VRMMORPG-ユグドラシル~非モテ達の嘆歌~【完結!】 (黄衛門)
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第一話 非モテと浮かぶ城
クリスマスというのはいつの時代、何処の国でも変わらない。非モテ、非リアにとってはただのイベント限定アイテムゲットのチャンスでしかない。まあユグドラシルのイベント限定アイテムは、普通にプレイしてたら使えない代物だが。
当然、オンラインゲームにアクセスする者達の殆どは非モテである。
二一二六年に満を持して現れた、日本のメーカーが発売した体感型VRMMORPG、ユグドラシル。
五感をゲーム内にフルダイブさせるが、論理システム的な何かによって女性にセクハラを行う事は不可能となっている、痒いところに手が届かないゲームである。とはいえそれは法律的に決まってしまっている事なので、それを不満に言うのは間違っているだろう。
データ量が豊富すぎてテンプレートというものが存在せず、現実世界より大体自由に何にでもなれるゲーム。
それこそが、ユグドラシルなのだ。
しかし、何事にも例外というのは存在する。そしてこのギルドには、その例外を求める者達が、その例外を妬む者達が募っていた。
上位ギルドはトリニティ、2ch連合、アインズ・ウール・ゴウンと色々あるが、「最強のギルドは?」と問われれば、誰もが口を揃え、恐ろしさと虚しさと若干の同情心を持って、このギルドの名を謳うだろう。
一年に二度、たった一日しか機能しないギルド。クリスマスとバレンタインデーしか現れない最強のギルド、
ユグドラシルにおいて唯一、公式が運営する特殊ギルド。このギルドの形式もかなり特殊で、異質で、そしてあまりにも哀しい。
まず、ギルドの掛け持ちが出来る。というのも、一年に二度しか現れないギルドに永久就職なんて誰もが辞退するだろう。異質ではあるが、理には叶っている。
もう一つは、嫉妬マスクを被っていなければ入れないという事。
これはクリスマスにもユグドラシルをプレイしているプレイヤーに、半強制的に贈られるアイテム。効果はユグドラシルの結婚システムを活用(要するにゲーム内で結婚してる奴ら。勿論セックスは出来ないが、リアルで会う事は出来る)しているかどうかを見極め、そしてアンチアベック・ハッピープレデターに加入している間はPKが免除されるという、使いどころが難しく、活かすとなればとても虚しいアイテムである。
最後にリア充を殺す覚悟がある事。その為ならば密告も辞さない精神こそが、このギルドの最低条件だ。
ハートが割れたような模様が刻まれた大理石めいた床、首吊り処刑するようにカップルが吊るされたように見えるシャンデリア。悪魔めいた銅像が天井近くに立ち並ぶ巨大宮殿内部。
ところ狭しと、様々なアバターがそこに集結していた。
人間種や亜人種、異形種の姿が一同に揃うというのは、中々に衝撃的だ。
それも全員嫉妬マスクを被ってるとなれば、ある意味ではあるがとても恐ろしく、とてもおぞましく、とても虚しい気持ちになってしまう。
そんな見ているだけで虚しくなる仮面を被った彼らはカップルを槍で突き刺すステンドグラスの前に立つ男の方に、視線を注目させていた。
男のいでたちは、異質の一言に尽きる。
嫉妬マスクを被り、パンツを両肩にクロスするようにかけた、筋肉モリモリマッチョマンの変態。
アンチアベック・ハッピープレデターのギルド長。運営スタッフからバックアップを受けているが、概ねリア充以外からの評判は良いプレイヤー。ムーンシャドーである。
ムーンシャドーは教壇の上で集まった面々を眺め、満足そうに頷く。
上・中・下と様々なギルドが集まっている。戦力としては申し分ない。
ムーンシャドーは右手を静かに上げる。
ムーンシャドーの後ろには粉々に砕かれたハートを催した杖、ギルド武器『ジェノサイドアベック』。性能はユグドラシルのカップルを殲滅するという、かなり使い勝手の悪い性能である。
「……諸君! 今年もこの夜が来た、来てしまった!
現実世界という地獄から逃れた我々に追い討ちをかける為、リア充の奴らが我がユグドラシルに、楽園に侵略をしてきたのだ!」
彼の声は大きく、遠くまで響き渡る。喋る度に仕込まれたプログラムによって、マスクが点滅し一物がぴくぴくと動く。
ギルド長の一言一言、一字一句聞き逃さないように、アンチアベック・ハッピープレデターの面々は神妙な面持ちでそれを聞く。
「本来であれば従来通りリア充の狩りへと向かうところだが、今年は少し趣向を変える……と、いうのも、ついにリア充の奴らが、我らが敵が! 我らが楽園にギルドを立ち上げたからだ!」
腕を大きく振り上げ、降り下ろすと同時。ムーンシャドーの頭上にそのギルドの立体映像が姿を表す。
大量のパート形めいた浮遊物体、その下には大量のピンクい建物。これがアンチアベック・ハッピープレデターの宿敵の、分ギルドである。
「中規模ギルド、ハッピーLOVE。参加条件はカップルである事、リア充である事。童貞ではない事……これこそ、我らが最大の敵!
敵は強大だ。故に! 我らが一丸となり、奴らに引導を渡してやろう! 奴らは我々を嘲笑い、あろうことかユグドラシルを出会い系サイトのように扱っている! この愚行、許されていい筈が無い!
