ハデス様が一番! (ボストーク)
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第001話 ”白兎は傷つかない”

もう一本『ダンまち』の連載があるのに、やってしまいました新シリーズ(汗)

この作品は独立した世界観を持ち、どちらかと言えば原作の平行世界っぽいです。

執筆裏話は後書きに回すとして……原作と違う出会いを果たしたベル君の物語(ミィス)を楽しんでいただければ嬉しいです。


 

 

 

この街のどこに行けばいいか、どこに居ればいいのか……僕はもう何もわからなくなっていた。

でも、僕を受け入れてくれるファミリアはどこにもなくて、

 

(冒険者にもなれないまま、ただ一人彷徨って朽ち果てていくだけなのかな……)

 

そんなことまで考えていた時のことだった。

 

「ねぇ、君……」

 

「えっと……ぼ、僕ですか?」

 

僕は小さな女の子に出会った。

 

「うん。君も一人ぼっちなの?」

 

僕よりずっと小さくて、もしかしたら10歳にもなっていないのかもしれない……その時は、そう思った。

 

「はい……」

 

不思議な女の子だった。

陽光を柔らかく返す腰まで伸びた淡い銀色の髪と、少し垂れ気味だけど吸い込まれそうな深い色合いの大きな金色の瞳……

小さな肢体(からだ)をゆったりとしたデザインの白いワンピースに包み、顔は信じられないくらい整っていて……なんだか、幼い顔立ちなのにとても美人に見えた。

ずっと年下に見える女の子に美人なんて表現は、我ながらおかしいとは思うけど。

でも一番印象的だったのは、

 

「わたしも、だよ」

 

その子がとても寂しそうに見えたことだった。

 

「えっ……?」

 

「わたしも”地上(ここ)”では一人ぼっちなんだ」

 

そうだったんだ……きっと、この子も僕と同じで何もなくて……

 

「あの、えっと、よかったらなんだけど……」

 

その子はもじもじしながらとても恥ずかしそうに、

 

「わたしの家族(ファミリア)になって欲しいなって……」

 

 

 

歯車がカチリとかみ合い、ゆっくりと動き出すのを感じていた……

 

そう……僕はこの時、確かに自分の運命(かみさま)に出会ったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

それは天界でも有数の力を持ちながらも、実はとても寂しがり屋の小さな女の子と、か弱いけどとても強い一羽の白兎の物語……

もしかしたら、ハートフルボッコ・コメディかもしれないけど。

 

 

 

”ブモォォォーーーッ!!”

 

ハァ……なんて日なんだろう。

 

「まさか地下迷宮(ダンジョン)の第5層で、ミノタウロスとエンカウントするなんて……」

 

(僕、なんか悪いことしたっけ?)

 

取り立てて思い当たるフシが無いんだけどなぁ。

 

(でも、大人しく逃がしてくれるってわけはないよね……)

 

ミノタウロスは、なんだかとても怒っていた。

ここで背中を向けて逃げ出しても、すぐに追いつかれてひき肉だろう。

 

(もしかして、もっと深い層で凄腕の冒険者に襲われたのかな?)

 

ミノタウロスの出現層は一番浅くて第11階層くらいの中層だった筈だ。

あまり良くないって自覚のある僕の頭で予想できるのは、中層に居たミノタウロスが何らかの理由で上層まで逃げてきたってことぐらいだ。

 

「でも、ごめんね」

 

僕は君に殺されてあげるわけにはいかないんだ。

だって、

 

「僕が殺されたら、”あの子”が一人ぼっちになってしまうから……」

 

それだけは許されない。

何より……

 

(誰よりも……僕自身が僕を許せなくなる!!)

 

「避けられない戦いなら……」

 

僕は左手に盾を、右手に片手槍(ショートスピアー)の握りながら感触を確かめる。

 

「勝てなくてもいい。生き残れれば文句は言わない」

 

だから今は戦おう。

それが生き残る最善の道と信じて!

 

「我が身は我だけの身に非ず! 全ては”ハデス様”の為に!!」

 

覚悟の言葉と共に僕は恐怖で竦みそうな身体に、必死で喝を入れた!

 

 

 

***

 

 

 

「凄い……」

 

それがアイズ・ヴァレンシュタインが、その”どこかウサギを思わせる少年”を初めて見たときの感想だった。

 

「まるで兎さんみたい」

 

白い髪に赤い瞳……なるほど。確かにウサギを連想させる容姿だ。

だが、どうにもそれだけではないようで……

 

「なんであんなに綺麗に跳ねられるんだろう……?」

 

そう、確かに白兎の少年は”跳ねて”いた。

例えば、だ。

ミノタウロスがどんなに馬鹿力でも、人間はあんなに綺麗に吹き飛ばない。

だが白兎の少年は、ミノタウロスの攻撃を盾で受けた瞬間、まるで体重やら重力やらを無視したように綺麗にポーンと飛ぶのだ。

いやそもそもおかしいのは、人間の膂力ではモンスターとして恥ずかしくないパワーファイターのミノタウロスの一撃を、片手盾などで防ぎきれるわけはないのだ。

普通に考えれば、受けた盾ごと持ち主がグシャリといくのが当たり前なのだ。

 

アイズは、そのカラクリを優れた動体視力で見破っていた。

判ってみれば単純な話だ。

盾で受けた瞬間、その白兎は攻撃を盾で受けると同時に後ろに”跳ねて”、威力を相殺しているのだった。

リアルのウサギは跳ねて敵から逃げるが、目の前の白兎は跳ねて敵の攻撃から逃げていた。

 

それだけではない。

より細かく見れば盾で受ける瞬間、敵のインパクトを斜めにずらすように身体を捻り、生まれた回転運動に重心移動と筋力を相乗させて刹那のタイミングで槍を突き出し、槍が届く腕の比較的獣皮の薄い場所に狙い刺す。その後に、槍を抜く意味をあわせ跳ねていたのだ。

敵の攻撃を利用して非力な自分の攻撃に繋げる……実戦合気柔術や武術太極拳の中である理論であり技法なのだが、アイズはこれを初めて目の当たりにした。

 

決して華麗な技でもないし、敵を一撃で屠る高威力の技でもないけど、

 

(力の弱いものが力の強い者に打ち勝つためによく考えられた技だね)

 

アイズはひどく感銘を受けていた。

 

「でも、このままじゃ危ない」

 

傍目から見れば一方的に手傷を負わされているのはミノタウロスの方だ。

白兎は吹き飛ばされるだけで、飛ばされた方向が床だろうが壁だろうが天井だろうが、勢いを殺しきれずに無様に叩きつけられることはなく、やんわりと足腰の屈伸全てを使って残存衝撃を吸収し、その反動と縮められた全身のバネを解放することでむしろ次の突貫に繋げているほどだった。

 

そんな敵の力を巧みに利用するヒット&ウェイを仕掛け続けてる為、白兎の少年に目に見えるダメージはないが……それでも疲労は確実に蓄積されていく。

 

何より厚い獣皮とさらに分厚い筋肉に阻まれ、中々致命的なダメージは与えられない。

しかもショートスピアの攻撃レンジを逆算するなら、ミノタウロスの腕の一本や二本は使い物に出来なくなるかもしれないが、多分そこまでだ。

そして、傷ついて弱くなるのは人間だけだ。猟師(ハンター)にとって手負いの獣ほど怖いものは無い。モンスターだって同じことだ。

 

(彼の呼吸の荒さから考えて、多分その辺で力尽きる)

 

アイズが助太刀を決めたのは、そう判断した瞬間だった。

 

 

 

***

 

 

 

「助けていただいてありがとうございました!!」

 

深々と頭を下げる白髪頭の少年に、アイズはちょっと困ったような顔をしてしまう。

結局、ミノタウロスはアイズの俊速の剣で細切れにされた。

またアイズは白兎の少年が飛ばされる瞬間を狙って飛び込んだため、白髪が赤毛になることは無かった。

 

「お礼はいいです。元々私達の不手際で逃がしてしまったものだから」

 

ちょっとアイズは言いづらそうだ。

救いがあるとすれば、目の前の少年は疲労困憊はしているようだが目立った外傷がなく、少し休めばすぐに回復しそうなことぐらいか?

 

「そうなんですか?」

 

「うん」

 

そう細かく言えば彼女の所属する【ロキ・ファミリア】が第17層でエンカウントしたミノタウロスの群れ、その中で討ち漏らし逃走を許した最後の一匹だった。

 

「道理で……ミノタウロスがあれだけ怒ってた理由がわかりました」

 

「一つ聞いていいですか?」

 

「なんでしょう?」

 

アイズはさっきからそこはかとなく気になっていたことを聞いてみたくなった。

彼女らしからぬ好奇心の発露というものであろうか?

 

「どうしてそんなに冷静でいられるんですか? 失礼ながら、あまり経験豊富な冒険者には見えませんけど……もしかしてミノタウロスとソロで対峙するの、初めてじゃないんですか?」

 

すると少年は苦笑しながら、

 

「まさか! お察しの通り僕は半月前に冒険者になったばかりのLv.1の駆け出し冒険者ですよ。ソロで対峙するどころか、ミノタウロスを見るのも初めてです。何よりまだ中層に降りたことすらありません」

 

その言葉に、剣姫の二つ名でよばれるアイズ・ヴァレンシュタインともあろう者が思わず絶句する。

先ほどの戦いっぷりと駆け出し冒険者という単語の間にひどく齟齬を感じた。

 

だが、そんなアイズの葛藤を知ってか知らずか、少年の瞳は地面の一角に吸い寄せられて、

 

「あっ!? モンスタードロップだ! らっきー!」

 

 

小走りに走って落ちていた”ミノタウロスの角”を拾い上げる。が……

 

「あっ……」

 

アイズと目が合ってしまった。

そうなのだ。ミノタウロスを倒したのが自分ではないと、少年はようやく思い出した。

 

「あの……すいません」

 

決まり悪そうにミノタウロスの角を差し出す少年にアイズは首を横に振り、

 

「せめてものお詫びに受け取ってください。よろしければミノタウロスの魔石も」

 

「えっ? いいんですか!?」

 

「さっきも言いましたが元々は私達の不手際ですから。あっ、その代わり」

 

彼女は一呼吸置いて、

 

「名前、教えてもらって……いい、かな?」

 

ちょっとだけ口調が砕けたことに、少年は嬉しそうな微笑で答えて、

 

「はい! 勿論です! 僕は”ベル・クラネル”、【ハデス様の眷属(ハデス・ファミリア)】の冒険者です」

 

 

 

こうして白兎の少年(ベル・クラネル)剣姫と呼ばれる少女(アイズ・ヴァレンシュタイン)は出会った。

それは平行世界(げんさく)のような衝撃的なものではない。

なぜならベルはミノタウロスの攻撃を耐え切ってしまったのだから。

これがどのような歴史の差異を生み出すかは誰にもわからない……

 

もっとも……崇める女神(ファミリア)が違う時点で、何を況やなのであるが。

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

この新しいシリーズ、その出だしはいかがだったでしょうか?

前書きに予告したとおり執筆裏話を書くと……
ボストークがもう一本書いてる『ダンまち』の二次、通称『ダンキリ』の方でそろそろベル君が登場しそうなんですよ。
おそらく数話以内に。
その時、ふと気付いたんです。

「あっ、ヤベ。俺、ベル君まともに書いたこと無いじゃん」

とまあこんな感じ。
なので試しにベル君書いて動かしてみよう。どうせ書くなら作品として仕上げてみようと思い立ちまして生まれたのが、この『ハデス様が一番!』というわけです(^^

読んでいただいた方は既にご存知でしょうが主人公はベル・クラネル少年ですが、原作に比べて槍と盾と言うちょっといい装備をもっていたりします。
あとよく跳ねます(笑)
そして女神様はオリ神&ロリ神のハデス様ですな。
ヘスティア様はどうなさってるのかは……今のところ不明です(苦笑)

物語のコンセプト的にも最初のうちはともかく、程なく『ダンキリ』と比べて遅くなるかもしれませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。

それでは、また次回にてお会いしましょう!



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第002話 ”世界で一番大切な”


皆様、こんばんわ。
久しぶりの一日二話アップを狙ってたんですが、残念ながら間に合いませんでした。

このシリーズは、可能な限りオーソドックスな路線を目指すつもりですが……果たしてどうなることやら(^^





 

 

 

僕は今、ダンジョンを出て迷宮都市(ダンジョン)オラリオ、その北西のメインストリートにある【ギルド】に来ていた。

 

ギルド……他の街では【冒険者ギルド】って呼ばれるだろうけど、このオラリオではギルドと言えば冒険者のためのギルドだって決まってる。

 

その権威を示すように建物の造りはすごく立派で、本当の神殿みたいに白い巨柱が立ち並ぶ”万神殿《パンテオン》”形式の荘厳な外観だ。

多分だけど、オラリオの象徴であり神々の地上拠点となった場所であり、同時にダンジョンの蓋でもある【摩天楼施設(バベル)】を除けば、オラリオでもトップクラスの立派な建物じゃないのかな?

 

中身も外見に負けず劣らず立派なんだけど……

 

「ベル君、聞いてるの!?」

 

「は、はい!」

 

僕はその一室でメガネが似合うハーフエルフの可愛いお姉さん、ギルド職員で僕のアドバイザーを務めてくれてる”エイナ・チュール”さんに怒られてます。

正直、一対一で向き合う怒ったエイナさんは、ダンジョンでエンカウントしたミノタウロスより怖いです。

 

「まったくもう!……一人でダンジョンに潜ってるだけでも危険だって言うのに、よりによってソロでミノタウロスと戦うなんて!!」

 

「で、でもあれだけ怒ったミノタウロス相手に背中向けて逃げたら、絶対に追いかけられて追いつかれて今頃ひき肉になってましたし、まだ戦った方が生存率高かったかなって……それに”この盾”がありますから」

 

僕がぽんぽんと叩くのは、椅子に立てかけていた中型の円形盾(ラウンドシールド)だ。

死んでしまったお爺ちゃんが、『自分に万が一のことがあったとき』にと遺言と一緒に僕に残してくれたもので、見た目は古ぼけてるけどとても優れた盾だ。

古いせいか銘は削れてしまってよく読みとれないけど、お爺ちゃんは【アキレウス】って呼んでいた。

アキレウスには、”不壊属性(デュランダル)”を持っていて、他にも色々な隠された効果や機能があるらしいけれど……今のところ僕が引き出せるのはデュランダルと”状態異常無効化(オフィウクス)”くらいだ。

 

(なんか宝の持ち腐れってお爺ちゃんに怒られそうだ)

 

僕はまだまだ未熟だ。

あの日……お爺ちゃんが死んだあの日、お爺ちゃんはアキレウスを持っていかなかった。

多分、行きなれた山だったから危険なんて無いって思ってたんだと思う。

でも……モンスターに襲われて死んだ。

モンスターに襲われた拍子に人が入れない深い谷底へ落ちたらしくて、遺体も弔ってあげられなかった……

 

どんなモンスターよりも強いと思ってたお爺ちゃんですら、ちょっとした油断からあっさり死んでしまう……爺ちゃんの死は、世界はそういう残酷で不条理な場所なんだと僕に教えてくれた。

爺ちゃんと比べ物にならないくらい弱い僕が、油断なんてできない。できるはずがない。

 

 

 

「それはそうかもしれないし、その盾が業物だって言うのは知ってるけど……」

 

「それに元々ミノタウロスに第5層なんて浅い階層でエンカウントすること自体、すっごいイレギュラーですよね?」

 

「うっ……まあ、それも間違ってないわ」

 

あれ?

エイナさん、なんでたじろいてるんだろ?

 

「そもそも今回の一件、アイズ・ヴァレンシュタインさんによれば第17階層でロキ・ファミリアと遭遇したミノタウロスの群れの中の一匹が、途中でファミリアとの戦闘を突然放棄し、上層を目指してまっしぐらに逃げ出したことがエンカウントに繋がったんです。これはもう完全に不可抗力じゃないですか?」

 

なぜかエイナさんは深々と溜息を突いて、

 

「正論よ。確かにベル君に非はないわ。でもね、よく聞いて……新前の冒険者がミノタウロスと対峙して生き残れるなんて、本当にほんっとぉ~~~に幸運なことなのよ?」

 

「わかってます。実際にヴァレンシュタインさんが駆けつけてくれなければ、きっと危ないところでしたから」

 

「それがわかってるならいいけど……」

 

本当にいつも心配かけてすみませんです。

 

「エイナさんの薫陶はいつも心に留めてます。『冒険者は冒険をしちゃいけない』って」

 

「うん。よくできました♪」

 

そう、臆病者と罵られたって僕は進んで”危険を冒す”ような真似はしない。

だって、僕の命はもう僕だけのものじゃないから……

 

”あの子”……ハデス様と出会ったあの日から。

 

 

 

***

 

 

 

「あっ、そうだ。エイナさん、一つ聞きたいことがあるんですが?」

 

「なに?」

 

「オラリオのシキタリ的に、約束無しに他のファミリアに尋ねていっていいものでしょうか?」

 

「はっ?」

 

あっ、ちょっと唐突だったかな?

 

「実はですね……」

 

僕はポケットに入れていた布を取り出して開いてエイナさんに見せる。

 

「あら? ”ミノタウロスの角”?」

 

「ええ。僕がエンカウントしたミノタウロスがドロップした物です。ミノタウロスを倒したのはヴァレンシュタインさんなんですが、譲ってもらちゃったんです」

 

それで事情を察したのかエイナさんは「なるほど」と頷いて、

 

「つまりそれは、逃がしたミノタウロスが君を襲ってしまったことに対するお詫びってこと?」

 

「ええ。そうなんですけど……その時は嬉しくて、つい魔石と一緒にもらちゃったんですけど」

 

ううっ……我ながら恥ずかしくなるくらい現金だ。

ヴァレンシュタインさんに「がめつい奴」とか「無遠慮な奴」とか思われちゃったかな?

 

「冷静になって考えれば、ちょっと貰いすぎちゃったかなって……」

 

おまけに小心者の僕でした……すいませんすいません!

あの時は、今日の稼ぎをすばやく計算して、思考がハデス様に買って帰るお土産に至った段階で、完全に舞い上がってました!

 

「そんなことないんじゃない? ベル君は命の危機だったわけだし」

 

エイナさん、その口調だと「むしろ安すぎる」って言い出しそうで怖いです。

も、もしかして怒ってます?

何に対してはわからないけど、僕に対してではないことを祈りたい。

 

「でも結局、僕一人ではどうにもならなくて、ヴァレンシュタインさんに助けてもらったんですから。それでチャラと言われればチャラになる程度のことです」

 

あの~、エイナさん。僕の顔を見て溜息突くのは、できればやめていただきたいのですが……

 

「お人よし……君、絶対に人生損するタイプだよ」

 

「そうかなぁ? 昔からよく言われるけど、僕はそんなに損した覚えはないですよ?」

 

”なでなで”

 

「あの……エイナさんはどうして優しい目で僕を見ながら、頭を撫でてらっしゃるのでしょうか……?」

 

「特に深い意味はないけど……強いて言うなら、手のかかる弟ってきっとこんな感じなんだろうな~って」

 

正直、さっぱり意味がわかりません。

 

 

 

***

 

 

 

「ベル君が手土産もってロキファミリアを伺うって言うなら止めないし、それは別に失礼にはあたらないわ? 大手のファミリアには大体は受付係がいるし。ただし、遠征前とか忙しいときだったら遠慮するのよ?」

 

「はい!」

 

「それと、手土産だったらロキ様だったら迷うことなくお酒なんだけど……正直、ヴァレンシュタイン氏はわからないわね。一般的には女の子にはお花かお菓子が無難ね。服はサイズがわからないと意味が無いし、アクセサリーや香水だと変な誤解されかねないわ」

 

「なるほど~」

 

参考になるなぁ~。

女の子に贈るものなんて、ハデス様へのお土産以外考えたことも無いから、ホントに聞いてよかった。

 

「賄賂とか言うならまだしも、冒険者としてというより社会人の処世術として付け届けは否定されるべきじゃないからね。ベル君の行動に嫌な感じを受ける人間は、ロキ・ファミリアにはいないはずよ。多分」

 

「ううっ……常識なくてすみません」

 

「ううん。ベル君は人間としての常識はちゃんと持ってるから、後はきっちり色々な経験さえ積めばそういう部分も洗練されていくと思うわよ? 要するに冒険者として成長するのも大事だけど、人間として成長するのはもっと大事ってことなんだけどね」

 

「しょ、精進します!」

 

いや、なんで僕は満面の笑みのエイナさんに、また頭撫でられてるんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

エイナさんに見送られて、僕は魔石を換金する。

公的に換金できるのは基本的にバベルとギルドだけなので、正直助かるな~。

というか魔石の標準買い取り価格は、バベルとギルドで決めていると言って間違ってないと思う。

ダンジョンの真上に立つ(蓋をしている)バベルの換金所は確かに近いしすごく便利なんだけど、

 

(凄く混むからなぁ~)

 

街の換金所は免状持ちから非合法(モグリ)まで数多くあるけど、標準価格より高く売れる可能性もある反面、足元見られて安く買い叩かれるリスクは否定できないから、僕は使わないことにしてる。

 

(でも、今回は実入りよかったよ)

 

今日は普段の倍以上の稼ぎが出た。やっぱり雑魚モンスターとは格違いのミノタウロスの魔石が大きかったんだと思う。

何しろ結晶の大きさ、重さ、密度、純度のどれをとっても桁違いだ。

 

そして僕はいつもどおりお菓子屋さんのドアを潜る。

ここの”猫の舌”って意味の名前のチョコレートを挟んだ薄焼きのクッキーが、最近のハデス様のマイブームだ。

値段も味から考えたらお手頃だし。

 

「ありがとうございましたー♪」

 

背丈ならハデス様とそう変わらないか少し高いくらいの妙に愛想のいい小人族(パルゥム)の店員さんから12個入りのパッケージを受け取った。

 

「紅茶の葉はまだあったはずだし……」

 

浮き立つような足取りをなんとか押さえつつ、僕は家路を急いだ。

 

 

 

***

 

 

 

僕達の、僕とハデス様の本拠地(ホーム)は都市北方の外れにある。

一番近い名の知られた場所が、小高い丘の上にある第二/第三墓地というのだからかなり辺鄙な場所にあることがわかったと思う。

実際、僕達が本拠地使ってる古い一軒家は元々は墓守の老夫婦が使ってたものだったんだけど、二人が他界した後に売りに出されてたけど、立地条件が悪いので長い間売れ残ってたらしい。

それでバーゲンセールになっていたところに飛びついたのが僕達だった。

 

都市の中心部から遠いのは僕もハデス様も大して気にならないし、特にハデス様はこのもの静かな雰囲気が気に入ってるらしい。

 

そして、まだ見慣れたと言うにはおこがましい古いけどしっかりとした樫造りのドアを開けると、

 

”とてとてとて”

 

いつものように聞こえる軽い足音、廊下を曲がったときに真っ先に見える緩くウェーブのかかった腰まで伸びる淡い銀色の髪、そして僕を真っ直ぐ見つめる少し垂れ気味の大きな金色の瞳……

 

(ああ、僕は今日も無事に帰ってこられたんだ)

 

本当に……この子の姿を見るとき、本当に僕は生きてるってことを実感できる。

 

”ぴょん”

 

助走をつけて僕の胸に飛び込んでくる、小さな小さな肢体(からだ)をしっかり抱きしめて、

 

「ただいま! ハデス様!」

 

「おかえりなさい。ベルくん……♪」

 

 

 

よかった……

僕は、今日も生きてハデス様に……世界で一番大切な女の子に会うことができたんだ……

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。

ハデス様ご登場と原作とは違う、律儀な性格ゆえのロキ・ファミリアとの接触フラグ(必ずしもアイズたんフラグじゃない気が……いや、気のせい気のせい)を楽しんでいただけましたでしょうか?

それにしても円形盾の名前が【アキレウス】で、しかも持ってたのが爺ちゃんって……それって、ねぇ?
爺ちゃんもベル君を可愛がってたみたいだし、このくらいは遺しても文句は言われないでしょう。多分(^^

あとエイナさんがベル君に正論で言いくるめられてるうちにどんどん可愛くなってしまったのは、何故でしょう?(笑)

ちなみに状態異常無効化に付けた【オフィウクス】とは”蛇使い座”のことで、蛇使い座の由来を調べてもらうと意味が繋がると思いますよ?

次回は……多分、ハデス様のお仕事とかでてきそうですが、後は未定です。

それでは、また次回にてお会いしましょう!



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第003話 ” Tears in Heaven ”

皆様、こんにちわ。
今回のエピソードの主役はベル君ではなく、オリ女神のハデス様です。
少しづつでも彼女のキャラクターが伝わればなぁ~と思って書き上げました。

正直、ボストークはオリキャラを苦手としてまして(^^
皆様の反応がちょっと心配ですが……楽しんでいただければ幸いです。


2015/09/28、ハデスが「オリュンポス十二神から外され冥界の女王になった」という趣旨の修正と加筆をしました。


 

 

 

「ベルくん、ダンジョンどうだった?」

 

「いつも通りでしたよ。ちょっと”はぐれミノタウロス”に襲われたりしましたけど」

 

「そんなのはぐれてたんだ……大丈夫?」

 

「ええ。今日も”お爺ちゃんの盾(アキレウス)”に守ってもらいました」

 

「そう……よかった」

 

ベルの膝の上に座る小さな銀髪の女の子は、あまり表情は動かないけど心からホッと胸を撫で下ろした。

そこで「撫で下ろすような胸なんて無いじゃん」とか言ってはいけない。

 

 

 

ここはオラリオの北の外れにある【ハデスの眷属(ハデス・ファミリア)】の本拠地……と言っても単なる古びた一軒家だ。

とはいえ二人きりのファミリアであるのなら、これで充分とも言えた。

 

そしてベル・クラネルは、いつものようにこのファミリアの主神であるハデスを膝の上に乗せ、櫛で髪を梳きながら本日の近況報告をしていた。

言うならばこれは日常の一部であり、当たり前の日課だった。

 

蛇足ながら女神ハデスは、身長124cm/体重21kg。

現代日本なら大体小学校1~2年生の女児位の体格で、B/W/Hは上からつるーん/ぺたーん/すとーんのいっそ見事なまでの幼児体系を誇る。

ベルは決して立派な体格をしているわけではないが、それでも長時間膝に乗せても苦にならないくらい、ハデスは小さく軽かった。

 

「ハデス様はどうでした?」

 

「今日は三人、見送ったよ……」

 

見かけ小さく愛らしく、顔立ち幼いのに美人というハデスであるが「働かざる者食うべからず……だよ?」と現在ここオラリオにてある仕事に精を出していた。

 

その仕事は、ある意味においてとても彼女に向いていたのだが……

 

「”葬儀屋”さん……辛くないですか……?」

 

 

 

***

 

 

 

そう。ハデスの仕事は”葬儀屋(ヴェスピッロ)”だった。

しかし業種や産業としてシステムマチックになってる現代日本と大分様相が異なり、もっと素朴で土着的だ。

印象的に言うなら業者としての葬儀屋ではなく、『死せる魂を安寧へと導く看取り人(Qui caelum ducere animas defunctorum)』とでも言うべきだろう。

 

彼女……ハデスの役割を示すには、少しだけ背景(バックグラウンド)を語るべきかもしれない。

 

それは今から約半月前、ハデス・ファミリアが立ち上がったばかりの頃……

薬師集団ミアハ・ファミリアの店舗兼本拠地の【青の薬舗(やくほ)】など街の何ヶ所かに奇妙な張り紙が出された。

 

『消え往く命に安らぎを。大切な人の旅路を見送ります』

 

その張り紙には簡潔にそう書かれていた。

普通なら、「なんだぁ? 随分持って回した言い方する葬儀屋だな。新手か?」とか程度で済ますのだが……その署名を見た瞬間、多くの人も神も一瞬、思考を止めた。

 

ΑΙΔΗΣ(ハデス)

 

人間達はかの有名なかつてのオリュンポス十二神の一人にして、現在の冥府の王(正確には”女王”だが)の名に腰を抜かさんばかりに驚き、神々……特にギリシャ神話体系(グリーク・ミトス)の神々は狂喜乱舞した。

何せハデスが地上に降臨したという噂は流れていたが、あの天界きっての美幼女の話は僅かな目撃情報だけで、どの神も接触できてないというのが通説だったからだ。

 

 

 

話は、神々が地上に降臨する遥か遥か昔に遡るが……

一説によれば彼女のあまりの愛らしさに目がくらんだ多くの男神達が『ハデスたんは俺の嫁! 決して異論は認めない』という趣旨の発言を繰り返し、一気に男神間の関係が険悪化 → 一触即発になり、今にも天界版の『トロイア戦争、再び』になりかけた(一説によれば自らの神話体系で”神々の黄昏”を起こす事に失敗したロキが暗躍して煽っていたという噂も……)。

これに業を煮やした主神のゼウスはオリュンポス十二神の座からハデスを外し、冥界の女王に据え、醜い嫉妬で今にも戦争を始めそうな色ボケ男神(ヤロー)共から隠してしまったらしい。

 

まあ、これが新たな騒ぎの火種になったり、事実を伝えてもらえなかったハデス(これはゼウスが逆にあんまりな現実からハデスを守るためだったともいえる)がこの事象をひどく誤解していたりするのだが……それはまたいずれ別の機会にでも。

 

ともかく冥界に引きこもらされてからというもの、一部を除き神々がハデスを見る機会はめっきり減ってしまったのだ。

それが、なんということか……伝説の美幼女(アイドル)が地上で葬儀屋を始めるというのだ。

これで喜ばないわけは無い。

 

さて、ならば今にもハデス一目見たさに……その後の「グフフ……」な展開込みで依頼が殺到しそうだが、”どこからか”圧力がかかった。

そして、オラリオに住まうかつて「ハデスたんは俺の嫁」発言をした男神とその予備軍、ならびに潜在的危険因子共はまとめて【紳士協定】を結ぶことになる。いや、もう強制的に有無を言わさず結ばされてしまった。

どうでもいいが淑女という言葉は、どういうわけかどこにも見受けられなかった。

必要なかったからだろうか?

 

その紳士協定が強制決議されたときの”臨時神会(デナトゥス)”は、「いつの間に神々の黄昏(ラグナレク)が始まったんだっ!?」と誤認されるほどのガチな殺気的な意味での神威に満ちていた……と記録に残っている。

 

 

 

***

 

 

 

とにもかくにもこうして【ハデスの葬儀屋さん(ハデス・ヴェスピッロ)】は始まったわけなのだが……

神々達は”紳士協定”の手前、しばらくは表立って仕事の依頼はできず、ファミリアを通じてでも数多の制約が設けられていた。

となれば必然的に彼女の顧客は、人間などの一般市民だった。

 

そして多くのオラリオ市民は、”奇跡(ミラグロ)”を目の当たりにし、その意味を知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

ハデスは、その神としての性質ゆえに消え往く魂がわかってしまう。

だから、一目見てまだ助かる可能性のある人間の依頼は決して受けない。

逆にミアハやディアンケヒトなどの医療系ファミリアや優良な医者にかかることを強く勧める。

この商売っ気の無さも、オラリオ市民達には好意的に受け取られた。

このちょっと後に、特にとある女神の仲介で知己を得た神柄のいいミアハと意気投合、ミアハ・ファミリアと業務提携し、助かる命の為に無料で紹介状を書くことになるのだが……まあ、これは余談だ。

 

そして消える命……もうどうやっても地上に留まれない魂にだけ、彼女は”謡う”のだ。

横たわる死にかけた者の手を握り、そっとわが子に子守唄(ララバイ)を謡う母親のように……

 

 

 

わたしの声が聞こえるかな?

(Wonder if my voice is heard?)

 

わたしの歌が届いてるなら聞いてほしい

(I want to hear if my song has arrived)

 

その苦しみは痛みはもうすぐ終わるから

(The suffering is pain coming soon to be end)

 

あなたはもう充分に生きたよ

(You have already sufficiently alive)

 

立派に生ききったから

(From a splendidly taken alive)

 

だからもう休んでいいんだよ

(So cause resting anymore)

 

もう眠っていいんだよ

(I do tell anymore asleep)

 

冥府にはあなたが涙を落とすような哀しいことはなくて

(The Heaven rather you be sad, such as drop a tears)

 

安らかな時間がまってるから

(Because just are waiting restful life for you)

 

だから旅路の支度をしよう

(So ready for journey)

 

大切な人たちにさよならを

(Say Goodbye to friends)

 

遺された人たちは強く生き続けなくちゃいけないから

(Bereaved were friends must be to live storong)

 

あなたが安らぎの園で心配しないように

(So you do not worry in the Garden of Peace)

 

 

 

それはΡεκβιεμ(ペクヴィウム)……鎮魂歌だった。

いや、ハデスから紡がれる歌声は鎮魂歌と呼ぶには優しすぎるバラードで……死を恐れ苦しむ魂を慰め、黄泉へと送り出す慈愛の歌だった。

 

その歌が終わるとき、決まって死に往く者たちは微笑むのだという。

「ありがとう」と人生最後の言葉を残して……そして微笑んだまま、まるで生きていたことが幻だったように消える。

 

「よくがんばったね……」

 

さっきまで手を握っていたはずなのに、腕の中にはもう何も残っていない。

そんな時、ハデスは決まって天を仰いでから、遺された者たちの方を振り向いて告げるのだ。

 

「この人の魂は無事に冥府へと旅立ち、肉体はこの空と大地に還りました」

 

大きな金色の瞳に今にも零れ落ちそうな涙をいっぱいに湛えて、それでも苦手なはずの笑顔を精一杯つくって……彼女はそう告げるのだ。

亡き魂が、遺された人々が、もう泣かなくてすむように……

 

 

 

***

 

 

 

彼女の力は【冥府の門(ゲート・オブ・ハデス)】……名前の通り冥府の門を開き、この世と冥界を繋ぐ回廊を出現させる能力だ。

 

しかもこの能力、彼女のこの能力は彼女の『神としての資質、冥王としての役職』に起因するものであり、フレイヤの”魅了”と同じく神通力(アルカナム)には該当しない。

やらうと思えば冥界に住まう彼女のためだけに存在する義勇兵団、自称ハデス軍(しんえいたい)を呼び寄せ、オラリオくらいなら即座に灰に変える事も可能という、地上で神々が使える力としては破格なのだが……

ハデスの性格的にもそんなことはしないだろう。

だからこそ、彼女はこの力の行使を許されているのかもしれない。

 

彼女はただ、もはや救えぬ命を安らかに送り出すためにだけ力を使っていた。

だからだろうか?

彼女の力で冥府へ旅立った者は、この世への選別として亡骸を世界に還元する。

自分達はもう生きれないけど、やがて生まれてくる命が少しでも豊かになることを祈りながら……

 

その役割は現代の解釈なら葬儀屋というよりむしろ”終末医療院(ホスピス)”に近いのだが……そして今日も彼女は葬儀屋として街を駆けたのだった。

 

「辛くないよ? だって、これがわたしのできることだから……」

 

「そうですか……」

 

ベルは梳き終わった銀色の髪を柔らかく撫でる。

彼女はとても忙しい。

葬儀料として考えれば、特に安いわけじゃないけど人気があるのだ。

理由は……言うまでもないだろう。

 

「ベルくん、わたしはとても嬉しいんだよ? わたしは冥王で死神だから怖がられたり嫌われて当然なのに、みんな喜んでくれるの。感謝してくれるの。それによくわからないけど、お土産もいっぱいもらっちゃった」

 

見れば確かに机の上には食料品が山のように積まれていた。

ハデスは花がほころぶような微笑で、

 

「今日も『ありがとう』っていっぱい言ってもらえた……♪」

 

思わずギュッとベルはハデスの小さな肢体を後ろから抱きしめる。

 

「ベルくん? ちょっと苦しいよ……?」

 

「ごめんなさい。ハデス様……ちょっとだけでいいんです、もう少しだけこのままでいさせてください……」

 

「う、うん……ベルくんがそうしたいなら、いいよ?」

 

「すみません。我侭言って」

 

だけどハデスは首を小さく横に振って、

 

「ううん。わたしはベルくんの家族(ファミリア)で、お母さんなんだからいっぱい我侭言っていいんだよ?」

 

 

 

***

 

 

 

(不憫だ……不憫すぎるよ……)

 

それはベルの純粋すぎる想いだった。

 

(なんでこんなにいい子が、冥王とか死神とか呼ばれなくちゃいけないんだっ!!?)

 

祖父が死んだとき、この世は残酷で不条理な場所だと知った。

でも、

 

(ハデス様の不条理は、そんなの比べ物にならないじゃないかっ!!)

 

ベル・クラネルという存在は、生まれて初めて本気で怒っていた。

誰に対してではなく、この世界に存在する不条理に、だ。

 

ハデスが置かれた状態は、彼女自身も含めて多分に誤解があるのだが……だが、それを指摘できる存在はここにはいなかった。

 

(だれでもいい……僕に力をください……!!)

 

それは純粋だった。純粋であるが故に危険な願いだった。

だが、少年は孕んだ危険に気付けない……いや、例え気付いたとしても止められなかったろう。

 

かつてその願いゆえに破滅を迎えた英雄豪傑がそうだったように、「譲れない願い」というものは誰にだってあるのだから……

 

(この世の全ての不条理を打ち払い、ハデス様を守れる力をっっ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

その照明の落とされた薄暗い部屋では、一人の女神が微笑んでいた。

それは怖いくらいに艶やかで、同時に夜以上の暗闇を連想させた……

 

「フフフ……ベル、ようやく願ってくれたのね?」

 

頬を紅潮させ、心から湧き上がる甘美な感情に身をゆだねながら女神は言葉を紡ぐ。

 

「もっと強く願いなさい。そうすれば、私が貴方”達”の物語(ミィス)を作る力を貸してあげるわ」

 

今日は自分がいつに無く饒舌であることは自覚していた。

それは手に持つグラスに注がれた美酒(ワイン)のせいでもない。でも、止めるつもりもない。

子宮の奥底から湧き上がってくるような熱が、それを許してくれない。

 

「そして最後はきっと私の元へ来るわ。ベル、そして……」

 

彼女は瞳を潤ませながら愛しいその名を告げる。

 

「もちろん貴女もよ? ハデス」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

最後の最後に某女神様に美味しいとこを持ってかれたような気もしますが(苦笑)……ハデスにまつわるエピソードは如何だったでしょうか?

ちなみにサブタイの” Tears in Heaven ”はギターの神様エリック・クラプトン氏の名曲の題名で、息子さんが不慮の事故でお亡くなりになったときに書き上げた曲でもあります。
実は日本でもCM曲として何度か使われたことがありまして、もしかしたら皆さんも聞いたことがあるかもしれませんね?
すごくいい曲ですよ♪

作中の『ハデスの鎮魂歌』も、この曲にリスペクトされて書き上げたものだったりします。

自画自賛に聴こえてしまうかもしれませんが……このエピソードは久しぶりに『執筆すことにとことんのめりこむ感覚』を感じられた話でした。
皆様に楽しんでいただけたならとても嬉しいです。
今の全力全開であっても誤字脱字があるのはお約束かもしれませんが(^^

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第004話 ”白兎とペルセポネーの真実”

皆様、こんにちわ。
なんとか執筆時間がとれたので第004話をアップできました。

今回のエピソードは……そうですね。ベルの内面(きょうき)とギリシャ神話版の偽物語ということになりますでしょうか?

