倒れてしまった穂乃果を保健室へと運び、一段落ついたところだが、俺達の表情は安心とは程遠い。

 

メンバーの途中退場。

あってはならないことが起きた。

そしてそれを招いたのは彼女だけの問題ではなく、俺達の問題でもある。

 

気づけなかった、止められなかった。

文化祭のステージは──失敗に終わった。

そしてこの失敗は、μ'sの『ラブライブ!』出場に大きな影響を与えるだろう。

───悪い方の意味で。

 

 

────ピンポンパンポーン。

 

 

『アイドル研究部の絢瀬さん、朝日くん。至急理事長室へと来てください』

 

メンバーの視線が俺と絵里に集まる。

当の俺たちは顔を合わせるとアイコンタクトだけで互いの言いたいことを理解し……無言で部室を出た。

 

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

ノックの後、俺たち2人は理事長室へと入る。

 

「……呼ばれた理由はわかっているわね?」

「…………はい」

「なら良いわ。……自分たちがどうするべきか考えた?」

「……………………」

 

俺の中に答えは、ある。

でもそれを口に出すことはできない。

口に出してしまえば全てが終わる。

しかし─────

 

 

 

 

「───私達μ'sは『ラブライブ!』出場を辞退するべきだと思います」

 

 

 

 

「な……絵里……!?」

 

俺の呼び掛けには見向きもせず、ただ理事長を見つめ続ける絵里。

 

「───そうね。私もそう思うわ」

「理事長……!?しかし!」

「あなただってわかっているんでしょう?」

「っ…………」

 

そう、その通り。

───“()()()()()()()()()()()()()()”のだから。

それが1番周囲の目から見て納得の行く形のはずだ。

“μ'sのメンバーの1人が倒れた”という事実は、最早変えようもない。ライブは失敗に終わり、μ'sの順位は確実に下がってしまうだろう。

 

その光景を見て1番ショックを受けるのは?

───他でもない、穂乃果自身だ。

 

それを避けるためには、μ's全体の責任として『ラブライブ!』出場を辞退するのが1番良い……

 

 

 

というのは建前。

 

 

───それでいいのかよ

 

 

理事長を見つめ続ける青い瞳を俺はさっと見る。

 

 

お前はまた1人で背負おうとしてるのか?

 

“『ラブライブ!』出場辞退”を、自分の決断として

 

そんなこと誰も望んでない

 

こんなところで終わらせるのかよ

 

みんなの夢を、俺達の望みを……お前の願いを

 

 

「……絵」

「優真」

 

絵里の名前を呼ぼうとした俺の声に被せて、彼女は俺の名を呼ぶ。

その声色だけで察した。

 

『───何も言うな』

 

俺の顔も見ず、名前を呼ぶ声だけでそれを嫌でも理解させられる。そんな断固たる思いをぶつけられた俺は、閉口するしかない。

 

「……とりあえず、メンバー皆と話し合うべきじゃないかしら?あなた達の独断で決めていいことでもないし。

……ただ私はそうするべきだと思っています」

「……考えます」

「失礼しました」

 

互いに何かを言い渋ったまま、俺たちは理事長室を出た。

 

 

 

 

 

 

「……優真、さっきは…」

「……着替えてこい。お前衣装のままだろ」

「あっ……」

「その濡れた服着たままだと風邪ひく。先に部室で着替えてきなよ」

「でも、優真」

「絵里」

「っ……」

 

先程と逆。今度は俺が一言で伝える。

 

『───1人にしてくれ』

 

「……わかった。私が着替えるまで帰ってこないでね?」

「そんなのここからじゃわかんねぇよバーカ」

「バカってなによ!?……じゃあ部室で待ってる」

「……おう。ありがとな」

 

あそこで冗談を入れてくれるところに絵里の優しさを感じる。俺の言葉に悲しげな会釈を返して、絵里は部室へと歩き出した。

その後ろ姿を見送った俺は───

 

 

──────ゴンッ!!

 

 

「────クソッ……!!!」

 

握り拳を力強く壁へ叩きつけ、吼える。

 

守れなかった。何も。

あの時穂乃果を止めるべきだった。どんな手を使ってでも。

 

なぜあの時止めなかったのか。

答えは簡単、穂乃果の“A-RISEに勝ちたい”という思いを聞いたから。それに心を打たれた俺は穂乃果の背中を最後まで押すことに決めた。

 

 

────それが間違いだった

 

 

そもそもそこがおかしかった。

俺たちの『ラブライブ!』出場は“A()-()R()I()S()E()()()()()()”じゃない。“()()()()()()()()()“だ。

風邪のせいでもあるが、あの時穂乃果は完全に本質を見失っていた。じゃあ俺はあの時何故穂乃果の背中を押したのか?これも簡単なことだ。

 

 

「──俺自身が、A-RISEに囚われていた……!!」

 

 

そう、俺が。

俺すらもA-RISEに意識が奪われていたからだ。

初めてツバサにであったあの日から、俺の心は“廃校阻止”ではなく、“打倒A-RISE”に動き始めていたことに、今になって気づいた。過度な練習もそれがA-RISEを倒すことに繋がるなら、と見逃していた点があったことは否めない。

 

 

 

───『受け取れ、A-RISE。これは俺達(μ's)からの

 

 

────()()()()だ』

 

 

 

『…ふふふ、あははははははは

 

───やっぱり君は面白いよ、ユウマ。

 

───でもそれでいいの?』───

 

 

 

 

 

あの時のツバサの言葉の意味、いまわかった。

ツバサは見抜いていたのだ。俺の意識が……A-RISEを“通過点”とまで言い捨てた俺自身が標的をA-RISEに変えつつあったことを。

そもそも3年生組がA-RISEに宣戦布告をしようとした時点で止めなかったことが、俺の意識がA-RISEに移っていたことを意味している。

滑稽だっただろう。自分たちなど眼中に無いと言った相手が自分たちに宣戦布告をしてくるという状況。

 

 

 

───『信じてるわよ、ユウマ。あなたなら気づいてくれるって。ここまで登ってこれるって』───

 

 

ツバサにこの言葉を告げられてから、俺はますますA-RISEを意識するようになった。彼女のこの言葉で気づくべきだった。それにもかかわらず……

気づかなかった、最後まで。

気づけなかった、ここに至るまで。

 

 

合宿の時、皆に言った言葉が頭の中を走る。

 

 

 

───『目標を見失って現状に甘んじるお前達に

 

ステージに立つ資格なんてない』───

 

 

 

作詞に悩むことりちゃんにかけた言葉も。

 

 

 

───『俺たちがアキバでライブをするのは、何のため?』

『……μ'sの宣伝をして、文化祭に来て貰うため…』

『それは何に繋がるの?』

『……μ'sで『ラブライブ!』に出場して、廃校を阻止すること。……そっか』

『そうだ。それを見失っちゃ意味がない』───

 

 

 

「どの口が言うんだよ……!!!」

 

 

 

俺だけは、それが許されなかった。

絶対にやっちゃいけなかった。

彼女達が間違えることがあるなら、それを引っ張ってでも連れ戻すのが俺の役目。自分も一緒になって間違いに突っ走ってしまっては俺なんてそこに居る価値も無い。

 

 

「クソッ…クソクソクソっ…クソォッ!!!」

 

 

何度も強く両の拳を壁へ打ち付ける。こんなもんじゃ足りない。彼女たちの悲しみは、穂乃果の苦しみは、俺が受けるべき痛みは、こんなもんじゃ……

 

 

「───ゆーまっち」

 

 

心の芯に届く声。

不思議と俺に落ち着きを与えたその声の主は、振り返らずともわかる。

 

 

「……希」

「何してるん。そんなことして何になるん?」

「……うるせぇよ」

「そんなことしてる場合じゃ無いんやない?もっとするべきことがあると思うよ」

「……どっかいけよ」

「じゃあそこでずっとそんなことしてるわけ?」

「……1人にしてくれ」

「嫌や。君がちゃんとわかるまでここにいる」

 

ギリっと歯を噛み締める。募った苛立ちが爆発し俺は───

 

 

「お前に俺の何がわか───」

 

 

希に向かって叫ぼうと彼女を振り返り、見た

 

真剣な眼差しで俺を見つめる彼女の瞳から伝う、一筋の雫を

 

 

「───わかるよ、キミの考えてることくらい。

……キミもわかるよね?私が考えてること。

 

……後悔も自分を責める心も何も生まないよ。

あの時キミはどんな理由があったとしても穂乃果ちゃんの背中を押した。その時にこうなることは覚悟してたんじゃないの?少なくとも私はそうだと思ってた。だから今私たちがしなきゃいけないことは自分を責めることでも後悔でもなくて……」

「……()()()()()()()

 

 

……あぁ、そうだな。

俺が間違ってる。お前が正しい。

 

先程まで苛立っていた心もスッと冷えて───

 

 

「……悪い、お前が正しい」

「うん、冷静になってくれて良かった。酷いこと言ってごめんね?」

「いやいや、謝るのは俺の方。ごめんな」

「もういいよ、大丈夫。……じゃ、行こっか?」

「あぁ……部室に戻ろう」

 

俺の言葉に、希は満足したように笑った。

歩きながら希ととりとめも無い会話を交わす。

 

「……えりちが着替えてなければいいねっ」

「そこから聞いてたのかよ」

「たまたまだよ。キミを追いかけてたらちょうどその場面だっただけ」

「……俺のこと追いかけてたのか?」

「あっ……今の無し!!」

「はぁ?なんだよそれ」

「忘れて!さぁ!早く!」

 

焦ったように頬を染めて俺に詰め寄る希の様子を微笑ましく思いながら、辿り着いた部室のドアを開けて───

 

 

 

「───アンタ今何て言った?」

 

 

部室内の、ただならぬ空気に気づく

 

 

「───聞こえなかったの?私たちは『ラブライブ!』に出るべきではないって言ったの」

 

 

ドアを開けた俺の目に飛び込んできた光景は

 

 

鋭い目付きで絵里を睨むにこと、そのにこに冷めた視線を向ける絵里……そしてそれを戸惑いながら見つめる残りの皆の姿。

 

 

「本気で言ってるの?やっとここまでこれたのよ!?それを今更になって諦めろなんて……ふざけないでよ!!」

「ちょっとにこちゃん落ち着いて……」

「アンタは黙ってなさい、真姫!」

「っ…………」

 

 

にこは今、本気で怒っている。

けどそれは絵里にじゃない。彼女は頭では理解しているのだ。()()()()()()()()()()()()

それをどうにもしようもないこの現状と……それを招いてしまった自分たちに、彼女は激怒しているのだ。

“『ラブライブ!』を辞退すべきだ”という事実と、“『ラブライブ!』に出場したい”という夢。

その2つに板挟みにされた彼女はその怒りを持て余し、それに苦しんでいるに違いない。

 

 

───だから君は今、そんな苦しそうな顔で絵里を見ているんだろう?

 

 

「……じゃあにこはどうすればいいって言うのよ。私の言ってることがわからないわけじゃないんでしょう?」

「……絵里、アンタの言ってることが正しいことなんて百も承知よ。それでも私は『ラブライブ!』に出たい…!

ここまで来たのよ?μ'sで『ラブライブ!』に出るのは私の夢……あと少しでそれに手が届くのにその夢を捨てるなんて私はしたくない!

 

───みんなもそうじゃないの?」

 

そこでにこは周りで見ていた1、2年生に問いかける。

 

「それは……」

 

しかし誰も答えを出すことができない。

皆もにこと同じように板挟みにされているのだ。

 

「───アンタはどうなのよ、絵里。本当に『ラブライブ!』に出たくないの?アンタの情熱はそんなもんなの?

私はアンタとは違う。アンタがどこまで本気だったかは知らないけど、私は本気でアイドルに憧れて、本気で『ラブライブ!』出場を目指してた。

 

───上辺の思いや体裁を語るアンタと違う!!」

 

最後殴りつけるような勢いでにこは言葉を閉じた。

遠目で見ていた俺にもわかる……これは絵里への“挑発”。以前俺が凛と真姫に使ったあえて酷い言葉を使うことで相手の本心を聞き出す手段。

にこは絵里の口からしっかりと聞きたいのだ。

()()()()()()()()()()()()()が。

それは俺も同じ。理事長室で自ら『ラブライブ!』出場辞退を告げた彼女の本心は、一体何を思うのか。

 

そんな彼女は今、にこの言葉を受けた後、俯いて唇を噛み締めている───その様子は何かを堪えているようにも見えて……

 

「───私には!!!」

 

突如響き渡った彼女の大声

 

 

「───私には生徒会長として学校を守る“義務”がある!!“出たい”とか“やりたい”で事が決めれる立場じゃないの!!

だから私は認めない……!認めるわけにはいかないの……!!!」

 

 

にこに詰め寄りながら、絵里は叫ぶ──その表情は苦痛に歪んでいて。

 

 

───馬鹿野郎が

 

 

わかるに決まってるだろ、()()()()

 

 

君の義務感はあの日……μ'sに加入した日に置いてきたはずだ。逆に今の嘘で全てわかった。

 

君はにこに負けないくらい『ラブライブ!』に出場したくて、その思いを殺してμ'sと穂乃果を守ろうとした。だったら俺がするべき事は……

 

 

 

「───俺もそう思う」

 

 

「優兄ィ……」

彼女の思いを、皆にしっかり伝える事。

 

「……俺が思うのは、もしこのまま『ラブライブ!』にエントリーし続けたとして、仮に本戦に出場出来なかった場合。その事で1番ショックを受けて責任を感じるのは……穂乃果だ」

「……でもそれはあの子の責任でしょ?私達には」

「にこ」

 

にこの言葉を遮り、俺は彼女の名前を呼ぶ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「っ……」

「……みんなも思ってるだろ?これは俺たち全員の責任なんだ。確かに悪いのは穂乃果だけど、それを止められなかった俺たちにも責任がある。

……それともう1つ。

もし俺たちが『ラブライブ!』に出場出来たとしても、もう学院のプラスの印象になるとは限らないはずだ」

「……どういうことですか?」

 

「“メンバーが1人倒れた事実”を『そんな事が起きてまで“凄い”』と取るか、『そんな事が起きてまで“酷い”』と取るか。その一言の違いで、印象は全て覆る。そして後者が出た場合……μ'sはおろか音ノ木坂の印象は……どうなるかわかるよな?」

「……それに伴う風評…悪い噂が現れたとしたら」

「『廃校阻止』の向かい風になる……」

 

 

花陽と真姫の言葉に、俺は強く頷く。

 

 

「……もちろん前者だったらプラスに働くかもしれない。けどそんな“かもしれない”に縋ってマイナスの面から目を背けるのは、俺たちにはできないことだ。俺たちには後なんてないんだから。それを防ぐためにはいっそ───」

「……あの場所(ランキング)から名前を消した方がいい、ってことですね」

「───だろ?絵里」

「……えぇ、そうよ」

 

 

絵里の……“俺の”思いは伝え終わった。

後は皆の決断を待つだけ。

 

部室を沈黙が包む。1分また1分と時が流れていき、その沈黙を破ったのは───

 

 

 

 

「───はぁ。いつまで黙ってんのよまったく」

 

 

 

「にこちゃん……」

「……μ'sは『ラブライブ!』には出ない。それでいいわね」

「でも、にこちゃんっ」

「───部長の私が出ないって言ってんの。これは部長権限、文句は認めないわ、いい?」

 

誰も異を唱えなかった。寧ろ“誰かがそう言ってくれるのを待っていた”ようにも思える。

 

「……ほら、みんなそれぞれのクラスに戻りなさいよ。出し物とかあるでしょ?」

「にこちゃんは?」

「……私はやることがあるからしばらく残ってる。優真、アンタも生徒会で忙しいでしょう?先に戻ってていいわよ」

「……わかった。ほら、みんな戻ろう。詳しい話はまた放課後に部室で」

 

俺がそう締めると皆はそれぞれに思いを秘めながら部室を後にした。にこ1人を残して。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

電気も消した暗い部室の中、カチカチという音だけが響く。その音の主はもちろん、にこ。

彼女がPCで出場辞退の手続きを取っている音だ。

液晶の明かりだけが光源のこの部屋で、彼女の心境には似つかわしくないであろう無表情が照らし出されている。

 

その時

 

コツ、コツ─────

 

静まり返った部室の中で、その音は唐突に鳴り響いた。それはローファー特有の足音でそれが近づいてくる……足音は2つ。

その音を聞いたにこは、ゆっくりと後ろを振り返る。

 

「───絵里、希」

「……さっきはごめんなさい。にこの気持ちを無視するような態度をとっちゃって」

「別に気にしなくていいわよ。絵里の言ってることの方が正しいのは最初から分かってたし、アレは私のワガママ。こっちの方こそごめんなさい。

……で?何しに来たの?」

「……やっぱり心配やったから。にこっち1人じゃ」

「はぁ?何言ってんのよアンタ。こんな作業、別にアンタらに心配されるまでもなくすぐに終わるわよ」

 

絵里にそう言い返してにこは再び画面と向き合う。

事実、あと数クリックで辞退手続きは終了するところまで進んでいたので、2人の心配は杞憂のように思われた……しかし。

 

「……さ、これで終わり。μ'sの名前はランキングから消える」

 

その最後のワンクリックの部分にマウスカーソルを合わせて……

 

にこの手が、止まる。

 

数秒経っても、数十秒経っても、にこの手は動かない。不審に思った絵里がにこの顔を覗く……

 

 

そこには

 

 

溢れた感情が瞳を濡らし、その揺れる瞳でただ虚ろに画面を見つめるにこの表情が

 

 

「…………あと少しだったのに…」

 

 

そう一言呟いて、それがキッカケのようににこが胸に溜めていた感情が言葉となり───

 

 

「……ここまでこれたのに…みんなで、『ラブライブ!』に出たかった……」

 

 

一粒の涙が頬を伝う。それを隠すようににこは俯いた。にこは人前で涙を見せることを極端に嫌う。そのにこが己の思いを堪えきれずに涙を見せた。

……それだけ強かったのだ、にこの『ラブライブ!』への思いは。それはただ単に自分本位のものではなく…“μ'sとして”、“9人であの舞台に立つこと”がにこの夢で。

彼女はただ、その夢に誰よりも正直にあり続けただけだったのだ。

 

「……にこ…」

 

そんなにこを絵里は後ろから抱きしめる。

人の心に聡い絵里は最初から気づいていた。

にこがどんな思いを抱えていて、どんな思いで自分に挑発を仕掛けたのか。

……それでも絵里は、言えなかった。

自分の気持ちに正直に、『ラブライブ!』に出たいという思いを。

 

穂乃果を守るため、学院を守るためという気持ちは嘘じゃない。ただそれを義務感と言ったのは嘘だ。そんな気持ちはμ'sに入る前に棄てて来たのだから。

 

絵里は迷い続けている。これで良かったのか、と。リーダーの穂乃果に許可を取らずに、『ラブライブ!』の出場辞退を決めたのは、きっと許されることではないだろう。そんな自分を守るために、にこはあの時部長権限と言ったのが、絵里にはわかった。

 

自分たちは、どこから間違えたのだろう───

 

そんな思いが絵里の中で渦巻いていた。

 

 

2人の様子を一歩下がって見ていた希は、そっと部室の入り口を振り返る……“若干開いたドア”と、先ほどの自分と同様に()()()()()()()()()を。その彼の名を呼ぼうとして口を開き……希はやはり口を閉じ直した。

自分の眼の前で人目をはばからず泣く少女は、自分達以外に──もしかすれば自分達にも──それを見せることを望んではいないはずだから。

 

「……ごめんね」

 

小さく呟いて希は改めて2人の方へと向き直り……その手をマウスに乗せられたにこの手に乗せる。その感触に気づいたにこは顔を上げて希の方を見た。

 

「……希…」

「2人とも、絶対に忘れたらあかんよ。今日の悲しさや悔しさを」

「希……ええ、そうね。後悔も悲しさも全部引きずって……前を向きましょう」

 

絵里はそう力強く言うと、にこと希の手の上に、自らのそれを重ねた。

絵里の言葉を聞いた後、にこは溜まっていた涙を拭い……強い覚悟を宿した瞳で画面と向き合う。

 

 

 

「今日のことは絶対に忘れない。

 

 

───また9人で、笑ってステージに立つために」

 

 

 

 

───カチッ

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

そんな部室内の様子を、外で黙って聞いている少年が1人。彼は“若干開いたドア”──自分で開けたわけではないから希の気遣いだろう──の側で、中の様子に聞き耳を立てていた。

 

───どうすることもできなかったのか。

どうすればよかったのか。

もっと俺がしっかりしていれば。

俺が彼女たちをしっかり見ていれば。

 

そんな罪の意識が彼を苛む。

あの場で全員の責任と言ったが、やはり彼は自分の心を責めることを止められなかった。そういう性格、性質が故にどうしようもないのだ。

 

彼は拳を強く握りしめ───やり場もなくぶらりと下へ垂らす。

彼女たちの涙、苦しみ……それらを胸にしっかりと刻みつけ……

 

 

「──────畜生」

 

 

そう吐き捨てた彼は、その場を後にした。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

その日の午後9時頃のこと。

俺はとある公園で1人ベンチに座って雲1つない夜空を仰いでいた。とある少女に呼び出され、俺は10分ほど前からここにいる。

空を見ながら考えているのは、今日起きたこと。

放課後皆で集まって話し合ったが、やはり結果は変わらなかった。穂乃果には、彼女の体調が戻ってから改めて伝えることにしたのだが……どんな理由があったにせよ、穂乃果に相談することなく決めたという事実は変わらない。それでよかったのだろうか……という思いが俺の思考の半分を占めている……もう半分は今からのこと。

 

すると不意に声が聞こえた

 

 

「───やっぱり来るの早いね、優真くんは」

 

 

声の主の方を見ると、彼女は柔らかな笑みを浮かべて俺の方を見ていた。

 

「───ことりちゃん」

「ごめんね。待たせちゃったよね?」

「んーやそんなに?」

「……優真くんのそんなには信用できないよ?」

「心外だなぁ。……っていうかその服…」

 

俺が制服のままで公園に来たのに対し、彼女は……控えめに見てもオシャレをしてきていた。

レース生地の下に、花柄の可愛らしい布地を使って作られた、夏なのに涼しげな印象を見せる淡い水色のワンピース。その可愛らしさに、俺は思わず見惚れてしまった。

 

「……近場だからわざわざオシャレな服着てこなくても良かったのに」

「……女の子はいつでもオシャレをするものなんですーっ」

「そ、そんなに拗ねないで……ってかそれ、もしかしてことりちゃんの手作り?」

「あ?わかってくれた?あったりー!」

 

えへへ、と笑うとことりちゃんはその場で俺に披露するようにターンした。

 

「……どう?」

「似合ってる。可愛いよ」

「……ふふっ、ありがと♪」

「……それで。どうして俺を呼んだの?」

 

その時彼女が一瞬暗い表情を浮かべたのを、俺は見逃さなかった

 

 

しかし彼女は次の瞬間にはいつもの笑みを浮かべて俺へと言う

 

 

 

「実はね、今日は優真くんに伝えたいことがあったの」

「……伝えたいこと?」

 

 

 

その衝撃の言葉を

 

 

 

「私ね……優真くんに

 

 

お別れを言いに来たの」

 

 

 

「───────は?」

 

 

 

予想の遥か上を行く突然の言葉に、脳が理解を拒んでいる。そんな俺の思考を置き去りに、ことりちゃんは言葉を続ける。

 

 

「海外で留学することになって。

前から服飾に興味があって……海外で単身赴任してるお父さんから連絡が来たの。

向こうの学校で本格的に学んでみないか、って。

日本よりも経験が積めるらしくて、本気で服飾を目指すならそっちの方が良いみたい」

「……他の誰かに話した?」

「……海未ちゃんだけだよ」

「穂乃果には……!?」

「……言ってないよ」

「何でだよ……!?大切な幼馴染だろ!?そんなのおか…………」

 

 

己の言葉の途中で気づく。

ことりちゃんの笑顔は、悲しそうで、困惑しているような……そう、か。

 

ことりちゃんの異変。その原因はおそらくこれに悩んでいたからだ。しかしその異変に穂乃果は気づかなかった。

もしかして……

 

 

「……伝えようと、したのか……?」

「……穂乃果ちゃんライブに夢中で、何回も言おうとしたけど、私のことなんてまるでうわの空で……結局言えないまま、ここまで来ちゃった」

 

……穂乃果のオーバーワークの弊害は、こんなところまで及んでいたのか。

確かにあの時の穂乃果はライブのことしか見えていなかった。自分自身の体調のことも……そして大切な幼馴染のことりちゃんのことすらも。

 

……何してんだよ。

 

「……穂乃果に、言わなくてよかったのか?聞いて欲しかったんじゃないのか?」

「……聞いて欲しかった。でも、前を向いてる穂乃果ちゃんを見てたら、その気持ちを台無しにしちゃう気がして、伝えられなかった…」

 

そこで初めてことりちゃんは笑顔を崩した。

……聞いて欲しいに決まっている。

傍目に見ている俺にもわかる……あの幼馴染3人組がどれだけ互いを信じ合い、頼りにしているか。

数秒後、ことりちゃんは笑顔を作り俺に見せた。

 

「……だから行くことにしたの」

「……どうしてそれをみんなじゃなくて俺に?」

「……だって、()()()()()()()()()()()?私が向こうで頑張ろうっていう気持ちを」

「は……?俺が?」

 

 

「───優真くんが、“私を応援してくれるから”」

 

 

「っ───────!!!」

 

 

「ねぇ、()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

合宿前の買い物で交わしたあの約束。

彼女はそれが自分に勇気をくれたという。

それならばこんなに嬉しいことはない……はずなのに。俺にはそれが本当とは思えない。

 

本当に俺の言葉が勇気になっているなら

 

 

───何故君は今、そんなに悲しそうに笑うんだ

 

 

俺は、どうすればいい

 

本当に君は俺の応援が欲しいのか?

 

心から留学に行きたいのか?

 

君の本心が、見えない

 

 

ことりちゃんの表情が告げている。今言えと。

俺の言葉で、彼女の道が決まるのかもしれない。

 

 

俺が、君にかけるべき言葉は────

 

 

 

 

 

「───うん。頑張れ、ことりちゃん」

 

 

 

 

 

この言葉をかけた瞬間、悟った

 

 

あぁ、“間違えた”

 

 

ことりちゃんの悲しげな笑みは、変わらない

 

 

 

「……本当に優しいね、優真くんは」

 

ことりちゃんがゆっくりと俺に歩み寄り───

 

俺の胸に、自分の手のひらをそっと当てた。

 

「だから私は、こんなにも君を信頼してて……」

「……ことり、ちゃん…?」

 

そして彼女は自身の額を俺の胸へコツンと当てた。

 

 

 

────衝撃の言葉と共に

 

 

 

 

「だから私は──こんなにも君が大好きなんだね」

 

 

 

「えっ…………」

 

俺の胸から離れ、ことりちゃんはやはり悲しそうに笑い……俺の目を見て告げる

 

 

 

 

 

「───私は優真くんが大好きです

 

初めて出会った時からずっと

 

あなたのことが、大好き」

 

 

 

 

 

「……嘘、だよね…?」

「ホントだよ。……留学のこともそうだけど、今日はこれを言いに来たの」

「そんな…………」

「……本当はね、こんなに早く言うつもりじゃなかったの。もっと自分に自信が持てたら……その時に言うつもりだったんだけど、そうも言ってられなくなっちゃったから。

……言えないままの方が、もっと嫌だったから」

「ことりちゃん……」

 

 

もう思考が追いついていない。

先程から衝撃的なことが多すぎて。

 

 

「返事、いつか聞かせてくれたら嬉しいな。

今日じゃなくても……私が日本を離れるまでには」

「……いつここを発つの?」

「わからない…でも8月にはもう私はここにいない」

「そんな急に……!?あと2週間もないじゃないか……!!」

「……ごめんね」

 

悲しげに笑うことりちゃんの笑顔が見ていられなくて、俺は目をそらす。そして力強く向き直り──

 

 

「どうして……俺に言ってくれなか───」

 

 

 

それから先の言葉は、告げることができなかった

 

 

突如唇に訪れた優しい感触、甘い匂い

 

 

 

────自分が唇を奪われたと理解したのは、その感触が離れた後だった

 

 

 

「……優真くん身長高いから背伸びしなきゃダメだったよ、ふふっ♪」

 

それ故に、僅かな時間しかできなかったのだろう。

しかしそんなこと以上に、俺の頭の中は混乱しきっていた。

 

「……私の初めてだから、大事にしてね」

 

その言葉にも返事ができず

 

「……じゃあ私そろそろ行くね。今日はわざわざありがとう」

 

この言葉にも、何も言えない

 

そんな俺を背に、ことりちゃんは出口へと歩き出した。彼女は最後に一度だけ俺を振り返り……

 

 

 

 

「────()()()()、優真くん」

 

 

 

 

今日1の笑顔で笑い、公園を後にした。

 

 

残された俺は1人考える。

今日は本当に色々なことがあった。

色々ありすぎて、頭を整理しないといけない。

 

 

ただ今思うことは

 

 

月明かりに照らされた天使が見せた儚げな笑顔は

 

 

形容し難い程、美しかったということ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、『58話 崩壊』

今回もありがとうございました。


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崩壊

58話 崩壊

 

 

 

文化祭から数日後。

音ノ木坂学院は今日、一学期の終業式を迎える。

明日からは夏休みに入り、1、2年生は午前中、3年生は15時までの課外授業になる。女子校時代から音ノ木坂はそこそこの進学率を誇っており、今はそれほどでもないのだがその名残でこのような課外が行われることになっているのだ。

 

……そんな話はさておき、俺たちの話をしよう。

 

 

 

昨日体調を取り戻した穂乃果の家に俺たち全員で行った。穂乃果は自分が元気になった後、埋め合わせのライブをしたい…『ラブライブ!』に向けて歌いたいと俺たちに言う。

 

しかしその願いは……叶わない。

 

そんな穂乃果に絵里は告げる……μ's(俺達)の名前は、もうランキングには載っていないことを。

それを聞いた穂乃果はただ一言。

 

『────ごめんね』

 

笑顔でそう言うだけだった。

 

後に雪穂ちゃんに聞いた話では、その日の夜に名前を呼ばれても気づかないほど泣きじゃくっていたらしい。

申し訳ないと思うが、こうするしかなかった。

これが俺たちの結末だと、思うしかないのだ。

 

今朝凛と花陽といつも通り登校していると、穂乃果、ことりちゃん、海未の3人組と遭遇したが……やはり穂乃果の表情は暗いものだった。凛やことりちゃんがフォローを入れ、努めて明るくしようとしていたが効果は薄くて。

結局穂乃果の気を晴らすことができないまま、俺たちは音ノ木坂へと着いた。

 

 

そして今は、終業式の最中。

今回は俺、希、絵里の生徒会も、自分達のクラスの席に座っている。

今までの式典には無かったその対応に若干の疑問を抱きながら……俺は恙無く執り行なわれる式をぼんやりとした頭で聞き流していた。

 

「続きまして、理事長の挨拶」

 

普段絵里がしている進行は、今回先生の手によって行われている。その声に従って、理事長が壇上へ上がった。

 

「───皆さん、おはようございます。今日は生徒の皆さんに、重大な発表があります」

 

発表……?

俺は隣に座っている絵里の方をそっと見ると、絵里もこちらを向いており、首をゆっくりと横に振った。やはり絵里も知らないようだ。

……生徒会の俺たちにも内緒の発表、か。

……既視感(デジャブ)だな。

思い出すのは、4月の頭……忘れもしない、廃校が告げられたあの日のこと。

この状況は、その時と似ている。

……胸騒ぎが止まらない。一体理事長は今から何を

 

 

 

「───音ノ木坂学院は、来年度も生徒募集を継続することになりました」

 

 

 

───────え?

 

騒つく講堂内、唐突に告げられたその言葉は一気に動揺を生む。……今、何て…?

 

 

「この学院を受験したいという中学生が昨年度よりも遥かに多く、今年も無事に生徒募集をすることができるようになったのです。

 

────音ノ木坂は、無くなりません」

 

 

音ノ木坂は……無くならない?

今確かに理事長はそう言った。つまり……

 

学校は……存続する?

 

騒めきは段々と大きくなり、歓喜の声へと変わってゆく。皆が皆、学校が存続するという事実に心からの喜びを感じているのだ。

 

かくいう俺や絵里は……未だに実感が湧かず、ぽかんとした表情で理事長の方を眺めているだけ。俺の場所からは見えないが、他のμ'sメンバーもそうなのではないだろうか。

 

「静かに。……ここで学院から、ある生徒たちに感謝の言葉を伝えます。

 

────絢瀬絵里さん」

 

「…! はい!」

 

突如名前を呼ばれた絵里が、やや動揺を残したまま立ち上がる。そして次々に名前が呼ばれてゆく。

 

「東條希さん」

「はいっ」

「西木野真姫さん、矢澤にこさん」

「……はい」「は、はいっ!」

「小泉花陽さん、星空凛さん」

「はいっ…!」「はい!」

「園田海未さん、南ことりさん」

「はいっ」「はいっ!」

 

「───高坂穂乃果さん」

「……はいっ!」

 

「……音ノ木坂学院アイドル研究部所属、スクールアイドルμ'sの皆さん。貴女達の活動が音ノ木坂の知名度を高め、多くの中学生に音ノ木坂を受験したいという動機を与えるキッカケとなりました。

貴女達の活動が、音ノ木坂を救ってくれました。

 

────本当にありがとう」

 

理事長がμ'sを名指しして礼を言う。

それがどれだけ異常事態なのか、ここに座っている皆は理解しているのだろうか。

 

「そしてμ'sをずっと支え続けた……朝日優真くん」

「……はいっ」

「剛力悟志くん」

「えぇっ!?俺も!?アッ、ハイ!」

「貴方達へも心からの感謝を贈ります。

……学院を存続させてくれて、本当にありがとう」

 

講堂が温かい拍手に包まれる。

それを全身に受けた時、初めて実感した。

 

 

 

───あぁ、俺たちは

 

学校を、守れたんだ────。

 

 

 

 

 

 

「やったにゃーー!!」

 

放課後、部室に皆が集合してから凛が一気に溜めていた興奮を爆発させた。

 

「学校は存続するってことだよね!?ね!?」

「お、落ち着きなさい花陽!ま、まだ再来年はわからないけどね!」

「ま、真姫が1番慌ててるじゃない!ここここここはわたすみたいに冷静に……」

「……にこっちが1番重症やんなぁ」

 

一年生とにこの興奮は尋常じゃない。特ににこに関しては一人称を噛んでしまうほど。……一人称を噛むやつなんて本当にいるんだな。そんな様子を絵里、希…2年生と俺が端から眺めている。

しかし1人、どう考えても様子がおかしい奴がいる……そう、穂乃果だ。

こんな時に1番喜びそうなのは穂乃果なのに。

そんな穂乃果に希が声をかけた……空気を壊さないように、小さな声で。

 

「……らしくないなぁ、穂乃果ちゃん」

「……希ちゃん…」

「本当は喜びたくてウズウズしてるんやない?」

「それは……」

「……“自分のせいで『ラブライブ!』に出れなかったのに、喜んでいいのか”。……とか考えてるんやろ」

 

希の指摘は図星だったようで、穂乃果は希から逃げるように目を逸らした。

 

「気にせんでええんよ。ウチらの目的は達成されたんやから。過程はどうであれ、それは変わらない事実。理事長も言ってたやろ?“ウチらが学校を救った”って。だから今は素直に喜ぼ?」

「希ちゃん……うん!ありがとう!」

 

久し振りに心の底からの穂乃果の笑顔を見た。

説得なら俺や絵里にもできたかもしれないが、ここまで立ち直らせるのは彼女にしか出来ない芸当だろう。

 

そこで絵里がある提案を持ちかける。

 

「──ねぇ。今日は練習の開始を少し遅めて軽くお祝いしない?」

 

「お祝い?」

「そう。廃校も無くなったしそのお祝い、ってことで久々に皆でゆっくりしましょう?今日は学校は午前で終わりだし、みんなもお腹空いてるでしょ?食べ物を持ち込んで軽くパーティ……なんてどう?」

「それいい!やろうよみんな!」

 

いつものテンションを取り戻した穂乃果が、皆に同意を求める。皆は久々のそれに喜びを覚えながら、穂乃果に笑みを返す。

 

「じゃあ決まりね!それじゃあ穂乃果!何人か連れて買い物に行ってきて頂戴!」

「はーい絵里ちゃん!じゃあ指名するよ!

真姫ちゃんことりちゃん凛ちゃんにこちゃん花陽ちゃん!

いっくよーー!!」

「ちょ、穂乃果、なんで私だけ引っ張って……待ってってば!」

「あー!穂乃果ちゃん待つにゃーー!!」

 

名指しした面々もそのままに、穂乃果は真姫だけを引っ張って部室を後にする。そしてそれをダッシュで追いかけていく凛…それに苦笑いしつつ、残りのメンバーも穂乃果を追いかけるように駆け出していった。

 

残されたのは海未、絵里、希、そして俺。

 

「……じゃあ海未と優真は空き教室から椅子と机を運んで来てくれる?私と希で部室の準備をするから」

「ん、了解」

「わかりました」

 

準備を絵里と希に託し、俺と海未は部室から少し離れた空き教室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「……優真先輩、少しいいでしょうか?」

「ん?どうした?」

 

空き教室に着いた途端、突如海未に質問を受けた。

 

「……ことりから何か聞きました?」

「……海未は知ってるんだっけ?」

「……聞いた、みたいですね…」

「一応、ね。ことりちゃん、文化祭前元気がないと思ってたら、こういうことだったんだな……

海未はいつ聞いたんだ?」

「私は文化祭の前日ですね」

「……それまた急だな」

 

よく動揺を抑え切ったものだ。

海未の心の強さはこういうところに如実に現れる。

 

「……何て声をかけたんだ?」

「……何も言えませんでした。黙って、背中を押すことしか…」

「そっか……」

 

……きっと海未もこの間の俺と同じような葛藤に襲われたのだろう。大切な仲間を応援してあげたいという気持ちと、行って欲しくないという気持ち。

 

「……それはそうと優真先輩」

「ん?」

 

 

「───本当に聞いたのはそれだけですか?」

 

 

「……どういう、ことだよ」

「……ここ最近、ことりとの様子がおかしい気がして。まるでことりに気まずさを感じているような……」

「…………」

 

確かに俺はここ最近ことりちゃんと会話はおろか、目を合わせることもしてない。合いそうになれば、どちらかが必ず──殆どは俺だが──目をそらす。

 

彼女を見ると思い出すのは、あの日の夜に告げられたもう1つの衝撃の告白……彼女の、俺への思い。

 

そしてあの日の────口付け。

 

どれだけ頭の中から振り払おうとしようが、あの骨の髄まで溶かしていくような甘さを錯覚させる魅惑は、染みついて離れない。

 

それら全てが枷となり、俺から自然とことりちゃんを遠ざける。

 

 

「───ちゃんと返事はしてあげたんですか?」

 

 

その言葉に一瞬動揺してしまった。

すぐに平静を装ったが、おそらく誤魔化せてはないだろう。

 

「……知ってたんだな」

「幼馴染ですから。見ていれば嫌でもわかりますし、本人からも直接聞きました」

「そっか。……返事はまだしてないよ」

「答えは決まっているのですか?」

「……」

「……いいえ、何でもありません。本人よりも先にそれを聞くのは間違っていますね」

 

海未が強く問いただしてこなかった事に、内心安堵した。俺の答えはまだ決まってないからだ。

 

以前の合宿の肝試しで凛と話したことを思い出す。

 

 

 

 

───『思い当たることが、十二分にある。

それと恋の境目が自分の中で定まってないからこんな錯覚を生んだのか?

だったら俺は。

 

過去にあったことを一旦全てゼロにしよう。

 

その上で、“今の”ことりちゃんと希を見る。

特に希に関しては、“希”の補正がかかり過ぎていてマトモな判断ができてないのかもしれない。

だから改めて、2人のいいところを探そう。

そしてそれが恋なのか……ゆっくりと考える。』───

 

 

 

全てをゼロにした上で、俺は2人をどう思っているのか。どれだけ考えても答えが出なかった。“好き”という感覚が自分の中で麻痺しているのかもしれない。

 

───それとも別の何かが、俺が答えを出すことを阻害しているのか。

 

「私は優真先輩に昔何があったのか知っています」

 

黙り込んでしまった俺に、海未は語りかけるように話しかける。

 

「それ故に、無責任な言葉をかけるわけにはいきませんが……ことりに幸せになってもらいたいというのもまた事実です。最も、ことりはもうすぐ“往ってしまう”わけですが」

「海未……」

「……私が言えるのはただひとつです。

 

 

───ことりのこと、ちゃんと見てあげてください

 

建前や理由や過去を一度全て忘れて

 

1人の女性として」

 

 

「……わかった」

 

……そうだな。

俺がことりちゃんの告白を受けて考えていたことは、“ことりちゃん以外の何か”だったのかもしれない。そんなの、ことりちゃんに失礼だ。

 

「……ありがとな、海未」

「いえ。お力になれたのならよかったです。

……さて、机は何個あれば大丈夫でしょうか?」

「長机が2つくらいで大丈夫じゃないか?椅子は全員分で」

「ですね。では運んでいきましょう」

「おう」

 

それ以降は他愛もない日常会話を挟みながら、俺たちは部室へと椅子を運んでいった。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあみんな!グラスは持ったかな〜??」

 

黒板の前に立ち、俺達を仕切ろうとするのはにこ。

最早見慣れた光景なので誰からもツッコミは上がらない。

 

「思えばにこがアイドル研究部を作ってから、どれだけの月日がなg」

『かんぱーい!!』

「話を聞きなさいよおおぉぉぉぉ!!!」

 

いつも通り(?)の対応の後、皆で席を囲みパーティを楽しむ。いつ如何なる時でも白米を食す小泉氏は、家から自前の炊飯器を取りに戻ったらしい。最早さすがとしか言いようがない。

買い出し組が買ってきたオードブルやお菓子をつつきながら、久々のゆったりとした時間を楽しんでいた俺たち。

そんな最中、俺はある2人が離れたところに座って話しているのが目に入った。

2人の面持ちを見て、俺は2人が話しているであろう内容を悟り……席を立ち、その2人の元へと向かう。

 

 

「……ことりちゃん、海未」

「優真くん……」

「優真先輩……」

「……“言わないの”?」

「っ……!」

 

今の反応を見て、俺の予想は正しかったのだと理解する。2人はことりちゃんの留学の話をみんなに伝えるか否かを話していたのだ。

 

 

「……今はまだ…」

「もうすぐ行っちゃうんだろ?今みんなが集まってる時に言わないと、タイミング逃し続けちゃうぞ?」

「でも……みんな楽しそうにしてるし……その空気を壊したくないから…」

「ことりちゃん……」

 

本当にこの子は優しい。どこまでも周りに気を遣い、遠慮し続けるその姿が痛ましくて。

 

すると突然海未が立ち上がり……

 

 

「───皆さん、突然ですが重大な話があります」

 

 

まさか……言うのか、君が。

 

 

「海未ちゃん……!」

 

ことりちゃんの制止を無視し、海未は言葉を続けた

 

 

「──ことりが海外に留学することになりました」

 

 

 

───途端に皆を包む静寂。先程までの盛り上がりは嘘のよう。あまりにも突然すぎる発表に、誰1人声も出なかった。

皆は驚愕の顔を浮かべているが、1人だけ………ただ1人だけはその表情が違っていた。

彼女が浮かべている表情は、驚愕以上の───

 

───“絶望”と、“喪失感”。

 

「……前から、服飾の勉強したいなって思ってて…そしたら海外にいるお父さんから、『こっちの大学で勉強してみないか』って……」

「……行ったきり、帰ってこないのね」

「……うん…」

 

 

絵里の問いかけへの答えが、皆を再び静寂の海へと叩き込む。誰もがその海に溺れ、どうすることもできない中、口を開いた少女が1人。

 

 

「───どうして言ってくれなかったの」

 

 

先程までの絶望に打ちひしがれていた顔つきとは全く違う……今彼女が浮かべるのは、“静かな怒り”。

 

「……穂乃果、ことりは隠そうとしていたわけでは」

「海未ちゃんは知ってたんだ」

「っ………」

 

3人のなかで自分だけが知らなかったという事実。

その事実は穂乃果を怒らせるには十分すぎたのだ。

しかもその内容が故に怒りもまた一入。

 

「穂乃果、ことりちゃんの気持ちもわかってや」

 

 

「───わからないよ!!!」

 

 

俺の言葉を遮り、穂乃果は叫ぶ。

 

 

「だって、居なくなっちゃうんだよ!?ずっと一緒だったのに……!大切な幼馴染なのに!!

そんな大事なこと……どうして今まで言ってくれなかったの!!」

 

 

穂乃果の昂った感情は涙となり、彼女の空色の瞳をユラユラと揺らしている。

そんな目に見つめられながらも……ことりちゃんは反論もしようとせずにただ困ったように笑うだけ。

 

人のことを誰よりも考える優しい彼女が次に穂乃果に放つ言葉は、容易に想像がつく。

 

 

穂乃果を傷つけないように、彼女は己が心を殺す

 

 

「─────ごめんね」

 

 

決して穂乃果を責めることなく、あくまでも悪いのは自分だと。

 

そんな悲しげな笑顔を見て、何も思わないわけない

 

 

 

そしてその言葉は、俺の意志を無視して口から滑り出た。

 

 

 

 

「お前ことりちゃんの気持ち考えた事あんのかよ」

 

 

 

 

俺の静かな怒声に、部室の空気が変わる。

───ヤバい、止めなきゃ。でも……

 

「文化祭のライブしか見てなくて周りに迷惑をかけてたのはどこのどいつだ。そんな奴の事を思って、今の今まで周りに気を遣い続けたことりちゃんの気持ちを、お前は少しでも考えたことがあるのか?」

 

「っ……」

 

穂乃果が傷ついていくのが目に見えてわかる。

こんなことを言っても何にもならない。頭では理解しているのに、止まらない。

 

「お前があんな風だったから、ことりちゃんは遠慮し続けてたんだぞ。ことりちゃんのそんな様子にも気付かなかったお前が、『どうしていってくれなかったの』?

 

────笑わせんじゃねぇ

 

言いたかったに決まってるだろうが。

お前ら3人は大切な幼馴染だろ。そんな大切な幼馴染のお前にも言うのを躊躇ってたんだ、お前がどれだけ周りが見えてなかったか……わかんだろ」

 

 

違う こんなこと言いたくない

 

 

「お前がそんな風だったから、ことりちゃんは今まで切り出せなかったんだ」

 

 

止まれ

 

 

「そもそも俺達が“あんな風”になったのはお前の責任だろ」

 

 

止まれよ

 

 

「───お前が“居なければ”」

 

 

それ以上は、何も

 

 

「俺達はあんな風にはなら────」

 

 

 

 

─────バチンッ!!

 

 

大きな炸裂音が響く。その音と自分の頬を襲った痛みが、俺を止めてくれた。

じんじんと痛む頬を抑え、俺は自分を叩いた少女の方を見る。

 

 

「─────海未」

 

 

そこには手を振り抜き、怒りに震える体を荒い呼吸で押さえつけ、彼女自身の激情を体現した刺すような目線を俺に向ける海未の姿が。

 

なおも荒い息と目に涙を浮かべたまま彼女は呟く。

 

 

「あなたがそんな人だとは思いませんでした……」

 

そして、叫ぶ

 

「───あなたは最低ですッ!!!」

 

 

その言葉は、俺の心に強く突き刺さる。

……何も言い返せない。事実俺が今穂乃果にしたことは“最低な”事なのだから。

 

 

「───いいんだよ、海未ちゃん」

「穂乃果……」

 

しかし穂乃果はゆっくりと海未を制止する。

 

 

「優真先輩の言う通りだよ。私がいなければ、μ'sは『ラブライブ!』を辞退することもなかった」

「……穂乃、果…?」

「私がもっとしっかりしていれば……ちゃんと周りを見ていればこんな事にはならなかった」

 

 

まずい、俺のせいだ。

俺のせいで穂乃果は今、自分自身を────

 

 

「私なんて───居なくても大丈夫だったよね」

「それは違うわ……!貴女が私たちを引っ張ってくれたから私たちはここまでこれたのよ?

今までも、そしてこれからも」

「“これから”?」

 

絵里の言葉を遮り、穂乃果はわずかな笑みとともに言葉を繋ぐ。……その笑みは、まるで絵里を嘲笑うようで。

 

 

「これからどうするの?

 

───“()()()()()()()()()()()()()”?」

 

 

「っ…………!!」

「ねぇ、教えてよみんな。

 

私達はこれから、“何のために”歌うの?」

「それは……」

 

穂乃果の指摘に、誰も答える事ができない。

そうだ。『ラブライブ!』を辞退し、廃校が無くなった俺達には───“歌う理由”が、ない。

 

 

「私は今決めたよ」

 

まさか───穂乃果。

 

「責任を取るって言うのが良いのかな」

 

やめろ─────

 

 

「───私、μ'sを辞め」

 

 

最後の言葉が放たれる寸前。

穂乃果の襟を握り締め、物理的に言葉を止めた少女が1人。

 

「にこ……ちゃん……」

 

 

「───それ以上続けてみなさい。ぶん殴るだけじゃ済まさないわよ!!」

 

 

先程の海未を超える勢いで、にこは穂乃果を怒鳴りつけた。

 

 

「私はアンタが本気だったから!アンタの本気を感じたから私はここに賭けたの!!

そのアンタが簡単に夢を捨てるの!?アンタが持ってる“真の魅力(カリスマ)”や“仲間”を……!

───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を簡単に捨てるっていうんなら……!!

 

───二度と私の前に姿を表すな」

 

「…………………………」

「…………答えなさいよ!!!」

「にこちゃんダメにゃっ!」

「落ち着いて!!」

「離しなさいよ!!凛!真姫!!」

 

襟から手を離して穂乃果に飛びかかろうとしたにこを、凛と真姫が後ろから抑えつける。

その様子をどうする事もできないまま涙目で眺め続けている花陽、責任を感じてただ涙を流していることりちゃん、仲裁に入るべきにこと穂乃果の間に入ろうとする絵里、怒りを隠そうともせずに俺を睨み付ける海未、そして『信じられない』、『一体どうしたの?』と語るような目で俺を見つめる希。

 

目の前で、確実にひび割れ行く俺の居場所

その原因を作ったのは、さっきの俺

違う、こんな事がしたかったわけじゃない

 

 

────ピキッ

 

 

何かが割れるような音が聞こえて辺りを見回す。

しかしそこには何もない。

 

 

そして次は、声が

 

 

『────あーあーあーあー。見事にぶち壊しやがったなこりゃあ』

 

 

頭の中で、響く

 

 

『いつかヤるんじゃねぇかとは思ってたけどな。

…なぁ、どうだ?これでわかったんじゃねぇのか?

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

五月蝿(うるせ)ェよ

 

 

『オメェの存在が、彼女達を歪ませた』

 

黙れ

 

『目指すべき目標を見失ない、彼女達を止める事も出来ず、あまつさえ彼女達を今壊そうとしているお前の。

 

───μ's(あの中)での存在価値は、何だ?』

 

…………

 

『……図星食らって(だんま)りかよ。

……まぁいい。俺の言った事、全部正しいなんてわかってるだろうからなぁ?

 

───“変わって”みせろ。それがお前のやり方なんだろ?

 

そのやり方が如何に無意味かその身を以て思い知れ』

 

 

………………………………

 

 

 

 

 

 

 

「………あは」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

唐突に部屋に響く、今の空気に場違いな笑い声。

その異分子は、止まない穂乃果への怒りを抱えているにこの耳にも確かに届いた。

 

「───アンタ何笑ってんのよ……!」

 

空気を読まない唐突な笑い声に、にこの怒りの矛先が向く。

 

「はははははは」

「アンタいい加減にしなさいよ!?」

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

「……優、真…?」

「はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

彼女はやっと気づく。

今目の前で笑う彼の意識が……正常じゃない事に。

 

「優真、どうしたの!?」

「あは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

「優兄ィ、もしかして……!」

 

 

狂ったように笑い続ける彼の頬を伝う涙。

その笑い声は段々と大きくなり──────

 

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、ははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは──────」

 

 

 

ふと事切れたように意識を失い、床へと倒れこんだ

 

 

「……優兄ィ!!」

「優真さん……!?」

 

その瞬間、凛と真姫が弾けたように彼に駆け寄る。

どれだけ揺すろうが、名前を呼ぼうが、彼が目を開く事はない。

 

「誰か担架持ってきて!!私たちじゃ保健室へは運べない……脈も呼吸もあるからAEDは不要……早く!!」

「わ、わかったわ!!」

 

真姫の指示を受けた絵里が素早く部室を飛び出す。

残りの皆はただ自らを落ち着かせるように真姫が手当を施す現場を眺めているしかなかった。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

「………………」

 

私…絢瀬絵里は廊下の壁にもたれかかり、ただ呆然と沈みゆく夕日を眺めていた。

結局パーティは重々しい雰囲気のまま終了。

ことりは騒ぎが起きた発端は自分の留学の話だと責任を感じて部室から飛び出し、海未はそれを追いかけて行った。

にこは『ごめんなさい』という言葉を残して帰って行った。あの場にいたままだとまた穂乃果と衝突しそうになってしまうから、と後で遅れてメールが来た。

優真は奇妙な発作を起こし、それが止んだと思うと気を失ってしまった。希、凛、花陽の3人が彼を保健室へと運んで行ったが、今は静かに眠っているようだ。花陽1人を残して、希と凛は部室へと帰ってきた後、片付けに参加した。

 

そして穂乃果は……その場にただ立ち尽くすだけだった。

 

倒れた優真に駆け寄る事もなく。

走り去っていくことりを追いかける事もなく。

帰って行くにこに声をかけることもなく。

 

ただただ、ネジが抜け落ちたゼンマイ人形のように立ち尽くすのみ。

 

そんな穂乃果に私は『今日は帰りなさい』と声を掛けた。穂乃果はその言葉に小さく頷き、ゆっくりと……それでも確かな足取りで部室を出て行った。

 

今日は本当にいろいろなことがあった。

しかしこの衝突は……いつかは避けられないものだったのだと今になって思う。

穂乃果の言ったことは間違ってはいない。

“廃校がなくなって”、“『ラブライブ!』を辞退した”今、()()()()()()()()()()()()()()

遅かれ早かれ、この問題には皆で向き合わなければならなかったはずなのだ。

…最も、今回それが最悪の形で起きたわけだけど。

 

すると突然

 

 

「絵里ちゃあぁぁん!!」

 

 

私の名前を叫びながらこちらへ駆けてきたのは…

 

 

「───花陽、どうしたの?」

「大変なの!お兄ちゃんが……!」

「優真……?優真に何かあったの!?」

 

 

 

「お兄ちゃんが────居なくなっちゃった」

 

 

 

「何ですって……!?」

 

その言葉を聞いた途端、私は保健室へと駆け出した。花陽も少し遅れて私の後を追う。

 

そして到着するや否や勢いよく保健室のドアを開け放ち……

 

 

「────優真!!」

 

彼の名を呼ぶ。

その言葉には返事はなく……

 

彼が先程まで横たわっていたベッドには

 

彼の一切の痕跡すら残っていなかった

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…………」

 

 

部室で倒れ、保健室で寝ていた俺は意識を取り戻した途端に逃げるように家へと帰った。

 

 

自分の部屋の机に座り込み、荒い息を宥めながら俺は頭を抱え込む。

 

 

もう嫌だ、誰にも会いたくない

 

大切な居場所を自らの手で崩壊寸前に追い込み、その大切な仲間を自らの手で傷つけた俺はもう

 

あの場所には戻れない───

 

 

……否、それでも俺は変わらなくちゃいけない

“何かを守れる”俺に、“誰かを助けられる優しい”俺に

 

変わるんだ、俺は

そのために俺は今まで────

 

 

 

『───お前も大概バカだよなぁ?』

 

 

声が響く

 

 

『───そのやり方で招いたのが“μ'sの崩壊(さっきの)”だろーが。自分の存在が間違っていることにどうして気づかない?』

 

 

さっきから何度も何度も

 

 

『───テメェのやってることは片足のとれた将棋盤の上で、必死こいてチェスやろうとしてるようなもんだ。そもそも前提が歪んでるんだからどうやろうとも正しい答えにたどり着けるはずがねェ』

 

 

聞きたくもないのに、頭の中で

 

 

『───何が“変わる”だ。お前がいくら変わったところで、アイツが本当に変わったって言えんのかよ

……テメェは何もかも間違ってんだ。

考え方も、やり方も、存在自体も』

 

 

「………………黙れえぇぇええぇぇ!!!!」

 

 

頭に響く声を振り払うように、机の上に乗っていた教材類を払い散らかす。

何度叫ぼうが、頭の中の声は止まない。

 

 

─────ピキッ、ピキッ

 

 

また聞こえる、何かが割れるような音。

少しずつ、ひび割れて崩れていくようなそんな音。

 

そんな音と声に紛れて気づかなかった、とある“音”

 

 

 

「────やっぱり帰って来てたんだね」

 

 

荒い息のまま、声の主を振り返る。

開かれたドアの先には───

 

 

「───凛」

「心配したよ?帰るなら一言連絡してからにしてほしいにゃ」

 

凛がぎこちなく笑う。その笑顔を見て本当は黙って帰った俺を怒りたくてたまらないのがわかった。

……そんなことより、どうして俺の家に。

鍵は掛けてあったはずなのに。

 

 

「……()()()()()()()()()()()()?」

「……()()()()()()()()()()()()

「わかるよ。優兄ィの考えてることくらい」

 

 

今度こそ、凛は心から微笑んだ。

いつもと何も変わらない、俺の気を落ち着かせてくれるやりとり。それに少しだけ安堵を感じた俺もわずかに微笑む。

 

 

「……懐かしいな」

「覚えてる?優兄ィ。今の会話」

「あぁ。()()()()()()()()()だろ?」

「あったりー!ちゃんと覚えてるもんだね」

「おう。お前が作ってくれた料理がカップ麺だったこともな」

「そこは別に覚えてなくていいにゃ!あれから少しは料理できるようになったし!」

「本当に?」

「……多分?」

「んだよそれ」

「えへへ」

 

 

……こいつと話すのはどうしてこんなにも心が落ち着くのだろう。中身も何もない、2日もすれば忘れてしまうような内容の会話でさえ、凛とすると途轍もなく楽しい時間に思えてしまう。

 

 

────本当にお前は、最高の妹だ。

 

 

「……優兄ィ」

「ん?」

「……気にしなくていいんだよ。誰も優兄ィを責めたりしてない」

「…………」

「だから待ってる。優兄ィの帰りを」

 

 

───でもごめんな、凛。

 

 

「……俺のことはもう放っといてくれ」

「優兄ィ……!?」

 

 

今の俺の不安定な気持ちじゃ、また間違えてしまう

 

だから

 

 

「……もう俺に構うな」

「なんで……どうして!?」

「しばらく1人にしてくれ。いろいろ考えたいんだ」

「……嫌だよ」

「凛」

「嫌だよ!!」

 

正直、こんな凛は珍しい。

俺が放っといてくれというときは、大体俺の心情を汲んで深く突っ込もうとはしない。

しかし今日の凛はなかなかに強情だ。

 

「……どうして俺に関わろうとする」

「そんなのっ…!」

「俺はμ'sを……みんなを傷つけた。もうあそこは俺が居ていい場所じゃない」

「待ってよ……」

「もう俺に……関わるな」

 

そう吐き捨てた俺を、凛は悲痛な面持ちで見つめていた。これで折れるだろうと思っていた。しかし……

 

「……やっぱりダメだよ!そんなのおかしいよ!」

「くっ…………!」

 

 

いくら言っても聞こうとしない凛に、いい加減怒りが爆発しそうだった。

 

 

「放っとけつってんだろ!!どうして俺に関わろうとするんだよ!!」

「だって凛は!!」

 

 

そして俺は聞いた

 

 

彼女の胸に秘めた思いを

 

 

 

 

 

「────優兄ィの事が、好きだから……!!」

 

 

 

 

 

「………………………………え……?」

 

 

「優兄ィが苦しいときは側にいてあげたい…!

隣で支えてあげたい!もう嫌だから……優兄ィの“イモウト”のままじゃ嫌だから!!

 

ねぇ…凛はいつまで…優兄ィの中で妹なの……?」

 

 

 

 

彼女の言葉の意味はこういうことだろうか

 

 

俺が凛に向けている妹や幼馴染としての愛とは違い

 

1人の男として、俺が好きだと

 

それにも衝撃を受けたが、しかし

 

 

───そんな彼女に、()()()()()()()()()

 

 

 

 

───『……ありがとう、凛。でもさすがに俺たちも戻らないと、サトシたちが心配するだろ?とりあえず右の道に入って……“海未達”を探してみよう。……そして歩きながらでいいから

 

───俺の話、聞いてくれるか?』

 

 

 

『───うん、聞かせて?』────

 

 

 

 

合宿の、肝試しの時、俺はあいつに、希と、ことりちゃんのことを、話して、

 

 

あ、ぁ、俺は、、な、んて、こと、を

 

 

凛、を、傷つけ、、て、

 

凛を、凛、凛、、凛凛凛凛凛凛、凛凛凛

 

凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛う凛凛凛凛凛凛凛あ凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛ん凛凛凛凛凛あ凛凛凛凛凛凛凛り凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛ん凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛ん凛凛凛凛凛凛凛凛凛凛りあああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

────キシッ、ビギッ、バギバギッ!!

 

 

 

また音が響く そしてあの声も

 

 

 

『────よぉ。自分の振る舞いで大切な幼馴染を傷つけた感想を聞かせてくれよ。オイ?』

 

 

あぁ

 

 

『───で?どうするわけだよ。君が守ると決めた人を自分自身で傷つけちゃったわけですが。トーゼン“守る”んだろ?自分を“変えて”。それがテメェのやり方だもんなぁ?』

 

 

あぁ

 

 

『───さて、これでわかっただろ。オメェのやり方じゃ何も守れねぇ、何も出来ねぇ。

テメェには覚悟がねぇんだよ。何かを犠牲にしないで大切な何かを守ることなんでできるわけねーだろーが。

 

全部を大切にするから

 

全てを抱え込もうとするからテメェは』

 

 

あぁ

 

 

『───甘い。甘い甘い甘い甘い甘い甘い甘い。

さっきから言ってることとやってることがめちゃくちゃなんだよ。

“変わりたい”とかほざく割には、凛に向かって“俺に関わるな”なんて……滑稽以外の何物でもねェ。

 

自分自身の周りを省みない、自分を“変えるため”とかいう自己中な考えのもと起こした行動で傷ついた人がいることを自覚しろ。

何度でも言ってやる。オメェは間違ってる』

 

 

あぁ、そうか

 

 

『───お前は』

 

 

俺は

 

 

 

『「────必要ない』」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

言ってしまった。

悩み苦しんでいる優兄ィをみて、感情を抑えることができなかった。

 

伝えるつもりはなかったのに

 

心に留めておくつもりだったのに

 

今こんなことを伝えても、優兄ィを苦しめるだけ

 

頭では理解していたつもりだったのに。

 

現に今優兄ィは、黙り込んでしまって……あ、れ?

 

よく見ると様子がおかしい。

目は虚ろで、どこを見ているのか全くわからない。

顔色は真っ青で、どう見ても普通じゃない。

そして不意に───優兄ィの首がカクンと曲がり、俯いてしまった。

 

「……優、兄ィ…?」

 

不審に思った凛が話しかけても、優兄ィから返事はない。

 

「どうした……の………?」

 

全く反応のない優兄ィに、不信感よりも恐怖の方が募り始める。さっきだっていきなり倒れたし、もしかしてどこか体が悪いんじゃ……

 

そう思って近づこうとした時、優兄ィの顔が上がる

 

 

「────ありがとな、凛」

 

 

「え……?」

「返事、しっかり考えてからでもいいか?」

「……う、うん」

「ちゃんと答えるから。それじゃ、今日はわざわざありがとう」

 

 

優兄ィの言い方は……まるで『早く帰れ』と急かすよう。さっきは反抗してしまったけど、今はなぜか早く帰らなければならないような気がしてしまい……

 

自然と足が部屋の外へと向く。

 

「……じゃあね、優兄ィ。明日また学校で」

「おう」

「………………」

 

 

何故だろう

 

この部屋を出たらもう、優兄ィと会えない気がする

 

 

「…………凛?」

「んにゃっ!?な、何もない!それじゃね!」

「凛……──────────。」

 

 

焦りのあまり、ロクな返事をしないままにドアを閉じてしまった。最後何か呟いた声は、凛の耳には届くことはなく。

 

「あっ…………」

 

その途端に訪れる後悔、それに背中を押されてドアへ手を伸ばす。しかし何故かもう一度開けようという気にはなれなかった。

 

……何かがおかしい。

自分で自分の気持ちが不安定なのがわかる。

優兄ィに会いたいのに、優兄ィに会いたくない。

このドアを開ければ何かが壊れてしまう気がするのに、ドアを開けてしまいそうになる。

 

怖くてたまらない───自分の心の不安定さが。

 

不自然な何かを感じたまま、凛は優兄ィの家を出てきちんと施錠した後、鍵を元の隠し場所へと戻した。そして優兄ィの家の外門を出たところで……振り返る。

 

 

「……………………」

 

 

違和感、疑問、謎。

どの言葉も当てはまらない不思議な気持ちを抱えたまま……凛は自分の家へと歩き出した。

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「……最後の言葉、聞こえてたかなぁ」

 

嵐のように去っていった凛……彼女が居た場所を微笑みとともに眺めていた俺は、小さく呟く。

 

 

 

「凛……───“今までありがとう”」

 

 

 

最後の最後でたくさん迷惑かけたけど

 

 

君達に出会えて俺は幸せだった

 

 

泣いたこと、笑ったこと

 

 

悲しかったこと、楽しかったこと

 

 

その全部が俺にとって大切なものだった

 

 

言いたいことはたくさんある

 

 

でも本当に言いたいことは1つだけ

 

 

みんな

 

 

 

 

 

 

 

「──────ごめんな」

 

 

 

 

 

 

 

────ガシャァァン!!!

 

 

一際大きな音を立てて

 

 

彼の中で何かが壊れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふふふふふふふふ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『んふふふふふふふふははははははははははふふふははははふはふふふはふはふふははふはは

ふふふふはははははふははははふふふははははふはふふふはふふふふふははははははははははふふふははははふはふふふはふははははあはあはははあははははははははふふふふははははははあはあはあはあはははは』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あははははははははははははははははは』

 

 

 

 

 

 

 

 

奇怪な笑い声が暫く部屋に木霊する

 

その笑い声が止んだ後で、小さく呟く声が1つ

 

 

 

 

「───ホント、バカだよなぁ?オメェは」

 

 

 

彼は笑う ニッタリと、にんまりと、楽しそうに

 

 

 

「───散々迷惑かけといて、最後は自分でかよ。……ま、最後の方は促がしちまったところがあるけど」

 

 

 

右手を握り、離し、また握り、離し

 

 

 

「───安心しろ。お前が大切にしていたもの、大切な場所は───」

 

 

 

目から伝う一筋の雫と共に零れ出た言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

「───全部“オレ”が守ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、59話『回顧』
今回もありがとうございました。


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回顧

活動報告を更新しましたので目を通して頂けると幸いです。
重要なことが多々書いてあるので。



59話 回顧

 

 

 

 

 

μ's。

 

音ノ木坂を照らす光となった彼女達。

 

その輝きは今、鈍く朽ち果て────

 

 

 

 

 

 

“あの日”から3日後の朝。

私……絢瀬絵里は1人で窓の外を覗きながら頬杖をついていた。あれから変わったことは大きく分けて4つ。

 

1つはことりが学校に来なくなったこと。

留学準備やら何やらで忙しいらしく、日本を発つための準備を着々と進めている様子。

 

2つ目は穂乃果が練習に来なくなったこと。

“あの日”の事に責任を感じているらしく、にことも気まずいようで学校には来ているものの練習には顔を出していない。

……海未ともロクに会話もしていない様子。あの2人にあそこまで険悪な雰囲気が流れているのは初めて見た。……最も一方的に穂乃果が私たちとの関わりを避けているんだけど。

 

 

 

そして3つ目……優真が学校に来なくなったこと。

 

 

凛と明日会おうという約束を残して、彼は私達の前から姿を消した。もちろん電話には出ず、凛が家の中に入って確認したところ……もぬけの殻だったみたい。

つまり彼は端的に言うと───消息不明。

全ての連絡を絶ち、行方を眩ました彼は今どこで何をしているかもわからない。

 

 

最後に4つ目。μ'sが活動休止になったこと。

 

 

穂乃果、ことり、優真を除いた7人での練習を行っていたけれど、ムードメーカーである穂乃果がいないことによる練習のモチベーションの低下、ことりが行ってしまうことの喪失感……そして頼れる優真が居ないこと。全ての要素が悪循環を及ぼしていた。それを見た私は『μ'sの活動休止』を提案したがにこは猛反発、苦虫を噛み締めるような苦悶の表情で屋上を飛び出していった。他の皆も同じことで悩んでいたようで。“スクールアイドルを続けたい”という思いと、“このままでいいのか”という思い。そんな私たちの決断を後押しした共通概念。それは……

 

 

───“μ'sはこの9人じゃないと意味がない”

 

 

この考えの下、私達は“μ'sとしての”活動を一旦全て休止することになった。最もスクールアイドルの活動自体は制限しておらず、にこと花陽と凛は練習を続けていくようだ。

 

 

 

決して単純じゃない、様々な問題を抱えた私達は今、大きな分岐点に立たされている。

それをどうすることもできないまま、“その時”……ことりの旅立ちを迎えようとしていて。

 

彼なら────どうするだろう

 

ふと過ぎったそんな思考。それを自覚するや否や私ははぁ、っとため息をつく。

……ダメよ、今居ない彼を頼ろうとするなんて。この思考に陥ったのは今が初めてじゃない。この3日間、何度もそう考えそうになって…そのたびにため息をついて。

 

……彼を頼り過ぎたから、彼に任せすぎたから。

私達皆で抱えていく問題を、彼1人に預けたから。

穂乃果のケアとμ'sの行く末のことしか考えられなくて、見逃しちゃいけないものを見逃してた。

────こんな時、1番自分を責めるのは誰よりも優しい彼なのに。

 

 

この3日間、そんな後悔に苛まれている。

でもそんなことをしても何にもならないことは重々わかってる。だから私は考える、どうすればいいかを。

 

 

その時、教室のドアが開く

そこに立っていたのは────

 

 

 

「────ユーマ!!」

 

 

「優真……!」

 

思わず彼の名を呼んだ私と悟志くん。

まだ希とにこは学校には来ていないが、教室にいたなら私たちと同じ反応をしただろう。

そして悟志くんと私は優真に駆け寄る。

 

「優真、大丈夫なの?」

「心配したぜ!連絡の1つくらいしろよ!」

 

そこで彼は初めて私達を振り返る。

 

そして私は見た───“普段と何も変わらない”、しかし“普段と何かが違う”彼の姿を

 

 

 

 

「ん……あぁ、心配かけたな──()()()()

 

 

 

「………………え…?」

 

 

「もう大丈夫だから安心しろ。……それと()()、この間は済まなかったな。皆に謝っておいてくれ。特に()()()()には申し訳ないことをしたからな」

 

 

「…………優、真…?」

 

 

「責任取ってμ'sを脱退する。今まで世話になった。

────もう俺には関わるな、それじゃあな」

 

 

そう言い残して優真は自分の席へと歩き出した。

……嘘だ。あの彼がこんなことを言うはずがない。

 

「ユーマ!おい待」

 

 

 

 

「────聞こえなかったのか」

 

 

 

大声を出したわけでもない、あくまで日常会話レベルの声量であるにもかかわらず。

彼のその一言で教室が静まり返ってしまった。

 

 

そして彼は、己を覆っていた偽りの皮を取り払う

 

 

 

「───もう“オレ”に、関わるなって言ったんだ」

 

 

 

反論の余地もない、怒気とも殺気とも違う黒くて重厚な“何か”を纏った言葉が私たちに襲いかかる。

そして“あの目”────自らが敵と見なし、大切な何かを守るために見せる目を……今彼は私達に向けていて。

 

 

「…………お前……………()()………!」

 

 

絞り出すように紡ぎ出された悟志くんの問いかけに彼はただ一言

 

 

 

「────“オレが”、朝日優真だ」

 

 

 

それ以上話すことはないと言うように彼は再び自分の席へと歩き出した。彼が自分の席に着いた途端、教室内の凍り付いていた時が動き出す。ヒソヒソと聞こえる話し声、それを他所に私と悟志くんは呆然と立ち尽くすだけだった。

 

…………一体どういうことなの…?

 

 

 

「───おはよ、絵里」

「えりちおはよう」

 

するとそこに、にこと希が現れた。

 

「ん?えりちどうしたん?」

 

返事もなく困惑した顔のままの私を不思議に思ったのだろう、希が怪訝そうな表情で私に問いかけた。なおも答えない私を不審がった2人は教室を見回し───気づく。

 

「ゆーまっち……!」

「アイツ……やっと来たわね…!」

 

彼を見つけた2人が彼の元へ歩き出そうとする。しかし……

 

 

「────待って!」

 

 

2人の袖を握り、無理やり止める。

 

「何するのよ絵……里…………」

 

最初は怒りを露わにしながら私を怒鳴ろうとしたにこだったけど、私の顔を見て声が尻すぼみになってしまった。

……今私は、どんな顔をしているのだろう?

 

ただ少なからず。

 

───2人の表情を疑問と恐怖入り混じる異質なものに変えてしまうほどには、顔色が悪かったということね。

 

 

「“今の彼”は…私達の知ってる“彼”じゃない」

 

 

 

 

 

 

その日の彼はやはり目に見えておかしかった。

私達はおろか他の人が話しかけても返事すらせず、昼休みは自分の目の前に座って無理やり一緒に昼食を取ろうとしたにこに目もくれず、何処かへ行ってしまうかと思うとそのまま休み時間の終わりまで帰ってくることはなかった。

放課後になった途端、彼はカバンを手に颯爽と帰ってしまい結局話せずじまい。

 

頑なに他人との接触を拒み、孤独を選び続ける彼。

それはまるで中学時代の私のようで。

 

だからこそ感じる違和感…だってそんな私を“変えて”くれたのは彼なのに。今彼自身が私が辿ってきた道に後戻りしようとしている。

 

それに朝に聞いた言葉。

 

 

────『“オレが”、朝日優真だ』────

 

 

()()()”。彼は確実にそう言った。

じゃあ何?今まで私達が過ごしてきた優真は偽物だとでもいうの?

 

そんなわけない。

 

私が優真と過ごしてきた2年間……μ'sのみんなで過ごしてきた時間──私が加入したのは最近だけど──は、確かに私の中にある。

この思い出が嘘なんて、誰にも言わせない。

 

 

認めない。“今の彼”は、優真なんかじゃない。

絶対に取り戻してみせる。元の優真を……

 

 

 

そう決意した私は、生徒会に行くために希の元へと向かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれから二日間、優真は決して私たちはもちろん他の誰ともと関わろうとはしなかった。

そしてその日の課外終了後。私、にこ、希の3人に理事長室へと呼び出しがかかった。3人だけで来て欲しいと言われたけれど……何があるのかしら。

 

理事長室へ着き、数回ノックした後ドアを開く。

 

「失礼します」

 

するとそこには───理事長と赤髪の女性、そして悟志くんの姿が。

 

さらに────

 

「────穂乃果……ッ!」

 

右の方の本棚に以前の明るさなど微塵の面影もない暗い面持ちで俯いて立っている穂乃果の姿が。

 

「アンタどのツラ下げて私の前に……!!」

「やめてください、にこ!」

「っ……海未……そもそも何でアンタ達が」

「……私達も呼ばれたんです、理事長に」

「なんですって……?」

 

するとその時。

 

「失礼しまーす……あれ?みんな」

「凛……!それに真姫、花陽…」

「どうしてみんなまで……?」

「私達も呼ばれてきたのよ、花陽」

「絵里達も……?─────っ!!」

「……? どうしたの、真姫…」

 

私と会話していた真姫の表情が突如驚愕に変わる。その目の先に映るのは─────

 

「────ママ……!」

「!」

 

なるほど……そういうこと。

あの赤髪の女性、何処かで見た雰囲気だと思ったけど、真姫の母親だったのね。

 

「どうしてここに……!」

「───全員揃ったみたいね」

 

真姫の声を、理事長が遮る。

 

「貴女達は敢えて別々に呼んだのよ。……事前に全員来る、って言えば誰かが来ない可能性もあったから」

 

そう言って理事長はにこへと視線を向けた。

それを受けたにこは気まずそうに目を背ける。

大方図星だったのだろう。

 

「……理事長、ことりは…」

「今日は用事があって来られないわ」

 

────疑わしい。

でも真偽はさておき、この場にことりが居ないのは正解だったのかもしれない。もしことりが居たなら、穂乃果とにこに加え、穂乃果とことりが対峙する事になってしまう。

……ことりのことだから、それを考えて敢えて来なかったのかもね。

 

すると突然希がひっそりと部屋の隅に移動し、コソコソと携帯を操作し始めた。

……なるほどね。

彼女の意図を悟った私は見て見ぬ振りを貫く事に決めた。

 

 

 

そして希は誰にも聞こえないように一言。

 

 

「───これでええんやろ?ことりちゃん」

『うん、ありがとう……希ちゃん』

 

 

 

 

「さて、貴女達も気になってると思うけれど」

 

そこで理事長は赤髪の女性に視線を移した。

 

 

 

「初めまして。私の名前は西木野瑞姫(みずき)

─────そこにいる真姫の母です」

 

皆が薄々考えていた事実なだけに、別段大きな動揺は生まれなかった。

 

「私がここに来た理由は1つ。

 

皆さん

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

『……!!』

 

先程と違い、皆が皆それぞれ何かしらの大きな反応を取った。その多くは驚き、そしてある1人は……恐怖。

 

「───“彼の過去を知ること”は、“彼の全てを知ること”に繋がる。皆も気になっていたんじゃないかしら。彼の異変……()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『…………』

 

誰も、答えない。

しかしその沈黙は即ち、肯定を意味している。

 

「だから───」

 

 

「───待って!!」

 

 

瑞姫さんの声を遮ったのは……

 

 

「……凛」

 

「ダメだよ……勝手に、そんな…それにほら!優兄ィの過去なんて大したことないし……!」

「……凛?」

「あ、そうだ!優兄ィの昔話なら凛たくさん知ってるにゃ!えっとねー、えっとねー……」

 

「───凛さん」

 

 

不自然なほど饒舌に捲したてる凛を制したのは、悟志くんの声だった。

 

 

「……今まで1人でよく頑張ったな」

「……何の話かにゃ…?」

「“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”って色々無理してたんだろ?」

「何言ってるの………?全然、言ってる、こと……」

 

 

凛の声と、その瞳は震えている。

凛は良くも悪くも正直、故に嘘が上手じゃない。

“優真を守りたい”。その一心で彼女が嘘をつき続けているのが、目に見えてわかる。

 

「───星空さん。これは彼自身が望んだことよ」

「っ……!?優兄ィが…?」

「今までありがとう。“彼の過去”を守ってくれて」

「真姫ちゃんのお母さんは知ってるんですか…?」

「知ってるわ。私が知らなかった部分は本人から聞いたし、何より私は……彼の“あの時”の担当医だから」

「っ……!!嘘っ……!」

 

凛と瑞姫さんの2人で話が進んでいるけれど、私達には全くわからない。“あの時”?“担当医”?

いったいどういう─────

 

 

 

「─────ふざけないでよ」

 

 

 

突如怒りに満ちた声が部屋に響く。

 

 

「やっぱり知ってたんじゃない、ママも悟志も…!どうして今まで黙ってたの!!もし知っていれば、あんなことには────」

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「っぅ………………」

 

 

真姫の怒りを、一言で封じ込めた瑞姫さん。

それは今までの優しさとは違う、“娘”に向ける、“母の厳しさ”。

 

 

「興味深いわね、真姫。あなたは“知っていれば彼を止められた”って言うのね?

────あなた1人が、知っていた“程度”で」

 

「それは……」

「『どうして黙ってたの』?……安易に言えるようなことじゃなかったからよ。この事実は、下手をすれば“あなた達の今まで”を壊しかねないから」

「今までを……壊す…?」

 

そこまで言い切ると瑞姫さんは真姫への追求を止めて改めて私たち全員に向けて言葉を放つ。

 

「……さて。前置きが長くなってしまったけれど、始めましょうか……“答え合わせ”を。

さっきも言ったけれどあなた達はきっと、この事実に衝撃を受けるはず。聞きたくないというのなら、聞かなくても構わない。でもあなた達には、“権利”がある。それを行使するも手放すも、あなた達次第。

……聞きたくないという方は、外にどうぞ」

 

誰1人、その場を離れようとする人はいなかった。

 

「じゃあ始めます。……その前に。東條さん」

「……はい」

「あなたからも、話が聞きたいわね」

「わかってます。元々そのつもりでした」

「……そう、それならいいの」

 

今の会話で、全員の視線が希へと集中する。

 

「皆聞いてくれる?ウチとゆーまっち…ううん。

 

 

 

───“私”と“優真くん”の話を」

 

 

 

『!?』

 

突然雰囲気を変えた希に皆の表情が驚きに染まる。

にこ、穂乃果、海未、真姫は恐らく“本当の希”は初見……凛や花陽は最後に見たのは小学生の頃のはず。

 

「希……」

「いいの、えりち。西木野先生が優真くんの過去の話をした時から、こうしなくちゃいけないことはわかってたから」

 

私に笑顔で返すと希は皆の前へと立ち、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「……今まで黙っててごめんね。全部話すよ…えりちもまだ知らないことを含めて」

 

 

 

 

いつに無く真面目なトーンの希の声に、皆の意識が引き締まる。

 

 

 

今から話されるのは、紛うことなき─────

 

 

 

 

─────“朝日優真の傷”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




重ね重ねにはなりますが、是非活動報告の方を読んでいただくようお願いします。

次回、60話『【朝日優真の傷 I】喪失』
今回もありがとうございました。


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【朝日優真の傷 I 】喪失

60話 【朝日優真の傷 I 】喪失

 

 

 

全部話すよ…えりちもまだ知らないことを含めて」

 

そう言って私…東條希は瞳を閉じる。

 

───これは必然。

彼の異変に気づかなかった私が償うべき、罪。

本当なら、ずっと黙っていたかった。

でもこの話が彼を知ることに繋がるなら──彼を救うことに、繋がるなら。

 

私は覚悟を決めて語りだす……“彼”と“私”の、その過去を。

 

 

「……私と優真くんが出会ったのは、中1の春。転勤族の親の影響で私には友達が居なくて。そんな私に初めて話しかけてくれたのが……優真君だった」

「……もう5年も前からの付き合いじゃない」

「うん。そして優真くんは私にとってココで出来た初めての友達で。女の子の友達も何人かできたけど、行き帰りは優真くんと一緒だったしね。凛ちゃんや花陽ちゃんとも、この頃出会ったよね」

 

私からの問いかけに、2人はゆっくりと頷く。

 

「───そしてこの話は凛ちゃんと花陽ちゃんが知ってるか微妙なところなんだけど。

……私と優真くんにとって、()()()()()()()()()()()()()

「大切な……存在?」

「……これはきっと、彼もえりちに話してないと思う」

 

そこで一度言葉を切り──────

 

遠いあの日へ想いを馳せる───────。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

中学校1年生の秋。少し強めの秋雨が降る木曜日のこと。私と優真くんはいつものように帰り道を歩いていた。

いつもなら何気なく通り過ぎる公園、でもその日だけはいつもと違って……

 

「────優真くん」

「ん?どしたの希」

「……何か聞こえない?」

「えっ?何かって」

「シーッ」

 

口に指を当て、耳を澄ますように彼を促す。

渋々といった様子で彼も黙って目を閉じ、集中して周囲の音を聞き取ろうとする。

その時。

 

 

 

「────────ワンっ」

 

 

───聞こえた、確かに。

降り頻り鳴り響く雨音の中に、小さくか細い“生命の叫び”。

 

「───こっちだっ!」

 

私よりも先に優真くんは声の聞こえた公園の方へと駆け出した。私も少し遅れて彼を追いかけ、追いついた頃には────

 

「───いた」

 

木陰の草むらに横たわり、目に見えて弱り果てている子犬の姿が。

 

「子犬……?こんなに小さい……」

「誰かが捨てていったのかもな。早くなんとかしないと……!」

 

彼の思考はもう、“犬を助けること”しか頭にない。

見捨てるなんて、もってのほか。

 

「こっからなら俺ん家よりも希ん家の方が近い!大丈夫か!?希!」

「う、うん!」

「よし…!俺の傘持っててくれ!コイツは俺が連れて行くから!」

「え、それじゃ優真くんが……」

「そうしないと希が風邪引いちゃうだろ!ほら、早く!」

 

一分一秒を惜しむように、優真くんは私に閉じた傘を投げつけて両手に子犬を抱えて走り出した。

 

……いつもそう。自分の事は二の次で、どこまでも他人思いで。

 

私はそんなキミが────いや、今は。

 

私も彼に続いて公園を出て家へと駆け出した。

 

 

 

 

「うはぁー、雨結構強かったね」

「はいコレ。早く拭かないと風邪引いちゃうよ?」

「ん……ありがとね、希」

 

約5分ほどで私の家へと着いた。子犬の濡れた体を丁寧に拭き取り、タオルを敷き詰めた段ボール中へと入れて上からもタオルをかける。

犬の知識に乏しい私達ができる最大の応急措置だった。

幸いにも今子犬は安らかな寝息を立てて眠っている。

 

「……なんとかなったね」

「うん。それにしてもよく気付いたね、希」

「たまたまだよ。……それより、どうするの?私の家は多分犬飼えないし……」

「……俺ん家もだ」

 

そう、次に考えなきゃいけないのは、“子犬の今後”。

2人とも家で飼えないとなると、何かしらの対策が必要になるけど……

そこで彼は、突拍子もない提案を持ち出した。

 

「……ねぇ、希」

「ん?なに?」

 

 

「───2人で飼わない?」

 

 

「えっ……?」

「近くの廃工場の裏。あそこで2人ひっそりとさ」

 

優真くんはあくまで本気、面白いことを閃いたと言わんばかりに輝いた瞳で笑いかけてきた。

 

「……エサは?」

「2人のお小遣いでなんとかなるさ!希が厳しいなら俺が払うし!」

「……本気、なの?」

「本気も本気、大マジ」

「優真くん、途中で投げ出したりしない?」

「しないよ!………………多分」

「それじゃダメだよぉーっ!」

 

特に悪びれることなく、優真くんはにひひと笑う。

 

……もう。仕方ないなぁ。

 

「……わかったよ。2人で飼おっか」

「やったぜ!さすが希っ」

「でもっ!」

「んっ」

 

 

「───ふ、2人だけの…ナイショにしようね」

 

 

私の背中を後押ししたのは、“秘密の共有”。

思春期特有の秘密への執着が私にももちろんあった。

そしてそれの共有をしたくて。

 

───だって彼は、私のスキナヒトだったから。

 

彼は私の提案に、暫く目をパチクリさせた後…少し照れたように笑った。

 

 

「───うん、“2人だけの秘密”、だな」

「……えへへ」

 

彼の言葉が嬉しくて思わず笑みが溢れてしまった。

…少し気持ち悪いくらい、ニヤニヤ笑ってしまったかもしれない、反省反省……

 

「……さて、じゃあ名前つけよっかぁ」

「あ、そうだね」

「うーん、何がいいかなぁ……」

 

うんうん唸りながら名前を絞りだそうとする優真くん。

 

───実はね、もう考えてあるんだ。

 

そして私は呟く。“その名”を────

 

 

「─────“紬”」

 

 

「えっ?」

(つむぎ)ちゃん。その子の名前」

「つむぎ…うん!いいね!そうしよう!意味は?」

「……言わなきゃ…ダメ?」

「ん……まぁ、教えてくれれば」

 

……恥ずかしい、けど…

 

「き、キミと!」

「お、俺と」

 

 

「───キミと私の絆を…“紬”いでくれるように」

 

 

「……おう、そうか!い、いいなそれ!」

 

言った私もそうだけど、言われた彼も見たことがないほど顔を赤面させていた。

 

「……希」

「ん?」

 

 

「───大切にしような。“俺達の紬”を」

 

 

───キミの方がよっぽどじゃん。

 

「うんっ!」

 

子犬───紬ちゃんが“紬いで”くれるのが私達の友情、絆と……

 

 

────赤い糸であることを願って。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「紬ちゃん……お兄ちゃんが大切にしていた犬…希ちゃんとの思い出だったんだね」

 

花陽ちゃんは紬ちゃんのことを知っていたようで、私の話に笑顔を浮かべていた。

しかし凛ちゃんの表情は……悲しそうな、もうしわけなさそうなもので。

 

「……凛ちゃん?」

「希ちゃん、かよちん……紬ちゃんは」

 

 

「───そこから先は私の仕事よ」

 

 

凛ちゃんの声を、西木野先生が遮った。

 

 

「……続けて、東條さん。終わりじゃないんでしょう?」

「……はい」

 

ここからの話は、流石に言い淀む。

でも。

 

「それから私は───」

 

全てを話した。イジメられていたこと、彼との別れ、最後に彼に会えなかったこと……私が何を思ってこの街に戻ってきて──どんな思いで、彼への想いを棄てたのか。

 

「───これが私の、昔の話」

「アンタ達、そこまで……」

 

私の話を聞き終えた皆は、悲しそうな目を私に向ける。

 

「……ありがとう、東條さん。辛かったでしょう?ごめんなさいね」

「いえ。いつか言わなくちゃいけないとは思っていたので」

「それならいいのだけれど。……さて、ここからは私の番」

 

先生のその言葉に、自然と意識が引き締まる。

 

「……東條さん。あなたは彼の変化を、自分のせいだと思っている。違う?」

「……少なからず、中学の頃と高校入学時の彼が違っていたのは……優真くんが、明るさを失っていたのは、私のせいかと」

 

「───それは違うわ」

 

「え……」

「断言する。その根拠も、今から話すわ。

 

───さて、これは今から5日前の話」

 

5日前……彼が私達から姿を消した日。

そして先生は語りだす。

 

空白の5日間、そこで何があったかを。

 

 

 

▼▽▼

 

 

5日前の昼下がり。真姫の母…瑞姫は家のデスクで書類整理を行っていた。

その日は非番だったが、やることはたくさんある。故に今日も今日とて仕事に追われる日々。

 

そしてこれは目の前の書類を片付け終わり、ひと段落ついていた時のこと。

 

─────ピンポーン。

 

鳴り響いたベル、瑞姫は来訪者の姿を確認するべくインターホンへと向かい……

 

「……はい」

『どーも、朝日です』

「朝日くん……?少し待ってて」

 

自動門を解錠した後、ドアを開けるために玄関へと向かう。幾ばくかして再びインターホンが鳴り、ドアを開く。

 

「……どうしたの?あなた今日学」

 

 

「───()()()()()()()()

 

 

「っ……!!」

 

そこで瑞姫は悟る。今目の前にいる“彼”が、彼ではなく“彼”だという事に。

 

「───久しぶりね、本当に。今日は改めてどうしたの?」

「ちょっと……いや、いろいろ話したいことがあって。今忙しいです?」

「いえ、大丈夫よ。“大事な教え子”の頼みだもの」

「ありがと、センセー」

 

どうぞ、と促した私に目礼を返して彼は家の中へと入った。

 

 

 

 

 

 

「コーヒーでいいかしら?……いや、()()()()()()だったわね」

「お気になさらず…なんてね。ありがたく頂きますよ」

 

自らの分のコーヒーと、彼のための紅茶を乗せたトレイを手に瑞姫は彼とテーブル越しに目の前の椅子に腰を下ろした。

 

「ありがと」

「いいのよ、別に。それで?今日はどうしたの?……というより、“彼”は?」

 

 

「───オレが壊した。あいつはオレらにとって邪魔でしかねぇ」

 

 

「……なるほど、ね」

 

 

“壊した”。

この言葉の意味を、“この時の”瑞姫は正しく受け止められていなかったのだが、そんなことを知る由もなかった。

 

 

「話の腰を折ってごめんなさい、続けて」

「……まぁ、端的に言うと先生に頼みがあって」

 

そこで一度言葉を切り、紅茶に口を付けた。

その味を堪能するようにゆっくりと喉元を通した後、彼は口を開く。

 

 

 

「───オレらの過去の話を、アイツらにしてくれませんかね?」

 

 

「っ!?」

「もちろん今から全部話すよ。センセーの知らないことも含めて」

「……それは“アナタだけの”望み?それとも──」

 

 

「──────センセー」

 

 

「っ……」

 

蓋を開けたかのように突如解き放たれる黒い何か。

大の大人でも有無を言わせぬ威圧感を誇るそれは、瑞姫にとって初めてのものではなかった。

 

「……やっぱりあの時のアレは、貴方だったのね」

「あの時…?」

「この間ケガをしてウチに運ばれてきた時──」

 

 

────『……さて、俺も部屋に行きますね。ありがとうございました』

『待って、朝日くん。まだ話は……』

 

 

『──────()()()()()()()()()()()

 

 

『っ……!あなたやっぱり…!』

 

……また勝手に。

拒絶の意味を込めて告げた2度目の“ありがとうございました”。それを聞いた瞬間、先生の表情が驚きに染まる。』────

 

 

 

「あぁ、バレちゃったか」

「自分からバラしたようなものでしょう?……いつから貴方は…」

「それも話す、全部。だからセンセーはそれを伝えてくれ、μ's(アイツら)に」

「……どうして?」

「……そうすれば」

 

そこで言葉を止めた彼は、悲しげに笑う

 

 

「───アイツらはきっと、オレから遠ざかってくれるから」

 

 

「……わかったわ。それが貴方の望みなら」

「ありがと。じゃあ話すね」

 

一応の承諾を出したが、瑞姫は思う。

 

 

本当に遠ざかることを望むなら

 

───どうしてさっき、あんなに悲しそうに笑ったの?

