ウチの【西連寺春菜】が一番カワイイ!! (充電中/放電中)
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difficulty 1. 『舞い降りた少年』

1

 

「つまんね」

 

漫画をベッドへ放り投げる。

 

6畳しか無い部屋は漫画で溢れている。そろそろ売りに行かねーと。

最近の漫画は鈍感主人公ハーレムものばかりじゃねーか、まぁ好きだけどさ

 

『ToLOVEる-ダークネス-』なんて最高じゃねぇか!是非行ってみたい。あの世界に入ってみたい。現実世界は退屈だ。高校なんて勉強して何になる。つまんね、漫画読んでる方が時間の有効活用だ。だって死ぬまでの時間は限られてる。楽しんだもの勝ち。時間の有効活用だ。

 

「こうやってたら行けたりしてな」

 

漫画を枕の下に入れ、横になる、あ、そういえばもう午前2時過ぎだった。明日は7時起きか・・・・前の日徹夜だったし、もう寝るか。

ものぐさな俺はそのまま眠ることにする。

 

意識が途切れた瞬間が分からなかった。

 

 

2

 

 

「…ちゃん、○△✕★!」

 

うるさいな

 

「お・・・・にい・ちゃ・・」

 

はぁー・・朝かよ、めんどくせー学校だりぃー

 

「ふぁああ~起きるっての、あと五分…」

「後五分って・・・帰らないの?お兄ちゃん」

「はぁ?帰るってウチじゃねーか、どこにだ、土にかよ」

「土?何言ってるの?大丈夫?」

「………へあ?」

「?」

 

目を開けるとそこには【西連寺春菜】が。原画100%。混じりっけなしの

 

「おおおおおおおお!!!!!すげえ!本物だああ!」

「えっ!?っちょっととななななに!?」

【西蓮寺春菜】の両肩をがっしりと掴み揺さぶる。この顔、髪型、このスタイル!ということはここは!!!きょろきょろと周りを見回す、

 

「おおおおおおおおぅぅぅぅうううううううう!!!彩南高校じゃねーか!!!!ラッキースケベが頻繁に起こるトコ!しかも少年誌ギリギリのやーつ!てことはてことはてことは!!!

これから色んなキャラに会えるってことか!やっほい!今流行の異世界キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!」

 

 

目の前の【西連寺春菜】が困惑しきった顔して、え、なに、どうしたの、何かあったの?と同じように周りを見回している。ハハハ!!!!ならばこの際言ってやろう!

 

「可哀想だよな、お前は」

左肩に手をのせ、ぽんぽん、と右手で叩く。

「へ?」

「主人公【結城リト】の初恋だかなんだかの相手だってのに。キャラは薄いし、かといって清純キャラで売ろうとしてもパンチ弱いしな、うんうん」

「え?結城くんの?何?え?何の相手?」

頭の上に「?」マークを浮かべる【西連寺春菜】

「わかる、わかるよ、うんうん。あとから増えたキャラが食っちまったよな、ドンマイドンマイ」

ぽんぽんともう一度肩を叩く。困惑が混乱に変わった【西連寺春菜】は、凄いな。アニメより原画に近い。カラー版だな、コレ

「もう、さっきから何言ってるの?帰らないの?お兄ちゃん」

 

うん??"お兄ちゃん"?【西連寺春菜】には姉じゃなかったっけ?どことなく似てる感じの。

 

「お姉ちゃんじゃないのか?キャラの相関図大丈夫?アーユーオーケー?」

 

目の前の春菜がおずおず、と俺の額に手を伸ばす。自分の額にも手を当てている。あ、『熱でもあるのか?頭大丈夫?』の表現だな

 

「…熱はないよね、どこかで頭をぶつけた・・・・とか?」

 

今度はペタペタを頭を触ってくる。これは『頭を打ってきっとマトモじゃない、大丈夫?』の表現だ。漫画では頭をぶつけると入れ替わったり、記憶喪失になることだって展開的にあるヤツだ。

 

「いやいや、大丈夫だ【西連寺春菜】」

 

頭をぺたぺた触る手をぱっぱ(・・・)と煩わしげに振り払う。

 

「うん、やっぱりおかしい。とりあえず御門先生に診てもらおう?」

 

心配げに手を握ってくる【西連寺春菜】

 

「何言ってんだよ、こんなドカドカ殴られたり服だけなくなる素敵世界で保健室がなんの役に立つという。次のコマでボロボロ、その数コマ後で完治が普通だろ」

「コマ?ううん、やっぱり変!行こう!御門先生に診てもらおう!」

 

グイグイと右手を引っ張る【西連寺春菜】。お、結構力つえーな、テニス部だっけ、あんまり描写ないけど、、実際部活入ってたら土日放課後なんて無いよね

 

「あーあー、大丈夫だっていうに」

 

どんどん引っ張り先を急ぐ【西連寺春菜】これは説得できなさそうだ。色々キャラクター見て回りたかったのに。そういえばここ単行本何巻あたりなんだ?

 

 

3

 

 

「うーん、特におかしなところはないわよ」

「ほ、ホントですか!?」

「ええ、間違いなく健康そのもの」

「じゃ、じゃあの、この状態は…」

 

「ふがふがむがむがああ!」

 

手脚をグルグルにしばられ口には猿轡。

 

「さあ?私には分からないわ、ごめんなさいね」

「い、いえ・・・・」

 

「もがむがああああ!」

 

ジタバタと手脚を動かす。あのモブ担任じゃねえんだぞ!

 

「ど、どうしてこんな事に・・・」

「うーん、精神にも異常はないみたいだしねぇ・・・困ったことになったわね」

 

心配げな顔の【西連寺春菜】と【御門涼子】なぜこんな事になってるかって?あらすじはこうだ!

 

ToLOVEるの世界いる俺は当然キャラ達の細部を見ようとする、【西連寺春菜】は見た。無印のころの画だ。一桁くらいの単行本だな。ちょっとシュッした印象を受けた。

そしたら次に気になるのは感触じゃあないか。連れてこられるは保健室。おっぱ・・じゃなかった、【御門涼子】が目の前に。そしたら当然おっぱいを揉むだろう。あんだけ放り出してるお色気キャラだ。

 

「うひょー!マジやわらけー!」と叫んだら光の疾さで簀巻にされた。以上おわり。

 

「はぁ、とにかく家でゆっくり休ませてまた来なさい、何か薬を準備しておくから。」

「あ、ありがとうございます!」

 

眉間を抑え溜息をつきながらの【御門涼子】

お色気キャラのクセにおっぱい揉まれたくらいで何だよ!なんでじゃあ放り出してるんだよ!揉め揉め行進曲じゃねーのか!

 

 

4

 

 

あったけ、布団。ふかふかベッド最高。寝返りをうって薄目を開ける。

あの後、家まで連れてこられ(簀巻から開放してもらえた)

 

『どうしてもベッドで横になってて!ね!お願い!お願いだからお兄ちゃんお願い!』

と”お願い”を連呼されてしまった俺は渋々了承してベッドに入った。

 

俺の部屋とは違う広い部屋。10畳くらいか?デスクセット、コンポ、パソコン、姿見、そしてベッド。漫画の一冊もない。簡素でオシャレな部屋。

ベッドから起き上がり、姿見を見る。ToLOVEるの登場人物の一人に描かれている俺。現実世界の俺をそのまんま作者が書いてくれたようだ。ちょっとイケメンなのがムカつく。チクショウ。体格は175センチ程、体型は細身。これは一緒だ、それにしても、どこも【西連寺春菜】と似てねーな、そういえば【結城美柑】と【結城リト】も似てないか、どうせなら【猿山】みたいにわかりやすいエロキャラに書いてくれなかったのかよ、

 

ガチャリとドアが開く音がして、振り返る。

 

「お、お兄ちゃん寝てなきゃダメだよ!」

「おう、【西連寺春菜】、部屋着もいいな、いい感じだぞ」

「お、お兄ちゃん…はぁ、ホントにもう、どうしちゃったの…」

 

俺の体を押してベッドへ促す【西連寺春菜】。彩南高校の時とは違い心配だけでなく、かなりの不安もあるようだった。

ベッドへまた横にされる、探索にいきてぇ、ここまでヒロインは【西連寺春菜】しか会ってない。不遇ヒロインはもういい、飽きた。別なヒロインも見学したい。

 

「はぁ・・・お兄ちゃんがどうしてこんな・・・」

 

ムカ。さっきから聞いていれば俺をなんだと思ってんだ!ただの見学だぞ!別にヒロイン達にピーッなことしてないだろ!

 

「・・・・俺ってどんな奴なんだよ」

 

ほんの少し怒気を込めて尋ねる。ベッドに横になる俺に【西連寺春菜】はしゃがんで目を合わせて答えてくれた。

 

「お兄ちゃんはいつも明るくて、優しくて、面倒見がよくて・・・・」

「・・・。」

「それで、いつも大事な時に私に勇気をくれるの・・・・そんな自慢のお兄ちゃん、だよ、」

「・・・。」

 

春菜(・・)は涙を零して言葉を震わせた、言いながら不安と心配が余計膨らんでしまったらしい。

 

「・・・ご、ごめんね、お兄ちゃんが一番大変なのに、だ、大丈夫!きっと治るから!」

 

自分に言い聞かせているかのようなその声はやけに明るい。全く、この【西連寺春菜】ってキャラクターは。

 

「・・・・悪かった、さいれ・・春菜」

「・・え?」

「寝たら元に戻るからさ、寝かしてくれ」

「あ・・・う、うん。お兄ちゃんが眠るまでここにいてもいい?」

「・・・いいぞ」

「うん、ありがとうお兄ちゃん」

 

しゃがんで顔を覗き込む【西連寺春菜】。やはり健気なキャラだな。

 

「おやすみなさい、秋人お兄ちゃん・・・」

 

目を閉じて寝たふりをする俺に呟きかけると【西連寺春菜】は明かりを消して部屋を出て行った。まったく、どうして原作キャラに気を使わなければなんねーんだか、、、、

 

 

5

 

 

ジリリリリリ…

目覚ましの音が鳴り響く、なんだ、朝か。折角ToLOVEるの世界に居たんだけどなー

んーっと伸びをしてベッドから起き上がる。さあて今日の漫画は何を読もうか、もちろん学校で。

 

「あ、お兄ちゃんおはよう、起きた?」

「ん?」

 

開け放たれたドアの向こうに【西連寺春菜】が居る。はて、こういうのは寝たら元の世界にというのが定番じゃねーの?

じっとこっちを見つめる【西連寺春菜】ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえてくるような気がした。

 

「ああ、おはよ春菜(・・)

「よ、よかった!元のお兄ちゃんだよね?!」

 

知らん、だいたい元は姉だろ姉。

 

「ああ、悪ぃな、心配かけた」

「ううん!いいの!はぁー・・・良かった、よかったよぅ・・・あ、ご飯できるから座って待ってて!」

 

昨日の心配がウソのような笑顔を見せて朝飯を作る【西連寺春菜】。まったく、面倒だが仕方がないか、この方がいろいろ立ちまわるのに都合がいいし。俺のキャラはどうしよう、まぁありのままの俺でいくか、優しくて思いやりなんかあった覚えねーけど

 

【西連寺春菜】が作った朝飯を二人で食べる。【西連寺春菜】はよくしゃべった。学校や部活のこと友達のこと、漫画に載っていないエピソードが聞けてよかった。聞けばまだ一年らしい。【モモ】や【メア】は出てきていないようだ。まぁダークネスに突入したら【西連寺春菜】は余計影が薄くなるし、いいんじゃね?近くで【メア】とか見たかったけど・・・・・ぺらぺらとよく喋る【西連寺春菜】。こんなにおしゃべりキャラじゃなかっただろ?キャラ改変?それとも原作姉にはこうだったのか?【西連寺春菜】の作った朝飯は意外と美味かった。漫画ででてくるのってスゲー美味いかスゲー不味いかのどっちかだよね

 

 

6

 

 

「あーあ、面倒だ面倒だ」

 

朝のSHRをサボり屋上へ。風が体をかけ抜ける。心地いい青空が広がり眼下には誰一人居ない校庭が広がる。結構リアルだ。こうして細部までToLOVEるの世界を堪能できるなんてやっぱ幸運だ。家では邪魔されたが・・・・・俺は今だけは(・・・・)春菜の兄だ。多少は気を使ってやるが、ソレはソレ。だいたいこうして原作の世界に居るというのになんでキャラクターの心情を考慮してやらないかんのだ、そういうことは作者の仕事だろ、俺はタダの”傍観者”なんだぞ、見てるだけだ。

 

 

『お兄ちゃんはいつも明るくて、優しくて、面倒見がよくて・・・・』

『・・・。』

『それで、いつも大事な時に私に勇気をくれるの・・・・そんな自慢のお兄ちゃん、だよ、』

『・・・。』

 

 

昨日の会話が青空に浮かぶ。

まったく、しらねっての、俺じゃねーっての

 

知らぬと断じて【西連寺春菜】を見捨てて自由になれるほどに無責任になれるわけでもなく、かと言って面倒を見てやる程に義理もない。

 

「はぁー・・・・めんどくせぇー・・・こういうのってお気楽なもんじゃねぇのか?そもそもいつまでこの原作の世界に居られるんだ?」

 

チャイムが鳴り響き一限目の始まりを告げる。俺の居た世界とも同じ響きのその音は"ToLOVEるの世界"にいることを少しだけ忘れさせてくれた。そういえば今日はテストがあったな、あ、まだ読んでない漫画もあった。

 

「・・・・ったく、」

ワケもなくモヤモヤする。

 

"俺"の知らない【西連寺秋人】

 

"俺"を知らない原作キャラ達。

 

名前が同じなだけあって余計に困惑する。秋人・・・・・・現実の俺と同じ名前。コレは夢か?!明晰夢を見てるのか?!”夢”ならば・・・・

 

「ぁぁああああああああぁああ!!!!!めんどくせええええええええ!もっと楽な夢をみろっての!おれええええええええええええええ!!!!」

 

誰もいないグラウンドに向かい叫ぶ。フェンスに手をかけ身を乗り出して叫ぶ姿は、誰かに助けを求めているかのように見えたことだろう。

 

「西連寺くん!また(・・)君はここに居たのか」

「え?」

 

振り向くとそこには初登場台詞が「カバンをお持ちします」のあのキャラクターが居た。

 

【九条凛】所謂【天条院沙姫】の付き人。ToLOVEるではイマイチなキャラクターだったがToLOVEるダークネスで花開いた武士娘キャラクターだ。

 

「まったく、懲りないやつだ、君は。」

「は?」

 

勝手に心得た顔をする【九条凛】

 

「今日は何が見える?君は本当にここが好きだな、だがSHRをサボるのは良くない」

 

【九条凛】のポニーテルを揺らしながら俺の隣へと歩み寄る。俺の横に立ち並び、グラウンドへと視線を向けた。そこには一限目から体育に着替えを終えた生徒たちがわらわらと出て、友達と談笑しながら準備体操をしている。初秋を感じさせる緩やかな暑さを日差しが伝えるが屋上は冷たい風が吹くため丁度いい。

 

「…。」

「…。」

 

二人、並んでグラウンドを走る生徒達を見る。一周200メートルをぐるぐる走り、足の早い奴、遅い奴と様々だがどこか秩序だっていて屋上から見るとまるで水槽を覗き込んでいるように感じた。

 

「…何しに来たんだよ、【九条凛】」

 

【九条凛】は武士娘キャラクター、礼儀正しく義理堅い。【結城リト】達にとっては先輩といったキャラクターだ。一限目が始まっているこの時間に屋上にいるようなタイプじゃない。

 

「…また君にそう呼ばれるとは…少しは仲良くなったと思ったんだが」

「また?」

「一年の頃までそう私を呼んでいただろう?」

 

その頃を懐かしむような苦笑いを浮かべる【九条凛】

 

「…しらねっての」

「覚えていないと?」

「"識らない"んだよ、」

「…どういうことだ?」

 

俺はポツポツと【九条凛】に話しをした。この世界以外から来たこと、【西蓮寺春菜】の兄にいきなりなったこと。周りには知っているヤツがいるが、昔の自分がどのように振舞っていたか知らないこと・・・・・・・さすがに此処が【結城リト】を中心としたハーレム漫画の世界だってことは言わなかったが。

 

「…なるほど、つまり君は私が知る"西蓮寺秋人”ではない、と」

「そう言う事。」

「ふむ、」

【九条凛】がしげしげと俺を覗き込む。何かを探るような瞳。

「では、まずは試してみるのはどうだろう?」

「試す?」

「ああ、()が元の世界に帰れるのかどうか私には分からないが、此方にこれたのだから帰ることだってできるはずだ。」

「あ、ああ、そうだな」

 

別に俺は帰りたい!って強く思ってるわけじゃないぞ。もっとお気楽で、ウハウハな世界を望んでいるだけだ。

 

「だから()が行動を起こして色々と試すんだ、とにかく動いてみる、周りの人物たちに働き掛けるんだ。そうすれば何かが見えてくるかもしれない。」

「…そうかな?」

「ああ、思案するばかりではいけない、じたばたと藻掻けばきっと糸口が見つかるさ」

 

()が優しく微笑む。

 

彼女がただの【九条凛】というキャラクターではないように一瞬感じた。、一人の人間に見えた。そう、自分で考えて行動している生きている人間。・・・・・錯覚だな。

 

「ま、やってみるか、」

「ああ、その意気だ」

 

()がぽん、と俺の肩に手を置く。やけに気安い、【九条凛】は男性キャラには、と言うよりは【天条院沙姫】と【藤崎綾】くらいにしか心を開いていなかったはずだが、

 

もしかしたら【西連寺秋人】には心を開いていたのかも。・・・・・識らないけど。

原作に載ってない事は識らないのだ。

 

今度のチャイムは一限の終わりを告げる。退屈な授業からの開放の音。

 

「しまった!君を呼びに来たのに…これではミイラ取りがミイラだな、沙姫様にも心配をかけてしまう!」

凛が焦りの表情を浮かべる、そういえば【九条凛】は【天条院沙姫】命だったな、木に登って【ララ・サタリン・デビルーク】を監視してたっけ

 

「急いで戻ろう!西蓮寺君!」

「あ、おっおおおおっぁああお!!!!」

 

返事をする前に手を引き走る凛、は、早い。【西蓮寺春菜】より力強く手を引く凛の一つ結びが左右に激しく揺れる。階段を三段飛ばしで駆け下りる。自分の識ってるキャラクターに手を引かれ、転がり落ちるように教室へと急ぐ躰に少しだけこの"ToLOVEるの世界"に心もつられて引き込まれるような気がした。

 

 

7

 

 

「"昆虫喫茶"、やっぱこうなったか、」

 

俺のクラス-2-A-は【天条院沙姫】の強引な意見で昆虫喫茶に。そんなもん流行るか。【西蓮寺春菜】の居る1-Aはアニマル喫茶。喫茶店多いよな。学園祭って

 

ちなみに俺はコスプレ喫茶を推した。多数の衣装を身に纏えるし、【天条院沙姫】には巻き髪と高飛車な性格から派手な姫様の衣装が似合うだろうし、凛は純和風メイドとして活躍できるだろう、普段【天条院沙姫】に仕えているし。

クラスのほとんどが納得しかけた意見だったが、【天条院沙姫】の「貴方ごときが私の意見に楯突くのは許しませんわ!」の一言で却下され、【天条院沙姫】の意見が通った。結局原作と同じ展開。【ララ・サタリン・デビルーク】に無謀なお色気勝負を挑み、あえなく玉砕。ヘンタイ校長に追いかけられる事になるだろう。

 

だいたい【天条院沙姫】というキャラクターを作者はどうしたかったのか分からない。【ララ・サタリン・デビルーク】【結城リト】【西連寺春菜】の三角関係がドロドロしないように河岸を変えのような存在?そのわりには【ザスティン】に惚れたよな。

 

「ま、中心は【結城リト】のいるアニマル喫茶だし、いいけど。クラスが暇になれば色々見に行けるだろうしな、」

 

鞄を肩に担ぎながら家へと歩く。街は日暮れを迎え商店街へと買い物に向かう主婦たちで賑わっていた。【西連寺春菜】は部活。俺一人での帰り道。

 

「ん、あれは…」

 

遠目に特徴的なパイナップル頭が見えた。

 

 

8

 

 

「んー・・・ちょっと買いすぎたかも」

 

私は両手のスーパーの袋をガサガサと鳴らす。濃い口醤油が安かった。それに牛乳も。つい買いすぎてしまった。卵も一緒に買ったため割らないように、気をつけて運ばないといけない。重さも相まって神経を使う。家事を一手に担う私はやることが多い。リトも手伝ってくれるけどリトはリトでララさんに振り回されて家事まで手がまわらないみたいだし。

 

――――それでも少しくらいは気にかけて欲しい。妹を蔑ろにしすぎ。あたしはハウスキーパーさんか、

 

皿洗いさえしてくれなかったリトは臨海学校から帰ってきてから何やら悩んでる様子。・・・・まぁララさんの事だろうケドね、

重い袋2つを落とさないように歩く。道行く人達の「大丈夫?」に「大丈夫です」と笑顔を返す。しっかり者で通っている私。まぁ小学生にしてはしっかりしていると自負がある。

 

「持つよ」

「え、?」

 

私から強引に2つの袋を奪う腕。

 

「あ、あのだいじょ…」

「良いって、家はあっち?」

「は、はい…」

「じゃ、行こうか」

 

見るとリトやララさんと同じ彩南高校の制服。最近冬用に衣替えをしてブレザーを羽織るようになった。小学生の私と違い制服のある高校生、制服に憧れのある私もいつか着てみたいと密かに思っていた彩南高校の制服・・・・の男子生徒用。

 

「あの、本当に大丈夫ですから、」「いいっての。こっちの事情だ」「事情?」「あー・・・いや、何でもない」と会話を交わす。怪しい人じゃないのは直感でわかるけど、初対面の人に重い荷物をもたせるのは忍びない。なんとかしなくちゃ

 

・・・・結局家まで運んでもらってしまった。

 

「んじゃ、俺はここで」

「あの、有難う御座いました。うちでお礼にお茶でも・・・」

「いいよ、俺も家に帰らなきゃいけないし」

「では、何か別なお礼を…」

「いいって、じゃね、」

 

用は済んだとばかりに去っていく高校生。ここまでの会話でリトより年上ということは分かった。やたらとリトの事を聞きたがってたけど、理由はうまくはぐらかされて応えてもらえなかった。

 

「待ってください!…あの、名前を…」

「秋人…【西連寺秋人】だ、あんまり頑張りすぎるなよ!【結城美柑】!」

 

走り去っていく西連寺秋人さん。西連寺・・・・・あ、前にランジェリーショップであった春菜さんと同じ名字・・・・お兄さんか、お兄さんだ

一人納得する。春菜さんは優しい人だった、お兄さんも同じ、

春菜さんをリトは想ってる、たぶんソレに気づいたお兄さんであるところの秋人さんは気になったんだろう、だからやたらとリトの事を聞いてきたんだ。

情報収集に利用された形の私だったけど悪い気はしない。気にして欲しい私を見つけてくれたから。

 

「ま、今度会った時に何かお礼しよ」

 

既に見えない背中の方角を見る。なぜだか再会の予感があった。

 

 

9

 

 

「うーん・・・どうすっかなー・・・」

 

椅子に背を預け、机に足をのせる。自宅に帰った俺は早速情報を整理していた。【結城美柑】に聞いた限りでは大筋で原作通りに進んでいる。これはいい、

 

「【結城リト】と誰をくっつけるかねー・・・・」

 

凛と屋上で話をしてから出した結論。それは【結城リト】とヒロインの誰かとくっつけること。そうすれば原作崩壊→異物排除→俺、元の世界へ・・・・の流れ。よくある展開だ。んで戻ったら今度はもっとお気楽な世界へ行けばいい。

 

「ま、【西連寺春菜】か【ララ・サタリン・デビルーク】のどっちかだ

な、早めにくっつけないと他のヒロインが参戦してカオスになるし、できれば早めの決着がいいな」

ぎし・・・っと椅子が音をたてる。脳内でシミュレート開始。

 

CASE1.【西連寺春菜】の場合。

 

「結城くん!貴方のことが・・・好き!」

「さ、西蓮寺!俺も・・・!ずっとまえから!!」

 

・・・・無い。。【西連寺春菜】が言うはず無いな。巻き込まれ型ヒロインが自ら行動を起こすとは思えん。それに行動を起こしても碌な結果になるとは思えん。

 

CASE 2.【ララ・サタリン・デビルーク】の場合。

 

「リトー!結婚して!」

「ななななn、こんなとこで何言ってんだよ!」

 

・・・・駄目だ。押せ押せな【ララ・サタリン・デビルーク】にあの【結城リト】が押し切られるとは思えん。

 

CASE 3【結城リト】の場合

 

「好きだ!」

「「「「「え?」」」」」

 

ハーレムエンド。「いや、プールが・・・」に続く。これじゃ原作まんまじゃねーか!

 

シュミレート終了。

 

「あー・・・手詰まりだ・・・」

 

椅子の角度を急にして溜息をこぼす。

 

「わふッ!」

「んあ?」

 

背もたれに頭を預けながら逆さの視界で後ろを見る。目に入っては居ないが解る。これは犬の声。つまりは【マロン】の鳴き声だ。

さらに椅子の角度を急にする。二脚になった椅子のバランスをうまくとる。お、半分見えたぞ

【マロン】は何やら腹ペコのご様子。コイツが頭のなかで色々考えてるのを識ってる。主人思いのいい犬だ。小さいから見えなかったぞ

 

更に角度を増し、ほぼフローリングと椅子の接する部分がなくなってくる。おーおー今度はちゃんと【マロン】が視えるぞ、ほーう、なかなか可愛いじゃねーか、犬は好きだぞ

逆さまの【マロン】へ手を伸ばす、ぺろっと舐めてくる【マロン】犬にもキャラクターがあるから良いよな、出番あんまないけど。

 

「なー、【マロン】どうすっかなーやっぱ【ララ・サタリン・デビルーク】かねー・・・それとも【西連寺春菜】の方?」

「わふっ?」

 

逆さの【マロン】の頭を撫でる。おー、なんだかいいアイデア湧きそう、もうちょっともうちょっと・・・

 

「ただいまー、部活長引いちゃった。ごめんねお兄ちゃんご飯すぐ作るね」

 

逆さの【西連寺春菜】の太腿が俺に帰宅を告げる。ん、薄い青

 

「ソレ危ないよ?お兄ちゃん」

「へーきだっての」

 

まさか俺がお約束を守るわけがない。【結城リト】ならば倒れてズドーン→春菜の薄い青のパンツにダーイブ!&揉み揉み~って感じか。

 

「ホントにソレ好きだよね、子どもみたい」

 

クスリと微笑む【西連寺春菜】

 

「なかなか上手いもんだろ」

 

クイクイと椅子を揺らしてバランスをとる。机に乗せた足でうまく支えるのがミソだ。

 

「上手上手。それじゃ、私はご飯作るね」

「頼んだぞーおいしく作れよ~」

 

去っていくお尻に別れを告げる。もう、お兄ちゃんもたまには手伝ってよ、とお尻は不満を返すが無視することにした。

 

「よし!決めた!」

 

今の会話で閃きを得た俺は両腕を大きく伸ばす。途端にバランスを崩してガタッ!ズドーン!と床とキス。いてーし!おせーよ!

 

 

10

 

 

「春菜、お前は【結城リト】が好きだな?」

「へ?」

 

【西蓮寺春菜】は湯上がりに濡れた髪をタオルで撫でながら呆然としている。何故それを?と言わんばかりの顔だ。

 

「俺は識ってるぞ、中学のクラス対抗リレーでの走りで既に【西連寺春菜】は【結城リト】に惚れていたんだろ」

「ななななな何いって!ちちちちがうよ!?」

「惚けんなっての、で、どうなの?」

 

湯に浴びたせいだけでなく顔を朱にした【西連寺春菜】に顔を近づける。ふわりとシャンプーの良い香りが鼻をくすぐる。

 

「えっと・・・その・・結城くんは・・・」

「好きなんだろ?」

「ちが、結城は・・・」

「好きなんだって?」

「だ、だから、結城く・・」

「好きだって言ってみろって!熱くなれよ!」

「ちょっ・・・近いよ、お兄ちゃん!」

 

グイグイを顔を近づける俺に春菜は身体をそらして顔を遠ざける。

もうちょっと押しが必要か、

 

「いいか、【西連寺春菜】!俺たちは共犯者だ!」

「きょ、共犯者?」

「そうだ!俺は俺の勝手で【お前たち】に迷惑をかける!そしてお前はその他のヒロインを泣かす事になるのだ!」

「ひ、ヒロイン?」

【西連寺春菜】の鼻と鼻がくっつく程に近づく。

「俺は俺の為に!お前はお前の為に!アイフォアミー!ユーアーインフォアユー!」

「アイフォア・・・?ってそれは凄い自分勝手なんじゃ・・・?」

「いいんだよ!人間てのは自分勝手なもんだ!お前も好きに振る舞ってみろ!いつまでもイイコちゃんでいるんじゃねえ!そんなんじゃまた有耶無耶ハーレムエンドまっしぐらだぞ!気づいたらお色気シーンのローテーションに組み込まれて読者に"清純キャラ"ということさえ忘れ去られるぞ!」

「きゃ、キャラ?ま、また秋人お兄ちゃんがおかしくなっちゃったの?!」

「ま、とにかく、だ!お前が、【西連寺春菜】が【結城リト】に惚れてるなら兄であるところのこの俺が手を貸してやるっての!」

 

ぽすぽすと胸を突く。柔らかな感触が人差し指を押し返した。

 

「でも…結城くんにはララさんが…」

「【お前】はどうしたいんだよ」

「…わたし?」

「そうだ、【ララ・サタリン・デビルーク】は関係ない。お前、【西連寺春菜】は【結城リト】とどうしたい?どうなりたいのか聞かせろ」

 

目を伏せ、思考の海に沈み込む【西連寺春菜】。他人のことを第一に考える彼女は自分の気持ちを押し殺し勝ちだ。恋心さえそういうきらいがある。だとしたら引きずってでも積極的に【結城リト】へぶつけなければならない。だがキャラの【西連寺春菜】の意思を無視した格好は良くない。どんなヒロインもキャラも愛してやらねば、

 

「もっと・・・・・お話して・・・仲良くなりたい、な、、、」

「…。」

 

目を伏せたまま蚊の泣くような声で応える【西連寺春菜】

 

・・・・・・ま。充分か、今は(・・)

 

「・・・・ふぅ、じゃ、俺に任せとけ」

 

【西連寺春菜】の手にあるタオルを奪い、髪にかぶせてわしゃわしゃと乱暴に拭う。既に乾きかけた艶やかな髪は湿ったタオルのせいで再び水気を帯び始める。

 

「わ!あ!折角乾かしてたのに!」

「ははは、いつまでもタオル持って突っ立ってるお前が悪い!俺は悪く無い!」

「ひ、酷いよお兄ちゃん、髪痛むよ!」

 

動く俺の手を春菜(・・)の手が抑えようと藻掻く、そんな柔い手じゃ阻止できんぞ

 

 

――――笑いながら髪を拭いてくれる秋人お兄ちゃん、たまにヘンなコト言うけど、意気地なしな私の背中を強引にでも押してくれるのは昔とちっとも変わらない。秋人お兄ちゃんに気持ちを口にしただけで、「やろう」って勇気が湧いてくる。頭にかぶさるタオルの隙間から視える兄の笑顔にほんの少しドキリとしながら明日から始まる文化祭準備に思いを馳せた。

 




感想・評価をよろしくお願い致します。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

1 プロローグ

2 ふたりの出会い

3 ふたりの出会い②

4 俺は誰?

5 俺は誰?②

6 目的

7 君は美柑

8 ナマイキ果実

9 予測可能な未来

10 目指せ!ナンバーワンヒロイン!


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difficulty 2. 『ふたりの兄と彩南祭』

11

 

 

天高く空気は澄み渡り、感じる気配は秋を実感させるようにひんやりとしている。朝と夕の気温差が広がり、衣替えをして凍える冬へと緩やかな着地体勢を促す。吐く息は白くはならないが、冷たい空気は眠たくけだるい頭を覚醒させるには充分だった。

 

彩南高校文化祭の当日の朝。俺は学校で"昆虫喫茶"の準備をしていた。時刻は午前6時半。なかなかの早朝具合だ。

 

「ったく、客来ねぇだろーに…」

 

ブツブツと文句をいいながら椅子や机の配置を行う。これが終われば彩南高校全体の会場設営の準備を手伝うことになっている。三年生は受験を控えている為、準備には参加できない。そのため二年生が中心となって文化祭を運営し、一年は少しの雑用の後、祭りをとにかく楽しむ…という役割分担(・・・・)が成立していた。

 

【天条院沙姫】が金をだしたのか無駄にリアルな森林を思わせる店内、さらに男女用の昆虫スーツ。なかなかによく出来ている。もともと優しい性格だからか”男は裏方”という役割分担(・・・・)をせず、皆が参加できるように全員分のスーツが用意されていた。その他人を思いやる優しさが【九条凛】や【藤崎綾】が慕う理由の一つなんだろう。

 

「…けどソレ今は邪魔だよ…空気読めよ…天上院…」

 

文句をいう俺とその他のモブキャラたちのおかげでみるみる完成に近づく店は、なかなか立派なものになっていた。女の子キャラがセクシーだったら客もたくさん来たし、喜んだろうに。――――よし、終わった。

 

ちなみに【西連寺春菜】はまだ彩南高校に来ていない。一年はゲスト側、昨日のうちにほぼアニマル喫茶は完成したみたいだし早く来てもすることは少ないし、居たら俺たち二年にこき使われるし、それに【結城リト】居ないし。「今日はしっかり(めか)し込んでおけ」と厳命してウチを出た。朝が弱い俺は【西連寺春菜】の用意したメシを食えなかった。

 

「西連寺ー、次設営いくぞー」

「ういーッス」

 

クラスメイトの男子が声をかけてくる。全くこき使ってくれる、ほとんど文化祭の描写なかったくせによ。

 

 

12

 

 

「「「いらっしゃいませー!アニマル喫茶へようこそ~」」」

 

私たちのお店はとても混雑している。特に"女豹ララさん"の人気が物凄い。

 

「い、いらっしゃ、ませー」

「ちょっと春菜~声小さいから、まーだ恥ずかしがってんの~?うりうり」

「り、里紗、押さないで」

 

"ライオン里紗"がコソコソと声をかけ肘でつっついてくる。お店の隅で棒立ちになり「いらっしゃいませ」と言うだけの私。だって気をつけて動かないとその、胸の部分とか、ズレて…

 

「そんな隅っこじゃお客にアピールできないジャンか、もとガシガシ前にでなきゃ!アタシらが頑張んないと裏で頑張ってる男どもが可愛そうっしょ?」

「そーだよ春菜!春菜カワイーんだから固定客つくよ!」

 

"リス未央"が目を輝かせながら大きな声で力説する。こういう格好が好きみたい

 

「いや、固定客って文化祭今日だけだから、おーいミオ~アタマだいじょぶか~」

 

"ライオン里紗"は"リス未央"の頭を撫でる

 

「大丈夫大丈夫!ヘーキヘーキ」

 

"リス未央"がグイグイ背中を押して私を前に出そうとしてくる

 

「わわ、ちょっと二人とも!」

「ほれほれ行くよー!」「春菜もがんばろーね!」

 

私、"ネコ春菜"はそのままアニマル喫茶…というよりは"女豹ララさんのお店"の中央へと引きづられていった。

 

 

13

 

 

「い、らっしゃませ、じゃなかった。おかえりなさいませご受信様!私達が迷道です」

 

校舎の入り口を陣取り、なにやらおかしな事を言う呼び込みメイド。思わず足を止めてしまった。メイドの周りには空洞と化していて見物客でごったがえす文化祭とは思えないほど人が居ない。

 

彼女の名前は【古手川唯】だ。特徴はツンデレ。以上。

 

――――え?短い?じゃあ「ハレンチ」って言葉が好きなツンデレ。以上。

えーっと、まだ他にあったっけ?えっとツンデレでややツリ目でツンデレな女のコ。初登場は二年になってからだ。今はまだ【結城リト】達に出会う前のツンデレだな。以上。

 

――――――――――――――――――――――――――もうないぞ?

 

「全く!なんで私がこんなことを!そもそも文化祭は展示物や演劇などもっと学生らしく…」

 

握りこぶしを豊満なEカップの胸の前で作り文句を言う【古手川唯】

おっぱい大きくなったんだよな、もう既にデカイな。【ララ・サタリン・デビルーク】と一センチしか変わらないのはアニメだけだったか?谷間が服の隙間から見えて眼福だけど…あー、アレじゃお客さんくるわけねーわな

 

「おい。【古手川唯】お前の1-Bはどこだ?」

 

眉間に皺を寄せ目をつぶって熱弁を振るう【古手川唯】に声をかける。律儀なやつだから"こっち側へ"帰ってくるだろ

 

「すなわち!本来の…え?」

「だから、1-Bの教室はどこなんだ?」

「えっ、えっと・・・・向こうの二階です」

 

"こっち側へ"の帰還へと成功したきょとんとした顔の【古手川唯】。今まで尋ねられたことが無かったのだろう、やや説明に手間取っている

 

「んで?」

「え?」

「お前何してんの【古手川唯】」

「よ、呼びこみをして…」

 

突然の声掛けに狼狽える【古手川唯】

 

「人居ないよ?」

「え?」

 

周りには先程より大きな空洞ができていた。メイド姿の【古手川唯】が突然演説を始めたからだ。

 

「お前、暇だろ?【古手川唯】」

「ひ、暇じゃないわよ!」

ウソつけ。

「俺、腹ペコな上に彩南高校が不慣れでさ、案内してくれ」

「…貴方は先輩なんじゃ…?」

「そ。だったら先輩の言う事聞いてくれよな」

「せ、先輩とはいえ後輩が先輩に何でも従う事は…」

「でもお前やることねーじゃん、【古手川唯】」

「ぐっ…」

 

わなわなと肩を震わせる【古手川唯】まずった、コイツ、ツンデレだった、本心突かれるとめちゃ怒るキャラだった

 

「俺、二年だから文化祭全体の運営を見て周ってんだよ、それ手伝え1年。んで、それやりながら呼び込みすりゃいいだろ」

「うっ…それならいいわ」

 

―――――――理詰めの優等生ツンデレキャラはこの手に弱い。【結城リト】にはまだ出会っていないがこのツンデレは要注意だ。優等生なウチの春菜(・・・・・)と若干キャラが被る。【古手川唯】のほとばしるツンデレで控えめな【西連寺春菜】のキャラが隠れてしまうからな、今のうちにもうちょい軟化ツンデレに教育しておくか

 

「ほれほれ、さっさと案内せんかい、【古手川唯】」

 

ばしばしとツンデレメイドの背を叩く。なかなか本格的な生地、【古手川唯】の躰の感触ってこんなゴワゴワしてんのか、ってこりゃメイド服の感触だ。

 

「わかったわよ!そもそもどうして私の名前知ってるのよ?」

見上げてくる【古手川唯】は頭一つ低い。

 

「そりゃ1年にツンデレアリって有名だし。」

「つ、つんでれ?なによそれ?」

眉を寄せ怪訝な表情をするツンデレメイド

 

「知らんのか、あ、あとお前さっき「ご受信様」とか「迷道」とかほざいてたぞ」

「え!?嘘!?」

口元を隠し驚くが既にその口は間違いを言い放った後だぞ?

 

「プププー、優等生で成績優秀ツンデレのクセにだっせー!」

バシバシと背中を叩き笑う

「うっ、煩い!ちょっと間違えただけじゃない!大体このハレンチな格好が良くないのよ!」

 

【古手川唯】は顔を赤くしながら狼狽しあの(・・)台詞を言ってくれた

 

「はい、ハレンチ頂きましたー!ってどこがハレンチだよ?フツーのメイドコスじゃん」

「どこが!スカートこんなに短いじゃない!」

 

ギャーギャーと会話を交わしながら【古手川唯】と1-Bへ向かう。今頃は昆虫喫茶の閑散具合に腹を立てた【天条院沙姫】が【結城リト】達のクラスに打倒【ララ・サタリン・デビルーク】目的で突入していることだろう。

 

…―――――――――春菜(・・)、うまくやれよ

 

 

14

 

 

「お疲れ様。結城くん」

 

私は椅子に疲労でうなだれる結城くんへとジュースを運ぶ、里紗達のおかげでこの猫の格好でも人前で動けるようになり、アニマル喫茶でもララさん達と接客できるまでになった。

 

「はい、ジュース」

「あ、ど…どーも」

ジュースを飲む結城くんの隣へ座る(・・・・)

 

「思ったより楽しいね、アニマル喫茶」

「そっか!よかったな西連寺!」

「うん」

自分の事のように喜んでくれる結城くんの笑顔にドキリとする。

 

「結城くんはどうだった?」

「俺?いやーアニマル喫茶混んでたよなー、おかげで文化祭まわれなかったよ」

「そうだよね、私も」

 

労るように微笑む私、結城くんは視線をぷいと逸らした

 

「く、クレープとかお好み焼きとか、まだやってるかなー」

慌てたように話を変える結城くんは――――

 

「わ、私も食べて見たかったかも…」

「そ、そっか、?そ、それじゃあ西連寺…」

「う、うん」

真っ赤になる結城くん。この先言おうとしていることが解る。

 

『いいか、春菜。【結城リト】には"癒やし"だ』

『癒やし?』

『そうだ!周りは騒がしいキャラばっかり。たまには一休みしたいのが主人公だ』

『う、うん』

『だからその疲れを取り除いてやれ、お前の!お前らしい"癒やしの行動"をとってみろ!』

『えーっと、疲れた時にはアセロラドリンクとか・・・ビタミンC?』

『うむ。飲み物持って行く気か、いんじゃね』

『えっと食事?も?』

『その通り!文化祭やってんだから二人で周れ!』

『ええ!?二人で!?むむむ無理だよ!』

『大丈夫だっての。お前が飲み物持って行った時に【結城リト】と軽く話をしてやれ、そうすりゃ文化祭周ることになる。二人で』

『でもララさんも居るよ?』

『そっちはソレどころじゃなくなるから心配すんなっての』

『?』

『ま、お前は飲み物持って行って苦労を労ってやれ!そうすりゃ二人で楽しく文化祭周れるよ!』

 

 

――――結局お兄ちゃんの言ったとおりになった。まさか結城くんと二人きりで文化祭をまわれるなんて夢にも思わなかった。今日までお兄ちゃんは私にあれこれアドバイスをくれている。きっと一人ではこんな事できなかった。帰ったら必ずお兄ちゃんにお礼を言おう。そういえば朝何も食べてなかったけど、大丈夫かな…

 

 

15

 

 

「うーん。リトどこ行っちゃったかなー」

 

私はリトを探して屋上へ来ていた。さっきまでは大胆な格好(・・・・・)の人が居たけどどっかいっちゃった。

 

「…ここには居ないか」

一人呟く。

 

「…リトって誰が好きなのかな…」

 

リトの本当の気持ちが自分に向いてない事はなんとなく分かる。地球の生活は楽しい。宇宙の歴史の勉強。礼儀作法の勉強。それが終わったらお見合いお見合いお見合いの毎日。

その中から逃げ出した私。手を引いて一緒に逃げてくれたリト。そして始まる新しい輝かしい日々。

 

"自分の好きなように自由に生きたい"

 

その気持ちを理解してくれたリト。地球に来てから春菜って同い年の友達もできた。リトの妹の美柑もカワイイ。置いてきちゃった妹達を思い出すけど、あんまり心配はしてない。だって私の妹だから。きっとモモもナナも"自分の好きなように自由に生きる"ことを選ぶと思う。

 

「うーん。ちょっと休憩!」

 

フェンスに腕を乗せ眼下の文化祭を見渡す。地球って賑やか。楽しい事がいっぱいあって気持ちがいつも高まってる。こんな高揚感は初めて、ペケくらいにしか普段自由に話せなかった日々が嘘みたい。

 

ぐぅ。

私のお腹が空腹を告げる。あ、接客に夢中で何も食べてなかったっけ

 

「食うか?コレ、不味いけど」

「いただきまーす!」

 

横から差し出されたソレをもぐもぐと箸で頬張る私。ソース?だっけコレ、この前美柑が教えてくれた黒い液体

 

「う…おいしくない」

「そうだろそうだろ。【古手川唯】が作ったやつだし、ツンデレが作るとそうなるのが"お約束"だな」

「このソースは美味しいのにー・・・」

「まぁそれは作ってないしな、生地が最悪だろ?なんで卵の殻ごと入るんだっての」

「あ、このバリバリしたやつが殻?」

口のなかでバリバリと音がする。う、苦ーい!

「そ。歯ごたえあるだろ?はは」

「うん!美味しくないね!あはは!」

 

なんだか何を落ち込み始めていたのか気になら無くなるくらい楽しくなる。楽しい文化祭の熱が胸に戻ってくる。

 

「ははは、まあこの不慣れな手作り感覚が文化祭の醍醐味だよな!」

「そっか、そうなんだ!やっぱり地球って楽しいね!あははは!…って誰?」

そういえば屋上には誰も居なかった。お店も無かったのに。

躰はフェンスへ乗り出したまま、顔だけを横へ向ける。黒髪に瞳の色は紫色。身長は私より10センチは高い、もちろんリトよりも。学校の制服を着てるからこの学校の人。

 

「今頃気づいたんかい。大丈夫かデビルーク星」

「うん?デビルーク星知ってるの?」

「識らね、宇宙のどっかにあることくらいしか」

「おー、凄い!リト以外にデビルークの事知ってる人いないのに」

 

どこかで感じたことのある雰囲気。

 

「ん?もしかして春菜の家族?」

「おお、やっぱ分かんのかそこらヘン鋭いな」

 

やっぱりそうだった。春菜もこの男の人も雰囲気が似てる。優しい空気を纏ってる。

 

「ほれ、こっちは美味いぞ」

「アリガトー!・・・もぐ・・あ、ホントだ!美味し・・・ん?最初っから美味しい方くれればよかったんじゃ・・?」

「ははは、バレたか。ほらそっち寄越せ、不味い方は俺が食ってやる」

私の元からソースのかかった地球食を奪う手

「コレ、なんて食べ物?」

「"お好み焼き"だ、【ララ・サタリン・デビルーク】」

「もぐもぐ…へー、コレ好きかも!ん、ララでいいよ?春菜のお兄ちゃん」

「了解。【ララ・サタリン・デビルーク】」

「んー、ララでいいってば」

「んぐもぐ・・・殻が酷いな、生地もよく混ざってない。二回目で成功させたのは奇跡だな、ちなみにそっちが食ってるのは二回目のやつだ【ララ・サタリン・デビルーク】」

お箸で器用に食べる春菜のお兄ちゃん。大分慣れたけど私はまだお箸がうまく使えない。

「へーそうなんだー!ってだからララでいいってばー」

「分かったぞ、【ララ・サタリン・デビルーク】」

「もぐ…うー…春菜のお兄ちゃんは人の話を聞いてくれないね」

「お前に言われたくねーぞ、【ララ・サタリン・デビルーク】…それで何悩んでたんだ?」

「え?」

「押せ押せの積極的ヒロインが立ち止まって悩むのはよくある事だ。で?なんだ?何を悩んでたんだよ?」

 

「…。」

 

つい、私は黙ってしまう。屋上には文化祭の声がよく響く。喧騒が何もない屋上へと届き楽しげな空気を伝える。

 

「…何も悩んでないよ?」

嘘。

「もぐ…もぐ、そっか、ならいいけどよ」

「うん。」

グラウンドの方から春菜のお兄ちゃんへと躰の向きを変え頷く。

「ま、お前はお前らしく"自由に"振る舞えばいいんじゃねぇか?考えての行動なんてらしくねーぞ」

「…。」

 

私の手元をちらと見てから春菜のお兄ちゃんはお好み焼きの入っていた箱を私から回収する。

 

「"自由に"振る舞えなくなって悩んだら話くらい聞いてやる、これでも一応先輩だしな」

「…うん。アリガト」

 

肩に男物の制服のブレザーがかけられる。今の今まで気づいてなかったけど今日はちょっと肌寒い。屋上なら余計に、女豹の格好で躰がすっかり冷えていた。ペケを置いて来ちゃったからアニマル喫茶の格好のままだったのを忘れてた。

 

「アリガト、」

「それ、最初にお好み焼き渡した時に言えよな」

「えへへ、そういえばそうだね!アリガトー!春菜のお兄ちゃん!」

「へいへい、どーいたしまして。」

 

にこりと優しい笑顔を浮かべる春菜のお兄ちゃん。

 

――――春菜のお兄ちゃんに私も笑顔を向ける。三姉妹の一番上の私に地球で兄ができた気がした。地球ではリト以外の男のコの知り合いが居なかった私。デビルークでのお見合いで知り合った婚約者候補はたくさん居たけど全員好きじゃなかった。私の気持ちを考えてくれなかったから。…春菜、いいなぁー、

 

「うげほっ!げほっ!殻が今頃喉に・・!」

「え!?大丈夫?」

 

肩にかかるブレザーを片手で押さえ、私のお兄ちゃん(・・・・・・・・)の背を擦る。地球に来てから楽しい事。嬉しいこと。驚くこと。いっぱいあったけど、こんな温かい気持ちを感じたことは初めてだった。

 

 

16

 

 

「よう、ただいま」

「おかえりなさい。お兄ちゃん、お疲れ様」

「おう、あー働いた働いた、腕いてー」

「筋肉痛?湿布はる?」

「んにゃ、冷やすわ」

「え?そう?じゃあ冷たいタオル用意するね…あれ、ブレザーはどうしたの?」

「盗られた」

「へ?」

 

ずいぶん暗くなってから秋人お兄ちゃんが帰ってきた。私達一年生はクラスの片付けと全体の軽い掃除。お兄ちゃんたちはクラスの片付けとグラウンドに設営されたステージやテントといった大道具の片付け。一年生は簡単な分、二年生は大変だった。

 

「それよか、うまくいったか?【結城リト】との文化祭は」

 

キッチンで冷たいタオルを用意する私の背中に声をかけられる。

 

「う、うん…」

 

氷水を用意してタオルを浸す

 

「へー、良かったじゃねぇか、んで、文化祭は二人で周れたか?」

「うん、お兄ちゃんの言ってた通りに…」

 

軽く絞ってリビングの椅子へ座るお兄ちゃんへ渡す。結城くんと二人で周った今日の文化祭を思い出し私の頬が熱を帯び始める。

 

「そっかそっか、うむうむ。」

 

そんな私を見ながら、お兄ちゃんは腕を冷やしながら満足気だった。

 

「お兄ちゃんは楽しかった?」

「俺か?そうだな、疲れたけど楽しかったかな、色んなキャラ達に会えたし、描写の少なかった文化祭も細かく見れたし、ヒロインたちの相手は激しく疲れたけど激しく。」

 

「…どこか周ったりした?」

 

なんだかまたヘンな単語が聞こえたけど、気づかないふりをする。

 

「おう、彩南高校スペシャルバトルロワイヤルボンバーセットってのを頼んだぞ、アレのドリンクはただのグレープフルーツジュースだろ?」

「うん。たぶんそうだよ」

「やっぱか、セットのクレープが美味しかったぞ」

「あ、私もそれ食べたかも、1-Cのお店だよね?」

「知らね、店多かったし」

「もう。たぶんそうだよ」

 

お兄ちゃんからぬるくなったタオルを受け取り、再びキッチンへと冷やしに戻る。

 

「ね、お兄ちゃん、」

「ん?」

 

タオルを再び氷水へ。手の体温がどんどん奪われ冷たくなっていく。反対に気持ちはどんどん暖かくなっていく。目を閉じて告げる…――――

 

「…ありがと、」

 

―――――心からの感謝の言葉は気持ちに反してとてもか弱く、リビングの兄に聞こえたかどうかも分からない。本当はちゃんと顔を見て伝えるつもりだった。でも恥ずかしくて、どきどきして、顔を見てしまったら、うまく口にできるかわからなかったから…

 

「どーいたしまして。」

 

背に私のお兄ちゃん(・・・・・・・)の返事が届く。この背に伝わる音はきっと優しい笑顔をしてる。見えなくったって分かる。………………"兄妹"だから。

 

 

―――――あの日のヘンな秋人お兄ちゃんになってから、私の周りがどんどん騒がしくなっていく、そして心が、季節が動き出して行く。結城くんの事。私の事。―――秋人お兄ちゃんの事。

こうして坂道を転がるように動き出した気持ちはどこに行き着くのか、まだ分からないけれど、きっとヘンな秋人お兄ちゃんが、またヘンなこと言い出して手を引いてくれる。導いてくれる―――そんな気がした。

 




感想・評価をよろしくお願い致します。


人気投票の「恋人にしたいキャラ」での西連寺春菜の順位に困惑してます。
こんなはずじゃ・・・

※2015/11/04 一部改訂。



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【 Subtitle 】
11 雑用モブ兄

12 こんにちは、わたしネコ春菜

13 ふたりの出会い③

14 頑張るナンバーワンヒロイン

15 ふたりの出会い④

16 兆し


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difficulty 3. 『ふたりの妹。大事な確認』

17

 

 

「それは良かったじゃないか、努力の成果ということだな」

「…そうか?テキトーにやってるだけだぞ?」

 

三限目と四限目の間の少し長い休み時間。"いつもの"屋上で凛と経過について話をする。

 

彩南祭が終わって数日。学校はまだ浮ついた空気が漂っている。しかしソレを引き締めるように肌寒い。…服装って次話ではハイ、元通りーってなもんじゃないの?なんなの?やっぱ登場人物補正的なものがないから?