追記:2015/09/28にハデスがオリュンポス十二神から外れてる事実、ペルセポネーの象徴とされてる蝙蝠を象った武器への変更、ミンテーの表記追加などの加筆修正を行ないました。


 

 

 

「ベルくん……落ち着いた?」

 

ふと力がゆるんだことを感じて、少しだけ心配そうにハデスが問いかける。

 

「はい……すみませんでした」

 

「いいんだよ。さっきも言ったけど、ベルくんはわたしの家族(ファミリア)でわたしはベルくんのお母さんだから……もっと甘えていいよ」

 

「はい。でも、今でも充分に甘えさせてもらってますよ?」

 

「わたしはベルくんはもっと甘えていい……と思う」

 

ベルは胸の奥が暖かく……いやむしろ熱くなるのを感じてしまう。

 

「わかりました。じゃあ、晩ご飯にしましょうか?」

 

「うん」

 

 

 

***

 

 

 

「ベルくん、あーん」

 

「はい。あーん……ハデス様もあーん」

 

「あーん」

 

お姫様抱っこでハデスをテーブルまで運んで椅子に座らせた後、ベルは自分も隣に座って食事を開始。

本当なら差し向かいの方がテーブルマナー的には正解なのかもしれないが、「差し向かいだと手が届かなくてあーんができない……」とクレームが出たので今のようなスタイルになった。

 

ベルも異論は無い。ベルとしてはハデスにあーんするのも好きだが、ハデスにあーんされるのも同じくらい好きだ。

羞恥心? そんなのハデス様の前じゃ物の数じゃありません。

 

ちなみ夕食はハデスがお葬式で持ってきたお土産の数々。

基本的にオラリオでは死者を厳格に厳粛に送った後は、湿っぽい空気を拭うための遺された者たちの宴会というのが主流だ。

本来なら宴会の前に棺を担いで墓掘りと埋葬があるのだが、ハデスが見送った者たちは亡骸を次の実りを導くため、空と大地に還元してしまうので遺体が残らないのだ。

それでも遺品を墓に埋めに行く者も多いが、遺品整理のために時間も必要(一般に生きてる間に遺品整理をするのは失礼とされる)なので後日、身内や親しい友人だけで埋葬するという場合が多い。

 

もっともあまり高価なものを埋葬する者は少ない。

せっかく死者を弔うために埋葬したのに、盗人どもに発かれたら目も当てられないからだ。

 

死者に敬意を払うのは人間として当たり前の美徳だが、それを美徳と思わぬ輩も世の中には大勢居るのだ。

何しろ墓荒らしやソーマ・ファミリアの冒険者のような銭ゲバハイエナは、その好例だろう。

 

そんな訳で、ハデスが請け負った葬儀のほとんどは死者を見送り大宴会という流れができあがっていた。

とはいえ一日に多いときは五件の葬儀で見送るハデスは、宴会に参加することは不可能……というわけで日持ちしそうな料理を折り詰めにされてお土産に持たされるのだ。しかも大抵はご丁寧に眷属(ベル)の分まで。

 

本人は葬儀料はちゃんともらってるから十分と言ってるのだが、なんせ見た目は幼い女の子のハデス様だ。

そして葬列者達は皆、安らかな笑顔で往き……天と地に還った仲間を見ているのだ。

特におばちゃん達が手ぶらで帰らせてくれない。

 

まさか折り詰めをもって他の葬儀に行くわけにもいかないので、ハデスはこの一軒家にいちいち置きに来てる様だ。

まあ、見た目は幼女でもハデスは神様の端くれ。しかも見た目に反して結構な戦闘(エクストリーム)系で慣らしてるから、同じ体格の女の子に比べると遥かに身軽ですばしっこい。無論、体力だってずっとある。

その韋駄天ぷりならば、さして都市と郊外の往復もさして苦でもないのかもしれない。

本人に聞けば、「ん……見た目より、体力あるよ?」と答えてくれるだろうか?

 

 

 

そんなこんなで本日の夕食は、お土産の折り詰め三件分。

ちなみに昨日は二件分。ある意味、日替わりメニューの仕出し弁当のような物なので食べ飽きることはないが、逆に食べきれないのが悩みどころだ。

魔石式の冷蔵庫は予算が許す限り大きいの物を買っていたので今のところはなんとかなってるが……

 

「やっぱり朝夜は当然だけど、折り詰めをお弁当に持っていった方がいいかもしれませんね?」

 

「うん。わたしもそう思う……せっかく作ってくれたんだし」

 

ちなみに「朝と夜は、理由が無い限り必ず一緒に食べる」というのが、二人が決めたファミリア・ルールだった。

昼間はベルはダンジョンで、ハデスは葬儀屋業務で忙しいので生憎と一緒に食べる機会は少ない。

 

「ん……でも、たまにはベルくんのためにお料理作りたい……お母さんらしいことしたい」

 

「それは僕もむしろ望むところですが……でも、やっぱり捨てるのは勿体無いです」

 

「うん。作ってくれた人にも申し訳ないし」

 

その台詞は、とても冥王のそれとは思えなかったが……それを当たり前のものとして、「誰よりも優しくて心根の真っ直ぐな女の子」の言葉としてベルは受け止めていた。

おそらくだが……天上でもオラリオでも、もしかしたらハデスを最も曇りの無い眼で見ているのは、このベル・クラネルという少年なのかもしれない。

だが、その意味を理解できるほどベルは人としてすれてなかったし、ハデスもまた世間を知ってはいなかった。

 

 

 

「ベルくん、ご飯食べたらアビリティ・チェック……しよっか?」

 

「はい。でもその前に歯磨きしましょうね?」

 

「うん。わかった」

 

 

 

***

 

 

 

「じゃあハデス様、あーん」

 

「ベルくん、わたし一人で磨けるよ?」

 

「う~ん。そうなんですけど、僕がしたいからじゃ……だめですか?」

 

「それならいいよ。でも、ちょっとだけ困る」

 

「困るって?」

 

するとハデスは相変わらず希薄な表情(無表情なわけではない。人に比べて表情の動きが薄いだけでハデスはけっこう表情豊か。むしろ慣れればすぐに顔に出て判り易いくらい)ながら頬をほんのり染めて、

 

「ベルくんに歯を磨かれると少しくすぐったいけど気持ちよくて……お股がぴちょんて濡れるから、ぱんつを汚しちゃう」

 

「クスクス♪ ハデス様、おませさんですね?」

 

微笑ましいという言葉をそのまま笑みにしたような表情にベルに、ハデスは僅かに頬を膨らませ、

 

「むー。ベルくん、笑うのはひどい。それにわたしはベルくんよりずっとずっとお姉さん……忘れてない?」

 

「ごめんなさい、ハデス様。大丈夫ですよ。パンツくらい僕が何枚でも洗ってあげますから。それに確かにハデス様は女神様で僕よりずっとずっと年上かもしれませんが、同時にとても可愛らしい女の子でもあるんです」

 

「……ベルくんはいつも少しズルい」

 

「そうですか? おかしいなぁ。ハデス様に誓って嘘は言ってないつもりですよ?」

 

「そういうとこがズルいと思う」

 

 

 

少し、いいだろうか?

皆さんはこのやり取りに”違和感”のような物を感じなかっただろうか……?

 

例えば、である。例えばベルが実は小児性愛者(ペドフィリア)で、歯磨きプレイで幼女をよがり狂わせたいというのなら、肯定する気はないが理解できないわけではないが……だが、言動から察するにそんな様子は無い

ならば神という至高の存在を快楽で引きずり落とし、その身を堕落させることに悦びを見出すような特殊性癖があるかと言えば……ハデスへの想いは、その正反対のベクトルを持っていると言っていいだろう。

 

むしろ、この世話焼きな姿は、冒険者になる前の故郷で平穏な日々を送っていたベル・クラネルという”普通の少年”の姿に重なる。

彼は祖父が生きていた頃、世話好きで面倒見のいい穏やかな人柄から「村のみんなのお兄ちゃん」として男女問わない子供達から好かれ慕われていた。

ある意味見た目どおりなのだが、彼は子供あやすのが上手く、母親が抱いても泣き止まない赤ちゃんが彼が抱いた途端にぴたりと泣き止み微笑んだ……そんな逸話が残ってるくらいだった。

祖父に言わせれば「ベルは昔から子供と小動物に好かれ易かったからのぉ」とのことだから、先天的にそういう素養があったのかもしれない。

 

では、ハデスを故郷に居た娘達と同じ小さな女の子だと認識してるのか?

だからこそ、故郷の子達のように……いや、それよりも過保護なのか?

それこそ一番ありえない。

ベルはある一面において、これ以上ないほどハデスを女神として崇拝していた。

何しろ彼は道を見失い行く当てもなく彷徨うとしてる時に彼女に拾われ、”眷属(ファミリア)”になったのだから。

 

結論としてはどうなるのか?

ベル・クラネルという少年の中では、ハデスという存在が「崇拝すべき女神」と「何をおいても守りたい小さな女の子」という二律背反する二つの姿を持ちながらも、それが矛盾することなく混ざり合い「ベル・クラネルにとってのハデス」という実像に結実していた。

別の言い方をするなら、ベルはあらゆる意味においてハデスを情欲の対象から除外しているのだ。

それは14歳の思春期真っ只中(ヤリタイサカリ)の少年としては、少々異常だ。

きっとベルはハデスをいわゆる”ヲカズ”にすることさえ、考えが及ばないだろう。

より直線的に言うなら……生殖などの生物学的本能から「牡が求める牝という枠組み」に、ハデスは最初から入っていないのだ。

であるにも関わらず、ベル・クラネルという少年の中心であり核となる部分は、常にハデスへの想いで占められていた。

 

 

 

***

 

 

 

では一方、ハデスは?

ハデスはなぜそうもあっさりその扱いを、時には多少の不平を言いながらもあっさり受け入れてしまってるのか……?

これもまた仮定の話であるが、もしベルがかつてのオリュンポスの一部男神のように劣情と獣心をもって彼女を犯し、無残に処女を散らしたのなら今とは全く違う結果になっていただろう。

人なら心が壊れてしまう可能性も否定できないが、神……特に現代とまったく性倫理や貞操観念の違う、ともすれば欲望剥き出しの野蛮な世界に生きていた古代神は、生憎とそんなにヤワにはできていない。

もしかしたらハデスは神の前に女として花開き、某北欧神話体系の女神を超える悪女ならぬ悪女神になっていたかもしれない。

 

だが、そうはならなかった。

言うまでも無くハデスもベルも清い身体のままだ。

もうお気づきだろうか?

ベルが女を知らないように、ハデスもまた男を知らない。

 

 

 

遠因を言うなら、情欲丸出しの助平男神(ヤロー)共から遠ざけ守るためにゼウスは、ハデスをオリュンポス十二神のから外し、冥界の女王にすえたことが、そもそもの元凶だ。

その判断は間違っていたとは言わないが……だが、そのためにハデスは自分が男神達からどんな視線を向けられ、どんな情と共に見られていたかをろくすっぽ理解も把握もしていないままに冥界の女王になってしまったのだ。

 

つまり、人に近い肢体を持つ以上、自分の身に備わる性的な意味での快楽は理解できる。

しかし、それが他人が自分に求め向ける感情、いわゆる自分に欲情するという事象は理解の範疇外にあるのだった。

 

 

 

更に言うなら、冥界の環境もそういう意味においてはよくなかった。

冥界でいつも彼女に傍にいるのは、同性の大親友である鉄火肌の姐さん系女神【ΠΕΡΣΕΦΟΝΗ(ペルセポネー)】だ。

我々の世界におけるギリシャ神話においてはハーデス(無論、男神)が女神ペルセポネーに恋をして、その思いが募って暴発し彼女を冥界に攫ってしまうという描写が、『ホメーロス風讃歌』中の『デーメーテール讃歌』に描かれている。

ただ、この話にはオチがあり……ペルセポネーがアテナやアルテミスにならって、アプロディーテたち恋愛の神を疎んじるようになり、それに対する報復として冥府にさらわれるように仕向けたというコールタールのようにドロドロした舞台裏があるのだ。

 

この世界線においては大幅に事情が異なり、上記のような物語はこの世界に居るギリシャ神話体系の神々がかつて次元的に連結していた”この世界とは別の人間界(地上界)”において誤って広まった伝承であるらしい。(一説によれば意図的に誤った情報が流されたとも言われている。ハデスがハーデスという呼び方になり、男神として描かれているのがその根拠)

 

この世界であった話は、もっと入り組んでいるのだが……まあそれはそのうち語られよう。

ただハデスの扱いは論外だが、この誤った伝承にもいくつかの事実があった。

例えばペルセポネーが、純戦闘系女神のアテナや狩猟系女神のアルテミスと竹馬の友だった事は本当なのだ。

ただしペルセポネーは、断じて誤伝承で描かれるような『ニューサの野原で妖精(ニュムペー)達と戯れ花を摘んでいる』ような女神ではない。『ニューサの野原で妖精(ニュムペー)達を率いて野戦訓練をやってた』というのなら納得もいくが。

そもそもペルセポネーがアテナやアルテミスと馬が合ったのは、同じような気質をしていたからである。

 

実際、ペルセポネーは愛用の蝙蝠槍(ジョヴスリ)を片手に、何度もアテナやアルテミスと轡を並べて同じ戦場に立ち、あるいは猛獣を追い狩場を駆け巡った。

オリュンポスの神々の中にはこの女神三柱を称して【三大暴風女神】とか【戦場の三位一体(Τριαδα μαχηζ)=トリアーダ・マイヒス】なんて呼ぶ輩もいたらしい。きっとさぞかし見事な女神版ジェットストリーム・アタックを披露していたのであろう。

 

そしてペルセポネーがハデスと出会ったのは、とある事情で重傷を負ってアテナやアルテミスとはぐれた彼女が、突如空いた地面の亀裂(罠にはまったとする説もある)に転落してほんの偶然から冥界に流れ付いたときだ。

その瀕死のペルセポネーを献身的に介護したのがハデスだった。

 

 

 

***

 

 

 

細かい描写は省くが……

献身的介護に感激し、また自分に無いハデスの愛らしさや健気さ儚さに惹かれたペルセポネーは以後、冥界に住み着くようになるのだ。

だが、溜まりに溜まった仕事ほったらかしにしたまま、一向にオリュンポスに戻ってこようとしない娘にブチ切れ、冥界まで乗り込んできた厳格な母親神”デーメーテール”の肉体言語(おはなし)で説教されられ(仲裁は当然のようにハデスだった)により安息の日々は終わりを告げた。

ペルセポネーは一年のうち三ヶ月は地上に戻ることを約束させられるのだが、今でも概ね一年のうち九ヶ月は冥界にいるようだ。

誤解の無いように書いておくが、ペルセポネーがハデスに抱いてるのはあくまで友愛(フィリア)であって恋愛(エロス)ではない。

彼女は、百合属性ではないのだ。

 

とはいえだ。

その友情は深く濃く周囲にガチ百合と誤解されるほどである。

普通のオリュンポスの神は冥界には入れない(普通に来れるのはオリュンポス十二神かそれに順ずるクラス)のでハデスに悪さ働こうとする一山いくらの男神は易々とは来れないが、冥界に墜ちて来た亡者……それも有象無象ではなく相当に力を持つ英雄豪傑クラスの中には生前のノリでハデスにちょっかいかけようとする愚か者もいなくはなかった。

それをきっちり返り討ちにし、冥界のシキタリを骨の髄どころか二度と忘れぬように脳髄まで叩き込むのがペルセポネーの仕事だった。

武闘派女神の面目躍如なエピソードではある。

最も武闘派女神がペルセポネーに限らないのが冥界の恐ろしさである。

例えば【常勝の翠髪】こと”ミンテー”とか色々あるのだが……それはまた別の機会に。

 

考えようによってはペルセポネーはベルに匹敵するほどハデスに過保護だし、心酔……いや同じく崇拝している節もある。

もし違いがあるとすれば友愛(フィリア)家族愛(ストルゲー)か程度なのかもしれない。

だが、それが結果としてハデスが神まで含めて男という生物を知る機会を逸してしまうことに繋がっているのだった。

 

逆に言えば……例え眷属(ファミリア)だとしても、ハデスが衣食住を共にしちゃんと一対一で向き合った男性は、ベルが始めてなのだ。

 

 

 

思えば業の深い話である。

二人揃って異性に不慣れどころか、まともに接したこともないのだから。

だから、加減も距離もわからない。どこを抑制しどこを自重したらいいのもわからない。

二人は純粋すぎて、純粋すぎる故に気付けない。

 

それが年端も行かぬ人間の男女なら、さして問題がなかったのかもしれない。

しかし、ハデスはオリュンポス十二神の一柱であり同時に冥府の女王でもある女神であり、ベルはその眷属なのだ。

 

この一柱と一人……いや、ファミリアを眷族と呼ぶより家族と呼ぶハデスに敬意を表してあえて”二人”と表現しよう。

この二人の待ちうける未来は、果たしてどんな色をしているのだろうか……?

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

ベルの内面が語られ、また第二のオリ女神(?)のペルセポネーが登場したエピソードは楽しんでいただけましたでしょうか?

今回はスケジュールとスケジュールの間の空き時間を縫うようにして継ぎ接ぎ執筆したので、誤字脱字がかなり心配です(^^

改めて今回のエピソードを読みなおしたら、「なんかベルがフレイヤの喜びそうな屈折のしかたしてんな~」とか思ってしまった自分が居ます(笑)

それとペルセポネー……それなんて恋姫関羽?

シリーズ最長の文章量になってしまったエピソードですが、楽しんでいただけたなら嬉しいです。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!




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第005話 ”スキル・マッチョ・ラビット”

皆様、こんにちわ。
なんとか連休の最後に執筆が間に合いまして、早速アップです(^^

今回のエピソードは……一部の読者様にはお待たせしましたの『ハデス様のベルくん』のステータス発表になります。

他にも色々とハデス様の新たな側面も……?



 

 

 

「ご飯も食べたし歯磨きもした。ベルくん、アビリティ・チェックだよ」

 

「はい。お願いします。でもその前に濡れちゃったパンツを脱ぎましょうね? 濡れたままだと気持ち悪いでしょうから」

 

「うん。このままだとチェックのとき、ベルくんも濡れちゃうし」

 

ハデスの普段着は、ゆったりとしたデザインの白いキャミソール・ワンピースだ。

裾は膝上で少し短めかもしれない。

 

ハデスは疑問も無く、屈むベルの眼前で裾を握ってたくし上げる。

ベルの目と鼻の先には人間のそれと変わらぬ匂いの体液で大きなシミを作ったシンプルなデザインの女児用パンツがあった。

ベルは何のためらいも無くパンツの両端に指をかけて、

 

「ハデス様、転ばないように僕の肩に手をおいてパンツから足を抜いてくださいね」

 

そのままゆっくりずりおろした。

 

「わかった」

 

濡れた下着を床に置き、ベルは新しいパンツを手に取るが、

 

「こんなに溢れてると新しいパンツも濡れちゃいますから……お股拭いちゃいましょう」

とパンツを清潔な布に持ち替え、

 

「少し足を開いてください」

 

「うん」

 

”とろぉっ……”

 

ベルは、まだ男を知らない無垢な幼器から太ももに伝わる液体を丁寧にふき取った。

だが、

 

「ん……」

 

”ぴくっ”

 

シンプルな形状のクレパスに布を当てたとき、かすかにハデスの小さな肢体が震えた。

ベルが見上げると頬も僅かに上気してるようだ。。

 

「ハデス様、もうちょっとだけ我慢してくださいね?」

 

「うん。でも気持ちいいからまた濡れちゃうかも」

 

父や兄弟まで含めて男とあまりに接点のなかったハデスは、男の視線に関しての羞恥心が無い……いや正確には、全くと言っていいほど育っていない。

つまり「男の前でスカートをたくし上げ、体液でぐしょぐしょに濡れた下着を見られる」という定番的な羞恥プレイのシチュエーションでも、彼女には「恥ずかしい」という感覚が浮かばないのだ。

無論、性的刺激による快感はあるが単なる快楽として認識され、そこに性的羞恥心の入り込む余地はない。

高い知性や知能はあるが、羞恥心だけに限らず異性や異性を認識するからこそ感じる性差に関する感覚部分は、アンバランスなほど成長していないのもまた彼女なのだ。

 

「いいですよ。また溢れるなら、また拭きますから」

 

しかし、それを当たり前のこととして受け入れているベルもまた問題だろう。

そうベル・クラネルとハデスにとっては、これは『日常風景』に過ぎず、なんら是正する必要のないことなのだった。

 

「拭き終わりましたよ。じゃあ、新しいパンツをはきましょうか? また足をあげてくださいね」

 

「うん」

 

 

 

***

 

 

 

「ん……じゃあ、はじめる」

 

「よろしくお願いしますね」

 

上着を脱いだ半裸の少年がベッドにうつ伏せに寝転び、その腰の上に履き替えたばかりのパンツが跨った足の間からチラチラ見える幼女……なにやら犯罪臭のするシチュエーションだが、無論二人は全く気にした様子はない。

それに今更だろう。

 

そして浮かび上がったベル・クラネルのステータスは……

 

 

 

†††

 

冒険者Lv:Lv.1

 

基本アビリティ

力 :807(A) → 851(A)

耐久:834(A) → 888(A)

器用:412(E) → 434(E)

敏捷:521(D) → 548(D)

魔力: 60(I) → 63(I)

 

魔法

【】

 

スキル

父性一徹(グロリオーサ)

 

†††

 

 

 

「はぐれミノタウロスと戦ったこととスキルの相乗効果かな? 力と耐久の伸びが今日は特にいい。冒険者暦半月にしては敏捷性や器用さの数字が例外的に高いけど、これは先天的素養なんだと思う。魔法は……言わなくていい?」

 

「はい。多分、それも悪い意味で先天的素養だと思いますし」

 

ベッドに座り直したベルは、羊皮紙に転写された羊皮紙を見て自分の魔法才能のなさに苦笑する。

 

「それに上昇経験値(エクセリオ)トータルぴったし150は、我ながら悪くないと思います」

 

それにしても、だ。

特に力と耐久の数字……破格の性能を誇る”形見の盾(アキレウス)”を差し引いても、どうりでミノタウロスの攻撃を凌ぎきれたわけである。

両方揃って800越えのAランクなんて、冒険者になってからまだ半月の駆け出し(ルーキー)ということを考えれば驚異的を通り越して異常な数字だ。

 

そしてその根源となってるのが、ハデスの言葉によれば能力(スキル)らしい。

 

スキルは【神の恩恵(ファルナ)】を基にして得られる力で、神と契約し眷属(ファミリア)となり始めて得られる特殊な能力である。

さて、その肝心のベルに与えられた能力は……

 

 

 

父性一徹(グロリオーサ)

 

・『誰かを守りたい』『守るために強くなりたい』という願望が触媒となり成長を促進させる。その想いが続く限り効果は持続

 

・『誰かを守りたい』『守るために強くなりたい』という意思の強さに比例して最終防御力/回避率/命中率/クリティカル率に補正が加えられる。

 

・成長促進の度合いは『守りたい』という想いの強さと守りたい人数に比例する

 

・特に力と耐久に獲得経験値ボーナス

 

・被ダメージにより全基本アビリティの一時的な増幅(ブースト)。ブースト率は蓄積ダメージの深刻度と冒険者Lvに比例して上昇する。ただし魔法やポーションなどで全回復するとブーストはキャンセルされる。

 

・冒険者Lvに比例して効果は増強される

 

 

 

***

 

 

 

「いつ見ても不思議なスキルですね……」

 

「うん。わたしはスキルに詳しいわけじゃないけど……聞いたことないよ」

 

少し噛み砕いた説明をすると、「守りたいという願い」が成長促し早め、また「守るという意思」が戦闘力を底上げするということだろう。

「力と耐久値」の伸びが良いのは防御力に直結する基本アビリティであり、被ダメージ・ブーストは基本的にスパロバなどで御馴染みの特殊能力『底力』と同じで、危機的状況になればなるほど「火事場の馬鹿力を能力として発動できる」というものだ。

これも「自分が倒れればもう誰も守れない」という最悪の事態を拒否する意思と言えよう。

 

想いの強さ人数や冒険者Lvによる増強は、スキルその物の特性だからいいとしても……

このスキル【グロリオーサ】の本質は、全て「自分ではない守る/守りたいという想いを力に変えるスキル」と評していいだろう。

”父性”の意味の解釈は「家族を守る父」という心象からであろうし、”一徹”は言うまでもなく「そうと決めたら最後まで貫き通す、愚直なまでに頑なな生き様」という意味である。

 

「この世の全ての不条理からハデスを守りたい」と願ったベル・クラネルという少年には似合いのスキルかもしれないが……その反則気味の効果に反して、何故か普通の幸せとは縁遠い、不器用にしか生きれない印象がある。

 

「ベルくん、偽装はしておくけど他の人に見せたり言ったりしたら駄目だよ? 多分、ベルくんの能力はとても珍しいから、きっと他の神々も欲しくなるから」

 

ベルの横に座り、床に届かない両足をプラプラさせながらハデスは諭す。

その愛らしい姿に思わず和む。

 

「もちろんですよ」

 

「ベルくんが他の神様にとられちゃったら……ヤダ」

 

”ひょい”

 

「はわっ」

 

”ぎゅ”

 

「うぷぅ」

 

ベルは隣に座るハデスの両脇の下に手を入れるとひょいと抱き上げ、”定位置”の膝の上に対面で座らせると少し強い力でハデス抱きしめた。

 

「ずっと傍にいます。僕はハデス様のずっと傍に……例え神でも、『例え死であっても』僕とハデス様を引き裂くことはできません……でしょ?」

 

「うん。”約束”したから」

 

「はい。だから心配はいらないです」

 

「でも、簡単に死んじゃ駄目、だよ?」

 

「わかってます。ハデス様を地上(ここ)で一人ぼっちになんてさせませんから」

 

 

 

***

 

 

 

「ベルくん、今後の課題も見えてきたね?」

 

ベルの膝の上で対面からいつもの背中を預けるように座りなおしたハデスは、羊皮紙を見ながらそう指摘した。

そしていつものように昔の車のシートベルトのように膝に座るハデスの腰に手を回し抱くベルは、頭の横から覗き込むように同じく羊皮紙を見て、

 

「……攻撃力ですか?」

 

「うん。防御に関してはスキルで補いはつくし、【加護の盾(アキレウス)】だってある……でもスキルは最終防御力の補正はしてくれるけど、最終攻撃力の補正には言及してない。それにベルくんの武器は普通の片手槍(ショートスピア)だから、上層の上の方(第1~7層位まで)ならともかく、上層の下のほう(8~12層)から徐々に対応が難しくなると思う。中層(第13層以下)だと明らかに力不足。ミノタウロスと戦ってみてわかったよね?」

 

「ええ。厚い獣皮や筋肉に阻まれて、槍で上手くダメージが徹せませんでした」

 

「被ダメージ・ブーストなら多分、結果的にある程度は補正されると思うけど、あれは非常事態の対抗手段(カウンター・エマージェンシー)だから……それが発動する状態にベルくんが陥って欲しくない」

 

「わかってます。僕は無謀と危険を冒険と取り違えたりはしませんから」

 

彼の口癖である「僕の命は僕のものだけじゃない」ということだろう。

 

「うん。合格……♪ だから、もっと攻撃力のある武器に切り替えることを考えたほうがいいと思う」

 

「やっと手に馴染んできたところなんだけどなぁ……」

 

「わかってる。でもベルくんの”力”の伸び方を考えれば、もっと重い槍も十分に使いこなせると思う」

 

「わかりました! ハデス様がそう言うなら、すぐに検討します!」

 

「慌てなくていいよ? でも中層にいくまでには考えておいて」

 

「はいっ!」

 

 

 

「あっ……それと予備の武器(サイドアーム)の携行も視野に入れて欲しい」

 

「”サイドアーム”?」

 

「この先、深く潜るならダンジョンに留まる時間も遭遇するモンスターの数もどんどん増えるから。その分、武器が破損する可能性が高まるよ? 槍が壊れたり折れたら即時戦闘不能なら、ダンジョンからの帰還も難しくなる。帰り道にだってモンスターはいるよ?」

 

「あっ、なるほど!」

 

得心の言った表情をするベルにハデスは満足そうに、

 

主武器(メインウエポン)が使用不能になったら、それ以上先に進まないのは当然。でも帰り道の安全まで考えるのが”いい冒険者”」

 

「肝に銘じておきます……!」

 

「焦らなくていいから自分の手に馴染む武器を見つけてね?」

 

「はいっ!」

 

 

 

***

 

 

 

「あとは……すぐには無理かもしれないけど、必ずパーティーは必要になるから」

 

「ああ……でも、」

 

表情の変化はないが、ハデスはベルの膝の上で膝を抱えるように縮こまり、しゅんとしたように……

 

「ごめんね……わたし、死神だから。それにオリュンポスでも疎まれてたみたいだから。だから【ハデス・ファミリア(うち)】には人が集まりにくい」

 

読者諸兄はもうご存知だろうが……

これは大いなる誤解なのだが、無理もない理由がある。

彼女が冥界の王(女王)に着任するとき、当時はまがいなりにもオリュンポスの主神らしい振る舞いをしていたゼウスは、

 

『すまんな。このままだとお前は戦争の火種になりかねん……冥界へ行ってもらえぬか』

 

としか伝えていないのだ。

無論、詳細な理由は伝えていない。

当然だろう。

ハデスはゼウスにとって「目に入れても痛くないほど可愛がってる姪っ子」のような存在だ。

純粋無垢な彼女に、どうして「助平男神(ヤロー)共がお前を巡って反目、今にも醜い殺し合いが始まりそうで、それが天界の全域を巻き込む戦争に発展しかねん。お前の身の危険もあるし、どうかしばらく並みの神では手も足も出せない安全な冥界で身を隠してはもらえぬか。すまぬがほとぼりがいつ冷めるかワシにもわからん」等と伝えられようか……

 

そんなヤロー共の欲望まみれな醜い現状を言えば、優しい彼女がどれほど心を痛めるだろうか……

それを恐れ(ヘタレ)たゼウスは多くを伝えないままにハデスを冥界に送り出し、またその後も顛末を含めた多くを伝えなかった。

ならばハデスが、

 

『そっか……わたしは戦争の火種になるくらい厄介者だったんだ……知らなかった。わからなかった。冥界に追放されて当然だよね……』

 

と思い込むのも無理はない。

そしてその誤解は是正されないまま現在に至るのだった。

 

 

 

そんな神々の……人が思いも至らぬ古い時代の出来事と事情を、当然ベルが知ってるわけもなく、

 

「いいんです! ハデス様を怖がったり嫌ったりする人を、僕は”家族(ファミリア)”に迎えたいとは思いません……! 集まらないなら集まらないで、二人でやっていけばいいだけです!!」

 

「ありがとう……ベルくん」

 

そう呟くハデスの大きな金色の瞳は、大粒の涙が今にも零れ落ちそうに潤んでいた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

実はマッチョだったベル君のスキルとハデス様プロデュースのベルくん強化プラン(対ダンジョン攻略用の装備適正化)はいかがだってでしょうか?
ベルくんとハデス様は、なにやら最初からトップギアでしたが(笑)

意外と常識人(常識神?)な側面もあるハデスだったりしますが、しかしこのまま彼女が適正な助言を続けると、なんか困りそうな人が二人ほど出る悪寒が……エイナさんとかリリとか……(^^

サブタイはまんまベル君のスキルのことでした。ステイタス的には筋肉兎のベル君?
まあ、ミノタウロスの攻撃を凌げた種明かしがこの【グロリオーサ】で伸びまくった力と耐久だったんですね~。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!





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第006話 ”想いを繋ぐ槍の寓話”

皆様、こんばんわ。
今回は閑話的というか拠点イベント的なエピソードです。

もしかしたらハデスの新たな一面が見えるかも……?

2015/10/21、ベルの槍技の表記(三槍技など)とハデスの過去にまつわる表記(ティタノマキアなど)を追記しました。



 

 

 

翌日の早朝、ベルはいつもどおりのの時間にベッドで目を覚ます。

ハデスとその眷属(ハデス・ファミリア)】の拠点はオラリオ市の北のはずれ、第二/第三墓地のある小高い丘に程近い、今は揃って他界した墓守の老夫婦が使ってた一軒家を買い取ったものだ。

 

いくら拠点と呼ぶのもおこがましい普通の一軒家だと言っても、別ベッドルームが一つしかないわけではないし、ましてやベッドがひとつしかないわけでもないが、ベルとハデスはいつも一つのベッドで一つの毛布と布団に包まって眠るのが慣例になっていた。

正確にはハデスがベルを抱き枕にして、ベルがハデスを抱きしめて互いの体温を感じながら眠るのだ。

ハデスはいつもベルの胸に顔を埋めるように眠るのを好んでいた。

 

『ベルくんのとくんとくんて鳴ってる心臓の鼓動を聞いてると、なんだかよく眠れる……』

 

とのことである。

ついでに言えばハデスの124cmの小さな肢体(からだ)は、本当の人間の子供のように体温が高めだ。

ベルによればぬくぬくしてとても抱き心地がいいし、いい匂いがするらしい。

 

(とはいえいつまでもこうしてるわけにはいかないよね……)

 

名残惜しいが、ベルは小さな額にキスを残し、ハデスを起こさないようにそっとベッドをでる。

音を立てないように気をつけながら片手槍(ショートスピアー)円形盾(アキレウス)を持って外に出る。

 

 

 

***

 

 

 

ベルが姿を現したのは、家から歩いてすぐの雑木林だった。

飲料水などの生活用水の確保や水浴びができる小川が林の中を縫うように流れる、ちょっとしたピクニックができそうな悪くない風景の場所だが……

 

「ハッ!」

 

雑木林の少し開けた場所でベルの裂帛の気合の声が響く。

どうやら朝の鍛錬をはじめていたようだ。

 

先ずは基本の突きの動作。

片手で鋭く槍を突き出す。

槍が最大の威力を発揮するのは突きだ。

ベルのショートスピアーは鏃のように鋭角的な穂先を持ち、刃渡りは短いものの両刃構造なので斬る/薙ぐ/払うも攻撃としては有益だが、やはり突いてこその槍だろう。

 

(もっと速く! もっと鋭く!)

 

ベルはその動作を愚直なまでに繰り返す。

いやただ繰り返すだけではない。

一突きの威力や速さだけでなく、連続して突き出す動作……連撃速度を上げていく。

 

意外と様になってるようだが、それもその筈でベルはハデスに出会う前どころかまだ村に居た頃より祖父から槍の扱いの手ほどきを受けていたのだった。

なんせ傭兵など雇えぬ小さな村だ。時折現れる野盗やモンスターなどの危険生物から身を守るには自ら武力をつけて自衛するしかない。

ベルが生まれ育ったのは、そういう自然環境だけでない厳しさをもった「この世界ではありふれた村」だった。

 

 

(一突きで駄目なら二突き、二突きで駄目なら三突き。三突きで駄目なら倒れるまで突き徹す……!!)

 

「セリャッ!!」

 

”ドドドッ!!”

 

「一呼吸で出来るのは、今は”三段突き(トリプルバースト)”が限界かぁ~」

 

人間の骨格や筋構造はそもそも「同じ動作の連続は、動作と動作の間に適度なタイムラグをおいて行なう」ように出来ている。

つまり「ごく短時間に一切のタイムラグを入れない素早い無呼吸連続動作」はあまり得意ではないのだ。

例えば試しに鉛筆や箸のように軽いものを手に握り、「フェンシングの突きの様な動作を、ピストン運動よろしく同じ動きで可能な限り素早く連続動作」をやってみるとわかりやすいかもしれない。

皆さんは何回、速度と精度を落とさず同じ動作が可能だろうか?

 

突きは普通「突き出す速度」が重要であり、次の突きを行なうチャージ動作である「引き戻す速度」はそれより遅くていい。

しかし連続突きとなれば突きの密度を上げるために可能な限り速く戻す必要がある。

連続突きの真骨頂は、一撃で突き崩せぬ敵に対し、相手に防御される前に二撃三撃を叩き込むことであり、突きの間隔が短ければ短いほどいいからだ。

 

ベルの今の限界は、ショートスピアーの極限まで間隔を短くした連続突き……で、「突きとして成り立つ威力と速度」を維持できるのは三連撃までということらしい。

言い方を変えるなら、普通は一突きの時間で放てる最大発射速度が三突きだということだろう。

エモノは違うが、日本でも三段突きで有名な人物がいる。かの有名な新撰組の沖田総司がそうだ。

 

 

 

「う~ん……一突きの威力が上がらないなら威力間隔を短くして突きを増やすか、あるいは連激できる時間自体を長く出来るようにするか……」

 

自分の攻撃力が中層以降のモンスターと対峙するには威力不足であることはミノタウロス戦で明らかになった。

ベルには他にも二つの特殊槍技(スピアー・スキル)……祖父の命名によるとトリプル・バーストを含めて『クラネル式三槍技』があるが、一つは射程距離の長さが売りで初見殺しではあっても威力はさほどでもなく一種の捨て身技であるために連射は効かず、また残る一つは一突きの威力はあるが射程は短く単発技なので同じく連射は効かない。

普通の槍技とのコンビネーションを考えると、やはり一番使い勝手がいいのはトリプル・バーストになってしまう。

 

ハデスの言うように槍をより重いものに代えるのは前提だが、今の武器(ショートスピアー)でもやれることはやっておきたい。

新しいエモノは慣れるまで時間はかかるし、ファミリアの財政を考えればおいそれとエモノをとっかえひっかえできるものではない。

ハデス・ファミリアは、出来立てホヤホヤの新興弱小ファミリアとしてはハデスが稼ぎのいい葬儀屋やっていたりとか新人のわりにはベルがダンジョンで稼いできたりとかで財政は悪くないが……かといって所詮は零細、贅沢できる身分ではない。

 

その時、

 

「一番手っ取り早いのは、戦闘時にトリプルバーストの使用回数を増やせるようにすることかもしれない、よ?」

 

ふと銀の鈴を鳴らすような心地いい涼やかな声色がベルの耳をくすぐった……

 

ベルが声に誘われるように振り向くと、

 

「おはよ。ベルくん」

 

愛用の”自分の一部たる二又の槍(Διπλη Λσγχη)”を携えた世界で一番大切な女子が、まだ眠そうに目をこすっていた。

 

 

 

***

 

 

 

「おはようございます。ハデス様」

 

「ふぁぁ……ん」

 

小さな欠伸を手で覆い、ちょっと目尻に涙を溜めながらハデスは頷く。

 

「今以上に連突きの密度を上げたり、連突き可能時間を延ばすのは相応の修練と基本アビリティの上昇が必要となりそう。今のベルくんの肉体性能を考えると、力(筋力)と敏捷(瞬発力)はめいっぱいで、数字で余力があるのはスタミナだけだから」

 

「なるほど」

 

「トリプルバーストとトリプルバーストの間のインターバルを短くして、一戦闘あたりの使用回数を増やすのはそこまで難しくはないと思う。今のベルくんにとってトリプルバーストは必殺技かもしれないけど、それももっとフレキシブルにランダムに出せるようにすれば、応用できることも広くなるし結果として取れる戦術オプションも自然と増えていく」

 

「ありがとうございます! ハデス様!」

 

「ごめんね。今のベルくんに教えられる『これさえあれば起死回生が出来る』とか『一撃で勝敗を決する』ような技はわたしは知らないから……だから地味に地道なやり方でしか君を強くさせてあげられない」

 

「とんでもない! こうしてハデス様に槍を教えてもらえるだけども幸せなんですから!!」

 

「そっか……♪」

 

そして彼女は【Διπλη Λσγχη(デュプリ・ライヒィン)】……彼女達の古い言葉で「二又槍」を意味する愛用の槍を構えた。

槍の長さは2m少々と標準的な槍としてはむしろ短い部類だが、ちみっこいハデスが握ると縮尺の関係で大業物の長槍に見える。

そして槍を構え佇む姿はベルと比べるならずっと様になっていて、まるで達人のように隙がなかった。

 

「じゃあ、はじめよっか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

「ま、まいりました……」

 

たまったダメージと疲労で既に槍を握る力も失ったベルは、大の字に寝転び荒い息を整えながら天を仰いでいた。

結果は言うまでもなくベルの完敗だ。

 

「本当に人間って変わりやすいんだね? ベルくん、また強くなってた」

 

対してハデスは呼吸を乱すどころか汗一つかいてなかった。

ベルの名誉のために言っておくが、確かにベルは体格華奢で見た目は強そうに見えないが、自然環境の厳しい高原で日常そのものが高地トレーニングになる農夫や槍を片手に”羊を守る牧童(ガウチョ)”の真似事のようなことをやっていたのだ。

祖父の鍛錬のお陰もあり、同年代の少年に比べても身体能力は秀でてるだろう。

オマケに今は【神の恩恵(ファルナ)】による各種ブースト効果もある。

 

しかし、どうも二人にはそれこそ武の世界に乗り出したばかりの若武者と、武の頂点に手が届く熟達した達人ほどの開きがあるようだ。

 

 

 

これは無理もない理由がある。

ギリシャ神話体系(グリーク・ミトス)最大の戦争、ティターン神族(古き神々)オリュンポス神族(新しき神々)との決戦であり、同時に神々の交代劇でもある”ティタノマキア”においてハデスは圧倒的な個体戦闘力を誇り、まさに『剣聖/神槍』に相応しい活躍を示した。

さらに”姿を隠す兜”により、ハデスがティターン神族の武器を奪ったことがティタノマキアにおけるオリュンポス神族勝利の最大の要因とする説もあり、そういう意味ではハデスは最大の戦功者なのかもしれない。

 

実はオリュンポスのハデスに気のある男神々が、「ハデスたんは俺の嫁! 異論は認めない!」発言に終始したのは、ハデスの戦闘力が高すぎて手篭めにしようとしても確実に返り討ちに合うのが目に見えていたからであった。

 

しかし、今のハデスは”神通力(アルカナム)”を封印しており、基礎身体能力は人間の範疇を逸脱してない。

にもかかわらずこれほどの……文字通りの神業と評していい技量に至ったのは、冥界でそれだけの研鑽に励んだ結果でもあった。

 

「本当にそうなんでしょうか……? 未だにハデス様にかすらせるどころか影さえ踏めない有様なのに……」

 

少し不安げなベルにハデスは小さく微笑んで、

 

「それはそうだよ。わたしだって冥界に居るときはいっぱい練習したもん。友達(ペルセポネー)達が『地上に行くなら絶対に人間と同じ肉体ポテンシャルで使える護身術習えって』強く勧めてたし」

 

理由はあえて詳しく言うまい。強いて基本的には地上にいるオリュンポスの助平男神(ヤロー)共のせいだと書いておこう。

とんだ「ハデスは二又の槍を使う」の真相だった。

 

 

 

「わたし、身体(からだ)がちっさいから……リーチの短さを生めるためには長尺の武器しかないから槍を選んだんだ」

 

「あっ、それは僕も一緒です」

 

ベルは身体能力こそ高いが、基本的に短身痩躯……小柄ゆえにリーチは不利だ。

結果として同じ結論に辿り着いたのであろう。

 

「でしょ? 小さな者や力の弱いものが大きく強い者に立ち向かうにはそれ以外の技術が必要……そうして戦うための技術、『武術』が生まれたんだよ」

 

ハデスは幼い容姿に見合わぬ大人びた表情でそう告げた。

 

 

 

少し裏話をしよう。

原作のベルは「ミノタウロスを瞬く間に倒すアイズ」の姿を見てアイズ・ヴァレンシュタインに一目惚れしたのは周知のとおりだ。

しかし、”この世界”では同じくミノタウロスを倒したのはアイズだったのに、同じ結果にはならなかった。

なぜか?