 

 

そんな瑞姫の思いをよそに、彼は語り始める。

彼の5年間──彼の傷の全てを。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

中1の一月。

希が居なくなったことを知った。

彼女は本当に何も言うことなく、俺の前から居なくなってしまった。

俺の心に、たくさんの思い出と、たくさんの傷を残して。

 

 

なんで何も言ってくれなかったんだ。

 

なんで何も言わせてくれなかったんだ。

 

 

───どうしてあの日(クリスマス)、来てくれなかったんだ。

 

 

クリスマスのあの日。希に学校に──正確には中西から場所の変更を告げられたわけだが──来るように言われたあの日、どれだけ待っても彼女は来ることもなく。

15分、30分と時は過ぎ……1時間が経とうとした頃。

 

「───優真!」

 

自分を呼ぶ声が聞こえて、俺はそちらを向く。

 

「…………翔太」

「探したぞおい!どうしたんだこんなとこで」

「……ちょっと呼ばれてて、さ…」

 

荒川翔太。

俺の中学時代の友人。俺はこいつの家で行われるクリスマスパーティに招待されていた。

 

「ん…もしかして希ちゃんか?希ちゃんならさっきすれ違ったぞ?」

「えっ……?」

「友達と仲良く歩いてた。だからここにはもう来ないんじゃないか?」

 

希が…………他の友達と…?

 

「本当に?」

「マジマジ。だからほら、早くいこーぜ!パーティもう始まってるぞ?」

「……お、う」

 

翔太に引っ張られるように、俺は学校を後にした。

彼女は一体何を俺に伝えようとしたのだろう。

 

その答えを、俺が知ることはなかった。

 

 

 

 

季節は少しだけ流れ、2月。

俺は放課後の習慣になっているコト(ルーティンワーク)のためにとある場所へと向かっていた。

廃工場の隅、そこにひっそりと備え付けられた小さなドアの先。そこには若干の草むらと、中央に大きな木がそびえ立つ、“生き物が生活するには丁度良い”小さな一角がある。

 

そう、ここは俺と彼女の秘密の場所で、そこには…

 

「──────ワンッ!」

 

小さい頃特有の、甲高い鳴き声。

俺の姿を見るや否やパタパタとこちらに駆け寄ってくる小さな影。

 

「──────紬」

 

その名を呼びながら、俺はその小さな体を撫でる。

拾った頃からは想像もつかないほど元気になり、俺が来ると楽しそうに走り回っている。

何度か凛や花陽をここに連れてきて、4人で遊んだこともあって。

 

「ワンッ!ワンッ!」

 

そして紬は吠える──“俺の隣の、誰も居ない虚空”を目掛けて。

 

───()()()()()()()()()()()姿()を求めて。

 

「───ごめんな、紬。あいつはもう居ないんだ」

 

このやり取りを、彼女が消えたあの日からもう何度も繰り返した。

その度に希が消えたという実感が俺を襲い、途轍もない悲しみに見舞われて。

 

それでもまだ、俺が紬を世話し続けているのは……

 

「……約束、したもんな」

 

 

──『キミと私の絆を…紬いでくれるように』──

 

 

紬は、俺と希を繋ぐ最後の糸。

何処へ行ったのかもわからない希が俺に残した、最後の絆だったから。

 

ここで待っていれば、会えるかもしれない。

 

そんな思いに、醜く縋って。

 

 

 

一目でいい、もう一度だけ、彼女に会いたい

 

 

あの日君は、俺に何を言おうとしたんだ?

 

 

俺も君に、伝えたいことがあったんだ

 

 

もし再び会える時が来たなら

 

 

今度こそちゃんと言うんだ

 

 

 

 

 

 

────『君が好きです』、って

 

 

 

 

 




次回、61話【朝日優真の傷 II 】血涙
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【朝日優真の傷 II 】 血涙

 

 

 

 

 

 

61話 【朝日優真の傷 II 】 血涙

 

 

 

 

希との別れから時は少しだけ過ぎて、中2の6月。

春の名残も過ぎて夏を感じるようになった蒸し暑い陽気。

新しいクラス、新しい友達、新しい先生……

様々な“新しい”の中で、最も新しいことが1つ。

 

 

「───優真ァ」

 

 

放課後、“いつものように”声を掛けられて振り返る。

……これから起こるだろうことを考えるとうんざりだけど。

 

 

「……何、翔太」

「ちょーっと来てくれるか?」

「……いいよ」

「話が早くて助かるぜ。……来いよ」

 

 

クラスメイトで、俺の友人でもある荒川翔太に呼ばれ、俺はいつもの場所……人気のない“体育倉庫”へと連れて行かれて……そこで行われていることは、大方想像がつくと思う。

 

 

「ほーら……よッ!!!」

「んぐっ!!」

「オラオラどしたどしたァ!!」

「か……は…っ……!」

 

 

手足を後ろで縛られ、2人から体を抑えられて身動きが取れない。

そんな状態で俺は4人からボコボコに暴行を喰らい続けていた。

痣が出来ぬように顔は決して殴らずに腹部を中心に力をコントロールし、ローテーションのように止めどなく。

 

そう、俺は。

 

───中2の4月から、荒川翔太を中心とした数名にイジメを受けていた。

 

 

事の始まりは、小さなものだった。

 

朝学校に着くと、引き出しの中の教科書類が床に散乱していて。

最初は何かしらの原因で勝手に机から溢れ出たものかと思った。けれどもそれが数回目ともなると、どうにも不自然に思えてしまう。

 

それから小さな嫌がらせのようなものが積み重なり続けた。筆箱を隠されたり、カバンの中にゴミを入れられたり。

日に日にエスカレートしていくそれを、俺は特に気に留めることもなく過ごしていた。

何故なら俺は「あぁ、ついに俺か」という思考に満ちていたからだ。

 

荒川翔太という男は、両親ともにIT会社を経営する大金持ちで教師や大人たちには完璧な一面を見せる反面、完璧を演じるために気に入らない奴を“粛清”という名のイジメで自らの言いなりにしていたのだ。

俺がその事実を知ったのは中1の2月。

友情を金で買った、“友人”と呼ぶのも憚られるような“付き人”を引き連れてケラケラと笑う翔太を見た俺は───心底嫌気がさした。

 

それ以来翔太とはケンカ別れをして、関わるのをやめた。だからアイツからイジメが始まっても何も感じなかったし、屈してなるものかと反骨精神まで湧いてくる始末。

 

 

 

絶対に認めない

 

金と暴力で全てを思いのままにするなんて

 

許されるはずがない

 

 

 

「うっ……あ…………」

「よぉ、どんな気分だ?優真」

「……最っ高に最悪だね」

「お前もホントにバカだよな。俺に逆らわなきゃこんなことにはならなかったのによ」

 

俺をせせら嗤うように顔を歪ませる翔太。

周りにいた奴らも愉快そうに笑い声をあげる。

 

───その中に1人、困ったように笑う奴が1人だけいた。

そいつは俺が翔太と決別してからも俺と仲良くしてくれていた奴で、本当はこんなことをしたくないのかもしれない。現にそいつだけは控えめに見積もっても暴力を手加減してくれていたから。

 

しかし彼は俺に手をあげるしかない。

逆らえば、自分も“粛清”されるのだから。

だから俺は彼に対して何の怒りも湧かなかったし…寧ろ同情の念さえ湧いた。

 

そして彼にそんなことをさせた翔太に───改めて黒い感情が湧き上がる。

 

 

 

───許さない

 

俺の友達を傷つけるお前を

 

“力”で弱者を虐げるお前を─────

 

 

「……ぇよ」

「あ?何つった」

 

 

「───うるせぇよ」

 

 

「っ!?」

 

 

────“俺”を傷つけたお前を

 

 

「───オメェなんかに、“オレ”を潰せると思うな

 

“俺”に手ェ出したこと、後悔させてやる」

 

 

────“オレ”は絶対に許さない

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……あ……なん、だよ……お前…誰だよ!!」

 

 

雰囲気の変わった“彼”を見て、荒川翔太及びその付き人達はガタガタと震えだす。

客観的に見て、有利なのはどう見ても荒川達。

“彼”は両手足を縛られ、身動きが取れないのだから。

しかし彼らはそうする事は出来ない。

“彼”から放たれる威圧感…そして彼らを睨むその目がそれを良しとしないのだ。

 

 

今触れれば────殺される

 

 

そんな確信が彼らにはあった。

 

 

そして“彼”は口を開く

 

 

「───いいかオメェら。次“俺”に手を出してみろ

 

──────殺すぞ」

 

 

「……ひっ…………!」

 

普段の彼からは想像もつかない、物騒な言葉。

日常生活で誰しもが冗談で使うようなその言葉は…

 

今の彼なら、本当に“殺り”かねない。

 

「し、知らねぇよバカ野郎ッ!!」

 

彼らに残された選択肢は、この場から逃げ出すことしかなかった。

 

誰もいなくなった体育倉庫で、彼は目を閉じる──

 

 

 

 

 

 

 

「─────あ、れ?」

 

意識を失っていたような感覚。

ふと気づくと体育倉庫の中には俺しかいなかった。

 

「一体何が……ってこれ!縄結んだままじゃん!!」

 

ヤバい、非常にヤバい。

人が来ないと俺、このままずっとここに───

 

 

「───朝日クン!」

 

突如体育倉庫に入り込んできたのは……

 

「中西……」

「大丈夫!?」

「う、うん。でも、どうしてここに…」

「さっき荒川くん達がここから出て行くのが見えて……それで気になってきてみたら朝日クンが…」

 

中西光梨。

俺のクラスメイトで、1年の頃の希の友人。

容姿は学年1…否、学校1といっても過言ではないほど端麗で、同学年の男子からは屈指の人気を誇る。

彼女は俺の質問に返事をしながら、俺を拘束していた縄を解いてくれた。

 

「ありがと、助かったよ」

「……ねぇ、先生に言わないの…?今回が初めてじゃないんだよね?」

「……言わない、かな」

「どうして…!?このままじゃ朝日クン……」

「……変だと思うかもしれないけど」

 

そう前おいて、俺は話す。

 

 

 

「───アイツとまた、友達になりたいんだ」

 

 

 

「……!」

 

 

「こんな事されてもアイツの事嫌いになれなくて。たとえこんな一面があったとしても、翔太と一緒にいて楽しかった事もまた事実だからさ。俺が耐え抜いて、こんな事しても無駄だって気づいてくれたら……またアイツと楽しく過ごせるじゃないかって」

 

 

「朝日……クン……」

「確かにアイツは許せないけど、きっとわかってくれるはずなんだ。アイツもそこまで腐っちゃいないはずさ。だから中西、心配してくれてありがとう。俺は大丈夫だから」

「…………………………」

「……中西?」

「……あの…」

「え?」

 

 

「良かったら……今日私の家に来ない?」

 

 

「はい?」

「ほら、怪我してるかもしれないし…私の家なら治療する道具あるし、ここから近いし!学校にバレないようにするなら保健室も使えないでしょ?」

 

唐突過ぎるその提案に、俺は少々慄いた……というより、中西は今の俺の話を聞いていたのだろうか?いきなり話が飛躍しすぎなような……

 

「……悪い、俺今から行くとこがあるから」

「行くところ?」

「うん、だからそれはまた今度。それじゃね、中西!」

「あっ……」

 

少々様子が不審な中西を放置して、俺は体育倉庫を抜け出した。

目指すのは“あの場所”。

半年以上、1日も欠かした事のない日課。

 

 

 

 

 

 

俺が“そこ”に姿を現すと、真っ先に駆けてきた1つの影。

 

「─────ワンッ!」

「待たせたな、紬…っとと」

 

屈んだ俺の胸に飛び込んできた紬を受け止め、その柔らかな毛を撫でる。

俺達に拾われてから早8ヶ月、まだまだ子犬と呼べるような体格だが、拾った当初よりも遥かに成長した。

 

彼女が俺の前から消えて半年が経った。

その間俺は一度もここへ訪れなかったことはない。

 

 

 

ここに来れば、逢える気がして

 

逢えるとすれば、ここな気がして

 

何食わぬ顔で、紬と遊んでるんじゃないかって

 

これまでみたいに、2人で笑えるんじゃないかって

 

 

 

「──────希」

 

 

数ヶ月ぶりに、その名を口にした。

未だに癒えない傷を俺の心に残して消えた、その少女の名を。

 

 

「くぅん…………」

 

俺の悲しげな呟きから心象を察したのか、紬が俺の胸へと頭を擦り寄せてきた。

“犬は人の心がわかる”と言われている。

以前の俺ならそんなこと信じる価値もないと思っていたが、今はそんな風には思わないし、その通りだとすら思う。

 

だって紬はこんなにも───俺の気持ちを察してくれるのだから。

 

「……また明日も来るからな」

 

俺から離れようとしない紬にそう告げて、俺は廃工場を後にした。

 

 

 

その後しばらく、翔太から俺への明確な暴力は起こらなくなった。イジメの質が、暴力から陰湿なものへと逆戻りしたと言えば良いのだろうか。

 

少しはわかってくれたのかな。

 

そんな思いを抱きながら、また日々は過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

中2の7月初旬の朝。

いつものように廃工場に向かった俺が見たのは……

いつもとまるでもので。

 

「紬ー、来たぞー…ってあれ?」

 

いつもなら俺が来た瞬間こちらへと駆けてくる紬の姿が、今日は見当たらない。

 

「紬、寝てるのか?」

 

紬がいつも寝ている箇所へ向けて歩き出す。

心の中に生まれた不安を振り払うように。

 

 

 

そしてたどり着いたその場所で

 

俺は言葉を失った

 

 

 

「お、いたいた紬───────」

 

 

俺の目に留まったのは

 

 

「………………………………………」

 

 

 

 

 

下腹部から赤い液体を流し、ピクリとも動かない、紬“だった”何か

 

その横には、赤黒く染まった大きな鋏

 

 

 

 

 

 

「……………………つむ……………ぎ………?」

 

 

 

 

俺の呼びかけに返事もなく、ピクリとも動かない。

詳しい事はわからないが、鋏と地面の血は固まっている事から、事切れてすぐといったわけではないようだ。

 

 

「…………………………あぁ……」

 

 

ユラユラと子犬に駆け寄り、その体に触れる。

既に絶望的に冷えてしまっているその亡骸には、僅かな温もりすら感じられなくて。

 

 

誰が─────こんなことを

どうして───こんなことに

 

 

「はぁ……はぁ…………」

 

働かない思考回路を懸命に稼働させ、状況の理解を試みる

 

そんな中頭を掠めたのは────

 

 

──『キミと私の絆を…紬いでくれるように』──

 

 

「あぁ……ぁぁあぁあああああぁああ!!!」

 

 

齢13歳の俺に出来たことは、全てを投げ出してその場から逃げ出すことだけだった。

 

 

 

 

 

 

その日の授業は全く集中できず、全てにおいて上の空だった。時間とともに冷静な思考力を取り戻した今思うのは…あの場に残してしまった紬のこと。

酷いことをしてしまった。気が動転して正しい判断ができなかった。

ちゃんと謝って……供養しなきゃ。

 

 

──『キミと私の絆を…紬いでくれるように』──

 

「っ…………」

 

希にも、申し訳ないから。

その時。

 

 

『2年○組、朝日優真くん。進路指導室へ来てください』

 

 

突如響いた校内アナウンス。

俺の名が呼ばれた瞬間、クラス内の視線が一瞬俺に集中して……すぐに霧散した。

……呼び出し、か。しかも職員室ではなく、進路指導室。

途轍もなく嫌な予感がする。

もしかしたら……いや、もしかしなくても今朝の件だろう。タイミングが良すぎる。

 

「……ふぅ」

 

小さく息を吐いて気持ちを落ち着け、俺は進路指導室へと向けて歩き出した。

 

 

 

 

 

 

指導室に入るなり、俺の目に映ったのは机越しに椅子に座っている若手の新任生徒指導教員。

目の前の椅子に座れと促され、俺はその指示に従う。

 

「ここに呼ばれた心当たりは?」

「……まぁ、少し」

「そうか。なら話は早いな。

 

 

──君がやったんだろう?」

 

 

 

──────は?

 

 

 

「……何の話、ですか…………?」

「今朝方保護者から連絡があった。廃工場の裏で、犬の死骸が発見されたこと……その付近でウチの制服を着た男子生徒が目撃されたこと。

 

───朝、走り去る君の姿を見たという連絡も」

 

 

ちょっと─────待てよ

 

 

「待ってください……!!俺はッ」

「君を朝目撃したのは二人。その二人をここに呼んだ。……入って来なさい」

 

指導教員の呼びかけで、別室に繋がるドアからその姿は現れた。

 

 

 

 

「─────翔、太……中西…」

 

 

 

「……私と荒川君の2人は今朝、工場前を焦ったように走り去っていく朝日クンの姿を見ました」

「そして彼が走って来た方へ向かっていくと……そこには無残な姿になった子犬の姿がありました。凶器と思われるハサミも」

 

そう言いながら翔太は俺が今朝方見た、血塗られた鋏を俺と先生に挟まれた机の上に置いた。

 

 

────こいつら、まさか

 

 

「優真は最近ストレスを抱えてるようで、学校でも浮かない表情で日々を過ごしていました。溜まりに溜まったストレスを子犬で……といったところでしょうか」

 

 

どの口が言う……!

主にお前からのイジメが俺のストレスの原因だろうが。

 

 

「でも先生、朝日クンは本当はこんなことをする人じゃありません。きっと私たちには知りえない、大きな事情があったのかもしれません」

 

中西はそこで言葉を切ると、俺へと歩み寄り……俺を後ろから抱きしめ、優しく、甘く囁く

 

 

「────キミが悪いんだよ?キミが───」

 

 

「なに、を…………?」

 

俺の問いに答えることもなく、中西は元いた翔太の隣へと戻っていった。

 

 

 

「……さて先生。“彼の複雑な事情を鑑みて”、救済の術を示そうではありませんか!」

 

 

 

仰々しく、まるで演劇でも始まるかのように翔太は高らかに宣言する。

 

 

 

「彼が今この場で僕に向かって、“今まで申し訳ありませんでした、今後一生貴方の元で奉仕します”と言えば、子犬の件は水に流すというのは如何でしょうか?」

「何言ってんだよお前……!!そんなこと許されるわけが」

「構わんよ、荒川君。そうしよう、その方が朝日君のためだ」

「先生……!?あなた一体な────」

 

俺が先生を振り返り見ると、先生は“笑っていた”

 

そこで確信した。

 

 

───コイツ、()()()()()()()

 

 

新任のこの教師は恐らく、何らかの手段で荒川の言いなりだ。普通の教師…いや、普通の人間ならこんな言い分を通すわけがない。

かといってそれを糾弾しようとも、それを認めてくれるマトモな人間もここには居ない。

 

そもそも最初コイツは“保護者から連絡があった”と言った。でもこの話を聞く限りそんなの御構い無しにこの2人の言い分を十割『正』として疑うことなく俺を裁く材料として使っている。そんな横暴が許されるわけがない。

 

味方かと思っていた中西も、この反応を見る限りどうやらそうでもないらしい。

手の施しようがない。俺がやっていないという証拠が出せない以上、この状況を覆すことなど不可能に近い。

 

さぁ、どうする。

 

 

 

 

───今、俺が冷静に見えるかい?

 

だとしたら、それは大きな勘違いだ

 

俺が今こんなに思考を働かせているのは

 

 

 

()()()()()()()()()()()、“()()()()()()()()()

 

 

 

先程のやりとりで確信した

 

紬を手にかけたのは、この2人だと

 

 

 

初めてだよ

 

 

『───大切にしような。“俺達の紬”を』

 

 

こんなに人を

 

 

『キミと私の絆を…“紬”いでくれるように』

 

 

 

──────殺したくなったのは

 

 

紬と同じ苦しみを、否、それ以上の苦痛を

 

こいつらに与えてやらないと、気が済まない

 

 

 

己の奥底からマグマのように湧き上がる黒い黒い感情を、必死に理性で押さえつける。

ダメだ、そんなこと絶対に。

暴力に頼って他者を黙らせるなんて、それこそ翔太と同じ。

 

 

そんな俺に、中西は笑う

 

端から見れば輝かしく、100点の光り輝く笑顔で

 

俺から見れば、ドス黒く、歪な笑顔で

 

 

 

 

「───残念だったねぇ〜朝日クン♪」

 

 

 

 

さも他人事のように 面白いものを見るように

 

 

 

あぁ、ダメだ

 

やっぱりこいつは

 

許せねぇ

 

 

 

 

『────大丈夫だ』

 

声が響く

 

『────お前は何も気にしなくていい』

 

頭の中で

 

『────“お前を傷つける何か”からお前を、“お前が大切にしているものを傷つける何か”からお前を』

 

 

だんだん意識が

 

 

『────“オレ”が、守ってやるよ』

 

 

遠くなっていって何も考

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あは」

 

 

 

 

 

 

「ははははは」

 

 

 

 

「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

 

 

 

「……何笑ってるのよ」

 

突如笑い出した彼に、不審げな視線を向けてつぶやくのは中西。

しかし、荒川の方はそうではなかった。

だって知っているのだから。今目の前で狂ったように笑う、“彼”のその姿を。

 

 

そして“彼”は、ただ一言

 

 

 

 

「……殺して…やる…」

 

 

 

刹那、机の上に置かれた鋏を手に、“彼”は二人組の元へと駆け出す

 

突然のことに、周りは全く反応できず

 

彼らが『ヤバい』と思った時にはもう“彼”は目の前にいて

 

 

 

 

そして“彼”は

 

 

その顔目掛けて、鋏を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

耳を(つんざ)く悲鳴。それで俺の意識は現実へと戻る。

 

うるせぇなぁ……一体何だってんだ。

 

 

 

 

そして俺は気付く

 

 

右手の生暖かい感触と、真っ赤に血塗られた右手

 

友人の右頬から激しく流れるその鮮血

 

それら全てから導き出される真実へたどり着いた時

 

 

 

 

「あぁ…あああああ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

悲鳴と共に、気を失った

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「うっ……紬……ちゃん……優真くん……」

 

瑞姫さんの話を聞いた希は、堪えきれなかったように、膝から崩れ落ちた。

そんな希に私…絢瀬絵里は後ろから駆け寄ってその背中をさすってあげることしか出来なくて。

 

皆も今の衝撃的な話を受けて、言葉も出ない様子。

瑞姫さんが告げた話は、私たちの想像を遥かに超えるレベルで辛く、悲しいものだった。

 

 

今の話で分かったことは大きく分けて2つ。

 

彼、優真はあの日、待ち合わせ場所に()()()()

ただそれを中西光梨さんによって待ち合わせ場所を誤って伝えられ、2人は会えなかっただけ。

 

彼らの5年間のすれ違いの元凶は、中西光梨という1人の少女が企てた策略だった。

 

 

そしてもう1つは─────

 

 

「今の話で分かったと思うけれど」

 

私の思考に被せるように、瑞姫さんは“その事実”を告げる。

 

 

 

 

 

 

「彼、朝日優真君は“解離性同一性障害”───

 

 

────()()()()()よ」

 

 

 

 

 

『…………』

 

最早誰もが想像の付いていた内容が故に、そこまで大きな反応は起こらなかった。

……凛だけは苦しげな表情で俯いているけれど。

 

「……さて、真姫」

 

突如母親に名指しされた真姫の姿勢が強張る。

 

「───解離性同一性障害について説明して頂戴」

 

「…昔まで“多重人格障害”と呼ばれていた事実が示す通り心の中に本人とは別の人格が現れる障害…。

主な要因としては『大きな精神的苦痛』を回避するために作られた他人格が、『別の形で主人格に苦痛を与えた場合』、解離性同一性障害と認められる。俗に言う二重人格と呼ばれるもの」

 

「その通り。砕いて説明すると?」

 

「ストレスから逃れるために他人格を形成するだけなら、急性ストレス障害の可能性もある。

でも解離性同一性障害はその別人格が()()()()()()()()()()()()()()()()()()に診断が下される。

 

つまり、優真さんの中には何らかのストレスが原因で“黒い目の彼”がいて、その黒い目の彼が、心理的に『優真さん自身を傷つけた』。

だから優真さんは、解離性同一性障害というわけ……です」

 

「素晴らしいわ。ちゃんと医学の勉強もしてるみたいでママは嬉しいわ」

「……どうも…」

「さて、今真姫が話してくれたわけだけど、そこまで深く理解する必要はないわ。朝日優真君が多重人格者であることを理解してくれればいいから」

「………私の説明の意味は?」

「まぁまぁ、別にいいじゃない」

 

真姫に露骨に不機嫌そうな視線を向けられた瑞姫さんは、それを意にも介さずに説明を続ける。

 

「……解離性同一性障害の原因はストレス。彼を襲ったストレスは幾つかあるわね。

 

東條さんとの別れ、そして彼の複雑な家庭環境も影響してたんじゃないかしら。彼の両親は離婚していたし、家にいる男は自分だけだから心配をかけまいと母親に相談もできなかった……。

そしてトドメを刺したのは、クラス内での過激なイジメ。

 

これから逃れるために、中2の夏、“彼”は生まれた」

 

 

「……私の……せいで…………」

「瑞姫さんっ……!」

「私はあくまでも事実を述べただけ。

言ったはずよ?『貴女達には権利がある』って。

何を聞いても耐えられる覚悟がないなら、今からでもここから立ち去ってもらって結構よ」

 

 

反論は、上がらない。

希も溢れかけた涙を拭い、凛とした目つきで前を向いた。

 

 

 

……今まで瑞姫さんと希の話から生まれる結論は。

 

朝日優真の中にいる第二の人格……“黒い目の彼”が、第一の人格である朝日優真の精神を破壊し、その身体を乗っ取った。

そしてその彼が私達に己の過去を話すことで、自分自身から私達を遠ざけようとしている……

 

 

────────本当に?

 

 

十中八九、間違いはないはず。

それでも何かが……何かが腑に落ちない。

形のない、ふんわりとした違和感のようなものがどうしても気になって、その事実を鵜呑みにできない。

 

 

───この話には、まだ何かある。

 

 

そんな予感──ほぼ確信に近い──が私の中にあった。

 

 

「そして今から話すのは……“彼”について」

 

 

次に瑞姫さんの口から語られるのは……“黒い目の彼”について。

それを聞けば、この違和感の正体も掴めるのだろうか?

 

 

そんなことを考えながら、私は話の続きへと耳を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回 【朝日優真の傷 III 】 優牙
今回もありがとうございました。


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【朝日優真の傷 III 】優牙

62話 【朝日優真の傷 III 】 優牙

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

“例の事件”が起こって以降、俺の日常は大きく狂った。

あの事件が起きた後、荒川と気を失った俺は救急車でそれぞれ別の病院に運ばれた。

俺は2日も意識を失っており、俺抜きで事件は一応の終結の形を見せていて。

 

今回の一件は()()()()()()()、俺への責任は全く追求されなかった。

学校としては、傷害事件にしたくなかったのだろうか…幸いにも目撃者は少なかったから偽装は簡単、そんな魂胆なのかもしれない。

この事実を聞いた時、俺はあまりの驚きに何も言うことができなかったが、『大人達』によって結論付けられたそれを覆すことはできず、結局俺は無罪放免となった。

 

 

そして俺は退院した後も学校に行けなくなった……正確には、“部屋からでれなくなった”。

 

まず、根本的にシャーペンが持てない。

シャーペンでなくとも、表面が光り輝くものや金属を含むものを持つと“あの光景”がフラッシュバックし、(嘔吐)してしまうのだ。

 

他人に会うのが怖い。

無意識の内に友人を手にかけたという事実。

そんな状況で他人に会おうなどと思えるわけがない。

いつまた俺の手で、誰かを傷つけてしまうのかもわからないのに。

 

ドン、ドン、ドン。

 

「優真ー?」

 

朝8時。平日のこの時間にもかかわらず、俺は二階にある部屋の布団に包まっていた。

 

「………………」

「学校、行かないの?」

「……放っといて」

「……そう。朝ご飯、ここに置いとくから」

「………………」

 

何度も繰り返したこのやり取り。

俺の母親は、部屋に閉じこもり切りの俺に何も言わず、俺のやりたいようにさせてくれている。

 

「……それじゃあね。今日は風呂には入りなさいね。母さん、朝9時に家を出て夕方5時に帰ってくるから、その間にね」

「……………ありがと」

 

母さんは俺の『誰にも会いたくない』という心情を汲んで、自分の居ない時間……即ち家で1人の時間を教えてくれる。

その間に俺は風呂などを済ませるのだ。

 

それ以外は、“無”。

 

逃げる。ただ逃げる。

己が背負った業から。逃れられるはずもない、その業からただ。

俺への責任は問われなかったといえ、完全に(ゆる)されるなんてことがあっていいはずがない。

 

“俺がやった”と知っているのに、“俺は悪くない”と

 

ふと気を抜けば心に襲いかかる、あの“生暖かさ”

 

人を傷つけるのは、“痛い”んだって

 

そんな当たり前のことを、心の底から痛感した

 

 

「ぁ…………ぁあぁぁ……」

 

 

自分の中にあんな感情があるなんて知らなかった。

ドス黒く、心の底から湧き上がる“殺意”。

 

自覚は、ある。

あの時俺は、心の底から“殺したい”と思った。

殺したいという思いが爆発したと思ったもう次の瞬間には……俺の手は、血に濡れていて。

 

 

だから……怖い

 

人と関わるのが

 

誰かと関われば、きっと俺はまた傷つけてしまう

 

嫌だ

 

もう、誰も傷つけたくない

 

 

傷つけたくないから─────

 

 

 

 

俺は今日も、独りを選ぶ(自分を傷つける)

 

 

 

 

 

 

それから8月になった。学校は夏休みには入り、俺は背徳感を感じることなく部屋に篭り続けている。

この間に、凛や花陽は俺の元へと来てくれていたようだが、俺は頑なにそれを拒み続けた。理由は、今更言うまでもないだろ?

 

そして俺の耳に届いた足音。

それは紛れもなく、母さんが俺の部屋にご飯を届けに来た音……ではなくて。

 

 

そして母さんのこの言葉を境に、俺の運命は大きく変わる。

 

 

「優真……久々に、外に出てみない?」

 

 

外…………に……?

 

「……何考えてるんだよ、嫌だよそんなの」

「今日1日だけで良いから。それに……

 

 

──あなたの苦痛を、取り除いてくれるかもしれないの」

 

「!? ……俺には苦痛なんか、ないよ…」

「優真、お願い。今日だけで良い。今日だけで良いから───母さんのワガママを聞いてくれないかしら」

「………………」

 

母さんの表情は、ドア越しでも容易に想像がついた。

俺の事を思い、苦しみ……顔を歪めて、祈るように心からの思いを絞り出している…。

『余計なお世話だ』なんて思いは全く起こらなくて。寧ろ申し訳なさが勝った。

母さんに、こんなに負担をかけていたのか、と。

 

「……わかった。行く」

「優真……!ありがとう!」

 

外へ、出る。

人に、会う。

1ヶ月と少し…実時間にすれば短いが体感的にはもう何年も出ていないような気がする。

 

俺は勇気を振り絞り……ドアを開ける。

 

 

そこに笑顔で立っていた母親を見た瞬間

 

俺の全身を駆け巡る、悪寒

 

鮮明に脳内で掘り起こされる、映像(ビジョン)

 

 

「あぁ…………あああああああ」

 

 

ふと俺の右手を見ると

 

その手は真っ赤に濡れていて

 

ぬるり、と生暖かい液体が、俺の右手を滴り落ち

 

 

「ああああああああああああああああ!!!!」

 

 

俺が背負っている業は、俺の想像を遥かに超えるレベルで心に棘……否、最早“槍”として突き刺さっているようで。

 

ダメだ、俺はもう、誰かと触れ合うなんて──

 

 

そんな俺をふと包んだ、優しい温もり

 

それは母さんが、俺を優しく抱きしめてくれたことによるものだった。

 

 

 

「───大丈夫。母さんが側にいるわ」

 

 

不思議とその一言は、恐怖に震えていた俺の心を鎮めてくれた。

そして母さんは、俺の頭に手を乗せる。

 

 

「───どんな恐怖が訪れても、私はあなたの側にいる。絶対にどこかに行ったりしない。だから前を向いて?」

 

 

どうして母さんの言葉は、こんなにも勇気をくれるのだろう。

先程まで赤く見えていた手も、普通に見える。

震えも止んで、俺は改めて母さんの顔を直視した。

 

「……もう大丈夫、ありがと母さん」

「良かった。……じゃあ行きましょうか」

「そういえば、行くってどこに?」

 

 

「病院よ。“私の知り合いがいる病院に”、ね」

 

 

 

 

 

 

久々の外。

夏真っ盛りの日差しは、しばらくインドアを極めていた俺の肌に容赦なく突き刺さる。車に乗る間と車から降りて屋内に入る間のわずかな時間でさえ俺の心はぐったりとしてしまった。

 

母親に連れてこられたのは『西木野総合病院』という、この辺で最も大きな病院。俺は今そこの1階のロビーで母親と共に座っている。

 

するとそこに、1人の女性が歩いてきた。

 

 

 

「初めまして、朝日君。私は西木野瑞姫。今回、あなたの担当を務めさせてもらうわ」

 

 

 

久々の他人との会話。

悪い人ではないというのはわかるのだが、俺は恐怖で目を逸らしてしまう。

 

「あ…あさ……朝日、優真で、す……」

「ふふふ。そんな緊張しなくてもいいのよ?」

「……じゃあ瑞姫、よろしく頼むわね」

「任せて。終わり次第、連絡するわ」

「母さん………」

「大丈夫よ。この人を信じて」

 

母さんはそう言って俺の頭を撫でると、西木野先生に俺を託して何処かへと行ってしまった。

 

「それじゃあ朝日君、こちらの部屋へ。…とその前に、はいコレ」

「これは……“目隠し”、ですか?」

「そうよ。これを付けて私の手を握って頂戴」

「っ……」

「大丈夫よ、そんなに怯えなくても」

 

恐る恐る目隠しをつけ、先生の手を握る。

そしてそのまま別室へと連れられて、椅子に座らされた。

先生の『取っていいわよ』という一言で、俺は自らの視界を遮っていた目隠しを外す。

 

そしてそれを取った俺の目の前に広がっていたのは

 

 

 

───────何本もの、ハサミ

 

 

しかも丁寧に、血で赤く濡れた。

 

 

 

 

「─────ッ!!!」

 

電流のように身体を奔る寒気

 

一瞬でフラッシュバックする“あの光景”

 

 

 

「あぁぁ、あぁあぁぁああ!!!!」

 

 

あまりの恐怖に、俺は叫ぶことしかできない。

 

 

誰か

 

 

誰か、助

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────オメェ、ふざけてんのか……!!」

 

直前まで叫び声を上げていた彼の突然の変貌具合に、瑞姫は“己の読みが正しかったこと”を確信した。

 

 

「────殺してやる」

 

 

“彼”は目の前にあるハサミを手に取った後立ち上がり、瑞姫に襲いかかろうとした……しかし“彼”は気付く。

 

自分と瑞姫が、透明なガラスのようなもので遮られていることに。

 

 

「薬物中毒者が、カウンセリング中に暴れ出しても大丈夫なようにこの部屋はあるの。

それよりも、“初めまして”?よね。

“貴方に会うため”に手荒な真似をしてごめんなさいね」

「……オレに…会うため?」

「力を貸して欲しいの。朝日優真君を、助けるために」

「…………………」

「貴方の力がないと不可能なの。お願い、この通りよ」

 

深く頭を下げた瑞姫。

それを黒い目の“彼”は、ただ見下ろすように見つめて……一言。

 

「……何をすればいい」

「! 力を…貸してくれるの?」

「御託はいい。さっさと言え」

「……ありがとう、本当にありがとう……」

 

先程よりもほんの少しだけ和らいだ殺気を纏う少年に、瑞姫は柔らかく笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………んぁ…」

 

 

眠りから目覚めたような感覚。

いつの間にか俺は眠っていたのだろうか。

 

 

そしてふと気づくと俺の手には

 

一本の鋏が握られていて

 

 

「あぁああああぁあああぁぁあああああ!!!」

 

 

そこまでかかってやっと思い出した。

西木野先生にこの部屋に連れられ、大量の血に濡れた鋏を見て、気を失ったことを。

 

 

「───お目覚めのようね」

 

ふと横から聞こえた声、その声の主を荒い呼吸のままに見る。

 

「……西木野……先、生…………」

「どう?久々に持った鋏の感想は」

「……ふざけてるん、ですか……!!」

「至って真面目よ?……さぁ朝日くん。

 

───その鋏で、私を刺しなさい」

 

「!?」

 

この人は一体、何を言ってるんだ…!?

 

「そんなこと、出来るわけがないでしょう!?」

「そう……残念だわ。

 

 

 

───“()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「……!!」

 

この人が 紬を────?

 

「廃工場の裏の、小さな空き地。そこで寝てた紬ちゃんを手にかけたのは、私だって言ってるの」

「……冗談も大概にしてください」

「信じないの?じゃあもっと詳しく話してあげましょうか。あの子が最期にどんな感じだったかを、ね」

「……ふざけ…るな……!」

「あの子の鳴き声、今でも耳から離れないわぁ…とても“イイ声”で鳴い」

「やめろおぉおオオオオオオオオ!!!」

 

 

尚“ナニか”を俺に話そうとする先生の声を遮り、俺は力の限り叫んだ。

 

この人が、紬を?

 

本当にそうなのだろうか。

でもここまで詳しくはこの人が知っているはずがない。

“廃工場”、“小さな空き地”……これらの単語は、俺の身に起きた事件を詳しく知っている人ではないと出てこない単語だ。

 

この人が、紬を。

 

最初は疑問に思っていた問いかけが、だんだん確信に変わってゆく。

 

この人が……紬を!!

 

そう認めた瞬間…黒い感情が湧き上がる。

 

 

 

 

紬……紬…紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬紬

 

うううううううああああうううあああううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああうううあああううああああああああああああああああああああああああああああああああうううああああうううあああううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああうううああああうううあああううあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

 

 

 

 

握った鋏を“カタキ”へと向ける。

ガタガタと震えるこの手は、この人への殺意か、それとも怒りか。

 

 

そんなことはどうでもいい

 

 

だって俺は今から、この人を─────

 

 

 

しかし

 

 

俺の手は何秒経っても、何分経っても動くことはない。

 

 

「どうしたの?私を刺さないの?」

「……り……だ…」

「……?」

 

 

「──無理…だよ……俺には…………出来ないっ…」

 

 

どれだけの殺意に突き動かされようと、俺には出来なかった。

重さ自体は翔太達に向けた殺意と遜色ないのに、体はどれだけ経っても動かない。

 

 

そんな俺の様子を見た西木野先生は優しく笑い、俺の手に握られた鋏を取り除いた後……正面から俺を優しく抱きしめた。

 

 

「────そう、“あなたには出来ないの”」

「え…………?」

「あなたは私に凶器を向けても、それを振るえなかった。貴方の優しさの表れよ」

「……なんで、そんな…………」

「あなたはとても優しい人。あなたには人を傷つけることなんてできない。

 

だからもう、自分を(ゆる)してもいいのよ。

 

もうこれ以上、自分を傷つけるのはやめて」

 

 

「自分を…………ゆるす…………」

「あなたはずっと、自分を罪人として縛り続けてきた。でもいいのよ。まずはあなた自身が、自分を赦してあげて」

 

 

俺は、自分自身を

 

 

「あぁ、うぁあ……あぁぁ……」

 

 

赦しても、いいのかな

 

 

「ごめん……なさい……ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「いいのよ。あなたは何も……気にしなくていいの。誰もあなたを責めはしないわ」

「ごめんなさい……ぐすっ……ごめんなさい……うわぁぁ……」

 

 

先生の温もりと、優しい言葉で初めて気づいた。

 

俺はただ、誰かからの一言……自分を“赦す”、“許し”が欲しかったんだって。

 

『罪人なんかじゃない』って、『誰かを傷つけるなんてあなたには出来ない』って。

 

 

 

ただその一言が、欲しかっただけなんだ。

 

 

 

 

 

 

「……さっきは手荒な真似をしてごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です。むしろ感謝してます」

 

 

改めて“通常の”診察室へ通され、俺は今先生と向かい合って座っている。

先生の“荒療治”で、俺のトラウマはある程度克服された…少なくとも、鋏を見た程度では動悸が起こらないレベルまでは。

 

「……それで先生。先生が紬を傷つけたっていうのは……嘘なんですよね?」

「ええ。あれはあなたの殺意を私に向けるための……ブラックジョークね」

「ブラックジョークって…笑い話になりませんよ。

……それより、()()()()()()()()()()()()()?」

 

先程も言ったが、先生の口からは事件の関係者しか知りえないような単語が出た。

厳重な箝口令が敷いてあるその情報を、この人はどこから手に入れたのだろうか。

 

 

「ふふ、簡単なことよ?

 

───()()()()()()()()()()()

 

 

「……はい?」

「あなた自身の口から聞かせてもらったわ。あなたに一体何があったのかをね。ハサミの件は別口だけど」

「俺、そんなこと話した覚えは……」

「そう、私が聞いたのは“今のあなた”じゃない。()()1()()()()()()よ」

「な…………!?」

 

もう1人の……俺?

話の展開が急すぎて、追いつけない。

そんな俺を置き去りに、先生は話を進めていく。

 

「……さて、()()()()()()()()()()?」

「先生…………さっきから言ってることが」

()()()()()()()()()()()()()()()

 

ダメだ。何を言ってるのかがわからない。

全く身に覚えが無

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────これで満足か?」

 

 

 

突如雰囲気を変え、自分を睨みつける“彼”に、瑞姫はニコリと笑みを浮かべた。

 

「ありがとう。さっきのこともね」

「……うまくいってなかったら、タダじゃ済まさなかったけどなぁ?」

 

瑞姫が“彼”に持ちかけた提案は、以下の通り。

 

 

 

 

────『……で。オレは何をすればいい』

 

『彼に何があったのかを教えて頂戴。私が知っているのは、“彼がハサミで友人を傷つけてしまった”ということだけ。それが元凶で彼が閉じこもってしまったのはわかるけれど、“何が彼をそこまでの衝動に駆り立てたのか”を知りたい。

……全部“見てきた”あなたなら、知ってるでしょ?』

 

『……それを教えてどうなるんだ?』

 

『その前にひとつだけ確認させて。鋏を手に襲いかかったのは……あなたで間違いないのよね?』

 

『……あぁ』

 

『にもかかわらず彼は今、己が友人を傷つけたと思い込んでいる……だから理解してもらうの。“自分にはそんなことはできない”、って』

 

『……出来るのかよ』

 

『────私ならやれるわ』

 

『……しくじったら許さねェぞ』

 

『ありがとう。成功したら、あなたの話も聞きたいわね』

 

『成功したらな。……あいつには大切にしていた犬がいて──────』────

 

 

 

“彼”から優真に何が起きたのかを聞いた瑞姫は、優真のトラウマを取り払うために、“賭けた”。

 

優真が『自分の殺意で人を傷つけること』を恐れているなら、『その殺意で人を傷つけられないこと』を証明すれば良い。

 

最終的には、自分の中にいる“もう1人の自分”との対話を果たさなければならないのだが、そのスタートラインに立つためには優真が自分自身を“赦すこと”が必要だった。

自分自身は人を傷つけたりできないと、優真自身が理解する必要があったのだ。

そのことが、“自分の中に入るもうひとりの自分を自覚する根拠”になるのだから。

 

 

「さて、質問に答えてくれるかしら。あなたは何故生まれたの?」

 

 

「……もう1人の俺を、守るため」

 

 

「守る……ため」

「アイツは苦しんでた。親友との別れにも、イジメにも。

声が聞こえたんだ。誰にも迷惑をかけまいと1人で抱え込んだ、誰にも告げることなく溜め込んだ心の叫びが。だから───」

 

 

“彼”は告げる、その続きを。

 

優真(主人格)のそれとは全く違う“黒い黒い瞳”に、年不相応なほど重い覚悟を燃やしながら。

 

 

「───アイツは俺が守る。アイツを傷つける奴は俺が許さねェ。

 

アイツにはただ───笑っていて欲しいから」

 

 

 

「……………」

 

瑞姫は迷っていた。『“彼”がしたことで、結果的に優真を傷つけることになってしまったこと』を、“彼”に告げるべきか。

……でも。

“彼”が荒川を傷つけたのも、もう1人の自分を守るため。

きっと“彼”はもうひとりの自分の負の感情を、一身に背負い続けていたのだろう。

壊れないように、潰れないようにと。

 

なんて優しくて───強い子なのだろう。

 

瑞姫は悲痛な思いで目の前の少年を見つめていた。

“もう1人の自分を守る”。

15にも満たない少年が背負うには、余りにも大きな覚悟。

それを目の前で見せられて、真実を告げようという気にはなれなかった。

 

「───ねぇ、あなた名前は?」

「……ねェよ、んなもん。オレはオレだ」

「そう……じゃあ私が付けてあげる」

「はァ?要らねェよ別に」

「私が呼びにくいの。“あなた”と呼び続けるのも迷惑だしね」

 

そして瑞姫は悩み、考え……付ける。

心優しい孤高の少年に相応しい、その名を。

 

 

 

「“ユウガ”、なんてどうかしら」

 

 

「ユウガ…………?」

「もう1人の自分を…朝日優真くんを守るために生まれた、“優しい牙”。どう?」

 

瑞姫の提案にしばらく黙りこんでいた“彼”は、突如ニヤリと笑みを浮かべ……

 

 

「いいじゃん、悪くないね。

 

───今日からオレは、ユウガだ」

 

 

満足そうにそう言うと、瑞姫に手を差し出した。

 

 

「───“アイツ”をよろしく頼むよ、“センセー”」

 

 

瑞姫はニコリと笑みを浮かべ……

 

 

「あなたにも色々協力してもらうわよ……ユウガ」

 

 

しっかりと、その手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────はッ」

 

まただ。突然の眠気……それから目覚めた俺は辺りを見回す。

 

「気が付いた?」

「西木野……先生」

 

背後からの呼びかけに振り向くと、“後ろに置いてあった何か”を手に西木野先生は俺の目の前に座った。

 

「時計、見てみて」

「……20分近く寝てたんですか、俺」

「そうね。最も私は“ずっとアナタと喋っていた”けれど」

「は……?だからさっきから一体……」

 

すると先生は無言で、俺の目の前に後ろから持ってきたカメラのとある映像を俺に見せた。

 

 

『────これで満足か?』

『ありがとう。さっきのこともね』

『……うまくいってなかったら、タダじゃ済まさなかったけどなぁ?』

 

 

「なん…………で…?」

 

喋って……いる。

俺と思わしき……いや俺だ。俺が先生と、会話を交わしている。

この口調、俺はこんな話し方は────!!

 

「朝日君…“解離性同一性障害”という言葉を聞いたことはあるかしら」

「!!」

 

解離性同一性障害───二重人格。

 

「俺が……そうだって言うんですか…?」

「ええ。“あなたの中に、もう1人のあなたがいる”」

「じゃあ……まさ、か……」

 

「その通り。荒川君を傷つけたのは……“あなたの中のもう1人のの自分”よ」

 

「──────っ」

 

この事実を受け止めた俺の身体がまず一番に起こした反応は……震え。

だって考えたことなんてないだろ?

 

────自分の中に、他人を殺しかねない狂気の人格が存在するなんて。

 

ましてやソイツは俺の無意識のうちに現れて、誰かを傷つけるのだから。

 

恐怖。

得体の知れないもう1人の自分への、心の底からの恐怖。

それに体を震わせる俺に、先生は優しく声をかける。

 

「……続きを見てくれるかしら」

 

先生は俺に再び画面を見せた。

 

 

 

『さて、質問に答えてくれるかしら。あなたは何故生まれたの?』

『……もう1人の俺を、守るため』

『守る……ため』

『アイツは苦しんでた。親友との別れにも、イジメにも。

声が聞こえたんだ。誰にも迷惑をかけまいと1人で抱え込んだ、誰にも告げることなく溜め込んだ心の叫びが。だから───アイツは俺が守る。アイツを傷つける奴は俺が許さねェ。

 

アイツにはただ───笑っていて欲しいから』

 

 

 

「………………」

 

俺の、ために。

 

誰にも頼ろうとせず、1人で抱え込もうとした俺にも理解者がいた。

 

 

────こんなにもすぐ近く(俺のココロの中)に。

 

 

迷惑をかけたくなかったから。

俺1人が我慢すれば済む問題だから。

そう心に言い聞かせて様々なことに耐えていたのは事実で。

 

俺の心は……“コイツ”に守られていた…?

 

 

「……わかってくれたかしら」

 

未だ呆然とした頭の中に、先生の声がスッと入り込んでくる。先生が俺を見る目は……悲しみ若干の悲しみ…儚さを帯びていた。

 

「……荒川君を傷つけたのは、あなたの中にいる、“もう1人のあなた”。そしてその動機は…“あなたを守るため”なの」

「……そんなのって…」

「あなたの言いたいことはわかる。でも彼は……ユウガは間違いなく、誰よりも朝日君のことを大事に思ってる。それだけは、わかってあげてくれないかしら」

「……ユウ、ガ…」

 

ユウガ。

それが…もうひとりの俺の名前なのだろうか。

 

 

俺を守るために、何てことをしてくれたんだ

お前がそんなことをしたから俺は。

 

 

そんな思いを抱く反面

 

 

───俺のために、ありがとう。

 

 

そんな思いの方が、不思議と大きかった。

初めてだったから。誰かに守られるという感覚は。

 

 

「……いい奴なんですね、コイツ。まぁめちゃくちゃ迷惑被ってますケド」

「……“彼”を、許してくれるの…?」

「“赦す”しかないでしょ。……っていうか、先生が言ってくれたんですよ?」

 

 

 

──『だからもう、自分を赦してもいいのよ』──

 

 

「コイツ……ユウガは“俺”なんです。だからコイツも……赦されてもいいでしょう?」

 

ニコリと笑ってそう言った俺に先生は最初は驚きを浮かべていたが、ややあってその表情を笑顔に変えると、俺の頭を撫でる。

 

「……いい傾向よ。解離性同一性障害の治療のステップで肝心なのは……“もう1人の自分の存在を認めること”。普通はこんなに早く受け入れることは難しいんだけど」

「認めるしかないですよ。それに……守られてる自覚も多少はあったので」

 

俺の怒りが限界を超えそうになった時、俺の意識は“誰かが仕組んだように”ブラックアウトした。

今思えばあれは、ユウガが俺のためにしていてくれたことだったのだろう。

俺が壊れないように、誰かを傷つけないように。

 

「治療が進めば、ユウガは消えるんですか…?」

「……そういうことになるわね」

「……そうですか…」

「……どうしたの?」

「話して……みたいんです。一言、お礼も言いたい」

「ふふっ。きっとユウガもその言葉を聞けて喜んでるわよ」

 

先生は、笑いながら俺の胸を指差した。

 

「…ユウガは、俺の記憶を保持してるんですか?」

「そうよ?」

「なんか……不公平ですね」

「まぁ今後治療を続ければ、いつかできるようにもなってくるはずよ。……それで朝日君、提案があるの」

「提案……ですか?」

 

 

「あなた───“私の学校”に通うつもりはない?」

 

 

「先生の……学校?」

 

西木野先生は医者なのに、学校……?

そんな俺の心情を察したかのように、先生は続きを話し出す。

 

「……ここ、西木野総合病院では今年から病院内で通級性の学校も経営してるの。対象者は、“心に傷を抱えている子供達”。そこで治療を兼ねた勉学を行っているのだけれど……あなたも通ってみない?」

「心に……傷……」

 

今の話は正直───とても魅力的に思えた。

己のトラウマを多少は乗り越えたとはいえ、二学期に教室に戻ってあの教室でやり直す…というのは精神的に耐えられないものがある。

あのクラスには……アイツら(翔太と中西)がいるのだから。

それを“逃げ”だと言われるかもしれないが、再びアイツらの顔を見たら───“何をするかわからない”……()()()()()()

 

「……正直、興味はあります。一度母親に…」

「その必要はないわ。予めあなたのお母さんに許可は取ってあるの」

「えっ…?」

「お母さん言ってたわよ。

 

『優真がやりたいように、選ばせてあげて』

 

ってね」

「……母さん」

 

本当に、俺は恵まれてる。

こんなに素敵な母親が近くにいてくれて、本当に幸せだ。

 

溢れかけた涙を無理やり拭い、改めて先生の目を見て────

 

 

 

 

「行きます、よろしくお願いします、先生!」

 

 

 

俺は一歩、踏み出した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

「さて、改めて説明を加えようかしら」

 

 

一通りを話し合えて、瑞姫さんは解説口調へと変わる。

 

 

「時折貴女達に姿を見せていた、威圧感を放つ“もう1人の朝日君……彼の名は、“ユウガ”。

もう1人の自分を守るために生まれた、第2の人格」

「ユウガ……」

 

その名前は、不思議と私の胸に入り込んできた。

私達を守ってくれた彼は、優真ではなく…ユウガ。

突然の事で正直受け入れがたくはあるが、何故だか納得がいって。

 

 

「……さて、ここからはクエスチョンタイム。貴女達には問いに答えてもらうわ」

「……問題、ですか…」

「そんなに固くならなくても大丈夫よ、園田さん。

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()()を、推測するだけ」

 

「優真に、何が起きたか…」

 

「そしてもう1つ。()()()()()()()()()()()()()()()()。これを答えてほしいわね」

 

「優真くんの……秘密?」

「今までの私の話に、その鍵はいくらでもあったわ。あとはそれを繋ぐだけよ。この問いに答えられたら、彼にまつわる“最後の話”をしてあげる」

「……いきなり理不尽じゃありませんか?」

 

私の声は、意図せずやや不満げなものになってしまった。それを意に介さず瑞姫さんは笑う。

 

「……これは私の口からじゃなくて、貴女達自身で気づいてほしいの。その方が…………」

「瑞姫さん…?」

「…いいえ、なんでもないわ。さぁ、皆で話し合ってみて頂戴。時間は特に設けないから」

 

 

話し合いを促され、私達は改めて互いの顔を見回す。穂乃果だけは部屋の隅で俯いたまま動こうとしなかったのだけれど、それを見てにこが小さく舌打ちをした。

 

「……どうするのよ、絵里」

「どうするも何も……じゃあ、海未。貴女は瑞姫さんの話を聞いてどう思った?」

「えっ、私ですか…?そう、ですね……

普通に考えれば“第2の人格(ユウガさん)”が“第1の人格(優真先輩)”を破壊し、体を乗っ取ったと考えるのが妥当ではないかと……」

 

海未の意見に、何人かのメンバーは賛成の意を唱えた。

 

「……そーね、私も賛成よ。ってか、私にはそれしか思いつかないわ」

「………………凛も。信じたくはないけど…」

「…私も、そう思うけど………何かが…。えりちは?えりちはどう思うの?」

 

「…………私は…」

 

私の考えは、皆と同じ。

……だけど私も希と同じように、それを鵜呑みにはできない。

瑞姫さんの先ほどの話を聞いて、違和感が膨らむばかり。

 

 

どこかがおかしい。何かが違う。

 

 

漠然とした違和感に過ぎないけれど、どうにも無視していいものじゃない気がして。

 

 

その時。

 

 

 

「───みんな……本気で言ってるの?」

 

 

その呟きは、静寂の中鮮明に響き渡った。

声の主は───

 

 

「真姫……?」

「そんなのおかしいわよ。今の話を聞く限り、“ユウガ”さんは優真さんやその大切な何かを守るために生まれて、動いてる。そうでしょ?」

 

 

───『アイツは俺が守る。アイツを傷つける奴は、オレが許さねェ』───

 

 

「……そんな人が、()()()()()()()()()()()?」

「!」

 

 

そこで私は気づいた。

今まで自分が感じていた、不自然な違和感の正体に。

 

 

───『オレが壊した。あいつはオレらにとって邪魔でしかない』──

 

 

「どう考えても、矛盾してるわよ」

 

そう、そこ。

真姫の言葉通り、瑞姫さんから語られたユウガの人間像は、とても優真を大切にしているように思われた。

 

そんな彼が、優真のことを“オレらの邪魔”などと…

 

 

 

─────()()()……?

 

 

今まで何気なく聞き流していたその言葉。

それが途端に不自然なものに思えて。

 

「……ねぇ、みんな」

「どうしたのですか?絵里」

「ユウガが使っていた“オレら”っていう言葉。

“オレら”って誰のことだと思う?」

 

皆は黙り込み、私の問いの答えを考える。

口を開いたのはやはりというべきか、にこだった。

 

「……普通に考えれば、私達とユウガのことじゃないの?」

「私も最初はそう思ってた。でもきっと……違う」

「違う…?」

「もし仮にそうだとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!」

 

 

突然に湧き出てきたたくさんの疑問点、それに悩まされる頭を整理するように私は言葉を続ける。

 

 

「“オレら”が示すのがユウガと私達なら、“第1の人格(優真)”を消した時点で目的は達成されたはず。“邪魔者”と称した彼は消えたんだから。それでも尚私達を遠ざけようとするのは……」

「───彼の言う“オレら”の中に、私達は入っていないということですか…?」

「でもそれがどうしたのよ。“ユウガ”が優真を壊したことには変わりないじゃない」

「…わかってる、わかってるけどっ……!」

 

真姫と私が挙げた2つの疑問点。

この2つを無視したまま安直な結論へと持っていっていいはずがない。

 

 

 

優真を守るために生まれたユウガ。

 

優真を傷つけて壊したユウガ。

 

相反する言動、噛み合わない行動。

 

オレら。

 

 

手元に余ったピースはどこにもハマらず、目の前の問題(パズル)に答えを───出せない。

袋小路に迷い込んだ私の思考に、救いの手を差し伸べたのは。

 

 

「────“前提”」

「……花陽?」

「────()()()()()()()()()()()()()

「前提が……違う?」

「当たり前に思っていたことが、もし──違っていたとしたら」

 

花陽の顔は青ざめていて、声も震えていたけれど…強い意志を、確かに感じた。

正解が───わかったというの?

 

『当たり前に思っていること』を取り払う。

 

“この問題を一番複雑化しているモノ”を取り払った時。

 

 

 

「っ────────!!」

 

 

 

先程まで超難題に見えていたパズルは、いとも簡単な問題へと姿を変えた。

“ハメ違えていたピース”を外すだけで、“答えのピース”が私の手元に現れる。

 

 

でも、これって、そんな

 

 

「……ぁあ……あぁぁ…………」

「……絵里、ちゃん……?」

 

震え出した体、それを不審がるように凛が私に心配げに声をかけた。

それ程に…“私が悟った真実”は驚愕的なもので。

 

 

だってこの事実は、私達の今までを壊しかねなくて

 

 

「……嘘、でしょ…?」

 

 

声の方を見ると、顔を真っ青に変えた真姫の姿が。

…きっと彼女も辿り着いたのね、私と同じ真実に。

 

 

『彼、朝日優真君は“解離性同一性障害”───

 

 

────()()()()()よ』

 

 

 

「だから……()()()()なの………?」

 

 

もし

 

 

 

「絵里、真姫!一体何がわかったのですか!?」

 

 

 

私達が2年以上過ごしてきた彼が

 

 

 

「答えなさいよ、絵里!!」

 

 

 

───()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「─────────3人」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────()()()()()3()()()()……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




連続投稿は一旦ここまでです。
次回、63話【朝日優真の傷 IV 】 仮面

今回もありがとうございました!


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【朝日優真の傷 IV 】仮面

過去編も今回で終了です。


 

 

63話 【朝日優真の傷 IV 】仮面

 

 

 

「優真が……3人?何言ってんのよ絵里」

 

 

にこが私に怪訝な顔をしてそんなことを言うのも当たり前。だって“()()()()()3()()()()”なんて、普通に考えておかしいもの。

 

……でもね、にこ。

 

「そうとしか考えられない……というより、()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

私が辿り着いた真実、それは───

 

 

「───優真の中に、3人の人格がいる。

優真、ユウガ、“あと1人”。オレらって言うのは、優真とユウガの事だったのよ。そう考えれば、あの言葉の矛盾は解消される」

 

 

──『──オレが壊した。あいつはオレらにとって邪魔でしかねぇ』──

 

 

──『──アイツは俺が守る。アイツを傷つける奴は俺が許さねェ』──

 

 

「だから真実はこう。

 

第2の人格(ユウガ)”が、“第3の人格”を壊し、“第1の人格(優真)”を守った」

 

 

「…ちょっと待ってください、それでは……!!」

「……私の仮説、当たっていますか?」

 

声を荒げた海未を無視して、私は震える声で瑞姫さんに問いかけた。

先ほどまで神妙な面持ちで私達の話し合いを聞いていた瑞姫さんは、突如ニコリと表情を変え───

 

 

 

「───素晴らしい、congratulations.(よくできました)

 

 

拍手を、私達に送る……しかし。

 

 

「───嘘だよッ!!!」

 

拍手を掻き消すかのように響いた怒号。

その声の主は怒りか恐怖か……体を震わせ、目に涙を浮かべて瑞姫さんを睨み付けている。

 

「そんなことあるわけないッ!!だって凛はずっと見てきた!一番近くで、誰よりもずっと!!

優兄ィは優兄ィだったにゃ……!凛が困った時に背中を押してくれる───凛を守ってくれる、優しい優兄ィだった!!」

 

「凛…………」

「そもそも、そんなの絶対にありえない……絶対におかしいよ。だって、もし今のが本当なら……」

 

……そうよ、凛。

もし私の仮説が、本当に真実なら。

 

心のどこかでは、まだ祈っている。

 

───この“真実”が、“嘘”であってほしいと。

 

 

しかし無情にも告げられた瑞姫さんの言葉は

 

私達を、絶望へと叩き堕とす

 

 

 

「───貴女達が高校以降接してきた彼は

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

本当の朝日優真君は──────

 

 

()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……………………………………」

 

言葉1つ、上がらない。

今私達が抱えている感情は…落胆、愕然、絶望。

……否、どんな言葉でも言い表せない“何か”。

 

 

 

私達が今まで過ごしてきた朝日優真()は、朝日優真じゃなかった

 

私達が信じた彼は、私達が頼りにする彼は

 

───私達が“愛した”彼は、朝日優真じゃなかった

 

 

じゃあ彼は?

私達の思い出の中にある彼は……誰?

 

 

 

「───長い話も次で終わり。今から話すのは……“3人目の彼”にまつわるオハナシ」

 

 

生気を吸われた様な表情になりかけていた皆を、瑞姫さんのその言葉が無理矢理釣り上げる。

その表情が告げている──『最後まで向き合え』と。

 

……その通りね。だって私は今、『知るため』にここにいる。みんなだってそう。

 

下を向いて首を小刻みに横振りし、意識を切り替える。

私が顔を上げると、皆も何かを決めたような顔つきで瑞姫さんを見ていた……凛以外は、ね。

凛のショックは、私たちの比じゃないはずだから。

 

 

 

「今から話すこと……その鍵は、()()()()よ」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

朝日美優(あさひみゆ)

 

誰よりも優しく、誰よりも強い俺の母親。

凛と花陽も、俺の母をママと呼んでおり、母さんも凛と花陽を実の娘のように可愛がっていた。

 

その優しさは俺の憧れで。

 

その強さは俺の支えで。

 

 

父と離婚した後、女手一つで俺を育て続けた間、一度も弱音を吐かずに俺に笑顔を見せ続けた。

 

 

そんな母親は

 

 

────もう、いない。

 

 

 

こんな話がある。

 

 

 

「優真!凛ちゃんを泣かせたって本当!?」

 

小学校6年生の頃、凛と喧嘩して帰ってきた俺に真っ先に飛んできたのは、母親の怒声だった。

 

「だって母さん!あれは凛が」

「だってじゃない!男の子が女の子を泣かせるなんて言語道断よ!……まさかあなた、“凛ちゃんに手をあげた”なんてことはないでしょうね?」

「……………………」

「あなたっ……!」

 

眉間のシワが、一段と深くなる。

こうなった時が、母さんの怒りが頂点に達したサインだ。

こうなった時の母さんは俺を叩くことも、怒り避けることもせず───

 

 

「────優真」

 

 

「っ……」

 

 

ただ静かに、俺を目を見る

 

 

「あなたが悪いとか、凛ちゃんが悪いとかは一先ず置いておいて。

凛ちゃんに手をあげたのは、絶対に許されないわ。

男の子が女の子に手を挙げるのは最悪のことよ。

 

本当に、凛ちゃんが叩かれるようなことなの?

 

本当に、手をあげる必要があったの?

 

────本当に、あなたは悪くないの?」

 

 

 

俺ではなく、俺の心に直接語りかけてくるようなその言葉。

俺を見据える瞳は俺に沈黙を許さず、答えを求めてくる。

その時は感情のままに凛を叩いてしまったけど、思い返せば俺に非があったような気もしてきて。

 

 

「………………………………」

「…………どう?」

「……俺が、悪かった、よ。多分……。ケンカの内容はともかく、凛を叩いたのは……俺が悪いと思う」

「それが分かってるなら、いいのよ。次どうすればいいかも分かるわね?」

「謝らなきゃ……でも、気まずいよ。なんて言ったらいいか」

「……ふふっ」

 

 

先程までとは打って変わって、優しい笑みを俺に見せた母さん。

そしてその手を俺の頭の上に乗せ、撫でる。

 

 

「───“ごめんなさい”、でいいじゃない。

 

それで許し合えるのが、“友達”なんだから」

 

 

「ごめん…なさい……」

「そうよ。いい?優真。間違えたら、しっかりと謝りなさい。

ごめんなさいって言う言葉は、“魔法の言葉”なの。

自分が間違えてるって思ったなら、何度でも、何度でも謝ればいいのよ」

「……それでも許してもらえなかったら?」

「ちゃーんと謝るの。相手に許してもらえるまで。“ごめんなさい”って気持ちが伝われば、相手はきっと許してくれるから」

「……本当に?」

「ええ、本当よ。……優真、優しくなってね。

相手にはもちろん、自分にも。

自分に優しくなれる人だけが、誰かに優しくなれるんだから。

そしてその優しさで……誰かを守れますように」

 

そう言って母さんは俺を優しく抱きしめた。

 

“ごめんなさい”という言葉の意味。

正直難しかったけど、不思議と俺の心の中にその言葉は深く根付いた。

 

 

間違えた時は、しっかりと謝ること。

 

人に優しくすること。

 

誰かを守れるようになること。

 

 

朝日優真という人格の大部分を形成しているのは、母親のこの教えによるものが大きい。

 

 

 

そんな俺の母さんは───死んだ。

 

 

 

 

 

 

季節は巡り、あの事件から1年が経った。

中2の9月から俺は元居た学校を休学し、西木野先生が経営する学校へと通うことになった。

そこには西木野先生以外にも2人の先生兼医師がおり、1人が国語英語、1人が社会、1人が理科数学を教えていた。ちなみに全員教員免許を持っている。

そこで俺は、俺と同じように心に傷を抱えた数名のルームメイトと共に勉学に励んでいた。

 

学校の時間割の中にはカウンセリングの時間があり、週三回の50分ずつで俺の心と向き合う訓練をしていた。

その甲斐もあって、中2の冬にはユウガと心を通わせることが出来るようになった。本来ならばその過程でだんだんと人格が統合されていくらしいが、俺のように人格同士が共存を図るという例は決してよくあるものではないらしい。

俺とユウガが出来るようになったのは、“意思疎通”と“記憶の共有”。だから問題を起こすこともなくなり、至って平和な日々を過ごしていた。

 

傷もある程度は癒えたものの、新たに友人を作ることはしなかった。自分が人を傷つけるというよりも、他人を信じるのが怖い。裏切りという行為が俺に残した傷は、いつまで経っても癒える兆しを見せることはなくて。

 

そんな俺が心を許していた、1人の少女。

 

 

「優兄ィ!あーそぼっ!」

 

 

星空凛。当時12歳の彼女は、俺に起こった事件を知ってか知らずしてか…とにかく俺の閉じられた心を無理矢理こじ開けようとした。

最初は他人…凛との必要以上の接触を拒み、遠ざけようとしていた俺。

しかし無邪気に笑う彼女の笑顔は、気づけば俺の心に強く残り、かけがえの無い支えになっていて。

 

そして俺は凛と──時折花陽も混ぜて──再び遊ぶようになった。放課後一緒に外に出たり、この時にダンスゲームで遊んだりするようになった。

 

この何気ない時間は、ボロボロになっていた俺の心を癒す大切なものだった。

心を許せる人がいるという安心感を改めて実感する日々を過ごす中3の夏。

俺が凛や花陽と過ごす時以外に落ち着けるのは、母さんと話す何気ない時間。

 

「優真、『音ノ木坂学院』って知ってる?」

「ん。昔からある女子校でしょ?そこがどうかしたの?」

「来年からそこが共学になるらしいのよ。母さんそこの卒業生だから感慨深いなぁ〜」

「ふーん」

「関心薄いわね……母さん優真が音ノ木を受けてくれたら嬉しいなぁ〜」

「行けたら行くわ」

「受ける気ないヤツでしょそれ。ってか大体こないから、それ言われた時」

 

ごめんな、母さん。

俺もう、進学先は決めてるんだ。

都内屈指の公立進学校。そこに行って、母さんを楽させてあげたいから。

今までたくさん迷惑かけて、本当にごめん。

だから後少しだけ、待っててくれ。

 

 

必ず母さんを───喜ばせてみせるから

 

 

 

 

 

 

 

 

さらに季節は流れて中3の冬。

年が開けて間もない頃、高校受験勉強もラストスパートをかける時期になってきた。

 

「優真ー。ご飯できたわよー?食べない?」

「んー。そこ置いといてー」

「はーい。たまには降りてきて食べなさいよねーっ?」

 

 

俺の志望校は夏から変わらず県内屈指の公立進学校。沢山の迷惑を掛けてしまった母親へのせめてもの恩返し。

その勉強のために、俺は部屋にこもりがちになっていた。以前のような負の意味ではなく、正の方の意味で。

朝から昼までは学校で勉強、昼過ぎから夜遅くまでは自学。西木野先生の教え方のスタイルは、『本人本位』。俺が1番やりやすいやり方で、1番効率よく学べるように、的確な指摘をしてくれる。故に、自学の充実さが成績に直結するのだ。

 

 

だからそんな俺は───気づけなかった

 

 

己の母を蝕んでいた、その病に

 

 

 

────ガタンッ!!

 

 

部屋の外で大きな音が響き、俺はドアの方を振り返る。音の遠さから考えて、一階で響いた音だろう。

 

コケたのかな?母さん、おっちょこちょいだなぁ。

 

そんな程度にしか考えてなかった俺は、再び問題の続きへとペンを走らせる。

 

 

1時間半ほど経過しただろうか、俺は部屋の外に置かれていた夕食を食べ、食器を返す為に一階へと降りようとしていた。

その時、机上のケータイが着信を告げる。

 

 

「んー。もしもし」

『もしもし、優兄ィ?』

「おう、どうした?凛」

『今からそっち行ってもいいかにゃ?ちょっと見てほしい宿題があるんだけど……』

「今からか?別にいいけど……気をつけろよ?もう時間も遅いし」

『大丈夫にゃ!じゃあ3分後に!』

 

 

早すぎだろ。もっとゆっくり来いよ。

そんなツッコミを入れる間もなく電話は切れてしまった。

相変わらずのマイペースさに苦笑いを浮かべつつ、恐らく宣言通り3分後に来るだろう凛を迎え入れる為に、改めて一階へと降りる階段を下り始めた。

 

……さっきの数学の問題、解けたは解けたけど時間がかかり過ぎだ。あそこの計算は正直無駄だったし、もっと過程を最適化しないと時間が───

 

 

そんな思考は、一瞬で吹き飛ばされた

 

 

「……………………………………え…………」

 

 

 

リビングに繋がるドアの前、そこには横たわってピクリとも動かない母親の姿が。

 

「………………母……さん……?」

 

俺の呼びかけにも、返事はない。

 

その姿は───かつて見た“あの姿(ツムギ)”と重なって

 

 

「ぁあぁ……ぅ……ぁ……」

 

 

金縛りにあったように動かない身体

 

それと同時に急に働きを失った思考能力

 

『頭が真っ白になる』というのは、こういう状況のことを言うのだろう

 

そんな俺の耳に響いたのは。

 

 

『優兄ィー!来たよー!』

 

 

「……………………り…ん……」

 

ドアの向こうから聞こえたその声で、俺の身体は再び働きを取り戻した。

異常事態を把握した瞬間、俺の身体は玄関へと駆け出した。

 

「あ!いきなりごめんね優」

「それはいい。話は後だ!!」

「えっ……?って…………ママ……!?」

 

倒れている俺の母親を見たことで、凛も異常事態を察知したらしい。

そんな凛を横目に、俺はケータイのキーを必死で走らせ、とある番号へと電話をかける。

 

 

 

「───西木野先生、母さんが……母さんが!!」

 

 

 

 

 

 

 

「…………生きているのも、奇跡の状態です。そしてそれももう直ぐ……」

「………………」

「……そん…な……」

 

悲痛な声を漏らした凛と、最早何も言うことができないほど絶望に満ちた俺。

救急車によって運ばれた俺の母さんと共に、俺と凛も病院へ向かった。

ここは西木野総合病院のとある病室、そこで母さんはたくさんの機械によって繋がれ、なんとか一命を取り留めている。

突如電話をかけてきた俺のたどたどしい動揺に満ちた言葉を西木野先生は上手いこと把握して、迅速な手配をしてくれた。

そこで俺と凛は、西木野先生と共に担当医の説明を受けている。

 

「もう少し搬送が早ければ、手の施しようが」

「やめなさいッ!!」

「あっ……」

 

西木野先生の怒声で、担当医はしまったと言うように言葉を止めた。

……別にいいのに、最後まで言っても。

 

───そんなの俺が、1番分かっているんだから。

 

俺がもっと早く気付いていれば、こんなことには。

 

 

「……西木野先生」

「……何かしら」

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………」

「俺に隠してたんですよね?──いつからですか」

「………………」

「……先生ッ!!」

 

 

 

「───1年半ほど前よ」

 

 

「…………え…」

「あなたが初めて私の元に来た日の…少し後から。

彼女の身体は悪性腫瘍(ガン)に侵されていたわ」

「そんなに……前から……?」

 

じゃあ何か?

母さんは1年半もの間、己を蝕む病と闘いながら、ずっと俺に笑顔を見せ続けてきたっていうのか?

 

「早期治療すれば、完治しないわけじゃなかった。でも彼女はそれを頑なに拒んだわ。何故だか…わかるかしら」

「…………俺、が……いたから……?」

「そう。治療をするとなれば入院しなければならない。そうなれば、誰も貴方の面倒を見ることができない。ただでさえ、己の心の傷と向き合おうとしている貴方に、ストレスを与えないようにと」

「…………母さん……っ」

 

 

その時。

 

 

「…………っ………は……」

「っ!!母さん!!」

 

意識を取り戻した母さんに俺は夢中で駆け寄った。

ゆっくりと母さんは、自分の手で呼吸器を外す。

担当医もそれを止めようとはしなかった。

 

「優……真……ごめん、なさいね……」

「何も言わないでいい!しっかりしてくれ!!」

「多分……母さんは、もう……」

「そんなこと言うなよ!!…大丈夫だって!!」

 

『大丈夫』。その言葉の無責任さを今初めて痛感する。

何の根拠もなく、何からも裏打ちされることなく告げられるこの言葉は何と無責任だろうか。

この言葉は唯の祈りと願いに過ぎない。『そうであってほしい』と言う、当事者ではなく第三者の。

 

「優真……聞いてくれる、かしら……母さんの、最後のワガママ」

「最後なんて、そんなっ……」

「お願い優真。お願いだから……」

「母さん…………」

 

血色を失ったその顔で、そんな目で見られたら。

嫌だなんて、もう言えない。

母さんは震える手を伸ばし、俺の頬を優しく撫でる。その冷たさに、俺の表情はおもわずこわばってしまう。

 

 

「あなたを遺していくこと、本当に……ごめんなさい……。

最後に母さんと……3つ約束を、してくれる……かしら……」

「3つ……」

 

 

 

「1つ……“人に優しく、自分に優しく”」

 

いつも母さんが、俺に言うことだ

 

「2つ……“その優しさで、誰かを守れるように”」

 

これもいつも母さんが、言ってることだ

 

 

 

「そして3つ目。

 

 

────“あなたが笑って、過ごせますように”」

 

 

「っ!!」

 

「あなたがたくさんの友達に囲まれて、たくさんの笑顔を見せてくれれば……母さん、安心できる……から……

 

たくさん笑ってね、優真

 

母さん、“あっち”で……ちゃん……と……見てる………………か…………ら……」

 

 

 

そして母さんの手は

 

 

力なく崩れ落ちた

 

 

部屋に響く単一の電子音

 

 

その音を頭の中で聞きながら、顔に布を被せられる母親の様子をただ眺めていた俺は

 

 

 

「…………………………なさ…い…………」

 

 

『──いい?優真。自分が間違えたと思った時は』

 

 

「………………ごめん…………なさい……」

 

 

『自分が間違えたと思った時は、しっかりと謝りなさい』

 

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 

『自分が間違ってると思うなら、何度でも、何度でも謝ればいいのよ』

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

 

『……それでも許してもらえなかったら?』

『ちゃーんと謝るの。相手に許してもらえるまで。“ごめんなさい”って気持ちが伝われば、相手はきっと許してくれるから』

 

 

「ごめんなさいっ……母さん、ごめんなさい……本当に、ごめんなさい…………」

 

 

たくさん迷惑かけて。

気づいてあげられなくて。

こんなダメな俺で。

 

 

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

 

 

「朝日君…………」

「優兄ィ……っ」

 

 

「聞こえないよ、母さん……何か言ってくれよ、母さんっ……!!許して、ごめんなさい……許してよ、母さん…………母さん、母さああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

─────もう、いい

 

 

─────何も考えるな

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………センセー」

 

「……ユウガ」

「っ!?優兄ィ……?」

 

幼馴染の普段とは違う黒い黒い眼差しを見た凛は、その顔を恐怖で歪めた。

優真の母親経由で、凛は自分の母親から優真になにがあったのかを聞かされている。故に理解も早かった……これが、“もう1人の優兄ィ”なのだと。

 

「……これから多分、色々迷惑かけると思うけど…アイツのこと、よろしく頼む」

「……当たり前よ」

「それから、凛」

「っ!は、はいっ」

 

「───コイツの支えになってやってくれ」

 

「え……?」

「じゃあ後は─────頼んだ」

 

 

そう呟くと……再び彼は、意識を失った。

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 

母さんが死んでから2週間。

俺は1年前のあの時と同じような生活を送っていた。

心も涙も枯れ、俺の体を動かすのは人間としての本能だけ。

学校にもいかず、あれだけ盲目的に熱中していた勉強にも全く手をつけない。

眠くなったら寝て、腹が減ったら食べ、それ以外は母さんの仏壇に座り込み、無心でそこを眺めている。

 

 

────とある時間以外は

 

 

誰の顔も見たくないのに 一人でいたいのに

 

 

「ゆーう兄ィ!」

 

 

性懲りも無く、今日もコイツはやって来る

 

 

「…………」

「……そんな目しないの。ほら、ご飯持ってきたよ!一緒に食べるにゃ!」

「…………」

「…あ、もしかしてもう食べちゃったかにゃ?」

「…………」

「それならいいもーん、凛1人で食べちゃうもんね!……あ、ママに挨拶しないと」

 

 

無言で凛を睨み続ける俺を他所に、凛は今日もマイペースに俺の元を訪れる。隠している合鍵を自分のものにした凛は、自由に俺の家を行き来できる。幼馴染じゃなかったら犯罪モノなその行為を、俺は特に咎める気にもならず放置している。

それでも一日一回、食事を持って必ず家にやってくる凛のことが疎ましくて仕方なかった。

食事だって、わざわざ持ってきてくれなくてもインスタントで済ませられるし、何よりも……誰の顔も見たくないから。

 

俺の横にちょこんと座り、凛は持ってきたおにぎりを本当にぱくぱくと食べ出した。

鼻歌を歌いながら、楽しそうに。

 

そんな態度が───気に触る

 

「…………チッ」

「ん……優兄ィどこいくの?」

「…………関係ねぇだろ」

 

これもいつものこと。苛立った俺が凛を放置して部屋に戻る。それを見送った凛は勝手に家の掃除をこなして帰っていく。

こんな生活を2週間も続けていた。

 

 

 

しかし

 

 

 

「……優兄ィ」

「………………んだよ」

 

 

今日は何故か、引き止められた。

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「………………」

「ずっとこのままでいるつもりなの?家に閉じこもって、誰にも接することなく、ずっと1人でいるつも…」

 

 

「───じゃあどうしろって言うんだよ」

 

 

触れられたくないところにピンポイントで触れてきた凛に、俺の怒りは一瞬で沸点に達した。

 

 

「何をすれば許してくれるんだよ。母さんはもう居ないのに……1番恩返ししたかった人は、もういねぇのに!!何回謝っても、何も聞こえないんだよ!!許してくれないんだよ!!」

 

 

俺の1番やりたかったことは、『たくさん勉強して、いい高校に入って、母さんを安心させてあげること』。

 

俺の今1番やりたいことは、『母さんに謝って、許してもらうこと』。

 

 

どちらももう────叶わない。

叶わないから。

 

 

「最低だろ……何が『母さんを安心させたい』だ。母さんのことも何も気づかないで、のうのうと笑って日々を過ごして!母さんは病気で苦しんでたのに!!

俺のせいで!!母さんは死んだんだ!!

どうすればいいのかわからないんだよ……どうすればいいんだ!!なぁ!!教えてくれよ、凛……答えろよ!!」

 

 

叫ぶしかない。

心の中に溜まった闇を。

齢13歳の少女に、ぶつけるしかない。

 

涙が両目から溢れる。

心の底から込み上げる哀しみと、凛に八つ当たるしかない己の愚かさを嘲笑う涙。

“最低な事をした”自分と、“今尚最低な事をしている”自分への自己嫌悪が止まらない。

 

 

それでも、聞いて欲しかった

 

助けて、欲しかった

 

教えて、欲しかった

 

 

誰か俺を───赦してくれよ

 

 

 

俺の話を瞳に涙を浮かべていた凛は、しばらくして口を開く。

 

「……凛、お願いされたんだにゃ」

「お願い……?」

「ママと、“もう1人の優兄ィ”に」

「っ……!!お前、知ってた…のか……?」

 

俺の質問を無視して、凛は言葉を続ける。

 

「『優兄ィを、頼んだ』って。だから、言うよ優兄ィ。

 

 

 

───いつまでそうやって下向いてるの!!」

 

 

 

「なん……」

「ずっとそーやってうじうじして……!優兄ィのそんな姿、ママは絶対に見たくないはずにゃ!

