喫茶店経営している場合じゃねえ (気宇)
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番外編
番外編:ひーろーずちゃっと1


ここで本日の私の1日をご紹介しましょう。

朝:「来い、セイバーァァァァ‼︎」(右手を掲げながら)→オルタ降臨
昼:そう言えば星4セイバーって他にもいたよね。
夜:パラレルワールドの存在を感知し震え上がっている




英霊掲示板。そこは英霊達が匿名で、時空を超えて交流を楽しめる夢の掲示板。ネタ掲示板や釣り掲示板、なりきりなど様々な形式がある。管理人はどこか胡散臭い天草何とかと言う男……らしい。

 

 

その中で本日、ある文面が上げられた。

 

 

タイトル:私のハンドルネームについて

 

錬鉄お兄さん:

 

聞いて欲しい。私に割り振られたハンドルネーム、「錬鉄お兄さん」についてだ。何故この様な訳の分からないハンドルネームを与えられたのか、誰か三行で教えてくれ。

 

 

腹ペコキングス:

 

特定した。

 

 

姉さん達がこわい:

 

同じく特定しました。

 

 

狗:

 

おう錬鉄お兄さん、ちょいと勝負しようや。

 

 

筋肉紳士:

 

おや、また管理人の仕業ですか。ご愁傷様です。

 

 

錬鉄お兄さん:

 

管理人?一体誰なのだ?

 

 

筋肉紳士:

 

天草……何でしたっけ?と言う青年です。彼、中々悪戯好きの困った若者ですよ。

 

 

姉さん達こわい:

 

何でも全ての英霊の情報を知り尽くしているらしいです。一説には、専用の英霊の書を纏めた図書館があるとか。

 

 

狗:

 

一回会ったことがあるが、ありゃ本物の小悪党だ。関わったらどんな悪戯をされるか分かったもんじゃねえ。

 

 

NOUMIN:

 

ふむ、天草……でござるか。日本の英霊だとな。いやはや、親近感が湧くでござる。

 

 

錬鉄お兄さん:

 

天草……記憶があるな。昔学び舎で教わった様な……。いやともかく、どうにかしてこのハンドルネームを変えさせたい。

 

 

腹ペコキングス:

 

NOUMINも特定しました。

 

 

NOUMIN:

 

ござるぅ⁉︎

 

 

腕長:

 

おや、大変な事になっている様ですね。彼とはそこそこの交友があるので、よろしければ注意しておきましょうか?

 

 

姉さん達こわい:

 

おお!まともそうな人が!

 

 

狗:

 

そいつは丁度いい。任せられるか?

 

 

錬鉄お兄さん:

 

すまない、可能ならば頼みたい。

 

 

腕長:

 

ええ、もちろんです。

 

 

腹ペコキングス:

 

ついでに私のハンドルネームも変えて欲しいです。不名誉です。万年おなかを減らしている訳ではありません。

 

 

錬鉄お兄さん:

 

特定した。

 

 

姉さん達こわい:

 

特定した。

 

 

狗:

 

特定した。

 

 

NOUMIN:

 

特定した。

 

 

筋肉紳士:

 

特定した。

 

 

腕長:

 

正体がモロばれですよ。

 

 

腹ペコキングス:

 

な、何故ですか⁉︎ええい、分かりました。いまからその汚名を払拭する旅に出ます。錬鉄お兄さん、覚悟を。

 

 

錬鉄お兄さん:

 

何故私なのだ⁉︎

 

 

腹ペコキングス:

 

こうなっては仕方がありません。今から貴方の座に赴き、我が聖剣のビームをぶっぱします。

 

 

狗:

 

ドンマイ☆

 

 

錬鉄お兄さん:

 

この裏切り者ぉぉぉぉ‼︎

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

ここは騎士王の座。風景は栄華を誇っていた当時のブリテン城その物であり、同じ時を駆けた円卓の騎士の盟友達もまた、座を共有している。

その中で一人、騎士王がおもむろに椅子から立ち上がり、城の扉に手をかけた。

 

 

「おや?お出かけですか王よ」

 

「ガウェイン。私は立腹だ。今から錬鉄お兄さんの座に赴き、カリバーをぶっぱする」

 

「大方の事情はお察ししました。いってらっしゃいませ」

 

「ああ。すぐに終わらせて来る」

 

 

その後、剣の丘に青年の悲鳴が響いたと言う。

 

ーーーなんでさ。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

タイトル:復讐したい奴がいる

 

 

錬鉄お兄さん:

 

タイトル通りだ。

 

 

元村人C:

 

復讐と聞いて。

 

 

 

ーーーその後、英霊エミヤはアヴェンジャーの適性を手に入れたとか入れてないとか。




茶番です。本編の筆が進みにくいので息抜きに書いた物でした。少しでも笑って頂けたのならば幸いです。

次回予告
本編:ついに白と黒が相対する。
番外編:IFストーリー「穂群原学園第二学年生、ジャンヌ・ダルク」

お楽しみに!(震え声)


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お酒は怖い I

お久しぶりです。色々な事に追われた結果、約二週間以上に渡って更新をサボった事を謝罪致します。情けねえ。

それでも更新するのは番外編と言うね。すまない、神のお告げが来たんだ。本編次回(お風呂)はもう少し待ってくれ。本当にすまない。


「なあキョーヤ」

「どうかしたかモードレッド?」

 

 

カウンターの向こうでカップを磨く鏡夜の顔を見つめながら、モードレッドは不満そうに足をブラブラさせ声をかけた。鏡夜的にはこれと言ってモードレッドの機嫌を損ねる様な真似はしていないのだが。

モードレッドは右腕で頬杖をつき、落ち着いた内装の喫茶店内を顔だけを動かして見回す。

 

やっぱり、無い。

 

 

「ここって食い物屋だよな?」

「喫茶店だからそうなるな」

「んじゃさ、何で酒樽の一つも転がっねェんだ?」

 

 

成る程、納得。

どうやらモードレッドは酒が飲みたいらしい。フランスからの帰還から早数日、更に召喚されてからかなりの日数が経過した今。すっかり現代に順応したとなるとアルコールの一つでも欲しくなるのは当然だろう。

隠す理由も特に無い。鏡夜はカウンターの足元にある引き出しを開け、モードレッドにこっちに来いと言った。鏡夜に指差された場所を見ると、数多くの瓶がそこには保管されていた。

 

 

「ほら、ここにある。子供達の目に付けたらいけないから出して無いだけだ」

「おお!山程あるじゃねえか!なあキョーヤ、一本くれ!」

「バイト代から天引きな」

「頼む、くれ!金がねえんだよ、この前のアサシンの一件で」

 

 

この通り!と腰を折り頭の前で両手を合わせて見せるモードレッドに、鏡夜は軽く溜息をついて見せた。しかしどうして、空白鏡夜と言う男も身内に甘い。それに「ばーちゃん」の教えの中の「女の子には優しくしてあげなさい」と言うのを思い出した彼は、今回限りはタダでくれてやるかと考えた。

しゃがみ、薄茶色の瓶を取り出す。ラベルにはフランス語で酒の銘柄が書かれている。それを指差し、鏡夜はモードレッドに音を聞かせた。

 

 

「アブサント。ヨーロッパ各国で作られるアルコール度数の高い酒だ。最低でも40%はある。これは……うん、67%だ。モードレッド達の時代には蒸留技術何て無かったからな、刺激的な体験が出来るぜ」

「おおー!流石キョーヤだぜ!」

 

 

手渡しで受け取った酒瓶を頭上に掲げ、モードレッドは子供の様にはしゃいだ。それを微笑ましく見ていた鏡夜だが、突然何かを思い出したかの様に抜けた声をあげた。

 

 

「あ、そうだ。夜までは飲むなよ。陽の高い内に酒に浸るのは道徳的にもよろしくない」

「わぁってるよ。それぐらいは守る」

「それとだな。決して、『ジャンヌに酒を飲ませるな』よ」

 

 

真剣な顔をして忠告をして来た鏡夜に圧されたモードレッドは、数秒の間を経て同意した。

鏡夜は一息をついて安堵する。アレは彼だけが知っておくべき事なのだろう。しかしてそれと同時に、アレは、思い出したくない。特に前世の記憶が欠片ずつだが蘇って来たここ数日では、より強くそう思うのだった。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「とは言え……」

 

 

モードレッドと言う人物は非常に活発だ。そして好奇心にも溢れている。ならば、鏡夜があれ程釘を刺せば逆効果なのだ。それこそ、「その箱を開けるなよ⁉︎絶対開けるなよ⁉︎」と言った類の、所謂フリの様に受け取ってしまう。

もちろんその後のお説教は怖い。仮にだが「晩飯抜き」何て言われたら心が折れる自身がある。まあもしそうなれば、父上の居候先(衛宮邸)(正義の味方)に晩飯をたかりに行くだけなのだが。

 

 

「うし、やってみますか」

 

 

時刻は午後の9:30分。そして鏡夜は丁度、入浴中だ。これ程都合の良い時間もあるまい。思い立ったが吉日、モードレッドは早速ジャンヌに酒を飲ませる準備を開始した。

 

 

「ええと……。角砂糖を垂らせば良いのか。そのまま飲むのはキツそうだからな。食器棚食器棚っと」

 

 

リビング兼ダイニングルームの奥にある食器棚を漁る。昼間鏡夜に説明された「アブサンスプーン」なる物がしまわれているはずだ。彼曰く「アブサンスプーンをグラスの上に置き、その上に角砂糖を置く」らしい。少々回りくどいが、これはこれで面白味があるとモードレッドは思った。

準備完了。特徴的なスプーンを橋渡しし、その上に角砂糖を一つ置く。仕上げにそれを水滴で湿らせ、着火。マッチを近づけられた角砂糖はロウソクの様に、その身に小さな炎を灯し始める。

 

 

「おお!こりゃ楽しいぜ!燃ーえろ燃えろ……あ、換気扇」

 

 

危ない、怒られる所だった。屋内で火を使う時は換気をしっかりと。ここへ来てから最初に教えられたルールの一つである。

モードレッドはグラスをテーブルの上に運び、自らはその前に腰掛けその光景をぼんやりと眺める。確かある程度燃えたらミネラルウォーターで消化するはずだ。ふと思い出したモードレッドは素早い動作で冷蔵庫前に移動し、中から500mlのペットボトルを取り出した。うん、頃合いも良いだろう。

 

 

「よーし……行けっ!」

 

 

一思いに水をかける。ジュッと音を立てた火は消され、グラス内の若緑の液体に水が注がれて行く。それが混ざった事により薄緑は更に薄くなり、最早緑と言うよりは緑風味の透明、と言う状況にまで変化した。これで良いだろう。もう、飲める。

 

 

「ジャンヌの奴は部屋にいたかな。早速呼びにーーー」

「お腹が空きました〜」

 

 

何やら比較的大きな声で呟きながら、ベストタイミングでジャンヌが扉を開けリビングダイニングへ入って来た。モードレッドは手間が省けた事に少々喜ぶ。

さて、ここからが手腕の見せ所だろう。如何にしてもジャンヌ・ダルクにこのアブサントを飲ませるか。そのままグイッと行ってくれれば問題無いのだが、彼女の性格からしてやれ未成年だからだのやれ宗教的なあれだの諸所の弊害が考えられる。

 

ーーー城を落とす。

 

モードレッドの目が野獣の如き眼光を見せた。気分はまさに城落としのそれ。まずは一石を投じてみよう。

 

 

「ようジャンヌ。そこに菓子パンがあるぜ」

「あ、じゃあ貰っちゃいますね」

 

 

(今だーーー!)

 

 

好機と断定したモードレッドは、ジャンヌがグラスに興味を示す事を狙い、それを軽く指で叩いた。軽い音が鳴る。

 

 

「おや?それは一体?」

「ああ、キョーヤから貰ったアブサントっつー酒だ。結構美味いぜ、飲んでみるか?」

 

 

さあどう答えるジャンヌ・ダルクよ。

モードレッドに緊張が奔る。飲むか、飲まないか。確率は二つに一つ。

 

 

「うーん……折角ですし一口味見してみても?」

「(キタァっ!)良いぜ、ほら」

 

 

右手でグラスを持ち、ジャンヌへ差し出す。礼を述べたジャンヌはそれを手に取り、ゆっくりと口に近付ける。

モードレッドの視線がジャンヌの口元に固定される。液体が飲み込まれる瞬間を今か今かと待つ。

そう言えば酒など記憶の限りでは飲んだ事が無いと思い出したジャンヌに一抹の、未知への恐怖が湧くが、別に死にはしない。そう思い、覚悟を決めて喉に流し込む。

二、三口飲んだだろうか。ジャンヌはゆっくりとグラスを再度テーブルに置いた。

 

モードレッドは硬唾をごくりと飲み込む。果たして、一体どの様な変化が訪れるのだろうか。悪酔いして誰とも構わず絡むのか、それとも山羊酔いして身体をベタベタ触る様になるのか。いずれにせよ、普段は見る事が出来ない一面が露出するはずだ。

 

 

「ど、どうだ……?」

 

 

恐る恐る尋ねる。するとジャンヌの身体が僅かに動き、左腕がスローモーションで昇って来た。続けて、親指が立つ。所謂、グッドのポーズ。

 

 

「バリバリ行けてますねえコレ!よし、ちょっとマスターのお背中流して来ます!」

 

 

この瞬間、モードレッドは自らの行いを真なる悪だと後悔した。

 

 

ーー

 

 

「ん?誰だ……ってジャンヌ⁉︎」

「えっへへ〜〜。ましゅたー、お背中お流ししましゅよおー」

「待て待て待て!何があったんだ⁉︎てか酒の匂いが!お前飲んだな⁉︎」

「ふぇ?何の事でしょうか〜?」

「さてはモードレッドの奴…!釘を刺したのが逆効果だったかああ‼︎」

「うるしゃいですよましゅたー」

「舌!舌が回ってない!て言うか出ろよ!今すぐ出ろよ!」

「む〜〜。つれないですねえ」

「だ、誰か来てくれええ‼︎」

 

 

約二分後、風呂場から聞こえた会話を抜粋。




おっp……槍師匠来ましたね。まずは先行して呼符三枚。タマモキャットさんが来たぜ!地味に嬉しい。
ところでディルムッドよ、お主何故脱いでおるのだ?野郎のヌードには興味ねえよ。

槍師匠体験クエ瞬間、登場予定サーヴァントに改変が生じたのはここだけの話し。
体験クエとかFGOプロデューサー有能じゃん(熱い掌返し)

最近話題なのはガールフレンド(♪)ですね。怒涛のメンテ一週間越え。GFO、つまりFGOの法則は続く。
おい庄司プロデューサー、お前負けてるじゃん(メンテ時間的な意味で)

あ、お酒は後一回か二回続きます。


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サンタオルタさんとトナカイ士郎くん

こんばんはー。ここで凡夫からメッセージがあります。

「さぁ立ち上がれ非リア充(コモンズ)!今こそ俺達の力を一つにする時!リア充(トップス)の奴らを引き摺りおろし、俺達の味わった苦しみを味合わせてやるんだ!」


私からのクリスマスプレゼント(ファンサービス)だ!とくと味わってくれよ!


「……ろ、きろ……」

 

レム睡眠の海へ沈んだ士郎の意識に、凛とした透明な声が降り注ぐ。その声に後押され、士郎の意識ははっきりと覚醒に向かって行く。今、彼は蜘蛛の糸を手繰り寄せる様に、仰向けの姿勢から右手を天井へ向け伸ばした。

声の主はその手を固く握り、ぐいっと引き上げる。急激な運動。全身で衝撃を感じた士郎は段階をすっ飛ばして完全なる覚醒を迎えた。ぼやけから晴れた彼の視界に映ったのは、どこか纏う雰囲気の違う、セイバー・アルトリア。

 

 

「ようやく起きたかシロウ」

「む……、セイバー?」

 

 

消灯された部屋は非常に暗い。おそらく近くにあるアルトリアの顔も、今の士郎にははっきりとは見えていない。故に、彼は彼女の明確な変化をぼんやりとした掴めていなかった。

アルトリアは士郎の顔を数度叩く。ぺちぺち、地味だが少し痛い。

 

暗闇に慣れると、見えてくる物も次第に増える。彼女の頭には黒い帽子、よく見たら寝間着の面影も無い洋服。背に負った白い布袋。何かのコスプレだろうか。いや、彼女が滅多にその様な真似をするとは思えないし、仮にするとしてもこんな深夜には絶対に行わない。本来なら、彼女は今頃夢の中で美味しい物に囲まれているはずだ。

そんな士郎の困惑を他所に、アルトリアは彼の頬をつまみ、ぬいっと引っ張る。直後、手を離したアルトリアはその場で一度ターンし、今の自分の姿を見せた。

 

 

「シロウ、訂正がある。今の私はセイバーでは無くサンタオルタさんだ。その辺りをしっかりと区別しろ」

 

 

どうやら、サンタさんらしい。

士郎の困惑は複雑化を極めた。何故サンタの格好をしているのか、何故起こしてまでそれを見せる必要があるのか。

あっ、士郎が少し抜けた声を上げた。そう言えば、今日はあの日だ。

 

 

「十二月二十四日……クリスマスイヴか。セイバー……じゃなくてサンタオルタ、美味しい食べ物でもプレゼントして欲しいのか?」

 

 

ここで士郎は今のアルトリアの格好を、一種の意思表示だと仮定した。仕方無い、明日は鏡夜の喫茶店で小さなパーティをするのだが、彼に頼んで一品程追加して貰うとしよう。

するとアルトリアは首を横に振った。それも魅力的だが、と名残惜しさを満遍なく孕んだ呟きを零しながら。

 

 

「今日の私は配る側だシロウ。さあ準備しろトナカイ(マスター)!」

 

 

アルトリアは士郎の右腕を掴む左手に十分な力を込め、彼の骨身をベッドから引き摺り下ろした。もちろん、落下時の衝突のダメージは士郎に回る。

 

 

「ストップ!ストップサンタオルタ!どこ連れて行くんだよ⁉︎」

「ソリだ。行っただろう?今日のシロウはトナカイだと」

「俺は空飛べないぞ⁉︎」

「安心しろ、諸所の問題はマーリンの遺した術式を使えば解決する」

 

 

一体マーリンは何を遺したのだろうか。尋ねたかった士郎だが、彼の本能がそれ以上奥を触れてはいけない領域と断定した為、喉まで上がって来ていた疑問を飲み込んだ。

 

 

 

ーー

 

 

玄関前に立派なソリが鎮座している。その座席部へアルトリアは乗り込む。そして士郎は靴箱の上に置かれていた茶色の服ーーーつまりトナカイのコスプレを着込んだ。このコスプレ衣装、何やら術式が施されているらしく、アルトリア曰く聖夜と認定されている日のみに装備者に飛行能力を与えるのだとか。いよいよ突っ込みが追いつかなくなってきた士郎は半ば諦めた顔付きで、しかしどこかワクワクしながらそれを纏う。空を飛ぶのは全人類の夢だ。

さて、とアルトリアはポケットから一枚の紙を取り出した。片手でそれを開き読み上げる。どうやらサンタさんに渡す手紙らしい。一通目の差出人は誰だろうか。士郎は尋ねた。

 

 

「無名だ。しかし欲しい物で分かるぞ。『ダークx30』とな」

「ああ、鏡夜の所のアサシンだなそれ…」

「間違い無い。さあ行くぞシロウ!イヴの星空を思う存分駆けるが良い!」

 

 

セイバー・アルトリアが理想的な名君だとするならば、サンタオルタ・アルトリアは理想的な暴君だろう。言動が波乱万丈、こちらの事を全く考えていない。

しかしそれでも、他ならぬ彼女の気まぐれなのだ。付きやってやるのがマスターの務めだろう。士郎は腰回りにロープを巻き付け、梶棒を強く握った。そして、跳躍ーーー。

 

 

「うおぁ⁉︎」

「ふむ、これは中々に気持ちが良いな。駆け上がる瞬間の震動がまた心地良い。シロウ、普段陸上を走る要領で空中を蹴ってみろ。思う様に進めるはずだ」

「ええと……!これだっ!」

 

 

左足で虚空を強く踏む。重心を右に傾け、空いている右足でブースト。欲した右方向へのターンが決まった。

思わす士郎の顔が綻ぶ。彼とてまだ少年なのだ。こうして一夜の夢を見にはしゃぎたくなる。

 

さて、鏡夜の家はどの方角か。上空数百メートルからネオンが眩しい街を見下ろす。時刻は夜の十時、独身サラリーマン達による飲み歩きでマウント深山商店街は賑わっている。滅多には訪れない、商店街を見下ろすと言う経験。あまりにも違って映るその景色を士郎は楽しんだ。ソリでどんと構えるアルトリアもどこか柔らかい表情だ。

 

 

「あそこだな」

 

 

見つけた。鏡夜の家はマウント深山商店街から少し離れた所にある高級住宅街の中の一角にある。彼曰く、「ばーちゃん」の遺産の内の一つを改修して使っているとか。

そしてどうやらこのソリ、高度な認識阻害の魔術式までもを内包しているらしい。士郎は着陸地点を鏡夜邸の裏庭に定めた。

 

着陸。その感覚的には階段を三段程ジャンプした物に非常に近しい。アルトリアはソリの静止を確認すると、軽快な身のこなしでソリから飛び降りた。

 

 

「なあサンタオルタ、どうやって家の中に入るんだ?」

「キョウヤの家には煙突が無いからな。正攻法で開錠の魔術で窓から入る。全く、煙突が無いとはどう言う了見だ」

「待てよ……、ひょってしてこれ犯罪じゃあ…」

 

 

ひょってしても何も犯罪以外の何物でも無い。しかし、その程度の事ではアルトリアを止める事は叶わない。気付けばアルトリアは既に窓の開錠を終えていた。

 

 

「入るぞシロウ」

「えぇ⁉︎ちょ、ちょっと待ってくれサンタオル……むぐぅ!」

 

 

袋の口を握っている左手とは反対の手、つまりフリーの右手を使いアルトリアは士郎の口を塞いだ。ここで騒いでしまっては彼らが目覚めてしまう。そうなればこのお遊びは破綻するのだ。

 

 

「静かにしろシロウ」

「ぶはぁ…!わ、悪いサンタオルタ。忘れてた」

「反省したのならばそれで良い。さて、早速プレゼントを配るぞ。私はアサシンとドラ娘の分を配る。シロウはキョウヤとダルクズの分を任せた」

 

 

アルトリアはポケットから何枚分かの手紙を取り出し、それを士郎に渡す。士郎が手紙を読んでいる内にアルトリアは白袋の中から小分けされた黒袋を取り出した。どうやら、その中身が士郎のノルマらしい。

 

 

「了解。そーっとそーっと……」

 

 

アルトリアと別れる。

抜き足、差し足、忍び足。アサシンの寝室のドアを開け、暗闇に包まれた廊下を手探りで歩く。見つけた、白い方のジャンヌの部屋だ。

 

 

「ええと、プレゼントは……特に無し?流石ジャンヌ・ダルクと言うべきか……」

 

 

書き直しの後は認められるが、本当は何か欲しい物でもあったのだろうか。だが、その先はトナカイ士郎には関係の無い話だし、首を突っ込む権利も無い。士郎は身体を百八十度回転させ、向かいの黒い方のジャンヌの部屋の扉の前に立つ。ぱさっ。手紙を開いた。

 

 

「『大人数で遊べるボードゲーム』?へえ、意外と俗っぽいんだな」

 

 

袋を床に置き、中から大きな箱を取り出した。所謂人生ゲームと言う奴だ。

さて、黒いジャンヌ改めてクロは気配に敏感である。ここからがトナカイ士郎の腕の見せ所だろう。自分を鼓舞し、士郎は無音と表現しても差し支え無い程の、僅かな木の擦れる音だけを響かせ、そっとドアを開けた。

抜き足、差し足、忍び足。大きさの都合上枕元にボードゲームは置けない。士郎は近くに設置されている木製のデスクにそれを置いた。床に置くのは何だか忍びなかった。

 

退室。士郎から緊張が一度に抜け落ちる。後一人分、空白鏡夜のプレゼントだけだ。十数歩分廊下を奥へと進み、彼の私室の前に立つ。

 

 

「鏡夜が欲しいのは……高級料理包丁か。ははっ、あいつらしいや」

 

 

袋の中をまさぐる。奥の方に比較的小さな何かを掴んだ。取り出してみると、現れたのは味のある木製の箱。蓋には墨と草書で、おそらく銘柄が記されている。

ドアを開ける。二度目ともなると多少は慣れが発生する物だ。士郎の意識も心臓は先程よりも冷静だった。

包丁を枕元に置くのは常識と配慮に欠けるだろう。クロの時と同じく、士郎はそれを机の上に置いた。任務完了だ。

 

廊下を行く。アサシンの部屋に戻り、そこでアルトリアと合流した。アルトリアは士郎の顔を見ると一度頷き、手招きで窓の方に彼を呼んだ。

脱出。士郎は再びソリを引き、闇夜を翔ける。次の目的地は遠坂邸だ。

 

 

 

ーー

 

 

「さて、遠坂は何が欲しいんだ?」

 

 

ふと、気になった。心の奥深くでは予想はついているのだが、どこかそれを認めたく無い自分がいた。士郎は恐る恐る手紙を開く。折り紙サイズの正方形の中に丁寧な字で書かれていたのは「宝石」の二文字だった。

 

 

「あちゃー。やはりリンはリンだったなシロウ」

「うん、ある程度予想してた」

「だろうな。さて、早く仕事を終わらせて帰るぞ」

「あれ?プレゼントってこれだけか?」

 

 

てっきり冬木の子供達全員に配る物だと思っていたのだが。

 

 

「確かにそれを目指した事もあったがなシロウ、考えてみろ、朝起きると二人のサンタさんが来ていたのだぞ。一家に来るサンタの上限は一人だ」

「あー、なるほど。そうだったかぁ」

「それにこの術式の選択の都合もある。これは身内の深層心理にある願いを無理矢理引き摺り出して手紙に出力する物だ。つまり身内外には適応されん」

 

 

また一つ勉強になった。士郎はこのシステムを組み上げたマーリンに非常に敬服した。

いや待て、思い出す。間桐の二人の手紙が無い。士郎は問う。何故かと。

 

 

「ああ、それはだな。あの綺麗なワカメに欲しい物体が無いと言う事だ」

「ワカメって……確かに慎二の髪型はしょうじきワカメっぽいけどさ……。あれ?それじゃあ桜もなのか?」

「いや、サクラのは恐ろしくて見せられん。しかも物体の定義に当て嵌めて良いのか分からないシロモノを要求して来たからな。代替品を既に置いて来た」

 

 

このアルトリアが恐れる物とは一体。安らかに寝ているであろう後輩は何を願ったのか。いや、やめよう。士郎は思考を破棄する。ここから先は触れてはいけない地獄だろう。

 

 

「雑談の間にリンの寝室に着いたぞ。入ろう」

「お、お邪魔しまーす……」

「ーーーッハ!」

 

 

アルトリアの直感が作用する。彼女は本能の赴くままに歩き、凛のベッドの隣で立ち止まった。そしてそのまま、誰もいないはずの虚空へボディブロー。

 

 

「そこにいるのは分かっているぞアーチャー、いやエミヤシロウ。サンタさんからのクリスマスプレゼントだ。腹パンを受け取れ」

「ぐはぁ…⁉︎」

 

 

実体化したアーチャーが苦悶の声を漏らす。よく見ればアーチャー彼女の腕がアーチャーの腹部にめり込んでいるではないか。ある意味彼の同位体の士郎としてはその光景が複雑だった。そして同時に、 アルトリアの突然の凶行に士郎は困惑する。

 

 

「セ、セイバー……」

「フッ……違うぞアーチャー」

 

アルトリアがやれやれと言いたげに訂正する。そう、今の彼女はセイバーであってセイバーでは無い。その名もーーー

 

 

「私はサンタオルタだ」

 

 

その声を聞いたアーチャーは、力無く床に倒れ伏せた。心無しか、彼の顔は安らかだった。

 

 

「さて、アーチャーに騒がれても困るからな。黙らせた」

「ああなるほど、そんな感じ……」

 

 

アルトリアとアーチャーを交互に眺める士郎を背後に、アルトリアは小さな箱を凛の枕元に置く。その中身は彼女と起きた凛のみぞが、知るだろう。

全ての仕事をアルトリアは士郎へ振り向き、右手の親指をグッと立てた。

 

 

「ご苦労だったトナカイ(マスター)。私は楽しかったぞ」

「サンタオルタもお疲れ様。じゃあ帰ろうか」

「そうだな。ああシロウ、最後に一つだけ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メリー・クリスマスだ、諸君」




来いよリア充!彼女なんか置いてかかって来い!(アサルトライフルを構えながら)

改めましてメリー・クルシミマス。皆様は(画面の向こうの)嫁さんとどの様にお過ごしになったでしょうか。私は某パズルゲームの麒麟と(画面越しで)一緒に過ごしました。ケーキ美味しい。


最後になりましたが、平素は拙策をお読み頂き誠にありがとうございます。
頂いた感想への返信は明日になりそうです。申し訳ございません。


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バレンタインの一日 前編

毎度毎度忘れた頃に生き返る凡人です。皆様こんにちは。ご無沙汰しております。

血反吐を吐きながらバレンタイン番外編を執筆しました。ところで家族からのチョコは貰った数にカウントすると主張します。


「なあ鏡夜」

 

本日は晴れ、視界良好。こんな良い天気はやはり出かけるに限るだろう。そんな訳で、俺と士郎は釣竿を提げていつもの釣り場に遊びに行った。決して家から追い出されたかじゃないから。違うから。

 

 

「言うな士郎」

 

 

そうだ、追い出された訳では無い。なんかちょっと男子勢がいたら都合が悪いのだろう。だから席を外したのだ。昔は台所は男子禁制だったしね。そうだよね。そうだと言ってよバーニィ。

遠坂の誕生日はこの前だったし、今日何かイベントあったっけ?何か大事な事を忘れている様ないない様な……。ま、いいか。

 

丁度魚が欲しかった所だ。釣って釣って釣って帰ろう。この新しく買った新モデルの竿を試したかった所だ。使う前に士郎に覚えさせてと。

 

 

「おら士郎、何も言わずに釣るぞ」

「……そうだな。よし!」

 

 

アーチャーと慎二も呼べばよかった。主に労働者増加的なアレで。

 

 

ーーー

 

 

今こそ私が動く時。あ、別に普段もちゃんと働いていますよ。今日は特別気合いを入れるだけです。

2/14、つまり今日はバレンタインデーです。お菓子メーカーの陰謀に敢えて乗せられ、私達は日頃のお礼の意味を込めて鏡夜に、アルトリアさん、凛さんと桜さんは衛宮さんにチョコを作る事にしました。その為に半ば無理矢理出掛けてもらったのですが……怪しまれてませんよね?

 

ジャンヌさんは一年以上の鍛錬の成果を表すのです。ガチります。リボンでデコったガトーショコラとか作っちゃいます。もう完璧です。マスターのハートを掴むのは私デース。

凛さんもこの前のバースデーパーティのお返しに、と言う事でとても気合いが入っています。桜さんは……相変わらずどこかダークな雰囲気がある様な気がしなくも無いですが、これは私の勘違いですね。

 

 

「チョコ……ねえ」

 

 

そう、クロは私みたいにパティシエさん達の真似事が出来ない。つまり今日はにっくきあの黒い方を踏み付けるチャンスなんです。ええ、自分自身との戦いなので誰にも文句は言われないかと思います。

 

 

「別にオレの食いかけのブラックサンダーで良くねえか?」

「モード、空気読め……」

 

 

ソファでだらけているモードレッドと、チョコを溶かすアサシン。よく一緒にいる二人ですが意識の差が浮き彫りに。アサシンは普段から自分用のパフェを作る為に鏡夜君から色々教わってましたからね。ある意味私と同じで気合いが入るんでしょう。

一方アルトリアさんは……あ、四苦八苦している様ですが作ってますね。頑張って下さい、私の方が終わったらお手伝いしますので。

 

 

私のたーん、です。まずは耐熱ボウルに切ったチョコとバターを入れて電子レンジに入れます。

次に卵を卵白と卵黄に分けて、卵白を別の器に移します。卵黄はグラニュー糖を入れて、白くなるまで混ぜる。上手く混ざったら生クリームを入れちゃいましょう。

その後は便宜上溶かしバターチョコと呼ぶ、最初のあれに今の卵黄を投入です。混ざったらココアと薄力粉を「の」字にふるって、ヘラでさっくり混ぜておしまいです。

 

「中々難しいですね……」

 

卵白とグラニュー糖を混ぜて、出来たらひと掬いずつさっきの生地に混ぜます。少量ずつにする事で卵白が混ざりやすくなるのです。

三、四回に分けて卵白を投入すると、はい!生地の完成です!後はこの一昨日徹夜で作ったハート型の型に生地を均等に入れて……。百八十度に予熱したオーブンで約五十分焼きます。さて、アルトリアさんのお手伝いをしましょう。

 

 

 

ーーー

 

 

「やはりお前達もいたか」

「げぇ…!アーチャー!」

「人を化け物みたいに言うなたわけ」

 

 

お前もか。お前も追放された組なのか。そしてここに来る辺りお前は本当に安定してるなあ、と感心した。

しかし俺、士郎、アーチャー……何かもう完成された面々だなこれ。衛宮&エミヤもそこまでギスギスしてないし。意外と人理焼却がいい働きをしてくれたなと思う。

今日のアーチャーの服装は赤いキャップに、半袖の赤いシャツ一枚。ジーンズ。流石に突っ込みを入れざるを得ない。

 

 

「お前本当赤い服好きだなオイ」

「む……私自身意識したつもりは無いのだがな」

「ま、いいだろう。よし働けアーチャー」

「任された。……別に、釣り尽くしてしまっても構わんのだろう?」

「負けられない…!自分にだけは負けられない!」

 

何故か士郎君に火がついた。ところで俺達はいつ家に帰られるのだろうか。

 

 

ーーー

 

 

間桐桜は悩んでいた。近くで聖女がガトーショコラを作り上げたり、暗殺者がパフェの下準備をしながら駄犬の面倒を見たり、ダークサイド聖女が何かオーパーツを開発したり、姉が高級を演出した逸品を作る中、自分は見事と呼べるチョコレートの案を出せていなかった。当初は、例年通り手作り生チョコを丁寧に包装しようと思っていたが、よくよく考えたらこの濃すぎる面子の中でそれを敢行すると埋もれてしまう。と言うよりガトーショコラを作る聖女って何者だ。あのオーパーツは何だ。

このままではイマイチ愛しの先輩の記憶に残らない。最近異様に綺麗になった兄にも完成度の高い物をあげたい。 プレッシャーが桜に迫る。

 

 

(どうすれば……)

 

時間は少ない。桜はチョコレートとバターを混ぜて準備しているフリをしながら、稼げる僅かな時間の中でアイデアを捻り出そうと苦しんだ。

いや、奇跡は起きる。ふと桜の脳内に、一人の女性の顔が浮かんだ。そうだ、彼女をイメージしたチョコレートだ。人の顔をチョコレートにすればインパクトは最強だ。アレンジを加えなければ味は悪化しない。いける、私ならばやれる。桜は気合を入れた。

 

 

(気合い…!入れて行きます!)

 

 

サーヴァント・ライダー。真名メドゥーサ。まさか彼女の顔っぽいチョコレートが誕生するなどとは、この時桜以外は誰も思っていなかった。




本日の桜さん……面子の濃い普段メンバーに埋もれる事に恐怖。結果某女神様が作ったヘビチョコ(てきとう)と似た様な物を作る事を敢行。

本日のクロ……火力調整で微熱にした宝具を使用しチョコを溶かした結果、愛憎渦巻く謎のオーパーツが完成。ちなみに料理は全く出来ない。

本日の男勢……家から追い出されたでござる(´・ω・ `)

それではまた明日お会いしましょう。


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バレンタインの一日 後編

前編とか銘打っちゃった以上責任を果たすべきである

ところでコラボの続報はいつ来るんでしょうか?また余裕の無い告知とかはやめてよね。


世はまさにバレンタイン。女達は意中の相手の気を惹く為に、または友達との交流の一環でチョコを作る。男達は内心浮かれながら一日を過ごす。義理と分かっていても貰えたら嬉しいものだ。

 

その点で見れば、この喫茶店の男連中もそうだ。鏡夜、士郎、そしてアーチャー。突然家から放逐された彼らだが、六時になり帰宅すると、いつも一緒にいる彼女達からチョコを渡された。感無量だった。男とはそう言う生き物だ。

テキパキと夕食を済ませ、男達は鏡夜の部屋に集った。若干心臓をバクバクさせながら、包装を開けていく。

 

ジャンヌから渡された物。どこか懐かしさを感じさせる包装に、中には綺麗に形作られた数粒のチョコ。彼女はこれを今までの集大成と表していた。成る程、確かに叩き込んだ技術を惜しみ無く使っている。一粒口に放り込んだ。ほろ苦さと甘さのバランスが絶妙なだ。気が付けば全部食べていた。夢中になる美味しさだ。

更にガトーショコラも作ってくれているらしい。後でみんなで食べようと言う約束だ。

次にアサシンの物を開ける。生チョコの様だ。どこか幼さが残るが、同時一生懸命さも伝わって来る。たった数週間しか教えられる時間が無かったのによくここまで成長してくれたものだ。

アサシンも別にパフェを用意してくれているらしい。それは夜食として食べよう。

そしてモードレッドの物。何故か食べかけのブラックサンダーチョコだった。非常に彼女らしかった。間接キスっぽくなるが、残したら悪いので一思いに食べた。

最後にクロの物。少ししわの付いた包装は慣れないながらも頑張ってくれた事を鏡夜に教える。思わず微笑みが浮かんだ鏡夜は外箱を外す。中から現れたのはチョコマフィンだった。謎のオーラを添えて。

 

 

「……⁉︎」

 

 

鏡夜の身体が震えた。何故か、このチョコからクロの全てを感じる。憎悪とかその辺りを。隣を見れば士郎とアーチャーも戦慄していた。どうやら彼らもこのマフィンの特異性を感じた様だ。

おそらく毒は盛られていないだろう。いやそうであって欲しい。それでも仲は良好だと思っているのだ。盛られていたらショックで寝込むだろう。

 

 

「な、なあ鏡夜……それって……」

 

 

見た目はチョコマフィン。中身もチョコマフィン。纏うオーラはこの時代に存在していい物では無い。

焦げてはいない。形も普通。されど何かが違う。例えばチョコマフィンと書いてジャンヌ・ダルクと読ませる様な、出処の分からない恐怖があった。

 

 

「……どれ、貸してみろ。解析開始(トレース・オン)……なっ⁉︎」

 

 

マフィンに解析をかけたアーチャーが驚愕の声を漏らした。彼がたじろぐと言う事は、やはりこのマフィンには何かがある。二人はゆっくりと聞いた。

 

 

「このマフィンには彼女が詰まっていると言っても差支えが無い。簡単に言えば鏡夜以外の人間が食べたら死ぬ」

「いやいやいや、ちょっと待てアーチャー。何?あの子このマフィンに何か仕掛けたの?」

「いや……。全ては彼女の愛情と憎悪が成しているトラップだ。まさしく空白鏡夜専用マフィンだな。オーパーツだ、これは」

 

 

顎に手を当てながらアーチャーはそう語る。感情だけでよく分からないトラップをマフィンに張るあの子は何者なのだ、と鏡夜は思った。そうまでして自分以外に食べさせたく無いのは何故なのだ。

相も変わらずダークなオーラを発するマフィンを持ち、それを口に近付ける。異臭がする訳でも無いのだが、後一歩、口に入るまで時間がかかった。

 

 

「どうだ……?」

「あ、美味いよこれ」

 

特に変わりは無かったらしい。鏡夜は嬉しそうにマフィンを頬張った。

 

変な緊張が解ける。アーチャーはセイバーから貰った箱を開放した。中には一枚の板チョコ、形は王冠。ある意味彼女らしい物だ。

士郎、アーチャー、鏡夜に渡された中身は全部一緒だったが、それぞれの箱には彼ら一人一人に当てられた手紙が入っていた。特にアーチャーの目頭が熱くなった。「オレ、頑張るよ……」と一瞬だけ素が出たのは本人も知らぬ所。王冠チョコは普通に美味しかった。

 

 

間を空け、士郎は凛から貰った包装を開封。今でも頭の中には……

 

「別に衛宮君が喜ぶかなとか思ってないんだからね!これはその場の雰囲気に合わせた結果なんだから!」

 

との有難いツンデレ台詞が再生されている。

渡された物は殆ど同じだった。彼女の事だ、うっかり包装容姿を同じ物を買ってしまったのだろう。容易に想像がつく。

違いはリボンの色だった。士郎のは赤、アーチャーのは白。これが何を意味するのかは分からない。

開けてみると、ほんのりブランデーの香りが漂った。相当気合が入っている事が伺える。

 

 

「そう言えば俺が遠坂から貰った物のリボンは灰色だったな。これってそれぞれの髪色だと思う」

「あー……なるほど」

「混ざらない様に髪色と同じリボンを使って区別していたのか」

 

食べ終わると士郎が身体が熱いと言い出したのだが、原因は分からなかった。

 

 

若干士郎の身体が熱を帯びたままなのは置いて、最後に桜が士郎に渡した箱を開ける。何故かやたら箱が大きい。

開けると、視界に映ったのは一つの像。

 

「なっ……⁉︎これは⁉︎」

 

まず、士郎が困惑した。

 

「いや確かに凄いが……」

 

続いて鏡夜が唸る。形は本人をよく再現している。

 

「サーヴァント・ライダーだと…⁉︎」

 

流石のアーチャーも困惑を隠せなかった。当然だろう。桜が士郎の為に作ったチョコは、確かにライダー、真名メドゥーサの顔をしていたのだから。

 

 

 

 

 

 

ハッキリ言ってそれは芸術だった。胴体は何故か蛇。取り出してみると偶然か計算か、安定してその姿を机の上で晒す。このクネクネした胴体がどうやって重たい頭を支えているのか。それよりも何をどう思い至ったらメドゥーサの顔をしたチョコが完成するのか。桜への作ってくれた感謝と同時に深海よりも深い疑問が湧いた。そして食べ方に困った。どこから噛めば良いのか分からない。更に言えば芸術的過ぎて噛んで壊すのが恐れ多い。鏡夜は携帯で写真を撮った。

 

男達は悩む。アーチャーもこればかりは士郎に全面的に協力する事にした。

頭から食べるか、尻尾から食べるか。どちらにせよ罪悪感が募る。しかしそもそも、食べないと言う選択肢は無い。

 

 

「これは……どうするべきか…」

「よぅし行け士郎。尻尾からかぶりつけ」

「行くしかないのか……!」

 

 

前後左右から押し寄せる罪悪感。すまないライダー、と謝りながら、士郎は尻尾を噛み砕いた。何と言うか、とても変な絵面だったと後にアーチャーは語る。

 

 

妙な緊張で味は分からなかったのだが、士郎の記憶に焼き付いたのは確かだ。




蛇足感しかなくて本当にすまない。

クロが作ったのはチョコマフィン……見た目普通。しかし中身は店長以外が食ったら死ぬと言うトラップ付き。本人に仕掛けた覚えは無い。その漂うダークなオーラから、桜にはオーパーツと評された。

それではまた次回お会いしましょう。


(家族以外の女性からチョコ貰ったことが無い男がバレンタインネタに挑戦すべきではなかったと海よりも深く反省しております)


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序章: 第零特異点・七百二十六号聖杯召喚地
ウチの聖女はアポの子


ビッグウェーブに当てられた結果の産物。反省と後悔しかない




ウチには一人のアホが居候している。彼女の名前はジャンヌ・ダルク。彼の高名な救国の聖処女その人である。実際その名を聞くと、大抵の人は彼女の性格を文字通りの聖人君子なりオカタイ人物なりと想像するだろう。しかし現実は違った。アホだった。

元々ジャンヌ・ダルク…いや、英霊はこの世界にやってこれない。座に眠る彼らの記録を引き剥がし、分霊としてのみなら可能だが。だがウチのジャンヌ、聖杯から配られた知識と数人の助力を得て受肉した。消されるかどうかギリギリだったらしい。

何故そんなリスクだらけの事をしたのか聞いてみた。するとジャンヌは俺の料理を至高の逸品と称し、「この料理で満腹になりたいから」と理由づけした。聖女ってアホの娘なのか。しかもどうやら、俺は知らぬ間に聖女を餌付けしていたらしい。そんなに言うなら毎日出すが。

 

 

だが俺は英霊に敬意を払っている訳では無い。「へぇー、すげえ」的なそんな反応しか持ち合わせていないのだ。だからいくらジャンヌ・ダルクだろうとタダでメシはやらない。こちとら喫茶店の経営がギリギリなんだ。だから俺はジャンヌ・ダルクを働かせた。安い賃金で。時給800円。

だがよく考えてほしい。店先に倒れてた彼女を保護し、回復するまでタダ飯食わせて、事情を把握し寝床を無料で提供しているのだ。そこへ雇用のお誘い(三食寝床付き)までもをプレゼントしている。かなり良心的な部類だと自負出来る。

現在は適当にヴェールの偽名を与えて、ウチの頼れないウェイトレだ。別に注文を間違えたり皿をひっくり返したりする事は無いのだが、どうも頼れない。初見のインパクトが強過ぎた。そしてその後のイメージが総崩れだった。事実を知ったら歴史研究家達は血反吐を吐いておっ死んじまうだろう。つまりはそう言う事だ。

 

 

店長(マスター)!モーニング3セットお願いします!」

 

 

……ちゃんと働いている分マシかもしれない。ああやめてください王様、ぼくひりきないっぱんぴーぷるです。聖剣向けないで。

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「お疲れ様。はい、今月の給料。お前が来てからお客様が増えたからな、時給を850円にまで増やして計算したぜ」

 

「本当ですか⁉︎」

 

 

給料袋を屋根に掲げ、まるで兎の如く跳ね回る聖女。子供かお前は。

 

 

まあ、可愛くないと言えば嘘になる。て言うかこうして見るとやっぱり聖女の前に一人の女の子なんだな。とりあえずこいつを処刑した奴ら出て来い。全員に聖杯の泥浴びせてやる。

 

 

しかしこうなるともう一人ぐらいバイトが欲しいな。厨房が俺一人、ホールをジャンヌ一人。お客様が増えたとは言えまだまだ少ないが、それでも喫茶店を二人で回すのには少々無理がある。うん、ジャンヌが来る前に一人でやってた俺凄い。魔術師やってて良かった。

とは言え、こんな零細喫茶店でバイトしたいなんて物好きはいるのか。正義の味方は……学生。あかいあくまは……学生。そして色々無理。あいつ雇ったらロクな事が無い。探すか。

 

「そう言えば、今日で1年目ですね」

 

「お、もうそんな時期か。早えもんだなあ」

 

 

ジャンヌも面倒事に巻き込まれたよな。突然呼び出されたと思ったら聖杯戦争終わってて、更にルーラー権剥奪されたり。ちゃっかり生きているのは強かだと思うけど。聖女つおい。

しかしどうも、こんな節目の日とかその一週間以内は嫌な事しか起きないんだよなあ。情報源は俺。毎年誕生日の一週間前後は嫌な事しかありませんでした。実家死ね。てか滅べ。

 

 

「晩飯にするか。シチューで良いよな?」

 

「あ、お手伝いします」

 

「いや、座っといて。1年目ピッタリの日に手伝わせる程鬼じゃねえよ」

 

 

明日は定休日で余裕もあるし、何か簡単な労わりのスイーツ作るか。今ある材料で作れるのは……パウンドケーキいけるな。よし作ろう。

シチューはお昼のあまりを温めてと。シチュー良いよね。心も体も温まる。今度はビーフシチューにしよう。ジャンヌの口に合うかな?まあ、食べさせてみて判断しよう。

と、呟いている間にシチュー完成。並行して焼いていたパンも大丈夫。後は皿に野菜盛ってサラダにすれば…全部が完成。

 

 

「さ、食べようか」

 

「「いただきます」」

 

 

実は食卓に一人増えるだけでメシが5倍ぐらい美味くなる。やっぱり誰かと食卓を囲むって良いね。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

私、ジャンヌ・ダルクのマスターはかなりの変わった方だった。店先に倒れていた私を介抱したくれたばかりか、回復するまでの間の衣食住を提供し、更に自身の正体を明かしたらあっさり契約してくれた。どんな対価を要求されるのかと考えていたら、まさかの雇用。久しぶりに聖人を見た。

とは言え、あの方は特別神を信じている訳では無い。彼曰く、全ての宗教や神には必ず欠点があるらしい。だから自分はその中の一つを信仰する事なく、敢えて全てを平等に信じていると。これを聞いた時は開いた口が塞がらなかった。これを私は宗教のごった煮と呼んでいる。

でも最近…と言うよりここ数ヶ月、あの方の言う事が正しい気がして来た。先程も彼のお話を聞かせてもらったが、これまた私の時代には無かった考えだった。面白い。もっとあの方を見ていたい。

 

 

そうだ、あの方をからかったらどんな反応をするのだろうか。と思い、試しに入浴に乱入して見る事にした。時間も丁度良い。

 

 

タオルを巻いて…準備完了。お邪魔しますー。

 

 

「マスター、お背中をお流し致します」

 

「………は?」

 

 

お?中々良い反応ですね。これはからかい甲斐がありそうです。ジャンヌちゃんは一回死んで、ルーラー権剥奪されて、色々吹っ切れたのですよー。

 

 

「おいジャンヌ、頭打ったか?何なら病院行くか?」

 

「いやですねえ、マスターったらど・ん・か・ん…キャッ♪」

 

 

少し大袈裟過ぎたでしょうかね。さあマスターの反応は?私の見立てでは赤面しておおよそバーサーカー並みの言語で何やら色々言ってくるはず……反応無し?

 

 

「なあジャンヌ…」

 

「はい、どうしましたか?」

 

 

あの方手には……お鍋のふた?どこから取り出したのでしょうか?

 

 

「いっぺん、頭冷やしてこぉぉぉい‼︎」

 

「はいぃぃい⁉︎」

 

 

お鍋のふたは凶器になります。お取り扱いにはお気をつけて。…たんこぶいたい。ぐすん。




余談ですが主はGOでジャンヌを所有していません。もうそれは旦那並みのテンションでガチャった結果、筋肉ダルマが万華鏡引き連れて来て以来、☆4以上の味方が降臨なさらないのです。英雄王の財産は無課金にはありがたすぎましたよ……


筋肉ダルマに頼っていると殆どが苦労なくクリア出来る事実。ただしパーティに花が無い模様。盾子こそ至高。


いやね、筋肉ダルマって一周回って可愛く見えてくるのよ。見た目に反して以外と紳士な所とか。同じ境遇の方がいらっしゃれば挙手を願います。


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俗世大好きジャンヌさん

農民は強い(確信)

いつ見てもコジローのワイバーン返しは凄まじいですよね。今日だって襲い掛かってくるワイバーンを黙々と斬り落としていました。アレで☆1なんだぜ?信じられるかよ?

ジャンヌも農民でしたよね。あの世界の農民は何か特別な物を持っているに違いない。


「んー?食材が少ないな。おーいジャンヌ、買い物行くぞー」

 

「あ、はーい」

 

 

何でわざわざ着替えに行くんですかね?いや別に文句は無いけどさ。純粋に疑問に思っただけ。

とまあウチの聖女は着替えるのが物凄く早く、面倒そうなフリフリの服でもものの数分で着替えて来てしまうハイスピード・クローズチェンジャーだ。おかけで色々な場面でのタイムロスが少ない。まあ、今日定休日だから遅くても良いんだけどね。

そこまでお高く無い服から、ジャンヌが自身の給料を切り詰めて買ったであろう高そうな服に変えてきた。うん、時給を900円にまで上げておこう。良いもの見れた。

 

 

 

「さあマスター、行きましょう」

 

「外では鏡夜で呼べよな。俺達が喫茶店の店員だという事を知らない人達からすれば、女の子にマスターと呼ばせている時点で色々アウトだ」

 

「分かりました。では鏡夜君と。……なんかデートみたいですねえ」

 

 

分かったからそのニヤニヤした顔を引き締めろアポが。歴史研究家の皆様にご報告させて頂きます。ジャンヌ・ダルクはかなりのダメな奴です。人間性は良いしよく働いてくれているけど、おおよそ聖女とは呼べませんこいつは。もうお前聖人のスキル外して貰えよ。

 

 

「行こうか。ジャンヌ……ヴェールは買う物は?」

 

「特にはありませんよ。…あ、シャンプーが切れかけです」

 

「了解。ま、時間もあるし、ゆっくり回ろうか」

 

 

この街の人達は本当に良い人しか居ない。少なくとも俺はそう思う。八百屋さんから魚屋さん、スーパーの店員さんやたまたま通り過ぎた喫茶店のお客様。みんなが笑顔で挨拶をしてくれる。俺の実家のある地域ではそんな事は無いだろう。よく日本は人と人との繋がりが希薄になった……何て言われるが、なにも日本全体がそんな訳では無い。この街、冬木は暖かい。

今だって、行きつけの八百屋さんに行ったら「待ってたよ」と言われた。何と俺の買う物を予測して纏めてくれていたのだ。お礼を言い、代金を払う。もう少し店員さんと話していたいが、居座ったら商売の邪魔になる。また今度、話すのは時間がある時に。

ジャンヌもこの景色がお気に入りらしく、普段のはっちゃけた笑顔じゃなく、文字通り聖女の微笑で見つめている。ジャンヌもこれと似た様な景色を守りたかったのかも知れない。

 

 

「大方買い揃えましたね。次はどこへ?」

 

「一旦家に買った物置きに帰る。その後はお前の好きな所に遊びに行こう」

 

「本当ですか⁉︎ならゲームセンターに!最近入ったぬいぐるみが欲しいです!」

 

 

いようし任された。良い所見せてやろうじゃないか。

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「さて、と。夕食の準備をしなきゃな」

 

 

あれ?ジャンヌどこ行った?水曜のこの時間ならリビングでクッキー片手にアニメ見てるはずだけど。部屋に篭ってる?あああれか、ぬいぐるみもふもふしてるのか。いや、ジャンヌだから別の可能性がある。例えば……ぬいぐるみを仮想敵とみなし右ストレートを叩き込んでるとか。無いな、うん。ちょっと様子を見に行ってみようか。

さて、この家。俺が実家の財産を一部分捕ったおかげで中々快適に出来ている。階段は段数を増やした代わりに一段一段の高さを限界まで削った。その為上り下りも楽だ。

一応ノックはしておこう。流石にそれを省く程礼儀無しでもない。時々いるよね、ノックしない奴。

 

 

「おーいジャンヌ、いるか?」

 

「あ、マスター?入って良いですよー」

 

 

お許しも出た所でお邪魔するか。よく考えたら俺ってジャンヌの部屋にあまり入った事無いんだよな。まあ俺とジャンヌの関係を兄妹とみなせばそれも当然か。

 

 

「………」

 

「ん?どうかしました?」

 

「なあジャンヌ、顔に付けている立派なガスマスクは何なんだい?君は今からバイオテロでも起こす気?」

 

 

何あれ。映画のワンシーンでしか見た事ねえぞあんなガスマスク。特殊部隊がテロリストかお前は。しかもその手には謎の銃型の何か、両手はゴム手袋、何故かレインコート。謎の機器。そして全開の窓。何をやっているんだいあんたは。

 

 

「あ、「何してんのてめえ」って顔してますね。じゃじゃーん!ジャンヌちゃんはプラモ作りに精を出しているのです!」

 

「プラモ作り…ああなるほど、塗装か?」

 

「ご名答です!近々コンテストがあるので応募しようと。ふふふ、大賞の限定ガンプラと賞金は私の物ですよ」

 

 

そう言えば最近ハマってたな。機動戦士なんたら。よくテレビからピチューンだのバシュィーンだの聞こえてたわ。

まあ何であれ趣味を持つ事は良い事だと思うよ。プラモ作りになら健全そうだし。シンナー中毒とかに気をつけてさえくれればね。しかしこいつって、観察すればするほど面白い事になるよな。

ああジャンヌ、人と会話する時はガスマスク外そうな。侵略者っぽいから。

 

 

「しゅこー」

 

 

どうやら俺の考えていた事を察したのか、なんかそれっぽい真似を始めた彼女。やめてくれジャンヌ、結構ギャップに笑いそうになるから。

っと携帯?珍しいな電話なんて。あれか?士郎から救援電話か?なら無視が安定なんだが……

 

 

「はあ⁉︎」

 

「どうしました?」

 

「爺さんだ……、ゼルレッチの爺さんから電話かかって来たぞ……」

 

 

え?今から来る?ちょっと勘弁して下さいよお爺さん……。ほらもう貴方歳でしょう?隠居して縁側で日向ぼっこしながら緑茶啜ってなさい。つまり何が言いたいのかと言うとだな、頼むから面倒事持って来ないでくれ。




無課金は辛い。

ジャンヌにアタランテにエミヤにアストルフォに……欲しいサーヴァントに対して石が足りなさ過ぎる。嫌だ!課金兵にだけはなりたくない!課金兵はパズドラで懲りたんだ!

