魔法が無いので剣や素手で異世界謳歌 (α+#)
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プロローグ
プロローグ


現在は午後5時30分。

陽は刻々とゆっくりだが確かに西の果てへと沈み始めていた。

そんな中、俺と俺の親友の岐手裕太

きてゆうた

は高校の帰りにすぐ近くにある銭湯へと歩みを進めていた。

 

「はぁ――っ。今日も体育祭の準備疲れたなー。」

 

この肩にだらしなく学校鞄

がっこうかばん

をぶら下げ、薄暗い空に両手を上げて息抜きをしている奴が俺と幼稚園時代からの長い付き合いの親友――岐手裕太だ。

 

「まぁな。特に俺なんか学校で最速だからってリレーと障害物競争に駆り出されているんだ。理不尽にもほどがあるだろうよ......はぁ。」

「落ち込むなって(笑)運動神経抜群、成績優秀とか、もうお前の時代じゃん! くっ、羨ましいことこの上ない」

「そんな事言われても全部俺の親父のせいだろ? 朝は4時から6時までランニングして、6時から7時まで勉強。家に帰ったらなぜか親父とジムに行かされるわ。そんで帰ったと思ったら宿題やらされるんだぞ?もう俺の人生つまんなさすぎるだろ。」

「あはは......。あの親父さんには何も言えねぇからなぁ。何回聞いてもチビりそうになるな(笑)」

 

そんな何ともない、いつもの会話を交わしていると目的地の銭湯へと辿り着いた。

銭湯はいつものように正面入り口には藍色の生地の暖簾

のれん

の中に白く三文字で『ご苦労』と書いてある。俺はこれを見て「変わんねぇなぁ......」と安心感を噛み締める。

その暖簾を潜ると少し奥に受付がある。そこには眼鏡をかけ、実はカツラを被っている馴染みのある爺さんがいつものように、1mほどの椅子

いす

に腰掛けただずんでいた。

関係ないのだが、小学4年生の時に爺さんのカツラが取れる瞬間を見てしまった。

 

「よお、お前達。今日も来てくれたんか。ありがとな。」

「ここは学校の疲れを癒す娯楽の場だからな。」

「お前は素直じゃないなぁ。こういう時は爺さんの顔を見に来た、ってだけで十分だろ?」

「裕太の言っている意味が俺には分からん。まぁいい。んじゃ200円な。」

「ふぁふぁふぁ。仲が良いのう。それじゃあゆっくりしていきな。」

「「おう」」

 

俺達は財布から200円を取り出し、爺さんに渡して受付と対照的に置かれている靴置きに靴を入れて中に入る

入るとすぐ右の方にロッカーが設置されており、16人分の荷物を置いておくことが可能である。高さは俺の身長が175cmでロッカーが首元にあるので160cm位だろうか。昔は高いと感じていたが思えば追い越している。

そして、手慣れた仕草で『1』と書いてある番号の中に鞄をいれ、裕太も入れ終えたのを確認し脱衣室へと入る。

 

「そういえばこの銭湯に来始めて6年経つよなぁ。」

「確かにな。小4の時、裕太が俺と遊んでる時にすっ転んで泣いているとこを爺さんに助けてもらったんだっけな。」

「あぁ、そんなこともあったっけ(笑)爺さんもあの時はまだ若々しくて泣いている俺に『男が泣くんじゃない。痛いなら風呂入ってきな』って言って入ったんだなぁ......」

「そうだな。んじゃ先に入ってるからな。」

「あ、ちょっと待てよーっ」

 

思い出話に花が咲きそうなので早期撤回をした。

後ろから慌てて脱衣室に置かれている小さい方のタオルを腰に回して追いかけて来る裕太とは別に少しだがいつもは女性客は来ていないはずの女風呂の方から誰かの気配を感じ取ったが、気のせいだろうとあまり気には止めず入り口にかがげてある小さめの暖簾

のれん

とは別に俺は浴槽入り口の暖簾は2mはありそうな大きさのサイズである暖簾を潜った刹那――俺は床に足を滑らせ、コケたかと思うと時間がゆっくりとだが確かに流れていた。

 

――なんだ……これ……

 

俺は走馬灯の様にゆっくりと時間は流れるがそこに映るのは過去ではなく、現在である。

そして銭湯の天井が刻々と俺が通った暖簾

のれん

の方へ静かに向かっている。

不思議な感覚に落ちる俺は死の恐怖を感じ取り急に全身が強張り、鳥肌をたて毛穴という毛穴が開く。

 

――俺は死ぬのか……? 親父には会えず、母の墓参りにすら出来ず。そして裕太の目の前で死んでしまうのか…?

 

そんな思考に至ったが本

は聞こえるはずもない声が脳裏の聞こえた。

その声は何者の声でもない。女でも男でもないそれはただそこにあるかのように響いていた。

 

――何も考えるな。目を閉じてその時を待て。死ぬ訳ではない。

 

――――――。



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第一章 《異世界という名の別次元》
《Ⅰ話》 異世界での特訓は最強への道程


――何も考えるな。目を閉じてその時を待て。死ぬ訳ではない。

 

――――――。

 

◆ ◇ ◆

 

 俺は御浜《みはま》アント。高2って言いたいところだが今は高校には行けていない。

理由は……。

 3ヶ月前の奇異的現象により地球とは別の……言わば異世界? に来てしまった。

 

「おいアントッッッ!! なに訓練サボってんだい!」

「なんだよ。少し休んでただけだろ? いいじゃんか」

「お前の愚痴は聞いてない! ほらあと1378回!」

 

はぁ……。今思えば何でこんな事やってんだろうな。

 

 まぁ説明すると、俺は3ヶ月前にここ、裏の世界(back world)―と俺が呼んでいる―場所に突然転移されてしまった。

 俺が最初ここに着いた時は大樹が覆い茂った森の奥深くに仰向けで倒れていた。

どこかもわからない場所に俺は訳分からずに2日も何も食わず彷徨《うろつ》いていたところを魔女《ばばあ》に拾われた。

 魔女だから最初は魔法が使えんのか? って思ったりもしたがここの世界には魔法が無いのだという。

 そして、魔女の家に付いて行き飯を1口食った刹那――、魔女の弟子にされてここ3ヶ月鬼の様な訓練メニューと奴隷生活をずっとやっている。

メニューと奴隷生活はというと……

 

 

 朝5時起床。

 目覚めたらすぐに大きな樽を持って近く―といっても2キロあるのだが―の川で全身を洗い、終わったら樽に30キロという量の水を入れて6時までに帰宅。遅れたら色々とヤバイ。

 そして家に着くともう飯が用意されているので食べる。

食べ終えると、12時まで15キロの鉄剣の素振り2000回。これまたキツイ。

 それを終えると次は食料集め。この森を出た所に『ドラゴン』『鬼オーク』『蜜蛇』など色々なモンスター達が生息する丘がある。

 そのモンスターを出来る限り倒して―なぜか粒子分解する―出てきたドロップアイテムに食料があるので拾い、3時までに帰宅。

 帰宅すれば次は魔女との取っ組み合いが始まる。だが、最初は触れることさえ出来なかった俺が最近では魔女と同等にやり合えている事に気づいてきた。

 暗くなると朝、樽に汲んできた水を適温になるまで温めて風呂に入る―魔女が入った後だが―。

 入り終えると飯が用意されているので今日の復習と共に魔女と話し合う。

そして8時に就寝に着く。

 

 

 というような事をやっている訳だが、これを3ヶ月もやっているうちにキツイと思っていた事がいつの間にか日常と感じてきて普通にこなしている。

 慣れるのが早いかと言えばそうなるがこれは慣れではなく理解だろうと俺は思う。混乱はあまりしないタイプなのですぐに馴染めれた。

 俺を拾って面倒を見てくれた魔女には本当に感謝をしている。厳しいメニューも何かと役に立つかもしれないからな。

 そんなこんなで3ヶ月も過ぎた頃。

 

「もうすぐで終わりだよ。ほら頑張りな」

 

シュッシュッシュッシュッ……。

 

「うっしゃ終わった――!!」

「もう見事にこなしてきてるねぇ。最初は馬鹿みたいに『しぬーー!!』『腕がぁーー!!』『もうだめだぁー!!』とかほざいてたガキがもう余裕を持って終わらせてるからねぇ」

「あ、あん時はまだ慣れてなかっただけだよ! 別に言わなくてもいいだろっ」

「ふはははは。もうそろお前も独り立ちする頃かねぇ……」

「独り立ちって急に何言ってんだよ! 俺はまだ――」

「もう立派に強くなってんだよ。お前がいつも狩りに行ってるドラゴンは冒険者ランクAだぞ?」

 

 ん……? そんなこと初耳なんだが。冒険者ランクってことは魔女以外にも人間がいるってことだよな……? そんなことはどうでもいいが急に何言ってんだ。勝手すぎやしないかよ。

 

「それで俺がここを出たらお前はどうなるんだよ?」

「気にするな。元々私は一人でお前にやらしていた事をやってたんだ。またいつもの日常に戻るってだけだよ」

「そりゃそうだけどさ……」

「そんじゃ一回家に戻って話し合おうか」

 

 そう言うと艶かしい金髪をふらりと翻し、すぐ近くにある家―屋敷のような―に一人足軽に向って行く。

 俺は最初動揺していたがどうにもならないことを悟り少し小さめの見慣れた背中を追いかけた。

 

「俺のことが嫌になったのかなぁ……」

「何を言ってる。お前の事は初めて出来た子供のように愛おしくて仕方ないほど好きだぞ?」

「え、お、おう」

 

 俺は少し照れながらも家の前に着いた。

そして4段しかない階段をあがると、がちゃ.....と聞き慣れた扉の音が鳴った。

 俺と魔女は無言で何も言わずいつも飯が置いてある木材でできた4人用の机に腰掛けてから俺は魔女が口開くのを待つ。

 

「……………」

「さっきは突然言い出してすまんかったな。だけど今のお前の見込みなら相当強くなっている。これがどんな意味を持つかわかるな?」

「あぁ......。鳥も大きくなれば育て親を離れる。ライオンも大きくなれば自分で狩りに行く。だから俺も、もうここを旅立たなければいけない……ということだな?」

「そうだ。お前を最初拾った時は、そりゃ体力と根性だけしか持ち合わせていないガキだったからな。逃げ出そうとする時もあったけど、結局何も出来ず毎日同じ事を繰り返しした。気付けばお前は私に懐いてやがった。ふはははは。そんなお前を私も子供のように思ったもんだ。産まれてから458年、魔女だと言われどの村からも追い出されて何も面白いと感じさせない世界に、お前は現れた。私に笑顔を教えてくれたのもお前だった。だからこそこのままではいけないんだ。やる時はやらないとね」

「そうだな......。俺の母さんは亡くなってからというもの愛なんて知らなかったからな。そんな魔女を母さんだと思っていたのかもしれねぇな。まじでお世話になった」

 

 俺は今にも涙が溢れそうだった。

 2歳の時母さんは飛行機の事故で亡くなった。物心もまだついていなかったから母さんの事はよく覚えていない。

 そんな中突然現れた俺に優しくも厳しく接してくれた魔女には......いやアンナには感謝をしている。

 だからこそこうして、悲しい、離れたくない、という感情が溢れているのかもしれない。だけどこのままでいるのも我儘であろう。

 

「それじゃあ私から一つ贈り物がある」

「贈り物……?」

 

 すると魔女ことアンナは椅子から、スッと立ち上がり俺でも立ち入りを禁じられていた部屋の奥へと向かっていった。

 俺は贈り物と言われて検討もつかなかったが緊張しながら戻ってくるのを待つ。

3分位待ったところでアンナは何かバッグの様な物を持って部屋の奥から出てきた。

 

「それを俺にくれるのか……?」

「あぁ、そうだ。これは『物質保存鞄《セービングバッグ》』だ。これは普通の鞄とは違い、存在する物ならなんでも保存する事ができる。重くもならない。それと入れた状態時の時と永久に保存状態が変わることがない便利すぎるアイテムだ。しかも世界に一つだけの超レアアイテムだ」

「まじかよ。そんなもん俺にくれていいのか?」

「気にするな。もう私には必要がない。今はお前にやるべきだと思ってるからな」

 

 本当に良いやつだ。それなのに魔女ってだけで罵られ追い出されたアンナの気持ちは凄く辛いものだっただろうな。

 俺は絶対にそんな奴らを許しはしねぇ。

 

「本当に感謝する。もう行っていいのか……?」

「あぁ、別に構わない。それとお前が倒したモンスターから出てきたドロップアイテムはそこに全部入れておいたからな。売れば何とかやりくり出来るだろう」

「そうか、わかった。ありがとな――アンナ」

「ふっ、気にするな」

 

 アンナは最高の笑顔で俺を送ってくれた。

また戻ってこようと心に誓った俺はアンナから貰ったここ周辺の地図を頼りに家を出た。

 



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《Ⅱ話》 旅立ちには妖精さん

 俺がアンナの家から旅立ってから7時間。

時計が無いため正しい時間帯が詳しく分からないが陽はとっくに沈み、黄金色に輝く月―の様な惑星―がこの森の不気味さと怖さを和らいでくれた。

 薄暗いため地図も見えず現在地が分からないままこの森を彷徨っている訳だが、中々に森の出口らしき場所が見当たらない。これはどうしたものかと大樹の盛り上がった根の腰をかけると――

 

――リン......