ママがいなくなっちゃって苦しいのも、悲しいのもわかるよ?でもね、だからってこんなのダメだよ……!絶対にダメだよ!」

「……お前に何がわかッ」

「わからないよ!優兄ィが悲しんでることしか、苦しんでることしか凛にはわからない!でもそのままじゃ……誰も何もいい思いしないよ!」

 

 

聞けば聞くほど、ガキの理論。

『イヤなものはイヤ』。筋もクソもない凛の言い分に、俺の怒りは加速する。

 

 

「わかんないんなら、口出すんじゃねぇよ!!」

「わからないからこそ口を出すんだよ!!優兄ィの気持ちがわかってたなら、きっと凛はこんなこと言えない!優兄ィと同じくらい、辛くなっちゃうから……!」

「意味わかんねぇんだよ馬鹿野郎がッ!!」

「バカでも何でも!凛はイヤなの……このままじゃイヤなのッ!!」

「このっ…………!!」

 

 

相手がガキなら、俺も餓鬼。

冷静さを失った相手に対し、俺も論理だった反論はできない。

それが出来るようになるには、俺はまだ若すぎた。

 

 

故に今、昂った感情のまま凛を殴ろうとして手を振り上げる

 

 

握った拳が震え、腕に血管が浮かび上がる

 

 

それを見て驚愕に染まった凛の顔に、思い切りその拳を振り抜こうとして────

 

 

 

『──────優真』

 

 

 

寸前で、思いとどまる

 

ふと思い出したのは、母の言葉

 

 

 

『───あなたが悪いとか、凛ちゃんが悪いとかは一先ず置いておいて。

凛ちゃんに手をあげたのは、絶対に許されないわ。

男の子が女の子に手を挙げるのは最悪のことよ』

 

 

俺は同じ過ちを

 

繰り返そうとしてる

 

 

「───思い出して、優兄ィ。

ママは最期に……何て言ってた?」

「っ……」

 

 

『───あなたが笑って、過ごせますように』

 

 

「優兄ィが今できることは────何?」

「俺が今、できること……」

「凛は───()()()()()()()

「変わ……る……」

 

 

 

「優兄ィに、変わってほしいの!

 

明るくて優しい、昔みたいな笑顔の似合う優兄ィに!!」

 

 

 

“変わる”。

 

 

その言葉は不思議と俺の胸に突き刺さった。

 

 

頭の中で、母さんの言葉が甦る

 

 

『───誰かを守れるくらい、優しくなってね』

 

 

変わる。

 

 

誰かを守れる、優しい自分に

 

 

変わる。

 

 

凛が……大切な人達が、悲しい涙を流さないように

 

 

変わる。

 

 

母さんが安心できるように、凛が望むように、笑顔が似合う自分に

 

 

『───母さん優真が音ノ木を受けてくれたら嬉しいなぁ〜』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

────────でも

 

 

今更俺自身が変わるには、俺の業は深すぎる

 

 

────────だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと目を開くと、暗い海の中にいた。

ここは俺の心の中。普通の人間なら1人しかいないその中に、俺の場合は2人いる。

俺とユウガ。そして────

 

 

目の前に現れた、()()

 

何にも染まってない、純白のその仮面を手に取る

 

 

俺にはもう、誰かと関わる資格はない

 

 

だから────

 

 

 

「────何考えてやがる、テメェ」

 

 

後ろから呼び掛けられた声。それに俺は笑顔で振り返る。

 

 

「……ユウガ」

「ふざけんなよ。自分は関わる資格がねぇって決めつけて、お前は──」

 

そう。そうだよ。お前の考えてる通りだよ。

 

 

 

「───“3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

“3人目”を創り、託す。()()()()()()()()()()

 

 

「そんなことッ……!!」

「“3人目”には、俺の記憶を授ける。今からコイツが、朝日優真になるんだ。

 

 

母さんが、凛が望んだ朝日優真に」

 

 

「だから!ふざけてんじゃねぇっつってんだろ!!

大体それでお前が“変わった”って言えんのかよ

 

お前は責任をなすりつけただけじゃねぇかよ

 

オレは認めねぇぞ。“3人目”なんて絶対に!!」

 

 

「……それでもならなくちゃいけない。もう、こうするしかないから。

────今までありがとう、ユウガ。

これからのことは、“3人目(コイツ)”に託そう。

今更“変わる”なんていうには、俺たちは誰かを傷つけすぎた」

 

「っ!!まさかお前オレまで…!?」

 

 

 

 

「後は頼んだよ────“3人目(『朝日優真』)”」

 

 

 

「お前ッ、優真ァァァァァァァァ!!!」

 

 

 

そして俺は仮面を───装着(つけ)た。

 

 

 

途端、俺とユウガは突如現れたそれぞれ2つの大きな門に吸い込まれ───閉じ込められた。

 

 

 

これでいい、これで。

 

俺はここで見続けるよ。“3人目”の歩む道を

 

願わくばその歩む道が────

 

 

 

皆の幸せに繋がることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優、兄ィ…………?」

 

 

口論の途中に突如黙り込んでしまった優真に、凛は恐る恐る声をかける。

優真は首を曲げたままうなだれ、揺すっても反応がない……がしかし、ふと顔を上げ、その目を開く。

 

そして一言。

 

 

 

 

「ん……あぁ、大丈夫だ。安心してくれ、凛」

 

 

 

「……へ…………?」

「心配かけて悪かったな。何をするべきか……わかったからもう大丈夫だ」

 

先ほどまでと打って変わって、不自然なほど冷静さを取り戻している。

……否、どちらかというと、冷静というよりは、“無感情”。

 

「……凛」

「……ん?」

 

 

「見ててくれ。()()()()()()()()()()

 

 

「……う、うん…」

 

最後、笑顔でそういった優真に、凛はますます不信感を募らせる。

 

 

でも、今は。

 

 

前を向こうと決意した優真を、支えよう。

それが優真の母とユウガとの……約束だから。

 

凛はそう決意した。

 

 

───目の前の少年が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

そして少年は、3人になった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、『64話 解答』
今回もありがとうございました。


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解答

 

 

 

 

 

64話 解答

 

 

 

「…………………………」

 

 

沈黙。

“3人目”の話を聞いた私たちを包むのは、沈黙。

余りにも重苦しい空気を誰もがどうにかしたいと思っているにもかかわらず、誰も口を開こうとしない。私…絢瀬絵里も同じように、ね。

 

 

「…………さて、今のが朝日君の過去。最後に()()()()()()()()()()()()をしましょうか」

 

 

……確かに気になる。高校入学から今に至るまで、彼は何を思い行動していたのか。

萎えかけた気力を振り絞り、私は顔を上げる。

 

 

「高校入学時点で彼は既に“3人目”……彼の言葉を借りるなら《仮面》だった。《仮面》は朝日君の“変わりたい”という思いが具現化した者。行動指針は、“変わるため”。彼の母親と星空さんが望んだ“誰かを守れる優しい自分”になるため。

《仮面》には朝日君とユウガの記憶が宿っていて、自分が何をすべきかを明確に理解していたの。

でも、()()()()

 

彼は知らなかった。他人との接し方を。

 

彼は知らなかった。感情の表し方を。

 

だから1年生……2年生後半になるまでの彼はとても暗く、何かに怯えるようなぶっきらぼうな話し方をしていたはず。以前の彼とはまるで違ってね

 

私から言わせれば、“3人目”の彼は《仮面》じゃなくて、《人形》よ。主人格の“変わりたい”という命をこなす、忠実な、ね」

 

 

「……なるほど」

 

私は思わずそう呟いた。

凛が合宿の時に言っていた言葉を思い出す。

 

 

──『……優兄ィが絵里ちゃんにどこまで話してるのかわからないけど、優兄ィと出会った頃、あんな性格じゃなかったでしょ?』

『……確かに』

 

出会った頃の彼は人と関わることを恐れ、周囲と壁を作り、全てに達観しているような冷めた目をしていた。

 

『……優兄ィは昔色々あって、人と関わりが持てなくなっちゃったの。あんなに明るかった優兄ィは、まるでどっかに行っちゃったみたいで。

それが今……あんなに笑うようになってくれた。少しずつ、優兄ィは昔の優兄ィに戻ってる。……それはみんなのおかげなんだにゃ』──

 

 

周囲に壁を作っていたのは、人との関わり方を知らなかったから。

冷めた目をしていたのも、人との関わり方を知らなかったから。

 

凛はあの時“昔の事で人との関わり方が持てなくなった”と言った。でも、違ったのね。

生まれ落ちて間もない“3人目”は、何も知らなかった。

普通ならば育っていく過程で学んでいく、人との接し方を。

だから出会った頃の優真は、あんなに……。

 

……最も、この根幹に“優真の傷”が関わってるのは間違ってはいないのだけれど。

 

 

「……話を戻すわね。“友達を作る”。いちばん最初に彼が目指したのはそれよ。何故かわかる?」

「……優真先輩の母親の最期の言葉、ですよね」

 

 

───『あなたがたくさんの友達に囲まれて、たくさんの笑顔を見せてくれれば……母さん、安心できる……から……』───

 

 

「そうね。変わろうと努力を始めようとしたその矢先。全くもって予想できなかったことが起きた。

 

 

────()()()()()()()()よ」

 

 

「っ……」

 

 

名指しされた希の肩が強張る。

 

 

「主人格の彼は、大層驚いたはずよ。もう会えないと思っていた、その少女が目の前にいるんだから。

でも、それをどうこうすることは彼には出来ない。

彼は傍観を決め込んだから。“3人目”が決める選択を、只々心の中で眺めているしかない。

そして“3人目”の選択は──────」

 

 

「──希との過去を、“なかったこと”にすること」

 

にこの呟きに、瑞姫さんはコクリと頷く。

 

「そして2人は、もう一度歩みだした。新たな友人としての道を。その中に絢瀬さんも加わって、高1時代の彼はその3人で過ごすことが多くなった。

さて、この時“1人目”は自らの意思で心の中に閉じ籠っていたのだけれど、“2人目”の方はそうじゃなかった。

ユウガは“3人目”を創ることに反対してた。故に朝日君によって……“意識ごと封印されていた”」

「意識ごと………封印」

「ええ。でもある日、その封印は解かれた。

 

───“3()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「強い……怒り………っ!もしかして……!」

 

答えに気づいた私をさておき、瑞姫さんは希の方を向いて、笑い───

 

 

 

「心当たりがあるんじゃないかしら。

 

───()()()()()()

 

 

『っ!?』

 

全員の視線が希に集中する。

瑞姫さんは気づいていた。希のケータイ越しに、ことりが今の話を全て聞いていたことに。

 

『…………ゃ……』

「……ことりちゃん…うん、わかった」

 

自分だけに聞こえるように音量を調節していたのだろう、ことりの指示を受けた希がケータイを操作して、スピーカーへと変える。

 

『…………みんな、こんな形でごめんね』

「ことり……」

『…………そして多分、今西木野先生が言ってることの答えは…私が関係してる』

「……!ことり、もしかして…!」

 

 

『そうだよ、海未ちゃん。

 

 

────()()()()()()()()

 

 

 

 

────『失せろゴミ』────

 

 

 

そう、あの時。

希との電話越しで聞いた彼の声は、今まで聞いたことがないほど怒りに満ちていた。

思い返せば、あれは───

 

「痴漢行為を受けていたことりさんの姿を見た“3人目”は、激怒した。その怒りは、心の中で眠っていたユウガを呼び醒ますことになってしまった。かつて朝日君が荒川君に、怒りを抱いた時のように。

でも、この時はまだ完全じゃなかったの。ユウガの意思とは関係なしに、“3人目”の怒りに際して現れる程度だった。

────この状態の彼、身に覚えのある人は何人かいるんじゃない?

 

()()()()()()宿()()()()()までで考えてみて」

 

 

『…………』

 

私含め2人が、顔をしかめた。

 

 

私が心当たるのは

 

“μ'sのファーストライブを、何も言わずに中止させようとしたとき”

 

 

 

────『……どういうことだ』

『言葉通りの意味よ。ライブをする意味が無くなったわ』

『説明になってないぞ』

『だから言葉通りよ。意味がないって言ってるの』

 

その態度に、俺の中の何かが───切れた。

 

『────おい』

『っ…!?』

 

先ほどまでとは違う、俺から発せられる威圧感に、絢瀬が怯む。

 

『説明になってないっていってんだろ。

そんな一方的に中止告げられて納得なんて行くわけないだろうが』

『……』─────

 

 

 

そしてもう1つ

 

 

“荒川君と中西さんが現れて、希に発作が起きた時”

 

 

 

 

 

『オメェあと一歩でも“希”に近づいてみろ

 

 

────────殺すぞ』

 

 

 

この時の優真の状態は、『ユウガの人格を借りた“3人目”』と言ったところだったはず。

ユウガ自身は無意識のうちに、“3人目”の憤怒に反応して現れていた状態というわけね。

 

海未も同様の顔をしているあたり、思い出していることはおそらく一緒。電話越しで顔は見えないけどきっとことりもそう。

 

 

「……さて、結局のところユウガは再び自我を取り戻すことになったわけだけど、そのきっかけとなった事件があるの。

 

────()()宿()()()()、ね」

 

合宿のとき……?

そんな事件があったかしら……?

 

しかし。

 

1人の少女は、身体を震わせ始めた。

 

 

「……あの時…だ………」

「……凛…?」

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの時……!」

 

 

 

 

──『……ふふふふっ』

 

『……優兄ィ?』

『ははははは……』

『どう、したの……?』

『はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは』

『優兄ィ!?』

 

こんなおかしな話があるだろうか

 

“どちらを好きになったかがわからない”なんて

 

そんなの、“好きになった理由がわからない”と同義

 

俺はそんなものを“恋心”と呼ぼうとしていたと?

 

笑い話も大概にしろ

 

─────馬鹿だ“オレ”は

 

何をそんな甘いものに縋ろうとしていたんだ

 

オレは自分の“満たされない心”を愛という耽美なコトバで満たそうとしただけ

 

誰かの“愛”を求める資格なんざ

 

オレには無いだろう?──

 

 

 

 

「あぁ……あれだ……あれがきっかけで……っ!」

「凛、落ち着い」

「凛のせいだ。凛の、凛の……!!」

 

その時何が起きたのかは私達にはわからないけど、凛のこの動揺しっぷりは尋常じゃない。

その動揺を裏付けるように、瑞姫さんは言葉を続ける。

 

「……答えだけ言ってしまうと、その通り。

合宿の時の星空さんがとの一件で、ユウガは目醒めた。それ以降、ユウガは貴女達の前に現れることが増えたんじゃない?」

 

先程よりも、心当たりがある人は多いようだ。

先ず口を開いたのは、にこ。

 

「……ツバサに潰されそうになった時、私を助けてくれた優真…あれはきっと、ユウガだったのね」

 

 

──『お前の勝手な物差しで───

 

俺たちの“覚悟”を測るんじゃねぇ』

 

 

『首を洗って待ってろ、A-RISE

 

─────喉元喰い千切ってやる』──

 

 

 

そして真姫が。

 

「────路地裏に連れ去られた希と絵里を助けた時の優真さん。あれも……」

 

 

 

 

──『見逃してくれるよなぁ?それとも何?

 

──────()()()()?』──

 

 

 

「……あの時の優真は、手に握った石を相手の顔に振り下ろそうとした。これはユウガの暴力的な衝動が原因の考えると、納得…とまではいかなくてもなんとなく理由としては頷ける」

「……ですが絵里、ユウガさんも中学時代の事件の事で衝動的な暴力が優真さんを傷つけることをわかったはず……いや、なるほど、そういうことですか……」

「そうよ、海未。

 

───“()()()()()()()()”。

 

“3人目”の存在が気に入らないユウガは、自分の暴力で“3人目”が私達にどう思われようと、どうだっていいのよ。だからあんな風に………そういえば…」

「? ……どうしたのよ、絵里」

「真姫は聞こえなかった?あの時悟志くんを制止した優真、何か言ってなかった?」

「……言ってたわね、確かに。でも私には聞こえなかったわ。でも最後呟いた言葉なら」

 

 

 

──『────やりすぎ……だ……バカ……』──

 

 

 

「…………もしかして」

「何かわかったの?」

「いや、これだけじゃ……最初になんて言ったかがわかれば」

 

 

 

「『────少しだけ、力を貸してくれ』」

 

 

突如響いた野太い声。

その声の主は今まで見たこともないような表情で私たちを見ている。

 

 

「ユーマは俺の側で、確かにそう言ったぜ」

「……悟志くん」

「……多分絵里さんの考えてる通りだと思う。

 

あの二言は……《仮面》がユウガに言ったんだ」

 

……やっぱり。

“3人目”はいつの間にか自我を持ち出したユウガに、“頼ってしまった”。ユウガが久々に、自らの意思で行動を取ったのはこの時だったはず。

……というか。

 

 

「悟志くんは……知ってたの?」

「……優真に起きた事件のことは。でも“3人目”にまつわる話は俺も聞かされてなかったぜ」

「……ごめんなさい、聞くまでもなかったわね」

 

知っていたなら、そんな顔してるわけないわよね。

悟志くんのそんな顔は、見たことないもの。

己を責めるような、悲しい目をして笑う貴方のことなんて。

 

そしてさらに瑞姫さんの質問は続く。

 

「……自我を持ったユウガは、朝日君にとって邪魔だと考えていた“3人目”を、壊そうとした。そして……“3人目”の意思とは関係無しに、少しずつ表に現れるようになった。

……心当たりのある人は?」

 

 

「凛とかよちんは……あるよ」

「……文化祭の時、だよね」

「その時に凛は優兄ィに叩かれたんだけど……優兄ィ、すごく驚いた顔してた。多分、自覚がなかったんだと思う」

 

「…ことりのバイト先で私が見たあれも、“3人目”が自覚していなかったユウガの表れ…」

 

「そんな風に、段々とユウガは影響力を取り戻していった。そしてある日……《仮面》は“砕けた”」

「…………このあいだの……」

「自らの掛け替えの無い居場所だったμ'sを壊してしまったこと。トドメを刺したのは、守るべきはずだった星空さんを自らの手で傷つけてしまっていたこと。

 

そして彼は……“自らの手で、己を終わらせた”」

 

「…………つまり…」

 

 

 

 

「…………貴女達と過ごしてきた朝日優真君は

 

 

()()()()()()()()()”」

 

 

 

 

「そん…な……」

 

 

“3人目”は自らを責め、苦しみ……最後は自分自身でその存在を消した。

私達を守り続けた彼には、もう会えない。

それを自覚した途端、悲しみが込み上がる。

 

 

例え彼が“偽り”でも、私たちにとっては“真実”だった

 

彼がくれた優しさと思い出が

 

私達を、救ってくれたから

 

 

そして瑞姫さんは、独り言のように呟く。

 

 

「最初何にも染まらず、無垢だった《仮面》は、年を経るごとに染まっていった。

 

鮮やかで眩しい、“9つの色”に」

 

『……!』

 

「《仮面》が女神達を救ったように、女神達もまた《仮面》を救っていたの。

己が抱える傷の影響で、喜怒哀楽の“喜と楽”を無くしていた彼は、女神と出会って“喜び”を知った。“楽しさ”を感じた。

 

───“本当の笑顔”を、取り戻した。

 

そして《仮面》は、朝日君(1人目)が望んだように、『朝日優真』になった。大切な人を守ることができる、『朝日君がなりたかった朝日優真』に、“3人目”はなれた」

 

「…………」

 

そこまで言い終わると、ここまで沈黙を貫いていた理事長が突如口を開く。

 

「ねぇ。

 

貴女達は、“3人目”の存在は正しかったと思う?」

 

「それは……」

「朝日君は己の存在を罪とし、その贖罪を成すために“3人目”は生まれた。“3人目”は本人の願い通り『朝日優真』となり、皆を守れる存在へと“変わった”。

でもこれは本当に、“変わった”と言えるのかしら?

変わったのは朝日君じゃなくて“3人目”。そうでしょ?」

「……確かに」

 

すると今度は瑞姫さんが、言葉を割り込んできた。

 

 

「じゃあ貴女達は、“3人目”の存在が間違っていたと思うの?」

 

 

「…………」

「形はどうあれ、貴女達は“3人目”に救われた。その存在を否定することは、“貴女達が作り上げてきた今まで”を否定するということ。実績も、思い出も何もかも。違う?」

「……さっきから何が言いたいんですか…!」

 

私達に疑問ばかりを投げつけ、不安を煽ろうとする瑞姫さんと理事長に、思わず苛立ちのこもった言葉をぶつけてしまった。

しかし瑞姫さんは、私の言葉など想定通りだと言うかのように笑った。

 

 

「───決めて欲しいのよ。“これからのことを”」

 

 

「……決める?」

「私の話を聞いた貴女達は、“これからどうするか”を決めなくちゃいけない。

“ユウガ”が望んだように彼とはもう関わらないか。

それとも彼と和解し、新たな道を歩みだすのか。

すべては貴女達次第よ」

 

───これから、どうするか。

私達は決めなくちゃいけない。

 

でももう私には、わからない。

 

朝日優真という少年の存在が、黒く霞んだモヤのように見えてしまって。

 

今までの何が本当で、何が嘘だったのか。

 

正しい判断なんてもう出来ない。

 

そのくらい私の心はこれまでの衝撃的な話で疲弊しきっていた。周りを見回した限り、ほとんどの皆もそうみたい。

 

そんな私に、瑞姫さんは言う。

 

 

「1つだけ訂正させてもらうわね、絢瀬さん」

「訂正…?」

「先程の貴女が言っていた“オレら”に関する話よ」

 

今更……その話を?

一体何のために───

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「えっ……」

「でも、もしそうならユウガさんが私達を遠ざける意味が」

「今までの彼の言葉を、しっかりと思い出してみて。ユウガは何のために行動してた?」

「……第1の人格である、“本当の優真先輩”を守るためでは…?」

 

「───()()()()()()()()()()()()()?」

 

「っ!!」

 

そこで私は思い出した。

“第1の人格”と同じくらい、ユウガが大切にしていたものを。

 

 

 

──『“お前を傷つける何か”からお前を、“お前が大切にしているものを傷つける何か”からお前を───“オレ”が、守ってやるよ』──

 

 

 

「わかった?」

「では、ユウガさんが私達を遠ざけたのは……」

 

 

「貴女達を、守るためよ。自分と関わって、これ以上貴女達が傷つくことのないように」

 

 

『!!』

 

「つまりこれが意味することは、“朝日君(1人目)”にとって、貴女達はとても大切な存在だということ。

そのために彼は、自分を傷つける道を選んだ。

もう誰も、傷つかないように」

 

 

この時私達は、身をもって体感した

 

 

この少年(ユウガ)の───狂った程の、優しさを

 

 

そして

 

 

 

「……ふふふ、あははははは!」

 

 

1人の少女が、声高に笑う

 

 

「……にこ?」

「はははっ、あはははははっ!あー面白い。

なんだ、簡単なことじゃない」

 

次の瞬間、笑うことで浮ついていたにこの声に、芯が宿る。

 

 

「───結局あのバカが、自分の優しさ拗らせてるだけでしょ?」

 

 

「……貴女、そんな単純に…」

 

「纏めればそういうことなんだからいいじゃない。

私は“ユウガ”だとか“3人目”だとかどーでもいい。

私にとってアイツは“朝日優真”……私を救ってくれた大切な恩人で、大切なトモダチ」

 

「……にこ」

 

この部屋の中で、にこ1人だけ。

にこ1人だけは、他の情報に惑わされることなく己の思いを貫いていた。

そして私たちは気付く。自らの心に芽生えだした、その思いに。

 

 

 

“朝日優真を、救いたい。彼が私達に、そうしてくれたように”

 

 

 

「みんな、優真のことは私に任せてくれないかしら」

「でも、にこちゃん1人じゃ……」

「……約束、したのよ。アイツと」

 

 

 

──『わかってるよ。それでも嬉しかった。

……心配かけてごめんな。俺は大丈夫だから。

 

でももし俺に何かあったとしたら

 

君が俺を助けてくれ。……頼まれてくれる?』

 

『……当たり前じゃない。

 

助けてあげるわよ、何回だって

 

……それが“私達”でしょ?』──

 

 

 

 

「だから……お願い」

 

にこが私達に頭を下げた。

その小さな体に、並ならぬ決意と覚悟を感じた私は……

 

「……わかったわ、にこ。優真のこと、よろしく頼むわね」

「絵里……よろしいのですか?」

「皆で押しかけても優真は受け入れてくれないと思うの。ここはにこに任せて、私達はできることをやりましょう」

 

そこまで言ったとき。

 

 

 

ギィ──────

 

 

 

唐突に響いた音。

それは理事長室のドアが開いた音で。

 

そしてこの部屋から出ようとしていたのは…

 

 

「どこいくつもりよ、穂乃果」

「…………」

 

にこの威圧的呼びかけに穂乃果は振り向くこともせず、ただ立ち止まるだけ。

そしてそのまま理事長室を出て行ってしまった。

 

「穂乃果ちゃん……」

「あんなヤツ放っときなさい、花陽。…ったく、何考えてんのよ全く…!」

 

放っときなさいといいながら、露骨に苛ついた様子を見せたにこ。他の皆も不安げな表情を浮かべる中…

 

 

「……みんな」

「希……?」

 

 

「少し、手伝ってくれない?」

 

 

 

 

 

 

「それじゃあね」

 

 

希の“ある手伝い”を終えた後、私以外の皆は理事長室を後にした。

私が残ったのは、幾つかの気になった点を質問するため。

 

 

「……理事長」

「……なにかしら?」

「理事長は、この件を知ってたんですか?」

「昔なにがあったかは、ね。“3人目”だなんて話は想像すらしてなかったけど」

「優真の過去については……どうやって?」

「私は一学園の長よ?たった1人の生徒の情報を把握するくらい、造作もないわ」

 

 

……はぐらかされた気にしかならない。

理事長はどこまで知っていたのか。

この部屋にいるにもかかわらず、最後まで沈黙を貫いていたこの人の様子がどうにも不自然に思えて、私は問いかけたのだけど……

 

 

この人、やっぱり私達に何か隠しているんじゃ。

 

 

「……それから瑞姫さん。貴女はこの2年間、優真と全くコンタクトを取ってなかったんですか?」

「……そうね」

「どうしてです?」

 

 

「彼は、私を()()()()()()()()の」

 

 

「覚えて……いなかった?」

 

「朝日君は、“3人目”を創るときに、己の記憶とユウガの記憶を譲渡した……けれど。

ユウガはそれを拒んだの。最後の足掻きといったところかしらね。

彼は自分と朝日君の一部の記憶を、3人目に渡すのを阻止した。

その(ほころ)びに気付いた誰かが、“3人目”の存在に気づけるように」

 

「……瑞姫さんはそこで気づいたんですか?」

「残念ながら彼の期待には答えられず、気づくまでには至らなかった……ただ、違和感を持つことは出来た」

「違和感……」

「ただ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ?」

「いえ、何でもないわ。こちらの話よ」

 

一体どういうことなの?

瑞姫さんの発言の意図が掴めない私は、頭の中に浮かんだ疑問符にますます頭をかかえるだけだった。

 

でも、いい。

 

私のやることは決まってる。

にこが優真を助けてくれるなら私は。

 

私のやることは───1つ。

 

「……最後にひとつだけ」

「何?」

 

「最後2人は……どうして優真のプラスになる発言をしたんですか?あれは私達に“自分達で決めろ”と言いながら、優真と和解する道を選ぶような助言に聞こえたのですが」

 

私の質問に、2人は目を合わせて笑う。

 

 

「……別に大した理由じゃないわよ?」

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()たちの、ちょっとしたお節介よ」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「海未」

「? どうしましたか?」

 

理事長室から出た後少しして、海未は真姫に呼び止められた。

 

「……これからすること、ある?」

「……何か用があるなら、別に構いませんよ」

「ありがと。……行きましょ」

「何処へですか?」

 

 

「───音楽室よ」

 

 

 

 

 

矢澤にこは、コツコツとローファーを鳴らしながら、校内を歩いていた。

理由なんてただ1つ。彼と話をするため。

 

会えば変わる、というわけではないかもしれない。

自分如きが行ったところで、彼を救うだなんておこがましいかもしれない。

 

 

でも。

 

それでも。

 

 

にこの足は、ひたすらに彼を探し続ける。

それが彼との、約束だから。

 

 

 

 

 

 

「かよちん」

 

大好きな親友の言葉に、花陽は振り返らずに足を止めた。

 

「……話があるにゃ。聞いてくれる?」

「……いいよ、凛ちゃん」

 

彼女は笑う。親友を落ち着かせるように。

彼女も笑う。親友が見せた笑顔に安堵するように。

 

───互いに違う思いを抱えながら。

 

 

 

 

 

そして最後の少女も、ゆっくりと校内を歩いていた。

 

彼女は他の誰にも言っていない、とある爆弾を抱えていたのだが、それを誰にも打ち明けるつもりもなく。

 

彼女……東條希はある覚悟を抱えていた。

にこが優真を救ってくれるのなら、自分のやることは決まっている。

()()()()()()()、そうするだけ。

 

「……ふふっ」

 

誰もいない廊下で、希は小さく微笑みを零した。

 

 

 

その微笑みが彼女の今の心境とは程遠いことを知る者は、誰もいない。

 

 

 

 

 

 




次回、6章最終話 『65話 夜明』(予定)
文が長くなれば2話で区切ります。
今回もありがとうございました。


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夜明

65話 夜明

 

 

 

 

暗い、暗い、闇の中。

 

そこに鎮座する、一枚の鏡。

 

そこを漂う、“何かの破片”。

 

 

そんな中に俺──朝日優真(“1人目”)は居た。

 

 

この闇は、俺の心の中。

ここに閉じこもることに決めてから、もう2年半が経った。

俺は2年半もの間、ここにある鏡を通して見える“3人目”の瞳に映る景色を眺めてきた。

 

しかしその“3人目”も──このザマだ。

 

俺の望み通り『朝日優真』になった《仮面》は、ユウガの手で──最終的には自分自身だが──壊された。

 

俺自身、わかっていた。

 

こんなことしたって、俺自身が変わったなんて言えないことなんて。

 

 

 

じゃあ、俺はどうすれば良かったんだ

 

血に濡れた俺の手じゃ、もう誰かを救えない

 

こうする以外、何があったんだよ

 

 

自問自答を、もう何度も繰り返した。

答えなんて出るわけないのに。

 

 

『───ユウガ』

 

 

今俺の身体を動かすのは、ユウガ。

ユウガは俺の声に応えることなく、沈黙を貫いて学院内のとある空き教室で頬杖をついて座っている。

 

ユウガは西木野先生に、“俺達”の過去を話させた。

そうすれば、μ'sが“俺達”から離れてくれると。

 

μ'sが“俺達”と関わって、もう傷つくことのないように。

 

“俺達”がμ'sと関わって、もう傷つけることのないように。

 

 

───自分を傷つけて、独りになることで

 

 

……とことん不器用なヤツだ。

本当は俺なんかよりずっと優しいくせに、その表し方がヘタクソ。どこまでも素直じゃない。

 

……俺が言えたセリフじゃねーか。

 

フッ、と小さく笑い、目を瞑る。

 

これで、いい。

根本的に、俺に誰かを救えるはずなんてなかったんだ。

 

……“変われる”わけ、なかったんだ。

 

 

その時、教室のドアが開いた。

 

 

 

「ここにおったんやね」

 

 

 

 

……希…。

 

「ん……()()か。何しに来た」

 

ユウガが相変わらずぶっきらぼうな返事をする。

そう、俺は見ているだけ。

ここ(心の中)から出る術なんて、俺は持ち合わせていない。

 

「もしかして、と思って来てみたけどビンゴやったわ」

「質問に答えろ」

「ねぇ……()()()()()()()()()()?」

「おい、今オレが質問して」

「答えて」

「…………」

 

希は力強い目で、ユウガを見つめている。

 

今、俺達がいるのは……()1()()A()()

生徒数の減少により、今はもう立ち入り禁止になった空き教室だ。

 

「……誰にも会いたくねぇし、ここなら誰も来ねぇと思ったからだよ」

「嘘やね」

「あ?」

「誰にも会いたくないなら、帰ればいいやん。

待ってたんやろ?誰かが来るのを」

「……知らねぇよ。つーかお前、センセーから話聞いたんじゃねぇのかよ」

「聞いたよ?その上でここに居る」

「はァ?ますます何考えてんだオメェは」

 

自分の思惑通りに行かなかったユウガが面倒くさそうに顔をしかめて、視線の先から希を外した。

 

 

そして不意に

 

 

「───“私”はキミと」

 

 

その温もりは訪れた

 

 

「話をしに来たの」

 

「…………え……」

 

 

希が椅子に座るユウガを、後ろから優しく抱きしめた。

 

 

「───ねぇ、聞こえる?()()()()

 

っ!?“俺”……?

 

「だから、俺はユウガで」

 

 

「君じゃない」

 

 

「っ……」

 

「───私は“優真くん”と話してるの。あなたは少し……黙ってて」

 

 

 

希の言葉を受けたユウガは、閉口する。

俺に話、か。

 

「私ね、5年前のクリスマス…君に伝えたいことがあったんだ」

 

5年前のクリスマス。俺の前から希が消えたその日。

希は何を俺に───

 

 

 

 

 

「───私ね、優真くんのことが好きだったの」

 

 

 

 

─────────え?

 

 

 

「キミは私のこっちで初めて出来た友達。

キミは私に、“光”をくれた。

いつも笑顔で私の側に居てくれるキミと過ごす日々は、私にとってかけがえのないものだった」

 

 

…………噓……だろ……?

 

 

「だから最後に伝えたかった。“ありがとう”と、“大好き”を。私あの日、公園でずっと待ってたんだよ?」

 

 

…ちょっと待てよ。()()()?だってあの日は

 

「優真くんが光梨ちゃんから聞いたのは、光梨ちゃんが吐いていた噓だったの」

 

そん……な………

 

「引っ越した後、やっぱりキミに会いたくて、キミの家に近い音ノ木坂学院を受けた。

 

───キミに誇れる、“()()”になって」

 

“希”の雰囲気が先程のものへと戻る。話から察するに、“東條”というエセ関西弁の人格は、きっと彼女が“変わろう”として“変わった”、()()1()()()()なのだろう。

感覚的には、俺の《仮面》に近いのかもしれないが、決定的に違うのは、希がそれを“自らの意思で使い分けていること”。

全てを《仮面》に丸投げした俺と、自らが変わろうとして生まれた希の《仮面》とじゃ根本的にモノが違う。

 

「そして私達は、過去を清算したよね。その時にこの想いは捨てたはずだった。

……はずだったけど。キミと過ごす日々があまりにも楽しくて、心地よくて。

 

───どっちの私も、君が好きになっちゃった。

 

あの時の思いは、捨て切れてなんかなかった。

 

 

だから私は

 

 

───5年前から、今日の今まで

 

 

優真くんが、大好き」

 

 

……なんで、だよ

 

なんで、“今”なんだ

 

もう今更、どうしようもないじゃないか

 

 

そして希はユウガから離れ、彼の正面に回り込んで笑う。

 

 

「あースッキリした!胸のモヤモヤが取れた感じ!」

「…………」

「そんな顔しないで。まだ話は終わってないよ?」

「……?」

「…寧ろ、こっちが本題」

 

今のを差し置いて……本題?

これ以上何が───

 

 

 

 

 

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………………………………………は?

 

 

「お父さんがね、九州に転勤になったからそれについて来ないかって。娘を一人暮らしさせるのは、やっぱり不安みたい。

2年以上一人暮らしさせといて今更だよね。

だから勿論断るつもりだったよ」

 

笑顔を崩さず、淡々と語り始める希。

 

「……でもね。思ったの。

 

()()()()()()()()()()()()

 

優真くんが傷ついたのも、私が居たから。

 

“3人目”の心が揺らいだのも、私が居たから。

 

μ'sのみんなが傷ついたのも、私がμ'sを作ろうとしたから。

 

 

───────ほらね?」

 

 

 

何が『ほらね』だ

 

おかしいだろ、全部全部

 

 

「だから私は───もう“あの場所(μ's)”には居れない。μ'sを壊したのは私。

私は責任とって、みんなの前から消えるから。

だからね、キミは何も悪くないんだよ?

いつも通り、みんなと過ごせばいい。“μ()'s()()8()()”と」

 

 

何でお前は

 

どうしてそんなに

 

───俺に優しいんだよ

 

全部“俺のため”じゃねぇか

 

お前は何1つ悪くないのに、俺の責任をすべてその背中に抱えて、俺達の前から姿を消そうとするなんて

 

自己犠牲にも程があるだろ……!!

 

 

 

「……お願い優真くん。ことりちゃんを、連れ戻してあげて。

穂乃果ちゃんを、助けてあげて。それが出来るのはこの世でたった1人、キミしかいない。

 

……私からの最後のお願い。聞いてくれるよね?」

 

希の問いかけに、ユウガは何も答えない。

黙ってろという希の命を忠実にこなしているのか、はたまた彼女の言葉に人格が不安定になっているのか。

 

 

「だから優真くん……みんなを、助けて。

 

───信じてるよ、優真くん。それじゃあね」

 

そして希はユウガに手を振り、教室を出るべくドアへと歩き出した。

ユウガはその去りゆく姿を眺めるだけで、何もしようとしない。

 

 

 

途中、希はふと何か思い出したように振り返り

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

────────!!

 

希は最後にそう言うと、再びドアに向けて歩き出した。

 

 

嘘つけ。

 

これは、()()()()だ。

もう何度も見てきた、“嘘はついていないが、本心ではない”希のコトバ。

そうじゃないならお前は───()()()()()()()()()()()()()()しない。

 

それが分かってるのに、お前をこのまま行かせてたまるかよ

 

俺は闇の中を振り返り、背後に(そび)える大きな門を渾身の力で押す。ユウガと人格を切り替え、希と話をするため。

しかし……

 

「……くそっ、くそッ!!」

 

大きな門……俺の“心の扉”は、開く素振りすら見せない。

俺の心の中に、まだ迷いがあるから?

心のどこかで、人と関わるのを恐れているから?

 

でも……!!

 

そんな俺の思いに呼応するかのようにユウガの手が持ち上がり、希に向かって手を伸ばす。

 

 

引き留めろ

 

 

言え

 

 

言わなきゃ

 

 

言うんだ

 

 

 

「………………あ…ぁ……」

 

 

 

去りゆく背中に、手を伸ばして

 

 

あとは一言、声をかけるだけ

 

 

なのに

 

 

「ぁぁ…………あ…………」

 

 

人と関わることを恐れた俺の心の扉はビクともせず

 

 

その背中に声をかけることも許さない

 

 

 

「………………の………」

 

 

 

往ってしまう

 

 

希がまた遠くへ

 

 

また何も言えないまま

 

 

そんなのダメだ

 

 

言うんだ、絶対

 

 

言わなきゃ一生後悔する

 

 

俺もあの時、君の事が──────

 

 

「─────のぞ」

 

 

しかし

 

 

─────バタン

 

 

 

俺の呼びかけは届くことなく、無情にもドアは閉じられる。

 

えらく響いたその音は、俺と希の心を閉ざすような音に聞こえた。

 

 

伸ばした手の行き場をなくし、虚ろな瞳でただ希が去った後のドアを眺め続けるユウガ。

そして椅子からヨロヨロと立ち上がり──

 

 

 

 

「『ぅぅぅぅぅぁぁぁぁぁああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』」

 

 

 

叫ぶ──否、“咆える”

俺自身の咆哮と一体化するように

 

 

 

『「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァ!!!!』」

 

 

 

咆えながら、椅子や机を蹴り、投げ、殴り、振り回し、叩きつけ

 

 

 

「『あぁ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアア……っうあああああああああああああああああああああ!!!!」』

 

 

その咆哮は、慟哭へと変わる

 

激しい後悔と絶望を、物に当たり散らかすことで忘れようとするもその意味は皆無

 

我を忘れ、自暴自棄になり、狂ったように声をあげ

 

繰り返した過ちを

 

蘇る胸の痛みを

 

苦しみ、嘆き

 

泣いて、啼いて、哭いて

 

 

その時

 

 

 

「───何やってんのよアンタ!!」

 

 

 

1人の少女の声が教室に響き、ユウガは入り口をゆっくりと振り返る。

 

「……矢澤」

「何考えてんのよ…!廊下まで聞こえてたわよ、アンタの声と暴れる音が」

 

矢澤にこ…にこはユウガの元へと歩き出し始めた。

しかし。

 

「────来るんじゃねぇ……ッ!!」

 

「っ!?」

 

ユウガから放たれる、今までのどれよりも重く黒い威圧感に、にこは思わず足を止めてしまった。

むき出しの殺気を正面から受けるにこの足は……僅かに震えているように見える。

 

「オレに関わるなって…言っただろうが」

「…………」

「これ以上オレに近づくなら……いくらオメェでも容赦はしねェぞ」

「…………」

 

ユウガの言葉に黙りこくっていたにこは───

 

やがて覚悟を決めたかのように、再びユウガに向けて歩みを進める。

 

 

「来るなっつってんだろ!!」

 

 

ユウガが叫ぶも、にこはまっすぐ正面を見据えたまま歩みを止めない。

 

 

「オメェ、いい加減に…ッ!」

 

 

刹那

 

 

ユウガの身体を、にこは正面から抱き締めた

 

 

「…………な、ん……」

 

 

()()()、『来ないで』って言った私に近づいてきたのはどこのどいつよ」

「っ……!」

 

 

 

「落ち着きなさい。そしてよく聞きなさい。

 

───『自分の感情を抑え込んだっていいことなんて何もない』」

 

「……!!」

 

「『涙を見せたくない、弱いところを見られたくない。その気持ちはわかる。

でもそれを続けてたら、本当に壊れちまうぞ。

……俺はそんなお前を見たくない。

お前には、笑っていて欲しいんだ』」

 

「……おま…え」

 

「『ここにいるのは俺とお前だけだ。

だから、思い切り、ぶつけて欲しい。

お前の思ってること、感情の全てを。

 

5分でも10分でも一時間でも一日でも

俺はずっとお前の側にいる』。

 

……今度は私の番。アンタの側には、私が居るわ」

 

 

そう言ってにこは、一際強くユウガを抱き締めた。

あの時……“3人目”が彼女に告げたエール。

それを……一言一句違わずに、覚えていた……?

 

しかしユウガは顔をしかめて、にこに反駁する。

 

「……それはオレの言葉じゃねェ。オレはそんなこと望んじゃいねぇし、励ましなんて必要ねぇんだよ」

「バカね」

「あ?」

 

ユウガの言葉を、にこは鼻で笑い飛ばした。

背後で結ばれていた手を離し、いつものように腰に手を当て、自信満々に答える。

 

「私はアンタを“励まし”に来たんじゃない。

 

───“助け”に来たのよ。

 

()()()()()()()()()

 

 

──『わかってるよ。それでも嬉しかった。

……心配かけてごめんな。俺は大丈夫だから。

 

でももし俺に何かあったとしたら

 

君が俺を助けてくれ。……頼まれてくれる?』

 

『……当たり前じゃない。

 

助けてあげるわよ、何回だって

 

……それが“私達”でしょ?』──

 

 

 

その言葉を聞いたユウガは……椅子に座り直し、

 

「だから……それを頼んだのはオレじゃない。

オレは別にそんなこと望んでない。

もういいだろ。オレと関わったら痛い目を見るだけだってその身で痛感しただろーが。

……だからもう、オレに関わるな」

「……アンタ何言ってんの?」

 

にこが怪訝そうに……呆れたようにユウガへと問いかける。

 

「勝手に他人の事情に踏み込んで来て手を握って引きずり回して、挙句勝手にその手を離して『オレに関わるな』?

 

───ふざけんのも大概にしなさいよ

 

もう散々関わってんのよ。今更いきなり関わるななんて言われて納得いくわけないでしょ?」

「何回も言わせんな。それはオレじゃないって…」

「違う」

 

にこは力強くユウガの言葉を否定した。

 

「アンタが誰かなんてわかりきってる。

朝日優真。それ以外の何者でもない。

“ユウガ”だとか“仮面”だとか関係ない。

私達にとってアンタは朝日優真なの。

 

アンタはもう私達の心の中に居座っちゃってんのよ。忘れられないほど強く。

“μ'sを壊した敵”じゃなくて、“大切な仲間”として。

アンタは自分が思ってるよりも怖くなんかない。自分が思ってる以上に優しいの。

アンタの悪いところ1つ挙げる間に、10個は良いところが言えるわ。……だから今までアンタの周りには“μ's(私達)”が居たのよ?

 

一回やらかしたくらいで何しょぼくれてんのよ。

さっさと立ち上がっていつもみたいに必死こいて自分に出来ることを探しなさい。

そっちの方がよっぽどアンタらしいわ」

 

 

にこの真っ直ぐな瞳は、ただユウガの黒い目を見据えている。そんな彼女から放たれる言葉の1つ1つは、俺の心に直接響いてくるようで。

 

 

「………………でも」

 

しかしユウガにはその言葉ですら、心に響かない。

 

「その唯一の大切なものを壊したのはオレだ。

自分勝手な行動で散々皆を傷つけて、今更もう一回仲良くしましょうなんて虫が良すぎんだろ?

……それにオレが居なくたって、東條と高坂が居ればμ'sは完成してたはずだ。

───やっぱりオレなんて、誰にも必要じゃなかったんだ。それならオレは……独りでいい」

 

 

その瞬間

 

目の前の少女の雰囲気が変わる

 

その表情が示すのは

 

 

 

───────激怒

 

 

 

 

「──────ふざけるなッ!!!」

 

 

 

彼女は立ち上がりユウガの襟首に掴みかかり、椅子に座っていたユウガをそのまま床へと押し倒して両手で締め上げる。小柄な彼女からは信じられないほど強く。

 

 

「私は!!アンタがいたから!!アンタがいたから今こうしてここに居られる!!

アンタが居なかったら、私のアイドル人生は“あの日”に終わってた……!

 

私に“命”をくれたアンタが!!私に“歌う理由”をくれたアンタが!!!

 

───自分を否定なんて、しないでよ…………!」

 

 

その言葉と同時に、彼女の紅く大きな瞳から雫が伝い出した。人前で涙を見せたがらない彼女を泣かせたのは、2回目。

そして彼女は、続ける。

 

 

「アンタが一体誰かなんて関係ないの……だって、“ユウガ”も“仮面”も、私を守ってくれた…!」

 

 

 

──『テメェの勝手な物差しで、俺たちの覚悟を測るんじゃねぇ』──

 

 

──『5分でも10分でも一時間でも一日でも、俺はずっとお前の側にいる』──

 

 

 

 

「ずっと1人だった私に優真は手を差し伸べてくれて……あの日を境に、私は“独り”じゃなくなった。

アンタとの出会いが、私の運命を変えたのよ?

アンタのおかげで、私は本当に素敵な仲間と出会えた……アンタがいたから、私は夢にまで見たステージに立てた…!

───アンタが私達に……“私に”必要なかった”なんて、他の誰にも言わせない!!私には、私達にはアンタが必要なの!!」

 

「……やざ…わ……お前……」

 

「私は歌う、アンタのために!!

“今まで”も“これから”も!!

それが私の“やりたいこと”……

 

だからそんな顔しないでよ……

何回でも何回でも、私が笑わせてみせるから……!

 

私はずっと笑うから……アンタもずっと……うっ……笑いなさいよぉ……っ……」

 

にこはそこで泣き崩れてしまった。

子供のように嗚咽を上げ、俺の胸で泣き叫ぶにこ。

 

 

 

“素直じゃない少女”の、“素直な言葉”は、不思議な程心に届いた。

 

こんな俺を、まだ仲間と呼んでくれるのか。

他人と関わることをやめて、全てを丸投げした俺を、仲間だと。

 

“ユウガ”を、朝日優真だと。

“3人目”も、朝日優真だと。

 

 

──『だから優真くん……みんなを助けて』──

 

希の先ほどの言葉が今、熱い血流のように全身を駆け巡る。

 

助ける。

 

彼女達は、俺の助けを待ってくれてる。

 

 

だから、行かなきゃ

 

何故なら俺は

 

 

───“朝日優真”なのだから

 

 

 

 

 

その瞬間

 

 

俺を包んでいた暗い闇は

 

 

白く眩い光へと、その姿を変えた

 

 

『ガコン!』と大きな音を立てて、俺の後ろの門は開きだす

 

散らばっていた“3人目”の破片も、俺の目の前で1つとなり、光へと変わる。

 

 

『──────よぉ』

 

ふと後ろから呼びかけられ、振り返る

そこには自分と瓜二つの黒い目の少年が佇んでいた

 

「──ユウガ」

『行くんだな、やっぱ』

「あぁ。みんなが俺を……待ってくれてる」

『また傷つくかもしれねぇぞ?また傷つけるかもしれねぇぞ?』

「……それでも」

 

俺はユウガに告げる

己の中の迷いを、振り払うように

 

 

「──俺は“変わりたい”。みんなを守れるように、支えられるように。

 

()()()()()()()()()()()

 

あいつらと一緒なら、どんな障害でも乗り越えられると思うから」

 

 

『……………ははっ、はははははは!』

 

 

俺の言葉を聞いたユウガは、声を上げて笑い出した。

しかしその笑いは、俺を嘲笑うわけではなく、ユウガの心からの喜びの笑みに見えて。

 

『───“その言葉”を、ずっと待ってたんだよ。

2年半の間、ずっとな』

 

黒い目の少年は、未だかつて見たことないほど嬉しそうな笑みを浮かべながら言う。

 

『自分の口で言えたなら、お前はもう大丈夫だ。

 

お前は“変われる”

 

“変わりたい”って意志があれば絶対に』

 

「……頑張るよ。今まで本当にありがとな。お前と《仮面》には、一生頭が上がらない。

でも最後にもう1つだけ、ワガママ言わせてくれ。

 

───俺達は、“朝日優真”だ。

 

俺も、ユウガも、仮面も。

 

俺達全員が、“朝日優真”だ。

 

俺は今からここを出る。そこに“3人目(コイツ)”も連れて行く。

……だからユウガも、来てくれないか?」

 

 

俺は破片が集って出来た光を左の掌に乗せ、右手をユウガへと差し伸べる。

その手を見たユウガは、フッと息を漏らし、ゆっくりと首を横に振った。

 

『…オレはここにいる。お前と“3人目(ソイツ)”だけで充分だろ』

「でも……」

『オレはここで見てるからな。お前がどんな風に変わっていくのか。

 

前だけ向いてろ

 

今まで人を傷つけてきたその手で

 

もっと多くの人を、救ってこい』

 

 

そう言いながら、ユウガは右拳を突き出した。

その手とユウガの不敵な笑顔を見た俺は、自分の右手をユウガの拳にコツンとぶつける。

 

 

「───行ってくる」

 

『しっかりやってこい───()()

 

 

その言葉に笑顔で返し、俺は背後を振り返った。

もう後ろは振り返らない。俺は前に進むだけ。

 

 

 

変わることを恐れず

 

傷つくこと、傷つけることを恐れず

 

“自分”と、“大切な仲間”を信じて

 

 

 

そして少年は歩き出す

 

 

 

9人の女神が手を差し伸べる、心の扉の向こうへ

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「うっ……ぐすっ……」

 

私……矢澤にこは止まらない涙を隠すように優真の胸に顔を埋めていた。

 

本当なら、人前で涙なんて見せたくない。

でも、無理だった。

 

あんなことを言うから。

私を救ってくれたコイツが、自分に価値がないなんて言うから、感情的になってしまった。

 

わかってほしかった。

私達に……私にとってコイツが───どれだけ大切な存在か。

 

……結局、救うなんて大層なこと言いながら私ができたことは、子供のように自分の思いを身勝手に相手に伝えることだけ。

 

 

みんな──ごめんなさい

 

私には、出来なかった

 

優真を、助けることなんて─────

 

 

 

 

 

「───なーに泣いてんだよ、()()

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

久々に聞いた、彼の明るい声とその呼ばれ方に、私は顔を上げる。

 

するとそこには、先程までと全く違う、私が見慣れた優しい目と優しい笑顔を向ける1人の少年の姿が。

 

 

「……優真…なの……?」

「おう。君が知ってる朝日優真だ。

……つっても、正確には初めましてなわけだけど。

てか、だんだん重くなってきた、降りて」

「あっ……ごめん」

 

 

そう言いながら優真は照れたように笑って頭を掻き、焦って立ち上がった私に続いてゆっくりとその体を起こし、立ち上がった。

……これが、“朝日優真”。2年半もの間自分の心の中に閉じこもり続けていた、“1人目”。

 

……不思議な感覚。

 

「うーん、やっぱり初めてって感じはしねーな」

 

さっきは全員(3人とも)が朝日優真って言ったけど……いや、今でもそう思ってるけど。

とにかく、私たちが知ってる“3人目”と、今目の前にいる“1人目”は別人のはず。なのに……

 

 

「ま、ずっとお前達のこと見てきたわけだし、当たり前か」

 

 

私の目の前で笑う彼は、どうしても──私達の優真(見知った仲間)にしか、見えない。

 

 

「にこ」

「……何?」

「───ありがとな、俺との約束を守ってくれて」

「……別に?私は義理堅い女だから?アンタに恩を売っとくのも悪くないかなって思っただけよ」

「素直じゃねぇなぁ、ホント。でもそれがにこらしいや。いつも笑顔で、みんなを引っ張っていく俺たちμ'sのムードメーカー。

 

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……うるっ…さい、わよ………っ!」

 

 

再び私の瞳から溢れ出した青い雫を、必死に拭う。

止めどなく溢れるそれは、拭えど拭えど止まる事なく、私のカーディガンの袖を濡らしていく。

今流れるのは、怒りや悲しみじゃなくて……安堵の涙。

 

そんな私の頭に乗せられた、優しい温もり。

 

「だから泣くなって。俺は約束を守ったぜ?」

「……やくっ……そく…?」

「君が言ったんだぞ?『私はずっと笑う』って」

「!」

「君がそんな風に泣いてたら、俺も笑えない。

俺が笑うときは、君も笑ってる方がいい。

 

……だから笑えよ、“笑顔の魔法使い”。

 

君が俺を笑わせてくれる分だけ、俺も君を笑わせてみせるから」

 

「……いちいち言い回しがカッコつけすぎなのよ、バカ……っ……」

 

でも、それでわかった。

頭じゃなくて、心が理解した。

 

あぁ、目の前のコイツは、“朝日優真”だ。

私達の知ってる、“朝日優真”だ。

 

 

「…………よかった…アンタが帰って来てくれてよかった……アンタに、また会えてっ…!本当に、よかったぁ…………ぁぁっ」

 

 

最後の言葉は、最早形になっていなかった。

私は自分の感情のまま、再び優真に抱きついてしまう。

優真はそれを振り払う事もせず、私の頭を優しく撫で続ける。

 

「……心配かけてごめんな。俺はもう、何処にもいかない。何があっても、君達と一緒だ」

「あぁっ……うわああああああああああん!!」

 

子供のように泣き叫ぶ私の頭を、優真は泣き止むまでずっと撫で続けてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

「んしょっと…やっと片付いたわね」

「……手伝いさせて悪りぃな」

 

それから私達は2人で荒れに荒れた教室を整頓し、今その作業が一段落ついた。

 

「アンタ、どんだけ散らかしたら気が済むのよ、ったく……」

「許せ……病み期だったんだ」

「アンタ自分の壮大な葛藤を“病み期”の三文字で片付けるワケ!?」

「俺は過ぎた事は気にしない人間になるんだ。だからさっきまでしてた事は全て忘れようとしてる……やべぇ、マジで腕痛ぇ」

「忘れるどころか盛大な後遺症負ってるじゃない!!」

 

割と本気で痛そうに腕を撫でる優真に、私は蹴りでツッコミを入れる。

……そりゃそうでしょうよ。あれだけ椅子振り回して机ぶん殴ってたらね。

優真も悪びれる様子なくへへへっ、と悪戯っぽい笑みで笑う。

 

……懐かしい。

こんなしょーもないやりとりが、どうしてこんなに楽しいのかしら。

 

 

───そんなの、もうわかりきってる事だけどね。

 

 

「……じゃあにこ、俺行くわ」

「ん…どこに?」

「みんなんとこ。全員と話がしたい」

 

先程までのおちゃらけた笑みから一転、真面目な顔で私を見つめる優真。

……人格変わっても、“ギャップ”はそのまま、って事ね。

 

「……わかった。行ってきなさい」

「何回も言うけど、本当にありがとな、にこ」

「もう聞き飽きたわよ。……ねぇ、優真」

「ん、どした?」

 

「───私は、アンタに幸せになってほしい」

 

「……いきなりどうした」

「今まで私達はアンタのおかげで楽しく過ごせてこれた。だから……()()()()()()()、アンタが幸せになるような選択をしてほしいの。

 

()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……肝に銘じとく」

 

私が何を言いたかったか、きっと分かったはず。

ちゃんと選んでほしいから。同情や周りへの気遣いじゃなくて、自分自身の意志で。

 

「……そしてこれは、私からの……お願い」

「……どうした?」

 

 

 

 

 

 

 

「─────()()()

 

 

 

 

 

 

これだけで、伝わるでしょ?

 

 

“アンタ達”は、そういう人達だから

 

 

 

 

 

私の言葉に、彼は

 

 

 

 

 

 

「───任せろ。()()()()”、()()()()()()

 

 

 

 

 

満面の笑みを、私に見せた

 

 

 

 

「じゃ、また明日な」

「うん……また明日」

 

最後に私に手を振って、優真は教室を後にした。

残された私は、瞳を閉じて天を仰ぐ。

 

 

やっぱり、アイツはすごい。

何も言ってないのに、見抜いてくれた。

私が言わなかった、“大切な居場所(μ'sのみんな)”という枕詞を。

 

それがアイツの優しさで、私がアイツを信じる理由。

 

 

 

そして、私がアイツを────────

 

 

 

いや、いい。

 

この想いは、きっと叶う事はないし、届けるつもりもない

 

アイツが選ぶのは、私じゃない

 

そんなこと、わかりきってるから

 

 

いつも私たちを助けてくれて

 

いつも私のそばに居てくれる

 

 

そんな優しい、アンタだったから

 

 

 

 

 

 

「────大好きよ、バカ」

 

 

 

 

 

 

 

一粒の涙と共に零れ出た言葉は、空き教室の天井に吸い込まれ、淡く消えた。

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです!!!
というわけで第6章、これにて完結でございます!!
ここまで読んだいただいた方、本当に感謝です。
ほとんどがオリジナルの内容で、見る人によってはつまらないと思う方もいらっしゃったかと思いますが、ここまで書き抜く事ができて作者時々安堵しております。
さて、6章でこれまで散々張り巡らせてきた伏線をどんどん回収していったワケですが、如何だったでしょうか?
「えっ、マジかよ!」なんて事を思ってくれたら作者冥利に尽きます笑
できるだけ読者の皆様の意表をつけるような展開を考えたつもりです。
……そしてこの伏線回収章の中にも幾つか伏線が張ってあります、探してみてくださいね笑

さて、早いもので次回で最終章でございます。

次回、【1期最終章】未来 スタートでございます。

あと宣伝が遅くなりましたが、私またたねは先月開催されておりました、鍵のすけさんの「ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏––待ちわびて』」に参加させてもらいました。
「3度目」というタイトルで投稿させてもらっておりますのでよろしかったらそちらの方も是非よろしくお願いします!

長くなりましたが、今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り、お待ちしております!


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【1期最終章】ー未来
紅蒼の思い


一期最終章突入です。


66話 紅蒼の思い

 

 

 

「落ち着かねー……」

 

 にこと別れた後、俺はμ'sのメンバーを探して校舎内を歩き回っていた。

 前までは心の中から見てきただけだった空間を再び自分の足で歩くと考えるとなんだか非常にそわそわする。

 

 さて、皆はどこにいるのだろうか?

 

 帰ってしまった、という説もないわけでもないが、そう結論づけるのは校舎内を散策し終えてからでも遅くはない。

 そんなことを考えながら俺が向かったのは、部室。

 

 しかし残念ながらハズレ。誰の姿もなかった。

 ここが違うとなると…あと思い当たるとこと言えば……

 

 

 

 

──────♫

 

 

 

 奇しくもその音は、俺の考察の正しさを結論付けることとなった。

 最早聞き慣れた、耳を流れて行く綺麗な音色とその歌声。

 俺はその音の元……音楽室へと歩き出す。

 

 

 

 

 ドアの前に辿り着き、俺は瞳を閉じる。

 俺が彼女達にしてしまったことは、許されるようなことじゃない。

 俺がどれだけ複雑な過去を抱えていようが、彼女たちにとって大切な場所……μ'sを壊してしまったのは、紛れもなく“俺”。

 

 

 それでも。

 

 

 俺はそのドアを、開いた。

 

 

 

 中に入った瞬間、2人の後輩の驚きに満ちた視線に出迎えられる。

 

 

「……優真さん、なの…?」

「おう。久しぶり…いや、初めましてだな」

「では、あなたが“1人目”……」

「正確には、違うんだ」

「えっ?」

 

 不思議そうな表情を浮かべた海未に、俺は説明を続ける。

 

「確かに俺は“1人目”だけど、君たちが知ってる“3人目”もここに居る。今の俺は3人目の記憶と人格を所持した“1人目”……足して“4人目”ってとこか?」

「ますますわかりにくいのですが……」

「とにかく。俺は君達の知ってる朝日優真だってことだ。特に変な遠慮なんていらないからな。

……君と2人で作詞したことも覚えてるし、真姫と合宿中に混浴したことも……いだいっ!?」

 

 

 真姫の話をした瞬間、前方から物凄い勢いで何かが飛んできた。ソレは的確に俺の額に直撃し、床に落ちて割れた。……チョークかこれ。

 

 

「あああああなたねぇ…!今それを言う意味がッ」

「はははは破廉恥ですっ!!私達に隠れて夜にそんな乳繰り合いを……!」

「おい待て、発想がぶっ飛んでんぞ海未!俺は別にそこまでしたとは言ってねぇ!!」

「じゃあ一体ナニをしたというのですかっ!?男女が深夜に1つの湯を共有してすることなど1つしか」

「ちょっと黙ろうかこのムッツリスケベ!!」

 

 俺の方は冗談交じりだけどあなたの横にいるお嬢様が凄い目でこっち見てるから!このままだとやばいって!マジやばいって!!

 

「…海未、本当に偶然一緒になっちゃっただけだし、あなたが考えてるようなことは何もないわ。それどころかこの人は私の相談に乗ってくれたし」

「へっ……?そ、そうなのですか?」

「ホント。君が妄s……思ってるようなことは全くないから」

「妄想なんかしていませんっ!!」

「っはははは!」

 

 顔を真っ赤にしながら反駁してくる海未が面白くて、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。

 そんな俺の様子を見て溜息をついた真姫。

 

「……まぁいいわ。今の感じ…どう考えても私たちの知ってる優真さんだし、あなたがそんな風に笑ってるのが見れて私も嬉しい」

「真姫………」

「でも」

 

 

 瞬間、真姫の目に怒気と鋭さが宿る

 

 

 

「────私はあなたを、許さない」

 

 

 

「っ!?真姫っ、ちょっと……」

「海未は黙ってて」

 

 宥めようとした海未を制止し、真姫はピアノの前の椅子から立ち上がり、俺の前に対峙する。

 

「あなたは私達の知ってる優真さんなんでしょ?」

「……あぁ、そうだよ」

「そう。だったら遠慮なく言わせてもらうわ。

 

 

 

─────ふざけるのも大概にしなさいよ?」

 

 

 

「……っ」

 

 真姫に、こんな一面があったのか。

 真姫の怒りオーラとなりが目に見えるよう。

 ただ俺は、この怒りをしっかりと受け止めなければならない。

 何故なら俺は──“朝日優真(3人目)”であり、改めて皆と歩んでいくと決めた、“朝日優真”なのだから。

 

 

「あなた私に言ったわよね?『俺を頼れ、それが無理でも誰かを頼れ。俺達は仲間なんだから』って。

 

───1番仲間を頼ってないのはあなたじゃない。

 

こんな重大なこと今まで私たちに隠して、よく仲間ヅラできてたわね」

 

「…………」

「そんなあなたの口からやれ信頼だの仲間だの話されてたと思うと、心底嫌気がするわ。結局あなたにとって私達なんて、“変わるため”の道具でしかなかったんでしょう?私を救って、自分も救われたつもりになってたんでしょ!?そのために!!私に近づいてきたんでしょう!?」

 

「真姫ッ!言い過ぎで」

「海未」

「っ……優真先輩……」

 

 真姫をたしなめようとした海未を、俺は言葉で制する。

 真姫の言葉がどれだけ厳しかろうと、それから逃げるわけにはいかない。

 

 

──『私を救って、自分も救われたつもりになってたんでしょ!?』──

 

 

 この言葉を聞いた瞬間、とある言葉が俺の脳裏をよぎった。

 

 

──『今のお前のソレは───唯の“自己満足”だ』──

 

 

 合宿の時にサトシに言われたこの言葉。

 あの時は理解しきれていなかったが、今はっきりとわかった。

 “変わろう”として相手に向ける優しさなんて、本当に相手のためになるなんて言えない。

 だからあの時サトシは俺の優しさを、“自己満足”と評した。そんな優しさを向けられていたと知った君が、こんなに憤るのも当たり前だ。

 

 でも、真姫

 

「……そうかもしれない」

「っ……」

「“変わるための道具”、か……君たちをそんな目で見ていなかったかと言えば、嘘になる」

「!?」

「優真先輩…!?」

 

 俺の優しさは、実際誰かを守れる俺になるために身につけようとした後付けのものだろう

 

「でも」

 

 ───違うんだ、真姫

 

 

「俺にとって君たちは、大切な仲間だ」

 

 

 この思いだけは、譲れない

 

 絶対に、譲らない

 

 

「……信じてもらえると思ってるの?」

「確かに俺は“変わるため”に、“誰かを救えるよう自分になるため”に行動してた。

でも、そんな思いはいつしか揺らいでた。

君達と過ごす日々が、あまりにも楽しすぎて」

『っ!』

「何時からか俺は、心の底から楽しんでたよ。君達と過ごす日々を。皆で1つの夢を追いかけていくことを。本気で、全力で。それこそ、“変わるため”なんて目的を、忘れてしまうほど」

「……」

 

「信じてくれなんて言わない。そんなこと俺が言える立場じゃない……

 

でも!!

 

俺は“変わる”、今度こそ……!!

他の誰かじゃなく俺自身が、君達を守れるように!

 

俺が変わる(自分本位の望みの)ため”じゃなく、“君達と歩む(他人本位の夢の)ため”に!

 

大切な仲間のために!!」

 

 

 俺の心からの叫びに、目の前の少女は何を思うのか

 

 

「っくうぅぅ!!」

「真姫!いけませんッ!!」

 

 握り拳を作った右手を振り上げ、目の前の俺へと

 

 

 

 ───振り下ろされることはなく。

 

 

 俺の胸へと、優しく当てられる。

 

 

「……私だって、信じたいわよ…!でももう、わからなくて!あんな話聞いて、今まで私達が信じてきた全部が壊れていくみたいでっ……嫌だったの、今までの優真さんの優しさが嘘だなんて嫌だったのッ!!」

 

「真姫……」

 

 俯いたまま、真姫は叫ぶ。

 他の一年生より大人びて見えたとしても真姫はまだ16歳。精神的な弱さを充分に孕んでいる年頃だ。しかも真姫はその性格上他人に頼ることをしないからその弱さは他人よりも大きい。

 

 

「……言って欲しかった…嘘じゃないって、“道具”なんかじゃないって……!でもそんなどっちつかずの反応されたら、どうしたらいいかわからないじゃない……っ!

何なのよ……あなたは一体!私達の何なのよ!!」

 

 

 顔を上げた真姫が見せたのは───涙。

 気の強い少女は今、俺の為に涙を流す。

 

 

「俺は君たちに、嘘をつきたくない」

 

 だから伝えよう

 

 俺の本心を

 

 

 

「───俺は君たちを、大切な仲間だと思ってる。

その思いは君たちと出会ってから、一度も揺らいだことはない」

 

 

 

 信じてもらえなくても

 

 信じてくれるまで言い続ける

 

 どれだけ君たちを欺いていたとしても

 

 この思いだけは、嘘なんかじゃない

 

 これは嘘に(まみ)れていた俺の、真実だから

 

 

「……なによ…」

 

 呟きながら彼女は俺を睨みつける…しかし、もうその目つきは鋭さを失い、彼女の感情を表すようにぐちゃぐちゃになってしまっていて。

 

「今更なによ、なんなのよ……なんでよ……」

 

 混乱のあまり、彼女は冷静さを失っている。

 そんな彼女から目を離すことなく、俺は見つめ続けている。そして待っている。彼女が出す、結論を。

 

「……聞かせて」

「…おう」

「……合宿の時、私に話してくれた言葉は…私を救ってくれた言葉は、誰のためだったの?」

「君のためだ」

 

 即答。嘘偽りない答えが故にすぐに口からすべり出た。

 

「……だったら私は、信じたい。

 

あの日あなたが差し伸べてくれた、手の温かさを」

 

 真姫は己の手を握り、目を閉じる。

 そして顔を上げて────

 

 

 

「───もう何処にも行かないで」

 

 

 

 

 祈るようなその言葉に、俺は

 

 

 

「あぁ。俺はもう、何処にも行かない。君たちを側で支え続ける」

 

 

 笑顔で返した。

 俺の言葉に、真姫は泣き笑いを浮かべている。

 

「……私、ずっと疑ってたわ。前に怪我をしてウチに運ばれてきた時、ママと優真さんの話を聞いてからずっと。『この人は、私達に何かを隠し続けているんだ』って。それ以来、ずっと優真さんに厳しく当たって……本当にごめんなさい」

「気にすんな。みんなに言わなかった俺が悪いんだ」

「ううん、それで意固地になってた私が悪い。だから……いや、こんな話しても仕方ないわ。

とにかく!これからも私達と一緒に居なさい!」

「急に強気になったなお前……」

「うるさい!わかった!?」

「……あぁ、わかったよ」

 

 笑顔でそう言った俺に、真姫は満足そうに笑った。

 

「……優真先輩」

「……海未」

 

 次は、彼女の。

 彼女の怒りを受け止めなければならない。

 

 しかし彼女は、笑顔で俺に言う。

 

「……私の言いたかったことは、粗方真姫が言ってくれたのでもう大丈夫です」

「お、おう、そうか」

「私からは……ずっとあなたに言いたかったことを、1つだけ」

 

 次の瞬間、海未の表情が真面目なものへと変わる

 

 

 

「優真先輩。あなたは()()()()()()()()

 

 

 

 …なんとなく、察した。

 海未が()()()()()()()()()()()

 

 

「わかりますよね?それこそあなたが先程口にした……()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

──『……なぁ、海未』

『……なんでしょう』

 

『……俺、間違えたかな……?

 

こんな形で、本当に良かったのかな……?』──

 

 

 

「あの時私は、しっかりとした答えを出すことができませんでした。私のような第三者が、口を出していいような問題じゃないと思ったので。

ですが私達は、仲間です。

仲間だからこそ、しっかりと伝えたい。

 

だから優真先輩。あなたは間違っていました。

 

どんな理由があったにせよ、希ときちんと向き合い、話し合うべきでした」

 

 ……最もだ。

 あの時“3人目”が…俺が為した選択は、決して正しくなんかない。

 

 あの時、しっかりと向き合っていれば

 

 あの時、お互いの誤解を解きあっていたなら

 

 俺たちはこんなことにはならなかったはずだから

 

「……ですが優真先輩」

「ん…?」

 

 

「───()()()()()()()()()()()

 

 

「は……?」

「間違いをしない人間なんていません。あなたが希との過去をなかったことにしたことも、図らずもμ'sを壊そうとしてしまったことも、今更なかったことになんてならない」

「…………」

「ですが、大切なのはそれを悔やむことではなく、“次どうするか”。

 

間違いを“やり直すこと”は出来なくても

 

間違いを“取り戻すこと”は出来るんですから」

 

「海未……」

「優真先輩、私はあなたに怒っているわけではありませんよ?」

「…違うのか?」

「ええ、違います。私はいつもあなたが私たちにしてくれる様にしてるだけです」

「俺が…君たちに?」

「私たちが間違えそうになった時、あなたは私達を正してくれました。あなたが間違えた時はそれを正すのが私達……“仲間”でしょう?」

 

 海未はそう言いながら優しく微笑む。

 海未の言う通りにその表情からは怒りは感じられない。

 

「今まであなたは私達を助けてくれました。だから今度は私達に、あなたを支えさせてください。

迷惑かけたっていいんです、間違えたっていいんです。

それで助け合えるのが、仲間なんですから」

 

 海未の言葉に、俺は改めて思う。

 仲間というのは一方的関係じゃなくて、すべてを共にしていくものなのだと。

 

 辛い時は共に苦しみ、楽しい時は共に笑い。

 誰かが悲しみにくれるならばそれを全力で助けて。

 また誰かが迷う時はその手を差し伸べて。

 

 そんな風に絆を紡いでいくのが“仲間”なんだ。

 

 さっきまでの俺の考えじゃ、また同じことを繰り返していたかもしれない。

 

 

 

「……ありがとう、2人とも。またきっと迷惑かけてしまうけど…」

「それはこっちのセリフよ」

「今度は皆で、進んでいきましょう」

 

 2人の女神が、俺に笑いかける。

 その笑顔はとても美しく、儚いもので……俺なんかが見るには、勿体無いくらいの。

 でも俺はそんな2人の笑顔を、“守りたい”と心の底からそう思えた。

 

「……優真先輩」

「ん?」

「お願いがあります」

「お願い?」

「…今から私は私に出来ることをやっていきます。

9人がまた笑顔で歌うことの出来る未来を信じて。

だから優真先輩」

 

 そこで海未は言葉を切り、真っ直ぐとした揺るぎない瞳で俺を見つめる。

 

 

 

「──────お願いします」

 

 

 

────“私の大切な幼馴染達を”

 

 

 言葉はなかったけど、ちゃんと伝わった。

 彼女の願いに、俺は

 

 

「任せろ。必ず俺が、連れ戻してみせる」

 

 

 より強い決意を以って答えた

 

 

「……ありがとうございます」

「気にすんな。…んじゃ、俺そろそろ行くよ」

「皆のところに行くのですか?」

「あぁ。一人一人としっかり話がしたいんだ」

「そうですか…」

「学校にはもう誰もいないんじゃないかしら。凛と花陽は一緒に帰ってたし、穂乃果も帰っちゃって…絵里もさっき学校から出て行くのか窓から見えたわ。希はわからないけど……もう会った?」

「……おう、もう話した」

 

 『希』という言葉が出た瞬間歪みそうになった表情を、寸前のところで堪える。

 恐らく取り繕えていたとは思うが……

 

「そう。ならいいけど」

「あぁ。ありがとな、真姫、海未」

「いえ、全然構いま……あぁ、最後に1つだけ」

「ん?どした?」

 

 

「─────()()()()()()()()()()?」

 

 

「っ……」

 

 海未の不意打ちに、今度こそ俺の表情は露骨に歪んでしまった。

 

「……ことりだけでは、ないんでしょう?」

「……なんで知ってる」

「ことりも凛も、話してくれたのよ。あなたに想いを伝えたことを」

「……本人からか」

 

 どういう過程で打ち明けたかはわからないが、どうやらμ's全体がそのことを知っているらしい。

 

「ですが私達は知っています。あの2人以外にも、あなたに想いを寄せる人がいることを」

「……」

「優真さんも、薄々わかってるんじゃないの?」

「……さぁな」

「だから優真先輩。“答えて”あげてください、しっかりと。あわよくばその中の誰か1人には、“応えて”あげてください」

「あなたの決断でμ'sの存在が揺らいだりしないし…あなたが幸せになる決断を、私はしてほしい」

 

 …さっきからそんな心配されてばっかだな、俺。

 俺がそんなに答えを出せないようにみえるのか?

 ……まぁ実際出せてないわけだが。

 

 

 答えを1つに決めようとすると、頭に浮かぶのは想いを拒むことになってしまう他のメンバーのこと。

 遺恨が残るんじゃないかとか、関係に傷を生むんじゃないかとかそんなことばかり考えて結局答えを見出せそうになかった。

 でもそれは───良くなかったのかもしれない。

 だって彼女達はこんなにも…俺なんかよりも遥かに覚悟を決めて俺に想いを告げてきたのだから。

 周りの皆もそれを後押しし、俺を信じてくれている。

 

 だったら俺も───覚悟を決めよう。

 曖昧な自分の心に、答えを出す。

 

 

「……心配ありがと。しっかり考えるよ」

「こちらこそ、要らないお節介だったかもしれませんね」

「何言ってんのよ海未。このヘタレはこれくらい言わないといつまで経ってもズルズル引き摺ってくわよ?これくらいが丁度いいわ」

「誰がヘタレだおい!!」

「この場で1番ヘタレてるのはあなただと思うんだけど」

「さっきまでメソメソ泣いてたくせに急に強気だなぁ、あぁん?」

「なっ…!泣いてなんかないわよ!!誰があんたなんかの為にっ…!」

 

 俺を弄る立場から一転、彼女は顔を真っ赤にして俺に噛み付いてきた。フン、お前如きが俺を弄りに入ろうなぞまだまだ早い。

 

「じゃ、本当に行くから」

「……ええ、それじゃあね」

()()()()、会いましょう」

「おう、()()()()だ」

 

 そう言い残して、俺は音楽室のドアを開けた…

 

 

 その時

 

 

『────優真先輩(さん)!』

 

 

 俺の名を呼ぶ声に振り返ると

 

 心からの笑みを浮かべる2人がいて

 

 

 

『───しっかりやってこい!』

 

 

 

 力強いその励ましは、本当に俺の背中を押してくれたように思えた

 

 

「あぁ!任せろ!」

 

 

 突き上げた握り拳と共に、それに答える

 

 そして俺は今度こそ音楽室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……行ったわね」

「優真先輩…また元気になってくれてよかったです」

「元に戻ったら、私達の知らない優真さんになっちゃうんじゃないかって心配してたけど……完全に杞憂だったわね」

「えぇ。あれは完全に、私達の知っている優真先輩でした」

 

 音楽室に残った2人は、話をつづける。

 

「……ねぇ、海未」

「はい、なんでしょうか?」

「やっぱりさっきの“アレ”、完成させましょ」

「今からですか?もう時間も遅いですし…」

「1番だけなら大丈夫でしょ?それに……」

 

 赤髪の少女は目を逸らし、小さく微笑む。

 

「……聞いてもらいたいのよ、早く。優真さんに」

「……ふふふっ」

「な、なによ?」

「いやいや。真姫も変わらないなぁと。私は詳しく知りませんが、そういうのを“ツンデレ”というのでしょう?」

「だっ、誰が!私のどこがツンデレよ!?」

「そういうところではないのですか?」

 

 なによー!と叫ぶ真姫を見て、海未は笑う。

 それには紛れもなく、大切な仲間が帰ってきたという安堵が含まれているに違いない。

 

 

 




後書きを書いていなかった期間に評価をくださった、

こーさかほたかさん、ゆいろうさん、Y.U.Kさん、邪竜さん、ゆーか≠るう。さん、柳緑さん、シンクロさん、エベロックさん、タクミ★さん、ありがとうございました!
応援の言葉、厳しいご指摘、すべてを活力に変えてこれからも頑張っていきたいと思いますので応援よろしくお願いします!

そして新たにお気に入り登録してくれた方もありがとうございます!何度も言いますが、皆様の感想やお気に入りがいつも私の執筆したいという原動力に変わっています。ご期待に応えられるよう、最終章も全力で駆け抜けていきたいと思います!

長くなりましたが今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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若草の真実

67話 若草の真実

 

 

 

 音楽室を後にした俺は学校の外へと出た。

 これからどうするか。そんなことを考えながら校門へと歩く。1つ1つに優先順位をつけるとすれば、俺の向かう場所は……

 

 

 そんなことを考えていると、校門に佇む1人の少女の姿が目に入った。

 

 彼女は俺の存在に気づくと、にこやかに俺に微笑みかける。

 

 

 

 

「───久しぶりだね、優真お兄ちゃん」

 

 

 

 

「あぁ。久しぶりだな、花陽」

 

 俺の声に、花陽は嬉しそうに笑った。

 

「待っててくれたのか?」

「うん。優真お兄ちゃんと話して帰りたかったから」

「……俺が“帰ってくる”ってよくわかったな」

「なんとなくだよ。ただ…にこちゃんを信じてたから」

「なるほど、な……帰ろうか、送ってくよ」

「うん、ありがと」

 

 歩き出した俺について来るように、花陽も歩き出す。こうやって花陽と2人きりになる時間は滅多にない。それが気まずいというわけではないのだが、なんとも言えない微妙な空気が俺たちの間に流れる。

 

「……どのくらい待った?」

「んー、15分くらいかな?でもあっという間だったよ」

「そっか……なんか、こんな風に話すの久しぶりだな」

「そうだね。いっつも凛ちゃんと3人一緒だったし、それに……」

 

 花陽はそこで、俯いてしまった。

 

「花陽?」

「……ねぇ」

「ん?」

 

 

「あなたは、お兄ちゃん?それとも……」

 

 

 ……お前のそんな目は初めて見たな。

 疑うような、不信感を募らせるような…とにかく、懐疑に満ちた目で花陽に見つめられる俺。

 俺はそんな花陽の問いに笑顔で答える。

 

 

「……俺はお前が知ってる朝日優真だよ。お前が小さい頃から一緒に過ごしてきた俺でもあるし、μ'sと共に日々を過ごしてきた俺でもある。

わかりやすい例えをするなら、“3人目”の記憶と人格を保持した“1人目”ってところかな」

「……そっか」

「どうして?」

「……不思議、だったから」

「不思議?」

 

 花陽の歩くペースが少しだけ遅くなる。

 それに合わせるように歩幅を調節しながら、俺は花陽の次の言葉を待った。

 

「真姫ちゃんのお母さんからお兄ちゃんが“3人目”だって…もう会えないって聞いてすごく悲しかったのに、今目の前にいる優真お兄ちゃんは、どう見ても今まで一緒にいたお兄ちゃんにしか見えなくて」

「……俺はアイツ(“3人目”)の記憶と人格を持ってるからな。持ってる、っていうよりは正確に言うと“混ざった”っていう方が正しいけど」

「混ざった?」

「ほら、コーヒーにミルクとガムシロ入れるとマイルドになるだろ?あれと同じ感じだよ。カレーにハチミツ入れるのとも一緒」

「カレーにハチミツ入れるのは隠し味だし、別にそれで甘くならないよね?」

「甘くはならないけどコクが出るらしいぞ」

「やっぱりマイルドにはなってないよね!?」

 

 小ボケをかまして突っ込ませることで、やっと空気にゆとりが出来た。俺と花陽の2人からも、自然と笑みがこぼれる。

 

「……やっぱり、優真お兄ちゃんは優真お兄ちゃんだね。全然昔と変わってないや」

「おいおい、高校入ってからの俺はこんなんじゃなかったってか?」

「そういえば頭おかしかったかも、お兄ちゃん」

「いつからそんなに口悪くなったお前!?」

「えへへっ♪」

 

 悪戯っぽく笑う花陽を見て、俺も思わず苦笑する。俺は凛には厳しく当たるが、花陽には他人から指摘されるレベルで甘い。それは俺の弱点が花陽のこの笑顔だからというのが1番大きい。

 だから俺はこの笑顔を……大切な“妹”を、しっかりと守っていきたい。そう誓いを立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな思いとは裏腹に

 

 

 

 

 

 

 

 

 今考えていたことは、偽りのない事実。

 しかし先ほどから、とある“考え”が脳裏を掠める。

 

 

 この少女に抱いた、ある疑惑が消えない。

 

 

 思い過ごしであって欲しかった。

 しかし彼女と会話を重ねれば重ねるほど、俺が彼女に抱いていた小さな疑惑は、確信へと変わっていく。

 

 

 

「───なぁ、花陽」

 

 

 俺は突如立ち止まり、笑顔で彼女の名を呼ぶ。

 

 

「ん?どうしたの?優真お兄ちゃんっ」

 

 

 彼女もまた、俺の目を見て笑う。

 

 

 ───全てを、確かめさせてくれ

 

 

 先程海未に受けた不意打ち。それと全く同じことを、今から俺は君にする。

 そこで見せた反応が、答えだ。

 

 願わくば俺の、考えすぎであってくれ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────お前、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

 笑顔を失った俺の問いかけに、花陽は俺に見せていた笑顔をキープしたまま首を傾げる。

 ……うまく誤魔化したつもりかもしれないけど、注視していた俺にはわかった。俺の言葉を聞いた瞬間、君の唇は小さく歪んだぞ?

 

 

(とぼ)けんな。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……どうしてそう思うの?」

「…根拠はねぇよ。ただ、気になるところがあってな」

 

 

 俺の記憶が確かなら───

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

呼ぶとしたら“優真お兄ちゃん”だ。それがいつからか、呼び方が変わってた…だから思ったんだ。

お前は気づいていたんじゃないのか?

μ's(お前ら)の目の前に居た俺が、“優真おにいちゃん”じゃないことにな」

「………」

 

 

 

 

 花陽は俺の目を真っ直ぐ見たまま何も答えない。

 そんな彼女に、俺はさらなる疑惑を提示する。

 

「……それにもし気づいてなかったのなら…あんなこと言わねぇだろ」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 話はあの日に……“μ'sの崩壊の日”に遡る。

 あの日俺…“3人目”は意識を失い、保健室へと運ばれた。

 保健室で目覚めた俺が真っ先にしたことは──“逃亡”。

 

 自らの手でμ'sの崩壊を導いたという現実から。

 それに伴う激しい自己嫌悪から。

 ───他人と接することから。

 

 幸いにも目覚めた時には誰にもいないようだったので、俺は眠っていたベッドを整え、ひっそりと保健室を抜け出そうとドアに手をかけた……その時。

 

 

 

「────お兄ちゃん」

 

 

 

「っ!?」

 

 後方から呼ばれて振り返る。

 そこには水の入った洗面器を抱えた花陽の姿があった。

 

「……花、陽…」

「どこ行くの?まだ寝てなきゃ危ないよ……!」

「……放っといてくれ」

 

 花陽の言葉を無視して、俺はドアを開けようとする。

 

「待って、お兄ちゃんっ……!!」

「……放っとけっつってんだろ」

「ひとつ……聞かせて」

「…?」

 

 

 

「あなたは…()()()()()()()?それとも……」

 

 

 

 

 一瞬疑問に思いかけて、悟った

 

 彼女のこの問いかけの、真意に

 

 

 その瞬間

 

 

 俺は目の前の少女に与えられた恐怖から逃げるように保健室を飛び出した。

 

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 

 耳に届いた呼びかけも、気にも留めない。

 

 こいつは恐らく───気づいている

 

 そう悟らせるには十分すぎる出来事だった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「……お前、あん時俺に聞いてきたよな?

『あなたは…()()()()()()()?』って。

その問いかけの意味は──こうだろ。

 

『お前は、自分の知ってる“優真お兄ちゃん”なのか?それとも、()()()()()か?』

 

ってな」

 

「…………」

「それだけじゃねぇ。お前、さっきも言ったよな?

『あなたは、お兄ちゃん?それとも……』ってな。

これの意味は、さっきの反対だろ?

 

『お前は、“3人目”なのか?それとも、“優真お兄ちゃん”なのか?」って」

 

 

「…………」

 

 

 俺の話を聞いてなお、花陽は笑顔を崩さない。その偽りの笑顔を。

 

「どうなんだ、花陽」

 

 俺の執拗な追及に耐え切れなかったのか、花陽は『はぁ』、とため息をひとつ吐き……

 

 

 

 

 

「────うん、知ってたよ?」

 

 

 

 

 

「……やっぱりか」

「知ってた、って言えば嘘になるのかな…“薄々気づいてた”って言った方が正しいかも」

「いつから?」

「いろいろと疑いを持つ場面はあったけど……1番最初はやっぱりあそこかな。

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

───『先……生………?』

 

『やっぱりそうだったのね。久しぶり、朝日くん』

 

『……え、じゃあ、西木野さんって…?』

 

『真姫は私の娘よ。気づかなかったの?』

 

『えぇ!…いや、普通に似てる…あ、そういえば苗字…でも、え、全然っ…!』

 

『お、お兄ちゃん…?』

 

『あ、あぁごめん花陽。─────俺、西木野さんのお母さん…西木野先生に、昔お世話になったんだ』

 

『そうだったの?』

 

『………中学の頃にね』────

 

 

 

「実はね、私もある程度は知ってたんだ。中学校の頃、優真お兄ちゃんに何が起きたのか」

「……そうだった、のか…」

「だからこそ疑問に思ったの……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?って」

 

 ……確かにそう思うだろう。

 あの場で抱いて当然の疑問を、花陽は抱いたというわけだ。恐らく、西木野先生も。

 

「優真お兄ちゃんは、真姫ちゃんの家に上がって初めて、真姫ちゃんの母親が昔の自分の担当医だってことに気付いたみたいだった……()()()()()()()()()()()()()()みたいに」

「………………」

「そんな疑惑をさらに深めたのは、その後の真姫ちゃんとの会話」

 

 

 

──『……夢が…あるんです

 

『……聞いてもいい?』

 

『……私の家が病院を経営しているのは知ってますよね?』

 

『…ああ』

 

『両親はそこの医師で、私は将来そこを継いで、両親を楽にしてあげたいんです。だから、私は高校を卒業したら、医学部に行きます。そのために勉強しないと、いけないんです。

 

─────私の音楽は、もう終わり。

アイドルをやってる暇なんて、ないんです』──

 

 

 

 

「……どこかおかしかったか?」

「優真お兄ちゃんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよね?