『無くしたのですか、制服をなくさないでくださいね西連寺くん、注文になりますから5日程待っていなさい。代わりに体操着のジャージを羽織っていていいですよ』じゃねーよ!名も無きモブ担任め!俺の骨川センセを出せ!

 

「それでは、妹君との関係は良好なのだな?」

「んー、まぁ、一応、とりあえず、なんとか…?」

「なんだ、歯切れの悪い。」

「だってよ~、向こうで妹いねーもんよ」

「そういえばそうだったな、だが聞く限りでは上手くいっているように思うが?」

 

視線をグラウンドへ飛ばす。ここのところの春菜はなかなか行動的だ。【結城リト】との日直で共にゴミ捨てに行ったり、この前は帰り道で二人して買い食いをしたと聞いた。前に教えた通り降って湧いたチャンスにきちんと行動で【結城リト】に好意をそれとなく(・・・・・)アピールしているようだ。

 

『清純ヒロインがいきなり行動的になるのはマズイ。まだ他のヒロインが投下されるには時間がある!今のうちに寄り添うように傍にいてやれ!"陰日向に策アリ"作戦だ!』

 

「まあ君がその誠実さを保っている限り上手くいくだろうさ」

 

うんうんと一人納得している凛。手に持つ竹刀が異様な存在感だ。彼女がこうして竹刀を持っているのには理由がある。

俺と二人で休み時間ぬけ出すのに【天条院沙姫】が怪しみ

 

「私の凛を貴方はたぶらかしたのですわね!私は認めませんわよ!!!!私を倒してから凛を奪いとっていきなさい!!!!」

 

と仁王立ちで指さされたのだ。凛は感動して身を震わせていたが目を付けられた俺はそれどころじゃねーっての。

 

結局騒動は凛が

 

「この男の行動には目に余るものがあり、個人的に紳士教育を施しております」

 

と謎の言葉を【天条院沙姫】に言うまで続いた。その間【藤崎綾】にはメガネの奥の怖い目で睨まれるわ【天条院沙姫】はガミガミとうるさいわで超疲れた。ほとんど席に座って頬杖ついて聞いてやってるフリしてたけどさ。

 

「…誠実ってなんスか先輩」

「ん?正直で真っ直ぐな気持ちではないか?」

「正直っスか、」

「ああ」

「なら自分、一話完結みたいな形でヒロイン達とイチャコラしたいッス。日替わりで恋人やってイチャつくッス。んで次話では無かったことになるッス、そうすれば他のヒロイン蔑ろにしないし。読者は楽しめるし、言う事ないじゃないッスか」

「……果たしてそれは誠実なのか?」

「違うッスか?」

 

首をひねる凛。ちょっと難しかったか?ラッキースケベがハッピースケベにクラスチェンジするんだぜ?キャーいやーッ!→もう、そんなに触りたかったら後で♡ってダークネスの【モモ・ベリア・デビルーク】みたいな反応を他ヒロインから見れたり…ん?ダークネスで他キャラもやりだしたか?最近読んでないから分からないな

 

「まぁ、それは難しいんじゃないか?()は面白い発想をするな」

「そッスかね」

「ああ、そういう話は聞いたことがなかった」

「うッス」

 

楽しげに微笑む凛。こんなによく微笑みを浮かべるキャラだっけ?やはり【結城リト】に出会う前に何か隠れた過去的なものがあったのかも。キャラを深く掘り下げるには過去とか背景って大事だよね

 

「ふふ、しかしその格好は滑稽だな」

「うるせー!好きでこうしてるわけじゃねーっての!」

 

【ララ・サタリン・デビルーク】にブレザーを奪われてから、それナシで登校しようとする俺に春菜のヤツが

 

「それだと朝は寒いよ?こっちのジャケット着て行ったら?」

 

と、【西連寺秋人】が持っていた私服の黒いジャケットを手渡してきたのだ。

 

「いらね、目立つし」

「でも風邪引いちゃうよ?」

「この格好でいいっての」

「シャツだけじゃ寒いよ、コレ制服っぽいし丁度良いんじゃない?」

「だからいいっての、こういうのは学校ついたら元通りなんだよ」

「じゃあ学校つくまででも「いいっての」」

 

とのやり取りがあり結局押し切られたのだ。お節介め、その世話焼きさをもっと【結城リト】に向けてやれっての

 

そんなわけでチョットしたリーマン風になってしまった。緑のネクタイは大体いつも外しているためパッと見てここの生徒だと分からない。

 

「優しい妹君だな、()に似たのかもな」

「識らね、【西連寺秋人】に似たんじゃねーの?」

「…ふ、そうかもしれないな」

 

なんだか自分だけ解ってるような顔の凛。そこへチャイムの鐘の音が鳴り響く。

 

「おっと、もう時間か、では戻ろうか」

「へーい」

 

――――結局、彼女が、凛が何を"解ってる"のか聞けないまま屋上をあとにした。それを知るのはしばらく後になることに気づかないまま。

 

 

18

 

 

「えーっと次はエリンギを…っとあった、コレか…」

 

今日はきのこ鍋。【ララ・サタリン・デビルーク】が【結城リト】と喧嘩

して家出してきた。しかも春菜に会わずに何故か俺のところに真っ直ぐ向かってきて泣きついてきたのだ

 

『お兄ちゃん!リトが酷い!今日お兄ちゃんのウチに泊まってっていく!』

 

と俺の教室2-Aに攻め入ってきたのだ。そんな宣言されましても。あと俺はお前のお兄ちゃんじゃない。それよかはよ制服返せっての、

とりあえず学校からウチへと連れ帰り(早退した)【ララ・サタリン・デビルーク】の話を聞いた。まぁこんな感じだ

 

『私はリトの為をおもって、喜ばせたくってアイテムを使ったんだけど…』

『おう』

『リトが冷たくって…怒鳴って…』

[やはりあの地球人とララ様は不釣り合いです。他の候補者にも目を向けては?]

『やっぱりこういうのってダメかな?お兄ちゃん』

[ララ様の魅力に気づかないあの地球人が悪いのです]

『…お兄ちゃんはどう思う?』

『俺か?俺はそうだな……』

 

―――全く、面倒な事になった。

 

「お次は舞茸か…コレか?」

「そっちはえのきですよ、お兄さん」

「おっと!サンキュー…ってあれ?」

「お久しぶりですお兄さん。この間はどうも」

 

すぐ横に立つ黄色い買い物カゴを手に持った【結城美柑】頑張り屋さんの小学5年生。特徴的なパイナップル頭。たしかにこの時間にスーパーに居ても不思議なキャラじゃないな

 

「おう、【結城美柑】か俺んち今日はきのこ鍋だ」

「あ、それイイですね、ウチもそうしようかな」

「ん?二人で鍋は寂しいから辞めたほうがいいんじゃね?」

「え?ララさんも入れて三人ですよ?」

「【ララ・サタリン・デビルーク】は今日は俺んちだ」

「…何かあったんですか?」

 

【ララ・サタリン・デビルーク】から俺の事を聞いたことがあったのか、知り合いだったんですか?、とは聞かずに今日居ない理由から尋ねる【結城美柑】。原作では【結城リト】とヒロインの恋を時に茶化し、時に叱咤する良いキャラクターだ。

 

「…なるほど、そうだったんですか…リトは女心が分かりませんからね」

「だよなー、はっきりしてほしいよな」

「ですね。でもそうなるとお兄さんは大変なんじゃ?」

 

小首を傾げる【結城美柑】が和風だしの素を手に取る

 

「なんで?」

「…例えばですけど、春菜さんとウチのリトが付き合ったら、どうします?」

 

覗きこむようにして尋ねる【結城美柑】は俺より頭二つ分は背が低い。

 

「いいじゃん。願ったり叶ったりだ」

お、肉肉…とつぶやきながら豚ロース350gを3つ手に取りカゴに放り込む。

「え?そんなもんですか?」

「そんなもんですよ?」

 

買い物カゴへ食材を詰めながら納得いかない顔をする【結城美柑】。いつも家事をしているだけあって手馴れている。俺のカゴにはキノコと肉が大量だ。

 

「【結城美柑】的にはどうなの?」

「なにがですか?」

「【結城リト】とウチの春菜(・・・・・)が付き合ったらどうする?」

 

【結城美柑】が俺にした質問と同じ事を問う。【結城美柑】は【結城リト】に妹のものだけでない好意を読者に匂わせていた。まぁ後付でどうにかするつもりなんだろう、イマイチ血の繋がりがあるのかないのか分からない。

 

「いいんじゃないですか、願ったり叶ったりですね」

 

イタズラな笑みを浮かべながら俺と同じ返しをする【結城美柑】。賢いな、対人関係で一番頭が回るのはやっぱり彼女か?

 

「え?そんなもんスか?」

「そんなもんスね」

 

だから俺も同じ返しをする。乾麺を手に取りながらイタズラな笑みを崩さず応じてくれる【結城美柑】おー、春菜達とは違う楽しさがあるな。胸のうちでそっと彼女に拍手を送る。

 

二人で並んでスーパーを出る。結城家は和風きのこパスタにするらしい。今日の買い物の量は少ないから運ぶのを手伝わなくて良いみたいだ、ちょっと残念。【結城美柑】と話すのは楽しかった。代わりに俺は大量の買い物。両手がふさがっている。

 

「では、ララさんをお願いします。リトにはうまく(・・・)伝えておきますね」

「おう、よろしく頼む【結城美柑】!」

 

彼女に任せておけば上手く行くだろう。なんなら俺いらねーんじゃね?

 

「じゃなー【結城美柑】、風邪(・・)引くなよ~」

「ハイ、それでは」

 

ペコリとお辞儀をする【結城美紺】に手を振り、その場を後にする。今頃はウチの春菜と【ララ・サタリン・デビルーク】のヒロイン二人で盛り上がっているだろう。ヒロイン同士仲良くするのは良いことだ。

 

「あのー!お兄さーん!」

「ん?」

 

遠く離れた【結城美柑】が声を張り上げ俺を呼びかけてくる。夕焼けを背にした彼女の顔が見えない。顔や表情はキャラの命だ、特にこの"ToLOVEるの世界"では

 

「もう一つ聞きたいですー!」

「なーんだよー!」

 

俺も声を上げる。周りの買い物客がちらちら見るが所詮はモブキャラ、気にする必要ナッスィング

 

「お兄さん自身の恋の相手はいないんですかぁー!」

「俺はヒロインみんな好きだぞー!」

 

即答する俺。ハーレムエンド否定派だが、それはあくまで"今のこの世界"での話。入り直し、接続しなおし、なんでもいいがやり直してしまえばいい。凛の言ったとおり一度入れたのだ。また出て入れるのは容易いだろ。

 

「ヒロインって誰のことですかぁー!」

「【結城美柑】みたいなキャラの事だぞー!」

「わかりましたー!なら私立候補しまぁーす!」

 

自由な片手を挙げる【結城美柑】の表情は逆光で見えない。だけれどたぶん、あのイタズラな笑みを浮かべて言ってるような気がした。

 

「おーう!ばっちこーい!このアイス大好きっ子めがー!」

 

俺も彼女と同じようなイタズラな笑みを浮かべながら声を張る。

 

「冬はたべてませーん!」

「さみーからなー!こっちの世界寒すぎなんだよー!早くオールフォージーズン薄着オーケーになーれー!」

「なんですかぁー!それー!」

「こっちの話だーゆうきみかーん!」

「わかりましたー!じゃあまたお話しましょーうー!」

「おーう!」

 

影が手を振る。俺も手を振る。ガサガサと音を立てるビニール袋。ぶんぶんと手を振る美柑の方も片方だが、音を立てているような気がした。面白い()だな、結城美紺(・・・・)

 

――――お兄さんと別れ、家路へ小走りで急ぐ私。聞いた話でララさんとリトがケンカしたと分かったから、それならきっとリトは探しに家を飛び出していくはず。まったくリトには世話がかかる、お兄さんみたいにもうチョット"オトナ"になって欲しいよね、

 

さっきの話を反芻する、楽しかった。正直時間が許すならもっと話をして居たかった。周りは"コドモ"ばっかりで"オトナ"な姿勢で周りを見渡すことができる人が居ない。フォローにまわる貧乏クジの私。あたしは人間関係の調整者(コーディネーター)さんか、

 

……でもちょっとした冗談の言葉に自爆しちゃうなんて、わたし(・・・)もまだまだ"コドモ"だよね、

 

 

19

 

 

「いただきまーす!」

「いっぱいあるから、遠慮しないで食べてね」

「うん!アリガトー春菜!」

「おい、コイツはもともと遠慮なんかするキャラじゃねーぞ春菜、むしろ遠慮を促してやれ」

「そ、そんなことないよ、ね?ララさん」

「んー!おいしー!エンリョって何?」

「ほれみろ」

「ははは…でもそこがララさんの良いところだよ」

 

ヒロイン二人と鍋をつつく、原作だと蛤食ってたな。ほかほかグツグツを熱気を伝える鍋には俺のおかげで大量の具材。贅沢な鍋となっていた。なにせ豚肉、鶏肉、牛肉が入っているからな

 

「春菜、俺肉多めだからな」

「はいはい、ちゃんときのこも食べてね?」

「善処しよう」

「もう、相変わらずお肉大好きなんだから」

 

甲斐甲斐しく小皿へ具をよそう春菜。三種の肉を呆れたように選びとるその表情にも同じく呆れた顔。

 

「へー、お兄ちゃんてお肉が好きなの?春菜」

パクつくララは箸使いが大分おぼつかない。

「そう。その代わり野菜をあんまり食べてくれないの。昔から」

「食べなきゃダメだよー!今度美味しい野菜採ってきてあげるね!」

「いらね、お前のはきっと俺の想像する野菜じゃねーし」

 

春菜から肉たっぷりの小皿を受け取り箸でつまむ。うむ!やっぱ鍋の主役は肉だ!本格的な冬になったらすき焼きもいいな、春菜に作らせよう。これだけ世話を焼いてやっているのだ。対価で肉くらいいいだろ。

 

「春菜ー!次は私がお兄ちゃんによそってあげたい!」

「うん、お願いするね」

「えー、デビルーク星人って肉と野菜の区別つくんですかー?僕不安でたまりませーん」

「つくよー!ひどいなー!」

「野菜はしゃべったり動いたりしないんですよー?」

「お兄ちゃん、それはちょっとバカにしすぎじゃ…」

「え?そうなの?」

「え”」

「ほらみろ、コイツはこんなヤツだぞ?君の常識は通用せんのだよ」

 

箸を咥え小首を傾げる【ララ・サタリン・デビルーク】と驚いて固まる春菜。良かったなこれから見舞われるトラブルに耐性がついたぞ。意味があるかわからんけども

 

「ほい、おかわり、【ララ・サタリン・デビルーク】これと同じ肉だけついでくれ、これだぞ」

 

鍋の中でグツグツ煮える牛肉を箸でさす。

 

「はーい!美味しいのついであげるね!」

「食べるの早いね、お兄ちゃん。きのこも食べてね?」

おたまを春菜から受け取りやる気充分なデビルーク星人、ここは念を押しておかねば

「ほいほい。【ララ・サタリン・デビルーク】肉だけでいいからな、これだぞ」

 

再び牛肉。美味しそう。

 

「ララさん、こっちのエリンギ煮えてるからついであげてもらえる?」

「わかった!春菜!任せて!」

 

…エリンギ。美味しくなさそう。

 

「おい!肉だけでいいっての!」

 

これとか!これとか!と豚肉ちゃん、鶏肉ちゃんを指名する

 

「ララさん、こっちのえのきも煮えてるから」

「はーい!」

 

指名した俺の肉嬢たちは呼びされること無く……

 

「聞けよ!兄貴呼ばわりするくせにこういう時は言う事きかねーのか

よ!」

「「それとこれは別!」」

 

綺麗にユニゾンする【ララ・サタリン・デビルーク】と【西連寺春菜】の

ヒロイン二人。対称的な二人のユニゾンとは初めてじゃないのか?

 

「ったく、俺それ食ったら出かけるからな、後は二人で片付けといていいぞ」

「え?どこか行くの?お兄ちゃん」

「あ、私も行くよー!お兄ちゃんとお出かけしたい!春菜も一緒にいこ?」

「ダメだっての、俺一人で行く」

 

【ララ・サタリン・デビルーク】から"きのこたっぷり肉少なめ"の小皿を受け取りガツガツ口に運び食べる…ちきしょう。

 

「えー!ずるーい!私も行きたい!」

「何かの用事?お兄ちゃん」

 

空になった皿と箸をテーブルに置き、席を立つ。

 

「…大事な確認(・・)だ」

「確認?」

「なんの?」

 

――――ヒロイン【ララ・サタリン・デビルーク】と【西連寺春菜】を見やる。まだまだヒロインは出尽くしていないがメインはこの二人だ。軸がぶれてしまうと作品はつまらなくなる。主人公も同じ事。"傍観者"として知っておきたいことがあるのだ。想像どおりならば結城美紺(・・・・)が上手くやってくれているはず。

 

「んじゃ、ちょっと行ってくる。」

「うん、気をつけてね?」

「早く確認終わらせて早く帰ってきてね!お兄ちゃん!」

「へいへい、あ、肉残してくれててもいいからな、帰ってきたら(どんぶり)にして食いたい」

「うん、準備しとくね」

暗黒物質(ダークマター)も入れるね!」

「おい春菜、このデビルーク星人に作らせるんじゃねーぞ」

「う、うん…」

 

ガチャリ、と外気に触れて冷たくなっている玄関のドアを閉じる。【西連寺秋人】のものであるトレンチ風のジャケットを羽織って公園(・・)へ急ぐ。

 

――――ドアを閉じる寸前に見たどこか心配げな【西連寺春菜】と笑顔の【ララ・サタリン・デビルーク】の顔が走る俺の視界にチラつく。……全くもって面倒くさい。ああ、なんて面倒なんだ。主人公は【結城リト】だ。本来ならばアイツの仕事だろ、俺は人間関係の調整者(コーディネーター)じゃねーぞ、あるいは"結城リトハーレムツアー"の案内者(コンダクター)か、どちらにせよ遠慮したい。もっと自分の望む通りの世界に居たい、ヒロインの心情なんてのを考慮せずイチャイチャとハレンチ行為に及んだりしてさ、

 

 

「ああああぁぁあ!!もっとお気楽で!お手軽で!ラクショーな世界になんねーのかよ!夢ならなんとかしろ!おれええええええええ!!!」

 

冷たい空気を吸いながら叫ぶ、全力で走りながら叫ぶと途端に脇腹が痛くなる、体力をごっそりと奪われてしまう、…げ、マズい、まだかなりあんのに

 

 

20

 

 

「はぁ、ハァ、ララのヤツどこいっちまったんだよ・・・」

 

ウチに帰ったらララが帰ってなかった。教室を飛び出して最近よく話に上る春菜ちゃんのお兄さんのところに行ったらしい。後を追おうと動いたけどララのアイテムで身動きが取れなかったんだ

 

「ったく!心配ばっかかけやがって!」

 

美柑に聞いたけど春菜ちゃんのお兄さんもララの行方を知らないらしい。春菜ちゃんのお兄さんのところに居るなら心配しなかったけど、

彩南町を走り回る、河原、商店街、ゲーセン、ララの居そうな場所を虱潰しに探しまわる。居ない、見つからない

 

「はぁはぁ、ハァ、ここにもいない・・・」

 

思いつくうちのラスト、公園。遊具は少なく狭い。美柑と雪の日に遊んだ公園、ララと来たかは覚えてないけど、『どこにも居なかったら案外公園にでも居るかも』って美柑から聞いてこの場所へ走ってきた

 

「はぁ、はッ、はァ、どこいっちまったんだよ…あのバカ」

 

白くなった息が暗い空気に溶ける。額の汗は拭えるけど服の中の汗が気持ち悪い

 

「…ふぅー、ララがきてからトラブルばっかりだ…」

 

息を整えながら公園を見渡し思い返す

 

『じゃ結婚しよ♡リトっ!!』

『はぁ!?』

いきなりウチにきて、

『どーせパパは後継者の方が…!!』

『いーえ!そんな『いい加減にしろっ!!!!』』

『デビルーク星の後継者とか…お見合いとか…!!!』

『結婚とか…だから…もう帰れ!!自由にさせろよ!!!!!』

 

勝手に勘違いして、

 

―――それで今度は勝手に出て行くのかよ、

 

「ったく、勝手すぎなんだ!アイツは!」

「はぁ、ハァ、はぁ、ハァ、まったく、同、意見だ。」

「ララ!?…え!?」

 

さっきまで誰も居なかった小さな公園の入り口に春菜ちゃんのお兄さんが立っていた。

 

 

21

 

 

「はぁ、ハァー、ふぃーっ、よう、【結城リト】初めまして(・・・・・)、だな」

「は、ハイ、初めまして…」

 

緊張と驚きでカチコチに固まる"主人公"【結城リト】、分かりやすい。気持ちが身体に如実に現れてるな

 

「こんな夜中にこんな場所で何してんだ?」

「あ!そうだ!西連寺のお兄さん!ララ知りませんか!?」

「知ってますけど?」

「マジですか!?どこに居るか分かりますか!?!」

「分かりますけど?」

「どこに居ますか!?」

 

焦っている様子の【結城リト】顔の汗がオレンジの灯りを反射させている。結城美柑(・・・・)がうまく言ってくれたようだ、

 

「その前に聞かせろ【結城リト】」

「な、なんですか?」

 

俺は妙に作った低い声で目の前の"主人公"に問いかける。俄に頑張る大事なだーいじなアタッ…質問だ。

 

「お前的にラッキースケベについてどう思ってんの?」

「へ?らっきーすけべ?って何ですか?」

「んー、例えば【ララ・サタリン・デビルーク】の裸見ちゃったり、おっぱい揉んじゃったり【西連寺春菜】のお尻に抱きついたりすることだ、しかも自分の意思じゃなく偶然に」

「!!」

 

思い出したのか真っ赤な顔になる【結城リト】

 

「やっぱ味噌汁の豆腐的な感想?」

「と、豆腐?!」

「味噌汁になんで入ってんの?味しねーじゃん!食った気しねーじゃん!みたいな感じ」

「???」

「でも入ってないと味気ないし、入ってこその味噌汁のイメージだよな」

「は、はい…そうですね…た、確かに…」

 

なんだか分かったような分かっていないような複雑な表情をする【結城リト】

 

「お前はその豆腐(・・)についてどう思ってんだ?」

「えっと、俺もないと味気なく思います」

「…そうか」

「あ、あと俺、豆腐が変わったら分かります」

「ん。俺もだ」

「そうですか!気、合いますね!」

 

――――――鈍感(・・)な【結城リト】はイイヤツだ。

目の前のヒロインに真剣になって身体をはれるヤツだ。

いい加減な真似をしないヤツだ。

軽率な行動はしないヤツだ。

純情で素直な言葉がだせないヤツだ。

 

結城リト(・・・・)、一つ言っておく」

「は、ハイ!」

 

俺はこの世界に来て初めて【西連寺秋人】のキャラを演じる。想定より随分と真剣(マジ)になれるもんだな

 

ウチの妹達(・・・・)を泣かせたらただじゃおかねぇぞ」

 

目の前の"主人公"を睨みつける。【結城リト】はこの世界の中心。"ToLOVEる"の世界はコイツが中心で回ってる。そんな相手に敵意を向ける"脇役"の俺。きっとこの後の展開は碌なものにならないだろう。だが、ウチの春菜(・・・・・)の、ウチのララの(・・・・)為に身体を張るキャラクター【西連寺秋人】ならば悪いようにはならないんじゃないだろうか。―――"俺"自身はどうなるか分からないが。

 

「…ハイ!」

 

―――きちんと想いが伝わったのか、真剣なイイ表情をする【結城リト】まだまだこの"ToLOVEる(世界)"の歴史は始まったばかり、この"主人公"も思い悩んで成長していくことだろう。ハーレムエンドは否定派だが、この【結城リト】の成長次第ではアリなのかもな、何様だよオレは。あ、兄様だった。

 

「ん。良い返事だぞ、"主人公"!あと【ララ・サタリン・デビルーク】なら心配すんなウチに居る」

「え!?本当ですか」

「ウソ」

「え!?」

「ホントだ」

「マジですか!?」

「ホントはウソ」

「えぇ!???」

「ホントのホントはウソ」

「どっちなんですか!」

 

ころころと驚き、安心、と表情を変える【結城リト】をからかう、春菜のヤツもこんな感じだ。似てるな。

 

―――"俺"の望み。【西連寺春菜】と【結城リト】をくっつけて崩壊、脱出のこの"ToLOVEる(世界)"。そこに【ララ・サタリン・デビルーク】が加わった。困った。ウチの春菜(・・・・・)をくっつけて弾き飛ばされることを望んでいたこの世界に、ほんの少しだけ未練が生まれてしまった。―――――――――ほんの、少しだけ、

 

朧げな街灯に薄い俺の影が明かされる。別の世界でしかないここでのリアルがやけに胸を埋め冷たく、重くした。

 




感想・評価をよろしくお願い致します。

2016/07/15 一部改訂

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

17 微笑ましき兄

18 美柑さんはアイスがお好き

19 妹に勝る兄なし

20 梨斗の試練


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difficulty 4. 『重なる聖夜【前】』

22

 

 

「うむうむ。ネコはかわいいのぅ…」

 

皿のミルクに集まる子猫達を見ながら独りごちる。季節は完全な冬。凍てつく寒さが厚着の服の上からでも堪える。どんな服を着ようともオシャレさんに変わるこの"ToLOVEる"の世界では男キャラである俺もなかなかサマになっていてびっくりした。テキトーに選んだ服を身に纏っているはずなのに全然"脇役"キャラに見えない。なんだか見た目は【古手川唯】の兄、【古手川遊】に似ているような気がした。実は俺あっちの方だったんじゃね?

 

時刻は正午を少し回った頃、天気は快晴。雨の描写があまり無い原作だ。これは当然かもしれない。彩南町の繁華街は人で賑わい今日が休日であることを示している。もうすぐクリスマスだし仕方ないかもしれない。そんな賑わいから少し外れた路地裏で子猫にミルクを与える俺ってちょっと暗い?いいじゃん!動物好きなんだよ!

 

「おいおい。そんなに俺に群がるんじゃねぇぜ?子ネコちゃん達、俺の躰は一つだけなんだからよ…」

 

人差し指につけたミルクを舐める子猫達に目を細めて囁く

 

「なんだよ、今夜はいつもより積極的じゃねぇか…待ちきれなかったってのか?随分とおねだりが上手くなってきたな…うへへへ」

「…何を気持ちの悪いことを言っているんですか。気持ちの悪い。」

 

幸せにひたる俺の心情をぶち壊しにする冷たい声。

 

「んげ!【金色の闇】!」

 

ザコキャラのような情けない悲鳴を上げる

 

「…地球でも名が知られているとは、私も随分と有名になったものですね…」

 

やばい。この暴力キャラはヤバイ。刃物だすし。流血とかないけど、無機物は容赦なく破壊するし。俺には登場人物補正がないのだ。だって制服もどらねーし、5日とか言われたけどまだブレザーは得られず別の制服着た転校生スタイルだ。つまりは斬られる→血が出る→死。

 

――――死んだ場合って"俺"ってどうなるんだ?夢から醒めちゃう?強制ログアウト?それはダメだ。まだウチの春菜の恋が成就してない。今はまだこの"ToLOVEる"の世界から出て行くわけにはいかないのだ。これは下手な事は言えないな。

 

「ヘイ!キミ!俺のミルクを飲まないかい?」

「…お断りします」

 

ミルクのついた人差し指を【金色の闇】へ差し出す。……決して厭らしい意味で言ったんじゃないぞ

 

「それより貴方はこんなところで何をしているのですか?」

「ん?見ての通り子猫達とイチャコラしてるところだ」

「イチャコラ?よく分かりませんね…先ほどの不気味な笑いといい随分と地球は頭のおかしい人が居るようですね」

 

不快。って顔の【金色の闇】

ひでーな、お前だって猫好きだろーが、そんなシーンあったぞ確か。

 

「それより結城リトという名の男を知りませんか?」

「知ってるぞ」

「では居場所を教えて下さい。」

 

先程までの厭そうな表情を消し、無表情で問う【金色の闇】

 

「俺の事攻撃しない?」

標的(ターゲット)以外を狙うのは殺し屋の流儀に反します。素直に教えてくれれば危害は加えません」

 

淡々と答える【金色の闇】

 

「斬ったりしない?」

「しません」

「無数の手でボコボコにしたりとかしない?鉄球でぶん殴ったりしない?」

「随分と此方の手の内に詳しいですね…とにかく危害を加えない事を約束します。ですので結城リトの居場所を教えて下さい」

 

片眉を少しピクリとさせ此方を訝しんでいる

 

「…ホントだな?」

「約束します」

 

頷く【金色の闇】はどこまでもクールだ。

 

「ぜったい?」

「二言はありません」

 

もう一度頷く金髪の殺し屋。彼女の髪が澄んだ空気に跳ねて揺れる、

 

「ヨッシャ!安全マージンゲーット!!」

 

拳を空に掲げて叫ぶ。これでいきなり死ぬことはなくなっただろう、多分

【金色の闇】に【結城リト】の居場所を話す、"主人公"との出会いのシーンのあの場所を――――

 

「なるほど、その場所で待っていればいいんですね」

 

顎に手を当ててうん、と頷く殺し屋少女

 

「そうだ、あとコレをやる」

「?これは?」

 

バッグに入っていた本を【金色の闇】に手渡す。

 

「本…地球の文字は私は読めませんが…」

「そのうち読めるようなるっての。本好きだろ?」

「よく知ってますね……実は貴方は情報屋か何かですか?」

 

両手にしていた本から視線を外して、また先程のように俺を怪しむ視線をむける【金色の闇】

 

「ふふん。まあな」

「…危険人物かもしれませんね、下手な約束をしてしまったようですね…」

 

ニヤリと悪い微笑みを浮かべる俺とクールな表情を崩さない【金色の闇】

 

「まぁ、とにかくその本がいつか役に立つからよ、持ってろっての」

トントン、とハードカバーの本を人差し指で叩く、

「…いいでしょう。今はその命、預けておきます。では――――」

 

路地裏を去っていく【金色の闇】

 

「ヘイ!【ヤミちゃん】!結城美柑はイイコだぞ!是非友達になってやってくれ!」

「…結城美柑?標的(ターゲット)の家族ですか?」

 

くるりと振り向く小柄な殺し屋、この宇宙で独りきりだと思い込んでいる少女。異邦人。――――…家族、か。

 

「―――そうだ!妹だ!」

「必要ありませんね、」

よく言うぜ。美柑(・・)と同じで寂しがり屋のクセにさ

 

「まぁまぁ、そう言わないでくださいなお嬢さん。友達とは良いものですよ?」

 

友達…

 

「…。」

 

目を細めて此方を見る【金色の闇】と見つめ合う。ウチの春菜の為には【結城リト】に近づけるべきでは無いダークネス編のメインヒロイン。だけど美柑には彼女が必要だ。それにこの小柄な少女(・・・・・)にも、支えが。

 

「…考えておきます。」

「おう、頼んだ!」

「…貴方の名は?」

「秋人…【西連寺秋人】だ」

「アキト、なるほど、覚えました。また情報が必要になったら利用します。」

 

今度こそ去っていく【金色の闇】。おっと、俺もそろそろ待ち合わせ場所に行かないと――――

 

 

23

 

 

 

 

待ち合わせ15分前。時計塔の下で私、結城美柑は春菜さんのお兄さん…秋人(・・)さんを待つ。

いつもよりばっちり身なりを整え短めのひらひらした大人めスカートを履いている。少し迷ったけど雑誌で男の人はこういうスカートを好むとあった。合わせたニーソはコドモっぽいかな?

 

――――もうすぐクリスマス。リトへのプレゼントを悩んでいるフリ(・・)をした私は秋人さんに相談した。予感は的中。秋人さんも春菜さんへのプレゼントを悩んでいたらしい。いつものスーパーでの帰り道。"デート"の約束を取り付けた私が奇声を上げてガッツポーズをしたのは寒空の秘密だ。

 

待ち合わせ13分前。まださっきから2分しか経ってない。時間の流れがどうにもおかしい。気持ちだけが早って時間がちっとも追いついて来ない。だれか私の心のコーディネーターになってくれないかな、

いそいそと手鏡で身なりをチェック、さっきから声をかけてくる男の人が多いけど声はすべてサイレント。はっきり言って邪魔でしかない。今日の私は忙しい。

 

待ち合わせ10分前。脳内で出会いのシーンをシミュレート。声をかける秋人さん。応じる笑顔のあたし。秋人さんも笑顔を返す。そしてふたりは手を……。今朝も繰り返した出会い頭のワンシーン、何度繰り返しても飽きることはない。むしろリテイクを繰り返して精度を増している

 

「よ!美柑!はえーな!おまたせ!」

 

――――そして待ち望んでたあのひとがやってくる。

 

「待たせすぎです。お兄さん」

「ん?そうか?悪ぃな」

「では埋め合わせをして下さい。」

 

すっ…と右手を差し出すあたし。頬が熱い、自分でも顔が紅いのが分かる。さっきのシミュレートでは余裕の微笑みを浮かべていた"オトナ"なあたしがいたのに。

 

「手だな、ほら」

 

しっかり手を繋いでくれる笑顔の秋人さん。リトなら呆れて「なんだよ美柑、手繋ぎたいのか?コドモだなー」って文句を言ってから手を繋いでくれるだろう。そういう余計な一言が女子のテンションを下げることをリトは知らない。…って今はリトはどうでもいいってば。

 

「んじゃ行こう!まずは雑貨屋でも行こうぜ!美柑、ナビヨロシク!」

「まったく、仕方ないですね、こっちです」

 

はしゃぐ秋人さんは彩南町の地理に明るくない。まるでララさんみたい、あの時とは違って【登場人物】はあたし、結城美柑と秋人さんのふたりのみ。今日はふたりでいっぱい話をしてもっとキョリを縮めたい。

 

――――不満を漏らすあたしの心は浮ついてる。現実から2、30センチは浮き上がってる。地面に足がつかないからしっかりと手を繋いで、あたしを捕まえておいてくださいね、秋人さん

 

 

24

 

 

「ふぃー…結構イロイロ周ったなー、」

「はい、イロイロ周りましたね」

 

美柑とふたり、公園のベンチで一息つく。甘いココアが身体を温めてくれるが片手で開けるのには苦労した。繋いでいる左手を離そうとしたらすぐ脇から殺気を感じたのだ。まさか美柑か?と思ったら案の定ジト目の美柑だった。流石は【金色の闇】の親友。将来良いヒットマンになれるかもしれない。

 

「しかし、そんなんでホントに良かったのか?」

「はい、お兄さんのおかげでイイモノが買えました」

「そ、そうか…」

 

美柑が買ったイイモノ。それは「根性」と書かれた棍棒。よく土産屋で売ってるアレだ。まさかこの世界でもあるとは思わず「おもしれー!【結城リト】にコレで殴れば雑念払えるかもな!」と言ったら即購入した美柑。クリスマスプレゼントにそれって…ある意味【結城美柑】らしい?初めのクリスマスで美柑と【結城リト】の描写なかったから案外恨んでたりして。

 

チラリと美柑へ視線を向ける。作中では小学生にしては色のある服装でランドセルを背負ってアンバランス感を主張していたけど、今日はそれとは違う、とても普通の大人な魅力(・・・・・・・・)を放っていた。

珍しい。そんな描写なかったよな?まぁ美柑の出番が増えてくるのってダークネス編が始まってからだっけ。無印ではあんまり出番はなかったな、

 

「…どうかしました?」

 

視線に気づき、此方を見つめる美柑。どこか嬉しそうな顔をしている。

 

「いーや、案外キャラの魅力ってよく見ないとどこにあるのかわかんねーもんだって思ってな」

「キャラ…私のことですか?」

「そそ。」

「魅力…あるんですか?」

「おう!バッチシだ!人気投票の結果が楽しみだな!」

 

美柑へグッとサムズアップを送る。兄を誂う小悪魔妹キャラ、ちょっとブラコン入ってたりしたら最高だ。対してウチの春菜は兄を支える優等生妹キャラ、こっちはちょっとブラコン入らなくていい。俺が扱いにくくなるからな、ん?だいたい支えてやってるのは俺の方か、俺はシスコンじゃないし、"俺"は春菜にとってのどんなキャラクター?

 

「人気投票…ふふっお兄さんの話は面白いですね」

「そうか?」

「はい、女性キャラ1位は誰になるんでしょうか?春菜さん?」

 

小首を傾げる美柑

 

「んー、【ララ・サタリン・デビルーク】だな」

「ララさんですか・・・確かに、でも春菜さんも可愛いですよ?」

「春菜は2位だ」

「ふーん、お兄さんて春菜さんに冷たいですね、まさかララさんの方がスキとか?」

 

ジトッと見てくる美柑は何かを試すかのよう

 

「まさか、言ったろ?俺はヒロインみんな好きなの。」

「ふふっ欲張りですね、ちなみに私は何位ですか?」

「えっと、美柑は・・・」

 

たしか【結城美柑】は【金色の闇】についで第4位、毎回そんな位置にいるキャラクターだった気がする。安定の小悪魔妹クオリティが読者のハートを掴んでいるんだろうな

「えっと、美柑は……」

「…。」

 

4位です。言えない。言ったらマズイ。こんくらい【結城リト】でさえ気づける。左肩からチリチリと黒い暗黒のオーラが間違えたら許さんと放たれている。おかしいぞ、【金色の闇】だってこんな殺気出さないってのに。春菜、お兄ちゃんピンチだ

 

「審査員特別賞ーッ!!多数の投票ありがとうございましたー!」

 

美柑の手をとり、共にバンザイの格好をとる。向い合ってバンザイする俺たち、身長差が結構あるけど、今は座ってるから関係なく、顔がとても近くなる、黄土色の瞳が俺の顔を写している

 

「…皆さん応援ありがとうございました。受賞できて嬉しいです…」

 

顔を紅くして受賞者コメントをボソッと述べる美柑。ホッ、間違えなかったようだ。

 

 

25

 

 

「それじゃあ行ってくるけど…、ホントに良いの?お兄ちゃんは…?」

「いいっての。しつこいぞ春菜、しつこい女は嫌われキャラだ」

「う、うん…ごめん、」

 

【天条院沙姫】主催のクリスマスパーティーへ向かう春菜を玄関で見送る。さっきから同じやり取りを繰り返してばかり。

 

「でも、やっぱり一緒に行かない?誘われてるんだよね?やっぱり失礼になると思うし…」

「【天条院沙姫】がそんな事気にするキャラかよ、怒ってたら春菜、お前が謝ってやってくれ、頼んだぞ」

 

いつもと違う清楚系ドレス姿の春菜の小振りな胸をトントンつつく、ん、いい感触だぞ

 

「もう…すぐそうやって私に押し付けるんだから…私も怒られるのイヤなんだよ?」

「大丈夫大丈夫。怒ったりしないって、アイツは。たぶん俺を誘ったのも覚えてないんじゃね?」

「そんな事は無いと思うけど…でも、やっぱり‥」

 

上目遣いでまたもや同じ事を言おうとする春菜。ええい、またリピートする気か

 

「あー!もう!しつこいっての!いい加減はよ行かんか!【結城リト】達が待ってるだろ!ララだって楽しみにしてたんだ!お前が遅れたら心配するぞ!分かったらほら行け!お土産よろしくな!」

「あ!ちょっとおにぃちゃ…」

 

バタン、と玄関からパーティー仕様の春菜を締め出す。分厚く冷たい鉄のドアが俺と春菜の空間に区切りをいれた。

 

 

――――クリスマスイヴの夜。【天条院沙姫】の別荘でパーティーが開かれる。俺と春菜は招待されていたが俺は行かない。行くのは春菜ひとりだけ。もちろん会場でもう一人のメインヒロイン【ララ・サタリン・デビルーク】や仲の良い【籾岡里紗】【沢田未央】、【天条院沙姫】の取り巻きの【九条凛】【藤崎綾】、それから盛り上げキャラの【猿山】にウチの春菜の想い人である【結城リト】が居る。きっと大いに盛り上がって楽しいイヴの夜になるだろう。【結城リト】や友達と良い思い出をつくってほしい。……アレ?なんかあと一人たりないような?

 

ま、いっか。

 

「さて、俺の方も準備にかかるとしますかね、」

あくまでおまけだ。原作で言えば外伝、いや、それにもならないな。春菜がどう思うか分からないが"俺"がそうしたいと思ったからそうすることにしただけだ。

 

 

26

 

 

「春菜ー!待ってたよー!こっちこっちー!」

 

羽の生えた可愛いドレスに身を包むララさんが私を迎えてくれる。パーティーはもう少ししたら始まる。ギリギリに飛び込んだ私だったけど、なんとかパーティー開演には間に合ったみたい

 

「あれ?お兄ちゃんは?」

「…うん、来れないって」

「えー!そんなー!なんでなんでー!?」

 

やっぱりララさんもお兄ちゃんとイヴを過ごしたかったみたい。とても驚いて悲しそうな顔をしてる

 

「分からないの、なんだか大事な用事があるって言ってて…」

「むー、何か前にもそういうのあったよね?」

「うん…」

 

二人して暗くなる、会場はパーティ開演の合図を待つばかりで私達の他にも沢山の見知らぬ人たちが談笑していた。

 

「ナニナニ、なーに二人して暗い顔してんのさ、」

「わーお!春菜もかわいーね!気合入ってるぅー!」

 

開演を待たずにジュースの入ったグラスを片手に里紗と未央が肩を組んでくる。

 

「あ、里紗、未央…」

「ンー?どしたんね、春菜もララちぃも今夜はイヴよ?楽しまなきゃソンだよ?」

「そーそー!」

「あ、リサミオーお兄ちゃん来ないって!」

 

慌てたような声をだすララさんがゆさゆさと里紗の肩を揺らす

 

「オニイチャン?ララちぃお兄ちゃんいた?」

「ララさんのじゃなくて私の…」

 

私は事情を里紗と未央の二人に話す、確か里紗は前に一度兄に会ったことがある。

 

「あー、あのカッコイイ先輩か、そりゃーたぶん…」

「たぶん?」

 

首を傾げる私、私でも分からない秋人お兄ちゃんの用事が里紗には分かるんだろうか

 

「デートっしょ!」

「「デート!?」」

 

驚いて大声を出してしまう私とララさん。私はともかくララさんまで…

「そそ。妹には言えないのよ、今頃はしっぽり部屋に連れ込んでるころっしょ!」

 

――――イヤだ。そんなのはイヤ、ダメ。顔が真っ青になっていく、心臓が冷たくなっていく。私の知らない女の人に微笑みを向ける秋人お兄ちゃん。髪を撫でて女の人を抱きしめる秋人お兄ちゃん。イケナイ妄想がどんどん膨らむ。なぜだかやけにリアルだ。思えば最近の秋人お兄ちゃんはなんだかとても人気がある。昔からそうだったけど最近はやけにイロイロな噂話を聞く、九条凛先輩と屋上へ行く話だって聞いた。もちろんお兄ちゃん自身から聞いたわけじゃない、そんなこと聞けないよ

 

九条先輩もララさんもこのパーティー会場にいるからどこか安心してた。でも私の知らない可愛い女の人なんていっぱい居る。お兄ちゃん的に言えば"まだ投下されてないヒロインキャラ"

 

「あ、西連寺!メリークリスマス!あ、あのさ、その服、凄い、に似合って…」

 

――――結城くん。結城くんが顔を赤くして声をかけてくれる、彼との恋を応援してくれる秋人お兄ちゃん。私達の邪魔をしないよう気を遣ってくれてるんだと思ってたけど…ホントは私が邪魔だっただけなのかな…

 

哀しい。秋人お兄ちゃんは秋人お兄ちゃんで恋をして何も悪いことじゃないのに――――私だって結城くんに恋をしている。お互いそれぞれ恋人を見つけて悪いことなんかどこにもないのに。

 

悲しい。私以外の女の人に優しくする秋人お兄ちゃんが悲しい。

視界がどんどん滲んでいく、手にある想い人へのプレゼントがクシャ‥と握りしめられて苦痛の悲鳴の音を上げる

 

「でもサー、ララちぃのお兄ちゃんにもなったワケ?春菜のオニイチャンは?」

「そーだよ!とっても頼りになる私の(・・)お兄ちゃん!」

「へー、そりゃブラコンの春菜はヤキモチ焼いてたまらんねー」

「…そんなのじゃないよ」

 

抑揚のない声。

 

「そか?最近はお兄ちゃんお兄ちゃんと話題の大半がお兄ちゃん祭りだったよ?早く部活終わって家に帰りたいって愚痴ってばっかりだったジャン、練習熱心な春菜らしくないな~と」

「…そんなこと、ない」

 

私の声。

 

「春菜?」

ララさんが顔を覗き込んでくるけど、ぼやけてよく見えない。

「でもそんなアニキが他の女とラブってたら春菜はタイヘンだねーニシシ」

 

――――重なる秋人お兄ちゃんと知らない女の人ふたりが…

 

「――ッ!!」

「あ!春菜!」

 

青いリボンのプレゼントを投げ出し駆け出す、ここへはもう居られない。走りだして動き出した心は、暴れる気持ちはもう止まれない。首にかけたロザリオが左右に激しく揺れ動く、テニス部で鍛えた足腰が私の心と激しくシンクロして私の躰ごと目的地へと強く引張り、早く疾くと導いていく

――――

 

 

27

 

 

雪も降りそうな程に寒い空の街頭で営業販売をする2つの影。

 

「いらっしゃいませー!素敵な夜に美味しいクリスマスケーキはいかがですかー?甘くて美味しいケーキで甘ぁ~い夜にしませんかー?」

 

一人はミニスカサンタの女、その隣に佇むネコサンタ(きぐるみ)

 

「彼女も甘ぁーいケーキにほだされて甘ぁーい空気を纏わせて甘ぁーくてトロトロした表情で甘ぁーーーーいひとときを過ごせますよ~」

 

微動だにしないネコサンタ(きぐるみ)

・・・どんなだけ甘いんだよ。もう"甘い"がゲシュタルト崩壊したぞ

 

ミニスカサンタは春菜のクラスにいる髪にトーン使われてる妙に気合の入ったモブキャラ。

 

ネコサンタ(きぐるみ)の方は…

 

「一つくれ」

「はい!毎度!5600円になります!」

 

強きな値段だなおい。ほとんど山積みになって売れてないのが丸わかりのクセに。

 

「オイ。【古手川唯】わざわざ来てやったんだから、これ終わったら今度はこっちの頼みも聞いてもらおうか」

 

ビクリと震えるネコサンタ(きぐるみ)バタバタと猫頭を激しく横振って"違う、知らない"をアピールしている。

 

「ハァー、メールでこの場所送りつけて「ケーキ買いに来て下さい助けて byネコサンタ」ってどう考えてもお前しかいねーじゃん。【古手川唯】、メール開いたら送ったヤツの名前わかんだぞ?」

 

固まるネコサンタ(きぐるみ)おまえ本当に常識ある委員長ツンデレキャラなんだよな?