 

 という音と共にキラキラと小さな妖精らしきモンスターがこちらへと向かってきた。

 俺は念の為に持って来ていた鉄剣を、ガチャ......と構えた。だがその必要はなかったらしい。

 

「剣を収めください......。」

「ん......? 喋るのかお前......?」

「えぇ。貴方様がこんな暗い森にお一人で迷っているのをお見かけして来た次第です......。」

「あ、そ、そうなのか。これは失礼したな。」

「いえ、お気になさらずに。」

 

 取り合えず敵ではなかった事が幸いだろう。この森には『死狼』『闇黒の騎士』やらが彷徨っている。

こいつらは実に群れる習性があるので出会うと厄介な敵なのだ。

 

「それで君はこの森の出口を知ってるのか?」

「もちろんです。ですが、なぜ森の奥にいた貴方様が出口を知らないのですか......?」

「あぁ何て言うか最初にいたのがこの森だからかな......?」

 

あはは......。通じねぇよな。

 

「そうでしたか。それなら仕方ありませんね。」

「そうですよねー。あはは」

 

 通じるとは思わなかったが、まぁ運が良かったのだろ。

 

「それじゃあ早速案内してもらえるかな?」

「えぇ。私に付いて来てください。」

 

 俺の掌サイズの妖精さんはそう言うと俺が進んでいた北方角の少し北西側へ進む。

 妖精さんは金色に光る小さな羽を羽ばたかせながら俺の方をチラと見て(*^^*)←の様な愛らしい笑顔を向けた。

俺は突っ立っているだけでは何もならないので少し警戒しながらも付いて行く。

 

「おっと......」

 

 足に大樹の根が引っ掛かったがすぐに、バキ――と折れた。

 

俺ってこんなに脚力あったっけ……? 柔らかかっただけかな?

 

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ」

 

 そんな様子に気付いた妖精さんが声を掛けてくれたが、何もなかったのでそのまま返事をする。

 

◆ ◇ ◆

 

 それから俺は刻々と妖精さんの後を数時間は追いかけた。

少し怪しげな雲にかかって月の光は薄暗くなる一方で妖精さんの様子も徐々にだが全身から発せられている不思議な光の方も弱くなってきている。

 だがそれでも進むスピードは衰えない為に俺は心配になって声を掛けてみる。

 

「ちょっと様子が変だけど大丈夫かな......?」

「今の所は大丈夫です。心配になさらずに付いて来てください。」

「あ、あぁ。それならいいけど……」

 

 妖精さんはそう言い少し元気なさげな笑顔を俺に向けた。

 心配だが相変わらずのスピードで進むため気にせず付いて行く。

 すると――――

 

「ワオォォォォォォン......」

 

 少し先に狼と思われるモンスターの遠声が響いた。

 それに連れて他にもいたと思われる仲間の狼も1匹、2匹と続けて鳴いていく。

 総勢10匹程と思われる狼の種の名前は――『死狼《デッドウルフ》』

 この森特有の群れを為す狼だ。大きさは2m位だが、ただそれたけではない。

 死ににくいのだ。

 なぜかわからないが、剣や弓などの武器はいくら斬りつけ矢を放っても亡骸になることはない。

 ただ一定以上の威力のダメージを食らわすと死ぬのだが、剣や弓の武具はダメージ判定が半減するので倒しにくい。とのこと。アンナが教えてくれた知恵はこれくらいだ。

 

 それよりどうしたものか……。アンナが言うには『私なら瞬殺だ。』とのこと。事実俺はまだ一回もこいつらには手を出したことはない。一応こいつらの5倍はあるドラゴンを倒した事はあるから怖くはないんだけど。ただなぁ......数が多い!

 

 そんな事を考えていると一番近くに居た一匹が、俺――じゃなく妖精さんの方に飛び出してきた。

 俺はすぐさま、ダッ――と駆け出し、妖精さんを越えて迫って来ていた死狼の腹部まで来ると

 

――ブフォンッ!!

 

 と手に少し回転をかけた弱めのパンチをいれた。

だがそれだけで充分であった。

 俺が殴った死狼は地面に力無く倒れ込み少しずつ月の僅かな光を反射していた目からは光が失われていき、粒子分解してドロップアイテムを落とした。

 だがそんな物を拾う暇はない。

 すぐさま他の死狼―暗くてよく見えない―がガルゥゥゥ......と威嚇の声を上げてターゲットを妖精さんから俺に定めた。

 

「さぁ、来いよ」

 

 俺はそう言うと残り9体と思われる死狼のうち2体が左右から飛び出してきた。

だが、姿を見せたが運の尽き。

 俺は右から這い出てきた死狼を僅かのところで避け、油断を見せた瞬間、シュッ――と死狼の横腹付近に脚を振り上げた。すると死狼の体はくの字を上向きにした形で曲がり、力無く地面に落ちる。

 そしてもう一匹が俺の隙をみて喰らおうとしているところに――

 

――ブファンッ!!

 

 俺との距離僅か50cmのところで俺は死狼の迫ってきた顔面に奇襲してきたお返しに強めに殴った。

 その威力が半端ないものだった。

 

――ドゥガン、ドゥガン、ドゥガン、ドゥガンッ!!

 

 太さ4mもあろうかと思える大樹が4本―2本先からは暗くて見えないが―も折れた。

 そんな様子を暗い中でも利くであろう死狼の眼が俺への威嚇が恐怖へと変わりすぐさま逃げ出した。

 

「ふぅ。意外と弱かったな。」

「す、すみません。何も出来ず見守る事しか出来ずに......」

「いや気にしないで」

「ありがとうございます」

 

 俺は先程倒した3匹のうちドロップアイテムが近くに落ちている2匹の分を拾った。

 ここの世界のドロップアイテムは俺が触れるまでは光の球の中に入っている。

それに触れると脳裏に『○○を入手しました。』という音声が流れる。その音声は俺がここに来る際に転移する直前に聞いた声によく似ている。

 気のせいだろうけど――

 

「それじゃあ、また案内よろしくね」

「は、はい。もう少し、したら出れるので付いて来てくださいね」

「あぁ、わかった」

 

 少しずつ進むにつれて虫達の小さな囁きが響いてきた。

俺の住んでいた日本の夏によく耳にした、ミンミンミン――や、キュルキュルキュル――などといった心落ち着かせるような音色でこの森の出口を示しているかのように少しずつ大きくなっていく。

 森の少し奥に光が見えた瞬間、妖精さんが止まった。

すると少し苦しげに

 

「す......すみません......。私はこれ以上......進めないのでどうかお一人で......」

「あ、あぁ? 案内本当に感謝する」

「は、はい。それでは......」

「…………?」

 

 俺は不思議に思いながらも、俺達が通ってきた道を妖精さんはキラキラと光るその姿が少しずつ遠のいていき、1分後にはもうその光さえ見えなくなった。

 

「どうしたんだろうか……? 森の外から出られないとかかな」

 

 そんな事を思いながらも、もうすぐ出口なので迷わず前に進む。

一歩、一歩と歩みを進めると大樹の隙間から見える光がどんどん明るくなっていく。

 そして

ピカン――――

 森を出たと同時にその光が発せられている場所の全体図が見えた。

 そこにあったのは――城壁、大きな城に群がる色々な建物、そして『人』



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《Ⅲ話》 城下町にある宿屋

ザワザワといたる場所から怒声や笑い声に歌声などが耳煩く聞こえてくる。

こんな夜番遅くにも関わらず活気に満ちていた。

 ここは大樹の森から見えた城壁に囲まれていた国である。

妖精さんの案内でここまで来れた訳だが、入国する際にここの入り口を管理する門番に身分証明カードらしき物の提出を求められ、俺は持っていなかったために「持っていない」と答えると、ギルドへ手続きを命じられ地図を渡された。

 地図はそれほど大きいものではなく、横幅30cm縦20cm程の物である。

俺はそれを手に取りギルドへと足を運んでいる最中なのだが、余程俺の顔つきが珍しいらしくスレ違う人々の目線が痛い。

 その目線が興味なのかは分からないが事実上俺は顔見知りであるが故に俯き気味になってしまっていた。

 すると近くの屋台から食欲をそそるような香ばしい肉の薫りがしてきたと同時に

 

――ギュルルルルル......

 

 ふと俺のお腹が鳴った。

俺は余り気にしてはいなかったものの、お腹は正直である。

 

「はぁ......。お腹空いたなぁ」

 

 俺はそう呟き、お腹を2度、3度とさすった。

だが今はモンスターのドロップアイテム以外は『物質保存鞄』には入れていないためお金も無い。

 そう思った俺はお腹は空いているが諦め、早くギルドへ行くことにした。

 

「ギルドに換金所とかあったらいいんだけど……あんのかな?」

 

 まぁ、なければ誰かに聞けばいいことだ。

そして俺は再びギルドへの行き方が書いてある地図を眺めた。

 

●←現在地

┌┐ ┌┐ ┌┐ ┌┐ ┌┐

└┘ └┘ └┘ └┘ └┘

↑   ↑  ↑  ↑  ↑

パ  雑  宿  本  ギ

ン  貨  屋  屋  ル

屋  屋        ド 

 

 現在地から4軒先にギルドが点在している。

『パン屋―雑貨屋―宿屋―本屋―ギルド』と、まぁこんな風に表示されている訳だが、驚きなのが『本屋』と示された建物だ。

 この世界にも本があることを知り、それなりに文化は衰えていない事に俺は安堵した。

 俺は、かなりの本好きで家には親父に買ってもらった本含め、1000冊以上は余裕である。薄い本は無いが……。

 そしてこの世界には人間以外の種族も多々と存在していた。

ここに来るまでに多く見かけたのが『獣人』だ、獣耳が生えて素晴らしく可愛かった。

 それ以外にも特徴的なのが、『ドワーフ』『巨人』『スライム』(スライム……!?)。この種族達だ。

 一見『ドワーフ』と聞いて凄く小さいと思う人もいるが、1m位はあった。

 そして『巨人』は大きい人で4m普通のサイズだと3mは超えるのだとか。(間違っていないはず……)

 その中で一番驚きなのが……『スライム』。なぜかわからないが半透明で人間の形を装っていた。時折普通の丸いような形のスライムも居たが。

 別にこの種族だけではないが、俺的に特徴的な種族達だと思ったので堂々と出させてもらった。

 そんな事を考えているうちに『ギルド』と書かれた看板の前までやってきていた。

だが、不自然な事に明かりは灯っていなく、1m位の窓からは暗闇しか見えない。

 

「あ、あれ……?」

 

 そして入り口の扉に木製の板で何やら文字が書いてあった。

 

――今日の営業は終了しました。AM4:00〜PM24:00

 

「え……? 終了……?」

 

 俺は一気に身体中の力が抜け落ちた。

そこに書いてあるのは営業の終了を告げる言葉であった。

 5分ほど脱力、呆けながらもどうしたものか、と頭を悩ませた。

お金も何も無い。もはや絶望的な感情に至った時、ふと脳裏によぎった。

『物々交渉』

 俺は物々交渉というよりはこちらからドロップアイテムを渡し、お金の代わりに代金として払う。

 簡単に説明するならば

 

ドロップアイテムの価値→宿泊代

 

の様な形式である。

 巧くいくか分からないが一応やってみる他ない。

 

「よし」

 

と一声あげると、早速俺は2件裏の宿屋へと迷わず足を進めた。

 少しずつ近づいていき宿屋の前まで来ると、明かりはまだ点いていたためひと安心した。

そして

 

――ガチャリン......