 

理由は、あるいは違いはいくつもある。

既にあの時、すでに祖父からだけでなく今のようにハデスからも鍛錬を受けてベル自身の武力値が高かったこともそうだろう。

無論、ベルの心は(恋愛感情とは別物かもしれないが)もうハデスで占められていた……それもあるかもしれない。

だが、最大の理由は……

 

『それを超える武を、既に見ていた』

 

からだった。

 

 

 

***

 

 

 

「わたしはお母さんらしいことは上手くできないかもしれないけど……でも武術だけじゃなくてベルくんには戦い方、戦って生き残る方法はこれからも教えてあげられると思う」

 

ベルは泣きそうになった。

哀しいからじゃない。ハデスの優しい心が、慈愛が、胸を締め付けるから……

 

「ベルくんは、今日はロキ・ファミリアにご挨拶に行った後にダンジョンに行くんだよね?」

 

「はい。そのつもりです」

 

「じゃあ、そろそろ水浴びして朝ごはん食べて……出よっか?」

 

「はいっ!」

 

伸ばされたハデスの手をベルが取る。

だけど引き起こしてもらうのではなく、まだ痛みや疲れが残る全身を奮い立たせるようにして自分の力で立つ。

 

ベルとて男の子だ。

通したい意地くらいある。

 

(でも、できるなら……)

 

ベルは決意を新たにする。

 

(引っ張ってもらうんじゃなくて、守れるようになりたい……!!)

 

そんな彼を、ハデスはただ微笑ましげに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

神槍ハデス様は、楽しんでいただけましたでしょうか?(^^

今回のエピソードの本懐は、実は……

『ベル・クラネルという一人の少年を軸にして、ヘスティアとハデスの明確な立ち位置の違いを書いてみる』

だったんです。
恋心をもちながらあくまでも女神として見守るヘスティアに対し、恋愛感情ではないかもしれないけどベルと同じ場所で同じ視線に立つハデス……

こんな違いが描ければと思っていたんですが……うまく表現できたでしょうか?

さて、次回はいよいよベル君でなく”ベルくん”はロキ・ファミリアに足を運ぶようです。
原作と違う展開になるのか、それとも……?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!







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第007話 ”ロキ・ファミリアへの訪問”

皆様、こんにちわ。
最近、ちょい体調を崩し気味であんま執筆がはかどらないです(泣)

さて今回のエピソードは……サブタイ通りの内容で、第002話その他の伏線回収になりますね~。


 

 

 

さて……何度か出てきているが【ハデス・ファミリア】の本拠地は、オラリオの北のはずれ、第2/第3墓地のある小高い丘の程近くある古びた一軒家だ。

故に都市へ向かって歩いていると、やがて北のメインストリートにぶつかる。

ちょうどそのあたりで、

 

「ハデス様、いってらっしゃい」

 

「うん。ベルくんも」

 

繋いでた手を少し名残惜しげに離して二人は別れ、ハデスはそのまま葬儀業のために市中に、ベルは脇道へとそれぞれ向かった。

 

このメインストリートはギルドの関係者が住まう高級住宅街も近隣にあり、また商店街としても活気付いている。

例えばメインストリート界隈は、服飾関係で有名だった。

この周辺にあるランドマークと言えば、いの一番にあげられるのが【ロキとその眷属(ロキ・ファミリア)】の拠点である『黄昏の館』だろう。

 

他にも並行世界(げんさく)では某呑気な女神の『ジャガ丸くんの屋台』がある筈なのだが……少なくともベルはその屋台を見たことはないようだ。

 

というわけで実は……

 

「こんな近くだったんだ……」

 

そう『黄昏の館』があるのはオラリオの最北端、北のメインストリートが始まるあたりから一つ外れた街路に面している大きな建物だった。

規模は勿論小さいがどことなく無憂宮(サンスーシ)を思わせる、フリードリヒ・ロココ調の荘厳さ漂う立派な佇まいである。

距離的には、ここから都市中心部(バベル)に向かうより、自分達の拠点に向かうほうがよっぽど近いだろう。

 

「いつまでも見上げてても始まらないか」

 

普段はダンジョンに潜る前には手に持ってる円形盾(アキレウス)片手槍(ショートスピアー)も今はまとめて背中に背負い、空いた手には土産の入った袋二つをぶら下げていた。

 

 

 

ベルが正門を潜るとまず驚いたのは、その中庭の広さだった。

普通の金持ちの邸宅なら「無駄に広い庭だなぁ……」と言いたくなるとこだが、少なくとも今のロキ屋敷を見る限り誰もそんなことは言わないだろう。

 

とにかく目立つのは、庭に集まっている冒険者達……

ファミリアに名を連ねると思わしき冒険者達が荷解をしていたり軽傷者の治療をしていたり、それが終わってると思われる者は軽い食事やら休憩をとってる最中だった。

 

(タイミング悪かったかな?)

 

見たところ地下迷宮の遠征(ダンジョン・クエスト)を終え、『黄昏の館』に帰還してからまださほど時間は経ってないようだ。

そういえばとベルは思い出す。

 

(ヴァレンシュタインさん、中層からミノタウロスを追ってきたって言ってたっけ)

 

逃がした群れの一匹とするなら、その本隊は中層に居たと考えるべきだ。

 

(そっか……あの後、ダンジョンで一泊して今朝帰ってきたんだ)

 

結局、自分は未だに日帰りできる深さまでしか潜れてないことを改めて思う知らされるベルであるが、

 

(今は焦っちゃ駄目だ)

 

そう自分に言い聞かせる。

ある程度の危険を冒すのは冒険者として看過すべきことだが、かといって自分で対処できないほどの危険(リスク)を背負うのは無茶であり無謀だと考えるベルだ。

もう自分は一人ではない、哀しませたくない女神(ひと)がいるのだから。

 

 

 

***

 

 

 

「あの、すみません。アイズ・ヴァレンシュタインさんに面会したいのですが……」

 

何やら野戦キャンプさながらの光景になっていた中庭を抜け、ギルドのガネっ娘アドバイザーであるハーフ・エルフの”エイナ・チュール”の言葉通りに『黄昏の館』の正面玄関を潜る大広間(ホール)となっていて、ホテルのような受付カウンターがあり受付嬢が座っていた。

 

「あの、どちら様でしょうか?」

 

美人と美少女の中間くらい年齢……おそらくは二十歳には届いてないだろう受付嬢の反応に、ベルは自分の名を告げることを失念していたことを知り、

 

「あっ、すいません。僕はハデス・ファミリアの……」

 

「もしかして……君は昨日の?」

 

背中から涼しい声が聞こえた。

その声に導かれるように振り向くと、まず目に入るのは長い淡い色の金髪と髪とおそろいの淡い金色の瞳……今更だけど、瞳の色がハデスと同じ系統なのをベルは気が付いた。

もっともハデスの金色はもっと濃く、光彩も揺らめき彼女の神秘性の強調に一役買っているのだが。

 

「ヴァレンシュタインさん! あっ、よかった。探してたんです」

 

「……私を?」

 

「はい。この間、助けてもらったお礼です。よかったら受け取ってください!」

 

ベルが紙袋ごと差し出したのは、ハデスのお気に入りで故にベルが愛顧にしている洋菓子店の焼き菓子詰め合わせセットだった。

 

 

 

「別にいいのに。むしろ迷惑かけたの私達だし」

 

「だとしても貰い過ぎですから。その差額代わりの返礼として受け取っていただければ」

 

「……いいの?」

 

「もちろん」

 

受け取ったはいいものの、甘い匂いのする紙袋を小さく抱きしめるように持ったままどうしたらいいのかよくわからずきょとんとしてしまうアイズが、少し小動物チックな意味で可愛いなと思うベルだった。

 

アイズは直感が鋭い。異性からの下心ありありの贈り物なら身内(ファミリア)だろうが見ず知らずの赤の他人だろうがすぐに気付き突っ返すところだが、今回はどうも勝手が違う。

”剣姫”の二つ名を持つアイズ・ヴァレンシュタインという少女、他人からの尊敬や畏怖の感情を向けられてるのは慣れているが、裏表のない……上級(すごうで)冒険者やら剣姫やらという冠とか容姿の良し悪しや性差とは無関係の、等身大の自分に対する好意やら謝意やらにはどうにも慣れてないようだ。

 

思考としては感覚情報が多すぎてまとまったものではないが、ベルはなんとなく自分が言うべき台詞があるような気がした。

 

「美味しいですよ、それ? 無名かも知れませんが、ハデス様もお気に入りの洋菓子店のお菓子ですから。お茶会とかするときとかいいと思いますよ?」

 

「そうなんだ……」

 

ベルはそろそろ切り上げ時かなと考え、話題の転換を試みる。

 

「ところでヴァレンシュタインさん、もしかしてお邪魔じゃありませんでしたか? 見たところ遠征が終わったばかりのようですが……」

 

「それは大丈夫。ここで待ち合わせしてるだけだから」

 

「よかった。あっ、それならロキ様に面会することってできますか?」

 

「ロキに? ……多分、まだ館の中をぶらぶらしてると思うけど……」

 

するとベルは残ったもう一つの紙袋を軽く持ち上げ、

 

「一応、ロキ様にご挨拶くらいはしておこうかと思いまして」

 

 

 

 

***

 

 

 

さて、少し視点を変えよう。

場所は同じく玄関ホール。ただし受付前ではなくその斜め後ろにある白大理石の後ろ側。

カウンターからは死角になる場所だ。

 

「ねぇ、あなた達……何してるの?」

 

そのあんまりと言えばあんまりな光景に、つい”アマゾネス姉妹の姉のほう(ティオネ・ヒリュテ)”は真相を問いただしてしまう。

何しろ『”愛すべき自分の妹(ティオナ・ヒリュテ)”が、うつ伏せに倒した同じファミリアのトップクラス冒険者の”粗暴な狼系獣人(ベート・ローガ)”の背中に馬乗りになり両手で口を塞ぎながら変形駱駝固め(キャメルクラッチ)をかけてる』というかなりシュールな光景だったのだから。

 

「ティオナ(ねえ)、手伝って! ちょっとこの馬鹿狼を鎮圧しとく必要があるののよ!」

 

「むぐぅぅぅーーーっ!!!(このクソ女、離しやがれ!!!)」

 

と妹が視線を向けた先には、

 

「あらあら、まあまあ♪」

 

男っ気の無さではロキの眷属(ファミリア)の中でトップランカーのアイズ・ヴァレンシュタインが、見知らぬ可愛らしい男の子からプレゼントを渡され、驚くべきことに突っ返すことが普通のアイズがそれを大事そうに抱きしめたまま親しげに話しているのだ。

無論、恋愛沙汰が大好物の年頃の娘に標準搭載されてると言われる”姦しい乙女フィルター”の補正が入る情景描写ではあるが。

 

「わかったわ」

 

ばたつきもがくベートの足を取り、躊躇い無くテキサス式四葉固め(テキサス・クローバーホールド)を決めるティオナも大概だろう。

 

「ふんぐぅぅぅーーーっ!?(てんめぇーーーーっ!?)」

 

「ほらほら暴れないの。せっかくのレアなシチュエーションなんだから邪魔したら駄目でしょ?」

 

褐色の肌が美しいアマゾネス姉妹に二人がかりで責められるなど、ドMにはたまらないシチュエーションだろうが……ベートには生憎とそのケはないので、どうやらご褒美にはなってないようだ。

 

 

 

***

 

 

 

さて視線を戻そう。

 

「一応、ロキ様にご挨拶くらいはしておこうかと思いまして」

 

ベルがそう小さく残る紙袋を持ち上げると、

 

「ほ~う……それは中々ええ心がけやんけ?」

 

”ぺろんっ”

 

「うひゃっ!?」

 

突然、後ろから尻を撫でられる感覚にベルは小さく飛び上がり無意識に距離を取って振り向き際にファイティングポーズを取るが、

 

「カカカッ♪ 反応も悪ぅないな? せやけど背後がまだまだ甘いで」

 

ベルの視線の先に居たのは糸目と短い赤毛、それに真平らな胸板が特徴の女性だった。

ただし、神威付ではあるが。

 

「も、もしかしてロキ様……ですか?」

 

「そうやで~、少年。天界きっての道化師(トリックスター)、元悪神ロキとはうちのことや♪」

 

そして、微笑みながらもどうにも笑ってるようには見えない目で(糸目だから判りにくいが)、

 

「ところで少年、ウチのアイズたんとやけに親しげやけど……一体何モンや?」

 

「あっ、すいません。自己紹介が遅れました。僕は【ハデス様の眷属(ハデス・ファミリア)】の”ベル・クラネル”といいます」

 

「なっ!?」

 

その瞬間、糸目だったロキの瞳は大きく見開かれた。

そして上から下までしげしげとベルを見つめ。

 

「そっか……君がオリュンポス系の地上の男神(ヤロー)どもが泣いて悔しがったという噂の少年かぁ~」

 

そして改めて、

 

「ところでそのハデスたんのとこの少年が、なんでアイズたんと?」

 

「ロキ……もしかしてまだ遠征の報告書あがってない?」

 

そう確認するアイズに、

 

「あがってるかもしれへんけど、まだ読んではおらへんな」

 

アイズは小さく溜息つくと、ダンジョンでの小さな邂逅を話し始めた。

 

 

 

牡牛の化物(ミノタウロス)相手に小さな身体で互角に張り合った、勇気ある仔兎(ベル)のサーガ』……アイズの口頭報告にタイトルをつけるとそんな感じになるだろうか?

それに半ば呆れ、半ば感心したロキは頷きながら、

 

「なるほどなぁ~。なんやウチの眷属(ファミリア)がごっつい迷惑かけてもーたみたいやね? ホンマすまんな」

 

「とんでもありません。最後の最後にヴァレンシュタインさんに助けてもらいましたし」

 

自分の実力の無さ……特に攻撃における決定力の低さを自覚しているベルは苦笑し、紙袋を差し出した。

 

神酒(ソーマ)とはいきませんでしたが、お礼とご挨拶をかねてお納めください」

 

「なんや悪いなぁ。迷惑かけたんはむしろこっちなんに」

 

「いえいえ。僕はひたすら攻撃に耐えてただけで、ヴァレンシュタインさんが討伐してくれなければ危なかったですよ」

 

すると酒瓶が入ってると思わしき紙袋を受け取ったロキは何やら考え始め、

 

「なあ少年……槍と盾を持ち歩いてるっちゅーことは、これからダンジョンに潜るんやろ?」

 

「ええ」

 

「一晩潜る予定かいな?」

 

「いえ。夕方には戻る予定ですが……」

 

「なら、それ以降は時間が空いてるってことやな?」

 

「そうなりますね」

 

ロキはニカッと笑い、

 

「ならちょうどええ。今晩開催予定のウチらの”打ち上げ”に参加せーや!!」

 

「えっ? ちょ、ちょっと待ってください! ”打ち上げってダンジョン遠征”の慰労会ですよね? さすがに僕が参加するのは角が立ちそうな……」

 

ロキはバンバンとベルの肩を叩き、

 

「ええやんええやん♪ ミノタウロス押し付けたにも関わらず、こうして土産までもらうてもうた。これで何もせーへんかったらウチのファミリアの沽券に関わるってもんやしな。そうやろアイズたん?」

 

いきなり話を振られてちょっと困った顔をしたアイズだが、それでもコクコクと頷いた。

 

「でも、ハデス様に一人で夕食を取らせるわけには……」

 

無自覚に過保護発言するベルだったが、ロキは「その台詞を待ってたで~♪」と言いたげにニンマリ笑みを浮かべ、

 

「せやったらハデスたんも一緒にならどや? 子を誘うんならその親まで誘ういうんも道理に合うやろ?」

 

 

 

結局、ベルはロキに押し切られ打ち上げ参加を了承してしまう。

平行世界(げんさく)とはまた違う邂逅……果たしてそれは、どのような意味を持つのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

ベルくんのロキ・ファミリア探訪(?)はいかがだったでしょうか?

アイズを除くロキ・ファミリアの面々初登場の回でもありましたが(^^

次回はベルくんのダンジョンアタックと宴会パートかな?
何やらハデス様も参加しそうですが……またまた一波乱がありそうな予感?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第008話 ”ロキ神の黄昏”

皆様、こんばんわ。
今回のエピソードは……珍しくロキ・ファミリアが主役?
まあ、ベルもしっかり男の子してますけどね(^^




 

 

 

さて、舞台はロキとその眷属(ロキ・ファミリア)の本拠地『黄昏の館』、その中にあるロキの私室に移る。

時はもう館を去ったベルがダンジョンに潜ってる頃だろうか?

 

「なんや~。あの兎少年、随分と奮発したみたいやん♪」

 

バカラ・クリスタルのショットグラスになみなみと注いだ林檎の蒸留酒(カルヴァドス)に舌鼓を打ちながら、ロキは上機嫌だった。

【ポム・ド・イヴ】とは知らない銘柄だったが、中々に美味だ。剥き身の林檎が丸々封入されたガラス瓶も面白い趣向だ。

 

「目で楽しみ、舌で楽しむ、か……酒の趣味まで悪くないゆーなら、将来有望株やで♪」

 

ケタケタ笑う主神に、実質的に【ロキ・ファミリア】のNo.2の上級(ハイ)エルフ、”リヴェリア・リヨス・アールヴ”は嘆息しながら、

 

「林檎の甘い香りが効いてるな。喉越し爽やかで、確かに旨い酒だが……かといって昼間から酒を嗜むのは良識ある大人としてどうなんだ?」

 

「まあ堅い事を言うな。我々のすべき後始末は終えたのだ。何より酒を楽しむときにはその味をとことん楽しむ。でなければ良い酒に失礼だぞ」

 

そう言うのは古参の眷属で重鎮の一人、巌のような体格を誇る初老のドワーフ”ガレス・ランドロック”だ。

まあ彼の言うとおり、換金やその他の遠征の事後処理の中でも上層部がすべきことは既に終わっている。

でなければ風紀委員気質のリヴェリアがこの場に居るはずもないが。

 

「それに関しては同意しますけど……でも、まさか貰い物の酒を自慢するためにわざわざ僕達を呼んだわけじゃないですよね?」

 

最後に纏めるのは酒を優雅に楽しむ少年……ではなく小人族(パルゥム)で実はアラフォーのファミリア・リーダー、最古参のファミリアでもある”フィン・ディムナ”だった。

 

「まあな。ウチより皆のが詳しいと思うけど……なんでもウチらが逃がしたミノタウロスの一匹と、互角に戦っとった駆け出し(ルーキー)がおったんやってな?」

 

重鎮三人は顔を見合わせ、

 

「ええ。アイズの報告にありましたが」

 

代表してフィンが答えると、

 

この酒(カルヴァドス)をお礼にって持ってきたんは、その『ミノタウロスと互角に戦ってた』ちゅー白兎っぽい少年でなぁ……」

 

ロキは一度言葉を区切り、

 

「【ハデス・ファミリア】の一員なんやて」

 

 

 

「ほ~う……あの噂の」

 

少し興味を持ったような顔をしたのはリヴェリアだった。

彼女はファミリア全体の参謀役として常に情報収集を欠かしていない。そうであるが故に主にオリュンポス系男神に課せられた『ハデスに手を出すことを禁ずる』という内容の”紳士協定”とか、それが決まった殺気まみれの”臨時神会(デナトゥス)”とかの情報を掴んでいた。

ちなみにその臨時神会にはロキも参加しており、紳士協定成立に尽力したという。

ただし、話題の中心であるハデスは当然のように参加していない。というより地上に降りてきたばかりの彼女は、神会の存在自体を当時は知らなかった。

 

「今だから話せることなんやけどな……ウチとハデスたんにはある因縁、いやウチにはある”負い目”があるんや」

 

ロキは素面ではやってられないとばかりに酒を呷り、

 

「ハデスたんが冥界の女王になった……ギリシャ神の天界(オリュンポス)を追い出された理由は、ハデスたんを妻にと狙った男神達が反目しあって、今にも戦争が起こしそうだったからなんやけど……」

 

乾いたグラスに再び酒を注ぎ、

 

「その、な……その男神の欲望まみれの対立を裏から散々煽ったんが、実はウチなんよ」

 

 

***

 

 

 

衝撃の告白だった。

あんまりと言えばあんまりな内容にリヴェリアは天を仰ぎ、

 

「我が神よ……貴女はなんてことを」

 

「し、仕方ないやん! あの時のウチは北欧神話体系(自分のとこ)の【神々の黄昏(ラグナレク)】を起こすのに失敗して、傷心して捨て鉢になっとったんやって!」

 

「それで腹いせにギリシャ神話体系の天界で、『ギリシャ神話版のラグナレクもしくは天界版のトロイア戦争』を画策したというわけですか?」

 

無垢な顔で聞いてくるフィンにズキリと心が痛むのを感じるロキだったが、

 

「ま、まあ否定はせーへんよ。騒ぎを起こせばなんでもよかったんや……若気の至りちゅーもんやな。赤くて三倍速い人も言っとるやろ? 『認めたくないものだな。若さゆえの過ちというものを』って……」

 

「言ってることはよく判らんがのう……つまりロキ殿、結局お主は何が言いたいのじゃ?」

 

「ウチは……」

 

核心の発言を促すガレスにロキは糸目を開き、今までになく真摯な声で告げる。

 

「……罪滅ぼしがしたい」

 

 

 

「その前に、一言謝罪すべきではないのか?」

 

そう鋭い指摘のリヴェリアに、ロキはグッと息を詰まらせ、

 

「そうしたいのは山々なんやけど、ウチはハデスたんと面識があらへん。それに話を聞く限り、ハデスたんはウチが暗躍してたどころか自分が冥界に追放された『本当の理由』を判ってないみたいなんよ……それもゼウス直々の指示らしいしな」

 

物憂げなロキを見ながらフィンは、

 

「時間が経ってる分、話がこじれてるってわけですか……確かに事実を誤認してると思われるハデス様に突然謝っても困惑するだけでしょうし」

 

なんとなく追い討ちをかけてるような気がするのは気のせいだろうか?

 

「せやろ! だから先ずなんにするにしても面識を持ち、交流を深めることが第一歩やと思うんや!!」

 

「ほほう。お主にしては堅実で健全だのう」

 

感心(もしくは皮肉か?)するガレスにロキは興が乗ったように、

 

「というわけで、今日の打ち上げにハデスたんと眷属の白兎君を招待することにした! なっ? ええよな?」

 

すると自分の役割をいつも自覚してるフィンは、

 

「誰か異議はあるかい?」

 

「いい酒だ。多少の返礼はむしろ義務だろう。宴への誘いがその充当になるかはわからぬが」

 

とはリヴェリアの弁。ガレスも頷き、

 

「年端も行かぬ小僧に礼儀を見せられて、何もしないのは大人として駄目じゃろうな」

 

フィンはウインクしながら、

 

「ということらしいですよ? ロキ」

 

ロキの顔が嬉しそうにほころんだのは言うまでもない。

 

気が付くと酒瓶はいつの間にか空になっていた。

ロキが酒瓶の中に残った林檎を出そうと悪戦苦闘してる様を見ながら、リヴェリアが涼しい顔で魔法を使って取り出し、しゃくりとかじって最後までカルヴァドスの風味を楽しんだという

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

一方、その頃ダンジョンでは……

 

 

 

「セイリャッ!!」

 

時はロキ・ファミリアの四人が真昼間からお茶会ならぬ軽い飲み会を繰り広げてる頃、場所はダンジョン第6階層。

ベル・クラネルは元気に槍を振り回していた。

 

(まだだ……)

 

「まだ足りない。全然足りない……!」

 

思い出す。

崇拝する女神であると同時に、槍の師でもあるハデスの動きを。

その動きを自分の身体に合わせてトレースする。

 

「セアッ!」

 

槍を弧を描くように振り、飛び掛ってくるゴブリンを纏めて薙ぎ払う。

ベルにとって目指すべき武の頂は久遠の彼方にある。

そう簡単に手が届く場所じゃない。

だからベルは考える。

 

(イメージしろ……ハデス様を守れる自分を……!!)

 

天の頂(ヘッドライナー)】に至るその筋道を……

 

「トリプルバースト!」

 

今のベルで最も攻撃力のある技、槍の三段突き(トリプルバースト)を放ち、近づいてきた異様に長い腕が特徴の人型モンスター、”ウォーシャドウ”を三体纏めて倒す!

 

トリプルバーストには大きく分けて二つ放ち方がある。

一つは一つの目標に対して刺突三撃全てを当てる”三撃一点(スマッシュ)”、もう一つは三つの異なる目標に一撃づつ当てる”三撃分刺(バラージ)”だ。

 

ウォーシャドウに放ったのはバラージのほうであり、特に複数の敵を急場で凌がなければならない場合に便利な槍術であった。

無論、強固な相手……例えばミノタウロスにはスマッシュの方がベターであるが。

 

 

 

「とりあえず、視界に入る敵は倒しきった……かな?」

 

すぐにモンスターが発生する気配は無い。

第6階層で随一の戦闘力を誇るウォーシャドウですら、今のベルには手強い敵にはならなかった。

囲まれる前に倒しきる……その原則を貫いた結果ではあるが、故にベルはほとんど形見の盾(アキレウス)を使う機会に恵まれなかった。

魔石と稀にあるモンスタードロップを拾い終えたベルは、懐から懐中時計を取り出す。

 

手の平サイズの真鍮の筐体の中に、現代の技術で言うなら特殊な加工をした魔石を水晶振動子(クォーツ)電池(バッテリー)として使う、最近ようやく市場に出回り始めたばかりの狂いの少ない最新鋭の時計で、それなりに値の張る代物だったが……

従来の機械式に比べて桁違いの正確度を誇るこれは、ハデスとの生活には必要不可欠なものであると割り切り、ファミリアに入ってすぐに奮発して購入したのだった。

 

(まだ時間はある……)

 

「行ってみるか……第7階層へ」

 

その日、ベルは初めて『新米殺し』と呼ばれるキラーアントやパープルモスと言った凶悪な昆虫型モンスターやニードルラビットという新しい敵と対峙することになる。

そう、確かにベル・クラネルはこの日、”冒険”したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

「おかえり。ベルくん」

 

「ハデス様、ただいま戻りました」

 

再び場所は変わってオラリオ北の外れにある何の変哲も無い古びた一軒家、【ハデスとその眷属(ハデス・ファミリア)】の拠点。

時は夕刻、夜の帳がそろそろ降り始める頃。本日も無事に過ごせた二人は邂逅する。

 

「んー……もしかしていつもよりボロボロ?」

 

想像以上に自分をよく見ているハデスにこみ上げるような嬉しさを感じて、ベルは笑みをこぼしながら

 

「あはは。つい第7階層まで潜ってしまって」

 

「そっか……でも無事でよかった。今のベルくんの実力なら大丈夫だと思うけど」

 

「そうなんですか?」

 

彼女は小さく頷き。

 

「うん。でも、盾はともかく槍はもう駄目だね?」

 

彼女の視線の先には、ぐにゃりと潰れかけた槍の穂先が映っていた。

その変形は著しく、打ち直したり研いだりでどうにかなるような雰囲気ではない。

 

「ですね。キラーアントの甲殻が想像以上に硬くて」

 

「昆虫型は外骨格だから……体表が骨の役割を担ってるから硬いんだよ」

 

ベルは納得しながらも少し残念そうに、

 

「まさかこうも早く武器を切り替えることになるとは思いませんでした」

 

「いい機会だと思うよ? 今までのショートスピアーじゃこの先戦うことになるモンスター相手には力不足だし……」

 

ハデスはじっとベルの顔を見て、

 

「そろそろベルくんの能力(アビリティ)に耐えられなくなると思ってたから。モンスターに”武器を壊される”なら同じ武器を選んでもいいけど、自分の力で”武器を壊して”しまうなら変え時だよ」

 

「そうですね……武器がなければ結局ダンジョンへは潜れませんし、明日は休みにして武器屋に行って見ますね」

 

「そうしたほうがいい。じゃあ晩ご飯食べたら、いつものアビリティ・チェックしよっか?」

 

「あっ、ちょっと待ってください! 実はですね……」

 

 

 

***

 

 

 

今日のロキ・ファミリアの来訪とロキとの邂逅、そしてロキからの宴会への誘いという流れを聞いたハデスは、

 

「話はわかった……ロキが招待」

 

「どうしますか? もしハデス様が気乗りしないなら僕は……」

 

ハデスは小さく首を横に振り、

 

「ううん……行こうよ。せっかくだから受けたほうがいいと思う」

 

「はいっ! ハデス様がそう言うなら、僕に異存はありません」

 

「それじゃあアビリティの確認だけして……支度しよっか?」

 

「はいっ!」

 

 

 

「これはまた……凄いことになってるね?」

 

「自分のことですが、確かに……」

 

その日の最後のサプライズは、ベルのアビリティ更新のようだ。

 

 

 

†††

 

冒険者Lv:Lv.1

 

基本アビリティ

力 :851(A) → 944(S) 上昇93

耐久:888(A) → 975(S) 上昇87

器用:434(E) → 501(D) 上昇67

敏捷:548(D) → 620(C) 上昇72

魔力: 60(I) → 133(H) 上昇73

 

魔法

【】

 

スキル

父性一徹(グロリオーサ)

 

†††

 

 

 

「合計上昇値392……これは前代未聞かもしれないね? グロリオーサの効果が上がってるのかな?」

 

「だとしたら嬉しいです……!」

 

 

 

スキル【父性一徹(グロリオーサ)

 

・『誰かを守りたい』『守るために強くなりたい』という願望が触媒となり成長を促進させる。その想いが続く限り効果は持続

 

・『誰かを守りたい』『守るために強くなりたい』という意思の強さに比例して最終防御力/回避率/命中率/クリティカル率に補正が加えられる。

 

・成長促進の度合いは『守りたい』という想いの強さと守りたい人数に比例する

 

・特に力と耐久に獲得経験値ボーナス

 

・被ダメージにより全基本アビリティの一時的な増幅(ブースト)。ブースト率は蓄積ダメージの深刻度と冒険者Lvに比例して上昇する。ただし魔法やポーションなどで全回復するとブーストはキャンセルされる。

 

・冒険者Lvに比例して効果は増強される

 

 

 

その効果は今のベルにとっては『ハデスを守るために強くなりたい』という想いに、願いに直結していたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
珍しくロキ・ファミリア年長組の描写に文字数を裂いてみましたが、如何だったでしょうか?

個人的には年長組が無自覚にちくちく主神を言葉で刺す描写が楽しい楽しい(笑)

今回のエピソードの肝は「実はロキ様も気にしていた」だったりします(^^

ベルのグロリオーサの効力が一段強くなり基本アビリティの爆上げに繋がったのは、おそらく第003話”Tears in Heaven ”のラストを含め、より一層強く願ったからだと思われます。

いよいよ次回は宴会パートになりそうですが、果たしてロキとハデスの邂逅はどんな色彩を生むのか……?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第009話 ”ツィードと紋章と酒場の一幕”

皆様、こんばんわ。
筆が想いの外ノッたので、予想以上に速くアップできました。

さて今回のエピソードは……ちょっと原作っぽくはないですが、いつもより少しお洒落なハデス&ベルとか、ハデスの紋章の誕生秘話とかそのほか色々カオティックな内容になったような?(^^




 

 

 

さてオラリオに夜の帳が降りる頃……

猥雑さが魅力の繁華街として栄えるここ”西のメインストリート”に、一際人目を引く二人組がいた。

 

一人は白髪のいかにも年上の女性に可愛がられそうな線の細い中々にキュートな少年で、その少年と手を繋ぐのはこれまたまるで古今東西随一の匠と呼ばれる域の人形師が、己の生涯最高傑作を作る意気込みで仕上げた値段の付けられない陶製人形(ピスクドール)のような『人ではありえない整った美しさ』を内包する美しい幼女だった。

 

少年の名はベル・クラネル。幼女の名は女神ハデス。

言うまでも無く【ハデスとその眷属(ハデス・ファミリア)】の二人である。

 

ちょっとしたお出かけ気分なのだろうか?

二人とも普段より少しだけお洒落だ。

 

ベルは自分の村……酪農なら羊毛業が盛んな”ハリス村”の特産品で、今はまだ無名だが質のいい手紡羊毛布(ツィード)、現在売り出し中の名で言うなら【ハリス・ヴィレッジ・ツィード】の中でも華やかなタータンチェック柄を選んで仕立てたフロント2ボタンと短い着丈が特徴の”プレッピージャケット”を羽織り、オフホワイトのスタンダップカラー・カントリーシャツとナチュラルブラウンのコーデュロイ・パンツをあわせるという中々小粋なスタイルだ。

 

ハデスはいつもと同じ純白のキャミソール・ワンピースだが、細い手首に透かし彫りの純銀に大粒のマベパールをはめ込んだ台座を中心に、それより小さなブルートパーズを鏤めた同じく純銀のパーツを繋げたチェーンブレスレットをつけ、淡い銀色の髪には深いエメラルドグリーンのベルベット・リボンで飾っていた。

 

二人の胸元を飾るのは、お揃いの円形のペンダント。

18金の台座にはめ込まれる瑪瑙(アゲート)を浮き彫りにしたストーン・カメオが象るのは、『二又槍の穂先の周りに咲き誇る水仙とアネモネ、生い茂るミント』……細緻な【ハデス・ファミリアの紋章】だった。

”二又の槍の穂先”は言うまでも無くハデス自身のことで、他の植物は冥界でハデスと共にあることを誓った二柱の神……水仙がペルセポネーをミントがミンテーを、アネモネが青一点であるアドーニスをそれぞれ示していた。

 

瑪瑙の柔らかな色合いと相俟って、何やら【冥王とその眷属の紋章(エンブレム・オブ・ハデス)】としては優しすぎる雰囲気があるが、実はこのエンブレムを巡っては冥界に相応しい(?)バトル的経緯があった。

それは、ハデスが地上に降臨する前のこと……

 

 

 

そもそもこの紋章、原案を出したのはハデスだが、最終デザインを決定したのは彼女ではない。

ハデスは「んー……わたしの象徴か……二又槍とか、かな?」と言っただけだ。

ハデスを示す二又槍の穂先を紋章の中心に据えるのは、誰も異論は無かった。

しかし…

 

『たかが匂いだけが取り得の雑草の分際でっ! また踏み潰したろかっ!!』

 

『やれるもんならやってみなさいよっ! 今度こそ返り討ちにしてあげるわ!! それにミントは雑草じゃなくて薬草よっ! 見た目だけが取り得の水仙なんかよりよっぽど役に立つわよ!!』

 

冥界にある自称ハデス軍、別命【ハデスたんにお仕えし隊】のNo.1である【春嵐猛姫】ペルセポネーと、同No.2である【常勝の翠髪】ミンテーが、「どっちがハデスの紋章を飾るか?」を巡り大喧嘩。

冥界であるが故に死なないことをいいことに、ペルセポネーは愛用の蝙蝠槍(ジョヴスリ)を、ミンテーが同じく愛用の三椏矛(フュスキーナ)を持ち出して剥き身の丁々発止、危うく派手な流血沙汰になりかけた。

それを仲裁したのが【腹黒軍師】アドーニスで、「だったら両方入れればいいじゃないか」と提案。

そして水仙とミントだけでなく、自分を示すアネモネもちゃっかり紋章に取り入れてるあたり、彼も相当の策士だろう。

 

ちなみに白ポプラを象徴とする【なんとなくついてない】レウケーは、自身が神ではなく精霊(ニュンペー)であるという存在の弱さから(それを言うならアドーニスは元人間の筈だが……)、このくだらなくも激しい諍いには参戦できなかった。

 

全くの蛇足ながらアドーニスとレウケーはギリシャ神話ではきっちり死んでるが、冥府に来てからある意味において復活。輪廻転生を拒否してハデスの元にいるらしい。

もっとも自称ハデス軍は、”そんな輩”ばかりだが。

 

 

 

***

 

 

 

紋章にまつわる話はひとまず区切るとして……

 

「ベルくん、慰労会の会場ってどこだっけ?」

 

「えっと……確か『豊饒の女主人』って酒場(パブ)だった筈です」

 

ここはオラリオの西のメインストリート、繁華街ではあるがストリート周辺の西地区と呼ばれる一帯は、【ファミリア】に加入していない無所属の労働者の多くが住居を構え、彼らの家族も生活することで大規模な住宅街を形成している。

そんな訳で治安もあまりよくない。

一歩路地裏に入ると、貧民街(スラム)とは言わないまでも、同じ西つながりでリアル『ウエスト・サイド・ストーリー』が今にも始まりそうな街の雰囲気がある。

 

さて、ならばもう一度ベルとハデスの格好を振り返ってみよう。

ベルは元々可愛い系の顔に華奢な身体付き、加えて都会的なデザインの高そうなツィードのジャケット(ある理由があって、実際にはそこまで金はかかってないのだが)にコーデュロイ・パンツ。

ハデスは純白膝丈のキャミソール・ワンピースに細緻な拵えのブレスレット、淡い銀色の髪を飾るのは高級そうなベルベット・リボン……

 

明らかに猥雑な界隈に場違いである。

しかも首にはお揃いのカメオのペンダントときてる。

容赦なく言えばこの二人、いいとこ「夜の繁華街に間違って入り込んだ、いいとこのお坊ちゃんと小さな箱入り娘(フィアンセ)」という雰囲気なのだ。

 

無論、ベルもまがいなりにも冒険者でハデスは冥界の女神だ。

万が一を備え、ベルの腰にはこれみよがしにダンジョンでモンスターと戦うには心許無いが、対人戦には十分な”慈悲の短剣(ミセリコルデ)”を右腰に、左腰には盾として使える短剣の”刃折の短剣(ソードブレイカー)”を一振りづつ下げてるし、ご丁寧なことに両袖口には投剣としても使える刺突専用の軽量短剣”スティレット”まで隠し持っていた。

ハデスの二又槍は、元々彼女の一部(現代的な解釈では量子化して不可視状態で格納している)なので、見えなくとも即時展開が可能だ。

 

とはいえ薄暗い路地に(たむろ)するような街のチンピラに、見た目を超える戦闘力を把握しろというのも無理な話だ。

彼らにとってはベルの種類の違う両腰の短剣は坊ちゃんがいきがるための小道具に見えるだろうし、ハデスは無害な美幼女に過ぎない。

知らないというのは時には幸せであり、同時に恐ろしいものだ。

 

彼らは知らない。

ベルは故郷で牧童(ガウチョ)として働いていた頃……落馬して首の骨を折ったが、死に切れずにもがき苦しむ仲間を腰に下げたミセリコルデで、この短剣の本来の使い方である『慈悲を与えた』経験があることを。

あるいはハデスに不埒を働こうものなら、スキル【グロリオーサ】の能力とあいまってインスタント・バーサーカーになりかねない危険性を帯びてることに。

 

 

 

だから彼らは近づく。

「弱者を鴨にするため」に。それが鴨でなく別の生物である可能性も考えないまま。

そして、今日も街のどこかで不幸なチンピラが、哀れな路上に転がる肉団子になるかと思いきや、

 

「あっ、どうやらここみたいです」

 

「みつかってよかった」

 

だが、かみまみた……もとい。神は居た。いや実際に地上にも天界にもごまんと居るのだが。

チンピラたちが二人の迎撃エリアに入る前に『豊饒の女主人』を発見するベルの殊勲により、とりあえず今夜は余計な流血は避けられそうだった。

 

 

 

***

 

 

 

二人が入った途端、酒場のあちこちから小さな驚きがあがる。

それはそうだ。

ここのメイン客層は冒険者で、『ここは一人前の冒険者達の夜の社交場』と一部の常連客は思っていた。

特に冒険者がダンジョンで命をかけた冒険を終え、死の恐怖から解放され生きる悦びを謳歌する瞬間、「命の一杯」を味わうためにある夜なら尚更だ。

 

さっきの返り討ちに”なりそこなった”街のチンピラじゃないが、『豊饒の女主人』は間違っても坊ちゃん嬢ちゃんが来る店でもなければ、来ていい店でもない……と考えているらしい。

 

まあ料金は安くないし、一端の冒険者の収入は悪くないが……だが、店名にもなってるこの店の女主人、ドワーフの元一流冒険者”ミア・グランド”はそんな狭量な人物ではない。むしろその逆だ。

もっとも店主の客と料理に対する想いなど知ったことかとばかりに、悪い意味で酔った冒険者(きゃく)が、ベル達に何か因縁吹っかけようとしたその瞬間、

 

 

「まっとたで~♪ お二人さ~ん♪」

 

二人が入った途端、陽気な声が聞こえてくる。

言うまでも無くこの声の主は、【ロキ・ファミリア】の主神で、本日の宴会スポンサーでもあるロキだ。

どうやらまだ酒や料理が運ばれている様子は無く、来たばかりなのだろうか?