えーと、石16個で1400円?なんだ、良心的じゃないか。コンビニに夜食を買いに行こう。1500円の夜食だ。少しリッチな気分だぜ。


話は変わってハッチャケお爺さん登場。主人公は爺さんに一食奢った経験あり。


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英霊召喚は根性で何とかなる

何をするにも仲間は必要ですよね。と言う事で説明+召喚回です。

オケアノスはよ。




突如として彼の喫茶店に訪れた魔法使い、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。彼の口から告げられた事実は存外緊急的な対処を要する物だった。

 

 

何者かの手による大聖杯の起動。

 

先行して召喚されたセイバーとアーチャー。

 

滅びが確定した人類の未来。

 

未来に存在する対処機関は裏切り者により十数名程の生存者を残し、壊滅。

 

 

ゼルレッチの見立てでは、聖杯の起動率が完全な物となれば、約10年前の惨劇が繰り返されるとの事。そんな事は認められない。

 

 

改めてゼルレッチから、今回の異変の解決を依頼される鏡夜とジャンヌ・ダルク。もちろん二つ返事で引き受けた。ゼルレッチも可能な限りのバックアップを担当してくれるとの事。普段ならば遠慮願うが、今回に関してはこれ以上無い後ろ盾となる。

 

 

「もうじき彼女のルーラー権が復活だろう。だがいつ、聖杯の調子が戻るかは分かったものでは無い。出来るなら今日か明日にでも聖杯に向かって欲しい」

 

「分かりました。大師父、貴方の宝石を…魔力タンクをお借りしたい」

 

 

鏡夜はかなり上位に位置する魔術師、正確には魔術使いだが、彼が人の身である限りサーヴァントには太刀打ち出来ない。だが彼の使う魔術の中には、そのサーヴァントへの対抗を可能にする物がある。

 

 

しかしそれを起動させるには莫大な魔力を要する。一応鏡夜の魔力量のみでも発動自体は可能なのだが、ほぼ全てを使い切る為、発動後は行動が不能になってしまうのだ。故に第三者にその一部を肩代わりして貰う必要がある。

 

 

ゼルレッチは気前よくポケットから、これまた一般人では一生かかっても手が出せぬであろう宝石を五つ、鏡夜に手渡した。宝石に込められた魔力量は一級、いや特上であり、これだけでも鏡夜達を勇気づける事が出来る。

 

 

「感謝します」

 

「気にするな。これぐらいならいつでも渡す。では頼んだぞ鏡の少年、救国の聖女よ。ワシは平行世界に飛ばした衛宮士郎達を連れ回して来る」

 

 

そう言い残したゼルレッチは、手に持っていた宝石剣を遺憾無く振るい、その場から消えてしまった。最後の最後に大きな爆弾を残していった辺り、流石は傍迷惑な魔法使いだろう。一番頼りになる戦力が欠けているらしい。

 

 

「ちょっとタンマ。え?士郎達いないの?」

 

「……らしい、です」

 

 

第一の受難。頼れる仲間は、みんな平行世界。これなら目が死んでいる方がマシだった。

実はゼルレッチも考え無しに彼らを平行世界に飛ばし、挙句連れ回そうとしている訳では無い。現在、この世界線にいれば聖杯の手によりマスターに選ばれる可能性が衛宮士郎、遠坂凛、間桐桜には存在する為、逃す形で飛ばしたのだ。マスター候補がいなければ聖杯の起動が遅れる、との算段。説明不足なのは事実だが。

 

 

「なあジャンヌ、お前セイバーと斬り結べる?」

 

「相手によりますね。アーサー王なら多分死にます」

 

「だよねー。アーチャーってまさか、アイツらのどっちかじゃねえよなあ…」

 

「そのまさかの可能性も否定できませんよ」

 

 

脳裏に浮かぶのは最悪の召喚。セイバーはアーサー王の可能性が残されており、アーチャーに至っては候補の両方がとてもで言い表せない程厄介なのだ。無論他の英霊でもジャンヌはともかく、鏡夜が生身で対処出来る道理は無いが、それでも現時点の候補よりは勝率はある。そして何故よりによってセイバーとアーチャーを召喚したのか、敵サイドに小一時間程文句を言いたい。

 

 

 

だが心から主を信じていたジャンヌに神の加護が行き渡ったのか、はたまたウルトラ教徒の鏡夜に神のきまぐれが行き渡ったのか、彼らにこの状況を覆す事が出来る絶対的な兵器が復活した。

 

 

頭を悩ませる事15分、ジャンヌの腕に赤い光と線が走り、刻印の様な物が刻まれ始めた。その正体は令呪。聖杯に選ばれたマスターが所有する、サーヴァントに対する三回切りの絶対命令権。裁定者のサーヴァントであるルーラーには、聖杯戦争に参加した各サーヴァントに対して、二画ずつの令呪が与えられる。第5次聖杯戦争終了間際に呼び出され、終了と同時に剥奪されたルーラーの権限が彼女に戻ったのだ。平行して接続されたであろう聖杯から知識が供給される。その中にはサーヴァントの召喚方法も含まれていた。

 

 

「むむむ…!来ましたよマスター!」

 

「来たって…ルーラー権がか⁉︎」

 

「はい!それはもちろん真名看破に真名裁決、対魔力カリスマに啓示に聖人ぜーんぶ来ました!お爺さんの言う通りでしたね!」

 

 

これでジャンヌ・ダルクはルーラー、ジャンヌ・ダルクに舞い戻り、全てのサーヴァントを支配出来る上位サーヴァントとなった。ルーラーは基本公平な立場を取らなければならないが、此度はその様な余裕は無い。最悪セイバーとアーチャーに令呪で自害を命じればそれで済む。

 

 

「さあマスター、仲間を召喚しましょう。どうやら触媒が無くてもいけるらしいですよ。聖晶石って持ってます?こんな感じの」

 

 

スラスラと廃棄されたレシートの裏に、伝えたい物体の形をペンで描くジャンヌ。だが生前の影響か、お世辞にも良い絵とは言い表せない物が完成した。と言うより何を書いているのかさっぱり分からない。

 

 

だが鏡夜はマスター。理解出来ぬのなら感じ取れば良い。考えるな、感じろ。根性で足りない部分を補えば良い。せめてこの絵に色があれば何とかなったかも知れないが。

面と向かって「何これ」と言うのも失礼極まりない。つまり鏡夜は思い出そうとしているフリを取りながら、その絵の正体を見極めると言う難題を押し付けられているのだ。

 

 

するとジャンヌの腕がぬっと伸びて来、よく分からない物体の角に光沢を付けた。ますます分からないのは内緒である。

 

 

「あー、うん。これね。多分知らん……知らん?」

 

 

何か思い当たる節があったのか、鏡夜は急いで自室の金庫を開け、中から大瓶を取り出した。その中に詰められていたのはまさしく、ジャンヌが求めていた聖晶石なる物体そのものだ。

 

 

「これですマスター!流石ですよ!」

 

「いやあ、死んだばーちゃんが集めてた物なんだが、まさかこんな使い方があるとはなあ」

 

 

そう思うと唯一、血縁関係の中で信頼と尊敬していた祖母は何者なのか。そんな疑問が湧いて来るが、今は後回しにするべきだろう。サッサと召喚を済ませたい。

 

 

「サクッと召喚しましょう。どうやら未来では英霊召喚が簡略化されているみたいですね。配られた知識の中にそれが入っていたので試しましょう。私の旗を中心に召喚陣を書いてください」

 

「詠唱は?」

 

「流行は詠唱破棄ですよ。ほら、破棄したら何か強くなった感が出るじゃないですか。それにどうやら石さえあれば問題無いみたいです。ガチャですが」

 

 

かなり適当な気もするが、平常運転と言われれば納得してしまうのが鏡夜。庭に突き立てたジャンヌの旗を中心に、記憶を頼りに陣を描いた。そこ向かって聖晶石を四つほど投げてみる。

 

 

正直に言うと、英霊召喚はガチャガチャその物である。召喚したい英霊を決め、その英霊に所縁のある聖遺物を用意すれば確実に呼べるのだが、喫茶店のマスターをやっている魔術使いがその様な大層な物を所有しているはずが無い。天命に任せるのみ。

 

 

案ずる事は無い。この身はウルトラ教徒。奇跡ぐらい引き起こせる。

 

 

陣に紫電が走り、強い光がその場を包み込む。身体にごっそりと半身が落ちた様な感覚が走った。この疲労感は成功の証だ。

収縮した光の先から、白銀の鎧を纏った騎士が、こちらを見据えていた。

 

 

ーーー大成功だ

 

 

「何かイレギュラーな召喚らしいな。ま、良いか」

 

 

だいぶくぐもった声ーーおそらくは兜が原因だろうーーで呟く、自らが召喚したサーヴァント。何やら自己完結しているらしい。気怠い身体を無理に起こし、そこに立っている白銀の騎士へ歩み寄る。

 

 

「つまり、お前がオレのマスターって事か」

 

「そうだな。鏡夜、しがない魔術使いだ。実は非常事態でな、今すぐにでもお前の力を借りたい」

 

「んじゃその前にオレの信用を勝ち取ってみろ。話はそれからだ」

 

 

思っていたよりもクセのある英霊に思える。良いだろう、英霊を餌付けするのは得意中の得意だ。料理はコミュニケーションの道具ともなる。

 

 

「お前に俺の料理を食わせる。それで判断してくれ、セイバー」

 

 

すると目の前のセイバーは身体をピクッと跳ねさせ、兜は外さないもののチラチラとこちらを眺める様になった。どことなく、あのセイバーを食事で釣った時の様子に似ている。

 

ーそう言えば、騎士王には息子が居たらしい。




まさかの正義の味方が不在と言う事案が発生。とーさかさんもまとーさんもいません。帰って来るのはその内。綺麗なワカメならちゃっかり生きてますけど。

銀色の騎士……、一体何レッドさんなんだ…。とうとう店長の財政に大ダメージが。(主に食費と服代)

感想お待ちしております。新着感想通知が来るとバナナ片手に狂喜乱舞する作者です。


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セイバーはよく食べる

全セイバー(数名除く)への熱い風評被害。

ジャンヌも健啖家だし、モーさんに至っては親の血を引き継ぎまくっている……。もうやめて!店長のサイフポイントはとっくに0よ!




テーブルに座り、出て来る料理を待つセイバー。何やらそわそわしている。それでも鎧と兜は外さない。椅子が潰れそうで怖い。

 

 

そんなセイバーを凝視するジャンヌ。どうやら自身の真名看破が通用しない事に疑問を感じているらしい。あの鎧に秘匿効果があるのならば頷けるが。事実そうなのだが、ルーラーの意地がセイバーの真名を看破する努力を中止しない。

 

 

「(なんだこいつ……オレの事凝視して…。もしかしてファンか?)」

 

 

「(おかしいですねえ。私の幸運がCなのがいけないのでしょうか?)」

 

 

おそらくお互いの真名を知ったら取っ組み合いの喧嘩を始めそうな二人。全く噛み合わない事をお互いに思っていた。

 

 

厨房の奥から鏡夜が、料理を運ぶ様に製作した木の台車にパンケーキからステーキまでもをこれでもかと乗せ運んで来た。それら一つ一つを丁寧にセイバーの前に置く。もしセイバーに尻尾があるのならば、千切れる程振られているだろう。

 

 

「一応言うが、毒も自白剤も混ぜてねえからな」

 

「分かってるよ。何と無くそんな事しなさそうな顔してるし。んじゃ、いっただきまーす」

 

 

食事の際には兜は邪魔だろう。さあセイバー、その兜を取り外す時が来たのだ。セイバーに悟られぬ様、出来る限り不自然さを取り除いて食事の仕草を見つめる。

鏡夜とジャンヌは次の瞬間、とんでもない物を目にした。

 

 

「っと兜邪魔だな。口のとこだけ開けるか」

 

 

ぱかっと擬音を立て、器用に口の部分のみが開いたセイバーの兜。一体どんな経験をすれば口の部分のみが開く兜を被ろうと考える様になるのか。素顔を観れると期待していた二人は内心、ひどく落胆する。

 

「嘘だろオイ」

 

「ん?ああもしかして兜か?へへ、残念だったな」

 

何処か得意げに笑ったセイバーはナイフとフォークを手に取り、まずは肉を一口。ゆっくりと、まるで料理番組の審査員の様に唸りながらその味を吟味する。この瞬間だけは鏡夜とジャンヌの間にも緊張が走った。

 

 

「………美味い!」

 

 

どうやら、お気に召したらしい。

 

 

音速で皿の上から消えていく料理。おそらく一人を1日半養えるはあろう鏡夜の料理達は、セイバーの胃袋の中に抵抗する術無く落ちていった。あの口と胃はブラックホールか何かか。

 

 

「何でオレらのブリテンにはクソマズいメシしか無かったんだよオイ……。あれか、全部ランスロが悪いな。死ねランスロ」

 

 

ランスロとはおそらくランスロットの事だろう。円卓の騎士の一人、裏切り騎士。王の妃との不貞を王の息子のモードレッドに暴かれ、円卓を追放された。それがブリテンが滅ぶ一因となっている。果たして同胞の騎士に対して「死ね」は赦される物なのだろうか。

 

 

「いやー、美味い!どれもこれも全部美味い!こんな美味い物を作れる奴は悪い奴じゃないな!おいマスター、おかわりだ!」

 

「…おう!」

 

 

こうと美味い美味いと連発されては料理人のスイッチが入る。厨房にジャンヌを動員。ご飯を炊き、魚を焼き、野菜を炒める。その間は今日のおやつにと用意しておいたケーキを出しお茶濁し。紅茶も忘れない。あっという間にケーキは胃袋と言うブラックホールに吸い込まれた。

 

 

「マスター、もしかしてセイバーの真名に?」

 

「おう。あの食いっぷり、そしてあの声。ランスロ呼び。なあジャンヌ、騎士王には一人息子が居るらしいぜ」

 

「……!」

 

 

どうやらジャンヌも察しがついたようだ。だが今はそれは後回し。ひとまずは腹ペコ騎士を満足させなければならない。騎士王が居なくて本当に良かった。

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「ごちそうさーん。いやあ食った食った。サーヴァントはメシを必要としねえが…これなら毎日でも食いたいぜ」

 

「今日みたいに数人前を一瞬で平らげなければ検討しよう」

 

「えー、マスターのケチ」

 

「俺だって財政があるんだよ。あのな、この喫茶店経営ギリギリなの。収入ギリギリなの。オーケー?」

 

「ノー」

 

 

暴君ここに極まれり。ブリテンの王候補は腹ペコしか居ないのだろうか。と言うよりセイバーは腹ペコなのだろうか。そう言えばジャンヌも自称セイバー適性があるらしい。今ここに全セイバーに対する誤解が生じた。

 

 

「ま、お前なら信頼出来そうだな。事情は知らねえが手伝ってやるよマスター」

 

 

立ち上がったセイバーは兜と鎧を取り外す。二人が面食らったのは言うまでも無い。あのアーサー王と、それこそ瓜二つの少女が現れたのだから。

 

 

「モードレッドだ。知ってるよな?」

 

「あ、ああ。それは一応…」

 

「なら話は早え。とりあえず状況説明を求めるぜ」

 

 

 

第5次聖杯戦争の説明から開始し、現在の聖杯の状況、召喚されているサーヴァント、人類の未来の滅亡までを包み隠さずに説明する。セイバー……モードレッドも真摯に話を聞いてくれた為、そこまで時間を要さずに全ての説明が完了した。こんな姿を見ると、やはり騎士だと言うことを実感させられる。おまけに理解力も高い。アーサー王の活躍を話した時のはしゃぎっぷりは目を瞑ろう。

 

 

「はー、なるほどな。そいつはマズい。マスターの料理を食えなくなる可能性は排除する」

 

「人類の未来の救済は?」

 

「二の次」

 

 

その果ての目的はともかく、人類の未来の救済と言う過程は共に踏んでくれるらしい。モードレッド、叛逆の騎士。だがその実力は屈指のものであり、仲間にするならとても心強い。

 

 

ー現在時刻は夜の11時半。聖杯戦争の戦闘が執り行われるには持ってこいの時間帯だ。目指すは大聖杯の下。それを守護する二騎のサーヴァントを蹴散らし、人類救済の第一歩を踏み出そうではないか。




その頃、大聖杯近くではアル何とかさんがお腹を減らしてそわそわしていた……かもしれない。

令呪でセイバーに働けと命じたらどうなるのか。カニファンでバイトしてたしきちんとするかも…?そもそも王が働く必要はない(暴論)

切嗣「令呪を似て我が傀儡に命ず!セイバー、仕事を探せ!今すぐに!」なんて展開も見てみたい気もします。


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大空洞

ランキング一桁……?マジすか…?

そうか、皆様はそこまで私の裸どじょうすくいが見たいのですね。え?見たくない?失礼いたしました。


冗談はここまでにして、本当に感謝感激です。これからも精進していく所存です。どうぞよろしくお願いいたします。


ーーーその先は地獄(戦闘描写)だぞ


大聖杯の降臨する大空洞。そこは天然の洞窟を魔術で改造した一種の、半人工的自然要塞。大聖杯の起動が不十分な事が幸いしたのか、今の今まで敵らしきものとは遭遇していない。

 

 

「敵、いねえな」

 

「いませんね」

 

「お前ら血の気が多いなオイ」

 

 

ここで現在の鏡夜のパーティを確認してみよう。

 

まずはマスター、空白鏡夜。ジャンヌとモードレッドの二重契約をしている、そこそこ実力はある魔術使い。幸運はD。

 

ジャンヌ・ダルク。とある方法を経て受肉している為霊体化が不可能。だが宝具と啓示は健在。幸運はC。

 

モードレッド。彼のアーサー王とも互角に渡り合える実力を有している、このパーティのメインアタッカー。幸運はD。

 

つまるところ全員幸運値が微妙なのである。まだEでは無いだけマシだろうが、本当に気休め程度にしかならない。そんな低い幸運値でウロついていたら召喚されたであろうセイバーかアーチャーにバッタリ出会す可能性があるのだ。こちらとしてはサクッと大聖杯を破壊するか取り込むかしたいので戦闘は避けたい。

 

 

ーーそこで何をしている、貴様達

 

 

その声に感想を抱く間も無く、鏡夜達の周囲を無数の剣が包囲する。三人の目から見てもそれら全てが"宝具"と言う事は理解出来、流石のモードレッドも戦慄を感じた。

 

射出されぬ剣の矢。コツコツと洞窟を靴が蹴る音が響く。暗がりの向こうから現れたのは赤い弓兵。その手にはしっかりと白黒の夫婦剣が握られている。弓兵を鋭い目つきで睨むジャンヌとモードレッド。その中で鏡夜だけが、場違いな感想を口にした。

 

 

「何だお前、黒服とか似合わねえぞ。髪下ろしちゃって」

 

「む……。仕方が無いだろう。突然この姿で呼び出されたのだ。私も赤原礼装が恋しい」

 

「投影しろよ。あ、待って。やめて」

 

唖然とするジャンヌとモードレッド。そんな彼女達をよそ目に、鏡夜は再会した釣り同盟の仲間との会話を続ける。

 

 

「おいアーチャー、この剣の矢どけてくれよ。殺す気か」

 

「私自身君達を害するつもりは無いが…聖杯に縛られているのでな。鏡夜、何とかして欲しい」

 

 

なるほど。理解する。おそらく今のアーチャーにはこの矢を消去する程の抵抗力は残されていないのだろう。こうして会話の余裕を作る為に射出を抑える事で精一杯なのだ。ならばアーチャーのその小さな抵抗を無駄にしてはならない。

 

 

三人を取り囲む剣の檻。これらをアーチャーの抑えが保たれている間にどかす事は不可能だろう。ならばこの隙にジャンヌの宝具を使用させる事が好ましいだろう。

 

 

我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)」。聖女ジャンヌ・ダルクが常に先陣を切って走りながら掲げ、付き従う兵士達を鼓舞した旗が由来となる結界宝具。自身が保有するEXランクの対魔力を、全ての攻撃から同胞を守る結界に変換する。ただし発動中はジャンヌ・ダルクは一切の行動が不能となる。

 

「セイバー、剣は抜くなよ」

 

「どうしてだ?」

 

「奴は…アーチャーはあらゆる剣を解析出来る。だが奴は今の時点ではお前を知らないはずだ。それは絶対的なアドバンテージとなる」

 

 

そう、自身の記憶が確かなら、アーチャーはモードレッドを見た事が無い。可能性としては平行世界に呼び出された時に…と言う事も捨て切れないが、どちらかといえば知らない確率の方が高い。ならばむざむざ手の内を明かす必要は無い。

 

 

モードレッドは騎士道など知らぬを突き通す人物だ。勝つ為なら命と同等に価値のある剣を投げつける事も、空中で敵を踏み台にする事も平然とやってのける。

 

 

助言通りモードレッドは剣を呼び出さず、代わりに鏡夜の強化短刀を使う。無論宝具でも無いその短刀が役に立つ事は無いだろうが、ブラフ程度にはなる。

 

 

「鏡夜、そろそろ限界だ」

 

「オーケー。ジャンヌ、頼んだ」

 

「お任せを。…我が旗よ!我が同胞を守りたまえ!」

 

 

力強く聖旗を天へ掲げ、祈りを声に出す。

 

 

ー奇跡は舞い降りた。

 

 

「ッ……!」

 

 

鏡夜達へ向けて射出される宝具の山。それら一つ一つが贋作だとしても、害するには十分過ぎる程の神秘を有している。

 

だが、それらはアーチャーの目論見通りには、正確には聖杯を起動させた者の目論見通りにはいかず、次々に何かに阻まれ鏡夜達の周りへ墜ちる。ジャンヌの結界は宝具であろうと問答無用に弾き飛ばすのだ。

 

数秒の剣の嵐。吹き抜ければしばしの沈黙がこの場を包む。モードレッドとジャンヌはいかにして宝具の山を斬り崩すかを脳内でシミュレートし、鏡夜はいかに彼女達の邪魔にならぬバックアップを行えるかを模索する。

 

 

 

ーーその静寂を打ち砕いたのはやはり、叛逆の騎士モードレッドであった。

 

 

 

駆け出し、跳躍。この三次元的な機動こそがモードレッドの個性であり、彼女の強みでもある。おそらくレンタル品だと言う事は頭から抜け落ちているだろうその短刀を思い切り振り下ろした。

 

重厚な鎧を纏うその姿に反して、軽快にこちらへ詰め寄ってくるその姿に弓兵は多少なり衝撃を受けたものの、止まらない。即座に夫婦剣を交差させ、できたミゾで短刀を受け止めた。

 

だが、重い。

 

騎士王の彼女とはまた違った重さがこの剣にはある。一見乱雑に見えるその手捌きだからこそ、風貌から騎士の戦いを想定していた弓兵を出し抜けるのだ。

 

 

刃が交わる音が響く。モードレッドはその手の軌道を大回りに、時に小回りと器用にフェイクをかけながら、弓兵の胸板を抉らんと襲い掛かる。対するアーチャーは黒の剣でそれを捌き、時に受け止め、白の剣でモードレッドの首を狙う。

 

 

 

アーチャーの剣は凡人が研鑽の末に辿り着いた物。それは天賦の才を持って生まれて来た騎士王や叛逆の騎士から見ても頷けるものであり、同時にまたとない強敵となっている。

だがしかし、その強敵だからこそ、モードレッドのやる気に火がつくのだ。

逆説、モードレッドも一対一の勝負に拘っているわけでは無い。要は何をしようとぶつかり合いの末に自身が立っていれば良いのだ。

 

 

モードレッドの野生の本能とも言える直感が響き、アーチャーの血の滲む努力の果てに宿した心眼が機能する。お互いのスキルがお互いの次手を読み合い、予測し合い、剣戟を半永遠に続けさせる。

 

 

才能の壁を修練のみで乗り越えたアーチャーの剣技はおよそ弓兵らしかぬ物であり、またモードレッドが対峙経験の無い型の武術である為、彼女は描いた通りの斬撃をアーチャーに刻みつけられずにいた。

 

 

それはアーチャーも同じ事である。やはり凡俗にとって天才は天敵以外の何者でも無く、また乱雑そうに見えて実際は精巧に研ぎ澄まされたモードレッドの剣技に、アーチャーは僅かながら押されていた。

 

 

数字にして51%vs49%。本当に微々たる差でモードレッド側に軍配が上がりかねない状況の中、更に彼女を三歩先に行かせる為の仕掛けが発動する。

 

「……!」

 

「形振り構っていられないのです、お許しをっ‼︎」

 

 

割り込んで来たのはジャンヌ・ダルク。意識をモードレッドと剣に向けていたアーチャーはその存在に、彼女の持つ旗の剣が、僅か数メートルしか残されていない圏内まで侵入されるまでに気がつかなかった。逆に言えば、それほどモードレッドがアーチャーにとって得難い難敵なのだ。

 

 

咄嗟に高く跳躍。ヒットこそ避けたものの、そこへ追撃の散弾。流石のアーチャーも回避直後に重ねて回避運動を取る事は不可能だった。

 

 

残念な事にアーチャーの対魔力はD。一工程の魔術なら無効化出来るが、約三工程を踏み撃ち放った魔力弾はせいぜい、威力を削る事で止まってしまう。

 

 

「ぐっ……!」

 

「セイバー!ルーラー!そこを狙え!」

 

 

待ってましたと言わんばかりにモードレッドとジャンヌがアーチャーと対等の高度まで一思いに飛び跳ね、モードレッドは彼の腹に短刀を穿ち、ジャンヌは旗を振り下ろした。

 

 

岩の床の上で弓兵の身体が跳ね、全身にまで傷と埃が刻みつけられている。短刀が穿たれた腹の傷口からは鮮血が流れ出ており、これだけでも相当のダメージを与える事が出来た。

 

 

しかし違和感。確かに三対一の数の暴力で押しているが、彼の弓兵がこうもあっさりと大傷を負う事は考えにくい。たしかにサーヴァントのスペックとしてはアーチャーは平凡の域を出ないが、それは飽くまでカタログ。実際の彼はケルトの大英雄やブリテンの騎士王、神話の大英雄とも戦いを繰り広げる強者。が、そこで思考を中断する。

 

 

「っ……」

 

 

アーチャーが立ち上がった。投影した長い剣を杖代わりに、腹の短剣を引き抜きこちらへ投げ返す。息も絶え絶えだが、まだ彼の目は死んではいない。

 

 

「へっ、まだ立ち上がるか。その根性は見上げた物だな」

 

「すまないなセイバー、今の私は聖杯に近づく者を駆逐する様プログラムされているのでね。中々どうして、思考とは別の行動を取ってしまう」

 

 

再び投影される無数の宝具。聖杯が近接戦では勝ち目が無いと判断したのか、アーチャーに更に上回る物量で殺せと命令したのだろう。アーチャー自身も夫婦剣から本来の役柄である弓を持つ。

先程の檻と同等。いや、それ以上。彼の魔力が尽きぬ限りは、その投影は継続される。だが今の彼のマスターは意志持たぬ魔力の塊、聖杯。投影の終了を待つ事は不可能。必然的に剣の嵐を潜り抜ける必要性が存在して来る。

アーチャーの弓から放たれた、捻れた矢を筆頭に、続くのはさしずめソードストーム。それらに技巧や作戦は存在せず、ただひたすらに直進するのみ。

 

 

ジャンヌは踊り出、再び旗を掲げ、自らが主と同胞を守る結界を再展開した。だが彼女に「啓示」が降りる。このままでは負けると。

しかし打つ手が無い。聖杯との繋がりを断つ事が出来れば、アーチャー自身を縛る排除の呪縛を消去し、宝石を飲ませれば味方に引きずり込める。だがそんな、契約を破棄する礼装など存在しない。

 

 

ーーー訂正。一つだけ存在する。ここからは賭けだ。聖杯の介入無しに、アーチャーが投影したソレを自分達の誰かがアーチャーに穿つ事が出来たならば。そして三秒程結界無しに投影の嵐を遮る方法があれば、その目論見は成功する。

 

 

「アーチャー!ルルブレ寄越せ!さっさと投影しろ!」

 

「……!賭けてみようか。投影、開始(トレース・オン)

 

 

投影された奇妙な姿をした短剣を、アーチャーは結界の真横に投擲する。そこに手を伸ばし回収。この中で一番突破確率の高いモードレッドへと託した。条件の一つ目はクリア。もう一つ。この嵐を潜り抜ける術さえあれば。

 

 

少し待て、頭を冷やせ。現在自分を取り巻く事象を整理しろ。

何故失念していた。こちらの陣営には"裁定者"がいるではないか。

 

 

「ルーラー、セイバー、突破法がある」

 

「嘘じゃねえだろうな」

 

「本当だ。セイバー、お前の瞬発力を頼りたい」

 

「…!おう、任せときな!」

 

セイバーは頼りにされた事が嬉しかったのか、少し明るい表情を見せた。彼女に耳打ちをし、自身の考える手段を伝える。聞かされたのはかなり危ない橋を渡る物だったが、それでも、頼りにされたからには信頼すべきだろう。

 

 

「ルーラー、令呪を。セイバーの分あるだろ?」

 

「…!分かりました。ではセイバー、準備を」

 

 

さあ、アーチャーを聖杯から分捕ってやろうじゃないか。




リビングでニヤニヤしながら小説情報を見てたら、家族に冷ややかな目線を送られてしまいました。ごめんよ母ちゃん…もうニヤニヤしないから。

それはさておき今回は笑えるポイントがなかったなあと反省。両立つって難しいです。

ところでオケアノスはよ


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大聖杯前

シルバーウィークが終わる。やめろー!こんなの人のする事じゃあ無い!何故休みを取り上げようする!やめろ!まだ学校に行きたくは無い!学校に行ったら執筆出来なくなる!

プーさん蹴るなぁァァ‼︎

私の発狂は無視してください。


止む事の無い剣の嵐。正面を切る突破方が存在しないこの状況の中で、ある"裏技"を考えついた鏡夜。二人の賛同も得られた事で、全てがセイバーにかかっているその作戦を展開せんと動いた。

 

 

「ルーラー!」

 

「はい!令呪を持ちて、汝セイバーに命ずる!アーチャーの背後に転移しなさい!光の速さで‼︎」

 

 

瞬間、モードレッドの身体がジャンヌと鏡夜の背後から消え、アーチャーの真後ろから何も無い空間を裂いて現れ出でる。

 

 

令呪とは三画の命令権であると同時に、サーヴァントに対し奇跡を引き起こす事を可能とする赤い呪い。命令内容をより具体的に絞れば絞る程、より奇跡に近い現象が引き起こされる。

 

その点、「◯◯の背後に転移せよ」と言ったこれ以上無い程の具体的な命令は、令呪で引き起こす奇跡の中でも最上位の正確さを発揮出来る。速度は神代の空間転移魔術以上。

 

更に今回の場合、ジャンヌの「光の速さで」と言う条件も加わり、彼のアーチャーすら出し抜ける程の転移速度を記録した。光の速さでは一種のものの例えなのだが、儲け物だろう。

 

 

「背後はもらったぜ、アーチャー‼︎」

 

「っ……‼︎」

 

 

咄嗟に振り返ったアーチャーは夫婦剣を投影するが、その全工程を踏み終えた瞬間には、モードレッドの握る短剣が自身の心臓まで残り数センチメートルの所にまで到達してしまっていた。

 

 

理性ではその剣を受け入れたいものの、聖杯からの命令がそれをさせない。左足で強く地面を踏みつけ、全体重を後方に預け、僅かながらの回避成功の確率に賭ける行動を取った。

 

 

「ぬぅ…!」

 

「メシの為にとっとと死ねええぇ‼︎」

 

「動機が不純過ぎるぞ!」

 

 

アーチャーの叫びも虚しく、モードレッドが握り締めてきた短剣、「破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)」は正確にアーチャーの霊核を捉えていた。

 

アーチャーの周りから薄黒い何かが蒸発する様に大気中に放出され、彼は力無くその場に倒れ込む。出血は、無い。

 

モードレッドは首をかしげる。マスターから預かった短剣は自身の手によって確実に弓兵の霊核を貫いたはずだが、何故かそのアーチャーの胸から血が吹き出していないのだ。いや、傷口すら無い。返品推奨の不良品かと考えてしまう。

 

 

「なあ、マスター。これ不良品だぜ」

 

「いや、それ魔術破戒だから。攻撃性が無いんだ」

 

「なるほど。おい弓兵、起きろ。じゃなきゃぶっ飛ばす」

 

 

暑苦しくなったのか、モードレッドは自身を秘匿する兜を脱いだ。その素顔を目の当たりにしたアーチャーは倒れたまま、顔に出る程の衝撃を受けた。その顔に見覚えがある。摩耗した記憶の中でも数少なく、自身が強く魂にまで刻みつけていた彼女と瓜二つなのだから。

 

そこでアーチャーは大体を理解したのか、小さく笑い始める。その様子にモードレッドが口を挟まないはずがない。

 

 

「なるほどな。道理で…」

 

「オイお前、何ぶつぶつ呟いてんだよ。気持ち悪りィ」

 

「いや失敬。色々と似過ぎているのでな。思わず笑いが込み上げて来てしまったよ。しかしどうやら、言葉遣いは正反対らしい」

 

 

彼の言葉の意味が理解出来なかったモードレッドだったが、ひとまずはアーチャーが何もして来ない事を直感で判断し、マスターとルーラーを手招きで呼ぶ。

 

 

「アーチャー、魔力の残量は?」

 

「そうだな…。1日単独で行動できる程は残されている」

 

「オーケー。念の為この宝石を」

 

 

鏡夜から手渡された特大のルビーを見て、アーチャーは意図せずその目を見開いた。宝石に関しては素人の彼の目から見てもそれは特上品であり、日頃から経営に悩まされていた鏡夜がとても、手が出せる物では無かったからだ。いかにして入手したのか、その経路が気になる。

 

 

「鏡夜、この宝石は?」

 

「ん?ゼルレッチの爺さんから借りた物だけど?」

 

「キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグから…?」

 

 

なるほど、確かに彼の宝石爺ならこれ程の宝石を所有し、他人に貸す程の余裕は持ち合わせているだろう。そしておそらくここに彼らを派遣したのは他でも無いゼルレッチだ、と彼は推測する。面倒事だと同情したのは当然だろう。

 

 

「いよしアーチャー、とりあえず状況説明するわ」

 

「頼んだ。私は聖杯からの配分知識しか持ち合わせていないのでな。何故私とセイバーが召喚されたのか、理解していない」

 

「そこら辺含めて全部知ってるから安心しろ」

 

 

語られたのはおよそ耳を疑う内容だった。前半はすんなりと理解出来たが、いきなり人類の未来が消滅したとか伝えられても耳を疑うのみである。現実なので文句の言いようは無いが、アーチャーの理解が多少遅れたのは致し方あるまい。

 

とは言え、信憑性が皆無な訳でも無い。それを指し示す物証こそ無いものの、この状況で嘘をつく必要がない状況証拠ならある。それに何より、彼との信頼関係がアーチャーに事実を刷り込ませた。

 

アーチャーはゆらりと立ち上がり、鏡夜に協力する旨を伝えた。鏡夜の都合上、契約自体は不可能だが、そんな事をせずともアーチャーは頼りになる。土壇場でこちらを裏切るなどはありえない。尤も、ジャンヌが二画の令呪を有しているので、先程のモードレッドと同じく奇跡の再現は可能だ。

 

と、そこで、鏡夜が一番気にしていた事をアーチャーに問いかける。「セイバーの真名」。共に大聖杯を守護していたのなら、可能性の域を出ないが、アーチャーがその者の真名を把握していると言う事象もある。特にこのアーチャー、剣を解析する事は他の誰にも引けを取らず、平常で英霊の剣すらも解析してしまう程の得意な才能を持っている。

 

セイバーは剣の英霊。彼もしくは彼女の剣を見ていれば、その特性から知識の海を検索し、候補人物をあげることがアーチャーには可能だ。アーチャーはもったいぶらず、覚悟していたかの目つきで事実を述べた。

 

 

「私達にとっては最悪の敵だよ、鏡夜。アーサー王、アルトリア・ペンドラゴン。それが此度召喚されたセイバーの真名だ」

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

ーーモードレッドは酷く歓喜に打ち震えた。生前最も敬愛し、最も憎んだ最愛(最悪)()、アルトリア・ペンドラゴン。彼がこの現世に、しかも目と鼻の先に召喚されているのだ。

 

 

ーモードレッドは酷く歓喜に打ち震えた。生前、自身に見向きもしなかった麗しき父。淡い希望だが、同格のセイバーとして対峙すれば一言、自分を息子と呼んでくれるかもしれないからだ。

 

 

小さく、それでいて強い笑い声を零し、対アーチャーの為に秘匿していた聖剣クラレントを呼び出し、背中に担ぐ。父の星の聖剣には及ばぬものの、クラレントはモードレッドが頼りにする程の性能を有している。強奪された所以を持つ故に、本来の性能のほぼ全てが停止してしまっている聖剣クラレント。だが唯一、増幅の機能だけは生きていた。

 

今こそ宝具を解放する瞬間(とき)だろう。待ち受けるであろう父との剣戟に、あわよくばの会話に、性別に似合ったときめきで胸を焦がしながら、先陣を切ってモードレッドは進む。

 

 

「マスター、次はオレだけでやらせてくれ」

 

 

ーその言葉の意味を、鏡夜は理解出来る。

 

 

モードレッド、叛逆の騎士。伝承ではアーサー王と姉の不貞により生まれた子……らしいが、アーサー王が女性の時点でその伝承は虚偽と化している。双子レベルで瓜二つな顔。料理の好み。息子、娘と言うよりはクローンに近い。

 

だか彼女の生がどうであれ、王に息子として認めて貰えなかった事実に変わりはない。父に認められたいが故にあれこれと尽くし、王位を継承出来なかった彼女は叛逆した。

 

無言でモードレッドの言葉に頷く。ここから先は彼女の叛逆。何者にも侵し難い、彼女の希望を掴む物語。

 

 

 

ー大聖杯の輝きが見える。その目前、黒い鎧に身を包んだ騎士が、漆黒の聖剣を大地に穿っている姿があった。彼女は鏡夜の到達と同時にゆっくりとその目を開き、自らが敵を見据えた。

 

 

水晶色の瞳と黄金の瞳がぶつかる。しばしの沈黙を挟み、先手で言葉を発したのはアルトリアだった。

 

 

「良くぞ参られたキョウヤ、オルレアンの聖女。そしてどら娘よ」




背中が痒いよ。こんな時に呪腕のハサンのあの腕は便利なんだろうなあ。まさに痒い所に手が届く。


一応8話、序章終了までは毎日投稿が可能です。と言っても後2話なんですけどね。それ以降は感覚が生じますが、お付き合い頂ければと思います。それでは、また次回。

追記
お伝えし忘れていましたが、カルデラは何とか生きてます。ぐだ、マシュ、ロマン、ダヴィンチと十数名は無事です。

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シリアル


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父と子

オケアノスはよ(ご報告あり)

何と無く詫び石で10連回したら、エリちゃんがジャンヌとプリズマコスモス引き連れてやって来ました。ぬぉぉぉぉぉ‼︎

これで私も皆様の仲間入りです。霊基再臨しなきゃ(使命感)


ーーやはりアルトリア・ペンドラゴンには記憶があった。

 

おそらくは聖杯の異常によるイレギュラーな召喚が原因か、はたまた天文学的数字を越えた確率の奇跡か。彼女は淡々と自分とジャンヌの名を口にしていた。

 

それ自体驚くべき事なのだろうが、更にそれを塗り潰してしまう程の衝撃が彼らを襲った。"どら娘"。確かにモードレッドの事をそう呼んだのだ。

 

 

あの聖杯戦争を最後まで戦い抜き、偽りの四日間でおよそ王らしかぬ堕落した日々を送っていた彼女。もしかするとその間に息子()に対し何らかの感情を抱いていたのかも知れない。

 

いや、考察は後日にすべきだろう。ひとまずは心臓を鷲掴みにされたかの様な顔をしているモードレッドの正気を取り戻さなければなら無い。そこへアルトリアから更なる追撃が放たれる。

 

 

「モードレッド、その背に負っているのは燦然と輝く王剣(クラレント)か?全く、思春期だからと言ってやんちゃのし過ぎだ。宝物庫から泥棒を働く悪い子にはおしおきが必要だな」

 

「父上…?」

 

「違う、母上だ」

 

 

ーー素の様な物は残っているらしい。

 

何かが不服だったのか、隣でモードレッドが小さく肩を震わせている。鏡夜達からすれば今の会話内容に特に疑問や義憤は感じなかったが、モードレッドには合わなかったのか。

 

モードレッドは一歩、二本、前に進む。数歩進んだ場で項垂れていた首をあげ、何故かその目を輝かせた。

 

 

「黒い父上カッケェ!」

 

「「「……へ?」」」

 

「それカリバーだよね父上!うわぁ!青い方も良いけど黒い方もセンスある!流石オレの父上だ!」

 

 

と、場違い過ぎる感想を包み隠さずに述べ始めた。やはりモードレッドはどこまで行ってもファザー・コンプレックスを貫くらしい。敬愛する父の別の姿、それも自身の感性のストライクゾーンを正確に貫く風貌を見れば、ついつい感想を述べてしまうのも当然だろう。そうなのだろう。

 

肝心のアルトリアはと言うと、服の裾を掴み、自身の胸部を凝視しながら、こちらも同等に場違いな発言を投げた。

 

 

「そうなのか?いや、自信が無かったからな。モードレッドがそう言うのなら間違いは無いだろう。…実を言うと少し胸が大きくなっている」

 

「せ、セイバー?」

 

「見て下さいジャンヌ。今の私なら貴女にも負けません。天下取れそうです」

 

 

長年のコンプレックスが解消された事に、静かに歓喜しているらしいアルトリア。やはりと言うべきか、ジャンヌに張り合おうとする。何の天下かは知らないが、全体の数割には大ウケするだろう。

 

これに関しては流石のエミヤも苦笑いを溢すに他ならなかった。ここで気の利いた言葉か、あるいは戦闘を強行すべきなのだろうが、理想の人物の意外な人間らしい一面を突きつけられて、どうにも遣る瀬無い感情を抱いていた。

 

ジャンヌに至っては狂化のスキルが付与されていないか、わざわざ確認したと言う。

 

鏡夜はもう何が何だか。そこにいるのは円卓の騎士と円卓の騎士王では無く、ただのアホ親子。世界崩壊の危機が迫っているのに流石にその会話はどうかと思う。それでも気を利かせたのか、敢えて親子の会話には割り込まなかった。

 

 

「ねえ父上」

 

「母上だと言っているだろうどら娘。何だ?今すぐ脳外科に連れて行ってやろうか?」

 

「どうして急にオレを子供と呼んだの?」

 

 

そう、伝承ではモードレッドは息子と呼ばれなかった。だが今はどうか。呼び方こそ変わっているものの、アルトリア・ペンドラゴンは確かにモードレッドを自身の子として扱っている。

するとアルトリアは頭を下げ、恥ずかしそうに自身の感情を、その事実を口にした。

 

 

「ああ、すまないモードレッド。あの時はブリテンを存続させる事に必死だった。模範的な騎士として振る舞い、少女の感情を切り捨て、人のあるべき形を取り続けた。……分からなかったのだモードレッド。(ババア)の暴走で生み出されたお前に、どう接して良いか。……こうして口に出すと非常に身勝手だな」

 

「オレに王位を譲らなかったのは?」

 

「単にお前のカリスマが足りなかったからだ。Bになってから出直せ」

 

 

そこで二人はお互いの間に齟齬が生じている事を認識した。

 

そう、モードレッドは「自身が嫌うモルガンの息子だから、アーサー王に認めて貰えない」と早とちりを、当然の勘違いをしていた。しかし実際はそんな事は無く、ただのアルトリアのミス。珍しく人間らしい感情による、些細なすれ違いだったのだ。

 

 

「「息子として認めない」って言ったのは?」

 

「接し方が分からない…と言う理由もあるが、お前息子じゃなくて娘だろう、どちらかと言うと。それに面前で「ほらモードレッド、いい子いい子〜」なんてすれば王の威厳皆無だ。円卓崩壊まっしぐら」

 

 

実を言うと、そちらの方が良かった可能性が出て来ているのも否めない。特に裏切りの騎士が見れば鼻血を出して僥倖の表情でその場に倒れる可能性もある。

年下好きの借金騎士が見ればどうなるだろうか。地の果てまで飛んで行ける力を手にするに違いない。

つまり円卓が永遠の仲良しになっていた……かもしれない。

 

 

「そっか……そうなんだな。結局オレの勘違いって訳か」

 

「いや…、これは私にも非がある。むしろ私が全責任を負うべきだ」

 

 

ーー本当に簡単だったのだ。当時は方や歩み寄る術を持たず、方や出生の事実と思い違いをしていた。

いや、こうして英霊同士、サーヴァント同士で対峙したからこそなのだろう。ブリテンも王位も今は関係ない。

ある意味運命。この世界のどこかで、こうして再び対峙し心境を晒す事は宿命づけられていたのだろう。

見れば二人はどこか憑きもののとれた顔を見せている。ここに聖杯の縛りがなければより良い展開になるのかも知れないが、生憎だ。

アルトリアの身体がピクリと跳ねる。痺れを切らした聖杯の介入か、互いの距離が縮まった事に対する聖杯の防御プログラムの発動か。

 

 

「時間だ。準備を」

 

 

こうして長い間、聖杯からの魔力塊による支配を弾いていたのは、セイバーの高い対魔力故だろう。しかしそれも永続では無い。許容不可能な魔力を押し付けられたら、流石のセイバーでも抵抗は難しくなる。

 

モードレッドも父の異変を感じ取り、即座に燦然と輝く王剣(クラレント)を引き抜き、両手に携える。

 

 

「モードレッド、母が自らお前の武を採点してやろう」

 

 

アルトリアが左足を前に踏み出す。その卑王の威圧感、かつて体験した事の無い父のもう一つのプレッシャーに戦慄こそ感じているものの、モードレッドは退かない。

 

退いてたまるか。恐怖はある。重圧は感じている。だが立ち向かう。そう、この身は叛逆の騎士。眼前に叛逆すべき父が立ち塞がるのなら悉くを出し抜き、自分と主人の為に勝利をもぎ取ろう。

 

今は父を憎んではいない。だが、それでこそなのだ。上の者に剣を向けている事については同義。ならば貫いてやろう。我が麗しき父への叛逆を。

 

 

ーー行くぞ騎士王。魔力の貯蔵は十分か




次回、親子対決。

デュエルスタンバイ!


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我が麗しき父への叛逆

序章最終回。大半をモーさんとアルトリアの戦闘に使いました。それでも文字数は微妙な模様。

最近思ったのですが、噂のがっこうぐらし!に我らが弓兵をぶち込めば何とかなる気がします。働けアラヤ。

それでは、どうぞ!


ーー誰も手は出さない

 

 

一体どれほど剣を交えたのだろうか。ぶつかり合う聖剣と王剣。清廉の武と承認欲の武が衝突する。既に開始から数十分程経過しているが、状況は全くの互角。

 

 

ーー誰も手は出さない

 

 

悠久の時を経て和解した親子。ある意味これは記念すべき、親子の触れ合いなのだろう。少なくとも当人達は爽やかな表情で剣を振るっていた。

 

 

ーー誰も手は出さない

 

 

アルトリアが深い一歩を踏み込めば、モードレッドは身体能力を活かした跳躍で退避する。そこからモードレッドが落下速度もかけた反撃を行えば、アルトリアは一歩を下り確実に回避する。そこへモードレッドの確信の追撃。直感により回避不能の判断したアルトリアは聖剣で受け止める。

 

 

モードレッドの回し蹴り。アルトリアは宙返りも含めた軽快な運動で回避。着地後、本当に着地と同時と形容できる程のタイムロスの無さで大地を踏みしめては、モードレッドの鎧を打つ。だがこの鎧、物理攻撃には滅法強い。いくら聖剣だろうと叩き斬る事は不能。モードレッドは切先で大地を抉り、即席の目くらまし兼岩の散弾を作成、斬り上げを引き金代わりにアルトリア目掛けて飛ばした。アルトリアはそれを一閃する事で無効化したが、代わりにモードレッドに踏み込みの余裕を与えてしまう。

 

 

ー直感

 

ーーこのまま突き進め

 

ーー魔力放出による強化

 

 

彼女らが保有するスキル、直感がお互い同時に働き、それぞれに道を指し示す。モードレッドの直感は野生の本能並みの、アルトリアの直感は小規模の未来予知並みの効力を発揮出来る。だが今のアルトリアは本来の姿では無く、半ば凶暴化している本能を抑えつけるに意識の一部が集中している為、ランクが一つ下がっている。

それらを無意識に次の行動にインストールした二人は、互いに強く右足を踏み込み、互いが誇る剣を交えあった。

 

 

直感。互いは一度広い間合いを取った後、一度その場で静止する。息を深く吸い、吐き出す。たったそれだけの行為でスイッチの切り替えは完了するのだ。

 

 

モードレッドはニッと笑みを見せた後、魔力放出で肉体と剣を強化し、正面切ってアルトリアへ突撃する。この魔力放出はモードレッドが唯一、父であるアルトリアと同等以上のランクを有したスキルだ。故にその性能もアルトリアに引けを取らない。

 

 

何度目だろうか。王剣が聖剣に挑んだのは。星に編まれた聖剣と人の手で編まれた王剣では、その間に天と地程では無いものの、形容し難い差が存在する。だがそれを理解し尽くして敢えて、回りくどい姑息な手段を取らず、モードレッドは王剣を振るい続ける。

 

 

何と楽しい一時だろうか。何もかもしがらみを捨て、一人の親と子が純粋に剣技を比べ合う。無論背景には世界の危機やらが絡み合っているが、それを忘却の彼方へ葬り去る程に、モードレッドとアルトリアは楽しんでいた。アルトリアの真意を理解したモードレッドには、最早憎悪も執念も無い。現在あるのは騎士になりたての頃の、アルトリアを崇拝しそこへ至ろうと渇望した純真な感情のみ。

アルトリアも同じだ。彼女もまた聖杯の呪縛など関係無しに、モードレッドとの斬り合いを楽しんでいる。互いの告白により一旦ながら誤解を解く事が出来た今、彼女にはこれが一番の楽しみとなっていた。

互いに最早世界と言う概念は無い。超集中状態に突入し鈍化した景色の中で、互いの双眼は確実に相手を見据えていた。「相手を倒す」事に特化した殺気を撒き散らし、魔力の撃ち合いで牽制し、その身が大地を跳ねても立ち上がる。…愉悦とはこの事なのだろうか。きっと違いない。だってほら、こんなにも愉しいのだから。

 

 

二人にかかる心身的疲労は測り知れないものだろう。大気中を縦横無尽に駆け巡るモードレッドと、少ない動作で確実にモードレッドを捌くアルトリア。どちらが勝利を収めようとも頷けるこの状況下。どうして二人は全く衰えないのだろうか。

ーー否、二人に疲労は無い。蓄積されるそれは間を空けずに、愉悦によって掻き消される。溜まる前に忘れてしまうのだ。

 

 

ーー言葉は無い。掛け声も唸り声も、そこには何一つ無い。あるのは骨子がぶつかり合う甲高い音と、彼女らの息遣いのみ。

語るべくは不要ず。こうして剣を交え続ける事こそが、彼女らにとっての会話と等しい。思いを剣に乗せれば、剣戟の中で相手は自然にそれを理解する。

 

 

「ーーーーー‼︎」

 

「ッッーーー‼︎」

 

 

王剣が美しい直線軌道でアルトリアの肘を狙う。咄嗟の直感で、王剣を蹴り上げそれを防ぐ。

聖剣がモードレッドの脳天を屠らんと降りて来る。即座の直感で、王剣を聖女めがけて投げつけた。これはアルトリアも想定の範囲外だったらしく、直前に剣の構えを変更する事で危うげながら凌いだ。弾けた王剣はモードレッドの手に舞い戻る。

 

 

続け様にモードレッドは、斜めに振り被った王剣を振り下ろす。アルトリアの直感がそれを、基本の捌きでは受け切れぬと警告した。刀身に傾斜をつけ、握る拳を多少緩め、体重を背中に移動させる。十度目以上に及ぶ膠着が繰り返されるであろうと踏んでいたモードレッドは、力の入っていない聖剣に戸惑い、受け流された勢いでバランスを崩した。ーそこが決定的な瞬間となる。

 

 

左に身体をずらしたアルトリアは、その全身全霊を持って聖剣エクスカリバーを振り上げ、下半身に力と魔力を注ぎ、躊躇なく振り下ろした。

 

 

「ーーーッ‼︎」

 

 

鎧の背部に大きな傷がつく。これが無かったらと思うと、モードレッドは冷や汗をかいた。が、思考する余裕なく彼女の肉体は三度程大地を跳ねる。だが、止まらない。

三度目の落下の前に身体を捻り起こし、右手でブレーキをかけ体制の修正を成功させた。…魔力放出。噴射時の勢いでアルトリアの懐まで迫ったモードレッドは、その剣で半円を描くように振り上げ、アルトリアの聖剣とそれを握る手に衝撃を与えた。

 

 

払い面。本来ならば剣道で使用される技。聖杯からの知識にあったそれをモードレッドは咄嗟に身体に叩き込み、実行。その技に既視感のあったアルトリアの注意を惹くには十分過ぎる程の役割りを果たした。

まさかの技に一瞬の遅れを示したアルトリアは、どうにか左足の回し蹴りをモードレッドにぶつけ、宙返りを挟み着地。数秒の思考の後、その場での停滞を選択した。

 

 

ーーー誘っている

 

 

直感出来る。受け身に立つ事により、魔力の消費を抑えたいのだろう。いくら聖杯からのバックアップがあるとは言え、供給には多少の間が出来る。そこを突かれたら、アルトリアとは言え致命傷に匹敵しかねない。故の停滞。

 

モードレッドには、波風の立つこの状況に、更に荒波を引き起こす義務が生じていた。このまま誘いに乗らなければ回復の猶予を与えてしまうのは自明の理。そうなればマスター同士の魔力量に差がある我らの間には格差が出現する。限界の1.5倍以上を出して漸く互角なのだ。これ以上はやらせはしない。

 

何を戸惑うか。この身は人を超越した王の子。ならば彼の王と同じく人を超越しているに違いない。今の私と王の間に、実力的な差はあれど、精神的な差は存在しないーー!