 

 ドアの上に付いていたベルが綺麗な音色をたてて鳴った。

 

「こんばんは。御一人様ですか?」

「あ、は、はい。」

 

 受け付けと思われる場所に居たのは、耳が尖り、眼鏡をかけているその下の顔は皺がよく目立っている『エルフ』族の老人であった。

 

「何泊なされる予定ですか?」

「そ、それがですね……」

 

 顔見知りもあってか最初は話しづらい雰囲気だったがドロップアイテムの事を伝えた。

 最初は少し悩む素振りを見せたが返事は一言だった。

 

「ドロップアイテムの種類……次第ですかね。」

「ならちょっと待ってください」

 

 俺はそう言いこの三ヶ月、食料確保の為に狩り続けていたドラゴンの一番ドロップ数が少なかった『火竜

ドラゴン

の黒爪』を取り出し見せた。

 

「…………! こ、これは『火竜の黒爪』ですか。えぇ、分かりました。これ一つで2ヶ月分の宿泊代は賄

まかな

えますので、よろしいですか?」

「に、二ヶ月も……。よろしくお願いします。」

 

 事実この『火竜の黒爪』は500本近く持っている。

そして、無事に泊まれる事になった俺は安堵の溜息をはいた。

 

「それでは孫娘に御案内をさせますので。」

「あ、はい」

 

 すると受け付けの後ろに控えている扉が開いた。

そこから出てきたのは一人の娘のエルフだった。

 だが、それは娘だけでは物足りず付け足すならば……

 

―― 一輪の可憐な華

 

の様である。

 透き通った綺麗なスカイグリーンの瞳。

ちゃんと整理されてあるであろう、腰まで伸びた薄黄緑色の綺麗な髪は一歩、歩くたびに星が舞いそうだった。

 顔は持っての他。キリッとした輪郭に小さな唇には薄紅色の輝きを放っていた。

もし、イケメンで女には興味ない奴がいたり、してでも100パーセント綺麗だと感じるはず。

 それほどの容姿をしていた。

そんな姿に少し見惚れていると

 

「……キャッ」

「おっと、」

 

 その世界一美しいと思われるエルフは足を何故か床に引っ掛け、俺の胸に抱き着いてきた。

 柔らかな双丘が俺の胸板に、ブニュ......と沈んだ。

 

「あ、あ、ぁ。す、すみませんっ!!」

 

 <(_ _"")>ペコ←の様に謝ってきた。

俺は少し動揺したものの怪我はないので「き、気にせずに」と苦笑で返事をした。

 

「今から案内するので付いて来てくれればいいですっ」

「あ、あぁ。わかった」

 

 俺はそう言われると突然手を握ってきたエルフに驚いてしまい手を振り払ってしまった。

 その行為が酷いものだと気付いた俺はすぐさま謝り許しをもらった。

するとウルフは俺の顔をまじまじと数秒見つめてから

 

「あ、あの! 私の名前はマリィ=サリヴァン・クラレンスです!!」

「あ、えっと、俺は御浜

みはま

アント……です」

 

 なんかやけに長いけど、この世界ならではなのかな。まぁ気にしても意味ないから深く考えないでおこう。

 

「それじゃあよろしくね。マリィ」

「〜〜〜〜!! は、はい!!」

 

よく分からないが、可愛いからいいか。

 

 それから、俺はこの宿屋の部屋などの案内を受けた。

ここの宿屋はそれほど広くはなく

 

 部屋が8室―リビング―お風呂場―庭―トイレ

 

のような構図となっている。普通の一軒家よりは広めと言えるだろう。

 そして俺は疲れきった身体を癒やすためにお風呂へ行くことにした。

 

「案内ありがとな」

「いえ、当然のことをしたまでですっ!」

「それじゃあ俺は風呂に入るからもうここまでで構わないよ」

「お風呂ですか……。分かりましたっ」

 

 そういうと先程の受け付け後ろの扉に戻っていった。

それを確認すると、宿泊する予定の部屋――A-1と書かれた部屋に案内された際手渡された鍵を、鍵穴に差し込み、カチャッと音をたてた扉を開けて、中に入る。

中は意外と広く日本で言うならば、8畳半くらいはあるだろうか。一人用の部屋と聞いていたので意外と驚きだ。

そして肝心な家具は、と言うと。

 

タンス―ベッド―服掛け

 

この3つだけである。

 まぁ肝心なのは休めるかどうかだけだからベッドさえあれば構わないだろう。

俺は風呂に行くために『物質保存鞄』をベッドの上に置き、さっさと風呂場へと向かった。

 風呂場への行き方はすぐなので忘れることはない。

俺が今いる部屋が一番手前なので扉を開け、左側に曲がると異世界語で『風呂』と書かれてあるのがすぐに見つけれる。

 俺はそれを見つけ、中に入るとふと気付いた。

 

――この風呂は1つしかないのだと

 



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《Ⅳ話》 お風呂が終わると寝て朝ご飯

「ふぅ……。」

 

 俺は安堵の息を吐いた。

現在はエルフの老人が経営している宿屋の風呂場の入り口に怪しげに俺は突っ立っている。

 理由は、もしかしたら誰かが入っていて、しかも変態扱いされるかもしれないからだ。

 もしここで誰かが入っていたら俺の短い人生に黒歴史が刻まれ込むだろうと確信していた。

 しかし神様は優しく見守っていてくれたらしく、少し広めの脱衣所の中には脱がれた衣服類はなく、綺麗に整えられているだけであった。

 ましてや肝心な風呂場には、物音一つなく落ち着いた雰囲気が漂っていたことだ。誰かがいるはずはまずあり得ないだろう。そう思いたい。

 すると後ろからの気配に俺は気付かず―感じ取れなかった―ふと声がかけられた。

 

「どうかしましたか? 何か問題でも……」

「あ、い、いや何でも無いですよ」

 

 エルフの老人が俺を心配した様子で声をかけてくれた。

だが内情を知られると恥ずかしいので、何も無い素振りを見せ、何とかやり過ごす。

 俺は変な目で見られると困るのでさっさと脱衣所の中へ入っていく。

そして、アンナから貰った衣服を脱ぎパンツだけの状態になった。(ここだけの話だが、この世界に来た時は裸だったのだ。恥ずかしい……)

 そして唯一のパンツを脱ぐと、扉が取り付けられていない大きめの縦長ロッカーの中に入っている籠

かご

に服を丁寧に仕舞いこみ、見られると恥ずかしいのでにすぐに浴槽内に繋がっている扉を開けた。

 浴槽の中は俺の行きつけの銭湯の広さには劣るものの、大きめになっていた。

これくらいだと、中学の時のクラス位の広さはあるだろうか。シャワーは置かれていなく、床は綺麗な大理石風の石が、丁寧に敷き詰められていた。

 目的のお風呂は、大きさの似たゴツゴツとしている石に囲まれて、ふわふわと湯気を漂わせている。

 

「雰囲気は日本に近い……かな?」

「日本……?」

「ウオォォォォッッ――!!! えっ!? な、何でいんの!?」

 

 俺が振り返ると、そこには先程この宿屋の案内をしてくれた『マリィ』が産まれた時の姿で、体を少し前かがみにして上目遣いでこちらを見ていた。すごく可愛い。

 双丘も女の子の花園も丸見えなので、俺は初めて見る女の子の裸にどういう反応をしていいか分からず、普通にガン見をしてしまっていた。

 すると俺の鼻からケチャップ―血―が出ているのに気が付き、やっと正気を取り戻した俺はすぐに反対側に体勢を戻した。

 

「ちょ、な、何で入ってきてんだよ!?」

「い、一緒に入ろうかな、って思って……。嫌、だったかな……?」

「初対面の男と一緒にお風呂入りたいとかどこの痴女だよ!?」

「痴女……? よく分からないけど嫌なら出て行くね……。」

「別に構わねぇけど……。 急に入ってくるのはアウトだろ!」

「なら良かった♪ それと私、男だよ?」

「ブフォッッ!!!」

「えへへ〜、信じちゃった?」

「………………」

 

 俺はよく分からない。マリィがどんなキャラなのか。

そもそもドジっ子キャラなのかと最初は思っていたが、次はビッチなのか……?

 ま、まぁ個性人それぞれでいいのだが……。度は超えないでほしいと思う。

それよりまず、この状況下で俺はどうしろと……

 

「と、取りあえず俺は風呂に浸かるから……」

「うんっ」

 

 そういうと4mほど進んで湯に浸かった。

深さは……5〜60cmほどだろうか。ここのは俺的にかなり低い。

 あの銭湯は長年続いている銭湯のため、ここの風呂の倍近い深さはあった。

小さい頃は深すぎて入れないため、わざわざ改装を爺さんはしてくれて、なんとか浸かれる状態までにはなったが、本当にあの爺さんはすごい。

 そして、ここの風呂は普通の家庭の深さと同じくらいなので、慣れないものの悪い感じはしない。

 一番厄介なのが俺の隣にわざわざ一緒に浸かったマリィだ。

 

「気持ちいいけど……、女の子と風呂とはな……。どうすればいいのか……」

「私もこの家に男性客は初めてだから、どうすればいいのかよく分かんないかな。」

「初めてって……、ここの宿屋っていつから始めてんだ?」

「えっとね〜、3年前くらいかな」

 

 そんな話題があがり、ここの宿屋が3年前に開いたことを聞いた。

不思議なことにここ3年間で初めて来た男性客が俺だけらしい。

 そこは何かと引っ掛かるが、深入りしたら色々と気不味い空気になるので素っ気なく返事をする。

 

「へぇ〜……」

「それでアントはどこから来たの?」

「まぁ言ってもしょうがないと思うけど地球ってところだよ」

「う〜ん、知らないなぁ……。そこにさっき言ってた日本って場所があるの?」

「うん、そうだよ」

 

 俺はこうして普通に話している訳だが、まず直視したら俺の頭と身体《かはんしん》

が持ちそうにないのでそっぽを向いている。

 それからも俺がここに来る前の話や、俺を拾って居候させてくれたアンナの話などを、30分少々はしただろうか。多分だが現在は深夜3時位だろう。なぜかって? 予感だよ。睡魔が来る予感のね。

 

「ふわぁ〜、眠くなってきた……」

「聞いた話だと全然寝てないからもう上がって寝た方がいいんじゃない?」

「あぁ、そうするよ……」

「うんっ、なら朝起きたらご飯は用意しておくからしっかり寝るんだよっ」

「え、あ、あぁ。ありがとな」

「気にしないで(^^♪」←の様な笑顔

 

 そして俺は裸―もう見られているであろう―を見られないため早く浴槽を出て、ロッカーい1枚だけかけられてあるタオルの様な物で体に付いている水を拭き衣服を着た。

 そしてお風呂場から囁くように「アント……」と小さく響いたのは気付かないで、Aー1と書かれている自分の部屋へと戻った。

 

「ふぅ……。今日は疲れたな。もう夜遅いけど寝てこの後の事に備えるか……」

 

 そしてお腹は減っていたもののすぐに、スースーと寝息をたてながら俺は就寝についた。

 

◆ ◇ ◆

 

 それから5時間ほど寝た俺はゆっくりとまぶたと開く。

そこに映っていたのは変わりない木製の天井。

 扉の隙間からは少しだが料理の匂いが鼻に入り込んでくる。

俺は「んっ……」と両手を伸ばし身体を目覚めさせる。

 まだ眠たいながらも床に脚を起き体を立たせる。そして、ふらついた体で部屋の扉を開け、リビングへと向かう。

 その際に一人の、女性エルフとすれ違うが挨拶もせず通り過ぎ、風呂場を横に過ぎリビングへ着く。

 「おはようございます。」とエルフの老人に声をかけられ、俺も元気無さそうに返事をする。

 リビングに1つ置かれているテーブルを見ると、そこには鮮やかな料理が添

えられていた。

30cmほどの切れ目の入ったフランスパンの様なパンと、どこの野菜かは分からないがお皿に綺麗に盛りつけられている。その横には湯気がたちこめている美味しそうなスープ。そして見た目も余りよろしくはない紫色のゼリーの様な食べ物の4品である。

 