あるいはハデスとベルを待っていたのだとすれば、彼女らしからぬ殊勝さだ。

もっともロキの心境を考えれば理解できなくも無いが……

 

「もしかして……おまたせしました?」

 

「気にせんでええよ? 何しろ”主賓”の登場を待つのは、宴会の主催者としては当然やもんなぁ」

 

と手をふりふりさせ口はにこやかに微笑みながら、全く笑ってない目でチョッカイをかけようとしていた冒険者(よっぱらい)を視線で制す。

その視線は無言でこう言っていた。

 

『ほ~う……ウチの客に手を出すつもりなんか? ウチの顔に泥を塗るつもりか? 自分、ええ度胸しとるやんけ……あん?』

 

と……

無論、最大派閥の【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売る度胸のある冒険者などそうそう居るはずも無く、立ち上がった酔っ払いどもはすごすごと自分の席に座る羽目になる。

 

ベルやハデスには見えない位置で、ミアが満足げに笑っていたのをロキは見逃さなかった。

 

 

 

「お招きありがとう。ロキ……はじめまして、だね?」

 

「お、おう……は、はじめましてやな!」

 

花が朝の光にそっと咲くように、あるいは優しい春の霧が乾いた冬の大地を癒すように……

人は、いや神はこんなにも可憐に、儚げに微笑めるのだろうか?

 

そんなとりとめもない疑問を感じながらも、ロキは自分の胸がズキンと痛むのを感じた。

 

「座っていいかな?」

 

「も、もちろんやねんな!」

 

どもりまくるという珍しいロキに、ファミリア全体の参謀役(ちえぶくろ)であるハイエルフの”リヴェリア・リヨス・アールヴ”は溜息を突きながら、

 

「我が主神よ……どうでもいいが声が裏返ってるぞ?」

 

「やっかましいわ!」

 

 

 

***

 

 

 

「あっ、追加の椅子は一つでいいです」

 

二人居るのに奇妙な事を言い出す少年に、給仕(メイド)服姿のエルフと思わしき少女は一瞬、怪訝な顔を浮かべるが……それがオーダーならばと、ロキが陣取る大テーブルに椅子を一つだけ運んできた。

 

「よっと」

 

先ずはベルが座り、その座り心地を確かめてから膝をぽんぽんと叩き、

 

「さあ、ハデス様」

 

「うん」

 

”ちょこん”

 

なんの躊躇いも無く、ハデスがベルの膝に座った。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

「………けっ!」

 

七つのどうリアクションしていいかわからない、あるいは目の前の風景にどうにも現実感が無く空白化した思考に、最後は面白くなさそうな余計な声が一つ。

 

「………オリュンポスの助平(ヤロー)共が見たら、思わず憤死か悶死しそうな風景やな」

 

そんな主神(ロキ)の言葉にこの場に居たファミリア全員が一斉に頷いた。

 

 

 

「あの見た目は確かに可愛いんですけど……行動しては問題があるのでは?」

 

そう隣に座るリヴェリアに囁くのは、真面目で委員長気質のエルフ少女、”レフィーヤ・ウィリディス”だ。

 

「ま、まあ良いのではないか? 見たところ、あの着座が【ハデス・ファミリア】の日常(デフォ)のようだし……(眼福でもあるしな)」

 

そうレフィーヤに返す、実は隠れ可愛い物好きなリヴェリアであった。

 

「ふわぁ……本当にお人形さんみたい……」

 

そう自分にはない要素に感嘆の溜息を漏らすのは、『アマゾネス姉妹の平坦(スレンダー)な方』こと妹の”ティオナ・ヒリュテ”で、

 

「……いいなぁ」

 

と呟いたのは『アマゾネス姉妹の豊満(グラマー)な方』こと姉の”ティオネ・ヒリュテ”だった。

きっと彼女の内心では、『私も団長を膝の上に……クフフ♪』とか考えているのだろう。

その証拠に【ロキ・ファミリア】のリーダーにして最古参のメンバー、同時にティオネの想い人でもある小人族(パルゥム)の”フィン・ディムナ”は、「危険を報せる親指」が疼いたのか首を左右にきょろきょろさせていた。

 

「最近の若いもんは色々と想像の斜め上をいくのう」

 

感心してるのか呆れてるのか判らない表情の初老ドワーフは、フィンやリヴェリアに並ぶ『年長幹部三人組(トリニティ・セナトゥス)』の一人、”ガレス・ランドロック”だった。

 

「えっと……」

 

周囲の反応に自分がどうしていいか判らず、小首をかしげてる『剣姫』こと”アイズ・ヴァレンシュタイン”に、

 

「……けっ」

 

何やら面白くなさそうにしてる狼系獣人(ライカンスロープ)の”ベート・ローガ”である。

誤解の無いように言っておくと、ベートの機嫌が悪いのはベルやハデスが気に入らないわけではなく(実際、ベートは二人の招待を反対していない)、単にノリについていけず苛立ってるだけだろう。

 

 

 

***

 

 

 

しかし、ローガとは違う意味でノリについていけないのは他の誰でもない、ファミリアの盟主であるロキ自身だった。

 

(ウチは……なんてことを……)

 

かつて【北欧神話体系(エッダ・ミトス)】の示す天界(アスガルズ)に居たとき、せめてギリシャ神話の天界(オリュンポス)に忍び込んだとき、一目でもハデスを見ておくべきだったと心底後悔していた。

 

ロキは確かに悪神だった。エッダにすら悪戯好きで、”神々の黄昏(ラグナレク)”すらその延長線上に過ぎなかった。

だが、

 

(誰が好き好んでこんな可憐な娘を……こんな儚い幼子を……暗く冷たい冥界に追放したいと思うねんな……!!)

 

確かにロキは男神たちの『ハデス争奪戦』を利用し、アスガルズでは出来なかった神々の黄昏をオリュンポスで起こそうとした。

だが、ハデスを冥界に落としたいなどと考えたことは無かった。

ただ、結果的にそうなってしまっただけだ……

 

 

 

(でも、言い訳はでけへん。過ぎ去った日々は何をやっても戻らへん……)

 

ロキはこの時、自分の心に焔のような何かが灯るのを確かに感じたという。

 

(過去を償うんは過去でやない、今とそして”これから”や……!!)

 

「かくも宴は始まれり……やな」

 

 

 

果たして、かつて悪神と呼ばれた彼女の選択とは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

日常パートではありますが、「普段とちょっと違う二人」に始まり「ロキの後悔と決意」の終わるエピソードは如何だったでしょうか?

個人的には「いつものようにハデスを膝に乗せるベル」を見たときのロキ・ファミリアの面々のリアクションが書いてて楽しかったです(笑)
そしていよいよハデス・ファミリアとロキ・ファミリアの初顔合わせでした。
レフィーヤに至っては初登場というエピソードでしたが、楽しんでいただけましたでしょうか?

ところで「ハリス村のツィード」って、元ネタをわかる読者様がいれば嬉しいってくらいのネタでして(^^
ちょっと理由がありまして、ベルはツィードや羊毛織物を格安で手に入れられるので、この手のファッションは多くなります。小ネタとして楽しんでいただければ嬉しいです♪
ちなみにベルの着ているジャケット、現代日本で買うとどんなに安くても三万円くらいしたりして(汗)

それにしても……冥界のハデス様親衛隊(?)って一体……?

ラストでロキが魅せたりとなんかカオティックな要素が増えてきましたが、果たして宴はどうなりますことやら♪

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!




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第010話 ”二柱の女神、そして二人の『団長』”

皆様、こんばんわ。
皆様の応援のお陰で、この『ハデス様が一番!』もついに二桁話数に届きました♪
本当に感謝、また感謝です!

さて、今回のエピソードは……勿論、宴の始まりです(笑)
原作ではベル君を泣かせた”あの宴会”が、果たしてどんな姿を見せるのか?

楽しんでいただければ幸いです。




 

 

 

さてさて、物語の始まりは常に唐突なれど、それはここ……迷宮都市オラリオの西メインストリートにある酒場(パブ)、『豊饒の女主人』でも変わらないようだ。

 

ロキとその眷属(ロキ・ファミリア)】がダンジョン遠征の打ち上げ用にキープしたその大きなテーブルには、ハデスとベル(ゲスト)の到着を持って用意されていた料理が天板を埋め尽くすように所狭しと並べられていた。

 

そしてエルフの少女と、ハデスと比べるなら少し色濃い……灰銀(アッシュグレイ)に近い銀髪くせっ毛の中々可愛らしい少女の華のあるウエイトレスの二人が、いよいよお待ち兼ねの表面ギリギリになるまでたっぷりエール・ビールが注がれたウッド・ビアマグが運ばれてくる。

 

ロキはそれを手に取り立ち上がると、

 

「先ずはロキ・ファミリア(みんな)が無事に冒険を終え、ここにこうして集えて再び美味い酒と料理をぎょーさん楽しめることを祝うと同時に……」

 

視線をわざわざ用意した隣の席に陣取らせる小さな淡い銀髪(プラチナブロンド)の美幼女と、その幼女を膝に乗せる可愛い系の白髪の少年を見やり、

 

「そして此度ひょんなことから新たな知己を得た【ハデス・ファミリア】との友誼を祝って……」

 

彼女は杯を掲げる。

 

「乾杯やっ!!!」

 

 

 

「「「「「「「カンパーイ!!」」」」」」」

 

「かんぱい」

 

「乾杯です」

 

「……けっ」

 

ロキの音頭に唱和する一同(一部かみ合ってないようだが)に、重なり合うビアマグ。

ただし知恵袋のリヴェリアはぼそりと、

 

「我が神よ……強行突破したな」

 

と呟いたという。

 

 

 

***

 

 

 

余談ながらテーブルは立場の分け隔てなく飲み合える円卓方式であるが、席次は当然のように主神であり主催者であるロキの座り位置を上座と捉えると、ロキから時計周りにリヴェリア・リヨス・アールヴから始まりガレス・ランドロック → フィン・ディムナ → ティオネ・ヒリュテ、反時計回りにはロキの隣に座るハデス&ベル・クラネル → アイズ・ヴァレンシュタイン → レフィーヤ・ウィリディス → ティオナ・ヒリュテという順番で、ベート・ローガはヒリュテ姉妹に挟まれて座っている。

見ようによっては、美人と評判の凸凹アマゾネス姉妹を両手に花状態という羨ましくも妬ましいシチュエーションだが、肝心のベートは仏頂面だ。

まあ愛しのアイズの隣に座れなかったのだから、無理もないといえば無理もない。

 

 

「なあなあ、ハデスたん」

 

「なに? ロキ」

 

さっそくベルの膝の上に座るハデスに攻勢をかけるロキ。幸いにしてハデスは”たん”付けに抵抗は無いらしい。

 

(よっしゃ! 第一関門突破やっ!)

 

どうやらロキ流の「可愛いものにつける親しい呼び名」をハデスが受け入れるかどうかが最初の関門だったようだ。

いや、実はこれが馬鹿にできないのだ。例えばアイズが「アイズたん」という呼び名を受け入れる(諦めるとも言うが……)までの間には、「聞くも涙、話すも涙のハートフルボッコな話があるんやでぇ~~っ!!」とはロキの弁。

まあロキの言葉である以上、額面どおりには受け取ってはいけないような気もするが。

 

「こうして友誼を結ぶこともできた。それはとてもとぉ~ってもメデたいことなんや!」

 

主にロキ的にはそうなんだろう。

 

「うん。そうかもしれない」

 

「でも、ウチはそれを『一夜限りの儚い夢』で終わらせとうない……」

 

線目を微かに開き、真摯な視線で彼女は告げる。

 

「せやから、もしハデスたんが良かったらなんやけど……ファミリア同士で友好関係とか結ばんか?」

 

 

 

(肝心なところでヘタレたな……我が神よ)

 

とこれはリヴェリア。

 

(何故そこで素直に『友にならんか?』と言えんのだ。この駄神は)

 

これはガレスで、

 

(ファミリア同士の繋がりを緩衝材(ダシ)にしましたか……僕にとってはそっちの方が都合がいいですけどね)

 

何やら思うところがあるのか、チラリとベルを見るのはフィンである。

さて、そんなロキ・ファミリアの幹部の中の幹部、『年長幹部三人組(トリニティ・セナトゥス)=直訳は”三人の元老”』の心中を露知らず、ハデスは他意無く……

 

「いいよ」

 

と表情を変えずに短く答えて頷いた。

それとは対照的にロキは”パアァッ♪”と擬音が付きそうなほどに顔を輝かせ、

 

「そうこなっくちゃな♪ ななっ、どうせやったらファミリア同士だけでなくウチとハデスたんも”個神的(こじんてき)”に友誼を、む、結ばへん!?」

 

(((あっ、ファミリア同士の話にかこつけて、個神的な事情を便乗させやがった……なんだろう? この小物臭のするやり口は……)))

 

この時、三人の元老は心は見事に一致したという。

 

 

 

ロキの言葉を受けたハデスは一瞬、少し驚いたようにきょとんとして……

 

「んー……」

 

少し考えてから、はにかむように小さく微笑み……

 

「じゃあロキが地上(ここ)での初めての、”神友(しんゆう)”だね……♪」

 

”ぷちん”

 

その時、ロキの中で”何か”が切れた……

 

「ハデスたん……」

 

「んっ?」

 

ロキはギュッとハデスの両手を握り、

 

「今日はこのままお持ち帰りして、一晩中スリスリハァハァしてええか?」

 

 

 

***

 

 

 

その頃、テーブルより離れた店の厨房では……

 

”バリンッ!”

 

『ニャニャッ!? シル、どうして洗ってた皿がいきなり真っ二つに割れるニャ!?』

 

『割れたというより引き裂いたという感じですか? シルにそれほどの筋力が備わっていたとは驚きです』

 

『や、やーねぇ二人とも! そ、そんなはず無いじゃない! きっとこのお皿がもう古くて、見えない皹でも入ってたのよ、きっと!!』

 

『そのお皿、昨日おろしたばかりニャんだけど……』

 

『な・に・か・おっ・しゃ・い・ま・し・て!?』

 

『な、なんでもニャいニャ……』

 

『シル、今の貴女はウェイトレスがしてはいけない表情をしてるような気がするのですが?』

 

等という会話が聞こえたような気もするが、きっと気にしてはいけないのだろう。

 

ともかくロキの奇行は、「そんな変態臭のする不健全な行為を友誼と呼ぶなど私が認めん」とどこからか取り出した愛用の魔法杖(ワンド)をメイス代わりに使用したリヴェリアの手により無事に鎮圧され……いや、沈静化されたようだ。

 

 

 

「そういえば、えっと……ハデスたんと兎の少年、えっと……名前はグラハム・ベルやっけ?」

 

「ベル・クラネルですよ。ロキ様」

 

苦笑するベルだが、ロキは気にする様子も無く、

 

「そうやったな。ともかくハデスたんは全員と、ベル君かてウチとアイズたん以外は面識ないやろ? ここは一つ自己紹介といこか♪ まずトップバッターはウチからやな」

 

ロキはコホンと咳払いして、

 

「改めて【ロキ・ファミリア】の主神、ロキや。昔はそれなりに悪名売っとったけど、今はおとなーしゅうしとるよ?」

 

ニカッと笑いサムズアップするロキ。

表面的な意味では、確かに嘘はついてないのだが……

 

 

 

その後、ロキから時計回りに自己紹介が始まり、

 

「”リヴェリア・リヨス・アールヴ”だ。差し詰め、ファミリアの参謀役のようなものだ」

 

「”ガレス・ランドロック”じゃ。見ての通りファミリアの年寄り組の一人じゃな。もっとも、」

 

ガレスはリヴェリアを見ながら笑いを含んだ口元で、

 

「歳も知恵も、どこぞの”物知り婆(ちえぶくろ)”には遠く及ばんがのう」

 

ガハハ!と豪快に笑うガレスだったが、「うおぅ……」と笑ってる途中、突然悶絶し出した。情況のわからぬベルとハデスは不思議そうな顔をしているが、理由がわかってるロキ・ファミリアの面々は我関せずという姿勢を貫いていた。

例えとばっちりでも、【九魔姫(ナイン・ヘル)】の一撃を貰うなど洒落にもならないのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「ロキ・ファミリアの団長の”フィン・ディムナ”でございます。以後、お見知りおきを。神ハデス」

 

宴の余興扱いされた一悶着が落ち着いた頃合を見計らって、華奢なベル以上に小柄な小人族(パルゥム)のフィンが立ち上がり、わざわざ隣に歩いて来てハデスに跪く。

初見の見知らぬ神に対して、特に(本人は無自覚だが)ハデスのような超大物神に対しては決して的外れでも、大袈裟な礼儀でもない。

間違いなくロキの影響(悪影響?)だろうが……むしろ他の面々が本当なら砕けすぎなくらいだ。

 

(こうべ)をあげなさい、”率いる者”よ。特に何時(なんどき)も差し許す」

 

ならばハデスも簡易だが”神としての礼”で応え、フィンに立ち上がる事を許した。

 

「……はっ! 恐悦至極にございます……!」

 

しかしその言葉にフィンは一瞬心底驚いたように大きく目を見開き、さらに頭を深々と下げた。

 

 

 

様式美と呼ぶにはあまりに短く素っ気無いやり取りのように思えるが、この一連の意味は、実はとても大きい。

まずは地上ではなんら力や権限が無いとはいえ、”冥府の女王(ハデス)”ほどの存在にフィンは『ロキ・ファミリアのリーダーと認められ』ると同時に、「いつでも頭を下げる必要は無い」という許しまで与えたのだ。

 

例えば、だが……フィンは小さいとはいえハデスはもっと小さい、例えば二人が立ち話をすれば必ずフィンがハデスを見下ろすことになる。

元来、神仏を人間が見下ろすのはとても不敬なことなのだ。

例えば神社仏閣、あるいは神殿や教会に行けば判るが……”神聖な存在を象りし偶像”は常に人の頭の上に置かれる。

天の御座より人を睥睨するのが神の立ち位置であり、それが逆になってはならない。

無論、地上へ「退屈凌ぎに」降りてくるような神にはその不文律は当てはまらないかもしれないが、とはいえ神は神だ。

その無礼を「ハデスはフィンに許すことを明言した」という事実は、フィンの権威にどのような効果を齎すか想像に難くない。

 

意味がわからなければただの言葉だが、「お近づきの印」としての贈答物として考えれば、ハデスの言葉は『破格過ぎる大盤振る舞い』と言えた。

 

 

 

***

 

 

 

ハデスの許しを得たフィンは立ち上がると今度はベルに右手を差し出し、

 

「はじめまして。改めて団長のフィン・ディムナだ」

 

そのベルの反応を楽しむようなフィンの表情だったが、ベルはハデスを膝に乗せたまま躊躇うことなくその右手を握り、

 

「ベル・クラネルです。お会いできて光栄ですよ。ディムナ・ファミリア団長殿」

 

「”殿”はよしてくれ。ファミリア団長もだ。我が主神もそうだけど、僕も堅苦しいのは得意じゃない」

 

そう苦笑するフィンに、

 

「じゃあディムナさん?」

 

「もう一声かな? 僕のことは”フィン”でいい」

 

するとベルは屈託無く笑って、

 

「では、折衷案で”フィンさん”と呼ばせてもらいます」

 

「まあ、そこらへんが妥協点か。ならそのかわり僕も君を”ベル君”と呼ばせてもらおう」

 

「大歓迎ですよ。どうぞよろしくお願いします」

 

笑顔の可愛い系少年二人(片方は中身アラフォーだが……)というBL的な意味でのご褒美+美幼女付きという風景に思わずティオネが色っぽい溜息を漏らす。

勿論、彼女は団長が大好きだが、耽美だって嫌いではないのだ。いや、むしろ大好物と言っていい。

ちなみに横目でガン見していた悪神と知恵袋もいたが、それについては多くは語るまい。

 

 

 

「それにしても見かけがアイズの言うとおり白兎っぽくて可愛らしいのに、君は随分と用心深いんだね?」

 

唐突に自分が引き合いに出されたベルの隣に座るアイズが危うく料理を喉に詰まらせかけ、背中をレフィーヤにさすられながら恨めしげな涙目でフィンを見るという実はレアな一幕もあったが、

 

「”兎だから”こそ、”余計に”ですよ。小さく臆病で弱い生物だから、用心深くないと生き残れないし……誰も守れないんです」

 

きっと袖口に隠してる”軽量刺突短剣《スティレット》”のことだろうとあたりをつけたベルは気にした様子もなく応える。

その返答が気に入ったのか、ニヤリッと見かけに似合わぬ歴戦の冒険者らしい笑みを口の端だけ作るフィンに、

 

「ところでフィンさんって、もしかして”槍使い(ランサー)”ですか?」

 

「なんでわかったのかな?……って、”手の感触”か」

 

考えるまでも無かったなぁ~という顔をするフィンににっこりベルは微笑み、

 

「手の皮膚の硬い部分が僕と似てましたから。それ”槍ダコ”ですよね?」

 

「はははっ♪ これは一本取られたよ。ベル君、君は中々鋭いし洞察力もある……うん。君はきっと近い将来、”すごい冒険者”になるよ。僕が保証しよう」

 

酒のせいでなく卿が乗ったフィンはより強くベルの手をグリップし、

 

「改めてよろしく。願わくばこの出会いが今宵限りのものでなく、末永く続くことを祈って」

 

「そうですね。今日が”始まり”だったら僕も嬉しいですよ」

 

 

 

そして二人の少年は、そしてファミリアの規模こそ”今はまだ”違うが、紛れも無くファミリアを率いる者……『二人の団長』は、堅く握手をし微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

ちょっと原作と雰囲気が異なる……かもしれない(汗)ロキ・ファミリアの面々はいかがだったでしょうか?

ロキ・ファミリアの皆さんは個性が強い反面、文章に書き起こしてアレンジしたりすると途端に描写が難しくなる作者泣かせの集団でもありますが(^^

平常運転のロキはまあいいとして……ファミリア三元老の皆様、特にリヴェリアがツッコミ役(物理を含む)として安定してきたな~とか、ガレスはとばっちりをよくくらいそうとか思ってみたりと色々ありますが、エピソード後半の裏主人公はフィンだった罠(笑)
どうやら彼は原作よりずっと早くベル君を気に入ったようですな♪

ハデス・ファミリアとロキ・ファミリアは長い付き合いになりそうです。
そして後半がフィンなら、前半はまだろくに描写が無い、名前が出てきたのさえ初めてなのにシルが美味しいとこもってったような……?


***


あっ、それと活動報告にも書きましたが……
皆様、この『ハデス様が一番!』をご愛読くださり、本当にありがとうございました!!
驚いたことに一日のお気に入り登録をしてくださった方が三桁、つまり100名に達し、そのおかげでなんと日間ランキングにノミネートされてました(大歓喜!)

いや~、ランキングなんて雲の上の話だと思ってたので、大変驚くと同時にとても嬉しく思いました。
作品をお読みくださり、お気に入り登録やご感想、作品評価など様々な形で応援してくださった皆様に深い謝意を捧げると同時に、これにおごらぬよう投稿していきたいと思う所存です。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!






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第011話 ”ラッセルボックと仔牛の赤ワイン煮込み”

皆様、こんにちわ。
本日は有給を取ったので昼間に執筆しました。
というか有給とってまでやるべき用事が、当日ドタキャンになったという説も(泣)

さて、今回のエピソードは……カオスです(笑)
宴がだんだんわけのわからない方向に疾走します(^^

そんな雰囲気を楽しんでもらえれば嬉しいですよ♪


 

 

 

さて、なにやら”ダンジョン遠征慰労会”という当初のお題目からかけ離れた内容な気がするロキ・ファミリア+ハデス・ファミリアの合同宴は、ここオラリオ西メインストリートにある酒場(パブ)、『豊穣の女主人』で幕開けた。

 

主催者のロキの音頭に始まり、それぞれの自己紹介ステージ。

ロキから時計回りに始まったそれは、ファミリア幹部の中でも事実上最高意思決定機関であるリヴェリア・リヨス・アールヴ、ガレス・ランドロック、フィン・ディムナの古参年長三人組、誰が呼んだか通称”三人の元老(トリニティ・セナトゥス)”のターンも恙無(つつがな)く終わり……ガレスに何かあったような気もするが、酒の席での座興扱いでスルーされた。

 

ともかく、フィンが女神の一柱にして冥府の女王(現在、休職中だが)のハデスより『過分なまでの褒賞言質』を取り付けるという大殊勲をあげ、さらにはハデスを膝に乗せた兎の少年と意気投合するという微笑ましい風景を見せた。

 

物知り婆や豊かな方のアマゾネスや、元悪神や銀髪ウェイトレスがそれぞれ微妙に意味が異なる熱っぽい視線を向けていたが……それはあえて詮索すまい。世の中には知らないほうが幸せなことはごまんとある。

 

 

 

さて、次はいよいよ実戦派幹部(ぼうけんしゃ)の中でも若手組の登場と相成るわけだが……

 

「”ティオネ・ヒリュテ”です。種族はアマゾネスで、二つ隣に座るティオナの姉でもあります。簡単に言えば『アマゾネス姉妹、ないしヒリュテ姉妹の姉のほう』と覚えてくだされば。以後、よろしくお願いします。神ハデス、ベル君」

 

フィンの横の席をゲットした、最近は一部から『ティオ(ねえ)or ティオ(あね)さん』と呼ばれるティオネは、被った巨大な猫が逃げ出さないままに無難に……どちらかといえば上品に自己紹介を終える。

そしてターンは、その隣のベートに移るのだが、

 

「……”ベート・ローガ”だ」

 

当たり障りもないではなく味も素っ気もない、「本当に自己紹介なのか?」と疑いたくなるようなベートだったが、彼のキャラを考えればむしろ上出来に思えるのは何故だろうか?

 

「”ティオナ・ヒリュテ”だよ♪ さっきの姉さんの言葉を借りるなら『アマゾネス姉妹、ないしヒリュテ姉妹の妹のほう』だね。ハデス様、”ラッセルボック”君!」

 

いかにも快活という健康美溢れた魅力のティオナに、ベルは思わずきょとんとして、

 

「”ラッセルボック”? 僕のことですか?」

 

ティオナはうんうん♪と頷き、

 

「メジャーじゃないけど、どこかの寓話に出てくる『牡鹿のツノを持った兎』のことだよ♪ 君はなんとなく白兎に似てるし、アイズにきいたけどミノタウロスとサシで張り合えるくらいに槍が使えるんでしょ? ツノを槍に(なぞら)えればぴったりじゃない?」

 

『なるほど。上手い事を言う』という様子でポンと手を打ち笑うベルに、ハデスも小さく笑んで、

 

「ティオナ。ベルくんに素敵な愛称をつけてくれて……ありがとう♪」

 

「いえいえ、どういたしまして♪ ハデス様にお気に召してもらえるのなら、私もつけた甲斐がありました♪」

 

何やらロキ、フィンに続きティオナもハデスの好感度、別名”ハデス・ポイント(?)”のゲットに成功したようだ。

ちなみにこのポイントが溜まると出番が増えたり、死後に優先的に自称ハデス軍へ参加できる得点がある……かもしれない。いや冗談だが。

 

 

 

***

 

 

 

何やらティオナが妙な存在感を見せ付けたが、席次的に次はレフィーヤ・ウィリディスの番だ。

 

「”レフィーヤ・ウィリディス”です。種族は見ての通りエルフで、Lv.3の冒険者です。神ハデス、クラネルさん、以後お見知りおきを」

 

と極めて無難に、どちらかと言えば無愛想に纏めた。

ややベートの路線に近いが……無論、彼女に他意や含むとこあってのことでなく、やや人見知りのケがあるレフィーヤはこういう場に慣れておらず、単に緊張のあまりいっぱいいっぱいで気の利いたことが言えなかっただけなのであろう。

それがわかってるファミリアの面々はむしろ生暖かい視線を彼女に向けていたし、ハデスとベルも気にした様子はない。

 

そしていよいよお待ちかね、ベルの横に座るアイズ・ヴァレンシュタインの番となるのだが……

 

「はじめまして。ハデス様。”アイズ・ヴァレンシュタイン”と申します」

 

「貴女がアイズ、だね? お話はベルくんから聞いてる……ベルくんを助けてくれて、本当にありがとう」

 

ふわりと微笑む自分の魅力に無自覚の冥府の女王に、

 

「と、とんでもないです。あの一件は元々私達の不手際ですから」

 

珍しく顔を赤らめどもるアイズ。

いずれにせよレアな情景ではある。

 

「それでも、だよ……? どんな理由であれ、アイズはベルくんを助けてくれた……命は大事だから、ね?」

 

その真っ直ぐな金色の瞳に、アイズは吸い込まれそうな感覚を覚える。

死者の国を統べる彼女より聞く命の意味は、なぜだかひどく重い気がした。

 

しかし、それをかみ締めるように考えるのは後回しにしようと決めたアイズは今度はベルを見やり、

 

「”ベル”には自己紹介……いる?」

 

小首をかしげるアイズにベルは苦笑しながら、ただし名を呼び捨てにされたこともスルーして、

 

「今更じゃないですか? ヴァレンシュタインさん」

 

「むー」

 

するとアイズは何やら不満顔で、

 

「私はベルをベルと呼んでる。みんなは私を”アイズ”って呼んでる」

 

「つまり僕に貴女のことを”アイズ”と呼べと?」

 

コクリと頷くアイズ&ロキを除きなにやら興味津々に見るベートとレフィーヤを除くファミリアの面々。

 

「しかし、かの”剣姫”を呼び捨てにするのも中々ハードルが高いといいますか……」

 

困り顔のベルにアイズは顔を近づけ、

 

「アイズ。それに敬語禁止」

 

「またハードルが上がった!?」

 

ベルは周囲を見回す。ロキ・ファミリアの面々は約二名を除いて意味ありげに微笑むばかり。

ちなみアイズの顔が眼前にあるためにアイズの横に座ってるはずのレフィーヤの顔は見えず、なんとなくこういう場合は頼りになりそうなベートは、どういうわけか左右を挟むヒリュテ姉妹から揃って口の中に骨付き肉を唐突に突っ込まれるという『過剰接待(ビッグサービス)』を受けたために目を白黒させているために行動不能。

要するにロキ・ファミリアの中に援軍の兆しはなかった。

 

ならばと膝に座るハデスに目を向ければ、彼女は母性と慈愛の表情で告げる。

 

「ベルくん、女の子に恥をかかせたら……駄目、だよ?」

 

 

 

”はふぅ~”

 

ベルは深々と諦めの溜息を突いた。

彼の崇め奉る主神に、何より世界で一番大切な女の子にこうまで言われたら、もはや逃げ道なんてない。

 

「降参」

 

ベルはおどけた様子で両手を挙げて、

 

「わかったよ、”アイズ”。僕の負けだ」

 

「……勝利♪」

 

グッと小さくガッツポーズをとるアイズにベルは柔らかく苦笑いし、ロキは萌え悶え、レフィーヤはちょっと嫉妬心を感じる表情を作り、ベートは左右のわき腹に同時に喰らった褐色の肘打に悶絶し、残る面々は非常に和んだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

さて一部を除き初顔合わせ&自己紹介も無事に終わり、飲めや歌えやの大宴会のスタート!

 

「なあなあ、ベルやん。ウチもハデスたんを膝の上に乗っけて抱っこしてええか?」

 

いい感じに酔いが回り始めた頃、このタイミングを待っていたとばかりロキが攻勢をかけるが……いきなり付けられた珍妙な呼び方にも動じないベルは、

 

「ハデス様がかまわないというのならいいですが……」

 

と口では言いながら、視線はハデスでなくリヴェリアに向いていた。

どうやらベルは想像以上に賢明な少年らしく、既にロキ・ファミリアの力関係やら立ち位置やら立ち回りやら役回りやらをある程度は把握していたようだ。

 

その視線と意味に気が付いたリヴェリアは鷹揚に頷き、

 

「わかってるさ。我が駄神がハデス様に不埒な真似をするというのなら、このリヴェリア・リヨス・アールヴが副団長の義務として、何故私が【九魔姫(ナイン・ヘル)】という二つ名で呼ばれるのか……その所以(ゆえん)を存分にお見せするとしよう。無論、ハデス様を一切巻き込まぬ形で」

 

「ひどっ!? というか駄神言うなやっ!」

 

リヴェリアの言質をとったせいかはわからぬが、

 

「いいよ」

 

ハデスとぴょんとベルの膝から飛び降りて……

 

「よいしょ」

 

ベル(いつも)より少し高めの膝によじ登り、

 

”ちょこん”

 

無警戒にロキの膝に鎮座。

そして振り向きながら、

 

「これで……いい?」

 

”ブバッ!!”

 

その瞬間、限界まで体内圧力を高めた鼻血がロキから盛大に迸る!

 

 

 

咄嗟に発動させたリヴェリアの防御魔法のおかげでハデスは、【ロキの血の雨(ブラッディレイン)】……字面だとえらい剣呑で物騒な必殺技っぽいが、実はただの鼻血の洗礼を受けずに済んだ。

うん。たしかに言葉通り、【九魔姫(ナイン・ヘル)】の実力は遺憾なく発揮されたようだ。リヴェリア本人は大変不本意そうな表情をしているが。

 

「ハァハァ……ハデスたん、なんつー恐ろしい娘。まさか”神の萌え殺し(カンピオーネ)”の資質まで持ってるとは、このウチの眼力を持っても見抜けんかったわ……」

 

『お前はどこの”海のリハク”だ?』とツッコミを入れたくなるが……

 

「……とりあえず鼻血を拭け」

 

そうペーパーナプキンを差し出すリヴェリアに、(ママ)の優しさと厳しさを垣間見るロキ・ファミリアであった。

 

 

 

一方、店の別の場所では……

 

”ビキッ!”

 

『今度はトレイが真っ二つニャッ!?』

 

『シル……すまない。どうやら私は君の実力を見誤っていたようだ。上方修正をしておくよ』

 

『しなくていいからねっ!?』

 

……何やら大騒ぎのようだが、気にしてはいけないのだろう。きっと。

まあ、シル嬢(?)の手により今宵、店の備品がいくつスクラップヤード送りになるのか気になるといえば気になるが。

 

 

 

***

 

 

 

さて、ハデスがロキの膝に移ってぬいぐるみのように抱きしめられたところで、宴の本質は変わら……

 

「むぎゅう~♪」

 

「ロキ、ちょっと苦しい……」

 

”ゴイン☆”

 

「あいたぁ~っ!?」

 

「もう少し力を緩めんか。莫迦者」

 

「……なあ、リヴェリアのエモノて”魔法杖(ワンド)”やよな? それって魔法発動体であって鈍器ちゃうよな?」

 

「フム……一説によればワンドとは元々”打棍(メイス)”が変化したものだといわれてるらしいな? 殴るための道具を殴るために使ったところで、なんら不都合はあるまい?」

 

大筋においては変わらない。言い切る。こういう場合は言い切った者勝ちだ。

だそくながらその一説を言ったのは、どこぞの赤毛のちみっ娘シスターではないのだろうか? ”蓮の杖(ロータスワンド)”使いの。

 

どうでもいいが悪神(ロキ)と宴会というキーワードだと、どうしても『戦士達の楽園(ヴァルハラ)』にて神々の黄昏(ラグナレク)が起こるまで続く酒宴を連想させるが、地上にいる以上はそう物騒なことにもならないだろう。

 

 

 

「あっ、これ美味しい!」

 

ベルが瞳を輝かせたのは『豊穣の女主人』でも定番人気メニューの一つ”仔牛の赤ワイン煮込み”だった。

ナイフを使わずともフォークでほろりと切れるまでじっくり煮込まれた仔牛は、ジューシーで柔らかく実に美味だ。

スパイスとハーブの塩梅も絶妙である。

 

「ベルくん、わたしにも一口」

 

「はい、ハデス様。あーん」

 

「あーん」

 

一口サイズにカットした仔牛の頬肉をフォークに刺し、それをハデスの口元にまで運ぶと、

 

”ぱくっ”

 

何やら小鳥が親鳥から受け取ったエサを啄ばむような雰囲気のモグモグしたハデスは、小さな笑みで、

 

「ん……おいし」

 

 

 

”ほわわぁ~~~~ん♪”

 

唐突に訪れた小動物系癒し空間に、宴会の空気が和み包まれる。

『人はここまで優しい気持ちになれるのか?』という哲学的探求ができそうなまでに緩んだ空気……

 

とここまではよかったのだが、

 

「あっ、本当においしそう……」

 

そう呟いたのは誰であろう、アイズ本人だった。

 

「じゃあ、アイズも食べてみる?」

 

「うん」

 

アイズの肯定の意を聞いたベルは、何の迷いも疑問もなくさっきの動きをリフレイン。

フォークで牛の脂とワインの香りが絶妙のハーモニーを奏でる仔牛肉を一口サイズに切り分けると、

 

「はい。アイズもあーん」

 

そう、ハデスと同じノリでアイズの口元に。

そこでアイズが拒絶すれば、ある意味話は丸く収まったのかもしれない。

だが……世界はいつだって気まぐれで、こんな筈じゃないことばかりなのだ。

 

彼女はちょっと逡巡しただけで、素直に口をあけると……

 

「あーん」

 

”ぱくり”

 

 

 

この日この時、『豊穣の女主人』では局所的に【時間の絶対静止(ザ・ワールド)】が発動したという……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

混沌の宴(カオティック・ナイト)は楽しんでもらえてるでしょうか?
過去形にしないあたり、きっと次回も多分こんなノリです(^^

ハデス様、ロキへの浮気発覚(笑)
リヴェリア、ますますオカンぽくなる
ぱくっ&ぱくり(幸腹グラフティ風)

以上三本立てカオスで構成されたのが今回のエピソードというオチデシタ。
まあ、酒の席ですしね~。
いや、他にも散々なベートとか、抑止力(物理)なヒリュテ姉妹とか地味に目立つ(笑)ウエイトレスとか色々混沌要素は他にもありましたけど(汗)

実はこのエピソードの原点は、いつか「アイズに『あーん』をやらせたかった」というのは内緒です(爆!)

それにしても……アイズは当然としても、なんとなーくティオナがフラグをせっせと立ててた様な……?

果たしてこのノリがいつまで続くかわかりませんが……(えっ?)
それでは皆様、また次話にてお会いしましょう!