 

 

それはある意味勇気の一歩だった。知り得る全ての知識を踏み込んだ右足に込め、持ち得る全ての力量を両手に回し、有り得る全ての可能性を直感で把握し尽くす。爆発的な加速と、生物全てを呪い殺してしまいそうな殺気を撒き散らし、モードレッドはもう数えるのも億劫な、王への直進を選択した。

 

王との間は一足一刀。そこへ踏み込み切った刹那にモードレッドは柄から片手を外し、王剣を水平斬りに、手刀は脳天へ。マルチタスクでの同時攻撃。こればかりはモードレッドにも絶対の自信があった。

 

騎士王はそれでも冷静に、厭になるほどの冷酷な感情を剥き出しにして、モードレッドと全くもって同等の手段を手に取った。剣が弾け火花が散り、手刀同士は鬩ぎ合う。

そこでモードレッドへ機会の到来。聖剣を踏み台にし跳躍、低落下での空中斬撃を決めた。これはアルトリアの裏をかけたらしく、その鎧に一撃、強い一撃を刻み付ける。

 

 

ーー歓喜の到来。

 

湧き上がる快楽を治療薬の代替とし、モードレッドはその海に身を浸しながら、渾身の空中前転と応用の踵落としへフェイズを移行する。それこそがモードレッドの奥義。騎士道に泥を塗りつける程のアクロバティックでサディスティックな三次元機動。敵への敬意も敗北の潔さも無く、勝つ為には剣すらも踏み台とする一種の威風堂々の戦闘過程。CQCと言えば聞こえが良いだろうが、実際はそんな生易しい物では無い。今もこうして、弾劾されるべき剣の踏み付けを平然と行った。

 

 

アルトリアは興奮と悲哀の感情を同時に抱く。血の繋がる息子()が騎士道を蔑ろにする者だった事への哀しみと、全く体験した事の無い機動の攻撃への興味関心。最早大地から足が離れている時間の方が長いのではと錯覚する程の躍動は、生前死後も見た事の無い型だ。アルトリアとて王であり騎士。一対一の真剣決闘には心が沸き立つ。なればこそ、それを糾弾も弾劾もせず、ありのままの彼女と自身で拮抗するのだ。石を投げるのも厭わない。

 

 

「ッーーー…」

 

疾風怒濤の剣戟。

 

「ぁ………、」

風林火山の如きの合わせ業。

 

「ぁぁつ……」

 

快刀乱麻無き激突。

 

「ぬぁ……!」

 

不撓不屈の鋼鉄精神。

 

 

その全てが、時の流れの果ての地で、加速を続ける。

 

 

 

ーー互いに焦燥していた。魔力で形作られた肉体とは言え、それは限界を優に超越しており、二人は肉体と精神を切り離した状態で戦闘を継続している。故に剣戟に間が生じるとその反動はすぐに訪れるのだ。末端の感覚が鈍り、柄を握る手など最早神経が通っていないと錯覚する程に、動かない。

 

いつまでもこの決闘を継続する訳にはいかなかった。アルトリアは強制的に植え付けられた使命の継続が、モードレッドは主人の期待に応える欲望がある。後数分も斬り合えば共倒れは避けられぬ道。ならば、ならば"この剣を解放しよう"

 

 

ーーそれはイドの解放。

 

ケモノの本能と心的エネルギーの全面開放。滅ぶか否かの決闘に全てを賭ける、純然たる騎士と逆説の騎士の鬩ぎ。苦痛に喘ぎながらも、光を手繰り寄せる。

 

 

方や星に造られた聖剣。方やかつてを生きた人の手によって造られた王剣。だがその性質はどこか似通っており、お互いの切り札として魅せるには最適の代物だ。

 

ー天然の洞窟が翡翠に輝き、聖杯が極光を放つ景色を背景に、二人の騎士は互いの剣の真名を囁く。それは反転された奇跡。それは叛逆の結晶化。

 

 

「ーーー約束された(エクスカリバー)

 

冷ややかな声で唱えるは星の結晶。彼女が王たる強さを保ち続けた一因でもあり、本来ならば聖杯の如き極光を放つ勝利の剣。アルトリアの自身の反転と同期し漆黒に染まった、堕ちた聖剣。

 

 

「ーーー我が麗しき(クラレント)

 

確かな声で唱えるは王位継承を示す、剣の中の王。彼の叛逆の騎士が持ち出す程に格の高いその剣。しかし真名解放と同時にそれは聖剣から魔剣へと変貌してしまう。

 

 

ーそれがどうした。

 

 

互いに著名な円卓の剣。悠久に遡る過去、血塗られたカムランの丘での死闘。その時を繰り返す。しかし此度は、私怨を無しに。

 

 

勝利の剣(モルガン)ッ‼︎」

 

 

父への叛逆(ブラッドアーサー)ッッ‼︎」

 

 

王は使命を持って聖剣を引き抜き、騎士は信頼を得て王剣を振り抜いた。

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)。おそらく最も地上で名のある剣だろう。宝具としての機能は使い手の魔力を光に変換、収束・加速させる。反転したそれは光を飲み込む闇と化した。魔竜ヴォーティガーンの息。

 

 

燦然と輝く王剣(クラレント)は本来、その担い手はアーサー王か、正式にアーサー王の後を継いだ者となる。しかしモードレッドはアーサー王の後継ぎではない。正式な担い手では無いモードレッドが振るっている王剣は、実際の所その機能のほぼ全てを閉ざしてしまっている。ただ一つを除いて。

それは魔力増幅。使い手の魔力を増幅させ、形として放つ機能。モードレッドの魔力を刀身内で最大にまで増幅させた後、王剣は切先から赤雷を地に這わせ、空を蹂躙する。

 

 

おそらくは最後になるであろう、騎士同士の誇りの結晶の解放。虚しく輝き続ける聖杯だけを灯に、二人の騎士は剣を前へ前へと押し出す。

 

 

約束された勝利の剣(エクスカリバー)のランクはA++。対して我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)のランクはA+。必然的に、こちらが競り負けて来る。

…魔竜の息が、燦然と輝く銀の騎士を一思いに飲み込んだ。

ーそして叛逆の赤雷が、漆黒に身をやつす騎士王を捉えた。

 

 

黒き光はモードレッドの全てを噛み砕き、赤き雷はアルトリアの半身を這って通る。地獄の責め苦の様な激痛。

此度のモードレッドの敗因は、互いのマスターに差がありすぎる事だった。いくら優秀な魔術師だろうと、聖杯の魔力には届きえない。

 

 

「っ……、ぁあ…、負けちまった……よ」

 

「強く…なったようだな、モードレッド…」

 

 

持ち得るすべてを出し切ったアルトリア・ペンドラゴンとモードレッド。満足気な顔を見せ、その場にゆったりと倒れ伏せた。

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

 

「……っ…、あ‼︎」

 

「お、起きたか。お疲れ様モードレッド」

 

 

まだ痛みの走る体に鞭を打ち、モードレッドはその場で跳ね起きる。辺りを見れば、亀裂の走った岩盤に包まれている天然の洞窟の中。そして自分を見つめるジャンヌ、アーチャー、父の姿。

 

 

「なあ…マスター。オレさ、負けたんだよな」

 

「あー…どうだろうな。倒れたのはお前の方が少しだけ早かったけど、勝負の観点から見れば引き分けじゃないのか?ま、どちらにせよお前はよく頑張ったよ」

 

 

何とも気恥ずかしい気分になる。こうして褒められたのは、よく考えたら初めてではないだろうか。…いや、やめよう。鏡夜の手が暖かい。

 

 

「さてと。モードレッドも起きたし、聖杯どうにかしなきゃな」

 

「どうせなら何か願い事をかけてみては?私の啓示が告げてますよ。今なら簡単なのはいけるって」

 

「聖杯戦争のシステムガン無視だなオイ」

 

 

ともあれ、実は叶えたい願いが一つ出来ている。別に死者蘇生を願うわけでも、財をよこせと願うわけでも無い。もっと殊勝で、この世で一番強かな願いを鏡夜は持っていた。

 

 

「それじゃあ…おほん。大聖杯よ!貴様をよこせ‼︎」

 

 

ーーその場にいた全員が鏡夜の発言を勘違いした。

 

 

「あのー、マスター?いくら恋人がいないとは言え聖杯に恋愛感情を抱くのはちょっとー…。私立候補しますから、ね?」

 

「まあ、そのー…なんだ。マスターがその道を行くならオレは止めないぞ、うん」

 

「鏡夜、良い病院を紹介してやろう。今すぐ通いたまえ」

 

「これもまたキョウヤの進む道…。私は止めませんよ、キョウヤ」

 

 

どうやらそびえ立つ壁のごとき齟齬が生じているらしい。少なくとも彼らが勘違いをした事を行ったつもりはない。と言うよりもどうしてそう勘違い出来るのかが不思議でたまらなかった。

 

 

「違う違う。大聖杯を取り込んで魔力量を底上げしようって算段。どうしてお前らはそんな勘違いをするのか俺は不思議」

 

 

すると全員が一斉にジャンヌへ冷ややかな目線を送った。確かに最初に勘違いをし発言したのは彼女。責任を押し付けるのも頷けるかもしれない。

 

普段と変わらず馬鹿を繰り広げているサーヴァント勢をよそに、大聖杯はその身を空白鏡夜の内へ預けた。元々聖杯とは万能の願望機の前にマジックアイテム。こうして誰かの身の内にそれを宿すのは可能なのだ。尤も、今までそれを実行した人間は経歴には残っていないが。

 

今の鏡夜は通常の魔力量に加え、大聖杯と言う外付けのタンクが装着された状態だ。過去使用されていなかった魔力は相当な量に待て肥大化しているらしく、宿した鏡夜は有限ながら無限に近いのではと錯覚してしまう。

 

 

「何だかマスターがスーパー地球人になった感じです。せっかくですしマスター、髪を金に染めて逆立てましょう」

 

「どっからどう見ても不良じゃねえか。経営に悪影響でるからパスな」

 

「積もる話は後だ。鏡夜、大師父に連絡を取らなくて良いのか?」

 

 

どこからか自分達を観察していたのか、アーチャーが告げ終えると同時に空間を割いてゼルレッチが現れた。その両手にはボロボロのへっぽこと疲労困憊のうっかりが抱えられ、背中には寝息を立てる後輩が負われていたと言う。




必ずギャグを挟む、ネタを挟まないと死ぬ病です、これで複数鯖の条件が整ったぜ。店長の本気はこれからだ。

次回から一章です。黒ジャンヌとかマルタさんとかアタランテとかエリちゃんとか清姫とか可愛い子がいっぱいの楽しい章。なお話はかなり重い模様。それでも店長がどうにかしてくれます。多分。


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一章: 第一特異点・邪竜百年戦争
休憩は大切


聖人はダメな奴しかいない(大多数聖人への風評被害)

ネタバレは避けたいので、何のこっちゃと言う人はGOの団子イベントを進めて下さい。衝撃の真実ゥが浮き彫りに。

さて今回は軽く流し読みして下さいな。前回で魔力(文を書くスタミナ)を使い切ってしまったのでクオリティがガタ落ちです。次回から本気出す。閑話も大事。


あれから約一週間、鏡夜達は聖杯の事を忘れのんびりと過ごしていた。それもそのはず、ゼルレッチから特に連絡が無いのだ。休める時には休むべきだろう。その観点から見れば、鏡夜達の生活は正しい。

 

現在時刻は夜の9時。喫茶店も閉店時間を迎え、特に仕事も無くなった三人。モードレッドは一人テレビゲームに集中し、鏡夜とジャンヌは互いにカードを並べていた。

 

 

「あ、これ私の勝ちです。サモンスプリートのおじさん召喚。効果で魔法を捨ててサモンスプリートのおじさん二人目です。おじさん効果でキャットちゃん特殊。キャットちゃん効果でベルンさんを二人。シンクロです。D・D・B!D・D・B!」

 

 

「あ、サレンダーで」

 

 

ーーーハネワタ握ってない方が悪い。

 

そんな感じでジャンヌが暴虐の限りを尽くしている中、モードレッドはひたすら敵をなぎ倒していた。どうやら現代娯楽はモードレッドの感性のストライクゾーンに嵌ったらしい。溶け込んでくれて良かったと思う反面、どこかの聖女の様に面影を無くしてしまわないか、鏡夜は少し心配になった。

 

隣でジャンヌがくしゃみをした。

 

 

「よしっ!いけ!そこだ!」

 

 

キャラの動きに合わせ、モードレッド自身の身体も右へ左へ移動しているのはご愛嬌だろう。一つだけ言いたいのは、リモコンがすっ飛ば無いように気をつけて欲しいだけだ。流石に意図せずとは言え投げられたらキツイ。

 

「よしジャンヌ、もう一戦」

 

「ふふふ…、私のDDBコンボは完璧ですよ」

 

 

ーーー脳死プレイなのは黙ってておこう。それが良心なる物に違い無い。

とは言え、同じ手で負けるのも悔しい。ならば趣向返し、相手の戦意を削ぐ勝ち方をしてやろうでないか。初手、初手さえ良ければいける…!

 

 

「んじゃスティーラー切ってクイック特殊、クイック指定スティーラー……」

 

「あ、サレンダーです」

 

 

勝った。とうとうあの聖女をこの手で下してやったのだ。身体が歓喜に打ち震える。まともに勝負をしていないのは黙っておくべきだろう。きっとそうなのだ。

 

 

「ところでモードは何やってんだ?」

 

「えーと…エクバだったかな?ジャンヌから借りた」

 

「良い買い物でした。たまたまゲームショップに中古が売ってたのですよ」

 

 

これも迸る聖女パワーの賜物なのだろう。生前はゲームなどとは縁が無さ過ぎる時代生まれなので、強い興味を示すのは充分理解できるが、どうにもおかしな気分になる。

 

よく考えれば目の前に格の高い英霊二人が並んでいるこの状況で、普段通りに過ごせる鏡夜のメンタルも凄まじい物かも知れない。

 

 

「なあキョーヤ、父上呼んでいい?」

 

「ん?ゲームするのか?別に良いけど」

 

「流石キョーヤだぜ!と言う事でもしもし父上?今からゲームしようよ。親子のふれあい」

 

 

この後飛んで来たアルトリアとモードによって、テレビが独占されたのは言うまでもない。

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

「へ?次の聖杯の位置を特定した?」

 

「うむ」

 

 

深夜、リビングで全員がくつろいでいた所へ、魔法使いがようやく接触して来た。どうやら予想以上に彼の仕事は早いらしく、このペースではまた数日以内に出発する事になるだろう。それならば良し。滅びが確定している世界ではあまり暮らしたくはない。

 

ゼルレッチの口から伝えられた座標はまさかのだった。オルレアン、聖女ジャンヌ・ダルクが生きた地。どこか思う所があるのか、ジャンヌは憂いを帯びている表情をしている。そしてその隣で、鏡夜がぐったりとうな垂れていた。ーーやはりジャンヌ・ダルクの伝説があるからだろう。あれはあまり気分の良い話では無い。

 

鏡夜も気分が悪くなっていたが、鞭打ちゼルレッチの話を聞く。本当なら今すぐにでも当時の関係者をぶっ飛ばしてやりたいが、我慢だ。

 

 

「了解しました。それじゃあ明後日、出ます」

 

「頼んだぞ。ああ、食料はその都度支給するから安心して良いぞ。明後日宝石剣を持って来る。それを使えば転移は可能じゃ。光栄に思えよ?」

 

 

少し憎たらしいゼルレッチの笑顔に、鏡夜も皮肉気な笑みを返した。

 

 

「ええ、非常に光栄ですよ」

 

 

目的地は定まった。何があろうと聖杯を回収しよう。モードレッドは待ち受ける戦いに期待を寄せ、ジャンヌは懐かしの地を踏む事に複雑な感情を抱き、鏡夜は何やら怪しい顔で思考を巡らせていた。




次回から本格的な第1章の始まりです。その前に簡単な説明をさせて頂きます。

Q.どうやってフランスに飛ぶの?
A.宝石剣です。

Q.宝石剣で飛べるの?
A.並行世界とはIFの世界。100年先だろうが前だろうが、IFならばIF。
宝石剣で並行フランスAを観測、現実化し、そのフランスAから聖杯のある元の世界線のフランスに飛ぶ……と面倒な手順を踏んで転移します。青さんも時間旅行は第二魔法の一部とか言ってました。

Q.カルデラは?
A.復旧作業中。現在はレイシフト関係を復旧させようと奮迅。

Q.次回更新は?
A.調整中。おそらく2〜3日間隔になります。


まあ細かい設定何てお気になさらず……と言いたいでござるよ。この様な形で進めてまいります。
勢いだけで書き始めたので過剰な説明不足です。何か疑問がありましたら感想欄でお答えします。それではまた次回。


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フランスの地

オケアノスはよ(マジギレ数秒前)

始まりました第1章フランス編。そして自称店長ルート。店長が滅茶苦茶かっこよくなる……予定。あくまで予定。

今回新しい顔…じゃなくて仲間が増えます。クラスはアサシンです。気配遮断マジ便利。


「あは、あはははは、あはははははは‼︎」

 

 

フランスの地に壮大にそびえ立つ大城。その中の広い一室で、黒い鎧に身を包んだ女性が、狂った様に嗤い声を上げ、老人が燃やされている光景を見ていた。

 

 

彼女の名はジャンヌ・ダルク。三日前に異端認定され殺された救国の聖女その人。そして今彼女が嗤っているのは司祭の一人。彼の言動が、命乞いが、彼女にはたまらなく可笑しかった。

 

 

魔女認定され、地に堕ちたはずの聖女。その悪しき女に命乞いをするのは、すなわち神の不在を示唆するのと同義。いやそれだけでは無い。そんな紙切れ以下の、薄っぺらな信仰で司祭を名乗っていた老人がの姿が、たまらなく愉しかった。

 

 

「ねえジル!私はとっても愉しい!次はどうして愉しさを得ようかしら!」

 

「おおジャンヌよ、でしたら己が手で街を燃やしてご覧になさい。そうすれば貴女は、万物の全てを超越した愉悦を手に入れられるでしょう」

 

 

少し目の飛び出た、ジルと呼ばれる男の提案に、ジャンヌ・ダルクはますますの愉しさと興奮を覚えた。この過ちの国フランス。それを裁き無に返せるのは我らしかおらぬ。我らには街を燃やす権利がある。老若男女異教徒階級を関係無く蹂躙する資格がある。

 

ーーー生まれの村を直々に焼くのも愉しいかも知れない

 

 

今の彼女は完全に生前の姿を失くしている。高潔な聖女は一転し、文字通りの魔女へ、地獄の使いへ。信仰心など捨て、神を嘲笑い、教徒を嘲笑う。

 

 

「ジャンヌ、提案があります」

 

「ジルの提案なら期待出来るわね。どうしたの?」

 

「旗を作りましょう。我々を示す、旗を」

 

 

それは何たる皮肉だろうか。聖女と呼ばれた時代も旗を持ち、兵を鼓舞していた。良いだろう、面白い。

 

 

「そうしましょう。私が今召喚した同胞(サーヴァント)達は何の因果か竜に関係する人物が多い様ですし、竜の柄を」

 

 

満足そうに頷いたジルは、早速作業へと取り掛かる。もうすぐだ、もうすぐでこの国の一掃が始まる。聖女が過ちだったのならば、彼女が救った国も過ち。過ちは払拭しなければならない。

 

 

「あはははは!最高よジル!さあ!狂った様に笑いましょう!春を蹂躙し、人を蹂躙し、全てを一掃しましょう!あははははは!あはははははは!」

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

「フゥーーハハハ‼︎てめえらの血は何色だァァ‼︎」

 

 

完全にテンションが振り切れた鏡夜が、そこら辺に沸く化け物に無双の戦闘を展開していた。…時は少し前に遡る。

 

 

 

約束通りゼルレッチから宝石剣を受け取った鏡夜一行は、必要な荷物をまとめたバックパックを背負いつつ、百年戦争の最中であるオルレアンへと飛んだ。そう、飛んだのは良いのだ。

 

転移先は森の中。沸くホネの化け物。転移早々襲われてはたまったものではない。その中でとうとう鏡夜のストレスが爆発し、ホネ達は都合の良いサンドバッグと成り果てたのだ。

 

お気に入りの短剣を振るい、回り蹴りを決め、頭蓋を掴んでは同胞と熱いキスをさせる援助。やりたい放題やり尽くす。見知らぬ地で興奮しているのもあるだろう。とりあえず居合わせたホネは運が悪かった。

 

 

「マスター…すごいです」

 

「キョーヤはあれだな。旅行先で興奮し過ぎて寝られない奴だ」

 

 

サーヴァントなのに戦闘の蚊帳の外にいる自分達に疑問は感じているものの、凄まじいテンションの鏡夜を止める事は、彼女らには出来なかった。彼女達をそうさせない何かが、今の鏡夜にはあったのだ。

 

 

 

「ふぅ…ゴミ掃除終了」

 

「お、お疲れ様ですマスター。敵もいない事ですし、召還サークル…でしたっけ?を作りましょう」

 

 

召還サークルとは、ゼルレッチから叩き込まれた知識の一つ。結界の様な空間であり、その中でサーヴァントの召喚は寝食を営めると言う。なるべく格の高い霊地で設立するとなお良しとの事だ。どうやら現在地の近くに良い霊地がある。そこを召還サークルとし拠点としよう。まずは寝場所を確保が最優先だ。

 

 

召還サークルの設立は至って簡単な物だ。霊地にジャンヌの旗を突き立て、数節の詠唱で全工程が終了する。たったそれだけの事で寝床が確保出来るのだ。カルデラとやらの技術はすごい。

 

 

「よしお前ら、偵察にサーヴァントを召還したい。アサシンだ。異論は?」

 

「賛成です」

 

「おう。それで良いぜ」

 

 

全会一致。アサシンの召喚は"アサシンのクラスそのもの"を触媒とする為、例外的な召喚で無い限りは、必ずハサン・サッバーハの中の誰かが選ばれる。勿論誰になろうと気配遮断のスキルは持っているので、必然的に狙いを定める必要性は消える。要はハサンが来てくれればなんだって良いのだ。

 

 

光を放ち、唸りを上げた召喚陣へ向け聖晶石を四つ、放り投げる。聖晶石は召喚の質を上げる良い触媒となってくれるので、割と頼りになるのだ。生の召喚を見るのは初めてなモードレッドは、強い興味を示しながらその光景を眺めていた。

 

 

ーーー体からごっそり何かが抜け落ちる。

 

 

しかし疲労は無い。これも取り込んだ聖杯の魔力のおかげだろう。ゆっくりと光が収束し、その向こうから一人の少女が現れた。

 

 

真名看破の発動。ジャンヌの視界にたった今召喚したアサシンのステータスが映し出される。気配遮断はA−、敏捷はAとまさに欲していた条件を兼ね備えていた。

ふと真名に目をやる。ハサン・サッバーハは襲名式の名前。その名だけでは歴代19人のハサンの内、何代目かは判別出来ない。が、本当に念の為確認した。第5次聖杯戦争のアサシンの様なイレギュラーな可能性が残されていたからだ。

 

いやしかし、事実は小説よりも奇なり。まさしくそのイレギュラーな可能性なヒットしてしまった。

 

 

彼女の驚愕も当然だろう。何せその英霊には、

 

 

ーーその英霊には、名が無いのだから。




没ネタ

ジャンヌ・オルタ「あはははは!最高よジル!さあ!狂った様に笑いましょう!春を蹂躙し、人を蹂躙し、全てを一掃しましょう!あははははは!あはははははは!…ゴホッ‼︎ゴホッゲホッ‼︎慣れない笑い方をする物ではありませ…ゲホッ‼︎」

ジル「ジャンヌゥゥウウゥ⁉︎おのれ!これも神の呪いか!許さん‼︎」


名前の無いアサシン……、一体どこの狂信者なんだ…?


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砦の情報

おはこんにちこんばんは。

ーーー語るべくは無い。

強いて言うならオケアノスはよ(シルベーヌ美味い)


鏡夜が召喚したアサシンは本当に奇妙な英霊だった。彼を見るなり三つほどの質問を投げかけ、全てに本心と事実で答えると急に満足してうんうん、と頷く。

 

その意図を問うてみると、どうやら彼女は魔術師と聖杯が嫌いらしい。その点で言えば鏡夜は魔術師では無く魔術使い。更に聖杯にかける願いもなく、破壊か回収が目的。それが彼女には合格らしく、あっさりとマスターとして認められた。聖杯を魔力タンクにしている事は妥協してくれるらしい。

 

アサシン、真名は英霊となる際に捨てた為存在しない。否、正確には存在するのだが、最早誰も覚えていない。ある意味"アサシン"こそが彼女の真名。本人はハサンの名を継げなかった出来損ないと自嘲していた。真名がハサンでは無いのはその事情故だろう。

 

 

「つまりお前は歴代の長の全ての業を使えるって事か」

 

「うん…。私にはそれしか出来なかったから…」

 

いや、と鏡夜は語尾の弱いアサシンへ発破をかける。鏡夜は"真似"と言う行為に強い尊敬と嫌悪を抱いているのだ。"真似しか出来ない"と自分を卑下するのは間違いだと彼は考える。

 

 

「すげえよお前!全部真似したって!」

 

「……え?」

 

「いややべえわこの子。もうアサシンだけで良くね?が始まりそう。俺の実家も真似ばかりしてるからさ、その行為の凄さと穢さがよく分かるんだ。お前は誇っていい。お前のそれは間違い無く信仰心の結晶だよ」

 

 

すると照れ臭そうにそっぽを向いたアサシン。まさか褒められるとは思っていなかったのだろう。きっと不意打ちだ。

 

しばらくアサシンとコミュニケーションを取っていたいのだが、時間が無いの事実。まずは召還サークルの外に出て周囲を確認すべきだろう。

…見渡す限りの草原。昼下がりの肌に優しい気温とそよ風。どうやら当時のフランスの地で間違いは無いようだ。少なくとも現代では、この様な美しい草原には中々お目にかかれない。

ふと上を見上げる。きっと空も美しいのだろう、そんな軽い気持ちの行動だった。

 

「おいお前ら、上を」

 

「上ですか?一体何が…、…⁉︎」

 

「オイ、何だアレ?」

 

「大きな…光の輪?」

 

 

衛星軌道上に展開し、この地から遥か先までの地の天空で輝いている大輪を発見した。妖しく光る輪、それが何なのかは彼らには分からない。いや少なくとも、この時代でこの様な物は観測されていないはずだ。ならば聖杯の影響か、何者かの魔術式か。答えは出ない。

 

視認しても特に身体に害が生じない事から、どうやらまだ待機段階の物だろう。だがそれは本能的な警告を彼らに伝える程の圧力を有している。…アレは、危険だ。

 

だが対処のしようが無い。地上に存在するならまだしも、それが位置するのは遥か天空、成層圏の先。手の届かない範囲に無いのならば、誰も何も出来ない。苦虫を噛み締めた顔を浮かべながら、鏡夜は輪に手を伸ばす。

 

「せめて俺の手の届く中にいるなら……アレは理解(わか)ったんだが……。希望を愚痴っても仕方無い。街に行こう。異論は?」

 

「ありませんね」

 

「賛成だな」

 

「私も賛成…」

 

 

異論は無いようである。何事も情報収集が優先だろう。この時代ならば百年戦争は比較的穏やかなはずなので、街にも多くの生ける人々がいるに違いない。

 

道中、軽く狂乱しているどこかの兵達に襲われたが、全員峰打ちにしてそこら辺に放置したので問題無いだろう。間違っても殺めてしまった兵はいない。はずだ。

 

先陣を切って気配遮断の活用でルートを探索してくれていたアサシンが、どうやら何かを発見したらしく高速で帰還した。聞けばボロいが砦を発見したと言う。しかも生きる人間が多数集まっていると。アサシンの頭を軽く撫でつつ、示してくれたルートを進む。

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「これは……ひどいな」

 

「どこもかしこもズタボロじゃねえか。こりゃあ使い物にならねえな」

 

 

元々アサシンがボロいとは言っていたが、最早この有様はボロいでは言い表せ無い程に傷み、抉り傷を付けられ、まるで羅生門の如く朽ち果てている。ここにいる兵達も士気を上げ集結した…と言うよりは逃げ延びて来たか、死に場所をここに選んだか。その様な程に萎えきっていた。

 

そんな彼らに鞭を打つようだが、話を聞きたいと思う。何か少しでも有益な情報を手に入れられれば、可能性の域だが彼らの手助けを出来るかも知れない。そんな淡い期待を持ちつつ、近くに座り込んでいた一人の兵に声をかけた。ジャンヌ達は念の為近くの木陰で待機をさせている。

 

 

「失礼。俺は旅の者です。ここで一体何が?」

 

「旅人?ああ、あんたも不幸だな。この砦は"魔女"の手で焼かれちまった」

 

 

魔女。その言葉が気にかかる。この時代に魔女と呼ばれた人間は居ないはず。…いや、彼女を嫌う人間が彼女をそう呼んでいる可能性は捨て切れないが。

 

 

「魔女…ですか?」

 

 

兵は力無くその言葉に首を縦に振った。肯定の意。こちらの疑問を察したのか、兵の口がもう一度言葉を放ち始める。

 

 

「ジャンヌ・ダルク様だよ。あの方は悪魔と契約して蘇ったんだ。髪色や服装はかなり違うが、それでもあの方はジャンヌ様だ。イングランドは撤退したってのに、俺達は自国でも帰る場所が無いんだよ。クソッ‼︎」

 

 

ーー耳を疑った。それはおかしい…、否、確率としては天文学的数字の物だ。彼の語り振りから、現時刻がジャンヌ・ダルク死後の物では間違いないだろう。彼女は死ねば英霊の座に招かれる。いや、そんな死後間も無い時間でジャンヌ・ダルクは呼び出されるのだろうか?

 

答えは否に近い。魔術師が意図的に、彼女の聖遺物を持てば召喚は可能だろうが、察するにそれを行おうとする人物はいないだろう。いてもその者が聖杯無しにジャンヌ・ダルクを召喚出来る道理が無い。この時代にある聖杯に接続されているのならば話は別だが。

 

それにおかしな話だ。彼女は生前死後も人を恨んだ事が無い。少なくとも彼が知るジャンヌ・ダルクはその様な人物ではない、正真正銘の聖人。そんな人物が自国の砦を焼くだろうか。動機としては復讐が相応しいが、それもまた奇妙。兵に礼を伝え、木陰に隠しておいたジャンヌ達へ合流する。

 

 

「私が……?」

 

「一応確率としてはある。…が、どうも理解出来ない」

 

「だろうな。コイツが恨み衝動的に仲間の砦を焼くなんて考えられねェ。偽者か、あるいは……」

 

「"ジャンヌ・ダルクが魔女"との信仰が具現化した、もう一人のジャンヌ・ダルク…」

 

 

推測はいくらでも出来るが、答えは本人に会わなければ導かれない。優先目的は決まった。そのジャンヌ・ダルク…便宜上黒ジャンヌと呼称するに会おう。彼女の存在が聖杯に関係しているかも知れない。

 

ふとアサシンがピクリと身体を跳ねらせ、北東の先に視線をやった。何かを感じ取ったのだろう。

やがてアサシンの視線の先から黒い点が視認され、それらはだんだんと大きくなっていた。つまり、こちらに接近しているのだ。

 

 

…いや、あり得ない。何故あの様な生物が飛行しているのか。ここが神代ならば理解出来るのだが。おかしい、おかしいおかしい事しか続かない。

 

 

「ワイバーン…?」

 

 

空想上の存在、最強の爬虫類。その派生であるワイバーンらしき生物は、確かにこちらへ侵攻して来ていた。あのホネとは一線を画す、バケモノである。




もうダメだあ……、(ギャグパートが)おしまいだぁ……。

今回とうとう店長の魔術に関する伏線的な何かが。本格的に店長の魔術が活躍するのはもう少し後です。

清姫(嘘つき焼き殺すガール)が可愛い。でも店長のヤンデレ枠はもう埋まっています。狐ではありませんよ。

明日から地獄の一週間のスタートですね。皆様、何が何でも生き抜きましょう。私は体育と言うそびえ立つ壁ががが……。

強化だけで良いので魔術を下さい(懇願)


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戦闘、ワイバーン

モンスターハンター、始めました(大嘘)

冷やし中華、始めましたの汎用性の高さは異常。


ワイバーン、幻想種。所謂ドラゴンの仲間。過去の英雄の記録を漁れば、ドラゴンを鎮めた…やドラゴンを恋に落とした…などが複数出て来るが、この1400年代にそれが目撃されたと言う物は、少なくとも歴史上には記録されていない。

ならばきっとこれは聖杯、ひいては人類滅亡の影響だろう。本来存在しないはずのワイバーンがこちらへ飛翔しているのも、大方聖杯を悪用する者の手段の一つ。この国を完全な焦土に変える手法だ、と推測出来る。

 

 

兵達の士気は最低。まともに取り合う事なく、これを死のお告げとして受け入れるに違いない。…ああそうさ、それは許容できぬ案件だ。ならば我らが立ち上がるまで。

 

 

「ルーラー、セイバー、アサシン。やるぞ」

 

 

彼女らをクラス名で呼ぶ行為が、スイッチの切り替えの合図。ワイバーンの到着まで、推測残り十数秒。それだけあれば迎撃の準備は整う。

 

鏡夜が出来る事は少ない。ならばその少ない事に全力を尽くせば良い。魔術回路に火をいれ、唸らせ、十二指腸から小指の爪先までに魔力を流す。単純な散弾による妨害と援護。自慢では無いが、これはかなりありがたいとジャンヌの談だ。

 

ーー視認。数は三。ワイバーンの実力がいかなる物かは知りはしないが、おおよそ負ける気配は無い。そして勝利を決定付けるのはアサシンの戦闘能力次第だろう。

 

 

「ヘッ、ワイバーンか。この前ドラクエで狩り尽くしたオレにはタイムリーだぜ」

 

「まるでゲームの世界…と言っている場合ではありませんね。覚悟なさい!」

 

「敵発見…店長さんに危害を加えると断定。排除する…」

 

 

先行して飛び出したのはアサシン。全身を包む黒いローブが風ではためく。まるで宙を自在に飛ぶかの様にワイバーンの一頭へ飛翔したアサシンは、身を翻しその個体へ踵を落とした。

 

 

着地。ローブの中から黒塗りのダークを両手分計8本を取り出し、投擲。何事かを把握していない先程の個体の目に突き刺した。ワイバーンは高音の悲鳴を上げ、敵と断定したアサシンへ火炎の火球を吐く。

が、それはアサシンには通用しない。正確に言えば命中しないのだ。火球はかなりの速度を誇るが、それ以上にアサシンの思考能力と実行能力が高い。火球が到達するまでにアサシンは回避ルートを導いしまうのだ。そこに自身の敏捷が加われば、余程で無い限り彼女を捉える事は困難を極める。

 

 

アサシンは宙を地の代替とするが如く跳ね回り、ワイバーンを殴る、蹴る。その戦闘方式は暗殺者(アサシン)と言うよりは愚直な戦士に近い。ワイバーンはアサシンに撹乱される形で、彼女の後を追い無駄な旋回と加速を続けていた。

 

 

アサシンには決定的となる武器が存在しない。持ち得るのは精々暗殺用の黒い投擲剣。モードレッドの燦然と輝く王剣(クラレント)の様な聖剣も持ち合わせていないし、ジャンヌの聖旗の様な神の加護を受けた武器も持ち合わせていない。己が肉体と模倣の技が彼女の決定的奥の手。

 

 

ーーー幻想血統(ザバーニーヤ)。それがアサシンの宝具。歴代18人の長の業を、完成度はケースバイケースだが再現した、模倣の宝具。今その奇蹟の一つを、解放する。

 

 

妄想心音(ザバーニーヤ)…!」

 

 

触れた敵の疑似心臓を作り出し、それを握り潰して呪殺する、呪腕のハサンの業。再現するは呪われたシャイターンの腕。

肉体を変質させ、背部から仮想の腕を顕にする。軽くアサシンの身長に匹敵する程の全長を誇る呪腕。唸り声が聞こえて来そうな程けたたましく天へ伸びた腕は、アサシンのワイバーンへの接近と同時にその腹部を貫いた。

 

 

ーーいくらワイバーンとは言え、その生命活動を心臓を核にし存続しているのならば、心音の呪いからは免れぬ。

 

 

アサシンは掴んだ鏡面心臓を興味深く見つめた後、それを勢い良く握り潰した。

…一頭のワイバーンが、力無く重力に惹かれて落ちた。

 

 

「任務完了…。後で店長さんに美味しい物を貰う…」

 

 

 

 

 

「オラァ‼︎」

 

 

幾つもの戦場を越えたモードレッドからしても、此度の戦場は心踊る物だった。まさかの邂逅。火を吐く最強の爬虫類との対峙。それだけでも彼女に火をつける。

 

彼女の戦闘スタイルは常識に囚われない物。例え宙を飛ぼうが剣を投げ付けようが、最終的に自身が勝利していればそれで良いのだ。

 

 

今回もそう。最早高潔さなど欠片も感じられない程乱雑に、それでいて計算された何かが宿された、本能的な手数と技法で王剣を文字通り、ぶん回す。

皮膚を裂き、肉に傷を穿つ。…だがやはり幻想種。これしきの損傷では止まってはくれない様だ。

 

 

耳障りな雄叫びと共に、モードレッドが対峙した個体は火球を彼女へ吐き付ける。さながらゲームと酷似している光景に多少なり驚愕を覚えたものの、即座に本能が身体を横に跳ばした。すなわち、火球は彼女がいた座標を捉えて爆発、消える。その光景を見たモードレッドは、自身がRPGの主人公になった様な気分になり、余計に楽しくなった。

 

ーーーー跳躍。魔力放出により強化されていた両脚によるそれは、モードレッドの身体をワイバーンよりも高度に運ぶのには十分過ぎる役割を果たした。

身体を一捻り、あたかも体操選手の様に綺麗な着地をワイバーンの背に決めたモードレッドは、一思いにそこへ王剣を突き穿った。

 

 

ワイバーンの悲鳴が木霊する。真近に居たモードレッドにはその雄叫びは酷く耳を痛くする物だった。それでも手を休め無いのは歴戦の経験からだろう。刺している王剣を、体重を乗せ後ろに引く。ワイバーンから鮮血が吹き抱した。

 

 

飛行能力と意識を失ったワイバーンはゆっくりと大地に引き付けられ、墜ちる。モードレッドはそこから飛び降り、興味本位にワイバーンの皮を剥いだ。

 

 

 

 

対してジャンヌにはあまり確実と呼べる戦闘スタイルが存在しない。元々彼女はただの村娘。従軍し、神の加護を得てイングランドと戦ったとは言え、戦闘訓練も十分に受けていなければ、血統から現れる才能も持ち合わせていない。

故にイレギュラー中のイレギュラーな事態にはどこか弱い節がある。特に対処の確立されていないワイバーンとの戦闘、勘と啓示が頼りだ。

 

それを補助するのは鏡夜。簡単な詠唱による魔力放出と圧縮。形成をステップを踏み魔力塊で構成されたランスを作り出し射出。ジャンヌが先回りしていた方角へワイバーンを誘導する。

 

 

聖旗の穂先の刃で一閃。続いて一突。間髪入れずの一斬。傷から血を流したワイバーンは激昂し、聖女へ反動を顧みない突進の攻撃を取った。

 

 

…が、それも男の手によって阻まれる。魔力弾による視界の阻害。合図によるジャンヌの跳躍。それでも獣の本能か、ワイバーンは大地との激突数十センチメートルの所で何とか静止した。

しかし、もう全てが遅い。身体を反転し移した視界の中は、聖女が迫っている光景でブラックアウト。その意識ごと闇に閉ざされた。

 

 

ふと鏡夜は、ワイバーンの亡骸の一つに触れ、小さく詠唱を唱えた。

脳裏にモヤがかかり、死したワイバーンの本能から全てを吸収し、理解する。

 

「……!」

 

ワイバーンを統率する、黒い巨大な影を見た。それでもその姿だけで、名と正体までは、理解出来なかった。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「ふう……どうにか務めを果たす事が出来ました」

 

「こんな時だけ聖女っぽく振舞うなよ」

 

「あら?ではモードレッドは普段の方が良いと?」

 

「まあ、そっちの方がやりやすいな」

 

「では……こほん。いやあ、強敵でしたね。ザキ唱えたくなりました」

 

 

先程の緊迫感はどこへやら、普段のテンションを取り戻したジャンヌ。鏡夜的には時代が時代だけに聖女っぽく振舞って欲しかったが、どうやらその願望も打ち砕かれた様だ。今のジャンヌは聖女ジャンヌでは無く、村娘Aのジャンヌである。

 

そう遠くない所から大数の咆哮が聞こえる。先程の自分達の戦闘を見ていた兵達に士気が戻ったのだろうか、それともただ単に興奮しただけなのか。どちらかは分からないが、前者ならとてもありがたい。

 

話を戻そう。砦では魔女の存在を知る事が出来た。おかげで当面の目標も定まる。次はその魔女に関する本格的な情報、例えばどこに出没するかなどが欲しい。つまりはこの砦を後にする必要がある。では、どこへ向かえば良いのだろうか。

 

 

ーー答えはオルレアン。ジャンヌ・ダルクの生まれた地。そこならば何かしらの情報が、あるいは魔女が潜んでいる可能性がある。例え魔女と呼ばれ復讐心を滾らせていても、帰巣本能は残っているはずだ。いや、自分が黒ジャンヌの立場ならば故郷を覗くだろう。

 

 

「と言う訳だ。ジャンヌ、覚えている範囲でオルレアンへの案内を頼む」

 

「お任せを。この一帯は生前の記憶があるので問題ありません」

 

 

今だけはジャンヌが物凄く頼りになる。そんな彼女を筆頭に、鏡夜達はオルレアンの地へ足を進め始めた。

 

日差しが強く照り付ける。鏡夜達を待ち受けるは希望か絶望か。それは誰にも知り得ない。それでも彼らは前へ進む。




どうもオケアノスはよ(ご挨拶の代わり)

風邪を引き熱が出て、学校を(半ばサボり)休んだ私でございまする。うん、熱が下がらないから明日も休めそうだ。よーし、しっかり書き溜めするぞー。なお木曜日は創立記念日の模様。三連休⁉︎やっ(ry
余談ですが、GOは弟に丸投げ。訓練された兵士ですぜあいつはァ…!

次回とうとう黒いあの人が登場。


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番外編:モンスターハンター(英雄)

ノリとテンションだけでやってしまった。反省も後悔も無い。前々から暖めていたネタです。シリアス続きに対する中和剤としてどうぞ。

所謂パラレルワールドです。条件付けするならば

・三人のテンションが200%
・ワイバーンが一頭
ですね。戦闘描写も薄いですので、勢いだけをお楽しみください。


ワイバーン、幻想種。所謂ドラゴンの仲間。過去の英雄の記録を漁れば、ドラゴンを鎮めた…やドラゴンを恋に落とした…などが複数出て来るが、この1400年代にそれが目撃されたと言う物は、少なくとも歴史上には記録されていない。

ならばきっとこれは聖杯、ひいては人類滅亡の影響だろう。本来存在しないはずのワイバーンがこちらへ飛翔しているのも、大方聖杯を悪用する者の手段の一つ。この国を完全な焦土に変える手法だ、と推測出来る。

 

 

兵達の士気は最低。まともに取り合う事なく、これを死のお告げとして受け入れるに違いない。…ああそうさ、それは許容できぬ案件だ。ならば我らが立ち上がるまで。

 

 

「ルーラー、セイバー、アサシン。やるぞ」

 

 

彼女らをクラス名で呼ぶ行為が、スイッチの切り替えの合図。ワイバーンの到着まで、推測残り十数秒。それだけあれば迎撃の準備は整う。

 

鏡夜が出来る事は少ない。ならばその少ない事に全力を尽くせば良い。魔術回路に火をいれ、唸らせ、十二指腸から小指の爪先までに魔力を流す。単純な散弾による妨害と援護。自慢では無いが、これはかなりありがたいとジャンヌの談だ。

 

ーー視認。数は一。ワイバーンの実力がいかなる物かは知りはしないが、おおよそ負ける気配は無い。そして勝利を決定付けるのはアサシンの戦闘能力次第だろう。

 

 

「よっしゃ、行くぜ。フォーメーションをDに!」

 

「「了解!」」

 

「え?フォーメーションDとか聞いてない」

 

 

そんな鏡夜の困惑など露知らず。モードレッド、ジャンヌ、アサシンの三人は飛来したワイバーンを取り囲む様に陣形を取る。

遅れて鏡夜も理解したらしく、間隔の広かった座標へその身を置いた。モードレッドは王剣を、ジャンヌは聖旗を、アサシンはダークをそれぞれ構える。

 

 

「一狩り行こうぜぇぇ‼︎」

 

「「一狩り行こうぜ‼︎」」

 

「何か始まった⁉︎」

 

 

モードレッドは前転し、着陸していたワイバーンの懐へ忍び込み抜刀。縦斬りの後、刀身を使った横殴り。

ジャンヌは穂先の剣を光らせ、跳躍から放たれる思い一突きを繰り出す。丁度剣は脇腹付近を捉え、そこから血が流れた。

アサシンは遠くからモードレッドとジャンヌの行動を阻害しない様に、計算された位置にダークを投擲する。刃には毒が塗りたくられており、傷からそれを流し込まれたワイバーンは重苦しい苦痛の声に喘いだ。

 

 

だが大人しくやられるワイバーンでは無い。飛翔、上空数100メートルの地点を旋回し、こちらの様子を伺う。モードレッドが舌打ちをこぼし、アサシンが指で大気をボードに計算を始めた。

 

ワイバーンの本能が作戦を決定したのか、旋回状態を継続し、口から火球を投げる。それぞれが前転、バックステップ、軽い跳躍でそれを回避し、身体を反転させ視界の中にワイバーンを映した。…未だワイバーンは降りて来ず。

 

 

「チッ、ワールドツアーかよ」

 

「どうします?閃光玉投げますか?」

 

「なら私に任せて…。得意」

 

ジャンヌから手渡された白色の球体を、アサシンはワイバーン目掛けて天に投げつける。重力に逆らい続け、やがてワイバーンの視界に侵入した球。その瞬間に、弾けた。

 

刹那的だが、太陽がもう一つ現れたのかと錯覚する程に強い閃光を放った。そんな物を眼前で見ればたまったものでは無い。その通りらしく、ワイバーンは力無く落下して来た。…今頃視界は暗黒に染まっているのだろう。

 

落下地点へ全速で駆け出した彼女達は、己が得物でこれでもかとワイバーンを斬り付ける。いやよく考えれば、何故ワイバーンはまだ生きているのだろうか。

 

 

モードレッドの溜め斬り。それは大地すら斬る程の重厚な一閃である。何を思ったか、モードレッドはその重撃をひたすら、尾部に与えていた。

アサシンはダークで頭部を執拗に攻める。それはまるで炭鉱夫。硬い岩盤を削るかの様な手つきだ。

ジャンヌは剣でワイバーンの腕部を屠る。その行動にどの様な意図が隠されているか分からない鏡夜だが、それでも彼女達を止めなかった。蚊帳の外とはこの事である。

 

ワイバーンが頭部をしきりに振り、再び蒼天の中へと両翼を広げた。おそらくは逃亡する魂胆だろう。いや、ワイバーンの願望は叶わない。何故ならここには

 

ーーー血に飢えた狩人がいるのだから

 

 

「タマよこせぇぇぇええ‼︎」

 

「落ちろぉおおお!」

 

「新しい武器……!」

 

 

モードレッドとジャンヌが手を合わせて作った人間踏み台を、アサシンが軽やかな足取りで踏み付ける。呼吸を合わせ、腕を振り上げ、アサシンを上空へ押し出す。

羽ばたき初めより間の無いワイバーンは、そこまで高度に辿り着いていない。すなわち、アサシンはその背に騎乗する事が可能。

宙返りを決め、背に足をつけたアサシン。今、彼女の宝具が明かされる。

 

妄想心音(ザバーニーヤ)

 

真名解放と同時にアサシンの肉体が変質する。腕が編まれ、呪いが付与され、けたたましく第三の腕は天を貫く勢いで唸った。

風でローブがはためく。鱗にしがみつき、身体の安定を確保したアサシンは直進的に、ワイバーンの背に呪いの腕を穿った。

 

引き抜く。彼女の腕に握られたのは鏡面心臓。たった今彼女が騎乗しているワイバーンの心臓のコピー。それを握りつぶす事により、妄想心音は終息へ至る。

 

ーーー潰す

 

エーテルで組まれた鏡面心臓は潰しても音はしない。かわりにワイバーンの喘ぎが響くのみ。呪殺により心臓、つまり核を殺されたワイバーンはもう一度墜ちた。

 

 

 

 

ふと鏡夜は、ワイバーンの亡骸の一つに触れ、小さく詠唱を唱えた。

脳裏にモヤがかかり、死したワイバーンの本能から全てを吸収し、理解する。

 

「……!」

 

ワイバーンを統率する、黒い巨大な影を見た。それでもその姿だけで、名と正体までは、理解出来なかった。

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「お、何か分厚い鱗がとれたぜ」

 

「私なんて光る球が手に入いりましたよ。紅玉です」

 

「これで新しい武器が作れる…」

 

 

彼女達が何をしているのか、鏡夜にはさっぱり理解が出来なかった。いや少なくともこれは分かる。ワイバーンは屈辱の中で死んだのだろうと。しっかり弔ってやろう。

 

 

「何作ります?」

 

「うーん……太刀かな。大剣は間に合ってるし」

 

「私は双剣…。そう言うジャンヌは?」

 

「私はそうですねえ。アックスに興味があります」

 

 

ーーーこの世界はゲームじゃねえぞ。

 

 

鏡夜的には時代が時代だけに聖女っぽく振舞って欲しかったが、どうやらその願望も打ち砕かれた様だ。今のジャンヌは聖女ジャンヌでは無く、村娘Aのジャンヌである。

 

そう遠くない所から大数の咆哮が聞こえる。先程の自分達の戦闘を見ていた兵達に士気が戻ったのだろうか、それともただ単に興奮しただけなのか。どちらかは分からないが、前者ならとてもありがたい。

 

話を戻そう。砦では魔女の存在を知る事が出来た。おかげで当面の目標も定まる。次はその魔女に関する本格的な情報、例えばどこに出没するかなどが欲しい。つまりはこの砦を後にする必要がある。では、どこへ向かえば良いのだろうか。

 

 

ーー答えはオルレアン。ジャンヌ・ダルクの生まれた地。そこならば何かしらの情報が、あるいは魔女が潜んでいる可能性がある。例え魔女と呼ばれ復讐心を滾らせていても、帰巣本能は残っているはずだ。いや、自分が黒ジャンヌの立場ならば故郷を覗くだろう。

 

 

「と言う訳だ。ジャンヌ、覚えている範囲でオルレアンへの案内を頼む」

 

「お任せを。この一帯は生前の記憶があるので問題ありません」

 

 

今だけはジャンヌが物凄く頼りになる。そんな彼女を筆頭に、鏡夜達はオルレアンの地へ足を進め始めた。

 

日差しが強く照り付ける。鏡夜達を待ち受けるは希望か絶望か。それは誰にも知り得ない。それでも彼らは前へ進む。




モーさん「お、タマ採れた」
ジャンヌ「アサシンはどうですか?」
アサシン「私も採れた…」
店長「(ワイバーンって焼いたら食えるのかな?)」

こんな時でも料理優先の店長マジ店長。なおワイバーンの皮はモーさんによって鎧に取り付けられた模様

※本回はネタです。本編に還元される事はありません。


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白と黒

待たせたな。ここからは急展開だ、それこそ某カードアニメ並みの。




ーーー街が、燃えている。

 

アサシンの報告を受け、全身全霊を持ってその街…ラ・シャリテに駆け付けたが時既に遅し。そこは死の街と化していた。

焼け焦げた住居、崩れた店の残骸。倒壊した建築物。何もかもが鏡夜達に現実を突き付ける。"間に合わなかった"

 

生存者は絶望的。否、いない。燃え尽きてニオイすらしないこの街で、どこかに誰かが潜んでいるなどあり得ない。そしてその現実を肯定する様に、アサシンの宝具瞑想神経(ザバーニーヤ)が"無"を知覚する。

 

 

「……胸糞悪ィ」

 

「同感だモード。ッ、ああクソッ‼︎」

 

「……そう自分を責める物ではありません。貴方が折れてしまう」

 

 

悔しいのはジャンヌも同様…いや、自分達以上だろう。本当なら今すぐにでも地に膝をつき、手を顔で隠しているはずだ。だが今の彼女は違う。それすら噛み殺し、主人である自分を気遣う言葉をかけてきた。何よりも鏡夜を優先した。

 

一払い、軽く自分の頬を叩く。何をしている、気合を入れろ。特異点を修復すれば全て元通りに還る。聖杯さえ手に入れれば、壊せば。全て世界の修正により元に戻るんだ。止まっている場合では無い。

 

 

「……!マスター、サーヴァントの気配です。戦闘準備を」

 

「ああ、分かった。放出、圧縮、形成(リブート)。強化全身へ…!」

 

 

先程の戦闘で起動していた魔術回路に熱を入れ、強化魔術を全身へ施す。何が来ようとも、その真意が理解(わか)り尽くし、懺悔すら吐かせぬ間で倒してやる。倒してやるんだ。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

いやまさに、この邂逅は最悪の奇跡だろう。旗を背負い、先陣を切りこちらへ接近して来たのは他でも無い彼女。ジャンヌ・ダルクだった。

しかしその姿は黒く染まっており、纏う雰囲気は闇その物。まさか探していた黒ジャンヌとこの場所で、この様な形で出会ってしまうとは。

 

覚悟はしていた。だが、いざその時が来れば硬直してしまうのは回避出来ない。それは向こうも同じらしく…と言うより、向こうはこちらのジャンヌ・ダルクの存在を知らなかったのだろう。それこそ後頭部を殴られた様な顔をしている。

静寂は、黒の呟きによって無に帰された。

 

 

「なんて、こと。まさか、まさにこんな事が起きるなんて」

 

「ッ……!」

 

「ねえ。お願い、誰か私の頭に水をかけてちょうだい。まずいの。やばいの。本気で頭がおかしくなりそうなの」

 

 

おそらく互いが互いにとって一番会いたくない人物だろう。方や全てを否定する黒。方や憎むべき愚者だった過去。そんな嫌悪や否定の間を与えず、黒の言葉は続く。

 

 

「だってそれぐらいしないと、あんまりにも滑稽で笑い死んでしまいそう!」

 

 

黒は腹を抱えて笑い出す。その背後に立っていたサーヴァント達もくすくすと、釣られる様に小さな笑い声を上げてみせた。黒は必死に笑いを抑えて、白を嘲笑う。

 

 

「ほら、見てよジル!あの哀れな小娘を!なにあれ羽虫?ミミズ?ネズミ?どれにしたって同じ事ね!ちっぽけ過ぎて同情すら無いわ‼︎」

 

 

黒はまさに心の底から、生前の写しである白を侮辱する。ひたすらわらい、笑い、嗤い。たまらなく面白い物を見た時と同じ、変わらない反応を示している。

 

 

「ああ本当、こんな小娘(わたし)にすがるしか無かった国とか、ネズミの国にも劣っていたのね!」

 

 

そして過去の所業を嗤い、助けたかった国を嗤い。徹底的なまでに侮辱の限りを尽くす。

 

 

「誰だよ、お前」

 

 

モードレッドが強い口調で問いただした。いや彼女の名前は知っている。聞きたい事はそれでは無い。貴様は何者だ。何故友人と同じ顔をしている。何故自身の過去の行いを嗤う。何故自身を嗤う。今眼前で嗤う彼女は最早、ジャンヌ・ダルクの高潔さの面影すら残していない。

それは彼女の暗黒面だろうか。それとも隠し持っていた副人格なのだろうか。疑問は尽きないが、それすら彼女は嘲笑うかの様に腹を抱え続ける。

 

 

「私?私はジャンヌ・ダルク。蘇った救国の聖女です」

 

「聖女?貴女が?違う、私も貴女も聖女では無い。……いえ、過ぎた事は語りません。何故この街を襲ったのか、聞かせなさい」

 

 

黒はその表情を変えない。あくまでこちらを、引いては白いジャンヌ・ダルクを嘲笑う姿勢を変える事は無い。

 

 

「何故かって?まさかここまで鈍いとは。馬鹿馬鹿しい、至極簡単な事ですよ。"この国を滅ぼす為"です。政治的とか、経済的とか。そんな回りくどい方法よりも、単に壊した方が単純明快でしょう?つまりはそう言う事ですよ、もう一人の私」

 

 

戦慄が走る。余程の事は想定していたが、ここまで歪んでいるとは。しかも"簡単だから"と言う理由で殺戮を行なう彼女の精神が、理解出来なかった。元は同じ聖女なのに、どうしてここまで人命を軽視出来るのか。

一体ナニをマゼレば、彼女はカノジョになってしまうのか。一体何が、何の事故が。何をどうすれば救国の聖女は破国の魔女へ変わってしまうのか。…信じたくなかった。

 

 

「バカな事を…!」

 

 

白の全てを超越した、簡潔な義憤すら黒はバカにする。そして黒の語りは続く。

 

 

「バカな事?愚かなのは私達でしょう、ジャンヌ・ダルク。何故この国を救おうとしたのです?何故こんな愚者を救おうとしたのです?…裏切り、唾を吐いた人間達だと知りながら‼︎」

 

 

おそらくは彼女のその物であろう、憎悪の結晶がこちらを捉えた。生の人間の鏡夜や、かつて憎悪したモードレッドでさえも、黒の憎しみは他の単純な憎しみと一線を画す物だと感じた。それはまるで燃え滾る炎。いや、燃え滾る炎は彼女の憎悪の具現化なのだろう。そしてこの街を燃やしたものまた、彼女の憎悪。

 

 

「私はもう騙されない。裏切りを許さない。そもそも、主の声すら聞こえない。つまりは主はこの国に愛想をつかしたと言う事。だから刈り取るのですよジャンヌ・ダルク。悪意の種全てをね」

 

 

止まらない。彼女の全てが止まらない。

 

「このフランスを沈黙する死者の国に作り変える。それが死んで変わった私の救済。まあ貴女には理解出来ないでしょうね、お綺麗な聖処女様には。私達と私達の国が間違っていた事はね‼︎」

 

 

ーーー理解(わか)った。ああそうだ、それがお前の正しい感情なのだろう。

…助けてやれないのだろうか。

 

 

鏡夜が一歩前に踏み出したと同時に、今度はこちらのジャンヌが口を開いた。

 

 

「貴女は…、本当に"私"…?」

 

「……ハッ、呆れた。バーサーク・ランサー、バーサーク・アサシン。この田舎娘を始末しなさい。雑魚ばかりでは飽きたでしょう?彼らは強敵です。存分に屠りなさい。血に飢えた獣達よ」

 

 

黒の背後から二人のサーヴァントが躍り出る。どちらとも有無を言わせずの殺戮の重圧を放つ、化け物。全身に血の臭いを纏わせ、ジャンヌ・ダルクをエサを見る目で見つめる悪魔。

ランサーにはどこか高貴さを感じるが、それすら彼の血に飢えた獣の本能が掻き消してしまう。二人はジャンヌ・ダルクの血を飲む時を今か今かと待ちわび、それぞれの得物を光らせる。

 

 

「取り分を決めましょう王様。彼女の血肉と腸は私に下さいな」

 

「強欲な奴め。では魂は私が頂くとしよう」

 

「構いませんわ。さあ王様、お食事の時間です!」

 

 

こちらへ飛びかかって来た二人のサーヴァント。ランサーはモードレッドが、アサシンは同じアサシンがそれぞれの愛武器を携えて迎える。ただ一人ジャンヌは、奥にいる黒を見つめていた。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

モードレッドが対峙するランサーは、彼女が危機感を抱く程に強敵だった。"バーサーク"の単語から少なからず狂化を付与されている事が伺える。言語を司っている所から察するにE~Cまでだろう。それでも狂化はその者の思考を混沌に落とし、動きを単調にしてしまう節がある。

 

だが目の前のランサーはどうか。まるで単調さの無い、品のある槍捌き。こちらのフェイントとフェイクにも対応してくる複雑な行動。まさしくランサーの名に恥じない槍使いだ。

 

 

だがそれで恐るモードレッドでは無い。こちらへ振り下ろされる槍を見据え、それを叩き落とすかの様に、弧の軌道で王剣を廻す。

甲高い金属音が鳴り、槍の軌道が逸れる。ランサーは眉をひそめ、小さく不満の声を上げた。対してモードレッドはニィと笑い、ランサーの腹を蹴り飛ばす。

 

ーーー魔力放出。王剣の一閃は、ランサーの身体を割いた。肩から胴にかけ大きな傷が付き、血が溢れ出す。

 

 

「ヘッ!吸血鬼が血を流すとは、皮肉だな!」

 

「おのれ…‼︎」

 

 

"吸血鬼"が彼の逆鱗に触れたのだろう。傷を癒す事無く、ランサーはモードレッドへ飛びかかる。血肉を屠らんと、我欲を剥き出しにし、鮮血が滴る得物と一突した。

 

何とか攻撃を王剣で遮り、得意の体術から繰り出される蹴りをランサーに飛ばす。それをランサーは、同じく回し蹴りで相殺。どうにもモードレッドにはそれが捌けなかった。

 

 

悪寒の走る様な笑みを浮かべ、ランサーはモードレッドの心臓めがけて得物を突いた。

…頂いた。そう確信したランサーは、待ち受ける食事への興奮を胸に、彼女の臓を貫く。

 

…いや、その瞬間は来なかった。彼女の背後から飛ばされた魔力塊の弾丸。それが自身の眼前で弾けたおかげで、ランサーは攻撃を中止せざるを得なかった。

 

 

「信じてたぜマスター!」

 

 

そう告げたモードレッドは王剣をこれでもかと身体の中に入れ、回転斬りの要領でランサーを斬った。

 

 

 

 

「この……!」

 

「アサシンにしては単調過ぎる。お前、アサシンに向いてない」

 

 

杖の先から魔弾を飛ばすバーサーク・アサシンと、宝具の利と気配遮断の利を活かす無銘のアサシン。バーサークの魔弾の合間を縫い、アサシンは黒塗りのダークを投擲する。

 

ーーー相性が悪い。

 

「ちょこまかと…!鬱陶しいですわね‼︎」

 

「対応出来ないお前が悪い…」

 

 

半ばヤケになり、魔弾のサイズを引き上げ、所構わずにアサシンが居るであろうと推測出来る座標へ飛ばす。これはアサシンも全て回避し切れないと判断し、宝具の一部を解放した。

 

ーーー断想体温(ザバーニーヤ)

己が全身を硬質化させる、長の一人の業。それは何物よりも柔らかく、何物よりも硬い。水晶の如き柔剛さ。

 

タネも仕掛けも無いただの魔弾など、水晶皮膚に傷を付ける事は叶わない。出来る限り回避し、間に合わないならばその皮膚で相殺する。

 

ダークの残量も底をつきかけ今、そのウチの一つがバーサーク・アサシンの太ももを捉えた。彼女はよろめいたが、杖を支えにし立ち姿勢を保つ。左太ももを抉ったダークを無理矢理に引き抜き、報復せんと更に魔弾を飛ばした。

 

拮抗は続く。バーサーク・アサシンは苛立ちを募らせ、無銘のアサシンは妄想心音(ザバーニーヤ)を解放しようか否か、踏ん切りが付かないでいた。いくら聖杯一つ分の魔力タンクを有しているとは言え、先刻から瞑想神経(ザバーニーヤ)断想体温(ザバーニーヤ)、そして二人のサーヴァントの過激な戦闘。これ以上は鏡夜に負担をかける可能性がある。

 

 

 

…いや、これは天の恵みだろうか。アサシンは敵意の無い気配を感知した。数は二人。高速で此方へ接近して来る。アサシンが振り返った先、一人の女性が高度から何かを投げつけた。

ガラスの薔薇。黒いジャンヌ達の前にそれが突き刺さる。風に乗った花の様に柔らかく着地した女性は、黒いジャンヌ達へその指を向けた。

 

 

「はい貴女達!優雅じゃないわ!」

 

 

何を言い出すかと思えば。彼女は振り返り、今度はこちらを指差す。

 

 

「貴女達!とても優雅で格好良いです!と言う訳で手助けします。アマデウス!」

 

「人使いが荒いよ全く。死神のための葬送曲(レクイエム・フォー・デス)‼︎」

 

 

ーーー重圧が、鳴り響く。




店長揺れるママママインドフェイズ突入。

マリーさん来た!これで(ギャグに突入)出来る!後はすまないさんとゲオル先生を拾って、たまたま訪れた街でCCC48と清姫ちゃん拾えば完壁。

冬木パ組もうにもアチャ枠がどっちも無い模様。つぎのエミヤんのピックアップはいつですかね?