「あ、おはようアントっ! ご飯出来たよっ」

「あ……うん。戴こうかな……」

「ほら元気出してっ」

 

 むにー、と俺のほっぺたを笑顔で引っ張ってくる天使みたいなマリィ。それを心優しげにカウンターから眺めるエルフのおじさん。

 俺は笑顔で向き合っているマリィに少し頬染めながらも活気を含めた口調で「も、もういいよマリィ」と言い席についた。

 俺はまず、フォークを持ち、眼の前に置かれているサラダに刃を立てて数枚レタスのような物を口に含んだ。

 それが意外と美味しかった。何もかかっていないと思っていたが、食べた瞬間オリーブオイルの様な風味が、ぶわっと口に広がった。風味とレタス―もう面倒いのでレタスでいい―のシャキシャキ感が口の中で混ざり合い最高のマッチを味わった。

 それから俺は一気にサラダを平らげて、パンとスープを交互に食べながら「うめぇ……、うめぇ……」と言いながら10分ほどで全てを食べ終わった。(ゼリーの方も食べてみたが悪くはなかった)

 そしてマリィが心配そうな様子で「どうだった……?」と聞くものだから馬鹿正直に答えると天使のような笑顔で俺に抱きつき

 

「良かったっ!!」

 

と言い柔らかい胸の感触を感じながらマリィに今日の予定を伝えた。

 

「ギルドはとっくに開いてるはずだから焦らずに行くほうがいいよっ」

「確か、4時から開いてるんだっけ」

「うんっ」

「それじゃあ一回荷物を取りに行ってくる」

 

 俺はそう言い自分の部屋に戻った。

部屋の扉を開け、ふと囁く。

 

「ギルドってどんな場所なんだろうな……」

 

まぁそりゃ冒険者はいっぱいいると思うけど……。まぁ行ってみればわかるからいいかな

 

 そんな事を考えながら腰に『物質保存鞄』をかけて、すぐ近くのギルドへ向かう準備を終えた。

 俺は再びリビングへ戻りカウンターのすぐ近く取り付けられてある扉に向かって、進んでいる際にマリィから声をかけられた。

 

「私も付いて行っていい……かな?」

「構わないけど……」

「やったっ」

 

 マリィは嬉しそうに言い、俺の腕に引っ付いた。

なぜか腕に抱きついているマリィに、エルフの老人は「気をつけて行ってくるのですよ。」と言い、俺達は2軒先のギルドへと足を運んだ。

 もう歩道には、昨日とは比べ物にはならないくらいの人間と、それ以外の種族の人達で埋め尽くされていた。

 人が多いせいか、俺とマリィの密着度が高まり、Eはありそうな胸が俺の腕へと沈んでいく。

 俺は照れながらも数時間にも思えた道程を終えて、ギルドへとたどり着いた。

そしてそこには。

 

――そこには、色々な装備を付けて盛大に強ぞアピールをしている、冒険者達が何人も出入りしていた。



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《Ⅴ話》 ギルドといえば冒険者

 俺達は今、ギルドの中にいた。

俺より図体が一回りデカい冒険者ばかりいる。

別に緊張しているわけではないが前にも言った通り俺の容姿はこの世界では珍しいのかじっと見つめてくる者、チラチラと様子を伺う人達が居てはどうも落ち着かない。

そんな中マリィはと言うと、別にガクガク震えている訳でもなく、オドオドしている訳でもない。マリィは俺の腕にしっかり抱き着いて幸せそうな笑顔を浮かべて付き添っているだけである。

 よくよく考えれば俺は腕に胸が、むにゅと柔らかい感触を伝えているが実際女子の胸に触れるのはマリィが初めてだ。

 俺は何があってもあまり動揺するタイプではないがこういう時にはちゃんとしておきたいものだと考えている。

 そしてカウンターにつき、シャキッとギルドの制服を身に纏っている綺麗なギルド嬢の女性に声を掛けた。

 

「あの……」

「はい、今日はどういった用件で」

「あ、昨日ここの検問を通る時にバウスさんって人から身分証明カードを……」

「あ、それでしたら少々お待ちを」

 

 そう言うとカウンター奥の扉へと急ぎ足で向かっていった。

 邪魔になるので片隅に移動して、待つこと数分。

 先程のカウンターにいた女性ともう一人布地の少ない戦闘服の様な服を着ているクールな女性が俺達の目の前にわざわざ来てくれた。

 

「こちらはギルド用証明カードを作る為に試験員をやっていらっしゃるエリーナ=ベス・オフィーリアさんです。」

「挨拶はいらん。さっさと行くぞガキ」

「それじゃ、お二人共付いて行けばいいので頑張ってくださいね」

「は、はあ……」

 

なんか大雑把だけど、試験員ってことはそういうことでいいのかな……

 

 そして他の冒険者をもろともせずに堂々と歩いて行くエリーナさんに「ついていこっ」とマリィが言ったので、後ろに並んだ。

 カウンターの女性はニコニコと手を振り俺達を見送ってくれた。

 今思えばエリーナさん俺より小さい(笑)

 そんなことを察したのかエリーナさんがこちらに向き「シャキッとしないと死ぬことになるぞ」と言ったので少し気を引き締めた。

 「死ぬことになるぞ」と言うからに、戦うのが主な試験なのだろうと察しがつく。

 それから、この街の門に着くやエリーナさんは顔パスで通され一言「後ろのはあれだ」と言い俺達も通された。

 今回の門番はバウスさんではなく他の人がやっていたので俺とマリィは挨拶だけしておいた。

 それから俺は少しエリーナさんに質問することにした。

 

「えっと、今からどこに行くんですか……?」

「付いて来れば分かる」

「あ、はい……」

「アントこの人素っ気無いね。」

「あ、あははは」

「聞こえておるぞ! 何かしら厄介な冒険者のようだな」

「厄介ってなんだ、厄介って」

「ふん、まぁいい。今向かっているのは『敗者の森』付近の危険度Bランク指定されている草原だ。」

 

 そういうと少し先の緑豊かな草原へ、人差し指を向けた。

 そこには少々だがモンスターの影が見える。

 

「それで、そこに行って何するの?」

「むっ、」

 

 俺が敬語ではなくなったことにむすっとしたが説明を続ける。

 

「簡単な事だ。モンスターを倒せばいい」

「あ、それだけでいいのか……」

「甘く見ていると殺

られるぞ」

 

てかもうすでに何百とのモンスターを狩ってんだけどな……

 

 徐々に近づいていくに連れてモンスターの容姿もはっきりと見えるようになった。

 翼が生えて、緑色の鱗で全身を覆われ、鋭い爪を剥き出しにしている3mほどの小さな―俺にとって―ドラゴン

 

 地面に生えている草をむしゃむしゃと頬張っている4m位のムカデみたいなモンスター。

 それの付近に高速で羽を羽ばたかせている大きい蚊みたいなモンスターやらとその他もいるがまぁいいだろう。

 俺もまだ未確認のモンスターなので正直強さがわからない。

 だが倒せないという言葉が出ない限り倒せるのであろう。

 そしてそこに着くと、ちらほらと見える冒険者もいた。

 

「よし、それでは私が指名したモンスターを倒し見事合格したらギルドへ戻り手続きをする。本来は国の人間としてのカードも作れるのだが、大抵のよそ者はこちらのカードを作成することになっている。」

「へぇ……ってことはマリィは持ってんのか?」

「あ、一応持ってるけど……あんまりそのことについては詳しくない……かな?」

「そうなんだ」

「まぁいい、それではすぐに合格しすぐに帰るぞ。オーバーキルした場合はそのまま放置する。」

「え、なにそれ怖い」

「ふん。なら倒すことだな」

 

 そういうとエリーナさんは周りを見回し、「あれだ」と一匹のドラゴンを指差した。

 そのドラゴンはさっき俺が見た3mほどのより一回り大きい5m程のであった。

 だがしかし別に怖くはない。なぜならば2倍程はある大きさのを何百と倒してきたからである。

 無理矢理な特訓のおかげで少しは強くなれたであろうと思い、俺自身はドラゴンへ向き直った。

 

「あれを……倒せばいいのか……?」

「ふっ。そうだ」

 

 なぜか無理だろうなという顔をしているエリーナは俺の本当の実力を知らずに俺へ少しばかりうざい目線を送ってきたので少し驚かすことにした。

 マリィを腕から離し。

そして

 

「それじゃ行ってく――――」

 

――ドバアアアアアアアアアン!!!

 

 一瞬のことであった。

 俺が『る』を言い終わる前にそのドラゴンは跡形もなく消失していた。

 そこに残るのは俺が一瞬で『物質保存鞄』から取り出した鉄剣による大きなクレーターだけである。

 今何が起こったか分からない二人は驚愕に唖然としていた。

 マリィは驚愕というより目を輝かせ、手を胸辺りで握りしめてこちらを見ていた。

 俺は再び鉄剣を戻した。

 

「い……今、何が……起こった……のだ…?」

「少しばかりナメられていたから仕返しに少し力を込めた」

「い、いや……今のは……少しだけでは検討もつかない次元に……」

「まぁそれはいいけど、合格かな? それか次のモンスターもいるの?」

「も、もういい。合格だ。さっさと戻ろう……」

 

それより俺って驚くくらいなことしたかなぁ……。まぁナメられないならそれでいいけど

 

 そしてまだ驚き終わっていないエリーナは全身をかくかくにしながら歩いていた。

 そんな様子を見て俺は一声かけてみたら「ひゃ、ひゃい!?」と可愛い声を漏らした。

 俺はどうすればいいか分からず取り合えず隣に引っ付いているマリィの方を見た。

 マリィの様子もどうも変で、頬辺りをほわ〜んと赤く染めていた。

 こちらも対応が分からないので取り合えずギルドへ着くまで俺は何も出来ずにエリーナについていくだけであった。

 

「あ、お戻りになられましたね。それでどうでしたか?」

「あ、まぁ頑張ってきました」

「ふ、ふはははは……。取り合えずこいつは余裕で合格ラインに到達したのでもう構わん……」

 

 そういうとカウンターの奥の部屋へとエリーナは入っていった。

 そんな様子を怪訝に思ったのかギルド嬢の女性が聞いてきた。

 

「な、何かあったんですか……?」

「い、いや別にそんな野暮なことはしてませんよ。ただ倒せばいいって言われたものですから……」

「そ、そうなんですか……。あのエリーナ様をあんだけにするのは相当なんですね……」

「エリーナさんってそんなに凄い方なんですか……?」

 

 なにかありそうなので一応こちらからもエリーナさんの事を聞いた。

 

「エリーナさんはあれでも、ギルド制定ランクS8級の持ち主でして」

 

 それから少しの間話を聞いた。

 それによるとギルドのランク内情はこういうふうに設定されているらしい。

 

 

ランクF−1級〜3級

    ⇓

ランクE−1級〜3級

    ⇓

ランクD−1級〜3級

    ⇓

ランクC−1級〜3級

    ⇓

ランクB−1級〜8級

    ⇓

ランクA−1級〜15級

    ⇓

ランクS−1級〜20級

    ⇓

ランクSS−1級〜3級

 

 

となっている。

 S級に到達出来る人は余りいないためが故に貴重視されているのだとか。

 だがその上のSS級に到達できた者はこの世界に十数人余りしかいないため会おうと思えば困難な道をゆくのだろう。

 ランクアップの条件が、この世界に5つある転移門で空中ダンジョンへ行き、上がれた階層分がランクアップ対象になる。

 そして5つの転移門はそれぞれ繋がるダンジョン内が変わるという。

なかなかに面倒臭い場所だ。

 そんなこんなで俺に『галк《F》Ⅰ』と表示されている特殊な素材で作られた用紙を失くさぬように言われ手渡された。俺は物質保存鞄にそれをしまいギルドの新たな一員となった。

 

「よかったね、アント」

「あぁ」

 

 それから俺達は宿屋へ向かい、明日何をするのかを話し合った。

 だが、意見は一つしか出なかった。

 正直マリィは行けるか分からないが……

 