剣を取れ! 杖を取れ! 奴らに本当の闘争というものを、我々の力を見せつけてやれ!」
一頻り演説を終えると、ムーンシャドーは教壇から降り、入れ替わるように白い研究衣を羽織った、痩せぎすな男が教壇に立つ。無精髭に目の下の濃いくま、ひび割れた唇、焦点の合っていない眼からは生気を感じさせない
アンチアベック・ハッピープレデターの参謀、ロリショタ万歳である。ハンドルネームの割りにはどちらかというと老けた感じなのは、本人がロリかショタのアバターを使用した際に色々と我慢が出来なくなるからだ。
「作戦を説明する。目的はアルフヘイムを拠点とするハッピーLOVE。人間種が五割、亜人種が三割、異形種が二割のギルドだ。平均レベルは五十弱。ギルドマスターはエルフ種のクライン、職種は魔法戦士レベル八十。装備は精々聖遺物級程度といった所か。最もその数はかなりのものだが、所詮虫が集まっても虫程度でしかないな」
聖遺物級、上位アイテムに比べればその性能は紙のようなものだが、普段は現実での恋愛に現を抜かす連中からしてみれば、まあ頑張った方だろうという評価が出来る。
とはいえアンチアベック・ハッピープレデターの面々からしてみれば、さながらゴブリンの大群。無双してくださいと言っているようなものだ。
「とはいえ、ギルド長の彼女でるくみんはワールドチャンピオンであり、更に超位魔法の使用に長けている。ゆめゆめ油断しないように」
超位魔法というのは、百レベルの者にのみ許される最強の魔法である。一日に四回、使用するのにかなりの時間を要し、発動負荷時間や経験値ダウンなどの制限がかけられている。強力だが使いどころの難しい魔法だ。
しかし人数的にも平均レベル的に見ても装備的に見ても、アンチアベック・ハッピープレデターの方が何十倍も上である。
「では諸君、行こうか。徹底的に蹂躙するぞ!」
筋肉モリモリマッチョマンな変態から青銅色の全体的に丸っこいフォルムの鎧に着替えたムーンシャドーは、あまりのアレさから没になった、レア度だけは伝説級アイテムをも超える剣。『アヘガオ』と『ダブルピース』を持ち、立ち上がる。
それと同時に突き上げられる拳、野太い男達の雄叫び。
隣で同じように雄叫びを上げる黒い天使の羽を付けた、トマトのように膨れ腐ったような色をした肌のるし★ふぁーと、黒山羊のような顔をし黒いスーツをぴっちりと来たウルベルト・アレイン・オードル、そして後ろで同じように拳を突き上げ叫んでいる白いタコに水死体めいた身体を与えボンテージのような服装をし、赤黒いマントを羽織ったタブラ・スマラグディナに囲まれた、黒いローブを着た、後にアインズ・ウール・ゴウンのギルド長となるスケルトン、モモンガは、独り言ちに呟く。
「なんで俺巻き込まれたんだろう……」
かなり速いがクリスマスプレゼント、気晴らしに書いたので読みにくかったらごめーんね
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第二話 もののけ骨
アルフヘイムは、今や現実世界では見られなくなった緑豊かな自然を堪能出来る、デートスポットには最適なフィールドだ。
太陽の光が緑の葉を通り、死神の列を優しく照らす。
ここをずっとずっと進んだ場所には、まるでそこだけ転移したように、ラヴホテルめいた建物が立ち並ぶ歓楽街へと出る。そこが敵のギルド、ハッピーLOVEの分ギルドだ。まだもう少し、時間はかかるだろう。
そんなのほほんと平和っぽい場所に、死神は似つかわしくない。最上位アンデッド魔法使い、オーバーロードであるモモンガは、踏み固められただけの道を歩きながら、ふとそう思った。
「皆さん、毎年このギルドに入っているんですか?」
モモンガがふと、自分の部隊に尋ねる。部隊の数は全部で二十一、一部隊に十人という感じになって、それぞれ別々に進行している。
これでは数が余ってしまうように見えるが、それ以外の者には、欠員が出てしまったギルドの防衛を代行してもらっている。これはルーレットによって決められてる。
るし★ふぁーが防衛に、しかも自分のギルドであるアインズ・ウール・ゴウンの防衛に充てられ愚痴愚痴言っていたのを思い出し、モモンガは心の中で笑う。
ユグドラシルのフィールド一つにつき東京の三つ~四つ分ほどの広さを誇る。βテスト時代は処理落ちが激しかったらしいが、製品版ではそれを全く感じさせない辺り、流石変態技術国というべきか。
部隊の代表として、白く動きやすい服装の人間種、爆発のバーストが答えた。白髪で顔に歴戦の戦士っぽい皺と傷が刻まれているが、プロフィール曰く学生らしい。腰には見るからにレアっぽい、日本刀を携えている。
「そうですね。この部隊で始めて見る顔は二つ、俺も一昨年から参加している口です」
「俺はそっから二年前からかな」
爆発のバーストの後ろ、ボロボロの黒い服に黒いズボン、ドクロをあしらったベルトを巻いた、右腕が巨大なチェーンソーになっているオートマトン、クローバーが口をはさんできた。髪は青年っぽい、黒く顔に少しかかる程度の長さだ。
実力は中々のものだが、大学生なのでアインズ・ウール・ゴウンに誘う事は出来ない。
「最初に始まったのが確か……製品版が出て二年後ぐらいだったかな? 流石にその頃の奴等は少なくなってきているらしい」
「少なく? それまたなんで?」
「裏切りだ」
裏切り者、つまるところリアルでリア充になったという事だ。これが普通のギルドであれば称賛するのだろうが、このギルドでは別。裏切り者には死を、何ともナチかソ連っぽい思想である。
モモンガは乾いた笑い声を出す。なんというか終わってるな、と思ったが口には出さない。るし★ふぁーによって無理矢理巻き込まれたのだが、自分も何か悪い気はしないなーと思っていたからだ。
「テキセッキン、テキセッキン。数は二十、四つ足歩行の犬型。ウッドヴォルフと思われる」
人工知能を搭載したアンドロイドという設定で楽しんでいる魔術師、永遠の十七才が機械めいた口調で知らせる。
姿を消す衣を着ているのでその姿は見えず、探知系魔法にも引っ掛からないスキルを保有しているが、代わりに戦闘能力はからっきしであり、レベル三十にも負けかねん程だ。
爆発のバーストは不適な笑みアイコンを出す。このパーティーにはネクロマンサー特化の魔術師、ゾンビっ子ペロペロが居る。ちょうど良い戦力増強だ。
どうでもいいがアイコンの種類と、いつ使うんだという豊富さはユグドラシルの隠れた売りである。
「さて、いっちょやりますか」
「何だかみんな、キャラが濃いなぁ……」
モモンガの呟きと同時、前方に五匹の、緑色の体毛をした、三つ目の狼が現れる。左右後方にもだ。
ウッドヴォルフは森林内では移動速度がとてつもなく速く、しかもステルス性能まであるという、初心者にとってはかなり厄介な相手だ。
とはいえ所詮レベルは一五止まり、この面々なら数でこそ劣っているものの、余裕の相手だ。
「ウッドヴォルフの攻撃には毒性があります、アンデッドとオートマトン、サイボーグ以外は気を付けてください」
「あいよっ!」
そう爆発のバーストが叫ぶやいなや、足下から大きな爆発を巻き起こし、一気に最高速度まで加速。抜いた日本刀を引き抜き、ウッドヴォルフ三頭の首を切り落とす。
「フレイムランス」
残る二匹が爆発のバーストに襲いかかるが、モモンガの手から放たれた火の槍がウッドヴォルフの身体を突き刺し、前足や後ろ足を突き落とし、木に縫い付けた。
フレイムランスは第六位階の魔法、ウッドヴォルフであればこの程度の魔法で事足りる。
「ナイスですモモンガさん」
「ナイスじゃありませんよ、足がないなんて、アンデッドにする時の性能が落ちるじゃないですか。特に爆発のバーストさん! 首を落としたウッドヴォルフなんて、剣の無い剣士みたいなものですよ!!」
非難の声を上げたのは、角刈り頭の優男、黒い眼鏡をかけ白い研究衣を着ている。黒く少々大きめなズボンを、同じ色のベルトで無理矢理ずり落ちないようにしている。
研究員っぽいがれっきとしたネクロマンサー、ゾンビっ子ペロペロだ。
「その点なら問題ないと思いますよ。カップルスレイヤー=サンがやってくれてますし」
「イヤーっ!」
黒く、そして幾何学的な模様が刻まれた鋼鉄のニンジャ装束に身をまとった、『恋』『殺』と刻まれたメンポを付けたニンジャ、カップルスレイヤーはウッドヴォルフ全ての頸動脈を手刀で断ち切り、あまり傷を付ける事なく仕留めあげた。ワザマエ!