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情報交換

そろそろ峠も越えて来たので一気に駆け抜けたいと思います。その間クオリティが下がるのはご愛嬌願いたいです。以下言い訳。

だって戦闘多過ぎですもん……。

ーーーついて来れるか(展開速度的な意味で)


結論から言うと、逃げた。

 

理由は多々あるが、一番はこちらのジャンヌの精神衛生上だ。あの場にいる人間が持つ本質()の自分を見せ付けられ続けたら、彼女の精神に影響をきたすとの判断だ。別に彼女が頼りないからとか、そんな心配は無い。ただどうしても、どうしてもそんな最悪の未来がチラついていた。

 

自分達を助けてくれたのは他でも無い、はぐれのサーヴァントであった。マスターも無しにどうして召喚されたか不明だが、お互いの知識と思考からある決断を下した。

勝負無しに結末を迎えた聖杯戦争に対する、聖杯の対抗。いわば修正。

おそらくはこれだろう。いや、これ以外に該当する理由が無い。だとすれば後五人、はぐれで召喚されたサーヴァントがいるはずだ。

 

ふと鏡夜がジャンヌに視線を向けた。真面目な顔で話を聞いているが、彼ならすれば無理をしている事がモロにバレている。そんな彼女の嘘は、放ってはおかない。

 

 

「大丈夫か?」

 

「すみませんマスター。ご心配をおかけしました……」

 

 

こちらに向ける笑顔は"作り"だ。無茶をしているのだ。ここでそうか、と見て見ぬフリをする鏡夜では無い。彼女の思いを無下にする様だが、敢えてその嘘を指摘する。

 

 

「……やっぱりマスターにはバレてましたか。鋭過ぎですよぅ」

 

「しんどいだろう。寝れば良い」

 

正座をすると、ジャンヌがそこへ頭を乗せて来た。時折する逆膝枕だ。ジャンヌはこれを中々気に入っている。

 

「お膝、お借りします…」

 

 

さて、と鏡夜は自分達を助けてくれた二人へ向く。まずは格好の失礼を詫び、感謝の意を示した。続け様に軽い自己紹介をする。温和な雰囲気の中、彼女達も自身の真名を明かしてくれた。

 

マリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト。互いに鏡夜の時代にまで名を残している著名人。素顔が教科書などに載っている絵とはかけ離れている為多少の衝撃を受けたが、何とか自分を納得させた。

 

マリー・アントワネットは「パンが無いなら菓子を食べれば良い」との発言をしたとされているが、近年それは別人が彼女の発言とでっち上げた物だと判明した。それを機に彼女の諸行が再評価され、現代フランスでは名誉回復が進められている。英雄としての華やかな功績は無くとも、民を想うその姿勢はまさしく英雄だったのだろう。対してアマデウスは英雄と言うよりは有名人だけの様な気もするが、彼の音楽が人々に希望を与えたと無理に解釈すれば、どうとでもなる。

 

 

「人類の未来の焼却…か。確かに一刻を争う問題だね」

 

「この時代の聖杯がその一端を担っている……。私個人としても、見逃せません」

 

「そう言う訳だ。オレ達はその為にあの黒いジャンヌをぶっ飛ばす」

 

「無辜の民に被害が及ぶのはノー…」

 

 

マリーとアマデウスの戦闘能力がどれ程の物かは不明だが、先刻を顧みるにコンビネーションは最高だろう。それもある意味史実通りと言うか。ともかく、これで数の差は埋められる。

 

互いの情報も交換した所で、本格的に今後の展開を相談する。最終目的こそ黒いジャンヌ・ダルクの打倒だが、その道程をどう動くかだ。

やはり戦力は欲しい。最優先事項はジャンヌの…ルーラーの能力でこの時代のサーヴァントを捜索する事だろう。黒いジャンヌがはぐれのサーヴァントを取り込まない確証は無い。その結末を迎え、余計に差を付けられてしまった暁には、どう足掻いても勝利は無い。それは休眠中で発言しないジャンヌを除く全員が一致しており、即時採決された。

 

ともなれば、腹の虫も鳴る。下手人はモードレッド。そこで物怖じせず「キョーヤ、腹減った」と言える彼女はやはり騎士王の子供なのだろう。大師父に連絡を取り、補給物資の転送を依頼した。この技術もカルデア産らしい。近い内に礼を言いたい。

 

 

「しかしこいつ、よく寝るよな」

 

「救国の聖女の寝顔……ふふ、レアです」

 

「店長さん、膝大丈夫…?」

 

 

確かに、少し痺れて来た感覚がある。こんな事ならば正座の訓練を積んでおけば良かったと多少後悔に似た念を抱いた。いやそれでも、この姿勢は継続する。

何だろう。何かを忘れている…いや、何かが違う気がする。先程黒いジャンヌと相対した時から感じていた一種の疑問は、こちらのジャンヌの寝顔を見ている内に、空気を入れる風船の様に膨れ上がって来た。大切な何かを、このままでは果たせない気がする。

 

 

「むにゃ……、ますたーは私が……くぅ」

 

 

寝言だろう。そこまでして自分を守ってくれるのか。何とも照れの様な、情け無い様な気分になる。違うだろう、守るのはこちらの方だ。

 

ーーー守る?

 

待て空白鏡夜。この身の夢はジャンヌ・ダルクの救済。彼女に自分の幸せを見つけてもらう事。では、では…

 

()()()()()()()()()()()()()




揺れるママママインド第二段階。次回変態アマデウス仮面との小さなやりとりで今後が決まる。

個人的には早く黒ジャンヌ戦をやりたいん……ん?店長パーティにはモーさん。そう言えば向こうのバーサーカー枠はランスロット……?あ、良い事思いついちゃった。



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青碧の月

ハサシン先生強過ぎです。セリフも渋ければモーションもふつくしい。特に「石榴と散れ」は痺れました。


ーーー破綻に直面した。

 

人の身に余る夢、ジャンヌ・ダルクの救済。物心ついた時から内に秘めた、実現性0の理想。

彼女との邂逅の後、そんな事は不可能だと心のどこかで理解(わか)ってはいたが、それでも貫こうとし続けた。彼女が俗世に浸かるのも、自身の幸せを見つけた事の表れだと思い、小言を言いつつも微笑ましい視線を向けて来た。

 

そして対峙した黒き聖女。彼女もまた、ジャンヌ・ダルク。根源を同じくし、魂を作る要素を同じくし、それでも白とはかけ離れた"本物"。破壊と殺戮をもたらし、フランスの地を一掃する竜の魔女。

 

 

善悪概念、道徳的思考、一般教養の観点から見れば、彼女を救う行為は悪だろう。

鏡夜の理想、ジャンヌ・ダルクの救済。つまらない正義感や義務感から来るものでは無く、本当に自己満足で掲げた物だ。今まさに、それが試されている。

 

 

実を言うと、鏡夜は彼女…黒いジャンヌ・ダルクにそれほど義憤を抱いていなかった。別に彼女の行為を肯定する訳では無いが。初めて彼女を見、彼女の言葉を聞いた時、抱いた感覚は哀しみだった。理解されず、裏切られ世を去ったジャンヌ・ダルク。あのサーヴァントは人間が持つ聖女も例外に漏れない、深層心理の悪意が自我を持った存在なのだろう。故に街を焼く。彼女の発言を汲み取れば、自身は神の代行者として過ちを絶っている積りらしいが、どうにもその背景には燃え滾る復讐心が見える。

 

 

彼女に手を差し伸べるか、否か。本心からすれば彼女にも光を。だが誰よりも人間になりたかった鏡夜の中の善悪の判断の秤にかければ、その行いは悪。

 

新鮮な空気を吸えば落ち着けるかとは思ったが、それすら上手く行かないらしい。

 

 

どうすれば良いか分からなかった。黒いジャンヌ・ダルクを倒す事に躍起になっている自陣。その中に自身の理想を打ち明ける程、鏡夜は空気が読めない訳でも、肝が据わっている訳でも無い。

分からない。彼女に手を差し伸べるか、否か。彼女を救う言葉は知っている。それでなお彼女の憎悪が途切れないのならば、足掻き続けてでも光を見せる覚悟はある。実行する力も、微々ながら持ち合わせる。

 

 

ーーーそれで良いのか。

 

彼女を救うとは、彼女の罪を無かった事にするのと同義。いや確かに、この時代の国民は司祭達に踊らされ、自身らを救ったジャンヌ・ダルクを魔女と罵った冷血漢共の集いではある。正直鏡夜もざまあみろの感情は捨てられ無い。けれども人は死んだ。彼女が殺した、その手で。それを見過ごす悪の勇気は、無い。

確かに聖杯さえ破壊すれば、燃えた街も、死した人々も、全ては元の歴史の流れに乗り、あるべき姿を取り戻す。さすれば相殺されるのだろうか。その解はそれこそ神のみぞ知る。

 

 

だからこそ破綻に直面した。その身が悪を纏わなければ、彼女は救えない。けれども悪を見過ごす事は出来ない。だがそれでも、彼女は救いたい。義務感では無い、己が意思で。己が理性がそう唸る。出処の分からない私欲が溢れ出る。

 

 

「憂鬱のメロディだね。どうかしたかかい?」

 

「アマデウスさん…。いや、ちょっと困ったと言うか、破綻したと言うか。ぶっちゃけ滅茶苦茶苦しいです」

 

「ふむ……。どれ、話してみる気は無いかい?同じ性別だし、少しは君に理解を示せるかもよ?」

 

 

アマデウスの優しさが身に染みる。あって数時間の人間にぶちまけるには重過ぎると理解しているが、彼の優しさに甘えた。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「あー……なるほどねえ。確かにそれは苦しむのも理解出来る」

 

「何かすみません、こんな重たい話をして…」

 

「まあまあ、そう暗くならない。ふむ、ジャンヌ・ダルクの救済…か。なるほど、彼女は国を救ったが自身は救われなかった。そこを補完したいと」

 

「そんな感じ……ですかね。欲を言えば普通の女の子として生きて欲しい。だからあの黒いあいつも、また別のあいつとして助けてやりたい。黒だけ見放す事も俺には出来ない」

 

 

ーーーでも仮に、彼女を救えたならば、その罪を無かった事にしてしまう

 

彼の悩みはアマデウスの想定よりも遥かに重い物だった。確かに早急な対処を要する。

 

アマデウスとはマリー曰く、中々の屑だ。それは自分も認めている。彼がもし平均的な俗理感を有しているのならば、おそらくは彼女の救済への努力を絶てと助言していただろう。彼もそれを一瞬だけ考えたが、どうにも口にする事は叶わなかった。ここで彼が黒の救済を諦めれば、過去の自分と同じ後悔を背負う様な気がしたのだ。

 

彼はマリーを救えなかった。マリー・アントワネットがギロチンに処され世を去る前に、彼は世を去っていた。自分が生きていたならば、生きていたならばと座において彼は常々後悔と自責の念を宿している。この青年には自身と同じになって欲しくはない。経歴や事象の差異こそあるものの、辿り着くバッドエンドは類似している。

 

 

「まあ、マリアを救えなかった者として、後輩になりかけの君にアドバイスを与えよう」

 

「なりかけ…ですか?」

 

「そう。僕から言えるのは、後悔しない結末を取れだね」

 

 

アマデウスはゆっくりと立ち上がり、召喚サークルの方へ身体の全てを向ける。

 

 

「僕は後悔している。僕が病床に伏せる程の軟弱者でなかったら、マリアは普通の死を迎えていたのでは無いかと。わざわざギロチンにかけられる苦痛を味わう事なんて無かったんじゃ無いかと。体を鍛えておけばと思ってるよ。大丈夫、君のサーヴァントは君に好意的な旋律を醸し出している。何を言っても結局は、君について行くさ。だからと言って道具の様に使うのは禁止だけど」

 

「それは大丈夫です。あいつらは道具(奴隷)じゃなくて被雇用者(バイト)ですから」

 

「うん、それは何より。だからやりたい様にやりなよ。君は聖人では無いしなるつもりも無い。僕みたいに欲望に忠実になってみても良いんじゃないかな」

 

 

そう言ったアマデウスはおやすみと告げ、召喚サークルへ帰った。月明かりの下に残されたのは鏡夜のみ。不気味な程美しくその光が、彼女を助けろと急かしている様な感覚に陥る。

 

…いや待て。

 

なんだ、あの時と同じじゃないか。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

同刻。召還サークル付近。

 

 

「あら?ジャンヌ?」

 

 

目が覚めたマリーが気分転換も兼ねて星を見ようと外に出ると、そこには焚き火の前で憂鬱そうな顔をしているジャンヌがいた。

 

 

「マリー?どうしました?」

 

「気分転換にお散歩でもと思ったの。そうしたら貴女がいた……ってちょうど良いわね。お話ししましょう」

 

「私で良ければ。何をお話しします?」

 

 

雑草の柔らかさが心地良い。こんな風に夜空を見上げながら誰かと話すのはいつ以来だろうかとジャンヌはふと思った。

次の瞬間、マリーから爆弾が投下される。

 

「ジャンヌは恋をした事は?」

 

「ふぇ?恋…ですか?私はそんな経験は……」

 

「あら?読み違えたかしら。鏡夜さんが意中の相手と思っていたのだけれど」

 

 

空気が器官に入った。少しばかりむせた後、全力で手を振りそれを否定する。その反応を見たマリーは一段と表情を楽しそうな物へと変え、少しからかいを加えてみようと考えた。

 

 

「違いますよマリー!マスターはその、恩人と言うかリアル聖人と言うか……リアリスト的な。あ、そうです!兄か父親です!」

 

「あらら。ジャンヌ、必死に否定するのは肯定と同義よ?」

 

「えぇ⁉︎知らないですよそんな事実!聖杯からの知識にも入ってませんし!ともかく‼︎マスターは違いますからね!絶対ですからね‼︎」

 

 

顔が紅潮している状態では、いくら否定されても頷けない。からかい半分で言ってみたが、思わぬ発見へと繋がったのをマリーは確信した。もしかすると脈アリかも知れない。

それはさておき、ジャンヌの感情も理解出来る。出会って数時間の人間が言う事では無いが、マリーは鏡夜の"白さ"を感じ取る事が出来た。あれ程心が鏡の様に美しい人間もそういない。滅びが確定した未来、その状況下で一般人+α程度の立場の鏡夜が、あの様に最前線に立ち、臆する事なくサーヴァントと立ち向かう。その強かさと、言葉が纏う妙な美しさは長期間付き添った者を墜とすのには十分過ぎるだろう。

 

「ええ、ええ!分かるわよジャンヌ!鏡夜さんは心が綺麗ですからね。会って間もない私が感じ取れる程に」

 

「それがマスターの良い所と言うか、あの方一般人相手なら遺憾無く助けますからね。魔術師絶対ぶっ殺すボーイですけど」

 

「うん、うん。そうね、恋愛の先輩から助言をするわ。押してダメなら引いてみろ、その道に命を懸けてごらんなさい。そうすればきっと意中の彼はイチコロ、よジャンヌ!」

 

「だ、だから!違いますからぁ‼︎」

 

 




以上、ジャンヌとマリーの会話をお送り致しました。




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一難去って

後一粒の涙でー♪一言の勇気でー♪
願いが叶うー、その時が来るってー♪

涙なんていくらでも流すからGOのガチャ確率あげて下さい。後オケアノスはよ(懇願)


まただ、またこの夢をみる。マスターと契約してから、時折。私の視界の奥で、私の姿をして、彼が燃やされる。私の代わりに偽のジャンヌ・ダルクとして、私が背負うべき罪を無理矢理奪い取って代わりに死ぬ。

 

この光景の正体が分からない。私は確かに、魔女として大衆の前で焼かれたはずだ。

 

ーー馬鹿な人。貴方は死ぬ必要なんて無かったのに。

 

私の死因は火。私は火刑に処された/私は一人で、彼の後を追った。

 

…記録が矛盾している?

 

ーー主よ、この身を委ねます

 

私の辞世の言葉。…いや違う。この言葉には続きがある。

 

ーー私に、彼との再会をーー

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

 

ーーー厄介な事になった

 

一晩明け、はぐれサーヴァントの捜索を開始しようとした矢先の、敵性サーヴァントの襲来。彼女の真名は聖女マルタ。祈りで竜を屈服させたまごう事無きの聖女だ。その彼女でさえも、狂化を付与され、こちらとの敵対を余儀無くされている。

 

十字架の杖から魔弾が飛来する。それだけなら対処可能なのだが、近付けば彼女の鉄拳が唸る。いやまさに遠近両用なのだ。

杖の硬度は確かな物で、モードレッドの王剣ですら砕く事にまで届かない。影に潜んだアサシンのダーク投擲も、至る直前で避けられてしまう。ジャンヌが看破した敏捷Bは相当な壁となる。

 

 

それでも1vs3ならば数の差で押し切る事は可能だ。だが彼女達はそれを行えずにいた。何故か。

聖女マルタの宝具の存在があるからだ。彼女の象徴とも呼べるタラスクの召喚。おそらくはそれが彼女の宝具。推測だが対軍宝具と同等であろうそれを呼び起こされたらそれこそ、勝ち目が無に等しくなる。アルトリア・ペンドラゴンの聖剣の光の斬撃と類似した型ならば、モードレッドの王剣で対処出来る。だが幻想種に数えられるドラゴンの、それも莫大な生命力を持つそれを呼ばれたら、こちらの対軍宝具でも倒せるか。

 

ジャンヌのルーラー権の令呪も通用しない。便宜上オルレアンの聖杯と呼ぶそれに接続されているマリー、アマデウス、マルタ、そして先日遭遇したランサーとアサシン…真名ヴラドとカーミラにはこちらのジャンヌが持つ令呪は対象外だと、昨日の実験で判明した。つまり令呪でのマルタの宝具封印も不可能なのだ。

 

いやそれでも、攻め立てるまで。鏡夜のゴーサインを見たジャンヌ、モードレッド、アサシンの計3名。とうとう抑制していた部分を解放する。それがマルタの宝具開帳に直結してしまうとしても、その時はその時だ。全身全霊を持って対処するまで。

 

 

モードレッドの王剣とマルタの聖杖が鬩ぎ合うその刹那の間、アサシンは鏡夜から借りた短刀で暗殺者らしかぬ機動を取り、ジャンヌは穂先の剣を光らせる。三方向からの同時撃。咄嗟にマルタは背後に下がるが、そこはアサシンの領域。しまったと閃刻の本能的危険判断が告げたその瞬間には、アサシンの短刀がマルタの背を捉えていた。

 

傷を受けたマルタは足元が不確かになる。そこへアサシンの体術、研鑽で磨いた拳と脚が食らいつく。

聖旗の剣がマルタの腹を斬る。満身創痍、いよいよ失血が酷くなる。それでも膝をつかないのは聖女たる精神力の賜物だろう。

 

 

「やるじゃない…!なら私も…っ‼︎」

 

 

ーーー木々が騒めく。

 

突風が吹き荒れ、草原が踊る。…来る、タラスクが。

 

鉄甲竜タラスク。聖女マルタが鎮めた幻想種。彼の獲物をどの様に攻撃に転換するかは不明だが、それが突撃となるとこちらにはジャンヌの宝具以外、防ぐ手立てが存在しない。

 

大地が揺れ、獣の雄叫びが木霊する。聖女マルタの足元が割け、這い上がる様に竜がその面を晒した。マルタは尽きかけている血肉を奮い立たせ、タラスクに足を抑える。ーーー突撃して来るつもりだ。

 

「愛知らぬ哀しき竜よ…!」

 

鏡夜は咄嗟にジャンヌの名を呼ぶ。手旗でモードレッド、アサシン、マリー、アマデウスを自身の背後に下がらせ、両手をジャンヌの背につけた。右足を後ろに押し出し、身体を固定する。

 

「星の様に!愛知らぬ哀しき竜よ(タラスク)‼︎」

 

 

ーーー疾い…!

 

 

その巨体、その疾走から繰り出される衝撃は計り知れぬ域に辿り着いており、ジャンヌもこうして結界を維持する事に精一杯を回すを余儀無くされた。背を鏡夜が支えているとは言えど、彼女と旗に伝わる負担は底知れない。

 

歯を食いしばる。足掻く様に手を押し出し、足腰に力と魔力を流し、背中の感覚に全幅の信頼を寄せる。

一体、いつになったら宝具の終了がやって来るのか。このままでは旗が壊れてしまう。

 

故に、その事を知っている鏡夜はジャンヌの右腕を掴んだ。逆転への糸口は令呪の存在。あの時と同じ、転移に奇跡の範囲を絞る。ジャンヌの背を軽く叩き、一言「後少し」と励ましの言葉を送った。

 

 

「ッ……!令呪を似て命じる!アサシン、マルタの背後へ飛べ!」

 

「了解……!」

 

 

アサシンの姿がぼやける。指定座標は聖女マルタの背後。次にアサシンの姿が確実な物へと再生していた刻には、彼女の背が蠢いていた。

 

 

妄想心音(ザバーニーヤ)…!」

 

 

再現されし呪腕がローブから天を突く。緋く、禍々しい一体の腕が直線的機動でマルタの腹部へ伸びる。マルタの肺から、吐息が漏れた。口から血潮が噴き出す。

 

勢い良く腕を引き抜き、呪腕をもう一度外界へ露出させた。そこにはエーテルで形作られたマルタの鏡面心臓が握られている。それを一思いに、慈悲など込めずに握り潰した。刹那、タラスクが力無く大地に落ち、その上にマルタは倒れ伏せる。その顔はどこか、鏡夜達に聖女の柔らかさと暖かさを感じさせた。

 

 

「やるじゃないの…。ご褒美に良い事を教えてあげる…っ。"竜殺し"を捜しなさい」

 

「竜殺し?」

 

「ええ、そうよ……。この時代には竜殺しが呼ばれている。貴方達が彼を味方につけなければ、敗北は必死ね…。うん、次は公正な立場で会いましょう…」

 

 

マルタの身体が少しずつ金の粒子に溶け、その魂は聖杯へ向かう。鏡夜は虚空へ一礼し、ジャンヌの腕を取った。

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

 

「竜殺し…?」

 

「可能性としてはジークフリートだな。邪竜を墜とした彼の活躍は大きい」

 

 

確かに彼の功績ならば、そして実力ならば。このフランスの空を埋め尽くす勢いのワイバーンを黙々と殺せるだろう。実際呼び出されているのならば確実に仲間につけたい。

 

ならば街に出た方が良いだろう。まだフランス全土が滅ぼされた訳では無い。どこかに必ず生きている街が存在するはずだ。あるいは先日の様に砦を訪ねるか。情報収集の手立て自体は残されている。

 

 

「……そう言えばリヨンは人がそこまで多くは無いな…。となると彼女に攻め立てられている確率も多少は低い…か。よしみんな、オレに付いて来てくれるか?」

 

……?待て、何故俺は、リヨンの人口が少ないと言う事を()()()()()

 

よそう。たまたまだろう。無駄な事に労力を割くのは好きじゃ無い。とっととリヨンに行こうか。




なお作者は昨日のオルフェンズに影響されてISの試作を始めた模様。そしてお蔵直行。

次回、待ちに待ったすまないさん登場。
すまない……、登場が遅れて本当にすまない……。



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竜殺しを探せ

何も言う事は無い。だが、強いて言うなら

ーーーすまない、待たせたな

お待たせ致しました。竜殺し(満身創痍)の登場です。ズタボロです。拍手でお迎え下さい。


昔々、とある村に一人の少女と少年が住んでいました。彼らはとても仲が良く、毎日の様に野原を駆け巡り、牛や羊と遊んでいました。

 

そんなある日、少女が神の声を聞いたと言いました。少年は誰よりも先に少女の言葉を信じ、少女の手助けを誓いました。その日以来少年は武芸に打ち込み、魔術を学び、少女と共に愛する国を守ろうと立ち上がりました。

 

少女が信頼を勝ち取って以降、少年は少女の前を切り戦場を駆けました。やがて優秀な元帥とそのお抱えの魔術師も味方になり、少年と少女は名実共にフランスの救世主となりました。

 

しかし現実は違いました。彼らの快進撃も止まってしまいます。彼が彼女、どちらかのみしか助からない状況。その中で彼はある決断を下します。

 

彼は咄嗟に自身と彼女に魔術をかけ、お互いの外見をお互いの物に一時的な変質をさせました。彼女となった彼は兵に呼びかけ彼となった彼女を逃し、自身は捕まりました。

 

その後彼は彼女として異端審査と裁判を受け、あらゆる罵倒を受けて火に焼かれました。彼は死に際にとても満足そうな笑みを浮かべていました。これで彼女が苦しむ未来は無いと。ーー主よ、この身を委ねますーーと呟き、彼の魂は地獄に堕ちました。

 

彼女は絶望しました。自分の所為で、自分の所為で彼が死んでしまった。しかも自分の罪を代わりに被って。彼女は彼に謝る為に自らその生涯に幕を下ろしました。

 

すると星の意思は困りました。聖女ともあろう者が自殺してしまうとは、信仰を得る事が困難になるからです。そこで星の意思は彼に関する記憶、記録を全ての人間において封印し、彼女に彼の記憶を組み込みました。こうして彼女と、彼女達の元帥と、全ての人間が彼の事を忘れてしまいました。ただ一人、蠅の王を除いては。

 

さて、報われぬ彼の魂は今どこで、何をしているのでしょうか。それは星の意思すら知りません。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「ライダーが命令無視で敗北……。やはり聖女とは役立たずですね。とは言え、彼女を倒した彼らも無視出来ません…か。次は私が出ましょうか。ジル、バーサーク・アサシンに連絡を」

 

 

忌々しげに呟いた黒は、腹心の元帥に指示を下した。手に旗を持ち、軽く振る。未だに愚かな過去の自分の戦闘経験は残っているとなると、サーヴァントの身も捨てた物では無いだろう。これが村娘当時のスペックしか無いのならば、相当いたたまれ無い。

 

 

「かしこまりました。ジャンヌ、完璧な存在となった貴女には武運すら不要でしょう。どうぞ、ご自由に蹂躙を」

 

 

黒は顎に手を当てた後、ぽつりと言葉を漏らした。たった一つの疑問である。それを彼に投げたと言う事は彼への信頼の裏返しだろう。

 

「ジル。貴方はどちらが本物かと思います?私と、白い彼女と」

 

「もちろん貴女です」

 

 

ジルは即答した。そこに悩む理由も時間も無い。少なくとも今の彼には、黒いジャンヌ・ダルクこそが真のジャンヌ・ダルクだと判断していた。聖女よりも復讐を誓う彼女の方が、人間らしい。

 

 

「よろしいかジャンヌ。貴女は火刑に処された。あまつさえ誰も彼もに裏切られた!あのシャルル七世ですら賠償金惜しさに貴女を見殺しにした!勇敢にも貴女を救う為に立ち上がろうとした者は誰一人として現れなかった!理不尽なこの所業は?神だ!神こそが全ての元凶!だから私達は神を否定するのでしょう?」

 

「そう……そうよね。私は間違えていた。いえ、全てが間違いだった。間違えならば私が修正しなくては。私の救国の成果も間違えならば、私自身で無かった事にする。行きますよバーサーカー、アサシン。…ああもう、ややこしい。ランスロット、シャルル=アンリ・サンソン。先にワイバーンに乗っておいてください」

 

 

ふと意識を思考回路に向ける。先日対峙した向こうの陣営のマスターの男の顔が、何故か妙に気にかかる。こう、上手くは言い表せ無いが、どこかで見覚えがある様な無いような。そんな奇妙な感覚を敵のマスターに抱いていた。

 

 

「妙ですね。少々魔力の多い魔術師かと思っていましたが……この感覚は気持ちが悪い。一体彼は何者?私の生前の関係者……と言う訳でも無さそうですし。まあ、捕まえたら分かりますか」

 

 

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

鏡夜一行はリヨンの街に辿り着いていた。しかし、やはり、人の気配は無い。おそらくは黒に襲撃された後なのだろう。

それでも僅かな希望を持ち、そこに足を踏み入れる。虱潰しだが、手がかりは無い以上はおとずれた街一つ一つを捜索するしかあるまいだろう。

 

ジャンヌと鏡夜曰く、とても美しい街だったらしいが、今はその面影すら残さない。家々は焼け落ち、死の気配が濃厚に漂っているゴーストタウン。所々に残る焦げた木材や、店に並べられていただろう花の形をした炭。燃えた生活の跡が痛みを訴えている。それでも鏡夜は、それらに目を向けない。向けてはそちらに集中してしまうだろう。そう、それが彼なのだ。

 

 

湯水の如く沸き立つ怪物。それら一つ一つを丁寧に駆除して行く。中には生ける屍(リビング・デッド)…つまりこの街の人々であったであろう化け物さえも存在していたが、鏡夜は一切の後悔無く魔弾を飛ばす。こうなってはもう元に戻す事は叶わない。ならばせめて、正当な鎮魂を。

 

 

 

半ばで君の悪い両腕をしたサーヴァントと遭遇したが、いよいよ余裕が無い為にアサシンに一任した。予め霊体化させておいたアサシンを背後に回らせ、妄想心音(ザバーニーヤ)で刈り取ると言う算段だ。現実上手く行き、ファントムと名乗ったサーヴァントは間も無くその魂を聖杯に宿す事となった。

 

ふとジャンヌが何かを感じ取ったのか、身体を約75°右に回し、そこまで遠く無い城を凝視した。ルーラーが所有するサーヴァント感知能力が発動したのだろう。曰く微弱だが生きていると。とうとう竜殺しに近づいて来た。

それと同時に三騎、サーヴァントの反応を遠くで感知した。適性あり、おそらくは黒陣営のサーヴァントだろう。より一層、竜殺しとの邂逅を求められる。

 

「早く行こうぜキョーヤ。今ぶつかったら竜殺しを捨てるハメになっちまう」

 

「そうだな。誰か異論は?」

 

 

特に無い。全員が竜殺しにの保護を要求している様だ。ジャンヌの指差す方向へ身体を向け、勢い良く駆け出した。

 

 

 

 

「いた…。店長さん、私に任せて欲しい…」

 

「悪いが頼んだ。いきなりこの数で押しかけたら敵と判断されちまうかも知れないからな」

 

 

ローブのフードを取り、素顔を晒す。確かに彼女だけでもかなり怪しいが、そこは彼女の話術に賭けるしか無いのだろう。

刹那、アサシンから念話が入った。どうやら向こうに座り込んでいる男はサーヴァントらしい。となると、ますます竜殺しの可能性が高まって来た。

 

するとアサシンがこちらへ手招きをした。どうやら男は相当な傷を受けているらしく、こうして実態を維持する事で限界らしい。急いで男に駆け寄った鏡夜は彼に肩を貸す。

 

 

「すまない……、名も知らぬ青年よ…」

 

「気にするなよ。困った時はお互い様だ。ところで悪いが、真名を教えてくれないか。貴方が俺達を信用してくれてからで構わないが」

 

いや、と男は訂正する。言うにはアサシンとの問答でこちらを信用するに値すると判断してくれた様だ。

 

 

「ジークフリート、しがない竜殺し…とも名乗るべきか。この通り満身創痍の情け無い英霊さ…」

 

 

ーーーー

 

ーー

 

「急いで下さい鏡夜さん!私ですら感知出来る位置まで来ています!」

 

 

鏡夜の中の本能が警告する。11時の方角、とてつも無いナニカがこちらへ、獰猛な殺気を撒き散らしながら。その姿形がはっきりと視認出来たのは、殺気への戦慄と恐怖を確実に認識した数秒後の事だった。

 

ーーーデカい。

 

一目で理解する。アレはワイバーンの比では無い。アレこそがワイバーンを統率する竜種の最上位。形容するなら邪竜だろう。野生の本能を黒に支配され、思うがままの殺戮と破壊をもたらす生物兵器。欠片の理性も無い本能の怪物。獰猛と言う言葉では甘過ぎる程の威圧感を放つソレは、確実にこちらを狩るべき獲物として見据えていた。




次回とうとう店長が本気を出す。と言う訳でなんちゃって次回予告です。

ーーー諸共焼き尽くせ、ファブニール!
ーーーマズい……、このままでは…っ!
ーーーならば守り尽くせ、鏡!
ーーー私が戦慄した?あの取るに足らない魔術師如きに?

次回。鏡の極意、反射の巻


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鏡の極意、反射の巻

オケアノスはよ(後モーさんとアストルフォ)

店長TENCHYO化計画。詳しくはあとがきに。

それではどうぞ!


邪竜の口部に熱エネルギーを感じた。彼奴はこちらを豪炎で焼き尽くすつもりなのだろう。

対してこちらの防御手段はジャンヌの我が神はここにありて(リュミノジテ・エテルネッル)のみ。その旗の結界も、旗に蓄積されたダメージが抜け切る前に濫用すれば旗が壊れてしまう。

 

ならどうするべきか。刻一刻と豪炎が解き放たれる瞬間は足音を立ててやって来ている。盾のサーヴァントでも入ればと都合の良い展開を妄想してしまった。

いや待て。冷静になれ。死を目前とし自然と興奮している知能を冷却しろ。ただ一つ、たった一つだけこの身は希望を有しているでは無いか。忘れていたとは情け無い。この身の、空白鏡夜の起源は?この身が得意とするのはそれだろう。

 

祖母が遺した魔術礼装がある。自身を律する役割も兼ねた三種の鏡。空白鏡夜の魔力量だけでは真なる性能を発揮出来なかった、宝の持ち腐れだったそれらも、聖杯のバックアップを奪い取った今なら御せる。

 

 

鞄から青色の鏡一式を取り出す。それへ魔力を流し、秘められた術式を叩き起こす。礼装の起動と同時に自身の魔術回路にも本格的に火が入れられ、伴う痛みが全身を走り抜けた。

 

 

躊躇無く前へ飛び出す。後方から彼女達の声が聞こえるが、今はそれすら振り切った。何、多少の大怪我ぐらい魔術師の家系に生まれた時から覚悟している。半身が生きていれば儲け物だろう。そこまでする必要があるのか。あるのだ。何故なら彼は店長(マスター)従者(バイト)の安全を確保するべき義務が、彼には存在する。それに何より…

 

ーーー可愛い女の子が火に焼かれるのは、オレは嫌だね。

ーーー火に焼かれるのはオレの役目だ。

 

 

ーーー限定礼装最大展開、術式起動

 

ーーー回路同調完全終了、礼装拡大

 

ーーー固定神秘実行開始、全面展開

 

ーーー立方三反射鏡(コーナーキューブ・リフレクタ)

 

 

回路が唸りを上げ、鏡が彼らの全面を余す事なく塞ぐ。蒼天の如き透明度を纏う三枚の鏡で形成された、半分欠けた立方体。各自が陽光を写し、まさしく神秘の結晶体として顕現していた。

 

コーナーキューブ・リフレクタ。光や電波を反射する性質を持つ三枚の板を互いに直角に組み合わせ、立方体と頂点型にした装置である。その性質を模した装置がこの立方三反射鏡(コーナーキューブ・リフレクタ)。魔術師が忌避する科学技術を原典とし、その理論と機能を取り入れた、ある意味魔術師に対するアンチテーゼを体現した礼装。

 

実際その機能も対魔術師、ひいては対神秘に特化している。科学技術のコーナーキューブが光や電波を反射するに対し、こちらのコーナーキューブは神秘を反射する。この立方に衝突した神秘が、より複雑な術式で成立していればしている程、コーナーキューブは真価を発揮すると言う仕掛けだ。

 

 

竜種とは幻想種の頂点を争う神秘の固形。それ自体が神秘が自我を持ち動いているのと同等だ。故に彼らの吐くものも神秘に数えられる。つまり此度、邪竜が吐いた豪炎もまたその仲間。そう、立方三反射鏡(コーナーキューブ・リフレクタ)の良い餌食なのだ。

 

 

一工程目。邪竜の一線と成りし豪炎が立方の右部に衝突する。反射開始。同時に同調していた保有する魔術回路に激痛が走る。立方三反射鏡(コーナーキューブ・リフレクタ)は彼が所有する三種の鏡の中で一番使い勝手が良いが、そして必然的にデメリットも増える。それが回路に奔る筆舌に尽くしがたい痛み。反射間、鏡が触れている神秘の攻撃性の一部が彼の回路に直接流れてしまうのだ。竜種の、更にそれらを支配する最上位竜種の豪炎ともなれば、伴う痛みも増幅する。声にならない声が、無意識の内に漏れる。

 

 

二工程目。中央の鏡に豪炎線を反射させる。一工程を突破すれば多少なりは痛みは緩和される。そう、ここが山場だ。緩和に気を緩めれば反射過程は崩壊する。全意識を鏡に移し、なおかつ激痛を愛するかの様に受け入れ、声にならない声を発する。

 

 

三工程目。いよいよ左の鏡へ反射された豪炎線を、仕上げとして邪竜に返却する。威力はほぼそのままに、彼奴の首級を狙う…!

 

 

「ッ…⁉︎飛翔しなさい、ファブニール!」

 

 

黒の声に従い、邪竜は双翼を広げ舞い上がる。反射され直進した豪炎は邪竜を捉える事無く虚空を征く、遺憾の結果となった。

 

黒のジャンヌの背に初めて、戦慄を感じる。一体どんな理屈と原理、理論と術式を用いれば、一介の魔術師ごときが幻想種の豪炎をいなし、あまつさえ反射出来る様になるのか。それを苦痛に満ちた顔を見せつつも、特に外傷無くやってのけたあの男は何者なのか。もしかすると自分は、世界で一番敵に回してはいけない人物と対立しているのかも知れない。

 

それでも冷静、冷酷さを取り繕う。戦慄を捨て、あの男の行動により生じた被害を計算する。見ればあの男はもう一人の自分を肩を借りて立つ事が精一杯では無いか。丁度良い、この場で殺してしまおうか。ファブニールへもう一度攻撃の命令を下した。

 

 

…だが、ファブニールは動かない。なにに縛られた訳でも、呪いをかけられた訳でも無い。それでも何故か、ファブニールは動かなかった。この物の視線の先には一人のサーヴァントの男。衰弱し切っており、取るに足らないと高を括っていたそいつに、ファブニールは"怯えている"。その男が放つ殺気に怯えたのでは無い。これはどちらかと言えば、ファブニールの根源に刻み付けられた恐怖を刺激された様な、その類。

待て、伝承上ではファブニールは男に討ち取られた。まさかあの男の真名は…!

 

「後は頼ん、だ……。ジーク…!」

 

 

「すまない青年。君のおかけで一回分の魔力の回復が完了した。さあファブニールよ、俺を覚えているな?貴様の蘇生と同時に俺も蘇生した。貴様が和を脅かすのならば、俺はもう一度貴様に喰らわせてやる」

 

 

黒がファブニールに緊急回避を命じた刹那には、既に男の真名解放の過程はクリアされていた。

 

 

「蒼天に聞け!我が名はジークフリート!幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)…‼︎」

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

「、ぁ……、がっ…!」

 

ぼんやりと、だがはっきりと意識が回復していく。視界は中央から煙が晴れる様に確実な物へ、鈍化していた感覚神経がスロースタートし、肺から呼吸が漏れた。

 

手に感触がある。誰かの手がそこには重ねられていた。ゆっくりと腕を辿ると、金髪の美少女。守りたかった彼女がいた。

 

「鏡夜君!」

 

「おう…、、ジャンヌか…」

 

「キョーヤ!しっかりしろ!」

 

「店長さん、奥歯を噛み締めて…!気を緩めずに…!」

 

「大丈夫ですか鏡夜さん!」

 

「まったく、君は本当に無茶をするよ。おかけで助かったけどね」

 

「すまない青年。俺が万全の状態ならば…」

 

 

痛みが蘇生する。全身のあらゆる部分が蹂躙された今でも、憎々しい事に痛みだけは生きていた。それでも、今はそれがあって安心する。何故なら、生きていると実感出来るから。

 

正直に言うと、今回ばかりは本当に死を覚悟した。数字に表して約一割。邪竜の豪炎に内包された攻撃性の一割が魔術回路と神経を直に駆け巡ったのだ。今でも全身が熱を持っているのを確信出来る。全く、この出処の分からない勇気と覚悟と確信には文句を言いたい。おかげで死にかけてしまった。

 

それでも仲間達に被害が0で終わったのだから最優の結果だろう。魔術師的に言えば合格点だ。

 

 

「ッ……放出、圧縮、形成(リブート)。固定治癒術式を起動、治癒全身へ…」

 

「鏡夜君!無茶をしないでください!まだ貴方の身体はボロボロなんですからっ‼︎」

 

 

握られた手に入ると力がより一層強くなる。ああ、そこまで心配してくれているのか。こんなに嬉しい事は無いだろう。 だからそのお礼として、謝罪として、彼女の頭を優しく撫でる。

 

 

「大丈夫だよジャンヌ。オレはもう大丈夫だから」

 

「っ……⁉︎」

 

何かに押し付けられ、かき消され、削り取られて喪われた真なる記憶。その中に居た顔も名も覚えの無い彼の姿と、目の前の主人の笑顔が重なった。

無理をしているのは分かる。それでも何故か、彼を止める事は出来無かった。

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

「サーヴァント反応⁉︎みなさん戦闘準備を」

 

思わず舌打ちをする。ここの所厄介事に厄介事が重なって面倒を生み出す、と言う出来事にしか遭遇していない。特に全身のダメージを回復術式で無理矢理誤魔化している現在では、各サーヴァントの補助をするのはおそらく不可能。つまる所足手まといだ。

 

 

ーーー二人、降り立った。

 

片方は気怠そうな顔をしている青年。もう片方は黒い甲冑を全身に余す所で無く装備した"黒騎士"。

 

ーーー真名看破。

緑の外套の青年、シャルル=アンリ・サンソン。黒騎士、看破不可能。

また厄介だ。シャルル=アンリ・サンソンと言えば人類史で二番目に人を多く殺した処刑人。本来ならば黒の下に付くはずの無い人物なのだろうが、これも狂化の影響か。

そしてもう片方。初対面時のモードレッドと同じく、真名看破が不可能と来た。おそらくはあの黒鎧に秘匿性能が宿されているのだろう。

 

 

「「野郎…!」」

 

モードレッドとアマデウスの声が重なる。

 

 

「まあ、何て奇遇でしょうね。気怠い職人さん?」

 

「それは嬉しいな、懐かしき御方。白雪の如き白いうなじの君」

 

「変態ッ…!」

 

思わず呟いてしまったのは致し方あるまい。弁明すると、例え話や比喩でもこの場でうなじの感想を述べるのはどうかと思う。

 

「そして同時に、またこうなった事に運命を感じてるよ。だってそうだろう?処刑人として一人の人間を二回も殺すなんて、この星で僕達以外いないと思うんだ」

 

そんな物騒な運命は願い下げである。サンソンは僥倖の極みの笑みを見え、手に持つ処刑用の刃を光らせる。余りの鋭さと美しさに、一瞬呼吸が詰まった。

 

 

 

「ーーーArrrrrrrr‼︎」

 

黒騎士が吼える。赤い走査線が見据えるのは叛逆の騎士モードレッド。黒騎士は今にも彼女に飛び付きそうな、そんな獰猛さと私欲を垂れ流しにして、長い槍の様な何かを握り締めている。

 

対するモードレッドは刹那、驚愕した。あの姿に見覚えがある。あの声に聞き覚えがある。まさか、まさかこの様な地で彼と相対する事になるとは。これもブリテンの守護竜のお導きか。

 

冷や汗が流れる。円卓の騎士の中でトップの腕前だった彼と、精々4〜5番が限界だったモードレッドでは、正面切っての決闘にモードレッドに軍配が上がる確率はあまりにも低い。彼のスキルの中に、狂ってなおその武芸を忘却されない物があった。あの魔剣を抜かれていない事は唯一の希望だろう。

 

嬉しい。

 

常々奴は気に入らなかった。円卓だのブリテンの崩壊だのが無縁の今。彼とは本気以上を出して叩き潰せる。おそらく喫茶店でのんびりしている黒い父上の代わりに、目の前の寝取りクズに制裁を加えてやろう。

 

「アサシン、頼みがある。オレの合図と同時に妄想心音(ザバーニーヤ)を使って、奴の心臓を作ってくれ。ただし、潰すな」

 

「良いけど…何をするの?」

 

「ヘッ、ちょっと嫌がらせをな。あの寝取りヤロウをフルボッコにしてやるんだよ」

 

 

 

 

 

ーー近くにフランス軍がいる。

彼らの気配を察知したジャンヌは、全員に一言断りを入れ、一目散にその場へ駆け出した。つられて鏡夜も、疲労困憊の身体に鞭を打ち彼女の後を追う。

 

待てジャンヌ・ダルク。今のお前はもう一人のお前と間違えられるだろう。先日の街でもそれを危惧して立ち入らなかったでは無いか。それは兵達も同じはず。止まれ、ジャンヌ・ダルク。あられも無い誹謗中傷の言葉をな投げられるぞ。

 

 

「逃げなさい!今すぐにここから!死にたくないのなら!」

 

 

ーーー遅かった。

見ろ、兵達は困惑している。聞こえるだろう?魔女がここにいるとの声が。

歯がゆい。彼らがジャンヌを討つか否か躊躇している間にも、ワイバーンの群れは上空を旋回し、無力の兵に狙いを定めている。誰も彼女を信じはしない。誰も彼もが彼女を黒い彼女と確信してやまない。彼らは何を見ているのか。目の前の彼女は、真に聖女の輝きを放つ、貴様らを導いた救国の聖女では無いか。

 

何もしないのか?この身は。

 

「守っている相手に散々な言われようね 聖女様。彼らが呑気に見物出来るのはワイバーン達を貴女達が引き付けているからですのに」

 

バーサーク・アサシンの姿が見える。なるほど、兵にワイバーンをけしかけたのは彼女の仕業か。

 

「放っておいてください」

 

「ふふ、強情なこと。戦力不足が気になるのでしたらどうぞ、フランス軍に声をかけてみるのはいかが?……ああ失礼。今の貴女は"竜の魔女でした。聖女も無惨な火刑で地獄に堕ち、そして復讐の為に蘇った。美しく、儚く、滑稽な筋書きね。貴女はまだ足掻いているのに……」

 

 

ーーー……!