――ダンジョンへ行ってみよう



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《Ⅵ話》 ダンジョンにいるのは階層主

 ここは転移門の入り口前だ。

 俺はエリーナにここまで案内してもらい、その際にマリィの同行を許可してもらった。

 Sランク冒険者はどんな権力持ってんだ。と最初は思ったりもしたが、元々エルフ種は戦闘力が高いため連れて行って良いとのこと。

 それを聞いたマリィは凄く喜び俺に飛びついてきた。てかいつの間にこんだけ好かれてんだろうか。

 まぁ、そんなことは気にしない。

 そして転移門はというと、地面に数十mほどの魔法陣―魔法で稼働はしていないと思う―の様な円く俺にはよく分からない複雑な記号やらで書かれていた。

 魔法陣の端からは光の壁みたいなのが空高く続いていた。

 そしてそこからは次々と帰還した冒険者達が、シュン――と現れては、シュン――と魔法陣から消える。

 それを数分、呆然と眺めているとエリーナが「なにを呆けている。さぁ行くぞ」と言った。

 つい数日前までは名前で呼んでいなかったくせに、いつの間にか呼ばれるほどエリーナは親しいと思ってくれていた。それに俺は嬉しく感じた。

 

「んじゃ、行くか……」

「うんっ、アント頑張ろ!」

「あぁ」

「くっ……。」

「どうした?」

「何でもない! 羨ましいとか妬ましいとかもっと接してほしいとか思ってないからな!?」

「そうかいそうかい」

「う、うむ!」

 

エリーナの内情はよく分かんねぇな……。んじゃさっさと行くか

 

 そして今回は引っ付いていないマリィと顔を合わせ、ニコッと頷いたので転移門へと近づいて行き、足を踏み入れると徐々に体が浮いたような感覚に包まれていき、そして気が付けばダンジョン内と思われる、だだっ広い草原に俺達3人はいた。

 俺はダンジョンといえば、じめじめとした洞窟や地面の下にある迷宮とばかり想像していたが違ったようだ。

 空中ダンジョンなのかは分からないが現時点では爽快なほどにここは気晴らしがいい。

 ここ1階層の草原は涼しい風が吹き、その度に俺の足首位の草花が、サーと揺れて自然な音色が流れる。

 そして、空にはいくつもの雲が個々違った速さで、この空を駆けていく。

 なんとも居心地が良い場所だ。

 そこには色々な冒険者達も懸命に戦っていた。

 そのほとんどがパーティを組んで色んなポジションから敵の隙を突いていくのがよく見える。

 そして隣にいるマリィは色々と楽しんでいた。

 

「ここがダンジョンなんだっ、すごーい! 色々なモンスターもいるけど最高だね、ここ!」

「マリィは来るのが初のようだな。まぁ……アントもそうだろうな」

「私はアントが来るまであんまり外には出てなかったからねー」

「まぁ、そうだな」

「取り合えず、この人数のパーティでは何かと不備が生じるからして今日はまずこの階層の攻略といこう。パーティの最低人数は5人で組むのだが、ここの階層ならB級冒険者1人で何とか持つからして大丈夫だ。」

「へぇ……。まぁ頑張ろうか」

「うん! それじゃ進もっ」

 

 マリィは見た目に反して喋り方がかなり幼く見えるのだが、そこは個性ということで完全無視をしよう。

 そして1歩踏み出す毎に俺に踏まれた草花達が、サァ……と微かに音をたてて沈んでいく。

 睡眠欲を誘われるほどにここの草原は気持ちが良くどんどん癒やされていく。

 そんなことを考えているとエリーナがこのダンジョンについて教えてくれた。

 

「言ってなかったことがある。」

「ん?」

「なにをー?」

「ここのダンジョンの次の階層への上がり方だ。」

 

腕を組み、ふむふむ。頷くエリーナさん。

 

「うむ、ここのダンジョンには階層主という特別種がいる。」

「階層主……か」

「そしてその階層主は1階層ずつに2体存在している。このうちの1体が特殊体質でな……。私達は『亜種』と呼んでいる」

「何か不気味な名前だな……。それでそいつはどんな体質なんだ?」

「ふむ。通常の階層主の数倍の力を持っている。それに最初の姿は通常の奴と見分けがつかないので遭遇した際はまだ識別できない状態下にある。」

「うわぁ……。すげぇ面倒くせぇ奴だなぁ……遭遇なんかしたくもねぇ」

「あはは……そうだねアント」

「んでどうやったら正体が分かるんだ?」

「階層主を倒した際に階層主の頭上に『ЀлЄоџлҭѐг』と表示される」

「え、えんかうと?」

「遭遇したってことは違うモンスターになっちゃうんですか?」

「よくぞ気づいた、ここで本当の姿になる。油断をしていたら殺られてしまうのが亜種の特徴だ」

「ってことはステータスは全部回復してるってことか……?」

「うむ、そうだ」

 

うわぁ……まじかよ。

 

 本当に厄介な敵だ。

 最初は見分けがつかないくせして倒したら亜種になりそんでは全回復とか……。

 もし負けでもしたら俺どうなるんだろうな……まぁ死ぬしかないけどな。

 

「私も何回か遭遇はしたことあるが実に厄介であるが故に注意していなかったパーティメンバーは殺された。」

「まじか……」

「亜種怖いです……」

 

 そんなことを言った刹那――

 マリィがある方向へ指差した。

 

「そのぉ……勘違いならいいですが、もしかしてあれ……亜種ですか? エリーナさん」

「おぉ、そうだ」

 

 そういうとそこには木霊の様な5mほどの大きなモンスターがいた。

 その体は俺の数倍にも達しており、暗黒というのが相応しいほどのオーラを全身に纏って、その眼球は生きたものではありえないほどの赤色で染められていた。

 そのギラギラと紅く光らせている眼球は周りにいる6人のパーティへ向けられていた。

 だがそれはパーティと呼べるものではなくなっており、今立っている者はたったの2人だけである。

 すこぶるやばい状況である。

 遭遇したことは元より不幸だが、それよりも壊滅的な今の状況を眺めているのも不幸過ぎる。

 

「おい、エリーナどうすんだよ!」

「このままいけばあのパーティは全滅するだろうな」

「なら助けねぇと!」

「ふ。あのパーティは自己判断で階層主へ挑んでいるんだ。わざわざ手を出す必要は――」

「んなこと言ってんじゃねぇ! 目の前で殺られるのを黙々と黙って見捨てる馬鹿がどこにいんだよ!!」

 

 俺はそう言い、ダッ――そのパーティの所へ急いで駈け出した。

 やれやれと後ろで見つめるエリーナ。あわあわと戸惑っているマリィ。そして駈け出す俺。

 そして階層主がドカドカと、もうボロボロな冒険者へと近付き腕を振り上げようとした刹那……

 

「ウォラァッ!!」

 

――ドカァァァァン!!

 

 俺は木霊が振り上げようとしていた大きな腕をこちらからも腕で受け止めた。

 その衝撃が大きいせいか俺の立っている地面には少しのクレーターが出来上がっていた。

 そして肝心な冒険者二人は寸前で身を低くしていたため何とか無事であった。

 階層主が自分の攻撃を受け止められたことに動揺し、隙が出来たのを俺は見逃さず「オラァッ」と木霊の切り株の様な体の中心部分に軽めに一蹴り入れた。

 すると意外と強かったのかそのまま階層主は後ろへぶっ飛び、地面に盛大な跡が残った。

 俺はわざわざ行くのは面倒臭かったのでそこら辺に転がっていたスーパーボール位の大きさの石を拾い。

 

――ヒュッッ

 

 俺は起き上がろとしていた階層主へと渾身の一振りを投げると、階層主の眼球の少し上の真ん中辺りへ食い込み、貫通しそのまま屍へと変わっていった。

 するとやっとマリィとエリーナが追いついてからの一言。

 

「相変わらずな馬鹿力だな、アントは……」

「アント本当に良い人で良かった……」

 

 そしてマリィが倒れている4人へ一人ずつ安否を確認し、全員無事だったようでこちらへと安心した笑顔を向けた。

 そしてこのパーティのリーダーらしき男性が、傷だらけの防具でこちらへと向かってきた。

 

「そ、その……助かった。なぜ俺達を助けたんだ……? 恩を着せるためか……?」

「んなはずないだろ? それともあのまま放置してもう仲間達と冒険出来ないような事態に発展した方が良かったのか?」

「それは……嫌だな。」

「ならそれでいいだろ? 俺の故郷では困ってる奴がいたら助けるのは当たり前だったから」

「珍しい故郷だな……。本当にありがとう」

「いえいえ」

 

 取り合えず助けれて良かったよ本当に。でも意外と階層主弱いな……まぁ一階層だからか

 

 そんな会話をしていたのを見てエリーナから疑問が吐かれる。

 

「本当にアントは初心者の冒険者なのか……?」

「まぁこの街に来るまでは、3ヶ月ほど修行みたいなもんしてたからな」

「でも3ヶ月でその強さは……アントだからなのだからなのか」

「まぁ、そういうことにしといてくれ」

 

 すると、ふとマリィが俺に変なことを言い出した。

 

「アントー? なんか聞こえない?? これ私だけかなぁ……」

「ん?」

 

 そう言われた瞬間、脳裏にある声が響いた。

 

『階層主の撃破を確認。次層「冒険者達の街」への立ち入りが授与されました』

 

 こういう内容だった。よく分からないが今回も何回か聞いた声のアナウンスだった。

 

「なんか次層へ行けることになったんだが、これって階層主を倒したからでいいんだよな?」

「あぁ。毎回倒す毎にそれが流れてくるはずだ。そうだ、ギルドカードを見てみるといい」

「ギルドカードを? なんで?」

「まぁいいから」

 

 そう言われ、物質保存鞄から例のギルドカードを取り出し内容を確認してみた。

 

『галк《F》Ⅱ』

 

 と書かれている。

 俺は記憶を呼び起こし、ふと気が付く。

 

「あ、ギルドカードの級が変わっている。 前は確か『Ⅰ』だったはずだ。でも『Ⅱ』なってやがる」

「そうだ。階層を突破する度に、表示が変わっていく形式になっている。級がそのランク最高になり突破すると、次はランクの表示が変わりランクアップする。単純だが面白いだろう」

「へぇ……。それでどうやって次の層へ行けることが出来んだ??」

「その場合はギルドで買える転移結晶が必要になってくるがやけに高い……」

「それっていくらなんですか??」

「一つ7G《ジル》位だった気がするが……」

「7G《ジル》もするのっ!」

 

 なんかよく分からないが俺は途中から話についていけなくなった。

 ジルジルばっかり言っていては何も分からない。

 なんかの汁かよ!? と思ったのは他言無用だ。

 そのために聞いたらエリーナに「そんなことも知らぬのかっ!?」と怒鳴られたが素直に教えてくれた。

 ジルというのはこの世界でいう名のお金のことらしい。

 金銭配列的にはこういう風になっている。

 

A《アル》=百円単位

 

M《メル》=千円単位

 

G《ジル》=万円単位

 

 という形だ。

 転移結晶が7G《ジル》なので7万ということになるだろう。(高っ……!!)

 そして、話しながらも負傷者の手当てを行っていたマリィは、それを終わらせて一階層の出口へと運び、何とか無事に死者を出すことなく救うことが出来た。

 時間が少しあった為、もう少しこの階層をウロウロすることにした。

 

「マリィって何かと良い嫁さんになれそうだよなぁ……。それにエリーナは……不器用だろ??」

「私がアントの良いお嫁さん!?」

 

そんなこと言っていない!! 言ったくせして恥ずかしくなってきた……!!

 

 言い出したクセして後悔している俺は、頬を紅く染めているマリィを直視は出来ずそっぽを向いた。

 そしてエリーナにてっきり怒られるだろうと思っていた俺は何も言わず俯いているエリーナの方へ目を向けた。

 表情は見えないが雰囲気からしてとても落ち込んでいるように見えた。

 もしかしてデリケートな部分に触れたのかもしれない。

 するとエリーナが、パッと俺を見て言い放つ。

 

「すまないっ、産まれ付き人との接し方がまったく分からずっ……!!」

「え、え、あ……」

 

 エリーナは目に涙を浮かべて上目遣いで俺になぜか謝ってきた。

 俺は、言う言葉を間違った……。って思いながらもその表情についドキリとした。

 まるで飼い主が離れるのが寂しい子犬のようなその表情に。

 そしてなぜか気不味い空気になってしまった。

 マリィは俺の発言のせいか上の空である。

 

「べ、別にさっきのは気にするな。私はただ惚れた男が離れていくのが―――――」

「え」

「もしかしてエリーナもアントのこと好きなの??」

 

おい、ちょその発言は……!?