「これで構いませんねゾンビっ子ペロペロ=サン」
「アッハイ、ありがとうございます」
カップルスレイヤーにお礼を言ってからゾンビっ子ペロペロは、アンデッド蘇生呪文を使う。
手をパンと叩き、眼を紫色に光らし、大きく口を開けながら上を向く。するとまるでゲロのように苦悶の表情を浮かべる霊が溢れ出、ゾンビっ子ペロペロの頭上で拡散。ウッドヴォルフの死骸へと降り注ぐ。
まるで紙に水を垂らしたように苦悶の表情を浮かべる霊がウッドヴォルフの身体に溶け込む。
すると絶命した筈のウッドヴォルフが、口から絶え間なく涎を溢れさせ、血走った眼をしながら起き上がった。
更にもう一度、今度はゾンビっ子ペロペロの手が赤紫に光り、その光がウッドヴォルフの身体の形を取ると、そのまま実体化した。
するとウッドヴォルフの数が、倍となった。これにはモモンガも思わず吃驚のアイコンを出す。
「……凄いですね、ゾンビっ子ペロペロさん」
「ネクロマンサーと複製師、この二つを極めておりますので、この程度は造作もありません」
「いや、そのエフェクトの作り込み」
「力作ですから」
ユグドラシルは敵モブ以外は死に際の表情や空、星まで作る事が出来る。
魔法は見えないようにしたり発動を速くしたり、当たり判定を大きくしたりする事は出来ないが、遅くしたりエフェクトを派手にしたり、は出来る。これによるメリットはあまり無いが、強いて言うならカッコいい事だろうか。
欠点としては下手すれば魔法のスピードが遅くなる事があったり、当たり判定が小さくなったりする。
つまり、メリットは全く無いという事だ。
「首の無い方はこれに使いましょうか。上位アンデッド作成」
首が無かったり足が取れてたりしてたウッドヴォルフ達の姿が消え、代わりに人の形をした骨の剣士が現れる。右手に巨大なバスターソード、左手には巨大な盾。
使用回数に制限があるアンデッド製作の魔法だ。
「はぁー……いいですね、これ」
「ふふふふ、いいでしょう。黒魔術師っつったら普通こんなのですよね! 後でデータあげますので、フレンド登録しますか?」
「おおっ、やりましょう! 絶対ですからね、絶対ですからね!」
可愛い精霊でも出てきそうな森の中、マッドサイエンティストめいた男と骸骨魔法使いの不気味な笑い声が響き渡った。
獣型アンデッドは耐久力こそ無いが素早さがあり、奇襲には持って来いという設定です。例えるならバイオハザードのゾンビ犬。
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第三話 平成魔法合戦どんぱち
森を抜けた先、切り開かれた大きな場所にはラブホめいた建物が立ち並ぶ中堅ギルド、ハッピーLOVEである。
光輝くネオン、綺麗に舗道された道。噴水や映画館のようなものがある所から、とても綺麗だったのだろうと推測出来る。
だがそれも、過去の話しだ。
何せ今は、黒い煙が立ち上る戦場と化しているのだから。
「おっ、やってますね」
「ですねぇ……さて、私達もやりましょうか」
ゾンビっ子ペロペロが指をパチンと鳴らすと同時に、ゾンビが作り出したアンデッドが走り出す。
別に思考ルーチンを弄ったとかそういうのではなく、NPCが敵を察知し走り出すと同時にタイミングを合わせ、指を鳴らしただけだ。技術の無駄遣いとしか言いようがない。
逃げ惑うハッピーLOVEに所属していると思わしきエルフやドワーフ、純人間に異形。必死に抵抗する者も見受けられるが、やはり離れすぎているレベル故に全く相手になっていない。
ウッドヴォルフゾンビはこちらに向かって逃げてきたエルフの頭に噛みつき、勢いよく身体を回転させる。ネジ切れた首と胴体から、まるで水芸めいた柱を作る。
ウッドヴォルフゾンビのレベルは七十程度、廃人にとっては取るに足らぬ雑魚ではあるが、エンジョイ総にとっては手強い相手なようだ。
「あれ、カップルスレイヤー=サンは?」
「……モモンガさん、あそこにいますよ」
爆発のバーストが指差した先では、ゴウランガ!数名程のプレイヤーを空中コンボでバスケめいてドリブルし、空中に浮かんでいた。
「切り捨て、ゴーメン!」
そのまま空中で身体を海老ぞりめいて回転させ、足元を爆発。勢いそのまま手元に呼び出した刀ベッピンが、数名の人間種を一気に切り裂く。ワザマエ!