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第012話 ”宴の終わりと二つのファミリア、そして神友”

皆様、こんばんわ。
前回の教訓から気をつけてるつもりですが、ティオネとティオナの名前の取り違えが怖いボストークです(^^

さて今回のエピソードは……いよいよ、混沌の宴(?)の終わりですね~。
果たして無事に終わってくれるのでしょうか?




 

 

 

「はい。アイズもあーん」

 

「あーん」

 

”ぱくり”

 

フォークに刺した一口サイズのワイン煮込みにした仔牛肉を、かの”剣姫”ことアイズ・ヴァレンシュタインにあーんさせてぱくつかせるベル・クラネル。

なんのことはない。

ベルがアイズの餌付けに成功したに過ぎない。

過ぎないのだが……

 

「「「「「えええぇっ~~~っ!!?」」」」」」

 

うん。それを”過ぎない(スルー)”にできないのもまたロキ・ファミリアなのだ。

というか普通はそうだろう。

しかし、アイズはそのリアクションを特に気に留めた様子もない。

もしかしたら下手にリアクションに反応したら収拾が付かなくなるのを経験則で判っていたからかもしれないが。

いや、むしろその先のアイズの行動こそが真の驚嘆だったのかもしれない。

つまり、何が言いたいかと言えば……

 

「じゃあ、お返し。ベルもあーん」

 

アイズは目の前にあった親しみ易い大衆酒場的な店の雰囲気のわりには繊細な味付けがされた”ミートパテのパイ皮包み焼き(パテ・アンクルート)”を切り分けるとフォークに刺し、ベルに差し出したのだ。

無論、アイズに特に頬も赤らんでないし緊張したり照れた様子もない。

アイズにとっては本当に、「あーんしてもらったからあーんしかえす」という返杯程度の感覚なのかもしれないが、その行動その物が彼女をよく知る人間にとっては驚愕だということを、アイズが理解している様子はなかった。

 

 

 

***

 

 

 

アイズにとっては特に意識した行動ではないが、それに過剰反応というか劇症反応しそうな人物がいた。

広い意味では複数いるのだが、実力行使で宴をぶち壊しにしそうな最右翼は間違いなくベートだろう。

 

別にこういう展開を予想したわけではないだろうが……いや、このファミリアきっての狼系獣人(もんだいじ)がなんらかの行動を起こすくらいは考えていたのだろうか?

 

「アイズのあーん」というカウンター・ショックで【時間の絶対静止(ザ・ワールド)】から解放されたベートは、復活の伝説巨人のごとく動き出そうとしたが、

 

”チラッ”

 

目線だけで姉が妹が互いが何をするかを悟った”ベートの左右を挟む抑止力(ヒリュテ・シスターズ)”は、その期待される任務を果たすことにした。

 

”ダダンッ!”

 

「ぐえっ!?」

 

瞬時にテーブルの下で今にも立ち上がろうとしていたベートの右足をティオネが、左足をティオナが踏みつけ床に縫い付けると、

 

”ガッ! グキッ!”

 

「ぐぁっ!?」

 

間髪入れずに右手をティオネ、左手をティオナが固める!

一見すると美人アマゾネス姉妹に左右から両腕を乳挟みされてる「爆発しやがれ! くされケダモノ!!」状態(いや、実際にそういう視線を向けてる冒険者も店内にいる)なのだが、その実は肩/肘/手首の三ヶ所を高度な関節技でがっちり極められ、その様はロメロ・スペシャルやパロ・スペシャルを喰らったが如しなのであった。

 

ベートが席を立つ予備動作(モーション)を起こしてから、ヒリュテ姉妹のツープラトン固め技を極めるまでの動きは、まさに電光石火!

まさにLv.5の戦闘力が発揮された……無駄にハイレベルな戦いだった。

そして……

 

「あはは。ベートには僕が『あーん』してあげよう」

 

”ぐにゅう”

 

フィンがとどめに痛みで開いたベートの口に、大振りな骨付き肉(スペアリブ)を突っ込み沈静完了。

なるほど。さすがはオラリオ最高峰を誇る巨大ファミリアの団長、諍いの種を未然に潰す直感と洞察力、何より抜群の判断力と行動力に長けている。

まだ団員がいないとはいえ、駆け出し冒険者であると同時に新米団長でもあるベルは色々と見習うべきことも多いだろう。

 

余談ながら”団長のあーん”が心底羨ましく妬ましかったティオネの腕の力がついつい強くなり、人間より頑丈なはずの獣人の骨が激しく軋み、粉砕骨折直前まで追い込まれたことは追記しておこう。

 

 

 

***

 

 

 

「あっ……」

 

ベルがためらいなくフォークの先のパテ・アンクルートをぱくつき、「あっ、いける」とか頬を緩ませたとき、ふと何かを気付いたような顔をするアイズである。

 

「アイズ、どうしたの?」

 

「あっ、ごめん。このミートパテ、野ウサギ(リエーブル)の肉みたい」

 

「あの~、どうしてそこで謝るのかな?」

 

アイズは小首をかしげ、

 

「共食い?」

 

ベルはかくんと肩を落として、

 

「ねえ、アイズ……まさかとは思うけど、僕を本当に白兎だとか勘違いしてないよね?」

 

「うん。でも、兎型獣人(ハーゼスロープ)かもしれないとは少しだけ思ってる」

 

「ちがうからねっ!? 僕、ウサ耳とかないからねっ!?」

 

アイズは想像する。

脳内でベルにウサ耳とウサ尻尾を付けてみる。

ついでにシルクハットとかどうだろう?

いや、ここまで来たならいっそタキシードとチェック柄のヴェスト、おまけに大きな懐中時計も持たせてしまおう。

なにやら下手に追いかけたら”不思議の国(ワンダーランド)”にでも引き込まれそうだが……

 

(かわいい……)

 

それはそれでいいかとアイズは思う。いざとなれば”ハートの女王(クィーン・オブ・ハート)”を倒して帰ってくればいい。

ハートの王様(キング・オブ・ハート)”ならとてもとても手強そうだけど。

 

「ベル」

 

「な、なにかな?」

 

いきなり真剣な瞳を、いやどちらかと言えば……しなやかな猫科の肉食獣が兎を狙うような視線をアイズより向けられたベルは若干身を引かせるが、

 

「今度、ウサ耳と尻尾を試しにつけてみよ?」

 

「絶対にイヤだぁ~~~っ!!」

 

 

 

***

 

 

 

ハデスを膝に乗せて上機嫌なロキは、不思議そうに酒の場を見ていた。

ベートとヒリュテ姉妹+フィンの掛け合い(物理を含む)は、いつものことだから看過していい。

これに”リヴェリア式のお話(鎮圧用攻撃魔法)”が出るようだったら、流石に(主に店への被害的な意味で)無視は出来なくなるが、それまではスルーでいいだろう。

 

問題はそこじゃない。

 

(明らかにアイズたんの様子がおかしな……もしかして『はしゃいで』るんか……?)

 

その結論のあまりの違和感に、『アイズがはっしゃぐ』というシチュエーションのありえなさにロキは思わず(かぶり)を振りそうになった。

 

きっとこの違和感、「おかしなアイズ」の様子は皆が気付いてることだろう。

なにやら宴会の時間経過に伴いダメージが蓄積しているベートはともかく若手はなんとなくかもしれないが、間違いなくフィン/ガレス/リヴェリアの”年長幹部三人衆(トリニティ・セナトゥス)”は気が付いているはずだ。

きっと気が付いていながら、

 

(好意的に捉えてスルーしとるんやろな)

 

普段はおちゃらけてるロキだが……その実は眷属(ファミリア)を溺愛し、その一挙手一投足までよく見ているのだ。

結構、世話好きで面倒見がいいのもこの元悪神の隠れた一面と言える。

 

「なあ、ハデスたん」

 

抱きしめるだけでは物足りず、猫の毛並みを確かめるようにハデスの淡い銀色(プラチナブロンド)の髪を優しく撫でながらその柔らかい手触りを楽しんでいた、ロキはふと問いかける。

 

「ん?」

 

特に嫌がる様子もなく大人しく髪を撫でられていたハデスは、リヴェリアがあーんさせた鴨肉のソテーを飲み込んだ後、短くそう応える。

リヴェリアはハデスの口の周りにかすかに付いた脂を拭き取りたそうだったが、ロキの雰囲気を読んだのか後回しにしたようだ。

なんのかんの言いながら、時にはハチャメチャな行動もするが……ファミリアの皆が自分の立ち位置を弁え、その時に何をすべきかきちんと考えて行動し、全体として調和と調律が取れているのがロキ・ファミリアであり、同時にロキ・ファミリアの強さの秘密だった。

 

「ベルやんって不思議な子やな……」

 

「どうして……そう思った、の?」

 

「アイズたんって色々あってな……ホンマは、ゴッツう人見知りで口下手やねんな」

 

何か遠くを見るような視線でアイズを見るロキ……

 

「そうはみえないね」

 

「せやろ? ウチかて今のアイズたんはそう見えへんもん。そう、そこがホンマに不思議なんや。アイズたんとベルやんは、ついこないだ出会ったばかりやろ? それなのにもうあんなに打ち解けとる。まるで古馴染みの親友みたいや」

 

そしてロキはちょっと困惑気味に、

 

「あんなアイズたんを見るのはウチも初めてでな……」

 

「ロキ」

 

ハデスは膝の上で振り返り、ロキを大きな金色の瞳で真っ直ぐ見ると、

 

「”繋がり”の深さは、時間の長さじゃ計れないよ?」

 

「えっ?」

 

「どんなに長く付き合い知っていても信頼できないこともある。会った瞬間に『ああ……この存在(ひと)だ』と思うこともある……人も神もそれは同じだよ?」

 

 

 

 

ロキは一瞬、驚いたように糸目を大きく見開き、まじまじと幼い容姿の冥府の女王を見る。

気が付くと、ロキの口元には優しい笑みが浮かんでいた。

それを自覚したロキは、その笑みをより優しく変えて、

 

「ホンマ、ハデスたんにはかなわへんなぁ……ウチの完敗やんか」

 

「我が神よ、そのわりには嬉しそうだな?」

 

そうロキと同じ種類の笑みのリヴェリアの突っ込みに、ロキは「うるさいわっ」と軽く返してから、

 

「ハデスたん、改めて言わせてもらうわ。心からウチと神友(ともだち)になって欲しいんや……」

 

するとハデスはちょっときょとんとしてから、まるで待雪草(スノードロップ)……ハデスの印象とよく似た小さな白い花のように愛らしい微笑みで、

 

「あれ? ロキとわたしはもう友達のはずだよ……♪」

 

ロキは無言でハデスを抱きしめた。

それは、即席肉体言語のレムリア・インパクトならぬリヴェリア・インパクトが脳天に炸裂するまで続いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

************************************

 

 

 

 

 

さて、色々とアクシデントやらハプニングやらもあったが、宴も(たけなわ)を過ぎ、そろそろ〆に入ろうとしていた。

少なくとも今までの様子を見る限り、単純なダンジョン攻略慰労会としても、なにより『ロキ・ファミリアとハデス・ファミリアの交流を深めるための親睦会』として大成功と言っていいだろう。

まあ、もっともあまりに大成功過ぎて、某銀髪ウエイトレスが店の備品破壊数の記録を更新し、今夜分の給金がマイナスを示すという珍事も発生したようだが。

 

さて、今のシチュエーションであるが……何を思ったかフィンとついでにティオネとティオナがわざわざ椅子を移動させ、ベルと話し込んでいた。

情況を見るに、ティオネはいつものように単にフィンの傍にいたいだけのようだが、ティオナはむしろベルに興味津々のようだ。

 

「なるほど……それで槍が壊れてしまったのか」

 

話題はどうやら、今日のダンジョンでついにベル愛用の片手槍(ショートスピアー)が壊れてしまったことのようだ。

 

「ええ。ハデス様によれば、『モンスターに力負けして壊されたならともかく、自分の力で壊してしまったなら変え時』ってことらしいです」

 

「確かにその通りだよ。自分の身体にフィットする装備を選ぶのは、冒険者の基本中の基本さ」

 

「ですよね。だから明日、ダンジョンに潜る前にギルドに寄って相談しようかと思ってるんですよ。エイナさん、いればいいんだけど」

 

とベルはあの美人なのにどこか愛らしい理知的なガネっ娘ギルド職員を思い出すが、

 

「はいはーい! それならここでティオナちゃんから提案がありマース!」

 

「ちょっとティオナ」

 

元気に挙手しながら話に割り込む妹にティオネは少し呆れるが、

 

「要するに”ラッセルボック”君は槍を新調したいけど、どんな槍が自分にいいか判らない。だから色々試してみたい……ってことでいいんだよね?」

 

その快活かつ明晰な言葉にベルは驚き、

 

「ええ、その通りです。なんで全部わかっちゃうんですか?」

 

するとティオナは『にししっ♪』と笑って、

 

「だってそれ、冒険者なら誰でも通る道だもん♪ かくゆう私だって、今の武器(ウルガ)に行き着くまで、随分色んなエモノ試したし」

 

実にチャーミングなウインクをベルに贈る。

 

「ならさ、別にギルドまで行く必要ないよ」

 

「えっ?」

 

「だって、ロキ・ファミリア(うち)に来ればいいだけじゃない? うちなら槍だってより取り見取りだよ~♪」

 

「ああ、なるほど。その手があったか」

 

フィンはティオナの提案にポンと手を打ち鳴らし、

 

「ベル君がかまわないなら、そうして欲しい。ファミリアの武器庫には使う当てもないまま半ば放置されてる武器も多いからね」

 

「えっ? えっ? でも、本当によろしいんですか?」

 

フィンは頷き、

 

「君さえ良ければだけどね」

 

「是非に! 願ってもないことです!」

 

素直に喜ぶベルにフィンは、

 

「ベル君、明日は何か予定はあるかい?」

 

「いえ、ダンジョンに潜る以外は特にないですが……」

 

「ならちょうど良かった。膳は急げだ。早速、明日来るといい」

 

するとフィンは笑みの種類を変え、心なしか「団長の顔」になると、

 

「ちょうど君に頼みたいことを思いついたんだよ」

 

 

 

どうやら物語(ミィス)は、思いがけない方向に転がり始めたようだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

今回は、アイズが「不思議の国のアリスの時計兎コス姿のベルを妄想」するという一部軽度のHENTAI化してしまう回でしたが、いかがだったでしょうか?

個人的に書いてて楽しかったのはヒリュテ姉妹のツープラトンとかが特に(笑)なんですが、ロキとハデスの会話が……いや、これは言うほうが無粋ですね?(^^

そしてベルとアイズは、明らかに「原作と全く異質の関係」になってしまったようです。
この二人が恋愛感情を持つのは、もしかしたら原作より色々な意味でずっと難しいかもしれないですね~。

そして、またしてもティオナが活躍♪
おかしいなぁ……作者的にはそこまで意識してるわけではないんですが、何故か彼女は前へ前へと出てきます(^^
いわゆる「キャラが勝手に動く」状態?

ラストにティオナが呼び水になりフィンが新たなイベント・フラグを成立!
いやまあ、実は第008話の伏線回収だったりするわけですが。

そして、新しい曲が始まるのです……ってこれは別の作品か(笑)

それでは皆様、また次話にお会いしましょう!



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第013話 ”モスポール・ヤードとフレッシュ・チーズ”

皆様、こんばんわ。
え~っと、突然ですが驚くべき報告をある方から教えていただきました。
なんと……この『ハデス様が一番!』が、本日2015/10/04午前の日間ランキングにおいて、一位になっていました!!

いや~、真面目に目を疑いましたよ(^^
まさか自分の作品が、一位をとるなんて思いもしませんでした。
これも様々な形での皆様の応援のお陰、本当に本当に大感謝です!!
もしかしたらもう一位なんてとれないかもしれませんが、この結果におごらぬよう精進し、作品を執筆していきたいと思う所存です。
改めて、皆様ありがとうございました!!


***


さて今回のエピソードは……言うならば新章の始まりという感じでしょうか?
原作にないシーンであると同時に、実は原作の「とあるイベント」の代替イベントでもあるんです。






 

 

 

「うわぁ~……」

 

そのある意味において神殿に比肩し得る荘厳さに、ベルは思わず感嘆の声を漏らす。

 

ここはロキ・ファミリアの本拠地『黄昏の館』の中にある一室にしていくつかある武器庫の一つ。

通称【武器の安置室(モスポール・ヤード)】と呼ばれる部屋だ。

 

「ここ『黄昏の館』にはいくつか武器庫があるんだけどね……この【モスポール・ヤード】に収められてるのは、”もう現役で使われてない武器”ばかりなんだ。勿論、”使えない”わけじゃ……死蔵されてるわけじゃない」

 

そう語るのは、ここまでの案内役を自ら買って出た団長のフィン・ディムナ本人だった。

彼はどこか懐かしそうに、

 

「文字通りここの武器達は”状態保存(モスポール)”されててね。定期的にメンテはされてるが……ただ大半は、よほどのことがなければもう使われることはないだろうね。あくまで予備扱いさ」

 

ハデス・ファミリアの拠点の古民家一件が庭付きで丸まる収納できるほどの部屋の壁に床に所狭しと綺麗に収納されてる武器、防具それに装備。

フィンの言葉通り、古めかしい感じはするが状態は良い様だ。

少なくともそこいらの武器屋が裸足で逃げ出すほどの質と量と言っていいだろう。

 

「勿体無い話ですね」

 

ベルの素直すぎる言葉にフィンは思わず苦笑し、

 

「仕方ないさ。例えば、さ……うーん、そうだな。まさに今の君さ」

 

「僕ですか?」

 

きょとんとするベルにフィンはうんうんと頷き、

 

「例えば自分自身のアビリティ上昇によって、今の装備が合わなくなる。合わなくなった装備は普通はどうする?」

 

「下取りに出して新しい装備の購入資金の足しにします」

 

「そうだね。いい模範解答だ」

 

迷いのない返答に、フィンはベルの経済観念を上昇修正しつつ、

 

「だが、もし自分の思い入れのある装備が……苦楽を共にした相棒が、二束三文で買い叩かれようとしたら……ベル君ならどうする?」

 

「ああ、なるほど……そういうことですか」

 

フィンの言わんとすることをベルは理解した。

 

「そう。個人差はかなりあるけど、上へ昇れば冒険者はそれに応じて経済的に豊かになるのが普通さ。なら僅かな金より、同じファミリアの”次を担う者(こうはい)”たちのために残す……それもまた当然の帰結だろ?」

 

「それで溜まりに溜まった武器がこの倉庫に収められてるってわけですか……巨大ファミリアならではの懐の深さですね」

 

感心するベルに、

 

「ああ。当然、新人達にはここの装備は無償で貸し出されるけど……やがて彼らも遅かれ早かれ、”自分に見合う装備”を見つけるからね。無論、破損したり破棄される装備も決して少なくないけど……無事に役割を終えた装備は、またここに返却される。一番使ってるのはもしかしたらファミリアのメンテ班の新人達かもしれないね」

 

フィンは苦笑し、

 

「うちのファミリアではさ、いつまでもレンタル装備を使ってるのは『自分の装備を選ぶ力量も稼ぎもない半人前』って評価になるからね」

 

「かくて再び装備は蓄積される……ですか? 本当に贅沢な話だ」

 

「返す言葉もないな」

 

二人は顔を見合わせて笑いあう。

そんな少年二人(片方は似非だが)を見ていたお付のティオネ・ヒリュテは一言も発せず、ただハァハァと呼吸を荒げながら獣の目線で二人を……特にフィンを見ていた。

 

それはいいとして……フィンは片手をベルの肩に置き、空いたもう片方の腕を大きく広げると、

 

「さあベル・クラネル君、君が望む槍を好きなだけもっていきたまえ!」

 

と少し芝居がかった調子で促した。

 

「では遠慮なく持たせてもらいますよ? ”フィン団長”」

 

そのスタイルに合わせるようにベルは苦笑しながらおどけて応える。

 

「今更だが、君に団長と呼ばれるのも悪くない気がしてきたよ」

 

「引き抜きには応じませんからね?」

 

フィンはウィンクし、

 

「そんな必要ないさ。引き抜くなら君ではなくハデス様だろうから……ハデス様がロキ・ファミリアに来られれば、君は自動的について来るからね。きっとうちの主神ならそう考えるよ?」

 

「……洒落になってませんって。むしろ性質(タチ)の悪過ぎる冗談です」

 

するとフィン、何故かそっぽを向きながら……

 

「ベル君、世の中には『タチの悪い冗談ほど面白い。そしてその冗談を本当にやるともっと面白い』という斜め上の考え方をする存在がいてね……」

 

「さすが元悪神、北欧神話体系(エッダ・ミトス)きっての悪戯好き……半端じゃないですねぇ……」

 

誰のことか察しのついたベルはひどくげんなりしたようだったという。

 

 

 

フィンと更に親睦を深めたベルが最初に選んだのは、彼が愛用していたものによく似た片手槍(ショートスピアー)だった。

同じものを選ぶつもりはないだろうから、きっと基準として使うつもりなのだろう。

 

まずは形状がよく似た【ケルト槍(フラメア)】や【羽根付き槍(ウイングドスピアー)】、【古式騎兵槍(キシュトン)】を物色、そして新たな選択肢である【鉤鎌槍(マルドギール)】、【西洋鉾槍(ランデベヴェ)】、【燭台槍(キャンドルスティック)】、【鴎翼鉤槍(フリウリスピアー)】、【三日月槍(コルセスカ)】を選び出した。

都合九槍を両肩に担ぎ、加えて軽甲冑や自前の円形盾(アキレウス)を装備しているのにも関わらずベルの動きに重さは感じず、フィンのみならずティオネもそれに感心する。

 

(もしかして、見た目に反してパワー系なのかしら?)

 

少し親近感を覚えたヒリュテ姉であった。

 

 

 

***

 

 

 

九振りの槍を担いでベルが向かったのは……

 

「”ラッセルボック”くぅ~ん! 待ってたよぉ~っ!」

 

どこか犬の尻尾を思わせる様子でブンブンと手を振っていたのはヒリュテ姉妹の妹の方ことティオナで、

 

「ん。待ってた」

 

そしてこっちは最近、口下手キャラが崩壊気味のアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 

さて二人が待っていたのは「公園のように広い」と評判の『黄昏の館』の中庭。

そう、ベルが始めて『黄昏の館』を訪れたとき、ダンジョン遠征を終えたばかりのファミリア冒険者が荷解きなどなどをしながら集っていた場所だ。

 

さて実はここにいたのは、ティオナとアイズの二人だけではない。

 

「「「「「「「「「う・ぬ・ぬ・ぬっ~~~~~っ……!!」」」」」」」」」

 

何故か中庭には、昨日と同程度のファミリア冒険者が集まっていたのだ。

ただし昨日の面子に比べて全体的に歳若で、なんとなくだがファミリの一員としても冒険者としても「慣れてない感」があった。

何より、

 

((((((((((あのウサギ男……ぜってーシバくっ!!)))))))))

 

特に男団員(ヤロー)を中心に見事なまでの嫉妬心に心が染まる「しっと団」っぷりだった。

まあ、ロキ・ファミリア女性団員人気ランキングの上位五人のうち二人に笑顔で迎えられるのは”部外者(よそもの)”、しかもよほどの有名人やトップランカーの冒険者ならともかく、まだ無名で見た目も華奢な”自分達と同じ”はずの『冒険者になったばかりのLv.1(かけだし)』なら余計に嫉妬に基づく敵愾心も沸こうというものであろう。

 

皆様は覚えてらっしゃるだろうか?

ベルは、「白兎を思わせる華奢で痩躯の体格から侮られ、いくつものファミリアから入団を門前払いされてる」という出来事があったことを。

何かと女性受けしやすい、顔立ちの整った……ぶっちゃけ現代日本ならアイドルで食ってけそうな可愛い系美形の女顔であるベルだが、「厳つく強そうな外観が武器になる」冒険者としてはマイナスなのだ。

正直言えば、「しっと団」どもはベルの「軟弱そう」で「女受けしそう」なルックスが二重の意味で気に入らない。

 

 

 

しかし、ジェラシー・オーラを隠そうともしない面々に対し、ベルは気にした様子もなく……むしろ煽るようにティオナやアイズと談笑(?)しながら、一本ずつ槍の石突きを地面に突き立て、最後の一本……扱いなれたそれと大して感触の変わらない片手槍(ショートスピアー)を右手に、遺産の盾(アキレウス)を左手に構えながらロキ・ファミリアの若手に向き直り、

 

「さあ、戦闘(くんれん)をはじめようか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

さてさて、ベルが『黄昏の館』にて数十人はいそうなロキ・ファミリアのLv.1、中でも1年以内に冒険者になった駆け出し(ルーキー)と対峙しているのは、当然のように理由がある。

 

話は昨晩、宴会の後まで遡る……

 

フィンは「深夜だし、ちょっと二人を送ってくるよ」と言いつつ、実は『黄昏の館』と思ったよりも近所だったハデス・ファミリアの拠点、オラリオの北の外れにある一軒家へとエスコートした。

 

無論、「ちょっとハデス様やベル君とビジネスの話があるから」オーラを出していたためロキをはじめ余計な詮索をするものはいなかったが、護衛と称してついてきたティオネはともかく(デフォ)として、アイズとティオナまで付いてきたのはフィンにとっても意外だった。

 

「飲みなおしますか? 仕事の話をするにしてもリラックスしながらの方がいいですから」

 

家に招きいれ、リビングに案内したベルはそう言うなり人数分のグラスと酒瓶、そしてツマミなどを用意にかかる。

 

「ツマミはカッテージ/モッツァレラ/ リコッタのフレッシュチーズ三種盛りと、生ハムと鴨のテリーヌのカナッペとかでいいですか?」

 

「おかまいなく……と言うべきとこだが、実に悪くないね」

 

とはチーズ好きのフィン。

 

「あっ、鴨のテリーヌとか好きかも♪ もしかして自家製?」

 

そう嬉しそうに聞くティオネに、

 

「ううん。テリーヌは貰い物だけど、三種類のフレッシュチーズはベルくんの手作り、だよ?」

 

答えたのはハデスだった。

 

「うそっ!? チーズって自分で作れるもんなの?」

 

そう驚くティオナだったが、

 

「温度管理をしっかりすれば結構、簡単ですよ? 僕の場合は牧童とかもやってたから慣れてるってのもあるんですけどね」

 

「そうなんだぁ~」

 

「フレッシュチーズは食べごろが短いし、冷蔵してもそんなに保存が利かないから店で買うよりその都度自分で作ったほうがいいんですよ」

 

楽しげに語るベルだったが、

 

「ふ~ん……ところでラッセルボック君」

 

「はい?」

 

皿を並べるベルにティオナはにっこり微笑み、

 

「私にも敬語禁止ね?」

 

「なぜに!?」

 

「なんでも、よ♪ それともアイズはいいけど私は駄目だって言うのかなぁ~?」

 

「うっ……」

 

「もしそんなこと言い出したら、お姉さんそのあたりの理由を根掘り葉掘り聞いちゃうかもなぁ~」

 

「ああ、もうわかったわかった! ねえ、ティオナ……もしかして押しが強いとか、一度言い出したら聞かないとかって言われない?」

 

「しょっちゅう言われるわよ? さっそく私の性格を把握してくれたみたいで嬉しいわ♪」

 

「ごめんね、ベル君。うちの馬鹿妹が我侭言い出して」

 

謝罪するティオネにベルは苦笑しながら、

 

「いえ。確かに僕もざっくばらんのほうが話しやすいですから」

 

その表情は実に楽しげだった。

 

 

 

***

 

 

 

そんな二人のやり取りを微笑ましげに見ていたフィンだったが、ふとベルの持つ酒瓶の明るい琥珀色に気付いた。

 

「おや? もしかしてそれも林檎蒸留酒(カルヴァドス)かい?」

 

最初に気付いたのは、今朝ロキにベルが贈ったカルヴァドス【ポム・ド・イヴ】のおすそ分けを受けたフィンだ。

 

「あっ、フィンさんも飲まれたんですか? どうでした?」

 

その芳醇に林檎の芳香が残る強くて甘いアップル・ブランデーの味を思い出しながらフィンは、

 

「いいね。度数は強いけど林檎の香りのせいか甘めに感じる酒だから、食前酒としてもいいかもしれない」

 

「ちょっ、ねえ団長……その話、詳しく聞かせて欲しいなぁ~とか思うんだけど?」

 

どうやら旨い酒の話と結論に至ったティオナはジト目になるが、

 

「これティオナ!」

 

と姉のティオネに窘められる。

アイズは、「自分も焼き菓子をベルに貰ったこと」をここでは告白しないことが吉と判断したようだ。

 

「まあまあ、ティオナ」

 

敬語使いをやめた(諦めたとも言う)ベルは綺麗なデザインのガラス製の酒瓶をテーブルに置いて、

 

「【ブラー】。普段飲みの酒だけど、これだって十分旨いよ? 試しに先ずは一杯どう?」

 

ティオナのグラスにトクトクと注ぐ。ティオナはまずその香りを試し、

 

「あっ、ホントに微かに林檎の香りがする……」

 

そして徐に一口……

 

「はふぅ~♪」

 

その表情は実に幸せそうだったという。

 

 

 

***

 

 

 

さて……

カルヴァドスで軽くアルコールが回り、この一軒家まで歩くうちに冷めていた酔いが軽く戻って全員がリラックスした頃……

 

「なあ、ベル君……」

 

フィンはグラス片手にやおら真剣な顔になり、

 

「改めて確認するのもあれだけど、君は新米冒険者(ルーキー)だよね?」

 

「ええ、まあ。まだ冒険者になってまだ半月ほどですが……」

 

「……なっ!?」

 

どうやら誰もベルが冒険者になった時期を知らなかったのか、絶句したのはフィンだけではなかった。

いや、おそらくアイズは知っていたはずだが、伝え忘れたのかあるいは覚えてなかったのか……その表情からは判断できない。

ベルはベルで『そういえば話してなかったっけ。話題にも出なかったし』と呑気に思っていたが、

 

「やっぱり全然違うなぁ……」

 

そうぼやくように呟くフィン……

同行していた三人の娘も同意するように頷いていた。

 

「そりゃあフィンさんのとこ(ロキ・ファミリア)みたいに大手の新人と比べるなら、僕は見劣りするかもしれませんけど……」

 

内心、ちょっとムッとしながらそれを極力表に出さないようにベルは反論しようとするが、

 

「いや、そうじゃないんだ。むしろ逆なのさ」

 

フィンは頭を振り、

 

「ある側面において……いや、かなりの部分においてうちの(ロキ・)ファミリアの新人は、君に比べて『大きく劣る』んだよ」

 

「……どういうことですか?」

 

 

 

この後、ベルがフィンより聞かされたのは意外でもあり……同時に最大規模ファミリアならば、ある意味においては起きて当然の”事情”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

原作にないシーン……「『黄昏の館』にてベルくん、ロキ・ファミリアの新人と対峙するの巻」という感じの始まりでしたが、いかがだったでしょうか?

もうお気づきの読者様もいらっしゃるかもしれませんが、実はこの先の数話は原作の「ベートの言葉に酒場を飛び出したベルが、ダンジョンで無茶な戦いをする」の代替イベントなんです。
なので伏線を回収しつつもなるべく原作と対照的、あるいは対極的になることを目指したので、こんな形になりました。

そして後半は、ヒリュテ妹が相変わらずの大活躍(笑)である意味、アイズと同じ立ち位置に立ったり、あるいはベルが牧童だった経験からチーズ作りが得意だったりと、細かい情報が出まくってましたね~(^^

次回はきっと「対峙の理由」が明らかになると思いますが、果たしてフィンの意図とは……?


***


前書きにも書きましたが、皆様、本当に「ハデス様が一番!」を応援してくださりありがとうございました!!
そして、どうかこれからも改めてよろしくお願いいたします。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!




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第014話 ”勇者と無慈悲な白兎”

皆様、こんばんわ。
ちょっとアイデアを纏めるのにてこずった今回のエピソードは……『ベルが黄昏の館でロキ・ファミリアの新人達と対峙する』というシチュエーションの種明かし回みたいな感じです。

詳しくは本編に譲りますが、もしかしたらベルやフィンの印象がかなり変わってしまうエピソードかもしれません。

皆様の反応がちょっと心配ですが、お楽しみいただけたら幸いです。


 

 

 

ここは冥界のハデス神殿……ではなく、オラリオの北の端にあるロキ・ファミリアの拠点『黄昏の館』。

舞台となっているのは、その大きな庭だ。

 

正門を含め、全ての館の門は閉められ「関係者以外立ち入り禁止」状態。

「来るものは拒まず。ただし歓迎するかどうかは別の話やねんな♪」のオープン気質が持ち味のロキ・ファミリアにしては珍しい処置だ。

 

しかし、気持ちはわからないでもない。

今、外と隔絶され閉鎖空間となった庭では、『あまり他所様に見られたくない』類の異様な光景が広がっていた。

 

ロキ・ファミリアの冒険者が訓練を行なうのに十分の広さを持ったそこでは、数十人規模のロキ・ファミリアの若手冒険者……ここ1年以内に冒険者となったLv.1の駆け出し(ルーキー)と、白髪頭に赤い瞳がひどく目立つ、白兎のような印象の少年が、極めて険悪な空気の中で対峙していた。

正確に言うなら険悪、特にいろんな意味で嫉妬の色合いが強い険悪な空気を醸し出してるのはロキ・ファミリアのルーキー達で、白兎の少年にとっては何処吹く風だ。

少なくとも傍目には白兎……ベル・クラネルは、場の空気に動じた様子はない。

 

それにもまして異様なのはそのベルを取り囲む光景だ。

そう、ベルの周囲には彼を取り囲むように八振りの槍が穂先を天に向けて”生えて”いたのだ。

 

 

 

無論、錬金系の魔法じゃあるまいし本当に地面から槍が生えたわけではない。

ベルが自分の周りに槍を石突きから地面に突き立てただけなのだが、八槍が彼を囲む風景はある種の結界……どこか『固有結界:無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)』を髣髴(ほうふつ)させた。

 

 

「さあ、戦闘(くんれん)をはじめようか?」

 

片手槍(ショートスピアー)を右手に、遺産の盾(アキレウス)を左手に構えながらベルは告げた。

 

 

 

***

 

 

 

「うぉぉぉーーーっ!!」

 

雄たけびをあげながら迫るのは、ベルの倍は体重がありそうな筋肉ダルマ系の青年だった。

歳は二十歳に届くかどうかで、顔立ちにはまだ少年ぽさがあった。

しかし、その目に宿るのは闘志というよりむしろ殺意に近く、上を目指す冒険者としては肝心な「冷静さ」が不足しているのは明白だった。

 

彼は腕力に任せて愛用の”棘鉄球型棍棒(モーニングスター)”を振り上げ、

 

「そのチンケな盾ごと潰してやんよっ!!」

 

だが……

 

「遅い」

 

筋肉が大量についた身体で大きく重い武器を振りかぶるということは、大きく動き重さが集中する(慣性質量が増大する)上半身を支える下半身に負荷が集中する。

別に重いものではなくてかまわないから棒状の物を持ち、拳が頭の位置に来るまで振りかぶって欲しい。

利き腕の差はあるだろうが、左右を問わず『後ろ足』に体重がかかるはずだ。

ましてや目の前の青年は確かに筋骨隆々とした体つきをしているが、いささか筋肉のつき方のバランスが悪い。

上半身は見事なものだが、対して下半身はそれに及んでいなかった。

 

それをも見越したベルはエモノの長さと射程から逆算して相手がモーニングスターを振りかぶる瞬間を見計らい、円形盾(アキレウス)をかざし一気に間合いを詰めた。

 

きっと相手には『盾の防御力を当てにして無謀な突進をしかけてきた』と思っただろう。

これならば目の前のひ弱なウサギをひき肉(パテ)にできると……

 

 

 

しかしベルは最初から『防御のため』に盾を使う気なんてなかった。

では、何のために盾をかざしたのか?

答えはすぐに出た。

 

”グギッ!!”

 

「ぐわあぁーーーっ!!?」

 

筋肉青年が『鈍器を振り下ろす直前に、ベルの放った槍の刺突により砕かれた片膝』を押さえながら、武器を放り出し苦悶の表情で地面でのた打ち回っていたのだ。

 

おそらく青年は、いつ自分の膝が砕かれたのか気付いていないだろう。

いやそれどころか「何の脈絡もなく膝が突然砕かれた」ということはわかっていても、その犯人がベルの放った「カウンター気味に放たれた槍の一撃」だと気付いていないのかもしれない。

 

実はベルの放った刺突は、さほど特別なものではない。

確かに彼のアビリティはLv.1の中では凄まじいが、それから逆算すれば驚嘆するほどの鋭さや速度/威力があったわけではない。

間合いを詰めるときに見せた踏み込みの速さや鋭さは、確かに天性の資質を感じさせるものだったがそれが決定的な原因ではなかった。

 

種を明かせば答えは簡単で、ベルは守るために盾をつかったのではなく『相手の注視を誘導し、視界を塞ぐ』ためにつかったのだ。

詳しく言うなら、盾をあえて目立つように動かすことで「自分は防御を重視する」と誤認させると同時に盾に意識と集中を集めさせ、同時に相手の視線が盾に集中することで筋肉青年から盾の裏側で起こした行動……『膝への一撃』を命中する瞬間まで隠し通したのだった。

 

 

 

言い忘れていたが、ベルの持ち出した槍は全て「刃が潰され、突起が丸められた」仕様であり、言うならば『元は武器と呼ばれた訓練道具』だった。

もしそうでなければ、青年はきっと今頃は折られるのではなく、膝から下が綺麗に切断されていただろう。

 

 

 

***

 

 

 

悶絶する青年をベルは見下すように冷たい視線で一瞥すると、

 

「見苦しいよ。それがロキ・ファミリアの一員の姿なのかな?」

 

”ガッ!”