 

 俺が思った通りそれを聞いたエリーナは、ボウッと頭が茹で上がったかのように顔を真っ赤にして俺に倒れかかってきた。

 

「え、エリーナ!? おい大丈夫か!?」

「あ、あれ私変なこと言っちゃった……??」

 

そりゃもう大変なことをな……

 

 それから俺達は街へ戻りまだ顔を紅くしているエリーナに水をぶっかけて何とか無事に今日一日が終わった。

 

――だが目覚めたエリーナは唐突にあの衝撃的な発言を放った。



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《Ⅶ話》 コロシアムの現状 〜初編〜

 俺は町へ戻り、宿屋へと帰ってきた。そしてエリーナから衝撃的な一言を言われた。

 

「わ、私もアントと一緒の宿屋に止まりたい……!」

「ひっ!?」

 

 唐突過ぎて何を言われたかも分からなかった。

 それに変な声も出てしまったせいで余計に混乱してしまった。

 だがもっと混乱させるような発言をしする者が一人いた。

 

「これで店がもっと繁盛するのう」

「え、爺さん何言ってんだよ!? じいさんはいいかもしんねぇけど俺はどうなんだ!?」

「ここは皆の宿屋じゃ。それに別になにか減る訳でもないだろ?」

 

 するとじいさんはエリーナに向かってウィンクを送った。

 それでなぜかOKが出たと勘違いをしたエリーナはじいさんを見つめ、「この御恩は決して忘れませぬ!!」と斜め45度の姿勢でキッチリとしたお辞儀を披露してみせた。

 マリィは嬉しそうに「よろしくね、エリーナ♪」と言い、ニコッと笑って出迎えた。

 別に嫌って言う訳でもないが何かとマズイ。

 俺は最後まで納得していなかったせいか、最大の敵が俺の前に現る。

 

「ア、アント…………、私が嫌いか……?」

 

せこいですよエリーナさん!! そんな顔で見られたら俺は……!!

 

 上目遣い+涙目で、うるうると見つめて言ってくるエリーナに俺はどうすることも出来なくなった。

 ここで泣かせたら俺は男として黒歴史以上の、アンデッド歴史をも作り上げてしまうだろう。

 はぁ……、と溜め息を吐きながら「よ、よろしくなエリーナ……」と言い、本当に長かった一日は終わろ

うとしていた。※まだ終わっていません。

 

 あれから2時間後のこと。俺は晩飯を食べてマリィとエリーナ3人で少し雑談してから現在は風呂場にいる。

 まぁ前回は色々と遭ったが今回は大丈夫だろうと信じて入っている。だが、それは表面上だけのことであった。

 後ろから物音がしたので、チラと見ると……

 

「ウワァァァァァァァ――!!」

 

 風呂場に俺の全力の悲鳴が轟いた。

 その悲鳴を例えるなら『お母さんにえっちな本が見つかった時』の心の悲鳴を具現化したものであろう。

 

「こ、こら! 静かにしろ!」

「アントまた驚いてる〜」

「またってどういうことだマリィ!?」

 

もう何で俺が風呂に入ってる最中に入ってくんだよぉぉぉ!! 俺のケチャップ―血―が今のままでは足りなくなって死んじまうだろぉがぁぁ!!

 

「どうでもいいから取り合えず出てけぇぇぇ!!」

「そんなに怒らなくてもいいだろう。こっちだって相当な覚悟して来ているんだ」

「そんなの俺には関係ねぇよ! こちとら突然来られて覚悟すら出来てねぇよ!?」

「まぁ落ち着いてよアント、前一緒に入った時はちゃんとお喋りしたでしょ〜?」

「だからどういうことだマリィ!?」

「あー、俺はそんなこと知らね! 知らねったら知らないんだ! てか俺から出れば早いか」

 

 そして俺は、スッと立ち上がり後ろに美少女が産まれた時の姿で居ることもすっかり忘れ出ることに夢中になった結果……

 

「ブフォ――!!」

 

 

 そのまま俺は意識を失った。

 だから目覚めた時はベッドに寝かされていた。そして俺は昨日のことなんて一切覚えていない。そう覚えていないのだ。

 本当は思い出そうとしていないだけなのだが……。

 思い出したら確実に出血多量で恐らく他界してしまうに違いない。

 あぁ、してしまうに違いない。

 

「さっきから何ヒソヒソ言ってるのアントー? もしかして昨日ので頭を打《い》っちゃったのかなぁ……。ごめんねアント」※誤字ではありません。

「今「いっちゃったのかなぁ……」って言った気がするのだが……。そもそもなんで入ってくんだよ……」

 

もうこのままいっちゃおうかな……。異世界だし別に構わないよな……

 

 急に変な事を言い出してしまったことに気付き、正気に戻る俺。

 本当におかしくなりそうで怖かった。

 

「はぁ……もう昨日の疲れが取れねぇ……」

「そうだな、うむ……」

 

 こっちもこっちで脱力しているようだ。

 決死の覚悟の末にあるものを夢見ていたようだが、気絶で済まされては落ち込むだろう。

 マリィはいつものように穏やかでいた。そして俺に一言言う。

 

「そういえばアントは今日どこかに行く予定とかあるの?」

「う〜ん。出来ればもっとこの町を見て回りたいかな」

 

 マリィにそう言われ特に行きたい場所はないので大々的な部分をあげた。

 そしてエリーナは俺の発言見計らったように俺を連れて行きたい場所を言った。

 

「それなら少し、アントへ来てもらいたい場所がある。」

「まぁ行ける範囲なら行くけど……それってどこなんだ?」

「コロシアムだ」

 

コロシアム……? それって古代ローマの闘技場だっけな。あれって人間同士が殺しあってた気がするんだが、何でそんなとこに俺を……?

 

 疑問に思いながらも、行動が早いエリーナはスタスタと歩き始めているので、それに俺とマリィはついていく。

 マリィも名前は知っているらしいが詳しい事は何も知らないようだ。

 まぁ、コロシアムと聞いていいイメージが無いのは確かなんだけどな。

 そしてエリーナは店の宿屋の出口前にいるじいさんに声をかけた。

 

「それでは、じい様。私達は出掛けてくる。マリィはしっかり見ておくから心配しないでくれ」

「えぇ、皆さん気をつけて言ってくるんですよ。マリィもね。」

「はい、わかりましたです!」

「んじゃ、じいさん行ってくる」

「はい。」

 

 そう言い、俺達は扉を開けて外に出た。

 今の時間帯は昼前頃だろうか。

 人通りが多めのこの通りはいつもより少し少なくなっている。そこを歩きながら今回向かうコロシアムのことをエリーナに聞いた。場所はこの地区の上にある地区にあるらしい。

 そこは前聞いたことによるとスラム街がその地区にあり、その付近にコロシアムが点在している。

 俺はここの地区以外に『王族地区』へ行ったことがあるのだが、その名の通り王国貴族やら金持ち共がその9割を占めていた。

 本当は行きたくないのだが、そこに転移門があるため仕方なく行っている。前行った時は冒険者が来るのを嫌がっている貴族中心に下衆

げす

い視線をたっぷりと浴びせられた。

 エリーナに言われ、余り気にしないようにしているのだがそれでも居心地は悪かった。

 

「あ、そういやこの町の名前って何だ?」

「町? ここは王国だぞ。そんなことも知らないのか」

 

王国だったのか……。王族がいるってことはそうだよなぁ……

 

「ここはね、『ロレスタン』って王国だよ〜」

「へぇ……『ロレスタン』王国か」

「あぁ、そうだ」

「この国に来て、もうそろ10日になるけど初めて知ったな」

「何も知らぬとは……」

「アントとはもう10日になるのかぁ〜」

 

 そういう雑談をしながらあと少しで『スラム地区』への地区境へと辿り着くところまできた。

 ここ周辺に来ると人に数は徐々に少なくなっていき、建物の数も減っていく。

 少し嫌な雰囲気を感じさせるような場所だ。

 エリーナが急に真顔になり口を開いた。何か辛いような感じも含んで。

 

「ここ周辺は余り王国の管理が行き届いていない地区だ。」

「何かあったのか……?」

「あぁ。今から7年前のことだ。」

 

◆ ◇ ◆

 

 私が8歳の頃だった。

 お母さんが額に汗を垂らしながら緊迫した顔になりながらも優しく私の肩に手を置き何があったのかを説明する。

 

「エ、エリーナよく聞いて……」

「どうしたんのお母さん?」

「お父さんが亡くなったの……」

「え……ど、どうして……?」

「さっきね。モンスター達に城壁を破壊されてしまったの。それで侵入してきたモンスターにお父さんは……」

「…………」

 

 突然お父さんが亡くなったと言われても私にはすぐにはわからなかった。

 いつも優しくしてくれたお父さんが突然居なくなってもすぐに実感が沸かず、戻ってくると信じていた。

 その後、お母さんはここにもモンスターが来るかもしれないということで移動することになった。

 だがそれはもう遅かった。

 

「さぁ、行くわよエリーナ」

「う、うん」

 

 すると。

 

「ガウゥゥゥゥゥ!!」

 

 扉を開けるとそこには虎型のモンスターが目の前にいて、私達を威嚇していた。

 お母さんはそれを見ても怖がらずに「逃げてッ――!!」とだけ言い残し私の前で無惨に食い殺された。

 私も食べられて死んじゃうんだと思ったがそこで冒険者の人達がきた。

 

「大丈夫か!?」

「…………」

 

 私は一人の冒険者に声をかけられた。私はお母さんが目の前で殺された衝撃が大きすぎて何も言えなくなっていた。

 モンスターは他の冒険者によって倒されて私は下の地区『冒険者地区』へと運ばれた。

 そして私はギルドに引き取られて数年そこで暮らすことになった。

 

◆ ◇ ◆

 

「そしてその数日後にモンスターは全部排除された。だがその代償は大きく、負傷者783名。死亡者569名と信じられない数もの人が数日で死んだ。そこにお父さんもお母さんも含まれている。ここの地区はそれまで『貴族地区』と呼ばれていたが今ではもうあの名前になってしまった。」

「…………」

「そんなことがあったんだね……」

「って何故アントは泣いているのだ!?」

「い、いゃ……(ズゥー)んぁんがぁ……なげでぎでぇ……(ズゥー)」

 

 俺は思いっきり号泣していた。聞いていたら、いつの間にかそうなっていた。

 格好悪いとかそんなの関係なく感情を全開にし鼻水を、ズーズーと鳴らしている俺にエリーナは優しく微笑みかけた。

 

「アントは本当に良いやつだな……。それでだが、あれがコロシアムだ」

「え"……?」

「でっかーい!!」

 

 そこには円形の形をした建物があった。

 エリーナの話を聞き始めてからは見えなかったが気付けばかなり進んでいたらしい。

 そしてコロシアムの入り口からは色々な重装備を着けている冒険者達が入っていく姿が見当たった。その他にもボロボロになっている冒険者や、包帯グルグルの冒険者なども沢山いた。

 そして俺は鼻声で一言言った。

 

「こごがぁ……ゴロジアムか」

「「アントまず拭きなさい!」」



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《Ⅷ話》 コロシアムの現状 〜中編〜

 俺達は今、コロシアムの入り口前に立っていた。

 ゴツイ体の冒険者達はそんな俺達を見て、嘲笑うかのような視線をチラチラと見せていて鬱陶しい。

 そして1分ほど立ち尽くしてやっと中へ進んでいく。

 通路は俺達3人が横に並んでもまだ余裕があるくらいの幅で、たまにネズミの死骸が落ちていて少し不気味さを味わう。

 進んでいくにつれて人の歓声や、モンスターの唸り声、剣を交わす鋭い音。それぞれがどんどん大きくなり耳五月蠅い。

 それから数分歩くとエリーナは右側にある、下へと続く階段を降りて行き、降り終わった時と同時に武器を携えた兵へと声を掛けた。

 その人と数秒会話した後、エリーナがその人の後ろへとついて行ったので俺達もその後に続く。

 そして、数人だけだが少し先に見える行列の前へと兵が足を止めた。

 

「これって何の行列?」

 

 と俺が疑問に思って、質問をする。その行列には活き活きとしている冒険者が並んでいるので多分だが、参加者だろう。

 

「参加する冒険者達だ」

 

 思った通りだ。それにしてもここに来てるって言うことはS級の冒険者達なのだろうか。

 