一人だけやっているゲームが違う気がするのは、きっと気のせいである。
更に着地した衝撃そのまま勢い付けて、ハッピーLOVEの群生にミサイルめいて突っ込む。まさに無双、ワールドチャンピオンを超えるやもしれんワザマエ。凄い、実際凄い。
「……あまり気は進みませんね、PKされた事のある身としては」
「テメェ等よくも! 童貞共が俺達に逆らってんじゃねーよ糞が!」
「くたばれ!」
モモンガの手から第十位階の魔法、インプローションが放たれ、ハッピーLOVEのギルドメンバーらしき人間を体内から爆発させた。
何とも綺麗な掌返しではあるが、非モテであるモモンガの地雷を踏みぬいた奴の自業自得である。
「ぐぎゃっぱあ!」
「勝って勝って、最後に負ける運命かよ……」
「何だ、何が起きている!?」
アンチカップル・ハッピープレデターの軍勢が、突如起きた黒い風によって一気にデリートされた。一気に二千人程ロストし、その代わりに五本足の肉塊から無数の触手が伸びている巨大な異形の化物、黒い子山羊が五体召喚された。
モモンガの所はギリギリ範囲外であったようだが、一気に大部分のギルドメンバーが削られてしまった。
「超位魔法、イア・シュブニグラス……だと……」
黒い子山羊を第九位階の魔法で蹂躙しながら、思わずモモンガは呟く。超位魔法、最大レベルの者にだけ許された、一日四回しか使えない魔法。魔法陣といった発動時に現れるエフェクトも無かった事から、相手は即座に発動出来る課金アイテムを所持している事がうかがえる。
カップルスレイヤーも巻き込まれたのか、姿が見えない。
日本刀で襲い来る触手を斬り落としながら、思わず爆発のバーストは舌打ちを溢す。十中八九、超位魔法の天才と呼ばれている者の仕業だ。しかも冷却期間があるとはいえ、後三回も使用する事が出来る。
非常に面倒で厄介な相手だ。
喧しいモーター音と共に、クローバーのチェーンソーによって二匹の黒い子山羊が瞬時にミンチされる。黒い子山羊はギルドに所属しているプレイヤーとNPCのレベルの平均を半分にし、更にそれを五等分にした性能となる。やはりそれほど脅威ではない。
脅威ではないが、無視できない相手だ。
爆発のバーストは二匹のそっ首を斬り落とし、その隙を狙おうと飛びかかって来た二匹のうち一匹をゾンビっ子ペロペロがメスで眼を突き刺し、もう一匹の方をモモンガが心臓のようなエフェクトの出る魔法で一撃で仕留める。
遠くでギルド長らしき金髪のエルフ、くーたんと神話級アイテムに身を包んだ男、ムーンシャドーがつばぜり合いをしている。くーたんの手には一本のショートソード、ムーンシャドーの手には巨大で黒く、文字化けめいた模様の刻まれたバスターソードが二本。ワールドチャンピオン・オブ・アースガルズ。その剣は双剣であった。
「何故貴様らは現れる、何故邪魔をする!」
「ふん、知れた事よ。リア充を殺す、それが我らだ。論理の有無ではない、我らにはそれが必要なのだ」
一気に後ろへと倒れ、ムーンシャドーはくーたんの腹に蹴りを入れる。緑色の布の服、一応聖遺物級アイテムであるロキの布かけなのだが、アースガルズの名を持つワールドチャンピオンにして、それ専用の装備で身を固めているムーンシャドーにとってはただの布きれ同然。ワールドチャンピオンの前には超位魔法も、使われたらちょっとヤバめな魔法程度でしかないのだ。
モモンガ率いる部隊はそれの援護をしようとし、すぐにやめた。ムーンシャドーが遊んでいると解ったからだ。
ワールドチャンピオンであれば、あの程度の相手に後れを取るはずが無い。既に敵ギルド長を倒していてもおかしくない筈だ。
「くーたん、私が変わる!」
「ふん、いいだろう。やってみろ!」
ムーンシャドーが聖遺物級のアイテムを破壊し、回し蹴りを背中に打ち込み、くーたんをモモンガ達の方へと蹴り飛ばした。
ロケットめいて突撃してきたくーたんをモモンガは避け、姿を消していた永遠の十七歳に当たって止まる。
そして代わりにムーンシャドーと戦うようになったのは、同じく金髪の、長い髪のエルフ。くみんだ。装備はワールドチャンピオン専用装備、左手薬指には超位魔法の発動時間をカットする伝説級アイテムの指輪がはめられている。森のように緑色で、カマキリめいた鎧。そして手には同じくワールドチャンピオン専用のアイテム、ワールド・チャンピオン・アルフヘイムが握られている。
モモンガ達はその戦闘に意識を向けながら、無茶苦茶くーたんを囲んで武器で殴った。
何故平成なのかというと、タイトルの元ネタが平成だからです
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第四話 マラを勃たせば
「よくも、よくもくーたんを!」
「ハンッ、足下注意だ!」
横に大きく薙ぎ払われたアルフヘイムの剣をしゃがんで避け、ムーンシャドーは足払いする。尻餅を付いたくみんの顔面に、左の剣を突き立てようとしたが、あいんは素早く地面を転がり、それを避けた。
地面に巨大なクレーターが掘られ、あいんはその中へ、ムーンシャドーは落ちる前に突き立てたバスターソードの柄の底に手をかけ、自重を持ち上げ、穴から脱した。
やはり戦い慣れている。モモンガも、ムーンシャドーの噂は掲示板で小目に触れた事があった。
曰く、βテスト時代からプレイし、ユグドラシルにおける三割のバグを発見した伝説のプレイヤーと。曰く、希少鉱石の二パーセントの発見と、八パーセントの加工の確立という偉業を成し遂げたと。
そして初代・第二・第三ワールドチャンピオンにして唯一の伝道入り。某大型掲示板では過去の英雄と称される。が、その実力は常に最先端を行く化け物だ。
ちなみに三連続でワールドチャンピオンになった際には運営から永劫の蛇の腕輪四つセットを贈られるのだが、未だになし得たプレイヤーはムーンシャドーのみ。
その事から彼は、とある昔のゲームの主人公の総称から取って、こう謳われている。
イレギュラー、と。
ゲームによくある都市伝説のようなものかと思っていたが、実在したのか。と驚き、そして伝説を刮目出来た事で、モモンガの心の中でるし★ふぁーへの好感度がちょっと上がった。
「いい的だな、貴様」
「嘗めないでよ旧世代!」
くみんがワールドチャンピオン・オブ・アルフヘイムを、体制を崩した状態で振る。剣は虚空と落ちてきた塵を斬っただけのように見えたが、明らかにオーバーな緑色の波状が放たれた。
それをムーンシャドーは、上空に居る状態で切り払う。レベルの違う者同士の対決。モモンガのギルドにも一人、ワールドチャンピオンが居るが、彼も同じように戦えるのだろうか。