 

「?さっき助っ人を呼んだってこの人の事だったの?古手川さん」

ミニスカサンタがネコサンタ(きぐるみ)の中の人の事を早速バラす。もうバレてるけど

「ほれ、助けてやるからさっさと脱げって」

「え?私ですか?キャーッ」

 

ちげーよ、お前が脱いだらおいしいけど、問題アリアリなネコサンタ(きぐるみ)の方だ

 

「さっさと貸せっての【古手川唯】もう一着ミニスカサンタの衣装あるんだろ?」

「はい、ありますよ?え?まさか着るんですか?キャーッ」

 

ちげーよ、さっきからお前はなんかおかしい。

 

「よっしゃ、んじゃツンデレミニスカサンタと司会のおねーさん、ハレンチネコサンタの三人のショーでケーキ売りさばくといこうぜ!」

 

ニヤリと笑う俺に困惑している様子のネコサンタ(きぐるみ)、興奮気味のミニスカサンタ

……大体、棒立ちのきぐるみは不気味でしか無いだろっての

 

 

――――秋人の願いと春菜の気持ちがすれ違うクリスマスイヴの夜。街は色とりどりのイルミネーションの光に満ち溢れカップルや家族連れが笑顔を振りまき幸せそうにしている。"向こう"の世界の事をあまり考えられなくなった秋人は自分自身の存在意義が曖昧になっていた。自身もクリスマスを演出する背景キャラクターの一つになれば解るかもしれない、そう独りごち周りを一瞥した秋人は【古手川唯】からネコサンタの頭を引っこ抜くのであった。乾いた悲鳴が冬の夜空に木霊した。

 

 




感想・評価をよろしくお願い致します。

2015/11/09 改訂。一部情景描写、台詞変更

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

22 ヤミ、襲来。

23 Re:美柑と買い物デート

24 審査員特別賞(ばんざーい)

25 秋人の思惑

26 秋人の不在、春菜の想い

27 きぐるみ唯たん


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difficulty 5. 『重なる聖夜【後】』

28

 

 

身を切るような寒さの中を私は走る。

 

天条院先輩の別荘は市街地から離れた場所にあってここまで来るのに大きな黒いリムジンでやってきた。まるでどこかの国の貴族のような扱いを受ける私達パーティー参加者達、招かれた大きな屋敷の天井にはシャンデリアが綺羅びやかに優雅に輝き、今日一日だけは私もお姫様だった。

 

ちょっとだけパーティ仕様(・・・・・・・・・・・・)だったはずの私は

 

『ちょっとじゃねぇ、ばっちし気合入れたドレスにしとけっての、ララなんかド派手なんだろーからよ、対比の為に清楚なドレス系で!あんまり派手じゃなくてこう清楚!って感じの』

 

気合の入ったドレス仕様(・・・・・・・・・・・)に変わった。

 

ほんの少しだけ胸元の空いたシックなブルーのパーティードレス。チュールタイプのそれは今夜の私を特別な()に変えていた。

 

『西連寺のお兄さんて、なんかスゲーな』

『え?』

『あ、いや、この前さララを探しまわってる時に偶然会ったんだ』

『お兄ちゃんと?』

『うん。』

『お兄ちゃんが・・・どうかした?』

『いや、そうじゃなくてさ、俺も妹の美柑がいるから分かるんだけど、春菜ちゃ・・西連寺のこと大事に思ってるんだなぁと思ってさ』

『え?』

『「ウチの妹達を泣かせたらただじゃおかねぇぞ」って面と向かって俺なら言えないなー、流石は西連寺のお兄さんだよな!妹"達"ってララのこともだろ?ララのヤツも随分懐いてるみたいだし、やっぱ兄妹って似てるんだな!や、優しいところが西連寺と似てると思う、ぜ……』

『う、うん、ありがとう、結城くん…』

 

結城くんとの会話が凍てつく冬の夜空に浮かぶ。高いヒールに足を取られる。広大な屋敷の敷地を抜け一気に市街地へ。

 

――――やっぱり、やっぱりそうだった。

 

あの三人でお鍋を囲んだ夜に大好きなお肉もそこそこに食べて慌てたように出て行った秋人お兄ちゃん。

 

『なんでもねーっての、気にすんな、それより喉乾いた水くれ。暑いのか寒いのかよく分からん、ワンウォータープリーズ』

 

帰ってきた時に改めて何の用事だったか聞いたけど、乱暴に髪を乱されて誤魔化された。でもなんだかどこか寂しそうな瞳がずっと胸に引っかかっていた。

 

「っ…――秋人、お兄ちゃんっ!」

 

邪魔なパンプスを走りながら脱ぎ捨てる。冷たいアスファルトと小石が足を傷つけるのも構わず、ピンでとめられた髪が乱れるのも気にもしないで、ひた走る。走って、荒い息を吐いて、色とりどりのイルミネーションの光で彩られた街並みを駆ける私。それを見て騒ぐ街の人達を無視して速度を落とさず人混みを縫うように走る。丈の短いドレスはめくり上がり下着が露わになりそうになる。肩が人にぶつかり怒号が投げられるがそれでも速度は落とさない。バランスを崩し固い地に手をつくがすぐに体勢を整える。走って、急いで、とにかくもっと疾く――――

 

 

29

 

 

「ふぃー、売れた売れたー!はっーはっは!」

「やりましたー!ウハウハですよー!キャーッ!」

「ヤられたのは私の方よ!まったく!ハレンチな!」

 

ショーは大成功。ボッタクリのケーキは全て売れ、この場に残っているのは俺の買ったものだけ。ヒロインが一肌脱げ(・・・・)ばこんなもんだ。【古手川唯】にはもちろん一肌以上に脱いでもらったわけだが、

 

「んじゃコレ借りてくかんなー」

「くっ、ちゃんと返しなさいよ!あと覚えておきなさいよ!先輩!」

 

胸を抱きしめてこちらを睨む今夜の主役兼被害者、ツンデレミニスカサンタ

 

「山分けしなくてイイんですかー?」

「なんだ?くれんのか?」

「ありませんねー」

 

とぼけた態度で首を傾げるホクホク顔の司会のお姉さん

 

「ねーのかよこのヤロウ…」

「むしろ私の方が慰謝料を取りたいくらいよ!払いなさい!」

「このツンデレ…このクソ寒い中手伝いに来てやった心優しい先輩に向かってなんて言い草…また乳揉んだるぞ」

「ッ!!」

 

顔を赤くして、げしげしと蹴りを入れてくるツンデレミニスカサンタ。ふはは、効かぬわ!きぐるみの防御は厚いのだよ、【古手川唯】

 

「イヤラシー顔してましたよねー古手川さん、色っぽい表情に私もちょっとドキドキしちゃいました!もしかして感じちゃってました?キャーッ!ハレンチー!」

「ッ!!貴方も余計なことをいわないッ!!」

 

報復の矛先が司会のお姉さんにうつったのを尻目に抜け出すことにする、そろそろウチに帰ってイロイロ準備をしないと間に合わない。静かにその場をぬけ出す俺に二人は気づかず追いかけっこをしていた。

 

 

30

 

 

「おにいちゃんッッ!」

 

玄関のドアを蹴破るように開け放つ、自分でも信じられない速度でたどり着いた私。テニス部でのマラソンでもこんなタイムは出せないだろう。深夜に大声を出すなんて近所迷惑な行為は普段なら絶対しないけど今は気にしていられなかった。

 

暗く暖房の効いていない部屋はしんと静まり返っている。私と秋人お兄ちゃんが居た時の暖かさは無く、冷えた空間が広がっている。

 

素足のままリビングを抜け目的地の部屋の前へ向かう。冷たい静かな足音を奏でるフローリング、ドアノブに手をかける寸前、里紗の言っていたことが頭に浮かぶ。

 

瞳を閉じて乱れた呼吸を整える。秋人お兄ちゃんの部屋のドアをそっと開ける――――

 

リビング同様、肌寒い部屋。最近は漫画を買うようになり、昔はなかった生活感がある。私が小まめにこっそり掃除したかいがあって本は整理整頓されていた。季節感を示しているのは私が置いたクリスマスツリーだけ、机に置かれた小さなツリーはオーナメントと赤、青、緑にチカチカと瞬き輝いている。

 

「…?なんだろ、これ――――」

 

そんなツリーの光の隣。ふと机の上にある青いリボンの小さなプレゼントボックスが目に留まる。あの秋人お兄ちゃんがこんなものを持ってるなんて珍しい、誰かに貰ったものかも知れな――――

 

「これ…は、」

 

『春菜へ、Merry Christmas! たまには髪留め変えてみろ印象変わるぞ、あとキャラも。デビルーク姉妹はよく髪型変えてるし、お前も変えてみるといい。読者人気があがるぞ』

 

その箱は私へのクリスマスプレゼントだった。

クリスマスカードに乱雑な文字で相変わらずお兄ちゃんらしいヘンな言葉が綴られている。

 

――――デビルーク姉妹って誰の事?ララさんは一人だよ?読者って?…もうちょっとロマンチックなメッセージにすればいいのに。またよく分からないヘンな単語ばかり並べて…

 

『そうすれば結城リトとうまくいくし、そしたら俺も元のせ』

 

書いている途中だったのかな、続きのメッセージは読み取れない。

 

――――私の事ばかり気にして、自分の事は後回し。いつもそう、今夜だってそう。仲がいい九条先輩や、さり気ないフリして気にかけているララさんだってパーティー会場に居たというのに。私と結城くんの為に…、きっと自分がいたら結城くんが緊張するだろうからって、、

 

プレゼントの包みを開ける。箱の中にはツリーの光の中で白百合の髪留めが慎ましく輝いていた。

 

白百合の花言葉は「純潔・無垢」――――本当は里紗の言ってる事なんて無いって分かってた。意気地なしでダメな私には、きっと理由が、口実が必要だったんだと思う。私って面倒くさい(・・・・・)んだ、ごめん、ごめんね、秋人お兄ちゃん…

 

ここまで走ってくる中で乾き、止まっていたはずの涙が再び溢れだす。次から次へと溢れる涙は私の千切れてばらばらになりそうな心を余計に混乱の中へ落としこめる。

 

手の中の白百合の髪留めが体温をうつして熱を帯びる。私の体温がうつっただけなのに優しく温かい違う熱に感じた。

 

「秋人…お兄ちゃん、わたし、、わたしね、、もう、こんなに、、」

 

――――結城くんに恋をしている。

 

中学の頃から。高校に入って、大事な友だちもできた。ララさんは大切な友達、そして彼女も結城くんの事が好き。ララさんを応援したい気持ちもある。お兄ちゃんは私達二人を応援してくれている。ちょっとだけ私を贔屓してくれている気がするのは気のせいだろうか、それが嬉しくもあり…――――哀しい。

 

ツリーの瞬く光しかない冷たい部屋は静まり返りアンティークのアナログ時計だけがカチ…カチ…と時を刻んでいる。

 

――――世界が息を潜めて彼女の独白を待つ。大きく変わろうとする色の無い世界は嵐の前の静けさのように静寂で、秒針音さえかき消した。

 

「…秋人…、秋人お兄ちゃんのことが、、、」

 

――――届けたい想い、届かない想い。ふたつのはじまりとふたつのおわり。どっちを選べばいいのか。わたしには…ずっと選べなくて、

 

「お兄ちゃんのことが…、、」

 

――――それでもいつかは、選ばなくちゃいけない。時間は前に進んでる。私も前に進まないといけない、それがお兄ちゃんが望んでることだから…、それが望んでる方向じゃなかったとしても――――

 

「―――」

 

一途な想いを紡ぐ薄桃色の唇。パァンッ!と乾いた破裂音に愛の言葉は掻き消された。

 

「…きゃッ!な、なに?」

 

音の方を振り向くと部屋の入り口に立つサンタの格好をした大きなネコ…のきぐるみ

 

「お、お兄ちゃん?!な、なにその格好?!」

 

こんなヘンな事をするのは秋人お兄ちゃんしかいない。とっさに髪留めをポケットに隠す。

 

「…いろいろと台無しにしてくれたな、春菜。オマエ、覚悟はできてんだろうな?ああん?」

 

くぐもった声がきぐるみの中から響く。

 

さっきの破裂音の正体は手に持ってる大きなクラッカーだった。私達の間に紙吹雪がひらひらと舞っている、エナメル製のそれはをキラキラ輝き舞っていて――――涙で滲んだ瞳のせいでどんどんぼやけてゆく

 

「こんなに早く帰ってきやがって、しかもなんだよそのカッコは!髪もドレスも滅茶苦茶じゃねーか!ラッキースケベに巻き込まれたのか?!それでもそんなにはならねーだろ!次のシーンでは元通りになるはずだ!それよりこっちの準備も計画も全部台無しだ!ケーキくらいしか用意できなかったじゃねーか!しかも怪しげな味のやつ!ターキーとかも食いたかったのによ!食レポとかやってみたかったんだよ!」

 

次々とまくし立てて怒ってるようで心配を孕む声

 

「オイ!春菜!聞いてんのか?!それに勝手に部屋に入りやがって!ちゃんと【天条院沙姫】の別荘は崩壊させたか?アイツは俺に当たりが強いからな、ちょっとは懲らしめてもうちょい面倒見の良くて優しいところを前面に……」

 

乱れてずれたドレスの肩紐を整えようとする秋人お兄ちゃんの胸に思い切り飛び込む。柔らかくぬいぐるみのような感触が薄い布ごしに伝わる。私の勢いで秋人お兄ちゃんと一緒にフローリングに倒れこむけど秋人お兄ちゃんは私の背に腕をまわしてしっかりと抱きとめてくれた、さっきとは違う涙が次々溢れて秋人お兄ちゃんの胸を濡らした

 

「…何泣いてんだ馬鹿め、不遇ヒロインがいよいよ板についてきたか?」

「…ぅっ、ひっく、」

「ふん。心配すんな、お前が、【西連寺春菜】が捨てられる未来はない。不遇ヒロインだろうが"この世界"ではヒロイン全員が最後には幸せになるはずだ。最後には――――」

「…っく、ぅっ、」

 

――――…もしも私が幸せになれたら、秋人お兄ちゃんもしあわせになれるの?

 

嗚咽を零す私を優しく抱きしめ髪を撫で梳いてくれた秋人お兄ちゃん。きつくきつく抱きしめる。柔らかくって温かい。でもこれはきっときぐるみなんかのせいじゃない。

 

――――秋人お兄ちゃんは私に共犯者だと言った。私たちに迷惑をかけるって言っていた。でも迷惑なんて思ったことなんか一度もない。少なくとも私は。

 

「そんなにサービスシーンが嫌だったのか?明るいサービスカットなんだからいいじゃねーか、そういえば髪を下ろしてた方が人気があるらしいぞ、」

「…っく………――――知らないもん、そんなの…どうでもいい」

 

ごちゃごちゃとうるさいお兄ちゃんに不満を口にする。

 

「何言ってんだ、」

「…お兄ちゃんが悪い。私は悪く無い」

 

腕の中で甘えたように囁く私。綺麗なドレスの女の子を抱きしめておいて、もっと他に言う事あると、更にきつく抱きしめる。

 

突然"ネコさんサンタ"が私の髪をぐちゃぐちゃにする。さっきまで整えようとしてくれていたドレスに手をかけ半脱ぎにしてぐちゃぐちゃの皺だらけにする。そっと肩を押されて秋人お兄ちゃん(・・・・・・・)から離され起こされる。

 

"ネコさんサンタ"を見下ろす馬乗りに跨る私。ドレスも髪もここへたどり着いた時より更に滅茶苦茶で裸より恥ずかしい格好。ブラまでずらされて私の慎ましい(・・・・)胸が今にも見えそう。瞬間、自分の姿を両腕で隠す。

 

"ネコさんサンタ"はカシャカシャとカメラで写真を撮るジェスチャーをする。

 

――――こんな恥ずかしい格好にしておいて…っ!

 

そんな態度に腹が立った私は【西連寺秋人】の"ネコさんサンタ"の頭を引っこ抜く。予想通りニヤニヤと邪な笑みを浮かべる秋人(・・)お兄ちゃんが現れる。見なくてもそんな顔してるの分かってたけど、見ちゃうとやっぱり腹が立つ。

 

思いきり秋人お兄ちゃんのほっぺたを引っ張る私。

秋人お兄ちゃんは両手で私の頬を引っ張る

私も負けじと両手で思いきり引っ張る。

 

「ふぁふぁ、さくふぁ崩壊だな」

「ふぁにソレ、またふぇんなコトいってるふふ」

 

笑う私たち。もう、ちょっとは手加減してよ秋人お兄ちゃん。腫れちゃうよ、

 

紙吹雪は本当の雪のようにツリーの三色の光をキラキラと反射して部屋を舞いながら、私たちに降り積もる。幻想的でロマンチックな空間の中にいるのに私たちは全然ロマンチックな台詞を口にしない。秋人お兄ちゃんは頭以外きぐるみだし、私の方は綺麗なドレスも乱れてほとんど下着姿だし、これじゃ恋人たちにとっての特別な聖夜も台無しだ。

 

「いてーんだよ!引っ張りすぎだ!補正ねーんだぞ!俺!」

「補正?なにそれ、知らないもん!お兄ちゃんこそ引っ張りすぎ!」

「うるせえ!エロい格好してサービスシーンきどりか!」

「ッ!こんな格好にしたのはお兄ちゃんでしょ!」

 

前夜祭が終わり日付はとっくに降誕祭。恋人たちの特別な夜に部屋で言い合いしながら上になったり下になったり、転がり重なり合いながら頬を引っ張る私達。まだ、もう少しだけはこんな関係でもいいのかもしれない。私の秋人お兄ちゃんが本当に望むものを知るまでの間は――――

 

 

ふたりは折り重なり合いながら喧嘩を続ける。終わりの見えないじゃれ合いをツリーの光だけが優しく見守っていた。

 




感想・評価をよろしくお願い致します。

2015/11/15
台詞、モノローグ改訂

2016/05/16 一部改訂

2016/05/29 一部改定

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

28 春菜、走る

29 唯、脱ぐ

30 兄妹、聖夜の和解




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difficulty 6. 『幸せの光景』

31

 

 

「アキト、今夜はスキヤキ…だそうです、美柑に誘われました。貴方もどうせ暇でしょうし、共に来てはいかがですか」

 

また(・・)来たのか。

 

突然開け放たれる2-Aのドアに固まる時間。生徒一同。たぶん感想はみんな同じだろう

 

「えー…であるからしてぇー…」

 

現在骨川センセの古典の授業中(・・・)。皆静かにセンセの声に耳を傾けていた。――――こっそり心の準備をしながら

 

「ここはでしゅねぇ…」

「…聞いているのですか?アキト、それとは別に情報が欲しいのでこちらの本をお願いします。報酬はいつもの通りお支払いしますので。」

 

気づいてないのかそのまま授業を続ける骨川センセ。眉を潜め落ち着いた声色の金色の闇。ツカツカと我が物顔で教室に侵入し近寄ってくる。戦闘衣(バトルドレス)が翻り、長い金色の髪が鱗粉を放っているかのように光を散らしている。

 

繰り返す授業中(・・・)だ。それにもう片手の数で効かないほどにこうして2-Aの教室に、しかも見計らったように"古典"の授業中にやってくる金色の闇さん。骨川センセ嫌いなの?それとも俺に何か恨みでもあんの?周りの生徒は小柄な彼女に見とれたり、不思議そうな顔をしたり、凛は小さく苦笑いを零し、【天条院沙姫】はまたか、と苛ついたように額を抑えている。

 

「…。」

「今日はこちらをお願いします。」

 

席に座り、ノートをとっている俺にスッと絵本を差し出す金色の闇。

 

「…。」

 

視界の隅へ本を追いやり黒板に注目する、骨川センセの板書は綺麗だな、でも勉強嫌だな、でもしないと春菜がうるさいしな。晩飯を人質に勉学に励むことを強いる。どうして俺の小テストの成績などが筒抜けなのか………ともかく最近は勉強している俺。ちゃんと小テストで良い点や板書をきっちりとると春菜はおかずを一品多くしてくれる、これが惣菜なのではなく随分手のこんだもので…――――って思いだして腹が減ってきた。なんかうまく操られてる気がするけど気のせいだろう、うん。いやいやそんな馬鹿な、ウチの春菜に限って俺を尻にしこうなどと…

 

「…聞いているのですか?なぜ毎回そのような態度をとるのか疑問です、こちらは客です。今回はこの情報を」

 

余計に突き出す金色の闇。俺の視界がオニの表紙絵で埋まる。何が情報だよ、読み聞かせじゃねーか。二度目に俺を探して訪れた金色の闇に絵本を読み聞かせてやった。呆れられると思ったのだ。ところがハマったのか絵柄や内容が気に入った絵本をこうして持ってきて読んでくれとせがむ金色の闇。曰く演技がいい、声の感情表現がいい流石は情報屋うんぬんかんぬん。

 

「…おい、金色の闇…放課後にしろって何度言えば分かる…」

 

骨川センセのありがたい授業を邪魔しないように声を抑えて、怒気は抑えない。

 

「…情報は早いほうが良いに決まっています。それに貴方は暇でしょう…コレは先払い、焼きたてです」

 

少しも気にした様子もなく、絵本と共にたい焼きの紙袋を差し出すヤミ、そんなに毎回食えるかよ。どんだけ大食漢なのか俺は、それに大体毎回この目の前の殺し屋の胃袋に消えるのだ。

 

「では行きましょうか、ここは少々騒がしいですし」

 

視線は周りを捉えておらず、俺を変わらず補足している。クイと髪を変身(トランス)させ俺を持ち上げる美貌の殺し屋少女。現れた大きな手にしっかり握られ宙に浮かされる。こっちの反応も待たずに、ナニ、なんなのこの扱い

 

【結城リト】と無事出会いララに名前と地球での生活意義を貰って彩南町に留まる【金色の闇】

その際、美柑にも出会って親交をもったらしい。前もって美柑にも伝えておいたからすんなり仲良くなったようで、俺の識っているよりも早く友達関係になっている。もともと似ている二人だし、こうなるのは当然だ。

 

入るときはドアから、帰りは窓から。羽を出現させてふわりと浮かび飛び降りる金色の闇と俺。毎回死ぬかもしれないと恐怖なんですけど?一度断固として断りを入れた俺をムリヤリ連れ出したときはうっかり(・・・・)放り上げられ大地へメリ込む寸前でキャッチされた。彩南町って広いんだな、春菜。お兄ちゃん初めて見たよ、嗚呼セカイとはこんなにも美しい…サヨナラ、とラストの台詞を吐いたのに「すいません、ついうっかり手が滑りました」と無表情の殺し屋に救われたのだ。ありがとう、助かった、死ぬトコだったぜ…違う、目の前のコイツが原因じゃねーか!と流石に金色の闇に文句を言ったがフッと嘲笑され結局いつもどおり運ばれた。

 

 

32

 

 

「ここは静かでいいですね、…ではお願いします」

 

中庭のベンチにちょこんと座り、期待した表情のヤミ。

 

あのな、お前には何度授業中だと言えば分かるんだよ、もう通算40回以上は言っているぞ…脳内で。言ったらまた放り投げられそうだから口にしないだけだからな?人を恐怖で従えさせるとは恐ろしいヤツだ。初めは大人しく放課後まで待っていたのに最近では待ちきれないのか、暇になったのか、頻繁に訪れる金色の闇。今時期の病み。本読み病だな

 

「はァー…むかしむかしあるところに…」

「…真面目にお願いします。私は客です」

 

冷たい視線と声のヤミ。

 

地に項垂れる、毎回毎回好き勝手やっておいてこの態度。好き放題やりたいのはこっちの方だっての、まったく何が客だよ好き勝手言いやがって!俺が読んでやらないとと困るのはお前の方じゃねーのか!なら少しは(いたわ)れ!労(ねぎら)え!共により良い空気と関係を作り共に高めあおうとは思わんのか!ふんぞり返って文句ばっか言いやがって!自分で読んでみろっての!心が頑なになりそうなときは褒めの言葉が必要なんだぞ!アメとムチを勘違いしてんじゃねえ!アメとムチは9:1でムチのあとは必ずフォローが必要だって聞いたぞ!だいたいやるほうも真剣でお客の為にしこしこ頑張ってんだ!そこに鞭打ってんじゃねえ!何が目的だ!サディストきどりか!より良いサービスを提供される為にはどういう態度のお客さんがいいのか考えたことあんのか!?次々と【古手川唯】のように文句が浮かぶ。もう我慢できるか!

 

「…スイマセンでした。金色の闇サマ」

 

言えるかっての。

 

「…もしかして疲れていたのですか?冷めてしまいますし、食べてからにしましょうか」

「…ハイ」

 

二人でベンチに座り、たい焼きを頬張る。昔ながらのシンプルなたい焼き。手にとったその中身は小豆餡。砂糖の量が多く一番甘い。美柑はアイス、ヤミはたい焼きを会うたびくれる。こうして並んで食べるのも何度目か、どっちの二人も甘いものが好きだよな。もうちょっと二人共俺への態度をこの小豆餡の10分の1でも甘くして欲しいもんだ、お、美味いこといった。上手いことイイましたよワタクシ

 

「はむ、こっちの生活は慣れたのか?」

「…そうですね、悪くありません」

「ふーん」

標的(ターゲット)にはえっちぃコトに巻き込まれますが、それ以外は概ね平和です」

思い出したのか頬を赤らめて律儀に報告するヤミ、もう既に3つ目を手にとっている。

「へー、お、こっちはカスタードか、」

「…聞いておいてその態度ですか、最初の約束がなければ斬っているところです」

 

オマエだって人の話聞かないだろ…お互い様だ。口にたい焼きを含みながらヤミに不満の視線を投げかける。カスタードのまろやかな甘みが口の中に広がる、尻尾のクリームを含まない部分を齧ると調度良い塩梅になるのだ。

 

「それより貴方の妹…西連寺春菜はお節介ですね」

「‥そか?まぁそうだな」

 

3個目に手を伸ばす。今度は何味だろうか

 

「…地球人はお節介な人間が多いのですか?」

「さあ、どうだか、でもこの街じゃ多いのかもな」

「そうですか、"妹"というものはお節介な人間が多いのかもしれませんね、美柑も結城リトの"妹"ですし…」

 

妹…最近、春菜の様子がどこかおかしいんだが。出会った時は陰日向らしく甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれていたのだが(犬か俺は)、近頃はグイグイと前に出てくる。例えばこんなことがあった

 

『はい、お兄ちゃん』

『ん?なんだ?コレ?』

『みそら堂のシュークリームだよ』

『おやつか!サンキュー!』

『あ、待って!お兄ちゃんにあげるんじゃないの』

『は?』

『えっと、天上院先輩と・・・あと九条先輩にあげてくれない?』

『?なんで?』

『えっと…いきなりクリスマスパーティー抜けだしちゃったし、迷惑かけちゃったかなぁ……っと…』

『いいんじゃねーの気にしなくて?むしろあの後別荘崩壊して大変だったんだから逃げ出されても文句ないんじゃね?っていうより凛にはなんで?』

『えっと、牽制…じゃなくて、天上院先輩だけにあげるんじゃヘンかなって…アハハ・・』

『ふーん、そか、ん?藤崎綾にはないのか?』

『あ"』

『…ないのか。ん?そっちの包みも同じじゃねーか、それやればいいんじゃねーの?』

『こ、コレはダメ!』

『なんでよ?』

『だってお兄ちゃんのぶんだし…』

『…はぁ、また買ってくればいいじゃねーか、それに藤崎綾のぶんがなかったら天条院沙姫はむしろ怒ると思うぞ?』

『特別な限定品で一緒に食べたかったのに…』

『…ん?なんだ?聞こえなかったぞ』

『あ、えーっと、やっぱりあげるのやめにしようかな~、アハハ…』

『だからまた買ってくればいいじゃねーか、俺が買ってきてやるから、とりあえずそっち寄越せ、んじゃ行ってくる』

『あ、待ってお兄ちゃん!一緒に行く!』

 

とか朝の玄関先であったり

 

『こんばんはお兄さん、今日も夕飯の買い出しですか?』

『おう、こんばんは美柑、醤油切らしたらしくてな、買いに来た』

『ナルホド、醤油ならコレが美味しいですよ』

『マジか、じゃあこっちにしようかな、頼まれたのはこっちだけど』

『はい、これでウチと同じ味になりますね、…味覚の掌握は今のうちからした方がいいと思うし…』

『ん?なんか言ったか?』

『いえ何も。それよりまた帰りにアイス食べませんか?』

『いいぞ、ちょっと寒いけど』

『くっついていれば大丈夫ですよ、お兄さん』

『暖房きいてるけど?』

『…私が寒いんです、分かってて聞いてますね?』

『はは、バレたかアイス好きだもんな、冬は食べないとか言ってた気がするけど、美柑らしくていいかもな』

『コドモっぽいですか?』

『いや、可愛らしくていいと思うぞ?』

『ホッ、ありがとうございます、では行きましょう』

『私も行く!…こんばんは美柑ちゃん、ウチの秋人お兄ちゃんがお世話になってます』

『春菜さん…いつから居たんですか…こんばんは』

『春菜…オマエ俺に"手が離せないから買い出しに行ってきて"って言っておきながら…』

『えっと別の調味量も切れちゃってたから、はい、お醤油はこっちだよお兄ちゃん』

『どうせならこっち試してみないか?美柑がおいしいっていって『ダメです。お醤油は家庭の味を支える大事な調味料です』…分かったよ怒ることねーだろ、こっちでいいんだなこっちで』

『はい、じゃあ行きましょうか秋人お兄ちゃん、私もアイスを食べたいですし』

『・・・何?なんなのその口調、美柑を真似てんのか?』

『私の真似ですか?春菜さん…』

『オホン、違うよ?アイスが食べたくなって急いできたからちょっと言葉遣いがおかしくなっちゃったのかな?』

『…別の調味料が切れたから来たんじゃ・・?』

『え、えーっと、』

『…まぁいいですけど、行きましょうかお兄さん…――――あと春菜さんも』

 

あの時の美柑は怖かった。

 

「…家族、とはどのようなものですか?」

 

春菜とのここ最近の出来事を思い返す秋人はヤミの声に引き戻される。その声にどこか羨望が含まれていたのを秋人は見逃さなかった。

 

「んー、うるさい、うっとおしい、邪魔、だな」

「…酷い言い草ですね…不審人物(・・・・)のアキトらしいといえばそれまでですが…」

「でも居るのと居ないのじゃ違うのは確かだな」

「…どう違うのですか?」

「何もかも倍以上に感じられる。楽しいことや嬉しいことなんかが特に」

 

――――あの聖夜が脳裏によぎる。

 

「…そうですか、私にはあまり"楽しい"と思えることはありませんが…、」

「美柑と居ても楽しくないのか?」

「勿論楽しいです。ですが美柑は私と居て楽しいのでしょうか…?"家族"の結城リトと居たほうが楽しいのでは…?」

「家族と友達は似てるようで違うんだよ、ちょっと役割が違うだけだ」

「…どう違うのですか?」

「お前が誰かと家族になって、その時もまだ美柑と友達だったら分かるよ」

「…"家族"に、なる…」

 

呟き思案するヤミに微笑みを向ける。ヤミは此方を見ているが違う何処かを見ているような気がした。

 

ヤミの言葉に向こうの家族を思い浮かべる。こちらの世界の出来事より鮮明に思い浮かべられない、まるで空想の世界のように感じる。家族や友達の顔や声、匂い、感触…今まで当たり前だった"現実"がどんどん遠のいて行っている。俺を置き去りにして

 

ちょっと行って帰ってこれるような感覚だった。すぐに現実にもどり友達に自慢して、また今度は手軽な同じ世界にに入って遊んでまた戻って…

この世界が消えようとも構わない、そう思っていた。夢なのか、そうではないのか。それすら忘れてただ楽しんでいた。識っているこの"ToLOVEる"の世界。でもどこか違う、変えているのは自分【西連寺秋人】というキャラクターの存在なのか、"俺"なのか、

 

春菜の兄になった俺。春菜はもう俺のかけがえない"家族"、、、大事な存在だ。あの聖夜にはっきりとそうなった。もしも夢から醒めて"現実"に戻ったらこの世界の春菜は、ララや凛、美柑、古手川、ヤミ、結城リト、他の知り合った奴らはどうなる?

 

帰りたいのか、帰りたくないのか、自分の気持ちすら秋人は掴めていなかった。

 

「まぁお前にもできるよ、ヤミ」

「…そうでしょうか…ですが、アキトがそう言うのならそんな気がしますね…」

 

三個目はチョコ味。カカオが強すぎてやや苦い。先ほどまでの甘さが消えてしまった。一口齧ってヤミに手渡し、ヤミの口にしていたものを奪う。奪った4個目はまた一番甘い小豆餡、それでもなかなか甘さは感じられなかった。

 

 

33

 

 

「いらっしゃい、お兄さん春菜さん」

「いらっしゃい!西連寺!西連寺のお兄さん!」

「こんばんは、お邪魔します。結城くん、美柑ちゃん」

「よ!こんばんは、初めまして(・・・・・)結城リト、美柑は昨日ぶりだな」

「え?は、初めまして西連寺のお兄さん…あれ?」

「リト、初対面でヘンな顔しない、ほら、こっちで準備手伝って」

「あ、おお、分かったよ美柑」

 

俺たちをテーブルへつかせるとキッチンの方へ消えていく結城兄妹。結城リトの家は一戸建てだ、庭にはセリーヌがそびえ立っていた。近くで見ると凄い迫力だった。ララに言ったらくれねーかな…ウチにも欲しい。たしかラーメンとか食ったり本まで読むんだよな、ダンシングフラワーごっこさせたい!マロンとの絡みを見てみたい!植物にテンションが上ってしまうとは、ヤバイ、欲しい。欲しいぞ!といよいよ春菜に言おうとしたら春菜は無言で首を横に振っていた。その表情は笑顔、天使の微笑み。まだ何も言ってないだろ、え?声に出してた?結城家の前で騒ぐなってことか、まぁ想い人の家の前で家族がはしゃいでたら嫌だしな、仕方ない。あとでこっそりララにねだろう…ってなんだよ春菜睨むことねーだろ、え?言わなくても分かる?チッ…だんだん面倒な妹になってきやがって…そんなやり取りをした後で同時にチャイムに指を伸ばし結城家へ招かれたのだ。

 

ここまで春菜と歩いてきた。スキヤキの材料を二人で持ちつつ白い息を吐きながら。

首に巻いた星柄の刺繍が施された赤色マフラーが温かい。出掛けに春菜が巻いてくれたのだ。クリスマスプレゼントらしい。春菜の前髪に白く光る白百合の髪留め、いつの間に"勝手に"プレゼントされていたのか、俺は渡した覚えがないのだが…

 

「ただいまー美柑ー!連れてきたよー!」

「ありがとララさん、こんばんはヤミさん」

「…こんばんは美柑、お邪魔します」

「あ、お兄ちゃん!春菜ー!ようこそー!私のウチに!」

 

任務を終えたララがリビングへ顔を出す。ララが居ないと思ったらヤミを呼びに行っていたのか

 

「こんばんはララさん、ヤミちゃんも、ヤミちゃんは久し振り、だね」

「お前んちじゃないだろ!オレんちだ!」

「えー!?私とリトと美柑のウチだよ!」

「お前んちはデビルーク星だろ!」

「ココだってウチだよー!」

「こんばんは西連寺春菜。ここは騒がしいですね…美柑、これがスキヤキですか?」

「うん、そうだよヤミさん」

 

グツグツと煮える鍋の面倒をみている美柑と春菜、そんな二人をぼーっと眺める俺。騒ぐ結城リトとララの二人。

席には結城リトと俺は向かい合わせに座り、ララと春菜、ヤミと美柑が組み合わせで四角いテーブルを挟むように座っている。俺も結城リトもお互いサンドイッチ状態とはならなかったがこの方がいい、平和一番。

 

「はい、どうぞお兄さん」

「サンキュー、美柑」

 

美柑が艶のある流し目をおくり微笑む。肉、豆腐、椎茸と野菜をバランスよくもられた小皿を手渡される。なるほど、これをララと春菜にやらせたいのか、結城リトは喜ぶだろうな

結城リトを鍋の湯気ごしに見ると驚いている様子。ん?なんかおかしい事があんのか?

 

「美柑が鍋よそうの初めて見た…」

「…なに言ってるのリト、いつもしてあげてるでしょ、リトのバカ」

「いや、いつもは自分でとってるけど?」

「それよりリトはララさんか春菜さんにとってもらいなよ」

 

サラッと話を変える美柑。

 

「なっ!なに言ってんだよ!そんな嬉しいことさせられるわけないだろ!?」

 

視線を春菜に向ける俺と結城リト。春菜の手には肉が山盛りになった小皿があった。野菜ナシナシ。ご飯に載せて牛丼にでもしましょうか、春菜さん。一分クッキング。でもみんなのぶんを考えなきゃダメですよ、鍋のお肉が滅んでしまっています。

 

「…はい、ヤミさん」

「ありがとうございます、美柑。美味しそうですね」

 

なんとか滅びる前の肉と野菜を確保した美柑が空気を読んで場の沈黙が途切れる。

 

「えっと、ハイ!結城くん」

「あ、ありがとう西連寺、いいのかな?鍋にほとんど肉残ってないけど…」

「だ、大丈夫!お肉ならたくさん持ってきたから気にしないで、」

 

ララ、お前の出番だぞ。春菜はもうダメだ。引きつった笑顔を浮かべて見るからに落ち込んでいる。どんよりした暗い空気を纏ってる、雨でも降りそうだな

 

「うん、春菜の持ってきたお肉はおいしーね!はいお兄ちゃんのぶん!」

 

俺にカヨ、野菜しかねーじゃねーか、こういうの結城リトにやってくれよ、お肉ラブの俺になんたる仕打ち――――あ、雨降ってきた

 

「地球の食べ物はおいしいですね…こういうふうによそい合うのがスキヤキのマナーなのですか?美柑」

「うーん…えっと、好きな相手にはとってあげたくなるのカモね」

 

イタズラな笑みを浮かべウインクする美柑。

 

「好きな相手…なるほど。では私は美柑によそいますね、…これぐらいでしょうか、どうぞ美柑」

 

能力を使わず自らの手で恐る恐るおたまを使うヤミ、春菜が名誉挽回に鍋に加えた肉が野菜鍋を正常な状態に戻していた。

 

「ありがとうヤミさん!うん、上手だよ」

 

美柑同様バランスよくもられた小皿を手渡すヤミは褒められて得意げだ。

 

「…ついでに貴方にも、どうぞアキト、」

 

頬を染めつつ俺にも同様の皿を差し出すヤミ、

 

「いや俺まだ食って……アリガトウゴザイマス。金色の闇サマ」

「…貴方には一応世話になっていますので…」

「…。」

ぴくりと眉を上げるジト目の美柑――――ただの顧客と売人ですよ?

 

「ハイ!リトー!バランスよく食べなきゃダメだよ!」

「!?多すぎだろ!」

 

春菜がよそったときの真逆の皿を渡すララ、鍋の中が今度は肉だけになってしまう。よくそんな量つげたよな、俺じゃなくてよかった、大食いチャレンジがんばってくれ、結城リト。正常に食えてるのヤミとララだけなんじゃないの?春菜は責任感から額に汗してせっせと鍋を正常な状態にしようと奮戦してるし、美柑はヤミと俺のぶんの具材を確保しようと頑張ってるけどララが次々場を乱すからなかなかうまくいかない。

 

――――まったく、春菜も結城リトの前で張り切るのは分かるけど、少しは自分も食えっての。

 

「ほらよ、春菜」

 

春菜が好きな豆腐を少し多めに、あとは肉と白滝、春菊をよそって渡す

 

「あ、ありがとうお兄ちゃん」

「いいっての、美味いぞ」

 

"ちょっとは落ち着け"と美柑と同じく目で合図を送る。春菜は頬を朱に染めコクコクと頷いた。朱くなる理由は謎だが言いたいことは伝わったようだ。

 

「…お兄さん、私にもお願いします」

「おー!アタシにもー!」

「…。」

 

突き出される小皿3枚。おい、結城リト…はまだチャレンジ続行中だった。

 

おたまを手に取りながら、もぐもぐとよく噛んで食べる春菜を見つめる。――――家族、か。今日ヤミに話した自身の言葉が脳裏によぎる。春菜はどちらの方を家族だと思っているのだろうか。【西連寺秋人】の方なのか、"俺"の方なのか…

 

『お兄ちゃんはいつも明るくて、優しくて、面倒見がよくて…』

『…。』

『それで、いつも大事な時に私に勇気をくれるの…そんな自慢のお兄ちゃん、だよ、』

『…。』

 

出会った時に聞かされた言葉。"俺"でない俺を慕う言葉が。"家族"にならなきゃよかったな、面倒な感情が胸を渦巻く。

 

見つめる先の春菜がチラと大食いチャレンジに励む結城リトを一瞥したと思ったら俺に微笑みかけ、声を出さずに薄紅色の唇を動かす。

 

< お い し い ね >

 

――――お前が作ったんだろーが

 

< あ っ た か い ね >

 

――――できたてだし、鍋だしな

 

< ち が う よ >

 

――――何が?

 

周りを見渡した後、もう一度俺を見つめる春菜が優しく微笑む。

 

< み ん な が い て>

 

< お に い ち ゃ ん が い て く れ て >

 

「…わかりづらいぞ、いい加減声出せ」

柔らかく微笑む美柑とララ、ヤミもどこか柔らかい表情をしている。結城リトも食べるのに夢中だったのに春菜を見つめ顔を赤くして見とれている。

 

「私、今しあわせだよ、お兄ちゃんがいて、みんなとこうして鍋を囲めて、間違いなく今まで生きてて一番しあわせ…秋人お兄ちゃんも…幸せ?」

 

春菜の優しい労るような声が鼓膜に響く、でも。俺は、

 

「…どうだかな、まぁもうちょっと味は濃い目の方が好みだったが、まだまだ俺の好みを把握してないな春菜、結城リトは大食いチャレンジ頑張れよ、まだまだ食材はあるぞ。菓子も買ってきたからな、これが終わったら今度はスイーツ大食いチャレンジだ。チャレンジが失敗したら金色の闇さんが制裁を加えることにしよう。うん、それはスリル満点だな、手に汗握る展開だな、」

「俺がやるんですか!?西連寺のお兄さんが言い出したんだから自分でチャレンジしてくださいよ!」

「頑張ってね!リトーッ!」

「殺されないでね、リト」

「…面白い催しですね、私も依頼を達成できますし、是非やりましょう」

「マジ!?マジでやるのか!?」

「ほい、チャレンジスタート!制限時間は15分!」

「おわーっ!」

 

奇声を上げながら頬張る結城リトを皆で笑いながら見つめる。俺もニヤニヤと悪い笑みを浮かべながら次々口に放り込む結城リトを見つめる。

 

 

そんな楽しげな笑顔の空間のなかで春菜だけが哀しげな表情で秋人を見つめていたことを、この場の誰もが気づかなかった。

 

 

この世界の、誰も。

 

 




感想・評価をよろしくお願い致します。

2016/07/17 改訂


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【 Subtitle 】

31 傍若無人な依頼人

32 秋人の家族、【秋人】の家族

33 小皿に載せた想い


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difficulty 7. 『繋いだ絆』

34

 

 

見上げれば、そこには満天の星空。黒い夜空に散らばる無数の宝石たちは様々な模様、星座を作り上げている。真冬の凍てつく寒さの中、星たちはその存在を主張するようにキラキラと瞬く、星の煌きは人の命、占星術はその名の通り星の動きで人の命運を占う。秋人の見上げるその中で一つ流星が静かに流れ、――――やがて消えた。

 

 

秋人は結城家の縁側に座り、ぼうっと星空を眺めていた。反らされた西連寺春菜と同じ黒い前髪が重力に従い流れ落ちる。瞳の紫は確かに星空を映していた。自動車の通る音が遠くに聞こえる静かな情景のなか星空を眺める一人の少年は物思いに沈み、黄昏れているようにみえたことだろう、だが実際は・・・・・

 

「つ、つかれ、た・・・・・」

 

俺は今まで言えなかった本音を零す。

 

「もう何、なんなの?、この世界だれが管理してんの?俺?いい加減にしてよ…俺。ラコスポだったっけ?金色の闇に金払ってさっさと地球から出て行って貰ってくれよ、チクショウ…」

 

俺は今宵の悪夢を思い出した。思い出したくないが整理して対処法を考えなければならない。

 

 

トラブル1.「危険なバスタイム」

 

「ふわぁ~いい湯だなー」

結城家の湯船に身を沈める。数多くのヒロインがこのバスルームで身を清めていたお色気シーンがあったが今は俺ただ一人。

 

スキヤキと"スイーツ大食いチャレンジ失敗記念、金色の闇さんによる産地直送、冷凍本・結城リト(まぐろ)解体ショー"を皆で楽しんだ(?)後、春菜達は風呂へと向かった。ボロボロの屍と化した結城リトが俺の春…じゃなかったウチの春菜の裸身をうっかり(・・・・)目撃しないように見張った後、女性陣と交代で俺、結城リトの順で入る事になっていた。俺は最後で良かったのだが結城兄妹が譲らなかったのだ。

 

「お兄さん、着替えここに置いておきますね、」

 

脱衣所から美柑の声がドア越しに届く

 

「ああ、サンキュー、美柑」

 

湯気が広がる風呂場に声が反響した

 

「お湯、ぬるくないですか?」

「大丈夫だ、ちょうどいいぞー」

「そうですか、良かったです。今度は私が見張っておきます(・・・・・・・・・・)から安心して下さいね、それでは」

 

去っていく足音。

 

やっぱり賢い。俺が結城リトを見張っていたのを気づいてたのか、まぁココで風呂に侵入してくる美柑じゃないし、ゆっくり身体を癒せるなー良かった良かった。

 

ガラッ

 

「ではお背中を流しますね」

 

キミたち(・・・・)ってやっぱり似てるよね。

 

開け放たれるドア、固まる俺。下ろした湿った髪が頬に張り付き、バスタオルで躰を隠し、しっとりと扇情的な仕草の美柑。そりゃそうだ、さっきまで風呂入ってたんだからまだちゃんと髪乾いてなくて、タオルから伸びる白い御御足(おみあし)がなんとも艶め(なま)かしい・・・イヤイヤそうじゃなくて、去っていったはずでは・・・

 

美柑の背後に金色の塊も見えた。二人一役。足音担当はヤミの方だったのか、そんなに恥ずかしいならこんな真似に手を貸すなよ、友達なら間違った時止めてやれ。あと間違ってもその刃で俺の命を止めるんじゃないぞ、いいな?ぜったい刺すんじゃないぞ?フリじゃないからな、違うからな?

 

その後はよく覚えていない。

ただ美柑もヤミも最後の方はバスタオルが意味を為していなかった事だけ記しておく。

 

 

トラブル2.「特撮大好き」

 

「天然系!発明アイテムで即座に解決!ララピーーンク!!」

「あ、あなたに、ち、力を…癒やしの光、は、春菜ホワイト…」

「小悪魔系、家族にしたいナンバーワン、美柑結婚しよう、いいですよお兄さん…ううん、これからは秋人、だね。子どもはたくさんほしいです、美柑イエロー」

「…暴力系破壊大好き金色ブラック…」

「ま、巻き込まれ系、ぱぱぱぱぱぱパンツに突っ込むり、リトピンクっ!」

 

「「「「五人そろってトラブル戦隊!無印原作をもう一度読むんジャー!!!!」」」」

「…暴力系とはどういうことですか?」

 

ババンとポーズを決める五人の戦士達。待て。イロイロおかしい。

 

「カアット!!きちんとポーズを決めろ!ララはイイ感じだ!グッド!春菜ッ!結城リトッ!お前らナメてんのか!?ヒーローが台詞どもってんじゃねえ!あと美柑は台詞が違う!『小悪魔系、アイス大好き美柑イエロー』だったろーが!黄色はいつも何か食ってるもんなんだよ!ヤミは声が小さい!ポーズをとれ!つったってんじゃねえ!」

 

監督兼、司令官たる俺がメガホンで怒鳴る

 

「そうだよー!みんなしっかりやろーよ!たのし~!!」

 

ぴょんぴょんはね飛びはしゃぐララピンク

 

「…だって、なんか春菜さんだけちゃんと名乗りがヒーローっぽくありませんか?不公平ですよ、お兄さん」

 

ジト目で睨むどこか肌ツヤの良い美柑イエロー

 

「は、恥ずかしい…癒やしの光って…お兄ちゃんのばか…みんなの前でこんな恥ずかしい台詞…」

 

赤くなって両手で顔を隠し俯く春菜ホワイト

 

「ぱぱぱぱぱぱパンツって!好きで転んでるわけじゃ!それにピンク二人居ますよ!?もうちょっとやるなら西連寺みたいな良い台詞かんがえてください!」

 

いつも好きで転んでるリトピンクは春菜のフォローにまわる、流石だな

 

「……破壊大好きとはどういうことですか?、アキト…」

 

背後に広がる漆黒の(ヤミ)は見てはいけない。後ろを振り返ったら負けだ。そう、信じた己の正義を愚直に突き進む姿にこそ少年少女たちは憧れてヒーロー達を応援するのだ。

 

「やり直しッ!キメポーズと名乗りがしっかりできないヒーローはヒーローじゃねえ!お前たちはヒーローだ!ヒーローになるのだ!」

黄色いメガホン片手にバシバシとテーブルを叩きながら戦士たちに檄を送る。そもそも何故こんなことをしているのか、それはララの"マジカルキョーコ"好きから「俺も戦隊ものとかみてたなーカッコイイよなアレ」「じゃあやろ!お兄ちゃん!」「やるか!俺監督やりたい!」

「うんうん!あたしはキョーコちゃんやりたい!」と盛り上がりその場の全員が巻き込まれた。湯上がりなのに軽い運動をして皆うっすら汗をかいている。(ヤミ以外)

 

春菜たちはララが作った"簡易ペケバッジ"でそれぞれの色の魔法少女風の衣装になっていた。(ヤミ以外)スカートが短くて胸元が強調されてるのは俺とララの趣味だ。全身タイツの戦隊ものでも良かったのだが折角だからララはともかく春菜が絶対着ないような衣装を見たかったのだ。けっしてセクハラじゃない。「せっセクハラじゃないんだかねっ!勘違いしないでよねっ!」ホラ、内なる【古手川唯】もそう叫んでいるようだ。

 

「…確かに私は暗殺者ですが、暴力や破壊が大好き…というワケでは無いのですよ、アキト…まぁ時とバアイによりますが…ちなみに今はそういう時とバアイのようですね…」

 

その後はよく覚えていない。

ただ起きたら春菜に膝枕をされながらララがせっせと包帯を巻いてくれていた。見上げた春菜は顔を青くして怯えていたことだけは記しておく。

 

 

トラブル3.「しりとり」

 

「『も』燃やして解決!マジカルキョーコ!『こ』だよ美柑!」

「ララさんマジカルキョーコホント好きだね、『こ』子ども、たくさんつくろうな、美柑。朝から…するの?もう…ダメ、夜までお預けだよ?『よ』だね、ヤミさんお願い」

「…美柑、それはモノの名前なのですか…?『よ』よっちゃんたい焼き。アキト、『き』です。」

「『き』だな、キス、『す』だぞ春菜」

「…っ!」

 

ほら言え春菜!今だ!結城リトに合法的に告白できるチャンス!

 

正義の軍団がブラックの反乱で崩壊してしまった俺達は大人しくしりとりに興じていた。地球のモノの名前が学べる上、皆が普段どんな事を考えてモノを見ているか分かる。延々やり続けて一番罰ゲームの"ララ特製ダークマター入りプリン"に近いのはララと春菜の二人。ララは発明アイテムの名前を叫んで「ん」をつけたり、同じモノの名前を言ったり、辛いもの縛りで甘いものを言ったり・・・今は縛りがないフリーだけど。春菜は俺が語尾に「ぷ」とか「ず」とかあまり思い浮かばないものを投げかけるため時間切れになってしまう。故にララと春菜の名前が書かれた紙にはバツが多数つけられていた。ヤミは意外にモノの名前を知っているし、美柑も同じ。次いで俺、意外なことに結城リトは春菜の次の順番だからなのかバツが無かった。

 

「き・・・キス・・・」

「違う、『す』だ、『す』だぞ春菜」

 

顔を赤くして口をパクパクとさせる春菜。何をしてるんだお前は…早く言

えっての。大丈夫だフォローしてやるから、

 

「き、す・・・」

 

何こっち見てんだよ、隣の結城リトも顔を赤くしている。想像してしまったらしい。相変わらず純情なヤツだな、とにかく急げ春菜、ストレートにいけ!

 

「春菜ー!あと10秒だよー!」

「きす・・・」

「春菜さん、もうあとがありませんよ、あと7秒」

「西連寺春菜、諦めずに頑張ってください、5・・・4・・」

「ほら、『す』だ春菜、はやくしろっての!」

「えっ!?『す』?!す、す・・」

「3・・2・・」

 

正確なカウントダウンを告げるヤミ

 

「スクール水着でエプロンなんて無理だよお兄ちゃん!!!ヘンな事させないでッツ!!!」

 

止まるカウントダウン。…さ、次は『で』だな。濁音は難しいよな

 

「そんな事をさせているのですか、アキト…妹、"家族"について語ったあの時の優しげな顔はフェイクだったと云うワケですか…」

 

ゆらり、とヤミさん

 

「水着でエプロン?楽しそう!ペケ!」

[zzZ・・・]

「寝ちゃってるね、ララさんエプロンはあっちにあるからやってみよ、あたしも着てみるね」

「・・・はっ!?美柑!やめろ!ララもそんな格好しなくていい!なんで引っ張るんだよ!!」

「リトに感想聞きたいもん!さ!いこっリト!」

 

想像してしまった結城リトは赤くなって意識がなくなっていたが、ララ達がムリヤリ意識を覚醒させたようだ。さ、次は『で』だぞ、結城リト、なにをしてるんだ。ヤミさんがカウントするぞ?