 

顎を(砕かないように注意して)蹴り抜き、ベルは青年を失神させた。

待機していた医療班によって青年が運び出されるのを待ってから、ベルは残るロキ・ファミリア若手の面々を見回し、

 

「次は誰だい?」

 

場は水を打ったように静まり返っていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

 

(フィンさんも僕になんて役割を担わせるんだか……)

 

実際に血で汚れたわけではないのだが、ベルはいつものくせでショートスピアーをビュッと振るって血を払う仕草をしながら、表情に出さないように苦笑する。

 

 

 

話は再び昨日の夜、宴の後……ハデス・ファミリアの拠点である古びた一軒家、そのリビングでの一幕に戻る。

 

 

 

***

 

 

 

ベルお手製の三種のフレッシュ・チーズとカナッペをツマミに、アップル・ブランデー(カルヴァドス)の【ブラー】を主役においた、宴会の二次会と呼ぶにはささやかな、即席のホームパーティーとしては中々悪くないシチュエーションだ。

参加者はハデス・ファミリアのハデスとベル、ロキ・ファミリアからはフィンにアイズ+ティオネ&ティオナのアマゾネス(ヒリュテ)姉妹だった。

 

本来は、フィンが二人を「ご近所さんなので家まで送る」という名目で一軒家まで同行(エスコート)、ベルに『ある頼みごと』をする予定だったのだが……

 

まあ、「団長お一人でエスコートなんて冗談ではありません! 何かあったらどうするおつもりなんですか!?」というロキ・ファミリアであれば誰も否定できない大義名分を振りかざし、”護衛”と称してついてきたティオネまでは予想の範疇(フィン自身は「エスコート役の僕を護衛するなんて本末転倒だなぁ~」とは思っていた)だった。

 

しかし、アイズとティオナまで同行を言い出し、付いて来たのはフィンにとっても意外だった。

それでもティオネならまだ『なんとなく面白そうだったから♪』という理由を言い出しそうだが、アイズに関してはフィンも理由がよく判らない。

気まぐれかもしれないし、そうでないかもしれない。まさかロキじゃあるまいし、酒の匂いに釣られたという訳ではあるまいし。

 

「なあ、ベル君……改めて確認するのもあれだけど、君は新米冒険者(ルーキー)だよね?」

 

一通り酒と大好物のチーズを楽しんだ後、フィンはそう切り出した。

 

「ええ、まあ。まだ冒険者になってまだ半月ほどですが……」

 

「……なっ!?」

 

どうやら誰もベルが冒険者になった時期を知らなかったのか、絶句したのはフィンだけではなかった。

いや、おそらくアイズは知っていたはずだが、伝え忘れたのかあるいは覚えてなかったのか……その表情からは判断できない。

ベルはベルで『そういえば話してなかったっけ。話題にも出なかったし』と呑気に思っていたが、

 

「やっぱり全然違うなぁ……」

 

「そりゃあフィンさんのとこ(ロキ・ファミリア)みたいに大手の新人と比べるなら、僕は見劣りするかもしれませんけど……」

 

「いや、そうじゃないんだ。むしろ逆なのさ」

 

フィンは頭を振り、

 

「ある側面において……いや、かなりの部分においてうちの(ロキ・)ファミリアの新人は、君に比べて『大きく劣る』んだよ」

 

「……どういうことですか?」

 

 

 

***

 

 

 

フィンはどう答えたら一番的確に意味が伝わるのか少し考え、

 

「端的に言うなら『オラリオ最高峰ファミリアの功罪』ってところかな?」

 

フィンはなんとなく上手く纏められたことにホッとしながら、

 

「喜ばしいことにうちはオラリオ最大級のファミリアだ。人気も知名度もある。そのために入団希望者も多い。無論、その希望者を全て入れるわけにはいかない」

 

「でしょうね」

 

ベルの同意の言葉に、フィンはカルヴァドスで琥珀に染まるグラスを傾ける。

 

「だから”(ふる)い”をかける……ぶっちゃけ、うちのファミリアで冒険者としてやっていけるのか、その最低限の能力と適性を持ってるかを見極めるための”入団テスト”を行なうってことだね。昔からは考えられないけど、ね」

 

フィンは何かを思い出したのか微苦笑し、

 

「それなりのことをやって組織が巨大化し資金をはじめ何もかもが潤沢になった結果、僕達は新人を選り好みできるような立場になった。それはいい。それはいいんだけど……」

 

苦い成分を含みながらも微笑んでいた目が些か厳しいものに変わり、

 

「世間的には『過酷で厳しい』と評されるロキ・ファミリアの新人達は、いつの頃から『厳しい試練を乗り越え、晴れてロキ・ファミリアに入れた自分達は特別な存在(エリート)』だと思うようになったのです」

 

あえて語り部口調のまま続ける。

 

「同じLv.1(ルーキー)の中でも、他のファミリアのルーキーとは格が違うのが自分達だと……まあ、そんな具合さ」

 

 

 

***

 

 

 

ベルは聞く前からなんとなく嫌な予感はしていたが、フィンの話を聞いてるうちに予感をはるかに超えた碌でもなさに、アルコールのせいではない頭痛を感じていた。

 

「フィンさん、できればこの予想は間違っていて欲しいんですけど……もしかして、僕に『高慢ちきな鼻っ柱を折らせる役割』を担わせたい……とか思ってません?」

 

フィンは満面の笑みで、

 

「君の賢明さは評価と好意に値するよ」

 

ベルは深々と溜息を突きながら、

 

「夢見がちな子供に”現実”って苦い良薬を飲ませて社会とアジャストさせるのは、普通は大人の仕事だと思うんですけど?」

 

「だからこうして大人が動いてるんじゃないか? 君への依頼という形でね」

 

さすが海千山千の最古参の団員にしてファミリア・リーダー。

ベルの皮肉くらいじゃ欠片ほども動じない。

そもそも皮肉としてすら受け取っていない可能性がある。

 

 

 

「……確かに僕はまだまだ未熟です。自分が相対的には弱者だということも知っている」

 

「うん。それで?」

 

先を促すフィンについ拳を握りたくなったベルだったが、

 

「かといってフィンさんが要求してる内容……おそらくは”武装状態での模擬戦(シルエット・ファイト)”ともなれば、勝負であり戦いの体裁をとる以上……僕は負けるわけにはいけません」

 

ベルは視線を微かにハデスへと向けた。

視線が合う。

彼女は小さな花のようにほほ笑んだ。

 

「”目指したい場所”があるから……僕は簡単に負けられない。絶対に負けたくない」

 

瞬間、ティオナとアイズの視線がベルを捉えた。

まるで何かを探るように真っ直ぐ見ていた。

ベルに自覚はないが、後に語る二人によれば、この時のベルは「男の子の顔」ではなく、既に自分の生きるべき道を見つけ、覚悟と共に歩む一端の「漢の顔」をしていたという。

 

「でも同じLv.1、それも規模だけでなく精強さで知られるロキ・ファミリアの新人が相手というのなら……『手加減して勝てる』ほど僕は強くも賢くもありませんよ?」

 

彼の言葉の意味を正確に読み取ったフィンは、こう結論付けた。

 

「つまり”真剣勝負(セメント)”になる、と?」

 

それを全面的に肯定するようにベルが無言で頷く。

するとフィンは、

 

「はははははっ! 大いに結構じゃないか!」

 

その大きな笑い声は、ティオナとアイズだけではない。誰よりも彼を知ってると……言いたい側近のティオネすらも驚くほど滅多に聞けぬものだった。

 

「僕はね、ベル君……君が思うほど優しくもなければ甘くもないんだよ」

 

彼は実に楽しそうに言葉を紡ぐ。

 

「セメント、実にいいね♪ 僕は君が団員を「意図的に殺意を持って殺さない」限り全てを看過し、許容するつもりだよ? そうだな、さしずめ……」

 

フィンは笑みを一層強くする。

そしてその笑みは、『笑顔は本来攻撃的なものであり、獣が牙を剥く仕草が原点』とする説を裏付けそうな類のものであった。

 

「『モンスターに殺されるよりはマシ』ってぐらいまでなら、何の問題もないさ」

 

 

 

そう言い切るフィンに、ベルは底知れない凄みを感じていた。

なるほど、オラリオ最大級にして最高峰のファミリアの長とはかくあるべきか……素直にそう思った。

その時、脳裏にふと過ぎる記憶がある。

それはフィンの”二つ名”、

 

(そうか……これが”勇者(ブレイバー)”って呼ばれる所以なんだ……)

 

酷く納得できる。ベルがそう思ったとき、

 

「君には是非、期待したいな」

 

「期待? 何をです?」

 

最早、子供のような体から溢れ出す凄味を隠そうともせず、いっそ獰猛と言える笑みのままフィンは口ずさむ。

 

「『ロキ・ファミリアなんてブランドネームを歯牙にもかけない、傲慢で冷酷で凶悪』な存在……新人達の越え難い壁となりうる”無慈悲なウサギ”の姿を、さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

無慈悲(を装った)ベルと、実は策士のフィンはどうだったでしょうか?
凄く自分勝手ではありますが……この作品で描きたいフィンは、作者が「一つの巨大組織の長としてこうであって欲しいと願う、大人としてのズルさや狡猾さ、経験と実力に裏打ちされた凄味をもつ『格好のよい悪党』」という側面を持たせたいと考え、こんな感じのフィンになりました(^^

膝を折りながらも顎を砕かないように注意するあたりが、作者的にはこのシリーズの”ベルくんらしさ”と考えてるのですが、いかがでしょう?

さて、次回はもうちょい血腥くなるかもしれませんが、原作の「出鱈目に戦ったダンジョンでの一夜」に匹敵する経験値を稼がせたいなぁ~とか思っています。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第015話 ”白兎は対価に見合う槍を振るえるか?”

皆様、こんばんわ。
今回のエピソードは……タイトル通りに対価と今回の依頼の舞台裏の話だったりします。
ただ、これもまた中々一筋縄にはいかないわけでして……(^^







 

 

 

オラリオ最大手のファミリア、【ロキ・ファミリア】の団長、”フィン・ディムナ”はここ最近、とある問題に頭を痛めていた。

いわく、

 

『世間的には『過酷で厳しい』と評されるロキ・ファミリアの新人達は、いつの頃から『厳しい試練を乗り越え、晴れてロキ・ファミリアに入れた自分達は特別な存在(エリート)』だと思うようになったのです』

 

『同じLv.1(ルーキー)の中でも、他のファミリアのルーキーとは格が違うのが自分達だと……』

 

要約するとそんなとこだ。

だからこそ、フィンが白羽の矢を立てたベルへの依頼はいたってシンプルだった。

 

「フィンさん、できればこの予想は間違っていて欲しいんですけど……もしかして、僕に『高慢ちきな鼻っ柱を折らせる役割』を担わせたい……とか思ってません?」

 

「君の賢明さは評価と好意に値するよ」

 

 

 

しかしベルは告げる。自分は弱いと。

やれと言われればやらなくもないが、

 

「”目指したい場所”があるから……僕は簡単に負けられない。絶対に負けたくない」

 

兎のように弱い自分は、手加減できるほど強くもなければ賢くもない。

だから必然的に”真剣勝負(セメント)”となると。

 

「はははははっ! 大いに結構じゃないか!」

 

フィンは呵呵大笑する。

勇者(ブレイバー)”と呼ばれるに相応しい凄味と狡猾さと傲慢さを兼ね備えた笑みで。

 

「君には期待したいな……『ロキ・ファミリアなんてブランドネームを歯牙にもかけない、傲慢で冷酷で凶悪』な存在……新人達の越え難い壁となりうる”無慈悲なウサギ”の姿を、さ」

 

 

 

***

 

 

 

「驕りっていうのは怖いものでね。モンスターやダンジョンではちょっとした油断でも命取りになるってのに、それが自分の力を過大に評価した驕りともなれば……その致死率は跳ね上がる」

 

おどけたようにフィンは言うが、その内容は「跳ね上がった致死率」を目の当たりに人間のみがもつ深みがあった。

 

「それはダンジョンのみならず、地上……人間社会だって変わらないさ。例えば、自分のファミリアに愛着と誇りをもつのはいいけど、それが驕りに変わり意味も根拠もなく他のファミリアを見下すようになれば、問題は個人の問題を越えてファミリア同士の軋轢/対立に拡大しかねない。下手をすればファミリア間での殺し合いさ」

 

それを是正するためのベルへの依頼であり、だからこそ【ロキ・ファミリア】あるいはフィン・ディムナからの対価は、無茶な要求を自覚してるだけあって破格と言ってよかった。

 

「一つ。君の得意な槍だけじゃなく、冒険者に必要な装備全般を『黄昏の館』にある”使い手のない予備装備”の中から無償供与。無論、持ち出しの数的制限はつけない」

 

フィンはまず指を一本立てる。

もう既にこの時点で破格なような気もするが……

天下の名門ファミリアの装備庫ともなれば、その質も潤沢さもギルドの『初心者向け配給品』をはるかに凌駕すること請け合いだろう。

 

保有している本当のトップクラス装備ならわからないが、少なくともオラリオのギルドは「無名の新人にそれなりに値の張る良い装備」を貸し出すような気前のいい組織ではない。

同じエルフから「民族の汚点/汚物」呼ばわりされる守銭奴が頭を張ってるだけあって、どちらかと言えば”しぶちん”だ。

ベルはデフォルトでのギルド支給武器が、ナイフ一本だったことに呆れた記憶がある。

 

 

 

「一つ。ダンジョン攻略における情報、ノウハウの提供」

 

フィンの二本目の指……これもまた美味しい。

新人とベテランの違いは個人の能力だけではない。その経験……情報やノウハウの蓄積も桁違いだ。

数値化できるような能力は似たり寄ったりにも関わらず、新人とベテランでダンジョンでの致死率やクエストの成功率に雲泥の差が出るのは、そういった理由もある。

物凄く端的な例だが……同じモンスターが相手でも、初見と二度目以降では勝率が全く異なるのは誰でもわかることだ。

はっきり言えばこれは「値千金でありながら、そう簡単に金銭取引できない」類のアドヴァンテージだ。

 

確かに情報屋に金を払って攻略情報やモンスター情報は手に入るかもしれないが、実際の経験と研鑽を積んだ知識は、それを体験したものからしか手に入らないのは世の常である。

 

 

 

「最後は、そうだな……君が望むとき、【ロキ・ファミリア】の遠征に対する”優先参加権”とかはどうだい?」

 

もしかしたらこの三本目こそがある意味、最も破格なのかもしれない。

優先参加権とは言っているが、『ロキ・ファミリア側から言い出した』ということが重要なのだ。

これは実質的に”お誘い”の他ならない。

言うまでもなくロキ・ファミリアはオラリオ最高峰のファミリアであり、その遠征に”ロキ・ファミリアから”同行の勧誘や要請を行なうのは、実力や立場などを考えるとやはり同じ土俵に立てる大手ファミリアということになる。

具体例をあげれば鍛治屋(スミス)系ファミリアとして最大手の【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師が、依頼を受け同行するとかだ。

 

そう普通は、あるいは並大抵のファミリアにとってのロキ・ファミリアは、「一緒に連れて行ってください」と”頼まれる側”なのだ。

 

これを違う側面から見れば、ロキ・ファミリアから同行を頼まれる……「いつでも参加を歓迎する」と言われることは、そのまま『ファミリア自体の格付け(ステータス)』に反映される。

 

いかに良くも悪くも超有名神ハデスが主神だといっても、まだ結成されて半月程度のファミリアが『実質的にロキ・ファミリアから誘われる』のは異例を通り越して異常と言っていいだろう。

 

 

 

「フィンさん……まさか僕にいきなり51階層や”更にその先(未到達領域)”まで潜れと?」

 

「HA-HA-HA。それこそまさかさ。”今の君”にはそんなことは望まないさ。だから僕は言ったろ? 『君が望むとき』ってさ」

 

それは半ば確信めいた予言のようにもベルには聞こえた。

フィンは遠まわしにこう言ってるのだ。

 

『君はいずれ必ず、”僕達のいる場所”まで来ることになる』

 

と……

 

 

 

***

 

 

 

「まあ最初は、うちのLv.2(上級)冒険者あたりが集中強化訓練(ブートキャンプ)代わりにやってる中層あたりまでのお手軽クエストに、気が向いたときに参加してもらえればいいかな?」

 

フィンは含み笑いで、

 

「どうやらベル君には、上層で手助けはいらないようだしね?」

 

 

 

(見透かされてるなぁ~……それとも誘導されてるのかな?)

 

それがフィンの言葉を聞いたベルの率直な感想だった。

だが、悪い気分じゃなかった。

 

(単純な報酬じゃない。フィンさんは僕が欲しがってるものを確実に見極めてる……)

 

これが巨大ファミリアの長の経験に裏打ちされた洞察力の片鱗かとベルは舌を巻きたくなる。

 

(それに……)

 

ベルが視線を向けた先には、ただ彼を静かに見つめてる金色の瞳があった。

 

(ハデス様を守れるほどの力を得るためには、)

 

「もしかしたらそれが一番の早道なのかもしれない……」

 

ベルは右手を差し出しながら……

 

「フィン・ディムナ”団長”、その話お受けいたします」

 

フィンはその差し出された右手を強いグリップで握り返し、

 

「感謝するよ。ベル・クラネル君」

 

「僕はこの機会を最大限に生かし、『自分が強くなるため』にとことん利用しますから」

 

「かまわないさ。その方が利に適う。僕にとってもロキ・ファミリアにとっても、ね」

 

それは歴史の片隅にも残らない小さな出来事だろう。

だが、この二人の合意と友情はやがて、二つのファミリアの枠組みを超えた大きな意味を持つことになることは、人も神もまだ誰も知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

舞台は再びロキ・ファミリアの拠点、『黄昏の館』へと戻る。

 

 

 

「セラッ!」

 

”ギュルッ”

 

ベルは中心が分厚く淵に行くほど薄くなる典型的な円形盾の形状を生かし、相手の刃渡り1m半はありそうな”高地大剣(クレイモア)”を、正面から受けるのではなく一歩以上踏み込み、刀身の半分に近いところで斜めに合わせて盾の丸み(アール)を使い『刃を滑らせる』ことによって受け流した。

そして重量のある大剣の渾身の一撃を流されたことにより体制が崩れた相手……実はクレイモアと同じほどの背丈の女性だったのだが。

 

「よっと」

 

崩れ際に槍、現在使っているのは三本目の【羽根付き槍(ウイングド・スピアー)】だったが、その穂先突き出し少女の体制を立て直そうとしている足に絡めて派手に転倒させる。

ウイングド・スピアーは、その名の通り穂先の根本に槍が相手に深く突き刺さりすぎて抜けなくなるのを防止する為の”羽根を思わせる突起(歯止め)”が取り付けられており、穂先で突き刺すだけでなくこういう使い方には向いていた。

 

「きゃっ!?」

 

思ったよりも可愛い声だったが、

 

「倒れてもモンスターは攻撃をやめてくれませんよ? むしろ相手は狩り取る好機と捉えます。倒れたときこそフォローは大事です」

 

”ドズッ”

 

「ふぐっ!?」

 

流れるような動きで石突きをそのまま鳩尾へ落とす。

現代日本なら「リョナ」とか言われて敬遠されそう(一部のマニアには大うけだろうが)な光景ではあるが……

 

”ぷしゃあああ”

 

失神すると同時に盛大に失禁した女戦士の卵に、温厚な素顔に冷酷で無慈悲な仮面をつけた……ただ間違いなくこと戦闘ともなれば『獰猛さは本物』の白兎は目線で救護班(メディック)に片付けるように促しながら、

 

「ああ、言い忘れてましたがモンスターは究極の男女不区別主義(フェミニスト)でね。性別で攻撃を変えてはくれませんので、悪しからず。か弱い女性はモンスターにとって抵抗力の弱い獲物にすぎません」

 

 

 

対してアイズはいちいちベルの言うことに納得しているようだったが、理由はわからない……ということにしておくが、アマゾネス姉妹の妹のほう(あるいは平坦なほう)ことティオナ・ヒリュテは、うっとりしたように無慈悲な兎を見ていたという。

 

頬を赤らめ、脚の間に疼くような濡れた甘痒さを感じながら……

 

 

 

***

 

 

 

そして、そんな白兎の蛮行(せんとう)を階上のテラスから見下ろす存在があった。

 

「ほぉ~。やっとるなあ! ロキ・ファミリア名物『百人組み手』♪」

 

館の真なる主にしてファミリが主神のロキと、

 

「一つ聞きたいのだがな……いつから我らがファミリアは、そんな妖しげな名物を持つようになった? 私は聞いたことがないのだがな」

 

呆れを隠そうともしないジト目で見るのはファミリアの参謀役にして副団長のハイエルフ、リヴェリアだった。

 

「今や今! どんな名物かて最初はあるもんやさかいな」

 

その言葉の意味の深い部分を持ち前の叡智にて読み取ったリヴェリアは短く問う。

 

「……恒例にするつもりなのか?」

 

と。しかしロキは意味ありげに琥珀色の液体がなみなみと注がれたグラスを傾け、

 

「この林檎蒸留酒(カルヴァドス)、ベルやんの故郷の特産品なんやてなぁ~。さすがに神酒(ソーマ)と比べるんは殺生やけど……違う方向でホンマに旨いわ」

 

どうやら昨晩の夜、フィンだけ後酒を楽しんだことを知ったとたんに拗ねるロキを見越して、ベルとフィンは共謀し、昨晩出した【ブラー】とベルお手製の三種のフレッシュ・チーズを手土産に持参したらしい。

それは見事にロキたちが座るテーブルの上に広げられてるわけなのだが……

 

「チーズもファミリア(うち)の専属チーズ職人にしたいぐらいや。今回だけで終わらすのは惜しいとは思わへん?」

 

「さりとてロキよ……そのプランには致命的な欠点があるぞい」

 

とは同じテーブルでチーズとサラミとピクルスをここぞとばかりのっけてクラブハウス・サンドイッチの親戚のようになってしまったクラッカーを楽しんでいたガレスだ。

 

「なんやの?」

 

「今回はファミリアに入って一年以内の新米(ペーペー)に、世間の厳しさを死なん程度に身体へ叩き込むのが目的じゃろうが。どこぞの負け癖の付いた国家系(アレス)ファミリアじゃあるまいし、うちには百名も新米はおらんぞい?」

 

「せやな……」

 

ロキは腕を組み、

 

「ウチの予想やと、気絶しても水でもぶっかけて強制再起動、ローテーションで立ち向かわせる鬼仕様くらいはフィンならやるとは思ってんやたけど……」

 

ちらりとベルに視線を送る。

 

「こうもきっちり戦った相手の悉くを不殺(ころさず)のまま『戦闘不能』するとは思わへんかったな。ぶっちゃけ、フィンかてベルやんの強さは予想の範疇を少々超えてたんちゃうかな?」

 

実はこのロキの予想は当たっていた。

ベルと実際に会い話すうちに彼の実力を上方修正していたとは言え、基本となっているのは「ミノタウロスと正面から戦いアイズが駆けつけるまで生き残っていた”驚異的なLv.1”」という基準だ。

まさか昨日今日でそこから急速に基本アビリティが、「本来ではありえない上昇率で爆上げする」なんて、神ですらも予想できるわけはない。

ましてや神ではないフィンなら尚更だろう。

 

「ベルやん、フィンには『手加減でけるほど自分は強くないから真剣勝負(セメント)になる』言うとったらしいけど、蓋をあければこの有様や。きっとベルやんにとっては……」

 

ロキは意地の悪い笑みで、

 

「うちの新人は『予想以上に弱かった』ってとこやろな~。せやから『後遺症が残らんように手加減して、なおかつすぐに再戦でけへんように〆て勝てる』と判断した……そんなとこちゃうやろか?」

 

「なんとも不甲斐無い話だな……もっとも。それ以上に団員(しんいり)のトラウマを心配をせねばならぬかもしれないが」

 

そうリヴェリアはぼやくが、ロキは楽しげに笑う。

 

「この程度で心が折れるようだったら、いずれにせよロキ・ファミリアで冒険者としてやっていくんは叶わん夢や。ベルやんは、まだモンスターよりは優しくボコってるんやで?」

 

「それに関しては完全に同意じゃな」

 

うんうんと頷くガレスに、

 

「それにしても困りモンやな……確かに救護班(メディック)治癒術師(ヒーラー)にはいい訓練になるかもせーへんけど、肝心の新人達はもうすぐ終わってしまいそうや。な~んや不完全燃焼感があるな……」

 

「しかし、これで他のファミリアの新人を見下し侮るような不心得者は修正されただろう。つまり当初の目的は達成された……違うか?」

 

リヴェリアの言うことは正論(もっとも)だ。確かにごもっともなのだが……

 

「きっとウチはもっとベルやんの『本気』を引き出してみたいんやと思う。そっちのが面白そうやしな♪」

 

そしてロキは視線を”小さな背中”に向け、

 

「アンタはどないや? フィン」

 

一人テーブルに着かず、テラスに仁王立ちしながら成り行きを団長の顔で見つめていたフィンは、ただ静かに「危険を教えてくれる親指」を上に向けて立てる(サムズ・アップ)のだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

ロキ・ファミリアもしくはフィンが裏の意図付き(笑)で大盤振る舞いするエピソードはいかがだったでしょうか?

もうお察しの方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はかなり今後のストーリーの流れやら伏線やらが含まれてたりします(^^

そして白兎が再び大暴れという回でもありましたが……ちょっと皆様の反応が心配になるくらい無慈悲キャラになってるような?(汗)
いや、あれできっちり手加減はしてるんですよ~。

そして最後に美味しいとこもってくのはロキとその幹部だったりして。

かなり原作乖離が進んでいますが、それを楽しんでもらえれば作者としては嬉しい限りです。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第016話 ”スリングショット・ピアース”

皆様、こんばんわ。
今回は筆が進み、最近では珍しく連日投稿になりました。

さてさて、今回のエピソードは……地味にオリキャラなども出てきますが、基本的には盾と槍のお話となります。
そう、言ってしまえばベルの”相棒”にまつわるエピソードですね(^^

ではでは、スリングショット・ピアースとは一体何なんでしょう?




 

 

 

この戦い……『黄昏の館』で繰り広げられてる模擬戦で、「無慈悲で冷酷で傲慢な強者」という自分でも似合わないと思う役回りを担うことになったベル・クラネルは正直落胆していた。

というのも、

 

(手応えがない……)

 

そう、物足りないのだ。

ベルは自分が大好きだった祖父の形見、”受け継ぎし円形盾(アキレウス)”がチート性能だと知っていた。

見た目は古ぼけた直径58cmほどのセンターグリップ式の中型円形盾で、全金属製なのは少しは珍しいかもしれないが、形状は中央部が分厚く淵になるほど薄くなる円形盾の中では一般的なもの。

装飾と言えば表面になんらかの浮き彫り(レリーフ)はあるのだが、それも長い年月の間に削れてしまったのか、今は彫られていたものが文字なのか絵なのかも判別できない。

少なくとも見た目は中古品というより骨董品の領域で、もしかしたら本当に武具商より骨董商のほうが良い値をつけてくれるかもしれない。

 

しかし、この盾は見た目に反してベルが手の取ったその時から、”不壊属性(デュランダル)”と”状態異常無効化(オフィウクス)”という比較的有名な装備付与属性だが、それを持つものは滅多にいない稀少付与効果(レア・オプション)を発現させていた。

 

 

 

今までのベルの戦い方を見ていると判別できるが、ベルは「アキレウスの防御力にのみ依存」した戦い方はしていないが、「アキレウスを基点にした戦術」は多用する。

それは即ち「敵の攻撃を受け流しながらの多種多様なカウンター」だった。

 

実はベルが槍を武器にしている理由の一つが、この『盾の特性を最大限に生かして効果的なカウンターを放てる武器が槍系統の武器』だと判断したからだ。

片手剣だと間合いが不足し、その他の長間合いの武器では攻守使用時のバランスが悪かったり、汎用性が低かったり使い勝手が悪かったりという結論だった。

 

ただし、いまのアキレウスの性能では”壊れない”だけであって、その受けた衝撃はもろにベルの腕に伝わる。

つまりベルの力と耐久がLv.1として規格外だとしても、例えばミノタウロスと戦ったときに「盾の頑強さにまかせてまともに正面受けた」としたら、その時点で腕を骨折するどころじゃ済まなかったろう。

あの戦いではベルは自ら「跳ねる」ことで衝撃を相殺したが、その前段階としてアキレウスで受ける瞬間にはミノタウロスが全力を発揮できる”最高打点”をずらして打撃ベクトルを逸らし、その余剰威力を腕だけでなく全身のバネを連動させて吸収、更に後方に跳ぶことにより相殺していたのだ。

 

ベルは、ミノタウロスとタイマンを張ったあの時点でもそれだけのスキルが使えていた。

そして、ミノタウロス戦の後と宴会前に行われたアビリティ・チェックで合計上昇値で550近くも基本アビリティが上昇しているのだ。

 

そして相手をするのは、”Lv.2相当のモンスター”であるミノタウロスより弱い……いかに名門ロキ・ファミリアの冒険者といえど『冒険者になって1年未満のLv.1(しんじん)ばかり』なのだ。

冷静に考えればこの結果は必然と言えなくもないが……

 

(だけど……)

 

「脆い。脆すぎる」

 

それはつい口から出た言葉だったのだろう。

 

無論、ベルがそう漏らすのは無理もない話だ。

彼が冒険者になってまだ半月ばかり……対して冒険者になって1年未満ということは、冒険者全体としてはド新人でも、見方を変えれば最大でベルの24倍の冒険者としての経験がある筈なのだから。

 

 

 

しかし吐いた唾を再び飲み込めないのは世の摂理だ。

 

「このっ!!」

 

どうやらそれは対戦相手……小人族(パルゥム)の少年に丸聞こえだったらしい。

まあ確かに見た目は人間に例えるとフィンよりちょっと年下くらいの少年だが、成体がこんな感じの種族だけあって、もしかしたら成人してるのかもしれない。

 

ただ、なんとなく男の娘っぽいというか……華奢な印象がある。

金髪を長く伸ばして三つ編みにしていたり、体形や性別がわかりづらいパンツルックだったり顔立ちが幼いなりに整っていたりするので、余計にそう見えるのかもしれない。

 

(多分、この娘ってフィンさんよりは若いだろうなぁ……)

 

やっぱり勘違いしてた!? いや、それはさておき……

きっとフィンに憧れて入団したのだろう。

槍を主武器としてるあたりもそれを伺える。

言うまでもないが、その外見から半人前扱いされ侮られることの多い小人族において、膨大な戦闘力と卓越した指導力、なにより優秀な頭脳をもって最大手ファミリアの団長として君臨する”フィン・ディムナ”は自分達種族の出世頭であって、同時に”外”で一旗あげたい野心あるいは向上心をもった若い小人族にとっては、男女やその中間を問わず憧れの的であった。

故に他のファミリアと比べてもロキ・ファミリアに入団を希望する小人族は多く、また全団員に占める小人族の比率もやや高めだ。

 

余談ながら他に小人族が活躍するとなれば、真っ先に挙がるのが【フレイヤ・ファミリア】の『炎金の四戦士(ブリンガル)』こと”ガリバー兄弟”であろうが、かのファミリアは色々と”特殊”過ぎて一般的な入団希望ファミリアに入るか微妙だったりする。

 

 

 

***

 

 

 

話は戻して……

ベルが男の娘っぽい少年を若いと評したのは理由がある。

なんせ「脆い。脆すぎる」というベルの呟き(ツィート)がよほど癇に障った……ファミリアを侮られたと思ったのか、あるいは小人族だからと侮られたと考えたのか、あるいはその両方かはわからないが……明らかに怒りを推進剤にして突っ込んでくる。

 

無論、少年に勝算がないわけじゃないだろう。

少年が両手に持ってるのは身長の倍ほどある”長柄槍(ロング・スピアー)”であり、対してベルの今のエモノは2m程度の”古式騎兵槍(キシュトン)”だった。

ロング・スピアーはキシュトンと同じような年代の武器を言うなら槍兵用の古式長槍(サリッサ)に該当する長さを持ち、キシュトンは古式騎兵槍の名の通り馬上で取り扱うために槍としてはやや短めに入る(ただし馬上槍としては眺めの部類)。

 

片手で手綱を握り片手で槍を扱うための”必然的な短さ”ではあるのだが、キシュトンは本来は騎兵の機動力や突破力があってこそ威力が十全に生かされる槍であるため、もし少年が戦い方を間違わなければ、ベルの”間合いの外(アウトレンジ)”から一方的に攻める事ができたはずだ。

しかし……

 

「”ミシェル・バルカ”、推して参るっ!」

 

「シッ!」

 

”ビュッ!”

 

二振りの槍が交差し、

 

「えっ?」

 

”ゴッ!”

 

当たったのは……ベルの槍だけだった。

 

 

 

男の娘……もとい。ミシェルの放った槍の穂先は、ベルの鼻先……拳二つほど先でとまっており、

 

「かはっ!?」

 

対してミシェルの喉元(首の付け根)には、尖端が潰されたキシュトンの穂先がめり込んでいた……

喀血し崩れ落ちるミシェルは暗くなる視界の中で、ふと天啓のように閃くものがあった。

 

(そっか手加減されちゃったんだ……)

 

彼女、いや彼は気付いてしまった。

自分は間違いなく殺気を込めて……他の”挑戦者”たちと同じく「殺す気」で槍を放った。

しかし、彼は他の挑戦者達同様にいとも容易く自分を退けた。

あと数センチ上にずらせばそこは喉笛(喉仏)であり、練習用の槍といえどこの勢いなら一撃で喉仏を潰し自分を即死に追い込めたろう。

 

(相手にもされてなかったんだ……)

 

殺そうとした……本物の殺気を放つ自分に対して、ベルは「殺す価値もない程度の力」と断じてみせた……それがミシェルの結論だった。

 

(くやしいよぉ……)

 

それが意識を失う前、ミシェルが最後に感じた感情だった。

 

 

 

***

 

 

 

さて長いはずのミシェルの槍が当たらず、対して短いはずのベルの槍がなぜ当たったのか?

別にベルが魔法を使ったわけでも、特殊な武術や体術を使ったわけではない。

まず二人の大きな違いは、「槍の持ち方」にあった。

ミシェルがベルより一回り小さな身体とそれに見合った筋力なのにも関わらず長いエモノを振り回すために槍を両手で持っていたのに対し、ベルは利き手である右手の方手持ちだ。

ミシェルとベルは同じ右利きなのだが……

まず一つ、槍の持ち方に対する追加情報を書いておこう。

槍を問わず長柄の武器を両手で使う場合、本来なら利き手が前後どちらにしようと自由なのだが、基本的には「槍使いの利き手を後手(うしろで)にすると良い」と言われている。

理由は単純明快で、後手は槍の主たる操作法である「突きや払い」等の際に非常に要となる場所ゆえに、力を入れやすく操作もし易い利き手を当てるのは理に適っている。

槍術の基本は「槍の操作は後手で行い、先手は保持や補助をメインとする」なのだ。

基本的に真面目な性格のミシェルは、その基本を忠実に守っていた。

 

では、次にもし暇があるなら少しばかり検証してみるのはどうだろう?

身近にある長い棒状のもの……例えば釣竿や物干し竿を、無ければエア槍(イメージ)で全然かまわないが、後手を利き腕に先手を利き手の反対側で握り、突き出してみよう。

そして次に両手では後手だった位置、持ちにくかったら先手と後手の中間の位置を利き手の片手で持ち、それを同じように突き出してみよう。

できるなら、踏み込む足は利き手と同じ側の脚にした方がよりわかりやすい。

 

さて、どちらが遠くまで先端が延びただろうか?

 

 

 

種を明かせば簡単な話で、人間の構造上、利き手が後手の両手持ちより利き手の片手持ちの方がずっと長くリーチが稼げるのだ。

しかもベルは、『手の平の上で槍の柄を滑走させて放った』のだった。

右足の震脚ばりのつよい踏み込みで起きた反発力を膝→腰→上半身→腕と回転運動に変換しながら伝達/加速、最後はフェンシングの突きのようなフォームからキシュトンを振り出すと同時に石弓やカタパルトのように手の平で槍を滑らせたのだった。

そう、槍の穂先がミシェルの喉元を捉える瞬間、ベルはほぼ反対側の端である石突の部分を握って一突きを極めたのだ。

 

実は手の平で槍を滑らせる突き方は流派によっては”()り突き”と呼ばれ、現実に存在する。

無論、片手突きもだ。

 

ただ、この二つを合わせて使う者はあまり……いや、ほとんどいないだろう。

繰り突きも片手突きも槍の保持力や安定性を犠牲にしてリーチを伸ばすやり方であり、この二つを組み合わせるということは、極端に槍の操作が難しくなる上に外れた場合の隙が大きい……まさに一か八かの”奇襲技”を放つ事と同義なのだ。

もし、ベルがもっと中二(ヒーロー)寄りの考え方をする少年だったら、きっとこう技名を呟くだろう。

 

『クラネル式三槍技の一つ、【スリングショット・ピアース】』

 

と……

そう、その性質や欠点から使いどころが難しいこの技……【滑飛射貫槍(スリングショット・ピアース)】は、一つの目標に対して刺突三撃全てを当てる”三撃一点(スマッシュ)”、三つの異なる目標に一撃づつ当てる”三撃分刺(バラージ)”の二つの顔を持つ極め技【三段突き(トリプル・バースト)】に並ぶベルの得意技だったのだ。

 

正確には、遠間合いに対応できる飛び道具や魔法を持たないベルにとっては、この奇襲技であると同時に「槍という長柄武器の持つ最大射程」を引き出せるこの技は、必然的に得意とせざるえなかったというべきだろう。

 

蛇足ながらスリングショットとは”西洋弾弓”のことで、ぶっちゃけてしまえば”超強化パチンコ”であるのだが……おもちゃ屋で変えるようなパチンコと違い、専門店で取り扱うような本格的なモデルは小鳥や野うさぎ、小型害獣程度なら狩れる威力がある。

この世界でも子供用の玩具だけでなく狩猟用に持ち歩く人間も少なくない。

モンスターや武装した人間相手には威力不足は否めないため、オラリオではあまり見ることはないが、きっとベルも故郷(ハリス村)ではよく使ってたのではないのだろうか?

多分だが、ベルはスリングショットの弦を身体に弾き出される金属球弾を槍にそれぞれ見立ててこの技を編み出したのかもしれない。

 

 

 

***

 

 

 

そしてミシェルが倒れたことにより、30人はいただろう入団1年以内のLv.1(しんじん)冒険者達は壊滅した。

ベルが使用した槍は最初の片手槍(ショート・スピアー)に始まり【ケルト槍(フラメア)】から【羽根付き槍(ウイングド・スピアー)】へと続き、今手に持つ【古式騎兵槍(キシュトン)】まで含めて都合四本。

結局、基本は同系の……強いて言うなら”古典的な槍(オールド・ファッション)”の四振りで終わってしまい、槍として武器としてより進化したあるいは深化した【西洋鉾槍(ランデベヴェ)】など残る五槍は結局、使われることは無かった。

 

だが、それでよかったと今のベルは考えていた。

尖端が丸められ刃が潰され武器としては既に死んでるとはいえ、形状や重さが慣れてないだけに加減が難しい。

思った以上に殺傷力が上がり、ロキ・ファミリアの団員に回復不能な怪我を負わせたりましてや死なせたりしたら目も当てられない。

 

 

 

「フィン、入団して三年未満のLv.1を集めたらどないや? 中々芽出ぇへんで燻っとる連中にもエエ刺激になるやろし」

 

「そうですね……」

 

ただし、それは彼らの心情を考えれば、メリット/デメリットを天秤にかけた上でかなり面倒なことになりそうなのだが……

 

だがその時、それを一発で解決する声が庭から聞こえてきたのだった。

 

「ねえねえ、ラッセルボック君♪……次は私と、シよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

正直、今回のエピソードはベルと盾と槍の話を書いてたら出来上がってしまったという感じで、皆様に面白いと感じてもらえるようなものだったか正直、自信はなかったりします(^^

ただ、原作のナイフと全く違う”ベルの相棒達”を一度は掘り下げてみたかったのも、また本音なので困り者です(苦笑)

実はオリキャラ男の娘(?)のミシェル君は、戴いたとあるご感想からインスピレーションを得たキャラで、今回は残念ながら「やられ役」の「ロキ・ファミリアのモブではなく名前や顔のあるLv.1(ルーキー)」という立ち位置から視点を変えて書いてみたくて生まれたキャラだったりします。
彼(彼女?)の再登場は果たしてあるのか?(えっ?)

そしてサブタイの謎は、明らかになった「三段突き(トリプル・バースト)に続く、”ベルの第二の槍技”」というオチでした(^^
それにしてもこのシリーズのベルくんの技は、あんまファンタジーっぽくないような?

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第017話 ”戦術論評もしくは答え合わせ”

皆様、こんにちわ。

今回のエピソードは……ちょっと趣向を変えて、ベルの戦いを「別視点」から書いてみたいと思います(^^
ベルが槍を振るう間、他の面々は何を見て、何を考えていたのでしょうか?