沸々とそんなドリームマッチを思い浮かべ、胸が燃え盛る炎のように熱くなるのを感じた。
ムーンシャドーの剣を持っていない手首がぱかりと開き、そこから一個の弾が投擲された。
ボンッ、という鈍い音。しばらくしてからまるで噴火したかのように巨大な爆発が起き、ムーンシャドーの姿を炎で覆い隠す。
「……サイボーグまで取り入れてるとは、もはや人間種という名の異形種だな」
「色々と規格外過ぎると思うんですけどそれは」
爆発のバーストにモモンガは思わず言葉を差し込む。イビルツリーを爆殺しまくるクリスマスなんぞよりよっぽど楽しく、面白いものを見られた。
しかし同時に突き付けられた。社会人と本物の廃人との、埋めようのない開きを。
彼はネオニート、働かずに金が億単位で入ってくる、文字通りの規格外な人間。元より勝てる道理なんぞ無い筈なのだが、こうも見せ付けられたら微妙な気持ちになってしまうモモンガであった。
思わず放心して、食い入るように見ていたモモンガが率いるリア充狩り部隊。今のうちに他のハッピーloveを狩るべきだろうか。そう計画を立てていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「……不味いですね」
「えっ、永遠の十七才さん。それどういう──」
モモンガの言葉は永遠の十七才が慌てて張った防御魔法と、くみんの放った魔法によって遮られた。
本来であれば広範囲を焼き尽くす魔法なのだが、クレーター内部で使用しているのでそれらが収縮、凝縮し、さながらレーザー光線のように放たれた超位魔法、フォーリンダウン。
その名に違わない、天をも焼き付くさんとする炎は、煙の中に居るムーンシャドーに直撃する。
轟音が鳴り響き、空を焼き尽くす。太陽の光はそれ以上の赤い光によって飲み込まれた。
フォーリンダウンの余波が、距離も離れ防御魔法を施したというのに、モモンガパーティーのライフを大きく削る。数名かそれに耐えきれず死んでしまったようで、姿を消していた。
離れていてこれなのだ、直撃したムーンシャドーは無事では済むまい。
大きな黒い煙が、未だにムーンシャドーの姿を隠している。既にキルされたか、それとも。
「ふはははは、甘いな! さながら砂糖にメイプルシロップとガムシロップをぶっかけたように!」
煙が晴れ落ちてきたのは、ワールドチャンピオン専用の鎧と剣であった。
巨大なバスターソードが、くみんへと落ちてくる。
そして声の主は、ムーンシャドーは、壊れ傾いているバトルホテルの上に立っていた。
嫉妬マスクを被り、パンツを両肩にクロスするようにかけた、筋肉モリモリマッチョマンの変態。両手には没データとなって手に入らない筈の双剣、アヘガオとダブルピース。
「たかがワールドチャンピオン程度では、ワールドチャンピオンをも超える難易度と冷たい眼に耐える忍耐力が無ければ手にする事すら不可能な職業に、勝てる道理が無いだろう!」
喋る度に股間がピクピク動き、マスクも輝く。そして指をパチンと鳴らすと、落ちた筈のワールドチャンピオン専用の装備が分解し、ムーンシャドーの股間に集まる。
ブッビガンと昔のアニメのような音が鳴り響き、ムーンシャドーの股間に息子が形成されていく。
ずる剥けの大きな刀が、天をも突き犯さんとする息子がいきり勃つ。世界級アイテムとワールドチャンピオン専用の装備が組み合わされた、ユグドラシル史上最高火力とロマンを誇るそれは、決してちんこではない。
ちなみに根本には蛇が自らの尻尾を加えている模様が描かれている。一応永劫の蛇の腕輪で規制を解除させているのだ。多分世界一の世界級アイテムの無駄遣いであろう。
「むっはははははは、新参者に負ける訳にはいかんのでな。とうっ!」
「ぐっ、このっ!!」
左手でくーたんを蘇生させる魔法を唱え、右手をムーンシャドーに向け第九位階の雷撃を叩き込む。
しかしミミズめいて身体を無駄に気持ち悪くくねらせ、それらを全弾回避。
ちなみに復活したくーたんは囲まれて武器で叩かれている。復活した意味無し。
肉薄したムーンシャドーはアヘガオとダブルピースでクロス状に斬りかかるが、くみんが咄嗟に爆破スキルを使用し、距離を取ろうとした。そのスキルはワールドチャンピオン専用スキル、ニュークリア・エクスプローション。超巨大な爆発が巻き起こり、大陸を抉るように炎が上がる。
だが、一歩遅い。ムーンシャドーの股間に取り付けられたムーンシャドーから白い光が溢れ出、その爆発を押さえ込むように広がり、くみんごと爆発を覆い隠す。
そして突如、収縮。それと同時に大きな白い光の搭が、天高くそびえ立った。
「これが私の、ドミナントだ!」
爆発をバックに決めポーズを取るムーンシャドーに、モモンガと爆発のバースト、ゾンビっ子ペロペロ、クローバーは惜しみない拍手を送った。
この時、誰もが勝利を確信していた。アンチアベック・ハッピープレデターの勝利だと、非モテこそがユグドラシルにおいて最強なのだと。
後はハッピーloveのギルド武器を破壊するだけ、赤子の手をひねるより簡単なお仕事だ。
この時までは、誰もがそう思っていた。
「こうも弱者を虐めるのは関心せんぞ、ムーンシャドー」
白い籠手と赤いマントが、煙のなかから覗く。
モモンガはその声と姿を見て、逃げ出したい気持ちになった。
とても、顔向け出来ない。半ば巻き込まれたとはいえ、どう言い訳が出来ようか。というかこれの後に待っている説教がとても怖い。
「はんっ、戦場に男も女もあるものか。たっち・みー!」
そこに現れたのはアインズ・ウール・ゴウンの前進となった最初の九人の一人、ユグドラシルで三本の指に入る純銀の聖騎士。ヘルヘイムの名を持つワールドチャンピオン。たっち・みーが、くみんを庇うように前に立っていた。
「登場早々ロールプレイとは、流石だな」
思わず呟いたクローバーに対し、注目するのはそこじゃないだろとモモンガはツッコみを入れたくなった。
これ大丈夫かな、ギリR-15だよね……モノホンじゃないし。
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最終話 非モテの嘆く森
「確かに、普通に楽しむのなら男も女も無い……だけど君のそれは、感情に身を任せただけの独り善がりだ!」
「誰が童貞だこの野郎!」
クリスマスの童貞の耳は敏感で、ちょっと狂っているのでそう聞こえてしまったのだろう。