 

「…少しは貴方への評価を見直していたのですが…やはり猫に邪な笑みを浮かべるようなヘンタイ…迂闊な約束をしてしまったせいで排除出来ないことが悔やまれますね…」

「…してないからな、させてないからな、誤解だからな、そういうのが好きなヤツも居るって話をしただけだからな!」

 

ウソ。

 

「まぁ私には関係ありませんが…美柑も恋には押しと引きが大切と言ってましたし、ココは引きとやらにしましょうか…」

 

その後はよく覚えていない。

ただ二度目の彩南町は夜景だった。

目が覚めたら美柑とヤミに腕を取られて布団に入っていた。俺、結城リトと同じ部屋のはずだが結城リトはどこに…部屋の隅に人のような塊があったが暗くてよく見えない。なんだかそれはホラーな様子だった。怖いからもう見ないことにする。この恐怖を忘れないよう記しておく。

 

・・・こんなのどう対策練ろってんだ・・・

 

「だーれだ!」

 

疲れた背中に押し付けられる豊かな双丘。

 

「…ララ、隠すなら目だぞ、首を締めてどうすんだよ」

「エヘヘ~」

 

後ろから首に抱きつくララ、頬に桃色の髪とともに白い頬がよせられる。柔らかく女のコ特有の匂いが鼻を擽った。・・・・春菜とはまた違う匂いだな

 

「寝たんじゃないのか?」

「んーーん、お兄ちゃんが起きてるような気がして」

「なんだそりゃ、春菜は?」

「寝ちゃった。さっきまでお話してたんだけどね」

「ふーん、ま、夜更かしは美容の天敵だしな」

 

ララは頬ずりをして甘えてくる。スキンシップ好きだよな、そういえば風呂あがりにきっちり衣服を纏っていて結城リトは驚いていた。

 

『ララが風呂あがりにバスタオルじゃない…』

『当たり前だよーリト!お兄ちゃんが居るんだからー!ハズカシイよー!』

『は!?オレには良いのかよ!?』

『リトはリトだからヘイキだよ?』

『は?!イミわかんねーぞ!』

『リトは美柑に裸みせたいの?』

『!!そんなコトあるか!見せるか!』

『でしょー?それと同じだよ!』

 

首を捻る困惑の結城リト。俺は春菜の髪をタオル片手にドライヤーで乾かしてやっていた。最近の日課なのだ。なんとなくやってみたのだが、コレには俺がハマった。一度気まぐれに乾かしてやった後、毎度毎度風呂あがりにタオルで髪の水気を取り、チラチラと期待したように視線を投げる春菜がカワイ…いや、庇護欲を誘うというのか、まぁ兄だし、今日の夕飯も美味かったし、髪はシャンプーのいい匂いがするし、うなじとかも色っぽくて眼福だし、髪くらいはいいんじゃねーか?「か、勘違いしないでよねっ!べ、別にアンタの為じゃないんだからねっ!」っと内なる【古手川唯】もプリプリ怒りながら賛同しているし。

俺のされるがままに柔らかな黒髪がドライヤーの熱風に揺れる。春菜は結城リトとララのやり取りに薄く微笑み、苦笑いをしていた。分かるような気がする、と零していたがそうなのか?俺にはさっぱり分からないが…

 

「ね、お兄ちゃん何か悩んでる?」

「ん?なんだよいきなり」

「なんとなく、春菜も気にしてたよ?なんかヘンだって、」

「俺はよく春菜に変だ、おかしいって言われるぞ?」

「んー、そうじゃなくって」

 

首を傾げ頭がコツンとぶつかる

 

「…別にお前たちが気にすることじゃねーよ」

「そう?なんでも言ってね?」

 

ララは頬ずりを止め、唇を耳に近づけて囁く。

 

「今度は私がお兄ちゃんの力になるから」

 

愛くるしい唇が耳朶に触れる。俺は擽ったさに身を震わせた。

 

「…じゃあさ、ララ、他人の記憶を消すアイテムって作れないのか?」

「え?作れるよー?でもどうするの?」

 

ララは首にまわした腕を緩め横から顔を覗き込む。

 

「いや、なんか恥ずかしい失敗とかしたときにあると便利だろ?」

「あー、ナルホド!それが欲しいの?」

「ああ」

「うん!分かった!作ってあげるね!うーんと、アレがいるなー・・・材料をデビルークから取り寄せないといけないから、時間かかるケド・・・いい?」

「いーよ、それで、それよかいつまでくっついてんだよ」

「えへへ~もうチョット」

 

――――幸せそうに抱きしめ直したララには気づかなかった、この時が最愛の兄との最期の邂逅であったことを

 

 

35

 

 

日曜日。補習が終わり屋上へと向かう俺。補習、ホシュウである。日曜の休みに。金色(こんじき)さんの毎度の強襲のせいで小テストを受けられず、こうして休日だというのに彩南高校へやってきた。

 

「私はやはり君を識らないな」

「…なんだよいきなり」

 

休日だから天条院沙姫に付きまとわなくて良いのか凛も学校に顔を出していた。それで「話したいことがある」と言われウチへ帰らずに屋上へ向かっていたのだ。

 

「これを」

 

手渡される『私と沙姫様思い出アルバム№43』ペラペラとページを捲る。

次々と展開される【天条院沙姫】と【藤崎綾】と九条凛の三人で写っている写真。よくもまあ飽きないものだ。春の写真だろう、桜が背景に写っている。彩南高校に入学した時のものから旅行に行った様子の写真。寺社仏閣の前で和服姿の三人、青い空の下ビーチでの水着三人。巨大な肉を成敗した様子(焼き肉?)の三人。そして最後にはやや不機嫌な様子の【天条院沙姫】とおどろおどろしている【藤崎綾】、どこか照れている様子の九条凛が写っていた。春、夏、秋の写真ときて、最後にまた春。几帳面な凛らしくない写真の並べ方に違和感があった。

 

「その最後の写真には君と一緒に写っていた」

「は?映ってないけど?」

「・・消えてしまったんだ」

「?」

「君がこの世界の人間でないと理解した途端、全ての写真から君が消えた。尤も持っていたのは二枚しかなかったが…」

「…。」

「どうにも理解できなかった部分があったんだ。君の事はよく識っているんだ、性格や言葉遣い、態度・・・でもなぜだかそれを識る切っ掛けとなった出来事が思い浮かばない。でも君に関わると自分の持っている知識が間違いないと、そう判断させる。知識の裏付けとなるような行動を君が取る。だから錯覚してしまう、君は私が識っている"西連寺秋人"に間違いないと。」

 

俺は息を呑んで凛が続ける言葉を聞いた。凛の薄い唇が告げる、私達が識っていた"西連寺秋人"など、本当はこの世界のどこにも存在しない、と。

 

深く一つ息を吐く。激しい鼓動は少しも黙らなかった。

 

「じゃあ俺は…」

()は誰かにこちらへ呼ばれたのかもしれないな」

「誰かって誰だよ?」

 

苛つく不安定な気持ちをそのまま彼女にぶつける。

 

「…解っているのだろう?」

「!俺は…!俺の方がニセモノでホンモノが消えちまったのかもしれねえじゃねえか!!」

「それでも君は確かに此処に居て、西連寺春菜の兄なのだろう?」

「…。」

 

拳を握りしめ俯く。屋上の冷たい風が春菜と同じ黒髪を揺らす。

 

「春菜にとっては君が…君こそが本物の兄のはずだ。秋人(・・)

「…。」

「君には黙っていたが、春菜とは時々会っていたんだ。君を慕っているのがよく分かったよ、その絆は君が、秋人(・・)が繋いだものだ。他の誰かが作ったものではない。その絆がある限り君と春菜は確かに兄妹だ。西連寺秋人(・・・・・)

 

――――春菜にとっての兄が本当に"俺"だったら良い、といつしか思うようになっていた。ただのどこにでも居そうな清純ヒロインだし、活発なヒロインの対比だし、地味だし、なかなか自分から動かないし、世話がかかるし、料理の腕も上がってきたし、気の使い方がうまいし、照れるところがカワイイし、でも泣き虫なところが心配だし、、本当ならポケットに入れて持ち運びたいほど面倒なくらい気にかかる春菜だ。・・・・春菜はこう思っている俺がどう映るのだろうか、変わらず世話を焼いてくれるのだろうか、それとも出会った時のように別人をみてしまったような哀しい瞳を向けるのだろうか、・・・それともこれまで以上に絆を深めてくれるのだろうか――――。

 

「悩むことなんてありませんわよ!」

 

物思いに耽る俺を現実に引き戻す高飛車な声。顔をあげると天条院沙姫がいた。

 

「ホンモノだとかニセモノだとか下らないことですわ!それを判断するのは貴方ではありません!(わたくし)達自身ですわ!」

「流石は沙姫様!」

 

胸を反らす天条院沙姫と紙吹雪を撒く藤崎綾。

 

「まぁ、貴方のような小さい男では気持ちの切り替えなど出来無い事かもしれませんけど!」

「なんだと!」

「ですから(わたくし)達で手伝って差し上げますわ!ではそのままそこにバカ面で突っ立ってなさい」

 

ふん、と鼻を鳴らす天条院沙姫。

 

「誰がバカ面だ!」

 

不安定な心と怒りを天条院にぶつけてやろうとする俺

 

「こらこら、落ち着け」「沙姫様の好意を無にしてはいけませんよ」

 

凛と藤崎綾に両腕を取られ捕獲された宇宙人のように押さえつけられ膝立ちにされる。

 

「ではセバスチャン。お願い」

「かしこまりました。お嬢様」

 

俺のすぐ横に立ち頬に片手を当てもう片方で俺を指差す天条院。なんだよその勝ち誇った顔は

 

「写真の題は[異世界人の捕獲!天条院沙姫の華麗なる活躍の一ページ]ですわ!」

 

カシャ、とシャッターの落ちる音が響く。

 

緊張した様子だが笑顔の藤崎綾。勝利の笑みを浮かべる天条院沙姫、柔らかく、どこかはにかんだ笑みを浮かべる九条凛。間抜けな顔の俺。

でも、間抜けな顔のわりにはなんだか春菜と同じ優しい顔をしている・・・そう見えるような写真。いい写真だと思った、写真なんてわからないけど。この世界に来て初めて"俺"が認められた瞬間だった。

 

 

36

 

 

彩南町繁華街を歩く。時刻はお昼時でどこも混雑している、そして俺の腹も減っている。春菜はまだ部活だ、帰ったらメシはないし(たぶん)この辺りで何か食べようと思って歩いて出てきたのだ。

 

「あら?オニイサン、こんにちはおひさしぶりはじめまして」

「おや、籾岡さんちの里紗クンではないですか、こんにちはお久しぶり初めまして」

 

着崩した制服姿の籾岡里紗とばったり出会う。自分と同じく緑のネクタイ

(リボン)を外して第一ボタンも外している。会うのは二回目、ちゃんと会話するのは今回初めてだが。

 

「一杯やってかない?サービスするよ…?オニイサン、」

 

屈んで胸元を見せつけしっとりとした色気のある表情を浮かべる籾岡里紗

 

「ほーう、どんなサービスなんだろなー調べてみるとしようかなー」

 

厭らしい笑みをうかべながら手をわきわきとさせる俺

 

「そりゃ秘密♡箱開いてのお楽しみ~♡」

「へーえ、早速ここで開いてみようかな」

 

魅惑の女子高生へ片手を伸ばす、その手は柔らかく無粋な10本の指に絡み取られた。

 

「やん♪お客様、踊り子さんにお手を触れないように、黄色い線の内側までお下がり下さい♡」

「電車かオマエは」

 

お互い演技をやめ、軽く微笑みを交わし合う。

 

「オニイサンもしかしてランチまだっしょ?」

 

弾むように歌うように問いかける里紗

 

「よく分かったな、腹ペコだぞ。」

 

空腹を思い出しセールスを始めようとする妖艶な女子高生のお姉さまからわざと視線を逸らす

 

「あたしもまーだ、どこかにご一緒してくれるステキなオトコいないカナ~?」

 

流し目を送る籾岡里紗。片腕をとり、柔らかい膨らみを押し付けてくる。

 

「まったく、タカるなっての、ハンバーガーなら良いぞ」

 

あっさり降参し軍門に下る俺。少し悲しい気がする

 

「やたっ♪さっすがぁ~♪」

 

食事にありつくまでそうしているつもりなのか、腕を組んで街を歩く俺と籾岡里紗。

 

「それでオニイサンはブラコンな春菜とどんな感じなんですか?春菜は最近おっぱい2ミリ位大きくなってますよぉ?」

「マジか、是非俺も調べよう」

「オニイチャンのクセに悪いヤツめ~」

 

微笑う里紗とは気があった。特にセクハラ関連で。まったくズルい、いつかコイツのように調べてみたいもんだ。並んで里紗と繁華街を歩く。日曜だからか?混んでるな、こんな日に補習とかやるなよな、まぁそのおかげで気が晴れるようなこともあったけど。ニヤニヤと邪な微笑みを浮かべながら春菜の発育具合をこんこんと語る里紗。もちろんばっちり聞いている。なるほど、あの夜な夜なやってる変な体操は里紗が教えたのか。そんなに気にしなくても胸の大きさは丁度いいんじゃないか?お兄ちゃんはそう思いますよ。ファーストフード店に入り、列に並ぶ、その間やれ胸は感度が・・・いや柔らかさも・・おっぱいは柔らかいですよ?オニイサン、イヤイヤそうじゃなくてな・・・と熱い議論を交わす。「ハレンチな!そんな人前で迷惑行為やめなさい!」と内なる古手川唯がうるさい。まったく、呼んでないのに出てくるんじゃない。

 

「貴方達!聞いてるの!?学生の身分でハレンチな行為に浸りハレンチな言動をくりかえして!・・・・・いらっしゃいませ、お持ち帰りですか、此方で召し上がられますか・・・・なんで先輩がココに来たのよ…ぐっ・・・」

 

腕を組んで熱く語り合っていた俺たちの前に立つ謎の店員Kさん。いつの間にか順番がまわってきたようだ。

 

「「・・・スマイル一つ」」

 

同時に注文をだす俺と里紗

 

「ぐっ、そんなサービスありません!」

「無いのか、ふーん」「へー・・ウソっしょ?オニイサン、向こうの店員にも聞いてみましょうよーニシシ」

 

悪い笑みを浮かべる俺と里紗。

 

「ぐっ、い、いらっしゃいませ、ようこそエムドナルドへ」

 

目の据わった口の引きつった微笑みを浮かべる謎のツンデレ店員Kさん。

 

「ぷっ」「はい、よくできましたー、プッ」

「さ、最悪な客だわ…早く帰りなさいよ貴方達…」

 

わなわなと震える誰だか全く見当もつかないツンデレ店員Kさん

 

「客に帰れとは失礼な店員だな、てりやきバーガーセットで」

「もう一回スマイルください♪チーズバーガーセットお願いするねー」

「セットでこちらの激辛バーカ!!バーカ!!!激辛バーガー・・・は如何でしょうか?」

 

睨みつけ怒気を孕んだ営業を行うこてが・・店員Kさん。お前、今わざと間違えたろ

 

「いーらないっと、はじめましてだよね?コケ川ってあなたっしょ?」

「古手川よ!はい!てりやきとチーズのセット!さっさとお金払って食べずに出て行きなさい!あといつまでも腕を組んでるんじゃないわよ!ハレンチな!」

「あはは…ジョーダン通じなさそうなコだねぇー」

 

しっしと手を振る店員Kさんに追いやられ、店内に設けられた席へ向かう俺たち二人。こんな迷惑な客も最悪だが、彩南祭とクリスマスで少しは仲良くなったのに冷たいな、まだツン期なのかな、あ、でも俺毎回セクハラして台無しにしている気がするな、わざとじゃない、好きな子は苛めたくなるアレだ。湧き上がる衝動は抑えられないのだ。そう、そういうことにしておこう。

 

「なーんかイイ顔してますね?」

「ん?そうか?」

「ハイ、とっても」

 

里紗は満腹で気だるげにストローを丁寧に手入れがなされた指で弾く、突き刺さったストローはコップの縁をくるりとなぞった。

 

「いつもと変わんねーぞ?」

「そうッスかねー?…で?春菜にナニしたんですか?オニイサン♡」

紙コップの水滴を指でなぞり細い水路をつくる里紗

「ナニ?何もしてねーッスけど?里紗センパイ」

「またまたぁ♡春菜の最近のオニイチャンラブ祭りは大変な賑わいをみせてますケド?」

 

目を細めてこちらを覗き込む姿は悪戯好きのペルシャ猫のよう

 

「そうか、そりゃ是非参加したいな」

 

対面で頬杖をつきコーラを啜る。既に氷だけになったそれはズズッと虚しい音を立てるだけだった

 

「オニイサンは主要ゲストですケド?」

 

自分のアイスティーが入った紙コップを差し出す里紗

 

「マジでか、なら事務所通してくれ」

 

コーラを散らかるトレーに置き差し出されたソレへ手を伸ばすが虚しく空を切る

 

「ありゃ、事務所所属の売れっ子でしたか、事務員はもちろん私ですよねぇー?」

 

差し出したはずのアイスティーに刺さるストローを口に含みつつニヤリと口角を上げて微笑う、少しだけ噛んだストローにはルージュが薄く色をつけていた

 

「エロい事務員か・・・良いな、だがセクハラして女性職員手籠めにされるだろうな」

 

諦めて里紗の食べかけポテトを奪う、冷えて固くなった塩味が口に広がる

 

「やだなぁ~スキンシップスキンシップ♪あ、それよりララちぃのわがままボディはですね・・・」

 

再びアイスティーを差し出す里紗。今度は大丈夫なようだ。無事アイスティーの味が広がることを予感したが、期待は外れ、ズズッと虚しく音を立てるだけだった。

 

籾岡里紗とくだらない話を続ける。それは時はどんどん過ぎ去っていき夕暮れになって春菜から捜索願いのメールが里紗に着信するまで続いた。秋人はこんな楽な気分でこうして下らない話ができる事に感謝した。里紗と友達になれた気がするな、・・・・・セクハラ仲間だし・・・春菜に玄関で正座&お説教をされながら秋人はニヤニヤと昼の会話を思い出す。それが春菜の説教をますます長くすることを秋人は気づかなかった。

 

春菜の白百合の髪留めが明かりを反射し光る。秋人は帰ってきたばかりで赤い刺繍入りマフラーを巻いている。二人の絆が繋がっている、それは見えないながらも確かにそこに存在していた。秋人(・・)自身が繋いだ心の絆が、

 

――――なんだか最近は春菜に振り回されてばかりいるな

 

――――なんだか最近は秋人お兄ちゃんに振り回されてばかり・・・

 

同時に同じことを考えている西連寺兄妹のじゃれあいは今回も長くなりそうだった。

 




感想・評価をよろしくお願い致します。

(改定)
2015/10/11

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

34 突撃!我が家のバスルーム

35 思春期戦隊!コクレンジャー!(例外有)

36 …しりとりってなんだっけ。

37 異物のアイデンティティ

38 「「ハレンチよっ!(笑)」」


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difficulty 8. 『開幕を告げる鐘の音』

37

 

 

トントントントントン…カチッ、ジュワッ!シャッシャ…

 

キッチンにリズミカルな食欲をそそる音が響く、秋人はその音を奏でる人物―――西連寺春菜の後ろ姿をテーブルに顎をつき、ぼんやり眺めていた。

 

(…朝も早くからよく手の込んだモノを作るもんだ。冷凍食品でチーン!とか、パンを焼いてチーン!とかでも良いだろうに。)

 

回鍋肉、ほうれん草のおひたし、蒸し鶏のサラダ、ごはん、味噌汁…そして現在卵焼きを鋭意製作中。毎日、春菜は卵焼きを焼く

 

『出汁が効いていて美味しいな、優しい甘さも春菜みたいでいい感じだぞ』

 

と褒めたら毎回毎日作るようになった。

 

『そう?良かった。卵には必須アミノ酸がバランスよく含まれててね、免疫力が…うんぬんかんぬん』

『いやそういう事じゃない。卵焼きって甘いのがあるだろ?甘さ控えめで俺の好みに合ってるのが"家族"って感じで良いなって意味だったんだけど…、』

『そ、そう?やった!いや、えっと良かった!』

『…何をテンパッてるんだよ、おかわり。』

『うん!ごはん重くしてあるからね!』

『は?お前は民宿のおばちゃんか』

 

ココ最近の春菜はおかしい。妙に頑張っている。いや、頑張るのはいいことなのだがちょっと頑張りすぎだった。

 

(結城リトとのコレといった進展もないし、焦っているのだろうか?)

 

"焦り"

 

自身の浮かべた疑問の単語がピタリと当てはまる。春菜は何かを焦っている。どんな理由があるのだろうか、何を焦っているのだろうか。新しく登場するヒロインたちの事だろうか?詳しく教えてはいないが、前に「のんびり待ってるだけじゃホントに欲しいものは手に入んねーぞ」などと偉そうに言ったことがあるし、それかもしれない。

 

揺れる春菜の後ろ髪…一つ結びはララたちのように長めに作られておらず短い。結ぶ意味はあまりない気がする。前のアドバイスを実行しているようだ。律儀なヤツ…

 

――――春菜が俺をこの世界に呼んだのなら、願い、望んでやまないものは自身の"恋の成就"だろう。結城リトの大切な人、一番になる――――春菜が幸せになれるのであれば何でも良い。願いが叶い、俺がこの世界から消え去ってしまっても。もう二度とこうして共に食事をとって笑い合ったり、遅刻ギリギリに彩南高校まで文句を言い合いながら駆けたり、雑貨の買い物で彩南町をふたり仲良く周ることが出来なくなってもかまわない。

 

「んん~♪」

「…。」

 

もともとこの世界の人間ではない、元居た居場所へ戻るのは自然なことだ。この世界は春菜達のものなのだから…。その時が来たら未練なく消え去る事ができる、そう思えるような最高のエンディングシーンを作り、納得できるものにしてから俺は春菜達の前から消える。覚悟も、準備も、既に整えた。あと必要なのはタイミングだけだ

 

ジュワッ!ジューッ!

 

「ふんふんふふふ~ん♪」

「…。」

 

調理の音に春菜の鼻歌が重なる。俺の識らない鼻歌を唄う春菜は機嫌が良さそうだ。俺は頬杖をつき直しコップの水を口に含み飲み干した。よく冷えた水ははっきりと脳細胞に覚醒を催促し、同時に胃も動き出し元気に空腹を感じだす。―――春菜の卵焼きはまだ出来上がらない。

 

ふわぁあ

 

不意におそってきた、大きなあくび。

 

大口を開けて、んっと両手を挙げる。ピンっと伸ばされた背筋と、じわっと湧きあがってきた涙がやんわりと気分に変化を促した。涙で滲んだ視界には変わらず料理に励む春菜の姿。淡い空色のエプロンの結び目。頼りない狭い背中。華奢で細くしなやかな腰、小さく引き締まった臀部(でんぶ)

 

あくびとは違った涙が、瞳の中にじっくりと湧きあがってくる感覚。

目の前の春菜と時の流れが瞳の奥に映しだされる。妹の美しい女へ成長の時間、これまでも、これからも見れなかった事、見れなくなる事―――その光景がどうしようもない焦燥感を伴って心に悲しみの波紋を広げてゆく…………

 

「春菜、」

 

耐え切れなくなって思わず声をかけてしまった

 

「なに?お兄ちゃん」

 

手元を動かしながらこちらを見ずに答える春菜―――卵焼きは仕上げの段階のようだ。俺の声に含まれるかすかな震えは、せわしない朝の空気の中に溶け込んで春菜の耳には届かなかった。

 

俺は逆にそれが幸運だったと感謝した。幸せな未来へと羽ばたく春菜に影を落とすよう考えを、じっくりと自分の中にある春菜への想いに溶け込ませ交わらせていく。それはまるでコーヒーに落とされたミルクのようにぐるぐると回りながら俺の想いの色に混ざり、消えていった。

 

「…さっさと作れよ、また走るのは俺は嫌だからな」

 

口に出したその言葉に、先ほどの震えはもうなかった。

 

「はいはい、もう、ワガママ言わないでよ…こうでもしないとお兄ちゃんは野菜食べてくれないでしょ?」

 

フライパンを片手に振り向いて応える春菜。

 

「あん?ただの卵焼きじゃないのか?ソレ」

 

顎で卵焼きを指す、もはや切り分けるのを待つのみとなったふんわりとした黄色の卵焼き

 

「え”…あはは、も、もちろんただ(・・)の卵焼きだよっ?…じゃあ食べよう!」

 

春菜は焦った様子で玉子焼き専用フライパンを背中に隠した

 

「…またなんか入れたな?」

「はい、ご飯よそってあげるから茶碗とってね」

 

質問を遥か彼方へ蹴飛ばしテキパキと玉子焼きに包丁を入れ、盛り付けつつ指示を飛ばす華奢な背中

 

「無視すんじゃねぇ!何を入れたんだ!俺の卵ちゃんに!」

 

盛りつけた皿をテーブルに置きながらもこちらを見ようとしない春菜に文句を言う、卵はあれだ必死アニメさんがうんたらかんたらなのに、野菜を入れるなどと…せっかくの春菜の甘い味が乱れるではないか

 

「私が作ったんだからいいでしょ、いいから茶碗を渡してお兄ちゃん、それとも朝ご飯いらない?」

「…ほらよ、んで何を入れたんだ?この赤いのは何だ、人参とかなのか?」

 

俺専用マロンに似た絵が描かれた青い茶碗を手渡す。ちなみに春菜は同じデザインのピンクの茶碗。この間駅前で一緒に購入したのだ。

 

「…人参はとくに旬はないけど、秋から冬にかけていちばん味がよくなるんだよ?」

「知るかっ!まったく!いただきます!」

「はぁ、お兄ちゃんはホントに世話がかかるんだから…」

 

溜息をつきつつ困った顔をする春菜だが疲労の色はない。いただきます、と両手を合わせ箸を手に取りちらちらと上目遣いに俺を見る。それで隠してるつもりなのか?………解ってるっての

 

「…今日も美味いぞ、春菜はいいお嫁さんになるな」

 

ずずっと味噌汁をすすりながら一言。ちゃんと出汁からとっているらしい。凝り性な…

 

「…ありがとう、えへへへ」

 

だらしない笑みを浮かべ身をくねらせる我が妹。まったく、何を想像しているのやら、最初の感想を毎回リピートさせるなよ、

 

「…本当にそうなるだろうな」

「えへへへ…ん?なにか言ったお兄ちゃん?」

「なんでもねーよ、さっさと食えよ?走るのは嫌だってさっき言ったろ」

「あれはお兄ちゃんがおかわりするからでしょ、もう」

 

零した未来予想図は春菜に今度も届いていなかった。でもそんな未来へ導くことは出来そうな気がする。いや、俺がそうなるよう導くのだ。必ず。

未だに目の前でだらしない笑みを浮かべ頬を羞恥に染める春菜を見ながらそう、思った。

 

 

38

 

 

――――私もお兄ちゃんを好きになってもいいのかもしれない

 

九条先輩にお兄ちゃんの事を識らされた時、私が最初に思ったこと…不謹慎にも秋人お兄ちゃんの願いや望みといったものを一気に飛び越えそこに辿り着いた。

 

お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだけど本当はお兄ちゃんじゃない。混乱する日本語だけどそういうこと…ううん、混乱してるのは日本語だけじゃなく私の心の方も。結城くんへの恋心と秋人お兄ちゃんへと傾く切ない気持ち、私、どうしたら…

 

「はーるなっ!コレおいしいねっ!」

「…うん、本当だねララさん」

 

公園のベンチに座りそれを頬張る笑顔の私達ふたり、学校の帰りに美柑ちゃんとヤミちゃんオススメのたいやき屋さんに寄った、屋台のおじさんがヤミちゃんのお友達かい!?コレも持っていきな!と言ってたくさんの種類のたい焼きをくれた。口にしたチョコ味は少し苦い気がする。カスタードクリームのほうが私は好きかな、

 

「うーん?」

 

ララさんがおでこを合わせてくる、私の視界には心配げなララさんが広がった。

 

「うーーん、熱はないみたいだねー、何か困ったことでもあった?私で良ければいつでも相談にのるよ?」

 

ねっ、と片目を瞑るララさん。女の私から見ても魅力的な仕草にドキッとする。きっとララさんのような元気で明るくて可愛い女の子が男の子の理想じゃないかと思う、お兄ちゃんはどうなのかな、

 

「…ララさんは結城くんの事が好きなんだよね、」

「うん!私はリトが大好き!」

 

チクリ、と胸が痛んだ。知っていたことだけど、こうして面と向かって言われるとやっぱり…痛い

 

「…お兄ちゃんの事…は、?」

 

息を飲んで尋ねる。躰が緊張に固まった。

 

「お兄ちゃんは大事なお兄ちゃんだよー?」

 

無邪気な笑顔のララさんを見て広がる安堵、一つ息をついた。身体の強張りがとける

 

「んー?もしかして春菜はお兄ちゃんとリトのことで悩んでるの?」

 

小首を傾げ尋ねるララさん

 

「あっ‥」

 

私は思わず声を漏らす。それは彼女の疑問にYESと答えを知らせるような声だった。

 

「いくら私でも分かるよー?」

 

苦笑いを浮かべるララさん。

 

――――ララさんは大切なお友達。今みたいに私を心から心配してくれている。なのに私は自分のことばかり…いつも自分の本当の気持ちを隠して、大切だって思っているのなら、本当のお友達なら、今だって…このままじゃ……ダメ…!!

 

「ララさん、聞いて」

 

ベンチから降り、ララさんの正面に立つ。

 

――――ララさんは大切なお友達、同じ人を兄と慕う妹同士、"姉妹"だから…!!

 

「私も、結城くんの事が………好き…!」

「え…」

 

胸の前で片手を握りしめララへ告白する春菜。ララはそんな春菜を呆けた顔で見上げる。一陣の風が春菜のスカートの裾と前髪を撫で上げる。白百合の髪留めに一粒水滴が空から舞い落ちその輝きを鈍らせた。

 

 

39

 

 

「なんじゃこりゃ」

 

靴箱の中に二通の手紙。やたら豪華な一通は天条院沙姫から、もう一通の簡素な手紙は差出人不明。とりあえず天条院の手紙を開ける。

 

『下僕 秋人へ

この間のクリスマスパーティーに(わたくし)が誘ったのにも関わらず参加しないとは大した根暗ですわね、さぞかし独りで寂しかったことと思いますわ、ですから仕切り直しの意味も兼ねて改めてパーティーを開きます。ですから来なさいな、いいこと?また断るなどとは許しませんわよ?貴方はもう既にこの私に捕獲されたのですからね、いつまでもウジウジと女々しく悩んでいないでたまには楽しんでみなさいな、食い意地の張った貴方の為にたくさんの料理を用意させておきますので必ず来なさい。断っても此方から迎えに行って差し上げますわ!

それでは今夜お会いしましょう

天条院沙姫』

 

「勝手な…」

 

相変わらずの高笑いが脳裏をよぎる。あれから天条院や凛、綾と四人でつるむことが多くなった。クラスでは執事が追加武装された、違うあれはペットだ、だの言われている。違うぞ、違うからな

 

「今夜か、まったく、服とかどうすりゃいいんだ?まぁテキトーでいいか天条院だし。春菜にメール送っておかないとな…あともう一通は…」

 

あやしい。なんか開けたらマズイ気がする。

 

「…捨てよ」

 

ビリビリと破いてゴミ箱へ。

 

「いや!読めよ!」

「……やっぱか」

 

靴箱の影からバッと姿を現すナナ・アスタ・デビルーク第二王女

 

「こんな怪しげな手紙読めっかよ」

 

指差すゴミ箱の中の手紙は最早ただの紙屑と化している。

 

「くっ!姉上の兄上(仮)はナカナカの慎重派だな!」

 

八重歯を見せつつ悔しそうな顔をするナナ

 

「なんだ?その"カッコかり"って、ヒドイなァ・・・嗚呼、おにいちゃん悲しいよナナ……よよよ」

 

天を仰いで大げさに泣き真似をして悲しむフリをする秋人

 

「気安く呼ぶな!おにいちゃんじゃねえし!まだ兄上として認めたワケじゃないぞ!だからカッコかりだ!」

 

ぷんすかと怒るナナのツインテールが揺れる。

 

「んじゃ認められるように頑張るかね、ナナ今夜ヒマか?」

「ハッ!あたしは招待状配るので忙しいんだよ!兄上(仮)のようにヒマじゃねェ!」

 

泣き真似をやめて向き直る俺に腰に手をやり薄い胸を張る妹。ナナ、お前たしか"ちっぱい"なのを気にしてたよな。その方面には需要あると思うぞ

 

「…美味い地球食を飲み放題食い放題だぞ?タダで」

 

ひらひらと指に挟んだ天条院の招待状を揺らしながらナナへニタリと笑顔を向ける。

 

「今夜はヒマになった!行こうぜ!兄上(仮)!」

「ヨッシャ!行こうぜ!魅惑のグルメツアーへ!」

 

肩を組んでガハハハと笑う二人。周りの帰路へつこうとする学生たちは怪訝な目でその光景を遠巻きに眺めていた。二人の意識の視線の先には既にほかほかと湯気を立てた多数の料理たちが広がっていたのでその視線に気づくはずもなかった。

 

 

40

 

 

『これは体感RPGです。クリアするまで外へ出られません』

 

手紙を見るとこんな文字が書いてあった。こんなことするのはララのやつしか居ない、ハァ、また変な発明アイテムのイタズラか…

 

「ララー!おーい!どこだー!イタズラはやめろー!・・ん?うわあああああ!!!」「きゃああああああ!」

 

空からお尻が降ってきて潰される、う”くるし…

 

「なななななんで男子が下にいるのよ!」

「ぷはっ!お前が降ってきたんだろ!」

 

柔らかいお尻がどいてようやく息ができる、降ってきたのは女のコみたいだ。キツイ目をしてるけど可愛い

 

「あなた誰よ!」

「そっちこそ誰だ!」

 

いきなり文句を言って尋ねてくる女のコ

 

「私は1-Bの古手川唯よ!」

「オレは1-Aの結城リトだ!」

 

睨みつけるコケガワさんに自己紹介をする

 

「あー…あなたがハレンチで非常識なA組の結城くんね…あ!これもあなたの仕業!?非常識な!」

「違う!違う!ララのイタズラで!コケガワさん!」

 

こちらを指して、犯人はお前だ!と言わんばかりのコケガワさんに慌てて真犯人を教えてあげる

 

「古手川よ!」

 

怒鳴ってますます睨みつける目を鋭くするコケガワさん、怖い、そんなに怒らなくても・・

 

「ごっごめん!」

「まったく、もういいわよ。それでココはどこなの?」

 

見渡す限り広がる草原に立つオレとコケガワさんの二人。

 

「わかんないけど、たぶんララの発明アイテムで…」

 

〚てきがあらわれた!〛

 

「空に文字が?・・結城くん!うしろ!」

「なんだ!?コイツ!?」

 

こうしてオレたち"勇者不在パーティー"の冒険が始まった。

 

 

41

 

 

「まったく…いつまで食べるんですの…」

「沙姫様…心中お察しします」

 

額に指を当てて溜息をつく天条院沙姫と藤崎綾の二人、視線の先には多数の料理に囲まれる中、笑顔、笑顔、両手に肉、両手にケーキ

 

「やべーぞこの肉!ハハハ!霜降りだー!溶けるぞ!超うめー!ナナも食ってみろよ!」

「マジで!?キャハハ!こっちのチョコの噴水のやつも超あめー!兄上も食ってみろよ!かっこかり!」

 

あせあせと秋人の後ろを皿に乗せた肉が追う、ナナの後ろを同じようにケーキが追う。大広間に置かれた多数のテーブルを走り回る秋人とナナの二人はまるで花を飛び回る蝶のようだ。ただし一方は肉食、一方は菓子食の…蝶のような愛らしさとは無縁であったが

 

「はぁ…凛がいると言うのに女連れ…しかも憎きララの妹…」

「沙姫様…お(いたわ)しい」

 

先ほどと同じ体勢のまま呟く沙姫と涙を拭う綾。視線の先の蝶二匹は全てのテーブルを周るまで止まることはなさそうだった。沙姫と綾は意識の時刻を少し遡らせる――――

 

 

「よく来ましたわ!さあ、このおもてなし女王(クイーン)の天条院沙姫主催の"新・下僕歓迎パーティー"を楽しむがいいですわ!」

 

と、迎えられた秋人とナナ。午後七時半。迎えに来た執事と黒塗りハイヤーに乗る、白亜の屋敷の門をくぐる、巨大で重厚な木製ドアを開くと広がる食の楽園。食べるお花畑。

 

ちなみに胸元を開いた大胆&豪華なドレスを身に纏い高貴に高笑いをキめる天条院沙姫を二人は一瞥もしていなかった。気づいていたのは凛と綾の二人だけ

 

「「ヒャッハー!」」

 

まるで野盗のような声を上げて楽園へと飛び込む二頭の獣。

その獣の一頭を少し緊張した面持ちで今まで迎えていた一人の見目麗しい令嬢。漆黒のキャミソールドレスを押し上げるたおやかな胸。華奢で頼りなさげな赤いピンヒール。慣れない衣装を身に纏う歳若い令嬢が落胆に肩を下げた事に気づいていたのは沙姫と綾の二人のだけ

 

意識を現在に戻し、二人はその女性を見つける。蝶の一匹を追うポニーテールは凛だった。額に汗を浮かべせっせと肉を盛り付けた皿を運び後を追う、片割れの蝶は燕尾服(えんびふく)を着た男の執事が追っていた。蝶を追うポニーテールは虫捕りに興じる少女を思わせた。

 

「本当に凛が惚れる程の男なのか甚だ疑問ですわ、いえ、むしろ疑問しか残りませんわね…はぁ、、」

 

腕を胸の前で組んで深々と溜息をつく沙姫。深い息には多大な疲労が混ざっていた。

 

「沙姫様…ですがご覧を」

「どうかしましたか?綾」

 

綾の伸ばす指の先には変わらずせかせかと足を動かす凛。秋人が手に持つ料理の解説や美味しい食べ方を声を上げて背にかけるその顔は満更でもなさそうだった。

 

「…人の幸せは人それぞれ違う、凛の幸せも凛が決めるもの、ですわね…」

「…はい」

 

柔らかな優しい視線を凛へ向ける二人。秋人を追う凛もそれに気づき視線を交え優しく微笑む。そこには沙姫と綾の二人でさえも見たことのない可憐なけぶるような美しい笑顔を浮かべる一人の令嬢がいた。

 

「…まぁそれで納得できる(わたくし)ではありませんわ…幸せに天井はありません、より高みを目指すべき、それがこの私の大切な友であるのならば尚更ですわ!」

「まったくです!沙姫様!」

 

ゴゴゴと背後に決意の炎を燃えがらせる天条院沙姫と付き従う藤崎綾の"恋する凛は美しい"をスローガンに掲げる"匿名武士娘の恋の応援団"はこうして今ココに結成されたのだった。

 

 

42

 

 

「…では確かめてみませんか?お姉様、西連寺春菜さん」

「!」「モモ!?どうしてココに?!」

 

向かい合うララと春菜の元へ現れるモモ・ベリア・デビルーク第三王女、ララと同じ桃色のくせっ毛が風に揺れる。

 

「特殊な状況に置かれれば、その人の本当の人柄が分かると言いますし…失礼とは思いましたがお姉様と春菜さんのお気持ちも知りましたから。それにもう用意は出来てますので」

 

ふわりと微笑みながら招待状を差し出すモモ

 

「これ、何?」

「どうして私の名前を…?」

「それは皆さんの前でお答えしますね、…ではまた後でお会いしましょう」

 

招待状の封を切る春菜とララの二人は光に包まれ転送される。その場にはモモが一人残った。甘く囁くように小さな花びらのような唇を開く

 

「さあ、舞台の幕を上げましょうか、お姉様方(・・・・)を幸せに出来るのは一体誰なのか…その気持ちが何処にあるのかを観衆へ知らしめる舞台の幕を…」

 

真冬の鉛色の空からはポツポツと小雨が降り始めていた。それは夜にはみぞれに変わり、やがて雪に変わるだろう。そう予感させるような冷たく凍えるような寒さだった。

その中に佇んでいる桃色の少女は場にそぐわない、地球では見ない薄手のドレスを身に纏い不敵に微笑む。それは男を惹きつける花のような笑顔だったが、デビルークの証である黒の尻尾が男を甘い夢の世界へと誘い命を奪う夢魔のようにも映らせた。

 

 

秋人も、春菜も、二人が今まで遠ざけていた決断を迫る鐘の音が鳴り響く。鐘の音はウエディングベルであった。この時よりそう遠くない未来に二人は知ることになる。それは、秋人も春菜もリトでさえも何処かで想像していた未来。ただし思い描いたその未来は三人が三人とも違うものであったと知るのは既に未来が過去へと移り変った瞬間だった。

 

結末の舞台となるヴァージンロードの赤い絨毯が敷かれた静謐(せいひつ)な教会内で、聖壇が幻想的で圧倒的な美しい蒼のステンドグラスの光を浴びながら役者たちが揃うのを待っている。

 

 

世界に一筋の(ひび)が生じた。

 




感想・評価をよろしくお願いします。


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【 Subtitle 】

37 涙に秘められた覚悟

38 ララに打ち明けた想い

39『姫』からの招待状

40 愉快なパーティー

41 終焉へのカウントダウン


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difficulty 9. 『演じ者達のプロローグ』

43

 

 

少女、結城美柑はご機嫌だった。

 

「結城さん!僕とつきあってくださいッッ!!」

 

それは目の前の男子、C組の大好(おおよし)くん-スポーツ万能のイケメンで女子に優しく人気-へ永年の恋心が実を結んだから、というわけではなく・・・・

「ごめんなさい。わたし他に好きな人がいるから」

ほんのり朱い華の微笑。その先に想い人を浮かべる少女は鮮やかな弾ける魅力を放っている、その魅力がますます目の前の男子、ひいてはその背後に潜む影達を虜にすることを少女は知らない。

「「「そんなーーーっっ!!!」」」

いつから覗いていたのか、応援なのか、偵察なのか、数ある疑問を浮かばせる男子生徒達が花壇の影から姿を現す。もちろんその中に頬を恋慕に染める少女、結城美柑の想い人が含まれているわけではなく・・・・

「ごめんね、それじゃ」

混乱のままにこの場を立ち去ることだけを謝罪し、少女は幸せな空気を惜しみなく振りまきながら場を後にする。そこには普段のオトナっぽく、どこか背伸びをした少女ではなく幸せに胸躍らせる等身大の結城美柑が居た。きっとそうさせているのは後を追ってきた木暮幸恵、乃際真美の「今日は美柑どうしたの?なんかすんごい美少女オーラだしてるよ?」「そうそう、A組のあのカノジョいる男子とか美柑ちゃん見てそのカノジョに別れ話してたよ?たった今好きになった人ができたー、とか言って」といったようなどうでもいい(・・・・・・)情報に含まれているわけでもなく・・・・

 

「あ、もしかしてステキなお兄ちゃんと何かあった?」

――――正解。

試験官・結城美柑はビシッとショートカットで活発な少女・木暮幸恵に人差し指と、ソレよ!と満足気な顔を向ける。今の今までそそくさとあらゆる物を無視して家路へ急ぐ少女には必要十分条件を満たした言葉しか認識されないようだった。少女は移動速度を少し緩やかにする。

「えっとカラアゲが好きなリトお兄ちゃんだったよね?」

――――不正解。

試験官・結城美柑はフッと薄く唇だけで微笑み、ややバカにしたような目を、よりにもよって自身に憧れを抱く夢見る少女・乃際真美に向ける。緩やかだった速度が元へと戻る。

 

朝からこの少女はずっとこのような状態なのだ。皆の嫌いな算数の授業のときだけでなく、国語のときも音楽も体育もときもずっと上機嫌でそわそわとしていて"はやくはやく"と目を爛々と輝かせていた。担任である新田晴子はいつもと違う美柑の様子に困惑、恐怖しつつ要求に見事に応えいつもより5時間早く全ての授業を終えた。後で教頭に「今日は平日です。普段通りにお願いします新田先生」と、こってり絞られたのは余談である。

 

――――誰もが解へと至れぬまま、回答者の全員がペンを投げ出す。難解、無理だ、回答不能、傾向と対策を求む・・・

36個の机と椅子が並べられた教室内をゆらゆら回るペンとひらひら舞う解答用紙、その中心で恋する少女・結城美柑は微笑みながらクルクルと回る、頭の天辺で結ばれた髪が揺れる。白いワンピースドレスの裾が遠心力でふわりと舞い上がる。

 

――――うふふふふふ

 

クル、クル、クル、クル

 

教室内を踊るように回る少女、宙を舞うペンと解答用紙はそのままに、背景が流れるように変化して間接照明が照らす薄暗いホテルの一室へ

 

――――あはははは

 

クル、クル、クル、クル

 

回る少女の背景はキングサイズのダブルベッドが置かれた一室から大きな庭付き一戸建てへ、解答用紙とペンが漸く重力に従い庭の芝に落ちる、それらは美柑や想い人の顔に似たたくさんの子どもたちへと変化する。様々な年齢、男女の幼い子どもたちは微笑みながら回る少女を取り囲み一緒に回り踊り始める

 

クル、クル、クル、クル

 

――――うふふふ、あはははは

 

「あ、たまに美柑ちゃんがボソッと言う未来の旦那様ってヒトと何かあった?」

ピタリ、恋する少女が理想郷で華麗にトリプル・アクセルでフィニッシュを決めたとほぼ同時。現実の美柑も足を止める。

――――大・正・解!!

乃際真美の双肩をグワシッ!と掴み興奮に染まった瞳を近づける。思わぬ美柑の急接近に真美はやや顔を引き攣らせた。美柑の荒い鼻息が真美の顔に吹きつけられる。

「え?美柑って婚約してたの?あ、だから今までだれとも付き合わなかったのかー・・・なるほどねー」

木暮幸恵はまるで乃際真美と口付けするように重なってる美柑の後頭部へ納得、と零す。ピクリと耳を器用に動かす美柑。

 

 "婚約" その単語を美柑の耳は大げさに拾う。

――――もしもランドセルにある"手紙"がそれを記してあったなら・・・

――――こうしてはいられない!!

 

少女は遂に駆け出した、結局何が少女に起こり、何が正しい解だったのか。唯一の正解を得たはずである乃際真美ですらソレが何だったのか分からない。通学路である広い駐車場脇の道には困惑しきった顔が2つ残されていた。

 

 

少女、結城美柑の"楽園(ハーレム)"を裏切る招待状(てがみ)が封を切られるおよそ1時間前の出来事である。

 

 

44

 

 

殺し屋、金色の闇は冷静でなかった。

 

小さな掌の上にある一通の手紙、その手紙がヤミの静寂な精神をかき乱す。

正確に言えばその手紙の内容が問題ではなく、裏に刻まれたひどく乱雑に書き殴った文字「サイレン寺アキトより」であった。

 

ルナティーク号内に置かれていた手紙。依頼かと思ったら思わぬ人物からのものであった。差出人の文字を見たヤミは思わず両目を三回擦った。顔を二回洗った。ルナティーク号に差出人を191回音読させた。ルナティーク号はうんざりした。

 

冷静さを見事に取り戻した殺し屋、金色の闇は、いつも(・・・)のように83個(ヤミ)のたい焼きを購入する。秋人の"絵本読み聞かせ劇場"へと観劇に向かう際いつもこの数だけ買う。二人で割り切れない数字が良い、と何度目かの購入でヤミはそう思うようになっていた。

 

スタスタと道を行く感情の読めないクールな殺し屋。いつも(・・・)のようにしっかりと躰を銭湯で磨いたヤミの金髪がキラキラと宝石のような輝きを散りばめる。歩みに従い生まれる風に靡かせた毛先が漂う。その姿はお伽話の登場人物のような幻想的な印象を周りの観客達に与えていた。そんな幻想的な殺し屋、金色の闇は、あまりに冷静だった為にスカートの裾がパンツに挟まって可愛い小ネコが丸見えになっていた。浮かれて声を掛けてきたモテなんとかという男は従えた後輩達もろともタダの屍となった。おや?反応がない、もう二度と目を覚ますことは無いようだ。

 

そしていつも(・・・)のように自分一人の為に(・・・・・)開かれる劇場の入り口前に立つ金色の闇。目を細め一人ほくそ笑む。

――――今は授業中だ。そんなことは冷静な殺し屋たる自分は心得ている。そう、居るはずがないのだ、図書室になど。だが目当ての人物が本日古典(・・)の授業の一環で図書室に居るのは冷静かつ慎重な殺し屋である自分、"金色の闇は知っている"。ヤミは一人冷静に状況を分析した。

・・・なぜそんなことを知っているのかは聞いてはいけない。きっと表情豊かなAIが涙を流すような苦労があったであろうから

 

ヤミは笑みを消し無表情の仮面を身につける。これでよし準備完了、情報収集開始。とドアの前で足踏みをする。

 

ガラリとドアを開け放つ。…誰もいない。

 

人影の無い茜色の図書室で呆然とする冷静かつ慎重な殺し屋、金色の闇はこの時初めて(・・・)冷静になった。時刻は現在、午後6時15分。とっくに授業など終わっていた。

 

無言の図書室には多量の絵本と大量のたい焼きを抱えた一人の殺し屋少女が残されていた。キラキラと茜色を反射する金髪が虚しく輝く

 

いつも以上に(・・・・・)観劇準備に時間をかけた殺し屋、金色の闇が招待状(てがみ)を読んでいないことに気づき封を切る30分前の出来事であった。

 

 

45

 

 

〘ゆい〙「はあッ!」

ゆいの攻撃!バキッ!と豪快な音を立ててモンスター〘ベロモンA Level 18〙は吹き飛んだ。〘ベロモンA〙は息絶えた。〘EXP23〙入手した。〘総EXP:55250〙

 

〘ゆい〙「ふぅ、結城くん怪我はない?」〘ゆい:武闘家Level 46〙

額の汗を腕で拭い背後の仲間を気遣う武闘家

〘リト〙「ああ…ありがとう!コケガワさん!」〘リト:花屋Level 3〙

無傷の花屋、結城リトはもう既に何度目か分からない礼の言葉に頼もしい仲間である武闘家の本名を添える

〘ゆい〙「…。」

ジトリともう既に何度目か分からない厳しい目を向ける武闘家、古手川唯。右拳が顔の側面で握られている。〘攻撃力〙が上がった。

〘リト〙「こっ、コテガワさんでした!すみませんッ!」

慌てて頭を下げる〘花屋〙は地に落ちている〘お金〙を急いで拾う〘15R(ラブル)〙手に入れた。〘所持金:10862R〙

 

「いやー、結構遠くまで来たよなー」

一連のくだりを終えた二人は今歩いてきた荒野を見渡しながらこれまで道程を回想した。リトはその間役に立ちそうにもない〘じょうろ〙を左手に出現させたり消滅させたりを繰り返していた。

「そうね、大魔王の城まであと2つ街を周ればいいわけよね?」

既に着慣れてしまった深すぎるスリットの入った〘武闘衣〙の埃を払いながらリトへ向き直る古手川唯。

 

自身の問いかけを無視し同じ言葉を繰り返すNPCにブチ切れていた古手川唯でさえRPGを理解できるほどに、二人は長い時間をこのゲームの世界で過ごしていた。

「さっきのクエストで手に入れた情報だとそうだよな」

リトはペラペラと茶色い紙をめくる。そこには〘これまでのあらすじ〙と御丁寧に主要な冒険の要点が記されていた。

 

冒険者ふたりはここまで協力して二人三脚でやってきた。様々な"苦難(とラブる)"があった。例えば花屋が躓き武闘家のパンツをずり下げたり、転んで武闘家の胸に突っ込んだり、人に押されて武闘家を押し倒したり、うっかり武闘家の入浴シーンに遭遇したりと、"苦難(とラブる)"があった。大変な"苦難(とラブる)"があったのだ。

 

〘リト〙「そろそろお金も溜まってきたし街で一休みしないか?」

リトは全く使わなかった〘棍棒〙を放り捨てる。〘棍棒〙を失った。〘リト:HP 30/30〙

〘ゆい〙「そうね、でもまたハレンチなことしたら・・・」

ゆいは拳を握り力を溜めている。〘攻撃力〙が上がった。

〘リト〙「しっしないしない!」

リトは慌てて〘じょうろ〙を振った。しかし何も起こらなかった。

〘ゆい〙「クスッ、いいわよ別に。ワザとじゃ無いんだ!で、しょッ!!」

ゆいの力が開放された!ドゴッ!!激しい音をたて〘荒野の大岩〙は砕け散った。鉱石アイテム〘ツンツンクリスタル〙を入手した。〘ゆい:HP756/960〙

 

破壊した大岩から〘リト〙へと視線を移す〘ゆい〙

睨みつけた視線のままで器用に笑う古手川唯とバツの悪い顔をする結城リトの間には確かな信頼関係が生まれつつあった。

それは武闘家が開けた宝箱がトラップで転移アイテムで多数のモンスターに囲まれ閉じ込められるものであり、全滅必至であった事や、武闘家がうっかり引っ掛かった紐がトラップで所持金を0にするもので途方に暮れた事や、武闘家が花屋に使ったアイテムがトラップで毒状態になり瀕死となって街へ戻り解毒剤を買い求めに走り周った事などが影響していた。苦難と言えないその出来事たちは確実に二人のキョリを縮めていた。

 

〘ゆい〙「もう、ワザとじゃないのは分かってるわ、行くわよ」

〘リト〙「ああ!」

凸凹冒険者パーティーは〘北の大地〙を進む。次の街に強力な〘ボス〙が2体も待ち構えている事を知らずに…。

 

To Be Continued....