 

だったらますますおかしいよ。

 

“病院を経営していて”、かつ“名字が西木野”。

 

ここまでヒントがあって真姫ちゃんのお母さんが自分の担当医だって気付かないことなんてあり得るのかな?気づかなかったとしても、普通『もしかして』ぐらいは思うはずだよね?」

「…………」

「だから、()()()()()()()のかなって。

優真お兄ちゃんは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこから真姫ちゃんの家が病院を経営してることに気づいたんじゃないかな?」

 

 花陽らしいようで、花陽らしくない。

 問いかけ方や柔らかい物言いはいつもの花陽だが、鋭く確信めいた推理や俺を見る目は。普段の花陽とは違ったものに思えた。

 

「…………隠す理由もないか。正解だ。“3人目”は、西木野先生のことを()()()()()()()()

ユウガの抵抗で記憶に制限を受けていたんだ。

その記憶の矛盾に気づいた誰かが、“3人目”の存在に気づけるように。ちゃんと思惑通りだったみたいだな……こうしてお前が気づいたんだから」

 

 俺の言葉に花陽は偽りの笑顔を捨て去り、安堵したような笑顔を見せた。

 

「よかったぁ、合ってた……」

「で?それだけか?俺を疑いだした理由は」

「うーん…あるのはあるけど…これはなんというか……」

「……花陽?」

 

 

「──()()()()()()

 

 

「─────は?」

「そう言われると思ったから言わなかったのにぃ〜……」

「…いや、どういうことだ?」

 

 生まれ落ちた当初ならまだしも、“3人目”が生まれて2年経ったそこから疑問を持ち始めたその理由が、“勘”?

 そんなのでバレたとなっちゃあ泣くぞ?

 

「うまく言えないけど……真姫ちゃんを説得しようとした時、優真お兄ちゃんは敢えて厳しい言葉を使ったでしょ?それがなんだか……“優真お兄ちゃんっぽくない”ような気がしたんだ…」

「俺っぽく、ない……」

「うん……。私が知ってる優真お兄ちゃんはいつも私たちを気遣ってくれる優しい姿だったから……。

()()()()()()()()()()()()()()()、誰かに厳しい言葉をかける優真お兄ちゃんの姿なんて私は知らない……」

 

 自信なさげに花陽は呟く。先ほどの推理を述べる姿は嘘のようにか弱い。

 

「……そんなのが理由なのかよ」

「そう、そんな程度なんだよ。理由としてはあまりにも心細いけど……私にとっては違和感しかなかったから」

「もしかして……だからお前あの時あんなこと聞いたのか?」

「えっ?」

「ほら───」

 

 

 

 

──『ごめん、待たせたね。それじゃ、帰ろうか』

『うん…』

…どうした?』

『──何で西木野さんにあんなこと言ったの?」

『……何でって…』

 

 

『──────本心じゃ、ないよね?』──

 

 

 

 この問いかけの時点で、花陽は俺を疑っていたんだ。“3人目”という発想には至らなくても、“自分の知っている兄とは違う”という疑念を抱いていたからこそ、あの時花陽は俺にこう問うたのだろう。

 

 こんな事を問いかけると、花陽は頷いた。

 

「そうだね、うん」

「この頃からお前、俺のことを『お兄ちゃん』って呼ぶようになったよな。わざとか?」

「ううん……正直自覚なんてなかったから言われてビックリしてる。そっかぁ……言われてみたらそうだね、うん。私は確かにお兄ちゃんって呼んでた……」

「意識してなかったのか?」

「してないよ。無意識のうちに……“3人目”の方を優真お兄ちゃんじゃないって思っちゃってたのかも…」

「……なるほど」

 

 結果オーライ、か。

 それで花陽が気づいていることに気付けたわけだから。

 

 すると花陽は何か覚悟を決めたように俺の方を向いた。

 

「……私ね」

「ん?」

 

 

 

「優真お兄ちゃんを、卒業する……っ」

 

 

 

「…………ん??」

 

 唐突すぎて同じ相槌を2度も打ってしまった。

 しかも内容が…『俺を、卒業する』?どういうことだそりゃあ……

 

「……今までμ'sは…私はずっと、『お兄ちゃん』に頼ってた。μ'sに入る時も助けてもらったし…私はきっと、依存してる。『優真お兄ちゃん』っていう存在に」

「依存……」

「うん。だから私は何もできなかった……お兄ちゃんが壊れて、μ'sが壊れた時に」

 

 そこで花陽は俯く。その表情は本当に心の底から自分を責め、後悔しているように見えて。

 

 

「だから私は……“変わりたい”。

何もできない自分なんて嫌だから……!

私だって、みんなの力になりたい!

助けてもらうだけなんて、見てるだけなんてもう絶対に嫌っ……!」

 

 

「花陽…」

 

 瞳に涙を浮かべ己の覚悟を語る少女は、今まで俺が見てきたどの瞬間よりも力強い。

 

 

 

「だからね───“()()()()”」

 

 

 

「……!」

 

 

 

「今までありがとう。私のお兄ちゃんで居てくれて。でもそれも今日で終わり。

 

私は、優真お兄ちゃんから卒業します。

 

今度は私が力になってみせる……

“優真くん”が、今まで私にしてくれたみたいに」

 

 

 花陽は俺の右手をそっと両手で包み込み、祈るように瞳を閉じる。

 その手は俺の心までも包んでくれるような不思議な暖かさに満ちていた。

 そんな花陽は、閉じた瞳のままで言葉を紡ぐ。

 

「……辛い時は、私にも頼ってね。頼りないかもしれないけど…優真くんの力になりたいから。全部を1人で抱え込んじゃうのはもうやめて…」

 

 俺を労わるように、祈るように告げられたその言葉に、俺は無性に花陽を抱きしめたくなった。決して不純な意味ではなく、『妹として』。

 ただ花陽はきっと…それを望んでいない。

 俺を“兄”ではなく、“1人の仲間”として見ようとする彼女に、兄貴面で抱きしめるなんて失礼極まりない。彼女の覚悟を無駄にすることなんて許されるわけがない。

 

 ……でも。

 

 これくらいは、許してくれるよな?

 

 俺は空いている左手を花陽の頭に優しく乗せて、撫でる。

 

 

「……強くなったな、本当に」

「まだまだだよ…今の私なんかじゃ全然」

「そんなことねーよ」

「えっ…?」

 

「今の花陽で十分だよ。変に強くなろうとする必要なんてないさ。それに花陽は、自分で思っている以上に強い。

自分の夢を貫いて、辛い練習にも耐え抜いて、必死にステージで輝こうとする君の心が弱いことなんてあるもんか。

その心と、何もできなかった自分を責めることのできる優しさがある花陽なら、絶対に誰かの力になれるさ」

 

 

「おにっ……優真くん…」

「癖抜けてねぇな、やっぱ」

「ば、馬鹿にしないでよーっ…!」

「ははは。んやんや。俺と希が互いの呼び方変えた時もそんな感じだっ……」

 

 そこまで言って、思わず口をつぐむ。

 馬鹿にも程がある。

 今あいつの名前を出すなんて。

 

「……ねぇ、優真お……優真くんは」

「無理すんなよ。全然ダメじゃん」

「い、言わないでよっ!すぐ慣れるからっ!

 

 

……優真くんは、凛ちゃんから…言われたの?」

 

 

 何を、なんて聞かない。

 

「……あぁ」

「答えて、あげたの?」

「……まだだよ」

「……そっか」

「花陽は知ってたのか…?」

「うん。直接聞いたわけじゃないけどね」

「すげーな。俺は全然……言われるまで気付いてやれなかった…」

「わかるに決まってるよ。だって、ずっと一緒にいる幼馴染なんだから」

 

 

 だからね、と前おいて花陽は笑う

 

 

「優真くんの心が誰に向いてるかも、わかってるつもり」

 

「っ……」

「自分じゃ気づいてないのかもしれないけど、私からしたら丸分かりだよ?」

「……誰だと思うんだよ」

「教えないっ」

「は?」

「自分の好きな人を私に聞くのは、おかしいでしょ?」

「……言われてみれば」

 

 俺の心が誰に向いているか、か。

 俺自身もうまく理解していないそれを、目の前の少女は理解していると言う。

 すると花陽は笑顔を崩し、真面目な目で俺に言葉を向ける。

 

「……優真くん、1つだけ約束して」

「…ん」

 

 

 

「凛ちゃんを泣かせたら、許さないから」

 

 

 

「…………」

「でもね」

「?」

 

 

 

 

「───優真くんが幸せにならないのは、もっと許さない」

 

 

 

 

「っ!!」

 

 

 真面目な表情を一転、今日1番の笑みを俺に向ける花陽。

 

 

「自分の心に、素直になってね?」

 

 

 短い一言だったけど、それだけで全部伝わった。

 

 

「…ありがとな」

「ううん、全然……あ、もうここで大丈夫だよ」

 

 気がつけば、花陽の家の近くまで着いていた。

 

「ん、そっか……」

「それに優真くん……()()()()()()()()()()()()()()?」

「っ……!なんで」

「わかるよ。優真くんの考えてることくらい」

 

 ふふっ、と笑った花陽の顔を見て、俺は思わず顔をしかめた。どうやら本当に俺の考えがお見通しらしいその表情は俺にとって面白くない。

 

 

「……信じてるよ、優真くん」

「……おう、任せとけよ」

 

 そう言いながら俺は花陽の頭をポンっと叩く。

 

「……そういえば、明日ライブやるんだろ?にこと凛と」

「あ、うん。一応3人で講堂借りてやるつもりだよ?」

「そっか……頑張れよ。また明日な。応援行くから」

「うん、待ってる!また明日ね!」

 

 その言葉に笑顔で返した後俺は振り返り、来た道を戻り出した。

 

 

 目指す場所はただ1つ──“彼女の家”。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 歩き出した優真くんの背中を見送りながら私……小泉花陽は立ち竦んでいました。

 

 途中優真くんが指摘した通り、私は()()()()()()()()

 真姫ちゃんの家に初めて行ったあの日。

 あの日に芽生えた違和感は、優真くんと過ごしていくうちに大きくなり…今日真姫ちゃんのお母さんの話を聞いて初めて確信に変わりました。

 予め優真くんのことを疑っていたからこそ、私は誰よりも早く気付けたんだと思います……“3人目”の存在に。

 その存在に気づいた時、私の中に芽生えた感情は驚きでも悲しみでもありません。

 

 

 ────()()

 

 

 『なるほど』という感情が真っ先に生まれて。

 今まで絡まっていた糸がスルッと解けたような感覚。

 

 やっぱり、今までのは『優真お兄ちゃん』じゃなかったんだ。

 

 私の中を占める考えはそんなことでした。

 

 

 さっき優真くんが指摘してくれた“呼び方の違い”。あれは私にとって、全くの無自覚……というのは建前。

 

 

 実は私は、意図的に呼び名を変えていました。

 

 私の中で、『この人は優真お兄ちゃんじゃない』という意識から、“ある目的”を持って明確に呼び方を変えたんです。

 

 優真くんが倒れてしまったあの日、病室で運良く2人きりになれた時に問いかけました。

 

『あなたは…()()()()()()()?それとも……』

 

 

 この言葉には、さっき優真くんが言った通りの意味が込められています。

 

 

『あなたは私の知っている優真お兄ちゃんなの?それとも、他の誰か?』

 

 

 校門を出てきた優真くんに、かけた言葉

 

 

『あなたは、()()()()()?それとも……』

 

 

 この言葉も同じ。

 

 

『あなたは“3人目”なの?それとも、私の知っている優真お兄ちゃん?』

 

 

 その問いかけの意味を、優真くんは正しく理解してくれた。そしてやっぱり私に問いかけてきました。『お前は知っていただろう』と。

 

 

 

 

 ────ねぇ、優真くん。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()って言ったら、少しは驚いてくれるかな?

 

 

 

 

 呼び名を変えた理由───それは、その異変(呼称の変化)に気付いた『お兄ちゃん』に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もちろんこの時は『お兄ちゃん』…“3人目”の存在なんて知らなかったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()、私を問いただしてくるんじゃないかって。

 そう思ったからこそ、私は呼び方を少しずつ変えていきました。

 残念ながら、聞いてきたのは全てが明らかになった後だったけれど。

 

 

 

『お兄ちゃん』と、『優真お兄ちゃん』。

 

 

 私は今までずっとこの“2人”に助けられてきました。

 

 だからこそ、何も出来ませんでした。

 

 部室で穂乃果ちゃんとにこちゃんがぶつかった時に、私がしていたことは“ただ泣くこと”だけ。

 優真くんが普段通りならきっと止められていたはず。でもその優真くんも───。

 

 

 

 嫌だ

 

 無力な自分が、他人任せな自分が

 

 ───私だって……私だって。

 

 

 

 唇を少しだけ強く結び、私は携帯を取り出しました。そしてとある番号をコール、携帯を耳に当て応答を待つ……繋がった。

 

 

 ───私じゃ穂乃果ちゃんやことりちゃんは救えない。

 

 でも。

 

 私にだって出来ることはある。

 

 

 

 

 

「もしもし?──────」

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 “彼女”の家を目指して歩いていた俺に、一件の電話が入った。

 表示された名前を見て一瞬慄き……覚悟を決めて電話を取る。

 

 

「……もしもし」

『……もしもし』

「……………………」

『……………………』

「……なんか話せよ」

『……………………』

「はぁ……どうした────凛」

 

 電話の主は、凛。

 彼女は俺の呼びかけを聞いてなお沈黙を貫いている。

 

「……何もねーなら切るぞバカ」

『……ねぇ』

「ん」

 

 

『……優兄ィ…なんだよね…?」

 

 

「……あぁ、“俺”だ。()()()()()()、凛」

『……久し、ぶり』

「……今まで黙っててごめんな」

『ううん…凛の方こそ──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 電話越しに聞こえる凛の声は震えている。

 その涙声の真意を推し量ることは、俺にすら出来そうになかった。……いや、“俺だからこそ”、か。

 

「なんでお前が謝るんだよ。隠してた俺が悪いんだからお前が気にすることなんて何もねぇぞ?」

『ううん…凛が気づいてあげなきゃいけなかった…凛にしか気づけなかった。なのに……ごめん…ね……』

「あーほら、泣くな泣くな。お前に泣かれるのは苦手なんだよ」

『だって……だってぇ…………』

 

 本格的に泣き出してしまった凛の声を耳にしながら、俺は困惑していた。どう声をかけたらいいものか……しかし凛は涙ながらに言葉を紡ぐ。

 

 

『……ん…ぐすっ……でも、ね、優兄ィ』

「……どうした?」

 

 

 

『───戻って、来てくれて……ありがと、ね』

 

 

「っ──────!!」

『……もう、泣くのは、やめる。今度こそ優兄ィのそばに、いたいから。優兄ィが凛が泣くのが嫌なら、もう泣かない』

 

 鼻水をすすりながら、凛は細切れに言葉を繋いでいく。俺のために涙を流す凛の姿を想像するだけで胸が締め付けられるような痛みを覚えた。

 

 しばらくしてすすり泣く声は止んだ。

 

「……落ち着いたか?」

『うん……もう大丈夫だにゃ』

「そっか……なぁ、凛」

『ん…?』

 

 

「────返事のことだけど」

 

 

『……』

「……明日ライブだろ?」

『……うん』

「その後でいいか?」

『…………わかった、待ってる』

「ありがと。ごめんな、待たせちまって」

『ううん。明日、見に来てくれる?』

「もちろん行くよ。応援してる」

『そっか……うん、ありがとう!』

 

 初めて凛の声色が明るくなった。

 それを聞いて少し安堵する。

 

「……じゃあ、“また明日”な」

『うん、“また明日”…ありがとね、優兄ィ』

 

 そう言い残して凛は電話を切った。

 

 ……“明日答えを出す”。

 

 そう宣言してしまった。

 だからもう、後には引けない。

 

 1人に、決める。彼女達の中から、ただ1人を。

 

 

「──────ふぅ」

 

 一度だけ、深呼吸。

 それで気持ちを新たに、俺は再び“彼女”の家へと歩き出した。

 

 

 




新たに評価をくださった、

phigroさん、拓磨さん、ありがとうございます!

さて、この物語にもいよいよ終わりが見えてきました。
優真は、誰を選ぶのか。
μ'sはどうなるのか。
“朝日優真”という少年がいるラブライブの世界を、最後まで楽しんでいただければ幸いです。

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしています!


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Venus of Orange〜 陽は、また昇る

68話 Venus of Orange〜 陽は、また昇る

 

 

「あ、お姉ちゃんおかえりー」

 

 家のドアを開けた私の耳に真っ先に飛び込んできたのは店番をする妹の声。

 その言葉に『うん』とだけ返して、私は自分の部屋へと足早に歩き出した。

 部屋に入るなり鞄を床に放り投げ、ベッドに仰向けに飛び込む。

 

 そして私──高坂穂乃果は、泣いた。

 

 今日はみんなで集まって優真先輩の話を聞いた。

 衝撃的な話だった……優真先輩の中に、3人の人格がいるなんて。

 そして辛くて、苦しい過去。聞いているだけで心が痛くなった。

 

 μ'sのみんなも、優真先輩の“2人目”について、少し心当たりがあったみたい。そんなみんなの様子を見て、私はまた衝撃に襲われて。

 そして私は、逃げるようにこの家に帰ってきた。

 

 

 

 

 だって私は─────()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 ファーストライブの時の話も

 

 希ちゃんが倒れた時の話も

 

 絵里ちゃんと希ちゃんが襲われた時の話も

 

 なにもかも、なにもかも

 

 μ'sの中で、私だけが、私だけが、私だけが

 

 

 

 

 ───私だけが、何も知らなかった

 

 

 

 

 

 皆が一度は必ず見たことがあった“ユウガさん”という人格を、私だけが見たことがなかった。

 真姫ちゃんのお母さんの話を聞いたみんなは、何かに少しずつ納得していっている様子だった。でも私は違う。

 

 

 知らないことの連続、その知らないことになるほどと頷くみんなが───気持ち悪かった。

 

 

 それと同じくらい───自分が嫌だった。

 

 

 あまりにも何も知らなさすぎて

 

 前しか向いてなかった自覚は十分あって

 

 どれだけ周りが見えてなかったのかを、嫌でも痛感させられて

 

 どれだけ私は───私は……!!

 

 

 ギリッと音が鳴るほど歯を噛み締める。

 

 

 どれだけみんなに迷惑をかければ気がすむのだろう……『ラブライブ!』を辞退に追い込み、ことりちゃんに酷い言葉を投げかけ、挙句μ'sと優真先輩は……!

 

 “優真先輩を助けたい”。その気持ちはもちろん私にもある。でも、その資格は私にはない。

 

 ……今度は、もう誰も悲しませないことをやりたいな。誰にも迷惑かけたくないし、傷つけたくない。

 

 うん、それがいい。

 誰も巻き込まないで、ただひとりで───

 

 

 でも

 

 

 もしこんな私に、ワガママが許されるなら

 

 

 

 もう一度だけ、もう一度だけ─────

 

 

 

 その時、不意に部屋のドアが開いた。

 

 そこに立っていたのは────

 

 

「絵里ちゃん……」

「…いきなりごめんなさいね、穂乃果」

「ううん、大丈夫。座って座って」

 

 テーブル近くにあった座布団を差し出すと、絵里ちゃんは会釈を浮かべてその上に座った。

 

「どうしたの?」

「ううん……ごめんなさいね、穂乃果」

「だから、大丈夫だってば。そんな何回も」

「違うの」

「えっ……?」

 

 絵里ちゃんは申し訳なさそうな瞳で、私を見ている。

 

「『ラブライブ!』勝手に辞退しちゃったこと、μ'sを勝手に活動休止にしちゃったこと……本当は私にそんな権利なんてなかったのに…」

「そ、そんなことないよ……私が辞めるなんて言ったから…」

「……私、ずっと思ってたことがあるの」

「思ってた…こと?」

 

 

「私ね──穂乃果が羨ましい」

 

 

「えっ…?」

「思ったことをすぐ言葉と行動に変えて行ける、まっすぐ前を向き続けていられる貴女の事が、羨ましい」

「そんなこと……」

「貴女は今きっと、自分を責めていると思う。そんな貴女に、私はなんて声をかけたらいいかわからない…でも、私は…私はやっぱり」

 

 絵里ちゃんの表情は、苦しみに満ちていて。

でもその表情の意味を悟ることも、今の私には出来なくて。

 

 

 

「私は───みんなでまたアイドルがやりたい。

 

μ'sの中に、貴女が居ないのは嫌」

 

 

 

「っ……」

「……あの時私の心は、“義務”に囚われてた。そんな私を救ってくれたのは、優真と……貴女よ、穂乃果」

「絵里ちゃん…」

「貴女が私を誘ってくれたから、今の私があるの。自分の殻に閉じこもっていた私を連れ出してくれたのは、貴女。

 

私はあの日──貴女の手に救われた」

 

 絵里ちゃんはそう言いながら微笑み、私に手を差し出す。

 私が絵里ちゃんをμ'sに誘ったのは事実……それが絵里ちゃんを助けることになったって言うけど……私にそんな自覚は全然ない。

 だって私は、みんなに迷惑をかけっぱなしで……

 

 そんな私に、絵里ちゃんの告げた言葉は

 

 

「穂乃果、μ'sに帰ってきてくれないかしら」

 

 

「!!」

 

 

 それは、()()()()()()()()()だとわかった

 

 あの日の絵里ちゃんの目には、私はこんな風に映っていたのかな

 

 差し伸べられた手はまるで───自分を救う救世主みたいで

 

 

 

 ──────でも

 

 もし私に容易くその手を握り返すことができたなら、どれだけ楽だっただろう

 

 

「……ごめんね、絵里ちゃん。やっぱり私は…μ'sには戻らない」

「穂乃果……」

「やっぱり今更だよ。あれだけみんなのこと傷つけて、迷惑かけて……ことりちゃんやにこちゃん…みんなに会わせる顔がないよ」

 

 

 そう、今更なんだよ。

 どんな顔で、みんなの前に行けばいいかわからない。

 

 私が居なくたって、μ'sは────

 

 

 

 ────ガラララ

 

 

 

 再び開いたドア。そしてそこには──

 

 

 

「───優真先輩…?」

 

 

「────よっ、2人とも」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「────よっ、2人とも」

 

 

「優、真……?優真なの…?」

「あぁ。君たちの知ってる、朝日優真だ…って俺今日だけで何回言うんだろうなコレ」

 

 私…絢瀬絵里の質問に、目の前の彼は苦笑いを浮かべながら答えた。

 今、私と穂乃果の目の前に現れたこの人が、“1人目”。私達が知っている“3人目”とは別人…の筈なのに。

 

「……“3人目”にしか見えない、ってか?」

「っ!?」

「そんな顔するなって…みんな同じような反応するからなんとなくわかっただけさ。

……確かに俺は2年半の間、自分の心の中に閉じこもり続けてた“1人目”だ。でも俺の中には君たちと過ごしてきた“3人目”の記憶と人格がある」

「記憶と…人格」

「そ。だから今までみたいに接してくれよな、絵里、穂乃果」

 

 彼はそう言いながらニコリと笑う。

 その笑顔もそう、話し方もそう、本当に今目の前にいる彼は私たちの知っている優真のそれだった。

 

「……ただ1つ言うなら…」

「……?」

 

 

 

「後輩の女の子の家は初めてだから緊張してる」

 

 

 

 突然のカミングアウトに私は思い切り吹き出し、穂乃果も呆気にとられたような顔をしている。

 

「…優真先輩、何回か来たじゃん」

「や、来た記憶はしっかりあるけど俺自身がこうやって穂乃果の…女の子部屋に入るのは初めてっていうか、落ち着かないっていうか」

「貴方、凛の家とか行ったことないの?」

「あれは特別だろ?幼馴染と高校の後輩の女の子じゃ難易度が違いすぎる」

 

 本当に緊張しているのか、彼は部屋の外に立ったまま中に入ろうとしない。そんな彼を穂乃果と私で説得し、彼は恐る恐る私と穂乃果の間に腰を下ろした。今現在私たち3人でテーブルに向かい合っている状態ね。

 

「……で?なんの話してたんだ?」

「………………」

「あれか?絵里の体重が増えたって話か?」

「んなっ……!?なんでそれを…!!」

「お、テキトーに言ったら当たった。そーなの?」

「貴方ねえぇぇ!!」

 

 悪びれる様子も全く見せずに笑う優真に、私は勢いよく掴みかかった。必死な私とは対照的に、優真はケロっと笑って私を軽くあしらう。

 

「女の子にそんなこと聞くなんてありえないわ!サイテー!」

「いーじゃんいーじゃん。どうせ俺μ's全員のスリーサイズも体重も知ってるわけだし」

「えっ!?どうして!?」

「嘘だけど」

「いい加減にしなさああぁぁあい!!」

 

 彼は私をオモチャのようにして遊んで笑う。

 こんな人だった…!?この人、本当に私の知ってる優真なの!?

 

 

 するとその時───

 

 

「───ふふっ、ははははは……」

 

 

 唐突に聞こえた笑い声、その主は───穂乃果。

 すごく久々に、彼女の笑顔を見た。

 それは私の知ってる彼女の明るい太陽のような笑顔じゃなかったけど…それでも確かに、穂乃果は笑っていた。

 

 そんな穂乃果に───

 

 

「その方が君らしいよ」

 

 

「えっ……?」

「黙りこくって俯いてる君なんて誰も見たくない。笑えよ、穂乃果。そっちの方がよっぽど君らしい」

 

 そこまで言い終わると、彼は私の方を向いて、目だけで謝罪を伝えてきた。

 さっきの私とのやりとりは──穂乃果を笑わせるために……?

 

 その時思った。

 あぁ、やっぱり目の前の彼は──朝日優真だと。

 

 その嬉しさに少しだけ微笑むと、私は少し机から身を引いて2人が話しやすいような状況を作る。

 私の言いたいことはすべて言い終わった。

 だからあとは───彼に託す。

 

 そんな心持ちで私は、今から始まる2人の会話を眺めていた。

 

 

「……穂乃果、あの日はごめんな。君に酷いこと言ってしまって」

「……優真先輩は悪くないよ。実際その通りだったし」

「そんなことない」

「っ……」

 

 穂乃果の言葉にノータイムで否定の言葉を被せた優真。その目からは穂乃果と向き合おうという意思が強く伝わってくる。

 

「確かにことりちゃんを責める君の言動は間違えていたかもしれない。でもそれを言う必要はなかったし、何よりその後の俺の言葉は何もかも間違ってる」

「……どこが?」

「だから何もかもだよ。そもそも俺たちが『ラブライブ!』に出られなくなったのは君のせいじゃない。あれは俺たち全員の責任だ。

 

“お前がいなければμ'sはあんなことにはならなかった”

 

なんて、馬鹿げてるにも程がある。

そもそも“君がいなければ、μ'sは存在しなかった”のに。……俺のめちゃくちゃな発言で君を傷つけてしまったこと、本当にごめん」

 

 そこまで言い終わると、優真は深く頭を下げた。

 そんな優真を見て穂乃果は困惑したようにあたふたするばかり。

 

「そんな…!顔あげてよ優真先輩!あれは私が」

「……穂乃果、こんな俺が言うのもおかしな話かもしれないけど。

 

───μ'sに、戻ってきてくれないか。

 

μ'sには、君が必要だ」

 

「……私は、もうアイドルは…やらない。音ノ木坂の廃校が無くなって、『ラブライブ!』にも出場できなくなった私達…私にはもう、“歌う理由がない”よ」

 

 

「────本当にか?」

 

「えっ…」

「穂乃果、君は何のためにアイドルを始めた?」

「……廃校を、阻止するため…」

 

「違う」

 

「えっ……?」

「俺も忘れてたよ。君がそんな理由でアイドルを始めたのなら、俺はあの日君たちと一緒に頑張ろうなんて思わなかった。

 

もう一回聞くぞ。思い出せ、穂乃果。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………」

 

 優真の問いに答えられない穂乃果は、困り果てて口を閉ざしている。

 実際そうじゃないの…?だって私たちは今まで音ノ木坂の廃校を阻止するために……

 

「本当にわからないのか?」

「……だって…」

「廃校阻止は、“目的”だろう?君がアイドルを始めた理由は、そんな崇高なものじゃなかったはずだ」

「………………」

「なぁ穂乃果」

「……?」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

俺だけじゃない。

絵里に『どうして辛い練習に耐えられるか』聞かれた君は、()()()()()()()()()?」

 

 

「「っ!!」」

 

 

 そうだ。

 

 忘れてた。

 

 あの日穂乃果が言ったのは。

 

 穂乃果を突き動かす原動力は。

 

 

 

 

 

 

──『どうして……そこまでスクールアイドルを…?』──

 

 

──『……あれだけ私に酷いこと言われて、どうしてまだ前に進もうとすることが出来るの?』──

 

 

 

 

『へへっ』『そんなの決まってるじゃないですか』

 

 

 

 

 

 

 

   ───『『やりたいからです!』』───

 

 

 

 

 

「……あぁ……あぁぁ…」

「……思い出したか?」

「そうだ、そうだった……私…」

「そう。君がアイドルを始めたのは、“『ラブライブ!』で優勝するため”なんかじゃない。

“廃校を阻止するため”でもない。

 

──ただ、君がアイドルを“やりたかったから”。

 

そんな君の眩しさに心を動かされたから。だからあの日、俺は君達と一緒に戦うことを決めたんだ。

“歌う理由がない”?そんなもん、“やりたいから”でいいじゃないか、あの時みたいに。

 

“やりたいことを、やりたいようにやる”。

 

……こんな当たり前で大切なことを、俺は君から教わった」

 

「優真、先輩っ……」

「穂乃果、()()()()()()()()

君の───やりたいことは?」

 

 優真の問いかけに、目を見開いたまま固まる穂乃果。やがてその空色の瞳はユラユラと揺れ……同色の雫をポトリ、ポトリと落として行く。

 

 

「私は……私はっ……!」

 

 それまで小さく、“らしく”なかった彼女の声に、今“意志”が宿る。

 

 

「歌いたい…!ことりちゃんと、μ'sのみんなと、もう1度あのステージで!!

理由なんか要らない、廃校阻止なんて名目も要らないっ…!!

もう一回、みんなであの場所に立ちたい!!

 

もう一回、みんなでアイドルを────っ」

 

 

 彼女の決意は、自身の止めどなく流れる涙によって遮られてしまう。そんな悲痛な様子を見た優真は、今日見たどの時よりも真面目な顔で、穂乃果の目を見る。

 

「……大丈夫。君はそのやりたいことにひたすら突っ走っていけばいいんだ」

「……でも、私がそんな風だったからこの前も」

「大丈夫だ」

「えっ……」

 

 

 

「大丈夫。()()()()()()()、俺が居る」

 

 

 

 『大丈夫』。言い聞かせるように優真は穂乃果に語りかける。

 

「もう俺は、どこにもいかない。“変わるため”なんかじゃない。君たちとずっと歩むために、俺は君たちを支え続ける。

“穂乃果”っていう俺たちの“勇気”を、もう途切れさせたりしない。

君がくれる“勇気”が、俺たちにどれだけ力をくれていることか。

だから穂乃果。これからもその勇気で、俺たちを照らしてくれ。君が前を向いて突っ走ってくれるその後ろ姿が、俺たちの原動力(チカラ)になるから」

 

「優真………ゆ、うま、せん輩……っ」

 

 ボロボロと伝う涙を拭うこともせず、ぐしゃぐしゃになった顔で穂乃果は優真の名を呼ぶ。

 そんな穂乃果の頭に、優真は手を乗せて撫でながら優しく笑った。

 

「君は今回のことで、“後ろを振り返る”ことを覚えた。だからもう同じ間違いなんて起こさない。起こしそうになっても、俺が止めてみせる。

そのために俺がいる。

 

だから穂乃果────“もう1回”、始めよう」

 

「いいの……?私は……もう1回、アイドルを始めても、いいの……?」

 

 

 ここ──────!

 

 

「穂乃果……これを見てくれるかしら」

 

 私はケータイを取り出し、“とある動画”を穂乃果に見せた。

 

 それは彼女の───“希”のお願い。

 

『穂乃果ちゃん……』

「…花陽、ちゃん?」

 

 そう、これは。

 メンバー1人1人の思いを乗せた、穂乃果へのコトバ。

 

『私は…μ'sが好き。このままなくなっちゃうなんて絶対イヤ…!だから、帰ってきて、穂乃果ちゃん!穂乃果ちゃんの居ないμ'sなんて……っ!』

 

 花陽は堪えきれずに、そこで泣き出してしまう。そんな花陽と入れ替わって画面の前に現れたのは……

 

「凛ちゃん……」

『凛は……穂乃果ちゃんが居た方が楽しいな。だから穂乃果ちゃん……待ってるよ?』

 

 優真の話を聞いてショックを受けている凛に、普段の元気はほとんど感じられないものの、それでも彼女は健気に穂乃果へと告げる…自らのその思いを。

 そんな凛と変わって現れた彼女の表情は、決して笑顔ではなかった。

 

『穂乃果』

「っ……にこちゃん…」

『私はアンタを許したわけじゃない。あのとき私が言ったことに間違いはないと今でも思ってる。

────()()()()()、早く戻ってきなさいよ』

「…!!」

『まだまだ私はアンタに文句言い足りてないのよ。帰ってこないと文句の一つも言えやしないじゃない。

 

────アンタが始めたμ'sでしょ?さっさと戻ってきなさい』

 

 にこは終始トゲトゲしい口調で喋っていたけど、その言葉には確かな温かみが感じられた。穂乃果に怒りを感じながらも、内心穂乃果が心配で気が気じゃないことが見て取れる。

 次に画面に姿を現したのは、真剣な眼差しでこちらを見つめる赤髪の少女。

 

「……真姫ちゃん」

『……私はあなたに感謝してる。感謝なんて言葉じゃ、言い表せないほどに。あの日あなたが居なかったら、私はμ'sには居ない……きっと自分の2つの夢に板挟みになったまま、潰されてた。

 

私をμ'sに連れてきたそんなあなたが、μ'sに居ないのはおかしな話じゃないの?』

 

「……」

『あなた言ったじゃない。“もうひとりじゃないよ”って。そんなあなたが1人になろうとしてどうするのよ。

あなたの側には私が──私達がいる。あなたは“ひとり”なんかじゃない。

変な意地張ってないで、さっさと帰ってきなさいよ』

 

 不機嫌そうなまま言葉を言い終えた真姫は、最後僅かに…確かに微笑みを残して画面から消えた。

 そして次に現れたのは、穂乃果の大切な幼馴染。

 

 

『……穂乃果』

「っ…!海未、ちゃん……」

『あなたは今自分自身を責めていると思います。

ですがそんな必要はありません。

私達は待っています。あなたがμ'sに戻ってくるのを。

そしてもう一回始めましょう。もう一回、“9人”で』

 

 海未は笑っている。しかしその笑顔は弱々しく、誰がどう見ても作り物だとわかる。

 そして次の瞬間───

 

 

 

『──また3()()()、歌いましょうね』

 

 

 

「っ────────!!!」

 

 穂乃果はこの言葉をどう受け取ったのかしら。

 親友が、自分ともう一人の親友の事を思って放った言葉……“涙と共に”放たれたその言葉を。

 

 ───海未だって、本当は受け入れられていない。ことりが遠くに行ってしまうというその事実を。

 

 海未は、知っていた。

 ことりが留学してしまうことを、μ'sの中でただ1人だけ。

 

 海未は、気づいていた。

 自分の気持ちに。ことりに“行って欲しくない”というその気持ちに。

 

 それでも海未は───言えなかった。

 大切な幼馴染を思うが故に、彼女は自分の思いを、殺した。

 

「海未ちゃん…ことりちゃん…………っ!」

 

 動画はここで終わり、全てをみ終えた穂乃果は再び涙を流し始める。

 

「私、もっ……私、だって……!」

 

 涙で途切れ途切れになる言葉。

 

 

 

「ずっと、一緒に居たいよぉ……なんでっ、何で行っちゃうの……なんで何も言ってくれなかったの……ことりちゃんっ、ことりちゃぁん……」

 

 

 

 今日何度目かになる穂乃果の嗚咽。

 しかし今の言葉は、私たちの胸をきつく締め付ける。

 

 どうやら私達が思っていた以上に、ことりが“話してくれなかった”という事実は、穂乃果の心に大きな傷をつけていたみたいで。

 ことりは穂乃果を思うが故に留学の話を告げなかった。だからあの時『どうして言ってくれなかったの』と憤った穂乃果の言葉は、優真の『ことりの気持ちを考えろ』という言葉に収束される。

 

 ─────逆もまた然り

 

 穂乃果からしたら、盛大な裏切り行為に見えたはず。もう1人の幼馴染の海未は知っていて、自分だけが知らなかったのだから。ことりが留学するという、深刻すぎるその話を。

 

『あぁ、自分は信頼されてなかったんだな』と

 

 そんなふうに考えてしまっても無理はない。

 穂乃果の気持ちを考えると、言って欲しかったに決まってる。例え自分がどれだけ他のものに熱中していたとしても、一言言ってくれれば。一言言ってくれるだけで、穂乃果は冷静さを取り戻していたかもしれないのに。

 

 穂乃果はことりのことが見えていなかった。

 

 ことりは穂乃果のことを思っていたけれど、穂乃果の気持ちが見えていなかった。

 

 

 見えているようで、互いの事が何も見えていなかった2人。

 

 

「……で?どうするんだよ、穂乃果」

 

 未だに泣き止まない穂乃果に、優真がそっと声をかける。

 

「……どうしようもないよ…だってもう、ことりちゃんは……」

 

 

「──どうしようもなくなんてないッ!!」

 

 

「「っ!?」」

 

 突如声を荒げた優真を見て、私と穂乃果は思わず身じろぎしてしまった。

 

「優真…?」

 

「まだことりちゃんは“行ってない”。ここにいるんだろうが。何もしてないのに、はなっから諦めてんじゃねぇよ!!

 

───“往ってしまったら”、本当に何も伝えられなくなるんだぞ

 

それでいいのかよ……!!」

 

「……!」

 

 苦しそうに絞り出された言葉は、彼の過去を聞いた私たちにとって重すぎる言葉だった。

 “彼”と“彼女”は、互いに何も伝えられなかったのだから。

 

 

「手遅れなんかじゃない。まだ取り戻せる…!

だから穂乃果───()()()()()()()()

 

「……向き合、う」

 

 

「向き合え…!ことりちゃんと、海未と、自分自身と!ぶつかって、言い争って、ありったけの思いをぶつけて───運命なんて、捻じ曲げてみせろッ!高坂穂乃果!!」

 

 

 穂乃果の両肩に手を乗せながら、彼は懸命に穂乃果に語りかける。

 しかしその言葉は私には──優真が自分自身に言い聞かせているようにも思えて。

 穂乃果を“あの時の自分”と重ね合わせているのか、それとも……

 

 しばらく黙りこんだまま固まっていた穂乃果。しかし不意に、その目に“光”が宿った。

 

 

「───そうだよね」

 

 静かな声、しかし芯のある確かな声

 

「───まだ何も、終わってなんかない」

 

 俯いて沈んでいた彼女の面影と

 

「諦めるには───早過ぎる!!」

 

 私達に勇気をくれる彼女の面影が今

 

 

 

「私はもう、絶対に諦めない!!また9人全員でステージに立ちたいっ!!

“変わってみせる”……“変えてみせる”!!

 

だから絵里ちゃん、優真先輩!

 

───私を、μ'sのメンバーに入れてくださいッ!!」

 

 

 重なった

 

 

 彼女の宣言に私はニコリと笑い、ただ一言。

 

 

 

「────μ'sに、ようこそ」

 

 

 かつて穂乃果が私にそう言ってくれたように。

 穂乃果は私の笑顔を見て、再び瞳を潤ませ始めた。

 そして優真は───

 

 

「────おかえり、穂乃果」

 

 

 その言葉を受けた穂乃果は

 

 

「うぅっ…うわぁぁぁぁぁん、ぃえりち゛ゃぁん、ゆうばぜんばああああああい!!」

 

 再び泣き出しながら、優真の胸へと飛び込んだ。

 

「うわっ、汚ねっ!!鼻水、穂乃果鼻水!!つくつくつくつく!!」

「ぁぁぁぁぁ…ありがと、ありがとぉぉぅ……」

「あーもう泣くな泣くな!!おい絵里、笑ってねぇでどうにかしろよこれ!!」

「ふふふふっ…あははははは!」

 

 泣いている穂乃果、慌てふためく優真、それを見て笑う私。

 

 

 ふと何気ないこんなところに私は

 

 

 “私たちの日常”が、戻ってきたことを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……こんな時間まで悪かったな、穂乃果」

「ううん!大丈夫。2人ともありがとね!」

 

 あれから私と優真は穂乃果が泣き止むまで、ずっと彼女の側にいた。気づけばもう時刻は20時を超え、真夏といえどももう外は暗色に染まっている。

 

「……じゃあ“また明日ね”、穂乃果」

「うん!“また明日”!」

 

 私が来た時からは想像もつかないほど輝いた笑顔で、穂乃果は笑う。

 その笑顔に嬉しみを覚えつつ、私と優真は部屋のドアへと振り返る────

 

 

「────優真先輩!絵里ちゃん!」

 

 

 呼び止められた私たちは、再び穂乃果の方を向く。するとそこには、私達に拳を突き出し、不敵な笑みを浮かべる穂乃果の姿が。

 

 

 そして彼女は謳う、高らかに

 

 

 

 

 

「──私、やっぱりやる!やるったらやる!!」

 

 

 

 

 

 その笑顔は、今まで見たどんな瞬間よりも、眩しく輝いて

 

 あぁ、()()()()()と、心の底から安堵した

 

 そして私の隣に立つ少年もまた、拳を突き出して

 

 

 

 

「始めよう!ここから、もう一回!」

 

 

 

 

 その笑顔は、私が過ごした2年間で一度も見たことないものだった。

 それでもその笑顔は、不思議と私に安らぎをくれて。

 

 

 

 ────大丈夫。

 

 

 μ'sは絶対、もう一度“始まる”。

 

 

 だって今、私達の“2つの太陽”は、こんなにも輝いているんだから。

 

 

 

 

 

 




太陽“達”、復活!
本編でも触れましたが、μ'sの中で穂乃果だけは“ユウガ”を見たことがありませんでした。このことに気づいていた方、いらっしゃいますか?
優真と穂乃果が復活し、少しずつ元へと戻り始めたμ's。
そして次は──

さて、今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【朝日優真の答 I 】トモダチ

69話 【朝日優真の答 I 】 トモダチ

 

 

 すっかり暗くなってしまった帰り道。

 私…絢瀬絵里は優真と2人で夜道を歩いていた。

 夜遅いからと優真が私の家まで送ってくれてる。

 しかし今の所…会話は全くナシ。なんとなく気まずさを感じてしまって口を開くのを躊躇ってしまう。

 

 ……隣にいる彼もそうなのかしら。

 

 私の歩調に合わせて歩いてくれている彼をチラリと横目で見る。

 

 朝日優真。

 

 心に傷を負い、己の心の中に長い間身を潜めていた……“1人目”。

 もし1人目が私達の知っている優真(“3人目”)と違っていたらどうしようと思ったけど……さっきの穂乃果との話を聞く限り、そんな心配は全くの無用だったみたい。

 

 彼が戻ってきてくれた。

 

 それだけで私の心は、こんなにも温かくなる。

 

 そしてその度に───自覚する。

 

 

 

 ────私は優真が、大好きだって

 

 

 

 希と同様に…いや、それ以上に私を理解してくれて、私が辛いとき、いつも私に手を差し伸べてくれて。中学校まで“空っぽ”だった私の心に、数え切れないほどの出会いと思い出をくれた貴方が──私は、大好き。

 

 そんな彼に感謝を伝えようと、私は意を決して口を開く。

 

 

「──ねぇ、優真」「──なぁ、絵里」

 

 

 突如重なった声。それに驚いた私達は立ち止まり、互いの顔を見合わせ───笑った。

 

「……何言おうとしたの?」

「いや、君から言いなよ」

「優真から」

「や、絵」

「そ・っ・ち・か・ら」

「……わかったよ、ったく…」

 

 私の強情な押しに負けた優真は、渋々といった様子でため息を吐いて歩き出した。

 私もそれに合わせて歩き出す。

 

「……改めて今まで黙っててごめんな」

「もういいのよ。こうして貴方が帰ってきてくれたんだから。あと、“この前のこと”で謝るのもなしね。μ'sのことは皆の責任だし、貴方は今こうしてμ'sを取り戻そうとしてくれているんだから」

「……お前エスパーかよ」

 

 図星だったみたい。謝罪を先読みされて釘を刺された優真が顔を引きつらせた。

 

「……貴方の考えてることくらいお見通しよ?だってすぐ表情に出るもの」

「そんなにか?」

「えぇ。私がわかるくらいだから凛や花陽……希なんかはすぐわかるんじゃない?」

「………………かもな」

 

 不自然なほど空いた間。

 『凛』、『花陽』、『希』。どの名前に反応したかはわからない。ただわかったのは、“何かがあった”ということだけ。

 

 ……推測の域を出ない話だけど。

 

 希が、()()()()()()()()()()

 

 凛とことりは、()()()()()

 希からの“お願い”の時に皆はそれを聞いた。

 そして彼はこの気持ちに、答えを出すことになる。

 

 もし彼が私達の中から誰かを選ぶとするなら、必然的に他の人の思いを、“自らの手で終わらせる”ことになる。

 そして誰よりも優しい彼は、自分自身も傷ついてしまうはず。

 そんな選択をさせるような行動を、あの希がとるかしら……?

 

 そして私も───迷っている。

 彼に自分を傷つけるような選択をさせることは、正しいのかしら。

 何より、彼に傷ついて欲しくない……

 

「俺の話は終わり。ほら、次は絵里の番だぞ」

「えっ……あぁ、うん」

 

 ……改めて伝えるとなると急に緊張してきた…

 

「……絵里?」

「ちゃ、ちゃんと言うわよっ…あ、ありがとね」

「え?」

「だから、ありがとう」

「いや、何が?」

「何がって…それは……」

 

 

 

 μ'sを取り戻そうとしてくれていること。

 

 穂乃果を救ってくれたこと。

 

 いつも私達を助けてくれること。

 

 私に居場所をくれたこと。

 

 私に思い出と、恋をくれたこと。

 

 

 

 

 

 ────それら全ての、始まりのありがとうは

 

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……」

「あの日貴方に出会えて、私の運命は変わった。他にもたくさん貴方に感謝してることはあるんだけど……やっぱりそのすべてに繋がるのは、あの日優真が私と友達になってくれたことだから。あの日があったから、私は変われた」

 

 先程の緊張など忘れ、私は今初めて心の中に秘めていた感謝を彼に告げた。

 そんな私の思いを聞いた彼は───

 

 

「───お礼を言うのは俺の方だよ」

 

 

「え……?」

「……一回も言ったことなかったけど、俺は絵里に感謝してた。自分を変えたかった俺が、1番最初に出来た友達だったから」

「……優真」

「絵里は俺に、きっかけをくれたんだ。だから俺にとって絵里は───特別で、大切な人だよ」

 

「い、いきなりどうしたのよ、優真」

 

 突然の誉め殺しに、自分の顔が赤くなっているのがわかる。

 嬉しいけど、恥ずかしい。

 

「……だからさ、絵里」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に笑顔で頷きかけて───気付く

 

 

 その言葉に秘められた、()()()()()

 

 

 その意味を悟った瞬間、私は思わず立ち止まって優真の方を見た。その様子に気付いた優真もまた私の方を振り向く。

 

 彼は、笑っていた。

 苦しそうに、悲しそうに、困ったように。

 

 その笑顔が、答えだった。

 

「……どうして…“知ってる”の……?」

「……確信はなかったよ。でも今の言葉の意味が伝わったなら、そういうことなんだね。勘違いなら勘違いで良かったし、むしろ……」

 

 優真はそこで言葉を切り、俯いてしまった。

 

 

『これからもずっと、友達のままでいてくれ』

 

 

『友達のままで』

 

 

 この言葉はつまり──

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「……絵里、君の気持ちは、すごく嬉しい」

「……待ってよ…!」

「でも俺は」

「待ってってば!!」

 

 なおも言葉を続けようとした優真を、私は無理やり遮った。

 

「こんなの……おかしいわよ…だって私は、私はまだ何も……っ!」

 

 私はまだ、何も伝えてない。

 まだ何も、伝えてないのに。

 

 こんな……こんな形で……っ!

 

 “恋の終わり”を予感した私の心は今、見えない何かに締め付けられているかのように痛む。

 この痛みの正体が──()()()だと気づくのにそう時間はかからなかった。

 

 本当の痛みにすら錯覚させられたその痛みに、私は思わず俯いて胸を押さえた。

 先程まで私の心を温かく包んでくれていた思い出が今、冷たく私の心に襲いかかる。

 

 不意に視界が揺らいでいくのを感じた。

 悲しみ、苦しみ……私を襲う感情の全てが、その痛みを取り除こうと液体へと変わっていく。

 

 ───駄目、今泣いたら止まらなくなる……!

 

 そんな思いに駆られて私は顔を上げ──見た。

 

 私を見る彼の、その瞳を。

 

 

「……ふふっ」

 

 

 思わず小さく吹き出してしまった。

 溢れかけた涙も引っ込んでどこかへ行ってしまったみたい。

 

 怪訝な顔を浮かべている優真に、私は言う。

 

 

 

 

「もう……()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「えっ…………」

 

 どうやら私の指摘を受けて初めて、優真は自分の瞳を伝っている涙に気づいたらしい。

 “自分が泣いていること”を自覚した瞬間、彼はその表情を、少しずつ…泣き顔へと変えていった。

 

「………ごめんっ、絵里…ほんと、ごめん……」

 

 申し訳なさそうに、辛そうに絞り出されたその言葉は、私の胸へと突き刺さる。

 『泣いて謝るくらいなら──』。思わず出かけた言葉を寸前で止め、私は苦笑いを浮かべる。

 

 ──本当、どうしてこんなにも優しいのかしら

 

 彼が泣いている場面といえば、あのときを思い出す。穂乃果たちが講堂で初めてライブをしたあの日。私と希も絶望に打ちひしがれる彼女たちを見て辛かったけど……彼だけは、“泣いていた”。

 それは自分自身への悔しさもあると思う。

 でもそれ以上に、彼が涙を流した理由は…

 

 

 ───彼女たちの痛みを、まるで自分のもののように感じたから。

 

 

 人の心境を察し、読み取り、自らも同じように“感じる”……。

 どれほどの優しさが、彼の心に根付いているのかしら。私には全く見当がつかない。

 

 “人のために涙を流せる”ことは、とても素晴らしいこと。

 

 今優真が涙を流しているのはきっと……“私の苦しみ”を、感じてしまったから。私が傷つくことをわかって、なおその選択を取ってしまった自分に、憤りを感じているから。

 

 

 

 ───ほんと、バカね

 

 

 

 私は彼の身体を正面から優しく抱きしめた。

 

「……泣きたいのは私の方よ、全く」

「ごめん……ごめん……」

「答えは、決まってるんでしょ?じゃあ後は……“私が言うだけ”、ね」

「っ……!」

「いい?優真。これから貴方は、他の子達の思いとも向き合わなきゃならない。

たとえそれで貴方がどんな選択をしたとしても。

 

──()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

「私達は、貴方にそんな顔をして欲しくて想いを告げたわけじゃない。貴方にそんな顔されたら…余計に傷ついちゃうわよ。

 

本当に苦しいのは、貴方じゃなくて、振られる側なんだからね」

 

 

 優真は私の言葉を、鼻を啜りながら無言で聞いている。そんな彼の背中をさすりながら、私は言葉を続けた。

 

 

「泣くのはもう……私で最後にしなさい?

私達が1番嫌なのは、貴方が悲しんだり、苦しんだりすること。

私達は、『貴方に幸せになってもらいたい。あわよくばその隣に立つのは、自分がいい』……そんな思いを貴方に押し付けてるだけ。

こんな私達のワガママで、貴方が苦しむことなんてないのに」

「……でも、それで、俺が…」

「それで貴方を責めたりする人なんて誰もいないわ。貴方が幸せになる決断をしてくれるなら、それより嬉しいことなんてないもの」

 

 

 私の言葉は、優真に響いているかしら?

 

 

「……私はもう、充分よ。私は優真から、充分すぎるほどたくさんのものをもらったわ。これ以上欲しがっちゃったら、神様に怒られちゃうかもしれないっ」

「絵里……」

「だから優真……()()()()()?」

「っ!!!」

「私の()()()()()()()()()()

「………………な…ん…」

 

 

 ──少し言い方が意地悪すぎたわね。

 

 この後に及んで、私はまだ祈ってる。

 

 ───“覆れ”、と。

 

 私の話を聞いた彼の思いが、変わるんじゃないかって。

 

 そして私は優真から身体を離し、その目をしっかりと見つめて────

 

 

「───優真」

「絵里っ、待」

 

 

 

 

 

 

 

 

「───私は貴方の事が、好きよ」

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

「答えて」

 

 私の瞳に映る彼の表情は、なんとも形容し難い。

 困ったというよりも……迷っている…?

 この間にも、彼の瞳からは涙が溢れ続けていて。

 

 何分経ったのかしら。もしかしたら1分も経ってないかもしれない。それぐらいこの沈黙は私にとっても辛いものだった。

 

 

 そして

 

 彼は答えを、導きだす─────

 

 

 

 

「──ごめん絵里。君の気持ちには応えられない」

 

 

 

「……そっか。うん、わかった。でも1つだけ、約束してね」

「……?」

 

 

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……!」

「貴方が言ったのよ?……だから優真」

 

 

 

 言わなきゃ

 

 精一杯の笑顔で

 

 彼の背中を、押すように

 

 それが私の──

 

 

 

「───これからもずっと、友達で居てね」

 

 

 

 ちゃんと笑えてるかしら?

 

 そんな心配をしていたけれど

 

 

「……あぁ、ずっと友達で居ような」

 

 

 貴方が初めて笑ってくれたから

 

 きっと大丈夫ね

 

 

 そして私は、彼の頭に手を乗せる。

 

 彼がいつもそうするみたいに。

 

 

 

「────幸せになっ……てね」

 

 

 

 ダメよ堪えなきゃ

 

 今泣いたら、すべてが台無しにっ……

 

 そんな私の様子を見た彼は、私の頭をそっと抱き寄せ、呟く

 

 

「ありがとね、絵里。俺はきっと──」

「ん……?」

「……んーん。何でもない。ほら、帰ろっか」

 

 優真は私から手を離すと、振り向いて歩き出してしまった。最後の呟きは、あまりにも小さすぎて私には聞こえなかった……いや、聞かせるつもりじゃなかったのかもしれない。

 

 一足遅れて、私も優真を追いかけ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「こんな遅くまでごめんな」

「ううん。送ってくれてありがとうね」

 

 歩くこと5分ほどで私の家の前に着いた。

 その間会話も普通に出来て、至って普段通りの私達のままでいれた。

 ……想いを伝えて断られたとは、到底思えないくらいに。

 

「……じゃあ、“また明日”ね。優真」

「おう、“また明日”な、絵里」

 

 最後笑顔でそう告げて優真は帰り道を歩き出した。

 

 しかし彼は突然立ち止まり───

 

 

「────絵里」

「ん?どうしたの?」

 

 

「───体重、減るといいな」

 

 

「余計なお世話よっ!!」

「はははっ。それじゃあね」

 

 謎の言葉を残して、優真は今度こそ歩き去って行った。

 その後ろ姿を見送り終えてから、私はフッと息を吐く。

 全くもう……何を考えているのかしら。

 そんなことを考えながらドアノブに手を伸ばし触れた瞬間────

 

 

『─────“またね”。朝日くん』

 

 

 声が、聴こえた

 

 

「っ!?」

 

 思わず後ろを振り返るも、そこにはやはり誰もいない。

 

 

『─────おう、“またな”絢瀬』

 

 

 声は頭の中で響き続ける。

 しかしその声は、酷く聞き覚えがあって。

 

 

 あぁ、そうか

 

 この声は────

 

 

 

 ───()()()()()()()、か

 

 

「…………はは」

 

 

『大丈夫、お前は“変われる”。

 

“変わりたい”って意思があれば、絶対に』

 

『────言っただろ

 

俺はお前の味方だって。

なんだってしてやるって』

 

 

「…………ふふふ、あはは…」

 

 頭を巡る思い出を感じながら、私は笑う。

 それは私にとって大切な思い出。

 私を形作ってくれた、心の支え。

 

 

「ははっ、はは…………ぁぁ…」

 

 

 そんな思い出と共に

 

 私は恋の終わりを噛み締めた

 

 

「……っ…ぅぅ……は……ぁぁぁぁ」

 

 

 私がもっと早く伝えていれば

 

 こんなことにはならなかったのかしら

 

 あのとき、ああしていれば

 

 このとき、こうしていれば

 

 そんな後悔が、心の底から込み上がる

 

 

 

「ふふっ……っ……うぅ……うぁぁ……」

 

 

 

 込み上がった後悔は(ナミダ)となって溢れ出し、私の頬を濡らしていく

 

 

 

『君が辛い時俺は絶対君の力になる

 

そのために、俺にできることならなんだってしてやるよ────

 

─────友達、だからな』

 

 

 知らなかった

 

 恋がこんなに苦しくて、切ないものなんて

 

 こんな気持ちになるなら、恋なんてしたくなかった

 

 そう(うそぶ)いてみたけれど

 

 

「───っぐ、あぁ、ああぁぁぁぁ……」

 

 

 やっぱりダメ

 

 この気持ちに、嘘は吐けなくて

 

 そんな簡単に捨てられるわけもなくて

 

 私はただただ、涙を流すしかなかった

 

 

 

 ────でも。

 

 私は、約束した。

 

 “彼とずっと友達でいる”と。

 

 だから、私は言おう、この言葉を。これで終わろう。泣くのも、後悔も、全部。

 

 また明日”も、優真と笑顔でいるために。

 

 

 

「────()()()()、優真」

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 絵里の家を去った俺は、ゆっくりと帰り道を歩いていた。

 考えているのはもちろん、先程のこと。

 

 

 ────終わらせた。

 

 

 俺の手で、彼女たちの想いを、1つ。

 それは俺の想像を遥かに超えるレベルで辛く、苦しいものだった。

 俺のせいで、彼女達は傷つくだろう。

 そんなことを思ってしまうと、やはり俺は最低な奴なんだと自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 しかし彼女は……絵里はそんな俺に言った。

 “俺に傷つく資格はない”と。

 至極その通りだと思う。本当に苦しいのは彼女たち自身で、その苦しみは俺なんかの比じゃないはずだから。

 絵里だって、苦しんでいたはずなのに涙さえ見せずに俺を叱咤してくれた。

 

 

 

 だから俺はもう、泣かない。

 

 彼女たちを傷つけることから、“逃げない”。

 

 全員の思いと、“向き合う”。

 

 俺は今日、改めてそう誓った。

 

 

 

 絵里の想いに気づいていたかと言うと、そうじゃない。ただ“(1人目)”は、2年半の間()()()()()()。当事者としてじゃなく、傍観者として自分(“3人目”)と触れ合う絵里の姿を。

 だからこそ何となくそんな風に感じていた。

 勘違いなら勘違いで別に良かった。

 

 

 ──寧ろ、勘違いであって欲しかった

 

 

 だって───

 

 

 ふと視界に、季節外れの落ち葉が目に入った。

 

 俺はその黄色い落ち葉を拾い上げ、呟く

 

 彼女に伝えられなかった、俺の想いを

 

 

 

 

「───ごめんな、絵里。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 花陽との対話の後、俺は己で“答えを出した”。

 

 その中で、気づいてしまったんだ。

 

 

 俺には、()()()()()2()()()()

 

 1人は、俺に想いを告げてくれた人の中に

 

 そしてもう1人は、彼女

 

 

 

「───でもどちらか1人を選べと言うのなら

 

俺が選ぶのは、君じゃない」

 

 

 

 云えなかったその言葉を、俺は落ち葉に呟き続ける。

 卑怯だ、俺は。

 此の期に及んで俺は絵里に全てを伝えることなく終わらせて。

 そんな思いも確かにあるけど。

 

 

 “コレ”を告げることが正しいことだったのか?

 

 否、言ったところで、絵里を傷つけるだけだろ

 

 “好きなのに応えられない”なんて酷すぎるから

 

 この痛みを背負うのは──俺だけでいい

 

 

 

 そして俺は手のひらの落ち葉を優しく握り、空へと放り投げた。

 

 

 

「─────()()()()

 

 

 

 

 

 ありがとう、絵里

 

 

 

 

 俺の──────大切な、()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日、“2つの”恋が終わりを告げた

 

 

 

 

 

 




今回は『やりきった』という気持ちが大きいです。
非常に悩み、考えて生み出したこの結末を採用するか迷うこともありましたが、これが彼と彼女の未来です。

次回投稿はリアルの関係で少々遅れてしまうと思います、申し訳ございません。

それでは今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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ツナグキズナ

お久しぶりです。
リアルが落ち着いて書ける時間が出来てきたのでゆっくりと更新していきたいと思います!
後書きにお知らせがあるのでそちらもよろしくお願いします!


70話 ツナグキズナ

 

 

 次の日。

 俺はとある公園である人物を待っていた。

 

 ──俺の隣で佇む、屈強な偉丈夫と共に。

 

 

「……サトシ」

「……なんだ?」

 

 サトシは俺の呼びかけに返事をしたものの、いつもの快活な明るさは何処へ、俺の方を向くことはない。

 

「……来てくれてありがとな」

「なんだ、そんなことか。全然構わないぜ」

「それと」

「『黙っててごめんな』、か?」

「……!」

 

 図星を当てられ言い淀んだ俺を見てサトシはフッ、と笑いながら言う。

 

「なーに気にすんな!人間1つや2つ言いたくないことなんてあるに決まってる!全然気にしてなんかないぜ!」

「サトシ……」

「……ただ」

「ん……?」

 

 

「───()()()()()()()()()っていうのが、俺のワガママだ」

 

 

「……」

「俺はお前を親友だと思ってる。だからこそお前が悩んでるなら、力になりたかった」

「サトシ…」

「信用してる、してないの問題なんかじゃないって心ではわかってるつもりなんだ。でも俺は……知ってたから。お前になにがあったかを」

 

 ……こんな顔を、させるなんて。

 サトシは…俺の大切な親友は、今俺のためを思い、その表情を苦しそうな笑顔へと変えている。

 

「……俺は1年の冬からずっと見てきた。過去に囚われたお前が、自分自身を変えるために誰かと触れ合い、ボロボロに傷ついた心を癒していく様を。お前なりの優しさで、誰かを救っていくその姿を。お前は、少しずつ変わっていってるって。そう思ってた。

でもそれは……間違い、だったんだな。変わっていたのは“お前(1人目)”じゃなくて、“3人目”。それじゃあ本当にお前自身が変わったなんて言えない」

「……」

 

 

「でも、それで1番苦しんでたのはお前だろ?」

 

 

「…!」

「自分が抱えてる矛盾に、お前が気づかないはずがない。それなのに俺は何も気づいてやれなかった……お前はきっと、心の中でずっと悩んでいたはずなのにっ……!」

 

 苦悶の表情を浮かべて拳を強く握りしめるサトシ。

 ……そんなに俺のことを、大切に思ってくれてたなんて。

 

「……サトシ」

「ん…」

 

 

「───俺を殴れ」

 

 

「え?」

「いいから、俺を殴れ。お前の俺への不満乗せて。本気で」

「……でも、お前」

「俺に思うことが色々あるんだろ?もうこの際、全部ぶつけてくれ。そしてお前と───もう一回、“始めたい”」

「……いいんだな?本気で行くぜ?」

「おう。ぶつけてこい」

「……うし」

 

 サトシは俺から少し距離を取り、思い切り深呼吸をして───

 

 

 

 

「───テメェ女の子とイチャイチャしすぎなんだよゴルァァァァァ!!!」

 

 

 

 

「そこかよおおおおおォォォォォ!?」

 

 

 

 

 サトシの全体重を乗せた一撃は俺の頬に触れたと思うと猛烈な痛みを炸裂させ、俺の身体を遥か後方へと殴り飛ばした。

 頭がガンガンと痛む。その頭痛に耐えながら砂まみれになった身体を無理矢理起こすと、怒りに震える巨人の姿が目に入った。

 

「いっつもそう!いーっつもそう!!お前ばっかり女の子にチヤホヤされて、俺の事なんか誰も見てなくて!!

私のどこが悪いっていうのよッ!!」

「何キャラだお前!!」

「言ってみろよ!!そこそこのルックスで筋肉もある!なのに俺の何が悪いんだよ!!あぁん!?」

「強いて言うなら、入学して次の日にボディビル披露したところじゃね?」

「そこから!?もうすでに手遅れじゃねぇか!」

 

 カァーッ!という謎の雄叫びを上げながらサトシは頭を抱えている。

 俺はそれに苦笑いを浮かべていたが、サトシは途中で雄叫びを止め、真面目な顔をして俺と向き合う。

 

 

「────さ、次はユーマが俺を殴れ」

 

 

「は?」

「1発には1発、だろ?そーじゃねぇと俺が納得いかないぜ」

「……わかったよ…いくぜ」

 

 俺も先ほどのサトシ同様深呼吸をして──

 

 

 

 

「──なぁに本気で殴って来てんだこのハゲェェェェェ!!!」

 

 

 

 

「それはお前が言ったことだろおおおおぉぉおぉ!?」

 

 俺はサトシじゃないから吹っ飛ばすことは出来なかったけど、俺の会心の一撃はサトシに尻餅をつかせることに成功した。

 

「お前から殴られると頬が腫れるんだっつーの!!」

「殴ってこいっていったのはユーマだろ!」

「限度があるだろ!?」

「本気って言っただろーが!!」

「じゃあお前は本気でやれっていったら本気でやんのかよ!?」

「やるわ!!馬鹿かお前は!!ってか俺に突っ込まさせてんじゃねーよ!!」

「んぐぐぐ……!」

「ぐぬぬぬ……!」

 

 無言の睨み合いが暫く続く。そしてそれはふと途切れ……

 

 

「─────ふふっ」

 

「─────っはは」

 

「はは、あはははははは!」

「っはははははははははは!!」

 

 

 笑い声へと、変わった。

 何に対して笑ってるのか、それは俺たちにもわからない。ただこの時間が楽しくて、面白くて……嬉しくて。

 

 

「あははは、っはははははは!!」

「んふふ、んほほほ、んっほほほほほほ!!」

「サトシ、その笑い方はヤバイ」

「んほほほほほほほ♂」

「はいOUT!!」

 

 ……こんな馬鹿な会話が、どうしてこんなにもたのしいんだろう。

 やっぱりこいつは、最高の親友だ。

 

 

 そんな思いに浸っていた時。

 “もう1人の待ち人”が姿を現した。

 

 

「───何してんだよ、テメェら」

 

 

 そこに現れた姿を見て、サトシが驚きに目を見開く。

 

 

「荒川……翔太…!!」

 

 

 俺はソイツを一瞥すると、ゆっくりと歩を進め歩み寄った。

 

 

「久しぶりだな───()()

 

「っ…!!」

 

 久々に名前で呼ばれたことに驚いたのか、“翔太”は俺を鋭く睨みつける。

 

「来てくれてありがとな」

「思ってもないこと言うんじゃねぇ気持ち悪ぃ。で?何の用だ。さっさと済ませろ」

 

 翔太は心底面倒くさそうに俺を見ている。

 

 そんな翔太に俺は─────

 

 

 

「───本当にごめん」

 

 

「……え」

「……あァ?」

 

 翔太に向かって頭を下げた俺を、サトシは驚いたように、翔太は訝しむ様な目で見ている。

 

「お前に鋏を向けたこと……そしてお前の前から逃げたこと。本当に、申し訳なく思ってる」

「……ふざけてんのか、お前」

「大真面目だ」

「……おちょくってんだろ、俺のことを」

「違う、これは俺の本心だ」

 

 

 俺の言葉に、翔太が“キレた”。

 

 

「っざけんじゃねぇっつってんだろ!!!」

 

 

 怒りの咆哮を上げるなり俺の首元に掴みかかり、俺を地面へと押し倒した。背中に強い痛みを覚えたが俺はそれを意にも介さずに翔太の目を見つめ続ける。

 

「ユーマッ!!」

「来るな!サトシ!!」

「っ!?」

 

 翔太の様子を見て俺の方へ駆け出してきたサトシを、俺は言葉で制した。翔太は俺の襟を握りしめ、俺の上半身を己の方へと引き寄せ、叫ぶ。

 

 

 

「ふざけるんじゃねぇ!!

 

 

 

謝るのは、どう考えても俺の方だろうが!!!

 

 

 

お前は……!何もしてねぇだろうが……っ!!!」

 

 

「……っ!」

 

 この言葉で、気づいた。

 翔太がキレてるのは、俺にじゃない。

 こいつは、“自分自身に”─────

 

 

「何でお前はいっつもいっつも……!誰かのために動いて、人のことばっか考えて…!それで自分が傷つくことも厭わねぇ…!!

そんなことを、いとも簡単に───“()()()()()()()()()()()()()()()()()()()”お前が、俺は気にくわねぇんだよ、大っ嫌いだったんだよ!!」

 

 今初めて聞いた。こいつは、そんなことを…

 

「どうしてお前は……そこまで人のことを思えるんだよ…!!

 

どうしてお前は!!!

 

……そんなに、優しいんだよ……っ!!

 

俺なんかに、お前が謝ることっ、ねぇだろう、が……っ」

 

 

 俺の頬を濡らす、冷たい雫。

 それは昂ぶる感情を抑え切れなかった翔太か見せた、怒りの涙だった。

 襟を握りしめていた手はガクガクと震え、俺を睨みつけるその目からは、ボロボロと涙が伝っている。

 

 そして不意にその手は離れ、翔太は俯きながら苦しそうにその言葉を吐き出した。

 

 

「───ごめん、優真……あの日のこと、本当にっ……」

「翔太……」

「ずっと……謝りたかったっ……!!けど勇気が出なくて…お前に会わせる顔がないって……怖くて、ずっと、逃げてて……」

 

 ───これが。この姿が。

 

 1人震え、涙を流す翔太の姿を見て俺は思う。

 虚勢を張って人をせせら嗤うあの姿ではなく、俺への申し訳なさで涙を流すこの姿こそ、翔太の真の姿なんだな、と。

 

 

 

 泣きながら翔太は俺に心中を吐露する。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 朝日優真によって頬を傷つけられた荒川翔太は気を失い、病院へと搬送された。

 幸い命に別状はなかったが、12針も縫う大怪我だったことに変わりはない。

 

 目覚めた瞬間、彼は頬に走る痛みとともに思い出した。

 

 己が優真に、何をされたか。

 

 そして───()()()()()

 

 

「──目覚めたようね」

 

 聞こえた声に振り向くと、そこには赤髪の女医が佇んでいた。

 

「──私は西木野。あなたの担当医を務めさせてもらうわ」

 

 その女性の声は優しいようで、どこか冷たい。

 翔太を見つめるその瞳は、全てを見透かすようだった。

 

「……その鋏による切傷は、朝日君から受けたもので間違いないのかしら?」

「……」

「……貴方に、朝日君に、何があったの?」

 

 彼は、罪悪感でゆっくりと口を開く。

 

「俺が、あいつを傷つけてっ────」

 それ以上は、彼の口から西木野瑞姫に伝えられることはなかった。

 

 

 

 

 荒川翔太という人間は、最初から歪んでいたわけではない。彼はただ単に、人より“怖がり”だっただけなのだ。

 

 親からの過度な期待。

 持ってしまった権力。

 故の周りからの僻み。

 

 孤立してしまいがちになっていた彼は、誰よりも孤独を恐れていた。

 

 だから、友情を“買った”。

 だから、気に入らない奴を言いなりに変えた。

 

 高圧的な態度も話し方も、全て己を誇示するため。

 

『自分こそが偉い』と、『強い』と。

 

 

 

 ───『荒川くんって凄いよね!』───

 

 ───『君には期待しているよ』───

 

 

 

 周囲は自分を認め、褒めてくれる。

 

 そんな喜びは快感へと変わり、いつしか彼は、その快感に“依存した”。

 依存心は孤独を嫌う心をますます加速させ、“粛清”をどんどんエスカレートさせていく。そうして彼は孤独から遠い存在へとなっていった。

 

 ───はずだった

 

 しかし彼は気づかない。

 

 “一人”を嫌うが故に、“独り”になってしまっていた自分の過ちに。

 

 

 そんな彼の目を覚ましたのは、“傷み”。

 

 今尚頬に走るその痛み、優真から受けたこの痛みが、彼に全てを悟らせた。

 

 “人を傷つけることは、痛いんだ”と。

 

 奇しくも彼は、朝日優真と同じことを思っていた。そして彼は、自らの過ちを途轍もないほど後悔した。

 

 彼は強く願う──自らの目を覚まさせてくれた優真に、謝りたい、と。

 しかしその願いは叶わない。優真は、己の前から姿を消した。

 

 そんな優真に会いに行く勇気も出せないまま。

 

 月日は流れ───今、2人は再び“向き合う”。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「翔太……」

「こんなに遅くなって……本当にごめん…っ」

 

 俺は今初めて語られた翔太の思いを、しっかりと胸に受け止めていた。

 そして思うのは────

 

「……なぁ、翔太。

 

───()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……」

「答えてくれ」

「…………俺だ。俺がやった。これは事実だ」

「……そっか」

 

 ……何となく、“アイツ”に似た雰囲気を感じた。

 “事実を言っているが、真実を言っていない”話し方をするアイツに。

 コイツは何かを、隠しているんじゃないか。

 

 ─────でも

 

 

「翔太」

「……なんだ」

 

 

「───俺はお前を許すよ」

 

 

「…!」

「ユーマ……」

 

「……俺の大切な人が教えてくれたんだ。“ごめんなさいは、魔法の言葉”だって。

翔太の謝罪は、嘘じゃない。お前は、本気で俺に謝ってる。だから俺は、お前を許す」

 

「優、真……!」

「だからさ、翔太」

 

 そこで言葉を切り、俺は翔太を手でそっとどかして立ち上がった。俺に倣って翔太もゆっくりと立ち上がる。

 

 そして俺は、手を差し出して

 

 

 

「───もっかい、友達になろーぜ」

 

 

 

「っ!!」

「俺はお前と、友達で居たいんだ。この思いは、4年前のあの日から少しも変わっちゃいない」

「……やっぱりお前は、大バカ野郎だ」

 

 そう言いながらも、翔太は泣きながら笑い顔を浮かべている。

 そして翔太は俺の手を──取った。

 

「もう一回、俺と友達になってくれるか?優真」

「当たり前だ。改めてよろしくな」

 

 互いに手を取り、笑いあう。

 “あの日”を経験して、まさかこんな日が来るなんて思ってもいなかった。

 

 

 どれだけ傷つけても、どれだけ傷つけられても

 

 勇気を出して“向き合えば”、人は“変われる”

 

 

 そんなことを感じていた俺の耳元に聞こえたのは…

 

 

「んばぁぁああああああああ!!」

 

「「!?」」

 

「お前ら、最高だぜぇぇえぇえええ!!!」

 

 世にも奇妙な嗚咽を上げながら号泣するサトシの声だった。

 

「お前らの友情見てたら思わず泣いちまったぜ!!あ、ショータ、俺は剛力悟志!よろしくだぜ!!」

「お、おう……俺は荒川翔太…よろしく」

「よろしくな!ユーマの友達は俺の友達!これから仲良くしてくれよな!」

 

 なんやこれ。なんかもう一個友情芽生えたわ。

 こいつの社交性の高さは異常だな。

 ……いや、一方的に突進してるだけ、か。

 

「……まぁそんな感じだから仲良くしてやってくれ、翔太」

「おう」

「ウチらの仲ゎ永遠、ズっ友。。。」

「「黙れハゲ」」

「ハモった!?しかもショータ初対面で当たり強くね!?」

 

 そんなサトシの反応が可笑しくて、俺も翔太も笑う。サトシは最初不機嫌そうにしていたものの、楽しそうに笑う俺たちの姿を見てしょうがないといった様子で笑っていた。

 

 

 ──なぁ、ユウガ。

 

 俺、少しは変われたかな?

 

 

 その言葉に返事はなかったけど、不思議と心が温かくなった気がした。

 

 今はこの温かさが、答えだと信じて。

 

 俺は一人この幸せなひと時を噛み締めた。

 

 

 

 

「……じゃあ俺行くよ」

「おう、呼び出して悪かったな翔太」

「気にすんな。こうしてお前とまた話せてよかった」

 

 別れ際、最後に挨拶を交わしていた俺たち。

 そして翔太は思い出したかのように口を開いた。

 

「……優真」

「ん?」

「……子犬のことでまだ言ってないことが──」

 

 

──────────♬

 

 

「っと悪ぃ」

 

 突如鳴り響いた着信の音に遮られ、翔太の声は聞こえなかった。

 その着信の主は……

 

「もしもし」

『優真さんっ!?今何処!?』

「どうしたんだよ……真姫」

『大変っ……大変なの……!!』

 

 電話越しに聞こえる真姫の声は、不信感を覚える焦燥に満ちていた。

 

 

 そして彼女が告げた事実は

 

 

『───ことりが今から、日本を発つって』

 

 

「な……!?」

『理事長から連絡があって……!もう時間がないの!だから優真さん───っ!!」

「わかった、“俺に任せろ”!!」

 

 そこまで言い切ると、俺は電話を切った。

 

「どうした?ユーマ」

「ことりちゃんがもう日本を発つって……!」

「なんだと!?」

 

 サトシの質問に答えながらも、俺は必死にケータイを操作し続けていた。そして狙いの番号を見つけると、それへと発信する。

 幸いにも3コール目で彼女は電話に気づいてくれた。

 

『もしもし?優真先輩?』

「穂乃果、いま何処だ!?」

『今?海未ちゃんと一緒に講堂で話をしてたけど……どうしたの?』

「海未もそこ居るんだな!?聞いてくれ、ことりちゃんがもうすぐ日本を発つらしい!!

『うえぇっ!?今から!?』

「俺は今から空港に行く!!お前も絶対に来い!!いいか!?」

『わかった!急いで向かうよ!』

「穂乃果───()()()()()()()()

『うんっ!!』

 

 そこで電話は切れた。そして俺は改めて2人に向かい合う。

 

「ってなわけで俺は今から空港に向かう!翔太、さっきの話だけどまた今度でもいいか!?」

「わかった…!行ってこい、優真」

「済まねぇ、助かる!じゃーな、翔太!」

 

 一分一秒が惜しい俺はサトシと共に公園の外へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 残された翔太は、ただ一言呟く。

 

 

「……優真、あの時子犬を傷つけた、本当の黒幕は───」

 

 

 その呟きは、俺に届くことはないまま。

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「……そろそろ、かな」

 

 私…南ことりは空港のロビーで1人座っていました。

 お母さんに挨拶した時思わず泣きそうになっちゃったけど、その涙ももう引っ込んだ。

 私はもう直ぐ───日本を離れて遠い場所へと飛び立ちます。

 

 頭の中を巡るのはこれからの生活への不安と

 

 ──みんなと過ごした、かけがえのない思い出

 

 楽しかったこと、嬉しかったこと、笑ったこと

 

 その全てが今、頭の中をグルグルと回っている。

 

 

「っ……─────」

 

 

 再び溢れそうになった涙を無理矢理袖で拭う。

 ……今更ダメだよ。私はもう、あの場所へは戻らない。

 今の居場所と、将来の夢を秤にかけて、私は今のこの道を選びました。

 後悔なんてしていません。

 未練なんてありません。

 

 

 ────後悔なんて。

 

 

 ────未練なんて……

 

 

「──────っぅ……」

 

 

 痛い。胸が───心が。

 出発の時が近づけば近づくほど、私の胸は何かに縛られたようにズキズキと痛む。

 

 ───みんなに会えば、よかったのかな?

 

 ううん、そんなことをしたら決心が鈍るだけ。

 

 迷いはもう、捨てよう。

 こんな気持ちじゃ、向こうに行っても何にもできない。

 

 気分を落ち着かせようとお手洗いに行くため、椅子から立ち上がったその時。

 

 

 

「─────()()()ッ!!!」

 

 

 

 聞こえた

 

 誰よりも愛しくて、誰よりも聞きたかった声が

 

 それは幻聴なんかじゃなくて

 

 普段と違う呼び方で、確かに私の名を呼んだ

 

 

 

「はぁ……ぁ…間に、あった……っ!」

 

 

 

 ────もう。何で来ちゃったの?

 

 今君にあったら私は───

 

 決心が、鈍っちゃうよ。

 

 

 

 

 

 

「───優真くん」

 

 

 

 

 

 




真姫の母が優真のトラウマが鋏だと知っていた理由は、こういう事でした。
「背中合わせの2人。」、いよいよ大詰めです。
最後まで応援よろしくお願いします。

さて、ここからは宣伝になりますが、私またたねは再び開催される鍵のすけさん主催のラブライブ!サンシャイン!!の合同企画にもう一度参加させていただく事になりました!
詳しい事はまだ決まっていませんが、決まり次第活動報告や後書きで報告していこうと思います。
そちらの方も楽しみにしていただけると幸いです!

新たに評価していただいた、

カゲショウさん、炒飯大盛りさん、ありがとうございました!

それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【朝日優真の答 II 】未来へのツバサ

 

71話 【朝日優真の答 II 】未来へのツバサ

 

 

 

「───優真くん」

 

 

 私は未だ膝に手を付き、肩で息をしている彼の名前を呼びました。

 優真くんはわたしの呼びかけにも顔を上げず、息を切らしたままです。

 

 ───そんなに急いで、私のことを。

 

 

「……来て、くれたんだね」

「…あたり……まえだろ……」

「どうして……来たの?」

「………言ってないから」

「えっ?」

 

 

「君に答えを、言ってないから」

 

 

「……!」

 

 “答え”。

 あの夜に告げた私の想いに、答えるために。

 

 ここまで必死に、来てくれたの?

 

「もう、嫌なんだよ……“云えないまま、誰かが遠くに行くなんて”。絶対に、繰り返したくないんだ」

「っ!」

 

 その言葉は、彼の過去を知った私には悲痛なものに聞こえてしまう。

 

 

「……()()()()()()、君は俺にとって大切で、守りたい存在だ」

「……優真くん…!」

 

 その言葉に嬉しくなった私は、笑顔で彼の顔を見る───けれど。

 

 優真くんが浮かべている表情は、笑顔とは程遠くて。

 

 

 

 

 ───その表情が、答えだった

 

 

 

 

「でも、この気持ちは……恋愛感情じゃない」

 

 

 

「…………」

「……ことりちゃん、俺は今から君を傷つける。思い切り、俺の心で、俺の言葉で。それでも……逃げないで欲しい。優しい言葉を掛けることだけが……優しさじゃないから」

 

 苦しそうな顔で、それでもしっかりと私を見つめ続ける優真くん。

 私はただ、頷きを返すことしか出来ませんでした。

 

 正直、怖い。

 でも優真くんは言いました。『逃げるな』と。

 その言葉は、全てから逃げてきたことに薄々気付きつつあった私の心に刺さって、響いている。

 

 この想いだけは───逃げちゃいけない

 

 覚悟を決めた私は、改めて優真くんに向き直ります。

 

 

「……君は、俺の過去を知った。そうだよね?」

「うん……電話越しだけど、全部聞いてた」

「なら話は早いね……俺と初めて会った日のこと覚えてる?」

「当たり前だよ。1日も、忘れたことなんてない」

 

 

 私が中学3年生の頃。

 図書館で痴漢を受けていた私を救ってくれたのが、優真くん。

 

 それがキッカケで、私は彼に恋をした。

 

「俺はあの日痴漢されている君を見て、“激怒した”。その理由は……わかる?」

「……何かあるの?」

「俺は、“抵抗できない弱者”に手を出す奴が、大嫌いなんだ。それで昔……“大切な命”を、失ったから」

「……!」

 

 

 優真くんのそのフレーズには、聞き覚えがありました。最初は平坦な声で語りかけていた優真くんの雰囲気が変わってから──今ならあれが“ユウガさん”だったんだとわかる──同じようなことを言っていた。

 

 

──『今俺がしゃべってんだよ。口を開くな変態。てめぇみたいな奴が1番ムカつくんだよ───

 

“抵抗できない弱者に手を出す奴”が。

 

満足だったか?何もできないその子に手を出して

 

愉しかったか?自分の思うままに出来て』──

 

 

 この時は何を言ってるかわかりませんでした。けれど今なら……優真くんの過去を知った今なら、何のことを言っているのか思い当たることがある。

 

 

 つまり優真くんは────

 

 

「俺はね」

 

 

 優真くんは、その言葉を告げた

 

 今にも泣き出しそうなほど苦しそうに顔を歪めて、震える声で、その言葉を

 

 ───私にとって、絶望的なその言葉を

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 

 

「……」

 

 声が、出ない。

 言葉を失うというのは、こんな時に使うのかもしれない。

 冷たい何かが私の肺を縛っているような感覚。息が苦しくて、目元が霞んでいく。

 

 そんな私に、優真くんは話を続けます。

 

「初めて見たときから、(3人目)は君を守りたいと思ってた。なんでなのかはわからなかったけど……全てを見てきた、“(1人目)”ならわかる。

 

俺はあの瞬間、痴漢されている君に紬の姿を見ていたんだ。

 

君を助けたかったのは事実だ。でも俺は……救えなかった紬を、君を救うことで、赦されようと……していたのかもしれない…っ」

 

 

 言葉の1つ1つが、私の心に傷を付けていく。

 逃げないと覚悟はしていたけれど、これは。

 

 

「だから俺が君に抱いていた“特別な感情”は、恋愛感情じゃない。俺は君の気持ちには……応えられない」

 

「…………」

 

 

 ───わかっていたんです

 

 “勝ち目が薄い”ことなんて

 

 でも、こんなのって

 

 “私を見てなかった”なんて言われて、普通でいられるわけなんてないよ

 

 

 

「……嘘に聞こえるかもしれないけど、これだけは信じてくれ。

 

俺は君のことを大切に思ってるし、仲間だと思ってる。

 

この思いに紬は全く関係ない。俺が2年半の間君と過ごして、確かに芽生えた気持ちなんだ」

 

 

 優真くんは、きっと嘘をついていない。

 だからこの言葉も慰めなんかじゃなくて本心なんだと思います。

 

 

 でも、違くて

 

 私が……私が本当に欲しかった言葉は。

 

 

「これが……君の告白に対する、俺の答えだよ」

「……ありがとう優真くん。じゃあ私、行くね。わざわざ見送りに来てくれてありが」

 

「───違う」

 

「え……?」

「俺は君を、見送りに来たんじゃない。

 

君を、引き留めに来た」

 

「……なんで?」

「なんでって……」

「“大切だから”なんて言葉はもう要らない。もう何回も言ってくれたから」

「っ……」

 

 私が本当に欲しかったのは、そんな言葉じゃなくて

 

 “ただ1人だ”と、“君がいい”と

 

 その一言だけで、良かったのに───

 

 

「優真くんの気持ちが聞けたから、私にもう、心残りはないよ」

「……へぇ」

「これで心置きなく、向こうで頑張れる」

「そっか」

「……後悔なんてしてないよ」

「良かったな」

「………………私は……大丈夫だから……」

 

 なんで?

 

 なんで“そんな目で”私を見るの?

 

 君は私を──“応援してくれる”んじゃなかったの?

 

 どうして私の声は──こんなに震えてるの?

 

 

「────嘘つくな」

 

 

私の曖昧な心の全てを見透かしたように、優真くんは私に言いました。

 

「『心残りはない』、『後悔なんてしてない』。君はそう“自分に言い聞かせてるだけ”じゃないか。俺はまだ一回も聞いてないぞ。『行きたい』、ってな」

「っ───!!」

「……ことりちゃん、本当に君は、行きたいのか?」

「…………」

「聞き方を変えようか。“海外に留学すること”は、“君の1番やりたいこと”なのか?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか?」

 

 

 ───他の全てを、諦めてでも

 

 その言葉は、他のどれよりも鮮明に私の心に突き刺さりました。

 

 

「やり残したことが、あるんじゃないのか?」

「……私は…」

「──聞け、()()()()

「!!」

 

 優真くんの雰囲気が───変わった

 

 それは優真くんが時折見せていた厳しい雰囲気とも、“ユウガさん”が見せていた黒い殺気とも違う……私を見据え、私を思い、私と向き合おうとする……そんな声色。

 

 

「───いつまでも逃げてんじゃねぇ!!!」

 

 

「っ!!」

「言ったはずだ!!君は視野が広い、だからもっと自分を見てくれと!!

もう答えは広がってる!そこらじゅうに落ちてるだろ……!?君はそれから目を背けてるだけだ!!

───目を開け、ちゃんと見ろ!!()()()!!」

 

 呼び方が、変わった。

 それはきっと、“特別”をやめた証。

 私を、()()()()()()()見てくれるようになった、明確な証。

 

 これからの私たちの在り方を示した、優真くん(“1人目”)の答え。

 

「いつまで嘘吐いてんだ……!

言えよ!!俺はまだ、お前の口から何も聞いてない!!

 

“向き合え”!!!