重苦しい伝説の剣と軽い幻の剣がぶつかり合い、聞いたこともない破壊の音を響かせる。森がざわめき、大地がめくれる。
もはやそれはギルド同士の抗争ではない。ただの、伝説のぶつかり合い。
たっち・みーが剣を袈裟に降るとムーンシャドーはそれを股間の剣で受け止め、たっち・みーの後ろから現れたくみんの剣を両手の剣で受け止める。
そのまま両手の剣でくみんを叩き落とし衝突させようとするも、たっち・みーは素早く後ろへ下がる。それによってくみんの身体が地面に叩き付けられる形となった。
その際モモンガ達の近くまで寄り、小声で「後で説教ですよ、弱い者いじめして」といわれ、モモンガはリアル世界で顔を青くし、背筋が凍る。
「同志たちは残るハッピーloveを蹂躙せよ、一匹も残すな!」
「あ、はい」
そう命じられ、モモンガ達は戦う三人から出来るだけ距離を放して、分かれる。一応今はギルド長となっているムーンシャドーの命令を聞かねばならない。モモンガ個人としてはたっち・みーの方に力添えしたいのだが、今は敵同士。それに後で説教されるのなら、この先いくらか悪事を働いても同じ事だろう。
ハッピーloveのギルドで厄介といえるのはワールドチャンピオンの女のみ、他はレベル的に考えても簡単に勝てる相手。
一般的に兵力を分散させるのは悪手とされているが、この際は仕方ないだろう。効率重視、過剰に力を固めても意味が無い。
残ったのは、三人のワールドチャンピオンのみ。ムーンシャドーはくつくつと笑う。
「年に二回しかないイベントだというのに、それを台無しにしてくれちゃって。酷い人だな君は」
「理不尽なPKを無くすのが、我らアインズ・ウール・ゴウンの方針。そこには人間種も異形種も差別しない」
たっち・みーは森の奥へと消えて行ったモモンガの背中を見て「後で巻き込んだ人も含めて説教だな」と心に決めながら、助けに入った理由を紡ぐ。
しかし、ムーンシャドーはその言葉を聞き、身体を震わせる。
「理不尽……理不尽、だと……?
我らに見せつけるようにやれデートしたとかセックスしたとかブログに書きなぐって、聞いてもいないのにのろけ話を聞かされて、あまつさえそれを止めろと言えば『嫉妬乙www』の言葉で黙らされた我らの行いが、理不尽だと? 恋愛なぞという性欲の美化に現を抜かす愚か者共に捌きの鉄槌を下すのが、理不尽な行いだと?
ほざけ青二才が!」
叫びと同時に身体をさながらベーゴマめいて回転させ、プラズマ化する程の高温を誇る第九位階の炎魔法、プラズマフレイムを股間から発動させる。それによってムーンシャドーは全方位に火炎放射をするような形となり、木々もバトルホテルも、二人のワールドチャンピオン含めて燃やし尽くさんとする。ムーンシャドーの足元が熱で溶け、それによって更に加速。速度はうなぎ上りに上がっていく。くみんの彼氏さんは燃やし尽くされました。
しかし二人は同時に上空へと飛びあがりそれを回避。だが、それもムーンシャドーの計算済みだ。両腕を上に向け、手首解放。そこから放たれるのは、アルフヘイムにてスポーンする魔物、ラードグールより採取が可能なアイテム。発火油。
炎の中心部分の温度は大体溶岩と同じ程度。そしてリアル現象もゲーム内で割と再現されるユグドラシルでその油を使えばどうなるか。
簡易火炎放射が二人を襲う。発火油は熱量、つまりは炎系統の火力をそのまま保持する隠し効果を持っている。つまり、この炎はプラズマフレイムの火炎放射といっても差し変わりない威力を誇るのだ。
「ぐうっ、だが……負けん!」
「私も、ワールドチャンピオンだ! お前なんかに、負けてたまるか!」
二人のワールドチャンピオンはその炎を次元断絶で無理矢理引き散らす。
「だから甘いと言っているのだよ!」
突如ムーンシャドーの股間が巨大な鉈に変形。そして回転の勢いそのままバックジャンプし、液状化した地面から離れると同時に二人に牽制を仕掛ける。たっち・みーはそれを剣で受け止めるも、勢いまでは殺し切れず、数多の木々へと叩き付けられた。
森の奥へと飛んで行った二人の方角に液化魔法を打ち込み、足場を奪う。液化魔法、地形を液状化させ相手の動きを鈍らせる魔法だ。これの利点は相手の耐性を(種族的耐性を除いて)無視して効果を発揮する事にある。
ドミナント砲を向け、ムーンシャドーの足元に幾何学的な魔法陣が展開される。
ドミナント砲は様々な形態に変形が可能なだけではなく、広範囲魔法を一点に集中させるという特殊な能力も持ち合わせている。これによって威力は上がりチェイン・ドラゴン・ライトニングでも第十位階の威力へとする事が出来る。最も魔法自体の使い勝手は悪くなるが、そこはロマンでカバー。
そしてムーンシャドーが発動しようとしているのは超位魔法、フォールンダウン。課金アイテムで詠唱時間は無くしたものの、発動には少々の時間がかかる。
とはいえその力は、ドミナント砲の性能と一日四回しか使用出来ない回数限定魔法というのも合わさって、理論上はどの敵もワンパンで倒せる程の威力と化す。
「これが! 私の! ドミナン──」
ドスッ、という重い音と共にムーンシャドーの視界に入ってくるのは、警告音。ぽたり、と地面に血とオイルエフェクトが零れ落ち、足元の魔法陣が砕け散る。
恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはアルフヘイムの神剣、くみん。そして表示される相手のスキル、急所一撃。飛ばされる寸前にポイントを指定し、テレポートにてムーンシャドーに肉薄したのだろう。手に持っている武器はワールド・チャンピオン・アルフヘイムではなく、暗殺者の短剣。とある特技に限って言えば、ワールド・チャンピオンシリーズの武器より成功率を上げる武器だ。
そしてくみんが使ったスキルは、暗殺剣。これは運によるもので、同レベル同士であれば二割程度しか成功せず、暗殺者の短剣込みでも三割程度しか成功しないという即死スキル。しかしこのスキルは即死魔法と違い耐性持ちにも効果を発揮するという性能を持っている。更に一定秒数が経ってから消滅する、というのも大きな特徴だ。故に最後っ屁を喰らわされ、同士討ちというのもよくある話。
運営曰く『ただでは死なん、貴様の命も道連れだ!』的な事をやらせたかったと、ゲーム雑誌で無駄に熱く語っていたのは記憶に新しい。
それが成功したという事は、つまりそういう事だ。
「貴方の負けよ、ムーンシャドー!」
「いいや、俺の勝ちだ」
不敵な笑みアイコンを出し、勝ちを確信するムーンシャドー。負け惜しみを、と思い刺している剣に力を込めようとすると、不意にくみんの目前に『ギルド崩壊』の文字が。