 

 

46

 

 

「ふぃー、食った食ったー!」

「げぷっ、マンプクだぜー!」

真っ暗な夜道を荷物を抱えて歩く満足顔の二人。

「しかしナナ、お前食い過ぎじゃねえか?太るぞ?」

「ン?なに言ってんだ、甘いモノはベツバラって言うだろ、あたしより兄上(仮)の方が食ってたぞ」

両手に紙袋をぶら下げるナナは同じく荷物を両腕で巨大な紙袋を抱きかかえる秋人を見上げる

「いや、お前の方がステーキ300グラムは上をいっていたぞ」

「・・・兄上(仮)の方がティラミス8個分くらいは私より食ってたダロ」

自身の食べっぷりを振り返りつつ、乙女の自分になんて無粋な事を言うんだと不満な目を向けながら大雑把なカロリー計算をするナナ。意外にもそれは正しかったりした。

「いやいや、甘いものは太るし。ちょっとで良いんだよ」

「イヤイヤ、ステーキ肉は脂身がジャマだし、あたしは赤身でイイな」

二人は同時に料理たちを思い浮かべる。あの料理、この料理、素敵な花園がもう一度二人の意識に召喚される。

「・・・あの肉巻いた草のやつ美味かったなー」

「サンチェ巻きってヤツだろ?兄上(仮)ってバカだな、後ろの女が説明してただろ覚えてないのかよ」

「ムッ、失礼なヤツ・・覚えとったわ」

先に現実へ舞い戻ったナナはすかさず秋人の揚げ足を取る

「チョコも良かったけど・・・やっぱあの上に乗った赤い果実もウマかったナー!」

「ラズベリーだな、ナナのアホめ。それでプリンセスなぞ片腹痛いわ」

ふん、とすかさず秋人もナナの揚げ足取りをする。

「ムッ!しっ知ってたし!"れでぃ"にアホとかヒドイこと言うなよな!兄上(仮)!」

ぷんすかと顎を突き上げ八重歯を見せてムキになるナナはその仕草が自身の幼さを強調している事をしらない

「ハハッ!、ナナがレディだと?ハハハ!!こりゃケッサク」

乾いた笑い声を響かせナナを()でる秋人、自然と表情が柔らかいものになる。

「バカにすんな!コレでも胸だって少しくらいは…そりゃモモや姉上よりはナイけど…」

その視線を哀れみと勘違いしたナナは自身の胸元に視線の影を落とす。

「おっぱいに夢やロマンを詰めるのは男だ!おっぱいとは器!大きさは関係ない!ナイ胸だって"ちっぱい"だって真の漢は愛してロマンを詰めるのだ!」

ナナのコンプレックスを心得ている秋人は声高に力強く叫んだ。広大で優美な木々が広がる敷地内にその声は遠くまで伝わった。

「ホントか!?大きくなくてもイイのか!?兄上(仮)!」

興奮したナナがガサガサと紙袋で音を奏でる。

「ほ ん と う で す 。」

秋人は自身に向けられる縋るような瞳を真っ直ぐに見つめ視線を抱きとめる。わざとゆっくり返した声音(こわね)はナナの心の奥にじんわりと浸透した。

「!!そうだったのか!コレでモモにバカにされずにすむぞ!!!」

目を線にして満面の笑みのナナ、八重歯と尻尾が無邪気な悪魔を秋人に思わせた。

「……まぁ大抵の男は大きいおっぱいが好きですけどね」

邪気をたっぷり湛えた笑みを浮かべる秋人

「オイ!!」

無邪気な悪魔の激しい揺れに紙袋の底に大きな負担がかけられる。

「そういえば知り合いにおっぱい大きくする伝道師が居るな」

視線をナナから外し、夜空を見上げる。そこには一人のセクハラ仲間がニヤニヤと浮かんでいた。

「ホントか!?ショーカイしてくれ!」

瞳を素直に輝かせるナナはひどく興奮した様子、やはり大きな胸への憧れは捨てきれないらしい

「ほんとうです。ま、今度会わせてやるよ」

やや呆れながら答える秋人は後は頼りになる仲間にあとを託す事にした。秋人にとっては"ちっぱい"ナナも可愛いと思っていたのでどっちでも良かったのだ。端的に言えば里紗に丸投げした。

「やったゼ!約束だぞ!?ゼッタイだからナ!」

ナナの両手に持つお土産(・・・)がガサガサビリビリと予兆の音を立てる。ナナの両手では持てない残りの()を秋人が持っていた。ちなみに秋人に土産はない。それはなぜか――

 

「良いですこと?下僕秋人。御主人様であるところのこの(わたくし)の言うことを耳かっぽじってよくお聞きなさい」

三人の背後に腕を組んで立ち、尊大な態度の天条院沙姫。綾はしっかりとスポットライトを当てて後光を演出している。

「ハイハイ、おっ!こっちは何か赤いのがあるぞ!辛そうだ!辛いの大好き!ヒャッホイ!」

秋人の視線の向かう先にはある料理。えっとこれは肉と野菜のやつ…「キャベツと豚肉の豆板醤(トウバンジャン)炒め、家庭的な料理だ」すかさず思考を先読みした背後の凛が解説する。

「兄上(仮)って辛いのスキなのか?私は甘いほうがイイけどナー」

小休止中のナナは秋人の腕の下をくぐり料理を覗き込む

「辛いのが好みだったのか、ではこれをほんの少しだけ足してみると良い」

凛はテーブル脇に置かれた小壺を手に取り秋人へ差し出す

「…そもそも今回誘ったのは気遣い女王(クイーン)であるこの(わたくし)の…」

天条院沙姫は認知できる状況をひとまず無視することにし、語る言葉で注目を集めようとした。綾は演出を強くしドライアイスの白い煙をパタパタと扇ぐ

「ほふっ!カラーッ!!辛い!辛いぞ!コレ!はひーっ!」

はふはふと口を動かし苦悶の表情の秋人は気づいた様子もない。

「キャハハ!バカだなー!」

指をさしてケラケラと笑うナナも気づいた様子もない。

「…ほら、水だ秋人、それは豆板醤のつけすぎだぞ、ほんの少しでいいんだ、それは四川で作られたものだから特別辛くできているんだ」

すばやくグラスを差し出す凛は解説に夢中で敬愛する沙姫にすら気づいた様子ではない。

「サンキュな凛、ナナのアホめ笑いすぎだ。コレでも食らえ!」

「むがっ!・・・辛ーッ!!!!ってイタッ!辛すぎてイタイ!何するんだよ兄上カッコかりぃぃい!!!」

肉と野菜のやつ…「キャベツと豚肉の豆板醤炒め、だ」…をナナの口に箸の先ごと突っ込む秋人

「そんな辛くねーだろ、甘党め、おこちゃまだな」

水で喉を潤し今度は秋人が小休止をとる

「ナンダト!お菓子スキで悪いかよ!肉好き!肉魔!」

後ろのケーキで辛さを中和させたナナの口元にクリームが付着する

「やかましい!肉は命の源だろーが!」

「お菓子は心の栄養だろ!」

クリームを添えた口元のナナは牙を剥き出し秋人に顔を近づけ咆える、秋人も痺れが残る舌と唇でナナに咆えた

「二人とも喧嘩は良くない、それに心配しなくても並べられている料理は全て食品添加物などを一切使われておらず…」

どうどう、と獣達の間に入り仲裁を図る凛。そんな時でも解説を忘れない。背後で独り、語り続ける敬愛する主の事は忘れていたようだが。

「…そしてすぐ傍にはその名の通り凛とした花のような素敵で麗しの令嬢が…」

瞳を閉じて現状を必死に理解しようとする理性をブン投げていた沙姫は一番語りたかった本題へと入る。導入部は既に語られていたようだが、間の悪い事に凛の解説に全て被され潰されていた。

「…沙姫様、誰も聞いてないようです」

四色サイリウムを振っている綾はついに今まで思っていたことをポロリと呟いた。

 

ええ、わかっていましたわ、わかってましたわよ。と……沙姫の理性はボロボロになりながらも現状を伝えるべく叫んでいた。応援団長としてそれを力尽くでねじ伏せ倒して放り投げて、それでも向かってくる理性を殴りつけ、全力で抑えこんで上四方固めをキめていたのだ。ケンカ女王(クイーン)の本領発揮である。ピシッと沙姫は(こめ)かみに青筋をたてる。場が一瞬で凍りつく。ただし認知できたのは傍でサイリウムを懸命に振る綾だけであったが。綾は感じる冷たさにぶるりと身を震わせる。「あの時、眼鏡が室温の変化で曇った気がしました。炊いていたドライアイスのせいではないと思います。」と後に綾は語った。

「つまみ出せ」

気遣い女王(クイーン)・天条院沙姫のものとは思えぬ低い声が大広間に響く。黒服に身を固めた男達が雪崩れ込み二匹の蝶と虫捕り少女を花園から駆除した。神輿のように担がれどやどやと運ばれる中、「うおー、まだに・・」「アーッ!あっちのケーキま・・」「さきサマー!」と耳障りな断末魔の叫びが断罪女王(クイーン)・天条院沙姫の鼓膜へ響く、その中に自身の友であり応援すべき武士娘のものを発見した沙姫が慌てて凛を回収させたのは余談である。

 

その混乱の間際にちゃっかりプリンセス・ナナはお土産用(モモの目の前で食べて自慢する為の物)に用意させていたケーキを秋人に持たせ自身も両手で掴めるだけ掴んで追い出されていた。

お肉ハンター・秋人の方はあとで天上院に頼んで冷凍して宅急便で送らせようなどと隙のない計画立てていた。明日の夕飯は豪華に春菜と食えるぞ!ララや結城兄妹、ヤミを誘うのもいいかもな、と思っていたのだ。天上院だし、凛も綾も後押ししてくれるだろうとか考えていたのだ。本来そうなるはずだったが凛までも沙姫の話を聞かなかったのが読めない誤算だった。秋人にとっては沙姫の厚意も買い付けに来た物産展気分であったのである。ある意味天条院沙姫は正しい行動をとっていた。

 

「あ、忘れてた」

「ン?なんだよ?」

視線を暗闇が広がる道路の先へ向けたまま秋人は呟いた。ナナはそんな秋人を見上げながら小首を傾げる

「あの手紙ってやっぱ招待状?えっとなんだっけ、とらぶるくえすと?」

「あー、名前は確かそんなカンジだったナー、なんで兄上(仮)が知ってるんだ?」

「…ララに聞いた、そんなゲーム作ってるって」

「なーんだ、そっか、あ。そういえば兄上(仮)にはちゃんと手で渡せってモモにウルサく言われてたんだった」

納得した様子だが双子の妹、モモの本性を思い出し冷や汗を浮かべるナナは視線を秋人から外し同じく暗闇の先へ向けた。足元の固い地を知らずに力強く踏みこんでしまう

「…春菜にも渡したのか?」

「ハルナ?」

「西連寺春菜だ」

秋人はの視線は変わらず暗闇を見据えたままでナナへ尋ねる

「サイレン寺…それって兄上(仮)のホントの…ムッ、」

「なんだよ?」

ここで初めてナナへ顔を向ける秋人、その顔をハルナという女の話が出てからじっと見ていたナナは見上げるその双眼が自分ではなくハルナと言う妹を捉えていると目ざとく気づく。

「…しらない」

「あん?」

視線を男の黒髪から外し呟くナナ、それを見て首を傾げる秋人

「だってあたし担当じゃないし。モモがなんとかしたんじゃないの?あたしキョーミないし」

「モモが?」

並んで歩く二人の紙袋からケーキたちに飾られた果実が紙袋の中で擦れ音を立てる。

「なーんか張り切って自分で渡すって…それよりさ、兄上(仮)あたし達のホントの兄上になりたくないか?…別に兄上じゃなくてもイイケドヨ…」

"モモ"という単語に足をもう一度強く踏み出し、秋人の前へ躍り出るナナ。不貞腐れていた態度を一変させ俯き呟く、今度はナナの紙袋だけが音を立てた。

「はぁ?もう立派なおにいたんだぞ?ヒドイなぁナナ、おにいたん悲しいよよよ」

それを見て大げさに悲哀を表現する顔をしてナナをやり過ごす秋人にナナはコンプレックスの話よりも敏感に歯を噛みしめる。ギリッと小さく音がした

「キモチワルイ!ヘンな声出すな!それにまだ兄上として認めたワケじゃないぞ!」

白々しく演技をする秋人にナナは本題をずらされた、と牙を剥く

「それより春菜とララは無事なのか?ちゃんとプログラミング終わってるんだろうな?」

同じく本題をずらされた秋人は話題を元へと戻す

「ムッ!それよりってなんだよ!あたしのホントの兄上になる事が不満なのか!」

ますます牙を鋭くするナナが咆える

「だからもう立派な兄だと言ってるだろーが…それよりプログラミング終わって・・・」

なるべく穏便に望む情報を得ようとする秋人の視界にピンッと怒ったように伸びる黒い尻尾

「だ・か・ら!ホントの兄上になりたくないかって聞いてんだろっ!!」

お互いに望む本題に入るべく修正を図るが言い合いになってしまう二人。

「ええい!うるさい!はぐっ!」

「ひゃあっ!んっ…あっ!しっ、尻尾を…」

秋人は先ほどから自身の視界の中で揺れていたデビルークの証である黒い尻尾を口に含み舌であやす

「…ほがほろ」

「し、しら…ふぁっ!…っ、んんっ!はっ…ぁん…」

問いかけにぎゅっとナナは両手の紙袋を強く握りしめる。

「…ふぁにをたくらんでる」

目を細めて唇で甘噛しつつ舌を這わせる秋人

「あっ…ぃ‥はぁっ、んっ…もものヤツがなんか…あにうえを、ひあぁっっ!!あうぅっっ!!んッ!」

ぶるりと震え、耐えるように握りしめた両手はナナの好物を手放す。かしゃと落ちる紙袋、力を失ったはずの両手は秋人の胸辺りを強く掴んだ。ナナの爪がシャツの上から突き立てられる。秋人がそうして掴みやすいよう持たされていた荷物を地面に置いていた事にすらナナは気づいていなかった。

俺を…どうするって?と尋問を続けるが、荒い息を吐き喘ぐナナは最早何も答えられない様だった。答えられないのか答えて終わりにしたくないのか、どちらにせよこれ以上の時間は無駄か、と秋人は一人完結しあやしていた舌を止める。ナナは喘ぎ悶えるのを止めてはぁ、と熱い息をついた。――――二人に沈黙の時間が訪れる。

 

「全く、あれだけ大口を叩いておきながら手玉にとられてるのはアナタの方じゃないの、ナナ」沈黙を破る第三者。

頭を押し付け縋りつくナナは人差し指で秋人の胸を一度だけ小さく掻いて不満を訴え、続きを催促しているところだった。ナナの背後に降り立つモモ・ベリア・デビルーク。雨に降られたのか桃色のくせっ毛と服はしっとりと濡れていた。

「ふぁっ!も、もも‥」

よく知る声と気配に正気を取り戻そうと必死なナナは取り敢えず顔だけをモモへと向ける

「ぺっ、なんだ、そっちから来たのか」

秋人はいまだ含んでいた尻尾を吐き出し、もう一人の妹へ視線を合わせた。

「こんばんは、お兄様。ご機嫌よう、ナナがお世話になりました」

「どうも、こんばんはプリンセス・モモ、相変わらず外面は良いんだな」

ふんわり人当たりよく微笑むモモへ同じように微笑む秋人はナナの両肩にそっと手をそえる。ナナはモモから顔を隠すように秋人へ素直に身を預けた。

「あら?初めまして、ではありません?」

「そうだったな」

笑顔はお互いそのままで言葉を交わす二人。

「フフッ…調査通りのお方のようですね、お求めはこちらですか?」

スッと招待状を差し出じモモ。瞳の奥が妖艶に光る

「俺の役はなんだ?」

無視し間髪入れずに問う秋人

「もちろんアレ(・・)に決まってますわ。お兄様♡」

弾むモモの声。その声と表情は存分に歓喜を香らせていた

「へー、アレ(・・)か」

薄く目を閉じ唇を歪ませて嘲笑う秋人

「ええ、それではおふたり(・・・・)で頑張ってくださいね、応援してますから」

ナナの真横に立ち招待状を差し出す。秋人は目だけでそれを見やり一度だけモモのピンク髪を見る。それは此処には居ない目の前の双子たちの天真爛漫な姉を容易に思い起こさせた。

「それはいいけどプロ「プログラミングに問題はありませんよ?」…ならいいけどよ」

話題に入りもせずに抱きつき続けるナナは思い返しているのか耳を赤くして秋人の胸に額をグリグリ擦り付けている。その仕草はよく知る恥ずかしがり屋の黒髪を連想させる。秋人はナナにそえた両手に力を込め躰を離す。あっ、とナナは不満気に声を洩らした。無事だった紙袋を拾い上げナナの薄い胸に押し付けた後、ビッ、と乱暴に招待状の封を切る。光に包まれ秋人は転移させられた。その刹那、秋人は笑顔のモモの唇が小さく歪んでいく光景を確かに見た。その歪んだ意図はある意味秋人の予想通りであり、また避けられたことでもあった。

 

それは二人の大魔王(・・・)が冒険者達の前に立ちはだかる4時間前の出来事であった。

 

 

47

 

 

「これで全て、計画通り…」

目を細めて花の笑みを浮かべるモモは紛うことなき可憐なプリンセスだった。視界の暗闇には捕らわれのお姫様と並び立つ(・・・・)勇者の姿が浮かび上がる。

「…あにうえ…ハッ!モモ!?」

隣から呆けた声が聞こえてモモは顔を向ける。ナナの口元に残る甘い快楽をたたえる涎の跡。見た目が幼く見えるだけにその跡は違う別なものにモモには見えた。

「さっきも言ったでしょうソレ…それよりナナ、涎を拭いたら?はしたない…その紙袋はなに?」

双子の姉に肩を落として呆れた表情のモモ

「え!?よだれ!?」

目を丸くして驚きぐしぐしと乱暴に口元を拭うナナ

「「あ、」」

咄嗟に手放した紙袋の底が抜け色とりどりのケーキの群れがグシャグシャッと音をたてながら湿ったアスファルトに食べられる。

二人の視線がケーキの残骸に向けられる。ナナの足元に突如として誕生した甘い小丘には赤い果実一つだけが他のケーキたちを犠牲に払い大食らいの地の餌食にならず無事だった。

「…モモ、オミヤゲだ、残り食っていいぞ」

言うより早く無事だったラズベリーだけを素早く手で摘み、口に放り込んだナナはニッと八重歯を見せて自慢気に笑う。右頬が小さく膨らみ愛らしい、けど同じくらい憎たらしい、とモモは思った。

「もう食べられるものがないでしょう!!」

そんな小憎たらしい双子の姉に先ほどの空気を一変させ、ケーキの残骸を指差し無邪気に憤慨するモモ。夢魔の小さな二つ結びが雨の残響を放つ。小さな雫達は本来ならばナナの腹に収まるはずだったお土産達に落ちて弾けた。それは前触れだったのか、弾けたと同時に空からみぞれが降ってくる。それは双子の姉妹を同じように濡らしていく。これで濡れていない、この寒さを知らないのは最早此方側にいない者達のみとなった。それでも雫はやがて彼らを濡らすことになるだろう。時が経てば雪に変わるその雫たちは誰にでも平等に舞い落ちる、少女に、少年に、姫に、殺し屋に、街に、此方側に(・・・・)居ないものだけを残して――――




感想・評価をよろしくお願いします。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

43 夢見し乙女を醒ますもの

44 "苦難"を経て深まる絆

45 麗しき兄(仮)妹愛

46 アスファルト「我々の業界ではご褒美です!」


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difficulty 10. 『色のない、閉じた世界で【前】』

48

 

赤い世界。

 

――――悲鳴。絶叫。飛び散るポリゴンの破片。閃光。爆音。立ち上る火柱。

 

次々破壊されていく街を〘花屋〙と〘武闘家〙の二人は一言も発せず呆然とその様を見ていた。抜けるような青空の下で展開される赤い殺戮の世界はゲームの世界をより非現実なのものにした。

 

――――地獄って、きっと、こんなだ

〘花屋〙は目の前の光景にそう独りごちた。知らず〘じょうろ〙を握りしめる。

 

「なに、これ…」

ようやく喉から声を出せた〘武闘家〙は本来破壊できない筈の街やNPCを見渡す。そこには半壊となったNPC達が顔を歪ませ散り散りと横たわっていた。〘武闘家〙の後ずさった足に転がっているカウボーイハットを被った男の頭が「へへっ、ここはヘボンの街だぜ」と場違いな明るい声を〘武闘家〙と〘花屋〙に届かせた。

 

――――轟音。崩壊。燃え上がる火柱。

 

二人は顔を見合わせ殺戮の中心地へ歩を進める。手は知らずに結び繋がっていた。

 

赤の世界。

 

二人の冒険者は使命感にも似たものを抱き一歩、また一歩と踏み出す、その顔は炎の赤と恐怖に彩られていたが、それだけではなさそうだった。

 

"勇者不在パーティー"が二人の〘大魔王〙に出会うまであと数刻。

 

 

49

 

 

ジジ……

白い光がやがて晴れていき視界が正常に戻る。戻ったはずがまたもや白い。白の世界。

「お、んーっ、ついたついたー」

まるで旅してきたようにぐっと両手を伸ばし、わざとらしく伸びをする。広がるもやは暖かく湿っていて、粘りつくように四肢に纏わりつく

「いらっしゃーい♡」

目の前には投げキスをする裸の美女。黒髪に瞳の紫。…春菜に似ている。安心を思い起こさせるはずのそれは逆に激しく不快な気分にさせた。

「なんだ風呂かよ」

「えー…キョーコのカラダ見といてその反応ってヒドーイ♪でも余裕たっぷりでイイ感じカモ♡」

どっちだよ。

「春菜とララは?」

裸の大魔王、マジカルキョーコの躰を見つめて尋ねる。スレンダーなその躰は男の欲望をやけに刺激した。躰の震えを拳を握りしめて誤魔化す。

「フフッ、気になるぅ?奥の謁見の間でその時(・・・)を待ってるよ?…逢いたい?」

キョーコはゆっくり近づき細い腕を俺の首へまわして身を寄せ問うてくる。目線を離すことも、躰を動かすこともせずただ突っ立っている俺。案山子のような俺に寄りかかり、柔らかく抱きしめ服の下から撫で上げるキョーコ、冷たく白く滑らかな指の感触、オンナの甘い誘う匂いが、掠めた髪と共に鼻先に広がる。快感のはずのそれはますます俺を苛立たせる、チリチリと頭の奥が痛む。

「…丁度いい、そのままにしておこうか」

フッとキョーコの額に息を吹きかける。自分のものとは思えないような冷たい声だった。

「あん♪…じゃあお風呂入って待ってよーか♪敵が来るまで暇だしさぁ」

嬌声を上げて見上げる紫の双眸が色を放つ。何処までも続くような黒い欲望と甘い香り

「…混浴ッスか、望むところッス」

わざと軽口を叩くも高まり続ける苛立ちは拭えない。既に限界値まで近づいていた。

「もっちろん♪大魔王どーし、くんずほぐれつ裸のお付き合い♡」

既にキョーコは服を脱がしにかかっている。シャツのボタンが上から5つ外されていた

「…こんなところを見られたらかなり情けない、な……」

冷たい指を掴み上げる、するりと抜けだした指は胸をツツツと冷たくなぞった。

「ん?キョーコに秋人君が?やーだ♡大魔王さまのカ・ラ・ダ、美味しそー♪」

「…ちげーよ、ってか纏わりつくないい加減鬱陶しい」

体の中を暴れる奔流に堪えられず突き飛ばそうと勝手に動き、肩に手を伸ばす、眼下で揺れる魅惑の膨らみも、時折触れる硬さも、艶肌も何もかもが気に入らず既に爆発しそうだった。たぶんそれはキョーコ自身のせいではなく…

 

チッ

舌打ちを一つして黒の香りを纏うキョーコを乱暴に掻き抱く。縋り付かれたキョーコはそれを待ち望んでたかのようにされるがままに身を委ねる。抱きしめた細く、靭やかな躰は風呂場にいるというのに冷たい。甘い、冷たい毒が全身に広り蝕んでいく……

感じる感覚はますますゲージを上げ危険域へ。目の奥がチカチカと光る、この体が爆発しないのが不思議なほどだ。叫ぶ心と痛む体の動きが一致していない。なぜか、

 

それは先ほどからの"魅了(チャーム)複製(コピー)"に屈したのではなく――――

 

 

怖いからだ。

 

 

これから起こす、全ての事が。目の前の幻影に縋りつかなければ立っていられないほどに。

 

 

演者を揃えきった舞台へ【魔王】が現れるまで、あと幾ばくか。

 

 

50

 

 

不機嫌。不快。不愉快。

 

片手に本を持つあらゆる()の感情をはらんだ〘魔道士〙は自由な方を対象へかざす。紡ぐルーン。発動――――爆発。キラキラと破壊の破片が舞う。土埃が〘魔道士〙を包んで当たりの景色は見えなくなった。それでも構わず紡ぐルーン。発動。爆発。再び爆風が周りの景色を土色に染めていく、対象なんて目の前にいくらでも広がっている、むしろ全てを破壊するまでやめるつもりはないと言わんばかりの、圧倒的な破壊の衝動をそのままぶつける一人の〘魔道士〙

先ほどから淡々と同じ作業を繰り返す一人の少女はご機嫌ナナメどころか垂直だった。

 

――――秋人さんからの手紙(ラヴレター)かと思ったら偽物で知ったこっちゃない人からの体感ゲームの招待状でした。封を切るとそこはゲームの世界でした。ふざけないでよ

 

これまでのあらすじをたった二行で完結させた〘みかん:闇魔道士 危険度XX〙

「――ッ!!あたしの赤ちゃんを返してッッ!!!」

絶叫。発動――――爆発。

意識の向こう岸に広がる一面黄色のキャベツ畑でせっせとコウノトリのエサを栽培していた未婚の新妻魔道士、結城美柑は悲哀の表情で八つ当たり……街とNPCを破壊していた。

 

「…美柑、此方は破壊が可能のようです」

傍らに降り立つ羽を生やしたバニーガールは巨大なガーディアンを一閃。細切れに破壊していた。冷静と殺戮の間にいる殺し屋の眼に甘さはない。

 

「燃やしても壊しても直ぐに元通り…ストレス発散には丁度いいカモね」

「…私は悲鳴を上げて絶命するほうが好きですね」

「ヤミさんこわいなぁ」

「…美柑には負けます」

「ふふっ」「…。」

ニコリと微笑う美柑と口元だけでクールに微笑うヤミ。一心同体。かけがえのないパートナー同士であった。二人にはしっかと結ばれた友情の空気が流れているが、周りには[警告!警告!街、NPCは破壊できません!]とサイレンを鳴らしながら銀色の四角いブロックで作り上げたかのようなガーディアンが次から次へと無数に湧き、混沌と化している。巨大な体躯に頑丈なはずのそれは次にはあっさりと細切れになる。その発生源である本読まれ大好き、金色の闇は無表情でガーディアンを殲滅、生産していた。

 

――――この私に挑戦状。しかも懇意にしている情報屋の名を記しておき油断を誘うなど…

………………姑息な真似を………………抹消します。

 

美柑と同じく二行で完結させた〘ヤミ:遊び人(M&D)危険度XXX〙は浮かれていた過去と失望をガーディアンに叩きつける。※(M&D…ミート・アンド・デストロイ)

ガーディアンは[けいこ…グゴアアアア!!]と巨体に似合わない甲高い声がヤミの鼓膜を震わせる。クールな殺し屋の紅い瞳が怪しく光り、うさみみが快感にふるふる揺れる。

 

〘リト〙「美柑!ヤミ!お前ら何やってんだよ!??」

「ん?」「…。」

〘花屋〙が声をかけるが破壊の手は止めない二人。〘花屋〙の目には〘てきがあらわれた!〙と空に浮かんでいるのが見える。ふたりは仲間でなくモンスター設定のようだ。

「なーんだ、やっぱりリトも居たんだ。無事だった?」

続ける爆音、ヤミと美柑は黙々とシステムエラーを積み上げている。システム維持者のガーディアン達は残念ながら平穏なファンタジー世界を維持できそうにない。

〘リト〙「ああ、無事だったけど…」

〘花屋〙の耳には先ほどから、けたたましいビーッ!ビーッ!との警告音がやかましく鳴り響いている。

〘ボスモンスター:M〙「そう、良かったね。意外に敵ってセコい攻撃してくるし」

〘ボスモンスター:Y〙「まったくですね…どうせなら鮮血の演出も欲しいところです」

 

セコい攻撃ってなんなんだろ…美柑たちにはゼンゼン関係なさそうだけど…っていうか、美柑が心配だ。最近はそわそわと浮かれてニヤニヤしていることが多いし、学校で何かあったのかな…スーパーからの帰りも妙に遅いし…後を付けようとしたら………いやだ、思い出したくない…。思い出したくないといえば、ファッション雑誌に隠すように挟まれた妊婦向けの雑誌を見つけた時は目眩がしたんだった…遥か向こうの還るべき世界へ意識を飛ばす結城リト。

 

それもそのはず、[SYSTEM ERROR]と真っ赤な四角いウインドウが街を染め上げている。飛び交う[WARNING!]という警告色、黄色と黒の帯は大きく広がり青空の下で横断幕のよう、耳元で鳴り止まない警告音と広がる赤い世界にリトの意識は途切れる寸前だった。

いや、あの…二人とも…ドカッッ!!…ヒュッンッ!けいこ…グゴアアアア!!‥ビーッ!ビーッ!…もう止めてあげろ…よ…?…ピッ!けいこ…グゴアアアア!!ボカァァアァンッッ!!ビーッ!ビーッ!と混沌が広がっていく、既に〘花屋 リト〙は取り込まれてしまっていた。

 

〘ゆい〙「いい加減にしなさいよッッ!!!」

ピタリ。

破壊と殺戮の音が止み景色がみるみる元通りになる。青空のファンタジー世界がようやく平穏を取り戻した。システム維持者達の銀色ガーディアン達は武闘家の背後で綺麗に整列している。ツンデレ武闘家少女の頭上では〘ATTENTION!!YUI KOKEGAWA!〙と赤く巨大なウインドウが展開されていた。背後には気づいても頭上には気づいていない順序や整列が大好物の古手川唯は気分が高揚した。〘攻撃力がぐーんとあがった〙

〘ゆい〙「アナタ達が何に怒っているかは知らないけど、要するにこのゲームが気に入らないんでしょう!?だったら直接文句を言ったら良いのよッ!」

ビシッと指を向ける〘武闘家〙

「…確かにそうかも」「…一理ありますね」

こうしてクラスチェンジした〘武闘家兼魔物使い ゆい〙は二匹の凶悪モンスターを捕獲(テイム)した。

 

 

To Be Continued....

 

 

51

 

 

「ララさん、モモちゃんって…」

「うん!妹だよー!もう一人ナナってコがいるんだー、それより緊張してる?春菜」

「う、うん…ちょっとだけ…」

「ダイジョウブ!春菜も"自由"にやらなきゃ!お兄ちゃんならきっとダイジョウブだよっ!」

「"自由"に…か、うん。そうだね」

 

〘王女 ララ〙の傍らに立つ〘勇者 はるな〙

魔王の城の奥に設けられた謁見の間。赤い絨毯が敷かれた広々とした空間には四隅に天井まで届く大きな鏡が置かれ、壁には一定距離を保って蝋燭が仄かに灯されている。設定上は囚われているはずの王女は、中心部奥で用意された魔王の椅子に腰掛けている。それは場にふさわしく映え、これから知己の者と会談に臨んでいるかのようだった。

「頑張ってね、春菜!応援してるよ!」

傍らの〘勇者〙へ微笑み、見上げる〘王女〙。奇しくもそれは春菜がララに告白した時とよく似た状況だった。その言葉はあの時の告白への答えだったのか、それとも………

 

「うん。ララさんも、私も応援してる」

微笑みを交わす〘勇者〙と〘王女〙いや、ララ・サタリン・デビルークと西連寺春菜の二人はとても穏やかな気持ちだった。これから迎えるであろう未来が信じたものになると、一つも疑ってなどいなかったのだから。

 

旅立つ〘勇者〙を見送る〘王女〙。普通のファンタジーであればそうなるはずが、旅立つのは〘王女〙も同じ。共に(・・)旅立つのだ。ただし行き先は別々の場所へ。それでも辿り着く場所、終着地は同じ――――…そのはずだった。

 

それは一人の〘大魔王〙と冒険者達が対峙している場面の舞台裏。

 

 

52

 

 

仲間が増えた"勇者不在パーティー"はヘボンの街の宿で休んでいた。外には暗闇が広がり月が一つ空に浮かんでいる。

「ハロー!燃やして解決!マジカルキョーコさんじょー!」

「は!?」「え!?」「「Zzz…」」

窓からひょこっと顔だけをだす一人の女、リトはその女の顔をTVでよく知っていた。どことなく自身の想い人にも似ているが、その少女にはない這うような色気を感じ背筋を震わせた。声に驚き飛び起きたのは〘武闘家兼魔物使い〙と〘花屋〙だけ、モンスターズは〘武闘家兼魔物使い〙の誤って使ったトラップアイテムにより深く眠らされていた。どんな凶悪なボスモンスターもステータス異常は有効な手段である。

「えー、リアクションうす~い!キョーコは大魔王なのにぃ~」

「は!?マジか!?」

「ホントなの!?」

二人はずいとキョーコに顔を近づけるが凶悪そうでない無邪気な笑顔が広がるだけだった。

「そーだよー♪ララちゃんと春菜ちゃんは囚われているの♪誰にだろーねェ~♪」

ニイッと嗤うキョーコ、もう一度リトは背筋を震わせた

「あなたがでしょ?大魔王って今自分で言ったじゃない」

「キョーコはゲームのキャラクターだもん、設定上はそうだけどぉー・・・・・うーん?こっちもチャームきかないなぁ」

ふわりと宙に浮かび上がり、リトへと躰ごと向ける。

「なっ!!…なんだよっ!?」

下着のような姿のキョーコはリトにだけ紫の瞳を合わせる。驚き怪訝な顔のリトは感じる恐怖に目をそらした

「…リトくんはララちゃんと春菜ちゃんをどう思ってるの?」

「は?!お前には関係ないだろ!」

「ふーん、そっかぁ・・・・・そんなんじゃ二人とも可哀想な事になるかもねぇー」

クスリと微笑むキョーコにリトは鼓動がビクリと撥ねた

「助けてあげられるのは・・・・・本当に大切にしてあげられるリトくんだけなのにねェー」

助ける?誰から?目の前の〘大魔王〙からだろ、何言ってるんだと〘花屋〙は戦闘態勢へと移る

「貴方を倒せばいいんでしょ!?ハァっ!!」

すでに態勢を整えていた〘ゆい〙の攻撃は〘大魔王 キョーコ〙の胸に深々とに突き刺さる・・・・・があっさり突き抜けてしまう。ジジ…とノイズ音が鳴り、二人の目が見開かれる、確かに〘大魔王 キョーコ〙は作られたキャラクターのようだった。

「じゃ・ま♡」

「キャァアッッ!」

「古手川!」

〘大魔王〙は指を一つ鳴らすと〘ゆい〙は炎に包まれ転移させられる。行き先はスタート地点、それを知るのは〘大魔王 キョーコ〙しかいなかったが

「んじゃ、早く助けてあげてねェー、リトくん♡」

「お前!古手川をどこへやったんだよ!」

「中ボス置いていくから楽しんでね♡じゃ♪」

「おい!答えろッ!助けるってなんだよ!お前からじゃないのかよ!」

〘花屋〙が叫んでも既に転移した〘大魔王〙はもう居ない。代わりに巨大なオニのようなモンスター〘ゴーリキ〙が残されていた。

 

〘てきがあらわれた!〙

 

〘リト〙「!」

花屋の、結城リト(・・・・)の戰いが幕を開けた。

 

Next Final Stage.....

 

 

53

 

 

「初めまして、ご機嫌よう美柑さん」

ふわりとモモが微笑う

「……初めまして、あなたはどちら様でしょうか?ララさんの妹のように見えますけど……」

訝しむ美柑は胸を抑えて落ち着きが無い。ふぅ、と乱れた息を整える

「ええ、そうですよ?流石はリトさんの妹さんですね♡」

「…リトを知ってるんですか?」

「ええ、とても良く知ってますよ?お優しくて植物にまで気を配れる紳士な方だと」

「…。」

ジロリと美柑は睨みつけた

「あら、庭のセリーヌちゃんにお聞きしたのですが…私には植物と会話できる力があるんですよ?…ですから…」

「それで私をリトから引き離した理由は何ですか?」

 

リトが〘ゴーリキ〙と戦闘を開始した時、ヤミと美柑は目が覚めた。外ではリトが懸命に〘ゴーリキ〙の足元を〘棍棒〙で殴りつけている。〘1ダメージ〙との表記が空には浮かんでいた。

「「…あんなザコに何をやってるんだか(でしょうか)」」

と同時につぶやいたモンスターズは早速殲滅しようとする、が、美柑の視界には〘淑女が誘う年上のカレ、7つの夜の作法〙ヤミの視界には〘世界の名作絵本大朗読会!読むのはアノ人!先着一名様たい焼き付き〙が飛び込んでくる。

ふたりは顔を見合わせ頷くとそれぞれ旅立った。光の射す方へと。後ろで独り懸命に攻撃を避け、夜闇で〘棍棒〙を振るう〘花屋〙はそれを知らなかった。知ってもどうにもできやしなかったが……

 

そうして、現在、夜の作法の先生の正体は、目の前に居るモモ…、モモ・ベリア・デビルークだったのだ。無論、最初からモモが姿を現すはずもなく……小柄なマントを着ているキャラクターが講義を終えるとノイズ音がなり、正体を現す。その結果として太腿を擦り合わせもじもじしながら睨みつける美柑と、瞳に星を散りばめ頬を朱に染めた夢魔が対峙している謎の現場が出来上がっていた。夢魔の口元に涎の跡が残っている。

 

「あら、リトさんをあっさり裏切り、あの男側に居る美柑さんに言う必要がありますか?」

「あの男?誰の事ですか?」

涎を手の甲で拭い、自身の尻尾を掴んで揺らすモモ。まるで美柑を夢の世界へ誘う合図のようだ。

「…いえいえ、何でもありませんよ?」

「…そんなワケ無いでしょう、」

ふふっと嗤うモモは揺らしていた尻尾を手放した。美柑は知らずに尻尾を目で追ってしまう

「私はお姉様方だけでなく、みなさんの幸せ(・・・・・・)を望んでいるんです」

「お姉様方…ララさんと春菜さんの事ですか…皆?」

「ええ、その為の楽園(ハーレム)計画です♡リトさんとお姉様方だけでなく、私も………リトさんだけが皆を幸せにできるんです!」

まるで舞台に立っているかのように両手を広げ美柑へ満面の笑み

「何を言っているのかわかりませんよ、じゃあ私はリトのところへ戻りますから、回避能力高くても長引けば危ないだろうし」

リトへの攻撃は当たっていなかった。まるで敵は当てるつもりもないように……だから美柑もヤミも後回しにしたのだ。夜の作法と絵本に魅了されたのではない…………たぶん。

くるりと踵を返す美柑にモモは問いかける

「…あの男が誰を選ぶのか、知りたくはありませんか?」

「…。」

ピタリと足を止める。既にあの男(・・・)に思い当たっていた美柑が振り返るとそこには花の匂いを散らす王女(・・)が立っていた。小さな二つ結びと揺れる尻尾は何だか禁断の場へと誘う悪魔のようで……美柑は誘われるように楽園の赤い果実を手に取った。

 

 

54

 

 

「やっぱウマいなーコレ!」

ラズベリーを次々口へ放り込むナナは満足気に笑う。左右に積み上げられている赤い丘は増えても減ってもいなかった。

「…まぁデータじゃホンモノには敵わないケドさ」

ぽいっと一口放り込む

「ふぁぁあー…オイ、まだできネーのかよ」

胡座をかいている大口を開けるナナは視線の先で流れるような金髪に問いかける

「…うるさいですね、今集中しているんです、黙っていて下さい」

金色の背中はハッキリと拒絶を示していた。

「オマエ、あたしと同じで食うの専門だろ?慣れないことはしない方がいいんじゃネーの…」

「…だから黙っていて下さい……あ、」

〘Failure〙

「ン?なんだよ、また焦げてんジャン…やっぱあたしらは食うの専門が…」

「…失敗は成功の元と本にありました。美柑も同じことを言っていました、幼い頃は料理でよく失敗していたと、ですから…」

手元を動かしながら語気を強めていくヤミ

「あー、ハイハイ、分かった分かったガンバレガンバレ」

見えないと知っていて、ひらひらと金色の闇へ手を振り視線は空へ、既に夜は明けて青の世界だ。一面広がる青空にはナナの好きな動物たちは居ない。というよりこの世界には生きているものなんて数名だけしか居なかった。その数名のうち、一人は今もこうして黙々とたい焼きを焼いている。〘型〙に〘たい焼きの元〙を流し込んで、好みの〘具〙を入れ、〘型〙で挟むと出来上がり。〘おいしくできました〙のはずが〘Failure(失敗)〙ばかり。尽きるはずのない具材が偶然(・・)付きてしまい、モモに連絡するとまるでそうなるのが分かっていたかのように追加された。ナナにはプログラムなど複雑怪奇なものはキョーミなかったが、双子ゆえモモの黒い部分を敏感に感じ取り偶然(・・)では無いと悟った。

 

ゴロリと寝そべり、もう一つ口へ放る。広がる酸味、甘酸っぱい味。地球で気に入った味

のはずが、なんだか今は気に入らない。こんな味じゃなかった、モモめ、なーにが「プログラムは完璧よ(CV.ナナ)」だよ、外面みたいにウソばーっか

天は高く澄み渡りやっぱり続く青い世界。時々浮かぶ雲は、何だか食べかけのケーキのように見える、さっさとこんなことを終わらせて地球見物に行きたい。兄上に案内させて食べ歩きがしたい。たぶん、いや、ゼッタイに二人で食べるその味は一人の時より数段上のはずだし・・・・・兄上も兄上だ、あたしのホントの兄上になりたくないのかよ、父上だって許してくれたのによ・・・・・母上にはまだ忙しくて相談できてないけど、あたしが居るし、姉上だって居るし、なんだったら別に兄上じゃなくっても…いや、むしろソッチのほうが………あ、兄上(仮)だった、

 

ゴロリと横になる。相変わらず電子音と共に〘Failure(失敗)〙ばかり表示されている、82個もあるのに何が気に入らないのだろ…

ふぁぁああーああ

もう一度欠伸が出る。向こうの世界でハシャギ過ぎて疲れたようだ。あんなに楽しく笑ったのは久しぶりだった、モモと通信で地球の様子を覗き込んでいたときよりもゼンゼン違う楽しさがあった。たぶん、いや、ゼッタイに二人で共に地球を周れば同じ楽しさが積み上がって……

兄上(仮)め、なにがイヤなんだよ、、、

 

バカヤロー

 

食べかけの肉のように見える雲に悪態をつく。すんと鼻を鳴らした涙の向こうの雫の世界は未だに失敗が積み重ねられているようだった。

「…そういえば貴方は誰なのですか」

話しかけるなと言っておきながら自分からは話しかけてくる金色の闇、まったく、勝手なヤツだなとナナは悪態を金色の闇へと向き変えた。

「あたしはナナ、ナナ・アスタ・デビルークだ」

「なるほど、プリンセスでしたか、見えませんね」

〘Failure〙

「失礼なヤツだな!あたしは第二王女だぞ!モモより偉いんだぞ!」

見てないことは分かっていても牙を向き咆えるナナ、視線の先の金色は小柄で、自身とよく似た背だった。

「…そんな第二王女がなぜここへ…これは貴方の仕組んだことですか?」

ペイっとラズベリーをヤミへ投げつけコツンと頭に当たる。ヤミは意にも介さない

「モモが姉上を兄上(仮)から取り戻して……あれ、えっと…なんて言ってたっけ……?」

長々とした説明だったのでロクに聞いてなかったナナ、聞いていたのは王室から抜けだして姉上のところに行く、というところだけだった。

視線の先の金色の闇は相も変わらず背筋を伸ばし、たい焼きを焼いていた。時折ピクッと揺れるバニーガールのうさ耳が、ナナには何だか金色の闇がホンモノのウサギのように見えた。

「人の話を聞かないことは良くありませんね…」

〘Failure〙

どのクチが、と秋人なら言ったであろう。

「だよナー!」

ププッと含み笑いながらテキトーに返事をするナナの頭には、ウサギが直立不動でたい焼き焼いてる………「植物食だけどたまには魚でもたべようかな、でも無理だからたい焼きにしよう(CV.ナナ)」って…プッ、だった。

「…誰がウサギですか、それなら貴方は犬でしょう…」

「ゲ!なんであたしの頭の中が分かったんだよ!」

「思った事は口に出さないほうが身のためですよ、プリンセス・ナナ」

金髪を腕に変身(トランス)させラズベリーを投げ返すウサギ、ギャン!…あ、痛くないんだった、と犬は鳴いた。

「…それに尻尾を咥えて遊ぶなど、貴方はどれだけ犬なんですか」

「ンなッ!やっぱ見えてたのかよ!」

「…ドアをロックしない貴方が悪いんですよ」

顔を真っ赤にしたナナはロックしてたぞ!お前が破ったんだろ!…そうでしたか?そうかもしれませんね、と続けた。ナナの言い分が正しかった。ヤミは前回の失望から反作用的に期待が膨らみ有頂天(トランス)状態だったのだ。むしろドアくらいですんで良かったのだ。ナナもヤミも知らなかったがこの電脳世界で一番厳重で強固であったそれはバックドアであった。

〘Success! おいしくできました〙

フッと口の端をゆがめて自慢気に笑い澄ますウサギ。その顔は背に隠れ犬には見えなかったが満足したのはよく分かった。

「ではたい焼きも出来上がりましたし…観劇へ向かいましょうか、」

振り向いてたい焼きを担ぎながら、わくわく、そわそわと浮かれるウサギ。その仕草、表情に犬はさっきまでの羞恥の気持ちが薄れ、計画が既に狂っていることに気づかない。

 

ヤミが偶然に投げた赤い果実(ラズベリー)GM(ゲームマスター)の一人であるナナに確かにダメージを与えた。もともとの計画ではナナは秋人に擬態する予定だったし、たい焼き83個も完成することはなかった。ヤミが秋人に死ぬような攻撃を加えることはない、ともう一人のGMは考えていた、ところがヤミはガーディアンを倒し続けた事でバグがおき本来、〘Level 1〙のままであったはずが〘Level 256〙となっていた。僅か一撃で瀕死となったGMは痛みがない世界故に気づかない。

 

そして全てに気づかない、気づいていないナナはヤミを案内してしまう。秋人を守護する楯となり、秋人を救う剣となる存在を――――…

 

それは世界の崩壊が始まる僅か、数刻前の出来事。

 




感想・評価をお願い致します。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

48 終わりゆくセカイ

49 不遜な魔王の舞台裏

50 たった一つのシンプルな理由

51 特性「非常識よ」《アブノーマルキャンセラー》

52 力、知恵、そして勇気

53 サマエルの囁き

54 (秋)人恋シスターズ


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difficulty 11. 『色のない、閉じた世界で【後】』

55

 

 

大魔王の城、奥の間。

 

〘ゴーリキ〙が置いていった(・・・・・・)転移アイテム〘キョーコの導き〙を手に入れた"勇者&武闘家&凶悪モンスター二匹不在パーティ"は二人の〘大魔王〙に対峙していた。

〘勇者〙と〘王女〙の後に立つ二人の〘大魔王〙。囚われのはずの二人は四肢は自由にされており、いつでも逃げ出すことができそうだった。

 

ララ、春菜ちゃん!と叫びたい声を飲み込むリト。それは二人の顔が、目が、いつになく真剣でまっすぐに自分に、まるで(とが)めているようで―――

「…じゃぁバトルを始めよっか♪…でもその前にぃ~リトくんは二人をどう思ってるんですかぁ~?」

〘大魔王キョーコ〙の隣に立つ赤いマントを纏った骸骨仮面の男。不気味なその人物は見たことが無いはずだったが、リトは纏う雰囲気を何処かで感じたことがあった。

「だからなんでお前に答えなきゃいけないんだよ!二人を返せ!」

「答えて、結城くん」

「はる…西連寺…」

「教えてリト」

「ララ…」

囚われの二人までも〘大魔王キョーコ〙の味方をするとは思わなかった〘花屋〙結城リトはゴクリと唾を飲み込んだ。見開かれる瞳が少しだけ揺れる、それはこのゲームの世界へ転移させられてからずっと感じていた、どこか落ち着かない気持ちそのものだった。

 

言ってしまえば、口を開いてしまえばもう二度と戻れない、立ち止まるリトに決意をさせるように〘勇者〙と〘王女〙の衣装が光り輝き、呼応した四隅の鏡が眩い虹色の光を放つ。暗黒の大魔王の城はいつの間にか厳かな聖なる教会へと変わる。赤い絨毯が敷かれた静謐な教会、聖壇は幻想的で圧倒的な美しい蒼のステンドグラスの光を浴び、流れる賛美歌もその雰囲気を強めている。リトの視線の先に立つウェディング・ドレスの二人の花嫁。百合の花の純白のブーケを持つ春菜。桃色の薔薇のブーケをもつララ。静謐な教会の聖壇の前にいる花嫁達の後には聖書を携える牧師ではなく、黒のタキシードに身を包む〘大魔王〙骸骨の仮面とマントを気取ったように脱ぎ捨てた秋人が立ち、ニヤリと悪く微笑う。大魔王役を辞めたつもりなのか、首元のボタンが止められておらず着崩されたそれは〘大魔王〙の不遜な態度によく映えていた。同じく傍らの〘大魔王キョーコ〙だけは姿が変わらず、とんがり帽子に水着のような下着のような衣。秋人と同じく大魔王役であったが隣の男の愛人にしか見えなかった。

 

並ぶ花嫁たちはゆっくりと、一歩ずつ踏みしめるようにリトへ歩み寄る。二人の横にはエスコートする紳士も父も()も居なかったがヴァージンロードを逆向きに歩く二人は、正に今から新たな関係を絨毯(みち)の先の〘花屋〙ではなく、結城リト(・・・・)と結ぼうとしていた。顔を覆うベールによって表情はうまく読めないが、その真剣さ真摯さはリトにしっかり伝わった。

〘大魔王キョーコ〙がもう一度指を弾くと姿を消える、代わりに教会内に観客たちが召喚される。ヴァージンロードを挟むように設けられた席に座る〘武闘家〙、〘魔道士〙、〘小柄なマント〙だけではなく、天条院沙姫や九条凛、藤崎綾の姿があった。突然転移させられたというのに観客たちは押し黙って挙式を見守っている。そこにはそれぞれ理由があった。

 

遂にリトの目の前に立つララと春菜。二人を交互に見たリトは掌を開き、ぎゅっと握り締める。ゆっくり瞳を閉じ、大きく開く。花嫁二人は瞳を俯かせ、それを眺めていた。

 

息を呑む。口を開く、声音は意思を正確にララへと、春菜へと

「…ララ、オレ、お前のコト……好き、かも、しれない。……でも、オレは、オレにはずっと好きだった人がいたんだ。」

「…うん。」

知ってるよ、と桃色の薔薇は

「でも、その人はオレじゃなくて違う、別な人が好きで…」

「…うん。」

頷くベールがまた揺れる。

純白の百合はゆっくり振り返り、元居た場所へと歩みを進める。一歩、一歩リトからゆっくり遠ざかっていく

「オレから見てもその、似合うっていうのか、ふたりが並んでるのが自然っていうのか…」

「うん。」

頷く薔薇はベールをまた揺らす。

ゆっくり遠ざかっていく純白の百合へ別れを告げるリト。賛美歌が美しい音を奏で続ける。視線は薔薇を捉えたままだった。

「だから、、諦める…………諦めるってそう簡単にできないけど、その…その方が、その人にとって一番いいんだって思うんだ…」

「うん…。」

優しいもんね、リトは、と薔薇は(わら)

「でも、その人の代わりにララを、って違うと思うんだ。」

「うん。」

そして真っ直ぐで

「だから、友達になってくれないか、ララ…婚約者候補とかそんなの関係無くして、一から、さ」

「うん、……うんうん!」

温かい気持ちになる。だから私はそんなリトの事が

「じゃあ、おっし、言うぞララ……さん。オレと友達になって下さい!」

「…うん!うんうんうん!ヨロシクね!リト!……くん!」

大好きなんだ。

 

真っ直ぐ真剣で優しい顔のリトにララは涙を一筋零して笑顔で答える。揺れで外れた(ベール)はふわりと風にのり、ララの笑顔をリトへ真っ直ぐ届ける。向き合う泣き笑いの顔たち

春菜の背後で結ばれる確かな友情の絆。ベールの下で微笑む春菜は晴れやかだった。

 

――――――おめでとう、ララさん…次は私の番…だね、

 

――――――ありがとう、がんばって!はるなっ!