注意:今回はラストのほうにちょいえっちい表現が入ります。苦手な方はご注意ください。


 

 

 

さてさて、話はまだベルが30人超のロキ・ファミリア入団1年以内のLv.1(しんじん)相手に模擬戦を繰り広げ、その半ばを過ぎたあたりまで遡る。

 

この時の戦い、実はテラスという特等席に陣取る主神ロキとフィン達”三元老幹部(トリニティ・セナトゥス)”を筆頭に、手の空いていたロキ・ファミリアの多くの冒険者や団員達が観察していた。

 

例えば、前話でロキが集めようとしていた入団して1年以上経つ……もう”しんじん”とルビをふれなくなってしまったLv.1(下級)冒険者達は、嫉妬や羨望という正負入り混じった複雑な感情でこの戦いを見ていたのだった。

 

加えて意外と言えば意外、当然と言えば当然なのだが……

 

「フン……」

 

腕を組み、努めて詰まらなさそうな……興味無さそうな顔をしながら、柱の影からベートがガン見していたりするのはお約束だろう。

 

その後ろ姿を呆れた目で見ていたのは、ベートのお目付け(乱入防止)役をフィンより直々に仰せつかったティオネ・ヒリュテである。

他にも、

 

『見よ! 柱の影のベートきゅんが、まるで片思いの大好きな人を木陰から見つめる素直になれない少女のようではないか! ハッハッハッ! これで勝つるっ!!』

 

と一部の腐敗少女達がインスピレーションを刺激されて大はしゃぎしていたのは、特記しておくべきだろう。

ファミリアの内部に存在すると噂される”非公開会員制秘密(どうじん)サークル”が裏家業として発行している「薄い本」の新刊が、きっと近々秘密裏にオラリオの黒市場に流通することだろう。

ベートが知れば色んな意味で大惨事だが、今のところ機密は守られているようだ。

「知らぬが仏」とはよく言ったものである。

 

『ベル×ベートにするかベート×ベルにするか、そこが問題よね……』

 

『ベートたんなら野獣責め、ベルきゅんならヘタレ責め?』

 

『いやでもベルきゅんって戦い方から考えるとわりと本質はSっぽいから、【狼への兎の強気責め。食物連鎖逆転の悶絶フルコース】とかどう?』

 

『『『それだっ!!』』』

 

 

 

戦闘民族である女傑族(アマゾネス)は目もいいが耳も負けず劣らず高性能だ。

目は1km先の鹿の牡牝を見分けるといわれ、耳は乱戦の最中でも対峙した敵の心音を聞き分けると伝えられてる。

そんな訳で、人目につかないようにコソコソ盛り上がっているBL(腐敗)臭のする会話は、ティオネにはしっかり聞こえていたわけだが……

 

(まったく! あの娘達は、また性懲りも無く……)

 

実はティオネとBL少女隊(サークル)とは浅からぬ因縁がある。

以前、彼女達が「フィン×ベート本」やら「ベート×フィン本」を発行しようとしていることを嗅ぎ付け強襲、極秘裏に一度は組織を壊滅(表向きは事故として処理された)させた上に根こそぎ没収した事があるのだ。

もっとも、サークルはすぐに復活したようだが。

ティオネは、その雑草のごときしぶとさに呆れるより先に感心した記憶がある。

 

(まあ、いいか……)

 

しかし、どうやら今回はフィンに実害が及ばないようなので、彼女は放置することに決めたらしい。

まあ実際に彼女らの裏家業(ふくぎょう)は間接的とはいえファミリアの財政的なメリットはあるし、なにより理解したい趣味ではないが……息抜きや娯楽の必要性はティオネなりに納得していた。

 

「人が集団となり社会を形成するのであれば、その維持のために食料(パン)娯楽(サーカス)は必須である……だっけ?」

 

かってフィンから聞いた言葉を反芻するように呟くティオネ……まあ、次の瞬間には「いつもの可愛い団長も勿論いいけど、理知的(クレバー)な団長も素敵♪」とかその時のフィンの顔を思い出しながら頬を”でへへ~♪”と緩ませたりするのだが。

 

 

 

***

 

 

 

だが、そんな【ロキと愉快な眷属たち(ロキ・ファミリア)】の中で最も熱心にベルを見ていたのは……

 

「”あの盾”も凄いけど、白ツノ兎(ラッセルボック)君自身も凄いね~♪ 彼、本当に冒険者になって半月のLv.1なの?」

 

そう切り出したのは、嬉しそうに楽しそうにどこか頬を上気させたティオナ・ヒリュテであり、

 

「うん。本人はそう言ってたけど……」

 

と答えるのは、アイズ・ヴァレンシュタインだ。

武器の安置室(モスポール・ヤード)】から中庭までエスコートしたのがフィンならば、中庭でベルを迎え入れるホスト(いや、この場合は二人とも女性だからホステスか?)役なのはティオナとアイズだった。

この配置についてはロキが悪乗りして、「新人達のベルに対する敵愾心を煽るため、必要以上に親しげにすること」と言い出したからなのだが……フィンも「真剣さを引き出す演出としては、それぐらい必要かもね」と賛成したため実行された。

 

ティオナもアイズも特に異論は無かったし、むしろ昨晩の宴会とアフターで打ち解けて”ラッセルボック”なんて愛称をベルつけたティオナはノリノリだった。

おかげで腕を絡めたり抱きついて平たい乳を押し付けたり、訓練が始まるまで結構やりたい放題だったのだ。

アイズは「それ”必要以上に親しげ”じゃなくて”必要以上にべたべた”……」と思わなくも無かったが、あえてそれを口にする必要はないと結論したようだ。

 

「そのわりには戦い慣れてる……元々センスがありそうだけど、それ以上に戦うことに躊躇いも迷いも無い……そんな気がしない?」

 

ティオナの疑問にアイズは頷き、

 

「同意する。ベル、冒険者としての経歴(キャリア)だけを考えたら、あの戦闘力は不自然だよ」

 

「ホント、興味津々だよね~。ねえ、アイズ……」

 

「ん?」

 

「ちょっと”答え合わせ”をしてみない?」

 

アイズは小首をかしげ、

 

「答え合わせ? なんの?」

 

「ラッセルボック君の戦い方の……論評? 寸評? それとも検証?」

 

なんとなくティオナの言わんとすることがわかったアイズは肯定の意を示し、

 

「いいよ。まずはどこから?」

 

「じゃあ”円形盾”から。あの盾の性能も凄いけど、ラッセルボック君はその頑強さに任せた防御一辺倒に至ってない。そのココロは?」

 

「うん。ベルは盾を『防御のため』に使ってるんじゃない。『攻撃に繋げるための基点』として使ってる」

 

「私も同じ解釈だよ。どんな理由かまではわからないけど、ラッセルボック君はカウンター・アタックを攻撃の主点にしてるよね? だから盾は『相手の攻撃を受け止める』んじゃなくて、『相手を崩して最大効率でカウンターを叩き込む』ために使ってるね……その意味、アイズはわかる?」

 

「憶測が入るけど、いい?」

 

「もちろん」

 

「私はベルがミノタウロスと戦ってるのを見たけど……盾の性能とベルの技量の組み合わせでの防御力は、既にLv.1の領域じゃなかった。ミノタウロスと単独で戦って、それも遭遇戦の心理的圧迫が強い中で、致命傷どころか怪我一つ負ってなかったのがその証拠。でも攻撃力は贔屓目に見てもそこに及んでない」

 

「ミノタウロスと単独で戦って、傷一つ負わないって……それLv.1どころか並みのLv.2でも無理だって。あ~、でもその結論だとラッセルボック君って攻撃力が小さい……これは語弊があるね。決定打になる攻撃選択肢(オプション)が無いから、『意表を突いて防御反応を取らせず、その上相手の速度や体重を自分の攻撃に相乗できるカウンター・アタックで威力を補ってる』って解釈でいい?」

 

「うん。その解釈で間違ってないと思う。だけどそれはまだ解答の半分」

 

「半分? じゃあもう半分は?」

 

「多分、体力……スタミナの温存。ベルは半月前に冒険者になったとはおもえないほど持久戦や耐久戦に慣れてる。まるで冒険者になる前から、長時間戦闘になることが少なくないダンジョン内での対モンスター戦を想定して訓練してきたみたいに」

 

もっともこれはアイズの思い違いだ。

ベルはダンジョンを潜ることを想定して持久戦や耐久戦の経験(ノウハウ)を吸収したわけではない。

むしろハリス村で生まれ育ってきた経験……その大きな時間を長期戦となることが当たり前の牧童(バケーロ)として過ごしてきたことが大きい。

 

「ふ~ん……だからもう二十人近く倒してるのに息一つ切らせる様子も無い、か。でも、だとすると体力を温存しながら一方的に相手を崩してカウンターを叩き込む。そんな『地味な出鱈目』できる根本は……やっぱ”重さ”かな?」

 

「うん。単純な盾の性能じゃなくて、”盾を用いた防御”その物が途轍もなく重いんだと思う。あの時もミノタウロスが相手だったから『自分が後ろに跳んで威力を相殺』していただけで、相手が同じ人間(Lv.1)だったら……」

 

「一切攻撃が通らず、いいように崩される?」

 

”こくり”

 

「同じレベルならベルに力押しは通じない。それにベルは目もいいから見切るのも上手い。見切りの良さはカウンター・アタックだけでなく的確に相手の攻撃を逸らせるから、ダメージも蓄積しない。なら速度で翻弄しようとしてもベル自身も俊敏だから上手くいかない。そもそも動体視力も敏捷性も双方がハイレベルだから、あの動きが可能なんだと思う」

 

「うわぁ~っ……改めて言葉にしてみると、呆れるほどの”難攻不落”っぷりよね? おまけに消耗しない戦い方に慣れていて、見た感じ本人もスタミナはありそうだから体力切れも期待できない、か……」

 

呟くようなティオナの言葉にアイズは相槌を打って、

 

「これも憶測だけど……ベル、1対1だけじゃなくて”少数対多数””1対多数”の戦いも慣れてると思う。視野が凄く広いから不意打ちもやりにくいかも」

 

 

 

ファミリアでも有数の近接戦巧者(インファイト・スペシャリスト)の二人の少女は、言葉を交わしながら目はずっとベルを追っていた。

そして現実は彼女達の言葉を裏切らない。

今は既にベルが倒した新人は20名を越え、残るは1桁になっているのだが……にも関わらず、ベルには人間にあって当たり前の『疲労による集中力の低下や体動の劣化』が起きてる兆候は見られなかった。

ぶっちゃけてしまえばベルの戦闘は最初の1人と今、倒したばかりの25人目と比べて目に見える変化が無いのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「ねえ、アイズ……アイズだったらラッセルボック君の鉄壁をどう攻略する? あっ、魔法関係は封印で純粋体術と剣術だけって前提」

 

するとアイズは唇に指を当てて考える仕草をしながら、

 

「やっぱり速度で翻弄する……かな? 得意分野を用いた集中攻撃が一番効率がいい」

 

なるほどとティオナは頷く。

そして改めて理解する。

ベル・クラネルという少年は、かの剣姫が「一番効率のいい戦術を選択」するほどの相手なのだと。

 

(そうでなくっちゃ……♪)

 

ティオナはベルの戦闘を見ながら、ずっと背筋に悪寒ではないゾクゾクする感覚を感じていた。

その感覚は間違いなく”歓喜”……

繰り返すことになるかもしれないが、アマゾネスは戦闘民族であり同時に情熱的だ。

平たく言えば闘争本能旺盛で血の気が多い。

ゆえに戦闘で普通の女の子よりずっと興奮しやすい、ティオナはその血筋というか気質と言おうか……先祖伝来の民族的なそれに抗おうとはせず、むしろ積極的に身を任せるタイプだった。

 

ちなみに、ではあるが……

アマゾネスが戦闘で興奮し易いのは何も戦闘を日常としてきた民族というだけでなく、吊橋効果を高めるためという説もある。

つまり戦いの中で、より強き者……「強い子孫を残すための伴侶を見つけるため」ということらしい。

人間も動物の一種ということを考えるなら、実はこの発想あるいは本能は自然なものである。

また、この説を裏付けるようにかつてアマゾネスと戦った敵は「アマゾネスの女性と交配可能な種族の強い男性ほど生存率が高い」という統計があるよううだ。

 

 

 

「ティオナだったら、どう攻める?」

 

「私? 決まってるじゃない……」

 

ティオナはにっこりと笑い、

 

「力技での正面一点集中突破よ♪ あの難攻不落の鉄壁防御を正面から力で破ることに意味があるからね」

 

(『汝、欲するものあらば、自らの力で勝ち取れ』だよね? お婆ちゃん♪)

 

それは歴代のアマゾネス達に受け継がれてきた金科玉条だった。

 

「ねえ、アイズ……もうすぐ、新人さんたちは種切れになると思うの」

 

「そうだね」

 

「だからさ……ラッセルボック君との戦い、私に譲ってくれないかな?」

 

 

 

***

 

 

 

「ティオナ、ズルい」

 

ほんの少しだけ表情を変えてアイズはささやかな抗議を試みる。

 

「私だってベルと戦いたい」

 

アイズのこの手の自己主張は珍しいが、だからと言ってティオナに引くいわれは無い。

 

「ごめんね? でも、もう駄目なの……」

 

ティオナはロングパレオの合わせ目をそっと開き、何故か普段はどんなに動いていても特にファミリアの男性陣がお目にかかれない下着をご開帳する。

 

アイズが思わず凝視したそこは、ティオナの胎内から溢れた透明な粘液で濡れ溢れ、既に下着が下着の役割をなしていなかった。

濡れて半分透けた布地に割れ目はくっきり浮かび上がりヒクヒクと微かに動き、肉芽はぷっくりと起き起ち小さいながらも激しく彼女の心と肢体の状態を主張する。

 

「あんなの見せ付けられたら、もう肢体(からだ)が疼いて駄目なの。この火照りを鎮められるのはきっと、ラッセルボック君との戦いだけだから……」

 

薄い布地に吸収しきれなくなった体液が、つーと糸を引きながら太ももの内側を伝わった。

 

アイズは溜息を突いて、

 

「貸し一つ……今回は譲る」

 

「ありがと♪ でもアイズも正直だね?」

 

「なにが?」

 

「”今回は”ってことは次もあるってことでしょ?」

 

「当然だよ?」

 

まるでベルと自分が戦うことが当たり前のように静かに、だけど自信満々に言うアイズになぜかちょっと面白くない……小さな胸の奥にチクリと小さな棘のような痛みを感じるティオナだったが、

 

(まあ、いいや……)

 

今はそんな正体不明の痛みを気にするよりも、

 

「ラッセルボック君とシなくちゃね♪」

 

 

 

そして新人の最後の一人、”ミシェル・バルカ”が、ベルの放った【滑飛射貫槍(スリングショット・ピアース)】による槍版のクロスカウンターで倒れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございます。

ロキ・ファミリア腐女子隊(?)が書いてて妙に楽しかったボストークです(^^

ティオナとアイズ視点からベルの戦いを振り返りながら検証する回でしたが、いかがだったでしょうか?

ついでに言えば、「ティオナにフラグが立った経緯(微エロ含む)」を書いてみたかったというのは内緒です(笑)

それにしても我が作品ながら亀進行っぷりですね~。
ベルとティオナの戦闘シーンまで入れるかと思いきや、結局まとめられたのは”寸止め”まででした。
というわけで「鉄壁防御 vs 豪腕一撃」のバトルは次回に持ち越しと相成りました。

ボストーク作品は進行遅めになることが多いので、それにご了解いただければ幸いです。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第018話 ”クラネル式三槍技、三の型”


皆様、こんばんわ。
連休の最終日をいかがお過ごしですか?
ボストークは用事の合間に時間を無理やりねじ込み執筆しとりました(^^

さて、今回のエピソードは……いよいよティオナとのガチ戦です。
はっきり言います。今のベルにとってティオナは「巨大すぎる壁」です。
普通に考えれば勝ち目はありません。

ですが……ベルくんは果たして、いろんな意味で男を見せられるのか?


 

 

 

「ねえねえ、ラッセルボック君♪……次は私と、シよ?」

 

最後の新人だったミシェルを倒した後、そう言い出したのはティオナだった。

 

頬を上気させ、ハァハァと少し吐息が荒い。

何より僕が印象を強く感じたのは、ティオナの瞳だった。

 

ティオナの瞳は熱があるように潤み、焦点が合ってるかわからないほど眼光が濁っていた。

 

僕……ベル・クラネルは、なんとなくこんな感じの女の子に見覚えがあった。

そう、お爺ちゃんのとこに遊びに来た女性が、時々こんな感じになってたと思う。

 

(気が付いたら童貞を奪われてたときも、たしかこんな感じだったっけ……)

 

そう、運悪くバッティングしてしまい「お爺ちゃんの夜のお相手」からあぶれた娘にこんな感じで迫られた気がする。

だから僕はつい聞いてしまった。

 

「ティオナ……もしかして欲情してる?」

 

「うん♪」

 

どうしよう? 笑顔で肯定されてしまった。

 

「ねぇ……見てよ?」

 

ティオナがパレオ・スカートの合わせを開いた。

 

(うわぁ……)

 

ティオナの胎内(なか)から溢れた液体がパンツをぐちゃぐちゃにして中から濡らし、透けて張り付いてしまった薄い布地のせいで大事なところが色や形がわかるくらいくっきり浮かんでしまってる。

 

(ティオナって縞パン派だったんだ……)

 

僕は妙なとこに感心してしまう。

シンプルな、あるいは定番の青と白のストライブ……正直、ティオナだったらもっと派手な、もしくは過激なのをはいてると思ったけど意外に清楚だった。

 

(もしかしてこう感じること自体、アマゾネスって種族への偏見かな?)

 

それはともかく、

 

「ティオナ」

 

「ん?」

 

「可愛い」

 

「……馬鹿」

 

”とぷっ”

 

あっ、脈打つように動いて押し出された液体が太ももを伝って零れた……

それはとても妖艶な光景で、僕は一匹の雄としてティオナに惹かれつつあることを自覚してしまった。

 

「ラッセルボック君、私を鎮めてよ……君じゃないと、きっと鎮められないんだよ」

 

ならば僕の答えは一つしかない。

 

「いいよ。でも、”どっち”で?」

 

ティオナは言葉よりも行動で応えてくれた。

それはとても彼女らしい行動で、

 

「勿論、”こっち”でよ」

 

そうティオナは、僕が倒した誰かが残していった重量級武器の戦斧戟(ハルバート)を笑顔と共に軽々と掲げた。

 

「わかった。でも、エモノはそれでいいの?」

 

「あら? 心配してくれるの?」

 

ああ。勿論、心配だよ。

試しにティオナは二、三度軽く振ってみるけど、大型重量武器のハルバートが小枝くらいの重さに見えないから不思議だ。

 

「そんな”華奢”なエモノじゃあきっと、ティオナのパワーを支えきれないから」

 

「そうかもね。でもさすがに練習用とはいえ”両刃双刀(ウルガ)”は使えないっしょ? いくらなんでもハンデ無しじゃ君に悪いよ?」

 

冷静に考えればその通り。

ティオナは確かLv.5だったから、今の僕と比べたら実力は雲泥の差があるだろう。

 

(より勝負を面白くするため……かな?)

 

「ならば遠慮なく。ちょうど体が温まったとこだったし」

 

僕は使わないと思っていた”より進化した槍”の五本の中から【燭台槍(キャンドル・スティック)】を地面より引き抜いた。

キャンドル・スティックは斬ることを考えずにただ貫くことを目的としたやや短めな円錐型の穂先と、敵の穂先や刃を押さえる為の円形の(つば)を先端に備えた槍だ。

名前の通り、確かに燭台に雰囲気がよく似ている。

 

「じゃあ、私も君も熱が肢体(からだ)から逃げないうちにはじめよ? もっと熱くなるためにさ♪」

 

「ああ。そうだね……」

 

僕は槍と盾を構え、

 

「ベル・クラネル、推して参る……!!」

 

「ラッセルボック君、いざ尋常に勝負!」

 

 

 

***

 

 

 

”ガ、ギィーーーン……!!”

 

二つの武器が交錯したとき、

 

「「えっ?」」

 

二人の目の前で信じられないことが起きる。

 

”バキョッ!!”

 

そう、二人のエモノ……ハルバートとキャンドル・スティックが”同時に壊れた”のだ。

 

 

 

何が起きたか記しておきたい。

片手で軽々と振り上げられたティオナのハルバートにベルが円形盾(アキレウス)で受け流す振りをしたが、

 

(ここっ!)

 

”ダンッ!”

 

その一瞬、ベルは驚いたモーションを見せた。

ティオナがハルバートを振り下ろす瞬間、ベルは左足(送り足)で地面を蹴って身体を強引に押し出し、さらに八極拳の震脚のように右足で地面を強く踏みしめティオナとの間合いを刹那に縮める。

また防御すると見せかけるために盾ごと前に出していた左腕を一気に後方に引く。

引いた左腕の役割は、上半身ごと大きく回転させて槍を持つ右腕を前へ突き出すための『カウンター・ウエイト』だ。

そう、ベルは送り足→震脚という左右の足を使って得た速度と反発力を膝、腰を伝播させてその部位の筋肉運動を相乗させながら回転運動に変換し、更に先ほどの『左上を引いてカウンター・ウエイトとして得た上半身の捻りこみ回転』を合成させる。

上半身と下半身の別々の動きを連動させ全身の筋肉を相乗し、その全てを合成したベクトルは右肩→左肘→左手首と伝播させながら最終加速を行い、最後に槍の穂先に収束させる……

 

連射性/速射製を最大限に引き出す【三段突き(トリプル・バースト)】があるように、槍の持つ”長さ”を最大限に引き出す【滑飛射貫槍(スリングショット・ピアース)】があるように、この技はベル「速度と威力」を最大限に引き出す『渾身の一突き』だった。

その技の名を、

 

(クラネル式三槍技、三の型……)

 

「【逆撃の旋噴槍(フラッシュ・ブローバック)】……!!」

 

 

 

意表を突いた槍の”最速/最大威力のカウンター”を、いつものティオナのエモノでないゆえに「壊せる」ハルバートの斧穂先と木製の柄の接合部を狙って繰り出したのだ。

カウンターでしかも本人でなく武器を狙う……言うなればベルの渾身の奇襲技であった。

 

その読みは当たり、振り下ろされたハルバートが十分な加速をする前にキャンドル・スティックの円錐の穂先は接合部を捉えた! のだが……

しかし、ベルにとって予想外だったのは、放った貫突は確かにハルバートの柄を穿ち折ったのだが、同時にまだハルバートがトップスピードに乗っていなかったというのにキャンドル・スティックは圧力に耐え切れずに一瞬で圧し折れたのだった。

 

(これは予想以上のパワーだよ……)

 

ベルは素直に驚愕した。

そして戦慄する。

 

(両方の武器が壊れることで衝撃を吸収/分散しなかったら、きっと今頃は僕の腕の骨がああなっていたかもね……)

 

「ねえ、ティオナ」

 

ベルは穂先の根本からポッキリと折られたキャンドル・スティックを見ながら、

 

「やっぱりウルガを使ったほうがいいよ。僕は『槍をティオナに折られた』けど『ティオナは自分の力で折った』んだし」

 

それでも一合打ち合うだけで互いの武器が壊れたのでは話にならない。

それは自分が有利/不利を言い出す以前の話だとベルは判断する。

 

「ふふん♪ その私の力を逆手にとり『高速カウンターでの武器破壊』を狙っておいてよく言うよね~。まさか本当に壊されるとは思ってなかったけどネ♪」

 

ティオナは嬉しそうな笑みと共にポイッと壊れてただの棒になってしまった元ハルバートを捨てて、

 

「でも、私もお言葉に甘えさせてもらうね♪」

 

と予め用意していたらしい練習用に刃を潰したウルガを迷い無く手に取った。

武器を破壊されたことにより、どうやらティオナはベルの戦闘力を上方修正したようだ。

ベルにとってはありがたくない話だろうが。

 

「お願いだから、あっさり終わらないでね?」

 

「ああ」

 

ベルは同じくキャンドル・スティックの残骸を捨て、

 

「心得てるよ」

 

残り四本の槍の一つ【鉤鎌槍(マルドギール)】を握るのだった。

 

 

 

***

 

 

 

(ウルガ相手に武器破壊は無意味。力負けしてる僕の槍が壊されるだけだ……)

 

ティオナ愛用のエモノ”両刃双刀(ウルガ)”は端的に言えば『丸切っ先/鍔無しのロングソード二振りを柄頭(ポメル)で連結させたような武器』だった。

分類は刀剣でも、大きさは完全にいわゆる”長柄の武器”の領域であり、特にその大重量は大抵の長柄のエモノを上回るだろう。

まさに「それは刀剣と呼ぶにはあまりに大きく重かった……」という世界だ。

 

オマケに刃を潰した練習用とは言っているが、元は今【ゴブニュ・ファミリア】に修理に出してる現役モデルの一つ前の”相棒”で、「刃が死んでもう使い物になんねぇな……」とファミリア主神の”鍛治神ゴブニュ”ご本尊自身直々に引導を渡され、練習用に回したものだ。

斬れないとはいえ全金属ボディの重量や硬さは健在で、これに大重量武器を軽々と振り回すティオナのパワーが加わればロング・メイスをはるかに凌駕する打撃武器の出来上がりだろう。

 

(そもそも槍で壊せるようなエモノじゃないか……)

 

ハルバートが壊せたのは斧穂先が分厚く重い金属性でも、柄自体は木製だったからだ。

全金属のウルガはどこをとってもそんな強度のウィークポイントはない。

 

「なら、オーソドックス・スタイルでやるしかないよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

”ゴォォォン!”

 

「ぐっ!?」

 

そのティオナの一撃は、ベルの想像を遥かに凌ぐ重さをもってベルに襲い掛かった!

 

「さすが”ツノウサギ(ラッセルボック)”君。よく跳ねるね~♪」

 

一気に数mは”吹っ飛ばされ”たベルは苦笑しながら、

 

「別に跳ねたくて跳ねたわけじゃないんだけどね。単にティオナの膂力(パワー)を逸らしきれなくて跳ね飛ばされただけだよ」

 

基本はミノタウロス戦と同じだ。

不壊の”形見の円形盾(アキレウス)”で受け流し、流しきれない衝撃は全身のバネと体重で衝撃を吸収し、それでも駄目なら自ら攻撃と反対のベクトル……後方へ跳躍することで相殺する。

 

だが、ミノタウロス戦と明らかに違うところがあった……

 

(なんて威力だ……まだ左腕が痺れてる)

 

そう……ティオナの一太刀は、後ろに跳ねてなおダメージをベルの身体に遺していたのだ。

驚くべきことに、ティオナの残撃は体重も体格も、本来の生物学的な筋肉量も人間とは比較にならないほど大きなミノタウロスの一撃の数段上を行く威力を誇っていたのだ。

繰り返すが、ベルのアキレウスは壊れないだけで衝撃を吸収してはくれない。

であるならば、

 

(長引かせれば僕の絶対不利……)

 

「まだまだいくよーーーっ♪」

 

”ギィン! ガインッ! ゴォン!”

 

そう。ティオナは攻撃の手を緩めない。ベルのダメージが回復するまで待つ理由が無い。

そしてその一撃を盾で防ぐたびにベルの左腕のダメージは蓄積されてゆく。

未だ戦闘不能になる致命傷に至ってないだけベルを誉めるべきかもしれないが……

 

(遠からずそうなるよね)

 

 

 

「反撃温いよ? 何やってるの? 私をがっかりさせないで!」

 

そう、ミノタウロス戦の時とのもう一つの大きな違いは、ティオナの斬撃の威力と速度が高すぎて、満足な反撃が出来ないことだった。

ミノタウロスと戦ったときは、跳躍すると同時に権勢の意味をこめた【三段突き(トリプル・バースト)】をかます余力くらいはあったが、完全に力負けしてる現状では、どうしても「苦し紛れの一突き」という印象の槍突しか繰り出せないでいた。

しかも自分の意思で踏み切り跳んでいるのではなく、半ば威力を殺しきれず弾かれているので威力も速度も槍に乗りきらない。

無論、そんな拍子抜けの穂先がティオナの柔肌を傷つけられるわけはない。

 

「だったら、少しは反撃の機会をくれてもいいと思うんだけど?」

 

と軽口を叩いてみるが、正直そんな余裕はベルにはない。

 

「あら? 君はそんな手加減されて嬉しいの?」

 

だが、残念ながらベルは男の子、そして一端の”漢”を目指す者だ。

意地や見栄を貫けないで、一体何を貫こうというのだろうか?

 

「まさか。言ってみただけだよ」

 

”ゴワァン!”

 

左腕の痺れがそろそろ鈍痛に変わってきたことに顔をしかめながら、それでもティオナの一太刀を利用して後方に跳び、間合いを取る。

 

 

 

「このままじゃあジリ貧だよ?」

 

「わかってるさ」

 

(これがLv.5の実力か……)

 

「我ながら無謀だったかな?」

 

そうベルは苦笑するが、

 

「へぇ……やっぱりラッセルボック君は凄いよ。それだけ痛めつけられてまだ笑えるんだから」

 

そう感心するティオナだが、視線に少し疑念の色が浮かび……

 

「……まさか、マゾってオチは無いよね?」

 

色々と台無しだった。

 

「あのね……なんで視線が疑わしげなのかはあえて追求しないけど、僕はどちらかと言えばサドだと思うよ?」

 

「それは意外ね?」

 

「見た目に騙されちゃいけないってことだよ」

 

二人は顔を見合わせて笑いあう。

笑いあいながら、互いの武器を構えなおし……

 

「ダメージは回復した?」

 

「そこそこね。戦いの最中なのに、気を使わせちゃってごめんね」

 

ティオナにはそれがベルの強がりなのはわかっていた。

いくらチート盾を持っていたとしても、手応えから考えてベルが追ってるダメージはこんな短期間で回復するようなものじゃなかったはずだ。

だから彼女は小さく首を横に振り、

 

「いいよ。私がもっと君と戦いたいだけだから」

 

その微笑がなんだか優しくて、だからベルはつい正直すぎる言葉を漏らしてしまう。

 

「きっとティオナみたいな娘を”いい女”って言うんだろうなぁ……」

 

”カッ”

 

ティオナは自分の頬が急速に熱を帯びるのを感じた。

脚の間を濡らす感覚とまた別の”感情”……

 

(どうしよう……)

 

ティオナはなんとなく気付いてしまった。

それはまだ淡いものだったけど、

 

「どうしよう……ラッセルボック君……」

 

「えっ?」

 

「私、どうやら君のこと、本気で欲しくなっちゃったみたい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





皆様、ご愛読ありがとうございました。

真剣勝負(セメント)気味の”ベル vs ティオナ”という原作ではありえない対決イベントは楽しんでいただけましたでしょうか?

というか、しょっぱなからベルきゅんがある種のフラグ立てまくってましたなぁ~(^^

これもお爺さんの”英才教育(笑)”の賜物でしょうか?
あくまでこのシリーズの中でですが、ベルとティオナはひどくフィーリングが合うようです。

今更ですが、今回のサブタイはベルが出したカウンター、トリプル・バーストとスリングショット・ピアースに続く第三の技【フラッシュ・ブローバック】のことだったんですね。
これで今のベルが使える”必殺技(と呼ぶには派手さが無いですが……)”は打ち止め、これを放ってもハルバートを貫き折り、自分の槍も圧し折られる……これが”今のベル”の限界なのかもしれません。

さて、思ったよりも長くなってしまったvsイベントですが、最後まで楽しんでいただければ嬉しいです。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!





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第019話 ”鉄血点火”

皆様、こんばんわ。
昨日アップした後からチコチコ書いてたんですが、思ったより筆の進みが早くて連日アップとなりました。

さて、今回のエピソードは……エロ抜きです(笑)
みょ~に長くなってしまってる白兎vs女傑妹ですが、今回よりいよいよ佳境。
圧倒的なパワーを誇るティオナに対し、ベルの手札は……?

そして、サブタイの謎ワードの意味は果たして……





 

 

 

「どうしよう……ラッセルボック君……」

 

「えっ?」

 

「私、どうやら君のこと、本気で欲しくなっちゃったみたい……」

 

ここは断じて恋人達の場所である『アモーレの広場』などではない。

ロキ・ファミリアの拠点『黄昏の館』の中庭であり、ベル・クラネルは盾と槍をティオナ・ヒリュテを”両刃双刀(ウルガ)”を手に取り対峙していた。

 

ベルは最初の一合で力負けし圧し折られた燭台槍(キャンドル・スティック)、続いて使用した鉤鎌槍(マルドギール)がそろそろ強度が妖しくなってきたので、新たに”三日月槍(コルセスカ)”を手に取る。

 

これは細長い鋭角二等辺三角形の両刃の穂先を備え、その根元の両側に鎌を思わせる刃が設けられた三叉槍の一種で、その左右に伸びる鎌状の補助刃が三日月を連想させる。

日本の槍に例えると、”千鳥十文字槍”が一番近いだろうか?

 

二人は互いの得意武器を向け合い対峙し、纏う闘気は本物だ。

にもかかわらず、ティオナの愛らしいチェリーピンクの唇から囁かれるのは、紛れも無く愛の言葉だった。

 

それを異常と呼ぶか、(アマゾネス的な意味で)正常と呼ぶかは各自の判断に任せるが……

 

「『汝、欲するものあらば、自らの力で勝ち取れ』……これお婆ちゃんから受け継いだ女傑族(アマゾネス)に伝わる格言なんだ」

 

そしてティオナはウルガの構えを変え、

 

「だからラッセルボック君に勝って、君を戴くことにするよ♪」

 

するとベルは小さく微笑み、

 

「『ねだるな、勝ち取れ、さすれば与えられん』」

 

「それは? なんか似てる言葉だね?」

 

「僕がお爺ちゃんから教わった言葉だよ。人として男として生きるのに必要な言葉だって」

 

ベルはコルセスカを”突撃”用に構え、

 

「だから『負けて女の子にゲットされる』なんて結末は、いくらなんでも許容できないんだ」

 

「ねえ、ラッセルボック君……きっと私達って気が合うよね?」

 

「僕もそう思うよ。おまけにティオナは可愛いし、血の気が多いとこも魅力的だと思う。でも、だからこそ……わかるよね?」

 

微笑みながら脚に力を込めるベルにティオナは同じ微笑みで返し、

 

「妥協できない一線がある……でしょ?」

 

「やっぱりティオナは、お爺ちゃんが教えてくれた”いい女”だよ」

 

「ありがと♪」

 

「待たせて悪かったね。じゃあ、」

 

「いざ尋常に……」

 

 

 

「「勝負っ!!」」

 

 

 

***

 

 

 

それは今までに無いパターンだった。

「ベルが攻め、ティオナが受ける」というパターンだ。

 

ベルは自分が出せる最高のスピードで一気に間合いを詰める!

レベルの差の重さ……実力差に打ちのめされて、諦めたわけでも自棄になったわけでもない。

槍の持つ”長さ”という強みをあえて捨て、『必殺の一撃を最良の間合いとタイミング』で叩き込むための動きだ。

 

”ビュオン!”

 

風斬り音をまとわりつかせ眼前に迫り来るウルガの薙ぎ払い。ティオナの膂力から出される速度と武器自体の重さが加われば、刃が無くとも人間相手なら十分な殺傷力を持つだろう……しかし、

 

「くっ!」

 

それはチキンレースともいうべき情況だった。

ベルはギリギリまでひきつけ、命中直前に盾を使わず『身体を沈む込ませる』ことで一撃を交わした。

そして、

 

(今っ!)

 

”ダンッ!”

 

そして地面を思い切り踏みしめると同時に盾を斜め下に引き、

 

”ビュオッ!”

 

縮めた両膝と鎮めた上半身を跳ね上げるようにして『後ろにスライドさせて短く持った』コルセスカを、横方向でなく”縦方向”の全身連動でアッパーカットのように振り上げる!

 

「セイアッ!!」

 

これが【逆撃の旋噴槍(フラッシュ・ブローバック)】の応用で、槍という長柄のエモノの射程を捨てることで懐に入り込んで相手に間合いを誤らせ、『本来ならば槍では意味のないナイフや短剣の間合いで、下から威力のある一突き』を繰り出すための技、

 

(”逆矛”!)

 

 

 

”ギィン!”

 

「なっ!?」

 

ベルはその時のティオナの動きに目を見開いた。

ベルは確かにウルガの両刃が自分の頭上を通り抜ける一瞬を見計らって、『絶対にティオナが避けれないタイミングで最速のカウンター突き』を放ったはずだった。

しかし……

 

「惜しかったね♪」

 

しかしコルセスカの穂先はウルガの刃に止められていたのだ……

 

答えは単純明快だった。

ベルは、ウルガの”ある特性”を完全に失念していたのだ。

そう、ウルガは両刃”双刀”、つまり刀の後ろにもう一振りの刀がついた”連結刀”なのだ。

ティオナは横薙ぎにした自分の刃がブラインドになり、ベルの突き上げに反応が遅れた。

もし、これが普通の刀剣だったらこの時点で詰んでいたことだろう。何しろ明らかに『刃を返す』には遅すぎるタイミングだったからだ。

加速した刃の慣性力をいきなり方向転換させるのだから、いかなティオナのパワーを以てしてもあのタイミングじゃ間に合わせるのは難しい。

では、彼女はどうしたのか?

 

正解は『刃を更に加速させ、刀全体を回転させた』だ。

そして、最初に振るった刃とは”反対側の刃”をベルの穂先に当てたのだった……

更に運が無かったのは、ベルがコルセスカを使っていたことだ。

コルセスカは前出の通り三叉槍あるいは十文字槍の一種で、刺さりすぎを防ぐ刃止めも兼ねる左右に伸びる鎌型の枝刃は、槍の命中範囲を広げる(結果として命中率が上がる)と同時に横に避けられた場合も対応し易く、また直線に伸びる刃と左右に伸びる刃の付け根で敵の刃物や槍を受け止めたりあるいは絡め取ったりもしやすい。

だが、逆に言えば受け止め易い/絡め取り易いということは敵にとっても同じであり、まさにコルセスカの穂先は右の鎌刃の位置で止められていたのだ。

 

 

 

”ゴスッ!”

 

「ぐふっ!?」

 

ベルの一瞬の硬直を見逃さずティオナはベルの脱力した腹筋に内臓までダメージが”徹り”そうな膝蹴りを叩き込む!

 

「かはっ!」

 

まともにそれを喰らったベルはたまらず吐血するが、生まれた隙を見逃すようなティオナではなかった。

 

「はぁぁぁーーーっ!!」

 

”ガィィィーーーーーン!!”

 

それはティオナの全身の筋力と全体重を乗せた会心の一振り(フルスイング)……

身体をくの字に曲げ、完全に崩れた体勢でありながら、それでも”円形盾(アキレウス)”で受けたベルは誉めていいだろう。

しかし、そんな情況ではとても得意の『跳躍による相殺』など使えるわけはない。

 

ベルの男としては小柄で華奢な身体は、今度こそ語義通りに石弓で弾かれたように「弾き飛ばされ」……

 

”ドウッ!!”

 

勢いを落とさず黄昏の館の壁に激突する!

朦々と立ち込める土煙と頑丈なはずの強化煉瓦の壁に蜘蛛の巣のように入った亀裂から、その威力のほどがうかがい知れた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

「こら終わったな~」

 

むしろ呑気な雰囲気でテラスのテーブルからこの闘いを観戦していたロキは判断するが……

 

「さて……それはどうでしょう?」

 

そう呟いたのは手摺に両手を乗せ、身を乗り出すように観戦というより一部始終を見逃さぬように凝視していたフィン・ディムナだった。

 

「ほう……フィンは何か感じるものがあるのか?」

 

そう彼の発言の関心を持ったのは、ロキと同じくテーブルを囲み、紅茶の香りを楽しんでいた副団長のリヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 

「どうにもね……”親指が疼く”んだよ」

 

フィンにはある特殊な能力、いやそれとも特徴? あるいは体質かもしれない……があった。

それは通称『危険を教えてくれる親指』。どうやら機能は名前の通りのようだが、その親指が反応してるということは……

 

 

 

***

 

 

 

「ここは……どこ?」

 

気が付いたとき僕……ベル・クラネルはここにいた。

 

(確か僕はティオナと戦っていて……黄昏の館の庭にいたはずなんだけど……?)

 

でも目に映るのは……僕はこの風景を表現する言葉を知らない。

強いて言うなら、

 

「何もかも不確実な世界……」

 

『面白いことを言うな、少年。面白い感性だ』

 

「えっ?」

 

気が付いたらそこに【焔の巨人】が佇んでいた。

確かにさっきまで何も無かったし、誰もいなかったはずなんだけど……

 

「イフリート? スルト? クトゥグア?」

 

『どれも違うぞ少年。我に固有の名はない。あくまで仮初の姿だ』

 

「そうなんだ……」

 

どういうことだろう?

目の前にいる焔の巨人は、今まで僕が遭遇したどんなダンジョン・モンスターより恐ろしい姿をしてるのに、不思議なくらい恐怖感が沸いてこない。

 

『察すると少年には我が”炎の魔神”にでも見えているようだな。まあいい。だが名が無いというのも不便だな……』

 

焔の巨人は、ちょっと考える仕草をすると、

 

『そうだな。我のことは【グロリオーサ】とでも呼ぶが良い』

 

「いや、それ僕のスキルの名前なんじゃ……」

 

思わず突っ込んだ僕は悪くないと思う。

だけど、焔の巨人は微かに笑い……確証は無いけど、笑ってるような気がした。

 

『あながち間違いというわけでもない。それより少年、一つ聞きたい事がある』

 

「なんですか?」

 

『お前はこのままでいいのか?』

 

「えっ?」

 

『女傑族の女子(おなご)に鎧袖一触で吹き飛ばされ、無様に失神したままで良いのかと聞いておる』

 

そっか……僕は今、そんな姿だったのか。

 

「いいわけありません……!」

 

もしかしたら今、僕が見ている光景は幻覚なのかもしれない。夢なのかもしれない。

だけどだからといって妥協する道理は無い。

確かに「レベルの差が……」とか「今はまだ届かなくても……」とか理由付け(いいわけ)ならいくらでもできるかもしれない。

だけど、その言葉を言うのはまだ早い。

たかが失神。死んだわけじゃない。

 

(僕はまだ限界まで挑んでないから……!)