これは自分の所属しているギルドの象徴。ギルド武器の破壊と同時に、そのギルドは崩壊してしまう。
最後の最後でモモンガ隊がやってくれたのだ、やってのけたのだ。ムーンシャドーは不敵な笑みを浮かべ、リアル世界で悔し涙を流しているであろうリア充共の顔を妄想し嘲笑い、そしてその後セックスするだろうと思い死にたくなった。
◆
「あー、楽しかった。モモンガさん達、大丈夫ですか?」
クローバーは先ほどまでたっぷり二時間ほどの説教から解放されたモモンガ達に声をかける。
ここはアルフヘイムの厄介な敵、イビルツリーのスポーンする地区。先ほどから雑木のような姿をした魔物、イビルツリーが、アインズ・ウール・ゴウンの面々によって爆発で彩られている。異形種の真ん中で楽しそうにそれを眺める人間種、アインズ・ウール・ゴウンの悪名を知る者が見たら目を疑うだろう。
最も約二名程は人間種ではなく異形種のオートマトンに似たタイプの、公式さえもどう分類すればいいのか解りかねているサイボーグなのだが。
モモンガとウルベルト、そしてるし★ふぁーは何処となくふらふらとした足取りでクローバー達の前まで行き、地面に倒れた。
怖い容姿だというのに、妙に愛嬌のある動き。先ほどまで正座させられていた所も思い出し、クローバーは思わず笑みを溢す。最もアバターの表情に変化はなく、現実世界での話だが。
「疲れました……たっち・みーさんは優しい人ですから、ああいうのが許せないんですよね。まあ大体俺も悪いんですけど」
「おのれリア充」
「あはは、お疲れさまですモモンガさんと、ウルベルトさん」
ちなみにここにハッピーloveの姿は無い。彼らは悔しそうな捨て台詞を吐き、既にログアウトしている。今頃は無茶苦茶犯ってる頃だろう。羨ましい限りだ。
るし★ふぁーが説教された後だというのにぶつぶつと「恐怖公の中にぶち込んでやった方が良かったか」と言っていたが、それがどんな部屋なのかは解らないが何となく同意するアンチアベック・ハッピープレデターの面々。
「しかし、あのムーンシャドーさんは一体何者なんですか。ワールドチャンピオン二人に善戦するって」
ちらり、とモモンガはムーンシャドーの方を見ながら、思わずつぶやく。今はあのギルドで見たのと同じ鎧を着て、スキル『爆発剣』で他のアインズ・ウール・ゴウンのお手伝いをしている。無茶苦茶テンションを上げ高笑いしながら。隣のタブラ・スマラグディナが少し引いているのはきっと気のせいではない筈だ。
「あの人は異常なんですよ。何せやり込んでいる時間が違いますから。ネオニートは伊達じゃない」
「……羨ましいですね。働かずにお金が入るなんて」
ゾンビっ子ペロペロの言葉に思わずといった様子で呟くモモンガ。それを同じ席に居たロリショタ万歳が苦笑交じりに言う。
「しかし、彼と同じならアインズ・ウール・ゴウンに入る事も出来なかったでしょうに」
「……それもそうですね」
アインズ・ウール・ゴウンは社会人でないと入れないギルドだ。もしムーンシャドーと同じであったなら、モモンガはこの楽しい仲間と、こうした馬鹿騒ぎをする事も出来なかったであろう。
この四年後に過疎化が進みサービスが終了するという事も知らず、アインズ・ウール・ゴウンとアンチカップル・ハッピープレデターの面々の夜は過ぎていく。
騒がしくも楽しく、そしてどことなく虚しいが、充実した一日だったと、モモンガはしみじみ思った。
そういえば、とクローバーはたっち・みーの姿が見えない事に気付く。
「そういえばウルベルトさん、たっちさんの姿が見えませんが」
「家族サービスだそうで」
頂の白を戦闘シーンの参照にしました。
次は番外編で、本当の本当に完結ですはい。
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番外編 ユグドラシルの神隠し
始まりあるものには終わりがある。命の終わり、種族の終わり、文明の終わり、恋愛の終わり、人生の終わり……そして、ゲームの終わり。
今日、ユグドラシルもそれらの例に漏れず、終わりの時を迎えようとしていた。
「ふむ、集まったのは……最初の八人のみ、か」
「仕方がないですよ、皆にはそれぞれ事情があるんですし」
手を組みそこに顎を乗せたムーンシャドーに、ゾンビっ子ペロペロが苦笑しながら言う。
薄暗い照明に照らされた、様々な電子機器が点滅する空間。そこには八〇個の座席、そのうち八個の座席が埋まっている。
ムーンシャドーの本来のギルド、プレイヤーズネスト。サービス開始から最後までギルドランクを八位に固定した、大規模ギルドである。総名一四〇〇人を誇っていた数は約半分まで落ち込み、今となっては八人を除いて皆、外で行われている花火やらのパレードに釘付けだ。
そしてこの部屋は、始まりの八〇人でないと入れない場所。大きな円状のテーブルは、破壊された機械を押し固めたような模様になっている。ちなみにグラフィックはこんなのだが、オリハルコン製だ。
ちなみにムーンシャドーは、既にそれらのセッティングやらをユグドラシル公式に頼まれ、約三割程自作し献上した。そのかいあって、サービス終了から数ヵ月後にはなるが、昔から答を受け手に委ねる事に定評のある企業が作ったストーリーをくっつけた非売品ゲーム、ユグドラシル・オフラインを受け取る手筈となっている。
元々はβテスターのみに限定するつもりだったようだが、自由配布しても構わないとの話となったのだ。
そしてそのゲームが出来るのは今のところ、ギルドメンバーと、ゾンビっ子ペロペロの友人であるモモンガくらいだろう。
ネットに上げるつもりはないが、受け取った誰かが上げる事だろう。最もそれはユグドラシルであってユグドラシルではないのだが。
「爆発のバーストもクローバーも、既に別のゲームに夢中……か。アンチアベックと合併してからというもの、めっきり見なくなりましたね」
一見空席に見える箇所から発せられた声は、永遠の十七才。
そう、サービス終了の半年前に運営はアンチアベック・ハッピープレデターと、ムーンシャドーのギルド、プレイヤーズネストと合併したのだ。
そのおかげあってNPCのポイントが、アインズ・ウール・ゴウンの一般メイド並みの数だけカンストレベルのNPCを作っても余りある程手に入ってしまったのだ。
おかげで少々作りすぎた気がしないでもないが、終わるものに華を持たせるのもまた、礼儀というものだろう。
「今頃、モモンガさんはかつてのギルドメンバーと楽しくしてるんでしょうか?