 

秋人の目の前にゆっくり向かい立つ春菜。

 

百合の花嫁はベールによって表情が分からない。彼女を誰より知る兄である秋人でさえも。きっとこの場で分かっていたのはリトとララの二人だけだったろう。

 

春菜の心は澄み渡り、この場の誰より穏やかで、静かに、優しく、広がっていた。

 

無限に広がるその宇宙はあらゆるものを包み込み、春菜の躰に翼を生やす。

 

純白の翼を纏った純白の花嫁は文字通り花そのものだ。

 

「お兄ちゃん、ううん、秋人くん、聞いて…」

「…。」

「今までごめんなさい。本当にごめんなさい。…それから、ありがとう、」

「…。」

「私はお兄ちゃんの、秋人くんの力を借りなくても自分の恋を頑張れるよ、しあわせってきっと、たぶん、自分自身の手で掴まなきゃダメ…だと思うから、誰かに縋って、頼ってばかりじゃ…ダメ、だよね」

「…。」

「だから…私は、西連寺春菜は、もうお兄ちゃんを…西連寺秋人さんを頼りません」

「…そうか」

「うん。」

微笑む花は心底美しい。今までみたどんな花より可憐で、優しく魅力的で、それでいて永遠を思わせる純白の輝き。同じく花の前で微笑む秋人も同じくらいの輝きがあった。

「だから、聞いて欲しい、よ」

――ぞわりとした。鼓動が撥ねた。

「私は、貴方のことが好きです。この宇宙でいちばん。他の誰にも負けないくらい」

 

春菜の心に広がり続ける宇宙は冷たく明るい暗黒物質(ダークマター)を増やし膨張し続ける。それは光も、空間も、時間さえも生み出し、西連寺春菜をその世界の神とした。女神はその世界に一人の少年、すでに青年と呼ばれる齢の男を生み出す。その男を女神は何より愛し、大切にした。既に女神の半身となっていた男はその世界で自由に振る舞う。不遜にも生み出した女神の兄として…そして女神でさえも何をするのか分からない。いつも苦心しているのは女神だというのに文句ばかりをいう男、そんなところもまた女神は愛していた。

 

花嫁自ら(ベール)を取り払う。求められたから仕方がない、との免罪符を花嫁自らが切った。

 

熱っぽい潤んだ瞳を閉じ小さく顎を上げ来るべき瞬間を待つ。

 

兄だから、妹だからでもなく、友達でも、共犯者でもなく、応援するもの、されるものでもなく、神と創造物でもなく、一人の少年と一人の少女として、触れて、感じてみたかった、心地の良い関係を捨て去ってしまっても、ララとリトが踏み出した一歩のように、新しい関係を築く決意の一歩を踏み出し、共にふたりで、しあわせへと歩む、そっと秋人へと手を差し伸べるように――……

 

――春菜は秋人に唇で、熱を求めた。

 

朱い百合の花びらが一秒、二秒と時と共にキョリが縮める。それは絶対に元には戻らない時間とキョリ。不可逆なものだった。触れてしまえば、感じてしまえば、甘い毒に冒され女神でさえも無事ではすまない。もう目の前の男なしでは息さえも、鼓動さえも機能しなくなるのかもしれない、それでも……

 

すぐ近くに秋人の吐息を感じた。鼻先を同じく鼻先が(くすぐ)った。

 

そして重なる。いよいよ重なるその瞬間、春菜が感じたのは――――…

 

甘く、切なく、狂う惜しいほどの溢れる愛の熱ではなく、

 

――――――冷たく、硬い、無情の指の感触だった。

 

 

こんなのって、ないよ…

 

こんなもの、俺は望んでない。

 

 

秋人の恐怖さえも包み込んだ春菜の宇宙は静かにそっと、消えない火を秋人に灯してしまう。

それは春菜が身を寄せるごとに燃え上がり激しさを増していた。きっとこの場で気づいていたのは髪を後ろで一つ結びにした女だけであったろう。それにあとから、もう一人…

 

固まり、散っていく花びらと共に轟音が鳴り響き、大きく地が揺れ、二つの世界の崩壊が始まっていく。

 

崩れていく電脳世界では誰一人動けずにいた。亀裂が入り、空間が割れ、音を立てて崩壊していく教会、世界も、時間さえも止まり本当に作り物のように。

 

白百合の世界では愛した男に捨てられた女神が倒れ伏し動けずに居た。

 

瞬間、時が動き出す。突き動かしたのは【魔王】秋人。大きく思い切り突き飛ばされ背後のララもろともリトへ倒れこみぶつかったのは花嫁、〘勇者〙春菜。

 

ぺっと唾を吐く【魔王】の表情は侮蔑、嫌悪。邪魔だ、気持ちが悪いと唇が語る

「汚い顔を近づけんな、ウザいっての」

しっしっと手をふる邪悪な【魔王】

 

――――地獄って、きっと、こんなだ。そう思いながら目の前で繰り広げられる春菜ちゃんとそのお兄さんのやりとりを見てた。後ろから見える春菜ちゃんの表情はどんなものだろうと思う。きっと正面から見れば信じられないほどに綺麗で、きっと女神様か何かだとオレは勘違いするだろう。でもその女神様はオレじゃなくて、お兄さんが、秋人さんが好きで…

ずっと気持ちが繋がればいいと思ってた。もちろんオレと春菜ちゃんの、でも今は確かに繋がっている気がする。それはオレが望んだ繋がりじゃなかったけど、どこまでも爽やかで晴れやかで穏やかで、優しく、温かな気持ちにさせてくれるような繋がりだった。

女神様と出会ってそんな繋がりを結べた地獄なら、きっとそれは勘違いで、天国なはず………だった。たった今目の前でその女神様が鋭い剣で刺し貫かれる。吹き出した赤い血はそばで見守っていた者達全員を汚した。でも一番汚されたのは、辛いのは、悲しいのは、痛いのは、目の前のぶつかってきた白い背中だ。

 

「――――!!お前はッ!何を、やってんだよッッ!!!」

〘花屋〙は弾けたように咆える。自身の恋の終わりを嘆いて怒っているのではない。自身の大切な者が、春菜が踏み出した一歩を目の前の男は踏みにじったのだ。春菜の心の一番近くに居たはずなのに、それなのに傷つけ、抉って、唾まで吐いた。到底許せるはずではなかった。

「邪魔だし、ウザったいから突き飛ばしただけだ、妹のくせに気持ち悪い。不遇ヒロインのくせにカッコつけて生意気だ、気に入らない」

「なんだと!お前ッ!春菜ちゃんは!お前がッ!お前のことが好きなんだぞッッ!」

「そんなの知るかっての。もともとお前の事が好きだったんだよ【結城リト】【西連寺春菜】はそれを俺に乗り換えるとは、なんたる尻軽ヒロインか」

指を向けられるリトは全身から白い炎を吹き出した。それは決して比喩ではなく、押し黙って見守る観客たちの全員に見える程の激しい怒りだった。

「ッ!!!!!!!!!!大切にしなきゃ許さねぇって言ったのはお前だろうがぁッッ!!!!」

〘花屋〙は激しく睨みつけ叫ぶ、二人の花嫁を押しのけると役立ちそうにもない〘じょうろ〙を魔王に思い切り投げつける。【魔王】の額にぶつかったそれは鈍く重い音をたて額から一筋血を流させしめた。

「お前は最低だッ!最悪だッ!なんでお前みたいな奴が――――ッ!!!!!」

「…それ以上アキトを侮辱すれば本当に(・・・)貴方を殺しますよ、結城リト」

細められた赤い瞳が一瞬、強い光を放つ。今の今まで隠れ、動かず見守っていたヤミは遂に動き出す。【魔王】を守護するように立つ金色の闇。変身(トランス)させた金髪の刃はリトの首にそえられ、傷つけられた魔王と同じ血を流させていた。その雰囲気は誰も見たことがない程暗く、黒く、冷たかった。身に纏っているのはバニースーツではなく戦闘衣(バトルドレス)。殺し屋のものだった。

 

――――目の前の光景に既視感を覚えていた。どこかで体験したような、もしくは聞いたことのあるような…アキトらしくない振る舞い、妹大好きな兄らしくない悲しい暴力。……鬼の表紙絵!瞬間、天啓を得る。私は貴重な情報屋の………私だけの(・・・・)アキトを護るために動く、これ以上青鬼(・・)を泣かせるわけにはいかないから

 

チッ

余計なことをするヤミの背中を睨みつける。コイツはたぶん気づいてしまった。ホントにこのちっこいたい焼き少女は俺を困らせることしかしねぇな…もう脅されても本読んでやらんぞ。…ま、それももう無いことだけど

 

一歩、後ろへ下がる。誰も気づいた様子はない。

 

「ヤミ!どけ!なにやってんだよ!なんでかばうんだよ!ソイツは春菜ちゃんをッ!!春菜ちゃんを傷つけたんだぞッ!!!!分かってんのかよッ!!!!」

「…分かってないのは貴方の方ですよ結城リト。喧しいので汚い口を閉じて下さい」

「――ッ!」

リトは目の前で立ち塞がる闇にさえ怯えず、闘志を滾らせる。握られ続けている両拳は真っ白で最早血潮はそこにはなかった。

「リト!待って違うよ、きっとヤミさんは…」

席を立つ美柑の時間も動き出し、秋人はもう二歩後ろへと下がる。

 

倒れこみ、失意の春菜の目は暗く光を失っていた。……もう一歩後ろへ下がる

ララは春菜にしっかりして、はるなっ!と肩を揺すっていた、あと少し、と足を擦る

凛は厳しい目で俺を見ていた。その場所へと至る

 

そして地が崩れ、支えを失った躰は虹色の異次元空間へと堕ちていく。

遠ざかっていく春菜の目に光が宿る。何より強い意志の光が

「お兄ちゃんッッッ!!!!」

泣き叫びブーケを投げ捨て飛び込むように走る春菜が見える。

春菜に突き飛ばされ驚いた目で俺と春菜をみるララが見える。

声に振り向き大きな金の腕を走らせるヤミが見える。

片手を懸命に伸ばし駆け寄ろうと走る美柑が見える。

……凛は厳しい目を向けたまま動かなかった。

 

「結城リトッ!!」

「!」

異次元空間へ飛び込み、共に落ちようとする春菜の腰を掴むリト、よっしゃ!ナイスキャッチ!と微笑う

「ッ!離してッッ!!!お兄ちゃんがッッ!!!秋人がぁっっッッ!!」

「――ッ!西連寺ッ!ダメだッ!落ちるッ!」

「いいから離してッッ!離してよぉぉッッ!!!」

頭を殴らられても、腹を蹴られても暴れる春菜を離さないリト、流石は主人公だぞ、ともう一度微笑った

 

ポケットに手を突っ込み掴む。【デダイヤル】を取り出してそれを呼び出す。スイッチに指をそえる。ララからもらった【バイバイメモリーくん】押した者の記憶をこの世界に住む者から消し去るそれは、本来なら別な場面で使われるはずのものだ。ま、これも仕方ねーか、と嘲笑った

 

豆粒みたいになった春菜の黒髪を見る、白の小さな儚い煌き、こんな時でも付けている白百合の髪留め。バカめレースで覆ってたら見えないだろうし、意味もないだろ、ん?俺も服の下でマフラーしてるし、人のこと言えないか、寒いかもしれないだろ?向こうは、準備しておいて損はない!あとそんな顔すんな、お前の泣き顔は嫌いなんだ、泣き虫ヒロインめが、そっちはそっちでうまくやれ、兄離れをあんなかっこ良く皆の前で宣言したんだ。いつまでもピーピー泣いてじゃねーぞ、お兄ちゃんは笑顔の春菜が、俺の、いや違うな、ウチの【西連寺春菜】がいちばんカワイイ!!と思いますよ。

 

虹色の異次元へと落ちて、もう既に豆粒みたいに小さくなった秋人がスイッチを押す間際。春菜は見た。確かに見た。涙の向こうの唇が、好きだったぞ、と紡いだのを

 

 

――それはどっちとして…秋人くん、ずるいよ…お兄ちゃんはいつもそうやって…――

 

 

 

 

閃光。

 

 

白い、眩い、熱の無い、温かい光は世界に溢れ元へと還す。

――静かに広がリ続ける光の世界は無限に広がる可能性のようで…

 

こうして邪悪なる【魔王】は泣いた〘勇者〙によって退治され、世界に平穏が戻ったのだった。

 

 

 

 

演者達はそして幕を下ろした。観客兼役者たちの鳴り止まない歓声も、拍手もなく、ただいつまでも止まらない嗚咽と涙を残して――――…

 

 

 

56

 

 

しんしんと舞い落ちる雪は帰還者たちへと降り積もる。

 

冷たい雪がひとひら見上げる春菜の(まなじり)へと舞い落ち、既に濡れていたそこを溢れさせ道を増やすもう既になぜ泣いているのか、分からなくなってしまった春菜は、まるで映画を見終えたような虚脱感を胸に抱えたまま、立ち尽くし延々涙を流し続ける。見上げた瞳に映る、遠い鉛色の空からは止むこと無く白い雪が舞い落ち続け春菜の制服に薄く積もる、冷たく凍えるような氷点下の寒さ。吐く息は白く、躰に積もる雪も白、街も人も全てが……白……白……白……違う白だけど……先程まで温かな……でも哀しいことがあった場所にいた気がする、と春菜は思った。

 

――――そこはあなたの心があった場所だよ

 

頭に木霊する声、それはよく知る自身のものだった。

 

その意味さえも分からないはずの春菜は、感じる空虚感、翼を失った感覚にただ、うん、そうだったね、と涙を流して頷くだけだった。

止むこと無く舞い続ける小さな白い羽たちは、別け隔てなく降り積もる。一秒、一秒と時間が目視できるように落ちていくそれは、確かに時間が進んでいるのだと確信させ、同時に戻ることはないことを示している。それは春菜の唇に落ちて今しがた溶けた雪も同様であった。溶けてしまったその雪はもう元の空へと還らない。

 

春菜の大事なものだった髪留めはもう雪に覆われ見えなくなった。それほど時が過ぎ去っても春菜の時間は確かに止まっていた。世界のあらゆる法則が彼女に変化を伝えても、躰が冷えきってしまい震えて寒さを伝えても、周りの友人達が呼びかけても、、、

感じないのは当然だった。世界でたった一人きり、取り残されてしまった者には雪など降っていなかった、それは春菜にとっても同じ事だったのだから。

 

此方の世界ではもうすぐ日の出の時刻。薄明が積雪に反射し街灯がなくても明るい。それでも雪の降っていない街がそこにはあった。この世界の何処かに。

 




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【 Subtitle 】

55 泣いた花嫁

56 無色の粒降り頻る世界で



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difficulty 12. 『日常の祈り子』

57

 

 

ピッ!ピッ!ピピピッ!ピピピッ・・・!

 

カチッ

 

「んー……ふぁあ……おはよ…」

 

夜が明けた。朝になった。

 

口を隠しながら伸びをして起きる。現在の時刻は午前5時。デジタル時計は正確で無情に夢の中に居た私を呼び起こした。マロンは既に起きていて、エサ箱を咥えてこっちにトコトコ歩いてくる…――――カワイイ。ナデナデしよう…動物って癒される、アニマルセラピーっていうものがあった気がするけど、わかるなぁ。ヤミちゃんと一緒に猫ちゃんにミルクを上げる時も指を舐めてきてカワイイ。ヤミちゃんも猫ちゃんに似てる気がする…言うとムスっと「…貴方も私をネコ扱いですか、似てますね」って怒るけど………あ、午前5時13分。いいかげん顔洗わないと…

 

起きて顔を洗って身支度を整えたら今度は食事の用意をする。

 

ふんふんふふふ~ん♪

 

不意にこぼれる鼻歌。いつもの朝の日常、毎朝作る卵焼きには、ほんの少しの出汁とすり潰した緑黄色野菜を隠して混ぜ込む、うん、出来あがり…あ、と気づく

 

「はぁ、また作りすぎちゃった」

 

テーブルの上には幾つもの料理たち、ぱっと見ても5品目はある。一人で食べるにはどう考えても作りすぎだ。

 

「……何やってるんだろ、私…」

 

もう一度溜息をついて頬を掻く、卵焼きのカロリーは高い。一人で食べると大変なことになっちゃう

 

「お弁当にいれよ…」

 

今日もまたお弁当に黄色の卵焼きが加わった。

 

マンションのエントランスを出ると、ゆらゆらと舞い落ちている雪、かざした手の上で溶ける

 

「また雪…」

 

見上げた空へはぁ、ともう今日何度目かの溜息、私は雪が好きじゃない。子どもの頃は好きだったけど、今は白くて好きじゃない。すぐ溶けて濡れてしまうのも好きじゃないし、白いところが何より好きじゃない、好きじゃない。好きじゃない。

 

「もう少し早くウチを出ればよかったな…」

 

傘をささずに通学路を走る、多すぎる朝ごはんをなんとか食べ終え、お弁当に詰めていたら遅くなった。お弁当二つは走るのに少し邪魔になった。

 

昼になった。

 

ララさんと机をくっつけてお弁当をつまむ

 

「わぁ!春菜のお弁当はいっつも美味しそーだよね!」

「ありがと、ララさん。食べる?」

 

鞄から青い弁当箱を取り出す。

 

「うん!…でもいいの?」

「もちろん。はい、」

「アリガトー!……えっと、春菜」

 

ララさんが手にしているそれはどう見ても男の人用の弁当箱だった。

 

「うん?」

「その…お兄ちゃんの事…思い出した?」

なぜかビクリと肩が震えた。

「…お兄ちゃん?ララさんの?」

「ううん、私達(・・)の」

「私は一人っ子だし……ララさんにはモモちゃんとナナちゃんって妹が居たんじゃなかった?」

「うん…そうなんだけど…、ゴメン。なんでもないよ!」

「そう?…ヘンなララさん」

ヘンだったのは私の方だったのかな、ララさんは悲しそうな顔をしていた。

 

夜になった。

 

私は寝る前に日記をつける。と言ってもまだ二週間しか経っていないけど…

 

「今日の朝ごはんは、揚げ出し豆腐と卵焼きと……」

 

日々の献立、私の部屋には料理の本がたくさんある。肉料理に付箋が張られていることからたぶん肉料理が好きだったんだと思う。……自分の事なのに知らないことみたい、ヘンなの。ヘンと言えば「野菜がニガテなお子様にダマして食べさせる24の方法」という本もあった。私は野菜が好きだし、おかしい。知り合いに野菜が嫌いな人でもいたのかな、よく読み込まれたその本はボロボロになっていた。

 

「えっと、最後に今週、結城くんに体を触られた回数は…お尻1…胸…3」

少し、いや、かなり恥ずかしいけど思い出して数える。それは"誰か"に報告するみたいに……わざとじゃない結城くんの転倒に巻き込まれてその……あんな事になってしまう、恥ずかしい。恥ずかしいよお兄ちゃん(・・・・・)

 

「うん?…私、いま"お兄ちゃん"って…?昼間のララさんの話にでてた人、かな…?」

 

なんだか怖くなってしまい、急いで書き終え日記を畳む。

 

「…。」

 

机の脇に置かれた鏡を眺める

 

「…わたし、なんでまた泣いてるんだろ」

 

パジャマの裾で涙を拭う。寝る前に必ずこうして泣いている気がする。広すぎるこの3LDKは親が私に彩南高校へ通うために借りてくれたもの。一部屋は両親が泊まりにきた時の為に用意されたもの、二部屋目は私の部屋、もう一部屋は物置。物置の筈のその部屋には私が読んだことのない漫画が置かれている。生活感があって怖いから入らない。でも入りたくなる、オバケが大のニガテな私がそんな事になるのはヘンだ。今までヘンな事ばかり起こっていた気がした、最近は日々平穏。ヘンなことなんて結城くんが転んで女のコたちがあんな事になるくらいしかないのに。

 

「……寝よう」

 

電気を消して、布団に入る。たぶん明日も、そのまた明日も。こうして日々が続いていく。何にもない平穏な日々を続けていく。季節はもうすぐ春になる。私の名前の一部にもなったその季節、出会いと別れの季節、春。個人的には秋の方が好き。夏の終わりは少し切なくて、それでも秋の紅葉は綺麗で…お月見やハロウィンなんかもある。半袖に飽きて洋服もオシャレなものが増えるのも楽しい。でもそれが春からは遠くて…、夏と冬に挟まれる秋はその二人に獲られれちゃったみたい…――――ね、おにいちゃん。。。

 

いつの間にか意識を手放した私はこうして眠りの海へ落ちていった。

 

 

58

 

 

「沙姫様、少しお時間を宜しいでしょうか」

「ええ、構いませんわ」

「…申し訳ありません。失礼致します」

 

2-Aのドアを開けて出て行くポニーテールを見つめる沙姫と綾。行き先は告げなかったが二人にはその場所が分かっていた。

 

「このままでいいんでしょうか、沙姫様…」

「……良いワケがありませんわ、綾…まったくあの下僕。どこで何をしているのやら」

 

腕組みをしてギイっと背もたれにより掛かる天条院沙姫。せわしない朝のSHR前にこうしていつも凛は出て行く。それはまるで迎えにいくようで…――――

 

「はい、心配です…」

 

横に立つ綾は眼鏡をくいと上げた。

 

「下僕の事など、これっぽっちも心配ではありませんわ、心配なのは凛の方です」

「え"…沙姫様…それは少し酷いですよ…」

「心配してなどいませんが凛の為、仕方なく天条院グループが総力を上げて世界中をさがしています。そのうち見つかるでしょう」

「それって結局心配してるんじゃ…」

「…下僕とは言え私が捕獲したのですから、責任もって管理するのは当然ですわ」

 

沙姫は机に頬杖をつくと視線を外へと向けた。外では雪が舞い落ち続けている。こんなに寒いのに恋する武士娘には関係ないのだろうか、屋上でまた一人、今もぼうっと外を眺めている親友に思いを馳せる沙姫はやりきれない気持ちで唇をきつく噛んだ。

 

 

59

 

 

「…。」

 

『雪の降る街。』『白く染まる街。』『春がまだ来ない街。』――――駄目だな、どれも似た同じ題名だ。

 

私は目の前の風景に題名を付けようと頭を働かせていた。沙姫様のようにセンスのある題名をつけることは難しい。

 

手に持つ竹刀を握りしめる。難しいのは剣の道も同じ、心技体。この3つのバランスで成り立っている。幼い頃から始めた剣道は心も、技も、体も、一人前にしてくれたように思う。まだまだ足りない部分も多いが、そういう足りない部分を見つけることが大切な事だと、師は言っていた。

 

「…。」

 

秋人は春菜を選ぶと思っていた。あの結婚式で結ばれる二人を黙って祝福するはずだった。この恋が敗れてもかまわない、と。秋人が幸せになれるのであれば、敗者は黙って去るのみだ。それに秋人がこちらへ来てから一番傍に居て支えたのは私だ。春菜もそうだったかもしれないが、真実、彼のことを識りその手をとって迎え入れたのは私だという自負がある。そういう意味では、この胸にある切ない気持ちは恋だけでなく、家族を思う愛情もあるのかもしれない。出来の悪い弟を心配する姉のような……そういう気持ちだと思う。そしてその絆は私だけしか紡げない私だけのものだ。だから、それでいい。それだけで充分だ。

 

「――。」

 

誰も居ない屋上で呟く。結局秋人は誰も選ばなかった。春菜があっさり踏み越えた壁を越えられずに、あろうことかあんな馬鹿な真似をして結城リトに託して消えた。私に何の相談もせずに……。格好つけていたようだったがまるで格好良くない。B級映画「キラーなまこ」並にシュールなシーンだった。

 

則天去私(そくてんきょし)。気分を変えるように竹刀を振るう。ビュッと空気を斬る音がする。二度、三度と振るうにつれて嫌な気持ちが剥がれ落ちていく、十度振るう時にはもう既に心の乱れは無くなっていた。

 

踵を返して屋上を後にする凛。その背はしっかり伸びていて本物の武士のようだった。

舞い落ち続ける雪だけが令嬢の呟きを聞いていた。

 

――私を選んで欲しかった

 

その本当の気持ちを

 

 

60

 

 

「結城さん!僕と付き合って下さいッ!」

「…うん、いいよ」

「クソ!やっぱり駄目だったか・・・・・えええっっっ!???」

C組大好くんは酷く驚いて顎が外れたみたいに大口を開けている。そんなに驚かなくてもいいのに。イケメンが台無し

「ほほほほホント?」

「うん。」

「やったーーーーーッ!みんなー!やったぞ俺はーっっ!」

「「「……。」」」

 

後ろの応援に来た男子達は嫉妬した目でヒソヒソと滅殺だとか撲殺だとか呟いているみたい。美柑イヤーは地獄耳。なんだソレ

 

「それじゃまた明日。」

 

騒ぐ男子をおいて場を立ち去る。何もかもがどうでもいい。たぶんあたしは間違った。あの時モモさんに差し出された知恵の実を取るべきでなかった。結城美柑は柑橘系だ。果実が果実を収穫すべきじゃなかった。ちゃんとオレンジ色に熟して甘くなって、それから食べてもらうべきだったのに。未熟なままで他の果実と混ぜ合わさって100%じゃない蜜柑ジュースをあの人に飲ませようとした私への罰。秋人さんを試そうとした未熟(・・)な若妻への罰だ。

 

舞い落ちる雪を見上げ口へ含む。味なんてしない。美柑テイストは地獄味なのに。なんだソレ、あ、ジゴクの味ってコト?

口を開けて見上げることに飽きて次はリトへの罰を考える。やっぱり"ねりからし一本"だけじゃ駄目だ、"タバスコ"も使おう、美柑テイストは地獄味だから。

 

きっと秋人さんは還ってくる。良妻はその間、自分と関係者各位に罰を与え、そして愛する夫を優しく迎える。おかえりなさい、あなた、美柑はお待ちしておりました、と優しくハグ。そしてその夜は激しく燃え上がるように愛し合う、そう、ソレよ!ビシッと突き出したその指は乃際真美ちゃんの目に刺さった。「ぎゃああ!めがあああ!めがあああ!」と叫ぶ真美ちゃん。いつの間に居たのかな……不幸なコ。

 

ズボスッと刺さっている指をズブスッと引き抜く美柑。もう一度乃際真美は「ぎゃあ!めが(略」と叫んだ。木暮幸恵は「あ、コレもリトへの罰に追加しよう、美柑フィンガーは地獄指…フフッ」と呟き嘲笑う美柑に「ああ、こりゃ明日も多分雪ね、可愛いニーハイどこで売ってるんだろ?たまに美柑ちゃん履いてるのよねー」と関係ない感想を一人呟いた。

 

このように今日も美柑の周りは(おおむ)ね平和だった。

 

 

61

 

 

「らっしゃいませー、あじゃじゃしたー」

「コラコラ、まだあたしゃ来たばっかだぞー、ユイっち♪」

「だーれがユイっちよ、ハレンチな」

「なんだかやさぐれてるねェー、おねぇーさんに話してみなよ?」

「ウルサイ。なんでもないわよ」

 

ファーストフード店のレジカウンターでやる気のない古手川唯。いつものようにハキハキと口うるさくない彼女はツンでもデレでもなくダレていた。彼女の無気力さのせいなのか、夕暮れの店内には籾岡里紗以外の客はまばらで、閑散としている。

 

「ふ~ん、失恋かぁ」

「んなっ!なんで分かったのよ!?」

 

バンッ!とカウンターに手をつき顔を近づける唯。そのおでこを人差し指

でつんと弾いた里紗は

 

「だってアタシの友達もそんなカンジだからサ、」

 

みんな同じよねぇー、と微笑った

 

「ハァ、こんな時どうすればいいのよ教えなさいよ」

 

深々と溜息をつき俯く店員

 

「あらやだ、上からだわこのコ」

 

カウンターに頬杖をつく里紗はトントン、と"チーズバーガーセット"と書かれたメニューを指で叩く

 

「――――ウルサイ。」

 

目の前の店員に仕事をする気はないようだ。

 

「そーねー、で?お相手はダーレだっ♪」

 

フッと気だるげに微笑う里紗は注文を諦め、目の前の赤い制服に身を包む強情っ娘と恋バナに興じることにする

 

「…言う必要があるわけ?」

「そりゃあるわよ~タダで相談乗ってあげるんだからサ♪」

 

チラと後ろの店員たちを見ると苦笑いをしながら手を合わせ里紗に謝っている。彼らも苦労しているようだ。里紗はそれに片手を上げて応じた。

 

「…A組の結城君よ」

 

ボソッと俯いたまま唯は呟いた。

 

「ふ~~ん、そりゃよかった」

「何が良かったのよ……なによ、やっぱり貴方、馬鹿にしに来たんじゃない…」

 

涙目でジロリと唯は目の前の里紗を睨む

 

「だって、おんなじ相手に失恋してたらいやジャン?」

「なによそれ」

「なんでもなーい」

 

里紗は後ろの店員たちにウインクすると、ぐすぐす泣き出した唯を指さし、その指を流れるように出口へと向けた。店員達はその意図を察し、指でOKとサインを送る。この日、古手川唯は籾岡里紗にこうしてテイクアウトされた。里紗は「これで貸し3だねー。オニイサン♪」と呟いたが持ち帰られている唯には何のことか分からなかった。翌朝、彩南高校の制服を店に忘れた唯が店に里紗と走ったのは余談である。

 

 

62

 

 

眼下で眠るお兄様……を騙る男を見下げる。

 

(またが)っている私はこの男が嫌いだ。理由はいくつかある。

こうして婚約者候補ではなく家族になってデビルーク統治の一員となろうとする男は多かった。それは第一王女のお姉様を標的にするよりは私やナナと言った一番ではなれないけど二番目、三番目にはなれるといった確実な負けを選択して安定的な地位を望む。そういう狡猾(こうかつ)な男…山ほどいたそういう男は全員お父様が文字通りに叩き潰してきたけれど。

この男はそれをすり抜け私達ではなくお姉様に取り行ったよう。純粋無垢なお姉様に取り行った男…西連寺秋人を罰してやろうと思っていた。―――のに

 

「ああっお兄様♡んむっ…」

 

私は愛しのお兄様に首筋に舌を這わせ、耳たぶを口に含む。甘美な味。お兄様の躰はまるで全身が蜜でできているのではないかしら

 

「…。」

 

眠り続ける愛しのお兄様の躰が少し震えて官能を伝える。こういう舌の動きが良かったらしい。メモメモ

耳を舐めながら手は下へと向かう…ゆっくり、ゆっくり…

 

「…♡」

 

ちゃんとできているみたい♡やっぱり恋愛ゲームは偉大♡銀河ネットサーフィンで得た知識は無駄ではなかった!ウフフフッ♡といけない笑いが零れちゃう。このゲームは負けるわけにはいかない。私の楽園(ハーレム)計画実現への第一歩。ようやくその一歩を踏み出したのだから……え?なぜこんなことになってるかって?いいでしょう!それでは説明しましょう!

 

Session.1『はじまり』

 

「「お兄さまぁ?」」

[そうです。ララ様にお兄様にしたいお相手ができたと]

ザスティンさんとお父様の通信を盗み聞きする私はお父様、ギド・ルシオン・デビルークと同じ言葉で返事した。

「婚約者候補じゃねェのか?」

[ハイ。]

(ふむふむ)

「兄ねぇ……強ェのか?ソイツは?」

[いえ、婚約者候補の結城リト殿と同じく地球人ですので…]

「何だソリャ、じゃあ却下だ」

(却下です♡)

[しかし金色の闇と繋がりのある情報屋との報告もあります]

「……ヘェ」

[しかも金色の闇自身が護っているようです]

「そうか、まァ一応考えといてヤルよ」

[了解です。]

(あら、意外な展開…)

「じゃあな、また何かあったら通信よこせ」

[了解です。では]

…プツンッ

 

ふむふむ。私の方で調査しましょうか、ザスティンさんて抜けたところありますし♡

 

 

Session.2『結果報告』

 

調査結果は最悪。全く純粋・純情・真面目さがない。おまけにセクハラが好き、とあった。サイアク。お姉様の婚約者候補のリトさんの爪の垢を煎じて飲ませて差し上げたいくらい。だけどお姉様に気に入られていて、その他の女性も密かに想いを寄せているみたい。お姉様は第一王女。そのお姉様が押し切れば本当に家族になってしまう可能性がある。早めに排除しておきましょう。

 

Session.3『深みへ嵌まる』

 

セリーヌちゃんによればリトさんは植物にも優しい殿方らしい。植物と心を通わせる私と気が合う。今もこうして花へ水をやるリトさん……笑顔が可愛らしい。ああ、なんて調教しがいのありそうなお方…いけない、涎が…そうそう、ナナに今日の『王室の礼儀』という授業を代わってもらった。ナナったら最初に必ずチョキを出すんだから、お・み・と・お・し♡そして私は部屋をぬけだしてこうして地球へやってきた。だって報告書だけじゃ本当にどういうお方かわからないもの。調査対象はまだ家。だからリトさんを見物にやってきた。同じ植物を愛する者として気になったから、お姉様はまだ射止めていない。なら私にもチャンスがある…。ウフフ、いけない、そろそろ調査対象のところへ行かないと…

 

Session.4『さらに深みへ嵌まる』

 

遅い。せっかくこうして――――――

 

――――――…あ、

 

「んむっ…」

 

お兄様が寝返りをうってしまって、説明中断。そのまま抱きしめられてしまう。…し、し・あ・わ・せ♡

いけないですよ、お兄様…私はリトさんが好きなのに……リトさんだけのモノなのに…あ、硬いのが…ダメぇ…これではゲームオーバーになってしまいますよぅー…♡

 

「んー♡」

 

ぐりぐりとナナがやっていたように胸に頭を擦り付ける。ナナったら動物好きが高じて動物になってしまったのかしら、と思ってたけどこうしてみると案外心地いいのね

 

「…何をやってるんですか何を」

「きゃあ!あっ危ないでしょう!」

 

感じた殺気に跳ね起きる、ドスドスドスッ!と私が居た場所に鋭く突き刺さる金の刃。危ないでしょう!ともう一度叫んだ

 

「…食事の時間ですから」

「え?もうそんな時間ですか?」

 

では交代、と私はヒョイと掴まれポイッと放り捨てられる。

 

「も、もうチョットだけ…」

「…ダメです。」

「…い、いいじゃないですかぁ~ヤミさぁん」

「気持ちの悪い声を出さないでください。気持ちの悪い。食事の邪魔です」

 

たい焼きをお兄様の枕元に供え、手を合わせ祈るヤミさん。…それじゃ死んじゃってる人みたいじゃないですか…

 

ヤミとモモ、秋人の三人は未だに"とらぶるくえすと"の中に居た。ここは崩壊したはずの魔王城の一室。豪華な天井付きベッドに秋人は横たわっていた。ヤミはモモと同じく電脳世界に出入り自由になってしまい、こうしてモモの邪魔をしている。ヤミにとってはモモが邪魔をしているのでどちらも同じことだったが。崩壊したはずの電脳世界が何故このように無事だったのか、それは――――

 

「ハァ、ヤミさんをナナに任せてしまったのがそもそも計画が狂うはじまりだったのね…」

 

今は伝道師(ナナ曰く)の家で寝泊まりしている双子の姉を思う。え?どうしてこんな事になってるかって?いいでしょう!それでは説明しましょう!

 

「…無駄に長い説明は止めて下さい。貴方がアキトを独り占めしたくてこうして閉じ込めている。アキトは異次元へ落ちた影響で眠り続けている。記憶消去の発明品は失敗していた、西連寺春菜にだけは効果があった。でしょう」

「うっ…」

いそいそとホワイトボードを用意していた私は背で語るヤミさんに顔を引き攣らせた。手に持つペンがポトリと落ちた。

「…それで、いつ目が覚めるのですか?」

「…分かりません、」

 

お姉様ならなんとかできるかもしれませんけど…私はくせっ毛を指で絡ませながらそれに答える。ヤミさんは相変わらず祈り続けていた。

 

「…。」

 

表情は読めなかった。

 

「…ヤミさんはお兄様をどうしたいんですか?」

「……分かりません」

 

こうして二週間以上毎日祈るヤミさんについに尋ねる、なんとなく今まで聞けなかった

 

「起きて帰ってきて欲しいんじゃないんですか?」

「…アキト自身がそうしたいと思わないとダメな気がします。」

「分かるんですか?」

「…なんとなく、ですが」

「なんとなく、ですか…」

「…。」

 

そっと瞳を開くヤミは目の前のアキトへ想いを馳せる。同じ異邦人として、本当の家族が居ないものとして、ヤミは正しく見抜いていた。アキトは家族が欲しかったのだ。自身のことを何にも知らない西連寺春菜と本当の絆を繋ぎたかったんだろう。それが男女としてのソレなのか、兄妹としてのソレなのか、ソレはヤミには分からなかったが。

 

このまま眠るお兄様をお姉様方に会わせても良いことはないでしょう、とモモは言った。それはヤミも思うところであったので二人の利害は一致した。だからこうして眠るアキトは魔王城で優しく(?)保護されている。

 

もう一度瞳を閉じて祈る。ヤミの漆黒の戦闘衣(バトルドレス)はこの時ばかりはその表情も相まってのように神聖な修道女のようにモモには見えた。

 




感想・評価をお願い致します。

2016/04/25 文章構成改訂

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【 Subtitle 】


57 孤独な悲願の行く末

58-59 斬り捨てられない想い

60 空想を舞う地獄翼

61 踏み倒された貸し三つ

62 黒きマリアの祈りしは



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Final difficulty 『舞い降りた"✗✗"』

62

 

 

「やっぱこのままじゃ良くないよな」

 

唇を真っ赤に腫れ上がらせているリトはララに言った。心なしか体全体も赤い…すこしふっくらとしている。

 

「うん…。」

 

「なんとかしなきゃ、」とララはペケを抱きしめてそれに答える。リトの様子にあまり違和感がないらしい。

 

あの崩壊した電脳世界から一ヶ月以上が経った。

 

彩南高校も春休みに突入し、新学期が始まるまであと数日と迫った昼下がり……結城家でいつものように『激辛(カルマ)コース~ジゴクの料理人、結城美柑の気まぐれ赤く燃え上がれ地獄の業火辛味尽くし(リト専用おしおきスペシャル)~』を平らげたリトがえづきながら零したその言葉は胃の具合も勿論含んでいた。

 

ちなみにララも一口食べたがなんともなかった。そして美柑とララは豪華に毎日すし(出前)をとっていた。―――リトの小遣いで

 

「何か方法は無いのかよ?」

[難しいですね、異次元とは別の可能性の世界も含んでいますし、その中へ落ちたら普通見つかりませんよ]

 

ペケは生み出したララの代わりに答える。ララも同じ意見だった。まさか見つけ出され妹と同衾しているなどとは夢にも思わない。

 

「でもなんとかしないと…」

 

ソファで向かい合っているララは足を崩した。短いスカートから覗く薄緑色の下着に瞳を泳がせ頬を赤らめるリトだったが、もとから赤かった為にララにはバレなかった。

 

「こんな時にえっちな事考えるってどうなの?リト…」

[やっぱりララ様、一から関係をもう一度考え直しませんか?]

 

美柑とペケにはバレていたようで侮蔑の目で見られるリト。ジトッとした目の美柑には昨日うっかり洗顔クリームを風呂場に持って行った時に着替えを見てしまい、そりゃあもうひどい目にあったのだった。

 

―――でもまさか買ったばっかの洗顔クリームが全部顔に塗りこまれて、

 

『アンタ目ついてんの?また美柑フィンガー喰らいたいの?それともそれは飾りなの?ペンで書いてるんじゃないの?汚れは落としてあげるゴシゴシっとねゴシゴシゴシゴシ…』

 

と洗顔されるとは思わなかった。

 

おかげで顔の脂がごっそりとれた、イタイ…そこまでしなくても……西連寺のお兄さんのことは悪かったと思ってるよ…はぁ、昔は…子供の頃は一緒にお風呂に入ってた美柑が成長してから別々になって、大人っぽくなっていって、下着もクマとかアニメのプリントじゃなくなって、そんな美柑があんな…あんな紐みたいなパンツ…

 

「…。」

 

なに思い出してんのよ、とジトッと睨みつける美柑。その頬は紅潮している。おそらくリトが考えている事をしっかり見抜いたのだろう。リトはぶるりと震え「うぅ…胃がイタイ。」と、このところの食生活を振り返り呟いた。

 

 

ララは

 

「じゃあ特製の暗黒物質(ダークマター)クッキーをつくるよ!」

 

と更に胃を混沌へと陥れる兵器を投下させるようだった。もしかしたら内心怒っているのかもしれない。「オレの安息はどこへ……」と黄昏るリトだったが、今は昼下がりで黄昏れ時にはまだまだ時間があった。

 

こうして今まで"記憶を失っている"春菜に気遣い水面下で動いていた秋人捜索&救出が公に浮上した。

 

 

63

 

 

そんな昼下がり、"記憶を失っている"春菜は――――

 

「春菜、君は本当に覚えていないのか?」

「何をですか?」

 

テニスコートの隅、ベンチに座った凛は練習に打ち込む春菜に問いかける。空は青く澄み渡り雲一つない快晴。吸い込まれそうな程の群青だった。

 

「兄…西連寺秋人の事をだ」

「…私にお兄ちゃんなんて居ませんよ、西連寺、秋人って誰ですか?」

「…そうか、ならそれでもいいんだが…いや、実のところ覚えてる、覚えていないは何方でも構わないんだ。」

「なら、どうして聞いたんです…かッ…!」

 

バコォンッ!!―――テニスボールがコートに叩きつけられ快音を響かせる。

 

春菜と凛しか居ないテニスコート。春菜は黙々とサーブをコートに叩きつけていた。薄緑色のハードコートには無数の黄色いテニスボールが散らばっていた。それもそのはず、この日は練習が漸く休みとなっていて、部員は一人もいない。早朝から独りで練習に打ち込む春菜は長い時間をコート上で過ごし汗を流していた。

 

「…その髪留めをいつもしているな」

「…。」

 

トンットッ…トンットッ…とバウンドさせ春菜は次のサーブを打つ準備に入る。繰り返しのルーティンは意識を集中させ、迷いを閉めださせる為のもの。(しな)る身体から繰り出されたスライスサーブはギァンッ!と摩擦音を響かせバウンドして切れるように"対戦相手"から逃げる。スライスサーブはフラットサーブとほとんど同じ軌道で飛ぶが、打ち返しても、相手の位置はコートの外。次のショットで相手を追い込むことができる有効的なサーブ。春菜のシュミレート通り"対戦相手"は先ほどからこのサーブを拾うのに精一杯だった。

 

「…私が嫌いになったかな?」

「…何の事ですか」

 

次のサーブへの準備へうつる春菜。積まれたボールを手に選び取ると同じルーティンを繰り返す。腰を低くし、ボールをバウンドさせる。繰り返しのルーティンは確かに春菜から"ある人"を締め出していた。

 

「無駄な希望を抱かせてしまったからだ」

 

バコォンッ!!!――――サーブはコートに正確に吸い込まれる。

 

"対戦相手"は先ほどから春菜のサーブに対応できていない。容赦なく春菜は同じ行為を繰り返す。

 

「…そんな希望なんて持ってません」

 

先ほどから春菜は凛を一瞥もしていない。

 

コート脇に置かれたベンチに座る凛は春菜の横顔を今までずっと見つめて話しかけているのにも関わらずに、だ。

 

「…そうか、ならば仕合で決着をつけないか?」

「…仕合?…剣道で、ですか?」

 

トンットッ…トンットッ……――――春菜はボールを跳ねさせる繰り返されるルーティンワーク(・・・・・・・・)

 

春菜の汗がコートへ落ちて弾ける。春初には冬の寒さがまだ残っていた。

 

陽気は安定していない、温かい日差しに冷えた空気。春菜と凛が居る屋外は心地の良い肌寒さがあった。それは身体を絶えず動かしている春菜にとっては、だったが。

 

「まさか、ここはテニスコートだ。それに初心者相手に私が遅れをとるはずがないだろう…勝負にすらならない」

「…それはテニスでも同じことです…ッ!」

 

バコォンッ!!!!――――サーブは硬いコートに狙い通り叩きつけられる。またも"対戦相手"は対応できていなかった。

 

「こう見えても沙姫様のテニスのお相手も務めることもある。武道やガードマンにだけ通じているわけではないよ…それで?受けてもらえるかな?」

「…。」

 

春菜の意識にいた"対戦相手"がコートに立ちその姿を現す。羽織っていた黒のトレンチコートを脱いだ凛がラケットを手にネットの向こう側へ立つ――――それは先ほどから居た"対戦相手"と同じ場所。同じ人物だった。

 

「…いいですけど、手加減できませんよ」

 

春菜はルーティンを止めようやくリストバンドで汗を拭う。それでも額の汗は拭えないほどだった。またコートに雫が落ち、弾けた。

 

「構わない、負けた時の言い訳にでもされたくないからな」

 

ラケットを手でポン、ポンと弾ませ不敵な笑みを浮かべる凛。それは春菜が締め出していた"あの人"が浮かべるそれによく似ていた。

 

「…随分と余裕ですね、もう勝った気ですか?」

 

腰を低くし、繰り返していたルーティンに戻る春菜。もう一度"あの人"を締め出すことにうつる。弾むボールは正確に春菜の手に返り、またコートへと、を繰り返し、

 

「勝負はイメージが大切だ。負けると思っていたら本当に負けてしまう、佐清コーチに教わらなかった……か、なッ!」

「……――――!」

 

パキャアッン!!!…――――春菜の真横に叩きつけられるボール。

 

打ち込まれたサーブはバウンドして、まっすぐ伸びた。キレのいいフラットサーブはよく伸び、バウンドしてからの推進力で重く、返すのが厳しい。春菜は思わずルーティンを止められてしまう。

 

「ただ仕合うのはつまらないな……勝者には商品を用意しようか、秋人でいいかな?」

 

凛は次のサーブに使うボールをラケットで拾い集める。

 

「…お兄ちゃんをモノ扱いしないでくれませんか?」

 

その様子を厳しい目で見ていた春菜は手で弾ませていたボールをポケットへと収めた。

 

「…心配せずとも九条家は豊かだし、肉料理も毎日用意できるから秋人もその方が幸せだろう」

 

望む言葉を引き出せた凛は少しだけ微笑んだ。

 

「野菜も食べさせないと栄養偏りますよ、それに九条先輩は卵焼き、作れるんですか?」

 

先ほどとは逆に、今度は動かない春菜がコート上を動く凛を眺めていた。

 

「ああ、和食全般は得意だ」

 

対する凛は薄緑色のコート上に散らばる黄色いボールを選び、隅へと放る。

 

「どうやってお兄ちゃんに野菜を食べさせる気ですか?」

 

凛の揺れる長い一つ結びを眺めながら問う春菜。自身も料理の時になぜか(・・・)髪を一つ結びにするが、あまり意味は無い気がする、と常々思っていた。

 

「ジュースにでもすればいいのではないか?」

 

一つ一つ流れるような動きでボールを片付ける凛。天条院家に仕える九条家の一員としてあらゆる事に通じている凛はこのような雑事はお手のものだった。

 

「…そんなことしてもお兄ちゃんは飲んでくれませんよ」

 

それは春菜にとっても同じ事、兄の世話はずっと春菜がしてきたのだから

じっと見つめ続ける凛の麗しい横顔やスキニーデニムで輪郭がはっきりとした長い脚。"あの人"は脚フェチだということを妹たる春菜は密かに知っていた。

 

「そうか、ではどうすればいいか教えてくれないか?」

 

コートに散らばっていたボールを片付けた凛はようやく対戦相手に目を向ける。

 

「…九条先輩には教えません。」

 

真っ直ぐ顔を見つめ、宣言する春菜。

 

「では私が勝てばそれを教えて貰う。春菜、君が勝てば私は秋人を差し出そう」

 

同じく静かに見つめ返す凛。

 

「…お兄ちゃんはもう九条先輩のものだって言いたいんですか?」

「ああ、そうだと良いと思っているよ」

 

厳しい目のまま春菜は黙って腰を低くしラケットを構えた。サーブを凛に譲るらしい。その真剣な様子は狩りをする女豹のようにも見えたが、凛には春菜の愛らしい容姿に相まって可愛らしいネコにしか映っていなかった。逆に春菜にとって凛は大切な兄を奪い捕ろうとする獰猛な虎に見えていた。

 

――――熾烈さを極める3セットマッチが幕を開けた。ゆらゆらと立ちのぼる初春の陽炎の中で

 

 

64

 

 

ウチで作戦会議をしたあと、皆で散らばりそれぞれ策をねることになった。美柑はヤミのところへ「最近ずっと悩んでるみたいだから、アイスでも一緒する」と、リトは「もう限界だからトイレにいく!4時間は出てこない!」と。

 

「うーん、でも春菜に"もどもどメモリーくん"使っても効果なかったからなー」

 

そしてララは一人、街を歩く。

 

腕組みをしながらノーテンキにうーん、うーんと唸っているがララは真剣だった。それは自身の発明アイテムで、大切な親友兼家族が記憶を失っているのだから当然といえた。あらゆる発明品を生み出してきた銀河屈指の天才発明家でもあるララだったが、自身の大切な兄が使った"失敗を忘れさせる"為のアイテムが春菜にとっての"大切な記憶"を奪うとは思ってもいなかった。

 

「うーん…」

 

一定の歩幅で歩くララ。

 

リズムよく足を踏み出しつま先で跳ねる。尻尾と桃色の髪が弾んで揺れる、同じく揺れるはずの豊かな膨らみは残念ながら両腕で押さえつけられていた。周囲の歩行者たる男たちはそっと残念がっていた。

 

「うーん…」

 

歩みと共に思考が整ってゆく。整理されていくそれは、ララに新しいアイディアを授ける。思い浮かぶアイディアは本当に突然、天からのプレゼントのようで、ララにとってはいきなり差し出される"お好み焼き"と同じ事。

 

「うーん…お兄ちゃん…」

 

そしてそれと同時にできた兄も同じく天から舞い降りた贈り物だった。ララの部屋の"たからものいれ"にはリトから貰ったぬいぐるみの横に制服の上着がきちんと畳まれ置かれている。寂しい時や悩んだ時、立ち止まった時、"自由"になりたい時に、ララはその匂いをそっと嗅ぐ。その匂いはララの背中をしっかり抱きしめ、それでいいんだと包んでくれる。まるでおひさまのように……母は政務多忙で父は自由奔放。家族の愛情は知っていたが、それも幼い日々までのこと。ララが何か"事件"を起こさないと父母は構ってくれない。いつも本当に見守ってくれる"誰か"が、ララはずっと欲しかった。

 

――――その"誰か"が異世界からの使者だからなに?関係ないよ!お兄ちゃんと私には!