 

「僕には辿り着きたい場所があるから!」

 

『いいな。ならば、少年……もう一つ問う』

 

僕は頷きで答える。

 

『力が欲しいか?』

 

「欲しいです! 誰にも負けない力が……」

 

『ならばお前の心の、魂の奥底にある。”血の根源(カールチューン)”に刻まれし、力の産声に耳を傾けよ』

 

「えっ?」

 

『お前にはあるのだよ。欲するに足る力(ポテンシャル)が』

 

”ドクン……”

 

「えっ……熱い……なにこれ?」

 

『力を望むなら、その名を唱えてみよ。力が欲しければ、』

 

この力の名……それは、

 

『くれてやる』

 

 

 

***

 

 

 

土煙の晴れた後、ティオナは壁に埋め込まれるようにして気を失ってるベルを見た。

その時は内心で、「あちゃ~……もしかして、やりすぎちゃった?」と思い少なくとも安否は確認するべきだろうと思って近づいたのだが……

 

「”鉄血点火(イグニッション)”……!!」

 

「えっ?」

 

その変化は、失神してるはずのベルの口が小さく何かを呟いた直後に起きた!

 

”ヴォン!”

 

「きゃっ!?」

 

その時、ティオナは”それ”を見た。

いや、幻視だったのかもしれないが、

 

(ラッセルボック君の全身から炎が吹き出た!?)

 

そう、そう誤認してしまうほどの何かだ。

しかし、ベルから噴出したように見えたその”正体不明の炎”は、瞬く間に布のように鎧のようにベルにまとわりつき、やがて彼の身体へと吸収……いや還元するように飲み込まれてしまった。

そして……

 

「ティオナ、ごめんね。また待たせちゃったね?」

 

ゆらりと……まるで幽鬼のように立ち上がるベルに、ティオナは口をパクパクさせながら指を指してしまう。

 

「本当に……ラッセルボック君……?」

 

「へっ? ティオナ、何を言ってるのさ?」

 

「もしかして……自分の姿に気付いてないの?」

 

「えっ? 何が?」

 

ベルは自分の腕を見るが特に変わったような様子は無い。

間違っても腕がウサギの前脚になってたりするようなことはないのだが……

 

「ラッセルボック君……君、白兎から”赤ウサギ”にクラスチェンジしてるよっ!?」

 

 

 

***

 

 

 

そう、ベルの容姿は異形……とは言いすぎだが、明らかに容姿を一変させる変化が起きていた。

 

そう雪のように白かった髪は今は燃えるような赤い色に染まり、光の加減によりまるで火燐が舞ってるようにも見えた……まさに”炎髪”と呼んでいいだろう。

そしてウサギのように明るい赤色だった瞳は色に深みを増し、真紅と呼んでいい色合いを帯びていた。

髪が炎髪ならこちらは差し詰め”紅眼”だろうか?

そう、今のベルは白兎から”炎髪紅眼”の持ち主へと姿を変貌させていた。

オマケに顔には意味は読み取れないが、神聖文字(ヒエログリフ)とも呪文紋様(ルーン)ともつかない模様が深紅色で刺青のように浮かんでいた。

 

『はっはっはっ! 赤ウサギかぁ~。こりゃ傑作だよ。いいセンスしてるじゃないか? お嬢ちゃん』

 

世界のどこにも無いはずの空間で、焔の巨人は膝を叩いて笑っていた。

どうも先程とは大分雰囲気が違うようだが……

 

『おっと。せっかく”坊や”の強さのイメージを拝借して作った姿だが、このままでいるのも無粋ってもんだねぇ~。よっと』

 

すると巨体を象っていた焔が弾け、紅焔色のドレスに雷光色の鎧を組み合わせた黒髪を結った美しい女性が姿を現した。

この洋風の美人さんを見てるとなんとなく”色違いセイバー”と言いたくなるが、多分彼女の本質は真逆だろう。

 

造物主(マスター)よ、アンタの孫は確かに中々の傑物だ! なるほど……「手助けするかどうかは自分で判断しろ」とか言ってアンタはアタシを坊やに託しよね? 最初は相変わらず気まぐれに適当なこと言ってやがると思ったもんだが……さては最初からアタシがなんて答えるか見えてたね?』

 

蓮っ葉な砕けた口調で下品にならない程度に彼女は愉快そうに笑い、

 

『願わくば坊や……どうかさっさとアタシを使いこなせるようになっておくれよ? アタシはいつまでも”偽りの名”で呼ばれたくないんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。

久しぶりのエロ抜きガチバトル・オンリーの回でしたが、いかがだったでしょうか?

奇襲技を用いても普通の戦い方では、やっぱり今のベルではティオナには太刀打ちできませんでした(^^

そしてお約束のピンチな時の”覚醒する力”! 中二スピリッツ全壊です(笑)
サブタイの答えはこの特殊能力でした。
この能力がなんなのかは、きっと次回か遅くてもその次くらいにハデス様が説明してくださるでしょう(えっ?)

そして『焔の巨人=謎の美女』というオリキャラが現れましたが……正体はなんだろうなー(棒)

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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第020話 ”貧乳はステータスだ! 希少価値だ!!”

皆様、こんにちわ。
ここ数日、執筆どころかパソコンに座る時間すら削られまともにアップできなくてすみませんでした。

さて、今回のエピソードは……とりあえずベルとティオナのVSイベントが決着します。
果たしてそれは一体何の意味を持つのか?

うん。あと我ながらサブタイが酷い(笑)
でも残念さを含めて、あながち間違ってない気も……?





 

 

 

「”鉄血点火(イグニッション)”……!!」

 

僕がその心に浮かんだ言葉(ワード)を呟いた瞬間、その変化が訪れた。

 

(これが力が湧いてくる感覚なのかな……?)

 

なんて言うか……

 

(熱い!)

 

熱い熱い熱い!

全身の毛穴から炎が吹き出し、全身の血液が沸騰してマグマに変わってしまったような感覚……

だけど、それは決して不快なわけでも苦しいわけでもない。

ただ、その熱さが一つの衝動にしたがって熱量を上げていくのが自分でもわかった。

そう、それは……

 

(戦いたい……!!)

 

結局、僕……ベル・クラネルはティオナ・ヒリュテのその本質において同じなのかもしれない。

今の僕はこんなにもこれから起こる戦いに胸躍らせてる。興奮してる……!!

戦いの気配に欲情するティオナを決して笑えない。笑っちゃいけない。

だから告げよう。同胞(ティオナ)に。

 

「ティオナ、ごめんね。また待たせちゃったね?」

 

そう、僕が今の極限値を出せるようになるまでこんなにも待たせてしまったのだから。

 

 

 

「本当に……ラッセルボック君……?」

 

「へっ? ティオナ、何を言ってるのさ?」

 

それになんでそんな金魚みたいに口をパクパクさせてるの?

 

「もしかして……自分の姿に気付いてないの?」

 

「えっ? 何が?」

 

自分の両腕を見る。

左手に円形盾(アキレウス)、右手に三日月槍(コルセスカ)……の残骸。

 

(あちゃ~。吹っ飛ばされたときにオシャカになったか……)

 

あと残ってるのは鴎翼鉤槍(フリウリ・スピアー)西洋鉾槍(ランデベヴェ)だけかぁ~。

いや、それはともかく……ティオナは何を驚いてるんだ?

 

「ラッセルボック君……君、白兎から”赤ウサギ”にクラスチェンジしてるよっ!?」

 

はいっ?

 

 

 

***

 

 

 

……情況を整理しよう。

どうやら今の僕は髪が色素の抜けた白から真紅に変わり、元々赤かった瞳は一層赤みが増し深紅になってしまってるらしい。

う~ん……どんなメタモルフォーゼなんだろうか?

 

「まっ、いいか」

 

「ラッセルボック君、けっこうそういうとこ軽いよね~」

 

ティオナ、何でそこで呆れた顔になるのさ?

 

「どうやらパワーアップはしてるみたいだし……」

 

僕は愉快な前衛芸術(オブジェ)のようになってしまったコルセスカを捨てて、残る二槍のうちフリウリ・スピアーを手に取る。

 

鴎翼鉤槍(フリウリ・スピアー)は鋭角二等辺三角形型の両刃の穂先と、その名の徹りその根本の左右から伸びる正面から見た鴎の翼を思わせるバトル・ピック(戦鉤)を取り付けた武器だ。

つまり、フリウリ・スピアーは槍としての機能、『突き刺す/切り裂く』に加えて左右の伸びるバトルピックで相手を突き刺したり引っ掛けたりして『引き倒す』って機能を追加した武器だ。

槍に他の武器の特性を付け加えた”複合槍”の一種とも言えるけど、

 

”ビュオン!”

 

うん。振った感触も悪くない。

 

「不都合が出るまでは都合がいいみたいだしね。僕にとっても……」

 

僕はティオナに微笑む。

いや、多分うまく微笑んでいられると思うけど、

 

「ティオナにとってもね?」

 

 

 

***

 

 

 

”ゾクリ”

 

その穏やかでいっそ爽やかさの薄皮一枚隔てた向こう側にある物は獰猛さ……そうとしか感じ取れない”ベル”の笑みを見た瞬間、私は確信した。

そう、ベル・クラネルは私、ティオナ・ヒリュテと同じ”生まれながらの肉食獣(ナチュラルボーン・プレデター)”なんだって。

一目見たときに感じたウサギの印象の可愛い外見とちぐはぐな、私の中で鳴った小さな警鐘……私の直感は彼が断じて本物のウサギのように”捕食される側”でないことを告げていた。

 

(”羊の皮を被った狼”って慣用句があるけど……)

 

ベルの場合は、差し詰め”ウサギの皮を被った肉食獣”ってとこかな? それも小さな肉食獣じゃない。今ならはっきりわかるけど、私が何度か密林にいた頃に出会った狩り甲斐のある大型のそれに印象が近い。

 

(それに”あの力”の発動……)

 

私には覚えがあった。

そう、私にも姉さんにも同種……かどうかは判らないけど、似たようなスキル(ちから)があったからだ。

私の場合は【狂化招乱(バーサーク)】と【大熱闘(インテンスヒート)】……前者はダメージを負うほど攻撃力が上がっていくスキルで、後者が瀕死の時における全アビリティに高い補正がかかるスキルだ。

もっとも両方とも私がダメージを負わない限り発動しないから、今の状態だと意味は無いんだけどね。

 

(正直、最初は私のバーサークやインテンスヒートと類似スキルかとも思ったんだけど……)

 

ベルにダメージを与えれば与えるほど少しずつだけど強く、手強くなっていたから。

 

(でも、まさか最後にこんな”隠し球”を持ってくるとは思わなかったわ)

 

発動条件が一定以上のダメージの蓄積なら、確かにインテンスヒートに似てるけど、

 

(でも、似て非なる力よね……?)

 

外観的な変化だけじゃない。チリチリと肌が焼かれる感覚……

より私の命が、子宮が疼くような感じ……

 

「ラッセルボック君、君やっぱり最高だよ♪」

 

さあ、殺り合おうっか!!

 

 

 

***

 

 

 

「セイヤッ!!」

 

「ハウトッ!」

 

”ガィィィン!!”

 

ベルの遺産の盾(アキレウス)とティオナの両刃双刀(ウルガ)が、比喩ではなく火花を散らし交錯する!

 

(今度は圧し負けない!)

 

(私の斬撃を受け止めるとは惚れ直しそうだよ♪)

 

そして二人は笑っていた。それは同じ類の笑みであり、笑みと呼ぶには些か凶悪な気がしないでもないが……文明を持つ以前の遠い昔、なるほど人は確かに狩猟により日々の糧を得ていたと実証するような楽しげな、あるいは興が乗ったような笑みだった。

 

 

 

”ザッ!”

 

「なんてパワーだ。刃の無いウルガで穂先を切り飛ばされるなんて思わなかったよ」

 

自分の未熟さや複合槍の扱いに関しての不慣れもあるが、ベルは綺麗に切断されたフリウリ・スピアーの断面を凝視してしまう。

 

「ふふん。”大切断(アマゾン)”の二つ名は、伊達じゃないってことだよ♪」

 

そうウルガをひゅんひゅんと振り回し、パンとキメポーズを取りながらサムズ・アップするティオナ。

ぶっちゃけノリノリである。

まあ、それを見ていた姉が「あの馬鹿妹、また調子に乗って……」と小さく溜息を突いたり、「私だって木刀で薪割りできる……」と何に対抗してるのか追及しないが、そう無意識で呟く某剣姫がちょっと可愛かったりするのだが……

 

「これが最後の一槍か……」

 

ベルはただの棒ッ切れになったフリウリ・スピアーを捨て、残る一本……西洋鉾槍(ランデベヴェ)を手に取る。

ランデベヴェとは異国の言葉で『牛の舌』、まさに『牛タン』という意味だった。

一瞬、脳内に赤毛の没落鍛治貴族の青年を思い浮かべた読者諸兄も多いと思うが、かの者の登場は近い将来のお楽しみということで。

さて、牛の舌(ランデベヴェ)という名の由来は、穂先の形状が由来となっていた。

鋭角二等辺三角形の両刃の穂先が牛の舌のようなのだが、コルセスカやフリウリ・スピアーと同じような形状だった筈だ。

しかし、ランデベヴェがその二つ大きく異なるのは穂先の厚さと大きさだ。

ぶっちゃけてしまうと、ランデベヴェは三日月鎌刃や対の戦鉤のようなオプションは無く、純粋に普通の槍の穂先の代わりに”菱形断面の両刃直刀”を取り付けてしまったような武器なのである。

例えば全体的に幅広で、断面が中央が分厚く刃に近づくほど薄くなる構造はまさに両刃の西洋剣の構造であり、根本が分厚く先端に行くほど細く尖る拵えや左右対称の刃の付け方も同じことが言える。

穂先の分厚さも大きさも同じく西洋の片手剣に匹敵し、例えば今のベルが握るもので刃渡り50cm以上、資料によれば70cm以上の長さを持つ穂先もあるらしい。

イメージ的には漫画「うしおととら」に出てくる『獣の槍』を想像してもらうとわかりやすいかもしれない。

牛も獣の一種とみなすなら、案外面白いつながりである。

 

その形状や造りからわかるとおり、ランデベヴェの最大の特徴は防御や付加能力は一切無視で、その穂先としてはそれ以前のものを大きく上回る重さ/大きさ/分厚さ/幅広さ/形状の全てを『突き刺す/切り裂くという槍という武器が持つ攻撃力』に特化させた代物だった。

違う言い方をするなら、これまでベルが手にした中でもっとも攻撃力のある槍だといえる。

 

 

 

「これが最後の一振りである以上、そろそろ決着といこうよ?」

 

「あら? 私はいつでも望むところよ?」

 

ランデベヴェの剣穂先を向けるベルに軽口で返すティオナ。

挑発だけじゃない。おそらくは彼女の本音が口からでたものであろう。

 

「「ハアアアッ!!」」

 

そして図った様に二つの影が正面からぶつかり合った!!

 

 

 

***

 

 

 

それは数合、あるいは十数合の打ち合いの果てだったろうか?

いつまでも続く祭りが地上には無いように、またこの戦い(まつり)も終焉の時が訪れる。

 

前兆は互いに決定打を与えられぬまま距離を取り、再び踏み込んだその直後に起きた。

 

「あれ?」

 

ベルの視界が急速に暗くなり、平衡感覚が無くなった。

地面が液状化したような気持ち悪い踏み心地に足元が覚束無くなり、加速が見る見るうちに失われるのが自分でもわかった。

 

「ティオナ……ごめん……」

 

きっとその謝罪は、最後まで彼女に付き合えなかった、そして最後まで「本当の本気のティオナ」を引き出してあげれなかった自分の不甲斐無さを謝りたかったのだと思う。

レベル差から考えれば当たり前なのだが、ベルはそれを言い訳にする気は無い。

レベル差で自分を慰めたくは無かった。

 

(だって僕は……男……だから……)

 

もはやベルは槍を握ることも出来ずにランデベヴェを取り落とす。

それでもアキレウスを取り落としたりしなかったのは、最後の意地だろうか?

そして……

 

”ぽてっ”

 

ベルの異変……急速に薄れた闘気にいち早く気付きウルガを放り投げ、慌てて駆け寄ったティオナの平たい胸に顔を当てる(埋めると表現したいところだが、物理的に不可能)ようにしてベルは倒れこむ。

真紅に染まった炎髪は油の切れたランプのように徐々に炎を消し、元の白髪へと戻っていった。

 

 

 

闘いの激しさと比べるなら、拍子抜けするほどあっさりとした決着だった。

 

「ううん。いいんだよ……」

 

だが、ティオナに不満なんかあるわけはない。

存分に戦えた。そして自分が……アイズではなく自分が、どうやら「ベルの隠された力」を”初めて”引き出せたようなのだ。

「これはもしかして私は、ベルにとってある意味”特別な人”なのでは?」と優越感を感じても無理はない。

なんに対しての優越感かは、ティオナ自身は気付いていないようだが。

 

「私こそ薄い胸でごめん」

 

的外れのことを言ってる自覚はあったけど、それでも「私の胸がもっとあったら、もっといいクッションになったのになぁ……」という思いも偽らない本音だったので仕方の無いことだ。

 

「違う……ティオナ……僕は小さい……胸の方が……好……きだから……」

 

それが意識を手放す前のベルの最後の言葉だった。

それは霞み消えるような小さな声だったけど、前に書いたと思うが種族的に女傑族(アマゾネス)は耳も目もいい。

何が言いたいかと言えば、ベルの声はティオナの耳にはしっかりはっきりくっきり聞こえたわけで……

 

(……!!!☆♪♪)

 

ティオナは心の中で声にならない歓喜の雄たけびをあげ、右手でベルを抱きとめたまま左手でガッツポーズを作った。

 

 

 

ティオナは後で語ることになる。

 

『きっと私が本当にラッセルボック君……ううん。ベルに恋に堕ちたのは、この時だったと思う』

 

同時にある偉大な偉人の言葉を……世の成長してもなお胸部装甲の薄さに悩む女性達の福音であり、救済になった言葉を思い出していた。

かの偉人いわく

 

「貧乳はステータスだ! 希少価値だ!!」

 

ティオナはこの言葉が真実であることを、心の底から信じられたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**************************************

 

 

 

 

 

「さわるなっ……!!」

 

ベルの失神を危険と判断した待機済みの救護班が慌てて駆け寄ろうとするのを、ティオナは普段ならありえないぐらい硬い口調と言葉で制した。

 

「ラッセルボック君……いや、ベル・クラネルは最後の最後まで戦うことを諦めなかった勇者だ! このティオナ・ヒリュテと対峙して最後まで一歩も引かなかった勇者だ!」

 

普段のティオナの戦闘力、ロキ・ファミリア屈指の実力者であることを救護班を含め場の全員が知っていたからこそ、例外を除くその他大勢が気圧され、妙な説得力を感じていた。

そう、ティオナは場を制す……ノリと勢いでこの場を押し通せる権利をゲットすることに成功したのだ。

 

「我らアマゾネスは、例え敗者となっても勇者に最大限の敬意を払う。それがアマゾネスの掟であり心意気だ!」

 

そして、ベルをひょいっとお姫様抱っこで持ち上げ、

 

「この者は私の認める勇者だ。故に私が介抱する。異論は誰であろうと認めない!!」

 

そしてスタスタと『ベルをお姫様抱っこしたまま』、母屋へ歩いて行ってしまった。

行き先は一つしか思い浮かばないが、呆気にとられたせいか誰も後をついてゆくものはいなかったという。

 

 

 

***

 

 

 

「あっ……ティオナ、どさくさにまぎれてちゃっかりベルやんお持ち帰りしよった」

 

最初に再起動を果たしたのは、さすがは主神というべきか?

ロキだった。

 

「良いのか? このまま放置して。いくら男女の機微に疎い私と言えど、この先の展開ぐらい読めるぞ?」

 

そう言うのは副団長のハイエルフ、本人の言葉を否定するようで恐縮だが別に男女の機微に疎いわけじゃないリヴェリアだ。

ファミリアきっての知恵袋の網羅する知識と経験の守備範囲をなめてはいけない。

というかリヴェリアは気圧されるどころか呆気にも取られずに静観してたのではないのだろうか?

積極的に止める様子も無さそうだし。

 

「よいよい。若者とはこのぐらい積極的でやんちゃなぐらいがちょうど良いのじゃ」

 

と自慢の口ひげを撫でながら「孫の顔見たさに男っ気の無い娘の出会いを仕組んだ父親」のような顔をする老ドワーフのガレスに、

 

「いいんじゃない? 冒険者は自己責任がモットーなんだし」

 

そう人畜無害の笑みを浮かべるフィンだったけど、

 

「ところでハデス様って今、葬儀屋業の最中だったっけ?」

 

「そやろうな。ウチも噂で聞いてるだけやけど、えろう評判ええみたいやし、今日も忙しいんちゃう?」

 

代表して答えるロキにフィンは小さく頷き、

 

「では、ハデス様に使いを出しましょう。ベル君も”色々と”今日はダンジョンに潜れるような情況ではないでしょうし、『今宵は黄昏の館で夕餉をご一緒しませんか?』と失礼の無いように」

 

するとリヴェリアは薄い笑みを浮かべ、

 

「フィン、何を企んでいる? お前の事だ。まさか『昨日、家にお邪魔した晩酌の返礼』などとはいわないでくれよ?」

 

「企むなんて人聞きの悪い」

 

するとフィンはいつの間にか団長の顔になっていて、

 

「たださ……今回の一件って、『二つのファミリアの親交をより深める』には、”またとない好機”になるとおもっただけだよ」

 

 

 

 

 

何やらまたしてもフィンの悪巧み(いんぼう)の予感が……

さて次回、お持ち帰り(?)されてしまったベルは、哀れ褐色の女豹の餌食になるのか!?

あるいは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
ちょっと間が空いてしまいましたが、イベント・エンドのエピソードは如何だったでしょうか?(^^

今回は初めてティオナ視点(モノローグ)を入れてみましたが、けっこう難しいもんですね~。
結果はごらんの通り、やっぱり圧倒的なレベル差は鉄血点火をもってしても覆らず、奇跡は起きませんでした。
しかし、フラグは見事に立ってしまいましたが(笑)
サブタイの答えはは「ティオナが恋に堕ちた一言」でした。
ちなみに堕ちたは誤字に非ずです(えっ?)

鉄血点火の解説や謎解きは、きっと登場フラグを立てたハデス様が次回にやってくれる筈です。

それにしても長丁場のイベントにお付き合いくださり、改めてありがとうございました。
ある方が教えてくださったのですが、「ハデス様が一番!」が再び日間ランキング一位になっていたそうですね?
ここのところ更新が滞っていたのに驚くと同時に大変嬉しいです。
これも読んでくださりお気に入り登録やご感想/ご評価など様々な形で応援していただいてる皆様のお陰です。
これからもまだまだ稚拙ながら精進したい所存です。

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!





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第021話 ”黄昏の館にて”

皆様、こんばんわ。
最近色々リアルであって、執筆速度がめっきり落ちてしまいました(泣)

それはともかく今回のエピソードは……前半と後半でエピソード・ヒロインがスイッチします(^^

あと数話ぶりに”あのお方”が復活します(笑)




 

 

 

「ロキ……お招き、ありがとう」

 

あのベルとティオナの激闘からしばし後、唐突にロキ・ファミリアの拠点『黄昏の館』に姿を現したのは、「身長124cm/体重21kg。B/W/Hは上からつるーん/ぺたーん/すとーん」という世にも愛らしいプロポーションを誇る少しクセのある長い白銀髪(プラチナ・ブロンド)をなびかせ、ちょっとタレた大きな瞳に柔らかで穏やかな金色の光を湛えた女神、元冥王のハデスだった。

 

「おお~! ハデスたん♪ よお来たよお来た! ウチは首を長ぉ~して一日千秋の想いで待っとったでぇ~!!」

 

執務室で出迎えたロキは、膝をパンパンと叩いて「ハデスたんの椅子はここやでぇ~♪」と熱烈アピールだ。

存外、一日千秋は大袈裟ではないのかもしれない。

 

「んしょ……」

 

そして絶世の美女ならぬ絶世の美幼女は、疑うことも躊躇うことも無くそのままロキの膝の上へちょこんと座る。

無論、ロキの頬が一気に緩んだのは言うまでもない。

いや、いつもより些か高い場所にある”イス”によじ登るようにして座ったその仕草が妙に小動物チックで、ロキでなくとも「こうかはばつぐんだ」が発動しただろう。

 

「それでロキ、ご用はなに?」

 

ロキは慌て気味に今度は緩みきった頬をパンパンと叩き、多少なりとも引き締める。

例えロキといえども、一応体面はあるということなのだろう。

いや、むしろ「己の膝に愛らしい仕草で昇り、ちょこんと膝を揃えて座りながら振り向いて、身長差の関係から上目遣いで小首をかしげる美幼女」というある意味、極上シチュエーションで理性を維持しようと努力しているロキはいっそ誉めてもいいのかも知れない。

「え~と、やな……フィン、なんやっけ?」

 

……訂正しよう。どうやら手乗り文鳥ならぬ「膝乗りハデス」の影響で、普段は軽いノリの裏側に走る鋭利な筈の頭脳は、そこはかとなくオーバーフローを起こしているようだ。

 

「ロキ、しっかりしてくださいよ」

 

団長の小人族(パルゥム)、フィンは思わず苦笑してしまう。

言い忘れていたが、現在ロキの執務室にはロキだけでなくフィン、リヴェリア、ガレスの最近おなじみの幹部三長老(トリニティ・セナトゥス)が揃い踏みしていた。

 

「ハデス様、まずは本日の出来事を僭越ながら僕からご説明させていただきます」

 

「ん……よろしく」

 

 

 

***

 

 

 

「そんなことがあったんだ……」

 

ロキ・ファミリア所属の冒険者となって1年未満の新米冒険者(しんまい)30数名を圧倒した後、唐突に起きたLv.5冒険者……現時点のベルでは絶対に倒せない相手(ティオナ・ヒリュテ)との激闘と顛末……

 

そして、ハデスは小さくでも確かに微笑んで、

 

「ロキ」

 

「な、なんや?」

 

「フィン、リヴェリア、ガレス……ベルくんを、”わたしの息子”が成長する機会を与えてくれてありがとう……♪」

 

”ほんわわわぁ~~~ん♪”

 

あえて効果音にするとこんな感じになるだろうか?

一気に生暖かく、ついでに緩んでしまう空気だったが……

 

「でも、”鉄血点火(イグニッション)”か……ちょっと興味あるね? 普通に考えれば暴発に近い【発展アビリティ】か新しい【スキル】の発動だけど、きっと普通じゃないから」

 

無自覚に緩んだ空気を是正するハデスに、

 

「せやな。ベルやんまだLv.1のまんまやろ? 普通、発展アビリティやら新スキルが発動するんはレベルアップの時のはずやろうし」

 

「身体能力強化の魔法ということは考えられんかのう? 無詠唱系で術式名だけで発動する類の」

 

そう言うのは燻し銀の魅力、見た目も中身も大人の男性であるドワーフのガレスだった。

しかし副団長のハイエルフであるリヴェリアは首を小さく横に振り、

 

「いや、確かに効果はガレスの言うそれに近いが、魔法の発動の気配は無かったよ。もし発動していたらあの距離だ、流石に私が気付くさ。それに倒れたときの様子から見る限り、”魔力枯渇(マインド・ダウン)”ではなかったようだしな」

 

実はリヴェリア、ティオナにお持ち帰りされた後のベルに、今のところ唯一顔を合わせた人物だったりする。

無論、様子見と治療(アフターケア)のためだったのだが……まだその時はベルは目を覚ましておらず、ティオナが自分の匂いが染み込んだベッドにベルを寝かせてその寝顔を見ながらニヨニヨしてる真っ最中だった。

 

「ということは未知の能力か……」

 

そう呟くフィンに、

 

「でもおおよその見当はつく、かな?」

 

「どういう意味や?」

 

ハデスの言葉にロキは疑問符を浮かべる。

 

「白い肌はともかくとして、純白の髪に真紅の瞳……ベルくんが白兎っぽいって言われる所以だけど、これを見てロキは何か思わない?」

 

「……普通(タダ)の人間じゃないってことかいな?」

 

ハデスは小さく頷き、

 

「種族的には間違いなくベルくんは人間だけど、血脈的にはそうとう色々混じってる筈だよ? 今回のそれはその”純血種の人とは違う”種族の力の片鱗が発動したんだと思う……多分」

 

「ただの”雑種”とかいう話じゃねぇだろうなぁ……」

 

「ハデス様の物言いから察するに、むしろ『遺伝的な複合獣(キメラ)』という感じではないのか?」

 

リヴェリアを見るハデスは、視線で肯定の意を伝えた。

 

天然(たまたま)なのか、あるいは神か人かの手での作為的なものかまではわたしにもわからないけど、ね」

 

 

 

***

 

 

 

「もっともわたしの仮説が正しいかどうかは、現実にアビリティ・チェックをしてみないとわからないけど」

 

「せやな。なんやったら後でウチの部屋貸したろか?」

 

ロキは何気なく言ったつもりなのだろうが、

 

「いいの? だったら助かる」

 

あまりに素直に反応するハデスに、

 

「ちょ、ちょいまちハデスたん! この館でベルやんのアビリティ・チェックするゆう意味、ちゃんとわかっとるんか? ここは結局、他人の家や。どんな仕掛けがあるかわからへんし、誰が覗いてるかわからへんのやで?」

 

逆にロキの方が慌ててしまう。

しかしハデスはきょとんとして、

 

「ロキはベルくんの能力を知ったとしても……言いふらしたりする、の?」

 

「するわけあらへんやん! あんのLv.1としては『不自然すぎる強さ』から考えて、間違いなくベルやんのスキルはレアなもんや……それが周知されたらベルやんは神々の玩具(オモチャ)に確定や。そんなハデスたんが哀しむこと、ウチがするわけないやんか……!」

 

実はロキ、飄々としたスタイルに反してファミリアの眷属(こども)を溺愛するがゆえに割と苦労してるのだ。

アイズをはじめロキ・ファミリアには『ユニークで強い者』が多い。オラリオ最大手のファミリアの看板は伊達ではないのだ。

そしてそれが理由で他のファミリアからチョッカイを掛けられる事も多く、中にはかなり悪質な引き抜きなんかもあるのだ。

無論、そんな不埒な輩には相応の『ケジメ』はつけてきてるが、その手の輩は後を絶たないのが実情なのだ。

 

「なら……わたしは心配しない、よ?」

 

その無垢な金色の瞳にロキは、自分が過去にしでかしたことが棘となり胸に突き刺さるような痛みを感じた。

それと同時に、

 

(あかん……ハデスたんは人も神もすぐに信用しすぎるきらいがある)

 

「なあ、ハデスたん……ウチの言う台詞やないけど、そんなに人も神も簡単に信用したらあかんで? 世の中にはぎょーさん悪い神も人もおってやな……」

 

まるでオカンのようなことを言い出すロキに、リヴェリアなどは「流石に元悪神が言うと説得力が違うな」などと妙な感心をしてるようだが……

 

「大丈夫。これでも見る目はあるつもり、だよ……?」

 

 

 

(いやいやハデスたん、それは全然駄目やから! ウチを信用するなんて明らかに目が曇っとるわいな!!)

 

ロキがファミリアを立ち上げ、オラリオで示した今までの実績を考えるならそこまで自虐的になる必要はないと思うのだが、ハデスを目の前にすると「ハデスの冥界追放」の一端を作ったのが自分という過去とハデス自身の無垢さとあいまって、どうにも本人無自覚なままに調子が狂うようだ。

 

(やはりハデスたんは誰かが守らなアカン存在や……ベルやんはそのために気張ってるようやけど……まだまだ遠い道のりや)

 

それにと庇護欲全開のロキは思い直す。

 

(噂やとハデスたん自身もべらぼうな武力があるちゅう話や。ハデスたん守るんは武力や刃物や無い。もっとこう、なんちゅーか……)

 

「悪知恵が働くいうか奸智に長けるいうか……ともかく狡賢い奴やな。ベルやんがいくら強うなっても、その手の資質は零とはいわへんけど……あんま期待できそうにないなぁ~」

 

「ロキ? 確かにベルくんは狡猾さはあんまりないと思う、けど?」

 

「ああ。なんでもあらへんよ……ただの独り言や」

 

思わず思考を口に出していたことに気付いて誤魔化すロキは、少し可愛いと思えてしまう。

 

(それにウチは……傷つける側やのうて)

 

「今度はウチが守る側になりたいなぁ」

 

「ロキ……また独り言?」

 

するとロキはそっと……堕情に身を任せるわけでなく、ただ愛おしそうにハデスの小さな肢体を抱きしめ、

 

「いんや。ちょっとした願望や」

 

 

 

***

 

 

 

「なあ、ハデスたん……」

 

「ん?」

 

「まだ地上(コッチ)に来てから半月くらいいうのは知っとるけどな」

 

「うん」

 

「街中に引っ越して来る気、あらへん?」

 

 

 

ロキの話し出したプランはハデスにとっても中々興味深いものであったが、話を聞き終えたハデスは一言、

 

「結論はベルくんとティオナ……わたしとロキの”こどもたち”が戻ってきてからでいい、かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

 

 

 

さてさて、時は少し遡る。

そう、まだハデスが『黄昏の館』に顔を出す前で、リヴェリアの見舞い(アフターケア)が終わった後だ。

お察しの通りここはティオナの寝室で、ハデスの言うところの”こどもたち”の小さな舞台(リトル・ミィス)の開演のようだ。

 

 

 

「ん~……ん?」

 

浅いまどろみから醒める様に、ふとベルの意識が戻り紅い瞳が像を結ぶ。

 

「……知らない天井だ」

 

お約束の台詞を弁えてるあたり、やはりベル・クラネルは只者じゃない。

そういえば白い髪に赤い瞳はどこかの誰か……例えるなら「生死が等価値な人のようなそうでないような存在」をふと思い浮かべそうになるが、あえて思い出すことはしないでおこう。

 

「それにしても……いい匂い。なんだかとても甘くて、安心する……」

 

ついそんな正直すぎる言葉を残して、そのまままた眠気の向こう側へ行こうとするが……

 

「やだっ♪ そんな風に言われたら、いくら私でも照れちゃうよ~」

 

と耳元で囁かれたのは無邪気な明るい女性の声……まだ聞き慣れてはいないけど、聞き覚えのある声だ。

 

「ふえっ!?」

 

声に導かれるようにベルが寝転んだまま横を見ると……

 

「おはよ、ラッセルボック君♪ せっかく起きたのにまたすぐ寝ちゃうなんてもったいないよ?」

 

「ティ、ティオナ!?」

 

そう視線の先にいたのは、ご満悦という言葉を具現化させたようにニコニコと微笑んで添い寝しているティオナだった。

ちなみに服はまだ着たままだ。

 

「え、え~と……」

 

(と、とにかく落ち着け僕……何がどうしてどうなった……?)

 

そして途切れた記憶の糸を手繰り寄せると……

 

「あっ、そっか……僕、ティオナに負けちゃったんだっけ……」

 

「そうなるね」

 

あえてあっさり肯定するティオナ。少なくとも女傑族(アマゾネス)にとっては敗者にはきちんと敗北を認識させることも、また勝者たる者の務めなのだ。

 

「はぁ~、悔しいなぁ……僕はまだまだ弱いってことかあ~」

 

深々と溜息を突くベルにティオナはクスクスと笑い、

 

「それでも善戦したと思うわよ? 正直、ラッセルボック君がLv.1だなんて今でも……ううん。戦った今だからこそ余計に信じられないもん」

 

「わかってないなぁ~」

 

ベルはちょっと拗ねたように口を尖らせ、

 

「レベル差を言い訳にしたくないんだ。例えそれがどれほど絶望的な格差であってもね」

 

ティオナは笑みを強めて、

 

「どうして?」

 

「決まってる。レベル差って言葉は、実に便利で魅力的だからだよ……”自分の弱さ”の言い訳にしそうで怖いんだ」

 

ベルは真っ直ぐにティオナの瞳を見た。

 

(綺麗な紅玉(ルビー)色……)

 

吸い込まれそうになるような錯覚を感じながらティオナは、

 

(今、この真っ赤な瞳には私だけが映ってる……ハデス様でも他の誰でもない、”ベル”は”私だけ”を見てるんだ……)

 

このまま吸い込まれてもいいとありえない妄想を掻き立てられる。

それが「強い牡を求める牝の衝動」だということは、嫌というほど自覚できた。

 

しかし、ベルはまだティオナの瞳が情動に突き動かされ妖しく揺らめいてることに気付いてはいなかった。

 

「例えば『Lv.5のティオナにLv.1の僕は絶対に勝てない』、あるいは『Lv.2相当のミノタウロスにLv.1には勝てない』……ほら。勝手に自分の”強さの上限”が決まってるでしょ?」

 

「でも、それが”現実”でしょ?」

 

今、ベルが挙げた例は実際に起きた現実であり、現状においてそれは覆ってはいない。

一瞬、ティオナはベルの自虐かとも思ったが、生憎とベルはそんなヤワなタマじゃなかった。

 

「”今は”、だろ? 明日の僕は今日の僕よりもっと強くなってる……そう思ってるから、そう信じたいから僕は”自分の弱さ”から目を背けたりしない。誰が言い訳なんかしてやるもんか……!」

 

その真紅の瞳は、今は燃えるような熱さ……彼の魂の奥底に眠るものを燃焼させるように輝き、それがより強くティオナを惹き付ける。

 

「だから僕は自分が弱いことを認めるし、否定ではなく肯定するんだよ。だけどそれは自分の弱さを容認する訳じゃない。『弱いままでいること』なんて断じて認めてなんかやらないのさ。だって……」

 

ベルはすぅーっと天井を指差し、

 

「だって僕が目指したい強さの高みは、天の頂の彼方(ヘッドライナー)にあるんだから……!」

 

 

 

***

 

 

 

(嗚呼……この人はどれほど鮮烈に生きるんだろう……)

 

貪欲なまでの強さの渇望……愚直なまでに真っ直ぐな眼差し……

人畜無害を絵に書いたような白兎を思わせる、男の子としてえらく可愛らしい外観に反して、その中身は触れれば燃えるほどの熱さが漲っていた……

 

(そっかそっか……やっぱりこのティオナ様が惚れるに足るだけの男の子なんだね♪)

 

だからわかってしまう。

 

(そう遠くないうちに、きっとベルの周りには女の子が溢れる……絶対に!)

 

アマゾネスの売りの一つはその情熱と奔放さだ。

ティオナは別にこの先、どんな女の子がベルの女の子が来ようがかまわないと思ってる。

むしろハーレムくらいはどうということはない。

情熱と奔放と同じくアマゾネスが愛するのは、自由と放埓だ。

故に寛容でもある。

 

(それでも譲れないものってあるってことなのだよ)

 

独り占めする気はない。されど……

 

「”ベル”が強さに妥協できないように、私にだって妥協できないものはあるんだよ♪」

 

「ティオナ?」

 

(幸い、ハデス様はどう見てもベルにとって恋愛対象じゃないし……)

 

そのあたりの女の直感……無自覚の洞察と分析力は侮れない。

ティオナは的確にベルとハデスの関係を見抜いていた。

 

(ならば、恋人としての一番は未だ空位(フリー)……!)

 

順列は大事だ。

恋愛というのは早い者勝ちではないが、早い者が有利なのもまた事実だ。

某アニキも「この世で一番大事なのはスピードだ」と言い切ってらっしゃる。

ならば何を躊躇う必要がある?

ここで躊躇うならアマゾネスじゃない。とんだ”玉無し”だ。

 

(もっとも生まれたときから玉なんてついてないけどね~)

 

「ねえ、ラッセルボック君……」

 

ティオナは肢体を寄せ、そして上から覆いかぶさるようにベルを押さえ込む。

不思議とその姿は『投網にかかった猛獣』を連想させた。

 

「ちっちゃいおっぱいの方が好きなんだよね?」

 

 

 

何故かティオナは心の片隅で「ごめんね」と謝っていた。

頭に浮かんだ相手はアイズだった。

何故、彼女に謝ったのかはティオナ自身もよくわからなかったけれども……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




皆様、ご愛読ありがとうございました。
久しぶりのハデス様とノリノリのティオナ(笑)は如何だったでしょうか?

実は書いてて可愛いなぁ~と思ってしまったのは「綺麗なロキ様」だったりするのは内緒です(^^

ティオナとの会話で実はこのシリーズのベルくんがかなり意地っ張りで負けず嫌いであることが判明(えっ? 知ってた?)
これ以上、ティオナを萌えさせて……いや、むしろ燃えさせてどうするベル・クラネル少年。
今回は本番無しだったけど、この調子じゃ次回はいよいよ判らなくなってきた(笑)
果たしてR-15枠にとどまれるか?
そんなこんなで闘いの後始末&微妙な伏線を含みつつ……

それでは皆様、また次回にてお会いしましょう!



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