 

 

「彼らは今度こそ貴女を敵とみなしているのだから!ねえ聞かせてくださらない?今どんな気分かを。死にたい?殺したい?あの兵士達の胸に、杭の様にその旗を突き立てたくてたまらないのではなくて?」

 

悔しいだろう。哀しいだろう。

それでも。

バーサーク・アサシンの言葉にジャンヌは自嘲気味に、それでも何かを悟った様な気を纏い、一歩踏み出して答えを投げる。それが鏡夜にはたまらなく美しく見えた。

 

「……普通でしたら、悔しいのでしょう。絶望するのでしょう。でも生憎様。私は楽観的なので。彼らは私と敵を憎み、立ち上がる気力がある。それで良いかと思います」

 

 

ーーーよく言った

 

胸を打たれた。何と気高く美しい精神なのだろうか。これこそ守りたかった彼女の一面の一つ。普段はあんな生活を過ごしていながらも、忘却されていない真なるフランスの聖女。ならばこの身は、彼女に最期まで同調し続けようか。

 

「その通りだぜ。こいつはアポでどこか情け無い聖女様だ。でもなあ、芯は通ってる。それは貴様らの様な薄汚いバケモノが感想を述べて良い物じゃない。って事でなあ‼︎」

 

 

振り向く視界に映すのはフランス軍。腑抜け、敵と味方すら見間違う彼らに喝の一つを入れるのだ。腹の底に空気を貯め、重心を少し低く取り、これ以上無い声を張り上げる。

 

 

「貴様らァ‼︎それでも誇り高きドブネズミか‼︎」

 

「……鏡夜君?」

 

「その眼は腐ってんのか‼︎その耳はゴミでも詰まってんのか‼︎刮目せよ‼︎万雷の喝采を彼女へ送れ‼︎ここにおられるは救国の聖女ジャンヌ・ダルク‼︎貴様らドブネズミを鼓舞したお方にあるッ‼︎」

 

まるで最初から用意していたかの如く、次々に言葉が溢れて来る。さあ、彼らの反骨心を煽れ。

 

 

「ピーチクパーチク喚く暇と体力があるなら弾を撃て!剣を取れ!我らが美しい祖国を蹂躙した、彼の人外共に主の名の下、最大の報復と粛清を与えよ!それこそが主からの試練!今貴様らは試されている!吼えろ屑共が!」

 

 

視界のその奥。銀の甲冑に身をつつんだテンションの低そうな戦士が、再びその剣を取ったのを、鏡夜は見逃さなかった。

 

 

「砲兵隊、撃てぇぇぇ‼︎」

 

思わず、頬が綻びる。

 

「…ジル!」

 

 

 

 

 

あれから数十、もしくは百以上にも及ぶ剣戟の交錯が続いている。やはり腐ってもランスロット・デュ・ラック。その剣技は、認めたくは無いが本物。彼の円卓を纏め上げただけの事はある。

正直、正面から下してやりたい気持ちはある。それを達成してこそ、真の意味で彼を打破し円卓一位に輝けるのだろう。

 

だが、これは戦争。勝つか負けるか、ただそれだけ。そこには騎士道も高潔精神も無い。要は勝てば良い世界。

この身は父の名と主人の信頼を前面に背負っている。父アーサー・ペンドラゴンの名にかけて、マスター空白鏡夜の名にかけて。敗北だけは許され無い。

 

 

ーーー今だ

 

右足を三回踏み、先程合わせておいたサインを出す。同時に砦の陰からアサシンが跳躍、ランスロットが彼女の存在を察知した刹那には、アサシンの腕がランスロットの胸を貫いていた。

 

妄想心音(ザバーニーヤ)。アサシンを召喚してから彼女が多用している、暗殺から蹂躙に特化した山の翁の軌跡。鏡面心臓を作り上げ、それを潰す事により暗殺を成功させる業。

 

逆説。完全に握り潰さなければ、暗殺は成功しない。つまり意図的な心臓の痛みを作り上げる事も可能なのだ。そう例えば、ゆっくり力を入れていくなどだろう。

 

 

「ーーーArrrrrrr⁉︎」

 

ランスロットが胸を押さえ出す。やはり狂っていても臓器の痛みは無条件で行動を停止させるらしい。槍の様な物をその場に落とし、片膝をついて叫び続ける。

 

項垂れている彼の姿を、モードレッドは鼻で笑った。情け無い。彼の円卓一位がこの有様とは。

 

アサシンに指示を出し、更に入れる力を強めて貰う。すると此度は耐久値の限界を突破したのか、とうとうランスロットは大地に倒れ伏せた。変わらず、その胸には手が当てられている。

 

しかしこれ以上苦しめるのも酷だろう。ならばせめて、騎士の情け。愛した王と瓜二つの騎士の手で逝くが良い。…貴様に未来永劫、救済は訪れぬ。

 

 

「arrアー……サー王……」

 

「……!(あまりの激痛に狂化が解けたのか。ちょうど良い、遊んでやるか)」

 

 

あくまで悪巧みは顔に出さず。慎重に記憶を掘り返し、父の仏頂面を真似て見る。ランスロットが歓喜の表情に移ったのがハッキリと分かった。

 

「ああ…王よ…」

 

「いや、違う。私はアーサー王の代行者。彼の怒りを代弁する者だ」

 

「代行者……。ああそれでも王よ、私は裁かれたい。他でも無い、貴方様のお怒りで…!」

 

なるほど。モードレッドの中でランスロットの評価がごく僅かながら上昇した。頭の固い合理主義の騎士も、どうやら人間らしい感情を宿しているらしい。

 

後少しだけ遊んでみよう。そんな魔が差した。ランスロット・デュ・ラックがこれ程までに屈服する姿も貴重だ。それに黒化した父ならば似た様な事をするに違い無い。

 

「ランスロット・デュ・ラックよ。彼の王に代わり私が貴公に裁きを下す。良いな?」

 

「おお、貴方の怒りは王の怒り。どうか私目に、地獄以上の苦しみをお与え下さいませ…!」

 

「うむ。貴公の嘆きは聞き入れた。さあ、覚悟を決めよ」

 

何これ超楽しい。

しかしいつまでも遊び呆けている訳にもいかないのが現実。早速ランスロット・デュ・ラックを討ち取り、父への土産話に変えてやろう。

 

 

我が麗しき(クラレント)…」

 

解放するのはあの親子喧嘩以来だなあ、と場違いな感想を抱く。王剣の刀身が赤雷を纏い、禍々しく閃光を唸らせた。

 

父への叛逆(ブラッドアーサー)!」

 

ーーーかける5ォォ‼︎

 

 

 

 

 

竜達が退いて行く。

黒騎士の消滅に焦燥を感じたのか、はたまた撤退の合図でも出されたのか。いやともかく、一騎倒した事を歓ぶべきだろう。アサシン二名を追い詰める事が叶わなかったのは少々歯がゆいが。

 

フランス軍の咆哮が聞こえる。そうだ、これで良い。後はジル・ド・レェがどうにかしてくれるだろう。気合の入った彼程頼りになる人物もいない。ジルによって奮い立つ彼らはワイバーンにも遅れを取らないだろう。もう駆け付ける必要も無い。

ああ、モードレッドの所為で無駄に魔力を消費してしまった。軽く説教でもしようか。

 




すまない……そろそろ一章を終わらせたかったから詰め込み過ぎた……。
魔術を扱う作品のオリ主物の醍醐味(勝手に言ってるだけ)、オリジナル魔術です。軽い解説は以下に。

立方三反射鏡
店長のばーちゃんが作った限定礼装。受け止めた神秘やら何やらを三反射で相手に返品するスグレモノ。ただし展開中は反射する物の一部の攻撃性が店長の魔術回路に直接流れる。つまり使う度に店長が死にかける。

メタ的な視点で見れば、現在はカルデアにいる盾子の代わりのポジ。構想自体は大分前からありました。ちゃっかり後二つ残してたり。



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聖人を探せ

やってまいりました終盤。いよいよ全員集合でございます。それでも店長はボロボロ。


「と言う訳で、聖人捜索と行きましょうか」

 

聞いた話だと、ジークフリートには複数の呪いが同時にかけられているらしい。解呪するには洗礼詠唱が必要。しかしジャンヌ一人では解けきれぬ程の代物だとか。

そこで思いついたのは聖人の捜索。黒ジャンヌと白ジャンヌが並んだのは偶然だろうが、黒ジャンヌ側に聖マルタがいるとなると、マルタに対する反動兼抑止で聖人が召還されていてもおかしくは無い。いやむしろ、高確率で聖人が呼び出されているだろう。

 

早速アマデウスにくじを作って貰おうとしたが、ジャンヌがどうにも鏡夜から離れようとしなかった。折れた彼らは鏡夜、ジャンヌペアにマリーを同行させる事で解決。向こうのペアにはモードレッド、カリスマC持ちがいるから安全だろうと踏んでの判断だ。それにいざとなれば常識人のジークフリートが何か言ってくれるはずだ。

 

「あー…少し良いか?」

 

「どうかした?」

 

「すまない…。意気込んでいる所悪いのだが、ワイバーンが見えた。空気の読めない男で本当にすまない……」

 

 

大変申し訳無さそうにしているジークフリートを見て、何だかこちらも彼に対して罪悪感を抱いた。こんな風に小さな汚れ役を買って出る姿もある意味、英雄なのかも知れない。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「あのー、ジャンヌ?」

 

「はい、どうかしましたか?」

 

「何で俺の事縄で縛ってるの?」

 

 

これでもかとがんじがらめ。手には手錠、足には重り。何かベストの様な物を着せられ、事情を知らぬ現代人が見れば囚人の連行風景と見て取れる。よく見たら腰縄もあった。

 

異議あり。まだ何も罪は犯していない。少なくとも家出してからは軽犯罪の一つにも引っかからない程の善人として生きて来たつもりだ。流石に蚊などは潰したが。だから鏡夜にはこの姿が非常に不服だった。

 

 

「こうでもしないと鏡夜君は無茶をして死にかけるからです。私が徹底的に管理します」

 

「せめて足の重りは外して。いやマジで足痛い」

 

「むー…、仕方ありませんね」

 

 

とりあえず今の自分の装備を確認しようか。

まず腰縄を結ぶベスト、手錠。店で買った安物の服に、通称店長の短刀。サイドにマリーと背後にジャンヌ。整理すればする程、訳の分からなさが上昇する。

 

 

「助けてマリーさん」

 

「私は斬新なファッションだと思いますよ」

 

「うん、とりあえずその冷たい目をやめて頂きたいです王妃」

 

 

味方はいないらしい。後悔した。ここにジークフリートがいればジャンヌを諭し、この格好を抜け出せる手助けをしてくれたに違い無い。しかしこの場で神に誓って無茶はしない、と言う事も出来無い。何故ならこれからも無茶をし続けるから。これでも神は信じている身。主を裏切る真似はしたくは無い。

 

ーーー街が見える。

僥倖。遠目だが被害がそこまで出ていない様に見受けられる。やはりこの絶望的な状況下でも生存者の存在は純粋に嬉しい。それにもしかするという、探している聖人がいるかも知れない。

 

 

「街だ。外してくれジャンヌ」

 

「嫌です。絶対に嫌です」

 

「あのなあ……。俺このままじゃ羞恥心で死ぬから」

 

「人間はそんな脆くありませんよ」

 

 

変な所で聖女の頑固さを残している。マズい、このままではこの格好で街に入る事になる。そんなのは嫌だ。絶対に避けてやる。

 

 

「あのやたらめったら材料費のかかるスペシャルパフェ作ってやるから」

 

「ぐぬぬ……、鏡夜君の卑怯者…!そんな事言われたら外すしか無いじゃ無いですか…っ!」

 

「(チョロい)」

 

 

いつもらしいと言えばそうなのだが、やはり如何な物か。しかもその決断に、鏡夜個人への配慮が一切無いのが泣けて来る。先程のままなら管理の名目であの格好を続けさせられていただろう。スペシャルパフェと言う切り札を隠し持っていて本当に助かった。

 

しかし現実は思い通りにいかず。腰縄だけは外れなかった。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

ーーー居た。

 

確信を持てる。銅色の鎧に身を包み、住民に何かを促している高身長の男。敵性無し。間違い無い、彼こそが探していた聖人だろう。

 

だとすると彼の行動は避難誘導か何かだろう。それを決定付ける具体的な確証は無いが、三人には確信していた。強いて証拠を出すなら、聖女ジャンヌ・ダルクや聖マルタと似た様な雰囲気を醸し出している事だろうか。比喩でも何でも無く、聖人は高潔なオーラを纏っているのだ。

 

 

「失礼、サーヴァントとお見受けする」

 

「おや?貴殿達は?」

 

「失礼。俺は彼女、ルーラーのマスター・空白鏡夜。そして彼女は仮契約下にあるライダー。真名はマリー・アントワネット。当然だが狂化は無い。よろしければお名前をお聞きしたい」

 

 

物怖じは無し。今更相手が聖人だろうが神霊だろうが、崇拝と畏れ故に膠着するなどありはしない。伊達に聖女を餌付けした事は無い。喫茶店の店長パワーを舐めてもらっては困る…!

 

 

「ルーラー…。なるほど、名は伏せましょう。私はゲオルギオスと呼ばれる者です」

 

「ゲオルギウス……、聖ジョージ…!」

 

 

間違い無い。三世紀のキリスト教の聖人、英語園ではジョージの名で呼ばれている聖ゲオルギウスその人だろう。

巷では鬼畜聖人だの絶対改宗させるマンだの色々言われているが、功績は本物。実際この様にジャンヌに対して配慮をした現実から人格者だとも伺える。

 

 

「聖ゲオルギウス、貴方に頼みがある。現在俺達の保護下に竜殺しのサーヴァントが一名いる。しかし実態は竜殺しは多重の呪いをかけられており、解呪はルーラー一人では不可能な状態だ。聖人の貴方なら洗礼詠唱の心得があるはず。力をお借りしたい」

 

「なるほど、竜殺し…。分かりました。私でよろしければ、是非」

 

「感謝します!」

 

 

ーーーぴくり、とジャンヌの身体が跳ねる。

 

ここ最近よく見せる鋭い目付きを露わにし、彼女は北の方を睨んだ。その方に気配を感じる。数はニ、おまけに片方は並々ならぬドス黒い"殺気"を撒き散らしている。間違い無い、間違うはずが無い。"竜の魔女"直々の出撃。

 

マズい。現在の戦力はジャンヌ、マリー、ゲオルギウスの三人。各々が優秀過ぎる能力を有しているが、黒い彼女の能力が不明な以上、三人だけで挑むのは無謀過ぎる。それに今ここで聖人を失う訳にはいかない。ならば避難を。

 

 

しかしそれも上手くはいかず。ゲオルギウスはこの街の住人の避難を担当している。今ここで彼が逃げ出せばこの街が彼女の手によって焼けるのは自明の理。つまりゲオルギウスはこの街を離れられない。

ならばどうするか。街を守りつつ、ゲオルギウスとジャンヌを砦まで退避させる方法。…いや、可能性の域を出ないが、もう一組の鏡なら。

魔力はまだある。内蔵している聖杯は絶えず地脈から魔力を吸い上げる為、先刻のモードレッドの様な無駄な真名解放にも充分対応出来る。それに鏡夜自身が保有する魔力には手をつけていない。あの鏡は一番燃費が悪いが、攻撃型宝具を一度吸収する程度は耐えられるだろう。

 

 

「行ってくださいな」

 

マリーが呟く。その顔は最早、自身の死を覚悟した悟りの物。きっと彼女は、その身を犠牲に時間を稼ぐのだろう。そんな事は認められない。

 

「マリー!何を言って…⁉︎」

 

「駄目よジャンヌ。貴女とゲオルギウスさんは必要なの。…うん、ようやく私が召喚された意味が分かったわ。きっとこの時の為なの。民を守るのは王妃の務め。いつだってフランス万歳(ヴィヴ・ラ・フランス)。さあ鏡夜さん、ゲオルギウスさん。ジャンヌを連れて行って」

 

 

声が出ない。今ここで駄々をこね、マリーと共同する道を選べば即バッドエンド、最悪の未来が到来するだろう。それは避けるべき物。その為に自分達は来たのだから。だが果たして、彼女だけを置いて自分達は安全な場所に逃げようとなど、誰が出来ようか。

それはゲオルギウスも同じ。いくら王妃とは言え、人である限りは彼の守るべき"もの"の一人。ここでより勝率を上げる為に民を一人見捨てるなど、彼には出来ない。

 

それでも彼らは何も言わなかった。言えなかった。彼女から放たれる強固たる意志が、彼らを黙らせる。ああそうだ、きっと彼女はこの瞬間を迎える為に呼び出されたのだろう。

 

 

「……分かった。マリーさん、後で」

 

「マリー、待ってますから」

 

「王妃よ。感謝の言葉は後ほど伝えさせて頂きます」

 

 

敢えて、"後で"と言った。その運命を理解していても、最後まで足掻き続けたい。彼女も助かる可能性を、掬い上げる。

 

 

「ありがとうジャンヌ。貴女と友達になれて良かったわ。それじゃあ、また後で」

 

 

その後でが来る事を願って。




やめて!ジャンヌ・オルタの宝具で、マリー・アントワネットを焼き払われたら、謎のパスでマリーと繋がってるサンソンとアマデウスの精神まで燃え尽きちゃう!
お願い、死なないでマリー!あんたが今ここで倒れたら、ジャンヌとの約束はどうなっちゃうの? 魔力はまだ残ってる。ここを耐えれば、ジャンヌ・オルタに勝てるんだから!

次回「店長死す」。デュエルスタンバイ!

※誰も死にません。


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新緑の鏡

没ネタ:店長の固有結界編

祈祷の鏡像世界(ミロア・デュ・モンド)

視認した物、出来事、事象の全ての鏡像を作り結界内に記録する。その際出来事などカタチの無い物は本などの仮の形式が取られる。
宝具ならば真名解放も可能。ただしこちらは無限の剣製とは違い、鏡像自体を結界内から取り出す為壊れたらそこでお終い。もう一度視認すれば鏡像の復元は可能。

固有結界を展開すれば鏡像を取り出す手間が存在しない、取り込んだ者の全てを理解する、の二つのメリットが得られる。

ぶっちゃけやり過ぎかなあ、と思ったので没に。

あ、やべえ。没ネタから本採用ネタにシフトチェンジしたくなって来たぞ……。



これ程自分の無力さを呪った事は無い。

どうにか全速力で駆ける事により、近隣の街にいたモードレッド組と合流する事が出来た。新たに二人程サーヴァントが増えているが、目的が同じなら拒む必要が無い。

 

 

ーーーまだ間に合う

 

 

時間にして約五分。たったの五分で合流が現実に成ったのだ。もう五分かければマリーの下へ戻る事が可能。彼女程の人物が、十分でやられている訳が無い。まだ間に合う。しかし……。

オーバーロード。これ以上の魔術行使は身体に許容量を超えた負担をかける。暫く身体を休めない限り、最早強化の魔術すら叶わず。今だって立っているだけで限界だ。

 

 

それでも、助けたい物がある。助けたい人がいる。今ここで彼女が散るのは、彼には許容出来ない。全てを終えた刻、彼女は、マリー・アントワネットはヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトと共に座に還るべきなのだ。今ここで彼女だけが還るのは到底、許容出来ない。

感覚を研ぎ澄ませ。慎重に流れを読み、持ち得る武器を整理しろ。何がある、何を使えば良い。何をどうすれば。

 

 

…いや、あるじゃないか。今この瞬間に使わなければどうする。何の為の呪いなのだ。限定された奇跡の再現。それを使えば、どんな不可能さえも超越出来る。後はどちらに命じるか。

モードレッドだろう。本格的に武の達人と打ち合えるのは彼女のみ。アサシンは優秀だが、その本質はやはり暗殺。正面切って敵サーヴァントと戦わせるのは酷だろう。

 

「ジャンヌ、令呪を出せ。モード用のな」

 

「はい…?何をする……ってまさか⁉︎」

 

「おうそうだ。当たり前だろ?」

 

 

ーーーマリーさんを助ける。

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「なんだ、もう一人の私は逃げたのですね。情け無い」

 

「違うわ。彼女は希望を持って行ったのよ、竜の魔女さん」

 

 

身体が震える。眼前の竜の魔女は自分よりも遥か格上。本格的な戦闘に移行すれば、果たして数分持つか持たないか。

確かに怖い。けれども立ち向かう。この身はフランス王妃。民を愛し、国を愛し、そして民と国の為に死ぬのなら本望では無いか。そう自分を奮い立たせる。

 

彼女は忌々し気な顔を見せたまま。あくまで自分は取るに足らないと視界に入れぬかの様に、それでも確実にこちらに殺意を向けている。今の彼女にとってはいけ全てが敵で、全てが有象無象。視界に入ったものを滅ぼすだけなのだろう。それは敵がマリー・アントワネットでも変わらない。

 

ーーー少し悔しいかも

どうせなら王妃を討ち取れる事に悦びを見せながらーーーその方が格好良く散れるのに。少しは先程打倒したサンソンを見習って欲しい物だ。

 

 

「まあ良いでしょう。貴女がマリー・アントワネットであろうと何であろうと、立ち塞がるのなら消します。私の炎で、私の憤怒で」

 

「……やっぱり貴女は怒っているのよね。うん、きっとそう。だってあんな仕打ちを受けて、恨まない人間なんていないもの。けれど、それでも聞くわ。貴女は誰?竜の魔女」

 

「……黙れ!」

 

 

心臓が跳ねる。心の中で彼、アマデウスへの謝罪を述べた。もう会う事は叶わないだろう。英霊の座で互いの座を見つけられれば違うのだが、あの無駄に広い空間ではそうもいかない。

 

こちらも宝具を展開する。ああ、叶うなら彼のピアノを聞きたかった。いや、今思えばすれ違ってばかりだった。彼のピアノを聞けないのも当然、運命だろう。ならば後はフランス王妃らしく、最後まで足掻き、死を受け入れるまでーーー。

 

 

 

「おいモード!失敗したら永劫晩飯抜きだからなッ!」

 

「そりゃないぜキョーヤ!我が麗しき(クラレント)父への叛逆(ブラッドアーサー)‼︎」

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

「……また、貴方ですか」

 

心の底からの感想だった。あの日以来妙に自分の脳裏に浮かび、更にこうしてライダーの殺傷までもを妨害して来る魔術師の男。取るにならないはずなのに、どうにも気にかかる。

 

故に悪態を吐きたかった。出何処の分からない感覚ではあるが、何故か自分はこの男に負けている気がする。もちろん、そんな事実も記憶も記録も歴史も無い。ーーああ、確かにファブニールの時は敗北とも言うか。

 

 

彼は顔をしかめる事無く、皮肉気な薄らい笑みを見せ言葉を返して来た。彼の背後には白銀甲冑の騎士。そして二人に守られる様にマリー・アントワネット。

 

さあどうするか。このまま宝具を解放して諸共焼き尽くすか、それとも上手く立ち回りマリー・アントワネットを消すか、それともあの男を捕らえるか。どれか一つの未来なら確実に手に入る。

 

ーーーいや消そう

 

そうすればこの苛立ちも、記憶にかかる不快感も全部、全部消え去るだろう。手に持つ竜の旗をもう一度前に突き出し、真名を唱える。この身の宝具は魔女の炎。生前の自分を焼いたのが聖なる炎なのならば、それの対極に位置する物。正邪関係無く焼き尽くす憤怒の化身。例えあの男自身に怒りも恨みも無くても、命中すれば灰に還る。

 

 

吠え立てよ(ラ・グロンドメント)…」

 

 

 

 

ーーー来るか

 

正直な話妨害すればそれで撤退するかと思っていたが、現実は正反対だった。彼女はもう自分達を処分するらしい。

軽く舌打ちをする。もう限界だと言うのに神は、天は、彼女はまだこの身を痛めつけるつもりか。率直に言えばもう魔術の行使は懲り懲りだ。

 

けれども、彼女の宝具が何であれ、防ぐ手段を持つのはこの身しか無い。魔術回路の数本は惜しま無い方が良いか。

 

 

Le Tsukuse sucer toutes choses(限定礼装機能展開)……」

 

 

もしかすると、祖母は自分が聖杯戦争に参加する事を想定していたのかも知れない。まさかこれ程燃費の悪い鏡が、まさに絶体絶命の状況に希望を灯す役割を果たしたのだ。

 

先刻より稼働状態を継続していた魔術回路がとうとう悲鳴を上げる。今すぐ魔術行使を中止せよと警告を発する。それを受け取った本能が詠唱を続ける口を塞がんと電気信号を送る。

それでも、やめない。やめたら負けだから。子供の我儘の様な、それでも純粋過ぎる理由。今まで積み上げて来た物(魔術回路)をぶっ飛ばす様な愚行を、鏡夜は苦痛に溺れた身体で続行する。

鏡夜の眼前に三枚の鏡が展開する。それは先刻の青とは違い、草原の如き新緑の鏡。一枚一枚が互いと接続され、一種の巨大な盾となる。黒い彼女の真名解放完了と同時に、鏡夜自身の詠唱も終了を迎え、鏡は刻み付けられた奇跡を再現する。

 

 

我が憤怒(デュ・ヘイン)‼︎」

 

多層魔力機能反射鏡(ダイクロイック・ミラー)…ッ!」

 

その光はある意味、信念の現れだった。

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「なんて……ことよ…」

 

認めない、認めたくなかった。何故、真名解放し魔女の炎を引き起こしたのに彼は生きて…それも傷一つ無いのか。

 

それも全てあの鏡だ。思えばファブニールの炎を反射したあの鏡とは色が違う。また別の物を取り出したのだろう。…否、今は鏡の種類などどうでも良い。彼らに向けられた炎は何処へ行ったのか。

大地も焦げていない。建築物も燃えていない。人も焼けていない。おかしな話だ、まさか炎は異次元に消えたとでも言うのか。いやそうだろう、その表現がこの現実を表すに一番的を射ている。何かに吸い寄せられる様に、我が炎は失せた。

 

また、あの男だ。

今もサーヴァントを背後に、自身に対峙する愚者。サーヴァントを道具として見ていないのか。笑わせる、そんな偽善者は一番毛嫌いする人種だ。愚かだった小娘の頃を見せつけられいる様で、本当に不快だ。

 

 

ーーーああ不快だ。何もかもが不快だ。

気が乗らない。マリー・アントワネットの処分は次に持ち越そう。今は城に戻り一眠りでもしたい。そうで無いとこの不快感を忘れる事は出来ないだろう。

 

過去も、街も、人も、サーヴァントも、男も全てが不快だ。今すぐに滅ぼしたい蹂躙したい。特にあの男。このまでやってくれたのだ。この身自ら焼かなければ気が収まらない。

けれども。

そして。

 

 

ーーもう一つ、認めたくない事がある。

 

あの鏡の光に、安堵と救済を覚えてしまった。




すまない、駆け足気味だ。

恒例?店長の鏡2種類目です。性質は何なのか、是非予想してやって下さい。後1種類残っていますが、本人曰くクソッタレな鏡らしいです。
マリーさん生存。店長もイワークする事なくモードチームと合流出来ます。なお店長の魔術回路は死にかけの模様。店長の仕事は死にかける。



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洗礼詠唱

ああ、伝え忘れていたがーーーアサ子は童顔だ。

ーーーFake本編では割と大人の顔だったが……
ーーー店長のアサ子は顔がロリってる。

以上、特筆事項第一でした。


洗礼詠唱は続く。

 

ジャンヌ・ダルクとゲオルギウスの二名により、ジークフリートにかけられた多重の呪いの解呪が行われている。穏やかな光が彼らを包んでいる。集中力を削いでは、と鏡夜達は砦の外側で待機していた。

 

 

と言うが、実際は鏡夜の回復を守護する状態だ。モードレッドを筆頭に見回りを続け、敏捷が一番高いアサシンが鏡夜の真横で待機している。いざとなれば、鏡夜を連れて遠くまで脱出出来る。マスターとはサーヴァント達の心臓。サーヴァントはいざとなれば霊体化、と言う事もあるが生身の人間にはそうもいかない。

 

既に保有するメイン魔術回路41本の内2本が壊死してしまっている。魔術回路とは擬似神経、一度失えば二度と再生はしない。サブから回せば良いが、このペースで行けば後何年持つのか。

 

そうやすやすと命を捨てる真似をする程、歪なワケでも擦り切れているワケでも無い。だがしかし、此度のみは何故か命を投げ捨ててでも、と覚悟を決めていた。おかしな話だろうがどうしても彼女だけは見捨てられない。

 

ーーー白も黒も助ける

 

 

欲張りだろう。傲慢だろう。そんな不安定な物を追うこの身は歪んでいるのだろう。

いいや、面白い。彼の英雄王も言っていたでは無いか。欲などいくらでも張れと。

 

 

ーーーフランスに来た時からそうだ

 

何かに引っ張られる感覚が絶えない。それと同時に、知りもしないはずの事実を知っている。更に並行して夢が膨れ上がった。それこそ手がつけられ無い程にまで。けれども悪い感覚はしない。何か、何か大事な事を思いだけそうな気がする。何か大事な事を思い出せている気がする。

 

 

「…ちょー、店長さん」

 

「……?ああアサシン、どうかしたか?」

 

「店長さん難しい顔をしてる…。悩み事があるなら相談するべき…」

 

「…そうか?いやな、少し考え事をしてた。ありがとな」

 

「ん」

 

 

ぽんぽん、とアサシンの頭を撫でる。全身に治癒魔術が浸透した為にある程度融通が効くまでは回復していた。

 

しかしアサシンに配慮されるまで思い詰めていたのか。いやはや、存外自分の事は理解出来ない物である。起源が起源だけに……と踏んでいたが、結果には裏切られた。結論から言えば、この謎の現象に対する理解は無い。

 

 

「そう言えば清姫、あの仔イヌの事をどう評価する?」

 

「私ですか?そうですね…とても優秀な方だと思いますよ。実力然り、精神面然り」

 

「やっぱり?でも私は他のマスターに狙いを定めてあるから。それこそ月辺りにいる」

 

「私は2015年辺りに好みの方がいるので」

 

「何でそんな事分かるのよ」

 

 

ーー

 

 

 

「みなさーん!ジークさんの解呪が終わりましたよ!」

 

「成功しました!彼はこれで自由です!」

 

「すまない。俺の所為で手間をかけた。だがその分働くと誓おう」

 

心無し…と言うよりはっきりと分かる。ジークフリートの顔が穏やかな物に変わっていた。呪いの痛みも重圧も全部とれたのだろう。これで戦力が揃った。

 

 

「ありがとうジャンヌ、ゲオルギウス。…よし!」

 

周りを見る。サーヴァントが九人。そして彼らの視線を受けるこの身が一つ。

 

「セイバー・モードレッド、セイバー・ジークフリート、ランサー・エリザベート、ライダー・マリー、ライダー・ゲオルギウス、キャスター・アマデウス、アサシン・無銘、バーサーカー・清姫、そしてルーラー・ジャンヌ。これで全員だ。やるぞ貴様ら」

 

 

ーーーオルレアンを墜とす

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

 

ーーー白い

 

真っ白な空間がひたすら広がっていた。そこには天井も床も、窓も扉も無い。ただ単に白いだけの永遠空間。人影も無いし、物も無い。

 

ここはどこだ?

 

確か自分は眠りに就いたはずだ。明日はいよいよ黒い彼女との決戦。休める時に休んでおけ、とのジャンヌのアドバイスを聞き入れての事だ。見回りは他のサーヴァント達が交代でやってくれるらしい。つくづく彼らには頭が上がらない。

 

過去の整理は完了。さあ、ここはどこだ?

 

この身体に、この精神に、何かしらの魔術がかけられた痕跡は無い。つまり仮結論を導き出すならば、ここは夢の中。あるいは精神空間。どちらにせよその類だろう。

 

 

さあどうしたものか。夢ならともかく、自身の精神空間に迷い込む程精神を磨ぎ澄ませた訳でも無い。第三者の手によって引きずりこまれた、と言う訳でも無さそうである。そもそもそんな事を可能にするのは彼らの組み合わせしかあり得ない。

 

 

ーーーアハハ、起きた?ごめんごめん、急に連れ込んだから混乱してるでしょ?

 

 

声が響く。十代半ばの女の声。耳にするのは初だが、それが纏う独特の味には確かに、記憶がある。

 

 

……ばーちゃん?

 

 

ーーーせいかーい!流石キョウちゃん、話が早くて助かっちゃうよ

 

 

……嘘だろ?ばーちゃん、だって昔に俺に看取られて……

 

 

ーーーんー?ああ、その話はまた今度。今日は君に伝える事があるからねー。

 

 

……話?俺にか?

 

 

ーーーそーそー。扉をノックしてごらんよ。面白い物が見られるよ

 

 

……面白い物?何だよばーちゃん、その面白い物って?

 

 

ーーーさあねー?ほら、そこにある扉。ああそれと、愛しのばーちゃんから助言をあげるよー。

 

 

……ばーちゃんの助言か。そりゃ助かるな。

 

 

ーーーじゃあ言うよ。君の想いは届く。なおも貫き続ければ、の話だけど。ほら、最後に愛は勝つって言うじゃん。世界からの修正を受けても、約500年の研磨の後にもその夢を覚えているキョウちゃんの愛はホンモノだよ。だから肩の力を抜いてごらんよ。君が誰であれ、その夢は君の物なんだからさ。

 

 

……愛は勝つ、か。そうだな。ありがとうばーちゃん。それじゃあまあ、(オレ)の愛であいつに説教喰らわせてやる。

 

 

ーーーキハ、キハハハハッ!キハハ!ああ、ああ、もうやだ、最ッッ高だよ!ヤダヤダ、胆管と脾臓がよじれちゃう!流石私の孫‼︎ハハッ、ばーちゃんは遠くから見守ってるから、頑張ってねー。

 

 

 

……扉。この黒い奴か。ばーちゃんの言う事だからミスって事は無いだろうが…。ええい南無三。どうせ精神空間だ、死にゃしない。

 

 

 

世界が黒く染まる。その深淵の闇の奥、祖母が指し示していた"面白い物"の断片を掴んだ。

 

 

 

ーーーああそうだ、こんな男が。こんな男が、いたのだったな

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

「んー!よく寝たっと」

 

「あ、おはようございます」

 

「ああ清姫さん。おはよう」

 

 

欠伸、手を組み天空へ向けて引き延ばす。昨晩は奇妙な夢を見たが、どうにか目覚めは良い。

すると清姫が濡れたタオルを持って来てくれた。一言礼を言い、力強く顔を拭く。ひんやりとした冷たさがまだ眠気の残る意識を刺激し、覚醒を促す。

 

 

「ぷはー!よし、朝ごはん作るか。腹が減っては戦は出来ぬと言うしな」

 

「そうですね。あ、一つ聞いてもよろしいですか?」

 

「ん?ああ、別に良いよ」

 

 

その問いは別段何難しい訳でも無かった。それでも彼女は神妙な顔付きで、まるでこちらを見定めるかの様な雰囲気を纏っている。

ーーーそんな物決まっている。答えははい、イエスだ。

 

何故この問いを投げかけたのかは分からない。いやもしかすると、彼女は人の心を読むのが得意なのかも知れない。更にもしかすると、自分はまた難しい顔をしていたのかも知れない。

 

頬をいじめる。グニグニと音が出そうな程、指先でほぐす。思い詰めるな、簡単な話だろう。

 

 

「そうですか……。うん、それがよろしいでしょう」

 

「誰かから応援をもらうと安心だ。それじゃあ、俺は準備に取り掛かる」

 

「私は皆さんを呼んで来ますね」

 

ーーーー

 

ーー

 

城が見える。彼の地の天空には無数の、数えるのもバカらしい程のワイバーンが交錯し旋回している。あの数を相手取るのは不可能に近い。

 

さて、状況整理を始めよう。敵は黒ジャンヌ、カーミラ、ヴラド三世、ファブニール。そして無数の雑魚達。対してこちらに被害は0。強いて言うなら鏡夜の魔術回路が二本、死んだ事だろうか。

本当に今までよくやって来た物だ。それも全てサーヴァント達の助力と奇跡が重なった結果だろう。敵はオルレアンにあり。

 

 

「ファブニールは俺とマスター、聖ゲオルギウスで受け持つ」

 

「ええ。竜殺しと竜を殺した話の残る私、そして鏡夜さんが一番適任でしょう」

 

「私はちょっと因縁のある奴と戦うわ。終わったら手伝ってあげても良いけど」

 

「私とアマデウス、清姫さんはワイバーン達の相手ですわね」

 

「僕は肉弾戦に不向きだしね」

 

「火を吐くのは得意なのでお任せを。あんな爬虫類モドキには負けません」

 

「ヴラドは任せな。オレがぶっ殺す」

 

「セイバーは妄想心音(ザバーニーヤ)で確定1発…」

 

「黒い私は私の役目です。…やります!」

「そうだな。ああジャンヌ、黒いあいつを倒したらトドメを刺さずに抑えていてくれないか?一発頭にゲンコツ落として話がしたい」

 

「…え?はい、わたしも彼女に聞きたい事が山ほどあるので」

 

 

目標は定まった。向こうにこちらの位置が筒抜けな以上、残された選択肢は最悪の正面突破しか無い。

 

小さく笑う。そうだ、あの時もこれに近い絶望的な状況だったては無いか。いつだって正面突破。真っ向から敵を粉砕する。

 

ーーーさあ行こうか。ゴールはもう見えている




最近の妄想まとめ
・店長&店長ジャンヌがapoジャンヌと出会ってジー君捜索
・店長&ジャンヌ、ごちうさ時空に突撃
番外編の予定変更してこれらやろうかしら。

はい、凡夫です。駄目人間です。実は店長の正体を紐解くキーパーソンはジャンヌでも旦那でも無くばーちゃんだったりするかも。そして今回のばーちゃんの口調で正体が分かった方もいらっしゃると思います。

洗礼詠唱終了。後は突撃するだけ。次回の更新は数日お待ち下さいな。書き溜めが0に至ったんです。助けてケリィ。


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邪竜を沈めろ

オケアノスきた(セイバーピース絞り過ぎだろう……。頭庄司)

リリィにプリコスつけるのハマってます。魔法少女プリズマ☆リリィ。可愛い(確定事項)

割とセイバーピースが落ちなくてイラっ☆と来ている凡夫です。本日の更新が遅れたのも執筆が鈍化したのも全部それのせい。あ、地味に考査準備期間入りました。なので亀化しますがご容赦願います。高等学校の試験は流石に怠けたら危ない(FGOプレイしつつ)


ーーーワイバーン達の強襲は続く。

 

敵もとうとう最終決戦に持ち込むつもりだろう。これまでとはそれこそ、比べ物にならない数のワイバーンをけしかけて来る。中には赤い個体だったり、更に巨体を誇る個体だったりと多種多様。

 

それでも負けやしない。魔力消費は最小限にまで、各人が持ち得る武器を巧みに扱う。魔弾を飛ばす者、火を吐く者、得物を存分に振るう者。いくら数の暴力で攻めてこようが、そこに技能が存在しなければ話にならない。せめて回避訓練は積ませておくべきだったのだろう、面白い程にワイバーンが堕ちていく。

 

 

「サーヴァント反応…⁉︎みなさん、一騎来ます!」

 

 

視認した。彼女の言う通り一騎、手には映える大きな弓が握られている。おそらくは未遭遇のアーチャーのサーヴァントだろう。そしてこれまたおそらく、バーサークを付与されている。

 

ーーー厄介だ。

 

消耗を最低限にまで抑えてオルレアンへ進撃、との算段だったのだが、中途でサーヴァントと遭遇してしまえば必然的に負担は増える。特にアーチャーともなればその宝具は弓の技量、仮に矢を雨の様に降らせる物ならば余計だ。

 

軽く舌打ちをする。アーチャー(エミヤ)かあの愚直で好ましい正義の味方でもいれば、一方的に契約が解除出来るのだが。よく考えればこちらの陣営にアーチャーはいない。奪えるともなれば……よそう。起こりもしない現実は捨てるんだ。

 

 

正体は一人の女性。無造作に伸ばされた髪に美しさを感じる。眼は野獣の様に鋭く、そこに貴人の如き滑らかさは無い。

その表情は淡白な物では無くどこか苦しみに耐えている様な、苦悶の物だった。彼女は先程からこちらを見据えるのみで行動に移さない。弓を引く事も、言語を発する事も。

 

鏡夜は意を決し、この不可解な静寂を打破する。

 

 

「アーチャーのサーヴァント…だな」

 

こくり、と頷く。頭の獣耳の様な物は崩れない。ーーもしかすると、アレは本物かも知れない。

 

「いかにも。汝らは竜の魔女を打破する者だな?」

 

「ああ。だから聞きたい、貴女は敵か?それとも味方か?はたまた中立の立場を取るか?」

 

 

今はただそれだけだ。敵ならばプライドや暗黙の了解を踏み潰してでも、数で圧して倒す。味方ならば魔女の呪縛から解放する為に走り回ろう。中立の立場ならばそこを退け。

 

 

「理性は味方だ。だが身体はそうもいかない。だから話せるのは時間の問題だ」

 

「つまり理性がある内に自分を討ち取れって事か」

 

「その通り。それと汝青年、マスターと見受ける」

 

 

念の為ポケットの鏡に手をしのばせながらも肯定。しかし何故この場でその様な事を問うて来たのだろうか。

可能性は二つ。自身の解放の依頼か、この身の削除か。後者は無いと信じたいが、いざ黒い彼女が理性を奪いアーチャーを殺戮マシーンに変貌させるか分かった物では無い。

 

アーチャーは何も握っていない左手に毛皮の様な物を実体化させる。猪の頭部付き毛皮。どこから見ても剥取り品だが、内包する神秘は宝具級のそれ。アレはまさしく、アーチャーの所有する宝具の一つ。

 

 

「これから汝が赴く戦場は竜の蠢く死地。百にも及ぶあの山を人間が越える事は困難だ。だからこれを使え。「諍いの戦利品」、魔力を流せば直線を高速移動出来る。真名解放を必要としない宝具だ。汝でも扱える」

 

「……待てアーチャー。俺の様な至らぬ身にこの様な逸品は過ぎた物。何故これを?」

 

 

アーチャーは押し黙り、どこか哀しげな表情を見せた。万人に共通する、懺悔の表情。

何と無く察した。これは彼女なりの罪滅ぼしなのだろう。そこにいかなる理由があるかは見当つかないが、その様にに感じた。

 

 

「私は無辜の民をこの弓で殺めかけた。この弓はその様な愚行を犯す為の物では無い。それでも私は……ッ!」

 

 

その精神はやはり、狂わされてなお英雄だった。ひしひしと伝わる屈辱、後悔、懺悔の念。そして自身の手で黒を倒せない事に対する怒り。だからこそ彼女は託したのだろう。半身とも言える宝具を他の誰でも無い、名も知らぬ黒の敵(マスター)に。

 

ならばその思い、汲み取らずして何が魔術使いか。彼女の手から毛皮を拝借し、防具の類を一切身に付けていないヒトの身体に纏わせる。それを見た彼女はうん、と頷いた。

 

 

「感謝する、アーチャー」

 

「頼んだぞ青年。……ッ、そろそろ限界だ。私を殺せ」

 

「ああ、そうしよう。この宝具は黒打倒の暁、俺の手での破壊を似て貴女への変換とさせて貰う」

 

 

腰から愛用の短刀を引き抜き、正確に心臓に穿つ。せめてこの手で彼女を倒す事が、彼女の懺悔に対する救いになればと信じた。

 

アーチャーの身体が霧散して行く。より霊核に直結している心臓を破壊されれば霊核にもダメージが及び、自然と実体を保つ事が不可能になる。魔力で編まれた肉体は黄金の粒子に還元され、風に溶ける様に流れて行った。

 

 

「ーーールーラー、彼女の名は」

 

「アタランテです。女神アルテミスの加護を受けた、純潔の狩人」

 

それさえ知る事が出来れば良い。天を仰ぎはしない、振り返りもしない。ただゆっくりと、草原を駆け抜けるのみ。

 

 

「分かった。行こう、みんな」

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

ーーーついに来た。

 

オルレアンの城。辺り一帯に蠢くワイバーン達。そして彼らを統率する邪竜ファブニール。遭遇したサーヴァント全ての反応も確認出来る。まさしく、ここが決戦場。

 

緊張が奔る。身体中の血と言う血が沸き立ち、心臓が跳ねる。生の人間にこの手の場所は重過ぎると言う物。それでも、歯を食いしばり恐怖から来る興奮を抑える。

 

 

先行するは鏡夜、ジークフリート、ゲオルギウスの三名。ファブニールさえ討伐すればワイバーン達の統率は無と化す。可能性の域だが、混乱に陥り互いが互いを屠り合う、との自滅にまで誘い込めるかも知れない。否、どちらにせよこの決戦が此度の戦争の勝敗を分ける。これから待つ各サーヴァント達の戦いに竜は不要。

 

 

「マスター、正直に言う。俺がファブニールを倒したのはまぐれだ」

 

「ーーーおい」

 

「何と……」

 

「殆ど何も覚えていない。ただ一つ言えるのは、あの戦いは無数の敗北から勝利を掬い上げる物だった」

 

 

ああなるほど、確かにその比喩は的確だろう。例えば砂漠の中から一粒の砂を見つけると同義。例えば太平洋に落ちた硬貨を捜し出すと同義。無数に広がる可能性の未来。その中からたった一つある"無損害の勝利"を掬い上げ、この身に手繰り寄せる。そうする事で初めて、ファブニールは倒せるのだろう。

 

大師父から拝借した一級品のルビーを飲み込む。いくら聖杯とは言え魔力量にも限界がある。先刻からの過負荷以上の行使により貯蔵量は七割を切っていた。聖杯から見れば足しにもならないが、鏡夜から見ればルビーに込められた魔力はまさに救いの手。同時に負荷をかける事なく魔術回路を叩き起こせる。

 

 

ファブニールの雄叫びがこだまする。天空を貫かんとする、邪なる咆哮。威嚇の意の表明だろうか、それとも滾る殺意を露わにしたのだろうか。ーーいや、どちらにせよ構わない。こちらが奴を屠ればそれで終了する話だ。

 

 

「行くぞジークフリート、ゲオルギウス。後方支援は任せろ」

 

「頼んだぞマスター。さあファブニール、もう一度眠りに就く時だ」

 

「ええ、お任せします。……邪竜よ、汝に罪ありき。主の祝福を似て汝を浄化せん」

 

 

 

 

ーーー走る。

 

はしる、走る、奔る。ワイバーンの妨害の雨を鏡夜の魔弾と言う傘で遮り、渇いた大地を踏みしめ、彼の邪竜の胸元へ跳躍。竜を殺す神秘を宿す剣の一閃。高貴なる幻想の結晶体の一撃。

 

鏡夜は詠唱を続ける。放出、圧縮、形成の三工程を突破した何の変哲も無い魔力塊の弾丸。いやむしろ、変哲が無いからこそ環境や相性に左右されずの安定した威力を発揮させられる。ワイバーンの火炎を相殺し、無差別にワイバーンを屠り、邪竜の眼へそれらを撃ち込む。

……が、奴らが身を呈した盾となりそれらは届かない。ダメだ、ワイバーンが減ってもファブニールにダメージが無ければ何の意味も無いのだ。あんな下級など特性を持つものなら多少の魔力で召喚出来る。つまり大元を殺さなければいたちごっこ。魔力が無駄になって行くのみ。

 

 

軽く舌打ちをする。マリー、アマデウス、清姫の三名が数多のワイバーンの気を引いているとは言え絶対数が多過ぎる。こちらへ流れて来る個体も少なくは無い。それらの妨害によってーーージークフリートとゲオルギウスは邪竜への接近が困難の物へとなっていた。この時ばかりは、竜の魔女を本気で殴りたくなる。

苛立ちと焦燥が募る。聖杯にも限度があるのだ、待ち受けるであろうこれからの戦闘に回す為にも、()() ()爬虫類如きに手間をかけている余裕は無い。

 

 

それはジークフリートとゲオルギウスも同じだった。走り抜けようにも、雑魚の群れが壁となり盾となる。屠っても屠っても、泉の如く湧き上がる。中には賢く徒党を組んで襲撃して来る個体もあった。いくら下級とは言え侮るべからず、と言う事だろう。

ワイバーン達は本能的な殺意と憤怒、諸々の負の感情を剥き出しにする。常人ならばそれだけで生を失ってしまうかの殺意、強風。英霊の身なら特に何も無いが、仮契約中の彼はそうもいかないだろう。ますます、早期討伐が求められる。

 

ジークフリートはワイバーンを堕とし、その個体を踏み台にして更に上空の個体を墜とす。ゲオルギウスは自身を取り巻くワイバーンを一体一体、確実に斬り裂く。それぞれが持ち得る芸を本能から引き出し、疲労を英気で噛み砕く。

 

火球が彼らを襲う。直線的だが、速度は何よりも速い。相手を燃やす為だけに存在する、奴ら最大の攻撃手段。竜と言う事をこの上無い利点と取った、人間には到底真似出来ない代物。いくら火魔術と言えど、口内から火を吐く事は不可能だろう。

 

避け切れる限りは避け、間に合わぬ物体は剣で裂く。質量を殆ど持たぬそれだが、幻想の結晶体の前には歯が立たぬ。まるで包丁が野菜を切る様に、剣豪が竹林の中の一本を軽々と斬る様に、火球は両断される。彼らの真横を通る半球の火球は着弾した時点で最後の抵抗の小爆発を起こし、霧散。

 

 

否、鏡夜に負担は無い。いやそれよりは、"負担を掻き消す程の胆力が湧き上がっている"と表現して方が正しいだろう。扉を開けた反動か、それとも前の経験がインプットされたのか。鏡夜自身に知る由は存在しないが。

 

ふと、取り零しのワイバーンがこちらへ急速で接近して来るのを鈍化した視界で、本能と理性が確実に認識した。この距離でならば魔弾を撃てば、爆発の衝撃でこちらも無事では済まない。ならばどうするか。思考回路が稲妻の如き速度で回転し、空白鏡夜としての知識と経験が脳内に全面展開される。そして更に、もっと。その奥にある扉を開ける。新しい(古い)何かを(経験を)手に入れる(呼び醒ます)

 

下した命令(オーダー)は理性に伝達される前に、神経を伝わり、疑似神経の魔術回路を奔り、定められたコマンドを肉体に実行させる。

 

 

左腰に提げている短刀の柄に手をかけた。左足を大股に背後に押し出し、腰を据え、詠唱破棄の強化の魔術。腕力と視力を限界まで強化し尽くし、奴が間合いに侵入して来た刹那の瞬間、何にも勝る覇気と雄叫びを振り絞り、飛竜の首をもぎ取った。獲物は力無く大地に堕ちる。

 

鏡夜の短刀は、鏡夜すらその由来を知らぬ。物心ついた時から常にそばにあった半身の様な物。最強の鈍刀。"自身が斬ると強く、靭く決定した物のみ"しか斬り伏せる事が叶わぬ。

逆説。斬ると決意した物は確実に斬る。例え対象が人外であろうと、幻想種であろうと、その決意の前には逆らえぬのだ。

 

 

その僅かな、細い糸の如き時間をジークフリートとゲオルギウスは見逃さなかった。剣を扱う彼らから見ても、あの抜刀斬りは頷ける物。……否、自分達と肩を並べるだろう逸品。

二人は"鏡夜の防衛"を意識の外に放り出した。マスターならば戦える。愚直で冷酷に近い判断だが、それは鏡夜も望んだ事。本来のサーヴァントの仕事の一つ、マスターの防衛。サーヴァントにとってマスターは第二の心臓。絶対に破壊(死なせて)されてはならぬ存在。特に信頼関係を築いたマスターならば、損得無しに守りたくなる。

 

 

実際その感情はあった。いやそれしか無かった。あれ程勇敢な青年をこの様な無意味な戦場で、命のやり取りの中に置いておきたくは無い。あれ程勇敢な青年には、もっと相応しい安全な場所で生きていて欲しい。そしてそこへ帰るまでに、怪我の一つもして欲しく無い。

だからこそこの勇敢さに賭けたのだ。ジークフリートとゲオルギウスは振り返る事無く、背中で語ると勢いでワイバーン達を殺して行く。何度も何度も、英霊の高潔さと英霊の野獣の獰猛さを合わせた芸術品の位に位置する剣技を魅せ、剣を打突し、個体を踏みつける。

 

 

ーーーチャンスは一瞬

 

 

永遠に続くかと錯覚する程の徒労の先。多少なりワイバーンの絶対数が減少した今こそが、奴らを諸共滅ぼす絶好にして唯一の機会。まさに決戦を分ける判定の一撃。

 

 

最高純度にまで精製した魔力、ショートするかの如くまで活性化させた魔術回路。その全てが空白鏡夜と言う人間を次のステージにまで引き上げる。弾丸型の魔弾を太い槍の形状に変化させ、貫通。

 

 

「ーーージークフリート…!ゲオルギウス……!」

 

 

最早理性などそこにあらず。血湧き、血沸く身体の中で微かに絞り出した、頼れる二人の仲間の名を呼ぶ。それが最後の合図。

 

 

「ーーー了解…!」

「お見せ致しましょう……!」

 

 

ワイバーンの死骸によって形作られた道を二人は駆け抜ける。ファブニールの豪炎さえも眼中にあらず。互いが、互いの宝具が一番高威力を発揮出来る最高の間合いにまで詰め入る。

 

方や彼の邪竜を一度屠った、奴からしたら最悪の剣。方や民衆の助けの声に応えた、祝福の剣。どちらも竜を殺すワザの結晶。遺憾無く、解放する。

 

「邪悪なる竜は失墜し…!」

「ーーーこれこそがアスカロンの真実…!」

 

魔力を流す。蒼い魔力の電流が刀身を奔り、形になった神秘を目覚めさせる。それは人々の幻想を骨子とした形ある奇跡。

 

 

「世界は今落陽に至る!」

「汝は竜、罪ありき!」

 

 

いよいよファブニールが戦慄する。ただえさえ片方を喰らえば滅びかけるこの身に、また別の奇跡を重ねられたら……。すなわち、死。

 

 

「いっ………、けぇぇ‼︎」

 

「撃ち墜とす!幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)‼︎」

 

力屠る祝福の剣(アスカロン)‼︎」

 

 

祝福が邪悪なる竜の胸を裂く。 文字通りドス黒い血液がそこから吹き出す。ファブニールは苦痛の呻き声を漏らした。

 

いや、終わらぬ。もう一度あの日を繰り返す。ニーベルンゲンの歌にも記された、邪竜の崩壊。抵抗する間も与えず、最期の抵抗も許さ無い。何よりも強い信念を持ちて、幻想大剣を解放し続ける。

 

ーーー邪竜よ、再び眠れ。

光りが奔り抜けた跡地には、最早彼の邪竜の姿は無かった。




高等学校の試験は流石に怠けたら危ない(落第騎士の英雄譚見つつ)
バトルアニメが始まるとアチャ男か士郎&凛か腕士郎辺りを突っ込んだ妄想をするクセあり。

はい、ファブニール討伐です。筆が乗ると物凄い勢いで進むのが私の特徴。スタミナか切れると番外編に逃げるのも特徴。

次回はエリちゃんvsばば…カーミラさん、モーさんvsヴラド、アサ子&マリーさんvsデオンを一気に。そいでその次がvs黒ジャンヌ、次の次の次が二章終了の話ですね。お付き合いください。


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進行

もうすぐハロウィンですね。街中(特にスーパー)ではもう既に関連商品が発売されています。いやはえーよホセ。

まあともかく、ハロウィンまでには一章が突破出来そうです。やっぱり記念日は番外編やりたいですからね。黒が増えてからが本番。
ごちうさ番外編も残ってたでござる。今しばらくお待ちくださいでござるよ。


ーーーそれは自分自身を否定し合う争い

 

バーサーク・アサシン、真名カーミラ。狂ってなお血を求め続ける伯爵夫人。一方、実力的にも精神的にも自身の上位に位置するカーミラへ挑むのはランサー、真名エリザベート。そう、"どちらもエリザベート・バートリー"なのだ。彼女らの違いは呼び出された側面のみ。どちらにせよ"吸血鬼"である事に変わりは無いが、互いが互いを消し去りたい未来/過去。

 

 

打突。マイクスタンドも兼ねた、身の丈よりも大きいその得物をカーミラの喉元へ向けて突き出す。エリザベート自身、敏捷が高い訳では無い。故に自分にあって彼女に無い竜の尾を最大限活用し、立体機動も取り入れた空間的躍動を繰り返す。

カーミラは舌打ちをする。あの無知を屠り青春を謳歌するもう一人の自分がたまらなく憎い、そしてその自分に押されかけているカーミラ自身もまた、憎い。

 

カーミラは本来サーヴァントとしてのスペックは最低限に位置する。いや、彼女自身が戦闘に優れないのだ。彼女が真価を発揮出来るのは数多の拷問器具を用いたその吸血の瞬間、捕らえた者を痛みで狂わせる際にしか、彼女は彼女であれない。

 

それは宝具も同じ。生前愛用したと言われる鉄処女(アイアン・メイデン)。それが幻想骨子を得て宝具と化した幻想の鉄処女(ファントム・メイデン)が彼女の宝具。…すなわち、拷問器具。

その内部に敵を捉えなければ真名解放が不可能。いや、解放しても無意味。サイズこそ二、三人を丸呑み出来るが、いかんせん扉を閉める際にタイムラグが生じる。エリザベートの様に"ちょこまかと動く輩"にはこれ以上無い程相性が悪い。

 

 

それはエリザベートも知っていた。逆説。嫌でも理解していた。今はサーヴァントの枠柄に当てはめられ、全く違う人物となっているがその根源は、魂は同じ。故に互いが互いの記憶を有している。そう、エリザベートにはカーミラの宝具がいかなる物か、手に取る様に理解出来てしまう。

 

三次元機動もそれへの対策。あの鉄の中に押し込められない為の、敢えてのスタミナと魔力を割いた活発な活動。

 

 

ーーー憎い

 

いくら魔弾を飛ばしても、ナイフを投げても、奴は血を流さない。吸血スキルが発動しない。……否、それだけには止まらず。何故奴の槍が"自分の腿を貫いている"。

 

サーヴァントにも痛い、と言う感情はある。血も怪我もある。

カーミラはその傷口を目で見、脳に刻み付けてしまった。刹那に全身にまで痛みが奔る。意図せず、苦痛と哀を孕んだ呻き声が漏れた。ああ奴の槍は、自分の槍はここまで痛いのか。あの若さは、血の伯爵夫人である自分すら屠るのか。

 

 

「「認め無い……ッ!」」

 

 

同時に呟く。エリザベートからすればまだ倒れぬのか、その身は為す術をほぼ何も持たぬのに、まだこの身を滅ぼすつもりか。観念しろカーミラ、いやエリザベート・バートリー。拷問にしか脳が無い貴様には、貴様すら知り得ない新しい知識(アイドルの概念)をどこからか手に入れた自分には敵わぬ。

 

ーーー歌い続けてやる

 

フランスの地に現界したその瞬間から持ち得た、覚えの無い決意。それでもどこか、アイドルと言う響きに憧れを持った。否持っていた。マイクスタンドとランスの複合武器はその信念の現れだろう。

 

右足を前に、強く強く踏み込む。投擲された魔弾を尾で相殺し、苦手な竜の息吹を吐く。これ自体はどこか苦手で威力は心許ないが、ブラフには十分過ぎる。

迸るマナの息吹。カーミラの魔弾を消し飛ばし、エリザベートの前方の寂しい荒野に道を作る。未来否定の結末へ続く、乾いた道。

 

超集中状態への移行。視界の全てが色を無くし、鈍化し、まるで世界の主人公が自分だと思わせる。否、否、否。主人公はこのエリザベート・バートリーなり……!