 

グッと両腕を抱きしめる。既に皆は事情を識っていた、それはモモにもたらされた情報。春菜からリトが好きだったと聞いた時、あのベンチで私は最愛のお兄ちゃんの事情を一足先に知った。「なら、逃がさないように春菜と私で捕まえてなきゃ!」と背中を押して共に大きな一歩を踏み出した。…結局お兄ちゃんには逃げられちゃったけど…

 

「うーん…と、えー…と」

 

どんどん整理されていく思考。頭の中を小さなララ達が走り回り、余分なキーワードを廃棄処分して、必要なキーワードを運んで積み上げていく

 

『異世界』『呼び出し』『捕まえる』……

 

「うーん…あたっ!」「イタッ!…ちょっと貴方はどこを…」

「「あ!!」」

 

同時に呟く桃色の二人。

 

「モモ!?」「お、お姉様!?」

 

ララは腕をさすりながら、モモは額を抑えながら驚き指をさす。

 

「あれ、ナナと一緒にデビルークに帰ったんじゃなかったの?」

「え…ええ、実は…そうなのですけれど…」

 

モモは視線を合わせず、しどろもどろになりながら答える。

 

「ん?くんくん…この匂い…」

「な、なんですかお姉様…」

 

ララは目を閉じてモモの服の匂いを嗅ぐ。モモの正装から微かに香る、ララにとっての"おひさまの匂い"。秋人とララのふたりを繋いだ(・・・)想い出の匂い…

 

『繋ぐ』

 

「あ―――っ!!!思いついたーっ!」

 

瞳を輝かせ空へ両手を上げるララに新しいアイディアが舞い降りた。ララにとっての太陽を取り戻すアイディアが。

 

 

65

 

 

「ねぇ、ヤミさん。何かあたしに隠し事してない…?」

「…どうでしょうか」

 

二人ならんで川沿いの公園に備え付けられたベンチでアイスを食べているヤミさんと私。こうして外でアイスを食べても違和感がなくなる程に暖かくなってきた。秋の深い時期に私と秋人さんは出会った。夕暮れ時のスーパーの帰り道で。あの時履いていたプリーツのスカートは実は春用で少しだけ脚が寒かった。それは気温が()()は似てるから、デザインと色味に気をつければ、春のだって着れる。だから早く帰ってウチで暖まりたかったんだけど、重い"お買い得調味料"が邪魔になったんだっけ、

 

「…なんですか?」

 

未だに隠し通せていると思っている親友兼恋敵を見る。ヤミさんは白々しくプイッと横を向いた。

 

「まァ、イイケドさ…たまには友達頼ってよね」

「美柑…」

 

――――"みかん"…冬は蜜柑が美味しい季節。炬燵で黄色い蜜柑を食べる。秋人さんのウチは洋風みたいだし、ウチは炬燵の用意がある。だから冬になったら私が蜜柑を食べさせる。そして美柑(・・)を食べてもらう。……ってつもりだったのに。あの愛しの未来の旦那様は。季節が春になっちゃうじゃない。獲られちゃうよ(・・・・・・・)

はぁ、と深々と溜息をつく。するとそれをヤミさんへの落胆だと勘違いしたのか

 

「…では力を貸してください。美柑」

 

向き直り、じっと私を見つめるヤミさん

 

「もちろんだよ、ヤミさん」

 

大きく頷き返す。

 

「想いだけでは、祈りだけでは、舞い降りてはくれないようです…」

「……うん。そうだね…」

 

少しだけ寂しそうなヤミさん。最近少しずつ表情が豊かになってきた。まだ私にだけわかる程度のものだけど…こうして親友になって二人でアイスやたい焼きを食べるのも数えきれない程。ヤミさんも私も甘党だ。でもお互い辛口でもある。リトにだけは、だけど…

翼を変身(トランス)で生み出せるヤミさんは黒い服を着てるけど天使だ。だからその例えはヤミさんらしいな、と思った。儚げな容姿に寂しげな表情。物憂げな天使…それは澄んだ声がリアリティをもたせて、私の目の前に今もこうして舞い降りている。

 

「そのお話って素敵っ♡」

「…誰ですか?」「え?」

 

私達の座るベンチの前で無邪気に笑う赤髪おさげの女のコ。

 

「私、黒咲芽亜!この春から彩南高校に通うんだ♪」

「そ、そうなんだ…。」「…。」

 

ニコニコと笑うおさげの女のコ…メアさんはヤミさんと私を交互に見るとうんうん、と一人で納得したように頷いてる

 

「…貴方は何者ですか?」

 

憂いの雰囲気を霧散させたヤミさんの声に感情は無かった。

 

「え?私、メア!さっき言ったよ?」

「…。」

「…ヤミさん?このコがどうかした?」

 

目の前のメアさんを静かに見つめるヤミさんは、さっきまでの天使と違って確かに"金色の闇"だった。

 

「…行きましょう美柑。ここでは落ち着いて話が続けられません」

 

翼を生み出し、私の腰に手を回すヤミさん。ふわりと空へ舞い上がる……

 

「その想いを私が繋いで(・・・)届けてあげるっ♪」

 

見下ろした公園で微笑む赤髪おさげのメアさんは、彩南高校に通い始める年齢に見えないくらい幼くて、無邪気な少女に見えた。

 

「…。」

 

隣のヤミさんの横顔を盗み見たけど、親友にも関わらずその顔からは何を考えているのか分からなかった。

 

 

66

 

 

「はぁっ…はぁっ……」

 

肩で荒い息をする。立つのもやっとで、コートに手をつき、仰向けに倒れこんだ。冷たい地面が心地良い。

 

「……良い仕合いだったな」

 

見上げる九条先輩はとても先程まで縦横無尽にコートを激しく動きまわっていたとは思えない程に、息の乱れもなく、爽やかな汗しかかいていない……悔しい。

 

「まだ…負けたわけじゃ、ないです……から」

「…そうだな」

 

茜色を背負い微笑む九条先輩は綺麗…大和撫子ってたぶん今、目の前に居るその人だと思う。……悔しい。

 

「そら、」

 

ぼふっと顔にスポーツタオルがかぶせられる。こんなふうにさり気なく涙を隠してくれる九条先輩は私より気遣いができて、女らしい……悔しい。

 

「…そう落ち込むな、まだ負けたわけじゃないんだろう?」

「…………はい、」

 

仕合いは本当に熾烈なもので、タイブレークが昼間からこんな夕暮れになるまで続いた。最後の最後で追いつけなかった。…乱暴に顔をゴシゴシと拭き額にのせる。見上げる九条先輩にだけは涙を見せたくなかった。そして隠していたくもなかった。

 

「それに私はずっと春菜の動きを見ていたからな、対応できるようになって当然だろう?」

「…そう、ですね…」

 

勝ったというのにこうして私を励ましてくれる大人な九条先輩。……こういう人がお兄ちゃんは好きなのかな、好きだったのかな、だから私を独りにしていなくなっちゃったのかな、…私に気を使うのが面倒になったから…瞳が潤まないようにバシッと閉じて溜まる雫を弾く

 

「まだ…負けたわけじゃないです……」

 

口をついたその言葉はさっきまでの仕合いのことなんかじゃなくて、―――

 

「…ああ、私も負けたわけじゃないぞ?」

 

恋する女同士の、恋敵(ライバル)同士のものだった。

 

「そら、立てるか?」

「はい、ありがとうございます…」

 

差し出される手をとって身を起こす。私よりずっと高い身長、160センチの私に比べて凛さんは7センチは高い。目の前のTシャツを押し上げてる膨らみ……大きい、私よりも…くやしい。日々の"すくすくおっぱい体操"のこっそり努力(・・・・・・)は実を結んでない。春の芽吹きは私にはいつまでも訪れてはくれないらしい。はぁ、と零した。

 

「ん?どうかしたか?」

「いえ、なんでもないですから、アハハ…」

 

ずっと九条先輩の胸を見ていて気づいたら自分の胸をペタペタと触っていたらしい。笑って誤魔化したけど、相変わらず凛さんは背筋が伸びていてシュッとしていてよく分かっていないみたいだった。ずるい、私は牛乳飲んだり腕立ても追加してるのに…

 

「さっきからどうしたんだ、春菜?」

「あ、いえ!なんでもないんですから!アハハ…」

 

ララさんも大きいけど、九条先輩も大きい。どうして私の周りにはこう、胸の大きい女のコばっかり…里紗だって私よりちょっと大きい気もするし…ずるい、いいなぁ…こんなに大きかったらお兄ちゃんが前に言ってた"おっぱいまくら"とか"おっぱい✗✗✗✗✗"とか…いや、それはダメ…恥ずかしい、恥ずかしすぎて死んじゃう。ダメダメダメ!出来ないよ、そんなのムリだよ!でも……そ、そこまでお願いするなら…その、してあげても…い…いい…

 

「ところで春菜、」

「…よひゃい!」

 

思わず身体をピンっと伸ばした。九条先輩も驚いたみたいにビクッと身体を仰け反らせた。

 

「どうしたんだ?」

「いえいえ!なんでもないんです!なんでも!」

 

ぶんぶんと首を横に振る。危なくお兄ちゃんに胸であんな、あんな…

 

「…その、どうやって秋人に野菜を食べさせればいい…んだ?」

 

またも意識の"はるなの秘密の花園"でお兄ちゃんと行為にひたろうとする私だったけど…目の前で視線を彷徨わせそわそわする九条先輩にさっきまでの凛とした雰囲気はなかった。顔の熱が瞬時にさがり、氷点下へ。

 

「教えられません」

 

即座に答える私。我ながらバッサリと武士娘さんを切り捨てられたと思う。お兄ちゃん、私やったよ、勝ったよ

 

「なっ!勝ったのは私の方だぞ?!」

 

さっきまで勝ったとか、一言も言ってなかったのに。もしかして心が読めるのかな…?格好良かった大人な九条先輩は私と同じく少女みたいに怒ってる

 

「……負けてませんし、それに教えるなんて一言も言ってません」

 

肩を捕まれてもプイッとそっぽを向く私、九条先輩は顔を近づけてそんなの(ずる)いだろ!と、ぶんぶん揺さぶってくる。ちょっちょっっと九条先輩、つ、つよ…はや…頭、きもちわる…く…

 

それはララさんたちが私達を呼びに来るまで続いて、私にとっては希望の陽の出の知らせだった。こっちの世界ではもうお日様は沈んじゃうけど、ずっと続いていた夜が、冬が明ける。――――鐘の音が聞こえた気がした。

 

 

67

 

 

――――夢を見ていた。

 

「初めまして、オマエが"さいれんじはるな"か」

「ウン、はじめましてギリのおにいちゃん」

「おうおうおーう!ちっこくってカワイイのぉう!ロリっ子はるなだな!」

「ろりっこ?」

 

――――首を傾げる幼女、春菜。四歳

 

「ちっちゃい女のコのことをいうのだよ、"ろりな"くん。しかしかわええのぅ!・・・あ、そうだ!おれは今日から兄になった秋人、"西連寺秋人"だ!ヨロシクな!」

 

くしゃりと短い髪を撫でてやる

 

「ウン、よろしくギリのおにいちゃん!」

 

花咲く満面の笑み。

 

「おうおうおーう!かわええのぅ!めんこいのぅ!"ろりな"は!ハッハッハ!ほら、たかいたかーい」

 

きゃっきゃっと無邪気に笑うろりな。

 

「ギリのおにいちゃんはおっきいね!」

「ふっふっ……そうだろそうだろ、しかし、ちょっと重いな"ろりな"は」

 

そうは言うけどあまり身長の差はない気がする。そりゃそうだ歳なんてさほど変わらないわけだし

 

「ギリのおにいちゃんは"かみのけ"があたしとおんなじだね」

「そうだろそうだろ…」

 

さっきからギリギリうるさいな、おにいちゃんと素直に呼べないのか

 

「ギリのおにいちゃんはカッコイイね!」

「もういいか、"ろりな"そろそろ重……い…!」

 

まーだ!と笑う"ろりな"はずっと俺の特徴をしゃべっていた。

 

――――"ろりな"はすくすくと成長し、小学生になった。

 

「…おにいちゃん、やさいもたべないとダメだよ」

「ウルサイぞ"ろりな"、野菜なんてのはきゅうりとかでいいんだよ、あとはレタスとか」

 

赤いランドセルを背負って、てこてことことこ…とついてくる短めショートカットの"ろりな"。

 

「にんじんとかピーマンもたべなきゃだよ」

「ヤダ。苦いし」

 

朝に出された野菜炒め…のようなもの。卵焼き…のようなもの。漬物…のようなもの。ごはん…のようなもの。味噌汁…のようなもの。ウチの母親は料理がニガテだ。

 

「まったく、おにいちゃんは…はぁー」

「…なんだその溜息と馬鹿にした目は」

 

走って俺を追い越して、腰に手を当て深々と溜息をつく"ろりな"小学二年生。そこまでして俺を馬鹿にしたかったのか

 

「まぁ、わたしがなんとかしますか」

「なんだ生意気な、妹のクセに」

 

小学生らしいナマイキさをだし、わざと台詞じみた言い方をする"ろり

な"。

 

「ほら、"ろりな"イイモノやるぞ」

ぐっと拳を差し出す

「いいもの!」

"ろりな"は目を輝かせ、口をあける。ポイッと投げ込む

「…イチゴあじ!」

ころころと右頬左頬を交互にふくらませる"ろりな"

 

「ふん、おこちゃまめ」

 

わざとらしくニヤリと微笑う。この頃から俺のポケットに飴が必需品になった。

 

――――"ろりな"は随分成長し中学生になった。

 

「お兄ちゃん、私、好きな人が…できた…かも、なんて…」

「へぇー」

 

母親に代わって朝食の準備をするセーラー服の春菜。ショートカット

 

「相手はだれだ?」

「えっと…同じクラスの男子…」

 

目玉焼きにトースト、トマトのサラダ、コーンスープ。まだ簡単なものしか作れないが、母親よりはずっといい。料理の最後に"…のようなもの"がつかなくなったからな

 

「そっか、ガンバレよ?」

 

邪魔なトマトをフォークに刺し、春菜の皿に盛り付けてやる。我ながらいい兄だな、俺は。

 

「ウン、……ありがと」

 

微笑む恋する"ろりな"中学二年生はカワイイ。ん?ちょっと寂しそうか?…そりゃまぁうまくいくか不安だよな?お兄ちゃんがなんとかしてやるか。おい、お礼にトマトはいらないぞ、それは今俺がお前にあげたやつだろーが

 

――――"ろりな"は更に成長し、高校生になった。

 

「結城くんと付き合えることになったんだ」

「…そっか、良かったな春菜」

「…ウン」

 

瞳をうるませる春菜はカワイイ。少し長めのショートカットを揺らしている。感極まってるみたいだ。良かったな

"ろりな"と高校の想い出はこれだけだった。

 

――――"ろりな"は立派に成長し、美しい花嫁となった。ララほどに長く美しい黒髪。もちろん隣にいるのは同じく成長した結城リトだ。

 

「結婚するね、お兄ちゃん。」

「ああ、幸せになれよ、春菜」

「…ウン、今までありがとう、お兄ちゃん」

「世話になったのは俺の方だぞ?」

「ウン、それもそうだね」

 

微笑む春菜は俺にとっては"ろりな"のままだった。

 

「それじゃ、行くね…」

「ああ、じゃあな」

 

元気で、と春菜の白い背中に投げるフラワーシャワー。暗い闇へ消えていく。それぞれ……これで想い出は最期。

 

 

――――夢、か。これは"俺"の望みだ。

 

 

共に成長し、春菜の幸せを"俺"は望む。それを形にした夢――――いきなりやってきて、それからいつ消えてしまうか分からない"俺"よりもいつまでも共にいられる者のほうが良いに決まってる。凛が写真から【西連寺秋人】が消えたと言っていたときから考えていた事だ。春菜が"俺"が異世界人だと知ったら春菜の中の兄のホンモノの西連寺秋人が消えてしまう。"俺"はそのキャラクターを知らないし、完璧に想い出をなぞるなんて無理だ。

 

それに春菜にとっては大事な彼との想い出を消したくない。だから気付かれないまま消え去るか、春菜にとっては異物である"俺"の記憶を消して、消えるか。無理にでも想い出をなぞってキャラクターを、西連寺秋人(ホンモノ)を演じてこの世界で生きるか。迷っていた。

 

 

――――…ちゃん、○△✕★!

 

それでも、凛や天条院、それに綾なんかと写真とってときはこのままの"俺"でもいいか、やっていこうと思ったのだ。

 

でも、怖かった。割り切れなかった。

 

また出会った時のように「やっぱり違う、お兄ちゃんじゃない人みたい、」と悲しげに言われるのが。凛たちは友達。春菜は家族、家族の春菜は誰より記憶との違和感を見抜くだろう……

 

――――…い…ちゃん、……お…て!

 

だから、モモを利用して……それで、遠くなった故郷に還ろうと思ったんだ。春菜と"異物である俺"の記憶を消して……オープニングで使われる筈のそれはエンディングに使われたんだけど…

 

最期のつぶやきも春菜には分からなかったと思う。ま、わかりづらいし、無理も無いか――――出来れば…

 

――――…おねが…ちゃん、……お…て!

 

うるさいな、ひとが折角物思いに浸っているというのに。帰ってきたのか……もう少し寝かせろ、学校だりーんだよ

 

――――お願いだから目を覚まして!お兄ちゃん!

 

「…ん、濡れて…」

 

目を開くと春菜の顔があった。瞳から大粒の涙を零している。

 

「…おお、スゲー本物か」

 

あの時と同じ感想

 

「…ちがう、よ、わたしは、きっと、ニセモノ…だ、よ…うっ、ひっく……」

 

あの時と違う反応をする春菜。

 

胸に泣きつかれ、肩は離さないとばかりに力強く掴まれる。ゆっくり頭を撫でてやり半身を起こし春菜の腰を抱きしめる。やっぱあれは夢だったか、春菜の髪は見慣れたショートヘアだし…見渡すと学校の教室のようだった。見慣れたこの景色は2-Aの教室。机の一つもないのはおかしいけど…――――納得した。

 

ララやリト、美柑とヤミ、天条院に凛、綾、籾岡里紗、御門涼子、古手川唯。司会のお姉さん…新井紗弥香が俺と春菜を囲んでいる。

 

確かにこれだけ居たら机たちは邪魔だな。彼女たちはそれぞれ『制服の上着』『豆腐』『根性の棍棒』『鬼の表紙絵の絵本』『記念写真』『アイスティーのカップ(空)』『薬』『ネコサンタのきぐるみ』を手に持っている。それは俺と彼女たちの想い出だな…ん?どうしてだ…?

 

「みんなの想いを私が繋いだ(・・・)の♪素敵っ♡でしょっ?」

「…メアか」

 

彼女のおさげが変身(トランス)し線のように伸びて想い出の品々と俺の頭に繋がっている。

 

「あれっ?わたしを知ってるの?…マスターの言ったとおりだね♪」

 

抱き合う俺と春菜にゆっくり近づいてくるメア。ほんの少し遠ざけて囲んでいた皆の中から舌打ちが聞こえた気がした。誰だ?…美柑か、美柑だな。

 

「デダイヤルに繋いでお兄ちゃんを呼び出したんだよ?」

 

ひょこっとララがメアの後ろから顔を出す。少し瞳が潤んでいる。手もうずうずしているし、落ち着きが無い。まったく、キャラクターにあってないぞ

 

「…ほら」

 

片手を差し出すとララはその手をとって頬へと当てた。浮かべる微笑は愛らしい、流石は銀河のプリンセスといった人を惹きつける笑顔だ。

 

「じゃあ、みんなは解散ーっ!」

「…は?」

 

ぞろぞろと黙って教室からでていく皆。またも聞こえる舌打ち3つ。今度は誰だ?また美柑か、美柑だけじゃないな、ヤミもか。あとは……まさか凛。お前は違うよな?…しかしなんだか随分と素直に全員従ったな。

 

…――――秋人が知る良しもなかったが”凄絶すぎるじゃんけん大会"があったのだ。ララは発明アイテムで相手の手がグーしか出せないようにしようとする、美柑は「あたし、チョキだすからね、チョキしかださないから」とカワイイ心理作戦、ヤミは髪を変身(トランス)させ3つの手全てを作り出し、春菜は闘志と牙をむき出しにした虎のような瞳で隣のリトの腕をとりブンッと振る。リトは「西連寺やめっ…胃がぁあ!」と絶叫し悶絶。凛は静かに竹刀を握りしめブツブツと呟いていた。沙姫は「…凛、じゃんけんですわよ?グー、チョキ、パーですからね?手でグーとチョキとパーですからね?穏やかになさいね?」綾は「本当の邪剣って何でしょう、沙姫様…怖いです」と参加を見送り、里紗は「あたしパース、見学しにきただけだしねぇ~」と漁夫の利をねらい、涼子は「ふァぁ~別に帰ってこなくても…って睨まないでよ、悪かったわ皆」と疲れ目を擦っていた。唯は「ふん、かっ勘違いしないでよねっ!別に(略」と未だツン期で紗弥香は「キャー!バトルロワイヤルが始まるようですねー!」としっかり司会を担当していた。結果は…

 

広くなった教室内にはララと春菜だけが残った。なんだ?なんかする気か?

 

「しっかりこっちの世界に繋いでおかないとね!」

「は?」

「帰りたくなったら今度は言ってよ、お兄ちゃん!その時はソーベツカイしてあげる!」

「は?」

 

帰る?まさかララ、お前…知って…

頷くララは手を抱きしめ胸に押し付ける。柔らかく包まれる感触。それは手から感じるだけじゃなくて…

 

ちゅっ

 

「ん?」

 

頬に触れた柔らかな唇。ララのキスから親愛の気持ちが流れこむ…温かなお日様の陽…か、それはとても身近な、まるで自分の事のように感じられて……ララの後ろにいるメアが精神を繋いでいるようだった。ララと俺は線で繋がっている。まったく、分かってないな

 

「おい、メアこれ取れ」

「えー?せっかくキモチイイのにー」

 

頬に両手をあてゆらゆら揺れているメア。なんか妄想に浸るモモに似てるな。まぁ俺にモモがデレるわけもないけど。アイツはリトのヤツが命みたいだし。初めて会った時から俺にはどこまでも上辺で外面全開だしな

 

「いいから取れっての」

「ぶー、はぁーい」

 

スッと額から抜かれる髪の線。不思議と痛くも痒くもない。さすが第二世代、旧世代の遺物たる金色(こんじき)さんも痛くない制裁を与えてほしいものだな、俺にだけは。

 

「はーるなっ!次は春菜の番だよ?」

「…」

 

春菜は抱きついたまま何も言わない。もうすっかり泣き止んでるのに肩を掴んでいた両手はしっかり俺の背にまわし、ホールドをキめている。今まで言わなかったけどちょっと痛いくらいだ。サバ折りする気か、春菜。お兄ちゃんは前にも言いましたけど補正ないんですからね?直ぐに元通りとはいかないんですよ?

 

「…………ララ、メア悪いけど二人っきりにしてくれ」

「うん!…じゃあ、また後でね!お兄ちゃん!はるなっ!」

「ぶー、はぁーい」

 

夕暮れの教室を出て行く二人。

これで本当に春菜とふたりっきりになる。

 

「おい、春菜。痛いっての」

「…」

 

春菜は抱きついたまま何も言わない。ぎゅっと更に抱きつかれる、背中を掴んでる手も強く握られていた。

 

「お前、宇宙人ぶっ飛ばすくらい強いんだぞ?地球人なんかあっという間に…」

 

嗜めるように黒髪を撫で梳くサラリとした髪は俺の指に絡みつかず滑らかな感触を伝える

 

「ばか」

「んあ?」

 

ぴたっと撫でていた手が止まる

 

「ばか」

「は?」

 

春菜はそれが不満だったのかバシバシと背を叩いた

 

「お兄ちゃんのばか。きらい」

「…ふん。俺もお前は嫌いだ。泣き虫不遇ヒロインめ」

 

叩く手に促され撫で梳くのを再開する。叩かれるのを止められ、それでいいよと背は撫でられた。

 

「わたしもきらい。お兄ちゃんは手が掛かるし、野菜たべないし、お肉ばっかり食べるし、えっちだし、ヘンなコトばっかりさせるし、きらい」

「男とはそういうものだよ、春菜くん」

 

髪を撫でつつぽんぽんと叩く

 

「…一般化しないでください、ばかきらい」

 

背中を抓られた。痛いぞ

 

「分かったから、いい加減離れろよ」

「きらいだからイヤ」

 

意味分かんねーぞ、ソレ…春菜にバレないようにこっそり息をつく

 

「…溜息つかないでください」

 

なんだよ、バレてたのかよ。またも背中を抓られた、痛い…。春菜、お前な…同じ所を…

 

「ほら、春菜、イイモノやるぞ」

「………いいもの――って?」

 

やっと顔を上げる春菜。目元には涙の跡がしっかり残っていた。夢だったはずなのにポケットにはよく知る感触がある。小さく丸いそれは春菜の態度を甘くするものだ。だけど、それを今は春菜の口に放り込まない。あの結婚式で答えなかったそれに、今、応じることにする。最期に見たのが泣き顔で、今もこうして泣いていた春菜を見るのが辛いから、俺自身の力で春菜を笑顔にしたいから

 

「飴、くれるの?おにいちゃ……んっ――!」

 

ほんの僅かな瞬間、触れる、重なる唇。直ぐに離す

 

「……コホン」

 

わざとらしく咳をする。――――仕方ないだろ、初めてだったんだ。…乙女かよ俺は。

 

バッと素早く身体を離す春菜。淡い色の唇を両手で隠して瞳を潤ませ髪を揺らす。白百合の髪留めが茜色を反射し煌めく、それは瞳の光とシンクロしているような強い一瞬の煌めき―――

 

「き、キス…した?」

「…してないな」

ウソ。

「…うそ」

「してないぞ」

ウソだ。

「うそ…」

ウソなのだ。

「した…でしょ、お兄ちゃん」

「してないな、」

したのだ。

 

あの時と違って誰も居ないし、清純キャラたる春菜には丁度いいだろ。…危なくこっちは意識が飛びそうだった。甘く痺れるような感触は…これでは、マズイ。甘いがマズイ。…それに公衆の面前でキスなんかできるかっての。胸は触れるけど……ん?なんかおかしいか?内なるツンデレさんがのたうち回って「おかしいに決まってるでしょ!非常識な!」と叫んでいる気がするがムシだ。ムシムシ

 

春菜の顔をみれないのでプイッとそっぽを向く。仕方ないだろ、初めてだったんだ――――乙女か俺は。

 

「―――なら、もういっかい…」

「んむっ」

 

今度は春菜に唇を塞がれる。再びホールドされた身体は甘く痺れ、身動き一つとれなかった。たぶん唇から流れてくる春菜の愛は、きっと猛毒で二度と二人は離れることなど出来なくなる……そんなとろけるようなキスだった。逃がさない、と優しく頬を挟む春菜の手は確かに俺を逃さなかったし、俺も逃げなかった。今度は俺も春菜を逃さないと細い腰を抱き寄せる。「んんっ!」と零す春菜と更に密着した。痺れさせる甘い電気の流れが身体全身に広がっていく――――それは信じられない速度で甘い毒を蔓延させる。身体全身から力が抜けていく……、それを辛うじて意識が抵抗し春菜の腰を更に抱きしめた。それは春菜も同じだったのか頬から首にまわされた手は俺の髪を優しく掴んだ。

 

――――長い長い時間のような、煌めく一瞬のような、そんな時間が流れる。世界から音が消え失せ時間さえも止まっているような気がした。春菜の手はもう握る力は込められておらず、俺の頭に添えているだけ、俺も同じように腰を優しく抱くだけ……それでも唇は、ずっと重なり続けていた。

 

「「…………ぷはっ」」

 

俺たち二人とも息を吸い込む、すぅーはー、すぅーはーと深く息を吸わなければ酸欠で死にそうだった。まさか痺れてたのは酸欠のせいだったのか?なんてリアルな…

 

「…。」

「―――。」

 

顔を見合わせる俺と春菜の顔を夕焼けが朱色に染める。春菜は恥ずかしいからだろ、トマトかお前は…ってなくらい赤い。――――俺は……わからない。頬と身体が熱いような気がするだけだ。

 

「……ほんもの?」

 

確かめるように呟く春菜。――――何言ってんだ、今更、たぶんお前はもう識ってるんだろ?春菜、

 

「…ニセモノだ、悪かった。」

 

微笑う、今度は分かる、きっと泣きそうだ俺

 

「ううん、そっちのほうがいい、その方がずっといい。私もニセモノ、だから…」

 

微笑む春菜にもう一度、頭を抱きしめられる。柔らかい胸に押し付けられる――――心から安心する…優しい、日の匂いがした。

 

目を閉じ髪を撫でられる俺は…少し情けないような気がする。ま、いいか、春菜だし。普段面倒見てやってるし。ここまで魅力溢れるヒロインに、ウチの西連寺春菜を育てたのはこの俺だ。俺だからいいのだ。

 

抱きしめながら髪を撫でる春菜は優しく微笑み、秋人の旋毛に口づけた。その微笑みは女神のように美しい。終わる世界は茜色に染まり、優しさと愛しさが世界を満たしてゆく――――そんな世界の中心、女神の微笑みを秋人は確かに見たことがある気がした。

 

もう一度、と春菜。今度は秋人の唇にキスをしようと抱きしめた頭を上げさせようとし――――

 

グー、と腹の音。しんと静まり返る教室にやけに響いた。

 

ピタリと撫でられていた手が止まる。おい、止めるな。せっかく顔に感じる柔らかさといい心地よかったのに

 

「…はぁ、お腹すいちゃったの?」

 

頭の上から響く落胆の声

 

「なんだその溜息は、仕方ないだろ、腹は減るもんだぞ」

「まぁ、私がなんとかしますか」

 

――――夢に居た"ろりな"と重なる。たぶん同じ自慢気な、得意げな顔をしてるんだろう

 

「……生意気な…妹のくせに」

「ハイハイ」

 

ぽん、と春菜に頭を叩かれる。俺は微笑った、意地悪い笑みで、たぶん。

 

――――私の西連寺秋人(おにいちゃん)がこんなにカワイイ。甘えるお兄ちゃんが可愛くてたまらない。なんでもしてあげたくなる…けど、ソンナコトしない。きっとお兄ちゃんはヘンなコトさせる気だもん…だからしない。ソレ(・・)は恥ずかしすぎてホントに死んじゃう。キスだけで死んじゃいそうな程恥ずかしくて、でももっとしてほしくて、お兄ちゃんからもらった飴より甘いキスの虜に私はなった。もうちょっとこうして抱きしめていたかったけど、離れることにしよう。だってもう私の世界に秋はやってきたから。あんなに舞い落ちていた白い雪は止んで、外はこれから春に舞い散る桜の花びら。こうして確かに繋がった私とお兄ちゃんはこれから新しくてドキドキしたりソワソワしたり、ハラハラしたりワクワクしたり、そんな平穏で落ち着かない日々が続いていくと思う。

 

 

「…その顔、悪者キャラみたいだよ。お兄ちゃん」

「…見えんのかよ、コエーな春菜…」

 

くくっと喉の奥で鳴らしたその音は、確かにお兄ちゃんみたいに意地悪くだせたけど、私は目を線にして笑ってた。お兄ちゃんも同じく目を線にして笑った。

 

暖かく寒さがなくなり眩しい光あふれる春に訪れた、涼しく暑さの和らぎ紅葉の切なさを感じさせる秋は、こうして女神に優しく包まれた。

 

あたらしい、ふたりの季節が、この場所から始まる。

 

                               おわり

 

 




感想・評価をお願いします。

2015/10/31 続編「貴方にキスの花束を―――」の連載開始

2015/11/05 一部シーン演出改訂

2015/11/28 文章構成改訂

2016/04/10 文章改訂

2016/06/01 文章改訂

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【 Subtitle 】

62 雨のち激辛、時々ダークマター

63 威風凛然、春愁秋思

64 天啓は兄のぬくもりと共に

65 終幕へといざなう春の薫風

66 威風凛然、春愁秋思 弐

67 「私の西連寺秋人(おにいちゃん)がこんなにカワイイ」


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Extra difficulty 『もう一度、聖夜をふたりで』

1

 

「おかえりなさい、私のお兄ちゃん~野菜も食べようね~」と書かれた横断幕。

西連寺家で行われているお祭り…サンデー・ナイト・フィーバーは―――

 

「では、不肖、西連寺春菜が乾杯の音頭を……」

「んなのいいから早くしろっての」

 

片手にグラスを持ち、堅苦しい挨拶をしようとする春菜。不肖て、お前は将来リーマンにでもなるつもりか。「将来の夢はお嫁さん」とか言ういつまでもカワイイ春菜で居てほしい。そして俺に早くメシを食わせてほしい。カレコレもう3時間以上はテーブルで待たされている。準備&もりつけ&俺が居なかった日々の出来事の報告……日記を見たが、結城リトは相変わらずだったようだな、思わず日記をやぶきそうに握りしめてしまった。ふ、ふーん……春菜の胸を計6…尻を計8…ねぇ…あらヤダ不思議…俺にも(power)があったみたい。ハードカバー仕様の日記が真っ二つ。

 

「もう、こういうのはけじめが大切なんだよ?」

頬を膨らまし、いじけたように言う春菜。春菜なりのプランがあったようだ、俺に出鼻をくじかれた事が不満なご様子。

「しるかっての。早くメシ食わせろ、宅配ピザでも良かっただろ?たまにはジャンクな物も食べたいお年ごろ」

ジトリとテーブルにつっぷしながら見上げると、そこには…クリスマスイヴのシックなドレスを身に纏っている西連寺春菜。何を張り切っているんだか、薄く塗ったグロスが…―――

「ダメです。ああいうものは体によくありません。体がちゃんと作られているお年ごろ」

―――誘うように瞳に収まる。目をつぶってグラスを胸の前で両手で持ちの春菜。アーメンとでも言う気か

 

ああもう!さっさと食わせろ!と叫ぶ。リビングに木霊する俺の声…春菜は慣れているように耳を塞ぐ。

「もう、仕方ないなぁお兄ちゃんは…」

苦笑いをする春菜、おおこれはこれはお許しのサイン…では!いただきまーす!

「でもダメ」

オイ。

素早く俺の箸を奪い取る春菜は変わらず笑顔。コホンと話を変えるような咳をする。

「お兄ちゃんは私を哀しませましたね?」

「ん?何のことかな」

ぴーと口笛を吹く、こういう時に限って音が出ない。なぜ…

「クリスマスイヴの夜に『心配すんな、お前が、【西連寺春菜】が捨てられる未来はない』…って言ったよね?ね、お兄ちゃん」

「ぐ…」

腕組みをして俺を見下ろす春菜の像。また説教か…ああ、ホカホカタンドリーチキンさんが…

「私は悲しくて哀しくて寂しくて一人、泣きました。」

「ぐ…」

ワザとなのか、哀しげな声をだす春菜。しっかりしなを作っている

「たくさんたくさん泣きました。」

「ぐぬぬ…」

「それはもう涙で海ができちゃうくらいに…」

喉の奥でフフフと鳴らす春菜。似合ってないからな?…そんなに笑いを堪えて震えるくらいならムリをするんじゃない

「わ、わるかっ…「だから!お兄ちゃんに罰をあたえます」たあ?」

 

「なんだよ?何すりゃいいんだ?」

「簡単ですよ。お兄ちゃんが好きなお肉を私に食べさせて下さい。以上が罰になりますね」

―――なに?なんなのその口調。また美柑を真似てんの?美柑が好きなの?ガールズラブ?

 

スッと俺の膝の上に座る春菜。二人羽織かよ、座るなら横向きじゃないのか?目の前の後頭部へ頭突きをする。あいたっ、とカワイイ声。頭を叩くと鳴きますよ、ラブリーエンジェル春菜ヴォイス。1/1西連寺春菜フィギュア…―――睨むなよ

 

横向きに座り直す春菜に仕方なく…仕方なく食べさせる。嗚呼…俺のチキンちゃんが…春菜の口へと消えていく…

もぐもぐと咀嚼する春菜。ちきしょう……目を閉じてにっこり満足気な顔しやがって…ちきしょう、くやしい…春菜に尻に敷かれながら餌付けなど…いつからこんな酷い仕打ちをする清純ヒロインになってしまったのだ……お兄ちゃんは育て方を誤ってしまったようです

 

「もう、そんな目で見ないでよ、食べにくいよお兄ちゃん」

そりゃ見るだろ。腹ペコ、餓死寸前のヤツの目の前でうまそうに肉食ってみろ。暴動が起きるぞ。既に俺の中では「俺たちは西連寺春菜の刑に断固反対するー!」とマイクで叫ぶ謎の集団ふぁ…ん?…うまい

「はい、おしまい。今度は私がたべさせてあげるね」

笑顔でまたも箸を奪い、俺の口にはいつの間にか先ほどまで春菜に食べさせていたチキンちゃん。とってもジューシー、何日ぶりかの家庭の味。春菜の味つけだ

 

「でもこれじゃ二人で食べられないね、私もお腹空いてるのに…あ、こうすればいいね」

パクリと俺に向けチキンちゃんを咥え向ける春菜。桃色に染まった頬。潤んだ瞳を閉じて。首に腕までまわしている…したいならしたいと言えっての。恥ずかしがり屋の春菜らしいと言えば春菜らしいが―――

 

 

三度目のキスは甘くも濃厚な味だった。

 

                                      おしまい

 

 

 

 

 

 




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Extra difficulty 『桜の下で』

1

 

「わあー綺麗…」

「…だな」

「これが"桜"ですか、綺麗な雪ですね」

「雪とは違うよ、ヤミさん」

「キレイだねー!私桜スキー!」

 

――彩南高校の皆で、満開の桜並木の下。花見をしにやってきた。

暖かな春の陽気に包まれ、空は見事にすっきり快晴。桜の花びらがひらひらと陽光を浴び、皆の心の中にはただ、高揚感だけがあった。

 

そして誰が言い出したことなのか、桜の木の下にはヒロイン達が今日の花見の題をつけようとそれぞれ自分にあった主張方法でタイトル表記していた。

 

[第三次お兄ちゃん大おかえりなさいパーティー~野菜を食べよう~]と書かれた横断幕。

 

春菜…お前のネーミングセンスって…お兄ちゃんこの先が心配です。

 

[お兄ちゃんおかえりなさーい!ようこそー!おいでませ彩南町へ!]

 

ララ…お前は観光大使になれるぞ、ペケ(人型)がララの字がかかれた旗を振っている、でもララも別の(トコ)から来てるわけだし…それってどうなの?

 

[花時を迎えて~秋人さん、おかえりなさい、私(たち)の傍に~]とささやかな和紙。

 

美柑のセンスは流石だな、字も上手い。両手に持って習字の発表みたいだな…やけに「たち」が小さいが

 

[華麗で優美なる天上院沙姫と負けず劣らずの桜吹雪。ついでの下僕]とデカデカとアドバルーン。あちこちで光る電子掲示板。

 

お前……また無駄金を…

 

[別に帰ってこなくてもよかったのに。あきとだもの]

 

…。御門涼子先生……あぶないですよ…それ

 

[桜の秋がやってくる街、祝・西連寺秋人帰還][快気祝い]

 

凛…古手川唯…お前ら固い。センスないぞ、ハレンチさんの方は退院したわけじゃないんだからな、俺。もうちょっとなんとかならなかったものか

 

最後に…ヤミ、またなんか変な本読んだのか?

 

[ウチの【サイレンジ・アキト】が一番カワイイ]

 

…。ま、いいけど

 

「それよかメシにしようぜー!モモー!焼き鳥くれ」

 

いま焼いてますわよ!と遠く桜の下に設置された屋台から声が投げられる。

 

「あ、私も食べたいかも、はいお兄ちゃんおにぎり」

「…私も食べようかな、はい、お兄さん唐揚げです、どうぞ。モモさん、"砂ずり"あります?」

「…たい焼きください。中の具を"なんこつ"でいいです」

「焼き鳥…いいかも。私は"もも"ね」

「こっちにもよろしく~、ハレンチ唯っちはハレンチボディの為に余念がありませんなぁ~ニシシ」

「胸肉よりもも肉の方がおっぱいは大きくなるのよ、私には"きも"を頂戴」

「たまには庶民的な料理もいいかもしれませんわね、取り敢えずいつもの。」

「…"とりかわ"を塩で、ですね、では二つ頼んだ」

「よく分かりましたね…凛、今の絶対適当ですよね?ね?あ、今の三つでお願いします」

「私はぜーんぶ食べたーい!モモー!全種類よろしくねー!」

「ララ!お前もちょっとは手伝えよ!?ええっと!?注文なんだっけ???」

 

次から次へと屋台へ投げられる声。もはや誰が何を頼んだのかさえ分からない

地に敷かれたシートに座り春菜&美柑お手製の重箱から料理を取り出し皆でパクつく。リトは「モモとナナだけが屋台やるのはかわいそうじゃないか?」と不用意な優しさをみせ、二人を手伝っていた。ナナはというと……

 

「あたしはセルフ!飲み物だぞ!好きなのを持っていけ!」

 

氷水に缶やペットボトルの飲料をつけていただけであった。ちゃっかりラクをしている。

 

「だいたいモモのヤツ…イイコぶって手の込んだ物つくるんだーって、ケッ、あたしまで手伝いかよ」

 

そう悪態をつきながらクーラーボックスから食材を取り出すナナ。頭のなかにはしっかりと先ほどの注文が入っていた。若干何名かは決まっていなかったが、それは置いておき、「兄上(仮)は肉好きだから豚バラでいいんだろ、めちゃくちゃ分厚いのを焼いてやるぞ」と八重歯を見せニタリと笑う

 

――そもそも二人だけがこうして屋台を開いているのにはワケがあった。"とらぶるくえすと"で迷惑をかけたお詫びとして花見の時に料理を振る舞うことを二人が申し出たのだ。勿論、考えついたのはモモだったし、準備もモモが担当したが

 

「ん?おーいメア、お前はなに食うんだよ?」

「…え?あたし?うーん…そうだなぁー」

 

満開の桜を見上げ、朱い三つ編みを揺らすメア。この時がナナとメアの初の会話であった。

 

「素敵なお肉、かな?」

「…なんだそりゃ…」

 

疑問符を浮かべるナナの目にはメアの長い三つ編み…

 

「んじゃメアは"ぼんじり"だな」

「?なにそれ?」

「鳥の尻尾の部分なんだぞ?メアの髪は尻尾みたいだしナ!」

 

八重歯を見せにししと笑う、最近弟子入りしたので師匠と似た笑いだった。

 

「尻尾…素敵っ♬」

 

それちょうだい!とメアは瞳を輝かせナナへ満面の笑みを向けた。屈託のない笑顔にナナは任せとけっ!と笑顔で返した。

 

 

2

 

「もう食えん…」

ぼすっとシートに頭を倒す……、心地いい感触が後頭部を押し返した。

 

「満足できました?秋人さん」

上を見上げれば美柑がいた。膝枕してくれたらしい。

 

「おう、うまかったぞ、揚げ物上手なんだな、美柑は」

「ありがとうございます…、揚げ料理って油の温度とか、大事ですよね」

「そうなのか?」

「そうなんですよ、低いとカラッと上がらないんです」

「へぇー知らなかった」

 

見上げる美柑の髪へ桜の花びらが落ちるので手を伸ばし、手に取り眺める。美柑は幸せそうな笑顔で続けた。

 

「カラアゲは二度揚げすると美味しいんですよ?」

「そうなのか」

「はい、そして蜜柑も二度きりと言って実を傷を付けないように大事に収穫するんです…私もそうやって収穫されてしまいました。」

「そうなのか」

「もう…秋人さん、聞いてませんね?」

 

ぽんっとおでこにひんやりとした感触。デザートの蜜柑だった。

食べさせてあげますね、に思わず、「そうなのか」と返してしまいそうになる。さっきからお腹いっぱいで眠たいのだ。どこからか「ぐぬぬぬぬぬ……」とか変な声が聞こえる。眠いから静かにしてほしいとお兄ちゃんは思いますよ、春菜…………

 

「それにしても綺麗だな、秋人。」

 

スッと二人きりの甘い雰囲気に斬りこむ武士娘。秋人と美柑の傍に腰を下ろし、共に桜を見上げる。

 

「…凛は綺麗なものが好きなのかよ?」

「綺麗なものが嫌いな者など居ないだろう?」

 

何を言っているんだ、と視線を戻し、そっと秋人の頭を優しく撫でる凛。膝枕をする美柑は蜜柑を剝くために両手をとられ、阻止できなかった。むぅ……と頬を膨らませる美柑。今度は凛と秋人の二人に親しげな空気が漂う

 

「…でも綺麗で、眩しいからまともに見れない者はいるかもしれませんわね……」

 

……何いってんのこのバカ、ねむ…

……沙姫様…どうして邪魔を…なんとなくこの後に続ける台詞が分かるような気がします…

 

「そう!この私のようにッ!!」

 

おーほっほっほ!と高らかな笑いを響かせる読めない女王(クイーン)天条院沙姫。

 

――――読めないのではありませんわ!読まないのです!は女王の弁である。

 

「でもホントにキレー!なんだか私の髪の色に似ててスキかも!」

「そうでしょう?この私のように!」

「んーん、サキじゃなくてサクラだよ?」

 

ぴょんとジャンプをして桜の花びらをキャッチするララ。二つ結びにした髪がふわりと舞い上がるとまたララの胸元へと戻った。

 

「なんですって!?私のキレイさを褒めたのではなくて!?」と肩を怒らせ憤慨する沙姫に、「んーん、違うよ?」と小首を傾げるララ。

 

ぎゃーぎゃーと言い合いを始める二人を尻目に秋人はうたた寝を始めていた。

 

「あら?オニイサン寝ちゃった?意外とオコサマだねェ~♪ほれほれプニプニ~」

「もう、お兄ちゃん寝てるんだから頬を突かないの、里紗…」

「ダメですよ、籾岡さん。それは私の仕事ですから、枕の私の許可を得てからにしてください」

「枕な美柑ちゃん…ハレンチな…」

 

ゴロリ、と秋人が寝転がると美柑は慌てて頭を押さえる。転がる先には春菜の膝があった、むっと美柑は春菜を見つめる。美柑ちゃんの膝枕より、私のいつもの膝枕のほうがいいんじゃないかな?と言わんばかりの自慢気な笑顔の春菜。

 

「もも……」

 

ふと秋人が呟く。女性陣一同は秋人を眺め、その後名前の少女を見た。

 

「……なんでしょう?皆さんそろって…?」

 

ちょっとだけ得意げなモモ。ふふんと胸を張りサラリと直した髪を弾いた。

 

直後、「…にく」と呟いた秋人。予想通りの展開に皆は笑い転げるのだった。

 

 

……モモの秋人へのヘイトが上がったのは余談である。

 

 




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Extra difficulty 『ララの開眼』

わしわしわしわし…ぽにょぽにょぷるぷる

 

目の前で揺れる春菜よりも随分大きな双丘。

 

「かゆいとこなーい?お兄ちゃん」

「ああ、ないぞ、あ、うそ、ちょい右後ろがかゆい」

「ん?このへん?」

「もうちょい下」

「ここ?」

「ちょい左」

「ここ?」

「お~そこだそこだ、イイカンジイイカンジ」

 

へへ~と楽しそうに満点の笑顔のララ―――湯気に包まれた風呂場の雰囲気が緩み、見なくても分かる。

 

「そういえば俺に裸みられるのハズカシイとか言ってなかったか?前に」

「うん、言ったよー?でもアレは部屋ででしょ?ココ、お風呂だよ?」

「ん?なんか違うのか?」

「だってお風呂はハダカで入るものだよ?お兄ちゃんだって今、ハダカだよー?ハズカシイの?」

 

ララの言ってることがたまによく分からん時がある。しかし俺は恥ずかしくないぞ。男子として女にハダカを見られ恥ずかしがるなど、そっちのほうがハズカシイ。

 

「でも随分リトの体つきと違うんだねー、同じ男のヒトでもいろいろ違うんだねー」

 

まじまじと見つめるララ、こら、シャンプーの手を放置するんじゃないっての。自分で洗うと言うのに私が洗うんだもん!と聞かなかったのはララの方だぞ、まったく、相変わらず自由だな

 

わ、おっきい、ぜんぜんちがう

 

…なんの感想だ。モモみたいな目でまじまじ見るんじゃない、ララにはできれば純粋で居てほしいのだ。春菜は誰があんな風にしたのか、せっかく純情清楚だったのにちょっとえっちぃ感じを匂わせるようになってしまった。たまに風呂場に突入してくるのだ。バスタオルをしっかり巻いているところが恥ずかしがり屋の春菜らしいが、まぁ大抵俺が奪ってしまうけど

 

「それにしてもララの胸は大きいな、グラマーってこういう体つきを言うんだろうな、ボンッキュッボンッっていうのか、メリハリボディーだよな」

「えへへ~お兄ちゃんにそう言われるとなんか嬉しい!」

むぎゅっ!と胸に抱きしめられる。シャンプーとせっけんの泡まみれになってしまう。

 

―――一人で風呂に入っていたらララが発明品で風呂場に現れた。また家出か?と思ったらそうでは無く、「だって一人でお風呂はつまらないもん!」らしい。相変わらず自由なララらしい。身体を洗っていた途中だったのか泡まみれで現れたララはいきなり俺の髪を洗い始めたのだ。・・・・・正面から。

 

「お兄ちゃんはおっきなおっぱいが好き?」

「俺か?そうだな……おっぱいは全部好きだぞ、大きさだけでは語れんな」

「そうなの?大きさ以外ではたとえば何があるの?」

「味」

「あじ?」

 

ゴンッ!と風呂場のドアから音がした。……頭、たんこぶできないといいな、春菜

 

「…一般的には形?とかか」

「形、うーん」

 

むにむにと自分の胸を触るララ。ふと思い立ったのか俺の目の前で両腕をよせ谷間を魅せつける

「うーん…どうかな?お兄ちゃん、私のおっぱい」

「うん、キレイだぞ?リトには勿体無いくらいだ」

 

えへへ~お兄ちゃ~んと笑顔で抱きつくララ、相変わらずスキンシップ大好きらしい。でもそろそろ抱きついてクニッ、クニッとボンッの先をこすりつけるのは止めような、モモみたいに瞳が蕩けてきてるぞ。お兄ちゃんはララには純粋で居てほしいと思います。

 

「ぁ…えっと、お兄ちゃん身体を洗ってほしいなぁー」

「ったく、俺のもまだ途中だってのに、仕方ねぇな、ほら、背中向けろ」

「やったー!お願いしまーす!…でも正面からのほうがぬるぬるしてきもちいいかも…?おっぱいの先がいいのかな?」

 

マズイ。ララが何か扉を開こうとしている。

 

『…お風呂場の妖精さんからの注意です、お風呂場は身体を洗うところでありHな事をする場所ではありません。あと壁が薄いのでさっきからララさんの悩ましげな声がお隣まで聞こえてそうです。以上、お風呂場の妖精でした。おにいちゃんのばか』

 

風呂場のドアから響く声…これは誰だ?まったく分からない、どことなく春菜に似ている、そして春菜そのものだった。淡々としていて良かったけど、春菜そのものの声だったし、声くらい作ったらいいとお兄ちゃんは思いますよ、お風呂場の妖精さん

 

「…お風呂場って妖精がいたの?お兄ちゃん」

「…らしいな」

 

ナイスだぞ春菜!ララは妖精だと信じた!あの大根演技で!声からしてものすごい怒ってるのはよく分かったが、ララがこじ開けようとした扉は今はしっかり閉じたはずだ!