 

悩んでも、苦しんでも、抱え込んでも!!

 

そこにお前の望む未来なんてないんだよ!!」

 

「私の……望む、未来……」

 

「君の言葉で!!ぶつけてこい!!

まだ一回も聞いてないんだ!!君の口から!!

 

───君は一体……どうしたいんだ!!!」

 

「もう遅いよ……何もかも、今更なんだよ……!」

「遅いなんてあるもんか……君はまだ、()()()()()()()()()()…っ!!」

「っ!!」

「あとは君が、向き合うだけだ……!!

 

───逃げるな、向き合え」

 

 

 私は

 

 

逃げてる

                   何から?

 

恐れてる

                    何を?

 

自分の気持ちと向き合うことを

                  どうして?

 

認めれば、辛くなるだけだから

                  どうして?

 

 

 

 私の、私の

 

 ───本当にやりたいこと。

 

 どうしたらいいかわからなくなるほど、それをどうすることもできなくなっていって。

 自覚した時にはもう時すでに遅し───だと、思ってたけど。

 

 

──『君はまだ、ここにいるじゃないか…!』──

 

 

 その言葉は、優真くんが言うからこその説得力がありました。優真くんは、“伝えられなかった”から。

 

 そう、私はまだ、“ここにいる”。

 伝えたい相手もまだ、いるから。

 

 後は私が勇気を出すだけ────!!

 

 

「……やりたい……!」

 

 

 顔を直視できるほどの余裕はない。

 涙で震える瞳を優真くんに見られたくはなかったから、俯いたままだけど。

 

 私は今、初めて口に出す───

 

 

「やりたいよ……!μ'sのみんなでアイドル、やりたいに決まってるよ!!

穂乃果ちゃんに謝りたい……μ'sのみんなに会いたい!でももう─────」

 

 

 ────そして顔を上げた瞬間

 

 私の叫びは止まってしまいました

 

 だって、今私の目に映っているのは───

 

 

 

 

「────それが聞ければ、俺“達”は充分だ」

 

 

 

 愛しい、2人の幼馴染の姿。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 間にあったか。

 ことりに歩み寄っていく穂乃果と海未を見ながら俺は一安心していた。

 

 ことりを止められるのは、俺じゃない。

 

 仮に俺が彼女の気持ちに応えられていたとしても、その事実には変わりない。

 “俺と結ばれること”は、ことりの中で1番の願いじゃないはずだから。

 

 “ことりだけが見えていなかった”、“ことりが1番やりたいこと”。

 傍目から見れば一目瞭然のそれから、ことりは目をそらし続けてきたから。俺に出来るのは、それを自覚させることまで。

 

 ────あとは託すぜ、穂乃果。海未。

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「………なんか久しぶりだね、ことりちゃん」

「うん……そんなに会ってないわけでもないのにね」

 

 穂乃果とことりの2人は、ぎこちない笑みを浮かべていて。普段の2人らしからぬその様子に違和感しか抱けなかった。

 ……まぁ仕方ないことではあるんだけども。

 

「あの日はごめんね。酷い事言っちゃって」

「ううん!穂乃果ちゃんは悪くないよ……」

「……ねぇ、ことりちゃん。もう一回聞かせて。どうして私には言ってくれなかったの?」

「…………」

「ごめんね……でも私、不器用だもん。鈍臭いし、1人じゃ何もできないし……みんなに支えられてばっかりで。

でも私、これしかないんだよ。ぶつかって、傷ついて……こうやってでしかことりちゃんのことがわからないんだよ」

 

 苦笑いを浮かべながらことりに語りかける穂乃果。昨日の俺の言葉通り、彼女はことりと向き合おうとしている。

 互いに思いをぶつけ合った先に何があるのか、それは俺にもわからない。

 ことりは俯いていたが、やがて顔を上げて穂乃果を見る──覚悟を決めたような、力強い目で。

 

「……穂乃果ちゃん、文化祭のライブと『ラブライブ!』のことで頭いっぱいだったよね…?その気持ちを邪魔したくなかったの」

「……気遣ってくれたんだね。ありがとう。

でも私は、“言って欲しかった”」

「っ……」

「もちろん、『ラブライブ!』だって大切だよ。けどことりちゃんより大事なわけないじゃん…!せめて一言……言って欲しかったよ……」

 

 穂乃果は苦しそうに俯く。そんな穂乃果にことりは───

 

 

「───私だって、“言いたかったよ”」

 

 

「っ…!」

「聞いて欲しかったよ……!だって穂乃果ちゃんは私の1番の友達だよ……!?そんなの……当たり前だよっ!!」

 

 涙を零しながら、ことりは叫ぶ。

 それを受けた穂乃果も、負けじと言い返す。

 

「だったら言ってよ!海未ちゃんには言ったのに、なんで私だけ……っ!!」

「だから私は!『ラブライブ!』に夢中な穂乃果ちゃんの邪魔をしたくなかったのっ!わかってよ!」

「わからないよ!!わかりたくないッ!!!」

 

 首を振りながら叫ぶ穂乃果。

 互いの思ったこと、感情をぶつけ合う2人。

 そんな2人の様子を、俺と海未はただ眺めていた。放置しているわけじゃない。2人を、信じているから。

 

 

 

「─────わかってるよ」

 

 

 顔を押さえ、涙を零しながらか細くつぶやく穂乃果。

 

 

「本当は全部わかってるよ……私が悪いんだよ……私が周りが見えてなかったから……気付けなかったからっ……!

ことりちゃんは、何も悪くないんだよ…!」

「……穂乃果、ちゃん…」

「ことりちゃんは私のことを思ってくれてるのに、私はことりちゃんに何もしてあげられなくて……っ!今だって、こんなっ…酷い事ばっかりっ」

 

 穂乃果の声は、段々と形を失っていく。

 今尚止まらない、自分への後悔の涙によって。

 

 

「違う、違うの穂乃果ちゃん……私も何もわかってなかった……穂乃果ちゃんの気持ち、何にもわかってなかった……ずっと一緒にいたのにっ、穂乃果ちゃんのこと、わかったつもりに……っ」

 

 ことりもまた、涙を流す幼馴染を見て同じように涙を零した。

 

 

 そして穂乃果は、決定的な一言を口にする

 

 

「────()()()()()、ことりちゃん」

 

 

「っ───!!」

「たとえ別々の道に進むときが来たとしても、やりたいの…!スクールアイドル、やりたいの!!

 

ことりちゃんと、やりたいの!!!」

 

 悲痛に響き渡る、穂乃果の叫び。

 それを受けたことりは唇を噛み締め、涙に震える瞳で穂乃果を見ている。

 

「───ことり」

 

 そして今まで沈黙を保っていたもう1人の幼馴染が、初めて口を開いた。

 

「あの時、私には話してくれたこと、感謝しています」

「……」

「私は……勇気を出して相談してくれたあなたの意志を、尊重したかった。だから私は、自分の思いをあなたに伝えませんでした……」

 

 ことりに優しく語りかけるように言葉を放っていく海未。そしてその声もまた───

 

 

「───私だって!!」

 

「っ…!」

 

「私だって、ことりと一緒に居たい…!!

あの時止めたかった…止めるべきでした。ことりの気持ちと、私の気持ちと、しっかり向かい合うべきだったんです……!!

 

ことり……行かないでください……!

 

もっと一緒にいたい!ことりと穂乃果と3人で!

もっと歌いたいんです!μ'sのみんなで!!

だから、ことり……行かないで……っ」

 

 海未もまた、泣きながら己の心中を吐露した。その姿は今まで見たどの姿よりも儚く、か弱い。こんな海未の姿は初めて見た。

 

 

「……ごめんね……私自分の気持ち…わかってた…わかってたのに……!穂乃果ちゃん、海未ちゃん……ごめん────」

 

 その言葉は、途中で遮られた。

 

 俺の目に映ったのは

 

 2人の幼馴染に抱きしめられる、ことりの姿。

 

 

「───ことりちゃんっ、ことりちゃぁぁん…!」

「 っぐっ…うぅっ……」

「……ぁぁっ……ぅあぁぁっ……」

 

 

 ことりもまた、自らの為に涙する2人を抱きしめ返した。

 

 

 ことりのことも、何も見えていなかった穂乃果

 

 穂乃果を見てきた故に、何も言えなかったことり

 

 その全てを見てきて、沈黙を選んだ海未

 

 

 距離が近すぎた故に、わかったつもりになっていた。知りすぎた故に、何も知らなかった。

 幼馴染ってのは、そういうものなのかもしれない。近くにいるからこそ、何もわからない。

 だから向き合うんだ。

 知りたいから、わかりたいから。

 それから逃げてちゃ、何も“変わらない”から。

 

 ───この3人は、それが出来た。

 

 ───()()3()()も、しっかりやらなきゃな。

 

 “2人の少女”の姿を思い浮かべながら俺は改めて覚悟を決めた。

 

 さぁ、あとは────

 

 涙を流している3人を背に、俺は来た道を駆け出した。

 俺に出来る、最後の仕事をこなすため。

 

 

 

 

 

 

 探している人物はすぐに見つかった。

 

「……えぇ。迷惑かけてごめんなさいね。それじゃ」

「……理事長」

「あら朝日君、どうかしたの?」

「俺は……俺たちは、ことりを引き留めに来ました。そして多分……ことりは、残ることを決めたと思います」

「ふふっ。そう……」

「……理事長。ことりの留学のこと───」

 

 

「────()()()()()()()?」

 

 

「えっ………?」

「無くなった。正確には、断ったわ」

「こと……わっ、た……?」

()()()()()()()()()()()()()。予め、ことりはいかないかもしれないっていう連絡はしておいたのよ。ことりが旅立つ寸前まで、手続きは待ってくれって」

 

 呆気にとられている俺を見て、理事長は優しく笑う。

 

「……迷ってるあの子を見て、私は親として、()()()()()()()()()()()()()をさせた。それが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、知っていながら」

「理事長……」

「……信じていたのよ?貴方なら…貴方達ならきっと、ことりを止めてくれるって」

 

 止めてくれる、か。

 

「……反対しないんですか…?ことりが残ること」

「私だって、ことりがやりたいことをして欲しいわよ。でもあの子は……どれだけ聞いても私に言わなかったの、一度も。自分が本当にやりたいことから、目を背け続けていたから。自分でもきっとわかっていなかったのね……ほら、あの子ってああ見えて頑固でしょ?」

「……そう、ですね」

 

 いつまでたっても自分が何をやりたいか認めようとせず、有耶無耶にしたまま海外へ飛び出そうとした彼女の姿は確かに、“頑固”と称するのに相応しいかもしれない。

 俺たちにはもちろん、“自分自身にも”。

 

「……これで3回目ね。貴方がことりを助けてくれたのは」

「助けたなんて、そんな」

「……本当に感謝してもしきれないわ」

「やめてくださいよ、恥ずかしい……」

「……ねぇ、朝日君」

「ん……」

 

 

「───貴方は、“変わったわ”」

 

 

「……最高の褒め言葉です、それ」

「んふふ……さ、学院に戻るんでしょう?外に車を手配してあるわ。3人を連れて急ぎなさい?」

「理事長……すいません、何から何まで……」

「お礼としては、安すぎるくらいだわ。ほら、行きましょう。3人を呼んできて」

「はいっ!」

 

 理事長に一礼して、俺は3人の元へ駆け出した。

 

 

 

 

 

 

「───あの子は変わったわ。貴女みたいに、強くて優しい子供に。

ねぇ、見てるかしら────()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

「───遅いわね」

「本当に間に合うわけ!?」

「緊張してきたぁ……」

「かよちん落ち着いて!」

 

 講堂の舞台端、そこで私…東條希と残りのμ'sメンバーは3人…いや、4人を待っていた。

 元々はにこっち、凛ちゃん、花陽ちゃんで行われるはずだったライブは、花陽ちゃんの計らいで違うものへと変わった。

 

 

 ───“μ'sの復活ライブ”。

 

 

 昨日、こんなやりとりがあったらしい。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「もしもし、にこちゃん?」

『……どうしたのよ、花陽』

「うん……明日のライブなんだけど、提案があって」

『明日?何?』

 

 

「────9()()()()()()()?」

 

 

『っ!アンタ……』

「……優真お兄ちゃんと…優真くんと話したの。優真くんなら、絶対に連れ戻してくれる。穂乃果ちゃんもことりちゃんも」

『……私はまだ、穂乃果を許したわけじゃない』

「にこちゃん……」

『……でも』

「?」

 

 

『────演りたい。9人で。μ'sは私にとって、大切な居場所だから』

 

 

 

「にこちゃん……!」

『……さ、やることがたくさんあるわよ花陽!』

「はいっ!」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 あの花陽ちゃんが、自分の意志で何かをやりたいと伝えた。花陽ちゃんにも、心境の変化があったみたい。それはきっと、“彼”のおかげ。

 

 

 ───“帰ってきた”んだね、優真くん。

 

 

 きっとにこっちが上手くやってくれたに違いない。今の優真くんは、かつての──“私を救ってくれた”優真くんだから。

 

 大丈夫。きっと上手くいく。

 

 だって2人には、優真くんが居るんだから。

 

 彼が居る。それだけで心の底から湧き上がってくるこの温かさ。

 それは“信頼”でもあり、“友情”でもあり──

 

 

 その時

 

 

「うわぁーーーっととっ!!」

 

 

 ガタンッ!!と大きな音をたて開かれたドア。

 それと共に飛び込んできた1つの人影。

 

 

「いったーーーーい!!!」

 

 

「穂乃果ちゃん…!?」

「えへへ、お待たせ〜…っ」

「じゃあ……!」

 

 皆が入り口の方を振り向くと───

 

「海未ちゃん、ことりちゃん!」

「……お待たせしました、凛」

「みんな……心配かけてごめんね」

 

 悩みが晴れたように、嬉しそうに笑う海未ちゃんとことりちゃん。わかってはいたけど、“成功したんだ”と改めて実感が湧いた。

 

「さて……こうして全員揃ったわけだけど、もう合わせる時間はないわね」

「……ぶっつけ本番、ってことね」

「だ、大丈夫かなぁ……?」

「やるしかないでしょ?気合い入れなさい」

「で、でも……」

 

 にこっちも、やるしかないと言いながらその不安は拭いきれていない様子。それは顔にも、声にも出ている。他のみんなもそう、不安を残した表情で周囲の様子をうかがっている。

 

 

「────なーにしけたツラしてんだお前ら」

 

 

『!?』

 

 そんな私達の耳に響いたのは。

 入り口から姿を現したのは。

 

 

「────優真」

「ライブ前になんて顔してんだよアホ。葬式にでも行くつもりか?お前ら」

 

 そう言って不敵に笑う優真くん。

 それは先日まで私達に姿を現していた“2人目”のそれとは全く違う。

 

「でも……私たちいきなりぶっつけなんて」「大丈夫だ」

「そんな、無責任な……!」

 

「────大丈夫」

 

『っ!』

 

 その声は、私達の心の奥底まで入り込んできた。そして次の瞬間、私たちの心は温かい何かに包まれる。

 

 

「───大丈夫。お前達の背中には、俺がいる」

 

 

 そう言って私たちに笑いかけた優真くん。

 その笑顔には、見覚えがあった。

 

 驚きで目を見開いていたのは、私だけではなく凛ちゃん、花陽ちゃんも。

 

 その笑顔は“3人目”でもなく、“2人目”でもなくて─────

 

 

 私が大好きだった、“朝日優真くん”のもので

 

 

「穂乃果もことりも帰ってきた。9人揃ったお前達なら、絶対に大丈夫だ。

“ぶっつけ本番でやらなきゃならない”?それがどうした。()()()()()()()、どうってことないじゃんか。

お前達は、()()()()()()()()()()んだぞ?そっちの方がよっぽど不可能だろ?」

 

 彼の言葉1つ1つが、私達に勇気を、力を与えてくれる。

 

 

 

「───進め。前だけ向いてろ。お前達に、出来ないことなんて何も無い」

 

 

 

 ───やれる。私達なら。

 

 不思議と力が湧いてくる。緊張や不安を抱えていたみんなの顔は、今は笑顔に変わっている。

 

 

「……穂乃果」

「はいっ!」

「最後、気合い入れとけ」

「うん!よーし!」

 

 穂乃果ちゃんの声に合わせて、みんなで円陣を組む。

 

「……なんでかな」

「えっ……?」

「正直言うと私ね……今までのどのライブよりも自信があるんだ、今日のライブ」

「穂乃果ちゃん……?」

「なんでかわからないけど……今日の私たちなら絶対いける、そんな気がするんだ!」

 

 そう言いながら穂乃果ちゃんは笑う。

 

「……私には、みんながいる。私達には、優真先輩が居る。うん、大丈夫!どんなことだって、乗り越えていける!」

「……簡単に言ってくれるわねぇ?」

「の割りにはにこちゃん笑ってるじゃない」「うるさいわね、真姫!」

「えへへ……さぁ行こう、みんな!」

 

 穂乃果ちゃんが指を前に突き出した。

 それに習って皆も同じように指を出す。

 

「優真先輩も!」

「いや……いい。そこは俺の場所じゃない」

「えっ……」

「μ'sは“9人と1人”。それが1番いい形だよ。俺は見てる。しっかりと“1歩後ろ(ここ)”から見てる。“君達の仲間として”、ね」

「……優兄ィ…」

 

 これが優真くんの、新たな立ち位置。

 距離を置いたようで、以前よりもしっかりと私たちを見ていてくれるような気がする、優真くんらしい考え方。

 

 ───本当に、昔みたいだね。

 

 私はだれにもわからないように小さく笑った。

 そして穂乃果ちゃんが、改めて皆に呼びかける。

 

「────行くよみんな! 1!」

「2!」

「3!」

 

 見ててね、優真くん

 

「4!」

「5!」

「6!」

 

 君が繋いでくれた

 

「7!」

「8!」

 

 ───私と君の、“奇跡”の復活を

 

「9!」

 

 

「よーしいっくよーーー!!!」

 

 穂乃果ちゃんが真っ先に壇上へと駆け出して行く。それを追いかけていく残りのメンバー。

 私もそれに続こうとして、一度だけ彼を振り返った。彼はそんな私の顔を見て──

 

 

「────────」

 

 

 口だけを動かした。

 それを見た私は微笑みを返して、みんなを追いかけた。

 

 

『がんばれよ』

 

 

 ───頑張るよ。

 キミが側で、見てくれるなら。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 9人を見送り、俺は客席の方へと歩き出した。

 

 大丈夫。あいつらならやれる。

 送り出した少女たちの心配を、ほんの少しだけしながら客席に向かっていると……

 

「おーいユーマ!」

「ん、サトシ。探してくれたのか?」

「あったりまえだろ!ほら、いこーぜ!」

「ちょ、待てよおいっ」

「早く早く!見てみろよ!」

「見てみろって、なに…を……って」

 

 ───これは。

 

「……な?やべーだろ」

「……これを早く見せたかったとか、ガキかよ」

「うるせぇ。お前こそ、嬉しそうな顔隠しきれてねぇぜ?」

「ふっ……嬉しくないわけないだろ?」

 

 だって、こんなの。

 

「……お前達の、努力の成果だぜ?それがこんなに、目に見える形になって現れた」

「……今心底思ってる。“やってきてよかった”って」

 

 そして幕が開く。

 瞳を閉じていたセンターの少女は、空色の目で“その光景”を見た。

 

 ───お前も思ってるだろ?なぁ、穂乃果。

 

 

 彼女たちの目の前に広がるのは

 

 

 座りきれない程、横の通路まで広がった観客。

 3ヶ月前に屈辱を味わった静寂はもうない。

 

 そして真ん中にいる観客が抱えた垂れ幕

 

 

 ───『μ'sありがとう!』───

 

 廃校を阻止した女神達に贈られた、最上級の祝福の言葉。

 音ノ木坂だけではなく、近所の中学生や大人たちまで彼女達のライブを見に来ている。

 音ノ木坂を受けたいと思っていた生徒、音ノ木坂の廃校に異を唱えていた地域の方々……みんなからの『ありがとう』が言葉で、会場の熱気でひしひしと伝わってくる。

 

 

 これが。あの日ここで“始まりの1歩”を踏み出した俺たちが歩んできた道の、答え。

 

 

──『ここを満員にしてみせます!』──

 

 

「本当に叶えやがって……」

 

 “完敗”を味わった少女は、あの日の宣言通りに講堂を満員にしてみせた。自分たちの歌で、自分たちの思いを届ける。それを貫き続けた故に、この結果が生まれた。

 

 あの日の予感は、間違ってなんかいなかった。

 

 

 あまりの光景に言葉を失っていた穂乃果が、我を取り戻したように話し始める。

 

 

『───皆さん、こんにちは!音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!』

 

 

 その一言だけで、一際大きくなる歓声。

 今までのどのライブよりもその声は大きい。

 

『今日は私達のライブに来ていただき、本当にありがとうございます!』

 

 それと比例して、穂乃果の声に高揚感が増していく。

 

『……初めて私たちがここでライブをしたとき、観客は0人でした。それが今、こんなにも……っ』

 

 一瞬泣きかけたことで、穂乃果の声は止まってしまう。しかし穂乃果は持ち直し、再び笑顔で話し出す。

 

『……私達は、“間違ってなかった”って、“やってきてよかったって”、“もっとやりたいって”、今心の底から思ってます!!……途中で止まってしまうこともあったけど、もう迷いません!私達は今日、再び走り出します!大切な仲間と、夢に向かって全力で!!』

 

 

 そう、ここから。

 

 始めの一歩を踏み出したここから、もう一回。

 

 俺達は走り出す。

 

 夢に向かって、全力で。

 

 

『聞いてください!!

 

 

───『START:DASH!!』!!』

 

 

 始まった。俺達の、“ハジマリノウタ”が。

 あの時3人だった女神は9人になり、今最高の輝きを以ってステージの上を舞い踊る。

 一曲を踊ることで必死だったあの頃から、確実にみんな成長している。現に穂乃果、ことり、海未の3人は3ヶ月前のあの時よりも格段にレベルアップしている。何より、“笑うようになった”。必死こいて踊るのに精一杯だったあの時とは違い、心から楽しんでいる……ライブを、そして“9人でステージに立つこと”を。

 

 ───本当に、楽しそうだ。

 

 見てるだけの俺が、楽しくなるくらい。

 

 “可能性を感じた”あの日から時は流れ、可能性は“確信”に変わった。

 

 

 ───いける。こいつらとなら、どこまでも。

 

 

 

 

 『START:DASH!!』が終わり、沸き起こる拍手。壇上のメンバーも笑顔で互いを見やる。

 そんな中、穂乃果だけは俺の方を見て、心からの笑顔を俺に向けた。

 

 

 ───あの“心底気持ち悪かった”瞳が、今はなんだか暖かく感じた。

 

 そんなところに、俺も変われたのかな、なんてことを思う。

 

 

「ありがとう」

 

 

 小さく呟いたけれど聞こえるはずもなく。

 穂乃果は案の定惚けた顔で俺を見るだけだった。

 それを見て小さく微笑み、ゆっくりと首を振ると穂乃果も笑顔で皆の元へと駆けて行った。

 

 さぁ、μ'sの復活ライブも無事に終わ

 

 

『───────次の曲です』

 

 

「えっ……?」

 

 次の曲……?予定じゃ『START:DASH!!』の1曲だけだったはず……

 

 サトシが俺の方を見る。『何か知ってるのか?』ということだろう、俺は黙って首を横に振った。

 

 

『1番だけですけど、聞いてください。

大切なメンバーに送る、私たちからのメッセージの歌』

 

 俺はそんな歌、知らない───

 

 すると真姫と海未が、俺の方を向いて笑いかけてきた。まさか、2人が……?

 

 

『聞いてください。

 

 

 

────“きっと青春が聞こえる”』

 

 

 

 

 ────風。

 

 そう錯覚するような爽やかなメロディーが、耳を吹き抜ける。俺が知らないその曲は、これからの俺たちの未来を見据えた、希望に満ちた歌詞だった。2年生、1年生、3年生の順番で歌われていた曲は、サビに入って全員の合唱へと変わる。

 

 

 今日もう一度駆け出した俺達は、“眩しい未来”に向かって飛ぶ。

 

 

 優しい曲調の中に、確かな決意を感じた。

 

 そして極め付けは。

 

 

「………馬鹿野郎が」

「ユーマ……お前、泣いてんのか?」

「うるせぇよ……こっちみんな」

 

 ───そういうことしてくるのかよ。

 曲が終わりに差し掛かる頃、何気なく聞き流そうとしたその歌詞は。

 

 もしかして、と思ってはっと皆の方を見る。

 

 俺の目に映ったのは、俺の方を見て笑いながら歌う9人の女神の姿。

 

 

 あぁやっぱり。この歌詞は、俺に向けて───

 

 

 自覚した瞬間、溢れそうになった涙を不覚にもサトシに見られてしまった。

 でもそんなことはどうだって良くて。

 今俺の心は、とてつもなく幸せな気持ちに満ち溢れていて。

 

 彼女達が俺に向けた言葉。それだけで──

 

 

 

 

 ──────隣は、キミなんだ。

 

 

 

 曲が終わり再び沸き起こる拍手。

 メンバー達も、やり遂げた喜びを噛み締めるように笑顔を浮かべている。

 

「……そうだ!大事なこと言い忘れてた!」

「穂乃果?」

「穂乃果ちゃん……?」

「えへへ……」

 

 穂乃果に疑問の目を向けていたメンバーだが、どうやら何をやりたいか察したらしい。

 

「今日私たちは再び駆け出します!新しい夢に向かって!!

 

 

───────μ's!!」

 

 

 楽しみで仕方ないよ

 

 君達と歩む未来が

 

 俺を隣に立たせてくれて

 

 本当にありがとう

 

 

 ───必ず俺が、君達を守るから

 

 

 

 

 

 

『ミュージック……!スタート!!』

 

 

 

 

 




応援ありがとうございました!!

ってなってもおかしくない終わり方でしたね笑
背中合わせの2人は、もう少しだけ続きます。
最後までお付き合いよろしくお願いします!

新たに評価していただいた、

孤独の龍さん、ガバガバクラスターさん、ことりちゃああんさん
ありがとうございます!今後もこの小説を宜しくお願いします!

そして宣伝です!
以前連絡した鍵のすけさんの「ラブライブ!サンシャイン!!企画小説第3弾」が本日21時から公開となります!
自分は9月12日分の投稿となりますのでそちらの方もどうぞよろしくお願いします!

それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【朝日優真の答 III 】アリガトウ

72話 【朝日優真の答 Ⅲ 】アリガトウ

 

 

 

 ライブの終わった後、観客を外へ誘導し終えた俺はある2人の姿を探して舞台裏へと足を運んだ。

 

 しかし俺の目に映ったのは、7人だけ。

 探していた2人の姿は、そこにはなかった。

 

「……優真くん」

「ん……花陽」

「───凛ちゃん、だよね」

「……おう」

「伝言が、あるの」

「伝言……?」

 

 

「───『気持ちに応えてくれるなら、部室に来て欲しい』って」

 

 

「……そっか」

「行くの……いや、なんでもない。ライブ、上手くいったよ」

「知ってるよ……全部見てたんだから。本当に綺麗だった」

「えへへ……ありがと」

 

 照れたように笑う花陽。その笑顔を見ていると俺も自然と笑顔になる。

 

「……じゃ、俺行くわ」

「うん……優真くん」

「ん?」

「……ううん、なんでもないよ。これからもよろしくね」

「……おう、当たり前だ」

 

 そう言って頭を撫でると、花陽は嬉しそうに笑った。そんな花陽を背に、俺は歩き出した───のだが。

 

「……優真」

「……絵里」

「……希はさっき出て行っちゃったわ」

「ん……そうか。わざわざありがとう」

「行くの……よね?」

「行くよ」

「そう……」

 

 絵里は俺から顔を背け、寂しげな目を浮かべた。思い出すのは……昨日のやり取り。

 

「絵里……」

「もう。そんなこと考えなくていいのっ」

「だからなんで考えてることわかるんだよ」

「私を誰だと思ってるの?」

 

 ふふん、と笑った後少しだけ悲しげな笑顔で絵里は言う。

 

 

「────“友達”、でしょ?」

 

 

「……そうだな」

「しっかりね、ヘタレ優真」

「ヘタレ言うな!」

 

 絵里は悪戯っぽく笑うと、皆の元へと駆け出していった。

 

 ……行こうか。

 

 『気持ちに応えられるなら、部室に来てくれ』と言った凛。

 

 どこにいるかはわからない希。

 

 俺が向かうべき場所は────

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 4月、桜が満開のある日。

 取り巻く陽気も学生の新しい始まりを祝っているみたい。

 ずっと一緒にいる幼馴染と合流して、2人でとある場所へと向かう。

 

 そして見つけた、その後ろ姿。

 

 

 

「優兄ィーーーーーーーーー!!」

 

 

 私…星空凛は、大きくその名前を呼んだ。

 優兄ィはビクッと肩を震わせ、不機嫌そうな顔をして振り向く。

 

「優兄ィ!入学おめでとうだにゃ!」

「よぉ、凛。朝から元気だなお前は」

「だってだって!今日は優兄ィの記念すべき入学式なんだよ!逆にどうしてテンション低いの!?」

 

 笑顔でそう言ってみたけど、優兄ィは苦笑いを浮かべるばかり。そんな様子を見かねたかよちんが、凛に話しかけてきた。

 

「凛ちゃん、優真お兄ちゃんが疲れた顔してるよぉ…」

「花陽は優しいな。凛も元気があるのはいいことなんだけど、時と場合を考えような…」

 

 凛には苦笑いなのに、かよちんには優しい笑顔を浮かべた優兄ィ。そんな優兄ィを見て、思わず不機嫌になってしまう。

 

「考えてるよ!だからこそだにゃ!今日は祝うべき日!だから凛のテンションも上がるにゃー!」

「何に向かって叫んでんだよ…。絶対朝っぱらから迷惑だって」

 

 

 

 優兄ィ。朝日優真お兄ちゃん。

 

 凛が小学校4年生の頃、近所に引っ越してきた男の子。引っ越してきてからはかよちんと優兄ィと一緒に過ごすことが多くなった。

 

 いつも優しく見守ってくれて、ずっと凛たちを大切にしてくれた優兄ィ。本当に楽しい日々だった。

 

 

 ────でも

 

 その日々は、凛が小学6年生になった年に

 

 奪われた

 

 

 初めて聞いたときは、信じられなかった。

 優兄ィが、誰かに暴力を振るったなんて。

 何かの間違いだと、思いたかった。

 

 それから優兄ィは部屋に閉じこもるようになり、どれだけ会おうとしても会うことは叶わなくて。

 会えるようになった8月の中旬に見たときは、もう以前のように笑う優兄ィの面影はどこにも無くなってしまっていた。

 

 でも。それでも。

 

 凛は頼まれていたから。

 ママに、『優真の側にいてあげて』って。

 だから凛は、ずっと優兄ィの側にいた。

 

 どれだけ突き放されても、必要とされなくても

 

 凛は優兄ィの───チカラに、なりたかった

 

 

 それから優兄ィの中には、『もう1人の優兄ィ』がいることを知った。友達を傷つけたのは、もう1人の優兄ィだったということも。

 だから正直、怖かった。

 優しい優兄ィの中には、怖い優兄ィがいるんだと、12歳の頃の自分にはそんな風にしか思えなかった───あの日、直接会うまでは。

 

 

──『それから、凛』

『っ!は、はいっ』

 

『───コイツの支えになってやってくれ』

 

『え……?』

『じゃあ後は─────頼んだ』──

 

 

 あのとき話してみて思った。

 なんだ、全然怖くないやって。

 優兄ィを……“もう1人の自分”を心配する気持ちを、優兄ィとは違う黒い瞳から強く感じたから、もう1人の優兄ィ──“ユウガ”も、優兄ィなんだって心が理解した。

 

 そんな“ユウ兄ィ”は、凛に言ったから。

『支えになってくれ』、と。

 だから凛は、側にいる。どれだけ拒まれても、突き放されたとしても。優兄ィを1人にはしない。

 

 ママが居なくなって2週間たった。凛はこの日、優兄ィと衝突した。お互いの思いをぶつけ、言い合い、そしてそこで───優兄ィは、“変わった”。

 

 

 

「……ねぇ、優兄ィ」

「突然おとなしくなったな…。どした?」

 

 

 笑顔が少し、冷たくなった。

 

 言葉遣いも、硬くなった。

 

 前よりも、やけに大人びた。

 

 

 不審に思ったけれど、ママが言い遺した言葉の通りに共学になった音ノ木坂学院を受け、見事に合格して新たな旅立ちを迎えようとしている大切な“お兄ちゃん”を見て、安心した……ずっと自分の心の中に閉じ籠ろうとしていたあの頃に比べれば。

 

 だから精一杯応援したかった、祝いたかった。

 そして側にいたい──凛の願い通り、必死に変わろうとする大切な幼馴染の側に。

 

 

 

「本当に学校、行くんだねっ」

 

 

 

 学校に行く。これは優兄ィが過去を乗り越えようとしている意志の、明確な現れ。そんな意志は嬉しくもあり、心配でもあった。

 無理をさせているんじゃないか、って。

 

 そんな心配から零れた言葉。

 それを受けた優兄ィはしばらく不思議そうな顔をして……ふと笑う。先程までの苦笑いとは違う、優しい笑顔で。

 

 

「ああ。大丈夫。心配するな。お前が気にすることじゃないよ」

 

 

 凛の考えを見透かしたように気にするなと言われてしまった。でも、その時に見た笑顔は……凛が知ってる優兄ィのものとは違って見えて。

 

「そっか……うん!わかった!今日は帰ってきたらパーティーだからね!かよちんと待ってるから早く帰ってくるにゃ!」

「やっぱり大袈裟なんだって……」

「いっ、いってらっしゃい優真お兄ちゃん!頑張ってくださいねっ!」

「いや、たかが入学式だぞお前たち…」

 

 はぁ、とため息を1つ吐いて優兄ィは凛たちを振り返り、音ノ木坂へと歩き出した。

 その背中を見送りながら、凛は思う。

 

 凛は、何があっても優兄ィの側にいる。

 ずっと一緒にいて、凛が優兄ィを守ってみせる。

 優兄ィが、凛にしてくれたみたいに。

 

 

 ───この気持ちが、恋心と気づくこともなく

 

 ───この時の優兄ィが、()()()()()()()()()()と気づくこともなく

 

 

 月日は流れ───

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 私…星空凛は夕暮れに染まる部室で1人、窓の外を眺めながら昔を思い出していた。

 

 ……本当に、ダメだなぁ。

 

 凛だけだったのに。

 優兄ィの真実に、気付けたのは。

 思い返せば、その兆候(サイン)はいくらでも転がってたのに。

 

 ──だからこそ

 

 優兄ィがもし、自分と同じ気持ちを持ってくれてるなら。今度こそは……今度こそは。

 

「っ……」

 

 今度こそは、隣で支えたい。

 “自分自身”で変わることを決めた、優兄ィの隣で。

 

 無意識のうちに、制服のリボンを握りしめてしまっていた。『あの日の優兄ィのリボンも青だったなぁ』、何てことを思いながら。

 

 かよちんに、優兄ィがもし気持ちに応えてくれるならここに来るように伝えてもらっている。

 だから後は待つだけ。祈って、信じて。

 

 

 その時

 

 

「───お待たせ」

 

「優……兄ィ…?」

 

 ドアの開いた音に目を開くと、そこには優兄ィの姿が。

 

「……来て……くれたの?」

「当たり前だろ?」

「じゃあ……!……っ」

 

 期待に目を見開いた凛が見た優兄ィの顔。

 

 

 それを見た瞬間、全てを理解した。

 

 

「……言わないままは、良くないから」

「優兄ィ……」

「やっぱり、しっかり伝えないと」

「……そっか」

 

 

 ───ダメだよ、優兄ィ。

 

 そんな顔したら、全部わかっちゃうよ。

 

 

 

 

「俺はお前が好きだ」

 

 

 

「………」

 

 

 

 

「でも俺の中で───お前は俺の、“妹”なんだ」

 

 

 

「………そっか」

「………ごめん」

「んーん、気にしなくていいよっ」

「……ほんと、ごめん」

「もう……大丈夫だってば」

 

 そう言っても、優兄ィは俯いたまま。

 そんな優兄ィを見て────

 

「あーもうっ!!」

「ってぇ!!なにすんだよ!」

 

 優兄ィの頭に、チョップをかました。

 ──普段優兄ィが、凛にそうするみたいに。

 

「いるんでしょ?好きな人が」

「…………ああ」

「だったら、行かなきゃ。待ってるよきっと」

「………本当自己中だよな、俺」

「えっ……?」

 

 優兄ィは顔を上げたと思うと、自嘲気味な笑顔を浮かべていた。

 

「お前を泣かせたくないとか言いながら、結局俺は何回お前を傷つけるんだろうな……本当、最低だ。いつもお前に支えられてばっかりで……」

「……そんなこと考えてたの?」

「え……」

 

「凛がどれだけ優兄ィに支えられたと思ってるの?こうしてみんなとスクールアイドルになれたのも優兄ィのおかげ。凛が小さい頃から優兄ィはずっと凛を助けてくれた。助けてもらってるのは、凛の方だよ。

それにね……じつは少し、嬉しいんだにゃ」

 

「嬉…しい?」

 

 不思議そうな顔をした優兄ィに、凛は笑う。

 

 

 

「だって───()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「っ……!」

「凛はそれが1番嬉しい……優兄ィが幸せになる時、横にいるのは自分がよかっただけだから。“妹”としてじゃなくて、1人の女性として、優兄ィを支えたかった……そんなわがままを優兄ィに押し付けただけ」

「凛……」

 

 

 そう。だから。

 

 

「───幸せにならなきゃダメだよ、優兄ィ」

 

 

 

 笑わなきゃ。優兄ィに心配をかけないように。

 優兄ィに幸せになってもらうために。

 

「………ありがとな、凛」

「うん。ほら、早く行くにゃ!」

「……おう」

 

 優兄ィは何か言いたそうだったけど、優しく笑って部室を出て行った。

 残されて凛は1人呟く。

 

「───これで、いいんだよ」

 

 

 優兄ィの幸せが、凛の幸せだから。

 

 

▼▽▼

 

 

 私…小泉花陽は凛ちゃんの様子を見に行こうと部室に向かって歩いていました。そしてその途中───

 

「……優真くん?」

「……花陽」

 

 部室の方向から歩いてきた優真くんと遭遇しました。

 

「どうしたの?」

「……部室に、行ってきた」

「部室に……っ!じゃあ……!」

「花陽」

 

 思わず笑顔になりかけた私を優真くんは言葉で制しました。

 

「優真……くん?」

 

 

「凛のこと────頼んだ」

 

 

「え……あっ!」

 

 優真くんはそれだけ言い残してすぐに去って行ってしまいました。

 一体どういう───?

 

 不審に思った私は部室へと駆け出す。

 開いたままのドア、そこに立っていたのは……

 

「………かよちん…っ」

「凛、ちゃん……」

 

 振り向いた凛ちゃんの表情は、笑顔でした。

 

 ───止めどなく流れる、大粒の涙を携えて

 

 

「───ダメっ……だっ、たぁ………!」

 

 

 声は震え、か細い。

 必死に笑おうとしているけど、唇は歪んでいて、噛み締めていないと、今にも泣き出してしまいそう。

 

 そんな凛ちゃんの姿を見て────

 

「っ……!かよ…ちん……」

 

 私は大切な幼馴染を、抱きしめた。

 

「……いいんだよ、我慢しなくたって…」

「……な、んっ……」

「泣いてよ、凛ちゃん……そうじゃないと、私も心配だよっ…」

「……っぁあ……ぁぁ…っ!」

 

 そして嗚咽はだんだん大きくなり──

 

 

「ぁあぁあああぁぁぁああぁぁ……!!」

 

 

 凛ちゃんの叫ぶような泣き声が部室に響き渡る。

 

「優兄ィ、優兄ィ……優兄ィぃ……っ!!ぅぁああぁぁあん………」

「凛ちゃんっ……凛ちゃん……」

 

 優真くんの名を何度も呼びながら、凛ちゃんは涙を流し続ける。凛ちゃんの涙で、制服の肩がびしゃびしゃに濡れていくのを感じる。

 私に出来ることは、凛ちゃんの悲しみを一緒に感じて、一緒に泣いてあげることだけ。

 

「あぁ、ああぁっ……優、兄ィ……」

「大丈夫っ、大丈夫だから……」

 

 

 それでも私は

 

 一緒に泣いてあげることしかできない自分を

 

 

 強く呪った

 

 

 

▼▽▼

 

 

 ───振り向くな。

 

 背後から聞こえる泣き声を聞きながらも、俺はそこに向かうことはしなかった。

 

 

 

 俺にそこに向かう資格はない。

 “それで傷つく資格”も、俺にはない。

 

 

 自分が選んだ結末だ

 

 こうなることはわかってただろ

 

 この胸の痛みも錯覚だ

 

 悩んだ末に覚悟を決めたじゃないか

 

 

 忘れろ。忘れろ。

 こんな苦しみ、嘘だ。

 本当に苦しいのは俺じゃない、アイツだ。

 

 自分自身に言い聞かせながら、俺は校舎を歩いている。

 しかしその歩みはふと止まり────

 

 

 

「──────凛……っ」

 

 

 

 呼んだ。大切な、大切な幼馴染の名を。

 “自分が凛にしてきたこと”は、本当に彼女の力になっていたのだろうか。俺が一方的に支えられていたんじゃないんだろうか。

 

 

 ─────わかってんだよ

 

 

 さっき凛が無理矢理俺を励ましてたこと。

 俺の背中を押すために笑ったこと。

 俺を応援したい気持ちと、俺の隣に立ちたい気持ちがせめぎ合って、どうしようもなくなってること。

 

 

 全部全部、わかってんだよ───!!

 

 

 幼馴染───なんだから。

 

 

 拳を握りしめ、唇を噛み締める。

 これで良かったんだと思う反面、これで良かったのかという思いに駆られてしまう。

 

 

 でも。だからこそ。

 

 

 俺は─────

 

 

 再び顔を上げる。立ち止まる暇なんてない。

 

 そして俺は再び校舎の中を歩き出した。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 

 

 終わった、全部。

 

 私…東條希は屋上で1人、今日のことを思い出しながら夕日を眺めていた。

 

 私が夢見た奇跡。

 

 奇跡(μ's)は優真くんの力で完成し、一度取り返しのつかなくなる寸前まで壊れ、再び優真くんの力で強く結ばれて今日復活した。

 

 ───本当に、感謝してもしきれないよ。

 

 最後にもう一度、あんなに素敵な景色を見られた。

 

 中学時代友達のいなかった私に、彼が居場所をくれたように。

 高校時代になっても彼は、こんな素敵な居場所をくれた。

 

 たくさんの思い出をくれた。

 

 

 だからもう、十分だよ

 

 

 私はもう───何も要らない

 

 

 この思い出を大切にして、私は音ノ木坂(ここ)を旅立つよ。

 

 

 

 

 

「ここにいたのかよ」

 

 

 

 

 ふと呼びかけられた声。その声の主は見なくてもわかる。

 

 

「……優真くん」

「どうしたんだ?こんな所で」

「んーん……1人になりたかっただけ」

 

 こっちに歩み寄ってくる優真くんを、笑顔で出迎えた。

 

「……何考えたんだ?」

「今までのこと……今日のこと。優真くん、ありがとね」

「俺は何もしてねぇよ。あの成功はμ'sみんなで作り出したものだろ。お前たちの辿ってきた足跡が、あの成功を生んだんだ」

「それもだけど……μ'sをもう一回、取り戻してくれて」

「あれは……実際お前や絵里の力があればいけただろ」

 

 私の言葉に、優真くんは照れたように顔を背けた。そんな彼の様子を見ていると思わず笑顔になってしまう。

 

「ううん。優真くんにしかできなかった。穂乃果ちゃんを取り戻すことも、ことりちゃんを引き留めることも」

「結局ことりを引き留めたの、穂乃果と海未だぞ?」

「実際君が止めたのと変わりないでしょ?

 

……これで私は、思い残すことなく行ける」

 

「……………」

「ありがとう。最後にあんな景色を見せてくれて。キミと出会えて、本当に良かった」

 

 伝えた。心からの思いを。

 優真くんは、ただ無言で私を見つめ続けている。

 

「……じゃあね。またいつか、会えたらいいね」

 

 そう言い残し、私は屋上のドアへと歩き出した。

 これ以上一緒にいると───離れたくなくなりそうで。

 

 

 

 今度はちゃんと、言えてよかった

 

 

 

 この気持ちに、嘘はないから。

 みんなに言えないのは辛いけど、君だけにはどうしても伝えたかった。

 

 

 そして私は屋上を後に────

 

 

 

「っ───!」

 

 

 その歩みは、無理やり止められた

 

 

 背中に感じた暖かさが伝えてくれた

 

 

 

 

 優真くんが私を後ろから抱きしめている、と

 

 

 

 

 

「──────行くな」

 

 

 

「優真……くん……?」

「行くな。ここに居ろ」

 

 

 耳元で小さく……それでも確かに優真くんは囁いた。

 

 

 

 

「“背中合わせ”は────もうやめる」

「えっ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────好きだ、希」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、最終話です。
投稿日は9月17日になります。

宣伝です!
ただいま投稿されている鍵のすけさんの「ラブライブ!サンシャイン!!合同小説企画」、またたねは9月12日投稿となります!そちらの方も是非よろしくお願いします!

それでは今回もありがとうございました!
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【最終話】背中合わせの2人が向き合うとき

 

 

 

 

最終話 背中合わせの2人が向き合うとき

 

 

 

 

 

「─────好きだ、希」

 

 

 

 

 

 今、初めて伝えた俺の想い。

 機会がなかったとか、最早言い訳でしかない。

 希が旅立つこの後に及んでしか言えなかった自分を呪うのも後だ。

 

 大切な人を───引き留める

 

 ただそれだけを考えろ。

 

 

 俺の告白を聞いた希はしばらく黙っていたが、やがて正面で結ばれた俺の手を握った。

 

「希……」

 

 

 

 

「─────離してよ」

 

 

 

「えっ……」

「手を、離して」

 

 ……希のこんな声、初めて聞いた。冷たく無機質な、機械のような声。それに動揺して何も言えなかった俺に、希は再び言う。

 

 

「────離してってば!!」

 

 

 先程のように無感情ではない、寧ろ感情の篭った怒声を受けて俺は希から手を解いてしまう。

 そして希は俺に背を向けたまま数歩俺と距離を置いた。

 

 

「……やめてよ、“今更”」

「……今更なもんか」

「今更だよ。私はもう行く。君の前から居なくなる」

「希」

「私は」

 

 俺の言葉を遮り、希は俺の方を向いた。

 そしてこれも見たこともないような冷たい目で俺の方を見る……否、睨む。

 

 

「私はキミと話すことなんて何もない」

 

 

「……」

「……ふふふ」

「ん…?」

「そんな顔しないでよ、もう」

 

 希の表情が、笑顔へと変わった。

 俺は今どんな顔をしているのだろう。

 少なくとも今の俺の感情は、『嬉しい』や『楽しい』とは程遠い。

 

「キミには、たくさんいるでしょ?“キミに寄り添ってくれようとする人”が、他にもたくさん」

「っ……!」

「キミは1人なんかじゃない。だから私じゃなくても大丈夫だよ」

「お前……」

 

 何で、そんな……『自分は1人だ』みたいな、そんな言い方。

 

 

「───私なんかより、みんなの方がキミを幸せにできるから」

 

 

 希の言葉、きっと本心だ。

 いつも見たいな嘘で表面を取り繕った言葉じゃない、本当にそう思ってる。

 

「私は言えないままが嫌だったから、キミに伝えただけ。気持ちに答えてもらうつもりなんて更々なかった。だって私は……今から君の前から居なくなるもん」

 

 『居なくなる』。希はさっきからこの言葉を何度も繰り返している。最初は居なくなることを俺に強調しているのかと思った。

 

 でも多分、違う。

 

 希は言い聞かせているんだ。俺じゃなく、“自分自身”に。だったらまだ───!

 

 

「……“今更”、か」

「そうだよ、今更だよ」

「俺もそう思ってた」

「思っ“てた”?」

 

「君が空き教室で俺に思いを打ち明けてくれた時。あの時俺は、どうして今なんだ、今更じゃないかって死ぬほど思ったよ」

 

「っ……」

「でも……違う。今更なんかじゃない。だって希は、いるから。俺の目の前に、まだ居るんだ。

 

────もうどこにも、行って欲しくないんだ」

 

 

「……ダメだよ私じゃ、私なんかじゃ…」

 

 

 希は苦しそうに、その言葉を絞り出した。

 

 

「──私じゃ君をっ…幸せにできない……っ!」

 

 唇を噛み締め、苦しそうに零れ出たその言葉は俺の心に刺さった。

 

 でも。その思いは────

 

 

「幸せにできない、か……わかるよ、その気持ち。……俺も同じこと考えてる」

「えっ……?」

「俺はヘタレだし、すぐ間違えるし……一緒にいてもきっと君を何度も傷つけてしまうと思う。幸せになんてできないかもしれない」

 

 ───でもね、希。

 

「それでも俺が幸せにしたいのは、君なんだ」

「………」

「……みんな言うんだよ、俺なんかに。“幸せになって”って」

 

 絵里も、凛も。

 真姫も、海未も。

 花陽も、にこも。

 

「こんな俺に幸せが許されるなら……隣はやっぱり、君がいい」

「優真……くん」

「……俺は君を幸せに出来ないかもしれない。君が俺を幸せに出来ないっていうのなら、そうかもしれない。

 

だからさ。“相手を幸せにする”んじゃなくて、“2人で幸せになろう”」

 

「っ!!」

「俺たち2人だったら、どんなことでも乗り越えられる。今までみたいにさ」

 

 笑いかけた俺の顔を見た希は、今にも泣き出しそうな瞳で俺を見ている。

 

「………して…」

「ん…?」

 

 

「どうして今……そんなこと言うの…っ!」

 

 

「希……」

「鈍っちゃうよ、揺らいじゃうよ……せっかく我慢してたのに、忘れようとしてたのにっ…!」

 

 俯きシャツの胸元を握りしめ、震える声で希は呟く。そして顔を上げ────

 

 

「離れたく……なくなっちゃうよ…っ……」

 

 

 透明な雫が一粒、希の瞳から落ちた。

 それをキッカケにして、雫は大量に溢れ出す。

 

 涙と共に少しだけ見えた、“希の本心に隠された本心”。あと少し、あと少しでわかる。

 

 もし、君が俺と同じ気持ちなら────!

 

 俺はもう一度歩み寄り……

 

「……!!」

 

 希を、抱きしめた。今度は正面から。

 

「……君の答えが、知りたい」

「私の……答え……」

「君は今、どうしたい?」

「私は……私、は」

「──君が俺の気持ちに応えてくれるなら。俺はもう、絶対に君のことを離さない。ずっと君の側にいる。……二度と離したりするもんか」

 

 そう言って、俺は少しだけ抱きしめる力を強めた。

 

 俺の想いは、決意は、希に伝わってるだろうか?抱きしめて改めて理解させられた希の小ささ。女性の平均から考えて決して背が低いわけではない。しかし俺には今抱きしめるこの存在が、とても小さく儚いものに思えた。

 

 

 そして静寂、無音、沈黙の中

 

 彼女は俺を、優しく抱きしめ返し、言う

 

 

 

 

 

 

「私は………私、は……優真くんが、好き」

 

「おう」

 

「優真くんが、大好き」

 

「俺もだ」

 

「………うぅ、んぐっ……ぁぁ……」

 

「泣くなよ」

 

「だって……だってぇ……」

 

 

 

 泣き出してしまった希の頭にそっと手を乗せ、俺はもう一度囁く

 

 

 

「好きだよ、希」

 

「好き、好き、大好き!私も大好きっ……!!ずっと一緒に居てよぅ……」

 

「あぁ。俺はここにいる。君のそばで、ずっと君を大切にする」

 

「優真くんっ、優真くぅん………」

 

 

 

 

 急に子どもっぽくなった希の頭を撫でながら俺は思う。今まで無理して大人びようとしていたのだろう、これが希の本質なんだと。

 

 誰よりも大人で、一歩引いた立ち位置で俺たちを支えるμ'sの母。

 でもそれは、希が“なろうとしてなった希”の姿であり、本当の姿じゃない。

 

 本当の希は誰よりも臆病で、寂しがりで、常に誰かからの愛を求めていて。それでいて他者と関わることを心のどこかで恐れていて。

 

 その中でも変わらないのは、誰よりも他人を思いやることの出来るその優しさ。

 そんなどこかちぐはぐで、曖昧な心を抱えている心優しい女の子。それが東條希という人間で。

 

 

 そんな彼女のことを、本気で守りたいと思った

 

 一度は忘れた、忘れたつもりだったこの気持ち

 

 本当は希に惚れてからの5年間、一度たりとも忘れられてなんかなかった

 

 ずっと見ないふりをしていた、気づかないふりをしていた

 

 でもこの気持ちに、嘘は吐けなくて

 

 彼女は言ってくれた、『自分も同じだ』と

 

 

 だったら───

 

 

 

 

「─────ずっと俺の側に居てくれ」

 

 

「─────うん、ずっとキミの側に居させて」

 

 

 

 

 この日、ずっと“背中合わせ”だった2人が、初めて向き合った。

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫かなぁ」

「ん?なにが?」

 

 不安げに呟いた希に、俺は問いかけた。

 あれから屋上のフェンスにもたれかかり、2人で座っている。

 

「引越し……手続きは済ませてないけど、お父さんには行くって言っちゃったから。それにμ'sのみんなにも伝えるために……えりちにはメール送っちゃったし」

 

 ───────♬

 

 その時メールの着信を告げた俺の携帯電話。

 差出人を確認して、内容に目を通す。

 それを見た俺は小さく微笑み、希に声をかけた。

 

「……大丈夫。何とかなるよ」

「えっ」

「μ'sの皆のことも、お父さんのことも。俺が側にいるんだから」

「そ、そういう問題じゃ……」

「少なくとも、μ'sの方は本当に大丈夫だぞ。ほら」

 

 俺はメールの内容が表示された画面を希の目の前に差し出した。

 

「っ─────!」

 

 希はそのメールを見て…再び涙を流しながら微笑む。

 

「……えりち…」

「……全部お見通しだったみたいだな」

「そう、だね……謝らなきゃ」

「あぁ。多分内心キレてるはずだぜ?君が絵里に言わなかったことに」

「だよね」

 

 

 

《From:絢瀬絵里 

 

 

 

おめでとう。そしておかえりなさい、希》

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「……絵里、本当に良かったのですか?」

 

 ライブ終わり、希と優真を除いたμ'sの皆で帰っている途中に絵里は海未から声をかけられた。

 

「ん?何が?」

「希のこと……心配ではないのですか?」

 

 絵里はメールを見た時にその場にいた海未にだけは話していた。希が引っ越して、ここから遠くに行ってしまうことを。

 

「心配じゃないってわけじゃないけど……多分大丈夫よ。希の側には優真がいるんだから」

「絵里……」

「……最初からそうだった。優真の隣に相応しいのは希だって、希の隣が似合うのは優真だって、わかってたのにね……」

 

 昨日の出来事を思い出し、絵里の表情は暗くなる。彼女が抱えていた儚い想いは昨日の夜に打ち砕かれた。

 しかし絵里はその結果に“今まで伝えなかったこと”への後悔こそあれど、それ自体には何の未練も抱えていない。

 それどころか───

 

「……私ね、嬉しいのよ」

「嬉しい……?」

「うん……私の大切で、大好きな親友同士が結ばれるなら……2人が幸せになるなら、こんなに嬉しいことはないわ」

「絵里……」

「2人の過去を聞いたでしょう?そのあとなら殊更そう思うわよ。優真も帰ってきて、μ'sも復活した。優真は私達にたくさんのものをくれたわ。だからあとは……」

「“先輩が幸せになるだけ”、と?」

 

 海未の言葉に、絵里は笑顔で頷いた。

 

「だから私達は支えましょう、あの2人を。優真と希が私達を支えてくれたみたいに」

「……そうですね」

 

 絵里の言葉に嘘はない。

 それが伝わったからこそ、海未も安堵して笑った。

 

 

 

「あー楽しかったね!今日のライブ!ねっ、ことりちゃん!」

「うん!今までで1番楽しかった!」

 

 その少し前、穂乃果とことりは今日のライブのことを思い出しながら2人で歩いていた。昼まで2人の間にあった亀裂など微塵も感じさせないほど楽しそうな声を響かせながら。

 

「穂乃果アンタ、ステップ周りより少し遅れてたじゃない」

「わっ、にこちゃんやめてよ!自分でもわかってるんだから!」

「あとラスサビに入るところの立ち位置もズレてたわね。私と絵里がフォローしたからどうにかなったケド」

「もーう真姫ちゃんまで!」

 

 前を歩いていた真姫、にこの2人も混ぜた穂乃果以外の3人がその様子を見て笑った。

するとふと穂乃果は表情を暗くし、歩みを止めてしまった。それを不審に思ったことりも足を止め、穂乃果に声をかける。

 

「穂乃果ちゃん…?」

「……にこちゃん」

 

 名指しを受けたにこと隣にいた真姫の足も止まった。

 

「あのねにこちゃん、私……」

「謝ることなんて何もないわよ」

「えっ…?」

「私が怒ってたのは、アンタがアイドルを辞めるなんてぬかそうとしたから。今アンタはこうやってμ'sの一員として私の目の前にいる。私がアンタに怒る理由なんてないじゃない」

 

 穂乃果の方に顔だけ向けながら、にこは笑う。

 

「にこちゃん…!」

「……ごめんなさいね、穂乃果。酷いこと言っちゃって」

「わあぁ!?ダメだよ!!なんでにこちゃんが謝っちゃうの!?」

「私が謝ればアンタは慌てるでしょ?」

「性格悪いよっ!!」

 

 終始ニヤニヤしているにこと、あたふたして忙しない穂乃果。そんな2人を見て真姫とことりも笑うのだった。

 

 

 

「穂乃果ちゃん達仲直りできてよかったね、かよちん!」

「うん……」

 

 その4人よりも少し前を、凛と花陽の2人は歩いていた。一見普段通りの笑顔に見える凛。しかしそんな凛のことが花陽は心配で気が気ではなかった。

 部室で幼馴染を送り出し、大泣きした後吹っ切れたかのようにケロっと笑って見せた凛。本当に吹っ切れているのかもしれないが、花陽にはどうしてもそんな風には思えなかった。

 

 花陽は知っていた。凛がどんな思いで優真を見てきて、優真を支えてきたのか。それに気づいていなかったのは凛本人と優真ぐらいのもので、いつも側にいた花陽からすれば簡単に解が出せる問いだった。

 だからこそ、こんなに簡単に吹っ切れるわけがない。それが花陽の考え。今見せている笑いも無理をしているんじゃないかと気が気でなかった。

 

「凛ちゃん、あの」

「大丈夫だよっ」

「え……?」

 

「大丈夫。凛は、大丈夫っ!」

 

 何度も繰り返した大丈夫。その姿が花陽には、“もう1人の幼馴染”の姿と重なって見えた。

 

 

 

 その姿に、花陽は全てを悟った

 

 

 

「そっか……」

「うん!心配ありがとうね!」

 

 

 幼馴染の影から卒業した彼女

 

 幼馴染の影を追い求める彼女

 

 

 ずっと一緒だった2人は、違う道を歩みだした

 

 

 

 

「みんな、ちょっと止まって!」

 

 後方から聞こえた絵里の呼びかけに、皆の足が止まる。

 

「今優真からメールが来たんだけど……今から改めて優真の家でパーティを開かないか、って。μ'sの復活、ライブの成功、そして改めて廃校阻止を祝うために」

「パーティ!?やりたいやりたい!」

「楽しそうだにゃ!」

 

 勢いよく食いついてきた穂乃果と凛に、絵里は思わず笑みが零れる。他の皆も、パーティと聞いて嬉しそうだ。

 

「決まりね!それじゃあ買い出しに行きましょ!」

 

『おーっ!』

 

 

 そして彼女達は夕暮れの中歩き出した。

 

 

 あの日朽ち果てた女神達の光は今、再び輝きを取り戻し、自らの未来を明るく照らす。

 

 

 9人と1人の物語は、これからも続いていく。

 

 

▼▽▼

 

 

 

「本当に良かったん?」

「まだ言ってんのかよ」

 

 屋上を後にした俺たちは、改めてパーティの準備をするために帰ろうとしていた。今のやり取りは、下駄箱を出てすぐの会話だ。

 

「いや、そうやなくて。いきなりキミの家でパーティなんて開いて」

「あぁ、そのことか。気にしなくて大丈夫。どうせ一人暮らしだし、早いとこみんなで集まってお祝いしたかったしな」

「そっか……ならいいんやけど」

 

 希は安心したように笑ったが、俺には気になることが1つ。

 

「希…」

「ん?どーしたん?」

「お前、喋り方……」

「えっ?あぁ」

 

 俺に言われて初めて気がついたかのような反応をとった希。彼女は笑いながら言葉を続けた。

 

「今なんか自然とこっち(関西弁)になっちゃってた……おかしいよね?」

「おかしくねぇよ。お前が変わろうとして変わった証だろ?その関西弁は。μ'sのみんなを繋いだ、大切な女神の存在の証だろ?」

「……そっか、うん!そーやねっ!」

 

 

 

「ねぇ」

「ん」

 

 

「───“ウチ”は“優真くん”のこと、大好きよ?」

 

 

「──! ……あぁ、俺もだよ、“希”」

「えへへっ」

 

 

 そう言ってどちらからともなく手を繋いだ。

 意外だ、と思うかもしれないが、俺たちは一度も手を繋いだことはない。抱き締めたことも、頭に手を乗せたこともあれど手を繋いだことだけは一度もなかった。

 肝試しの時に握ったのは腕だから事実上初めて。

 

 こんなに小さくて、か弱かったんだ。

 

 そんな彼女のことを、本気で守りたい。

 

 心の底から、強く願う。

 

 

 

 繋いだこの手を、向き合った心を。

 

 

 

 

 ───隣り合わせの君を、絶対に離さない。

 

 

 

 

「行こっか」

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 背中合わせの2人は、もう居ない

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

『ラブライブ!─ 背中合わせの2人。─』

 

 

 

 

 

 

                    fin.




ここまでお読みいただいた皆様、本当にありがとうございます。
これにて背中合わせの2人、完結です。
アニメ一期までの物語でしたが、お楽しみいただけたでしょうか。
今から続く文はこの作品について、次回作および今後の予定です。


まず改めまして、背中合わせの2人を最後までご覧頂き本当にありがとうございました。
私はこの作品を結末までストーリーを考え抜いてから書き始めました。
そうじゃないとあんな伏線張れませんからね笑

───それはもちろん、二期のストーリーも含みます。

実は背中合わせの2人は、二期分のストーリーも存在するのです。
それを書かなかった理由は大きく分けて2つ。

1つは、作者のモチベーションの重点が「ラブライブ!サンシャイン!!」二次の方へと移りつつある、ということです。
ストーリーももう考えてあります。次に書くのはその話になるかと。

2つは…これが1番なのですが、こやつらが「背中合わせ」じゃなくなった事です!!ガッツし向き合っちゃったから!!

なので私がもし、もし二期の話を書く事になれば、背中合わせの2人にではなく、別作品として投稿する事になると思います。正直、二期も書きたいです。ストーリーも考えてありますし、二期に使う伏線も背中合わせの2人の中に残っています。中西さんの問題とか解決してないですからね笑

みなさんの感想要望次第では、二期を書く事になる……かもしれないです。

そして先ほど触れた次回作…「背中合わせの2人」を読んで頂いた方はより楽しめる作品になる予定なので、そちらもよろしくお願いします!投稿時期は早ければ来月、遅くとも11月には公開する予定です!

長々と語りましたが、読者の皆様にはどれだけ感謝してもしきれません。
今回気づいていただけたと思いますが、挿絵を描いていただきました。
作家の仲間であり、絵師であるこつめ様、美夜様、本当にありがとうございます。
実は最終話公開の今日、9/17は背中合わせの2人、投稿1周年でございます。
本編73話、長編となりましたが今まで本当にありがとうございました。


それではみなさん、またいつかお会いしましょう!!




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【1.5期】間章:『背中合わせの2人が向き合ってから』
【UA100000突破記念】行こうよ!!温泉旅行!!


お久しぶりです!!
完結から約半年、新章を引っさげて『背中合わせの2人』が帰ってまいりました!
早速ですが本編をどうぞ!


 

ex1話 行こうよ!!温泉旅行!!

 

 

「見えたーー!!!!」

「ついたにゃーーー!!!!」

「お前ら、うるせぇ!!」

 

 

 8月某日。夏休みも終盤に差し掛かった時期。

 この時期は冬にきたる受験に向けて基礎を固め、秋への飛躍に向けての下積みを行う時期であり、もちろんそれは高校三年生の俺……朝日優真(あさひゆうま)も例外ではない。

 

 ないのだが……

 

「あぁ凛ちゃん待ってぇー!!」

「穂乃果、凛、花陽!あまりはしゃがないでくださいみっともない!」

「まぁまぁ海未ちゃん落ち着いて……」

 

 そんな勉強尽くしの日々の合間を縫い、俺は一泊二日の旅行に来ていた。

 賑やかな同行人達と共に。

 

「ふぅ……バスって疲れるのね」

「真姫……アンタバス乗ったことないの?」

「さすがはお嬢様ね……」

 

 その同行人とはもちろん、俺の大切な仲間であるμ'sの皆。というか、旅行の発案者がいま真っ先に旅館目掛けて駆け出して行った我らがリーダー、高坂穂乃果(こうさかほのか)だから。

 

「……うぷっ……吐く……もう無理……」

「悟志くん……乗り物弱かったんやな」

「じ、自分が運転しないと……酔う……」

 

 そして今にも嘔吐(ゲロ)りそうなコイツ、俺たちのサポートメンバーとも言えるような存在の剛力悟志(ごうりきさとし)も一緒だ。今回俺たちは前の合宿のように車での移動ではなく、電車とバスという公共交通機関を用いての移動だった。

 ポケ◯ンのゴー◯キーみたいな見た目のコイツはその見た目に反して弱点が非常に多い。“乗り物酔い”もサトシの数多い弱点の1つである。

 

「優兄ィも早くおいでよー!」

「り、凛ちゃん大声出したら迷惑だよ!!」

 

 穂乃果と共に駆け出し、誰よりも早く自動ドアの前に辿り着き俺の名前を呼びながら手を振るのは俺の大切な幼なじみ、星空凛(ほしぞらりん)。そんな凛を注意しようとして凛よりも大きな声を出してしまっているのが小泉花陽(こいずみはなよ)。彼女も俺の大切な幼なじみだ。

 

「……ったく…」

「優真先輩、どうしてあの3人から目を離したのですか!」

「俺が悪いっていうのかよ!?海未!どっちかっていうとお前の仕事だろ!」」

「2人とも、みっともないよっ?」

 

 俺に責任転嫁してきたのは、園田海未(そのだうみ)。2年生でありながらμ'sの練習を取り仕切るしっかり者だ。

 そんな俺たちの間に割り込んできたのが(みなみ)ことり。μ'sの衣装担当で衝突しがちなメンバーをまとめるのも主に彼女。

 

「ほらアンタ達、そんなとこに突っ立ってないで早く行くわよ」

「そう言いながらにこ、貴女も早く旅館の中ではしゃぎたいんじゃないの?」

「なっ……!そ、そんなわけないでしょ絵里っ!この私がたかが旅館ごときで喜ぶわけが」

 

 そう言いながらも、矢澤(やざわ)にこは先程からそわそわとする様子を隠せていない。本当は今すぐにでも駆け出して穂乃果や凛と共にはしゃぎたくてうずうずしているはず。

 そんなにこを見ながらクスクスと笑っているのは、絢瀬絵里(あやせえり)。海未と共にμ'sを練習でも、精神面でも引っ張る良きお姉さんといった存在だ。

 

「はぁ……んじゃま、俺たちもいこうか」

 

 俺の声と共に残りの皆も歩き出した。

 

 

 

 

「西木野様ですね?お待ちしておりました」

「え…あぁ、はぁ」

 

 ロビーへとたどり着くと、女将さんと思わしき人に話しかけられてあたふたしている3人の姿が。

 

「どうした?穂乃果」

「あ、優真先輩……」

「ようこそいらっしゃいました。長旅の疲れもあるでしょう、早速お部屋の方へご案内致しますので」

「あ、あの!どうして私達が“西木野”ってわかったんですか……?」

 

 穂乃果の疑問に、女将さんは笑顔で答えた。

 

「ご冗談を……今晩この旅館に来館される方々は、西木野様一行以外にはいらっしゃいませんよ?そういうお話でしたので」

「はい??」

 

 女将さんの言葉に、俺を含めμ'sの皆の顔はキョトンとしたものになる。

 

 ……ある1人をを除き。

 

「……なぁ、真姫」

「ん?何?」

「この旅館予約してくれたのはお前だよな?」

「ええそうよ」

「どんな風に?」

「え?えーっと……────」

 

 

 

 

『……はい、お電話ありがとうございます』

『あ、あの、と、泊まりたい、んです、けど』

『え?』

『ご、ご宿泊を、したいんです』

 

 

 

「お前たどたどしすぎだろ」

「し、仕方ないじゃない!慣れてなかったんだから!!」

 

 

 

『あ、ご宿泊の予約でございますね。かしこまりました。何名様でのご利用でございますか?』

『あ、11人です。1泊2日でお願いします』

『かしこまりました。11名様ですので、お部屋は3つでお取りしてよろしいでしょうか?』

『へ?お部屋?』

『えっ?」

 

 

 

「別に聞き返すところじゃなくないかにゃ?」

「うるさいわね!慣れてなかったって言ってるじゃない!」

「慣れてる慣れてないの話じゃないと思うけど……」

 

 

 

 

『あの、私達、そちらの旅館に、泊まるんです』

『は、はぁ』

『だから、借りさせてください』

『か、かしこまりました。ですから、何部屋』

 

 

『───この旅館丸ごと』

 

 

 

「待て待て待て待て!!」

「? どこかおかしかったかしら」

「そこだよ!!旅館丸ごとのところ!!」

「え?だって泊まるんでしょ?旅館借りないでどうするのよ」

「違う真姫、部屋だ、宿泊予約をするのは旅館ごとじゃない、部屋単位だ!!」

「っ─────!?」

「そんな深刻そうな顔して驚く!?一般常識だぞ!?」

 

 その場に崩折れんばかりの勢いの表情で彼女……西木野真姫(にしきのまき)は衝撃を受けていた。

 『知らなかったわ……』と小声で呟くあたり本当に悪気はなかったのだろう。

 しかし真姫がここまでお嬢様とは……真姫なら旅行とか慣れてるかなって思って頼んだんだけどそういえばそうだね、普通に考えて旅館じゃなくて別荘行くよね。確実に俺の人選ミスですごめんなさい。

 

「っていうか、よく旅館ごと借りられたな……」

「『西木野』って名字を伝えたら快諾してくれたわ。なんでもここの旅館、たまたまウチと少しだけ関係があるらしくて」

「お、お金は?」

「元々みんなが立ててたプランのままで問題ないわ」

 

 その瞬間真姫以外の皆がほっと胸を撫で下ろした。やはり皆そこが心配だったようだ。

 

「みんな……ごめんなさい。私のミスでこんなことに」

 

 真姫が申し訳なさそうに俯き、彼女の紫水色の瞳が陰る。

 そんな彼女に声をかけたのは───

 

「大丈夫よ、真姫ちゃん!」

「……希」

「別に損したわけやないし、それにこんなに素敵な旅館をウチらだけで使えるんやから!ねっ、みんな!」

「そうだよ真姫ちゃん!貸切だよ、貸切!」

「テンション上がるにゃー!」

「みんな……」

 

 みんなからの声を受けて、真姫は少しだけ笑った。

 暗いムードになりかけていたが、真姫の笑顔によってそれは見事に払拭される。

 流石、の一言。

 こんな芸当、彼女にしかできない。

 その彼女というのが─────

 

 

「─────“優真くん”もそう思うやろ?」

 

 

「……あぁ。そうだな、“希”」

 

 

 東條希(とうじょうのぞみ)。俺と共にμ'sを創り、裏で支えたμ'sの“母”。μ'sというものは希の願いであり、俺と希が夢見た奇跡なのだ。

 

 そして彼女は文字通り────

 

 

「なーにいちゃついてんのよバカップルが」

「なっ……!い、今のは別にそんなんじゃねぇだろ」

「あー、優真先輩顔真っ赤だ!」

「はぁッ!?」

「うっそ〜〜〜!!」

「……穂乃果、張っ倒す」

「わ、冗談冗談!!ごめんなさぁーーい!!」

 

 

 ───彼女は文字通り、“彼女”なのだ。

 

 5年前、俺は希と出逢った。

 俺たちは互いに惹かれあい、その淡い恋心を抱きながらもそれを伝えることもないまま、離れることになった───周囲の歪んだ悪意に阻まれて。

 

 そして2年前の4月。高校入学時にこっちに帰ってきた希と俺は再会した。

 

 

 離れた後でも同じ思いを抱えていた俺たちは

 

 ───互いの気持ちに、嘘を吐いた。

 

 彼女は、俺のために。

 

 俺もまた、俺のために。

 

 

 そんな想いは紆余曲折を経て、つい先月結ばれた。本当は紆余曲折なんて言葉じゃ済まされないほど色々あったのだが、それを振り返るのは、またいつか。

 

 

「……ほら、女将さん待たせてんだろ、行くぞみんな」

「よーしそれじゃみんな!!せっかくの貸切の旅館、目一杯楽しむわよ!!」

『おー』

「ぬゎんでにこの時にはいつも反応薄いのよッ!!」

「いつも通りだろ」

「みんな、いこーう!!」

『おーっ!!』

「ちょっとぉッ!待ちなさぁぁぁあい!!」

「……ホント、いつも通りだな」

 

 

 でも。

 

 そんな“いつも通り”に嬉しさを感じた俺は、少しだけ溢れた微笑みを隠して、皆の後を追いかけた。

 

 

 

 今から紡がれるのは、“俺たちの奇跡”のひと夏の思い出。

 

 

 

 ───“背中合わせの2人”が向き合ってから

 

 

 

 そんなお話。




というわけで新章、【背中合わせの2人が向き合ってから】です。
時間軸的には1期と2期を繋ぐ、1.5期のようなものとなっております。

温泉旅行編に加えてあと2つ、オリジナルのストーリーを用意しています!どうぞお楽しみに!

同時投稿されました『キセキの星』もよろしくお願いします!

それでは今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入りなどお待ちしております!


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【UA100000突破記念】リベンジ!!燃えよ男のロマン!!

 

 

 

ex2話 リベンジ!!燃えよ男のロマン!!

 

 

「これでよし、と……」

「ユーマ、着替え終わったか?」

「おう、待たせたな」

 

 あれから男女ごとに部屋に別れ、荷物整理兼着替えを済ませることになった。あ、着替えっていうのはあれね、浴衣ね。

 

「ん……ユーマ、帯しっかり締まってねぇぜ」

「お、マジか。悪りぃなサトシ」

「気にすんな……っと!よし」

「ありがと。にしてもお前、浴衣慣れてるんなだな」

「まぁそれなりに。俺ん家は基本家の中じゃ和服なんでな」

「へー、そうなのか」

 

 事実サトシの浴衣姿は着慣れて見えるし、サトシの男らしい体格も相まって普段より2割増しくらいでかっこよく見える。

 加えてここの浴衣、紺色の布地を基調としたものなのだが、異様に質が良い。表面の触り心地も良く、肌に触れても不快感が全くない。

 

「っしゃユーマ、行こうぜ!」

「おう、じゃあ温泉行くか。ここの旅館、源泉掛け流しらしいぞ」

 

 温泉なんて何年振りだろう。

 近所にそんなものはないし、高校入学してから一人暮らしだからシャワーで済ませるこも多い。

 故に俺は、ワクワクしている。

 恥ずかしいからあまり表に出していないが、ワクワクしている。

 もう一度言おう、かなりワクワクしている。

 そんな心境をサトシに見抜かれぬよう、必死に内面を抑えながら浴場に向かおうとしたのだが……

 

「……?」

 

 その足取りは、俺の肩を強く掴むサトシによって阻まれた。

 

「……どうしたんだよサトシ。早く温泉に」

「……らしくねぇじゃねぇか、ユーマ」

「は?」

「ただ温泉に入るだけ、それでお前は満足なのかよ」

「……何が、言いたい」

 

 俺の浮き足立った心境をコイツに見抜かれたかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。

 サトシの奴、一体何を……?

 

「同じだな、“あの時”と」

「あの時?」

「あの時、俺たちの夢は志半ばで潰えた。だが今なら……あの時より絆の深まった今なら!!やり遂げられるはずだぜ、ユーマッ!!」

「……お前、まさか」

「やるぜ、ユーマ!!

 

 

───覗きだあァァァァァ!!!」

 

 

 ……アホか。

 恐らくコイツが話している“あの時”とは、夏合宿のこと。とある事で言い合いになった俺たちが、その話からの話題転換としてサトシが持ち出したのが、“女湯の覗き”。

 あの時はサトシが空気を変えるために冗談で言ったと思っていたけど……否、あの時から薄々察してはいたが……

 

 

「……サトシ」

「なんだ!!」

「お前、あの時から本気で覗きやろうとしてたんだな……」

「なんだその目は!!人を軽蔑したみたいな目で見やがって!!」

「軽蔑してんだよ」

 

 俺からの軽蔑視を意にも介さず、サトシは饒舌に語る。

 

「逆に俺からしたらお前が不思議でたまらないぜ!!どうして覗こうとしない!?」

「覗くって発想に至るお前の脳がおかしいんだよ」

「9人だぞ!?18の山が!9つの谷が!!18の“パイ”がそこにはあるんだぞ!?」

「変な比喩使うな!」

「……9つのアワ」

「ストォォオォォップ!!存在ごと消されてぇのかテメェ!!!」

 

 頭のネジ飛んでんのかコイツ!!

 何とんでもないこと言おうとしてんだ!?

 

「なんだよ頭おかしいぞユーマ、カマトト振りやがって」

「頭おかしいのはお前だ。俺は別に」

「『興味がない』、なんて言葉は言わせねぇぜ?それはダウトだ」

「……何を根拠に」

 

 

「───男ってのは、そういう生き物だからだァァァァァァ!!!」

 

 

「無いんだろうが!!適当な事抜かすんじゃねぇ!」

「本当か?お前、本当に見たいと思わないのか」

「何回も言わせんな。俺は別に見たいとは……」

 

 

 その時

 

 

「っ──────!!!」

 

 

 俺は、気づいてしまった

 

 “ソレ”を自覚した途端、俺の身体は反射のように動き出す

 

 

「…………」

「お、おいユーマ?」

 

 サトシの声を気にも留めず、俺はスタスタと奴の目前を通り過ぎ、いざ玄関にたどり着こうとする寸前。

 

「……サトシ」

「な、なんだよ」

 

 ───振り返り、鋭くサトシを睨みつける。

 

 

「──お前に、女湯を覗かせるわけにはいかない」

 

 

「なっ……!お前ッ!!俺の夢を……男のロマンを邪魔しようっていうのか!!」

「ロマンだのマロンだのどうでもいい。俺はお前を……見逃すわけにはいかないッ!」

「テメェ……ッ!!」

 

 一触即発の空気、これもまるで“あの時”のよう。

 ……最も諍いの内容はあの時よりも数ランク確実にくだらないものにダウンしているのは間違いない。

 

「何故だ……何故俺の夢を阻む!!それをすることで、お前にとって何のメリットがある!!」

「……………………ら」

「あぁん!?」

 

 

 

 

 

「───の、希がいる、から」

 

 

 

 

 

 

「テメェ何いきなり惚気(のろけ)かましてんだゴルァァァァァァァ!!!!」

「がはあぁぁっ!!」

 

 ブチ切れたサトシによる渾身のドロップキックにより、俺の身体は轟音と共に数メートル後ろの靴箱に叩きつけられた。

 

「ふざけんじゃねぇ!!思い出したかのようにアクロバット惚気してきやがってこの腐れリア充が!!」

「黙れ!!今の俺はあの頃とは違う!!俺には今、彼女がいる!!」

「惚気んなっつってんだよ俺への当てつけか!!」

 

 サトシに首を締め上げられながらも、俺は反論をやめない。

 

「お前にわかってたまるかよ!!彼女の裸が誰かの悪意の矛先になる感覚が!!」

「それ以上喋るな!!本気でお前が嫌いになりそうだぜ!!とにかく俺は行く、誰にも俺は止められない!!お前の彼女の裸ごと俺がこの目に納めて来てやるぜ!!」

「そうは……させるかぁ!!」

「がっ……!」

 

 俺をその場に放置して、外へと出ようとしたサトシを止めるべく、俺は渾身のタイミングで足払いをかけた。

 転倒させるまでには至らなかったが、バランスを崩したサトシの浴衣の後襟を掴み、背後へと倒したあと上からのしかかる。

 

「離せ…っ、離せ!ユーマァァ!!」

「断じて拒むッ!!」

「俺は行くんだ、そこにある女園(ユートピア)に!」

「絶対に行かせない!!大人しく失楽園(エデン)へ堕ちろ!!」

「俺は……死んでも……!覗くぜぇえぇぇ!!!」

「うるせぇ!!希の裸は俺のものだぁあ!!」

 

 

 

「────────ふーん」

 

 

 

 たった3文字の言葉に宿る、絶対零度の威圧感。

 それにあてられた俺たちの動きは完全に静止する。

 

 

「──で?それから?ほら、早く続けなさいよ」

「に、西木野サン……」

 

 

 開かれたドアの前に立っていたのは3名。

 前回のゴミを見るような目から更にアップグレード、犯罪者を見る目で俺たちを見ている西木野真姫さん。

 顔中を真っ赤にして俯いている東條希さん。

 何があったのかを察した苦笑いを浮かべながらも、庇うつもりはないとばかりに茹でダコ状態の希の介護に勤しむ絢瀬絵里さん。

 

「……いつから居たんですか?」

「悟志の『死んでも覗くぜ』から。すごい音がしたから何事かと思って心配してきてみれば……」

 

 

 “この前”よりも人数は少ない。

 ただ確実に、“この前”よりもヤバイ。

 何がヤバイって西木野さんがヤバイ。

 上手く言葉にできないくらいヤバイ。

 

 そんな状況を打破すべく。

 サトシが反撃の狼煙を上げた────

 

 

「………し」

「し?」

 

 

 

「し、新曲の歌詞に使うんだよ!!『死んでも覗くぜ』って言葉!!」

 

 

 

 お前えぇぇぇぇぇぇ!!!!

 無理ぬかせ!!俺と同じことしようとしたんだろうけどどう考えてもおかしいだろうが!!!

 

 

「その後の『希の裸は俺のものだ』は?」

「…………それも歌詞だッ!!」

 

 

 クソ野郎がァァァァァァ!!!

 通用するわけねぇだろそんな曲があってたまるか!!!

 しかも今ので希が茹でタコ通り越して沸騰寸前までいってるじゃねぇか!!!

 

 

 

「じゃあ今すぐその歌詞で一曲作りなさい」

「ひぇっ!?」

「ほら、早く。その予定だったんでしょ?」

 

 真姫の有無を言わせぬ威圧感がサトシをガクガクと震わせる。そこに年上の威厳など全くない。

 

「どんな曲だったの?私気になって夜しか眠れないわぁ」

「しっかり眠れてるじゃねぇか!!」

「お前実はあんまり興味無」

 

 

「は  や  く  し  な  さ  い」

 

 

『ハイィィィィ!!』

 

 ここここ怖えぇぇ!!!

 これが今回の罰ゲームってか……!?

 既ににやけを隠しきれてねぇぞこのドSが……!!

 

 しかしやらねば、死ぬ。(物理)

 しかしやっても、死ぬ。(社会的に)

 

 

 どちらをやっても、死は免れない。

 

 

「……ユーマ」

「サトシ……?」

 

 そんな中、サトシが俺に小声で囁く。

 

「ここは俺に任せろ」

「なん……!?」

「元はと言えばこうなったのは俺の責任だ。自分のケツは自分で拭くさ」

「でもお前……」

「大丈夫だ。何も真面目に歌を作る必要はない」

 

 俺の不安を他所に、サトシは自信ありげに笑う。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()、俺たちの勝ちだ」

「……出来んのか?」

「たりめーだぜ!ここを潜り抜けて──2人で覗きにいこーぜ……!」

「お前まだ諦めてなかったのかよ!!」

「打ち合わせは終わった?」

 

 真姫の呼びかけにサトシは立ち上がり、真姫の前へと躍り出た。

 

「いくぜ──!!」

「来なさい」

 

 

 

 

 

「ハァ〜〜〜〜ドッコイドッコイ♪

 

死んでも覗くぜ女湯を♪アーよいしょ♪

 

パイオツパイオツるんるんるん♪

 

希の裸は俺のもの♪アそーれ♪

 

サインコサインタンジェント〜〜〜〜」

 

 

 

 

 

「…………………」

「ひっ────」

 

 

 ────アウト。

 

 

 何故か知らんが女湯を覗こうとしていた罪を自白し、さして面白くもないこの歌は、もうただのセクハラソングだ。

 希は顔を埋めたまま微動だにせず、絵里と真姫は顔色1つ変えずに鋭い眼光を俺とセクハラシンガーへと向けている。

 ……あれ??俺悪くないよね???

 

 

「……この世に未練はないかしら」

「待て待て!!俺は関係ないだろ真姫!!」

「未練ならある!!まだ女湯を覗いてないぜ!!」

「お前此の期に及んでまだそんなこと言ってんのかよハゲ!!!」

「2人まとめて葬り去ってあげるわ」

「いや、ちょ、ま」

 

 

 

『ああああああああああああああああああ!!!』

 

 

 

 俺たちの温泉旅行は、始まったばかり。

 

 




もうやりたい放題だなこいつら()
本編のシリアスさはかけらもありませんね笑
でもいいんです。これが過去を乗り越えた彼らの姿です。

今回もありがとうございました!
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【UA100000突破記念】ユラユラ、乙女心

ex3話 ユラユラ、乙女心

 

 

「……はぁ」

 

 旅館のエントランスのソファーに座り込み、俺は1人ため息を吐く。

 時刻は午後11半、俺たちの部屋で早くもものすごい大きさのいびきをかくサトシに嫌気がさして抜け出して来た。

 

 真姫の処k……罰を受けたあと俺とサトシは彼女の監視のもと風呂を済ませ、皆と合流して夕飯を食べた。純粋に温泉を楽しみにしてた俺からしたら飛んだとばっちりだ。

 それでもやっぱりあまりにも美味しすぎた夕飯のことを思い出すだけで、そんな思いも霞む。使われている食材の質の高さが口に入れるだけでわかる、そんな料理を思い出すだけで口元が緩みそうになる。

 その後は皆で卓球なりゲームセンターで遊ぶなり様々なことをして各々部屋に解散、そして今に至る。

 

「……楽しかったなぁ」

 

 周りに誰もいないのをいいことに、俺は呟く。

 

 

 頭によぎるのは、一ヶ月前の“あの事件”。

 

 μ'sが解散直前にまで追い込まれたあの出来事から、まだ一ヶ月しか経ってないなんて。改めてみんなで過ごす日々が楽しすぎて、まるでもう何年も前の出来事みたいだ。

 あの事件がきっかけで、寧ろ以前よりも絆が深まった気がする。

 以前と何も変わらない関係に見えて、結束力というか、団結力というか……そんな感じの何かが強まったのを感じるのは、俺だけだろうか?

 

 ───いや、一個だけ明確に変わったものがある。

 

 俺と希の関係。

 

 俺たちが結ばれたというのは、μ's内最大の変化と言える。想定外だったのは、想像以上に祝福されたこと。穂乃果や海未はともかく、凛や絵里、ことりのような……俺が“終わらせた”人たちも、心からの祝福を俺たちに向けてくれて。

 『俺に幸せになってほしい』、というあの言葉は、心からのものだったんだなと身に染みた。

 

 事実俺は今──最高に幸せだ。

 皆ともう一度笑って過ごせることも、希と結ばれたことも。

 

 俺は本当に、幸せだ。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「で?アンタらもうキスくらいしたの?」

「んぐふっ……!」

 

 にこっちからのいきなりの質問に私……東條希は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。

 

「なっ、何!?いきなり!」

「……アンタでもそんなに動揺することあるのね、軽い冗談のつもりだったんだけど」

「し、してない!してないよ!!」

「関西弁抜けてるわよ、希」

 

 真っ赤になった顔を誤魔化すために反論しようとしたけど、帰ってえりちとにこっちに不審がられるだけ。そのくらい今の私は冷静さを欠いていて。

 時刻は夜11時半過ぎ。部屋に戻った後に『怖い話しようよ!!』と言っていた張本人、穂乃果ちゃんは速攻爆睡。それにつられるように疲れからかみんな順々に寝てしまった。今の所残っているのは私を含めた3年生3人だけ。そんな中持ち出された話題が今の話。

 

「で?……“した”の?希」

「し、してないってば!!信じてよ!!」

「そんな本気で言うとますます嘘くさいわね」

「も、もう2人とも!」

 

 わかってる、“した”か“してない”かなんて2人はどうでもいいんだ。私が珍しい反応をするからそれをいじりたいだけ。

 事実2人は面白いものを見てるかのようにニヤニヤ笑っている。そんなのわかってる、わかってるのに……!