 

乾坤一擲の最大牙突。やああ、と特大の叫び声ーー一種の自分への激励ーーを腹の底から絞り出し、その胸に、その穢れた身に、信念の槍を穿ち込んだ。

 

 

「じゃあね、悲しいぐらいに分離してしまった……もう一人の私」

 

ーーーー

 

ーー

 

どうやらこの身の敵は毎度毎度、王らしい。

 

モードレッドは奇妙な縁を感じていた。思えば生前は王に叛逆し、現界後は父と諍い、フランスの地を踏んだ後は彼のヴラド公と武を交えている。尤も、信念や騎士らしさなどそこなは無く、王は血を求める化け物に成り下がっているが。

 

だがそれでも彼のこと王は強し。狂ってなお衰えぬ至高の槍捌き。狂化の弊害を感じさせぬ一種の芸術。悔しいがモードレッドですら、あの槍の腕前を認めざるしか無かった。

 

 

穂先を剣の腹で遮る。足を大股に開き、柄を握る右手と刀身を支える左手に魔力を流す。ギリギリ…と得物同士が鬩ぎ合う音が厭に響いた。ここまでは前回と同じ。

 

……ならばどうするか。いかにするか。解は一つ。奴の知らないモノを叩き込む。

 

左手を刀身から引き離し、剥き出しの本能に従って一直線に、狂い無く、それでも理性的に正面へ突き出す。ーーー正拳突き。ありとあらゆる武の基本中の基本、ストレートパンチ。その何の変哲も無い、強いて言うなら魔力を帯びているのみの拳を躊躇無く、ヴラド公の美しい顔に抉り込んだ。

 

肉が擦れる音がする。本能に刻み付けられた動作である程、呼吸と同義に位置した基本中の基本である程、咄嗟に繰り出された際に理性は僅かなタイムロスを伴ってしまう。ゆえにヴラド公はまさか、ストレートパンチを顔面に入れられるとは思ってもおらず、防御手段無しに浴びてしまった。

 

 

ーー好機。左足をおおきく廻し、一蹴。間髪無しに王剣を剣道の払い面の要領で動作させ、ヴラド公の得物を叩き落とす。

とまらぬ。胸板を一閃。肉が抉れ、王がまさに欲する血液が、鮮血が、空を彩る。そのままモードレッドは、噛み付かん勢いでヴラド公に体重を乗せた衝突。王の足がおぼつかなくなったまさに刹那を狙い斬る。

 

 

ーーー乖離

 

 

ヴラド公の左腕が宙に舞う。ヴラド公はそれを認識出来なかった。否、その事実に目が行く前にモードレッドが攻め立てて来る。騎士道など眼中に無い拳、脚、をも含めたCQC。

白銀の鎧が返り血でその一部を黒く変色させる。それでも、止まらない。

 

 

ヴラド公はもう既に、とっくの過ぎにバーサーカーの利点を失っていた。本能に殉じる化け物が。その唯一の利点を盲目していた。

……美しい。

 

名も知らぬあの女騎士。その姿が、踊る拳が、弧を描く銀の剣が。その全てが美しいと感じた。曇り無く、歪み無く。ある意味恋にも似た尊敬の果てに生まれた武。モードレッドだけの、彼女だけの道。

 

とっくの昔に、ヴラド公の時は止まっていた。あるのは胸を焦がす何か。一つ大事な物を思い出せそうな、そんなジレンマ。

 

 

ヴラド公の停滞など意識の外。モードレッドは確実に自分より上の、国を治めた王を押していた。スマートかつワイルドに仕上げられた右拳を突き上げ、アッパー。同等の意思を込められた左拳を王の右頬にめり込ませ、全力で振り抜く。打ち抜く。ヴラド公の身体が一瞬、大地を失った。

 

 

ーーーそうだ

 

 

何故忘れていた。狂っていたからか?違う、狂いに負けたからだ。こんな姿を生前に飽きる程、それでも飽きない程見ただろう。純粋に鍛錬を積んだ戦士達。彼らが心底清々しい有様で互いの武を当て合い、魅せ合い、模擬戦。相手の血を吸う訳でも無い。相手を辱める訳でも無い。本当に相手を倒す為だけに。

自分を慕った臣下達も、あんな姿をしていたでは無いか。それなのにこの身は、我は、私は……。

 

余は……!

 

「余は吸血鬼では無いッ!」

 

 

その言葉を、怒気を孕んだ精一杯の否定をモードレッドは聞き逃さなかった。故に彼女はそれへの最大の賞賛を込めて、王の心の臓に王剣の切先を穿つ。

 

 

「ヘッ、よく言ったヴラド三世。叛逆の騎士に討ち取られた名誉、しかとその身に刻み付けろ」

 

「フ……。感謝するぞ騎士よ。おかけで本来の自分を取り戻せた。余は吸血鬼では無い、国を治めた王なり…」

 

「ああそうだろうな。今のお前は王だろう。安心して座に還りな」

 

 

ヴラド公は安らかな、まさに永遠の眠りに就く瞬間の様な穏やかさを帯びた表情を見せ、ゆっくりとその身を黄金の粒子に変えた。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

バーサーク・セイバーは困惑していた。何故、何故この場に"彼女"がいるのだ。ああ何故、自分の彼女は敵対しているのだ。何故、何故、何故…!

答えは出ない。否、そこに強引な解を見出すのならば、これは運命だ。最悪の運命、自分に対する報復。生前を見失い、破壊の限りを尽くそうとした自分に対する、神からの天罰。

 

それと同時に嫉妬した。彼女の隣に立つあの黒いローブの女に嫉妬した。そこは自分の居場所なのに、平然と奪ったあの女が憎い。

 

 

バーサーク・セイバー…真名シュヴァリエ・デオンは猛虎の如く駆け出した。まさに黒いローブの女、アサシンを喰らい殺さんとする程の殺意と憎悪を振り撒き、一直線を辿る。

 

 

加速を保ちつつ右脚を力強く踏み込み、跳躍。握るレイピアをアサシンの首に穿たん、と雄叫びを上げ、落下速度を上昇させ彼女に接近して行く。ーーいける。

確信した。これ程までに身体が自由に動いた事は無い。肉体から乖離した精神さえもが、この身の変質に驚愕を示している。これも狂化の影響か。いや本来は憎むべき代物だろうが今だけは、この瞬間だけは、バーサークとなった自分を余す事なく受け入れた。

 

アサシンは腕を交差させ、こちらの攻撃に備える。……愚かな。ならばその腕の障壁ごと心の臓を貫いてやる。

 

 

バーサーク・セイバーは愚行を犯した。犯してしまった。そして彼女はその事に気が付いていない。アサシンはそのフードの中の顔を、口元を、微々たる物だが歪めた。

 

 

断想体温(ザバーニーヤ)

 

 

ーーーレイピアの切先が宙を舞う

 

「なっ……⁉︎」

 

 

刹那的な事象に思考が停滞した。理解不能から来る恐怖は肉体の枷となりそれを縛り付け、一撃で仕留められなかった屈辱がふつふつと湧き上がる。それでもそれ以上に、シュヴァリエ・デオンは恐怖した。一体どんな仕掛けをつかったなら、レイピアを折る程の硬度の肉体を手に入れられるのか。

 

未知の技程恐ろしい物は無い。どんなタネで、どんなテジナで、何を仕込んでいるのか知り得ないと言う事は、膨大なデメリットとなる。それはシュヴァリエ・デオンもよく知っていた。なのに彼女は、アサシンを分析する事を忘れ、嫉妬に身を委ね暴虐を尽くそうとした。それが彼女のーー最大の失敗。

 

 

「お前……未熟」

 

 

アサシンの言葉が脳を揺らす。こちらを屠る絶対強者の、最後の情け。言葉自体が心を抉るナイフの様に鋭い。

 

 

「ーーー妄想心音(ザバーニーヤ)…」

 

 

心臓が潰される。回避不可能の呪殺。デオンの口から多量の血が流れ出た。

 

 

「あぁ……、王妃……」

 

「もう、良いのですよ。頑張ったわね」

 

心臓を抉られ、実体を保つ事が不可能になりつつある自分へ、彼女が語りかけて来る。ああ、あの笑顔は。あの笑顔こそが。

 

「ごめん、ごめんなさい……」

 

「うんうん、お疲れ様。また後でね」

 

もういい、満足だ。彼女があの笑顔をもう一度自分に向けてくれただけで満足だ。デオンは肉体をゆらりと、風に溶かした。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

ーーーあり得ない

 

どれか一つが脱落するならまだ分かる。とくにバーサーク・アサシンは加虐的とは言え、戦闘兵器サーヴァントとして見るならばその利用価値、戦闘能力は低い。彼女の脱落は決戦開始から視野に入れていた。

 

問題はバーサーク・ランサー、ヴラド三世とバーサーク・セイバー、シュヴァリエ・デオンの脱落。後者は歴史に名を連ねる英霊に匹敵する程の実力こそ無いが、生前の武と功績は十分目に止まる物。前者に至っては召喚地域が最適解の場所ならば最強クラスのサーヴァント。このフランスの地での召喚でも望んだ以上のスペックで現界した。

 

 

それがどちらともやられたのだ。後者は相性が悪い、と言えばそれで解決するのだが、前者の敗北は想定すらしていなかった。ヴラド三世の敵は向こうのセイバー、真名は叛逆の騎士モードレッド。あからさまに格下の、一介の騎士に国を治めた吸血鬼が敗北するなどあり得ない。いや、あってはならなかった。

 

 

『ジャンヌ!お戻り下さい!体勢を立て直しましょう!』

 

パスを通してジル・ド・レェから念話をかけられる。不服で屈辱だが、この時ばかりは撤退の方が理想的な戦術だろう。退屈なプライドでそれを無下にする程、黒いジャンヌ・ダルクは愚者では無い。素直に元帥の忠告を聞き入れた。

 

 

『ジル、海魔を。私が追加のサーヴァントを召喚する間の盾にしなさい。上手くいけば一匹や二匹、殺せるかも知れません』

 

『了解しました。召喚陣は私の方で準備しておきます』

 

 

 

 

 

 

「ッ!待て!」

 

黒い彼女を追跡しようにも、彼女の撤退と同時に出現し始めた、謎の蛸型生物に阻まれそうもいかない。奴らは斬っても斬っても、消えず、それどころか時が進むと共にその数を厭になる程増大させていく。

 

 

「ああクソッ!何だこいつら!」

 

「使い魔と見るべきでしょう。しかしこの数、一体どんな魔術式を行使すれば…!」

 

「駄目だマスター!討伐と平行して倍以上が出現する!」

 

 

蛸自体には全くと言っていい程戦力は無い。捕縛されれば危機に陥るだろうが、少なくともヒットアンドアウェイを繰り返せば精々、下級の魔獣程度。

だがその問題は数。既に戦場の四割は蛸に占領されてしまい、奴らは刻一刻とその領地を拡大して来る。時間稼ぎにしてはあまりにも強大。最終兵器にしては個々の戦力が貧弱。この蛸が一体どんな意図を持って呼び出されているのか、それすら掴めない焦燥が彼らに募る。

 

 

決断を迫られる。一つだけ、たった一つだけこの蛸の山を踏破する方法は鏡夜にある。しかしそれを行使出来るのは自分ともう一人の計ニ名だけ。つまり、彼らを見捨てる事になる。連れて行けるのは彼女だけだろう。

 

 

「…マスター、その顔、何か持っているな」

 

「……ああ。麗しのアタランテより託されたこの毛皮を用いれば、俺ともう一人だけならあの城に行ける」

 

「成る程。了解した、マスター。行ってくれ」

 

「ええ、鏡夜さん。行って下さい。ここは私達が。何、こんな蛸を倒すのに骨など折れません」

 

 

唇を噛み締める。彼らを見捨て、自分と彼女だけあの城に向かう事こそが確実な戦法。しかしそんな事など誰が出来ようか。そう、鏡夜にはそれが出来ない。サーヴァントを道具では無く、同じ人間と見る彼には、無数の悪が蠢く戦場に彼らを置いて去るなど出来ぬ話なのだ。

 

しかしそれでは、いつまで経っても好転も悪転もしない。いかなる結末を望もうとも、状況の打破にはそれが必須。

あるのは悔しさのみ。その選択した取れないこの身の非力さに対する、悔しさ。

背中を預けているジークフリートとゲオルギウスへは振り返らない。ただ一言、すまないとだけ言い残す。彼らとは正反対の方角へ駆けた。先からこちらを目指す白い彼女と合流する。

 

 

「ジャンヌ、城へ行く」

 

「……!分かりました、鏡夜(マスター)。この身は貴方と共に」

 

 

何も言わず、己が感情を察してくれた彼女に心の中でありがとう、と呟く。

ジャンヌを負ぶさる。背にしっかりと、離すまいと鉄の意志を込めて腕を回し、同時に最早損傷も良い所まで行った魔術回路をまた唸らせる。全身を強化し、内臓を保護し、視力を強化し。どれ程の速度が出ようとも対応してみせる、それへの準備を怠らない。

 

これより踏み込むのは英霊の域。この人の身で彼らの御業の再現。誰よりも、何よりも速く速く速く。負担など顧みず。ひたすら、この身を兵器として。

 

 

「諍いの戦利品……!」

 

 

後戻りはしない。声も送らない。それは彼らに対する冒涜と裏切りなのだから。何、サーヴァントを信頼してこそのマスターだろうに。そう強がって、奥歯を噛み締めて、鏡夜はジャンヌと共に、戦場を吹き抜ける風の如く走り抜ける。




ーーーすまない。何か手抜き感がして本当にすまない……。

言い訳するとデオンとカーミラ動かし辛えんですわ旦那。GOのバトルキャラしか参考文献がありませんのでね…。ああつれえわー、超つれえわー(JKジャンヌ感)

ここで一つ、没ネタご紹介コーナーに入りましょう。本編がアレなので中和剤です。

喫茶店&apo「「どーっちだ?」」
店長「右」
喫茶店&apo「「早⁉︎しかも正解⁉︎」」
店長「おう。簡単に説明すると、ウチのジャンヌは受肉しているから肌の質感が違う。後髪質も。良くも悪くも普通の人間のそれになってるからな、光の反射加減が微妙に違うんだ。後匂い。バイトはしてくれてるから珈琲の香りが微々たる物ながら染みついている。それと栄養摂ってるから身長がデフォルトと比較して0.43cm伸びてる。ああ、後そっちと比べて表情筋が0.0823°釣り上がってるぞ。生身の筋肉のクセがついた証拠だな。それとクセ毛がある。具体的には後頭部の辺り。二本跳ねてるぞ。後は……そうだ、普段使ってるあの少し高いシャンプーの香りが右からする。なるべく安い金で良質な珈琲豆を選ぶ事を強いられた我が鼻を嘗めるなよジャンヌ・ダルクッッ!」


店長変態化。前に思い付いた店長&ジャンヌがapo終了後のジャンヌとば出くわす番外編の中の台詞です。お目汚し失礼しました。

次回、一章最終回。店長&白ジャンヌvs黒ジャンヌ&旦那。これからノリノリで執筆するてござる。


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ギャンビット

最終回と言ったな、アレは嘘だ。

すまない。気ノリノリでUBW Extendedを流しながら執筆してたら描写が増えてた。纏められ無かった。本当にすまない。

店長vs黒ジャンヌ。やっぱり彼が主人公なのでカードはこっちにしました。保護者対決よりも映えますです。
やたら本文が長くなりましたが、それではどうぞ。


ーー正直、ここまで恐れが充満した空間だとは思っていなかった。

 

中には低級のモンスター。所謂スケルトンやゾンビだったりとが徘徊している。一つ一つどころか徒党を組んで来ても取るに足りないのだが、いかんせん魔力の無駄使いは避けたい。

残量を数値化すると残り六割半、と言った所だ。聖杯が無ければ今頃干からびているだろう。やはり過去の行いは間違っていなかった、と無駄な思考をしつつ、ジャンヌの手を引き前へ前へと進み続ける。

 

濃厚な殺意が肌を刺激する。上の階層から、まさかここまで届く程の憎悪の結晶。黒い彼女を彼女たらしめる、人間の本質。並の人間ならばそれだけで死に至る程の鋭利さ、圧力。冷や汗が頬を伝っているのは、言うまでも無い。

 

 

それでも、その殺意の吹雪の中を一歩一歩確実に進む。無謀な冒険者、武器は勇敢さのみ。誇り高き勇者でも無ければ、大英雄でも無いこの身。なおも足取りが確実な物なのは、彼を彼たらしめる夢があるからだろう。歪な形の、最初で最後の夢。

 

 

階段を上る。更に殺気が濃厚で粘り気を増し、全身へ絡み付く。まるで身体を蝕む呪いや毒の様に、この身を這う。肉体では無く、精神を削る心の刃。必死に意識を繋ぎ、辿り着いた大扉に手をかける。

 

「鏡夜君。この先に進めばもう戻る事は出来ません。準備と覚悟は?」

 

「ああ。問題無い。行くぞーーー」

 

 

ギィィ……と古びた木が擦れ合う音が厭に響く。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「ーーー何だ、また貴方」

 

「ーーーヘッ、また俺だ」

 

 

山を、越えた。

彼女は最初の邂逅の時の変わらずの、忌々しげな、気怠そうな表情を見せている。その背後には狂ってしまった元帥。ようやく、ようやく役者が揃った。

 

嗚呼、嗚呼。救うべき彼女は眼前にいる。後はこの身の出方次第。絶対、何て言葉は使わない。ーー彼女を救う。

 

 

「まさか、ね。大将が直々に攻め込んで来るなんて。貴方、馬鹿?」

 

「さあな。少なくとも頭は悪いさ」

 

 

黒は全てが理解出来なかった。何故わざわざ出て来たのか。何故これ程の恐れと殺気の前でも余裕を保っていられるのか。何故、何故。彼の顔が脳裏から離れ無いのか。

 

ーーーまあ良い。前回は不覚を取ったが、此度はそうは行かせない。炎が無効化されるのならばこの手で心臓を抉り出せば終わる話。彼は人間、この身はサーヴァント。溝は深海の如く深い。何が起きても、こちらが近接戦で遅れを取る事はあり得ない。今度こそは起き得ないのだ。

 

元帥を制止する。彼を屠るのは自分の仕事、決して手を出すなと。それは鏡夜も同じだった。白いジャンヌに一言、手を出すなと告げる。一対一、文字通り最終決戦の土俵は完成した。

 

 

 

 

黒は右手に竜の旗を顕現させ、眼力で射殺す如くの牙を剥く。対して鏡夜は短刀を引き抜き、柔らかな表情を硬化させる。その眼は何か強い物を孕んでおり、こちらを殺すと言うよりはこちらを停止させる、に力を注いでいるに見受けられる。

 

発足。焦点を鏡夜の心臓に当て、虚空を割く矢の様に直進する。先ずは先手を打つ。凡その戦いでは先手を取った方に軍配が上がりやすい。

 

 

鏡夜は動揺せず、無感情のままに詠唱、得意の魔弾を生成する。属性も概念も付与されていない、無色透明の弾丸。迎え討つ、そのまま屠り返す、と言わんばかりの気を纏い黒へ飛翔する。槍を模った、乳白色の即席の武器。

無論、それは承知の上。こんなつまらない攻撃が彼女に通るはずも無い。現実、黒は憎悪の旗を振い、弾を墜とす。……止まらないーー!

 

 

黒は優雅に舞い上がり、狂の笑みを伴いつつ穂先の剣を鏡夜に穿たんと両手を突き出す。防具の類を一切身に付けていない鏡夜。仮にも強化魔術で強度を上げているものの、万物に適当される落下速度x体重の式を加算されたアレを喰らえば、最悪死に至る。

故に回避運動を起こした。小規模の魔弾を眼前で爆発させ、僅かな時だが彼女の気を逸らす。跳躍、背後への宙返りを決め、両手をついて着地。刹那の間も入れず再度魔弾を生成する。ただし此度は、変化球ーーー。

 

 

 

直進、右廻り、左廻りの計三方面からの魔弾。確実に認識した時には手遅れ一歩手前までアレらはこちらまで距離を詰めていた。撃墜は、不可能。

ならばと高く跳躍する。足元で三つの魔弾が衝突し合い、互いを攻撃し爆発。同じ術者から生成されたある意味の仲間が互いを殺したのはたまらなく愉快だが、それに興じる余裕は無かった。

ーーー滑空。即ち、隙あり。

 

地上から足が離れると、途端に回避が困難になる。そう、今は彼女が隙を晒してしまっている。

 

 

鏡夜は少し口角を釣り上げた後、まさにこの瞬間を待っていたかの様に高速詠唱。形状を槍から何物でも無い球体に変化させ、容赦無く放出する。それはまさに、対空砲…!

 

 

サーヴァント、ジャンヌ・ダルクが保有するスキルの中に対魔力:EXと言う物がある。現代魔術師の簡素な攻撃魔術だろうが、神代の高度な攻撃魔術だろうが、神霊の魔術だろうが全てを"そらしてしまう"スキル。しかしそれはあくまで"魔術"に反応する物であり、詠唱を挟んでいるとは言え"ただの放出"の域を出ない純粋な魔力塊はその効果の対象外。故に、直撃すればダメージを受ける。対魔力を突破する唯一の方法。

 

ーーーだがそうはさせない

 

 

よく目には目を、歯には歯をと言う。なればこそこちらも、弾を飛ばす意趣返しを。黒の宝具は全てを焼く憎悪の炎。真名解放すれば発展した街すら呑み込む。ーー逆説的。その手順を破棄すれば、簡素な火炎弾を生成可能なのだ。

皮肉気な顔付きを顕にし、解放を棄却。中規模の火炎弾を対空砲向けて撃ち出す。それぞれが互いの敵と衝突し、爆散。見事黒はダメージを回避して見せた。

 

鏡夜は驚愕の意の隠蔽に失敗した。宝具の簡略化など最早可能性すら思考に無かった。詠唱を続ける口が停滞し、刹那的に呆気に取られる。今度は彼が隙を見せる番。

黒は深い一歩を踏み出し、低姿勢のまま彼へ文字通り突っ込む。頂く……!槍を突き出す真似事で、旗を押し出した。

 

慌てて鏡夜は短刀の刀身で剣を受け止める。刀身から柄を伝い、彼女の力が右手を痺れさせる。どうにか、咄嗟の判断で旗を蹴り、多少冷静さを欠いた挙動で後方へ退く。

 

 

既に鏡夜の息は切れかけていた。魔力残量は残り六割。いよいよ時間をかけていられない状態を形成してしまう。治療魔術で疲労を誤魔化そうとも、それは一時の自己催眠に過ぎぬ。その本質は、疲労は、消失する事は決して起きはしない。

 

激動する心の臓の音色が、脈打つ血管が、清明に耳を抜ける。荒い呼吸を整えんと深く大気中の酸素を体内に吸収し、その反動…二酸化炭素を排出する。思考回路を、魔術回路を、肉体を。好転させ様にも上手くは行かぬ話。疲労とは人間最大の敵。病魔と肩を並べる、永遠にその縁が続くであろう概念。その点、サーヴァントに疲労は無い。いや、魔力を消費すれば怠惰を認識し回復を要求するだろうが、それらは人間の疲労とは根本的に相違の存在。故に彼女は、疲れてはいない。

 

 

それ以上に決定的な差を下す概念があろうか。半永久的に活動を、生殺を継続出来る彼女と、体力が底をつけば終幕を迎える人間では、致命的に格差が現れる。真の意味での体力を回復させる魔術も概念が付与された道具も無い。否、存在するのだろうが今の鏡夜には持ち得ぬ物。摂理に従い時流が前進し続けるのならば、反比例的に鏡夜の体力は磨耗し、戦闘能力も低迷する。

 

彼女は加虐的な意思をこの上無く空間に解き放ち、先刻と同型の火炎弾を定感覚で召喚。

それらに呼応するかの如く、彼女の殺意が抱え込めない物にまで膨張を開始した。

 

 

ーーーLe Tsukuse sucer toutes choses(限定礼装機能展開)

 

 

受け止める。彼女の憎悪を、その殺意を、全てを受け止める。毅然たる決意を言語として発し、祖母が遺した彼だけの三種の神器、それに属する鏡を再度展開。

 

 

多層魔力機能反射鏡(ダイクロイック・ミラー)。通過した魔力に反応し、そこに付与(エンチャント)されている属性を逆工程をかけてゼロに還す、いわば魔力殺しの鏡。例えば火魔術の弾丸が鏡を通過したと仮定しよう。それは通過から完了のナノ単位の時の間にマイナス工程をかけられ、通過完了後には無属性の魔力塊に逆行している、と言った奇跡が現出するのだ。無論、その魔力塊に触れればダメージを受けるが。

サーヴァントの宝具の大半も魔力により成立している。例えば聖剣、そして彼女の炎もまた、魔力を素材としてこそ成立する物。故にこの鏡で対応可能。

 

 

 

忌々しさを欠片も隠さない貌を認めた。有効範囲が一体を守護するに僅かながら届き得ない程多層魔力機能反射鏡は小さい。あたかもSF作品の無線誘導兵器の如く、過敏な神経に通す命令を直に鏡に流す。

 

 

「成る程……。さしずめ魔力をゼロに還す鏡…と言った所でしょうか。真名解放型の宝具はその際に魔力が必要。ええ、人の身の貴方が我々サーヴァントに対抗出来る数少ない手段でしょう」

 

 

ーーー勘付かれたか

 

顔を歪曲させる。タネもシカケも彼女が仮定したそれと究極的に同義。寧ろ模範解答を見て口にしたのでは無いかと錯覚する程、言い当てたそれは正確無比の物だった。

そうなると突破方法を模索されてしまう。この鏡ともう一つのアレはサーヴァント、魔術師、神秘への対抗手段。それらを失えばこの身に勝機は無い。

 

 

「それなら……、これはどうでしょうか?」

 

 

火球が集合する。精々顔面程度の規模だった火球だが、見る見る内に膨れ上がる。単純に表せば、人の身を軽く飲み込む程の大きさ。ーー鏡では吸収出来ない…!

 

マズい、急激に思考回路が冷静さを喪失する。あんな物をまともにぶつけられればほぼ確実に死に至る。かと言って規模から言えば鏡での対処は不可能。立方三反射鏡(コーナーキューブ・リフレクタ)の展開は間に合わぬだろう。果たして単純な回避運動では射程圏外に逃れる事は叶うのだろうか。

 

 

ーーーやるしかない

 

あの特大の火球を斬る。

 

現実性が皆無であり、なおかつ選択可能な唯一の方法。確率を数値で表すのならばゼロ、コンマ十桁以下の成功率だろう。寧ろゼロと断定した方が聡明かも知れない。否、それでも実行するのみしか、勝利を手繰り寄せる術は在らず。

 

持ち得るのは愛用する短刀のみ。幼少の頃より、物心ついた時よりからこの腰に下げられていた、苦楽を共にした半身。亡命時にはこれで鬼門を裂き、暇潰しに研ぎ、手にすれば由来不明の安心感を与える白銀の刀身。サーヴァントの宝具を相手取っても刃毀れせぬ信頼性。ならば、ならばそれすら可能にするはず……!

 

 

この身には幻想は無い。騎士王の聖剣も、英雄王の原初の理も、コルキスの王女の契約破りの宝具も無い。あるのは何の伝承も持たぬ短剣と、三つの起源。そして夢。人の限界しか持ち得ぬ脆い存在。故に彼は、体内で神々しさを物体に凝縮したかの様な光を持つ聖杯に身を委ねる。どこか不思議に暖かい。

 

ーーー打ち砕く

 

意識を戻したときには既にその言葉を発し終えていた。刀身が薄ら茜を帯びた事は、この場に佇む誰もが知らぬ事実。

 

 

「ーーー吠え立てよ(ラ・グロンドメント)

 

 

黒は吠える。憎悪を、悪徳を、絶望を。その全てをこの宝具の黒炎に変えて。今こそ全てを終幕に至らしめ、この地を死の国に変貌させる最後の過程を、あの男ごと白を無に帰さんと何もかもを圧縮する。旗はとっくに炎の指標以外の役割を失っている。敵を焼き尽くすだけの魔女の炎。鏡夜は目を閉じ、この身に付随する役割を思い出す。

 

 

 

それは悪魔の手解きか。はたまた世界の意思の情けか。それともその魂最後の抵抗か。忘却の彼方を揺蕩う気高き幻想の残照。その破片、心をカタチにした概念。激情と友愛の茜を帯びる白銀の世界の具現化。

 

今は無きその真価は、万物万人は知らぬ。

 

 

「ーーー我が憤怒ッ(デュ・ヘイン)!」

 

 

巻き上がる憤怒の嵐。カタチを得た彼女の心その物の炎。一寸の狂いも無く、我が身を滅ぼさんと空を割き続ける。その溝、僅か十数センチメートル。時に表して余裕はコンマ以下。

 

 

「愚ーーの……」

 

 

柄を両手で強く握り締め、質量を持たぬ嵐の先端部、まさに眼前に迫ったそこへ短刀をーーー穿つ。

その一点を起点とし、憎悪の嵐は奇麗に両断される。ーー否、まるで鏡夜を避ける様に、万物無い大広間の片隅へ逃げる。

まるで魔境を行く冒険者。まるで大波突破に挑戦するサーファー。その無謀の極みの勇気は一体、どこから来るのかーーー!

 

鏡夜は嵐を潜り抜ける。その身、その装いに火の傷は無い。何かの加護でも受けたかの様に、鏡夜から炎は遠ざかる。炎は逃げる。やがて収束したその地には、肩で息をする彼が立っていた。

 

ーーー最大の憎悪は、何者でも無い一人の青年すら、傷付ける事が叶わなかった。

 

 

「どうだジャンヌ・ダルクよ。俺は耐えた、貴様の憎悪を耐え切って見せたぞ」

 

 

息は絶えの域。気力はほぼ無。魔力は残り五割。そんな絶望的な状況下に陥ってなお、鏡夜の貌には僅かばかりの苦痛と悲観すら無かった。憎たらしい微笑を見せ、一部が白く色変わりした髪を掻き分け、あの短刀の切先を黒へ向ける。

 

 

「今度は俺の番だ。行くぞジャンヌ・ダルク。ーーー覚悟は出来ているな」

 

 

始走。愚直なまでに直線的に、鏡夜は黒へ詰め寄らんと一歩を深く踏み込む。人間にしては速度が出ている方だ。対する黒は、あらゆるもの屈辱から、正面切って彼を叩き潰す事を決意した。

黒は旗を捨て、腰に帯刀している紅蓮の聖女(ラ・ピュセル)"だった物"を鞘から引き抜く。

最後の剣戟。骨子同士が鬩ぎ合う独特の音が、虚しく響く。

 

ーーー間抜け…

 

互いに譲らない。弧を描く独特な機動を鏡夜が持ち込めば、黒は咄嗟に呼び出す小火球で撹乱し対処。黒が打突を起こせば、鏡夜はそれを逸らし空を突かせる。

 

ーーー間抜け

 

だがいつまででもその場に甘んじる彼らでは無い。互いが消耗を最低限にまで押さえ込み、敵を屠る/打破する術を思考する。どうすれば、どうすれば奴は殺せる/倒せるのか。

 

ーーー間抜けッ

 

 

ーーーもっと巧み(かしこい)な一撃をッ…!

 

 

瞬刻、鏡夜の肉体と精神が乖離する。

 

短刀の柄を口に咥え、鏡夜は踊る様に床に手をつき後転、黒の肘に当てられている鉄装甲を蹴り揺らす。蹴り上げられた衝撃が拳に直に伝わり、開いた手から幾分か柄が離れる。

 

この瞬間を待っていた。鏡夜はそこへ自身の短刀を投擲し、遥か天井まで短刀と黒の剣を、地上より昇華させる。

 

 

ーーー止まらぬ、まだ止まらぬ

 

 

鏡夜は宙を舞う鏡を踏み、高く高く跳躍した。まるで太陽に近づくイカロスの様に。まるで栄光を眼前に捉えた約束の勝者の如く。円に舞う二振りの剣を、その手に掴む。

 

 

嗚呼、あの姿は美しい。

元帥が、黒が、白が、頭痛を認めた。翼があれば大空へ飛び立ってしまうそうな勢いの彼を見て、何かを思い出した。

それは世界の闇に葬られた記憶。彼の時代、彼の戦場。イングランド兵から武器を奪い続け、無力化を図り続けた愚者の奥義。敵兵の戦力を我が物にする意地の汚い技術(わざ)

 

 

「貴方……!」

 

「ヘッ!他のサーヴァントが相手ならこんなに上手くは立ち回れないさ!子供騙ししか持ち得ない人間が、座に至る名高い英霊に何を仕掛けようとも、それは児戯に等しい。だけどな、お前(ジャンヌ・ダルク)が相手なら!」

 

 

着地、左足で床を踏みしめ、強靭に前へ進む。何があろうとも停滞しない。呼吸が切れようとも、半身が焼けようとも、ありとあらゆる最悪がこの身に降りかかろうとも…!

嗚呼、貴方は…!

 

 

お前(ジャンヌ・ダルク)の全てを知っている俺が!」

 

 

旗が砕ける。柄は三分割され、竜の紋章が描かれた本体は二つに割かれ、最早武器にすら非ず。

 

 

「最終的に前を行く(勝利を掴む)ッ!」

 

 

右腕を伸ばす。彼女の心臓へ、その核へ。高速かつ確実に、その距離は埋まって行く。だがその切先は未来永劫、この瞬間も含めて、彼女を傷付ける事は無い。それは彼の意思。

 

 

「ーーー俺の勝ちだ、ジャンヌ・ダルク」

 

「ーーーええ、私の負けよ」

 

 

疲労困憊。意識を保つ事すら至難を極める中でも、彼は高らかにその勝利を宣言した。

その光景は過去と同じ。幾度と無く重ねられた訓練の風景。彼らの中の欠けたピースを埋めるには、十分過ぎただろう。




くぅ(ry

こんな事言っちゃいけないのかも知れませんが、今回の気合の入れっぷりはモーさんvsアルトリア以来です。と言うよりもしかすると一番気合を入れたかも。

さてさて、今回チラッと出て来て最大の活躍をした店長の短刀ですが、もしかすると彼の経歴から正体と能力がお分かりになるかも知れません。全貌の開帳は二章か三章のどちらかでやろうかなーと。

・神秘を反射する鏡
・魔力に逆工程をかける鏡
・???(クソッタレ)
・短刀(何か能力あり)
改めて見ると店長の所有物がカオス極まり無い件。


次回はまとめの回です。大方予想はついているかと思いますが、主に黒と旦那が弾けます。後店長も弾けます。それではまた次回。


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epilogue:私欲と救済

はじめに言おう。ギャグは少ない。

執筆途中にシリアスに変更した方が良さげだなー、と判断しギャグを抜きましたでござりまする。まあシメは綺麗に終わらせたいですからね。

どうでも良い話はここまでにして、一章の終わりです。それではどうぞー。


コツコツ、と鏡夜が歩を進める音が響く。慈愛の表情を浮かべる鏡夜は、膝をつき涙を流す白、黒、元帥を見ては、力強く頷く。

 

懺悔。それぞれの宗教における神、聖なる存在の前にて、罪の告白をし、悔い改める行為。今まさに彼女らが行っているそれは、懺悔その物。聞き届けるのは空白鏡夜。

 

 

 

「おお!ジャンヌ・ダルクよ!我々人は神の下に皆平等!大衆がお前達を悪と認定しようとも、神はお前達を、その諸行を善とするだろう!肯定するだろう!お前達はフランスを救った!私が生きる時代のフランスは平和だ!なればその土台を作ったのは誰だ?他でも無いお前達だ!故にお前は後悔する必要は無い、苦悩する必要は無い!歪曲した感情を捨て、自由となるが良い!そしてその中で、今ばかり犯した悪徳を償うが良い!お前達は間違ってなどいないのだから!そうする義務があるのだ‼︎」

 

 

今の鏡夜はまさに神父。本物の神父と見間違える程、彼の笑みは全てを受け入れる確固たる物を宿している。

 

 

「おお!ジル・ド・レェよ!お前は何をしている?お前の信仰心はその程度の事で悪に取り憑かれてしまうのか?狂気に縋ってしまうのか?違うだろうジル・ド・レェ!何故に狂う必要がある?何故に悪徳を肯定する必要がある!お前は聖女を信じた!青者を信じた!神を信じた!お前が狂う必要などどこにあるのか!確かに、お前は聖女の死後数多の罪に手を染めた。それは紛れも無い事実。だからこそお前は!それを償う為に清く生きる必要があるのではないのか!立ち上がれジル・ド・レェ!その信仰を取り戻す時が来たのだ!」

 

 

これ程の歓びがあろうか。聖女との再会が叶い、真なる記憶を取り戻し、そして盟友に己が罪を告白する。嗚呼、この穢れた身にこんな奇跡が舞い降りて良いのだろうか。これ程の歓喜を浴びても良いのだろうか。

否、これは報いなのだ。彼を忘却し、彼を裏切り、彼を冒涜した事に対する報い。なおそれでも、彼は優しい。故に彼はこの様な形の報いとしたのだ。ならばこの身は、私は、精一杯懺悔を続けよう。せめて最後は彼の意思に沿うのだ。

 

 

「ああ、空白鏡夜!どうか私の懺悔をお聞き下さい!」

 

 

白いジャンヌ・ダルクが溢れ出る涙を堪え、言葉を紡ぐ。彼女もまた元帥と同じ意思を持っている。彼を忘れた、その罪を告白したい。

今の鏡夜は全てを聞き届けるだろう。例え相手が嫌悪する魔術師であろうとも、実家の人間であろうとも、その罪を神に届ける役割を果たす。それ程までに今の鏡夜は聖人の域に達していた。

 

 

「白いジャンヌ・ダルクよ。汝罪ありき。さあ、告白したまえ」

 

「私はあろう事か、貴方様の存在を忘れてしまっていた!幼少の頃より苦楽を共にし、一娘が抱いた愚かな夢に付き添った貴方様を記憶の中より消失していた!どうか、どうか私に裁きを!」

 

 

ふむ、と思案する。これは多少困った。別段罪でも無さそうなのだが、懺悔された以上助言と裁きを与える義務が生じる。彼女の告白に、限り無く対等の裁きとは何だろうか。

 

 

「白いジャンヌ・ダルクよ。ならばこの身の下で労働を続けよ。それがお前に出来る唯一の方法だ」

 

 

頬を伝う雫が止まらない。真実を取り戻せた事が、彼に赦して貰えた事が、たまらなく嬉しい。たまらなく歓喜。

その隣で黒も、静かに涙を流す。今の黒には神は無い。啓示は無い。ただあるのは彼への特別な何か。そして我が身を庇って死んだ事に対する懺悔。国を救っても、国に裏切られても、彼だけは救えなかった。

 

 

「ああ我が盟友よ!私は数え切れない罪を犯した!それは然るべき場所で然るべき行いで償おう!その前に私は!我々から貴方を奪った全てに異を唱えたい!」

 

「ジル・ド・レェよ。ではお前は何をする?まさか、もう一度神を冒涜するのか?」

 

「とんでも無い!それは貴方に対する最大の侮蔑!私は神に捨てられ様とも貴方だけは裏切らない!そう私は、神の顔に拳を穿ちたい!一言文句を言い付けたい!」

 

 

この男の両極端な思考はなおも変わらずの物らしい。いやそれでも、その不変に安堵を抱く自分もいる。成る程、神を殴る……と。神を肯定し、崇拝し、賛歌するこの身からすればそれは蛮行。許されざる愚行。それでも今の彼はそれすら賞賛する。神とは万物万人、万事象を愛する至高のエンターテイナー。きっと笑って許すだろうに。

 

ならば盟友の決意を祝福で見送るのが新たなる役割だろう。今一度ジル・ド・レェに問う。お前はこの身に何を望むのか、と。

 

 

「盟友よ。私は貴方の手で還る事を欲します。私自身悪霊寄りの英霊。洗礼詠唱を用いればたちまちに浄化される」

 

「引き受けた。ジル・ド・レェ、我が盟友よ。ああ我が好敵手よ。お前の決意が実を結ぶ日を私は願おう。私は祈ろう。さあ始めるぞジル・ド・レェ。次に相見える時は晩酌を交わそう」

 

小さく息を吸う。左手で首より下げた十字架のネックレスを持ち、右手を高く掲げる。

洗礼詠唱。それは主の教えにより迷える魂を昇華し、還るべき座に送る簡易儀式。取り分け霊体に対する干渉力は絶大な物であり、呪いを解く効果も高い。

 

 

「では始めようか。

ーーー主の加護は万人の物。

お前は荒野を彷徨う迷い人。然る座標すら忘れし哀しき存在。

ーーー我が手はお前を導く物。我が詩はお前に一時の守護を与える物。

常闇すら祝福する主の光を見よ。彼の奇跡こそお前の至るべき地。

飢えた本能は救済で満たされ、摩耗した魂は主の手により輝きを取り戻す。

ーーー飾るるなかれ。骸を脱ぎ捨てし者は枷から放たれ、罪を認めぬ物は枷を負い続ける。

ーーー懺悔せし罪人に救いを。善を説く聖人に永久の光を。不義を悩む者には手を差し伸べよ。

対価は私が支払おう。罪人よ、汝は今こそ真の救いを受ける。

ーーーこの魂に救済を。訪れる者に多幸あれ(サルス・イントランティブス)

 

 

ジル・ド・レェの肉体が薄らぐ。それすなわち、彼の死を意味する。…否、これは死では無い。彼から与えられし、歓びの詩の対価なり。そして自身が望んだ事。

嗚呼、彼の手で救いを与えられるなど、まるで私は生涯を啓蒙な教徒で締めた生粋の信者の様では無いか。そう結局は、神は否定出来ぬ。

 

 

「ありがとうジル。私は何度も助けられた」

 

「………ふん。まあ、ありがとう」

 

最早最期の最期。兼ねてより欲した聖女との再会。そして渡された、感謝の言葉。嗚呼、これを幸福と呼ばずに何と形容するのか。白い彼女は目尻に雫を見せながらも笑い、黒い聖女は相も変わらずの取っ付き難い、小難しい表情でこちらを見送る。どちらとももう一度見たかった彼女その者。

ーーー報われた。

 

自分ばかりが良い思いをしても、と思考するが、それすら甘く溶かす様に意識が薄れて行く。魂が座に引っ張られる。せめて、こちらも笑顔を返そう。感謝の言葉を送ろう。そしてこの身には相応しく無い行為だが、彼らの幸せを神に祈ろう。

 

狂気に縋った元帥ジル・ド・レェ。相棒とも呼べる盟友を異国の地で失い、崇めた聖女を守り切る事が叶わず、双方の喪失により発狂した騎士。悪徳の限りを尽くした悪霊。彼は最期に、全てを取り戻して逝った。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「ーーーふう。じゃあ帰ろうか。みんなに挨拶してな」

 

「そうですね。ああ、後聖杯の回収も」

 

 

完全に聖杯の事を忘れていたなど言えない。実を言うと黒を倒した時点で全てが解決していた気になっていた。この特異点を形成しているのは聖杯。それを持ち帰ればこの座標は消滅し、全ての異変が解決し、歴史の流れに戻る。

 

黒から聖杯を手渡しで受け取る。冬木の物と変わらない聖なる光。万人を誘惑し、蕩けさせる万能の願望機。一度願いをかければ過程を省略し、結果(ねがい)をもたらす物。魔術師が渇望する根源への至り、に一番近いマジックアイテム。

 

 

任務(オーダー)完了って所だな。さて白、黒、帰るぞ」

 

「……へ?私?」

 

「何言ってんだお前。俺はお前の担い手、お前は俺の担われ者。連れて帰るのは当然だろ?」

 

 

きょとんとした白と黒の感情など尻目に、鏡夜は黒をその背に負ぶさる。殺す事など誰が出来ようか。置いて去るなど誰が出来ようか。これは道徳観念に当てはめたただの我儘。彼女にも生きていて欲しい、と言う論理から外れた感情。憎む悪と同義。何、この身は幾度と無く都合に利用されて来たのだ。少しぐらい我儘を通す権利は認められるだろう。

 

「でも私……、貴方を裏切ったじゃない……。それに……」

 

「はいはい、反省も懺悔もまた後で聞いてやるから。俺の我儘に付き合えってんだ。俺はお前に生きていて欲しい。でもお前は即刻死刑レベルの罪を犯した。なら俺がお前を管理して道徳ある人間に育て直せばいい話だ。主の前ではいかなる罪も浄化される」

 

 

客観的に見ればこれ程滅茶苦茶な理論もあるまい。ああいや、そう言えばそうだった。この男は昔から、支離滅裂な理論を振りかざして自分に付き合ってくれたでは無いか。

これ以上背中の彼女は何も言わない。ただもぞもぞと動くだけ。白い彼女は呆れた様に笑いつつも、この我儘を否定しない。

 

知っている。自分にそんな権利が無い事は知っている。逆説、彼女は甘えた。もう離れたくなかった。

 

 

「そう言えばお前ってどうやって生まれたんだ?」

 

「私ですか?"ジャンヌ・ダルクが魔女"と言う信仰により具現化した、ジャンヌ・ダルクが人間として当然持ち得る暗黒面の生命体です。要は副人格が分離した的なアレですよ」

 

「へえ。つまりはアサシンの読みが当たってたって訳か」

 

「うむむ……。そりゃあ私だって人間ですし、その感情はあって当然でしょうが……。いざ突き付けられるとかなり痛いです」

 

「まあ仕方無いだろそれは。俺だって似た様な物持ってるんだからさ」

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「っうお!キョーヤ!おーい!」

 

 

こちらに手を振るモードレッドの姿が見える。あの蛸は影も形も消失しており、戦場は斜陽が差し茜色に染まっていた。遠くで笑い合うフランス兵の声が聞こえる。

 

ふと鏡夜の全身から力と言う力が、削ぎ落とされる様に喪失する。もう歩く事すら怠惰に感じてしまう程、鏡夜は疲労をその体内に蓄積していた。魔力残量は残り四割。とうとうイエローゾーンに片足を踏み込んでいる。

 

 

「ああ良かった。無事だったようだなマスター」

 

「何とか。これぐらい身体を張った事は無い」

 

「お疲れ様。背中の彼女は……ああ、それが"君の答え"だね。どうやら君は僕の後輩じゃ無いらしい」

 

 

得意げな表情をアマデウスに返す。彼がいたからこそ、自分は最優の結末を手に握る事が出来たのだろう。それと同時に、彼とは違う道を歩む事になる。愛した女を救えなかった男と、全てを裏切り愛した女を救った男。対照的だが、どこか通じ合う物がある。

 

 

「おいキョーヤ、後でゆっくり話を聞かせて貰うからな」

 

「ーーー我が生涯に一片の悔い無し」

 

「弁解ぐらいしろよ⁉︎」

 

 

目を瞑り、まるで切腹を命じられた武士の様な潔さを遺憾無く発揮する鏡夜に、モードレッドは思わずツッコミを入れてしまった。白装束を着せればあの短刀で腹を十文字に掻っ捌きそうな、それぐらい威風堂々としている。

 

まあ、と一言置き、鏡夜は目を開き全員の顔を見渡す。思えば行動を共にしたのはたったの数日。それでも彼らとは長年築いたかの様な信頼がある。少なくとも鏡夜は、彼らを強く信頼して来た。実はそれは、彼らも同じだ。

いよいよ別れの時が来る。恐らくはもう二度と、会う事は叶わないだろう。この身が英霊の座に昇華しない場合の話だが。だから鏡夜は彼らの顔を、仕草を、脳裏に焼き付ける。

 

 

「ありがとう、名高い英霊達よ。あなた方の助力があってこそ、今回の任務は成功を迎えた。フランスの特異点は修正された。何も無いこの身だが、感謝をさせて欲しい」

 

 

ぺこり、と頭を下げる。続けて白いジャンヌとアサシンが、慌ててモードレッドがアサシンの後を追い感謝を述べる。

 

 

「頭を上げて下さい。フランスを救ったのは他でも無い貴方の勇気。私達はただ肩を並べて歩いただけです」

 

「そうですわ鏡夜さん。ありがとう、フランス王妃として感謝を」

 

「僕からも。マリアを助けてくれてありがとう」

 

「まあそこまで悪い旅じゃ無かったわ。色々手に入ったし、目的も達成出来たし」

 

「何はともあれ、一件落着ですね」

 

「マスター、貴方と共に戦えた事は永遠の誇りだ。願わくば貴方達のこれからに祝福と多幸を」

 

 

彼らの身体が粒子に溶ける。黒の召喚の反動として呼び出された彼らは、異変解決と同時にその役割を終える。すなわち、座に還る。鏡夜は少し無理をして、笑顔を作った。

 

 

「ーーーああ。それじゃあ、また今度」

 

目元を擦る。彼らが完全に帰還するまで鏡夜は目を閉じなかった。

 

 

ーー

 

 

ふと何かを思い出した様に、鏡夜は魔力を編み伝書鳩を作成した。悪戯を思い付いた子供の様に純粋に笑った後、白い彼女に耳打ちをする。白は合点がいき、ポンと手を叩いた。どうやら素敵なアイデアらしい。

 

伝書鳩は飛び立つ。兵達のいるあの向こうへ。一心不乱に、誰かを目指して。その身体の色が純白だったのは、鏡夜のちょっとした粋な心なのだろう。

伝書鳩はある男に音声を伝える。二人の男女の肉声、母国語で刻まれた短文。

ーーー遠くで、銀の甲冑を纏った彼らの元帥が、大粒の雫でその場を濡らした。

 

 

 

「うし、帰りますか」

 

「おいキョーヤ、腹減った」

 

「私も少しお腹すいた…」

 

「分かってる分かってる。晩飯は大盤振る舞いしてやるから」

 

「よっしゃぁぁ!流石キョーヤだぜ!いよっ!世界一の優男!」

 

「うん、店長さんがマスターで良かった…」

 

 

調子が良いなあ、と苦笑いを心の中で零す。英霊とは美食に飢えている生き物なのか。

瞬刻、鏡夜がもう一度ニヤリと笑った。パスを通し、アサシンに念話を投げる。

 

『なあアサシン、ちょっくら聖杯使って良いか?』

 

『…?何するの?』

 

『まあ、簡単な悪戯さ』

 

 

宝石剣で扉を開く。夕飯も良いが、実家の風呂に入るのもまた良し。ああ、まさかこれ程家に帰るのが楽しみだとは。ホームシックの気質でもあるのだろうか。

 

鏡夜達がフランスの地から足を離すと同刻。聖杯がその存在を主張する様に極光を放ち、持ち主であるジャンヌ・ダルクの為の願いを叶える。

 

果たして何が叶えられたのか。それは空白鏡夜のみが知る話。




お疲れ様でした。

何と無く店長の手でジルさんを浄化したかったので、急遽オリジナルの洗礼詠唱をこじつけました。洗礼詠唱も魔術の一環ですし、前世がカトリック、現世がウルトラ教徒なので使用可能なのです(無理矢理)
ジャンヌの詠唱の名前が「パクス・エクセウンティブス」。恐らくは「パークス・イントランティブス・サルース・エクセウンティブス」から取られている物だと判断し、店長には使われていない「イントランティブス・サルース」の部分を使用してもらった、と裏話を披露したり。

黒ジャンヌの設定を変更しています。じるのかんがえたさいきょうのじゃんぬ→もう一人のワタシ的なポジ。

黒ジャンヌは店長に赦されるまで彼の下で働き続けます。本来は死刑直葬コースなのですが、そこは店長の我儘。彼なりの答えです。暖かく見守ってやって下さい。
余談ですが、今回さりげなく生きている方のジルさんが得していたりします。ルーラーの適性を手に入れていたりいなかったり?

さて閑話を挟んだ後、次はローマです。あのエキサイティングでカオスな時代に店長達がやって来ます。レフは死ぬ。

それではまた次回にお会いしましょう。


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二章: 第二特異点・永続狂気帝国
黒の小さな受難


イベント告知来ましたね。ふむふむ礼装。まあた特攻か。
玉藻の前?何故玉藻の前が(ry
しかし交換用アイテムが4種類もあると。お月見よりキツそう。

そう言えば今iTunesカードのキャンペーンやってましたね(財布を見ながら)


ジリリリリリ……

 

目覚まし時計がけたたましく鳴る。その音で深い睡眠の中から引き摺り出された鏡夜はボタンに手を伸ばした。目を擦り、頬を軽く叩く。時刻は午前6時、日付は火曜日。……火曜日?