もしかしたら、かつてのメンバーがメールに気づかずとか……」
「さあな、そこは俺らが踏み込む場所ではないだろう」
全身に刺の入った全身装甲の男。不器用ですからの心配の声は最もだ。ユグドラシルが過疎化するのと比例するように、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーが辞めていったという泣き言を、モモンガはゾンビっ子ペロペロに打ち明け、ムーンシャドーになんとかならんものかと相談した事がある。
だがギルド長であるムーンシャドーが動けば、アインズ・ウール・ゴウンが手薄になっている事が露見してしまう。プレイヤーズネストも一枚岩ではない。故に動けなかったのだ。
既に戻ってこないメンバーの為にギルドを保持する為、幽霊のように黙々とモンスターを狩り、かつてのような死の王という自信も無くなり、まるで怯えるネズミのように人目を避けギルドに戻る彼を見る度に、ムーンシャドーとゾンビっ子ペロペロは胸を痛めたものだ。
中・小ギルドが共同で討伐隊一五〇〇人を率いてのアインズ・ウール・ゴウン襲撃を、態々潜入してまで調べ、密告する程仲の良かったゾンビっ子ペロペロの心中は、とても語れるものではない。
「……我々では、何も出来ない。かつての仲間を助けられないとは、嘆かわしい」
ロリショタ万歳は真に悲しそうな声で言う。
かつての、ばか騒ぎをした友人。今となっては見る影もない。その言葉に円卓は静まり返った。
ムーンシャドーは、ゾンビっ子ペロペロを見やる。彼はモモンガとフレンド登録をし、アインズ・ウール・ゴウンに招かれ、そしてプレイヤーズネストに招いた事もある程の仲だった。その心中は想像するに余りある。
「我々では、彼を救う事は出来なかっただろう。だが、彼に手を差しのべてもその手を受け取る事は無かった筈だ。彼は優しいからな」
「……クラウンキングさん」
王族が着るような真っ赤なガウンを着、頭に王冠を被った、渋い顔の男。クラウンキングが慰めの言葉をかける。
確かにモモンガは、他ギルドに迷惑をかけたくなかった。だからフレンドであるゾンビっ子ペロペロにも、助けを求めなかったのだ。
勿論最悪の状況を想定し疑心暗鬼していた可能性も捨てきれない。だが、それだけではない事は明白。
「……所でムーンシャドーさんは、これの後何をするつもりで?」
沈みきっていた空気を変えるため、黄色い頭に茶色い猫耳を付けた、パッツンパッツンのタンクトップを着たむさ苦しい男。我はショタコンであるが、ムーンシャドーに問い掛ける。
「昔のゲームを大量にサルベージしたので、暫くはそれを」
「ほう、何のゲームを?」
我はショタコンであるが喋る度に、マクロで組み込まれた胸筋がピクピクと動く。
思えばプレイヤーズネストは頭のいい馬鹿が多いギルドだったな、と昔を思い返しながら、その質問に答える。
「キングスフィールドと魔界村をね」
「聞いた事無いゲームですね」
ドラム缶のような身体に合わない制服を着たプレイヤーズネストでも屈指のゲーマー、メカ吉が疑問の声を上げる。
「昔のゲームだからな」
「なるほど」
そんな無駄話をしている間に、終了時刻は刻々と、世界の終わりは後一分まで迫っていた。
最初の八人達は、来るべきログアウトに備え、目を閉じる。そして両手を崇めるように組む。
NPCの外装データと設定は既に保存済み、これが終わったらそれを元にフィギュアを作ってもらう。ユグドラシルには、もう思い残す事は無い。
そして、脳内でカウントし、やがて終了の時間が迫り──
終了の時間が過ぎた。
最初の八人はゆっくりと目を開き、辺りを見渡す。先程と何ら変わらない光景。ログアウトに失敗したのか? とキョロキョロを辺りを見渡し、取り敢えず異常だろうからコンソールを開こうとする。
「……開かない? GMコールもか?」
見ると、他の面々も同じように、どうなっているのか解っていないようだ。
異常事態、理解不能。少なくとも、何かが起こっているという事は理解しているが、それ以外は全くもって判明していない。何が起こったのか、他の面々も解っていない様子。
「……取り敢えずは情報収集だな」
「喋った!?」
ログアウトしなかったという驚きも、ギルド結成時からサービス終了時まで、一切喋る事の無かった侍風の和服を着た男、無音が喋った事の方が驚きが勝り、思わず最初の七人は驚愕の声をあげ、無音は不思議そうに首をかしげた。
はい、これでVRMMORPG-ユグドラシルは完璧に終わりを迎えました。
この後彼らがどうなるのか、どの時、どの場所に転移し、異世界にどう異変を与えるのか。
それはあなた達の想像次第です。
ここまで完読していただき、ありがとうございました。
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