「そういえば私も参加するのですか?」

「マリィには私と一緒にお金を賭ける役に回ってもらう」

「え、金ってギャンブルあんのか」

「モンスターのレベルによってお金を賭けれる限界はあるが」

「私、2Gしか持ってないよ……?」

「ふっ、安心しろ。アントが戦うからには勝率は100%だろうからその数十倍には膨れ上がるだろう」

「え、なんだよ!! 俺道具なのか!?」

「大丈夫だアント。本来の目的は他にある」

「なら、まぁいいけど……」

 

 そこで俺達の順番が来た為、話を一度中断した。

 椅子に座ってもたれかかっている中年のおっさんがコンコンと机を2回鳴らす。

 

「はい、それじゃ、ギルドカードと10Mの拝見、提出を願います」

「あ、はい」

 

 そう言われ『物質保存鞄』からさっさとギルドカードを手渡し、そのついでに10Mも机へ置いた。

 するとおっさんがナメた口調で「Fランクだと? 帰れガキ」とか言い出すものだから俺の代わりにエリーナが叱ってくれた。

 何とかわかってくれたようで―ほとんで暴力だったが―何も言わずに10Mを受け取り、おい、と言って近くに立っていたムキムキの体を自慢しているかのような服を着た案内役をこちらへ呼んできた。

 

「それじゃ取り合えずついてこればいい」

「ういっす」

 

 その人が少し怖いのかマリィが、ギュ......と手を掴んできた。

 その手は温かく包まれるようで離したくはないと思ってしまった。

 それを見ていたエリーナは羨ましそうに気付かれてないと思っているのか、こちらへチラチラと視線を向けては俺が目を合わせる度に顔を染めて前を向く。

 俺がエリーナの手を握ろうと伸ばしかけたその時、ムキムキの案内役が声をかけてきた。

 

「それで、兄ちゃん本当にFランクなのか?」

 

なんだそのことか……。てっきり「リア充爆ぜろ」とか言うのかと思った……

 

「えぇ、まぁそうですけど」

「ほう、珍しいな。このコロシアムにAランク以下の冒険者を俺は見たことがない。さっきのエリーナさんの話によれば相当強いのだろうな」

 

何でエリーナのことを……。もしかしてギルドで聞いたのはマジだったのか。ギルド嬢の言った通り本当に有名なんだな。

 

 奥にまで来ていると思うのだがまだ着かないようだ。

 そしてエリーナが蔑んだ様な瞳を数倍も身長差がある案内役に向けて。

 

「ふ。ナメていたら一瞬でお前なんざ動かぬ屍へと変わり果てるぞ」

「Sランクのエリーナさんにそこまで言わせるとは……兄ちゃん期待しているよ」

 

ん……? 何の期待持ってんだよ……

 

「期待されてもなぁ……あはは……」

「アントならどんな敵でも倒せるよ! 頑張って!」

「お、おう」

 

マリィもか……

 

 マリィは胸辺りに(๑و•̀ω•́)وっと手を寄せてにこやかに応援してくれた。可愛いすぎる。

 本当は王国を食べ歩きやら、見て回りたかったのだが、このコロシアムには何かありそうで少し楽しみになってきた。

 そして案内役が足を止める。

 

「それじゃ、兄ちゃん武器を選んできな」

 

 そう言われ、話していて気付かなかったが広い空間が目の前にあった。

 そこには剣を中心とした武器がそこかしこに置かれていて、それを俺達以外の冒険者達も真剣な眼差しで一つ一つ丁寧に見ていた。

 そんな中俺は疑問に思った。

 俺基本武器は使わねぇ……と。鉄剣はたまに使うくらいだがそれ以外は色々と。

 

「俺それ使えないから」

「え」

 

 唖然として数秒呆けた顔で俺を見てきた。

 それを聞いた他の冒険者達も「何言ってんだコイツ」の様な目で俺を見る。

 

「に、兄ちゃん? 本当に強いんだな? 死にに来たわけではないんだな?」

「んな馬鹿な奴がどこにいんだよ」

 

 まぁ武器を使わないのには理由があるから心配しなくてもいい。

 

「取り合えず見てくれ」

「何をするのだアント?」

 

 エリーナも見たことないからいい機会だろうと思い、近くにあった丈夫な剣を手に取った。

 俺は本当は勿体無いからやりたくないのだが、「はぁ……」と溜息をつくと。

 

「はッッ!!」

 

 俺は皆から少し離れた所で、かつ剣が見えるように一振りした。

 普通ならモンスターの骨をも切り砕く剣が。

 

――ガキンッ……

 

 と根から折れて、地面にその本体が落ちた。

 これだからしたくねぇんだよな。と後悔するももう遅い。

 それを見ていた3人も、その他の冒険者達も驚愕で口を、ポカンと開けていた。

 

「これで分かっただろ? だから俺は武器を使わねぇ」

「「「そういうことか……あはは……」」」

 

 3人が同時に同じことを言い、笑うことしか出来ない3人だった。

 

 

――――そしてこの後エリーナでも倒せないモンスターの意味を知る。

 



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《Ⅸ話》 コロシアムの現状 〜後編〜

「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ――!!」」」」」

 

 すごい歓声の中現在、俺はコロシアム会場内にいた。

 会場内と言っても観客席ではなく戦闘場の方だ。

 そして、今は予選って言うよりかは……言うのは難しいので下の表を見てほしい。

 

 

 コロシアム戦闘予定モンスター表。

 ・第一回戦Aランクモンスター

 

 ・第二回戦Aランク亜種モンスター

 

 ・第三回戦Sランクモンスター

 

 ・第四回戦Sランク亜種モンスター

 

 ・第五回戦SSランク亜種モンスター

 

 

 この様な表になっており、第五回戦は2桁超えてのSS亜種になっている。

 その中で俺は第三回戦のSランクモンスターとの戦闘中だ。

 相手は俺の10倍はあろうかと思える巨大なタコ『クラーケン』だ。

 『クラーケン』は触手を自由自在に操り、右へ伸ばしたと思えば左にもその巨大な触手が地面を叩きつけており、神経を澄まさなければ今頃死んでいただろう。

 だが、俺は戦う為にここに立っている訳ではない。

 今から1時間程前。

 

◆ ◇ ◆

 

「え!? ボスモンスターが女の子だと!?」

 

 俺は先程の武器を選ばされていた場所から離れて今、ムキムキの案内役に待合室へと連れて来られていた。

 

「あぁ、そうだ」

 

 そして俺はここに連れて来られた理由を聞いた。

 

「それで俺にどうしろと……!?」

「救ってもらう」

「は……!?」

 

 俺はエリーナからここのボスモンスターのことを教えてもらい凄く驚き、怒りを覚えた。

 そのボスモンスターはこの世界では手足の指合わせても数えきれる位の種族『悪魔族』の女の子だとか。

 『悪魔族』は『人間体』と『モンスター体』の2種類が存在し、『人間体』は俺達と同じく判断することや感情を持ったりしているが、『モンスター体』の方は別で喰らうことしか脳にないらしく危険だ。

 だが、今回のは『モンスター体』ではない。

 明らかな『人間体』だ。

 エリーナは実際見たことはないらしいがギルドに情報が入ってきたため俺にどうかしてほしいらしい。

 

「でも、どうやって救うんだよ? もし失敗して殺しちまったらどうなるんだよ……」

 

SSランクなんだろ……手加減なんかしてたらこっちが殺られちまうぞ……

 

「その心配はない。アントにはこの会場をぶっ潰してもらう」

 

 ニコリと不気味な笑顔を浮かべて普通に言ってくるエリーナに俺は呆れた。

 

「また無茶なことを言って……」

「実際、この真上はコロシアムの戦闘会場となっているんだ」

 

ってことは……沈める気か……。それだとここにいる奴らは下敷きになるぞ……

 

「一人救うために他の奴は犠牲にできねぇ」

 

 俺がそう言うとエリーナは自信満々な顔で返事をした。

 

「それなら案があるから安心しろ。私とマリィでここにいる奴らは全て会場の外に追い出しておく」

「そんなのどうやって……」

「女のやり方ってもんさ……」

 

うわぁ……女って怖ぇよ……。聞かない方が身の為だな……

 

 俺は嫌そうな顔を浮かべ、一応了承した。

 そもそもこの会場を潰す事自体出来るかも分からない。

 

「それじゃ、作戦を伝える。」

「あぁ」

 

 俺は顔の表情を切り替えて、聞くことに専念した。

 マリィは口に出すのは不味いと思っているのか黙ってこちらを見ている。

 

「まず、この紙を見てほしい。」

 

 と、戦闘表を見せられる。

 

 

 コロシアム戦闘予定モンスター表。

 ・第一回戦Aランクモンスター

 

 ・第二回戦Aランク亜種モンスター

 

 ・第三回戦Sランクモンスター

 

 ・第四回戦Sランク亜種モンスター

 

 ・第五回戦SSランク亜種モンスター

 

 

「この五回戦のがあれか……」

「うむ。そうだ。それでだが、まずは第四回戦まで勝ち進めてほしい」

「いけるかな……」

 

 正直亜種は大嫌いなのだ。

 一々全回復してからのグレードアップしだすとかチートとしか思えないからな。

 不安になったもののエリーナはどうも思っていないらしく普通の顔だった。

 

「アントの実力なら簡単にいける」

「どっからそんな自信が出てくるんだか……」

 

 今日2度目の呆れた顔を俺はした。

 

「そこまでいったら次が肝心だ。第四回戦までは連続戦なのだが、第五回戦に来ると5分の休憩が入る。」

「れ、連続戦か……」

 

体力には自身があるけど、気力がな……そもそもどんなモンスターかも気になるし……まぁそん時だな

 

「私達は地下にいる冒険者達を5分の間に全て連れだしそして、『悪魔族』との戦いが来たら思いっきり地面に打撃を入れ、会場を破壊してくれ。その際に『悪魔族』を抱えてアントも脱出してくれれば構わない」

 

俺が5回戦まで勝ち上り、休憩の間に皆を避難させ、戦いが始まれば会場を破壊。その際にその悪魔族の女の子と一緒に脱出と……やけに面倒臭いな……

 

「まぁいいけど、その後の合流地点は?」

「コロシアムの後ろに、今は使われていない教会がある。そこに来てくれ」

「わ、わかった……」

 

 少しやり遂げれるか心配だが、エリーナはその少女を助けたいらしい。

 なら、やってやる他ないだろう。

 そこで終わったのを確認したのかマリィが声をかけてきた。

 

「わ、私も何かやるんだよね……?」

「あぁ、それは後に説明する」

「わ、わかった! がんばるっ!」

 

変なことは頼むからしないでくれよ……

 

 俺はそう思ったと同時に出番がやってきた。

 

◆ ◇ ◆

 

「オラァッ!!」

 

――ボウォォォンッッ!!

 

 巨大なタコ『クラーケン』の連続攻撃を全て避けきり、やっとのことで相手が疲労し、隙を見せた所で俺はターンを切り替えた。

 もう10分間ずっと避け続けたので、こちらの疲労も著しいがまだまだ余力はある。

 

「これを喰らえッ!」

 

 俺はそう言い、鉄剣を取り出し『クラーケン』目掛けて斬りつける。

 だが、二本の触手に遮られた。

 その触手は、ブシャッ――と斬られて力も無く落ちていく。

 

「あー!! 面倒くせぇなー!!」

 

何でタコがこんなとこにいんだよ!! 取り合えず触手から片付けていかねぇと……!!