 

しまった。勢い良く飛び起き、慌ててキッチンへ走る。火曜日は喫茶店の営業日。普段ならば30分前には起きているものの前日は疲労から目覚ましが鳴る時間の変更を忘れていたらしい。急いで増えた分も含めて人数分のパンを焼き、卵を茹で、簡単な朝食を作る。並行して使い魔に喫茶店の仕込みを指示した。9時開店には間に合うだろう。

 

 

「おーい起きろー!朝だぞー!」

 

「むぁ……。おいキョーヤ、まだ6時じゃねえか。オレは寝る」

 

「ふわぁ……。おはようございます店長さん…」

 

「う〜〜ん!良い目覚めです、おはようございます鏡夜君」

 

「くぅ……、くぅ……」

 

 

約二名が未だ眠りから覚め無いらしい。サーヴァントは睡眠を必要としないとか言うが、この有様を見る限りそれが真実か疑わしくなってしまう。

それでも、そんな障害でへこたれる鏡夜では無い。特に彼女らに対して有効な切り札を鏡夜は隠し持っている。

 

ーーーそれは対腹ぺこサーヴァント宝具。腹ぺこ属性を持つサーヴァント全てに対し有効。彼らを傷付ける事無く、鏡夜が欲する結果をもらたす。

 

 

「朝飯抜くぞー」

 

「おいっす!おはようキョーヤ!」

 

「おはよう鏡夜、手伝いましょうか?」

 

 

ほら、有効だ。

都合の良い単語だけしっかりと聞き取る彼女らの耳はどうなっているのかと小一時間程問い詰めたいが、とにかく起きただけでも満足するべきだろう。

 

黒の好意はありがたいが、生憎全ての準備が整ってしまっている。お礼を言い、その旨を伝えると目に見えてしょんぼりしてしまった。余程手伝いたかったのか。それならば明日からは声をかけてみよう。

 

 

「ほら、座れ座れ」

 

「待ってました!いやあ、今日も良い匂いだこと」

 

「鏡夜の作った朝ごはん……」

 

「ほらクロ、涎が垂れてますよ」

 

「うん、美味しそう…」

 

 

そう言えばこの家は男女比率がおかしい。男は自分だけ、女性は約四名。このままでは自分の発言権が弱まってしまう。次に召喚するであろうサーヴァントは男性であれ、と鏡夜は願った。早く来てくれアーチャーよ。

 

現在時刻は午前7時半。開店時間まで後1時間半。これならば少しの余裕を持って開店に臨めるだろう。口にクロワッサンを放り込むスピードを緩める。

あ、そうだ。本日は昼から見逃したドラマの再放送があった。恐らくはリアルタイムで視聴する事は無理だと考えられる。果たして誰に予約を頼もうか。いや、ここはクロに頼むべきだろう。

 

 

「なあクロ。昼からやる相方season23の予約頼まれてくれるか?」

 

「テレビの予約ですか?ええ、お任せを」

 

 

余談だが、「クロ」とは黒いジャンヌ・ダルクに対する便宜上の名前、あだ名の様な物である。名前の由来は彼女の自称だ。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

「ーーーとは言ったものの……」

 

 

勢いで「お任せを」などとは言ったが、正直に告白すれば予約の方法などさっぱり分からない。交通機関の利用方法などは聖杯の配分知識の中に入っているが、どうやら細かい機器類の操作方法までは対応していなかった様だ。基準は一体何なのか。

 

 

「ええ、さっぱり分かりません。リモコンを押せば……あ、電源が付きましたね」

 

 

五人組の男が畑を耕している映像が映し出された。続けて第三者のナレーターが聞こえる。これが俗に言うバラエティ番組と言うヤツなのだろうか。

 

鏡夜は確か13時放送開始と言っていた。ならこの番組では無いはず。彼が言うには番組表にカーソルを合わせて予約ボタンを押しば良い、との話だが、そもそも番組表がいかなる物かすら知らぬ。

それよりもこのバラエティ番組は中々に面白い。畑を耕す姿は昔を想起させる。

 

いや、と気を戻した。さてどうして予約しようか。取り扱い説明でも置きっ放しにしてくれているのならばありがたいが……。

 

 

「テレビ台の下にいかにもな分厚い本がありますね。手に取ってみましょうか」

 

 

ガラス戸を開ける。ざっと300ページはあろう白と黒のモノクロの本。間違い無い、これは説明書だ。

 

 

「何々……「取り扱い説明」…。ビンゴです。聖杯からの知識に読み書きが入っていて助かりました。発音ぎこちないのは否めませんが。仕方ありません、漢字は難しい」

 

 

責任転嫁をしつつ、目次を読む。あった、番組予約の方法。このページで間違い無いだろう。

 

 

「ええと、リモコンのボタン……。あっ、そもそもリモコンに番組表って書いてますね。これを押して……うわぁ!何か画面が細くなりましたよ⁉︎」

 

 

おそらく、特にテレビに慣れていない子供ならよくある現象、突然細部化するテレビ画面。今まさに彼女は無数のマス目とそこに詰められた文字に困惑している。

彼女はその事を知らないが、実は後カーソルを右に三マスぐらいずらせば目的に辿り着ける。尤も、果たして彼女がそれに気がつく瞬間は来るのだろうか。

 

テレビに近づく。画面に指を当て、慣れない漢字を発音しながら答えを探す。

 

 

「ううん……、これじゃなくてあれじゃなくて……。ああもう!ええ、そうです。私は悪くありません。失敗しても私は悪くありません。私に優しくないテレビが悪いのです」

 

 

ーーーその時、彼女は見逃さなかった。画面の端に現れた「相方」の二文字を。

 

 

「こ、これは!ええ、間違いありません。後はここにカーソルを合わせて……。ええと、そのまま予約ボタンを押せばハードディスクに予約されます……。ハードディスクドライブって何物ですか?まさか鏡夜、入れ忘れているとか……ありませんよね?」

 

 

ハードディスクドライブに入れるも何も無いのだが。外付けの物はともかく、今彼女が操作している機器はハードディスクドライブ内蔵型と言う事実を彼女は知らない。

 

 

「確認しましょう……って場所が分からない!うぅむ……このままポチッと押しちゃいましょうか。神様仏様聖母様…!」

 

 

こうして、彼女のテレビとの格闘には一時の終止符が打たれた。その後きちんと予約出来ていたり、頭を撫でられて褒められたり、色々あって同位体の白とテーブルの下で足を踏み合う戦争をしたのは日常茶飯事だろう。




そう言えばちびちゅき予告編でぐだ子がほんの少しだけ喋ってました。
突如凡夫に襲い掛かる設定改変。

カルデア組はもうしばらく待たれよ……。先輩を99%オリキャラのぐだ子にするか何か別の皮を被ったはくのんにするか迷っとるんじゃ……。

ごちうさ時空に関しても待たれよ。一羽執筆中でござる。進行率で言えば53%ぐらいです。


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買いもの

すまない、色々あって心が折れていた。

鯖落ち鯖落ち臨時メンテ緊急メンテ、パーリィ一回切りへの変更の無能采配、またメンテ、そしたら報酬バグ。笑えねえぞオイ。

だから敢えて私は何も言わん。何も言わんぞ私は。

ーーー令呪を似て命ずる。自害せよ庄司P



アサシン、真名無し。英霊の素質を手に入れる頃には、自身の名を失っていた。

鏡夜が召喚したアサシンは少し変わったアサシンだった。暗殺者でありながら正面からの戦闘を好み、と思えば意外と健啖家で良い子。冬木に帰って来てから早数日目、アサシンはモードレッドと共にゲームに没頭している。結構ちっこい。

 

そんな彼女は今ーーー

 

 

「ふぉっふぇふぃっふぁらふぁいで(ほっぺ引っ張らないで)」

 

「おぉー、柔らけえ」

 

「おくぉるふぉ(怒るよ)」

 

 

モードレッドに頬をぷにぷにされていた。

 

本人曰く全盛期はもう少し大人の顔付きだったのらしいが、今の彼女はどこから誰から見ても10代前半。背は小さく、頬は柔らかい。

 

 

「ああ悪い悪い。ついつい柔らかいからやっちまった」

 

「誠意が感じられ無い。妄想(ザバー)……」

 

「タンマタンマ!分かった、何でもするから!一回何でもするから!」

 

 

ローブの中の耳をぴくりと立てたのを、アサシン以外は誰も知らない。

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「と、言う訳で。やって来ました百貨店!」

 

 

珍しく俗世の物に興味を示したアサシンに色々教える為、オレ達は百貨店を訪れた。メンバーはオレ、ジャンヌ、クロ、アサシンの計四名。残念ながらキョーヤは父上の居候先に行っていないけどな。お土産買ってやるか。

 

それにしても百貨店ってのは本当に広い。聖杯からの配分でで一般人並みの知識と経験が埋め込まれているから百貨店がいかなる物かは知っていたが、いざ見ると抱く感想も違う。生前にはこんな物無かったぞオイ。文明の発展ってすげえ。

 

 

「んじゃどっから行くか?」

 

「ああ、私とアサシンの普段着を見ていい?流石に(ジャンヌ)のを借りっ放しもアレなので」

 

「アサシンもあのローブしか着ないからな。丁度いいか」

 

「ですね。私を貸そうにもサイズが違うので」

 

「生前はもっと大きかった……」

 

 

いくらサーヴァントとは言えどその肉体の再構築までは叶わぬ。つまりアサシンはちっこいまま。彼女自身胸の大きさの差などは全く眼中に無いが、こうも子供扱いが続くと不服を感じるものだ。

 

そうだ、とアサシンが思い付く。背が伸ばせ無いのならば無理矢理継ぎ足せば良いでは無いか。そう考えたアサシンは軽く跳躍し、モードレッドの肩のうえに座り込んだ。ーー俗に言う、肩車である。

 

 

「のわっ⁉︎」

 

「これで私の方が大きい」

 

「考えたわねアサシン」

 

「モードレッドのチビ…」

 

 

ぺしぺし、わちゃわちゃとモードレッドの頭をアサシンは叩く。その光景は第三者が見れば微笑ましい姉妹の触れ合い風景になるだろうが、仮に勘の鋭い魔術師が見れば卒倒案件である。何せ全くの異国出身の英霊が仲睦まじくしているのだから。

 

 

「着きましたね」

 

「服なんてテキトーで良いわよテキトーで。どうせ出かける事無いんだし」

 

 

などと言いつつも、強かに鏡夜に受けそうな服を刹那に選び抜いてカゴに入れている辺り、クロもクロなのだろう。言うなれば今の彼女は阿修羅すら凌駕する存在。圧倒的なまでの選定眼でめぼしい物を落として行く。

 

対するアサシンは服の選び方の「ふ」の字すら知らぬ存在なので、ジャンヌが付きっ切りで面倒を見ている。熱心に聞き耳を立てている辺り、彼女も鏡夜の助言に従うつもりなのだろう。

 

そして自称漢のモードレッドは、ベンチに座りジュースを飲んでいた。モードレッドからすれば服はオシャレさや可愛さなどよりも動きやすさと気安さの方が優先なのである。その点で言えばジャージは人類最大の発明品、とはモードレッドの談だ。

 

 

「あ、このサイズピッタリですよ」

 

「黒くて目立た無い……。買った」

 

「アサシンのお会計は全部モードレッド持ちでしたね」

 

 

ある意味、何も買わずにジュースを飲んでいたモードレッドの判断は正しいのかも知れない。どうせこの後搾り取られるのだから。

 

 

「モードレッド」

 

 

アサシンがこちらを手招きしている。落とす事無くそれを視界に入れ、意識で認識したモードレッドは腰を上げ、彼女達がいる服屋へ歩みを進めた。

 

アサシンはモードレッドが合流するなり、右手を出した。数秒思案した後、ようやくその意味を理解する。どうやら朝の一件を未だに根に持っているらしい。

 

 

「お金」

 

「お手柔らかにな、頼むから」

 

「大丈夫、ちゃんと残してあげるから」

 

 

属性:秩序・善に救われたモードレッドは、以降アサシンの頬を許可無くぷにぷにしない事を心に決めた、らしい。




さて、割とヤバい雰囲気になって来たFGOですが、きちんと3章実装されるんですよね?何かハロウィン延長の影響で3章延期とかありそうで怖い。

考査期間も終了した事ですし、可能性の話ですが更新ペースが上がって行くかもです。生温い眼で見て頂ければと思います。


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充電

お久しぶりでございます。スランプあんどスランプ、更に一次創作の設定を練って遊んでいた為更新がものっそい遅くなりました。まずはこの場をお借りして謝罪を。
長らくお待たせした割には内容が薄っぺらです。



ーーージャンヌ一行の買い物同刻。

 

 

さて、聖杯とは通常、降臨した土地の地脈から少量の魔力を長期にまたがり吸い上げる事によって、その黄金の中に魔力を貯蔵する。ここ冬木の場合、地脈との相性から聖杯を満たすのには60年の時を要してしまう。

鏡夜が一時的に預かっている冬木聖杯は酷使から魔力残量が五割を下回ってしまった。単純計算では再び十全の状態に至る為に30年が必要。しかし、極自然の事だがそれ程の時間を待っている余裕は無い。ならば急速に吸い上げるか。否、地脈を枯らす訳にもいかぬ。

 

円蔵山の奥深くにある大空洞。半天然の魔術要塞と化しているその中で、鏡夜、士郎、凛、ゼルレッチの四名が聖杯の"充電"の下準備を敷いている。へっぽこ士郎はあくまでも付き添い兼学習……だが、実際連れて来ると彼の投影魔術は予想以上に貢献してくれる。

 

理論はひたすら単純な物だ。宝石剣の性質は並行世界に通ずる孔を開ける物。その人が通れない程の小さな穴でも、待機中に満ちている魔力(マナ)の共有は可能。実際ゼルレッチは1400年程前にそれを用い、真祖の王を打破したと言う。

ならば回収する魔力(マナ)を撃ち出すのでは無く中継地点を通過させて聖杯に流し込めば良いのでは無いか。かなり大雑把で確証の無い方法だが、試してみる価値は彼らにとって十分。

 

 

実際に穴を開けるのはゼルレッチと凛の二名。宝石剣はゼルレッチ本人か彼に系譜する家系しか使用不可能な代物。

余談だが、鏡夜が持つ二号機のみ、"聖杯によって歪められた特異点への道を開く"機能のみを集約させている為、ゼルレッチに系譜しない家系生まれの彼も行使可能なのだ。

 

士郎はとあるシスターに見せて貰った魔力殺し(マルティーン)の聖骸布を投影する。仮に暴発が起きた場合への対処策だ。未だ境地に達していない彼の投影はあの弓兵よりもまだ拙いが、そこに込められている思いの強さは一流以上。

 

そして彼、鏡夜は中継地点を成す。期間は短いが聖杯を体内に埋め込んでいた事実と彼の起源から、それを可能にするのは彼ぐらいしかいないのだ。

 

 

ゼルレッチの合図で扉が開く。

 

 

ぴくりと身体が跳ねる。何か大きな物が身体に流れて来たかと思えば、それらはすぐに虚脱感と共に消え去る。間違い無い、この身を間に挟んで魔力は流れている。

熱い。ただひたすらに身体が熱い。それこそ、内側で火が燃えている様な。苦痛は神経を奔流し、地脈より出ずる魔力の塊は神経を通じ、パスを通じ、接続されている大聖杯へと注がれて行く。

 

 

「くぁ……、っ…!」

 

「鏡夜!」

 

 

苦悶の息を漏らした鏡夜に士郎は近付き、四肢に赤い聖骸布を巻く。彼が苦悶すると言う事は、当初の予定ーーー体内に取り込んだ特注のルビーを中継とする作戦ーーーから外れ、流れ迸る魔力が四肢に溢れ出ているのだろう。

あくまで応急的な処置でしか無いが、それを魔力殺し (マルティーン)の聖骸布で抑制する。神経回路と魔術回路を激流する魔力を少しでも対外的な圧力で抑えつければ、多少なり彼の痛みも減るだろう。

 

 

「っ、……すまない士郎。なんとか……っ、」

 

「鏡夜、回復用のルビーだ。ゆっくり」

 

 

神経が天蓋を衝いた今の彼には、小さな異物を宝石を飲み込む行為すら地獄の炎で身を焼かれるかの様な、それ程までに苦痛と疲労にまみれていた。

それでも、だとしても、作業は継続される。士郎は鏡夜の苦痛を和らげてやる事の出来無い己の無力さを悔やみ、凛は鏡夜のみに負債を押し付けている事を恥じ、ゼルレッチは遣る瀬無さを引き摺りながら、詠唱を続ける口を閉じない。

 

一層聖杯の輝きが本来にまで肉薄する。その神々しさは即ち、工程の凌駕を意味する物。ようやく、この苦痛から解放される。

 

 

「っ…ぷはっ!オエェ……、死ぬかと思った」

 

「ご苦労だった鏡の少年。聖杯の貯蔵量は八割以上にまで到達した。後は次の出発までここで寝かせておけば良い」

 

「うぃーす……。すまん士郎、おぶってくれ。立てない」

 

 

力無くその場に座り込んでいる鏡夜を、士郎は一思いに引き起こし背に負う。彼の頭頂から詰めの先まで、そのありとあらゆる全身から「歩いてたまるものか」と言った鉄の気迫を感じた士郎は、思わず苦笑いした。

 

 

「ごめんな鏡夜。お前ばっかりに……」

 

「気にすんな。元はと言えば二人は学生だし、社会人の俺の方が動きやすいから仕方無いだろ。それに俺の起源的にも相性良いし。こればっかりはどうしようも無いって」

 

「そうじゃ。仕方無い事は仕方無い」

 

「「「アンタは黙っとれ!」」」

 

 

この場ーーいや、おそらく人類の中でも年長最上位層に位置する者の台詞では無いだろう、と三人は思い切り突っ込んだ。




実はたったこれだけを書くのに10回ぐらいボツにしたと言う裏話が。スランプとは不定期に突然訪れるもの、恐ろしや。あ、次回からローマ突入です。

では僭越ながら今回の補足を。
ぶっちゃけ店長が聖杯とパス繋げるのはあの人の起源のせい。ルーラーの持つパスを参考に起源でどうにかして充電用パスをコネクトしました。ただし反動で充電中は全身に激痛が走る。またか。
英雄とは身体を張るもの(暴論)

無限エーテル砲理論の応用も「これ撃ち出すのやめたらいけるんじゃね?」的な発想の産物です。捏造設定なので突っ込まないで頂けるとありがたいです。

それではまた次回お会いしましょう。


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ローマの地

何故か最近無性にクールorダークor血の気が多い主人公を書いてみたくなって来た。あれか、これは神のお告げなのか。
そんな訳でダーク店長なるIFを試作してますです。多分投稿させて頂きます。その時はよろしくゥ(姑息な宣伝)

そしてオルフェンズを見るとロボット作品を書きたくなる。よし、一夏兄貴に鉄パイプ持たせてみよう(唐突な発想)


どこまでも広がる草原。白い雲がいくつか浮かび、のどかな風が吹き抜く丘。第三の聖杯の潜む地、当時のローマへ、彼らはとうとう訪れた。

遠目に壮大な建築物がいくつも見える。欠損箇所も無く、まさにそれらは今を生きる人々の生活の象徴。

 

 

ーーーさて、此度のメンバーを確認してみようか。

 

今回は長期休暇との兼ね合いの都合が良かった為、衛宮士郎、遠坂凛、セイバー、アーチャーの計四名が援軍として同行して来た。無論魔術師とは言え学生の彼らを危険な区域に引き連れて来るのは鏡夜も当初は気が引けた。……が、一度決めたら決して折れない士郎に逆に鏡夜が折れる形で、渋々それを承諾した。ほとほと、士郎の頑固さは凄まじい。まあそれも、鏡夜が士郎を気に入っている点の一つなのだが。

 

マスター計三名、サーヴァント計六名。今なら正規の聖杯戦争に殴り込んで優勝するどころか、小国一つすら堕とそうな戦力が集約している。まさに動く戦術兵器。当人達にもその自覚が無い為に、余計に手がつけ難い。

 

 

「ローマ、ローマ、当時のローマ……。ねえ、ちょっと私買い物したいんだけど」

「凛、通貨はどうするのかね?」

「あーーー」

 

 

こいつ悪巧みしてるだろ。具体的には、安い金でローマの物品を手に入れて現代で転売するとか、そんな感じの。

 

ここに来て鏡夜は凛を連れて来た事を非常に後悔した。ここで本当に首都ローマに足を踏み込めば、たちまちどこからか金を手に入れ、転売儲けを実行するに違いない。いくら家計が宝石魔術の為に火の車状態とは言え、淑女に恥ずべき強欲さだろう。遠坂マネー・イズ・パワーシステムなる物を提唱する凛の金の亡者っぷりは誰しもが脱帽する。

 

 

「ねえ(ワタシ)、古代ローマって結婚指輪の概念あったっけ?」

「ええと……。確かプレーンな物をつけるはずです。紳士階級の人達は外に出る時に豪華な物に変えるとか」

「じゃあわざわざ探す必要もありませんね。さっさと聖杯獲って帰りましょう」

 

 

向こうで二人のジャンヌが何やらこそこそと話しているが、おそらくは何も無い談笑ーーー「遠坂こえー」的なお話しでもしているのだろう。わざわざ近付いて聞き出す程の物では無いはずだ。

さて、これならどうするべきか。最終目的こそ聖杯の回収だが、その道程をいかにするか。フランスの時の様に召還サークルの設置と情報収集も最優先だが、その実鏡夜も少しは観光してみたかったりもする。今まで冬木、フランスと見知った土地ばかり巡って来た為に正真正銘の未知の地は心を躍らせるのだ。

期限も特に定められていないし。情報収集がてら、街をぶらつくのも良いかも知れない。そう提案しかけた矢先、セイバーの神妙な顔が目に入った。士郎もそれに気が付いたのか、セイバーに疑問を投げかける。

 

 

「どうしたんだセイバー?」

「ああいえ……少し遠くに闘争の気を感じます。もしやと思いまして」

「闘争?ここでか?」

 

 

ふむーーーおかしい。ワイワイと騒いでいるサーヴァント達+凛を尻目に、士郎、アルトリア、鏡夜、アーチャーは思考を開始する。こ時代、特にこれと言った国同士の小競り合いも戦争も無いはずだ。それなのに何故この様な野良で兵士達が争っているのか。その答えは、可能性だが、"聖杯"にあるかも知れない。

 

いずれにせよ何か手がかりになる物が掴めるはずだ。彼らは積極的に諍いに首を突っ込む程の、高尚な趣味趣向は持ち合わせてはいないが。

 

 

ーーーそうだ、ちょうど良い。

 

ジャンヌのスキル"聖人"は選択肢の中から選んだ能力を保有しているらしい。当人は"聖骸布の作成" 選択した。実は昨日、遊び半分でその能力を試してみたのだ。

結果完成したのは試作品一号、「目がよくなーるくん」改め「千里眼の聖骸布」である。ジャンヌ曰く「それこそアーチャークラスの千里眼になれる」一品だとな。では実際に活用してみようか。

 

赤い布を額に巻き、ゆるりと目を閉じる。数秒の間を挟み、今度はひっきりと双眼を閉ざす瞼を開いた。視えるーー!

 

 

「よしOK、きちんと機能してるな。アーチャー、ちょっと偵察行こうぜ」

「賛同しよう。では凛、私と鏡夜は先導し様子を見る。君達はゆるりと後をついて来てくれ」

「よし、強化全身へ……っと。準備完了!」

 

 

 

 

ーーーさて、方や文字通りの大軍。方や蹂躙されかかっている少数編成の部隊。果たしてどちらが味方なのか。

 

少数編成の方は赤い服を着た女性が、それこそ百人力とも呼べる猛威を振るい、たった一人で複数人を相手取っては倒して行く。まさに一騎当千、それはサーヴァントにも匹敵するだろう。

そして大軍の方は、僅かな足取りだが確実に数が減っていっている。それでも未だ赤に勝機が見えないのはそもそもの人数の格差が起因だろう。物量で攻めろとはよく言った物だ。

 

 

ではどちらを助けるべきとして見定めるか。鏡夜とアーチャーは冷静に今現在の状況を把握する。待て、そう言えばあの大軍の進行方向、街が無いかーー?

 

 

「アーチャー、俺は赤い方に味方したい。お前は?」

「おそらくそれが正解だろう。見れば大軍の方は首都に攻め込もうとしている。あの赤が敵か味方かはこの際関係無い、まずは人々の平穏の守護だ」

「ーーーヘッ、やっぱりそう言うと思ったぜ」

 

 

鏡夜はパスからクロに念話と飛ばす。

 

 

『クロ、そこから右に回ってあの大軍の背後から強襲してくれ』

『あ、はい。了解です』

 

 

アーチャーは黒塗りの弓と捻れた剣を投影する。相変わらずその精度は高い。本人の研鑽の末、最も自身と相性の良い形で作り上げた何の変哲も無いその弓は、元を辿れば魔術師である鏡夜からすれば充分宝具足り得る逸品。無骨なデザインが更に彼の心を躍らせる。正直、欲しい。

 

思考を振り切る。余計な事は余裕のある時にでも回そう。今するべき事は大軍の無殺傷排除。

 

 

「おいアーチャー、間違っても殺すなよ?」

「君こそ、出力の調整をミスってくれるな」

 

互いが不敵に、そしてイヤらしく微笑う。そして鏡夜は魔力塊の矢を、アーチャーは剣を改造した魔剣矢を、全くの同時に射る。

 

 

 

 

ーーーそれは赤からすれば僥倖だった。

己が国を守る為に数少ない兵を率いて大軍と対峙したものの、あまりの戦力差ーーーざっと100対1だろうかによりいつまで待っても敵兵は衰えを見せず。寧ろこちら側が消耗に前進している最悪の状況。下手をすれば、国が盗られるーーー!

 

その不安の中、一筋の矢が飛来した。戦場のちょうど真ん中に矢は突き刺さり、間髪入れず爆発した。幸いこちらの兵はそれに巻き込まれず、不幸に敵兵もその爆発の餌食になった者はおらず。さて、矢は何処より飛来したのか。疑問に尽きる。

 

 

その最中、大軍の後方より野太い悲鳴が響いた。見れば名も知らぬ者達が大軍の兵達を、不殺を貫きつつなぎ倒しているでは無いか。そしてそれを支援するかの様に、降り注ぐ矢と乳白色の実体を持たぬ槍。一気に。まさしく一気に形成は真逆に逆転した。

 

 

「これはーーー?」

 

 

思わず言葉を漏らした。唐突な現実に思考が追い付いていない。故に赤は本能的な疑問の言葉を呟くだけで終わってしまった。

その彼女へ白い鎧に身を包んだ少女が駆け寄る。赤から見ても、まるで聖人の様な気高さを感じさせる少女は、聖母の如き慈愛の笑みを浮かべ彼女に問うた。

 

 

「失礼、護国の将とお見受けします。あの軍隊はあちらの街を攻め立てているーーー違いますか?」

「う、うむ。其方の言う通りだ。奴らは我が国の敵である」

「(アルトリアさんに似てますね。あ、でも胸がーーー失礼。人のコンプレックスに触れてはいけません)承知しました。我らは旅の者。ひとまず貴女に加勢しましょう」

 

 

赤は一抹の希望を彼女に見出し、身元を問わぬままに、その背中を預けた。

 

ーーー奮起。愛しき国を護る為にも、まだこの身は止まってはならぬ。




あ、カルデア勢は二章終了時に登場すると決定しました。楽しみにされている方々、今暫くお待ちください。

ところでオケアノスピックアップガチャ、意外とラインナップが良かったですね。一瞬引こうかと迷いましたよ。危ねえ危ねえ、私はモーさん待機組なんだ。鉄の意志と鋼の強さでガチャ欲を堪えるぞ。



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全ての道はローマに通ず

ーーーオケアノスだ、ついて来れるか?


お待たせ致しました、ローマ突入後第2話です。


さて、古代ローマ兵の力量とは一体どれ程の物なのか。実を言うと鍛え上げた現代の軍人よりも強い、と彼らは語った。

 

果たしていつまでこれを繰り返せば良いのか。先刻より雪崩れの如く押し寄せてくる目下の敵兵達。そもそも"命を奪ってはいけない"と言う縛りが存在する為に手加減を強いられる彼らは、その微々たる調整により意識を伝達させる為に、とくにモードレッド達はオルレアンでの戦闘よりも疲労の蓄積が早いと感じる。あの地なら敵がワイバーンだのホネだのゾンビだの、いくら全力で吹っ飛ばしても文句は言われなかった為に、更にストレスも溜まる。

セイバー・アルトリアには峰打の心得は十二分と形容出来る程に存在する為、うなじの部分を的確に刀身で殴り、見事に気絶させる事が出来る。あの聖杯戦争から約一年、士郎も士郎で多少なり進歩を遂げており、セイバーに回せる魔力量も見違える、と言う事は無いが確実に増量している。つまるところ、セイバーは一歩ずつ本来のスペックに近づいているのだ。

 

ジャンヌーーーシロい方もどちらかと言えば敵を殺める事を躊躇うタイプの人間だ。故に、時に加減をしくじっても本能がブレーキをかける。それらが物の見事に作用し合い、シロの剣戟は敵の意識を奪うと言う点では素晴らしい活躍を見せている。

 

 

彼女らに対して二人、モードレッドとクロは非常に"やりずらい"を強いられた。モードレッドは手加減などとは無縁の世界の存在、クロに至っては大量虐殺が得意なキラー系ガールだ。そんな彼女からすれば峰打など、通常の三倍の労力を以てようやく達成出来る武術なのだ。

 

 

「ああもう!数が多いわよ!」

「倒しても倒しても湧いて来るって、俺達料理人の敵のーーー」

「ストップ!それ以上言わないで!」

 

 

鏡夜、士郎、凛のマスター組とアーチャー・エミヤは丘の上から各々の得意とする形で狙撃を行っていた。鏡夜は得意分野の魔力弾精製、凛は敵兵の腹部にガンドを飛翔させる。そして彼ら、"えみやしろう"は考えた。彼らの得意とする投影魔術、その真価である剣の投影。士郎はあの金ぴかとの対峙の際に視認した全てを瞬刻で投影する荒技をやってのけたのを思い出し、その応用で剣の"柄だけ"を投影し掃射した。これならば身体のどこに命中しても致命傷にまでは至らない。これにはアーチャーも素直に感心したのが、直後には彼も全く同様の投影を行使した。やはり彼も無益な殺生は御免被る。

 

ーーーではアサシンはどこにいるのか?

 

 

『ぶー……』

「怒らないでくれよアサシン。ほら、もしかするとサーヴァントが来るかも知れねえだろ?」

『暇…』

 

 

霊体化して鏡夜の背後に、それこそまるで亡霊の様に佇んでいる。

と言うのも、仮に敵性サーヴァントが強襲をかけて来た際に、背後から妄想心音(ザバーニーヤ)を発動して殺した方が楽じゃね?と言う非常に投げやりな発想を鏡夜が提案した為に、アサシンは彼の思惑通り待機組と化してしまった。若干戦闘狂の気質がある彼女に意見させれば、何も無いこの時間が苦痛だが。それでも彼の言う事にも僅かながらの一理もあり、そもそも良くしてもらっているマスターの頼みを断るのも気が引けた為にいざ了承したのだが、まさかここまで暇だとはその瞬間の彼女は思いも寄らなかった。

 

 

『むぅ……』

「悪い悪い。ほら、後で美味しい物食べさせてやるからさ」

『うぅ……。それなら我慢する…』

 

 

アサシンはその場に座り込み、懐から愛用している投擲剣ダークを取り出し、それらを順番に研ぎ始めた。

 

刹那、鏡夜の双眼が果てに強大なナニカを視認する。雑兵達とは一線を画す、例えるならば皇帝の様な派手な装飾と色合いをした鎧に身を包む、大柄な男。兵達を掻き分け、まさに一心不乱に誰かを目指し駆け抜けている。そう、奴はーーー。

 

 

「「「バーサーカー……」」」

 

 

どうやら奴は、ジャンヌ達の真名看破を誘発させたらしい。

 

 

鏡夜君(マスター)、情報を共有します」

「ちょっと、鏡夜(マスター)に送るのは私の仕事ですよ」

「にゃにをー!」

「良いから送れ阿呆」

 

 

こうしていつもいつも唐突に喧嘩を始めるシロクロツインズに鏡夜は頭を悩ませつつも、パスから共有された敵性サーヴァントの情報を確認する。

ーーー成る程。この時代では最高の知名度補正を得られるだろう。

 

 

"カリギュラ"。かつてのローマ皇帝の一人。そしてその称号に恥じぬ、筋力はA+、耐久と俊敏はB+と、狂化の恩恵を得ていても目を見張る程の化け物ステータスである。そして尚更厄介なのが、その宝具。

 

"我が心を喰らえ、月の光(フルクティクス・ディアーナ)"。月の光を以て彼の狂気を拡散する精神汚染の宝具。幸い未だ日は高いが、仮にここで放置し、夜襲でも受けてみてはどうだろうか。良くも悪くも個性的であるこの陣営が弊害を受ける事は無いだろうが、果たして一般兵がそれに拮抗出来るかと問われるとーーー解は否。

仮にカリギュラが特異点の弊害を"受けた側"だとしても、狂化したカリギュラを野放しにしておけば、宝具発動により戦場は混沌と化すだろう。故に鏡夜は冷静冷酷に、そしてこの場で最も正しい解を出す。

 

曰く、ーーー殺せと。

 

 

その命に、モードレッドは優々とした声をあげた。

 

 

『おい良いんだなキョーヤ!手加減するのは疲れる!』

「ああ、やっちまえ。問答無用で叩き潰せ。兵達が敵味方関係無く殺し合う地獄絵図何て起こしてたまるか」

『それに敵のニオイがしますからね』

 

 

ーーーネロォォォォォォォォ‼︎

 

 

『あ、アレ間違い無く敵よ鏡夜。狂気に触れてネロ……ローマ皇帝だっけ?をストーカーするとか敵以外の何者でも無いわ』

「だなクロ。よしモードレッド、何が何でも殺せ。じゃなきゃ俺達がやられる」

『オーライ!セイバー・モードレッド、出るぜェ!』

 

 

景気良く声を張り上げたモードレッドは彼女のスキルである魔力放出を発動し、一陣の風の如く戦場を駆け抜けた。

 

 

 

 

「さて士郎、遠坂。ここからはカルチャーショックの連続だぜ」

 

 

そう、これは何の縛りも無い聖杯戦争。あの冬の地よりも更に血生臭く、そこには一片の武士の情けも騎士の誉れも無い。そして何より、確実にこちらがアウェイとなる限界状況。言峰教会の様にマスターの身を保護してくれる機関も無い。衣食住、全てをその場で戦場と戦場を渡りながら探すサバイバルゲーム。

逆説。つまりは、よりアウトローな事をしても赦されてしまうのだ。一対一の決闘に乱入しても誰からも文句を言われず、誰からも批判と憤怒を預かる事も無い。

 

 

モードレッドはその視界の限界位置にカリギュラの姿を捉えた。先手必勝、彼女は有無を言わず、言わせず、カリギュラに斬りかかる。

 

しかし通らず。カリギュラはその張り詰めた双腕で、モードレッドの王剣を受け止めた。

 

 

「ハァ⁉︎何あのサーヴァント⁉︎それこそヘラクレスとタイマン張れそうじゃないの⁉︎」

「落ち着けって遠坂。それにしても、セイバーの息子…娘?のモードレッドの剣が受け止められるとは……」

「さて、な。援護はいるか?モードレッド?」

『ヘッ!勝手にしな!』

 

 

モードレッドは数歩分の距離を置いた後、その場に落ちていた石ころをカリギュラの顔面に向けて蹴り飛ばす。彼女特有の、勝利の方程式。勝つ為ならば手段を選ばない騎士から見た外法の使い手。しかしそれは、全勝を強いられる鏡夜達の立場から見ればこれ以上頼りになる物は無い。

 

カリギュラの拳がモードレッドへ向けて唸る。よもやバーサーカーとは思えぬ、計算されたコンパクトな右ストレート。カリギュラからすれば最大級の調子を得た、絶賛の拳だろう。事実モードレッドも命中するその直前に、どうにか王剣の刀身を盾にする事で被弾を避けた程だ。やはり皇帝の力は伊達では無い。

 

 

「ネ、ロ……!我が、愛しき、妹の子、よ……!」

「あぁん?どいつと間違ってるか知らねェが、生憎オレはそのネロとか言う奴じゃねェんだわ。悪りィな‼︎」

 

 

モードレッドはカリギュラの左腕を蹴り上げ、そのまま魔力放出を乗せた重厚な斬撃を鎧に阻まれた血肉に向けて放つ。鈍い金属の拮抗の音が響き、特筆すべき謂れの無いその鎧は、王剣の燦然銀の一撃でヒビが走った。

カリギュラはその事に驚愕はせず、突進する猛牛の様にモードレッドに食らいつく。その命を奪わんと、まさに狂気に取り憑かれた猛々しい格闘術。視覚を最大限に強化した鏡夜と凛ですら、その全貌を捉え切る事は至難。

 

ふと、同じ様に待機していたアーチャーが一本の剣を投影した。アーチャーは黒塗りの洋弓にそれを当て、弦を引き絞る。

 

 

「私の出番と見た。モードレッド、タイミングを計って脱出しろ」

『了解だぜ!父上!そこら辺の雑魚から距離を置こう!キョーヤの命令だからな!』

『分かりました。確かに、無闇に命を奪うのは良くない』

 

 

いよいよ打倒の瞬間。鏡夜は背後に座っているアサシンに指で指示を出し、並行して念話をジャンヌとクロに飛ばす。

 

 

「ジャンヌ、クロ、その場からその赤い人の兵を連れて逃げろ」

『何をするのですか?』

「アーチャーが真名解放を行う。なるべくカリギュラのターゲットのモードレッドには離れて貰っているが、保険の為な」

『オーケー、分かったわ。ほら赤い人、行くわよ』

 

 

クロは赤に指示をしろと伝達し、彼女の判断に従った赤は自らの兵を撤退させる。その経路を作るのは、二人のジャンヌ。

 

 

『よしっ、ここなら大丈夫だな。じゃあ父上、タイミング良くオレの回収頼むぜ』

『任せて下さい。魔力放出ーーー』

 

どうやら全ての工程を凌駕した様だ。モードレッドは再度、彼女を追うカリギュラに斬り込み、拮抗を演出する。

 

 

 

「さあ行け、捻れた剣ーー!」

 

 

アーチャーの手から弦が離れ、反動で彼が改造した稲妻の剣、その贋作である偽・螺旋剣(カラドボルグII)がカリギュラへ向けて、空間を裂くかの勢いで直進する。風を斬る独特の音に気が付いたのか、矢が行く虚空にカリギュラの顔が向いた。

ーーー今だ!

 

士郎がそう叫ぶと、魔力放出によるジェットを手に入れているアルトリアが駿足でモードレッドの背後に着地し、彼女を抱えてその場から消える。

そして同刻同瞬。

 

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)…!」

 

 

神秘の奔流、内包された魔力が連鎖的に爆発し、その場にいたカリギュラごと大地を抉った。

爆煙が走り、火の粉が舞い上がる。その緋の淵から男の苦痛の呻きが戦場に発された。

 

「うぬうううぅぅう!ネロォォォォォ‼︎」

 

 

「まだ生きてる⁉︎」

 

 

 

凛が驚愕の声を上げる。それもそのはず、あの爆発は大抵の英霊ですら直撃すれば殺傷可能な代物。いくらカリギュラの耐久が高いとは言え、回避動作すら無い着弾と直撃を決めてやったのに、まさかまだ活動可能だとーーー⁉︎

そんな凛の不安を感じ取ったのか、鏡夜がほくそ笑む。そしてただ一人、この場にいない"彼女"へと声をかけた。

 

 

 

「ーーー出番だぜ、アサシン‼︎」

「遅い店長さん……。妄想心音(ザバーニーヤ)ーーー‼︎」

 

 

 

焼けたカリギュラの胸板を、呪われた赤い豪腕が貫く。その鮮血の花火を以て、此度の戦闘は終了と成す。




今後ややこしくなりそうなので伯父上には退場して頂きました。
まあね、皇帝だから強いしね。みんなで協力して倒したんだよ。

あ、懲りずに新作投稿します。ダーク店長のダーク店長によるダーク店長とジャンヌとおじさんと桜ちゃんの為の救済のお話です。お時間があれば一度お目をお通し頂き、何か感想を書いて下さると私ハッピーだったりします。



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資金

お久しぶりです。ここ最近色々忙しくて更新出来ていませんでした。まずは謝罪を。申し訳無いです。

何をしていたかと言うと、部屋の整理と積んでいたガンプラ処理していました。過去の私を殴りたい。


さて、どうにか敵と思わしき大軍を撃破し、敵将である皇帝カリギュラを打ち破った鏡夜率いる聖杯探索一行は今、先刻戦場で邂逅した赤い服の女性に連れられ、首都ローマの宮廷に案内されていた。やはり彼らの読み通り、女性が今回味方につく立場の人間で間違い無いらしい。

 

 

「旅の者達よ。先程はよくぞ余の為に剣を振るってくれた。其方らの活躍のおかげで、どうにか市民の平穏は守られた」

 

 

そして彼女ーーー今代ローマ帝国皇帝ネロ・クラウディウスから礼の言葉が伝えられる。史実ではネロは男性なのだが、どうやら真なる歴史では男装の麗人と言う事らしい。

とは言え一々驚愕し呆気に取られると言う事も無い。いや、驚いたのは事実だが、それよりも前例が二名程いてくれたおかげで驚愕はざっとその八割を殺された。

 

 

「して、其方らは何処から来たのだ?見ない服装だが……」

 

 

その実、この手の質問は予測はしていたが、実際尋ねられると中々にキツい。正直に「未来から来ました」何て言っても物証が無い以上は信憑性に乏しいし、かと言って適当に国をでっち上げるのもどうかと思う。それこそ魔術師お得意の「嘘を言わずに騙す」を地で行い、「極東から来ました」と伝えても、交通手段から何まで整合性が取れない。

 

すると凛が一歩前に出て、その問いに答えた。

 

 

「皇帝陛下、私達は遠い未来からこの時代にやって来た者達です。我々の目的は一つーーーこの時代の修復」

「う、うむ?遠い未来からとな?ふぅむ……、其方らの生きる時代では時間跳躍すら可能とするのか……」

 

 

ちゃっかり敬語を使っている辺りは、なるべく細かな印象を良くしようと言う彼女の優雅な努力の賜物だろう。

さてここからはある意味本職と化しつつある鏡夜達の出番だ。より詳細な事情説明は彼らの方が適任と言える。

 

 

「陛下、先刻の大軍。アレらは突如として姿を現した……。違いますか?」

「其方の言う通りだ。奴らはローマ連合なる物を自称し、余のローマの半分を奪って見せた。そればかりでは無い、日に日に奴らは残る半分を奪おうと兵を差し向けて来る。先程の大軍もその一角に過ぎぬ。そしてその中には……」

「皇帝共がいるってワケか」

 

 

モードレッドの言葉にネロは弱々しく頷く。彼女からすれば、愛したローマを守った皇帝達が何故ーーーと言う立場なのだろう。あるいは裏切られたーーーか。

ネロの感情は正しい。いかなる理由があり、彼らはそのローマ連合に寝返り、そしてこのローマ帝国に牙を剥いたのか。それが釈然とせぬ限りはネロの憂鬱は晴れぬだろう。しかし、こればかりはどうしようも無い現実。

 

その彼女へさらなる追い討ちをかける様で気も引けるが、カリギュラ打倒の事実を告白した方が良いだろう。あるいは、もしや彼女はそれを待っているのかも知れない。

するとアーチャーが一歩出る。まさか、彼も全く同じ事を思考していたのか。

 

 

「陛下。我々は先程敵将と思われる元皇帝、カリギュラを討ち取った。ついてはその事を報告させて貰う」

「……ッ!そうか、やはりあの黄金の影と咆哮は伯父上の……。いや、いい。カリギュラもまたローマ帝国を裏切った狂乱の将。赤外套の者よ、よくぞ報告してくれた」

 

 

無理をしているのがヒシヒシと伝わる。それもそうだろう、いくら敵に渡ったとは言えど肉親は肉親。ましてやカリギュラは先代のローマ皇帝。"個人ネロ・クラウディウス"としても、"皇帝ネロ・クラウディウス"としても、気に病んでしまうだろう。

するとアルトリアがネロへ歩み寄り、そっと彼女に語りかけたり

 

 

「ネロ、貴女の気持ちは分かります。私も肉親と、そして親友と剣を交えた。それはとても辛く、哀しい事だ。だから無理をする必要はありません」

 

 

ーーーとても、重みのある言葉だ。

 

アルトリアは第四次聖杯戦争で、狂っているとは言え盟友のランスロット・デュ・ラックと相見える。そして生前の近因の死因はモードレッドの叛逆とカムランの丘での死闘。アルトリアはあの過去を非常に哀しい物としていた。故に、肉親と殺し合う羽目になってしまったネロの心情を一番理解出来るのだろう。

 

理解者を得ると言うのは最上の救いの一つだ。理解されると言う単純、かつ最も手に入り難い物を得た時、人は至福に至る。哀しみは暖かな何かで解れ、掻き消され、無に帰す。それは傷心気味のネロにも適応される概念だ。心無しか、ネロの貌が緩んだ気がした。

 

 

「ーーーすまない旅の者。余は少し感傷的になり過ぎていた様だ。さて、其方達には報酬が必要だな。土地でも与えてやりたいのだが……生憎な。そこでだ、このローマで活動する為の資金を用意しよう。食文化に陶芸品、異其方達には目新しい物ばかりのはずだ。未来から来たのなら尚更だろう」

「ほ、本当ですか⁉︎」

「うむ。余は嘘はつかないぞ」

 

 

何と言う事だろうか。棚から牡丹餅的な幸運で凛があの計画を実行する為の最大の難関を、あっと言う間にクリアしてしまった。

ネロが手を叩くと、廊下の突き当たりから一人の女性が出て来た。市民や兵士よりも装飾の施された服装からおそらく侍女の役柄に就いている者だろう。ネロが今し方の旨を口伝すると、女性は再び角に消えた。

ふと士郎がアルトリアに視線をやれば、彼女のあからさまに興奮している貌が認められた。直感スキルの存在しない士郎だが、こればかりはすぐに分かる。

 

ーーーセイバー、食べる気だな。

 

アルトリアの血をあらゆる意味で濃く引いているモードレッドも、資金云々の辺りからそわそわし始めていた。見知らぬ地で(はは)と食べ歩きなど、彼女にはあまりにも魅力的過ぎるレクリエーションだろう。

健啖家のジャンヌ達と、見事に餌付けされているアサシンも、態度に出さないだけで内心は同じなのだろうと鏡夜と士郎は推測する。そして問題はやはり凛だろう。

 

何やらブツブツ呟きながら指折りで計算をしている今の凛は、どこか百戦錬磨の鬼将と錯覚してしまいそうな威圧感を醸し出している。まるで「集中している私に触れるな」と身体全体で周囲に警告している様だ。確かに、万年経済的危機を迎えている凛にとっては、当時のローマの品を持ち帰るなど願ってもいないチャンスだろう。一攫千金とまではいかないが、転売すれば当面の安定は保障される。

 

 

その光景を隣で腕組みをしながら見ているアーチャーは、思わず主人の金の亡者っぷりに溜息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 




と言う訳で、次回はちょいとオリジナル展開の買い物を挟みます。食って食って食う一行と、壺辺りを買い集めるとーさかさんにご期待下さい。


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ローマの風景

お久しぶりです。気が付いたら前回の投稿から一週間が経過していて大慌て。

そう言えばFGOで新イベント、ぐだぐだ本能寺が告知されていましたね。とうとう桜セイバーとノッブが参戦するのか……?


さて、今代ローマ皇帝ことネロ・クラウディウスより報酬代わりとして所謂大金を貰った彼ら一行は班に分かれてローマの地を散策していた。主な目的は食べ歩きと工芸品発掘。ネロ曰く「これだけあれば一日何をしても足りる」ぐらいは工面してくれたらしい。つまり何の心配も無く、彼らは一時事の重大さを忘れて心労を癒す事が出来る。

 

 

「おい見ろよ士郎!アーチャー!このリンゴ凄え新鮮だぜ!」

「どれーーー。ほう、良い色をしている。重さもハッキリと分かる程に違うな」

「これでアップルパイを作ったら美味しくなりそうだ。すみません店主さん、これを五つ下さい」

「おっ!兄ちゃん達このリンゴの良さが分かるかい!まいどあり!」

 

 

代金を支払いリンゴを受け取る。それを持参したリュックサックに詰めた。後は夜間に宮廷内に設置した召喚サークルから転送術式に乗せて鏡夜の自宅に時空跳躍の転送を行えば問題無い。つくづく、カルデアとやらの技術は必要以上に役に立ってくれる。ゼルレッチ曰く復旧作業が進んでいるらしいので、ローマの修正が完了したら覗いてみようかと、鏡夜は思考した。

 

男三人の買い物風景を女性陣は生暖かい目で見つめる。鏡夜は本職、士郎は料理好きだからあの興奮ぶりが理解出来る。しかしその隣の白髪のあのアーチャーがまるで童心に帰った様に楽しそうにしている光景を見ると……普段の皮肉屋の彼をよく知っている凛からすれば違和感の塊だった。

 

 

「鏡夜、小僧。このキャベツを見ろ。大きさが現代の二倍程あるぞ」

「うわ、本当だ。お好み焼きに使えそうだな」

「よし買った。これも五個買った」

 

 

心眼(真)と千里眼が変な方向に働いているのでは無いかと思った凛を、誰が責められようか。

 

 

 

 

 

「お!父上、あそこあそこ!何か食いモン売ってるぜ!」

「よく見つけましたねモードレッド。買いに行きましょう」

「ローマに謎の食糧危機が訪れるとか……ありませんよね?」

 

 

異国異時代、眼に映る全てが新鮮な中で、至高の娯楽の一つである食文化に触れたアルトリアとモードレッドは食欲を最大限にまで発展させていた。特にブリテン時代の雑な調理がトラウマになりかけている二人にとっては、贅沢の追求から食にも拘っているローマの料理は見逃し難い魅力だろう。それこそ、どんな財宝よりも、英雄王の蔵よりもだ。

 

 

「パンだな、こりゃ」

「パンですね。はむ、もぐもぐ……。少々硬いですがしっかりと足がついています。美味しいです」

 

 

次々と軽食を屠りもっきゅもっきゅ、舌を唸らせながらまた次の売店に立ち寄るペンドラゴン親子。彼女達を止められる物は無い。

ウィンナー、チキン、豚肉の薫製、チーズケーキ。どこからか手に入れた木のボウルに山盛りされたサラダ。と思えばキウイを齧る。目まぐるしく変わる彼女達の"ご飯"に、ジャンヌ達は胸焼けした。よくあれだけの量を食べられると感服する。

 

 

 

 

 

「それじゃあ私達は何をしましょうか」

「そうね。何か軽い物を摘みましょう。折角の時間旅行なんですから」

「お腹が空いたから何か買ってくる…」

「危うく忘れる所だったわ。壺、彫刻、レア物ーーー!」

 

 

すっかり金の亡者に成り果てた凛に「神のご加護を」とジャンヌは祈りを捧げた。彼女に金銭面での平穏を。

アサシンは小柄な体格を活かして人の波の間を糸のようにすり抜けて行く。その光景を子供のお使いを見届ける様な、温かい視線を送るジャンヌ。アサシンを追う事に集中していた為、隣でクロが呟いた「子育てってこんな風なのね」と言う発言を聞き逃している事を彼女は知らない。

ふと、鏡夜が保有する魔力の減少を確認した。おかしい、戦闘行為は無いのにこれ程魔力を消費するはずは無い。奇妙に捉えた彼はパスを辿る。結果、彼はアサシンの宝具解放を認めた。瞑想神経(ザバーニーヤ)、端的に表せば周囲の地形を完全に知覚する業である。そこで彼はアサシンのあの動きの理由を把握した。

数分経過、アサシンが再び流れる動作で帰還した。その手には現代で言うハンバーガーに似た食べ物が収められている。

 

「はい、これ」

「もしかして私達に?」

「その方が効率が良いから」

「ありがとうアサシン。白いのとは違って気が利きますね」

「まだまだヒヨッコ以下のクロに言われたくはありませんね」

「また始まった……」

 

 

暇あらばしょうも無い諍いを始めるジャンヌ・ダルク達にアサシンは溜め息を吐いた。近親憎悪とはよく言うが、文字通り"一心同体"である彼女達にとっては、お互いが親の仇程に憎悪してしまう対象なのだろう。ある意味きちんと生物の本能に縛られている結果の産物。呆れこそあれど、それを叱る事は出来まい。即ち余計にタチが悪い。

 

 

 

 

「ほらアーチャー!ボサッとして無いで荷物持ち!あ、士郎もお願いね」

「凛……、サーヴァントではあるまいし持ち帰る事は……」

「アーチャー、黙っててやれ。遠坂は大変なんだ」

 

 

ここは特異点。もしこれが真なる時間旅行であるならばその弊害も無い可能性があるがーーー生憎とここから持ち去る物は全て世界の修正の対象となる。それこそ現地で契約したサーヴァントは除くが。

凛はその事をすっかりと忘れてしまっており、修正後の転売の益ばかりに目が奪われてしまっている。これもある意味"うっかり"忘れた、と言う事なのだろうか。

さて、ここで真実を告げるのは残酷だろう。結果こそ変わらぬものの、流石に士郎とアーチャーは女の子が街中で現実に泣かされる光景を見る高尚な趣味は無い。一種の慈悲だろうか、彼らは敢えて彼女に付き合う事を選択した。

 

 

「行くわよ士郎、アーチャー!まずは持ち運び出来る壺から買うわ!」

「凛、我々は壺は専門外なのだが」

「大丈夫大丈夫、家にそれっぽい物がいくつかあるから見分けられるわよ」

 

 

それだけで目利きになれるなら苦労しないだろうに。

理由が理由だけに酷似している苦笑いを見せている士郎とアーチャーを引き連れ、凛はローマの街道を威風堂々と踏み歩いた。

目にとまったそれらしい店を訪ね、店主に話を聞いてみる。例えこの時代では数ある"量産品"の一つだろうが凛の生きている平成では古代ローマの一品と言うだけで希少性が爆発的に上昇し、まさに目が飛び出す程の価格で売れてしまう。尤もらしい理由を付けるならば『持ち帰ったおかげで古代ローマ芸術の研究が進歩する』だろうか。つまり、凛には転売と言う行為に良心は痛まない。

 

 

「へえ、コロッセオを描いた絵画ね。うん、特徴をよく掴めている。これ下さい」

「へい!ありがとうございやす!布に包みますね」

「威勢が八百屋や魚屋のそれに見えたのだが」

 

 

満面の笑みで店主に礼を告げた凛を見ると、彼らは一層哀しいと感じた。アレは消えてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

「おお!戻ったか!して、余のローマは……聞くまでも無いな。其方らの目が輝いておる。どうやら、満足がいったらしい」

 

 

ネロの指摘通りだ。古代ローマの地、全くの異文化を彼らは余す事なく満喫した。食文化や芸術、建築など、その全てが現代では失われてしまった物ばかり。これを貴重な経験と言うのだろう。

ネロは満足気にうんうん、と頷く。彼女が先代達から受け継ぎ、そして守っているローマは異国異時代の人間すら虜にするのだ。皇帝、その主がそれを喜ぶのは至極当然。形容するならば娘を褒められた親、だろうか。

ふと、ネロが手をポンと叩く。その動作は何かを思い出したと彼らに告げていた。裏付け、ネロの口が開く。

 

 

「そうだ、今夜は其方らの歓迎も兼ねて宴を予定しておる。何、大事な客将だからな。時間としては少し早めとなる。それまでに歩くなりして腹を空かせると良い」

 

 

突然の事実に一同はぽかんと口を開ける。瞬間、心の中で強く突っ込んだ。「そう言う事は先に連絡下さい」と。

 

 

「余は少々立て込んでいてな。これにて失礼する。部屋を用意しているので休む者はそこを自由に使うと良い」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 

ネロが廊下の奥に消えたのを認めると、アルトリアとモードレッドは外に駆け出した。

 

 

「シロウ、私達は外で剣戟の打ち合いをして来ます」

「んじゃキョーヤ、何かあったら呼べよな」

 

 

おそらくは腹空かしを兼ねた模擬戦を行うのだろう。急激な魔力消費に備える為に士郎は大分前にゼルレッチから受け取った魔力タンクの宝石を飲み込んだ。慣れない感覚。喉が痛い。

 

 

「鏡夜君、私達はこの時代のサーヴァントの探索をします。ルーラーの能力を使えば数と位置を確認出来ますので」

「それじゃあまた後でね鏡夜」

「あ、私も手伝う」

 

 

ジャンヌとクロの背をアサシンが追う。本当、暗殺者らしかぬ暗殺者だ。しかしありがたい。

 

 

「俺は……そうだな、投影の練習するか」

「では私が扱いてやろう衛宮士郎」

「うへぇ……、嫌な予感」

「さあて士郎、特訓の時間ね」

 

 

アーチャーのひたすらイイ笑顔が士郎の背中に悪寒を走らせた。あの男がタダで協力してくれるはずが無い。二人に引き摺られて部屋に連れ込まれた士郎はただ、時流の経過がより速くなる事を祈るばかりだった。

 

 

「俺、何しよう」

 

 

一人ホールに残された鏡夜の声が虚しく木霊する。

 

 

ーー

 

 

「はいもしもし……大師父?」

 

「ええ、ええ。ネロ・クラウディウスと協力関係を築けました。正確には"連合ローマ"なる特異存在への対抗策として迎え入れられた次第です。はい、その連合ローマに聖杯があると見て間違い無いかと」

 

「レフ・ライノール?全身緑の胡散臭い男……。成る程、そいつが裏切り者と言う訳ですか。分かりました、見つけ次第討伐と言う事で」

 

「あ、そちらに野菜が詰まったリュックサック転送したので、冷蔵庫に突っ込んで頂きたい。ありがとうございます」

 

 

宝石剣の通信を閉じる。一息吐いた鏡夜はポケットから金色に染まった小さな鏡を取り出し、それを凝視した。

 

 

「もしかすると……、こいつの出番かも知れないな」

 

 

あって欲しく無い未来を夢想しながら、鏡夜は彼のみぞ知る最後の鏡の手入れを始めた。




次回、お風呂回(自分からハードルを上げていくスタイル)



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湯けむり

ギリギリの所を生きてきた凡夫ですよー。お久しぶりです。
とりあえず一つだけ言わせて頂きたい。


自分でハードルを上げるような馬鹿な真似はやめろ(戒め)


古今東西、人類史と隣には必ず"風呂"があった。紀元前からそれにより近い紀元後は大衆に開かれた風呂屋として、近代に近づけば近づく程個人邸宅に風呂が備えられる文化が世界各国で発展し、それは絶えず姿と役割を変えながら人類を支えて来た。

それはあるいは"沐浴"とも呼ばれる。この言葉は位の高い者を指す事が多い。例えば沐浴場などと聞けば、一国を治める王の妃の為だけに用意された、無駄とも呼べる広さの物を想像するだろう。

 

 

さて、何故この様な切り口なのか。解は明瞭。空白鏡夜以下一行は皇帝ネロ・クラウディウスの好意に甘え、彼女の沐浴場を貸し切る事になった。ネロ自身の風呂好きの一面を押し付けられたと解釈も出来るが、特に女性陣は男性陣よりもニオイに敏感な為にネロの提案は天恵に等しかった。つまりは二つ返事だ。

その様な経歴を辿った為、この広い女性用沐浴場にはジャンヌ・ダルク、クロ、モードレッド、アサシン、遠坂凛の計五名が集約している。サーヴァントであるクロ、モードレッド、アサシンは入浴を必要としないのだが「折角だから」と言う事でそれを共にした。アサシンはともかくモードレッドは単なる好奇心のみの行動だろうが。

 

 

一行は男風呂と女風呂に分けられ同時に入浴している。星がよく見える、露天風呂である。壁を一つ挟んで男風呂と繋がっている為、時々男性陣の声が聞こえて来る。本当に時々な為、重たい雰囲気になっていないかジャンヌは心配した。

しかし思考を振り解く。休める時に休めとは彼の言葉だ。料理好き、世話焼きなど共通点がある彼らなら最終的には上手くやるだろう。そう信じて、ジャンヌは率直な感想を述べた。

 

 

「広いですねえ」

 

そう、広い。現代にあるスーパー銭湯に勝るとも劣らない坪数が割かれたこの空間は心にもゆとりを持たせてくれる。

 

 

「まるで温泉みたい。良いなあこんなに家が大きくて」

 

と、凛は呟きを零す。直後、モードレッドがそれに対して切り返した。

 

 

「お前ん()も十分デケェじゃねえかよ」

「それアンタが言うとかなりイヤミなるから気を付けなさいモードレッド」

 