 

 私にできたことは、顔を真っ赤にして俯くことだけだった。

 

「はー面白かった。アンタってこの手の話に耐性ないのね」

「にこっち……絶対許さへんからな……!」

「ごめんなさいってば。してないんでしょ?」

「しとらんよ……だってデートすらしとらんし」

『えぇっ!?』

 

 私の言葉に、2人が声を大にして叫んだ。

 

「ちょ、2人とも!みんな起きてまう……」

「アンタらがぁ!?他の普通の高校生カップルならまだしもどう見てもラブラブなアンタらがまだデートすらしてないの!?」

「に、にこっち……やめ、やめて……」

「どこに反応したか知らないけどさっきから顔赤くし過ぎよ!!普段大人ぶってるくせにこんな時だけ純情アピールしてくるんじゃないわよ!!」

「ま、まぁにこ落ち着いて……」

 

 どんどんボルテージの上がって行くにこっちをえりちが宥める。幸いにも眠ったみんなは起きなかったみたい。

 

「……でも、私も意外だわ。貴女達ならてっきりデートくらいなら済ませてるものかと思ってた」

「う、うん……」

「アンタ達付き合ってもうそろそろ一ヶ月でしょ?早くしないと、夏休み終わっちゃうわよ?」

「そ、そうやね……」

『……?』

 

 歯切れの悪い返事を重ねる私を見て、2人は怪訝な表情を浮かべている。

 ……正直、この手の話題は避けたい。

 私がそう言う話が苦手なのもあるし、なによりも──

 

 

「……何?まさかアンタ私達に遠慮してるの?」

 

 

「っ!?」

「図星ね。そんなことだと思ったわ全く……」

 

 はぁ……とため息をついたにこっち。

 あのね、と前置いて言葉を続けた。

 

 

 

「───私はアイツ(優真)が好きだったわ」

 

 

「っ──!」

「ちょ、にこ……!」

 

 

「だからこそ、私は諦めた」

 

 

 

「え……?」

「……あんないいやつ、他にいるわけないじゃない。あんなに優しくて、他人思いで、誰かのために涙を流せて……誰かのために涙を()()()()()()()人、見たことないわ。

……そんな人だからこそ、結ばれて欲しかった」

「にこっち……」

「私はアンタ達を、心から祝福してる。困ってることがあるなら力になりたい。

……アンタ達が、私にそうだったみたいにね」

 

 にこっちはそう言ってふふっ、と笑った。

 

「……私もそうよ」

「えりち……」

「貴女は周りを気にし過ぎ。私達の中に貴女達を応援してない人も、恨んでる人も居やしないわよ。……私達は知ってるもの。貴女達がどんな想いを抱いて、5年間を過ごして来たのか。貴女は何も気にすることはないわ」

 

 そこで言葉を切ると、えりちは私の頭の上に優しく手を乗せた。

 まるで“彼”のように。

 

「……今ならしっかり言えそう。

 

──幸せになってね。

 

私達は“恋敵(コイガタキ)”以前に、“友達(トモダチ)”なんだから」

 

「そーゆーことっ!

 

幸せにならなかったら承知しないわよー?」

 

 

「2人とも……」

 

 笑顔で私を見つめる2人を見て、私も笑みがこぼれた。

 ──引け目はあった。

 μ'sの中で彼に想いを寄せていたのは私だけじゃない。そんなこと、最初からずっとわかりきってた。……そんな彼女達のために、私は一度身を引こうとしたのだから。

 

 だから私は、皆にどう思われても仕方ない。

 

 そんな思いがなかったと言えば嘘になる。

 

 でも2人の温かい言葉を受けて……少しだけ心が晴れた。

 

「ありがとね……なんか気持ちが楽になった」

「いいのよ別に。……さて、話は戻るわけだけど」

 

 優しい笑みを一点、少しだけ表情を厳しくしたにこっちが改めて私に問いかける。

 

「本当にデートもしてないわけ?」

「うん……μ'sの練習の帰りに一緒に帰ったりするだけ、やね」

「……まぁ確かにそれをデートと呼ぶかは微妙ね」

「あ、でも一回だけ家に行ったことある」

「おぉ!デートっぽいじゃない!」

「凛ちゃんと花陽ちゃんも一緒にご飯食べた」

「なんか違う〜〜!!」

 

 事実を告げる私の言葉に、にこっちは頭を抱えてえりちは難しい顔をしている。

 

「……じゃあ優真からデートに誘われたりはしてないの?」

「……うん」

「付き合いたてとはいえ、もう何年もの仲でしょーが。デートくらい誘いなさいよねあのバカ」

「……多分、なんやけど」

「ん?」

 

 

「優真くん、多分わかってないんやないかな」

 

 

「何を?」

「その……付き合った男女がどうする、とか。ウチが知ってる限り今まで恋人は居ないし、音ノ木坂は女子校やからそんな話をする友達もいないし」

「5年間希一筋だもんねぇ〜」

「からかわんといて!……とにかく、現状維持で満足っていうか、そっから先をどうすればいいかわからないっていうか……」

「なるほどね……」

 

 2人も納得してくれたようで、難しい顔をしながらも頷いてくれた。

 

「……じゃあもう、アンタが誘うしかないんじゃない?」

「えぇ!?ウチが……?」

「向こうから来ないならアンタが行くしかないでしょーが。……女子から言わせるなんてまったくあの男は……」

「……そう、やなぁ」

 

 2人には言ってないけど、やっぱりデートをしたいかしたくないかと問われたら、『したい』と答える。

 けど優真くんからは絶対に来ないだろうし、かと言って自分から言うのも……

 

「……優真は多分希が言わないとわからないでしょうね」

「えりち……」

「あの人、普段は滅茶苦茶察しがいいくせに、恋愛沙汰となると途端に鈍感だからね」

「……確かに」

「希がいいなら、私から言ってもいいけど」

「それはダメ!」

 

 こんなしょうもない事でこれ以上の迷惑をかけたくない。こんな話になってるのは私が意地を張ってるせいだし。

 

 ……それでも。

 

 

「……優真くんのアホ!!」

 

 

 こう思わずにはいられない。

 そして心の中の思いは2人にも届いていたらしく。

 

「……今の可愛すぎ」

「……何よ、やっぱりラブラブじゃない」

「ひぇっ…!?」

「さっきから何に反応してるのよ、ラブラブ?」

「ち、ちちちが」

「希は、優真のことが、だーいすきだもんね」

「あ、あぁぁ……」

「にこ、その辺にしときなさい。希が爆発しかけてるわ」

 

 知らなかった、自分がこんなに耐性がないなんて。人からからかわれるだけでこんなにも顔が熱くなるなんて。

 

「わ……う、ウチ、トイレ行ってくる……」

「へ?」

「ちょ、希?」

 

 余りの居心地の悪さに、私は2人の不審げな声を背に部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トイレ、部屋の中にあるじゃない」

「言わないの、にこ」

 

 残された2人の様子は対照的だった。

 にこは呆れたというようにはぁ、っとため息。

 絵里はそんなにこの様子を苦笑いで見ている。

 

「……ねぇ、実際アンタはどうなの?」

「ん?」

「優真と希よ……“この結果”で満足なわけ?」

 

 にこの言葉に、絵里の表情が一瞬だけ陰る。

 

 絵里の抱えていた淡い思いは、一月前に終わりを告げた……“本人に伝える前”に、“本人に止められる”というある種最悪な形で。

 しかもこの時、彼と彼女は“両想い”だったことを彼女は知る由もない。

 

「……満足か満足じゃないか、っていう問いに限定するなら、満足はしてないわね」

「……やっぱりアンタ」

「でもねにこ」

 

 言葉を続けようとしたにこを、絵里は笑顔で遮った。

 

「私はこの結果に“後悔”はしてる。

 

でも、“未練”なんてサラサラないのよ」

 

「本気?」

「ええ。後悔は……してもしきれない。『あの時ああしていれば』、『もっと早く伝えてたら』。

この思いは、一ヶ月そこらで消えたりなんてしないわよ。でもそれ以上に……2人が幸せになってくれて良かった。

あの2人が笑ってると、不思議と私も笑顔になるの。にこもそうでしょう?

 

──私達は自分達以前に、“優真の幸せ”を望んでたんだから」

 

「……アンタは知ってたわけ?私のことは」

「……どうかしら。貴女達の間には特別な思いよりも、強い信頼を感じてた。希に向けるそれとは違う……“アイドル”として、“メンバー”としての信頼、っていうのかしらね」

「違いないわ」

 

 にこが左手で頬杖をつき、どこか儚げな瞳で希が先程出て行ったドアを見る。

 

「……だからこそ私は、それ以上にはなれなかった」

「え……?」

「優真が私を信じてくれてるのは、痛いほどわかってた。それは私も同じ。違ったのは、私がその信頼に……“特別”を感じたこと。

 

その信頼が、優しさが、私だけに向けばいいと、本気で思った。

 

アイツにそんなつもりないことは、わかってたのに」

 

 馬鹿よねー私も、とにこは呟く。

 そんなにこに、絵里はさらなる問いを投げかけた。

 

「……後悔、してる?」

「してないわよバカ。元々手に入らないものを求めてる自覚もあったし、それでもいいと思って私は自分の中に“閉じ込めた”。

……だからこそ、アンタ含め、あの子達を凄いと思う」

 

 そういったにこの視線の先には、疲れから熟睡する2人の少女の姿があった。

 

「……ちゃんと伝える、って凄いことだと思ったわ。私には出来なかった。その時点で私はもう恋のフィールドにも立ててなかったのよ」

「……私も最後まで言えなかったわ」

「最後にでも想いを伝えたことが凄い、って言ってんの。

私はアイツを好きになったことを微塵も後悔なんてしてない。

ただ“伝えなかった”ことだけは……少しだけ後悔してる」

「にこ……」

「でも、いい。この想いはもう二度と伝えることもないし、伝わることもない。

アイツよりもっとカッコよくてアイドルが好きで、優しくて信頼できる人が出てくるまで待つわ」

「……早く見つかればいいわね、そんな優良物件」

 

 2人が笑みをこぼす。

 吹っ切れた、とは言えないまでも、確実に話す前よりは明るい表情を浮かべている。

 

「とりあえず!目下の課題はあのヘタレの改善ね。あれじゃ希が本当に可哀想だし、私も腹立つ!」

「そうね……表立ってサポート出来なくても、裏で少しずつ改善していかなきゃね」

「ほんっと……希と幸せにならなきゃタダじゃおかないんだからあのアホ」

 

 不機嫌さを全面的に押し出した表情でにこが手元のお茶を一気に飲み干す。

 そんなにこを見て絵里は笑いながら、机の左端にある急須へと手を伸ばした。

 




お待たせいたしました……

今回もありがとうございました!
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【UA100000突破記念】ツナガル、君と私

ex4話 ツナガル、君と私

 

 

 

 あんな下手な嘘、一瞬で見抜かれるだろうな。

 そんなことを考えながら私、東條希は行くあてもなく旅館内をさまよっていた。

 勢いよく抜け出しただけに、すぐにあそこに戻るのは恥ずかしい。また格好の的になりかねない。

 

 時間と共に、沸騰寸前だった思考回路も冷静さが戻り、先程より少しは客観的に自分を見ることができるようになった。思った以上に私は“その手の”からかいに弱い。耐性は人それぞれだとしても、これは余りにも弱すぎなんじゃ。

 

 そんなことを考えていた私は、ある場所へと辿り着き──

 

 

「あれ……優真くん?」

 

 

 彼に、出会った。

 

 

「ん、希。どうした?こんな時間に」

 

 私の呼びかけにソファーにもたれていた首だけを振り返り、笑顔とともに彼は私に問いかけた。

 

「優真くんこそ。どうしてこんなところにおるん?」

「……部屋の中で爆音のスピーカーが鳴ってるからうるさくて逃げて来た」

「へ?」

「……サトシだよ」

「あぁ……それは災難やね」

 

 察した。声色や表情を窺う限り、本当にうるさかったんだろう……悟志くんのスピーカー(いびき)が。

 

「希こそ。どうしてここに?」

「ウチ?ウチもだいたいキミと同じ感じ」

「スピーカー鳴ってんの?穂乃果?」

「違う、そうやない」

 

 しれっと穂乃果ちゃんに失礼。

 

「えりちとにこっちと起きとったんやけど、抜けてきた」

「え、なんで?ケンカ?」

「んー、何というか、居心地悪くて……あ、優真くんが心配するようなことは何もないから大丈夫や」

「ふーん……それならいいけどさ。なんか悩んでるなら言いなよ?」

 

 優真くんはそれ以上追求して来なかった。

 昔から変わらない、相手の触れられたくない所には触れない私たちの暗黙のルール。

 それは少しだけ距離が変わった今も同じ。

 

「ま、俺は」

 

 と前置いた優真くんが立ち上がり、私の目の前へ。

 

 そして優しい掌が、私の頭上に乗せられる。

 

 

「───キミが笑ってくれるなら、それでいいんだけど」

 

 

 

「っ〜〜!!」

 

 笑顔とともに告げられた言葉で、私の顔は先程えりちとにこっちにからかわれた時のように真っ赤になる。恥ずかしさと嬉しさが入り混じった感情が込み上がり、身体中が火照って熱を持ったと錯覚するくらいに熱い。

 

 

 ───でも。

 

 

 恥ずかしくてたまらないのに、不思議と彼から目が離せない。

 

 

 その眼差しで、もっと見て欲しいと思った。

 

 その笑顔を、もっと見ていたいと思った。

 

 頭に乗せた手で、撫でて欲しいと思った。

 

 

 

 様々な感情が入り混じって、私の赤く染まった心を揺らす。

 今自覚したこの感情は、きっとたった今生まれたものじゃない。ずっと昔から私の中にあって、誰にも……私自身にも気付かれぬよう、心の奥底で錠をかけて大切にしまっていたこの感情は。

 

 

 ───恋人(コイビト)という(カギ)で、開かれた。

 

 

 抑えていた感情は、溢れ出して止まらない。

 

 

 

 もっとキミに近づきたい。

 

 もっとキミに触れられたい。

 

 もっとキミを───知りたい。

 

 

 

 この想いに、素直に。

 見えない何かが、私の背中を押した。

 

 

「っ!」

「わっ…ちょ、希っ!?」

 

 

 そして私は、優真くんの胸に飛びついた。

 そのまま彼の体の背に手を回し、少しだけ強く体を抱き寄せる。

 

「の、のの、のぞ、希……?」

「……ねぇ、優真くん」

 

 そしてその言葉が、口から滑り出た。

 

 

 

 

「─────デート、しよ?」

 

 

 

 

「っ─────!!」

「………………っ!?」

 

 

 わ、私……今、なにを……!?

 

 ふと冷静に戻り、自分の今の状態の大胆さに気づく。

 顔はほんの数センチしか離れておらず、自分の胸と優真くんの胸は密着状態。

 優真くんの体は燃えるように熱くて……否、これはきっと自分の熱を彼の体を通して再確認させられてるだけ。

 

 そこまで考えたところで私は優真くんの後ろで結んでいた手を解き、バッと素早く彼の体から離れた。

 

「ごめんっ!!わた……ウチっ」

「違う…!」

「……ぇっ」

 

 謝ろうとした私を、優真くんが大声で制した。

 

「優真、くん……?」

「違う、違う……お前が謝る必要なんてない」

 

 苦しそうな顔を浮かべ、優真くんはその言葉を絞り出した。

 

「その、俺、お前と付き合えたことだけで満足してて……お前の気持ち、考えてなかった」

 

 優真くんが、本当に申し訳なさそうな表情で俯く。私の言葉に、何か思うことがあったのかな。

 

「……俺は希との『これまで』ばっか考えて、今の現状に満足してた。でも今、本当に俺が考えなくちゃいけないのは……お前との、『これから』だよな。“2人で幸せになる”なんて言いながら、俺はこんなに当たり前で大切なこと、さっきのを聞くまで気づけなかった……ごめんな」

 

 さっきの申し訳なさそうな表情のまま、彼は笑う。

私のバカみたいな発言に、『何言ってんだ』と、怒ることもなく。『面倒臭いやつだ』とため息を吐くこともなく。

 

 その事実に、死ぬほど安堵している自分に気づいたとき。

 

 

 ───あぁ、そっか。

 

 

 女が誘うのはちょっと違う。

 優真くんから言ってきて欲しい。

 

 

 こんなこと、本当はどうでもよかったんだ。

 

 そう、私は。

 

 

 ───嫌われるのが、怖かっただけ。

 

 

 『これまで』に囚われていたのは、優真くんだけじゃない。これまで私は……私達は、ずっと相手の心情を窺ってきた。

 本心を隠して触れ合って来た時間(高校一年生からの二年間)があまりにも長すぎて、気付けば自分の感情を伝える言葉より、相手の心情を汲んだ言葉をかけることが多くなっていって。

 本音を伝えることが、怖くなっていった。

 

 

 

 

 好きになればなるほど、嫌われることが怖くて

 

 相手のことを思えば思うほど、自分の本音に臆病になって

 

 

 ───そんな日々に慣れていたから。

 

 

 

「……ぅっ、うぅ…」

「え、ちょ、の、希!?」

 

 私の思いがきちんと伝わって。

 

「……ぇん、んっ…ぐすっ」

「まて、お前、なんで」

 

 キミがその思いに本音を返してくれたことが。

 

「……ぅわぁぁ、ん…」

 

 

 

 ──本当に、たまらなく嬉しくて。

 

 

 

「なんで……なんで希が泣くんだよ」

「ぐすっ……ごめん、何でも、ないんよ」

「いや、でも……あぁもう、泣くな泣くな」

 

 いきなり泣き出した私に驚いたようで、焦ったように早口にまくし立てながらも、彼は優しく私の頭を撫でる。

 

「……ごめんな、何も気づいてやれなくて」

「ううん……キミは何も悪くないよ」

「……なぁ希、こんなバカな俺だけど、君が俺を許してくれるなら」

 

 そして彼が笑う。いつもの様に、優しく。

 

 

「今度俺と───────」

 

 

 

 

「あぁ、帰って来たわね希……って!どうしたのよアンタ!」

 

 部屋に戻るなり、私にかけられたにこっちの大声。えりちはもう寝てしまったみたい。

 

「え……なんが?」

「目よ目!真っ赤じゃない!」

「あぁ……さっきコケたんよ」

「わかりやすい嘘吐くんじゃないわよ!まさか優真と何かあったんじゃ」

「大丈夫や、にこっち」

 

 本気で心配するにこっちをよそに、私は笑う。

 そんな私の笑顔を見て、にこっちは一瞬きょとんとした顔を見せたものの、ややあって安心したように笑った。

 

「……何よ、心配してソンした。

 

────何か“イイコト”、あったみたいね」

 

「ふふふ、どーやろね」

 

 ニヤニヤしながら私に言うにこっちを、私は至って普通にあしらう。もうその手の話題で弄られてなんかやるもんか。

 

 そんな私の反応に、面白くなさそうにため息を吐いたにこっちを背に、私は布団へと潜り込んだ。

 

 

 

 とってもイイコトだったよ、にこっち。

 

 

 心の中でそっと呟き、私は抑えきれない笑みを隠すように、枕の中に顔をうずめた。

 




ってなわけで、旅行編終了です!
元々優真と希のこのやり取りを挟むためのストーリーでした。
じゃあなんで旅行編にしたかって?サトシのあの話を書きたかったからです←
本来は前回と今回は1つの話として投稿する予定だったので今回は短めです。
感想を書いてくださっている方、本当にありがとうございます!
必ず返信しますのでもう少々お待ちを…


さて、次回はもちろん……?

今回もありがとうございました!
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【UA100000突破記念】その前日

お久しぶりです。
またたねは生きてます。


 

 

 

ex5話 その前日

 

 

『……で?何の用だ?』

『お前から呼び出すなんて珍しいじゃねぇか、ユーマ』

「悪いなサトシ……翔太」

 

 8月最終週を迎えたとある日の夜のこと。

 家のデスクに向かって座っている俺の目の前のディスプレイには、友人であるサトシと翔太が表示されている。

 あの事件以降、俺と翔太は友情を取り戻し、俺達とサトシを含めた3人は定期的にこうやってテレビ通話をするようになっていた。普段はサトシが開くことの多いこの通話だが、今日は先ほどのサトシの言葉通り、俺がホストとなって通話を開始している。

 

 その要件は──

 

「……重大な話だ」

『……どうした』

『何か……やべぇのか?』

 

 俺の言葉に、2人の表情が引き締まる。

 

『……希ちゃん関係の話か?』

「……まぁ、な」

 

 希と翔太の関係は、簡単なものじゃない。

 翔太は昔、希の心に大きな傷をつけた。それこそ、希が翔太の姿を見ただけで発作を起こして倒れてしまう程に。

 しかし俺と翔太が和解してから、翔太と希は俺を伴って再び対面し、希が『優真くんが許すなら私が許さない理由はないよ』と翔太を許した為、この2人もまた和解した。

 以降翔太はまるで懺悔の様に、過剰に俺と希の様子を気にかける。

 俺はもちろん、希の幸せを心から祈る様に。

 

「……落ち着いて聞いて欲しい」

『おぅ』

『あぁ』

 

 念入りな俺の注意に余程の事態だと察したのか、2人の表情はより厳しいものへと変わった。

 

 そう、今から話すのはとても重大な──

 

 

 

 

 

「──デートって何すればいいの?」

 

 

 

 

 ブツン。ブツン。

 

 

「ちょっとぉぉぉぉォォォ!?」

 

 無慈悲な機械音と共に、数瞬前まで2人の顔を写していた画面はブラックアウトする。

 負けじと俺はRecall(再呼び出し)

 何分か経過した後、俺のストーカーばりの鬼電ならぬ鬼通に根負けした翔太が画面に映るなりため息をこぼした。

 

『はぁ……随分とシアワセな悩みだなぁ?心配して大損したぜ』

「こちとら真剣に悩んでんだ!笑ってんじゃねぇよ!」

『微塵も笑ってねぇよクソが』

 

 そのタイミングで、サトシも通話へ復帰した。

 

「おう、遅かったなサトシ」

『あぁ、(ワリ)ぃ。ちょっと部屋の壁を殴り壊しちまってよ』

「は!?なんで!」

『イライラしたもんでな』

「何かあったのか?」

『テメェの胸に聞いてみやがれクソが!!』

 

 2人からの唐突なクソ呼ばわりに若干面食らいながらも、何故だか不機嫌な2人をなだめること約10分。ようやく本題まで漕ぎ着けた。

 

『はぁ……で?明日希さんとデートかよ』

「……あぁ」

『初めてか?』

「そうだな」

『デート童貞め』

「悪かったなァ!!」

 

 嘲笑うような皮肉たっぷりの笑顔を俺に向けるサトシに全力で噛み付く。

 通話じゃなくて面と向かって話してたら殴りかかっていたかもしれない。

 

「……翔太、何かアドバイスないか?ほら、お前ならサトシと違って女慣れしてそうだし」

『おい、しれっと俺をディスるんじゃねえよデート童貞』

「うるせぇ黙ってろエンドレス童貞」

『誰が永遠(エンドレス)だゴルァ!!』

「はっ!後生大事にその立派なチェリー(童貞)抱えたまんま墓場でおねんねしな!!」

『よし決めた!!お前俺のいつか殺すランキングNO.1にしてやる!!ありがたく思いやがれ!!』

『優真、悟志、俺喋っていいか……?』

 

 俺とサトシの言い合いの汚さに苦笑いしながらも、翔太が切り出す。

 

『アドバイスっても……女慣れならお前の方がしてるだろ。元女子校に通ってて、スクールアイドルのメンバーといつも一緒。優真の方がよっぽど俺なんかより恵まれた環境にいると思うが』

「ま、まぁそれはそうだけど……

 

 それよりも、と翔太が前置く。

 

『何で俺なんかより女子慣れしてそうなお前が、デートプランの一つも考えらんないんだよ』

『それは思った。なんでだよハイパーチェリ(童貞)ー』

「エンドレス童貞のこと相当根に持ってんだなお前」

 

 サトシはともかく、翔太の言うこともわかる。

 別に自慢でもなんでもないが、俺は確実に人より女子と接する機会は多い。翔太の言う通り元女子校の音ノ木坂に通い、スクールアイドルμ'sのマネージャーもどきをやっている俺は、言い方は悪いものの1日の半分以上を女子と過ごしているといっても過言ではない。

 

『まぁ、問題は女子慣れしてるかしてないかじゃないよな』

「翔太……?」

 

 疑問を隠せない俺の表情を見て、翔太は笑う。

 

 

 

『──好きな人の為に何かするときに、慣れてるもクソもないぜ?』

 

 

「……かもな」

 

 実際、今までも女子と2人で出かけたことはある。

 凛、花陽はもちろん海未、ことり、にこ──全員μ'sメンバーなのは見逃して欲しい──とは、2人きりで何かをした。

 この中では、ことりと買い物に行ったときが一番、俺の心持ちはデートのそれに近いものだった。事実、本人にもそれを告げたわけだし。

 

 

 しかし今回は、これまでとは全然違う。

 

 こんなに緊張したことはない。

 

 こんなに不安になったことはない。

 

 これが、好きな人と何かをするということか。

 

 

 旅行の時に、希からのお願いがキッカケとなり、俺から誘って実現した今回のデート。その時聞いた彼女の思いは、俺の中に反省を生んだ。

 俺自身、満足していたことは否めない。

 “希と結ばれた”、“希が今までよりも側にいる”ということに。だって今まで俺たちのことを考えれば、それだけで幸せだったから。

 でも希は──否、世間一般ではそうじゃない。

 

 結ばれることは“ゴール”ではなく、“スタート”なのだから。

 

 今までよりも、楽しい日々を2人で歩んでいくための。今までよりも、たくさんの思い出を2人で作っていくための。

 

 

『……まぁ、本気で悩んでるんだろうし、この俺が力になってやるぜ、童貞(ユーマ)!』

『今のままじゃ、希ちゃんが可哀想だからな』

「サトシ、翔太……!ってサトシお前、変な呼び方してんじゃねぇよ」

 

 複雑な呼ばれ方はともかく、2人の優しさに思わず涙が溢れそうになる。

 

『っしゃ!!今こそ俺の長年の妄想デートプランを実現させるときだぜ!!』

『……そんなこと言ってるからお前は、一生(フォーエバー)童貞なんだろうよ、悟志』

『翔太ァァ!!お前まで裏切るのかァァ!?』

 

 サトシの全身全霊の叫びに、思わず吹き出した俺と翔太。サトシも本気で怒ってるわけじゃないのが伝わるからこそ、俺も翔太も思い切り笑うことができる。

 そんな暖かさを感じながら、俺たちは明日の話し合いを始めた──

 

 

 

▼▽▼

 

 

『それじゃあ明日なのね、優真とのデート』

「うん、11時に駅前ってことになっとる」

『ふふ……念願ね、希』

「もう、やめてやえりち」

 

 優真たちの電話とほぼ同時刻。

 希もまた絵里に明日の話をしていた。

 

『それで、明日は具体的に何をするの?』

「んー、それが決めてないんよ。駅前集合で、街に出ようってことだけしか」

『そう……楽しみね』

「なんでえりちが楽しみなん?」

『だって、貴女の声がさっきから楽しそうなんだもの。聞いてる私まで楽しみになるくらい』

「えっ!?そ、そう!?」

 

 不意打ちのような絵里の言葉に、希は頬を赤らめながら戸惑う。事実希は明日のことを非常に楽しみにしているのだが、まさかそれが声色にまで表れているとは微塵も思わず、ましてや自らの感情が絵里に筒抜けとあっては動揺せずにはいられない。

 

『楽しんできてね、希。帰ってきたら、話を聞かせてね』

「うん……ありがと、こんな時間まで」

『ふふっ、誰でもない貴女の為じゃない。ワクワクして眠れないから話し相手が欲しい、なんて』

「なっ……!?う、ウチはそんなこと言ってないやんっ!」

『バレバレなのよ、貴女。隠してるつもりかもしれないけど』

「っ〜〜〜!?」

 

 希は一瞬で頬を真っ赤にし、勢いよく枕に突っ伏した。そんな電話の向こうの音を感じ取った絵里は、くすくすと笑う。

 旅行から帰ってきてからというものの、滅多にない慌てっぷりを見せた希の反応が気に入ったらしく、事あるごとに希を恋愛関係のことで──諍いに繋がらない程度には空気を読みつつ──弄り、希の反応を見て楽しむのが絵里の最近の楽しみとなりつつある。

 

『さて、良いものも聞かせてもらったし、私はもう寝るわね。貴女も夜更かしなんてしたらダメよ?ワクワクするのはわかるけど、寝坊なんてしたら目も当てられないでしょ?』

 

 子どもじゃないんだから、と最後に付け加えられた絵里の言葉が、希の胸に刺さる。

 

「そ、そうやね……改めておやすみ、えりち」

『おやすみなさい、希』

 

 電話が切れて数分経ってからも、希は携帯を片手にベットに座り呆けていた。

 

「……えへへ」

 

 ───遂に、明日だ。

 

 自分のお願いが発端で生まれた、念願の彼とのデート。

 例え子どもだと言われても、楽しみにするなという方が無理な話だ。

 笑い方が普段とは180度違うデレデレしたものになってしまうのも、見逃して欲しい。

 

 優真と希。

 

 それぞれの“前日”が終わり、そして──

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「……落ち着かねー」

 

 俺の独り言を気に留める人なんて誰もいない。

 時刻は午前10時55分。集合時間を5分前に控えた俺は、実に30分前からここにいる。

 ぶっちゃけた話、1時間以上前から付近にはいたのだがあまりにも気合が入りすぎているのが自分でも恥ずかしく、そこらでテキトーに時間を潰してここへやってきたのが30分前の話。刻一刻と迫る集合時間に、俺の鼓動は徐々に高鳴る。

 

 あれから1時間ほどサトシと翔太と話し合い、念入りな計画を立てて俺はここへと来た。抜かりはない、必ず希を喜ばせてみせる。

 

 昨日の話し合い内容をぶつぶつと呟きながら希を待つこと──十数分。

 

 集合時間を過ぎてもなお、希はまだ、姿を現さない。

 

 時計を見る頻度が増え、心臓は高鳴りを強める。

 精神衛生上、極めてよろしくない時間が続く。

 

 そして午前11時08分。

 

 

 

「優真くん!」

 

 

 

 永遠のように感じられた十数分は、終わりを告げた。

 

「……おう、のぞ─────」

「ごめんね、遅れちゃって……って優真くん?」

 

 

 遅かったな。心配したぞ。

 

 そんなセリフは、全部吹き飛んだ。

 

 薄紫の7部丈セーターに、白のワンピースを重ねた、普段の二つ結びとは違う、丁寧に編み込まれた紫の長髪をカチューシャで整えた俺の恋人。

 見た瞬間に、目を奪われた。

 心はもう奪われてるから、大丈夫。

 

「……かわいい」

「ふぇっ!?そ、そうかな!?」

 

 その言葉は、勝手に口からすべり出た。

 かわいい。そんな単純な言葉しか出てこなかった。

 どうやら語彙力も、さっきの言葉と一緒に吹っ飛んでしまったらしい。

 

 褒められた当の本人は落ち着かないように頬を少し染めながらそわそわと自分の身なりを見直している。

 その慌てた様子を見て、少しだけ心に落ち着きが戻った。

 

「ごめんね、待たせてしまって」

「んーん。大丈夫だよ」

「結構待った?」

「……10分くらい」

「嘘やね。それの3倍は待ったと見たよ」

「わかってるなら、聞いてこないでくれよ」

 

 気まずい指摘に、俺は思わず顔をしかめた。

 

「ふふふ。まぁ、遅刻したウチがいうことやないかもしれんけど、立ちっぱなしもあれやし、歩きながらいこっ?」

「そうだな。行くか」

「ありがとね。今日はごめんなぁ、計画丸投げしてしまって」

「いーよいーよ。俺から言いだしたことだしね。ちゃんと考えて来たから。じゃあまずは………」

「うん」

「………………まずは」

「まずは?」

「…………………」

「……優真、くん?」

 

 

 ─────マズイ

 

 

 背中に冷たいものが流れる。

 こんな馬鹿な話があるのかと、自分を蹴り飛ばしたくなる。

 自分の身に起こったあまりにもアホらしいその事実に、俺の心は再び落ち着きを失ってしまった。

 

 

「……大、丈夫…?」

 

 心配そうに俺を覗き込む希に、俺は笑顔を返す……しっかり笑顔を作れたのかはわからないが。

 

 

 

 先程の希を見た衝撃

 

 俺の中の様々なものを吹き飛ばしたその衝撃で

 

 

 

 ───昨日必死で3人で作り上げた計画が、見事に脳内から吹き飛んでいる。

 

 

 

 んなアホな!!

 

 自分で突っ込んでみたものの、それで思い出せるなら苦労はしない。希が来るまで唱え続けた努力も、一瞬にして水の泡。

 

 どうする!?

 

 現状思い出せないものは仕方ない。無い物に縋っても意味はない。

 

 

 

「……とりあえずいくか!!」

「えっ……うん、優真くん、本当に大丈夫?」

「おう!ちょっと考え事してた!!」

「……嘘やr」

「ほら!!行くぞ希!!」

「あっ、ちょっと優真くんっ!」

 

 これ以上話すと俺の核心に触れられかねない。

 直感的に察した俺は希より先に駅構内に向かって歩きだした。

 

 

 

 前途多難な俺たちの初デートが、今始まった。




後半は続きます!
更新が遅れた理由も次回へ。

今回もありがとうございました!
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【UA100000突破記念】“幸せになろう”

 

 

ex 5話 “幸せになろう”

 

 

「昼ご飯は食ってきた?」

「んーん。朝からなんも」

「そっか。じゃあ、先に食べよっか」

「そーやね」

 

 なんてことない日常会話。

 極めて問題ないように見えるが俺の思考はパニック状態。

 

(昼飯!サトシと翔太はなんて言ってた!?クソっ、思い出せない……!!)

 

 動揺を悟られぬよう、俺は努めて普段通りに希の少し後ろを歩いている。

 すると突然、希は立ち止まって俺を振り返った。

 

「ひえっ!?」

「え……何よその反応」

「あ、あぁ違う!なんでもないんだ!!」

「優真くん……?」

「そ、それよりどうしたいきなり振り返って!」

「……何で隣歩いてくれへんの?」

「え……」

 

 希はむうっ、とわざとらしく頬を膨らませ、不機嫌さを露骨に俺にアピールする。

 

「なーんか距離感じるなぁ」

「あ……ごめん、気遣い足んなくて」

「なんか隣歩きたくない理由でもあるん?」

「いや、全然!全く!」

 

 そういうや否や俺はピタッと希の隣に立つ。俺と希の腕が触れ合うほど。

 

「い、いきなり近いよ優真くん……」

「わ、ご、ごめん!!」

 

 顔を赤くして顔を背けた希を見て、俺は即座に謝り、一歩距離を置いた。今日俺希に謝ってばっかだ。

 

「……まぁでも」

「へ……」

 

 すると希は一歩開けた俺との距離をぴょんっと飛んで一気に縮め、再び腕を触れ合わせた。

 

 

 

「────こっちの方が、恋人らしいやん?」

 

 

 

 ───ナンダコイツ、カワイスギカ。

 

 口からこぼれかけた言葉を、すんでのところで飲み込む。んふふ、と満足げな笑顔で放たれた言葉は俺にクリティカルヒット、顔は一瞬で沸騰状態。

 

「あ、優真くん顔真っ赤やーん」

「う、うるせぇよ……ほら行くぞ?」

「はーい♪」

 

 これ以上失態を晒すわけには行かぬ。

 先程から希にリードを引かれっぱなしだ。

 こんなに動揺しておいてあれだが、少しだけ悔しい。

 

 挽回のチャンスを狙うべく、俺は希と共に歩き出した。

 

 

 ……昼飯どうしよう。

 

 

 

 

 

 

「この中から選ぶ?」

「そうだな」

 

 駅から歩き辿り着いたのは、飲食店が立ち並ぶ通り。時刻は12時半を周り、短針は1に限りなく近づいている。少しはピークも過ぎ去っているだろう。

 

「結構あるなぁ……どこがいい?」

「んーウチは……あ、ここ!」

 

 そう言った希が指差したのは──

 

「……焼肉?」

「うん!ここって美味しいって有名なんよ!」

「……ここでいいの?」

「え、なんで?」

 

 素っ頓狂な反応をしてしまった俺を、希が不思議そうに覗き見る。

 

「いや、もっとオシャレなとことか、そういうのは……」

「んー??」

 

 俺の言葉の意味がわからないというように、希は首を傾げる。

 ややあって合点が行ったかのように、『あぁ』と声を漏らすと、希は俺に笑いかけた。

 

「優真くん、デートやからって別に深く考えすぎんでもええんよ?」

「えっ、いや、そんな俺は別につもりじゃ」

「さっきからなーんか様子おかしいなぁと思っとったんよ……そういうことやったんやね。

……キミがウチに嘘つけるわけ、ないやん?」

 

 た、確かに……。

 もはや誤魔化すことはできないだろう。

 確信を持って問いかける希に俺は頷きを返す。

 

「ありがとね、ウチのために色々考えてくれて。でも、いいんよ、そんなに深く考えなくて」

「え……?」

「ウチはね、優真くんがデートに誘ってくれて嬉しかった。優真くんと行く所なら、どんなとこでも楽しいんよ。だからウチは、ウチが行きたい所に優真くんと行きたいし、優真くんの行きたい所にウチも付いて行きたい。ダメ?」

 

 希の言葉に、思わず目を見開く。

 

 

 そっか。

 

 

 色々考えていたのが、馬鹿らしくなった。

 希が欲しかったのは、“特別な当たり前”。

 いつもと何も変わらないようで少しだけ違う、デートという名がついたそれを、希は求めていたんだ。

 だったら俺は何も着飾らず、いつも通りに彼女との時間を過ごす。希はこれを一番喜んでくれるはず。

 

「悪い……色々考えてきたけど、無駄だったかもな」

 

 全部忘れたけど、とは言わない。

 

「んーん、ウチのためにキミが色々考えてきてくれたのは凄く嬉しいよ?」

「そっか。よし、じゃあ焼肉食うか!」

「うんっ!」

 

 

 

 

 

「わぁ、学校の近くにこんなとこがあったんや!」

「あぁ。昔何回か凛達と来たことがあったんだ」

 

 あれから色々なところを回って地元へと戻り、たどり着いたのは、音ノ木坂から程なく歩いたところにある、街からほんの少し上にある展望公園。

 地元民でも知る人は少ないマイナーなこの公園は、俺の知る数少ない穴場と呼べる場所だった。

 

「一日中人混みの中歩き回ってたから、こういう静かな所もいいかなって」

「うん!少しゆっくりしたかったし、丁度ええ場所やね!」

 

 よかった、ハズさなかったみたいだ。

 希は笑いながら今にも沈む夕日を眺めている。

 その笑顔は普段μ’sの皆に見せる大人びた笑みとは違い、打って変わって子どものような、満足げなもので。

 そう、正に俺が惚れた、“希”の笑顔だった。

 

 それを意識した途端、再び鼓動は高鳴り出す。

 以前なら、笑顔を見たところで何ともなかったのに……恋心とは如何せん不思議なものだと改めて痛感した。

 

「ウチは……幸せ者やなぁ」

 

 ふと、希が溢す。

 

「いきなりどうしたよ」

「んーん。5年前、この場所からウチは居なくなった。大切な、大切な2つの宝物を残して」

 

 “2つの宝物”。

 1つが俺だとするならば──もう1つは、“紬”だろうか。

 

 紬は俺と希が2人でこっそりと空き工場で飼っていた犬で、俺たちを繋ぐ大切な絆だった。俺と結ばれて尚、希の5年前に俺と紬を残して消えてしまったことは、消えないしこりとなって胸の中に残り続けているようだ。

 

「帰ってきたウチに、この街は忘れていた宝物の1つと……もっとたくさんの宝物をウチにくれた」

 

 希が言っているのは、間違いなくμ'sのことだ。

 穂乃果たちが発端で始まったスクールアイドル活動。そこから孤独という仮面で縛られていた少女たちを紡ぎ、1つの奇跡を創り出すことを願ったのが、女神達の母である希だ。

 俺は希の願いの元、皆を孤独から救い出し、μ'sを結成するために尽力した。

 結果、彼女達と夢を目指して駆け抜けた日々は、確かな思い出となり、かけがえのないものとなった。それは俺だけでなく、μ'sみんなの思い出でもある。その中でも特に希は、この奇跡を望み続けた。故にその喜びや、μ'sにかける思いも一入だろう。

 

「でも神様は、ウチがずっとずっと欲しかったもの……“優真くん”まで私にくれた。幸せすぎて、バチが当たっちゃいそう」

 

 えへへ、と笑う希を見て、俺の鼓動は更に早まる。コイツ狙ってるんじゃなかろうかと思うものの、今の笑顔にそんな打算は感じられなかった。

 

「……いいじゃんか、幸せになったってさ。今までお前が受けてきた苦労を考えたら」

「そう?」

「そうだよ。お前が今俺と一緒に居られて幸せなら……もっと幸せと思えるように頑張らなきゃな」

「違うやん?」

「えっ?」

 

 

 

「──2()()()()()()、なるんやろ?」

 

 

「……そうだったな」

「うん♪」

 

 相手を幸せにするのではなく、2人で幸せに。

 それがあの時俺が希に誓った、俺達のあり方。

 

「ねぇ、優真くんはウチと一緒で幸せ?」

「当たり前のこと聞くなよ」

「ほんとにー?」

「本当だって」

「怪しいなぁ〜〜」

「疑ってるのか?」

「んーん。でも、証拠が欲しいなぁ〜とか、ね♪」

 

 証拠、か。

 恋愛下手検定一級の俺の頭に考えつくのは、頭を撫でるという行為。しかしそれはきっと不正解……常日頃俺のやってることと何も変わりはしない。

 だとしたら思いつく行為は──1つしかない。

 でも、“ソレ”はいくらなんでも、突飛すぎやしないだろうか。

 君は俺が出した答え(ソレ)を──望んでいるのか?

 

 希は先程とは違う、意味深な笑顔を俺に向けている。表情から答えを知ることは難しい。

 

 

 

 俺自身の心の問い。

 その問いかけに、俺は何度も間違えてきた。

 

 希との再会の時。

 希が発作を起こして倒れた後。

 ことりの留学騒動の時。

 希が再び俺の前から消えようとした時。

 

 俺はいつも選択を間違えて、その度に誰かを傷つけて、そしてその後の行いでその間違いを挽回してきた。

 今回も、間違いなのだろうか。

 今回も、彼女を傷つけるのだろうか。

 

 

 ──でも、間違いを重ね続けた俺は知っている

 

 その失敗は、“恐れ”と“諦め”が呼ぶのだと

 

 俺自身の、心の弱さが呼ぶのだと

 

 

 だったら俺は、逃げたくない。

 否、逃げるわけにはいかない。

 それが向き合うということだから。

 大切な友人が教えてくれた、俺のこれからの生き方の道標(みちしるべ)だから。

 

 

「……なーんてね、じょーだんじょーだん!優真くん本気にしな──」

 

 

 静寂が、2人を包む。

 風が木々を揺らす音が、やけに大きく聞こえる。

 

 

 

 言葉を紡ごうとした希の唇は

 

 

 俺の“ソレ()”で、塞がれて。

 

 

 

 

 

 数秒も経たない内に終わりを迎えたその時間は、何をされたか理解した希が顔を真っ赤にして驚きの表情を浮かべる──前に自分のしたことの恥ずかしさに限界を迎えた俺が声を上げることで現実の時と歩みを共にし始めた。

 

「ご、ごごごごご、ごめん希!!ほんと、いきなりこんな……」

「……………………て」

「え……?」

 

 

 

「──して、もう一回。もっと、ちゃんと」

 

 

 潤んだ瞳、上気した頬

 

 恥じらう表情、震える声

 

 その全てが、俺に訴えかけてくる

 

 そして俺は、今度こそ、優しく

 

 

 

 ──希に、口付けた

 

 

 伝わるように

 

 唇の感触が、俺の鼓動の高鳴りが

 

 俺の、君への溢れんばかりの、気持ち(幸せ)

 

 

 

 先程の何倍もの時間を経て、俺はゆっくりと唇を離した。

 再び俺たちを包む沈黙。その中で先に口を開いたのは希だった。

 

「……頭に、手がくるかなって思ってた」

「……俺もそう考えたけど、それだといつもと変わんないだろ?」

「やとしても、き、キスよりも前にもうワンステップあったやろ……?は、ハグとか……」

「……あっ、た、たしかに」

 

 俺から目をそらしてもじもじとする希に対して、忙しなく体を動かし続けてソワソワとする俺。そんな2人の、ぎこちない会話は続く。

 

「そ、それに初デートにキスって……良く思わない女の子もおるんやからね?」

「えっ、マジ!?」

「そうよー?まったく優真くんはせっかちなんやから」

 

 ……やらかした。

 今の希の一言で俺の心は完全にノックダウン。

 また、間違えてしまった。俺は何度、間違えれば気が済むのだろ───

 

「でも」

 

 

 

 今度は俺が、不意打ちされる番だった。

 

 

「──120点の回答やったよ、優真くん♪」

 

 

 1度目のように一瞬だったが、それでも希は確かに、俺と唇を重ねた。

 そして彼女は声高に叫ぶ。

 

 

 

「──大好き!キミと一緒に居られて、ウチはほんっとうに幸せ!」

 

 

 そして希は笑う。その笑顔に、俺は確かに“中学校の頃の希”の面影を見た。

 

 

 あぁ、やっと動き出したんだ。

 5年前(中学時代)に止まった、俺達の時は。

 

 過去の歯車に、今の歯車が重なってやっと、やっと回り出したんだ。

 

 そう、思えた。

 

 

 

 




約5ヶ月、お待たせいたしました。
筆が難航したのは、現実の忙しさもありますが、希と優真のデートシーンを、どうしてもうまく表現できている気がしなかったからです。
構想はありました。ラストのシーンをこう締めようというイメージもありました。しかし過程がどうにもうまく書けず、結局放置に近い形になってしまいました。お待ちしていていた方には本当に申し訳ありません。

さて、番外編も残り2話です!
ほぼ書きあがって居るので近日中に投稿します!

今回もありがとうございました!
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【UA100000突破記念】そして、始まりの風が吹く。

 

「次の生徒会長?」

『えぇ。私たちもそろそろ引き継ぎについて考えないとね』

 

 絵里からそんな電話がかかってきたのは、二学期も始まってしばらく経った9月初旬のことだった。

 俺たちの任期満了も近づき、長かった俺たちの生徒会生活も終わろうとしている。

 

「んー…絵里は?決まってる?」

『一応は…でも貴方の意見も聞きたいなと思って』

「なるほど」

 

 音ノ木坂の生徒会長は、代々推薦制。現生徒会長が次期会長に相応しいと思う人物を選ぶというシステムだ。

 一般的な投票制と違い、指名する生徒会長──この場合は絵里──に大きく負担がかかる。故に代々生徒会長は校内で有名人だったり、群を抜いたカリスマを有していたり等、他者からある程度認められている人がなることがほとんどだ。例外的に、生徒会長に自薦する人もいるらしいがそんな人は極稀で、第一自薦したからといって会長になれるわけではない。

 

『どう?』

「……俺は──」

 

 この条件に合致し、尚且安心して生徒会を任せられそうな人物。それは──

 

 

 

「──海未、かな」

『うん。私もそう思ってた』

 

 

 彼女だろう。

 廃校を阻止したμ's。学内での知名度は最早言うまでもない。そのメンバーであり皆の練習を取りまとめ、的確な指導力を持っている。

 彼女ほど、次期生徒会長にうってつけな人物は他にはいないだろう。

 

「まぁ問題はあいつが一人で人前に立てるかどうか、だろうけど」

『そこは大丈夫じゃないかしら?何度もステージに立ってるわけだし』

「最悪そこは俺らでカバーだな。そういえば希は?あいつは何て?」

『まだ聞いてないわ。優真に電話するより前に希にしたんだけど、出なくて』

「俺が送ったメールも返ってきてないし、寝てんのかもな」

『そうね。また明日聞いてみるわ』

 

 話もまとまり、じゃあおやすみと口を開こうとしたその時。

 絵里の口から、予想外の話題が飛んできた。

 

『そういえば、希とのデートとはどうだったの?』

「なっ…!?知ってるのか…?」

『希の側からは聞いたけど、貴方の方からは聞いてなかったしね。で、どうだった?』

 

 完全に虚を突かれ、思考が上手くまとまらずに言葉が出ない。そんな俺が絞り出した言葉は──

 

「──楽し、かったよ」

『……それだけ?何したの?』

「希から聞いてるんだろ?」

『何よ、もう……』

 

 不機嫌そうに返事をしながらも、まぁ私が言いたいことは、と言葉を繋げた絵里。

 

 

『──次は貴方から誘ってあげてね?』

 

 

 何で知ってるんだよ!!

 というツッコミを心の中に押し留める。

 今の絵里の言葉には、有無を言わさぬ真剣味を感じた。

 

『希、凄く喜んでたわよ?多分、貴方が考えてる以上に。だからこそ、現状に満足しちゃダメ。希は優しいから絶対に口にはしないと思うけど、色々思うことややりたいことはあるはずよ。

 

希を幸せにしたいなら

 

希と幸せになりたいなら

 

もっと希のこと、考えてあげてね』

 

 

 ──わかっている気持ちになっていたのは否めない。今までずっとそうだったから。

 この間のデートだって、希の心の言葉を聞かなければ、きっと俺は現状に満足しきったままだったはずだ。だからあれは厳密にいえば俺から誘ったとは口が裂けても言えない。

 でも、俺たちの関係も変わったように、この考え方も変えていかなければならないのかもしれない。これからも希と、一緒にいるために。

 

「……ありがとな、絵里」

『別に私が勝手にお節介焼いただけよ。……じゃあ、また明日ね優真』

「おう、おやすみ」

 

 電話口から聞こえるのが電子音に変わったのを確認して俺は電話を切った。

 絵里からの言葉、肝に銘じないと。

 そう思いながら俺は、寝る準備をすべく立ち上がった。

 

 

 

 

 

「次の生徒会長?」

「あぁ。…その反応、昨日の俺と一緒だな」

 

 翌る日。俺の家の前で待っていた希と合流し、昨日絵里から言われた話を希にも伝えた。

 希はしばらく考え込むそぶりを見せた後、ややあって口を開く。

 

「ウチが、ウチが生徒会長やったら──

 

 

穂乃果ちゃんかな。

 

 

穂乃果ちゃんが一番生徒会長に向いとると思う」

 

 

「……へ?」

「え」

 

 『あぁ、やっぱりな』というと場を準備していた俺は、余りにも予想外な解答に素っ頓狂な返事をしてしまった。

 

「……穂乃果?」

「うん。二人は違うん?」

「俺らは、海未だった」

「あぁ……確かにそれもアリやね。それでもやっぱりウチは穂乃果ちゃんを推すよ」

「……どうして穂乃果を?」

 

 俺からの問い掛けに、希はふふっ、と笑う。

 

「教えなーい♪」

「は?」

「優真くんなら、わかるはずや。一体どんな人が生徒会長に向いとるか。それと一緒に考えてみて」

 

 それだけ言うと、希は歩き出してしまった。

 

 どんな人が、か。

 

 希から問いかけられた、問いの真意を考える。

 だって客観的に海未と穂乃果を比較した時、どう考えても海未の方が生徒会長に向いている。言っちゃ悪いが、穂乃果に生徒会の雑務諸々が出来るとは思えない。

 

 けど。

 

 あの希が言うんだ、何か意味があるはず。

 もう少しだけ、考え続けよう。

 結果を出すのは、それからでも遅くない。

 

 そう決めて、俺は希の後を追うべく駆け出した。

 

 

 

 

「ライブ……ですか?」

「あぁ。昼に俺に連絡……出演依頼が来た」

 

 その日の放課後。練習後に皆を集めた俺は、連絡が来た出演依頼について話した。

 

「具体的な内容は?」

「日時は?」

「落ち着け真姫、花陽。それも含めて今から話すから……東京近辺のスクールアイドルが合同ライブを行うらしいんだけど、その内の一校が出られなくなったらしくて。その代わりに声がかかったのが──」

「……私たち、ってわけ」

「費用も全て相手持ち。破格の条件だけど開催は今週末だ。時間はないけど──」

 

 

「やります!」

 

 俺の声を遮り、勢いよく手を挙げたのは

 

「穂乃果……」

「久し振りのライブだよ!?ワクワクするね!夏休みからずっと練習して来たあの曲のお披露目だね!!」

 

 どこまでも無邪気な声に、思わず笑みが溢れる。

 いつもそうだ。穂乃果がこんな風に何にも縛られずに俺たちの前を走ってくれるから。俺たちμ'sは、どんな無茶にだって一丸となって挑んでいける。

 

「でも!みんな無茶はダメだからね!ライブ前に体調崩したりしたら元も子もないんだから!」

アンタ(穂乃果)にだけは言われたくないわねぇ?」

「違うよにこちゃん、私だからだよ!説得力が段違いでしょ?」

「ま、確かにそーね」

 

 そんな穂乃果の以前とは違う所。

 穂乃果は一度大きく躓いた。その躓きはやがてμ's全体へと影響を及ぼしてしまい、その事が彼女から輝きを奪い、自らを咎め続ける楔となった。

 その経験を経て彼女は、“周りを見ること”を覚えた。前を突っ走りながらも、皆を見据え、皆と歩んでいく。そんな意識を、彼女の中に芽生えさせた。

 あの苦い経験を経て、穂乃果がまた一回り成長したことを、俺は非常に嬉しく思う。

 

「よし、じゃあ明日からこのライブに向けてしっかり練習していくぞ!」

『はーい!』

 

 そしてμ'sは新たな目標を得て解散──のはずが。

 

「優真先輩!」

「ん……どうした?穂乃果」

 

 皆が部室から出て行った後、穂乃果から呼び止められた。

 

「えと……話が、あって」

「話?」

「うん……」

 

 いつもの無邪気な笑顔と違い、どこか神妙な顔持ちで俺を見つめる穂乃果。それほど重要な案件なんだろうか。

 

 

 そんな穂乃果の口から飛び出した提案(爆弾)は──

 

 

 

「──私を、生徒会長に推薦してほしいの!」

 

 

 

「……はい?」

 

 

 

 音ノ木坂に、新たな季節の始まりを告げるプロローグとなる。

 




間章1.5期【背中合わせの二人が付き合ってから】も残り1話となりました。
最後までお付き合いのほどよろしくお願いします!

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【UA100000突破記念】夢を叶えるのは

今回重大なお知らせがあります。
後書きまで目を通していただけると幸いです。


 

 

 

 

ex8話 夢を叶えるのは

 

 

「……お前を、生徒会長に?」

「うん……ダメ、かな?」

 

 突然告げられた、穂乃果の“お願い”。

 表情や様子を見る限り、嘘や冗談の類ではないらしい。

 恐る恐るという言葉が一番当てはまるだろう、穂乃果は勇気を出してこの話を俺に打ち明けたに違いない。

 

「いや、駄目とかそういうわけじゃないけど、一応理由を聞いていいか?」

「理由……」

「無いのか?」

「ある、よ」

「……言いにくい?」

「うん……こんな理由で、やってもいいのかなぁって」

 

 そう言って、気まずそうに俺から目を話す穂乃果。そんな穂乃果と対照的に、俺は彼女に笑いかけた。

 

「それを決めるのは俺じゃないよ」

「え……?」

「俺でもない。他の誰でもない。それを決めるのは──お前(自分)だ、穂乃果」

「わ、私っ?」

 

 予想外の言葉だったのか、穂乃果が大きく戸惑う。

 

「大切なのは、お前がその理由で最後までやり遂げられるか、だろ?それは他人が決めることじゃなくて、お前自身で決めることだ。俺は参考までに聞いてみたかっただけだから萎縮しないで言ってみ?」

「優真先輩……うん、わかった」

 

 笑みを浮かべ、力強く頷く穂乃果。

 はぁ、っと深く息を吐いて、彼女はその“理由(ワケ)”を語り始めた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

「穂乃果を……?」

「うん。優真くんにもそう言ったよ?」

 

 奇しくも穂乃果の話と同じ頃。

 絵里もまた希の穂乃果を推すという意見に疑問を抱いていた。

 

「理由を、聞いてもいいかしら?」

「先に質問してもええ?どうして2人の中じゃ海未ちゃんになったん?」

「……海未なら指示力もあるし、性格もしっかりしてるじゃない?知名度もμ'sのメンバーだから問題ないし」

「……ふーん」

 

 希はやや意味深に呟くと、しばらく黙り込んでしまった。少し考え込むような素振りを見せた後、やがて希は絵里に笑いかけながら、問いかける。

 

「ねぇ。えりちは、生徒会長には何が必要やと思う?」

「必要なもの……?」

「必要って言い方は良くないね、何が大切やと思う?」

「何が……大切か」

 

 絵里は考える。

 指示力。仕事をこなす力。

 ……否、希がわざわざ問いかけてきたということは、答えはこんなものじゃない。

 希には、きっと見えているソレが、穂乃果には備わっているということ?

 そもそもソレは、私が本当に持っているものなの……?

 

 そんな絵里の思考を見透かしたように、希は言う。

 

「もちろん、えりちにもあるよ。海未ちゃんにも、私にもあるもの……でも、ソレを一番、誰よりも持っているのは、穂乃果ちゃんなんよ」

 

 そこまで聞いて初めて、私は気づく。

 

「……そういうことなの?」

「わかった?」

 

 

 穂乃果が誰よりも持っているモノ。

 

 穂乃果を、穂乃果たらしめるソレが。

 

 

「なるほど……確かに、そう考えると、あの子が一番相応しいのかもしれないわね」

「やろ?穂乃果ちゃんなら、きっとやり遂げられる。そのために必要なモノが、穂乃果ちゃんの中にしっかりと備わってるんやから」

「そうね、その通りだわ。私たちは、あの子のそんな所に救われたんだもの」

「ふふっ」

 

 我が意を得たりとばかりに笑う希。

 そして彼女はふと呟く──

 

 

「だって穂乃果ちゃんは──」

 

 

 

▼▽▼

 

 

「私は、学校のためにアイドルを始めた」

 

 そんな言葉から始まった、穂乃果の思い。

 

「“やりたい”って気持ちを、“スクールアイドル”ってカタチに乗せて、精一杯歌って、踊った」

 

 思えば初めてかもしれない。こんな風に穂乃果の思いを聞くのは。

 

「その思いはみんなの心に届いて、『ラブライブ!』出場直前まで辿り着いて、本当に廃校を阻止することができた……不思議だよね。私はただ、やりたいことをやりたいようにやってきただけなのに。気づけば周りにはことりちゃんがいて、海未ちゃんがいて、優真先輩がいて……μ'sのみんながいた。私は1人じゃなくなって……学校を守ることができた」

 

 ……そんなことはない。

 お前だったからだよ、穂乃果。

 他の誰でもない、やりたいことを、本当に心から楽しそうにやるお前のその後ろ姿が、俺たちを引っ張っていってくれたから。

 俺たちは、廃校阻止を成し遂げることができたんだ。

 最も穂乃果は、そんな風には思っていないらしい。

 

「そして“それまで”この学校があったのは、優真先輩や絵里ちゃんに希ちゃん、生徒会が頑張ってくれたから。私がスクールアイドルを始められたのは、にこちゃんが“あの日(入学式)”、私に本当のアイドルを“魅せて”くれたから。そこで私は思ったの。『“私は”この学校の為に、何ができるんだろう』って」

「……スクールアイドルだけじゃ、駄目なのか?」

「……ダメじゃない。スクールアイドルはこれからも続けてく。それが学校のためになると思うから。でも……それだけじゃ……ダメ、なの」

 

 急に穂乃果の語気が弱々しくなった。

 

 

 そして次に放たれた言葉は

 

 俺を驚愕させるには、十分だった

 

 

「だって、μ'sはあと半年で───っ」

 

 

 その言葉は、最後までは続けられなかった。

 穂乃果は苦悶の表情を浮かべ、唇を噛み締めて瞳を伏せる。

 まさか、そんなことまで考えていたとは。

 

 

 あの穂乃果が──μ'sの終わりまで見据えていたなんて。

 

 

 そう、俺達3年生は──3月には音ノ木坂(ココ)から居なくなる。

 その事実だけは、揺らぎようがない。

 続けるにしろ、続けないにしろ、俺たちのあり方は大きく変わっていく。

 それは今考えることではないが、穂乃果は着実に、来たるべき時が来た時に、自分に何ができるのか。

 それを考えた上で、俺に告げたのだ……自らが見つけた、その答えを──

 

「だから私は、生徒会長になりたい。みんなからしたらまた軽い思いつきに見えるかもしれない。たくさん迷惑をかけるかもしれない……!

でも!私は“やりたい”。絵里ちゃんたちが守り続けて来たこの学校を、μ'sのみんなで守ったこの学校を!絶対に終わらせたりしない!今度は私が生徒会長になって、やり遂げたい!!だって──」

 

 

 

 

 

 

 

「だって私は!」「だって穂乃果ちゃんは」

 

「この学校が──」「この学校の事が──」

 

 

 

 

 

 

 

「──大好きだから!!」「──大好きやから」

 

 

 

 

 

 

「……ふふっ、あはは……」

「なっ!?なんで笑うの!?本気なんだよ!?」

「いや、ごめんごめん……」

 

 

 ───そっか

 

 

 そうだよな。

 

「お前はこの学校のことが、大好きだもんな」

「な、なんで繰り返すの」

「そう、そうだよ、それでこそお前らしい」

「え……」

 

 いつだってそうだった。

 

 

 “大好きなこと”に全てを捧げるその背中が

 

 “やりたいこと”を全力で楽しむその笑顔が

 

 

 俺達の未来を、切り拓いてきたんだもんな。

 君が俺達に見せてきた姿が、君が俺達と残した軌跡(奇跡)が。

 俺達を、救ってくれたんだもんな。

 

 

「──最高の理由だ、穂乃果」

「えっ」

「それがお前の“やりたいこと”なら、俺は全力でお前を応援する。アイドルだって、そうだっただろ?だからお前はその気持ちのまま、全力で突っ走れ。躓く時は、俺たちで支えてやる。

 

お前は、お前の“やりたいこと”を、“やりたいよう”にやれ。

 

それが俺の、“やりたいこと”だ」

 

「!!」

 

 

 

 “やりたいこと”を、“やりたいよう”にやる。

 

 それが穂乃果の、俺の──俺達(μ's)のやり方。

 

 

 きっと希は、これを俺に気づかせたかったのだろう。

 生徒会長を任せるなら、俺達のバトンを受け取ってもらうなら。

 誰よりも学校のことが大好きな、彼女に渡すべきだろうと。

 そんな彼女が、自ら進んでそのバトンを受け取ろうとしてくれるのであれば。

 こんなに嬉しいことはない。

 絵里も、俺と希の話を聞けばきっと納得してくれるだろう。

 

 

「……楽じゃねぇぞ?生徒会は」

「わかってるよ!一番近くで見てきたんだもん、覚悟はできてるよ」

「本当か?」

「……………た、ぶん」

「自信なさそうだけど?」

「もう!やるったらやるのーーー!!」

 

 からかい口調の俺に、穂乃果は頬を真っ赤にして怒る。その様子を見て一頻り笑った俺は、改めて彼女の目を見据えた。

 

 

「──やり遂げろよ、穂乃果」

 

 

 少しだけ変わった声色に気が付いたのだろう、穂乃果はそんな俺の言葉を受けて不敵に笑った。

 

 

「──うん。やり遂げるよ、最後まで」

 

 

 2人でニヤリと笑った後、穂乃果は『やるぞー!!』と声を張り上げる。

 そんな彼女の姿に、彼女が創り上げていく、まるで想像もつかない未来に、期待が止まらない。

 

 

 だからこれからも、俺たちの前を走り続けてくれよ?

 

 

 ───“未来の生徒会長(俺達の奇跡)”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京、某所。

 野外に設けられたステージに立つのは、9人の少女達。

 久々の外部ステージに、若干の緊張を感じさせる面持ちで……それでいて、どこか凛とした表情で客席を見つめている。

 

『皆さんこんにちは!音ノ木坂学院スクールアイドル、μ'sです!』

 

 センターの少女が口を開いた瞬間、期待に満ちた歓声が上がる。

 

『私達は、『ラブライブ!』を目指して歌い、一度活動休止を経て再び立ち上がりました。今日は久々のステージで、少し緊張しています』

 

 口ではそういうものの、俺には喋り出す前の緊張は全く感じられない。本当は、うずうずしてたまらないんだろ?

 

 早く歌いたい。踊りたい。

 

 そんな思いを、全身から感じる。

 

『この歌はそんな私達の、“新しいステージ”の始まりの曲です!μ'sの物語の新たなる幕開け、聞いてください!』

 

 

 ──さあ聞け。俺達の名を、胸に刻みつけろ。

 

 再び始まる俺たちの夢。

 

 俺たちの、()()()()()()()()

 

 

 

 

 そう、それは──

 

 

 

 

 

 

『──“それは僕たちの奇跡”!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ラブライブ!─背中合わせの2人─』

 

【背中合わせの2人が向き合ってから】編

 

 

        fin

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Next.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ラブライブ!─背中合わせの2人─』

 

 

【2nd season 隣り合わせの2人】編

 

 

 

          start!!!

 

 

 

 

 

 

 




というわけで【1.5期 背中合わせの2人が向き合ってから】編、完結です!ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!

さて、本編でも書きましたが、次回から【2nd season 隣り合わせの2人】編、スタートです!!
2期編を期待いただいた方々、本当にお待たせいたしました!
充電期間を経て、心機一転誠意を込めて執筆いたしますので応援よろしくお願いします!
以前の告知とは異なり、『背中合わせの2人』にそのまま2期を投稿いたしますので、よろしくお願い致します。

さて、今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス投稿お待ちしております!


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【2nd season 隣り合わせの2人】
再び始まる夢と奇跡


改めまして、またたねと申します。
今回から、ついに二期編のスタートです!


 

 

2期1話 再び始まる夢と奇跡

 

 

『次は生徒会長から』

 

 東京の音ノ木坂学院。

 半年前廃校の危機を迎えたこの学園は、来年度入学希望者数増加の影響により、廃校を免れた。

 それを成し遂げたのが、音ノ木坂学院アイドル研究部所属のスクールアイドル──その名を“μ's”。

 そしてそのメンバーの1人である俺、朝日優真(あさひゆうま)はこの集会の様子を、一般生徒同様座席に座って見ている。

 以前までは生徒会メンバーとして壇上後方に待機していたのだが、今回からは違う。任期を終え、俺達“元”生徒会は、新生徒会へと席を譲った。

 

 そう、この学院の新たな生徒会長は──

 

 ややあって、壇上に1つの影が現れた。

 

 緊張でぎこちないながらも、確かな足取りでステージ上のマイクに向かって歩くのは、オレンジの髪を、サイドテールで結った、空色の瞳の少女。

 そして彼女はマイクまで辿り着くと、一度だけ深呼吸をして、笑顔で前を見据えた。

 

 

 

 さあ、彼女の言葉と共に。

 

 俺達の、新たな物語が始まる──

 

 

『皆さん、こんにちは!私、μ'sの…じゃなくて、生徒会長の!』

 

 そこで彼女は言葉を切ると、マイクをスタンドから取り上げ、そのままの勢いで天高く放り投げた……って何してんだコイツ。

 

『たあっ!』

 

 そしてステップ、からのターン……の回転を利用しそのままマイクをキャッチ。いや本当に何してんの?

 そんな俺の心配をさておき、彼女は声高に叫ぶ。

 

 

 

『──高坂穂乃果(こうさかほのか)です!!』

 

 

 ──無音。拍手、歓声はおろか笑い声1つ上がらない。

 

『…………あれ?』

 

 彼女の心からの呟きが、えらく鮮明に聞こえた。

 そっと舞台袖に目をやると、頭を抱えている少女と、苦笑いで穂乃果を見つめる少女の姿があった。

 

 ……俺達の物語が、は、始まる……?

 

 

 

 

「穂乃果ッ!!何ですか先程のアレは……!」

「ご、ごめんってば海未ちゃん……」

 

 集会後、生徒会室で穂乃果の幼馴染である新副会長の園田海未(そのだうみ)が穂乃果に大目玉を食らわせていた。スピーチに戻った穂乃果は、“事故(自己)”紹介で行ったパフォーマンスが原因でスピーチ内容を“トバ”してしまい、中身も何もないスピーチをやってしまった。故に原稿を考えた海未は穂乃果に激怒しているのである。

 

「ま、まぁ海未ちゃん落ち着いて……穂乃果ちゃんだから仕方ないよ」

「うわーーん!ことりちゃ〜ん!!」

「ことり!またあなたはそうやって穂乃果を甘やかして……っ!」

 

 そんな2人の間に割って入ったのは、もう1人の幼馴染である新生徒会書記の(みなみ)ことり。彼女はその優しい性格から非情になれず、穂乃果のフォローに入った。

 

「先輩方も何か言ってやってください!」

 

 海未はたまらず、俺達にフォローを求めた。

 

「……まぁ、お世辞にも褒められたスピーチではなかったわね」

 

 そう穂乃果のスピーチを評したのは、元生徒会長の絢瀬絵里(あやせえり)。俺が高校に入り、一番最初にできた友人だ。

 

「そう?ウチは穂乃果ちゃんらしくて良かったと思うけどな〜?」

 

 そう言って笑ってみせたのは、元副会長の東條希(とうじょうのぞみ)。俺の幼馴染で、現在俺の恋人でもある、俺の大切な人だ。

 

「まぁ海未ちゃん、今回は許してあげたら?穂乃果ちゃん、昨日も遅くまで残ってスピーチの練習してたらしいやん?」

「えへへ、まぁね!」

 

 希の言葉に、穂乃果は満面の笑みでピースサインを返した。

 大方の……というか本人以外のμ'sメンバーの予想を裏切り、穂乃果はしっかりと仕事をこなしているのだ。スピードは遅く非効率的で、海未とことりの助けを借りながらではあるが、2人に丸投げすることなく、自らも積極的に業務に参加しているという。流石自ら生徒会長に立候補しただけのことはある……というか普通の人ならそれが当たり前なのだが。

 

「ですが希、ここで甘やかしては……」

「大丈夫や……穂乃果ちゃん、もし次何かミスしたら、練習2日参加させんからね」

「え゛っ」

 

 希の支援を受け、勝ち誇ったように笑っていた穂乃果の表情が固まった。

 

「そんなぁ!ひどいよ希ちゃん!信じてたのに!」

「──いつからウチが味方だと錯覚していた?

……なんてね♪皆に迷惑かけたのも事実なんやから、しっかり反省せんとね。次は頑張るんよ?」

「はーい……」

 

 一瞬希から某ヨン様みたいな霊圧を感じたが、きっと気のせいだろう。こんな感じで(?)穂乃果と海未の諍いを鮮やかな手腕で宥めるのも彼女の得意技であり、俺たちの日常風景でもある。

 言い忘れたけど、ここにいるのは皆μ'sのメンバーで、この場の5人含め後4人の計9人が音ノ木坂学院のスクールアイドル、μ'sだ。

 

「んじゃ、俺達もう戻るわ。頑張れよ」

「あ、はーい!来てくれてありがとう、3人とも!」

「おう」

 

 笑顔で手を振ることりに会釈を返し、俺達は生徒会室を後にしようとした……のだが。

 

 

 ──ガチャン!!

 

 

 乱暴な音を立てて、ドアが開かれた。

 

「みんな!!」

「っと……お前ら、どうしたんだ全員揃って」

 

 入って来たのは、残りのμ'sメンバー4人。

 

「……優真、大変よ」

「どうしたんだよ、にこ……」

 

 膝に手を当て、肩で息をしながら俺に話しかけて来たのは、3年生の矢澤(やざわ)にこ。アイドル研究部の創設者で、部長でもある。

 

「……あるわよ、“もう一度”」

「もう一度……?」

 

 呼吸を整えるので必死なにこに代わって俺に続きを述べたのは、1年生の西木野真姫(にしきのまき)。圧倒的歌唱力と、天性のツンデレを兼ね備えた彼女は今、普段の冷静さを微塵も感じさせないまま、必死の形相で俺へと訴えかけてくる。

 

 

 

「……もう一度、もう一度……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう一度!」

「『ラブライブ!』!?」

 

 俺含むμ's全員が集まった部室で告げられた事実に、絵里と希が驚きの声を上げた。

 俺も声こそ上げなかったものの、2人同様大きな衝撃を受けたことに変わりはない。

 

「そうなんです!!A-RISEの優勝を以って終了した第一回『ラブライブ!』、感動のフィナーレもそこそこに、早くも第2回大会の開催が決定したんです!!!」

「は、花陽落ち着」

「これが落ち着いていられますか!?!?今回は前回を上回る規模で、会場の広さは数倍!ネット配信の他、ライブビューイングも計画されています!!アイドル史に残る伝説が、再び幕を開けようとしてるんですよ!?こんなのって、こんなのって!!!……最っ高……」

「……いや、“オタ陽”か」

「り、凛はこっちのかよちんも……ってもういい加減むりだにゃーーー!!!」

 

 恍惚の笑みでその場に崩折れて涙を流すのは、俺の大切な幼馴染の1人、小泉花陽(こいずみはなよ)。アイドルとお米が大好きなこの天使は、この2つが絡むと人格が変わってしまうというなんとも可愛らしい(?)欠点を抱えている。

 そんな花陽の様子に耐えられないというように叫ぶのは、もう1人の幼馴染、星空凛(ほしぞらりん)。俺や花陽とは親友という言葉も緩いような友情で結ばれた彼女であっても、今の花陽の状態は救いようがないらしい。

 

 そんな俺たちに見向きもせず、花陽は声高に話を続ける。

 

「今回は前回のランキング形式ではなく、各地で予選が行われ、各地区の代表が本線に進む形式になりました!!つまり、今までのランキングによるアドバンテージは全くナシ!!私たちにも本大会出場のチャンスがあるということなんです!!」

「凄い……!」

「これって、凄いチャンスなのでは……?」

 

 花陽の力説に、ことりと海未が目を見開いて驚いている。

 

「こんなまたとないチャンス、やらない手はないでしょ?」

「あったりまえでしょ!!やるしかないってわけよ!」

 

 真姫の言葉に、にこが強く賛同する。

 皆が浮かれた様子の中で、俺だけ……いや、俺と絵里だけはその事実に気づいたようだ。

 

「……待って」

 

 盛り上げムードに、絵里の冷静な声が水を差す。

 

「どうしたん?えりち」

「地区予選をやるってことは──()()A()-()R()I()S()E()()()()()()ってことじゃ……」

 

 瞬間。

 しん、と部室が静まり返る。絵里がしまった、と顔を歪めるももう遅い。俺は言わないままでもいいかと思っていたが、口にしてしまったなら仕方ない。

 

「……そうだな。俺達が本大会に出るなら、A-RISEを超えて行かなきゃならないな」

「そんな……」

 

 ことりの呟きが、部室に響く。

 皆もどこか諦めムードに入ってしまったようだ。まぁそうだ、相手が前大会の優勝者……“絶対女王”A-RISEとあっては、そうなってしまうのも無理はない。

 

 だが。

 

「だからって諦めるのか?」

「えっ……」

 

「やる前から諦めて、何か生まれるのか?確かにA-RISEは強敵だが、それは逃げ出す理由にはならないだろ?」

「……優真先輩の言う通りです。エントリーは自由ですし、挑戦してみるのもいいと思います。穂乃果もそう思うでしょう?」

 

 海未の問いかけで、皆が穂乃果の方を見た。

 確かに穂乃果なら、やる前から諦めるなんて真似はしようとしないはず。

 穂乃果が今までのように俺達の道を照らしてくれるなら、皆も戦おうとする意思が芽生えるのかもしれない。

 

 俺と同じような期待を、海未も抱いたのだろう。だからこそ、穂乃果に声を掛けたに違いない。

 

 

 しかし。

 

 

 穂乃果の口から出た言葉は、とても想像のつかないようなもので。

 

 

 

 

「──出なくて、いいんじゃない?」

 

『えっ?』

 

 

 

「『ラブライブ!』。出なくてもいいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 誰しも予想が出来なかった穂乃果の言葉。

 

 俺達の未来は、不安な先行きで始まった。

 

 




二期編ですが、一期、1.5期編で散りばめられた伏線を回収していきます。お時間があれば、どうぞ読み直していただけると二期編をより一層楽しんでいただけると思います。
と、言うわけでアニメ二期1話のお話でした。朝日優真と言う少年がいるラブライブ二期の物語を、どうぞお楽しみに!