 

「ウッラァ!! ウォラァ!!」

 

 俺は次々と迫ってくる触手を、斬りに斬りつけ『クラーケン』を真っ裸にする。

 幸いなことに再生能力は無いみたいで斬りつけた所からは緑色の汁が溢れていた。

 そして全てを斬り払った所で渾身の一撃……と思いきやまだ相手は切り札を持っていた。

 

「グギャァァァァァァ!!」

 

 バケモノの咆哮が鳴り響くと同時に『クラーケン』の赤い頭から腕が二本出てきた。

 「うっわ何だあれ……」と俺は気持ち悪く思い少し引いた。

 そして、猛スピードで迫ってくる。

 通った場所はその力で削られ跡が出来ていた。

 

「グギャァァァァァァ――!!」

 

 そして目の前まで迫り、焦った俺はどうしたかと言うと……

 

「黙れぇぇぇ――!!」

 

 思いっきり殺気を含めてブチギレた。

 渾身の叫びと殺気が効いたらしくモンスター本能でその動きを止め、気絶したらしい。

 

「え……死んだ……?」

 

いや……まだ死んでないよな……? 何か泡吹いてるけど……取り合えず勝ったのか……

 

 観客席からは「おいアイツあれだけで殺っちまったぞ……」「な、何者だ……?」と先程とは打って変わって驚きへと変わっていた。

 それもつかの間。

 その数秒後に「「「「「うおぉぉぉぉぉぉ――!!」」」」」と歓声がこのコロシアムを包んだ。

 

「はぁ……あんな大声久々に出したなぁ……。それよりもう一戦あるのか……次は亜種……か」

 

 俺は気乗りしないまま怠そうに肩を落とした。

 そして『クラーケン』は粒子分解し、ドロップアイテムを落とす。

 俺は時間も残っていない為空かさず拾う。

 

『海の王の玉宝を入手しました。』

『ヌメヌメとした膜✕3を入手しました。』

『鋭い黑牙✕5を入手しました。』

『海の王の眼を入手しました。』

 

 ツッコミたい物は一つあるがそんな余裕はない。

 拾い終わると同時に次のモンスターが現れる。

 

「ヒュルルルルル……」

「き、騎士か……?」

 

 鉄柵の奥から出てきたのは暗黒に包まれ、馬に乗っている騎士のモンスターだった。

 モンスターというには少し不自然でその手には剣を持ち、その紅く煌く怪しい瞳で俺を見据えている。

 だが、そんなことを考えていた俺はつい隙を見せてしまった。

 

「ヒュアアアアア!!」

 

 俺は空かさず避けた。

 

「ぬアッ――」

 

 だが俺はギリギリのところで避けたが、全ては避けきれず胸に一閃刻まれた。

 その後も連続で馬を自分の身体と同化したかのような動きでまたこちらへとその黒く包まれた剣の刃を振りかざす。

 俺も鉄剣で何とか受け止めたが次の攻撃が来る為、こちらの攻撃が出来ず苦戦する。

 

そ、そうだ! 馬……馬を先に殺れば……!

 

 俺はそう思い付き、チャンスを見計らう。

 ガキンッ、ガキンッと何度も攻防した際あちらが少し動きを緩めた。

 

「ハァッッ!!」

「ヒヒィィィィィン……!!」

 

 悲痛な叫びを馬があげ、騎士を振り落とした。

 馬はそのまま粒子分解し消えていく。

 やっとこれでまともな勝負が出来ると思い立ち上がった騎士と向き合う。

 だが……

 

「ヒュラァァ……」

 

 ドン……と膝を付きそのまま力無く倒れこちらも粒子分解した。

 

「え……どういうことだ……?」

 

 俺は意味が分からないままもドロップアイテムを拾う。

 

『暗黒の黒騎士の剣を入手しました。』

『暗黒の黒騎士の防具を入手しました。』

 

案外少ないな……。これで休憩が入る訳だが、エリーナ達は無事にやっているだろうか……

 

 と思い、俺が戦闘会場の入り口を見ると……

 

「アント無事に終わったよー!!」

「もう準備は出来ている!!」

 

あれってマリィとエリーナか……

 

 そこにはニコニコと手を降っているマリィと、腕組みをしてこちらを見るエリーナだった。

 急いでエリーナのところへ行くと「全員避難は完了した。後はアントだけだ」と言われて安心した。

 

「んじゃ後は俺が『悪魔族』の女の子を連れ出すだけだな」

「あぁ、そうだ。私達は先に教会へ向かっておくからしっかりと来るんだぞ」

「了解だ」

 

 そう言うと、すぐさま会場奥へと消えていった。

 

「よし、本気でぶっ潰すか……」

 

 そう言うと戦闘会場の中心へと戻っていく。

 相変わらず歓声は途絶えないままで、五月蝿いがまぁそこは無視しよう。

 そして、ガラガラガラと鉄柵が開かれそこにいたのは……

 

「本当に女の子だ……」

 

 少し見えにくいがその表情は曇っていた。

 何かに怯えるように……

 戦う気はないのか、それとも戦うのが初めてなのか、は分からないがその位置から一歩も動こうとしない。

 そして一人の兵がその娘の所まで行き、バシンッ!!とムチを打ち付けた。

 

「何やってんだ……!?」

 

あんな女の子に何てことしてるんだよ……!!

 

 俺はその娘の元まで行くが、怯えて近付こうとしない。

 だから、俺はニコッと笑みを浮けべ……

 

「逃げよう」

 

 

 と言った。

 すると兵が「お前何をほざいている!!」とこちらへ剣を向けたので蹴り飛ばし、女の子を抱えて戦闘会場の中央まで行くと。

 

「掴まってて」

 

 そう言い、観客席からのブーイングも兵がこちらへ向かっているのも気にせず心を無にした。

 

 ハァァァァ…………

 

「ウォォォォォッラァァァ!!」

 

――――ドガアアアアアアアアアアンッッ――!!

 

 俺が全身洗礼の本気で地面を殴りつけた。

 その瞬間地面が崩れ落ちたが、何とか上へのぼり、観客席へと登るとそのままダッシュで席を通り抜けて数十mはあろうかと思えるコロシアムの天辺からジャンプした。

 

「捕まってろよぉぉ!!」

「…………(ギュッ)」

 

 シューとどんどん地面に近付き、トンッ……とあり得ないような音で着地した。

 

 「よし、確か後ろの教会へと行けばいいんだなっ」

 

 俺はコロシアムの後ろ側へ周りその近くにある教会を見つけて、ドンと扉を片手で開ける。

 

「あ、アント無事だったんだね!」

「来ると思っていたぞアント」

 

 二人は安心した顔で出迎えてくれて抱えている女の子を見据える。

 

「あ、ごめん。取り合えず連れてきたは良いけど……どうするの……?」

「よし、ひとまず宿屋へ戻ろう」

「うん、そうだねっ」

「…………」

 

 そして俺達は急いで宿屋へ戻ることにした。

 



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《Ⅹ話》 悪魔族の少女

「おい、見つけたぞ! 南側に向かえ!」

 

 俺達は今、追われていた。

 それは俺が悪いっていうか……まぁそうなんだけど

 今から、30分ほど前に今抱えている女の子を連れ出すためにちょっと派手にやらかしてしまってって言うかそれがそもそもの計画だったんだけど。

 それで合流地点まで無事に行けたのだが、見つかってしまって、今追われている訳だ。

 

「くっそ、逃げても逃げても見つかっちまう」

「ひとまず身を隠すぞ!」

「はぁ……! はぁ……! ちょ、ちょっと待ってー……!」

「マリィ大丈夫か!」

 

 マリィがバテてしまったようで地面に疲れ切って倒れこんだ。

 兵も近くにまで来ているので、どうしようかと思っていた時、あの女の子が動いた。

 

「お兄ちゃん降ろして」

「え、お、お兄ちゃ!? って何をすんだ……」

 

 お兄ちゃんって言われて戸惑うが、言われた通りその女の子を降ろす。

 兵も近づいて来て何をするのか不安になったが、SSランクの名は伊達ではなかった。

 

「お兄ちゃん達を傷付けたら許さない……。貴方達は今ここで自害しなさい!」

「…………」

 

あれ……何言ってんだ……? ……って嘘だろ!?

 

 俺はえげつない光景を目の当たりにした。

 兵達は次々と倒れる。

 誰かが殺している訳でも何でも無い。

 女の子が言った通り、次々と自分の剣で自害をしていった。

 次から次へと、ブシュ……ブシュ……と。

 その鮮血が剣に滴り落ちて、とうとうここにいる兵達は皆死んでしまった。

 

「ふむ……。これは悪魔特有の洗脳……だな」

「ま、まじかよ……」

 

 もう周りには50人近くの兵達が野垂れ死んでいて見れる光景ではない。

 とてもグロい絵図だが、人は粒子分解はしないらしい。

 取り合えず次が来られても困るのでさっさと再び女の子とマリィを抱える。

 

「ア、アントその格好は……」

 

 マリィを後ろに抱え、女の子を前に抱える。

 今の状況を確認するが特に不審な点はない。

 

 「よし、あと少しでこの地区から出れる」

 「もう、兵達追ってきていないから降ろしてもいいんじゃないか……!?」

 

 行き迫ったような様子で言うものだから断れず、降ろす。

 

 「よいしょ、」

 

 俺はマリィと女の子を降ろした。

 だが、マリィの様子がおかしいと思い、顔を覗きこんでみると……

 

「ス〜……」

「……って寝てるし」

「ほ、本当か! マ、マリィ起きるのだ……!?」

「いや、俺がおんぶするから起こさなくていいよ」

「で、でも……!?」

 

エリーナさっきから何を焦ってんだ……

 

 エリーナのことはよく分からないが、今の気持ち良さそうな顔で寝ているところを起こすのは可哀想だと思い、もう一回おんぶした。

 すると降ろした女の子も羨望の眼差しで。

 

「お兄ちゃん私も、もう一回おんぶして!」

 

 と腕に引っ付いてきた。

 だが、させまいと逆らうものが一人。

 

「何甘えたことを言っている! 私と共に歩け!」

 

何に怒ってんだ……ていうかさっきから不機嫌だよなエリーナ。何かあったのか……? 

 

 そんなことを考えている中二人の戦いはまだ続く。

 

「お姉ちゃん嫌いだから嫌だ」

「なっ!?」

 

もうこの二人引っ付けたらダメだ……。まさに『混ぜたら危険』だな。どうしたものか……

 

 すると、良い所でマリィが目を覚ました。

 ふわぁ……とあくびを出してから俺に気付く。

 

「あれ、アント何で私をおんぶしてるの?」

「俺がおんぶしてないとマリィは今ここには居ないぞ?」

 

 そう掛け合いながら、マリィ女の子に声を掛けた。

 

「もうエリーナと仲良くなったんだ♪」

「なってなどいない!」「なってないもん!」

 

おぉ〜見事なハモリ! ここまで来ると運命だな、あははは

 

「そ、そんなんだ……。それで君の名前は?」

「俺も聞いてなかったなぁ」

「それよりだなマリィ……」

「ん?」

 

 これまでにない様な顔でシワを寄せぴくぴくと動いている眉毛が可愛らしいエリーナ。

 何を言うかと思いきや……。

 

「アントとイチャイチャしてないでさっさと降りろぉぉぉ!」

「あ、本当だ!」

 

 そして、マリィが俺の背中から、ひょいと降りたところで、やっとエリーナはそのぶっきらぼうな顔をいつもの可愛い顔に戻してくれた。

 なんだ、そういうことか……と俺は安心する。

 

「あ、それで君の名前は?」

「私エマって名前だよ」

 

エマちゃんか。下の名前は皆と違ってないタイプなのかな

 

「そうなんだ、よろしくねエマちゃん!」

「うんよろしくね、お姉ちゃん!」

「ふ、ふん知るものかエマなど」

 

相変わらずだけど、ちゃんと名前で呼んでんじゃんか。それよりエマちゃん無茶苦茶馴染んでるよな……

 

 そして、ここに来た当たりで俺達は『スラム地区』を抜けて下の地区へと戻ってきた。

 活気は徐々に戻ってきており、あと少し進めばあの宿屋へと辿り着く。

 

「取り合えず宿屋へ戻って纏める方が優先だからさっさと戻るぞ」

「ふむ。それが一番だ」

「そうだねアント!」

「お兄ちゃんどこに行くの……?」

「休む場所だよ」

 

 少し目立っているのか、チラチラと見てくる人が多いため口数が減っていく。

 そして、ギルド前を通り過ぎ宿屋の前まで来た。

 

「ここだよエマちゃん」

「う、うん」

 

――ガチャリン...... 

 

 俺は扉を開けてエマちゃんを引き連れながら中にはいる。

 

「おかえりなさい皆様」

 

 いつものように優しい微笑みでお帰りのコールを言った。

 

「ただいまじいさん」

「ただいまおじいちゃん!」

「ただ今戻りました」

 

 そして俺の腕に引っ付いているエマちゃんを見るやいなや。

 

「そちらの方は……」

「あー、なんて言ったらいいのか……」

 

 とエリーナが突然とんでもないことを発言した。

 

「私の母の友人の子供だ」

「え、えぇぇぇぇぇぇ!!」

 



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