凛の切り返しも速い。

恐らくモードレッドは自身の出自をすっかりと忘れているのだろう。その近くでアルトリアが大変苦い表情を浮かべている。まるで何か嫌な過去を思い出したかの様な、それの表情だ。

それに気が付いたモードレッドは父アルトリアに疑問を投げる。アルトリアは軽く溜息を吐いた後、呪詛を吐く勢いで内心にふつふつと湧いた過去をモードレッドに突き付けた。

 

 

「家が大きいで思い出しましたよモードレッド。夜のキャメロット城の窓ガラスをヒャッハーしながら破った事を」

「うぇ⁉︎な、何の事かな父上様……?」

「忘れたとは言わせません。盗んだ名馬で走り出したり、私がマーリンから永遠に借りた砂糖菓子を盗み食いしたり、あまつさえ王剣クラレントを勝手に持ち出したり……!」

「ちょ、ちょっとセイバー落ち着きましょう?ね?」

 

 

まるで上司の愚痴を同僚にぶつけるサラリーマンの様な勢いである。真横で湯に浸かっていた凛が彼女を諭した為に渋々納得したらしいが、この場にストッパーの役割を果たす人物がいなければどうなっていたか。恨み辛みをモードレッドは長時間ぶつけられていただろう。かつてとある騎士は「王は人の心が分からない」と言い放ったらしいが、現実王はかなり人間臭い。

 

 

「申し訳ありませんリン。取り乱してしまった」

「貴女も苦労してるのねえセイバー」

 

珍しくクロが他人を労った。お湯に浸かり蕩けた顔をしているクロをジャンヌは見つめながら、明日天変地異でも起こるのかと不安になった。

 

「クロはいつでも能天気……」

 

 

脈絡無くアサシンがポツリと呟いた。確かに、クロは能天気では無いにせよ、フランス帰還後から今回の特異点跳躍まではグダグダと過ごしていた事は認められる。しかしクロに言わせれば毎日パフェを鏡夜に作らせているアサシンに言われたくは無い、と言った辺りだ。

少しだけむすっとしたクロは両手でお湯を掬い上げ、それを少し離れたアサシンの顔めがけて思い切り投げ掛けた。数多の滴を周囲360℃に撒き散らしながら、クロの手によって形成された湯の弾丸は綺麗に、アサシンの顔に直撃した。

 

 

「アハハ!我ながらナイスコントロールね」

「………」

「クロ!私達の被害を考えなさい!」

 

 

ジャンヌが抗議の声を上げるが、クロはそれを軽くあしらった。彼女に言わせれば、ついでに白い方にも攻撃出来てラッキーなのだ。

 

 

「いいですか(ワタシ)、私は私が良ければそれで良いのです」

「ジャイアニズム極めてるわね……どこの金ぴかよアンタ……」

「リン、それ以上はやめてください思い出したくない」

「なー、金ぴかって誰だよ?」

「モードレッド、世の中には知らない方が幸せな事もあるのですよ」

 

 

アルトリアはモードレッドの両肩を掴み、ずいっと顔を近づけてそう言った。人の嫌な思い出を掘り返すのは例え悪意無き純粋な好奇心からでも遠慮すべき事柄である。

 

 

「(父上の顔……ニヘラ)」

お叱りを受けた当の本人モードレッドは全く別の事を考えている事はご愛嬌だ。

 

 

 

 

「あっ……」

 

 

モードレッドがアルトリアと密着し満足している側で、そう言えば、と凛は思い出した。先程湯を掛けられたアサシンが何も行動を起こしていない。付き合いこそ数日なものの、彼女の性格の大方は掴めている。「やられたらやり返す」、それを地で行く彼女がこのまま沈黙を貫くとは到底思え無い。

何か嫌な予感がする。凛がそう思ったまさしくその瞬間、アサシンは本日二度目の宝具無駄打ちを敢行するのだった。

 

 

妄想心音(ザバーニーヤ)…!」

 

 

背中から芽生える様にその姿を現したシャイターンの双腕をアサシンは器用に操る。左腕でクロを拘束し、右手を直進させ、自己主張の激しい双丘(胸部)の右側を掴んだ。

 

 

「ひゃいっ⁉︎」

 

 

ーーむにっ。

クロが素っ頓狂な声を発する。どうにか逃れようにも、生憎身体をシャイターンの左腕にガッチリと掴まれてしまっている為、それも叶わない。

 

 

「お返し…」

 

 

むにむにっ。

 

 

「こ、このっ!離しなさい!ひゃっ⁉︎」

 

 

もにゅもにゅ。鎌首をもたげたアサシンの優しい拷問はこの先が本番だ。風呂場と言うある程度融通の利く空間であるからこそ、それなりに無茶をしても許される。

 

 

「や、やめ……な!んっ……、…さいよ!はぅ…!」

「遊んだしもう一回身体洗おうぜ」

 

モードレッドは立ち上がり、そのまま振り返らず洗い場を目指した。

 

「賛成ですね。たまにはモードレッドも良い事を言います」

「早速レッツゴーです。後は若い二人のお楽しみと言う事で」

「そうね、そうしましょう」

 

アルトリア、ジャンヌ、凛もモードレッドの背中を追う。その顔には僅かな気まずさが見て取れた。

 

 

「あっ…!ちょっと待って!逃げない……っでぇ!」

 

 

次々と自分に背を向ける彼女達を、クロは目尻に涙を溜めながら見送る他に無い。

 

 

ーーーー

 

ーー

 

 

「なあ鏡夜、アーチャー」

「どうした小僧」

「どうしたんだよ士郎」

 

 

同刻、士郎は非常にモヤモヤとした感情を内に孕んでいた。その内訳こそかれすらも知り得ないのだが、彼は今取り返しのつかない過ちを犯している様な感覚に襲われている。別にやましい事も妄想もしていない。正義に泥を塗る行為など考え付いた事も無い。それでも何故か、士郎はこの状況を後悔していた。

右に空白鏡夜、日はそこまで深くは無いものの、互いの夢や理想を隠す事無く話せる親友。左にアーチャー、真名エミヤシロウ。衛宮士郎の一つの可能性。正義の殉職者。

 

はっとする。思考回路を冷やし、前提条件から階段の段差を踏みしめる様に現状全てを考察すると、士郎はモヤモヤの正体を掴んだ。そうだ、面子がおかしい。

解決すれば話したくなるものである。士郎は組み上がった思考回路を破棄し、一先ずの疑問を音にし発した。

 

 

「何でこんな面子なんだ……?」

「同感だな小僧。丁度私も同じ事を考えていた」

「奇遇だなお前ら。俺もだ」

 

 

立て続けに二人が同意する。そうだ、おかしい。英霊一人、魔術師一人、魔術使い一人。お世辞にも一般人とは呼べない、尚且つ約一名は人から昇華した存在が、仲良く広い湯船で肩を並べているのだ。これを奇妙と呼ばずに何と呼ぶのだ。しかも全員頭にタオルを乗せて。

 

 

「アーチャー、お前風呂入る必要無いんじゃないのか?」

「気まぐれだ」

 

 

士郎は一瞬、自分が噴き出しそうになったのを理解した。捻くれ者が真顔で「気まぐれだ」何て呟いたら笑わない方が無理がある。

 

 

「小僧」

 

 

ふと、アーチャーが士郎を呼んだ。士郎はそれに少しそっけなく、なんだよ、と返事した。アーチャーはそれを気に留めず、士郎を挟んで向こう側にいる鏡夜に指を指す。

 

 

「何故奴はキュウリを食べているのだ……?」

「あー……、鏡夜曰く「食ったら血行が良くなる」とか何とか…」

「ん?食うかーーー?」

 

 

おそらく即興品であろう、木の枝を荒削りして作られた爪楊枝らしき物の先端にキュウリを刺し、鏡夜はそれを士郎とアーチャーに向けた。

士郎とアーチャーは同時に一呼吸置く。彼の問いに対する回答はすでに決まっている。

 

 

「「食うかーーー!」」




やりました…… やったんですよ! 必死にッ!!
その結果がこれなんですよ!
キーボードを手元に置いて、キーを打って!何十回分もボツにして!
今はこうして光の無い目で起きててる!
これ以上何をどうしろって言うんです!
何を描写しろって言うんですかッ!!(バナージ君並感)

すまない、正直壁だった。富士山レベルに高い壁だった。
凡夫の性別の都合上何を書けば良いか分かりませんでしたハイ。しばらくはほんの僅かのクロのサービスでご容赦を。あれ以上やるとR-15の警告に全力で唾を吐きかける事になるのです。


あ、本日中にもう一度お会いする事になるかも知れません。


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野営地へ

あけましておめでとうございます。本年も拙作ともどもよろしくお願い致します。




ーーー風の音が聞こえる。

 

 

ふと、目が覚めた鏡夜は鈍い身体を叩き起こした。辺りには新緑美しい草原が、見上げれば流れる雲と青空。はて、ここはどこだろうか。

 

昨日の出来事を整理する。

あれは昨晩、ネロの客将歓迎と言う名目の宴の中、鏡夜は折角だからと普段はあまり飲まない酒をかなりの量を胃に入れた。ある程度で止めようと思っていた所へ、ネロ皇帝とモードレッドが襲来。そのまま飲まされ飲まされの繰り返し。そうだ、許容量を超えた酒を飲んだ。

 

それを思い出すと同時、頭に打ち付けられた様な鈍痛が広がる。二日酔いと言う奴だ。おまけに多少の吐き気。これはしばらくまともに動けないな、と観念した。

はて、ここはどこだろうか?

昨日の記憶はモードレッドにベッドに放り投げられた所で切れている。つまり本来自分はネロに与えられた自室のベッドの上で唸っていなければならないはずなのだ。しかし視界を開けてみれば草原に野山、花鳥風月。現代では極一部の地域でしか味わえぬであろうそのままの自然に、何故か彼は抱かれていた。

ゆらりと立ち上がる。この時点で鏡夜は「誰かが気を利かせて風に当てさせてくれたのだろう」と言った仮説を立てていた。しかし、周りには誰もいない。ネロの宮殿も見当たらない。かと言って誘拐された形跡も無い。

 

立ち止まっていては拉致があかぬ。鏡夜はそのまま直進方向へ、珍しく締まりのない表情を浮かべながら進んだ。なだらかな丘の様だ。標高が一番高い地点まで上がれば何か見えるだろう。

風の匂いがする。

優しい、どこか懐かしい匂いだ。その風に押されるかの様に、鏡夜の足取りが少し軽くなった。不思議と、二日酔いの症状を解れて行く。

2分程歩いただろうか。ある線を境に、足元の雑草がヤグルマギクへと姿を変えた。フランス国旗の青を示す花である。その天へ自身を示す様に勇敢に咲く姿は、鏡夜の深層にある「ナニカ」に触れた。狂気や暴走の類では無い。何か封じられている物を取り戻せそうな、それに似た感触。

心につっかえが出来てしまった鏡夜だが、どうにかそれを無視した。それに時間を割いてはいけない。一刻も早い状況の確認を。

 

 

いよいよ頂上に差し掛かる。

一歩一歩を踏みしめ、少しだけ息を切らしながら、鏡夜はその一点を踏んだ。眼下には畑が、牧場が、木組みの家が、彼をくすぐる全てが広がっている。

「嘘……、だろ…?」

 

いや待て。鏡夜の中を戦慄が駆けた。

家々の配置、牧場の形。そしてそこを歩く村人達の服装。ああ、覚えているとも。取り戻したとも。

しかしあり得ない。何故()()村がこの視界に映っているのか。

 

「ドンレミ村……?」

 

 

遠い遠い過去の話。その幼少を彼女と過ごしたあの村が、そこには在った。

 

 

 

ーーー

 

これは夢だ。そう呟いた鏡夜は堂々と村を行く。道行く人と挨拶を交わし、また前を向く。夢にしてはリアリティを感じた。

 

 

「お、お邪魔します……」

 

 

鏡夜は湧き上がる記憶を頼りに、かつて自分が()()()()()()()()()家屋の扉を開けた。まさか中から自分が出て来る事はあり得ないだろう。

返事は無い。どうやら脱け殻らしい。つまりそれはこの家が自分の物であると言う事。意を決した鏡夜は奥へ進む。

 

自室。当時耽っていた魔術の本を探した。個人的な興味に惹かれてしまった。最早彼の頭からは状況整理など抜け落ちていた。今あるのは、欠片を集める事だけ。まるで何かに取り憑かれたかの様に、鏡夜は魔導書に目を通す。

 

5分、10分、1時間ーーー。

時間の概念など眼中に無い。錬金術、黒魔術、召喚術。大好きだったそれらが再び頭に入って来る。その喜びに身体が、魂が、打ち震えた。

あっ。そうだ。突然抜けた声を上げる。夢かどうかを確認する方法はある。

 

 

「パス確認すれば早い話……繋がらねえ」

 

 

ジャンヌとのパスを手繰ってみたが、見事に念話が繋がらない。手当たり次第クロ、モードレッド、アサシンと同じ事を繰り返したが、結果は当然の如く惨敗。手に入った情報はパスの健在だけだった。

いや、これだけでも十分だ。夢の中でまでサーヴァントとのパスを感じる事は不可能。つまりこれは、現実世界。

 

また行き詰まった。果てして自分はどこに迷い込んだのか。何をすれば帰る事が出来るのか。溜息を吐いた鏡夜は手に取っている錬金術の魔導書を本棚に戻した。

ふと、自作の本棚の右端に、見覚えの無い黒表紙の本を見つけた。好奇心からそれを手に取る。

タイトルは無い。装飾も無い。表紙には一つの髑髏。目次も無い。およそ1667ページ全てに、ひたすら未知の活字で何かが記されているだけだ。

 

気持ちが悪い。鏡夜はそっと本を閉じ、元あった場所へ返そうと手を伸ばした。そして、ストンと音を立て本が収まった瞬間。鏡夜の意識が薄れた。

 

 

「ーーーキハッ、これで下ごしらえは完了だね」

 

 

いや、まだ彼の意識は続いている。朦朧としたその中で、彼は男とも女とも取れる誰かの声を聞いた。下ごしらえとは、何だ。お前は、誰だ。

それを尋ねようとしても声が出ない。視界が霞み顔も捉えられない。

そして彼は意識の手綱を手放す。深い闇へと彼は沈む。その光景を、彼は穏やかな、母性すら感じさせながら、見つめていた。

 

「それじゃあ頑張ってね、キョウちゃん。次の応援は近い内に来るからさ」

 

 

ーーーーーー

 

ーーーー

 

ーー

 

 

ーーー声が聞こえる。

今度は誰とも知らぬ者のそれでは無い。聞き覚えのある、耳にしっかりと残っている、頼り甲斐のある声だ。その声に意識を揺らされ、鏡夜は目を覚ました。

 

 

「お、起きたか。ようキョーヤ、スッキリしたか?」

「モード……?」

「ヘヘッ、悪ィな。昨日はちとふざけ過ぎちまったらしい」

 

 

ゆらりと上半身を起こす。横顔のすぐそばには彼女の顔があった。状況から判断するに、自分はモードレッドに膝枕をされていたのだろう。風に乗った馬の匂いが鏡夜の鼻腔をくすぐった。懐かしい匂いだ。

首を回して辺りを見る。白い布の様な物で、今自分達がいる空間は形成されていた。馬、木の椅子、白布、そして感じる振動。これは馬車だ。馬車に乗っている。

鏡夜はモードレッドに一言詫びを入れ、状況説明を求めた。あくまで独断からの仮説でしかないそれを真なる現実として認識するのは道理が通らぬ話。

 

 

「あー、なんつーかなあ。昨日お前に飲ませ過ぎた所為で朝からぐったりだった訳よ。そしたら皇帝サマがいきなり「野営地に行く」とか言い出してな。んで馬車に乗ってそこへ向かってる訳だ」

「ああなるほど、大体理解した。一発モードをぶん殴りたいけど我慢する」

 

急性アルコール中毒にでもなったらどうするのだ。まったく、この猪突猛進系サーヴァントには手を焼かせられる。

 

 

「悪かったって。ヘソ曲げるなよキョーヤ」

「そうだモード、昨日の俺は何か粗相とか、してないよな?」

 

 

不安だ。この手の場合は大抵酔っ払いは悪ノリをする。まさか皇帝に無礼を働いたとかーーーいや、それは無いと信じたい。

 

 

「うん?特にない……ああ、ジャンヌとクロにセクハラ紛いの事をしでかしてたの以外はな」

「はぁ⁉︎ちょっと待てモード、説明を要求する」

「とは言っても軽く抱きついてた程度だぞ?あいつらも満更じゃ無かった……っておーい、キョーヤ?」

 

モードレッドが座っている側と、その向かい側。二つのシートの境に出来るスペースに鏡夜は両手両膝をついてうな垂れた。

 

 

 

 

 

さて、この絶望はいかにして表現すれば良いだろうか?世界の滅亡?人類史の焼却?いや、それすら生温い。強いて言うならばどうしようも無い闇だろう。正直な所、世界の滅亡も人類史の焼却もどうにか出来そうな範囲の体制が整っているからそこまで怖くは無い。

では、それよりも怖い物とは何なのだろうか。解は一つ。

 

 

「…………え?」

「貴様も圧制者に立ち向かう勇敢なる反逆者の鱗片か」

 

 

想像して欲しい。親しい女友達への謝罪の言葉を考えながら馬車を降りた先に立っていたのがその友人では無くーーー

 

 

「さあ、高らかにその名を謳う時だ。我と共に圧制者を討ち破り、真なる世界を取り戻そうぞ」

 

 

見知らぬ灰色の筋肉ダルマだった絶望を。

 

 

いや、悪徳は絶えない。一瞬にして思考回路が凍結した鏡夜は、こいつは誰だと問う為に仲間を探した。先行しているジャンヌ、クロ、アサシン、あるいは士郎、凛、アルトリア、アーチャー。誰かを見つけんと眼球を回す。そして、その果てに見つけた物がーーー

 

 

「ああもう!可愛い可愛いかーわーいーい‼︎」

「ストップ!ストップですブーディカさん!」

「このっ…!離しなさいよアホ!」

「この態勢じゃ……っ、ザバーニーヤのどれも使えない……」

 

 

何だか百合でも生えてきそうな空間だった絶望を。




おう楽しそうだな店長さんよぉ(アルコール中毒手前+変な夢+二日酔い+筋肉ダルマ)

膝枕役のモーさんについてですが、「オレなら非常事態でもマスター背負って戦える」と言う理由から抜擢されました。決して書けば出るとかそんな類の都市伝説は信じてませんから。



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ガリア奪還への道

お久しぶりです。1月に入っても何故か余裕が無い凡夫です。それもこれも全部ディケイドのせいだ。おのれディケイド。


「しっかしまあ……!」

 

 

鏡夜が悪態を吐いた。

見渡す限りの荒野。倒しても倒しても、増えるスポンジかと突っ込みたくなる勢いで数を増す連合ローマの兵達。そして噂のレフ・ライノールなる者が用意したであろう、骸骨兵や竜牙兵。そして人やサーヴァントの体格の三倍程の巨体を誇るゴーレム生命体。ありとあらゆる魔の手が、彼らの行く先を阻み、体力を奪う。

彼らは連合に奪われたガリアを再び奪い返す為に、そこへ至る森と荒野を歩いていた。しかしどこへ行っても伏兵だらけ。戦闘は避けられない。

 

 

「ああもう!いい加減減りなさいよ‼︎」

 

 

凛が心底鬱陶しそうに叫んだ。左手にルビーを握り、銃の形に整えた右手の人差し指の先からフィンのガンド、それのガトリングを敵兵の腹部へ撃ちつける。

状況は変わらない。いや、前進こそしているのは確信出来るが、戦力非に変化が訪れないのだ。

ガンド弾は人間の兵士へ、元素変換(フォーマルクラフト)の火炎弾は魔物達へ。倒す者は倒し、壊す物は壊す。あくまでその境界を混同しない。

右足を軸に常に身体の角度を変える。刀身の太い大剣を持った骸骨兵は強化した拳で一斃し、弓を持つ竜牙兵は射った矢ごと炎で灰に還す。存外、魔物達が脆かった事に凛は安堵していた。これで鋼鉄の様な耐久力を両立していたら、洒落にもならない。

そうすると、今度は凛に僅かばかりの慢心が生じる。それは人である限り抗えない業。消せない一。そしてその慢心が、ゴーレムの一頭が骸骨兵達を踏み台にして、まるで跳躍航法の如く縮地をしながら詰めて来ていた事に、半径十メートルの半円の中にヤツが入るまで気がつかなかった。

 

ーーーマズイ。

アレ程の巨体に殴られれでもしたら、いくら最大限に強化していても腕は持って行かれる。最悪、貫通ダメージで胴体や首にまでそれが及ぶかも知れない。咄嗟の防衛本能で、凛はガンド弾の生成を中止し、なるべくヤツから距離を取らんと両足に全意識を注いだ。

しかし、周りは敵だらけ。一時退避すら許されない。まるで、彼女に「死ね」と言っているかのように。彼女に逃げるを許さない。

いや、同じくしてそれを許さない者が走る。彼は自らに覆い被さる魔物達を白黒の夫婦剣で捌き、捌き、捌き、その残骸を踏みつけ、凛に迫るゴーレムの背中へ飛び移った。そして、夫婦剣を背中に穿つ。

 

 

投影、開始(トレース・オン)…!」

 

 

即座に、夫婦剣を引き抜く代わりに、替わりを創り出した。それが彼の強み。真に至らない無限の剣。別の夫婦剣の投影に成功した彼はその両刃を合わせ、ゴーレムの右腕を斬り落とした。

着地。ヤツの正面を切り、膝を破壊する。

 

 

「遠坂!」

 

 

破壊を終えた彼は、多少の焦りを見せ始めた凛の名を呼んだ。

 

 

「士郎!」

 

 

思わず優しい表現になった凛は、勢いに任せ魔物達を砕き、士郎の背中へ駆け寄る。そして互いが互いを預けた。

 

 

「士郎、魔力は大丈夫?」

 

 

そう、士郎の魔力は決して多くは無い。あの聖杯戦争から約1年が経過しようとしていても、その絶対量は劇的には変わらないのだ。特に投影を連発すれば、いくら消費量が少ない夫婦剣でもバテが来る。

 

 

「まだ大丈夫だ。ゼルレッチの爺さんから貰った小粒の宝石を連続で飲んでれば十分足りる」

 

 

士郎は夫婦剣干将・莫耶を構え直す。視線をどこにやっても映る魔物達に呆れすら覚えた。しかし、溜息を吐いても数は減らない。

ジリジリと魔物達が二人に距離を詰める。いくら魔力があっても、肝心の体力の方が無ければほぼ意味を成さない。その観点で見れば、士郎と凛には確実に限界が近づいていた。まだ、なのだ。すぐに疲労は訪れる。事実士郎と凛の呼吸も安定を失い始めていた。より多くの酸素を取り入れようと口が、肺が、余分に活動する。二人は奥歯を噛み締めた。

だが、そこへ一筋の星が流れた。

 

 

「こんのっ……、全員まとめてジャガイモの芽と一緒に生ゴミ袋で包んでやらぁ‼︎」

 

 

鏡夜が魔物の波を割いて現れた。彼は一直線に士郎と凛の下へ向かう。骨を蹴り、ゴーレムを殴り、竜牙兵から弓を分捕り。荒々しく、気品さの欠片も無く。

 

 

「おい士郎!何か適当に日本刀造ってくれ!短刀じゃやりにくいったらありゃしない!」

 

 

怒鳴りにも近い大声で士郎へ叫んだ。その声に急かされた士郎は一度干将・莫耶を地面に突き立て、空いた手に設計図を浮かべた。形作ったのは、銘無しの日本刀。

 

 

「鏡夜!」

 

 

それを鏡夜へ投げる。日本刀は弧を描いて鏡夜の手に入れ落ち着いた。彼は口角を釣り上げる。

 

 

「サンキュ、士郎!ここは一つ俺に任せときな!」

 

 

鏡夜は愛用の短刀を腰のホルダーにしまう。そして右足を二歩分前に差し出し、重心を腰に据え、抜刀の構えを作った。

襲いかかるは数多の魔物達。それはまるで全てを飲み込む嵐の様。既にいくつかの魔物は簡素な骨の夢を射ていた。鋭い鏃のそれは鏡夜の真横を行く。髪の毛が何本か落ちた。

一度眼を閉じる。頼るのは聴覚と第六感だけ。余計な視覚情報は潰した。掴むのは足音だ。

「来る」。濃厚な殺気の僅かな移動を掴み取った鏡夜は左足を後ろへ引いた。そして、大剣を携えた骸骨兵が彼に襲いかかる刹那、無銘の銀色の刀身は日の光を浴びて輝き、虚空に白い残像を残して骸骨を一刀の下に斬り伏せ、血を啜る。

 

まず一体。身体を翻し、背後を取った奴を残。視線運動なしに垂直一文字斬り。そのまま一回転し一薙ぎで数体を殺した。

彼を起点にして次々と道が拓かれ始める。息一つ乱れずにその作業を継続出来るのは、彼の本来の在り方故だろうか。

鏡夜のアイコンタクトを受け取った士郎は凛の手を引き、鏡夜を追い抜いて骸骨の海を割る。駆け抜け、一度止まり、凛を立て直し、また走る。

 

 

「アーチャー行け!先にモードとセイバーを行かせてある!その先にあるサーヴァント反応を断ち切っといてくれ!その方が効率が良い!」

 

 

舞う鏡夜の頭上を赤い聖骸布の男が超えた。アーチャーは鏡夜に振り返らず、士郎と凛の後を追う。いや、それは彼なりの礼なのか借りの返しなのか。手持ち無沙汰の左手に造った金の剣を、アーチャーは鏡夜の足元に放り投げた。それを鏡夜は苦笑いしながら拾う。

 

「ヘッ、素直じゃねえヤツ」

 

それだけアーチャーに吐き棄てると、鏡夜はもう一度魔物の群れと向き合った。

 

 

ーー

 

 

時を同じくして、戦場の東でスパルタクスとブーディカもひたすら魔物を壊していた。ブーディカは盾と剣のコンビネーションで確実に、スパルタクスは被虐の誉れを活用し、彼らの周りの七割のその身に引き付け、カウンター。唸る拳が土塊を砕く。

ブーディカはその無謀極まりない戦法に些か頭痛を感じていた。スパルタクスのスキルである狂化EXと被虐の誉れの都合上仕方の無い事なのだが、それにしても「常に最も困難な道を征く」と言う固定思考回路はどうにかならないのか。おかげでこちらはいつ限界を迎えないか気が気でないのだ。

 

 

「ふはは、ふはははは。良いぞ、ここには圧制者の魔手と化した兵が集っている。そして我らには反逆の女王が味方についている。さあ、勝利と自由の凱旋は近いぞ」

 

 

意訳すれば「この調子でローマ連合の兵士達を倒して行こう。大丈夫だ、我らにはブーディカがいる」と言った所だろうか。

 

 

「今はそんな事良いから!スパルタクス!とっととやっちゃうよ!」

「反逆の女王の一声は我らを鼓舞する歌なり。さあ、魔手共よ!覚悟を決めよ!」

 

 

スパルタクスの拳が、脚が、より重く早くなる。鼻と口から蒸気の様な息を漏らし、暴走する機関車の如く。寄せ来る敵を圧倒する。そしてその隣を、馬に乗ったネロが走り抜けた。

 

 

「ブーディカ!スパルタクス!ここは任せたぞ!」

 

 

そう言われては火を付けざるを得ない。ブーディカは視線でネロを見送った後、一呼吸を吐いて、もう一度魔物の犇く海原の如き戦場へ身を投じた。

 

 

その向こうには男が待っている。

 

 

 




次回!赤セイバー集結!(全員可愛いとは言っていない)



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願いの対峙

式さん引いたぜうぇぇぇぇぇい‼︎(狂喜乱舞)



「はぁ……、はぁ…」

 

 

鏡夜は日本刀の柄を咥え、空いた手で左胸に手を当てた。別段痛みや持病がある訳でも無い。しかし何故か、心臓を抑えると言う行為で気を紛らわせたかった。自分を安心させたかった。

 

───何だこの感覚

 

ひたすら気持ちが悪かった、苦しかった。何かが自分の中に入り、奥底にある禁忌を刺激する。それに引っ張られる様に、自分でも分かる程思考回路が滅茶滅茶になっていた。「なるべく敵兵を殺さない様にしよう」と言い出したのは自分のはずなのに、今ではそれを破ろうとしている自分がいる。敵兵の命がどうでもよくなっている。この自分が自分なくなる様な感覚がひたすら嫌だった。

日本刀を手に取り、後めたいものを振り払う様に怪物へ剣を振り続ける。直線移動で自分を捉える矢を墜とし、日本刀と西洋剣の交互の斬撃。狙うのは肩や膝などの局部。一々破壊していたらキリが無い。

それでも、自分を押す衝動は消えない。いや、秒を刻む毎に強くなっている様に感じる。唐竹、上から下の斬撃。骨を砕く。すかさず両手を外に押し出す形で剣を振る。水平斬。接近していた骨を壊す。両腕を胴体の正面に戻し並行突。同時に眼前の骨を潰す。

 

「ようやく目に見えて数が減って来たな……。よし、クロ‼︎」

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

「よく来たな」

 

 

士郎、凛と先で合流したアルトリア、モードレッド、アーチャー、そしてネロを待ち受けていたのは一人の剣士だった。体格はふくよか、しかし放つ気は間違い無く高貴な人間のそれ。所謂皇帝の風格。

彼の背後には無数の兵士達が直立不動の姿勢を保っている。仕掛けて来ないと言うのは彼にそう命令されたからだろうか。それにしても、不気味だ。

彼はーー武装からセイバーだろうーー士郎達一人一人を観察する様な眼で見る。特にアルトリアとモードレッド、ネロをみるときの眼の光は強かった。前者二人は同クラスのライバル心か。ならば後者は自分の跡継ぎに当たるであろう彼女を本格的に"鑑定"しているのかも知れない。

 

 

「私の名はガイウス・ユリウス・カエサル。この名に覚えはあるな?赤い女───今代の皇帝よ」

 

 

士郎と凛は戦慄を覚えた。ガイウス・ユリウス・カエサル。古代ローマ最大の英雄の一人。皇帝の地位が発足する以前にローマを支配した扇動の天才。ヴィーナスの末裔。

いやしかし、その様な大英雄にも等しい英霊が立ち塞がるとは。指揮が本分とは聞くが、おそらくは武芸にも優れているはずだ。アルトリア、モードレッド、アーチャーの三名で掛かればそれ程苦戦はしないだろうが、それを背後の山の数の兵士達が許す訳が無い。彼らはカエサルの為なら喜んで特攻を仕掛けて来るだろう。いくらアルトリア達でもある種の強化が施された無数の兵士を相手取るのは厳しい。おまけに良心からの殺傷制限もかけているのだ。尚更だろう。

アルトリアはネロに視線を流す。不敵な彼女でもこれは堪えたのか、思い詰めた表情を見せている。そんな彼女を汲んでか、アーチャーが口を開いた。

 

 

「ガイウス・ユリウス・カエサルよ。貴様はローマの皇帝だった人物だ。何故その者が他でも無いローマに牙を剥く?」

 

 

尤もだ。彼らは連合ローマを名乗っているが真のローマはこちらである事は不動。寧ろ彼らはローマを騙る侵略者。あの土地を踏み躙る悪徳だ。そんな者に何故か皇帝が加担するのか。

カエサルは答えを返す。それはサーヴァントとしてなら当然な理由だった。

 

「私も聖杯が欲しいのでな。それだけだ」

 

すると、ネロが首を上げた。

 

「たったそれだけで裏切るか。良いだろう、ガイウス・ユリウス・カエサル。貴様は余の……ローマの敵だ!」

 

 

ネロは許せなかった。仮にもローマを統べた人物が私欲に囚われローマを蹂躙する姿勢が。そう、"それだけで"ネロがカエサルを敵とみなすには十分だ。もう何も感じ無い。恐れも無い。奴は"統治者ガイウス・ユリウス・カエサルの姿をした悪魔"だ。

カエサルはふぅんと声を漏らした。その無意識の呟きには嘲笑などは無く、寧ろ感心などが含まれている様に思えた。

 

「よく言った今代の皇帝。そうだ、名を名乗ってみろ。後ろに控えるお前達もな」

「ネロ・クラウディウス。それが余の名前だ」

 

高らかにネロが名乗る。士郎達がそれに続く。

 

「アルトリア・ペンドラゴンだ」

「オレはモードレッド」

「私に銘は無い。強いて名乗るなら……エミヤ」

「俺は士郎、衛宮士郎」

「遠坂凛よ」

 

覚悟の決まった眼でカエサルを見る。

 

「ふむ、エミヤ、エミヤシロウ、トオサカリン……珍しい響きだな。異国の者か。まあ良い。ではエミヤ…ややこしいな、アーチャーか。モードレッド、エミヤシロウとトオサカリンには後ろの者達の相手をして貰おう。二人はかかって来い」

カエサルの兵達が雄叫びを上げる。士郎は干将・莫耶を、アーチャーは黒塗の弓と螺旋の矢を投影。凛はポケットから宝石を取り出す。

 

「では始めようか今代の皇帝。そして異国の王よ。同じ統治者として剣を交えよう」

 

大地に突き立ていた黄金の剣を引き抜き、カエサルはアルトリアとネロを見据えた。

 

 

ーーー

 

 

───強い

 

騎士王であるアルトリアと、皇帝であるネロをして、カエサルはその様な評価を受けていた。

既に剣戟を交えてから数十分が経過しているが、二対一と言う差を持ってしても、未だカエサルを倒すまでには至っていなかった。

 

サーヴァントであるアルトリアはともかく、まだ人の身であるネロには体力の減少が見える。悟らせまいと背筋を伸ばしているが、その顔には苦悶があった。

 

 

ネロには誇りがある。それにかけて、ローマを裏切った統治者擬きを立たせている訳にはいかなかった。

息を深く吸う。自らが鍛え上げた深紅の剣を握り、右足で大地を踏みしめて駆け出した。

跳躍。原初の火を自身と垂直になる様に構え、それを落下速度の後押しを乗せて突き出した。その様は牙の如く。切先はカエサルの腹を捉えている。

命中の直前。カエサルは跳んだ。

 

行き場を失った原初の火は大地を抉った。手ごたえの無さをネロは認める。

 

「まだやれるか。人の身でありながら中々にやる」

「後ろかっ!」

 

即座に視線を後方へ移す。高く跳んだカエサルは獰猛な視線をネロへと固定し、剣を両手で持った。

 

「ここは私に!」

 

迎撃か回避かの判断を迫られていたネロの隣を、アルトリアが駆け抜ける。

風王結界。聖剣を隠す風の結界。それは間合いを測らせない事にも貢献する。アルトリアは透明と化している星の聖剣を持って、カエサルの黄金剣を叩いた。

 

硬い金属同士の衝突音が耳を穿つ。忌々しげなカエサルとは対照的に、アルトリアは僅かな安堵を覚えていた。

両者は着地。アルトリアはネロの手を引き後退した。

 

「しかし厄介だな、その得物。アルトリア・ペンドラゴンと言ったな?その得物……剣か?槍か?」

 

カエサルもアルトリアがセイバーだとは見抜いているが、それのみで彼女の得物を剣と断定する真似はしなかった。何事にも例外はある。例えば弓兵(アーチャー)を名乗っておきながら主兵装が双剣の男とか。

 

「どうかな?剣かも知れないし、槍かもしれ知れないし、斧かも知れない」

「面倒な得物を誇るセイバーだ」

 

そう吐いたカエサルは、狙いをアルトリアに迫撃をかけた。

 

風の結界と黄金の剣が拮抗する。得物同士の格ではアルトリアが勝っているが、ステータス面ではカエサルに軍配が上がる。その両者の差し引きの結果、アルトリアがカエサルを圧倒する事もその逆も無く、互いの剣は押しては押されを繰り返していた。

そこへ割り込むのはネロだ。星の聖剣エクスカリバー、黄金の剣クロケア・モルスと比較すると劣るが、それでも携える原初の火は一級品以外の何者でも無い。カエサルの真横を支配し、赤き切先でその横腹を斬った。

 

「ぬ…ぅ!」

 

流れがアルトリアに傾く。バランスを崩した黄金の剣は聖剣に押し負け、護るべき主への道を開けてしまった。

 

そこへ、アルトリアとネロの渾身の一撃───無駄無き唐竹割りの一手が刻まれた。

 

 

歩兵達の咆哮が響く戦場。未だ、天秤は揺れている。




こんにちは。忘れた頃に蘇る私です。

やっぱりアニメとかの参考資料が無いとGO初登場キャラを動かすのは難しいですね。カエサルを汎用モーションにした運営は絶許。

vsカエサル戦は後半に続きます。それではまた次回にお会いしましょう。


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黄金劇場は蕩う

カエサルの服が裂け、二つの黄金の剣により刻まれた傷から血が流れる。その顔は苦痛に。致命傷にも匹敵する裂傷は初めてカエサルに焦燥と敗北の危機を抱かせた。

 

対するアルトリアとネロも疲弊している。彼女達にもダメージはあるが、それはカエサルの物程では無い。しかし、一点に立ち迎撃するカエサルとは違い、挟み撃ちなどで縦横にこの場を駆けた二人には疲れがある。

 

アルトリアもカエサルも考える。これ以上の長期戦は避けるべきだと。総合的判断では、戦況はほぼ五分五分。この先は疲労度は傷の大きさ、運が勝負に絡む。女神の子孫であるカエサルはその運を味方に出来る自信があるが、傷は別だ。既に付けられた傷は魔術的な処置を施さなければ塞がることは無い。しかし、カエサルに魔術の心得は殆ど無い。

アルトリアは騎士王であり、竜の因子を埋め込まれた人造の救国主である。そして最優の名に恥じぬ能力を持っている。しかし、どうにもこの先の延長戦を制する自身は無かった。

 

では、どうするか。しかしアルトリアにはこれ以上隠している得物は無い。結界で誤魔化している剣のリーチも、その大体は既に悟られているだろう。おそらくもう挟み撃ちは通用しない。

 

ならば。解放するしかない。この聖剣を。星の威光を。

 

「ネロ、今から私は宝具を解放します」

「うむ……うむ?宝具、とは?」

「簡単に言えば必殺技の様な物です。私の場合剣からビームが出ます」

 

真面目に説明しているはずなのに、どこか違和感を感じる。掻い摘むと言うのも都合の良いばかりでは無い。

 

(彼の宝具が何なのか……それだけが問題ですね。ジャンヌが居てくれれば…)

 

アルトリアは思考する。仮にカエサルの方が自身の物と同じ、魔力の増幅・解放型の場合。ビーム同士が拮抗すれば、ネロや近くで雑兵を相手にしている士郎達にも被害が及ぶ。それに下手をしたら連合兵を殺してしまうかも知れない。そればかりは、アルトリアは避けたかった。

 

「ふむ、ふむ…。どうやら互いの宝具を解放する時が来たな、セイバーよ」

「……ええ。これ以上の戦闘はお互いリスクがある。決着を付けましょう、カエサル」

 

互いが、誇りである黄金の剣を構え直す。睥睨するは眼前のセイバー。

 

だがそこへ、待ったをかける者が一人。

 

「待てい!アルトリア。その役目、余が務めよう!」

「……はい?」

「ほう」

 

アルトリアを遮り、ネロがその前に躍り出た。その様子をカエサルは興味深く見つめる。

呆気に取られたアルトリアだが、どうにかネロの肩を掴む事に成功した。待て、彼女は人間。確かにネロの身体能力には目を見張る物があるが、それでも生身の人間が宝具を捌けるはずは無い。

 

「すまぬアルトリア。やはり皇帝としての職務だ。反逆者はこの手で断つ」

「しかしネロ。貴女は人間だ。宝具に立ち向かえるなんて…」

「うむ。その宝具とやらの原理はよく分からんが、余も必殺技は持っておるぞ」

「……え?」

 

意味が、理解出来ない。

 

「ある日突然な。こう、ピカってしてズバッとなる凄い技なのだ。だから安心して余に任せるが良い」

 

自信満々に言い切ったネロは一度瞳を閉じ、深く息を吸った。その姿はとても美しく。まるで一枚の絵の様。

ある種の瞑想とも取れるその動作の直後。ネロの周りのマナが弾け、小さな火花となって、原初の火に収束し始めた。轟音を立て刀身が燃え、酸素を吸って盛る。

 

「悪いがもう少し待って貰うぞ、統治者よ。この決着にふさわしい場所を用意しよう」

「ふさわし場所、とな」

「その通り。…よく分からぬがこれの展開には台詞が必要でな。では───」

 

剣を持たない左手でハンドスナップ。

 

「我が才を見よ!万雷の喝采を聞け!座して称えるが良い!黄金の劇場を‼︎」

 

 

ーーーー

 

「ん……?」

骨と魔獣の残骸で築いた屍山の上に座していた鏡夜は、遠くの方で何か強い力と違和感を感じた。言葉にするなら、あってはいけない物が降臨した様な。

ともかく、休憩している場合では無かった。まずは鏡を展開。それを先行させ偵察を行う。こうした都合の良い応用が利くから、鏡夜は祖母から貰ったこれを未だ使い続けていた。本当、便利過ぎる。

 

「どうかしました?」

「ああ。ちょっと向こうの方でな。……陛下がやらかしてなければ良いが…」

 

脳裏にはあの皇帝の笑顔が浮かぶ。何やらこの違和感の元凶が彼女である気がしてたまらなくなった鏡夜は、ひたすらそうで無い事を祈った。実際はそうなのだが。

 

「と、そろそろ行こうか。ジャンヌとアサシン、ブーディカさんやスパルタクスさん回収してな」

「えー、私疲れてるのだけれど。後三十分は休みましょう。主もそれを推奨しています」

「嘘吐くな。お前の啓示スキル死んでるだろうが。ともかく急ぐぞ」

「おんぶ」

「言うと思ったよ非常に。よ…っと!」

「むふー」

 

何だかんだでクロには甘い鏡夜であった。

 

 

ーー

 

カエサルの宝具は、不可視に近い無数の連撃。黄金剣クロケアモルスと自身の真価を最大にまで解放する物。アルトリアとネロは知る由も無いが、それか発動された後に剣戟の間合いにまでカエサルを入れてしまうと、もう防ぐ手段は無い。

対するネロの必殺技とは、そう。この黄金劇場の後押しを受け、神速の域で敵を一刀両断すると言う物。至ってシンプルだが、上手くいけばカエサルの宝具すら無効化する事が出来るだろう。その全てはネロにかかっている。

 

両者は構える。今、この場に名は必要無い。かつての統治者か、いまの皇帝か。

支配者は二人も要らぬ。暴君であろうと名君であろうと、国を統べる役目を担うのは一人。故に、その器たる者が揃うこの状況は異端であり、どちらかの死を以て修正せねばならない案件だった。

 

クロケアモルスは鋭い輝きを、原初の炎はまるでネロの魂の奮起と同調するかの如く燃えている。

 

「行くぞ統治者」

「来い、皇帝よ」

 

先に踏み出したのは、ネロだった。

 

右足で加速。左足で踏み切り、床の上を水平移動。そしてネロがカエサルに距離を詰める毎秒ごとに、黄金劇場の壁は脈動する。

 

それを迎撃するのはカエサル。彼もまた床を蹴って速度を得、クロケアモルスを縦に振り被って業を成さんとする。

 

黄の死(クロケア・モース)…!」

 

僅かにカエサルは跳躍した。刹那刹那に、二人の距離が消滅する。そしてカエサルの剣が、その切先が、ネロを獲物として捉えた。

 

童女謳う(ラウス・セント)…」

 

だがそれすら、今のネロには見えていた。二段階目の解放をワンテンポ遅らせたのもその為。奴に勝ちを確信させ、油断と隙作る───

 

華の帝政(クラウディウス)‼︎」

 

ネロは今の皇帝。カエサルはかつての統治者。そしてカエサルは今、まさに反逆者であり、ネロは過去を継いだ者。彼女がローマの皇帝として、その役割から逃げぬ限りは。

 

「が…、っ!」

 

ネロに敗北は訪れない。

 

ーー

 

 

「ネロ!」

「おお!アルトリア!余の活躍、しかとその目に刻み付けたか?」

「色々衝撃的過ぎて度肝を抜かれましたが、はい。確かに貴女の勝利を私は知っている」

 

アルトリアとネロは握手を交わした。カエサルの敗北は、即ちガリアの奪還と同義。この瞬間、ネロは欠けた本来のローマを一部再生させたのだ。

 

「さて、カエサル。一つ聞きたい事があります」

「…良いだろう。手短にな。長くはない」

 

今にも、彼は消えかかっている。その様子はネロの見せた必殺技と言う奴の威力を物語っていた。

 

「聖杯の在り方は?」

「やはりそう来るか…。連合ローマの宮廷魔術師が持っている」

「その魔術師の名はレフ・ライノールで間違い無いな?」

 

空の方から声が聞こえた。見上げると、そこにはいくつかの飛行物体。

そこから鏡夜が飛び降りる。成る程、この飛行物体は彼の鏡だったのか。そう言えばフランスの時に飛ばしまくっていたな、とアルトリアは回想した。こんな風に人を運んだり、幻想種の魔力を反射したり、サーヴァントの宝具を吸い取ったりするのだから、あの鏡の正体に興味が尽きない。

 

「…⁉︎知っているのか、男」

「これても情報収集には自信があってね」

 

(まあ、頑張るのは大師父の爺さんだけど)

 

「聖杯、か。今回は諦めるとしよう」

「欲しかったのか?聖杯」

「少しな……。いや、もう何も言うまい。次の機会を眈々と狙うだけだ」

 

そう言い残し、カエサルの身は風に溶けた。また一人英霊が散る。しかし英霊の死が人理の救済に繋がるのだから、これ以上皮肉な事は無いだろう。

背後の方より気配がする。視界をそこへ映せば、士郎達の姿が確定出来た。どうやらあの兵の山を越えた様だ。少しばかり外傷が認められる。鏡夜は術式を展開し、士郎達の治療を開始した。

 

 

 

「ところで鏡夜君」

「ん?どうした?」

「レフ・ライノールとは?」

「あ……完全に説明するの忘れてた」

 

まあ、そうなるだろう。




お久しぶりです。約一ヶ月振りの投稿。お待たせ致しました。

難産でした。何回目だよと言う突っ込みは出来ればご遠慮下さいませ……。
元々今回のカエサル突破はアルトリアが謎補正でロンゴミ持ち出して───となる予定でした。しかし投稿直前に「そう言えばアルトリアってセイバーだよね」と根本的な事を思い出し急遽変更。本家読み直している時にネロの魔力云々と言う点を発見し再構成。そんな感じです。

赤ちゃまの黄金劇場につきましては、ぶっちゃけると孔明状態です。細かい事は後々店長とエミヤんが言及するのでそれまでお待ち下さい。

次回はvsステンノ様(ステンノが戦うとは言っていない)
それではまたお会いしましょう



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古き神の謎

イスカ様は……ッ!まだ諦めがつく…。でもッ!黒ジャンヌだけは負けたくなかった!なかったのに!

負けました。




どうしても困った時はこれを使いなさい。

 

ただし一度開けたら最後。君はある契約に縛られる。

 

大丈夫、かなり重たいけど魂を喰われる訳じゃあない。

 

良いかい?この鏡は前に渡したのとはまるっきり別物だ。開封すれば君は全知に至る。

 

この鏡の名前は───

 

 

 

───何だか無性にイライラする。

 

別にこれと言った事は起きていない。カエサルはセイバーと陛下が倒したし、ほかのみんなも上手く回収出来たし、ローマ軍に被害こそあれどガリアの奪還にもかかわら成功出来た。好い事尽くしで特異点修正も順調だ。順調なはずなのに。何故かどうもハラワタが煮えて落ち着かない。

現在地は何処かの森の中。ローマへの帰路の途中だ。イライラの原因は長旅で二日程風呂に入れてないからだろうか。いや、そんなことは無いだろう。

 

試しにジャンヌの頭を撫でたり、クロの頬を突いてみたり、アサシンにいい子いい子したが全くもって……苛立ちは消えなかった。

 

「おや?何だか難しい顔をしてるね、青年」

「ブーディカさん…。いえ、何かイライラして止まらないんですよね。悪い事なんて無かったのに」

 

例えるならそう、嫌いな奴と同じ閉鎖空間に閉じ込められた的な感情だ。ぶつける先も解決策も無いからタチが悪い。

 

「うーん……どうしたんだろうね?何かしら原因があるはずなんだけど…」

「それがぜんぜん思い付かないんですよねぇ。ジャンヌ達を弄ってもどうにもなら───」

「我が同胞達よ!先程薔薇の皇帝が新たなる旅立ちの可能性を発見したぞ!」

 

そこへやって来たスパルタクスことスパさん。この発言を要約すれば「何やら陛下が興味深い話を聞いてきたそうだ」になるはず。

相も変わらず難しい言い回しだが、慣れるとこれがすんなり理解出来たりするから不思議だ。とりあえず、その興味深い話の概要を聞いてみよう。

 

「それは?」

「古き神の話だ。妨げられし民衆達がその眼に捉えたそうだ。神を」

「神…!」

 

そのワードが頭の中できちんと処理された瞬間、俺は何だかその「神」がこの感情の原因だと理解した。

身体を反対の方角に返し、近くの畔で休んでいる陛下の下を目指す。その古き神とやらは、放って置いてはいけない感じがするんだ。

 

 

ーーー

 

 

神。それはこの人間界よりも高次の世界に住む、人知を超え世界そのものを創り上げた存在。一部は星座となり今も我々を見守っている。

神、神霊。それは人間世界に在ってはならないモノ。いついかなる時も、神代が終焉を迎えたこの時代になって神は現れてはいけない。神は神話を記した活字の中でのみ、我々にその姿を示さなければならない。それはある種宇宙の法則。高次ならではの枷。

 

もし古き神が本当に神霊に属する存在ならば、我々は然るべき手段を持ってお帰り願う必要がある。元より人理定礎の焼却で不安定と化したこの世界に神霊は毒だ。それは生物濃縮に近い。いずれ更にこの混乱を増長させるだろう。今はまだ薄い毒でも。

 

だからこそ俺達は今すぐその神が実在するのかを確かに行く必要がある。そう、これも定礎修復の一つ。一つなんだ。俺達がクリアすべき課題の一つ……。

 

「あー、ダメ。いくら取り繕っても私情が湧くなあ。好奇心の強い陛下を上手く扇動した罪悪感が…」

 

ネロ・クラウディウスは非常に好奇心が強い人物だ。先程も「神霊に会える機会なんて五回生まれ変わっても無いだろう」と言ってみたら直ぐに帰還を取り止めてくれた。そうして今は近くの海より周辺の島の捜索を行っている。船はその辺りにいた漁師の人達から借りた。

 

本当にごめんなさい。

 

「難しい顔をしているな、鏡夜」

「眉間に皺を寄せたくもなる。陛下を唆したんだぜ。それに…」

「神霊、か」

 

頭を抱えたくなる異常事態だ。神霊の召喚。あるいは自力での降臨。前者なら誰が何の為に、後者ならその神霊は如何なる意図を持って。検討もつかない。

捜索開始から既に数時間が経過した。しかし証言が増えた意外には進歩は無い。つまりそれだけ存在する確率が上昇したと言う事だ。そして俺の苛立ちの増幅。居る、と断言しても良いだろう。

 

ならばそれを如何にして見つけるか、だ。不幸にもこの一帯の海は広い。モーターボートでもあれば話は別だが、ここは一世紀ローマ。そもそもファミコンすら無い世界だ。モーターボートは夢のまた夢どころか世界の果て。

アーチャーも士郎も流石に小型艇の投影は不可能。ガワだけならどうにかなるらしいが……いっその事セイバーの魔力放出を応用して魔力ジェット艇でも作るかべきか。

 

何その起動後三秒で転覆しそうなブツ。と自分に突っ込んでどうでも良い思考を閉じた。

 

「千里眼の範囲にはそれらしい影は無いな」

「魔力反応も無し。上手い事隠してるな。何企んでやがる…」

 

見つけるのは至難の技か。やれやれ、また風呂が遠のきそうだ。

 

 

『どうしても困った時はこれを使いなさい』

 

……待て。何故思い出した。

 

『開ければ全知。開ければ契約。ただし既に効果の一部は適用済みっと』

 

どくん、と心臓が強く跳ね、体温が急激に低下した様な感覚に襲われる。甘ったるいあの声が、脳細胞の中で反復される。

祖母は昔、俺が一族に嫌気が差して家出をする時。俺に知識のあらゆるを授けてくれた。その時に証として与えられたのが、この「鏡」夜と言う名前。

誰かによって磨かれ、その誰かの為に能力を振るい、そしてまた誰かの為になる。常にその中に曇りは赦されず、割れる事も認められない。それが鏡。光を吸収し、あるいは反射し、そこに在り続ける。

だが鏡にはもう一つ仕事がある。神秘の薄れた近代では忘却の彼方に葬られた、最後の仕事が。

女王卑弥呼が鏡を大事にした事実。それとは別に閻魔大王が裁きに鏡を使う理由。

 

『鏡は真実を映し出す物』

 

おそらく俺の名前には前者の「ヒトを照らす道具」では無く後者、「真実を観る者」の意味が込められている。だからあの時祖母は、ばーちゃんはあの鏡を俺に託したんだ。空白鏡夜三番目の鏡。封印していた真実の装置。

正直、こいつの封印を解くのは嫌だ。これは真実を観るとは名ばかりのプライバシー侵害マシーン。真実どころかヒトの心の中さえも観てしまう礼装だ。厄介な事に解読と記録はこちら俺の意思を無視する。俺がこの鏡に下せる命令は読み取り対処の指定と真実の伝達の是非。覗き見は止まらない。

 

「すまんアーチャー、赦してくれ」

「何をだ?」

 

だけど、思い出してしまった。その誘惑は払えない。俺の理性の八割を占める拒絶の意思とは裏腹に、この右手は既にあの鏡を開いていた。

 

 

「全部」

 

 

 

 

「それにしても凄いですね!お手柄ですよ鏡夜君!」

 

彼等が探し当てたのは浜辺より約四十キロメートル程にある、中規模の無人島。数多のローマ兵やサーヴァントと共に、一行は神の居所を掴んだ。

 

「ウチのマスターがどんどん人間離れして行く件……」

「それは言わねえ約束だぜアサシン。つーか、こいつがただの人間だったら今頃世界はどうなってやがるんだ」

 

その発見には一人の男の覚悟が基なのだが。

 

(あれ……、鏡夜の左眼が金色に…?私とお揃いだ)

 

「平和なんじゃない?俺、戦争好きじゃないし」

 

その顔に喜びは無く。むしろ陰が落とされていた。

 

 

ーーー

 

 

 

「───キハッ、キハハ!キハハハハ!はーい私の勝ちー!いつだってキョウちゃんは私の期待を裏切らないんだよー」

「ふむ……。ところでで鏡の坊主は知っているのか?」

「何をさ?」

「あの鏡の代償。坊主を縛る永遠の呪いの内容を」

 

翁が問う。女は笑う。

 

「知らないと思うよ」

「……何?」

「でもあの子は賢いからね。きっと本能的には理解しているはずさ。あの鏡がどんな伝承骨子で組み上がってるのか。そしてその対価は何なのか。ホーント、良く出来た子だよ」

 

女はクルクルと自分の前髪を弄る。手入れにはそれなりの気を遣っていた。自分で触っても違和感が無い。

 

「だから選んだんだけどさ。何よりも悪徳に敏感で、それでいて最終的には許容し、熱くて冷めてる矛盾の塊みたいな存在。五百年経っても変わらない眼光で私を見て───ってゴメンゴメン。語り過ぎたね」

 

翁の硬い表情を視界に収めながら、女は嬉々として孫の事を語る。

 

「ま、そんな所。それじゃあ私は帰るね。色々調整溜まってるからさ。次はキョウちゃん達がローマから帰って来た辺りに来るとするよ」

「把握した。気に入る茶請けを用意しておこう」

 

身軽い動作で椅子から降りた女は、最後に翁に向かって頭を下げた。

 




(一ヶ月経ってないからセーフ)

ところで話は540度ぐらい変わりますが、劇場遊☆戯☆王見てきました。最高でした。もう二回ぐらい観に行くつもりです。

店長変異フラグ登場。実はさっさと覚醒させた方が展開速く出来そうだったりするので、するか否かで葛藤中。

それではまた次回にお会いしましょう。


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