今回もありがとうございました!
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不審な2人

 

 

2話 不審な2人

 

 

「『ラブライブ!』。出なくてもいいんじゃない?」

 

 

 穂乃果の言葉に、皆が耳を疑った。

 

「穂乃果……ちゃん……?」

 

 ことりも、信じられないというような震えた声で穂乃果に問いかける。

 そんな言葉にも、穂乃果は笑顔で首をかしげるだけ。

 

「……ぅぅぅう穂乃果ぁぁ!!」

 

 にこが耐えられないといったように穂乃果に駆け寄る。

 

「アンタ何いってんの!?『ラブライブ!』よ『ラブライブ!』!アンタが出ないなんてそんなこと、言うわけないでしょ!?」

「仕方ないじゃん!出なくてもいいんじゃないと思ったんだから!」

「どうして……どうしてよ!」

「…………だ、だって廃校は無くなったんだよ?だから『ラブライブ!』にこだわる理由もなくなったじゃない。私は、今までみたいに楽しくアイドルを続けて行くだけでもいいんじゃないかな、って……そう思っただけ!今日は帰るね、バイバイ!!」

「あっ、穂乃果ッ!」

 

 そう言い残して穂乃果は机から鞄をひったくるように掴むと、部室から駆け出していってしまった。

 

「……どうしたのかな、穂乃果ちゃん」

「様子、おかしかったよね」

「……まぁ、嘘を言ってるって感じではなかったけど……」

 

 皆が、穂乃果の今の様子に……“らしくなさ”に疑問を抱いている。

 

「ま、こんな時こそアンタの出番よね……頼んだわよ、優真」

 

 にこは笑顔で、優真に声をかけた。

 そう、いつもこんな時は優真がメンバーの心の悩みと向き合い、その悩みを晴らしてくれる。その信頼から、にこは優真を指名したのだ。

 その信頼は、にこだけでなく、μ's全員の共通認識でもある。故に、皆も笑顔で優真の方を向いた。

 

 

 しかし、当の本人は───

 

 

「……あー……大丈夫、じゃないか?」

『え?』

 

 優真の言葉に、先程の穂乃果のとき同様驚きの声が上がった。

 

「穂乃果なら大丈夫だろ、俺が何もしなくても。あいつも成長してるし、何かわけがあるんだろうさ」

 

 優真は笑いながらそういうものの、その笑顔はどこかぎごちない。

 

「……じゃ、今日は俺も帰るわ。またな」

 

 そして優真は足早に部室を去って行ってしまった。

 残されたメンバーは呆気にとられていたものの、しばらくすると各々不信感を口にし始めた。

 

「……どうしたの、アレ」

「穂乃果も様子がおかしかったけど、優真も……」

「普通じゃなかったわね」

 

 にこ、絵里、真姫の言葉に、皆が頷く。

 

「穂乃果ちゃん、どうしちゃったんだろう……」

「優真先輩の言う通り、穂乃果にも何か考えがあってあんなことを言ったんだと思いますが……」

 

 幼馴染であることりと海未の2人にも、穂乃果の真意は掴みきれていない様子。

 

「……優兄ィ、らしくないよね」

「うん……こんな時に、優真くんは絶対に穂乃果ちゃんをそのままにしたりなんてしないはず」

 

 また優真の幼馴染の凛と花陽も、彼の行動に疑問を抱いていた。

 μ'sの核とも呼べる2人の、不可解な行動。このことは残りのメンバーに大きな不安を募らせていた。

 

 すると突然にこは、決定的な話題を口にした。

 

 

「ねぇ。アンタ達は『ラブライブ!』に出たいの?出たくないの?」

 

 

 

「にこちゃん…」

「私は…『ラブライブ!』に出たい。さっき優真も言ったけど、やる前から諦めてたって何も始まらないわ。私は『ラブライブ!』に出て、もう一度……もう一度、9人で見たい。限られた時間の中でしか得られない、あの輝きを」

 

 にこの言葉で、皆が顔を見合わせる。

 そして絵里は、力強く頷いた。

 

「……にこの言う通りね。私も『ラブライブ!』に出たい」

「エントリーするだけタダだし、損はないものね」

 

 絵里と真姫が、にこに同意する。

 皆も笑顔でにこの方を見ている。

 

「……じゃあ決まりね“私達は『ラブライブ!』に出場したい”。あとは穂乃果次第、だけど……」

「何故だか穂乃果ちゃん、乗り気じゃないし……」

「頼みの優真さんも様子がおかしいし」

 

 花陽と真姫の呟きに、皆が表情を暗くする。

 

 しかし。

 

 

「──あぁ」

 

 

 不意に希は、何かが腑に落ちたように呟く。

 

「希…?」

「みんな。このことはウチに任せてくれんかな?」

「えっ、でも……」

 

 希の提案に、凛は驚きの声をあげた。

 皆も驚いたように希を見ている。

 

「優真くんは、ウチが説得してみる」

「大丈夫なの?」

「……心当たりがあるんよ」

「心当たり?」

「うん。やからまぁ、なんとかなるんやないかなぁって」

 

 心配そうな真姫と絵里の様子を尻目に、希はえへへと笑った。

 

「……まぁ、優真の説得なら希が適任ね。ここは希に任せておきましょ」

「にこっち…」

「期待してるわよ?彼女サン?」

「っ!もう!!」

「冗談よ冗談。さ、残ったメンツだけでも練習するわよ?『ラブライブ!』って言う新しい目標も出来たんだし、時間を無駄には出来ないわ」

 

 にこはそう言うと、タオルを片手に部室を出て言ってしまった。そんなにこの様子を見て、希は笑う。今の一言で、にこの思いを確かに感じた。

 

 にこはもう、『ラブライブ!』に向けて自分に出来ることをやろうとしている。

 つまりにこは確信しているのだ──μ'sは『ラブライブ!』に出場するということを。即ち穂乃果を、優真を、希を、心から信じてくれているのだと。

 

「……にこのいう通りね。今は希を信じて、出来ることをやりましょう?」

 

 絵里の言葉に、皆が頷く。にこ同様、自分を信じてくれていることを胸に感じた。

 ならば自分は応えなければならない。皆の信頼に、彼の為に。

 

 部室を出て行く皆の背を見ながら、決意を固めた希は後を追いかけるように駆け出した。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 次の日。

 授業を終えた俺は、机上の教材を整理しながら、昨日の出来事について考えていた。

 

 『ラブライブ!』第2回大会、か──。

 

 皆が参加だけでもしてみようと言う空気になっている中、それを真っ先に否定したのはなんと穂乃果だった。結果出場するか否かは有耶無耶になり、結局は穂乃果の決断に委ねられることになった。

 

 そんな穂乃果の様子が気にならないわけがない。彼女が何を思って、あんなことを言ったのか。何か悩んでいるのなら、力になってあげたい。

 そう思わないといえば嘘になる……しかし。

 

 俺はそれをするわけにはいかない。

 

 俺なりに考えての結論だった。

 何故なら──

 

 

「優真くん」

 

 

「ん……希。どうした?」

 

 俺の思考は、呼びかけた希の声により途切れる。

 

「この後すぐ練習行くよね?ちょっと時間ある?」

「いいよ。なんかあった?」

「んー……まぁ少し、ね。ほないこ?」

「おっけ。少し待って、これ片付けてから行く」

「わかった。音楽室で待っとるね」

 

 思考に耽っていた結果、俺の片付けの手は止まっていたようだ。中途半端に整頓された机上に、俺はこんなにも考え込んでいたのかと苦笑を浮かべつつ、急いで片付けた後希の待つ音楽室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

「で、何の話だよこんなところに呼び出して」

 

 音楽室に入るなり、俺は希に問いかけた。

 

「もう、せっかちやなぁ。キミは別におかずは好きなものから食べるタイプやないやろ?」

「それ関係あるか?」

「関係ないね」

「だよな」

 

 高速のレスポンスでの意味不明なやりとりに、きっと意味はないのだろう。今のでわかった……コイツ、緊張してるんだな。

 今から話すことは、どうやら希にとって重要なことらしい。だからいきなり本題を打ち明けるには少々荷が重い、と言ったところか。

 

 そして俺は沈黙を選んだ。希が少しでも、話しやすくなるように。そんな俺の配慮を察したのか、希は嬉しそうに少しだけ笑った。

 

「……はぁ、何でもお見通しやね」

「何が?」

「んーん、なんでも」

 

 そこで言葉を切ると、ようやく覚悟が固まったらしい希はその本題を切り出した。

 

「……どうして昨日、穂乃果ちゃんを放置したん?」

「放置なんて、そんな言い方。昨日も言っただろ?あいつは俺の助けなんて無くても、きっと大丈夫。俺は穂乃果を信じてるから」

「そうやね。その言葉に嘘はないんやと思う。でもね」

 

 次の瞬間、希の声色が少しだけ変わった。

 

 

「昨日のアレは、キミらしくなかった」

 

「……そうか?」

「隠してるつもり?ウチだけやない、みんなもそう言ってたよ。本当はわかってるんやろ?自分だって」

「……」

「キミなら絶対に、穂乃果ちゃんを放置したりしない。穂乃果ちゃんを信じていたとしても、キミは絶対に穂乃果ちゃんに声をかける。それが朝日優真くんって言う人間の、“在り方”だから」

 

 希の言葉を、俺は黙って聞いている。

 …否、正確には“図星を突かれて”、声が出ない。

 

 そうさ、わかっているとも。

 大切な仲間を守れる、優しい人に。

 それが俺の目指す、これからも目指し続ける理想像だ。目に見えて悩んでいる人を見過ごすなど、本当ならば絶対にしたくない。さっきも言ったが、俺だって穂乃果に何か言ってやりたかったさ。でも、“今の”俺にはそれはできない。

 

 

「──ふふ」

 

 ふと、希が急に笑い声を漏らした。

 

「でも。それを責める権利は……本当はウチには無いんよね」

「えっ」

「だって──()()()()()()()()()?優真くん」

「っ!」

 

 予想外の言葉に、驚きを隠せなかった。

 

「……ウチっていう“彼女”がいるために、キミは他の女の子に必要以上に接することをやめようとしている。そうだよね?」

「……」

「キミにそんなつもりがないとしても、ウチを傷つけてしまうかもしれないから。キミなりにウチのことを考えてくれたんやろ?ありがとね」

「……なんで」

 

 

 ──なんで、わかった。

 

 希の言う通りだ。

 希と付き合ってからもう2ヶ月近くが経ち、その間に俺は、自分のヘタレさが原因で、希を何度も傷つけてしまった。

 そんな自分に、嫌気がさしたから。

 これ以上、君を傷つけたくなくて。

 俺なりに……考えた結果がこれだ。

 きっと俺の理想を追い求める姿は、君には苦痛に映るはずだから。心を救うために、誰よりも側で心を寄り添わせようとする彼氏の姿なんて、彼女側からすれば見たくないはずだから。

 

 だから、希以外の女の子と必要以上に触れ合うのはやめよう。そう決めたのに。

 

 

「『なんで、わかった』、か?ウチを誰やと思っとるん?」

「……最近そればっかだな、お前」

「本当にそうなんやから仕方ないやん?まぁでも確証はなかったし、もし今の話が本当なら、ウチは凄く嬉しいよ」

 

 希の笑顔は、どこか安堵を携えていた。

 口ではあんなことを言いながら、本当は合っているか不安でたまらなかったのだろう。そうじゃないなら、これを切り出すのにあそこまで緊張していた理由がわからない。

 

「でもね、優真くん。無理せんでええんよ」

「……俺は別に無理なんて」

 

 君を傷つける方が、もっと嫌だから。

 というのは恥ずかしくて言えない。

 

「優真くんが、どんな思いで、今の“在り方”を選んだか、ウチは知ってる。だからこそ、ウチのせいでその思いを縛りたくない。それにね……」

 

 希はそこで瞳を閉じると──照れたように頬を赤く染めて、笑った。

 

「──私はキミのそんな姿が大好きだから。誰かのために優しくなれるキミが、私の願い、私達の奇跡のために頑張ってくれる姿を、ずっと隣で見ていたい。だから優真くん……自分を、曲げないで。私は大丈夫だから」

 

 久々の標準語に、内心ドキッとした。

 希の言葉で、心に感じた靄がスーッと晴れていくのを感じる。

 あぁ、やっぱり俺は──

 

「……希」

「ん?」

「俺やっぱりお前のこと好きだわ」

「ふぇぇぇっ!?な、なにいきなり!??」

「そう思ったんだよ。好きだよ、希」

「ぇっ、ぁ……わ、私も…………」

 

 先程以上に顔を真っ赤にして、希は俯いてしまった。その様子に思わず笑みが溢れる。

 希が落ち着くまで待って、俺は改めて声をかけた。

 

「ありがとな、希」

「ううん。もう大丈夫そうやね」

「あぁ。穂乃果のところに行ってくるよ」

「良かった……頼んだよ、優真くん。ウチは先に部室にいってるね」

 

 希はそう言って俺に笑顔を向けると、音楽室から出て行った。

 さて、俺も穂乃果に会いに行かないと。

 そう思って音楽室を出ようとした瞬間。

 

 

「──甘すぎて吐きそうだったわ」

 

 

 後ろから呼びかけられた声に、俺は思わず固まってしまう。ゆっくりと振り返ると、そこには俺の想像通り、不機嫌そうな顔で俺を見つめる赤髪の少女の姿が。

 

「ま、真姫、お前、いつから……?」

「……実は最初から。準備室で譜面台を片付けていたんだけど、途中で優真さんと希が入ってきて大事な話してたから抜けるに抜け出せなくて」

 

 つまり全て聞いていたと。

 俺達の、あの“やりとり”も。

 

「ぬ、盗み聞きとは趣味悪ぃな」

「誰があなた達のガムシロ溶かしたサイダーみたいなイチャつきを好き好んで見るっていうのよ!不可抗力よ、不可抗力!」

 

 フンっ!と真姫がそっぽを向く。いつものツンデレではなく、普通に不機嫌なだけのようだ。

 

「……まぁ、でも、優真さんたちが幸せそうなのは私も嬉しい、わよ……?」

「……お前自分のツンデレ力を使いこなしてきたな。まさかタイミングをずらしてツンデレを発揮してくるなんて。お兄さんびっくりしちゃったよ」

「何の話よ!って言うか何キャラよ、それ!」

 

 真姫が顔を真っ赤にして噛み付いてくる。

やはりチョロい。変わらない真姫の様子を見て俺は笑みを浮かべた。

 

「……ねぇ、優真さん」

「ん?」

 

 

 

「──ヒトを好きになる、ってどういうことなの?」

 

 

「……え、興味あるの?」

「ないわよ!!た、ただ参考程度に聞きたかっただけっ」

 

 そして横目赤頬髪クルクルという西木野さん伝家の宝刀が炸裂。わざわざ興味がアリアリということを教えてくれてありがとう。

 

「……人それぞれだよ」

「人、それぞれ……?」

「あぁ。そしてきっかけは1つでも、好きだなぁって思うタイミングはいつも違う。不確かでわからなくて、それでも手放したくない気持ち、かな」

「……哲学みたいね」

「人それぞれなんだから仕方ないさ」

「ふぅん……まぁ、ありがとう」

「何だ?好きな人でもできたか?」

「違う。本当にただ興味が湧いただけよ」

「興味あるんじゃんか」

「あっ」

 

 墓穴を掘った、とばかりに真姫の顔が歪み、次第に紅潮していく。しかし真姫はそこで噛み付いてくることはせず、深呼吸をして冷静さを取り戻し──頬は赤いままだが──弁明、もとい言い訳を始めた。

 

「……そうよ。興味が湧いたの。優真さんと希が、あんなに幸せそうにしてたから」

「不可抗力って言いながら、ガッツリ見てるじゃねぇか」

「もう!そこはどうでもいいでしょ!?」

 

 数度目となる真姫の噛み付きを適当に宥めると、真姫は溜息をついて俺に言う。

 

「はぁ……とにかく質問に答えてくれてありがと。あと、話聞いちゃってごめんなさいね」

「どうして最初にそれが言えないかなぁ」

「何でそんなに上からなのよ腹立つ!!……穂乃果のところに、いくの?」

「あぁ。穂乃果と話をしてくるよ」

「そう……穂乃果、練習には来ないで帰っちゃったみたいよ。凛から連絡が来てる」

 

 携帯を見ながら、真姫が俺に教えてくれた。

 

「そっか……ありがとう、盗み聞きの件はこれでチャラにしてやるよ」

「ご親切にどーも」

「可愛くねーヤツ……んじゃ、行くね」

「はい……優真さん」

「ん」

 

 

「穂乃果のこと……頼みました」

 

 

「……おう、俺に任せとけ」

 

 心配そうな真姫の呟きに明るく返事をし、俺今度こそ音楽室を後にした。

 

 穂乃果の昨日の行動の真意。

 

 それを知った俺に何ができるのか、わからないけど。

 

 それでも何かをしてあげたくて、

 

 彼女の何かを、少しでも“変えられたら”。

 

 そんなことを思いながら、俺は穂乃果を探して歩き続けていた。




希という彼女ができて、優真もまた少し“変わり”ました。
一期の物語から、少しずつ成長して行く彼らを、楽しみにしていただけると幸いです。

今回もありがとうございました!
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俺達の太陽《リーダー》

 

 

 ──私はどうしたいんだろう

 

 

 部活を2日連続で休み、家に帰ったはいいもののモヤモヤして気分転換に散歩に向かい、街中を1人で歩いていても賑やかな雰囲気が自分の心境と合わず、人気の少ない場所を探して、穂乃果はここ…神田明神へとたどり着いた。

 

「……あれからもう、半年近くになるのかぁ」

 

 彼女が思い出していたのは、μ'sを結成して直ぐ……まだことり、海未、優真の4人で活動していたあの頃。

 

「あの時はまだ、廃校阻止のために活動し始めたばっかりで、無我夢中で頑張ってて……『ラブライブ!』のことなんて、想像もしてなかったんだよね」

 

 彼女の胸中のほとんどを占めているのは、第2回『ラブライブ!』のこと。

 部室でその話が持ち上がり、皆がA-RISEと当たることを知って落胆している中で、穂乃果は1人考えていた。

 

 

 A-RISEと当たるにしろ当たらないにしろ。

 

 自分たちが『ラブライブ!』に再び出る意味はあるのか。

 

 よしんば意味があったとしても。

 

 ──自分に『出たい』という資格はあるのか。

 

 

 前回の『ラブライブ!』は、自分のせいでフイにしてしまった。

 皆の支えがあってそこから立ち上がったとしても、穂乃果にとってやはりあの出来事は自分を成長させる糧でもあり、自らを罰し続ける咎でもあるのだ。

 あの出来事を経て成長した穂乃果は、故に思案する──自分にとって、μ'sのみんなにとって最善の決断を。

 

 自らの思い──出たくない、といえば嘘になる。ただあの時出なくてもいいのかもしれないと思ったのもまた嘘ではない。

 

 客観視──自分は今スクールアイドルをしているだけではなく、絵里達から受け継いだ生徒会の長でもある。生徒会の仕事をやりながら『ラブライブ!』を目指す精神的、身体的余裕があるのか。

 

 “あの日”の出来事で確かに穂乃果は成長した。

 だからこそ、穂乃果は悩む。

 皮肉にも、それは穂乃果の長所に影を刺すすことになってしまった。

 

 

「はぁ……私、どうすればいいんだろ」

 

 

 

 

「──やっと見つけた」

 

 

 

 そんな穂乃果の背中にかかった声。

 

 

「……優真先輩」

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

「お前、家に帰ったって聞いたから家に行ったのにいないじゃんかよ。大人しく家で寝てればいいのに」

「あぁ……探してくれたの?ごめんごめん」

 

 冗談っぽく俺は笑いかけて見たが、穂乃果は苦笑いを浮かべるだけ。聞き流すほどの余裕もないのか。

 

「……どうしたんだ、こんなところで」

「んーん……ちょっと、考え事」

「……昨日のこと…『ラブライブ!』のことか?」

「……」

 

 その沈黙が答えだった。穂乃果は困ったように笑って俯いてしまう。

 

「……どうして昨日はあんなことを?」

「“あんなこと”、か…一応色々考えたんだけどな」

「わかってるよ。だからこそ、だ。穂乃果らしくないと思って。何か悩みがあるのか?」

 

 俺の言葉に穂乃果は黙り込んでしまった。それでも俺は待つ。彼女と向き合うために。

 やがて穂乃果は、ゆっくりと口を開いた。

 

「……優真先輩は、『ラブライブ!』に出るべきだと思う?」

「……お前は出るべきじゃない、と?」

「わからない……わからないの。実際廃校は無くなったんだし、『ラブライブ!』に出て、学校を有名にしようっていう風に頑張る必要もなくなった……昨日言った言葉に嘘はないの。だからもう、『ラブライブ!』に出なくてもいいんじゃないかな、って……あっ」

 

 穂乃果の言葉が途中で切れたのを疑問に思って……直ぐに理由がわかった。

 

「雨だ……」

「いきなりかよ…とりあえず、あそこに」

「うん」

 

 境内の屋根付きの本を指差して、穂乃果と共に走る。おそらく通り雨だろう、想像以上に強い雨足に舌打ちしつつなんとか屋根の下へと逃げ込むことができた。

 

「ったく……天気予報じゃ今日は一日晴れだろ?傘なんて持ってきてないっつーの」

「うん……」

 

 何気ない日常会話ですら、穂乃果の返事は歯切れ悪い。こんなにも思いつめていたのか……。

 しばらく無言が続いた後、穂乃果が再び自分の悩みを語り始めた。

 

「……それに私今、生徒会長だし。自分でやりたい、って始めたことだから後悔は全くしてないけど、やっぱり仕事にも慣れなくて、苦しくない、って言ったら嘘になるの。そんな中で私、『ラブライブ!』と生徒会の仕事の両立なんて、やっていけるのかな」

 

 ……ここまで考えていたとは。

 会長をやりたいと言った時もそうだが、やはり穂乃果の成長は目を見張る。数ヶ月前の彼女とは最早別人だ。

 そんな成長した彼女“だからこそ”の悩み。 

 自分のキャパシティと、両立の大変さを天秤にかけ、彼女の心は揺れている。

 

 

 そんな君に、俺がしてあげられることは。

 

 

「……なるほど、ね。それで昨日、あんなことを」

「うん……」

「なぁ、穂乃果」

「ん…?」

 

 

「お前、一個だけ間違ってるぞ」

 

 

「えっ……」

「お前、俺に聞いたよな?“『ラブライブ!』に出るべきだと思いますか?”って。そうじゃないだろ。穂乃果、お前は。

 

 

──ラブライブに、“出たい”のか?“出たくない”のか?」

 

 

「……!」

 

 俺の言葉に、穂乃果が心底驚いたように目を見開く。

 

「“出るべき”、“出るべきじゃない”よりも先に、“出たいか出たくないか”。こっちはどうなんだ?確かに今のお前の考え方じゃ、出るべきじゃないって思ってしまうかもしれない。でも、お前はもっと大切なことを考えるのを忘れてる。もう一回聞くぞ、穂乃果。

お前は“出たい”のか?“出たくない”のか?」

 

 “出るべきではない”。穂乃果が導き出したこの結論には、大切なものが欠けている。

 それは“穂乃果自身がどうしたいか”という、個人の結論に絶対に置いて忘れてはならないものだ。

 穂乃果は周りを見るということを覚えたばかりに、こんなに当たり前のことが頭から抜け落ちている。穂乃果最大の“武器”が、鈍色に霞んでしまっている。

 だから俺は問う。周りへの迷惑、そんなものは一先ずさて置いて。穂乃果自身は、一体どうしたいのかを。

 

 俺の言葉に黙り込んでしまっていた穂乃果は、やがて目を見開いて、俺を見据えた。

 

 

「──“出たい”。出たいよ、『ラブライブ!』。考えるだけでワクワクする……あの輝きを、頂点を、みんなでまた目指したい!」

 

 その言葉に、俺はニヤリと笑う。

 

「“出るべきじゃない”。お前にとってはそうなのかもしれない。でもお前の中に少しでも“出たい”っていう気持ちがあるのなら。俺はそれを尊重してほしい」

「優真先輩……」

「μ'sのみんなは出たいと思ってる。前にあんなことがあって言いにくい気持ちもあるかもしれないけど、みんななら大丈夫。ちゃんとお前の気持ちを受け入れてくれるさ」

「いいの、かな……私、たくさん迷惑かけちゃうかもしれないけど」

 

 穂乃果はまだ、迷っている。

 自分の中での“出るべきではない”という思いが、彼女の踏み出そうとする一歩を阻害している。

 俺1人で背中を押せるのは、ここまでみたいだ。

 

 

 ──だからこそ。

 

 

「……って、穂乃果は言ってるけど?」

「えっ?」

 

 俺はいきなり、彼女とは明後日の方向に声をかけた。そしてそこから……

 

 

「……そんなこと考えてたのね」

「全く、いつの間にそんなに成長したのよアンタ」

「絵里ちゃん、にこちゃん…!それにみんなも」

 

 絵里が、にこが、μ'sの皆が、穂乃果の前に姿を現した。

 

「……聞かせてもらったよ?穂乃果ちゃんの思い」

「希ちゃん……」

「私達に迷惑をかけるかもしれない、なんて。貴女いつからそんなにいい子になっちゃったのよ」

「そうよ。そんなくだらないことで悩んでたなんてアンタが可哀想になるわ」

「くだらないって……そんなっ」

「いい!?」

「っ!」

 

 穂乃果の言葉を無理やり遮り、にこが彼女の眼前に身を乗り出した。

 

 

「──“迷惑をかけるかもしれない”?ふん!こちとらアンタに迷惑かけられっぱなしよ!そんなのもう慣れっこだわ。それを今更めんどくさいこと考えてんじゃないわよ。私達は仲間でしょ?迷惑かけてナンボでしょうが。

それを差し引いても、アンタにはアンタの魅力があるの」

「私の……?」

「そう。穂乃果がいたから、私達はここまで来れた。穂乃果がいたから、また私はアイドルを始められて……素敵な仲間に出会えた」

「にこちゃん……」

 

 

 真顔で告げられるにこの思い。それに心が響かない程、穂乃果は腐っていない。

 俺にもわかるほど、穂乃果は揺れている。それを成し遂げられるのは、誰よりもアイドルに真摯で……誰よりも穂乃果に感謝している彼女だからこそだ。

 

「……アンタが潰れそうな時は、私達で支える。だからアンタはいつもみたいに“やりたいこと”目掛けて突っ走って行けばいいのよ……私達のリーダー」

「!」

「……そういうことだ、穂乃果」

「優真先輩……」

「ここにいるみんなで、お前を支えていく。だから連れて行ってくれよ。お前がいないと見ることができない世界へ。

 

俺たちは俺たちらしく!“やりたいこと”を、“やりたいように”やっていこう、穂乃果!」

 

「うん……うん!!」

 

 穂乃果の瞳が、一際輝く。

 迷いの消えた曇りなき眼が、俺を見据える。

 

 覚悟が──決まった。

 

 

「──“出よう”!!みんなで、『ラブライブ!』!!」

 

 

 穂乃果の言葉で、皆が笑顔に変わる。

 これだ。これでこそ俺達のリーダー、高坂穂乃果だ!

 

 

「穂乃果…!」

「穂乃果ちゃん!」

「でも!『ラブライブ!』に出るだけじゃもったいない!」

「え……?」

「この9人で目指せる最高の結果──

 

──優勝を目指そう!!!」

 

「優勝!?」

「そこまで行っちゃうのかにゃ!?」

「大きくでたわね……!」

「でも、面白そうやん!」

 

 どこか現実味のない優勝という言葉。

 しかし皆はそれを否定することなく……笑顔で肯定する。

 

「さあ行こう!『ラブライブ!』!

 

 

私達の、新しい挑戦の始まりだ!!!」

 

 

 穂乃果の言葉に、心が震える。

 ただただ前を見据えるその言葉に、俺は穂乃果の背中を押していたつもりが、気づけば背中を押されていることに気づく。

 

 やれる、やれるさ。

 

 お前なら、俺たちなら、どんな不可能だって!

 

 気づけば雨も止み、眩しいほどの太陽が、俺たちの“太陽”を照らしていた。

 

 

「一緒に行こう!頑張ろう、穂乃果!」

 

 

 

「うん!私、やる!やるったらやる!!」

 

 

 

 今日この日。

 

 俺たちμ'sの、本当の再スタートが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 花陽の呼びかけで、μ'sメンバーは昼休みに全員部室に集められた。

 

「どうしたんだよ花陽……全員呼び出すなんて」

「今からA-RISEが……記者会見を行うみたい」

「記者会見?」

「うん、重大発表があるみたい…あ、始まった!」

 

 花陽はその言葉とともにパソコンの前の椅子から立ち上がり、全員に見えるようにしてくれた。

 

 画面を白く染めるフラッシュ。一高校生グループのために集まっているとは思えないほどの量。その中に座っているのは──

 

「……ツバサ」

 

 A-RISEのリーダー、綺羅ツバサ。

 スクールアイドル界の絶対女王、A-RISE。

 そのリーダーの彼女の口から一体何が飛び出すのか。

 記者達はもちろん、俺達も画面から目が離せない。

 

『皆様、本日はお集まりいただきありがとうございます。本日は、皆様に発表したいことがありまして、このような場を設けさせていただきました。

 

 

 

 

 

この度A-RISEに、新メンバーが加入することになりました』

 

 

 

 

「!?」

「新、メンバー!?」

 

 絵里の驚きの声が、部室に響き渡った。皆も声こそ出なかったものの表情は驚きに満ちている。

 

『私から話すよりも、当人の口から話していただきましょう。それでは新メンバーを紹介します』

 

 

 ツバサの言葉で、1人の少女が画面へと姿を現した。

 

「うわぁ、可愛い……!」

「この人が新メンバー!?」

「天使みたい……」

 

 凛、穂乃果、花陽が各々の感想を呟く。

 その中で俺は。

 

 

「………………………………は?」

「え……?」

「どうしたのよ、優真」

 

 

 真姫とにこの不審そうな声が、えらく遠くに聞こえる。それくらい、俺の受けた衝撃は尋常なものではなく。

 

 

「なん……で……なんで、なんで!?」

「の、希もどうしたっていうのよ」

 

 希も俺と同じく……否、それ以上に動揺している。

 その理由に気づけたのは、俺や希と同じく、驚きの表情を浮かべる絵里とことりと海未だけだろう。

 

 そんな俺たちに、その言葉は告げられる。

 

 

『──初めまして!

 

A-RISE新メンバーの、西城(さいじょう)ヒカリです!』

 

 

 そして画面上の彼女は笑う。

 それはまさしく、天使のような笑み。

 

 しかし俺にはそれは───

 

 

「優真…くん、この人……」

「…………あぁ、そうだ。こいつは、こいつは……!!」

「西城、ヒカリ……()()()?」

「っ!?まさか!!」

 

 あぁ、そうだよ真姫。

 こいつは、俺たちの目の前で、“ドス黒く歪な笑み”を浮かべて嗤うこいつは!!

 

 

 

 

「──中西」

「光梨…………ちゃん…………?」

 

 

 

『皆さん、よろしくお願いします!あはっ♪』

 

 

 

 運命は、どこまで俺達を嘲笑う。

 

 

 




二期編は、穂乃果が輝くストーリーです。
一期では出番の少なかった彼女ですが、主役級の大活躍をします!!
あ、主役だった!笑
そして登場──二期編のラスボス……及び、『背中合わせの2人』のラスボスです。一期中盤で影を潜めていた彼女が、ついに表に姿を表しました。
原作と大きくかけ離れたストーリーですが、是非お楽しみに!

今回もありがとうございました!


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4話 隣

 

 

「……それじゃあ、今のが前回大会からの変更点なのね?」

「うん、そうだよ」

 

 私…絢瀬絵里の問いかけに、花陽は力強く頷く。

 

 A-RISEの記者会見から少し経ってから、私達は花陽から前回大会との変更点を聞いていた。

 

 花陽が纏めた変更点は大きく2つ。

 まず1つは、“大会への応募は、未発表の新曲に限る”ということ。

 これは大会応募グループが予想以上に多かったのが原因で、その中には実際のアイドルの曲をアレンジして踊る“カバーアイドル”の姿も多数あったみたい。だから私達はここで、第一の振るいにかけられる。未発表の新曲を出すことができるグループだけが、挑戦の切符を掴むことができるというわけね。私達μ'sはこの点は問題なくクリアすることができる。

 問題は2つ目。

 今回は前回大会とは違い、地区予選、地区決勝、全国大会の三段階で、この中のいずれも、大会サイトから動画配信(ライブビューイング)が行われるのだけれども、その配信場所に制限がかかった。

 

 “今までPV撮影をしていない場所に限る”。

 

 1つ目の変更点が、新規アイドルのスタンスを制限するためのものなら、2つ目のこれは、前大会出場アイドルへの制限だ。初参加で曲が用意でき、PVを投稿していないグループには、2つ目の制限は何ら意味を成さない。しかし私達のようなグループには、寧ろ2つ目の制限の方が重くのしかかる。

 講堂、校内、屋上。これらの場所を既にPVとして投稿してしまった私達は、必然的に学外での撮影を余儀なくされる。『ラブライブ!』運営は、ビギナーにもベテランにも平等なチャンスを与える、というスタンスでいるのではないかというのが、花陽の見解だった。

 

「……嫌なトコで躓かされたわね。まさか歌う場所を制限されるなんて」

「まさか学校が使えないなんて……」

「決まったものはしょうがないわ。探すしかないんじゃない?」

「でも真姫ちゃん、心当たりはあるのかにゃ?」

「う……それは……」

 

 皆もやはり動揺している。そんな暗い雰囲気の私たちに、花陽は笑顔で声をかけた。

 

「でもみんな!これは悪いことばっかじゃないんだよ?」

「え?」

「この2つの制限は確かに痛いかもしれないけど、この意図をしっかりと掴めれば……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「何を……欲しているか」

「うん。1つ目の制限で、既存の曲ではなく、新曲を要求した。そして2つ目の制限で、一度使った場所ではなく、今まで撮影したことのない場所を要求した。つまり」

 

 花陽はそこで言葉を切ると、確信めいた表情で告げる。

 

「運営が私たちに求めているのは──()()()()じゃないかな?」

 

 

「目新しさ…?」

「うん、新しい曲、新しい場所。そこで作り上げられる目新しさを、新人、玄人関係なく運営は評価したいんだと思う。A-RISEの様な王道を超える目新しさを」

「なるほど……一理あるわね」

 

 花陽の言葉に、にこは納得した様に頷いた。その様子に花陽がほっと息をつく。

 そこで凛が、皆を伺いながら恐る恐る手を挙げた。

 

「ところで……凛達はどうするの?」

「どうするって……何がよ」

「『ラブライブ!』だよ。このまま……出場する?」

「はぁ?アンタ何言って」

「だってにこちゃんも見たでしょ!?優兄ィと希ちゃんが、あんな……」

「っ……」

 

 凛はその続きを言い淀んでしまったが、言わんとしていることは私達にもわかる。凛が言わなければ、誰かが口にしていた。私達自身、あまり触れたくなくてその話題を自然と遠ざける様にしていたのは否めない。

 

 そう、それは先程の……A-RISEの記者会見を皆で見たときのこと。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…………ひかり……ちゃん……?」

 

 絞り出す様に零れ出た希の呟き。

 それを聞いたメンバーの表情は驚愕に変わる。

 私、ことり、海未の3人は以前に直接顔を見たことがあったので、すぐにわかったけれど残りの皆はそうじゃない。この時初めて顔と名前が一致した筈……“全ての元凶”たる、彼女の顔と名前が。

 

「この人が……そうだっていうの!?」

「でも、どうしてA-RISEに……!」

 

 にこと真姫の言葉にも、動揺が隠しきれていない。でもそれも仕方ないこと。この中の誰にも、この状況を理解することなんてできはしない。

 

「……ぁ、ぁ……あぁ……」

「希、希ッ!」

 

 余程衝撃的だったのだろう、焦点の定まらない目で画面を見ていた希の膝は震え、あの時のように動機を荒くして座り込んでしまった。そんな希に、優真が駆け寄って肩を支える。

 

「しっかりしろ、希!!」

「優真さん落ち着いて!取り敢えず保健室に!」

「あ、あぁ…そうだな、真姫」

 

 ……今の様子を見るに、優真も動揺しているみたいね。最も、2人がそうなってしまうのも無理はないと私たちは思える。

 だって私たちは、知っているから。

 かつて中西光梨さんが、優真と希に何をしたのか。

 それは決して許されざる行為で、今尚優真と希の心に陰を落とす、かつての思い出を蝕む、不治の腫瘍。

 そんな彼女は、何を思い私達の目の前に……ましてやA-RISEとして姿を見せたのか。

 

「絵里、俺はとりあえず希を保健室に連れていく。後のことを頼んだ」

「1人で大丈夫……いや、寧ろね。わかったわ」

「ありがとう」

 

 意識も朧な希を背負い、優真は部室を後にした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 こうして先程の話し合いに移ったわけだけど。

 

 折角『ラブライブ!』出場の意思を固めて行動に移そうとしといた矢先の今回の出来事。

 

 私達に、新たな暗雲が立ち込めているのは明確だった。

 

 

 

▼▽▼

 

 

「……ん……ぁ」

「希っ!気がついたか…」

 

 私…東條希は、どうやら眠っていたらしい。

 

 覚醒間も無く意識がぼやけた私の耳に、彼の声はえらく鮮明に聞こえた。まだ怠い体をゆっくりと、少しずつ起こし、声の主へと向ける。

 

 

「優真…くん?ここは…保健室。私、どうして…」

「倒れたんだ、お前。A-RISEの記者会見を見て」

「A-RISEの……記者会見……っ!!」

 

 思い出した。私は記者会見に出てきた、光梨ちゃんを見て──!

 

「────────っぁ」

 

 画面越しでも私を恐怖させるに足る、あの笑顔。あの顔で、私の脳裏にはかつてのトラウマが鮮明にフラッシュバックする。

 

 

 

 

 

 

『───嫌ッ!!やめて!!』

 

 

『ごめんな、希ちゃん。でもこうするしか』

 

 

『離して、離してっ、離して!!』

 

 

『ふふふふふふふ、あっははははは!!!』

 

 

 

 

 

「あっ、あぁ、ぁぁあぁ」

 

 

 血が凍ったように寒くて、私の中の酸素が消えたように息ができない

 

 

「やめて、やめて、やめてやめて、やめて」

 

 

 まるでそこに“ある”かのように、トラウマで意識が塗り潰されてゆく

 

 

「嫌、嫌嫌、嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁ!!!」

 

 

 

「──────希ッ!!!!」

 

 

 その声が鼓膜を震わすのが先か、温もりが私を包んだのが先か。

 

 

「……ゆう、ま、くん」

「心配すんな。ここに俺がいるから。ずっとお前の側にいるから」

 

 

 私を強く抱きしめ、耳元で彼は優しく囁く。

 じんわりと、ゆっくりと、彼の温もりが凍えた私の身体に染み渡っていくのを感じた。

 

 

「……落ち着いたか?」

「うん……ありがと、もう大丈夫」

「そっか、よかった」

 

 そう言いながら私に笑いかけて、ぽんっ、と頭を叩くと、彼はゆっくりとその体を私から離して言った。

 ぼんやりとしていた意識も今のではっきりと覚め、先の動揺を少し恥ながら、私は優真くんに笑いかけた。彼を少しでも安心させられるように。

 

「……ダメやなぁウチも。全然成長せぇへん」

「……無理に“関西弁(そっち)”じゃなくてもいいんだぞ?」

「ううん。大丈夫や。ウチは優真くんが認めてくれた、大切な“(ウチ)”やから」

 

 彼を支える自分になるため、μ'sのみんなを繋ぐために私が(つく)った《仮面(ウチ)》。そんなツクリモノな私を、彼は認めてくれたから、好きだと言ってくれたから。

 

「……あの時も、優真くんに助けられたね、ウチ」

「あの時も?」

「ほら……荒川くんと光梨ちゃんにばったり遭遇しちゃった時のこと。あの時もこんな風に意識を失って、昔を思い出して動揺したウチを助けてくれたなぁ、って」

「あぁ……なんか懐かしく感じるな。そんなに昔のことじゃないのに」

「ね。なんか不思議やん」

 

 そう、あの時も。

 私は、何度彼に助けられるのだろう。

 

 私は何も変わってない。中学校の時に優真くんに助けられて、今また優真くんに助けられて、過去に囚われた私は、優真くんが居ないと1人で立ち上がることすらできなくて。

 

 同じように、過去に囚われた優真くんは、過去を乗り越えて新たな道を歩みだした。

 でも私はどうだろう。

 過去を引き摺り、心に巣食う影に怯えて。

 そんな私が、彼の隣で笑う資格なんて、あるのかな。

 

「……『ラブライブ!』」

「え?」

 

 

「───やめとくか、『ラブライブ!』」

 

 

「な……!」

 

 思わず叫んでしまいそうになった。

 荒げかけた声を深呼吸で宥め、冷静を装って彼に問いかける。

 

「どうして……そんな」

「……一昨日絵里が言ったけど、『ラブライブ!』を目指すなら、俺たちは絶対にA-RISEに挑まなければいけない。()西()()()()A()-()R()I()S()E()()、だ」

「っ……」

「そんな精神状態で、お前は()れるのか?少なくとも俺には……そうは、思えない」

 

 最後の言葉で彼が浮かべた表情は、どこか苦しげに映った。

 

 一理、ある。

 映像越しでも発作を起こしてしまうような私に、光梨ちゃんと面と向き合って争うようなことが、出来るのだろうか。

 

「……俺たちと中西の因縁は、μ'sのみんなもわかってる。話せばきっと理解してくれるさ」

 

 優真くんが私に笑いかけた。

 その笑顔には、私への労りと信頼が十二分過ぎるほどに含まれていて、その優しさがかえって私の胸を締め付ける。

 

 

 私は──何をしているのだろう

 

 

 優真くんに助けられて安心して。

 1人じゃ何もできなくて。

 剰え気を遣われて、みんなの夢を汚そうとしているこの現状を、黙って見ていることを選択させられようとして。

 

 嫌だ。

 

 そんな自分が、本当に、どうしようもなく。

 こんな自分を、“変えたい”。

 

 私に、優真くんに、みんなに誇れる自分に。

 

 

 だから───

 

 

「……優真くん」

「ん……?」

 

 

「──出よう、『ラブライブ!』」

 

 

「な……の、希、お前」

「わかってる。キミが心配してくれる意味も、ウチの今の心の状態も」

 

 でもね。

 

「ウチは負けたくない。光梨ちゃんにも、自分自身にも。いつまでも過去に縛られてちゃ、キミのそばにはいられない。ウチは戦うよ。自分を“変える”ために」

 

 私の決意を、優真くんは呆気にとられたような顔をして聞いていた。

 やがてその顔は笑顔に変わり、彼は私の頭にそっと手を乗せた。

 

「……お前がそこまで考えてるなら、俺は何も言えないよ。わかった、出ようぜ、『ラブライブ!』」

「優真くん……!」

「ただ、忘れんな」

「え……?」

 

 

「お前の側には、俺がいる。何かあったら、絶対に俺に頼ってほしい。それだけは忘れないでくれ」

 

「うん……うん!」

 

 あぁ、やっぱり優真くんはすごい。

 いつだって、彼はくれるんだ。

 私が欲しい、私が望んだ言葉を。

 孤独の中の拠り所になるような、暗い闇の中の光になるような、そんな言葉を。

 

 そんなキミが、私は大好きなんだ。

 

「……もう動けそうか?」

「うん。体に力も入るし、みんなのとこに早く行こ?」

「そうだな……ほら」

 

 

 彼は立ち上がり、私へと手を伸ばす。

 結局、1人じゃ何もできなかったな。

 

 でも、大丈夫。

 

 キミが差し伸べてくれるその手が、私の新たな始まり。

 過去に負けないように、未来を掴めるように、私は歩き出すよ。

 

 だから見ててね──優真くん。

 

 

 思わず溢れた笑みを隠すこともなく、私は彼の手を取った。

 

 

 

 




感想や評価というものは、やはり励みになります。
低評価は流石に堪えますが、それも含めて私の力となるのは、やはり皆様の生の声です。いつも本当にありがとうございます。

完結から今まで評価をくださった、

鏡黒さん、映日果さん、最弱戦士さん、shiyaさん、泡§さん、黒っぽい猫さん、このよさん、悪魔の国の語り部さん、うにゃりんさん、ゼノバース01さん、オセロガチ勢さん、jishakuさん、月社さん、クリくりんさん、ろまんさん

本当にありがとうございます。
少しでも良い作品にしていくためにこれからも精進していきたいと思います。

年内最後の投稿になると思います。それでは皆さん良いお年を!

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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衝突

良いお年を……と言ったな、あれは嘘だ。



 

 

5話 衝突

 

 

「……」

 

 部室を包む沈黙。

 優真と希が部室を後にしてからしばらく経ち、凛が持ち出した疑問に答える声は、1つも上がらない。

 私…絢瀬絵里含め残されたメンバーには、余りにも重すぎる問いだった。

 

「……凛は、凛はね」

 

 沈黙に耐えかねて口を開いたのは、先程疑問を提示した凛本人だった。

 

「出ない方が……いいんじゃないかな、って」

「凛……」

「もちろん出たいよ、『ラブライブ!』。でもA-RISEには……中西光梨さんがいるんでしょ?もう優兄ィと希がその2人と関わる必要はないよ。せっかく2人とも幸せになれたのに……そんなのって、あんまりだにゃ……」

 

 凛は泣きそうになりながら、言葉を紡いでいく。そんな凛の言葉に納得するように──

 

「……私も」

「凛の言うことに、間違いはないと思う」

「……こればっかりは、仕方がないと思います」

 

 ことり、真姫、海未も同意の言を述べた。

 にこと花陽と穂乃果は俯いて何も言わないものの、考えていることはおそらく私たちと同じ。

 

 そして、私も──

 

 

「──みんなごめんね」

 

 

 やけに大きく響いたドアの開く音、その先には優真と希の姿があった。

 

「希……!もう大丈夫なのですか?」

「うん。心配せんでもええよ」

「優兄ィ、希ちゃん本当に大丈夫なの?」

「あぁ。むしろ、さっきより元気かもな」

「え……?」

 

 優真の言葉の意味がわからないと言うように、凛が疑問の声を漏らす。

 その説明とばかりに、希が笑顔で皆に告げた。

 

「──みんな、出ようね、『ラブライブ!』」

 

「!」

「希、ですが…!」

「みんながウチのこと心配して、出ないって言うんじゃないか、って思ってたんやけど、その通りやったみたいやね」

 

 ふふ、と笑った後希は皆の顔を見回す。

 そして改めて続きを繋いだ。

 

「ウチはもう逃げないよ。光梨ちゃんから、自分の過去から。だからみんな……ウチにその機会を下さい。みんなの力を、貸してください」

 

 希が深く頭を下げる。

 僅かな時間で、希は覚悟を決めたみたい。

 だったら、私たちは。

 

「顔を上げなさいよ希」

「にこっち……」

 

 私を口を開こうとした刹那、先に希に声をかけたのはにこだった。

 

「アンタがやるって言うなら、私達に止める理由なんてあるわけないじゃない。もともと覚悟は決まってたんだから後は突っ走るだけよ」

 

 にこが希に笑いかける。それを受けた希は、目に見えて表情が明るくなっていく。

 

「うん……!ありがとう、にこっち。みんなも……いい?」

 

 誰も声は出さない。しかし希を包む柔らかな笑顔が答えだった。

 

「……ってなわけで、俺たちはこれまでと変わらず『ラブライブ!』を目指す。んで、A-RISEと戦って、俺と希の過去にケリをつける。そういうわけだ」

「負けられない理由が増えたわね」

「そっちの方が燃えるよ、真姫ちゃん!」

「穂乃果ちゃんはテンション上がりすぎだよ…」

 

 ことりのツッコミに、今度こそ皆が声を出して笑う。先程までの沈黙は、最早露ほどにも姿を見せなかった。

 

「……それで優真、さっき花陽が纏めてくれた変更点なんだけど……」

「ん、あぁ。聞かせてくれ」

 

 先程まで話し合っていた内容を、優真に伝える。一通り聞き終わると、彼は表情を険しいものへと変えた。

 

「……確かに厄介だな。練習と並行してやることが増えそうだ」

「でしょ?私達からは特に解決案は無し。優真は何かある?」

「ん……パッと思いつくような名案は無い、かな。それも含めて、これから話し合っていこう。昼休みもそろそろ終わるし、とりあえず今は解散、ってことでどう?」

「そうね……また放課後話し合いましょう」

「よし!んじゃ今後の目標は地区決勝出場目指して新曲の練習!それと並行して場所探し!やるぞ!」

 

 おー!と声が響く。やることは決まった。

 目標新たに私たちは、部室を後にした。

 

 

▼▽▼

 

 

 A-RISE波乱の記者会見から1週間後。

 動乱に包まれたスクールアイドル界隈もそれなりの沈静化を見せ、どのグループも2週間後に迫った地区予選に向けて努力を重ねているだろう。

 

 無論それは俺たちμ'sも例外ではない。

 改めて『ラブライブ!』を目指すと決めてから1週間、新曲を詰めていく為の練習をみっちりと行い、このまま行けばかなりの完成度を誇る曲になるという確信を俺は抱いていた(メンバーには伝えず、このままではダメだと尻に火をつけ続けているが)。元々俺たちは新曲を予選に出すつもりだったので、ある程度のスタートダッシュを切れていたのが非常にデカい。

 モチベーションも十分、順風満帆に見える俺たちにも、決して無視できない目の上のタンコブがあった。それは──

 

 

「あーもう!!1週間よ1週間!!」

 

 

 最早練習終わりの恒例となった部室での話し合い。そこで痺れを切らしたかのように声を荒げたのはにこだった。

 

「1週間も経つのに何で場所ごときが決まんないわけ!?何かいい案はないの!?」

「にこちゃんだって『アイドルらしくない』とか『ラブリーが足りない』とか変なこと言って拒否するばっかでアイデア何も出さないじゃん!」

「そうだにゃ!!たまにはにこちゃんもなにかアイデア出してよ!」

「うるさいわねぇ!生意気なのよアンタ達!」

 

 珍しく的確な指摘を見せる単細胞コンビ。

 これが勉強面や日頃の行いに現れてくれればどれだけ楽なことか……。

 

 ……こんな下らぬ悩みに思考をすり替えてしまう程には、俺たちの問題は深刻だった。

 

 1週間あれば場所なんて決まる。

 そんなことを考えていた俺……いや俺だけじゃない、皆の認識は大いに甘かったと言える。

 

 場所を選ぶということは、ただ選べばいいというわけではない。俺たちの曲にあった場所、そうでなければ動画としての価値が著しく落ちる。故に空き地や街中でのライブを選ぶことが出来ず、かといってホールや仮設ステージを抑えようとするとのしかかるのが、俺たちにはどうしようもない費用面の問題だ。

 元々廃校寸前だった音ノ木坂に、ホールを額をアイドル研究部に融資するほどの余裕はなく──根本的に与えられた部費以上の活動をすることが認められていないが──これからのことを考えると部費を散財するわけにもいかない。学生向けに貸し出される市外の町のステージも、俺たちがそれに気づいた時にはすでに他のグループが借り抑えていた。流石激戦区東京、場所取りからすでに戦いは始まっている。

 

 まぁつまり。

 

 ──八方塞がり、ってやつだ。

 

 

「どうすっかなぁ……」

「こんなところで躓くなんて笑い話にもならないわよ!何かいい案はないの!?」

「だから……なんでにこちゃんが偉そうなのよ」

 

 にこが声を荒げてしまうのも無理はない。

 まだ2週間あるとはいえ、もう2週間しかないのだ。早いうちに場所を決めて安心しないと、今後の練習にも支障が出てしまうかもしれない。

 どうしたものかと考えていると──

 

 

「はいはい、みんな落ち着いて」

 

 

 パン、と手を叩くとともにその場を宥めたのは希。彼女には何か考えがあるようで、いつものような優しい笑みで希は皆に言う。

 

「とりあえず、みんなで街に出てみん?息抜きも兼ねて、ね」

「街に……?」

「最近練習しっぱなしやし、ここで話し合うだけじゃ気づかないこともあるかもしれんやん?一旦街に出て、自分たちの目で歩いてみることで何か見つかることがあるかもしれんよ?」

「……確かにそうだな」

 

 希の意見に肯定を示す。

 ここでモヤモヤしたまま話し合っても埒があかない。それならば気分転換がてら街を歩いて場所を探す方がまだ幾らか建設的だ。

 

「とりあえず、今日はみんなで街を歩きながら場所を探そ?見つからんくても、何かヒントがあるはずやから」

「そうね、希の言う通りだわ。今日はみんなで、パーっといきましょう」

「何で仕事帰りのおっさんみたいな言い方してるのよ、絵里」

「でも真姫ちゃん、みんなで遊びにいくのって久しぶりだね!ワクワクしてきたよ!」

 

 希の提案に、皆の雰囲気が目に見えて明るくなった。それだけでも、希の狙い通りといったところだろうか。

 

「んじゃ、今日はみんなでパーっと行こうや!」

「なんでアンタまでおっさん化してんのよバカ」

 

 

 

 

 

 

 街に出て1時間ほど。

 ゲームセンターやアイドルショップを見て回った俺たちは、クレープを片手に街道を歩いていた。

 

「場所、見つかんないねー」

「でも、気分転換にはなったよね!」

 

 穂乃果のぼやきに、ことりが笑顔でそう答える。やっぱことりはマジ天使。

 

「……どう?優真。何かいい案浮かんだ?」

 

 絵里が問いかけてくるも、俺に出来るのは渋面を返すことだけ。

 

「現状を打開する名案は何も。ただ俺たちの想定以上に場所が残されてないことはわかった」

「そうね……」

 

 そうして歩いていると、とある場所が目に留まる。

 

「UTX学院……」

「……A-RISEはどこで歌うのかしらね」

「さぁな。俺たちと違って資金も潤沢なアイツらは、場所に困ることなんてないだろうさ」

「……あれ?」

「ん、どうした花陽?」

 

 

「──穂乃果ちゃんが居ないの」

 

 

「え……あ、本当だ」

「どこに行ったのかしら」

「あいつにしては珍しく音もなく消えたな」

 

 ざっと辺りを見回してみるも、穂乃果らしき姿は見当たらない。

 

 ……どこ行ったんだ?あいつ。

 

 

 

▼▽▼

 

 

「うう……みんなどこ行っちゃったんだろう」

 

 優真たちが穂乃果が居ないのに気づいたのとほぼ同時刻。

 穂乃果もまた、皆と実はそう遠くない場所で逸れてしまったメンバーの姿を探していた。

 街頭でふと見つけた、A-RISEのポスター。それを見て彼女たちはどうするのだろうと考え込むこと数十秒、ふと気づけば残りのメンバーの姿はなく、今に至る。

 

「こんな地元で迷うなんて恥ずかしくてたまらないよ……」

 

 そんなことをぼやきながら歩いていると──

 

 

「──見つけた!」

 

 

 突如穂乃果の正面に現れた少女。穂乃果を見つけるやいなや喜びを滲ませた声を発した。

 

 

「やっと見つけた!高坂穂乃果ちゃん!」

「え……あっ!あなたは……!」

「まぁまぁ!さ、こっちこっち!」

「へ、わ、ちょ、ちょっとーー!!」

 

 少女は穂乃果の腕を掴むと、強引に駆け出して行った。

 

 

 その表情は、天使のような笑顔で、かつどこか歪んで見えたという。

 

 

 

▼▽▼

 

 

「穂乃果ー!」

「穂乃果ちゃーん!」

 

 俺達が穂乃果を探し始めて数分経つものの、彼女の姿は見当たらない。

 いくら穂乃果とはいえ、事情も話さずに俺たちの前から急にいなくなるなんてことは考えられない。何かトラブルやアクシデントがあったに違いない。

 

 

「あ、穂乃果ちゃんだにゃ!」

 

 叫びながら指を指す凛。

 凛が示した方を見ると、確かに穂乃果の姿があった。しかし……

 

「……あと1人、いる…?」

「穂乃果を引っ張って行ってるみたいだけど……」

「向かってる場所は……UTX、かしら」

「そう見たいね。制服もUTXだし」

「っ!!希!!」

「うん!!」

 

 穂乃果の腕を掴んでUTXへと向かう1人の少女の姿が目に入った瞬間、俺と希は一目散に2人の元へと駆け出した。

 

「ちょ……優真、希!?」

 

 絵里の声を後ろに感じるも、振り返る暇はない。

 

 

 ふざけんな。

 

 そんなところで、何をしてる。

 

 

 ───中西、光梨……!!

 

 




実は次の話も明日投稿されます(ボソッ

今回もありがとうございました!
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“王の器”

二期序盤の山場です。


 

 

 

 

 

6話 “王の器”

 

 

 警備員に事情を説明して玄関を通り辺りを見回すと、すぐにその姿を見つけた。

 

「穂乃果ッ!!」

 

 俺の声に、中西と話していたらしい彼女はハッと振り向いた。

 

「優真先輩……」

「あ、朝日クンに希ちゃん!やっほー!久しぶり!元気だったー??」

 

 無邪気に俺たちに手を振ってみせる中西。

 俺たちはそれに手をふりかえすような関係じゃない。

 

 どのツラ下げて俺に──希にそんな真似を。

 

「穂乃果に何してやがる」

「え?何もしてないよ?強いて言うならお話ししてただけ。ね?穂乃果ちゃん!」

「えっ、あぁ」

 

 中西の言葉にも、どこか反応が悪い穂乃果。それを聞いた俺の中に、怒りが込み上げる。

 

「てめぇっ……!」

「や、やめて優真先輩!私は本当に何もされてないから!」

「っ、穂乃果」

「そーゆーことっ!本当にお話ししてただけなんだってば!」

「……大丈夫?穂乃果ちゃん」

 

 希が心配そうに声をかける。

 

「うん……ねぇ、希ちゃん」

「ん?」

 

 

「本当にこの人が、希ちゃんたちを苦しめた人なの?」

 

 

「優真!」

 

 奇しくも穂乃果の問いかけは、後から追いついてきた絵里の声に遮られることになった。絵里に続いて、残りの面々もあとからどんどん駆け寄ってくる。

 

「いきなり駆け出してどうしたの……って貴女は!」

「あはっ、初めまして、絢瀬絵里さん?」

「中西光梨さん、ですよね……?」

「やだなぁ、違いますよ。私はA-RISEのメンバーの、西城ヒカリです」

 

 絵里の問いかけを、中西は笑顔で否定する。その笑顔はアイドル顔負けの──実際にアイドルになったわけだが──天使のような笑みで、猜疑を以て声をかけた絵里も、虚をつかれたように驚き固まっている。

 他の皆もそうで、彼女らは俺たちの語る“中西光梨(全ての元凶)”とのギャップに面食らっていた。確かにこのような笑顔を見せられては、過去に俺と希に多大な影響を与えた女とは思えないだろう。

 

「ここで立ち話もなんです、どうぞ上でゆっくりしていきませんか?」

「断る。お前と話すことなんて俺たちは何もない」

「そんなこと言わないでよ朝日クン!久しぶりの再会だし、ゆっくりお話ししようよ!ほら!」

「触るんじゃ……ねぇッ!!」

「きゃっ……!」

 

 腕を掴んで引っ張ろうとした中西の手を、俺は力任せに振り払った。その衝撃で中西は後ろに尻餅をついてしまう。

 

「ちょっと優真!何もそこまでしなくても」

「話を聞くくらいいいじゃない」

「違う、真姫、にこ。コイツに関わるとロクなことになんて…!」

 

 先程の中西の様子を見て毒気を抜かれた2人…いや、みんなか。

 とにかく俺をみるみんなの目は、戸惑いに溢れている。

 

「……ウチも、話を聞くべきだと思う」

「っ!?希……?」

「話を聞いてみることで、わかることもあると思う。ウチはもう逃げない。光梨ちゃんと向き合って、自分の過去を乗り越えてみせる」

 

 希は俺に強く訴えかけてくる。

 

「……お前がそう言うのに俺だけ逃げるわけにはいかねぇよ」

「優真くん……」

「中西、そういうわけだ。手荒なことして悪かったな」

「いいよいいよ、全然気にしてないから」

 

 笑顔で手をパタパタと振り、怒ってないことをアピールする中西。

 内心舌打ちしたくてたまらないが、俺はなんとか気持ちを抑えて堪える。

 

「さ、どうぞどうぞ──改めまして。

 

ようこそ、UTX学院へ」

 

 先導する中西に続いて、俺たちは歩き出した。

 

 

 彼女が意味深な笑顔を浮かべているのにも、気づかないまま。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 連れられてきた部屋は自分たちだけで使用するにはあまりにも広く、思わず辺りを見回してしまった。

 

「ここはゲストルーム……客間だよ。一番小さい部屋しか用意できなかったけど、ごめんね?」

 

 

 これで一番小さい部屋なんて……やっぱりUTXは凄いなぁ。

 花陽は少し感動しながら、光梨によって促された椅子に座った。

 

 西城ヒカリ──中西光梨。

 

 優真と希を引き裂くキッカケとなった人物。

 優真が己の殻に閉じこもる事件を引き起こした人物。

 

 花陽……もといμ's全員の中西光梨への知識はそれ以外の何者でもなかった。

 故に彼女たちは驚く……己の知識と、今目の前にいる彼女の印象との認識の齟齬に。

 だって目の前にいる中西光梨は、そんな黒く汚れた過去とは無縁なところにいる、天使のような笑みで自分たちに笑いかけるのだから。

 

 本当にこの人が──優真くんと希ちゃんを傷つけた人なの?

 

 そんな光梨に、希が声をかけた。

 

「それで光梨ちゃん……どうしてA-RISEに?」

「んー、まぁ色々あるんだけど一番は」

 

 そこで光梨は言葉を止め、ニヤリと笑う。

 

 

「──どうしても倒したいスクールアイドルが、いるんだよ」

 

 

「ひっ──」

 

 花陽は思わず上がりそうになった声を、口を押さえて無理やり封じ込めた。

 先程とは打って変わった、黒く重厚な威圧感を纏った、攻撃的な笑み。それはまさしく、花陽の知る“あの人”と似たモノだった。

 

 その時花陽は僅かに感じた──中西光梨の、本性の片鱗を。

 

 しかし周りの皆──優真と希以外──は、自分が感じた違和感など、微塵も気づかないように光梨の話に耳を傾けている。花陽は不審に思ったものの、首を小さく横に振って目の前の光梨の話へと意識を戻した。

 

「でも、アイドルって楽しいね!練習は厳しいけど、自分の歌でお客さんが喜んでくれるなは嬉しい!もっともっと続けていきたいな!」

 

 一転彼女から純粋な喜楽の感情が溢れ出す。先程花陽が感じた黒い威圧感は何処へやら、微塵も感じられない。

 それに疑問を抱きながらも、花陽は考える。

 

 花陽の知る限り、A-RISEというグループは、スクールアイドル界で最も完成されたグループだった。

 

 寡黙でクール、大人の魅力で男だけでなく女性ファンまでも虜にする統堂英玲奈(とうどうえれな)

 

 対照的にふんわりとした女性の魅力で男性ファンを腰砕けにする、優木(ゆうき)あんじゅ。

 

 そして彼女たちを束ねる、A-RISE絶対的エースのリーダー、綺羅(きら)ツバサ。

 

 この3人の絶妙なバランスが、A-RISEというグループの魅力を成り立たせている……花陽はそう考えていた。

 

 

 だからこそ、花陽には西城ヒカリ(中西光梨)の加入がA-RISEに悪影響を及ぼすのではないかという懸念があった。

 

 しかし花陽の懸念も杞憂に終わり、A-RISEはその魅力を、更に高みへと押し上げることになったのだ。

 光梨の圧倒的な歌唱力、そして天性の笑顔が既存のA-RISEファンを納得させるのに時間はかからなかった。

 そしてA-RISEは、今まで以上の、魅力と人気を手に入れることになった。

 

 しかし花陽は、疑問を抱き始めている。

 本当に、中西光梨は、先程言ったようにアイドルを楽しんでいるのだろうか。

 彼女が先程放った威圧感が、花陽の疑問をより深まらせる。あれには、もっと黒く、薄汚れた動機を感じてしまう。

 

 

 ──壊シタイ

 

 壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ壊シタイ、壊シタイ。

 

 

 そんな狂気を、花陽は確かに感じたのだ。

 

 そこまで考えて。

 

「……あっ」

 

 光梨の笑顔が、自分に向いているのに初めて気付いた。

 

 

「初めまして、小泉花陽ちゃん!よろしくね?」

「あ、はい……!丁寧にどうも」

 

 花陽は焦りから、光梨に先ほどまで抱いていた疑念も忘れて……

 

 不用意にも差し出されたその手を、とってしまった。

 

 

 

 刹那

 

 

「─────え」

 

 

 花陽の中から、音が消えた。

 自分の心臓の鼓動だけが鳴り響くその世界で、花陽は見た。

 

 

 自らの手を這いずる、何頭もの蛇を

 

 

「っぅぅっっぅ!!!!!」

 

 

 全身に迸る悪寒、激しい嘔吐感

 様々な感情が脳を掴み、直接シェイクしているような感覚

 

 

 その中で花陽の眼に映るのは

 

 

 満面の笑みを浮かべた目の前の光梨の後ろに、獰猛な殺戮者の様に瞳を輝かせ、千切れんばかりに口角を釣り上げた、歪な光梨の顔。

 

 

 

「イヤぁぁぁあぁぁああああァァァァ!!!」

 

 

 

 そこまで理解して初めて、体は目の前の“恐怖”からの逃避を選べた。

 掴んでいた手を強引に振りほどき、その勢いのまま花陽は椅子ごと後ろへ倒れ込んだ。

 

「あああぁ、あぁ、ああああああああ!!!」

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「かよちん!!!」

「花陽ッ!!大丈夫か!?」

 

 凛と俺は、即座に花陽に駆け寄った。

 花陽の震えはなおも止まらず、虚ろな瞳に一杯の涙を零し、そこに一切の正気は感じられない。

 

「──へぇ、もしかしてと思ったけど、あなたは()()()()なんだ」

「中西……お前花陽に何しやがった……!!」

「やだな、見てたでしょ?私は、花陽ちゃんと手を繋いだだけだよ?」

 

 戯けたように笑ってみせる中西に、ブチ切れそうになる心をなんとか押さえつける。

 

 ──落ち着け。俺はもう“あの頃”とは違う……コイツの挑発に負け、自らの手を血で染めたあの頃とは。

 同じこと馬鹿みたいに繰り返してたら、()()()に笑われちまう。

 

「……“こっち側”ってどういうことだ」

「何言ってるのー?朝日クンもこっち側の人間じゃん!」

「どういうことだ、って聞いてんだよ!!」

「もうもう、そんな怒んないでよー。人間、笑顔が肝心だよ?ほら!笑って笑って!」

 

 頬を二本の指で引っ張り、『ニィ』と笑顔を作る中西。コイツのクズみたいな本性さえ知らなければ、間違いなく見惚れてしまうだろう魔性の笑み。なるほど確かにアイドルには向いているのかもしれない、

 しかし今の俺にそんな笑みを向けられても、俺の中で燃える怒りの炎に投じられる可燃材にしかならない。

 

 

 ──落ち着けよ、馬鹿野郎

 

 

 頭の中で、声が聞こえた気がした。

 冷静さを失っていた心が、スッと冷めていく。

 ……また助けられてしまった。もうアイツに頼るわけにもいかないのに。

 はぁ、っと深呼吸を1つ。改めて中西を睨み返す。中西は面白くなさそうな不貞た顔で俺を見返してきた。

 

「もう一回聞く、どういう意味だ」

「……残念、“出てこなかった”、か……いいよ、教えてあげる」

 

 何を言いたいのか、ある程度はわかる。

 だからといってコイツの話に乗ってやるほど俺はお人好しじゃない。

 

 

「──人は皆、平等なんかじゃない」

 

 

 唐突に、中西は言う。

 先程までのけろっとした雰囲気と打って変わり、どこか威圧感を孕んだその言葉に、俺は僅かにたじろいだ。

 

「“持つ者”と“持たざる者”。“知る者”と“知らざる者”。多くの人が“持たず、知らざる者”にカテゴライズされる中、ほんの一握りの人間だけが上り詰める頂の領域……そこにたどり着けるのは、“持ち、知る者”だけ」

「……何を、言ってるんだお前」

 

 俺の知っている中西とは違う。

 まるで何かの管理者のように淡々と。

 自分は全てを知っているかのように粛々とその言葉は綴られていく。

 

「花陽ちゃんは惜しかったわね。“持たざるが、知る者”……カテゴライズするならそんなところかしら」

 

 花陽を見ながら、中西は冷笑する。

 それはまるで切って捨てるような言い方で、中西の本性が現れているような……それでいてどこか別人のような。そんな不安定な印象を見て取れる。

 

「でも、あの人は……ツバサは違う。常人の全てを眼中にすら入れず、踏み潰して歩く手間すら惜しむ……“持ち、知る者”の最高峰。そう、呼ぶならば」

 

 

 

 ────“王の器”。

 

 

 

「──そこまでにしなさい、ヒカリ」

 

 中西の話を遮るように、その声は響いた。

 

「……ツバサ」

「勝手に人を連れ込んで何をしてるのかと思って黙って聞いていれば……お喋りが過ぎるんじゃない?昔の“オトモダチ”の前でテンションが上がってるのはわかるけど、やっていい事と悪いことの限度くらいは弁えて頂戴」

 

 ツバサはゆっくりと、俺たちの方へ歩み寄ってくる。話を聞く限り、今のやり取りは全て聞いていたようだ。

 

「別に大丈夫じゃないの、私が何を喋ったってツバサに影響は」

 

 

「───聞こえなかったのかしら」

 

 

『!?』

 

 重厚な威圧感が、空気を支配する。

 気を抜けば膝が笑い、腰が抜けてしまいそうになる。

 あの時……メイド喫茶であった時は、全開じゃなかった、ってか。

 その時よりも遥かに肌をピリつかせるこの威圧感は増している。

 

 そしてツバサはゆっくりと中西に視線を向ける。真っ直ぐ中西を見据え、開かれたその眼光は、最早人間のものとは思えなかった。

 

 

 

「───黙ってろ、って言ってるの

 

これ以上、私を怒らせないで」

 

 

 

「……はいはーい。邪魔者は退散させてもらうわね」

 

 流石の中西も、この言葉には苦笑いと冷や汗を浮かべて退散するしかなかったようだ。

去り際に俺の方を見てニヤリと笑った後、中西はゲストルームを去っていった。

 

「……チームメイトが失礼したわね。リーダーとして陳謝するわ」

 

 会釈と共に、ツバサが頭を下げた。

 それと同時に、重苦しい空気はどこかへ霧散していく。

 

「……久しぶりだな、ツバサ」

「ええ。直接会うのは2回目かしら」

「ああ、そうだな」

 

 最初こそ笑顔だったものの、俺と言葉を交わすと、その笑顔は疑うような視線に変わる。

 

「……あなた変わったわね」

「……そうか?」

「えぇ。()()()()()()()()

「……なんのことやら」

 

 まさか、コイツ。

 見抜いたと言うのか──あの時話した俺と、今の俺の違いを……。

 これ以上詮索されたくなかった俺は話題の転換を図る。

 

「第一回『ラブライブ!』優勝おめでとう」

「どうも。私達を超えると豪語したどっかのグループは、本戦前に姿を消したけどね」

「……」

「……冗談よ。何があったかは聞かないわ。そんなもの、聞いたって意味がないし。あなた達が負け、私達が勝った。それだけの話」

「返す言葉もねぇよ」

 

 勝ち誇ることもなく、ただただ淡々と事実を述べるツバサ。きっとその話が俺達の傷を思いっきり抉っていることにも気づいてない。先程の中西の言う通り、俺達のことなんて文字通り“眼中にもない”のだろう。

 

 そしてツバサは暗に告げている。

 

 それはあの日μ'sに“期待”していたツバサの失望の裏返しなのだと。

 

 “絶対女王”への叛逆を試みた愚者達への、女王なりの制裁なのだと。

 

「……にしても。しばらく見ない間に、随分つまらない男になったみたいね、ユウマ」

「っ……!」

 

 ツバサの想定外の言葉に、俺は動揺を隠せない。

 

「初めてあなたに会えた時は、“こちら側”の人間かと思ったのだけれど、私の目が腐ってたみたい。

あなたは“こちら側”の人間なんかじゃない。

 

逆立ちしたって、私には届かない」

 

 ……少しだけ、わかってきた。

 中西の言った、“持つ者”と“持たざる者”の意味。

 確かにそれはかつての俺が持っていたモノだったのかもしれない。しかし俺はそれを───自ら手放した。

 

 何故なら

 

「……いいんだよ、別に」

「……?」

 

「お前と()るのは、俺じゃない。

お前こそ、目が腐ってるんじゃねぇのか?

 

 ───お前の相手は、μ'sだろうが。

 

コイツら見ないで俺を見てるままなら。

今度こそ喉元喰い千切るぞ、A-RISE!!!」

 

 俺は“アイツ”じゃない。有無を言わせぬ程のチカラなんて……“王の器”なんて持ってない。(持たざる者)の言葉なんて、ツバサ(持つ者)にとっては戯言かも知れない。

 でも、それでいい。

 俺が欲しかったものは、そんなものじゃないから。

 

 彼女達にずっと寄り添える優しさ。

 共に笑い、泣き、戦える、そのための優しさだけで、俺は十分だから。

 

 

「傾聴に値しないわね」

 

 あくまで冷酷に、ツバサは吐き捨てる。

 

「随分と仲間を信頼してるようだけど、その仲間はどうなの?私の言葉を受容し、そこで震えることしかできない彼女達に、本気で私達の首が()れると思ってるわけ?」

 

 ツバサは、じっとμ'sの面々を見る。

 俺も振り返ると、ツバサの言葉に困惑、恐怖するメンバーの姿があった。

 口にするなら簡単だ。『A-RISEを倒す』と。しかしこの女相手に、上辺だけの言葉など通じない。

 

 そしてツバサは、畳み掛けるように続ける。

 

 

「頂きへ臨む為には、仲良しごっこの友情なんて必要ない。必要なのは、強者としての自負と、絶対不変のプライド、そして志を同じくする者への無償の信頼。それだけよ。

それでも尚私達に挑みたいなら、かかって来なさい。

 

 

 ───全力で、(たお)してあげるから」

 

 最早悲鳴すら上がらない。ツバサが支配する空気の中で、皆は完全に心を打ちのめされてしまっていた。

 『無様ね』とばかりに、ツバサは嘲笑うような顔で俺を見ている。その顔を、俺は真顔で見返した。

 

「勝者が全てで、敗者には価値がない。そうとでも言いたげだな」

「ええ。だってその通りだもの。全ての価値は、勝敗によってのみ定められる。だから私は負けない。どんな障害も、全て薙ぎ払うまで」

 

 大凡常人には抱けない、どこか達観した思想を揺るぎない信念に変えて、ツバサは俺に叩きつけてくる。その圧倒的信念に裏打ちされた彼女の言葉は、否定のしようがないほど俺の心に直接響き渡っている。

 

 でも。

 

「違うぞツバサ」

「……?」

「勝ち負けが全てで、勝者にしか価値がないのなら、この世界はこんなにも複雑じゃねぇよ。勝って負けたらそこで終わり、じゃないだろ。失敗して、挫折して、苦しくて、悔しくてたまらなくて……それでも必死に足掻いて、努力して、“変わって”……そうやって、少しでも前に進んでいくんだ」

 

 敗北に価値がないなど、言わせてなるものか。

 

 俺たちμ'sは、常に敗北と共にある。

 2年生3人でのファーストライブは観客0で始まった。

 学祭ライブはアクシデントで失敗に終わり、それでμ'sは解散寸前にまで陥った。

 目標だった『ラブライブ!』出場の夢も叶わず、黙ってお前たちの優勝を眺めることしかできなかった。

 

 だが、そんなことがあったからこそ、今の俺たちがある。そこから這い上がる日々に、なんの意味もなかったなど、勝手に決めつけるな。

 

「わからないなら、刻みつけてやる。敗者の覚悟を、“弱”者の、“強”さを!お前に初めての敗北を!!」

「……所詮は弱者の戯言よ。弱者がいくら吠えても、私には微塵にも響かない。あなた達は、闘う前から私達に負けている。今の状況を見ればそれは火を見るよりも明らか。そんな状態で、まだそんな夢物語を続けるつもり?」

 

 呆れたと言わんばかりに、ツバサは溜息をつく。俺が言えるのはここまで。あとは──

 

 

 

 

「──……けないでください」

 

 

 

 ツバサが支配する静寂に、突如その声は投じられた。

 驚くツバサと対照的に、俺はニヤリと口角を吊りあげる。

 

 

「───ふざけないでください!!」

 

 

 今度は確かに、その声は響き渡った。

 振り返らずともわかる、この状況でそんな勇気を振り絞れる奴は、俺たちの中に1人しかいない。

 

 

 なぁ、そうだろ──穂乃果。

 

 

「戦う前から強者とか弱者とか、勝手に決めつけないでください!私にはあなたの言ってることはよくわからない……でも、あなたの価値観で、全てを決め付けられたくなんかありません!!」

 

 ツバサの表情が変わる。驚愕から、面白いものを見つけたと言うような笑顔に。

 

「……今わかりました。私の中にあるこの気持ちは、あなたに潰されかけたこの気持ちは、価値のないものなんかじゃない、間違いなんかじゃない。私はあなたに……“勝ちたい”。絶対に負けません!!」

 

 苦し紛れなんかじゃない、穂乃果は、本気でそう思ってる。だからこそツバサは笑顔こそ浮かべれど、嘲笑うような真似はしない。

 

 

 

「私達は──A-RISEに勝つ!!」

 

 

 

 気合いに満ちた叫びが、室内に木霊する。

 その叫びは、残りのメンバーの心に僅かな、それでも確かな火をつけた。

 そして彼女達は今、先程とは違う覚悟に満ちた眼差しで、ツバサを見据えている。

 そんな中で、俺は確かに感じた。

 

 

 言葉で人を圧し付けるのではなく。

 

 言葉で人を、奮い立たせられるのなら。

 

 ──それもまた、紛うことなき“王の器”。

 

 

 

「……ふふふふ、あっははははははは!!!」

 

 穂乃果の決意を聞いて、ツバサは声高に笑う。嗤っているわけじゃない、あくまで純粋に、悪気なく。

 

 

「──あなた、名前は?」

 

 そしてツバサは、彼女に問いかける。

 

 

「……高坂穂乃果。()()()()()()()()、『()()()()()()()()()()()()()()()グループのリーダーです。絶対に忘れないでください」

 

 

 そして彼女は、これ以上ない挑発を返した。

 

「──本当に面白い!あなた、最高よ!!」

 

 声色に喜びが隠しきれていない。一見すれば穂乃果の覚悟を嘲笑っているように見えるそれは、ツバサからすれば純粋な興味なのだ。

 王たる自分に噛み付く、一振りの牙に対しての。

 

「絶対に忘れない。約束するわ、高坂穂乃果サン。ただ、それでも勝つのは私よ。思いや覚悟だけで何かが覆るなんて、私は絶対に認めない」

「そうかもしれません。でも、何かを覆すのは、思いや覚悟です。あなたに勝って、それを証明してみせます」

 

 その言葉にもツバサは、満足そうに笑った。

 

「……さて、宣戦布告も済んだところで、俺たちは帰らせてもらう。最後にツバサ。覚悟しとけよ」

 

 

 強い想いで結ばれた、9人の“敗者”の逆襲を。

 

 

「──しかとその目に焼き付けやがれ、A-RISE」

 

 

 

 俺の言葉に笑顔を返すものの、ツバサにはもう、穂乃果しか見えていないようだった。

 それでいい。ツバサが戦うのは、俺ではなく彼女達なのだから。

 

「……皆、帰ろう」

 

 俺の一言で、皆は振り返り出口へと歩き出していく。そんな中で、最後ギリギリまで互いを見つめ合う穂乃果とツバサの姿が、とても印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ツバサも居なくなったゲストルームで。

 

 

「───()()()()()、高坂穂乃果」

 

 

 誰もいないその部屋で、その呟きは鮮明に響く。

 

「楽しみだなぁ……んふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ、あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!」

 

 狂ったように笑うその声の主の笑顔は、どこまでも楽しそうで、それでいて醜く歪んだ、ドス黒い笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 波乱のUTX学院を出て、帰り道を歩く俺たち。

 ツバサの恐怖は消えたと言うのに、彼女達はどこか浮かない顔で帰路を行く。

 

「……みんな、ごめんね」

 

 その中で一番最初に口を開いたのは、穂乃果だった。

 

「勝手にあんなこと言っちゃって。A-RISEに勝つ、なんて……そんなの、難しいに決まってるのに」

「でも、無理じゃないんだな?」

「えっ」

 

 俺の問いかけに、穂乃果は驚いたように身体をビクッと反応させた。

 

「気づいてないのか?お前今、“難しい”って言ったんだ。“無理”じゃなくて。それ自体には深い意味はないのかもしれないけど、お前はさっきツバサに、“勝ちたい”って言ったな?

 

──それがお前の、()()()()()()なんだろ?」

 

『……!』

 

 皆の顔が驚いたように上がる。そしてその顔は、穂乃果に目線をじっと向けた。

 当の本人も最初こそ驚いた顔をしていたものの、ややあってそれは覚悟に満ちた笑みへと変わる。

 

「うん、勝ちたい。みんなでA-RISEを超えたい!どれだけ難しくても、やってみなくちゃわからないよ!私達なら、きっと大丈夫!!」

 

 その言葉に、俺は思わず笑顔になる。

 

 ──大丈夫だ。

 

 君が“やりたいこと”に向かって突き進んでいく限り、俺たちに不可能なんてありえない。

 “きっと大丈夫”。

 何の根拠も確証もないこんな言葉でさえ、君が言うなら魔法のように俺たちに力をくれるんだ。

 

 見れば皆の顔にも、笑顔が宿っている。

 

 

「……そうね。やらないまま後悔するなんて、勿体無いもの」

「廃校阻止に比べたら、A-RISEに勝つなんてまだ現実的やん?」

「誰もが想像しないような逆襲劇、やってやろうじゃない!」

「絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃん……!」

 

 3人の言葉に、穂乃果の顔がパッと輝く。

 

「よーし!やってやるにゃーー!!」

「やってみなくちゃわからない……うん、そうだよね!」

「絶対女王が何よ。私達の力、みせてあげましょう」

「凛ちゃん花陽ちゃん、真姫ちゃん!」

 

 俺たちの太陽は、仲間の加護を得て、どんどんその輝きを増していく。

 

「頑張ろうね、穂乃果ちゃん!」

「厳しい、なんて言葉だけじゃ足りないほど練習しますよ!」

 

「ことりちゃん、海未ちゃん……それはちょっと……」

 

 『何故ですか!!』という海未のツッコミで、皆が笑いに包まれる。先程まで彼女達を包んでいた静寂は、今は見る影もない。

 

「やろう、穂乃果。俺たちならやれる」

「うん!私達は、A-RISEに勝つ!やろう、みんな!」

 

 『おお!』と声が上がる。

 

 “優勝を目指す”。

 

 『ラブライブ!』出場を決めたあの日、穂乃果は皆にそういった。あの時点では実際問題、穂乃果以外の皆には…否、もしかしたら穂乃果自身にも、本気でA-RISEを倒す覚悟なんて、なかったのかもしれない。

 でも今日、決まった。

 俺達の新たな目標が、覚悟が。

 打倒A-RISE。

 新たな目標が定まった俺たちの、絶対女王への挑戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時、彼女は現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのっ──」

 

 

 呼びかけられた声に、俺は振り返る。

 そこにはこちらを見る2人の少女。

 

 

「あんたらは──!」

 

 その姿に驚愕を浮かべたのは、俺だけではない。

 

「いきなり、済まない」

「ごめんなさいね〜。敵であるあなた達の前に、こんな形で顔を出すなんて」

 

 

統堂(とうどう)英玲奈(えれな)……!」

優木(ゆうき)あんじゅ……!」

 

 にこと花陽が、驚きに声を上げる。

 そう、この2人はA-RISEのメンバーだ。

 

「……俺たちに何の用?」

「そんな怖い顔しないで?用があるのは、あなただけよ、朝日くん。そして私じゃなくて、彼女が用があるの」

 

 優木あんじゅはそういうと、隣の統堂英玲奈を指差した。

 

「……俺に?」

「えぇ。あなたに」

 

 にこやかに笑う優木あんじゅ。悪気はないのかもしれないが、どうしても警戒してしまう。先程あんな事があった後では、尚更。

 

「……何の用だ」

「っ……」

 

 多少語気を強めて問いかけたのだが、統堂英玲奈は怯えたように萎縮してしまった。どう言う事だ。しかし、俺はその様子に、どこか心に引っかかる何かを感じた。

 

「す、済まない。いきなり無礼を働くことを許してほしい。だが──

 

 

私に、心当たりはないか?」

 

 

「は……?」

 

 心の底から、その呟きは漏れ出た。

 俺の考えを見抜いたようなその問いに、俺の警戒はマックスまで引き上がる。先程心に引っかかったなにかを無視して、俺は様子を伺うために嘘をつくことにした。

 

「……悪いが、何のことやらわからない。期待に添えられないでごめんな」

「……! そう、か……」

 

 俺の言葉に、統堂英玲奈は一層傷ついた表情を浮かべた。何だコイツ、一体何が目的なんだ。

 そして俺は。

 

 ──どうしてコイツの顔を見ると、こんなに心が痛むんだ?

 

 

「……そうだ、私はあの頃と“変わった”。わからないのも仕方ない、か……」

「おい、さっきからなんなんだ」

「……最後に、一言だけ」

 

 

 

 そして彼女の言葉は

 

 俺のこれからの道を、大きく揺るがすきっかけとなった

 

 

 

 

 

「───思い出して、優真くん。私だよ」

 

 

 

 

 

 

「───────ぇ」

 

 

 

 瞬間

 

 大きなノイズが脳内に走る

 

 俺は

 

 彼女を

 

 知っている───?

 

 絶対に、聞いた事がある

 

 俺は彼女を、忘れている?

 

 なんだ、なんだこの感覚は

 

 

「──私はキミがいたから、アイドルになれた」

 

 

 俺が──いたから?

 

 あ、あぁ

 

 何がが

 

 

『じゃあ───がアイドルになったら、絶対見に行くよ!』

 

 

 溢れ出してくる

 

 

『ほ、ほんとうに……?』

『うん、約束するよ!俺と──ちゃんの、大切な約束だ!』

 

 

 あぁ、そうだ

 

 

『……うん、わたし、がんばる!はなればなれになっても、わたしのこと忘れないでね?』

『忘れるもんか!──なちゃんは俺の、大切な友達だ!』

 

 

 俺は今までどうしてこんな大切なことを

 

 

 忘れていたんだろう

 

 

 

 

「──“えれな”、ちゃん……?」

「!!」

 

 

 耳に残る響きが、酷く懐かしい。

 かつて絶対に口にしたことのあるその呼び方は、俺の記憶のピースにガチリと一致した。

 

 

「──うん、私だよ、優真くん」

 

 

 先程俺たちの前に姿を現した時の口調とは全く違った、どこか優しさと気弱さを孕んだ口調で、彼女は涙をこぼしながら笑う。

 

 

「──良かった。私はまた、あなたに会うためにっ……!」

 

 

 そう言いながら胸に飛び込んできた彼女を制止することも忘れ、俺はそのまま受け止める。

 呆然とした俺の中で、彼女の啜り泣く声だけが、響いていた。

 

 

 




久々の万字越えです。気合い入れて書きました。
今作では原作よりも更にA-RISEとの因縁を深めてあります。

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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再戦

 

 

7話 再戦

 

 

「ぅっ……うぅ……」

 

 

 優真の胸で啜り泣き続ける1人の少女。

 その様子に呆気にとられた私…絢瀬絵里は現状の理解が出来ずにいた。

 他の皆も同じようで、特に凛、花陽、希の表情は皆よりも驚きや困惑の色が強い。

 ……当然ね。3人は優真の昔からの幼馴染で、自分たちの知らない優真の知り合いがいきなり現れたのだから。

 

「……なるほど、ね」

 

 そんな中、優真達の様子を見ていたにこが、ボソッと呟きを漏らした。

 

「にこ……?」

「……前にツバサとメイド喫茶であったときに、優真は初めてA-RISEのPVをマトモに見たみたいだったんだけど、アイツ言ってたのよ──」

 

 

 

─── そんな彼女達の曲を聴いて、朝日は何を思うのか。

ふと横に視線を移すと、彼は口に手を当てて難しい表情で目の前の動画を眺めていた。

そして彼は呟く。

 

 

 

『─────この人、どこかで…………』

 

 

 

どういう意味かと問いただしたかったが、鬼気迫るような表情で動画を見ている朝日の様子を見て、邪魔するのも良くないと思い直し、私は目の前の曲へと意識を戻した ───

 

 

「それが……統堂英玲奈だってこと?」

「わかんないけど……そうだったら説明つくじゃない?」

 

 なるほど……優真自身、統堂英玲奈の事が前から引っかかっていた、っていうわけね。

それと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということもわかった。

 あの2人の関係、それは一体何なのかしら……。

 

 

「あらあらぁ、英玲奈ったらあんなに嬉しそうにしちゃって」

 

 そう呟きながら、私たちの方へ歩み寄って来たのは──

 

「……優木あんじゅ、さん…」

「あんじゅで大丈夫よ?同じスクールアイドル同士、遠慮は無しにしましょ」

 

 ふふ、と笑う優木あんじゅ……あんじゅさんの笑顔はとても柔らかい。どうやら本当に敵意はないみたいね。

 

「あんじゅさんは……あの2人の事、何か知ってるのかしら?」

「英玲奈側から聞いた話なら知ってるわよ?」

「あの2人は……一体どういう?」

「それは彼から聞くべきじゃないかしら。私としても大事な仲間の思い出をペラペラ喋りたくはないの」

 

 ……前言撤回。確かに敵意はないのかもしれないけど……綺羅ツバサ同様その心中には断固とした揺るがぬ芯がある。

 フワフワとした見た目に騙されれば──やられる。

 

 私は優木あんじゅへの警戒を少しだけ強めた。

 

「……そうですね。優真に聞いて見ることにします」

「あらら、随分警戒されちゃったみたいね?嫌だわ、そんなつもりじゃなかったのに〜」

 

 飄々としたその態度が、やけに気に触る。

 相手がA-RISEだ、っていう事実がそれを加速させているのか。

 

「……英玲奈、感動の再会もその辺にしときましょう?」

「っ……あ、あぁ。私としたことが、取り乱してしまった」

 

 優木あんじゅの言葉で漸く正気を取り戻したようで、統堂英玲奈は優真に小さく「済まない」と告げると、頬を紅潮させながら優真の元を離れてこちらの方へと歩いてきた。

 

「……さて、本題に入ろうかしら」

「本題?」

「ツバサから、君たちに伝えて欲しいと頼まれた伝言だ。心して聞いて欲しい」

 

 統堂英玲奈に、先程の弱々しい姿の面影はもう無い。意識を切り替え終わったみたい。

 そんな彼女から放たれた“本題”は、私たちを驚愕の海へと叩き落とした。

 

 

 

「──今度の地区予選、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

『っ!!』

「無論、君達がまだステージを決めてなければの話だが……大方ステージ選びには難儀しているのだろう?」

「あなた達にとっても悪い話じゃないと思うんだけど……どうかしら?」

 

 予想外の提案に、思わずたじろぐ。

 確かに私達にとってこの提案は救済だ。

 かといって安易に飛びついていいものなの……?

 

 ふと優真に視線を移すと、先程の動揺かうまく思考が働いていない様子。私達の頭脳(ブレーン)が機能不全な今、とにかく私だけでもしっかりしないと。

 

「……確かに私達にとって魅力的な提案だと思います」

「でしょ?だったら」

「でも」

 

 笑顔で続けようとした優木あんじゅの言葉を、無理やり遮る。

 私には、どうしても無視できない点があった。

 

 

 

「──()()()A()-()R()I()S()E()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 そう、この話に私達にメリットはあれど、A-RISEにメリットなどありはしないのだ。

 そんな一方的な利点だけを押し付けられた提案を素直に受け入れられるほど、私達の関係は単純じゃない。『何か裏があるのかも……』そんな不安が拭えない。

 

「……私たちのメリット、か」

 

 統堂英玲奈がそう呟き、優木あんじゅが、んーっと考え込む様子を見せた。

 ややあって優木あんじゅは考えることをやめ、優しくこちらへと笑いかける。

 

 

「──わからないわ、私達にも」

 

 

「……わから、ない?」

「えぇ、わからないわ?」

「……じゃあ、どうしてこんな提案を…」

「だって──()()()()()()()()()()()

「……は?」

 

 素っ頓狂な返事が出てしまった。

 それじゃあ何──この2人は綺羅ツバサに命じられるままに、ただこの提案を私達に?

 

「ツバサの考えてることなんて、私達にもわからないわ。常人に、あの子の思考は理解できない」

「……随分自主性にかけるのね。まるでツバサさんの言うことが絶対みたい」

「あぁ、絶対だ」

「っ……!」

 

 

「もう一度言おう。()()()()()()()()()()()()。アイツの言うことが間違いなど、万に1つもあり得はしない」

 

 

 ……なんて歪な思考なの。

 それじゃリーダーじゃなくて……最早“カミサマ”じゃない。

 

 

「ツバサは意味のないことなど、しない。私達に理解できなくても、アイツには何か意図があってこの提案を君達に持ちかけたんだ。

……与太話が過ぎたな。さぁ、選んでくれ。私達と同じステージで演るのか、演らないのか」

 

 

 これ以上情報を引き出すのは無理か……。

 統堂英玲奈は鋭い目つきで、私たちの選び出す結論を待っている。

 私は……私は今の話を聞いて、『受けるのも悪くない』と考えている。

 確かに相手の考えてることはわからないけど、私自身、今までA-RISEのメリットを考え続けても、何も思いつかなかった。つまりこれは、私達にとって、余りにも破格の条件──

 

 

「──はん、何よそれ、バッカみたい」

 

 

 私達の沈黙を切り裂いたその一声。

 

 その声の主は呆れたような、怒ったような表情で、統堂英玲奈と優木あんじゅを睨みつける。

 

 

「……私が尊敬するA-RISEが、まさかこんなザマなんてね。アンタらスクールアイドル以前に宗教団体じゃない」

「ほう……?」

「にこっ……!」

 

 にこの最大限の挑発に、統堂英玲奈は不敵に笑う。私の心配をよそに、にこは言葉を続ける。

 

「何が『ツバサの言うことは絶対』よ。操り人形如きの言葉で、私の意思が揺らぐと思った?

 

 

──借り物の言葉で、人の心を動かそうとしてんじゃないわよ

 

 

ふざけるのも大概にしなさいよッ!!アンタらスクールアイドルでしょうが!自分たちの心で、思いで、聞いてくれた人たちの心を掴むのが私達の仕事でしょうが!!そんなことすら理解してないアンタらの提案なんて、お断りよ!!」

 

 

 ──にこの言葉で、目が覚めた。

 そうだ、私の思考は目先のメリットを優先して、いつの間にかあの2人が作ったレールの上を歩いていた……綺羅ツバサが、想像していた通りに。

 それこそ、綺羅ツバサの思う壺じゃない。

 

 私は──なんて馬鹿なことを。

 

 覚悟が、決まった。

 

 

「……そういう事です。私達μ'sは、貴女達の提案を、却下させてもらいます」

「……いいの?ステージの確保に困っているのは事実じゃないの?」

「そうだよ、絵里ちゃん、にこちゃん……」

「せっかく使わせて貰えるんだから、折角なら……」

「駄目よ、花陽、凛」

 

 ここは受け入れられない。

 相手の考えがわからない以上、罠の可能性も……いや、そういうことか。

 

「……今まで、どうしてこんなことに気づかなかったのかしら」

「えっ……?」

「私達は、ただステージを借りることができるだけじゃない。A-RISEにステージを借りるということは、A()-()R()I()S()E()()()()()()()()()()()A()-()R()I()S()E()()()()()()()()()ということよ」

「!!」

 

 前大会優勝グループと、片やこちらは一度は本戦出場圏内に位置付けたことのあるものの、結局本戦には出場していない準無名グループ。

 そんなグループが同じ場所でやれば、否が応でも比較されてしまう。

 実力だけでなく、肩書きも含めた比較をされてしまえば、私達の勝ちへの糸口が、さらに狭まってしまう。

 

 きっとこれが──A-RISEの、綺羅ツバサの狙い。

 

 やっと見えた、極上の餌に仕掛けられた、小さな釣り針。私達にデメリットを押し付ける為のトラップ。

 

 

「……だから私達は、貴女達の提案を拒否します」

「……ふむ、そうか…」

 

 統堂英玲奈はそういうと、口を抑えて何かを考え込む姿勢をとった。やがてため息をつくと、彼女は冷めたような視線を私達に向けた。

 

「……わかった。ツバサにもそう伝えておくよ」

「それじゃあね。お互いベストを尽くしましょう?」

 

 そして2人は振り返り、来た道を戻ろうと踏み出す──寸前。

 

 

 

「──すいません、少しいいですか?」

 

 

 

 彼女達の、足が止まる。

 声の主は、私達にとっても意外だった。

 

「穂乃、果……?」

「まだ、何か?」

「いえ。さっきの提案なんですけど」

 

 そこで言葉を切り、穂乃果は笑う。

 その笑顔に、私は違和感を覚えた。

 いつもの太陽のように私達を照らす笑みではなく、極めて冷静な、普段の彼女からは全く想像出来ないような笑み。

 

 

 そこから繋がる言葉は────

 

 

 

 

「──先程の提案、受けさせてください」

 

 

 

 

 私達の誰もが、予想だにしないものだった。

 




正真正銘、2017最後の投稿です。
2018年内の完結を目標に頑張っていきたいと思いますので応援よろしくお願いします!

改めまして、良いお年を!
今回もありがとうございました!


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未完成の大器

あけましておめでとうございます。


 

8話 未完成の大器

 

 

 

「──先程の提案、受けさせてください」

 

 

 

 ──今、なんて?

 私含め、残りのメンバーも、信じられないと言った表情で穂乃果を見つめる。

 あまりの驚愕に、言葉も出ない。

 一体……なんのつもりなの?

 私の話を聞いてなかったの?この話を受けた先には、デメリットがあるって話をしたでしょう。

 

 

「穂乃果、貴女何考えてっ……!」

「そうです、絵里も先程から言っているでしょう!?これはA-RISEの罠かもしれないんですよ!?」

 

 

 

「──“何考えてるの”なんて、こっちのセリフだよ」

 

 

『っ!?』

 

 

 何……今の。

 今の言葉を発したのが穂乃果……?

 決して怒っているわけではない、語気を荒げたわけでもないのに……気圧された。

 穂乃果の言葉に──畏れを感じた。

 

「どうしたのみんな、これはチャンスだよ。願ってもない、大、大、大チャンスじゃん。

 

……私達はA-RISEに勝つ。その為の直接対決の機会が、こんなに早く訪れるなんて」

 

 穂乃果が笑う。一見楽しそうな笑顔でも、いつものそれとは全く違う。穂乃果の綺麗な空色の瞳の中に巣食う何かが、彼女の輝きに影を落とす。

 

「だから英玲奈さん、あんじゅさん……先程の提案、受けさせて欲しいんです」

「……元々私達が提案した身だ、そちらが受諾するというならそれを拒む理由は私達にはない」

 

 だが、と統堂英玲奈が前置く。

 

「いいのか?メンバーの中には反対意見の方が多いようだが」

「そうだよ穂乃果ちゃんっ!考え直してっ……!」

 

 ことりな悲痛の叫びにも、穂乃果はゆっくりと首を捻りこちらをさっと見遣っただけ。

 やはりおかしい。いつもの穂乃果ならこんなことはしない。

 

 一体どうしちゃったの……!?