 

「…って春菜だー!」「わ!ドア開けないで!ララさん!」

 

さっそく妖精の正体を暴こうとドアを開くララ。なぜかバスタオルを巻いた風呂場の妖精ことラブリーなマイエンジェル春菜たんが居た。

 

「なーんだ、やっぱり春菜もお兄ちゃんとお風呂に入りたかったんだ!いっしょにはいろっ!」

「えっと私はお風呂場の妖精さんにお風呂場でララさんにHな事をしているお兄ちゃんにこまってるからって呼ばれてきたのであって、別にお兄ちゃんとお風呂に入りたいわけじゃ…」

 

もじもじと視線を泳がせる春菜。妖精はどうしても居た事にしたいらしい。

 

「じゃあ二人でお兄ちゃんの身体をあらおーう!」「わわわ!ララさん!引っ張らないで!こ、転んじゃう!タオルが取れちゃう!」

 

―――結局、春菜は風呂で揉みくちゃにされヘトヘトになり、ララも久しぶりの楽しいお風呂にハシャギスギてヘトヘトになった。どこか二人に匂いだつ色気の余韻があったが。それはたぶん気のせいであろう。…たぶん。

 



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Extra difficulty 『凛とした唯』

「凛、あなたの好きな男性のタイプってどのようなものですの?」

 

ふとヒマ人な沙姫が傍らの凛に水を向ける

 

「私ですか?私は―――」

 

思い浮かべるのは同じクラスにいる黒髪…素直になれない男の顔。長い廊下のその先に1年後輩のレンという男子と談笑するその男が居た。レンの顔は赤い、また不埒な話をしているようだ、全く困ったやつだ

 

「まぁまぁ沙姫様、凛の好みのタイプと言えばアレですよ…"拙者"とか"小生"とか言ってしまうような、そんな古風な男性にきまってますよ」

「あら?まあ、そうですの、凛?」

「違います!私だってその…」

 

ムッとクスクス笑う綾を睨みつけるが、続きの言葉が喉でつまる。言ってしまおうか、だが…この二人は危険だ。自身の淡い恋心がタイヘンな嵐に見舞われてしまう気がする…予感めいた想像だが、温泉宿なんか危険なのではないだろうか…

 

「そのうえ"破廉恥"とか"非常識"とかそういう言葉が好きな男性、じゃないですかね、凛の相方ならやっぱり和風で古風で、厳格な強面の男性が似合うのでは?軽薄そうな…あの男子とかダメですよね、沙姫様」

指を差し向ける先には素直になれない男が変わらず談笑していた。なんだ、そのジェスチャーは秋人、陶器かなにかか?壺…くびれか

「…言い過ぎだぞ、綾、秋人は軽薄そうなのは見た目だけで実際は……「すいません、通してもらえませんか?」

「っ!ああ、すまない」

 

いかんいかん、三人で廊下を塞いでしまっていた。ちっあと少しでしたのに…とは何のことですか沙姫様?

 

「ありがとうございます」

「ああ、いや、こちらこそすまない」

 

ペコリと会釈する女子生徒…ん?見ると下級生か、両手でプリントを抱えて運ぶとは…重そうだな。それより女子にこのように重いものを運ばせるとは…周りに気の利く男は居ないのか。あの素直になれない男のように

 

「手伝おう」

「いえいえっ大丈夫で…っ」

 

先輩である私に気を使ってか遠慮する下級生。さっとプリントの束を奪いとる……よくよく見ると苦労して運んでた下級生は美しい黒髪。あの男と同じか、猫のようなツリ目だな、どこかキツイ感じがする……真面目なんだろう、纏う雰囲気もそんな感じだ、好ましい。

 

「笑顔ですわね…凛て実は女性が好きなんですの?」

「そうなのですかね、沙姫様…私達の勘違い?こういうちょっとした気遣いで始まる恋ってありますよね」

「…という事は(わたくし)、危ないんですの?ごめんなさいね、凛。私にはザスティン様が…」

「まぁ困っているところ、弱っているところに優しさを向ける相手に惚れる…よくある展開ですよね、沙姫様」

 

とんとん拍子で進む話、現在進行形

 

「「ちょっ!違います!沙姫様!(先輩!)」」

 

ん?私の声にかぶらなかったか?

 

「私は里紗が好きとかそんな事はありません!ただ少し胸を開発されて…」

なにやらゴニョゴニョと呟く下級生

 

「なんかこういう好きな相手の前で素直になれないところ、似てますわね、綾」

「ええ、全く。」

 

クスクス笑い合う沙姫様と綾……誂われている…全部知っててこの二人は…

 

「そら!行こう!運ぶのは生徒会室でいいのか?」

「そりゃその、気持よかったけど、どうせ揉まれるなら初恋の先輩の方が…」

 

似てない。私はこのように妄想に浸ったりなどしない、妄想で絡んだりもしない……よく見ればキツイ目元は似ている、か…?和服が似合うような、そんな和風なイメージも…

 

プリント束を抱えた腕で、未だ妄想の世界にいるキツイ目元の下級生の背を押しながら、似てない、似てない……とぶつぶつ言いつつ場を後にする凛。

 

沙姫と綾がそれを微笑ましく見守っていた。

 

凛が黒髪でキツめの下級生……古手川唯をちょっとだけ敵視し、秋人の前でちょっとだけ素直になるのはまた別の話。

 

 



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Extra difficulty 『ララの歌』

1

 

 

「わたし!"すくーるあいどる"やりたーい!みんなでやろーよー!」

 

ある日の放課後、彩南高校の教室でララがそんなことを言い出した。

 

「…"すくーるあいどる"?」

きょとんとした顔でヤミは美柑へ小首を傾げる

「スクールアイドル…ああ、この前のマジカルキョーコ特別編の…ララさんはホントにテレビっ子だよね」

美柑がヤミへ棒アイスを手渡しながらそれに応える。放課後であったので、預けてあったセリーヌをミカドから迎えにやってきたのだ。そのままララに連れられ、こうして急遽開催された女子会に巻き込まれている。

 

「その特別編って…たしか、燃やしちゃった母校の再建だったっけ?面白かったよね、お兄ちゃんと一緒に観たよ」

「先輩ってそういうの見るのね…でもウチの高校燃えてないし、再建の必要ないじゃない」

春菜は秋人と観たマジカルキョーコ特別編の内容を思い返し付け加えたが、現実的な唯はララの提案に乗り気ではないようだった。

 

「なぜ"すくーるあいどる"をやりたいのですか、プリンセス」

ヤミの質問に「待ってました」と言わんばかりの満足気な顔をし、目をキラキラさせるララは一言で答える…

 

「たのしそーだから!」と。

 

ああ、やっぱり…という顔をするララ以外の三人。…ヤミは溜息をつき一口アイスをかじっただけであったが

 

「どうやってそのスクールアイドルをやるのよ?そもそも何をするの?」

「歌ったり踊ったり!えーっと…あとは歌って…踊ったりだよー!」

「何も考えてないってわけね…」

唯が一言で斬って捨てた。

ララの呼びかけに対し、皆の反応があまりにもそっけないのでララの眉がへの字に曲がり始める

「うー!皆ノリ悪いよー!前にもやったでしょー!戦隊モノ!あんな感じのをわたしはしたいんだよ-!」

「まあまあララさん…落ち着いて、あ、アレは台詞はともかく…ちょっとは楽しかった、かも…そういえばあの時美柑ちゃんは…」

「アレは楽しかったですね、台詞はともかく」

春菜は親友であるララを優しくなだめつつ回想する、美柑は春菜の追求がなされる前にさらっと躱した。

 

「それで?私たちは何するのよ」

一人、前回の戦隊モノに参加できなかった唯が少しふてくされながら言う

「うん!歌って踊って!…でもね!そっからわたしが考えたのは最後はおっきなロボット呼んで、燃やして解決!する!そんなスーパー"すくーるあいどる"がしたいの!もう発明品は作ったんだよ!」

 

変わらず瞳をキラキラと輝かせ、無邪気に宣言するララに一瞬沈黙した三人は苦笑いをこぼした。…ヤミは少し表情を崩しアイスを完食しただけであったが

 

「でもどこでやるのよ?その…ハレンチなんでしょ?アイドルって…露出度の高いハレンチな服をきて踊るんだから」

「ダイジョウブ!場所は彩南高校!ちゃんと衣装は簡易ペケバッチで作ってあるから!」

「歌…人前で歌うのは恥ずかしいよ、ララさん…」

「ダイジョウブ!はるなっ!きっとたのしーよ!」

「私はやってもいいけど…専属マネージャーはもちろん秋人さんで、ハードスケジュールだから四六時中一緒だよね」

 

ちょっと、どういう事それ…やっぱり美柑ちゃんはお兄ちゃんを…というジト目を向ける春菜

うっすら微笑みを浮かべる美柑…

 

「…メンバーが少なすぎるのではないですか?」

ヤミは始まりそうな女の戦いの幕が上る前に下ろした

「うーん、確かにそうかも、あとふたりくらいは欲しいねー!」

 

ガラッと開く教室のドア

 

「リトくーん!今アイドルの仕事終わったよー!つかれたぁ…」

「春菜、あの時の約束…秋人への野菜の食べさせ方を聞きにきたぞ」

 

こうして何もしらない二人のアイドルが加わえられたのだった。

 

2

 

彩南高校の朝は早い。

のんべんだらりとした朝の登校の時間は皆が憂鬱で足取りも重かったが、流れてくる軽快な歌声と男たちの唸り声に似た歓声に学生の皆は、興味に釣られグラウンドへ駆け出すのだった。

 

<<what 'bout my star♪>>

 

ステージ上で振りまく弾ける笑顔のララ、少しだけ緊張した様子があったが優しい笑顔の春菜の二人を中心に歌って踊るスクールアイドル6人組。なぜか全員がララのデビルーク正装コスチュームだった。

 

<<what 'bout my star♪>>

 

歳不相応なアンバランスなオトナの笑みを浮かべる美柑、表情は少ないが美しい面立ちと流れる金髪が神秘的なヤミ

 

<<what 'bout my star♪>>

 

"別に好きでやってるんじゃないんだからねっ!"とややつり上がったネコ目の古手川唯がハレンチボディを揺らし、同じく武士娘は真剣で静かな表情で舞う。

 

<<what 'bout my star♪>>

 

ルンはさすがの現役アイドルといった感じで時折歌いながら笑顔で観客にマイクを向けていた。

うおぉおお!やべーえララたーん!西連寺春菜さん…可憐だ…おお、あの美柑って娘チョー美少女!ヤミヤミ幼女萌え!萌えー!ハレンチ風紀委員長さーんもっとこっち睨んでぇええ!踏みつけてぇえ!アレは…凛?なにをしているのかしら…沙姫様、凛はどうして一人だけ竹刀を持ってるんでしょう?マイクではなく…とルンにはあまり感想を持っていない観客たち…ルンは愛想笑いを一層濃くした。

 

「…何やってんだあいつら」

だらだらと歩いていた秋人が騒ぎの中へやってくる。今朝、春菜手作りの朝の豪華な食事がなく、おにぎりが一つ、ぽつねんと置かれていたことにちょっと不機嫌であった。

 

目ざとく目当ての男を見つけたスクールアイドルたち数名は一斉にウインクを飛ばす、

俺にだろ!?いや俺だろ!?と騒ぐ観客、本命の男はただ不機嫌さが増しただけだった。

――――カワイイ妹たちに向けられる男たちの視線が不快だったのである

 

ララは笑顔で歌って踊る。春菜も吹っ切れたようで楽しそうに歌って踊る、美柑もしょうがないなぁ、と笑顔、ヤミも少しだけ笑顔、唯も見られて感じだしたのか頬を赤らめ、凛は"凛"として舞い、ルンは愛想よく自身に注目を集めようと必死の笑顔で歌って踊る。

 

――――そうして、ララの制作したという"超絶合体ずっこけリトロボット"も出ること無く、わずか一曲だけのララライブは惜しみない盛況の中、幕を下ろすのであった。

 

ララが設置した"なんかいれてね♪"と書いた箱には多数の菓子や花束、長々書いたラブレター、スカウトに来たプロデューサーの名刺などなどが箱に収められないほど入っていた。

 

歌がちがうんじゃねーの?という当然の疑問を持ちながら、その"なんかいれてください"箱を面倒くさそうに、処分も検討に考え運ぶ秋人は知らない。ララが歌に込めていた意味を――――――

 

まぁまぁお兄ちゃん、ララさんも楽しそうだったし、皆で歌うのって案外楽しかったよ?と充足感に満たされた笑顔で見守る春菜は知っている――――――いつも天真爛漫で無邪気なララはこの時、少しだけホームシックだったのだ。だから"私の星はどうかな?"と秋人に尋ねたのだ。普段のララらしく気持ちをはっきり言葉にせず、歌にのせて間接的に表現するところに同じ女性として、春菜はとても微笑ましく思っていた。

 

…それには"家族"として秋人共にデビルーク星に帰りたいのか、ソレ以外の何かがあるのかまでは親友であり、姉妹でもある春菜にもわからなかったが――――――

 

これから始まる春はまた違ったものになる、そんな予感に胸を膨らませる春菜だった。

 

…これがきっかけでララが"超銀河シンデレラ"という2つ名を手にし、その人気に嫉妬したルンがアイドルとして更に努力しその実力を上げ、コアな人気が上がったのは余談である。

 




あけましておめでとうございます。
時系列的には『貴方にキスの花束を―――』と『ウチの【西蓮寺春菜】が一番カワイイ!!』の間のお話です。


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Final extra difficulty 『始まる新しい季節』

「あたし!占い巫女やるねっ!」

 

巫女の姿をしたララが朝の食卓でそんなことを言い出した。

 

リトは呆れ顔でどこか得意げなララを見つめる。…今日もご飯がうまいな、また腕を上げたなー美柑。などと関係ない思考でこれから始まりそうな"とらぶる"から逃避していた。

 

「じゃあ占うね!まずはリト!えー…うーん…今日はころばない!でしょう!」

「いや、転ぶでしょララさん」「私も転ぶと思いますわ、お姉様」「まぁケダモノだからパンツに飛びつくよな」「じゃあ、やっぱり転ぶでしょう!」「…ちょっ!言いすぎだろ!?」

 

達観した物言いをする三人に不満を口に…口から飯粒を飛ばしたリト。向かいに座る美柑の綺麗な顔に張り付く…表情を無にし、瞳のブラウンを弾けさせた美柑はリトに"ハイマット美柑フィンガーフルバースト"をあらゆる急所に食らわせた。1,234!…8COMBO!

吹き飛んだリトはナナのペタンコ胸に転んで抱きついてしまい占いは見事的中した。…当然激怒したナナに頬を激しくつねりあげられたリト…9!10COMBO!Good!

 

「次!美柑!えー…最近すけすけなセクシーブラジャーをしだした!」

「…もう、秘密だってばララさん」「そうなんですか?美柑さん…それにひきかえナナは…プッ」「笑うな!あたしだってもうブラ買ったんだぞ!」「そ、そうだったのか…美柑…がふっ」11!12!131415…!20COMBO!Excellent!

 

これも的中した

 

「次!モモ!えー…最近誰かに会う前に念入りにシャワーをあびている!」

「ふーん…へぇー…」「ちょっ…!お姉様っ…!か、躰はいつも綺麗にしておくのが女性としての嗜みですわ、お姉様…深い意味はないんです、ないんですったら」「モモのヤツ長いんだよなーやたらパンツとかも何度も換えてさー…ちょっと湿って…ちょっ!イタッ!ほっぺた引っ張んなよ!」「…モモの躰ってだからいつもスベスベなんだな…」「もう♡リトさんったら♡恥ずかしいじゃないですかっ想像しないでください♡ビンタしちゃいますよ♫」20,2122232425…!80COMBO!Marvelous!

 

これも

 

「次!ナナ!えー…ギガイノシシに赤ちゃんが!生まれるでしょう!」

「イノシシかぁ…猪鍋…秋人さ…お兄さん好きかな、お肉好きだもんね」「食べると思いますよ、美柑さん…お手伝いますね、でもお兄様には内緒でお願いします♡」「ホントか!?姉上っ!ってかオマエら!あたしの友達食べようとすんナァ!」「あのさ…

 

――――というかソレ、占いじゃないんじゃないか?」

 

ズダボロの状態になり、餅のように膨らんでいる頬を擦りながらも当然の疑問を口にするリト。ララ以外の皆も思うところあった。

最初のリト、最後のナナ以外は暴露話であったし、リトの"何もないところで転ぶ"…というのは既に能力であるから占いの対象にはならない。

 

皆が自分と同じく感動して目をキラキラと輝かせるのを期待していたララは、当然ふてくされた。

 

 

1

 

「…で、俺のところへ来た…と」

「ウン…」

 

ちゅーっと紙パックのイチゴ牛乳を啜る秋人。甘っと眉を寄せ上げる、

丁度昼休み、春菜お手製の弁当を残さず平らげた後、自販機の前でコーヒーにするか、と指をボタンに伸ばしたところにふいに声をぶつけられたのだ。…背中に体をぶつけられた、すなわち体当たりされたともいう。はずみに押されたボタンが不本意な甘い飲料のものであったのだ

 

少し落ち込んだ様子のララ…しゅん、と俯いている。チラリと物欲しそうに秋人の唇……口元に視線を投げたあと、更にがっくりと肩を落とした。

 

…あの後、学校で「春菜はお兄ちゃんが大好きでしょう!」とか「唯はおっぱいが最近もっとおっきくなって感じやすくなったでしょう!」とか「リサは最近恋をしているでしょう!」だとか占い(暴露話)を披露したが、混乱を生むばかりだった。

 

「占いとかじゃなくて祈祷とかはどうなんだよ?」

 

ほらよ、とララにイチゴ牛乳を手渡す秋人。ぱっと顔を上げ笑顔になるララ

 

「キトウ?なぁにそれ?」

ちゅーっと桃色の甘い飲料を吸い上げながらララは小首を傾げる。

 

「幸運のお祈りとか、困難な出来事を避ける意味とか…なんかそんなのだ」

「ナルホドー!お兄ちゃんあったまいー!じゃあお兄ちゃんはソレ!それしてあげる!」

《ではララ様これを…》

サッと万能ツールをララに渡すペケ。神の依代と呼ばれる"幣束(へいそく)"代わりにするらしい。

 

「えーっと…コレをどうするの?」

ゴミ箱に紙パックをぽいっと投げたララはきょとんとした顔で幣束と秋人を交互に見やる。秋人は全部処理させるつもりはなかった桃色のイチゴ牛乳…描く綺麗な放物線を残念そうに目で追っていた。ララは続きを催促するようにクイクイと秋人の袖口を引っ張った。

 

「はいはい、引っ張んなっての、むしれるだろーが…えっと、その剣…幣束をふって、適当な…かしこいかしこい羊が一匹、じゅげむじゅげむ後藤さん風邪薬ください、とでも言って最後に"あなたに幸運がありますように!"ってつけ加えればいいんだよ」

《めちゃくちゃな…きっときちんとした文句があるでしょうに》

 

この場で唯一の常識を持つペケの溜息と呟きは誰にも聞こえなかった。ペケは此処へ来るまでララの機嫌の上昇を図ろうとなんとか一人、頑張っていたのだ。最後の最後に頼ったのが秋人であった。――――ペケが提案する前にララは秋人のもとへ向かったのだが

 

「おー!なんだか楽しそう!よーし!やるね!」

あっけなく機嫌が上昇気流にのり、元気よく返事をしたララは目をつぶり、秋人の頭の高さまで幣束代わりの剣を掲げ、左右にぶんぶんと振った。紅白の巫女服を纏い、結い上げたピンク髪を弾ませるララ、形のよい魅惑的な胸も同じくゆさゆさと揺れる。窮屈さを感じる為ララはブラをつけないのだ

 

「かしこいかしこい必需品!……"お兄ちゃんに幸運がありますように!"」

 

だいぶ端折られた文句、ピタリと秋人の頭の上に万能ツールを止め、力強く祈りの言葉を発する―――――

その言葉に偽りなど欠片も無く、まごころの言葉であることを秋人は胸に感じた。

 

「…どうかな?お兄ちゃん」

「ん、サンキュなララ。すごい幸運になったぞ」

「え!?さっそく?!すごーい!わたし!」

 

よしよしと穏やかな表情でララの頭を撫でる秋人。

 

「で?どんな幸運だったのー?」

「ああ、ララのおっぱいがゆさゆさ揺れてて、ときどき当たって幸せだったぞ」

「ん?揺れるのがいいの?」

「そうだぞ、何気ない日常の中、ふと揺れるおっぱいに男は幸せになるのだよ、そしてだな…」

 

こう?と、はね飛ぶララ。ぶるんぶるんと大きく揺さる。なんだかとても楽しそうだと、その無邪気な姿に秋人も語る口を(つぐ)み、笑顔で眺める。ララの楽しげな笑顔には本当に誰かを、識らないどこからの誰か(・・・・・・・・・・・)さえも幸せにできる、そんな力がある気がしたのだ。

 

そうして秋人が幸運になったのを知ったヒロインたちはララの祈祷へ殺到した。

 

―――――つまりはこれがきっかけだった。

 

 

2

 

「ん?なんだ?あれは…」

「?どうかした?お兄ちゃん」

 

ふたり仲良く彩南高校に登校した春菜と秋人。教室に続く廊下の先に人だかりを見つける

ちらと人だかりから秋人へ目を移す春菜、秋人はより遠くを見ようと目を細めていた

 

「"こううんララうらない ごりやくあり いっかいひゃくえん"…祈祷じゃなくなったのか」

 

無意識のうちに口元を(ほころ)ばせる秋人。優しい眼差しと浮かぶ苦笑い、見上げる春菜も想い人の穏やかな表情に無意識のうちに頬を赤らめてしまう。

 

…秋人は知るはずもなかったがウチへ帰ったララが嬉しそうにキトウキトウと言ったところ、何を勘違いしたのかモモが目を丸くして驚き「ダメですよお姉様!そのようないやらしい単語を口走っては!」と言葉を封じたのだ。モモの秋人へのヘイトはぐーんと上がった。……ちなみに百円の料金設定はナナの案である。初めはモモのいう10000円だった、それは高すぎダロ、リピートっていうか顧客を増やしてうんぬんかんぬんとマーケットコンサルタントばりに頭のキレるナナ。"甘いもの"、"兄上(仮)"、"えっちぃ知識"以外は至極マトモなプリンセス・ナナに論破されるモモ…という出来事があったのだった。

…ピーチ姫が一人自室に戻り「ペタペタ草原のクセにぃ!」と枕をバンバンと叩いたのはまた別の話

 

「あ、先輩!ちょっと!なんなのこの人だかりは…私達風紀委員会はこんなの認めてないわよ?!」

「んー…よく見えないけどやってんのは祈祷だな、ララの巫女コスは可愛かったしな…アレだけ揺れれば、まぁそりゃあ当然人気出るよな」

「はあ?何よソレ…なんだかハレンチな匂いがするわね」

「なんだそりゃ、どんな匂いだよ…まぁあってるけど、大丈夫じゃなかろうか…」

 

ララの祈る姿…もとい跳ねる、揺れる双つ丘にえっちぃ目を向ける不埒な男(秋人含む)はララの横に控えるリトやレンが許さないだろうし、もともとララは王女であり、美少女転校生だ。このように人に団子のように殺到されるのは慣れっこだろう、それに―――――

 

「まぁ効果がないとわかればすぐにブームも終わるだろ…おっと悪い春菜、唯も」「きゃっ」「わ!」

 

ララ占いへと走りよる男子生徒に背を押され、春菜と唯の方へよろける秋人。とっさに壁に手をつき身体がぶつからないよう二人を庇う―――――俗にいう壁ドン状態だった。

 

「お、お兄ちゃん…」「せ、先輩…」

「悪い、すぐ離れて…お、おおおう!?」

ドキドキと高鳴る鼓動、二人の乙女は期待に慎ましやかな丘を、破廉恥な山を膨らませた。

 

更に殺到する男子生徒たちに、再び背を押され…密着して春菜と唯の二人を胸に抱くようにしてしまう、柔らかな躰の感触、女の子特有の甘い匂いが秋人の鼻腔をくすぐる。

 

「わりぃ春菜、唯」

「う、うん…大丈夫…?お兄ちゃん」「わ、わたしも別に…ハハハハレンチだけど厭じゃない、わ」

 

すまなそうな顔をして謝罪の言葉を口にする秋人。頬を朱に染める二人の少女。同時に同じことを二人は考えていた―――――秋人にとって、兄、先輩にとって"真のセクハラ行為"もとい"ハレンチ行為"は自らやるものであり偶然やラッキーは良くない、自らえっちぃ行為をしてそして出来れば春菜の方から、唯の方から、ヒロインの方から"あなただったら…わたし…いいよ"と求められたり許しを得るのがそそられるようだった。こっそり春菜も、唯ですらそういうアピールをしているのは内緒である

 

「秋人!まったく、此処に居たのか」

「!…凛!おおおう!?た、助けてくれ!」

 

秋人探索に定評のある九条凛。このままではクラスメイトが間に合わず朝のSHRが始められない…というのを口実に迎えにやって来たのだった。西蓮寺家まで迎えに行き、一緒に登校…という勇気は勇敢な武士娘にはまだ、ない。

 

凛の目には駆け寄る男子生徒たちの群れに押され、壁・春菜&唯&秋人・人混みのサンドイッチ状態になっている三人があった。

 

「まったく…情けない声を出すな。それでも男か…待っていろ」

ひょいとどこからか竹刀を取り出し二、三度振ると人混みへ向けて気合一閃、たたっ斬る凛。

 

凛々しく光る眼光、踊る漆黒の一つ結び、靡くスカート…「うぎゃああああ!」「うおおおおぁあああ!」「キャー!リン!わたくしまでぇえ!」…木霊する無数の悲鳴。

 

「た、助かった…サンキュな凛」

「…情けないぞ秋人、今度剣道を教えてやる。覚悟しておくんだぞ」

「ハイハイ…はいはいはいはい、頼りにしてるよ凛」

 

秋人の制服の襟を正してやりながら"頼りにしている"その言葉にじーんと豊満な胸を震わせる凛。スカートの埃をはたき、ジト目を向ける春菜と唯。

 

こうして春菜、唯、凛に幸運があったのだった。

 

 

3

 

 

「仕方がないじゃないですか…春菜さんとお兄さんのウチのソファー…三人用なんですから…」

「で、でも…」

「まさか家主の春菜さんとお兄さんを床に座らせるわけにはいかないですし…ヤミさんは正座や床に座るの苦手ですし…だからこうするしかないんですよ」

「いや、だったら…」

「それとも優しい春菜さんは"美柑ちゃんだけ床に座ればいいんじゃない?"とでもいう気ですか…?三人用ソファーに三人座って、私だけ冷たい床に座ってのけものに?」

 

(冷たくないよ…だって床、ふかふかカーペット敷いてあるから…)

 

春菜は思ったが口に出せなかった。ひどいです、と上目遣いで見上げてくる美柑の瞳は僅かに涙で潤み、母性本能をくすぐったからだ。

 

「いいじゃねぇか別に…春菜、美柑だってたまには甘えたくなるもんだぞ?普段しっかりモノだからな」

「はい…ありがとうございますお兄さん」

 

頬を染めつつ兄・秋人を見上げる美柑。秋人の膝に跨がり、すっぽりといった具合に身体全身を預けている。

 

―――そう、三人をソファに座らせた美柑は「あ、わたし座るところありませんね、でしたら…」と白々しく(春菜にはそう聞こえた)口にすると秋人の膝上に腰を下ろしたのだった。

秋人も秋人で慣れた様子で(春菜にはそう見えた)ん?ああ、そういえばそうだな、といった顔をしただけですんなりと受け入れている―――ずいぶん毒されてしまっているらしい。美柑のおなかを抱えるように抱きすくめる兄であり、大切な想い人でもある秋人は、確か好みの女性のタイプは自分のような(・・・・・)タイプだったはずである。

 

「好みのタイプ?そうだな…俺はヒロイン全員好きだぞ?…睨むなよ、悪かったっての春菜…そうだな、コス…じゃない、服装って大事だよな?和服とか俺は好きだぞ?あと他には―――――――――」

 

和服→浴衣→清涼感→清純→わたしのこと?

 

とゆるやかに自身へと解答を導いた春菜。えへへ、お兄ちゃんったらしょうがないんだから、とだらしない笑顔になったのは二日前のことだ。

 

ちなみに秋人が続けた「他にはメイドだのナースだの婦警だの魔法少女コスだの、なんでもイケるな。やっぱカワイイは正義」との発言は春菜の意識から完全シャットアウトされている。

都合の悪いことは聞こえない、意識の外へと放り捨てる術を春菜は兄から学んでしまったのだ。だいぶ毒された清純ヒロインだった。

 

その男が好みのタイプど真ん中の自身を放っておき、突然ウチに遊びにやってきたふたり、というより美柑と仲睦まじく会話を続けている。

 

春菜の視線の先には、ニコリと頭越しで笑い合うふたりがいる、見下ろす秋人と見上げる美柑。美柑が頭を揺らすとてっぺんにある結び目がゆらゆらと揺れ、秋人の鼻をくすぐる。秋人は誘われるがままにパクっと(それ)を口に含んだ。美柑はその感触を待っていたかのようにニッコリと笑う、「もう、髪食べちゃだめですよ」なんて言いながら……漂うラブラブといった甘い雰囲気(春菜以外にも勿論そう見えた)

 

「お兄さん、はい、食べるならこっちをどうぞ」

「お、みかんかサンキュな…」

…"蜜柑"の()には毒があり、それを食べて天敵に襲われないようにするものもいる…と春菜は知識として識っている…もしやそんな毒が、美柑ちゃんの髪にもあるんじゃ…などという奇妙な疑問で現実逃避を図る春菜。、まさか自分より遥か年下にヤキモチを焼くわけにはいかないのだった

 

ぱく、もぐもぐと秋人…見上げる美柑は幸せそうに微笑み甲斐甲斐しく世話を焼き続け、その様子に春菜の思考が瞬時に現実へと引き戻される

 

(違うもん…お、お嫁さんは私だもん…でもなんだろう…私よりずっと年下のはずなのに、美柑ちゃん色っぽい…思わず甘えたくなっちゃう色気…愛人さんとか…向いてるかも……お兄ちゃんが浮気!?お嫁さんで奥さんな私より甘えさせ上手な二号さんの美柑ちゃんのほうがイイの…!?)

 

「ぐぬぬぬぬ…」

「…なに唸ってんだ春菜、お兄ちゃん心配ですよ」

「何かストレスでもあるんじゃないですか?お兄さん…たまには別の女の人…別のヒロインにお世話を任せるなんてどうです?」

「そうか、それもアリかもな」

 

ヤミは我関せずとばかりに美柑とお土産に、と用意したたい焼きを頬張っている。既に半分程平らげていた。

 

 

こうして美柑にも幸運があった

 

 

4

 

そして、とある放課後

 

「はあ?!沙姫様(あのバカ)を元気付けろだあぁ!??」

「バカ?…誰だいそれは…?ああ、天条院先輩かな?」

 

長い廊下に素っ頓狂な声を響かす秋人。異星の王子らしく顎に手を当て丁寧に言葉を返すレン。

 

「そうなの…沙姫様…、毎日物思いに耽って元気がなくて…留学の話に悩んでるみたいなの…だから…癒やしを…沙姫様に元気を、と思って」

「だからってなんで俺に…なんでだっての、綾」「それは…先生がたくさんの素晴らしいアイディアをお持ちであるからでは?」

 

面倒くさいからパース、とレンの肩を叩き、立ち去ろうとする秋人、いいんですか?と首を傾げつつも後を追うレン。王子とその悪友従者…といった図であった。立場が逆な気がするが

 

「お願い!沙姫様の力になってあげてっ!お金なら払うからっ!」

 

ふたつの背中に悲痛な想いをぶつける綾

 

「舐めるな!金で人を動かせるなどと思うなよ!ブルジョワめ!ぱっつん眼鏡っこめ!人の想いは金より重い!」

 

振り向かずにクワッと叫ぶ秋人。流石は先生…、とその言葉にジーンと感動に胸を震わせるレン。

 

「A5肉好きなだけ食べていいから!」

「話だけでも聞こうか、綾。焼き方に俺はウルサイタイプだ」「先生…」

 

瞬時に綾へと向き直り凛々しく整った面立ち、よく通る声で秋人。さっきとは違う感情に胸を震わせるレン。

お金で買えるのでは?という当然の疑問の答え、それは秋人が無駄なお金を持つと"はるちゃんぎんこう"に(勝手に)貯金されてしまうからだ。没収とも言う。そしてお金は将来的に(ヤミ)へときえる、残高の確認も、引き落としもできない…とんだ○銀行だった

 

こうして

 

「ヒャッハーッ!水と食料、そしてスイーツ(甘)、兄上(仮)を置いてけー!」

叫ぶ悪党、肩パッド。

「そ、そんなっ!(わたくし)には…私達にはもう水も食料も…兄上さんも居ないのですわっ!」

悲痛な叫びをあげる沙姫、お嬢様。

 

「アアン?!何シケたこと言ってんだぁ!じゃあオマエがアタシの兄上になるかぁ?……ってなれるかぁい!いらんわ!ン?オマエは天条院グループの一人娘だなァ!?ハッ!オマエを使ってカネ儲けしてやるッ!」

「くっ…!」

悔しそうに唇を噛みしめる沙姫…

 

そう、結城家へと逃げこんだ沙姫は謎のトゲトゲ肩パット装備の桃色ツインテールの襲撃を受けていた。開け放たれた玄関のドアからは吹きすさぶ春一番。その風に少女のピンク髪が揺れる、桃色ツインテール少女はさながら桜の妖精のような愛らしさがあった。(服装の黒いレザーが不似合いすぎるが…)風に桜が散る事に文句をいいにやってきた…というわけではない。家出した沙姫を連れ戻しにきたのだ。

 

ちなみに

「アレー?サキー?どうしたのー?」「ご機嫌ようララ…少しお世話になりますわ…全く、狭い家…まるで小屋ですのね」「?なんかあったの??」「ちょっと家出しただけですわ」「じーっ」「…なんですの?」

 

「どうしてお兄ちゃんのとこ行かなかったのー?」

当然の疑問をぶつけるララ。たしか兄と沙姫の仲は悪態をつき合いつつも、関係良好のはずであった。

ふっと鼻を鳴らして、肩をすくめる、不遜な微笑みで沙姫は言った

 

「あの凛が想いを寄せる男性の家に、もしも(あるじ)である(わたくし)が転がり込んだら、私に仕える凛は良い思いをしないでしょう……例え私があの下賤で下世話な下僕になんの感情も抱いていないと知ってても、心は割り切れるものではありませんから。主ならば従者の心にもキチンと配慮すべき…名家たる者の責務(ノブレス・オブリージュ)ですわ」

 

おー!オトナだー、サキー!とララは目を丸くして素直に感心した。ララも王女としていつもザスティンを従えていたが、自由に振る舞わせていたため正直配慮などしてなかった。―――そんな大切な心得を教えてくれたサキを渡すわけにはいかない、とララの瞳に決意が灯る。

 

「サキは渡さないよっ!ナナ!」

「姉上…ッ!例え姉上でもアタシはこの不味そうな"チョココロネ"を貰ってくぞ!」

(なっ…!誰がチョココロネですの!…それに不味そうなどと…!演技にのって上げましたというのに無礼な…流石はララの妹ですわね)

釘付きバット…ではなくチョコチップつきフランスパンを手に持つナナは立ちふさがるララに多少びっくりした様子だが、真剣な表情で沙姫の前で庇う姉を見据える

 

「…何を手こずっている」

「凛…ッ!」

 

すっとナナの後ろから姿を現す…紋付袴。新選組の装いをした沙姫の従者が現れた。凛々しい彼女によく似合っていたが襟と背中には"ルンちゃん激ラブ萌え萌え親衛隊"と恥ずかしい文字がプリントされている。"ルン"のところはマジックの二重線で消されていたが、そこに入るべき二文字が何なのかは沙姫にはよく分かっていた。もしもその文字が入ったら…と先を想像して笑みをこぼしそうになるが、なんとか沙姫は堪える。

 

「沙姫様…無駄な抵抗はやめて私に…ついてきてもらいます」

「クッ……誰か…誰か助けはいないんですの!?」

 

「助けなら…此処に居ます!」

 

誰?!と沙姫が振り向くと其処には…

 

「癒やしの光ぃっ!春菜ホワイトぉッ!清純清楚にただいま参上ぉッッ!」

 

やけくそといった具合に叫ぶ春菜。お兄ちゃんのばかぁ!と続けて叫ぶ、ふわふわ真っ白、ゆるふわメイドコスを可憐に着こなし、その姿は白百合の妖精のよう。美しくも愛らしいその妖精には誰もが目も、心も奪われるだろう…が、その頬は赤く、瞳も羞恥と憤怒で潤み、どこかをじっと睨みつけている。妖精はかなり無理をしているらしい、原因はスカートがやけに短い事、だろうか、ぎゅっといった具合に裾を握りしめている。まさかお気に入りの青が見つからず、穿いてないなどとは沙姫が知る由もなかった。

 

「ララさん!これで変身してッ!」

「!」

 

ぱしっとララに投げつけられるペケ。しっかり受け取ったララの体が光に包まれ…

 

「天然系!発明品で何でも解決!ララーーーー!ピーーーーンクッ!」

《ララたん、とらぶるエネルギーフルチャージ完了済みだぎゃ…なんですかこの喋り方は…》

 

ケーキのクリームで悩ましい部分を僅かに隠し、艶かしさ抜群のララ。Vっとピースで天真爛漫な笑顔。ふるりと揺れるメリハリボディもお色気全開…というよりララの無邪気さで健康的さが優っていた

 

「まままままま巻き込まれけ‥「たっぷり果汁で秋人(あなた)に愛を、もぎたてフレッシュ美柑オレンジ」‥ク」

 

ドンッと背中を押され名乗りを奪われるリトピンク(ジャージ)。うわっと転び沙姫・ナナへと抱きつき押し倒してしまう。沙姫のごわごわと布越しの柔らかさとレザー地のナナのペタペタ大地がリトの純情心を大いに刺激した。勿論それは喧嘩女王とチンピラ少女の怒りの琴線も大いに刺激した

 

「敵か味方か分からない…破壊の使者…金色ブラック、もう貴方の日常は平凡ではいられない…」

いつもの戦闘衣(バトルドレス)のヤミはアキト、あとで覚えておくといいです…とボソッと聞こえるように呟いた。

 

「ああっ!リトピンクが!タイヘン!でも名乗りたーい!だから名乗るよ!みんなっ!せーのっ!」

 

「「「「帰ってきた!とらぶる戦隊!無印原作をもっかい読むんジャー!」」」」

 

ボロボロにされたリトがフローリングと壁にぶつかり、ガシャン!ガシャガシャ!パリンパリン!と食器の割れる音が響く、体操着にお玉&エプロン装備の美柑オレンジの眉がピクリと上がる…なんとも現実的な登場音だった。

 

その時、刺激的すぎる魅惑の悪役、大ボスのモモは一人キッチンの影で「ええっと…私の台詞は『フフッ…紋付袴サムライガールがやられたようね…しかしヤツは天条院シークレットサービス内では最弱…真の最恐・最悪はこの私…サキュバスクイーン、モモ・ベリア・デビルークなのだから…貴方達、吸い尽くしてア・ゲ・ル』でしたわね、ああっ何という大役、しっかりあの方に向けて演技をしなくては…うふふ♡そのあとホントに吸い尽くしてあげちゃったりして…うふふふふ♡」いそいそと鏡で自身の姿、レースクイーンコスをチェックするモモ。悩ましい白い躰を覆う真っ赤なハイレグ・レオタード。背には悪魔を思わせる小さな黒翼。モモ本来の色香も相まって十分に男を惑わせる姿であった。さて、そろそろ出番…とキッチンから舞台である玄関へと向かう…と

 

「…よっよく来たわね、小娘たち…真の最恐・最悪…ハレンチクイーン、古手川唯が貴方の精を吸い尽くしてア・ゲ・ル…わ、よ…」

 

破廉恥ボディを覆う真っ赤なハイレグ・レオタードに妖艶に仕立て上げさせ、背には悪魔を思わせる小さな黒翼。唯本来の色香も相まって十分すぎるほどに男を惑わせる姿であった。声は羞恥で若干震え、頬も上気していたが、なんとか真面目に演技している…それが更に淫靡であった

 

ガーン!と出番も台詞も格好も奪われ絶句のモモ。

 

…モモの秋人へのヘイトが臨界を突破した瞬間であった。

 

「みんな!最後の攻撃だよー!」

 

登場素早く最後の攻撃をお見舞いする"原作を読むんジャー"の4人。ガッと沙姫の両肩を抑える

 

「な!なんですの!?私を裏切るんですの!?ララ!?」

「ゴメンね!サキ!ちょっと我慢してね!」

 

キャー!うらぎりものぉぉお!ゆるしませんわよぜったいにぃいい!と二流悪役の捨て台詞で消える、流される沙姫。

 

流され(・・・)消えたその沙姫は…

 

「や、やっぱりこんな扱い…!ここは…「おや?君は…?」」

 

"じゃーじゃーワープくん"で流された先、そこはザスティンたちの宇宙船であった。湯上がりのほかほかとした湯気を上げるザスティン、沙姫の想い人がそこに立っている。驚愕し困惑する中、じんわりと暖かいものが胸に広がっていく。辛い時、困難にぶち当たった時は想い人の姿を見るだけで癒される思いになれるのだ

 

「ざ、ザスティン様…」

 

瞳を恋に潤ませる沙姫…―――はたと気づく。この案、この演劇を誰が練ったものかと。

 

ただ単に何かに釣られただけならば沙姫とザスティンに連絡して引きあわせてしまえばいい、だがそれをせず、こうして回りくどいやり方で、思いがけずの出逢いを味合わせてくれたのだ。最初に出会った二人のように…その為に先程の無礼すぎるララ姉妹と、その友人たちにも根回しをしたのだろう…―――

 

ふっ下僕のくせに生意気ですわね、と沙姫は一瞬苦笑をひらめかせ、だが直ぐに柔らかな表情(かお)を取り戻す。

 

目の前には美しい青い惑星を背に立つ、金髪の、彼女の王子様がいるのだから、一秒たりとも無駄にはできないのだ

 

(―――でも、まあ…少しくらいは貴方にも感謝してあげますわ、秋人)

 

そうして幸せな笑顔を一層濃くする沙姫なのであった。

 

 

このように沙姫にも幸運が訪れた。

 

 

5

 

幸運のララ巫女ブームが一段落した放課後。

 

「そういえばララさんに幸運はあったの?」

「んー?私ー?」

 

教科書とノートを几帳面に整理しつつ春菜はずっと気がかりであった事を尋ねた。ララが幸運にしてくれるのであれば、誰がララを幸運にするのか気になっていたのだ。

唇に指を当て、んーと小首を傾げるララ。やがて一つの出来事へと思い当たりエヘヘとはにかんだ笑顔をみせる

 

「ウン!リトとデートしたよ!」

 

満面の笑みを浮かべてみせるララ。幸せといったその笑顔につられて春菜も笑顔になる。

 

「そっか、楽しかった?」

「ウン!」

 

大きく頷くララ。恋に学生生活に、と大いに充実した日々を送る目の前のプリンセスは体の節々にまで瑞々しいパワーで漲っているようだった。見るもの全てに元気をくれる…太陽のような、そんな弾ける魅力がある。と春菜は思った。当然、恋する春菜も同じ活力がある…ララとはタイプの違った、控えめで、優しげな…月の癒やしであったが。

 

「そっか…良かったね。ララさん…どんな楽しいことあったの?」

「んーとねー」

 

ララの活力に満ちた自然な輝きに惹かれた春菜は自身の参考に、と尋ねた。勿論、想い人との素敵ラブラブライフの参考にするつもりなのだ。

 

「リトと一緒に歩いてる時に「どこかにリトの好きなカラアゲが落ちてるといいねー!」って言ったらほんとに落ちてて二人でびっくりしたり」

「うんうん」

そんな偶然、あるものかな?と春菜は思ったが黙認する。ララの周りでは不思議で楽しいことがあって当然な気がしたからだ。

 

「いい天気でぽかぽか陽気だったんだけど、「リトもう春だねー!でもどこかの国では雨が降ったり冬だったりなんだよね?んー…暑い、もうちょっと薄着がよかったかなぁー…こんなに暑いと濡れてるヒト見て涼しくなりたいね!」って言ったら全身ずぶ濡れのヒトが歩いてたり」

「?うんうん」

誰かな?と疑問符を浮かべる春菜、なぜか日曜、「漫画読んでたらドブに落ちた…ドジっ子だったらしい俺」とずぶ濡れになった兄の姿が思い浮かんだ

 

「"マジカルキョーコの溶岩風呂"を探しに行ったんだけど…なんかお風呂が詰まるとかいう理由で生産中止になってて、それでどこにも売ってなくてってガッカリしてたら!なんと!ウチの玄関前に落ちてたんだよー!リトと二人で大喜びしちゃったー!」

 

春菜は「あはは…良かったねララさん」と苦笑いでそれに応える。ラブラブライフの参考にならなかったからではない。おそらくその日、朝も早くから出掛けた秋人は、ララの欲しがるソレを手に入れるため奔走していたのだ。勿論、そんなことを素直に伝えるはずもなく「どこにいくの?お兄ちゃん」と尋ねる春菜に「春菜に似たパクリがいるらしいからな、その調査だ調査。嫌がらせしてくる」とだけぶっきらぼうに答えただけであったが。

 

(…今日帰ったらお兄ちゃんにウンと優しくしてあげよ、)

 

心に満ちる慈愛の気持ち、いつも自分を(からか)ってばかりの兄・秋人。愛しい想い人のそういう素直になれないカワイイところに春菜はたまらない気持ちになるのだ。

 

「どうかしたのー?春菜ー?」

「ううん。なんでもないよ、ララさん。」

 

遠い茜雲にぼんやりと目をやった春菜はうつくしい夕焼け空に秋人の笑顔と恋する気持ちを浮かべ、目を線にして幸せそうに微笑むのだった。

 

―――こうしてララにも幸運があった。

 

その同じ夕暮れ時、同じ校舎屋上で一人、夕焼けの斜光を灯りに本を読みふけるヤミ。本に暗い影が落ちていく…雲が灯りを隠したのだ。

 

「…。」

そろそろかな、と頭を上げる…視線の先には彼女がずっと待っていた青年が「なんか最近、妙に大変だったな…なんだったんだ一体…」などと呟き、だらだらと気だるそうに歩いていた。

 

「…」

その背をぼうっと見続けるヤミ…人形のように完璧な造形を同じく儚げな茜色が染め上げる…表情からは何を考えているのか…分からない。だが、彼女の親友がみれば、僅かに上る口元から何か良いことがあった、と読み取ることだろう

 

――――――そうしてヤミには幸運は訪れなかった。

 

彼女にも幸運が訪れるのは、もう間も無くの仲春(ちゅうしゅん)、それ以降の季節の話。

 

 

「……ふふ♡せんぱい…ヤミお姉ちゃん…ドキドキ♪」

 

漆黒の瞳に妖しい輝きを灯し……そんなヤミの監視を続ける一人の少女。

 

(―――"金色"から心を奪い、本来の兵器(モノ)へと目覚めさせる…そうしてメア、お前は金色と戰い、自身の能力向上を成す―――――より強く、より高みへ…性能向上(アップデート)の渇望は兵器としての本能だ。)

 

「ウン…理解(わか)ってるよ。マスター」

 

自身の裡に闇を住まわせるメア……黒咲芽亜。

 

彼女が闇と決別し、確かな光を手に入れるのも……――――――

 

(―――所詮この世は暇潰し。時間は有効的に活用しなければな(・・・・・・・・・・)…ククク…)

 

 

――――――あたらしい、季節での話。

 

 




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2017/07/30 一部修正


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