 

「……折角直接A-RISEと戦える機会なのに、どうしちゃったの?みんな」

「どうしたなんてこっちのセリフよ穂乃果。貴女らしくないわ、こんな」

「そうよ!こんなリスクの高い賭け、分が悪過ぎるわ!!」

「……リスクが、高い?」

 

 真姫の言葉尻を取り上げて、穂乃果が笑う……否、もう“嗤う”と言ってもいい。

 

「違う、違うよ真姫ちゃん。()()()()()()()()()()()()()

「足り……ない……?」

 

 

「──折角の大勝負だもん、賭け金(リスク)はギリギリまで吊り上げ(レイズし)ないと」

 

 穂乃果はニヤリと嗤うと、A-RISEの2人へと向き直り……告げた。

 

 

 

「──地区予選で、あなた達(A-RISE)よりも順位が低かったら。

()()()()()()()()()()()()()()μ()'&()#()3()9();()s()()()()()()()()()退()()()()

 

 

 

『!?』

「へぇ……」

「ほう……」

 

 驚く私達と対照的に、A-RISEの2人は冷徹に笑う。そんな私達のことは眼中にないかのように、穂乃果は続ける。

 

「……こうすれば、私達にもう後は無くなる。リスクの大きさ分、私達はA-RISEを倒したという肩書きを得て───」

 

 

 穂乃果の言葉は、途中で遮られた。

 

 

「──アンタいい加減にしなさいよ!?」

 

 

 にこが、両手で穂乃果の襟を掴み、無理矢理自分の方に向かせることで、物理的に穂乃果を止めた。

 

 

「自分が何言ってるか、本当にわかってんの!?アンタ1人の裁量で、そんなことまで決めていいワケが」

 

 

 

「───にこちゃん」

 

 

 

「ひっ……!!」

 

 今度はにこが黙らされる番だった。

 穂乃果から解き放たれた、嵐のように荒れ狂い私達を襲う、黒い重圧。それは綺羅ツバサの威圧感のような、“あの人”の殺気のような、有無を言わせぬ迫力を以て私達へと牙を剥く。

 遠巻きに見ていた私達にすらこの圧力。直で、しかも名指しでそれを受けたにこには、想像もつかないような恐怖として映ったに違いない。

 

 

 そして穂乃果は、嗤いながらにこへと告げる

 

 

 

「──少し、黙っててよ」

 

 

 

「ぁっ、ぁ……あぁ」

「にこっ!!」

「にこちゃん!!」

 

 死の宣告のようなその言葉を受けたにこは、掠れた声を零しながら、たたらを踏んで後退りし、数歩下がるとその場に尻餅をついた。

 近くにいた私と真姫が、急いでにこに駆け寄るものの、その小さな体は細かく体を震わせ続けている。

 

「……これほどか、高坂穂乃果……!」

 

 統堂英玲奈が、小さく漏らす。

 “これほど”って、どういうこと……?

 

 そんな統堂英玲奈を一瞥し、穂乃果はため息を吐くと再び語り始めた。

 

「……続けるけど、ここで勝てば私達は“A-RISEを倒したスクールアイドル”として、決勝へと進むことができる。これは決勝を超えて、全国で優勝する大きなアドバンテージになる……これは無鉄砲なんかじゃない。ちゃんとした動機の元の言動なんだよ。

──だからみんな!この提案、受けようよ!

私達なら大丈夫、ねっ?」

 

 穂乃果が私達へといつものように声をかけるも、誰一人口を開かない。皆が皆、恐怖と困惑を顔に浮かべて沈黙するだけ。

 

 ──これは悪夢だ。

 

 そう言われた方がまだ納得できる。

 それくらい私は、現実離れした穂乃果の暴走に滅入っていた。現状の把握も上手くできずに、思考回路は完全にショートしている。

 一体……どうすれば……。

 

 

 その時

 

 

「っ!!!!」

「んぐっ……!!」

 

 

 穂乃果の襟が、再び絞められる。先程よりも強く。

 それを為したのは──

 

 

「……優真…せん、ぱい……?」

 

 

 

 

 

「──驕るのも大概にしろ、馬鹿野郎が」

 

 

 

 

 

「優真……」

「優兄ィ……」

 

 彼の声色と表情が告げている。

 

 

 彼は今確実に───()()()()()

 私達が未だかつて見たことないほどに。

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

「──驕るのも大概にしろ、馬鹿野郎が」

 

 

 その言葉とともに、俺は一際強く穂乃果の襟を絞める。やり過ぎでもなんでも構わない、痛みで彼女が正気に戻ってくれるならば。

 

 そんな俺以上にお前は──やり過ぎた。

 

「……痛い、よ、優真先輩っ……!」

「お前、自分が何したかわかってんのか?」

「なに……が……それに、驕るって何の……」

「それが驕ってんだよ、穂乃果……ッ!!」

 

 これ以上は良くない。

 そう思い穂乃果の襟から手を離した。

 軽く咳き込んだ穂乃果の様子が落ち着くのを待ってから、俺は改めて穂乃果に言う。

 

「何から何まで勝手に自分で決定づけて、随分な身分だな、穂乃果」

「私は……そうした方がいいと思っただけで」

 

 

「──それがお前の、()()()()()()()()()()?」

 

 

「……そうだよ。私はA-RISEに勝つために──」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「っ……」

()()()()()()()()()()()()()()?」

「……」

 

 俺の問いに、穂乃果は閉口する。

 

「……恐怖で押さえ付けて、さぁやりましょうなんて言われても、誰もついてくるわけないだろうが。お前が本当にやりたいことに向かって突っ走っていくなら、そんな力使わなくたって俺たちは喜んでついていくさ。お前が今さっきやったことは、()()()()()()()()?」

「っ……!!」

「A-RISEと同じやり方で勝ったって、なんも意味ないだろ。“力”をそんな風に使って人を従えても……その先にあるのは孤独だけだ。

“力”に溺れるな。“力”に使われるな、穂乃果。そんな力使わなくたって、お前は大丈夫だから」

「優真……先輩……」

 

 穂乃果の瞳が、青い雫で揺らぐ。

 瞳に宿っていた影が、瞬く間に霧散して行く。

 

「わ、私……なんで、あんなこと……」

 

 動揺と焦燥で、穂乃果の声は震えている。

 良かった……正気に戻ったみたいだ。

 

 どうやら穂乃果の“力”──ツバサや“アイツ”と同じ、“王の器”は、まだまだ不安定らしい。

 

 突如目覚めた“力”に、器量が追いついていない。産まれたての赤子が拳銃を撃てないように、ソレの振るい方も、振るう技術も足りていない。故に今回のような暴走を引き起こしてしまったのだろう。

 

 “力”が発動するトリガー。“アイツ”……もう一人の俺の場合は、()()。そこから派生する、()()()()()()()()()()()()。そのためにアイツは力を振るい、その度に、孤独になっていった……自分を傷つけ続けることで、誰かを守っていったのだ。

 一方でツバサはきっと、アイツ以上に力を使いこなしている。発動も自分の意思で任意かつ、孤独を受け入れ、頂へと上り詰めてみせた。

 

 問題は──穂乃果のトリガー。

 

 穂乃果は今回、なんらかの原因がトリガーとなって力が発動したのか、はたまた唯の力の暴走なのか。

 

 力を振るえば、その先に待っているのは孤独。

 俺はそのことを身を以て知っている。

 しかし穂乃果の力は特殊。

 正しく使えば仲間に勇気を呼び起こし。

 間違って使えば今回のような出来事を引き起こす。

 穂乃果の勇気の伝染は、この力の萌芽と生長の象徴だったのだろう。

 

 とにかく俺は、益々穂乃果のことを見ていかなくちゃいけない。

 

 そこまで考えて、俺はA-RISEの2人へと向き直る。

 

「……というわけだ、ウチのリーダーが変なこと宣って悪かった」

「いいわよ〜別に。面白いもの見させてもらったしね?」

 

 優木あんじゅがニコリと笑う。

 えれ……いや、今は……統堂英玲奈は、無表情で俺を見つめている。

 

「……じゃあ、さっきの話は無かったことに」

「いや、待ってくれ」

 

 結論が出る前に、それを遮る。

 そして俺は、先程の絵里やコイツらの話を聞いて考えていたことを告げた。

 

 

「──さっきの話、俺は受けたいと思ってる」

 

 

「ちょ……!」

「何でそうなるのよ、優真っ!」

「落ち着け……俺の話を聞いて、考えて欲しい」

 

 ここで決めつけてしまっては、先程の穂乃果と何も変わらない。俺は皆に自分が考えていた内容を皆へと打ち明けた。

 

「……まず絵里が考えていたツバサのトラップの話だけど、俺はそうは思わない」

「え……どうして?」

「……明確な根拠があるわけじゃないけど、そんな搦め手を好んで使うか?あの女が。

アイツは自分の勝ちを信じて疑ってない。そんな奴が、こんな姑息な手を使ってまで勝ちにくるなんて、俺には思えない」

「……確かに、そうかもしれないわね」

「そしてアイツは、全力の俺たちを捻り潰すことを望んでる。だから用意してくれるはずだ……()()()()()()()()()()()()()()()()()をな。

……どうなんだ、A-RISE」

 

 少しだけ語調を強くした俺の問いかけに、統堂英玲奈はフッ、と笑った。

 

「……どうなんだも何も、そう言われては用意せざるを得ないだろう。君もとんだ策士だ」

「御託はいい。結論だけ言え」

「……わかった。我々A-RISEは、君達が最高のパフォーマンスを披露出来るように、君達の要求通りのステージを準備しよう。あんじゅも構わないな?」

「ええ。ツバサもそれを望むはずだもの」

「ありがとう。それが聞ければ充分だ」

 

 2人から目を逸らし、μ'sのメンバーに笑いかける。

 

「……な?この条件ならさっきの絵里が言ったデメリットを差し引いても、いい条件とは思わないか?それにさっきの絵里の話も、逆にA-RISEと同じ場所で踊るという話題性を逆手にとって、観客が望む以上のパフォーマンスができれば、大きなプラスに変えられるはずだ。俺たちは、“A-RISEと肩を並べて踊ることができるグループ”だと、観客に認めさせればいい。

……つまるところ、全部俺たち次第なんだよ」

 

 そう、俺たち次第なのだ。

 穂乃果の言ったことは確かに横暴が過ぎたが、本質を捉えていたとも言える。

 先の言動も、自らを背水の陣に追い込んで決死の努力を促すためとするならば、悪い話ではなかったのだ……最も、最悪の手法でそれを提案してしまったわけだが。

 

「……みんな、どうだ?」

「……うん、ウチは異論ないよ。優真くんの言う通りだと思う」

「凛も!そう言うことなら、頑張れると思う!」

 

 皆が口々に、同意を述べる。

 後は、彼女だけ。

 

「……穂乃果、お前はどう思う?」

「えっ、私……でも、私に意見する権利なんて」

「とりゃ」

「痛っ!」

 

 俺の伝家の宝刀、チョップが穂乃果の額に決まる。

 

「大丈夫。お前はもう、間違えない。さっきの過ちを認めた今の穂乃果なら、きっと選べるはずだ。自分が、“本当にやりたいこと”を。独り善がりじゃない、9人全員で叶えたい夢のカタチが、今のお前には見えてるだろう?お前はそれを信じて、突っ走っていけばいいんだよ」

「優真先輩……」

 

 彼女の覚悟が、その目に宿っていく。

 そして穂乃果は、笑った。いつものように、俺達を照らす太陽のように。

 

「うん!やろう!A-RISEと同じステージで、私達に出来る最高のステージを!」

 

 そして穂乃果から解き放たれた、光の奔流。

 俺達に温もりを与える、優しい陽だまり。

 穂乃果の“力”が、正の方向に働いた。温もりは俺たちの心に勇気の種を蒔き、彼女の笑顔で芽生えた勇気は、何にも負けない、俺たちの原動力となる。

 

 再度揺らいだ──覚悟が固まった。

 

 

「そういうことだ。その提案、俺たちは喜んで受け入れる。さっきの約束、忘れないでくれ」

「わかったわ。1週間前までに、具体的なレイアウト案を送ってきてね。それじゃあ今度こそ私達はこれで。次に会うのは2週間後の本戦……楽しみにしてるわ」

 

 そう言うと優木あんじゅは振り返り、その場を後にした。

 

 統堂英玲奈はその場に立ったまま、俺と目が合う。しばらく経つと彼女はその目線を俯きがちに逸らしたが、再び目があった時には覚悟が決まった面持ちで、俺を見つめていた。

 

「……今日は、これで、失礼する。だが君とは…改めてゆっくりと話したい」

「……俺と君は敵同士だ。馴れ合うような真似はしない方がいいと思う」

「……そうかもしれないな。では、また」

「あぁ」

 

 

 最後、統堂英玲奈は悲しげな笑みを浮かべて去っていった。

 その表情が、俺の胸を締め付けている。

 でも、今はこれでいい。俺たちの戦いに、俺のこの感情は邪魔だから。

 

 

 

 こうして俺達は、2度のA-RISEとの対面を終えた。

 

 

 

▼▽▼

 

 

「……もしもし、ツバサ、私だ」

『英玲奈、あんじゅ……もう、終わったのね?』

「えぇ。あなたの想像通り、彼女達は提案を受けたわよ?」

 

 μ'sの面々と離れてしばらくしてから。

 英玲奈は、あんじゅと共にツバサへの連絡を行っていた。

 

『そう……ありがとう。で。

 

──もう1つの方は、どうだった?』

 

 

「……身を以て、体感してきたわよ」

「高坂穂乃果……お前と同等の“力”を持っていた。だがまだその力を持て余していたように感じたがな」

『でしょうね……やはり、さっき目覚めたと考えるのが妥当かしら』

 

 ツバサの狙い。

 それは自らに牙を向けて見せた穂乃果への興味からくる、彼女の“力”の調査。

 

「無意識に味方までも怖がらせてしまうようでは、まだまだ三流だな。技量の面ではお前の足元にも及んでないだろう」

『そこを私と比較してもどうしようもないわよ。

 

──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……そうだな」

『ふふっ……ところで英玲奈、ユウマには会えたの?』

「っ……あぁ、無事に。やはり彼は昔の顔なじみだった」

『顔なじみ、ねぇ。()()()()()()()()()()()()()?あなたとユウマの関係は。そう、言うなら──』

「やめてくれ、ツバサ」

 

 言葉を続けようとしたツバサを、英玲奈は言で制した。

 

「……彼の言う通り、今は私と彼は敵同士だ。とりあえず地区予選が終わるまでは…接触を避けたいと思う」

『……そう。わかってると思うけど、勝負に余計な情は無用よ?』

「勿論わかっている。それに彼女らに情などない」

 

 

 ツバサの言葉に発破を受けたかどうかはわからない。

 しかし英玲奈の瞳は、揺るぎない覚悟で燃える。

 

 

 

「──叩き潰すさ。私から彼を奪った、あのグループを」

 

 

 

 

▼▽▼

 

 

 

 その日の夜。

 

「……どうした?お前から電話かけてくるなんて珍しいじゃないか」

『うん……どうしても優真先輩と話したくて』

 

 午後9時過ぎ。夕食と風呂を終えた俺の携帯に一本の電話が入った。

 

「……穂乃果とこんな風に電話するの、初めてかもしれないな」

『優真先輩、今日はありがとう。私、取り返しのつかないことしちゃうところだった』

「気にすんな、言っただろ?『支えてやる』って。お前が間違えそうになった時、それを止めるのが俺の仕事だから。それに俺もやりすぎた、ごめんな」

『ふふ……最近、優真先輩に助けられてばっかりだ』

 

 穂乃果は、俺に聞かせるつもりはなかったのかもしれない。

 その呟きはそれほど小さくて、穂乃果の自信のなさが声色に現れているようだった。

 

「……まぁ俺がみんなに言われ続けたことなんだがな。“別にそれで良い”んだよ」

『えっ……』

「“助け、助けられる”。それでこそ仲間なんだって。にこと海未に言われたよ」

『……助け、助けられるのが、仲間』

 

 心の中に染み込ませていくように、穂乃果は俺の言葉を数度繰り返す。ややあって電話越しにもわかるほど喜びを滲ませた声で、穂乃果は俺に言う。

 

『うん!わかった!じゃあ私も優真先輩を助けてあげる!』

「お、おう……頼んだ」

『で、優真先輩が間違ってると思ったら、襟を締め上げてちゃんと怒ってあげるから!』

「お前実は今日の事根に持ってる??いやあれは俺もやりすぎたと思うけどさ!」

 

 それなら賑やかなやりとりが続く。

 電話を始めるよりも、遥かにテンションの上がった様子で穂乃果はお風呂に入ると言って電話を切った。時間にして10分も満たない会話だったものの、不思議と俺の心も暖かい何かに包まれている。色々あって疲れてしまった心も、なんだか軽くなった気がする。

 

 あいつは俺に助けられたって言ったけど。

 助けられてるのは、俺の方かもしれないな。

 

 中西光梨と遭遇。

 ツバサとの対立。

 

 そして──統堂英玲奈との再会。

 

 色々ありすぎて、正直混乱していた心も、少し落ち着いた。穂乃果には、感謝しなくちゃいけない。

 

 

 とりあえず、統堂英玲奈の事は忘れよう。

 

 俺はそう決意した。

 

 

 しかしこの時の俺は知る由もない。

 

 

 

 

 

 俺と彼女の関係は、そう簡単に断ち切れるものではなかったということを。

 

 

 




今年もよろしくおねがいします。

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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青春のプロローグ

 

 

9話 青春のプロローグ

 

 

 A-RISEとの対峙から日々は流れ。

 遂にその日がやってきた。

 

「うわぁ、凄い……!」

「本当に、私たちの要望通りのステージ……」

 

 時刻は午後6時過ぎ。学校が終わったあと部室で最終ミーティングを行い、俺たちはUTX学院屋上に設けられたμ's専用の特設ステージの前に立っていた。

 あの日取り付けた約束通りに、A-RISEは俺たちの要望レイアウト通りのステージを準備してくれたのだ。皆がステージに感動する中、俺は対面に用意されたA-RISE専用のステージを見る。

 白い花畑を彷彿とさせる俺たちのステージとは対照的な、紫を基調とした何処か妖艶な雰囲気を漂わせるA-RISEのステージ。随所に施された装飾や、細かい位置に取り付けられた膨大な数の照明に、彼女たちのこの予選への力の入れ方を感じさせられる。

 

 ──たかが予選、なんて事は微塵も考えていない。

 

 油断なく、圧倒的な力を持って俺たちをひれ伏せる。

 

 そんな思いを感じた俺は、思わず顔をしかめてしまう。

 しかし俺たちのステージにも、細やかな配慮がかけられているのが感じられる。自分たちだけでステージを用意しても、ここまでの完成度には至らなかっただろう。

 だが俺たちのステージの完成度も、A-RISEの挑発の裏返し。

 俺たちがどれだけ最高のパフォーマンスをしようと、それを超えて行くという自信。

 舌打ちしそうになる心情を理性で宥め、俺は平静を装った。その時。

 

「──こんばんは、μ'sの皆さん」

 

 俺たちに声が掛けられる。

 その声の主は言うまでも無い。

 

「ツバサ……」

「どう?私達の用意したステージは。気に入ってくれたかしら?」

「はい!こんな素敵なステージを用意してくださってありがとうございます!」

 

 裏のない笑顔でツバサの問いに答える穂乃果。

 それを見たツバサは対照的にどこか裏のある笑みを浮かべた。

 

「……わかってると思うけど、私たちは情けも容赦もしない。本気で私たちを倒すつもりなら、殺す気でこないと勝負にもならないわよ?私はあなた達を──“アナタ”を本気で叩きのめしたいんだから」

 

 威圧的に告げられた言葉に、皆の体が強張るのが目に見えてわかる。しかし穂乃果はそれを気にもとめず、不敵に笑った。

 

「──大丈夫です。私にはみんながいますから」

 

 

 自信に満ちた声で告げられたその言葉に、ツバサは意味深に笑い、穂乃果はと手を差し出した。

 

「……やっぱりあなたって面白い。今日はお互いを高め合える様なライブになることを期待しているわ」

「はい!今日はよろしくお願いします!」

 

 穂乃果は笑顔でその手を取る。数秒後にその手は解け、ツバサは振り返りその場を後にした。残りの面子もそれに続こうとした……が。

 

 中西は、俺を見るとただ笑みを浮かべ。

 統堂英玲奈は、悲しげな瞳で俺を見た。

 

 だがそれも一瞬で、2人はツバサについて行き、屋上から姿を消した。

 残された俺たちの中で一番最初に口を開いたのは。

 

「何ボサッとしてんのよ」

「にこ……」

「時間は限られてるんだから、早くステージリハするわよ。

 

──勝つんでしょ?立ち止まってる時間なんて、1秒たりとも無いんだから」

 

 そう言うと、にこはステージへと歩き出した。

 

「……にこの言う通りね。さ、みんな行きましょ」

 

 

 絵里の促しに、皆が神妙な面持ちで頷く。緊張しているのだろうが、それも無理はないと言える。正念場で大勝負、誰もがそれを理解しているから。

 

 大丈夫。やれるだけのことはやった。

 

 心の中でそう呟いた俺は、ステージに向かう皆の背を追うべく歩き出した。

 

 

 その言葉は、自分自身に言い聞かせているものだと気づかぬまま。

 

 

 

 

 そしてついに開演直前。

 μ'sのステージは、A-RISEの後に行われる。

 俺たちはステージ横で対面のA-RISEのステージを眺めていた。

 

「始まるね……」

「一体どれ程のものを……」

 

 A-RISEのステージが近づくにつれ、俺たちの緊張も高まる。

 

 そして不意にそれは始まった。

 

 突如暗転した照明。始まりを察した観客の歓声が上がる。そこから暗闇の上空に浮かび上がる、紫電のエフェクト。

 バチ、バチと、秒を追うごとに紫電の間隔は短くなり、数は増えていく。

 

 そして一際大きい雷鳴が鳴り響いたのち、急激に明るくなる照明。それに目を細めるも一瞬、そこ(ステージ上)には既に──彼女たちの姿があった。

 

 

『皆さん、ようこそ!A-RISEスペシャルステージへ!!』

 

 中西が口を開いた途端、再び歓声が爆発した。

 それに手を振り返し、彼女は再び言葉を紡ぐ。

 

 

 

『どうぞご賞味あれ──痺れるような、甘い媚薬を』

 

 

 

 ──ゾワり、と。

 

 全身の毛が泡立つ。中西の言葉に、身体中を優しく撫でるような快感を、錯覚させられる──そう、俺ですら。彼女の本性を知る俺ですら、不覚にも快感を覚えてしまった。

 即ち、彼女の本性を知らない人達が得る興奮と快感は──俺の比ではない。

 

 ステージに集まった観客は、歓喜の声と熱気で溢れ、ボルテージをさらに高めていく。

 これが中西の“力”。中西が、あちら側の人間(所有者)だという事実を、否が応でも認めざるを得ない。

 

 しかし、これだけでは終わらない。

 

 A-RISEには、居る。中西以上の、心に直接言葉を響かせる天才が。

 

 俺の睨んだ通り、もう1人の天才(ツバサ)が口を開いた。

 

 

「みんな、付いてきて。あなた達を(いざな)うわ──衝撃と、興奮のパーティへ!」

 

 

 会場が、熱狂の渦に包まれた。

 場作りは万全、抜かりはない。

 

 今始まる。A-RISEの、俺たちを潰す為の歌が。

 

 

 

 ──狂乱と衝撃の、パーティが。

 

 

 

 

 

「踊れ────“shocking party”」

 

 

 

 

 

 

 ポップなビートを刻む、エレクトロサウンド。

 そのリズムに乗る彼女達の動きに観客は夢中になり、あれだけ騒がしかった会場は一気に静まりを見せる。

 しかしその静寂も一瞬、イントロが終わり、彼女達が歌い出した途端、再びその熱気は爆発する。そこからはもう、彼女達の独壇場だった。

 統堂英玲奈が、優木あんじゅが、中西が、ツバサが。リードパートが回っていく度に、名指しの歓声が上がる。サビに入った後のユニゾンで巻き起こった興奮の嵐は、最早甲高すぎて何を言っているか聞き取れないほど。

 後方スクリーンに表示された投票グラフ。それが急激に跳ね上がっていく。天翔ける龍神のように、天空へ、頂へ。他のスクールアイドルを見下ろすように、嘲笑うように。

 

 これが、絶対女王のパフォーマンス。

 

 圧倒的天賦の才が呼び起こす、才能の暴力。

 

 凡人の努力を歯牙にも掛けない、そのパフォーマンスに。

 

 ──悲しいほど、感動してしまった。

 

 凄い、と、思わされてしまった。

 

 

 

 

 

 曲が終わり拍手喝采に包まれながら、彼女達は壇上を降りて俺たちのもとへと戻ってくる。呆然とした俺たちに声をかけることもなく、一瞥して笑顔を向けると彼女達は屋上を後にした。

 本番前とは思えない、メンバーの絶望の表情。本来ならば発破を掛けるべきなのだろうが、それを仕方ないと思ってしまっている自分がいる。何せ、俺自身がA-RISEに魅せられてしまっていたのだから。どのツラ下げて彼女たちを責めることができようか。

 

 

「……悔しいね、私達にはあんなステージはできないよ」

 

 穂乃果が重々しく口を開く。それはそうだ、あんなの目の前で見せられたらいくら穂乃果だって──

 

「でも!」

 

 突然の大声。先程までの表情が嘘のように彼女はニカっとに笑って見せた。

 

「私達には私達のステージがある!私達は、私達のやり方でA-RISEに勝つ!それで大丈夫!」

 

 ──お前は。

 

 どうしてお前はそんなに──強くなった?

 

 敗北の絶望に涙を流しかけた穂乃果とは、最早微塵の面影すら感じぬ心の強さ。

 絶望に直面して尚、皆を励まそうとするその姿は、正にリーダー。目を見張る、なんて言葉じゃもうぬるい、一皮向けたなんて言葉じゃ足りない。

 

 ──()()

 

 “器”に選ばれ、精神面に大いなる飛躍を遂げた穂乃果の覚醒。この事実が、俺は本当に嬉しい。

 

 

「……言っとくけど」

 

 そんな穂乃果に声をかけたのは真姫。

 彼女は一見険しい表情で穂乃果を見ているように見えるものの、その目に先程まであった絶望はもうない。

 

「私は……いや、私達は微塵も諦めてなんかいないわよ」

「そうよ。この程度でやめるくらいなら最初からこの場所になんか立ってないわ!」

「確かにちょっとショックでしたけど……A-RISEに勝ちたい、という思いだけは、少しも揺らいでません。みんなあなたと同じ気持ちですよ、穂乃果」

「海未ちゃん、みんな……!」

 

 真姫の言葉ににこと海未が賛同した。

 皆も意思は同じだ、とばかりに笑みを浮かべていて、彼女達の目は、やってやるとばかりに輝いている。

 

 あぁそうか。

 

 穂乃果だけじゃない、みんなそうだ。

 

 君達はさっき与えられた絶望すらも、今この瞬間に己の糧に変えて、前に進もうとしている。

 

 俺達のような凡人に翼はないから。頂までひとっ飛びなんて出来っこないから。俺達は登る、手で、足で、全身で、一歩一歩踏みしめて。前へ、前へ。喜びも、悲しみも、絶望も、全ての経験を力に変えて。どれだけ遅くても、遠回りでも、それでも前へ。仲間を信じて、ただひたすらに前へ。

 

 だからもう──俺達は迷わない。

 どんな絶望にも、屈しない。

 

 先程までの自分を、俺は大いに恥じた。

 俺の物差しで彼女達の心情を推し量って、勝手に諦めようとした。そんなの、彼女達への冒涜だ。前へ進むその足を、止めようとしてしまった。そんなことが、許されるはずもない。

 

 前に進む君達に、恥じない俺で居るために。

 

 俺だけこんな所で足踏みなんてしてられるか。

 

「……悪い、この期に及んでまだ俺は舐めてた」

「優真先輩……?」

「お前達の覚悟を、俺は勝手に自分の目算で決め付けようとして、1人だけ諦めかけちまった。ここで止めるのもお前達のためだって、それらしい言い分までつけて、さ。保護者気取りも大概にしろよってな」

 

 自嘲気味に己を笑った言葉に、反応はない。

 俺の意図を掴みかねているのだろう。

 そんな彼女達には御構い無しに、俺は言葉を続ける。

 

「……俺も戦う、お前達と一緒に。同じ場所には立てないけど、それでも。俺はここで、お前たちを信じてる」

 

 俺の言葉は、彼女たちを支えられるだろうか。

 以前定めた俺のμ'sでの在り方へと、進めるだろうか。

 そんな悩みは、今の彼女たちを見れば、瞬く間に杞憂に変わる。

 

 だって今、こんなにも彼女たちは──笑っているのだから。

 

「うん!見ててね、優真先輩!私たちのステージを」

「ああ。あいつらに一発ガツンと食らわせてやれ」

「よーし!みんな、行こう!!」

 

 穂乃果の掛け声で、皆はステージへと駆け出していく。その背中を見送り終えてから、先程まで心に巣食っていた絶望が、さっぱりと消えていることに気づいた。

 

「……やっぱお前(穂乃果)はすげぇよ」

 

 俺はまだまだ見ていたい。

 穂乃果の突き進む先に待つ景色を、俺たちが辿り着く未来を。

 

 だから神様。

 

 願わくば俺達に、(つるぎ)を。

 

 絶対女王の喉元にまで届きうる、勝利の剣を。

 

 俺たちの歌が、そんな剣にならんことを。

 

 

 

『皆さんこんばんは!音ノ木坂学院から参りました、スクールアイドルμ'sです!』

 

 穂乃果のMCに場内が湧く。しかしA-RISEの熱気には遠く及ばない。

 

『本日はこんなステージで歌わせて頂けること、本当に感謝しています!お集まりの皆様も最後まで私たちのステージを楽しんで行ってください!』

 

 しかし穂乃果はそんなこと、全く気にも留めない。彼女の頭の中には、『最高のステージで、最高のライブを』。このことしか頭にないのだから。

 

『聞いてください────』

 

 

 そして始まる。俺たちの未来を決める、運命の歌が──

 

 

 

『───“ユメノトビラ”』

 

 

 

 

 

 

 夢の扉。

 

 それはきっと、誰もが探し求めている。

 しかし己が夢を志し、追う者に必ずいずれ姿を現わす。

 

 夢の扉。

 

 その先の景色を見ることができるのは選ばれた者のみ。

 半端な気持ちでは、形だけの言葉では、無情にも閉ざされたまま。

 

 夢の扉。

 

 その先にある何かを、俺たちは探す。

 この出会いが生んだ奇跡のその意味を、見つけたいと願って。

 

 

 

 俺たちの夢は、始まったばかり。

 目の前に現れた扉は、きっと1人では開かない。

 でも、俺たちなら。

 たとえ扉の先に希望が無くても、茨と泥濘みの道でも、きっと進んでいける。

 そんな思いが、扉を開く。

 

 俺たちの思いが、覚悟がパフォーマンスに宿り、未来を照らしている。μ'sを見る観客たちが、歓喜に沸く。今だけは、今この時だけはA-RISEのことを忘れて、μ'sのステージに夢中になっている。

 

 そっとグラフを見る。

 そこに現れた結果に、俺は思わず笑みを浮かべた。

 

 A-RISEのような爆発的な伸びはなくとも、一歩一歩確実に、上へと登り詰めていくμ'sのグラフ。それでいい。ゆっくりと少しずつ前へと進んでいくこれこそが、俺たちのあり方なのだから。

 

 俺たちの青春のプロローグは終わり。

 

 

 新たな道が、示される。

 

 

 扉は開いた、さあ行くぞ。

 

 

 

 ──“ユメノトビラ”の、その先へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 第2回『ラブライブ!』東京地区予選

 

 音ノ木坂学院所属スクールアイドルμ's

 

 

 

 ───予選2位通過。




更新遅れまして申し訳ありません。
ボランティアとテストにただただ時間を奪われておりました。
少しずつ速度を戻していこうと思います!

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイスなどお待ちしております!


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“えれなちゃん”

10話 “えれなちゃん”

 

 地区予選から2日が経った。

 俺たちμ'sは今日もいつも通りに屋上で練習をしている。予選を無事突破したとはいえ、俺たちの心に慢心はない。あくまでも2位通過であり、目標であるA-RISE超えは叶わなかった。故に俺たちに安堵はあれど、満足はなかったのである。

 

「……で、結局私たちとA-RISEの得票差はどのくらいだったの?」

 

 にこが俺にそんな問いを投げかけたのは、練習の合間の休憩中だった。

 

「一位A-RISEが1293票、二位μ'sは984票。約300票差だな」

「……終わってみれば、結構差があったわねぇ」

「総投票数は約6000票、42グループ立候補があったらしいぞ。激戦区で、約1000票稼げただけでも御の字さ」

「……でも、勝てなかったね」

 

 ことりの呟きに、皆の表情が暗くなる。

 

 勝ちたかった。この思いが消えることはきっと無い。彼女たちはそれだけの覚悟を持ってステージに上がったのだから。

 

「……うぅっ」

「ん……?どうした?穂乃果」

「……いや、もしあの時の約束が生きたままだったら私たち今頃エントリー辞退してたと思うと、震えが……」

 

 穂乃果か言っているのはあの時──()()()()()()()()()()()()()()()のことだ。

 

 

 

──『──地区予選で、あなた達(A-RISE)よりも順位が低かったら。

例え予選を突破できたとしても、μ'sはエントリーを辞退します』───

 

 

「ふん、そーねぇ、穂乃果のせいで、『ラブライブ!』を諦めてたかもしれないわねぇ?」

「もうにこちゃんやめてよ!!反省してるんだから!!」

 

 にこのからかいで、どんよりとしていた雰囲気が僅かに和らいだ。にこはこの辺の気の配り方が希と並んで本当に上手い。

 

「冗談よ。首の皮一枚繋がった……ってのは言い過ぎかもしれないけど。とにかく、まだチャンスはあるわ。地区決勝、そこでA-RISEを超えていけばいいのよ……いや、()()()()()()()()()()

 

 最後だけ、にこは語調を強めた。

 そう、彼女の言う通り、()()()()

 予選を勝ち抜き、本大会へ出場できるのは1グループのみ。今度こそはA-RISEを超えて、1位を獲らなければならないのだ。4グループなどと言う慈悲(チャンス)はもう、ない。

 

「……そうやね、次こそはA-RISEを超えんと」

「しっかり練習、していかないとね」

 

 希がにこの言葉を肯定し。絵里が優しく皆への道を示した。

 兎にも角にも、俺たちは我武者羅にやり続けるしかないのだ。

 

「……それはそうと」

 

 ふと、俺は疑問に思ったことを呟く。

 

「……穂乃果たちはもうすぐ修学旅行じゃないか?」

「うん!沖縄だよ、海だよ!」

「海未は私ですが?」

「そのくだりはもういい」

 

 夏合宿の時にもやったじゃんかよ、それ。

 

「だよなぁ……しばらく練習に間が空いちまうな」

「仕方ないわよこればかりは。学校行事だし、大会と丸被りしているわけでもないし」

「今年から沖縄になったんやね。ウチらの時は京都やったけど」

「修学旅行かー、いいなぁー凛たちも早く行きたい!ね、かよちん!」

「う、うん!でも、穂乃果ちゃんたちが抜けちゃうのは…少し不安だね。ほら、そのすぐ後に……」

「……あぁ、アレか」

 

 花陽が言っているのは、μ'sに出演依頼が来た、とあるイベントのことだ。

 

「ファッションショーで、ドレスの宣伝も兼ねて歌ってほしい、とはな」

「私達のこの前のライブを見て話を持ちかけて来てくれたなら、やっぱり予選の効果はあったんじゃない?」

「とにかく。予選2位って結果は確実に俺たちに話題性を生んでる。これからどんどん渉外の話も来るだろう。穂乃果たちがいなくても、俺たちにできることをやっていこう」

 

 俺の真面目な言葉に、皆が頷く。

 すると海未はニッコリと笑って俺に言う。

 

「……沖縄でも、しっかり穂乃果にトレーニングをさせますので任せてください」

「えぇっ!?修学旅行でもやるの〜!?」

 

 穂乃果の悲鳴にも似た叫びに、皆は声を出して笑う。そうして時間は流れて行き、この日の練習は解散となった。

 

 

 

 

「ごめんね、優真くん。こんな時間に」

「いや、大丈夫だけど……どうしたんだよ」

 

 その日の夜。希から話したいことがあると連絡が来たのは午後9時を回ってからのことだった。最初は今から俺の家に向かうと言っていた希だったが、流石に1人で出歩かせるわけにもいかないので、俺が希の家に向かうことになったわけで。付き合う前は普通に来ることができたこの家も、関係性が変わった今では緊張したままでしか訪れることが出来なくなってしまった。

 

「んー……ま、なんていういうんやろうね」

「……なんだ、勿体ぶって」

「いやいや、大したことじゃないんよ。あ、お茶入れるから、そこ座って?」

「ん、うん」

 

 緑茶でええよね?という問いに肯定を返し、俺はテーブルに備え付けられた椅子へと腰掛けた。

 ……えらい間を置くな。音楽室のあの日同様、言いにくいことなのだろうか。

 

「お待たせ。はい、どうぞ」

 

 待つこと数分、俺の目の前に温かいお茶が差し出される。申し訳程度に口をつけて喉を潤すと、俺は改めて希に問いかけた。

 

「……で、どうしたんだ?」

「うーん……いざ言うってなると、少し緊張してしまうんよね」

「焦れったいなぁ〜、俺とお前の仲だろ?」

「あはは……」

 

 俺が何を言おうと、希は困ったように笑うだけ。だとすればもう、あの日のように彼女が言い出しやすいように黙る他ない。

 俺の配慮を感じたのだろう、申し訳なさそうに目を伏せていた希は、やがて意を決したように口を開いた。

 

「ねぇ」

「ん」

 

 

 

「──統堂英玲奈さんとは、どんな関係なん?」

 

 

「…………」

「ほら、やっぱり困った顔した」

「……気遣われてたのは、俺の方か」

「ごめんね……でも、どうしても気になって」

 

 それはそうだろう。

 希だけでなく、あの場にいた誰もが気になっているはず。

 

 

───『私だよ』───

 

 

「……言いたくなかったら、言わなくてもええんよ?」

「……そういうわけじゃない。ただ」

「ただ?」

 

 

「──わからないんだ、俺にも」

 

 

「わから……ない?」

「……あぁ、誤解させる言い方だったな。ごめん。()()()()()()()、わからないんだ」

 

 先ほどの言い方では、“関係がわからない”という受け取られ方をされてしまうと思い訂正した言葉。

 しかし俺は気づかない。その訂正は、希のさらなる誤解を招いてしまっていることに。

 

「……そう、なんや、ね」

「あぁ。彼女に会って、嬉しかったのか、悲しかったのか。自分でもよくわかってないんだよ」

「え……?あ、そういう……」

「ん?」

「な、なんでもないよ!!」

「希?」

 

 顔を赤らめて、ブンブンと手と首を振る希。

 恥ずかしい……と小さく呟くと、彼女は手で顔を覆った。

 

 そこまで見て、やっと気付く。

 

 自分の気持ちがわからない、とは。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()という文意に、受け取られてしまいかねないと。

 

 事実希は、そう受け取ってしまったのだろう。

 “希よりも、統堂英玲奈を好いているかもしれない”、と。

 

「あぁ……ごめん、結局勘違いさせたね」

「掘り返さんといて!恥ずかしいからっ!」

「ふふふ」

「何笑っとるん!?優真くんのせいやろ!?」

「だからごめんって言ってるじゃん」

「もう〜〜!!」

 

 顔を真っ赤にして噛み付いてくる希があまりにも可愛くて、思わず弄ってしまった。やばい、ニヤニヤが止まらぬ。

 

「……で、質問の答えは?」

 

 希が明らかにムスッとして、俺に問いかける。頬が赤いままだから結局かわいい。

 

「質問?」

「もう!どういう関係なの、統堂英玲奈さんと!……言いたくないなら、言わんでも、ええけど……」

 

 段々と尻すぼみになっていく希の言葉。

 俺と統堂英玲奈の関係を知りたい反面、俺の心情を慮ってくれる希の優しさに、また温かい気持ちがこみ上げる。

 

「んや、希には聞いてほしい」

「優真くん……」

「君に隠し事はしたくないし、やましい何かがあるわけでもないからね」

 

 でも、と俺は前置く。

 

「……今から聞かせる話は、君にとって心地いいものじゃないかもしれない。それでも……聞いてくれるか?」

「……最初に教えて、って言ったのはウチやん。それくらい覚悟はできとるよ?」

 

 そう言って希は笑う。その笑顔に背中を押されて、俺は鍵を開けた。

 

 心の中に閉じ込めた、彼女との思い出の鍵を。

 

 

「ありがとう。聞いてくれ。

 

 

──俺と、“えれなちゃん”の話」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 いつか前にも言ったと思うが、俺の親は転勤族だった。

 

 細かな引っ越しと転勤を繰り返し、同じとこに留まるのも長くて二ヶ月程。

 

 目まぐるしく変わっていく、俺を取り巻く環境。

 

 友達ができては別れ、できては別れを繰り返す日々の中で、いつしか俺の心は擦り切れてしまうのだ。

 

 ──『友達なんて、作るだけ無駄だ』と。

 

 この考えは、俺が小学校6年生の頃に凛と花陽に出会うまで俺の心に根付いていた。

 

 これは、そんな俺の心がまだ荒んでしまう前の話。

 

 

 

 

 親の転勤にも慣れ始めた、小学校四年生の頃。

 最初は嫌だ嫌だと泣き喚いていた転勤も、最早生活習慣の一部として受け入られてしまっていた。

 今思えば……この頃から既にどこか達観していたのかもしれない。

 

 しかしこの頃の俺は、友達を作ることを諦めていなかった。

 たとえ僅かな時間だとしても、確かな思い出を作りたかった。

 

 そんな俺がある日であった、1人の少女。

 

 ある日の帰り道のこと。友人と別れ、家への帰路を歩く途中。

 

 彼女は歌っていた。

 

 誰もいない、公園の遊具を、ステージに変えて。

 

 その声はか細く、決して上手ではなかったけれど。

 

 俺は自然と、拍手を送っていた。

 

「……ふぇっ」

 

 人に見られているとは思わなかったのだろうか、彼女は俺の姿を視認するやいなや、顔を真っ赤にして、先程までステージにしていたドーム型滑り台の中へと潜り込んでしまった。

 

「あっ……まって!」

 

 俺は少女に声をかけ、滑り台へと駆け出した。

 その空間の中で、彼女は頭を抑えてしゃがみこみ、プルプルと震えていた。

 

「待ってよ……なんで隠れちゃうの?」

「あっ……あの、その」

 

 特に強い口調を使ったわけでもないのに、しどろもどろな反応を見せる目の前の少女に、俺は首を傾げる。

 

「さっきの歌……上手だったよ」

「え……ほ、ほんとう?」

「うん!だから……もっと聞かせてほしいな」

 

 彼女が興味を示してくれそうな話題を振ったところ、成功だったようだ。

 俺を警戒するような目線は変わらないが、少しだけ嬉しそうな表情を見せている。

 

 そこから少しだけ話は弾み……俺はこの少女の名前が統堂英玲奈(とうどうえれな)で、俺と同い年だと言うことを知った。何気ない質問で、互いのことを知るうちに、心の距離が縮まっていくのを感じる、

 

「えれなちゃんは、俺と同じ学校?俺最近来たばかりだから見たことないかも」

「あ…………うん、そうかも、ね」

 

 その時、俺たちの頭上──正確には、街のスピーカーだが──から、午後5時を告げるサイレンが鳴り響いた。

 

「あっ……私、もう帰らなきゃ」

「あ、そうなんだ……家は?ここから近いの?」

 

 幼い俺は、想像だにしない。

 この質問が、彼女の地雷を思い切り踏み抜いていることなど。

 

 彼女は一瞬、全ての感情を失ったかのような無表情を見せた。

 しかしその無表情は、数秒の後に、困ったような微笑へと変わる。

 

 

「──わたし、()()()()()

 

 

「……家が…………ない?」

「うん。帰る場所はある。でもそれは、私の家じゃない」

「……どういう、こと?」

 

 察しが悪い、と言うよりも、俺は“それ”を思いつきもしなかった。“それ”を思いつくには……まだ俺は幼すぎた。

 だから彼女の口から言わせてしまう……彼女の“傷”を、心の闇を。

 

 

「──わたし、()()()()()()()()()。お父さんと、お母さんに」

 

 

 ──場が凍る。

 この場には2人しかいないから、正確には俺の思考が止まると言うのが正しい。

 

 それから彼女の口から独り言のように語られるそれ(過去)を、未だ不鮮明な思考で聞いていた。

 

 曰く。彼女は母親から虐待を受けていたと。

 曰く。彼女の父親は母親に暴力を振るっていたと。母親はそのストレスを彼女にぶつけるしかなかったのだと。

 曰く。彼女の体の痣に気付いた教師が児童相談所に報告、事実調査の前に両親は彼女を喜んで施設に預け──そのまま行方不明だと。

 

 

 曰く──そんな自分を棄てた両親だとしても。

 

 自分は両親を──愛していると。

 

 

「……ぜったいにわすれない、わたしが6才のときのお父さんのたんじょうび。わたしが歌ったアイドルの歌……おとうさんもおかあさんも、笑ってくれた。『上手だね』って、言ってくれたの……だから、だから……」

 

 そこから先は、言われずとも流石に察せた。

 ──縋っているのだ。

 両親が笑ってくれた自分の歌が、何かのきっかけで届けば。

 また家族で、笑える日が来るのではないかと。

 

 どれだけ傷つけられても、苦しい記憶が多くとも。

 自分を愛してくれた日々の優しさと暖かさは、消えなどしないのだと。

 

「わたしには、もうこれしかないから……歌で、しか、おとうさんもおかあさんも、探せないの……だから、わたしは、アイドルになりたい。アイドルになって、わたしを見つけてもらいたい。それしか、それしか………」

 

 瞬く間に彼女を埋め尽くす感情は悲哀。

 それは形となり、両の瞳から溢れ出した。

 閉鎖された暗がりの中で、彼女の嗚咽だけが木霊する。

 

 その中で、俺にできることはもう、1つしかなかった。

 

 

「じゃあえれなちゃんがアイドルになったら、絶対見に行くよ!」

 

 彼女は驚いたように目を見開く。

 

「ほ、ほんとうに……?」

「うん、約束するよ!俺とえれなちゃんの、大切な約束だ!」

 

 俺の言葉が、彼女に届いたのだろうか。

 えれなちゃんの表情が、みるみるうちに明るくなっていく。

 

「……うん、わたし、がんばる!はなればなれになっても、わたしのこと忘れないでね?」

「忘れるもんか!えれなちゃんは俺の、大切な友達だ!」

 

 応援。ただ彼女の夢を、願いを応援する。

 それしか──思いつかなかった。

 あまりにも重すぎて。彼女の傷口を癒すことは出来ず、ただ隣に立ってあげることしか出来ないと、そう悟って。

 

 

 それは、彼女を茨の道へと進ませる手助けになるとも、気づかぬままに。

 

 

「……ねぇ、また聞かせてよ、えれなちゃんの歌。またここで、歌ってよ。聞きに来るからさ!」

「……うん。ありがとう、優真くん」

 

 えれなちゃんは笑顔でそう言うと、滑り台の外へと出た。それを追いかけると、えれなちゃんはもう入口近くまで進んでいて──

 

 

 目の前に止まった、大きな黒い車の前で、涙を流しながら──笑っていた。

 

 

 

 

「───また()()()()

 

 

 

「えっ──」

 

 その言葉の真意を問いただす間も無く、彼女はその車に乗って去って行ってしまった。

 

 

 そして俺はもう、彼女に会うことはなかった。

 

 再会を為さぬまま、俺はこの地を去り。

 

 引っ越しを続ける日々の中で、廃れて行った俺の心は。

 

 

 ──えれなちゃんのことなど、忘れていたのだ

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「…………」

「な?気持ちいい話じゃなかっただろ?」

 

 全てを話し終えた俺は、希の無反応に苦笑を浮かべる。

 希は今、何を思うのだろう。

 その悲しげな顔の意味は、俺への失望か、それとも怒りか。

 

 ややあって、希はゆっくりと口を開いた。

 

「……忘れてたのは、優真くんが悪いわけじゃないよ。一度しか会ってなかったわけだし」

 

 予想外に、俺へのフォローが来た。優しい希は、先ずは俺の心情を慮って、俺の自己肯定感を高めようとしたのだろう。

 

 でもそれは──

 

「……いや、違うんだよ」

「違う……?」

「……絶対に、忘れちゃいけなかったんだ。他の何を忘れても……これだけは、これだけはっ……!」

 

 希の優しさは嬉しい………が。

 きっとこれも、希が動揺して取り繕った俺へのフォローなんだろう。関西弁が抜けて標準語になっていると言う点が、希の動揺を如実に表している。

 

「統堂英玲奈が」

「無理しなくていいよ、優真くん」

「……えれなちゃんが俺に言ったこと、覚えてるか?」

「……うん、覚えてるよ」

 

 

 

──『私はまた、あなたに会うためにっ……!』──

 

 

「『あなたに会うために』……この言葉の先はもうわかるだろ?」

「……『あなたに会うために、アイドルを』、かな」

「ああ、きっとそうだ」

 

 彼女は覚えていた。俺との約束を。

 故に、アイドルの道へと進み、絶対女王A-RISEのメンバーにまで登り詰め、スクールアイドル界の頂点へと辿りつこうとしている。

 

 何らかの理由で俺に会えなくなった彼女は、両親と同じように俺を探したはずだ。

 自分の歌を上手だと言ってくれた俺が、彼女に気付くはずだと信じて。

 

 それなのに。それなのに……!!

 

「……()()()()()なんてことが……許されるわけないだろ…………!!」

 

 辛いこともあっただろう、身寄りもなく、支えもなく、ただ1人で上り詰める頂への道。それは険しく、容赦なく彼女を傷つけただろう。

 

 ──そのことを、これまで忘れていた?

 

 ──その道へと、背中を押したのは、応援したのは、あの日の俺なのに?

 

 そんなことが、許されるはずもない。

 

 もし、もしも。

 彼女を支えていたのがあの日の俺の応援なら。

 厳しい茨の道を進む上での支えが、俺の応援だったなら。

 

 それはもう応援なんかじゃない──()()だ。

 

 俺の言葉通りにアイドルを目指し、俺に再会するためにアイドルを目指した彼女へと、俺はあの日なんて言った?

 

 

──『……悪いが、何のことやらわからない』──

 

 

 傷つけたはずだ、苦しませたはずだ。

 悲しませたはずだ、哀しませたはずだ……!

 

 俺は、えれなちゃんになんてことを──

 

 

 その時。

 

 

「……落ち着いて」

「っ……希」

 

 

 スッと。俺の頬に、彼女の細い指が触れた。

 冷たく、少しだけ震えたその指先が、溢れ出る自省で高熱を帯びた俺の思考回路を、ゆっくりと冷やしていく。

 そして希はいつものように優しく俺に笑いかけながら、口を開いた。

 

「……凄い顔してたよ、優真くん」

「悪い、でも……」

「自分を責めたって何にもならない。優真くんの悪い癖だよ。何も出来なかった自分を責めて、苦しんで、自分をすぐに絶対悪にしようとする。そんなことしたって、何も変わりなんてしないのに」

 

 少し怒ったように顔をむくつかせたが、それもすぐに笑顔に戻る。

 

「……ごめんね、さっき嘘ついちゃった。きっと優真くんは、英玲奈さんを傷つけたと思う。私が同じ立場なら、必ずショックを受ける」

 

 でもね、と続ける希。

 

「……覚え続けるのも、難しかったと思う。私は知ってる。優真くんにも、英玲奈さんと同じくらい大変なことがあったってこと。自分の心を守りながらその約束を覚えていくなんて……いくら優真くんでも無理だと思うの。忘れちゃったことは、取り消せない。英玲奈さんを傷つけてしまったことも取り消せない。だから優真くん──英玲奈さんと、もう一回しっかりと話をしてあげて」

「っ……!」

「優真くん、あの時断ったでしょ?英玲奈さんの提案」

 

 

──『……今日は、これで、失礼する。だが君とは…改めてゆっくりと話したい』

『……俺と君は敵同士だ。馴れ合うような真似はしない方がいいと思う』──

 

 

「あれは私達のためだってことはわかってるし、凄く嬉しい。でもそれで優真くんが傷ついたままなのは……私は嫌だな」

「でも……俺はもう、えれなちゃんの夢は応援できなくなった。だって俺はμ'sの……」

「そうだね。μ'sのメンバーだからA-RISEの応援はできない……そう考えちゃうのも無理ないと思う。でも優真くん。

 

──()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()の両立は、きっと出来ると思う」

 

「えっ」

 

 予想だにしない言葉に、思わず声が出た。

 

「考えてみて。もし、英玲奈さんがA-RISEじゃなかったら、優真くんは英玲奈さんを応援できなかったかな?」

「……いや、μ'sの味方をしながら応援もできたはずだ」

「ね。問題を複雑にしちゃってるのは、μ'sとA-RISEの関係性の方なんだよ。キミはきっとその関係性に囚われすぎてる。A()-()R()I()S()E()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 違うよね?英玲奈さんの夢は、()()()()()()()()()()()()()()()じゃないんだから」

 

 ──あぁ、そうか。

 

 心の靄が晴れていく。

 そうさ、出来るはずだ。えれなちゃんの夢を応援しながら、μ'sの勝利のために尽くすことは。出来るはずなんだ。

 あとは心持ち次第。俺が情に流されず、必要以上にえれなちゃんに肩入れしなければ、きっと両立は出来る。

 

「希……ありがとう。俺、話してみるよ、えれなちゃんと」

「礼なんて要らないよ。いつもキミが私の重荷を背負ってくれてるんだもん……たまには私にも背負わせて?」

 

 気恥ずかしかったのか、少し頬を赤らめてふふっと笑う希。

 

 そんな希に俺は──

 

「……え」

「お礼。嫌だったか?」

「や、えと、その、やじゃない、です……」

 

 俺の唇が触れた額を抑え、真っ赤に赤面した希。その様子を見て俺は笑い、そっと彼女の頭に手を乗せる。

 

「……ありがとう、大好きだよ希」

「こ、こちらこそ……」

 

 最近わかってきたが、希は俺に不意を突かれると相当動揺する。

 そんな希の様子がおかしくて、俺はいまだに赤面する希を尻目に、声を出して笑うのだった。

 

 




優真と英玲奈の過去でした。
序盤からこの話までが、2期1章の扱いです。次回から新章に突入します!
主役はもちろん……あの2人……!

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしてます!


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【2期2章 優しさの行き先】
【Love Wing Bell】─姉妹─


 

 

 

11話【Love Wing Bell】─姉妹─

 

 

 

「ええーーーーーッ!!!」

 

 その叫びは、部室中に響き渡った。

 声の主は驚きのあまり立ち上がり、顔を引きつらせている。そして、こう続けた。

 

 

 

「──凛がリーダー!?!?」

 

 

 

 もうお分りいただけたことだろうが、声の主とは凛のことだ。まぁこんなことになったのには理由があるのだが……

 

「そう。リーダーの穂乃果は修学旅行で居ないし、暫定的にもリーダーを決めていた方が纏まりも出るし、練習にも気合いが入ると思うの」

「で、俺たち3年の中でリーダーに相応しいって案が出たのが……」

「凛ちゃん、ってわけやね♪」

 

 絵里の言った通り、穂乃果たちは修学旅行の為に沖縄へと旅立った。というわけで残ったのは俺含めて7人。穂乃果が居ない間の生徒会の仕事をする為に、俺と絵里と希はあまり練習に顔を出せない。というわけで俺たちが選んだのが──

 

「で、でも……」

「勿論、穂乃果たちが帰ってくるまでの話よ。リーダーだからって変に気負わずに、普段通りで大丈夫だから。真姫と花陽はどう思う?」

「まぁ、凛が適任なんじゃないの?」

「私も凛ちゃんがいいと思う!」

 

 花陽と真姫も笑顔で凛をリーダーに推すものの、対照的に凛の表情は晴れない。困惑と驚愕を入り混ぜた複雑な表情でキョロキョロと俺たちを見ている。

 

「ま、まって、なんで凛なの……?もっと相応しい人いるよ……そうだ、絵里ちゃんとか!」

「私は生徒会の仕事もあるし……それに、今後のμ'sのことを考えたら1年生がやるのがいいと思うの」

 

 絵里の指摘が正しいことは理解しているのだろう。凛は引きつったまま固まってしまった……しかし彼女はこの程度では諦めない。

 

「じゃ、じゃあにこちゃん!」

「アンタ話聞いてなかったわけ?1年生が良いって話したじゃない」

「あ、にこちゃんはそういえば3年生だったにゃ」

「シバき倒すわよアンタァ!!!」

「落ち着けにこ……ッ!」

「話しなさい優真!コイツだけは、コイツだけはぁ!!」

 

 

 

 今にも凛に殴りかかりそうなにこを後ろから強く抑える。そんな様子を意にも介さず、凛は慌てたように次の標的を探していた。

 

「うぅー……それなら真姫ちゃん!!」

「あなたねぇ……みんな凛が良いって言ってるのよ?そこで私がリーダーやるのも変な話じゃない」

「にゃ、にゃぁ〜」

 

 真姫にそこまで言われて、凛はやっと観念したようだ。

 

「…………やりたくないの?」

 

 心配そうに、花陽が声をかける。

 

「…………そうじゃないよ?でも……凛にはそういうの、似合わないよ」

「……意外ね、凛だったらこういうの快く引き受けると思ってたんだけど」

 

 突発的怒りより脱したにこが、言葉通り意外そうに呟く。彼女はそういうものの……俺は知っている。

 何を隠そう、凛は明るい性格の反面、極度の引っ込み思案なのだ。

 

 

 思い返せば、彼女──星空凛と出会ったのはもう6年も前の話になる。

 凛の母親と俺の母親が昔の知り合いで、俺たちはすぐに家ぐるみの付き合いになった。

 最初こそぎこちない関係だったが、次第に俺たちは仲良くなり、今では凛は俺にとって掛け替えのない存在となっている。

 

 そんな俺だからこそわかること。

 

 凛は幼い頃から、『男っぽい』と言われ続けてきた。

 勇気を出して履いてきたであろうスカートを、周りの男子から『似合ってない』、『男女(おとこおんな)』とからかわれた時の凛の傷ついた表情は、今でも忘れられない。それに激怒した俺がそいつらを怒鳴りつけたのは余談だが。

 

 そんな日々を過ごした凛は──多分、μ'sの誰よりも、自分に自信がない。

 

 自分は、可愛くない。

 

 自分には、似合ってない。

 

 自分には、出来ない。

 

 そう言い聞かせて、本当にやりたいことをずっと心の中に封じ込めてきた。

 

 だから正直、今回のリーダーの件もきっとこうなるだろうと俺には予測できた。

 

 

 それでも。

 

 

「……凛」

「っ、何……?」

 

 俺の声かけに、怯えたように凛の肩に力が入る。

 

「……お前が自分に自信がないのは、俺も知ってるさ。でも俺たちは、みんな凛が適任だと思ってる。だからお前も信じてくれないか?俺たちのこと」

「信……じる」

「あぁ。そして少しだけでいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()やってくれ」

「優兄ィ……」

 

 そう呟き、それでもまだ不安そうに皆を見つめる凛。しかし皆の笑顔に触れ、その表情は少しずつ明るくなっていく。

 

「……うん、わかった!優兄ィがそこまで言ってくれるならやってみる!」

 

 凛は笑顔で皆にそう告げた。

 その様子に安堵し、俺も思わず笑顔になる。

 

「……さぁ、それならさっさと練習始めちゃいましょ?」

「そうね……私と希と優真は、生徒会の仕事を終わらせてから向かうから、先に始めててくれるかしら?」

「わかったわ。それじゃ頼んだわよ?リーダーさん?」

「も、もう!にこちゃん!」

 

 凛の突っ込みに場の空気が和む。

 

「……じゃあ俺らはいってくる。また後でな」

 

 席を立った俺に続き、絵里と希も部室を後にした。

 

 

 

 

 その時に、俺は気づかなかった。

 

 

「──ありがとね、優兄ィ」

 

 小さく呟き、頬を染めて笑顔で俺を見送る幼馴染にも。

 

「…………」

 

 そんな凛を、どこか暗い様子で見ている、幼馴染にも。

 

 

 

 

「疲れたにゃあ〜……」

「お疲れ様、凛ちゃん」

「しっかりリーダーやれてたやん。これなら明日も安心やね」

「うぅ……本当に凛で大丈夫なの?」

 

 その日の放課後。

 生徒会の仕事を終え、部活へと合流した俺たち一行は、練習を終え帰り道を歩いていた。

 

「大丈夫よ、凛。最初から何もかも上手くなんていかないわ。さっきも言ったけど、困ったら全然私たちを頼ってくれていいんだからね?」

「うん……ありがとう、絵里ちゃん」

「絵里も生徒会長になりたての頃はてんやわんやだったよな」

「ちょ、優真っ…!」

「そうそう、ミスも多かったし、すーぐため息ついてたもんなぁ」

「もう!私の話はいいでしょ!?」

 

 顔を赤らめながら反駁する絵里の様子に、皆が笑みを浮かべる。

 

「それはそうと……みんなはどう思う?」

「ん……何がだ?真姫」

「にこちゃんよ。最近練習に来なかったり、途中で抜けたりするの多すぎじゃないかしら?」

「まぁ、確かにそうだけど…」

 

 真姫の言う通り、にこは今日練習の途中で用があると言って帰ってしまった。今日に限らず最近──それこそ穂乃果たちが修学旅行に行く前から──にこは練習への参加頻度が目に見えて減っている。普段の彼女のアイドルへの取り組み方を考えれば、違和感を持つのも無理はないと言える程に。

 

「んー、確かに気になる、かも?」

「まぁもしかしたら家庭の事情かもしれないし、あまり詮索はしないほう……が……」

 

 その時、俺の言葉は衝撃のあまり止まってしまった。不審に思った真姫が俺に声をかける。

 

「? どうしたのよ、優真さん」

「いや……アレ」

 

 俺は目の絵に飛び込んできた、衝撃の光景を指差す。

 

 そこに居たのは。

 

 

「───にこ、ちゃん……?」

「でも、小さい……?」

 

 こちらに向かって鼻歌交じりに歩いてくる、にこそっくりの少女。その少女はサイドテールをぴょこぴょこと揺らしながら歩いている。

 呆気にとられた様子で自分を見つめていることに気づいた少女はすれ違う直前に首を傾げてその場に止まると、ふと閃いたように表情を輝かせて俺たちに声をかけた。

 

 

 

「───もしかして、μ'sの方々ではありませんか!?」

 

 

 

「えっ……あぁ、そうだけど」

「やっぱり!見たことある方々だと思ったんです!」

 

 

 楽しそうに笑ったにこ似の少女は、佇まいを整え、礼儀正しくお辞儀をした後言う。

 

 

 

「──()()、矢澤こころです!姉がいつもお世話になっております」

 

 

 

「いっ……!」

「妹!?」

「に、にこっちに妹が……」

 

 衝撃は大きく、皆も動揺が隠せていない。そんな中、こころちゃんはある提案を持ちかけた。

 

「──そうだ!今からお家に来てくれませんか?私、皆さんとお話しして見たかったんです!」

 

「えっ、家に…?」

「でも、いいの?」

「はい!姉もきっと喜んでくれると思います!」

 

 先程の動揺とは違った、困惑の空気が俺たちの間に流れる。

 

「……どうする?」

「行きましょう。家に行けばにこちゃんのことも何かわかるかもしれないし」

「でも真姫、さっき行ったみたいに家庭の事情とかだったら」

「にこちゃんが心配じゃないの?もしそうなら力になってあげたいじゃない」

「……ここで断ってこの子をがっかりさせるのもアレだしな」

 

 正直、俺も気になってはいる。にこの裏に、何があるのか。もし何かに悩んでいるのなら、力になってあげたい。

 

「……じゃあこころちゃん、家まで案内してくれるかな?」

「はい!ありがとうございます!」

 

 そして先導するこころちゃんの後ろについて、俺たちはにこの家へと向かうことになった。

 

 

 

 ──俺たちの不思議な家庭訪問は、どうなることやら。

 




【love wing bell】編、突入です!
アニメでいう4話5話の話になっております!
今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【Love Wing Bell】─叫哭─

今回の話で、ついに100話に到達しました!
今まで応援してくださった方々、本当にありがとうございます!
これからも精一杯執筆していきますので、よろしくお願いします!





本編は、そんな空気じゃないんですけどね




 

12話【Love Wing Bell】─叫哭─

 

 

「……これは」

「一体、どういうことなの……?」

 

 にこの妹、こころちゃんに連れられ、家を訪れた俺たち。

 少々お待ちを、と言われリビングに通された俺たちが見たのは──

 

「μ'sの、ポスター?」

「でも、センターが」

「全部にこちゃんになってるにゃ」

 

 そう、リビングに貼ってあるμ'sのポスター……しかも、丁寧にセンターを自分へと変えた。

 

「にこっちはどうしてこんなことを?」

「さぁ……ただまぁ何やら深い事情があるのは間違いなさそうだ」

 

 するとそこで、こころちゃんが再び現れた。

 

 ……新たに2人を連れて。

 

「ほらここあ、μ'sの皆様に挨拶をして?」

「わ!μ'sだー!」

「い、妹……!」

「2人目……」

 

 ここあ、と呼ばれた少女は瞳を輝かせて俺たちを見ている。こころちゃんよりもまだ幼く、おそらく小学生だろうと思われる。

 

「ほら、虎太郎も」

「…………」

 

 そして虎太郎と呼ばれた少年──ここあちゃんよりもさらに幼く、おそらく未就学児──は、しばらくぼーっとした様子で俺たちを見ていたが、やがて俺たちに向けて指をさし、気の抜けた声で言う。

 

 

「……バックダンサー」

 

 

「ば、バックっ」

「ダンサーぁ!?誰がよ!!」

 

 真姫が苛立って声を荒げるも、3人は身動ぎもせず、こころちゃんが笑顔で俺たちに言う。

 

 

「──スーパーアイドル、矢澤にこのバックダンサーμ's!今お姉様から指導を受けて、アイドルを目指しているんですよね?」

「……は?」

「お姉様は普段アイドル活動が忙しい中、合間を縫って皆様の指導をしていると聞きました!頑張ってくださいね!」

 

「これは本当にどういうことだ……?」

 

 事実が捻じ曲がりすぎていて、わけがわからない。彼女達の中ではにこが本当に“アイドル”で俺たちはその見習いということになっている。家の中で自分を美化している、というのはわからなくもないが、それにしてもこれは度が過ぎているだろう。

 

 その時。

 

「ただいまー」

 

 玄関から、聞き慣れた声。

 

「ん……こころ、誰か来てるのー?」

 

 その声の主は、リビングのドアを開け、目の前の光景に──

 

 

「………………げ」

 

 ──戦慄する。

 

「おかえりなさい、お姉様!バックダンサーの皆様が、遊びに来てくださりましたよ!」

「あ、あぁそう」

 

 動揺のあまりしどろもどろになる返答。そこに絵里と真姫が追撃をかける。

 

「どうも、貴女の“バックダンサー”μ'sの、絢瀬絵里です」

「少し話……聞かせてもらえるわよね、にこちゃん?」

「ひっ……!」

 

 あまりの恐怖に踵を返して逃げ出そうとするも、そこには既に……

 

「ふふふ♪」

「きゃあっ!!」

 

 希の姿があった。

 

「逃げるのは───無しやよ?」

「ハ、ハイ……」

 

 うーわ、おっかな。

 表情こそ笑顔だが、確実に希はキレている。

 それもそうだろう。希はメンバーの中でも特にμ'sへの思いが深い。例え事情があるとはいえ、μ'sをこんな風に扱われてはたまらないだろう。

 まぁ俺も気になる。にこが何を思い、こんなことをしているのか。それは他の皆も同じはず。

 

 観念したにこは、客間へと俺たちを案内した。

 

 

 

 

「大変申し訳ありませんでしたっ」

 

 開口一番、机に額がつくほど頭を下げるにこ。

 しかし俺たちの中の誰も、それに反応しない。

 

「……ほ、ほらみんな、笑って笑って?にっこにっk」

「にこっち」

「……はい」

「ふざけてて……ええんかな?」

「ゴメンナサイ」

 

 希の一言で、にこは閉口した。

 その様子に俺はため息を吐き、にこへと問いかける。

 

「……なぁ、どうしてこころちゃんたちにあんなことを?」

 

 その問いににこはしばらく反応を見せなかったが、やがてはぁ、っと息を吐くと睨むような目つきで優真を見返して言う。

 

「……別に、私の家で私がどう言おうと、私の勝手でしょ?」

「な……!」

「この家では“元からそうなってた”。それだけの話。私の話は終わりよ」

「ちょっと、にこ……!?」

 

 あまりにも身勝手な物言いに、絵里が驚きを隠せずににこの名を呼ぶも返事はない。

 

 ──元からそうなってた?

 妹達に嘘で塗り固めたモノを真実にして伝えて、何も感じないのかよ。お前のμ'sへの思いは、そんなものだったのか?みんなで作り上げてきた思い出や絆よりも、その嘘の方が大事なのかよ……!

 

 じわじわと胸の中で込み上がる怒り。それとは裏腹に俺はにこにもう1つの思いを抱いていた。

 

 ──そんなはずはない。

 

 そう、そんなはずがないのだ。

 俺は知っている。彼女のアイドルへの思いと、μ'sへの思いを。μ'sは彼女のかけがえのない居場所であり、その仲間も大切でないわけがない。

 

 何か──裏がある。

 

 そこまで考えた時。

 

「……今日はもう、帰ってよ。私忙しいから」

 

 どこか切実さを感じさせる物言いで、にこは呟く。その言葉に俺たちは何も言い返せなくなってしまう。微妙な空気が流れつつあったその時、客間の戸が開いた。

 

「お姉様、バックダンサーの皆様にお茶をお持ちしました!」

「……こころ」

 

 穢れのない純粋な瞳でこころちゃんは笑う。

 こんな子を騙していることに、にこは何も感じないのか…?

 

「ありがとう、こころ。私買い忘れたものがあるからまた出て行くわ。お留守番、しっかりよろしくね?」

「あら……?μ'sの方々とのお話は、もう良いのですか?」

「ええ。この人たちももうすぐ帰るはずだから」

 

 そう言い俺たちをスッと一瞥すると、「じゃあね」と一言言い残し、彼女は外へと出て行った。

 

「……優真、この子達に本当のことを伝えるべきだと思う?」

 

 絵里が俺に耳元で囁く。

 

「……嘘を信じたままなのは良くない。けど、真実を伝えるのは多分今じゃない」

「えっ…?」

「こころちゃん」

 

 絵里との話を途中で遮り、俺はこころちゃんに声をかけた。

 

「はい、何でしょう?」

「君は、お姉ちゃんのことが好き?」

「もちろん!スーパーアイドル矢澤にこの妹であることを、誇りにおもってますわ!」

 

 満面の笑みでこころちゃんはそう答えた。

 そんな彼女の表情を見て、俺も思わず笑顔になる。

 

 真実を伝えるのは簡単だ。

 でも簡単に済ませて仕舞えば、きっとこの笑顔は失われてしまう。

 あるはずだ。何かもっと、別の方法が。

 

 だから、今は──

 

「だったらこころちゃん、君はずっと、にこのファンで居てあげてくれ。何があっても、お姉ちゃんを応援し続けて欲しい」

「当たり前です!私の、自慢の姉ですから!」

「ありがとう。君は本当にいい子だね」

 

 俺は優しく、こころちゃんの頭を撫でた。

 すると彼女は一瞬疑問符を浮かべたような表情に変わったものの、ややあって初めて俺たちを見つけた時のように、表情を輝かせた。

 

「もしかして、あなたが朝日優真さんですか?」

「えっ…?ああ、そうだけど」

「やっぱり!話に聞いた通りの優しい手をしてます!」

「聞いた…通り?」

 

 呆気にとられた俺と対象的に、こころちゃんは笑う。

 

「はい!お姉様は、いつもμ'sの事を話してくれますけど、その中に優真さんのお話が良く出てくるんです!」

「へぇ……意外だな」

「優真さんはいつも優しくて、お姉様とμ'sの皆さんを助けてくれると言っていました!優真さんの手に、何度も救われたと!」

「大げさだよ。俺はそんな大層な事はしてないさ」

「優真さんの話をするときのお姉様の顔は優しくて、聞いている私も嬉しい気持ちになるんです!」

「ははは…あいつ家ではそんな感じなのか」

 

 ──何故だろう。

 暗い話をしているわけではないのに、嫌な予感がする。

 これ以上踏み込んではいけないような、地雷源に足を踏み入れたような。

 根拠はない。しかし本能が警鐘を鳴らす。

 だが、楽しそうに話をするこころちゃんを止める術を、俺は持たない。

 

「お姉様、いつも仰ってました!『いまの私があるのは、優真のおかげ』だって!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──そんな優真さんのことが、大好きだって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 普通なら、笑い飛ばせた。

 

 その『好き』は、『トモダチとして』の好きだと。

 

 それが出来なかったのは。

 

 ──場の空気が、一気に凍りついたから。

 

 原因は、ある2人が、過剰な反応を見せたこと。

 

 絵里と希。この2人の表情が、あからさまに引きつった。

 

 すぐに平静を装おうとしたものの、俺が気づいてしまった以上その行為は意味をなさない。

 

 

 

 つまり

 

 この子が言ったことは

 

 

 

 

「───っ!!」

「ゆ、優真さんっ!?」

「優兄ィ、どこ行くの!!」

 

 全てを理解した瞬間、俺の体は弾かれたように玄関へと駆け出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 闇雲に走ること10分弱。

 俺は漸く彼女の姿を見つけた。

 

「──にこっ!!」

 

 俺の呼びかけに、彼女は足を止めて振り返った。

 

「……何、どしたの」

 

 あっさりとした口調で、にこは俺に問いかける。

 

「いや……その」

「何よ、私忙しいんだけど」

 

 ……口に出すのを、言い淀んでしまう。それでも、問わないことには始まらない。

 

 意を決して、俺は口を開いた。

 

「……聞いたんだ。こころちゃんから」

「何を?」

 

 

「──お前が俺を、どう思っているか」

 

 

 肝心なところはぼかして、俺は言う。

 

「……ふーん」

 

 この言葉にも、にこは興味なさげな表情のままだ。暫く虚空を見上げて考え込む様子を見せたものの、やがてその口から出た言葉は、全くもって想像のつかないものだった。

 

「……で?だから何」

「え……っ」

 

 予想外の反応に、俺は思わずたじろぐ。

 

「それを知って、アンタは今私のところに、何をしにきたの?」

「そ、それは」

 

 俺は、何をしにきたのだろう。

 

 にこの秘められた思いを知って、弾かれるように俺はにこの元へと飛び出した。

 

 どうしてだろう。

 

 

 ──にこの俺への気持ちを確かめるため?

 

 違う。

 

 ──どうしてにこをセンターにした写真を飾っていたのか知りたかったから?

 

 違う。

 

 違う、違う違う違う違う……!

 

 

 俺は一体──何をしにきたんだ?

 

 

「……はぁ、本っ当にアンタって奴は…」

 

 にこは深くため息を吐き、苛立ったように吐き捨てた。

 

「……わかんないなら私が教えてあげるわ。

 

 

 

───アンタ今、()()()()()()()

 

 

「っ……!」

「私はアンタの事が好きだったのに、アンタは希と結ばれて、傷ついちゃいないかって。他の皆には優しい拒絶と謝罪をしたのに、私だけにはしてないから」

 

 今。

 彼女は認めた──俺への恋愛感情を。

 その事実に、俺の心は何かに刺されたように痛み始める。

 

「馬鹿もここまで来ると笑えないわ。私の中でのアンタへの想いはもう終わってんのよ。それを今更蒸し返して一体何のつもり?『気づかなくてごめん』とでも言いたかった?それで何が変わる?誰が救われるの?

 

──私をあんまり舐めないで。

 

余計なお世話よ!アンタの自己満足に付き合ってやれるほど私は暇じゃない!!」

 

 返す、言葉が──見つからない。

 彼女に指摘された言葉の1つ1つが、不思議と心の中でしっくりきた。

 

 俺はにこを……心配、してたのか……?

 

 

「……忘れなさい。こころから聞いたことは。誰もいい思いしないわよ、“そんな話”。私も、アンタも……希も。そして私の家の事情にも、これ以上踏み込まないで」

 

 先程までの怒りが嘘のように、波1つ立たないような穏やかな表情でそう告げたにこ。

 

「……いいのかよ、それで」

「私がいいって言ってんの。この話はこれで終わり」

 

 じゃーね、と言い残し、彼女はその場を去ろうとする。

 

「にこ!」

「……何、まだなんかあるの?」

「……お前今、()()()()()()

「…………何が」

 

 

「本当に忘れていいなら──そんな顔しないだろ」

 

 

 彼女は言った。“忘れろ”、と。

 命令のような口調とは裏腹に、俺への労りを感じさせる穏やかな笑顔で。

 

 つまりそれはあくまで──俺の為なのだ。

 

 彼女自身が、忘れて欲しいと願っているわけじゃない。

 

 家の事も、俺には“助けてくれ”と手を伸ばしているように聞こえた。

 だったら、俺にも出来ることはある──!

 

 過去をしっかりと清算し、にこが差し出した手を掴み、“助ける”。

 

 それが俺の、やるべき事だ。

 

「お前がそんな顔で俺にお願いしても、忘れることなんてできるわけないだろ。俺はしっかりお前と向き合って、その上で……お前の力になりたい。にこの事が、心配だから。大切な仲間だから」

 

 伝えた。俺の思いの丈を。

 嘘偽りない、俺の本心を。

 

 それを聞いた彼女は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 未だかつてない程激昂した表情で、俺を睨む

 

 

 

 

 

「───いい加減にしろ」

 

 

 

 

 あまりの怒気に、声を失う。

 それほどににこは──俺にキレている。

 

 

「余計なお世話だって言ってんのがどうしてわかんないの?私はアンタの自己満足に付き合ってる暇ないって言ってんのよ!!」

「自己満足なんて、違……」

 

 

「───違わないッ!!!」

 

「うっ…」

 

 にこの叫びに当てられ、体が硬直する。

 反論を許さない彼女の怒声に、俺は閉口を選ぶしかなかった。

 

「私にアンタの心配はもう必要ない!!アンタが一番心配しなくちゃいけないのは私じゃない!希でしょ!?」

「っ!」

「私のところに急いで向かっていくアンタの姿を見た希の気持ちを、今ここに至るまでにアンタは考えたの!?『誰にでも優しくする』。アンタのいいところよ、でも!!」

 

 俺を振り返った彼女の真紅の瞳は──涙で揺れていた。

 

「アンタのその優しさで!!傷つく人もいるッ!!なんで今なの!!なんで今更そんなこと言うの!!!

 

今アンタがそんなこと言うから……苦しくてたまらないのよ……私だけじゃない、アンタは今、希も傷つけてる!!私より優先しなきゃいけない人を、今っ!この時間にッ!!

 

────出てってよ

 

出てってよ!!早くここから……私の心から、早く出て行って……」

 

 最後震える声でそう言うと、にこは駆け出してその場を後にした。

 追いかけようと手を伸ばすも、そこから先の言葉が繋がらない。

 ただ1つわかったのは。

 

 

 

 俺の優しさが───にこを傷つけた。

 

 

 

 それだけでもう、俺が彼女を追いかける理由を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その裏で、もう1つの事件が起きていたことに、俺はまだ気づかない。




二期編の中でも、特に書きたかったエピソードです。

今回もありがとうございました!
感想評価アドバイスお気に入り等お待ちしております!


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【Love Wing Bell】─親友─

 

13話【Love Wing Bell】─親友─

 

 

 

 優真がにこの家を走り去ってからしばらくして。

 

 私……絢瀬絵里含むμ'sの面々は彼と同じように家を出て帰路を歩いていた。話し声はなく、誰も口を開こうとしない。

 

 それもそのはず──あんなことが起きてしまっては。

 

 

──『そんな優真さんのことが、大好きだって!』──

 

 

 あの瞬間のことは、悔やんでも悔やみきれない。

 私が何も反応しなければ冗談で済んでいたその言葉に、動揺を見せてしまったからあんなことが起きてしまったのだから。

 

 私と希は知っている──にこが優真に抱いている秘められた想いを。温泉旅行の時に教えてもらった、にこの中にある大切な、胸の内に留めて一生伝えられるはずのなかったその想いを。

 彼女がどんな風に彼を信頼し、愛しているか。それを彼女がどんな思いでそれを告げなかったのか。

 

 全部全部知ってたのに───!!

 

 虚を突かれた、なんて言葉は言い訳にならない。確かに想像のつかないようなタイミングの言葉だったとしても、絶対に反応しちゃいけなかった。

 

 そんなことをすれば、心の機微に敏い優真が、気づかないはずがないのに。

 

 ……にこに合わせる顔がない。一体なんて謝ればいいのかしら。

 

「……じゃあウチは帰るね」

「私も」

 

 重苦しい空気の中、ふと立ち止まった希が困ったような笑顔で口を開いた。それに追随して真姫もどこか虚ろな表情で言う。

 にこの家からだと、帰る方向は希・真姫、私・凛・花陽で別れるみたい。

 

「えぇ。それじゃあまた明日」

「ほなね。いこ、真姫ちゃん」

「……」

 

 希の促しに無言で従った真姫。彼女の沈黙の意味はわからないけど、希なら下手はしないはず。2人並んで歩く後ろ姿を見送って、残された私たち3人も帰路を歩き始めた。

 

 3人になってからも会話はない。どこか沈黙を強要されるような空気の中、最初に口を開いたのは──

 

「……ねぇ、凛ちゃん」

「ん……?」

 

 花陽だった。彼女もまた真姫と同じように暗い面持ちで凛を見つめていた……しかし。

 

 

「──凛ちゃんは、どう思った?」

 

 

「え?」

「にこちゃんの話。凛ちゃんはそれを聞いてどう思ったの?」

「花陽……?」

 

 どこか突飛な花陽の問い。それに疑問を感じて改めて花陽の表情を窺うと、悲しそうな表情の反面、その目はどこか凛を疑うような色をしていた。

 

「……何となく、わかってたよ?夏合宿の時からそんな気はしてたにゃ。かよちんもそうじゃないの?」

「うん……そうだね。にこちゃんと優真くんの関係は、どこか触れちゃいけないような感じがあったよね。じゃあ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 こっちが──本題。

 何となくだけど、私はそう感じた。

 花陽の語調が強まっただけではなく、凛が一瞬驚いたような表情を見せたから。

 

「……変わんないな、って」

「どうして?」

「優兄ィはもう、前とは違うのに。優兄ィは希ちゃんの彼氏なんだから、あんなことしたら希ちゃん傷ついちゃうよ。でも……それが優兄ィなんだよね。誰かが傷ついたら、誰かを傷つけたら周りが見えなくなるくらいその人を助けることに夢中になっちゃう。そういう所はホントに昔から、何も変わってない……」

 

 そう言って凛は微かな笑みを浮かべて、遠い何かに思いを馳せる様に目を細めた。

 

 その表情を見た途端──私は花陽の問いかけの真意を察した。察してしまった。

 

 花陽のやろうとしていることは、とても驚くべきことで、普段の花陽を見ていれば信じられない様なことだった。

 

「……そっか、でも凛ちゃん」

 

 花陽の呼びかけに、追想から戻った凛が首を傾げる。

 

 

 

 

「──それは自分に、言い聞かせてるんじゃないの?」

 

 

 

「……何が、言いたいの?」

「優真くんは、そんな人だから仕方ないって、凛ちゃん自身が思っちゃってるってことだよ」

「……ハッキリ言ってよ、わかんないよかよちん」

 

 乾いた笑みで問いかける凛。しかしその笑みはどう見ても引き攣っている。凛自身、きっとわかっているはず。花陽が、一体何を問おうとしているのか。

 

「……凛ちゃんは」

 

 そして花陽は、その決定的な一言を口にした。

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 途端に訪れる沈黙。しかしその沈黙は、先程のそれよりも更に重く、冷たい。凛はしばらく無表情で花陽を見つめたのちに、意外にも笑顔を見せた。

 

「……で?」

 

 笑顔とともに放たれた言葉は、何の感情も感じられなかった。さもどうでもいいことを聞かれたかのように、無関心を孕んだ問いを花陽に向ける凛。

 

「好きだったら、かよちんはどうするの?」

 

 その問いかけに、花陽は唇を噛み締め俯く。普段いつも笑いあっている2人からは、想像つかない程重苦しい空気。ややあって花陽は、覚悟を決めたような目で、凛を見据えた。

 

「──止めたい」

 

 震えながら、それでも確かな意志を感じさせる声で、花陽は答える。それを聞いた凛の乾いた笑みが、どこか悲しそうなものへと変化を遂げた。

 

「……かよちんは、凛のことわかってくれないんだね」

「違う……!私は嫌なの。凛ちゃんに、μ’sのみんなに幸せになってもらいたいの!」

「へぇ……」

「……あの事件があって、μ’sの関係は変わった。私達、優真くんの幼馴染も。もう今までのままじゃいられない。みんな前を向いてる……凛ちゃんだけだよ?まだ縛られているのは、まだ後ろを向いているのは」

「後ろを向いてる?凛が?」

 

 凛の声色に、嘲笑が含まれた。花陽の言葉に怒りを感じているのが、第三者の私にもわかる。

 

「凄いねかよちん、まるで凛のことなんでもわかってるみたい」

「わかるよ……()()()()()()()()()

 

 そんな凛とは対照的に、声に困惑を滲ませる花陽。私はそんな花陽の様子をどこか不可解に思いながらも、2人の言い合いは続く。

 

「だったらかよちんにはわかるんでしょ?

 

 

──凛がソレを、譲れないっていうことも……!」

 

 

 先程までとは違い、凛の言葉に明確な怒気が籠る。

 

「わかるんでしょ!?凛がどんな思いで優兄ィが好きで、どうしてそれを捨てきれないのかも!だったらなんでそんな言い方するの!凛の気持ちを、かよちんに決めつけられたくなんかない!」

 

 凛は今認めた。拒絶されてもなお残る、優真への思いを。

 

「私は決めつけてなんかない……!だって、優真くんは」

 

 

「その呼び方、やめてよッ!!」

 

 

「え……」

 

 普段からは考えられない程の怒声が、花陽を貫く。予想しない箇所で言葉を遮られた花陽が固まってしまったのに乗じ、凛はさらに声を荒げた。

 

「なんで!?なんでっ……なんでかよちんも“その呼び方”するの!?優兄ィは、優兄ィでしょ!?どれだけ変わっても、そこだけは変わらないはずにゃ!!」

「……変わっていかなきゃいけないよ、私たちも……!今までのままじゃいられない、いちゃいけない、凛ちゃんだって本当はわかってるんでしょ!?」

「嫌だよ!優兄ィはずっと優兄ィのままっ!!いつまでも、凛の中でそれは変わらない!!あの頃から、()()()()()()優兄ィのままだよッ!!」

「……違うよ、だって」

 

 そこで花陽は言葉を切ると、凛を諭すように、言い聞かせるようにその続きを紡いだ。

 

「──優真くんは、希ちゃんの彼氏なんだから」

「っ……!!」

「応援、してあげようよ。優真くんの幸せを、願ってあげようよ」

 

 返事は、ない。唇をきつく噛み締め、両拳を握り凛は俯く。しばしの沈黙が流れたのち、凛は震える声で呟いた。

 

 

 

「……わかってる」

 

 

 それをキッカケにして、凛の言葉は濁流の様に口から溢れ出す。

 

 

「わかってる、わかってるわかってる、わかってる!!優兄ィはもう、今まで通りに凛たちに接してちゃいけないって!優兄ィが、もう凛に振り向いてくれることはないって!!そんな優兄ィを応援していかなきゃいけないって!!!でもっ……!」

 

 気づけば凛の双眸は、言葉と共に溢れた雫で濡れていた。

 

「……あんなに大好きだったのに、そんなにすぐに割り切れないよ……!なんで!?なんでにこちゃんも絵里ちゃんも、そんなにすぐに応援できるの!?自分の気持ちに蓋をして、2人の幸せを願えるの!?凛には理解できないよ……!!」

 

 唐突に自分へと矛先が向き、私は動揺した。

 

 

「何回も思ったにゃ……この想いが消えて仕舞えばいいって、優兄ィとの思い出が無くなって仕舞えばいいって!そうしたら、優兄ィの幸せを心から応援できるのにッ!!でも、そんなことはできなくて、頭の中ぐちゃぐちゃで、もうどうしたらいいかわからなくて……っ!教えてよ、かよちん……!」

 

 

 

「優兄ィを好きなこの気持ちと!優兄ィを応援したいこの気持ちは!!

 

……一緒に居ちゃ……ダメなの……?」

 

「っ!凛!」

 

 最後、か細い声で、縋るように凛は私達に問いかけて駆け出してしまった。私の呼びかけにも全く反応しない。

 

 

 私達を再び繋いでくれた、優真という存在。

 

 この日、奇しくも彼によって、再び私達の絆に亀裂が入ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 




一期最終話での2人の意味深なやり取りは、ここの伏線となっておりました。スローペースの投稿にはなりますが、どうかお付き合いよろしくお願いします。

今回もありがとうございました!
感想評価お気に入りアドバイス等お待ちしております!


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